<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14803] ある皇国の士官の話【皇国の守護者二次創作・オリ主・】  各種誤字修正
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/12 21:06
【お読み頂く前に、一度目を通しておいてください。】
この作品は原作知識持ちの、オリキャラ、オリ主が主人公です。
また、軍事ものである以上、それなりの人数オリキャラが登場します。

この文章の中に、皇室を貶める表現が登場するかもしれません、でも、それはあくまで文章の中だけなので気にしないでください。
以上のこと、どうかご容赦ください。




最初に気がついたのは4歳の頃だった。友達としゃべっているとき、両親と話しているとき、会話の内容に齟齬を感じ始めたのは。
今になって思えば、自分には当然のことである知識だが周囲の人間にはないんだから当然だ。
自動車、飛行機、外灯、建物の形。
このころの自分はそういった物事の違いに何の矛盾も感じず、しかしそれらを当然のように話していたのでよく周りの大人や友達に変な顔をされていたらしい。


それこそ、この年齢の子供では絶対に知らないはずの知識、国語や数学、(歴史は何の役にもたたなかったが)をもっており、それらの知識を自覚もせずにポンポンと吐き出していたのだから、いつの間にか神童扱いを受けるようになるなど、いろいろと妙な目にあったらしい。まあ、自業自得である。


過去の記憶を自覚し始めたのが5歳の頃。幼少期の混濁とした意識が、このころになるとずいぶんと纏まってきており、自分が誰でいったいどんな状況に陥っているのかも理解できるようになっていた。
そして5歳の自分は冷静に自分の周囲を観察し、あるひとつの結論に至った。



ここ日本じゃねえ。


自覚してみると状況把握は早かった。今までに受けた教育を、自分の持っている知識へと合致させていく。
この国の名前は皇国。初代皇主明英帝以来500年余りの歴史を持ち、現在は30年余り前から有力な五つの将家(安東、西原、駒城、守原、宮野木)が政治から軍事まで幅広くその権力を握っている。現在の皇主は正仁陛下。


……はいどう考えても皇国ですね。ってかよく今まで気付かなかったな。
絶対に違和感くらい感じるだろうに、とはいっても子供なんてそんなものなのだろうか。


俺は皇国のことならある程度知っている。
なんせ前世での愛読者の一人だ。
覚えている限りでは、確か皇紀568年の初め、皇国は北方の大国帝国と開戦し、一ヶ月ほどで北領を失い数カ月のうちに内地の3分の1を失う。
しかしさっそうと現れる魔王様こと新城直衛の活躍により虎城にて敵の進撃をついに食い止める。それからあとは内紛パート。


そして、それ以降のことは知らん。なぜなら原作が超長期執筆停止状態へと入ったからだ。
冨樫病かよ。この文句小野不由美先生にも言いたいよ。金があるからって本を書かなくなったら作家とは言えないだろ常識的に考えて、ではなくて、


未来を知っている以上、なにか対策をとらなきゃいけなかった。
まずは自分が生き残ることを最優先にだ。でもいったい俺はどんな行動をとればいいんだろう。今は皇紀551年。帝国が攻めて来るその日まで17年しかない。今5歳、攻めて来る日は21歳と5ヶ月。どうしよう……。


自慢ではないが、自分は傑出した人物ではなかった。生前も平凡なサラリーマンをしていただけで、特殊な技能なんてひとつも持っていない。持っているのはあまり役に立たない文系的な経済と政治の知識だけだ。


それだって、どっかのオリ主みたいにこの国を魔改造できるようなレベルで持っているわけではない。
数少ない趣味だってネットと読書、軍事の知識、ってとこだ。正直何の役にもたたねえ。


ただ生き残ることだけを考えるなら事は簡単だ。逃げればいい。
けれども、それは何よりも良心が許さない。
何かの二次創作を第三者視点で眺めているわけじゃない。
いまここにいる人全員が生きているのだ。そういった人のぬくもりの中で育って、それでも最も自分本位な生き方を選べるとするならば、そいつはきっとサイコパスか、よほどの大物に違いない。


つまるところそれほどの大人物ではなく、至って平凡である自分は、良心の呵責に悩まされない程度に自分にとって最も安全な生き方を選ばなければいけなかったのだ。
そしてそんなおいしいポジションそうそうそこら辺に落ちいているものではないのだ。


思い返すと、このころの自分はいつもこんな感じのことで迷っていた気がする。いうなればどうしようという思考に逃げていたわけだ。
でも、そんなこともそう長くは続かなかった。
なぜなら自分の意思とは程遠いところで自分の運命が決まったから。
要は自分は駒城家の家臣の家であったということだ。


実家の姓は益満家、5将家の一つ駒城家の重臣であり、その家格は主家に続くほどに高い。
現当主である益満敦紀は自分の祖父に当たり、次期当主駒城保胤に乗馬を教えるほど駒城家とは密接に関わっており、現在は駒城軍参謀長を努める重鎮中の重鎮である。
そんな彼は現駒城家当主である駒城篤胤や駒城保胤とは違い、バリバリの軍人あがりなのだ。筋肉でガチガチの体を持ち、長身。馬に乗った姿は模範的騎兵将校そのものだ。




そんな方が当主なわけだから家柄も自然と決まる。軍人。それがこの家の男子が就くべき職業であり、進むべき道であった。






目の前で髭オヤジこと守原英康大将が死亡フラグを乱立させまくっている。
「北方の蛮人に我らが神聖なる内地を踏ませてはならん」だとか「我が国は英霊に守られし神聖不可侵の国家である」とか「神話にさえ繋がる歴史を持つ皇国はまさしく神力に守られた国である。」
などと偉そうに演説をしてこの寒空の下、兵隊を無駄に整列させ疲れさせていることに気づきもしない。


最も原作においてこの人は始終このような調子であった気がする。
自分の本能に忠実なのは、本人がそれに気づかない限り幸せなことだ。
そう新城直衛も原作で言っていた。
熱弁を振るうその姿に迷いは見られないし、自分が間違っているとは決して思わない。
意外な事にも、俺はその姿を醜いとは思わなかった。
こんな感じの大人は結構どこにでもいる。
一度社会にでればわかるし、社会に出たことのない学生だって一人くらいはこんな教師に出会うだろう。
それに皇国の軍制度では、5将家やその家臣などは若くして将校や士官の地位に就く。
まだあまり長くない軍隊生活ではあるが、守原大将のような人物は大勢見てきた。



だとしても、実害を被る身としてはかなり辛い。
それに守原大将自体嫌悪感や悪意を抱かないにしても、流石にその行動はかなり迷惑なものだ。
今は午前4時。冬の北領は当然のように暗く、そこら中にある松明の明かりに照らされてチラホラと雪が舞うのが見える。
北領の気候は日本の北海道に似ていて、この時期のこの時間帯だと、気温はマイナス10度を軽く下回る。


軍隊の冬服装備でもこの寒さは相当なもので、屋外で動かずにいるとほぼ間違いなく凍傷になる気温である。
当然のことながら、周囲からは鼻を啜る音が頻繁に聞こえ、凍傷を避けるための足踏みの音や手を擦る音が絶え間なく聞こえる。
自分も例外ではなく、前世は東京生まれ東京育ち、この世界では気候も温厚な駒城で育ったので、本格的な寒さを体験したのは北領に来てからのことである。


歯も顎に力を込めていなければ今に音を立て始めそうで、外に出てからは口がひきつりっぱなしだ。最も歯がなる原因が寒さだけとは限らないが。


そんな気候の中一体全体何をやっているのかというと、軍上層部によって定められた天狼原野での決戦に向けての、行軍する直前の士気高揚を狙った、守原英康大将のありがたいお話だ。
こんな中身のないことを話すくらいなら休ませて欲しいものだが、北領鎮台に皇国各地の兵力を足し、3万を超えた兵力を前にご満悦らしい守原大将の演説は半刻ほども続けられた。


その指示の下北領鎮台3万は決戦の地へと向かっていく。
天狼原野、山の多い皇国において両軍合わせ数万の大軍が戦闘しうるのは、この付近ではそこしかない。


「この調子で勝てるんですかねえ?」

俺の属する独立捜索剣虎兵第11大隊第2中隊最先任曹長である高原曹長が呆れたように話しかけてくる。
頬に大きな傷のあるこの曹長は、未だ実戦を経験していないにもかかわらず、家柄という理由だけで1個中隊を任されたオレを案じ、祖父の益満敦紀がつけてくれた歴戦の曹長だ。俺の徳志幼年学校時代の助教を努めてくれた人物で、ここらへんは原作における新城直衛と猪口曹長の関係に近い。

「……。」

未来を知っている人間としては気が重い。
負けるなんて立場上言えるはずもなく、かと言って勝つと断定する事もできない。自然と返答は無言になる。
そんな俺を見て何かを理解したのか、高橋曹長は大きくため息を付き、空を仰いだ。

午前9刻。両軍あわせて5万2千もの兵力が結集した天狼原野。そこで、皇国苦難の歴史、その第一幕が始まろうとしていた。



[14803] 第二話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/19 17:45
実際、俺は転生をした人間にしては慌てなかった方だと思う。生まれてからその知識を受け止めるまでには、十分な時間があり、自分の前世をしっかりと認識した頃にはそれが記憶というより知識に近いものになっていたからだ。


といっても、それら記憶を消化した出来事自体が過去の記憶のことだ。
実はかなり美化されていて、本当はかなりテンパッていたのかもしれない。


自分の将来が確定していることがわかったとは、なんていうか、運命のようなものを感じてしまった。
ああ、やっぱ歴史の修正力ってあったんだ、主に排除的な意味で。
きっと家の伝統とか言って騎兵に組み込まれて、天狼開戦でウーランツァールとか叫んで突っ込んで来る敵騎兵や歩兵に蹂躙されて、土の肥料になるんだろうな。
なんて自分の未来を想像したものだ。


だけど一つだけ、幸いと言っていいのか、不幸と言った方がいいのか、うちの家系自体が騎兵将校を多く排出しているにも関わらず、俺自身には一欠片も騎乗スキルが無かったのだ。


想定外である。
父や祖父などは俺の名前の由来を語るときなど

「お前が優秀な騎兵将校になるように、お前の名前は馬から一文字とって保馬(やすま)とつけたんだぞ。それなのに……」

などと非常に残念そうな、何とも言えない表情をしたものだ。
そのせいか、母や外戚、家令などは

「国語もソロバンも優秀ですし、この子を商人や役人にしてみたらどうです?」

などと提案をしてきたものだが、父と祖父に容易く突っぱねられたらしい。
伝統は理性に勝る、恐ろしや。



いろいろと未来の可能性が潰されていき、その選択肢の中で最も死ににくいのを選ぼうとしたとき、俺はひとつの覚悟を決めた。


歩兵は死ぬ。
防御力が紙すぎる。近代戦争を見ればわかるが隊列を組んで敵の銃火に身をさらすなんてまっぴらゴメンだ。

騎兵はダメ。
馬に乗れないし。

砲兵なんてあの作品では最も死にやすい兵科だ。

導術?寝言は寝て言え。

龍士?
乗馬ができないのにできるはずねーよ。

水軍が最後の希望であったが、5将家の家臣なのだから陸軍以外はダメだと言われた。
となると、選択肢は皇国陸軍では一択だ。



剣虎兵。
これこそ死亡フラグだといわれそうだが、そうでもない。
剣虎兵を主体とした圧倒的な攻撃力、独力での戦闘を前提としていることによる三兵編成(といっても騎兵がいないが)、隊列を重視せず奇襲と一撃離脱戦法を重んじるがゆえの高い生存率。



最高だ。
もしこの世界に、ボルトアクションライフルや機関銃があったとしても、それなりに戦える恐ろしい兵科だ。
よし、これにしよう。
そして、絶対に第11大隊には配属されないように注意しよう。
虎城での戦闘まで生き延びられれば、なんとかなるかもしれない。


そう思っていた時期が俺にもありました。



うっすらと明るみ始めた雪原を、3万の大軍が行進している。
はっきりいってミリオタ(ミリタリーオタクの略)の俺としてはかなり心に来るものがある。原作を読んだときなど、その光景を想像し、写真を撮りたい、大手掲示板でその話について盛り上がりたい。そんなことを想像したものだ。


もちろん今だって気持ちが昂ぶっていないわけじゃない。
ここまで興奮したのは、特志幼年学校に入った時と、自分の中隊をもたせられたとき以来だし、銃を放り投げて大はしゃぎしたいとか考えたりしないわけでもない。

もちろん当事者でなければ、これから繰り広げられる虐殺の内容を知らないのであれば、だが。


特志幼年学校を出てから、匪賊の討伐も含めて、俺は一度の実戦も体験していない。
実家の力のみでこの第2中隊指揮官に配属されたのだ。
怖い。恐い。これから目の前で繰り広げられるであろう光景が。
これから自分が行わなければいけない行動が。
さっきから現実を逃避するかのように、過去のことばかり考える。
それでも気分を紛らわせることができない。
心臓の音がさっきから鳴り止まない。
歯はガタガタと震えそうになる。
手は物もまともに持てないほど震えている。


さっきから現実を逃避するかのように、過去のことばかり考える。
きっと顔も蒼白なのだろう。
先程からチラチラと高橋曹長がこちらの顔を心配そうに覗き込んでくる。
もしも、立場なんてものがなかったならば、隊列を離れ胃の中のものを吐き出していただろう。

「中隊長殿、司令長官、守原英康大将殿より連絡です。帝国軍との接触はおよそ三刻後と予想される。北領鎮台主力、銃兵7個旅団は縦列のまま並進。騎兵2個連隊、砲兵2個旅団は各々銃兵旅団縦列群の左右・直後を占位せよ。なお、近衛衆兵第5旅団ならびに、独立捜索剣虎兵第11大隊は主力の1里後方で待機、とのことです。」

「そうか、ありがとう。」

だからだろう、短い返答にも関わらず、その声が妙にうわずってしまったのは。
連絡を終えた高橋曹長が、苦笑交じりの顔でこちらを見た。

「そんな顔をしておられたら、兵が不安にかられます。たとえ、格好だけでも余裕があるように見せておいた方が、指揮官としては得策です。」

周りの兵には聞こえないよう、こちらに身を寄せささやくような声で話しかけてくる。
そんな心遣いが妙に嬉しい。

「なあに、大丈夫ですよ。連絡にもありましたが、うちの大隊は後方待機ということで、戦なんて勝てば関係なし、負けても逃げる時間と距離は十分あります。どっちみち命だけは安泰、そういうことです。」

あまりにもぶっちゃけた発言に少し苦笑がこぼれる。
確かに、原作でもこの大隊には死者がほとんど出なかった。
定数874名、剣虎兵100頭。
原作では6日間もの間撤退を行ったにもかかわらず。西田少尉の小隊の玉砕を除いて、兵力の消耗はほぼなかった気がする。

「……そうか、命の心配はないか。なら、俺は負けた時の撤退のことだけ考えることにするよ。」

少し、ほんの少し笑えたことで、心に余裕ができた。
今出来ることは、別にない。
この後に起きることは原作で知っている。
この大隊、この中隊に巻き込まれた時点で、何度も何度もどうすればいいかシミュレーションも行った。

ありがとう。そう返したら、非常に軍隊の漢らしい笑顔が返ってきた。


心に余裕ができたところで、少し周りを見渡してみた。
すでに行軍は止まっており、戦闘開始に向けた戦闘隊形の構築が前方では始まっているのが見える。


その一方でこちらはというと主力を遠くに眺め、手持ち無沙汰だ。
近衛衆兵第5旅団が約3000人、うちの第11大隊が874人。
後方待機にも関わらず、周囲にいる兵の数は相当なものである。
帝国が2万2千人であり、俺たちを除いた皇国軍が3万であることを考慮に入れるならば、万全を期すために俺たちも戦線に加えるべきだろう。


前線との距離は4km、呼ばれ方だって予備兵力ではなく、後方待機。
どうやら完璧な仲間ハズレを食らっているらしい。
こんなんだから負けるんだよ、と声には出さずに悪態をつく。



そんな時、

「なんで我々も総予備なのだ!?」

そう怒鳴るような声が聞こえた。

本人は気づいていないようだが、周囲の兵は、妙に醒めた目で彼を見ている。
独立捜索剣虎兵第11大隊第3中隊中隊長若菜大尉だ。
おい、言いにくいなこの呼び方。


その近くでは、新城直衛中尉と猪口曹長、他数名の士官が雑談に参加している。
この光景、原作と非常に似通った光景ではあるが、ひとつ違うことがある。
メンバーが違うのだ。

どういうわけか、俺が第2中隊に配属された時から、新城も若菜も第3中隊にいた。
歴史の補正力とかいうやつが働かなかったのか、なんなのか、理由はよく分からないが、原作では西田少尉が隣にいたが今の新城の隣には違う少尉がいる。


猪口は……セットってやつだな。
新城が一緒になるよう働きかけているんだろう。

代わりになのかは知らないが、俺が入った第2中隊のメンバーは原作準拠だ。
西田少尉、漆原少尉、兵藤少尉。
他にも原作には出ていない士官が数名いる。


原作では新城とあの地獄を生き抜く直前まで行ったメンバーだ、その優秀さに関しては何の異論もない。
部下に恵まれるっていうのはこういう事をいうんだろう。


その一方で俺のこの大隊における立場は微妙だ。
なぜならば新城は現在28歳前後、若菜は26歳、他の少尉達も20台前半だ。
一方の俺はというと21歳、部隊の中でもかなり若い方にはいる。


おまけにこの大隊の先任中尉である新城が中隊を任されておらず、中隊の参謀のような微妙な役割を負っているというのに、俺は剣虎兵養成学校を出て実戦もせずに(若菜でさえしているというのに、だ。)中隊長に任官されている。
高橋曹長と、とあるサプライズで知り合った数名を除けば、人望も何もない。
後ろ玉恐いです、な立場だ。
げに、貴族の権力恐ろしやってやつだ。



でも、この会話が始まるっていうことはそろそろか。
主力の方が騒がしくなる。
「勝っても負けても命だけは安泰、か。それも主力と一緒に撤退できればの話だな。生きて内地に帰れるかな?」
そう小さくひとりごちた。





あとがき
予想以上の反響にびっくりです。
魔王様愛されてるなーwww
時間飛びすぎっていう意見はあれですね、本人が過去を回想している感じにしたかったんですが……実力不足ですね。



[14803] 第三話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/19 17:45
落雷を連想させる、耳をつんざくような音が鳴り響き、中隊横列を縦に並べた大隊縦列、帝国辺境領独特の行軍隊形の中心部に霰弾が炸裂する。
流石に2個連隊の砲火を受けた先頭部は、一瞬で、文字通り全滅する。
しかし、帝国軍は止まらない。
なぜならば彼らの指揮官は、その名を世界に轟かせる東方辺境領姫、ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナその人だからだ。
彼女が指揮するからこそ彼らに怯懦は存在せず、ゆえに敗北はない。




皇国における尖兵と類似した装備を持ちながらも、不必要な荷物の一切を排除した帝国猟兵6個大隊は、北領鎮台主力3万もの火力を浴びながらも、隊列の構築を考えていないかのような速度で接近、皇国軍の30間ほど手前で一気に散開した。


全軍を以て横列を構築している皇国とは違い、隊形を作らずに散開する帝国軍には攻撃が当たりづらい。
通常ならば規定の位置へ撃ち続ければいいだけの砲兵や銃兵が、個々の部隊へと照準をつけなければいけなくなるからだ。
将校の指揮のもと撃とうにも、従来の用兵では個々の兵員ごとに散開する帝国の用兵に、指揮が追いつかない。
あまりにも士官の数が足りないからだ。


我々の世界における、日本やアメリカ、ドイツ、フランス。
これら地球に存在する国々での部隊の最小単位は、分隊である。
第二次世界大戦当時において10名前後、大戦末期から現在にいたるまでに編成された分隊には7~9名というのも存在する。
これら分隊ごとに指揮官が配属され、小隊、中隊との無線連絡による柔軟な用兵が行われるのだ。


一方の皇国は最小単位が小隊、その人数も30名を超える(現在の小隊もこんなもんである)。
これを一人の士官が指揮するのだから、当然兵を個別に指揮することなど叶わない。
ゆえにこの時代の場合、隊列を組み、指揮官の号令のもと銃を斉射するのだ。
相手も隊列を組んで進んできているのならば、前に撃てば当たるわけであり、照準なんて考える必要もない。


しかし、帝国は違う。
隊列を作らないがゆえに照準を合わせなければならない。
逆に帝国兵は各兵員が事前に受けた指示の下、正確無比に動き、そして彼らの攻撃は前に撃てば当たるのだ。





散開した中隊に続くように、先頭の大隊は次々と中隊規模で部隊を散開させていく。
彼らの射撃目標は前方の皇国軍中隊。


そんな彼らを援護するのは、通常の2分の1の距離にまで接近した平射砲。
正確無比なそれは、被害を受けながらも、確実に帝国兵の犠牲を減らし、皇国兵の犠牲を増やしていた。


彼らを援護しなければならない皇国軍砲兵は、敵の予想外の戦法に、やはり予想外の困難を迎えていた。
彼らは銃兵と同じ理由で、砲撃を行う際にもいちいち照準をつける必要性に迫られる。


その照準を行うのは人力、しかし下は雪、そして皇国軍砲兵は、様々な機器を身につけねばならずどうしても着膨れしてしまう。
結果、照準をつけるのが遅くなり、最も貴重な時間を浪費する。


いくら3万の軍勢とは言え、可能な限り横に引き伸ばされた横列では、各部正面の人員は少なくならざるをえない。
そして、わずか中隊程度しか兵力の展開されていない箇所へと、帝国猟兵の大隊規模の火力と砲による攻撃が加えられたのだ。




横列中央部を構成する中隊は開戦から半刻もせず壊滅を迎えた。




◆                 ◆                 ◆
開戦から一刻がたった。

「撤退か抗戦か、そろそろ決めなければな。」

「はっ!中隊長殿に具申してまいります。」

僕のポツリとこぼした一言に、妹尾少尉が間髪を置かずに返事をしてくる。
別にこの少尉が自分に媚を売っているのではないことは知っているし、自分に媚を売るほどの価値があるとも思えない。
つまるところ、この少尉は真面目な男なのだ。
(真面目すぎる人間というのは、生きにくそうだな。)
などと心の中でぼやく。

「いい、それはもう少しあとだ。まだ、大隊からの命令を待つ猶予がある。中隊長殿も現時点では判断がつきかねるだろう。」

既にこちらに背を向け走り出していた背中を呼び止める。
あの若菜に今言ったって無駄だ、どうみても負け戦だが、まだ戦列は崩れていない。
もっとも、もって四半刻といったところだろうが。


開戦わずか半刻で開いた穴は、即座に予備兵力で埋められたものの、堅実さの代わりに柔軟さを失った横列ではそれ以上のことはできず、再び半刻もせずにその中央部に大穴をあけることとなった。
各旅団長が中央部にできた穴を埋めるために行ったらしい隊形変更は、逆に横列の統制を失わせ、帝国猟兵に続いて投入された帝国銃兵への対応を送らせていた。


砲声が、平射砲や騎兵砲とは違う、擲射砲の音が皇国砲兵陣地ではない方向から聞こえた。
これで終わりか。
投入の機会を逸し、無駄に銃兵の両翼で遊んでいる皇国軍騎兵と違い、帝国はまだ騎兵戦力を投入していない。
そして、もし僕が指揮官ならば、
怒号や悲鳴、号令に満ちみちた戦場に高らかにラッパの音が響きわたる。

「ウーーーーーーランツァーーーーーーーーーーール!!!!!!!」

このタイミングで騎兵を投入する。
遠く離れたこの地点にまで響き渡る声、帝国を意味するツァールと、万歳を意味するウーラン。


敵国辺境領の騎兵の勇猛さは名高い。
その一糸乱れぬ統制と、彼らの指揮官に対する忠誠はこの大協約世界において並ぶものがいない。


戦列が大きく乱れる、それほどまでの精強さで知られている敵を迎え撃てるだけの防御力も、戦意も今の皇国には残っていない。
そして、今まさに自分たちの身に死神の鎌が振り下ろされようとしているのだ。
最前線の、帝国騎兵の声を間近に聞いた者たちが戦線を離脱し始める。
隊列というものは崩れればもろい、一角が抜ければ、恐怖に駆られた他の戦列も抜ける。
今の皇国軍はまさに歯の欠けた櫛だ。
使い物にならない。


それほど遠くないところにいた若菜に声をかける。
「中隊長殿、ご決断を。」

「決断!?決断だと!?大隊長殿のご命令もないのに独断で動けるか!!」

「しかしこのままでは中隊が全滅します。運が良ければ数名は助かるかもしれませんが。」

「っっっ!導術!大隊からの命令は!?」

「回線が混乱していて連絡がつきません。大隊本部もこの戦況でかなり混乱しているようです。」

「つまり中隊長殿、この場の最高責任者はあなたです。」
早く逃げなければ死ぬということを、情報は明確に示しているにも関わらず、若菜はその場に蹲り頭をかきむしり始める。
命令がなければ何もできない、というわけか。
これだからやる気のある馬鹿は嫌いなんだ、敵よりもたちが悪い。


真っ先に逃げ始めた皇国兵は既にこちらまで来ており、既に第3中隊は主力の壊乱に巻き込まれかけている。程なく帝国騎兵もこちらにたどり着くだろう。
そうなれば終わりだ。

「えっ?」

導術兵が妙な声を上げた。

「どうした導術!?大隊長殿からの連絡か!?」

若菜が満面の笑みで導術兵に詰め寄る。
ひょっとしたら現在地点の死守命令が出される可能性もあるっていうのにいい気なものだ。

「いえ、これは、第2中隊の中隊長殿からの連絡です。我ら北領鎮台主力の壊滅を受け、これより戦力の再集結地点と定められている北府へと後退せんとするが、大隊との連絡が取れず戦況も混乱している今、独力では心もとなく、ついては第3中隊との連携を希望す。なお、こちらにて大隊の撤退は確認せり。以上です。」

僅かな間思考が停止した。
大隊を経由しない中隊から中隊への連絡?
これは余りにも異例すぎる。
若菜や僕だけではない、周りの将兵が皆一様に顔に疑問を浮かべている。

「新城、これはどういう事だ?」

どういう事も何もあるか、むしろこっちが知りたい。

「……あちらの中隊長殿、益満保馬中隊長殿がどのような意図でこの連絡をよこしたのか僕には分かりません。ただ、一つだけわかることがあります。既に大隊は退避を始めており、この申し出を受ければこちらもよりスマートに撤退出来るということです。」

そう、それが唯一のたしかなこと。
こちらにとって悪い話ではない。
しかし疑問は残る、こちらの導術兵が大隊との連絡がつかず、その位置さえもわからない状況でなぜあちらの導術兵は第3中隊の位置がわかったのか、同じような理由でなぜ大隊の位置を知っているのか、そして、こちらが困っているのをまるで知っているかのように、最高のタイミングで連絡がはいるのか。

「よし、大隊が撤退し始めているのなら残る理由もない、新城、撤退の準備だ。後退をしつつ第2中隊との合流を図る。導術!あちらの位置はわかるな!?」

「はい、あちらから正確な位置情報も送られてきたので分かります。」
提示された情報では第2中隊はこちらの1里ほど後方にいるらしい。
この撤退速度に奇妙な連絡、どう考えても皇国が負けることを前提にして考えていたとしか思えない。
それも手回しの良さから言って、負けるのを当然のこととしてその上で、負けたあとのことまで考えていたのだろう。



益満保馬、か。
彼と顔を合わせた回数は1度や2度ではない。
駒城家と益満家の関係は、体面上家臣という形になっているが、実際その関係は友人関係に近く、そのような理由から年末年始や祝日、駒城家や益満家が宴会を催したとき、外戚の冠婚葬祭等、様々な行事において益満家の人間とは顔を合わせる。


だからといって人間関係を作ることが少ない新城直衛にとって、普通はただの知り合い以上の存在にはなりえない。
だがしかし、新城直衛にとって彼は、世間一般的な言葉をかりるならば数少ない友人と呼ばれる存在であった。







新城直衛が益満保馬と、まともな会話をはじめて交わしたのは初等教育の場である。
神童と呼ばれ、5歳足らずにも関わらず駒城家一族の初等教育に鳴り物入りで参加してきた彼は、義兄に息子がいない現状では、育みの身分でしか無い新城を含め、その場における最上級者の身分を持つ立場であった。
元服の儀を上げる直前の14歳の人間もいる中で、神童の名に恥じない成績を上げ、人当たりも良い彼はそれほど時間もかからずに団体の中心となった。

そのころすでに集団から無視されていた新城にとってそれらはあまり関係の無い話であり、その輪には入らなかったが蓮乃等はそれなりに会話も交わしたらしい。
もっとも、ここまでなら新城にとっては全く関係の無い話だ。
話をすることもなく、血縁関係も無い。
普通ならば12歳の彼はそのままこの場を卒業し、何の関係も作られることもなかったはずだ。
その少年が普通だったならば。



見られている、そう気づいたのは益満保馬が初等教育の場に来て一週間もたった時だった。
露骨に見ているというほど気にはならないが、ひっそり見ているというにはよく目が合う。
最初は怖いもの見たさに近い好奇心かとも思い無視していたが、それも程なくして違うとわかった。
好奇心だけの人間というのは、興味が薄れるのも早い。
特に子供など3日もたてば興味の対象が別のものに変わるものだ。


観察されている、そのような言葉が浮かんだのは自分がその言葉通りのことをしているからであろう。
しかし、その前提のもと考えると、納得のいくことも多かった。
悪意はこもっておらず、しかし接触をするでも無い。
気にはなるが、それを尋ねる程でもない、そんな日々が一月程も続いたときそれは起きた。

「その本面白い?」

「……いえ。」

無難に過ぎる第一声、しかし、新城の手元に有った本は艶本。
保馬の額に一筋の汗が流れる、一方の新城もあまりに答えようがなくまともな返事が返せない。
教室の空気が固まった。
周囲は益満保馬が新城直衛と話したという理由で、新城直衛は何をどう答えれば分からないがゆえに、尋ねた本人は緊張とあまりのやっちまった感で。
それが新城直衛と益満保馬の交わした最初の会話だった。


◆               ◆                ◆
天狼原野からの撤退は、保馬自身想定外のスムーズさで成功した。
理由としては、あまり期待はしていなかった協力要請の了承、副官と出会わなかったため予想ほど無能ではなかった若菜、この2点が大きいだろう。
最も恐れていた帝国兵の追撃も、そもそも地面が雪であることや、撤退途中に天候が荒れたこともあり、戦闘から1日ほどで第2中隊第3中隊ともに大隊との合流を果たすことができた。
当然帝国の追撃は受けなかったため西田少尉は生存している。



それ以降は数日間ただ歩いていたようなものだ。
案の定、守原英康はクーガー兄貴もびっくりの速度で撤退。
普通ならば北府で、残存兵力を結集して徹底抗戦なり遅滞防御なりを行ったりするはずなのだが、司令官が消え去ってしまってはそうもいかない。


原作通り皇国を裏切った美奈津は皇国艦隊を寄せ付けず、敗残兵の列は遠く北美奈津浜まで続く。
そして、原作通り損害皆無であった近衛衆兵第5旅団、原作とは異なり損害を出していない捜索剣虎兵第11大隊は彼らを無事に内地まで送り届けるために、一部の突出した帝国騎兵を叩きながらも2月5日には開念寺に集合したのだった。




[14803] 第四話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/03/26 05:52

「戦争なんてくだらねぇぜ!俺の歌を聴けぇ!!!」



むかし、そう発言した歌手がいた。
2009年に起きた第一次星間大戦を終結に導いたリン・ミンメイと並んで、戦争を終結させた英雄と称される人物である。
しかし、この発言はどうなのだろうか。
たしかに彼は人間の死を目の当たりにし衝撃を受け、時に兵器の力に頼らなければいけない自分を苛んだりもする普通の精神を持った人間でもある。
しかし、流石にこの発言はどうであろうか?
ちょっとばっかし行き過ぎではないだろうか?
人が死んでいるにも関わらず、この発言はけっこう人の神経を逆なでするのではないだろうか?


そんな黒歴史の話はいいだろうとか、ギャグアニメに突っ込むなとか様々な意見はあるだろうが、とりあえずこの発言をできる彼は大人物には違いない、少なくとも俺はそう思う。





2月6日現在、第11大隊は真室大橋より数里ほど北に前進した地点にある開念寺に大隊本部を置いている。
一方の近衛衆兵第5旅団は3000人以上の規模を持つため、同じ地点に部隊を集結させることができず、もう少し西寄りの村落を一時的に間借りしているらしい。

俺たちがこの地点に布陣し、未だ撤退しそこねている理由というのは、天狼原野からなんとかして脱出したらしい独立砲兵旅団を含めた、5000人以上の部隊の撤退支援である。
俺たちが救出すべき友軍は、様々な装備を消耗し軍としての形を失いながらも、真室大橋へと南下している。
これらの部隊の真室大橋の通過は、10日過ぎまでかかると見込まれており、それまでの間は橋の爆破が許可されていない。


結果として、第11大隊と近衛衆兵第5旅団は、真室大橋前方での布陣という防御体制を取っている。
近衛衆兵第5旅団は、真室大橋へ西側からアプローチしている路南街道という比較的大きな街道を、第11大隊は、この街道の東にある側道を、共に封鎖するように陣取っている。


ただ、封鎖といっても、帝国はどうやらまだ兵站が本格的には整っていないらしく、積雪による妨げも重なり追撃はあまり行われていない。
幸いという言い方もできるだろうが、どうせ9日あたりになったら本格的な追撃が始まるのを知っているので、ただの嵐の前の静けさなのかもしれない。


第3中隊は原作よりも早く到着したため、1日ほど休息をとってから威力偵察へと出立した。
剣虎兵計3個中隊の中から、第3中隊が選ばれたのは、やはり新城の存在らしい。
まあ、威力偵察って言ったら、攻めの精神と、引き際を見極める能力の二つが要求されるし、この中では一番妥当な人選だろう。
たしか第3中隊は原作では本隊から20里ほどの地点にいたが、今回はもう少し北にいっているかもしれない。


いずれにしても、天龍の坂東さんとは是非とも出会った上で戻ってきてもらいたいものである。
もしあそこで坂東さんに会ってなかったら、新城が虎城の戦いで死んじゃうしね。


それに、原作における帝国との戦争の終結には、天龍も大きく関わっている可能性があるため、ひょっとしたら坂東さんの存在はかなりのフラグなのかもしれない。
若菜は……いいや。


助けられる人間を見捨てるのは、精神的に来るものがあるが、もしあいつが生きていたら、俺たちどころか北領鎮台まで危険にさらされる。
新城に原作通り戦ってもらうには、若菜の死が前提条件なのだ。
こういう時つくづく思う、相手が、死んで行く人間が知り合いでなくてよかったと。




そんなフラグと行軍続きの第3中隊とは違い、こっちは楽なものである。
真室大橋防衛のために開念寺には大隊主力がまるまる残っている。


剣虎兵2個中隊に、捜索剣虎兵1個中隊、原作には名前が登場しないが、当然存在する銃兵1個中隊、撤退に成功したため無傷で残っている大隊軽臼砲や、第3中隊を含む各中隊の所持している騎兵砲もここにある。
機動力の求められる偵察行為を、馬のいない騎兵砲部隊によって制限されることを伊藤少佐が嫌ったためだ。


そんなわけで偵察がしっかりと行われているため、基本的にこの地点に敵は存在しておらず、少しばかり暇を持て余している感がある。
敵兵が接近しているとしても、導術の監視と、剣牙虎の嗅覚を逃れて接近するのは不可能に近く偵察もおざなりだ。
よって、大隊本部での会議を除けば、部下と雑談をしている時間がもっとも多い。


「暇だ。なんか暇っていうことに罪悪感を覚える。」

「罪悪感ですか?少なくともそれは自分たちよりも上の地位の人間が持つべきものの気がします。」

第3中隊が危険にさらされているにも関わらず、のんびりしているというのが気になった発言だったが、隣の西田少尉から皮肉めいた返答が帰ってくる。

「噂によると、司令長官が真っ先に逃げ出したとか……」

漆原少尉がいたずらめいた顔で相槌を打つ。
たしかにそれは真実なのだが、いったいどこからその話が広がったのやら。

「そんな話を聞いたら、ただでさえ低い士気がさらに下がるから広めないでくれよ?」

「士気が下がる、ですか。あまりにもいまさらですね。」

鼻で笑われる。
漆原少尉って原作では青臭い理想を言ったり、上官の命令に反発したり、結構若さの目立つキャラだったけど、うん、まさにそのものだ。
それでも、年齢の近い俺には結構親近感を持っているらしく、かなり親しげに話しかけてくる。
うん、戦場でこれやると上官不敬罪になりかねないんだけどね。

なお、この場における順位にはこうなっている。
俺(中尉)>西田(漆原より先に少尉になった)>漆原


「ひょっとしたらもう一度、生きて内地を踏めるかもしれないって思ったんですけど、天狼開戦の後の撤退が滞りなく行われただけに残念です。」

西田少尉が、本当に残念そうに零す。
まるで生き残ることを半分諦めているかのように。
西田少尉がそう語る反面、生きて皇都に帰りたがっていることを俺は知っている。

「それほど悲観した話でも無いだろ。案外運が良ければ生き残れるかもしれないぜ?」

「そうはいっても、さっきの大隊長の話だと帝国軍は4万だそうですよ?対してこっちは近衛とうちを合わせても4000にも届かないんです、さすがに無理ですよ。」

全く悪気はないのだろうに、余計なことを言うのはやはり原作通りだ。
この優等生君め、正論述べて生きて行けるほど世の中は甘くないぞ。

「まあ、剣虎兵は嫌われているからな。装備も無傷で兵員もほとんど消耗していないし、生け贄にするには絶好の部隊だったんだろ。」

西田少尉も漆原少尉に同調する。


嫌われている、か。
定数874人に対して、現在の兵員は870人、当然剣牙虎は無傷だ。
この4名も、一人が戦死、残りの3名も脱走に敵前逃亡、そういった理由で減った人員なので、幾度かの戦闘を行ったにしてはこの大隊の消耗は恐ろしく少ない。


もしこの国に正当な評価システムが存在しているならばこれは前代未聞どころか奇跡的な数値なので、軍内部における剣虎兵の地位は大きく向上するのであろうが、そこら辺はなかなか信用できないのがこの国の上層部である。
もっとも、死んだら評価も何もないのだが。

「だが、俺たちは不幸だけれども一番不幸な部隊じゃない。うちの大隊の前には遅滞防御部隊がいるんだぜ?あそこに組み込まれるよりはましさ。」

俺のネガティブでもあり、ポジティブでもある発言に二人とも苦笑する。

「もしかしたら遅滞防御部隊に組み込まれたりして、第3中隊は帰ってこないかもしれませんね。」

「そうはならないよ。あそこには新城中尉がいる。」

漆原少尉の問いに、西田少尉は即答する。

「新城中尉か、あの方には剣虎兵学校にいたときに様々な事を教えていただきました。たしかにあの方なら……」

一人で合点がいったのか、少し楽しそうに笑う。
漆原少尉と俺の年齢は2つほど違うが、剣虎兵学校では同期として机を並べた仲である。
共に剣虎兵として切磋琢磨し、そこで新城直衛から軍事に関して様々なことを教わったのはそれほど昔のことではない。


未だ皇国には前時代的価値観と体制が、根強く残っている。
それは時代的に日本の明治時代に近いのではないだろうか。
武士道なんていう考え方や、露骨な貴族制が残っている所を考えると部分的にはさらに古い価値観が残っているかもしれない。
第二次大戦前後の日本も、大和魂という名の人命軽視や一部将校の質は目にあまるものがあったが、ここまでひどくはない気がする。


そういった体制そのものを一言のもとに切り捨てる新城の言葉は、漆原少尉にかなり強い印象を与えたらしい。






「中隊長殿、馬とそりの用意ができました。いつでもいけますよ。」

しばらくの間三人で雑談を交わしていると、高橋曹長が俺を呼びに来た。

「わかった、人員は?」

「はい、気のきくやつを5人ほど。」

「真室大橋の方に、北領鎮台が捨ててった装備がかなりあるらしいんだよ。」
俺たちの会話の内容が理解できず、怪訝そうな顔をしている二人に、理由を説明してやる。
そりは一つ、馬は2頭しか確保できなかったらしいが、日にちはだいぶある。

「4万と殴り合うことを考えたら、砲もいろいろと欲しいところだが、使える人間がいないな。」

そうひとりごちる。
独立砲兵旅団を取り込み真室大橋後方に陣取れば、小苗川で新城が行ったものよりもより大規模なものが出来るかもしれない。
そんなことを考えたこともある。
しかし権限が無い。
独立砲兵旅団の指揮官は少将、俺が4階級特進しても同列だ。

「まあいい、行くぞ曹長。」

「中隊長殿も行かれるので?」

「大隊長殿から許可を得る際に、報告書の提出を義務付けられた。一度自分の目で見ておきたかったし、欲しいものもある。」

「数刻後には戻る。すまないが西田少尉、神崎中尉に中隊指揮の代行を頼む旨を伝えておいてくれ。」

原作の決戦までの短い時間では、それほど多くのものを見つけることもできなかっただろう。
決戦まではまだ数日ある。
それまで、可能な限り装備を見つけたい。
ライフル銃がいくつあるのか、北領鎮台1万2000の捨てていった装備だ。ひょっとしたら擲射砲や臼砲、平射砲等もあるのかもしれない。
擲射砲や臼砲は、夜間戦闘で素人が使えるものではないが、平射砲ならなんとかなるかもしれない。
まあ、どっちにしろ行ってからだな。




新城が戻ってきたのは原作通りの2月9日だった。
結局、第3中隊はそれほど北には行かなかったらしい。
若菜が導術の範囲外に出ることによって、大隊との連絡を取れなくなることを恐れたことが原因だとか。


大隊本部から40里ほど北の地点で帝国の偵察騎兵中隊と接触、殲滅はできず帰還。
大隊への帰還途中、森林部にて天龍を救助、なお、交戦中に若菜大尉他3名が戦死。


とのことでほぼ原作をなぞったらしい。










あとがき
すいません。今までと比べると、かなり投下が遅れました。
別にFFをやっていたわけじゃないです。
書く意欲や、執筆時間などは変わっていないのですが、状況把握が難しくって。

真室大橋を通過していないのって、独立砲兵旅団だったんですね。
あと、新城たちの偵察時の位置とか。
特に、実仁親王がどこで何やってんのかとかwwwww

そういったこと考えてたら自然と時間が過ぎてしまいました。

あと、キャラが把握出来ません。
もともと難しい新城は置いておくにしても、他の士官が空気過ぎて……。
漆原、西田、妹尾、兵藤、全員かなり早く死にましたからね。
特にお前ら下の名前なんだよとwwwwwww

一番わかりやすいのは、保胤さんと笹嶋さんです。
あの皇国で、まともな人こいつらくらいしかいないんじゃねーかと。

とりあえず次が山場です、戦闘シーンうまく書けますかね~?



[14803] 第四話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/19 17:46
「戦争なんてくだらねぇぜ!俺の歌を聴けぇ!!!」



むかし、そう発言した歌手がいた。
2009年に起きた第一次星間大戦を終結に導いたリン・ミンメイと並んで、戦争を終結させた英雄と称される人物である。
しかし、この発言はどうなのだろうか。
たしかに彼は人間の死を目の当たりにし衝撃を受け、時に兵器の力に頼らなければいけない自分を苛んだりもする普通の精神を持った人間でもある。
しかし、流石にこの発言はどうであろうか?
ちょっとばっかし行き過ぎではないだろうか?
人が死んでいるにも関わらず、この発言はけっこう人の神経を逆なでするのではないだろうか?


そんな黒歴史の話はいいだろうとか、ギャグアニメに突っ込むなとか様々な意見はあるだろうが、とりあえずこの発言をできる彼は大人物には違いない、少なくとも俺はそう思う。





2月6日現在、第11大隊は真室大橋より数里ほど北に前進した地点にある開念寺に大隊本部を置いている。
一方の近衛衆兵第5旅団は3000人以上の規模を持つため、同じ地点に部隊を集結させることができず、もう少し西寄りの村落を一時的に間借りしているらしい。

俺たちがこの地点に布陣し、未だ撤退しそこねている理由というのは、天狼原野からなんとかして脱出したらしい独立砲兵旅団を含めた、5000人以上の部隊の撤退支援である。
俺たちが救出すべき友軍は、様々な装備を消耗し軍としての形を失いながらも、真室大橋へと南下している。
これらの部隊の真室大橋の通過は、10日過ぎまでかかると見込まれており、それまでの間は橋の爆破が許可されていない。


結果として、第11大隊と近衛衆兵第5旅団は、真室大橋前方での布陣という防御体制を取っている。
近衛衆兵第5旅団は、真室大橋へ西側からアプローチしている路南街道という比較的大きな街道を、第11大隊は、この街道の東にある側道を、共に封鎖するように陣取っている。


ただ、封鎖といっても、帝国はどうやらまだ兵站が本格的には整っていないらしく、積雪による妨げも重なり追撃はあまり行われていない。
幸いという言い方もできるだろうが、どうせ9日あたりになったら本格的な追撃が始まるのを知っているので、ただの嵐の前の静けさなのかもしれない。


第3中隊は原作よりも早く到着したため、1日ほど休息をとってから威力偵察へと出立した。
剣虎兵計3個中隊の中から、第3中隊が選ばれたのは、やはり新城の存在らしい。
まあ、威力偵察って言ったら、攻めの精神と、引き際を見極める能力の二つが要求されるし、この中では一番妥当な人選だろう。
たしか第3中隊は原作では本隊から20里ほどの地点にいたが、今回はもう少し北にいっているかもしれない。


いずれにしても、天龍の坂東さんとは是非とも出会った上で戻ってきてもらいたいものである。
もしあそこで坂東さんに会ってなかったら、新城が虎城の戦いで死んじゃうしね。


それに、原作における帝国との戦争の終結には、天龍も大きく関わっている可能性があるため、ひょっとしたら坂東さんの存在はかなりのフラグなのかもしれない。
若菜は……いいや。


助けられる人間を見捨てるのは、精神的に来るものがあるが、もしあいつが生きていたら、俺たちどころか北領鎮台まで危険にさらされる。
新城に原作通り戦ってもらうには、若菜の死が前提条件なのだ。
こういう時つくづく思う、相手が、死んで行く人間が知り合いでなくてよかったと。




そんなフラグと行軍続きの第3中隊とは違い、こっちは楽なものである。
真室大橋防衛のために開念寺には大隊主力がまるまる残っている。


剣虎兵2個中隊に、捜索剣虎兵1個中隊、原作には名前が登場しないが、当然存在する銃兵1個中隊、撤退に成功したため無傷で残っている大隊軽臼砲や、第3中隊を含む各中隊の所持している騎兵砲もここにある。
機動力の求められる偵察行為を、馬のいない騎兵砲部隊によって制限されることを伊藤少佐が嫌ったためだ。


そんなわけで偵察がしっかりと行われているため、基本的にこの地点に敵は存在しておらず、少しばかり暇を持て余している感がある。
敵兵が接近しているとしても、導術の監視と、剣牙虎の嗅覚を逃れて接近するのは不可能に近く偵察もおざなりだ。
よって、大隊本部での会議を除けば、部下と雑談をしている時間がもっとも多い。


「暇だ。なんか暇っていうことに罪悪感を覚える。」

「罪悪感ですか?少なくともそれは自分たちよりも上の地位の人間が持つべきものの気がします。」

第3中隊が危険にさらされているにも関わらず、のんびりしているというのが気になった発言だったが、隣の西田少尉から皮肉めいた返答が帰ってくる。

「噂によると、司令長官が真っ先に逃げ出したとか……」

漆原少尉がいたずらめいた顔で相槌を打つ。
たしかにそれは真実なのだが、いったいどこからその話が広がったのやら。

「そんな話を聞いたら、ただでさえ低い士気がさらに下がるから広めないでくれよ?」

「士気が下がる、ですか。あまりにもいまさらですね。」

鼻で笑われる。
漆原少尉って原作では青臭い理想を言ったり、上官の命令に反発したり、結構若さの目立つキャラだったけど、うん、まさにそのものだ。
それでも、年齢の近い俺には結構親近感を持っているらしく、かなり親しげに話しかけてくる。
うん、戦場でこれやると上官不敬罪になりかねないんだけどね。

なお、この場における順位にはこうなっている。
俺(中尉)>西田(漆原より先に少尉になった)>漆原


「ひょっとしたらもう一度、生きて内地を踏めるかもしれないって思ったんですけど、天狼開戦の後の撤退が滞りなく行われただけに残念です。」

西田少尉が、本当に残念そうに零す。
まるで生き残ることを半分諦めているかのように。
西田少尉がそう語る反面、生きて皇都に帰りたがっていることを俺は知っている。

「それほど悲観した話でも無いだろ。案外運が良ければ生き残れるかもしれないぜ?」

「そうはいっても、さっきの大隊長の話だと帝国軍は4万だそうですよ?対してこっちは近衛とうちを合わせても4000にも届かないんです、さすがに無理ですよ。」

全く悪気はないのだろうに、余計なことを言うのはやはり原作通りだ。
この優等生君め、正論述べて生きて行けるほど世の中は甘くないぞ。

「まあ、剣虎兵は嫌われているからな。装備も無傷で兵員もほとんど消耗していないし、生け贄にするには絶好の部隊だったんだろ。」

西田少尉も漆原少尉に同調する。


嫌われている、か。
定数874人に対して、現在の兵員は870人、当然剣牙虎は無傷だ。
この4名も、一人が戦死、残りの3名も脱走に敵前逃亡、そういった理由で減った人員なので、幾度かの戦闘を行ったにしてはこの大隊の消耗は恐ろしく少ない。


もしこの国に正当な評価システムが存在しているならばこれは前代未聞どころか奇跡的な数値なので、軍内部における剣虎兵の地位は大きく向上するのであろうが、そこら辺はなかなか信用できないのがこの国の上層部である。
もっとも、死んだら評価も何もないのだが。

「だが、俺たちは不幸だけれども一番不幸な部隊じゃない。うちの大隊の前には遅滞防御部隊がいるんだぜ?あそこに組み込まれるよりはましさ。」

俺のネガティブでもあり、ポジティブでもある発言に二人とも苦笑する。

「もしかしたら遅滞防御部隊に組み込まれたりして、第3中隊は帰ってこないかもしれませんね。」

「そうはならないよ。あそこには新城中尉がいる。」

漆原少尉の問いに、西田少尉は即答する。

「新城中尉か、あの方には剣虎兵学校にいたときに様々な事を教えていただきました。たしかにあの方なら……」

一人で合点がいったのか、少し楽しそうに笑う。
漆原少尉と俺の年齢は2つほど違うが、剣虎兵学校では同期として机を並べた仲である。
共に剣虎兵として切磋琢磨し、そこで新城直衛から軍事に関して様々なことを教わったのはそれほど昔のことではない。


未だ皇国には前時代的価値観と体制が、根強く残っている。
それは時代的に日本の明治時代に近いのではないだろうか。
武士道なんていう考え方や、露骨な貴族制が残っている所を考えると部分的にはさらに古い価値観が残っているかもしれない。
第二次大戦前後の日本も、大和魂という名の人命軽視や一部将校の質は目にあまるものがあったが、ここまでひどくはない気がする。


そういった体制そのものを一言のもとに切り捨てる新城の言葉は、漆原少尉にかなり強い印象を与えたらしい。






「中隊長殿、馬とそりの用意ができました。いつでもいけますよ。」

しばらくの間三人で雑談を交わしていると、高橋曹長が俺を呼びに来た。

「わかった、人員は?」

「はい、気のきくやつを5人ほど。」

「真室大橋の方に、北領鎮台が捨ててった装備がかなりあるらしいんだよ。」
俺たちの会話の内容が理解できず、怪訝そうな顔をしている二人に、理由を説明してやる。
そりは一つ、馬は2頭しか確保できなかったらしいが、日にちはだいぶある。

「4万と殴り合うことを考えたら、砲もいろいろと欲しいところだが、使える人間がいないな。」

そうひとりごちる。
独立砲兵旅団を取り込み真室大橋後方に陣取れば、小苗川で新城が行ったものよりもより大規模なものが出来るかもしれない。
そんなことを考えたこともある。
しかし権限が無い。
独立砲兵旅団の指揮官は少将、俺が4階級特進しても同列だ。

「まあいい、行くぞ曹長。」

「中隊長殿も行かれるので?」

「大隊長殿から許可を得る際に、報告書の提出を義務付けられた。一度自分の目で見ておきたかったし、欲しいものもある。」

「数刻後には戻る。すまないが西田少尉、神崎中尉に中隊指揮の代行を頼む旨を伝えておいてくれ。」

原作の決戦までの短い時間では、それほど多くのものを見つけることもできなかっただろう。
決戦まではまだ数日ある。
それまで、可能な限り装備を見つけたい。
ライフル銃がいくつあるのか、北領鎮台1万2000の捨てていった装備だ。ひょっとしたら擲射砲や臼砲、平射砲等もあるのかもしれない。
擲射砲や臼砲は、夜間戦闘で素人が使えるものではないが、平射砲ならなんとかなるかもしれない。
まあ、どっちにしろ行ってからだな。




新城が戻ってきたのは原作通りの2月9日だった。
結局、第3中隊はそれほど北には行かなかったらしい。
若菜が導術の範囲外に出ることによって、大隊との連絡を取れなくなることを恐れたことが原因だとか。


大隊本部から40里ほど北の地点で帝国の偵察騎兵中隊と接触、殲滅はできず帰還。
大隊への帰還途中、森林部にて天龍を救助、なお、交戦中に若菜大尉他3名が戦死。


とのことでほぼ原作をなぞったらしい。










あとがき
すいません。今までと比べると、かなり投下が遅れました。
別にFFをやっていたわけじゃないです。
書く意欲や、執筆時間などは変わっていないのですが、状況把握が難しくって。

真室大橋を通過していないのって、独立砲兵旅団だったんですね。
あと、新城たちの偵察時の位置とか。
特に、実仁親王がどこで何やってんのかとかwwwww

そういったこと考えてたら自然と時間が過ぎてしまいました。

あと、キャラが把握出来ません。
もともと難しい新城は置いておくにしても、他の士官が空気過ぎて……。
漆原、西田、妹尾、兵藤、全員かなり早く死にましたからね。
特にお前ら下の名前なんだよとwwwwwww

一番わかりやすいのは、保胤さんと笹嶋さんです。
あの皇国で、まともな人こいつらくらいしかいないんじゃねーかと。

とりあえず次が山場です、戦闘シーンうまく書けますかね~?



