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[14762] 魔法少女リリカルなのはR(れぷりか) (鬱注意)
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2011/04/03 20:17
前書き

鬱展開と呼べる部分があります。

この物語は魔法少女リリカルなのはの二次創作です。

ハッピーエンド以外は認めないという人はRetry09で読むのを止めた方が良いかもしれません。

デバイスは《日本語》で話します。

念話は【こんな感じ】です。

原作キャラの性格改変や言葉使いの変化などがありえます。

独自の設定がかなりあります。

オリジナルのキャラが出ます。

そういうのが嫌いな人はスルーしてください。





091213/初投稿

100124/Remake完結 一つの物語の終わり
100131/タイトル変更[(りめいく)→(りとらい)]
100328/Retry完結 ハッピーエンド?
100404/タイトル変更[(りとらい)→(りぐれっと)]
100516/Regret完結 わかっていること
100523/タイトル変更[(りぐれっと)→(りたーん)]
101226/Return完結 知らない、ということ
110109/タイトル変更[(りたーん)→(りべんじ)]
110320/Revenge完結 其処に居場所は無い
110403/タイトル変更[(りべんじ)→(れぷりか)]



[14762] Remake01 なくしたものと、えたもの
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:45
 ここはどこだろう?
 気がついたら、目の前どころか右も左も上も下も全部青色で、自分が立っているのか寝ているのか止まっているのか堕ちているのか、そんな事すらわからない場所にいた。

「だ……」

 誰か居ませんか?
 そう言おうと思ったけれど、見える範囲に誰もいない事を確認したばかりだ。

 どうしたらいいんだろう?
 ううん。
 なんで私はこんな処にいるんだろう?
 こんな、誰もいない、何もない世界に……。

「おや?」
「え?」

 突然、後ろから聞こえた声に驚くと同時に振り向くと、そこにはたぶんお父さんと同じくらいの年齢で、金色の髪の毛の男の人が安楽椅子にゆらゆらと座っていた。

「はじめまして、お嬢さん。」
「は、はじめまして。」

 男の人が笑顔で挨拶をしてきたので、ついお店のお手伝いをしている時の笑顔で返事を返してしまった。
 そうだ、ここは何処で、どうして私はこんな処にいるのかこの人に聞いてみよう。

「あ、あの」
「さて、どうしようか?
 此処に来るお客さん達は、みんな君と同じ年ごろの男の子1人だけだったから、お茶とお菓子は1種類しか用意していないんだ。 ごめんね?」
「え? あの、その」
「僕の好きなお茶とお菓子が、君の好みに合えばいいんだけど。」

 そう言って男の人は安楽椅子から立ち上がり――
 さっきまでなかったはずの小さな家へ入っていった。

「えー、と……」

 私はここで待っていればいいのかな?
 先ほどまで男の人が居た場所を見ると、安楽椅子の横に机と椅子があったので座って待たせてもらうことにした。 あの男の人が何者なのかわからないけど、悪い人ではないと思えてしまったから。

「でも、本当に此処は何処なんだろう?」

 見渡す限り青いだけの世界。
 空と陸の間にあるはずの地平線も見えない世界。
 歩く事も座る事もできたけれど、踏みしめたはずの、そこにあるはずの地面を感じる事ができない。

「夢」

 思わず自分の口から出た言葉で気づく。

「夢だ。
 そうだよね、こんな世界があるはずがないもの。
 そうだよ。
 うん。
 これは夢なんだ。
 暫くしたら目が覚めるはずだよね?」
「夢だと思うなら、それでもいいけどね?
 とりあえず、この世界に来る前の事を詳しく話してくれないかな?」
「きゃっ!」

 また突然後ろから聞こえた男の人の声に驚いてしまった。

「あ、あの! 今のは……」

 しまった。
 これが夢なら、この人も私の夢の登場人物だという事になってしまう。
 よくわからないけど、そう考えるのはこの人に失礼な事かもしれない。

「大丈夫。 君の気持はわかるから。
 突然こんな青いだけの世界に居たら、驚いてしまったり、気が動転してしまったりしても仕方ないよ。」

カチャカチャ

 家から運んできた紅茶セットと、お菓子の乗ったお皿をテキパキと机の上に並べながら私に優しい声で語りかけてくれる。

「でもね、君は思い出すべきだよ。
 こんな世界に君が来てしまった理由はきっと、『望んだ形で叶わない願い』をしてしまったからだと思うから。」
「え?」

 望んだ形で叶わない願い?
 真剣な顔でわけのわからない事を言う男の人に、私もより一層わけがわかなくなってしまった。

「だから……」
「あの?」

 私の両肩に手を置いて、顔をじっと見つめてくる。

 あ この人の目、緑色だ。

 目の前の男の人は凄く真剣なのに、私はそんな事を考えているという事が少しおかしい。

「ゆっくりでいいから、思い出してほしい。
 ……君の左手が、そうなってしまった時の事を。」
「え?」

 私の左手?
 この人は何を言っているんだろう?

 私の左手はきちんとここ に ?

「ぁ」

 右手で、左手を触ろうとして

「ぁぁぁぁ」

 肘から先が

「ああああああああああああああ」

 無くなっている事を思い出した。



────────────────────



――その日は、いつもと何も変わらない日でした。


「なのは、今日は私の家に寄っていかない?」

 学校が終わって変える準備をしている高町なのはに、彼女の友人であるアリサ・バニングスがそう提案した。
 もう1人の友人である月村すずかを入れて3人で一緒に帰る事はこれまでもあったし、それぞれの家に遊びに行く事もあったのだが、今日のアリサの様子はいつもと違った。

「え?」
「ほら、最近山から下りてきた野犬が人を襲っているって先生が言っていたでしょう?」
「うん。」

 なのはは見ていないが、野犬に襲われて亡くなった人もいるとテレビのニュースでも取り上げられていた。

「そのトバッチリで私の家の子達を犬小屋に閉じ込めないといけなくなっちゃってね。」
「そうなの?」
「そうなのよ。
 それで、野犬がうろついている間だけ、家の子達を庭にも出してあげられなくなる事になっちゃったの。
 だから、その前に思いっきり遊ばせてあげたいなって思って。」
「うん。 わかったよ。
 今日はアリサちゃんの家に遊びに行くよ。」
「ありがとう。
 それで、すずかはどうなの?」
「ごめんなさい。
 私も家の子達を家から出られないようにしないといけないの。」
「やっぱりそうなのね。
 相手は野犬で、私の家やすずかの家だけじゃなくて、ペットを飼っている……
 ううん。 お年寄りや小さな子供のいる家も気をつけるようにって話だものね。」

 アリサはそれを知っていたから、なのはとすずかの2人同時にではなく、なのは1人を最初に誘ったのだ。

「ごめんね?」
「いいのよ。 悪いのは野犬なんだから。」


――アリサちゃんの家でワンちゃん達と遊んだ後、
  野犬に襲われるかもしれないからと車で家に送ってもらっている時に……


「なっ なんだっ!!」
「え?」

キキキーーーー

 何かに気づいた運転手が急ブレーキをかける。

ドオン!
グシャ!

 その何かがなのはの乗る車を襲ったのだ。

「きゃっ!」
「うおうっ!」


――車に何かがぶつかってきて、運転手さんはエアバッグに顔を


「グルルルルルル」
「ぁぁぁああああ」


――車のドアは歪んでガラスは割れて、天井もへこんでいて


 赤く光る2つの目と鋭い牙が、歪んだ車のせいで動く事ができなくなっていたなのはを標的に選んだ。

「い、いや!」
「グルルルルルルル」
「こないで!」
「グルルルルルルル」

 目の前の恐怖に、ただ叫ぶことしかできない。

「グァアアアアアア」



死にたくない!!



────────────────────



「ぅぅぅ」
「ごめんね。
 つらい事を思い出させてしまって。」

 男の人は泣いている私を抱きしめながら頭を撫でて慰めようとしてくれているけれど、私の涙も体の震えも全然止まらない。
 家族でもない人――家族にさえこんなみっともない姿になった事はないのに……

「しかし、死にたくない……か。」
「ぅぅぅ」
「確か3人くらいそう願ってしまった子がやって来た事があったけれど、あの子達と同じ方法をこの子に教えても多分無理だろうし……。」
「ぅ……」
「思い返してみると、これまでずっと僕という個人の素質に頼りすぎている構成ばかりを作りすぎていたのかもしれないな。
 これまでと違って、これからはこの子のように僕以外の子がこの空間を訪れるようになるというのなら、もっと誰にでも使えるような構成を練るようにするべきなのかもしれない。」

 私の背中をぽんぽんと軽く叩いて泣きやませようとしながら、男の人はよくわからない事を自分自身に言い聞かせていた。





 1時間か2時間くらい泣いて、泣き疲れて眠ってしまったみたいで、気が付いたら知らない小さな部屋のベッドの上だった。

「ここは……」

 さっきの男の人の家の中だろうか?
 この小さな部屋の四方はドアと小さな窓の分だけスペースが空いていて、壁は全部本がみっしりと入った本棚が置かれていた。
 部屋の中心には一本足の丸いテーブルと椅子が2つあって、机の上には青いガラスでつくったみたいな造花が小さくてかわいい白い花瓶と一緒に飾られていた。

「ふふふ、変な部屋。」

チリン

 私の声に反応したのか、花が鈴のような音を出して小さく一回震えた。

「え?」

チリン

 確か、昔こんなおもちゃが流行っていたと誰かから聞いた事があるような気がする。

「電池式なのかな?」

チリンチリン

ギィィィィ

 扉が音を立てて開いた。
 そして、さっき泣いている私を慰めてくれた男の人が湯気を出している小さなヤカンとカップをお盆に乗せて部屋に入って来た。

「やあ、もう大丈夫そうだね?」
「あ……」

 そうだ、泣いているのを見られちゃったんだ。
 それだけじゃなくて、泣き疲れて眠ってしまった私をこのベッドに運んでくれたのもたぶんこの人なんだ。
 そう思うと、急に恥ずかしくなってしまった。

「あの、その、さっきは」
「気にしないで。 君みたいな子供に、あんなつらい事を無理やり思い出させてしまった僕のほうが悪いんだから。」

 小さなヤカンにはホットミルクが入っていたらしく、それをカップに注ぎながらそう言ってくれた。

 ああ、そうだ。
 聞かなきゃいけない事があるんだった。

「あの」
「なんだい?」
「ここはあの世って事なんでしょうか?
 私はあの大きな犬に食べられちゃって、それで死んじゃったんでしょうか?」

 お父さんとお母さんより先に死んじゃったから石を積んだりしないといけないのかな?

「大丈夫。」
「え?」
「ここはあの世じゃないよ。
 君はまだ生きているし、暫くしたら体に戻れるよ。」
「体に戻れる?」
「そうだよ。
 僕みたいに自分の意思で体ごとこの世界に来ちゃったら無理だろうけど、君は魂とか精神とかいうモノだけが此処に来てしまったんだよ。」

 私、幽霊に――じゃなくて、生霊になっちゃったの?

「それじゃあ、私の体は」
「それも大丈夫。 今調べてみたけど、病院のベッドの上で寝ているよ。
 今までの知識と経験から考えるに、もう暫くしたら君は体に戻れるんじゃないかな?」
「もう暫く?」

 それって、どれくらいなのかな?

「それで、君が体に戻るまでに色々と教えておきたい事があるんだけど……」
「教えておきたい事ですか?」
「うん。
 僕の考えが正しければ、このまま体に戻ってもすぐにまたここに来る事になると思う。」

 え?

「それって、またあの野犬に襲われるって事ですか?」

 またアレに襲われるなんて、そんなのは嫌だ。
 もう2度と、あんな痛くてつらい思いはしたくない。

「残念だけど、それ以上に面倒な物や人に襲われることになるかもしれない。」
「そんな……」

 その言葉に落ち込む私の頭を、男の人は優しく撫でてくれた。

「だから君に色々と教えたい――ううん。 覚えてほしいんだ。
 君が、君自身の力を自由自在に扱う事ができるようになれば、そんな理不尽に負けないようになれるはずだから。」
「私自身の、力?」
「そうだよ。
 君には、とても大きな力がある。」

 私に、大きな力が?

「思い出してごらん?
 死にたくないと願う前に、君は、君を襲ったその犬をやっつけているて事を。」

 私が、あの犬を?

「そうだよ。」



思い出す。



 あの時
 私はへこんだ車から左手だけが出ている状態で
 だから私は左手を噛まれて
 とても痛くて、痛くて、痛くて……

 そうだ
 たしか私の、この胸の奥のほうからからピンク色の光がビカッって出たんだ。

 その光に飛ばされた大きな犬が小さくなって、空に、青い、宝石みたいな石が……

 私は食いちぎられて血が噴き出している左腕とその石を見て、「死にたくない」って思ったんだ。



「あれが、あのピンク色の爆発が、私の力なんですか?」
「そうだよ。
 あの力をきちんと扱う事ができれば、君は自分だけじゃなくて他の人も助ける事ができるようになるよ。
 もっとも、今回は時間がないからそんなにたくさんは教えられないけどね。」



────────────────────



「ぅ……」

 四方が本棚で囲まれた部屋ではなく、大きな窓とクリーム色の壁の部屋に置かれたベッドの上で目が覚めた。

「やっぱり、無いんだ。」

 肘から先を無くしてしまった事に全く驚かなかった事と

「『夜の読書用魔法』」

 淡いピンク色の魔力光が、あの人と出会った事が夢ではないという事を証明していた。

「ジュエルシード……か。」





091213/投稿
100131/誤字脱字修正



[14762] Remake02 かなしいことと、うれしいこと
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:46
 『夜の読書用魔法』を消してから、枕の横にぶら下がっていたナースコールのボタンを押したら、10秒もしない内に3人も看護士さんがやってきた。

「目が覚めたんですね。」
「自分の名前が言えますか?」
「どこか痛いところがあったり、気分が悪かったりしませんか?」

 そんな風に色々と質問されたり体の様子を調べたりされていると、ちょっと太めのお医者さんがやってきて看護士さんたちにテキパキと指示を出した。
 3人の看護士さんが忙しそうに働いているのに、お医者さんはベッドの横の機械を眺めているだけだったので思い切って聞いてみた。

「あの、私はどれくらい寝ていたんでしょうか?」

 あの人とは3日くらい一緒にいたと思うんだけど……

 私の質問にお医者さんは右手を自分の顎に当てて何かを考えるようなしぐさをして、逆にこう聞き返してきた。

「君は目が覚めてすぐにナースコールを押したのかい?」
「はい。 そうですけど?」

 正確にはあの人に教えてもらった魔法が使えるか確認するために5分ほど経過してからだけど、魔法の事は秘密にしておいたほうがいいとも教えられたので、このお医者さんには申し訳ないけど嘘をつかせてもらった。

「ふむ。
『ここがどこか』とか『どうして寝ていたのか』というよりも、『どれくらい寝ていたのか』を聞いてきたという事は……」

 えーと…… 私、何か失敗しちゃった?

「それに『どうして左腕がないのか』とも聞いてこない……」

 どうしよう。
 そう言えばさっきの看護士さんたちも私がその事を聞かない事を不思議がっていた様な気がする。

「君は、『野犬』に襲われた時の事を覚えているのかい?」

 ここは覚えているって言うべきなのかな?
 でも、そうすると車を襲った大きなワンちゃんが小さくなった事とかを聞かれちゃったりするかもしれないし……
 あ、でも、ここで覚えていないって言ったとしても、どうして左手がない事に驚かなかったのかって事を聞かれちゃうかもしれないし……

「う」
「う?」

 答えるのに時間がかかっても怪しまれるんだろうから、ここは適当にぼかしておこう!
 あの人も、もしも魔法の事を疑われたり見られちゃったりした時は信用できる人でない限り本当の事をちょっとだけ話してとぼけておくといいって言っていたし!

「うで……」
「腕?」
「左腕を、ガブリって噛まれちゃった事は覚えています。」

 これだけなら大丈夫だよね?
 嘘は言っていないし、本当の事だし、魔法の「ま」の字も出ていないし……

「ぅぅぅ」

 大丈夫だよね?

「すまない。」
「え?」

 何が?

「怖い事を思い出させてしまったね。
 君を襲ったあの野犬はもういないから……
 だから、そんなに震えなくてもいいんだよ。」

 お医者さんはそう言うと、看護士さんに1つ2つ指示をしてから部屋から出て行った。

 私、うまくごまかせたのかな?

 でもね、お医者さん?
 何となく居づらい空気になっちゃったのはわかるし、部屋から出ていくのも良いんだけど、せめて「何日寝ていたの?」っていう私の質問に答えてからにしてほしかったかな?





 看護士さんたちがいろんな検査をし終えて、「お腹が空いたでしょう?」とお粥を持ってきてくれた。 会話から察するに、今は朝の早い時間らしい。
 あの世界では紅茶とお菓子をごちそうになったけれど、この体の胃袋は満たされてはいなかったらしく、言われた通りにゆっくり食べていると、ドタドタドタと大きな足音と一緒にお母さんとお父さんが「はあはあ」と息を荒くしながら入って来た。

「どうしたの?」

 左手が無いせいで、お粥の入ったお皿がトレイの外に出てしまいそうなるのをどうしたらいいのか、そんなどうでもいいような事をあの人に教えてもらった『マルチタスク』で考えながら2人に聞いた。

「ど、どうしたのって…」

ぺたん

 お母さんはへなへなと床に座ってしまった。

「はあ、はあ…
 3日間も、目を覚まさなかった、はあ、娘の、はあ……」

 お父さんはお母さんみたいに座り込んだりしないで、曲げた膝に手を当てた格好で「はあはあ」と息を切らしている。

「ふふふ、お父さんもお母さんも、そこでそんな風にしていないで、椅子に座ったら?」

 2人が私の事でこんなに慌てているのを見るのは初めてだった。

「それに……。
 こんな朝の早い時間にこんな場所に居てもいいの? いつもならお店の仕込みとかで忙しいはずでしょう? 大丈夫なの? 家族そろって路頭に迷うとか嫌だよ?」

 嬉しさで顔が緩んでしまいそうになるのを何とかするために、ちょっと意地悪な事を言ってしまったけれど、怒ったりしないでね?

「あ、ああ。 店の事なら大丈夫だ。 心配はいらない。」
「そう? ならいいけど。」

 お父さんは床に座ってしまったお母さんに手を差し伸べた。

「ほら、立てるか? そうか、じゃあ椅子まで運ぶから――」

ドタドタドタ

「なのは!」
「なのは!」


 今度はお兄ちゃんとお姉ちゃんが慌てて入って来た。

 はあ

「お兄ちゃん、それとお姉ちゃん……」
「な、なんだ?
 何かしてほしい事があるのか?」
「売店? 売店で何か買ってきて欲しいの?」

 してほしい事があるのかって聞かれれば、一応ある事はあるんだけど……

「はあ。
 お父さんとお母さんもそうだったけど……」
「え?」
「私達も?」
「なんだ?」
「なに?」

「病院では静かに!」





 お母さんにトレイからお皿が出ないようにしてもらいながら、お粥の残りをゆっくり食べる。 自分のペースで食べられるのはいいんだけど、少しだけ「はい、あーん」としてもらえなかったのが残念だと思っちゃった自分が恥ずかしい。

「そっか、あの運転手さんに怪我はなかったんだ。 よかった。」

 あの暴走犬に襲われていなかったのは知っているけど、私の魔力の暴走に巻き込まれて怪我をしていなかったのかが気になっていたので、本当によかった。

「よかったって……」
「お母さん?」
「何がよかったのよ!
 なのはの、あなたの腕が!」
「そうだよ。
 なのはの左腕、もう……」

 お姉ちゃんまで

「ほら、落ち着いて……な?」
「お前も落ち着け。」

 お父さんとお兄ちゃんがお母さんとお姉ちゃんみたいに取り乱さないのは剣術で精神修養ができているからかな?

「そうだよ。 2人とも落ち着いてよ。
 アリサちゃん家の高級車をボコボコにしちゃうようなワンちゃんに襲われて誰も死なずに済んだんだよ?
 すっごく運が良かったんだよ。」

 左腕が無くなったのは残念だけど、人の命と比べたら――って考える事が出来るのは、あの人に色々教えてもらったからもしれないけど。

「なのは……」
「なの、は……」
「なのは、その顔でそんな事を言っても……」
「……」

ぎゅ

 突然、お父さんが私の頭を抱きしめた。
 ちょっと汗臭い。

「お父さん?」
「なのは……」
「なんなの?」
「泣きたい時は、我慢しなくてもいいんだ。」

 ?

 お父さんが邪魔で手で触れないので、まばたきをして確認する。

 うん、泣いてない。
 ドラマとかアニメみたいに、自分の知らない内に涙が出たりしたのかと思ったけれど、そんな事はなかった。

「お父さん、私は泣いてないよ?」

 私のその言葉に、お父さんが離れる。
 その目からは、涙が流れていた。

「そんなに、泣きそうな顔をしているのに……」
「私、そんな顔しているの?」

 みんなが頷く。
 冷静に考え続けるマルチタスクのどこかで、鏡が欲しいなって思った。

「そっか。」

 でも、あの人の胸でたくさん泣いちゃったからなぁ……

「大丈夫だよ。 私は大丈夫。
 左腕が無くなっちゃっても、右腕が残っているからちょっと不便になっただけだし。」

 そう言ったら、みんな泣きだしちゃった。

「私の家族って、こんなに泣き虫だったっけ?」

 冷めてしまったお粥を口に入れて噛みしめる。
 あったかい時と味が変わってしまったけれど、まずくはない。

 良いお米使っているんだな。

 家族4人が泣いている中で、そんなどうでもいい事に気づいてしまった。



────────────────────



「なのはちゃん。」
「すずかちゃん!
 お見舞いに来てくれたんだね。 ありがとう!」

 目が覚めた翌日のお昼頃、すずかちゃんが病室に来てくれた。

「なのはちゃんを襲った野犬がまだこの近辺にいるかもしれないから外に出ないようにって言われたんだけど、どうしても会いたくなっちゃって……」
「え?」
「え?」

 えーと

「私を襲ったワンちゃんがまだこの近くにいる?」
「あ!
 ごめんね、なのはちゃん。 怖い事思い出させちゃったよね?
 でも病院の中ならきっと大丈夫だよ。 あれから4日経つけど、新しい被害者がでていないって朝のニュースでも言っていたから、だから、その……」

 昨日、お父さんたちは泣くだけ泣いて帰ったので、私が病院に運ばれてからどんな事があったのか聞く事ができなかったのが悔やまれる。

「あのね、だから、私は」
「すずかちゃん。」
「な、なぁに?」
「私が寝ている間に何があったのか詳しく教えてちょうだい。」
「う、うん。 いいけど……」


①高級車がボコボコに壊されて、私の左腕が無くなったという事がその日の内に大きなニュースとしてテレビのニュースに流れた。
②現場のすぐそばで気絶した犬が発見されたが、歯形が似てはいるものの大きさが全然違うので事件との関連性はないという事になった。
③野犬の捕獲または処分が終わるまでは近隣の学校は休校。


「学校が休校……」
「うん。」

 事件現場付近で気絶していたワンちゃんが真犯人(真犯犬?)で、ジュエルシードの暴走で凶暴になっていたとはいえ、すでに人間の味を知ってしまったあのワンちゃんはこれから先、人を襲ってしまう可能性があるんじゃないかとか考えてしまったのだけれど、魔法を知らない人に言える事ではないので学校の事で驚いたことにした。

「それじゃあ、少なくとも入院している間だけは勉強の心配をしなくてもいいんだ?」
「なのはちゃん……
 学校がなくても勉強はしたほうがいいよ。
「えへへ」

 そういえば、あのジュエルシードはどうなっているんだろう? 今日の夜、病院を抜けだして回収に行ったほうがいいかな?
 放っておいたら第2第3の被害者が出るかもしれない。

「なのはちゃん?」
「なに?」
「あのね? アリサちゃんの事なんだけど……」

 ?

「そういえば、一緒じゃないんだね?
 私、すずかちゃんとアリサちゃんは一緒にお見舞いに来てくれると思っていたんだけど。」

 どうしたのかな?

「あのね、なのはちゃんはアリサちゃんの家からの帰り道であんな事になっちゃったでしょ?
 その事で、『自分が誘ったりしなければ』って思っているみたいで、ずっと部屋に閉じこもっちゃっているらしいの。」
「え?」

 なんで?

「あのワンちゃんが走っている車を襲うなんて誰も知らなかったんだから、アリサちゃんは何も悪くないのに……」

 今回の事で、もしもアリサちゃんに何か責任があるのだとしたら、野犬に壊されちゃうような車を作った会社やその程度の強度で安全だと定めた機関にも問題があるって事になっちゃうと思うんだけど?
 それに、魔法の事を知らない人たちを責めるのは何か間違っていると思うん――

ぐず

「すずかちゃん?
 なんで突然泣いているの?」

 わけがわからないよ。

「だって、なのはちゃんは、そう言ってくれるって、思っていたけど、もし、アリサちゃんの事、許さないって、思っていたら、どうしようって……」

 それだけ言ってわんわん泣き続けるすずかちゃん。

 これまで知らなかったけれど、どうやら私の周りは泣き虫だらけだったらしい。

「よしよし。
 私は大丈夫だから、アリサちゃんの事もなんとかするから、だから泣かないで、ね?」

 左腕がないのでバランスが取りにくいけど、頑張って泣いて続けるすずかちゃんを抱きしめてからそう言った。

 泣きたいのはこっちだよ。



 よしよしと頭を撫でたりする事約10分、やっとすずかちゃんが泣きやんだ。

「落ち着いた?」
「うん。」
「よかった。」

 泣く子には勝てないってこういう事を言うんだろうな。

「なんだか……」
「なに?」
「なのはちゃん、大人っぽくなった気がする。」

 魔法を使う上で絶対に習得しないといけないマルチタスクという技術は、要するに平行して色々な事を考える事ができるという事なんだそうだけど、慣れない間はその複数の思考に感情が追いつく事ができずに、他人から見て感情が薄いように思われてしまう事があるかもしれないってあの人が言っていたけど……

「そうかな?」
「そうだよ。」
「そうなのかなぁ?」
「絶対そうだよ。」
「くす」
「ふふ」

 ああ――笑ってごまかすのって、結構簡単なんだ。



────────────────────





「看護士さんはさっき様子を見に来たばかりだから、今から1時間くらいなら抜け出してもばれない――はず。」

 あの人に教えてもらった通りにバリアジャケットの魔法を使ってから空に浮く。
 風圧とか飛行中の気圧とかを快適にしてくれたり、飛んでいる鳥にぶつかったりする事故に会ってもお互いの怪我を和らげてくれたり、カメラに映っても映像をぼやけさせたりできるから、空を飛ぶ時は必ずバリアジャケットを纏うように言われたからだ。

「『ジュエルシードサーチ』」

 強い反応が4つに弱い反応が1つ……

「たぶん、この弱い反応が私を襲ったワンちゃんの……
 まずはこれを封印・回収してから、残り4つを近い順で……」

 私は夜の街に飛び出した。





091220/投稿
100131/誤字脱字修正



[14762] Remake03 まっすぐに、ゆがんで
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:49
 なのはは、強い。
 私のせいで左腕を無くしちゃったのに、その事を笑って受け入れているだけではなくて、なのはを家に送る車を運転していた鮫島に怪我がなくてよかったとまで言ってくれた。

 でも、なのはは本当にそれでいいの?

 辛くないの?
 片腕が無いんだよ?
 私が家に誘ったりしなければ、そんな事にはならなかったんだよ?
 なんで泣かないの?
 なんで責めてくれないの?

「なんで……」

 濡れている枕の感触が気持ち悪かった。





 なのはちゃんはすごい。
 左腕がないとちょっと不便って、たったそれだけしか言わなかっただけじゃなくて、泣いて謝るアリサちゃんに「何も悪くないよ」って優しい笑顔と声をかけてあげた。

 でも、本当にそれで終わらせちゃってもいいの?

 碧屋を継ぐって言っていたでしょう?
 右手だけでケーキを作るの?
 本当は何もかも諦めちゃったから、なんて事はないよね?
 なんで笑っていられるの?
 なんで優しいままでいられるの?

「なんで?」

 布団を頭まで被って考え続ける。





「どう思う?」

 家長である士郎が切り出す。

「私たちが忙しかったせいで、1人でいる時間が長かったからかしら?
『大人びた』というか、『達観したような』というか――情けない話だけど、小学校に上がる前から子供らしくない子供だったと思うわ。」

 両手で持った小さなカップの中を覗き込んでいる桃子の言葉に恭也も同意した。

「母さんの言うとおり、確かにあいつは子供らしくないところがあったと思う。
 なんというか――そう、あの事故の前に、こうやって食卓を囲んでいる時とかでも、親の前では『かわいい子供』、俺たち兄妹の前では『甘えたがりの妹』という『役』を演じていているのかもしれないと思った事がある。
 そんなはずはないと思って、認めたくなくて、見て見ぬふりをしてきたけれど……」

「そうだね。
 思い出してみたら、父さんや母さんに抱っこしてもらった事もあまりないだろうし、私たち兄妹と一緒に遊んだりする時でも――ほら、天と地ほどの体力差があるでしょ? だから、鬼ごっことかプロレスの技を掛け合うとかの体が直接触れ合うような――スキンシップっていうの? そういうのがある遊びをあまりした事がないんだよね。
 確か、そういうのが足りないと子供の成長に悪影響を与えてしまうってテレビでやっていたと思う。 見たいドラマがあったからすぐ変えちゃってよく覚えてないけど……」

 高町家プチ家族会議である。
 議題はもちろん末っ子のなのはについてだ。

「片腕を失ってしまったというのに、見舞いに行った俺たちにあんな笑顔を見せる事ができるのが辛いんだ。 俺と違ってそういう覚悟をしていたわけでもないはずなのに……
 家族に心配をかけたくないって気持ちはわからないでもないけれど、なのははまだたったの……ぅぅ。」

 あの日、泣きそうな顔のなのはを泣かせてやる事ができなかったと思ってしまった士郎は、これまで父親として何もできていなかったのではないかと嘆いていた。

「俺は、なのはが辛い現実を受け入れる事ができていないだけなのかもしれないと思った。けど違うんだよな。 なのはは左腕が無いという現実を、どうしようもできない確かな事実としてしっかりと受け入れる事ができてしまっている。」

 恭也はあの歳でそんな事ができてしまうなのはを不憫に思っている。

「子は親の背中を見て――とか、門前の小僧習わぬ――とかさ、そういう事もあるのかもしれないけれど……」

 泣いている士郎の顔をハンカチで拭いてやりながら、桃子は言葉を続ける。

「情けない話だけど、なのはが士郎さん――それにあなた達2人の背中を、そんな覚悟を持てるくらいに見る事ができていた――そもそも見る時間があったとさえ思えないのよ。
 同じ家族の一員なのに、なのはと私達との接点は家に居るこの数時間や、店のお手伝いをしてくれる時くらいしかないんだもの。
 仮に、なのはが私たちの知らない間に家族の誰かの影響を強く受けていたとしても、そのそれは日常生活からの影響であって、命を――『命を失う覚悟』が、できてしまうよう、な、そんな、非日常な影響を受けるなん、て事が、あるとは……ぅぅ」

 震える桃子を士郎が優しく抱きとめる。

「情けないけど、母さんの言うとおりだ。
 俺たちがなのはにそこまでの影響を与えているとは思えない。」

「確かに、なのはは前と変わったと感じているのに、その前の事がよくわからないから今と比べる事もままならないなんてな……」

 恭也は、なのはに対して兄として何もできていなかった事を自重する。

「そうだね。」
「ん?」

 兄と似た考えを美由希は持っていた。

「あの時、私もなのはが泣きそうな顔をしているって思った。 けど……」
「けど、なんだ?」
「あ……」

 恭也は美由希の言葉の続きを促すが、桃子には言いたい事がわかってしまった。

「母さん?」
「?」

 わからないのは男だけ。

「そうね、そうだったね……」
「女2人だけでわかっていないで、教えてくれないか?」
「士郎さん……」

 本当にわかっていない、思い出してもいない2人に、美由希が答える
 父の胸にしがみついている母にソレを言わせるのは酷だと思ったからだ。

「私――ううん、私たちはね? 赤ちゃんだったころはともかく、ここ数年なのはが泣いている顔を

「ぁ!」
「ぁ あああ……」

 見た事が、ないんだよ。」


 家族会議は全員無言で涙を流すことで終わってしまった。



────────────────────



「あの子、あんなところで何をしているんだろう?」

 6個目のジュエルシードの回収はこれまでと比べると別の意味で難易度が高いみたい。

「昨日までに回収したみたいにジュエルシードがただ暴走しているだけなら、とりもちみたいな『バインドシールド』で体当たりを受け止めて、動けなくなったらすぐに『封印魔法・改』で封印っていう方法でできたんだけど……」

 草木も眠る丑三つ時に、階段も梯子もないのに屋根の上に立っている男の子の右手からジュエルシードの反応を感じる事ができる。

「なんで俺こんな所にいるんだよ?」

 あれ?
 私、この子をどこかで見た事がある。
 どこだっけ?

「俺、もしかして夢遊病ってやつなのかな?
 野犬のせいで外に出てサッカーができないストレスが溜っていたからか?」

 そうだ! お父さんのサッカーチームに所属している子だ!!
 でも、野犬のせいで子供は外に出さないように言われているはずなのに、どうやってジュエルシードを手に入れたのかな? 庭にでも落ちていたのかな?

「階段も梯子もないのに、どうやってこんな所に登ったんだ?
 もしかして、俺ってロッククライミングの才能があるのか?
 というか、そもそもここって俺の家の屋根じゃないし……」

 バリアジャケットに認識障害機能があるから、普段から周囲に注意を払うような生活をしている魔法使いくらいにしかみつからないだろうってあの人も言っていたし……

「夢だよ。」
「誰だ!?」
「君は夢を見ているんだよ。」

 よし!
 目の前にいるのに見えていない!

「『一般人気絶魔法』」
「あ!」

 そんな声を出して、がくりと気絶した男の子の体を魔法で浮かべてふと気付く。

「しまった。
 私、この子のお家知らないや。」


 仕方ないから近くの交番に置いてきた。



────────────────────



 ゆさゆさと体をゆらされて目が覚める。

「ぅ ん?」
「おはよう。」
「おはよ――お母さん?」

 どうしたの?

ぎゅ

 突然抱きしめられた。

「んぐ?」
「なのはは、急にいなくなったりしないわよね?」
「ふぐぐ!?」

 胸が、お父さんと違って平らじゃない豊かなお胸が、私の口と鼻をいい感じで塞ぐんです! 塞いでいるんですけど!!

「ふ、ぐぐ!」

 く、苦しい……





「『小学生、交番にテレポート?』」

 お母さんの胸から救出してくれたお父さんが新聞を渡してくれた。

 なんでも、野犬対策のために厳重に戸締りされた家から小学生の男の子がいなくなっていて、慌てた両親が警察に連絡してみたら男の子の家から数km離れた交番で発見されたらしい。
 しかも男の子は裸足だったにも関わらず少ししか汚れていなくて――

「これを読んでお母さんは慌てちゃったの?」
「そうだよ。」
「だって、心配になっちゃったんだもの。」

 私が新聞を読んでいる間に看護士さんに「こんな時間に騒ぎを起こされたら困ります。」と怒られたお母さんが反省の色なくそう言いきった。

「ありがとう、お母さん。」
「なのは?」
「お母さんは私の事心配してくれたんだね……」
「なのは!」

べちん

 私の名前を叫んで抱き付こうとしたお母さんの頭に丸めた新聞紙で軽く叩く。

「気持ちはとっても嬉しいんだけど、こんな朝早い時間に病院でさわいじゃだめでしょ!」
「だって……」
「お父さんも!」
「お、俺もか?」
「まだ野犬が居るかもしれなくて、外出するのは危険なんだから、お母さんの手を握って家から出さないくらいの気持ちで頑張ってよ。」
「ええ!?」

 こんなに唐突に病室に来られたら、ジュエルシードの回収に支障が出るかもしれないじゃないの!

「まったく……」
「ごめんね。」
「すまん。」
「それに、お店はどうしたの?
 町中が外出を控えているって言っても、営業はしているんでしょう?」

 私が目覚めてからもう1週間も経ったというのに、町は未だに人気が無いらしい。
 まあ、あのワンちゃんによってすでに死者が出ていた事や、走っている車を襲って子供(私)の片腕が失われたという事、そしてそれ以降被害は出ていないものの未だに『凶暴な野犬』が射殺どころか発見すらできていない事が原因なのだけど。

 とにかく、人間というのは外に出ようが内に引き篭もっていようがお腹が減っちゃう。 でも、だからといって世の主婦さんが買い物に出たいと思えるような状況ではない。
 だから今、海鳴市ではピザなどのデリバリーはもちろん、野菜の配達などで食糧を得ようとする人がたくさんいるらしい。 配送アルバイトの人がたくさん辞めて需要に対して供給が足りないらしいけど……

「お父さんとお兄ちゃんが2人でケーキの配達をしているって、この前言っていたじゃない? それも、わざわざ警察に木刀所持の許可まで取って。
 看護士さんたちも噂していたよ?
 自分の家に帰るのさえ怖い今の世の中、おいしいお菓子が食べる事ができて嬉しいって。」

 看護士さんたちの世間話からいろんな事が耳に入ってくるし、私の家は自営業なのでそういう事に関しての情報収集は欠かさないようにしている。

「えーと…… 確か、今日は……」
「お昼から作り始めても大丈夫だったと思うけど……」
「だったと思う?」
「えーと……」
「……」

「しっかりしてよ? このまま新しい被害が出なければ、早くてさ来週には学校も再開するかもしれないってニュースでもやっていたんだから。
 そうなったらまた前みたいに通常営業に戻さないといけないんだよ?」
「あ、あはははは。」

 もう……

「ちょっと美由希に電話して聞いてくるよ。」
「お願いしますね。」

 お父さんは電話をかけるために部屋から出て行った。
 私としては、そんな事を電話で確認したりしないで帰ってくれてもいいんだけど。

「それじゃあ、その間にリンゴでも剥きましょうか?」
「朝ごはんの前に?」
「……そういえば、まだそんな時間だったわね。」
「その様子じゃあ、みんな朝ごはんまだなんじゃないの?」
「……ま、あの子たちはもういい歳なんだし、朝ごはんくらい自分で何とかするでしょう。」

 言われてみたら、確かにそれもそうだ。
 それに、事件のせいで学校が休校でずっと家に居るんだから朝食を食べられなくてお腹が鳴っても恥ずかしい思いをすることはないものね。

「じゃあ、今日は久しぶりに一緒の朝ご飯だね?」
「!! そうね。 一緒にご飯を食べるのは久しぶりね。」
「うん。
 できればお母さんが作ったご飯が食べたかったけど……」

 早く退院したいなぁ。
 でも、絶対に『野犬』の事件が解決することはありえないから、警察の人たちやお役所の人たちが「もう野犬は町に居ない」と安全宣言を出してくれるまでは、入院から通院に変わる事は難しいだろうから、仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど……
 実際、通院の必要な患者さんたちは時間を決めて集団行動したり、無理を言って入院したりしている人もいるらしいし。

「それじゃあ、お医者さんにお弁当を作ってきてもいいか聞いてみましょう。」
「え?」
「ほら、なのはは内臓が悪いってわけじゃないでしょ? だから、たぶんお願いしたら許可がでると思うのよ。」

 お弁当か……
 大部屋だったら病院食を食べている他の患者さんに申し訳ないけど、幸いここは個室だから他の患者さんに羨ましがられる事もないだろうし……

「お母さん、楽しみにしているね!」
「ええ! すごくおいしいのを作るからね!」

ぎゅ

 今度は優しく抱きしめてくれた。

 なんでだろう?
 お父さんもお母さんも、以前はこんなに抱きしめてくれなかったと思うんだけど?

 私が左腕を無くしちゃったからかな?
 だから、私に優しいのかな?

 だったら、私はあのワンちゃんに感謝しよう。 無くなった左腕に感謝しよう。

 あの人から魔法を、お父さんとお母さんからは愛情を得る事ができたから。



 それにしても、お弁当を作ってねってお願いをしただけなのに、こんなに涙を流しちゃうくらい喜ぶなんて……
 お母さんってば、本当に料理が好きなんだね?



────────────────────





 今日も病室を飛び出してジュエルシードを探す。

「『ジュエルシードサーチ』で反応が無いって事は、今日は1つも発動していないという事なんだよね? じゃあ、難しいし範囲が狭いけど『封印魔法サーチ』を使ってみよう。」

 精神を集中して、魔法の構成を丁寧に練る。

 それにしても、魔法ってこんな名前ばかりなのかな? 『バインドシールド』も『ジュエルシードサーチ』も名前と効果がそのままだ。
 変で難しい名前だと覚えにくかったり下を噛んだりしてしまうかもしれないので、そういう意味では良かったのかもしれないけど、それでももう少し凝った名前でもいいんじゃないかなと思う。 そう、なんというかロマンが無い。

「1つ発見!」

 あの人の様に一度に30冊以上の本を検索したり読んだりはできないけれど、練習を始めて10日ほどで2つ~4つの事を同時に考える事ができるようになったのは凄いと思う。

「効果範囲が狭いと言っても、この反応のジュエルシードを回収できたら7つめだから、後4つであの人に頼まれた最低目標の12。
 海には4~8個くらい落ちている可能性があるとあの人は言っていたし、そもそもこのまま入院が続くと海に落ちているのを回収するのは難しいかもしれないけど…… でも、地上に落ちている分を全部回収するのは可能かも……」

 これまでのような高層ビルくらいの高さからの広範囲捜索という手法で発見する事はもうないだろう。
 これからは今までよりも低い場所で狭い範囲を少しずつ捜索していかなければならない。
 深夜という事と『野犬』への恐怖から誰もいない町は、電柱や電線を照らす街灯もあまりないので低空飛行には向いていないが、それを考慮してもこの広いようで狭い町を探索し尽くすのに2ヶ月もかからないだろう。

「さあ! 今日も頑張るの!」





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[14762] Remake04 きづくこと、わかること
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:50
「アルフ?」
「また駄目だよ。
 思うんだけどさ、この世界にジュエルシードなんて物が本当にあるのかい?」

 高校生くらいの女性と小学生くらいの少女というよくわからない2人組が、海鳴市で一番高い建物の屋上というこれまたよくわからない場所に立っていた。

「でもほら、走行中の車を破壊する野生動物なんてこの国に――ううん、この世界にいるわけがないんだよ。 それこそ、何かのきっかけでリンカーコアが刺激されて魔力に目覚めたりしない限りはね?」

 そう言った少女の手には、図書館で数日分の新聞を自分でコピーして作った一冊のスクラップブックがあった。
 危険な『野犬』が徘徊しているかもしれないのに子供1人で図書館に来た彼女を目撃した親切な司書に注意されたりする中で作り上げた力作である。
 そのスクラップブックには、今2人の話題となっている『殺人』を犯し『車を破壊』した『野犬』の記事だけがまとめられているのだ。

 ちなみに、この2人とはまったく関係ないが、娘の左腕の敵を討とうとしている某喫茶店の店主とその息子も同じ様なスクラップブックを作成したりしていたりする。

「きっと、ジュエルシードの影響でこうなっちゃったんだよ。」

 少女の声は、こうなったに決まっているのだと自分に言い聞かせているかのようだった。

「だから、こうやってこの国の人種と同じ黒髪黒目に変装して町を捜索したり、こういう高い建物の屋上を借りてみたり――」
「それはわかっているよ。
 でもさ――こういっちゃなんだけどね? 逆にいえば、今この町ではそいつ1匹しか暴れていないって事になるわけだろ?
 あの女はさ、私たちにこの世界にジュエルシードは全部で21個あるって言っていたのに、その内の1個しか暴走していないっておかしくないかい?
 それもさ、女の子を襲った後は新しい目撃情報も車や建築物への被害も出ていないんだ。
 むしろ、その野生動物はジュエルシードとは関係ない処でリンカーコアが活性化して、暴れるだけ暴れたものの、結局その暴走してしまった魔力に肉体が耐えられなくなっちゃってどっかの山奥で死んじゃっているって考えるほうが――」

「でも!   母さんが、言ったんだ……」

 高校生くらいの女性――アルフの言っている事のほうが自分の母が言った事よりも説得力がある事はわかっている。 しかし、少女にとって母は絶対的な存在なのだ。

「フェイト……
 わかったよ。 もう少し探してみる。」

 少女――フェイトの叫びを悲しく受け止めて、アルフはより広い範囲を捜索するための魔法の構成を練り上げていく。
 彼女にとって、フェイトの言う事は絶対なのだ。
 結果として間接的にフェイトの母の命令を聞かなければはならない事が悔しいけれど。

 悔しくて、悲しくて、泣きたくても、フェイトの言う事は絶対だと、誓ったのだ。

「ごめんね、アルフ。 でも、お願い。
 ジュエルシードは絶対にこの世界にあるはずだから。」

 そんな顔をしているアルフに、フェイトはできるだけ優しい声をかける。

 母の言う事に間違いはない。 ならば、間違っているのはアルフのほうだ。
 自分にそう言い聞かせる事に限界を感じてきていても、それでも……

 無理をして優しい声をかける事ができても、優しい顔を見せられない事が辛かった。

 だが、フェイトにとって悲しい事に、彼女の声はかすれていた上に震えていた。
 無理をしている事が丸わかりだった。

 それでもアルフには救いだった。
 そのかすれた声が、震えた声が、アルフには救いだった。

 無理をしているとわかる事こそが――


 強い風が2人を襲い、熱を奪った。
 震える体を寄せ合う事も出来ずに、2人は立っていた。



────────────────────



 病院の一室で、なのはは自分以外の魔力を感じた。

「これは、『サーチ系』?」

 あの人は言っていた。
 ジュエルシードを悪用しようとしている者がいるかもしれないと。
 時空管理局という警察の様な組織もあるが、信じてはいけないとも言っていた。
 そのトップが悪党と組んでいて、研究の為だと称して幾つもの研究所を経由したうえで表向きは行方不明という事にしてしまい、裏で悪党に横流ししてしまうと。

「悪党にも時空管理局にも見つからないようにジュエルシードを回収してしまうのが一番良いだろうって、あの人は言っていた。
 この世界が管理局の管理内世界になる頃にはトップも変わるだろうからって……」

 悲しそうな顔で「トップが変わっても、方針がより悪くなるか・良くなるか・それまでと変わらないかの3種類なんだけど、100%悪い事に使うとわかっている相手に渡すよりは、33%の確率で良いほうに使ってくれるほうに渡したほうがいいだろう?」とも言っていたけれど。

「これからは、今までよりも慎重に行動しなきゃいけないんだ……」

 手元にあるジュエルシードは12個。
 海に落ちている物を回収する術が無い以上、地上にあるジュエルシードは確実に回収しなくちゃいけない。

「大丈夫。
 私は大丈夫。
 あの人が教えてくれた魔法は、決して戦いに向いた物ではないけれど……」

 見つからないようにする事はできる。
 万が一見つかってしまっても逃げる事はできる。
 そして、戦いを挑んでくる相手を絶対に傷つけない事が出来る。

「地上にあるジュエルシードを全部見つける。
 誰にも気づかれないようにして、全部見つける。
 この街に住む人は、私が守る。
 お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、絶対に守って見せる。」

 窓から見える海鳴の街に、誰にも言えない誓いを立てた。

コンコン ガチャ

「なのは!」
「来たぞ。」
「お母さん、お父さん。」

 あの日以来、2人は私の分だけでなく自分たちの分のお弁当も持ってお見舞いに来てくれる。 思いつきで言っただけなのに、お母さんはお医者さんの許可を取っていたのだ。
 入院している娘を心配して毎日お見舞いに来ているという事はわかるんだけど、私としてはお店が大丈夫なのかという事のほうが心配になってしまう。
 ここはきちんと注意しておかないといけないよね?

「毎日お見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけど大丈夫なの?」
「心配しなくても大丈夫よ。 今は配達の仕事しかないもの。」
「ああ、問題ない。」

 まったく……

「今は配達の仕事しかないっていう事のどこが問題ないのよ?
 来週から学校が再開されるってテレビでやっていたよ? そろそろ通常営業していた頃の感覚を取り戻しておかないと後々大変な事になっちゃうでしょう?」

 万年バカップルなのは素晴らしい事だと思うけど、もう少し大人としてしっかりしているところを見せてほしいと娘が願うのは贅沢なのかな?

「それよりも、今日のお弁当はすごいわよ!」

 じゃじゃーんと言いながら持ってきたバスケットを開けるお母さん。 まさか、病院でピクニック気分を味わえという事だろうか?

「あのね、お母さん?」
「なあに?」

 ニコニコ笑顔でバスケットの中身を広げているのを邪魔してしまうのは申し訳ないんだけど、これは言っておかなくてはならない事。

「お弁当を持ってきてくれるのは嬉しいんだけど、病院には食事制限とかで食べたい物を食べる事が出来ない人がたくさんいるんだから、今度からはもう少し地味で中身が推測できないような入れ物を使ってね?

「ああ、それなら大丈夫よ。」

 ?

「ここはね、食事制限とか長期入院している患者さんが入院している建物とは離れているのよ。 だからお医者様も許可をくれたの。 現に、私たちと同じようにお弁当を持ってきている人たちも結構いるのよ。
 たぶん、なのははこの病室からあまり出られないから気づけなかったのね。」

 そうだったのか。

「なら、いいんだけど。」





「そろそろ、時間じゃないの?」

 壁に掛けてある時計の針が1時30分を示している。

「む? もうこんな時間か。」
「それじゃあ…… 明日も来るからね。」
「うん。」

 バスケットに荷物を片付けるのを手伝っている時に、昨日の夕方左腕の様子を見に来たお医者さんと看護士さんが言っていた事を思い出した。

「そうだ。」
「え?」
「ん?」
「もし平気なら、病院の中庭とかを散歩したほうがいいって言われていたの。 トイレの時だけしか歩かないっていうのも体に悪いからって…… そう思う?」

 怪我をしているのは左腕だけだし、輸血や食事で血液の量も増えているんだから、歩く事なんて何の問題もないのに、わざわざ「もしも平気なら」って前置きしなくてもいいのにって、そう思ったんだ。 だって、リハビリは必要だものね。
 それに、毎晩ジュエルシードを探すために外出しても気分が悪くなった事がないんだから、動いても全然問題ないって事はわかっている。 歩く事なんて、今の私には簡単だ。

「そうなの?」
「たぶん、リハビリの一環だと思うんだけどね。」
「やったじゃないか。」

 え?

「リハビリが始まったって事は、退院が近いって事じゃないか?」
「でも、リハビリなら看護士さんと一緒の時がいいんじゃないかしら?」

 ああ、そういう考え方もできるんだ。

「士郎さん。」
「そうだな。 ちょっと2人に電話をしてこよう。」

 2人に電話?
 お兄ちゃんとお姉ちゃんかな?

 でもなんで?

「えっと?」

 お父さんもお母さんも、アイコンタクトで理解しあえるのはとっても素敵な事だと思うんだけどね? 私をおいてけぼりにするのは正直どうかと思うんだ。


 お父さんとお母さんが帰って暫くしたらお兄ちゃんとお姉ちゃんがやってきた。





「ごめんね? わざわざこんな事の為に――」
「気にしなくていいよ。」
「そうだぞ。 俺たちもなのはの為に何かしたいと思っていたんだ。
 でも、母さんの様においしいお弁当を作ったりとかはできないから――何かできないかってずっと思っていたんだ。」
「そうそう。
 こうやって一緒に歩く事がなのはの為になるんなら、いくらでもつき合うよ。」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも――ありがとう。」

 2人とも私のリハビリ(?)の散歩につき合ってくれている。

「とりあえずはあのベンチを目標にしてみよう。」
「うん!」
「あまりはしゃぐなよ?」

 お兄ちゃんとお姉ちゃんの2人は、運動音痴の私なんかじゃ絶対に追いつけないすごい速さでランニングをいつもしているから、こうやって兄妹3人仲良しさんで散歩をするなんて事は初めてかもしれない。

「医者がわざわざ『平気なら』って前置きしたって事は、それだけの何かがある可能性もあるんだからな? ……病室とトイレを往復するくらいしか使っていなかった筋肉には、この程度の散歩でも想像以上の負担になるっていう事かもしれないけどな。」
「あ、そっか。」

 それにしても、2人とも演技が下手だね?

 私はわかってるよ?
 ううん――正確には、お兄ちゃんの優しさのおかげでわかっちゃったんだけどね?

 お医者さんが言った『平気なら』は――左腕が無いのを人に見られても『平気なら』って事なんでしょう?
 だからお兄ちゃんは大きさが合わないってわかっているジャンパーを持ってきて、私の肩にかけたんだよね? 袖を通さないように、そっと……

 だからいいよ、騙されてあげる。
 私も、2人が悲しむ顔は見たくないから。





キキッ ガシャン!!!
「ぎゃん!」

 中庭に着いた時、車椅子に乗った女の子がベンチに突っ込んだ。

「あ!?」
「おい! 大丈夫か!?」
「ちょっと、怪我とかしてない?」

 私たち3人はその子を助けに走った。

「あたた。 ベンチに顔面ぶつけるなんて初めてや。」
「大丈夫なの? 結構良い音がしたよ?」
「とりあえず、怪我の手当てを――ってここは病院だったな。 ちょっと看護士を探してくるから、そこで待っていてくれ。」

 お兄ちゃんとお姉ちゃんがテキパキと動いてくれるので私はやる事がな――ん?

「本?」

 ベンチの足元に一冊の本が落ちている。

「まさか、本を読んでいて前を見ていなかった――なんて事は流石にないよね?」
「恥ずかしい事に、そのまさかや。」

 うつむいていてもわかっちゃうくらいに顔を赤くしながらそう言った女の子は、その言葉使いもとってもチャーミングだった。

「はい。 今度からは気をつけてね?」
「ほんまにな……」



 その日、友達になった女の子は八神はやてという名前だった。



────────────────────



「海?
 泳ぐにはちょっと寒いと思うけど?」
「ちがうよ。」

 自分の言葉で混乱した様子のアルフに、フェイトはもう一度――今度はさっきよりも丁寧に説明することにした。

「ジュエルシードを探し始めてもう何日も経つのに、1つも見つからないでしょう?」
「うん。」
「それに、ジュエルシードの影響で凶暴化した動物の新しい情報もまったくない。
 そのせいで来週からこの街はたくさんの人で溢れる事になって、これまでみたいに魔法を使った捜索も難しくなる。」
「そうだね?」

 テレビのニュースでは来週から学校が再開されると報道していた。

「人が増える前に、大規模な捜索をしたほうがいいんじゃないかなって考えたんだ。」
「うーん……」

 主人の言っている事はわからないでもない。
 難しくなると言っても、街の中なら結界を使えばある程度自由に行動はできる。
 でも、海はどうか?
 初春で少しずつ暖かくなっているとはいえ、海で遊べるほどではない。 だから外出を控えるようにという通達が消えたからといって、大勢の人が大挙して押し寄せるという事はないだろうが……

「それに、地上をこれだけ探しても見つからないって事は……」

 ジュエルシードは海にあるとフェイトは考えていた。

「確かに、街に人がいない今なら結界の質を落として、その分をジュエルシードの捜索に当てる事ができるけど……」
「でしょう?」

 アルフの言葉を同意と取ったフェイトは早速準備を始めようとした。 が

「でも、たぶん無理だよ?」
「え?」
「うん。 どう考えても無理だよ。 絶対に無理。」
「なんで?」

 さっき同意してくれたのに…… フェイトの笑顔が消える。

「何が、無理だっていうの?」
「だって、どう考えても無理なんだよ。」
「何が無理なのさ!」

 母さんが待っているんだ、少しくらいの無理なんて問題ないと憤る。

「フェイト……」
「アルフ……」

 両者、睨み合う。

「フェイト、今から私が言う事をよく聞いて、考えてほしいんだ。」
「なに?」
「フェイトの考えは、ジュエルシードのほとんどが海に落ちているって事なんだよね?」
「そうだよ。」

 アルフは深く息を吸い

「という事は、さ……
 捜索魔法に反応して暴走するジュエルシードの数も多いって事だよね?

……

「そーいうことに――なるかも、ね?」

 アルフの意見を認めざるを得ない。

「なるかもね? じゃなくて、そういう事になるんだよ。」
「あうう……」

 良い考えだと思ったのにと、フェイトは深く反省した。

「まあ、遅かれ早かれ海の捜索はしないといけないから、人が増える前に――って考えはわかるんだけどさ? もう少し作戦を練ったほうがいいんじゃないかな?」
「そうだね……」

 もしも第三者がこの場に居て、いつの間にか部屋の片隅で座り込んでいた主人の肩をぽんと叩いて慰めるアルフの姿を見る事ができたなら、彼女の溢れ出る優しさを感じる事ができて、その瞳から感動の涙を流しただろう。

「アルフ……」
「フェイト……」

 2人は、この世界に来て初めての抱擁を交わした。





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[14762] Remake05 しりえること、しりえないこと
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:52
「高町なのはさんのご両親でしょうか?」
「ええ、そうですが?」

 娘とのランチタイムが終わった帰り道、明日はどんなお弁当を持ってきてあげようか考えていた処に、白衣の女性――おそらくはこの病院の医師の1人が声をかけてきた。

「私は、先日お2人のお子さんと仲良くなった八神はやてさんの主治医をしている石田幸恵です。 お話しておきたい事があるのですが、お時間はありますか?」

「士郎さん。」
「桃子?」
「注文された品は午前中に作り終わっているから、その配達が終わった後で迎えに来てくれません?」

 もしもなのはの容体に何か問題があるという話だったら、傍にいて欲しいけれど……

「わかった。 できるだけ早く終わらせてくる。」

 愛する妻の気持ちを察した士郎はそう返事をして1人で店に向かった。

「それで、お話はどちらで?」

 医者が患者に関する話を、まさか他の患者も通るようなこんな場所でするはずがないとわかっている桃子は、不安で潰れそうになる心に喝を入れながら尋ねる。

「では、ついてきてください。」

 歩いたのはほんの少しの距離だったが、不安でいっぱいの心を抱えた桃子には……





「カウンセリング?」

 配達を急いで終わらせてきた士郎――とその息子と娘は、聞いた言葉をそのまま返した。

「ええ。」
「事故で大怪我をしたりした子供――大人の方もですが、そういう経験をした方はカウンセリングを受けたほうがいいという事は、なんとなくでもおわかりになるでしょう?」
「ええ。」

 3人の反応を見て石田医師が言葉を続ける。

「通常、当院ではカウンセリング専門の医師が“それとなく”患者さんと会ってから、ご家族の方と話し合ってどうするか決めてからとなるのですが……」

 なのはの状態は異常だと、言外に告げていた。

「早いうちに受けたほうがいいと思います。」

 おそらく桃子にはすでに話し終えており、自分の判断待ちなのだろう。

「桃子。」
「ええ。」

 元々、左腕を失くしてしまったにも関わらずなのはの精神状態の異常性についてはカウンセリングが必要ではないかという事で桃子との意見は一致していたのだ。

「専門医の紹介をお願いします。」
「はい。」



────────────────────



「へえ、今は石田先生のところにお世話になってるんだ。」
「そうなんよ。
『野犬』のせいでこれまでみたいに1人で通院するわけにもいかんからな。 石田先生にはほんまに頭があがらへんようになった。」

 走っている車にさえも襲いかかる『野犬』の影響は、この車椅子の少女にも及んでいた。

「本当なら私も通院に切り替わっていてもいいんだけど、同じ理由で入院のままなんだ。」

 父や兄と一緒なら通院できるんじゃないかと思うのだが、他の患者さんたちとの兼ね合いからそういうわけにはいかないというのがもどかしい。
 頻繁に見舞いに来る自分の家族のほうがおかしいのだとわかってはいるのだが……

「まあ、それも来週までやけどな。」
「そうだね。 来週には学校も再開されるし、通院から入院に変わってた人たちも家に帰って良い事になったんだものね。」

 せっかく仲良くなったのに、毎日会えなくなるのが悲しい。

「それで、なんというか、その……」
「なに?」

 はやてはポケットから石田から借りたデジカメを取り出す。

「よかったら――よかったらやけど、一緒に写真を撮らん?
 私は家でニート状態やけど、なのはちゃんは学校とかあってなかなか会えへんようになるやろ? やから……その……」

 一度はなのはの目の前に勢いよく出したデジカメが、声と一緒に徐々に下がっていく。
 なのはは、はやての真っ赤になった顔を見てかわいいと思った。

「いいよ! 一緒に撮ろう。」
「ええの!?」

 はやては、聞きたかったなのはの言葉に喜びを隠せない――隠さない。

「でも、勘違いしちゃだめだよ?
 一緒に写真を撮った後も、ずっとずっと一緒に遊ぶんだからね?」
「なのはちゃん!」

 なのはのてんねんじごろこうげき!
 こうかはばつぐんだ!

「もう……
 写真を撮るのに、そんなに泣き顔でいいの?」
「あかん。
 こんな顔残したら恥ずかしい――もうちょい待って。」





「2人が仲良くなれてよかったわ。」
「ええ、本当に。」

 中庭のベンチではしゃぐ子供たちの様子を少し離れた所から見守っていた桃子と幸恵の2人もいつの間にか仲良くなっていた。

「あの事件のせいで友達と遊ぶ事どころか、会う事すらも難しくなってしまったから……」
「そうですね。 事情が事情とはいえ、あの年頃の子供を家に閉じ込めるのは――辛いですからね。 ああやって友達と一緒に遊ぶことで、慣れない病院暮らしのストレスが発散されてくれていればいいんですけど。」

 そもそも石田は、はやてから新しく友達になったというなのはの状態を聞いて、そのありえない精神状態に気づいたのだ。 通院をしていて病院に慣れているはやてでさえ普段とは違う生活にストレスが溜っているのというのに、健康に育った女の子が凶暴な『野犬』に襲われた恐怖を味わった上に、その左腕まで失ったというのに……

「あらあら、はやてちゃんたらあんなに顔を赤くして……」
「写真を撮るのにあんな顔になるなんて、なのはは一体何て言ったのかしら?」

 中庭のベンチで繰り広げられる子供たちの微笑ましい光景に、思わず頬がゆるむ。

「ああしていると、普通の女の子なんですけどね。」
「ええ……」

 先日行われたカウンセリングの結果が、やはり異常だったのだ。

「まるで、すでにカウンセリングを受けた後の様な印象――でしたか。」
「ええ…… まだ一度目ですし、これから何度もカウンセリングをしていかないと断言はできないそうですけどね。」

 あの事件から2週間ほどしかたっていないし、その間になのはと接触したのは家族を除けば今一緒に遊んでいる八神はやてと、手術をした医者と数名の看護士くらいなのだ。

「まさか、自分で自分をカウンセリングできるわけもないし、不思議ですね。」



────────────────────



「もう、時間が無い。」

 あの女に報告をする期日が迫ってきたからか、フェイトは焦っている。

「1個も回収できていないなんて言ったら――あの女、私たちを殺すかもしれないね。」

 もしそうなったら、どんな手段を使ってでもフェイトを逃がさないと……

「アルフ、母さんはそんな事はしないよ。」

 まったくアルフは心配性なんだからと言葉は続いたけれど……
 フェイトは自分で自分の事を何も分かっていなし、気づいてもいないんだね?

「声と手が、震えているんだよ……」
「え?」
「ううん――それよりも、どうする?」

 今重要なのは、どうやってジュエルシードを見つけるかって事だ。

「海しか、ないと思う。」
「フェイト!?」

 ジュエルシードは世界を滅ぼせるだけのエネルギーの塊だ。 そんな物を意図的に暴走させて無事でいられるとは思えない。

「でも……もう、やるしかない。」

 隠れ家の窓から海を見て、フェイトは断言した。 してしまった。

「わかったよ……
 どうせ、このままじゃどうしようもないもんね?
 ここに住んでいる人たちには悪いけど、海水のシャワーで濡れてもらおう。」
「アルフ……」



 それが、昨日の夜の事だった。





 フェイトはジュエルシード21個全てが暴走したら大変だと言って、10個程度が暴走するように慎重に魔力を海中に注ぐ事にした。
 あの女の情報が確かなら、フェイトの魔力を注いで暴走させた後で封印・回収するという方法は4個程度が限界だというのに……

「結界を展開したよ。」

 まず私が結界を張る。
 『野犬』の事件のおかげで目撃者が出る事もないだろうし、そもそもこの世界には魔力を持っている人がほとんどいないのでその部分の構成を削り、その分範囲を拡げている。

「ありがとうアルフ。
 いくよ、バルディッシュ!」
≪はい。≫

 私たちは限界の倍以上の数を暴走・封印・回収しなければならない。

「はあああああああ!!」

 フェイトがバルディッシュを海に向けて魔力を注ぎ込む。

「フェイト」
「あああああああ!!」
「ジュエルシードの暴走でこの海――世界がどうなったとしても、私はフェイトのそばに居て、フェイトの事をずっと守るからね?」
「ああああああああ!!」

 注ぎ込まれた魔力で海が荒れ、海が渦巻き、空に向かって太い水の柱が伸びる。

「まずは、1つ。」





「たったこれだけ?」
「そんな……」

 暴走して水柱を形成しているジュエルシードはたったの6本だった。

「少なすぎる……」

 範囲を絞ったとはいえ、この数はないだろう?
 これじゃあまるで、もともと海に落ちていたジュエルシードがこれだk

「こんなはずない!
 私は確かに、10個は暴走する魔力「フェイト!!」をっ!?」

ビュウッ ドン!

 白くぼやけた、おそらく人型の何かがものすごい速さでフェイトに突撃した。

「フェイトオオオオオ!!」

 魔力を使いすぎてヘトヘトだったために、防御が間に合わなかったフェイトはその直撃を防ぐ事も回避する事もできなかったためにぶっ飛ばされた。

「よくも、よくもフェイトを!」

 フェイトに体当たり攻撃をした何かに向かって、これまでに出した事のない速度で接近・魔力を込めた拳をそのぼやけた物体の中心に繰り出したが

「なっ!?」

 桃色のラウンドシールドに防がれた――だけではなかった。

「ただのシールドじゃない!?
 まるでバインド!?」

ドオオン

 拳にくっついて離れないラウンドシールドのような何かに込められた魔力が爆発!

「そんな!」

 何も考えずに突っ込んだせいで受けた、その馬鹿みたいに大きな魔力ダメージが私の意識を刈り取った。







 誰かが私の名前を呼んでいる。

 この声は、きっと私の一番大事な人の声だ。

「ぅ……」

 なんだろう?
 体中が痺れるように痛い。

「ぅぅ……」

 いや、痛みの原因はそれだけではない。
 砂のジャリジャリした感じが布を纏っていない手足に地味な気持ち悪さを与えている。

「アルフ……」
「フェイト?」

 目を開けるとフェイトの泣き顔が見えた。

「私は――あ!」

 起きたばかりでぼんやりとしていた頭が動き出す。

「私は、あの白い人影に……」

 負けたんだね?

「アルフ……
 きっと、どんなに頑張って捜索しても1個もジュエルシードが見つからなかったのは、私たちよりも先にあの白い人影が回収していたからだと思う。」

 そうなんだろうね。

「でも、どうして私は無事なんだい?
 あんなに荒れ狂っていた海に落ちたというのに、少しも濡れていないし?」
「アルフは海に落ちていないよ。」
「え?」
「多分、気を失った瞬間にバインドを使われたんだと思う。」
「バインド?」
「うん。
 私は――魔力の使いすぎのせいもあったんだろうけど、あの体当たりで気絶しちゃったみたいで、意識が戻った時にはもう結界も暴走したジュエルシードも無くて……
 慌てて元の場所に戻ったら、アルフはバインドで空中に拘束されていたんだ。
 たぶん、あの白い人影が海に落ちないようにしてくれたんだと思う。」
「ふ、ふふふふ」
「アルフ?」
「あっはっはっはっは」
「どうしたの!?」

 どうしたのって、フェイトこそどうしたんだい?

「だってさ、ふふ、街に落ちていたジュエルシードを先回りで回収されて、くっふふ、せ、せっかく暴走させたジュエルシードも横取りされて、そ、そのうえ、はは、命まで助けられたんだよ?
 ふふ、こ、ここまでされたら、もう、わ、笑うくらいしかできないよ。 くく。」
「アルフ……」

 きっと、私たちはジュエルシードを手に入れる事はできない。 なぜなら、私たちにはあの人影の正体を知るすべすらないんだから。



────────────────────



「ジュエルシードが一度に6個も回収できちゃった。」

 まだ日も沈まないというのにジュエルシードが暴走しているのを感じた時は凄く驚いてしまったし、海に行って魔導師が暴走させたのだと知った時はもっと驚いたけど……

「諦めていた海中のジュエルシードがこうやって手に入ったんだから、あの2人には感謝しないとね?」

 昨日までに回収できた分と合わせて19個だから、残りのジュエルシードは2個だ。

「街で調べ終えていない場所も後5か所くらいしかないし、この調子なら学校が再開して退院する事になるまでに21個全部を集め終わるかもしれない。」

 ジュエルシードを全部集めれば、あのワンちゃんのように凶暴になる動物もいなくなるから、安心して学校に行く事ができるようになるし、はやてちゃんの家に遊びに行く事もできるようになるよね。

「ふふっ 今から楽しみだな。」



「あれ? なのはちゃん、何処のトイレに行ってたんや?」
「え?」
「なんか、海みたいな匂いがするで?」

 はやてちゃん……

「そう? 私にはわからないけど?」
「そうなん? でも、なんかそういう匂いがするんやけど……」
「もしかしたら、芳香剤の匂いかもね?」
「芳香剤? こんな匂いの芳香剤使ってたかなぁ?
 あ、でも何かの薬品の匂いかもしれへんな。」
「……トイレの芳香剤の匂いも嫌だけど、お薬の匂いも嫌だなぁ。」
「そうか?」
「うん……
 お風呂まで時間があるけど、ちょっと濡れタオルで体を拭いておこうかな。」
「お!
 なら、私に任せて。 なのはちゃんの体を隅々まで丁寧に拭いてあげる。」
「はやてちゃん…… なんだか目と手つきが怖いよ?」

 話題が海からお風呂へ変える事ができたのはよかったけど、その手はちょっと……

「大丈夫、任せて。
 ほら、なのはちゃんの部屋に行こうか。」
「う、うん。」

 魔導師2人を不意打ちする時とは違った恐怖を感じた。





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[14762] Remake06 おさないかしこさ、おとなのみじゅくさ
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:53
「ジュエルシード……」

 お母さんから貰った小さくてかわいい21個のジャム用の空瓶の中に1個ずつ、私が生きている間は絶対に青色に輝く事のない石を入れていく。
 家族の誰もそんな事をするとは思えないけれど、万が一という事もあるのでお小遣いで買ったシールを瓶と瓶の蓋に丁寧に張り付ける。 シールには『とっても大事なもの』と書いておいた。 これで絶対に捨てられる事はないだろう。

「こうやって並べておけば、異常があってもすぐにわかるね。」

 本棚に――本をとる時に邪魔になるかもと思ったけど、あの人に教えてもらった『読書魔法・改』があれば本を取り出す事も開く事もしなくてもいいんだったと気づいたのでそのまま並べた。

「これで、あの人が言っていた最初の危機は完全に終わり……」

 でも、まだ100%安心はできない。

『世界は無限に存在するから起こるかどうかわからないし、仮に君の世界で僕の知っている通りの出来事が起こったとしても、このたった3日間で教える事ができた魔法では対処は不可能だと思う。』

 あの人の言葉を思い出す。

『守護騎士とかヴォルケンリッターと名乗る人に襲われたら…… 彼らは接近戦を好むからその攻撃をバインドシールドで受け止めて動けないようにした後で、動く事が出来なくなるまで徹底的に封印をするんだよ。 いいね?
 相手は魔法でできたプログラムで人間にとても似ているけれど、何も考えたり、戸惑ったり、遠慮をしたりする必要はないからね。 わかったかい?』

『封印魔法・改』
 それが、守護騎士とかヴォルケンリッターとかいう人たちに対する唯一の切り札。

「でもまだ6月だし、魔力トレーニングを続けても大丈夫だよね?」

♪♪♪

 携帯のタイマー?

「あ!」

 今日はすずかちゃんの家に遊びに行くんだった。

「急がなきゃ!」



────────────────────



 お兄ちゃんと一緒にすずかちゃんの家に行くと、月村家の門の前には4人と1匹の人影があって、そのうちの1つが見覚えのあるものだった。

「なのは、あの車椅子の――」
「うん……」

 なんでここにいるんだろう?
 それに、一緒に居る人たちは誰なのかな?

「はやてちゃん?」
「なのはちゃん! 1週間ぶりやな!」
「そうだね!
 ……でも、なんですずかちゃんの家に?」

 先週の日曜日一緒に遊んだはやてちゃんと今週も会えるなんて思ってなかった。

「この前あっちの図書館ですずかちゃんと意気投合してな?
 それで話してみるとなのはちゃんとも友達らしいから、それなら今度遊びに来る?って流れになったんよ。」
「そうだったんだ。」

 お兄ちゃんが門柱のインターホンで連絡をしている間に謎は解けた。

「でも、ちょっとくやしいかも」
「え?」
「だって、『私がみんなに紹介したかった』んだもの。」
「なのはちゃん! やっぱりなのはちゃんは一番の親友や!」

 片方は車椅子、もう片方は左手がないという2人がハグをするのはちょっと難しいけど、これまでに何度もしているのでコツは掴んでいる。

「それで、できればこの人たちを紹介してほしいんだけど?」
「あ! そうやったな。
 ほら、みんなちょっと並んで――こっちから順番に自己紹介して。」
「私の名前はシグナム。
 少し前からある――八神家に世話になっています。」

 赤に少し近い桃色のポニーテールの女性が最初に名乗った。
 体の動かし方が少しだけお父さんたちに似ている? もしかして剣術とか格闘技とかでもしているのかな?

「私はシャマルといいます。
 あなたの事ははやてちゃんから何度も聞いているわ。」

 続いて金髪の大人しそうな女性が名乗った。
 髪の色が違うけど――シグナムさんともう1人の女の子のお姉さんかな?

「ヴィータだ。」
「ちょっとヴィータ!」
「仕方ないだろ? こういうのは苦手なんだ。」

 ヴィータちゃんは照れ屋さんなのかな?
 シャマルさんに注意されちゃったけど、照れ屋さんなら仕方ないよね。

「それで、こっちがザフィーラや。
 ちょっと大きいけど、大人しい良い子なんやで?」

 さっきからおにいちゃんがいつでも私の前に立てるようにしているのは、私の事を心配しての事だろうけど……

「お兄ちゃん、私は大丈夫だよ。
 だからそんな風にしないで? シグナムさんたちが警戒してるよ?」
「いいのか?」
「うん。
 お兄ちゃんの気持ちはうれしいけど――怖くないから。」
「そうか……
 お前は強いんだな。」

 ふふっ

「お兄ちゃんの妹だからね?」
「お前ってやつは……」





「へぇ、日本の文化を学びに……」
「そういっても――シグナムは日本の剣道を、私は歴史や文化についてというように、目的が少し違いますけどね。」

 忍さんがお兄ちゃんとシャマルさんの間で少し嫉妬している様子が面白い。

「それじゃあ、ヴィータちゃんとザフィーラちゃんは2人に付き合わされて?」
「あ、ああ。 まあ、そんな感じだ。」
「ヴィータは日本の漫画やアニメが大好きなんよ。」
「はやて!」

 たくさんの猫に囲まれながらのティータイム。
 ヴィータちゃんという新しいお友達もできて楽しいはずなのに……

「なのはちゃん?」

 アリサちゃんがここにいないのが悲しくて、寂しい。

「すずかちゃん、アリサちゃんは今日も来ないのかな?」
「誘ったんだけど、ね。」

 学校で肘から先の無い私の左腕を見て以来、アリサちゃんは家に閉じ籠っている。
 気になって家に行っても門前払いされてしまった。

「アリサちゃんって、図書館で言うてたもう1人の友達の?」
「うん。」
「話には聞いてたけど、やっぱり来ないんや?」
「そうみたい……」

 どうしたらいいのかな……

「あんな?
 ちょっと提案があるんやけど。」
「え?」
「何をするの?」

 はやてちゃんがぐふふと笑って、子猫に囲まれていたザフィーラちゃんを呼ぶ。

「アリサちゃんって子は、なのはちゃんが犬を怖がってるて思うてるんやろ?」
「たぶんね。」
「それだけじゃないけど、なのはちゃんを家に呼ばない理由には含まれていると思う。」

 え?

「そうなの?」
「うん……
 私だけの時は家に上げてもらえたし……」
「そ、そうだったの……」

 なのは、ちょっとショックです。

「ほなら話は早いわ。」

 そう言ってはやてちゃんは少し前に買ったデジカメを取り出した。
 石田先生に貸してもらっていろいろ撮っているうちにハマってしまったらしい。

「なのはちゃんが怖がったらどうしようって、ちょっと心配やったけど…… ザフィーラをお留守番させずに連れてきた甲斐があるってもんや。」
「あ、だからザフィーラちゃんを連れて来たんだ?」
「そや。」

 なるほど……
 はやてちゃんのしたいことを察して、私はお座りしているザフィーラちゃんの横に座った後で――そのモフモフした生き物をぎゅっと抱きしめた。

「これでいい?」
「ばっちしや!
 ほな、いちたすいちは――」

カシャリ カシャリカシャリカシャリ

「ええよー。 すっごいええよー。
 ほな次は――ザフィーラ、ちょっと伏せして、伏せ! ええよー。 なのはちゃんはザフィーラの背中に、そう! そんな感じで! ええよええよ? かわいーわ。」

 すずかちゃんが少し引き攣ったような笑顔をしながらお兄ちゃん達の方に後ずさりしていくけれど、はやてちゃんはまったく気づいていないようでカシャリカシャリと電子音を鳴らし続ける。





カシャリカシャリ

 デジカメの音が響く。

「はぁ……」
「どうしたの?」
「どうかしましたか?」

 どうしたって……

「俺は過敏になりすぎていたのかなと思ってな」
「なのはちゃんの事?」
「ああ……
 ザフィーラを見た時、なのはがあの時の――左腕を失くした時の恐怖を思い出してしまったら…… そう思って警戒していたのを見透かされていただけじゃなくて、ああやって抱きついたり一緒に写真を撮る事に何の抵抗も無い様子を目の当たりにすると、な。」

 普通、あんな大型犬に近づかれたら犬が平気な大人でも多少は警戒するだろうに……

「わからないわよ?」
「ん?」
「顔にも態度にも出さないけれど、本当は怖がっているのかもしれないわ。」

 そうなのか?

「単純に『犬が怖い』というのを隠しているわけじゃなくて、『犬を怖がる事でみんなを心配させてしまう事が怖い』可能性もあるわ。」
「心配させてしまう事が怖い……か。」
「ええ。」





「ん?」
「え?」
「あかん、フィルム――じゃない、メモリーが一杯や」
「そうなの?」
「うん。」

 デジカメのメモリーが一杯になったので撮影会が終わった。

「それじゃ、その写真をアリサちゃんにメールしましょうか。」
「忍さん。」
「ついでにコピーも貰っていいかしら?」
「ええよ。」
「お願いします。」

 パソコンとか機械に強い人ってカッコいいな。



────────────────────



夕方

「恭也さんには一度手合わせをお願いしたいな。」
「シグナムったら。」
「知ってるか? シグナムみたいに戦うことしか頭にないやつの事をこの世界じゃバトルジャンキーっていうらしいぜ。」
「バトルジャンキー?
 この国の言葉に訳すと――戦闘中毒者か。 ぴったりだな。」
「ザフィーラ……」

 食事もその片付けも終わり、居間で一家団欒としている八神家の話題は今日知り合った人たちの事だった。

「なのはちゃんがザフィーラを怖がらなくて良かったわ。」
「そうですね。」
「犬に腕を食いちぎられたっていうのに、少しも怖がってる様子がなかったな。」
「なのはちゃんは強くてかっこええからな。」

 えっへんと胸を張るはやて。

「そうしていると、月村家の門の前で『なのはちゃんがザフィーラを怖がったらどうしよう。』って悩んでいたのが嘘みたいですね。」
「シャマル、それは言わんといて。」



 楽しい時間ははやてが眠るまで続いた。



「はやてちゃんは寝たわ。」
「今日はいろいろあったからな。 疲れていたのだろう。」
「本当にね?
 悔しいけど、あんなに楽しそうなはやてちゃんを見たのは初めてだもの。」
「そうだな……
 特に、にゃの――にゃ、にゅ――な、のはと一緒に居る時は凄かったからな。」
「ヴィータ……」
「ヴィータ……」
「ヴィータ、お前……」
「な、なんだよその目は!」
「いや……」
「ねぇ?」
「ああ。」
「言い難いんだから仕方ないだろ!」

 これ以上追いつめるとグラーフアイゼンで暴れかねないので、こんな事もあろうかと買っておいたアイスを冷凍庫から取り出して宥める。





「私としては、なのはちゃんの魔力が気になるわ。」
「シャマル、お前もか。」
「それは私も気になった。」
「全員同じ意見か。」

 4人全員が、なのはの魔力の大きさを気にかけていた。

「あれだけ大きな魔力を持っているやつがいたら気にならない方がおかしいだろ?」
「そうね。」
「私たちが主と出会う前からの友人だと聞かされていなかったら――管理局の者ではないかと疑っているところだ。」
「そうか……」
「ザフィーラ? ……そう言えば、お前が一番あの子と接触していたな。
 何か気になる事でもあったか?」

 女3人の視線がザフィーラに集まる。

「あの子が俺に抱きついてきた時にわかったんだがな。」
「なんだ?」
「あの子の魔力はその体とリンカーコアに一定の負荷を与えているようなのだ。」
「一定の負――まさか!」
「トレーニングをしていると言うのか?」
「そこまではわからん。
 だが、意識的に行っているのなら――」

 数秒の沈黙

「そういえば、左腕を失ったというのにトラウマの様なものがなかったな。」
「そうね……
 でも、私たちを知っている様子はなかったわ。」

 もしも彼女が敵だったら、トレーニングをやめて魔力を抑えるのではないか?

「調べる必要があるな。」
「ええ。」
「ああ。」
「うむ。」



────────────────────



「私はどうしたらいいの?」
「アリサ、なのはさんはあなたを許して――いいえ、そもそもあなたに何も罪はないと本気で思っているわ。」
「そんな事、なんでわかr」
「本当はわかっているでしょう?
 私も最初は信じられなかったけど、最近やっとわかったわ。 信じられない事だけれど、なのはさんは誰も――もしかしたら、自分の左腕を奪った『野犬』さえも恨んでいないわ。」

 あの強さは――言い方が悪いかもしれないが、あの強さは『怖い』。
 もしも自分のこの腕が失われたら、誰かを恨まないでいられるとは思えない。 大人の自分でもそうなのに、まだ幼いとさえいえるあの子は笑顔で接してくるのだ。
 思い出しただけで体が震える。

「ねえアリサ? なのはさんがもしもあなたを恨んでいたり憎んでいたりしたら、わざわざ訪ねてきたりこんな写真を送ってきたりすると思う?」

 自分の胸に顔をうずめながら首を横に振る娘の様子に、これが普通の子供だと思う。

「転校はしたくないんでしょう?」
「うん。」
「仲直りしたいんでしょう?」
「うん。」
「だったら、どうするべきなのかもわかっているんでしょう?」
「……ぅ」

 心とは何て難しいモノなのだろうか。

 自分としては、あの子供らしくないなのはと仲良くしてほしいとは思えない。
 しかし、今自分の胸の中で泣いているこの子の心を救う事ができるのはあの子しかいないのだ。 ……母親である自分ではなく、あの子なのだ。

「大丈夫よ。 なのはさんはきっとあなたを受け止めてくれる。」

 悔しいけれど、寂しいけれど、それは揺るがないだろう。

「……うん。」

 娘の心が決まった事が、嬉しくて悲しかった。





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[14762] Remake07 ひげきのうら、きげきのうら(鬱注意)
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/03/21 23:33
「はやてちゃん!」

 病院の待合室で目的の人物を見つけたなのはは荒い呼吸を整えながら近づく。

「なのはちゃん。 来てくれたんや?」
「当たり前だよ。」

 はやての容体が悪化したと聞いたなのはは学校を自主的に早退して駆けつけたのだ。

「足の病気が悪化しちゃったんだね?」
「そうらしいわ。
 ま、今までも車椅子生活やったからそんなに大したことはないんやけど。」
「はやてちゃん。
 そんな顔していたら、強がりだってバレバレだよ。」

 車椅子の前に立っていつものように抱きつこうとするが

「ごめん。 腰を浮かすのも辛いんや。」

 目に涙を溜めたはやての顔を見たなのはは、はやてを少し持ち上げてから抱きつく。

「なのはちゃん?」

 本来なら右手しか使えないなのはに子供とはいえはやてを持ち上げる事なんてできないのだが、魔力で肉体能力を強化する事でそれを可能にした。

「はやてちゃんが謝る事なんて何も無いんだよ。 わかった?」
「う、ん。」
「だったら、腕を……ね?」

 その言葉で、なのはの背中に腕を回す。 親友の体温がはやての心を温める。

 待合室の利用者たちは、しくしくと泣くはやての声を聞いていないふりしてくれた。






「どうしても間に合いそうになかったら、事情を話して協力してもらいましょう。」
「この世界で育った人には到底信じられない、荒唐無稽な話だがな。」
「だからこそ、最終手段なのだ。」
「あいつなら、信じられなくても協力してくれると思うぜ。」

 ヴォルケンリッターの4人は主のお願いを無視して蒐集を開始する。 ……いざという時には主の親友を巻き込む事を――主に恨まれる覚悟を――決めて。



────────────────────



「夏休みはあんなに元気だったのに。」
「容体が悪化したのは結構前で、それについては覚悟していたみたい。 それよりもシグナムさん達が忙しくなっちゃった事の方が堪えたみたい。
 久しぶりに家で1人ぼっちになっちゃって、しかも前より体が上手く動かなくて―― 泣きっ面に蜂っていうのかな?
 かなりまいっちゃっているみたいだから元気づけてあげたいの。」
「そうね。 なのはがおいしいケーキを作って持って行ってあげたらきっと喜んでくれるわ。」

 病院でなのはのお友達になったはやてちゃんは、なのはが退院した後も友達のままでいてくれて、夏休みにはお互いにお泊まり会をしたりして、お互いに『一番の親友』と呼び合っている。 遊びに来ていたアリサちゃんとすずかちゃんがそれを聞いて少し頬を膨らませていたのが微笑ましかったのを憶えている。

「アリサちゃんとすずかちゃんに許可が貰えた事を電話してくる!」

 タタタと自分の部屋へと走っていくなのはの後姿を見て、7ヶ月前の事故から何も引き摺っていないのだという事を改めて感じる。

「ただいま、桃子。」
「おかえりなさい、士郎さん。」

 『野犬』が見つからない為に事件は未解決のまま、街は事件以前の喧騒を取り戻したが、碧屋のお菓子の配達は今も続いている。 あの短い期間の間にファンが増えたという事なのでしょう。

「これ、明日の分の注文票。」
「できればお店で出来たてを食べて欲しいんだけど、みなさんお忙しいのね。」

 お菓子やケーキに限らず、ほとんどの料理はできたてが美味しいのに。

「『野犬事件』の影響がまだ残っているらしい。」
「4月の初めから3週間以上、海鳴の経済がほとんど止まった状態だったんですものね。」

 その分を取り戻そうと頑張っているのはわかるのだけれど……

「夏休みも市外に旅行する人はいても市内に観光に来る人はいなかったみたいだし――ほら、なのはの事件の後でピザ屋のバイトが『車が襲われるなら、バイクに乗っていても襲われるんじゃないか?』って辞めてしまって潰れただろう?
 あの店みたいに配達のバイトを確保できなかった店や、そもそも配達に向かない料理を出していた小さい店のほとんどが次々と潰れてしまったし……」
「バイトを確保するために時給を上げすぎたお店も潰れましたしね。」

 ふぅ。

「わかっているんですよ? お店に来てくださるお客様が早々増えない事は。 でも、元気ななのはを見ていると期待しちゃうんですよ。」
「期待?」
「なのはみたいな急速な回復を、ね。」

 明日にはみんな元気になって、以前のようにお店がお客様で賑わう光景を望んでしまう。

「……わかるよ。」





「土曜日に行けばいいのね?」
『うん!』
「わかったわ。 でも……」
『なぁに?』
「明日学校で報告してくれても良かったのよ?」
『あ! そっか。
 早く教えたくて学校の事忘れてた。』
「まったくもう……」
『えへへ。』
「明日学校で話せるってわかっても、すずかに電話するんでしょう?」
『……うん。』
「じゃあ、早く教えてあげなさい。」
『うん! じゃあ、明日学校で!』
「ええ、明日学校で。」

ピッ

 会話を終えて携帯を閉じる。

「明日学校で――か。」

 なのはの顔を思い浮かべてにへらと笑っている顔を見て勢いよく首を横に振る。

「机の前に鏡を置いて正解だったわ。
 まさか、あんな顔で笑っているなんて思いもしなかった。」

 ママに言われて「まさかそんな事」と言い返したのが恥ずかしい。





「わかった。 じゃあ、明日学校で。」

プッ
ピピピ ピッ
トゥルルルル トゥルルルル トゥルル ピ

「もしもし、アリサちゃん?」
『すずか? 明日の事?』
「うん……
 集まるのは土曜日って事になってたけど、明日の放課後碧屋に寄ってどのケーキを作るか相談した方がいいんじゃないかって事になったの。」
『わかったわ。 ……話はそれだけ?』
「あのね? なのはちゃんの事なんだけ――ううん。 やっぱりいいや。」
『なによ? そんな言い方されたら気になるじゃないの。 最後まで言いなさいよ。』
「ううん。いい。また明日ね。」

プッ

「なのはちゃんの事が『怖い』なんて、今のアリサちゃんには言えないよ。」



────────────────────



「ぅおおおおおおお!」
「でやあああああああ!」

ガガガガガガ

 時空管理局執務官と名乗った全身黒ずくめの少年――クロノ・ハラオウンのデバイスと私のレヴァンテインが激しくぶつかり合う。

「くっ なかなかやるな!」
「今すぐ武装を解除して投降しろ!」

 まったく……

「口を開けば投降しろ、投降しろと……
 武人と武人が出会い、互いに刃を向け合っているのだ。 無粋な言葉はいらないだろう?」
「僕は時空管理局の執務官だ!
 犯罪者と語り合うつもりは毛頭ない!」

「残念だ…… ザフィーラ!」
「むんっ!」
「なにぃっ!?」

 蒐集の最中に管理局の局員と戦闘に入った私の為に駆けつけてくれたザフィーラが拘束魔法でクロノと名乗った少年執務官を空中に固定する。

「くっ!」
「すまないな。
 そちらの希望通り武人としてではなく犯罪者として相手をさせてもらった。」
「このっ!」

 拘束を解こうとする彼には悪いが、今の内に蒐集させてもらう。

「うあああああああああああああああああああああ!」

 ……やはり蒐集されている者の悲鳴を聞くのは慣れないな。

「安心しろ、命はとらない。
 なにせ、こちらも人命救助の為の行動なのでな。」
「シグナム!」
「行くぞ、ザフィーラ。 我らの大切な人を守るために……」
「……うむ。」

 これで我らが管理局に敗北したとしても、はやてに罪が及ぶ確率がぐんと減ったはずだ。
 演技は完璧にこなせたと思う。

「ま……
  て……」

 すまんな。
 お前――蒐集の被害者たちは全員、もしもの時の証人になってもらうぞ。



────────────────────



「お母さんに教わりながら作ったの。」
「私たちも一緒に作ったのよ?」
「結構上手にできたと思うんだけど?」

 お見舞いに来てくれた3人が持ってきたくれたのは手作りのケーキやった。

「ちょっと待ってな?」

 一口食べようとしたがスプーンを持った右手が震えている。 今までこんな物を貰った事がないからか、自分でもおかしいくらいに緊張してしまっている。

ぱくり んぐんぐ

 この3人とは一緒にお菓子やケーキを食べた事が何度かあるので味覚がおかしくないという事は知っている。 同じように3人も自分の好みをある程度把握しているだろう。
 だから一口食べた途端に火を吹くような辛口だったり目が回って倒れるようなすごい味だったりというような事はまずない。
 ましてなのはちゃんのお母さんと言うその道のプロが監督してくれているのだから不味いはずもない。
 というか、むしろ美味しい。

「どう?」
「ばっちしや。
 これならいくられもたへられるれ?」
「アリサちゃん! すずかちゃん!」
「やったわね!」
「よかった。」

 こんなに美味しいケーキは、なのはちゃんたちとだけじゃなくて、家の子たちとも一緒に食べたかったな。

「ケーキはもう1個あるから、これはシグナムさんたちと一緒に食べてね?」
「こっちも自信作なんだから。」
「本当は片方が失敗しても大丈夫なようにっt」
「すずか…… それは言わない約束でしょう?」
「そうだよう。」
「え? ……あ!」
「もう! すずかってば。」





「ただいま戻りました。」
「ただいまー。」
「はやてちゃん、帰りましたよー。」
「……」
「みんなおかえりー。」

 狼モードのザフィーラが何も言わないのはいつもの事なのだが、少し寂しい。 誰かと一緒じゃなくて1人で帰って来た時はちゃんと「ただいま帰りました。」って言ってくれるんやけどなぁ?

「今日はなのはちゃんたちがケーキを持ってきてくれたから、お夕飯の後に食べような?」
「碧屋のケーキですか。 いいですね。」
「ちゃうちゃう。
 なのはちゃんとすずかちゃんとアリサちゃんが3人で作ったんや。
 まあ、なのはちゃんのお母さんが監督したって言うてたからある意味正解やけど。」
「うまけりゃいいよ。」
「ヴィータ……」
「あはは。 もうすぐお夕飯ができるからそれまでにみんな手を洗ってうがいしてきてな。」
「わかりました。」
「はい。」
「はーい。」
「……」



────────────────────



 突然警報が鳴り響いた時は驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して何が起こったのかを調べてみると、どうやら広場の方に複数の侵入者がいるようだ。

「防衛システムと人形がどうにかするだろう。」

 そう思って再び研究に戻ったのだが……



「まったく、こんな時までその無能をさらけ出さなくてもいいだろうに。」

 侵入者を迎撃しようとした人形とその飼い犬はものの数分で負けた。 警備システムが頑張ってはいるが全滅するのは時間の問題だろう。

「面倒だが仕方ない。
 あんなやつらに暴れられて、万が一アリシアの身に何かあったら……」

 侵入者は4人。
 その内の1人、全身真っ赤なハンマーチビの背後に転移して一撃で仕留める。

「な!?」
「ふんっ!」

 無詠唱の広範囲攻撃魔法で残りを蹴散ら――

「む?」

 獣人型にシールドを展開されて威力を軽減された?

「なかなかやるようね?」
「いきなりやってきて偉そうに……」
「あら? 侵入者のあなたがそれを言うの?」
「ちっ」

 どうやら人形が負けただけの事はあるらしい。 ……面倒な。

「さて、今すぐ此処から出て行くなら見逃してあげてもいいわよ?」

 出て行った瞬間に次元跳躍攻撃で消滅させるけどね。

「ふっ 確かに私たちの方が分が悪いが、こちらもはいそうですかと言って引き下がるわけにもいかないのだ。」

 本当に面倒な事になっ――

「なんっ!?」
「なんだ?」

 バインド? どこから?

「一体誰が? どこから?」

 ……こいつらの仲間ではないのか?

「シャマル! 警戒なら私がする! お前はその女から蒐集しろ!」

 バインドを仕掛けてきたのは…… 右後方に隠れていた仮面の2人組みか。

「まさかこの時の庭園の警備システムが効かないような奴がっ」

 なんだ?
 私の胸から腕――これはリンカーコア?

「うあああああああああああああああああああああ!!」

 まさかこいつら、11年前に現れたという闇の――



────────────────────



がたん

「え?」
「はやてちゃん!?」

 スーパーからの帰り道、いつもならどうという事のない車道と歩道の段差で倒れかけた私の体を支えてくれたのは、今日家に遊びに来てくれる事になってたなのはちゃんやった。

「大丈夫?」
「う、うん。 大丈夫――じゃないかもしれん。」
「え!?」

 おかしい。
 足どころか、お尻――腰の感覚まで無い。

「なんや? これは?」
「はやてちゃん! 携帯は持ってる?」
「も、持ってるけど?」
「じゃあ――私が車椅子を押して病院まで運ぶから、その間に石田先生に連絡して。」
「う、うん。」

 当たり前やけど主治医の石田先生の電話番号は携帯に入っているのですぐに連絡を取れて、私が病院に到着したらすぐに診察してくれると言ってくれた。

「それにしても……」
「なに?」
「なのはちゃんはすごいね?」
「?」

 どうやったら右手だけで車椅子をこんなに速く押せるんやろか?





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[14762] Remake08 どこかで、なにかを (鬱注意)
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:55
 重い空気が3人を包んでいた。

「プレシア・テスタロッサ。
 26年前はミッドチルダの中央技術開発局の第3局長。
 次元航行エネルギー駆動炉「ヒュードラ」使用に失敗、中規模次元震を起こしてしまった後、行方不明――か。
 まさか蒐集に耐えられずに死んでしまうとは……。」
「すいません。」
「私たちが焦らなければこんな事にはならなかったはずなのに……」

 あの時姿を隠したまま彼女をバインドしてしまったのが不味かったのだろう。
 敵か味方かわからない者が近くに潜んでいると思わせ、焦らせてしまった為にシャマルに取り返しのつかないミスをさせてしまった。

「その場に居たフェイトという子供は?」
「母親の遺体にすがりついて離れる気配がありませんでした。」
「暫く時間をおいて、母親の知り合いを装って保護するのがいいかと……」

 本当なら今すぐ保護したい処だが、母親が謎の侵入者に殺された直後にそんな者が現れたら疑られて警戒させてしまうだけだろう。

「そうだな。 ……闇の書の件が片付いたら接触しよう。」
「はい。」
「それと、八神はやてに変化がありました。」
「うん?」
「テスタロッサ親子を蒐集できたからでしょう。
 闇の書の力が増した為に容体が悪化したようです。」
「そうか。 なら、そろそろ……」
「はい。
 今回の事で彼らの士気が落ちているとはいえ、蒐集を止める事はないでしょうから――12月の末頃に『高町なのは』を蒐集させる事で私たちの目的は達成できると思われます。」

 死亡者を出してしまったのは残念だが、計画は順調に進んでいる。



 進んでいるはずなのだが――拭いきれない不安が3人をその空気ごと覆っていた。



────────────────────



「はやてちゃん。」
「お見舞いに来たわよ。」
「気分が悪かったりするなら、すぐに帰るけど?」
「ううん、大丈夫や。
 みんながお見舞いに来てくれて嬉しいわ。」

 私が病院にいる石田先生にはやてちゃんを送り届けたら、その日の内に入院が決まってしまったので、今日はアリサちゃんとすずかちゃんを誘ってお見舞いすることにした。

「何か、持ってきて欲しい物とかある?」
「図書館から何か借りてこようか?」
「何か食べたい物とかでもいいわよ?」
「ありがとうな。 でも大丈夫や。
 必要な物はシグナムたちが持ってきてくれたし、暇潰しの本もほら、そこにたんとある。食べたい物は――今食事制限されとるから無理なんや。
 みんなの気持ちだけ貰っとくわ。」

 やっぱり、私たちがはやてちゃんの為にできる事はあまりないみたい。

「じゃあ、食事制限が無くなったら教えなさい。
 前みたいに――ううん、前よりも大きくて美味しいケーキを作ってきてあげるわ。」

 アリサちゃん、良い事言った! 今、良い事言ったよ!

「そうだね。 もうすぐクリスマスだし、それまでに食事制限が無くなったらいいね。

 すずかちゃんも……

「そやね、その時はよろしく頼むわ。」

 もし私1人でお見舞いに来ていたら暗いまま空気のままだったかもしれない。

コンコン ガララララ

「はやてちゃん、起きているならこのお薬を――あら、みなさんいらっしゃい。」
「あ、シャマルさん。 こんにちは。」
「こんにちは。」
「お邪魔しています。」
「はい、こんにちは。」

 そういえば、シャマルさんを見るのは久しぶりだな。

「シャマル、薬がどうしたって?」
「石田先生が、起きているならこの薬を飲んでおくようにって。 食事の1時間前に飲まないと効果が期待できないとかで。」
「ああ、この病院、お夕飯は7時やもんな。」
「みんなもそろそろ帰る時間じゃない?」

 確かに。

「それじゃ、またくるからね。」
「私も。」
「お大事にね?」
「うん。 みんな、きてくれてありがとぅな。」





「みんな、とっても良い子やろ?」
「そうですね。」



「シャマル。」
「はい?」
「何があった?」
「え?」
「私はそんなに頼りないか?」
「そんな事は――」
「ならなんで何も話してくれんのや!」
「ぅ  ぅぅうう」
「ずるいわシャマル……
 泣かれたら、これ以上何も聞けへんやんか。」



────────────────────



 シグナムさんから、はやてちゃんが病室から居なくなっていて、ベッドの上に『高町なのはを連れて屋上に来い』というメモがあったと聞かされた私がする事は決まっていた。

バァン!

 病院の屋上のドアを乱暴に開けた私が見たのは、変な仮面をつけて宙に浮いている2人組と、その2人の間で両手両足をバインドで縛られているはやてちゃんだった。

「はやてちゃん!」
「なのはちゃん! 今からでもええから逃げるんや!」
「あなたたち! はやてちゃんを離しなさい!」

 もしかしたら、あの仮面の2人組がヴォルケンリッターという人たちなのかもしれない。

「なのはちゃん! 見てわかるやろ? この人ら普通やないんや!」
「そんなの関係ない!」

『どうしてもヴォルケンリッターから逃げる事ができない時はそうするように』とあの人は言っていた。 だから私は言われた通りに12月に入ってからは常に1個のジュエルシードを持ち歩いていた。 なら、私のすることはその封印を解いて――

「構成がすっごく難しくて、1分も維持できないけ――え?」
「すまない。」
「ごめんなさい。」
「はやてのためなんだ。」
「恨んでくれて構わん。」

 シグナムさんとヴィータちゃんが私に剣とハンマーを突き付けて、シャマルさんが緑色の魔力光をバインドで私を縛り、ザフィーラちゃんが人間になった。

「我らヴォルケンリッター、主の為に鬼になる。」
「え?」

 シグナムさんたちがヴォルケンリッター?

「何を、言っているの?」
「みんな! なのはちゃんに何してるんや!?」

 わけがわからない。

「蒐集を、させてもらうわね。」

 シャマルさんが震える声で分厚い本を取り出す。

「ヴォルケン――しゅうしゅう?」

 ヴォルケンリッターはあの仮面の2人組じゃないの?
 それに、しゅうしゅうってなに?

「なんだかよくわからないんだけど、今ははやてちゃんを」
「そのはやての為なんだ!」

 ヴィータちゃん?

「どういう事なの?」

 4人がなにも答えないので、私ははやてちゃんを見上げる。
 だけどはやてちゃんにも何の事かわからないみたいで、首を横に振るだけだ。

「一体、なんなんや?」

 本当に……

「何をしている? 高町なのはを諦めて、これまでのように野生動物から蒐集をするか? それで一体どれだけの時間がかかると思っている? ……お前たちの主の」
「黙れ!」

 仮面のせいでどっちが喋ったのかわからないけど、その声にシグナムさんが怒鳴る。

「わかっているのだ、そんな事は。」
「シグナム! どういう事か説明しい!
 蒐集は絶対にしないって、約束、したやないかぁ……」

 はやてちゃんが泣いてる。
 みんな、はやてちゃんが大事なんでしょう? なのになんで泣かせるの?

「はやてちゃん。 私たちの事を憎んでくれてもいいから、今は黙って目を閉じていて。」
「シャマル! そんな事したらあかん!」

 私の胸からシャマルさんの手と、光り輝く宝石の様な――

「いやあああああああああああああああああ」

 私のリンカーコアから魔力が無くなっていく――まるで、痛みと引き換えにするように。

「なのはちゃん! なのはちゃん!
 なんでや、なんでこないな事するんや! シャマル! やめて!
 シグナムもヴィータもザフィーラも! お願いや! なのはちゃんを助けて!
 なのはちゃん! なのはちゃん! なのはちゃん! なのはちゃん!」





「ああああ、なのはちゃん……
 ごめんな? 私がもっとしっかりしてたら、この子たちにこんな事させへんのに……」

 はやてちゃんが大声で泣いている。

「は や て ちゃ ん」
「なのはちゃん!
 あんたら、さっさとこれをはずせ! このわっかを! なのはちゃんのとこにいかなあかんのや!!」

 だけど、ヴォルケンリッターの4人も仮面の2人組も、はやてちゃんの声を聞かない。

「これで――お前たちを蒐集したら闇の書は完成する。」

 そう言って、シグナムさんは2人組に剣を向ける。

「くっくっく。
 その必要はないよ。 闇の書の最後のページは――

 突然、シャマルさんの持っていた本がお湯でいっぱいのお風呂の栓を抜いたみたいに周囲の魔力を吸いこみ始めた。

「こ、これは?」

 シグナムさんたちにとってこの現象は予想外なの? 仮面の2人組は慌ててないどころか、まだ何かを言っているみたいだけど?
 ……本の出す音のせいで何を言っているのかまったくわからないけど。





「そんな……」

 最後に残ったのは、蒐集されて動けない私とバインドで動けないはやてちゃんと――

「これで、闇の書は完成した!」

――仮面の2人組だけだった。

「そんな……」
「みんな、闇の書に……」

 最後のページっていうのは、シグナムさんたちだったって事なの?

「なんで、こんな事に?」
「それはお前のせいだよ。 八神はやて。」
「私の?」
「そうだ。 ヴォルケンリッターが蒐集をしたのも、高町なのはが苦しんだのも、完成した闇の書が世界を滅ぼすのも」
「全て、お前の責任だ。」

 何を言っているのこの人たち?

「みん、な、を うっ だ、まし、た、の、は」
「黙れ。」

 私の言葉を邪魔するために、1人が私の側に来た。

「あ、な、た、た」
「黙れと言ってい「うおおおおおおお!!」なんだ!?」

 突然現れた赤い狼が、私のところに来ていない、はやてちゃんの側にいたもう1人を襲った。

ガン! ぶん!

 壁に叩きつけられた仮面の男は、すぐに赤い狼を投げ飛ばした。

「大丈夫か?」
「ああ。 だけど、なんなんだ今の――なっ!」

 いまのな?

「どうした?」

 声につられて、仮面の向いている方に目を向けると

「え?」

 はやてちゃんの胸から、黄色に輝く刃が――

「ど、し、て?」

 はやてちゃんを、私の大事な人を後ろから突き刺したあの金髪の少女はどこかで見た事が――ジュエルシードを集めていた女の子?

「な、んで?」

はやてちゃんが、自分を後ろから突き刺した金髪の少女に――あるいは、もしかしたら自分自身に尋ねているかのように声を出す。

「母さんの、仇討ちだ。」

ずぶり

 音もなくはやてちゃんの胸に刺さった刃が、音を立てて抜かれる。

「そ……か。」

 胸から音を立てて噴き出した血が、私の顔を濡らす。

「は、や、て、ちゃん。」

 何とか仰向けの状態からうつぶせになって、右腕と両足――体全部の力を使ってはやてちゃんの下へ向かう。

「はや、て、ちゃん。」

 はやてちゃんは仮面の2人組のバインドで空中に固定されているけど、それでも今は1秒でも早く側に行きたかった。

ドゴッ ガン!

鈍い音が続けて2つ。

 仮面の1人が金髪の少女を殴り、壁に叩き付けたようだ。

「なんて事をしてくれたんだ!」

 はやてちゃんを苦しめたあなた達がそれを言うの?

「貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!?」
「アルカンシェルも無い状態で闇の書が暴走してしまった以上、この世界はお終いだぞ!」

 仮面の2人組が彼女を責めるけれど

「あっはっは――そんな事は知るか!」

 彼女は笑った。

「私は――くっくっく――私は母さんの仇が討った。
 ふふふふふふ――ただ、それだけの事だろう?――くっくっく」

 彼女は、きっと、狂ってしま――ううん。 私が狂せてしまったんだ。

「ちっ」
「父様と一緒にこの世界を離れるわよ!」
「でも!」
「11年前の時も、乗組員が脱出するだけの時間はあったわ!」
「わかった!」

 仮面の2人組はそれだけ言い残して転移魔法で消えた。
 おそらく『父様』とやらと一緒にこの世界から脱出するのだろう。

 私の様な素人魔法使いでさえも、『闇の書』と呼ばれていた物が目の前で不気味なほど静かにこの世界を滅ぼそうとしている事が本能で理解できるのだから……

「はや、て、ちゃん……」

 2人組がこの場からいなくなったからだろう。 空中に固定していたバインドが消えて、はやてちゃんは冷たい床に落ちた。

「うっ ぐっ」

 涙が出る。
 あんなに血が出てしまっては――もう助からないだろう。

「ぐす はやて、ちゃん!」

 やっと、目的の場所に着いた。

「はやてちゃん。」

 もう、起き上がる力もない。
 それでも、胸から血を噴き出していた親友をなんとか抱きしめた。

「助けられなくて、ごめん。」

 きっと、私とはやてちゃんは――

「力がなくて、ごめん。」

 ううん。 シグナムさんたちも――

「ふ、ふふふ…… くっくっく……
 あっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 泣いているあの子も――さっきの2人組も――

「うっ ううぅ……」

 そしてたぶん、あの人も――みんなが、間違えたんだ。





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[14762] Remake あとがきと……
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:57
 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 『魔法少女リリカルなのはR(りめいく)』いかがだったでしょうか?

 実は投稿する直前までのタイトルは『魔法少女リリカルなのは Mistake』でした。
 なので前書きに『この物語はバッドエンドです。』と入れようと思っていたのですが……

 バッドエンドとわかっていて読んでくれる人はいないだろうなと言う事と、ちょっと思いついた事があったので『R』としました。

 あと、この世界のユーノはジュエルシード捜索の旅に出ようとはしたけれど大人たちに説得されてしまったという設定です。



 この物語の1話ごとのサブタイトルは、その1話だけのものだけではなく物語全体に当てはまるよう言葉を選びましたが、いかがだったでしょうか?

 では、以下は各話について軽く解説の様なものを少し……



 あ、「バッドエンドなんて認めない」という人も最後まで読んでくれると……



●01 なくしたものと、えたもの

・自分の父親と同じくらいの年齢で、金色の髪の毛の男の人
 何処の誰だかわかる人にだけわかってくれればいいのです。

・お茶とお菓子
 いろんな世界から迷い込んできた『とある人物の可能性の1つたち』に振舞っている。
 その味は自分の好みで選んでいるようだが、訪問者たちには好評のようだ(当たり前かもしれないけれど)。

・『望んだ形で叶わない願い』
 願い事をする時は雑念を捨てて、できるだけ具体的にしましょう。

・野犬
 暴走したジュエルシードに憑かれていた。
 なのはを襲ったのはなのはの魔力に惹かれたから。
 原作でわざわざユーノを狙って動物病院を襲っている事から、自分の近くの魔力持ちを狙っているのではないかと考えました。

・青いガラスでつくったみたいな造花
 音が鳴る事でなのはが起きた事を『あの人』に知らせた。

・『夜の読書用魔法』
 ここではなのはの魔力光だが、色は自由に変える事ができる。 ……ピンクの照明で字を読めというのは少しつらいよね?


●02 かなしいことと、うれしいこと

・看護士&医者
 ここで医者がなのはの精神が異常ではないかと気づいたので、カウンセリングの件がスムーズに進んだ。

・高町ファミリーが病院に駆け付けた事
 志郎と桃子は前日まで病院に寝泊まりしていた。 なのはの病室に椅子があったのはその為。
 なのはが起きた時に居なかったのは、着替えその他を取りに家に戻る途中だったから。

 恭也と美由希は家で留守番していた。

 碧屋は臨時休業だった。

・マルチタスクという技術は~~
 独自設定
 例えば、涙が出るくらい悲しい話と思わず大声で笑っちゃうような話をマルチタスクで同時に思考したら、感情はどちらに合わせるのか~と言う様な事。

・バリアジャケット
 カメラに映っても映像をぼやけさせたりできる機能はフェレットが頑張った成果です。

・強い反応が4つに弱い反応が1つ……
 なのはを襲った犬のジュエルシードの反応が弱いのは、なのはの魔力暴走によるダメージ+なのはの死にたくないという願いを叶えた為。


●03 まっすぐに、ゆがんで

・アリサとすずかの独白
 アリサは今回の事は『客観的に見て不幸な事故で、バニングス家に落ち度は無い』とわかっているが……
 すずかは今回の事でなのはがアリサに対して恨み事を言うだろうと思い、その前にそれを聞いてワンクッションとする覚悟があったのだが……

・高町家の家族会議
 お店で忙しい両親や喧嘩なんて絶対にできない体力差のある兄姉と普通のコミュニケーションなんてできないよね。

・屋根の上の男の子
 野犬事件のせいで子供は基本的に外に出られないので、原作の事件とは別の事件が起こりました
 「あの子に会いたい」と願いつつも、「でも、会っても何も話す事がないし……」等のマイナスな思考もあったためにこんな中途半端な事態になった。
 あのまま屋根の上にいたら『あの子に会える』し、どうして屋根の上にいたのかさっぱりわからないという『話すネタ』も……

・病院
 迷惑をかけないように静かにしましょう。

・――だったら、私はあのワンちゃんに感謝しよう。 無くなった左腕に感謝しよう。
   あの人から魔法を、お父さんとお母さんからは愛情を得る事ができたから。――
 なのはは『魔法』と『家族の愛情』に真摯な態度を取っていると思っているけれど……


●04 きづくこと、わかること

・フェイト&アルフ
 ジュエルシードを1個も発見できない。
 というか、この2人はこの物語で一番可哀想な存在かもしれない。

・<時空管理局という警察の様な組織もあるが~裏で悪党に横流ししてしまう>
 例えば――
 地球のどこかの遺跡で『川に流せば何千人も死ぬ毒物』が発見された。
 その毒物を都会で研究するのは危険なのでどこかの田舎の研究所に運んだ。
 しかしその毒物はその研究所で行方不明になってしまった。
 ――とします。

 『地球の人口は約70億なので数千人くらいの被害ならどうでもいいや』と言って『事件にしない』と言う事はあり得るでしょうか?

 ジュエルシードは行方不明になっても捜索すらされないどうでもいい物体と言う様な事を言う人もいますが、私は『脳みそがスカリエッティに横流しして情報を規制した』と考えるほうが妥当だと考えました。

・高町家
 なのはの為に病院通いを続けるのはいいけど、家計は大丈夫なのか……

・はやて
 原作よりも早い段階でなのはと友達になる。
 『あの人』にとって想定外な出来事である。


●05 しりえること、しりえないこと

・石田医師とカウンセリング
 出てきたけれど、出番は少なく活躍もない。
 カウンセリングの描写もない。

・写真
 『なのはや』である。

・海の上
 なのはの攻撃手段は『不意打ちで体当たり』と『バインドシールドを自爆させる』事だけだった。
 しかし、フェイトもアルフも魔力がキツキツだったのであっという間にやられてしまった。

・この時点でなのはがGETしたジュエルシードは19個。
 フェイトとアルフがジュエルシード捜索を諦めたので残りの2個もなのはが回収。


●06 おさないかしこさ、おとなのみじゅくさ

・『世界は無限に存在するから起こるかどうかわからないし、仮に君の世界で僕の知っている通りの出来事が起こったとしても、このたった3日間で教える事ができた魔法では対処は不可能だと思う。』
 魔法の知識が全くなかったなのはが、たった3日でバリアジャケットを纏えるようになっただけでなく、ジュエルシードを探せたりフェイトに体当たりできるようになったりしただけでも『あの人』はがんばったと思う。

・ヴォルケンリッター
 ①『闇の書が完成した後、自分たちが主の側にいなかった理由を考えない』
 ②『しかし主に酷い目にあわされた記憶はある』

 この2つの事から
 『主が悪人だった』→『毎度の事と諦めて蒐集する』
 『主が善人だった』→『この主の為ならどんな事だってする』→『主の延命の為に内緒で蒐集する』

 つまり、『主の人間性に関わらず、闇の書のページを蒐集する』ようにプログラミングがバグっていた可能性があると思う。

・バニングス家
 鮫島は元気です。


●07 ひげきのうら、きげきのうら

・はやて入院
 悲劇の始まり。

・海鳴の経済
 税収激減。 観光客も減った。 誰かが野良犬の発見→即通報→保健所大忙し→動物愛護系の団体との激突→役所も忙しい。

・すずか
 なのはが異常である事に気づいた。

・クロノ
 特別出演。 ……というわけではなく、この時点でヴォルケンリッターに襲われた事に意味がある。

・<蒐集の被害者たちは全員、もしもの時の証人になってもらうぞ>
 はやての親友であるなのはを巻き込む覚悟をした時に、どうせならこういう演技をしようという事にした。

・ケーキ
 退院祝い。 しかし、すぐに再入院。

・ヴォルケンリッターに襲われた女性
 この時点でエンディング確定。
 せっかく無印で出番が無かったのに……


●08 どこかで、なにかを

・グレアム家
 クロノがプレシアよりも先に襲われていなければ……

 アースラが『ヴォルケンリッターとプレシアの戦闘時の魔力』を観測、時の庭園でプレシアに縋りついて泣いているフェイトを発見・保護できていた可能性もあったかもしれない。

・シャマル
 泣くことしかできない。

・病院の屋上で――狂った運命が世界を滅ぼす。
 はやてもフェイトも、その生まれや環境を考えると『独力で幸せになる』のはかなり難しいと思う。





 以下、バッドエンドで終わったこの物語の題名を何故『R(りめいく)』にしたのか……





────────────────────





 気がつくと、そこは、どこまでも続く蒼い世界。
 方向感覚が全く役に立たず、右も左も上も下もさっぱりわからない。

 だけど、彼女は見つけた。
 果ての無い世界で、彼女のたった一人の親友を。

 手を伸ばす――届かない。
 それならもっとと、手を伸ばす――届かない。


――願って。


 どこからか……
 もしかしたら自分の頭の中からか……

 何を?


――願いたい事を。


 声がする。
 誰の声なのかわからないが……

 願いたい事? 


――あるだろう?


 わからない……
 わからないけれど、わかっている。

 私の願いは、たった1つ。


――なら、願って。


 「なのはちゃん!」





 はやては、なのはの体を抱きしめていた。




















……Retry?

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[14762] Retry01 あたえるもの、うけとるもの
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/01/31 12:59
 上も下もわからない、以前感じた事のある浮遊感が私の体を包んでいる。

ゆらゆら ゆらゆら

 何処に行くのか、何処にも行かないのか、留まっているのか、流れているのか……

ゃん!    ちゃん!

 誰かが遠くで、何かを叫んでいる。

のはちゃん!

がしっ

 不意に肩を掴まれる。

「なのはちゃん! なのはちゃん!」
「ぅ……」

 耳元で聞こえるのが親友の声だと気づいて、私は意識を取り戻す。

「ぁ……」

 いつ閉じたのか分からない目を開けると、はやてちゃんが大粒の涙をぽろぽろと零しているのが見えた。

「はやてちゃん……」
「なのはちゃん!」

 私の声を聞いたはやてちゃんが抱きついてきた。

「ごめん。 ごめんな?
 うちの子たちがした事は、謝ったくらいで許されるようなもんやないて、わかっているけど――もっと私がしっかりしていたら、あないな事にはならへんかったのに……」

 そう言って謝るはやてちゃんの頬が、涙で濡れているのを感じる。

「はやてちゃん、もう泣かないで?
 なんだかよくわからないけど、私はこうして無事だから――だから、ね?」

 抱きついてきているはやてちゃんの体を、両手でしっかりと抱きしめ返す。

「なのはちゃん……」
「はやてちゃん……」



 2人の間にそれ以上の言葉はいらなかった。



 その声がするまでは

「いやまあ、なんというか……」
「え?」
「え?」

 頭の上から聞いた事のある声がする。

「仲がいいのは素晴らしい事だと思うけどね?
 そういう事は人の目の前じゃなくて、2人きりの時にしたら?」

 見上げると安楽椅子に座っているあの人がいた。

「お、お久しぶりです。」
「誰や?」
「うん。久しぶりだね。
 イチャイチャの邪魔をしてしまって悪いけど、とりあえず一緒にティータイムでもどう? まさか、はやてさんも一緒に来るとは少しも考えていなかったし。」





「それじゃあ、ジュエルシードの回収はうまくいったんだね。」
「でも」
「海の6個の事が気になる?」

 なのはは縦に一度だけ首を振る。

「いいかい?
 その6個を奪わなければフェイトさんが狂う事も無かったかもしれないって、なのはさんが考えてしまうのはわかるよ。
 だけどね?
 フェイトさんから奪わなかったら奪わなかったで、その6個のジュエルシードの力は君たちの世界は滅ぼしていたんだ。」
「そうやね。 ジュエルシードっていうのがそないに危ないもんなら、なのはちゃんのしたことは誰にも――なのはちゃん自身からも責められる事やないわ

 はやては隣で泣いているなのはに胸を貸す。

「なんというか、そもそもヴォルケンリッターがなのはさんを最後に蒐集するなんて考えつかなったからなぁ……」
「師匠、聞きたい事があるんやけど?」
「師匠?」
「なのはちゃんの魔法のお師匠さんなんやろ? やから師匠や。」
「まあいいけどね。
 それで、何を聞きたいんだい?」

 はやては師匠と呼ぶ事に決めた男の言葉を聞いて気になった事を口にした。

「師匠は今、金髪さんの事を『フェイトさん』て言うたね?」
「ぁ」
「それに、初対面のはずの私の名前も知っていたし?」
「えー、それはなんというか」
「もしかして、闇の書の主が私――八神はやてって事も知っとったんやないの?」

 その言葉に師匠は両手を上げた。

「まあ、どうしても隠さないといけない事でもないから話すけど――酷い話だよ?」





「酷い。」
「確かにどうしようもないって事は子供の私でもわかるで? これから先の事も考えると、そうしたほうがいいって事もな? でも、だからって、それでも……」
「酷い。」

 酷いと連発するなのはと、自分の運命が結局そういうモノであったのかと悩むはやてを前に、2人から師匠と呼ばれる事になった男は何とも言えない居心地の悪さを感じていた。

「仮に、なのはさんに『もっと強力な魔法』や『これから起こるかもしれない事』を教える事が――闇の書を消滅させる方法とかを教える事ができていたとしても……」
「できていたとしても、なに?」
「できていたとしても、なんや?」
「方法を教える事ができていたとしても、グレアムさんやその使い魔の猫姉妹が信じてくれるとは思えないんだよね? そうすると、なのはさんを計画の邪魔者だと判断して拘束――最悪の場合は口封じっていう可能性もあるんだよね。」

 あの3人は八神はやてがヴォルケンリッターを家族としてではなく、己の欲望を叶える為の道具として扱い、全次元世界のリンカーコアを『命が尽きるまで蒐集するように』と命令する可能性も考えていたはずなのだ。

「そこまでするかな?」
「すると思うよ。」

 ヴォルケンリッターは『高町なのは』を蒐集対象として襲っているのに、同じ世界に住んでいる『使い魔を2匹養える魔力持ち』を襲っていない。 この事から自分たちの魔力を隠蔽して蒐集対象にならないようにしていたと推測する事ができる。
 では何故ヴォルケンリッターに見つからないようにしていたのか?
 グレアムのリンカーコアを早い段階で蒐集させてしまえば闇の書の完成までに魔力を取り戻す事も不可能ではない。
 命の危険がないとわかっていたのならそうした方が犠牲者を減らす事ができるのに、だ。

「僕の知る限りじゃ、あの3人を説得できるのってハラオウン一家くらいだし。」
「ハラオウン――時空管理局の人でしたっけ?」
「うん。」

 彼ら以外に説得できそうなのはミゼットなどかなり上の人くらいだろうか?

「あの3人を諦めさせて、管理局からはアルカンシェルの使用許可を貰ったりなどをなのはさんができるはずもないし――そうなると結局はやてさんは氷漬けに――君たちの世界だとフェイトさんにグサリとされちゃって世界が終わるんだ。」

 八神はやてが闇の書の主になった時点で、君たちの世界の運命はほとんど決まってしまっていたのだと師匠は言った。

「僕としてはせめてなのはさんだけでも無事でいて欲しいと思ってジュエルシードの回収方法とヴォルケンリッターに襲われた時の対処方法をなんとか3日で教え込んだんだよ。」

 フェイトの事情を詳しく話せばジュエルシードの回収に支障をきたして世界が滅びるし、はやての事情を離したらヴォルケンリッターの蒐集から逃げる事に罪悪感をもってしまうかもしれない。 それは結局世界が滅びるのを早める事になってしまう。
 うまくヴォルケンリッターを封印できたなら、もしかしたらグレアム一味が上手い事してくれるかもしれないという希望的観測も多分にあったのだけれど。

「はぁ……」
「ふぅ……」

 なのはとはやては溜息をつくしかなった。

「まあ、たぶん半年――いや、もしかしたら1年近くかな? 2人はここに居る事になるだろうから、その間に僕の知っている世界の事を教えたり、闇の書を平和的に処分する方法とかを考えたり、便利な魔法の伝授をしたりしようか。」
「1年近くですか?」
「なんでそんな事がわかるん?」
「それだよ。」

 師匠が指差したのは、なのはの左手だった。

「左手がどうし――え?」
「なのはちゃんの左手が、なんで?」

 失くしたはずの左肘の先がそこにはあった。

「僕が教えた通り、12月に入ってからはずっとジュエルシードを持ち歩いていたんだね。」
「は、はい――って、これ、ジュエルシードなんですか!?」
「ええ! この左手ジュエルシードなん!?」
「あはは、違うよ、違う。」

 その左手を見て触って驚き慌てる2人の姿がツボにはまったのか、3分以上笑い転げた。

「何もそこまで笑わんでも……」
「ねえ?」
「いや、ごめん。
 でも君たちもわかるだろう? 一度ツボにはいるとなかなか笑いが止まらないって。」

 わからないでもないけれど、今はこの左手の事を教えて欲しいと2人が迫った。





「えーと、要するに――」
「私たちがここにいるのは、あの時私がジュエルシードの封印を解いていて、『死にたくない』とか『こんなのは嫌だ』って思ってしまったのをジュエルシードが叶えちゃったから?」
「たぶんね。」

 そのうえ、師匠はそうなる事を見込んで12月に入ったら常に持ち歩くように言っていたのだという。

「そのうえさらに、私たちはなのはちゃんが『野犬』に襲われてジュエルシードに『死にたくない』ってお願いする前の時間に戻るんか?」
「おそらくジュエルシードが遺跡から発見された時か、地球に落ちた時のどちらかの時間に戻る事になると思う。 ……お そ ら く、だけどね。
 そうなった場合、少なくとも『なのはさんの左腕が失われる前』に戻る事になるよ。」

 なのはの左腕がそこにある事が、『やり直し』をする事になる証拠だと言う。

「私もなのはちゃんと一緒に戻るんやろか?」
「そうなると思うよ?
 たぶん、なのはさんは君の事もジュエルシードに願っただろうから、君はなのはさんと一緒にここに来る事ができたんだよ。」

 どこからともなく紙とペンが現れる。

「例えば――『お金持ちになりたい』って願いがあったとする。
 でもそれは、本当に『お金持ちになりたい』という事だけが願いだと言えるかな?」
「えーと?」
「つまり、『お金持ちになりたい』って願いには『美味しい物が食べたい』とか『楽な生活がしたい』とか、『旅行に行きたい』っていう願いも含まれていると考えられないかい?」

 なるほど、そう言う事かと2人の生徒は頷いた。

「つまり、なのはちゃんがジュエルシードに何を願ったのかはよく分からないけど、たぶんこれこれこういうような事を願ったんじゃないかと推理する事はできるって事やね?」

 『美味しい物が食べたい』『楽な生活がしたい』『旅行に行きたい』という3つの願いを同時に叶える願いは何かと考えたら『お金持ちになりたい』と願ったのではと推理できる。

「うん。 もっとも、できるのは『推理』までで『断定』はできないんだけどね。」

 『すでに1度ここに来ている。』
 『はやてさんと一緒にきている。』
 『失くしたはずの左手がある。』
 『前回のように3日後に目が覚める→世界が滅んでいるからすぐ死ぬ。』

 2人に見やすいように大きな字で紙に書いていく。

「今わかっているのはこれくらいかな?」
「はい。」

 その後も師匠の推理は続いたが、長いうえに話があちこちに飛ぶので要約。

 本来なら絶対にやり直しのきかないテストをもう一度受け直す方法としてジュエルシードが選ぶのは『ループ』だと、師匠は経験から知っていた。
 『この推理があたっていた場合、ジュエルシードがハッピーエンドだと認めるまでループし続ける可能性が高い』という事も経験から知っていた。

「『ループ』ですか。」
「うん。
 だから、闇の書から先の事を君たちに教える事はしないよ。 君たちがそれを知ってしまったら――想像はつくだろう?」
「なんとなくですけど……」

 もしも10年後20年後の事を知ってしまったら、その時点でハッピーエンドにならない限り何度でも『ジュエルシードの回収』から『やり直し』という事になるかもしれない。

「はやてちゃん……」
「なんや?」
「私、こんな事にはやてちゃんを巻き込んじゃったんだね…… ごめん。」

 なのはは何度も『やり直し』をしなければならないのは自分だけだったのに、はやてを巻き込んでしまった事を謝った。

「なのはちゃんは悪くない――ううん、これでよかったんや。」
「え?」
「だって、なのはちゃんを1人ぼっちにしないで済むやん。」

「はやてちゃん……」
「なのはちゃん!」

がしっ

 また抱き合う2人を、暫く放置することにした師匠は追加のお菓子と紅茶を取りに家の中へと入っていった。



────────────────────



 意識が覚醒する。
 でも眼は開けない。
 リンカーコアから湧き出る魔力を感じ、コントロールする。

「ぁぁ」

 左腕がある。
 けれど、魔力はあの頃よりも多い。
 前回鍛えた分と、その後ではやてちゃんと一緒に師匠の下で鍛えたられた分がそのままこの体に宿っている。

「はやてちゃん……」

 精神を集中し、魔法を構成、想いを届ける。

【なのはちゃん!】

 互いの想いが通じた。

【私は今戻って来たけど、はやてちゃんはどう?】
【私も今起きてリンカーコアを確認した処や。】

 お互いがお互いの状況を確認できた事に安心する。

【あ、今日って何日かな?】

 師匠の推理が正しければ今日はジュエルシードが発見された、又は地球に落ちてきた日のはずで――春休みの前だったら、2年生をもう一回やらないといけない。

【携帯は?】
【枕元に無いの。 だから、今日は学校じゃないと思うんだけど……】
【ほなら、今日『図書館で意気投合して友達になる』?】

 はやてちゃんの提案は凄く嬉しい。
 私も早く会いたい。 会って話をしたい――だけど

【待って、アリサちゃんやすずかちゃんと遊ぶ約束があるかもしれない。】
【そっか――私と接触したら猫姉妹がなのはちゃんを調べるかもしれないんやったね。
『友達との約束を放り出して私と会った』のを不審がられたら後で面倒かもしれん。】

 こちらとしては勘弁してほしい『覚悟』をしている人たちがストーキングしているのだ。

【うん。 ごめんね?】
【気にせんといて。 今のは私が悪かった。
 焦って動いて、それで失敗したら元も子もないってわかっとるのに……】

 正直勘弁してほしいが、だからと言って何もするわけにいかないのがもどかしい。

【計画通り管理局のクロノ――クロノ――……】
【クロノさんと仲良うなったら猫さんたちの監視も甘くなる?】
【そう! それ!】

 師匠の知る世界通りなら、グレアムさんの猫さんたちはクロノさんと戦闘の訓練をしていたらしく、そのせいでクロノさんは猫さんたちの気配にすごく敏感になっているらしい。
 はやてちゃんとクロノさんが仲良くなれば猫さんたちの監視行動に支障がでる――かもしれない

【ジュエルシードを探すついでに猫さんたちの魔力も探してみるから、それまではトレーニングしちゃダメだよ?】

 はやてちゃんが魔力に目覚めた事を知られたらどんな手段に出るか想像もできない。

【わかってる。】
【猫さんたちが居ない時に、一緒に空を飛ぼうね。】
【うん! 今からすごい楽しみや。】

 あの世界で私とはやてちゃんと師匠の3人で暮らしていた時には自由に歩いたり走ったり飛んだり瞬間移動したりできたけど、また車椅子生活になっちゃったから辛いはずだ。

【あ、闇の書に】
【そっちもわかってるわ。 吸い取られる魔力の量をかなり少なくしたから、あの子たちが出てくるのは12月くらいになるよ。】

 計画通りにいけばシグナムさんたちがプレシアを蒐集する事はないはずだが、この世界が師匠の知っている通りに進むとは限らない。
 だから闇の書が吸い取られる魔力の量を減らすことで時間を稼ぐ事で、万が一の事態になってもその時に――プレシアさんの病気が悪化していて、どう見ても蒐集に耐えられない体になっていたならば、前回の様に『仇討ち』される事はないだろう。

【おかげで体の調子がかなり良くてな? 石田先生をごまかすのに苦労しそうやわ。】
【そうだね。 石田先生は優秀な人だから、違和感を持っちゃうかもしれないね。】
【なのはちゃんも大変やろ?】
【え?】
【だって、一回受けた授業をわからないふりせんといけないんやで?】
【あ!】

 成績が良くなっても悪くなっても、家族や友人が変に思うかもしれない。

【うわぁ…… 前はどのくらいの成績だったかなぁ……】
【くふふ――私と早く合流できたら、成績が良くなっても『図書館で勉強してるから』って言い訳ができるようになるよ?】

 なんて魅力的な提案をしてくるんだろう。

【はやてちゃん。】
【なに?】
【できるだけ早く『友達』になろうね?】
【うん。 待っとるで。】





 念話を終えて部屋の窓から見た空はとても美しく見えた。
 はやてもなのはも、この世界を必ず守ってみせると改めて誓った。





100131/投稿



[14762] Retry02 あつめるもの、あつめられるもの
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/03/21 23:36
 庭の物陰から魔法で家の中を盗聴するのは何度目になるだろうか?
 昨日、八神家に設置しておいた魔力感知装置からあの子の放出魔力量が減った事を知った時には、闇の書になんらかの変化があったのかと焦ったのだが、肝心の闇の書には何の変化もなく、あの子も足が悪化したなどの変化はないようだった。

【装置の故障じゃないの?】
【違うわね。 ほら、私たちの魔力にちゃんと反応している。】

 装置を見せるとロッテも納得した。

【一応記録を取ってお父様に報告しましょう。】
【そうだね。
 ……それに、確かにあの子の体から感じる魔力の大きさが小さくなっているし。】

 人間の女性はあれくらいの年頃から肉体的にも精神的にも不安定になる事もあるらしいとはいえ、この変化は正直想定外だ。

【ええ、少し心配だわ。】

 常日頃から放出されている魔力量がこんなに減ってしまったという事は、あの子から闇の書へと流れている魔力の量も減っているのだろうか?
 もしそうなら『私たちの計画』は予定よりも遅れる事になるが、言い方を変えればそれは準備期間が増えたという事でもある。 それはそれでいいのだ。
 問題は、それとは逆に今まで通り魔力を喰われている場合だ。
 もしそうだったら、闇の書が起動する前にあの子は死んでしまうかもしれない。

【『計画』の為にも、暫く様子を見た方がいいかもしれないわね。】

 そうして私たち2人の観察は始まる事になった。





「そうや、今日は図書館に行こう。」

 私しかいない家の中で不自然ではない程度に大きな声で、自分自身に言い聞かせるようにそう宣言する。 2日前から私を監視している猫さんたちに聞かせる為だ。
 何故そんな事がわかるのかというと、猫さん2人の魔力を感じる事ができるから――という事だけではなく、あの時「絶対に悪用厳禁だからね?」という忠告と一緒に教えてもらった『近距離念話盗聴魔法』のおかげである。

【面倒な事になったね。】

 ロッテと呼ばれている猫さんが本当に面倒くさそうにそう言った。
 監視対象に動き回られると面倒だという事はわからないでもないが、監視されている身としてはその言い分にイラッとしてしまう。

【愚痴を言っても仕方ないわ。 あの子にはあの子の生活があるのよ。】

 その通りやアリアさん、あんた今良い事言うた。
 読書は私のライフワークなんやし――何よりそんな事はあんたらもとっくの昔に知っとる事なんやから、そんなに面倒くさがらんでもええやんか。

【それはわかっているんだけどね。
 一日中家に居てくれればお父様への報告が楽だったのに……】

 報告が楽て……
 あんたら私に変化が無いか調べに来てるんやないの? 家で家事したり近くのスーパーで買い物したりしてるだけの私を監視するだけで何がわかるん?
 というか、一日中家に居たらただの『引き篭もり』やん?
 それともなに? ロッテさんはグレアムおじさんに「はやては引き篭もりになってた」って報告したいって事なの? 変化の調査ってそれでええの?

【そんな事よりも――図書館までの尾行は任せるわ。
 私は図書館に先回りしていつもの様に普通の大学生の姿になって待機しておくから。】
【はいはい。】

 へぇ…… 私が図書館に居る時はアリアさんが大学生の姿で監視してたんか。 一体どんな姿なんやろ? 猫から見た『普通の大学生』って、ちょっと気になるな。

「戸締り良し! ほな、行ってきます。」

 玄関の鍵を閉め、門を出ようとしたところで郵便受けの中に何か――ピザ屋さんのチラシが入っているのを見つけ、取り出す。

「またこのピザ屋さんか。 図書館のゴミ箱にでも捨てよ。」

 私はそのチラシを折り畳んでポケットに入れた。





「この本ですか?」
「え? あ、ちゃうよ。 その隣の――」
「これ?」
「そう! ありがとう。」
「どういたしまして。」

 あの子の手が届かない所にあった本を親切な女の子が取ってくれた。

「あ、何か探しているなら手伝うで? 私、この図書館については結構良く知っとるから。」
「いいの?」
「まかせとき!」

 どういう流れなのかよくわからないが、どうやらあの2人は意気投合したみたいだ。

【気づいた?】

 図書館の入り口で待機しているロッテが聞いてきた。

【ええ。 ……あの女の子、すごい魔力を持っているわ。】
【もしかして、闇の書の事がどこかにばれた?】
【その可能性は否定できないけど――それなら私たちがこうやってあの子を守っている事にも気づいているんじゃないかしら?】

 そもそも闇の書の事がばれたとしてもあんな女の子1人だけで接触するだろうか?
 こうやって私たちが魔力を隠すのでなく抑えるという手段をとっているのは、万が一第三者にあの子と闇の書の事がばれた時、同時に私たちの存在にも気づかせる事で、自分たちより先に闇の書の存在に気づいているにも関わらず手を出さない者がいるのは何故かと警戒させる意味もあって――よほどの馬鹿でもない限り、こちらの監視を無視してあの子に直接接触してくるような事はないはずだ。
 ……あの女の子が実は老練な魔法使いが姿を変えているとかいう事でもない限り。

【とにかく、あの女の子の情報が欲しいね。】
【図書館の利用カードがあるならそこから住所氏名はわかるわよ。】
【……それもそうだね。】

 今2人は同じ机で昔の地図を広げている。
 あの女の子は学校の勉強で気になる部分があったのでそれを調べにきたとか言っていて、その様子に嘘は無いように見えるが……

【今夜はあの女の子の事を調べなきゃいけないから……】
【徹夜ね。】

 はぁ……

「くふっ」
「もうっ! 笑っちゃだめだよ。」

 あの子が吹き出して、それを女の子が小声で注意した。
 まったく…… 何も知らないお子様は気楽でいいわよね。





 結局アリアとロッテの2人が、ゴミ箱に捨てられたチラシ――の中に『折り畳まれる事で魔法陣が完成し、その魔法陣が崩れた時に1度だけ信号を発信する』という仕掛けがなされていた小さなメモ用紙の存在に気づく事はなかった。



────────────────────



 最近なのはの様子が変わった。
 お店から戻ったら家じゅうがピカピカになっていたとかお夕飯が準備されていたとか、そういう事だけではなくて――

「お母さん、明日友達を呼んでもいいかな?」
「もちろんいいわよ? お菓子を3人分用意しておくわ。」
「あ、2人分でいいよ。」
「あら、そうなの?」
「うん。 来るのははやてちゃんだから。」

 はやてちゃん?


「新しいお友達?」
「え? あ、そうか。
 うん。 この前図書館に行った時にお友達になったの。」

 これだ。 こうやって時々、私たちが知らない事を知っていて当然という感じで話に出してきて、そう言えば知らないんだっけというように説明をする。

「図書館? この前昔の地図を探してくるって言っていた?」
「うん。」
「そうなの。」

 1週間前に知り合った子を家に呼ぶなんて、こんな事今まで無かったのに……

「わかったわ。 それじゃあ家に2人分の」
「あ、明日はまず碧屋の方に来て貰おうかなって」
「そうなの?」
「うん。 迷惑ならやめるけど」

 ああ、変に気を使うところは変わらないのね。

「なのはがお店の方に誘うって事は、お店に迷惑をかけるような子じゃないってことでしょう? それなら何人でもよんでいいわ。」
「ありがとう!」

がばっ

「なのはったら……」

 最近こういったスキンシップが増えている。
 嬉しい事は嬉しいんだけど、この年頃の子がこんな抱きつき癖を持ってしまってもいいのかどうか…… どこかにしまってある育児本を探してみようかしら。





「八神はやてです。 よろしう。」

 翌日、なのはが連れてきた子は車椅子に乗っていた。

「なのはの母の桃子です。 よろしくね、はやてちゃん。」

 ちょっと驚いたが同時に合点がいった。
 なのは1人だけじゃ車椅子の子を家に入れるのはちょっと大変ですものね。

「なのはの父の士郎です。 図書館ではなのはの本探しを手伝ってくれたそうで」
「あ、私も高い場所にある本を取ってもらったからお互い様ですよって。」
「それでも、ありがとう。」
「なんか照れるわ。」

 顔を真っ赤にしちゃって――かわいい子ね。

「はやてちゃん、私たちはあっちの席ね。」
「うん。 ほな、今日はごちそうになります。」
「ええ。」



 彼女は、彼女にとっては娘の新しい友達でしかなかい少女が、実は彼女の娘にとってはもう1年以上一緒に過ごした親友であるという事には当然気づけなかった。



────────────────────



 草木も眠る丑三つ時――かどうかはわからないが、高町なのははベッドから飛び起きた。
 次元の歪みと憶えのある魔力が空から落ちてくるのを感じたのだ。

【なのはちゃん!】

 親友から念話が届く。

【はやてちゃんも起きたんだね。】
【え?】
【え?】
【あ、いや、その……】

 はやてはなのはの様に寝ているところを起こされたのではなく、図書館で借りた本を徹夜で読んでいたのだ。

【はやてちゃん、また徹夜したの?】
【……ごめんなさい。】

 なのはがはやての徹夜を責めるのは親友の健康状態を心配しているという面もあるのだが、それとは別の理由もあった。
 前に一度、新聞の配達員は自営業の人たちでも起きないだろうという朝(?)の早い時間にはやての――徹夜明けのハイテンションな念話で起こされた事があるのだ。

【目に隈のある一人暮らしの女の子なんて――ご近所に心配されたらどうするの?】

 病院の石田先生に連絡されても困るが、勘違いされて児童養護施設などに連絡されたりしても面倒な事になるだろう。 ……可能性としてはとても低いが。

【そ、そんな事よりも! 今はさっきの違和感の事のほうが大事やろ?】
【はやてちゃん……】

 今度遊びに行った時、この話の続きをしようと心に決めた。

【世界に穴が開いたようなこの感じ、きっと輸送船の事故があったんだよ。】

 今日がこの海鳴市にジュエルシードが落ちてくる日だったのだ。

【今が深夜で良かった。】

 ジュエルシードは輸送船に乗せる時に万が一の為に簡易封印されているのだが、事故のショック、または長い放置時間のせいでその封印が解けて暴走したのではないかと考えられる、と師匠は言っていた。

【今すぐ回収するんやね?】
【うん。】

 前回は病院で目が覚めた時にはすでに5個のジュエルシードが暴走していた。 それはつまり、その5個をすぐに回収する事ができれば死傷者が出る事はないという事だ。

【早速ジュエルシードの回収に行くよ。】

 回収は早ければ早いほどいい。

【あんな、念話しているから気づいとるだろうけど、今猫さんたちいないんよ。】

 はやては魔力を感知できないと思っているのと第三者へのアピールの為に、リーゼアリアもリーゼロッテもその魔力を完全に隠したりはしていないのだ。
 前回もこの時期にいなかったからジュエルシードの回収に参加しなかったのだろう。

【あ、それじゃあ!】
【ジュエルシードを手に入れたらすぐに『次元震モドキ』でアースラっていう管理局の船を呼べるで。】

 『次元震モドキ』という名前を聞いた時、はやては師匠のネーミングセンスの無さに呆れたりもしたが、「なら、代わりに名前を付けていいよ?」と返されて、かっこつけすぎた名前しか思いつかない自分に絶望したのも今となってはいい思い出だ。

【次元震が起こればプレシアさんって人もジュエル―ドがこの世界にあるって確信するやろから――ジュエルシードを探しに来たあの子をアースラが保護してくれるやろ。】
【そうだね……】

 フェイト・テスタロッサが保護されるまでに地上に落ちている15個を全部回収しないとこちらの存在を管理局に知られてしまうかもしれないリスクを負う事になるが、はやての死亡フラグである彼女を放置しておく方がよりリスクが高いのは明白なので、できるだけ早い段階でアースラを呼び寄せる事にした方がいいだろうと師匠と一緒に話し合って決めていたのだった。

【それじゃあ、私はこの封印が今にも解けそうな2個を回収するから、はやてちゃんはそっち側の1個を回収してくれる?】
【わかった。 回収終わったらすぐに合流しよ。】
【うん。】





「ジュエルシード、封印!!」
「なのはちゃん!」

 なのはが2個目のジュエルシードを封印したのとはやてが合流したのはほぼ同時だった。

「それ2個目?」
「うん。」

 なのはは先に封印したジュエルシードをポケットから取り出してはやてに見せた。

「それじゃ予定通り私が回収してきたこれはまだ封印してないから、これを使おうか。」
「うん。」



────────────────────



「艦長!」

 次元空間航行艦船アースラ内で執務官補佐兼管制官として働いているエイミィ・リミエッタ他数名は第97管理外世界で小規模な次元震が数秒間だけ発生したのを計測、艦長であるリンディ・ハラオウン提督に報告した。

「小規模とはいえ、次元震がこれだけの時間、自然発生するなんて事が今まであったかしら?」
「私は知りません。」
「でしょうね。 私も知らないわ。」

 それはつまり

「何者かが人為的に発生させた可能性が高いわね。」

 その言葉に、その場に居る誰もが次元震を操る強大な存在が居る可能性を――その存在と戦闘する可能性を考えた。

「すぐに本局に報告。
 同時にアースラは第97管理外世界に向かいます。 ……ただし、次元震に巻き込まれないように何時でも離脱できる状態を維持したままでね。」
「了解!」

 アースラは第97管理外世界――地球に向かう。





「これは――次元震?」

 研究室の計器の動きでプレシア・テスタロッサは第97管理外世界にジュエルシードが落ちた事を確信した。

「これだけの反応を管理局が見逃す事はないだろうけど……」

 ジュエルシードが自分の目的に必要な力を持っている事が証明されたのだ。
 管理局が回収するのを指をくわえて見ている事なんてできないし、する気も無い。

「問題は人形と犬ころがどれだけ動けるか、か。」

 昔の私なら局員の10や20を蹴散らす事なんて容易かったが、病に蝕まわれた今の肉体では――良くて執務官クラスと相打ちできるかどうか。
 運よくジュエルシードを手に入れたとしても体が動かなければ何もできない、宝の持ち腐れというやつになってしまう。
 そうならない為にも今動かせる駒を活用したいが管理局も馬鹿ではないはず。
 次元震を起こせるようなモノを相手にしようと言うのに、人形でもどうにかできるような雑魚しか送って来ない――なんて考えでは危険だろう。

「警備システムの何割かをジュエルシードの確保に割いたとしても、管理局の恐怖心を煽いでしまっては意味が無い。 それで本局から応援が来られたらこちらの動きが制限されてしまう事になり、こちらの守りが薄くなってしまう事を考えるとマイナスでしかない。」

「リニスを消したのは間違いだったか。」

 アレがいれば管理局を相手にしている時でも私の所にジュエルシードを転送するくらいの事はできたはずだ。

「少し危険だけど、時の庭園そのものをもう少しだけ第97管理外世界に近付けてみましょう。 いざとなったら人形を囮にして逃げればいいだけだし。」





 アースラのリンディと時の庭園のプレシア、両者とも計測した次元震が実際には起こっていない事に気づかないまま、第97管理外世界――地球を目指した。





100207/投稿
100321/誤字修正



[14762] Retry03 しらないひと、しっているひと
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/02/14 11:55
「次元震の発生地点はここだよね?」
「そのはずだけど……」

 フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフは時の庭園で計測されたデータを元に割り出された次元震の発生地点にジュエルシードを捜索しに来ていた。

「公園だね。」
「うん。」

 4人の小さな子どもがブランコで遊んでいて、おそらくその子どもたちの親たちが2つの並んだベンチを独占している。

「次元震が起きたとは思えないくらい、のんびりしているね?」

 小規模とはいえ次元震が発生した以上それなりの被害が出ていてもおかしくないのに、ここに居る人たちは普段通りの生活をしているように思える。

「この国はよく地震が起きるらしいから、みんな勘違いしちゃっているんじゃないかな?」
「そうかねぇ?」

 地震なら発生源がわかる程度には科学が進んでいるらしいのに、発生源のわからない地震の後でもこんなにのんびりしていられるものだろうか?
 アルフの持つ疑問はやがて彼女が心底嫌いな相手への批判へと繋がる。

「次元震を起こしたのはジュエルシードっていうロストロギアだったっけ?」
「え? そう言う名前だったと思うけど?」
「本当にそんな物があるのかねぇ? 言っちゃ悪いけどあまり信じられないんだよね。」
「アルフ?」

 母の言葉を信じられないという使い魔を信じられないという目で見つめる。

「だってほら、あの女の命令通りにこうやってわざわざカツラとカラーコンタクトでこの国の平均的な外見に変装しているっていうのに、なんだかじろじろと見られているだろ?
 その時点で私はあの女の言っていた事が信じられないよ。」

 母親と子供しかいない公園に若い女とそれなりに小さい少女が2人連れで来たのだ。
 それゆえにベンチに座って井戸端会議している主婦たちに「もしかして、あの2人は親子なのかしら?」という目で見られているだけなのだが、それがわからないアルフにとってこの状況は、プレシアの言葉の信憑性に疑問を持つのに充分だった。

「でもほら、母さんもこの世界の事をよく知らないのかもしれないし……」
「あの女はこの世界の事をよく知らないってのにこんな姿を強要したのかい?」
「そ、それは……」

 そんなアルフの言葉に、フェイトは言い返す事ができない。

「それは?」
「そ、それ――!?」
「!」

 その時、2人はこの場所に近づいてくる存在を察知した。

「この魔力――魔導師か?」
「アルフ、隠れるよ。」
「うん。」

こそこそ





「ここが次元震の発生地点なのか?」
「そのはずだけど?」

 クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタは次元震の調査に来ていた。

「こんなに穏やかな場所で?」
「被害が少なすぎる気がするけど、確かにこの場所が発生地点だよ。」

 エイミィは専用のストレージデバイスを弄りながらクロノのしつこい質問に答える。

「まいったな……」
「そうだね。 こんなに人がいたらこっそり調べるなんてできないし、だからといって結界を使うわけにもいかないし。
 とりあえず空いているベンチを探して、そこで調べられるだけ調べてみようよ。」

 次元震の発生が自然現象だと断言できるなら結界でも何でも使って大規模な調査をする事もできるのだが――何者かが意図的に次元震を発生させたのだとしたら、その犯人はこの場所を監視している可能性が出てくるので結界どころか今こうやって魔力持ち2人がこの公園に入って来たことにすらなんらかのリスクがあるかもしれないのだ。

「ああ、頼む。」
「はい、頼まれました。」

 空いているベンチを見つけた2人はそこに座って調査を開始する。

「それじゃあクロノ君。」
「うん?」
「『カップル』と『姉と弟』、どっちがいい?」

 エイミィは素敵な笑顔でどの演技をするか聞いてきた。

「『同じゲームで遊んでいる友人』でいいんじゃないか?」

 クロノは懐からエイミィが使っているのと同じストレージデバイスを取り出す。
 エイミィとの付き合いが長いクロノにとって、彼女がこうやって自分をからかってくる事は想定済みなのでその対策を考えて行動していたのだった。

「え~。」
「『え~。』じゃあないだろ? ほら、真面目に仕事し――」

 ストレージデバイスに魔力を通して周辺の簡易スキャンを始めた瞬間、この世界では極めて珍しい部類の生命体反応を探知した。

「エイミィ……」
「うん。 この反応は使い魔だね。」

 使い魔がこの公園内にいる。 その反応の横に居るのは使い魔の主人だろうか?

「この2人が次元震を起こした?」
「僕たちと同じように次元震を感知して調べに来ただけのアンダーグラウンドの住人という可能性もあるが――どちらにしても話を聞く必要があるな。」

 次元震についての情報を持っているかもしれない。

「魔力は隠しているのに使い魔の生体反応を偽装していない理由がわからないけどね。」

 頭隠して尻隠さずとはまさにこの事だ。

「油断はできないぞ。 そもそも使い魔の生命体反応が他の動植物と比べて――というのは元々管理局独自の技術で、洩れたのも近年だからな。」
「それもそっか。 ……ミッドからこんなに離れた世界に身を隠していた為に最新の情報に疎いけど、その実力は――って可能性も確かにあるしね」。

 エイミィの言葉に静かに頷きながら、クロノは取り出したばかりのデバイスを片付けて、代わりに普段から愛用しているデバイス――S2Uをポケットから取り出す。

「次元震を起こしたのがこの2人なら今すぐ捕縛してもいいんだが……」
「うん。 調査に来ただけで次元震と無関係、しかも次元震を起こした奴はこちらを盗み見している可能性は否定できないもんね。」
「僕が周囲を警戒している間にスキャンを終わらせてくれ。」
「了解。」





 フェイトとアルフはそんなクロノとエイミィの様子をこっそりと見ていた。

「黒服の方が警戒態勢をとったよ。」
「すぐに襲ってこない事を考えると、あの2人は次元震を調べに来ただけと考えた方がいいのかもしれないね。」

 あの2人がジュエルシードで次元震を起こしたのだとしたら、こんな人通りの多い場所で広域スキャンをするとは思えない。

「あの2人、時空管理局かな?」
「一番可能性が高いのはそれだね。」

 2人は少しずつクロノとエイミィから離れていく。

「じゃあ、やっぱり母さんは嘘を言っていなかったんだ!
 だって、時空管理局が次元震を調べに来たんだもん! ね? アルフ?」

 勝ち誇った顔でそう言うフェイトを見て、アルフは少し泣きそうになった。

「そんな事よりも、さっさとこの場所から離れようよ。」
「ちょっ、アルフ?」
「ほらほらほら」

 泣きそうな顔を見せない為にフェイトの腕を引っ張って走っていく。





「行っちゃったね?」
「ああ。 だがこの場所を監視している存在がいる可能性は消えない。」

 クロノはS2Uを片付けず、そのまま警戒態勢を維持する。

「はいはい。 調査は私がするから、クロノ君は私を守ってね?」
「ああ。 任せておけ。」

 そう言ったクロノの真剣な顔は、エイミィに「やっぱり男の子なんだな」と思わせた。



 しかし、そんな2人に近づく存在がその20分後に現れた。



「まだ3時ちょいやというのに、もうアベックさんがイチャイチャしとる。」
「え?」

 どこから攻撃されてもエイミィを守れる体制を維持していたクロノはその声が明らかに自分とエイミィの事だと気づいて焦ってしまい、思わず声を出してしまった。

「学校サボってデートするんは個人の自由やけど、あんな小さい子供たちの目の前でそういう事をするのは正直どうかと思うで?」

 2つあるブランコを4人で順番に乗って遊んでいたはずの子供たちが、1つのブランコに男女のペアで座って……

「ぅ、ぇ?」
「ほら、さっきからあっちのおばさんたちも2人の事を『若いっていいわね』とか『私も若い頃は』とか言って、話のタネにしとるやん?」

 井戸端会議をしていたおばさま方が、一斉に目をそらした。

「なっ!?」
「いや、別に責めてるわけやないんよ?
 世の中には他人に見られている方が興奮するっていう特殊な性癖を持っている人も」
「エイミィ! 行くぞ!」
「え? でも、まだ!」

 クロノはエイミィの腕を掴むとそのまま逃げ出す。

「あらら、ちょっとからかいすぎたかな?」

 魔力を感じて様子を見に来たはやては走り去っていく2人の後姿を見て少し反省した。





【クロスケ……】
【こんな子供にからかわれて逃げ出すなんて、鍛え方が甘かったかしら?】
【今度あのエイミィって子がいる時に会いに行こうか?】
【……いいわね。】

 クロノの未来に2匹の猫が立ち塞がろうとしていた。



────────────────────



(4個目GET!)

 学校からの帰り道、なのはは記憶通りの場所でジュエルシードを回収する事に成功した。
 前回はアリサとすずかは習い事などの用事があったので一緒に帰れない日は少し寂しいと思っていたのだが、今日に限っては好都合だったといえる。

(遅くなると心配させちゃうから、後1個回収したら今日は帰ろうっと。)

 アリサとすずかには今度の休日は用事があるから一緒に遊べないと言ってあるので、手元にあるのを含めて今週中に10個は回収する事ができるだろう。

(猫さんたちがいない時ははやてちゃんも回収するって言っていたし、この調子なら地上の15個は思っていたよりも早く回収終わっちゃうかも。)

 なのはは近くにあるはずの6個目のジュエルシードへと向かった。





カランコロン♪

「いらっしゃいませー。」

 時空管理局の者だと思われる2人に見つかる前に逃げ出す事に成功したフェイトとアルフは碧屋という喫茶店で休憩する事にした。

「へぇ…… フェイト、どれも美味しそうだよ。」
「そうだね。」

 今は大人の女性を演じているが、もしも尻尾を出していたらブンブンと大きく振っているんだろうなと、アルフのきらきらと光る眼を見てフェイトは思った

カランコロン♪

「いらっしゃいませー。」

 緑色の髪の女性――リンディ・ハラオウンが店に入って来た。

「私はこれを頼むからさ、フェイトはこれを頼んで半分こしないかい?」
「ん~…… そっちもおいしそうだけど、こっちの赤い方が気になる。」
「そうかい? じゃあ、そっちでもいいよ。」
「でも、半分こするにはちょっと小さいよね。」

 カウンターにいる桃子とケーキを選んでいるリンディは2人の悩む様子がとても可愛らしくて思わず微笑み合い――何故かその一瞬で意気投合した。

「それじゃあ、これと、これと、これの3つ食べちゃおうよ
「アルフ…… 夕御飯のお肉が減る事になるよ?」
「え! う~ん…… いいよ。
 お肉より、フェイトと一緒に楽しくおやつを食べる事の方が大事だもの。」
「アルフ……」

 あら意外、子供の方に主導権があるのね。
 そうですね。 妹に甘いお姉さんなんでしょう。

 桃子とリンディが視線でそんな会話をしているという事にまったく気づかないアルフとフェイトはケーキを3個と紅茶を2種類頼んで席に着いた。

「それじゃあ、私はこのケーキを1つ――と、このシュークリームを30個持ち帰りで。」
「はい。」

 注文を終えたリンディはアルフとフェイトの隣の席に着いた。

「それで、これからどうしようか?」
「う~ん。 できるだけ接触しないようにしたいよね。」

 あのエイミィと呼ばれていた方は強そうではなかったが、彼女を守ろうとしていたクロノという少年はかなりできる
 フェイトと2人で戦えば何とかできるだろうが、それも相手があの少年1人なら、だ。
 時空管理局と名乗る組織からやってくる敵はあの少年と同レベル――それ以上の敵が何人もいると考えるべきだろうとアルフは考えていた。

「最終的には奪い合う事になるんだろうけど、それでもやっぱりぶつかり合うのは最小限に抑えるべきだと思うよ?」
「そうかな?」

 2人の隣の席でケーキと紅茶を待ちながら聞き耳を立てていたリンディは、この2人は対戦ゲームでもしているのか? この国の女の子の流行は結構物騒なのねと思っていた。

「ほら、何度も戦ったらこちらの戦力が2人だけだってばれちゃうだろうし、そうなったら絶対に消耗戦を仕掛けてくるよ。 もし私があっち側ならそうするもん。」
「消耗戦……」
「そうだよ。 何度も戦ったら、こっちの戦力も手の内も全部ばれちゃうだろうから、ジュエルシードをあの女に届ける事なんてできなくなっちゃうよ。」

 あの女? 同じチームにもう1人いるのに戦力は彼女たちだけなのか?
 それとも戦って手に入れたジュエルシードというアイテムを届けるNPC?

「そうだね、母さんの為にもジュエルシードは絶対に手に入れて届けないと……」

 あの女=フェイトという少女の母親?
 いや、ゲーム内でそういう風に呼び合っているのか?

「はい、ご注文の品の――」

 桃子がケーキと紅茶を席に置いたらゲームの話は終了。
 後はもうこのケーキはどうのこうのという女の子らしい会話になった。

 しかし、実に興味深い。 帰ったらエイミィに調べてもらおう。
 ジュエルシードという単語で検索をしたらすぐにわかるだろうし……





 最初に注文したケーキとは別のケーキも食べ終えて満足したリンディがお土産を持って喫茶店を出て――暫く歩いていたら、大きな魔力が近づいてくるのを感じた。

「そんな…… あんな子供が?」

 近づいてきているのは隣の席で美味しそうにケーキを食べていたフェイトという子と同じ年くらいの女の子だった。

「ど~なぁど~なぁ~♪」

 その子は暗い曲を楽しそうに歌いながら先ほど出たばかりの喫茶店に入っていった。

「お母さん、ただいま~。」
「あらなのは、おかえりなさい。」

 とっさに魔法で聴力を強化して、喫茶店の中の会話を盗み聞く。

「親子?」

 しかし、母親の方から魔力を感じなかった。

「この世界で稀にある事例の1つって事かしら?」

 ギル・グレアムというこの世界出身の知り合いがいるリンディは、なのはの大きな魔力についての推測がすぐにできた。



────────────────────



「艦長、本局から次元震の発生原因かもしれないロストロギアについての資料が来ました。」
「ロストロギア?」

 アースラに戻ったリンディは先に帰ってきていたエイミィからこの世界で聞く事になるとは思っていなかった単語が出てきて少し驚いた。

「なんでも、あの有名なスクライア一族が発見した物で、その余りの危険さに発見されて1ヶ月も経たずに本局送りになる事が決まったものの、輸送中に原因不明の事故が起きてしまったとかで――詳しい事はこの資料に。」
「わかったわ。」

 ロストロギアか。 厄介な事件になりそうね。

「あ、そうそう、これお土産ね。 後でみんなに配ってちょうだい。」
「わかりました。」

 エイミィに24個のシュークリームが入った袋を渡して席に着いたリンディは受け取った資料を読み始め――ぶはっと吹いた。

「艦長?」
「母さん?」

 ごほっ ごほっ

「大丈夫ですか?」

 エイミィが優しく背中を撫でてくれる。

「だ、大丈夫よ。
 ちょっと――いや、かなり驚いてしまっただけで。」

 読み始めた資料の1ページ目には『ジュエルシード』という単語があった。





100214/投稿



[14762] Retry04 おもい、なやむ
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/02/21 12:47
「はぁ?」

 クロノ・ハラオウンはこの艦の責任者であり自分の母親でもあるリンディ・ハラオウンの言っている事があまりにも想定外すぎて理解できなかった。

「もう一度言ってくれませんか?」
「だからね、シュークリームを買った店で見かけたフェイトちゃんとアルフちゃんっていう2人の会話にジュエルシードって言葉が出たのよ。」

 他にも戦力は2人だけとか消耗戦を仕掛けられたらキツイとかなども言っていたのよ――と、明後日の方向を見ながら彼の母親は続けた。

「ジュエルシードの情報がもう少し早く届いていたら、尾行なり何なりしていたのだけど。」

 知らなかったのだから仕方ない。

「クロノ君、もしかしたらその2人はあの公園で隠れていた人たちかもしれないね?」

 2人組が公園から離れてその喫茶店に入ったのではとエイミィは考えた。
 クロノも公園から喫茶店までの距離や時間からその可能性は高いと思ったが――

「その可能性もあるが、今は別だと考えておこう。」
「そうね、限りなくAにちかいBと言う事にしておきましょう。
 フェイトチームの戦力が2人だけだという事はわかっているのだからAとBが同じでも何にも問題はないのだから、同じじゃなかった場合の事を想定して動いていた方がいざという時の対応策を練りやすいわ。」

 ハラオウン親子は揃って同じ答えを出した。

「なるほど、確かにその通りですね。
 それじゃあ、とりあえず今私たちが警戒すべき相手は――」
「エイミィ?」

カタカタカタ
 エイミィの指が動くとメインスクリーンに文字が増える。

A フェイト&アルフ(+母さんと呼ばれている人物)
B 使い魔&その主(Aである可能性あり。 フェイト=主?)
C ジュエルシードで次元震を起こした存在(AorBである可能性あり。)

「私たちが敵対する可能性があるのはこれくらいでしょうか?」

 エイミィはクロノとリンディに確認する。 世界を滅ぼす事が可能なロストロギア、ジュエルシードが関わる可能性が高まった為に今の内から本局に応援を求める準備を始める事にしたのだ。

「エイミィ。」
「なに?」
「Cはジュエルシードそのものである可能性もある。」
「え? あ!」
「それに次元震を発生させるのにジュエルシードを使っていない可能性もあるわ。」
「じゃあ、これをこうして」

A  フェイト&アルフ
  (ジュエルシードを探している。
   母さんと呼ばれている人物が輸送船事故の原因である可能性あり。)
B  次元震の調査に来た使い魔と1人(Aである可能性あり。)
C1 次元震を起こした存在。(ジュエルシード?)
C2 次元震を起こした存在。(ジュエルシードを使用。 AorBの可能性あり。)
C3 次元震を起こした存在。(ジュエルシード無関係)

 フェイト&アルフの会話から、彼女たちが『発見されたばかりのロストロギア』がジュエルシードである事を知っていて、そのうえ『輸送船が事故に会って中身が行方不明になった』という事も知っている事がわかる。
 管理局に努めている自分たちでさえジュエルシードの情報を知ったのはついさっきだという事からも、このフェイトの母親という人物が『ジュエルシードを運んでいた輸送船事故の原因』である可能性が高いと判断したのだ。

「そうだな。 今はこれでいいんじゃないか?」
「そうね。 正式な物ほどの効果は無いでしょうけど、とりあえずコレを膨らましたレポートをレティに送っておけば、必要な時の人員を確保しておいてくれるでしょう。」

 Aとジュエルシードの争奪戦になる事はほぼ確実なのだから、武装隊を確保できるのならしておきたいと考えるのは当然である。

「それじゃあ、これを元に適当に作っておきます。」
「ええ、お願い。 できあがったら私の方からレティに送るわ。」

 リンディは親友を丸めこむと言外に告げる。

「はい。 戦力の確保お願いします。」
「ええ。」



────────────────────



「7個目GET!」

 今日のジュエルシードは家からかなり離れた場所にあったから、8個目は明日――はすずかちゃんの家に行く事になっているから明後日かな?

「暴走しそうなジュエルシードは今の処ないみたいだから、焦らないで回収しよ――!?」

 この空間に穴を開けるような感じと魔力は、転移魔法?
 すると考えられるのは、封印魔法に使う魔力は攻撃魔法とかよりも消費が激しいからそれを感知されちゃったってところかな?
 でもこんな路地裏で転移してくるなんて、一般人に見つかったらどうするんだろう?

「例えば、私みたいなただの通りすが――ぁ」

 しまった。 学校からも距離があるのにこの制服を着ていたら怪しまれちゃうよね?
 仕方ないからそこにある大きな車の陰に隠れよう。

ガサゴソ



「ここか?」
「うん。」

 男の子の声と女の人の声?

「何の魔法が使用されたのかはわからないけどね。」
「いいさ。 結界の形跡も戦闘の形跡も無い事から考えて、使用されたのはおそらく封印魔法だと推測できる。 そして、今のこの状況で封印しないといけないのは」
「ジュエルシードだね。」

 うわぁ…… その通り過ぎる。

「そういう事だからエイミィ、僕から離れるなよ?
 魔力を観測してすぐに跳んで来たんだ。
 飛行も跳躍もした形跡が残っていないから、そう遠くには言っていないはずだ。」
「うん。」

 そしてなんという男前……
 もしかしてこの2人は恋人なのかな?

「周囲の警戒は僕がするから、エイミィは周囲のスキャンを頼む。」
「もうやってるよ。」

 どうしよう?
 周囲のスキャンって事は、私が車の陰に隠れている事はもう気づかれているよね?

「というわけで、そこに隠れているのはわかっているんだ。」
「時空管理局の者です。 無駄な抵抗はせずにこちらの指示に従ってください。」

 以前よりも認識障害機能に磨きのかかったバリアジャケットを纏う。

「クロノ君、何か魔法を使ったよ?」
「抵抗する気か?」

 クロノ君?
 もしかして、計画通りに進んだらあのフェイトさんのお義兄さんになるだろうって師匠が言っていた人なの?
 でも、今はそんな事よりもこの2人から逃げなく――あれ?

《フォトンランサー》
「くっ、何だ?」

 突然、たくさんの黄色い魔力弾がクロノさんたちを襲った。

「ジュエルシードを渡してもらうよ!」
「きゃあ!」
「エイミィ!!」

 赤い狼――アルフさんがエイミィさんを襲う!
 という事は、管理局とフェイトさんと私――ここでまさかの三つ巴?

「この女が大事なら、ジュエルシードを渡せ!」
「こっのっ」

 アルフさんがエイミィさんを地面に抑えつけながらクロノさんを脅迫する。

「残念だったな。 ジュエルシードならそこの車の陰に隠れているや」
「騙そうとしてもそうはいかないよ。
 現にこの場には私たち4人の生体反応しかいないじゃないか。」

 ……バリアジャケットつけて良かった。

「いや、それは」
「いいから! さっさとジュエルシードを」

 このままこの場から飛び去るのは簡単なんだけど……
 これじゃあ後で気になって気になって眠れなくなっちゃうよぅ。

「それともジュエルシードを持っているのはこの女の方なのかい?」
「エイミィの上からど くっ」

 エイミィさんを助けようとしたクロノさんをフェイトさんが牽制した。

「悪いけど、この服破かせてもらうよ。」
「ちょっ やめて!」

 このままじゃ、クロノさんとフェイトさんの間に修復不可能な溝ができちゃってフェイトさんがクロノさんの義妹になれなくなっちゃうかもしれない……

「エイミィ!」

 仕方ない……

「『一般人気絶魔法』出力全開!」
「きゃぁっ!」
「エイミィ!?」
「なんだ!?」

 私は隠れていた車の陰から飛び出してアルフさんとエイミィさんを攻撃した。
 結果、エイミィさんは気絶してアルフさんはふらふらしてる。

「自分の欲望の為にこの世界を消滅させようとしている人や、悪用するつもりの管理局にジュエルシードを渡すわけにはいかないんだ!」
「なっ!?」

 計画通りなら海の上で言うはずの台詞を少しアレンジして言っておく。

「なにを言って――」

 思った通り、気絶したエイミィさんを放っておけないクロノさんとふらふらしているアルフさんをそのままにできないフェイトさんはその場から高速で飛んでいく私を追いかける事はできなかった。
 私の捨て台詞で頭が混乱しちゃったからって事もあるだろうけど。

「問題は、アースラっていうお船の機械にこのバリアジャケットの認識障害機能がどこまで効果があるのかだけど……」

 前回、フェイトさんは闇の書の主であるはやてちゃんを見つける事ができた。
 それはつまり、プレシアさんの機械はヴォルケンリッターの追跡はできたけど私を見つける事は出来なかったっていう事。
 管理局はジュエルシードがこの世界にある事に気付かなかったのにプレシアさんの機械はジュエルシードがこの世界にあるって計算したんだから、管理局よりもプレシアさんのほうがいい機械を使っていたという事になるけど……

「でも、前回アースラはこの世界を見ていなかった。」

 時空を超えた犯罪者を捕まえる事もあるアースラの機械が世界を定点観測しているだけの機械よりも性能の良い物である可能性は否定できない。

「できるだけ人のたくさんいる場所でこっそりバリアジャケットを解除だったかな?」

 例えばスーパーや百貨店とかなら、そこに正体不明の魔導師が入った事はわかっても個人を特定する事は難しいはず。
 顔がばれちゃっていたら意味が無いんだけど――その時はその時でプランBに移行する。

「でも私のバリアジャケットなら大丈夫だって師匠も言っていたから、大丈夫なはず。」



────────────────────



「管理局がジュエルシードを悪用?」
「はい、あの『白いもやもや』は確かにそう言いました。」
「私は気絶しちゃったので聞いていないんですけど。」

 万分の一の力でも暴走したら世界を滅ぼしてしまうような危険な物の悪用の仕方なんて、世界を滅ぼすくらいしか――でも、欲望の為に世界を滅ぼそうとしているのは金髪の少女と赤い狼の使い魔の方なのよね?

「でも、その『白いもやもや』は『一般人気絶魔法』というふざけた名前の魔法攻撃しかしていないのよね?」
「はい。」

 『白いもやもや』はこちらにも、そして世界を消滅させようとしている者たちからも死傷者を出す気はないという事だろうか?

「名前通り相手を気絶させるだけの魔法でした。」
「ドクターが言うには『下手な当て身や魔力ダメージよりも安全』だそうです。」
「気絶されられた私が言うのもなんですが、気絶するだけで痛みや障害が残ったりする心配もないので、できれば管理局に教えて欲しい魔法ですね。」
「エイミィ……」

 おそらく『白いもやもや』はバリアジャケットに何か――人間や機械の目を誤魔化す機能を持たせているのだろう。

「今からその『白いもやもや』の事は『ミスト』と呼称する事にします。」
「え? あ、はい。」

 ありきたりなネーミングだと自分でも思うが、こういう物はわかりやすい方がいいのだ。

「発見次第クロノか私が出ます。 他のクルーは結界を張ってください。」
「艦長自ら出撃ですか?」
「ええ、『管理局にジュエルシードを渡さない』と言う事は、『ジュエルシードを奪う為に輸送船を襲った』可能性も――わずかですが――あるという事ですから。」

 次元航行が可能な輸送船を襲えるような敵と戦えるのは現状では2人だけだ。

「わずか――ですか?」
「ええ。 輸送船を事故に見せかけて襲うような相手なら『一般人気絶魔法』を使う理由がわからないでしょう?」
「あ、そうか。」

 輸送船の事故で負傷者は出ているのだ。

「事故に関しては、今回突然襲ってきた金髪と赤い狼の組み合わせの方が怪しいわ。」
「……そうですね。」
「でも、わずかとはいえ可能性がある限り……」
「わかりました。 でも、できるだけ僕が相手をする事にします。」
「ええ、私もレティに色々と融通してもらえないか頼んでみます。」
「それじゃあ私はアースラの魔力探知の感度をできるだけ上げてみますね。」
「あ、その前にレポートの」
「あ、はい。」

A  フェイト&アルフ
  (ジュエルシードを探している。
   母さんと呼ばれている人物が輸送船事故の原因である可能性あり。)
B  次元震の調査に来た使い魔と1人
  (Aである可能性あり。 フェイト=主?)
C1 次元震を起こした存在。(ジュエルシードそのもの)
C2 次元震を起こした存在。(ジュエルシードを使用。 AorBの可能性あり。)
C3 次元震を起こした存在。(ジュエルシード無関係)
D  金髪少女&赤い狼の使い魔
  (輸送船を襲った可能性あり。 攻撃性高し。
   第97管理外世界を消滅させようとしている? Bの可能性あり。)
E  ミスト『白いもやもや』
  (ジュエルシードを最低1個回収している。
   わずかながら輸送船を襲った可能性あり。 BorC2の可能性あり?)

「こうやってみると……」
「えーと…… 確実にAとEとは争う事になりますね。」
「C1…… ジュエルシード……」
「クロノ?」
「クロノ君?」
「もし、ジュエルシードに……」

 ジュエルシードに?

「いや、そんな機能があったら報告書に載って」
「いいから、言ってみなさい。」

 そんな言い方されたら気になるでしょう。

「……報告書に載っていないので可能性はかなり低いのですが、ジュエルシードに意思があると考えてみたらどうでしょうか?」
「ジュエルシードに意思?」
「はい。」

 デバイスでさえある程度の思考能力を持っているのだし、意思のあるロストロギアの存在も少ないながらも確認されている。

「意思があるとして、それが――ああ、なるほど。」
「はい。
 ジュエルシードが――どういう経緯かはわかりませんが、管理局が自分を悪用しようとしていると考えて輸送船を脱出。 しかし21個がバラバラになってしまった為、その内の1個が『ミスト』になって残りの20個を回収している――という事も」
「でもそれだとあの狼たちが世界を消滅させようとしているっていうのを何処で」
「次元震よ。」
「次元――ああ、Dチームが手に入れたジュエルシードで次元震を起こしたと?」
「そう考えれば辻褄は合うわね。 いびつだけど。」

 遺跡で発見された自分たちを悪用しようとしている管理局から逃げ出した――のが今回の輸送船の事故の真相で、逃げ出した世界にはその世界を消滅させようとしている存在がいて、そいつらに1個回収されてしまった事で危機感を持ったジュエルシードの1個が『ミスト』になって残りの仲間を回収しようとしている。

「かなり無理があるけれど、一応レポート書いておきます。」
「ええ、お願いするわ。」





「フェイト、あの女はこの世界を消滅させる気なのかな?」
「母さんがそんな事をするはずないよ。」

 確かに今は荒れているけど、母さんは本当は優しい人なんだ。
 そんな人が自分の私利私欲の為にたくさんの人の命を奪うような事をするはずがない。

「でも」
「母さんはそんな事、絶対にしない。」

 ね? 母さん……





『三つ巴かぁ……』
「うん。」

 電話の向こうから聞こえてくるはやてちゃんの声は少し疲れている様な気がする。

『予定よりちぃとばかし早いけど……
 まぁ、いざとなったらBに移行したらええわけやし。」

 一体どうしちゃったんだろう?

「ねぇ、なんでそんなに疲れているの?」

 徹夜にしてはちょっと様子がおかしいし……

『実は石田先生にリハビリのメニューを増やされた。』
「え?」
『お年寄りの杖が足に当たってもうた時につい「あ痛ぁ!」って言うてもうたんを』
「見られちゃったの?」
『……うん。』

 足の調子が良くなっている事を隠そうとしていたのに……

「それは災難だったね。」
『ほんまに。 足を打って痛いのにその上リハビリまで――『踏んだり蹴ったり』とか『泣きっ面に蜂』とかはこういう時に使うんやろうね。』
「それでどうするの? 石田先生はともかく」

 猫さんたちにばれたらどうなるか想像もつかない。

『ほんまにどうしよ…… 対策が全然思いつかないんよ。』

 あっちもこっちも大変な事になっちゃったな。





100221/投稿



[14762] Retry05 うごける、うごけない
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/03/21 23:40
「なのはちゃん、朝も言ったけど――」
「うん。 忍さんがお手伝いに来て、すずかちゃんと一緒に帰るんだよね。」

 無表情を装っているお兄ちゃんの顔が面白かったのを憶えている。

「うん。 最近物騒だからって。」

 お父さんとお母さんが仕入れ先や近所のおばさんたちから聞いた話だと、ここ最近海鳴市内で少し怪しい3人組が目撃されるようになったらしい。
 何でも『菱形っぽい青い石』を探しているそうで他人の家の庭を覗き見たり、誰かれ構わず写真を見せては「知りませんか?」と聞いたりしてくるのだそうだ。
 しかもこの3人組は1組だけでなく確認されているだけでも4組いるという。 つまり、12人が4つにわかれて市内のあちこちを調べ回っている――にも関わらず、警察に落し物の届け出を出している様子もないらしい。

「習い事が無ければすずかの家まで送ってもいいんだけど……」
「私となのはちゃんを翠屋まで送ってくれるだけでも助かるよ。」

 申し訳なさそうにそう言ってくるアリサちゃんに、すずかちゃんが優しく声をかける。

「そ、そう?」
「そうだよ、アリサちゃん。」

 そういえば、前回もアリサちゃん家の鮫島さんにはお世話になったなぁ

「ならいいんだけど……」

 実は私、その怪しい3人組に『菱形っぽい青い石』――ジュエルシードの写真を見せられて、「見たことないかな?」って聞かれた事がある。
 3人組から魔力を感じていたから写真を見せられた時に動揺したりする事はなかったけれど、その写真を見せられた事よりも明らかに日本人とは違う顔をした人たちが流暢な日本語で話しかけてきた事の方に驚いてしまった。
 もう少しこの世界――国の常識とかを調べてから行動したらいいのに。
 時空管理局の人たちって本当に何を考えているんだろう? まさか、ロストロギアを探す時にいつもこんな怪しまれるような方法でしているの?

「あ、鮫島が来たわ。 なのは、すずか、帰るわよ。」
「うん。」
「ありがとう、アリサちゃん。」
「はいはい、それは鮫島に言ってあげてよ。」



────────────────────



「あ、なのはちゃん。」
「はやてちゃん?」

 翠屋ではやてちゃんがケーキを食べていた。

「なのは、はやてちゃんって――確か、図書館で友達になったって言っていた子?」
「うん。」

 はやてちゃんは食べるのを止めてアリサちゃんとすずかちゃんの前に出た。

「八神はやてと言います。 以後よろしう。」
「え? あ! アリサ・バニングスよ。」
「月村すずかです。」

 はやてちゃん…… 私が紹介したかったのに……

「アリサちゃんとすずかちゃんというと、なのはちゃんの学校のお友達やね。」

 『学校の』を強調する事に何か意味があるのかな?

「2人の事はいつもなのはちゃんから聞いているんよ
「そ、そうなの?」
「そうや。 なんなら今度、なのはちゃんがいない時にどんな話をしたかおし――いや、話さないから、冗談やから、お願い、そんな顔で見んといて。」

 変なはやてちゃん。 私はただ『素敵な笑顔』をしているだけだよ?

「あ、私習い事があるから、これで失礼するわ。 また明日ね!」
「私、お手伝いしているお姉ちゃんのお手伝いをしてくるね。」

 そう言ってアリサちゃんは外へ、すずかちゃんは忍さんのところに行った。
 何をそんなに慌てているのかわからないけど、まぁ、丁度いいか。

「それじゃ、お話しようか? は・や・て・ちゃ・ん?」
「あ、あははははは。」

カランコロン♪

 あ、お客さん?

「いらっしゃいませー。」

 入店したのは黒髪黒目のアル――アルフさん!?

「なのはちゃん?」
「運命ウルフ……」
「え?」

 私ははやてちゃんの手をとって『接触念話』をする。
 いつ猫さんたちが来てもいいように――それと、魔法の素質のある人たちに違和感を与えないように、普段から魔法を使っている事に気づかれないようにしているんだ。

【髪と目の色が違うけど、間違いなくアルフさんだよ。】
【アルフさん…… ああ、フェイトさんの使い魔の狼さんやね。
 って! なんでそんな人が翠屋に来るねん?】
【わかんない。】

 なんでこんな所にいるの?

カランコロン♪

 またお客さんが来たけど…… 嫌な予感しかしない。

「いらっしゃいませー。」
「好きなのを頼んでいいぞ。」
「本当? ありがとう!」

 あ、あはははははは

【また知っている人?】
【クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタだよぅ。】
【クロノ? ……ぅえええ!? なんでそんな人までここに来るんや?】
【私もわかんないよー。】

 本当にどうしてこのお店に来ているの?





 げぇ! あれは管理局の人間じゃないか……

「好きなのを頼んでいいぞ。」
「本当? ありがとう!」

 こいつらがここに居るって事は、この周辺にジュエルシードがあるって事?

「じゃあね、これとこれ!」
「うん。 それじゃあ僕は――

 私の正体がばれている様子はないみたいだし、こっそり情報収集してみるか。

「あちらの席でお待ちください。」
「はい。」

 よし!

「すいません。」
「はい、なんでしょう?」
「これとこれにこの紅茶を」
「はい。」
「それと、これとこれをお土産にしたいんですけど。」
「わかりました。」

 後は奴らの隣の席で聞き耳たてるだけだ。





【エイミィ、接触した状態で念話を。】

 ケーキを選んでいるエイミィの肩に手を置いて、できる限り魔力を出さないようにして念話をする。

【どうしたの?】
【隣にいる黒い長髪の女性、使い魔だ。】
【え?】
【おそらく公園でこちらを覗き見していた奴だろう。】

 この長い黒髪に黒目の女性が母さんの言っていたアルフだとしたら、A=Bという可能性が高まる。

【すごいねクロノ君。 私はあそこの席の女の子から出ている魔力が大きすぎて、この人が使い魔かどうかさっぱりわからないよ】
【ああ、あの子は母さんの言っていたこの店の娘なんじゃないか?】

 あの陽気な母が「もしも緊急事態じゃなかったらレティにスカウトするように進言しているわね」と笑顔で言っていたのは記憶に新しい。

【でもどうするの? 下手に動いたら一般人を巻き込んじゃうよ?】
【少し様子を見てみよう。】

 あっちも僕たちの事に気づいたようだが、こちらと同じく様子見の様だしな。

【わかった。】
【途中トイレとかに行って、ばれないようにアースラに通信してくれ。】
【了解。】





「アリア、私たちここから離れた方が良くないかい?」

 高町なのはという女の子と友達になってからあの子の体はどんどん良くなっている。 この前は足の感覚が少し戻ったようで病院でリハビリをしていた。
 もしかしたらあの子の魔力と高町なのはの魔力の相性がすごく良くて、闇の書やあの子の体になんらかの影響を――それもいい方向での影響を与えているのかもしれない。

「クロノに私たちの事がばれたら面倒だし、仕方ないわね。」
「じゃあ、あの子の帰り道で待ち伏せしようか。」
「ええ。」

 暫く――クロノたちがジュエルシードとやらを21個全部回収するまでは、遠くからでしかあの子の監視はできそうにないわ。

 高町なのはがあの子の悲しい運命を変えてくれるかもしれないなんて――そんなありえない事を考えてしまうのは、きっと私の覚悟が足りないからだ。





「それで、これからどうする?」
「ああ、さっきの公園に行こうと思う。」
「さっきの?」
「少しだけ反応があったからな。」

 どうもこの使い魔はこちらの話を盗み聞きしているようだ。 という事はつまり、あちらもジュエルシードの回収に苦労しているのだろう。
 ならば、やる事は1つ。
 少しあからさまな気がするが、このアルフがあの公園で僕とエイミィを覗き見していて、なおかつジュエルシードを探しているのならこの情報は無視できないはず。

「少しだけ?」
「ああ、だから僕1人で行くよ。」
「わかった。 じゃあ私はお土産持って先に帰るね」
「すまな――」

カランコロン♪

「ありがとうございましたー。」

 行動早いな。

「それじゃあ、私はこれで。」
「ああ、またな。」
「うん、またね。」





【うわぁ……】
【公園でアルフさんと戦う気やね。】

 クロノさんVSアルフさん……

【見たいなぁ……】
【やねぇ……】

 師匠がはやてちゃんに稽古をつけているのを何度か見た事があるし、はやてちゃんも同じくらい私が師匠に稽古をつけてもらっているのを見た事があるだろうけど……

【師匠の戦い方は特殊らしいからなぁ。】
【うん。 普通の魔法戦って見てみたいよね。】
「なのはちゃん、はやてちゃん、どうしたの?」
「あ、すずかちゃん。 すずかちゃんも今度一緒に図書館に行かない?」

 日常会話をしながら念話ができるマルチタスクって、すごく便利だよね。

「図書館?」
「うん。 最近図書館で勉強しているの。」
「そして私はなのはちゃんに勉強を教えてもらっているんよ。」
「え?
 それじゃあ、最近なのはちゃんがテストで良い点取っているのって?」
「うん。 誰かに勉強を教えるのって、1人で勉強するよりも身につくよ?」
「そうなんだ…… それじゃあ、一緒に行こうかな。」
「約束やで?」
「うん。」



────────────────────



 自分1人しかいない部屋でアルフの帰りを待つ。

「アルフは心配性すぎるんじゃないかな?」

 あの時、車の陰から現れた白い何かの言った事に動揺してしまった。
 気配も何も感じなかったのにとか、母さんがこの世界を滅ぼそうとしているとか、頭の中が一瞬真っ白になってしまったのは確かで、そのせいで撤退するのが遅れて管理局員の男に一撃貰ってしまい、今も少し痛みが残っているけれど……

「それでも、外出できないくらい痛いってわけじゃないのに。」

 ベッドの上でゴロゴロするのにも飽きてきた。
 アルフには悪いけど、ジュエルシードを探しに出てしまおうか?

「でも、この街には管理局の人間がたくさんいるみたいだし……」

 なんでも3人1組でジュエルシードの写真を町中にばらまいているらしい。

「たぶん、あれは私たちへの牽制。」

 あんな事をされてしまっては、私たち2人は誰かに尋ねる事ができなくなって、効率の悪い捜索をこそこそと続けるしかないではないか。
 それに変装していない姿を管理局の2人と白いのに見られてしまっている。
 これからもこの街でジュエルシードを探すのなら髪を切ったり新しいカツラやカラーコンタクトを買ったりして常日頃から変装を解かないようにしないと……

「ああ、あの白いのに対しての牽制でもあるのか。」

 とにかく、管理局のあのやり方のせいで私たちもあの白いのも、ジュエルシードを探す時に第三者の協力を得る事はほぼ無理になった。

「だからと言って、広範囲をサーチすると管理局に居場所がばれちゃうだろうし。」

 それどころか、こちらのサーチの反応を観測・利用してジュエルシードのある場所まで知られてしまうかもしれない。

「うかつな事はできない……か。」





 あの2人はこの私が、あんなあからさまな罠に引っ掛かると思っているのかね?

 フェイトが暇を持て余している頃、2人に待ち伏せされたり尾行されたりする事を避けるためにさっさと店を出たアルフは念の為に遠回りをして家に帰る事にしたのだが……

「確かに、あんなあからさまな罠にかかるやつはいないよね。」
「でも、そんな事は百も承知ってやつでね。」

 彼女の目の前に仮面をつけた2人の男が現れた。

「ちっ あの2人、仲間に連絡済みだったか。」
「くくく」
「確かに連絡済みだが、私たちは管理局の者ではない。」
「え?」
「ただ、あの執務官にちょっとだけ協力してやろうと思っただけだ。」

 それだけ言って2人は――

「そう、数秒だけ時間を稼いであげただけさ。」

 ――消えた。

「はぁ?」

 一体何だったん――

「これは!」

 突然現れた仮面の2人組がまたも突然居なくなるという事態にわけがわからず、暫し足を止めていた間に結界を張られてしまったようだ。

「時空管理局です。 あなたに」
「話す事は何もない!」

 アルフは目の前に転移してきた管理局員に怒鳴る。

 あの仮面どもにしてやられた。
 やつらを無視してすぐにこの場から離れていれば結界に囚われる事もなかったのにっ!

「おとなしく」
「するか!」

 絶対に捕まらない。 捕まってたまるか!





【あれ? なのはちゃん、おかしくない?】
【うん。 結界魔法が使われている場所は公園じゃないよ。】

 公園で戦闘が行われると思っていた2人は思っていたよりも近い場所で魔法が使われた事に疑問を持った。

【あ、クロノさんが魔法を使った。】
【気配が消えたから、結界の中に転移したのかもね。】





「!」

 フェイトは自分に怪我をさせた管理局員――クロノの転移系魔法を感知した。

「何時の間にかアルフの気配が消えていて、結界系の――」

 最後まで言い切らずに走りだす。
 本当なら今すぐ飛んでいきたいのだが、それによってアジトの場所を特定されてしまっては意味が無いからだ。

「アルフ、アルフ、アルフ!」

 目指すのは人通りの多い道から少し離れているだけの場所。 アルフを救出する前でも後でも人ごみに紛れやすいからだ。





「アルフ! 今行くから!」

 そう叫んで転移するフェイトを、人目を避けていた2匹の猫が見ていた。





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[14762] Retry06 こっそりと、だいたんに
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/03/07 12:47
「はぁ、何か面白い事でも起こらないかしら?」

 車外の景色が流れていくのを見ながらそんな事を呟いた瞬間――

ドスン ぐちゃ

「ひゃっ!」
「むっ」

 信号待ちで停まっていた車の上に落ちて、さらに地面に落ちた何かをヒビの入った窓越しに確認すると、それは赤い毛色をした犬だった。

「鮫島! 動物病院に運ぶわよ!」

 私はすぐに車から降りて犬の様子を診て、すぐに病院で処置する必要があると判断した。

「しかし」
「いいから運ぶ!」
「はい!」

 周囲を見回すと車の周囲の建築物からかなり距離がある。 この事から、この犬は屋根から落ちたというより飛んだ――または投げ捨てられたのだろう。
 でも、こんな大きな犬を投げ捨てるなんて何か特殊な機械を使わないと無理じゃない?
 それに、今は血や埃で汚れているけれど、こんなに綺麗な毛色の犬が飼われていたら私が知らないはずがないし…… 何か事件の匂いがするわね。

「トランクを開けました。」
「ええ、この大きさだとその方がいいわ。」

 私は自分でも気付かない内に携帯を――いつもお世話になっている動物病院に掛けていたのに気づいて苦笑する。

「もしもし――」

 先生にこれから負傷した大型犬を一匹運ぶ旨を伝えながら、凹んだ車の屋根と血まみれの犬を見て、これって保険はおりるのかしらなんて事を考えた。



────────────────────



 月曜日、はやてちゃんと会う約束があったので学校からすぐに翠屋へ帰る。

「おかえり、なのはちゃん。」
「ただいま、はやてちゃん。」

 私たちには言ってくれないの?と拗ねる両親にもただいまと言って、出されたお絞りで手を丁寧に拭いてからはやてちゃんと同じ席に着く。

「それで、成果はどうなん?」
「うん、15個集まったよ。」

 管理局とフェイトさんたちとの三つ巴になった後、どちらからも私に接触してくる様子が無かった事から――日曜日に思い切って認識障害全開で海鳴市内を飛び回って地上に落ちているジュエルシードを集めてみた。

「ほんま!? やったやないか。」
「うん!」

 後はフェイトさんが海から6個のジュエルシードを回収するのを横取りしたうえで、フェイトさんとアルフさんを管理局に預けちゃうだけ。

「どこに落ちているかは憶えていたから、ね。」
「それでも、これで犠牲者が出ないで済むんやろ? いいことや。」
「うん。」

 前回死んじゃったのはあのワンちゃんの飼い主さんだったみたいだけど、今回は誰も――お家や道路にも被害が出ないで済んだから、正直ほっとし――

「なのは、アリサちゃんから電話。」
「え?」

 用事があるとかですずかちゃんだけ送っていく事を謝って車で帰っていったアリサちゃんから電話?

「どうしたんだろ?」
「電話に出たらわかるんやないの?」

 それもそうだね。





「赤い毛の大型犬が空から落ちてきた?」

 ああ、お迎えの車がいつもと違ったのはそういう理由だったのか。

『うん。 どうして空から落ちてきたのかわからないんだけど、これも何かの縁かなって思って……』
「それで、私にどうしてほしいの?」

 その犬にすごく憶えがあるし今すぐ確認に行きたいとも思うけど、アリサちゃんの利用している動物病院はここから結構距離があるし――何より、ただの小学生が怪我をした犬にできる事なんて何もないと思うんだけど?

『あのね、毛並みがすごくいいから飼い犬だと思うのよ。 それで、翠屋に写真付きのビラを張ってもいいか聞いてくれない?
 許可が貰えるなら今日中にビラを作って明日学校で渡すから、ね?』

 なるほど――って、ちょっと待って?

「ちょっと待ってね? お母さん、お母さん。」

 このお店には管理局の人っぽい魔力持ちの人が結構来るのに、赤い毛色――アルフさんのビラなんて張ったら面倒な事になっちゃいそうな気がする。

「なぁに?」
「アリサちゃんが日曜日に迷子のワンちゃんを保護したんだけど、翠屋にビラを張ってもいいですか?って聞いてきているの。」

 だいたい、アルフさんもアルフさんだ。
 何がどうなってアリサちゃんのお世話になる事になったかわからないけど、そんな目立つ格好していないで普通のワンちゃんに擬態くらいしておいてくれればいいのに。

「迷子のワンちゃんを拾うなんて、アリサちゃんは本当に犬が好きなのね。
 いいわよ。 あんまり大きな物だとちょっと困っちゃうけど、なんとかするわ。」
「ありがとう。
 あ、アリサちゃん。 お母さんが良いって言ってくれたよ。」

 あれ? アルフさんが大怪我をしているって事は、もしかしてフェイトさんも大怪我をしていたりするのかな?
 もしかして、私の知らないところで管理局に保護されちゃった?

『本当? じゃあ、明日学校で――』

 それともまさか、ジュエルシードを1個も回収できなかった事でプレシアさんの虐待がエスカレートしちゃったとか?



────────────────────



「本当に赤いんだね。」
「でしょ?
 車の屋根の上に落ちてくるなんてわけのわからない出会いだったから、私も最初は血の色じゃないか――なんて思っちゃったけどね。」

 赤い毛並みの大型犬というだけなら他人の空似(他犬の空似?)かもしれない――というか、そうであってほしいと思って、放課後にほとんど無理矢理アリサちゃんに動物病院まで連れてきてもらったけれど……
 額に石が埋まっているというわかりやすい特徴や、ほんのりわずかに魔力を感じる事から、この子がアルフさんだと確信した。

「赤い毛に額の石、それにこの大きさ。
 こんなにわかりやすい特徴ばかりの子なら、飼い主さんはすぐに見つかるね。」

 フェイトさんが来るか、はたまた管理局の人が来るか……

「どうかしらね。」
「え?」
「車の上に落ちてくるなんて、どこの漫画かっていうような事件なのよ?」

 確かに、空から犬が降ってくるなんて普通じゃない。 大事件だ。

「一応迷い犬としてビラを貼りまくるけど――貼りまくるからこそ、まともな神経をしていたら名乗り出てはこないでしょうね。」

 ええ、と?

「例えば、なのはが自分は飼い主ですって名乗り出たとするでしょ?」
「え? 私が?」
「例えばよ、例えば。」
「う、うん。」
「そうしたら私はなのはにこう聞くわ。 『この子はどうしてこんな怪我をする事になったんですか?』ってね。」
「『どうしてこんな怪我を』……」

 そんな事…… あ!