[14803] 第五話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/19 17:46
第三中隊がつかれた様子で帰ってきたのは、九日の日も暮れ始めた頃であった。
原作より少しばかり早いが、まあ、誤差の範疇だろう。
些細なことにカリカリしてたら精神をすり減らしちまう。
別に原作をなぞることが目的じゃ無いんだし、皇国が最終的に勝てば良いだけの話なので気にすることじゃない。


威力偵察から帰還した第3中隊の中隊長と中隊参謀は、休むまもなく開念寺の講堂によばれ、威力偵察の成果を報告させられている。
たしか、この報告は新城と伊藤少佐のマンツーマンだった気がするのだが、原作通りとは行かないらしい。
講堂にはすぐに作戦会議へと移れるよう、各中隊長、各中隊参謀、及び大隊参謀、戦務幕僚と、大隊の中心が勢ぞろいしており、大隊長と新城の会話を胡散臭そうに聴いている。
中隊長が戦死したと言う報告が出たときなどは、何人かが盛大に悪態をついたり、新城の士官からの好感度の低さがよく見て取れた。


それにしても、天龍に出会ったはたしかに無いわ。
俺も部下にそれ言われたら、流石にそれはないだろって言いたくなる。
伊藤少佐も、呆れを通り越して、お前なにいってんの?みたいな顔になってるし。
原作通り、(人前でどうなの?等と言ってはいけない)伊藤少佐が盛大に悪口をいったあとで、気のきく参謀が全員に黒茶を持ってこさせ、会議がはじまった。


どうでもいいことだけど、黒茶って日本じゃ馴染みないよね。
飲む機会ってあんまりない気がするし。
紅茶とか緑茶は前世で結構飲んだことがあるけど、黒茶は知らない。
ひょっとしたら飲んだりしたのかもしれないけど。
口をつけると、緑茶とは異なる、渋味のないさっぱりとした味わいが広がる。
うん、美味しい。
数ヶ月以上発酵させており、子供の頃飲んだ黒茶が何年も発酵させたものだって聞いたときは、気分が悪くなったりしたものだけど、ごめんね黒茶。
でもやっぱり緑茶がいいよ。
ごめんね黒茶。


あれ、なんの話だっけ。

「我々は明日から少なくとも連隊規模の敵と戦わねばならん。」

ああ、ここか。
敵の先鋒が中隊だから連隊だと思ったんだろうね、伊藤少佐は。
残念。
2個旅団でした。
俺たち900向こうは8000切りっっっ!!
……古いか。

「橋を守るため、まる二日間、我々はここを守り通さねばならん。故に誰も故郷に還れん。」

まあ、実際はこの中でひとりだけ、全体で20人くらい帰れるんだけど、ほぼ全滅だね。
軍事用語の全滅じゃなくて、一般認識的な全滅に近いね。
そんな、指揮官の俺たち死ぬよ宣言に、周りの士官は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「状況は以上だ。戦務幕僚。」

伊藤少佐の呼び掛けに、まだ若そうな男性が立ち上がる。
原作通りの地点で、夜襲、伏撃を行うことが決定され、会議終了後、即座に襲撃地点へと移動することが通達され、各中隊の配置がはっぴょ、なん……だと……!?
なぜ、第2中隊が原作通りの位置なんだ?
新城が一番頼りになるからあそこにしたんじゃないのか?
まさか、新城を信用していないのか?
それとも俺に死ねと言うのか?
ひょっとして砲なのか?
騎兵砲持ってないからあそこにしただけなのか?
実は結構どうでも良かったりするのか?


どうでもいいんですね、分かりました。









冬の北領は冷える、それが夜ならばなおさらだ。

風がないのが唯一の救いだろう。
前になにかのテレビで見た覚えがあるが、たしか風速1mにつき、体感温度が1℃下がるんだっけか。
風があると、匂いが相手に伝わる可能性があるし、弾もかなり流される。


百害あって一利なしだな。
そう、声には出さず頭の中でつぶやく。


ただ見ていただけの天狼開戦とは異なり、この伏撃は俺にとっては初の実戦になる。
だっていうのに、恐ろしく緊張感がない。
いや、無いのはどちらかというと現実味か。
今から俺は、死亡率50%以上の死の坩堝に命を投げ込もうとしてるってのに。


今の俺の人格の主体は、皇国で過ごしてきた益満保馬のそれに近い。
保馬としての感覚、感情で動き、昔にあった生前の習慣はどんどんと薄れていて記憶の物になっている。
しかしときどき、生前の記録に過ぎなくなったと思っていた人格××××が表に出てきて、まるで今見ている風景を物語の1シーンを見ているみたいにさせる。
こうやってじっとしていて、何かをぼんやりと考えている時など、そうなることが多い。
ただ、皇国の小説を読んでいるだけであるかのように。


これが、ただの記憶の混濁で時がたてば消えるものなのか、一種の現実逃避なのか、それとも精神病かなにかなのか。
ただ少なくとも、今の俺には5感で感じられるすべてが、現実味の薄いものであった。

「大尉殿、大丈夫ですか?」

惚けたように虚空を眺めていた俺の動作が気にかかったのか、高橋曹長が心配げに肩をゆすりながらこちらを覗き込んできた。
すっと、風景に現実味が戻る。
そして、俺のこういった感覚はたいてい他人に話しかけられるか、触られることで終わる。
今みたいにだ。

「あ、ああ、大丈夫だ曹長。暇だったので少し考え事をしていただけだ。」

高橋曹長はまだ何か尋ねたそうな表情をしていたが、詳しくは突っ込めない。
休暇中ならばそれも可能だが、ここは戦地、上官が大丈夫と言うことを否定するような行動は取れない。


俺の足元にいた剣牙虎が身動ぎをした。
剣牙虎が反応を示すということは、敵が10~15里先にいるということ。
接敵は半刻後。
懐にあった懐中時計を取り出し時間を確かめる。
午前3刻半。
原作より少し遅いのか?


会議が終わった後、出撃準備が即座に整えられるわけではない。
伊藤少佐が二度と帰れないと言っていたように、開念寺は集合場所としては使われるが、以後作戦司令部として使われることはないからだ。
つまり、書類の焼却から、兵站の移動、寝ている兵隊だっている。
それらすべてをとりあえずこなさなければいけないのだ。


まあ、それでも余裕のある出撃ではあった。
ここに来てから既に2刻ほど経っている。
余りに寒いと筋肉がこわばり、戦闘の際に全力を発揮できない。
それを防ぐため、しきりに体を動かすことが理想なのだが、こちらは伏撃の身、なかなかそうも行かない。

「曹長、全員に敵が来る前に少し筋肉を解しておくように伝えろ。新兵には特にだ。」

俺の指示を受けた曹長が、各小隊長の元へと通達しに行く。

「大尉殿は結構気が回るのですね。」

近くにいる漆原少尉が、少し奇妙な顔をして言う。
当然周りの兵には聞こえないよう、配慮した声だ。

「そんなにおかしいか?」

「ええ、新米の士官なんてそんな細かいところに気は回りません。」

そう言われればそうかも知れない。
普通なら、ここまで気は回らないだろうし。

「それに大尉殿は、妙に落ち着いているように見えます。」

漆原少尉も、初の実戦だからこそ疑問なのだろう。
よくよく見れば、漆原少尉の手は震えており、歯が鳴らないよう懸命にこらえているのがわかる。

「さあ?なんでだろうね。」

昔からあまり、肝っ玉は大きくなかった気がするのだが、なんといえばいいのだろう、自分が死んでも、故郷の人間が危険にさらされることはないと言う安心感だろうか?
今からの戦いは恐いし、自分が死ぬ可能性も高いと知っている。
それでも、後ろの心配が無いとこうまで冷静になれるのか。


漆原少尉を眺める。
数日後にはこの顔が、動かず、ただの死体として転がっているのかもしれない。
でも、故郷の人間たちが、殺され犯され、隷属させられる。
そんな未来が訪れることが無いことも、俺は知っている。
なら、この目の前の人達を躯にしないために、頑張るしかない。


そんな思いがあるから、冷静になれるのかもしれない。




雪を踏みしめる行軍音が、遠くの方から聞こえてくる。
時々馬の嘶きらしき声も聞こえる。
来たか。


手にあるライフルを握り締める。
真室付近に捨ててあったものだ。
途中で馬が潰れたのか、荷馬車ごと捨ててあったものをまるごと頂いてきた。
十分な量があったため、砲兵を除く全ての兵に今は配られている。

「装填、中隊膝射姿勢。復唱の要なし。」

高橋曹長が、それを即時に伝える。

「中隊はそのまま待機。大隊長の合図と共に攻撃を行う。」

漆原少尉が多いとつぶやくのが聞こえる。
確かにそうだ、事前の予想では敵は1個連隊から、という予想だったのだ。
しかし、ここから見える限りでは1個旅団。
恐怖も抱くか。


敵の先鋒がジリジリと近づいてくる。
あれだけでも大隊規模なんだよな。
先鋒だけで、こっちの全兵力か。


逸る心はない。
もう少し待てば合図が上がる、近くの将兵の荒い息が聞こえる。
敵大隊がこちらに完全に横っ腹を見せたとき、大隊の赤色燭燐弾が放たれるのが見えた。

「撃てええええ!!!」

叫ぶように声をだす。
俺の号令に応え、中隊各員による銃声と砲の音が鳴り響く。
砲はもともと持っていた騎兵砲に加え、真室から持ってきた平射砲が数門追加されている。
剣虎兵から人員を割く余裕はないので、当然人員はどこの指揮下にも入っていなかった兵を使っている。
つまり、指揮官が死んだ部隊の敗残兵と言うことだ。
これに関しては原作では行っていなかったが、開念寺についたとき、真っ先に具申して受け入れられた。
士気はあまり期待できないが、それでも、もともとそこで砲を使っていた兵なのでそれなりの命中率は期待できる。


一気に200人以上の敵が倒れた。
砲の弾は霰弾を使用しているのでやはり効果は大きい。

「装填急げ!!」

声を張り上げる。
俺自身が攻撃に参加するよりも、指揮に徹した方が効果は大きい。
一発目を撃った時点で弾だけは込めて、射撃は行わない。


白色燭燐弾があがり、一瞬こちらの空気が凍るが気にしない。
どちらにせよ退くことなどできないのだ。
ならば地獄に向かって突っ走るしかない。


2度目の斉射の音が響き渡る中、原作にもいた敵騎兵の集団を探す。
敵兵に被害を与えるのも重要だが、それ以上に重要なのは敵指揮官を潰すことだ。
帝国の将校や高級士官は全員が馬に乗っているため非常にわかりやすい。


それが密集しているところ、いた、7騎ほどの騎兵が懸命に混乱を収拾しようとしている。
敵中央部の少し後方、ここからだと右30度の方角か。


「漆原少尉、右30度、あの騎兵が密集している地点を第1小隊に攻撃させろ。」

斉射は3回まで、突撃する前最後の射撃のみ、方向を指示する。

「はい!第1小隊、右30度の方角、狙え、撃てえ!!」

将校の集団のうち5騎ほどが落馬する。
その中に指揮官がいたのだろう、残りの2名は自分たちが狙われているとわかると転進、指揮を続けようともせずに一目散に逃げ始める。
それを見た周囲の兵も怖気付き、彼らへと続く。
この時点で既に、敵先鋒はその形をなくしていた。

「よし、総員突撃体制。」

復唱する声が聞こえ、それに重なるようにして着剣する音が響きわたる。

「目標敵先鋒中央部!!距離300総員突撃に移れ!!!突撃いいい!!!」

号令をかけると同時に、真っ先に飛び出す。

「遅れるな!!中隊長殿に続け!!!」

そう叫ぶ声が背中の方から聞こえる。
大隊主力は今だ突撃を敢行していないが、ここを逃した場合敵が持ち直す可能性がある。
指揮官のいない今こそが絶好の攻撃チャンスだ。


周囲から、声とも言えないような叫び声があがり、それに重なるように剣牙虎の叫び声が鳴り響く。
今でこそ慣れているからそうでもないが、最初に聞いたときは全身の血が凍ると思ったほどだ。
敵の先頭、今から突っ込もうとしていた地点にいる士官が、恐怖に顔を引きつらせるのが見えた。
敵は今まさにその感情を味わっているのだろう。


先頭をかける俺の横を、俺のパートナーである剣牙虎、暁が飛び越えて行く。
敵の集団中央部に着地した時点で、既に2人、姿勢を翻しながら放った爪でさらに1人をなぎ払う。
士官を狙うようにしつけられている剣牙虎は、それこそまっさきにさっきの士官を仕留めていた。


強い、情報で聞いていた以上だ。
瞬く間に3人を仕留めるなんて。
やはり、目で見るのと、ただ聴くだけではぜんぜん実感が違う。


その恐怖で統制の取れなくなった一団に、つっこむ。
既に逃げ腰になっていた兵の腹に銃剣を突き刺し、相手を蹴った反動で引き抜く。
できたら、止めを刺しておきたいが、それほどの余裕はない。

その横にいた少年兵らしき兵が繰り出した、銃剣での突きを、横に転がって避け、突撃前に装填していた銃弾を放つ。
何か、見えないものでぶたれたように数歩後退し、膝をついた少年をそのまま放置し、次へとすすむ。


殆どの敵の顔は見えない。
背中を向けているからだ。
そこら中に死体が転がり、走りづらく、なかなか敵の背中に追いつかない。
そんな俺を笑うかのように、暁が、何十mと言う距離を一瞬で詰め、新たに2人を血祭りに上げる。
一人勇敢にも立ち向かおうとした兵がいたが、その速度に着いて行くことができずに爪によって引き裂かれながら吹っ飛ばされていた。
こちらもようやく追いつき一人を背中から刺し貫く。
刺さったままの銃を放置し、鋭剣を抜きその兵の喉元を切り裂き止めをさして、周りに敵兵がいないことを確かめ一息つく。


周囲を見渡すと、中隊の突撃は完全に敵中央部を捉えており既に抵抗している兵はいない。
突撃を敢行してから数分のことだ。
敵が突撃により大きな被害を蒙ったとは考えづらいから、おそらくすでに大半が逃げ出していたのだろう。
もっとも、逃げ切りを許すほど、剣牙虎の速度は遅くはないが。

「敵の掃討が終りました。ほとんどが突撃の前には逃げ出していて、あまりやることがありませんでしたがね。」

「損害は?」

現在の戦況を考えれば最も重要なことだ。
敵が死ぬよりも、味方が死なないことの方がありがたい

「死亡が2名、負傷が3名ですね。」

なるほど。
原作よりも損害が少ないのは砲の力か。
新城も火力戦志向になるわけだ。
これほどまでに味方の損害を抑えることができ、敵の損害を増やすことができるのだから。
ふと、ナポレオンも砲兵出身で、砲の使い方を良く知っていたと言う話を思い出す。
野戦主義者で運動戦の徒であるという点も一致する。
新城とナポレオン、この二人の戦術と言うのは意外に似ているのかもしれない。
ナポレオンに籠城戦をやらせたらどうなるんだろうな、などと考えると少し笑顔が漏れ出る。

「どうしますか?まだ半刻以上優にありますが撤退しますか?」

「まさか、ここで撤退などしたら友軍を見捨てる形になる。それは論外だ。」

個人的にはそれもいいのだが新城に死なれるわけには行かない。
第3中隊がどうなっているのか情報が欲しい、しかし導術は全員が開念寺におり、それを知る術はない。
どちらに行くか……。

「神崎中尉、君は第1小隊と第2小隊を連れ第3中隊の援護に行け、合流するまで可能な限り接触は避け、合流した後は新城中尉の指揮下に入れ。

原作では、援護を受けられなかった第3中隊は壊滅している。
そして、新城の命に万が一があってはいけないのだ。

「曹長、俺たちは大隊の援護だ。西田少尉の第3小隊が続け。」

そして新城の命の価値は俺に勝る。
それがこの選択の理由だ。

「剣虎兵以外の兵は退路を確保、砲兵は開念寺まで速やかに後退し、以降の命令を待て。」

「大尉殿、砲兵の援護があった方が退路の確保は容易になります。」

「しかし、あんなデカブツを持って迅速な撤退などできん。そして我々はこの戦いの後も戦い続けなければいけないのだ。」

西田少尉の発言を一言の元にねじ伏せる。
原作でも撤退できたのだ、ならもう少し先を見たい。
うまく行けばもっと帝国に嫌がらせができるはずだ。
もし俺が死んだとしても、新城が有効活用してくれるだろう。

白色燭燐弾の光が消え、光帯の灯りだけが差し込む林の中を駆け抜ける。

「中隊長殿、左十刻方向!!」

ちぃ、このイベントは健在か!
時間もずれたし起こらないと思っていたのだが。

「総員突撃!!」

背中を向け悠長に装填をしている中隊を、後方から奇襲する。
普通ならば、一瞬で敵を蹂躙できるシチュエーションだ。
こっちは1個小隊規模、いけるか?
しかしやらなければ、大隊本部が総崩れする。
それを一瞬で判断し、部隊に号令をかける。


10頭を超える剣牙虎により、敵のめぼしい位置にいる士官は一瞬でその生命を絶たれる。
既に戦闘をしている剣牙虎のあとを追いかけるように接敵し、着剣もしていない敵の頭をストックで殴りつけ、そのまま手近な場所にいた二人目を銃剣で突き刺す。

人数比ではあちらが圧倒的に優勢なのだ、こちらの優位は背後をとったという状況のみ、ならばその優位を保つため敵の精神を圧迫し続けなければならない。


敵が横列を取っていてよかった。
中央を分断され指揮官も失った敵は、数名が抵抗するも程なく全員が逃げ出した。

「っ曹長!状況は!」

走りっぱなしで整わない息のまま高橋曹長に呼びかける。

「損害2名、猫も1匹やられました。」

くそっ、人数が足りないとこんなものか。
小隊で中隊を破った、普段ならば感嘆の声で迎えられるのだろうが、この戦況では虚しいな。


大隊本部はその先、数分ほど走った地点で交戦しており、その後方で、わずか2人の護衛しかつけずに伊藤少佐はいた。
なるほど、生き生きしている。
作戦会議をしていた時と比べれば格段に違う。


優秀な士官なのだろう
助かったらいいな。
そんなかなわないことを祈る。

「やけに人数が少ないな、どうした!?」

「第3中隊が危険にさらされていたため、止む無く増援として第1,2小隊を送りました。残りは退路確保のためです。」

「そうか、御苦労。ついでだこっちも手伝え。」

やはりこの展開か。

「大隊長殿、撤退という選択肢はないのでしょうか?」

「この程度では、まだぬるい。橋を守るにはもう一撃必要だ。」

やはりそうなのか。
原作でも、読んでいてこのあたりが潮時だと思ったのだが撤退できない事情があったのか

「この前方にある方陣を攻撃する。まだ完成はしていないが硬くてな。」

「わかりました、お手伝い致します。」

原作では方陣を正面から攻撃していたが、それだけの兵力を今の第2中隊は持っていない。
故に大隊長と共に戦線に参加するという形になる。


人の怒号や雄叫び、悲鳴に命令、虎の号砲に断末魔の叫び声、それらすべてが入り交じった混沌へと身を投じる。
敵の規模は大隊より少ないくらいか?
圧倒的な攻撃力を誇る剣虎兵と剣牙虎を前にかなり粘る。


俺自身も暁の声を隣に聞きながら、鋭剣を振るう。
小銃はこの戦闘に参加して、まもなく銃剣部が壊れたので捨てた。
新城ほどのガタイがあればいいのだろうが、あまり力のない俺ではあれを鈍器として使うのは辛い。


敵が突き出してきた銃剣を、こちらに届く前に鋭剣で逸らし、大きな隙のできた敵を鋭剣で切りつける。
普通に切っても、寒さ対策のために厚く着込んだ防寒服にはなかなか刃が通らない。
自然と攻撃は突きか、手首や、首など、服が厚くなく大動脈の存在する部位への攻撃となる。


生前、剣を握ったことなどなかったが、こちらに来てからは銃を握るよりも早くから、鋭剣を握っていたため銃剣よりは使い慣れている。
将家の家などでは、当然必修科目の中に剣の授業も入るからだ。
益満家のような軍人一族だと、むしろ勉学よりもこちらに時間を割く。
騎乗が苦手だった俺は、そこそこ乗れるようになった後は、鋭剣の練習ばかりしていたものだ。

「ああああああああああああああああああああ!!」

叫び声を上げて突進してきたのは野生のゴリラを彷彿させるような体格だ。
……力比べになったら瞬殺だな。
小銃を振りかざす敵の攻撃を、なんとか避けながら鋭剣を胸へと突き立てる。
それにも関わらず、頑強な敵は死なない。
本来、大陸にいる人間のほうが、力も強く、その身長も大きい。
なにより、鍛えられた筋肉を持つ相手には、力の入っていない攻撃では浅くしか入らない。


自分自身もまるで獣かと思うような声を上げ、全力で剣をひねる。
本来、殺すのならばコチラのほうが確実だ。
しかし、過剰な負荷がかかった鋭剣は、案外あっさりと折れる。
あんまりやらない理由っていうのはこれなのだが。


折れた。
ここ一番っていうときに折れやがった。
現在の状況を確認、小銃?捨てた。鋭剣?折れた。
目の前にはゴリラのような体型の男。
入りが浅かったためまだ生きており、アドレナリンが大量放出されてんのか
痛そうな表情をしながらも、殺意のこもった表情でこちらを殺そうとしてくる。
ファイナルアンサー、拳銃。


懐にあった拳銃を抜き、発射。
頭の中心部に黒い穴が空き、敵が倒れこむ。
やはり銃は楽だ、リボルバーがあればなおさらいいのだが。
これは実をいうと他人のものである。
真室でいろいろなものを拾いに行く時に、落ちていたものをくすねた物だ。
簡単に外せるように、服の内側に紐で結びつけてあり、非常時の時はいつでも使えるようにしてある。
そして使い終わったら、そこら辺に投げ捨てればいい。
これがあと、3つほど懐に引っかかっている。


今殺したのがこの周辺の部隊の士官だったのか、敵が目に見えて怯んだ。
なるほど、よっぽどの大人物だったんだな。
一人死ぬだけで周囲の士気が危うくなるような。

「総員、敵が怯んだぞ!!気張れえ!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

俺の声に周りの味方が答え、その声で敵がさらに怯む。

こうなると付け込みやすい。
剣牙虎の声を間近で聴かせてやれば、戦意の崩れかけた敵兵が持つはずもない。
戦国策だな。
虎の威を借る狐。
そんな古語が頭に浮かぶ。

「大尉殿はお強いんですね。」

そう、西田少尉が、少し引いたような顔でこっちを見る。
確かに結構この戦いでも殺したな。
案外、人を殺すのに抵抗感が少なくて驚いた。
この後に猛烈な後悔にさいなまれるのかもしれないが、いまそれがないのは大きな救いだ。

「そうでもない。武家ってのはみんなこんなものさ。」

軽口もほどほどに、近くにあった誰が使っていたとも知れない鋭剣を拾い上げる。

「さっきの鋭剣、父から聞いた話では高かったらしいんだけどな。やっぱ戦争は質より量だな」

自分でも何を言ってるのかよく分からないことを、ひとりごちる。
当然つぶやく間も剣をふる手は止めずにだ。


しばらくの間、逃げ続ける敵を追撃し続け、あたりに人もまばらになったところで一息つく。

「ありゃ、周りに誰もいないな。少尉と暁と隕鉄だけか。」

懐中時計を取り出し、時間を確かめる。
襲撃開始から、もうじき1刻が経とうとしていた。
潮時か。

「本隊と合流しましょう。撤退もそろそろ悪くない時間です。」

西田少尉も同意のようだ。
大隊と合流しよう、残っていたらの話だが。

頃合もよく、高橋曹長がこちらへとかけてくる。
周りに剣牙虎が3頭、兵も6人ほどいる。

「大尉殿!!全滅です!!大隊本部は全滅、第1中隊の大尉殿も戦死しました。あなたがこの大隊の指揮官です。」

「そう、か。」

前から予想していたこと、俺が生きている限り、俺は新城よりも上の立場になってしまう。
新城の道を妨げるわけには行かない、もし内地に戻ることができたのならば、新城が正当な評価をくだされるように手を打たねば。
それよりも今はこの戦場だ。

「そうちょ…」

命令を出そうとした直前、足を大きく引っ張られた。
体のバランスが大きく崩れ、姿勢を維持できずに倒れ込む
古い言い回しであるが、一瞬遅れてくる、熱した鉄の棒を突っ込まれる感触というものを実感させるような痛み。
痛みから数瞬後に気づいた。
撃たれたのだと。

「っあああああああ!!」

太ももを見ると、かなり厚いはずの防寒着にもかかわらず僅かに血がにじんでいる。

「大尉殿!!」

一拍遅れて状況把握が行われたのか、曹長と少尉、周りの兵が駆け寄ってくる。
当たったのが俺だけってことは流れ弾か。

「大丈夫ですか!?」

「っいい!」

その場で手当てを初めようとしていた曹長を一喝して止める。

「この場で無為に時間を潰せば、それだけ多くの兵が死ぬ。曹長、青色燭燐弾を上げさせに行け。少尉は生存者の救出だ。」

「しかし、このままでは大尉殿が、」

そう言いかける言葉を無理やり遮る

「それよりも内地を考えろ!ここで俺に関わずらっている暇があるなら少しでも兵を救え!!」

納得はしていなくとも、少しは従うそぶりを見せた周囲の兵を見て、声を落ち着かせる。

「応急手当なら一人でも出来る、暁を残すから護衛はいい。何かがある場合新城中尉に従え。」

それでもためらいが残る2人にもう一度行けと叫ぶ。
それで吹っ切れたのか、2人は半々に兵を割け、それぞれの向かうところへ別れていった。




兵の姿が見えなくなった事を確認してからつぶやく。

「あーあ。キャラじゃないってのに。なあ、暁。」

暁を杖がわりにして立ち上がり、万が一にも兵の来ない林の中へ移動する。
防寒具を剥がし傷口を確かめると、そこにはなかなか、目の背けたくなるような光景が広がっていた。

「弾は、貫通しているのが唯一の幸いか。」

さっきの兵の一人に療兵が含まれており、彼がおいて行った包帯を手に取る。
応急処置の基本は、直間併用だ。
直接圧迫による止血と、血管上部にある動脈を圧迫して行う間接止血。


その直接止血にあたる包帯を、可能な限りきつく巻いていく。

「うぐ、ぐあああああああああああああああああ!!」

抑えようとしているのだが、あまりの痛みに声が漏れる。
こんな戦場のはずれまで来る人間がいないことを祈ろう。


包帯を巻き終え、その上部に止血帯をつくる。
これで、出血はかなり抑制出来るはずだ。

「ああ、痛み止めが欲しい。」

ステロイドがあれば最高だ。
いっそ麻薬のようなものでもいいのだが、頭が吹っ飛ぶから却下。
とりあえず生きて帰るためには、まともな思考力を維持しなきゃならない。


懐中時計が、さっき被弾してから20分ほどたったことを教えてくれる。
負傷者の収容は終わったな。
うまく行けば、原作よりも多くの兵、多くの猫が生き残ることだろう。
といってもまあ、重要なのは兵の数より猫と士官だ。
原作より兵が多く生き残ったといっても、たいした数ではないのだから。

「よし、頼んだぞ暁。」

そう言って暁の上に乗せてもらう。
行き先を指定しなくても、自然と仲間の匂いを追って暁は開念寺まで俺を連れていってくれるはずだ。
原作では、砲兵旅団の撤収には成功していたし、帝国も真室大橋の奪取は諦めたのだろう。
そして、13日まで兵が減らずに残っていたということは、戦闘を行わず、かつ真室大橋を守りきったということだ。
急がなくても、合流はできる。


こちらを心配し、幾度も気遣う素振りを見せる暁の頭を軽く撫でてやり、俺はこの戦場を後にした。













あとがき
長いですね。区切りのいいところ探してたらここまで来てしまいました。
今回の文章は小説風です(きっと)。一人称視点を主に使い、原作である皇国の守護者とは違う感じの文章です。
皆さん的には、戦記物の方がいいですか?
ちょっと悩みます。

あと、ちょっと時間が足りなくて、感想返しが後になりそうです。
すいません。


ちょっと一言。
小野不由美さんの屍鬼がアニメ化だそうです。



[14803] 第六話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/19 17:46
真室大橋南方10里の地点にある小規模な宿営地。
そこに彼らはいた。
2個旅団8000を相手取り、敗軍にも関わらず驚異的な奮闘を見せたその大隊は、しかし、奮闘に比例した甚大な被害を被っていた。
定数900近くを誇った兵員は半数を切り、大隊本部の壊滅したことにより士官は激減。
軍としての形を失いかけている彼らではあるが、優秀な士官の指揮により温存された16頭もの剣牙虎と、先の戦闘で早期の撤退により失われなかった砲のみが、彼らが普通の大隊ではないことを物語っていた。




漆原が、少し騒がしくなった外の音を聞きつけ、天幕の内側から顔だけを覗かせる。

「どうした、敵襲か?」

自分で言っているわりに、それを全く信じていない様子で兵藤が尋ねる。

「いや、なんか龍が来てるらしい。」

宿泊地中央部に降り立った翼龍から降りてきた二人の男性は、一人は龍士、もう一人は士官と思われた。
その士官らしき男性は手近な兵を止め、何かを尋ねると足早に大隊長のいる天幕へと向かっていく。

「なんかあの男士官っぽいな。ひょっとして撤退命令か?」

「だといいけど、俺たちしかいないのに誰が鎮台主力を守るっていうのさ?きっと別の通達だね。」

「夢が無いなあ、おまえ。そんなんじゃ恋人の一人も作れねえだろ。」

あくまで希望を交えずに想定を述べる漆原に対し、兵藤はからかうように言う。

「余計なお世話だ。それに恋人の話は関係ないだろ。」

生真面目さ故に、あまりそういった発言を受け流せない漆原がムッとした表情で言い返す。
しかし、こういったからかい甲斐のある人間を見つけると、さらにからかいたくなるのが人の定め。
案の定調子に乗った兵藤が言葉を重ねようとするのを、近くにいた西田が軽く制止する。

「ここで騒いだら外に聞こえるだろ。」

言外に士官がするべき行為ではない、少なくともここではわきまえよう、という意を含んだ一言に兵藤は何かをいいたそうにしながらも引き下がる。

「だけどさ、実際こんな人数で何をしろって話だろ。食料だって今日食ったら終わりだぜ?」

真剣に現状を打破しようというのではない一言。
ただ会話を続けようとして放たれた言葉であったが、それが指し示す実情は悲惨だ。
まちがっても、戦闘行為など考えられる状況ではないのだから。

「だけどうちの大隊長は諦めてないみたいだよ?今だって妹尾や松岡は、何か別の命令で動いてるみたいだし。」

「10人くらいと、馬を連れてどっか行ったっていう話だろ?」

昨夜から妹尾少尉は大隊宿泊地を離れている。
どうやら、10人ほどの人員と人数分の馬を連れて行ったらしく、朝には脱走か?という騒ぎが少しおきたが、大隊長による命令という事が通達されその騒ぎもすぐに沈静化していた。

「部隊がこんなだっていうのに、ずいぶんとがんばるよな。再編成だってまだ済んじゃいないんだぜ。」

現在この大隊に残っている士官は、益満、新城、西田、漆原、兵藤、妹尾、松岡。
7人しかおらず、とても大隊運用が出来る人数ではない。
それこそ、平時ならば中隊にさえ士官が6人以上いるのにだ。

「撤退命令はないってわかっているからだろうね。ひょっとしたら俺たちはこのまま戦い続けることになるかも知れないし。」

余りにも濃い死線をくぐり抜けたからだろう、言外に死という意味を含ませた言葉を放ちながらも、漆原の顔に恐怖や嫌悪の色は見られない。
それを聞いた兵藤は露骨に顔をしかめたが。

「正直、最初にこの部隊に編入されたとき、少し残念だったんだ。先輩、新城中尉のいる第3中隊に行きたかったんだけど、うちの中隊長ちょっとあれじゃん。」

西田が少しおかしそうにいう。

「家柄のおかげで、配属されるなり大尉で中隊長。おまけに実戦経験は無しだからな。俺もはずれくじ引かされたかと思ったよ。」

西田がぼかしたあれという言葉を、わざわざ言葉にする兵藤に二人は苦笑する。

「でも、ひょっとしたらうちの隊長はそれなりの人物なんじゃないかって、今は思ってる。」

大隊の兵員の中での、益満保馬の評価はそれなりの水準を持っている。
その最大の理由とは、先日の伏撃の指揮にほかならない。


元来、衆民や皇民の、将家への好感度というのは高くない。
むしろ、皇国の自由化に伴い発生した貧富の差や、新たな将家を認めぬその態度などから嫌われているといっても良い。
新城直衛が入ってきた時でさえ、その経歴にも関わらず若干の反発があった。


ならば、それ以上の身分の人間が入ってきた場合どうなるのか、想像に難くない。
ましてや剣虎兵は、自分の領地で編成された軍ではなく、皇主の勅命により公民で構成された部隊である。
益満保馬が入ってきたときなどは、配属と同時に中隊長となったことも加えて、若菜以上の反発が起き、それは、一部兵による命令不履行さえ引き起こすほどのものであった。
高橋曹長という歴戦の人間がいなければ、保馬が若菜のような道を辿る可能性もあったわけである。


しかし、その状況は開戦と同時に急速に改善されることになる。
撤退戦においては、当然士官として行える最良の行動をとり、無駄に兵を死なせることをせず、伏撃においては、自らが先陣を切り奮闘、その後に負傷するも、指揮権を委譲した後に独力で帰還という、並の士官以上の働きをこなしたのだ。
また、それほどの地位にいる人間が、自分たちと同じ死地に身を置いているということも大きい。
すくなくとも、兵が「皇国は衆民だけを捨て駒のように扱い、将家の人間のみを特別扱いしている。」という印象を持つことを防ぐことができる。
これらの要因により、益満保馬を高く評価する人間はいなかったものの、したがっても良い士官と考える兵は当初よりも大きく増えていた。





龍から降りたった笹島を迎えたのは、よく言えば無骨な、正直にいうのならば凶相に近い容貌の男性であった。

「私は転進支援本部司令の笹島中佐、水軍だ。」

「第11大隊、戦務参謀の新城中尉です。」

この死地において、わざわざ中佐クラスの人間が来たというのに、特に感情を浮かべていない表情で新城は淡々と敬礼を返す。
何も、希望をいだいていないのだろうか、ひょっとしたらこちらの意図も読まれているのでは?
見ているものに、そういった不快感に近い疑心暗鬼を抱かせる態度に、一筋縄では行かなそうなものを感じながらも、表情には出さずに話しかける。

「おめでとう、新城大尉。君の野戦昇進が正式に認められた。今日にも連絡が入るだろう。」

無理やり笑顔を浮かべ話しかけるも、やはりあちらの表情は変わらない。
しかし、ピクリと僅かに眉毛が上がったのが見て取れた。
鋭い。
これでこちらの意図を完全に把握したのだろう。

「しかし、自分が大尉では、大隊長殿と階級が重なりますが?」

「それに関しては心配ない。益満保馬少佐の昇進に関する連絡は、大尉へのものと同時に入るだろう。」

一つの情報からすべてを見抜き、一喜一憂せずに現実的観点に基づいた行動が取れる。
敵には絶対に回したくないタイプだな。

「保馬少佐がどこに居るかはわかるかね?」

まあ、しかし今回用事があるのは彼ではない。
間抜けなのか、常人には理解の及ばない人間なのか、騎兵将校を生業とする名門武家の出身でありながら、こんなところにいる青年。
それが、今回笹島が会いに来た対象であった。

「天幕までお連れします。」

新城はやはり、何を考えているのか分からない無表情でそう言い、笹島の先導として歩き始めた。


歩いたのは数十間程度だった。
連れてこられたのは、大尉のものとしては少し大きく、身分としては小さい、微妙な大きさの天幕。

「失礼します。」

無造作に天幕の入口をめくった新城に続いて、天幕の中に続く。
外と比べるとやはり薄暗いが、中には火鉢がおいてあり、この北領においては十分暖かいと言える温度が保たれている。
冬用の天幕は生地が厚く、外の明かりが差し込まないため昼も扉を軽く開けるなどして明かりが確保されるのだが、少し大きめの火鉢が光源となっていた。
その隅の簡易寝台、そこに益満保馬はいた。

「転進支援本部司令の笹島中佐だそうです。」

笹島に対するものと比べれば、幾分柔らかい口調。
そういって自分の仕事は終りと、出ていこうとした新城を呼び止める。

「新城大尉、少し待って欲しい。笹島中佐、参謀も同席してよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。」

そう答えた笹島に、保馬は小さく会釈を返す。

「第11大隊大隊長、益満保馬大尉です。少し負傷しておりまして、このような姿勢でお話をさせていただくことをお許しいただけますでしょうか?」

そう話す顔つきはやはり若い。
少し顔色は悪いものの、話を出来る程度には回復しているのだろうか。

「構わないよ。負傷者に立礼を強要するほど私は冷酷な人間じゃない。」

「ありがとうございます。それで笹島中佐、いったいどのような御用でここに?」

新城と正反対の人間なのではと思えるほど口調は軽く、まるで今の苦境をそれほど懸念していないようにも見える。
このような状況で、柔らかく笑顔を浮かべることが出来る人間などどれほど居るのだろう。

「まあ、急かさないでくれ、その前に君の野戦昇進の知らせを持ってきた。おめでとう益満少佐。」

「ありがとうございます。」

余計な言葉を返さず、ただ一言感謝を示す。
これはそんなことはいいから早く続きを言えということか。
促されるままに、こちらから口を開く。

「この大隊はどの程度の作戦行動なら取れる?」

「撤退を含めた、ほぼあらゆる行動が不可能です。兵は今日の食事にも事欠く有様ですから。何を命令されるにしても、まずは補給ですね。」

撤退を含めた、という表現をつかうのは、戦闘を命じられるだろうことを察しているからか。
この青年も現状を把握している一人というわけだな。
精神論者がいないのは剣歯虎の部隊に特有のことなのか、それともそういう人間だけが生き残ったのか?

「わかった。急いで手配しよう。それ以外にも、そちらが望むことは可能な限り実現する。」

こちらとしてできる最大限の敬意を表した発言。
にもかかわらず、あろうことか保馬は苦笑を浮かべる。
馬鹿にされたのかと思い、少し腹が立つが、続く言葉でその考えも払拭される。

「中佐は親切な方なのですね。初陣以来始めて聞いた、上官の優しい言葉です。」

優しい、そう形容されるとは思わなかった。
自分は彼らを地獄に置き去りにしようとしているというのに。
そして、この青年はまだ初陣を迎えたばかりなのだ。

「……君が望むのならば、君の後送を上申してもいい。負傷している、実戦経験の乏しい青年を指揮官にするのは、どのような職場や場所でも好まれない。」

保馬の隣に居る新城が少し顔をしかめる。

「もし、自分が後ろに下がったらこの大隊の士気は崩れますよ。将家の出の人間が前線にいるっていうのは、それなりに精神的支柱になるものです。」

まるで達観しているかのような笑顔を浮かべてそう語る。
それにしても、書類では21という話だったが、本当か?
今の任務では周りにいるのが守原の息のかかった人間ばかりで、将家への失望を感じることが余りにも多かったが、今も殿軍を続けている実仁殿下といい、この目の前の青年といい、案外将家や皇室の人間も捨てたものでは無いのかもしれない。

「作戦行動の話でしたね、投入される戦況によります。こちらがどの程度の指揮権を与えられるかも重要です。」

「それもそうだな。こちらから頼みたいのは殿軍だ。美奈津に今だ残っている1万2000。彼らが脱出する期間を稼いでもらいたい。友軍はおらず、指揮権は君に一任されることになる。」

「撤退が順調にいっているならば6日という辺りですか?」

自分が言おうとしていることが、無情であることはわかっている。
それでも、誰かが犠牲にならなければ鎮台主力は壊滅する。

「10日だ。海が荒れて、予定が遅延している。君がそれだけの時間を稼いでくれるのならば、我々は撤退しきれる。」

「我々を犠牲にして、ですか。」

新城が初めて表情らしい表情を浮かべてつぶやく。
苦虫を噛み潰した、そう形容することもおこがましい表情。
それを直視することができずに視線をそらす。

「美奈津港が使えれば良いのだが。」

それさえ、それさえあれば、ここにいる兵たちに地獄を強要しなくてもいい。
彼らにこんなことを言っても無駄だとわかっているのだが、どうしても愚痴をこぼしたくなる。

「なぜ使えないのですか?」

当然の質問を新城が返す。

「証拠はないが、既に寝返っているのだろう。武力で制圧したくともあそこは大協約の市邑保護条項によって守られている。こちらが使えるのは寒風吹きさらしの北美奈津浜だけだ。」

自分でも女々しいと思う。
彼らに強要するのが嫌で、話題をそらすためにこんな話を持ち出す。
目の前の彼らは、自分がこの作戦の立案者ではないことを知っている。
だから表立って責めるということはしない。
そして、責められないが故に心が痛む。

「家名は上がる。君たちは救国の英雄と言われるだろう。」

にもかかわらずこんなことしか言えない。


そんな時、笑い声が聞こえた。
新城の方を向く、彼ではない。
ということは、目の前の青年に視線を落とす。
苦笑なのだろうか。
この状況で笑えるという神経が理解できないが、それでも苦笑ならば理解できる。
だというのに、こちらに顔を向けた保馬の顔は、まさにおもしろい洒落を聞いたと言わんばかりの表情であった。

「なるほど、家名があがるというのも魅力的ではありますね、特に年金の額が上がるのはありがたい。ですが笹島中佐、その言い方では自分たちが死ぬみたいではないですか。」

自分は生きるという明確な意思表明。
この命令を下されてなお、自分が生き残る可能性があると考えている。
凡人ではない。
ではなんだ?
常人では理解出来ないほどの馬鹿か、それとも天才か。


あっけに取られているこちらを置き去りに、保馬は話を進めて行く。
まさに、絶望のかけらも感じさせない口調で

「新城大尉、笹島中佐の要求を満たすためにはどれだけの物が必要だ?」

「補給は前提として、最低でも1個中隊の増援、あとは馬車ですね。それ以外の優先順位としては砲、導術、剣牙虎という順になります。もっとも中佐殿の指揮権にもよりますが。」

「本当ならばもう少し欲しいところだけどね。」

生き残ることを目的とした会話。
多数を生かすために少数を犠牲にしようとした笹島に取って、その少数が足掻く姿は痛い。

「手配しよう。」

ならば、その姿には可能な限り答えなければならない。
表からは読み取れない決意を込めた口調で、笹島はそう返した。





生き残った兵の待遇や、捕虜のとり扱いに関するいくつかの約束事を新城と交わし、その後しばらくの間雑談を重ねた笹島は、益満保馬少佐の正式な任務受諾を受けとり、美奈津浜の友軍の元へと戻る翼龍に騎乗した。
自分よりも若い青年に、全てを押し付けて帰らなければいけないという罪悪感を抱えて。
ここから美奈津浜までの距離はそう遠くはないが、翼龍のうえで会話をすることは困難なため、物事を考える時間は十分にある。
死地にて戦い続ける彼らの期待に沿うためにはどうすればよいのか。
彼らはこの先どうなるのか
答えの無い問いがひたすらに頭を駆け巡る。


その中で一つ、先程の会話を回想していた笹島の頭に引っかかるものがあった。
あの保馬という少年は、入ってきた新城を中尉ではなく大尉と呼んでいた。
その情報を知る方法がないにも関わらずだ。


僅かな会話でさえ、これほどまでに強い違和感を覚えさせる青年。
その隣で戦務参謀の役割を担っていた凶相の大尉。

「一体あの大隊は……」

そう呟いた笹島の声を聞いた人間は誰もいなかった。








あとがき
はい、更新が遅れて申し訳ありません。文章のレベルも低く、言い訳の仕様がありません。
理由はリアルがかなり忙しいからですね。
昨日ぶっ続けで、10時間勉強やり続けたときは気持ち悪くなりましたwww
適度な休憩は挟むものですwww


そして、Call50さんに心からの感謝を。返答が遅れて申し訳ありません。
まさかこのようなものを作っていただけるなど、心にも思っていませんでした。
特に、皇国の昔の歴史だとか、天狼開戦以後の混沌とした戦況は、原作を注視して読まなければならず、それをこれほどまでに簡潔にまとめていただけるなんて、なんというか、感激です。

この気持を文字にするのは、非才の私には余りにも難しいのですが、本当に感謝しています。
ありがとうございます。



[14803] 第七話
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/19 17:46
「意外に謙虚なのですね、もう少し無茶をいうと思っていました。」

「気持ち悪いから敬語は止めてくれ。お前に敬語を使われると鳥肌がたつ。」

笹島中佐の帰還を見送り、天幕に戻ってきた新城は開口一番そう口にした。
発言の意味は、笹島中佐への要求の内容だろう。
何せ原作とは違い、真室への砲撃を要請しなかったのだ。
つまるところ、要求したのは補給と援軍という当然の物を除いた場合、兵隊の年金の増額と捕虜返還時の優先権だけなのだから。

「……俺たちは文字通り全滅してもおかしくない命令を受けている、もう少し無茶を言っても良かったんじゃないのか?」

周りにだれもいないことを、(と言っても天幕の中だから聞こえるとも思えないけれど)軍人の常として確認した新城は、軍務中でない時の口調に切り替えた。
どうでもいいことだが、親しい人間と話している時の新城の一人称は俺だ。
軍務中は、僕という一人称を使ったり、自分という一人称を使ったりするし、口調も話している相手によって傲岸不遜になったり、保胤様や篤胤様と話すときは敬意のこもった口調になるが、友人と言える存在と話すとき、その口調は一般的な喋り方に近い。

「兵力と補給以外に欲しいもの、金とか土地とか勲章とか?俺はいらないけど、新城は欲しいのか?」

「……。」

言うまでもないが、俺たちは金持ちだ。
5将家に連なる新城は、はっきり言って普通の将家よりも金をもっているし、俺も実家が金持ちな上、未来知識を使って企業を起こしたりしているので金に不自由はない。
常識的に考えれば、論功行賞程度でもらえる金や土地など、少佐や大尉クラスでは大したことはないため、新城がほしがるとも思えない。
それとも、勲章が欲しかったりするんだろうか。
そう言えば原作でも、軍への入隊理由の半分は、歳相応の軍への憧れもあったって書いてあったし、意外に勲章とか貰えたら満更でもないのだろうか?
原作では新城のドロドロの心情描写が入ったり、日常パートが少ないことなどから、こいつ人間か?と感じさせられることの多い新城だが、実際に付き合ってみると以外に人間味を見せることも多い。
まあ、そうじゃなきゃ保胤様や、親友の羽鳥や樋高、が付きあっていけるはずもないのだろうけど。

「もう少し笹島中佐が早く来ていれば、真室の穀倉への攻撃を頼んだのだが。」

まあ、魔王様にそんなものないか。

「いいじゃないか。より確実な手段で穀倉は燃やせるんだし。」

先程の笹島中佐との会話で、原作と比較し致命的に食い違っていることが俺の存在以外にある。
真室穀倉への攻撃だ。
これに関して、俺は原作とは違い一切触れていない。
なぜならば、それ以前にすでに手を打ってあるからだ。
この時点で部隊を動かせる立場にいなければ当然できなかったことだし、なんでそんなことする必要があるの?と反対意見が多くても行えなかったことだが、新城が2月13日以前において、この大隊が殿軍を押し付けられるだろうことをすでに予測しており、その上で大隊が生き延びるためには焦土戦術しかないと割り切っていたことから実現することができた。


つまり、大隊が真室大橋付近からまだ撤退をしておらず、導術もまだ消耗していないこの時点においてのみ、戦艦による攻撃ではない、大隊兵力による真室への放火が可能なのである。
帝国はいまだ真室大橋を渡っていないため、大規模兵力は真室川以南には存在しておらず、12~15日の間のみこちらは自由な行動を行えるし、兵力は消耗しているものの、放火をする程度の兵力ならば容易に集められる。
具体的には、食料が尽きかけている中なけなしの食料をかき集め、食料をバカ食いする馬をわざわざ生かしておき、12日夜、馬の上手な士官と兵10名ほどを真室へ送り出したのだ。


導術兵が一人含まれているため、合流は可能だろうし、万が一ダメなら降伏しろと言い含めてある。
これを行う士官には妹尾少尉をチョイスした、順調に行けば14~15日の間に帰還するだろう。
性格を考えれば兵藤少尉が理想なのだが、残念なことに彼はあまり乗馬が得意ではないらしい。
幸い、次点として考えていた妹尾少尉がそれなりに乗れるということだったので、彼にやってもらうことにした。
正直な話、もっとドラスティックで、有能な部下がいたら良かったんだけど。
ちらりと横目で新城を見るが、新城だけは駄目だ。
俺がケガで前線指揮をできない以上、陣地戦以外の野戦指揮はすべて新城にこなしてもらわなければならない。
具体的に言うと、帝国の架橋を妨害できないのだ。

「さて、補給がいつ来るかは知らないけど作戦会議だ。妹尾は遠出、松岡は偵察に出ていていないから、漆原と兵藤と西田を会議用の天幕に呼んでおいてくれ。」

なんとなく何か言いたいけれども、別に言うべきことがないという感じの微妙な沈黙が流れた後、失礼しますと一言おいた上で新城は天幕を退出していった。
新城が見えなくなったのを確認した後、近くにあった松葉杖を手にとる。
器用な兵が作ってくれたもので、無骨ながら必要最低限の仕事は果たしてくれる。
ただ、何があれってめっちゃ重い。
アルミやチタン、強化プラスチックとは行かないまでも、普通は軽い素材の木を使うのだが、選り好みすることもできず即席で作ったものなので重い。
もっとも、贅沢は言えない状況なので文句を言う気はないのだけれども。


傷の具合も良好だ。
水は川からいくらでも取れるため、傷口の洗浄には苦労はしない。
包帯も大隊の人員が大幅に減少したので余り気味だし、気温が低いため腫れや化膿も最小限に抑えられている。
後遺症が残るかどうかが不安だが、傷だけならばアレクサンドロス作戦前には必ず完治するだろう。


余談だが、この大協約世界の医療技術は予想外に低かった。
さすが、各種技術がナポレオンあたりというだけあって、現代の医療概念が全く通用しない。
特に何がヤバいって、消毒っていう概念がない。
それ以前に、細菌やウィルスの存在を前提に話したら療兵に、なにこいつ?みたいな目で見られた。
戦場なんだから妥協しろ、とかそういうレベルじゃない。
とりあえず、少量の湯を沸かして、そこで簡易的に煮沸消毒をした包帯を使ったよ。
戦場に出るまで全く考えていなかったことだけど、医療関係の技術の向上をなんとかして考えた方がいいかもしれん。
といっても俺自身そこまで詳しいわけじゃないから、何をすればいいのかわからないのだが。


とりあえず体を起こし、松葉杖を突き前進。
会議用の天幕まで距離はないため、一人でもあまり不自由は感じられない。
ただ、それ以前にかなり寒いが。
10m程の距離を歩き、会議用天幕の入り口をくぐる。
そこには、宿泊地を離れている妹尾と松岡を除いた、すべての士官が揃っていた。
さすが新城、手際がいいというのか、なんというのか。


俺が入ると同時に全員が起立し、こちらに立礼を行う。
敬礼は室内の場合はなしだ。
水軍はこういう所がゆるいらしいのだが、陸軍は厳しい。
適当にやってきた、俺や新城と違って、他の士官の礼はタイミングから角度まで、すべてが揃っている。
普通ならこちらも答礼を行いたいのだが、こちらはバランスの都合上礼ができないため、軽く敬礼を返す。
素早く肩を貸してくれた新城に礼をいい、着席する。
俺が座ったのを確認して、他の士官たちも腰をおろす。

「さて、諸君に悪い知らせだ。我々は殿軍を転進司令本部から仰せつかった。これより10日間、美奈津浜へ帝国が近づくのを阻止しなければならない。」

出会い頭の訃報に、新城を除く全員が嫌な表情を浮かべる。
兵藤少尉など、期待が外れたことによる失望感も一潮なのだろう、明らかに肩を落としている。

「これより、我々は補給と増援の到着を待ち、各種準備が整い次第作戦行動に移る。何か意見は?」

俺の中では、起草は出来ている。
なにせ、原作の焼き直しをすればいいだけだ。
俺が動けず、新城が指揮官でない以上多少の修正は必要だろうが、大した問題ではない。
ここで意見を求めたのは、主に新城に焦土戦術を含めた各種作戦を立案させるためだ。
俺の功績は少なく、新城の功績は多く、これが基本だ。

「大隊長殿、よろしいでしょうか。」

俺の指示を仰いだ上で、新城が計画を述べ始める。
新城の提案した計画の骨子は二つ。
俺を中心として、1個中隊を当てる焦土戦術兼、苗川での陣地構築を行うグループ。
新城を中心として、残存した剣虎兵、全ての剣牙虎、全ての砲を含めた2個中隊で撹乱、遅滞戦術を行うグループ。
この二つを作り、最終的に消耗した帝国軍の攻撃を小苗川で迎撃するというものだ。
特に打ち合わせはしていないが、内容に関して突拍子のないものはない。
原作と比べ、焦土戦術の提案が早いのは、既に真室の穀倉へ手を出しているからだろう。
俺にとっては、あまり驚くほどのものじゃない。
あくまで俺にとっては、だが。