「答えられないならその人は『飼い主』じゃないわ。 そして、答えられたら――」
「動物虐待……」
「そうよ。 この子のジャンプ力がどんなにすごかったとしても、あの高い建築物の無い場所で車の屋根に落ちてくるなんてありえない。
 だとしたら、誰かが何らかの方法でこの子を『投げた』としか考えられない。」

 うん。

「もちろん、この子は『投げた』犯人に誘拐されただけで、本当の飼い主が別にいる可能性もあるけど――」
「これだけわかりやすい特徴ばかりのワンちゃんが居なくなったんなら、アリサちゃんがビラを貼るよりも先に何か行動をしているよね。」
「そういう事よ。」

 そもそも、犯人がまともな頭をしていたら、こんなきれいなワンちゃんを投げたりするよりもこの子自身、又は繁殖させて産ませた子供を売ったりしたほうがよほど有意義だとわかるだろうから――と話が続いた。

「まあ、警察にも連絡してあるから、自称『飼い主』が現れたらとっちめてやるわ。」

 腕を胸の前に組んで堂々とそう言ったアリサちゃんはとても格好良かった。

「うん。 わかった。
 それじゃあ、このビラの1枚はわかりやすい処に貼って、30枚はお店に置いておくね。」
「頼んだわ。」



────────────────────



なのはがアリサからビラを預かった翌日

 リンディとクロノ、エイミィの3人は翠屋で作戦会議をしていた。

【参ったわね。】
【ええ。】

 黒髪姉妹の姉の方――アルフからどうしてジュエルシードの事を知っているのかと事情聴取しようとしたら、変装をあっさりと解いて赤い狼になったのは予想外だった。

【この店もそうだけど、他にも街のあちこちに彼女のビラが貼られているせいで、うかつに行動できなくなってしまったわ。】
【本当にやっかいな事になった。】

 結界内を逃げ回るだけで攻撃をしてこなかったのも厄介だった。
 前回はアルフがエイミィを人質にしたのでこちらもそれなりの対応をとる事ができたが、今回アルフは逃げるだけなのでこちらもあまり強硬な手段がとれなかった。

【『飼い主』は保護できたのですけどね。】
【ええ。】

 アルフと追いかけっこをしている最中に侵入してきた金髪の少女――フェイトが全力で暴れたのも予想外だった。
 管理局に攻撃をするという事がどういう事態を招くか考えたからこそ、アルフは逃げ回っていると思っていたので、フェイトもアルフと同じように逃げ回りながら結界からの脱出を試みるのだと思ってしまったのだ。

【地上に降りていたクルーの半分が負傷で動けない今の状態では……】

 フェイトの全力攻撃をクロノはなんとか防いだのだが、その余波でアルフを追いかけていた仲間たちは軽傷を負ってしまい、結果アルフを逃してしまった。

【このお店に顔を知られている私たちでは『飼い主』として名乗り出ても怪しまれるだけでしょうし……】
【ジュエルシードの事を尋ねて回った人たちに名乗らせても怪しまれるでしょうね。】

 それに、そもそもジュエルシードの捜索は続行しなければならない。

【クロノ、ミストは動くと思う?】
【ミストの目的はジュエルシードを集める事でしょうから、アルフがジュエルシードを所持しているなら動くと思います。】
【エイミィはどう思う?】
【私はミストの魔法で気絶してしまいましたけど、見方を変えると人質になっていたのを助けてもらったとも言えますし……】

 あの時自分が気絶してアルフが朦朧としなかったとしたら、クロノ1人で人質をとった2人と戦わなければならなかったと彼女は言う。

【管理局に恩を売る為に動くかもしれません。】
【恩を売る…… なるほど。
 この件で協力する代わりにジュエルシードを諦めてくれと言ってくるわけね。】
【だが、ジュエルシードは次元震を発生させる事が出来る可能性が高い。】
【ええ、そんな危険な物を正体不明の相手に持たせておくわけにはいかないわ。】

 仮説ではあるが、ミスト=ジュエルシードだったとしてもそんな危険物を放置しておくわけにはいかない。

【というか、そもそもアルフはどうやって怪我をしたんでしょうか?】
【それも謎だな。】

 結界から脱出した後、おそらくフェイトを救出するためだろうが数分間結界内に入ろうとした事はわかっているが、その時も怪我をする様な事はなかったはずだ。

【ミストと戦闘したとも思えませんし。】
【ええ。】

 ミストは一瞬で相手の意識を朦朧とさせる事ができるのだ。
 アルフとミストが何らかの理由で『命を懸けた戦い』をしたとして、その場合アルフが『怪我』で――『逃げる事ができる程度の怪我』で済むとは思えない。

【とりあえず、あのビラを1枚、こっそり貰って帰りましょう。】
【はい。 居場所を監視していれば何かあってもすぐに対処できますし。】
【最悪の場合、誘拐してしまいましょう。】





 う~ん。 たぶんミストって私の事だよね。

「すいません。」
「あら、なんでしょう?」

 席を立った3人に駆け寄る。

「このワンちゃんのビラを1枚貰って行ってくれませんか?
 それで、できればお家の前とかに貼っていただけるとありがたいのですが。」

 こっそり持って行くよりも、こうやって渡された方が気持ちが楽だよね?

「そうね…… それじゃあ家の前に貼っておくわね。」
「ありがとうございます。」

 ぺこりと頭を下げてお礼を言う。
 フェイトさんが保護されているならアルフさんも保護してほしいし…… リンディさんたちには頑張ってもらいたいな。



────────────────────



【つまり、あなたの主人の母親が全ての元凶だと?】
【そうだよ。】

 アルフは動物病院の檻の中で2匹の猫と話していた。

【こう言ったらフェイトに悪いけど…… あの女は狂っているよ。】
【自分の娘を『使えない駒』扱いするようじゃねぇ。】
【管理局に捕まっても救出しないどころか、その使い魔を消そうとするなんて……】

 確かに『狂っている』としか言えない。

【私はフェイトの所に行きたい。】
【そうだね。 このままここに居てもその女に消されちゃうかもしれないし】
【街中に貼り紙がしてあるからあなたの居場所は管理局も把握しているでしょう。】

 アルフがフェイトと再会する日は近いだろう。

【問題は、その母親がどんな手を打ってくるかだよ。】
【こっそり回収する事は出来ないとわかった以上――最悪、この街の住民を人質にしてジュエルシードを寄こせと言ってくるかもしれないわね。】
【……それはあるかも。】
【あるの?】
【あるんだ?】
【私が知っているだけでも、傀儡兵が百体くらい……】

 はぁ……
 3匹が溜息をもらす。

【少し賭けになるけど広範囲に念話を飛ばしたら?
 海鳴市内にはジュエルシード捜索の為にアースラのクルーが気づくと思うよ?】
【そうね。 『白いもやもや』に気づかれてしまうだろうけど、この街が傀儡兵に蹂躙されるかもしれないという情報は何としてもアースラに伝えないといけないでしょう。】

 事態は急を要する。

【そっちで何とかできないのかい?】
【う~ん。】
【さっきも言ったけど、私たちがここに来ているのは秘密なの。
 その女が傀儡兵を出してきて脅迫をしてくるその瞬間までは動かない――動けないの。】

 リーゼたちはジュエルシードとは関係の無い理由で日本に来ている。
 傀儡兵が攻めてきたら八神はやてを守る為にもアースラと協力するのも仕方ないが、それまでは誰にも気づかれるわけにはいかないのだ。

【わかったよ。 私もフェイトを『凶悪犯罪者の娘』にはしたくないしね。】

 この2人の力を借りないで自分1人で情報を伝えた方が裁判などの時にフェイトに有利な状況に持ち込めるかもしれないし、とアルフは思った

【それじゃ、アースラの奴らが近くに来たら教えるわ。】
【『白いもやもや』に気づかれる可能性は低ければ低いほど良いものね。】
【ああ、頼んだよ。】





「あら、今日も猫さんたちが来ているのね。」
「かわいい。」
「野良猫みたいだからすずかの家で飼ってあげるのもいいんじゃない?」

 アリサがすずかを連れてアルフの様子を見に来た。

「にゃー」
「にゃー」

 はやての傍からあまり離れるわけにはいかないリーゼたちは、飼い猫になるわけにはいかないのでさっさと窓から逃げ出した。

「あら、逃げちゃったわ。」
「あの子たちはよく来るの?」
「そうみたいよ。」

 あの2匹の猫はどうやってかは分からないが鍵の掛かっているはずの窓を毎回開けて入っているのだと医者が愚痴をこぼしていた、とアリサが語る。

「頭の良い子たちなんだね。」
「ええ、そんな猫たちと仲良くしているこの子もかなり頭がいいみたいよ。」
「へぇ?」

 アリサがアルフの入っている檻の鍵を開ける。

「ほら、私が命の恩人だってわかっているのよ。」

 アルフの包帯の巻かれていない部分を優しく撫でながら、アリサはすずかに自慢する。
 会って間もない人間――それも自身が怪我をしているにも関わらす抵抗しないアルフの様子を見て、確かに頭の良い子なんだろうとすずかも納得した。

「本当だね。 私も撫でていいかな?」

 その言葉に、アリサだけでなくアルフも頷いた。





100307/投稿



[14762] Retry07 じぶんのちからと、あいてのちから
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/03/21 23:43
 初春を迎えたばかりの海はまだ冷たく、普段なら人影もないのだが……

「『ジュエルシードを使った簡易ブースト』を使用した状態で結界の展開を完了。
 これでプレシアさんとアースラの両方に私の魔力を観測される事が無くなったから、おもいっきり、全力を出しても大丈夫。」

 戻ってきてからは1度も全力を出せなかったのでフラストレーションが溜っていたのだ。

「さぁ、ジュエルシードの回収を始めよう!」

 最初の計画ではフェイトが回収しようとするのを横取りするはずだったのだが、翠屋でリンディとクロノとエイミィの念話を盗み聞きした事でそれが不可能であると知ったなのはは、仕方ないので自分1人で回収する事にした。
 本当なら結界ははやてに任せたいところだったのだが、最近何故か猫姉妹の監視がなかなか途切れないのだ。





 アースラからの連絡を受けて、海鳴市内に散っていたジュエルシード捜索組と合流したクロノは早速結界内に侵入しようとしたのだが……

「何なんだ、この強固な結界は!」

 結界に込められた魔力はもちろん、その構成もふざけているとしか言えないくらいの代物で、内部に侵入する事ができそうにない。

『これだけの広範囲に展開してあるにも関わらず、強度的に弱い部分も見当たらない。
 だけど、わかった事が2つある。』
「エイミィ?」
『1つは――この結界、送られてきた資料を信じるならジュエルシードの魔力だって事。』
「なっ!?」

 ならば、この結界は『ミスト』の仕業か!

『そしてもう1つが』
「もう1つが?」
『動物病院からこっそり保護したアルフさんの情報が正しかったって事!』
「!!
 この結界は暫く放置! この場にいる全員で新たな結界を――あいつを中心に展開!」

 クロノの指差す方向には巨大な人型兵器――傀儡兵が出現していた。





「な、なんや、あれは?」

 フェイトさんがすでに保護されているから1人で回収するねと言ったなのはをこっそり応援する為に海の見える公園に来ていたはやては、傀儡兵が何もない場所から現れ、何もない場所――おそらくはなのはが展開した結界を攻撃しているのを目撃した。

【なんてこと!】
【よりによってこの子の目の前でおっぱじめなくてもいいだろうに……】

 いや、ヴォルケンリッターが呼び出されたら嫌でも魔法に関わる事になるのだから、これは取り返しがつかない事ではないか?
 リーゼアリアは頭をフル回転させる。

【とにかく、ここから非難させよう!】

 リーゼロッテは、起こってしまったのは仕方がない、細かい事は後回しにして今は一般人の避難を優先するべきだと行動を――

「ようわからへんけど、あんなんに踏みつぶされたら洒落にならん!」

 ロッテが動く前にはやてが動いた。
 その大声は公園にいた人たち全員に届き、人々は一斉に逃げ出す。

【アリア、あの子を頼む! 私は周辺住民を避難させる!】
【わかったわ!】

 こうしている間にも傀儡兵は陸地から海を囲むように――そのうえアースラクルーの結界をぶち壊しながら増えていく。





「くそ! あの結界を壊す事は出来ない癖に、こっちの結界は壊していきやがって!」
「本当にな! まったく、プレシアってやつは何を考えているんだか!」

 1人が思わず叫んだ愚痴に、他のアースラクルーも同意した。

「クロノ執務官!」
「なんだ!?」
「奴らじゃなくて街を結界で囲みましょう!」

 結界内で戦うのではなく、結界外で戦う?

「やつらの攻撃が街に向かわないなら、それで暫くは何とかなると思います!」
「…仕方ない! その方向で――」
『それなら、衛星・その他を誤魔化す為に上空にも薄く広く結界を――ついでに海側にも結界を展開した方がいいんじゃないですか?』

 結界の中に傀儡兵を入れるのではなく、複数の結界で傀儡兵を囲む作戦がエイミィによって提案される

『クロノ、こちらからも追加で人員を送ります。』
「母さん!?」
『結界はエイミィの言った通りにする事にして、あなたは結界を破壊する傀儡兵を優先して破壊してください!』
「わかりました!」
「それでは、私たちは5組に分かれて四方と上空に結界を展開します!」
「ああ、頼む!」
『お願いします。』

 戦いが始まる。



────────────────────



「きゃあ!」

 アースラに1体の傀儡兵が取りつき、その衝撃が艦内の人々を襲う。

「フェイト、大丈夫かい?」
「う、うん。」
「あの女、自分の娘が乗っている艦が落ちても良いっていうのか?」

 プレシアが管理局を敵に回したらその娘であるフェイトの立場が悪くなるというのは考えるまでもない事だ。 その上、娘を殺そうとさえしている。
 それがわかっている癖にこんな行動をするプレシアの行動が、アルフには許せなかった。

「母さん……」

 アースラの人たちが『ミスト』と呼んでいるあの『白いもやもや』の言っていた通り、母さんは第97管理外世界を滅ぼすつもりなのだろうか?

「どうして……」

 フェイトにできる事は、アルフに抱きついて涙を流す事だけだった。





「アースラに送り込まれたのは1体だけ…… おそらく地上に戦力を向かわせない為の陽動でしょうね。」
「でも、放っておいたらアースラが!」
「追加の人員を送らないと結界が間に合わない――エイミィ、5分だけお願い。」
「艦長!?」
「外の1体は私が破壊します。 追加の人員は予定通りに!」





「フェイト、私、外の傀儡兵を止めてくる。」
「アルフ?」
「フェイトの言うとおり、あの女は『本当は優しい人』なのかもしれないし、私が思うように『血も涙もないような奴』なのかもしれない。」

 抱きついてきているフェイトの手から離れて人型になる。

「『本当は優しい人』なら、こんな酷い事をさせちゃいけないだろう?」
「アルフ……」
「そして『血も涙もない奴』だったら、ぶん殴ってでも止めないといけない。」

 どちらにしても、誰かが止めないといけないのだ。

「だから、私は行くよ。」

 自分1人だけの部屋で、フェイトは考えなければならない。





「アルフさん?」
「私もこの艦を守るよ。 フェイトを守るんだ。」
「……私の指示に従ってくださいね。」
「わかっているよ。」



────────────────────



「クロスケ!」
「ロッテ?」
「あんたがこの世界に来ているって風の噂で聞いてね?
 こうやって会いに来たら何やら困っているみたいじゃないか。 私の力、貸してやるよ。」
「助かる!」
『みなさん、クロノ君のお師匠さまが来てくれたよ!』

 思いかけない援軍の登場に、クロノ以下アースラクルーの士気が上がる。
 もちろん突然現れた謎の女性に戸惑った者もいたが、エイミィの効果的な一言のおかげですぐに状況を把握できたのだ。

「あ、アリアは住民の避難と記憶の改竄で忙しいから暫くは来られないよ。」
「戦力は欲しいが、それはそれで助かる!」

 目撃者の対処は早い内にしておいたほうがいいのだ。

「よしっ! それじゃいっちょ――」

 ロッテがクロノと一緒に傀儡兵を相手にしようとした時、アースラ側も傀儡兵達も壊せなかった結界が消滅した。

「あれは?」
「僕たちは『ミスト』と呼称してい――」

ピカッ

 その一瞬で、3体の傀儡兵が消滅した。

「な……」
「なん……」

キュイイィィィィィィィィィンンン

 ミストを中心に10発の魔力弾が形成されていく。

「まさか、周辺の魔力を集束しているのか!」
「展開しては破壊された結界の分や、クロスケが傀儡兵を壊す為に使った魔力まで……」

ドンッ

 ミストの白でもなく、ジュエルシードの青でもない、桃色の魔力砲撃が発射され――



 20体の傀儡兵が完全に破壊された。



シュンッ

 そして、ミストはどこかへ消えた。

「う…… 嘘だろ?」
「これが、ジュエルシードの力なのか……」

 予想外の状況にロッテだけではなくクロノや他のアースラクルーの動きが止まる。

『ぼーっとしてる場合じゃないでしょ!
 残りの傀儡兵をさっさと片付けて撤収して!』

 全員がエイミィの声でミストの砲撃魔法の余波で壊された結界の修復や残りの傀儡兵を片付ける作業に戻ったが……

「クロスケ……」

 残り3体の傀儡兵を相手にしながら、ロッテはクロノに声をかける

「なんだ?」
「お前たち、ジュエルシードってのを探しているんだよな?」
「……ああ。」

 そこから先は言葉がない。



 言いたい事がわかっているから……



────────────────────



「リンディさん……」
「なぁに?」

 リンディとアルフはアースラに取りついた1体の傀儡兵を片付けた後、送られてくる戦場の映像を見ながらブリッジへ向かっていた。

「私はさ、フェイトがどうしてもジュエルシードを集めるっていうなら、管理局だろうがあの『白いもやもや』だろうが、全部ぶっ飛ばすつもりだったんだ。」
「……そう。」
「今回だって、私はすごく嫌だけど――フェイトが望むならこの艦からあの女の所に逃がしてもいいって、そう思っていたんだ。」
「アルフさん?」

 突然の告白に警戒態勢を取ったリンディだが、アルフの姿を見て警戒を解く。

「私は、フェイトが何を言っても絶対にあの女の所には戻らせない。」

 震えているのだ。

「ジュエルシードを集めるって事は、あの化け物と戦わないといけないって事だろう?
 無理だよ。
 勝てない。
 あんな事が出来てしまう奴を相手にどうしろって言うんだ!」

 アルフの心は折れてしまった。

「……本当に、ね。」

 リンディは管理局の責任ある立場に在る者として、あんな事が出来る相手にジュエルシードを渡してほしいと交渉しなければならない。

 しかし、彼女の心は折れてはいない。

(ミストは負傷者を出していないし、街にも被害を出していない。
 相手に人を傷つけるつもりが無いのなら、交渉を続ける事ができるはず――何年もかかるかもしれないけれど。)

 もっとも、交渉をするためには相手と同じテーブルにつく必要があるけれど。



────────────────────



 海中のジュエルシードを集め終わった私は結界の外で魔法が使われている事を感じた。

「流石に管理局やプレシアさんにばれちゃったかな?」

 何も言わないで消える事はできるけど、フェイトさんが管理局に保護されているのならプレシアさんに私の主張――ジュエルシードを渡すつもりが無いという事が伝わっていない事もありうるから、念の為に宣言しておいた方がいいかな?

「『結界解除』。」

 そう考えた私は結界を解除したんだけど、すぐに後悔した。

「ろぼっと?」

 プレシアさんのお家の警備システムと師匠が言っていた物――と思われる物体がクロノさんと猫耳の女の人を相手に大暴れしていた。

「なにこれ?」

 何がどうなったらこう言う事になるんだろう?
 あの猫耳は、たぶんだけど、はやてちゃんを監視している人だよね?

 それで、街のあちこちで見た覚えのある人たちが結界魔法を使っているって事は、あの人たちは管理局の人たちってことだよね?

「わけがわかんないけど、とりあえずロボットは倒しておいた方がいいかな?」

 管理局の人たちが結界魔法をあちこちにたくさん使っているって事は、このロボットたちは街へジュエルシードを探しに行くつもりなのかもしれない。
 こんな物が私の街を歩いたら大変な事になっちゃうものね?

「『ディバインバスター』」

 試しに1発撃ってみたら、ロボットが3つ壊れた。

「よし、やれる。」

 この程度で壊れちゃうなら管理局の人たちに任せてもいいのかもしれないけど、師匠以外に攻撃魔法を使うのは初めてだったし、相手に遠慮なく使う機会がこれから先にあるとも思えないし――思いっきりやってみるのもありかもしれない。

「周辺にちょうどいい魔力がたくさんあるし、派手にやってみよう!」

キュイイィィィィィィィィィンンン

 周辺の魔力を10個の魔力弾に集束していく。

「師匠も言っていたけど、確かに収束に時間がかかるのは欠点だね。」

 ロボットたちの動きはノロノロなので、こっちに攻撃が来る前に何とかできるだろうけど、これは改善の余地ありだ。

「師匠曰く、“星すら砕く全力全開”!!」

 10個の魔力弾の射線をマルチタスクで計算して、街や人に被害が出ないようにする。

「咎人達に、滅びの光を。
 星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ。
 貫け!閃光!『スターライトブレイカー』!!

ドンッ

 10の光がそれぞれ2つのロボットを破壊し――

「あ……」

 管理局の人たちの結界も少し壊してしまった。

「『転移』!!」

 思わず私は逃げ出した。



────────────────────



「どうしよう?」
「多分大丈夫やろ。」
「そうかな?」
「だって、誰も怪我しないで済んだんやろ?」
「たぶん……」
「街にも被害が無かったんやし、問題にはならないと思うよ?」
「そ、そうだよね?」

 でも、プレシアさんに何も言わずに逃げちゃったのはまずかったかも……





100314/投稿
100321/誤字修正



[14762] Retry08 かくせることと、かくせないこと
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/03/21 23:49
ピンポーン♪

 なのはが海上で派手に暴れた翌日、約束の時間の少し前に呼び鈴が鳴った。

「はーい。」

 呼び鈴に答えた車椅子の少女は「5分前行動とはなかなかやるな。」などと思いながら玄関で客人を迎え入れる。

「お邪魔します。」
「お邪魔します。」
「いらっしゃい。 飲み物持って行くから、先に客間に行っててな?」
「え?」
「へ?」
「この家の事は隅から隅まで知っとるやろうから、今さら案内はいらんやろ?」

 そう言って少女は台所に向かう。
 玄関に残された客は暫しの間呆然としたが、確かに今さら案内される必要はないなという結論に至り、とりあえず言われた通り客間に移動した。





「はい、どうぞ。」

 大親友のなのはと友人のアリサやすずかの他には主治医である石田幸恵くらいしか来た事がない八神家にやって来た2匹の――2人の客にジュースを出す。
 熱いお茶を出さないのは2人が人型であっても猫舌である可能性があるからだ。

「あ、どうも。」
「どうも。」
「いえいえ。 お客様を持て成すんは当たり前のことやから。」

 そう言ってはやては2人に向き合う形で席に着く。

「ほな、これについての話をしましょうか。」
「なっ!?」

 夜天の書――目の前の2人が闇の書と呼び、つい数秒前にはジュースの入ったコップを運ぶ時にトレイ代わりに使っていた物を机の上に置いた。

「見間違いであって欲しかったけど、やっぱり闇の書だったんだ……」

 暴走したら次元世界に多大な被害を与えるロストロギアをそんなふうに扱っているとは思いたくなかったと、リーゼ姉妹は後に語る。

「空に突然現れたあのロボットたちを見てもあまり騒がなかったり、リーゼアリアさんが魔法を目撃した私の記憶を弄るべきかどうか悩んでいたりするのを言い当てた理由が、コレに関係ないほうがありえないと思いませんか?」

 あの公園でたくさんの人の記憶を弄ったリーゼアリアが自分の記憶を魔法で弄る事で闇の書に何らかの影響が出たらどうしようと悩んでいると気づいたはやては、管理局に保護されているフェイトがヴォルケンリッターを恨む事はないのだからと判断し、なのはには悪いと思いつつも計画を早める事にしたのだ。

「闇の書を知っているという事は、私たちがあなたとどういう関係になりた――」
「氷漬けにしたいんやろ?」
「!!」
「!?」

 てっきり自分たちの事を『闇の書を寄こせ』とか『収集を手伝ってやる代わりにその力を少し使わせろ』というような考えを持った奴ら程度に考えていると思っていた2人は、はやてが当たり前のように――それも図星を即答してきて驚愕した。

「ど、どうしてその事」
「ジュエルシードが私に予知夢を見せてくれたんよ。」

 ここでまさかのジュエルシード!

「ジュエルシードにそんな力があるなんて……」
「でも、納得のいく答えだわ。」

 ジュエルシードは万分の一の力が暴走しただけで世界を滅ぼしかねない魔力の塊だ。
 闇の書に選ばれたはやてには魔法の素質が少なからずあったのだろうし、両者が揃えば予知夢を見る事くらいあり得る。

「私が見た予知夢は2種類や。」
「?」
「2種類?」
「そうや。」

 世界が滅ぶか氷漬けになるかの2択か……

「1つは私があんたらに氷漬けにされる夢で、もう1つは闇の書を完全に消滅させる夢や。」
「な!?」
「そんな事ができるの!?」

 予想外の2択に驚愕するリーゼ姉妹に、はやては不敵な笑顔で言葉を続ける。

「その為にはアルカンシェルっていう管理局の兵器と――」

 管理局の事まで知っているのか。

「ジュエルシードにも選ばれた最高の砲撃魔導師で、さらに私の大親友でもある高町なのはちゃんの助力が必要不可欠や!」

 驚きすぎると何も言えなくなるのは人間も使い魔も同じらしい。



────────────────────



 八神家で軽く話し合った日からさらに3日後の午後4時、はやてはリーゼ姉妹と一緒に翠屋でなのはとこれからについて話し合っていた。

「足の具合はどうなの?」
「前と同じ状態になっただけ、全然平気や。」

 これから家族になる人たちは、自分と出会って一緒に暮らした記憶も経験も持たないと知っているけれど、それでも会いたいという気持ちを抑える事ができない。

「フェイトさんが管理局に保護されたからと言っても、プレシアさんが管理局に捕縛されない限り、はやてちゃんが“ああなる”可能性はまだまだあるんだよ?」
「わかってる。 でも、それでも……」

 会いたい。

「……本当に仕方ないな、はやてちゃんは。」
「勝手に決めてごめん。」
「こうなったら、アースラの人たちに一刻も早くプレシアさんを捕まえてもらわないといけないんだけど……」

 本当ならプレシアさんが捕まった後で闇の書の事を暴露するはずだったのに、フェイトさんが保護されたと聞いた事と、あの海の見える公園で海の上に突然現れたロボットをリーゼさんたちの前で目撃してしまった事が……

「あのフェイトって子は母親の事を何も言っていないみたいなんだ。」
「そのせいでアルフも黙秘を続けているし……」

 アリアさんとロッテさんはデバイスではなく普通のメモ帳に私たちが知っている限りのプレシアさんの情報を書いている。

「大魔導師とまで言われた人が犯罪者になったんだから、上手い事やればアースラに――それができなくてもアルカンシェル搭載済みの艦が来る可能は十分あるよ。」
「父様もはやてを犠牲にしないで済むのならそれが一番良いって言って、できうる限りの協力をするんだから、もしかしたら『闇の書は前回で完全に消滅した事にできる』かもしれないよ?」

 グレアムおじさんの頑固な頭を柔らかくできるのはハラオウン親子くらいだと師匠は言っていたけど、なのはちゃんの砲撃でも十分に柔らかくできたんやな。

「ヴォルケンリッターが出てきたら闇の書が溜めこんだ魔力はほぼ0になるから、その間に管制人格を起こして暴走している部分を放出、アルカンシェルで消滅させた後、管制人格に闇の書の完全消滅――ジュエルシードを使えばこんな事ができるんだねぇ……」
「はい。 できます。」

 もう何度目になるか分からないロッテさんの確認作業に大きく頷くなのはちゃん。

「本当は管制人格も助けてあげたいんやけどな……」
「それができた予知夢を見た事がないのよね?」
「残念ながら……」
「夜天の書をいじくりまわした奴をぶん殴ってやりたいよ。」

 ヴォルケンリッターと使い魔の“在り方”は少し似ているからか、ロッテさんは本当に怒っている事が――その握りしめた拳を見るまでもなくわかってしまう。

「とにかく、シグナムさん達が出てくるまではやてちゃんと一緒に暮らしてくださいね。」
「わかってるよ。」
「私たちの存在が知られてしまっているし、何よりこれから“共犯者”になるんだものね。」

 なのはちゃんの命令を快く受け入れてくれるリーゼさんたち。

「ほな、私たちの計画が上手くいく事を願って乾杯しよか。」

 そう言って私はジュースの入ったコップを3人の前に掲げる。

「うん。」
「ああ。」
「ええ。」

 3人も私と同じようにコップを掲げて

カチャン!

「あら、何かのお祝い事だったの?」
「え?」

 なのはちゃんの都合を優先して翠屋で話し合いをしたのは失敗だったのかもしれない。

「り、りんでぃ……」
「僕もいるぞ?」
「くろすけ……」

 こんな事になるなんて……





「リンディ・ハラオウンです。」
「クロノ・ハラオウンです。」
「エイミィ・リミエッタです。」

 丁寧に名乗る管理局組に、どう対応していいのか分からない。

「た、高町なのはです。」

 え?
 あ!
 そうやね、名乗られたら名乗り返さなあかんよね。

「八神はやてです。」

 ぅぅぅ……

「それで、リーゼたちとはどういう知り合いなのかな?」
「ぅ、ぇ、ぇえっと……」

 なんて言えばええの?

「あ、ああ、その、こっちの子、八神はやてちゃんの亡くなったご両親が父様の友人でね?」
「私たちは時々この子の様子を見に来ているのよ。」
「へぇ……」

 リーゼさん達が冷や汗をかきながら説明するんやけど、リンディさんは何故か冷やかな言葉を返すだけやった。

「それで今日ははやてちゃんの親友のなのはちゃんを紹介してくれてね?」
「なのはちゃんのお家が喫茶店だったから、それならおやつはここで食べようかって……」
「それで、今はこの出会いを大切にしましょうって乾杯していただけなのよ?」

 説明に嘘はないんやけど……
 なんか、リンディさんとクロノさんの様子がどんどん『黒く』なっている様な気がするのは私の気の――

「そうだったの?」
「そうだったんだよ。」
「そういうわけだから、部外者は」
「それで、『闇の書』は何処にあるのかしら?」

 気のせいじゃなかっただけでなく、話しを聞かれていた……

「はやてちゃん、なんだか難しい話をしているみたいだから、私たちは邪魔にならないようにあっちのほうに行っておこうか?」

 ! なのはちゃん、ぐっどあいであや!

「そ、そうやね、大人の話に子供は」
「それなら、僕と話し合おうか? 子供同士でね?」



 子供たちは逃げ出した。 しかし回りこまれた。



────────────────────



 ジュエルシードを諦める。

「アリシア……」

 ずっと眠ったままの愛しい娘の目の前で、彼女はそう決断した。

「あなたをなかなか起こす事の出来ない駄目なお母さんで、ごめんなさいね。」

 第97管理外世界にフェイトとアルフを送り込んだものの、帰って来たのはジュエルシードどころかフェイトが管理局に捕まったという情報を持ったアルフだけ。
 使えない駒に用は無いので殺そうとしたアルフに逃げられたのは、怒りを抑えられなかった為に隙が出来てしまったからだろう。

「ジュエルシードの代わりを必ず見つけるから、それまでもう少し待っていてね?」

 フェイトとアルフからの報告で知った管理局とは別口でジュエルシードを集めているという謎の『白いもやもや』が、海に落ちているジュエルシードを回収する為に展開したと思われる結界を発見した時は漁夫の利を狙うつもりだった。
 しかし初めて見るタイプの結界だった事と、フェイトとアルフから隠れ続ける事ができるだけの実力を持った相手だという事を考えて結果、少し危険だが時の庭園のセキュリティを犠牲にしてまで40体の傀儡兵を送り込んだというのに……

「あの化け物がいなければ、私たちはあの場所へ行く事ができたのに。」

 管理局に破壊される事も考えた上での戦力の投入だったというのに、半分以上、23体を殆ど一瞬で片付けられたのは計算外であった。
 仮に、この時の庭園のセキュリティを全て捨てて、次元跳躍攻撃や全傀儡兵を送り込んでいたとしても、あの『白いもやもや』に効果が無かっただろうと考えられる。
 その上、管理局の執務官と思われる黒づくめの子供の実力もこちらの予想以上だったのだから、ジュエルシードの回収を諦めてさっさと退散するべきだ。
 逃げ出したアルフが管理局に司法取引を――フェイトの安全を保障してもらうかわりにこちらの情報を流してしまっている可能性もあるのだから。

「第97管理外世界に時の庭園を近づけたのは失敗だったわね……」

 ジュエルシードの回収を素早く行う――ジュエルシードの暴走によって体規模な次元震が発生した時にそれを利用するという事も考えた上での移動だったのだけれど。

「おそらく、次元震はもう起きない。」

 あの次元震は『白いもやもや』が生まれる瞬間に起こったのだろうと彼女は考える。
 ジュエルシードがバラバラになった際に、一か所に集まる為のシステムを持っていた可能性は十分にあり、そのシステムが起動した瞬間に次元震が発生したのだと……

「アリシア…… 私のアリシア……」

 三十分ほど泣いた後、最愛の娘に背を向けて彼女は歩きだす。
 フェイトとアルフがそのくだらぬ口を割る前に、一刻も――一秒でも早く時の庭園を移動しなくてはならないから……



────────────────────



「なるほどね……」
「……」

 結局ロッテが少しだけ口を滑らせかけて、それをフォローしようとしたはやてが墓穴を掘り、アリアとなのはが目をそむけた事が『無言の肯定』となり、もうどうしようもなくなったので仕方なくジュエルシードや闇の書について話してしまった。

「あの、ジュエルシードを管理局に渡すのは」
「わかっています。 信じたくないけれど、ジュエルシードが次元犯罪者に『横流し』される未来を予知夢で見たのでしょう?」
「はい。」

 本当はそんな夢を見てはいないのだが、師匠の事は本当にどうしようもない時にだけ話すようにと言われているので、そういう事にする。

「実を言うと、エイミィが気絶させられた時の報告からレティ――私の友人で信頼できる管理局員にそういう事実が在り得るか確認して欲しいと頼んだのよ。」
「リンディ?」
「それはちょっと危険じゃないかい?」

 リーゼ姉妹がリンディの行動に驚くが、それを無視してリンディは言葉を続けた。

「地方の研究所に運ばれて行方不明になったロストロギアがいくつかあったらしいわ。
 そしてその内の幾つかが――捜索班が組まれる事もないままになっているそうよ。」
「それって……」
「ええ、限りなく黒に近い――いいえ、事実“そう”なんでしょうね。」

 リンディは左手で頭を押さえた。
 クロノとエイミィも同じようなしぐさをした。
 ……2人とも右手にはケーキを食べる為のフォークを持っていた。

「ジェルシードについてはこちらで何とか誤魔化すわ。」
「情けない上に不本意だが、ジュエルシードの危険性を考えるとそれしかないでしょうね。」

 ジュエルシードは『ミスト』が所持している事にして、八神はやてやその友人の高町なのはは一切関与していない事にする。
 リンディとクロノからの提案をなのはとはやては受けいれた。
 真相を知っているのはこの場にいる7人だけなのは幸いだった。

「闇の書については父様の独断と言う事にしてくれていいよ。」
「私たちが無限書庫を利用していたのは隠しようのない事実だしね。」
「そう言ってもらえると助かるわ。」
「こちらでもできるだけの事はするつもりだが、物がモノだけにな……」

 アルカンシェルを使うのだから、フォローするにも限界があるのだが……
 ロストロギアを行方不明にしている一味を突き止めるには事情を知っていてなおかつ無限書庫を利用していたリーゼ姉妹の協力があった方が良い――できる限り罪を軽くする方向で動くからその見返りに協力しろと言外に告げていた。

 ……なのはとはやてには伝わらなかったが。

「さて、闇の書について話がいい感じにまとまった処で、ジュエルシード回収を邪魔したフェイト・テスタロッサの母親――プレシア・テスタロッサを捕まえに行こうか。」
「あの傀儡兵たちがどこから送られてきたのかって事に関しては、私たちが突き止めた事にするから、逃げ出す前に今すぐアースラに行こうか。」

 フェイトは犯罪者だが、その出生や家庭環境を考えると情状酌量の余地が十二分にあり、プレシアを捕まえる事ができれば確実に無罪にする事ができるだろう。

「できればフェイトの口から聞きたかったが、早く行動しないと逃げられるのも事実。」
「アルフさんの為にもすぐに行動した方がいいわね。」

 そう言って5人は席を立つ。

「ほな、今日はこれでお開きやね。」
「プレシアさんを捕まえたお祝いのケーキは翠屋で買ってくださいね。」

 空になった皿を片づけながら、なのははそう言って結界を解除した。
 リンディとクロノが参加した時に、これ以上誰かの耳に会話が入らないようにする為に展開していたのだ。

「ええ、その時にはここで買わせてもらうわ。」
「それでは、失礼する。」
「はやてちゃん、なのはちゃん、またね!」
「はやてちゃん、私たちの部屋を掃除して待っててね。」
「なるべく早く片付けるから。」





「一体何の話をしていたの?」

 娘の親友の家に住む事になった人たちだけでなく、最近お得意様になった親子も交じってのミニパーティーに、母親である桃子が興味を持たないはずがなかったのだが……

「あの人たちはリーゼさん達とお友達だったの。」
「ほんで、今度リーゼさん達の引っ越しパーティーを私の家でするから、参加しますかって事になってな? なのはちゃんが営業をしたんよ。」

 本当の事を言えない子供たちの『ごまかし能力』は素晴らしかった。





100321/投稿



[14762] Retry09 おわりと、はじまり
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/03/28 16:00
 プレシア・テスタロッサは逃げてしまったけれど、フェイトさんはもちろんアースラのクルーでさえもジュエルシードを――『ジュエルシードの実物を見ていない』ので……

「ジュエルシードを捜索中、『次元漂流者』を保護したという形になったわ。」
「……ありがとう。」
「わかりました。」

 リンディさんが『次元漂流者のフェイト・テスタロッサ及びその使い魔のアルフ』の保護者になる事で1つの決着をつけてくれました。

「この為、『あなたの母親がジュエルシードを探していたという事実』は無かった事になるから、管理局の力で捜索する事は出来ないという事は頭に入れておいてね?」
「……はい。」

 フェイトさんは最初落ち込んでいたそうだけど

「フェイト、管理局に入って偉くなればあの女の情報が入ってくるかもしれないよ?」

 アルフさんの言葉で立ち直ったそうです。(リーゼさんたちに「フェイトさんが落ち込むようならこう言えばいいよ。」とあらかじめ教えておくように言っておいたのです。)





「あの子は今、管理局に入る為の学校に入る為の勉強をしているよ。」
「へぇ……」

 ロッテさんは翠屋の常連です。

「アースラのクルーを口止めするのは、正直すごく大変だったんだけど、万が一、億が一、ヴォルケンリッターがあの子のリンカーコアを収集すると闇の書を消滅させるのに不都合が生じる可能性があるって2人が言うから、お姉さんは頑張ったんだよ。」
「それはそれは、お疲れさんやったね。」
「それじゃあ、このケーキは私の奢りって事にして上げます!」

 アリアさんはフェイトさんの教師役をしているそうです。

「それよりも、闇の書の方はどんな感じだい?」
「うん、なのはちゃんの都合もあるからな。
 夏休みに入ったくらいで皆が出てくるようにしてるよ。」
「わかった。 それじゃあ、なのはさんが夏休みに入ったらアースラに行こうか。」
「わかりました。」
「了解や。」



 なんで、アリアさんもロッテさんも……
 リンディさんもクロノさんもエイミィさんも、私の事を『ちゃん』じゃなくて『さん』づけなんだろう?



────────────────────



「それを信じろと言われてもな……」
「まあ、気持ちはわかるけどね。」

 夏休みが始まった翌日、ヴォルケンリッターの皆さんが闇の書から出てきました。

「あれや、闇の書の蒐集が終わった後、自分らが何してたか憶えてる人はおるか?」
「蒐集が終わった後……?」

 はやてちゃんがヴォルケンリッターの皆に決定的な質問をする。

「憶えていないんだろう?」
「皆さんの気持ちはわからないでもないけど……」

 もちろん、クロノさんとリンディさんも4人の説得に参加しています。

「なのはさんが闇の書の管制人格を起こしたらそれで話は終わりなんだけどね。」

 アルフさん、ぶっちゃけすぎです。
 というか、ご主人さまであるフェイトさんと一緒に居なくていいの?

「シグナム、ヴィータ、シャマル。」
「なんだ?」
「なんだよ?」
「なに?」

 ザフィーラさん?

「此処が管理局の艦の中で、しかも主が管理局の側に居るのだ。
 そのうえ、そこの少女が闇の書の管制人格を起こせば事の真偽がわかるという。」
「む。」
「それはそうだけどよ……」
「はぁ……」
「今は主と――そこの提督の話をきちんと聞いておくのが良いのではないか?」

 かっこいい……

「俺はこの少女が管制人格を改ざんしないか見張っておく。」

 あ、信頼はしてくれないのか。

「……わかった。」
「しゃーねーなぁ……」
「それじゃあ私は――主が洗脳されていないか調べさせてもらおうかしら。」

 ……もう、好きにしてください。





 それから5時間後、やっと管制人格を呼び出す仕事が終わったので、私は家に帰る事に。

「それじゃあ、後ははやてちゃんが頑張ってね?」

 そう、私にできるのは闇の書の管制人格を呼び出す事まで。
 闇の書の『バグ』を吐き出させるのははやてちゃんの仕事なのです。

「……うん。」

 はやてちゃんは少し不安そうだ。
 私も闇の書が消滅するまで一緒にいたかったんだけど……

 リンディさんがアルカンシェルを搭載している他の艦にヘルプを要請したから私はアースラにいるわけにはいかないそうです。
 地球――第97管理外世界において謎の傀儡兵が多数現れた事と、その傀儡兵たちをすごい魔力砲を撃って破壊した謎の存在『ミスト』の存在は流石に隠せなかったので、私がアースラに居ると色々と面倒な事になっちゃうとかなんとか……

「はやてちゃん。
 私、夏休みの宿題をパパっと終わらせておくから――」
「え?」

 何を言っているのか分からないという顔のはやてちゃんに、言葉を続ける。

「はやてちゃんも、シグナムさんたちと一緒に暮らす為の手続きを――リンディさんたちに任せられる事は全部任せちゃうくらいのつもりでささっと終わらせてね?」

 私の言いたい事わかるよね?

「ぁ…… うん!
 ささっと全部終わらせてくるから、夏休み、一緒に、遊ぼうな!」



 はやてちゃんは、やっぱり泣き虫だなぁ。





 アースラから戻った私はアリサちゃんとすずかちゃんと一緒に勉強会――それぞれの得意な教科を教え合う――をして7月中に宿題を終わらせました。



────────────────────



 バリアジャケットの上からさらに宇宙服という組み合わせで辺境世界の宇宙空間をえっちらおっちらと進む。

『はやてさん、その辺りでいいわ。』
「そう?
 なら、ここで吐き出させるわ。」

 リンディさんが呼んだアルカンシェル搭載艦(名前がアースラと比べて長くて覚え難い)のブリッジから聞こえた声に従って、私は右手に持っている闇の書――管制人格が上半身を出している――にあらかじめ詠唱しておいた魔法を使う。

『はやて、吐き出させる方向はあっちだからな。』

 隣で私と同じようにバリアジャケットと宇宙服を着ているクロノ君が指示を出した。

「了解や。
 ほな、GOや!」

 私の合図で管制人格がとっても苦しそうな顔でバグを吐き出した!

「おえっ!」……宇宙空間やから声はしないんやけど、たぶんそんな声を出したと思う。

『よし! いくぞデュランダル! 《エターナルコフィン》』

 吐き出された『バグ』をクロノ君が凍らせる。
 蒐集をしていないので殆ど力を持っていない『バグ』やけど、これで絶対に動けない。

『はやて、艦に戻るぞ!』
「了解や!」



 私たちが艦に戻ってブリッジに着いたら、すでにアルカンシェルが『バグ』を消滅させ終わっていた。





「これで、後はあんたと闇の書を消滅させたら終わりなんやね……。」
「ええ。」

 『バグ』を消滅させたその日の夜、私は管制人格と最後の……

「本当はあんたも助けたい。」

 でも、私にはその力が無い。

「主の気持ちはわかっています。
 長い時を生きた主の師匠ですら、私を救う事は出来ないのですから……」

 気に病む事は無いと?

「……師匠に言われた通り、私はあんたに名前を付ける事もしない。」

 愛着や執着は、闇の書の消滅させる為には……

「それでいいのです。
 私はたくさんの世界を滅ぼしながら、長い、長い時を……」

 だから、消えてもいいと?

「最後の主が、あなたのような人で良かった。」

 そうなんか?
 本当に良かったんか?

「私は、あんたの事を忘れへん。
 名前もつけないし、会って3日もしないうちに別れるけれど……」

 絶対に忘れない。



「……ありがとうございます。」





 翌日、何も言わずに別れた。



────────────────────



「フェイト・テスタロッサです。」
「八神はやてです。」

 シグナムたちと一緒に暮らす為に管理局の本局に来たんやけど……
 リンディさんとクロノ君に紹介された、本当ならジュエルシードを集めるのをなのはちゃんと競い合う事になっていたというフェイトさんはえらいべっぴんさんやった。

「久しぶりだね。」
「久しぶりやね、アルフさん。
 フェイトさんもアルフさんも、手続きが終わるまでよろしうな。」
「うん。 よろしくね!」
「後で後でザフィーラたちも来るんだろ? 今の内に部屋を片付けておこうか。」

 4人はエイミィさんと一緒に来るはずなので(私の手続きはリンディさんとクロノさんが、シグナムたち4人の手続きはエイミィさんがしてくれているので)、リンディさんとクロノ君、フェイトさんとアルフさん、そして私の5人で部屋――というよりも家中の片づけをしながら5人を待つ事になった。

「フェイトさんは管理局に入るんやよね?」
「うん。」
「私も管理局に入るつもりなんよ。」
「そうなの?」
「まぁ、私が目指すのは無限書庫の司書やけどね。」

 読書が好きならって、師匠が勧めてくれたんやけどな。

「無限書庫?」

 師匠曰く、管理局の重要な部署やけど教わった読書魔法があれば楽ができるそうやし?

「そうや。
 まぁ、第97管理外世界に戸籍とかしがらみとかあるし……すぐにってわけやないんや。」
「んん?」
「要するに……
 私が管理局に入る時はフェイトさんは管理局に関しては先輩なるわけやから、よろしうなって事や。」
「あ、そっか。 私ははやての先輩になるのか。」

 ……フェイトさんはちょっと天然かもしれん。



────────────────────



 8月も残り半分……

「はやてちゃん……」

 アリサちゃんの家から帰る途中、未だに帰ってこない親友を想う。

「夏休みももう終わっちゃうのに……」

 少し、泣きそうになる。





「ただいま。」
「おかえり。 遅かったな?」

 家に帰るとお兄ちゃんが玄関に居た。

「あれ? 今からお出かけなの?」
「ああ、忍に呼ばれてな。」
「へぇ……」
「それじゃあな。」



「ただいま。」
「おかえり。 もうすぐご飯だから、手を洗ってきなさいね。」
「うん。」

 お母さんはお夕飯を作っていた。

「なのは、今日は少し遅かったな?」
「ちょっとね。」

 夕焼けを見ながらぼーっとしていたなんて言えない。

「もう少し遅くなるようなら電話しなさい。 迎えに行くから。」
「うん。 わかった。」

 ……お父さんは少し過保護だと思う。



「最近、何かあったの?」
「え?」

 私がお風呂に入っていると、お姉ちゃんが一緒に入ろうと言って入って来た。

「何かあった――っていうより、何もないっていうか……」
「お姉ちゃんに話せない事?」
「……はやてちゃんが、親戚のグレアムおじさんのお家からまだ戻ってこないの。」

 はやてちゃんの主治医である石田先生にもそういうふうに説明にしてある。

「はやてちゃん……
 ああ、イギリスに行ったって言う友達の事ね。」
「うん……」





 夜、どうしても眠れないのでバリアジャケットの認識障害機能を全開にしながらゆらゆらと、時には目も開けられないくらいの速さで、ひたすらに空を飛ぶ。

「はぁ……」

 最近使っていなかった魔力を思い切り使った事で少しすっきりしたので自分家の屋根の上で休憩を取る。

「はやてちゃん、早く帰ってこないかなぁ……」

 ううん、会いたいのははやてちゃんだけじゃなくて……
 今回はあまり話せなかったけど、シグナムさんをお兄ちゃんに会わせてあげたい。
 ヴィータちゃんと一緒にアイスクリーム屋さん巡りをしたい。
 前回と同じようにシャマルさんにお料理を教えたい。
 ザフィーラさんをモフモフしたい。

「会いたいなぁ……」
「私も、会いたかった。」

 え?

「はやて……ちゃん?」
「うん。 なのはちゃんのバリアジャケットの認識障害を看破できるのは私だけや。」

「はやてちゃん!」

 私ははやてちゃんに飛びついて、はやてちゃんは私を受け止めてくれた。

「ちょっと、予想以上に手続きが面倒でな? 時間かかってもうてん。」
「いい…… ちゃんと、帰ってきてくれたから……」

 一度も連絡をくれなかった事だって許しちゃう。

「突然何もいない場所に話しかけたと思ったら、にゃのはがいたのか。」
「管制人格の事だけでもすごいのに……」
「こんなバリアジャケットを纏えるとはな。 ぜひ一度手合わせしたいものだ。」
「……」

 シグナムさんには早い内にお兄ちゃんに会ってもらおう。

「みんなも、お帰りなさい。」
「……こう言っては何だが、夜天の書から出たのがアースラの中だったから、帰って来たという気はしないのだがな? まぁ、ただいまと言っておこう。」



 夏休みは後2週間くらいしかないけれど、私たちの楽しい夏休みは始まったばかりだ!





100328/投稿



[14762] Retry あとがきと……
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/03/28 16:08
 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 『魔法少女リリカルなのはR(りとらい)』いかがだったでしょうか?

 なのはとはやての2人は以前の経験と師匠から授かった魔法によって『この時点でのハッピーエンド』をなんとか掴み取りました。

 以下は各話の解説を少しばかりと、+αな話を……


●01 あたえるもの、うけとるもの

・蒼い世界で師匠と修行
 あえて描写しなかったが、師匠のデバイスも色々と教えてくれました。

・グレアム一家の覚悟についての作者の独自設定
 はやての容体が悪化した場合、ヴォルケンリッターが蒐集をする事は計画通りだったはず。
 彼らは『主の命を救う為』に『死ぬまで蒐集』する可能性が高いという事もわかっていたはず。
 『命を奪う事に対する嫌悪』をはやてに植えつけていたとしても、その可能性が0になる事はないのだし……

・師匠が何故“せめてなのはさんだけでも無事でいて欲しいと思った”のか

 1、ジュエルシードはなのはが15個集めれば、「プレシアは6個しか入手する事が出来ない=次元震の規模が小さくなるだろうからアースラが対処できるはず」

 2、闇の書はヴォルケンリッターから身を守れればグレアム一家がどうにかする。

 3、ミッドで起こるJS事件は地球を巻き込むかどうか不明。

 つまり、『なのはが無事』=『世界は平和』=『誰もループしない』と考えていた。

・ジュエルシードの願いの叶え方について
 全て作者の独自設定


●02 あつめるもの、あつめられるもの

・図書館のゴミ箱に捨てられたアレ
 回収する予定

・『次元震モドキ』
 アースラほいほい


●03 しらないひと、しっているひと

・公園にて
 フェイトとアルフがクロノとエイミィの顔を憶える。

・翠屋にて
 フェイトとアルフの顔をリンディが憶える。
 実はこの時、リンディはなのはに目を付けていた。


●04 おもい、なやむ

・なのはの正体がばれたわけではないが、ジュエルシードを集めている存在がいるとばれる。
 本当は海上でフェイトからジュエルシードを奪う時に登場する予定だった。

・『ミスト』
 作者が、『白いもやもや』と呼ばせ続けるのはどうか?と思った。

・『A~E』
 A  フェイト&アルフ
   (ジュエルシードを探している。
    母さんと呼ばれている人物が輸送船事故の原因である可能性あり。)
 B  次元震の調査に来た使い魔と1人
   (Aである可能性あり。 フェイト=主?)
 C1 次元震を起こした存在。(ジュエルシードそのもの)
 C2 次元震を起こした存在。(ジュエルシードを使用。 AorBの可能性あり。)
 C3 次元震を起こした存在。(ジュエルシード無関係)
 D  金髪少女&赤い狼の使い魔
   (輸送船を襲った可能性あり。 攻撃性高し。
    第97管理外世界を消滅させようとしている? Bの可能性あり。)
 E  ミスト『白いもやもや』
   (ジュエルシードを最低1個回収している。
    わずかながら輸送船を襲った可能性あり。 BorC2の可能性あり?)

 結局、正式な報告はされなかった。(レティでストップ。)


●05 うごける、うごけない

・怪しい3人組
 アースラのクルーたち。 内緒であちこち食べ歩きをしたりしていたりする。

・翠屋にクロノとエイミィが来た時
 はやては以前公園でからかった相手が重要人物だと知って驚いた。

・<数秒だけ時間を稼いであげた>
 2人ともクロノの事を可愛がっている。


●06 こっそりと、だいたんに

・アルフ
 プレシアにやられた。

・保険
 車を駄目にした犬が動物病院から消えたりしてごたごたしたけれど、なんとかおりた。

・犬が空から落ちてきた事件
 犬が消えたとこまで含めて海鳴七不思議の1つと呼ばれるようになる。

・フェイト
 アルフを助けても自分が捕まったら意味無いよね。

・動物病院でアルフとリーゼ姉妹が仲良し?
 最初はぶち切れたりしたけれど、フェイトの安否を考えてアルフの方で自重した。


●07 じぶんのちからと、あいてのちから
 この回はつまるところチートなのはさんが大活躍する話。

・強固な結界
 師匠直伝の反則結界。

・傀儡兵
 やられ役。 ある意味この回限定の準主役。

・猫姉妹
 このタイミングで現れた事が、リンディとクロノに不信感――というより違和感を与えてしまい……

・結界で囲む
 分かりにくい表現だったかもしれないと思っていたけれど、感想などには何も反応が無かったので安心しました。

・<言いたい事がわかっているから……>
 最悪『ミスト』と戦わないといけないという事。

・<「師匠曰く、“星すら砕く全力全開”!!」>
 師匠は何か色々と間違えて憶えている。 百年以上前の事だものねぇ……


●08 かくせることと、かくせないこと

・猫姉妹が八神家を訪れる。
 はやての独断

・予知夢
 師匠の入れ知恵。
 ちなみに、管理局の協力を得られなかった場合はジュエルシード21個全てを使ってブーストされた『スターライトブレイカー』で闇の書の闇を撃ち滅ぼせる事になってます。

・猫姉妹がはやてとなのはの言う事をあっさりと受け入れている件

 1はやてが自分の魔力を操作して闇の書に吸い取られる魔力の量を調整できている事。
 2師匠が教えていたグレアム一家説得方法がとても役に立った。
 3『ミスト』=『はやての親友』が真実だった場合、敵に回すのは……
 4はやてたちの策が失敗しても凍らせればいいだけ。

 この4つの理由から、はやてとなのはの言い分を受け入れた。

 5おまけに『ミストの結界魔法』が優秀で管理局の目を避けるのに使えそう。
 6闇の書の闇に対してアルカンシェルが使えなくてもなのはのスターライトブレイカーで代用可能である事。

 この2つが、協力体制をとってもデメリットが少ないと判断された理由。

 他にも色々とありますが、『物語の進行上どうでもいい』『誰に説明させても違和感が出る』という理由から物語上で説明されていません。

・翠屋でリンディとクロノとエイミィにばれる
 これは猫姉妹のミス。
 彼女たちが海鳴に居る事に違和感を持ったリンディとクロノはその動向を注視していた。
 しかし、2人ともはやてが闇の書の事に気づいているのではないかと動転していた為に、ハラオウン家に注視されていると気づけないままに八神家を訪れてしまい……

 もっとも、猫姉妹が上手くやっていたとしても、海上での『桃色の砲撃』からなのはが特定されていた可能性は高い。

・プレシア
 「第97管理外世界に時の庭園を近づけたのは失敗だったわね……」と言っているが、むしろ師匠の記憶とは違う場所に居たからこそ管理局に見つけられなかった。

・ロストロギアの横流し
 作者独自の設定。


●09

・プレシア
 行方不明

・アルフ
 闇の書とヴォルケンリッターの関係を知ったが、フェイトには秘密。
 ヴォルケンリッターがプレシアを殺す可能性がある事をフェイトに漏らさない為である。

 師匠はアルフとザフィーラがとっても仲良くなって欲しいと思っているからアルフには真相を教えてもいいとした。 ……しかし、2人の弟子はその事を知らない。

・はやてin無限書庫
 ヴォルケンリッターの立場上、はやてが管理局から離れる事ができない。
 ジュエルシードの関係上なのはが管理局に所属する可能性はとても低い。

 はやての安全を考えると無限書庫の司書になるのがベターだと師匠は判断した。

 師匠的には楽な仕事なので勧めたが、はやてにとって楽かどうかは……



────────────────────



 昔、テレビドラマだったか小説だったかは忘れたけれど

「無力は罪だ。」と言う様な事を言った悪役がいた。

「無力なのは罪ではない。無力な者を苦しめるのが罪なのだ。」と言う様な事を主人公は返した。

 その時の私は、当然ながら主人公の言っている事が正しいと思った。





 だけど、今は違う。

「無力は罪ではない」かもしれないが

「無力だと知りつつ無力なままなのは罪」だと思う。



 だって、目の前で苦しんでいるあの子を救えなかった私は……





Regret……
100328/投稿



[14762] Regret01 慎重な、準備
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/04/04 13:58
 クロノ・ハラオウンはXV級艦船「クラウディア」の艦長である。

「毎度毎度同じ事言わせんといて?」
「そこを、なんとか頼む!」

 家庭内では奥さんに頭が上がらなかったり、愛しい双子の息子と娘にたまにしか帰れなくてすまないと頭を下げたりはするが、彼は時空管理局内でもかなり上の方の地位にいる。

「こう言ったら自慢になるけど、私の『検索魔法』は同僚と比べてずば抜けてるよ?」
「知っている。」
「でもな?
 静止画1枚とそれが起こしたと思われる現象1つだけで、世界も時代もわからないロストロギアを特定しろというのは無理や。」
「ぅ……」

 そのお偉いさんが頭を下げ続けているのは八神はやてという女性であった。
 彼女は無限書庫という少し特殊な場所で働いているだけの『司書』であるが、クロノ・ハラオウンとの付き合いは長く、彼の義理の妹であるフェイト・テスタロッサとはお互いに親友と呼び合うほどである。

「クロノ君……」
「な……なんだ?」
「クロノ君のアホみたいな資料請求のせいで私の休日がどれだけ流れたかわかるか?」
「う!」
「それだけやないで?
 あの空港火災のせいでやっととれた有給が流れてからもう年単位の時間が経つけど、あれ以来1度も有給の申請が通らないんよ?」

 正確にいえばクロノが大量の仕事を持ってくるので通りかけた申請が不受理になるのだ。

「……それは、すまないと思っている。」

 彼が無限書庫から取り寄せた資料によって事件を解決したりしている事を知った者たちが無限書庫を今までよりも利用するようになった為に、はやてはもちろん、はやての同僚たちの労働時間は――職務規定どころか、労働基準違反の域に達しようとしている。

「おかげで……
 フェイトちゃんとミッドを観光する事もできないどころか、なのはちゃんとはメールのやり取りだけで、年に1度、お正月くらいしか会えないんや……」
「ぅ……」

 毎日寝不足やしと言葉を続けたその顔の――化粧で上手く隠してはいるが、よく見ると――その目の下には大きな隈がある事がわかる。

「それに、最近は聖王教会から『ガジェット』絡みの依頼も来てるし……」
「そうなのか?」
「そうなんよ。
 やから、もう、正直これ以上はきっつい。」

 はやての様子から限界ぎりぎりだと言う事はクロノにも伝わったが……
 残念ながら彼には艦長としての立場があり、このまま艦に帰るわけには――

「なのはちゃんが無限書庫にきてくれればなぁ……」
「なんでそこで高町さんが無限書庫にという事になるんだ?」

 あの強力な砲撃能力と無限書庫がどういうふうに?

「あれ? 話した事無かった?」
「?」
「なのはちゃんの『検索魔法』は私よりも優秀なんよ。 もちろん、『読書魔法』もな。」

 なのはちゃんと2人一緒でも師匠には負けるけどなとはやては思っているが……

「な!?」

 クロノにとってその情報は初耳だった。

「高町さんって一体……」
「私がなのはちゃんに勝てるのは――収入くらいかなぁ……」

 はやては碧屋を継ぐ為にお菓子の専門学校に通っている――収入0の親友を想う。

「……それはそれとして、だ。」
「なんや?」

 クロノは持ってきていた書類をはやてに押しつけ――

「3日後受け取りに来る!」

全力で逃げた。

「ちょ!? まって!!」



 クロノがはやてとはやての騎士たちにボコボコにされる日は、そう遠くない……



────────────────────



 聖王教会の騎士であり時空管理局の理事官でもあるカリム・グラシアは自分の秘書であり友であるシャッハ・ヌエラが持ってきた報告書に頭を痛めていた。

「聖王のクローンですか……」
「ええ……
 AMFとガジェットだけでも面倒だと言うのに……」

 先日、カリムの友人の友人の養子――かつて闇の書と呼ばれ恐れられていてが実は夜天の書と呼ばれる古代ベルカに深い縁のあるロストロギアの『主』であったという事で知り合いになり何時の間にか互いに友人と呼べるようになった八神はやて無限書庫司書、の友人である時空管理局で執務官として働いているフェイト・テスタロッサが保護者をしているエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの2人――がミッドチルダを観光している時に1人の女の子を保護した。
 その女の子は聖王教会と時空管理局が探しているレリックと呼ばれるロストロギアの1つを所持していた為、念には念をと精密検査をしてみたところ、彼女が聖王と呼ばれていた人物のクローンであったという非常に面倒な事実が明らかになったのだった。

「とりあえず、この子は聖王教会で保護する形にしましょう。」
「はい。」

 誰が何の為につくったのかわからないが、放っておけばきっと碌でもない事になる。

「それと、念の為エリオ君とキャロちゃんもこちらで預かりませんか?」

 シャッハの突然の提案に、カリムは頭をめぐらす。

「……この子を攫おうとした正体不明の襲撃者がいたのよね。」
「はい。」
「このエリオ君とキャロちゃんの2人がちょっと特殊だった事と、2人から連絡を受けたフェイト執務官が大慌てで現場に向かったから事なきを得たけれど、それはつまり、エリオ君とキャロちゃん、及びフェイト執務官が『謎の襲撃者に敵として認識された』という事と同意ですものね。」
「残念ながら、そういう事になります。」

 確かに子供たちの保護は必要だ。
 だが、カリムが動かせる人員にも限りがある。
 そのうえ、その限りある人員の殆どは今回の事件の調査に回している。

「確か、フェイト執務官にはアルフという使い魔が居たわよね?」
「……名前はわかりませんが、使い魔なら今日も子供たちの相手をしに来てくれています。」
「なら、その使い魔にこれからも子守りをしてもらいましょう。」
「……そうですね。
 知らない場所で知らない人に面倒を見てもらうよりも、保護者であるフェイト執務官の使い魔と一緒にいた方が子供たちも安心するでしょうし。」

 それだけ言うとシャッハはフェイトに連絡を取る為にカリムの部屋を出た。

「何かが大きく動き出して――いいえ、すでに動いているようね。」



 自分の予言が現実の物とならないようにと、カリムは祈った。



────────────────────



 キャロ・ル・ルシエとエリオ・モンディアルは保護者であるフェイト・テスタロッサの使い魔アルフと一緒にヴィヴィオと名乗った少女の面倒を見ていた。

「それじゃあ、この子も僕と同じ?」
「そうみたいだねぇ。」

 鬼ごっこやボール投げなどで思い切り体を動かしてヴィヴィオに昼寝をさせたアルフは、忙しいフェイトの代わりにエリオとキャロにも事情を説明した。

 数日前、フェイトは久しぶりに有給が取れる事になったのでキャロとエリオをミッドに呼んで、アルフも入れた3人と1匹で一緒に観光をしていたのだが、ガジェット関連の事件が発生したという事で緊急の呼び出しがかかってしまったので仕方なく2人と1匹で観光をしていた時に偶然発見した少女が……

 ガジェットに襲われる可能性がある以上、下手に隠すよりもきちんと説明をしたうえで聖王教会の保護下に入った方がいいと判断したからだ。

「フェイトさんはこの子も引き取るんでしょうか?」
「どうなるかわからないけど、できるならそうしたいみたいだね。」

 『プロジェクト・フェイト』
 エリオを保護する過程でその存在を知った時、主がすごく動揺していた事を思い出す。

「アルフさん、私……」
「ごめんね、キャロの勤務先にはフェイトと聖王教会の方から簡単にだけど事情を説明して、長期の休暇を取ったって事にしてもらったよ。
 ガジェットの件がある程度解決するまでは我慢してくれないかい?」
「……わかりました。
 私が仕事に戻っても、そのせいでガジェットっていうのが襲ってきたら大変ですものね。」

 ガジェットはミッドだけでなくあちこちの管理世界・管理外世界にも出没している事がわかっている。 うかつな行動はできない。

「エリオの方にも事件に巻き込まれたので暫く聖王教会で預かりますって連絡が行っているからね。 2人には悪いけど、我慢しておくれ。」
「はい。」
「はい。」

 最初は2~3日だけという事になっていたのだが、ヴィヴィオの事情が事情だけに月単位で聖王教会のお世話になる事になった為に色々と面倒な手続きを(聖王教会の名前を使えるだけ使って)アルフがしたのだ。

「あ、そういえばまだ伝えなきゃいけない事があった。」
「はい?」
「なんですか?」
「2人のデバイスだけど、もしもの時の為に防御系と移動系――ようするに襲われた時に怪我をしないで逃げられるような魔法を今よりも使えるようにしたいからって事になってね、後日になるけど、管理局のデバイスマスターの所に行くからそのつもりでいてね?」

 2人の安全を確保する為の苦肉の策である。

「逃げるんですか?」
「うん。
 エリオとキャロなら暫くは戦えるって事はヴィヴィオを保護した時に実証されたけど、あっちだってそれはわかっただろうしね?」
「あ、そうですね。」
「次に襲われる事があったら、僕たちの実力は完璧に分析されていて、逃げる事くらいしか――逃げる事すら難しいって事ですね?」
「あっちにはAMFがあるからね。
 魔法がまったく使えないって事は無いだろうけど、2人が魔力切れになるくらいの範囲でAMFを展開してくるって可能性があるし――何より私たちが襲われる時はこの子も襲われているわけだからね。」

 デバイスを改良することで2人の防御系と移動系の効率をできるだけ上げることで燃費を減らし、逃走距離を延ばす。
 それがいつ襲ってくるかわからない相手にとれる手っ取り早い対策だ。

「それと、2人には魔力量を増やすトレーニングもして貰うからそのつもりでね?」
「はい。」
「わかりました。」

 何かあった時、ヴィヴィオを守る最後の壁がこの3人なのだ。



────────────────────



「例えば――壺。」
「壺?」

 ふわりと本棚から1冊の本が飛び出てきて、ヴェロッサの手に収まる。

「ふむ?」

 本のタイトルは読めないが、適当にぺらぺらとめくるだけでも様々な壺が載っていた。

「それは私の出身世界の本やけど、結構いろんな種類が載っているやろ?」
「ああ。」
「1つの世界だけでも、壺だけで何百――何千という種類があるんやけど、見る人が見れば模様や形状でどの時代の、どの国の、誰の作かって事までわかるんやと。」
「へぇ……」

 壺の事はヴェロッサにはよくわからないが、資料とにらめっこを続けている妹分が言いたい事は何となく理解できた。

「模様も形状にもこれといって特徴の無い宝石を――静止画一枚だけでどの国のどの年代の物かわかる人っていうのは……」
「探せばいるかもしれんよ?
 ……『1つの世界』だけだったらな?」

 どんどん機嫌が悪くなっていくはやてを他所に、クロノが押し付けたという資料を見る。
 そこには赤い縦長の水晶の様なロストロギアを持った覆面の人物が写っていた。

「この覆面の身長から見て大きさとかはある程度わからないでもないけど……」
「今調べただけでも、それと似たような宝石は――8つの管理世界と24の管理外世界で確認されていて、年代や国はバラバラやけど少なくとも100種類以上あるみたいやね。」
「100種類以上……」
「そうや。
 そのほとんどが『魔力の貯蔵用』やけど、中には爆弾だったり猛毒をばらまいたりとかするのもあるみたい。」

 クロノから渡された資料にはロストロギアから放射された光に当たると爆発を起こした事が書かれているが……

「なるほど。 この覆面が爆発する魔法を使えないなら『そういう兵器』だけど……」
「これが『魔力の貯蔵用』とか『魔法の威力を増幅させる』とか――本当はこのロストロギアを未だ使っていなくて、爆発はこの覆面男の魔法って可能性もあるしな?」

 この宝石の能力を誤認させる為に派手な爆発を起こし、実は遅行性の毒をばらまいている――なんて事も十分にあり得る。

「そもそもこの宝石はロストロギアなんかではないという可能性もあるのか……」
「その可能性も十分ある。
 ……現場の局員と後方で資料を集める局員の中を悪くするのが真の目的とかな?」

 クロノ・ハラオウンが友人の無限書庫の司書である八神はやてに無理難題と言っても過言でもない資料請求をしているという話を知らない者は――本局内にはいないだろう。
 それはつまり、請求した資料が『頼んだ期限内』に届けられるには司書と友人であるほうが――逆にいえば、『気心の知れた友人が司書』だったりしない限り、『頼んだ期限内』に資料は来ないのだと本局員が認識しているという事でもあるかもしれない。

「あれ? でもそれって――」
「まぁ、この覆面――又はこの覆面を操っている黒幕が私とクロノ君の関係を知っていないと取れない作戦やから、そうだった場合はクロノ君だけじゃちょっと厳しいかもな?」

 様々な世界を股にかけて活動する時空管理局という巨大組織でそれぞれの部署が円滑なコミュニケーションを取ると言うのはただでさえ難しいというのに、それをさらに難しくするということはそれだけで犯罪集団にとって利益に繋がるだろうと考えられる。

「なるほど、だから僕を呼んだんだね?」
「そうや。」

 最近やっと本格始動し始めた無限書庫の重要性を犯罪者どもに流した裏切り者、又はスパイがいないか探す必要性がある――というか、本局査察部の査察官であるヴェロッサに仕事をしろと言外に告げているのだった。

「やってみるよ。」
「頼むわ。」

 はやてがそう言うと、本棚から数冊の本がふわりと飛びだしてヴェロッサの手にの中に

「これは?」
「いろんな世界のちょっと珍しいお菓子の作り方が載っとるんよ。」

 菓子作りの趣味があるヴェロッサへの報酬の前払いと言う事らしい。

「貰っていいのかい?」
「いや、コピーしてええって事や。」
「それじゃあ遠慮なく。」
「今フェイトちゃんの子供が2人――3人?が、聖王教会のお世話になっとるらしいから、試作品を食べさせてあげたら忌憚の無い意見が聞けるかもしれんよ?」
「ふ~ん。」

 いつも持ち歩いているデバイスに本の内容をコピーしながら、やっぱりこの子は面白いなとヴェロッサは思った。

「カリムやシャッハにも食べさせてあげるとええよ。」
「そうくるか……」
「2人には私もお世話になっとるしな。」
「……『お菓子を作る時間があったら仕事をしなさい』と言われるのがオチだと思――」
「でも、お菓子を残された事はないんやろ?」
「まぁね。」



────────────────────



「というわけで、お菓子を持って来たんだけど?」
「頂くわ。」
「子供たちの前でなければお説教をするんですけどね。」

 ヴェロッサが持ってきた数十種類のお菓子が広げられた机に子供たちとアルフはもちろんカリムとシャッハも集まる。

【宝石強盗に入った爆弾魔ですか……】
【ああ、クロノ君もなかなかやるよね。
 これではやてがレリックの事を調べても誰も怪しむ事は無いよ。】
【仮に怪しむ者がいたとしたら、すなわちその人はジェイル・スカリエッティと繋がりがあると言う事ですね?】

 クロノがはやてを通じて聖王教会と協力している事を知る者は少ない。

【時空管理局の中に、クロノ君たち現場の人間が回収したロストロギアを犯罪集団に横流ししている悪党がいる以上、私たちとの――とりわけヴェロッサと直接接触するわけにはいかないとはいえ、はやてにはいつも苦労を懸けてしまうわね。】

 リンディとクロノがどの様にしてその情報を手に入れたのかはわからないが、聖王教会の方でも調べてみたところ……

【ヴィヴィオちゃんが聖王のクローンだとすぐにわかったのもハラオウン家からの情報で聖王教会内部の調査をしていたからだし……】
【ヴィヴィオちゃんの件でロストロギアの流出先がジェイル・スカリエッティと何らかの繋がりがある可能性が高いという事がわかりましたしね。】

 まさかガジェットの件とロストロギア流出の件が繋がるとは思っていなかったが……

「おいしー!」
「おいしいです。」
「私もフェイトの為に疲れがとれるようなお菓子を探してみるかねぇ?」
「こんなに美味しいお菓子が作れるなんて、ヴェロッサさんってすごいんですね。」
「……褒めてくれるのは君たちだけだよ。」
「あら、私たちも美味しいと思っていますよ?」
「ええ、勤務時間に作りさえしなければお説教する事もありませんしね?」

【それで、本局内の調査は進みそうですか?】
【ああ。 はやてとクロノ君の関係を知っている人たち――無限書庫の司書たちからになるけどね。】
【クロノさんがはやてに資料請求をする事で次々と事件を解決したおかげで、ここ最近の無限書庫の利用者数は鰻登りなんですよね?
 今回の調査の表向きは『はやてとクロノさんの関係を悪化させようとしている人物がいるかどうかの調査』と言う事になるけれど、実際は】
【そう、『ロストロギア流出の調査』だよ。
 今までずっと、上層部の大半が無限書庫の利用者になるまで、はやてには苦労させてしまったけれど、これが終りさえすればクロノ君からの無茶な資料……】

 はやてへの資料請求によって事件を解決していったクロノが……

【ロッサ?】
【どうしました?】
【いや、なんでもない。】

 クロノは無限書庫への資料請求を止めるだろうか?
 そして、他の局員たちも資料請求を止めるだろうか?

「アルフさん。」
「なんだい?」
「疲れがとれるようなお菓子作りの研究を一緒にしないかい?」
「え? いいけど?」
「それじゃあ、今度の休日にでも――」
「ロッサ、あなたは暫く休日なんて無いでしょう?」
「ぅ……」

 これからも休暇を取る事ができるかどうか怪しい妹分の為にも早く調査を終わらせてお菓子の研究をしようと思ったヴェロッサであった。





100404/投稿



[14762] Regret02 不知な、運命
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/04/11 13:33
――此処は何処だろう?

 気がついたら、目の前に母さんがいた。

「アリシア……」

――アリシア?
――名前を間違えるなんて……
――私はフェイトだよ?

「私は必ずあなたを取り戻すわ。」

――?
――私はここにいるよ?

「待っていてね?」

――母さん?
――何処に行くの?
――母さん?

 どうしてだろう?
 追いかけたいのに、体が全く動かない。

――というより、此処は何処だろう?
――医療用ポッドの様な物の中に入れられているみたいだとはわかるけれど……





「アリシア、遂に見つけたわ。」

――?

「アルハザードへ行く方法を見つけたのよ。」

――アルハザード?

 昔、リニスに教えてもらった事がある。
 確か大昔に消えた超文明で、そこには死者を生き返らせる技術すらあるとか……

「スクライアの一族がジュエルシードと言うロストロギアを発見したの。
 あの莫大な魔力があれば、アルハザードへ行けるくらいの大規模な次元震を発生させる事ができるわ!」

――ジュエルシード?
――あれは、あの『白いもやもや』が全部集めてしまったのではないの?

 海の上で魔力が尽きた私を倒し、同じようにアルフも倒した謎の存在。

――でもまあ、母さんが喜んでいるからいいか。





「ふふふ……」

――母さん、今日もご機嫌だね?

「アリシア、聞いてちょうだい!」

――フェイト何だけどなぁ……

 喋れない事がこんなに辛いなんて……

「ジュエルシードを運んでいた輸送船が原因不明の事故に会ったの。
 これであの『醜い脳みそたち』に頼むまでもなく、ジュエルシードを手に入れる事が――アルハザードへ行く事が出来るかもしれないわ!」

――輸送船の事故?
――母さんは何を言っているの?





「アリシア!」

――母さん?

「今かなり大きな次元震を観測したわ!
 おそらくジュエルシードの1つが暴走したのだろうけれど、たった1つにあれだけの力があるのなら……」

――次元震?
――ジュエルシードは次元震を起こす物なの?

 そんな物を集めるように私に言ったの?

「待っていないさい? 今、人形と犬に回収を命じてくるから!」

――人形?
――犬?

「もうすぐ、もうすぐよ…… あなたを取り戻すわ、アリシア……」

――母さん……
――私はフェイトだよ。
――アリシアなんて名前じゃないよ……





「アリシア……」

 今日の母さんは少し疲れているみたい。

「人形が管理局に捕まったわ……」

――だから、人形って何なの?

「それどころか、犬が私に逆らって逃げたわ。
 まさか、こんなにも使えないなんて思っていなかった……」

 言っている事が理解できない。

「アリシア……
 やっぱり、私にはあなたしかいないわ……」





「アリシア……」

――母さん?
――どうして泣いているの?

「あなたをなかなか起こす事の出来ない駄目なお母さんで、ごめんなさいね。」

――母さん。
――母さんは駄目なんかじゃない!

 泣いている母を慰める事の出来ない体である事が悔しい。

「ジュエルシードの代わりを必ず見つけるから、それまでもう少し待っていてね?」

――そんなのはいいから!
――だから、泣かないで!

 体が動けば……

「あの化け物がいなければ、私たちはあの場所へ行く事ができたのに。」

 せめて、言葉を発する事が出来れば……

「第97管理外世界に時の庭園を近づけたのは失敗だったわね……」

――母さんを慰める事が出来るのに……

「おそらく、次元震はもう起きない。」

 悔しさに涙を流す事すらできないのが尚更悔しい。

「アリシア…… 私のアリシア……」



────────────────────



 あれからどれだけの時間が経ったのだろう?

 1年か、2年か……

 母さんは殆ど毎日私に会い気来てくれていたが、最近は2日おきや3日おきにしか会いに来てくれない。

「プロジェクトFの進化系?」
『ある意味ではそう言えるモノだよ。
 Jのガジェットと同じように古代ベルカのロストロギアから手に入った技術でね。
 この技術によって聖王は君臨し続ける事ができたみたいだね。』

 たまに零す愚痴から考えるに、母さんはたくさんの学者さん達の意見を聞いたりしながら私を起こす為の研究を続けているみたいだ。

「それで、あなたは何を望むの?」
『聖王の遺伝子データはすでに手に入っているのだが、それとは別に優秀な人間の遺伝子でも試してみたいのだ。
 母体で育った胎児に記憶と知識が正常に引き継がれるのなら、君をまず複製したい。』
「……記憶と知識をそのまま受け継いだ私が生まれるのなら、記憶と知識を引き継いだアリシアをもう一度生む事で――と言う事ね?」
『ああ、君の知識と経験が全て引き継がれ、さらにその体で子供が作れるのなら、この技術の――』

 難しい話はよくわからないけれど……

――私の知識と経験を持った赤ちゃんが生まれたら、すでに生まれているこの私はどうなるのかな?



────────────────────



 管理局に入って数ヶ月で、私は、私が何なのかわからなくなった。

 母さん――プレシア・テスタロッサの経歴を調べてすぐに、彼女の子供はアリシア・テスタロッサ1人しかいないと知ったからだ。

 私は母さんの次女である可能性を考えたりもした。
 でも、私とアリシアは『同じ』なのだと何故かわかってしまっていた。

 私とアルフにジュエルシードを捜索させた理由も、おそらくはアリシアに関係する事なのだろうという事も……

 勘でしか、ないけれど……





 ぷろじぇくとふぇいと

 初めてその言葉を聞いた時、頭をヴィータに殴られたみたいな衝撃を受けた気がした。

 同時に、私がアリシアのクローンだという事を認めるしかないのだと絶望した。

 母さん――プレシア・テスタロッサは、私に名前を付ける事すら……





 私と同じ境遇のエリオと一人ぼっちのキャロ、あの子たちの保護者となる事で私の精神はある程度の『安定』を得られたのだと思う。





 リンディ義母さんに言われて2人の顔合わせを兼ねてミッドの観光をする事にした。

「折角同じ人の被保護者になっているのに互いの顔も共通の思い出もないなんて寂しいじゃないの。」

 義母さんがそう提案してくれたのは数ヶ月前の事だ。

 エリオとキャロの事は建前で――休暇もとらずに働き続ける私に休養を取るようにという事なのだろうとすぐにわかったけれど、言っている事は至極もっともな事なので、それに甘える事にした。

 観光をしている時にガジェットの事件が発生したという緊急招集があったが、アルフに任せたエリオとキャロがレリックというロストロギアを引き摺っていた少女を発見、謎の集団――おそらくはジェイル・スカリエッティの手下に襲われたという事で慌てて引き返し、2人の意外な戦闘力に驚いたのはつい最近の事なのに少し懐かしい。





 ヴィヴィオ……

 聖王と呼ばれた存在のクローン……
 彼女はこんな私の事を「フェイトママ」と呼んで慕ってくれる。

 ヴィヴィオの影響だろうか? エリオとキャロも仕事で忙しくて偶にしか聖王教会に行けない私の事をそう呼んでくれるようになった。

 嬉しい。
 嬉しくても涙が出るのだという事を初めて実感した。



────────────────────



「これは?」
「ああ、ほら、フェイト・テスタロッサを知っているだろう?」
「……プロジェクトFですね?」
「彼女のオリジナルだよ。」
「確か、あのプレシア・テスタロッサの……」
「ああ、プレシア・テスタロッサは無事に産まれて成長しているからね。
 このオリジナル――アリシア・テスタロッサを作るのに必要なデータもすでに充分だから、好きに使ってくれていいんだってさ。」
「好きに使っていいんですか?」
「データ取りの為に、できれば生き返らせてほしいとは言っていたけどね?」



────────────────────



 聖王教会で子供たちと過ごしていたフェイトに、地上本部が謎の集団に襲われたという報せが届いた。

「犯人は?」
『地上本部では公開意見陳述会が行われていたので、それを狙ったテロリストによるものだと思われる。』
「状況と被害は?」
『今はまだ地上の部隊が抑えているらしいが、相手は最近大暴れしているガジェットが百体近くいるらしく、ついでに広域のAMFが展開されているせいで押し返せないそうだ。』

 AMFの中では魔力弾1つ撃つにもある程度の魔力量と技術が必要だ。
 襲われている場所が場所だけにそれなりに持ちこたえる事はできるだろうが、ガジェットを全て駆除するのは大変だろう。

「AMFの中での戦闘なんて、普通訓練しませんからね。」
『……ガジェットが出てきた頃に、地上本部に聖王教会がそういう訓練も必要になるかもしれないと言っていたらしいが、「そんな特殊な状況下での訓練をしても通常勤務の役に立たない、非効率で金の無駄だ」と言って、採用しなかったそうだからな。』

 陸のトップ、レジアス・ゲイズが聖王教会からの予言をまったく信用していないというのは本局でも有名な話だ。

「確かに、AMFなんていう特殊な状況下での訓練なんてそうそう役には立ちませんものね。」

 管理外世界の中には自分の魔力と相性の悪い世界があるということが稀にあり、そういう世界で支障なく行動しないといけない時の為に、海の局員は様々な訓練をする。
 しかし、自分の魔力と相性が悪かったら別の管理世界に行けばいいだけの地上勤務の局員にそんな訓練は――年に1度あるかないかだ。

『だが、彼が効率のいい訓練だけを推進した事で今のミッドの治安がある事も事実だ。』
「それはそうなんでしょうけどね。」

 人にはそれぞれ(性格的なものであったり特性的なものであったりもするが)相性の良い魔法や悪い魔法があるというのは殆どの人が知っている。

 例えば自分の場合は高速移動魔法と接近戦用魔法との相性が良い。
 遠距離攻撃もできない事は無いが、威力を上げる事やその逆、加減をする事は難しい。

「私がもし地上の訓練で鍛えていたら、執務官になれたかどうか……」
『魔力量が多ければ多いほど、画一的な訓練から零れるやつは多いだろうからな……』

 試験で合格するやつは多いだろうけれど。

「地上本部が見えました!」
『とりあえず近くで戦っている局員の援護をしてくれ。』
「とりあえず……ですか?」
『ああ、そのうち地上の指揮権を持ったやつから連絡が来るだろう。』

 地上と海の中は……
 人によっては海の人間だと知った途端に露骨に嫌な顔をする者もいる為、今の様に海と陸の協力体制を取る時に指揮権の事で無駄に争う事が多々あるのだ。
 その為、場所が陸の管轄下である時はよほどの緊急事態であったり、周辺世界にも影響が出る様な事態であったりしない限り、海が一歩引く事にしているのだった。






ガオオオオオオオオオオ

 巨大な生物の雄叫びが聖王教会に響いた。

「あれは、確かキャロちゃんの!?」
「そんな、こんなに大規模な襲撃が、ヴィヴィオちゃん目当てに起こったというの?」

 フェイトが地上本部襲撃の報せを受けて飛び出してから十数分後、ここにも大量のガジェットが――召喚魔法を使う少女と共に現れた。

「この小さな、虫みたいなのが!」
「小さくて攻撃もしづらいし、数もいるし、面倒ですね。」

 カリムとシャッハは1秒でも早く子供たちの元に行かなければならないと思っているのに、ガジェットと虫が邪魔で進む事ができない。

ガシャアアアン

 突如、廊下の窓ガラスが割れてエリオの胸倉を掴んでいる人間大の虫が現れた。

「この虫の親玉でしょうか?」
「エリオ君を苦しめている事から、敵である事は間違いないでしょう。」

 デバイスを構える2人に反応したのか、虫はエリオを投げ捨てて戦闘態勢を取る。





 ヴィヴィオは攫われ、地上本部と聖王教会もかなりの被害を出した。

「エリオは?」
「3ヶ月は入院する必要があるそうよ。」
「……そう。」

 騎士を目指して陸士訓練校で訓練をしていたとはいえ、子供1人で――キャロの補助魔法の援護があったけれど――無数のガジェットと虫を相手にしたエリオの怪我は酷かった。

「キャロちゃんの怪我はエリオ君ほどではないけれど、それでも完治に1ヶ月は……」
「聖王教会の騎士の方々は?」
「……戦えるわ。」

 フェイトの目に、『怒り』という感情を見てしまったカリムとシャッハは、フェイトの一番聞きたい事を簡潔に答えた。

「エリオとキャロの為にも、ヴィヴィオは必ず取り戻す。」
「これだけの被害が出たんですもの、私たち聖王教会も全力で……」

 これが『聖王のゆりかご』が浮上を開始する1週間前の出来事だった。





100411/投稿



[14762] Regret03 半睡な、浮上
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/04/18 15:39
 聖王教会本部がジェイル・スカリエッティの一味と思われる者たちに襲撃を受けてしまい、多数の死傷者が出た上に聖王のクローンであるヴィヴィオ・テスタロッサが攫われてしまったと報告を受けたその日の遅く、八神はやてはたった1人で無限書庫の中でも特に人気の無い場所で、数年前に読んだきりの一冊の本を探していた。
 ……報告を受けた時に受け持っていた仕事を全て(何かあった時の為にいろいろと貸しを作っていた)同僚たちに押し付けて。

「えーっと、確かここらへんに隠したと思うんやけど……」

 そこは無限書庫の中でも特に未整理――何百年も前に滅んでしまっていたり、危険なロストロギアなどが製造されなかった、又は製造されたものの他の世界に流出する事があまりなかったりしたために資料請求される事の無い世界などから集められた管理局にとってあまり需要の無い資料が無造作に置かれているだけ――の本棚を漁っていた。

「『古代ベルカの事が知りたかったらこれを読むといいよ』って師匠が教えてくれた本……」

 あの蒼い世界で修行をしていた頃、食事や休憩の時間にも師匠はいろんな事を教えてくれた。 その知識の豊富さから、もしかしたらシグナムたちヴォルケンリッターの事も色々知っているのではと思った。
 それまでも師匠は様々な――知りたい事はもちろん、別に知りたくない様な事も――わかりやすく教えてくれていたので、あの子たちについても色々と知りたいと言えば教えてくれるだろうと思っていたのだが……

『家族の事を僕に聞いてもいいのかい?』

 師匠のその言葉を聞いた時、ハンマーで頭を叩かれたかのような衝撃を受けた。
 そう、その一言で気づいてしまったのだ。
 私はあの子たちともう一度家族になりたいと言っておきながら……

『はやては……
 はやてに内緒で蒐集したり、事故の様なものとはいえ、プレシアさんの命を奪ってしまったりしたあのヴォルケンリッターの事を許せて――むしろ恐れているんじゃないかい?』

 これからもう一度出会うあの子たちは、私の為に蒐集もしていなければプレシアさんを殺してもいない、もう一度家族になれるかさえわからないけれど……

あの子たちの事は、主である私が、あの子たちから直接聞くべきだと思った。

 なので「それならあの子たちが生まれた世界の事を知りたい」と聞いた。
 あの子たちの事をより深く知るには、あの子たちが造られた世界や時代の事を知っていた方がいいかもしれないと思ったからだ。
 すると、師匠は少し考えてから……

『古代ベルカの事を知りたいのなら、無限書庫にとてもわかりやすい本があるよ。』

 そう言って、本の題名と置かれている場所を教えてくれたのだ。

 ……思えば、師匠のあの言葉のせいで私は無限書庫で司書にとして勤める事になり、それゆえにクロノ君からの資料請求に苦労する事になったのだと思う。

「しかも本の内容はヴォルケンリッターはもちろん、文化や風習の事についても、ほんの少しも載っていなかったしなぁ……」

 無限書庫に勤めて3年、3年かけてやっと――通常業務やロストロギア流出の件などで忙しかったせいで、探し出すのに時間がかかってしまったけれど――見つけた本には、確かに古代ベルカの魔法や科学、技術的な事が書いてあったのだけれど。

「まぁ、あの本でロストロギアについての知識がかなりついたんやけど……」

 それに、ヴォルケンリッターたちの処遇とか私自身の進路の事などで聖王教会との繋がりができたので、もしかしたらカリムやシャッハたちともっと仲良くなる為にあの本を進めたのではないかと今まで思っていたのだが……

「あった!」

 その本は数年前に自分が隠した場所にちゃんとあった。

『その本には古代ベルカのロストロギアの事も載っているけど、悪用されるととても危険だから、読み終わったら未整理の――需要の少ない本棚に隠すようにね?』

 知りたかった内容が載っていなかったし、古代ベルカの頃からロストロギア扱いで今では行方不明な『モノ』の本がどう悪用されうるのかさっぱりわからなかったけれど、師匠に言われた通りに隠す必要があったのだと今ならわかる。

「未来の事は教えられないみたいな事を言っていたくせに……」

 師匠の顔を思い浮かべながら魔法を使う。
 両手の上で本はパラパラと音を立てて、目的のページが開く。

「『聖王のゆりかご』」

 管理局だけでなく聖王教会まで敵に回す事になってもヴィヴィオ・テスタロッサ・ハラオウンを攫ったのは、これに関係があったのだと確信する。
 おそらく、この本の事を教える事は師匠が私に教える事ができるギリギリの――未来に起こる悲劇の情報だったのだろう。

「師匠…… この本、使わせてもらいます。」

 きっと、師匠に託されたこの知識が友達であるフェイトの助けになると信じて。



────────────────────



 科学者としてどうのこうのと、自分たちにもわかるような、わからないような、『それっぽい事』を言うだけ言って、スカリエッティの映像は消えた。
 急な呼び出しだった為に慌ただしかった事と、本部から転移してきてすぐに出撃準備で忙しかった事もあって、マッドサイエンティストの顔のどアップな放送に耳を傾ける余裕が無かったが、この放送が子供の我儘を隠す為だけの『建て前』である事はわかった。

「自分の顔のアップばかりか……」
「結局この男は管理局を絶対悪としたいわけだからな。
 自分の作ったガジェットや戦闘機人が町を破壊したり局員を傷つけたりしている映像ばかりを流すわけにもいかなかったのだろうさ。」

 先の襲撃によってたくさんの負傷者が出た為、聖王教会はヴォルケンリッターを本局からミッドに呼び出したのだ。

「シグナムは地上本部へ行くのか?」
「ああ、ガジェットの量とゼストという騎士の実力を考えると、私がゼストを抑えている間に他の局員がガジェットを殲滅するのが最も効果的なのだそうだ。」

 そういう作戦なのだから仕方ないと口では言っているが、ベルカの騎士と1対1で命がけの勝負ができる事を楽しみにしているという事がその笑顔から容易に推測できた。

「ザフィーラたちは聖王教会の守りを固めるのだろう?」
「いや。」

 自分はともかく、ザフィーラとシャマルの2人は前回の襲撃で多大な被害を受けた聖王教会やその系列の病院などのガードだと思っていたシグナムはその返事に少し驚いた。

「ん?」
「今の聖王教会にやつらが攻めてくる理由はないらしい。」
「そうなのか?」

 教会所有のロストロギアもありはするが、それらを奪いに来る可能性は低い。 それらが欲しければ聖王の遺伝子データを盗った時や前回の襲撃の時に奪っているはずだからだ。

「ザフィーラは私と一緒にさっきの男のアジトに行くわ。」
「シャマルとザフィーラの2人だけでか?」

 ザフィーラはともかくシャマルが戦闘に行くというのは意外だった。

「いや、シスターシャッハとヴェロッサ捜査官、それに騎士数名と合流する。」
「ほう。」

 私たちはその援護要員だと2人は言った。

「ヴィータは今頃フェイトと一緒にあのでかいやつに向かっているのだったな。」
「ええ。
 ……後からはやてちゃんも乗り込むそうだから、シグナムには」
「……ゼストとやらがどれほどのものかわからないが、なるべく早く決着をつけよう。」
「お願いね。」

 はやては結界や治癒などの補助要員として呼ばれる事になっているので怪我をする可能性は低いが、それでも万が一の事を考えると……

「本来なら主の守護は俺の役目なのだがな……」
「聖王教会には色々な面で世話になっているからな。 仕方ない。」

 『闇の書』が出した最後の被害は20年以上前の事であり、その犠牲者はほぼ死亡しており、ヴォルケンリッターの顔を――そもそもその存在を知る者がほとんど居ない。
 犠牲者たちの親族や友人たちも管理局の任務中に死んだ事は知っているだろうが、それが『闇の書』に関係する事を知る者は少なく、グレアムのように自分の権限を利用して無限書庫を自由に捜索できない限りは……
 それゆえに八神はやての守護騎士『ヴォルケンリッター』を『闇の書の蒐集をした者たち』とイコールだと知る者はほとんど居ないのだ。

「かつての主たちのいいなりだったとはいえ、私たちがこうして自由に動けるのは聖王教会からの援助があるからと言えるものね。」
「はやての為にも、我らは我らにできる事をせねばな。」
「ええ。」
「そうだな。」

 闇の――夜天の書から出てきた時、すでに管理局と手を組んでいたはやてと打ち解けるのには時間がかかったが、十年も――いや、二、三年も付き合えばはやてが自分たちヴォルケンリッターの事を本当の家族の様に思っている事は嫌でもわかった。

「最後の主である八神はやての為に。」
「はやてちゃんの為に。」
「ああ。」

 それだけ言って、シグナムは地上本部へ、シャマルとザフィーラは聖王教会の騎士たちとの合流地点へと向かった。



────────────────────



ざっざっざっ

 足音から侵入者たちが近づいてきている事を彼女は知った。

 予想以上の人数がアジトに侵入してきた為に、自分のISでできる最高の戦法は最後尾を歩いている者を1人ずつ、他の誰にも気づかれないように地面の中に引きずり込んで戦力を減らす事だと思っていたし、事実そうするように命令も来た。

 よし、今だ!
 30人ほどが自分のすぐ上を通り過ぎたのを確認、自分の目の前の人間が歩いた後だからか、地面に全く意識を向けていない最後尾の足元に移動。
 彼女は作戦通りに『油断している最後尾』の足を握り――

ぐさり

 騎士の1人の足を掴んだ彼女の手に、耳を防ぎたくなるような痛い音がした

「いったああああああああああい!!」

 これまでの破壊活動から、彼女の能力は特定されていたのだ。

「目に見えない棘をブーツに取り付けておいたのですよ。」
「あああああああああっ」

ひょいっ
 彼女――セインは地面から出していた両手を簡単に掴まれて引っ張り出された。

「我々としては大変不本意ですが、この子に対して普通の拘束をしてもこの特殊能力で抜けだされる可能性があります。
 よって、拘束魔法だけではなく睡眠魔法で意識を奪う事で収容施設に運び終えるまで能力を使えないようにしたいと思います。」

 シャッハはセインをバインドしながらヴェロッサに(形式的な物だが)確認を取る。

「同意するよ。 でも、その前に――」

 その様子を騎士の1人がデバイスで記録する――というよりも、このアジトに入った瞬間から記録を続けているのだが。
 そうする事で、事件終了後の管理局への報告を容易にしようというのだ。

「ええ、お願いするわ。」

 ヴェロッサのレアスキル『思考捜査』によって、このアジトにはジェイル・スカリエッティと3人の戦闘機人(セイン含む)がいる事が判明した。





 聖王教会の騎士たちがスカリエッティのアジトでセインを捕縛できた頃、フェイトとヴィータはゆりかごの内部に侵入する事に成功していた。

「はやてから送られてきたデータからすると……」
「フェイト、お前はあっちに行けよ。」
「え?」

 はやてがあの広大な無限書庫で徹夜をして見つけ、送ってくれたゆりかごの構造図から、聖王――ヴィヴィオがいるであろう場所へ向かう道を、ヴィータは指差していた。

「ヴィータ?」
「何も悩む事なんかねーよ。 あたしはこっちに行って動力炉をぶっ壊してくるから、お前はヴィヴィオのいる場所に行け。」
「で「でも、は無しだ。
 あたしたちが他の誰よりも先にこの中に入ったのは、ヴィヴィオをできるだけ早く助けだす為だろうが?
 あたしが動力炉をぶっ壊せば、はやての言う――聖王の絶対防御パワーとかいうのを減らせるかもしれないらしいからな。
 そしたらすぐにお前が、たぶん操られているヴィヴィオをぱぱっと正気に戻して脱出しちまえば、後はクロノたちがアルカンシェルで――」

 フェイトの目の前に突き出した拳を

どかんだ。」

 ぱっと広げて笑うヴィータの目は、真剣だった。

「ヴィータ……」
「ほら、さっさと行くぞ。 はやてが来る前に終わらせたいんだからな!」

 主を危険な目に会わせたくないのだと言いたいのだろうが、顔が赤くなっているので自分で自分の言葉に照れている事がフェイトにはわかった。

「それじゃあ、お言葉に甘える事にするよ。」
「あ、後で何か奢れよ!」

 2人は別れた。





 予感があった。
 虫の知らせというのはこういうのをいうのだろうか?
 いつもならすでに部屋――家にはいない時間にも関わらず、なのはは本棚に並ぶジュエルシードを見ながら、そんな事を考えていた。

「っ!」

 そろそろ出なければ学校に遅刻してしまうと思った瞬間、強大な魔力を感じる

「何事!?」

 しかも、その魔力はものすごい速さで自分のいる方向に移動している。

「『バリアジャケット』」

 何が起こっているのか分からないが、万が一の事態に備えてバリアジャケットを装着、ついでにジュエルシードの入った瓶を3つ持ち――内1つの封印を解除して、家に被害が出ないようにと窓から飛び出した。

「何だかわからないけど、迎え撃つ!」

 ディバインバスターの準備をして――近づいてくる魔力に憶えがある事に気づく。

「は、はやてちゃん!?」

 バリアジャケットの効果があるとはいえ、人通りの多いい通勤・通学の時間に高速で空を飛んでやって来た親友になのはは驚きの声を上げた。

「一体どうしたの?」
「なのはちゃん! ジュエルシードを貸して! 説明は後でいくらでもするから!」

 必死の形相でお願い事をしてくる様子に、なのはは持ってきていた3つのジュエルシードをはやてに渡した。

「ありがと! 返す時に説明するわ!!」
「う、うん。」

 すぐさま飛んで行ったはやての後姿――足の裏に、返事を返す。

「今日はもう、飛んで学校に行くかな……」

 飛び出した窓の鍵は、魔法で外からをかければいいやと……



 その翌日から、なのはの睡眠時間が伸びた。





ぴくり……

――動いた!

 初めて指を動かす事が出来た。

ぐ……ぐぐぐ……

――肘も動く!

 リンカーコアとあれが融合したのだろうか?
 今まで感じた事の無い、とてつもない魔力を体内に感じる事が出来る。

――ふ、ふふふ





「おや、目覚めそうだね。」

 聖王のクローンにレリックを埋め込む前に、念の為にとモルモットの1つに使い道の無いレリックの1つを埋め込んだが、ジェイル・スカリエッティはそのモルモットがわずかではあるが生命反応を発した事に今までにない興奮を憶えていた。

「ドクター、セインが侵入者たちに捕縛されました。」
「……」
「ドクター?」

 侵入者たちとセインの事を報告に来た彼の娘の1人は、眠り続ける裸の少女の前でとても楽しそうな顔で笑っている彼の顔を見て、「ついに……」などと思った。

「まだ『ゆりかご』に通信は繋げるよね?」
「え? あ、はい。」

 突然の質問に少し戸惑うが、ゆりかごにはクアットロがいるので可能だと告げる。

「なら、フェイト・テスタロッサに……
 いや、先ほどと同じように全ての人に繋げられるようにしておいてくれ。」
「わかりました。」

 一体何を思いついたのかはわからないが、彼女は彼の言うとおりにする。

「今、笑ったね……」
「え?」
「くくく……」

 何が面白いのかもわからない。
 だが、フェイト・テスタロッサに不幸が訪れる事は確実なのだろう。



────────────────────



 もしかしたら――
 フェイトとヴィータが二手に分かれなければ……

 あるいは、シャマルがフェイトと一緒に行動していれば……

 せめて、フェイトがはやての実力を知っていれば……

 いや、スカリエッティが彼女を使おうとしなければ……

 それとも、はやてがジュエルシードの力を使ってもっと急いでいれば……

 ちがう、ヴィヴィオがフェイトの魔法を覚えなければ……

 せめて、フェイトが遠距離攻撃についてもっと詳しければ……

 もしかしたら、この悲劇は起こらなかったのかもしれない。



 ……もっとも、もしかしたらなんて、今さら遅いのだけれど。





100418/投稿



[14762] Regret04 意外な、命終
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/04/25 14:38
 いま、なにがおきた?

 ジェイル・スカリエッティのアジトに突入していたシャッハ・ヌエラとヴェロッサ・アコースは、一瞬、その光景の意味を理解できなかった。

 2人と共に突入していた聖王教会の騎士たちや、彼らの後方支援をしているシャマルとザフィーラも同じように理解する事が出来なかった。

 いや、ジェイル・スカリエッティが面白半分に公開した映像を見た人々の目にも、それは信じられない出来事であった。

 そう……

 フェイト・テスタロッサはもちろん、八神はやてやシグナム、ヴィータ、そして、彼女たちの敵で彼の部下である戦闘機人たちにも……

 誰にとっても予想外な出来事であった。



 赤い色が、画面を染めた。



────────────────────



ガギィィィン

 剣と槍がぶつかり合って嫌な音を立てる。

「シグナム、苦戦しているみたいやね?」

 地上本部の上空に転移したはやての目の前では、シグナムがジェイル・スカリエッティに協力していると考えられているベルカの槍騎士と戦っていた。

「はやて!?」
「むぅ? 新手か?」

 シグナムは突然現れたはやてに驚いたものの、素早くはやての前に移動して防御の構えをとり、シグナムと戦っていた槍騎士――ゼストも1対1から1対2用の構えに変えた。

「ヴィータの側に直接飛ぼうと思うたんやけど、ゆりかごの中に居るせいかそれができんかったんよ。 それでとりあえず本部に来たんやけど、お邪魔だったみたいやね?」
「お邪魔……」

 軽い口調のはやてに少し呆れる。

「旦那! 向こうが2人で来るなら、私と!」
「……ああ。」

 2人の戦いに巻き込まれない位置に居た空飛ぶ小人がゼストの側に近づいて――

「『三重拘束結界』」

 はやての魔法で拘束された。

「なっ!」
「む!」
「はやて!?」

 結界に閉じ込められた小人はともかく、話の流れから考えてそのままヴィータの下へ向かうと思っていたはやての行動にシグナムとゼストは思わず声を上げ、はやてを見る。

「なっ!」
「くっ!」
「偶然とはいえ折角2対1になったんや。」

 再び驚きの声を上げる2人にそう言ったはやての周辺には、明らかに百を超える――それも、1つ1つの威力が馬鹿げていると一目でわかるような――魔力弾が展開されていた。

「シグナムには悪いけど、このおっさんとの戦いさっさと終わらせて、一緒にゆりかごへ行くよ!」
「……わかりました。」

 1対1の――それも、久しぶりに全力を出しても問題の無い相手との戦いに水を差されたのは少し気にいらないが、事態は急を要するのだ。
 シグナムは、「これは試合ではなく実戦なのだから」と割り切った

「さぁ! いざ、いざ、いざあああああ!!」

 何かを勘違いしているのか、そう叫びながら放たれるはやての魔力弾だけなら、防ぎきる事も、反撃をする事も出来たかもしれない。
 近接主体のシグナムだけなら通り過ぎて目的を達しに行く事が出来たかもしれない。

 しかし、はやてとシグナムの――それもジュエルシードによって一つ一つの威力がとんでもない魔力弾を無数に放てるはやてと、そのはやてから魔力を供給されるシグナムとのコンビネーションアタックの前には……



 流石のゼストも4分32秒しか持たなかった。



────────────────────



「シャマル、この者たちを救えると思うか?」
「そうねぇ……
 ちょっと時間はかかるでしょうけど、できない事もない――人もいるかもしれない。」

 歯切れの悪いその言葉に、ザフィーラは再び作業に戻った。
 スカリエッティのアジトのコンピュータをハッキングしたシャマルとザフィーラ、それと3人の騎士の5人は、これから起こる戦闘や高確率で存在するだろう自爆装置対策の為に、できるだけのデータを回収している最中であり、彼らの目の前には人体実験の被害者たちのデータが次から次へと映し出されている。

「ジェイル・スカリエッティの言う科学者として――管理局を潰してでもやりたい事って、こんな非人道的な人体実験ばっかりなんですかね?」
「狂人の理屈なんて、私には理解できません。」
「あなたたち、口を動かさないで手と頭を動かしなさい。」

 騎士たちもザフィーラと同じ様にジェイル・スカリエッティという犯罪者に何とも言えない憤りを感じていた。

「私たちはこの人たちの病院輸送がスムーズにいくようにしますので、ザフィーラさんとシグナムさんは皆を追いかけてください。」

 騎士の1人が強い口調で八神家の2人に頼む。
 怒っているのだ。 こんな事ができる者に対して。

「わかった。」
「わかりました。」

 かつて非道な主によって多くの命を奪った自分たちに、この科学者を責める権利なんてないのかしれない。

 それでも……



────────────────────



「シグナム……」
「何ですか?」
「この人たちは何をしてるん?」
「何をって……
 見ての通り、ゆりかごとゆりかごを守るガジェットドローンたちと戦っているのでは?」

 ゼストとアギトを捕まえて、そのゼストに地上本部で一番偉いレジアス・ゲイズの不正の証拠などが入ったデータがたくさん詰まった彼のアームドデバイスを託されたり、ぼろぼろの道路を走って地上本部に接近していた一団に千を越える魔力弾をばら撒いたりした後、はやてとシグナムが見たのはゆりかごを相手に苦戦している局員たちだった。

「あんなに大きな的に当てる事もできないなんて……」
「はやて……
 『100人にも満たない船員で次元犯罪を取り締まらないといけない』海の人間と、『基本的に「限られた範囲で行われる犯罪」を取り締まる』陸の人間では必要とされる魔力量やランクが違うのです。」

 主の言葉に少し呆れた声で答える。

 次元犯罪や次元災害に対して、基本1隻の船で対処しなければならない海では魔力量やランクの高い魔導師が特に求められる。
 船に乗れる人員に限度があるのだから当然だ。

 もしも魔力量も少なくランクも低い魔導師だけで海に行かねばならないとしたら……

 様々な事態に対応できる必要があるので、乗員――特に戦闘要員が数倍以上必要になり、それと比例して食糧や治療用具などの物資も数倍必要になり――そもそも1隻に乗りきれないだろうから船の数、整備員などの数も比例して……

 予算がいくらあっても足りなくなるのは明白だ。

 そして魔力量やランクの高い魔導師は貴重であると同時に、それ以外の――魔力量やランクの低い魔導師にとっては『恐れられる存在』でもある。

 彼らは1人で町を壊滅させる事が可能なのだから……

 弾が数発しか入っていない拳銃を持ち歩いている警察と、弾が無限のロケットランチャーを持ち歩いている警察、一般市民にとって街に居て欲しいのははたしてどちらか。

「いや、言いたい事はわからんでもないんやけどね……」
「まぁ、はやての知っている魔導師は私たちヴォルケンリッターやハラオウン一家ぐらいですから、彼らの魔力弾の威力が弱く見えるのも仕方ないのでしょうが……」

 つい先ほどあり得ない威力の魔力弾をあり得ない数ばら撒いておきながら「これくらいでええんかな? もう少し撃っとくべき?」と言って悩んでいたのからすると、この最後の主は自分がどれほどすごいのかという事もわかっていないのだろうなとか、これまでは無限書庫に居たから必要無かったけれど一度Sランクの試験でも受けさせる必要があるだろうかなどとシグナムは考えた。

「とにかく、この人らに任せておくと何時まで経ってもゆりかごの中に入れん。」

ぞくっ!
 はやてのその言葉で、シグナムの背中に悪寒が走った。

「……嫌な予感がしますが、一応聞きます。」

 周囲の魔力が、今まで感じた事の無い勢いで……

「それで?」
「だから、『スターライトブレイカー』」

どごおおおおおおおおおおおおお

 百を超える管理局員が魔法を使っていた為に濃密になっていた周囲の魔力がはやてによって収束されて、極太の砲撃となってゆりかごを襲った。

「な……」
「へぇ……
 外壁にあれだけのダメージを与えたばかりなのに、もう修復が始まっている。」

 ゆりかごの上側、そのほぼ8分の1が剥がれた状態になったが、おそらく2時間ほどで修復されてしまうだろう。

「ほら、さっさと内部に潜入するで!」
「……潜入って言葉の意味を考えてください。」



 シグナムは色々と思い悩むのをやめた。



────────────────────



「しまった!」

 突如起こった激しい揺れの為に、高速で近づいてくる侵入者への狙撃の照準が信じられないくらいにずれてしまった。

「時空管理局です! 武器を捨てて投降してください!」

 難を逃れた執務官はそう言いながらそれまで以上の速度でディエチへと近づき、投降する・しないの返事を待たずにバインドをしかけてきた。

「ちょっ! 返事を待たずに拘束とか!」

 飛んでくるバインドに対してディエチは咄嗟にイノーメスカノンを盾にしてしまった。

「大丈夫! バインドするのはその武器の方だから、裁判でも大した問題にならない!」
「ああっ!」

 武器を封じられたディエチの取れる道は投降しかなかった。





「なんだ?」

 突然の激しい揺れに驚いたヴィータはその場で思わず止まってしまった。

「考えてみたら、この船ってかなり古いんだよな。 速度が少し犠牲になるけど……」

 未だ軽い揺れの続くゆりかごの内部が何時崩れるかわからないと考えた彼女はバリアジャケットの強度を上げた。

「あたしの邪魔をする為にガジェットどももこれからどんどん増えていくだろうし、これはこれで!?

どん!

 ヴィータの背中を重たい一撃が襲――

「言ってる傍から出てくるとは、いい度胸じゃねぇか……」

 ったが、はやてから教えて貰った『とても固いバリアジャケット』を纏っていた事で大したダメージを受ける事は無かった。

 それだけではなく

「この感じ、はやてがゆりかごに来たのか?」

 ヴィータは主がかなり近い距離に居る事を、魔力供給された事で理解した。

「はやてが追いついてくるまでに、お前たちを全滅させておくか!」



 蹂躙が始まった。



────────────────────



 アジトの最深部で、彼は部下の2人と一緒に騎士たちを待ち構えていた。

「ようこそ。」

 そのような言葉を、戦闘態勢を取っている騎士たちに掛けたと思う。

 姿を現した瞬間に取り押さえていればそうはならなかったのかもしれないが、彼の持つ不思議な雰囲気に呑まれてしまった騎士たちは、「僕は魔法も使えるんだよ」という一言と共に発動した魔法によって拘束されてしまった。

「そうだ、君たちに面白い物を見せてあげよう。」

 拘束から脱しようと焦る騎士たちを前に、彼は笑いながらそう言った。

「そう、特にフェイト・テスタロッサ執務官には是非見てもらいたい。」

 そのような事を言って、彼はゆりかごに居るフェイトはもちろん、合流したはやてとヴィータ、はやての飛ばした百を超えるサーチャーによって存在が明らかになった戦闘機人の元へと向かっていたシグナム、そしてゆりかごの外で戦っている管理局員たちやゆりかごを消滅させる為に待機しているクロノたちにまで映像を繋いだ。

 そこには、1人の女の子が入ったガラスケースの様な物が映っていた。

 はやてやクロノなど、一部の局員にはそれが誰なのかわかった。
 管理局に入ったばかりのフェイトを知っている人たちにも、その少女が彼女と良く似ているという事が……

「そうか…… そんな顔をするという事は……」

 フェイトの顔を見た彼は、彼女が、自分がどういう存在なのか知っているのだと理解した

「そう、君のオリジナル……
 プレシア・テスタロッサの実の娘、アリシア・テスタロッサだよ。」

 そして……

「君はプロジェクトの失敗作だった。」
「君の母親、プレシア・テスタロッサは成功作を作りだした。」
「君には何の価値もない。」
「そんな君が子供を育てるなんて……」

 顔をゆがめる彼女に対して、時には優しく、時には親しげに、そして、時には辛らつに、そのような言葉をつらつらと並べ立てた。

 そして、「アリシアの体にレリックを埋め込む事で蘇生に成功した。」とも……

 彼が着ている白衣のポケットから取り出したスイッチを押すと、奥の方にあったガラスケースの様な物がキシキシと音を立てながら開き、中の液体が外へ流れ出る。

 そして、彼にアリシア・テスタロッサと呼ばれた少女は、開かれたケースの中で、酷く虚ろな瞳で立っていた。

「ここにおいで、そして何の価値もない人形に声をかけてあげるんだ。」

 そのような言葉を聞いた少女はふわりと浮きあがり、彼の斜め後ろの位置に着いた。

『アリシア……』

 その様子を見せられていたフェイト執務官の力の無い声が証明した。
 フェイト・テスタロッサという人間が、アリシア・テスタロッサのクローンであるという事を証明してしまった。

「くっくっく……」

 ジェイル・スカリエッティの押し殺した笑い声が、不気味に響く。

「私は……」

 フェイトはもちろん、はやてやクロノも――その映像を見ていた誰もが、少女の口から出る言葉はフェイトという名の、自分のクローンへの侮蔑だと思った。
 その小さな口から出る言葉で、フェイト・テスタロッサの心は折れてしまうのだと……

 しかし、その想いは意外な形で裏切られる。

ザクッ

「……え?」

 誰もが、理解できなかった。

「ぇ?」

 彼の側に控えていた2人の戦闘機人ですら、それを理解できなかった。

 アリシアの小さな手が

「ば……」

 一瞬で魔力の刃を形成したその右手が

「かな……?」

 斜め前に居る彼の

「フェイト・テスタロッサは、人形なんかじゃない。」

 胸を貫いていた。

「ぁ……」

ずるり

 彼の胸から少女の手が引き抜かれ、傷口が空気に触れる。

「がふっ!」
「くっくっく……
 あはははははははははははははははは」

狂った少女の笑い声と、彼の口から吐き出された赤い色が映像を染め上げる。



 それが彼の――ジェイル・スカリエッティの最後だった。





100425/投稿



[14762] Regret05 存分な、自棄
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/05/02 14:00
 レリックという赤い石を埋められた時から、曖昧だった意識がはっきりとして……

 同時に、自分が今どういう状況にあるのか、全て理解できた。

 どういう奇跡が起こったのかわからないが、私は魂とか精神とかいうモノだけが時間を遡って、この肉体に――アリシア・テスタロッサの肉体に入ってしまったのだと。

 そして、母さんにとって、フェイト・テスタロッサは何の価値もなかったのだと





 アリシアが
 自分のオリジナルが
 自分の事を
 フェイト・テスタロッサの事を

「人形じゃない……」

 そう言ってくれた。

「私は、母さんの人形じゃないって……」

 フェイトは嬉しかった。

 母はどんな人だったのか?
 ジュエルシードで何をしたかったのか?

 そんな疑問から母の事を調べるうちに辿り着いた、自分の存在意義を根底から覆すような1つの仮説。
 信じたくなかったけれど、調べれば調べるほどにその可能性は色濃くなっていく。

 ずっと、自分が彼女のクローンではないかと、アリシアの代わりにすらなれなかったから捨てられたのではないかと、そんな考えが頭から離れる事が無かった。

「だけど私は、フェイト・テスタロッサは!」

 存在していてもいいのだと……



────────────────────



 穴の空いた体が、赤い色の水溜りにピシャンと音を立てて倒れた。

「ドクター!」

 スカリエッティの後方に控えていた2人の戦闘機人の内の1人が、狂ったように笑い続けるアリシアを押し退けて、彼の体に触れようと――

ヒュッ

 した瞬間、そんな小さな音がして、彼女の首から血が噴き出した。

「あはははははははははははははははははは」

 アリシアの笑い声が、未だに動く事の出来ない騎士たちの前で、響く。

「きさま!」

 もう1人の戦闘機人が、目の前で立て続けに起こった死を漸く理解し、それを成した、狂ったように笑い続ける少女に飛びかかった。



────────────────────



――あの時、あの場所に居たのは、私となのはちゃんだけじゃなかった。

 マルチタスクの片隅で、そんな事を考えながらはやては次の手を打った。

「『猟犬モドキ』」

 ヴェロッサ・アコース査察官のレアスキルを元に作られたと思われるその魔法は、『ワイドエリアサーチ』に非殺傷設定の魔法攻撃能力をつけたモノである。

「シグナム!」
「はい!」

 突然名を呼ばれて思わず返事を返す。

「ヴィータの性格から考えて、フェイトちゃんにヴィヴィオって子の事を任せて自分はメイン駆動炉を壊しに――って事になっていると思う。」
「……はい。」

 互いに血を流すのは当たり前な、命を懸けた戦いに慣れている自分ですら目の前で流れている衝撃的な映像にショックを受けたというのに……

「私はヴィータの所に行くから、シグナムには――」
「……メイン駆動炉を壊すのなら私も行ったほうがいいのでは?」

 普段は無限書庫という忙しいながらも流血とは離れた場所に居るはやての方が自分のやるべき事を忘れたりしなかった。

「いや、こっちは大丈夫。
 ゆりかごの中はAMFがきついけど、私が側に居れば魔力を供給できる。 そしたらヴィータも全力が出せるし、クロノ君たちがゆりかごを吹き飛ばすのも簡単になる。」
「ですから、私も――」

 ならば、自分もはやての騎士としてやるべき事を――

「ええから聞き!」
「はい!」

 はやての事を守りたいのに……

「シグナムにはガジェットの破壊と戦闘機人の捕縛を任せる。
 サーチャーがガジェットの生産プラントや待機場所、戦闘機人を見つけたら教えてくれるから、シグナムが全部切り捨てて。
 それが私とヴィータ、フェイトちゃんとヴィヴィオちゃんを守る事になるから。」
「……なるほど。」
「ええな?」
「わかりました。」

 そういう仕事は確かに自分の方が向いているだろう。

「サーチャーが何か見つけるまで、重要っぽい場所を適当に壊してな。
 修復のエネルギーを無駄に使わせるのもそれなりに有効なはずやし、ガジェットや戦闘機人たちもやってくるかもしれん。」
「はい。」



────────────────────



 母さんが病気を治してくると言っていなくなってから数年間、時折知らない人たちが掃除をしたりしに来たけれど、私はずっと1人だった。

 ある日、時の庭園に1人の少女が訪ねてきた事があったのを思い出す。

 その子は母さんが一生懸命に研究していたデータなどを勝手に見たり、器具を弄ったりした後で、私をじっと見続けた。

 時間にして1分くらいだろうか?

「コレに執着していた記憶があるのに、何の感慨も湧かない……」

 その子はそれだけ言って、二度と私に会いに来なかった。
 それどころか、その数日後に私はこの男の下にモルモットとして送られた。

 私に似ていたあの子は一体誰なのか、何を言いたかったのかわからなかったけれど、何故かとても悲しいと感じた。

 でも、今ならわかる。

 あの子は、母さんの記憶を持ったクローンだったのだろう。

 結局、母さんがアリシアを蘇らす為に頼った新しい技術と言うモノは、記憶を引き継ぐ事は出来ても感情までは……



 私を人形と呼んだあの人は、自分から人形になったのだ。





 心の何処かで、自分は捨てられた、誰にも必要とされない子供だったからと思っていたのだと思う。
 だからこそ、自分と同じ様な境遇の子供を助けなければならない、守らなければならないと思いこんで、行動してきたのかもしれない。

 アリシアに私という存在を認められた。
 何故か、私のやって来た事は間違っていなかったのだと認められたような気がした。

「ヴィヴィオ……」

 私は目の前の扉を破壊する。

「今、助けるからね!」

 同情が無かったと言えば嘘になるけれど――真実そう思ったからこそ、私はエリオやキャロにそうしたように、あの子を引き取り育てると決めたのだ。
 聖王のクローンという誰かの道具としてではなく、ヴィヴィオという人間として……

「『ジェットザンバー』」



 破壊した扉の向こう側では、スカリエッティのアジトから送られてくる映像――赤い血の色に染まった画面――を見ている女性がいた。



────────────────────



 広いとはいえ閉じた空間であるゆりかごの内部を高速移動してきたはやてを見た時は凄く驚いたが、破壊目標であるメイン駆動炉が予想以上に固かった事と、恐ろしいほどの魔力を供給された事で主の単独行動に納得できた。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 供給された魔力と、一番大切な人に見られていると意識する事で湧き上がった気合も全て込めたヴィータの会心一撃によって、ゆりかごのメイン駆動炉を粉砕された。

「はぁっ はぁっ あ!」

 ヴィータの乱れた呼吸の音が、飛ぶ事すらできないくらいに疲れた彼女と、落ちそうになった彼女を受け止めた彼女の主しか居なくなった空間に響く。

「ヴィータ、御苦労様。」
「はぁっ はぁっ」

 呼吸が乱れて声が出せない為、はやてからの労いの言葉に首を縦に振る事で返事とした。

「ん?」
「ど、どうした?」

 疲れて動けない自分をお姫様抱っこしているはやてが何かを感じたようだ。

「戦闘機人を見つけたんやけど……」
「シ、グナム、1人、じゃ、き、つそ、なの、か?」

 今は亡き(?)ジェイル・スカリエッティの世界征服の切り札はこのゆりかごである。
 その切り札に乗っている以上、戦闘能力が馬鹿高かったりしても不思議ではない。

「いや、相手は1人やし、シグナムなら余裕で倒せる――というか、『猟犬モドキ』だけでも大丈夫やと思うけど……」
「じゃ、なん、だ?」



「戦闘機人って、機械で強化されとるはずやのに、眼鏡なんて必要なんやろか?」



────────────────────



「無限書庫の司書の魔法攻撃がこれほどとは思っていなかったわ。」

 ベルカの騎士による命を懸けた戦いの場に転移してきた時は、戦う力が無いだけではなく運まで悪いとは――と、思わず笑ってしまったが……

『私の事を“シグナムたちの主やけど本人は非戦闘員”やって聞かされていたりする?』

 無数の魔力弾をばら撒きながらゼストに向かってそう言った八神はやては……

『残念やったね? 今の私に勝てるのは私の大親友くらいやで?』

 5分もかけずにゼストを捕えた――だけではない。

「ヴォルケンリッターの主であっても本人は非戦闘員にすぎないと先入観を持ってしまった私たちのミスね。」

 先ほど見たばかりの、あの地獄の光景を思い出す。

『あんたら、その格好からするとテロリストの仲間やね?』

 地上本部を強襲する予定だった地上部隊にそう宣言すると同時に……



「もしもこれが地上本部に向かっていた部隊にばら撒かれたアレと同じモノだったらと思っただけでゾッとするわね。」

 先ほど飛び込んできたそれが、自分たちの計画を大幅に狂わせている無限書庫の司書がゆりかご内部を調べる為に大量に放った『ワイドエリアサーチ』のサーチャーの1つだという事はすぐにわかった。
 それはつまり、此処に自分がいる事がばれたという事であり、シグナムが自分を捕縛しに向かって来ているという事でもある。

 もしこれに攻撃力があったら身を隠す事すらできなかった。

 姉妹たちから連絡が来ない事から、彼女たちはあの弾幕を受けた後で管理局に捕まってしまったと考えるべきだろう。
 ……もしかしたら未だに意識不明の状態なのかもしれないが。

 とにかく、ドクターがああなってしまった以上、私まで捕まるわけにはいかない。

 胸を貫かれたジェイル・スカリエッティが生きている可能性は限りなく低く、仮に蘇生が可能であったとしても、このゆりかごが2つの月からその恩恵を受けるまではわずかな油断さえも許されないのだ。

 ゆりかごと私さえ無事ならば、ドクターは復活できるし世界を蹂躙する事もでき――

 いや、八神はやての言葉が真実ならば、彼女の親友であるフェイト・テスタロッサはあの無数の魔力弾に対抗する事ができるのだ。
 固有スキル「聖王の鎧」があの執務官の攻撃に何処まで持つか……

「最悪、私だけでも脱出しなければ!?

ごすっ

 突然、彼女の後頭部に強い衝撃が走った。

「い、一体何がっ!?」

 何が自分を襲ったのかと振り向いてみると、そこには何時の間にか30ほどのサーチャーが部屋の中に集まっていた。

「ま、まさか……」

 誘導弾がサーチャーに混じっ

「は、ははははは……」

 一瞬、生まれてきてからこれまでの事を見たような気がした。





 奥の手を使う時間すらないまま、彼女がずたずたのぼろぼろの状態で倒れて数分が過ぎた頃、天井を(おそらくはガジェットの倉庫からここまでの壁や床なども)ぶち壊してヴォルケンリッターの将であるシグナムがやってきた。

「時空管理局だ。 大人しく「するわけないでしょう!」む?」

 彼女は叫んだ。

「その体で私に勝てると思っているのか?
 仮に、何か奥の手があったとしても、私が倒れてもヴィータにフェイト、そしてお前をそんなにした我が主がいるのだ。 素直に投降した方が身のためだぞ?」
「確かに、私はもう捕まるしかない。」

 ずたぼろの彼女の姿を見た為か、憐れみを多分に含んだシグナムのその言葉に、帰って来たのは――

「でも、これくらいの事は出来る!」

 怒りであった。
 そして同時に、右の拳を壊れた天井に突き出す。

「む?」

 彼女には魔法攻撃に耐性のあるシルバーケープという武装があった。
 それが無ければ
 あるいは、はやてがもっと徹底的に攻撃をしていれば
 いや、ぼろぼろの姿でありながらも叫べるだけの力があった事にシグナムが……

「死ね!」



 その一言が、悲劇を



────────────────────



 アリシアを殴った戦闘機人はすぐさまスカリエッティによるバインドが消えた騎士たちによって捕縛された。
 また、殴り飛ばされたにも関わらず、それでも狂った笑いを続ける事ができた事と、我に返ったシャマルによってすぐに治療された事が良かったのか、アリシアの怪我はその跡も残らないだろうと思われた。

「ザフィーラ、この子の事を頼んでいいかしら?」

 シャマルは此処に残されたデータを解析し、今は亡き狂科学者のモルモットとして扱われていた人々を救う手助けをしなければならない。

「……わかった。」

 データ解析だけならザフィーラでも可能だが、アリシアの体内にはレリックという危険物が埋められている。
 万が一それが暴走してしまった場合、はやてが教えた『多重結界魔法』を一番上手く使えるザフィーラがすぐに対処できる状態にすべきだと判断したのだ。

「シャッハ、どうやら人もガジェットももう居ないみたいだ。」
「そうですか。 なら、今捕まえたばかりの」
「ああ、やってみよう。」

 ヴェロッサは捕縛する事ができた戦闘機人の記憶を――

「ぎゃあああああああああああああ!!!」

 この場に居る誰もが聞くに堪えないと思っていたアリシアの笑い声が、悲鳴に変わった。

「どうしました!?」
「ザフィーラ!?」
「いかん! レリックが暴走している!」

 ザフィーラのその言葉に、シャマルが動いた。

「『三重結界』!」
「『五重結界』!」

 もちろんザフィーラもすぐに結界を張り、合わせて八重の結界がアリシアを閉じ込める。

「皆さんも、ポッドや機械類を結界で保護してください!」
「わかりました!」

 シャマルとザフィーラのしようとしている事を理解したシャッハが指示を飛ばした。



 彼らが守らなければならない者と物が、そこには多すぎた。





100502/投稿



[14762] Regret06 独善な、思慕 (鬱注意)
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/05/09 14:11
 自分の人生とは何だったのだろうか?

 母の為に見知らぬ世界に降りはしたものの、目的は果たせずに役立たずと呼ばれ

 母を奪った者たちへ復讐を果たしはしたが、同時に数十億と言う命を巻き添えにし

 生き延びたと思ったら、母が本当に欲しかったのは自分のオリジナルだと知り

 マガイモノである自分は必要とされていないどころか、憎まれてさえいて

 結局また捨てられて

 体にロストロギアを埋め込まれ

 そして



────────────────────



「ヴィヴィオ!」
「お前がその名で呼ぶな!」

 ヴィヴィオと対峙しているフェイトは、数年前――はやてと知り合になったばかりの頃に教えてもらった『とても固いバリアジャケット』を纏っていた。
 それが彼女の得意とする戦闘スタイルと合わない事は百も承知だが、高速移動を駆使した戦闘はこの閉じた空間では向かないという事と、ヴィヴィオが放つ魔力弾の一発一発が普段使用しているソレでは掠っただけでも戦闘不能になりかねない威力を持っているが為の選択だった。

「正気に戻って!」
「黙れ!」

 この事件が終わった後でアリシアを引き取って、一緒に暮らして、話をして……
 そして…… そして……

 フェイトの心には、今まで無かった夢とか希望とか言う名の欲が生まれていた。

「ヴィヴィオ!」
「うるさい!」

 だから、ジェイル・スカリエッティによって成長させられたと思われるヴィヴィオが自分を敵として攻撃してくる事が悲しかった。
 マインドコントロールを受けたのか、それともゆりかごの何処かに隠れているスカリエッティの協力者が遠隔操作しているのか、あるいは他の何かによるものなのかはわからないが、自分を『フェイトママ』と認識できないどころか、絶対の敵として攻撃してくる成長した姿のヴィヴィオと戦いながら、フェイトは大声で泣き叫びたい心を押し殺していた。

「その口を二度と使えないようにしてやる!」

 そう宣言したヴィヴィオの両手から虹色の魔力でできた刃が伸びる。
 それは、フェイトの相棒であるバルディッシュから伸びている黄色い刃に似ていた。

「はあっ!」

 威力はあるけれど当たらない遠距離攻撃をやめて、両手を前に出して飛び込んでくるヴィヴィオの姿に、やっぱりこの子の戦い方は私の戦い方に似ているなと、マルチタスクの何処かでフェイトは思った。

「『ザンバーフォーム』」

 しかし、こんな狭い空間で高速で飛びかかってくるなんて、とか、戦闘のセンスはないのかもしれないな、とも思う

「ふんっ!」

 一直線に突っ込んでくる虹色の刃に自分の黄色い刃を当てる事でその軌道をずらす。

どんっ

「ぎゃっ!」

 高速で、それも一直線に移動していたのに軌道をずらされてしまったヴィヴィオの末路は、そのまま高速で壁にぶつかってしまうことであった。
 ヴィヴィオの上げた悲鳴に胸が痛むが、はやてからの情報と実際に目にした彼女の防御力から考えると大したダメージにはなっていないだろうと思いこむ事にする。

「でも、油断はできない。」

 私の戦い方を見せた事は無いのに、それに似た戦い方をしてくる。
 戦い初めて1時間も経っていないというのに、だ。

「成長速度が異常すぎる。」

 ヴィヴィオを傷つけるつもりは最初から無い。
 だから捕縛するつもりで戦っているというのに、その戦い方でこちらを殺しにくる。

「ヴィヴィオにもっと応用力があったら、こっちも傷つけるつもりで戦わないといけないところだった。」

 ゆりかごに乗りこんでいる八神家の誰かがヴィヴィオを操っているモノをどうにかしてくれる事でヴィヴィオが正気を取り戻してくれると楽なのだが、催眠術とかマインドコントロールの類いであった場合は自分がどうにかしなければならない。

「でも、ヴィヴィオの防御力を破れる魔法は非殺傷設定でも……」

 ヴィヴィオを傷つけずに捕縛するは難しく、だからと言って自分の得意とする威力の高い接近戦用魔法では殺しかねない。

「さっきから何をぶつぶつと!」

 再び飛び込んでくるヴィヴィオの攻撃をはじ――けない!
 両手の刃をクロスさせる事で受けるか回避するしかできないようにしたのだ。

「これだけ近ければっ!」
「しまっ」

 超近距離で放たれる12発の魔力弾を防ぐ術をフェイトは――



────────────────────



「ヴィータ、調子はどうや?」
「ああ、はやてのおかげでもう大丈夫だ。」

 はやて(を通してジュエルシード)から供給された魔力で体を治したヴィータは笑顔で答える。

「よっしゃ、それじゃあフェイトちゃんの援護に向かうで。」
「ああ。」

 2人はフェイトとヴィヴィオの戦場へ向かった。



 はやてがヴィータをお姫様抱っこしたままで……



────────────────────



 戦闘方法を二刀流に変えてすぐの一撃目はわざと“受け流せる”ようにしたのだ。
 そうする事で、二撃目も同じように受け流そうとすると踏んで。
 自身のレアスキル頼みというのが少し情けない気がするが、あの女を黙らせるにはそれしかないと思ったのだ。
 実際、策は上手くいき、超近距離で必殺必中の――

「手応えが、無い?」

 12発の魔力弾が全て床や壁に当たってはじけた。

「あの状態で全て避け「うおおおおおおお!」!」

 魔力弾の爆発によって起こった砂埃を利用して姿と気配を消していたフェイトが、両手剣状態のバルディッシュでヴィヴィオを殴り飛ばす

どごぉん!

 轟音と共に、先ほどぶつかったのと同じ場所にヴィヴィオはぶつかった。

「はぁっ はぁっ」

 フェイトは堅くて重たいバリアジャケットをヴィヴィオが放った魔力弾に当たって弾道がずれるようにパージ、さらにあらかじめその下に装着していた高速起動用のバリアジャケットによって姿を隠し、さらに会心の一撃をいれる事に成功したのだ。

「今ので、気絶、して、ると、い、いん、だけ、ど?」

 それが無理でも、傷ついても勝手に修復していく壁にめり込むなどして動けなくなってくれていてもい――

「ぎゃあああああああああああああああ」



 ヴィヴィオの悲鳴が、フェイトに母としての感情を取り戻させた。



────────────────────



 赤い画面からザフィーラとシャマル、そして聖王教会の騎士たちが慌てて結界を展開する声がする。

「……やってくれたな。」

 シグナムは右手を突き出したままの状態で気を失った眼鏡の戦闘機人を睨みつける。

『――』

 爆発音とともに映像が消える。

「シャマル、ザフィーラ、無事でいてくれ。」

 彼女にできるのは家族の無事を祈る事と、そこにまだ在ったはやてのサーチャーに目の前で気絶している戦闘機人をゆりかごの外に運ぶ事を告げて、その通りに行動する事だけだった。



────────────────────



「あの眼鏡、レリックを暴走させよった!」

 消えた映像とシャマルとザフィーラの焦り具合、ゆりかご内にばら撒いたサーチャーからの情報によって、はやてとヴィータは事態を把握する事とができた。

「レリックの暴走ってどれくらいヤバいんだ?」
「ザフィーラとシャマルが合わせて八重に結界を張らんといけないくらいヤバい!」

 はやての動転して早口になっている言葉を、ヴィータは冷静に受け止めて考える。

「シャマルとザフィーラは大丈夫だろうけど、フェイトはヤバくないか?」

 スカリエッティは言っていた。
 ヴィヴィオはレリックを埋め込む事で聖王としての力を使えるようになった。
 そしてアリシアはレリックによって数十年の眠りから覚める事ができたと。
 アジトの方は、ポッドや機械を諦めればシャマルとザフィーラ、そしてその後ろで防御をしているだろう騎士たちは助かるだろうが、八重に結界を張る事ができない――その上ヴィヴィオを見捨てる事もできないフェイトには……

「爆発音は映像からだけやし、ゆりかごの中を飛び回っとる私のサーチャーも爆発も音も確認してないけど……
 ヴィータ、フェイトちゃんのとこまで一直線で行くで!」

 はやては自分とヴィータを包む結界を展開する。
 壁や床、天井を破壊して進むつもりだ。

「アイゼン!」

 はやての提案に、ヴィータは自分の相棒を強く握る事で答えた。



────────────────────



「ああああああああああああ」

 ヴィヴィオの苦しげな声が、フェイトの心を傷つける。

「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ!」
「ああああああああああああ」

 フェイトが何度も名前を呼ぶが、ヴィヴィオは答えられない。
 それどころか、虹色の魔力を胸に集めて圧迫しているようだった。

「ふぇ…… フェイトママ……?」
「ヴィヴィオ!」

 ヴィヴィオが自分をママと呼んだ。
 はやてかシグナムかヴィータか、あるいは他の局員がゆりかごに突入していたのかはわからないが、ヴィヴィオを操っていたモノをどうにかしたのだとフェイトは思った。

「フェイトママ……」
「ヴィヴィオ! 私がわかるんだよね!?」

 不安なのは、映像が消える前に聞こえた『レリック』と『暴走』という言葉。

「……は、な、れ」

 ヴィヴィオの言葉に、胸に魔力を集める事でレリックの暴走を抑えようとしているのだという事と、それが一時的な物でしかないという事を理解する。

「駄目だよ! 諦めないで!
 やっと、やっと私がママだって思い出せたんだから!
 これからずっと一緒に暮らせるんだから!
 エリオやキャロも一緒に!
 アルフが作ったご飯食べたりして!
 家族
…… みんなで……」

 大きな涙を流しながらもう叶わない未来を語るフェイトを

「私をヴィヴィオと呼んでいいのは、私のママだけだ!」

 ヴィヴィオは拒絶した。

「!」

 フェイトはもう、絶句するしかない。

「こんな状態でも、その口を、二度と、聞けないようにするくらいは!」

 ヴィヴィオに施されていたのは、洗脳の類いだった。
 これでは、ヴィヴィオを気絶させる事でしか――駄目だ。

 気絶させたら、レリックの暴走を抑えられない。

「ぁ…… ぁぁ……」

ヴォォン

 ヴィヴィオが再び、その両手から魔力の刃を形成する。

「今の攻撃は憶えたからな?」
「ぅぅ……」



 フェイトには、もう、戦う力も、意思も、無かった。



────────────────────



 八重に張られた結界の内6つを完全に破壊、1つを半壊、残り1つにヒビを入れた爆発が収まると、そこにはもう人の形も、血の色すらも残っておらず、ただ黒い後だけが残っていた。

「ザフィーラ、怪我は無い?」
「……ああ、大丈夫だ。」
「お2人のお陰で、私たちはもちろんポッドも機械類も全部無事の様です。」

 その場にいた者たちは、被害が最少で済んだ事を喜ぶと同時に

「皆さん、1人の少女の――」
「冥福を……」

 彼女は2つの命を奪ったが、それでも――



────────────────────



「お願いだから、もうやめて。」

 バルディッシュに刃はもう無い。
 シグナムやヴィータに何度も言われたが、執務官の仕事に忙しくて――仕事をしていないとネガティブな思考に堕ちてしまうのが怖くて、カートリッジシステムを組み込まないで来た事が、今日初めて悔やまれた。

「ならば、おとなしく私に切られればいい。」

 フェイトの懇願を、ヴィヴィオは無視する。

「ヴィヴィオ……」
「ふんっ!」

 ヴィヴィオの左手から伸びる刃がフェイトを浮かせ、右手から伸びる刃が壁へと叩き飛ばすが――

どん

 壁に背を打つが、それはフェイトがヴィヴィオにした時よりも弱い。

「ぇ?」

 切り殺されると思ったのに……
 マルチタスクもできないほどに精神的に追い詰められていたフェイトが、理解できない出来事に対してそう思考した瞬間が、致命的な隙――いや、結果として、ヴィヴィオを止める事の出来る最後のチャンスを逃す事となった。

「フェイトママ、動かないで!」
「ぇ?」

 フェイトが、自分1人でヴィヴィオを助けようと思わなければ
 せめて、はやてやシグナム、ヴィータが来るまで時間を稼ぐつもりでいれば

 ヴィヴィオのその一言で動けなくなる事はなかった。

「そこから動かないでね?」

 ヴィヴィオは、壁にぶつかった後に床に落ちたフェイトをバインドと結界で拘束――防御する。

「ヴィ、ヴィオ?」
「ちょっと乱暴だったけど、こうでもしないとフェイトママは私を助ける為に頑張っちゃうでしょう?」

 ヴィヴィオは、レリックを暴走させた眼鏡の戦闘機人が気を失った時に自我を取り戻していた。

「ど、どういうこと?」
「フェイトママは優しいから、どうしようもないってわかっていても……」

 状況を理解できずに混乱するフェイトをよそに、ヴィヴィオは次から次へと結界を展開し、フェイトを隔離していく。

「ヴィヴィオ! 一体どういう事なの!?」
「私、フェイトママと出会えた良かった。」

 涙が、ヴィヴィオの頬を濡らす。

「まさか!」

 フェイトは気づいた。 義娘の涙と、その両手の動きを見て気づいてしまった。

「だから、ここでさよなら。」

 最後にそう言って、ヴィヴィオは両手を胸に当てる。



 魔力の刃を消さないままで……





100509/投稿



[14762] Regret07 傲慢な、卑屈
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/05/16 16:14
 ジェイル・スカリエッティが起こした大規模なテロ事件が終わって一ヶ月くらい経った頃、第97管理外世界にやって来たXV級艦船クラウディアの会議室でそれは行われた。

「それじゃあ高町さん、このケースにジュエルシードを入れてください。」
「はい、わかりました。」

 リンディ・ハラオウンの言葉に従って、片手で持てる程度の大きさのケースを開けるとそこには弾力性のあるクッションの素材があり、それには21個の窪みがあった。
 なのはは家から持ってきたガラスの瓶からジュエルシードを取り出して、その窪みの1つ1つに嵌めこんでいく。

「・・・19、20、最後の1つ。」

 ジュエルシードを全て納めたケースはクロノ・ハラオウンによって閉じられ、リンディ・ハラオウンとヴェロッサ・アコース、シャッハ・ヌエラによって厳重に封印された。

「10年もかかったけれど、これでやっとジュエルシードの件は終わりね。」
「……本局に持って行くまでに事故が起きなければね。」

 10年かけた『ロストロギア横流し事件』をなんとか終わらせる事ができて安堵するリンディに、クロノが釘を刺す。

「『遠足は家に帰るまでが遠足』って事やね?」
「……そう言う事だ。」

 はやての例えを微妙な顔で肯定するクロノだが、彼も彼の母親と同じ様に明るい顔をしている。
 次元震を起こせるロストロギア、ジュエルシードの在り処を知っている事を隠し、さらには殆どの上司たちに内緒で事を進めていた事はかなりのストレスであり、肩の荷が下りてほっとしているのだ。

「聖王教会でも今回の事件でセキュリティを見直す事が正式に決まりましたし、色々と大変でしたけど、それなりの収穫もあったと思います。」

 敵のしっぽを掴む為に苦労したのは聖王教会も同じだったらしい。

「ほんと、サボっているふりをしながら調査をするのは大変だったよ。」
「どうだか。」

 ヴェロッサの発言にシャッハが軽いツッコミを入れる。
 いつもならもう少し説教をしたいところだが、初対面の人間――それも、クロノとリンディからその砲撃の破壊力を聞かされていた高町なのはがいるので自重したのだ。

「それじゃ、私はこのまま休暇に入りますね。」

 はやては初めてまとまった有給休暇を取る事に成功していた。
 無限書庫に勤める同僚たちに申し訳ないと思わないわけでもないが、同僚が夏休み等の長期休暇を取るたびに羨ましく思ってきたのだからと思う事で罪悪感を軽くしていた。

「ええ。 この10年間、本当にお疲れ様でした。」
「僕としては早く復帰してほしいけれど。 まぁ、ゆっくりしてくるといい。」

 リンディはこれまで無理をさせて申し訳ないと思い、クロノはリンディと同じように思いつつもはやての検索能力が暫く当てにできなくなる事を残念がる。

「無限書庫がそんなにキツイなら、いっそ聖王教会に来てもいいんですよ?」
「……どっちも地獄だと思うけっ!

 シャッハもはやての検索能力に目を付けており、スカウトの邪魔をしようとするヴェロッサの足を思い切り踏んだ。

「はやてちゃんって、頼りにされているんだね?」

 なのははみんなからすごく頼りにされている人と親友である事が誇らしく思えたが

「なのはちゃん…… これは頼りにされているとちゃう。」
「え?」
「道連れが欲しいだけや。」

 その一言で、この10年間はやてがどれだけ苦労したのかを垣間見た気がした。

「ほな行こうか。」
「う、うん。」
「この休みは碧屋の――いや、海鳴中のケーキを全種類制覇してやるで!」



────────────────────



 ゆりかご内部に爆発音が響く。

「はやて! あの扉の向こうだ!」
「ヴィータ、思いっきり――いや、ちょっと手加減してやって!」

 そう言って、はやてはヴィータに魔力を送る。





 ヴィータが扉を破壊して、はやてと一緒に部屋に入ると、後姿で分かり難いがヴィヴィオを膝枕しているフェイトがいた。

「フェイト?」
「フェイトちゃん?」

 扉を破壊する際に出た轟音にも、2人の呼び声にも応えないフェイトの姿に、はやてはヴィヴィオに埋め込まれていたレリックの暴走を――

「ヴィヴィオちゃんは、自分で?」

 ヴィヴィオが何らかの方法でフェイトを守ったのだと理解した。

「……そうか。」

 フェイトの前に移動したヴィータは、ヴィヴィオの胸に空いた穴と、ヴィヴィオの顔を優しく撫でながら声を出さずに涙を流しているフェイトの顔を見て、それだけ言った。

 それだけしか言えなかった。

ズズ……

 破壊した扉が徐々に修復されていく。

「私はフェイトちゃんとヴィヴィオを運ぶから、ヴィータは扉の前でバインドされていた戦闘機人を運んでくれへんか?」

 ヴィータがはやての提案にコクリと頷いて、修復途中の扉をもう一度破壊した後で部屋から出――ようとしたその時、フェイトが動いた。



────────────────────



海鳴 高町家 なのはの部屋

 なのはが入れた熱い紅茶と美味しいケーキを前にしているというのに、はやてはフォークにもスプーンにも手を伸ばせないでいた。

「私、不思議に思ってた事があったんよ。」
「なぁに?」

 はやてが、何かを話したがっている事をなのはは感じていた。
 思い返せば、あのクラウディアに居た人たちの様子もおかしかった。
 事件が解決した事を喜んでいたが、はやてに対して何処か遠慮をしている様な……

「ジュエルシードを集めるだけなら検索魔法や読書魔法なんていらんのに、なんで師匠は教えてくれたんやろうって。」
「マルチタスクの練習に最適だからじゃないの?
 私は検索魔法と読書魔法のお陰でマルチタスクが上手になれたよ?」

 師匠の家には様々な本があり、その内容も専門的な物が多くてよく理解できなかったけれど、この2つの魔法を使う事でマルチタスクの技術がかなり上達した。

「後は……ヴォルケンリッターとその主が管理外世界で暮らすよりも、本局で暮らした方が安全だからじゃないの?」

 夜天の書は過去の事とはいえ命を奪いすぎている
 『最近の被害』でも20年以上前の事だが、被害者の遺族がまだ大勢いるだろう。
 はやては何も悪くないと理解できたとしても、被害者の遺族に情報が漏れた時に安全なのは管理外世界よりも管理世界、管理世界よりも時空管理局本局だと師匠は言った。
 そして、本局で働く為に便利な魔法として検索魔法と読書魔法をはやてにも教えたのだ。
 なのはもはやてもその説明に納得したはずだった。

「うん。 あの時はそれで納得したんやけど、な?」
「……そっか。
 今回の事件は『検索魔法と読書魔法があったから解決できた』んだね?」

 はやての言葉と様子から、答えを導き出す。

「そうなんよ。」

 はやての声から力が無くなる。

「はやてちゃん?」
「私が、もっとしっかりしていたら、フェイトちゃんもヴィヴィオも、あんなにならんで済んだかもしれん。」

 なのはが気にする姿を見たくないから言っていないが、フェイトとヴィヴィオだけではなくアリシア(おそらくフェイト)も助ける事が出来たかもしれない。

「はやてちゃんは……私に聞いてほしいんだね?」

 なのはの言葉に、無言で頷く。



────────────────────



 部屋から出ようとしていたヴィータの足を止めたのは、フェイトの声だった。

「・・・のは・や・」

 フェイトの体がわずかに動き、震える唇から声が漏れているのだ。

「ぇ?」
「フェイトちゃん?」

 最初、その声はとても小さくて聞き取りにくかったが

「こん・のは、・・だ。」
「おい?」
「フェイトちゃん……」



「こんなのはいやだああああああああああああ!!」



────────────────────



 師匠は私となのはちゃんに戦い方を教えてくれた。

「でも、その戦い方は……」

 一応、殴り合ったり魔法を撃ち合ったりするような修行もしたけれど、そんなのは全体の3割くらいだった。

「そうだね、漫画やアニメみたいな戦い方じゃなかったね。
 10年前、大きなロボットが大暴れした海の上で、私は2回魔法を使ったけど……」

 それは、ジュエルシードを集める時に攻撃魔法はそんなに必要ではなかったという事。
 そもそも、1度目の時になのはは攻撃魔法と呼べそうなモノは『一般人気絶魔法』くらいしか教わっていない。

「夜天の書の時も、私もなのはちゃんも結局攻撃魔法は使わなかった。」
「うん。」

 管理局の協力を得られなかった時はジュエルシードの力を使った砲撃魔法で『バグ』を破壊するようにと言われたが、それもつまり、攻撃魔法はその1回でいいという事だ。

「私たちは、『戦いを避ける戦い方』と『戦いを早く終わらせる戦い方』を習ったんだ。」

 師匠は言わなかったけれど、戦わずに勝つのが理想だという事だったのだろうか?

「私が、シグナムたちにはもちろん、フェイトちゃんや他の局員たちにもっと魔法を教えておけば……」

 せめて、シャマルとフェイトに師匠直伝の封印魔法を教えておけば……

「誰も――さすがにテロリストは含められないけど……
 誰も、傷ついたり泣いたり失くしたりしないで済んだのかもしれんって思うんよ。」

 師匠は、夢みたいなそれが出来るだけの事を教えてくれていた。

「今さら気づいても遅いんやけど……
 ううん、遅いからこそ、悔しい……」
「はやてちゃん……」

 師匠は、何故かは知らないが、私たちが『繰り返す』事を恐れていた。
 でも、こんなに悔しい思いをする事になるのなら、『繰り返す』ほうがましだと思える。

「師匠は私に期待していたはずや!
 だから、ジュエルシードを集めたりシグナムたちを助けたりするのに必要無い、いろんな事を教えてくれたんやと思う!
 でも、私は! 私は……」

 助けられなかった。

「はやてちゃん、それ以上は駄目だよ。」
「え?」
「右手。」

 何時の間にか拳を強く握っていた右手は、もう少しで血が出そうになっていた。

「駄目だよ。 はやてちゃんが怪我をして喜ぶ人は1人もいないんだから。」
「ぅ…… ぅぅ……」

 なのはははやての横に移動して、その右手を優しく握って回復魔法をかける。

「師匠はきっと、ソレが怖いんだと思う。」
「ぇ?」

「『やり直したい』って、思ったでしょう?」
「……うん。」

ぎゅっ

 優しくはやてを抱きしめる。

「それは、とっても怖い事だよ。」
「どうして?」

 はやてはその優しい背中に手をまわす。

「悲しいことやつらい事を無かった事にしたいっていうのはわかるけどね?」

 はやての背中をさすりながら

「考えてみて?
 ジュエルシードを何回拾うの?
 シグナムさんたちを何回騙すの?
 夜天の書と何回お別れをするの?」

 なのはの言葉は続く。

「重い病気になったら? 軽い病気でも?
 誰かが死ぬたびに? 怪我をする度に?
 重症だったら? 軽傷でも?」

 背中にまわされた手が、爪を立てても

「はやてちゃんは、何度繰り返すつもりなの?
 何度繰り返せば満足できるの?」

 どちらともなく、体が離れる。

「ひっく……」
「師匠はきっと、何度も『繰り返した』んだよ。
 それが、自分の意思でなのか、ジュエルシードが勝手にそうしたのかはわからないけど。」

 まっすぐに、互いを見る。

「何度も何度も繰り返して、何度も何度も同じ人と『初めて会って』、『最後の別れ』をしてきたんだと思う。」
「でも…… でもぉ……」

 はやては、なのはに再び抱きつこうとするが、なのははしっかりと彼女の腕を掴んで

「はやてちゃん、師匠が友人の言葉だっていって何度も言っていたでしょう?
 『世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだ』って。」
「でも! 私は!」
「はやてちゃんも、わかっているんでしょう?」

 掴んでいた腕を離して、再びはやてを抱きしめる。



 はやての泣き声は、なのはの部屋から洩れる事はなかった。



────────────────────



 その時、蒼い光が視界を奪った。

 まるで、フェイトの叫びに応えるように……

 はやてには、その光が自分のバリアジャケットの内ポケットから出ている事がわかった。





 蒼い光がおさまった時、そこには血の跡しかなかった。



 嘆き叫んだフェイトとヴィヴィオの遺体は、この世界から消えたのだ。



────────────────────



「ほら、顔こっち向けて」
「うん。」

 なのはは店から持ってきた温かいお手拭きではやての顔を拭いてあげる。

「温くなった紅茶も入れ直してきたし、ケーキを食べよう。」
「うん。」

 暫くの間、カチャカチャという食器の音だけが響いていたが、突然なのはがフォークを置いて、はやての顔をじっと見つめた。

「な、何? 顔に何かついてる?」
「はやてちゃんはさ……」
「うん?」
「私と会わない方が良かった?」
「え?」

 はやての手から、フォークが皿の上にカチャンと落ちた。

「私がもっと魔力が多くて、魔法の素質ももっとすごくて、3日で、魔法だけじゃなくて、師匠が知っている未来の事も全部教えてもらえていて――」
「な、なのはちゃん?」
「それで全部、ジュエルシードの事もフェイトさんとプレシアさんの事も、夜天の書もどうにかできちゃって、はやてちゃんとシグナムさんたちがちゃんと家族に成れて――」
「ちょ、ちょっと?」
「空港爆破事件っていうのも犠牲者0に抑えて、そのテロリストのジェイルなんとかさんやその部下の人たちもバインドでササっと捕まえちゃって、ヴィヴィオちゃんって子もそもそも誘拐なんかされなくって……」
「……」

 早口でまくしたてるなのはに――なのはの言いたい事に、はやては目を大きく開く。

「そんな奇跡が起きていたら、私たちは親友どころか友達にもなれなかっただろうね。」

 なのはが、フェイトの事もはやての事も、何もかも全て知っていたら
 師匠によって敷かれたレールの上を、なのはがしっかりと歩けていたら、きっと誰も泣かないし誰も悲しまなかっただろうけれど。

「酷い言い方かもしれないけど、間違えないと得られないモノも、きっとあるんだよ。」



 甘いはずのケーキが、塩っぽく感じた。





100516/投稿



[14762] Regret あとがきと……
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/05/16 16:20
●01 慎重な、準備

・クロノがはやてに持ってきた資料請求
 これではやてがヴェロッサに内部調査を頼めるようにした。

 はやてがすでに『ガジェット』について聖王教会から調査を依頼されているのにと思った読者もいるかもしれないが、ガジェットの件だけでは内部調査は頼めなかったのです。

・ヴィヴィオが聖王教会で保護される。
 原作の様に彼女を保護できる場所が無い為。

・エリオとキャロ
 保護者であるフェイトとのミッド観光が駄目になっただけでなく、事件に巻き込まれてしまった可哀想な子たち。

・アルフ
 フェイトの代わりに子供の面倒を見ている。
 リンディと聖王教会、はやてが極秘裏に『ロストロギア流出』を調べている為、執務官の使い魔がはやての側に居るのは相手を無駄に警戒させてしまう可能性があるので無限書庫に出入りはしていない。

 はやて哀れ。

・はやてとヴェロッサ
 兄妹のように仲良し。 しかし、交流は控えていた。

 盗聴されている可能性もある為に回りくどい話し方をしているが、実は結構楽しんでいる。

・<ここ最近の無限書庫の利用者数は鰻登り>
 無限書庫の利用者が少ないと、はやてとクロノの関係を知る者も少ないので『内部調査』できる範囲が狭い。
 つまり、『内部調査』の範囲を広げる為にはやてとクロノ、時にはリンディや聖王教会も無限書庫を利用し、その有用性を広めたのでした。


●02 不知な、運命

・フェイトinアリシア
 某フェレットがループの度に『鍛えていた魔力がリセットされていた』のに対し、なのはやはやてが『青い世界で修行して鍛えた魔力や技術ごと逆行できた。』のは……

・<『醜い脳みそたち』に頼むまでもなく>
 ロストロギアの流出!

・<1年か、2年か……>
 実際はもっと時間が経っている。

・アリシアがジェイル・スカリエッティに?
 スカさん死亡フラグ
 プレシアのアリシアへの執着を考えると、何故そんな事になったのかと読者に疑問に持って欲しかったけれど……

・聖王教会襲撃される
 原作で存在していたはずなのに活躍した描写の無かった騎士たち。
 彼ら騎士たちが前線に出るにはこういった『大義名分』が必要だったのかもしれない。


●Regret03 半睡な、浮上

・無限書庫 未整理の本棚
 作者の独自設定。 未整理の本棚は多いと思う。

・ヴォルケンリッター
 普段は本局勤めだが、緊急事態だからミッドに。

・シャッハとヴェロッサ
 つーかー

・なのは
 空を飛べば渋滞に巻き込まれる事は無い。

・アリシア(フェイト)
 あの時あの場所で狂った心は……


●Regret04 意外な、命終

・ゼストとアギト
 はやて無双の被害者。
 ゼストは槍を託せたので結果としては悪くないと思っている。

・スターライトブレイカー
 AMF? なにそれ? おいしいの?

 これによって船体が大きく揺れた事でフェイトとヴィータは助かっていたりする。

・ジェイル・スカリエッティの退場
 原作でフェイトにある種の精神攻撃をしていたのは何故だろう?
 1対1だったのなら精神的に優位になろうとしたとも考えられるけれど、あの時は部下がいた。
 そもそも拘束して動けなくなったフェイトにさっさと止めを刺さずにグダグダしていたのは何故?

 もしかしたら、過程が違うけれど自分と同じ『造られた物』であるフェイトに何か思うところがあったのかもしれない。


●Regret05 存分な、自棄

・フェイト、アリシアに認められたと思う。
 スカリエッティが死んだ事はどうでもいいくらいに嬉しかったらしい。

・スカリエッティに続いてウーノも死亡
 うかつに近づきすぎた。

・『猟犬モドキ』
 師匠と師匠のインテリジェントデバイスが創りだした酷い魔法。

・はやてとシグナムが別行動。
 ヴィータがそうだったように、八神家のバリアジャケットの強度はふざけているので2人で行動する利点のほうが少なかった。

・プレシアクローン
 1、記憶を移植できても感情を移植する事はできなかった。
 2、感情を移植する事もできたのだが、彼らに取って不要だった為に故意になされなかった。

 どちらせよ救いは無い。

・ヴィータがメイン駆動炉を破壊。
 はやてから魔力供給されているのに疲れがなかなか取れないのは、どちらも治癒魔法(疲労回復魔法?)が苦手だから。

・クアットロの眼鏡
 作者の素朴な疑問。 あれって伊達?

・はやて無双
 メイン駆動炉の破壊をヴィータに任せたのは出力の調整に慣れていないから。

・クアットロ
 自爆装置は科学者のロマン。


●Regret06 独善な、思慕 (鬱注意)

・アリシア(フェイト)
 死亡。 ループどころか逆行もしていない。

・フェイト
 以下、作者独自の解釈と設定。

 原作のなのはの砲撃能力はすごい。
 戦略兵器であろう『ゆりかご』内部を何層も破壊できるだけの物理破壊能力を持っているかと思えば、その驚異的な威力を持った砲撃を途中から魔力ダメージのみを与える砲撃に変える事ができるのだから。
 そんななのはだからこそ、ヴィヴィオの体内にあったレリックを体外へ放出させた後に粉砕できたのではないだろうか?

 で、フェイトにそれができるのだろうかと考える。

 原作で彼女の刃は『物を切れる』し『切らずに叩き飛ばす』事もできる。
 でも、ヴィヴィオの『体内にあるレリックだけを叩き飛ばす』事はできるのだろうか?

 この物語ではできないと言う事にしました。

・ヴィヴィオ
 彼女に残された道はそれだけだった。


●Regret07 傲慢な、卑屈

・リンディとクロノ
 明るい顔をしていても、心が晴れやかとは限らないわけで……

・はやて有給GET
 無限書庫の上司や同僚たちも気を使った色々手を回してくれた。

・はやてとなのは
 はやては手元にジュエルシードがあったけれど、やり直す事を願わず、なのはに帰した。 ……ちゃんとわかっていた。
 それでも、なのはに言って欲しかった。
 だからなのはも声に出した。



────────────────────



 目を開くと、星空が広がっていた。

「え?」

 はやてとヴィータの声を聞いた気がするのだけれど……

「そうだ! ヴィヴィオ! ヴィヴィオは何処に!?」

 辺りを見渡すが、義娘の姿はない。
 それどころか、ゆりかごの内部でさえなかった。

「こ…… ここは?」

 ずっと昔に見た事がある風景が、そこに広がっていた。

「う…… うみなり?」

 幼い頃、母に命じられてジュエルシードを探しに来た事のある世界。

 リンディとクロノとエイミィに出会った世界。

 あの『ミスト』がいる世界。

「なんで、こんな所に?」

 わけがわからな――

「!」

 その時、星空に亀裂が走り、そこから21の蒼い光が街に降り注いだ。





Return?
100516/投稿



[14762] Return01 途惑いと、決断
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/05/23 14:04
 自分はゆりかごの内部で優しいヴィヴィオの頭を撫でていたはずなのに、気が付いたら(おそらく)第97管理外世界の海鳴――の高いビルの上で寝ていたのは何故だ?

 それに――

「あの蒼い光は?」

 綺麗な星空に突如できた亀裂から飛び出した21の蒼い流星。
 距離が遠いにもかかわらず、わずかに感じる事ができるこの魔力は――

「これは…… はやてから感じたのと同じ?」

 ゆりかご内部で自分と同じくらいの年齢に成長したヴィヴィオと戦った事。
 ヴィヴィオの体内に埋められたレリックが暴走を始めた事。
 ヴィヴィオが、その命を――

 はやてとヴィータの声がヴィヴィオの顔を撫でて居る時に聞こえた様な気がする。

 あの蒼い光が落ちた場所から感じられる魔力は、あの時はやてから――

「一体、何がどうなっているの?」





 人通りの無い場所へビルから飛び降りて、これからどうするかを考える。

「まずは、管理局に連絡したいんだけど……」

 ビルから飛び降りる前に認識障害の魔法を使う為にバルディッシュを起動させようとしたのだが、何故か動かない。

「ゆりかごからこの世界に移動した際に何かあったのかな?」

 管理外の世界には管理局の観測装置の様な物が衛星軌道上などに存在する。
 その世界の人類が次元世界に進出した時にすぐ把握できるようにと考えられての事だ。

「バルディッシュが動けば救難信号を出せるんだけど……」

 デバイスが動かないという事は、自力で観測装置を発見しなければならないという事だ。

「この世界には高町さんみたいに強大な魔力を持っている人もいるから……」

 魔法を知らない人のリンカーコアに刺激を与えるのはあまりよろしくない。
 高町さんの魔力が暴走してしまったら街が1つ消滅してしまう事もあり得るのだから。

「どこかでバルディッシュを修理しないといけないな。」

 簡単なメンテナンスくらいなら時間はかかるが自分でもできる。
 問題はその間どこに住むかだ。

「かなり集中しないといけないから、できれば静かな場所がいいんだけど……」

 自分はこの世界のお金を持っていないからホテル等に泊まる事が出来ない。
 10年前に使っていた隠れ家は流石に使えないだろう。
 本局に引っ越した時に家は売ったと言っていたからはやての家も使えない。

「戸籍が無いから仕事をして稼ぐ事もできない。
 いっそ人も動物も来ない様などこかの山奥に――駄目だ、そんな所には住む場所はもちろん食べる物も無いや……」

 管理外世界で野生の動植物を獲ると後々問題になる。

「面識はあまりないけど、高町さんを頼るしかないかな……」

 はやては必ず年末年始には休暇をもぎ取って高町さんの家にお世話になるらしいのだが、3年ほど前、今年は温泉に行くんやけど一緒にどうや?とはやてに誘われた事がある。

「あれから一度も会ってないけど、もう他にどうしようもないし……」

 背に腹は代えられない、頼らせてもらおう。





 温泉から帰った後、高町さんのご両親が営んでいる喫茶店兼ケーキ屋で御馳走して貰った時の微かな記憶を頼りに歩――歩いているのだが……

「車に乗っていてもわかるくらいに目立つヒビのあった建物にヒビが無くて、新築の建物があった場所に古い建物が建っている……」

 ヒビ割れは修復したのかもしれないし、新築でもメンテナンスをきちんとしていなければ数年でボロボロになることだってあるだろう。

「……あるよね?」

 街を歩けば歩くほど、あり得ない可能性を考えてしまう自分に言い聞かせる。

 去年まで本屋だったのにとはやてが言っていた場所にコンビニじゃなくて本屋があるけれど、3年の間にコンビニから本屋に戻ったんだろう。

「コンビニは競争が激しいらしいからね。」

 大型スーパーが建つらしいと高町さんが言っていた、工事現場だった場所に小さな古い建物が数軒建っているけれど、きっと私の記憶違いなのだろう。

「出店取り止めで、懐古主義の人が建てたんだろうね。」

 やっと着いた高町さんのお店。
 だけど、ちょっと時間が遅かったらしく、ちょうど今閉店時間になってしまったようだ。

「ぇ?」

 暗いからよくわからないけれど、よくわからない事にしたいけど、今お店から出てきた見覚えのあるツインテールの女の子は……
 いや、はやての自慢の親友である女性の身長よりも明らかに低いからきっと他人の空似というやつだろう。

「そうじゃなかったら、高町さんの親戚か何かだよね?」

 決して高町さん本人ではないはず。
 高町さんのご両親が頑張って妹さんができていたとしても、それならそれで、3年でこんなに大きく離れないだろうし……

「前に来たのは3年前だし、それも温泉に向かう時と帰ってくる時に車の中から見ただけだし、きっと私の記憶が間違っているんだろうな……」

 管理局の執務官が自分の記憶力を疑う事態になるなん――

「ぁぁ……」

 まさか、そんな事があるわけは無いと思いながら、こっそりと後をつけていた、お店から出てきた女の子が入った家の表札には、『高町』という文字が書いてあった。

「苗字が同じだけ――または、親戚のお嬢さんを何らかの理由で引き取ったんだよ。
 うん、きっとそうだ。 間違いない。」

 マルチタスクで思考する脳の片隅で、あり得ないし認めたくない『仮説』が浮かんでは沈みを繰り返すが……

「時間を遡るなんて、そんな事あるはずがないよね……?」

 語尾を疑問形する事くらいしかできない自分の状況が悲しかった。



────────────────────



 認めたくない事実だが、もう認めるしかない。
 何故なら目の前に幼い彼女が居て、しかも車椅子を使っている。

「はやては昔足が悪かった……」

 高町と書かれた表札を見てすぐに、昔はやてから聞いた事のある病院の名前と場所を何とか思い出して、真夜中の病院に不正侵入してカルテを漁り、名前と住所を見つけ……

 辿り着いた一軒家に、その少女は1人で住んでいた。

 見覚えのあるその顔と、本人から聞いた事のある情報を照らし合わせると、結論は1つしか出ない。

「ここは、10年以上前の第97管理外世界なんだ……」



 タイムスリップなんて、映画や小説などの空想の産物でしかあり得ないと思っていたし、思っていたかったのに……



────────────────────



 これからどうしよう……

 海が見える公園で、彼女は途方に暮れていた。

 この世界にはハラオウン家と親交のあるギル・グレアムと元提督――この時点ではまだ提督?――が住んでいるはずだが、日本ではなくイギリスとかいう場所だったはずだ。
 さっきの本屋で地図を立ち読みして場所を調べれば、空を飛んで行く事も不可能ではないだろうが……

「タイムスリップして未来から来ましたなんて、普通信じないよね。」

 だって、自分なら信じないから。
 信じないだけではなく、精神科の医者を紹介するだろう。

「あ、でも……」

 次元漂流者として保護してもらう事は出来るかもしれない。

「そうしてもらうかな……」

 このまま目の前の海の上へ行き、魔力を解放したら管理局の網にかかるだろう。
 そうしたら義兄の師匠である猫姉妹がやってきて、私を保護してくれる可能性は高い。

「でも……」

 この場所にいたら、昔の自分がジュエルシードを回収に来る。
 そうしたら、母さんに会えるかもしれない。

「もう一度会って、それで、どうするというわけでもないんだけど……」

 そもそも、この世界のか――プレシア・テスタロッサは、この世界のフェイト・テスタロッサの母であって、自分の母ではない。
 自分の母ではないのだが――これが未練というモノなのだろうか?

「それに、ジュエルシードを上手く使えばアリシアを助けられるかもしれないし……」

 エネルギーの塊であるレリックを体内に埋められたアリシアが蘇生できた事を考えると、同じくエネルギーの塊であるジュエルシードを使えば……

「もしかしたら、母さんは最初からそういう使い方をするつもりだったのかもしれ――」

 ふと思い出す。
 『ミスト』は「世界を滅ぼそうとする人に渡せない」と言う様な事を言っていた。

 レリックの様に体内に埋め込む使い方では駄目だという事か?

「もし母さんの目的がアリシアの体内にジュエルシードを埋め込む事だとしたら、止めないといけない!」

 あんな悲劇は、もう見たくない。

「でも、私が何もしなくても『ミスト』がジュエルシードを全部……」

 集めたのだろうか?
 私は『ミスト』と敵対するつもりはないし、ジュエルシードを封印してしまいたいと考えているから……

 もしかしたら、未来から来たこの私もジュエルシードを集めていたのかもしれない。

「いや、でも、そうだとすると、私はヴィヴィオを見捨てる事になる?」

 今、こうして、私が未来から来た事が『歴史通り』だったとしたら、10年後に、ヴィヴィオを死なせる事に私は……

「ヴィヴィオが死なないと私がこの時代には来ないのだとしたら、私がヴィヴィオを助けると私はこの時代に来ない事になるからヴィヴィオは死んで、ヴィヴィオが死ぬと私はこの時代に来てヴィヴィオを助けて……」

 延々と続くその繰り返しを何と言ったか、忘れたけれど。
 確かもうひとつ――そうだ、平行世界説。

 確か、時間を遡って親を殺した時、自分が消えるのがさっきの繰り返しで……

「親を殺しても、『親が殺された為に自分が生まれなかった世界』が分岐するとか……」

 この場合、親を殺した自分には何も起きないのではなかったか?

「もしこれがただのタイムスリップではなくて、平行世界を移動したとかいう事だったら、ヴィヴィオを助けても何も問題は無いかもしれない?」

 世界移動について勉強した時にちょっとした雑学として習ったあやふやな記憶をなんとか思い出す。

「そっか……
 私の世界では『ミスト』がいたけど、この世界に『ミスト』がいるとは限らないって事でもある?」

 私がジュエルシードを回収して母だけではなく管理局にすら隠匿してしまえば、『ミスト』が現れる必然性がない?
 だとしたら、ジュエルシードを母に渡さない為に私が回収すべきかもしれない。





 さて、とりあえず『アリシアにジュエルシードを埋め込むプレシアを阻止する』という目的はできたけれど、当初の難題である『衣食住』をどうするべきかがわからない。

「はやての家に忍び込めばグレアム提督との連絡方法を入手する事は可能だろうけど……」

 ギル・グレアム提督を頼らなくても、リンディ義母さんとクロノがジュエルシードを回収に来るはずだから『保護してもらう事』自体は容易いだろう。

「たぶん、あの21の青い光がジュエルシードだと思う。」

 何故この時間に飛ばされたのかわからないが、これはチャンスだ。
 ジュエルシードでは無理でも、レリックなら蘇生できる事を母に伝える事ができれば、この世界のフェイト・テスタロッサは愛する母親を失わないで済むのだから。

「この本来なら絶対にあり得ないチャンスを逃さない為なら……」

 犯罪に手を染めるのも仕方ない。



────────────────────



 この国にはパチンコと言うゲームがある。
 あまり人目のつかない場所でバリアジャケットで防寒をしながら一夜を過ごした私は、昼前だというのにおじさんやおばさんが次々と入っていくそのお店を見つけたのだ。

 このゲームは賭けごとの一種であり、個人的にはあまり好ましいと思えないが……

「大事の前の小事だよね?」

 床に落ちているパチンコ玉を店員や他のお客にばれないように拾い集めて使う。
 釘と釘の間の隙間を魔力で埋めて、全ての玉が中央の穴にだけ入るようにする。

 それだけで……



 三時間後、パチンコのお店から私は現金81000円と固形の栄養剤5つを持っていた。





 ビルの屋上ならバリアジャケットで防寒したら充分寝る事が出来る事もわかったし、お金があるから食糧に困る事もなくなったというのに、彼女の心は明るくなれなかった。

「なんで、こんな事に……」

 昨夜は暗かったうえに高町家や病院や八神家などを探すのに忙しかったので全く気付かなかったのだが、パチンコの機械に映った自分の姿を見て思わず声が出そうになるくらい驚いてしまった。

「もしかしたらパチンコの機械に色が塗ってあるだけかもと思って――思いたかったから慌てて化粧室を借りて鏡を見たけど、やっぱりそんな事は無くて……」

 鏡に映った自分の顔は、自分の顔ではなかった。

「なんで、こんな事になったのかな……」

 自分の顔ではなかったが、自分の面影も確かにあった。

「これじゃあまるで、私とヴィヴィオの――」

 右目が緑で左目が赤のオッドアイ
 それが、今の彼女の顔だった。

「間に生まれた子供みたいだよねぇ……」



「私よりも、あなたに生きて欲しかったのに……」



────────────────────



 少し大きめのデパートの化粧室に入ってもう一度顔を確認する。

「確か、この目は聖王の証でもあるんだっけ?」

 試しに、魔力を少しだけ出してみる。

「虹の――成長したヴィヴィオが使っていた魔力の色。」

 その輝きを見て、ある事に気づく。

「ヴィヴィオと融合しちゃったから? だから……」

 胸元につけていたバルディッシュに触れる。

「バルディッシュ、私は、私の正体がわかったよ?」

 だから、あなたもわかったでしょう?

《はい。 登録してあった魔力と違っていたのでセキュリティ機能に従っていましたが、今魔力を登録し直しました。 すぐに気付かず、申し訳ありません。》

 バルディッシュは高性能なインテリジェントデバイスで、フェイトとその家族・仲間にだけ反応するようにしてあったのだ。

「いいよ。
 インテリジェントデバイスが――それも、時空管理局の執務官のデバイスが、何処の誰ともわからない人に使われてしまうのは危険だからね。」
《そう言ってもらえると助かります。》





【今の状況はわかった?】
《【はい。】》

 デパートから出て、バルディッシュと現在の状況ととりあえずの目標を念話で説明しながら人通りの少ない道を進む。

《【マスターが目を覚ました時に見たという21の青い光がジュエルシードだとしたら、今日か明日にでも『ミスト』が出現するかもしれませんね。】》
【うん。 『ミスト』が現れるなら、私たちが集めるジュエルシードは全部『ミスト』に渡すべきだと思うけど、『ミスト』が現れないのなら、管理局に接触するのはジュエルシードを隠せる安全な場所を確保してからになるよ。】

 ちょっと大きな建物の裏、車が数台駐車されている場所に着く。

《【八神はやてがいつ騎士シグナムたちと家族になるのか知っていますか?】》
【……そうか、経緯はわからないけどはやてがシグナムたちのマスターになったら本局に引っ越しちゃうだったね。】

 ギル・グレアムと接触するつもりなら、はやてが彼らと会うまでにグレアム提督との連絡手段――住所なり電話番号なりを確保しておく必要がある。

【じゃあとりあえず……
 母さんやアースラが観測する『次元震』が発生するはずの公園が見える場所を寝る場所にする事とはやてが病院に行っている間にちょっとお邪魔する事は決定、と。】
《【そうですね。】》





100523/投稿



[14762] Return02 予想外と、咄嗟
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:5aa505be
Date: 2010/05/30 14:33
 おかしい……

 私がこの時代に来てから――つまり、ジュエルシードと思われる光が街に降り注いでから数日が経っているというのに『ミスト』が現れない。

「昨日、あっちの山の方から感じたジュエルシードの魔力が街のあちこちに移動しているけど、あれがこの公園に来て次元震を起こすのかな?」
《そう考えるのが妥当だと思いますが……》

 食糧を買い貯めて、ビルの屋上に結界を張り、そこから公園を監視するという生活にもそろそろ飽きてきた。

「考えられるのは3つ」

1、ジュエルシードを悪用しない私が集めるつもりだから『ミスト』が出ない。
2、ジュエルシードに『ミスト』を発生させる機能がない平行世界。
3、そもそもジュエルシードが『ミスト』を作り出すのではなく、この世界に落ちたジュエルシードを悪用される事を危惧した第三者が『ミスト』である。

 1と2の場合、街に被害が出る前にあのジュエルシードを回収する必要があるが、特に2の場合、自分の持っている未来の知識が全く役に立たない可能性がある。
 特に厄介なのは3の場合である。
 この場合『ミスト』は管理局またはスクライア一族から情報を得る事ができると考えられる。 そうでなければジュエルシードの危険性を知り得ないはずだ。
 そしてさらに、『ミスト』のその情報収集能力がアンダーグラウンドな方法であった場合、管理局とスクライア一族から――どちらも様々な遺跡からロストロギアを回収するので、その情報のセキュリティレベルは全次元世界屈指である。 そんな場所から――ジュエルシードの情報を入手できるという事は、『ミスト』がそれだけの実力を持っているという事でもある。
 最悪の場合、『ミスト』は自分がここで公園を見張っている事に気づき、それゆえにあのジュエルシードを回収していないのかもしれない。

《マスター、その場合『ミスト』にジュエルシードを悪用しようとしていると思われている可能性もあります。》
「そうだね……」

 その場合、『ミスト』は『プレシア・テスタロッサがジュエルシードをアリシアに埋め込もうとしている』という情報すら、手に入れている可能性ある。

「最悪、『ミスト』と戦闘する可能性もあるって事か……」

 かつて、アースラに保護されている時に見た『ミスト』の砲撃を思い出す。

「ヴィヴィオと融合しているから、『聖王の鎧』が発動できれば或いは……」

 それでも、できる事なら敵対したくは無い。

《あの時の桃色の砲撃は全部で10、それがたった1人に向けられたらと考えた場合、例え『聖王の鎧』でも防ぎきれるとは限りません。》
「そうだね……」

 仮に防ぐ事ができたとしても、アースラに観測されているとわかっている状態での砲撃だったのだ。
 奥の手や切り札が他にあると考えた場合――というか、絶対あるだろうから、やはり『聖王の鎧』が発動出来ても厳しいと考えるべきだろ――!!

「あれは!」



────────────────────



 学校の先生が危険な野犬が人を襲い殺したらしいので、できるなら車で、それができないならばできるだけ集団での登下校をするようにと言われたけれど……

「ぁ……」

 アリサちゃんに誘われて、アリサちゃんのワンちゃんたちと遊んで……

「ぁぁ……」

 お家に帰る時間になって、車で送ってもらう事になって……

「ぃゃ……」

 まさか、走っている車を野犬に襲われるなんて……

「いや!」
「グルルルルルルル」
「こないで!」
「グルルルル《サンダースマッシャー》ギャン!」

 え?

「あの時は、被害者は0だったっていうのに!」
《やはり、平行世界である可能性が高いですね。》

 黄色い……鎌?

「グァァァアアアア!」
「うるさいっ!」
《ハーケンスラッシュ》

 もしかして、この人は死神さん?

「ジュエルシード、封印!」

 それじゃあ、私、もう駄目なん……

「ほら、意識はある? 怖いのはやっつけたから、もう大丈夫だよ。」

 死神さんの鎌を持っていない手から、優しい光が私に……

「もう、大丈夫だから!?」





 ジュエルシードの魔力を持った大きな犬が、走っている車を襲っているのを見つけた私は、『ミスト』の事とかをすっかり忘れて飛び出していた。

 猛スピードで現場に着いて、サンダースマッシャーを犬に当てる。
 犬に襲われていた車のドアや天井はすごく歪み、小さな手がその歪んだ隙間から外に出ていた。

「ヴィヴィオ……」

 こんな小さな子を襲った犬に対して、怒りが止まらない!

「あの時は、被害者は0だったっていうのに!」

 次元震が起こらず、『ミスト』が現われなかったら――

《やはり、平行世界である可能性が高いですね。》

 こんな悲劇が起こるというのか!

「グァァァアアアア!」

 サンダースマッシャーで吹っ飛んだ犬が標的を車から私に変えて襲ってくる。

「うるさいっ!」

 こんな子供を襲う様な奴の声なんて聞きたくもない。
 だけど、おそらくこの犬は現地の動物に暴走したジュエルシードが取りついているだけ。
 命を奪うわけにはいかない。

《ハーケンスラッシュ》

 非殺傷設定でもう一度ぶっ飛ばす。

 すると、犬からジュエルシードが飛び出した。 ……チャンスだ!

「ジュエルシード、封印!」

 封印してすぐに車から子供と運転手を助け出す。

 うん、大人の方が怪我はあまり酷くない。 この世界の病院でも充分だろう。

「ほら、意識はある? 怖いのはやっつけたから、もう大丈夫だよ。」

 この子の左手は――かなり酷い。
 病院で診てもらう前に、怪しまれない程度の治癒はしておいたほうがいいだろう。

「もう、大丈夫だから!?」

 この子、高町さんだ!





「ぁ、ありがとうございます。」
「え? あ、どういたしまして?」
《マスター、動揺するのはわかりますが、そろそろ人が来ます。》
「あ、そうだね。」

 戸籍も何もない状態で目立ちたくない。

「た――じゃない、お嬢さん?」
「は、はい。」
「警察の人とかに色々聞かれても、私の事、顔はもちろん、姿も見ていないって事にしてくれないかな?」
「ぇ?」

 車がボコボコになっている以上、この子と運転手が野犬に襲われた事と私に――『第三者』に助けられた事は隠しようが無い。
 管理局のバックアップが存在しない以上、高町さんの記憶を弄る時間も無い状況ではこうやって誠実(?)に頼む事くらいしかできない。

「わ、わかりました。」
「ありがとう。 左手、できるだけ早くお医者様に診てもらうんだよ?」

 遠くから警察の物か病院の物かわからないが、とにかくサイレンが聞こえてきている。

 バリアジャケットを弄って黒い仮面を構成し、装着。

「ばいばい。」

 私は空を飛んでその場を離れた。





 なんだかよくわからないけど、この人は死神ではないらしい。
 だって、私の左手を治してくれているから。

「ぁ、ありがとうございます。」

 助けてもらった上に怪我を治してもらっている事に改めて気づいたので、お礼を言う。

「え? あ、どういたしまして?」
《マスター、動揺するのはわかりますが、そろそろ人が来ます。》
「あ、そうだね。」

 か、鎌が喋った!?

「た――じゃない、お嬢さん?」
「は、はい。」

 「た」ってなんだろう?
 この人の国の言葉で「お嬢さん」は「TA」の音から始まるのかな?

「警察の人とかに色々聞かれても、私の事、顔はもちろん、姿も見ていないって事にしてくれないかな?」
「ぇ?」

 なんで…… あ!

「わ、わかりました。」

 正義の味方は正体を隠さないといけないんだ!

「ありがとう。 左手、できるだけ早くお医者様に診てもらうんだよ?」

 遠くから救急車のサイレンが近付いてくる。
 もう、お別れなんだ。 もう、会えないのかな?

「ばいばい。」

 そう言って、お姉さんは空に消えた。



 ……やっぱり死神さんだったのかな?



────────────────────



「ここが平行世界だとすると、母さんやリンディ義母さんたちはどうなっているんだろ?」

 そもそも、はやては高町さんとどこで知り合――っ!

「しまった!
《マスター?》

 はやては病院通いの一人暮らしで、高町さんは普通の小学生。

「はやてと高町さんの接点は、病院だったのかもしれない!」

 怪我をしたなのはさんが運ばれる病院がはやての通院しているのと同じ病院で、そこで2人は出会って親友になったのかも……

《それはどうでしょうか?》
「バルディッシュ?」
《私が知る限り、高町なのはの左手に傷跡はありません。》

 年末年始の温泉旅行の時、バルディッシュも連れて行った。
 流石にお風呂場には持って行かなかったけれど、部屋では浴衣とかいう薄くて袖がすぐにめくれるような服を着ていた。
 バルディッシュはおそらく、はやてが「温泉に来たらコレをやらなきゃあかん」と言って、『たっく』とかいう緑色の机の上で小さな玉を小さな板で打ち合うスポーツをしていた時にその左腕を見たのだろう。

「……私も高町さんと一緒に温泉に入ったけれど、左腕に傷跡は無かった。」

 という事は、はやてと高町さんが親友になっていない世界という事だろうか?

「私の世界との違いがそれだけならいいんだけど……」

 しかし、『ミストの不在』と『高町さんの大怪我』という2つの違いが――いや、『ジュエルシードが暴走している』というのをいれると3つか?
 それどころか、私やバルディッシュの気付かないところでもっと違いがあるのかもしれないし、もっと大きな――時空管理局の規模がとても小さくてこの世界にアースラが来られる余裕が全く無いなどの違いがあったりした場合――考えたくもない。

《ぁ》
「え?」
《もしかしたら……》
「なに?」
《いえ、まさかそんな事が……》
「バルディッシュ、今はどんな小さな可能性でも想定しておく必要があるの。 どんなことでも良いから、気づいた事は教えて頂戴。」

 予想していれば、準備ができる。
 予想以上の何かが起きたとしても、過剰に準備していれば何とかなる事もある。

 でも、予想すらしていない何かが起きた場合のダメージは軽減すらできないのだ。

《わかりました。》
「うん。」
《確か、ジュエルシードは願いを叶える力を持っているとか》
「そう言う話もあったね。」

 でも、それなら母さんはアリシアの蘇生をお願いするだけだろうから、『ミスト』がジュエルシードの回収を邪魔する必要がないんじゃないかな?

《そして、高町なのはは元々かなりの魔力を持っています。》
「うん。」

 あの魔力は管理局にスカウトしたいくらいだ。

《高町なのはが病院に行き、八神はやてと出会った後でジュエルシードを入手したとしたらどうでしょうか?》
「え?」

 はやてと出会った後にジュエルシードを?

《はい。
 例えば、入手したジュエルシードに『左手の怪我を治してほしい』と願ったとしたら?》

 高町さんの左手に傷跡は無くなる。

《例えば、これ以上犠牲者を出したくないと考えて、『あの犬を倒せる力が欲しい』――それどころか、『ジュエルシードと言う危険な物を封印できる力が欲しい』と願ったら?》

 ……ま、まさか?

《高町なのはが、ジュエルシードによって『ミスト』になったという可能性があるのでは?》

 ……

 …………

 ………………え!?

《そう考えると、リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが彼女を名前ではなく苗字で『高町さん』と呼んでいる事もわかる気がします。》
「そ、そんな事が……」

 というか、それだと……
 私が『ミスト』の誕生を妨害したという事に!?

 それだけじゃなくて――私がこの世界を『ミスト』の居ない世界に……
 いや、この世界を『平行世界』にしたのは私って事!?



 ……あり得ないと言えない事が恐ろしい。

《マスター、まだあります。》
「え?」

 まだ何かあるというの?

《『ミスト』となった高町なのはが親友となった八神はやての為に『一人暮らしの八神はやてに家族を』――いえ、この場合、高町なのはが願ったのではなく、八神はやてがジュエルシードを何らかの方法で入手し願った結果、八神シグナム、八神シャマル、八神ヴィータ、八神ザフィーラの4人が彼女の家族になった……と言う事もあり得ます。》

 ……

 …………

 ………………えええーーー!?



────────────────────



 誰かが、私の名前を呼んでいる……

「なのは!」

 お父さん?

「なのは! 良かった、気がついたのね!」

 お母さんも?

「なのは、心配したんだぞ?」

 お兄ちゃんもいるの? じゃあ

「良かった。 本当に良かったよぅ……」

 やっぱりお姉ちゃんもいた。

「ぉ、おはようございましゅ……」

 まだ少し眠い……

 でも、なんで?
 私の部屋に皆が来るなん――あれ? 私の部屋じゃない?

「あれ? ここは…… あ、病院?」

 そう言えば、死神のお姉さんが居なくなってから救急車に運ばれたんだっけ。



「夢じゃ、なかったんだ……」





100530/投稿



[14762] Return03 可能性と、驚愕
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/06/06 14:29
 明日は日曜日、本当ならお父さんがコーチをするサッカーチームの試合を見に行く予定だったけれど、『海鳴市野犬事件』のせいで試合は延期になったので今日は一日暇になった。

 お父さんたちはお店で忙しいし、お兄ちゃんは恋人の所に行っちゃって、お姉ちゃんは道場で一人稽古をしているので、私は一人お家でお留守番だ。

「左腕が治るまでお店のお手伝いもできないし……」

 私が乗っていた車が野犬に襲われちゃったから学校も休校になっちゃったし、当たり前だけど一人で外に出る事も禁止されちゃっているし……

 野犬は死神のお姉さんが倒したって事は口止めされちゃってるし、そもそも言ったところで信じてもらえないだろうし……

「もう一度、会いたいなぁ……」



────────────────────



 高町さんを助けてから今日までの数日間で、ジュエルシードを5つ封印したが、問題は、なのはさんにジュエルシードを渡すべきかどうか。

《『ミスト』は少なくとも10年間はジュエルシードを悪用した様子はありません。
 『ミスト=高町なのは』であり、且つ『私たちと協力体制を取れる』のなら、この世界のプレシア・テスタロッサがジュエルシードを手に入れる可能性を減らす事は出来るかもしれませんが……』

 高町なのはの左手は私が魔法である程度治してしまっている。
 ジュエルシードを渡したところで左腕を治す事を願う可能性は低い。
 また、私が――『光る鎌を持った金髪の女性』がジュエルシードを封印できる事も知ってしまったから、『私の様な犠牲者を出さない為にもジュエルシードを集める力が欲しい』と願う可能性も低い。

《どれも『推測の域』を出ません。》

 ……ジュエルシードを手に入れた高町さんが私利私欲に走った願いをしてしまう可能性もあるしね。

 『命の恩人』である私が「ジュエルシードを集めるのを協力して欲しい。」と頼めば――とも思うが、『ミスト=高町なのは』で無かった場合、『魔力が多いだけの一般人を大事件に巻き込んだ』事になってしまう。
 そうすると、ヴィヴィオを保護したりジェイル・スカリエッティの事件を解決したりする時に管理局の協力を得る必要があった場合、『一般人を巻き込む事を厭わない危険人物』というレッテルを貼られていると……

《高町なのはにジュエルシードを渡すのはデメリットが多すぎると判断します。》

 メリットは不確実、デメリットは確実。
 高町さんにジュエルシードを渡すのは止めた方が良さそう?



 そういえば、高町なのはとはやてが親友になれるように何かすべきだろうか?

 シグナムとヴィータの強さは確かな物で、彼女たちのおかげで解決できた事件は多い。
 はやてからあまり離れなかったシャマルとザフィーラの強さはよくわからないが、ジェイル・スカリエッティのアジトに騎士たちと突入するくらいだから、シグナムやヴィータと同等くらいの強さなのだろう。

 高町なのはがジュエルシードに『親友であるはやてに家族を』と願ったがゆえにあの4人が生まれたのだとしたら……

《その時は、マスターがジュエルシードに願えばよろしいのでは?》

 それも考えたけれど、私にとっての友人は未来のはやてであってこの時代のはやてではないのだ。 私の知っている未来のはやてに新しい家族が出来て、この時代のはやてに家族が出来ないなんて事になったら……

 高町さんがはやてと親友と呼び合えるほどの仲になった時に、ジュエルシードを隠し持った私が「はやてに家族がいればと思わない?」とでも聞いてみるか?

 いや、だから、そもそもこの2人が親友になれるような状況ではないんだった。

 高町さんはほぼ毎日病院に行くが、傷が治るにつれて通院回数は減る。 当たり前の事だが完治したらまったく病院に来なくなるだろう。
 そして、素人の――といっても、管理局で執務官として働いていた以上そこらの一般人よりはそれなりに詳しい――目で見ても、高町さんが病院に通うのはせいぜい2~3ヶ月程度だと思われる。
 ほぼ毎日通院している今の内にはやてと知り合えたとしても、3ヶ月程度で親友になれるとは思えない。
 知り合うのが遅れれば遅れるほどはやてとの仲も薄い物になるだろう。

 その上高町さんは御家族の誰かと一緒に通院している。
 まぁ、車に乗っていたのに野犬に襲われてしまったのだ。 家族が心配して1人で行動させないようにするのは当たり前の事なのだが……
 この頃の高町さんは私の知っている高町さんと性格が少し違うみたいなのだ。
 高町さんは家族に色々遠慮する性格というかなんというか、病院での用事が終わった後はさっさと家路についてしまうのだ。
 帰り道に、「寄り道して甘い物を食べないか?」とか、「お菓子を買ってあげようか?」などと聞かれても、だ。
 引き取ったばかりの頃のキャロやエリオの様に、わがままを言うのは悪い事だと思っているのもしれない。

《病院に家族を付き合わせてしまう事に罪悪感を持っていると?》

 一見、仲良し家族に見える高町一家だが、よく見るとどこか歪だ。

 この様子では、はやてと知り合っても一緒に行動する事はないだろうし、親友どころか友達にすらならないだろう。

 そう、今の状況では、はやてと知り合ったとしてもその先が無い。 はやてと友情を育む為の時間が全く無い。

《しかし、2人の仲をどう後押しするのですか?》

 さっぱり思いつかない。

 最悪、シグナムたち4人が居ない状態でスカリエッティ一味を相手にするしかないか?

 この世界の私をアジトにいかせてシャマルとザフィーラの代わりとし、レリックによって成長したヴィヴィオとは私が戦う。
 ゆりかごに敵はあまりいなかった。 聖王の鎧を使えれば、私1人でどうにかなるかもしれない。

 いや、そもそもゆりかごが浮上する前にスカリエッティ一味をどうにかできたらヴィヴィオが苦しむ事も、あんな事が起こる可能性すら……

 確か、騎士カリムはゆりかごが浮上する事をレアスキルで予知していたらしい。

 これからの10年間、私の知っている通りに事件が起こるならば、私の知識のほうが騎士カリムの予知よりも優れているという事にならないか?
 未来の知識を上手く使えば、聖王教会と協力体制をとる事はたやす――

《マスター、今、疑問に――》

 私も、同じ疑問が浮かんだ。

 『何故、はやては聖王教会の、それもかなり力のある人たちとあんなに親しかった?』

 シグナムたちがベルカの――それも、古代ベルカの騎士だったからか? だが――

 『何故、シグナムたちはベルカの騎士なのか?』

 ジュエルシードが古代ベルカに関係のあるロストロギアだったなら、はやての家族がベルカの騎士になってしまう事もあるかもしれないが、ジュエルシードが発見された世界は古代ベルカと関係があっただろうか?

 古代ベルカの人々は様々な世界に影響を与えたと言われているが……

《八神はやてには私たちの知らない秘密があるのかもしれませんね。》



 高町なのはとやがみはやて、この2人がジュエルシードと関係があるのかないのか。
 私はこの2人に関わる必要があるのかないのか……

 謎は深まるばかりだ。



────────────────────



 夜、ジュエルシードの波動をバルディッシュが感知した。

「屋根の上に男の子?」
《どこかから転移してきたようですね。》

 生き物に憑いて暴れるだけがジュエルシードの暴走ってわけではないのか。

《この男の子がこの家の誰かに会いたい――または、家に行きたいという夢を見て、ジュエルシードがそれを願いだと思って叶えてしまったという事では?》

 なるほど……

「って、それってすごく危険だよ!」

 ちょっと夢を見たくらいでそれを叶えてしまうなんて、もしもこの男の子が男の子らしい夢――例えば、悪い奴に襲われている女の子を格好良く助ける夢を見たとしたら、『悪い奴』と『女の子』、そして『格好良く助けられるだけの力』を用意してしまう事だってあり得るという事になる。
 シグナムたちがジュエルシードによって創られた存在であるという可能性がある以上、『悪い奴』と『女の子』が創造される可能性もあるのだから。

「いや、人生に絶望して破滅願望を持った人がジュエルシードを手に入れてしまった場合、『こんな世界なんて滅んでしまえ』の一言で――」

 こんな危険な物はさっさと全部集めちゃって誰にも見つからない場所に隠さな――

「まさか……
 母さんは…… え……
 でも…… そんな事が有りえ……

 そっか、そんな事が有り得るんだ。」
《マスター?》
「バルディッシュ、もしも、もしもだけど……」
《なんでしょうか?》
「母さんが『アリシアが復活するのなら、他に何もいらない』って願ったら?」

 その願いが叶ったら、世界の1つや2つは消滅してしまうかもしれない。

《ジュエルシードは、叶えてしまうのかもしれませんね。》

 おそらく、叶えてしまうのだろう。
 だからこそ、『ミスト』は管理局にさえ渡さなかったのだ。

「高町なのはにも、はやてにも、誰にも渡せない。」

 渡すわけにはいかない。

 10年間もこんな危険な物を封印できていた『ミスト』って、すごい。



────────────────────



 それはそれとして、高町なのはとはやてが親友になる――というか、親友にする方法と高町なのはに『はやてに家族を』と願うような状況を作り、且つその場にジュエルシードを用意する方法を考えなければならないわけで……

(でも、一人暮らしのはやてと接触するのはちょっと難しい。)

 はやては病院に行くか食料品を買いに行く時くらいしか家を出ない。
 一人暮らしの車椅子の女の子に大人が――それも、この街の人間でも何でもない見た目外国の人間が近づくのは不自然を通り越して怪しいと思うのだ。

(そうすると、翠屋で高町さんとお客さんとして親しくなるくらいしかないと思ったんだけど……)

 肝心の高町さんがお店に居ない。
 考えてみると、片腕を怪我している子にお店の手伝いをさせる親なんて早々いないか。

(少し、考えが甘かったかな?)

 翠屋で一番安いケーキと紅茶を頂きながらそんな事を考えていると、はやての家にこっそりとしかけていたサーチャーの1つに2匹の猫が映った。

(リーゼたち?)

 そういえば、この頃のはやてはギル・グレアム提督の保護下にあるんだった。
 すでに提督との連絡手段――住所と電話番号を手に入れていたのですっかり忘れていた。

(そうか、たまに2人がこうやって様子を見に来ていたのか。)

 小さな女の子を一人暮らしさせているんだから、当然――?

【バルディッシュ。】
《【何でしょうか?】》
【何で、はやては一人暮らし何だと思う?】

 保護下にある車椅子の女の子を1人、自分の住んでいる場所からかなりの距離のある国で一人暮らしさせている事が世間にばれるとかなりのダメージを受けるのではないか?
 友人の娘だか何だか知らないが、その遺児を引き取って暮らした方がよほど美談だ。

《【やはり、八神はやてにも何かあるのでしょうか?】》
【でも、だとすると、リーゼたちは子供の心配をして様子を見に来ているのではなくて、その何かを気にして、はやてを監視しに来ているという事なのかな?】
《【……かもしれません。】》

 執務官になる為に鍛えてくれた2人はフェイトにとって恩師ではあるが、もしも何か良からぬ事をしているのだとしたらかなりのイメージダウンだ。

ぶつん!

 サーチャーを破壊された。
 はやてのプライバシーを守ろうとしたのか、それとも自分たちに都合の悪い事を隠そうとしたのか……

《【もしかしたら、シグナムたちもギル・グレアム提督の保護下にある者たちで、それが縁で八神はやてと家族になるのでは?】》
【なるほど……】

 確かにその可能性はあるかもしれない。

【でも、それならなおさら誰かと同居させておくんじゃないかな?】

 特にシャマルと。

《【……そうですね。】》

 仕掛けておいたサーチャーは残り3つ。
 破壊されてもめんどうなのではやての家から少し離れた場所に移動させておこう。

【1つ決まった事がある。】
《【何ですか?】》
【はやてとの接触は止めておこう。】

 リーゼたちを敵に回すのは避けたい。





 そっと、士郎さんを見る。
 士郎さんも私を見て頷き返す。

「う~~っ」

 1時ごろに入店し、店で一番安いケーキと紅茶を頼んでから、かれこれ2時間以上も何かを悩み続けている金髪の女性が唸り声を出す。

「待ち合わせをすっぽかされたのかしら?」

 小声で耳打つ。
 平日よりもお客が来る日曜日に、追加注文も無しに2時間も粘られるのは少し困るのだけれど、そう言う理由だったら仕方ないかもしれない。

「考えたが、それは無いと思うぞ?
 あの客は店に入って席に着いてからずっと悩んでいるみたいだからな。
 それに『野犬』のせいで1人で出歩かないようにとされている今の海鳴で、駅とかならともかく喫茶店で待ち合わせをするかな?」

 そう言われるとその通りだと思う。 だけど、問題はその『野犬』だ。

「何時までいるのかわからないけれど、帰る時間が遅くなると危険なのよねぇ……」

 翠屋からの帰り道で野犬に襲われました。 そんな事になったら……

「その気持ちはわからないでもないが……」

 先日襲われた末っ子が左腕に大怪我をしてしまったが、それでも命を失くさずに済んだのは不幸中の幸いなのだと思う。

カランコロン♪

「いらっしゃ――あら、どうしたの?」

 入って来たのは美由希となのはだった。

「おやつはここで食べようって、お姉ちゃんが。」
「そうなの?」
「一日中家に居るのもどうかと思って――」

 なるほど。
 怪我をしているし『野犬』は怖い。 でもだからと言って家にこもり続けるのは体に悪いし精神的にもよろしくないかもしれない。

「じゃあ、美由希のお小遣いから今日の分の――」
「ちょっ 待って、それはあまりに」
「冗談よ。」

 そんな事をしたらなのはが気を使ってしま――

「なのは?」

 様子がおかしい。 何かを見て驚いている?
 視線を辿るとその先には先ほどからうーうーと唸っているお客様?