上官への提案という形を取っているため、原作のようなもったいぶった説明は行われない。
特に、焦土戦術に関する概要だけは既に話し合い決めているため、原作の説明には質量共に遠く及ばない。
これは、原作以上に反発がでかいかもしれない。
案の定、新城の話が進むにつれ、漆原少尉や西田少尉の表情が強ばっていく。
新城の提案は5分ほどで終了したが、それと同時に漆原大尉が発言を求める。

「しかし、大尉殿の提案では衆民への配慮が全くなされておりません、それに真室の穀倉が残っている以上、この計画は既に破綻しています。」

素早い反論。
さすが原作随一の優等生だ。
ここらへん佐脇俊兼に通じるものがあるんじゃないか?
反論を行おうとする新城を制し、こちらから発言を行う。

「それに関しては既に手を打ってある。妹尾少尉がこの場にいないのは、それが理由だ。」

新城に責任を全て押し付けるっていうのも魅力的だが、これに関しては俺が関わっていることを明言しておかなければ、新城が独断で兵を動かしたことになってしまう。

「っ!真室の穀倉を既に焼き払ったということですか!?」

「正確にはまだだろうが、そうなるよう手配してある。」

新城を除くこの場にいる全ての人間の敵意がこちらを向く。
うん、これは嫌だ。
新城はどSだからいいが、小心者の俺にはきつい。

「それでは彼らはどうやってこの冬を越すというのですか!」

「落ち着け少尉。焼いたのは市の穀倉だけだ。残念なことにな。」

「残念なことに!?その行動で多くの人間が餓死するかも知れないっていうのにですか!?」

怒りで前が見えなくなっている漆原少尉の言動は、既に上官に対するものでは無くなっている。

「真室は大協約で守られていない。我々が撤退した時点で、あそこは……。」

流石に言葉を濁す。
上官である以上、非情を演じきらなければいけないのに言葉が続かない。

「漆原少尉、大協約で守られていない以上、真室の男は殺され、女は犯され、食料や価値のある物は根こそぎ奪われる。穀倉一つ燃やされようと、結果に変化などない。」

俺の言葉を継いだ新城が、おそらく真室に訪れるであろう未来を述べる。

「っ!!」

非情ではあるが、正論である新城の言葉に、漆原少尉が言葉を詰まらせる。
一方、漆原少尉が興奮していたせいで逆に落ち着いたのか、西田少尉が比較的冷静に発言する。
ただ、先程から、新城と俺の両方が答えに回っているため、どちらに向けて発言をすればいいか困っているらしい。

「真室を救うことができないのはわかりました。それでは、美奈津までの衆民も全て見捨てるのですか?」

「そうはしない、補給として送られてくる馬車を使い、道中の衆民は美奈津へ押し付ける。」

上官としての義務だ、新城に押し付けるわけにもいかない。

「俺の率いる部隊がそれらのことを行っている間、衆民が帝国に捕捉されないよう、新城大尉の部隊が帝国軍を撹乱する。衆民の大部分は捕捉されないだろう。」

おそらくこの中で一番冷静だろう兵藤少尉が続いて質問を行う。

「しかし、我々が村を焼いたら、衆民の信用はズタズタになりはしませんか?」

「そのために、帝国軍の制服を用意してある。この服を着て村を荒らした後に、我々が駆けつける。そういうシナリオだ。」

一応の納得を得たのか、兵藤少尉が軽く頷く。
おそらく、この大隊で、新城の次にドラスティックな考え方をする人物なのではないだろうか。
少なくとも、普通の人間では容易く納得はできないだろう。

「しかし、美奈津が襲われたらどうするんですか?」

「襲われない。美奈津は大協約によって守られているからな。」

原作で新城がイラついて、講義という表現を持ち出してきた質問だ。
正直、士官ならばこの程度のことは知っているべきだと思う。
特に軍人ともなれば使うことも多いだろ、と言いたいのだが、特志幼年士官学校では大協約に関する授業は一切行われなかった。

「一つ。」

そう前置きしてから、西田少尉が話しだす。

「焦土作戦については、大隊長殿は既に把握なさっていたようですが、既に決まっていたことなのですか?」

「焦土作戦に限っては、そうだ。もっとも、これ以上の作戦が提案された場合は、そちらをとる可能性もあったが。」

質問は?と言葉を続け、発言が出ないことを確認してから次の話に移る。

「それでは、これより先の戦略については先の案を採用する。」

異論はでない。
もっとも漆原少尉は消沈しているからというのが大きいだろうが。
嫌な感じの沈黙が広がっており、誰も発言しない。

正直、向かないと思う。
人に、前世では考えられないほどの人間を一手に動かしている、それ自体には得難い快感を覚える。
だけれども、こういう命令を下すとなると、部下とまともに目も合わせられなくなる。
少し重い。
これが少しで済んでいるのは、自分が死んでも新城がいるという甘えと、たとえ大隊の人間がほぼ全滅したとしても、原作通りなんだから仕方がないという逃げ場があるからだ。
最初こそ、普通にやっていけるかと思ったが、大隊の半分が一夜にして死んだのは堪えたらしい。
こう言う精神状態になると、積極策を出せなくなるというから、俺が怪我をしていてちょうど良かったのかも知れない。
負傷してもしなくても、野戦は新城に任せるつもりだったけど。

「それと、簡易的な再編成の表だ。目を通しておいてくれ。」



現存兵力435名(援軍は未到着。)
予想される援軍は、約300名(銃兵250名、砲兵50名)

焦土作戦を行うグループ(1個中隊約150名、内導術2名)
指揮官      :益満保馬少佐
鋭兵中隊     :兵藤少尉(130名弱)→銃兵小隊×3(各約30名)、短銃工兵(約30名)、療兵分隊(約10名)
給食分隊     :(5名)
輜重小隊     :(鋭兵による交代制、馬曳化。)

備考
撤退途中で部隊に組み込んだ兵を基幹に、第3中隊の工兵を加え構築。そのため、構成人員の7割以上を敗残兵が占める。
撤退中にある砲の回収も任務に含める。
妹尾少尉は、帰還後こちらへ合流(予定)
陣地構築も並行して行う。



野戦を行うグループ(2個中隊約600名、内導術2名)
指揮官      :新城直衛大尉
剣虎兵中隊    :西田少尉(約170名、剣牙虎16頭)→捜索剣虎兵小隊(35名、剣牙虎4頭)剣虎兵小隊×3(約35名)療兵分隊(約10名)
鋭兵中隊     :松岡少尉(約150名)→鋭兵小隊×4(各約30名弱)療兵分隊(約10名)
鋭兵中隊     :漆原少尉(現在未到着。想定人数、約150名)→鋭兵小隊×4(各約30名弱)療兵分隊(約10名)
砲兵中隊     :増援の士官が指揮(約100名、平射砲6門、騎兵砲6門。想定される増援を含む。)
給食分隊     :(20名)
輜重小隊×3 :(鋭兵による交代制で運用。)


備考
砲兵中隊の不足人員は、益満保馬少佐指揮下に入らなかった敗残兵より流用予定。



総勢:約735名(想定人数)
なお、各数値の端数は省略



「……。」

微妙な沈黙が広がる。
なにせ俺の部隊は、俺を含めて士官が2名、部隊の人員は6割以上を捜索剣虎兵第11大隊以外の人間、残りを援軍により補充している。
装備も全員にライフル銃を装備している新城の部隊と違い、一部兵にしか渡されていない。
部隊が壊滅した兵が多くを占めるため士気も低く、大隊の負傷兵の多くがこちらに配備されている。
これらの要素を踏まえて考えると、1個中隊と銘打っておきながら戦えるのは、100名足らずに過ぎない。


反面、新城の部隊は充実している。
1個大隊くらいなら小細工なしで、正面から殴り合える兵力だ。
大隊の剣牙虎、砲、装備、全てが優先して配られている。
これらの部隊の違いは素人にさえ歴然だろう。


漆原少尉がこちらに含まれていない理由は、今更言うまでもないだろう。
わざわざトラウマを植え付ける必要もない。
それに、友人とは言え、いちいち突っかかってくる部下は好ましくない。

「……大隊長殿、これを本当に実行されるおつもりですか?」

新城が微妙な空気を伴ったまま発言する。

「ああ、こっちの部隊は戦う気はない。ほぼ全員が焦土作戦と、防御陣地の作成以外の仕事はしない。逆に言えばそれだけのためにこれほどの人員を、確保したんだ。」

この決定は新城にも知らせていなかったため、この驚きは俺以外の全員が共有しているものだろう。

「俺は負傷しているため、前線指揮ができない。だから先に後方に下がり、後の戦いのための準備を行う。」

指揮官が逃げるのかという批判が出るかも、と考えていたのだが、意外にそのような意見はでない。

「しかしそれでは、大隊長殿が指揮をしづらくありませんか?」

?西田少尉の発した質問の意味がわからず、少し思考が止まる。
……ああ、なるほど。

「新城大尉に、後退戦闘における全ての指揮権を移譲する。俺は口を出さない。」

天幕に本日2度目の沈黙が広がる。
おそらくこの沈黙は、どっちが大隊長なんだ?という心の声の表れだろう。
確かにこれは色々とおかしいかもしれん。
でも、絶対コッチのほうが効率がいいし、俺のやりたい事もスムーズに出来る。
平時ならば上官に止められるだろうが、戦時、しかも敗軍にそんな人間はいない。
ただ、反論されたら面倒かも知れない。
いちいち、説明するのもいやだし。

「異論がないならば、本会議はこれで終了する。補給が到着次第もう一度招集をかける。」

反論が出る前に、会議を打ち切る。
どうせ議題は出尽くしたのだし、何をするにしても補給待ちだ。
これ以上話すことはない。
衝撃的な焦土戦術の発表と、さらに衝撃的な大隊長の実質的指揮権移譲宣言に、基本無表情な新城以外の全員が困惑した表情を浮かべている。

「以上解散。」

松葉杖を取って立ち上がると、入ってきた時と同様すかさず新城が肩を貸してくれる。
他者を執拗というまでに観察する新城だからこそ、こういった気配りができる。
参謀だろうと、指揮官だろうと難なくこなせる能力の高さの一因は、こういった観察力の高さなんだろう。
入り口まで手伝ってもらい、それ以降の手伝いは断った。
これから自分がやらなければいけないことを考えると、少し一人で落ち着きたかったから。


待望の援軍と補給は、半日を待たずして到着した。
各種の準備を終えた新城の部隊は、準備を整えると夜中のうちに宿営地を離れた。
原作を大幅に上回る砲兵と剣牙虎、銃兵はこちらが早めに取ってしまったから、原作とあまり兵数は変わらない。
それでも、戦力としては原作を大きく上回っているはずだ。
細かい指示は一切出していないが、おそらく原作以上にうまくやってくれるだろう。


俺もあまり長居している時間はなく、早めにでなければいけない。
焦土作戦を行うのが早ければ早いほど、助かる衆民の数は増えるだろう。
そして、それ以上に急ぎたいのが築城だ。
原作よりも長い時間があるため、この時代のスタンダードとはいろいろと違うものを作れるはずだ。
人の嫌がることを強要しなければならない欝な気分と、初めて未来の知識を存分に使えるかも知れないという興奮、その二つが入り交じった微妙な気持ちで、俺の部隊は宿営地を後にした。




あとがき
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

焦土作戦なんですが、以下の理由によりカットすることにします。
・主人公が負傷中のため書いてもそれほど動きが無い。
・漆原少尉のイベントがない。
・原作をなぞるだけとなると、主人公の心理描写が中心になり、誰得な文章になる。

部隊編成は素人なりに全力でやりました。
ツッコミは歓迎します。




[14803] 第八話
Name: mk2◆1475499c ID:2f98b6bf
Date: 2010/06/19 17:50
楽な戦だった。
隊列に固執し柔軟さを持たない皇国との戦いは、アスローンとの戦いや南冥民族国家群蛮族との戦いなどで多くの経験を積んでいる帝国兵に取っては、赤子の手を捻るも同然である。
少なくとも、天狼開戦後数日はそう思われていた。
兵力差において数千もの差があるにも関わらず、帝国は勝利を収め、消耗も少ない。
一部の将校からは、前評判よりも楽な戦になるのではという意見が出たほどだ。


逃げ損なった皇国の敗残兵を蹂躙し、守る者のいない北領の要を占領。
皇国軍主力の集まる北美奈津浜までの数十リーグ、その間に組織的抵抗の可能な部隊は大隊が1つに、弱兵で知られる旅団が1つ。
対するこちらは先鋒だけでも精強で知られる帝国猟兵2個旅団、援軍を含めれば総勢4万の大軍。
数日中には北美奈津浜に突入、今だ残る1万2000の皇国兵を排除し、来たる夏の皇国内地上陸計画の負担を大きく減らすはずだった。


その計画が大きく狂ったのは2月11日、真室大橋を無傷のうちに奪取しようとした帝国2個旅団が、今だに遭遇したことのない兵科の伏撃により2個大隊を超える損害を出した時からだった。
敵兵の数は1個大隊と少なかったものの、猛獣と一体化した戦列を組まない攻撃により、初めて帝国は計画の変更を余儀なくされた。
この戦いによって、敵大隊の本部は壊滅したと思われたものの、それを感じさせない執拗な抗戦により真室大橋の確保は失敗。
その後も、真室架橋中の昼夜を問わない砲撃、帝国猟兵の偵察部隊の駆逐等、様々な撹乱攻撃により帝国はその侵攻速度を低下せざるを得なくなっていた。


特に侵攻速度の減退の最大の要因となったのは、皇国による徹底した焦土作戦である。
接収した場合兵の宿泊施設にもなり、時には薪の代わりにもなる民家を全て燃やし、米一粒さえ残さず、井戸という井戸に毒を投げ込む徹底した焦土作戦により、時間あたりの歩行距離は3リーグにまで低下。
そして捕虜にした、真室の糧秣庫に火を放ったと思われる皇国兵の自供を得るに至り、帝国兵達はその行動に狂気に近いものさえ覚えていた。





「もうじきですね。」

帝国軍第21東方辺境領猟兵師団参謀アルター・ハンス中佐が上官に語りかける。
帝国軍の中隊横列は苗川まで5リーグの地点まで迫り、既に苗川とその後方の陣地はこちらからでも視認できるようになっていた。
彼らがいるのは苗川対岸に布陣する皇国陣地から7リーグほど離れた地点。
大協約世界に7リーグを超える射程を持つ兵器は存在しない。

「ああ。」

帝国軍第21東方辺境領猟兵師団司令官シュヴェーリン,ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将は言葉少なに返す。
兵を、というよりも人間への愛情の深い彼は、自分たちの後方で苦しんでいる兵に思いを馳せていた。
彼の周囲を完璧な隊列で歩く猟兵の列は壮観だが、その実態は余りにも悲惨だ。
所持している糧秣は彼らのものでさえ必要最低量に届かず、軍主力では食事を摂れていない兵も多い。
本土から糧秣を運ぶにしても、想定以上に速い侵攻速度に兵站がついていかず、輜重部隊からは限界を主張する声が聞こえるようになっていた。
おそらく兵站が整うまでの間、多くの人間が寒さに震え空腹に苦しみ、最悪餓死や凍死する人間もでるだろう。
しかし、ここを突破し、今だ皇国軍の残る北美奈津浜に突入することができれば、皇国の糧秣を確保できる可能性もある。
それを実現することができれば、現在の状況を打破しうるかも知れない。
しかしそのためには、ここ数日間帝国に対して様々な手段を以て戦術的抵抗を続けている大隊の陣地、その目の前を渡河しなければならないのだ。


敵の情報をつかむために何度か送り出した偵察部隊はその殆どが帰還せず、断片的に得られた情報からやっと、敵が大隊規模で例の猛獣使いであるということが判明したものの、苗川付近まで近づくことはできず、敵の本隊と接触するのは今回が初めてという形であった。

「あと、5リーグですね。敵の真室大橋架橋時の砲撃から見て、擲射砲や臼砲は持っていないと願いたいものですが。」

アルターが、話しかけているのか、独り言なのか判別のつきにくい言葉を発したとき、遠くでズンという口径の小さい砲に特徴的な、比較的軽い音が聞こえた。
前方に見える苗川付近から僅かに煙が上るのが見える。
そして、一拍というには長い時間が過ぎ、ヒュルルという風を切る音を伴い、黒い点が十数個飛来、大隊先鋒の上空でその形を崩した。
奇襲を警戒した隊形であったため、本隊と先鋒の距離は近い。
本隊の先を進んでいた第37猟兵大隊、その中央部に楕円状の無人地帯が作られており、その一帯は雪国に相応しくない赤色に染まっていた。

「敵の擲射砲?それにしては被害が少ない、奴ら騎兵砲を斜面に据え付けたな。」

ヒゲに覆われた顔を、誰が見てもそうと分かるほどに歪め、シュヴェーリンが呟く。

「うまいものです。今回の敵、あそこまで柔軟に兵を動かせるものなど帝国にも多くはないでしょう。」

彼らが会話を交わす間にも敵から数回の砲撃があったものの、その命中率はさほどでもなく、この砲撃自体が無理のあるものであることがうかがえる。
そして計6度ほどの砲撃が行われ、敵の攻撃は終わった。

「今のは牽制で、本格的になるのは3リーグを切ったあたりからでしょうね。」

数度の砲撃を受けてもその進軍速度を緩めず、隊列も乱さない帝国軍の勇姿を眼下に収めながらアルターが言う。

「敵もそれなりに準備をしているだろうとは思っていたが、予想以上だな。」

流石に肉眼では厳しいが、望遠鏡を使えば敵陣の概要くらいはわかる。
15間ほどの高さの丘陵地に沿うように作られた敵陣地は、不思議なことにクモの巣を簡易化したような形容し難い形に作られており、大隊の人員が入るには少しばかり大きく見える。
またその前方には、馬防柵が二重に構築されており、歩兵や騎兵の進軍を妨げるように渡河直後の地点に幅広く作られている。
一つは敵陣地から30間ほど進んだ地点にあり、これは非情に簡易的な作りだ。
ところどころ、完成しきっていないところを見ると、最後まで作り切れなかったのだろう。
騎兵ならば場合によっては蹴散らせそうな作りだが、川を渡ったばかりの兵には大きな障害になるだろう。
二つ目は敵陣地の目の前、塹壕(当時の言葉を借りるならば堀や溝というべきだが、まさにそれは塹壕であった)に沿うように作られている。
前方のものとは違い、素材を選んで作られたと思われるそれは、野戦用の急造品とは思えないほど入念に作られており、基本形となる柵に加え数十年前まで実戦で使われていたパイクを思わせる、鋭角に削られた木杭がところどころ設置されていた。
材料に使ったのだろう、苗川に架けられている橋の一部がなくなっている。

「はい、おそらく今日は無理でしょうね。」

アルターが懐中時計に目を落とした後に、もうすぐ沈んでゆこうとしている太陽の方に顔を向ける。
現在の時刻は既に午後第4刻を回っており、夏場なら明るい太陽も既に沈みかけている。

「だが、やらねばなるまい。ここを早く落とさねば敵主力突入への絶好の機会を逃すことになる。1寸1点も無駄にできん。」

敵主力が北美奈津を脱出すると思われているのが24日、今日を除けば4日しかない。
そして、時間がたてばたつほど与えられる被害は少なくなる。
それ故に、今この時、師団司令部の人員、その殆どが今の状況に焦れていた。


先の敵の砲撃から半刻、帝国軍先鋒が苗川より2リーグ半の地点まで来たときに、再び対岸より砲声が響いた、
師団司令部からの光景は先ほどと変わらないが、着弾までの時間は先程よりも明らかに早い。

「まずいな。」

二人の近くにいた野戦参謀が小声で呟く。
それは突撃発起地点にまだ届かないにも関わらず、行われた敵の砲撃であり、そして砲声の数でもあった。

「20前後、騎兵砲が1個中隊規模もあるというわけか。」

苦々しい声、しかしその心境はこの場の全員が共有しているものであった。
一度の攻撃で50人近くが死亡する。
これは無視できない量の犠牲だ。

「アレクセイ中佐、砲兵の展開はまだか。」

いらだちも顕にシュヴェーリンが尋ねる。

「我々の部隊は機動力のある猟兵と騎兵を基幹としており、師団の主力砲兵は後方です。加え擲射砲が無い我が部隊では最低でも2リーグを切らなければ展開は難しいでしょう。」

シュヴェーリン少将の指揮する第21東方辺境領猟兵師団は、東方辺境領の特色通り猟兵を基幹とした移動力重視の部隊編成となっている。
よって、これらに随行するのは砲の中でも比較的身軽な騎兵砲や平射砲のみであり、より砲撃戦に特化した編成は第27東方辺境領砲兵旅団が担っている。
野戦ではこの砲兵旅団に加え、鎮定軍直轄予備に独立砲兵大隊が3つ、独立重砲兵大隊が2つと皇国を上回る量の砲兵が存在しているのだが、地面のぬかるみや、疲弊しきった兵站、そもそも移動に時間がかかることも加えここには来ていない。
実際、可能ならば各種砲兵や猟兵をより多くつれてくるのだが、糧秣の不足がそれを許さなかった。

「今更そんなことを言われんでもわかっている。その展開がいつになるのか聞いているんだ。」

叱りつけるような口調に、野戦参謀であるアレクセイ中佐が凍りついたように姿勢を伸ばす。

「はっ、敵の砲撃下で、となるとまだ半刻以上はかかると思われます。」

半刻後に展開が終了、それからの砲撃となるとさしたる効果も上げられずに夜を迎える可能性が高い。
その報告にシュヴェーリンが大きく舌をうち、それにアレクセイがまるでムチで叩かれたかのように反応する。

「やむをえん、砲兵は後退させろ。猟兵のみでの渡河突撃を敢行する。」

彼は先程までとは色の違うショックを受けたような表情を浮かべ、しかし、2度尋ねることはせず伝令の元まで駆けて行く。
それを見送ったアルターが、声が聞こえるほどの距離に兵がいないことを確認し小声でささやいた。

「ユーリィ、猟兵のみの突撃となると、」

その発言をシュヴェーリンは片手で制する。

「わかっている、しかし時間が無いのだ。つまるところ、我々は少しでも敵を消耗させなければならん。」

本人であるが故に、自分の発言の重さを知っているのだろう。
元来、攻城戦というものに奇手は存在しない。
これに関しては三国志やアレクサンドロス大王、ローマ帝国、百年戦争、いつの時代も同じだ。
攻者三倍の法(これ自体胡散臭いものではあるが。)に基づき、可能な限り多くの兵を用意し、永続的に攻撃し続けるしかない。
今回の戦いにおいては皇国側に城壁が存在しないため、主な手段としては地中を掘り進み、敵陣地下部で火薬を爆発させる、迂回し敵を包囲する、砲の支援のもと、ひたすらに肉の壁で敵を圧倒する、無視する。


この程度の選択肢しかない。
これ以外の選択肢が成功することもあることはあるが、それはたいてい敵の慢心や油断、怯懦、指揮官の無能により得られるものだ。
敵がまともならばこのような僥倖はあまり望めない。
このようなただでさえ数少ない攻城法は、非常に厳しい4日以内という時間の制限と、敵前面にある苗川の存在により、さらに減少する。
残るのは迂回と、正面からの突撃しかない。


突撃発起線というものが存在しないこの時代の兵は、しかし当時最先端の隊形である中隊横列を用い砲火の中を果敢に前進する。
親しかった友人が物言わぬ屍となり、その返り血を浴びながらもその士気は衰えない。
こちらの攻撃は全く届かないにも関わらず、その前進速度は下がらない。
小隊を掌握する士官が死んでも、即座に別の士官がそれを掌握する。
その軍隊の模範とも言える行動は、大協約世界だけではない、こちらの世界においてさえ賞賛されるべきものだった。
士気の高い兵を集めることができる志願制と、大国ならではの潤沢な資金による高度な軍教育、この二つが見事に融合している帝国の軍制度の賜であろう。
これがもしも一般的な野戦だったならば、敵を鎧袖一触に蹴散らすことも不可能ではないはずだった。


投入された第18歩兵連隊が苗川まで1リーグの地点まで迫ったときにそれはおきた。
簡易的な掩蔽壕により、敵からの視認と攻撃による脅威を大きく減らした平射砲からの攻撃。
その威力と命中精度は騎兵砲の比ではない。
第18猟兵連隊の中でも突出していた第37大隊、先程の攻撃により消耗はしているものの今だ健全な戦闘力を持っていた部隊の前方で大きな着弾音が響きわたった。
着弾と同時にはね上げられる土と煙、その隙間から赤いものがチラホラと見える。
一拍おいて落ちてきた肉片が顔にへばりつき一人の新兵が悲鳴をあげ座り込むが、それを近くにいた曹長が叱責しようとし、その二人を周囲の兵ごと砲弾が消し飛ばす。
手がもがれ、足がもがれ、手当が早ければ助かるであろう兵が、しかし誰からも見向きもされず死んで行く。
沈みかけた太陽に照らされオレンジ色に染まる雪原が真紅に染まる光景、それはまさに地獄と言っても差し支えのないものだった。


それでも、数において圧倒的優勢にある帝国軍は、先頭の大隊に多大なる犠牲をもたらしながらも突き進む。
現在投入されている第18連隊、その消耗率はまだ全体の20%にすぎない。
例えば1リーグ進むごとに100の兵が死ぬのだとしたら、帝国の勝利はゆるがないだろう。
しかし皇国陣地へと近づくにつれ、死傷率を表す放物線は急上昇する。
そして彼らが苗川へと足を踏み入れたとき、皇国による鋭兵の斉射が開始された。


わずか25間の川、しかし冬場の川の水温というのはただ凍っていないだけで、ほぼ0度といって良い。
それに腰までつかり、動かなければ殺されるという異様な精神状態で、不整地である川底を、走破性の悪い軍靴で走る。
普通でさえ自殺行為と呼ばれるそれが、高密度の弾幕の中で行われたとき、それはまさしく自殺に他ならない。
陣頭指揮を行っていた大隊指揮官は苗川を半分も行くことなく戦死、また、いまだ帝国軍の知るところではなかったが、捜索剣虎兵第11大隊は大協約世界初の高級士官への狙撃を行っていた。
死地にありながらも士官の存在でなんとか士気を保っていた第37猟兵大隊は、指揮官の戦死と士官の急速な減少という同時におきた二つの事象のため、体制を整えるまもなく壊乱。
苗川渡河途中に起きた壊乱は、第37猟兵大隊後方を続くように渡河していた第43猟兵大隊を巻き込みながら拡大し、帝国軍第18猟兵連隊は開戦1刻を待たずしてその組織的抗戦力を喪失した。
その結末は敗北、それ以外の何者でもなかった。



「アルター、この状況を打開しうる手はないのか?」

ならばこの会話の発生は必然と言えるのだろう。

「一つだけ、上苗を騎兵部隊で渡河し、向こうの大隊の後方を突くことができれば……。」

優秀な指揮官と優秀な参謀が組み合わさったとき、出てこなければおかしい会話。
少なくともこの時点で、皇国の優勢を打崩しうる手段はこれしかなかった。







ふと目が覚めた。
今だ冴え切らない頭でどうして目が覚めたのかを考え、股間に充塞する尿意に気がつく。
ああ、いつぞやの時と違い別のものでなくてよかった、士官が常にそんなことをしていたら面子が持たないからな、などと考え、まるであれが恒常的になっているかのような自分の思考に少し笑いを漏らす。
士官用の天幕に設置された仮設寝台から身を起こすと同時にかなりの寒さが襲ってくる。
布団の中に戻りたいという強烈な欲求を押さえつけつつ、枕元にあった懐中時計を手に取り目を落とすと午前3刻を示している。
帝国の攻撃が終わって程なくして寝たわけだから、7刻以上寝ていたわけか、贅沢なことだ、戦場ではめったにできない。
誰も起こしに来なかったのは保馬のやつが止めたのだろう。
気張るのはいいが、倒れられても困るというのがわからないのも若さからか。
初の実戦がこれほどまでに苛烈になってしまった、不運な友人の顔を思い浮かべ先程とは別の笑いを漏らす。


外は一面の雪景色であった。
寝ている間に軽く降ったのだろう、天幕の外には60尺以上の雪が積もっており、冬用の装備でないと歩くのにも苦労する。
北領に来て最も戸惑ったのがこの雪の存在だった。
新雪の場合夜間のうちに1間を越すほどに積もり、宿営地を作るにしても常に雪かきをしなければ宿営地ごと雪に埋れてしまう。
どこが道なのかを知るのもかなりの苦労が必要であり、撤退途中に使われた道から少しでも外れるとコンパスなしでは進めず、おまけに道を外れた場合、道を自分たちで作らなければいけないことさえある。
つまりそれほどまでに道路とは重要なのだ。
この地域に住んでいる住民が居住地を維持して行くのに必要な労力を考えると、感嘆の溜息がこぼれる。


そういえばそれを焼いたのはこの大隊だったか、後退途中に見た村々の焼け具合といえば凄まじいものがあった。
提案したのは自分であるし、やるべきであるならば躊躇いもなく火を放てる自信がある。
それでも他人が出来るか、と尋ねられたら半々だろう。
特に、義兄と似通った性格だろうと思っていた保馬がこの提案を採用し自ら行うのは、想定外であった。
提案できる、採用できる、命令されれば実行できる、そういったものとは違う。
この提案を採用し、かつ自らが行うというのは、その責任を誰にも転嫁できないということだ、上官にも、部下にも。
強いて言うならば状況に責任を押し付けることができないこともないが、一般的な皇国の士官ならばこのような選択は絶対にできないだろう。
大抵の士官はそのようなことをするくらいなら、武士道と言う誤った認識のもと玉砕を図る。
少なくとも、軍隊に入って見てきたほとんどの人間はそうだった。


ほぼ雪で埋もれかけているものの、隣に挿してある木杭を見つけ便所らしき場所の見当をつける。
利用している人間もそれなりにいるらしく、雪面に空いている10尺程の穴で用を足した後、懐の細巻きに火をつけ一服する。
笹島中佐を見送ったときに、ふとした会話がきっかけで譲ってもらったものなのだが随分な上物らしい。
癖がないかわりに、メンソールのツンとした香りが口内に広がる。
メンソールと言うものはまだ開発されてからそれほど経っていないため、それを含んだタバコはあまり市場に出回っていない。
メンソール自体は十数年前にアスローンが開発したらしいが、それに目をつけたとある企業が細巻きにメンソールを加えることを考案し、生産、流通ルートを一手に握っているという話だ。
いずれにせよ作られ始めてからまだ数年と言うことで、あまり出回っていない代物である。


頭が動き始めたことを確認し、主力陣地の方へと足を向ける。
苗川対岸の丘にある陣地から、右後方200間程の地点に宿営地はある。
敵砲の射程内ではあるが、前方の丘が敵の視界を遮ることを考慮すればそれほど危険な場所でもない。
さらに敵の流れ弾が飛来しにくいよう、陣地の真後ろではなくかなり右寄りの地点に作られている。
日中はほとんど人がいないのだが、夜間は周辺の警戒に100人ほどを残し他の兵は全て宿泊地まで下がっているので、人が少ないというわけではない。
それでも位置がばれることを防ぐために灯火統制を行っているため、主力陣地までの道は星明かりと光帯の輝きだけが頼りだ。



 宿営地           騎兵砲陣地     ×
                            ×
                大隊指揮所     ×
/////////////////////////
     ●○○○○          ●○○○○●
        ●○○○○   ○○○○●
      ××××    ××××   ×××× /
                          ///●
                           △△/●
                            △△/
       ××× ×  ××××  ×× ×××   ××                      

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~苗川~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

/:丘陵地帯
○:鋭兵
●:平射砲
×:馬防柵
△:前地支隊


それにしても、よくここまで複雑なものを作り上げたと感嘆せざるをえない。
概要だけを見ればそれほど旧来の陣地構築と変わりないのだが、細部を見た場合その全てが違うと言える。
中央部に作られた大隊指揮所から四方に向けて鋭角に蛇行した壕が作られており、その末端も小隊や中隊規模において、十字火線(軍隊では聞いたことがないが、保馬が口にしていた言葉である。)が構築されるように微妙に角度が異なるように作られている。
さらに各所に作られた予備陣地が、いかなる方向からの接敵にも対処できるよう主力陣地を囲うように掘られている。
それら主力陣地とは別に、敵士官の排除を積極的に狙う前置支援部隊というものも存在する。
主力陣地から見て左翼に位置するそれは、より敵に近い位置から精度の高い攻撃が行えるように設置されており、100名ほどの兵と平射砲が3門配備されている。
この前置支援部隊は、戦線維持が行えなくなった時点で、安全な後方の丘陵地帯を通り主力陣地に合流。
その後で、陣地は敵に利用されないよう爆破されることになっている。


意図の見えない作りの場所もかなりの数あったが、尋ねた場合その全てに納得の行く答えが帰ってくる。
保馬の話しを聞くに、現在砲の設置されている地点にもう少し別なものを置きたかったらしいのだが、現在の世界の技術ではまだ実現できないらしい。
その現在はないもの、というのは圧倒的な連射力を持つ銃のことらしいが、それがこの苗川に数個あれば1個師団であろうと止めることができるという話だが流石に眉唾ものだ。
「そもそも十字火線という物自体がその銃があることにより、最大限の効果を生み出すことができるものだ」という言葉で、保馬は陣地に様々な角度がついている事の説明を締めくくっていた。
それ以外にもこの壕の中を歩いていると、膝射を考慮した適度な深さや、壕の外へ進出する際の足場、兵の胸が当たる内斜面の角度など様々な点で戦闘がしやすいよう工夫されていることがわかる。
こちらに到着し、連れていった兵のほとんどを使い潰したと聞いたときは正気を疑ったものだが、この戦術的優位性と引換ならばしょうがないとさえ思えてくるほどのものだ。
一体どこからこんな発想が生まれるのか聞いてみたいが、恐らく答えてはくれないだろう。
昔から、こちらの最も知りたいことは教えてくれないのが保馬の性格だとこちらも理解している。


壕の内部を歩いていくと、通常よりも丈夫そうに作られた掩蔽に突き当たる。
おおよそ十字を描くように作られた、主力陣地の中心部に位置する大隊指揮所だ。
壕の各所に作られている掩蔽と比べると、大人数が入るわけではないためそれほど大きくは作られていない。
しかし、重要性の高い士官や兵が内部にいるため、耐弾性を高めるための工夫がそこかしこに施されている。
入り口両脇で警戒態勢を取っている兵の挨拶に、軽く会釈を返しその中へと入る。

「いい夜だな新城大尉。」

退屈そうに椅子にもたれかかっていた保馬が、眠そうな目つきでこちらに挨拶をしてきた。
作戦立案と定期報告以外に特に仕事が無いため、起きているといってもさしたる仕事があるわけではないらしい。
内地にいるときならば、机上に山ほどの書類が積み重なっているものだが、いまの机の上には、戦況が事細かに書かれた苗川周辺の地図しかない。

「すみません、少し寝すぎました。」

天幕の中には西田少尉に高橋曹長といった、保馬以外の人間がいるため部下としての態度で接する。

「構わないよ。どうせ戦闘が始まっても、俺は掩蔽の外には出られない。大尉の方が危険なところで戦うのだしね。」

サービスだ、そう付け足し内地にいるときと同じように笑う。
少し癖のある髪の毛や、年相応というには少しばかり幼い顔に無精髭を生やしながらも、顔つきはあまりやつれているようには見えない。
漆原少尉が、数日前から暗く淀んだ表情をしているのと比べると対照的だ。

「金森導術二等兵が察知した敵騎兵はどのように?」

「導術による偵察は行っていない、別にこちらに来るならば迎撃すればいいだけだ。」

先日21日午前7刻の時点で、金森導術二等兵が上苗を渡河する騎兵部隊1個大隊を察知した。
それに対して保馬が下した判断は無視であった。
この壕にいた方が、寡兵の俺たちとしては圧倒的に有利だ、それに簡素なものとは言え馬防柵も作ってある。
そして、馬防柵を取り除くためには戦闘工兵が必要であり、敵部隊にそれが見当たらない以上正面から戦わない限り撃退できる。
というのがその判断の根拠だった。
確かに敵に補給がされた気配がない以上、飢えた騎兵は脅威ではないかも知れない。
戦術的には何も間違っていない、そしてその理論に従う限りこの陣地さえ守りきれば負けはしないのだ。
だとしても、導術警戒さえ行わないのは余りにも無防備ではないか、そんな懸念が頭を離れない。


一応警戒も、とは思ったんだが、そう続け親指で大隊指揮所の隅の方を指す。
そこには額の銀盤を黒に近い灰色にして横たわっている、金森導術二等兵の姿があった。

「寝てるよ、起こして働かせるのも忍びないし。妹尾少尉が帰還してくれれば、貴重な導術と士官が一人づつ増えたのにな。」

妹尾少尉は15日夜に真室穀倉への放火に成功したという連絡をこちらによこした後、交信が途絶えていた。

「仕方がありません、万事がうまく行くとは限りませんから。もっとも他の手段をとっても良かった気はしますがね。」

「新城もしつこいな、まあ妹尾少尉の無事を祈るさ。」

軽口の範疇、平時の軍隊ならば許されないだろうが、戦時の、しかもある程度顔なじみが集まった場合、このような軽口も許される。

「かなり念入りに降伏するよう言い含めてありますから、それほど心配することではないでしょう。むしろ彼が生きていたとして、我々が会えるかどうか。」

「案外大丈夫かと思うけど?この2日、やばいと思う攻撃はなかったし、特に昨日の夜間渡河は見ものだった。」

正義や善といった様からは全く外れた笑顔を浮かべて保馬が話す。
21日早朝から続けられていた攻撃が、全く成功の色を見せないことに業を煮やした帝国は、夜間にも関わらず渡河突撃を敢行。
氷点下20度という環境で行われたそれは、渡河に成功した兵が攻撃も受けていないのに倒れるという珍事を生み出した。
帝国の打ち上げた燭燐弾も、皇国の利になるばかりで帝国には全く寄与しない。
無意味な犠牲を出した突撃は2刻も続かずに中止された。

「兵站がまともでしたら、成功していたかも知れませんね。」

先程まで机にもたれかかって眠っていた西田少尉が、会話の音で目を覚まし会話に加わる。
確かに、十分な補給があれば、昨日の突撃はそれほど悲惨なものにはならなかったかも知れない。
増援があった場合、夜間を通して行うこともできただろう。

「まともじゃなかったから兵を休めることができる。いいことじゃないか。」

「現在のところ全てがうまく行っているように見えますね。ひょっとしたら夜陰に乗じて撤退することだって可能かも知れません。」

二人は目の前で嬉そうな表情で会話を続ける。
真実嬉しいのだろう、兵の消耗は死傷者合わせて50ほどしかない。
今のまま行けば、間違いなく任務は達成できる。

「そううまく行けばいいですが……。」

その意見にどうしても同乗することができない。
確かに、確かに今のところ何の問題もない。
しかし僕たちの仲間はそこまで有能だったか?敵はそこまで無能だったか?
それともこれは僕の考えすぎか?
どこか目の前の二人のイメージと齟齬があるような気がしてならない。
こちらの懸念をよそに、二人は内地に帰ったら何をしたいかなどという会話まで始めている。

「帰ったら皇都の女の子に……」

「少尉もやるじゃないか。大尉はなにか……」

そのような会話を聞いていると、戦争の事ばかり考えている自分が馬鹿みたいに思えてくる。
いや真実馬鹿なのかも知れない、未来のことも考えられず、これ以上手をうつことができないにも関わらず無駄な思考を繰り返しているのだから。
そんなことをしているよりは、こうやって笑い合える事の方がよっぽど健全じゃないか。

「僕はとりあえず休みたいですね。戦争のことを忘れてゆっくりしたいです。」

ならこんな会話をするのもいいのかも知れない。






23日明朝、苗川において戦闘を続ける捜索剣虎兵第11大隊の元へ、一つの連絡が入った。

「転進司令本部司令笹島中佐より、捜索剣虎兵第11大隊大隊長益満保馬少佐に吉報を伝える。鎮台主力の撤退順調にして、23日正午には完了するものと思われる。しかし、転進司令本部は25日正午まで貴官らの撤退を待つ予定である。そちらの最も都合の良い行動をとられたし、以上。」








【今回のあとがきはアンケートや事情の説明もあり長いです。興味のない方は飛ばすことをおすすめします。】

あとがき
中継ぎな話です。
原作とたいして差もありませんし、ぶっちゃけ最後の一文以外読まなくてもいいかもって文章ですね。

アンケートは終了しました。




[14803] 第九話
Name: mk2◆1475499c ID:2f98b6bf
Date: 2010/06/19 17:47
その連絡を聞いたとき、思考が止まった。
今なんて言った?撤退の許可?この戦場から離脱してもいい?
嘘だろ、だってそれじゃあ。

「大隊長殿、嬉しいのはわかりますが、そこまで驚かれると兵が動揺します。」

近くにいた高橋曹長が小声で耳打ちをしてくる。

「……すまない。」

いつの間にか席から立ち上がっていたらしく、呆然とした思考をまとめながら席に着く。
おいおい、マジかよ。
撤退するとどうなるんだ?
新城がお姫様と合わなくなって、メレンティンとも会わないか?
バルクホルンやカミンスキィはいいとしといても、フラグが立たない?
OK落ち着け、KOOLになるんだ益満保馬。


例えば撤退したとして、どんな問題が起きる?
姫様、ユーリア・ド・なんとか・ロッシナとのフラグが立たないと、まず姫様が皇国に来なくなるだろ。
いや、ひょっとしてそれ以前に、六芒郭での戦いでなんか起きそう。
なんとか・ラスティニアンの暗殺が成功する?新城がユーリア殿下を殺す?
……案外問題がない?むしろ戦況的に有利?
といっても、9巻以降何が起きるかわからないよな。
もしも姫様が皇国勝利のための重要なファクターだったら?
例えば、皇国が勝利するために東方辺境伯領の裏切りが必要とか、新城の精神的支柱になって支え続けるとか。
やばいな、先が見えない。
北領の戦闘に参加しなけりゃいけなくなった時点で、可能な限り原作をなぞりたかったんだが。


じゃあ、撤退せずに降伏したとして、どんなデメリットがある?
一つ目は簡単だ、降伏が受け入れられずに、皆殺しにされる場合だ。
といっても、原作と違い有利に戦闘を進めている現状ならば、帝国も降伏を受け入れる可能性が高い。
二つ目は時間の浪費だな。
もしも、新城が撤退に成功していたら、2ヶ月以上の時間が手に入る事になる。
その場合、恐らく新城に与えられるだろう、近衛衆兵鉄虎501大隊のさらなる練度の強化が見込める。
もしも事を迅速に運ぶことができるなら、ひょっとしたら、ひょっとしたらだが、アレクサンドロス作戦を阻止できるかも知れない。
三つ目はこちらの事情だが、俺が生き残れたとして、今の階級からすると貰えるのは大隊か?
それの強化にかなりの時間を使うことができる。
……どっちが得だ。

「大隊長殿、守原英康閣下が、我々のためにこれほどの労力と熱意を割いてくださっているのです。これを無下にするという選択肢はありえません。」

松岡少尉が、戦争とは別のところに意志を置いた視線で語りかけてくる。
既に戦闘は始まっており、新城を含めた士官は戦線に出張っている。
ここにいるのは、負傷したせいで掩蔽の外に出られない俺と、予備隊の指揮官であるため戦線に出ていない松岡少尉だけだ。
原作と違い生き残っている、というかそもそも原作に登場していない唯一の士官だ。
はっきりいって、西田少尉以上にイレギュラーな存在だと言ってもいい。
まあ、イレギュラーなだけならまだいい、今の戦況で指揮を執れる人間は何よりも貴重だし(導術には劣るけどね。)、はっきり言って有能だ。
この大隊の士官の中では、20歳と、俺以上に若い士官で、偵察に関する任務では期待以上の働きをするというお墨付きを新城からももらっている。


だが問題はそこじゃない、数日前に判明したことだがこいつ守原に連なる将家の出らしい。
作戦会議中に、兵藤少尉がポロリと司令部の悪口をいったら、もうやばいくらい怒って乱闘寸前にまでなり、それ以降こいつの前で上層部の話は一切できなくなった。
で、ちょっと高橋曹長に聞込みをさせたら、そういうことが発覚したわけである。
実は守原英康の隠し子だったりしないよな、しないよな?

「我々の兵力が低下しているとは言え、600人以上兵はいます。それを撤退させるだけの船となると5隻以上は確実でしょう。用意するのは容易ではない数です。それほどまでに守原英康閣下は、大隊長殿を心配してくださっているのです。」

あーあー、うるさい、うるさい。
なんなんだアンタ、守原の回し者か?

「とりあえず、この件に関しては一旦会議を開いてから決める。参謀の意見も聞いておきたい。」

とりあえずこいつの口を黙らせるために、新城の名前を出す。
やっぱり育みだなんだと言われても、新城の地位は高い。
新城の名前=駒城がバックにいる、という方程式があるからだろう。
益満の名も、低いわけじゃないんだが、守原の名前を傘にこられると対抗するにはちょっと弱い。

「敵が渡河しました、数は300!陣地右翼正面です。」

導術が叫ぶように報告する。
気分を害されたのか、松岡少尉が導術兵をにらみつけるが、まだ新兵の彼はそれに気がつかない。
ただでさえ戦場にいるのに、後方からの連絡を受け取ったりなどで精神的に余裕が無いのだろう。

「松岡少尉、迎撃の準備だ。予備隊を率いて、敵の正面の壕に援軍に行け。」

原作では、新城がとある意図のもとに予備隊を使っていたが、今回の戦況はそれほど切羽詰まっていないため、普通の使い方をしている。
ようは、脆弱な地点の補強だ。
敵の弱点を突くという使い方も、現在の戦況ではありえないため、奇抜な戦術は行わない。
それに、ちょっと五月蝿いし。
何かを言いたそうにしながらも、逆らうわけにもいかず、後ろ髪を引かれるといった様子で掩蔽から出て行く。

「早朝から渡河が成功したのか、引きつけて殲滅すれば敵の消耗も増えるか?」

撤退するにせよしないにせよ、敵を叩いておいて損はしない。
弾薬は、派手に使ってもあと4日は戦えるから気にすることじゃないし、糧秣も十分にある。
どれくらいあるかと言うと、降伏するとしたら、帝国におすそ分けしてあげてもいいくらいある。
まあ、たかが1個大隊程度の糧秣なんて、軍規模になれば何の意味もないだろうし、撤退するとしたら燃やすんだけどね。
まさに外道、そんな言葉が頭に浮かぶ。

「敵壊乱、撤退して行きます。」

導術が10分もたたずに報告してくる。
順調だ、帝国の戦力が2個旅団からたいして変わっていないなら、この3日間で結構な被害を出したに違いない。
対するこちらの被害は軽微、剣牙虎にいたっては1頭も死んでいない。
原作と比べれば格段に違う戦況だな。
……うん、撤退しない方がいいかも知れない。
このまま普通に降伏したら、兵はほとんど死なない。
俺も、新城も、西田少尉も、漆原少尉も、兵藤少尉も、全員が生きて帰れるかも知れない。
まあ、それは撤退したとしても一緒か。
難しい、でも無難に行くならばやはり原作ルートが手堅いだろうか。




23日午後6刻、日が暮れ、帝国が撤収すると同時に俺は士官を大隊指揮所に集め、今後の方針について話し合っていた。
すなわち、撤退するか否かと言う件についてだ。

「撤退しましょう。」
「撤退ですね。」
「常識的に考えれば撤退しかないのでは」
「ですから守原英康大将閣下殿の(ry」
「おまえ、脊髄で考えんじゃねーよ、頭使え頭。」
「撤退するのが定石ではないでしょうか?」

誰が誰だかお分かりだろうか?
上から新城、西田少尉、漆原少尉、松岡少尉、兵藤少尉、中村少尉だ。
先の乱闘未遂事件で、乱闘にはならなかったものの、実は止める前に松岡少尉の右ストレートが兵藤少尉の顔面に炸裂しており、二人の仲は悪いとかいうレベルではない。
どれくらいやばいかと言うと、上官の目の前で言い争いが始まるくらいやばい。

「兵藤少尉、そういう発言は内地に帰ってからにしてもらえないか?数少ない士官を処罰するのは、誰にとっても幸せにならないはずだ。」

若さ故か、すぐにカッとなる松岡少尉が言い返す前に兵藤少尉を止める。
この二人、新城と合流してからというもの、顔を合わせる機会が増えたせいで頻繁にリアルファイト寸前まで行く。
平時なら両方を処罰して、最悪、後備役や後方任務にでも左遷すれば落ち着くのだが、戦地にいる以上そうもいかない。
新城でさえ露骨にため息をついているところを見ると、どうしようもないのだろう。

「各員の意見はわかった。で、兵藤少尉の意見は?」

「あー、自分はどっちでもいいっすよ。大隊長殿的に、生きて帰れる可能性が高い方を選んでください。」

……えっ、撤退しないとダメな雰囲気?
一応決定権はこっちにあるんだろうけど、ここで撤退しませんっていったらKYって言われそう。
皇国の猛獣使い、皇国の守護者、皇国の空気嫁、うん、嫌な響きだ。
まあ、冗談は置いといて

「新城大尉、理由を。」

「ここで撤退すれば兵がこれ以上死にません。それに、戦術的勝利を得ているにも関わらず、捕虜になると言うのも癪な話です。」

ああ、なるほど。
新城は兵が死なないことを最上に考える性格だったな。
その後の理由も新城らしい。

「漆原少尉。」

「新城大尉と同じです。撤退できる状況にも関わらず、撤退しないのは愚者に等しいでしょう。」

……さりげなく喧嘩売ってんのか?