「なのは、あの人の事知っているの?」
「ぅえ!? し、知らない。 知らないよ?」

 どうしましょう。
 大丈夫なのかしら? ……こんなわかりやすい性格で。

「ま、いいわ。 あっちの席に座って待っていて、おやつを持って行って上がるわ。」
「う、うん。 ありがとう、お母さん。」



 あの人だ。 あの人がいる!!

「なのは、やっぱり知っている人なの?」
「ぅ、ううん、し、知らない人だよ?」

 秘密にしてって言われたもの。
 お姉ちゃんにもお兄ちゃんにも、お母さんにもお父さんにも誰にも言わない。

「そうなの?」
「うん!」
「でも、あの人こっち見ておいでってしてるよ?」
「え?」

 あ、本当だ。

 え? でも、秘密にしてって……? え? 私、聞き間違えた?

「ちょっ、ちょっと行ってくる。」
「うん。」

 お姉さんの下に急ぐ。

「久しぶりだね?」
「は、はい。」
「怪我はどう?」
「大丈夫です! お、お医者様は一ヶ月くらいでって、い、言っていました!」
「そっか。 良かった。
 あんまり酷いようだったら私の方でも何かしないといけないかなって思っていたんだ。」

 え? わ、私の為に来てくれたの?

「そ、そんな、だって、私、秘密、で、そのっ!」

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた私の耳に、お姉さんは小声で囁いた。

「落ち着いて。 『私が犬を倒した事』とそれに関係する事は秘密だけど、私たちが知り合いなのは秘密にしなくてもいいのよ?」

 そ、そうだったの!?

「これからよろしくね?」



 あ、こちらこそ――って、どういう事なの!?





100606/投稿



[14762] Return04 かつてと、いま
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/06/13 14:53
「なのはちゃんは魔力が高いからあの青い石に狙われたのかもしれない。 だから、なのはちゃんに憶えてもらいたい事があるんだ。」

 翠屋で再会したお姉さんはお店を出る前にそう言って、私の手に何かを握らせた。
 お姉さんのかっこいい後姿をぼーっと見ていたら、お母さんとお姉ちゃんにあの人といつ知り合ったのって聞かれたりしたけど、私はお姉さんが何をくれたのかが気になったので走って家に帰った。 ……1人で外を歩くなって後で怒られた。

 自分の部屋でコレは何だろうと思っていると、突然英語でソレは喋り出して自分の名前は『バルディッシュ』と云い、私に『ちょっとした魔法』を教えると言った。



 それから1時間、私は『念話』という魔法を憶えた。

【き、聞こえますか?】
【うん、聞こえてるよ。】

 すごい、本当にお姉さんとお話が出来てる!

【あの青い石を見つけたり、何かおかしな事が起こっているのを発見したりした時にこの『念話』で教えればいいんですね?】
【そうだよ。
 あ、あの青い石と関係なさそうな事でも、おかしなことがあったり危険な事があったり救急の必要な事態があったりとかしても呼んでいいからね。】
【わかりまし――】

コンコン

【え?】
【この窓、開けてくれないかな?】
「バルディッシュを迎えに来たんだ。」
「は、はい! 今開けます!」

 ……『バルディッシュ』を私にくれたわけではなかったというのがちょっと残念だった。



────────────────────



 今日も来ている。
 日曜日から今日で3日連続のご来店だ。

「なのははとても嬉しそうにしているけど……」
「あの懐き方は異常だな。」
「士郎さんもそう思う?」
「ああ。」

 野犬に襲われてから塞ぎがちだった娘に笑顔が戻ったのは喜ばしいが、一体彼女は何者なのだろうか?





「今度の日曜日にお友達の家に?」

 そっか、考えてみれば高町さんにもはやて以外の友人がいるのは当然だよね。
 私の知っているはやてだって、私の事を数少ない友人だって言っていたし。

「はい。 【当たり前ですけど】新しい野犬の被害が出ないのと、すずかちゃんの家には大きな塀があるので野犬も入り込めないだろうって外出許可が出たんです。」
「それは良かったね。」

 そっか、世間的には野犬の事件はまだ続いている事になっているんだ。
 やっぱり、宿無し生活しているせいで世間の情報に疎くなるのは問題だなぁ……

「アリサちゃんも来るって言うから嬉しくて。」

 アリサ、アリサアリサ――ああ。

「なのはちゃんが乗っていた車の持ち主の娘さんだっけ?」
「そうです。
 自分の家の車に乗っていた私が怪我したのを気にしていたみたいなんですけど、来週から学校が再開するのでその前に会って話したい事があるとかなんとか。」

 なるほど。

「責任感というか、義務感と言うか、そういうのが強い子なんだね。」
「そうなんです。 別にアリサちゃんの責任じゃないんですけど……」
【私の魔力に惹かれて襲って来たんなら、悪いのは――】
【誰も悪くないよ。
 アリサちゃんって子はもちろん、なのはちゃんも、誰も、何も悪くないんだ。
 あえて『誰が悪いのか』を追求するなら、それはあの青い石を――危険な物を作っておきながら消滅させずに封印という形で残した人たちだよ。】

 ジュエルシードを発掘したスクライア一族とか、ジュエルシードを運んでいる時に事故を起こした管理局とか、色々関係者はいるだろうと考える人もいるかもしれないけど……
 スクライア一族が発掘できたという事は、その遺跡のセキュリティは突破可能な程度のモノであったという事であり、それはつまり遺跡荒らしはもちろんロストロギアで凶悪な事件を起こそうとする犯罪者の手に渡っていた可能性もあるという事でもある。
 ジュエルシードの様な危険なロストロギアがそんな犯罪者の手に渡っていたら、世界の1つや2つは……
 そういうふうに考えると、やはり未来に憂いを残すような危険な物をきちんと処理しなかった人たちが悪いという事になると思う。

【誰も、悪くないんですよね?】
【……私がもっと早く駆けつける事が出来ていたら良かったんだけどね。】

 いや、『ミスト』が現れるのを待ったりせずにジュエルシードの回収を始めていれば犠牲者は出なかったはずだし、なのはちゃんとアリサちゃんって子との間にわだかまりの様なものが出来る事も無かった。

「・・・こと、・・ません。」

 え?

【なのはちゃん?】

 どうしたの?

「そんなこと、ありません。」
「ええっと?」

 なんなの?

「お姉さんは悪くありません!」
「ちょっ! なのはちゃん、声が」
「だって、私の事助けてくれたじゃないですか!」
「声が大きいってば!」

 ほら、突然大きな声を出すからご両親もびっくりしてる。

「え? ぁあ!」

 お父さんのほうが怖い顔で近づいてくる。

「ご、ごめんなさい、私――」

 この状況で私にできる事は只一つ!

「お釣りはいらないからぁあっ!」

 お金を置いて店から脱出!



────────────────────



「なのはちゃん、どうしたの?」
「う、腕が痛いとか?」
「そうじゃないよ。 ほら、腕はこんなに動くし痛くも無いよ。」

 腕を曲げ伸ばししてアリサちゃんに見せる。
 すずかちゃんの家の庭はとても広いので、もしも怪我が足だったらそこらを軽く走るくらいはしたかもしれない。 それくらいアリサちゃんの顔が挙動不審だった。

「そ、そう? ならいいんだけど……」

 私が気にしているのはお姉さんの事。

 結局あれから今日までお店に来る事はなかった……
 『念話』で謝ったし、また会いたいとも言ったけど……

【ご両親を誤魔化す自信がないの。】

 私だって、お父さんとお母さんに「助けられたってどういう事なの?」って質問攻めにされたけど、私は約束を守って何も言わなかったのに……

にゃあにゃあ

「あれ? なんか、猫たちが騒がしくない?」
「ほんとだ。 どうしたのかな?」
「みんな、どうしたの?」

 すずかちゃんが猫たちに尋ねる。

フーーーー!

「威嚇? あっちのほうに何か居るの?」

 猫たちはまるですずかちゃんを守るように囲みながら、林の方向にフーフー唸る。

「でも、すずかちゃんの家の庭に猫たちが怖がったり怒ったりするような――」
「そうよね、すずかの猫たちが威嚇するなん――まさか!」

 アリサちゃんにはわかったの?

「『野犬』が入り込んだ!?」

 え?

「すずか、なのは、早く建物の中に!」
「うん! なのはちゃん! 行こう!」
「え? え?」

 なんでそんな事になるの?

「みんなも早く家の中に!」

 すずかちゃんの声に、猫たちも一斉に避難を始めた。





「何なの? あれ?」
「おっきい……」

 2階の窓からさっきまでいた場所を見ると、そこには大きな子猫がいた。

【お姉さん! お姉さん! おっきな子猫が!】
【おっきな子猫?】
【はい!】
【よくわからないけど、すぐに行くよ。 なのはちゃんの居る方向から青い石の魔力も感じ――この魔力は!?】
【お姉さん?】
【なのはちゃん――は今お友達の家に居るんだよね?】
【はい。】
【友達と一緒に安全な場所に居て。 私じゃない魔導師が近づいている!】
【え?】





「あれが、ジュエルシードの暴走?」
「大きくなりたいとでも願ったのかもね。」

 ジュエルシードの魔力を感じて駆けつけたフェイトとアルフは木々の陰から巨大化した猫を見ていた。

《一般人に見られていますね。》
「どうする? 今からでも結界を張るかい?」
「うん。 アレを見られたのは隠せないけど、この際私たちの姿を見られなければいい。」
「じゃあ張る――なんだ!?」

 フェイトはアルフの驚いた声に驚いたが、彼女が見上げている方向からものすごい速さで近づいてくる魔力を感じて戦闘態勢をとる。

「管理局かな?」
「そうじゃなくても、私たちと同じようにジュエルシードを狙っているんだろう――え?」

 高速でやってきたそれは、女性だった。

「悪いけど、あの青い石は私が回収させてもらう。」

 その声と、その姿は……

「ふぇっ フェイト?」
「わ、わた、し?」
《あのデバイスは……》

 左右の瞳の色が違っているなどの細かな違いはあるものの、飛んできた女性の姿はフェイトが成長したらこんな感じになるのではないかと想像できるほどにそっくりだった。
 ……彼女がその手に持っている斧の形のデバイスまでも。

《チェーンバインド》
「しまっ!」
「くっ!」

 2人は謎の女性の姿に呆然としている所をバインドで拘束される。

「暫くの間、おとなしくしていてね?」
「うるさい! こんなのすぐにブレイクしてやる!」

 フェイトとアルフは拘束から抜け出そうとするが、その構成はかなり複雑で、謎の女性がジュエルシードを封印するまでにどうにかする事は不可能に近いと理解した。

 そんな2人を無視して、女性は巨大化してしまっている子猫に近づく。

「先に謝っておく。 ごめんね。」
「にゃあ?」

 子猫は近づいてきた人間に興味津津の様だったが

「すぅー…… はぁっ!」
「ぶにゃあっ!」


 女性が魔力を込めた拳で大きな子猫を殴ると、子猫からジュエルシードが飛び出した。





「封印!」

 お姉さんはお姉さんにそっくりな女の子と赤い髪の女の人を魔法の縄(後であれは鎖だよと言っていた)で縛りつけた後で、私を助けてくれた時と同じようにおっきな子猫からあの青い石を出して封印した。

「な、なんなの?」
「子猫を殴るなんて……」

 アリサちゃんはともかく、すずかちゃんが気にするのはそこなんだ……?
 まぁ、2人は魔力を感じられないからあの2人に気づけなくて当然だし、そうすると何処からともなく現れたお姉さんがおっきくなった子猫を殴ったというふうにしか見れないんだろうし……

【お姉さーん!】

 私が念話で呼び掛けると、お姉さんは私の方を向いて小さく手を振ってくれた。

【また何かあったらすぐに知らせてね!】
【はい!】

 お姉さんはニコッと笑って飛び去っていった。

か、かっこいい……

「なのは……」
「え?」

 アリサちゃんが私を睨んでいる。

「なのはちゃん……」

 すずかちゃんまで私を凝視して……

「な、なに?」

 私、何か失敗した?

「今、あの人なのはの事を見てなかった?」
「なのはちゃん、あの人の事知っているの?」
「え? し、知らないよ?」

 しまった、声がちょっと変だった。

「なのはは嘘つくの下手ね?」
「ほんと、そうだね?」

 こ、こわ――

「はぁっ!」
「ふんっ!」

 お姉さんに縛られていた2人が自由になっ――あ、でも飛んで行った。

 あの2人はお姉さんの敵なのかな?
 でも、だとしたら、なんでお姉さんはあの2人を倒さなかったんだろう?

「今の声は何?」
「まだ外に誰かいたの?」

 2人がまた窓の方に向かった。
 逃げるなら、今しかない!





「この時代の私はアルフと一緒に隠れ家に帰ったね。」
《そうですね。》

 なのはちゃんの魔力に気がついて何かするかと考えて隠れて見ていたんだけど、何もしないで去ってくれて良かった。

《マスター。》
「うん。 確定だね。」

 当たり前だけど、私の時はこんな事は無かった。

《元々そうだったのか、私たちが来たから分岐したのかはわかりませんが……》
「やっぱり平行世界なんだね。」

 家も動いていなかったし……

《確か、時の庭園は次元震を感知したから移動したのではないですか?》
「うん。 でもほら、その次元震が時の庭園に設置されているくらいの性能の機械にしか観測できないようなものだったとしたら、私たちの知らないところで、私たちの知らない『ミスト』が現れている可能性もあったでしょう?
 ……家が動いてないって事は、そんな微弱な次元震すら起きていないって事なんだと思う。」

 男の子が他人の家の屋根の上に転移。
 巨大化した猫。
 海鳴市内のプールなどで暴走するジュエルシード。

 私の知らない――私知っている時代では起こらなかった事件の数々。
 逆に、私の時代で起こったはずの次元震が起こっていない事。

 それら全てがこの世界が私の世界と良く似た平行世界の1つである事を示している。

「バルディッシュ、あのね?」
《なんでしょうか?》
「『私のアルフ』はどうなったのかな?」

 聖王教会系列の病院で、エリオとキャロを看護していたはずの、私の使い魔。
 この時代の彼女を見るまで、すっかり忘れてしまっていた。 なんて酷い主だろう。

《主のいなくなった使い魔の末路は1つだけです。》
「……そうだね。」

 アルフ……

「私は、本当に、酷い主だね。」
《マスター、悔やむ事なら後でいくらでもできます。》
「でも……」
《私たちには、やるべき事があるのでしょう?》
「……うん。」





 あ、なのはちゃんがお友達2人に拘束されて泣きそうになっている。





100613/投稿



[14762] Return05 胸騒ぎと、憶測
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/06/27 15:01
「フェイト? どうしたんだい?」

 夕御飯の準備を終えたアルフが、窓の外を見ながら物思いにふけている主の様子に気がついた。

「フェイト? フェイトー?」
「ん? え? 何?」
「それはこっちの台詞だよ。 一体どうしちゃったんだい?」

 熱々のシチューとパンを机に並べる。

「もしかして、あの女の事?」

 ジュエルシードの回収を邪魔した、フェイトによく似た女性を思い出す。

「うん。」
「管理局の人間ではないだろうね。」

 あの女がもしも管理局に所属しているのなら、「管理局の者です。」と名乗った後で、無許可でロストロギアを回収しようとしていた2人を確保するのではないだろうか?
 いや、見ようによってはロストロギアを使って子猫を巨大化させた犯人として捕縛されていてもおかしくない状況だったにも拘らず、2人を見逃し――放置した事を考えると、あの女性が管理局に所属しているとは考えられない。

「私たちと同じように――」
「どうだろうね?」
「え?」
「ほら、走っている車を犬が襲って子供が怪我をした『野犬事件』があっただろう?」

 2人がこの世界に来て最初にしたのは、ジュエルシードによって何か異変が起こっていないかを調べる事であり、走っている車を犬が襲うとは普通あり得ない事なのでジュエルシードが関係しているのではないかと話し合ったり、現場へ行ったりした事もあった。

「うん。 魔力反応はあったけど、ジュエルシードは見つからないし車を襲った犬も全然現れないし見つかりもしないから、捜索対象から除外したね。」
「あれはやっぱりジュエルシードによるものだったのかもしれないよ?」
「どういう事?」

 フェイトはアルフの言いたい事がわからない。

「あの女、ジュエルシードの事を『青い石』って言っていただろう?」
「うん。」
「あの女は犬を倒して子供を助けて、その原因がジュエルシード――『青い石』だって事に気がついて、『こんな危険な物を放置できない』って自主的に行動しているだけかもしれないじゃないか?
 ジュエルシードの名前を知らないから『青い石』と呼んでいたんじゃないかい?」

 何か理由があってこの世界に居ただけの魔導師が、危険物を放置できないから封印処理しているだけではないかとアルフは言った。

「そんな……」
「もしかしたら、バインドされた時に『私たちは管理局だ!』とか言っていたら、『そうなんですか? それじゃあ、この危険物を引き取ってください』って流れになっていたかもしれないね?」
「そ……」
「まあ、何か目的があってジュエルシードを集めているんだとしたら、『管理局』を名乗った途端に――って事もあるかもしれなかったから、所詮は『もしも』の話だけどね?」

 アルフは親指で自分の首を切る様なしぐさをした。
 それを見て、フェイトは少し震えた。
 脛に傷を持つがゆえに管理外世界に潜んでいる魔導師だっているのだ。



────────────────────



 この時代――この世界に来た時に真っ先に感じたのは、あのゆりかごで主の友人である八神はやてから感じた魔力に良く似たジュエルシードの魔力であった。
 そして次に主よりも強い魔力を無理やり流し込まれてくるのを感じ、それに抵抗、外部からの魔力、及び情報の一部遮断処置を行う事にした。
 それによって現在の状況を推察する情報さえも減る事になるのだが、私の主は時空管理局の執務官であり、私の中には主が関わって来た様々な事件のデータが残っていて、それらを悪用されるのを防ぐ為には仕方の無い処置だった。
 私はゆりかごで機能を停止し、この私に無理矢理魔力を流し込んできた女性に持ち出され――主であるフェイト・テスタロッサと離れ離れになったのだと推測した。 私の魔力感知機能の効果範囲に主の魔力を全く感じる事ができなかったからだ。
 そして、私を起動させる為に魔力を流し、さらに私の名前を呼び続けるこの謎の人物が何者なのかという事を考え始めた。





 『管理局に連絡をしたい』とか『高町さん』、そして私が壊れていると思っている。 これらの事からこの女性が主か八神はやての知人である可能性が高い。
 どうやらこの世界は前に来た事のある第97管理外世界の海鳴市の様だという事もわかったが、それにしては街並みがあまりに違う――10年前主の母親であるプレシア・テスタロッサにジュエルシードの回収を命ぜられた時に来た頃の様な……
 女性の独り言から彼女も一度八神はやてとこの街に来た事がある事もわかった。
 だが、小さな高町なのはの存在を知り、車椅子に乗った八神はやての存在を知った時、1つの――認めがたい可能性に気がついた。

「ここは、10年以上前の第97管理外世界なんだ……」

 この女性もその可能性に気がついたらしい。





 『10年前』『アリシア』『母さん』『ヴィヴィオ』『見捨てる』『平行世界』『ミスト』そして『ジュエルシード』
 可能性が当たっている確率がどんどん上がっていく。
 そして次の日、彼女が違法行為を犯したパチンコ店で彼女が鏡を見て、その魔力の色が虹色であると知り……

 この女性が、主と主の義娘が融合した存在である事も認めざるを得なくなった。





 数日後、ジュエルシードにとり憑かれた犬から高町なのはを救った。
 幼い子供が怪我をしたのを見て、マスターはヴィヴィオの事を思い出したのか、非殺傷設定ではあったが犬はかなり衰弱したようだった。
 そして、『高町なのは=ミスト説』と『八神家の4人=ジュエルシード産説』が浮上した。





 高町なのはと八神はやてと接触するかどうか悩んだ末に、まずは高町なのはと接触する事にした。 八神はやての周囲にリーゼ姉妹がいる事が判明し、彼女に対して何か行動をとる事は危険であり、高町なのはがジュエルシードにとり憑かれた犬に襲われたのは彼女の強大な魔力を狙っての事かもしれないと判断したのだ。





 それからは暴走したジュエルシードの魔力を感知してはその場に向かい封印するという作業を繰り返す事になる。
 私たちの世界ではジェルシードの暴走と呼べるものは時の庭園やアースラが感知した次元震くらいなので、『ミスト』はジュエルシードが暴走しなくてもその在り処を知ることのできたという事が推測できた。





 高町なのはと友好関係を築く為に彼女の両親が経営している喫茶店の常連になろうとしたが、マスターが何か彼女の気に障る事をしてしまったのか、大声を出させてしまう。
 そもそも、いい年をした大人が彼女の様な子供と仲良くなろうとすること自体が無理のある事だというのに、この様な騒ぎになってはもうこの店に来るのは無理だろう。

 高町なのはと友好関係を築くのは難しくなったが、出費が減ったのは助かった。





 今日、この世界のマスターに出会った。
 この世界のアルフを見て、マスターは私たちのアルフを思いだしたようだ。
 マスターの口からアルフの名が出ない事を疑問に思っていたが、今の今まで忘れていたらしい。 自分の事を酷い主だとも……
 しかし、何故忘れていたのだろうか?

 考えてみると、ヴィヴィオが亡くなってかなり落ち込んでいたはずなのに、この世界で目覚めたその瞬間から、マスターはまるでヴィヴィオが亡くなる前と同じように行動する事が出来ていた。
 亡きヴィヴィオとの融合――あるいは、八神はやてから感じたジュエルシードと似た魔力が、マスターの精神に何らかの影響を与えたのだろうか?

 ……八神はやてがジュエルシードを持っていたとしたら、彼女こそが『ミスト』であったという可能性もあるのだろうか?

 あるいは、高町なのはと八神はやての2人が『ミスト』であったという可能性も……



────────────────────



 月村家に設置してあるセキュリティの1つである監視カメラの映像に、なのはが異常なほどに懐いている彼女の姿があった。

「これは……」
「特撮ではありません。」

 そうだろう。
 月村忍はそんなものを見せる為にわざわざ私たちを集めるほど暇な人間ではない。

「もう一度、見ましょう。」
「ええ。」



ズシン、ズシン

 月村家で飼っている子猫がちょっとした小屋ほどの大きさになって歩いている。

『あれが、ジュエルシードの暴走?』
『大きくなりたいとでも願ったのかもね。』

 何時の間に現れたのか、娘たちと同じくらいの金髪の女の子とそれよりも少し上くらいの赤毛の女の子が太めの木の枝の上におり、巨大化した子猫について――



「この2人の言っている事から考えると、ジュエルシードと言うものが暴走して、この子猫の大きくなりたいという願いを叶えた――という事になるのですけど……」
「猫の――それも、こんな子猫の様な小さな生き物に、『喰う寝る遊ぶ』の様な本能的な物ではない、大きくなりたいというような『願い』ができるのか?」
「恭也……」
「確かにそれも気になるけれど、今重要なのはそこじゃないでしょうに……」



『《一般人に見られていますね。》』
『どうする? 今からでも結界を張るかい?』
『うん。 アレを見られたのは隠せないけど、この際私たちの姿を見られなければいい。』
『じゃあ張る――なんだ!?』

 自分たちの姿を隠す事が出来る結界を張ろうとした赤い髪の女の子が突如空を見上げる。
 その視線の方向から何かが近づいて来ているのだ。

『管理局かな?』
『そうじゃなくても、私たちと同じようにジュエルシードを狙っているんだろう――え?』

 2人はやって来た人物に驚く。

『悪いけど、あの青い石は私が回収させてもらう。』
『ふぇっ フェイト?』
『わ、わた、し?』
『《あのデバイスは……》』

 飛んできたのは、金髪の少女と血縁でもあるのではないと思えるくらいにそっくりな女性であった。



「デバイスと言うのはあの武器の事でしょうか?」
「フェイトと言うのはこの金髪の方の名前だろうか?」

 少女と女性はあまりに似すぎている。

「だけど、女性の方は自分にそっくりな少女を見ても驚いていないぞ?」



『《チェーンバインド》』
『しまっ!』
『くっ!』

 2人は謎の女性の姿に呆然としている所を突如現れた黄色い鎖の様な物で拘束される。

『暫くの間、おとなしくしていてね?』
『うるさい! こんなのすぐにブレイクしてやる!』

 この黄色に光る鎖は女性によるモノなのだろうか?
 そして、2人は拘束から抜け出そうとしているのだろうか?
 赤毛の女が『ブレイクしてやる』と言った後、目を閉じて何か集中しているようだ。
 そんな2人を無視して、女性は巨大化してしまっている子猫に近づき――

『先に謝っておく。 ごめんね。』
『にゃあ?』
『すぅー…… はぁっ!』
『ぶにゃあっ!』


 女性が気合の様な物を込めた拳で子猫を殴ると、子猫から青い石が飛び出した。

『封印!』

 この後、女性は明らかになのはに対して手を振った後で空へ去った。



「士郎さん。」
「父さん、やはり、そうなのか?」
「お父さん……」

 桃子と恭也と美由希が士郎を見る。

「警察に聞いた話だと、なのはの乗った車が襲われた現場でとても衰弱した犬が一匹いたらしい。 それとこの映像で得た情報を合わせると、考えられるのはそれだけだ。」

 なのはは暴走したジュエルシードを取り込んだ犬に襲われている所を、この女性に助けられたのだろう。

「命の恩人なら、あんなに懐くのも理解できなくもない。」

 命の恩人にこの事は秘密にしてほしいと言われれば、なのはが桃子や美由希に『知らない人』と言った事も理解できる。





「まずは、状況を整理してみよう。」

 士郎の提案に、皆が同意する。

「略称なのか正式名称なのかは分からないが、『管理局』と呼ばれる組織がある事。
 そして、この2人はそれに所属していない――むしろ敵対している事。」

 士郎はこの子供2人が子供だけでジュエルシードの様な危険な物を、それも『危険な物を集めて管理している組織』と敵対しながら集めているらしい事について疑問がある事も告げる。
 『子猫の願いを叶えてしまう』様な危険な物を集めるには、この2人は未熟だと思えたのだ。 現に、たった1人の敵にあっさりと負けてしまっている。

「お父さんは『管理局』に心当たりはないの?」
「残念ながら。」

 美由希の質問に士郎は本当に残念そうにそう答えた。

「ジュエルシードと言う物が『願いを叶える』のならば、それを狙う者もいるだろう。
 何か事情があって――例えば不治の病の母親を助ける為に、願いを叶えるジュエルシードを探している――という事なら、子供2人だけで動いている事もわからなくもない。
 だが、この2人からはそういう『切羽詰まった必死さ』と言う様な……」

 そういうのが感じられないという士郎の意見に全員が同意する。

「おそらく、この2人にジュエルシードを集めさせている奴がいるのだろう。」

 子供を使っているのは彼女たちが『管理局』に捕まっても自分にダメージが無く、さらに『子供のした事だから』と言う事で減刑なり情状酌量なりを狙っているのだと思われる。

「わからないのはこの女性がジュエルシードの事を『青い石』と呼んでいる事だ。」
「管理局が『危険物を管理している組織』なのだとしたら、そこに所属しているのならジュエルシードと言う名前を知らないとは考えられないが……」
「日本語で『青い石』と聞こえるだけで、別の言語――というのは苦しいですね。」
「『ジュエルシード』は明らかに英語ですしね。」

 しかし、彼女たちの使っている言語は日本語……

「……やっぱり、なのはに直接聞いた方が早いかな?」

 桃子と忍によって話が逸れそうになったが、美由希の一言で元に戻る。

「重要なのは、この『暴走すると動物の願いすら叶えてしまう危険物』がこの街にまだあるのかという事だな。
 なのはを襲った犬と子猫を大きくしたジュエルシードが同一の物で、この人が封印したからもう被害者が出ないというのなら――それはそれで問題があるような気がするな……」

 この女性が何の目的でジュエルシードを集めているのかわからない以上、何も安心できないという事に気づく。

「その時はその時だよ。 今の問題はこのジュエルシードが3個以上あった時でしょ。」

 美由希が話を進めようとする。

「犬の時も猫の時もなのはがその近くにいたんだから、次があったらその時もなのはが狙われるかもしれないのですものね。」

 なのはが巨大化した犬や猫に襲われる様子を想像した桃子は小さく震える。
 理由はわからないが、なのはがジュエルシードの暴走に関わっているのだとしたら……

「そうですね……
 犬の時は――おそらくその犬の飼い主と思われる人が死亡していますが、その後なのはちゃんの乗った車が襲われましたし、子猫も大きくなったのはなのはちゃんから離れたところですが、その後で向かった先はなのはちゃんの居る方向です。
 ……すずかに大きくなった自分を見てもらいたくて移動したとも考えられますが、今は最悪のケースを考えておくべきでしょう。」
「なのはに、『暴走したジュエルシードを惹きつける何か』があるという事か。」

 忍の言葉から恭也がそう推察する。

「この女性がなのはに会いに翠屋に来た理由はそれだという事になるな。」
「士郎さん…… そうだとすると、大きくなった子猫の所に駆けつける事が出来たのも、どこかからなのはを見張っていたという事にならないかしら?」
「……可能性は高いな。」

 なのはには悪いが、外に――学校にも行かせない方が良いかもしれないとさえ考える。

 犠牲者が出てからでは遅いのだ。

「ジュエルシードの暴走によって狂暴化した動物がなのはの近くに現れるのだとしたら、どこか人の少ない、それでいて頑丈な建物のある場所になのはを――」

 閉じ込めるのが犠牲者を出さない唯一の方法ではないだろうか?

「私の方では何とも言えませんが、一応、そう言う場所を探してはみます。」

 忍が申し訳なさそうにそう言った。

「頼みます。
 ……俺たちもなのはと話し合ってみないとな。」
「そうね。」
「ああ。」
「うん。」



────────────────────



【温泉旅行?】
【はい。 すずかちゃんとアリサちゃんも誘って家族で温泉に行く事になっているんです。】
【いいね。 ……私も行くかな。】
【ほんとですか!?】
【うん。 海鳴から近いなら町中にサーチャーを設置しておけばジュエルシードの反応があった時にすぐに対応できるしね。】
【やったぁ!】

 家族が自分たちの事で色々と悩んでいるのをまったく知らないなのはは温泉旅行を楽しみにしていた。





100620/投稿
100627/誤字脱字修正



[14762] Return06 ダイヤと、原石
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/07/04 14:02
「あああああああ!」

 気合を込めたアルフの拳が私の腹に当た――らせない!

「甘い!」

 カウンターで腹を打ってビルの壁までぶっ飛ばし、隙だらけにしたところに――

「ふんっ!」

 ゆりかごでヴィヴィオがしてきたのと同じ魔力砲撃を当てて気絶させる。

「アルフ!」

 古代ベルカの王は接近戦よりも遠距離攻撃が得意だった――というよりも、騎士が前衛で戦っている所に王が後方で砲撃による援護をするというのが古代ベルカの戦い方だったのかもしれない。

「まだやるか?」

 アルフにバルディッシュを向けながら幼い私を挑発する。

「くっ!」

 幼い私は悔しそうにバルディッシュを待機モードにした後でアルフの側に向かう。

「この危険物は私が全部回収させてもらう。」
「……」

 恨めしそうに私を睨んだまま、幼い私はアルフを担いで結界外に出て行った。

「やりすぎたかな?」
《そんな事は無いと思います。》



 幼いフェイトがいなくなった結界内で、7つめのジュエルシードは封印された。



────────────────────



「え?」

 高町家では、なのはが士郎から信じられない話を聞かされて唖然とした。

「そう言う事だから、着替えを多めに準備しておくように。」
「うそ……」
「嘘じゃないぞ。」
「だって、お店はどうするの? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったらこんな事は言わないさ。」
「わかった。 準備してくるね!」
「ああ。」

 士郎に言われて、なのはは明日からの温泉旅行の準備をし直す為に嬉しそうに自分の部屋へと駆けて行った。

「士郎さん、上手くいったみたいね。」
「ああ。」

 数日前になのはが懐いている女性と、彼女と敵対しているらしい少女2人組が海鳴市のある場所に現れたらしいという情報があった。
 出没場所を調べてみたら戦闘の痕跡らしきものを月村家の者が発見したそうだ。

「今度の場所は家から遠かったから、なのはが関係しているとは思えないが……な。」
「宿の周辺は此処よりも人も少ないですし、とりあえず様子見と言う事なら悪くないと思いますよ。」





【お姉さん!】
【ふにゅ!? ……なのはちゃん? どうしたの?】
【明日からの温泉旅行、予定よりも1日多くなりました!】
【え? ……帰りの混雑の事を考えると、ちょっと厳しくない?】

 なのはの嬉しそうな報告に冷静に答えてしまう。

【私もそう思ったんですけど、お父さんが大丈夫って!】
【そっか…… それじゃあ、私も日程を伸ばそうかな?】
【本当ですか!?】
【温泉だけなら一回いくらの所って結構あるみたいだしね。 なのはちゃんたちと違って宿を取るわけじゃないから温泉巡りにそんなにお金はかからないから。】

 バリアジャケットと結界を併用する事でどこでも寝る事が出来るのは証明済みだ。

【……私の泊まる所でそういうサービスあったかなぁ?】
【温泉の所に地元の人用のカウンターとかがあればたぶん大丈夫。】
【それじゃあ、私の泊まるところにそう言う場所があったら念話で教えますね?】
【うん。 よろしくね。】
【はい!】





「温泉?」
「うん。 怪我によく効くらしいんだよ?」

 隠れ家で、フェイトはアルフから意外な言葉を聞いて少し驚いた。

「でも、私たちはジュエルシードを――」
「捜索範囲の中だし、もう予約も取ってるし、偶にはいいじゃないか? ね?」

 アルフはそう言いながら自分のお腹を少し撫でる。 ……策士だ。

「……そうだね。 アルフもこの前お腹を強く打たれちゃったしね。」
「正直、お腹を打たれたのよりも砲撃の方がキツかったけどね。」

 フェイトを休ませる事が出来るのなら、怪我もしてみるものだなとアルフは思った。

「でも、明日からって急だね?」
「あの女が現れたせいで伝えそこなったんだよ。」

 本当は「せっかく予約したのに……」とか「もったいない……」などと言って泣き落としやごり押しをする為に内緒にしていたのだが、自分が怪我をした事で想定したよりもスムーズに事が進む。



────────────────────



《マスター、この魔力は……》
「うん。 近くに私とアルフがいるみたいだね?」

 なのはよりも一足早く温泉に入ろうと思っていたのだが、幼い自分が近くに居るという事は、この周辺にジュエルシードがあるという事かもしれない。

「暴走した時に裸だったら先を越されるかもしれないね……」
《……ですね。》

 バリアジャケットを一瞬で纏えば良いだけの話――というわけではない。
 温泉に精密機械であるバルディッシュを持ち込むのは躊躇われる。 しかし、相手は幼いとはいえ2人なのだ。 温泉のジュエルシードを全て回収する為には、わずかな隙も見せたくは無い。

「考え方を変えれば、あの子たちが此処に居る間はあっちでジュエルシードが暴走しても先を越される事は無いって事だけどね。」
《そうですね。》

 せっかく温泉に来たのに、入れそうにない……





「あれ?」
「ん?」
「今、あっちの方から何か…… 気のせいかな?」
「アルフ、それじゃあ気になるよ。 何があったのか言って。」

 フェイトはアルフを信頼しているので、彼女が気になったという何かが気になる。

「何処かで嗅いだような匂いがあっちの方からしたような気がするんだけど、温泉の匂いが強くて良く分からなくなっちゃったんだ。」
「あっち……」
「私たちが泊まる予定の宿のある方向だね。」





「ん?」
「なのは?」
「なのはちゃん?」

 突然来た道を振り向いたなのはに、アリサとすずかも何かあるのかとつられて振り返る。

「誰かに見られたような気がしたけど、気のせいだったみたい。」
「え?」
「ちょっと、やめてよ?
 こんな所でそんな話しすると本当にいるみたいじゃないの……」
「アリサちゃん? 何が本当にいるみたいなの?」
「すずか!?」

 なのははじゃれあう友人2人の様子を見て笑顔になる。

「おーい、はやくおいで。」
「荷物置いたら自由時間にするから、遊ぶのはそれからにしないさーい。」

 先行していた士郎と桃子が子供たちに声をかける。

「ほら、行くぞ。」

 なのはたちの後ろには子供たちの荷物を持った恭也と忍、美由希が居て、はしゃぐ3人を急かす。

「はい。」
「にゃはは……」
「ほら、行きましょう。」

 アリサがなのはとすずかの手を取って走りだす。





「まさか、同じ宿とは……」

 幼い自分たちと高町一家+αが同じ宿に泊まるとは想像もしていなかった。

《どうします?》
「どうしますも何も……」

 アルフの療養に来たのだろうか?
 しかし、あの頃の自分は母さんからの命令を重視していたはずだが……

「様子見しかないかな。
 療養できたんならそれでいいけど、ジュエルシードがあるから来たのだとしたら、先に回収しないといけないんだし?」
《アルフに気付かれないように、源泉の近くに結界を張らずに寝るしかありませんね。》
「……そうだね。」

 下手に結界を張ると気づかれる可能性が高まるのでアルフの鼻が効かない場所で待機する事になった。





 宿に着いたフェイトとアルフは部屋へ案内されている途中でおそらく温泉に入りに行くのであろう女性だけの集団に出会った。

【ああ、さっきの匂いはこの子たちだったんだ。】
【アルフ?】
【ほら、猫の時の屋敷に居た子供たちだよ。】
【ああ。】

 フェイトにも見覚えのある女の子が3人、楽しそうに笑いながら、その保護者であろう女性3人は――こちらを見て驚いている?

【私たち、何かした?】
【……金髪と赤毛が珍しいって事は無いだろうし?】

 猫の時に姿を見られていたのだとしたら、驚くのは子供3人のはずではないだろうかと2人は考える。
 時の庭園からあまり外に出なかった――それにプレシアに監視されている可能性を考えた事も無い2人にとって、監視カメラと言う言葉すら頭に浮かばないのだ。

「お客様? どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でもありません。」

 女性3人は子供たちを連れてそそくさと去っていった。





 なのはが目の前に金髪と赤髪の2人が現れた時、驚きを表情に出さずに済んだのはバルディッシュから『念話』を習う際に『マルチタスク』も少し学んだからだった。
 複数の事柄を同時に考える事ができればパニックになり難くなり、有事の際に生き残る確率が上がるからである。

【お姉さん! 近くに居ますか!?】

 だからなのは家族と友人の前で笑顔を保ちながら、温泉に入りに来ているはずの命の恩人に念話を送る事ができたのだ。

【わかってる。 猫の時の2人がいるんでしょう?】

 彼女が事態を把握している事に少し安堵した。 ……焦りは消えないけれど。

【はい! それで私――】
【落ち着いて。 2人はなのはちゃんの魔力が大きい事には気づいても、私と関係があるとは思っていないはずだから。】

 ジュエルシードを封印した後で手を振ったけれど、それはあの2人には見えていないはずだ。

【で、でも!】
【それより、暫く念話は禁止ね。 あの2人が気づく可能性があるから。】

 なのはが魔法を使っている事を気づかれるのはいろいろとまずい。

【うぇええ!?】
【大丈夫、側に居るから。】
【わ、わかりました。】

 なのはもその事に気づいたので念話禁止を受け入れた。





「ぁあぁぁあああぁああ。」
「アルフ、変な声出さないで。」
「だって、こんなに気持ちいいとは思わなかったんだよ。」

 温泉に浸かって、その想像以上の気持ちよさに思わず声を出したアルフをフェイトが嗜めるが、効果はいまいちのようだ。

「あら、温泉に入ったらそう言う声を出してしまうのは仕方ないわよ、ね?」
「そ、そうかな?」
「確かに、そう言う人も結構いるよね。」

 その上アリサがアルフの援護に入り、なのははどっちつかずの事しか言えなかったがすずかがアリサを後押しする。

「ええ!?」

 フェイトはフェイトでまさか3人が会話に入ってくるとは思っていなかったので軽くパニックになった。

 そんな子供たちを桃子と忍と美由希の3人は内心ドキドキしながら見ていた。



────────────────────



《マスター!》

 その日の夜、バルディッシュはジュエルシードの反応を感知した。

「うん。」

 木々の隙間を縫うような高速低空飛行でジュエルシードの下へ向かう。



《今、小さなマスターとアルフが宿から出てきました。》
「みたいだね。 でも、私たちの方が近いから、前みたいに戦いになる前に――いや、ちょっと小細工をしようか。」
《イエッサー》

 魔力弾を2ダース作り出して1ダースは2人の進行方向に、残りを半ダースずつに分けてその左右に展開する。
 これで、2人からしてみれば1ダースの魔力弾が正面から、それを防ぐなり回避なりしても今度は左右から――という嫌らしい攻撃を受ける事になり、幼いフェイトの性格を考えるとおそらく3度目4度目の攻撃を警戒してジュエルシードへ向かう事を躊躇うはずなのでかなりの時間が稼げるはずだ。

「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」

 敵と自分の性格や癖、得意な事、好きな事嫌いな事、様々な情報を知っていれば自分に有利な戦い方ができ、自分が危険な目に会う事は無いという様な事だったはずだ。
 学校でも似たような事を学んでおり、何処の世界でも戦術や戦略の基本と言うのは同じなのだと感心した覚えがある。

《八神はやてが言っていた言葉ですね。》
「うん。」

 平行世界とはいえ、相手は自分だ。
 得意な戦法も苦手な戦法も、癖や性格も把握しているのだから必勝の策を練るのは簡単。
 それも、執務官になる為に必死に勉強し、鍛え、実際執務官となり、様々な事件に関わった自分と比べるとどうしても経験も知識も鍛錬も全然足りない子供が相手なのだ。

《今の状況にぴったりです。》
「私もそう思うよ。」





《ラウンドシールド》
「くっ!」

 突然正面から12発の誘導弾が飛んできた。

「フェイト、敵がいるよ。 たぶん、あの女だ!」
「うん!」

 バルディッシュが咄嗟にラウンドシールドを展開してくれたおかげで9発は防ぐ事ができたけれど、アルフが2発、自分が1発喰らってしま――

ドォン!

 左右から挟むように飛んできた6発ずつの誘導弾の1発がアルフを直撃する。

「アルフ!」
「大丈夫! ぎりぎりシールドが間に合った!」
「バルディッシュ!」
《ラウンドシールド》

 アルフと背中合わせになりながら、2枚のラウンドシールドで防御を固める。

 残った11発の誘導弾が2人の周囲をぐるぐると移動しながら、ラウンドシールドの隙間を狙って当たりに来る。

「くっ!」
「面倒な!」

 全ての誘導弾を防ぐ事ができたが、2人とも負傷している事を考えると慎重にならざるを得ない。 もし今の倍の誘導弾が飛んできたら……

「フェイト、ここは退こう。」
《私もそれが良いと思います。》
「でも、ジュエルシ――え?」

 目指していた地点から、ジュエルシードの魔力を感じる事が出来ない。

「……やられたね。」
「そんな……」
《今回も私たちの負けですね。》





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[14762] Return07 いじめと、保護
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/07/04 15:15
 あの公園で次元震が起きていないからか、私の時にはすでに来ていた義母さんと義兄さんとエイミィ――アースラがまだ来ていない。

「義母さんと義兄さんが私とアルフを保護してくれると楽になるんだけど……」
《その場合、プレシアが傀儡兵を投入してきませんか?》

 確かに一体一体がAランク魔導師を苦戦させる――あるいは圧倒する程の力を持つ傀儡兵が大量に投入されると厄介だ。 聖王の力があっても苦戦するだろう。
 私の時は『ミスト』の鬼の様な砲撃によって20体以上が一瞬で破壊されたが、それはミストが異常なほどに強かったからだと思っている。

「でも、今のままだとあっちにジュエルシードを回収される可能性は高いでしょ?」

 前回は宿に泊まっているか泊まっていないか――すぐに動けたか動けなかったかの差で回収できたようなものだ。
 ジュエルシードの残りは13個、そのうちの幾つかは海に落ちているにしても、暴走した時に近くに居る者が回収できるという状況のままではいつか先を越されてしまう。
 21個全てを回収するにはあの2人は邪魔なのだ。

「管理局のやり方はよく知っているからね。 あの2人に自由に動かれるよりもよっぽどやりやすいよ。
 それに母さんに渡るとすぐさま世界の危機だけど、管理局なら悪用って言ってもそこまでじゃないと思うしね。」

 ジュエルシードが母さんに渡ると世界を滅ぼし、管理局に渡ると悪用されると『ミスト』は言っていたはずだ。
 そして管理局が行う悪用と言うのは、おそらくジェイル・スカリエッティのような科学者の手に渡るという様な事なのだと推測できる。

《そうなのですか?》
「うん。 義母さんも義兄さんもはっきりと言ってくれた事はなかったけど、2人からのお願いで参加した事件で裏に管理局の影が見え隠れしていたものもあったし、レリックやゆりかごの時も他の提督たちよりも動揺が少なかったような気がするから、たぶん『ミスト』の言葉を聞いて極秘裏に捜査をしていたんだと思う。」

 執務官になった私を間接的にしか関わらせなかった理由はわからない――いや、関わらせたくなかったけれど動かせる駒が無かった為に仕方なくという事だろうか?

《次元震を起こすのは無理ですが、ジュエルシードの魔力を制御できる程度に暴走させてみるのはどうでしょうか?》
「……なるほど。」

 おそらく管理局は輸送中の事故で第97管理外世界を含む幾つかの世界にジュエルシードがばら撒かれている事くらいは知っているはず。
 だからこそ前回アースラはジュエルシードを集めようと3人1組で聞き込みをさせたりしていたのだろう。

「それはいいかもしれないね。」
《問題は、その最中に幼いマスターとアルフが――》
「うん。 何か策を考えよう。」



────────────────────



「あれは!」
「あの女!」

 フェイトとアルフがジュエルシードの魔力を感知して辿り着いた場所にはすでに正体不明の女がジュエルシードの暴走を止めて封印をしようとしている状態だった。

「懲りずにまた来たの?」

 飛んできた2人を見つけた彼女は、「はぁ……」と溜息をついた。

「なっんだとぉっ!」

 その態度はアルフを怒らせるのに十分だったが――

「いい加減に諦めなさい。 あなたたちでは、私には勝てないし、この『青い石』を手に入れる事も――」

 そこで彼女は何かに気づいたのかフェイトとアルフを数秒見て、次にジュエルシードに視線を移して数秒後、またフェイトアルフを見て――にやりと笑った。

「そう言えば――」

 その獲物を見るような笑みを見て、フェイトとアルフの背中に嫌な汗が流れる。

「あなたたちはこの『青い石』の事を良く知っているみたいだね?」

 彼女のデバイスから黄色の刃が――それだけではなく、彼女の周囲にざっと見ても30を超えるであろう魔力弾も形成される。

「この石の事、詳しく聞かせてもらおうか?」

 魔力――誘導弾が前後左右上下から2人を襲う。

「それって、絶対、話を聞く人間の態度じゃないよ!?」

 アルフが当たり前の事を叫ぶが、彼女は効く耳を持たないようだ。

《ラウンドシールド》
「無駄!」

 フェイトの前にラウンドシールドが展開されるが、誘導弾にシールド破壊能力があったのだろう、3発防いだだけで破壊されてしまった。

「そんな!」
「なんていんちき!」
「大人しくこの石の事を話してもらおうか!」

 彼女がデバイスを持っていない方の手で封印されていないジュエルシードを掲げながら、問いかけてくるが、2人にはそれに反応できるだけの余裕が無い。

「バルディッシュ、ラウンドシールド連続展開!」
《イエッサー》

 3発で破壊されるというのなら、10回ラウンドシールドを作り出せばい――

「言う気が無いのなら、言う気になるまでっ!」

 彼女がさらに20発ほどの誘導弾を追加する。

「そんな!?」
「フェイト! ここは退こう!」
「でも!」
【封印する時は隙ができるはずだよ!】
【! そっか!】

 封印魔法にはかなりの集中力と魔力が必要になる。
 その瞬間を狙う為に『退いたフリ』をしようとアルフは提案し、フェイトもそれに同意し――

「逃げても無駄だ!」
《『策敵誘導弾』》

 実は、未来ではやてがゆりかごで使っていた攻撃力のあるサーチャーを「執務官になるんなら、こう言う魔法があった方が便利やろ?」と教えてもらっていたのだ。

「まだ出せるのかい!?」
「ソレはあなたたちが何処に逃げても追いかけ続ける!」
「なっ!?」

 それでは下手に逃げるわけにはいかない。
 対した情報は置いていないとはいえ、隠れ家を突き止められればこの世界での活動に支障をきたしてしまう事は明白だ。
 ジュエルシードを未だ1つも入手できていないのにそんな事になったら、どんなお仕置きをされるのか想像もでき――したくない。

【これを全部どうにかしないと戻る事さえできない……】

 絶望的な状況に、涙で視界が歪む。

【こうなったら一か八かであいつからジュエルシードを奪おう!】
【ええ!?】
【あれは『願いを叶えてくれる』んだろう? だったら、あいつをどうにかする事だってできるはずだよ!】

 幸い、あの女はジュエルシードがどんな物なのか知らないらしい。
 それは、前に推理した様に放置すると危険だから集めているだけだったという事だ。

【フェイト、私たちは退けないし、負けられないんだろ?】

 アルフの力強い言葉でフェイトに笑顔が戻る――

【……そうだね!?】

 が――

【え?】

 敵は弾をさらにばら撒きながら2人から離れていた。
 安全圏から確実にこちらを無力化するつもりなのだ。

「なっ! そんなのありかい!?」
「接近するだけでも難しいっていうのに……」

 何時の間にか100を超えている誘導弾を回避しながら接近し、その手に握られているジュエルシードを奪い取る事が――無理だ。

「あの人は接近戦でもアルフより強い……」
「ぅ……」

 カウンターで腹を殴られ砲撃で追い打ちをされたのは記憶に新しい。

「それじゃあ、どう――しまった!」
「え? なっ!」

 無数の誘導弾に紛れて放たれていたバインドが、あっけなく2人を拘束した。





《チェーンバインド》

 海鳴で一番高いビルの屋上の結界内で2人は顔だけ残して蓑虫の様にされていた。
 もしも気絶していなかったらぎゃーぎゃーと煩く騒いでいただろう。

「後はジュエルシードの魔力を結界外で放出するだけだね。」
《はい。》

 ジュエルシードの魔力を計測したアースラから降りてくるのはおそらくクロノだ。
 彼ほどの使い手ならこの結界に気づき、チェーンバインドで縛りあげられたこの2人を見つける事は可能――というよりも絶対に見つかるようにした。

「義母さんも義兄さんも、チェーンバインドでこんなにされたこの2人を保護したら最後、何を言ってもアースラから出すような事はしない。」

 義理とはいえ親子だったのだ。 あの2人の性格は良く知っている。



────────────────────



「提督!」
「ええ!」
「一体何なんだ、この馬鹿みたいな魔力は!」

 彼女の目論見通り、アースラはジュエルシードの魔力を発見、計測した。

「映像出ます。」

 魔力が放出されている――されていた場所が映し出される。

「これは?」
「何もない?」
「いえ、そこに――」

 夜中の寂しいビルの屋上の一部をリンディ・ハラオウンが指差す。

「結界?」
「提督、僕が行って探って来ます。 許可を。」
「ええ、許可します。」

 クロノは急いで転送装置に向かう。

「1人で大丈夫でしょうか?」
「あら? エイミィはクロノの事が信用できない?」
「いえ、信用しています。」

 リンディの方を向いていた顔をモニターの方へと戻す。



「……ただ、心配なだけです。」

 あら、かわいいとリンディは微笑んだ。





『提督、魔力の発生源はわかりませんでしたが、関係のありそうな人物を発見しました。』
「人物?」
『今、映します。』

 クロノのストレージデバイスからの映像が送られてくると、そこには理解に苦しむ格好の女の子が2人……

「クロノ、あなたにそんな趣味があ」
『馬鹿な事を言わないでください!』

 女性を縛り上げる性癖なんて持っていないし、これからも持つ事は無い!
 クロノの顔は見えないが、怒声がそう告げていた。

「やぁねぇ、わかっているわよ。」
『そう言う冗談は好きじゃありません。』
「好きだったら言わないわよ。」

 嫌がるからこそからかうのだ。

「それにしても、虹色の鎖だなんて……」
「……派手ですね。」

 子供を縛り上げるのが趣味の変態の感性なのかもしれないが、全く理解できない。

「一応、保護しましょう。」
『バインドはどうします? 万が一ですが、この2人が見境なく暴れるような危険人物だから縛り上げていた、という可能性もありますが?』
「そうね……
 その場合、その2人を縛った人物は私たち管理局にその2人を発見させる為にわざとさっきの魔力を感知させたという可能性もあるという事になるわね……」

 チェーンバインドが虹色なのも発見しやすくする為なのかもしれない。

「それじゃあ、そのままアースラの――そうね、訓練室に運んで頂戴。」

 そこならバインドを解いた時に多少暴れられても被害は最小限に抑えられるだろうし、逃がしてしまう事もないだろう。

『了解。』

 映像が消える。

「結界の得意なクルーは今すぐ訓練室へ向かってください。」
『了解。』
『了解しました。』



────────────────────



「素晴らしい…… 素晴らしいわ!」

 時の庭園と呼ばれる場所で第97管理外世界を観測していたプレシア・テスタロッサは突如発生した強大な魔力がジュエルシードのものであると知って歓喜していた。

「これほどのエネルギーがあるのなら、私の計画はきっとうまくいく!」

 人形からの報告が無いのが気になるが、あれほどの魔力を放出していたのを封印したのだから、魔力の使い過ぎで倒れているのだろう。

「回復に時間がかかるとしても、明日か明後日には最低1つのジュエルシードが手に入る――とすると、それまでに調整をしておくべきね。」

 あの場所への道を確実にする為に、あのエネルギーをより正確に使えるように、機材をある程度調整しておいたほうがいいだろう。



 プレシアがジュエルシードが暴走したと思われる場所を確認していれば、そこに管理局の人間が来てしまっている事に気づけたのだろうが、彼女は自分の計画が上手くいくかもしれないと、その為の準備をし始めた為に……



────────────────────



「行ったね。」
《はい。》

 予想通りクロノは結界を発見し、幼いフェイトとアルフのバインドを解かないままアースラに運んで行った。

「あの2人がジュエルシードの事を自主的に話すとは思えないから、暫くは自由に動ける。」
《海に落ちているであろう幾つかは最後に回収した方が良いでしょうね。》
「そうだね。」

 あの『ミスト』でさえ海上での回収には結界を張って、アースラに感知されていたのだ。

「残りのジュエルシードは12個、海上では母さんから大量の傀儡兵が送り込まれるかもしれないけど、それまではどっちにも見つからないように今まで以上に慎重に……」
《はい。》

 アースラに見つからないように慎重に行動するのは面倒だが、ジュエルシードを先取される可能性は低くなったのだ。 メリットがデメリットを上回る。





「何だったんだろう?」

 今まで感じた事の無いほどの勢いであの『青い石』の魔力が海鳴の街に満ちたのを感じたなのはは、窓を開けてその発生源の方向を見ていた。

「すぐに止んだから、お姉さんが封印したんだろうけど……」

 お姉さんにそっくりな女の子が封印した可能性も無い事も無いが……

「何か、私にお手伝いできる事があったらいいんだけど……」

 あの青い石が私の魔力を目指してやってくるのだとしたら、私が出来る事は誰も居ない処に行って囮になるくらいしかできない。
 だけどそれをお姉さんはさせてくれはないだろ――

「え?」

 何か――お姉さんよりは弱いけれど、魔力のある誰かが、さっきまで青い石のあったはずの場所に現れた。

「あのお姉さんにそっくりな女の子や赤い髪の人とは違う。 一体誰?」

 あの青い石を狙う悪い奴? それとも、お姉さんの仲間だろうか?

「お姉さんは……」

 気づいているだろうか? この誰かを。

「明日、何かできる事が無いか聞いてみよう。」





「なんやったんやろ、今の?」

 八神はやては生まれて初めて謎の――恐ろしい力を感じて目を覚ました。

カタカタ ガタン

「え?」

 いつからそこにあるのか忘れてしまっていた本が、音を立てて床に落ちた。

「なんや? 他のは落ちへんかったのに……」

 もしかして、この本もさっきのわけのわからない何かを感じたのだろうか?

「って、そんな事は無いか。」





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[14762] Return08 違和感と、思索
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/07/11 16:24
 アースラの訓練室に結界を張っていたクルーたちは疲れていた。

「やっと……」
「ああ……」

 クロノ執務官が第97管理外世界から連れてきたのは馬鹿みたいにでかい魔力を持った女の子とその使い魔だった。

「あの魔力であんなに暴れるなんて……」
「一体、どんな教育を受けてきたんだろうな? 親の顔が見てみたいぜ。」

 消耗が予想以上に早かった為にリンディ提督が別のクルーと交代させてくれたから良かったけれど、あと1時間遅かったらぶっ倒れている所だ。

「クロノ執務官が頑張ってくれたってのもあるんだけどな。」
「ああ、あの2人を相手に一歩も引かなかったものな。」

 場所が訓練所だけに、クロノ執務官はいつでも撤退できたにもかかわらず、彼は一歩も引かずに説得を続けたのだ。

「お陰であの子と使い魔は大人しくなってくれたし。」
「念の為にまだ訓練室だけどな。」

 今は大人しくても、何時また逃げ出そうとして暴れるかわかったものじゃない。

「……あれだ。」
「ん?」
「あの子たちをチェーンバインドでぐるぐる巻きにして、俺たちに発見させた奴の気持ちが少しわかる気がするよ。」

 あんなじゃじゃ馬の相手をするのは面倒だ。

「だからと言って、その面倒を管理局に押し付けるのもどうかと思うが。」
「……まあな。」

 彼らがそんな雑談をしながら向かう先は、もちろん自分の部屋――。

「あ、寝る前に少し腹に入れるわ。」
「……そうだな。」

 あの2人がまた暴れだして寝ている所を緊急出動と言う事になったら空腹で結界を張らないといけないという事態になりかねない。



 次元世界を股に掛ける時空管理局局員のお仕事は大変なのだ。



────────────────────



【何かできる事?】
【はい。】

 先にジュエルシードを回収しかねないあの2人がいなくなって物理的にも精神的にも余裕がある今の状況で手伝ってもらいたい事なんて……

 しかし、ここで無下にするのは少し危険か?

 なのはちゃんが私の役に立とうとして何かして、結果アースラや母さんにこちらの事がばれるような事態にならないとは言えないわけだし……

【そうだねぇ……】
【なんでもいいんです!】
《マスター、こういうのはどうでしょうか?》
「え?」

 バルディッシュの提案は大変魅力的な物で、それをなのはちゃんに告げるとむずかしいけれど頑張りますという返事が返ってきた。





「いらっしゃいませ!」

 久しぶりに翠屋でお手伝いをしていたなのはは、やって来た客に元気な挨拶をした。

「うん。 【こうやって直に会うのは】久しぶりだね。」
「はい!」





「士郎さん。」
「ああ。」

 士郎と桃子はやって来た客に驚いたが――

「だが、どうしようもないぞ?」
「……そうですね。
 まさか、あなたは魔法使いですか、なんて、聞けるわけもないし。」

 実際問題どう接触していいかわからない。

 以前何時知り合いになったのか問い詰めようとしたがその時は「お父さんとお母さんのせいでお店からでて行っちゃったじゃない!」と逆に怒られた。
 彼女がその翌日も翌々日も来店しなかった為にその怒りはなのはにしては珍しく長持ちした為に家庭内の空気も温泉に行くまでは微妙に重苦しかった。

「しかも、今回はなのはから『あのお姉さんが来たら私が相手をするからね!』と怒鳴――言われているし……」

 今厨房から出たら「お父さんなんて、大嫌い!」と言われてしまうだろう。

「でも……」
「ん?」
「どうやって、なのははあの人が今日来る事を知ったのかしら?」

 ここ最近――というか、これまでずっと、親からしてみれば心配になるくらいになのはの電話の相手はアリサちゃんかすずかちゃんのはず……
 渡してある携帯の利用履歴を確認してみるべきだろうか?

「今日来ると知っていたとは――ああ、タイミングが良すぎるか。」

 なのはがクッキーを焼いた日に偶然現れるというなんて事は無いだろう。

「ええ。」
「じゃあ、昨日学校からの帰り道とかに出会――それもないか、昨日はアリサちゃんの車で帰って来たんだったな。」

 何時知り合ったのか?
 どうやって連絡を取っているのか?

「分からない事だらけだな。」
「……ええ。」

 親の心配を知らずに、愛すべき末っ子は謎の魔法使いに笑顔を向けていた。





「ここ?」
「喫茶店か。」

 魔力を感知する魔法をデバイスで起動しながら翠屋にやって来たのはクロノとエイミィだった。

【あの2人をぐるぐる巻きにした人がこんなお店を?】
【店を開いているわけじゃなくて、客として来ているだけかもしれないだろ。】
【そっか、普通に考えたらそっちの可能性の方が高いか。】

 エイミィは大きな魔力を探して行きついた先がここだった為に、ついついこの店の経営者が探している相手だと思ってしまっていた。

【それじゃ、エスコートお願いね?】
【ああ。 こう言う場所ならその方が自然だろう。】

カランコロン♪

 クロノとエイミィは手を繋いで入店した。

「いらっしゃいませー。」





【予想より早かったけど、やっぱり来たね。】
《【はい。】》

 幼い私とアルフをチェーンバインドで蓑虫みたいにした場所を中心に魔力を探査した場合、ジュエルシードが暴走していたりしない限り発見されるのはなのはちゃんだ。

【これでアースラがなのはちゃんをマークしてくれるなら、なのはちゃんが暴走したり、勘違いした母さんに襲われたりしても義兄さんたちがフォローしてくれたり守ってくれたりしてくれるはず。】
《【ええ。 何らかの理由で私たちが彼らと接触する必要に迫られた時も此処でこうやって接触しているので――】》
【うん。 警戒はされるだろうけど、全くの初対面よりはマシになるはずだよ。】

 確かにリスクもあるが、そんなに悪くは無い選択のはずだ。

「お姉さん、これをどうぞ。」
「あ、ありがとう。」

 なのはが持ってきた袋には彼女が作ったクッキーが大量に入っていた。

「本当にこんなのでいいんですか?」
「うん! 充分だよ!」

 匂いも良いので味も期待できる。

「こっちに来て一番大変なのは食料の確保だったからね。」
「そうなんですか?」
「うん。 元々こっちに住んでいるわけじゃないから、宿泊費だけでもかなり厳しいし、その上当然食事も外食ばかりになっちゃうしでね

 結界で雨風を避けているので宿泊費は1円もかかっていないが、言えば無駄に心配させてしまうだけなのでそう言う事にしておく。
 しかし執務官時代も、現地では自分で料理をしたりできたのは極まれであり、普段から食事はできるだけ経費で落ちる範囲で外食していたのでそこは嘘ではない。

「……大変なんですね。」
「うん。 大変なんだよ。 だから、カロリー高めのクッキーの差し入れは嬉しいんだ。
 ……なのはちゃんの作った物なら味の方も期待できるしね?」
「そ、そんな、そこまで言われるほどじゃないですよぅ……」

 顔を赤くして照れるしぐさがかわいい。





【あの女の子だね】
【ああ、かなりの魔力を持っている。】

 彼が管理外世界の一般人の事など考える必要はないのだが、この少女が今回の事件に関係してもしていなくても、この魔力が何かの拍子で暴走したらどれだけの被害が出てしまうだろうかと考えてしまうのは彼の性格のせいなのだろう。

 クロノは自分の2人(匹?)の師匠の主であるギル・グレアム提督を思い出す。
 確か彼はこの世界出身だった。 念の為にこの少女の事を報告しておくべきだろうか?

【どうしようか?】
【まさか単刀直入に聞くわけにもいかないからな。 今日の所は様子見だ。】

 とりあえず何か軽く食べながら少女の様子を見――

【彼女と話しているあの女性、何かおかしくないか?】

 見たところ、20歳前後だろうか?
 金髪にオッドアイの女性はどこか違和感がある。

【え?】
【何かがおかしい……】
【しいて言うなら、アースラに保護した女の子に似ているくらいだけど……】
【ああ、それは気づいている。】
【え?】

 言われる前からその事には気づいていた。 姉妹ではないかと思えるほど良く似ている。
 しかし、僕が言いたいのはもっと、こう、何とも言い難いナニカだ。

【もしかして…… 惚れた?】
【なんでそうなる!?】





「あ、それなら今度お弁当作りましょうか?」
「お弁当?」
「はい。 私、頑張って作ります!」
「お弁当ねぇ……」

 そこまでさせてもいいのだろうか? いや、良くない。

「流石にそこまでは、ね。」
「でも……」
「残念な事にお姉さんにも立場ってものがあるのよ。
 こうやって私の為に作ってくれたクッキーをありがたく頂く事はできても、流石にお弁当とかになっちゃうと…… わかってくれるよね?」
「……そうですか。 わがまま言ってごめ――」
「でも、なのはちゃんの気持ちはありがたく貰っとくわ。 ありがとう。」

 謝ってしまう前に感謝の言葉と一緒に頭を撫でる。
 子供が自発的にしようとした事を断る時に謝らせてはいけない、むしろ褒めてあげるようにとエリオやキャロの保護者になった時に買って勉強した子育ての本に載っていたのだ。

「なのはちゃんは良い子だね。」
「そ、そんな事……」



────────────────────



「ジュエルシード!」
《封印。》

 アースラが幼い私とアルフを保護してから数日後、14個目のジュエルシードを封印する事ができた。

《マスター!》
「うん。 義兄さんたちが来る前にね!」

 ジュエルシードが暴走すると何も知らない一般人に被害者が出てしまう可能性がある事は変わらないものの、アースラよりも先に現場につける事といざとなったら全部任せてしまえるという精神的な余裕を今の彼女は持っていた。



【でも……】
【《どうしました?》】

 深夜のコンビニで食糧を物色しながら考える。

【残りのジュエルシードは7個、そろそろ海の様子を見るべきかなってね。】
【《……そうですね。》】

 おそらく、アースラにもこの世界にジュエルシードがばら撒かれてしまっているかもしれないというくらいの情報は入っているはずだ。
 何より、幼い私――とアルフも何時までもだんまりを続ける事も出来ないだろう。
 特にアルフは母さんを嫌っていたので、『全ての罪はプレシアにある、フェイトの罪を軽くしてくれるなら全部話す』などの司法取引をしている可能性も十分にある。

【《それなら、変装をする事を提案します。》】
【……変装か。】

 この国では黒髪黒目が普通で、私の様な金の髪にオッドアイという顔はかなり珍しい。
 前回はアルフが色々準備してくれていたので助かった事が思いだされる。

【そうだね、アースラがジュエルシードの情報を手に入れていて、さらに幼い私やアルフから地上に落ちているのは殆ど私が回収してしまっているという事も知っていた場合、海で待ち伏せしている可能性は十分にあるものね。】
【《はい。》】

 菓子パンを1つ取って染髪の為の商品が並んでいる棚へ移動し、手に取って裏面の説明を呼んで見るが――

【どれも染まるまでに時間がかかるだけじゃなくて、匂いもすごいみたいだね。】
【《住む場所の無い今の状況では少し厳しいですね。》】

 しかし、だからと言って鬘は高い――というか、入手方法がわからない。

【これは参ったね。】
【《変装用の色付き眼鏡と、髪を隠せる帽子などを探してみましょう。》】

 バリアジャケットの応用で鬘やサングラスぐらいは作れない事も無いだろうが、その魔力を待ち伏せしている相手に気づかれては元も子もない。

【それが無難かな。】

 出費は痛いが背に腹は代えられないのだ。





「管理局か……」

 プレシアは第97管理外世界の近くに管理局の船がある事を発見した。

「と言う事は、人形と犬がなかなか帰ってこない理由は――」

 魔力の使い過ぎで倒れている所を捕縛されてしまったと考えるべきだろう。

「厄介な事になったわね。」





「またか。」
『また何もないの?』
「ああ。」

 魔力を計測してからすぐに来たというのにすでに何もない。

「ジュエルシードと思われる物も、それを封印したと思われる人物もいない。」
『参ったね。』
「本当にな。」

 そう言いながらも、各種デバイスを起動する。

「今日こそは何か残していってくれているといいんだが。」
『これまでの記録も合わせて共通した何かが1つでも見つかれば気が楽になるんだけど。』





 フェイトからの報告があまりに遅い為に、プレシアは幾つかのサーチャーを第97管理外世界に送り込んでいて、その1つがたった今までジュエルシードが暴走していたであろう場所に到着する――という時に、そこに人影が飛んできた。

「あれは、管理局の執務官か?」

 黒ずくめの姿は今が深夜だからだろうか?

「もう少し近づけば何を言っているのかわかるのだけれど……」

 せめて管理局の手にジュエルシードがあるのかどうか知りたいが、相手は子供とはいえおそらく執務官だ。 あまりサーチャーを近づけるとこちらに気づく可能性は高い。
 だが、執務官の様子から何かに対して愚痴っているように見える。

「まさか、管理局はこの世界で何が起こっているのか分かっていない?」

 希望的観測にしか過ぎないが、なぜかその考えは正しいように思えた。

 だが、だとしたら管理局と関わりの無い者がジュエルシードを集めている事になる。

「……人形ではない。」

 人形が無事だったなら、連絡を寄こさないはずはな――

「まさか、あまりにも膨大な魔力にあてられて記憶を失ったりでもした?」

 いや、たとえそうだったとしても、人形にはインテリジェントデバイスと犬がい――そう言えば、あの犬は私を疎ましく思っていたような気がする。
 いや、犬だけではなくインテリジェントデバイスも……

「だが、それだとジュエルシードを集める意味が……」

 分からない事だらけだ。





100711/投稿



[14762] Return09 不明瞭と、布石
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/08/01 15:38
 私の世界で『ミスト』が結界を張った場所からそこそこ近い海辺の公園には管理局の――というよりアースラのクルーが何か色々としていた。

「執務官だったから変装する時にどんな格好を選ぶかとか、そもそもアースラクルーとはそれなりに顔見知りもいたから、あの変な変装しているのは誰なのかとか全部わかっちゃうんだけど……」

 幼い私は前回の私と同じように1個もジュエルシードを手に入れていないから、上手くいけば私がそうだったように『ジュエルシードを集めようとしている人はいなかった。 そもそも第97管理外世界にジュエルシードがあったのかすら不明』というようになるはずだったのだけれど……

「やっぱり、アルフが全部話しちゃったかな?」
《幼いころのマスターの母親への依存はかなりのものでしたから、ジュエルシードの事を喋るとしたらアルフでしょうね。》

 振り返ってみると、私はかなりのマザコンだった。
 もしかしたら、二度と子供と離れたくない母さんが自分へ依存するように性格付けをしていたのかもしれない。 ……だとしたらあの扱いは納得いかないけれど。

「どうせならアースラが時の庭園に乗り込んで母さんを捕縛してくれていればなぁ……」
《流石にそれは……》

 母さんはジェルシードを持っていないはずなので『ロストロギアの不法所持』で逮捕はできない。 仮に、彼女の罪で今立証できそうな物は『児童虐待』くらいだが、それはアースラの役目ではない。 ……担当部署に連絡くらいはできるだろうが。
 時の庭園を調べたら『娘のクローンを作っていた』と事も立証できるだろうが……

「海で封印中に傀儡兵を送り込んで来ない限り、管理局は動けそうにないね。」
《その様です。》





「海からジュエルシードの物と思われる魔力を計測する事ができました。」

 海を調べていた1人がアースラに連絡を入れる。

『ご苦労様です。 それで、場所の特定は?』
「難しいです。 データからおそらく4つ以上のジュエルシードが落ちていまして、それぞれ海の波などに影響を受けたり与えたりしているようで……」
『計測前に推測した通りという事ですね。』

 地上に降りる前から海に落ちている個数とその場所を特定するのは至難である事はわかっていたのでそれほど落胆は無い。

「はい。」
『わかりました。 では、予定通り4班に分かれて行動してください。』
「はい。」

 通信が終わる。

「どうでしたか?」
「予定通り行動するようにと。」
「そうですか。 それじゃあ夜勤になる4班を確保した宿泊施設に向かわせます。」
「ああ。」

 本当なら寝る時くらいアースラに戻りたいのだが……
 転送の度に魔力が放出されてしまい、その魔力を正体不明の相手に感知されて警戒されるのはよろしくないのだ。

「計器の設置状況は?」
「ここは予定通り後2時間で。 海上への設置は30分ほど遅れそうです。」
「そうか。」

 名もなき管理局局員たちは今日も頑張っている。





 プレシアはその局員たちの行動を監視していた。
 アースラクルーは変装しているが、『たくさんの大人が海辺の公園でごちゃごちゃしている』状況を発見したら、怪しまれるのは仕方ない。
 まして、この世界では魔力を持った人が少ないはずなのにこの集団を構成している者たちのほとんどが魔力を持っているときたら……

「海か……」

 地上に何かを設置している様子は無いのは、艦の計器の性能が良いからか?

「いや、例えそうだとしても私なら幾つか設置する。」

 ジュエルシードの力を知っているのなら、私ではなくても念には念を入れるだろう。

「と言う事は、地上のジュエルシードは全て回収したか回収の見込みがあり、残るは海だけだから――という事ね。」

 もう、人形が思った以上に使えなかったせいで管理局にジュエルシードが渡ったと考えるべきだろう。 だとすると、こちらも次の手を打つしかない。

「セキュリティが甘くなるけれど、計画が上手くいけばそもそも必要が無くなる……」

 あの場所への道が開く時に此処は崩壊するだろう。
 ならば、今後の為のセキュリティなど考える必要もない。

「アリシア、もうすぐよ……」





【《マスター!》】
【うん。 隠蔽しているけど私には――私とバルディッシュにはわかる。 ずっと昔に感じた事のある、この懐かしい魔力は――母さんの物だ。】

 おそらくサーチャーでアースラクルーの様子を探っているのだろう。

【《そろそろ行きましょう。》】
【うん。 母さんにばれても面倒だし、何より女1人で公園に長居していても怪しまれる対象になるだけだしね。】

 用も無いのに公園に来たと思わるのも不味いので公園のトイレで1分ほど時間を潰してから翠屋へ向か――

【そっか、この時間、なのはちゃんはまだ学校だね。】
【《そうですね。》】
【それじゃあ…… 図書館にでも行こうか?】
【《この付近の地理データはすでに入っていますが?》】
【いや、そろそろはやてとも接触しようかなって。】

 はやては無限書庫の司書だった。
 単純に考えすぎかもしれないが、大きな図書館から当たっていけば偶然接触する可能性はあるだろう。

 シグナムたちがジュエルシードによって生まれたのだとしたら、15個目のジュエルシードは彼女の近くにある可能性も……



────────────────────



「あ、お姉さん。 いらっしゃいませ!」
「こんにちは、なのはちゃん。」

 なのはちゃんの頭を撫でてからいつものケーキを頼み、案内された席に着いて考える。

 八神家の近場の図書館を当たってみたが、はやてとの接触はなかった。 やはり事前に家にサーチャーを飛ばしてみるべきだっただろうか?
 だが、万が一誰かに――はやて本人はもちろん、リーゼ姉妹やグレアム氏に気づかれた場合厄介な事になりかねない……

 ……星の殆ど反対側の国に1人暮らしをさせて居る時点でグレアム一家がはやてを大事にしているとは思えないけれど。

「お姉さん。」
「あ、ありがとう。」

 ケーキを持ってきてくれたなのはが隣に座る。

「何かあったんですか?」
「え?」

 マルチタスクで考えていたのに顔に出ていたのだろうか?

「ちょっと、気になる子が居てね。」

 考えてみると、私とはやてでは年が離れすぎている。

「気になる子ですか?」

 そして、目の前にははやてと同じくらいの子供がいる。

「うん。
 ……歳はなのはちゃんと同じくらいなんだけど、何故か一人暮らしをしているんだ。」

 こんな小さな子供を利用の仕方はあまり好きではないが、私の世界ではこの2人は互いに親友と呼び合う仲だったのだ。

「私と同じくらいで一人暮らし?」

 時間的にこれから2人が知り合う――知り合ったのだろうが、私がこの店を(毎日というわけではないが)利用する限り、なのはちゃんは放課後にはやての行きそうな場所に遊びに行く事がなく、はやてと出会う機会が無くなってしまっている可能性もある。

「車椅子に乗っていたから足が不自由だと思うんだけど…… 一人暮らし。」
「それって、大変じゃないですか?」

 なのはちゃんははやてがどんな家に住んでいるのかわからないだろうが、頭が悪い子ではないので足の不自由な子供が一人暮らしをする大変さや危険性を思いついたのだろう。

「大変だと思う。 でも、私から動くわけにもいかな――そうだ!」

 私はできるだけ自然な感じで『今、良い事を思いついた』演技をする。

「なのはちゃん、あの子と友達になってあげてくれないかな?」
「ええ!?」

 うん。 普通は驚くよね。 でも……

「そうだよ。 うん。 特別何かできるわけでもない大人よりも、同年代のお友達の方がたぶん大切なはずだ。」

 強気で攻める。
 なのはちゃんの性格なら――

「で、でも、急にそんな事を言われても……」

 よし。
 思った通り、『急じゃなければ』友達になっても良いと言う様な発言をしてくれた。

「わかってるよ。 友達になるにしろ、ならない、なれないにしろ、相手の事がわからないと不安だよね。」
「え、ええ。」

 よしよし。

「そもそも、急に家を訪ねて『友達になってください』なんて言う分けにもいかないしね。」
「そ、そうですよ!」

 ごめんね、なのはちゃん。

「それじゃ、あの子の立ち寄る場所を調べるから、『偶然知り合う』事から初めて見ようか。」
「ええ!」

 私も伊達で執務官になれたわけじゃないんだ。
 人の心の動きを見抜いて、ある程度思った通りに動かすくらいの事はできるんだよ。



────────────────────



【それにしても、あの女は一体何者なんだろうね?】
【……わからないけど、管理局の人間じゃない事は確かだ。】

 フェイトとアルフはアースラで与えられた部屋で大人しくしていた。

【単純に『謎の女性に襲われてチェーンバインドでぐるぐる巻きにされた』って事にしてしまえば良かったのかねぇ。】
【でも、ジュエルシードの魔力を見つけて駆けつけた場所に私たちが居たってだけでも十分に拘束される理由にならないかな?】
【まぁねぇ…… その場合でも『拘束』が『重要参考人を保護』になるだけだろうしね。】
【それに、訓練場で思いっきり暴れちゃったし……】

 執務官に怪我までさせてしまった。

【それよりも…… 気づいているかい?】
【うん。 この艦のクルーが減っているね。】

 結界魔導師は居なくなっていないみたいだが。

【バルディッシュのプロテクトが破られたのかな?】
【そうかもね。】

 バルディッシュには様々な情報が入っている。
 それが全部見られてしまったのだとしたら、母親――プレシア・テスタロッサがジュエルシードを集めるように命令された事はもちろん、時の庭園の現在位置や自分たちを蓑虫にした女性の姿形も全部……

【管理局にばれているだろうね。】
【母さんに怒られちゃうなぁ……】
【いや、そういうレベルじゃないと思うけどね。】

 おそらくプレシアはロストロギアの不法所持――未遂などで捕まるだろう。
 そうなった場合、フェイトがプレシアと会えるようになるのは何年先になる事やら……

【……わかってるよ。】

 わかっていても、わかりたくない事だってあるのだ。





「クロノ君……」
「ああ……」

 翠屋にこっそり仕掛けた監視装置から送られてくる映像には楽しそうに笑う女性が2人。

「バルディッシュから取れた情報…… フェイトとアルフをチェーンバインドでぐるぐる巻きにしたのはこの女だった。」
「何者かな?」
「あの子たちは『危険物を回収しているだけ』と判断したようだが……」

 そうであってくれれば楽なのだが……

「とりあえず交渉?」
「か――提督の判断待ちだが、おそらくそうなるんじゃ!?」
「え? ぇぇぇぇぇぇえええ!?」

 休憩中のはずの提督の姿が、そこにあった





【《マスター!》】
【……私たちの事までばれたのかな?】

 以前、義兄――クロノ・ハラオウンに姿を見られた時は、どちらかというとすごい魔力を垂れ流しているなのはちゃんを注視しているようだったが、提督という地位にあるにもかかわらず艦から離れて此処に居るリンディ・ハラオウンは明らかに自分を見ている。

【逃げちゃおうか?】
【《逃げる事ができますかね?》】

 微妙だ。

【あ、流石に相席はしてこなかったか。】
【《空いている席があって良かったです。》】
「なのはちゃん、お手伝いしてきたら?」
「あ、はい!」

 なのはを両親の場所へ。

【ケーキも残りわずかだし、あっちが食べ始めた瞬間に食べきって出て行こうか。】

 そうなれば、少なくとも彼女が追いかけてくる事は無いだろう。

【《……そういえば、甘い物が好きな方でしたね。》】

 執務官になってからは一緒の時間を過ごす事が余り無かったが、それでもあの異常なまでに砂糖が入ったグリーンティーは忘れる事が出来ない。
 そもそも注文した品に口をつけた途端に自分たちを追って店を出たら、それはあなたを追いかけていますと言っているのと同義になる。
 提督の地位にある者がそんな行動をしたりはしないだろう。





(逃げたか……)

 息子はタイミングが悪かっただけだと言うかもしれないが、私はそうは思わない。

(確かに、彼女は私の顔を見ても表情を変えなかったけれど……)

 逆にそれが怪しい。
 見知らぬ者にじっと見られて表情を変えない人などそうは居ない。

(それにしても、お姉さんと呼ばせているとはねぇ……)

 流石に「ジュエルシードを渡してください。」と言うつもりは無かったが、この元気な少女との会話からちょっとした情報――名前くらいは知る事が出来ると思っていたのだが。

(確かに、年齢差を考えるとそう言うふうに呼ばれていてもおかしくはない。
 でも、今の様子だとこの少女――なのはちゃんは名前を知らないのかもしれない。)

 高町なのはの情報はそれなりに集めてある。
 彼女には父母兄姉がいて、それぞれを名前で呼んでいない

(兄の恋人で友人の姉である月村忍の事は『忍さん』と呼んでいるにもかかわらず、あの女性の事は『お姉さん』と呼んでいるのは、名前を知らないからと考える事ができる。)

 考える事が出来るだけだが、それが正解だと同時に思う。

(その場合、相手は自分の存在を隠そうとしているとも考えられる。)

 クルーの1人に女性の跡をつけさせた事もあるが、彼女が何処を拠点にしているのか掴む事ができなかった――というよりもまかれた。

(実際、それが良かったわけだけど……)

 リンディはバルディッシュから取り出せた戦闘記録を見たが、彼女の魔力光が本当に虹色である可能性があると知って驚いた。

(フェイトとアルフの2人を縛っていたあのチェーンバインドの色は趣味の悪い悪戯であると思いたかったけど、あれほど大量の魔力弾の全てが、黄色以外の色を無理やり薄くした虹色であるかもしれないなんてね。)

 自分の虹色の魔力を隠しておきたいのなら、いっそ黒色にしてしまったほうがいい。
 魔法の構成上ではさほど面倒ではないし、夜中に使うのならば視覚効果も狙えるだろう。
 昼の明るい時間に使うとしても、大きさにばらつきをつければ距離感も掴み難い。

(だと言うのに、黄色以外を薄くした虹色の魔力光を使う理由は何かしら?)

 自分の魔力の色を隠したいわけではない。 むしろ気づいて欲しいと思っている?

(一番高い可能性は、彼女が『古代ベルカの聖王』の血筋である事。)

 聖王教会には『未来予知のレアスキル』を持った者までいるという。

(もしも彼女がそうであるなら、この管理外世界には『古代ベルカ』に関係する何かがあるのかもしれない。 でも……)

 だが、だとしたら、あの2人を黄色以外の色を薄くしていない虹色の蓑虫にして管理局の艦を呼び寄せるような真似をした理由がわからない。

(あるいは、『古代ベルカの何か』を私たち管理局にどうにかしてほしい?)

 しかし、それならば逃げずに話し合いの場を持てば……

(何か…… 何が……?)



────────────────────



 その日の夜、15個目のジュエルシードが暴走したが、海に注意を向けていた管理局もプレシアも回収できなかった。

「まぁ、あまり準備させすぎると面倒になるから――」
《明日、ですね?》





100718/投稿
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[14762] Return10 総力戦と、不覚
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/08/01 15:35
 傀儡兵を40体……

「これだけあれば何とかなるかしら……」

 できればもっと送りたいけれど、転送にエネルギーを回しすぎるとアリシアの……

「いいえ、私の魔力も使えば、あるいは……」

 不健康な顔でにやりと笑う彼女の顔は、とても嬉しそうで、とても楽しそうで――酷く、疲れていた。





『ごくろうさまです。 現在の状況は?』

 定時連絡である。

「先ほど飛んで行ったクロノ執務官の協力もあったので、なんとか予定通りです。」
『それはよかったです。 無理はしないでくださいね。』
「はい。」
『では、何かあったらすぐに知らせてくださいね。』
「もちろんです。」

ピッ

「班長、この地点の状況は終了しました。」
「わかった。 よーし、次の設置場所行くぞ―!」
「了解!」





『何か痕跡はありそう?』
「どうかな…… 一応調べてはみるが、期待はしないでくれ。」

 クロノはジュエルシードの反応があった地点に来ていた。

『ここまで何も手がかりが無いなんてね…… 一体何者なのかな?』
「……とても用心深い奴だと言う事だけは確かだな。」

 これまでずっと後手に回っているが――後手に回っているからこそ、何一つ手がかりを残さない相手の用心深さが不気味に思える。

「封印魔法はかなり魔力を消耗すると言うのに、その痕跡が残っていないという事から考えられる事は2つ。」
『封印魔法を使った後で痕跡を消す魔法を使えるくらいに魔力量が多いか、そもそも痕跡が残らないように構成した封印魔法を使用しているか、だね?』
「ああ。 前者の場合でも後者の場合でも、非常にやっかいだ。」
『そうだね。』



────────────────────



 15個目のジュエルシードを回収してついさっき日付が変わったばかりだけど、これから海に落ちているジュエルシードを回収する。
 義母さんたちの準備が整う前に行動しないと面倒な事になりそうだからだ。

《6個あるといいですね。》
「そうだね…… 6個あれば、後は隠れるだけなんだけどね。」

 なのはちゃんには後で「急な用事が出来たから帰る事になりました。 時間が無くて別れのあいさつも出来なくてごめんね。」とでも手紙を出せばいいだろう。

プシュー

「どうかな? 変?」
《変ですね。》
「よし。」

 石鹸やシャンプーで洗い落とせるカラースプレーで髪を青く染めた。

「後はこの金色のカラーコンタクトを……」

 バリアジャケットを弄れば変装なんて簡単だけど、何せ相手は世界を滅ぼせるジュエルシードだ。 そんな所に余計な魔力を回して万が一の事態になったら『悔やんでも悔やみきれない』なんて思う事すらできなくなる。

「まぁ、私の姿なんてあっちにはバレバレなんだろうけど。」

 金髪オッドアイと青髪金目、どちらが本当の姿かわからなくなれば――いや、『どちらも偽の姿で本当の姿は別にある』と思ってくれれば……
 可能性は低いけれど、やらないよりはやったほうがいい。 リスクはカラースプレーとカラーコンタクト代くらいなのだから。



────────────────────



 昨日――数時間前に、計器を設置していなかった地点でジュエルシードと思わしき魔力を感知した時は『そんな事もあるだろう』と思っていた為に焦る事は無かった。
 アースラに積んでいた機材の数量や精度等を考えると殆ど回収し終えているだろう地上部分はアースラに観測させるしかないのだから仕方ないと。
 だが――

「封鎖結界!?」

 もし正体不明の相手がこちらの動きに気づいて計器設置の妨害工作を仕掛けてきた時の為に地上に配備していた――ついでに計器等の設置作業をさせていたクロノ執務官をジュエルシードが暴走したと思われる地点に向かわせたけれど、彼が着いた時にはジュエルシードもそれを回収したと思われる人物の影も形も見つからなかった事すら予想通りだった。

 だからこそ、リンディは思っていたよりも早くその時が来た事に驚いた。
 数時間前にあれだけの魔力を封印したはずの人物がこれだけの規模の封鎖結界を張る事ができると言う事に。

『はい。 突然、海上に展開されました。』

 封印魔法はかなりの魔力を必要とするというのに……
 この謎の人物は一体どれだけの魔力をもっているのだろうか。

「中には入れそう?」
『20分もあれば。』
「20分…… わかりました。 こちらも20分でできる限り――なっ!」
『え? どうしましたなっ!』

 海上にリンディから見て20以上の巨大な人型――バルディッシュのデータにあった傀儡兵が現れた。

『あ、あんな物を管理外世界に送ってくるなんて!』
「封鎖結界に入るのは取りやめ! 大急ぎでこちらも結界を!」
『了解!』

 管理外世界の人たちにあんな物を見られるわけにはいかない。

「エイミィ! クロノ執務官を!」
「今呼び出しています!」

 戦闘は無かったものの、相手が封印魔法を使った以上暫くは動きが無いだろうと思って休息させていたのが裏目に出て――

『わかっている! あんな魔力を感じたら嫌でも起きる。
 提督、クロノ・ハラオウン執務官は現時刻よりあの傀儡兵の処理を行います!』
「ええ。 お願いします。」

 何時でも出撃できるようにしていたのだろうか?
 クロノは寝間着に着替えたりなどをしていなかったようである。

「エイミィ、アースラにもあれが送られてくる可能性が――」
「わかりました。 レベルを上げておきます。」
「ええ。」

 クロノもエイミィもこちらが全部言う前にその意図を汲んでくれるので非常に助かる。

「プレシア・テスタロッサ…… あなたがジュエルシードに望むのは……」

 海上に続々と現れる傀儡兵を見ながら、誰にも答えられない疑問を……





《マスター、大丈夫ですか?》
「うん。 これくらいなら想定の範囲内だよ。」

 海中に魔力を注ぎ込みわざとジュエルシードを暴走させる事でできたのは6つの柱。
 すなわち、これを回収し終えれば後は姿をくらますだけでいい。

「それよりも怖いのは母さんが送ってくる傀儡兵だね。
 私の結界は『ミスト』のよりも脆いから、さっさと封印しないと邪魔されちゃうかも。」

 今こうしている間にも結界がダメージを受けているのがわかる。
 これがアースラ――義兄によるものであるならまず話し合いになるだろうが、傀儡兵によるものであるならば破壊された瞬間に攻撃を仕掛けてくる可能性は高い。

「さあ、一気に決めるよ! バルディッシュ!」
《了解!》





ガゴオオオオオオオオン

 傀儡兵の1つが結界を破壊すると、そこには黒いバリアジャケットを纏った青い髪の女性が6つの青く光る石をその手に持っているのをクロノは見た。

「悪いけど、これは封印処理して誰にもわからない場所に隠させてもらうから。」

 傀儡兵とこちらの姿を確認して、女性はそう言い切った。

「待ってくれ! それは管理局が――」
「この青い石の暴走で一人の女の子が死ぬかもしれなかった――いや、すでに被害者がでているんだよ?」
「ぅ! それは……」

 この世界に来て情報収集をした結果、ジュエルシードによって狂暴化した犬が飼い主を殺した可能性がある事は知っていたし――

「私が封印しなかったらあの子は死んでいた。」

 彼女があの子と呼んでいるのが、おそらく走っている車を襲われて左手を怪我した高町なのはの事だろう。

「そうかもしれないが、だからこそ、そんな危険な物は――」

 だが、彼女から攻撃をされた事は無いので、まずはこちらの話を聞いてもらう事から始めなければならない――いや、先ほどの結界の強度などを考えると話し合いの場に着いてもらえないと面倒な事になりかねない

「もしかしたら、私がいなくてもあの私に似た女の子が封印していたのかもしれないね?」
「え?」

 何を言い出すんだ?

「でも、あの子が来るまでに私が封印した青い石の数は6個――」
「ろっ!」

 それはクロノたちが思っていたよりも多かった。

「彼女が来るまでに、なのはちゃんを襲ったあの犬は何人をかみ殺していたと思う? 他の5個もどれだけの被害を出していたと思う?」

 突然そう言うふうに言われると、こちらも咄嗟に言い返す事ができな――

『その石を渡しなさい!』

 傀儡兵から合成音声が鳴り響き、女性に襲いかか――

《ラウンドシールド》
ガギィイイイイ

 女性が展開した虹色の防御魔法が、その一撃を簡単に防いだ。

「だから、あなたたちが何者でこの青い石が何なのかわからないけれど、こんな危険な物は封印処理して誰にも見つからない場所に隠すに限る!」
「なっ!?」

 魔法を使っているのに時空管理局を知らないのか!?
 いや、だとしたら、あの2人を縛るだけ縛っておいて放置していたのは管理局に見つけさせる為ではなかったというのか?
 ……それとも、単純に僕の言った事を聞いてなかったのか?

『そんな事を言って、独り占めしようと言うのね!』

 確かにその可能性もあるが……

「何とでも言えばいい――というか、そんな物を送り込んできている時点で、独り占めしようとしているのはどちらなのかは一目瞭然だと思うんだけど?」

 女性は呆れた口調で傀儡兵にそう言った。 ……僕も同意だ。
 ジュエルシードの魔力は馬鹿みたいに多い。 彼女が何か目的があってジュエルシードを集めていたとしても、6個もあれば十分だろう。 それ以上はむしろ多すぎて使いこなせないだろう――彼女がどれだけ強くても、所詮は人間なのだから。

「とにかく、あなたたちが何者なのか分からないけど、これは私が責任を持って処理しますので、これでお暇させていただきます。」

ビュワッ

 海の方へ逃げた!?





『逃がすかぁ!!』

 傀儡兵が私を追いかけてくる。

【母さんとアリシア――義兄さんたちにも悪いけど、ね。】

 あの場所に居ても傀儡兵――最悪義兄さんとも戦闘になって、街に被害が出るかもしれな――いや、まず間違いなく被害が出たはずだ。 『ミスト』の時――あの時の母さんは明らかに街への被害を考えていなかったのだから。
 だから、このまま逃げ続けて傀儡兵が陸から十分離れたら、転移魔法で姿をくらます。

【《世界を滅ぼす可能性が高いですからね。》】

『ミスト』に言われた時は信じられなかったけれど、アースラで傀儡兵が暴れているのを見て、母さんが街の被害を考えていない事をわかって泣いた事も、今では懐かしい。

【ただ、義兄さんが予想以上の速度で追いかけてきているのは想定外。】
【《これでは私たちが転移した途端に、追いかけてきている全傀儡兵のターゲットが彼に移ってしまうかもしれませんね。》】

 封印作業中に傀儡兵の攻撃を受ける可能性を考えて念の為にバリアジャケットを強化していたのは失敗だっただろうか? 防御力の代わりにスピードを犠牲にしてしまった為に――いや、傀儡兵の速度がコレで限界なのだとしたら、結局は速度を出すわけにはいかず、義兄にもおいつかれているだろう。 スピード重視の方が意味はなかったはずだ。

【共闘かな?】
【《そうですね。》】

 彼以外のアースラクルーが追いついてくる前に傀儡兵を減らす。

「そこの黒い人!」
「黒!? ……なんだ!?」
「こんなのにストーカーされていたら家に帰れないじゃないか!」
「は?」
「『は?』じゃない! このでかいのはあなたたちの物なんでしょう?」

 一応こっちは母さんの事も管理局の事も知らないと言う事にしている事を忘れない。

「違う!」

 小さい義兄さんが怒った姿は結構かわいい。

「違うの?」
「ああ!」
「じゃあ、なんで追いかけてくるの?」

 少し意地悪な質問だけど、重要な事。

「あれを操っているのが、その青い石を私利私欲の為に使おうとしているからだろう。」
「その言い方だと、あなたは私利私欲で使わないと言いたいの?」
「もちろんだ! 僕は時空か――」

 悪いけど、管理局という言葉を聞くわけにはいかない!

「なら、今はこいつらを!」
《ザンバーフォーム》
「くそっ!」
《ブレイズキャノン》

 さっきからずっと言いたい事を最後まで言えないからストレスが溜っているのかな?
 でも、こちらにも色々事情があるんだ。 ごめんね。

 まあ、それはそれとして――さぁ、戦闘開始だ!





 強い。
 傀儡兵の攻撃をものともしない防御力、そもそもこちらの様子を見たり守ったり回避すると陸に向かってしまう攻撃をわざと受ける時くらいしか当たらない機動力、そして一撃一撃が確実に致命的なダメージを与えることができるその攻撃力。
 それらのどれをとっても一流だ。

「しかし、魔法はミッド式。」

 それなのに管理局を知らないという事があり得るだろうか?

『クロノ君、大丈夫?』
「ああ。 数は多いが、確実に減らせている。」

 僕だけだったらこの数をこのスピードで片付けるのはまず無理だ。

『たぶん、彼女は――』
「わかっている。」

 残り数体になったらこっちに押し付けてまた逃げ出すだろう。

「応援は?」
『後10分。』

 早くは無いが遅くもない。

「なら、今の内にバインドしてしまうか?」
『あの人のシールドは構成が複雑なだけじゃなくて魔力自体も防御に特化しているのか、かなり固いよ? クロノ君のバインドが通用するかな?』
「多分無理だろう。」

 相手に聞かれているとわかっているからこそ牽制の意味で聞いてみただけだ。
 仮にバインドが効いたとしても、流石にこれだけの傀儡兵を相手に10分間もバインドで動けない人を守りきる自信はない。

「だが、逃がすわけにもいかない。」

 あれは本人に使うつもりはなくとも、『願いを叶えてしまう道具』だ。

「彼女ほどの魔力があれば封印処理に失敗する事も無いとは思うが……」

 どれだけ強くても、一人でできる事なんてたかが知れている。 万が一、億が一、1人でやる以上は失敗したかどうかチェックするのも彼女だけ――

『クロノ君!』
「ああ!」

 上空の空間に亀裂が!

「きゃあああああああ!」
「次元跳躍攻撃だと!?」

 彼女は咄嗟に防御したようだが、完全に防げなかったらし――

「しまった! 狙いはデバイスか!」

 彼女のデバイスが空間に生じた穴に吸い込まれるようにして消えようとしている。

「間に合ええええええええ」

 傀儡兵などこの際無視してデバイスを追う。

『クロノ君! 無茶だよ!』
「だが、あのデバイスの中にはジュエルシードが!」





 手を伸ばしても届かない現実なんて、どこにでもある。





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[14762] Return11 生きてと、願い
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/08/01 15:51
 今私の目の前で寝ている女性の顔は先日保護したフェイト・テスタロッサと似ているが、良く見ると顔のつくりはかなり違う。
 似てはいるが、それは姉と妹、母と娘、叔母と姪……
 公式記録ではプレシア・テスタロッサの娘はアリシア・テスタロッサ1人だけ。

「もっとも、その記録も20年以上前の物だから新しく娘が出来ていてもおかしくはないけれど……」

 この人がアリシア・テスタロッサかもしれないとも思ったけれど、フェイトが何も知らないと言う事とアリシアの成長した姿を予想して再現したデータとの相似点が半分ほどでしかなかった事を考慮するとそれもなさそうだ。

「そもそも姉妹だったら妹が姉の顔も知らないなんて――母親と喧嘩して家を出て、その後でフェイトさんが生まれたとしたら、母親への反発でジュエルシードの回収を邪魔すると言う事もあり得なくもない?」

 しかし、この人はジュエルシードの事を名前すら知らないようだし、傀儡兵を私たちの物だとすら思っていたようだし……
 何より、プレシアの実力を知っていたらあの攻撃に対する備えをしていないのも……

「何より、魔力光……」

 どう考えてもあのタイミングで防御が間に合うはずはないのだ。
 気絶程度ですんでいるのは虹色の――『聖王の鎧』によるものだと思われる。

「あなたは一体何者なのかしら?」

 青色に染められた髪に触れる。

「ぅ…… ん?」





 気が付いたらアースラの医療室。

ぐぅぅ~

「うぅ…… お腹すいた……」

 突然の跳躍攻撃に驚いて防御が微妙になってしまい、完全に防ぐ事が出来なかった為にバルディッシュを奪われてしまっただけでなく、そのまま気を失ってしまったらしい。
 そしておそらくこの空腹感は魔力の使い過ぎによるものだろう。

「くすくす……」
「うぇ?」

 私が寝ているベッドの横にリンディ義母さんが座っていた。

「目が覚めて最初に言う事がそれなんですか?」

 うわぁ……
 アースラには慣れちゃっていたから、つい……

「ここは時空管理局の次元空間航行艦船アースラの医療室で、私は艦長のリンディ・ハラオウンという者です。」
「え? えーと?」

 少し驚いてしまったけれど、義母さんの自己紹介が長かったおかげである程度平静を取り戻す事ができ、おかげで演技をする事ができるだけの余裕もできた。

「ここはさっきの黒尽くめの男の子の基地で、あなたはあの子の上司と言う事ですか?」
「基地…… まあ、だいたいそんな感じで合っています。」

 だいたい合っているんだ……

「それで……」
「はい?」
「できればあなたの名前を教えてもらいたいのだけど?」

 むう…… 遂にこの時が来てしまった。
 バルディッシュがいてくれたら良かったんだけど、仕方ない、か。

「ミストです。」
「ミスト?」

 あ、今間違いなく偽名だと思われた。
 10年、義理とはいえ家族をしていたからわかる。

「苗字、ファミリーネームは無いのかしら?」

 訝しんでいるけど、流石に大人の対応だ。
 でも、まさかフェイト・テスタロッサ・ハラオウンとは言えないし――ヴィヴィオ・テスタロッサというのも…… 子供の名前を奪うのは気が引ける。
 だから――

「ありません。 気が付いたらミストでした。」
「は?」

 こう言う事にしておく。

「それはどういう――」
「それより、私のデバイスはどうなりました?」

 バルディッシュを奪われちゃったって事は、ジュエルシードは全部母さんの下にあるって事だ。
 私が未来から来た事を隠す為にも、義母さんたちよりも先にバルディッシュを回収しないといけない。

「え? あ! あなたのデバイスは――」
『提督、場所の特定ができました。』
「今、所在がわかったわ。」

 なら、急がないと。

「早く取り返しに行かないと。」
「ちょっと待って、まだ聞きたい事が――」

 私はベッドから出て靴――が無い? そう言えば、来ている服も……
 バリアジャケットも魔法の1種だから感知されたらいけないというのと、未来の衣服を身につけているのもどうかと思って全部(安物に)買い替えたのに……

「あの、私の服や靴は?」
「あなたの身に着けていた物は酷く汚れていたので洗浄中です。」

 私の身元を調べる為と、念の為に危険物がないか調べているってところかな?

「汚れているからって――それってつまり、私を一度裸にしたって事じゃないですか!?」

 わざと驚いたように言う。
 答えはわかっているけれど、管理局を知らない事にしているから……

「ええ、でも、あなたは防御がある程度はできたとはいえ、あれだけの攻撃を受けて気を失ったでしょう? どちらかというと、あなたの体を精密検査する時に着ている物が邪魔だったから、ついでに洗浄してしまおうという事だったの。」
「もしも私が他人に素肌を見せてはいけない宗教の信者だったりしたらどうするつもりだったんですか?」
「あら、その点は大丈夫よ。 魔法で今あなたが着ている物と交換しただけだから誰もあなたの――顔と首以外の肌を見ていないわ。」
「そんな魔法があるんですか……」

 無数にある世界には、それこそ無数に宗教がある。
 時空犯罪者によって怪我をした現地住民に不快感を持たれない為に様々な魔法が創られていったのは言うまでも無い。

「ええ。 申し訳ないけれど、今はバリアジャケットを使ってもらえないかしら?」
「……わかりました。」

 私はさっきまで使っていた防御力重視のバリアジャケットを纏う。 ……やっぱりバルディッシュ無しで使うには構成が難しい。

「聞きたい事はたくさんあるけれど、今はあなたのデバイス――の中に入っているジュエルシードを取り戻すのが先です。 付いて来てください。」
「はい。」

 予想通り、義母さんは私を戦力として使うつもりのようだ。



────────────────────



 21個のジュエルシードの設置が終了し、これから試運転をしようという時に予想よりも少し早く管理局の艦が来た。

「残りの傀儡兵全てで相手をしなさい!」

 プレシアの一言で時の庭園のセキュリティシステムは侵入者の排除に動きだした。

「なぜあの女がバルディッシュを扱えていたのかはわからないけど、ジュエルシードの保管庫として使っていたのは運が良かったわ。」

 バルディッシュに念の――人形や犬が逆らった時の――為に色々と細工をしておいたのだ。

「色々と弄られていて、あの女のデータを取り出す事は出来なかったのは少し不安だけど、ここまできたらもう……」

 突き進むだけだ。





【バルディッシュ! お願い、返事をして!】

 何度呼び掛けてもバルディッシュからの応答は無い。

「どうですか?」
「駄目です。 ……青い石の力がこれだけ満ちている事からすると、壊してから取り出したのかもしれない。」

 リンディと共にジュエルシードの魔力が発生している場所へ急ぐ。

「傀儡兵の殆どは息子さんたちが引き受けてくれたけど…… 大丈夫なんですか?」
「ええ、あの子は私の――私たちアースラの切り札ですから。」

 10年の付き合いがあったけれど、こんなふうに嬉しそうに笑う義母さんの顔を見たのは初めてかもしれない。

「ふふ…… 信頼しているんですね。」
「ええ。」

 もっと、私から歩み寄っていれば、ちゃんとした家族になれたのかもしれない。

【バルディッシュ、お願いだから返事をして。
 私はあなたを――この世界で唯一の家族を失いたくない。】

 返事は無い。

「ミストさんのご家族は?」

 この世界にはいない――なんて言えない。
 だから、あらかじめ決めていた設定を使う。

「わかりません。」
「わからない?」
「たぶん、私は、あの青い石を集める為だけにこの世界に呼ばれたのだと思います。」
「え?」

 自分で作った設定だけど、たぶん間違ってはいない。
 母さんがアリシアを生き返らす事ができるのならば、ヴィヴィオを生き返らせる事が出来るはずだ。 だと言うのに、私はこの時間に……

「それはどういう――」

 ならば、何故今の様な状況にいるのか。
 はやてがジュエルシードを持っていた理由は推測する事しかできないけれど、私がこの時代に――この世界に来た理由はジュエルシードを集める事ではないだろうか?
 そうでなければ、時間を遡るなんて事が……

「か――リンディさん、あの扉の向こうから今まで以上にあの青い石の反応が!」
「え? ええ!!」

 おそらくこの扉の向こうには母さんが――アリシアと一緒に居る。





『クロノ君、提督たちはジュエルシードのあるところに着いたみたいなんだけど――』

 予想以上に数の多い傀儡兵を相手に苦戦しているクロノにエイミィから連絡が入ったが

「一体どうした?」

 切羽詰まった様子の彼女にクロノは嫌な予感がした。

『ジュエルシードが意図的に暴走させられているの!』
「なんだと!?」

 あれだけ大量の傀儡兵を投入して次元跳躍攻撃までして手に入れたジュエルシードをわざわざ暴走させるというのはあまりにも予想外の事態。

『提督とあの女の人が暴走を抑えようとしているんだけど、プレシア・テスタロッサがそれを邪魔して……』
「ちぃっ!」

 ジュエルシードが暴走し続けたらこのプレシアのアジトどころか、この世界を――この世界だけではなく幾つかの周辺世界が滅んでしまうだろう。
 しかし自分がこの場から離れたら仲間が――いや、仲間が全滅した後で残った傀儡兵が追いついて来てプレシアと一緒に自分たち3人を邪魔してくる事は明白だ。
 せめてこの場を任せられる――

『私がそっちに行くよ!』
「アルフ!?」
『アルフさん!?』

 空間モニターの向こうには赤毛の使い魔がいた。

『だって、フェイトを“世界を滅ぼした極悪犯の娘”にするわけにはいかないじゃないか!』
『でも、あなたは』
『じゃあ他にこの状況をどうにかできる案があるのかい!?』

 真剣なアルフの目を前に、エイミィは言葉が続かない。

「いいだろう。」
『く、クロノ君!?』

 これは賭けだ。
 それも、すごく分の悪い賭けだ。

「エイミィ!」
『はい!』

 普段と違うクロノの声に、エイミィは思わず返事を返す。

「アースラがこの次元からいつでも脱出できるように準備をしていてくれ!」
『! それって!』
「いざという時は――僕たちを置いていけ!」
『そんな!?』

 なんという残酷な命令。

「アルフ! それでもいいならこっちに来い!」
『はっ! 言っただろ! 私はそうさせない為にそっちに行くんだ!』

 アルフはポーターに走った。





「邪魔をするなぁ!!!」
「そっちこそ、こんなことはやめろおおおお!」

 研究者でありながらS級の魔導師であるプレシアの攻撃を防ぐのは正直きつい。

「ミストさん!」
「リンディさんはジュエルシードに集中して!」

 アースラで目が覚めてから、今まで以上に魔力を――聖王の力を使いこなせている。
 生命の危機を感じた事でフェイト・テスタロッサとヴィヴィオ・テスタロッサの肉体と魔力の融合の最適化とでも言えるものがなされたのかもしれない。

「次攻撃したら、防ぐんじゃなくてそっち側に乱反射させるぞ!」

 そうしたら、あなたのかばっているアリシアがどうなるかわからないぞと言外に告げる。

「黙れえええええ!!」
「ちぃっ」

 しかしプレシアの攻撃は終わらない。
 アリシアを守る結界によほど自信があるのだろうか?

【リンディさん! 応援はまだなの!?】

 ジュエルシードが今の半分くらいであったならもう少しどうにかなっただろうが、21個全ての暴走を抑えているリンディの限界は――近いだろう。

【もうすぐクロノが来るわ!】
【なっ!】

 あれだけの傀儡兵を放ってこちらに来られても困る。

【大丈夫、傀儡兵は追って来ないように手を打ったらしいわ。】
【ならいいけど!」

 宣言通りに攻撃を跳ね返す。





 思っていたよりも手強い。

「はぁ…… はぁ……」

 黄色の魔力の女の防御魔法にこちらの攻撃をほぼ全て防がれてしまうどころか、こうやって反射されてしまってはアリシアの生命維持装置にダメージを与えかねない。

「おおおおお!」

 だが攻撃はやめない。 勝機はあるのだから!

「いい加減諦めろおおおおおお!」
「ああああああああああああああああああ!!!」

 この女の後ろでジュエルシードを抑えている管理局の人間が限界は近い。
 このまま均衡状態を保っていればジュエルシードは暴走し続け、次元震が起こり、私とアリシアはアルハザードへ行く事ができるのだか――

《チェーンバインド》





「なぁっ!?」

 プレシア・テスタロッサは思いがけない方向からの拘束魔法を受けて、こちらが思っていたよりも動揺した様だった。

「あああああああああ!!!」
「うおおおおおおおお!!!」

 クロノはもちろん、ミストさんもその隙を見逃す事は無く――

バリイイイイイイン

 ミストさんの渾身の一撃が彼女を守っていた防御魔法を完全に打ち砕き――

どごぉっ!

 息子の一撃が彼女の意識を完全に奪った。

「母さん!」
「私は大丈夫! それよりもジュエルシードを!」

 抑えていられるのは後わずか。
 1秒でも早く封印して貰わないと魔力が尽きてしまいかねない。

「わかった!」
「私も手伝います。」

 ミストさん…… あなたの魔力は無尽蔵ですか?

『艦長! 大丈夫ですか!?』
「ええ、大丈夫よ。 そっちはどう?」
『傀儡兵が一体取り付こうとしましたが、フェイトさんが片付けてくれました。』
「あの子が?」
『はい。 「母さんにこれ以上罪を重ねて欲しくない」そうです。』
「……なるほどね。」
『それよりも、アルフさんが結構押されています。』
「え?」



 事件解決――には、まだ少し掛かりそうだ。





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[14762] Return12 青い石と、理由
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/08/08 16:54
 プレシア・テスタロッサが厳しく立ち入りを禁止していた部屋があると知り、この子に案内させてしまったのは失敗だった。
 ベッドで眠り続ける幼い子供を見ながら、プレシアが何の目的でジュエルシードを集めて暴走させようとしていたのかを想像できなかった事を――よりによってフェイトがそれを見てしまった事をリンディは反省する。

プシュ

 ドアが開いた音がしたので振り向いてみると、そこにはフェイトに似ている女性――ミストが両手に夜食を持って入って来ていた。

「どうですか?」

 今の状況でその言葉、それはフェイトに何か変化がなかったかと言う意味が込められている事は誰にでもわかるが――

「何も変わりません。 ずっと眠っています。」

 良い返事が出来ない事が悲しい。

「……そうですか。」

 少女の家――時の庭園で案内させたあの部屋で、少女のオリジナルであるアリシア・テスタロッサが眠っているのをアースラのクルーが見つけたのまでは良かったのだが――

「この子を部屋に入れてしまったのは失敗でした。」

 プレシアと傀儡兵との戦いで自分もミストもクロノさえも魔力の使い過ぎでダウンしてしまい、部下とフェイトに時の庭園の捜査を任せてしまったのは自分のミスだ。
 子供に見せられない様な――例えば教育に悪い物があるかもしれないと考えついていれば部下たちにそれとなく注意を促す事もできたはずなのに。

「……どんなトラップが仕掛けられているのかわからなかったんです。
 この建造物の内部を良く知る者に案内をさせた方が安全だと考えるのは当然で、か――あなたのした事は間違ってはいなかったと思います。」

 そう言って慰めてくれる彼女の気持ちはありがたい――けれど

「それでも……
 それならせめて、アルフさんに頼むべきだったと――」
「それは……」

 アリシアを見たフェイトは気づいてしまった。

『母さんが、ジュエルシードを暴走させてまで行きたかったアルハザードで、何がしたかったのか……』

 フェイトは一緒に居たクルーが止めるのを無視してアースラに急いで戻ってきて、目的を達成出来ずに意気消沈していたプレシアを収容している部屋へと突撃した。

「まさか、プレシアがあそこまで言うなんて……」

 少し思い出しただけでも、胸の奥から吐き気がする。
 己の欲望が叶わなかったのはお前のせいだと、お前など造らねば良かったと、そんな罵詈雑言を彼女は幼い子供に吐いたのだ。 一方的に。 徹底的に。

「……物事を1つの面からだけで見るのはどうかと思いますよ。」
「……わかっています。」

 プレシアを収容した部屋は常に監視していた。

「あの女がこの子の心を踏み躙った時の記録は、この子の裁判の時に有利に働くでしょう。」

 あの記録は、何も知らない、判断能力の無い子供を無理やり管理外世界に行かせ、危険なロストロギアを集めさせようとしたという、これ以上ない証拠だと言える。

「でも、それでも、こんなのって……」

 今まで黙ってフェイトの手を握っていたアルフが、涙を流しながら言葉を零す。

「あれが彼女の本心だとしたら、あの人の心は壊れているという事になる。
 ……罪が無かった事になる事は無いだろうけど、極刑と言う事はないでしょう。」

 だからと言って、あの言葉を受け入れる気はまったくないけれど。

「たぶん、この子にとってもあの人を失っていたよりはましでしょう。」

 自分を完全に否定したとは言え、母として慕っていた事実は消えない。
 いつか――プレシアが病で死ぬまでに和解する日がくるかもしれない。

「アルハザードに行かれていたら――生きているのか死んでいるのかもわからない様な事になっていたら――」

 母とわかり会える日が来ると信じても良いし、母への憎しみを生きる糧にするも良い。

「生きていくには何かしらのエネルギーが必要なのだから。」

 自分を捨てて行方不明になった母を見つける為に、執務官になる為にがむしゃらになって勉強し続けた日々は無駄ではなかったはずだ。
 事実は残酷だったけれど、それでもエリオやキャロを――家族を手に入れる事ができた。

「でも……」
「アルフ、今はその手を離さずに、声をかけ続けていて。
 あなたとこの子の心が繋がっているのなら、きっと目覚めてくれるはずだから。」

 泣きそうな顔を隠す赤毛を撫でる。

「私には……こんな事しかできないんだね。」
「それがこの子にとって一番必要な事なんだ。
 それすらできない私たちよりも、あなたの方が何倍もこの子に必要なんだよ。」
「……そうね。」

 ミストの言葉をリンディが肯定する。

「手を握るだけなら、声をかけるだけなら私たちでもできる。
 でも、温もりや思いを届ける事が出来るのは、あなたにしかできない事だわ。」

 この子にこんなにいい使い魔がいて良かったとリンディは思う。

「そうなのかな?
 私は…… 私が、此処に居る事は意味があるのかな?」
「ええ。」
「きっと、ね。」



────────────────────



「ジュエルシードって言うんだってね?」

 封印はしたものの、念の為にアースラ内部ではなく時の庭園の一番丈夫な実験場に安置しておいたジュエルシードを回収する時が来た。
 フェイトはともかくプレシアの監視は必要なのでリンディはアースラから動けないので、クロノとミスト、それと数名のアースラクルーによってそれがなされる事になった。

「ああ。 君には悪いと思っているが、管理局を――いや、僕たちを信用してほしい。」

 真剣な目と口調でクロノはミストに頼む。

「……今でも、何処か、誰にも知られない場所に隠しちゃいたいと思っているけど――」

 アースラと共闘した以上、『ジュエルシードを持った魔導師が第97管理外世界にいるという情報』が裏社会に流れるのを止める事はできないだろう。

「――君にそこまで言われちゃったら仕方ないか。」

 バルディッシュが無いので手元に持っておく事ができず、何処かに隠したとしても、誰かに発見される可能性が0では無い以上そこから動く事ができなくなり――『自分がそこにいると言う事=ジュエルシードがその付近にあると言う事』と狙いをつける悪党が――それも母さんやスカリエッティレベルの強さを持った悪党が来る事になる可能性が消せない以上、選択肢なんてないも同然だった。

「わかってもらえて嬉しいよ。」

 アースラでフェイトやアルフに優しく接し、母や自分、他のクルーたちとも友好的な関係を築こうとしている彼女の様子から、誠意を持ってお願いしたらきっと良い返事をくれるはずだと思っていたとはいえ、実際その言葉を貰えた事でクロノの気持ちは楽になった。

「私がもっと上手に、誰にも見つからずにコレを回収できていれば良かったんだけどね。」

 現に執務官だった私が、あれから10年も経っているというに、あの『ミスト』が誰なのか推――それも、間違っている可能性が高いとわかっている前提の上でしか推測する事しかできないときている。 『ミスト』には頭が下がる思いだ。

「……その場合は君1人でプレシアとフェイトと傀儡兵を相手にしなければならなかったと思うのだが?」

 フェイトとアルフがミストの存在はもちろんジュエルシードの1個すら見つけられなかった場合――それでもプレシアの性格を考えるとジュエルシードを諦めるとは思えない。

「……かもしれないね。」

 フェイトとアルフに見切りをつけて、傀儡兵による物量作戦でジュエルシードを探されたりしたら、海鳴市にどれだけの被害が出る事になるか想像もつかない。

「そっか、その場合でも、結局この艦は街で暴れる傀儡兵をどうにかする為にやって来て、傀儡兵を暴れさせた罪で捕まえたプレシアからジュエルシードの事を聞いて、街を捜索する事になっていたのかもしれないのか。」

 ジュエルシードを全て集め終えて気が緩んでいる所に義母さんや義兄さんを見つけたら動揺しない自信は無い。
 2人はそれを見逃すほど甘くないから、私を疑う事になっていた可能性は十分ある。

「そうなっていたら、魔力を隠せるあなたはともかく、高町なのはさんの魔力には気づくでしょうから、彼女がジュエルシードと何か関係は無いか調べる事になり――結局いつかはあなたに辿り着いていたかもしれませんね。」

 ……そういうルートもあったか。
 確かに、野犬に襲われたなのはちゃんを助けた時点で、彼女が義兄さんたちとの接点になっていた可能性は非常に高い。

「それじゃあ結局、私たちは出会う事になっていたのかもしれないね。」
「そうですね。」



────────────────────



 リンディ・ハラオウンは悩んでいた。
 ジュエルシードの封印回収処理が無事に済んだ事を報告しに来て、その眉間の皺に気づいて何を悩んでいるのか聞いてきた彼女の息子も悩んでいた。

「例えば、ですけど。」
「例えば?」

 クロノが1つの仮説を思いついたらしい。

「『青い石を集める為だけにこの世界に呼ばれた』というのがそのままの意味だった場合ですけど――」
「そのままの意味だった場合、ジュエルシードには21個がバラバラになった時に1ヶ所に集まる為に適した人材を召喚する機能があるのかもしれない?」
「……ええ。」

 悩んだ末に考え着いた仮説が、すでに母も思いついていたのだと知って感心すると同時に自分はまだまだ母に届かないのかと少し落ち込む。

「それは私も考えたのよ。 でもね――」

 それだとあまりに非人道的すぎはしないだろうか?

「私は彼女に名前を尋ねたのよ?」
「……ええ。 
 強制的に召喚されたのだとしたら、あまりに酷すぎる。」

 名前を聞かれて『気が付いたらミストでした。』と彼女は言ったのだ。

「ジュエルシードの危険性を考えると、そういう機能があってもおかしくは無い――むしろあるべきだとも思うけれど……」

 ジュエルシードに秘められた魔力を計測してみたら1個で世界を滅ぼす事が十分可能と言う冗談にしたいほどの馬鹿げたものだった。
 あんな危険物を管理する為ならばそう言った機能はあるべきだろう。
 しかし医務室で調べた彼女の体は、ロストロギアに偶に存在する自己防衛プログラム体でもなければ、使い魔の様な存在でもなかった。

「彼女は間違いなく生きている人間なのよ。」

 もしも、何処かの世界で平和に暮らしていた彼女を強制的に呼びだした上に名前を――いや、ジュエルシードを集めるのに不必要な記憶全てを消して『ジュエルシードを集める存在=ミスト』としての役割を押しつけたのだとしたら……

 決して許されるものではない。

「管理世界の人間だったら、まだ探しようがあるかもしれません。
 今からでも彼女の遺伝子情報を本局に送りま――何か?」

 彼女の生まれ故郷や家族がどの世界なのか、彼女のDNAなどを調べればある程度特定する事も可能かもしれないと考えたのだが、母の顔がそれを拒否していた。

「……それは私も考えたわ。」
「? 何か問題が?」

 息子の質問に言葉ではなく行動で――空間モニターに調べた事を映す事で答える。

「虹色の魔力についての――!! これは!?」

 映しだされたデータに、彼は驚愕する。

「頑張ってはいるものの、今の管理局は犯罪者に対して常に後手に回ってしまうのが現状。
 下手に遺伝子情報を調べて、それがハッカー等の手に渡ってしまったら――なんて考えただけでゾッとするわ。」

 聖王教会と接触する必要があるだろうが、交渉相手は慎重に選ばねばならないだろう。

「なんて事だ…… 場合によっては聖王教会と管理局で――って事になりかねない。」

 ベルカの騎士たちと戦って勝てないとは言わないが、宗教というものは力づくで何とかしようとしたら最後、血を血で洗う時代が何百、何千年も続くものだ。

「だからと言って、彼女をこの世界に置いて行くわけにもいかないわ。
 今回の事件の重要人物である事はもちろんだけど、家族――もちろん、彼女の世界が第97管理外世界だって可能性はあるけれど、あれほどの魔導師を住む所も家族もいない世界で1人きりにするなんて事は――ね。」

 時空管理局の提督としても、リンディ・ハラオウン個人としてもできない。
 彼女がデバイスを持っていた事からも(もちろん、そのデバイスもジュエルシードが用意した可能性もあるが)、彼女が管理内世界の人間である可能性は高いのだし。

「そもそも、ジュエルシードによって記憶などが失われているのなら今回の事件の一番の被害者であるとも言えます。
 管理局で保護する理由はそれだけで十分です。」

 管理局へ輸送中に起こった事故によってジュエルシードがばら撒かれ、それによって1人の女性の一生が狂ってしまったのだとしたら、管理局には彼女の生活等を保障する義務もあるのではないだろうか?

「……聖王の事はおいおい詰めていくにしても、今現在、私たちが彼女を保護する理由はそういう事にしておくわ。」

 リンディは思う。
 眠り続けるフェイトとフェイトの手を握って離さないアルフに優しく接した彼女を。

「ええ、ベストではないかもしれませんが……」

 クロノは思う。
 あの時、どう考えても不幸としか思えない状況で、笑ってジュエルシードを預けてくれた彼女の心情はどんな物だったのだろうかと。



────────────────────



 母さんの目的は私たちが考えていた通りアリシアを生き返ら――眠り続けているアリシアを起こす事だったけれど、その方法が想像していたのと違いすぎた。
 スカリエッティがヴィヴィオの体にレリックを埋め込んだ様に、母さんもまたアリシアの体にジュエルシードを埋め込むのだろうと思っていたら、まさか次元震を起こして虚数空間を発生させて、アルハザードへ行こうとしていたとは……

【『ミスト』がいないこの世界で、『ミストの代わり』にジュエルシードを集める為に――そう思っていたのに……】

 『ジュエルシードで人は生き返らない』

【そんな当たり前の事に今さら気づくなんてね?】

 考えてみたら当然だ。
 体内に埋め込むのなら回収するのは1個で良い。
 だと言うのに、母さんの命令はジュエルシードを全て集める事だった。

【ジュエルシードを21個も体内に埋め込んだら、制御するどころか……】

 母さんはアリシアを愛していた。 溺愛していた。
 クローンを造ってしまうほどに。 娘とクローンの違いに気づいて狂うほどに。

【いや、そんな事は想像できていた。】

 暴走したジュエルシードは――犬や猫の願いを叶えはしたが、それはおそらく正しく叶えられてはいなかったと考えていた。
 飼い犬が飼い主を襲ったり子猫が小屋の様に大きくなったりを願うとは思えないからだ。

【それでも、願えば叶うのではないかと思った。】

 助けを求めれば助けが来て

【あの時、なのはちゃんは……】

 家族を望めば家族ができて

【管理外世界の住人であるはやてにベルカの騎士が……】

 娘の復活を望めば生き返る
 1個では難しいかもしれないが、21個を正しく扱えば――

【母さんの願いはそれだけ……】

 だけど

【死んだ人間が生き返るのなら、私がヴィヴィオとこんなふうになるわけが無かったんだ。】

 そんなことを忘れて推理をしたから、間違ってしまった。

【バルディッシュ、私は全部思い出した。
 私たちがこの世界に来た本当の理由は、ジュエルシードを集める為なんかじゃなくて、私が、『こんなのは嫌だ』と願ってしまったからだったんだ。】

 死んだ者は生き返らないが、死ななかった世界に行く事はできる。

【つまり、そう言う事だったんだよ。】

 はやてが持っていたジュエルシードは、私の願いを叶えたんだ。

【『こんな』のが嫌ならば、こんな風にならないようにしたらいいって】

 今、幼いフェイトは眠っているけれど、彼女は私と違って親を失わないで済んだ。
 それはもしかしたら、わたしが心の何処で『母さんに捨てられた』事が嫌だと思っていたからではないだろうか?

【だから、この時代からやり直す事になったんだと思う。】

 ヴィヴィオを失った事だけを――それだけをどうにかしたいと思っていたのなら、ヴィヴィオと出会った頃くらいに戻っても良かったはずだ。
 時間を遡り、平行世界を移動するのにどの様な法則があるのかわからないけれど、この時代に送るよりもあの時代に送る方が必要なエネルギーも少なくて済むはずだろうし。

【バルディッシュ……】

 回収されたボロボロのインテリジェントデバイスに、想いは届かない。

【私や未来に関するデータはもちろん、あなた自身も含めて全て消したんだってね?】

 入れておいた魔法も全て消えていた。
 はやてから教わったいくつかの魔法は、未来で彼女が造った物かもしれないからだろう。

【あなたが居なくなって、この世界で本当に1人ぼっちになっちゃったよ。】

 拭いても、拭いても、頬が乾かない。

「ぅ…… う…… ううう……」





 壊れたバルディッシュに向かい合うようにして、椅子に座ったまま泣き疲れて眠ってしまったミストの体が突然動き、その両手がバルディッシュを優しく撫でた。
 その顔は無表情であったが、当然ながらそれを見る者は誰も居ない。



「バルディッシュ、今までありがとう。



 ……これからはあなたの分も私が――私が、ママの心も体も、守るからね。」





100808/投稿



[14762] Return13 車椅子と、少女
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/08/22 14:52
カランコロン♪

「こんにちわー。」

 日曜日、翠屋のドアが開いて車椅子の少女が入店する。

「はやてちゃん、いらっしゃい!」

 最近『翠屋の看板娘』と呼ばれるようになってきた高町なのはが八神はやてを歓迎した。

「なのはちゃん、いつものお願いするわ。」

 はやては常連ぶって昼飯を注文する。

「いつものって…… いつも違う物注文するじゃない。」

 なのはは苦笑しながら――

「ふふふ。 そういいながらも私の事ちゃーんとわかってくれてるやないの。」

 はやてがまだ注文した事の無いケーキを用意していた。

「にゃはは。」

ランチメニューは先週で制覇されてしまったものの、一番おいしそうに食べていたのを思い出して厨房の父に頼み、まだ種類に余裕のあるケーキからデザートを選んでいたのだ。

「今日もシグナムさんたちは来ないの?」
「うん。 ケーキは食べたいけど大事な用事があるって。」

 なのはははやての寂しそうな声と顔に、聞いちゃいけなかったかな?と、反省する。

「それより、コレ食べた後図書館に行こうと思ってるんやけど……」

 この話を続けたくなかったのだろう。
 はやては遠まわしになのはのこれからの予定を尋ねた。

「うん。 今日は雨も降っていないし、そうなると思っていたから午後からのスケジュールは空けておいたの。」
「じゃあ!」
「一緒に行こう。」



「――って、そんなに急いで食べなくても!」



────────────────────



 時空管理局本局で次元空間航行艦船用のドックで整備が終わり何時でも起動できる状態のアースラの艦長室――ようするにリンディ・ハラオウンの部屋に訪れた人物が1つの提案をリンディに持ちかけた。

「第97管理外世界に?」
「はい。」

 その訪問者はミストだった。
 ミストとフェイトはPS事件が終わって5ヶ月ほどで時空管理局の嘱託魔導師になっており、今では立派なアースラのクルーである。
 しかし、フェイトはもちろんミストも時空管理局の中ではまだまだ新人であり、提督であり艦長でもあるリンディに――高町なのはのいる第97管理外世界にアースラを向かわせたらどうかなどと提案できるような立場ではない。

「……高町なのはさんが狙われると思っているのね?」

 2人はその事を十分に承知している。
 リンディはミストがアースラに載るようになってから今まで、ミストがあの少女の事を気にかけている事も、まとまった休暇が取れる度に許可を取って第97管理外世界へ行っている事も知っている。

「はい。」

 だから、ミストが単純にあの少女に会いたいだけでそんな事を言っているわけではないと考えたリンディが辿り着いた結論がそれだった。

「確かに、あの子の魔力はかなりのものだったから、狙われる可能性は高いわね。」

 主に友人であるレティ・ロウランからの情報ではあるが、最近、複数の次元世界で野生動物が何者かに襲われ魔力を奪われるという事件が多発しているのだそうだ。
 未確認だがその何者かと接触した局員も魔力を奪われたらしいとも聞いている。

「はい。 可能性は高いと思います。」

 だが、わかっているのだろうか?

「あの子が襲われていなかったら無駄足になるわよ?」
「襲われていなかったら、襲ってくるまで待ちます。」

 ……わかっていたのか。
 そういった作戦でもない限り、このアースラが管理外世界に留まる事はできないと。

 しかし

「それは、管理局と関わりの無い世界の一般人を囮にするという事なのよ?」

 管理局で、これまでもそう言った事が無かったわけではないけれど、幾多の世界を自由に移動できる者を相手に待ち伏せ作戦など、そう簡単に認められはしないだろう。

 それにあの世界にはギル・グレアムという管理局の重鎮とその使い魔2人もいる。
 あの世界で誰かが襲われると仮定した場合、一般人の少女よりも彼の警護を優先すべきであり――そもそも、事情を説明して本局なりミッドチルダなりに避難してもらったほうが早いし確実である。
 高町なのはの安否の確認にせよ、彼女を囮にして待ち伏せ作戦をするにせよ、アースラが管理外世界に向かう理由としては……

「あの子だけじゃないんです。」

 少し困ったような顔をしてミストが言った言葉の意味が

「……え?」

 一瞬、理解できなかった。

「ジュエルシードを集めている時に見つけたのですが、あの世界の――海鳴の近くにはもう1人、なのはちゃん並みの魔力を持った子がいるんです。」
「な!?」

 恐ろしい事実が明かされた。
 高町なのはの魔力がどれほど多くても、たった1人を襲う為に第97管理外世界に現れるかどうか微妙だと思っていたが、そう言う事なら話は別だ。
 なぜなら、報告によれば野生動物は大量に襲われていたらしいのだから。

「あの、あの魔力量の子が2人、それも近くに居る世界。」

 あの世界は魔法が一般的ではない。
 どう考えても、自己防衛の為に魔力を使用する野生動物から集めるよりも、効率が良い。

「はい。 だから、可能性は高いんです。」

 迷っている時間は無いと言うように、ミストは言葉を続ける。

「犯人が何の目的で魔力を集めているのかはわかりませんが、『魔力を集める』事が目的だと言う事はないと思います。」

 リンディもそれに同意する。
 魔力はエネルギーの1種である。

「一般的に考えて、何に使うのかは分からないけれど、目標とする魔力量があると推測できると思います。」

 エネルギーを集めると言う事は、何かを動かすのに必要だから集めていると考えるべきだろう。
 犯人が集めた魔力は確認できるだけでも莫大な量のはずだ。

「そして、犯人が魔力を集めているという痕跡はここ最近、それも大量に残っています。
 これは犯人に大量の――それも、痕跡を消す時間も惜しいくらいの短時間で――魔力を集めなければならない事情ができた為だと思われます。」

 犯人には時間が無い。

「……そうね。
 目標とする量も期日もわからないけれど、彼らが事を急いでいるからこそ、大量の野生動物が襲われた痕跡が残り、それを発見した管理局の局員も襲われたのだと推測できます。
 そうだとすると、なのはちゃんやその子が狙われる可能性は高いわね。」

 リンディの言葉に、ミストの目が輝く。

「じゃあ!」
「ええ。 アースラは第97管理外世界に向かいます。
 手続きに多少時間はかかるだろうから、その間に準備するように皆に伝えてください。」
「はい!」

 笑顔のミストを見て、すでに魔力を奪われた後だったら滞在する事は無いのだけど――とは言えないリンディだった。



────────────────────



「やっぱりなのはちゃんて結構な力持ちさんやね?」

 階段の隣にある車椅子用の道はそれなりの角度がある。
 この図書館にははやて1人で通っていたのでそこまで力が必要な物ではないと思うかもしれないが、車椅子に乗っている人が自分で坂を登るのと子供が乗っている車椅子を――それも小学生が押すのとではかなり違う。

「それは…… 鍛えているからね。」

 なのははそう答えたが、実際は魔力を使って筋力増強に似た効果を出している。

「そうなん?」
「うん。
 ほら、お店のお手伝いでお皿をたくさん持ったりする事もあるからね。
 それに…… パンやお菓子を作るのって結構体力勝負なんだよ?」

 粉は意外と重たいし――こねるのもそうだけど、クリームを作るのだって――ハンドミキサーを使えばいいんだろうけど、やっぱり細かい処は手作業の方が良い味がでるのだと言葉を続ける。

「……なるほど、確かにそうやね。」

 はやてもお菓子を作る事はあるのでその苦労はわかる。
 まして、なのはが作るのは自分が家で作る様な家庭料理の延長の様なものではないのだ。

「はやてちゃんもお菓子作るんだ?」
「クッキーとかな。 もちろん、なのはちゃんのと比べられないくらいに下手やけどね。」

うぃぃぃん

 話している間に図書館の自動ドアの前に着いた。

「どうだろ?
 はやてちゃんは車椅子で両手の筋肉が鍛えられているだろうから、私よりも上手にできているかもしれないよ?」

 なのはの言葉に、思わず自分の右の二の腕を確認する。

「なんやろ、あまり嬉しくないわ。」
「えー。」



────────────────────



「アリア……」

 リンディとクロノから、彼女たちとその主に近々そちらへ行きますと連絡が来た。

「……どうしようか?」

 数ヶ月前、この世界にアースラが来たのはスクライア一族が発見したロストロギアが事故によってばら撒かれてしまったからだったので、彼女たちが監視している少女をアースラの魔力探査から隠すのがギリギリになってしまったのは苦い思い出だ。

「リンディが保護したミストって女と親交があった高町なのはがあの子と友達になるなんて思ってもみなかったからね……」

 未成年であるフェイト・テスタロッサの保護観察を彼女たち2人の主であるギル・グレアムが担当する事になった時にミストの情報をもっと入手すべきだったと思う。

「仮に、アースラが高町なのはの他にある程度の魔力持ちがいないか広域捜査をしたら、あの子だけじゃなくてヴォルケンリッターにも気づいちゃうよね?」

 八神家に魔力探査を誤魔化す結界を張ればヴォルケンリッターの4人が気づいてしまうだろう。 まして、あの一家を別の世界に移す事も不可能だ。

「あの子と高町なのはを別れさせる事もできない。」

 今までもこれからも、基本的には隠れてこそこそと監視する事しかできない自分たちが下手に動けばヴォルケンリッターはもちろんアースラにも感知されてしまう。

「幸か不幸か、ヴォルケンリッターたちは高町なのはを蒐集するのを最後――できれば蒐集しない方向で動いているみたいだから……」

 アースラが管理外世界に滞在できる期間内に高町なのはが襲われる事がなければ、闇の書は自分たちの予定通りに氷結封印できる――かもしれない。

「ミストがジュエルシードを探している時にあの子の魔力に気づいた可能性は?」
「あるわ。」

 はやては今この瞬間にも闇の書に魔力を奪われている。
 ミストがジュエルシードを集めている時――自分たちが結界を張る前にあの子の魔力に気づいていた場合、その頃と今とを比べる事が可能であり、変化がある事に気づいてしまうかもしれない。

 ミストが、結界で守られていなかった一軒家が何時の間にか結界で守られていたと認識していて、それをリンディたちに報告している可能性もある。

「あの子が闇の書ごとアースラに保護されたら?」
「闇の書とヴォルケンリッターはアルカンシェルで消滅、また10~20年後に闇の書の恐怖が再来する事になるわね。」

 それはつまり闇の書を永遠に封印できる最初で最後かもしれない機会を失うと言う事だ。

「でも、その時はその時よ。
 闇の書の事は残念だけど、代わりにあの子の未来が――よしましょう。」

 これ以上この話を続けると――

「……そうだね。」



――こころがにぶってしまう。



────────────────────



「これ?」

 本棚の上の方に、はやての読みたい本があったので、なのはが代わりに取る事になった。

「そう、その本。」

 はやての声に頷いて、3つ隣りの本棚で放置されていたのを持ってきた踏み台に乗る。

「よっと……」

 思っていたよりも重たかったのか、なのはは思わず声を出す。

「ふふ。」

 その様子を見てはやても声を――笑い声を洩らす。

「もう! そんなふうに笑わなくてもいいじゃない!」

 図書館の中なので大きなものではなかったが、その声はそこそこ響いた。

「あ、怒らんといて。 なのはちゃんが可笑しくて笑ったんやないの。」

 本を受け取りながらはやては謝る。

「じゃあ、何で笑ったの?」

 なのはははやてに本を渡した事で自由になった両手を腰に当てて、下手な言い訳だったら承知しないぞと威圧感を出す。

「なのはちゃんと出会った時もこんな感じやったなって……な?」

 おそらく何となしに手に取った本が何処に置かれていたのかど忘れした誰かが分類を無視して置いたのだろうが、読みたいと思っていた本は彼女の手が届くか届かないかギリギリの場所にあるのを発見したはやてが「ぐぐぐ……」と呻きながら手を伸ばしているのを見つけたなのはが取ってあげたのが2人の出会いであった。

「ああ、あの時もはやてちゃんの代わりに本を取ったんだったね。」

 なのはもその頃の事を思い出す。

 あの頃はまだ名前も知らないお姉さんが翠屋に現れなくなってすごく悲しかった時、お姉さんが言っていた『なのはちゃんと同じ年くらいの車椅子の女の子が1人暮らしをしている』という話を思い出したのだ。

 それからは時間があればあちこちの図書館に通ってその女の子を探し続けた。

 1ヶ月くらいしてやっと見つけた車椅子の女の子が困っているのを助けた時――こう言ってははやてには悪いけれど、あのお姉さんとの絆がまだ切れていないのだと思えた。

 もちろん今ではお姉さんの事を抜きにしてもはやてちゃんと友達になれて良かったと思っている。

「うん。 あの時はなのはちゃんと友達になって一緒に遊んだり本を読んだりするなんて思ってもいなかったけど、友達と一緒に何かするって、とっても楽しいんやね。」

 はやては少し赤くなった顔で微笑む。

「わ、私も、はやてちゃんと友達になれて良かったって思ってるよ?」

 はやての少し照れくさい台詞になのはも顔を赤くしながら同意する。

「ふふふ。」
「にゃはは。」

 2人は小さな声で笑う――が、突如なのはの右手がはやての頭に伸びる。
 はやてはなのはが自分の頭を撫でようとしているのだと思い、それをしやすいように頭を前に動かす――と、なのはの左手も右手と同じ様に拳の形ではやての頭に伸びた。

「え?」

 拳の形で?
 何で?

 何処の指の何間接かわからないが、はやての両方のこめかみに当てられた。

「ちょっ? 待って? 何? 何なの?」

 はやては慌てて頭を動かそうとしたが、残念な事に、喫茶店のお手伝いでお菓子作りをしたりお皿を運んだりして鍛えられたなのはの両手から逃げ出す事は出来なかった。

「はやてちゃんが私を笑った事に変わりは無いの。」
「え?」

 何とか、動かせる範囲で頭を動かしたはやてが見れたなのはの顔は、言葉では表現できないくらいにとても素敵な笑顔だった。

「なのはちゃん? できれば、私たちの友情に免じてこの手を離してほしいんやけど?」
「良い話で誤魔化そうとしても無駄なの♪」

 はやての提案は却下された。



────────────────────



「……フェイト?」
「大丈夫。 ちょっと、思い出しただけ。」

 ベランダから外を見ると、太陽はすでに沈んでいて空には無数の星が浮かんでいる。
 少女に取ってこの世界はあまり良い――むしろ辛い思い出しかない。

「この時間だと翠屋は開いていないだろうし、家を訪ねるわけにもいかない。」

 ミストは少し残念そうだ。

「なら――僕とミストはもう1人の魔力持ちの様子を見に行くから、その間にエイミィとフェイトたちはこの部屋の掃除や片付け、機材の使用準備を頼む。」
「うん。」
「了解。」
「任せときな。」





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100822/誤字修正



[14762] Return14 4人組と、疑問
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:5aa505be
Date: 2010/08/22 16:41
「どういう事だ?」

 クロノが睨みながらどういう事なのか聞いてくる。

「……私が知る限りでは、1人暮らしだったんだよ?」

 念の為に魔力は抑えてくれているけれど、怒気を隠す気はまったくない彼の様子に怯えながらも、ミストにはそう答える事しかできなかった。
 彼女にとってもこれは予想外――いや、『かつて』を思い出せば十分に予想可能な出来事であったのかもしれないが、フェイトと一緒に嘱託魔導師になる為に忙しかった事もあって、全く思いつきもしなかった事態なのだ。

「……魔力を抑えているが、彼女たちは間違いなく魔導師だ。」

 深夜――と言うには少し早い時間、少し高い建物の屋上から見下ろす八神家にばらばらに帰宅した謎の4人から魔力を測定する事ができた。
 高町なのはや八神はやての他にも魔力を持った者がいないか調べる為に専用のデバイスを持ってきていたのだ。

「そうだね。」

 その証拠に、八神家には数か月前には存在しなかった結界が張られている。
 それほど強度があるわけではないが、自分たちの様な魔導師がある程度近づいていたらあの4人にそれを知らせる様な構成が組まれているのだろうと推測できる。

(シグナムさんたちがいる……)

 ミストは時々この世界に来てなのはからはやてと友達になった事は聞いていたのだが、シグナムたちの事を聞いていなかったので少し驚いており、なのはちゃんが彼女たちの事を話してくれていればクロノに睨まれる事も無かったのにとさえ思っている。

 思い出してみると、『かつて』、この時すでにはやては時空管理局で無限書庫の司書になる為の勉強をしていたはずなので、八神一家が勢ぞろいして居てもおかしくはない。
 おかしくはないのだが……

(確か、はやての後見人って私もお世話になったギル・グレアム提督だったはず。
 『かつて』のはやてもこの世界の人間だからジュエルシードの事件に巻き込まれたとかして、それがきっかけで管理局に勤める事になったとか考える事も出来るんだけど……)

 わからないのはシグナム・シャマル・ヴィータ・ザフィーラの4人がベルカの騎士であると言う事だ。

 グレアム提督が一般人だったはやての事を心配したか何かで、その地位やコネ――例えば彼が過去に解決した事件であの4人に貸しを作っていたとかで、それを理由にはやての家族になってもらったのかもしれない、などと考える事も出来たのだが……

(管理外世界で結界魔法を使うくらいならさっさと本局やミッドチルダに移住してしまえばいいのに、それをしない理由は何?)

 管理外世界で魔法を使うのはグレアム提督の首を絞める事にならないだろうか?
 それとも、あの4人はギル・グレアム提督とは関係が無かったのだろうか?
 いや、例えそうだったとしても、グレアム提督がはやての後見人である事は事実だ。
 なぜなら、自分はいざという時の為に一度八神家に不法侵入して提督の住所や電話番号を入手した事もあるのだから。
 (バルディッシュが壊れてしまったので入手した情報は手元に無いけれど)

(生活費、少なくとも食費は5倍――いや、子供1人の生活から大人2人、子供2人、ペット1匹に増えたのだから5倍どころではないはず。
 つまり、あの4人が『今月現れた』のでもない限り、後見人であるグレアム提督は八神家の人数が増えた事を知っているべきなんだ。
 そして、提督の預かり知らない処で家族が増えたのだとしたら、あの人の立場と性格から考えてリーゼたちを使って調べさせているはずだから、シグナムたちが魔導師・ベルカの騎士だと言う情報は手に入れているはず。)

 はやてを1人暮らしさせているのは、一緒に住むと管理局の重鎮に恨みを持つ組織によるテロなどに巻き込みかねないからと考えれば、まあ、わからないでもない。
 でも、魔法を知っている――ベルカの騎士である以上、多少は管理局と関係のあると思われる人物が4人もグレアム提督の指示ではやての家族になっているのだとしたら、はやてに管理局の事を説明して移住させてしまったほうが安全で面倒も少ないだろうし、提督としての立場から考えても色々とリスクが低いはずだ。

「ミスト?」

 クロノの声で自分が考えに没頭しすぎていた事に気づく。

「とりあえず、あの一家の戸籍とかを調べてみない?」
「うん?」

 クロノはミストの提案に首をかしげる。

「考えてみてよ。
 つい最近までは子供の1人暮らしだったのがあんなふうになっているんだよ?」
「確かに気にはなるが、今回の事件に関係の無い事を調べるのは、な。」

 クロノとしては魔力を奪われる可能性のある存在が4人も増えたので、今回の事件の犯人がこの世界に来る可能性が上がった事の方が――

「あの4人が今回の事件に何も関係がなかったとしても、未登録かもしれない魔導師が管理外世界で一般人の家族になっているんだよ?
 こう言ったらなんだけど、あの4人は管理外世界に逃げてきた次元犯罪者で、魔法であの子や周りの記憶を操っているっていう可能性も……。」

 あの4人ははやての事を慕っていたので、そんな事は無いと思うけれど、この世界が自分の知っている歴史から外れてしまっている事はどうしようもない事実だ。
 念には念を入れて、あの一家がどういう状況にあるのか調べておくのは悪くないはず。

「……なるほど。
 あの4人が未登録の魔導師で一般人の子供を洗脳したりして住む場所を確保しているのなら、何か後ろめたい事がある可能性は低くない。
 幸か不幸か、この世界にはフェイトの保護観察を担当してくれているギル・グレアム提督もいるから、作戦でうかつに動けない僕たちの手に余る様な事態であっても、グレアム提督や彼の使い魔の2人に協力してもらう事も可能だな。」

 その言葉にミストは頷くが

「でも、まずは私たちで調べよう。」
「……そうだな。」

 最初からリーゼ姉妹に任せてしまおうかとも思っていたクロノだが、高町なのはに八神はやてを紹介してもらう形で接触する事になっていた事を思い出し、どうせならある程度調べてから頼んだ方が失礼にならないだろうと考えてその提案に乗る事にした。



────────────────────



【こんばんは。】

 きりの良い所まで呼んだ本に栞を閉じて、寝る前にトイレへ向かおうとしたその時、3週間ぶりくらいにお姉さんの声がした。

【こんばんは! お久しぶりです。】
【うん、久しぶりだね。】

 しかし、お姉さんの声がいつもよりも力が無い気がした。

【今日はどうしたんですか?】

 それにいつもと違ってこんな夜の遅い時間に……

【私が時空管理局って所で働く事になったって言うのは前言ったよね?】
【はい。 あの青い石みたいな危険物を封印したり、悪用しようとする人たちを捕まえたりするお仕事ですよね?】

 他にもいろんな世界があると言う事なども聞いている。

【うん。】

 お姉さんの声がさらに弱くなる。 ……まさか。

【もしかして、また何か危険な物がこの世界に?】
【少し違うけど、まあ、似たような事態になるかもしれないんだ。】

 世界は無数にあるらしいのに、なんでこの世界に短期間で2回も?

【その事について話したい事――というか、会わせたい人たちがいるんだけど。】
【それじゃあ、明日――は塾があるから、明後日の午後5時に翠屋に来てもらえますか?】
【ちょっと待ってね……】

 念話は繋がっているけれど、話が途切れる。
 『会わせたい人たち』が側に居て、明後日の午後5時に都合がつくか聞いているのかな?

【なのはちゃん、明後日のその時間に翠屋で会いましょう。】
【はい。】
【それじゃあ、念話を終わるね。 本当に、こんな遅い時間に連絡してごめんね。】

 お姉さんが本当に申し訳なさそうにされると、こっちも申し訳ない気持ちになる。

【そんな事無いです。 私はお姉さんが私に連絡をくれてとても嬉しいんです。】

 お姉さんが時空管理局とかいうお仕事の事で私を頼ってくれるのは本当に嬉しい。

【そう言ってくれると気が楽になるよ。 それじゃあ、おやすみなさい、良い夢を。】
【はい。 おやすみなさい。】

 この世界でまた事件が……

 アリサちゃんやすずかちゃん、はやてちゃんたちが巻き込まれたりしない為にも、できるだけ協力できる事はしようと――

「ぁぅ、と、トイレ……」

 ――なのはは誓った。



────────────────────



「うん?」

 自分以外の4人が眠りについて暫くした頃、ザフィーラはこの世界でそれまで感じた事の無い魔力を感じ、目を覚ました。

(方角は海鳴市…… 高町が空を飛ぶ夢でも見ているのか?)

 自分たちでさえも驚く程の魔力を持ちながらどこか抜けている主の――今ではヴィータとも友人である少女の事を思い出す。

(いや、違うな。)

 確かに高町なのはの魔力も感じるのだが、それとは別に、もっと大きな、それでいてどこか懐かしい魔力も感じる事ができる。

(何者だ?)

 この状況だと、この謎の魔力の持ち主は高町なのはを発見してしまうだろう。 いや、すでに発見している可能性の方が高い。

(シグナムたちを起こすべきだろうか?)

 しかし、彼女たちは魔力の蒐集でとても疲れている。
 主の前ではそんな様子は見せなかったが、付き合いの長い彼にはそれがわかる。

(この家には結界を張ってある。
 発見される事はないだろうが、今シグナムたちを起こして下手に動くと感知されてしまう可能性もある。)

 うかつには動けない……か?

(……これほどの魔力を持つ者を蒐集する事が出来れば、高町なのはを蒐集しなくても主を救う事ができるかもしれない。)

 できることなら、主の為にもヴィータの為にも、あの心優しい少女との関係は友好的なままでありたいと思う。

【ザフィーラ、起きている?】
【シャマルか。】

 それ以上は念話をせずに、2人(1人と1匹?)は1階に降りる。
 何も言わずとも、この正体不明の魔導師に自分たちの念話を感知されてしまう事を避けて直接話し合うべきと判断したのだ。





「確かに、さっきの魔力の持ち主を蒐集出来ればなのはちゃんに迷惑をかける事無くはやてちゃんの足を治せるかもしれないけれど……」

 今までこの魔力の持ち主を感知できなかった事を考えると、相手はこの世界の外から来た可能性が高く、それはつまり時空管理局の局員である可能性も高いという事でもある。

「確かに、管理局の者である可能性は確かに高い。
 だが、だとしたらあまりにもうかつすぎはしないか?
 もしも管理局の者たちが、我々がこの世界に居る事を突き止めたのだとしたら、こんな魔力を垂れ流しにするとは思えん。」

 管理外世界での魔法の使用は基本的に禁止されているはずだ。
 これほどの魔力の持ち主がそれを破る理由は一体何だろうか?

「仮に、先ほどの魔力が我々を――野生動物などから魔力を蒐集している者たちをおびき寄せるための罠だったとしても、だ。」

 こんな遅い時間に魔力を放出する意味がわからない。
 そもそもこの世界には闇の書に蒐集させる程の魔力を持った生物がほとんど居ない。
 ゆえに、罠を仕掛けるにはあまりにも場違いと言わざるを得ない。

「確かに意味がわからないわね。」

 さっきの魔力に反応して人気の少ない夜の街に――それなりの魔力を持った私たちが出て行ったら、自分たちが犯人だと言っている様な物ではないか。

「こんな事をしたら犯人――私たちを警戒させるだけだわ。」
「うむ。 管理局が我らの知らぬ間にそこまで愚かになっているとは思えん。」

 思えんというよりは、思いたくない……
 仮にもあの組織は次元世界の平和を維持する為に存在するのだから。

 だとすると、考えられるのはこの世界出身の魔導師が帰郷して、それを家族に教える為に念話などの魔法を使用したのではないかというところか?
 それはそれで、管理外世界での魔法の使用と言う面でどうかと思うが……

「どちらにせよ、こちらから手を出す分けにはいかないわね。」

 『魔力を持った生物の少ない管理外世界へ帰郷した1人の魔導師が蒐集される。』
 そんな事態になったら管理局が2つの可能性を思いつくだろう。

 1つは只の偶然。
 もう1つは、犯人のアジトがこの世界、又は付近の世界にあるのではないか。

 前者は希望的観測すぎる。
 ゆえに後者を想定するべきだ。

「蒐集するにしても最後の最後だな。」

 決意し誓ったあの日から、はやての容体は少なくとも悪化はしていない。
 今以上の、それも無用なリスクを背負ってまで蒐集する必要は無いだろう。

「……そうね。」



────────────────────



『八神はやて一家の情報収集?』
「はい。」

 高町なのはの都合により彼女との接触は明後日になった事で暇になった明日に八神一家の戸籍やら何やらを全部調べるだけ調べてみないかとミストは提案した。

「未登録かもしれない魔導師がこの世界に4人もいるんです。
 高町なのはと八神はやて以外にも大きな魔力を持った者がこの世界に集まっているという事は、犯人が少女2人だけではなく彼らをもターゲットにする可能性もあります。
 彼らが何者なのか、その素性を調べておけば――」
「共闘する事も可能かもしれません。」

 敵はすでに莫大な魔力を集めており、その魔力で自爆でもされたらどれだけの被害がでるかわからない。
 だからと言って――というか、だからこそ今現在時空管理局は様々な世界へ調査に向かっているのだ。

 ……管理局の限られた人材や物資を無限に存在する数多の世界へ派遣する為に――犯人を発見した時に援軍が遅くなる事を覚悟したうえで。

『敵は複数犯である可能性が高くなった以上、戦力が増えるのは嬉しいけれど……』

 魔力を奪われた被害者数名が意識を取り戻したそうなのだが、1人は赤いバリアジャケットの女の子、1人は薄い赤色のバリアジャケットを着た胸の大きな騎士の様な女性、1人は気が付いたら胸から女性の手が生えていてリンカーコアを剥き出しにされていた……などなど、少なくとも3パターンが目撃されており、魔法で姿を変えている可能性もあるけれど、それにしてはたった3パターンでしかない事から、最低でも3人の魔導師が魔力を集めていると考えて捜査するようにとアースラなどに連絡が来たらしい。

「ちょっ! ちょっと!」
「それは本当ですか!?」

 ミストが叫び、クロノもそれを聞いて驚いた。

『ど、どうしたの?』

 クロノはミストを見て、彼女が頷くのを確認してから報告する。

「1人暮らしだった八神はやての家に増えていた4人のうち一人は赤い服の女の子で、さらにもう1人は――胸の大きな騎士の様な女性なんです。」
『え?』
「その、着ていたバリアジャケットとか、胸が大きいとか、それ自体は大した情報ではないけれど、今、この時期に、正体不明の……」

 ミストが(クロノが言い難いであろう部分を)続けて報告する。

(シグナムさんたち、一体何をしているんですか……)

 かつて、何度も接近戦の訓練相手になってもらった顔を思い出す。

『……徹底的に調べましょう。
 仮に事件と全くの無関係であっても、未登録かもしれない魔導師ですものね。』

 遠慮する必要は何処にも無い。
 リンディのその言葉は、機械越しだというのにクロノとミスト――その場に居たフェイトとアルフ、エイミィたちの体も震わせるのに十分だった。

「りょ、了解しました!」
「徹底的に調べます!」
『ええ、お願いします。 こちらもやれる事は全部やるわ。』
「では、今日の報告はこれで!」

 ふふふと笑うリンディの顔が怖くて、ミストは通信を切った。

「リンディさんって、あんなに怖いんだ……」

 しかし残念な事に、このメンバーでアルフに抱きつきながらそう言ったフェイトの可愛さに気づける余裕を持った者はいなかった。

「本当、提督で艦長やっているだけの事はあるって事だね……」

 フェイトをしっかりと抱きしめながら、これからもリンディの機嫌を損ねないようにしようとアルフは誓った。

「クロノ君……」
「エイミィ、フェイトとアルフはともかく、君は慣れているだろ?」

 クロノの手を握り締めるエイミィは涙目だ。

「あれは、慣れているとか、いないとかって話じゃないでしょう?」
「それも、わからないじゃないけどな。」

 開いている方の手でよしよしとエイミィの頭を撫でる。

「とにかく、今日はもう寝よう。
 明日、役所が開いたらすぐに行動できるようにしよう、ね?」

 ミストもかなり動揺していたが、10年近く執務官としてがむしゃらに働いていただけの事はあるのだろう、子供たちよりはまだ余裕があった。

「そ、そうだな。
 アルフ、フェイトを寝室に運んでやってくれ。」
「う、うん。 ほら、フェイト、一緒に行こう。」

 アルフとフェイトは与えられた部屋へ行く。

「ミスト、エイミィを――」
「確かに私たちは同じ部屋だけど――今日は一緒にいてやれば?」

 視線をクロノから震えて彼にしがみついているエイミィに移す。

「なっ!」
「それじゃ、私ももう寝るね。 おやすみ。」

 そう言って、ミストは与えられた部屋へ消えた。

「待ってくれ!」



 置いていかれたクロノにできたのは、エイミィの頭を撫で続ける事だけだった。





100822/投稿



[14762] Return15 不可解と、現状
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/08/29 15:28
(あの人が亡くなる前にも、これと同じ様な事件があった。)

 分厚い窓の向こう側にある、数えきれない星々が光り輝いている景色を見ながら、泣いて暮らしたかつてを想う。

(職務上、魔力を鍛えに鍛えた時空管理局の局員たちはもちろん、ほんの少しの魔力しか持っていない一般人すらも魔力を奪われて殺されると言う事件が、確かにあった。)

 星の輝きは、どの世界でも変わらない。
 変わらないからこそ、ここではない世界の事を想えるのかもしれない。

(後日、闇の――ロストロギアの暴走を防ぐ為にエスティアと共にその命を犠牲にしたクライドさんは英雄として報道されたけれど、ほぼ同時に起こっていた魔力を奪われて死んでいった人々の事件に関連性があったのかどうかは報道される事は無かった。)

 未発見のロストロギアによる事件だと説明された遺族たちが、それは何と言う名前のロストロギアで、何のために魔力を集めているのかなどの問い合わせが来たらしいが――

(『これと同じ様な事件は定期的に起きており、おそらくこのロストロギアは定期的に魔力を集めるものであると推測する事しかできない』か……)

 闇の書についての情報は管理局内で隠された。
 当然だ。
 闇の書についてわかっているのは、素質があると言うだけの人の前に突然現れて、魔力を蒐集して闇の書を完全に覚醒させることができたらあらゆる願いが叶うなどと唆し、言われた通りに魔力を蒐集したらその世界を滅ぼすと言う事と……

(破壊しても、再生し、再び素質のある者の前に現れて同じ事をする……)

 時空管理局に取って最も厄介と言っても過言ではない、世界を1つずつ滅ぼしていく為に作られたとしか思えないロストロギア、闇の書。

(……闇の書がどういう物なのか、管理局が報道したことによって知る事ができ、それによって甘い言葉に騙される事が無かったとしても、時空管理局に通報する事もまた難しい。)

 魔力の蒐集が主の意思とは関係なく行われるのだとしたら、主になった瞬間に殺人を犯してしまっているのだとしたら、その罪は選ばれてしまった自分にあると言う事にされてしまったら……
 もちろん、闇の書がそういう物である可能性を管理局も想定しているが――

(それを証明する事は非常に難しく、それでいて照明する事が出来なければ、主になった者には『自分の私利私欲の為に人を殺した可能性がある』というレッテルが張られてしまう事は避けられない。)

 『魔力を集めれば願いが叶う』という部分が、どうしても疑心暗鬼にさせるからだ。

(自分の意思とは無関係なのに犯罪者扱いされるリスクを背負いたいなんて人はいないだろうから、主になった者は闇の書を管理局に提出するどころか、むしろ隠そうとする可能性の方が高いでしょうね。)

 例えその結果世界が滅ぶ事になると知っていても……
 『自分の意思で人殺しになったわけではないのに――いっそ、こんな世界なんて無くなってしまえばいい
 そんなふうに自棄になる者が必ず出てくるだろう。

(まぁ、自棄になるより先に『もしかしたら世界が滅ぶというのは嘘かもしれない』と考えたり、『世界が滅ばないように願えばいいのでは?』と考える者がでたりするだろうけど。)

 闇の書の情報を公表したら、管理局に持ち込んでくるのはよほどの考えなしかお気楽な者だけだろう。
 ……『何か叶えたい願いを持っている』事が『闇の書の主に選ばれる資質』である可能性もある。 その場合、情報を公開したら公開していない時よりも管理局に出頭してくる可能性は減るだろう。

(それだけじゃなくて…… 闇の書に選ばれた為に『それまでの犠牲者の遺族たち』の憎悪が全てその人に向けられる事になる――かもしれない。)

 時空管理局が創設されるずっと前から存在し、命を奪い世界を滅ぼしてきたロストロギアが闇の書である事を公開したら……

(もしも目の前に闇の書の主が現れたら、私も憎しみをぶつけてしまうかもしれない。)

 だから、闇の書については公表されない。

 それが具体的にどういった物なのかわからなければ、「目の前に突然ロストロギアが現れた。」と通報してくるだろうから。
 主になった者や、その周囲の人がある程度の常識を持っていれば、「本当にこれが魔力を集める事で願いを叶えてくれる便利な物であるならば、前の持ち主が手放すはずが無い。 だというのに自分の目の前に現れたと言う事は、これにはそんな力は無い。」と、気づくだろうから。
 大切な人を奪われた者たちに具体的な憎しみの対象を与えてしまう事で『選ばれてしまった人とその家族や友人たち』の命が危険になってしまいかねないから。

(レティが私に今回の事件について『闇の書』と言う単語を使わないのは、私が犠牲者の遺族だからなのでしょうね。)

 本当は事件に関わらせるのも避けたいはずだが、それができないほど管理局は人材不足なのだろうと――同情してしまう。





 ふと思い出す。

(エイミィやフェイトを怖がらせてしまったわね。)

 今度何か美味しい物でも奢ってあげないといけないかしらと、モニターの向こう側でぶるぶると震えていた2人の様子を思い出してクスリと笑ってしまい――ある事に気付いた。

(あら、さっきまであんなに憤っていたはずなのに……)

 あの2人を怖がらせてしまった事に気づいて、それを反省できるという事は――

(11年と言う時間が、私の中の復讐心をある程度消してくれたのかもしれないわね。)

 ――復讐に心囚われて、それしか見えなくなるような、前しか見えなくなるような激しさはもう無いという事だ。

(不思議ね?
 あなたへの想いは消えるどころか、前よりもっと大きくなっているのに……)

 目を閉じる。
 瞼の裏に浮かんだ夫は、11年前と変わらない姿で自分に微笑んでくれた。



────────────────────



『やっぱり、あの4人はこの国の戸籍を持っていないみたいだね。』

 朝の早いうちからそそくさと出かけて行ったエイミィからの連絡で、八神家にあらわれた謎の4人組がこの世界の人間である可能性が減った――というよりも、グレアム提督によって八神家に送られた存在ではない可能性が高まった。
 グレアム提督があの4人にはやての家族になるように命令したのだとしたら、彼らの戸籍を作っていないなんて事態にはならない――と、考えられるからだ。

(私の時は、シグナムさんたち4人はグレアム提督が後見人だったはず。
 はやてが第97管理外世界で中学校を卒業して本局に正式に移住した時に、「これでやっと4人と正式な家族として認められるようになった。」と言っていたのを憶えている。
 実際、グレアム提督だけではなくて義母さんや義兄さんもあの4人が八神を名乗れる事をとても嬉しそうにしていたし、細かい手続きとかも進んでしていた――と思う。)

 だと言うのに、グレアム提督はこの時点のあの4人の身元保証人にすらなっていない。

(私がこの時代に来て、『ミスト』が現れなかった事でここまで事態が変わ――!?)

 1つの恐ろしい可能性を思い至る。

(シグナムさんたちが『はやての家族になって、なおかつ魔力を集めていた』のを『私が知らなかっただけ』って事は?)

 私の知る世界とこの世界の違い――

(あの時はまだ執務官にはなっていなかったけれど、隣に居る幼い自分と同じ様に嘱託魔導師の資格は持っていた。
 同じ嘱託魔導師であるのに、私は『何者かが魔力を集める事件』を知らなかったのに、このフェイトは『事件』に関わっている……)

 それは、フェイトの境遇ではなく――

(それは、私の時はすでに『魔力を集め終わっていた』って事だとしたら?
 魔力を持った野生動物を大量に襲うまでもなく、必要な量の魔力を集める方法が、私の時にはあったというじゃないか?)

 『未来から私が来た』事ではなく、『ミストが現れなかった』事こそが、私の時と今との決定的な違いだとしたら?

(その一撃で傀儡兵を――それも、母さんが作った特製の傀儡兵2体以上を簡単に破壊できるほどの魔力を持った存在が――野生動物数百匹なんかよりもはるかに多い魔力量を持っている存在が、私の知る第97管理外世界には居た。)

 その違いこそが、八神家の違いに繋がるのだとしたら……

(私の知るシグナムさんたちは、『ミスト』から『魔力を集めた』という事なんじゃ?)





「ミスト? どうしたんだ?」
「あ…… いや、あの4人の事が余計わからなくなったなって思ったんだ。」

 また、考え込んでしまった。
 どうも、戦闘以外でマルチタスクを使う事が下手になっている気がする。

(……子供だったヴィヴィオと1つになってしまったからかな?)

「そうだな。
 彼らが何者なのかわからないけれど、管理外世界で――それも子供を洗脳してまで身を隠しているとしたら、戸籍の偽造すらしていないのは……」

 あまりにもうかつすぎはしないだろうか?

「やっぱり、おかしいよね?
 戸籍を偽造するスキルを持って居ないとしても、洗脳魔法を使えるのなら、そこらの暴力団とかに作らせる事はできるだろうに、それをしていないって言うのは……」

『1人暮らしの車椅子の少女』
 どう考えても目立ってしまう特徴を持つ八神はやてはこの町内ではかなりの有名人であり、そんな所に3人と1匹の家族が――それも、八神はやてと負けず劣らず、むしろ互いをより目立たせてしまうような目立つ人たちが堂々と八神家の一員と名乗ったりするなんて、怪しんでくださいと言わんばかりなのに、だ。

「仮に怪しまれなかったとしても、どうしても噂になっちゃうよね?」

 子供を洗脳してまで管理外世界に身を隠す必要があるとしたら、もう少しこそこそとしていてしかるべきなのではないだろうか?

「そうだな。」

 それに、どんなに慎重に行動しても事故や事件に巻き込まれる可能性は0にはならない。
 病院に運ばれたりした時に保険証――どう見ても日本人ではないので、この場合は身元確認の為のパスポートなどがなければ犯罪者として扱われてしまうだろう。
 そんな、少し考えれば誰にでも想像できる事に――何かあった時の準備をせずに、あんなに目立つ行動をするというのは愚かとしか言いようがないと思う。

「……私が母さんにジュエルシードを集めるように言われて、アジトとして使っていたあのマンションも、母さんが裏で色々して手に入れたんだろうし……」
「あいつはマンションの管理システムにクラッキングでもしたんだろうけど……
 あいつみたいによっぽど腕に自信がなかったら、そんな事はしないだろうからねぇ……」

 事故によって行方不明になったジュエルシードを探しに来た管理局が、海鳴の新聞などのメディアからジュエルシードが海鳴近辺に落ちている可能性に気づく可能性はある。
 その場合、フェイト――ジュエルシードを集めている不審な魔導師が海鳴のどこかに身を隠しているではないかと考えて、不動産関係の会社などのコンピュータを隅から隅まで探る可能性を考えると、よほど自信が無い限りは別の方法を取るだろう。

「母さんは元々研究者だったみたいだから、管理局にばれないようにデータを改ざんする事ができたんだろうけど……」

 フェイトとアルフも、あの4人が何を考えて戸籍などの偽造もせずに居るのか見当がつかない。

「偽造でも戸籍があれば、住処も働く場所も、面倒な事をある程度なんとかできる。
 何かある度にデータを改ざんしたり洗脳魔法をかけたりする手間もかからない――第三者の手によって偽造戸籍を手に入れると金銭的な問題が生じる可能性もあるけど、それこそ洗脳魔法が使えるなら後腐れも無いだろうし……」

 魔導師は、魔法の存在が認められていない世界では犯罪行為をやりたい放題なのだ。

「じゃあ、洗脳魔法が使えないって事は?」
「いや、それはないだろう。」

 自分たちで戸籍の偽造もできず、第三者に作らせる事もしないのはそういう理由からなのではとアルフは考えたが、クロノはそれを否定した。

「八神はやては、自分が独り暮らしの障害者の子供だと言う事を――自分が社会的に弱い立場にあると言う事を理解できるだけの知識と知恵を持っている。」

 八神はやてのこれまでを考えると、防犯意識はそこらの人たちよりも高いはずだ。

「その彼女が身元不明の人間3人とオオカミの様な大型犬1匹を家に上げて、そのうえ家族の様に一緒に暮らすようになると思うか?」

 いくら子供とはいえ、長く一人暮らしをしていた者がそんな事をするだろうか?

「そうか…… そうだよねぇ……」

 あの4人が身元を偽造していれば、それを調べて行く事でどんな『洗脳魔法』が使えるのか、もしくは偽造するのに必要なお金を『どの様にして得たのか』などと言った情報を得る事が出来たかもしれないが……

「なのはちゃんに紹介してもらう時に、洗脳されているかどうか調べないと、だね?」

 やはり、高町なのはの協力は必要不可欠の様だ。

「他に手がかりになりそうな物も無いし……」
「あの家の近所の住人に聞き込みを――駄目か。
 彼女たちは近所に受け入れられているみたいだし、僕たちが聞き込みをしていたと言う事はすぐにばれてしまう。」

 他に打つ手が無――

『あの、さ?』

 エイミィから再び連絡が入る。

「どうした?」
『あの4人の情報は何も手に入らないから、はやてちゃんの事を調べてみたんだけど……』
「ん?」
『あの子、ギル・グレアム提督の関係者みたいだよ。』
「は?」
「え?」
「なんだって?」

 グレアム提督と昔から付き合いのあるクロノはもちろん、彼に保護観察されている事になっているフェイトとアルフもまた驚いた。

「誰?」

 朝早くにエイミィが八神家を調べに言った時点で、はやてとグレアムの間に繋がりがある事はばれるだろうと予測していたミストは、予定通り何も知らない演技ができた。





「じゃあ、あの4人はそのグレアム提督の関係者――ってことはないか。
 仮にも時空管理局の提督が、ちょっと調べただけで身元を証明する物が何もない事がわかっちゃうような状態の魔導師を管理外世界に置いたりはしないだろうから。」

 ギル・グレアム提督について、フェイトからはお世話になった人、クロノからはその輝かしい功績を聞かされたミストはあの4人もグレアム提督の関係者ではないか――と言う事をすぐさま否定した。

「そうだね。」

 フェイトはミストに賛同する。

「一応、かあ――艦長の方からレティ提督に確認を取ってもらおう。
 提督の関係者だとしたら、管理局に届け出が出ているかもしれない。」

 クロノも同じ考えだが、このメンバーの中で一番長く管理局に勤めている事もあってか、念の為に人事部に連絡を取る事を提案した。
 可能性は低いが、あの4人はグレアム提督の部下であり、何らかの任務の為にあんなあからさまに怪しい状態で居るとも考えられるからである。

「グレアム提督に直接確認を取るのは駄目なのかい?」
「……管理局に連絡がついてから、だな。」
「?」

 アルフの疑問にクロノは歯切れの悪い返事をする。

「八神はやて――時空管理局の提督が保護している事になっている少女が洗脳されている可能性があるって事を忘れたのか?」
「あ!」
「そう言う事か……」

 クロノの一言で、フェイトとアルフも八神はやてがギル・グレアム提督に対する人質である可能性に気付いた。

「……管理局の局員である可能性。
 局員では無くても、グレアム提督や他の管理局員の関係者である可能性。
 八神はやてを人質にグレアム提督に害をなそうとしている可能性。
 そもそも管理局とは――管理局すら知らない世界から来た魔導師である可能性。
 どれも可能性でしかない以上、確認できる事から1つずつ確実に潰していかないと、最悪の事態になりかねない――って事だね?」

 未来から来たとはいえ、あの4人の過去について詳しく聞いた事が無い。
 確実な事は、あの4人ははやての家族だと言う事だが、それを知っている事を知られるわけにはいかない以上、面倒だが1つずつ……

「そう言う事だ。 最低でも八神はやての安全を確認、又は確保する必要がある。」

 重要なのは子供の安全だとクロノは言った。

「あの4人が今回の事件に関係があるとして……
 集めた魔力の使い道はグレアム提督を脅す事――かな?」

 フェイトが最悪かもしれない可能性を口に出す。
 使い方によっては大量殺戮だって可能な量の魔力を集めているはずだ。

「それも、可能性の1つだ。」

 クロノは集められた魔力が管理局に対して使われる可能性があると考えてはいた。
 八神はやてとグレアム提督に繋がりがあるとわかった時点で、その可能性が高まった。

(集めた魔力の使い道……)

 だが、今のやり取りを聞いたミストは新たな可能性に気付いた。

(私の時、シグナムさんたちが『ミスト』から魔力を集めていた場合……)

 シグナムたち4人は確かに強い。
 強いが、『ミスト』に勝てる程強かったか?

(『ミスト』が『自ら魔力を提供した』、もしくは『シグナムさんたちが魔力を集めるまでも無く、ミストが全部解決した』可能性がある?)

 少なくとも、自分の知る限り、『時空管理局が莫大な魔力によって被害を受けた』という情報を聞いた事は無い。
 つまり、シグナムたちの目的は管理局を攻撃する事ではない。

 ならば、彼女たちは『集めた魔力』を何に使ったのか……

 考えられる事が1つ!

(そう、この時期、はやては自分の足で歩けていた!

 なのに、この世界のはやては未だに車椅子を使っている。

(集められた魔力は、『はやての足を治す為に使われた』!?)

 まだ、シグナムたちが魔力を集めている――今追っている『事件』と関係があるという証拠は無いけれど、その可能性は十分にある。

(そうだ。 『ミスト』はジュエルシードを集める事でこの世界を守った。
 なら同じ様に、シグナムたちの願いを叶えてあげる事で余計な犠牲者が出ない様にしてあげたって事は考えられるじゃ――ん?)

 魔力があればはやての足が治る?

(シャマルさんは管理局の本局で働けるだけの医療魔法を使えるだけじゃなく、シグナムさんたちのデバイスを借りればカートリッジシステムで魔力をブーストする事もできる。
 そんなシャマルさんがいると言うのに、野生動物や管理局員を襲ってまで魔力を集めないといけないほど、はやての足は悪いのか?)

 いや、『大量の魔力』があれば足が治るとしても、はやてがそれを「良し」とするか?

(はやての性格から考えると、「他人に迷惑をかけるくらいなら足なんて動かなくても構わない。」と言うんじゃないかな?)

 そして、シグナムたちもその言葉に従うだろう。

(管理局への攻撃でも無く、はやての足を治すのでもない。
 『集めた大量の魔力の使い道』を突き止める事こそが、今回の事件を解決する為に必要な事――って、それがわかる頃には事件は解決しているね。)





100829/投稿



[14762] Return16 歯痒さと、欣躍
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/09/05 15:34
「士郎さん、そろそろよ。」

 何気なく――というよりも、殆ど習慣となった時刻の確認をしてから声かけをする。

「ああ、今焼きあがった。」

 声をかけられた方も、いつもと同じ返事をする。
 主語が抜けているにも拘らず十分に意思疎通ができている2人のこのやりとりは翠屋の日常風景と言っても過言ではないのかもしれない。

カランコロン♪

 今のやりとりでそろそろ仕事帰りのOLや部活帰りの高校生――飢えた獣たちがやってくる時間だなと互いに頷き合ったその時に、店のドアが開かれた。

「いらっしゃいま……せ。」

 桃子はいつものように笑顔と元気な声で接客しようとしたが、入って来た4人の客――その中の1人を見て驚いてしまった。

「どうし……!?」

 士郎も妻の元気の良い声が途中で尻すぼみになったのに気づいて厨房から顔を出してやって来た客の顔を見て驚いた。
 以前は毎日、今では時々やって来る『なのはの命の恩人と思われる女性』が、緑色の髪の女性と青紫色に近い髪の少年と茶髪の少女を連れて店に現れたのだから。

「お久しぶりです。」
「は、い。 お、お久しぶりですね。」

 本日2度目の驚きだ。
 なのはがいない時などに接客した事もあるが、その時はこちらが注文を聞いて相手が答えるくらいの会話しかしたことが無かったので、今のように女性の方から話しかけてきたのは初めてだった。

「あ、こちらは私の職場の上司に当たるリンディ・ハラオウンさんです。」

 女性は緑色の髪の女性を紹介してきた。

(……できれば、上司の名前より先にあなたの名前を知りたいのですけど。)

 おそらく、なのはから自分の事を聞いていると思っているのだろう。

「初めまして。 今日はお嬢様と大切なお話があって来ました。」
「は?」

 この人は突然何を言い出すのだろう。

「できる事ならご家族の方ともご一緒に話し合いをしたいのですが、誠に勝手ながら今日の所はお嬢様にだけお話をさせていただきます。」
「え?」

 私たちとも話し合いをしたい?

「すいませんが、あなた方はなんの」
「ただいまー!」

 急な展開に桃子が困惑している様子なので厨房から出てきた士郎が代わりに話を聞こうとしたその時、なのはが学校から帰って来た。

「あ、おかえりなさい、なのはちゃん。」
「お姉さん! 久しぶりで――!?」

 帰って来てすぐに大好きなお姉さんがいてテンションが上がったなのはだったが、そのお姉さんが3人もお供を連れて自分の父母と話をしていた事に気づいて声が止まる。

「えっと?」

 なのはは「どういう事なの?」と、声には出さないが上目づかいにミストを見上げる。
 今までずっとお姉さんは1人で来ていたと言うのに今日は複数人、それも両親と何か話をしているなんて、今までなかった事だ。

「ああ、こちらは私の上司のリンディ・ハラオウンさん。」
「はじめまして。」
「あ、はい――はじめまして! 高町なのはです!」

 紹介された緑色の髪の綺麗な人が優しい声で挨拶をしてきて、一瞬ぼうっとしてしまったが、お姉さんが「私の上司の」と言っていた事にすぐに気づいて慌てて返事をする。
 お姉さんが一昨日に念話で言っていた今回の事件が『時空管理局の偉い人が出てこないといけないくらい大変なモノ』なのだと言う事にも気づいたのだ。

「はじめまして。 僕の名前はクロノ・ハラオウン。 こっちはエイミィ・リミエッタ。
 ミストとは同じ職場で働いている同僚――の様なもので、今日の話し合いに参加させてもらう事になっている。 まぁ、よろしく。」
「よろしくね。」
「は、はい! よろしくお願いします!」

 なのはは何が何だか分からないまま返事をする。
 時空管理局の人たちがたくさん来ている事で緊張して変な声になってしまったが、それに気づいていないくらいに慌ててしまっている姿は実に面白い。

「なのはちゃん、そんなに緊張しないで良いよ。」
「ふ、ふぇええ?」

 ミストはそんななのはの頭を撫でながら、桃子と士郎に向き直る。

「それでは、なのはちゃんをお借りします。」
「え?」
「は?」
「ふぇ?」

 士郎と桃子、ついでになのはは予想外の事態についていけない。

「7時までには家に送りますので。」
「では、行きましょうか。」
「はい。」
「では、失礼します。」
「え? あの? え?」

 4人は困惑しているなのはを連れて店から出ようとする――が

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 困惑している娘の様子に――というか、こんなわけのわからない集団に大事な娘を連れていかれてたまるかと、桃子が動き

「なのはを何処に連れて行くつもりだ!」

 士郎が戦闘態勢をとる。

「む?」

 それに反応してクロノが何時でも防御魔法を使えるようにポケットの中のデバイスに手を伸ばす。



 まさに、一触即発という言葉がぴったりくる状況になった。



 しかし

「なのはちゃん。」
「は、はい?」

 父とお姉さんの同僚の間にピリピリとしたものを感じ、どうしたらいいのかわからずにおろおろとしているなのはに、ミストが一言。

「行き先はアースラだよ。」
「お父さん、お母さん、行ってきます!」

 大事な娘は元気いっぱいに走りだした。
 父と母は目を大きく開いて小さくなっていく娘――と、そっちじゃないよと言いながら娘を追いかける4人を見送る事しかできなかった。



────────────────────



「……私とはやてちゃんが狙われるかもしれない?」

 会議室までとはいえ、科学と魔法によって造られたアースラの中を思う存分見る事が出来たなのははとても興奮していたのだが、今回の事件について簡単な説明を受けた途端にその興奮がすっかり冷めてしまったようだ。

「ええ。」
「ああ。」

 リンディとクロノは残念そうに頷いた。

「まあ、私たちも近くに住む事になるから、狙われるのは2人だけじゃなくなる――かもしれないんだけどね?」

 エイミィが、ミストとクロノ、フェイトとアルフも入れると海鳴近辺に住む大きな魔力を持った存在は全部で6人になると説明する。
 これで敵がこの第97管理外世界にやってくる可能性がより高まるだろう。
 さらに、今現在魔力を持った野生動物の居る世界の付近では管理局の艦がすぐに動ける状態でスタンバイしている事を考えると、可能性はより上がっているだろう。

「かもしれない?」

 なのはがすっきりとしないエイミィの物言いに疑問を持つ。

「つまり、私たちが魔力を感知されやすい状態のままで第97管理外世――なのはちゃんの世界で暮らす事にしたらって事だよ。」
「?」

 翠屋に行かずに会議室で準備をしていたアルフの言葉にもイマイチ納得ができない

「私たちが魔力を感知されやすい状態で暮らさなければ、なのはちゃんとはやてちゃんが狙われる可能性は上がらないって事だよ。」

 それどころか、なのはとはやてが魔力を抑える方法を憶えさえすれば、2人が敵に狙われる可能性はぐっと低くなるだろうとも説明する。

「……なるほど。」

 確かにそれなら自分たちの安全は――あれ?

「でもそれだと、この世界にその『魔力を集める人』が来なくて、お姉さんたちが捕まえる事ができないんじゃ?
 ああ…… でも…… うーん……。」

 ミストの役に立ちたいなのはにとって、『囮』になる事は何の問題も無く、むしろ望む所であるが、親友であるはやての安全を考えるとその方が良いと思える。

「確かに、2人を『囮』にした方が犯人を捕まえる可能性が上がるかもしれない。」

 悩むなのはに、ミストが答える。

「でもね? 私たち時空管理局は子供を囮にしないと犯人を捕まえられない様な組織じゃないつもりだよ。」
「ああ。 僕たちは君の世界に駐留するけれど、それは君たちを囮にする為じゃ無く、時空管理局と接点が無い為に魔力を抑える事の出来ない八神はやてを守る為だしな。」

 クロノもミストを援護する。
 アースラは、建前では高町なのはと八神はやての2人を囮にする作戦を取る事になっているが、実際は2人を守る為に――自分たちを囮にする為にこの世界に来たのだ。

 ……もっとも、1ヶ月経っても敵が現れない場合、高町なのはに魔力を抑える方法を教え、なのはから八神はやてに健康法などという名目で魔力を抑える方法を教えさせる事でこの管理外世界の子供2人の魔力が敵に狙われる確率を下げた後で、魔力を持った野生動物の居る世界へ行く事になっていた。
 1ヶ月で成果が出ない様な作戦にアースラと言う貴重な戦力を使い続けるなんて無駄だと言う判断だ。

(か…… かっこいい。)

 しかし、そんな裏事情を知らないなのははミストとクロノの台詞に素直に感動した。

「わかりました! 私、頑張って魔力を抑える方法を覚えます!」

 瞳の奥にメラメラと燃える炎が見えるのではないかと言うくらいにやる気になったなのはの気持ちに反応したのか、彼女のリンカーコアも激しく――

「へぇ……」
「なっ なんて魔力だ。」

 フェイトとアルフは、その魔力の大きさに驚く。

「……クロノ。」
「……なんだ?」

 少し興奮しただけでこんなにも魔力が溢れだすとは……とか、高町なのはに対する教育は前途多難なものになるだろうと思ったクロノに

「私、嘱託魔導師の資格はとったけど、魔法を教える資格は持ってないから――」
「!?」

 ちょっと待て――そう声に出そうとしたが、なのはが目をキラキラさせて自分を見ているのに気づいてしまった。

「なのはちゃんの事、お願いね?」
「お願いします!」



 アースラの切り札に逃げ道は無かった。



────────────────────



「ただいまー!」

 正体不明の4人に着いて行った妹の声を聞いた恭也と美由希はドタドタと剣士らしからぬ足音を出しながら玄関に向かった。
 父も母も7時前には帰ると言っていたのだが、現在の時刻は6時を少し過ぎた程度である為に、家にはこの2人しかいなかったのだ。

「おかえり、なのは。」
「なのは、おかえり!」

 いつもならなのはが居間に来た時に「おかえり。」と言うだけで玄関まで出迎えてくれた事など無い、兄と姉の慌てた様子になのはは驚いた。

「ど、どうしたの?」
「どうしたもなにも――!」

 なのはの事が心配だったと言おうとしたところで、玄関にもう1人居る事に気付いた。

「どうも。」

 それはなのはの命の恩人だと思われる女性だった。

「ど、どど……」
「……」

 美由希は驚きで言葉が出ず、恭也は無言で失礼にならない程度に、いつでも戦えるように構えをとる。

「なのはちゃんのお兄さんとお姉さんですね?」
「え? あ、はい。」
「ああ。」

 美由希は恭也が構えているのに気付くと同時に自分も冷静にならなければと思い、恭也は恭也で今のは「ああ。」ではなく「そうです。」だったかと――静かに混乱していた。

「『約束通りに7時までにお返ししました』と、ご両親にお伝えください。」
「……わかりました。」

 いろいろと問いただしたい事はあるけれど、なのはと彼女との付き合いはそれなりに長く、そのうえ、おそらくではあるが命の恩人である相手に強く出る事はできない。
 せめて、約束の時間である7時を少しでも過ぎていればその事から問いただす事もできたかもしれないが……

(いや、今までは会話すらした事が無かった相手とこうやってコミュニケーションを取れるようになったんだ。
 焦らずに信頼関係を築いていくと考えれば……)

 一歩進んだと言えなくもないのではないだろうか?

「あ、それからもう1つ。」
「なんでしょうか?」
「できればご家族の方とも詳しいお話をしたいので、次のお店の定休日にでも話し合いの場を持てませんでしょうか?と、お伝えください。」
「え!?」
「美由希!」

 予想していなかった事態に思わず大きな声を出してしまった妹をつい大きな声で嗜める。

「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
「あの、都合はつきませんか?」

 突然叫び合う2人になのはは慌ててしまう。
 ミストは次の定休日では都合が悪かったのだろうかとも考えたが――

「い、いえ、両親に聞いてみます、はい、ええ。」
「そ、そうですか。」

 何だかよくわからないが、この兄弟はちょっと変だと言う事で納得しようと思った。

「それじゃあ――なのはちゃん。」
「……はい?」

 兄姉の情けない姿を見せてしまって顔を赤くしているなのはに声をかける。

「ご家族の都合のつく日が決まったら連絡してね。」
「わかりました。」



 恭也と美由希が揉めている間にミストはなのはに見送られながら帰っていった。



────────────────────



「あ、シグナムって人が帰って来たね。」

 望遠鏡で八神家を監視していたエイミィが、アースラでなのはから聞いた八神家の居候のデータを思い出しながら報告する。

「ザフィーラとかいう大型犬よりも遅い時間だな。」

 クロノがエイミィの肩を揉んでいる。
 魔力を使った監視をした場合気づかれる可能性があり、さらには殺気などの気配に敏感かもしれないと言う事で監視役に抜擢された彼女を労っているのだ。

「あんな大きな犬が夜中に歩き回っているのを近所の人にでも見られたら、下手したら保健所とかに通報されて面倒になるって考えたんじゃない?」

 あの大きさは、人に危害を与えない大人しい犬と知っていても、よほどの犬好きでもない限り恐怖を憶えてしまうサイズだ。

「……確かに。」
「あ、そこ、もうちょっと右。」
「ここか?」
「うん、そこ……」



「明日はカメラとかの監視装置を取り付けるんだよね?」
「うん。 あの4人が出かけた後になるけどね。
 フェイトとアルフには西側を頼む事になっているけど、無理はしないで良いからね?」
「はい。」
「わかっているよ。」

『かつて』のはやてから教わった認識障害魔法をクロノとフェイトのデバイスにもインストールしてあるので一般人に発見される事は無いが、八神家を守るように張ってある結界魔法だけに気をつけるだけでは駄目なのだ。

「あの結界は囮の様な物で、家から少し離れた場所に、地雷の様に探知系の魔法が展開されている可能性はある――ですよね?」

 フェイトが何度目になるかわからないほど言われた事を復唱する。

「設置するのはこの世界の物と比べるのも馬鹿らしいほど小型で高性能で、野鳥はもちろん人に拾われたりすると厄介な事になるから、そっちの方でも気をつけてね。」
「はい……」

 ミストはフェイトの髪をドライヤーと櫛で、フェイトはアルフを専用の道具でブラッシングしながら明日の予定を確認する。

「昨日と今日だけのデータだけだけど、あの4人が出かける時間も帰ってくる時間も大体わかるし、そもそも半日もあれば機材の設置は終わるはずだから、たっぷり時間をかけてもいいし、私やクロノ、エイミィに聞いてもいい。
 嘱託魔導師の試験と比べたらすごく簡単な仕事だよ。」
「はい……」

 自分と同じ新米嘱託魔導師のはずなのに、ミストの言葉を聞くとすごく安心できるのは何故だろうと、フェイトは眠気に襲われている頭で考えるが、答えは見つからない。
 只、今は、この心地良さが……





100905/投稿



[14762] Return17 隠し事と、前途
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/09/12 16:28
「闇の書?」
『ええ。』

 管理局が情報公開していないロストロギアの情報をミストとフェイトとアルフは知る。

「古代ベルカのロストロギア……」
「なにこれ……」

 目の前に――嘱託魔導師になる為の勉強をしていなかったら理解どころか到底信じる事ができない様な情報が流れていく。

「過去に発動した時の、魔力を蒐集されたと思われる推定被害者数とその範囲はもちろん、その後に起こった暴走による被害の規模もでたらめすぎる。」

 およそ十数年ごとに数百人の命を奪い、さらに幾つかの世界が滅んでいる。
 しかも素質のある者を誑かしてそうさせるというのだから、純粋に兵器として造られた質量兵器やロストロギアよりも性質が悪いと言わざるを得ない。

『……病院で目が覚めた魔力蒐集の被害者から、奪われた魔力を本の様な物に吸わせているようだったという証言が取れたらしいんだよ。』

 エイミィの口調は軽いが、顔は真剣そのものだ。

『もっとも、今回は死者が出ていないので断言はできません。
 が、念の為に今回の事件にこれが関わっていると考えて行動する事になりました。』

 リンディは顔も声も真剣そのものだ。

『前回の事件からの年月を考えても、これでほぼ間違いないだろうって事になってはいるんだけどね。
 それで、どの事件にでも言える事なんだけど、未発見のロストロギアって可能性も無いとは言えないから、こんな表向き消極的な結論に落ち着いたんだよ。』

 今回の敵はこの闇の書であるが、建前としてそれ以外の可能性も考えて行動する事になったのだと遠まわしに説明する。

「了解しました。」
「了解。」
「り、了解。」

 八神家への監視体制がほぼ出来上がったのでアースラに戻ったエイミィと共に本局に行って情報を集めていたリンディ、2人からの連絡により第97管理外世界に残っていたクロノ・ミスト・フェイト・アルフの4人は今まで以上に慎重に行動する事を誓った。

「あの3人と1匹――シグナムとシャマルとヴィータとザフィーラって言うのが、この極悪ロストロギアの守護騎士システム――っていう奴かもしれないって事がわかっただけでもめっけもんだよ。」

 ベルカが接近戦を得意としているという事は箱入り娘のフェイトやその使い魔のアルフでも知っている。
 ベルカ式というのはそれほどメジャーなモノなのだ。

 敵の数がわかれば1対1にならないようにする事は容易になり、1人で2人以上を相手にしないようにする事も可能になる。
 そのうえ、接近戦に――アームドデバイスに気をつければいいのだとわかれば実戦はもちろん、不意打ちにもある程度備える事が可能になる。

 敵の人数と得意な戦法が――それだけではない情報も知る事ができたなら、対策を練る事が可能になり、罠を仕掛ける事も可能になり、結果として勝率が上がるのだから。

「……1対1で戦って確実に勝てるのは私くらい?」
「……そうだな。 ミストの無数の魔力弾をかい潜って接近するのは僕でもほぼ不可能だ。」

 自分もこの守護騎士システムと1対1で戦わなければならない事になった場合、ぎりぎり勝てると思っているけれど、敵は3人と1匹だ。
 最初からでも途中からでも、敵の数が増えてしまえばおそらく勝つ事は出来ないだろう。
 その上、これまで闇の書が発動する度にその時代の魔導師――それも、魔力の多い魔導師と戦い続けた経験と実績が数百年分ある事を考えると……

「相手はベルカの騎士でアームドデバイスを使っているとすると、中・遠距離攻撃が一番の火力だという事もないだろうから、一発逆転が狙えない距離で相手の魔力と体力を削り続ける事のできるミストならほぼ間違いなく勝てるだろう。
 ……時間はかかるだろうが。」

 ミストの様な、近接距離にも有効な弾幕を張る事のできない自分やフェイトとアルフが1対1で戦うのは避けるべきだろう。

 ならばチーム戦ではどうだろうか?
 この場にいる4人のチームワークは決して悪い物ではない。
 ミストとフェイトが嘱託魔導師になってからまだ数ヶ月しか経っておらず、チームで戦かう訓練も数えられるほどでしかないと断言してもいいくらいだが……

「問題は複数対複数になった時だな。」

 幸か不幸か、この4人はミストの実力が突出している。
 彼女の魔力は、それだけで総合Sランクが取れるくらいふざけている。
 それどころか――本人は隠しているつもりの虹色の魔力で防御や拘束、拘束魔法を使えば……

 そんな戦力がいるのにわざわざ4対4に持って行く必要はあるだろうか?