「西田少尉。」

「愚者と言うのは言い過ぎでしょうが、撤退する方が降伏するよりはましな選択肢であるように感じます。」

「松岡少尉。」

「この状況で引くことができるのは大きいかと、もしも降伏が受け入れられない場合、我々は玉砕しなければならないかも知れません。その前に、撤退する方がより安全かと。」

いきなりまともな意見をいうなよ、驚くだろ。

「中村少尉。」

「捕虜になったり玉砕したり、そういったことは自分の好みではないので。」

中村少尉は、13日以降に笹島中佐から派遣されてきた、騎兵砲小隊の小隊長だ。
現在はこちらの騎兵砲を合わせた、1個騎兵砲中隊を指揮している。

「しかし諸君も知っての通り、我が軍は死者は少ないものの、非常に負傷者が多い状況になっている。彼らを輸送する手段があるとおもうか?」

「糧秣が十分にあったため、馬が9頭ほど生きています。それらで馬車を作ればよいかと。いざとなれば猫にひかせることもできます。」


……まあ、そりゃそうか、俺も一度考えて問題ないと言う結論にたどり着いたし。
撤退は嫌なんだけど、単純にどっちの作戦が兵の消耗が少ないかって聞かれたら、間違いなく撤退なんだよね。

「わかった、これより撤退の準備を始める。」

上官命令で無理やり従わせる手もないわけじゃないけど、正直そこまでしたくない。
それに、確固たる自信があるわけでもないのに、権力を振りかざすのはあまり好みではない。
どちらに行っても結局先が見えないならば、短期的にでも実利の見える撤退を選択するのが良策だろう。

「騎兵砲及び平射砲はこれらをすべて破棄、牽引に使われていた馬は、兵員や物資の輸送に使うように、中村少尉はこれを指揮しろ。」

一瞬反論が来るかな、と思ったが、中村少尉はなにも言わずに頷く。

「新城大尉は宿営地の撤退の指揮を、松岡少尉と漆原少尉はこれを手伝え。西田少尉は旗下の中隊を連れて警戒を。」

一番様々なものがあるのは後方の宿営地だ。
人数も必要だろう。

「兵藤少尉は俺と残って、陣地の方の後片付けだ。」

そして、一番物が少ないここ主力陣地の処理、特に重要書類もないし、燃やす物もない。
ただ、鹵獲されて帝国に使われるのも癪だな。

「とりあえず北美奈津浜まで行ければいい、余分なものは可能な限り処分していこう。」

全員の顔を見渡しながら言い含める。
それぞれが心の中で何を考えているかは知らないが、とりあえず異論はないらしい。

「撤退の準備に備品の処分、共に一切の火の使用を禁じる。申し訳ないが灯火管制だ。」

原作の虎城の戦いでは、新城が堂々と撤退していたが、そこまでリスキーなことはやりたくないし、状況も違う。

「それ以外の細かいところは諸君に任せる。新城大尉、糧秣と弾薬だけは多めに見積もって準備しておいてくれ。1刻後にはここを発つ。以上。」

その言葉を合図に、兵藤少尉を除く全員が席を立ち外へ出て行く。

「兵藤少尉、各掩蔽を回って、可能な限り必要ないものを処分しておいてくれ。書類の処分にのみ、帝国にバレない範囲で火も使っていい。」

さて、とりあえず指示は出し終えたか?
時間も1刻あれば十分だろうし、夜間のうちに距離を伸ばせば敵に追いつかれる心配もない。
できることも、もうこれ以上のことはないだろう。
もしも何か起きるとしても、その時に対処すればいい、難しいことではないのだから。


座っていた椅子の背もたれに大きく寄りかかる。
既に指示は出し終えたし、怪我をしているから仕事を手伝うこともできない、下手をすれば足手まといにさえなるかも知れないからだ。

「……大隊長殿。」

そんな俺に、高橋曹長が言いたくないけれども、言わなければならない、そういった相反する感情が入り混ざった妙な声で呼びかけてくる。

「なんだ?」

少し身構える。
こういった声を聴く時は、たいてい何か面倒なことが起きている時だ。

「一つ、大隊長殿がしなければいけない義務があります。」

教師が教え子を諭すような、親が子を見守るような、不幸を告げる親戚のような、そんな表情を浮かべて彼は続ける。

「義務?」

聞いたことはない。
指揮官の役目、原作に書かれていた新城の行動、そのどちらにも外れるような事はしていないはずだ。

「これだけは指揮官がやらなければ兵が納得しません。」

そう一拍おいたのは、躊躇いがあったからだろうか。

「……負傷者の介錯です。」

重々しく放たれたその言葉は、俺の耳に妙に生々しく届いた。



あとがき
元々は10話と9話は一つの話にまとめるつもりだったのですが、文体の落差が激く已むを得ず分けました、数日後には続きを投稿したいです。
ところで、文章を書けば書くほど、自分の文章力が落ちているように思えるのってなんででしょうね?他の作者さんも、よくそう言っているのを見かけますが。



[14803] 第十話
Name: mk2◆1475499c ID:2f98b6bf
Date: 2010/06/19 17:48
先に行ったアンケートで、多くのお叱りを受けました。
軽い気持ちでこれを行なってしまったこと、心から謝罪させていただきます。
本来ならば、全記事を削除するべきなのですが、私は小胆なためそこまでの行動に踏み切ることができませんでした。
もしもこれ以降、記事を削除すべきと言う意見が大勢を占めるようならば、その忠告に従い記事を削除させていただきます。
お騒がせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。






撤退は予想以上にうまくいった。
敵に襲われることはもちろん、天災にも見舞われることもない。
唯一のトラブルというべきものがあるとしたら、24日の早朝から霧が出始めたことだろうか。
それさえも、俺自身に取っては原作通りの事で、驚くようなことではない。
苗川から北美奈津浜までの40里。
短い距離ではなかったが、25日午前第6刻には着くことができた。

「ここが北美奈津浜か。」

僅かに降っている粉雪が潮風に煽られ、濃密な霧の中を踊るように舞う。
目の前に広がっているであろう大海原は、霧に遮られ見通すことができないが、向こうに迎えの船がいるのだろう。

「まさか生きて海を拝めるとは、思ってもいませんでしたよ。」

高橋曹長が感慨深そうに呟いた。
確かに今までの戦いを振り返れば、そのような感想が溢れるのも無理はない。
捜索剣虎兵第11大隊、ここに所属していった生粋の剣虎兵は、すでに半数以上がその生命を落としている。
ひょっとしたら、俺はいまここに立っていなかったかも知れない。
そして、それは俺だけでなく、ここにいる全ての兵に言える。
結果は大きく異なったが、その過程に大した違いはない。
ここにいる人間は生き残るために全力を尽くした、ここにいない人間たちも生きるために全力を尽くしていた。
そこに違いがあるとするならば、一つ、運が良かったのだ。
そして、その運に助けられて、俺たちは今北美奈津浜、北領の南端に立っている。


ここに着いた俺たちを迎えたのは、転進司令本部でも、守原英康でもなかった。
そんな奴らは既に撤退を終えている、笹島中佐だって例外ではない。
恐らく顔を突き合わせて、夏期総反攻の草案でも練っているのだろう。
そのかわりに俺たちを迎えたのは、山と積まれた物資の残骸だった。
天幕、糧秣、砲、騎馬、銃、衣服、軍に関係するものならば、無い物は無いと言わんばかりの種類と量。
その量は、数個師団をゆうに養えるほどのものだ。
初期にこれほどのものが運ばれてきたとは考えづらいから、戦闘の長期化を想定した支援物資だったのだろう。
そして、兵を運び出すためにその多くが破棄されたというところではないだろうか。


特に周囲にゴロゴロと転がっている砲は、港では無いが故に運び出せなかったと思われる。
見えるのがほとんど擲射砲や臼砲等の大型砲であるところを見ると、平射砲はそれなりに持ち出せたのだろう。
それ以外に、馬も運び出すほどの余裕はなかったと見え、数百匹もの馬の死体が転がっている。
この規模では連れてきた馬が全て死んだとのではないか。
駒城が今回の戦でかなり儲かっていると原作では話していたが、納得できる話だ。


そんな物資の残骸の片隅に、僅か数十名ほどの皇国兵が小規模な宿営地を構築していた。
こちらの影を見つけたのか、その中の一団がこちらに駆け寄ってくる。

「自分は那須田中尉であります。貴官は第11大隊大隊長殿でありましょうか。」

「その通りだ那須田中尉。皇国陸軍独立捜索剣虎兵第11大隊大隊長益満保馬少佐、以下587名。転進司令本部からの撤退許可を受け、北美奈津浜に到着した。出迎え感謝する。」

「いえ、とんでもない、第11大隊に会えるというだけで光栄です、それを感謝など。」

40ほどだろうか、少し若さの残る顔に眩しいものを見るような表情を浮かべている。
良く見ると、後ろに並んでいる兵たちも、一様に同じような表情を浮かべていた。
……尊敬の眼差しって言うんだろうな。

「……船への移動はすぐに出来るのだろうか?」

「はい、波にさらわれないように陸に上げていますから、それを水のあるところまで押してやればすぐにでも。」

「ちなみに運荷艇は何艘ほどあるのだろうか?」

「20艘です。一つに5~6人ほどしか乗れませんが、そちらの剣歯虎を載せられるくらいの積載量はあります。」

「そうか、ありがとう。それでは撤収地点まで案内してもらえないだろうか。」

別に、彼らの宿泊地がここから見えないわけではないが、迎えに来てくれた以上、役目を与えるというのも礼儀だ。
はいっ、という小気味良い声と共に彼らが先導として歩き出す。
俺自身は怪我をして動けないが、今は馬に乗っているためついて行くことに問題はない。

「曹長、100人ほどのグループを作っておいてくれ。負傷者と導術が最初、士官と剣牙虎は最後だ。」

「大隊長殿はどちらで?」

「俺は負傷者である前に士官だよ。」

思わせぶりな表情を浮かべ、曹長は列の後方へと走っていく。
重傷を負っていた兵が、ここにたどり着くまでに4名ほど死んでいる。
それぞれ、足が吹き飛ばされていたり、腹部に大きな銃創を負っていた者たちだった。
俺が手を下したわけではない、そういった怪我をした兵は、撤退をする前に俺が自分の手で殺した。
いまここには、療兵が内地で手当てをすれば助かる、そう判断した兵しかいない


正直浮かれていたのだろう、北領に派兵されたときは、本当に死を覚悟した。
だがそうはならず、原作との誤差は起きたものの、生きて帰れるというだけでそんなこと些末ごとに感じられた。
新城が生きてさえいれば、皇国は帝国に抗しうる。
その条件を満たし、自分も生き抜くことができたのだ、浮かれない方がおかしいのかも知れない。
そしていざ撤退するというときに現実に突き落とされた。
怪我のせいで余り外を出歩かなかったのが原因なのだろう、負傷者、それもいつ死んでもおかしくないほどの怪我を負った人間が収容されている天幕に入ったときは、思わず呼吸を忘れた。
それほどの衝撃だった。
高橋曹長がこれだけは絶対にあなたがしなければならない、そう言って渡してきた拳銃。
義務をこなすことができたのは、こちらに来てから長かったからだろう。
前の世界での俺ならば間違いなく逃げていた。
そして、俺にそうさせたのは、こちらに飛ばされてから常に嫌っていた将家の意識というものに他ならなかった。

「余り気にしない方がいい。新米士官ならば誰でも通る道だ。」

いつの間に近くに寄って来ていたのか、新城が軍務中には決してしない言葉遣いで話しかけてくる。
行軍中は隊列の前後にいたため話すことができず、休止中も話す機会には恵まれなかった。
このタイミングでここに来たのは、高橋曹長が呼んだからだろうか。

「……。」

黙って首を振る。
この言葉を言ったのが別の士官ならば納得できたかも知れない、でも新城は違う。
新城だけは違う。

「気にするよ、味方を殺したんだ。気にしない方がおかしい。」

帝国兵を殺した。
前から向かって来た奴も、背中を向けて逃げ惑う奴も、どちらも気にせずに殺した。
まだ苗川に至る前、その撤退途中にいくつもの民家を焼いた。
井戸に毒を落とした。
数百、数千もの帝国兵が死ぬであろう命令を下した。
それでもこんな感情は抱かなかった。


原作で、新城はこれを許容できる戦場という言葉で形容した。
ならば味方を殺す、これが俺に取って許容できない戦争なのだろう。
味方を生かすためには大概のことは出来る、けれどもその逆はできない。

「仕方がないと思うことが大切だ、そう思わなければ君自身の精神の安定を欠きかねない。」

その語る新城の顔にはなんの表情も浮かんでいない。
隠しているのか、なんとも思っていないのか、付き合いは長い方だと思っているのにわからない。
俺には、新城の許容出来る戦争というものが何なのかは分からないが、新城にとっての戦争が俺と同じものだとは到底思えない。
きっと、新城は味方を殺すにせよ、それを笑って行えるのだろう。
そこに例外は二人しかいない、駒城保胤と蓮乃だ。
それ以外はたとえ自らの恩人であろうと、情人であろうと、幼子であろうと、無関係な衆民であろうと、等しく裁く。
少なくとも、俺が原作で読み取った新城の肖像とは、そうであった。

「そうか、それが新城の許容する戦場か。もういい。」

軽く手を振り、去るように命令する。
新城は従うだろう、彼は怯懦な人間だ、命令という形をとれば間違いなく言うことを聞く。

「…………。」

長い沈黙。

「新城大尉、少し一人にしてくれないか。」

語調を強める。

「僕はこういった時どのような言葉をかければいいのかを知らない、だけど保馬、少なくともこれは君の責任ではない。軍の、ひいては国家というものに責任がある問題だ。どうしてもそれを許容できないならば、軍を辞めるしかない。」

何か言いようのない怒りに駆られ、言い返そうと新城の方を向こうとしたとき、既に新城は後ろ姿を見せていた。
追いかけはしない、自分の地位がそれを許さないことは、わかっている、その程度の冷静さはある。
そして、その冷静さが自分の中に大きな違和感が存在していることを認識させていた。

「……なんで。」

自分でも何が言いたかったのかは分からない。
ただ、それは今の悩みに対する解決法といったものではなく、新城直衛という人間に対しての何かであることだけははっきりと理解できた。

「どうかされましたか?」

先導していた那須田中尉が、怪訝そうな顔で振り向く。
俺と新城の会話が僅かに耳に入ったのだろう。

「いや、何でもない。ただ少し、自分の手で殺した兵のことを話していた。」

「ああ、そういうことでしたか。」

何か得心が行ったという様子で頷く。

「中尉も、重傷を負った兵を自分の手で殺したことが?」

「……ありますよ、少佐殿よりも若い兵でした。私掠船との戦闘で負傷して、もう10年も前のことです。」

そう語る那須田中尉の表情は暗い。

「すまない、不躾だったな。」

人間誰でも触れられたくないことがある。
それを自分の一時の感情で抉ってしまうのは、許されることではない。

「いえ、少佐殿はお若いのですから。」

軽く笑顔を見せても、そこには影が除く。
それを見て、変に気を使わせてしまったように思えて、なおさらに罪悪感が増す。

「今回の戦いが初陣で、初体験ばかりだったんだ。」

「そうですか、初陣がこれとは災難ですね。」

とっさの話題逸らしだったのだが、那須田中尉も話を合わせてくれる。

「殺したり、殺されそうになったり、その他にもいろんな経験をしたよ。」

若干愚痴にも聞こえるその言葉に、那須田中尉は何か含むように目を細め、ゆっくりと返答をした。

「それだけの経験をなさっても、その表情が出来るならば大したものです。少佐殿は英雄になれますよ、少なくとも軍人としては。」

大人物、か。
今俺の顔には間違いなく苦笑が浮かんでいるだろう。
軍人としての大人物なんて、自分には似合いそうもない。
そういうのは新城みたいなのを言うものだ。
戦争を楽しみ、笑って人を殺す、どこか狂っている人間じゃないと、戦場の英雄なんて言うものにはなれない。

「残念ながら、中尉の言うとおりにはなりそうもない。兵がどれほど目の前で死のうと顔色一つ変えず、しかしこころの中では自分に死刑判決を下す。そんな奴こそが英雄になるべきだ。」

だからこそ、皇国には英雄がいない。
人の死を笑える人間は自分のことを顧みることができず、自分の行いを悔いることの出来る人間は、人を笑って殺すことなどできない。
当然だ。
この両立が出来る人間なんて、壊れている。
だってそれは全ての客観視に他ならない。
他人も、自分も、全ての人間をボードの上の駒だと思い、単純な足し引きだけで物事を考える。
普通の人間ならば、自分の生命と他人の生命が等価であるなど、考えもしないだろう。
だというのに、中尉の浮かべる表情は同意ではなく、不信と同情の混じった表情であった。

「……ご自分の表情をご存じないのですか?」

一体何を言っているのかと思った。
自分の表情なんて認識できるはずもないだろうに。

「一体何を?」

「いえ、ご自覚がないのでしたら。」

海岸までたどり着いたのをタイミングに、失礼します、と言い残し彼の部隊のところまで駆けて行く。
時間に猶予がある時ならば追いかけて聞いても良いのだが、流石にこの状況ではそうもいかない。
だけど、少し人と話したことで気が楽になった。
苗川撤収時からこちらに着くまでの間、命令をするとき以外誰とも話さないでいたため、結構気が張り詰めていたのかも知れない。
すくなくとも、もう少し時間がある時に考え直せば良い、そう思うくらいの心の余裕が出来ていた。


うちの部隊の方は若干手持ち無沙汰だが、陸戦隊の方はかなりの忙しさだ。
那須田中尉が部隊のところへと行くと同時に彼らのほとんどが動き出し、波打ち際から20間ほど離れた地点に揚げられている運荷艇の元へと駆け出し、一つの運荷艇に10人程が取り付くと、掛け声と共にそれを押して行き瞬く間に水面まで持っていく。
繰り返すこと2回、僅か数分の間に水面には20艘ほどの運荷艇が浮かんでいた。

「少佐殿、浸水も無いようでいつでも出られます。」

那須田中尉の報告の最中、今だに濃く残る霧の向こうから、複数の船のものと見られる警笛の音がした。






「本艦、大瀬艦長の坪田典文中佐だ。」

他の船とは違う、明らかに戦列艦と見える船に上がった俺を迎えたのは、少し縦に顔が長い30半ばほどの男性だった。

「はじめまして、坪田中佐殿。自分は皇国陸軍独立捜索剣虎兵第11大隊大隊長益満保馬少佐であります。」

初対面の相手にならば、一人称は自分だ。
新城ならば僕と言うかも知れないが、俺は自分の一人称にそれほどの拘りは無い。
ってそんなことより……坪田中佐?

「ようこそ本艦へ。内地までの短い間だが歓迎する。」

坪田中佐は原作で、まあ、色々あって死んでしまった人だ。
原作において新城は、北領撤退戦において焦土作戦を完璧にするために、笹島中佐を通してこの戦列艦大瀬に真室の糧秣庫を砲撃させようとしていた。
しかし、真室に到達する前に、大瀬は悪天候のため沈没、艦長を含めその全員が死んでいる、いや、死ぬはずだった。

「はっ、ご配慮感謝します。……ところで坪田中佐殿は笹島中佐殿のお知り合いでしょうか?」

「ほう、君も奴を知っているのかね。奴が俺のことをどう語っていたかは知らんが、奴は君のことを変なやつだといっていたよ。」

悪意のなさそうな顔でニヤリと笑い、一拍おいて豪快に笑い始める。
近くで話を聞いていた部下がポカーンとしているところを見ると、何処に笑いどころがあったのかわからないのだろう。
俺もわからない。

「笹島中佐殿は、船を扱わせたら自分などよりもよっぽど気がきく、艦長として生まれてきたような男だと言っておられました。」

もちろん、俺は笹島中佐と、坪田中佐の話などしていない。
ただ、原作において坪田中佐が余りにもモブキャラなので、少し確認をとりたくなっただけだ。

「そうか、そうか。まあ、そうだろうな。」

そう言って、先程よりも大きな声で笑い始める。
……笑い上戸なのかもしれん。


一人で笑っている坪田中佐を置いといて、軽くあたりを見渡す。
早朝と比べると、だいぶ霧も晴れてきていて、300間ほど先までなら見通すことが出来る。
その視界の中で真っ先に眼に入るのは、大瀬と並行に並べられた回船の列だ。
大きさに限って言うならば大瀬と同程度の大きさだが、砲を載せていないため積載出来る量は、大瀬を大きく上回る。
そのため第11大隊の兵の多くは、新城も含め大瀬ではない他の船に乗っている。
ちなみに回船といったが、海運分野において大協約世界の頂点に立っている皇国の船に、日本の歴史に登場するような船舶は見られない
帝国やアスローンなどの国家と商業を競うにあたり、その形状は非常に欧州のものに近いものに進化している。
中でも速度を重要視したと思える目の前の回船は、装甲艦登場前のクリッパーに似た形状を持っている。
流石貿易国家といったところか、民間から徴用したと思われる船舶の中にさえ、1世代前のガレオン等は含まれていない。


一方の大瀬は、艦首よりに作られたメインマストと、船体後部に作られたリアマストの2本が特徴的な軍艦だ。
ここ北美奈津湾において、唯一の軍艦でもある。
おそらく、敵艦との戦闘を想定して、護衛の代わりに配備されているのだろう。
大瀬は、こちらの世界の艦船の定義で言うと、ナポレオン戦争前後のフリゲート艦に類似した形状となっている。
確か、皇国水軍の言い方に習うと、乙型巡洋艦と言ったはずだ。
帆船、特に皇国水軍最新鋭ものは、駆逐艦も含めた上で普通3本のマスト(帆柱)を持つ。
一方で大瀬は2本、言ってしまえばかなりの旧型艦であった。

「君の部隊は友軍の撤退を単独で支援したのだったな、どうだった?」

こちらが周囲を見回している間に笑いを収めたのか、暇な時間を潰そうとするかのような表情を浮かべた、坪田中佐が尋ねてくる。
さきほどと同じ悪意の篭っていない表情であるところを見るに、これが彼の素なのだろう。

「我々だけが撤退を支援したわけではありませんよ。親王殿下の支援もありましたし。」

「親王殿下か、ああそうだったな。」

そう返事をすると、軽く鼻を鳴らす。
その顔には、皇族崇拝の念とは全く反対の感情が浮かんでいる。
もし周りに兵がいないのならば、悪態の一つでもつきそうな様子だ。

「で、君のところはどうだったんだ?」と

「殺して、殺された。戦争とはそういうものでは?」

深く答えたくはなかったので、軽く話題をそらす。
坪田中佐はその言葉で、こちらの内意を汲み取ったのか、鼻白んだのかはしらないが、それもそうだなとだけ返事をした。

「中佐殿はどうしてここに?」

「笹島から頼まれたのさ、アンタらを迎えに行ってやれと。」

会話の間を埋めるように出した質問、それを尋ねられた坪田中佐は、満更でもない顔で答える。
その時大瀬の露天甲板に、胴体を3箇所ロープで止められ、釣り上げられるように暁が登ってきた。
動くこともできず、かと言ってリラックス出来るわけでもない始めての感覚に、戸惑ったように「にゃー」と鳴いている。

「おお、これが今話題の剣歯虎という奴か。すごいな。」

坪田中佐が呟く。
この船の船員たちも、始めて間近で見るのだろう。
運荷艇や脱出艇を上げ下げするような機材で運ばれてきた暁が甲板に降りるなり、暇な船員たちで人の群れが出来上がる。
戸惑ったような表情のせいであまり怖くなかったのが原因だろう。
暁がロープで縛られているのを良いことに、頭をなでたり、しっぽを掴んだりでやりたい放題だ。

「あ、ちょ、そんなことすると。」

不快そうな表情で耐えていた暁が、一瞬素の表情を浮かべ、直後大きく息を吸い込み轟音を放った。
戦場で放たれるものと遜色ない声、空気が揺さぶられているかのように振動する。
ああ、この声って響くんだよな。
今でこそ平気だが、昔はこの声を聞く度に睾丸を鷲掴みにされたような気分を味わったものだ。
彼らも同じ気分を味わったのだろう、先程までペットを愛でるかのような態度をとっていた船員たちが、5間以上も後ろに飛び下がる。
本能的にこちらの恐怖心を揺さぶる声だ、耐えようと思って耐えられるものではない。

「ちょっといいですか?」

人の群れを押しのけ暁のところまでたどり着くと、こちらを認識したのか、やけに満足気な表情で再びその咆哮を轟かせた。
鼓膜が轟音で圧迫されるが耳は塞がない、まあ、いわゆる他の兵科への見栄ってやつだ。
案の定、周囲からは驚きや感嘆の声があがり、ちょっと満足気な気分になる。
軽く頭を撫でてやりながら、結ばれている紐を解いてやると四肢を大きく伸ばし、こちらに体を擦り付けてくる。

「笹島が話していたのを聞いただけだが、予想以上だな。」

いつの間に近づいていたのか、坪田中佐の声がすぐ後ろから聞こえた。
言葉とは裏腹に、特に先程と変わったところのない声色。

「触っても良いかい?」

そう言っている間にも、既に手は暁の方へと伸びている。

「か、艦長、危険です!」

先程の咆哮で暁から数間離れたところにいた船員の一人が、慌てて止めに入る。
しかし、暁には近寄ろうとしない。
結果的に、今の発言は艦長から6間くらい離れた位置から放たれている。

「大丈夫ですよ、自分がここにいるので、命じない限り攻撃はしません。」

「えっ、いや、ですが……。」

慌てっぷりが面白い。
かなり若く見えるから、新米士官なのではないだろうか。
落ち着きを取り戻した他の船員たちが笑っていることに気づいていないところがそれらしい。

「中尉も触ってみますか?」

ニヤリと笑いながら言うと、大きく手を振りながら人の輪の外へと走っていった。

「中々に気持ちいいな。」

後ろを振り返ると、坪田中佐が暁の喉を撫でているところだった。

「私は実家で猫を飼っていてね、妻もかなりの愛猫家なんだよ。」

言っていることは真実なのだろう。
触り方も堂に入っており、喉を撫でられている暁も、目も細め気持ちよさそうにしている。

「暁、この剣牙虎のことですが、内地に戻ったら買い取ろうと思っているのですけど、奥方様にもお見せに行きましょうか?」

「ふむ、中々に魅力的な提案だ。そちらの都合が着くならば是非とも。」

しゃがんでいる姿勢からこちらを見上げ、嬉しそうに答える。

「艦長、導術長より報告!本艦4刻の方向6浬の距離に敵艦確認、数は10とのことです!」

その報告が飛び込んできたのは、そんな会話の最中であった。








霧で視界が300間程しかない中を、10隻ほどの船が縦列陣形を作りながらゆっくりと進んでいる。
中央には乙式巡洋艦が3、その前後を固めるように9隻の駆逐艦が担っており、掲げられた旗は、彼らが帝国軍東方辺境艦隊所属であることを示している。
もっともそれぞれの艦の距離は100間以上離れており、両端の軍艦の姿は霧で見えない
その中心、乙式巡洋艦ヘルグラントの露天艦橋で2人の人物が会話を交わしている。

「艦長、もう少し速度を上げた方が。この速度では敵との遭遇時に、的になる恐れがあります。」

がっしりとした体型で、少し灰色がかった銀髪の男性が、懸念の色も顕に隣の青年へと話しかける。

「……そんなことより、座礁しないかが心配だ。ヴラソフスキィ提督から預かった船を、そんなことで失うわけにはいかない。それに奇襲?敵に戦闘艦などほとんどいないって聞いている。2,3隻の船が我々にまともな被害を与えられるか?」

しかし、その青年は聞く耳を持たずといった表情で、その提言を一蹴する。

「ですが」

「ワレンチン曹長、父は君を私に反抗させるために随行させたのか?」

なおも追いすがる、ワレンチンの言葉を途中で遮り、返す口調は罵りに近い。
興奮に充ち満ちた感情に水をさされ、かなり機嫌を悪くしたようだった。
まさしく会話を拒絶している態度に、ワレンチンはなにかを言いたそうにしたものの、結局何も言えず押し黙る。


青年、ドミトリー・クズネツォフ中佐にとって、これが初陣であった。
帝国においてクズネツォフ家は、代々水軍の重要な地位に人物を送り続けている。
そのクズネツォフ家の三男として生まれた彼は、あとを継ぐ可能性もなく、そのため伝統に従い成人後まもなく水軍士官学校へと送られた。
そこでの彼の成績はお世辞を使ってさえ、良いと言えないものであったが、彼の実家の名前が、卒業後まもなく彼を巡洋艦艦長の地位へと押し上げた。
それは僅か、数ヶ月ほど前の話でしかない。
そんな彼が、下士官の提言を受け入れられないのも無理はない話と言える。


もっとも、この大協約世界においてこういった若い人間が指揮をとることは珍しいことではない。
皇国、帝国、アスローン、南冥諸国群、これらの国は先進性、後進性はあるものの、全て貴族制を採用している。
こと帝国においては、現皇帝ゲオルギィ三世のもと絶対王政が敷かれており、その歴史もゴーラント一世より始まる1000年以上の歴史を持つ。
そして、貴族がその権力を持つ理由として語られるのが、ノーブレス・オブリージュ、すなわち高貴なる者の義務だ。
現在の大協約世界においては、貴族はこの義務に従い、従軍することが常識となっている。
実際、皇国や帝国の貴族は、貴賎を問わずその殆どが従軍経験を持つ。
現皇帝ゲオルギィや、前東方辺境領副帝の娘である東方辺境領姫、皇国現皇主正仁帝の弟である実仁親王などもこれにあたる。
そういった社会において、無能者や戦闘経験が皆無の人間が上位の立場となるのは、いわば不可避の問題とも言えた。

「曹長、敵を見つけたら、まず何をしたらいい。」

先程ワレンチン曹長を突き放した時とは少し違う、新しいおもちゃを与えられた子供が、その使い方を問うような口調で話しかける。
その姿は先程の態度とは違い、見出そうと思えば、それなりに愛嬌と言うものを見いだすことが出来そうな態度だった。
その様子に少し感情をほだされたのか、ワレンチンは見えないようにため息を吐きながらも、出来の悪い子供を見守るような表情を浮かべる。

「何処に敵がいるかわかりませんからね、可能ならある程度部隊を散開させたいのですが、今回は霧のせいでそれが出来そうにありません。連絡の取りようがありませんからね。」

基礎的な説明を省くことなく、理解力の無い彼の上官にもわかるように話していく。
小慣れた感のあるその対応は、彼とその上官の付き合いの長さを感じさせる。

「ですから結局のところ、山を張るしかありません。幸い敵は撤収中とのことですし、このまま陣形を崩さず北美奈津浜に突入後、敵がいなければ北美奈津湾口で待機、本隊との合流というのが定石かと。」

「へー、そんなものか。戦争っていったら、もっと派手な何かがあると思ってたけど。」

歴戦の下士官や将校が聞いたら、顔を真赤にして怒り、そんなものはないと怒鳴りそうな発言を無造作に放つ。
初陣を過剰なまでの緊張感と責任感で迎える若者がいれば、彼は全くその正反対にいるような人間であった。
もっとも、ワレンチン曹長は彼のそういった浅慮な発言に慣れているのか、軽く苦笑を浮かべるだけで済ませる。

「寡兵と言っても侮ってはいけません。我々がここにいる理由も、陸での苦戦を悟ったユーリア殿下のご配慮なのですから。」

「まったく、陸の方が餓死寸前って聞いたときは、正気を疑ったけどね。陸の奴らはそんな初歩的なことさえ、まともに手配出来無いなんてね。」

鼻を鳴らし、馬鹿にしたように話すその言葉をシュヴェーリン少将が聞いたら、彼の命を賭してもドミトリーを手打ちにするだろう発言であった。
もっとも、陸と海の仲は悪いと古来から相場が決まっているため、それほど不思議な発言ではなかったが。


現在彼らがついている任務は、撤退途上の皇国水軍及び、北美奈津浜に集結しているであろう皇国陸軍への攻撃である。
10日ほど前に東方辺境軍総司令部に入った報告は、東方辺境鎮定軍の兵站が、近い将来限界に達するであろう予想を示していた。
これをその鋭敏な戦略センスで感じ取った、東方辺境姫ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナはすぐさまヴァランティ東方辺境艦隊に攻撃指令を下した。
この命令を受け取ったヴァランティ東方辺境艦隊総司令官ヴラソフスキィ大将は、旗下の艦隊では期限内の目標地点到達の不可能を悟り、旗下の辺境第1戦列艦隊から機動力のある駆逐艦と乙式巡洋艦の一部を抽出、皇国の撤退を撹乱させ本隊の到着までの時間を稼ぐ戦略にでていた。
うまくいけば、撤退に使われている皇国の回船を一網打尽に出来る、そしてそれを護衛する皇国軍艦はさほど多くないことが想定出来るのだ、たとえ皇国水軍の艦艇が多くとも所詮40隻ほどの軍艦しか持たない水軍である。
10隻ほどの軍艦があれば、撃破は出来なくとも十分に撤退を遅延させることは可能、そう東方辺境艦隊司令部は判断した。
その臨時に編成された、先鋒集団がドミトリー中佐旗下の10隻である。

「艦長、それはユーリア殿下への批判になりかねません。お控えを。」

帝国、というよりは彼の上官の実家に忠誠を誓っているワレンチンは、周囲の誰もがこちらに気を止めていないことを確認し、優しい口調で彼の上官に自制を促す。

「あっ、いや、そんな意図はなかったんだ。」

誰かに謝ろうとし、その対象がここにはいないことに気づき、妙に焦ったような口調になる。
彼自身に10隻もの船を指揮する能力はなかったが、それでも性格の悪い人間ではなかった。
それがわかっているからだろう、ワレンチンもそれ以上たしなめることはしない。





明らかな砲声、あたりを覆う白にそれが響き渡ったのはちょうどその瞬間であった。
そして一拍遅れた後に、世界が崩壊したのではないかとさえ思える爆音が轟く。

「な、なんだ、今の音は。敵の新兵器か!?」

普通の砲声ならばこれほど狼狽はしない。
今響きわたったそれは、ただの砲声とは明らかに一線を画す音であった。

「違います、これは……船が爆沈したときに出る音です!」

彼自身も狼狽を隠せないものの、一瞬の間に的確な判断を下せるところは、さすが下士官と言ったところか。

「艦長、敵の攻撃です。敵の位置は不明、今の音からして攻撃を受けたものと。」

唐突な攻撃に、慌てて伝令が駆け寄ってくるが、情報の欠如故に要領を得ない。

「あん、どういうことだ!?」

「霧で何も見えず、後方も見えないため僚艦の確認さえ。」

「もういい、砲術長!掌帆長!」

このまま伝令の話を聞いても仕方がないと思ったのか、まだ話している彼を無視し、ドミトリーは大声でこの船において最も重要な2名を呼ぶ。
既に近くまで来ていたのか、すぐに返答が来る。

「砲術長、全砲門開け、掌帆長、最大戦速で敵を振り切れ。」

「無理です艦長、現在風は本艦9刻の方角から吹いています。いまここで速力をあげたら僚艦にぶつかります。」

彼の命令を受け、砲術長が即座に艦橋下部に入っていた一方で、掌帆長は命令の不可能を伝える。

「ならば、周りの艦に伝えろ。これより最大戦速に移行、その上で、取舵をとり敵艦を迎撃する。急げ!」

風上にいると思われる敵に対する戦術としては、好手とは言えない判断に一瞬顔を顰めるが、即座に命令伝達のために駆けて行く。
下士官に過ぎない掌帆長に、士官に反論するほどの権限はない。
数寸後、艦尾に据え付けられたカンテラが点滅を繰り返し、前後の艦に先の命令を送る。
後方の船からは霧のため見えないだろうが、それをまた後方の船が伝えるので伝達に関しては問題はない。



   北↑

        進↑   ●●
   行↑   ◎●
方↑   ○○
        行↑   ●●
         ↑   ●×

                ◆

風向き:ヘルグラントより9時の方向
◎:ヘルグラント
●:駆逐艦
○:巡洋艦
×:轟沈した駆逐艦
◆:想定される敵艦の位置。

問題は時間であった。
こうしている間にも断続的に敵艦の砲撃音が響き、戦列後尾は敵の砲火に苛まれている。
実際、戦列前方にいるヘルグラントこそ何の攻撃も受けていないが、後方では阿鼻叫喚の図が展開されていた。

「くそ、なんであいつらはこっちの居場所がわかったんだ!?」

とりあえず、一通りの指示を出し終えたドミトリーが悪態をつきながら、しかし当然の疑問を述べる。

「……わかりません。ただ蛮族の中には背天の技を使う者がいると聞いた覚えがあります。」

「背天の技?」

帝国において、導術は一切使用されていない。
その最大の理由が宗教の存在だ。
拝石教という、皇国にはない独特の宗教を持つ帝国では、その教義に基づき導術に関する一切が禁止されている。
導術を使える人間は皆殺しにされ、それに関する情報の一切の記述も認められない時代が数百年続いたことにより、導術について知るものは帝国にはほぼいなくなっていた。
様々な商業活動に導術が利用され、経済の回転に導術が必要不可欠となっている皇国とは、非常に対照的だ。

「普通の人間では見えないものを見通し、感じられぬものを感じる技だとか。」

「そんなもの、あるはずがない!」

ワレンチンの発言に被さるように否定する姿からは、その両国に存在する、価値観の差異の一端を、明確に感じ取ることができた。

「艦長、駆逐艦ペルヴェネツから報告。駆逐艦エフレムは敵初弾が火薬庫に命中し轟沈、本艦もメインマストが破損し自力航行不可、とのことです。それ以外にも、後続の全ての艦から被害報告が来ています。」

「敵艦についての情報は?」

「ペルヴェネツの最後の情報によると、数は1、艦種は砲声の数から巡洋艦と思われる、とのことです。」

エフレム、ペルヴェネツ、共に嚮導駆逐艦として製造された艦である。
嚮導駆逐艦とは、本来海賊の駆逐や、回船の護衛などの目的で作られた駆逐艦の旗艦として使われるべく設計された。
通常の駆逐艦よりも拡充された指揮所と武装をしており、先の2艦は<ロゴルナ>級にあたり12斤艦砲を両舷あわせ28門装備している。
共に、本来はこのような使い方のされる艦種ではなかったが、その快速と重武装を買われ今回の任務についていた。
実際大瀬の装備は12斤艦砲が両舷で24門であり、通常ならば単艦でも大瀬を上回る火力を持っている。

「ちぃ、せめて敵艦がどちらに進んでいるのかだけでもわかったら。」

ドミトリーが爪を噛みながら呟く。
速度の増加と共に、聞こえてくる砲声も乏しくなる。
しかし彼らが果たさなければいけないのは、自艦の保護ではなく敵艦の撃破だ。
まだ若い彼が抱いた焦燥感はかなりのものだろう。

「艦長、敵の大まかな位置はわかっております。艦を二つに分け左右から挟撃するのはいかがでしょう。」

「僚艦同士の誤射の可能性がないか?」

「……この場合多少はやむを得ないかと。」

視界の有無に関わらず現代の砲では500間以上離れての攻撃は基本的にされない。
余りにも命中率が下がるからだ。
それに加え友軍艦が敵を視認できたことから考えれば、敵艦の位置は、後方に取り残した僚艦のさらに後方500間前後と考えられた。
艦隊を左右に分け転進すれば、少なくともどちらかの艦が敵に接触する。

「航海長、僚艦に指示を。リューリクとカングート、ダーネブログはこちらと共に取舵、その他は面舵をとり、敵艦を挟み込む。」

先程から近くで会話を聞いていた航海長が、即座にその命令を伝令と操舵艦橋へと伝える。
舵輪の回転と共に舵が大きく水面をかき乱す。
前方の駆逐艦リューリクに続き、ヘルグラントの船体が大きく左に傾いた。
急激に変わった風向きに、一瞬帆が力なく倒れるが、即座に後ろから新たな力を受け先程よりも大きくその帆を張る。

「天象長より報告、風は本艦10刻の方向に移行せり。」

「好都合だ、最高の速度が出る。」

先程から加速を続けていたものの、横風では裏帆を打ちやすく速度は中々上がらないが、180°の旋回を行った場合、最高の方向から風を受けることになる、
先程まで5刻ほどであった速度も、9刻を超えることが期待できた。

「見張員長、警戒を厳にしろ。敵を絶対に見落とすな。」

「はっ、見張り厳にします。」

「砲術長、両舷砲いつでも撃てるようにしておけ。」

「砲術長了解。」

「陸兵隊長より艦長、陸戦隊完全装備にて待機中、各員配備の許可を求む。」

「好きにしろ。ただし渡船板を忘れるな。」

次々と連絡がなされる中、艦橋下部から40人ほどの人員が駆け上がって来て、それぞれ見張り台の上に登ったり、手摺の後方にしゃがむなどして敵艦との接触に備える。
上甲板の一段下、砲甲板において多くの砲員がいつでも命令を実行出来るよう、装填の済んだ艦砲に取り付く
たとえ微かな影であろうと、見張員がそれを見つけ、艦長へと報告する。
先の奇襲による混乱が収まった今、帝国水軍はその名にふさわしい練度を示していた。


先も述べたように、貴族制を敷いている国において、有能ではない人間が指揮をとる事になることは珍しいことではない。
しかし、下士官の質の高さがそれを補う。
彼らの艦長が下した命令がいかに簡素なものでも、その命令の範囲内において、最も大きな戦果を出せるように各員が動く。
比較的将家の影響が薄いため、水軍士官の多くを衆民が占める皇国との最大の違いがそこにあった。


左舷に未だに炎上を続ける僚艦が見える。
1隻は帆先を除きその船体を海面に沈ませ、もう2隻はメインマストの大破と船体の炎上により自力での航行能力をなくしている。

「……曹長、あの2隻は沈むか?」

「わかりません。火薬庫まで火が行くかどうか、ですね。」

「ダーネブログを船員の救出に向かわせたい。だめだろうか。」

ワレンチンは返事を躊躇う。
その判断が間違っているからではない。
現在あの2隻は非常に危険な状態になっており、救助を向かわせるのは正しい判断と言える。
問題は現在の戦闘の主導権は皇国側が握っており、ダーネブログが戦列を離れたことによってそちらが狙われる可能性があることだ。
その場合、現在でも危険な状態の2隻がさらなる危険に晒されかねない。

「……後にした方が良いかと。」

「そうか。」

悔しさをにじませた返答に、ドミトリーは短く答える。
彼自身無理と言われることを想定していたため、押し通そうとはしない。
ただ、その短い返答が彼の心情を表していた。



   北↑

        進↓
   行↓   ●
方↓   ○        ○
        行↓   ◎    ∴   ●
         ↓   ●   ××   ●


∴:沈んだ艦
×:炎上中の艦
◎:ヘルグラント


炎上している僚艦の脇を通り過ぎても、なかなか敵からの接触がない。
もちろん、見張員の発見も期待はしているのだが、導術によりこちらが後手になることは予想された。
不気味な沈黙が数寸続く。
既に敵が離脱してしまっている可能性が、全ての船員の脳裏をよぎる。
味方が一方的に撃破され、敵には逃げられるという最悪のビジョン。
直後、ヘルグラント右舷から砲声が轟いた。

「伏せろ!!」

誰が放ったとも知れない言葉に、全員が沿った行動をとる。
もっとも、放たれなくてもとる行動は変わらないが。
砲声から数瞬おいた上で響き渡る着弾音。
導術を使用したとは言えど、初撃故にその精度は低い。
その大半は海面を叩くのみにとどまった。
しかし、1発の幸運な砲弾は敵艦への命中を得た。
ガンッ、という音が鳴るが、巨大な船体を持つヘルグラントは揺らがない。
しかし、それと同時に、破壊された船体の木片が甲板を飛び回り、その直線上にいた不運な船員が体を引き裂かれた苦痛にのた打ち回る。

「右舷砲門開けぇ!!」

ドミトリーが今で放った中でも最も大きな声、その叫び声に答え、右舷から無数の砲弾が放たれる。
旧式の巡洋艦である大瀬と比べ、ヘルグラントはそれに倍する艦砲を載せている。
それが一斉に霧の中へと吸い込まれて行く。
命中音は聞こえない、そもそも命中を期待して放った攻撃ではない。
敵艦の位置さえ掴めていない攻撃では、そもそも近くに落ちることさえないだろう。
それでも敵への牽制にはなるし、味方の船員を勇気づける効果がある。
ヘルグラントの砲声に続くように、前後の艦からも斉射の音が聞こえる。


それに答えるように再び霧の向こうから聞こえる砲声、先のものと比べれば圧倒的に近い。
旗艦と思われる大型艦を狙ったのだろう、ヘルグラントにも3発もの砲弾が向かう。
1発は船体に突きささり何事もなく終わるが、その内2発は甲板上で炸裂し、霰弾を周囲に飛び散らせる。
先程の木片とは違う鉛の雨に、甲板上に展開していた船員が10名近く吹き飛ばされ、なぎ倒され、その生命を終えて行く。

「見張員長!敵の位置は!!」

「ほ、本艦2から3刻の方向!」

互いの砲声で声が聞き取れないため、会話は自然と大声になる。
砲声のみで判断を下しているため、見張員長からの報告も少し正確さを欠く。

「面舵一杯、これより我々は敵艦に対し衝角戦術をとる。」

隣で伏せていた曹長がギョッとしたような表情でこちらを振り向く。
まさか、彼の若き上官がそれほどの積極策をとるとは思わなかったのだ。
衝角戦術とは、船首の水面下にある突起を、敵の船底に突き刺しその航行能力を奪う戦闘手段である。
現在の艦砲が発達した世界においては廃れつつある戦術ではあるが、この時代全ての艦に慣例的に設置されていた。


即座にその命令が前後の艦に伝わり、戦列の先頭を走るリューリクの船体が大きく右に傾く、直後、リューリクのメインマストに砲弾が突き刺さりその巨大な柱をへし折った。
風を捉えられなくなったリューリクの船足が、ゆったりと低下する。
船速の鈍った艦では、衝角戦術は使えない。
敵艦の速度がこちらを上回っていた場合、そもそも追いつくことが出来ないからだ。
特に現状況では、敵艦の位置さえはっきりとしていない。
沈むことはありえないが、戦闘に参加し続けるには致命的な被害であった。

「リューリクは置いておけ、これより本艦が先頭に立つ。」

「危険です、艦長が被弾する恐れがあります。」

僚艦が対応する分には異議は唱えないものの、彼の上官が危険に晒されるとあらば、ワレンチンは異議を唱える。
敵艦が十分な被害を受けている場合ならば接舷しても問題ないが、衝角戦術を使う相手は今だに被害を受けていないのだ。
互いの艦上で激戦が繰り広げられるだろうことが予測できた。

「貴族が矢面に立たず、誰が先頭に立つというのか。」

それは彼の父が、彼の幼少の頃によく言い聞かせた言葉であった。
もちろん彼はその言葉に誇れるような生き方をしてきたわけではない。
それほどの意識を持って、人生に臨んでいる貴族など一握りだ。
それでも、今の肥大化した彼の意識が、心の何処かに染み付いたその言葉を吐き出させていた。
それこそ、まぎれもなく、全ての人間が羨む勇気というべきものであった

「見えた!」

砲声のみを頼りに霧を掻き分け進んでいたヘルグラントの前方に、朧気ながら敵の船影がちらついた。
片舷の砲を常時放ち続けるその姿は、まさしく彼らが探していた大瀬の姿であった。

「総員衝撃に備え!!」

その言葉を、近くにいた兵が復唱し、艦の隅々まで伝わっていく。
あるものは柱に、あるものは手摺に、その体をあずける。


敵との距離が300間を切り、敵の攻撃は全てが間違いなくこちらに当たる。
ヘルグラントは戦列の先頭に立っており、その攻撃を一身に受けているのだから当然だ。
進路も一直線に敵艦へと向かっているため、砲弾を当てるにも苦労しない。
さらに敵艦甲板に並んでいる兵からの攻撃も激化している。
砲とは違いその精度は高い。
甲板上の兵がバタバタと倒れて行き、ドミトリー自身を掠るような弾も何発も飛んでくる。


飛び交う砲弾の内、数発がヘルグラントのマストを直撃する。
軋むような音を立て、艦尾に設置されていたリアマストが倒れる。
既にヘルグラントに直立しているマストは存在していなかった。
甲板にいる船員も、その殆どが傷を負い、半分以上が血溜まりの中に突っ伏している。
それは、第11大隊が味わったものと比べ、勝とも劣らない地獄であった。


しかし、中破、あるいは大破という判定が出てもおかしくない被害を出しながらも、ヘルグラントは最も貴重な距離を稼いでいた。
自力航行能力を失いながらも、惰性に従い船は前に進む。
そして舵が生きている以上、逃げる敵を追うことはできた。

「敵艦接触まで10点、9,8,7,6」

誰がカウントしたのか。
火力の嵐の中で、誰もそれも認識することが出来ない。
それでもそのカウントは確かだった。

「5,4,3衝撃来ます!!」

巨大なハンマーで殴られたような衝撃が船体を揺らし、乗り上げたかのようにヘルグラントの船首が持ち上がる。
この瞬間、ヘルグラントの船首は、大瀬の右舷中央部に完全に突き刺さっていた。


溜まっていたフラストレーションを開放するかのように、甲板に並んでいた陸兵達が真っ先に駆けて行く。
各々が手に小銃、腰に鋭剣を装備しており、その姿は水兵には見えない。
数名が渡船板を持っているが、使うことはないだろうと思えた。
それほどまでに、ヘルグラントの船首は深々と大瀬に突き刺さっていた。

「うあああああああああああああ」

先に渡っていった陸兵隊に、砲員や見張員も続く。
この段階において兵科は関係ない、全員が手に鋭剣や短銃を持ち敵艦へと渡っていく。
そこには階級も、貴賎も関係ない。
全員が、ただ敵を倒し、生き残るためだけに戦っていた。

「曹長、俺たちも行くぞ。」

「……背中はお守りします。」

覚悟を決めた人間を制止するほど無粋ではない。
ただ短く返す彼の部下に、ドミトリーはかつてないほどの信頼感を覚えていた。


霧とは別の、硝煙によって遮られた視界の中を駆けていった兵たちを、整列した皇国の陸兵達の弾幕が出迎える。
しかし、その人数は多くない。
ヘルグラントと大瀬、その艦種は共に巡洋艦であるが、旧式の大瀬と、新型のヘルグラントでは、搭載している兵員の数が数十人も違う。
弾幕の間を間を縫い、攻撃を受けなかった帝国兵が、皇国兵を切り捨てて行く。
士気の高さも伴い、その戦闘は四半刻と経たず終わりそうに見えた。



その声が聞こえるまでは。



形容しにくい、しかし、人間の本能の根本的部分に働きかけるような咆哮が霧の中に響き渡る。
それは本来ならば海上で聞くことはない声。
しかし今、この大瀬の上には、その声をだす生き物が乗っていた。


本能的な恐怖により足を止めた帝国兵の群れの中に、3つの白い影が飛び込む。
それを見た兵は、ある種場違いな感情に囚われた。
美しいと。
その兵は直後、首の大動脈を噛みちぎられ、その生命を終えることになった。

「な、何の音だ!?」

敵を圧倒するかと見えた、帝国の攻撃が止まった。
まだヘルグラントにとどまっている兵が、前へと進みだそうとしない。
その理由は一つ、50人もの兵が皇国の艦へと渡っていったにも関わらず、先程の声を境に全く銃声も剣戟も聞こえなくなったのだ。
逆に響きわたるのは、帝国語での慈悲を請う声と、神や母親の名を叫ぶ断末魔の声、咀嚼されているかのような不気味な音。
その音は、渡っていった帝国兵が瞬時に鏖殺されてしまったのでは、という余りにも信じがたい想像を彼らに与えた。
硝煙によって作られた煙幕が、彼らの視界を遮り、皇国の艦の甲板を臨むことが出来ない。
それがさらにその想像を掻き立てる。
そしてその音は、1寸ほどで鳴り止んだ。

「……な、何をしている。目の前には敵がいるのだぞ!進め!!」

ドミトリーが叫ぶものの、その効果は薄い。
敵がいるのに、そこにいるのが本当に自分たちの知っている生き物なのかが信じられない。
目の前の皇国艦から、全く音が聞こえてこないことがさらなる恐怖を誘う。

「……サターナ。」

誰かが呟いた。
帝国後で悪魔を表す言葉。
その言葉こそ、いまここにいる全員の想像を象徴していた。

「馬鹿な、そんなものいるはずがない!」

そう言うと、ドミトリーは自ら前進して行き、船首の方へと歩み寄っていく。
指揮官自ら進まれたら、従わざるを得ない。
ヘルグラント甲板にいた船員たちが、怯えながらもゆっくり前進して行く。

「あ。」

船員の一人が声を零した。
硝煙の煙幕の中から、大きな影が唐突に現れ、ドミトリーをはじき飛ばしたのだ。
血こそ流れていないものの、体をおかしな方向に曲げながら飛んでいく。
その影は船首からもう一度飛び跳ね、甲板中央部に着地する。
それは一匹の虎であった。
白を基調とした毛に黒い縞模様が入っている、いや、いたと思われた。
全身を帝国兵の血でどす黒く濡らし、口元には戦友であった兵の肉片がこびりついている。
その姿があまりにも堂々としているが故に、あまりにも美しすぎるが故に、あまりにも恐怖を喚起させるが故に、彼らはその瞬間動けなかった。
虎の咆哮が、帝国の艦の上で響く。
その声に合わせるように、皇国の銃撃が帝国水兵と降り注ぐ。


それは皇国軍の反撃だった。
既に船底に大穴が開けられている以上、彼らがこの海域を脱出する術は無くなっている。
ならば、なぜ彼らがここまで戦うのか、それは僚艦の脱出を支援するために他ならなかった。
4種類の軍服が入り交じり、互いに剣戟と銃声を交わし合う。
しかし今や、その戦況は圧倒的に皇国に傾いていた。
ヘルグラント甲板に突如として現れた3匹の剣牙虎は、海上においてもその圧倒的な戦闘力を見せつけ、むしろ帝国水軍が戦列を組んでいない事を利用し、陸戦以上にその能力を見せつけている。
圧倒的な瞬発力により帝国の銃撃は空を切り、決死の思いで繰り出される剣も、その殆どが躱されるか肌をなでるにとどまり、致命傷を与えることが出来ない。
また、剣牙虎にのみ気をとられれば、後ろから駆け寄った皇国兵に背中を撃たれ、皇国兵に対処しようとすれば剣牙虎にその背中を切り裂かれる。
船という場所に特有の狭さも皇国兵の味方となる。
密集出来ず、容易く壁に追い詰められ、仲間の援護もなく死ぬ。
そこはまさに帝国兵にとっての地獄であった。


戦場において、兵が最後まで戦う例は少ない。
大抵は矢が尽き剣が折れる前に、その武器を捨て去り敵に背を向ける。
彼らの最上級指揮官が既にいないとあらば、尚更であった。

「ひ、ひぃ。」

あまりの恐怖から一人の兵が、手摺を乗り越えその向こう側の海へと逃避する。
一人が逃げれば続々と続く、甲板にいたほとんどの兵は彼に続きその身を海に投げ出していた、
彼らとて、飛び込んだ海が極寒の地獄であることは認識している。
実際飛び込んだ者の多くが、着水した瞬間にその心臓が止まり、そのまま水の中へと沈んで行く。
それでも、その最初の瞬間を持ちこたえることができた頑強な体の持ち主は、近くに散らばるマストや木片に捕まり、仲間の救助を待つことができた。
ヘルグラントと大瀬の甲板の上でこそ、彼らは圧倒的優勢に立っていたが、今だにこの海域には健在な味方艦が5隻もあるのだ。


つまり、逃げれば助かるということ。
ただでさえ、報奨金制度があり、うまくいけば家を買えるほどの金銭が手に入る皇国とは違い、帝国には報奨金制度がない。
いくら敵艦を沈めようと、死んでしまえば意味がない。
つまり練度は高くとも、基本的に士気が高くないのだ。
戦闘は四半刻もかからずに終了した。
非常に局地的な皇国の勝利として。


ほとんどの生きている帝国兵は海へと逃げ、死者か重症者しか残っていないヘルグラントの甲板、その中で、一人だけ甲板の上に立つ帝国兵がいた。
歯を食いしばり、それでも逃げようとはしない。
理由は彼の足元を見れば理解できた。
明らかな重傷を負いながらも、まだ生きている彼の上官。
少なくともその生命を守るためだけに彼はそこに立っていた。

「皇国水軍大瀬艦長、坪田典文中佐だ。貴官の名は。」

彼を取り巻く皇国兵の中から、一つの声が響く。
もちろん言語が違うため、坪田の言葉は彼には理解されない。
しかし、それを比較的流暢な帝国言語で訳す皇国兵がいたため、その内容は彼にも理解できた。

「帝国水軍下士官ワレンチン・サハロフ曹長。」

返答は短い。

「死にかけた主人を見捨てられないか、貴族とは難儀なものだな。」

口の片側をつり上げ、坪田は皮肉げに笑う。

「……蛮族には忠義という言葉がないと見える。」

そう返すワレンチンの目には、死を覚悟したものに特有の、強い意志が浮かんでいる。
松葉杖をついている士官らしき男がそれを伝えると、坪田はどこか遠いものを見るような表情を浮かべる。

「忠義に死ぬのも悪くはないか。」

松葉杖の士官がそれを訳さなかったため、ワレンチンにはその言葉の意味がわからなかったが、そこに込められた感情は理解できた。
それは確かに尊敬の感情であった。

「自分は殺されても良い、ただ、この青年だけは助けてもらえないだろうか。」

「……その必要はない。」

ワレンチンの表情が固くなり、柄に加えられた力が剣先を微かに揺らした。
溢れでた殺気に、松葉杖の士官の隣にいた剣牙虎が、唸り声を漏らす。

「我々は現時刻をもって降伏する。可能ならば大協約に基づいた扱いを受け入れて欲しいものだが。」

「…………受け入れましょう。」

この時二人が吐いた言葉、それは互いにとって非常に屈辱的なものだったに違いない。
しかし、この場にいる両軍の、最も階級の高い人間が合意したことにより、この海域において行われた海戦、それは終わりを迎えた。
この後、周囲に展開していた帝国艦の兵は、皇国の圧倒的敗北を予想していながら、その想像とは全く別のものを見ることとなる。
ヘルグラント及び大瀬甲板には、圧倒的多数の皇国兵、そして僅かばかりの帝国兵がいた。
これが勝ちと言えるのか、それとも負けと言えるのか、それは立場によって大きく変わるだろう。
しかしこの瞬間、この海域にいた全ての人間が敗北感を噛み締めていた。