 情けない話になるかもしれないが、敵の1人をミストに任せて自分とフェイトとアルフの3人で――もちろん、ミストや自分と比べると不安要素のあるフェイトとアルフへのフォローを考えると1対1での戦いは避けて3対3で戦うほうが良いのではないだろうか?
 そうして、敵の1人を戦力外にしたミストやアースラからの援護が来るまで持久戦をする方が良いだろうとクロノは考えた。

「私やフェイトは多人数戦なんてあんまりやった事が無いし……
 だからと言って相手が1人で居る所を狙うんなら、私たち2人で突っ込まずにクロノを含めた3対1、さらにミストを入れて4対1で囲んだ方がいいだろうしね。」

 アルフは自分とフェイトの実力を過大評価していない。
 ビルの屋上でミストに拘束されたり、アースラの訓練室でクロノにボコボコにされたりした経験が彼女を成長させていた。

「そうだね。
 相手が4人だったとしても、ミストが1対1で戦える状況にしたうえでクロノと一緒に援護に回ったり他の2人と1匹を惹きつけたりしたほうがいい。」

 リンディたちからの情報によれば闇の書の手下はあの4体だけだ。
 『4対4』や『1対1×4』の状況を造るくらいなら最初から4人で1体ずつ捕縛していく方が安全確実で被害も少ないだろうし、最悪でも『1(ミスト)対1と3対3』の状況に持って行く事にしたらまず負ける事はない。

 クロノと同じ様な考えにフェイトも辿りついた。 ……ミストも同じ結論に至っている。

『それから、アースラは一度本局に戻る事になっちゃったから、暫くはあなたたち4人で八神家を見張っていてね?』
「?」

 エイミィの言葉の意味がわからない地球組に、リンディから答えが出される。

『アースラにアルカンシェルを取り付ける事になったのよ。』
「なっ!?」
「アルカンシェルって言ったら管理局の虎の子じゃないか!」

 クロノとアルフは驚きの声を上げ――フェイトとミストは驚きのあまり声が出ない。

『……闇の書に有効だと証明されている唯一の兵器だからね。』

 自分たちの艦にこんな大げさな兵器が搭載される事に思う処があるのだろうか? エイミィの声は心なしか低いように感じられる。

「……要するに、『今回』の事件を僕たちだけで解決しろと?」

 真剣な目で、クロノがリンディに問う。

 闇の書が発動した時の被害は大規模なものとなるが、発動する前にアルカンシェルで消滅させる事が出来れば被害はどんなに多くても『魔力持ちの人間数百人』で済み――

『……そう言う事になるわ。』

 情報を公開できない事件をひっそりと終わらせる事が出来ると言う事でもある。



「グレアム提督についてはどうするんですか?」

 ミストに取っても今回の事件を『完全解決』できない事については非常に残念だ。

 自分の親友であるはやてが、闇の書を持たずにヴォルケンリッターと家族になっている事から、闇の書と守護騎士プラグラムを切り離す事は可能であるのはほぼ間違いないと言うのに、その方法を推測する事すらできない自分が情けないとも思う。

 しかし、執務官として働いていた時、不本意ではあるが情報を伏せなければならない事件に何度か関わった事のある彼女はクロノやフェイト、アルフよりも精神的なダメージは少なかったので、八神はやての関係者であろうグレアム提督の事を思い出す事ができた。

『……残念ながら、グレアム提督が闇の書の事に気づいている可能性は非常に高いわ。
 一体何を考えてあの4人の魔力集めを放置しているのかわからない以上、暫くは接触するのを控える事になります。』

 老いたとはいえ、ギル・グレアムは今もかなりの実力者であり、彼の2匹の使い魔もかなりの実力を持っている事は周知の事実である。

 使い魔2匹を師としていたクロノは身を持って知っている。

 可能性は低い――低くあって欲しいが、もしも彼と彼の使い魔たちが闇の書を悪用しようとしているのであれば、今現在のアースラの戦力では心許ない。
 少なくとも彼や彼の使い魔の権限、及び転移魔法でアースラに侵入できないようにする必要はあるだろう。
 ……アルカンシェルを装備するのならばなおさらだ。

 そして、ギル・グレアムと2匹の使い魔、さらに闇の書の4人、場合によっては八神はやてを合わせた8人と戦わねばならない状況にならないようにもしなければならない。

『でも、そうね……
 アースラの改修が終わったら、私とクロノ――とミストの3人で問い詰めに行く事にしましょうか。』

 アルカンシェルという兵器で脅す。
 はっきり言って好みではないが、事情が事情だけに仕方ない。

「では、アースラが来るまではなのはちゃんに魔力を抑える訓練くらいしかやる事はないってことでいいのかな?」

 もちろん八神はやてとその家族を自称(?)する3人と1匹の監視を怠るつもりはないが、それは設置した機械が自動でやってくれる――そもそも自分たちの魔力を感知されないように機械を設置したわけで、自分たちが積極的動くわけにはいかない。
 ……アースラの改修が済むまでミストたちは暇なのだ。

『そう言う事になるわね。』
『クロノ君、浮気は許さないからね。』
「ちょっ!?」



────────────────────



「アースラは本局に戻ったみたいだね。」
「一時はどうなるかと思ったけど、此処へはあの高町なのはって女の子をスカウトに来ただけだったみたいだねぇ。」

 二匹の猫はアースラが次元航行モードに入るのをサーチャーで確認して安堵していた。

「考えてみれば、あの子の魔力はかなりの物だし――ジュエルシードの一件が終わってすぐにスカウトに来なかった事の方がおかしかったんだよね。」
「……そうだね。」

 翠屋という喫茶店の次の定休日にはリンディたちはまた来るみたいだが、それがスムーズに進めば闇の書がこの世界にある事がばれる事は――

「あれ?」
「……高町なのは経由で八神家と接触されたら気づかれ――る?」

 管理局でそれなりの地位にあるリンディはもちろん、彼女の息子で執務官であるクロノも闇の書の情報を持っている可能性は高い。

「ヴォルケンリッターは人間じゃないからねぇ……」
「挨拶程度ならともかく、喫茶店とか――翠屋で親睦会みたいな事でもされたら……」

 自分たちがしごきにしごいたクロノなら、彼女たちが普通の人間ではない事に気付きかねないし、正体不明で優秀な魔導師であるミストも気づいてしまうかもしれない。

「いや、昼間は蒐集活動で忙しいはずだ。」
「……ミストはわからないけれど、高町なのはやクロノはアイツ等が家に居る時間に八神の家に訪問する様な非常識な事はしないだろうから、接触する可能性は少ない――かも。」

 高町なのはの口からシグナムやヴィータの名前が出る可能性は否めないが、彼女たちの名前なんて管理局でも把握していなかったはずなので……

「駄目だ、やっぱり不安が残る。」

 高町なのは経由で闇の書の事がリンディたちにばれるかもしれないという不確定要素をヴォルケンリッターが昼間は家に居ないだろうという不確定要素で安心する事なんてできるはずがない。

「クロノ達が此処に滞在している間、あいつ等の帰りが遅くなるようになんらかの工作をする必要があるかもしれないね。」

 できれば協力者のフリをして接触する予定であったけれど、クロノとリンディがこの世界にいる間だけボコボコにしてしまうのもありかもしれないなどと物騒な事を考える。

「……父様に相談しましょう。」

 ふと思い出したのだが、半年ほど前に八神の家の近くでサーチャーと思われる球体を発見・破壊した事がある。
 今思えば、あれはジュエルシードを探す為にミストがばら撒いた物なのかもしれない。
 だとすると、あれを壊してしまったのは拙かったのかもしれない。
 なぜなら、ミストほどの魔導師が創ったサーチャーを発見・破壊できる魔導師がこの世界にいる事を彼女に教えてしまった事になるからだ。

「あの子が魔力持ちだと気づかれるだけでも、こちらの計画の成功率はガタガタのグズグズになりかえないんだから、その方がいいか。」

 現在進行形で八神はやては闇の書に魔力を奪われている。
 ヴォルケンリッターが居なくてもその魔力の流れをミストやクロノに感知されてしまう可能性がどうしても残ってしまうのだから。
 ……だからと言って、今下手に動くわけにもいかない。

「念には念を……
 私は父様の所に行くから、ロッテは監視を続けてね。」
「わかった。」

 自分たちが鍛えたクロノが自分たちの行動を制限してしまう事になるなんて何という皮肉だろうかなどと思いながら、ロッテと呼ばれた猫は

「観察対象の家から離れた場所にポーターを置くのは――万が一魔力を感知されない為にも仕方ないとはいえ、猫の姿のまま30kmも走るのは結構きつい……」

 人型に戻る際に発生する魔力を地球に残ったと思われるクロノ達に感知されてはまずいので猫の姿のままで隠れ家まで行かないといけない現状に愚痴を吐いた。



────────────────────



「む?」
「ん?」
「あら?」
「……」

 夜、八神家の新人たちは高町なのはの魔力を感じた。

【何か――テレビのドラマとかに興奮しているのかしら?】

 しかし、4人は慣れていた。
 これまでも何度か、主の友人である元気いっぱいな少女に何かある度にこうやって魔力を感じる事はあった。

【いや、今日は特にこれと言った番組はしていないはずだ。
 その証拠に高町なのはと共通の話題を持ちたいはやてがテレビを見ていない。】

 というか、自分の胸を枕の様にしながら湯船につかっているとシグナムは報告した。
 それはつまり、ドラマどころか興奮状態になりやすいお笑いなどのバラエティー番組もしていないと言う事である。

【……万が一、はやての体に影響があったりすると嫌だから、できればこうやって魔力を放出するのは止めて欲しいんだけどな。】

 ヴィータはどうしようもない事だと知っていて、なお迷惑だと愚痴る。

 彼女たちは誤解しているのだ。
 普通なら、どんなに大きな魔力を持っていても興奮したくらいで魔力を放出する様な事はありえないのだが、高町なのはは魔力を放出する事に関係した『レアスキル』などをもっているのではないだろうか、と。

 事実は中途半端な魔法の知識で『念話』が使える事が、『砲撃魔法』に向いている魔力資質と複雑に絡み合っているためにそうなっているのだが……

【高町の魔力を蒐集出来れば……】

 結界を張っているのにも関わらずこうやって魔力を感じられると言う事は、おそらく30ページ以上は……
 ザフィーラは言葉少なに本音を語る。

【確かに……な。】
【そうだな。】

 シグナムもヴィータも、彼女がはやての友人でなければ真っ先に蒐集しているところだ。

【私なら、なのはちゃんに私たちが犯人だって気付かれる事無く蒐集できるんだけど……】

 なのはに何かあればはやてが悲しむ――だけではない。
 体に傷一つ無く倒れたなのはを見たら、自分たちが蒐集した事に気づくかもしれない。

【もどかしいな。】



────────────────────



「魔力の抑制の訓練でどうして放出するんだ!?」
『そ、そんなこと言われても……』

 やはり、念話を使わずに携帯電話でのやり取りだけで訓練すると言うのは無理があったのだろうかと、クロノは――ミストとフェイトとアルフも考えた。

「なのはちゃん、魔力を扱う訓練が嬉しい気持ちはわかるけど、もう少し落ち着こう?」
『は、はい!』

 返事は素晴らしいが――それが落ち着けていない事を物語っている。

「なんか、駄目みたいだねぇ。」
「……念話でミストに話しかけてきただけなのに、結構な魔力を放出していたからクロノがわざわざ電話で指導をしようって事になったんだけど、逆効果だったかもね?」

 フェイトとアルフはなのはへの指導担当に自分たちが選ばれなかった事を喜んだ。

「やっぱり、八神はやての居候たちが居ない時間帯に結界を張ってみっちり教えた方がいいかもしれないね。」

 念話を教えるだけ教えておいて魔力制御の方法を全く教えていなかった自分の不始末を見ないふりしながらミストはクロノにそう提案した。

「……できれば彼女の家族と話し合いをした後が良かったのだがな。」

 もしかしたら、高町のなのははこれまでも何かの拍子で先ほどの様な魔力の放出をしていたかもしれない。
 だとしたら、八神家の居候たちはこの少女の魔力量に気づいている可能性は高い。
 それなのに未だに蒐集されていないと言う事は、守護騎士システムは思っているよりも人間らしい――もしくは人間の心の機微と言う物を理解できるものなのかもしれない。

「……最後に蒐集するつもりなのかもしれないし、あまり安心して言い相手ではないよ。」

 彼女たちがものすごくいい人だと知っているミストは、心苦しいながらもそう忠告する。

「わかっているが、それならそれでこの子に魔力の制御を骨の髄までわからせる時間があると言う事だな。」

 やばい感じに目が据わって来たクロノの様子に彼以外の同居人たちは1歩も2歩も退いた。 退く事しかできなかった。



────────────────────



 星空を見ても、心が落ち着かない。

「闇の書……」

 通信しながらぎゅっと握っていた拳に、爪の跡が残ってしまっている。

「グレアム提督、あなたは、あんな物でなにをしようというのですか?」

 愛する夫を奪った――グレアム提督に取っても大事な部下の命を奪ったモノで、何を成すつもりなのだろうか?

 ギル・グレアムという強者と戦うかもしれない不安はある。
 闇の書の事を知っても冷静沈着だったミストという希望もある。
 そして、アルカンシェルで強制的に引き分けにする事も不可能ではない。

「……引き分け……か……」





100912/投稿



[14762] Return18 初接触と、混乱
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/09/19 15:30
 翠屋の定休日、時空管理局本局からこの第97管理外世界に次元移動してきたリンディ・ハラオウンはこの世界で待機中だったクロノ・ハラオウン、ミスト、フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフを連れて高町なのはの家へと向かっていた。

「私が不在の間、八神家に動きは無かったのね?」
「はい。」

 時間を無駄にしないよう、クロノとミストから報告を聞きながら歩く。
 長時間の次元間通信は守護騎士システムに感知される可能性があったので、自分が不在の間の出来事に関して詳細な情報を得る事が出来なかったからだ。

 一方高町なのはの家では、なのはの父母である高町士郎とその妻である桃子がケーキと紅茶を用意して待っていた。(なのはから今日訪れる人数をあらかじめ聞いていた。)
 ……恭也と美由希は何かあった時の為に真剣を自分たちの座るソファに隠していた。

「道場の外に真剣を持って来ない様に言った事は無かったかしら?」
「念の為だよ、念の為。」
「そうそう、念の為。」
「もうっ!」

 いつもならもっと厳しく叱るのだが、これから話し合いをする相手が相手なだけに、今日は強く叱る事が出来ない。

 なのはは家の外でリンディやミストが来るのを待っていた。
 真剣を隠す所を見られたくない恭也と美由希が殆ど無理矢理家の外に追い出したのだ。

 数分後、高町家の居間には家の住人5人とアースラ組5人の計10人が集合した。





 アースラ組の段取りとしては、両者が簡単な自己紹介をした後、リンディが時空管理局と言う組織について簡単に説明し、簡単な魔法を使う事で高町家に自分たちの言っている事が真実である事を信じてもらう予定であり、実際そうしたのだが……

「ミスト! クロノ!」
「はい!」
「フェイト! アルフ!」
「了解!」
「まさか、こんな事になっているなんてね!」

 突然リンディがミストとクロノの名前を叫ぶ。
 ミストはその声に答えながら立ち上がって、隣にいたなのはを持ち上げて居間の出口付近まで飛び、クロノはリンディに返事をする代わりにフェイトとアルフの名を呼ぶ。
 クロノに名を呼ばれた2人はミストとなのはを守るような位置に移動した。

「!?」
「なのはっ!」
「くっ!」
「なんで!?」

 高町家の人間はすでに魔法の存在を知っていた。
 数ヶ月前にジュエルシードによって巨大化した子猫の姿を防犯カメラの――忍の趣味によって無駄に高画質高音質な映像を見た事があるからである。
 だから、目の前の女性たちから魔法の存在を聞かされた時に上手に驚く演技ができず、それを不審に思って警戒させてしまうという失敗を犯してしまったのだ。

「なのはちゃん、私の後ろに。」
「はい。」

 愛娘が自分たちではなく彼女――ミストの後ろに隠れてしまった時、桃子はなのはの名前を叫ぶ事しかできず、士郎と恭也と美由希は念の為にと用意しておいた真剣を取り出せばこの不審人物たちだけではなくなのはにも敵と認識されてしまうので、彼女たちのリーダーであろう緑色の髪の女性を睨む事しかできなかった。

「ミストはそのまま、フェイトとアルフはなのはさんの側について安全を確保!」
「はい!」
「わかった!」

 クロノはデバイスを取り出すと同時に、体に当たると麻痺させるタイプの魔力弾を12発だけ用意する。
 このタイプの魔力弾は魔法や薬で洗脳されたりした一般人を無力化するのに有効なのだ。

「まさか、高町一家全員が偽物か洗脳済みかだなんて……
 なのはちゃんの魔力を放置していたわけではなかったのね……」
「ミストさん……」

 なのはが泣きながら、命の恩人の名前を呼びながら、震えている。
 何時の間にか家族が悪い人たちに操られてしまっている事が――もしかしたら、目の前の家族が偽物で、本物の家族は何処かに閉じ込められて…… あるいは、すでに……

 そう考えるだけで涙が出るくらいに悲しいのだ。

「なのはちゃん……」

 ここでこの子に「大丈夫だ。」というのは簡単だが……

「……今回のロストロギアは古代の魔法技術を蒐集しているらしいから、ベルカ、古代ベルカ、ミッド式のやり方じゃあ洗脳を解けないかもしれない。」

 わずかとはいえ闇の書の情報を熟読した今、無責任な発言をする事はできない。

「でも、無限書庫になら――時間はかかるだろうけど、きっと解除する方法があるはずだ。
 探し出すのに何年も、何十年もかかるかもしれないけど、きっと、あるはずだから。」
「……はい。」

 やっぱり、この子の理解力は高い。
 今の状況ではパニックを起こされると困るから、私たちにとってはありがたい事だが、この子にとってそれが良い事ではないだ――後で思い切り泣かせてあげよう。
 この人たちが偽物で、本物がすでに手遅れであったならば、私がこの子を引き取ろう。
 そう考えながら、ミストはバリアタイプの防御魔法を何時でも使えるように準備する。

「なのは、私もできる限り協力するよ。」
「そうだよ。」

 フェイトとアルフもなのはを励ます。

「フェイトちゃん、アルフさん…… ありがとう。」

 なのはは自分を守ってくれる3人に感謝の言葉を――



「って、ちょっと待て! 俺たちは偽物じゃないし洗脳なんかもされていない!」

 そんなやりとりを見た士郎たち高町一家は慌てに慌てた。
 まさか自分たちが――よくわからないが、なのはに害を成そうとしている者たちによって洗脳されていると思われるなんて、非常に不本意だ。

「そ、そうよ!」
「俺たちは正常だ!」
「……」(美由希は混乱している。)

「お父さん…… お母さん……」

 家族の言葉になのはの心は揺れる。
 しかし、無駄に経験豊富なミストがなのはに忠告する。

「なのはちゃんがご家族を大切に思っているのはわかっているけど……」
「ミストさん……」
「偽物が本物だって言ったり、洗脳されている人間が洗脳されていないって言ったりするのは――ね?」

 言葉を濁すが、これ以上ないほどの正論である。

「そう……ですね。」

 ゆえに、なのはも納得した。

 その時!

「そうだ! そこの棚のDVD!
 それを見たら私たちが洗脳なんかされてないってわかるよ!」

 美由希が自分たちの潔白を証明する方法に思い至った。





『先に謝っておく。 ごめんね。』
『にゃあ?』
『すぅー…… はぁっ!』
『ぶにゃあっ!』

 フェイトとアルフは顔を赤くしながら、リンディとクロノに顔を背けている。

「まさか、あんな情けない負け方したのを撮られていたなんてね?」
「……言わないで。」

 それは、2人にとって色々と思いだしたくない過去だった。

(あちゃ~……)

 そしてそれは、ミストにとっても知られたくない過去であった。
 今は動かぬ相棒のデバイスフォームが小さなフェイトのバルディッシュと――10年の間に多少弄ったとはいえ殆ど同じ姿であるのをリンディたちに見られたのを嘆い――

(ん?
 フェイトのバルディッシュが解析された時にこの時の映像も見られている?)

 私のバルディッシュは魔力光が変わる前の自分の魔力に最適化されていたし、あの頃は聖王の魔力を上手く扱う自信が無かったしで、バルディッシュが使いやすいように魔力の波長を変えていたので、その副作用で自分の魔力光は黄色に見える。
 アースラに拾われて、管理局に所属する事になってからも魔力光を黄色のままにしているのは、本来の――虹色の魔力光に戻してそれを聖王教会に知られてしまった場合に……
 それに、私のバルディッシュを通して魔法を使うと魔力光が黄色になったのだと説明する事で、大切に保管している彼の遺骸を調べられるのも困る。

(バルディッシュの回路には私の執務官時代の事が残っている可能性がある。)

 それによって自分が『未来から来たフェイト』だと知られてしまうのは面倒なのだ。
 未来に起こる事件について知られるのは別に良い。義母さんたちならその情報を有効に利用してくれるだろうから。

(でも、はやてと友達だったりなのはちゃんと知り合いだったりした事を知られてしまうのは色々とまずい。
 本物の『ミスト』の事とか、『シグナムさんたちをはやての家族として残した状態で闇の書だけを消滅させる方法』とか聞かれても答えられないし……)

 『平行世界なのだと思う。』と答えるのも有りだと思うが、それはそれで、何故黙っていたのかと聞かれてしまうだろう。

(将来的に、ヴィヴィオの事とかをスムーズに解決する為には、全部、洗いざらい喋ったほうがいいんだろうけど……)

 此処が平行世界である事とあの時のヴィヴィオの年齢を考えると、この情報は『そう言う可能性もある』という程度の情報でしかない。

(ヴィヴィオって、まだ生まれていない可能性があるし――)

 エリオやキャロを前よりも早い段階で保護する事もできるかもしれないが……

(――『闇の書』の事を何も知らない私の言う事って、信憑性がほぼ0なんだよね。)

 お手上げ状態である。



「ね? コレを観たら私たちが『魔法』の事で驚けなかったのも無理は無いって、わかってもらえるよね?」

 コレで駄目なら隠していた真剣を振り回してでもなのはを取り戻すしかないと覚悟を決めて発せられた美由希の声が虚しく部屋に響く。

「まさか、こんな映像を撮られていたとはね……」

 ミストは溜息をつきながら高町家の人々が洗脳など受けていない事をとりあえず認める事にした。 ……後日、こっそりそれ専用のデバイスで調べるつもりではあるが。

「……そうね。」
「……そうだな。」

 ミストの言葉にリンディとクロノも警戒態勢を解く。
 フェイトとアルフはミストとなのはの陰に隠れるようにしながらこくこくと頷いた。





「つまり、なのははこの世界ではとても珍しい強大な魔力を持っていて、『魔力を集めるロストロギア』とかいう危険物に狙われるかもしれない、と?」

 時空管理局側の懇切丁寧な説明を聞いた士郎が、渋い顔をしながら要点をまとめると同時に事態の最終的な確認をした。

「ええ。 その通りです。」

 リンディはその認識で間違いないと認めると同時に高町一家の理解力の高さに感心した。
 先ほどのDVDによってすでに『魔法の存在』を認めている事を差し引いても、自分たちの言葉を否定したり誤認したり――こちらの事をもっと不審がられて面倒な事態になる事を覚悟していたので、話がスムーズに進んで嬉しいのだ。

 また、時空管理局の法では、これほどの魔力の持ち主を管理外世界に放置するのはあまりよろしくない事になっており、あとで人事部のレティ・ロウランの部下が――場合によっては彼女自身が高町家に来て時空管理局にスカウトすることになっている。
 そのため、時空管理局という組織に対してあからさまな不信感などを持たれてしまうのは避けたかったと言う事もあるのだが、この様子ならそれも大丈夫だろうと考えた。

 ……こちらにはミストが居るのだ。彼女に強い憧れをもっているなのはがスカウトに応じる可能性は高い。
 この理解力のある家族ならば、彼女の気持ちとレティの説得に首を縦に振るだろう。

「なのはちゃんの安全を最優先に考えた場合こちらで保護するのが一番なのですが、それだとなのはちゃんの今の生活を壊してしまう事になりますので、次善の策としてなのはちゃんに魔力を抑える方法を身につけてもらいたいと思っています。」

 出されたケーキと紅茶を全部胃袋に収めたミストが幸せそうな顔でそう続けた。
 何度も翠屋に足を運んでいた彼女は翠屋のケーキが大好物になっていたのだ!
 例えこの後リンディやクロノにバルディッシュの事で色々と詰問される事になっているとしても、その為に胃がキリキリと痛んだとしても、食べないという選択肢は無い!

「……お話はわかりました。
 つまり、なのはに魔力を制御する方法を教えつつ、その間の護衛もしてくれるのですね?」
「はい。」

 桃子の言葉にリンディは頷き

「なのはも、それでいいんだね?」
「うん!」

 士郎の確認になのはも頷いた。

「……なのはの事、よろしくお願いします。」

 まだまだ聞きたい事はあるけれど、それはなのはに修行をつけてくれる人物から――じっくりと信頼関係を築きながら聞いていけばいいだろうと考えながら士郎は頭を下げ、桃子と恭也と美由希も頭を下げた。

「それでは、明日から僕が責任を持って――」
「え?」

 クロノの言葉に高町一家(なのは除く)は驚いた。

「……何か?」

 その驚き用にクロノも驚いた。

「あ、いえ…… てっきりミストさんが教えるのだと……」

 先ほども、なのはが真っ先に頼ったのはリンディでも無ければこの黒尽くめの少年でもなく、なのはの命の恩人だと思われるミストだったので、その様に誤解したのだ。

「……残念ながら、私は人に魔法を教える資格を持っていないのです。」

 自分よりも幼い外見をしているクロノの方が魔導師として優れていると言外に告げる。

「……資格が必要なんだ?」

 美由希の呟きが虚しく部屋に響き

「次元世界は広大なので、出身世界やその他の理由で職業選択の自由を奪ったりしないようにする方法として、その人の持っている『資格』で就ける職業が選べる制度が採用されているんです。」

 リンディがその疑問に対して簡単に回答をした。
 このシステムが無ければ――例えば、ジュエルシードの暴走を止める為にアースラ最強のリンディが即座に前線へ出る事はできなかっただろう。
 臨時艦長として働く事のできる『資格』を持った者さえいれば、一言二言で告げるだけで艦を任せる事ができるこのシステムは、『艦長』がその艦内で最高の『魔導師』である事が多い時空管理局では絶対に必要なものなのだ。

 ……『艦長』や『指揮官』が『単独で前線に出る』なんて、地球の軍隊のシステムではありえない事なので想像しにくいかもしれないが。

 もちろん、魔力が少なくても資格さえあれば出世する事もできる。
 少数精鋭の――『その場の最高権力者=前線に出れば最大戦力』である事の多い海ならともかく、管理世界に滞在している陸での活動に関して言えば『その場の最高権力者=後ろで指揮に徹する人物』である事の方が多いのだ。

「そのうち取りたいとは思っているんですけど、ね。
 それに、クロノ執務官はとても優秀な魔導師ですから安心してください。」
「……僕が教師役をする事については、なのはさんも納得しています。」
「あ、いえ、ちょっと驚いただけですから、その……」

 そこはかとなく、気まずい空気が流れる。

【なのはちゃん。】

 この空気に耐える事が出来ず、ミストはなのはに念話を送る。

【な、何ですか?】

 なのはは少し驚いたが、この何とも言えない空気をどうにかできるのなら藁にでも縋りたい気持だったのでミストが話し合いになってくれるのはありがたかった。

【例えば……】
【例えば?】
【ケーキと紅茶のお代わりを持ってくる事でこの場を避難するとか、どうだろう?】
【……いいですね。】

 この空気をどうにかしてくれるわけでも、話し相手になってくれるわけでもはなかったが、その提案は魅力的だった。



────────────────────



「お前たちは何者だ!」

 巨大な芋虫の様な生き物がひくひくとしながら倒れている広大な砂漠の真ん中で、仮面をつけた2人組にレヴァンテインを構えながら、全身ぼろぼろのシグナムは問う。

「……」

 しかし仮面の2人組は何も応えない。

「答えろ!」

 シグナムが叫ぶと同時にレヴァンテインが炎を纏う。
 彼女の魔力はすでに枯渇寸前であるが、もうそろそろ合流する予定のヴィータとシャマルの為にも、この正体不明の存在を放置しておく事はできないのだ。

「私たちが何者かなんて、どうでもいいだろう?
 それよりも、このデカブツからさっさと蒐集しろ。」

 このまま沈黙を続けても仕方ないと判断した仮面の片方が不機嫌そうにそう言った。

「……落ち着け。」

 もう片方が不機嫌の方を宥める。
 魔力が尽きかけて体もぼろぼろになっていたシグナムを助けてやったと言うのに剣を向けれ、さらに怒鳴られたら不機嫌になるのも仕方ないし気持ちもわかる。

【ここは堪えて。 ね?】

 だが、ここで敵対する事になったら自分たちの目的を達成できなくなる可能性があるのだと言う事を思い出せと念話で伝える。

【……わかっちゃいるんだけどね。】

 目の前でひくひくしている巨大芋虫は後数分で気絶状態ではなくなるのだ。
 本当なら最後の最後まで姿を見せたくなかったというのに、姿を見せざるを得ない状況を作ったこの烈火の将が蒐集もせずに自分たちに喧嘩を売ってきているのが許せない。

「答えぬならば……」

 それに、もともとこいつらの事は嫌いなのだ。
 そんな自分たちの気持ちを知らずに攻撃態勢を取る相手に殺意を憶えてしまうのも――

「私たちは闇の書の完成を望む者だよ。」

 そう言って転移魔法を使ってくれたリーゼアリアにリーゼロッテは感謝した。



 あれ以上口論をしていたら、自分を抑える事ができなかっただろうから。





100919/投稿



[14762] Return19 見舞いと、反映
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/09/26 14:44
 深夜、とある病院の近くにある24時間営業のファミリーレストランで1人の少女を主とする4人組が暗い顔で話し合いをしていた。

「どうする?」

 赤い帽子を被っている少女がお子様ランチのスパゲッティをフォークにくるくると絡ませ続けながら残りの3人に訊ねた。

「まだ早いとは思うけど?」

 店員や他の客たちに見られたりしない様に左手で握りしめている銃の弾の様な物に魔力を注ぎ込みながら、もう片方の手で持ったスプーンでかぼちゃのスープをかきまぜ続けている緑色の服を着た女性は眉間に皺を寄せながら答える。

「むしろ、その仮面の2人組を蒐集した方がいいのではないか?
 もしかしたら、あの子供から蒐集する必要が無くなるかもしれないぞ?」

 2皿目のステーキを半分残している、4人の中で唯一の男性が大事な主人の大事な親友を傷つけることなく目的を達する事ができるかもしれないと思いつく。

「……手合わせたわけではないが、やつらはかなり強いだろう。
 まして、闇の書の事を知られている以上、我々の事も知っている可能性がある。」

 赤と言うよりも赤紫やピンクに近い色の髪をポニーテールにした女性が、赤い帽子の少女と同じ様に大盛りのパスタにフォークを突き刺してくるくると回しながら、こちらの手の内を知られている可能性がある以上、迂闊なことはできないと告げた。

「ついでに、我らの家の場所も知られていると考えた方がいいだろうな。」
「ちっ!」

 続いた言葉に赤い帽子の少女が舌打ちをし、皿の上のスパゲッティが全部巻き付いたフォークを自分の口の中に突っ込んだ。
 ポニーテールの女性も、それに続いた。

 どうしたら『良い』のか、わからないのだ。

「……そう考えると、はやてちゃんが入院する事になって家に居なくなるのは不幸中の幸いと言うべきなのかしら?」
「残念だが、そうは言えないだろう。
 ……家の場所がばれているのなら、通院している病院も知られていると考えるべきだ。」

 やっぱりそうよねと呟いて、緑色の服の女性はスープを口に運び、男は男で残りの肉を全て口の中に放り込んだ。

 『安全を考えるのなら、別の世界に行くべきだ。』

 4人はそう考えている。
 しかし、主の容体を考えると、この世界から出て行く事は出来ない。

 こう言っては何だが、この世界の医療技術は悪くは無いが良くも無い――むしろ、この世界よりも医療技術の進んでいる世界はきっとたくさんあるだろう。

 いや、闇の書に魔力を吸われている事を考えると、重要な事は医療技術ではなく魔法技術なのかもしれない。
 その点で言えば、この世界の医者では主の容体が治す事は決してできないと断言できる。

 しかし、医療技術や魔法技術が進んでいる世界は社会システムも進んでいるものなのだ。 

「仮に別の世界に行ったとしても、その世界の戸籍も何もないはやてではその世界の病院に行って正規の治療を受ける事はまず出来ない。
 それどころか、その世界の警察などに厄介なってしまうことなる。」

 パスタを飲み込んだ女性はリスクを語る。

 戸籍や住民票などの確認も片手で持てるような機械を目に当てて網膜をピッと調べるだけで済んでしまうだろう。

 科学や魔法の技術が進むとは、そう言う事なのだ。

「それでも治療を受けようとするのなら、危ない橋を渡って闇医者に見せる事になるが、そいつが信用のできる人物である可能性は限りなく低い。 足元を見られてふっかけられて、その上、碌な治療も受けられないだろう。」

 アンダーグラウンドな世界では信用が大事。
 信用できない相手と取引をする馬鹿は早死にするし、信用を裏切っても早死にする。

 だが、そもそも『信用できる医者』が『信用できるままで闇医者になる』なんて事は殆どあり得ないと言っていい。
 そんな稀有な存在と接触できるツテもコネもこの4人にはない。

「そもそも、はやてを治療してもらう為には『闇の書とはやての繋がり』をその医者に隠さず全部話さなければならない。
 そんな事をしたら――最悪の場合、はやての命を狙う物も現れるだろう。」

 医療技術と魔法技術が進んでいる世界は時空管理局に所属していると考えるべきだ。
 時空管理局に所属して居ないのなら、その世界は管理局に対して何か大きな問題を抱えていると考えてもいい。

 そんな世界に主を連れて行くのはメリットよりもデメリットの方が大きい。





「蒐集のペースは落ちてしまうが、ザフィーラを除いた私たち3人の内誰かが常にはやての側にいる事が出来るようにすべきだろう。」

 本来なら主の側にいて欲しいのはこのメンバーで唯一の男――ザフィーラであるのだが。

「……そうだな。」

 彼は基本的には青い毛色の大きな狼の姿をしているが、今の様に人型にもなれる――なれるのだが、その姿は筋骨隆々のむさ苦しい成人男性である。
 この世界の常識と照らし合わせて考えてみると、そんな男がはやての様な幼い子供の側に四六時中付いて回ると医者や看護士、他の病人などに不審に思われてしまうだろう。

 戸籍も何もない4人が周りから奇異の目で見られるのはよろしくない。

 一応、魔法で姿を変える事も出来なくもないのだが、彼の人型の姿ははやての主治医に見られてしまっているので、これ以上はやての家族を増やしてしまう事になるのは……

「じゃあ、私が側にいる事にするわ。」

 カボチャのスープを飲み終えたシャマルが提案する。
 『はやてを守る』と言う面ではザフィーラに劣るが、瞬間移動魔法などが高速で扱える彼女ならばいざという時にはやてを抱えて逃げ切る事ができるだろう。

「そうだな。
 シャマルならはやての相手をしながらカートリッジに魔力を補給する事も出来るし。」

 お子様ランチのデザートであるプリンを飲み込んだヴィータが同意する。
 できるのならはやてから離れたくない、側に居たいと思っているのだが……

「……そうだな。
 蒐集の効率や主の安全性を考えると、私とヴィータは蒐集に回ったほうが良いだろうな。」

 食後のコーヒーを飲みこんで、リーダーであるシグナムは決定を下した。

「私たちの家族、はやての為に。」
「ああ、はやての為に。」
「はやてちゃんの為に。」
「はやての為に。」





「店長……」
「よくわからんが、そんなに怖がるな。」
「でも、なんか怖いです。」
「……多分、あの病院に入院した家族がいるんだろう。 湿っぽくなるのは仕方ないさ。」
「そういう客はこれまでも見ましたけど、話し合っているみたいなのに少しの声も音も聞こえないなんていうのは初めてです。」
「……気にするな。 特別にパフェを食わせてやるから。 な?」
「……はい。」



────────────────────



「はやてちゃん、具合はどうなの?」

 放課後、なのはははやての病室にお見舞いに来ていた。
 昨晩、日曜日に予定が無ければアリサやすずかと一緒に図書館に行かないかという旨の電話をかけたところ、ものすごく慌てた様子で電話に出たのであろうヴィータから事情を聞いていたのだ。
 そう言えば連絡するのを忘れていたと謝った少女が慌てて電話に出たのははやての事で病院から連絡が来たのかもしれないと思ったかららしい。

「心配掛けてごめん…… それと、来てくれて、ありがとう。」
「謝らないで。 親友なんだから、お見舞いに来るのは当たり前だよ。」

 お互いにくすりと笑い合う。

「シグナムさんたちは、その、忙しいの?」

 はやてから家族が最近家に居ないと寂しがっている事を知っているなのはは、はやてがこんな時くらいは側に居るのではないかと思っていたのだが、病室に来てみるとはやてが1人で本を読んでいるのを見て少し悲しい気持ちになってしまったのだ。

「そうみたい。 あ、でも、今日はシャマルが居てくれてる。」
「シャマルさんが?」
「うん。 今ちょっと席をはずしてるけど、トイレとか助かってるわ。」
「そうなんだ。」

 嬉しそうにそう話す親友の笑顔を見る事ができて、流石に1人くらいははやての側に居てくれているのだなと、なのははほっとした。

「なのはちゃんのほうはどうなん?
 この前電話したら、最近家庭教師に勉強見てもらってるって桃子さんが言うてたけど?」

 家庭教師と聞いて一瞬誰の事だろうかと悩んだが、すぐにクロノの事だと気づいた。

「ああ、家庭教師って言っても、ちょっと用事で海鳴に来ている親戚の人が、用事がすむまで勉強を見てくれる事になったってだけの事だよ。」
「そうなん?」
「そうだよ。」

 すずかとアリサにもその様に説明している。
 自分の成績が落ちたから家庭教師を雇われたと思われるのは流石に嫌なのだ。

「私と遊ぶようになって成績が落ちたんやとしたら悪い事したなぁって思ってたけど、そう言う事だったんやね。 よかった。」
「そんな事考えていたの? はやてちゃんは心配性だなぁ。」

 なのはははやての頭を撫でながら、私は大丈夫だよと囁いた。

「ほら、図書館で一緒に勉強した事もあったでしょ?
 はやてちゃんと一緒にいて成績が落ちる事なんて、これから先もないよ。」

 そう断言するなのはの笑顔に、はやても思わず笑顔になる。

「……なのはちゃんは優しいなぁ。」

 知りあって数ヶ月しか経っていないと言うのに、この人が自分の事を親友と呼び、そう扱ってくれる事で、どれだけ心が救われてきただろうか……

「私が優しいんだとしたら、それは、はやてちゃんが親友だからだよ。」

 誰にでも無条件で優しいわけではない、はやてにだから優しくしたいのだと宣言する。
 実際、魔力を狙ってくるかもしれないロストロギアがはやてに危害を加えたら、どんな事情があっても、ミストやクロノ先生に止められても、この手で壊してやると思っている。
 ……いざという時の為にバリアジャケットやバリア系の魔法も教わっているが、何度頼んでも攻撃魔法を教えてくれないクロノの事をケチだと感じ始めていたのだ。

「なのはちゃ――」

がららら

 はやてがなのはにもう一度感謝を伝えようとした時、病室の扉が開いた。

「ただいま、はやてちゃん。
 頼まれていた週刊漫画雑誌と蒟蒻のお菓子、買ってきた――あら、なのはちゃん?」

 シャマルが席をはずしていたのははやてに頼まれてお使いをしていたかららしい。

「お邪魔しています。 シャマルさん。」
「あら、いいのよ。 なのはちゃんならいつ来てくれても大歓迎。
 はやてちゃんの話し相手になってくれていたんでしょう? ありがとうね。」

 おっとりとした雰囲気を持つシャマルが戻ってきた事で、元々穏やかだった病室の空気がさらにのんびりとしたモノになった気がする。

「いえ、そんな、感謝される様な事じゃないです。」

 自分の言葉に照れているなのはを見て、シャマルはある事に気付いた。

(魔力が、前よりも感じられない?
 肉体的にも精神的にも成長する時期のはずなのに……)

 なのはが魔力を抑える練習をしている事を全く知らないシャマルにとって、その変化は自分たちの計画に多大な影響を与えかねない重大な問題であった。

「なのはちゃん、ちょっと失礼。」
「え?」

 シャマルの右手の平がなのはの額にぴったりと当てられる。

「熱は、無いみたいね。」
「え? え?」

 突然体温を計られたなのはは驚いて声を上げる。

「な、何ですか?」

(しまった! 思わず手を出してしまった……)

 なのはの当然の質問に、シャマルは焦ってしまった。

「あ、その……」

(体調不良が原因で魔力が減っているのかと思ったけれど、だからと言ってやって良い事ではなかった。
 これじゃあまるで、はやてちゃんの事を気に病むあまり、折角来てくれたお客さんに「あなたは病気を持っているかもしれないからはやてちゃんにうつしてしまう前にさっさと帰って頂戴。」と言ってしまった様なものだわ。)

 思わずとはいえ、なんというか、とても失礼な態度を取ってしまったかもしれない。
 しかし、今さらそれいがいの言い訳をするのも不自然すぎる。
 あまりにネガティブな方向に考えすぎているかもしれないが、自分たちが――今は自分を含めないが――忙しくしている間のはやての精神的な支えとして、高町なのはという存在は蒐集するしないに関わらず、決して失うわけにはいかないほどに重要だと言えるのだから仕方ない。

「こ、この前見た時よりも顔色が悪かったから、ちょっと気になってしまって。」

 今はもう、なのはちゃんは良い子だから、そんな風に受け取らず、「ただ体を心配してくれたんだな。」と思ってくれるかもしれない事に賭けるしかない。

「でも、気のせいだったみたい。
 この部屋の明かりは強いから、いつもよりも白く見えたんだわ。」

 親友の家族とはいえ、それほど親しくして居ない他人に額を触られて不愉快な気持ちになったかもしれない事が気になるが、この説明で何とか納得してもらうしかない。

「そ、そうだったんですか。」
「そうなのよ。 びっくりさせちゃってごめんなさいね。」
「あ、いえ、気にしないでください。」

 もしもこの場に誰も居なかったら、「やった!」と叫んでいたかもしれない。

(本当、なのはちゃんが良い子で良かったわ。)

 上手く誤魔化せた事でほっと一息ついた。

「シャマル。」

 なのはとシャマルのお話が一段落着いたと思ったはやてが名を呼ぶ。

「お菓子はご飯の後ですよ。」

 そう言いながら、買ってきた雑誌は机の上に、お菓子は小さな冷蔵庫の中に入れる。

「ちゃうちゃう、なのはちゃんがお見舞いにお花持ってきてくれてるんやけど、花瓶か花瓶の代わりになりそうなモノって借りれるかなって。」
「ああ、そう言う事なら――ちょっと聞いてくるわね。」

 シャマルは病室に2人を残し、少し急ぎ足でナースセンターに向かった。





「お菓子、食べても良いの?」
「……本当は食べちゃいけん事になってたんやけど、栄養士さんに無理言って蒟蒻とか寒天とかだけ許可もらったんよ。」
「そっか。」

 翠屋のケーキを持って行こうと母に行ったところ、食事制限があるかもしれないからお花にしておきなさいと言った母の言葉は正しかったのだなぁとなのはは思った。



────────────────────



「にゃのはの魔力が減っている?」

 その日の夜、疲れて帰って来た3人にシャマルは高町なのはの魔力が減っているかもしれないと言う事を伝えた。

「ええ。」

 とりあえず、見た目で分かる様な病気にかかっている様子も無ければ、はやてと仲良くおしゃべりしている様子から精神的に落ち込んでいるわけでも無さそうだとも。

「原因不明か。」

 4人から3人に減った為に蒐集速度が遅くなっているというのに、このタイミングである種の保険とも言える蒐集対象の魔力が減ってしまったというのは正直痛い。

「リンカーコアに何か異常があるのだとしたら、魔力が完全に無くなる前に蒐集しておこう――というわけにもいかないな。」

 蒐集が原因でリンカーコアが完全に壊れ、それによってなのはの身に何か――例えばはやての様な障害を持ってしまったり、最悪死んでしまったりなんかしたら……

「ザフィーラの言うとおりだな。」

 レヴァンテインの手入れをしながらシグナムは考え――すぐにできる事を思いつく。

「シャマル。」
「何?」
「今すぐ高町家に行ってなのはの体を調べるというのはどうだ?
 この時間なら子供はもちろん家族も寝ているだろうから、結界を張ってしまえば……」

 他人の家に侵入したりするのはあまり好かないが、もしもなのはにな何か悪い所が在って、それが命に係わっていたりしたら――はやての為にも放置するわけにはいかない。

「……そうね。」

 シグナムの提案に頷いて、バリアジャケットを身に纏う。

「ならば俺も行こう。
 短時間で正確な検査をするなら、結界に意識を割くのは得策ではないだろう。」
「それは助かるわ。」

 以前見た時に高町家の主人と息子と娘(なのはを除く)は武術を嗜んでいるようで、結界を張らなければシャマルの気配に気づいてしまうくらいの腕もあると思われた。
 そんな場所にシャマルを1人で行かせるわけにはいかない。

「シグナムも行くのか?」

 提案した本人も行くと1人でお留守番をしないといけないヴィータが訊ねると、シグナムは首を横に振った。

「ザフィーラも行くのなら問題ないだろう。
 ……それに、サーチャーを置いてあるとはいえ、はやてに何かあって病院から電話があった時にヴィータが出てしまうのは色々とまずいみたいだしな。」

 深夜にヴィータの様な子供を1人残して大人が出かけているというような噂が病院内に広まってしまうのはいろいろとまずい。

「……子供扱いは気に入らないけど、その通りだな。」

 ヴィータは眉間に皺を寄せながらも、その意見を受け入れた。





「クロノ君、どうする?」
「……検査の結果何も無いと知って大人しく帰ってくれればいいが、『どうせだから』、『ついでだから』、そうと言って蒐集しないとも限らない、か。」

 なのはの護衛も兼ねていると高町家に宣言もしているので、放置もできない。

「敵はどちらかというと後衛の2人…… 捕まえるのも有り、か?」





100926/投稿



[14762] Return20 弥縫策と、成敗
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/10/10 16:39
 星が見えない曇り空の下、街灯に集まる蛾を鬱陶しいと思いながらシャマルとザフィーラは主の親友の住む高町家へ続く道を歩いていた。

「ついでに蒐集するのか?」

 誰かに見られた時の事を考えて着けられた首輪に違和感と息苦しさに耐えながら夜のお散歩モードのザフィーラがシャマルに訊ねる。

「どうしましょうか?
 本当はなのはちゃんが冬休みに入るまで蒐集をしないつもりだったけど……」

 リンカーコアを持っている人間の存在が稀なこの世界で、なのはの魔力を蒐集するという事は『原因不明の意識不明者』を生み出すことに他ならない。
 そして原因がわからない以上その回復は自然治癒に任すしかないという事であり、おそらく1ヶ月以上意識不明の状態は続く事になるだろうし、意識が回復してもさらに数ヶ月は――体質によっては一生、その身体に不自由が残る事になるだろう。
 もちろん、闇の書が完成した後で、にはなるものの、なのはの治療にはこちらもできるだけの事をするつもりではあるので、冬休みの間に動けるくらいには治療して、新学期が始まる頃には通学できるくらいには回復させておく予定だった。

「はやてが悲しむ事はしたくないが、高町を蒐集対象として考えると捨て置くには、な。」

 あの魔力量は放置するにはもったいない。

「そうなのよねぇ……」

 蒐集したら数十ページにはなるだろう。
 だからこそ闇の書の最後の蒐集対象として想定していたのだ。





『でも考えてみたら、なのはちゃんが原因不明で倒れた途端にはやてちゃんの足が治る――何て事になったら、いくらなんでも私たちがはやてちゃんに内緒で蒐集していた事がばれるちゃうんじゃないかしら?』
『ふむ……』

 八神家から高町家へ続く道に仕掛けておいた高性能集音機によって聞く事のできる2人の会話から、高町なのはのリンカーコアを調査した後異常が無かったらそのまま蒐集してしまう可能性が高いと考えられる。

「どうするの?」

 このままではなのはが危ないが、どうやって守るのかとフェイトがクロノに訊ねる。
 フェイトとなのはは互いに知り合い程度の付き合いでしかないが、一緒に居ると元気になれるような少女が悪党の餌食になるのを見過ごすわけにはいかない。
 時空管理局の嘱託魔導師という肩書を抜きにしても、高町なのはと言う少女を守ってあげたいと思っているのだ。

「高町家に侵入されてから対処した場合、なのはと僕たちに繋がりが在る事がばれてしまうだろうから、その前になんとかしたいが……」

 今あの2人――1人と1匹は夜の散歩をしているだけの様にしか見えない。
 そんな1人と1匹を奇襲して捕縛してしまうと言う事は、時空管理局が闇の書と守護騎士の居場所を掴んでいたという事になる。

「そうか。 あの1人と1匹を捕縛してしまうと家に残っている2人がはやてを連れて他の世界に逃げてしまうかもしれないんだ。」

 高町家に侵入される前にどうにかしないといけないが、どうにかしたらどうにかしたで、残りの2人が逃げてしまうという面倒くさい状況

「ああ。」

 考えられる中で一番良い結果が出るのは、なのはのリンカーコアが体外に出ていて、なお且つ魔力を蒐集される前に駆けつけて「パトロール中に魔力を感じて駆けつけてみたら…… お前たち、一体何をしているんだ!」とでも言って妨害する事だ。
 これならば時空管理局と高町なのはとの間に繋がりがあるとは思われないし、念話をする隙を作ってやれば家に残っている2人も「偶然時空管理局の邪魔に会った」と考えるだろうから、入院している八神はやてを無理やり連れ出してこの世界から脱出する様な真似もそうそうしないだろう。
 しかし、この方法は失敗する可能性が高すぎる。
 時空管理局の執務官として、ハイリスクローリターンな作戦を選択する事はできない。

「クロノ、一つ提案があるんだけど?」
「ん?」



 ミストの提案をクロノは採用する事にした。



────────────────────



「っ!!」
「シグナムっ!!」

 シャマルとザフィーラが帰ってくるのを待っていたシグナムとヴィータは巨大な魔力を持った何者かがこの世界に現れたのを感じた。

「これほどの魔力を隠しもせずに……」
「何処の馬鹿だかわかんねーが、こいつを蒐集出来たらかなり楽になるんじゃないか?」

 確かに、この正体不明の魔力を蒐集したら闇の書のページがかなり埋まるだろう。

 が――

「いや、待て。」
「なんだよ?」
「私たちが蒐集を初めてかなりの時間が経つ。
 時空管理局ならこれが闇の書によるものだと気が付いているだろうし、もしかしたら他の世界でもそれなりの話題にはなっているかもしれん。」

 そんな時期にこんな辺境の世界に魔力を隠しもせずにやって来る馬鹿がいるだろうか?

「……罠って事か?」

 時空管理局が自分たちを釣る為に色んな世界で巨大な魔力を放出し、それを感知した自分たちが蒐集に来るのを手ぐすね引いて待ち構えている可能性は高いだろう。

「その可能性があると言う……
 いや、これが管理局の罠では無いというのならなお悪いかもしれん。」

 この世界の人間の殆どは魔力持っていない。
 これほどの魔力を持った者ならば一方的な虐殺が可能である。

「時代劇で言う処の試し切りとかの可能性もあるか。」

 何かのショックで自分の中の巨大な力に目覚めた馬鹿か、手に入れたロストロギアの性能試験にきた馬鹿という事も十分に考えられる。

「病院へ、走らず、歩いて行くぞ。」

 相手が何者であれ、主の安全確保が一番大事だ。

「わかった。」

 空を飛べば1分もかからずに病院に着くが、正体不明の巨大な魔力の保持者にこちらの魔力を感知されてしまうのはまずいし、魔力を感知されなくとも、自分がこの世界に着た途端に高速で移動する物が居たら不審に思われかねないという判断だ。

「途中でタクシーに乗れれば良いんだが……」





「ザフィーラ!」
「一度家に戻るぞ!」

 なのはの部屋に結界を掛けた直後に現れた巨大な魔力を感じ、すぐさま結界を解除した。
 シグナムやヴィータと違って病院へ直行しないのは、ザフィーラが狼モードである為に病院に入れないし、タクシーにも乗れないからだ。

「家の結界はどうしましょう?」

 八神家にはシャマルとザフィーラによる結界を張ってある。

「下手に解除するとそれを感知される可能性がある。」
「……それもそうね。」



 そんなシャマルとザフィーラを街のあちこちに仕掛けられた高性能集音機と一緒に設置しておいた高性能監視カメラが撮っていた。

「クロノ君、ミストの予想通り2人はなのはちゃんを蒐集せずに家に向かったよ。」

 その映像を見ながら、エイミィが携帯電話でクロノに現状を伝える。
 テレビやラジオはもちろん、最近普及し始めた携帯電話などによって海鳴くらいの規模の街ならば常に様々な電波で溢れている現代社会、魔法に頼った世界で創られただろう闇の書や守護騎士たちに傍受されるのを防ぐには念話よりも携帯電話の方が良いのだ。

『よし、そのまま監視を続けてくれ。』
「りょーかい!」



『フェイト、2人がポイントAに来たよ。』
「了解!」

 アルフからの連絡を受けた私はミストに電話を掛ける。

『目標は?』
「予想通りBもTを使わず徒歩でポイントAから。」

 Bはバス、Tはタクシーの事だ。

『なら、予定通りに結界をお願いね?』
「はい。」

 私は携帯を閉じて集中に入る。



────────────────────



 ふと、違和感を覚えたシグナムがその事をヴィータに知らせようとした処、ヴィータに取っての死角から3つの魔力弾が向かって来ているのを視界にとらえた。

「ヴィータ! 右へ飛べ!」

 シグナムはそう叫び、彼女自身は左に大きく飛んだ。
 ヴィータはシグナムの叫びに戸惑う事も無くシグナムの言う通りに右に飛び、魔力弾を回避する事に成功した。

「くっ!」
「ちっ!」

 転がりながらもデバイスを起動し、夜中とはいえ病院に続く道なのにまったく車が通っていなかった広い道路でお互いに背中を合わせて戦闘態勢に入り、同時に自分たち2人がそれなりの大きさの結界の中にいる事に気がついた。

「罠にかかってしまったようだな。」

 何処でミスをしたのかわからないが、現状からそう判断するしかない。

「一体な――!?」

 ヴィータは結界の北側に百を超える魔力弾が浮かんでいるのを見つけた。

「なんてぇ数だ……」

 まず間違いなく多少の誘導性能はあるだろうあれら全てを回避するのはまず無理だ。

「誰だ!!」

 ヴィータが大きく叫ぶ。
 それは結界内に響き渡るのに十分な声量だった。

「時空管理局の者だ。」

 それに答えたのは魔力弾とは反対の方向の建物の屋根に立っている黒尽くめの少年。

「時空管理局だと!?」

 何時襲いかかってくるかわからない魔力弾から意識をそらすわけにもいかず、だからと言って声のする方向に意識を向けないわけにもいかず、シグナムとヴィータは意識を北と南の2か所に分けながらその少年を見上げた。

「魔力を感知してすぐに動きだしたのは失敗だったな?
 もうわかっていると思うが、僕たちはお前たちをおびき出して捕まえる為に様々な世界で今の様に巨大な魔力を放出してきたんだ。」

「……なぜ、私たちだと?」

 自分もヴィータも魔力を全く洩らさずに徒歩で病院に向かっていた。 だから魔力を感知されたわけではない。
 それなのに何故、時空管理局の攻撃対象となってしまったのか。
 この世界が自分たちの拠点だと知られてしまっているのならば今すぐシャマルとザフィーラに連絡をとり、病院に居るはやてを連れだして他の世界に逃げなければならない。

「何故も何も、お前たち2人は時空管理局の局員を襲って彼らの魔力を奪っただろう? その時にその姿を見られていたんだ。
 後は魔力を放出してから10分以内に移動を始めた熱源を1つ1つ調べて似顔絵と見比べて行けば、いつかお前たちに辿り着く。」

 単純な話だろう?
 なのはとの繋がりがばれない様に、いまどき子供向けの番組でさえもしない様な悪事のネタばれモドキを口にしながら、クロノは目の前の2人を鼻で笑った。

「まさか、そんな作戦とも呼べないような物にまんまと釣られるとは……」
「蒐集した奴らがもう起きているとは…… 管理局の医療技術を甘く見すぎていたか。」

 闇の書が完成する前に意識を取り戻す者がいるとは思ってもいなかった。

「君たちが傷つけた野生動物の中には絶滅危惧種もいたんだ。
 その上管理局の局員を傷つけた公務執行妨害もある。
 これ以上罪を重ねる前に、大人しく投降する事を薦める。」

 今の言葉から、時空管理局が自分たちを追ってきたのは野生動物と数名の局員から魔力を奪ったからだと判断した。

(この少年の言う事を信じるのならば、管理局から見て私たちの罪状は現時点では動物虐待と公務執行妨害の2つくらいと言う事……
 つまり、管理局は未だに闇の書に気づいていないと言う事になるが……)

 その場合、闇の書の現在の主が八神はやてであるという事も知られていないという事。

(ならば、はやてを連れてこの世界から脱出する必要は無いか?
 それに管理局に姿を目撃されてしまっているのはこの場に居る私とヴィータだけの様だ。
 私たち2人が他の世界に行くだけでも、はやての事に気づかれる可能性は無くなる。)

 結界の北側に百を超える魔力弾が浮かんでいるが、それらから感知できる魔力の波動は全て同一の物――つまり、敵は目の前の少年と魔力弾を浮かべている者の2人だ――いや、結界の魔力は違うか?
 だとしても、この場に居る管理局員は3人だけ。

 2対3だが、上手くやれば1人ずつ蒐集する事も不可能ではな――

「シグナム!」

 ヴィータが発した突然の大声に、思わず体が動いた。

ブオゥン! ブオゥン!

 おかげで2発の魔力弾が耳をかするだけで済んだ。

「くっ!」
「まだ来るぞ!」

 ざっと見て30発の魔力弾が私たちを目指して飛んでくる!

「くそっ!」

 それらは回避しても地面や壁に当たったりせずに、しつこくこちらを追跡してくる。

「投降勧告から1分経っても投降の意思を見せなかったので敵対する意思が在ると判断。
 こちらが見せた誠意に対して話し合いにすら応じてくれなかった事は非常に残念だが、君たちの様な犯罪者を見過ごすわけにもいかない。
 よって、君たちを強制的に捕縛させてもらう!」

 そう告げて、クロノは2人から距離を取る。
 2人がこちらに近接攻撃を仕掛けて来た場合、ミストの誘導弾に巻き込まれる可能性があるからだ。

(ミストの提案をエイミィと一緒にある程度修正したが、上手くいきそうだな。)

 時空管理局は高町家の事を何も感知して居ないという事を匂わせる台詞に少し説明臭いというか、違和感があるような気がしたけれど、自分と違ってシグナムとヴィータは違和感を持っていないようだ。

(このまま作戦通りにいけばいいが……)

 百を超える魔力弾を回避し続けることは至難の業だ。
 が、この結界を破壊する事ができれば『管理外世界に痕跡を残す分けにはいかない時空管理局は、一般人に魔力弾を見られる前に魔力弾を全て消すだろう』という『現状を打破する一番簡単な方法』に気づけば仲間に助けを求めるだろう。

(結界を破壊する為に意識を集中しているシャマルかザフィーラのどちらかを捕縛する事ができれば今回の作戦は成功と言っていい。)

 ベルカ式の最大の特徴とも言えるカートリッジに魔力を補給しているシャマルを捕縛できれば戦力のダウンは避けられない。
 これまでの調査の結果、彼女たちは常にカートリッジを使用して野生動物から魔力を蒐集しているのだから。
 仮に、他の3名もカートリッジに魔力を補給できたとしてもそれは変わらない。
 彼女たちは蒐集に行っては倒れるまで魔力を使いはたして帰ってくるのだ。

(カートリッジに魔力を補給する為に、倒れるまで魔力を使わないという選択をした場合でも蒐集の効率は下がるし、カートリッジに魔力を補給しないと言う選択しても蒐集の効率はやっぱり下がる。)

 ザフィーラという使い魔タイプの方を捕獲した場合でも戦力と蒐集効率は低下する。

(前衛2人の捕縛は後回しでいい。
 というか、早い段階で捕縛しても監視や警備に必要な人員が後衛2人の時よりも必要になるだろうから、アースラが改装中の今捕縛してもデメリットの方が大きい。)

 後衛が1人でも居なくなれば、蒐集効率を維持する為に今まで以上に無理をするに決まっている。 そうやって自滅した所を捕縛してしまう方が安全だ。

「行くぞ!」
《ブレイズキャノン》

 追跡弾から逃げる為に高速飛行に入ったシグナムに追跡弾とは違った軌跡を描く威力重視の砲撃を行う。

「ちっ!」

ガシュッ!

 こちらの目論見通りカートリッジを使って防御してくれた。

 ミストの追跡弾はその防御魔法が消えるまでシグナムの周りをくるくると回り続ける。

「そっちも!」
《ブレイズキャノン》

「くそっ!」

ガシュッ

 ヴィータもシグナムと同じ様にカートリッジを無駄遣いしてくれた。

(フェイトとアルフがどちらかを捕縛するまで、時間を稼がせてもらうぞ。
 シャマルを捕縛できた時の為にカートリッジもしっかりと使ってもらう。)

「男なら正々堂々とかかって来い!」

 ヴィータが吠えるがクロノは無視する。

(だが、なんだろう? 作戦はうまくいっているはずなのに、さっきから嫌な予感が……)





「なっ! 何者だい!」

 ザフィーラにチェーンバインドを仕掛けようとしていたアルフは突然現れて自分を蹴り飛ばした仮面の2人組を睨みつけたが、2人組はアルフの問いに答える事をせずに、片方が何かカードの様な物を取り出して投げてきた。

「ちっ! だんまりか!」

 それを紙一重で避け様としたアルフは、すぐに失敗した事に気付いた。

「しまった!」

 そのカードは、アルフとの距離10㎝という近さで爆発したのだ。
 アルフには――いや、おそらく殆どの人が、そんな距離での爆発を回避できるわけがなかった。

 クロノの予感は的中していた。





101003/投稿
101010/誤字修正



[14762] Return21 怪我人と、準備
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/10/10 16:28
プシュー

 治療室の扉が開いて、大怪我をしたアルフを治療していた医療スタッフのチーフが、涙を流しながら扉を見続けていたフェイトに笑顔を見せた。

「先生! アルフは大丈夫なんですよね!?」

 その笑顔を見て、廊下に設置されていた椅子に座ってずっと声を殺して泣いていたフェイトは医療スタッフのチーフに飛びかかるように駆け寄ってそう訊ねた。
 笑顔を見せたと言う事は、イコール手術が成功したという事なのだとわかっているのだが、それでも、きちんとした言葉で確認したかったのだ。

「ええ。
 暫く――そうね、治療魔法の結界内で3日は絶対安静が必要だけど、それを過ぎたら今までどおりに動けるようになるはずよ。
 それに、数ミリの傷跡すら残らないし後遺症も無いでしょうね。」

 自信満々に両腕を腰に当てて、威張るようにしてそう告げた。
 医療スタッフも患者の関係者がこの様な行動をとったりする事には慣れていたので、フェイトを安心させる為に偉そうな態度をとったのだ。

「そうですか…… よかった……」

 事実、自分が手術をしたのだから完璧に治って当然なのだと言う態度を見たフェイトは安心して腰が抜けてしまった。





「そう、治療は成功したのね。 ……3日? なら、万全を期すためにもリハビリと戦闘訓練を…… ええ、ええ…… それじゃあ、お願いするわ。」

ピッ

「アルフさんは大丈夫なんですね?」

 通信を切って溜息をついたリンディにエイミィが声を掛ける。

「ええ。 3日は絶対安静との事だけど、彼女の性格を考えるとあの2人組に負けたままなんて嫌だと言って絶対安静を無視して体を動かしてしまいそうだから、3日過ぎたらフェイトと一緒に思う存分リハビリと言う名の戦闘訓練をして貰う事にしたわ。」

 その間――フェイトとアルフという戦力が居ない間――に何か起こった場合、ミストとクロノの2人で闇の書の守護騎士4人と謎の仮面2人の計6人を相手にしなければならないが、アースラの改修が明日の午後には終わる予定なのでリンディ自身も戦力に加える事が一応可能になる事が唯一の救いだろうか。

「武装隊を要請しないんですか?」

 戦力が足りないなら他所から持ってきたらいいのではと言うエイミィの素朴な疑問に、リンディは非常に残念な顔をした。

「……闇の書の主が居る場所は特定されているから、いざとなったらアルカンシェルを撃てばいいだろうと言う事になってしまったのよ。」

 そう言ってまた溜息をつく。

「……それなら、八神はやてと闇の書をいつでも――例えば宇宙空間にでも強制転移できるように準備したいと要請してはどうでしょう?」

 アルカンシェルによる闇の書の消滅は最終手段であると同時に決定事項でもある。
 今まで闇の書が世界を滅ぼす前にアルカンシェルを撃つ事で被害を抑えてきたのだが、それは闇の書が在ると思われる場所にアルカンシェルを撃つというやり方だった。
 しかし、今回は闇の書の在り処もその主が居る位置も特定できている。
 位置を掴めてさえいれば子供1人と本一冊くらいの大きさなら強制転移魔法で宇宙空間に放り出す事は十分可能ではないかとエイミィは計算したのだ。

「……なるほど。」

 闇の書に対して、時空管理局はアルカンシェルによって被害を最小限に抑えてきた。
 それは事実ではあるが、強制転移魔法のエキスパートを呼ぶ事でその被害を今までの歴史で一番と呼べるくらいに減らす事が出来ると言うのならばその方が良い。

「八神はやてのいる位置にアルカンシェルを撃ったらなのはさんのご家族やお友達も犠牲になってしまうものね……」

 そうなったらミストは管理局を辞めてしまうかもしれ――

「艦長?」

 また溜息をついたリンディの心配をするエイミィに「大丈夫、レティに強制転移魔法の使える人材を派遣してもらえないか聞いてみるわ」と告げて、先ほどよりもさらに疲れた様子で自分の部屋へと戻った。





「闇の書を消滅させる為なら仕方ない――なんて……
 仕方ないなんて言われて、納得するなんて出来ない事なんて……
 私は、私こそが、誰よりもわかっていると思っていたはずなのに……」

 窓の外に星は見えない。
 だから彼女は瞼を落とした。

「エイミィに言われるまで忘れていたなんて、情けないわね?」

 瞼の裏に浮かぶ夫が、そう自虐した自分に笑顔を向けてくれた様な気がした。





『アルフのリハビリが終わるまで……』

 怪我をしたアルフをフェイトと一緒に時空管理局の本局まで送り届けてそのまま改修したアースラの最終調整の手伝いに入ったエイミィからの報告が届いた。

(アルフが怪我をした時に取り乱したフェイトの精神状態を考えるとそうするべきだと母さん――艦長も考えたのだろうな。)

 クロノは現地戦力の低下している期間をどう乗り越えるか考えながらも、上司であるリンディと同じ結論を出した。

「……わかった。
 敵の数が予定よりも多かった以上、こちらの戦力アップは必要だからな。」

 例え一時的に戦力ダウンする事になっても、あの6人を抑えなければならないのだ。 ……闇の書を消滅させる、その時の為に。

「そうだね。」

 ミストもそれに同意した。
 自分がリーゼ姉妹を抑えたとしても、クロノが抑えられるのはシグナムかヴィータの前衛組の片方とシャマルかザフィーラの後衛組の片方どちらかの組み合わせくらいだろう。
 義母さんはアルカンシェルを発射しなければならいので戦力として数えるのは微妙だ。
 そうするとフェイトとアルフにはヴォルケンリッターの前衛1人と後衛1人を抑えてもらわないといけないのだが、今のままでは不安が残る。
 だから、あの2人が強くなる――小手先の技が1つ2つ増えるくらいだろうが――事はかなり重要だろうと考えているのだ。

『アースラは明日にはそっちに行けるから、何か個人的に買ってきて欲しい物があったら今の内に言って頂戴。 あまり高いのは無理だけど、立て替えておくよ。』
「それじゃあ、いつもの雑誌を買ってきてくれ。」
『デバイスの部品の?』
「ああ。」
『わかった。 ミストさんは?』

 雑誌名ではなく“いつもの雑誌”でわかるなんて、エイミィ頑張っているんだなぁなどと思った彼女は、アースラがこっちに――八神はやての監視に戻ってくる時に頼んでおこうと前から考えていた物を頼む事にした。



────────────────────



「ザフィーラ、シグナムの様子は?」
「まだ起きないらしい。」
「そっか……」

 八神家の一室でザフィーラに看病をして貰っているヴィータは、「私の方がお前よりも体が大きいから」と、そんな理由であの無数の魔力弾から庇ってくれたシグナムが未だに目覚めない事を聞いては落ち込む日々を過ごしていた。

「ヴィータ、お前の怪我もまだまだ完治には程遠い。
 シグナムの事を気にするなとは言わないが――いや、シグナムの事を想うのなら今はしっかり休んで怪我を癒せ。」
 家の外に魔力が漏れない様に気をつけながら治癒魔法を使うザフィーラの言葉に従って、ヴィータは再び目を閉じた。

「……わかってる。」

 そんな事はわかっているのだ。
 仮面の2人組が実は――というかやっぱり敵で、入院していて動く事の出来ないはやてに害を成そうとした時に、今動けるザフィーラとシャマルだけでは勝ち目はないし逃げる事も出来はしないと言う事を。

「……くそう。」

 自分の無力が、こんなにも悲しいと思えた事は今まで無かった。





 氷水につけたタオルをギュッと絞り、ベッドの上で動かないシグナムの額の上に置いた。

「……シャマル?」
「ああ、やっと気がついたのね。」

 額の感触がきっかけになったのか、久しぶりにその声を聞けてほっとした。

 あの夜、謎の仮面2人組に助けられたザフィーラによって破壊された結界内で無数の魔力弾によってボコボコにされているシグナムとヴィータを短距離転移魔法で助け出したシャマルは幾つかの次元世界を経由してから八神の家に戻り……

「あ、治癒魔法は使わないで。
 一応幾つかの世界を経由してから戻って来たけど、管理局のやつらがまだ近くにいたら気づかれてしまうかもしれないの。」

 普段のシグナムならば、いや、ヴォルケンリッターの誰もが、家の外に魔力を洩らさない様に治癒魔法を使う事くらいの事は容易にできる。
 彼らは1人でも戦える存在なのだ。 自分の怪我くらい自分で治せないといけない。
 しかし、思わず目を背けたり覆ったりしたくなるような数の魔力弾の雨の中、ヴィータをしっかりと抱えて耐え続けていたシグナムは肉体的にも精神的にも、精密に魔法を扱えるとは思えないシャマルはシグナムの手を握り締めて魔法の構成を霧散させた。

「……ここは、なのか?」
「ええ。」

 別の次元世界へ逃げた自分たちが、この世界にこっそり戻ってくるとは思わないだろうと考えての――この国で言う『灯台下暗し』を狙っての事である。

「……ヴィータは?」
「隣の部屋でザフィーラが診ているわ。」
「……そうか。」

 自分と同じ様に魔力弾の雨を耐え続けたヴィータも救出されている事を知って安心する。
 彼女の上に覆いかぶさるようにして庇っていたとはいえ――いや、だからこそ、何か支障がでて救出できていないと言う事もあり得ると考えたのだ。

「それよりも聞かせて頂戴。 一体何があったの?」

 ヴィータからも聞いてはいるが、彼女も未だ安静が必要な状態であり、そんなに詳しくは聞けていないのが現状であった。

「何があったのか、か……」

 突然の巨大な魔力の発生、結界によって隔離され無数の魔力弾で大怪我をしたシグナムとヴィータ、2人を助ける為に結界を破壊しようとした時に入った赤毛の使い魔狼、自分たちを監視していたとしか思えないタイミングでザフィーラを助けた謎の仮面2人組……
 どう考えてもシャマルやザフィーラも知る必要がある。

 が――

「どこか、ここから離れた場所で……」

 あの黒尽くめの少年執務官はともかく、あの無数の魔力弾を放つ事の出来る人物が自分たちをそう簡単に逃がしてしまうだろうかと疑問に思う。
 管理局にこの家がばれてしまっている可能性は高くは無いが低くも無いだろう。

「……確かに、少なくとも仮面の2人に監視されているかもしれない場所では、ね。」
「ああ。」

 話し合いの場を持ったところで自分たちの置かれている状況を全て正確に理解する事はできないだろうが、だからこそ、自分たちの想像できる範囲内だけでも、自分たちにできる限りの対策案を立てておかなければならず……
 対策である以上、それを知られては元も子もないのだ。

ピピピッ!

 突如、電子音のアラームが鳴り、シグナムは顔を顰めた。
 シャマルは慌てて机の上に置いていた自分の携帯電話を操作して音を止めた。

「なんだ?」
「ああ、はやてちゃんの所に行く時間なのよ。」

 シャマルはそう返事をしながら、携帯電話と同じ様に机の上に用意しておいたつばの広い帽子を被り、大きなサングラスをかけた。

「それは?」
「変装よ?
 今の季節でも日焼けを気にする人は結構いるから、こんな格好でも怪しまれないの。」

 つばの広い帽子と大きなサングラスで顔を半分以上隠せる――何より、つばが広いと上空から見られても顔や体格を隠せるという利点があると語る。

「行き先が病院だから、さらにマスクをつけてもそんなに怪しまれないの。」
「そ、そうか……」

 確かに上から見たらおかしな所は無いだろうが、真正面から見たら怪しいことこの上ないとしか言いようが無いなと思ったのだが、自分たちの看病とはやての付き添いという仕事をさせてしまっている手前、本人が自慢気に話している事を否定する事はできない。

「って! シャマル、お前まさか1人で此処と病院を――」

 行き来しているのか?

「仕方ないじゃない……」

 シグナムの言いたい事はわかる。
 シグナムとヴィータを襲い、結界を破壊しようとしたザフィーラにまで攻撃を仕掛けてきた管理局の人間が未だこの近辺にいるかもしれないというのに、ヴォルケンリッターの中で一番戦闘向きではない自分が1人で行動する事がどれだけ危険な事なのか。

「はやてちゃん、私が行くようになってから入院したばかりの頃よりも笑顔が増えたって、看護士さんが言っていたのよ?
 私が行かなくなったら…… いかなくなった、ら……」

 はやてを心配させたくないから、1人ぼっちにしたくないから……

 だから、自分だけが他の世界に魔力を蒐集しに行かないではやてに付いていてあげようと話し合って決めたのではないか。

「……ああ、そうだったな。 そう、決めたのだった。」

 自分が寝ている間、一番大変だったのはシャマルだったのだと改めて実感した。

「私、行ってくるから…… 後はザフィーラに、ね?」
「ああ。 はやての事、お願いする。」
「言われなくても。」

 おそらく、傍から見て怪しく思われてしまう姿である事をシャマルは気づいている。
 気づいていても、気づかない、気づいていない、それどころか自分で自分にこの格好で外に出るのはおかしくないと言い聞かせて、気分を無理やり高揚させて、はやての下へ向かうのは、自分たちへの義務感とはやてへの愛情ゆえ、だろう。

ばたん

 ドアが大きな音を立てて閉まり、同時にシグナムも瞳を閉じる。

 今は体を治す事が最優先だ。
 シャマルの為に、なによりも大事なはやての為にも。





「まだ、時間がかかりそうだね。」

 2匹の猫が八神家の玄関から出て行くシャマルの後をこっそり尾行する。

「こっそり調べたミストの情報を鵜呑みにしすぎたわね。」

 ジュエルシードの事件の時、ミストは時空管理局の人間に怪我1つさせていない。
 フェイトとアルフに対しては攻撃をしたようだが、それもダメージを与える為と言うよりは牽制や捕縛の為の囮の為だったと思う。
 傀儡兵に対して使われた魔力弾の威力は大したものだったが、傀儡兵は傀儡兵、それで人的被害はでていない。
 嘱託魔導師になる為の試験の時でさえ、試験官に1ミリの怪我すらさせなかった。

「彼女が魔力弾全てを当てに行くとは思わなかったよねぇ……」
「……ええ。 あの数で牽制して、実際は捕縛を狙っているんだと思ったのよね。」

 あんなに攻撃的な性格だとは思わなかったと2匹は笑った。

「あれは、シグナムたちが“守護騎士システム”で人間じゃないって知っていたからかな?」
「そうかもしれないわ。 傀儡兵を壊す事に抵抗は無かったみたいだし。」

 ミストはシグナムやヴィータと何度も訓練をしており、あれくらいなら大丈夫だと思ってのことだったのであるのだが……
 それと、今のヴォルケンリッターが大規模な治癒魔法を使う事が出来ないと言う事をすっかり忘れていたので治療期間が長くなってしまっているわけだけれど。

 そんな事を知らない2匹は、ミストという女性は恐ろしい存在だと結論付けた。

「あの2人が動けるようになるのに2週間は必要だろうけど、それだとあの子の体は手遅れになってしまうだろうし……」
「動ける2人に高町なのは――それとフェイトやクロノを蒐集させてみる?」

 フェイトはともかく、愛弟子であるクロノを蒐集させるのには抵抗を覚えるが、計画遂行のためにはそれも仕方ないかもしれない。

「ミストを蒐集させる事が出来れば一番いいんだろうけど……」
「確かに、あの魔力量は魅力的だけどねぇ……」

 今一番厄介なのはミストなので、彼女さえどうにかできればと思ってしまう。

「ああ、でも駄目だわ。」
「うん?」
「ミストの魔法を蒐集されたら、計画が失敗した時に、ね?」

 計画が失敗した場合、蒐集された666ページ分の魔力であの地獄の様な数の魔力弾を発射されてしまう。 そうなったら、アルカンシェル搭載艦すら落とせてしまいそうだ。

「ああ……」

 その光景を思い浮かべた2匹は体を震わせた。

「駄目だ、駄目。 それだけは阻止しないと……」
「そうね。 それだけは絶対に阻止しないといけないわ。」

 計画は成功させるつもりだが、それでも史上最強最悪の闇の書が現れてしまうリスクを背負うのは絶対に避けなければならないと2匹は頷き合った。





「私、そんなに怖がられる様な事したかな?」
「……少なくとも、あの2人の言う“計画”にとって障害になるとは思われたようだな。」

 2匹の猫がシャマルの護衛をしながら呑気に喋っているのを設置しておいた機械から聞いていたミストは少し泣きそうな顔でクロノに訊ねたが、クロノはあの惨劇を間近で見て少しやりすぎではないだろうかと思っていたので無難な答えを返した。

「むぅ……」

 ミストはその返事が自分の聞きたかったものではなかったので不満だったが、これ以上追及してもいい結果は得られないだろうと判断し、頬を膨らませる事で耐えた。

「それよりも、本当に明後日は1人で留守番するつもりなのか?」

 明後日、リンディとクロノとエイミィの3人はイギリスのグレアム提督に2匹の使い魔に闇の書を監視させているのはどういう意図によるものなのかと問い正しに行く事になっているのだが、元々の予定ではミストも一緒に行く事になっていたのだ。

「うん。 私はそのグレアムなんとかさんと面識がないしね。」

 シグナムとヴィータが動けないのならここで盗聴をする必要はあまりないだろうとは思うが、焦ったシャマルとザフィーラがなのはちゃんを襲わないとは言い切れない。
 それに、管理局で英雄と呼ばれていたグレアム提督を相手にして嘘をつき続ける事ができると言いきる事も出来ないと判断したのだ。

「そうか……」
「というか、所詮私は嘱託魔導師なんだよ?
 お偉いさんとの話し合いの場所に連れて行こうなんてしないでよ。」





101010/投稿



[14762] Return22 仕掛けと、獲物
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/10/17 15:59
 アースラにアルカンシェルを取り付ける作業が大きな問題も無く無事に終了して、再び第97管理外世界にやって来てから3日が過ぎた。
 リンディはアースラをエイミィたちブリッジクルーに任せて、息子であるクロノを連れてイギリスのギル・グレアムの家を訪ねていた。
 当初の予定ではアースラが第97管理外世界に戻ってすぐに彼の家を訊ねるつもりだったのだが、相手は現場から退いているとはいえ時空管理局の提督で顧問官であり、フェイトの件でも多少なりとも世話になっている。 リンディが礼儀としてまず連絡を取り、都合の良い日を訊ねた処この日に訊ねる事になったのだった。

「此処に来るのも久しぶりね。」

 門の横にある呼び鈴を鳴らすボタンを押す。
 ボタンの3センチほど上には家の中からでも客の顔が見える様に小さなカメラが付いており、リンディはクロノと2人並んでカメラの前に立つ。
 いくら礼儀とはいえ、それによって3日も余分に時間を与えてしまった事に後悔しつつも、横に居るクロノを不安に与えない様に笑顔を維持する。

『君たちか。』

 グレアムの声がボタンの下のスピーカー部分から聞こえてくる。

「グレアム提督、お久しぶりです。 今日は――」
『ああ、訊ねて来てくれる君たちの為にお茶の準備をしておいた。 門と玄関の鍵は今開けるからそのまま入って来てくれ。』

 スピーカーがプツッと音を立てた直後にカチリという音がして、門の――それと玄関の鍵も開いたという事を2人に知らせた。

「逃げも隠れもしないと言う事でしょうか?」
「……罠の可能性もあるわ。」

 恩人と呼んでも過言ではない彼を疑いたくはないが、彼の使い魔たちが闇の書とその主、主を守る守護騎士4人を守っている事はもはや明白と言ってよい。
 彼が今回の事件に関係があり、例の仮面の2人組がリーゼたちであったならば、このタイミングで自分たちが訪ねてくる理由もわかっているだろう。
 こちらは、こちらの質問に「知らぬ、存ぜぬ」を貫かれてしまえばそれ以上どうしようもないし、グレアムもその事を知っているだろうから突然攻撃をしてきたりする様な事は無いと思うが、守護騎士たちが最後に蒐集しようとしている高町なのはを襲おうとした事から考えると、もうそろそろ闇の書が完成するという時期であるはずである。
 リンディとクロノと言うアースラの2大戦力をこの海鳴から離れた土地に足止めする事が出来たならば、彼の計画は……

「クロノ、デバイスを。」
「準備してあります。」

 ミストに頼まれて彼女の――隠そうとしている虹色ではない、黄色の魔力に合わせた“ストレージデバイス”を作る時に、どうせからだと自分のデバイスも最新の部品を使ってフルチューンしておいて良かったとクロノは考えていた。
 最悪、ギル・グレアムとその使い魔2匹を相手にしなければならないのだ。 0・1%でも勝率を上げる事ができたのかもしれないなら、その価値は十分にあったと言えるだろう。

「そんなことは無いと思いたいですが――」

 クロノは眉間に皺を寄せて、何度も話し合った事を確認しなおす。

「事態が悪い方向に向かったら、僕が囮になっている間にアースラに転移してください。」

 理由は単純。
 艦長であるリンディがアースラに居なければ、いざアルカンシェルを撃たねばならいと言う時に面倒な手続きをしなければならなくなるからだ。
 闇の書に蓄えられた魔力の量によっては、1分1秒が命取りになりかねないと言う時に時間のロスをしてしまい、この世界が消滅してしまうなんて事になっては意味が無い。

「……頼りにしているわ。」
「ええ。」

 その時にクロノを、愛する息子を置いて行く事が本当にできるのか?
 リンディにその自信は無い。 ……自信は無いけれど、その覚悟はすでにしてある。



 門から玄関までの距離がもっとあれば良いのに……



────────────────────



「むっ!?」
「この感じ、誰かが大規模な魔法を使用しようとしている!?」

 最近やっと起き上がれるようになったシグナムとヴィータをベッドで寝かせてばかりいるのも不健康だし、いちいち2階まで食事等を運ぶのも手間がかかるからと1階のソファに座らせてテレビを見せていたシャマルとザフィーラは高町家とは反対の方向からかなりの規模の魔法が使用されかけているのを感じ取った。

「この魔力は…… 例の仮面の内の1人の物だな。」
「そのようだな。」

 くつろいでいたシグナムとシャマルの代わりに料理を作って運んでいたザフィーラは仮面の2人組と直接接触した事があったので、この魔力が誰の物なのか推測ができた。
 だが、彼らほどの魔導師になると使用者を特定される様なヘマをするとは思えない。

「確か、奴らの目的は闇の書の完成だったか?」
「……言葉を信じるのならば、な。」

 完成した闇の書を何に使うのかは分からないが……

「それってさ、私たちが怪我のせいで魔力の蒐集ができないままだと、やつらは完成した闇の書を手に入れる事が出来なくて、困るって事だよな?」

 ヴィータの言葉が、4人に最悪の事態を想像させる。

「まさか……」
「さっさと闇の書を完成させないと、この街を滅ぼすぞと言う警告?」

 これだけの魔力が使われる魔法ならば、この街を――自分たちが病院にいるはやての下に辿り着く前に滅ぼす事が十分可能だ。

「シャマル!」
「ええ!」

 時空管理局の人間がまだこの世界に居るかもしれないが、そんな事を気にしている場合ではない。 間に合わない可能性をうだうだ考えるよりも、1分1秒でも早くはやてを確保して安全な世界へと逃げなけれ――

「お前たちの主をどうこうするつもりはない。」

 何時の間にか家の中に侵入していた仮面の片割れがソファの――シグナムとヴィータの後ろに立っていた。

(嘘だろ?)
(怪我をしているとはいえ、全く気配を感じなかった……)

 4人が、特にシグナムとヴィータが驚愕していると、そいつはカードの様な物を何処からともなく取り出して、ソファから離れる事の出来ない2人の頭にくっつけた。

「はぁっ! こ、これはっ!」
「ぐぅっ! や、やめろっ!!」

 2人にくっつけられたそれが淡い光を放ち、その光がシグナムとヴィータを包み込む。

「なんてことをっ!」

 シャマルにはその光がかなりの規模の治癒魔法である事がわかった。

「お願いだからやめて! そんな強さの治癒魔法を使ってしまったら、時空管理局に私たちが此処に居る事がばれてしまうじゃないの!!」

 ついさっき、それを恐れずに転移しようとしていたシャマルがそれを言っても、と思う者もいるかもしれないが、要は優先順位の問題である。
 何よりも大事なはやての安全の為ならば多少の危険は仕方ないが、2人の怪我を治す為にリスクを背負うのは避けるべきだと考えていたのだ。

「安心しろ。 もし時空管理局の人間がこの世界に居たとしても、あっちのでかい魔力の方に気が向いてこの回復魔法に気づいたりはしないさ。」
「なっ!?」

 こいつは自分が何を言ったのかわかっているのか?
 それは、自分たちの怪我をさっさと治して、再び魔力の蒐集を行わせる為だけにあれだけの魔力を用意したと言ったのと同意ではないか?

「ほら、呆けている場合じゃないぞ。
 あの魔力が疑似餌だと気づかれる前に、さっさと高町なのはを蒐集して来い。」

 そして、あの子供の事も知られていた。

「……わかった。」

 シグナムはその命令に渋々頷いた。
 目の前の仮面は、あの魔力が管理局の目を引き付ける為の疑似餌だと言っているが、本当にそうだと言う証拠は無いからだ。
 自分たちの誰か1人でも、高町なのはの下ではなくはやての居る病院に向かったら、その瞬間にあの魔力がはやての命を奪ってしまうという可能性は否定できない。

「シグナム、ヴィータ、動けるわね?」
「ああ。」
「ちっ!」

 はやての無事を祈りながら、シャマルの転移魔法でなのはの家の上空へ移動した。



 それしかできない自分たちが酷く惨めに思えた。



────────────────────



「エイミィ!」

 突然強大な魔力が街中に発生したのを感知したという情報を聞いたフェイトは、アルフのリハビリを兼ねた訓練を止め、通信室に走ってアースラのエイミィと連絡を取った。

『艦長とクロノが居ない時に、偶然こんな事が起こるとは思えない。
 これは、あの仮面の2人組がギル・グレアム提督の2匹の使い魔だって事でほぼ確定したと考えて良いって事だと思う。』
「うん。」

 今まで見た事が無い、すごく真剣なエイミィの顔が事態の深刻さを物語っている。

『でも、あの日から今日まで、八神家で魔法が使われたのを確認できていないから、前回の戦闘で怪我を負ったシグナムとヴィータは未だ本調子ではないはずなんだよ。』

 アースラはもちろん、八神家の付近に設置してある機器にも感知できなくらいの小規模な治癒魔法は使っているかもしれないが、彼らが人間ではなくロストロギアのプログラムである事を考慮してもその程度の魔法であの怪我が完治するはずはない。

『だって言うのにこんな強硬手段を取ったって事は、おそらく、今日、艦長とクロノが居ない間に闇の書を完成させる方法が存在するって事だと思う!』
「そんな!」

 緊急事態だ。

『だから、フェイトとアルフは今すぐこっち――ううん、ミストの所に行って、艦長とクロノが戻って来るまででいいから事態を抑えて欲しい。』

 アースラクルーを現場に送る事も出来るが、2匹の狙いが彼らの魔力を守護騎士たちに蒐集させる事である可能性は十分にありえる。
 それに、アースラは最悪の事態に備えてアルカンシェルの準備をしなければならないので、地上に送る事ができるのは封鎖結界を張れる程度の人員となる。

「アースラを経由しないでミストの所に直接なんて、そんな事をしてもいいのかい?
 確か、私たちがあの世界に潜伏している事はあの4人はもちろんグレアム提督にもばれないようにする為に、今まで面倒くさいながらもこそこそとしていたんじゃ?」

 下手をしたら隠れ家の場所がばれてしまうのではないか?
 そもそも、この事態がエイミィの考えるような状況ではなかったらどうするのか?

『いいんだよ! リーゼたちがこんな手段にでたって事は、私たちの事は全部ばれているって考えて間違いない! 相手はあのグレアム提督だし、私たちの知らない情報網があっても全然不思議じゃないんだから!
 それに、これで何か問題が起こっても責任は私が取る!

 フェイトに送ったのと同じ情報をリンディとクロノに送り続けているが何も反応が無いと言う事は、2人はギル・グレアムの家で足止めをされていると考えられる。
 それは、今現在、第97管理外世界で闇の書の4人の守護騎士――と、さらにリーゼ姉妹の2匹を相手にしなければならない戦力はアルカンシェルの準備で忙しいアースラクルーと隠れ家で1人留守番しているミストだけだという事である。

「ミストは今どうしているの?」
『なのはちゃんの家に向かって――!!』

 エイミィの声が途切れ、フェイトとアルフに近況が走る。

「どうしたの!?」
『シグナムたちと戦闘に入った!
 あっちの魔力に気が向いている間に、治癒魔法を使われたんだ!』
「なんだって!?」

 前衛の2人が怪我をしているからこそ、八神家の監視はミスト1人だけでも良いと考えられていたのだ。 それなのにこう言う事態になってしまったと言う事は、やはりこちらの情報が全て筒抜けになっていたのだろう。

『急いでこっちに来てミストの援護を!』
「わかった! 行くよ、アルフ!」
「ああ!」





「理由はよくわからないけど、あなた達はあの家を狙っているみたいだね?」
「くそっ!」

 本当は理由を知っているのだが、それを知らない演技を続けるミストによって高町家に強固な結界が張られたのを見て、ヴィータは悪態をついた。

バチッ!

 ミストを守るように彼女の周囲をくるくると回っている魔力弾の1つにザフィーラの放ったバインドが弾かれた。

「……バインドを飛ばしても防がれるか。」
「それだけじゃないわ。
 あの魔力弾のせいでシグナムもヴィータも接近戦に持ち込めない。」

 どこかで見ているであろう仮面の2人組がはやてに害を成す前に高町なのはの魔力を蒐集しなければならないと言うのに、あの少年執務管より強い魔導師を突破できない。

「諦めるな!」

 焦っている3人にシグナムが喝を入れ、シュランゲフォルムにしたレヴァンテインに魔力を込めて、魔力弾の塊と言っても過言ではないミストを攻撃する。

バッバババババババババッバババババッ!!

 その一振りがミストの魔力弾を20程破壊した。

「敵は1人で私たちは4人!
 あれほどの魔力弾を展開した以上、先にばてるのはあいつの方だ!」

 あれほどの魔力でコーティングしたと言うのに、レヴァンテインに罅が入ってしまったのに気付かないふりをして、シグナムは攻撃を続ける。

「それも、そうだ、なっ!」

 無茶をしたシグナムに共感してか、ヴィータは放り投げた鉄球をグラーフアイゼンで渾身の力を込めて叩きつけてミストの魔力弾を1つでも多く破壊しようと――

ガギィインッ!

 魔力弾に当たったはずの鉄球が跳ね返り、道路に深い穴を開けた。

「なんだ!?」

ガンッ!

 先ほどよりも多めに魔力を込めたシグナムのレヴァンテインも同じ様に跳ね返される。

「シグナム! ヴィータ!
 魔力弾に擬態したシールド魔法か何かを混ぜたんだわ!」

 持久戦に持ち込もうとしたシグナムの作戦の対策を立てられたのだとシャマルが告げる。

「少し、違う。」

 しかしミストがシャマルの説をすぐさま否定した。

「混ぜたんじゃない。 最初から混ざっていたんだ。」
「なっ!?」
「……ちっ! 持久戦に持ち込もうとして、逆に消耗をさせられたって事か。」

 今は1対4で戦っているが、いつリーゼ姉妹が参戦してくるかわからない。
 しかし、だからと言ってこの4人を相手に魔力を温存して勝てるとも思えない。
 そう考えたミストが取った策の1つがシグナムとヴィータの魔力を消耗させる事だった。

「……先に破壊した魔力弾は、布石だったと言う事か。」

 シグナムが魔力をこめたレヴァンテインをあえて魔力弾だけで受ける事で敵に魔力弾を破壊する事で相手の魔力を消耗させようと考えさせて、相手に今まで以上に魔力を込めた一撃を放たせて無駄な消耗をさせたのだ。

「今のでわかったと思いますが、あなた達の攻撃は私に届きません。
 これ(魔力弾とそれに擬態した防御魔法)が在る以上、そのアームドデバイスでの直接攻撃はできませんし、中距離攻撃や遠距離攻撃も私の防御を抜ける事はできません。
 無駄な抵抗は止めて、大人しくバインドされてください。」

 何度目になるかわからない降伏勧告をされるが、シグナムたちにはそれを受け入れる事は絶対にできない。

「黙れっ! 私たちは退けないんだ! 絶対に!」

ガシュガシュッ!

 ヴィータがカートリッジシステムを使って巨大化したグラーフアイゼンを――

《ブリッツアクション》

 ストレージデバイスの無機質な音声が響いたと思った直後、ヴィータはグラーフアイゼンを大きく空振りした。

「なんだとぉっ!?」
「残念だったね。
 私はロングレンジもミドルレンジもクロスレンジも、全部やれるけど、クロスレンジの戦闘経験の方が多いんだよ。」
《ストラグルバインド》

 かつて、執務官になるなら覚えておいた方が良いと義兄に教えてもらった魔法によって完全に戦闘不能状態になったヴィータに、その言葉は届いただろうか?





「まさか、クロスレンジもやれるなんてね……」

 謎の仮面2人組の正体が自分たち、ギル・グレアムの使い魔である事は予想されているだろうし、考えられるだけの対策もされているだろう。

「そのうえストラグルバインドが使えるなんて、本当に厄介な相手だわ。」

 しかし、所詮は予想であり確定ではない。
 この計画が上手くいって、この後八神はやてを闇の書ごと凍結封印できたとしても、念の為に定期的な様子見はしなければならないだろうと考えると、仮面の下を見られない方が色々と都合が良いというのは言うまでも無い事だった。

「あの魔力弾を回避しながらストラグルバインドを受けないようにするのは……」
「でも、援軍が来たら、それこそもう手出しができなくなる。」

 今からあの戦いに参加しても彼女を止める事は難しい。
 ストラグルバインドで無力化されたヴィータを助け出す事は可能かも知れないが、それだけをして退いたらヴォルケンリッターの戦意は今よりも低くなる。
 しかしミストと戦って倒した場合、蒐集させないのはあまりに不自然だ。
 彼女の強固な結界を暴走した闇の書が使えるようになってしまったら……

 万が一、億が一、こちらが用意したデュランダルによる永久凍結魔法を防がれてしまう可能性が無いと言い切れない。

「単純に、さっきのブリッツアクションで回避されてしまう可能性もあるしね……」

 百戦錬磨の自分たちでさえ遅れを取ってしまいかねないあの速度は厄介だ。
 まして、あの魔法は発動が遅いと言う欠点があるのだから。

ピピッ

 そうやって悩んでいた2匹に、今回の為に新しく組み上げたストレージデバイスが地味な電子音を鳴らしてトラップが作動した事を知らせた。

「アリア!」
「ロッテ!」

 どうするべきかと悩んでいた2匹にとって、それは朗報だった。

「予想通りだね。」
「これで、後はクロノか高町なのはを……」

 トラップを設置した場所へ向かいながら、2匹の使い魔はミストが高町家を守る為に張った結界の解析を始めた。





101017/投稿



[14762] Return23 逸る心と、慮外
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2010/10/24 15:03
 門を通り、玄関から家に入り、案内された中庭に用意されていたのは1つの机と3人分の椅子であった。
 もちろん、机の上にはお菓子と紅茶の準備がなされている。

「よく訪ねてくれたね。」
「はい。 素敵なお庭ですね。」
「だろう? リーゼたちが見つけてくれた庭師の腕が良くてね。
 最近じゃあ、ランチをここで食べるのが習慣になっているんだよ。」

 リンディとグレアムはニコニコと微笑み合いながら日常を交わし、互いの腹を探る。

「だが残念な事に、紅茶を入れる為のお湯がまだ沸いていないのだ。」
「あら、それは残念。 時間よりも早く来てしまったのかしら?」
「いや、そんな事は無い。
 何故か今日に限ってあの子たちに用事が出来てしまってね。
 普段は全部あの子たちに任せているものだから、台所の勝手が良くわからなくて手際が悪い事になってしまったんだ。」

 たまには台所の事もやらないとこう言う時に困ってしまうのだなと笑いながら話すグレアムに、そうですわねと返事をしながらリンディは自分の甘さを反省していた。

(普段のあの子たちの様子から、今日、ここを訪れる私たちからマスターを守る為にリーゼたちは此処に居るものだとすっかり思いこんでしまっていたわ。)

 おそらくあの2人は例の仮面を着けて、守護騎士たちの居る日本で何かをしている。
 今のアースラにあの2人と渡り合える戦力は私とクロノとミストの3人しかいないというのに、だ。

(エイミィたちがいざという時のアルカンシェルの準備で忙しくなると考えると、ミストしかいないけれど、いくら彼女でも、1人で守護騎士とリーゼたちの6人を相手にするのは厳しいでしょう。
 誰かが機転を利かせて本局に援軍を要請したとしても、あの6人を相手にできる人材がすぐに用意できるとは思えない。
 フェイトとアルフなら次元間転移ができるけれど、あの子たちだけでは……)

 今からクロノだけでもアースラに戻す事は出来ないものかと考えはするけれど、此処を訪ねた理由を説明すらせずにいきなり帰らせるのはあまりに不自然すぎる。

「お湯が沸くまで、何か時間を潰す――そうだな。」

ギィン!