これは、帝国と皇国の戦いにおいて、最初に生じた海戦であり、帝国が追撃時に受けた最大の被害であった。
帝国
嚮導駆逐艦ヘフレム沈没
嚮導駆逐艦ペルヴェネツ大破
駆逐艦ヴィクトル大破
駆逐艦リューリク中破
巡洋艦ヘルグラント大破
その他小破多数。

皇国
巡洋艦大瀬大破





あとがき

過去最大の文章量です。
もう少し短く分けたかったのですが、このような結果になりました。
今回の話は、ほぼオリジナル展開です。用語に関しては、可能な限り原作に準じましたが、間違いがあれば御指摘ください。
最後に、誤字の指摘をしていただいた方々に感謝を。


ちょっと原則未読者に不親切かなと思ったので、設定の方に皇国と帝国のスペック差を書いておきます。
原作未読者の方は、読んだ方が世界観がわかりやすいかもです。
地理

マップに関しては、原作の最初のページを立ち読みでもしていただくのが最もわかりやすいのですが、簡単に言うと帝国はロシア、皇国は日本です。
ロシアっぽい土地の、中央に帝国本土、西に帝国西方諸侯領、東に帝室直轄領(東方辺境領)といった位置関係です。
で、東方辺境領東端の、少し南に皇国があります。
他にも帝国のかなり西にアスローンという国があり、さらにその西に南冥民族国家軍というのがあります。
どちらも帝国とガチンコで戦えるくらいには大国のようです。
ただし、アスローンと南冥民族国家軍は、酒の名産地としてくらいしか登場しないので、あまり気にしなくても構いません。
大きさの比率は目算で50(帝国):1(皇国):50(南冥民族国家軍):7(アスローン)と言ったところです。

文化

帝国本土はロシア、東方辺境領はドイツ的です。
皇国は日本と同じと思っていただいて結構ですね、武士道という言葉もありますし、義を重んじる精神も持っています。
ただし、歴史に関しては600年ないくらいで短いです。
明治時代の日本が、緩やかに西洋化したらこんな感じだったかも、みたいな雰囲気を漂わせているところが特徴的ですね。
この先皇国が存続し続けるとしたら、今の日本とはだいぶ違った感じになりそうです。
経済に関しては明言されていませんが、皇国もかなり帝国と接戦出来るくらいのようです、バブル期の日本とアメリカみたいな。

軍事力

帝国
総兵力:400万(予備役等の動員時:970万)
軍艦(ただし、東方辺境領のみ。):80隻(本土に20~30隻、徴用船舶200隻)

皇国
総兵力:20万(予備役の動員時:50万。ただし予算の都合上、総動員は行えていない。)
軍艦:40隻(徴用船舶:300隻)

皇国は総力戦ですね、と言っても国民皆兵を敷くほど切羽詰っているわけではありませんが。
帝国は経済の閉塞感を打開するために行なっている感じです。
両国共に志願制です。



[14803] 第十一話
Name: mk2◆1475499c ID:ab34658f
Date: 2010/03/10 01:31
ソロモンよ~(ry
一体黒茶とはなんなのかと、コーヒー説とお茶説どちらが正しいのやらですよ。



北領と比べれば、幾分も雪の少ない皇国内地の弓勢湾に5隻の回船が入港する。
皇都に近く、別名皇湾とも呼ばれるここは、溢れかえらんばかりの人で埋まっていた。
北領での撤退戦を見事戦い抜いた部隊が、ついに入港しようとしていたからだ。
回船の上には、合わせれば千に届くかも知れない人数が乗っており、それぞれ彼らの家族や恋人などにそれぞれの方法で手を振っている。
それを迎える人々も、戦地から返ってきた兵を出迎える家族や恋人、その関係者、物見遊山の衆民、彼らを迎える軍監本部の人員など様々な種類がおり、港を埋め尽くさんとばかりの人数がいる。
その様子は、事情を知らない人間が見れば、凱旋式と間違えてもおかしくないほどのものだった。
回船が港に接舷し昇降板が降ろされ、そこを兵が降り始めると、割れんばかりの歓声が巻き起こる。


降りてきた兵は、そのまま帰還式典を行う会場まで行進し、そこで軍監本部による点呼が行われる。
事前に報告を受けているので、非常に簡易的なものだ。
それでも、新聞などで紹介された士官などの名が呼ばれると、歓声が起こる

「皇国陸軍独立捜索剣虎兵第11大隊大隊長新城直衛、以下583名。ただいま帰還しました。」

全員の点呼の最後に、指揮官である新城直衛の報告が行われる。
この時、人々の歓声が少し戸惑ったように途絶えた。
その報告を行った大隊指揮官の名が、彼らが知っていたものとは違ったからだ。
2月初旬以降、僅か一個大隊で後衛戦闘を行い続けた司令官の名は、情報通を気取った衆民でなくとも一度は耳にした名前である。
皇族でありながら率先して後衛戦闘を行った実仁親王と、益満家嫡子の名は皇都の隅々まで行き届いていた。
であるが故に、聴衆の大半は状況が理解できない。
といってもこれは衆民に限った話ではなかった。
もし衆民の中に注意深い人間がいれば、軍人の中にさえ戸惑ったような表情のものがいることに気づいたはずだ。


実際のところこの案件に関しては、未だに軍内部でも十分に情報が行き渡っていない。
なぜならば、この情報を持ってきたのが、彼ら自身を載せていた回船であるからだ。
第11大隊が北美奈津浜にたどり着いた時点で、既に転進司令本部は撤収しており、これら情報を報告する相手は導術でも届かない位置にいる。
また、水軍に導術兵が約200名しかいない現状では、回船にまで彼らを配備する余裕はなく、大瀬が隊列を離れた時点で導術を使えたのは第11大隊に配備されていた導術兵のみであった。
彼らとて、連戦続きで長時間大瀬の戦闘を索敵するほどの余裕はなく、また、回船自体も最大戦速で当該海域を離脱していたため、コンディション、距離、この両面でまともに情報を収集することが出来なかったのだ。
結果として、直接現場にいた彼らでさえ大瀬が降伏したという情報しか持っておらず、大瀬乗組員の安否に関しては一切不明という現状に至る。
この情報が軍監本部に届けられたのは僅か3刻前、衆民が知るはずも無い情報であった。


衆民の疑問を斟酌する必要はないとばかりに、儀式は淡々と進んで行く。
点呼を終え、軍監上層部の人間による話などが行われた後の論功行賞。
一部兵卒への報奨、勲章の授与。
特に、この激しい後衛戦闘を生き抜いた各士官には、それぞれ1階級特進と野戦銃兵勲章が与えられた。
それぞれに軍監本部の人間直々に賞賛の言葉が送られ、手ずから勲章をつけられる。
そのたびに歓声や拍手が起こり、どこか硬い表情をした彼らもその時ばかりは頬を緩める。
その待遇は、敗北した兵の通例の処遇とは、大きく異なるものではあった。


ただ、裏を返せばそれだけのことしか行われなかったという言い方も出来るかも知れない。
本来ならばこの式典はさらに豪華なものになる予定もあったのだ。
実仁親王が出席を望んだという噂も流れており、また駒城派の重要人物が2名いることから、凱旋式に近い規模のものになるのではという予想も少なくなかった。
軍監本部においても、皇国内に漂う陰鬱とした空気を打破したいという意図もあり、その流れで決まろうとしてはいたのだ。
守原が反対を表明するまでは。
表向きは、敗軍への分不相応な高待遇は相応しくないという形ではあったが、その実情はただの権力争いに過ぎない。
守原が侮られ、駒城の評判があがるというのは、彼らにとってはそれだけのことをする価値があることなのだ。
守原と関係の深い安藤がこれに賛成し、西原と宮野木が静観したことによりこの計画は暗礁に乗り上げ、結果妥協案としてこのような形で行われることとなる。
様々な思惑が絡み合った帰還式典は、結局半刻ほどで終了した。





小さくため息をつく。
北領を脱出して以来、今の事態に関しての悩みが絶えたことはない。
現状に悩むといった行為自体が現実逃避の一種であることは理解しているが、現状を打破しうる手段が無いのではこんな思考の堂々巡りも仕方が無いのだろう。
そんな勿体の無いことを考えて、高橋利幸曹長は小さくため息をついた。
彼を悩ませているのは他でもない、彼の上官の事である。
北美奈津湾からの脱出の際、益満保馬の乗艦していた大瀬は拿捕、または撃沈されたものと思われている。
断言出来ないのはそれらが全く確認されていないからだ。
実際のところ、現場にいた本人たちでさえこの程度の情報しか持っていない。
現在第11大隊に所属していた各士官が、軍監本部の人間から様々なことを聴かれているが、帝国軍に関してはともかく大瀬に関する情報はほとんど得られないだろう。

「生きて帰ってこられたというのに随分と不景気な様子ですね、どうかされたのですか?」

一人埠頭の片隅で頭を抱えていた高橋に、猪口が声を掛ける。
隣には彼の妻と息子を伴っており、その幸せそうな様子は見るものに何とも言えない倦怠感を感じさせる。
口調が敬語なのは軍務から外れているからだろう、年齢で考えた場合猪口の方が上で、先任曹長であるのも猪口であるからだ。

「……大隊長殿の件です。益満敦紀様やそのご家族にどのように報告しようかと。」

「そのことですか、そういえば高橋曹長は益満家の家令も務めておられる方でしたね。」

はい、と心ここにあらずといった様子で返答を返した高橋に、猪口は苦笑を浮かべる。
猪口とは違い、益満家から雇用される形で保馬についていた彼には、通常の軍務とは別の責任が伴っているからだろうと当たりをつけたのだ。

「正直、共に大瀬に乗っていればという気持ちですよ。」

「というよりも、なぜ大瀬に乗られなかったのですか?」

「大隊長に命じられたんですよ、自分とは別の船に乗れと。」

予想外の返答に、猪口が目を丸くする。
帰ってくる際、当然猪口は新城と同じ船に乗っていたし、命令されない限り側を離れることはない。
であるが故に、側を離れた理由としてそれが妥当なのは理解できたが、なぜあの状況でその命令が出たのかが不思議だったのだ。

「……大瀬がああなることを予期していたということですか?」

「それはないでしょう、本人がお乗りになったのですから。とは言っても、特に理由など思いつかないのですけど。」

弱りきった表情で、高橋は天を仰ぐ。
状況を理解するための情報があまりにも不足しており、不可解なことが多すぎることが、その態度の原因であることは明白であった。

「それは、お気の毒です。」

どう言葉を返せばいいものか、猪口も図りかねているのであろう。
少なくともこの先、高橋が面倒な事になるだろうことは予期できたが、猪口に出来ることなど何もない。

「ところで、高橋曹長は何故ここに?ご家族でも待たれておられるのですか?」

どう言葉をかければよいのか、お互い何とも言えない沈黙が続き、猪口が話題を変えようと言葉をかける。

「自分は独身です。家族と呼べるものもいるにはいますが、もう何年も会っていません。大隊長殿のご家族は、大瀬の報告を聞いた時点でこちらに来るのをやめたとか。」

「それでは何故ここに残られているのですか?」

式典は既に終了し、士官を除き兵の多くは既に帰り始めている。
猪口がここに残っているのは、ただ単に高橋を見つけたからだ。

「……大隊長殿に、もし自分が戦死か行方不明になったら、この手紙を新城大尉に渡せと厳命されていたからです。」

高橋は軍服の内側から小振りな封筒を取り出し、猪口の方に向け軽く振った。
取り出し口には蝋で封がされ、その上から益満家の家紋が押されている。

「それは、中に何が?」

「自分も知りません、教えていただいていないもので。ただ、これを渡された時の大隊長殿の目はかなり真剣でしたので、かなり重要なものが入っているだろうとは思いますが。」

「……遺言状、と言うわけではないですよね。なぜ新城大尉に。」

猪口が視線を天幕の方に向けた。
港の中央に設置されたそこでは、今も事情聴取が続いている。
大瀬に乗っており、安否のわからない保馬と西田を除き、全ての士官があの中にいるはずだ。
その入口にはやけに大きな集団が待機しており、天幕の前に陣取っている。

「駒城家の方々ですね。新城大尉をお迎えに来たのでしょう。」

猪口の視線に気がついた高橋が、複雑そうな表情を同じ方向に送る。
保馬のことを考えたのだろう、彼も彼なりに保馬のことを気遣っているのだ。

「大隊長殿も戻ってくれば、あのように……。猪口曹長もそろそろお帰りになられた方がよろしいと思いますよ。ご家族の方々がお持しておりますし。」

前半の言葉は小さく猪口には聞き取れなかったが、後半は猪口にも聞き取れるようはっきりと話す。
高橋の視線の先には、何かあったのかと心配気な表情をこちらに向ける、猪口の家族の姿があった。

「そうですね、それでは失礼します。」

軽く会釈をし、猪口は彼の家族の元へと駆けて行く。
それを見送る高橋の表情は、先程のものよりは少し柔らかくなっていた。






ぼんやりと視線を遠くに投げる。
窓からは忙しなく働く水夫の姿が見え、港に接舷している数十艘もの船を見ることが出来る。
その全てが2000石級の物に見え、膨大な量の物資が絶えることなく吐き出され続けていた。
海運国家である皇国の、最大の港である皇湾にさえ匹敵するようにさえ見えるその様は、こちらにある種の絶望に近い感覚を想起させる。
大量の銃、砲、糧秣、嗜好品も少なくない、帝国は物資の多くを現地調達すると聞いていたが、その話を流した人間の正気を疑いたくなる。
これらすべてが皇国との戦争に用いられるのだからぞっとしない話だ。


港に位置しているからだろう。
物資に不足している感じは見受けられず、待遇も悪くない。
ちゃんとした食事も用意されているし、捕虜の人数が少ないからだろうか、あてがわれた部屋の質も低くない。
俺が収容されているここは、丁寧な洋風の作りがなされた将校用の部屋だ。
天井からは小振りなシャンデリアが吊るされており、小洒落た暖炉も設置されている。
ベッドなどセミダブルであり、下に敷かれている絨毯は足が沈み込むほどに深い。
おそらく将校用、少なくとも准将以上の人間のために作られたものだろう。


既にここに来てから10日間が経過している。
大瀬が降伏した後、俺たちは近くの帝国艦に収容され、その後数日間艦内に閉じ込められたまま航海をすることとなった。
断言は出来ないが、この時帝国艦は北上していたのではないだろう。
少なくとも真室や美奈津といった、北領南部に位置する都市にはまだ帝国の支配が及んでおらず、帝国水軍に命令を出せる存在はいなかったはずだ。
その後、数日間程の船旅をし、北領のどこかの都市で船から降ろされた。
もっともこれほど大規模な港と言う時点で可能性など2つ3つ程に絞れているのだが。

「……何やってんだろ。」

小さく溜息が溢れた。
ここに来てから無駄に時間だけはあるため、やけに色々なことを思い出す。
ただ、その記憶の大半を占めるのが自ら手をかけた戦友のことだ。
自責の念はある。
もし自分が負傷していなかったならば、あの中の何人かは減らすことができたのではないか、そんな思いが絶えない。
そうでないならば、もっと早く撤退すればよかったのかも知れない。
きっと何かをすれば彼らの生命は救えたはずなのだ。
こんな思考を何度繰り返したかさえ分からない。
後悔の念だけがただ、延々と募っていく。


考えることはそれだけではない、今の内地の状況も気に掛かることの一つだ。
新城がどうなったのか、夏期総反攻の話はどう流れるのか、奏上は誰がどのように行うのか、新城の近衛入りの件がどうなるのか。
俺の存在があるばかりに、全ての事象が不確定になる。
そして俺はそこにはいない、そればかりか新城がユーリアに会わないなどという、さらなる不確定要素さえ生み出そうとしている。


正直何をどうすれば良いのかがわからない。
そもそも俺が第11大隊に配属されたことがこの間違いの元なのだろうか。
ただ、そうすれば原作通り第11大隊の大半は戦死しただろう。
しかし、俺がいることによって未来の流れはだいぶ不安定になった。
ひょっとしたら自意識過剰なのかも知れない、そう思いはするが、帝国の動向自体がユーリアという一人の人間の指示のもと動いているのだから、どこまでも変化の危険性は伴う。
そして一度変化が起きれば終わりだ。
バタフライ効果により変化は加速度的に増大し、未来の予測など完全に不可能になる。

「介入か不介入か、どちらを選んでも後悔しか無いってのは嫌な話だよな。」

再び溜息が溢れる。
恐らくこの先、全ての行動への後悔が伴うのだろう。
死者が減った場合、もっと救えなかったのかと思うだろうし、死ぬはずだった人間の行動によって起きる影響を心配しなければならなくなる。
死者が増えた場合、自分の行動を悔い、何故そこでそんな行動をとったのかという自責に苛まれるだろう。
そして、原作通りに行ったら行ったで、自分の存在意義を問い直さなければならなくなる。
落ち着くのは、結局は戦争が悪いという考えだろうか。
余りにも嫌な未来予想に、暗澹たる気分になる。




扉を叩く音がした。
なぜ扉が叩かれたのだろうと一瞬考え、大協約の将校の権利の中に【捕虜であっても将校として扱われる】という条項があったことを思い出す。
この大協約と言うのも不思議なもので、皇国の法律を見てもあらゆる場所に大協約の影響を受けたと思われる箇所が見受けられる。
作られたのは数千年も昔のことにも関わらず、全文が残されているし、当時の状況も比較的詳しく残されている。
そして、もっとも不思議なのは、ほとんどの国民や国家がこれを遵守していることだ。
前の世界で考えると、ハンムラビ法典が世界のルールになっている感じであろうか。
前にいた世界の理屈で考えると、冗談のようにしか思えない。
フサイン=マクマホン条約とかどうなるんだよって話だ。

「どうぞ。」

軍服の皺を軽く叩いて直しながら、立ち上がる。
扉を開けて入って来たのは、まだ20に届かないかといった風貌の、若い青年であった。

「失礼します、自分は第21東方辺境領猟兵師団所属、マルクス少尉であります。貴官は捕虜である益満少佐でありますか。」

「その通りですマルクス少尉。ところで何の用事でしょうか。」

「自分は、鎮定軍参謀長殿からのご連絡を伝えに来ました。お暇でしたら、本館3階にある来客室までおこし頂きたいとの事です。」

このイベントは、メレンティンの訪問か?
ここがどこかの港街であることに気がついた時点で、このイベントは起きないだろうと考えていたのだが、どうやら見通しが甘かったらしい。
まさか、参謀長に就いている人間が北府を離れられるとは思わなかったのだが。
と言っても、このイベントが起きうることを予期していなかったわけではないので、判断に困ると言うことはない。

「承知しました、マルクス少尉。案内してもらっても構わないでしょうか?」

正直な話、会った場合と会わない場合、このどちらかを選んだ時の未来への影響が予測出来なかったのだ。
新城が大隊長になっていない時点で、既にこのイベント自体が狂っている。
ならば、個人的に非常に興味のある人物の一人であるメレンティンに会ってみたい。
そう思い、もしもこのイベントがもしも起きるならば、絶対に了承しようと考えていたのだ。

「それでは付いてきてください。」

マルクス少尉はそう言い放つと、さっさと部屋を出て行ってしまう。
背を向ける際に浮かべていた表情は、俺のような人間が参謀長に招かれることへの不満がありありと浮かんでいた。
ほとんど治りかけているのだが、まだ歩くと足が痛むため、手近なところに立てかけてある松葉杖を手に取り追いかける。
扉をくぐると、そこには屈強そうな帝国兵が4名ほど待機していた。
肩が触れそうな位置で、俺を警戒する様子からは、特に何の感情も浮かんでいない、こちらはこちらで通常業務の一環としか考えていないようだ。
確か、新城はもう少し丁重な扱いを受けていたような気がするのだが、この扱いの差はなんなのだろう。
やっぱり場所か?


5階に位置している俺の部屋から二つ降り、右に曲がって10m程進んだ場所に来客室は存在していた。
入り口の両脇にはさらに2名の兵が配置されており、余程に厳重な態勢が敷かれていることがわかる。
マルクス少尉はこちらを振り返ることもせず、先程のぞんざいな態度とは似ても似つかないほど丁寧な仕草で、扉を2度軽く叩いた。

「どうぞ。」

帝国の言葉で返事が帰ってくる。
敬語であることに疑問を覚えはしない。
原作において、メレンティンは一貫して捕虜である新城に敬語で対応していた。

「益満保馬であります。お招きにより参上しました。」

入室すると同時に室内の礼を行い、挨拶を行う。
角度は15°、前の世界では大規模な儀式の場合は大抵45°だったが、こっちは皇族に対するものでもない限りそんなことはしない。

「鎮定軍参謀長、クラウス・フォン・メレンティン大佐です。ドウゾ ヨロシク。」

顔を上げたそこにいたのは、上品な表情を浮かべた男性であった。
来客用の小振りな部屋に置かれている椅子から立ち上がり、こちらを歓迎するかのように両手をあげている。

「大佐殿がお望みでしたら鋭剣……は持っていないので短銃をおあずけしますが。」

いかがでしょうか、といった様に軍服の内側を覗かせる。

「貴官は大協約の遵守を誓われるか?」

「誓います。」

「ならば私は帝国将校としての名誉にかけ、貴官の将校たる権利を擁護しよう。よくぞいらした。」

全くに型通りの会話。
場合によってはこの会話自体に倦怠感を感じることがあるのだが、全くそういった感情を与えないのは表情故か。
泣いているかのように細まっている目は、その瞳の色こそ見えないものの、好々爺然とした印象をこちらに与え、金髪に白髪の混ざった頭髪がその印象を強めている。

「ありがとうニコライ少尉、御苦労だった。」

はっ、ニコライ少尉は去り際にこちらをチラリと見て退出して行く。

「どうぞ座ってください。」

促されて座った椅子は、どちらかと言うと皇国製の物のようだ。
皇国の文化は中途半端に帝国の文化と混ざっているため、西洋風に見えてもわかりやすい特徴がある。
北府が帝国の根拠地に使われているからだろうか、机や壁に掛かっている絵を見ても、帝国の色はあまり感じられない。

「さて、貴官に何を出そうか。黒茶か、もう少し強いものか。」

「どのようなものでも。出来れば酒の類は遠慮したいところですが。」

「強いものはお嫌いですか、従兵、従兵、大尉殿に黒茶を。」

軽く手を叩きながらメレンティンが呼ぶと、扉の向こうに控えていた従兵がすかさず入ってくる。
盆の上に湯気を上げる黒茶が乗っているところを見ると、頼む前から控えていたのだろう。

「皇国ではあまり酒の類は飲まれないのですか?」

「そういうわけではありません、ただ自分は下戸なので。叔父などは水のように飲みますよ。」

お互い当たり障りの無い会話を続ける。
緊張をしてはいるが、手が震える程でもない。

「はは、それは面白い。私もかなり酒には強い方なのだが、君の叔父上と私ではどちらが強いかね。」

「さあ、ですが皇国の酒は強くはないですからね。自分も幾度か帝国の酒を飲んだことがあるのですが、一口飲んだだけで倒れていまいました。」

言外にそちらの方が強いのでは?という意味を込める。
真実など知らないが、まあ社交辞令のようなものだ。
メレンティンもそれ以上突っ込まず、笑って今の言動を流す。

「ところで、あまり君は私がここにいることに驚いていないようだね。何か検討がついているのかな?」

「そう見えますか?内心は驚きに充ち満ちていますよ。帝国は北府に拠点を置いていると聞いたので尚更です。ただこちらから尋ねるのも無粋かと思ったので。」

わざとらしくない程度に目を大きくしたが、あちらはどのように感じただろう。
違和感を与えるほど態度に出ていただろうか。

「ふむ、そうか。」

小さく頷き、納得する姿に違和感は見られない。

「それで、どうして大佐殿はこちらへ?」

「本国からの援軍が今日到着するのだが、我々を苦しめた大隊の隊長がここにいると聞いてね。寄ってみたのだよ。」

まあ、理由なんて原作以上のものはないだろう。
と言っても俺がやった事自体はほぼ新城の模倣であるし、特に何かをできたと言う実感も無い。
むしろこんなふうに持ち上げられても困るのだが。

「はあ、それは光栄です。もっとも自分があの大隊で果たした役割はたいしたものではないのですが。」

出された黒茶をすすりながら答える。
うん、苦い。
ミルクと砂糖が欲しいな。

「うん?君はあの大隊の隊長ではなかったのかね。部隊の行動を指揮していたのは君だろう?」

こちらの真意を図りかねたのだろう。
首をかしげなからメレンティンが尋ねてくる。

「それは間違いではありませんが、大佐殿の評価している行動が自分の指示であるかどうかはわかりませんので。」

「それは一体どういう事なのだろうか。」

うーん、素直に生きるって言うのも考えものかもな。
怪訝そうな目線、というよりもこいつに会ったのは間違いだったのかも知れない、なんて雰囲気がビリビリと出ている。
正直正対しているのが辛い。

「言葉のままです。例えば2月11日の夜襲は、自分の前任である伊藤少佐の行動ですし、真室川撹乱射撃は自分の参謀である新城大尉が立案と指揮を行っています。」

と言っても嘘をつく気などさらさらなく、事実をありのままに答える。
こうやって考えると、本当に俺は何もしていないな。
怪我をしたことを考えても、もう少し一士官として動けた気がするのだが。
メレンティンは今の話を聞くと、ほう、と頷き神妙な表情で黙り込んだ。

「……まさか、我々の考えていた猛獣使いが複数だったとはな。」

そう呟く声からは、どちらかと言うと恐ろしい何かに触れるような雰囲気があった。

「指揮する人間が異なっているにも関わらず、その全員がこれほどまでに柔軟に兵を動かすことが出来るのか。皇国の士官というものはそれほどまでに優秀なのか?」

「伊藤少佐に関しては既に戦死していることもありますし、自分は詳しいことはわかりません。ただ、新城大尉に限って言うならば、近いうちに帝国の戦略上の障害になって現れるのではないかと。」

まあ、脅しておいて損はないだろう。
皇国を過剰評価して進撃速度が鈍ると言うのならば、それ以上の僥倖はない。
来年の冬だ。
そこまで耐えることができたのならば、それ以外はなんとでもなる。

「上部の無能に対し、下部は有能な人材が溢れていると言うことか。」

そう呟くメレンティンの声には、確かに戦慄の色があった。

「守原英康閣下は言われるほど無能ではありません、帝国軍、ひいては辺境領姫閣下が強すぎるだけです。」

「参謀を行っている身の私としては、とても嬉しい言葉だな。それを言ってくれる相手が有能であればあるほど。」

先程からの会話を聞いている限り、こちらを評価しているようには聞こえない。
世辞か?
恐縮です、と一言だけ返す。

「君から見て、帝国の長所はどこだと、ひいては自軍の短所はどこだと思うかね。」

「そうですね、一言で言ってしまえば柔軟性かと。近頃の隊列重視の思考は、大昔の密集隊形を連想させます。」

質問攻めだな、と思いながら返答をする。
あまりこういった会話を重ねすぎると、自分の方でボロが出そうで恐いのだが、帝国軍参謀長の兵の運用理念を聞けるチャンスを逃すのは愚策だろう。

「柔軟性か、そう言えば君たち猛獣使いは、一度も隊列を組んだことがなかったな。」

「ええ、虎と共に隊列を組むのは難しいですから。大佐殿は、皇国の短所をどのように捉えておいでですか?」

「君と同じだよ。隊列を守って戦うには、時と場合を考えなければいけない。ただ、騎兵の使い方が拙いように私の目には写ったな。」

騎兵?そう言えばメレンティンは元騎兵将校だったっけか?

「砲では照準が追いつかず、装填中に敵の懐に飛び込めるだけの機動力を持ち、倍する敵を突破出来るほどの衝力を持つ。騎兵は非常に有用な兵科だとは思わないかね。」

騎兵の有用性か、実際あんまり考えたことが無いんだよな。
今でこそ小銃の性能の低さ故に、主力の一角を担えているが、新型のボルトアクションシステムが完成しつつある以上、廃れて行く兵科だろうし。
もちろん剣虎兵だってその例外じゃない。
当然帝国の装備の進化に応じて、反比例に減少して行くだろう。
むしろ、新城のせいで剣虎兵という兵科が、大規模に発展して行くことの方が俺には恐ろしい。
まあ、それでも今は関係ない話だが。

「確かにそうですね。天狼開戦において、皇国は騎兵を全く有用に使えませんでしたから。」

「ああ、うまく側面からの攻撃を行うことが出来れば、我々もあれほど容易く勝つことは出来なかっただろう。」

今は騎兵将校の任にはついていないはずだが、元々騎兵が好きなのだろう。
騎兵について語る時のメレンティンの瞳は、先の表情よりも少しばかり楽しそうに見える。

「……いや、失礼。君に関係の無いことばかり話してしまい申し訳ない。これほど実務的な話をする気はなかったのだが。」

「構いませんよ。大佐殿とのお話自体は自分も嫌いではありません。」

「こちらからの質問ばかりでは申し訳ないからな、君から何か質問はあるかね?」

質問、か。
確かにいくつかある。

「それでは、自分たちが苗川を防衛している時の話です。上流部を騎兵1個大隊程度が渡川していたのですが、彼らはどのようになったのでしょう。」

原作通りにいかなかった今回の北領戦で、最大の誤差が彼の件だろう。
渡河した事のみは確認したものの、それ以降一切会うことがなかったことは、俺の中に残る大きな疑問の内の一つであった。

「ああ、それはカミンスキィ大佐の指揮する第3東方辺境領胸甲騎兵連隊のことだろうか。」

「大佐殿がおっしゃるのならば、そうなのかも知れません。」

カミンスキィ、という名前に耳が反応する。
皇国の守護者でイケメンランクTOPの男の敵だ。
原作を読んでいて、掘られて死ね、と思ったのは俺だけではあるまい。
もっとも登場時点で掘られていたが。

「アンヴァラール少将殿、苗川攻撃の指揮を行っていた指揮官の事だが、少将殿は諸君らを迂回し直接美奈津浜を叩くことにしたらしいのだよ。」

初耳だ。
というより何故に?
迂回と挟撃は戦術の基本じゃないのか?

「そうなのですか?自分たちは撤退途中遭遇しませんでしたが。」

「諸君らを迂回して、かつ美奈津までたどり着こうとした場合の道は、それなりに険しいのだよ。加えて諸君らの行った焦土戦術もあったしね。」

焦土戦術、という言葉を放つときのみ、メレンティンの瞳が剣呑に光った。
こちらを攻めることをしないのは、己の立場と、性格ゆえのことなのだろう。

「というよりも、そもそも何故迂回を?本来ならば我々の挟撃を狙うべきではないのですか?」

「罠があると知っていて。そこに飛び込む兵はなかなかいない。糧秣が不足しているような状況では尚更だ。」

なるほど、こっちがある程度の対策を行っていたことは、バレバレだったわけね。
にして迂回か、場合に寄っては撤退途中に1個騎兵大隊と戦闘をしなけりゃいけない可能性もあったのか。

「ふう、何と言うか、君と私が話をしているとどうしても仕事の話になりがちだな。私はホスト役にはあまりむいていないらしい。」

メレンティンは自分に呆れたようにぼやく。

「自分にはそうは思えません。それに、大佐殿がどうかは知りませんが、自分は軍事に関する話をするのは嫌いではありません。」

「私も君と同じで嫌いではないよ。まあ、君がそう言うのならば、こういった話も良いものかも知れないが。そう言えば、最初から尋ねようと思っていたことがあるのだが、何か今の状況に対して要望はあるかね?」

「……自分もどれほどの人数、自分の部下が乗っていたのかを把握していないのですが、部下が賦役に就いているならば彼らとその労を共にしたいと思います。」

当時は状況が状況であったため、大瀬に第11大隊の人間がどれほど乗っていたのか、俺は把握していない。
西田少尉を含め、数名ほど顔見知りの人間が乗っていたことは覚えているが、その他がどのようになっているかはわからないのだ。
断言出来ることといえば、新城や高橋曹長が脱出に成功したことくらいだろうか。

「しかし君は負傷しているのだろう。負傷した人間を働かせることは、大協約にも反している。」

「監督程度なら自分にも出来ます、その程度には傷も癒えました。」

「ふむ、ではそのように手配しておこう。」

「それと、なのですが恐らく自分たちの剣牙虎が3頭ほど、そちらの世話になっているはずなのですが。」

剣牙虎がどんな風に扱われているか、あんまり良く扱ってもらえているとは思えないな。
原作のように高待遇を得ることができたのは、結構運に恵まれていたのではないかと思う。
特に、剣牙虎に仲間が殺されているであろう帝国兵ならば、大協約で保護されていない剣牙虎を殺すことも十分考えられたはずだ。

「私もこちらに来たばかりで、そこまでは知らないのだが、ここに君達の扱っていた猛獣がいるのかね?」

ああ、メレンティンも来たばかりで知らないのか。
原作だと、新城に会う前に剣牙虎を見てきたような言い方をしていたけれど。

「はい、一応そちらの俘虜管理将校殿には自分の私物と言う形で扱っていただきたい、というようには伝えています。」

「後で手を回しておこう、君が望むなら会えるように口利きをしておいても良い。」

「ご厚情痛み入ります。」

メレンティンは、彼自身かなり情の深い人間なのだろう。
今会話を交わしていて、恐らく俺は原作における新城ほどの評価をされていない。
にも関わらず原作と同程度の配慮を配ることが出来るのは、彼自身の度量の広さを表しているのだろう。


その後、俺とメレンティンは半刻ほど現在の軍事について語り合った。
メインとなったのは、いわゆる現在の隊列重視思考とその限界についてというものであったが、この会話で色々なことが理解できたように思う。
メレンティンは、過去のとある出来事さえなければ大将になっていた程の人間であり、その戦略能力に関しては間違いなく1級品である。
そんな彼でさえも、騎兵による機動戦術と、隊列を組んだ歩兵の進撃という考えから離れることはできていなかった。
天狼開戦での帝国の戦術も、非常に発展的ではあるものの、革新的な戦術ではない。
恐らく、このメレンティンの考えは彼自身だけのものではなく、帝国の基本的な方針そのものなのだろう。
もっともこれは、帝国が用兵の柔軟さを書いていることを示しているわけではない。
帝国が現在の兵器で行いうる最高限度の用兵を行い、その結論が騎兵を主力とした機動戦術であっただけだ。
そして、帝国が過去に戦った勢力のほとんどが、彼ら自身と似た傾向を持っていたのだろう。
だからこそ、従来の枠組みにとられない新城に、苦戦したのではないだろうか。


程々に会話を終え、あてがわれている部屋へと戻る。
行きと同様に、俺を案内したのはマルクスと呼ばれていた少尉であった。
こちらを胡散臭いものでも見るような視線を送ってくるのはあいも変わらずで、好意的な感情は篭っていない。

「これが後2ヶ月か。」

部屋に入ると同時に布団に倒れこみ、空を仰ぐ。
メレンティンが訪ねてくるなんていうイベントがこの先起きるとは思えないし、ユーリアも北府を離れられるほど暇ではないだろう。
というか、メレンティンに与えた俺の印象が、それほど良いものだったように思えないから、遭遇フラグ自体立たないんだろうな。
……長い2ヶ月になりそうだ。





あとがき
遅れてすいません。
流石にリアルと趣味をどっちかとれと言われれば、リアルをとらざるをえないので。
止める気はありませんが、この先どうなるやら……

というわけで、謝罪とは名ばかりの自己満的裏話。

主人公、新城、漆原、兵藤、妹尾、カミンスキィ、バルクホルン、その他オリキャラ達、ここらへんは、死ぬ可能性があったのdeath。
最初から殺す予定がなかったのは西田少尉だけですね。
主人公はアンケート次第では死にました。
容姿だとか、キャラ付けだとか、かなり適当なのはその名残です。
実はこのアンケートで一番得したのは主人公という……。


Ps)感想返し再開しました。ただ量が多すぎるので前回の感想からとなっております。申し訳ありません。



[14803] 第十二話
Name: mk2◆1475499c ID:d4da5e8e
Date: 2010/03/26 05:57
皇都の町並みを一台の馬車が走っていく。
3月を迎え春の訪れを感じさせる事こそ多くなったが、未だに降る雪が路面を覆い、馬車の通りすぎた箇所に轍の跡を鮮明に残す。
目立つことを避けているのか家紋は描かれていなかったが、知る人間が見れば馬車の造形に、余程の金がかかっていることに気がついただろう。
最も通行人に馬車を見て驚く人間はいない。
猿楽町などならばともかく、三条大路に面するここ金座筋ではこの程度のものは珍しくないからだ。
その馬車は、昼も過ぎ人通りの多い三条大路の片隅を平凡な速度で進み、とある料亭の前に止まった。


事前に訪問が知らされていたのだろう、番頭と思わしき人物が静かに歩み寄り馬車の扉を開けた。
その如才ない仕草は、彼が一流のもてなし方を知っていることを伺わせる。
その馬車から降りてきたのは、今皇都で話題になっている元第11大隊大隊長新城直衛であった。
もっとも鹿撃ち帽を目深にかぶり、緩やかな外套を身に纏った姿は、彼を良く知った者でさえ彼が新城直衛だとは気がつかないだろう。
番頭は近くに控えていた小僧に、男性を奥へ通すよう命じると、本人はしばらくの間表に残り、堅気ではない目つきで通りを見渡した後、自身も静かに店内へと戻っていった。


店の内部は、店員の雰囲気とは異なり非常に品の良い作りとなっていた。
外から見ればこの店は非常に小振りに見えるのだが、余分な物を省き、一つ一つの部屋を広くとってある内装からはそれを感じさせない。
小僧はやはり手馴れた様子で新城を先導し、一つの部屋の中に新城をいざなった。

「よう、将家の人間にしては早かったな。といっても貴様が時間に遅れることなど滅多に無いが。」

新城が扉を開けると同時に、彼の耳に聴き馴染んだ声が聞こえてきた。
快活でありながら皮肉げなニュアンスを伴う独特の声は、彼の性格を容姿以上に物語る

「堅気には見えないが、外面だけは一流だな。まったく商家らしい。」

この建物の実質的な所有者である槇氏政を視界に納めるやいなや、ぶっきらぼうに返答する。
将家の高慢さを皮肉った槙に対し、商家の神経質を皮肉る。
まさにこの人物にしてこの友達ありと思わされる一面であった。
お互い出会い頭の皮肉を気にするでもなく、槇が苦笑いをしている間に新城は槇の体面の座布団へと腰をおろす。
先程表で新城を出迎えた番頭が、二つの器と黒茶、茶菓子を持って参上し、黙って頭を下げて退室して行く。

「で、お前が商売の話とは珍しいこともあったものだが、一体何の話だ?」

小僧の足音が聞こえなくなるまで待った後、楽しげな声で槙は尋ねる。
実際彼はこの状況を楽しんでいた。
新城という男は公私を混同するということを、槙の知る限りでは全くしない男で、少なくとも新城が槇の行っている商売に関して深く突っ込んだ質問を行ったことは一度もなかったからだ。
それ故に、興味深い精神構造をしているこの男が、一体どのような事情で自分のところを訪ねてきたのだろうと、少なからぬ関心をいだいていたのだ。
その問には答えず、新城は黙って懐から小さな封筒を取り出す。
ただ封筒ではない、大きさこそそれほどではないものの、騎兵に斧槍という益満家の家紋で捺印されている封筒だ。
片隅には益満家嫡子、益満保馬の署名がなされている。

「俺が保馬、益満保馬少佐から渡された封筒の中にこれが入っていた。同じ封筒の中に俺宛の文も入っていたのだが、その文章の中にこの手紙をお前に渡せば面白いものを融通してくれる、そう書いてあった。」

槇は保馬、という言葉を聞き、胡散臭い話でも聞いたような表情を浮かべ、突き出された封筒をひったくるように奪う。
封はされておらず、中からは折りたたまれた手紙が、一つ入っているのみである。
封を逆さにして落下してきた手紙を、雑に読み進める。
その間新城は何も話さなかった。
というよりも、槙の態度を興味深げに眺めていたといった方が正しいかも知れない。
彼の友人2名の、己が知らない関係を、彼なりに観察していたのだ。

「……貴様はあの益満家のガキがやっていることに関して、どの程度の知識を持っている。」

「独自に会社を立ち上げ、玩具を中心に様々な雑貨を売っているとしか。」

「ああ、やっぱりその程度か。」

どこか嘲るような口調が混じるのは、新城の趣味の狭さを皮肉ったものだ。
槇は面倒くさそうな表情で軽くため息をつくと、四方や話でもするかのように語り始めた。

「あそこの家、というよりも益満保馬自身が行っている商売の対象は、明確なまでに絞られている。」

その話し方はどこか苦々しそうであり、またどこか尊敬の念も篭っているように聞こえた。

「それは?」

「衆民だ。と言っても普通の衆民じゃない。万民輔弼令以降に富裕化した、余剰資金を得た新興層だ。皇国においては将家の娯楽は発達したが、衆民への娯楽というものは余り発達していない。そこへ大量かつ安価な娯楽用品を提供したんだよ。」

益満保馬、彼がこの世界において最初に行った歴史への介入は、前世の世界において普及していた娯楽用品の再現であった。
チェスやトランプといった、比較的想像しやすい類の遊具はこの時点の大協約世界において、既に成立しかけてはいる。
しかしその大半の使用は富裕層、特に有力商家と将家に限定されており、衆民への普及は未だ進んではいない。
もっとも、皇国における衆民の地位向上が始まったのは十数年のことである、その層におけるマーケットが開発されていないのも無理も無いことではあった。
保馬は元来将家の持っている潤沢な資金と、実戦使用段階に到達したばかりの熱水機関を使い、これら層に向けて安価かつ質の保証された大量の娯楽を提供したのである。
その中にはモノポリーやダイヤモンドゲーム、麻雀など、日本国において普及しているものも多く含まれており、その数割は商売として成り立たなかったものの、それらの大半は急速な速さで皇国中に普及した。
その一部はアスローンや帝国、南冥などに輸出されることさえあったのだ。

「なるほど、やけに儲けていると思ったらそういうことだったのか。」

比賊討伐などで皇国各地を見回り、その貧富の差を目の当たりにしている新城だからこそ実感出来る事象である。
さらに新城は経済に関する普遍的な知識も多分に有している。
それ故に先の槇の一言で、保馬の行った商売の理屈をほとんど理解していた。

「待て、貴様今の説明で理解できたのか?」

「それくらいのことは端から検討はついていた。真面目に調べたことが無いだけでな。で、その玩具売りの話と、貴様がどう関係するのだ。」

新城が先を促す。
槇は不機嫌そうに鼻を鳴らし、話を続けた。

「……5年ほど前、俺の親父のところへ奴が来たらしい。奴が商いを始めて3年、16の頃の話だそうだ。」

「貴様が従軍していた頃の話だな。確かあいつもそうであった筈だが。」

「特志幼年学校で訓練をされていながら、商いにも手を伸ばしていたということらしい。親父も最初はかなり呆れたらしいぜ。」

新城も少しばかり鼻白んだような様子を見せる。
新城も槙も、世間を渡り歩いていく要領の良さと言ったものは持っていなかったため、あまり特志幼年学校は楽しい環境ではなかった。
そういう意味で、保馬のような要領の良さで時間を作ったであろう行為は、好みではないのだ。

「前のことだが、奴のことを義兄に似た性格だと考えたことがある。今はそう考えていたことを後悔している。」

「天然も混ざっているが、作りも混ざっている。そういう意味では駒城らしくもあり、商人らしくもあるそういう性格なのだろうな。」

ああ、と新城は短く答える。

「先を続けるぞ。奴は家の商売の援助をしたい、そう言ったらしい。」

「将家が商家の援助をするということは、特段珍しいことでもないな。むしろ貴様の家にとっては渡りに舟だったのではないか?」

新城の言った通り、将家と商家が繋がりを持つ事自体は、この皇国において全く珍しいことではない。
皇国でも1,2を争う規模の商家である政国屋も、守原や安藤と繋がっている。

「その通りだ、家も堅気の商売を始めていたところだからな。実際親父はこの提案に了承しようとしたらしい。奴が妙な条件を出すまでは。」

「焦らさずに早く言え。」

新城が苛立ったように言う。
既に槇が話し始めてからそれなりの時間が経過している。
にも関わらず本題に入る気配さえないのだから、無理もないことであった。

「ふん、貴様でも焦れるということがあるのだな。まあいい、奴が出した条件は投資を家の軍需部門にかぎると言うものだ。」

「大周屋が軍事に手を出しているなど聞いたことがないのだが。」

「当たり前だ。こちらはこちらで隠している。生半可な努力では得られない情報だろうさ。……家は蓬羽と繋がっている。」

新城が驚いたように目を見開く。
蓬羽兵商、皇国最大規模の銃器製造会社だ。
現在の帝国との戦争においても、莫大な量の銃や弾薬を皇国に売っている。
そこと大周屋が繋がっている、皇国に住んでいる人間ならばその殆どが驚くだろう。

「また、大層な名前だな。どうしてそんなことになった。」

「それは言えん、あちらにも迷惑を掛けかねないからな。問題はどうしてこの情報を奴が知っていたかだが、これに関しては今もわかっていない。」

「で、貴様の親父殿はそれを了承したのか?」

「ああ、おっかなびっくりだったがな。」

蓬羽、大周屋、益満家、いずれも皇国に住むものならば必然的に知る名前だ。
この3つが手を組むなど、表に知られればひと騒ぎ起きることは間違いないだろう。

「よくこんな話を俺にできたな。」

「仕方が無いだろう。益満家のお坊ちゃまからのご要請だ。本当は言いたくないんだぜ?」

相変わらず顔をしかめっぱなしの槇が、皮肉るように言う。
手に持った手紙をひらひらと振ったことから、新城にもそこに書いてあったのだろうと理解できた。

「つまるところ、奴はこちらの軍需部門に食い込みたかったらしい。」

槇が言葉を続ける。

「それは益満家が、と言うことか?」

「今はそうだ。最初は奴の独断だったらしいがな。」

槇が器を手に取り、中身の黒茶を音を立ててすすると、扉の向こうに控えていたのだろう小僧が即座に中へ入ってくる。
新城や槇の茶菓子、茶を、新しいものに入れ替え素早く部屋を出ていこうとした。
その手をつかみ、槇が一言二言なにかを告げる。
それを聞いて小僧は頷き、部屋を後にした。

「それで結局その手紙に書いてあったこととは何なんだ?」

「こちらで開発していた新型を貴様に譲り渡せ、金はこちらで払う。だそうだ。」











「帝国の雪はもっとさらさらして、鳥の羽が降るようだった。」

「気候が違うのでしょう。海流や山脈は雪質に変化を与えると言いますから。自分はこのような雪も嫌いではありません。」

窓の外を見ていた、東方辺境領姫ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナが溜息と共に吐き出した呟きに、近くにいたクラウス・フォン・メレンティンが律儀に言葉を返す。
兵の前とは違い、温和な表情を浮かべる姿からは、彼がユーリアのことをどのように思っているかが読み取れる。

「この雪のせいで、少なくない兵が死んだのよ、クラウス。」

「戦争と好みは分けて考えるべきでしょう。それに人は失敗から学ぶものです。」

ユーリアは、メレンティン以外には見せない苦笑を浮かべ、そうね、と呟いた。

「例の少佐はそろそろ来る頃かしら。」

「先程、本国帰還の俘虜を輸送する馬車の第1団が着いたと言う話でしたので、もうじきでしょう。」

「それにしても、貴方が敵を面白いと言うなんて珍しいわね。それほどに気に入ったのかしら?」

ユーリアが面白そうに問いかける。

「気に入った、という感情とは違いますね。ただ、彼との話はなかなかに興味深いものでした。」

「それを気に入ったと言うのではないかしら?」

「斬新すぎるのも考えものと言うことです。」

メレンティンは、2ヶ月ほど前の保馬との会話を思い出し、微妙な表情を浮かべた。
彼がこのような表情を浮かべた理由は、保馬の行った様々な主張による。

「彼は、大規模会戦と、騎兵、彼の所属していた兵科、隊列、その他様々なものを否定していましたから。」

「それはまた、随分な発想ね。頭が梅毒にでも犯されているのかしら。」

「例えそうだとしても、あれだけの成果を上げられる将校には隣にいて欲しいものです。」

その時、トントンと扉を叩く音が聞こえた。
ユーリアの机の前で話していたメレンティンが、席を空けユーリアの後ろに回る。
彼もこの場に残るつもりなのだ。

「入りなさい。」

ユーリアが兵に対するものと同じ、たおやかな声で返事を返す。
一拍おき、扉が開かれ益満保馬が中へと入ってくる。
怪訝そうな表情を浮かべてはいるが、緊張をしているようには見られない。

「皇国陸軍少佐、益満保馬であります。拝謁の栄に浴し、恐悦に存じます。」

少しばかり硬さはあるが、文法的には完璧な帝国語で挨拶をする。
行った礼は2刻半、彼の国の皇族へと行うものと同じであった。

「東方辺境領姫ユーリアよ。早く帰りたいだろうに、悪いわね。」

ユーリアが全く悪いとは思っていない口調で、謝罪の言葉を口にする。
それを憎らしく思わせないのは、まさしく彼女が生来持っているものであった。

「いえ、帰っても特段することも無いので。」

「それは良かったわ、貴方の部下もそうであると良いのだけど。」

全くの世辞の揚げ足をとられ、保馬は微妙な表情を浮かべる。
保馬は北領北端からの帰還途中、北府の通過時に突然、拝謁を命じられたということもあり、内心ユーリアの心情を捉えかねているのだ。

「部下には申し訳ないと思っております。内地に戻った暁には可能な限り報いてやりたいものです。」

「そうするといいわ、忠臣に優る宝は無いわよ。ねえクラウス。」

「そうですな。特に戦地では生死に関わりますから。」

唐突に話を振られたことで、一瞬戸惑ったような表情を浮かべるも、衆目の前に立った時の彼らしい無難な解答を行う。

「ところで貴方、座ったらいかが?クラウス何か飲み物を持ってきて頂戴。」

人によっては席を外せと命じたと解釈をするところだが、彼女と長く付き合っているメレンティンは、それが字義以上の意味を持たないことを良く把握している。
彼女なりに、この年若い少佐をもてなそうとしているのだ。
メレンティンが席を立ち、扉のすぐ横に控えていた侍女に、先程のユーリアの要求を伝える。
もちろんこれらの行動をとる際にも、その注意は一度も保馬から離れてはいない。
腰には装填を済ませた短銃が2つほど下げられている。

「ここに貴方を呼んだのは他でもない、先日の戦いの件よ。」

「メレンティン大佐殿には一度お話したことですが……」

そういって保馬は1度、ユーリアの後ろのメレンティンに視線を向ける。

「自分があの戦いで指揮をとった部分と言うのは、ごく一部に過ぎません。恐らく本国での評価もだいぶ進んでいるとは思いますが、自分の部下であった新城の行った遅滞防御の方がよほど評価されているでしょう。」

そう語る保馬の姿は、人によっては拗ねているように見えただろう。
彼とて人を持ち上げ続けるのが好きなわけではないのだ。
相手が絶世の美女であるならば、尚更である。
彼でなくとも、というより同性愛者や不能者を除く大概の男ならば、普通は自分をアピールしたい欲求にかられるはずなのだ。

「その話は既に聞いたわ、貴方がその新城と言う男をどれだけ評価しているのかも。」

ユーリアは先程侍女が持ってきた黒茶をひと啜りし、会話の間隔を開ける。

「……苗川攻防戦、あの戦いで第21東方辺境領猟兵師団が受けた被害を知っていて?」

妙な間の後に繰り出された妙な質問。
訝しげな表情を浮かべながらも、保馬は首を左右に振る。

「敵前渡河、それだけで2000もの兵が死んだのよ。それだけじゃない、餓死、凍死、兵站の崩壊が引き起こす医療物資の不足、様々な理由で重傷者から順に生き絶えていったらしいわ。第3騎兵連隊の所持していた騎馬は全滅、もっともそれが食料になったおかげで兵員の餓死は起こらなかったようだけれども。」

そう語り、ユーリアは射られた者が自身の死を連想するほど強い視線で、彼女の前にいる敵将校を睨みつける。
自らの兵を、自身の家族と思うほどまでに大切にしている彼女からすれば、自身の立場や戦争中と言う環境、大協約の存在を含んで考えても、保馬は憎き敵なのだ。
恐らく彼女の愛人が最終的に自身に勝利をもたらしていた場合、彼女はこのような態度をとらなかっただろう。
少なくとも、敗者に対してならば、大概の人間は鷹揚に出られるのだから。

「思っていたよりも多いのですね。」

対する保馬の感想はそれだけであった。
怒りも、嘆きも、喜びも、一切の感情は含まれていない、ただ情報としてその数値を受け取った人間だけが取りうる態度。
少なくともその態度は、彼が部下を介錯した時を除き、一貫して取り続けていた態度であった。
実際、後に彼と肩を並べた人間、その数割は、彼が人の死に無頓着であったと他人に語っている。
曰く、損害という意味で死を嘆くことはあっても、人の死を嘆くことはなかったと。
このような態度が、いかなる理由で彼に備わったのか、それをこの時代の人間が理解するのは困難なことである。
少なくとも、彼は良い意味でも、悪い意味でも、この世界の人間ではなかったのだから。

「多い、そうね確かに多いわ。貴方はそう言える立場の人間だったわ。それに、軍人として考えるならば、その方が好ましい。」

その言葉は、誰かに対しての発言というよりは、自分に対しての独白に近い響きがこもっていた。

「それにしても、苗川での戦いを見るに、もっと小胆か臆病そんな性格を想像していたのだけれども。以外に普通なのね。」

保馬は答えない。
表情の変化は外から読み取れないが、この時彼の心中は驚きで満ちていた。
まさしくユーリアの洞察力にだ。
彼女は彼のとった戦術行動のみから、新城の性格を当てていたのだから。

「……それとも貴方、本当はそういう性格なの?」

不自然な沈黙に、ユーリアが尋ねる。

「いえ、自分は凡人です。貴方方のようにはなれない……。」

そう言って彼は茫洋とした笑みを浮かべる。
目の前の人間と話しているのに、その人間は自分を見てはいない、そのことに気が付いたのだ。
ユーリアは今回の作戦行動を評価し、保馬を招いた。
しかし、正当に評価されるべきは新城であり、ユーリア自身の視線も保馬ではなくその功績、つまり新城の行いを見ている。
彼が軍事的に評価される点、それが全て借り物であることを彼は先のユーリアの発言から理解していた。
保馬は表から観察出来るほどに表情を変えたわけではなかったが、ユーリアはその鋭敏な感覚故にそれ以上追求することはせず、部屋の中に重たい沈黙が漂う。

「だとしても貴官の奮闘は凡庸なものではないだろう。君は君自身を誇って良い。」

メレンティンがその場を取り繕うように言う。
この発言は全く保馬のためにされたものではない。
ただ、彼の姫を補佐せんがためのものだ。

「そうね、貴方がどのような人間であろうと関係ない。貴方の残した軍事的功績にはそれほどまでの価値があるわ。」

「……閣下ほどの方にそのような言葉を承るのは、望外の喜びに存じます。」

言葉だけは穏健に返す。
だが彼の心は得も言われぬ恥ずかしさで、埋め尽くされていた。
他者のものを奪い取り、自分のものにしてしまったような感覚。
この世界の誰もが知らないことではあるが、ただ、保馬だけがその事実を知っていた。
少なくとも彼はそれを恥じるだけの品性を持っており、そして、今の心境をここで吐き出さない程度の品性も持ち合わせていた。

「貴方、私たちの方に加わらない?今の貴方の地位よりは、余程良いものを用意してあげられるわよ。」

「残念ですが。」

保馬の返事は早かった。
少なくとも、彼にはこれ以外の選択肢は選び得なかった。

「もし、自分の力で戦い、また閣下からお誘いを受けるようなことがあるのならば、その時こそ考えさせていただきます。」

もちろん保馬は、自国と自国の民に弓引くことなど、微塵たりとも考えていない。
彼の語るような状況が再び起きたとして、彼はやはりその要求を跳ね除けるだろう。
熟慮の時間と、彼独特の皮肉とともに。
少なくとも今の彼には、そのどちらをも言う権利は与えられていなかった。






「ここだ。」

一台の馬車が一つの建物の前に止まる。
鉦町の中でも一際目を引くその建物は、周囲の建物と比較しても群を抜く大きさを誇り、熱水機関の放つ煙と騒音をこれでもかとばかりにまき散らしていた。

「蓬羽と益満家、大周屋が手を組んで作った、この大協約世界最大の工場だ。開発棟は別の場所にあるのだが、生産は主にここだ。少なくともアレを見ればお前でも驚くはずだぜ。」

槇氏政は、誰が見てもわかるほどに嬉しそうな顔をしながら、親指でその工場を指し示した。



[14803] 第十三話
Name: mk2◆1475499c ID:f2db6245
Date: 2010/06/19 17:50
士官と将校の使い分けに関する文章が、全て間違っていましたorz
素人のくせに確認をせずに書くとこうなるという、酷いお手本だと思って笑って済ませていただければ幸いです。

ps)文章中に出てきた船に関して違和感を持った方は、感想のページにある私の記述を読んでいただければ幸いです。




昼でも馬車の中は仄暗い。
防寒対策か、捕虜の脱走対策か、どちらの理由からかは知らないが、明かり取りの窓が塞がれているからだ。
外は眩しいくらいに明るいだろうに、この馬車の中を照らすのは立て付けの悪い板と板の間から漏れてくる光だけだ。
そうは言っても、馬車の中の空気は明るい。
原作では、自軍が失地した土地を通ると言うことで、馬車の中は重い沈黙で満たされていたはずなのだが、今の馬車の空気はそんなことは感じさせないほどだ。

「おう、どうした益満少佐。もうじき真室に着くかも知れねえっていうのに、随分とシケた面じゃないか、帝国の姫さんだとか言うのはそんなに恐ろしい顔だったのか?」

恐らく、その理由のうちひとつは、彼らの存在だろう。
この馬車の中には、大瀬クルーの内の士官数名が同乗している。
衆民出身が多く、将家の影響も少ない水軍は、やけに明るい人間が多いのだ。

「というよりも格の違いを見せつけられて、何と言うか自分がちっぽけな存在に感じましたね。」

水軍と陸軍は捕虜の管轄が違うらしく、あの戦闘以降坪田中佐に会ったのは、僅か数日前なのだが、久しぶりに見た坪田中佐は、どこかふっくらした様子であった。
訪ねてみると本人曰く、訓練もせず、1日に数時間ほどおざなりに働けば良いだけ、なのに妙に待遇が良い。
これで太らない方がおかしいだそうだ。
もちろん、帝国の懐柔を受けたのではないかと言う疑いはかけられたらしい。
にも関わらず俺と同じ第1便で帰ろうとしていると言うことは、笹島中佐が裏で手を回したのだろう。

「ほう、格の違いか。それは君の周りにいる将家の連中よりも、ということかい?」

そう言われて、父や祖父、駒城家当主篤胤様の顔を思い浮かべる。
実仁親王や正仁殿下の顔、そして何よりも新城の顔をだ。

「篤胤様や祖父のような凄みはありませんでした。ただ、人の上に立つべくして生まれた人間だけが持ちうる、並外れた洞察力はひしひしと感じました。」

フン、と鼻を鳴らし、坪田中佐は鼻白んだように顔を背けた後、少し考えこむような所作をとる。
例えが少し抽象的過ぎただろうか?
だがそれ以外の言葉が見つからない。
何と言えば良いのだろう、あの視線に晒されたとき、自分の真価と言うべきものが顕にされたように感じがする、未来を知っているという付加価値を取り除いたありのままの自分を。

「自分が相手よりも格下だと感じちまったら、それが嘘であろうと、真実になってしまう。俺はそう考えている。」

「そういった、卑下や自虐といった感情とは少し違います。ただ、教えられることがありました。」

東方辺境領姫と会っても、別に格が違うと感じたわけではない。
こちらでも、前世でも、大人物に会ったことがないわけではないのだから。
重要なのは彼女に、新城の手を最善手と思い込み、思考を止め、その模倣に終始していた自分を、自覚させられたことだ。
新城のそれを自分が超えうるかと聴かれたならば、それを肯定することは出来ない。
ただ、客観的に見たとき、自分のそれが非常に怠惰かつ、堕落的に見えたのだ。

「ふん、まあ自分で納得してんなら、俺からは何も言わねえさ。ただ、俺は気持ちだけが先行して、生命を落とした人間を結構な数見ている。そうはなるなよ。」

「……。」

諌められたのだろうが、どこかピントが外れているように聞こえる。
心の何処かに焦燥感があるのに、それが何に基づくものなのかがわからないのだ。
俺は新城を超えたいのか?
いや、そんなことを考えたことは一度もない。
誰かに認められたいのか?
否定はしない、でもどこかが違う。
それじゃあ、この違和感はなんなのだろう。

「お話よろしいでしょうか?」

俺と坪田中佐の会話が途切れるところを見計らっていたのか、西田少尉が話しかけてきた。
一旦考えることを止め、そちらに思考を振り分ける。
坪田中佐の方に視線を向け、既に別の人間と話し始めていることを確認して答える。

「大丈夫だよ。」

西田少尉はこの馬車に乗っている、俺を除いた唯一の皇国陸軍士官だ。
メレンティンと話した後、労働の義務に就いてはじめて知ったことなのだが、大瀬には陸軍の人間は10人も乗っていなかったらしい。
その10人も笹島中佐が手配した中隊の面々が大半で、第11大隊からは俺と西田少尉、暁、隕鉄、王護の2名&3匹のみであった。

「少佐殿は本国に帰還されたら、どのようにされるつもりですか?」

「どうもこうも、とりわけ急いですることがあるわけじゃないけど。」

嘘には聞こえないよう、適当にぼかして答える。
本国に戻った以上、きっと面倒なことに巻き込まれるだろうし、裏で手を回さなければいけない出来事も起こるだろう。
今から数週間ほど前に、こちらを訪れた戦時俘虜担当官に聞いたのだが、新城は原作通り近衛に配属されたらしい。
階級や地位など、担当官が知る限り根掘り葉掘り聞いたのだが、ほぼ原作と同じと考えて問題ないようだ。
奏上に関しては、俺の生存が伝えられた時点で日程が決まっていたらしく、新城は大隊長代理という形で、今から3月末日に奏上を行ったと彼は教えてくれた。
そのように新城が原作通りといってよい地位に就いた以上、俺の存在はそれなりにナイーブなものになるだろう。
駒城にとっても、他の五将家にとっても。
さらに、新城に新型を使ってもらう以上、近衛への兵站の都合なども行わなければいけない。
それに加え、戦争前に行っていた煩雑な業務が重なるのだから、目もくらむほどの忙しさになることはほぼ間違いないだろう。
もっとも、こんなことは知らなくて良いことだ。
鼓腹撃壌などと古風なことを言う気はないが、わざわざ愚痴るほどのことでもない。

「いえ、そういうことではなくて、先輩は近衛に配属されていて、ご自分の大隊を持たれているのですよね。と言うことは、少佐殿は中佐程度にはなってもおかしくはないはずです。それでどうされるのかな、と。」

「すまない西田少尉、君が何を聞いているのかが良く飲み込めないのだが。」

要領を得ない問に俺が顔を顰めると、西田少尉は難しそうな表情で考え込んだ後、言いづらそうに切り出す

「……この大隊の内、何名かは新たな部隊にお連れになるのですか?」

ここまで言われて、やっと西田少尉が何を言わんとしているのかが理解できた。

「わかった、君が新城少佐と同じ部隊に配属されるよう、こちらから融通しておこう。」

言いづらそうにしていたのは、俺に新城の部隊への配属を頼みたかったからなのだろう。
西田少尉は、軍の全てを新城に習ったと言っていたはずだ。
当然新城に付いていきたいのだろう。

「違います、そういうつもりで言ったのではありません。」

先程のどこか言いづらそうな表情からは一変、真剣な眼差しを浮かべる。

「……どうか自分を少佐殿の部隊に連れて行ってはもらえないでしょうか。」

「なんでだ?」

少し声がひきつる。
実家の力による引き上げを狙っているのか、なんて言う下衆な考えが浮かび、それを慌てて消す。
彼と話した時間は少ないが、少なくともそのような人間ではないはずだ。

「自分は先輩を、新城少佐殿を尊敬しています。」

「ならば、こちらにいるべきではないだろう。新城少佐の元にこそいるべきだ。」

こちらの言葉に、西田少尉は黙って首を横に振る。

「尊敬しています、だからこそあの人のようになりたい、そう思います。でも、先輩の部下である限りは、先輩の横に並ぶことさえ出来ないんです。」

話したことを恥ずかしがるように、年齢不相応の童顔を歪ませる。
自分でも恥ずかしいことを言っていると自覚してはいるのだろう。
理由はわかった、だけど

「……なんでいきなりそんなことを?」

「先輩ってどこかおかしいじゃないですか。」

さっきのままの笑顔で、サラッと毒を吐く。
言っている本人が、毒を吐いたと言う自覚が無いようなのが凄い。

「たぶん平時ならば、誰から評価されることもなく、消えていったのではないでしょうか。」

「……まあ、否定はしないさ。」

原作にも、そんな描写があった気がする。

「でも、今は戦時です。きっと先輩はこの戦いで、皇国を背負って戦うことになる。」

表情には出さず、こころの中でのみ感嘆の声をあげる。
どうしてこの若い少尉が、そこまで新城の本質に触れられたのだろう。
原作では触れられていなかったため、この少尉がどのような生い立ちを辿ったのか、俺は全く知らない。
知っているのは、西田少尉が軍のほとんどを、新城から学んだと言うことだけだ。

「どうしてそう思う?」

「失礼を承知で、質問に質問を返させていただきます。少佐殿はそう思われないのですか?」

思う、とは口に出せない。
不穏な言葉がいくつか出たからか、この馬車に乗っている内の数名が、既に聞き耳を立てている。
この中に5将家との繋がりのある士官は俺以外いないはずだが、衆民のうわさ話の影響力も馬鹿には出来ない。
西田少尉が何を言おと関係ないが、俺が肯定した場合、そのことが妙な形で伝わったら面倒なことになる恐れもある。
例えば、益満家が新城直衛を担いで、クーデターを起こそうと考えている、なんていうことにだってなりえる。
かと言って、思わないと言う返答も論外だ。
この会話自体が、既に新城を評価していることが前提の上で成り立っている。

「すいません、少佐殿のお立場も考えずに。」

こちらの沈黙から察したのか、西田少尉が謝罪の言葉を放つ。

「ああ、わかってくれたならいい。で、なんで俺のところに、別に第11大隊に残っても良いだろう?」

「先程、先輩のようになりたいと言いました。でも、きっとあの人の在り方は、自分にはどう足掻こうとも、到達出来ない在り方です。」

「……。」

「にも関わらず少佐殿は、先輩と同じ立ち位置で物を見ているように見えました。少佐殿がどうしてそうあることが出来るのかを知りたいんです。」

……新城方式で行っても目標地点には届かない、でも俺方式でいけば目標地点に届く、そう言った感じの考えか。
俺が新城の行動を理解出来るのは、原作知識と軍事知識の賜だ。
西田少尉はそれを知りたいと言っている。

「わかった、自由にすると良い。話だけはつけておく。」

「ありがとうございます。」

満面の笑顔、それこそ2階級特進の知らせでも来たかといった様子だ。
まあ、原作知識などどう足掻いたところで得られるものではないし、こちらに失望したならば勝手に去っていくだろう。
軍事知識ならば手に入るだろうが、それも向き不向きがあるだろうし。
いずれにせよ西田少尉は、優秀な士官と評価されるに十分な働きを北領で行った。
わざわざ来ることを拒む必要もない。


その時、馬車が大きく揺れて止まった。
顔を伏せていた兵、雑談をしていた兵、眠っていた兵、それらが一斉に顔を上げ扉の方を向く。

「そう言えば、さっきから潮の音がしますね。」

西田少尉が、耳に手を当てながら話す。
真似て手を耳に当てると、確かに小さな音ながら、波の音が聞こえた。

「真室に到着したのか?」

誰かが呟く声が聞こえた。
全員が馬車後部にある扉を注視し、外の情報を拾おうと耳をすませる。
周囲を人が忙しなく歩き回り、帝国語での会話が盛んになされている。
捕虜を順に下ろせ、蛮族の捕虜担当官はまだ来ていないのか、先日着いた奴らがマムロの人間に暴行されたらしい、断片的な会話が外で飛び交う。
先日、って言うことは、俺たちが第1便じゃないのか?

「確か少佐殿は帝国語を、解する事が出来ましたよね。」

「ん、ああ、真室に着いたみたいだ。そんな感じの会話がさっきからされている。」

俺の言葉に、馬車の空気がどよめく。
もっとも今日中に着くと言うことはわかっていたから、色めき立つと言う程ではない。
それでも嬉しいものは嬉しいらしく、笑顔を浮かべている兵も多く見られる。

「扉を開けるぞ離れろ。」

片言の皇国後で警告があった後、一拍おいて扉が開く。
外の明かりが馬車の中に広がり、それと同時に、先程よりもより強く波の音が聞こえ、潮の匂いも漂ってくる、

「順に降りて馬車の前に並べ、これから君達を皇国の港まで連れて行く。」

先程と比べると、訛りはあるものの流暢な皇国語が聞こえ、灰色の髪の帝国兵が銃を片手にこちらに出るよう促す。
馬車から降り前後を観察すると、周囲の馬車からも続々と皇国の兵が降ろされている。
馬車は10程度、それぞれに20人程度が乗っているわけだから合計で200人ほどだろう。
俺たち以外は将校が多くを占めており、大佐だとか中佐だとかいった人間も少なくない。

「第1便の割に、あまり将校がいませんね。」

「さっき帝国兵が、俺たちは第1便では無いと言うようなことを言っていた。理由は知らないが、俺たちは最初の集団じゃないらしい。」

西田少尉の疑問に、とりあえず相槌を打つ。
北府に滞在していた1日の間に、第2便に追いつかれた。
第1便が分割して輸送されており、俺たちが後発だった。
恐らくどちらかが原因だろう。


その時、聞き慣れた咆哮が聞こえた。
重なるように響く二つの咆哮、周囲の帝国兵が思わず身構える。

「隕鉄達、元気だったんですね。」

西田少尉が感慨深そうに呟く。
最初の声が暁、その後の声が隕鉄と王護のものか。
離れた位置にある馬車から、暁達が帝国兵に首を抑えられながらこちらへ連れてこられる。
暁は大人しい剣牙虎なので素直に従っているが、隕鉄などはあからさまに唸り声を上げており、付いている帝国兵もかなり腰が引けていた。
士官の私物と言う扱いになっているせいで、無碍に扱うことも出来ず首輪もかかっていない。
付いている人間も命がけだろう。
連れてこられた暁の喉を、軽く撫でてやる。
暁に会うのは久しぶりだが、毛並みに汚れは見当たらず、あまり乱れていない。
いい人間に世話されていたのだろう。
ふと王護が気になり顔をあげると、王護が所在なさ気な仕草で、周囲をうろついていた。

「王護は連れがいないのか?」

「はい、確か別の船に乗っていたはずです。今頃は内地でしょうね。」

西田少尉が顔を舐められながら答える。

「それは残念だ。」

王護に手招きをしてこちらに寄らせ、暁と一緒に頭を撫でる。
若い剣牙虎なのだろう、固く引き締まった体をくねらせながら、気持ちよさげに前足を延ばす。

「申し訳ありません少佐殿、よろしければそこの獣と一緒に列を作っていただけないでしょうか。」

「ああ、すまない。」

帝国兵に注意され、慌てて列を作らせる。
当たりを見回すと既に出発の準備が整っており、準備を終えていなかったのはこちらだけらしい。
各馬車からの集団が縦列に整い、左右を帝国兵に固められながら移動が始まる。
少し前に見える真室の大通りには、既に人が集まり始めており、殺気だった雰囲気を放っている。
やっぱりアレかな、原作通りの目に会うのかな?
列の先頭が門をくぐり、周囲の景色が市街地に変わっていく。
馬車4台ほどの大きさの大通りに、明らかに普通でないものが落ちているのは、前に通過した皇国兵に投げられたものなのだろう。
案の定大通り両脇にいる衆民は、その手に思い思いの物を持っている。


彼らへ、憤りの感情は湧いてこない。
俺達は敗残兵で、彼らを見捨てて逃げるんだ、これくらいされてもおかしくはないのだろう。
かと言って贖罪の念が湧いてくるかと言うと、それも無い。
ここ北領を守るために、俺の部下を含め、少なくない人間が死んだのだ。
そして彼らは生きている。
生きているのならば、何とでもなるだろう。
そんなふうに考えてしまうのは、俺の情が薄いからなのだろうか?
既に一度投げたからだろう、彼らの顔に躊躇いの色は見当たらない。
門の入口付近の人間が、持っていた石を振りかぶる。
狙われているのは俺ではないが、まあ遅いか早いかってだけのことだろう。


そのうち何かが飛んでくるだろう事を覚悟して、軽く空を仰いだとき、1発の銃声が響いた。
後ろを振り返ると、帝国兵が小銃を上にかざている。
銃口の先から煙が上がっているところを見ると、彼が発砲したのだろう。
前に視線を戻すと、半暴徒化していた衆民が静まり返っている。
今の銃声は暴発とかではなくて、いわゆる暴徒鎮圧のための威嚇射撃だったのか?

「少佐殿、これって大丈夫なんでしょうか?」

西田少尉が怪訝そうな表情で、尋ねてくる。

「大協約ってことだよな。」

大協約は、軍事施設の無い人口2000人以上の都市への軍事行動を禁止している。
そのルール通りに行くと、彼の行動は大協約に反していることになりかねない。

「はい、自分は気にしないのですが、帝国側がこの先面倒な事になりかねないのでは?」

……確かに気になる。
この大協約世界で大協約に反するということは、死以外の結果をもたらさない。
原作で、帝国と皇国どちらにも組していない天龍を攻撃した帝国兵は、軍法会議の後処刑されたはずだ。
民間ならともかく、国家レベルでは大協約は何に変えても守られなくてはならない。
となると……

「西田少尉、ここは今皇国か?」

「はい?」

「大協約は自国には適用されない事が多い、ここ北領は今でも皇国領か?」

西田少尉が、気まずそうな表情を浮かべる。
こちらの言わんとしていることを理解したのだろう。
つまるところ、ここは既に帝国領で、帝国兵は自国内で軍事活動を行ったにすぎないのだ。
皇国と帝国の上層部でどのようなやりとりが行われたのか、俺は知らない。
だが、皇国が北領を失地してから2ヶ月以上、既に北領が大協約の保護下から離れていてもおかしくない。

「……そうですね。」

顔を俯け、聞いたことを後悔しているような返事が返ってきた。
はあ、何と言うか気が滅入るな、こんなことばかりだと。
先の銃声が聞いたのか、周りの人間はこちらを睨みつけるだけで、物理的な暴力を振るおうとはしない。
罵声の一つでも上がれば少しは気が紛れるのだが、それさえなくただ沈黙が続く大通りを、俺達はただ歩き通した。





皇国への帰路に付いている輸送船、その甲板では、航海の余暇を使い水兵が様々なことを行っている。
最も目立つのは陸戦隊の行っている戦闘訓練で、それ以外にもマストの上で見張員長が部下を指導する姿や、航海長が風の読み方を部下に教えたりする様子が見受けられる。
そんな甲板の片隅、二人の士官が潮風に当たりながら、会話を交わしていた。

「何と言えば言いのだろうな、とても言葉にしにくいんだが、どうやら俺はふたたび君に会えるとは思っていなかったらしい。」

少し眉を傾けながら、笹島が困ったように話す。
彼自身その考えに根拠があるわけではなく、何故自身がそのような感情をいだいていたのか理解していない様子だった。

「ふん、故人を生きているように感じるという話ならば、よく聞くがな。ひょっとして貴様は、俺に死んで欲しかったのではないだろうな?」

坪田が口の端を皮肉げに吊り上げながら、茶化すように答える。

「でも君が生きていてくれてよかった。君の生死が不明だと聞いた時なんて、君の妻子に不幸を告げなければいけないことばかり考えていた。」

「はっ、友達がいの無い奴だ。」

朗らかな笑顔を向ける笹島に、坪田は吐き捨てるように答える。
もちろん、どちらも本気でいっているわけではない。
その証拠に、坪田の口元は不機嫌さを装いながらも、端の方が嬉しそうに吊り上がっていた。

「ふふ、でも生きていてくれてよかったと思っているのは本当だよ。それに健康そうで安心した。君が貧相な姿だったら、朗報を持ってきた甲斐がなかったからね。」

笹島が話しながら、懐から封筒を取り出す。
封筒の下部にある不自然な厚みは、中に入っているのが手紙だけではないことを伺わせる。

「なんだそれ、それに朗報?」

「おめでとうございます坪田大佐。軍監本部から、貴官の昇進が正式に伝えられました。」

踵を打ち合わせ、敬礼とともに祝いの言葉を贈る笹島に、坪田は胡散臭いものを見るかのような視線を送る。
確かに朗報ではあるし、嬉しくもある。
その上で、その裏を探るような視線であった。

「そんな表情をするな、別に悪いことじゃないだろう?」

「確かに、棒給だけは上がるからな。ただ、何を押し付けられるのかによるがな。まさか中央に栄転って言うわけじゃないんだろ?」

なおも疑り深そうな視線を送り続ける坪谷に、笹島は苦笑いを浮かべるものの、否定をしようとはしない。
その態度こそが、先程の質問への返答であった。

「……お前は確か、前に熱水機関に興味があると言っていたな。」

「確かに酒の話ではあるが、言った覚えはあるな。だが、熱水機関採用艦の分類は駆逐艦で、艦長は中佐のはずだぜ?」

怪訝そうな表情の坪谷に対し、笹島がニヤリと笑う。

「お前の今回の戦闘の話を聞いた上層部が、熱水機関採用艦のみで構成した艦隊の指揮官を、お前に任せたいと言っている。」

「ほお。」

先程から懐疑的な表情ばかり浮かべていた坪田も、この時ばかりは素直な感嘆を示した。
熱水機関自体、未完成な部分が多くある技術である。
特に、ある程度確立されたシステムを使用する工場用とは違い、軍事用はより高いスペックを求めるため、試作品に近い最新型の熱水機関を使用しているのが現状だ。
現状の採用艦も、使ってみて問題が起きたら対処するといった、ある種実験的とも言える対応をとっている。
にも関わらず、艦隊を組めるほどの量産化体制が整えられていることは、坪田にとってかなりの衝撃であった。

「……良くそこまでの艦数を揃えられたな、やはり外から買い付けたのか?」

「ああ、俺達が高く買い付けるものだから、アスローンや南冥は、自国用の貯蔵まで持ち出して売ってくるからな。」

通常、この時代の木造軍艦は、作るのにかなりの時間がかかる。
投入される金銭の問題ではない、木材の加工に時間がかかりすぎるのだ。
特に74門クラスの軍艦の場合、その年数は5~10と膨大なものになる。
いかに熱水機関採用艦が、駆逐艦に集中していると言っても、数年間は見積もらなければいけない。
上記の理由から、皇国は現在建造用の木材の多くを、国外からの輸入に頼っている。
幸い、アスローンは現在帝国と休戦中であり南冥も戦争を行っておらず、皇国が輸入する木材に不足することはなかった。

「……ただ、帰ってすぐ手配することは出来ない。恐らく艦隊が正式に編成されるのは、今年の夏頃になるだろう。」

「ふん、まあ熱水機関の習熟期間と考えれば、それほど長くはないな。」

「と言うことは受けてくれるのか?」

嬉しそうな表情で問い掛ける笹島に、坪田は同じく笑顔で答えた。

「感謝するよ。まあダメならダメで、別の船も用意してはいたんだが、今大型船の艦長になってもな。」

「やはり使われていないのか?」

問いかける坪田に、笹島は渋い顔で頷く。
通常ならば、駆逐艦よりも戦列艦の方が戦争における重要性は高い。
だが、皇国と帝国にある水軍の戦力差は、大人と赤子ほども違う。
たとえ皇国水軍が全力を上げて帝国水軍とぶつかっても、さしたる損害を与えずに壊滅するだろうことは、水兵の誰もが知っていることだった。
結果として、皇国水軍が一撃離脱戦法に徹し、大型船どころか中型船さえろくに作戦に参加していない現状では、それらの出番など無いに等しい。
つまるところこれは、坪田がそのような船に配備されても楽しくないだろうという、笹島なりの配慮だったのだ。

「ところで、俺が俘虜であった間にそれ以外の変わった話はなかったのか?」

「……陸軍ならば5将家の対立だな。皇国の存亡の危機にも関わらず、あいも変わらず政争だ。詳しく聞くか?」

坪田は耳が汚れたとも言わんばかりの表情で、首を振る。
口に出した笹島も、端から肯定されるとは思っていなかったようで、すぐに次の話へと移る。

「水軍がらみ、ってわけじゃないんだが、面白い船の話がある。」

「熱水機関絡みか?」

「そうでもあるし、そうでもない、というふうに聞いている。」

笹島の態度は、先程熱水機関について語った時とは違い、自身に関わることを話すといった様子ではない。
詳しく知らないのか、そも水軍が関わっていないのか、そのどちらかだろうと坪田は検討をつける。

「お前は、内輪船という言葉を聞いたことがあるか?」

笹島が、世間話といった体裁で尋ねる。

「噂だけなら。従来の熱水機関と違い、熱水機関を内部に搭載したものだと聞いている。たしか、熱水機関搭載艦にも関わらず、両舷砲が使えるんだよな。ただ、噂を聞いてからもう大分経つが。」

「ああ、要するにその続報だ。1ヶ月後に、港湾で試験艦による試験走行が行われるらしい。内輪技術以外にも、様々な技術を詰め込んだ意欲作らしい。」

「なんだそれは、俺は噂さえ聞いたことがないぞ。」

坪田が顎を撫でながら考え込む、自身の記憶を探っているのだ。
坪田は情報通と言えるほど情報に詳しいわけではないが、かと言って、並以上の友好関係は築いているため、情報に疎いということはない。
そして、新型艦の実験の話など、平の水兵でさえ知っているものなのだ。

「……ということは、水軍の話ではないと言うことか?」

「ご明察、まさにその通りだ。今回の試験艦を作ったのは何と民間企業だ。数年前から作ってはいたんだが、戦争が始まって少しでも船が欲しい水軍から大規模に助成金が入り、今回完成したらしい。」

「どこが、軍艦なんぞに手を出したんだ。それに水軍以外が作ったものなど、使い物になるのか?」

どの時代、どの世界でも大抵そうであるが、現在の皇国において、軍艦は水軍以外の手によっては作られていない。
軍艦自体の基本発注数が少ないと言うのもあるが、それ以上に手を抜けない部分が多すぎるのだ。
その点から言えば、坪田の疑問はもっともと言える。

「製造は主に益満と蓬羽らしい。益満が表に出ていて、蓬羽は裏からの援助だそうだ。そして使い物になるかはわからないが、特許はほぼ独占されている。」

坪田がこの先の面倒を予想して、溜息をつく。
特許が独占されていると言うことは、主導権をあちらに握られていると言うことだ。
たった一つの技術の使用権を得るために、膨大な金銭が出て行きかねない。

「……そもそもなんでその二つが、軍艦なんぞに手を出しているんだ。」

「情報が古いな坪田。益満と蓬羽と大周屋、この3社で数年前に造船会社を丸ごと買収している。その頃から退役した水兵や、現役の技術者を引っこ抜いたと言う噂があったから、この試験艦自体が数年前から計画されていたことなんだろう。」

笹島が視線を別の方向に向けながら話したため、坪田も自然とそちらを向く。
両者の視線の先では、陸戦隊の人間に混ざり、楽しそうに木刀を振るう保馬の姿があった。
傷も治っているらしく、ぎこちなさは残るものの、軽やかな動きで相手を翻弄している。
その時、笹島と保馬の視線が合い、保馬が陸戦隊の人間に断りを入れこちらへ駆け寄ってくる。

「……お邪魔でしたか。」

申し訳なさそうに見えるのは、彼が二人の関係を知っているからだろう。
それを承知の上で彼が来たのは、未だに笹島に礼を言っていないからに外ならない。

「いや、構わないよ。こちらの話も一旦区切れたところだったし、君とも話したかったからね。」

「ああ、それに航海も長い。どうせ1週間はかかるだろうしな。」

二人が許可を出しているにも関わらず、申し訳なさそうに笹島と坪田の顔を交互に見る保馬の姿は、将家の人間とはとても思えない。
内心、笹島と坪田は、どうしてこんな人間が将家なのだろうと不思議でしょうがなかった。

「それでは、少しだけお時間を頂きます。笹島中佐殿、今回は我々の帰還にあたり、便宜を図っていただき深く感謝しております。」

「そう感謝されても困るな、私は約束を果たしただけなのだが。」

年下とは言え、将家の人間にこれほどまでに感謝されたことがないのだろう。
笹島は視線を逸らし、眉間を掻きながら答える。

「今の世の中、金や地位の担保も無しに約束を守る人間は稀ですから。」

その一瞬、保馬が年齢不相応に荒んだ表情を浮かべ呟く。

「私も君に生命を救われた人間だからね、この位の便宜は図りたい。益満中佐。」

中佐と言う呼称に、保馬が僅かに視線を細める。

「お話になりたいことと言うのは、その件についてですか。」

「ああ、中佐への昇進。それと同時に駒洲軍への転属命令が出ている。第11大隊の再編成は既に始まっているが、そちらへの復帰命令は出ていない。」

駒洲軍と呟き、保馬は思案顔を浮かべる。
たいして驚かないのは、これが彼の想定の範疇にあったからだろう。
益満家の次期当主になるだろう人間を、駒城直下の軍に置いておかないのは、不自然極まりない。
そもそも、第11大隊に配備された事自体が、普通ならありえないことなのだ。

「それとだ、水軍から君に中佐の名誉階級を、同じく君の参謀であった新城少佐には、少佐の階級を手配して置いた。」

保馬が驚いたように目を広げる。
いや、正確に言えば、驚いたようなふりだ。
もっとも、そのふりは長い将家生活や実質40年以上の人生によって培われたものであり、笹島や坪田では見ぬくことが出来なかったが。

「21で中佐か、羨ましいぞ益満中佐。将家にもそうそういないだろう。」

坪田が驚いている保馬に祝いの言葉を送る。
妬んでいるように聞こえないのは、彼の人格のなせるところだろう。

「笹島中佐殿、なにかお困りのことがありましたら、自分のところまで連絡をよこしてください。自分に出来る限りのお礼をさせていただきます。」

慇懃な態度で敬礼を行った後、保馬は深く頭を下げる。

「ところで保馬中佐、今度皇湾で試験運転を行うと言う船には、君も関わっているのかね?」

坪田が話を変えるように尋ねる。
笹島とは違い、坪田は先程からこの件について聞きたかったらしい。

「試験艦、青玉と緑玉でしょうか?」

そうなのか?と坪田が笹島に問いかけ、笹島が首を横に振る。

「いや、名前は知らない。ただ1ヶ月後に皇湾で試験運転をする船に関して、君の家と会社が関わっていると聞いたものだから。そういう名前なのか?」

情報を直接聞いたわけではない坪田が下がり、笹島が改めて問いかける。

「ああ、それならその2隻に間違いないです。売り込み用が青玉、試験艦が緑玉ですね。共に内輪技術を取り入れています。」

「その2隻はどう違うんだ?」

「青玉は、内輪技術を搭載しただけで、大きさも400石程度の駆逐艦です。馬力に関して、内輪船の方が外輪船よりも優れていると言うことを示すために作られた、公開試験用の船ですね。」

概要どころか、製作自体に関しても関わっているのだろう。
保馬の語る口調に、滞りは見られない。

「緑玉は、現在皇国及び、我々が保有している最新技術を詰め込んだ試験艦です。内輪技術の採用、鉄製船殻の採用、新型の熱水機関の搭載、施条式後装砲の搭載、1層式砲甲板の採用、などが特徴です。結果として、こちらは6000石を超える大型艦になりました。」

空気が固まった、そう思えるほどの沈黙が広がる。
保馬の言っていることが理解出来ないわけではない、彼らとて技術者ではないものの船舶関係者ではあるのだ、彼の使っている単語がわからないはずはない。
問題は保馬の言葉から導き出される、緑玉と言う船の全貌だ。

「……6000石?笹島、皇国水軍旗艦の龍塞がいくつだ?」

「6000石だな。」

再び沈黙が広がる。
6000石と言う数字は、それほどまでに大きい。
それに加え、未だ水軍でさえ実装されていない技術の数々。
この緑玉1隻にかかっているコストだけでも、かなりのものになるだろうことが予測できた。

「とは言っても、試験艦ですから実戦使用は考えていません。現在緑玉のいなくなった船渠を使って、緑玉から得た技術を生かした新型艦の建造を行っているはずです。完成は来年になるでしょうが、9000石を超える規模になるかも知れないという話でした。」

二人の反応を楽しむように、保馬は語る。
実際、保馬がこの世界において行った、最大の介入の一つがこの船の存在と言っても良い。
10年近く前から様々な技術者を支援し、会社を設立、一時的に借金を作ってまで作り上げた艦なのだ。
彼が自慢に思わない方がおかしい。

「お二人を試験日にご招待しましょうか?現役水兵のお二方から欠点を指摘していただければ、後の新型艦にも生かせますし。」

友人を食事に誘うかのような、さりげない口調で保馬が話をもちかける。

「ほう、どうする笹島、俺は行ってみたいんだが。」

「軍艦の新しい歴史を見られるかも知れないんだ、断るはずが無いだろう。」

二人の返事に保馬は、それではと答え、2枚の紙を二人に差し出す。

「内地に帰還次第、こちらからご連絡を差し上げます。そちらからご連絡を取りたいときはこちらへ。」

そう言って保馬が渡した紙には、益満商事及び益満技研経営者、益満保馬と書かれていた。







あとがき(ちょっと長いんで興味ない人は飛ばしてください。) 

北領編終了しました。
本来ならばもう少し短くなる予定だったのですが、いかんせん、処女作だったものでぐだぐだ感が否めないです。
まあ、しょうがないものと割りきって、次に繋げていくしかないですね。
ところでこれからの話ですが、番外編を挟めるほど登場キャラがいないので、このまま14話から内地編に入ります。
そっちを5話くらい使って、その後アレクサンドロス作戦編ですかね。
無性に戦闘シーンを書きたいので、ちょっと、水軍系のイベントか模擬戦でも入れようかなと思っています。

【【【【【以下、設定に関するお話です。描写に疑問を持った方は、一読ください。】】】】】

鉦町に関して疑問を持った方がおられると思いますが、基本原作通りです。
【大協約世界最大の工場】と言う表現には、誇張と推測はありますが、嘘はないです。
あー、でも帝国とかで、家内制手工業とか発達してる可能性もあるのか?
でも農奴制だし、まともな企業もないはず……。
熱水機関は鉱山でしか使われていないって言う描写もありますし。
一応、暫定的にはこの表現で。


さらに笹島から坪田への呼称について。
笹島は新城を君と呼んでいました。
なら、もうちょい親しい坪田を呼ぶときは、お前か貴様かなと思うんです。
貴様は笹島っぽくない、でもお前なら結構納得。
と言うわけで【笹島→坪田】は、お前、時々君、って言う呼び方にします。



[14803] 第十四話
Name: mk2◆1475499c ID:3acf49a5
Date: 2010/06/19 17:50
「諸君、御苦労だった。自分のような若輩者に付いてきてくれて、心から感謝している。また何時か、どこかの戦場で会おう。……解散。」

解散と言い放った後、共に捕虜になっていた10人ほどしかいない兵に敬礼を返す。
この言葉が合図になり、軍務から解き放たれた彼らは、それぞれ思い思いの行動をとり始める。
家族の元へ走っていく者、長い間共にいた戦友と抱擁を交わし合う者、恋人へと駆け寄っていく者、人数は僅かでも取る態度は様々だ。
一方の剣牙虎はと言うと、港の隅の馬車に載せられた檻に収容されている。
暁などの剣牙虎は一旦後送され、既にパートナーがおりかつその人物が剣虎兵だった場合のみ、その人間の部隊へ配備されるという制度だ。
各々が軍という軛から解き放たれて行く姿を見送り、軽く息を吐き視線を他所へと移す。


時間帯が深夜である事も手伝って、皇都間近にも関わらず人影は少ない。
軍港として使われているこの一角は一般人が入ることも出来ず、第11大隊の人間を除いて眼に入るのは、彼らの家族と軍監本部から派遣されてきた数名ほどの士官だけだ。
一旦盛大に帰還式典を行なってしまったからなのか、式典の準備の類も一切されておらず、心外な時間に呼び出された不運な士官が仏頂面で手続きを行っている。
まあ、そう言った出迎えをして欲しいかといわれたらこちらとしても肯定しづらいのだが、命をかけて戦った以上こういう扱いにはどうよと、どうしても思ってしまう。
それでも、俺と一緒に帰って来た兵は特にそういった不満をいだいた様子はなく、彼らがそう思っているなら別にいいかなと思えた。
……誉められたいからやっているわけじゃないしね。

「保馬様、ご職務は終わりでしょうか。」

「……飯山か。しばらく会っていなかったが、元気なようでなによりだ。」

後ろからかけられた懐かしい声に、ゆっくりと振り返りながら答える。
そこには50代くらいに見える中年の男性が、慇懃な物腰でこちらに頭を下げていた

「僅か数ヶ月ほどでしょう、それに保馬様が死地に赴いているおられる時に、どうして私目が病を患ったり出来るでしょうか。」

「ほら、男子三日会わざれば、っていうだろ。飯山を男子って呼ぶのはちょっと無理があるけど。」

「左様ですか。」

こちらのおちょくったような言動にも相貌を崩さず、真摯に対応する様は理想的な家令といってよい。
飯山幸伸、益満家の家令長であり、軍務にかまけがちな祖父の代わりに、父と共に益満家の雑務を行う家の重要人物だ。
生まれが商家であったこともあり金銭運用に強く、俺もよく世話になっている。

「それはともかく、保馬様。あちらに敦紀様と明紀様がお待ちになっています。特別なご用事が無いのでしたら。」

「わかっている。」

飯山の手が指し示す先には、うちの家族が待っている。
解散を命じたにも関わらず、一向に来ようとしない俺に痺れを切らして、飯山をよこしたのだろう。
会うのが久々過ぎて、なんとなく顔を合わせるのが気まずかったのだが、呼ばれた以上行かなければいけないか。
軍帽を脱ぎながら、港の隅にいる集団の方まで歩いていく。
うちの人間は随分と普通に来たらしく、祖父と父を中心に使用人と家令が数人いるのみで、ある種将家らしい迎えではない。
時間が時間だし、自重したのだろうか。

「お久しぶりです御祖父様、父上、只今帰還致しました。」

「うむ、よく生きて帰った。」

祖父の益満敦紀が厳つい表情を笑顔に綻ばせ、何度も頷きながら答える。
普段は柔らかい笑顔を崩さない父でさえ、泣き笑いのような表情になっているのは、それほどまでに俺の生存が危ぶまれていたからなのだろう。
原作の新城とは違い、行動次第では早く戻ってくることもできたかも知れないと考えると、少し申し訳なく思ってしまう。

「申し訳ありません、もう少し早く戻ってくる予定だったのですが。」

「お前が殿軍だと聞いたときは、死んだものと思っていたからな。生きて返ってきてくれただけで満足だよ。」

祖父に続く父の言葉に、少しホッとする。
心のどこかで、叱責される可能性も考えていたのだろう、父がそんなことをするはずが無いのに。
殺し殺されといった様相の生活が続いたから、思考回路が荒んでいるのだろうか。

「……ありがとうございます。」

それだけの言葉しか交わしていないにも関わらず、互いが男性だからか、素直な言葉を示すことに変な恥ずかしさがあり黙ってしまう。
傍から見たら、親子関係がうまくいっていない家族に見えたりするんじゃないだろうか。
微妙な沈黙が漂い、その時家令長の飯山が祖父にそっと耳打ちをした。

「まあ、積もる話もあるだろうしな、とりあえずは上屋敷の方に帰ろう。」

祖父が手招きをしながら近くにあった馬車へと乗り込んだため、父と俺がそれに続き扉が閉められる。


「で、北領はどうだった。」

祖父が先程と比べて、幾許かフランクになった口調で問いかけてくる。
馬車の中にいるのは俺達だけだからだろう。
世間一般の家庭と同じで、外聞がない場所では話し方や態度も変化する。

「御祖父様は相変わらずせっかちですね。初陣から返ってきた孫にいきなり戦争体験を話させますか?」

「む、すまん。」

こちらの返答に、祖父は困ったようにそっぽを向く。
自身も、先走ってしまったという認識を持っているようだ。
とはいえ、祖父からしてみればやむを得ないことなのかも知れない。
俺の父は、軍人ではない。
いや、正確に言えば階級を持ってはいるのだが、軍務についていないと言った方が正しいか。
数年前母が死去したとき、軍務についていたが故に側にいられなかった自分を悔い、それ以降駒洲軍の第1線からは退いているのだ。
駒洲陪臣格筆頭である益満家の次期当主が、そのような態度をとることに対して異議もあったのだが、駒城家当主であった篤胤様がそれを容認したためその騒動もすぐに鎮火している。
祖父としては、今回の戦争において俺が心的外傷か何かを抱えて戻ってくることを、一番恐れていたのだろう。

「大丈夫ですよ、軍人を辞めたりとかはしません。」

実際この予想は正解だったようで、祖父が気まずそうに視線をそらす。

「実際こちらもそうしてくれると助かるよ。体面を保つためにも、前線に立つ益満家の人間はどうしても必要だからね。」

そんな祖父とは対象に、父は影のない笑顔を浮かべており、素直にこちらの意思表示を喜んでいるように見える。
もっとも父は、俺の知っている限り大抵こんな表情を浮かべている気がするが。
軍務が主な仕事である祖父とは違い、ほぼ当主の代行となっている父には、それなり以上にポーカーフェイスの能力がある。
当主を務めることのみを考えるなら、祖父よりも圧倒的に父のほうが向いていると思えるくらいにはだ。

「ところで、例の件はどのようになりましたか?」

「お前の例の件は多すぎる、具体的に話せ。」

祖父が不機嫌そうに答える。

「では駒城軍の次期制式採用小銃に、蓬羽の新型を採用する件に関してはどのようになりましたか?」

新型というのは二つあり、一つは原作においても登場した後装式小銃を、色々な面に関して改良したものである。
原作に置いて登場した銃は、というより俺が関わった時点で目にした銃は、紙薬莢を使用するスナイドル銃と言った感じであった。
もっとも、サイドハンマーを採用していたわけでもないし、排莢機能もついていなかったが。
なんというか、前装式を後装式に改良する際に生まれた銃に似ていた気がする。
外見なんてそっくりだし。


それに少し手を加えさせてもらい、腔内の開閉機構がただの前後スライド式だったのを、ドライゼ銃に近い閉鎖機構にさせてもらった。
その上で、何故か採用されていたダブルアクション機能を取り除かせてもらい、ボルトと連動式のバネを後部に仕込み、ボルトの操作だけで射撃に必要な工程を終えられるシステムに変更。
ぶっちゃけて言えば、ほぼボルトアクションライフルへと変更させてもらった


試作品が完成したのは僅か2年ほど前で、量産の目処が立ったのは半年前と言う、正真正銘の新型である。

もう一つは、原作でも登場した後装式旋条砲だ。
こちらに関しては、次世代技術である駐退機や無煙火薬などの開発が進んでいないため、原作との差異は全くない。
ただ、投入された開発資金が原作よりも多かったため、量産化の準備は既に整っている。

「通るわけがないだろう。使えるかどうかもわからん代物にも関わらず、値段だけは従来品の数倍するのだぞ?」

「で、本音は?」

「それに関しては僕が話そう。」

俺が副業の話を始めると一転して不機嫌になる祖父とは違い、父はこちらのやっていることにも積極的に関わっているため、大概祖父よりも多くの情報を持っている。
まあ、祖父には駒洲軍参謀長という本業があるのだから、仕方が無いといえば仕方ないが。

「一言でいうと、内部調整に手間取っている。理由はわかるね。」

「利益の一部が、こちらに流れますからね。駒城内部において、反感が生じるだろうことは予想していました。」

蓬羽が完成させた新型小銃は、大周屋、蓬羽、益満の、3社の管理のもと運営されている工場で製造されている。
そして、利益は完成までの出資率や貢献率等に基づいて分配されており、この方式は、3社が提携してから作られた全ての兵器において使用されている。
つまるところ、駒城が新型を採用すれば、俺の元にかなりの金が入ってくることになるのだ。

「篤胤様と保胤様は、この件に関しては肯定的に考えてくださっている。だけど反対派を無視するわけにもいかない。」

駒城家当主と次期当主の賛成は得られているのは大きいな。
新城が口添えか何かをしてくれたんだろうか。

「……あの銃が無いのなら、皇国は負けますよ。」

俺の不穏な言葉に、祖父がぎょっとしたようにこちらを見る。
たかが銃程度で、戦況が変化することなどありえないと思ったのだろう。
現在の皇国には楽観的な見方をする者が多い。
北領はこちらが十全な体制を整えていないから負けたのであって、内地において皇国が十分な準備の元戦えば、必ず勝てるというものだ。
少なくとも、そんな意見が出る程度には、皇国民はこの戦いを甘くみている。

「……本気で言っているのか?」

「北領での帝国兵の戦を見た上での見解ですが、おそらく皇国兵は質において帝国を下回っています。正面からぶつかって互角に戦えるのは、駒洲軍の現役兵くらいでしょう。量に関しては今更言う必要もありません。質、量共に勝る相手に、どのようにして勝つつもりですか?」

祖父や父の遅い対応に不満があったのかも知れない、口調が自然と早く厳しくなる。
実際のところ、俺は皇国が負けるとは思っていない。
原作とそれほどズレが生じていない以上、守原が反乱を起こすだろうことが想定出来るからだ。
守原家の内乱の鎮圧で新城が功績を上げ、軍事政治共にその辣腕を振るえば、皇国の軍事態勢は否応なく変化していく。
新城ならば、近代化された軍を編成運用し、最終的な勝利を手にいれることが出来るだろう。
問題は、その勝利への過程にあるだろう膨大な死者を、どれほど減らすことができるかだ。
極論、新城の得た勝利というものが、国民皆兵等の総力戦によってもたらされたものである可能性もある。
たとえそれが原作通りの道筋だとしても、そういった流れは防がなければいけない。

「でも保馬、この案を通そうと思ったら、彼らを頷かせる何かが必要だよ。」

「……実弾ならいくらでも。」

俺の会社は玩具の方で儲けてはいるものの、新しく作った軍事部門の方に収益の大半が流れているので、ほとんど益満家への収入にはなっていない。
むしろ赤字と言っていいレベルだ。
だから、益満家単独での、反対派の買収は出来ないだろう。
でもこちらには蓬羽と大周屋がついている。
特に家とは違い、根っからの商家であるあの2社ならば、こういった分野にはかなり長けているはずだ。

「金でゴリ押ししようとするのは、保馬の悪い癖だね。買収が成功しても、風評によっては益満の看板に傷がつく。それに。」

言葉を区切り、父が祖父の方を指さす。
そこには不機嫌の極みといった表情の祖父がいた。

「そういうやり方を取るなら、儂は反対するぞ。それに守原ならばともかく、駒城でそんな手が通用すると思うな。」

音が出ないよう、静かにため息を漏らす。
元から祖父は反対するとは思っていたが、まさか父まで反対に回るなんて。
これで、裏から手を回す方法は、あらかた駄目になったわけか。
……正攻法だと時間がかかるんだよな。
まだ、評価試験なんかもやってないから、採用されるとしたら早くても半年後か?

「ふむ、ならお前がその性能を実証すれば良いではないか。」

「は?」

「お前には新しく独立連隊が与えられる予定だったんだが、それを……そうだな、技術試験連隊とでも名づけて、その新型を配備すればいい。」

あー、それ考えたことはあるんだよな。
新城に渡した分も合わせれば、新型の初の大規模売却になるから注目もされるし、軍事的功績を上げれば数万規模での受注も見込める。
もし成功したならば、来年の春までに新型を駒城に完全配備することも夢じゃない。
問題は俺がミスッたら、その時点でこの小銃が評価されなくなることなんだよな。

「父さん、その程度の案なら、保馬は既に考えついていますよ。新城にあれを渡したのは、それが目的だろ?」

今の様子だと、どうやら父はこちらのやっていることを全て把握しているらしい。
新城の件は一切父を通してはいないんだけどね。

「……流石父上、目ざといですね。」

新城に新型を渡したのはただの好意ではなく、3つの打算的な理由に基づいている。
一つは単純に、新城自身に功績を挙げて欲しいというもの。
もしかしたら、原作よりも良い流れに持っていけるかも知れないからだ。

二つ目は、新城が彼の義父や義兄にこの小銃について話し、この小銃の採用に関して保胤様や篤胤様が乗り気になることを狙ってのものだ。
新城を家族同然に思っており、他の誰よりも新城を評価している彼らならば、新城の意見を取り入れる可能性も十分にある。

三つ目は、新城の功績の一因にこの小銃が数えられ、皇国全体に新型の採用傾向が生まれることだ。
上記の内どれか一つが成るだけで、新型が採用される可能性は大幅に増大する。
おそらく新城は、俺がここまで打算づくでこの行為を行ったとは、思っていないだろう。

「なんだお前、そんなことをやっていたのか。まあ、新城ならばお前の期待に背くことも無いだろうが。」

「今の一言で状況を理解しますか、流石叔父上。」

「お前、儂を馬鹿にしているのか?」

祖父がこちらをジト目で見つめてくる。
無視無視。

「まさか、でもよくよく考えてみると、叔父上の案も悪く無いですね。自分自身が戦場で使うわけですから、問題点も洗い出しやすいでしょうし。」

「そうだろう、そうだろう。何事も己が率先して動かなければ、物事は変化しないからな。」

先の表情から一転、満足そうな表情を浮かべながら、祖父が大仰に頷く。
なんだろう、というかどうしてこの祖父から、この父が生まれたんだろう。

「連隊が編成されるのは何時ぐらいからになりますか?」

「お前が今内分けを教えてくれれば、まあ半月というところか。」

「やけに早いですね。」

「他の将家ならともかく、お前が配属されるのは駒洲軍だからな。」

駒洲軍だから早い?
やはり祖父の参謀長という立場上、部隊の工面がしやすいんだろうか。
にしても独立ということは、一から編成をおこなうということだろうし、んなに早く編成出来るとは思えないんだけど。
俺が変に考え込んでいることに気づいたのか、父が補足説明をする。

「別に保馬が考えているほど、難しい事情じゃないよ。今駒洲軍は、甲種装備や乙種装備の後備役も含めた、戦時体制への移行を行っているんだよ。」

「なるほど、確かに甲種装備はともかく、乙種装備には士官が満足に配属されていませんからね。ということは自分に与えられる兵は、乙種装備なんですか?」

皇国の制度において、後備役は3種類に分類されており、より正規軍に近い方から甲乙丙となっている。
特に甲種装備となると、士官や装備も定数となっており兵も若いものが大半を占めているので、正規兵と遜色ない活躍を期待することもできた。
まあその逆に、乙式装備や丙式装備となるとちょっと……、という気持ちはある。

「まさか。お前が指揮するのは、益満家の領地から募兵した連中だよ。優秀な人材が騎兵に偏っているが、それ以外も悪くはない。剣虎兵部隊だってある。」

「良かった、質は保証されているのですね。御祖父様が言うのでしたら安心です。」

父とは違い、祖父は裏で手を回したりすることはあまりない、というよりそういったことが得意ではない。
ただその反面、軍事に関しては信頼がおける。
駒洲軍総司令官である保胤様は、その立場上常に駒洲軍を指揮しているわけではなく、皇都にいることが多い。
その代わりとして駒洲軍を指揮している祖父は、役職に恥ない、軍人として持つべき要素の多くを持っている。

「で、どんな部隊にするのかは決めているのか?」

「連隊ですよね。2個大隊を基幹にして、捜索中隊、連隊本部兵力として1個銃兵中隊、砲兵は2個中隊は欲しいです。後は最低でも1週間は行動出来る、輜重部隊ですかね。」

「多いな、3000はいくぞ。」

「本当なら3個大隊がいいんですけど、そうすれば1個は予備に使えますし。」

「そんなことをしたら旅団だな。中佐が指揮するには早すぎる。」

まあ、わかってはいるけどさ。
新型を売り込むんなら、これくらいは欲しいじゃん。
これ以外には戦闘工兵と導術兵が悩みどころだな。
この先塹壕戦をすることを考えると、戦闘工兵は多めに欲しいし、導術兵だって大いに越したことはない。
後は砲をどうやって配備するかだな。
普通は大隊を独立大隊にする必要はないから、大隊は単一兵科で構成するんだけど、大隊直轄砲とかあった方がいいんだろうか。
馬がなきゃまともに運用出来ない平射砲とかは置いといて、試験的に作った迫撃砲とかは、前の世界だと重迫撃砲でも無い限り歩兵砲扱いだったし。
それによっぽど本部から離れない限り支援は受けられるし、そこまで単独行動にこだわって意味があるのかっていう感じもしないではない。
あー、頭の中がこんがらがってきた、いったん紙にまとめないと自分でも何言ってるのかわからん。
……いずれにせよ、騎兵はいらないな。

「とりあえず考えておきます。あと装備はこちらで手配しますので予算のみ回してください。」

「要求の多いやつだな。駒城以外じゃこうはいかないぞ。」

「駒城じゃなきゃこんなこと言いませんよ。」

でも独自編成の権利がもらえてよかった。
最悪、銃兵が2000人、導術とか10人くらいでいいよね、当然砲なんて無いよ。

なんて言うパターンもありえたわけだから、将家様々だ。

「まあ、この話は明日にでもしましょう。もうすぐ上屋敷に着きます。」

軍事に関してかなり熱く話しあっていた俺達に、父がストップをかける。
ずっとタイミングを見計らっていたのだろう。
窓から外を覗くと、すでに上屋敷の門を窺うことができた。

「それにしても、お前も大概だな。」

こちらを見ながら、祖父が呆れたような口調で呟く。

「なにがです?」

「白々しい。帰ってきてすぐに、軍事の話しはやめろといったのはどこのどいつだ。」

「まあ、あれですよ。血は繋がっているっていうことです。」

祖父は顔芸でもしているかのような表情で、父と俺を交互に眺め、父は面白い漫談でも聞いたような表情を浮かべる。
そしてとうの俺は、自分の発言に強い違和感を覚え、眉を顰める。
一寸後、馬車の中に妙な感情の混ざり合った笑い声が響き渡った。


あとがき
主人公の名前間違えた\(^0^)/

駒城家を例にします。
当主:駒城篤胤
息子:駒城保胤

次に守原家を例に。
当主:守原長康
弟 :守原英康
息子:守原定康


もうお分かりいただけたと思います。
将家の直系の人間は、名前の最後が揃えてあるんですよ。
で、公式設定に存在しているのは、益満敦紀(保馬の祖父)ですね。
にも関わらず、本作主人公は益満保馬(オリキャラ)。
普通なら主人公の名前は、益満保紀でなければいけないはずなのです。
別に主人公に、養子とか、妾の子とかそんな設定を作っていないですからね。

現在、この設定は5将家のみっていうマイルールを作ってしまうか、それともこの発見自体をなかった事にするか、1話から書きなおすか、検討してます……。



[14803] 第十五話
Name: mk2◆b3a5dc4d ID:ca905ed0
Date: 2010/04/24 13:20
人間は疲れていても、寝ることの出来る時間に限界がある。
そうひしひしと感じさせられながら起きるのは、あまり気持ちの良いものではない。
なにせ疲れていることを自覚出来るくらいには体が重いのだ。
長い船旅のせいで、体中の筋肉はこわばっているし、波の上では熟睡もできなかった。
まあ、そんな生活を1週間すれば、大概の人間は体が軋むようになるだろう。
にもかかわらず、眠気はないのだ。
体が休息を欲していることは理解できるのに、最も手っ取り早い休息方法ができないとはこれいかに。


しょうがないから意地でも眠ってやろうと、春用の薄い掛け布団に顔を埋めた時、戸を叩く音が聞こえた。
起きようか起きまいか、僅かに逡巡し、とりあえず無視することにする。
どうせ祖父や父ならば勝手に入ってくるし、それ以外なら大抵は入ってこない。
再び扉を叩く音が聞こえ、一拍おいた後扉が開かれる。
慣れた動作らしく余分な間はなく、しかしこちらに気を使った丁寧な動作。
……とくれば一人しかいないか。

「保馬様、体をお起こしになってください。」

ベッドの枕元に近い位置から、聞き慣れた女性の声が聞こえる。
随分と長い間聞いていなかった気がするが、それでも声色で聞き分けられるくらいには聴き馴染んだ声。
ここ数年間、俺専属の使用人をしてもらっている女性の声だ。

「既にお目覚めなのは知っています、どうかお早く。」

「……なんでわかったの?」

ゆったりと上半身を起こし、重い目をこすりながら問いかける。

「保馬様は基本寝返りをすることがありません。にもかかわらず、戸を開ける少し前布団を動かす音が聞こえました。この時点で保馬様が本当にお目覚めになっているかはわかりませんが、お目覚めになっている可能性が生まれます。そして戸を叩いた後、大抵保馬様はこの時点でお目覚めになります。さらに戸を開けた時点で、保馬様が目覚めていなかったことは過去にも数回しかありません。そして目が覚めた直後、保馬様は寝返りをお打ちになります。しかし今回はそれがありませんでした。つまり私が枕元に立った時点、で保馬様がお目覚めになっている可能性は非常に濃厚でした。」

使用人の卯月涼子は、全く途切れることなく上記の言葉を喋りきった後、ということで証明終了です、と満足そうな笑みを浮かべながら付け加えた。

「……探偵事務所でも開けば?」

「ご存じないのですか?益満家程度になると、使用人の棒給もかなりのものなのですよ?」

給料高ければ探偵業をやるのか?
別に皇都に20種類の顔を持つ怪盗や、夜会服にシルクハット、モノクルをつけた胡散臭い紳士、見た目は子供頭脳は大人とか言っている、出会ったら死ぬ少年なんかが跋扈しているわけじゃないのに?
ってか皇国に探偵業ってあったんだ。
こちらの心の中のぼやきを知ってか知らずか、本気とも冗談とも取れる曖昧な笑顔を彼女は浮かべている。

「まあいいや、それでどうして呼びに来たの?」

生返事を返しながら、枕元に置いてある時計に目をやる。
午後2時、帰ってきてから半日ほど寝ていたらしい。
それだけ寝たのに体の疲れが落ちないと言うのも、なかなかにやばい話だが。

「ご友人の方がおいででしたので、それをお知らせに。」

「……友人ね。」

自慢じゃないが交友関係は狭くない。
商売関係で知り合った人間を含めれば、100人近いだろう。
おかげで挨拶回りの人間が頻繁に来て、結構迷惑している。
基本的にアポなしの訪問は全てはじいているのだが、どうしてもそれ以外の連中も来る。
今回もそのたぐいの人間だとしたら、取次がずに弾いて欲しいんだが。

「誰なの?」

「新城様と槇様です、流石にその程度の方以外は弾きますよ。今日だけでどれほどの人が来たことか。」

こちらの声色に含まれた不機嫌な感情を察してか、卯月もため息を吐き大仰に肩を竦める。
ああ、なるほど、卯月も苦労してたのか。

「因みに会いたいというお申し出は全てお断りしていたにも関わらず、既に今日だけで20人はこちらに来ています。」

うわぁ、そんなに来たのかよ。
個人で研究所を起こしている衆民の中から、将来有望な研究を行っているのを会社で雇ってから、売り込みが激しいんだよな。
それ以外にも商売の方に出資してくれだとか、こっちの作っている研究に参加させてくれだとか、蓬羽と大周屋と家のグループに混ぜてくれだとか。

「……寝かせておいてくれてありがと。」

「いえいえ、あくまで使用人ですから。それで、お会いになられますか?」

「会うよ、着替えを用意してもらっていいかな?」

とりあえず上体を起こしながら答える。
湯浴みをする時間はないな、とりあえず顔くらいは洗いたいけど待ってもらうのも気が引ける。
適当に身だしなみを整えれば、笑われはしないか?

「ここに用意しています。戦傷を患ったと耳にしたのですが、お一人で着替えられますか?」

「大丈夫だよ、もう治った。あの二人には少し待っていてと伝えておいて。」

「かしこまりました。」

そう返すと、卯月は一礼し退室して行く。
うん、これ以上は望めないほどできた使用人だ。
今までもそう感じていたが、久しく会っていなかった分それをさらに強く感じる。

「っと、待たせちゃ悪いな。」

とりあえず卯月が置いていった浴衣を羽織り、手櫛で髪を軽くすいた後部屋を出る。
ドアを開けた先は、完全に武家屋敷の趣だ。
俺の好みの関係で俺の使う部屋は洋風に作られているが、それ以外は当然のごとく和風である。
廊下に並ぶ扉はすべて襖か障子で、明かり取りの行灯が幾つも置いてあり、屋敷に備えられている庭園は専門の庭師が手を加えたもの。
杉なのか檜なのかは、あるいはそれ以外の木材なのかは分からないが、そんな感じの木の香りが屋敷中に漂い、耳をすませば水が流れる音が聞こえてくる。
こんなの前の世界じゃ、京都や奈良の神社仏閣を回った時とか、地方の旅館に泊まった時くらいしか見たことがなかったけど、こちらでは程度の差こそあれこれが標準だ。
建築には詳しくないから、日本における何時の時代の様式に近いのかとかは、さっぱりわからないけどね。


他家に対する配慮によりそれほど広くはない屋敷の中を歩いていると、一つの部屋の中からやけに特徴的な匂いが漂ってくる。
同時に聞こえてくる、男同士の雑談の声。
玄関に近いところにある、賓客用の客間からだ。

「煙草吸ってんのか、あんまりあの匂い好きじゃないんだけどな。……失礼。」

誰にも聞こえないようにぼやき、後半は襖の向こうにも聞こえるように声を出す。
客間には、卯月が教えてくれた通り、新城と槇が待っていた。
扉開ける音に反応したらしく、二人ともタバコを片手に持ったままこちらを振り向いている。

「おう久しぶりだな、見たところ痩せこけてもいないようだし、帝国での生活は快適だったか?」

「冗談にしちゃ黒すぎるな。もっとも、槇も運が良ければ、自宅で海外旅行が楽しめるかもしれないよ?」

出合い頭に槇の放った皮肉に、皮肉で返す。
ってかブラックジョークってレベルじゃないぜ今の?

「はは、ここが帝国領になったら、家は真っ先に取り潰しだろ。今のうちに美味いものでも食っとかないとな。」

こちらの憎まれ口も意に関せず、減らず口を叩ける才能はすごいな。
ここまで黒い冗談を吐けるのは、知り合いの中でもこいつくらいだろう。
新城なんて今のやりとりを見て、鼻白んだような表情を浮かべているし。

「大周屋の跡取りは、この国に骨を埋めるつもりで生きているのか。感心感心。」

「何だ貴様、亡命も考えているのか?」

俺に一言が気になったのか、新城が意外そうにこちらを見る。

「まさか、俺も味方に命をねらわれるなんてことが無い限りは、この国で生きていくさ。」

敗戦が濃厚になってきたときに、国が人身御供として味方を犠牲にするなんてことは珍しい話じゃないが、俺にそこまでの価値はないだろうし。
まあ、各将家や皇族なんかが、もし皇国が滅んだときにどこに逃げようと考えているのかは、気にならないことも無いが。
やっぱアスローンかな、それとも南冥?WWⅡ後の日本みたいに、戦後仮初の統治者として君臨する可能性もあるんだろうか?
皇国の象徴みたいな。

「ないな、あり得ない。」

「あん?」

無意識の内に独り言が漏れていたらしく、槇と新城に怪訝な顔をされる。

「いや、何でもないよ。」

「そうか、それならいいんだが。ところで貴様そろそろ座らないか?後ろの彼女も入りにくそうにしているが。」

は?と思い後ろを振り向くと、開けっ放しの襖の向こうに、様々なものが乗った大きな盆を抱えて思惑顔を浮かべている卯月がいた。

「っと、ごめん卯月。」

「いえいえ、お気になさらず。来たばかりですから。」

襖の前から離れると、その目の前をバランスが悪そうに卯月が通り過ぎる。

「それは?」

「何を持ってくればよいか迷ったので、とりあえず持てるだけ持ってきました。好きなものを選んでいただければ。」

盆の上には急須やティーポット、酒瓶など様々な飲み物が用意されており、それ以外にも、パンやサンドイッチ、煎餅などの菓子も揃っている。
朝食、というより昼食をとっていない、俺への配慮からだろう。

「申し付けて頂ければ夕食も用意します。お望みでしたら、4時までにはお申し付けください。」

こちらが断ると知っているからだろう、酌をしようかとは尋ねず、そのまま退室する。

「良い使用人じゃないか、なにより容姿が良い。」

襖が閉められて、開口一番槇が言う。
その手には何よりも先に酒瓶が握られていた。

「やらんぞ。第一お前は今の妻以外にも女をつくっているだろ?大抵そういう男に惚れてしまった女というのは不幸になるんだ。」

新城の杯にも槇が酒を注ごうとするが、新城がいち早く杯を取り上げそれを未然に防ぐ。
流石に訪問そうそう、勧められていない酒を呑むのは、常識が反発したのだろう。
そのかわりに、珍しいものを見るような目つきで、紅茶を自身の杯へと注ぐ。

「誰もそこまで言ってないだろ。それより妙に強く反応するところを見ると貴様、あの使用人に惚れているのか?」

「女関係にだらしないから、そういう下衆な発想が浮かぶんだ。」

「ほお、ひょっとして貴様衆道趣味なのか?」

「やはり下衆だな、お前は。」

「まあ、気のきく使用人は良いものだ。家には瀬川しか使用人がいないからな。正直なところもう一人や二人使用人がいてもいいとは思うんだが、適役がいなくてな」

俺と槇の会話にうんざりしたんだろう、新城がやや強引に会話を切る。
まあ、新城はこういう感じの会話はしないしな。
新城の好む会話の傾向が、知的なものになりがちなのは、やっぱり新城を育てたのが釧路だからだろうか?

「うん?この前貴様が家に来た時、やけに美人な女を連れていなかったか?女の態度からして使用人の類だと思っていたのだが。」

……やけに美人な女?
新城がそうそう積極的に女付き合いをするとは思えないし、ってことは時期的には早い気がするけど天霧冴香か?

「あれは使用人ではなく個人副官だ。」

「個人副官!?ってことは両性具有者か!?」

はぁ、と槇が呆れたように息を吐き出す。
まあ確かにな、両性具有者だし。

「貴様その年齢で所帯も持たないと思っていたら、そういう趣味だったのか。保馬の事を笑えんぞ?」

「いや、笑うなよ。」

ゲイの人を差別する気はないけど、そう思われるのはちょっと……。
それに確証はないがお前年上趣味だろ、人の事笑えるのか?

「趣味というほど軽薄なものではない。もっとも、自分がどれほど入れ込んでいるのかもわからないのだが。」

えっ?できてるの?
早くね?

「チョッチ待て新城、その副官にお前は世間一般的な扱い方をしてるのか?」

此処で言う世間一般的な扱いとは、言ってしまえば愛人としての扱いだ。
美形ぞろいで、両性具有者以外の人間を妊娠もしない彼ら、彼女らは、皇国に置いては一般的にそのような扱いとなっている。
掘るも良し、掘らせるも良しってやつだ。
原作において新城が冴香とそのような関係になったのは、時系列的にもう少し後のことだと記憶していたが。

「どうしても貴様は下の話をしたいらしいな。」

呆れたように新城が溜息をつく。
いや、個人的には結構重要な問題なんですけど……。
あれ、でも冴香の存在って意外にどうでもいい?
重要なイベントには出てるけど、これといって重要な役割を果たしてるわけじゃないし。

「ふん、それにして貴様が副官を与えられるか。どうして一介の少佐ごときに、そんなものが与えられる流れになったんだ?」

物と言う言葉に、新城が一瞬眉をひそめる。
これは……できてるな。

「彼女の姉が実仁殿下のところにいて、俺と密接に連絡を取れるようその片割れを寄越した。ということらしい。」

ふーん原作と一緒か。

「そう言えば、貴様の新たな配属先は近衛だったな。こいつが捕虜にならなければ、お前は近衛には配属されなかったわけか。」

「いや、俺は益満家だからね。この戦いの前は駒洲軍に剣虎兵の受け皿がなかっただけで、今はなんの問題もない。俺は生き残った時点で、駒洲軍への配属が確定してるさ。」

原作において新城が近衛に行ったのは、恐らく駒城と皇家のメリットが重なったからだろう。
新城が近衛に入らなかったら、十中八九守原の手で左遷されていただろうし、実仁親王は実仁親王で優秀な手駒が欲しかったのだろう。

「なるほど、駒城も貴様をかばいかねたと言うわけか。近衛は快適か?」

「一部を除けば、なんの不満もないな。ここまで俺を自由にさせるのだから、実仁殿下の期待も相当なものだよ。」

新城が淡々と答える。
まあ士官の大半を、自分好みではないからと言って入れ替えられるのだ。
快適じゃないはず無いだろうな。

「ところで一部って何だ?」

ただ、そんな環境でも新城は不満があるという。
近衛で新城が行っていることを槇は知らないだろうが、新城の不満と言う点に彼も興味をそそられたらしい。
先程の馬鹿話をしていた時とは違い、目が商人の物になっている。

「保馬、貴様が寄越した新型の臼砲、あれは近衛では使いものにならん。」

考えこむように一拍おいた新城は、すぐに顔を上げ答える。

「臼砲って、迫撃砲のことか?」

「そんな名前だったか。あの臼砲、弾をバカ食いしすぎる。近衛の脆弱な兵站では、あれを維持できない。」

マジすか……。
兵站ですか……。

「俺は保馬と違って、そっちの兵器にはあまり関わってないんだが、そんなに弾を使うのか?」

「使うなんてものじゃないぞ、あれは。弾を筒に落とし込むだけだから、やろうと思えば1寸(皇国世界においては、時間に100進法を用いているため1寸は1/100刻になります。なお原作では明言されておりませんが、このssでは1時間=1刻と仮定して表現させていただきます。)の内に3,4発撃ち放つことさえできる。」

ふーん、まあそんなものか。
さすが迫撃砲、キチガイじみている連射率だ。

「で、それを維持できる兵站が無いと。」

俺の問いに新城は黙って頷く。

「恐らくあれは、今の軍事機構だと拠点の防御時くらいしか使えないんじゃないか?」

……新城の返答に唇を噛締める。
となると現在の独立大隊や、独立連隊の輜重段列では、早々に物資が困窮するわけか。
自分が若いのが悔やまれるな。
まともに部隊を指揮したことが無いから、どの程度のさじ加減で部隊を編成すればいいのかがわからん。

「つまり永続して、安定した補給が行える場所のみでの使用か。」

それを解決するとなると、連隊付きの兵站部隊を拡充するしかないが、新城のように機動戦を好む軍人からしてみれば、長ったらしい輜重段列なんて迷惑なだけだろう。
それに加え、剣虎兵の部隊はただでさえ馬が使いにくい。
騎兵砲を人力で曳かなければいけないことさえあるのに、弾の山なんて運べないか。

「他に迫撃砲に関して問題はあるか?なにぶん試作品に近い先行量産型でな、どんな不具合があるのかわからないんだ。」

「不発が多い事くらいだな、それ以外ケチを付けるところは見つからない。」

おお、すげえ。
もっと暴発とかして、人が死んだりしてると思ったのに。
不発はあれだな、もう少し信管のシステムを変えて、雷管や撃針の素材を変えないとな。

「ちょっと聞いていいか、その迫撃砲ってやつはなんだ?」

俺と新城の会話からおいてけぼりになりかけていた槇が、タイミングを見計らい口を挟んでくる。

「新しい構想のもとに作られた、銃兵の随伴砲だよ。槇にも1度話したことがあるはずだけど?」

「そうだっけか?」

「兵器開発は3社合同で進めてんだから当たり前だろ。量産は家だけじゃできないから、そっちと蓬羽にも書類は送ってあるんだぜ?」

蓬羽なんて、これの性能を軽く語っただけで、スッポンのように食いついてきたっていうのに。
まあ大周屋は、兵器開発にはあんまり興味がなくて、出資オンリーだから仕方ないけど。

「色々やってんだな、お前のところは。」

新城が感心したように呟く。

「将家ってだけじゃ、生き残れない時代がくるだろうから、金のある内に先んじておこうと思ってね。」

もっとも、小銃や迫撃砲、鉄条網に鉄帽など、試作品を作ったのはいいものの、どれも制式採用されていないから大赤字だけどね。
ほんと、普通の商家だったら、首吊って死ぬところだわ。

「そう言えば、貴様が関わっている試験艦の公開実験がもうすぐだったっけか。」

「うん。あっちは水軍に気に入ってもらって、援助でも引き出さないと計画が潰れるからさ、こっちも必死なんだよね。」

船作ったのはいいけど、黒字になる要素がなくて、大赤字だもんな。
人件費はそれほどじゃないんだけど、まさか造船があんなに金がかかるとは。
新型艦砲の集中配備を狙った蓬羽が積極的に支援してくれていなけりゃ、益満家ごと潰れるレベルの出費だったし。
この戦争で、会社の業績が上向きになればいいな。
……無理なら技術を全部売って、撤退するしかないし。

「帰ってきて早々、忙しそうだな。7日後には駒城家主催の、帰還祝賀も行われるという話だが。」

新城が呆れたように呟く。

「ふ~ん、帰還祝賀ね。2回目?」

「いや、1回目だ。貴様の生死さえわかっていない状況で、帰還祝賀などできるはずも無いだろう。」

それもそうか。
自分が駒城にとって重要とは思わないが、益満家は重要だろうし。
じゃあ大まか原作通りになるのかな、帰還式典は。

「なのに奏上はやったのか。」

「済まないとは思っている、本来ならば俺がこなすべきではなかった。」

本当に済まないと思っている様子、面倒事を押し付けられることは多いが人の功績を横取ることはしない新城のことだ、こんなこと始めてだったのだろう。
もっとも本人が今回の件を名誉なことだと思っているはずはないし、今現在の俺への謝罪も一般的な価値観に沿っての行動だとは思うが。

「責めてるわけじゃないさ。それに、大変だったんだろ?」

「おかげさまで、守原にかなり恨まれているらしい。一度命も狙われたしな。」

すいません知ってます、代わってあげる気はないけど。
新城が恨みを背負ってくれているお陰で、命の心配をする必要が無くなったし。
きっと今なら、夜の皇都を一人で歩いても、物取り以外には襲われないだろう。

「ご愁傷さま、良い護衛でも雇うんだな。紹介しようか?」

「いや、いい。副官が大分腕のたつ奴でな、半端な護衛よりは余程強い。」

すいません知ってます、わかってて聞きました。

「ほう?こいつとどちらが強い?」

槇が新城の一言を聞き、楽しそうに俺の方を指す。
こちらに来てから、嫌というほど剣術は教え込まれたため、そこら辺の奴よりは強い自信がある。
とは言っても、学生の頃に体験した剣道に似たような剣術で、どれほど実用性が高いものなのかはよく分からないが。
教えられたとおりにやると木刀を正眼や大上段で構えことになるが、そもそも鋭剣を両手持ちすること自体少ないし。

「わからない、ただ俺よりは強いと思う。」

「ふーん、なあ両性具有者って、筋力的にはどっちよりなんだ?」

「俺だって会ってからそう経っていない、わかるものじゃないさ。ただ、副官とは言っても軍人になれるほどだ、並の女性と同程度と言うことはないだろう。」

ふと気になって聞いてみたが、新城から明快な答えは得られない。
そういや、両性具有者ってあんまり見ないよな。
保胤様や篤胤様はもちろん、俺の父や祖父も付けてないし。
副官が貰える階級ってどこからだっけ?

「……まあ、そういうのに入れ込むことを悪いとは言わないが、貴様はそろそろ正妻を見つけた方がいいぞ?」

話が一段落したところでこぼれた槇のつぶやきに、新城はちょっと傷ついたような表情を浮かべた。







駒城家下屋敷、その一角で二人の男性が話し合っていた。
一人は駒城家次期当主であり、新城直衛の義兄弟でもある駒城保胤。
一人は益満家現当主、益満敦紀である。
駒城派内部において、重鎮中の重鎮と言ってもよいほどの地位に就いている二人が会談をするとなると、何か重要な案件が取り上げられているのではないかと考える人間は少なくない。
実際、重要な案件が取り上げられる場合、この二人は呼ばれないと言うことは、まずありえないからだ。
もっとも今回に限って言うならば、特にこれと言った重要な話をしているわけではなく、駒洲の経済や皇都の流行など取留めの無い歓談を交わしているだけである。
この二人に限って言えばこういったことは珍しいことではなく、年齢こそ離れているものの、二人の主従関係の長さゆえにこのように私的な場を設けられることは珍しいことではなかった。

「そう言えば、保馬君の様子はどうだった?」

そんな歓談の間を縫い、何気ない風を装って保胤が尋ねる。

「元気でしたよ。戦傷を負ったという話でしたが、障害も残っていないようでしたし。」

茶飲み話の延長だと認識したらしい敦紀は、保胤のその態度には気付かずに、当たり障りの無い返答を返す。

「いやそういった意味ではなくて……今回の処理を不満には思っていなかったか?」

だがその答えは、保胤の望んでいたものではなかったらしい。
言いづらそうに視線を下に落とした後、慎重に言葉を選ぶように付け加える。
つまるところ保胤の尋ねたかった情報は、そこに集約されていた。

「……先日の奏上の件ですか。」

そこまで言われて、敦紀も理解したらしい。

「既に奏上の件は耳に入っていたらしいですが、それを気にしたような仕草は見られませんでしたよ。とは言ってもあれは、正の感情は率直に示しますが、負の感情はあまり表に出しませんから、断言はできませんが。」

考えこむようにアゴ髭を撫でながら、敦紀は慎重に答える。
保馬が帰ってきてから既に3日ほどが経過しているが、保馬自身がその話題を持ち出したことはなかったし、敦紀が奏上の件を伝えた時も特に大きな反応は示さなかった。

「そうか……とするとどうすべきか。」

敦紀の返答を受け、保胤も思考をまとめようとするかのように、額に手を当てる。
実際この問題は、処理を誤れば駒城内部における内部分裂さえ誘発しかねない、相当にナイーブな問題であった。

先日行われた、新城直衛による奏上。
本来ならばこの奏上は益満保馬によって行われるはずであった(事情はどうであれ、指揮官は彼であったのだから)。
だが、それが行われることはなかった。
その理由としては二つのことが上げられる。
一つ目の理由、それは益満保馬の生存が判明したのが僅か1月前であるということだ。
俘虜となっていた大多数の兵とは異なり、北部の港湾都市に抑留されていた彼の存在の判明は、必然的に遅くならざるを得なかった。
結果的に奏上の日程は大幅にずれ込むこととなり、益満保馬の内地への帰還などにかかる日数を考えれば、6月台になると見込まれていたのだ。


もっとも、奏上に特にこれと言った目的がないならば、このスケジュールにはなんの問題もない。
しかし、駒城派にはこの奏上を早期に行わなければいけない理由があった。
それが二つ目の理由、守原が中心として計画している夏期総反抗の阻止である。
この計画の主眼は、北領を奪還するために総軍をもって帝国を撃破することである。
しかし、陸上戦力、水上戦力、その両面において大きく帝国に劣る皇国がこれを行った場合、皇国の滅亡は避けられないだろう。
それを阻止するためには、奏上の場において夏期総反抗の反対を謳い、皇主自らの反対意見を引き出す必要性がある。
それを行うのが6月以降では話にならない。
駒城篤胤及び保胤は、益満敦紀、明紀両名の同意を取り付けた上で、奏上の早期実行を決断。
結果代理として、新城が奏上を行う手はずとなったのだ。


益満家当主の了承も得ており、新城直衛の同意も取り付けてある。
奏上の強硬に対しての、守原からの批判はあったものの、表向きの手順としては何の問題も存在はしていなかった。

「保胤様はあれが駒城に対して反感を持つことを懸念しておられるのですか?」

しかしながら、理屈面において問題が存在しないとしても、感情面においては問題が生まれる要素は十分にある。
普通ならば尉官や佐官風情では、皇主の尊顔を拝むことさえ叶わない。
にも関わらず奏上は、皇居深部の謁見の間において、あらゆる有力将家に囲まれ、皇主の眼前で自身の戦果を報告することができるのだ。
その瞬間においてのみ、奏上を行う人間は皇主に対し親しく接することが認められ、たとえどのような地位にいる人間であろうとこの瞬間を妨げることは叶わない。
将家衆民を問わず、全ての軍人の誉とも言える行事である。
それを本人の了承を得ずに、代理を立てて行ってしまった。
一般的な人間であれば、言葉にすることが困難なほどの怒りを覚えるだろう。

「当然の懸念と行ったら、お前は怒るか?」

保胤は目元を覆うように手をあてながら、溜息とともに言葉を吐き出した。
いくら皇国を救うためと言っても、今回の件は全て駒城が行ったものである。
そしてこの件に関しては、保馬に責はない。
情に厚い保胤からすれば、この相談を持ちかけること自体、非常に気がのらないものであった。

「いえ、その懸念は当然のものだと思います。特に青年期の男は無鉄砲な行動をとりがちですから。」

自分の若い頃を思い出したのだろう。
敦紀は苦笑いしながら、あれが若い頃の私と似ていたなら、間違いなく監視をつけるべきでしょうし。
と付け加えた。

「監視か、気が乗らないな。……いや、すまない、それはお前のほうだったな。」

自分が相手を不快にさせかねない言葉を発した。
それを機敏に察することができ、すぐに謝罪できるからこそ、従うことができる。
保胤と付き合った全ての者が感じる安心感を覚えながら、保胤の言葉を肯定した。

「つけるべきでしょうね、監視は。正直なところ、あれが絶対に駒城の味方であるとは、自分でも断言できないのですよ。」

「世界の全てが彼の敵になっても、家族だけは味方でなければいけないよ敦紀。それにこれは駒城が独断で行うものだ、益満は、お前の意見は一切関係ない。」

たとえ保馬がこの件に気づいたとしても、益満家内の和が乱れることがないように、自身が責を負うつもりなのだろう
それを察した敦紀は頭を深く沈み込ませた。








あとがき

この遅さは……どげんかせんといかん……。
一応言い訳をすると、1万文字超えるくらいまで書いて、何故か下ネタと麻雀のオンパレードになっていたんですよね……それで書き直したと言う。
公開しても構わないところだけ切り離して、外伝にでもしますかね。
そして、次の話ではなんと、みんな大好き佐脇君がついに登場します。みんな大好き佐脇くんが登場します。大事なこと(ry

ところで自分は着発信管は、あると思いますぜ、旦那。
だって着発信管がなきゃ、龍兵があんな戦果を上げられないと……

あ、感想はちょっと待ってください。
今日中に【356】までのご感想にはしますので。
それ以降は次話投稿時にします。

修正
15話における銃の描写が間違っていたので、修正しました。



[14803] 第十六話
Name: mk2◆b3a5dc4d ID:3ccea2c1
Date: 2010/05/12 21:52
「桜、まだ残ってたんだ。」

季節は既に5月、一般的な桜や桃、梅などは既に花を散らしている季節だ。
実際俺のいた益満家上屋敷も例外ではなく、春になると満開の花を咲かせていた桜は、既にその色を緑色へと変えている。
そんなだから、今年桜を見ることはもうかなわないだろうと思っていた。
と思っていたのだが

「霞桜ですね。他の桜より咲くのが少し遅いんですよ。」

こちらの呟きを聞き取った卯月が、説明をしてくれる。
霞桜ね、こっちにもあったんだ。
とは言ってもすでに散り始めており、開花のピークは既に過ぎているらしい。
ちょっとした疑問が湧き、近くに落ちていた桜の花びらを手にとってみる。

「ふーん、やっぱり花弁は6枚なんだ。」

こういうのを見ると、前の世界とは違うんだってヒシヒシと感じるよな。
もしも前の世界で見たのなら、間違いなく奇形だと思っただろうし。
いわゆる、4つ葉のクローバー的な。

「桜の花弁は全て6枚ですよ?」

「しだれ桜なんかも?」

「もちろんです。ご覧になったことはないのですか?」

「しだれ桜や山桜は見たことが無いかな、普通のはあるけれど。」

こちらでも桜はとても良く見る木で、街頭を歩いていてもそこら中に植えてある。
品種改良によって生まれたという、ソメイヨシノみたいな花もあったし、こちらの人も桜は好きなんだろうな。
街頭を歩いていても日本と同じ、いやそれ以上に桜の木は見かけるし。


もっとも、この屋敷にはあまり桜は生えていない。
恐らく、この屋敷をデザインした小鼎銀蔵という人が、それほど好きじゃなかったんだろう。
でなければ、庭園のモチーフとなったという背州にはあまり桜が生えていないのか。
と言うわけで、この屋敷を囲んでいる木々は駒洲楓と背の低い西州萩で、それ以外の木々はほとんど生えていない
ただ、庭園の西側にのみ背の高い気が密集するように生えており、そこにのみ様々な木々が生えている。
俺達がいるのもここで、霞桜が咲いていたのもここだ。
それ以外の場所に植えてある草木は、その殆どが低木や花の類で、菖蒲、つつじ、山吹、芍薬など、今旬を迎えている花々が嫌らしくない程度に駒城上屋敷を彩っている。

「それでは保馬様、またお帰りになるときに、お会いしましょう。」

「仕事が終わる時間が、合っていたらで構わないよ。無理に俺に付き合う必要もないさ。」

俺がここにいる理由は駒城家のパーティーに出席するためであり、まあいわゆる客だ。
主催者の面子を潰さない限りに置いて、大概のことは許さあれる。
一方の卯月がここにいる理由は、このパーティーを手伝うための使用人としてに他ならない。
例えばだが、俺に付き合って途中退席でもしたら、それなりに顰蹙を買うだろう。
だいたい今ここで話しているのも偶然会ったからであって、卯月自身はもっと早い時間からこちらで仕事をしているはずだ。
それに周りで働いている使用人の数は、全員が駒城の者と考えるには些か多すぎるから、他家から来た者もそれなりの割合でいると考えられる。
そう言った事情にも関わらず、こちらの都合で引き抜くのも気が引けると言うものだ。

「いえいえ、保馬様がどうしても一人で帰るのは寂しいと言うことでしたら、付き添って差し上げるのが使用人の役目じゃないですか。」

既にこちらに背を向けていた卯月は、俺の言葉に首だけ振り向き答える。
にぱー、なんて擬音が付きそうなゆるい笑顔を浮かべながら手を振る様は、何と言うか言葉にし難いものを感じる。
お前それでいいのか的な。

「なるほど、確かに一理あるな。因みに、俺はこれが終わったら保胤様と少し話があって、帰りはかなり遅くなるんだ。卯月には先に帰ってもらおうと思ったんだけど、使用人の義務なら仕方ないよね。正門の辺りで待っていてくれ、今日中に合流できるよう努力するから。」

「……えっ?」

笑顔を浮かべたまま、卯月の表情が固まった。
俺は遅く起きても問題ないが、卯月は明日も普通に仕事がある。
まあ、肉体労働1日やった後、睡眠時間ほぼゼロとか、ブラック企業も真っ青だわな。
……いや、そうでもないか。
封建政治をやってた頃の中世やヘイロータイレベルじゃないと張り合えないって聞くもんな、ブラック企業。

「冗談だよ、冗談。別に話なんてないさ。」

「……はぁ。」

「なんか切なくなるから、溜め息だけって言うの止めないか?」

少なくともなんか喋ろうよ。

「……まぁ、いいです。それではまた後で。」

どこか白けたような表情を浮かべながら、ぺこりと一礼し卯月は去っていく。
……はぁ。

「保馬さんがそんな不景気な表情では、保胤様もお困りになるんじゃないですか?」

ピクッと耳が動く。
一瞬再び卯月が話しかけてきたのかと思ったが、すぐに頭の中で否定する。
そもこの声は男声だ、しかもイケメンボイス。
そして性格とか関係とかよりも、原作のインパクトのおかげで記憶に残っている声となれば、該当するのは一人しかないな。

「ああ、俊兼さんじゃないですか。ご無沙汰しています。」

ゆったりと振り向き、よそ行き用の表情を浮かべる。
前歯だけ見えるように口を開け、視線は柔らかく、笑顔は嫌らしくないように頬肉を僅かにあげるだけ。
前世で身につけたスマイルは伊達じゃない。

「そうですね、数カ月ぶりでしょうか。北領ではご活躍だったそうで、噂だけは随分と耳に入って来ましたが。同じ駒城家に仕えるものとして、誇らしい限りです。」

俺の如才ない表情と言葉に対して、これまた如才ない返答が帰ってくる。
ここらへんは完璧なんだよな、こいつ。
佐脇俊兼、言わずと知れた原作キャラだ。
20代の青年らしい溌剌さと、実生活の充足感に裏打ちされた自信が合わさり、愛想笑いなんてもの浮かべなくても随分と魅力的に見えるその表情からは、原作における悲惨な境遇など全く窺うことが出来ない。
あげく隣に相当な美人を並ばせ、威風堂々とした空気を放つ様は完璧すぎて、半端な人間では隣に立つことさえ躊躇うほどだ。

「俊兼さんにそう言っていただけると、私も誇らしい限りです。といっても、今回の件は運が良かっただけですけど。」

「そんなことはありませんよ。幼い頃から神童と呼ばれた保馬さんなら、きっと何かしてくれるともっぱらの噂だったんですよ?」

あは、ははは。
なんか乾いた笑いしか出ねぇ。
しかもそれを表に出せねぇ。
いや、俺自身が佐脇にマイナスイメージを持ってるかって言ったら、別にそんなことはないんだが、どうしても原作があれだから見る目に変なベクトルがかかるんだよな。

「それは光栄な話です。その光栄に浴し続けることのできる人間でありたいものですね。」

「保馬さんならきっとなれるでしょう。自分も見習いたいものです。」

あー、むず痒い。
人を褒めるのは慣れてるんだけど、褒められるのって慣れてないんだよな。
やっぱ今は貴族って言っても、元はただの民間人だし。
そうは言っても、口が勝手にペラペラと喋るのは、手馴れてきている証拠なんだろう。

「それにしても、俊兼さんの婚約者さんはいつもお美しいですね。浮いた話さえない私としては、羨ましい限りです。」

俺の見え見えの世辞にも、佐脇の妻は上品に笑顔のみを返す。
好き好きでは意見がわかれるかも知れないが、美人と言う点に関しては100人中99人がyesと答える笑顔であった。
因みに残りの一人はゲイである。

「先程の女性は違うのですか?随分と器量の良い方でしたが。」

「……彼女は家の使用人です。」

「使用人ですか、それは保馬さんには不釣合ですね。失礼しました。」

とりあえず笑顔を返してはいるが……こういう価値観苦手だわ。
こう生まれながらの地位だけで、相応しいとか相応しくないだとか、決めつけるみたいなの。
実際新城が養子にさえなれなかったのも、こういった出生や身分に対する偏見があるからだろうし。
そういった事を腹の中で考えるなとまでは言わないが、表に出すなと言いたくなるのは贅沢なんだろうか?

「とは言っても、保馬さんなら見合いの話など山のように来るでしょうに。そういった浮いた話のひとつくらいは、あるんじゃないですか?」

こちらの心情に気づいているのかいないのか、全く変わらない調子で佐脇は話し続ける。

「どうしても忙しくて、時間が取れないんですよ。祖父などは早く曾孫が見たいなんて言っていますが。」

わざとらしく肩をすくめてみせると、佐脇も嫌味のない表情で笑う。
まあ、佐脇も将家の跡取りだし、それに近いことは頻繁に言われているんだろう。

「戦争が終わらないことには、ということですか。」

「ええ、いずれにせよ景気の良い話題はお預けですね。どこもかしこも。」

互いに苦笑を浮かべ、笑いあう。
うん、悪いヤツじゃないんだよな、悪いヤツじゃ。






佐脇俊兼の抱く益満保馬への評価は、彼の交友関係の中でもそれなりの高さにある。
その理由の半分程は関係の薄さから来るものだが、決してそれだけではない。
例えば、保馬は自身の才能を誇るといったことはしなかったし、礼を逸するということもなかった。
佐脇の顔を見れば非常に丁寧に挨拶をしたし、彼の自尊心を傷つけるような行動をとることもなかった。
また、保馬と佐脇の年齢差が大きかったことも、要因の一つだろう。
佐脇が嫉妬心を持つほど、例えば彼と新城ほど年齢が近いわけではなかったし、興味が沸かなくなるほど年齢が離れているわけでもない。
家族が持ってくる保馬の話題も、彼が人間としても軍人としても、良い評判を得ていることを裏付けするものばかりだった。
そういったいくつかの理由から、佐脇は保馬に対して好意と言って良いものを持っていた。


今回の北領の件に関しても、自身が功を挙げられなかったにも関わらず、佐脇の保馬への感情は悪化していない。
むしろ、先程本人に話した通り、彼ならばそれなりの事をやってのけるのではないかとさえ想像していた。
そして自身が同じような状況で功を挙げることができれば、どれほど良かったかと。
その反面、彼の憎悪を一身に受けることとなったのは、他ならぬ新城直衛であった。
北領において保馬が上げた戦功に乗じて、己の価値を相対的に高めた、少なくとも佐脇の目にはそう映った。
北領からの帰還以来、彼は未だ新城に会っていなかったが、もしも会っていたならば周囲の人間が眉をひそめるような会話がなされただろう。
彼の幼年時代の記憶と、過去の模擬戦闘における敗北は、それほどまでに彼の新城に対する評価も決定づけていた。

「佐脇さん?」

彼の家令らしい人間と話していた保馬が、不思議そうな視線で佐脇を見る。
心配されているのだろうか、と思った佐脇は大丈夫です、と笑顔を取り繕って答えた。
呼びかけられたことにより、自分が随分と昔のことを思い出していたことに気づく。
実際、佐脇はいったん敵意を持った相手には、随分と執着する質であった。
何かの途中であっても、その対象を思い出しただけで、それが疎かになるほどに。
これに関して言うならば、新城と佐脇は似ていると言えるかも知れない。

「すいません、少しばかり昔のことを思い出していました。」

「佐脇さんが意識をとられる、ほど印象深い話ですか?興味深いですね。」

佐脇が意識をそらしていたことを理解した保馬が、興味深そうに尋ねる。
片手には家令の差し出した飲み物が握られており、もう片方の手で佐脇に同じものを差し出していた。
保馬の家令が用意したのだろう、佐脇の婚約者も同じ飲み物を持っている。

「いえ、お話するほどのことではありません。それに、あまり幸せな思い出でも無いので。」

「そうですか、残念です。」

あまり残念そうではない表情で保馬が返す。
もっとも、保馬は社交の場で感情を表に出すこということを、あまり好まない性格ではあったが。

「ところで、今の家令は?何か言伝を持ってきたようですが。」

佐脇が手元のグラスを口に運びながら、尋ねる。

「自分の客が来たと言う話でした。水軍の方なのですが、北領で随分とお世話になったので。」

水軍、と佐脇は呟く。
少なくとも佐脇にとって、縁のある場所ではない。
そして、保馬が世話になったという人間、それがどのようなものか僅かばかりの興味をいだいた。

「来たようです。」

保馬に習い正門のある方を向くと、7人ほどの集団が家令に連れられ、こちらへ歩いてくる。
軍服を着ているのは2人のみで、後はその家族であることがわかった。

「お久しぶり、というほどではありませんが、ご無沙汰しています。坪田大佐、笹島中佐。」

聞く者が聞けば、余程の信頼を置いているのだと解る口調で、保馬が挨拶をする。
もっとも、この場にそれほど彼を知っている人間はいないし、それが解る人間など皇国には数人しかいないが。

「ああ久しぶりだな、保馬君。それと階級はいらない、好きに呼んでくれ。」

「俺も同じだ、階級はいらない。」

水軍の第1種軍装を着込んだ笹島が如才なく答え、不機嫌そうな坪田がそれに続く。
それぞれ保馬が敬礼しなかったことから、そういった扱いを望んでいるのだろうことを理解し、軽い口調を選んでいる。
彼らの後ろにはそれぞれの妻、そして子が並んでおり、各々が緊張したように立っていた。

「それはそれで、お二人とも自分とは随分年が離れていますので。」

保馬が苦笑しながら答えた。
笹島も坪田も、既に三十路は超えている。
20を超えたばかりの保馬としては、無理もない反応であった。

「君の好きなように呼べばいい。それに階級なら我々が上だが、位階で言えば君の方が上だ。どちらも望んでもいない敬意を、一方的に払うのは気に食わん。」

坪田が坪田らしい率直な意見を述べる。
このようなことをこのような場で言えるのが彼の美点でもあり、欠点でもあった。

「それでは坪田さんと。」

先程よりも苦笑の度合いを深めながら、保馬は答えた。

「ところで保馬さん、こちらの方々のご紹介はしていただけないのですか?」

会話の区切りを見計らっていた佐脇が尋ねる。
確かにこの場には10人もの人数が揃っており、その全員を知っている人間は誰ひとりとしていなかった。
そしてその中において、比較的広く面識を持っているのは保馬の他にいない。
すこしばかり考え込んだ後、保馬は端的に水軍士官である笹島と坪田、陸軍士官である佐脇の紹介を行った。
共に自身の友人という形での紹介であった。

「水軍の方だったのですか、あまりにも立派な体格でしたので、騎兵将校かと見間違えてしまいました。」

先程保馬からの説明を受けていたにも関わらず、佐脇は驚いたように目を見開いて答える。
白々しいが、儀礼の一種であった。

「それは嬉しい。駒洲の方から言っていただけると、満更ではない気持ちになりますね。自分も佐脇家のご嫡子と面識を得られるなんて、光栄ですよ。」

先程保馬に話しかけた時とは違い、よそ行き用の態度で笹島は答える。
もっとも、表面こそ笑顔で対応しているが、心の中ではこの出合いをどのように捉えればいいのか、随分と戸惑っていたが。

「ん、自分も光栄です。」

そのように現状に素早く対応した笹島と異なり、坪田はぞんざいに返答を返す。
多くの衆民と同じで、坪田が将家を好きなわけではないことが、この態度の原因であった。
その相手に評価しうる点がなければ、尚更である。
しかし、佐脇はその態度を自分への反感ではなく、衆民あがり故の粗野性だと受け取ったため、少なくとも互いの内心が表に出ることはなかった。



「ところで、自分はもう一人の知り合いを探しているのですが。」

互いの家族の紹介などが一段落し、思い出したように笹島が尋ねた。

「どなたでしょう?名前を教えて頂ければ、家令に探させますが。」

先程彼らが会話しているときは1歩引いていた保馬も、今は会話に加わっている。
粗つなく対応をこなす様は、主賓と言うよりは主催者側の人間にさえ見えた。

「ああ、君も知っている、というよりも君の方が親しいだろう。新城少佐だよ。」

唐突に出たその名前に、保馬は額に手を当てながら視線をそらす。
彼にとって、この場で出して欲しい名前ではなかった。

「ん、来ていないのか?笹島の話を聞いて、会えると楽しみにしていたんだが。」

急に黙りこくった佐脇と、不自然に視線をそらす保馬を交互に見つめながら、不思議そうに坪田が呟く。
面倒くさそうな表情を浮かべながら周りを見回していた保馬が、一応といった様子で付け加える。

「新城少佐は新しい部隊の訓練で忙しいでしょうから、おいでになっていないのかもしれません。」

「それはないだろう。確かに主賓は君だが、彼も似たようなものだろう?」

取ってつけたような保馬の答えに、笹島が当然とも思える疑問を呈する。
そもそも、この場で新城の話をしたくない保馬は、この笹島の返答に渋茶でも飲んだような表情を浮かべた。

「……それもそうですね。」

何となく話をしたがらない保馬の空気を感じてか、自然と空気が重くなる。
特に佐脇などは、先程までは朗らかな表情を浮かべていたにも関わらず、あらぬところに視線をさ迷わせ、会話に入ってくる様子も見せない。
そもそも彼からすれば、新城の友人と交流をする気などさらさらなかった。
今彼がここに残っているのは、去り際を図りかねているという理由だけだ。

「あの方は違うんですか?」

そんな空気を察してか笹島の妻、松恵が夫にしか聞こえない声でささやく。
笹島の服の裾を引っ張りながら彼女が指す先には、庭園の隅で所在なさげに立っている、新城と個人副官の姿があった。

「よくわかったね、おまえ。」

「あまり体格がご立派ではないという話でしたので、もしかしたらと。」

「どうかしましたか?」

周囲の空気に遠慮して、小声でしか話さない笹島夫妻に、これ幸いと保馬が話しかける。
その辟易した表情からは、この空気にうんざりしていることが窺えた。

「すみません、あちらに知り合いを見つけたので、席を外させていただきます。」

佐脇と保馬に向け一礼した後、保馬にだけわかるように笹島は軽く目配せをする。
笹島の視線の先に新城の姿を見つけた保馬は、小さく頷きどうぞと返した。

「ん?それじゃあ俺も、席を外させてもらうか、。」

この場での会話にさしたる興味を持っていなかった坪田は、無条件で笹島に続き、彼の妻もそれに習った。
その後姿を興味もなさそうに見ていた佐脇は、彼らの肩ごしに新城の姿を見つけ、再び苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……それでは保馬さん、また新しい部隊で。」

先程の不機嫌そうな表情から多少は取り繕った表情で保馬に向き直ると、佐脇は一礼するとその場を去っていく。
彼にしても、いつまでも保馬との雑談に興じられるほど、時間に余裕があるわけではなかった。

「……あ~、終わった。ったく面倒だな、色々と。」

周囲に誰もいないことを確かめ保馬は呟く。
彼にしては珍しく心の中ではなく、声に出しての愚痴であった。

「目下最大の問題だな、こりゃ。……とりあえず情報集めないと始まらないか。」

アレクサンドロス作戦まで1月半だし時間がね~、そうぼやく彼の声は、彼以外の誰にも聞こえることはなかった。






佐脇と話すこと自体は苦痛ではないのだが、その会話に新城が絡むとどうしても面倒くさいことになる。
そんなことは前からわかっていたし、こちらとしても話題は避けるように努力していた。
まあ、今回のは不幸な事故だな、不幸な事故。
佐脇がここに来るだろうことは解っていたし、新城がここに来るだろうことも解っていたんだから。
……というか、佐脇の立ち位置はどうなるんだ?
んで俺はどう動けばいいんだ?
新城の義姉が殺されるのを防ぐべきなのか、防がないべきなのか。
原作通りに行くなら放置していた方がいいんだが……流石にそうもいかんよな。
そもそも第11大隊の状況、生存者の人数からして違うわけであって、佐脇が配属されるのか……いや、守原の介入があるかという時点から考えた方がいいのか?
配属されたとしても先が読めないし、配属されないなら尚更先は読めない、挙句虎城での戦闘次第で流れは容易に変わるし、保胤様の体調次第ではイベントが起きない可能性もあると。
俺としては原作通りに行って欲しいんだが、いずれにせよお先は真っ暗って感じか。
……成人した辺りで有り金持って、アスローンに亡命すればよかったかな。

「……疲れた。」

一度も口をつけていなかった杯の中身をちびちびと飲みながら、庭園の隅の方へと移動する。
果実酒のほんのりとした甘みが口の中に広がり、少しだけ、もやもやとしていた心を癒してくれたような気がした。
生前はたいして酒を嗜むこともなく生き絶え、こちらに来てからも意図的に飲む機会を避けていたため酒には明るくないのだが、こんな酒なら毎日飲んでもいいかも知れない。

「なあ、曹長。」

俺を気遣ってか、すぐ側まで来ていた高橋に呼びかける。

「何のことを言われているのかさっぱりですが、その果実酒なら油州の梅を原料にしています。今年の物は随分と出来がいいそうで、ここ数年でも一番のものだとか。」

わかっているじゃないか。
こちらの言いたいことを理解しているにも関わらず、余計な一言を続ける。
彼らしいと、苦笑が溢れた。

「ふーん、詳しいんだな。」

「自分は軍人でもありますが、家令でもありますから。」

「そう聞いてはいたけどね、どうにも実感が湧かない。軍人と家令の両立なんてできるもんなのか?」

「軍人兼使用人と言う方は多いですけれど、軍人に本分を置いている方は、あまり見受けられませんね。保馬様は、守原家陪臣の草浪中佐と言う方を知っていますか?」

「評価すべき軍人だと聞いている。もちろん、守原であることを除いて、だが。」

軍隊に入ると、自然と出来る人間の名前は耳に入ってくるものだ。
高橋が口にした草浪中佐、それ以外にも笹島中佐や新城の噂も耳にしたことがある。

「あの方は兵部省に勤めておられますが、滅多にそちらの仕事をなさることはありません。基本的には、守原の裏仕事をされていますので。」

今の言葉で、高橋の言いたいことが理解出来た。
つまり軍人であっても、軍の仕事をしない人間が相当な数いると言うことを言いたいのだろう。

「曹長もその手合いだと?」

「もう少し軍事に偏っている事を除けば、似たようなものです。」

こちらの質問に対し終始淡々と答える様は、幼年士官学校にいた頃の曹長と言うより、家の家令である飯島の姿を彷彿させる。
なるほど、この知識の広さと、感情コントロールの能力が、益満家の家令に取り上げられた要因の一つなのかも知れない。


「家令ね、具体的に何をしてるのさ?」

「色々ですね。護衛や諜報、口に出せないことまで。……それでは、自分は仕事に戻ります。ご加減もよろしいようなので。」

言われて気づく。
人と会話したことで、随分と気分が落ち着いたらしい。
酒が程々に周り、思考が鈍っているのもプラスの要素かもしれない。

「わかった、曹長も元気で。また新しい部隊で会おうな。」

「はい、自分もそう願っております。」

最後の言葉だけは、軍隊のですあります調で答えた高橋は、少し照れたような笑みを浮かべると背中を向けて去っていく。

「ふぅ、新城のところにでも顔をだすかな。」

新城の方へと視線をやると、新城と天霧冴香らしき女性?笹島夫妻とその息子に、坪田夫妻、駒城夫妻まで揃い、庭園の一角を完全に占領していた。
笹島の息子のリクエストなのか、千早が新城の近くに座っており、周りの客は恐ろしいものでも見るかのように、その集団を見つめている。
……ん?ってことは。
試しに空を見上げて見ると、太陽をバックに細長い蛇のような影が、空を飛んでいるのが見えた。

「……良かった、ここは原作通りなんだな。」

数分後、導術による声が響き、会場が一時騒然となる。
天龍が来たのだ、無理もない。
皇都に住んでいては、天龍など見ることも無いだろう。
そんな非日常的な現象にも動揺することなく、新城は坂東さんの声に返答をしたのであった。





一時は騒然となっていた庭園も、1尺もする頃には落ち着きを取り戻していた。
やってきた天龍に悪意があるわけではないことがわかったからだ。
天龍と人間の距離が詰まってきた現代においても、天龍に神秘的なものを想像する人間は少なくない。
そして、神秘性と言うものは得てして無知と表裏の関係にあり、無知は恐怖を喚起するからだ。
その点において、前龍族代表の息子であり、現龍族利益代表の弟と言う坂東の地位は、彼らを安心させるに足るものがあった。

「にしても驚いたな、君の交友関係は天龍にまで及んでいたのか。」

互いの挨拶が終わったところで、笹島が新城に耳打ちする。
内地に帰還して以来、彼らはすでに幾度か顔を合わせていたため、口調は大分砕けた口調であった。

「何のめぐり合わせでしょうね?自分の交友関係の狭さは、誰にも負けない筈なのですが。」

よく言う、といった様子で笹島は鼻を鳴らす。
今新城の周りにいる人間の多さを考えれば、交友関係が狭いなど、冗談でもなければ言えないはずだからだ。

「ふん、今日の主賓が君であるかのように見えるほどだよ。」

この場所には多くの人間がおり、先程までいなかった保馬も既に合流している。
それ以外にも、駒城家当主篤胤、その嫡子である保胤と側室の蓮乃、彼らの娘そして乳母、保馬に坪田、笹島、天龍、剣牙虎までいるのだ。
その人数は13人と一匹にも昇る。
そして、彼らの接合点となっているのは、間違いなく新城であった。

「……不思議な話です。」

気恥ずかしさを感じたのか、新城が顔を背けながら答える。
おおよそ彼らしくはない反応であった。

「まあいいさ、それにしても……」

笹島が新城とは別の方向に視線を向ける。
その視線の先には、妙に熱く議論を交わす、保馬達の姿があった。

「一体あいつらは何を話しているんだ?」

良く良く見れば、彼らの議論の中には、篤胤まで入っているように見える。
どこから持ってきたのか、大きめの用紙と木筆まで持ってきて話しあう様は、彼らに大分酔いが回ってきているのだろうことを伺わせた。

「おう、お前ら。ちょっと来てくれ。」

ちょうど視線のあった坪田が、手招きをする。
断る理由もない笹島と新城は、言われたとおりにそちらへ寄って行った。

「この地図を見てくれ。」

彼らが集まっている机、その中央には龍口湾から伏龍平野、挙句は虎城山地にまで至る巨大な地図が広げられていた。
既に木筆で様々なことが書き込まれており、紙には軍を意味する様々な記号が並んでいる。

「龍口湾に帝国軍7万が上陸、湾口から既に数十里の縦深を確保しているが、兵站は完成しきってはいない。そして1週間以内にこの数は15万を超える。なお現在龍口湾付近に戦列艦100隻が展開中。対するこちらは即応可能なのは龍州軍等5万。初期上陸の阻止に失敗したため、若干の被害は出ているが緩やかな後退により、指揮系統の混乱はなし。駒洲軍と背洲軍、護洲軍は現在戦線へ移動中。近衛総軍は戦線に到着しており、現在総予備。現在上陸から2日目だ。この状況ならどうする?」

一瞬何のことを言われたのか、笹島には理解することが出来なかった。
その理由は3つある。
なぜこんなところでそんなことを話しているのか
なぜそれを全員が大真面目に考えているのか。
そして、なぜそれを口に出すのが、駒城家当主なのか。
隣の新城も、同じことを考えているようで、呆れたように額に手を当てていた。

「直衛でも君でもいい、早くしたまえ。」

篤胤が笹島を急かす。
いつの間にか机に向かう全員の視線が、全て彼ら二人に集まっていた。
このような状況の場合、どのように反応すればいいのか。
図りかねた笹島が助けを乞うように新城の方を見ると、意外なことに彼は笑みを浮かべていた。

「では僕から。」

新城が前に歩み出る。

「2日目にしてここまでの縦深が確保されている、しかし後方が安定していないと言うことは、帝国の戦線が異常なまでに広がっていると言うことを意味します。にも関わらず兵力は7万。すべての方面に十分な兵力が配分されているとは思えません。ならば話は簡単です、他の軍を待つ必要はありません。銃兵による正面攻撃で敵兵を一箇所に牽引、その上で騎兵による迂回戦術を行い、龍口湾最深部に突入させます。」

紙に簡単な線を引きながら、新城は答える。
もちろん現実はここまで簡単ではない。
ここに到るまでに様々な手続きや、不確定要素を乗り越えなければいけないからだ。
それを含めて考えても、新城の解答は十分実現可能で、かつ効果的な内容であった。
新城の答えに篤胤は満足そうな表情を浮かべる。
彼の考えと新城の考えが、概ね合致していたのだろう。

「それが阻止されたらどうする気だ?向こうには龍がいるんだぞ。」

そして、それに真っ先に食いついたのは保馬であった。
傍目から見てもわかるほど顔を赤くしており、若干呂律も怪しい。
おそらくはこの中で一番酔っている人間だろう。

「騎兵による迂回戦術、それが失敗したら龍州軍は包囲されて壊滅する。それに敵に龍がいる以上、危険な手札は切れない。縦深陣地の構築による遅滞防御を行い、敵兵站が伸びきったところでそれを絶った方が、よっぽど危険性が無い。」

すでに幾度か話した内容なのだろう。
彼が酔っているわりに、その言葉は淀みなく放たれた。

「運動戦なんて馬鹿馬鹿しい。陣地帯の構築こそが、最良の手だ。」

「そうは言うが保馬、陣地を築くだけの時間的余裕が存在するか?そんなものを作る間に、騎兵師団に戦線を突破される。」

新城が素早く反論を行う。
やはり彼らしくはない行動である、とどのつまり、彼も酔っているのであった。

「騎兵師団のみが突出して来るのか、それなら好都合だ。数の優位を使い包囲殲滅すればいい。」

「帝国がそう簡単にやらせると思うか?それに騎兵だけではない、帝国猟兵は1日の間に60里以上を走破するぞ。」

「なら龍州軍を時間稼ぎに使い、駒洲、背洲、護洲軍を再編成。虎城山地を盾に、防御陣地を築く。」

「その必要はない、龍洲軍による戦略的、戦術的行動で、全ての問題は解決することができる。不要に国土を疲弊させる必要はない。」

「国土の疲弊?それに気を使うのは良いが、帝国と野戦でぶつかるなんて正気の沙汰じゃない。天狼原野での戦と同じことが伏流平野で起こるぞ!?」

「速やかに前線を動かせば、伏龍平野直前で敵と接触できる。敵は船であり砲の運搬は制限され、逆にこちらは天狼以上の砲を投入できる。平野以外での戦闘ならば、それほど一方的になることもないはずだ。」

保馬に触発されて熱くなってきたのか、新城も強い口調での反論を始める。
議論を行う様は、互いが敵であるかのようであった。
その様子を見た笹島は、面白く感じながらも、二人の思想の根底にある、ある物に気づいていた。
それは、新城が運動戦を重視しており、保馬は陣地戦を重視していると言うことである
そして共に火力の集中を非常に重要視しており、隊形をゴミのようなものだと考えていると言うことであった。

「面白いな。こんな場でもなければ、ここまで率直な意見は聞けなかっただろう。」

いつの間にか笹島の近くに来ていた保胤が、彼に話しかける。
外見のわりに酒に強い彼は、酒に飲まれることがなかったのだろう。
あるいは、自身で飲む量を制限していたのか。

「……止めなくて良いのですか?」

「父が議論に参加しているんだ。私では止められないよ。」

既に議論は真っ二つに分かれており、積極策を唱える新城派と慎重派である保馬派になっている。
保馬派には彼と坪田。
新城派には彼と、篤胤、と言う様相である。
坂東は興味深そうに彼らの議論を眺めており、女性陣は呆れたような視線で彼らを見つめていた。

「にしても、ここまで軍事的方針が違うのに、よく北領で共に戦えましたね。」

「前半は運動戦、後半は陣地戦。戦闘の前半後半で、上手く分担が出来ていたと思うよ。私は。」

その言葉を聞いて、笹島はこの人も、彼らの根底にある思想を理解しているのだなと思った。

「……ですが、斬新すぎますね。」

彼らの会話は、遂に戦略面から戦術面に移行しようとしていた。
浸透突破だとか、散兵線、傘型戦闘隊形、突撃戦法、対地直協などという、よく分からない単語が盛んに飛び交っている。
遂に坪田と篤胤は脱落し、議論は保馬と新城の1対1となっていた。
もっとも本当に彼らが自分の言葉を理解しているのか、笹島からすれば怪しい限りであったが。

「そうだな、隊形の廃止なんていうものを、上層部がそう簡単に受け入れられるとは思えない。」

あんたも上層部でしょう、と言う言葉を笹島はすんでのところで飲み込む。
自分も酔っているのかも知れない、笹島はそう考えた。

「後ろ盾がなければ、二人とも悲惨なことになっていたでしょうね。」

「そうかもしれない、でもそうはならなかった。これはひょっとしたら皇国の幸いかもしれない。」

保胤は、どこか遠くを見るような視線で答える。

「それにしても、彼らの話は面白いですね。恐らく現在の軍制度よりも、1世代か2世代は先を行っている。」

保胤が保胤なりに、色々なことを考えていると気づいた笹島は、それを聞かなかったことにして、自然と話題を彼らの議論へと戻した。
少なくとも現時点で、笹島には天下国家を語る気はなかったからだ。

「……纏めさせてみるか。」

保胤が、顎に手を当てながら、軽い調子で呟く。

「何をですか?」

「虎城での対帝国戦を想定した防衛計画の作成だ。」

それは正しく、今彼らが焦点としていることであった。
議論の展開は互いの作戦が失敗した場合のシミュレーションへと移っており、現在は新城の作戦が失敗し、駒洲軍が虎城山地まで押し込められた場合の戦略について話し合っているようであった。

「なるほど、いいかも知れませんね。嫌な想像ですが、その展開ならありえなくも無い。」

実際この戦略は彼らが指揮官で、かつ仮想の状況で行われたものであり、その通りに行く可能性は限りなく薄かった。
しかし帝国の上陸後、皇国が虎城まで押し込められるという保馬の案ならば、あり得ない話でも無い。

「ああ。……せめて駒城だけでも国のことを考えなければ。」

保胤の口から零れた不吉な言葉を、笹島はあえて聞かなかったことにした。
それほどまでに、保胤のつぶやきは、不気味な色を伴っていのだ。






あとがき(長いので興味ない人は飛ばしてください。)

オリキャラの掘り下げがたらないですね~、琥珀さんじゃないのに……(書いていて自覚はありましたが……)
というか、人数が一定数を超えると動かしづらすぎる……坪田さんが生き残ってその妻が来て笹島夫妻と息子二人が来て佐脇と婚約者が来て駒城夫妻と娘と使用人多数と新城と冴香と坂東と千早と、挙句の果てに主人公、どないせいゆうねん。

さて、1話開きましたが、名前の件について。
色々なご感想ありがとうございました。変えるべき、変えなくていい、二つの意見がありどちらにしようか大変迷ったのですが、最終的には自分の都合で決めることにしました。
わざわざアドバイスまで貰っていて、この判断どうよ?って思ったなら、存分に叩いてください。私はMなのできっと喜ぶはずです。
閑話休題、とりあえずはこの名前で続けていこうと思います。理由に関しては長くなりますので、感想返しの冒頭で触れらせていただきます。
それでは。



[14803] 第十七話
Name: mk2◆b3a5dc4d ID:3ccea2c1
Date: 2010/06/12 20:32
使用人の仕事は忙しい。
それを身を持って感じたのは、益満家に奉公に来た初日であった。
朝、益満家の方が起床する前に炊事をこなし、起きてくる前に自身の朝食も済ませる。
彼らが起きてきたならば、それと入れ違いになるような形でお部屋の掃除。
日中にかけての時間は洗濯などこの時間にしか出来ないことを行い、余った時間があるならば屋敷内部のお掃除、その後益満家の方々の昼食をご用意。
手早く食器を片付け、それが終わったならばあまり多くない時間休憩が取られる。
その後はその後で、午前に行えなかった掃除を行い、今度はお風呂の準備が始まり、場合によっては夕餉の用意もしなくてはならない。
床に入るころには、既に日にちも変わりかけている。


そのくせに、倍率と就職するための条件は厳しい。
普通の衆民は当然、弱小の将家や没落した将家、相当大きな商家までもが求人争いに加わってくるのだ。
おまけに雇用条件は、読み書きの習熟は当然、数学の知識も商家の見習い以上に要求される。
幸いなことに、私の両親が教育に随分と力を入れる人だったので、これらの条件は満たすことが出来たのだが、入ったら入ったで今度は使用人としての様々な教育が行われ、付いていけない人間は容赦なくふるい落とされて行く。
正直に行って、最初は職業選択を間違えたかと思ったほどだ。
少なくとも当時15であった私の身には、少しばかり大変すぎたらしい。
おかげで、この屋敷に来てからと言うもの、全く身長が伸びていない。
十分に栄養を取っているのも関わらずそうなのは、間違いなくここで働いているからだ、きっとそうに違いない。


それはさておき、それを肯定的に捉えられるようになったのは、実際に奉公するようになってから半年ほど後のことである。
その忙しさに相応しい待遇がなされていることと、手の抜きどころが解ってきたからだ。
それに作業に慣れて短い時間で終えられるようになれば、自由になる時間も相対的に増える。
気づければ、案外楽な職場であった。
もっとも、周りはそうでもなかったらしい。
私は慣れたから良かったものの、裕福に育った将家や商家のお嬢様がたは、労働環境に慣れることが出来ず数カ月も経たずして屋敷から姿を消していく。
さらに政治的な情報や、莫大な金銭に触れることが多いためか、問題を起こし消えていく使用人も少なくなかった。
恐らく私がここにいるのは、変な矜持や興味を抱かない、あるいは表に出さないという理由からなのだろう。
そうでなければ、私が並以上に優秀なのだ。
うん、後者と考えた方が、私の精神衛生上健全だ。

「……なんて、そんな勿体の無いことを考えていられるのも、平和だからですよね~。」

そんなことを口に出しながら、廊下を歩いていく。
もっとも今の皇国が平和だなんて、軍人であれば冗談でも口には出さないのだろうけれど。
特にこんなものが届くと、どうしても戦時であることを意識してしまう。
手元にあるのは一通の手紙、それ自体は珍しいことではない、問題はそれの送り主だ、
守原定康、この封筒にはそう書いており、封筒を閉じている蝋にも守原の家紋が押されている。
はてさて、一悶着起きそうな雰囲気を、この手紙からビンビンと感じるのだけれど……一歩間違えたら、お家騒動かしら

「保馬様~、お目覚めでいらっしゃいますか~。」

目的の部屋の前にたどり着き、戸を叩いた後に告げると、一瞬間があり、「どうぞ」と疲れたような声が帰ってくる。
失礼します、と断った後扉を開けると、案の定そこには、書類に囲まれた保馬様の姿があった。

「まだお済みでなかったんですか?一昨日の夜からやっておられますよね?」

そう、私の記憶が正しければ、保馬様のこんな姿を見るのはすでに3日目だ。
北領から帰って来てからの数日間は、比較的時間があるように見えたのだけれど、駒城家主催の祝賀会の夜からは随分と忙しいらしく、部屋の外に出ている姿を殆ど見ない。
そして、その周りには常に、山のように積まれた書類が並んでいる。

「……俺が北領にいた間に、書類が山積しちゃったんだよ。特に軍事関係の書類は、父上に押し付けることも出来ないし。」

「でもそんなにたくさん、一体何の資料を纏めておられるのですか?」

「色々だよ。軍隊関係なら、新しく与えられる部隊の装備の手配、配属される人員の承諾書、演習場の使用申請。商売関係なら、今度行う軍艦の試験に皇湾を使うための申請書と火器を使用するための申請書に、それらに必要な人員と物資の手配。そして今挙げた全てを纏めて、軍監本部に提出しなきゃならない。これでも一部だよ?」

……うわぁ。
肩ほどの高さまである紙の山が4つあり、終わっているような気配があるのはその半分程度しかない。
家令長の飯島様や、明紀様の机上でも、これほどの書類の量は見たことが無いかも。

「そんなに急ぐものばかりなんですか?」

保馬様の隣に立ち、手元を覗きこんでみる。
止められはしなかったから、特段見られて困るものではないのだろう。
軍隊らしい簡潔明瞭な文章の隅に、保馬様の判子が押してある。
ざっと単語を拾ってみるにどうやら兵器の売買契約書らしく、私の生涯賃金を上回るだろう金額が、造作もなく踊っていた。

「そうでもない、例えばこの書類。これの提出が遅かったとして、俺の部隊に銃が行き渡る日にちが遅れるだけだよ。」

保馬様は、手元にあった紙を顔の横で左右に振りながら答える。
そんなふうに扱って、大丈夫なものなんだろうか?

「でもさ、それが遅れるって言うことは、訓練時間が減るってことだろ?そして訓練時間が少ないにも関わらず、戦場に出た兵がどうなるか。まあ、普通に考えて死にやすくなる。」

「つまり兵が死亡する、間接要因の一つになりたくないと。」

「そういう事……でさ、ここにあるものは、全部そういった物なのさ。」

多少話が長くなってきたからだろうか、保馬様は筆を置き肩の筋肉を解すように、大きく体を伸ばす。
その表情からは疲れこそ伺えるものの。嫌々やっている時の面倒くさそうな様子は伺えなかった。
北領に行く前の保馬様は、自分の仕事にここまで真摯に取り組んでいただろうか?そう自分に問いかけてみる。
答えは否だ。
もちろん、真面目でなかったとは言わない。
私達使用人よりも先に起き、遅く寝るなんていうことさえ多々あったのだから、その間にこなしている仕事の量は押して計るべきだ。
それでも、寝る時間を惜しんでまで仕事を行うといった、質の人ではなかったはずである。

「目の前で人が死ぬと言うのは、それほどまでに堪えることですか?」

私の問いに、保馬様は目を丸くしてこちらを見返してきた。
恐らく内心では、らしくないだとか、今日は槍が降るんじゃないか、とかそういった事を考えているのだろう。

「そうだね、思っていたのとは比べ物にならなかった。結構時間が立ったのにね、今でも夢で見たり幻聴がしたりするよ。」

まともな答えは帰ってこないだろう、そう想定しての質問であった。
茶化されるか、混ぜっ返されて、有耶無耶になるだろう、そう考えていたのに。
はあ……こんな風に返されて、なんて答えればいいんでしょうね?

「……真面目なお答えが帰ってくるとは、思ってもみませんでした。」

結果として、自分のほうが茶化すような言葉を発してしまう。
こういう時、自分の性格が嫌になる。
この性格のせいで、子供の頃からどれほど問題を起こしたか。

「卯月がそういう事を聞いてくるなんて、俺の知る限りでは始めてでね。それを茶化したりするのは、あまりにも失礼だろ。」

全く機嫌を害した様子もなく、保馬様はさらっと返してくる。
僅かに浮かんでいる苦笑は、こちらの心中を察してのものなのだろう。
なんだか、器の違いを見せつけられたみたいね……。

「まあ、いいさ。それで、何の用事で来たの?」

そう言われて、始めて手紙の存在を思い出した。
袖に入っている厚い封筒の重みを、今更ながらに感じる。

「……これを。」

そう言って袖から出そうとして、一瞬その動作を躊躇する。
これを渡したら、保馬様の負担はさらに重くなるだろう。
あらぬ誤解を与えるような内容が書いてあった場合、保馬様ご自身が余計な疑いをかけられかねない。
敦紀様か明紀様に渡して、ことが穏便に済むよう一段階置いたほうが

「ひゃ?」

そこまで考えたとき、袖のあたりに妙な感触を覚える。
その感触の理由が、左手の袖の中に保馬様が手を入れたからなのだと気づいたときには、その封は保馬様の手に収まっていた。

「なにこれ?」

妙なものを見るように手紙を見つめていた保馬様が、蝋の印を見て心得たように頷く。

「なるほどね、こりゃ渡すのもためらうわ。」

変な誤解はされなかったみたい……じゃなくて。
女性にそういう事をするのは、いかがなものかと私は思うわけであります。

「……御察しいただけて、恐悦至極です。」

「……御祖父様のところに御覧に入れてくる。」

そんな私の精一杯の皮肉はどうやら耳に入らなかったらしく、後を気にすることもなく保馬様は外に出て行く。
その横顔は、玩具を見つけた子供のようであった。
……お父様お母様、使用人という仕事は大変です。
…………はぁ。






馬術、茶道、剣術、書道。
将家という恵まれた環境ゆえに、益満敦紀は様々な趣味を持っている。
そういった益満敦紀の持つ雑多な趣味の中でも、これだけは人に負けないというものが一つだけあった。
それは刀剣の収集である。
先代や先々代、あるいはそれ以上前の当主から続く刀剣の収集は、他家から羨まれるほどの質と量を誇っている。
それこそ、上屋敷と下屋敷にあるそれらを合わせれば、一合戦できるほどにだ。


そして、敦紀は刀剣の手入れを自身の手で行うことを好んでいた。
夜明け前、もしくは夜更け時、そんな人が寝静まっている時間帯に、一人清涼な空気が漂う部屋で刀剣と向かい合っていると、自身の心が研ぎ澄まされていくように感じるからだ。
刀身から古い油が取り除かれ、燭台の光を鋭く反射する。
そんな光景を見ていると、自身の中にある様々な思案に、自然と答えが出るような気がするからだ。
そういった事情から、刀剣の手入れに没頭していた敦紀は、ふと外の音が気になり時計を見上げた。

「……没頭しすぎたな。」

かれこれ四刻もこの作業を行っていることに気づいた敦紀は、すこし残念に思いながらも持っていた鋭剣を鞘に戻した。
保馬には話していないが、彼が皇都に戻ってきたのは随分と最近のことである。
駒城保胤はその立場上駒洲にいることが少なく、参謀長である敦紀はその代行を務めなければならないため、駒洲にいることが多い。
そして帝国の北領への侵攻が始まって以降は、駒洲鎮台を再編成し戦時体制に切り替える業務を行っていたため、皇都に戻ってくる暇などなかった。
彼が今皇都に居ることが出来るのは、彼の孫がここにいるからに他ならず、もう数日したら彼も駒洲に帰らなければならない。
そういった理由から、彼が自身の刀剣に触れるのは、随分と久しぶりのことであった。

「もしも~し、御祖父様お目覚めですか~?入りますよ~……うわ。」

そんな気の抜ける声が聞こえたのは、敦紀が立ち上がり、畳に上に広がる刀剣を片付けようとした時だった。
敦紀の返事も待たずに襖が開かれ、一拍遅れて敦紀の頭上に、呆れたような呻きが降ってくる。

「……こんな時間から刀剣の手入れですか、典雅ですね。」

周囲の状況から、敦紀が長時間己の趣味に没頭していたことを理解した保馬は、若干嫌味のこもった口調で話しかける。
現在は午前10刻、早朝からこの時刻まで、ひたすら趣味に打ち込んでいたのだ、典雅という表現もあながち間違ってはいない。
それに保馬から見れば、多少の羨望もあったのだろう。
敦紀から見ても、今の保馬の顔色は随分と酷いものであった。

「そういうな、これから仕事に取り掛かろうと思っていたんだ。」

敦紀は随分と疲弊した様子の保馬に苦笑しながら、文机を指し示す。
そこには保馬のものほどではないが、それでも相当量の書類が積まれていた。

「保胤様も、少しはこちらの仕事をしてくださればいいのに。」

保馬が肩をすくめながら答える。
責めるような口ぶりではなかったが、疑問を湛えた口調ではあった。

「已むを得んだろう。保胤様は保胤様で、別の仕事がある。」

そう答える敦紀も、少しばかり渋い顔をしている。
自分が作業をする分には全く構わないのだが、保胤の認識と自分の認識の間に微妙な齟齬が生まれることを敦紀は恐れていた。

「まあ、それはそうですね。」

自分の持ち出した会話にも関わらず、特に興味もなさそうに返事をした。
これ以上この会話を続けても何の意味もないし、敦紀がどのように感じているのか、その片鱗のみは感じ取れたからだ。
もっとも、保馬は保胤がこの後に果たすはずの役割を知っているので、保胤への不信というものは存在していない。
ただ、彼の祖父と保胤の間に、そういった物が生まれる可能性があるならば、未然に防いでおきたいとは考えていた。

「そういえば、お前に伝えるべき事があったな。ほれ、お前の連隊の詳細だ。」

「……本当に半月で完成したんですね。」

敦紀の差し出した紙の束を受け取りながら、保馬は驚きの表情を浮かべる。
北領からの帰還時に敦紀の語った半月と言う言葉自体を、話半分で受け取っていたからだ。

「ありがとうございます。これだけの期間があれば、なんとか連隊を戦える段階まで持っていけるかもしれません。」

「ふん、感謝されることじゃない。一人しかいない孫を、帰ってきて早々に再び戦場に送り出そうとしているんだ。本来ならば恨まれてもおかしくない話さ。」

「自分に出来る最善を尽くす機会を与えていただいているんです。感謝こそしけれ、恨んだりなんてしませんよ。」

「そう言ってもらえるのはありがたいのだがな、残念なことに一つ嫌な知らせがある。」

「……なんですか?」

保馬が少し身構えるようにして、返事をする。

「剣牙虎の数が揃わないらしい。簡潔に言うと、剣虎兵2個大隊は無理だ。」

「は?なんでですか?」

敦紀の視線を逸らしながらの発言に、保馬は不満そうにぼやく。
剣虎兵2個大隊というのは、今度保馬に与えられる連隊の部隊のことだ。
保馬の事前の要求は、剣虎兵2個大隊と捜索剣虎兵1個中隊を基幹とした編成で、連隊を構成することになっていた。

「軍の剣牙虎の……なんて言えばいいのか、牛舎ではないし、虎舎、とでも言えばいいのか?まあ、そこで問題が発生し、収容していた剣牙虎の半分以上が逃げ出したらしい。」

「なにそれ怖い。」

保馬からすれば裏の事情がある程度把握出来ているため、それほど怖い話ではないのだが、普通の衆民からすれば恐ろしすぎる話だろう。
なにせ100頭以上の虎が野に放たれたのだから、相当な死者が出ても全くおかしくはない話なのだ。
そんなことよりも保馬からすれば、このイベント起きるのかよという不満の方が大きかった。

「というわけで、残念なことに2個大隊の編成は無理だ。……あとこれは余談だが、なぜか新城の大隊には定数の倍近い剣牙虎がいるらしい。」

敦紀は肩をすくめながら結論を話し、そして最後の言葉は小声で付け加える。
悪ガキのいたずらを嘆く、教師のような口調であった。

「それは奇異なことですね。それで、結局はそうなったんです?」

「当初の予定よりも大隊の規模を縮小し、連隊の編成を3個大隊に切り替える。1個大隊あたりの兵員を800未満に抑えれば、それほど不満もでないしな。」

なるほど、といった様子で保馬は頷く。
皇国では大隊の人員は900~1000名程度が標準であり、例外として1500名程度のものも存在する。
800名と言うのは随分と小さい部類に入るが、それが3個ならば単純に考えても2400名。
それに砲兵や補給兵、工兵を加えても、長期の独立行動を考えない連隊ならば、せいぜい3000半ば、旅団の規模にはならない。
6000名を旅団編成の最低人数と考えるならば、半旅団とも言える規模であった。

「1個剣虎兵大隊に2個銃兵大隊、1個捜索剣虎兵中隊。主力はこんなものだ。……さて、一つ変な知らせがある。」

「また知らせですか、一体何の?」

敦紀の言葉を聞きながら資料をめくっていた保馬が、嫌そうな表情で顔をあげる。
特別なんて言う言葉は、大抵厄介なものを伴っているものだからだ。

「お前の連隊を構成する大隊の一つに、第11大隊があてられることになった。」

「……まじですか?」

「駒洲軍には剣虎兵部隊なんて殆どない。となれば外から持ってくるか、新しく編成するしか無いわけだ。しかし十分に剣虎兵が集まらなかったせいで、新規に編成することはできない。ならばということで再編成中の部隊を持ってきたわけだ。」

道理は通っている、論理的に矛盾があるわけでもない。
特に第11大隊は、有力な鎮台の隷下にあったわけではないし、将家の将校が指揮官を務めていた部隊でもない。
そういった事情であれば別の集成軍から、各鎮台に兵が引っ張られてくることは、それほど不思議なことではないだろう。

「それ以外にも、なにか事情はあるんでしょう?」

しかし、保馬は当然といった表情で、敦紀を追求する。
もっとも保馬がこのような行動をとったのは、確固たる根拠があってのことではない。
ただ自身の記憶の中にある、原作の流れと一致していないと言うだけの理由による。

「……その通りだ。兵の6割と8割以上の剣牙虎を失った部隊を再編するには、金と時間がかかる。そして何よりも問題なのは、他所の将家から駒城の手つきと思われたことだ。まあ特別な意図がないならば、解散させて終わりだろう。しかし上層部としては、衆民の受けを考えた場合、第11大隊と言う名前は残しておきたいわけだ。」

既に答えを準備していたのであろう敦紀は、保馬の疑問に淀みなく答える。

「そして何処も面倒をみようとしないならば、駒城が引き受けるしかなかろう。」

「そういう事なら、分からないこともありませんが。」

それでもまだ、保馬は疑問を残したような口調で呟く。
当然のことだが、第11大隊駒洲鎮台に編入されたからと言って、保馬が指揮官の部隊に入れる必然性など無い。
とは言え、そもそも保馬の懸念はそれ以前の場所にあるのだが。

「こうなるように手を回したのは、御祖父様ですか?」

益満家の当主が積極的に動いたのならば、原作通りの配属先にならないのも分からないことではない。
そう考えての問いであった。

「なればいいとは思った。お前が始めて指揮を行った部隊だからな、顔見知りが多いに越したことはない。だが絶対にそうなるよう動いたわけでもない。」

「何処からも反対の声は出なかったんですか?」

「ああ、出なかったな。と言うよりも、別のところに視線が行っていただけのような気もしないことはないが。」

保馬の思案顔に影響されて、敦紀もどこか心配そうな表情になってくる。
彼の孫がこのような表情をした場合、大抵よくないことが起こるのだ。
それは?と保馬が言葉の先を促す。

「新城の第501大隊、あそこが派手にやっているのは知っているだろう?」

保馬は黙ったまま頷く。
実際新城のかなり無茶な編成と選抜は、軍にいなくとも耳に入ってくるほどのものである。
原作以上の時間に恵まれた新城は、相応の訓練を行っており、その過酷さは自発的に配属願いを出すものまで現れる有様であった。

「そのせいだろうな。あちらに注目が集まったせいで、お前の件はほとんど注目されていない。守原でさえ、全くちょっかいを出さないほどだ。」

守原、その名前に保馬の眉がピクリと動いた。

「にしても、お前もやけに勘ぐるな。なにか理由でもあるのか?」

ふと気づいたように、敦紀が尋ねる。
こうも突っ込んで聞いてくると言うことは、何らかの行動を取りたいのだろうと考えたからだ。

「……実は先程、こういう物が届いて。」

一瞬逡巡したような間をおいてから、自身の袖から手紙を取り出す。
卯月から手渡された時と比べて、状態は変化してはいない。

「守原から、お前への手紙か。送り主は守原定康と。」

守原定康は、守原家現当主守原長康の甥にあたる人物であり、28と言う年齢にして少将と言う地位に付いている大人物である。
本来ならば、敦紀であろうと呼び捨てにできる人間ではないのだが、彼の心情が彼にそのような呼び方をさせていた。

「開けるぞ?」

保馬に申し訳程度に尋ねた敦紀は、蝋によって封をされた封筒を、ペーパーナイフで撫でるように切って開けた。
なお、封筒を何らかの手段で閉じるという行動は、相手が信用できない場合にのみ行われる。
この場合のそれは、保馬の元へ届く前に誰かが開けないように、また開けた場合はそれが保馬に分かるようにといった処置であった。
実際保馬が家令に預け、新城へと届けさせた手紙には、封がされていない。
慣れた手つきで手紙を取り出した敦紀は、その分厚い手紙をしげしげと眺めた。
気軽な手紙には全く向かない高級な和紙に、達筆な文章が長々と踊っている。
しばしの間手紙に集中していた敦紀は、読み進めるに従い次第に呆れたような表情を濃くしていく。

「……信じられるか?これだけの文量があって、意味の有ることは一切書いてないぞ。」

「自分は読んでいないので。ですが御祖父様が仰るのならば、そうなのでしょう。」

特に私情を交えていない声で、保馬は反応する。
興味を示すだけでも問題がおきかねない、そう考えてのことであった。

「こんな文章ならば、読んでも構わないさ。それよりもこれを儂に渡したと言うことは、お前は不穏な繋がりはもっていないんだな?」

確信を帯びた口調で、確認するように問う。
どこか安堵したような表情でもあった。

「疑われることさえ、心外なんですがね。ええ、持っていませんよ。今のところは。」

対する保馬は、やさぐれたような表情で答えた。
自分という存在が生きているだけで、誰かから何かしらの疑いをかけられると言うことを、保馬は正しく認識している。
だがその状況を在るが儘に受け止められるほど、彼は大人ではなかった。

「そう拗ねるな、悪かったとは思っている。」

「それを悪かったと思わないような人でしたら、とっくの昔に離反でも出家でもしてますよ。」

敦紀の弁明に、皮肉げに保馬は返す。
満更でもない口調であった。

「それにしても、どうして儂がお前を観察していると言うことに気づいたんだ?」

「卯月が教えてくれました、他にも親しい使用人から気をつけてと。」

「……そう言えばお前は、昔から使用人連中とやけに仲が良かったな。」

筒抜けってことか、と呟きながら敦紀は額に手を当てた。
一般的な上屋敷でも、使用人や家令の数は10を下らない。
それが益満家のような将家ともなれば、屋敷にいる使用人や家令は50を越す。
もっとも、益満家には女性がいないためこれでも少ない方なのだ。
公爵位を持つ将家や皇家の女性ともなれば、それだけで100人程度の使用人がつくことさえ珍しいことではない。

「ある程度偉い人、まあ父上や御祖父様もそうですが、使用人を空気のように思っているきらいがありますよね。」

使用人が側にいても、几帳の上とかでズッコンバッコン出来るって、ある種の才能とさえ思えるし。
言葉には出さず、保馬は心中で呟く。
人払いをしたときなどは、流石に使用人を通じての情報の流出は、あまり起きないのだが、雑談の流れから出た言葉などはどうしても外部に流出しやすい。
自身が疑われている情報も、そのような伝で得たものであった。

「……それで、どうする?」

「返事は出しますよ。無視でもして商売の邪魔なんてされたら、たまったものじゃありません。特に今は重要な取引があるのに。」

保馬の言った重要な取引とは、蓬羽と進めている装甲艦の水軍への売り込みである。
将家の影響がいかに少ないと言っても、守原が本気で妨害をしたならば、計画の頓挫さえもあり得ないことではない。
可能な限り好意的な関係を築くに、越したことはなかった。

「何でしたら諜報の真似事でもしましょうか?」

「いや、お前には軍務に専念してもらいたいからな。それに、もうじきしたらお前も、駒洲に行かねばならんだろう。」

「それもそうですね。まあ守原に分かるような、露骨な連絡だけはやめて下さい。きっと導術は監視されてると思うので。取り敢えず、面倒くさいことになったら、全部父上に投げましょう。」

保馬の冗談に、敦紀は苦笑しながら頷く。
実際、益満家の業務の大半を担っているのは彼であるため、敦紀や保馬が口を出すことは少ない。
これが彼らの家での役割分担であった。

「話さなければいけないのは、こんなところですか?よろしいのでしたら、少し寝ようと思うのですが。」

「まあ少し待て。……お前、鋭剣を壊したと言っていたな。」

会話が一段落したのを感じた敦紀は、懐から細巻きを取り出しながら尋ねる。
それを見た保馬が顔をしかめるが、敦紀は全く気にせずに細巻きに火をつけた。
この家ではよく見られる光景である。

「ええ、適当なものでも買おうかと思っているのですが。」

敦紀の言葉の通り、今の彼は帯刀していない。
兵卒ならばともかく、士官は帯刀を強制されるため、そのうち手に入れなければならないのだが、その機会が無かったからだ。

「どれ、見繕ってやろう。」

敦紀はそう言うと、隣室の扉を開きそちらへと移動する。
扉の向こうにある刀剣の価値を想像した保馬は、そんなものを貰ってもいいのだろうかと一瞬躊躇したが、別に断る理由もないと思いその後を追った。

敦紀の自室に隣接するように作られた武器保管庫は、その名前の通り武器の保管を第一に考えて作られている。
それも、軍隊が行うような雑な管理方法ではなく、それぞれがガラスで出来たケースの中に入っており、傷がつかないように絹の布の上などに置くなどの手の入り様である。
その様子は確かに保管ともいえるが、どちらかというと展示をしているように保馬の目には映った。
環頭太刀や毛抜形太刀といった皇国古来より伝わる剣から、近代になってから作られ始めた、実用性を重視した軍刀まで皇国独自の刀剣に限っても相当な数がある。
中でも目を惹くのは、鋒両刃造とよばれる、切っ先から半分が両刃になった特殊な形状をした刀であり、これなどは皇都の金座筋に家を一つ作れる価値があるとさえ言われている。
それ以外にも、アスローンや帝国で生まれた刀剣、フリッサやカラベラ、エストックやクレイモアなども保管されており、そのいずれもが名の知れた職人の手によるものらしい。
いずれにせよ、この部屋を一つ作るのに、莫大な金額が消えたのだろうことは想像に難くなかった。


貴重な刀剣の収集と銘打っておきながら、暗器やゲテモノの類は一切置かないのだから、完全に趣味の領域だよな。
そう思い、祖父が死んだらこれらの遺物はどうなるのだろうと想像を巡らせた保馬は、博物館でも作るかと微妙な結論を脳内で下した。
ここ上屋敷にあるのは、益満家の歴代当主が収集したほんの一部であり、残りのものは下屋敷や駒洲の屋敷などに散らばって保管されている。
その全てを集めた場合、総量は一戦出来るほどのものなので、その想像はあながち間違っていない。

「どれでも好きなものを持っていけ。幾つか実用性に欠けるものがあるがな。」

部屋の奥まで歩いていった敦紀は、さっぱりとした口調で保馬へ問いかける。

「惜しくないんですか?俺が使ったら壊れかねませんよ?」

「安物を使わせて、お前が死んだら元も子も無かろう?お前の生命と、ここにある玩具。どちらが重要かなど、考えるまでも無い。」

この場にある刀剣全てを玩具と断じ、敦紀は皮肉げに笑う。
自身の孫と天秤にかけたのならば、大概のものはその程度の価値しかないと。

「なに、気にすることはない。剣の価値というのは、その実用性ではなく歴史的重要性によって決まるものだ。お前が実用性を考えるならば、妙なものは選ばんだろうさ。」

「それもそうですね、間違ってもこんなものは使えませんし。」

保馬は苦笑しながら、奥の壁に立てかけられている、二間を越す大剣を指差す。
それは保馬の体型を軽く超えるほどの幅と高さを持っており、とても人には使えるようなものには見えない。
こんなものを使える人間がいるとしたら、それは隻眼かつ隻腕で、義手に大砲を仕込むような変人だけだろう。

「それで、どんなものが欲しい?」

「……鋭剣を使っていて思ったんですが、意外にあれって重いんですよね。もっと軽い細剣の類はありませんか?」

片手に短銃を持っている時に、そのまま片手で振り回せそうな。
そう付け加え、保馬は片手で剣を振るう動作を行って見せる。
これは彼が前から思っていたことであり、あまり腕力に優れない自身の欠点を補うために考えていたことであった。

「細剣か、切れる方がいいか?」

「刺突だけよりは、その方がましでしょう。」

「ならこれだな。」

敦紀はそういうと、長巻が収められたガラスケースの下にある戸棚から、一振りの細剣を取り出す。
三角形の断面をしており、長さは一間と三尺(皇国の単位がよく分からないので、この場合1,3mと解釈してください)ほどで、それほど重そうには見えない。
非常に細身で、針のように細く尖った切っ先は、当に細剣そのものとも言える。

「一見エペだが、レイピアの系譜も受け継いでいる。片刃だから切ることも可能だし、当然突くことも出来る。そのせいで、鋭剣ほど頑強ではないがな。」

手渡された細剣を、保馬は一二度軽く振って見せる。
見た目ほど軽くはないが、鋭剣ほど重いわけではない。
ただし細剣独特の持ち方を長時間片手で続けた場合、腕に相応の負担が掛かりそうであった。

「少し重くありませんか?もう少し短くてもいいので、軽いものが欲しいのですが。」

「……お前は銃剣の間合いを知っているか?」

保馬の質問に対し、わずかに考え込んだ敦紀は答えずに質問を返す。

「おおまか2間前後ですよね。」

「そうだ。攻撃の主体が刺突であるにも関わらず、重く太いせいで踏み込みにくく、片手で持つことも出来ない。銃剣は汎用性こそ高いものの、白兵戦において優れた武器ではないと言うことだ。」

妙に先を読んだ言動をしたり、敦紀の知識に無いことを語るなど、保馬に可愛げが無いからだろう。
薀蓄を垂れることが出来るのが、嬉しくて仕方が無いと言った様子で、敦紀は長口上を始める。

「一方でその細剣ならば、刀身だけでも1間を超えそれに踏み込みと手の長さを加えて、3間以上の間合いさえ期待できる。もちろんそれだけの間合いがあれば、銃剣だけでなく鋭剣に対しても圧倒的な優位性を得ることが出来るだろう。」

現在皇国で採用されている小銃は、滑空式が1間10尺、施条式が1間40尺ほどであり、敦紀が手にとったのは現在皇国が正式に採用している滑空式のほうである。
これに20尺程度の銃剣を取り付け、1間30尺、先ほど保馬が手渡された細剣と、ほぼ同じ長さだ。
しかし、これは間合いの広さが同じであると言うことを意味してはいない。
片手で持ち、大きく踏み込んでの刺突を主な攻撃とする細剣は、その間合いに腕の長さ、踏み込みの深さが加算されるため、間合いの広さは飛躍的に伸びる。
一方の銃剣は、同じ長さと言えども両手を使わねばまともに扱うことさえ叶わず、その重さゆえに大きく踏み込むと言うわけにもいかない。

「……でも強度に不安がありませんか?長ければ長いほど、曲がりやすいと思うんですが。」

「ふん、どうせ長くは使わんだろう。曲がったなら曲がったで、廃棄すればいい。」

「剛毅なことで。」

皮肉げに、しかし満更でもない表情でぼやいた保馬は、撫で切るような動作を数度繰り返した後細剣を鞘へとしまう。

「あとついでだ、これも持っていけ。」

そう言って、敦紀は皮の鞘に入ったままの短剣を保馬へと放る。
刀身こそ見えないが、外見は30尺ほどの一般的なものであった。

「細剣と併用しろ、役に立つことは保証するさ。」

「そうですか、まあ重荷にはならなそうなので。」

保馬は自身の戦闘を、片手に細剣、片手に短銃をもって行うものだと想定している。
その想定に基づいて考えれば、短剣を使うことはないはずであった。
そこまで考えて、保馬は小さく笑い声を漏らした。
こういう一般的な家庭とは少し違う方法で愛情を示す祖父の姿が、妙に面白く、また可愛く見えたのだ。

「何を笑っているんだ?」

そんな保馬に対し、敦紀がは怪訝そうに問いかける。
なぜ保馬がいきなり笑ったのか、理解できなかったからだ。

「御祖父様が仰るのです、大切に使いますよ。ただ、もしも戦場で役に立たなかったら、別のものと交換してくださいよ?」

「……ああ、取り替えてやるともさ。お前が望むのならば、何度だってな。」

一拍間が空き、示し合わせたように二人はニヤリと笑う。
お互いの言葉の裏にある意思表示を、明確に受け取ってのことであった。

「さて、忙しくなるぞ?」

様々な意味を込めて、敦紀は保馬へと呼びかける。

「まあ、なんとかなりますよ。……いや、何とかします。」

去り際、表情は見せず背中を向けての保馬の言葉に、敦紀は満足そうな表情で微笑んだ。






あとがき
ちょっと無理矢理に第11大隊を絡めました、オリキャラずくめになるよりはましだと思います。
因みに実は私は銃より剣の方が好きです、ただし西洋に限りますが。文化や歴史、偉人、建築様式なんかも、基本的には欧州趣味です(アメリカは入りません)。
さて、本題ですが、18話は8000文字程度、19話は4000文字程度すでに書いています。これらを順調に投稿していけば、恐らく21~23話あたりでアレクサンドロス作戦に突入すると思います。
それで話なんですが、そっちに突入する前にインタールード的なの書いた方がいいですか?こんな話読みたい!みたいな要望とかあります(別に主人公は登場しなくて構いませんし、皇国の話でなくてもいいです)?
あと、アンケートではないので無理に答えていただかなくても結構です。また仰っていただいたからと言ってそのリクエストを採用するとは限りません。
もちろんそういった要望が無いならないで、それもおkです。



[14803] 設定(色々減らしたり、整理したり)
Name: mk2◆1475499c ID:9a5e71af
Date: 2010/06/12 01:32
【距離】
里:1km
間:1m
刻:時間、ただし、1日は26時間、(一年は13ヶ月だっけ)


【軍隊】
基本的にこちらの世界と同一と考えて問題ない様子。
この場では、連隊以上の兵力を目安程度に記載しておきます。

【皇国】
聯隊:1000~3000(なんかもうわからなくなってきたので、広く枠を取りました。)
旅団:6000~で旅団級
軍団:1万前後
鎮台:定数は1万5000。戦時は増強され4万前後。

【帝国】
連隊:1500前後~6000位?輜重部隊の有無で、大幅に変わっているのかも。
旅団:約9000~10000(7巻42p)
師団:4万(第21猟兵師団は、6個連隊と司令部直轄部隊でこの数。帝国の兵站部隊は小規模なんですよね、ってことは半分の2万くらいが後方部隊?)




【質問にお答えしますのコーナー。】

Q1
文章冒頭にある、ウザったい回想なんとかしろよ。
A
すいません。リアルに時間できたら修正します。

Q2
この作品、府要素はあるの?
A
ありません。以後も出ることはありません。
  
Q3
いきなり出てきた、暁っていう剣牙虎はなに?
A
千早は新城の私物ですが、すべての剣牙虎が私物であるはずありません。
こういう言い方はなんですが、官給品的な剣牙虎がほとんどのはずです。
個人的なイメージでは麻薬犬ですね。
ただ、フラグというか、伏線をはってなかったのは失敗でした。
別に重要なキャラにする気はないのですが、もう少し、その存在を匂わせる何かがあっても良かったかも知れません。

Q4
いきなり出てきた神崎中尉っていうのはなに?
A
オリキャラで、原作における、新城ポジションの方です。第6話の時点でお亡くなりになられています。

Q5
皇国世界の時代ってどんなもんよ?
A
個人的には19世紀中頃かと。

Q6
医療に関して詳しく
A
完全に推測になるので断定できないんですが、ナイチンゲールが活躍したクリミア戦争が1854~。で、こういった技術って言うのは、戦争や大災害が起きないと伸びないって相場が決まっているんで(現在のファーストエイドの土台は阪神淡路大震災による。)
平和な皇国のそう言った部分はかなりやばいんじゃないかと。
ただし、この戦争でかなり医療技術は発達すると思います。

Q7
皇国世界の戦術や戦略についてどう考えている?
A
標準的な考えは、ナポレオン戦争のそれに準じていると思います。

Q8
キャラ同士の会話に違和感を感じるんだけど
A
すいません。
皇国キャラ、特に第1話のキャラはほとんど話さずに死んで行くので、こちらも困っているんです。
数少ない情報源としては、漫画第2巻の、笹島中佐が来た時の士官の会話を参考にしております。
その部分ですと、士官の雑談は基本ため口でした(妹尾少尉は除く)。
至らない部分が多いですが、どうかご容赦ください。

Q9
士官への狙撃を最初に行ったというのは無理があるのでは?
A
原作第9巻を読んだ限り、皇国では下士官教育において将校への狙撃を禁止しているようです(9巻166P参照)。また、【これが皇国史上初の狙撃】、という表現ではなく、【皇国で行われた初の組織的狙撃】というように若干表現の幅を広くしてあります。真偽の程はわかりませんが、こちらの裁量の範囲内ではないでしょうか。

Q10
苗川攻防戦において保馬は新城に、十字火線の重要性を話しているが、釈迦に説法ではないか。
A
まず作品において、十字火線という表現が使われていなかったので、皇国には十字火線という概念はあっても言葉は無いのではと思いました。
また漫画版の塹壕の掘り方を見ると、その構築に十字火線の概念が取り入れられているとは思えません。
新城が感嘆しているのは、大協約世界ではいまだ複雑な塹壕の構築が進んでいないため、塹壕戦において十字火線の導入を成し遂げた、という意味での感嘆です。

Q11
黒茶~

A
原作には、豆という描写と葉という描写、二つが存在しているらしいです。
つまりどっちでもいいわけですが、このss内では豆ということで。
……断言しよう、この設定は使われない!



[14803] アンケート結果です。
Name: mk2◆1475499c ID:2f98b6bf
Date: 2010/01/25 22:55
皆様の皇国への愛をひしひしと感じている今日この頃です。
アンケートへのご協力ありがとうございます。

2月13日~本ページ当稿時までに82のご感想を頂きました。
そのうち、問1、問2、共に62票ものご意見をいただいております。
私自身、15票~20票を想定していたので、かなり驚きました。
本当に、本当に感謝です。

それとなのですが、アンケート結果の発表の際、なんでアンケートをしたのか、裏話やボツルートの流れなど色々話そうと思ったのですが、現時点ではネタバレになりかねないため第10話投稿後、こちらに追投稿させていただきます。


【集計方法】
【150番のり巻きさん】~【235番ドラグノフさん】までを集計。
・表現が曖昧な場合は基本無効票。(ただしオリジナルで良い、などと感想中に明言されている場合のみ最も適切な選択肢に票を入れました。)
・複数回答(例:壱か弐、1or2)の場合、それら選択肢にそれぞれ0,5票を入れる。

以上のルールのもとで集計しました。
それでは結果です。

問1
1、5票
2、57票


問2
1、8票
2、20,5票
3、21,5票
4、12票



以上の票数により、問1はミックス比率5:57、問2は駒城軍ルートとさせていただきます。
問2は接戦でした、最初は弐が圧勝の雰囲気を見せていたのですが、結局はこうなりました。
それで残念な事なのですが、配属される部隊だけは、折衷案というものが中々難しく、参以外を選んでいただいた方には申し訳ありませんが、駒城ルートになります。


また、問3において、みなさんから多数の意見を頂戴しました。
だいたいこんな感じです。
集計は適当なので、数が間違っていた場合はすいません。

その他
佐脇ぃぃぃぃぃーーーーー!!!×2
ユーリアとカップリング×4
新城の支援を色々と。×3
両性具有のヒロイン×2
皇女さんだしてよ×4
色々技術革新をさせてあげたい。×6
新城のかっこいいとこ見てみたい×4
バルクホルン見たいよ。×2
猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫ねこねこねこねこねこねこねこネコネコネコネコネコネコネコネコ。×3
原作のカップリングを壊さないで×3
政治やろうゼ×2
やっぱ戦争こそが楽しい×3
1. ふたなり( ゚∀゚)o彡゜ふたなり( ゚∀゚)o彡゜×3
ハーレムこそ至高。
政治とかより、海軍の戦闘見たいぜ。
脱出成功させてよ。
戦闘も政治もやろうよ
動物みたいよ。
周りのキャラの主人公を見た時の反応が知りたい。
主人公よ、戦場で痛い目を見ろ。
成り変りものは好きじゃない、最低でもヒロインの片方は新城とくっつくべき。
西田キュンを助けて
人間らしい主人公を期待
火力こそが最強なり。
野戦築城の話が楽しかった。
ジャンプ的展開希望、新城さんは嫌いです。
クオリティタコスな文章を期待。
保胤を殺せ――――!!!



いかがだったでしょうか、個人的にはカオスとしか思えませんwww。
まあ、なんとなくですが、皆さんの趣向というかは掴めたような気がします。
同じ意見が多いものは、場合によっては採用させていただきたいと思います。

ただ、一つだけはっきりと言わせていただきます。
この文章は皇国の守護者の2次創作であり、【戦争小説】にあたります。
内政も原作の範疇で色々やりますが、メインは【戦争】です。
この2次創作が続くとしたら、【数十話連続で戦争】なんてことも起きるやも知れません。

ご理解ください(第1話の最初に書いておいた方が良かったかな?)。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.092161178588867