 大規模な結界が、かなり広い範囲に展開された。

「これはどういうつもりですか?」

 突然の事態に戸惑いつつも、警戒はしても戦闘態勢はとらずに、できるだけ穏やかな口調でリンディはグレアムに訊ねた。

「ふふふ、そんなに警戒しないでくれないか。
 私はただ、クロノ君がどこまで成長したのか確かめたいと思っただけだよ。」

 彼はズボンのポケットから時空管理局で自分専用のデバイスを持って居ない新人に配られるのと同じストレージデバイスを2つ取り出して1つをクロノに投げてよこした。

「僕は自分で組んだデバイスを持っています。」

 思わず受け取りはしたものの、自分が扱いやすいようにカスタマイズしたデバイスを持っているクロノはそれを返そうとした。
 今まで母の後ろで黙って立っていた彼は、グレアムが最初からコレを狙っていたのだと確信し、自身の戦力を下げる様な真似をしたくなかったのだ。

「いや、今回はそれを使ってもらう。
 確かに自分のデバイスを扱いやすいようにカスタマイズして使うのは当たり前の事だが、それではデバイスに頼った戦い方しかできないだろう?
 私が知りたいのは君が万全でない状態で何処まで戦えるようになったのか、だ。」
「……わかりました。」

 自身を不利な状況に落とす様な愚行はしたくないと考えていたのだが、自分よりも位が上のグレアムにその様に言われてしまっては、それ以上断る事はできない。

「では、始めようか。」

 そう言いながら戦闘態勢をとるグレアムを前に、クロノは完全にしてやられたなと考えながら仕方なく戦闘態勢をとる。

(おそらく、目的は時間稼ぎ。)

 リンディはすでに戦闘態勢に入ってしまった2人を見ながらも思考を止めない。

(現に、管理外世界で一般人に魔法を見られるわけにはいかないという建前で張られてしまった結界魔法のせいでアースラと連絡が取れなくなってしまった。
 しかも両者が使うのは自分に合わせてカスタマイズされたわけではないストレージデバイスだから、勝敗が決まるまでにかかる時間は1時間や2時間で済まないかもしれない。
 それに、勝っても負けてもクロノは戦力外状態になってしまう……)

 してやられたと思った時にはすでに遅い。
 立場上、訓練の為に張られた結界を無理やり解除するわけにもいかない自分は、ここで2人の勝負が終わるまで見届ける事しかできない。

(……時間を与えてしまったのは失敗だったわ。)

 だからと言って、急に訊ねて捕縛してしまうわけにもいかなかったのだけれど。

「リンディ、合図を頼む。」
「……わかりまし――あ、クロノ、あなたのデバイスを預かるわ。」
「? ……! はい。」

 今の自分にできる事は、最悪の事態――馬鹿げた勝負が終わった後もこの結界に閉じ込められたままになるのを避ける為に結界の解析をする事くらいだ。





「うわっ!?」
「なっ! なんだいこれは!?」

 アースラから送られた位置情報を頼りに第97管理外世界に次元移動したはずのフェイトとアルフは戦場よりも少し離れている場所でバインドされてしまっていた。

「フェイト? アルフ?
 なんでそんな所に現れて捕まっちゃっているの!?」

 本来ならば自分の背中側に現れるはずのフェイトとアルフが戦術的にまったく無意味な地点にバインドされて出てきたのを確認したミストは驚きの声を上げた。

「わ、わかんないよ!」

 まさかこんな事になってしまうとは思ってもみなかったのはフェイトも同じだ。

「シャマル! この少女を蒐集しろ!」
「なっ!?」
「え? ええ!」

 その時、フェイトとアルフのすぐ横に現れた仮面の2人組がシャマルに命令をし、突然の事態に驚いていたシャマルは、これがこの2人によるモノだとすぐに気づくと同時に蒐集を開始した。

「しまった!」
「きゃああああああああああ!!」

 リーゼたちはアースラがフェイトに送った位置情報を改ざんして、さらに罠を仕掛けたのだとミストが気づいた時には、時すでに遅し……

「エイミィ! フェイトとアルフをアースラに転移して! 早く!」

 蒐集されて動く事さえできなくなったフェイトとアルフを戦場に置いておくわけにはいかない。 彼女たちを戦いに巻き込みかねないし、人質に取られるかもしれないからだ。

『わかってる! お願いします!』

 エイミィはミストに言われるまでも無くフェイトが蒐集されはじめた時から、今回の援軍である“転移魔法が得意な局員”にその準備をしてもらっていた。

「1対5――いや、1対6か……」

 仮面の片方がヴィータにかけたストラグルバインドを解除したのを見て思わず声が出る。

「はぁ……」

 リンディとクロノを期待できない今、なのはちゃんを守りながらこの6人を相手にしなければならないという、絶望的としか言えない状況に溜息も出てしまう。

『最悪の状況を想定して、今からアルカンシェルの準備をしておくよ。』
「……お願い。」

 フェイトを蒐集したのはリーゼ達の計画通りなのだろうから、なのはちゃんを蒐集した時点で闇の書が完成する可能性が高いと言わざるを得ない。

「結界が破れたら、その瞬間になのはちゃんを回収してくれない?」
『……努力はするって。』





【上手くいったね。】
【そうね。】

 リーゼたちはフェイトの魔力を蒐集した事によって闇の書のページがかなり埋まったとシャマルが言っているのを聞きながら、自分たちの計画が上手くいって良かったと、高町家に張られた結界の解除に取りかかりながらも安堵していた。
 アースラの戦力であるフェイトとアルフを排除できただけでなく、闇の書の完成に大きく近づく事ができたのだから。

【これで後はこの結界の中に居る高町なのはを蒐集させるだけ。】

 思っていた通りかなり複雑で強度もある結界であったが、シグナムたちが時間を稼いでいる間に解除できそうだ。

【……可哀想だけど、これも世界の為。】

 リンディたちと軽く接触しているようだが、闇の書については何も聞かされていないらしい少女に対して、自分たちが酷く勝手な事を言っているのはわかっているが、今さらやめたりはしないしやめるわけにもいかない。

「この結界はこちらで解除するから、シャマル以外はその女の足止めをしておけ!」

 その命令に嫌な顔をされたが、はやてを人質に取られていると考えているだろうヴォルケンリッターはミストに向かって行った。

 もうすぐ、計画は達成される。





「こうなったら仕方ない。」

 シグナム、ヴィータ、ザフィーラの猛攻を防ぎながら、高町家の結界がもうすぐ解除されてしまうのを感じ取ったミストは、色々な事を諦めた。

「もう、やるしかない。」

 本来ならば、もう暫くの間は、誰にも知られたくなかったのだけれど、残念ながらそんな事を言っている場合ではなくなってしまった。

「エイミィ、お願いがある。」

 今から言う事がどれだけ無茶なことなのかわかっている。

『え?』

 諦めたけれど、でも、少しでも可能性があるのならばそれに賭けたい。

「この戦闘の記録を止めて欲しい。
 それが無理なら、せめて私の魔力光を全部黄色に編集して記録して欲しい。」
『ミスト? 何を言って――え?』

 ミストのお願いの意味が理解できなかったエイミィの声が、途切れる。
 私の魔力光が黄色から虹色に変化したのを見たからだろう。

「なんだ?」
「魔力の色を変えた?」
「黄色から、虹色に?」
「この状況で意味の無い事をするとは思えないが……」

 魔力の色なんてその気になれば幾らでも変える事は可能だというのに、援軍である仮面の2人組が来た時にそれをしたと言う事は……

「ただでさえ、こっちの攻撃は届かないっていうのに……」

 1対4の状況でも逃げずに戦いを続けるなんて、よほど自分に自信がなければできない。 なのに、1対6になっても未だ退かないと言う事は、この状況でさえどうにでもなるような切り札とか奥の手と呼べるような物を持っているのではないかとは考えていた。

 考えてはいたのだが……

「シグナム、私が先に攻撃を仕掛ける。
 シャマルとザフィーラもシグナムと一緒に解析をしてくれ。」

 別に、さっき捕縛されてしまった分を取り返そうと言うわけではない。
 魔力光の変化によって目の前の女がどの様に変わってしまったのか、様子見をする必要があると考えたのだと、ヴィータが他の3人に宣言した。

「ヴィータ、お前の気持ちはわからないでもないが、こちらの攻撃が全く通じなかった奴に1人で突っ込んだところで解析できる情報を得られるとは思えん。」
「だけど!」

 しかし、ザフィーラは彼女を止めた。

「冷静に考えろ。 俺たちの役目は時間を稼ぐ事だ。」

 何を企んでいるのかわからないが、あの仮面の2人が結界を解除して、中に居る高町なのはをシャマルが蒐集してしまえば闇の書は完成するのだ。
 今必要のなのは目の前の女との決着ではなく、闇の書を完成させる為の時間だ、と。

「ウオオオオオオオオオオオ」

 ザフィーラは雄叫びを上げると同時に、自信が使える最高クラスの結界によってミストをその中に閉じ込めた。

「シグナム! ヴィータ!
 お前たちも全力で結界を張れ!」

 魔力の色が変わる前から、あれだけの魔力弾を作り出せた化け物をどれだけの時間閉じ込めていられるのか、まったく見当もつかないが、こちらの攻撃が全て防がれてしまう以上はこういう方法でしか足止めできないだろうと考えた。

「わかった!」
「……わかったよ。」

 自分たちの攻撃が有効ではない事が明らかであり、そしてザフィーラの提案は試してみる価値が十分にある様に感じたので、2人はそれに乗ってみる事にした。

「コレで駄目なら、どうしようもないな。」

 たった1人を3つの結界で閉じ込める。
 普通なら考えられない策だが、相手がこちらの常識外の存在であるのだから仕方な――

「うおっ!」

 突如、ザフィーラが声を上げて倒れ

「なっ!」

 続いてシグナムの体が震え

ばりぃいいいいん
「嘘だろっ!」

 ガラスが割れるような音と共に、ヴィータが膝をついた。

「こんな、こんな事が……」

 ザフィーラが見上げた先には、たった1発の魔力砲撃で3つの結界を破壊した金髪オッドアイの時空管理局員が、高町家に張られている結界を解除しようとしている仮面の2人組にその右腕を向けている姿だった。

「馬鹿な!?」
「たった1発で、あの3人の結界を!?」
「警告します。 大人しくデバイスを捨てて、無駄な抵抗は止めて下さい。」

 彼女は時空管理局員らしく警告を発したが、仮面2人組は顔を向き合って頷き合うと、その片方が虹色の化物に向かって行った。

「今さら、そんな事ができるわけないだろ!」

 そう叫んで、砲撃を撃たせない様にだろうか、常に相手と高町家の間に居る様に位置取りをしながらミドルレンジの戦闘を仕掛けていく。





「なかなかやるが、あれでは……」

 唯一ダメージを受けて居ないシャマルによって張られた治癒効果のある簡易結界魔法の中で倒れているザフィーラの側に、シグナムはレヴァンテインで、ヴィータはグラーフアイゼンで体を支えながら、よろよろと近づいて来た。

「ああ、あいつには厄介な誘導弾がある。」

 しかも、その数は回避し続ける事が出来ないほどであり、1度当たってしまえば防ぎきれるものでもない。

「それに、やはり攻撃がことごとく防がれている。」

 自分たちの攻撃は防がれるのにあの仮面の攻撃は通じるのだとしたら、それはそれで複雑な気持ちになったのだろうが……

「やばい、押され始めた!」

 こちらの攻撃が通じず、一方的に攻撃されるのだからそうなるのは当たり前だった。

「くそっ!」

 当たり前なのだが、予想以上に早かった。
 シグナムやヴィータも感じていたのだが、あの管理局員はこちらの手の内を全て知っているかの様にこちらの攻撃を防ぎ、当ててくる。
 そしてそれは、あの謎の仮面に対しても同様だったようだ。

「無駄な抵抗は、止めろと言った!」

 管理局員が先ほどヴィータにやった様な高速移動によって仮面に接敵し、至近距離でさきほど3つの結界を破壊した魔力砲撃をぶち込んだ。





「だけど!」

 双子のロッテがやられたのを感じながらも、その瞬間、アリアは高町家に張られていた結界を解除する事に成功していた。

「今だ! 蒐集しろ!」





「なんで!?」

 結界を解除した仮面の言葉に従おうとしたシャマルの目が、此処に居てはならない人物を捕えていた。

「何をしている!
 早く蒐集しろぉおおお!!」

 仮面が叫ぶ。
 けれど、シャマルは闇の書を持って居ない方の手で口を抑える事しかできない。

「なんで!?
 なんで、そこにいるの!?」





「馬鹿な!?」

 それは、仮面の片方にブリッツアクションで近づいてベルカ式の砲撃魔法でぶっ飛ばしたミストにとっても理解できない光景であった。

「なんで、なのはちゃんが家の外に――違う!
 なんで、はやてがそこに居るんだ!?」





「え?」
「なんや?」

 そこには、その手に持った木刀で結界を叩いていたのだろう士郎と恭也が叫んでいる仮面を不思議そうに見上げていた。
 子供たちと同じ様に、空に浮かんで叫んでいる謎の人影を見上げている美由希ははやてを背負っていて、その側には桃子となのはがはやてを気づかう様にして立っていた。





101024/投稿



[14762] Return24 謀り事と、紛糾
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/11/21 14:41
 夜、魔力を抑える為の訓練の1つとしてクロノに言いつけられた通りに寝る前の精神集中をしていたなのはは、突如発生した巨大な魔力に驚いたが、その直後に起こった現象にさらに驚く事になった。

ドスン
「あいたっ!」
「え?」

 なのはのベッドの50センチほど上が突如光って、そこから現れたはやてがそのままベッドの上に落ちたのだ。

「あたたたたたた」
「はやてちゃん!?」

 部屋の外からドタドタと音がして、家族が大急ぎでなのはの部屋に向かってきている事を知らせた。
 異世界の危険物に狙われていると言うなのはの部屋からものすごい音がしたのだから、彼女の安否を大急ぎで確認しに来るのだろう。

「え? なのはちゃん?」
「え? え? なんで?」

 ついさっきまで病院のベッドの上で浅い眠りに入ろうとしていたというのに突然背中を強く打ちつけて、何があったのだと辺りを見回したら見覚えのある部屋とおろおろしている親友の姿を確認したはやては混乱し、なのははなのはで入院して居るはずのはやてが突然、魔法によるモノのとしか思えない方法で自分の目の前に現れた為にどうしていいのかわからなかった。

「なのは! 無事か!?」
「なのは!」

がちゃっ!

 士郎と恭也が乱暴に部屋に入る。 2人の手には木刀が握られていた。

「お父さん! お兄ちゃん!」
「きゃああああああああああああ!!!」

 どうしていいのかわからないなのはにとって、信頼している大人が来てくれた事はとても喜ばしい事だったが、同じ様にわけのわからない状態のはやてにしてみれば大声を上げながら部屋に入って来た凶器を持った男2人は恐怖の対象でしかなかった。

「は、はやてちゃん!?」
「え?」
「な、なんだ!?」
「きゃあっ! いゃあっ! うわぁあああああああああああ!!!」

 そして男2人にとっても、混乱して大声を上げ続ける少女というものはどうしていいのか分からない存在であった。

「一体、何が起こっているの!?」
「なのはは無事なの!?」

 そう言いながら桃子と美由希が部屋に入ってきたのを見た士郎は、この場は女性に任せた方がいいだろうと判断し、恭也と共に部屋の外へ出る事にした。





「落ち着いたみたいね?」
「は、はい。」

 大声を上げ続けるはやてを何とか落ち着かせた高町家の女性3人は、外に居た男2人に明日のおやつとして冷蔵庫に入れておいたプリンと温かい紅茶を持って来させた。

「お騒がせして、すいません。」
「いや、泥棒でも入ったのかと思っていたとはいえ、木刀を持った男が目の前に現れたら驚いてしまうのも無理はないさ。」
「ああ。 驚かせてしまって悪かったね。」

 3人は――自分の意思で来たわけではない場所で心臓が破裂するのではないかと思うくらいに驚かされた事とか、子供でなのはの親友とはいえ不法侵入してきた相手に……とか、それぞれどこか納得できないモノを感じつつも、とりあえず謝り合った。

「それで、とりあえず――どうしようか?」

 美由希がこの微妙に居心地の悪い空気を何とかしようとしたが、彼女はそもそもはやてとの接点が殆ど無く、また、この場に居る誰もがこんな事態を想定した事がなかったのでどうするべきなのかさっぱりわからなかった。

「……とりあえず、病院に連絡すべきかしら?」

 1分ほどの沈黙を破ったのは桃子であった。
 はやてがどうして(おそらく時空管理局とかいう人たちの言っていた魔法によるものだと思われるが、それでも)なのはの部屋に現れた理由はわからないけれど、病院に居るべき人間が医療機器の殆ど無い一般家庭に居ると言うのは問題ではないかという現実的な問題に気付いたのだ。

「そ、そうやね! もしかしたら、私がいなくなった事が原因で病院中が上を下への大騒ぎになってるかもしれへんし。」

 桃子の言葉を聞いたはやても現実的な問題として病院に迷惑を掛けてしまっているかもしれない事に気がついた。

「それじゃあ、1階に降りましょうか。
 あ、美由希、あなたははやてちゃんを背負って。 お願いね。」

 車椅子がこの場に――仮にあったとしてもこの家の階段は車椅子が通れるような物ではない。 また、先ほどの事を考えると男2人に背負わせるわけにもいかない。

「あ、うん。 なのは、ちょっと手伝って。」
「うん。」





 しかし、事態は進展しない。
 それどころか、ますます深刻なものへとなっていった。

「うん?」
「どうしました?」
「いや、電話がかからないんだ。」
「え?」

 はやてから聞いた病院の名前を電話帳で調べて電話をかけてみたが、繋がらない。

「……俺の携帯にかけてみてくれ。」
「ん? ああ。」

 恭也の提案に頷いて、かけてみるが

「繋がらないな。」
「私の携帯も病院にかからないよ。」
「ちょっと、受話器を置いてみてくれ。 携帯からそっちにかけてみる。」
「ああ。」

 いろいろと試してみた結果、家の電話からどこかにかける事は出来ず、恭也と美由希、それになのはの携帯から家にかける事もできず、携帯同士でも繋がらない。

「電話線、繋がっているよな?」
「うん。」
「蛍光灯が点いているから電気も来ているはずだぞ?」

 そこらの怪談よりも怖い状況がそこにはあった。

「外の様子を見てくる。」
「士郎さん?」
「大丈夫。 この状況でいきなり外に出たりはしない。
 2階の窓からちょっと――ご近所の電灯も点いているのか様子を見てみるだけだ。」

 ご近所の明かりが点いているようなら、外に出てみるのもありかもしれない。

「……つ、点いていなかったら?」

 美由希が恭也の腕を強く握りながら聞く。

「その時は――」

 ごくりと、誰かが息をのむ音。

「この家が外界から隔離されたって事だ。
 ……誰が、何の目的で、どんな方法でそんな事をしているのかはわからないが。」





「なのはちゃん……」
「はやてちゃん……」

 士郎が2階に上がって暫くした頃、幼い2人は互いに手を取り合っていた。
 はやてはなのはの手をぎゅっと握り、なのはも同じ様に力を込めた。

(これは、あの子たちの魔法やろか?)

 なのはははやてがこの状況を怖がっていると思っているのだが、はやてが怖がっているのはこの状況ではなく、この状況を作りだしたのが自分の家族だったら、なのはちゃんとその家族にどう謝れば良いんやろかという事だった。

(でも、うちの子たちが何の意味も無くなのはちゃんたちに魔法の存在がばれてしまう様な事をするとは思えへんし……)

 かつて、自分がマスターになる前、あの子たちはたくさんの人から魔力を蒐集して、時にはその命を奪う事もあったと言う。
 確か、時空管理局とかいう警察みたいな人たちに追われていた事もあったとか言っていたのを聞いた覚えがある。

(もしかして、時空管理局とかいう人たちに居場所がばれたかなにかして、私だけでも助けようとして病院から――駄目や。 もしそうなら、なんでなのはちゃんの家やねん?)

 考えれば考えるほどわけがわからない。

「あった。」

 そんな風にはやてが色々と悩んでいると、恭也が電話帳の側に置いていたこの辺りの地図を取り出して机の上に広げた。

「何してるの?」

 恐怖を隠す為だろうか? その様子を見ていた美由希の声は無駄に大きかった。
 ……もしかしたら美由希の声は普通で、恐怖の為に大きく聞こえただけかもしれないが。

「病院に行く道を確認して居るんだ。」
「病院に行く道?」
「ああ。 今の状況が、ただこの辺一帯の電話が繋がらないっていうだけなら、病院にあの子が家に居る事を知らせるには直接知らせに行くしかないだろう?」

 恭也のその言葉はある種の救いとなった。

「そっか。 この辺一帯の電話が繋がらなくなっているだけって可能性もあるのか。」

 ミステリーや怪談の様な展開に恐怖心を持ってしまったが、そう言う事なら……
 停電しても電話だけは通じるようになっているらしいという知識さえなければ、そう言う事もあるのかもしれないと納得できて、恐怖を少しは減らしてくれるかもしれない。

「……まぁ、報せに行くくらいなら運んだ方が早いかもしれないけどな。」

 母に懐中電灯の置いてある場所を聞いて探しながら、恭也は強気に応える。
 最悪の事態は幾らでも考えられるが、今この場に居るのは家族だけではないのだ。 下手に怖がらせてパニックになられても面倒なだけ。 それならば悪い事態に備えながらも子供の恐怖心を取り除く様な事を喋った方が色々と効率的に話が進むだろうと。

「じゃあ私、ちょっと着替えてくる。
 はやてちゃんをおんぶするのは私の役目だから。」
「ああ。」

 恭也の考えを理解したのか、それとも言葉をそのまま受け取ったのか、どちらなのかは分からないが、美由希が明るい声を出してどたどたとするのを見てなのはもはやても少しは安心してくれればいいいのだけれど、と桃子は思った。





「どうでした?」

 2階から降りてきた士郎に桃子は訪ねた。

「ご近所さんの明かりは点いてなかった。」

 それだけならまだ悪い報せだと断言はできない。
 まだ深夜とは言えないが、遅い時間である事は確かなのだから、ご近所の人たちはすでに眠ってしまっているのならば明かりが見えなくても仕方ないからだ。
 しかし、士郎の顔がこれは悪い報せだと告げていた。

「何か問題がありそうなんですね?」
「ああ…… 美由希、テレビをつけてみてくれ。」
「あ、うん。」

 どうして今まで気づかなかったのだろうか?
 もしもこれが何らかの災害によるものであるならテレビのニュースで取り上げられているかもしれないではないか。
 仮にニュースでしていなくても、テレビの音があるだけでこの場の雰囲気は少しはましになるかもしれなかったのに……
 そんな事を思いながら、リモコンの一番近くに居た美由希がテレビをつけた。

ザザー ザザー

「え?」

 チャンネルを変えてみるが、どこも砂嵐状態であった。

「な、なんで!?」

 再び恐慌状態に陥りそうな美由希の様子を見て、恭也は携帯でラジオが聞けないか試してみたが、こちらも駄目だった。

「やっぱりか……」

 その様子を見て士郎は疲れた様に椅子に座った。

「やっぱりって?」

 お父さんは2階で何を見たのかなと、なのはが訪ねると、士郎は耳に手を当てて

「仮に、近所の人たち全員が寝ていたとしても、だ。
 この時間帯なら、まだそれなりに車が走っているはずの向こう側の道路――いや、ここら一帯のどこからも音が聞こえてこないんだ。」

 やはり、今のこの状況はかなりの異常事態であるらしい。

「どうしたものか……」

 そう言いながらも、士郎はそれほど焦ったりはしていなかった。
 なぜなら、年は若いがそれなりの地位や資格をもっているらしいクロノ・ハラオウンという魔法使いが娘に魔力の制御を教える為に定期的に家を訪ねてくれるからだ。
 彼がこの前家に来たのは一昨日だったはずだから、この状況がどんなものであれ2日もすればこの状況に誰かが気づいてくれるだろうと考えているからだ。
 それに、子供たちには学校があるし自分たちには店がある。
 この家が外から隔離されていたとしても、高町家に何かあったのではと気づいてくれる人はかなりいるはずで、であるならば、救助が来るのも時間の問題だろう。

「この家は完全な密閉空間と言うわけではないから、外が真空状態という事はない。」

 2階に居る間に最悪の事態をあれこれ考えていた士郎は、今度は自分たちにとって有利な状況の確認を始めていると、外からの音が聞こえてこない理由を科学的に考えてみたらしい恭也が木刀を持って部屋から出て行こうとしていた。

「どうする気だ?」
「とりあえず、お隣のブザーを押しに行ってくる。」

 それで反応があればこの状況に置かれているのが自分たちだけではない事になる。

「ふぅむ……」

 確かにそれも1つの手ではあるかもしれない。

「お隣さんが居たとしても、さ?
 こんな夜中に木刀もった男が訪ねてきたら怖がられない?」

 さっきのはやてちゃんみたいに、と美由希が止める。
 一見、冷静に考えた上での言葉の様に思えるが、その手が恭也の服を引っ張って離さない所を見ると、ただ側に居て欲しいだけの様だ

「……いっそ、病院まで行ってみるか?」

 その様子を見て士郎はそう提案した。

「え?」
「さっき恭也が言っていた様に、この家は完全に密閉されているわけじゃない。
 なのに音が聞こえてこないって事は、この家と外との間に――少なくとも音を遮断できるくらいの壁の様な物があるって事かもしれないだろう?」

 だとしたら、どれくらいの範囲まで行けるのか調べてみる価値はある。

「最新の医療機器なんて触った事もないが、はやてちゃんに何かあった時、何もないこの家に居るよりも少しは何かができるかもしれないだろう?」

 少なくともこの家には電気が通っている。
 入院してからどの機器を使ったのかはやてが覚えて居れば、それを失敬させてもらおう。



 それぞれが懐中時計を持ち、桃子は乾パンなどが入った非常用の鞄を背負い、士郎と恭也は木刀を持って玄関を慎重に開けた。



────────────────────



 状況は、予想よりも自分たちにとって有利な物になっていた。

「早くしろ!」

 シャマルが高町なのはの部屋に押し入って魔力蒐集をする所をはやてが目撃する予定だったが、ミストが予想以上に強かったので、シャマルがなのはを襲うまでの――部屋の位置を確認したり窓を壊したりといった――時間を稼ぐ必要があるはずだったのだが、何故か全員家の外に出ているのだから。

「で、でもっ!」
「今を逃せば2度目は無いぞ! 気づいていないのか?
お前はその子供の名前を呼んでしまったんだ!」
「!?」
「そんな事、させるかぁああああああ!」

 管理局がシャマルを無力化しようとしてくるが

「そっちこそ、邪魔をするな!」

 あらかじめ用意しておいた時間稼ぎ用の30を超えるディレイバインドを使用する。

「くっ!」

 ミストの魔力の色が変わったのを見てかなり驚いたのは確かだ。
 闇の書が古代ベルカの物だと知って、幾百もの資料を調べ尽くした時に『ベルカの聖王』の情報も――その虹色の魔力についても知っていたから。 でも!

「ザフィーラは自分の能力ではお前にバインドを当てられないと判断して結界魔法を使ったが、私は違う!」

 当時、すでにロストロギアと呼ばれていた巨大戦艦がなければ、聖王の血なんて無用の長物でしかないのだと知っているのだ。

「防御力が高くても!
 砲撃能力が高くても!
 ゆりかごに乗ってなければただの人なんだよ!」

 調べた限りでは、聖王の能力は確かに恐ろしい物ではある。
 しかし、全体ではなくその1つ1つに目を向ければ、防御力も砲撃能力も、ついでに魔力量も、時空管理局のそれぞれの分野のトップクラスには劣るのだ。

「こ、ん、な、 ものぉっ!」

 ピシピシという音と共に、バインドにヒビが入って行く。
 しかし、もう、私たちの勝ちは決定的だ!





「きゃああああああああああ!!」

 なのはの悲鳴が辺りに響く。

「シャマル! やめて! なんでこんな事するんや! お願いやから、もうやめて!」

 はやての怒りと懇願の入り混じった声がシャマルの胸を刺すが、それでも、シャマルは無言ではやての言葉を聞いていた。

「なのは!」
「大丈夫か! しっかりしろ!」

 高町家の4人が、胸から突然腕が生えて大声で苦しむ末っ子をどうしたらいいのかわからないまま、なのはを苦しめていると思われる仮面の男とはやての家族であるシャマルのやりとりと、ミストがなのはを助けようとして苦しんでいるのを見ていた短い時間の内に、シャマルの魔力蒐集作業は終わってしまった。





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101121/誤字脱字修正



[14762] Return25 仕上げと、未然
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/11/21 17:07
「今を逃せば2度目は無いぞ! 気づいていないのか?
 お前はその子供の名前を呼んでしまったんだ!」

 その一言が、私の何時の間にか鈍っていた心を尖らせた。
 この管理局員が闇の書の事を知っていても知らなくても、あちこちで管理局にとっての違法行為を繰り返してきた私たち4人とこの世界の住人である八神はやてとの間に繋がりがあるのだと教えてしまった事になるからだ。

 ならば、もう、迷っている時間は無い。

「きゃああああああああああ!!」

 心を鬼にして、なのはちゃんの悲鳴を聞いても何も感じない――ふりをする。
 これでもう2度と、はやてちゃんはなのはちゃんの事を親友だと言えなくなってしまったけれど、そんな事は、もう、この子を蒐集すると決めた時点で……

「シャマル! やめて! なんでこんな事するんや! お願いやから、もうやめて!」

 ごめんなさい。 ごめんなさい。 ごめんなさい。
 何度謝っても、絶対に許される事は無いでしょうけど。
 仮に許してもらったとしても、この罪悪感が消える事は無いだろうけど。

 はやてちゃんのお願いを、聞こえてないふりをして聞き流す。

「なのは!」
「大丈夫か!?」

 士郎さんや桃子さんたちが……
 ごめんなさい。 どうぞ恨んでくだ――

「そんなっ!」

 だけど、なのはちゃんからの蒐集が終わった私が感じたのは、絶望だった。

「どういう、事?」
「く、くくく、はははははは!」

 私の問に応えず、仮面の男は心の底から愉快だという様に、笑いだす。

「答えなさい!」
「あははははははは!」

 笑いながら、怒鳴る私とバインドを破壊した管理局員から仮面の男は離れた。

「シャマル、どうしたというんだ?」

 傷と魔力がある程度癒えたのだろうシグナムとヴィータとザフィーラが、私の――いや、なのはちゃんの側から離れないはやてちゃんを気にして集まって来た。

「足りないのよ!」

 おそらく仮面たちの罠にかかったのだろう管理局の少女となのはちゃんの魔力を蒐集したというのに、闇の書の完成にあと少し足りないのだ。

「なのはちゃんを蒐集したのを家族に見られた以上、もうこの世界にはいられないって言うのに、闇の書が完成しなかったのよ!」

 病院で安静しなければいけないほどに、はやてちゃんの状態は悪い。
 だからこそ、この世界から居なくなる時と、闇の書を完成させる――はやてちゃんが入院しなくても良くなる時は同時にしようと考えていたというのに。
 これでは、入院して居なければならない状態のはやてちゃんを連れて他の世界に行かなければならないではないか!

「それは完成させない!」

 離れた仮面の男を放置して私たち――闇の書を確保する事にしたのか、管理局員が私たち4人をその虹色に変化した魔力でバインドしてきた。

「きゃっ!」
「しまった!」
「くっ!」
「油断した。」

 此処は一瞬の判断が生死を分ける戦場であるというのに、「これからどうすればいいのか」なんて事を考えてしまうというミスをしてしまった。

「後はそれを封印処理して終わっ!?」
「さっきはよくもやってくれたな!」

 先ほどぶっ飛ばされた仮面の片割れが転移魔法で間に入って邪魔をしてくれたが、どうせまた大した時間稼ぎもできずに捕まるか飛ばされるかするのだろう。

「シャマル!」

 !

「シグナム! ヴィータ! ザフィーラ!」

 はやてちゃんの泣き声と怒鳴り声が混ざった声が、私たちの名前を呼ぶが、それにどう返事をしていいのか、今の私たちにはまったくわからない。

「なんでこんな事したのか! きっちり説明せんか!」

 バインドで拘束されている私たちは逃げる事も隠れる事も出来な――

「それは私がしてやろう。」

 何時の間にか高町一家とはやての上空に移動していたもう1人の仮面の男が――





「そんな……」

 はやての体が弱っているのは闇の書に魔力を奪われているから。
 シグナムたちが闇の書を完成させようとしているのははやてを救う為。

 簡単に言えばたったそれだけの事だというのに、仮面の男ははやての心をわざと傷つけ、抉る様な言葉を選んでねちねちと説明した。

「それじゃあ、なのはちゃんがこんなになったんは」
「そう、お前のせいだ。」

 なのはの手を握っていたはやての手から、力が抜ける。

「その子供だけではない。
 そいつらは様々な世界で何百という人から魔力を蒐集している。
 みんな、お前のせいで苦しんでいるんだ!

 なのはの手が、地面に落ちた。

「なんで……」

 自分のせいでたくさんの人がそんなにたくさんの人が傷つき苦しんでいるという事実が、はやての心を――

「なんでや……」

 今の説明を聞いてやっと事情が呑み込めた高町家の誰も、両手で顔を隠したはやてに声をかけてやる事はできなかった。

 が

「事情はわかったが、この子やその人たちだけが悪いわけじゃない。
 何より、シャマルさんになのはの魔力を奪うように命令したのはお前たちじゃないか!」

 何も知らなかったと泣いて悲しむ子供やその子供に恨まれる事になってもその命を救おうとした3人と1匹を責めるよりも、お前がすべて悪いのだとその責任を全て笑いながら押し付けようとしている存在が目の前に居て、黙っていられるような家族では無かった。

「恭也!」
「ああ!」

 士郎と恭也は木刀を構え、攻撃態勢に入る。

「残ったのはあなただけです。」

 そう告げたミストは仮面の片方をバインドでぎゅうぎゅうに縛り上げていた。

「子供を苦しめて笑う様な人を、私は絶対に許さない。」

 彼女の周りに24つの魔力弾が形成される。

「無駄だ。 もう遅い。
 今さら私たちを捕まえた処で、闇の書の完成を止める事はできない。」

 そう言って、はやてと闇の書を指差すその動作を目で追ってみると

「きゃああああ!」
「がああああ!」
「なんだ、これ! なんなんだ!?」
「ぐぅううう!」

 その時、バインドで拘束されていたはずのヴォルケンリッターが、突然苦しみ出した。

「何をした!?」
「私は何もしていない。 しているのは、闇の書だ。」

 仮面の男が何かをしたのだと思ったミストの問いは否定され

「そもそも闇の書は666ページ分の魔力を蒐集する必要はない。
 なぜなら、最後の数ページ分の魔力は常にその側に存在するのだから!」

 ヴォルケンリッターを吸収した闇の書がはやての下へ転移すると、闇の書とはやての体が闇に包まれていく。

「エイミィ!!」

 これはやばいと直感したミストは、闇の書を転移させる準備をさせているはずのエイミィに今すぐそれを成す様に指示をした。

『駄目! 闇の書の魔力が強すぎて、転移できないって!』

 しかし、今、完成しようとしている闇の書を、それに巻き込まれ(?)ようとしている八神はやてから引き離す事は出来ない!

「だったら、せめてなのはちゃんたちを避難させて!」

 なのはちゃんは魔力を蒐集されたばかりで自力で動く事すらできず、その家族は桃子を除いて何らかの戦闘能力を所有しているようではあるが相手は闇の書、数多の世界を滅ぼしてきた超危険物質である。
 少なくとも、アースラのクルーたちがミストが仮面の2人と守護騎士4人と戦う為にと張ってくれた封時結界の外に出す必要があるだろう。

『わかった!』

 転移魔法の準備にまた時間が必要になる事を考えるとミストの避難を優先したいところではあるが、管理外世界の一般人を優先しなければならない。
 数秒後、はやての側にいた高町一家の姿が消える。 アースラに強制転移されたのだ。

「リンディさん…… クロノ……」

 名前を呼んだところで、返事は帰ってこない。
 しかし、それでも呼んでしまったのは、目の前の闇の書と融合(?)した少女があまりにもあんまりな――おそらくSランク2人分の魔力があるはずの自分ですら敵わないほどの、絶対的と言っても良いほどの魔力を感じさせているからだった。

(せめて、私のバルディッシュがいてくれたら……)



 ミストはたった1人で目の前の化物と戦わねばならない。



────────────────────



ゴゴゴゴゴ

 突如、地面が――世界が揺れた。

「これは!?」
「外で何かあったようだな?」

 クロノは最悪の事態になってしまったと感じ、グレアムは全てを知っている癖に何も知らないふりを通した。

「グレアム提督、結界を解除してください。」

 リンディがグレアムに要請する。
 もしもこの要請を断るようならば、自分もクロノと共に目の前の英雄と戦うつもりだ。
 クロノも渡されていた訓練用のデバイスを放り捨てて、殺すつもりで魔力を練っている。

「……ああ。
 何があったのかわからないが、どうやら大事件が起こった様だな。」

 血が出そうなほどに握った拳を振り上げる事をしないのは、リンディとクロノの自制心がそれだけ優れているという事なのだろう。
 リンディとクロノの決意を悟ったグレアムはこれ以上の時間稼ぎは自分の――永久凍結した八神はやてを監視する為に必要な自分の立場を揺るがしかねないと判断し、封時結界を解除した。

「ほら、行くがいい。 私は管理局と連絡を取ってみる事にする。
 もしも私の力が必要ならば、遠慮せずに呼んでほしい。」

 いけしゃあしゃあとそんな事を言う老人に対してさらなる殺意が芽生えるが、今は相手にしている場合ではないとリンディとクロノは自分に言い聞かせる。

「わかりました。 それでは失礼します。」

 2人とも作り物の笑顔すら浮かべる事ができない。



 後日、よく我慢してくれたわと母は息子を小声で褒めたが、息子は――



────────────────────



「う、うう……」

 ストレッチャーの様な物に乗せられて医療機器のある部屋に運ばれているなのはが呻く。
 魔力を蒐集されたショックと苦痛が未だ続いているのだろう。

「なのははっ! なのはは大丈夫なんですか!」
「落ちついてください! なのはさんは大丈夫です!」

 そんな末っ子の心配をする家族は医療班の1人にしがみつく様にしてなのはが治るのか聞こうとし、医療班の人間もそんな家族を落ち着かせる為に説明を始める。

「確かに、魔力を限界まで蒐集されてしまっていたら命の危険もあり得ますが、今回はその心配はまったくありません!
 それに見てわかるようにそれ以外の――肉体的損傷もまったくありません!
 そちらの医療技術ではリンカーコア――魔力の源を回復させる事はできませんが、私たちなら2~3週間もあれば以前の様に元気に動けるようにできます!」

 蒐集されてから時間が経てば経つほど治療にかかる時間もそれに比例して長くなるのだが、不幸中の幸いと言うべきか、なのはは蒐集されてすぐに治療に入る事ができた。 それに加えてなのは自身の魔力量と魔力回復力が素晴らしく、完全回復に必要な時間はそれほど必要ないというのがアースラ医療班の診立てであった。

「2~3週間?」
「はい。 ……動き回れない事は子供にとって辛いかもしれませんが、治療用ポッドの中で暫く安静にしてくれれば、それくらいで完治します。」

 アースラを改修する際に、プレシア戦で多数の負傷者が出た事と守護騎士によって魔力を蒐集された人を収容する事になるかもしれないからとリンディが治療用ポッドの増設を申請しており、その時に医療班もいよいよ闇の書が完成するだろうという時に魔力を蒐集される可能性の高いなのは用の子供サイズの治療用ポッドを1つ申請していたのだ。

「班長! ポッドの調整が済みました!」
「よし! すぐにこの子の治療にかかるわよ!」

 彼女はそれだけ言うと家族の返事を待たずになのはを運ぼうとする。

「あ……」
「……気持ちはわかりますが、なのはさんの治療については私たちに任せて下さい。」

 必ず治してみせますと断言する彼女に、桃子と士郎はお願いしますという事しかできず、恭也と美由希も外傷が一切無い妹の治療は自分たちの世界の技術ではどうしようもないのだろうと判断し、頭を下げた。





「フェイトさんを普通サイズのポッドに入れておいたのが……」
「ええ、万が一を思ってそうしたけれど、本当に万が一が起こるなんてね。」

 患者の家族をドアの向こう側に置いてきた2人は話をしながらポッドに入れる為に必要な処置をなのはに施していく。

「子供サイズのポッドに入れても今回の戦闘には間に合わないだろうからって、一般サイズのポッドに入れておいてよかったわ。」

 本来ならば、同じ様に魔力を蒐集されたフェイトも子供サイズのポッドを使うべきなのだが、そもそも子供サイズのポッドはなのはが蒐集された際に必要になるからと無理を言って設置したモノなのだ。
 それに、一般サイズのポッドも少し手間はかかるけれど設定を変更する事で子供も使用できる(そもそもクロノが負傷した時の事を考えて常に1つは子供用に調整してあった)のでフェイトはそっちに入れておいたのだった。

「フェイトさんのポッドは半オートから全オートにしておいて。
 次の怪我人――たぶん、ミストさん――が来るまでは、一般人の子供の治療を優先させてもらうわ。」

 常に送られてくる情報から、ミストが此処に運ばれてくるまでそんなに時間はかからないだろうとは思うが、それまではこの一般人の為にやれる事をやらねばならない。

「わかりました。
 ……彼女も彼女の使い魔も、日が浅いとはいえ時空管理局の一員です。
 こういう扱いになってしまっても、きっとわかってくれるでしょう。」



────────────────────



ブゥゥゥン

 そんな音と共に、リンディとクロノがイギリスから転移してきた。

「艦長!」
「クロノ君!」

 エイミィや他のオペレーターが安堵する。

「状況は!?」

 リンディはすぐに現状の確認作業に入り、クロノは命令があればすぐに出撃できるように、グレアムによる訓練モドキによって消耗した体力と魔力を少しでも取り戻そうと栄養ドリンクを飲んでから精神統一を始めた。

「アルカンシェル発射可能まで後10分!
 それまでの時間を稼ぐと言って、闇の書と融合した八神はやてをミストさんが1人で相手しています!」
「1人で!?」

 リンディとクロノは驚いた。
 ここからでもその強大な魔力を感じる事が出来る相手をたった1人で足止めしているというのだから仕方ないのだけれど。

「フェイトさんは? まだ連絡をいれていな――」
「フェイトさんは仮面の2人組の罠にかかって蒐集されてしまいました!」
「なっ!?」
「転移魔法に必要な座標情報を改ざんされてしまったみたいです。」

 エイミィはフェイトが転移してきた瞬間にバインドで拘束されてしまった時の映像とその後に魔力を蒐集されてしまった様子を2人に見せた。

「ここまでするとはっ!」
「リーゼたちにしてやられたわね。」

 これではミストが1人で頑張るしか無い。

「艦長!」
「あせらないで!
 エイミィ、アレがミストと交戦中にどんな魔法を使ったのかをクロノに。
 それと、フェイトさんがかかってしまった様なトラップが無いかの確認を。」

 1人で戦っているミストには悪いが、情報の確認もせずにクロノを送り込んでも足を引っ張ってしまうか、リーゼたちのトラップにかかってしまうだけだ。

「了解しまし――ああっ!」





 百を超える魔力弾を使用しても、中・遠距離では埒が明かないと思ったのであろうミストが、近距離戦を仕掛けようとブリッツ・アクションを使用してそのがら空きだった腹に一撃を入れようとしたのだが、八神はやてと闇の書による謎の魔法陣に防がれ、それどころか金色の光となって消えてしまった。





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[14762] Return26 闇の中と、際会
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/11/28 14:43
「フェイト、フェイト……」

 あれ?

「フェイト、もう起きなさい。
 あなたがお寝坊している間に、皆ご飯を食べ終えちゃっているわよ?」

 この優しい声……

「まったく…… どうしてこんなお寝坊さんがあの子たちの保護者になれたのかしら?」

 ずっと、ずっと昔に聞いた事がある様な?

「あなたは、だれ?」

 先ほどからずっと感じている眠気と戦いながら、ようやくその一言を絞り出す。

「誰?って、あなたの母親に決まっているでしょう?
 本当にもう…… あなたが朝ごはんを食べないと、食器が片付けられないの。 いい加減に起きてくれないと、実力行使しちゃうわよ?」
「!? 起きます! 起きます!!」

 突如感じた生命の危機に、先ほどまで苦戦していた眠気を蹴っ飛ばして起き上がりながら目を開ける。

「え?」
「え? じゃないの。 まったく……
 そんなに眠気が取れないなら、朝ご飯の前に顔を洗って来なさい。」

 目覚めて最初に見聞きしたのは、母さんの呆れ顔と声だった。

「う、うん。」

 混乱する頭をなんとかする為にも、顔を洗うのはいいかもしれ――

「フェイト、起きたんだね!」

 ガチャリと寝室のドアを開けて赤毛の女性が入って来た。

「アル、フ?」
「子供たちがフェイトの事を待っているよ。
 今日はピクニックに行く約束をしていたんだろう? 早くしないと駄目だよ。」

 子供たち?
 ピクニック?

 ……ああ! そうだった。
 今日は子供たちとピクニックに行く約束をしていたんだった。

「しまった! い、急いで準備するよ!」
「ああ、そうしなよ。」



 部屋から出て、すぐに洗面所に向かうと

「あ、フェイトさん。 おそようございます。」
「キャロ……」

 おはようとは言ってくれないんだね?

「皆、フェイトさんを待っているんですから、早くしてくださいね?」
「うん。 ごめんね。 ありがとう。」



 バシャバシャと顔を洗ってからキッチンに行くと、母さんが焼けたばかりのパンにジャムを塗っていてくれていた。

「ほら、早く食べちゃいなさい。」
「うん。 ありがとう。」

 なんだかんだと厳しい事を言っていても、やっぱり母さんは優しい

「まったく……
 いくら仕事が休みの日だからって、少しのんびりしすぎよ?
 あなたはあの子たちの保護者なんだから、休日でも――いいえ、休日だからこそ、もっとピシッとしていないと駄目じゃないの。」
「はいはい。」
「“はい”は1回!」



 パンを2枚とミルク1杯をお腹に入れて、皆が待っているだろう庭に向かう。
 玄関のドアを開けて目に入った空は雲1つ無い快晴で、まさにピクニック日和だ。

「皆、ごめん。 ずいぶん待たせちゃったね。」
「いえ、いいんです。」
「早くいきましょう!」
「行こう!」
「行こう!」

 エリオやキャロを筆頭に、他の子たちも元気一杯と言った感じである。

「じゃあ、しゅっぱ――」

 それは、とても幸せな光景のはずだった。
 それは、とても幸せな光景のはずだったのに……

「うん! 行こう! フェイトママ!」

 ヴィヴィオ……



パリン



 雲1つ無い何処までも青く広がっている様な空や、確かに踏みしめていたはずの大地が、とても薄いガラスが割れる様な、そんな小さな音と共に儚く消えた。

「え?」

 景色と一緒に子供たちも消えて、そこに残っているのは私と偽物のヴィヴィオだけ。

「なんで?」
「幸せな夢の中に、ヴィヴィオを出したのは失敗だったね。」

 暗闇の中、偽物のヴィヴィオが戸惑った声を出す。

「あなたは、確かに幸せな夢の――」
「ヴィヴィオは、常に私と共にあるの。
 だから、ヴィヴィオがそこに居るわけがない。」
「何を言って――」
「そうでしょう? ヴィヴィオ。」
(うん!)

 私の中に居る――いや、先ほどの言葉通りに私と共にあるヴィヴィオが返事をする。

「!?」
「消えなさい。」
(消えちゃえ!)

 私とヴィヴィオがそう言うと、偽物のヴィヴィオは先ほどの景色と同じ様に、消えた。



────────────────────



「……何が起こっているのかしら?」

 空間モニターには闇の書に操られていると思われる八神はやてが、金色の光になって消えたはずのミストの虹色の魔力によって動けなくなっている姿が映っている。

「……わかりません。」

 アースラはもちろん、八神家や高町家の周辺に設置しておいた機器からのデータも分析しているはずのエイミィにもそれがどういう事なのかわからない。
 わかっている事は、ミストが時間を稼いでくれているらしい事だけだ。

「艦長、目標周辺のサーチを終了しました!
 物理、魔法、共にトラップは発見できません!」
「艦長!」
「ええ、クロノ・ハラオウン執務官は出撃して仮面の2人を無力化及び確保してください!」

 片方はミストによって無力化されているが、もう片方が何かデバイスの様な物を取り出しているのを現在進行形で確認できている。

「了解しました!」

 闇の書が完成してしまった以上、アルカンシェルを使わなければならいのでリンディはこの場から動く事は出来ないが、裏でこそこそと動き回っていたギル・グレアムとリーゼたちを捕まえる絶好のチャンスである。

「エイミィ、クロノがあの2人を確保すると同時に封時結界を維持しているクルーを引き揚げさせてちょうだい。」
「わかりました!」
「アルカンシェルの発射までに……」

 この様子だと、消えたというよりも闇の書に取り込まれてしまったと思われる彼女を救出する事ができれば良いのだけれど、1分1秒を争うこの状況では……

「ミストさん……
 お願いだから、無事でいて……」

 自分でも気付かない内に、胸の前で両手を――まるで神に祈るように……



────────────────────



「そっか。」
(?)

 暗闇の中、私は今まで認識できずにいた事を理解し始めた。

「小さなフェイトとアルフをチェーンバインドでぐるぐる巻きにして、ついでにあの子のバルディッシュのセキュリティを幾つかはずしたのはヴィヴィオなんだね。」

 今の今まで、私はフェイトを黄色のチェーンバインドで縛り上げたと思っていたけれど、実際は虹色のチェーンバインドで縛り上げた事がわかった。

(うん。)

 考えてみれば、バルディッシュを管理局に奪われてしまった場合、自分の居場所が判明してしまう事をあの母が気づかないはずが無いのだ。
 だと言うのに、私とリンディさん――アースラがあの場所に行った時、母さんはジュエルシードの設置を終えたところだった。
 あの母が、1分1秒を争う時にそんなゆっくりしていた事を疑問に思うべきだった。
 それはつまり、あの場所があんなに早くばれてしまうとは思っていなかったという――

(フェイトママの魔力と似せたままだと、小さなフェイトママがすぐに抜け出せちゃうし、あのバルディッシュから情報を得られないと、プレシアお婆ちゃんがジュエルシードを悪用する時にリンディお婆ちゃんやクロノおじさんたちが間に合わないでしょう?)

 ……確かに。

「そうだね。」

 たぶん、私の性格がヴィヴィオの性格に近くなったように、ヴィヴィオの性格も私に近づいたと言う事なのだろう。

「エイミィが私の魔力の色が変わったのを見てあまり驚かなかったのは、そう言う事か。」
(そう言う事だと思うよ。)

 まったく……
 聖王の力の事がばれちゃったら面倒な事になるかも、なんて考えていたって言うのに。

(……ごめんなさい?)
「別に、謝らなくても良いよ。」

 見えないけれど、ヴィヴィオが申し訳なさそうにしているのがわかる。

「考えてみたら、百を超える魔力弾を――いくらそういうプログラムを組み込んでいるからと言っても――私だけで操作できるわけがないんだ。
 ヴィヴィオがこっそり手伝ってくれていたから、できていたんだね。」

 魔力の質が変わって量が増えたとしても、マルチタスクの技術が上がったわけではない。
 そんな事にすら気づかない――気づけない様にされていた事については少し言いたい事が無いわけでもないけれど、まぁ、緊急事態だったのだから仕方ない。

(ごめんなさい。 でも、そうしなかったらフェイトママの心が――)
「わかっているよ。
 ヴィヴィオが私の心を守っていてくれていたから、私の心は折れなかったんだ。」

 方法はともかく、ヴィヴィオが守っていてくれた事には感謝している。

「この世界に来て、ジュエルシードを集めようと思えたのも、なのはちゃんを助けたのも――はやてとシグナムたちの関係については知らなかったから手を撃つ事が出来なかったけど、それでもどうにかしてあげられそうなのも、全部、ヴィヴィオのおかげだよ。」

 もしかしたら、10年後にジェイル・スカリエッティたちからレリックを入手する事さえできればアリシアを蘇生できるかもしれないけれど……

(やっぱり、はやてさんたちをどうにかしちゃうんだ?)
「……うん。」

 寂しそうに訊ねるヴィヴィオに、私は答えた。

「いくら魔力があっても、ジェイル・スカリエッティやその部下たちをどうにかするのは私一人じゃ無理だからね。」

 数は力。 あのテロリストたちを捕まえるには八神家の力は必要不可欠だ。

(……私は、諦めないからね。)
「私も、諦めないよ。」

 何故かさっきから、ジュエルシードの力を感じる事が出来る。
 しかし、この世界のそれではない。
 あの時、はやてが持っていたジュエルシードの魔力を感じるのだ。

(諦めなければ、この力がどうにかしてくれそうな気がする。)
「私も、そんな感じがするんだ。」

 おそらく、私が望んだ「こんなのはいやだ」という願いがきちんと叶えられるまで、この力は私とヴィヴィオを生かし続けるのだろうと思う。

「ヴィヴィオも、そう感じているんでしょう?」
(……ママも、そう感じていたんだね。)

 私たちは右手で拳をつくって、目の前の真っ暗な空間に叩き付けた。



────────────────────



 闇の書の管制人格とこの状況をどうにかできないものかと話し合っていたはやての目の前で、それは突然起こった。

ガン

 そんな音と同時に、目の前の真っ暗闇だった空間に穴が開いたのだ。

「なっ、なんや!?」
「そんな……」

 はやては突然の大きな音に驚き、管制人格は何が起こったのか理解したからこそ驚いた。

「はじめまして、私は時空管理局で嘱託魔導師をしているミストと言います。」

 虹色の魔力を纏った彼女は丁寧に挨拶をしたが――

「……」
「……」

 これは、挨拶を返すべきなのだろうか?
 それとも、どうしてここに来る事が出来たのかと問い詰めるべきか?
 友好的な様に見えるが、相手は自分たち――というよりもシグナムたち4人と対等以上に戦っていた人物である。 戦闘体勢をとるべきだろうか?

 はやてと管制人格はどうしたものかと混乱する事しかできない。

「あなたは八神はやてで、高町なのはちゃんのお友達だね?」
「なんであなたがなのはちゃんを知ってるの!?」

 親友が時空管理局と接点があるなんて考えた事も無かったであろうはやての疑問に実は前から知り合いだったのだと言うのは簡単だ。
 しかし、それによってはやてが「なのはちゃんと出会ったのは偶然なんかじゃ無かった。 私はなのはちゃんに騙されていたんだ」とネガティブになってしまったら面倒な事になりかねない。
 だからと言って嘘を言うのもどうかと考えたミストは

「なんでって…… この世界では魔力持ちは珍しいんだよ?
 魔力を蒐集している人たちのターゲットになる可能性を考えたら、ね?」

 はやてが「なのはちゃんは管理局に目をつけられていたのか」と勝手に納得してしまう様な真実だけを告げる事にした。

「で、そちらが闇の書の本体なの――いや、違う? 今、魔力を暴走させているのはあなたじゃない。
 と言う事は、あのシグナムとかいう人たちと同じ、守護騎士システム?」

 シグナムたちはつねに主である八神はやてを守る存在だが、そのシグナムたちに何かあった時、主を守る為の最終防衛システムの様な物であるかもしれないと考えたミストはその虹色の魔力を両手に纏って戦闘体勢に入った。

「ちゃう! この子はそう言うんじゃない!」

 はやては咄嗟にそう叫びながら管制人格の前に出て両手を広げる。

「はやて!」

 それを見た管制人格は守られるべきはあなたのほうだと、自分を守ろうとしたはやての前に出ようとするが、はやては譲ろうとしない。

「ええんや!」
「しかし!」
「私は、守られるだけなのは嫌なんや!」
「でも!」
「!!!」
「!!!」



「いいかげんにしなさい!」

 目の前で繰り広げられる「私が!」「いや、私が!」の繰り返しを1分ほど眺めていたミストだが、今、この瞬間にも世界が滅びかねないという時にこんな不毛な事をやっている場合かと2人に叫んだ。

「あなたたちに世界を滅ぼすつもりが無いのなら、さっさと事情を説明して、私に協力しなさい! 早くしないと手遅れになっちゃうでしょう!」



────────────────────



「……どういうつもりだ?」

 仮面の片方は、もう片方がされているようにバインドでぐるぐる巻きにされていた。

「どういうつもり? 僕は時空管理局の執務官として、君たちを捕縛しただけだよ。」
「何故! ストラグルバインドをかけない!?」

 ストラグルバインドを使えば、自分が時空管理局の提督の1人であるギル・グレアムの使い魔のリーゼアリアであると言う事が証明できるのだ。
 そうしたらアルカンシェルを撃ってすぐに、クロノとリンディを足止めしていた父様を逮捕する事も可能だと言うのに……

【ストラグルバインドは、かけない。】
「!?」
【今、アースラはこの世界の一般人の家族を保護して居るんだ。
 魔法と言うわけのわからないモノで娘を傷つけられて、それでもなお魔法を使う僕たちを、時空管理局を信じて保護されていてくれている家族が。】
【ぁ……】

 今この仮面を外してしまうのは容易い。
 しかしそれは高町なのはを傷つけた者が時空管理局の関係者であったと言う事を公表するのと同義である。

【僕やミストが何時退いても良いように、医療室には常にこの戦場の情報が送られている。 治療中のなのはさんの側にいるご家族もそれを見ているだろう。
 ……彼らを不安にさせる様な事はしたくない。】
【……私の、負けだ。】

 自分たちのせいでミストが消えてしまったと言っても過言でも無いこの状況で、血が出そうなほど強く握りしめた拳を振るう事をしない弟子の姿に、リーゼアリアは負けを認める事しかできなかった。

「艦長、仮面の1人を確保しました。」
『もう1人も回収してから、一度アースラに帰還してください。』





101128/投稿



[14762] Return27 助けると、思い
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/12/05 15:36
 何処までも黒い世界で、はやてによってリィンフォースと名付けられた闇の書の管制人格はミストにわかるように今の自分たちの状況を語った。

「ええっと……」

 説明を受けたものの、ミストはフェイトの部分では大体わかっているのだがヴィヴィオの部分が困惑しているのを感じ、ヴィヴィオにもわかるようにリィンフォースに確認するという形で要点をまとめる事にした。

「要するに、防衛プログラムの最も重要な部分のプログラムに生じたバグのせいで――今回のケースで言えば管制プログラムが八神はやてをマスターとして認証しているのにも関わらず、防衛プログラムがマスターとして認証できていないのね?」
「はい。」

 マスターとしての権利を持つ者を認識するプログラムが複数あるなんて、なんとも面倒なシステムだなぁと思うが、管制プログラムと防衛プログラムによる二重のセキュリティ……と考えれば、まぁ、わからないでもない。
 闇の書はそもそも『魔法を蒐集・研究する為に作られた物』であるというのだから、悪用を防ぐ為にもそれくらいのセキュリティは必要――むしろもう少しセキュリティをきつくすべきだろうとさえ思う。

「問題なのはそれだけではなく……」
「うん。 防衛プログラムが『管制プログラムがマスターとして認めた存在』を『マスターではないと認識』して――つまり、『はやてからの接触』を『外部からの攻撃』と認識してしまう事で、マスターでは無い者にそのシステムを使われるわけにはいかないと……」
「ええ。」

 闇の書は覚醒と同時に自衛のための防衛プログラムが作動してしまう。
 しかし

「防衛プログラムがバグっているから、本来ならマスターと認識していない存在――はやてとの魔力的な繋がりを切るだけでいいところを、はやての魔力を奪えるだけ奪ってその命を危機にさらす。
 それだけではなく、自分を悪用されない様に、外部からの攻撃してくる者を排除しようとして――バグっている為に世界ごと消滅という道を選んでしまう、と。」

 なんとも面倒な上に厄介な代物である。

「厳密にいうと違いますが、とりあえずはその認識でも問題はありません。」

 デバイスやプログラムにそこまで詳しくないが、執務官として働いていると自分のデバイスのメンテナンスくらいはできないといけないのでそれなりの知識はある。

「さらに防衛プログラムにはバックアップ機能があり、それが闇の書自体にも残り続けるので、仮に、今暴走している防衛プログラムをどうにかしたとしても数日で『バグを持った防衛プログラム』が再生してしまうのです。」
「闇の書の悲劇を終わらせるためには、アルカンシェルなどで単純に闇の書を破壊するのではなく、闇の書からバグのせいで暴走している防衛プログラムを取り出して破壊し、再生するまでの数日間で闇の書を消滅させるという手順が必要なんだね。」

 その『それなりの知識』でわかるように説明してくれたリィンフォースに自分の理解が間違っていないかの確認作業は終わった。
 自分の中のヴィヴィオも漸く納得してくれたらしく、すっきりした気分である。

「それで、今の状態なら外と中から同時に衝撃を与える事が出来れば『暴走しているバグ』を外に放出する事ができなくもない、と。」

 それはそれとして、闇の書にアルカンシェルを撃ちこむだけでは解決できないという事をどうにかしてアースラに伝えなければならない。

「ですが、『闇の書の闇』を外に出しても……」
「外に出した瞬間にアルカンシェルを撃ち込めればともかく、それができなければそこらにある物体――空気でさえも取り込んで巨大化・無限に再生し続ける化物を消滅させるのはちょっと難しいかもしれないか。
 ……もしくは、辺りに何もない空間――例えば宇宙空間などで放出するか。」

 マルチタスクでヴィヴィオと一緒に現実世界の闇の書と融合して世界を滅ぼそうとしているはやてを抑え込む事ができているので、アースラと相談――は無理でも、魔力を操って文字を描いたりする事で事態を伝える事もできない事も無い。

「あの……」
「なに?」
「出した瞬間でも、宇宙空間でも、あなたは死んでしまうのでは?」

 アルカンシェルの効果範囲がかなり広い事をリィンフォースは知っている。

「……まぁ、死ぬね。」
「……あっさりしとるんやね?」

 リィンフォースとはやてはミストの様子に少し驚く。
 リィンフォースは今の自分の状態を諦めているので、これ以上悲劇を生まない為なら喜んで消滅を受け入れる。
 はやてもはやてで、シグナムたちを助けてあげられないのは残念だけれど、どちらにせよ助からないのならリィンの為にも未来に憂いの残らない道を選びたいと思う。

「ミストさんは死んでもええの?」

 しかし、この、ミストと名乗った管理局の人は自分たちとは違うはずなのだ。
 闇の書を消滅させるためとはいえ、たった1つしかないその命を……

「死にたくはないけどねぇ……」

 もしかして、時空管理局と言う場所で働いている人たちは、みんな、世界の為ならば命を捨てる事を躊躇わない様に教育されているのだろうか?
 それとも、この状況になった事で生きる事を諦めてしまっているのだろうか?

「やれるだけの事をやってみようか。」

 はやてもリィンフォースも、その笑顔から彼女の気持ちを知る事はできない。



────────────────────



「え!?」

 アルカンシェル発射までに、何でもいいからミストを助ける為の何かが見つかればと、じっとモニターを見ていたエイミィはその変化に真っ先に気付く事ができた。

「艦長!」

 そして、帰艦してからずっと瞑想をしていたクロノはその声を聞いて目を開けた。

「どうし――これはっ!?」

 ミストの虹色の魔力によって動く事の出来ない八神はやての様子を流しているモニターから目を離してアルカンシェルの発射準備にも気を配っていたリンディもエイミィのその声によってモニターを確認し、その変化に気づいて驚く。



『闇の書から八神はやてを解放する。
 カウント0で強力な砲撃魔法をここに撃って欲しい。

 ―60―

 アルカンシェルの準備は続けて下さい。』



 暴走した闇の書によって成長(?)した八神はやての肉体を拘束している虹色の魔力が変化して、そんな文字が浮かび上がったのだ。

「ミストさん!」

 それは、『ミストの生存を確定する』事であると同時に『八神はやてという少女を救う事が出来る』という吉報でもあった。

「クロノ!」
「クロノ君!」

 クロノはエイミィとリンディの声に頷く事で答える。
 彼はそれが無駄になるかもしれないと思いながらも、それでもミストが助けを求めてきてくれると信じて、ある意味で今回の事件をややこしくしてくれたギル・グレアムによって消耗させられた魔力と体力の回復に専念していたのだから。

「クロノ・ハラオウン執務官、出撃します!」

 取り込まれたミストではなく、闇の書と融合してしまって助ける事が絶望的だと思われていた八神はやてを解放すると言う事に少し疑問は残るが――

「ええ!」
「いってらっしゃい!」

 クロノはアースラから出撃した。





 アースラ艦内のあちこちでも、エイミィが見ていたのと同じ映像を流していたモニターを時折見ながらこのままあの新人嘱託魔導師を見捨てなければならないのかと心を痛めていたクルーたちもその変化に気づいて活気づいていた。

「あの子を闇の書から解放するだって?」

 しかし、クロノに仮面を外すなと言われた2人はその情報に懐疑的だった。

「ミストが内部から、クロノが外部からタイミングを合わせて攻撃をしたらどうにかなると言う事なのかしら?」

 クロノの特別の計らいによってアースラ内の同じ牢屋に放り込まれていたその2人――リーゼロッテとリーゼアリアは管理局の無限書庫で闇の書についての文献を研究していたのだ。

「そんな事で闇の書をどうにかできるとは思えないけど……」

 闇の書は――例えバグが発生していなくても、その製造目的からしてその世界、その時代の最高機密情報の塊である事は間違いないのだ。

「だよねぇ……」

 そんな物が内と外からの同時攻撃くらいで完全に消滅したりするとは思えない。
 そもそも、闇の書はアルカンシェルの直撃を喰らってもどこかで再生してしまうものなのだから、アルカンシェルに到底及ぶはずの無いクロノの砲撃魔法の1発や2発で……

「『闇の書の内部にいざという時の為の緊急停止装置の様な物があった』とか、そう言う事ならわからなくもないけど、それだと外部から砲撃魔法を撃たないといけない理由が……」

 斜め45度の角度で叩く事で応急処置ができた様な真空管使用のテレビではあるまいし、外部刺激でどうこう出来る様な代物ではないはずだ。

「う~ん……」
「まぁ、いざとなったら私がこのデュランダルを使うわ。」

 アースラにアルカンシェルを取り付ける工事の際に、万が一クロノやミストに拘束されてしまった時の為に極秘裏に作っておいた脱出路を使えばまだどうにかなる。

「……その時は私が大暴れして囮になるよ。」
「……ええ。 お願いす――っ!」

 私の代わりに、囮になる。
 私の か わ り に……

「まさかっ!?」

 闇の書から八神はやてを解放する。
 それは、ミストが八神はやての代わりに……





『―22―』

 カウントダウンは進む。

『はぁぁぁぁぁぁぁ……』

 モニターの向こうのクロノは相棒であるS2Uをかまえながら自身の魔力を高め続ける。

「クロノ……」
「クロノ君……」

 自分たちは、アースラからそれを見守る事しかできない。

「艦長、アルカンシェル、何時でも発射できます。」

 その報告は今回の事件を終わらせる最低条件が整った事を意味する。

「わかりました。
 八神はやてが闇の書から解放される事で、闇の書に対して遠慮なくアルカンシェルを撃つ事ができるようになるはずですので――」

 ミストの策が上手くいってもいかなくても、アルカンシェルの出番は必ずくる。

「もっとも、地表にアルカンシェルを撃つと惑星の環境を大きく壊す事になるので、とりあえず闇の書を宇宙空間に転移できないか試してみますから、照準を今現在の位置からすぐに移せるように準備をしていて下さい。」
「了解!」





『―18―』

 ポッドの中で目が覚めたフェイトはそのカウントダウンを見ながら安堵していた。

【ミスト……】

 あの仮面の2人にアルフを傷つけられた事に怒り、みんなに迷惑をかけてまで本局の訓練場で戦闘訓練をしたというのに何の役にも立たないどころか、むしろ魔力を蒐集されてしまって闇の書の復活の手助けをしてしまった。

【ミスト、助かるといいね。】
【……うん。】

 モニターの向こうではクロノが砲撃魔法の準備をしている。

 動かない的
 1分の時間

 魔力量はともかく、技術的にも実際の戦闘力でも自分を上回るクロノならばこの条件で万が一にも失敗する事はないだろう。

【きっと、上手くいくよ。】
【そうだね。】

 自分がもっとしっかりしていれば、闇の書は復活しなかったし、ミストが取り込まれる事も無かったはずなのにと考えると申し訳ない気持ちしか持てなかったが、この様子だとクロノがミストを、ミストが八神はやてを助けてくれそうだ。





『―14―』

 カウントダウンされる数字を見ながら、高町一家はミストの無事を祈る。

『お姉さん……』

 ポッドの中でそう呟いたなのははまばたき1つせずにモニターを見続ける。

「あの厭味ったらしい仮面の人をあんなに簡単にやっつけられたんだもの。
 ミストさんなら、きっと、はやてちゃんを助けてくれるよ。」

 モニターから目を離せないで、美由希はなのはに語りかける。

「……」
「……」

 しかし、士郎と恭也は何も言わない。
 今、ミストもクロノも、そしてアースラにいる誰もが戦っている最中なのだ。
「きっと大丈夫」などと言って、そうならなかった時の精神的ダメージを考えると、とてもじゃないが……

「ミストさん、どうか……」

 美由希の気持ちも士郎と恭也の気持ちもわかる桃子は、ただ、なのはの心が壊れる事が無いように、ミストとはやてが無事でありますようにと、ただ祈る事しかできない。





『―3―』

 目の前の光の弾には、訓練の時でさえもやった事が無いほどの魔力が込められている。
 これ以上魔力を注ぎ込めば制御ができず、撃った後に飛び続ける事もできないほどに。


『―2―』

 後はただ、カウントが0になると同時に

『―1―』

 ただ、撃つのみ。

『―
 カウントが0になった瞬間、クロノは全力で砲撃魔法を放った。





『うおおおおおおおおおお!!』

 放たれたそれは一直線に虹色の魔力で拘束されている八神はやてへと向かい、当たり、モニター越しで無ければ目と耳が潰れるのではないかと思えるくらいの閃光と爆音となる。

『八神はやてとミストが闇の書から離れた瞬間に、闇の書をアースラの前方300㎞先の宇宙空間に転移、それが出来なかった場合は八神はやてとミストの2人をアースラ内に転移する用意がギリギリ間に合いました!』
『医療チーム、八神はやてとミストの受け入れ態勢完了しました!
 クロノ執務官の為の魔力回復装置も後1分で準備できます!』
「アルカンシェル、標準設定完了しました!
 現在は八神はやてをロックしていますが、1秒でアースラ前方300㎞先の宇宙空間を狙う事ができます!」

 リンディの下に次々と報告が上がる。

「上出来です! 全部うまくいったら、上に掛け合って何時も以上の特別手当をもぎ取る事を約束します!」
『おおおおおおお!!』

 艦内が今まで以上に盛り上がる。





 しかし

「今、全員の目はモニターに釘付けだ。 これなら囮なんてなくても行けるよ。」
「ええ!」

 名も無い仮面の犯罪者である事を選んだ2人は、うまくいけば八神はやてという犠牲を出さずに闇の書を永久凍結できるこのチャンスを逃さぬ為に動きだす。

「宇宙空間か……」

 魔法を使えば宇宙空間でもある程度は動く事が出来るが――

「うまくいけば、地球上になんの影響も与えないで済む。」
「でも、逃げる時は転移魔法を使うしかないわ。」

 流石に大気圏に突入するわけにはいかない。

「魔力の痕跡を解析されると厄介か……」
「ええ。 幾つかの世界を経由するしかないわ。」

 アルカンシェルを使っても闇の書による不幸は終わらないし、デュランダルで氷漬けにしても万が一の事を考えると監視は続けなければならい。

「折角クロノが私たちの正体を暴かないでくれたんだから、上手くやらないと。」

 黒づくめの弟子が握った拳を震わせていたのを思い出す。

「クロノか……
 ストラグルバインドを使わなかったのは、後で私たちを逃がすつもりだったからってわけじゃないから、怒るだろうねぇ……」
「怒るでしょうね。
 ……しらばっくれるけど。」
「だね。」

 幾ら知り合いだからって、たいした拘束もせずに同じ部屋に入れたあっちにも非があるのだから、彼が地団太を踏む様を指差して笑って見てやろ――

「私、いつからこんなに性格が悪くなったのかしら?」
「はは、何を今さいてっ」

 相棒の頭にたんこぶができたが、きっと脱出路の低い天井に頭をぶつけたのだろう。

「……酷くない?」
「何を今さら?」





101205/投稿



[14762] Return28 助けてと、言って欲しかった
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/12/12 13:11
 目が悪くなりそうなほど眩い光の中、はやてはリィンフォースに初の命令を下した。

「管理者権限、発動。」
《……防衛プログラムの侵攻に割り込みをかける事に成功しました。
 予想通り数分程度の猶予ができましたので、計画通りに事を進められます。》
「よし。 それじゃあ、守護騎士プログラムの修復を開始して。」
《了解。》
「おいで、私の騎士――大事な家族たち。」





「!!」

 たった1発の砲撃魔法にできうる限りの魔力を込めるという慣れない事をしたために息切れをしているクロノは、八神はやての居た場所に巨大な光の玉が生じ、それを囲む様に4つのベルカ式魔法陣が浮かび上がるのをその目で確認した。

「な、なんだ!?」

 その魔法陣が人の様な何かを出して消えたかと思えば、それらよりも大きな魔法陣が巨大な光の玉と4つの人影の下側に出現し――

ドンッ

 突如、爆音と共に巨大な光の玉が天地を貫く様な閃光を放った。

「くっ! この感じは!!」

 迂闊にもその光景を直視していたクロノだが、咄嗟に顔の前に手を出し、さらに目を逸らせる事ができたので、なんとか目が潰れるのを免れた。
 そして、その光と音が消えた場所には――

『あ、あれは……』
「やっぱり、守護騎士プログラム……」

 先ほどの4つの魔法陣は気付いた通り守護騎士プログラムの発動の為の物だったのだ。

「と言う事は、あの光の中には――」
『はやてちゃんが――たぶん、ミストも!』

 エイミィの明るい声が耳に響くが、クロノの顔は厳しいままだ。





『我ら、夜天の主の下に集いし騎士。』

 鞘に入ったままの剣を片手に持ったシグナムが、最初に口を開いた。

『主ある限り、我らの魂尽きる事無し。』

 続いてシャマルが少し悲しそうに。

『この身に命ある限り、我らは御身の下にあり。』

 おそらくはザフィーラだと思われる男性がそれに続けて

『我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に――』

 ヴィータが最後を締めくくると――

ぴき
 光の玉から卵が割れるような音がした。

「……」

 エイミィやリンディ、他のアースラクルー、そして高町家の誰もがモニターに映る守護騎士プログラムたちの言葉を静かに聞いており、その音を聞いて息をのんだ。

「ミストさん……」

 誰もが、八神はやてを助けたミストの姿を見たかった。

 しかし――





「リィンフォース、私の杖と甲冑を……」
《はい。》

 嬉しそうなリィンフォースの返事で、自身が服を纏った事を知る。
 そして、目の前に現れた杖を握ると、自分とリィンフォースを包んでいた眩い光は消え去って――



 辺りを見渡したはやては自分を囲む4人の家族の姿を確認した。

「夜天の光よ、わが手に集え!
 祝福の風、リィンフォース……
 セェエエットォッ アップ!」

 杖から黒い光が幾つか散ると、それが自分の甲冑となった。

「はやてぇ……」

 ヴィータが涙ぐみながら名前を呼んでくれる。

「すみませんでした。」
「あの、私たち……」

 シグナムが謝り、シャマルが自分たちのやろうとした事の説明をしようとする。

「ええよ。 みぃんなわかってる。
 リィンフォースがぜぇんぶ、教えてくれた……
 だから、今は――」





『クロノ君! ミストさんは!?』

 八神はやてとその家族は無事に闇の書の呪縛から解き放たれた様であるが、その為の指示をしてきたミストが何処に居るのか確認しろとエイミィが叫んでいる。

「少し待て!」

 自分の居る場所と、先ほどから家族の再会を喜び合っている八神はやてと守護騎士プログラムたちの場所から考えると、おそらくは……

「エイミィ、見つけたぞ!」

 クロノは自分と八神はやての延長線上でミストがその両手と虹色の魔力で何か――球体の様な物を抱え込んでいるのを発見した。

「一体何をしているんだ!?」

 正直な処、早くアースラに戻って自分の部屋のベッドで眠ってしまいたいと思ってしまうくらいに疲れているのだが、辛そうな顔のミストの様子を確認すべきだろう。

『早くミストのとこに行って!!』

 そう思って八神一家の上を通ってミストの側へ行こうとしたその時――

「この感じは!?」

 憶えのある魔力を――つい先ほどまで戦っていた仮面をつけたままの知らない知人がミストに向けて見た事の無いデバイスを構えているのを発見した。

「させるかぁああ!!」

 何時アースラを抜け出してきたのか知らないが、やっと助け出す事の出来た仲間を傷つける事は、例え恩のある人(猫?)であっても許すわけにはいかない!

「S2U!」
《了解!》

 魔力的にも体力的にも彼女の相手をするのはつらいが、どうやら動けないらしいミストを守る為にも、今は自分がどうにかするしか――

《ブレイズ――》
「こっちも、させるわけにはいかないんでね!」
《ラウンドシールド》
「ちぃっ!」

 もう1人の仮面が邪魔に入った為に、このままではミストへの攻撃を許してしまう。

「悪いな、クロスケ。
 これ以上闇の書の被害を出さない為にも、彼女には最後の犠牲になってもらう。」
「なんだと!?」

 最後の犠牲?

「あのデバイスは氷結に特化しているんだ。」
「氷結? ――まさかっ!?」

 ミストをミストが抱え込んでいる物ごと氷漬けにすると言うのか?

「その為に、守護騎士プログラムの蒐集活動を補助していたのか?」

 アースラが本局からこの世界に戻る際、エイミィが持ってきた過去の記録によれば、あの4人の守護騎士プログラムは相手が死ぬまで魔力を蒐集していた事もあると言うのに?
 彼女たちだけではなく、その主のグレアム提督もそれを知っているはずなのに?

「……ああ。」

 ふ

「ふざけるなぁあああああ!!」

 闇の書がかつて自分の父の命を奪い、母が時折涙を流している事も知っている。
 それだけではなく、そのずっとずっと前から、数えられないくらい多くの命を奪い、幾つもの世界を滅ぼしてきたという事も知っている。

「!?」

 だが! だけど! だからと言って!

「何も知らない女の子を永遠に閉じ込めるつもりだったというのか! そんな事が、許されると思っているのか!」

 クロノはS2Uを仮面の――リーゼロッテに向ける。

「わかってるさ! 私たちがしようとしている事が決して許されるはずが無いって事は!」

 リーゼロッテもカードを取り出してクロノに向ける。

「でも仕方ないじゃないか! クロスケだって今のを聞いて理解したはずだ。
 これ以上闇の書の被害を出さない為にはそれが一番確実な手段だって!」

 戦闘の仕方や時空管理局に勤める為の心構えやら、彼女たちに叩きこまれたクロノはリーゼたちと同じ結論に辿り着いてしまう。

 けれど

「それでも、誓ったんだ! もう、母さんの様な人を増やさないって!」

 自分の大切な人たちには、隠れて涙を流す様な事をして欲しくないのだ。

「S2U!」
《了解!》

 1発の光弾がリーゼロッテに放たれた。

「そんな物!」

 しかし、リーゼロッテにとって――ミストとの戦闘によって多少は負傷していたとはいえ、彼女以上に疲れているクロノの放つ魔力弾を回避する事は簡単であっt

「!」

 回避してから気づいた。
 クロノの放ったそれ――スティンガースナイプは1発で複数の敵を攻撃する魔法弾!

「しまった!」

 と言う事は、つまり!

「アリア!!」

 自分が回避してしまった為にリーゼアリアへと向かっていったあの魔力弾を早く撃ち落とさなければならな――っ!?

ガシッ

「え?」

 魔力弾を迎撃する為のカードを持っていない方の腕を、掴まれた。

「戦闘中に敵から意識を外すなとは、誰が教えてくれたんだったかな?」
「しまっ――」
《ブレイクインパルス》





「ロッテ!?」

 双子だからだろうか?
 ミストに標準をつけながら魔力を込めている時に、彼女の悲鳴を聞いた様な気がした。

「……でも、今はすべき事を!」
《エターナルコフィン》

 放たれたそれは、まっすぐにミストへ向かい

「なっ!?」

 周囲の空気を凍らせながら彼女を貫き、そのまま上空――宇宙へと飛んで行った。

「……幻影、魔法?」

 ミストはそんなマイナー魔法を使えたのか?

「いや、違う。
 この場合は、闇の書が蒐集していた魔法だと考えた方が自然!」

 リーゼアリアは八神一家の方へデュランダルを向け――

「強制転送魔法!?」

 シャマルとザフィーラが、ミストをどこかへ転移させようとしているのを見つけ――

どごん

 クロノが放ちリーゼロッテが回避したスティンガースナイプが後頭部にとても良い角度で当たり、リーゼアリアは気を失った。





「あれは……」

 何処に隠れていたのか、仮面の――おそらくリーゼアリアが放った強大な冷気の魔法が大空に氷の道を作ったのが見えた。

「そっか、あの2人の目的は、闇の書を氷漬けにして封印する事だったんだ。」
「なるほど……」

 私の推測にシグナムが納得した。

「どういう事なん?」

 魔法に詳しくないはやてには今の言葉だけで理解できなかったみたいだ。

「はやてちゃん……
 アルカンシェル──強力な魔法で闇の書を破壊しても、どこかで復活してしまうって事は教えてもらったのよね?」
「うん。」
「だから、あの2人は――」
「破壊しても再生しちまうんなら、氷漬けにして永久に閉じ込めようとしていたって事だ。」
「氷漬け?」
「闇の書と融合したマスターなら氷漬けくらいでは死なない……けど動けない。
 マスターが動けないなら闇の書も世界を滅ぼせないし、破壊されたわけではないから何処か別の世界に行っちゃう事もない。」
「……なるほど、ようわかったわ。」

 シャマルとヴィータの説明を受けて、やっと氷漬けにする意味がわかったみたいだけど、自分が永遠に氷漬けにされたまま生き続けなければならない事になるところだったと言う事までは理解して居ない様だ。

「まぁ、闇の書とマスターが融合出来てしまう時点で、666ページ分の魔力が集め終わっているって事だから、あの程度の氷結魔法じゃ封印なんてできないでしょうけど。」
「そうなん?」
「ええ。」
「ねえ、そろそろ苦しくなってきたんだけど?」

 あの魔法について色々と語るのは後回しにして、計画した通りにして欲しいんだけどと、ミストは辛そうな顔で言う。

「すまんな。」
「ザフィーラさん、あなたは謝らなくても良いです。
 ちゃんと計画通りにしようとして準備してくれていますから。」
「いや、そうではなく……」

 ……

「なおさら、謝らないでください。」
「そう言ってくれるのはありがたいが、な。」

 謝らないといけないのは私の方かもしれない。
 私がこの世界に来なければ──私の知っている本物の『ミスト』がいたら、きっと不特定多数からの蒐集行為なんてしなくても、リーゼたちからの干渉を受ける事も無く、闇の書からはやてを解放してくれていたかもしれないのだから。

「ミストさんは、本当にこれでええの?」
「良いとか悪いとかじゃなくて、もう、これしか手が無いんだよ。」

 私が両手で抱きしめているコレを解き放ってしまったら、闇の書の悲劇は繰り返される事になってしまうのだから。

『ミスト!』
「エイミィ!」

 やっと、アースラとの通信が復活したらしい。

『やっぱり無事だったんだね!』
「……ちょっと、無事とは言い難いかな?」
『え?』
「アルカンシェルの準備はできているよね?
 今から闇の書が暴走する原因になった物体と一緒に宇宙空間に転移するから――」
『まって!』
「エイミィ?」
『……ちょっと、待って……』

 どうしたのだろうか?
 アルカンシェルの発射シーケンスに何か問題が生じてしまったのか?

『……ミストが今抱えているのが、“闇の書が暴走する原因”なの?』

 ああ、そう言う事か。 私が説明するまでも無くエイミィは気づいてくれたんだね。

「そうだよ。 これがあると、闇の書を本当の意味で消滅する事ができないんだ。」
『わ、私の目が悪くなったんじゃなければ、それ、ミストの手とくっついて……』
「うん。 くっついているよ。 もう、これしか手が無かったんだ。」
『あ、アルカンシェルを、アルカンシェルを発射する瞬間に、ミストはそれを――』
「エイミィの思っている通り――」

 モニターの向こうで泣きそうな顔のエイミィには真実を告げなければならない。

「――無理だよ。

 クロノが戻って来ているって事は、リンディさんも戻って来ている可能性が高いけれど、もし戻ってきていない時は、アルカンシェルシェルを撃つのは彼女たちの仕事なのだから。

『そ、そんな……』
『ミストさん! あなた、なんで、そんなあっさりと!』
「あ、リンディさんもアースラに戻って来ていたんですね。 よかった。」
『よかったって、あなた…… 自分が何をしようとしているか、わかってい――』
「エイミィじゃ、引き金を引けないかもしれないと心配していたけど、リンディさんならアルカンシェルで私ごとコレを撃つ事が出来ますよね?」
『!!』

 モニター越しでさえ、震えているのがわかるほどに動揺している。

『本当に…… 本当に、それしか手が無いのね?』
「残念ながら、ね。」
『そう……』



『……アルカンシェル発射準備
 目標、アースラ前方300キロメートル――』





101212/投稿



[14762] Return29 別れ道と、約束
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/12/19 15:27
 闇の書の闇とかいう物がアースラの――時空管理局の兵器によって消滅した翌日、私はあのカプセルみたいな物からベッドに移っていた。

「それじゃ、お父さんはちょっと家に戻る。」
「うん。」

 ゴールデンウィークの時はバイトの人に任せる準備ができていたけれど、今回は予定に無い事だったので全く準備できていないので碧屋は臨時休業する事にしたそうだ。

「恭也と美由希はそろそろ冬休みだったか?」
「ああ。」
「うん。」
「じゃあ、言いたい事はわかるな?」
「……わかった。」
「はい。」
「なのはの学校には――怪我で入院した事にしておく。」
「うん。」
「……後でリンディさんかクロノ君と話し合う必要があるな。」
「士郎さん、なのはと私たちの着替え、忘れないでくださいね。」
「ああ。」



「なのは、リンゴむいたわよ。」

 お父さんとお兄ちゃんとお姉ちゃんが家に戻っても、お母さんが側に居てくれる。 たったそれだけの事だけど、とてもありがたいと思う。

「うん。」



 だけど、あの時の私は小さく「うん」としか言えなかった。





 雪が降っている。

「リィンフォース……」

 けれど、大地に描かれた魔法陣は埋もれる事無く光を放っている。

「はい。」

 その輝きはとても美しく、見る人に――こんな日でなければ自分たちもある種の感動を受けたのだろうけれど……

「私は、リィンフォースの最後のマスターになれて良かったと思ってるよ。」
「私も、最後にあなたの様なマスターと出会えて、嬉しく思っています。」

 微笑みながらそう言い合った少女と女性は、同時に右手を前に出した。

「おやすみなさい。 リィンフォース。」
「はい。 どうか幸せになってください。」

 握手をする2人を、4人の家族がじっと見る。

「あなたたちも――」
「ああ、わかっている。」
「ええ。」
「そっちこそ、良い夢見ろよ。」
「……」

 告げるべき事は、昨日の内に全て告げてある。

「さよな―― おやすみなさい。」



 だから、リィンフォースはそれだけ言って、無数の淡い光の粒となって空へと消えた。



────────────────────



 今、私の手を取って隣を歩いているレティ・ロウランさんはリンディさんの友人で、私を時空管理局にスカウトに来てくれた人でもある。

「ここが、『本局』ですか?」

 レティさんが乗ってきたのはアースラよりも小さな船(転移魔法を使えない私の様な人の為にそういう船があると教えてもらった。)で、空港の様な場所から見た初めて見た景色は思っていたよりも私の世界に似ていた。

「ええ。 と言っても、此処から見えるのは本局に勤めている人たちの居住区で――あそこに大きな建物が見えるでしょう? あそこが一般局員の職場なのよ。
 なのはさんはあそこで色々と手続きをした後でミッドチルダの学校に通う事になっているから――そうね、あなたがもう1度ここに来るのはどんなに早くても3年後くらいになるかしらね。」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。
 それに、あの建物はあなたの世界で言うところの『役所』みたいなものだから、学校を出た後や仕事上必要な事務手続きの時くらいしかいく事はないでしょうね。」
「へぇ……」

 役所かぁ……

「今なら、まだ戻れるけど?」
「え?」
「あなたのような子が早い内から管理局で働く為の勉強をしてくれるのはとても嬉しい事だけれど、管理局員としてではなく1人の親として言わせてもらえば――そうね、あちらの義務教育を終了してからでも良いのにとも思うのよ。
 ……お父さんもお母さんも、泣いていたでしょう?」

 お父さんたちが反対する中で私は首を縦に振って、難しい病気を患ってしまったので外国に行く事になったと嘘をついて学校を辞めて、1人で此処に来たのだ。
 お母さんもお姉ちゃんも泣きながら止めようとしてくれたし、お父さんとお兄ちゃんも行くべきじゃないと言っていたけれど、私は私の道を決めていた。

「でも、決めたんです。
 あの時、私が――ううん、私じゃなくても、もっと戦える人がいれば、あんな事にならなかったんじゃないかって。」
「……そうね。
 事件のあらましは知らされたけれど、あの場にクロノ君並みの戦力が後2,3人いればあんな結末にはならなかったかもしれないと私も思うわ。」

 説得がすっごく大変だったけど、みんな私の気持ちをわかってくれた。

「あなたの気持ちはわかるし、あなたの目指す進路も納得しているけれど――でも、これから先、定期的に専門医のカウンセリングを受けるのを忘れちゃ駄目よ?」

 レティさんが心配してくれる事が少し嬉しい。

「はい。」

 此処から見える景色は思い描いていたものと全然違うけれど、ミッドチルダという世界にある学校はどうなのだろうか?

「あら?」
「え? ぁ……」

 これから先どんな生活が待っているのかと考えながら歩いていたら、不意にレティさんの驚いた声がしてびっくりした私は――

「久しぶりやね、なのはちゃん……」

 3ヶ月ぶりに、親友の姿を見た。





「忙しいはずのカリムさんがわざわざ連絡くれたのはこう言う事やったんやね。」

 『役所』に向かう途中の車内で、隣に座っているはやてちゃんがそんな事を言った。

「カリムさん?」
「ああ、聖王教会っていう、古代ベルカと関係の深い組織の偉いさんで――私やあの子たちの裁判が終わった後で、私たちの上司になる予定の人なんよ。」

 はやてちゃんは今まで見せた事の笑い方をしながら説明してくれた。

「聖王教会? はやてちゃんは時空管理局で働くんじゃないの?」
「ああ、うん……
 最初はそうなるはずやったけどね。
 昔――今回もやけど、うちの子たちが管理局の人たちの魔力を蒐集したりとか、他にも色々やっていたりしたのはリンディさんたちから聞いてない? 」
「ぁ……」

 以前、リンディさんたちが家に来てお父さんたちと話し合った時――色々とごたごたしたけど――私が魔力を抑える方法を覚えなくちゃいけない理由を話していた。

「基本的にあの子たちは私の言う事しか聞かないけど、私みたいな子供があの子たちっていう『管理局員にとって脅威となり得る戦力を保有するのは……』っていう意見が出たらしくてなぁ……」
「?」

 ……シグナムさんたちの魔法は全然効いていなかった様に見えたんだけど?

「でも、だからって私とあの子たちをあの世界(第97管理外世界)に放置するわけにもいかないし――って話になったらしくて、時空管理局と協力体制を取っていて、古代ベルカについても詳しい聖王教会にお世話になる事になったらしいんや。」
「『なったらしい』って……」

 私の疑問に気付かないまま、まるで他人事みたいに話を続けるはやてちゃんの顔と声が、少し私の心をイライラさせたけれど、それ以上に心配もさせる。

「私はあの子たちの側にいてあげたいし、あの子たちも私の側にいたい。
 偉いさんが勝手に決めた事やけど、リンディさんたちが色々と動いてくれたから、これ以上の事は望んだら罰が当たると思うてな。」

 私から窓の外へと視線を変えて、溜息をつく様にそう言ったはやてちゃんは、すごく疲れているようで、同じ年のはずなのにもっと年上の人の様に見えた。

「私の事よりもなのはちゃんや。 本局に何しに来たん?」
「え?」
「観光? もしかしてこの後フェイトさんやアルフさんと合流するの?」

 はやてちゃんはカリムさんと言う人から何も聞いていないらしい。

「ううん。 観光じゃないよ。」
「ちゃうの?」

 1度、こくりと首を縦に振って肯定する。

「私は、アースラで――時空管理局で働くの。」
「え?」

 はやてちゃんは、一瞬、目が飛び出ちゃうんじゃないか、顎が外れちゃうんじゃないかって心配してしまうほどに驚いて、次の瞬間にはとても怒った顔になった。

 ……はやてちゃんのそんな顔、久しぶりだな。

「ごめん、もっかい言うてくれる?
 今、なのはちゃんの言葉を『管理局で働く』って聞き間違えたみたいなんや。」
「間違ってないよ。 私は、管理局で働くの。
 リンディさんたちと一緒にアースラに乗って、色んな世界を見て回ってから――」
「駄目や! あかん!」

 え?

「あの人は…… ミストさんは、そんな事望まない!」
「なんではやてちゃんにそんな事がわかるの!?」



────────────────────



 久しぶりの休日を満喫する為にリンディとクロノとエイミィの3人でショッピングに出かけた先で、リンディに通信が入ったのだが……

「かん――リンディさん、今の悪い報せだったんですか?」
「え?」
「眉間に皺が寄ってた。」
「あら。」

 リンディは息子の言葉に慌てて両手の指で軽く眉間をマッサージ(?)する。

「その様子だと緊急呼び出しではなさそうだな。」
「一体、誰からだったんですか?」
「それがね?」

 なのはとはやてが怒鳴り合いの喧嘩を始めたのだけれど、どうしたらいいのかと親友が泣き付いて来たのだとリンディは告げた。

「八神はやてか……」

 自分たちの様な現場の人間は、様々な世界で戦う為の訓練を受けている。 そして、その訓練の中には隣で戦っている戦友が死んでも心を乱さずに、常に冷静に行動をできる様にする為の心のコントロールを出来るようになる為のものもある。

「カリムさんは気を利かせたつもりなんだろうけど……」

 しかし、冷静に行動できるからと言って悲しいと思わないわけではない。 辛さや悲しみを抱えたまま、冷静に行動できるようになる、それだけなのだ。

「報告書だけではなくて、はやてさん本人からも事情は聞いていたと思うけど、管理外世界で育った、魔法や魔法に関わる事で起こる悲しい出来事に慣れていない子供には……」

 けれど、人間とは慣れる生き物なので、何度もそう言う事があればそのうちそう気持ちを持ったまま日常生活をこなす事さえできるようになってしまう。

「もう少し、時間が必要だよね?」

 あの2人が――いや、高町なのはという少女の心の傷が癒えるのに一番必要なのは時間であると、彼女の担当になったカウンセラーも言っていた。

「高町がアースラに――ある意味最大のトラウマであるアースラに乗ると決めたと言う情報を何処からか聞いて、自分からアースラに乗れるのなら大丈夫だろうと考えた…… と言ったところかもな?」
「それでも、3ヶ月では短すぎると思うけど?」
「ああ。」

 クロノとエイミィはカリムが早まったと考えているが、リンディは少し違った。

(彼女のレアスキルで、今2人を会わせないといけないとでも出ていたのかしら?)

「母さん?」
「リンディさん?」
「え? ! ええ、もう少し時間が必要だったわね。
 ……カリムさんに、もう少しなのはさんの情報を与えておくべきだったかしら?」



────────────────────



 今日やらねばならない手続きが終わっても続いていた気まずい沈黙を破ったのは、はやてではなくなのはの方だった。

「はやてちゃん、あのね……」
「……」
「私、まずはアースラで嘱託魔導師としてある程度働いたら、資格をたくさん取って、『教導』の道に進もうと思っているんだ。」
「『教導』?」
「……うん。」
「……そっか。
 それが――それが、なのはちゃんが考えた、『道』なんやね?」

 なのはは頷いた。

「ミストさんみたいになるのは無理――ううん、ミストさんみたいに、ああなっちゃうのは駄目だって思うんだ。」
「そやね。 ……私が言うのもなんやけど、ミストさんみたいになるのはあかんね。」

 はやても、時々あの時の事を夢に見てうなされる事がある。

「でも、だからって、何もしないでいるのはつらいの。」
「……うん。」

 自分は裁判やら聖王教会やら、いろいろと忙しくして――忙しくて貰う事で、あの時の事を思い出してしまう時間が無いようにして貰っているから、まだ良いのだとはやては気付いてしまった。

「だから、あの時の事を思い出して、あの時に必要だったのは何なのかって考えていたの。」

 でも、普通の小学生の生活に戻らされてしまっていたなのはには、あの時の事を思い出したり、どうしたら良かったのかを考えてしまったりする時間が多すぎたのだろう。

「だから、『教導』なんやね?」
「……あの時、クロノ君くらい強い人がもっといたら、ミストさんがあんな風にならなくても済んだんじゃないかって、そう思ったの。」

 次元世界は広すぎる。
 しかし物資も人材も有限だ。

「現場が少数精鋭になっちゃうのは仕方ないのかもしれない。
 でも、もっと戦える人がいたら防げた悲劇はたくさんあるんじゃないかなって思ったの。」

 それを解決する力は自分たちには無い。
 ならば、少数精鋭な人員をさらに鍛え上げるか、減った時にすぐに補充できるようにするか、あるいはその両方か……

「でも、その為には実績が必要だから……」
「アースラに乗るのはその為なんやね。」

 なのはの目指す道がその中のどれなのか、あるいは想像もつかない様な別の道なのか、今のはやてにはわからないけれど、なのはの気持ちはよくわかった。

「それでも、私は、なのはちゃんに危険な事はしないで欲しい。」
「っ!」
「でも、その顔やと、何を言うても聞く耳はもってない、か。」

 流される様にこの広すぎる世界にやってきた自分とは違って、なのはちゃんは凄くしっかりとした意思を持って此処に来たのだろう。

「私は、もう決めたの。」





 次に沈黙を破ったのははやてだった。

「なぁ……」
「ん?」
「約束、せぇへん?」
「約束?」
「そ、約束。」
「……どんな?」

 寂しそうに笑い合う2人の姿は、少し離れた処で見ていたレティに『別れ』という言葉を思い出させるものだったと言う。

「私は、あの子たちと一緒に聖王教会で――たぶん、最前線で頑張る事になる。」
「……うん。」

 なのはには危険な場所に行かないでと言いながら、自分は家族と一緒に居る為に、家族を守る為に、危険な場所へと、率先して行かなければならい。

「なのはちゃんは、そんな最前線の人たちが――、その、なんていうか、悲しい――うん、悲しい事にならない様に頑張る。」
「うん。」

 だから、自分はきっと、たくさんの悲劇を見る事になるだろう。

「そしたら、きっと、いつか、管理局と教会の共同作戦をとる時とかに、私となのはちゃんの教え子さんたちが一緒に戦うことになると思う。」
「……そう、だね。」

 怖いけれど、だけど、それでも、それしか道が無い。

「だから――」

 はやてが何を言いたいのか、なのはには何となくわかってきた。
 わかってきたけれど、はやての口から零れる言葉を最後まで聞き続ける事にする。

「私やなのはちゃんが引退した時にでも、また、こうやって会おう。
 地球の――どっか、あったかい場所とかで、渋いお茶でも飲みながら、お互いに起こった色んな事を話し合う……
 そんな、そんな約束をしよう?」

 2人の進む道は違いすぎて、もしも交わる事があるとしても、それはお互いに仕事を辞めた後の事だろうと言う事を、少女たちは知ったのだ。

「……うん。 いいね、それ。」

 なのはのその言葉で、互いに右手の小指を差し出す。



 そんな、遠い未来の約束をして別れた2人の笑顔には、もう、寂しさは無かった。





101219/投稿



[14762] Return30 仲間達と、誓う
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2010/12/26 19:57
 シグナムとヴィータは自分のデバイスを上に――宇宙へ向けていた。

「本当にいいのか?」
「良いか、悪いか、じゃないんだよ。」
「……そうだな。」

 宇宙へと続く道を作る事で、少しでもミストへの負担を減らそうとしているのだ。

「シグナム、ヴィータ、こっちの準備はできたわ。」
「タイミングはそちらに任せる。」

 シャマルとザフィーラはシグナムとヴィータが道を作った瞬間に強制転移魔法を発動させる準備を完了していた。

「わかった。」
「……頼むで。」

 ミストは闇の書のバグを抱え込みながら浸食されない様に慎重に魔力を操作していて、はやては彼女が転移するギリギリまで、その補佐をし続ける事になっていた。

『……こちらも、発射準備はできているわ。』

 そして、アースラではリンディによってミストの転移先にアルカンシェルの照準が合わされており――

「待て!」

 八神一家――いや、彼女たちに囲まれているミストに叫んだ者がいた。

「待ってくれ! ミスト!!」

 連戦で疲れているのだろう、彼は肩で大きく息をしていた。
 けれど、それでも――彼は叫んだのだ。

「君はわかっているのか!? 今、自分が何をしようとしていのか! !」

 大切な友人を、見殺しになんてしたくない。 ただ、それを伝える為に。



────────────────────



「――――さん? ――イトさん?」

 何とかもぎ取った有休で、家族サービスの一環として久しぶりに歩くミッドの街なのに、思い出すのは、考えてしまうのは、10年ほど昔のあの日の事ばかり……

「フェイトさん!」
「はいっ!」

 突然、大声で自分の名前を呼ばれた為に、思わず学生時代の様に返事をしてしまったけれど、すぐに正気に戻って辺りを見回してみると、そこに居たのは少し怒った顔をした家族――エリオとキャロの2人だった。

「……ぁあ、突然名前を呼ばれたから驚いちゃったよ。」
「突然じゃないです。」
「歩きながら寝ているフェイトさんが悪いんですよ。」

 フェイトは謝りながら、頬を膨らませる子供たちの頭を優しく撫でる。

「僕たち此処に来るのは初めてなんですから、フェイトさんにそんな風にぼんやりしていられたら困るんですからね?」
「はいはい。 悪かったよ。」
「あの、お仕事で疲れているんだったら、私たちの為に無理しないでくだ――ぁ。」
「大丈夫。 無理なんてしてないから。
 ちょっと昔の事件を思い出しちゃっただけだよ。」

 普通、10年と言う時間を『ちょっと』とは言わないだろうけれど、彼女はこの10年間探し続けている物があるのだ。

「事件ですか?」
「うん。 そのうち、話してあげる。
 私――『私たち』にとって、とっても重要な出来事だったの。」

 そう言って見上げたのは空ではなく、その向こう側で――





「うん?」

 今、ほんの少し、金属が何か固い物にぶつかった様な音が聞こえた様な気がした。

「ぁ、フェイトさんも聞こえましたか?」
「うん。」

 ビルとビルの隙間の様な場所から聞こえたその音は、さっきから続いていたのだろう。
 自分よりも先にそれに気付いたエリオとキャロは何か事件かもしれないと思ってぼーっとしていた自分を呼んだと言ったところだろうか。

「2人は私の後ろに。」
「はい。」
「何時でも逃げられる様にしていてね。」
「わかりました。」

 そっと覗きこんだ先には、がたがたと動くマンホールの蓋。
 どうやら、何者かが下から開けようとしているらしい。

「……排水管の工事でしょうか?」
「だったら、マンホールに人が近づかない様にカラーコーンを立てたり、『工事中』って書かれた看板くらいは置いていたりしておくんじゃないかな?」

 そもそも、マンホールに潜る時に蓋をしていくはずが無い。
 何かあった時の為に蓋を開けっぱなしにしておくはずなのだから。

ガタ
 遂に蓋が下から開けられた。

「下がって!」

 その瞬間に発せられたフェイトの声で、子供2人は1瞬で距離をとる。
 フェイトは何時でも迎撃できるように魔力を練り上げた。

ガタ! ギャギャガガ

 マンホールの蓋から出てきたモノを見て、10年前のあの言葉の意味がわかった様な気がした。



────────────────────



 クロノが必死にミストを説得しようとしたけれど、できなかった。

『本当に…… それしか、ないのか?』

 だって、クロノは納得できてしまった。
 私も、この状況ではそれしかないと理解はしている。 けど、納得はできない。
 ミストが犠牲にならないといけないなんて、そんな事、納得できるわけが無い。

 だけど、クロノは理解も納得もしてしまったのだ。

『残念だけど、ね。』
『そう、か……』

 もし、クロノがもっと愚かだったら
 もし、ミストが少しでも嫌がっていたら
 もし、
 もし……

『でも、そうだね……』
『なんだ?」
『最後に1つ、フェイトに頼みたい事がある。』

 え?

『フェイトに?』

 私に?
 リンディさんやエイミィでも、クロノでも、なのはさんでもなく?

『うん。 エイミィ、私の声、フェイトに――』
『繋がっているよ。 フェイトの意識もはっきりしているみたい。』
『そっか。』

 画面越しだけど、ミストの――気迫の様な物を感じる。

『フェイト、聞こえているよね?』

 声を出すのは辛いので、こくりと頷く。
 でも、ミストの最後の言葉を、頼みを聞くのが、私でいいのだろうか?

『ヴィヴィオを見つけてあげて。』

 ヴィヴィオ?

『見つけた後は、リンディさんやクロノやエイミィ、アースラのみんな――なんなら、グレアム提督たちを頼っても構わないから。』

 待って!

『本当なら、これはリンディさんやグレアム提督にお願いすべき事なのかもしれない。
 フェイトは――もしかしたらヴィヴィオにとっても、互いに関わらない方が良いのかもしれない。』

 待って! 待って!

『でも、私は……』

 ヴィヴィオって、何なの!?

『それでも私は、フェイトに、ヴィヴィオを見つけて欲しい。』

 人なの? 組織なの? それともロストロギアみたいな物なの? 

『そして、あなたは――あなたは私にならないで。』



────────────────────



「ここが、聖王教会か。」

 上司に『上からの命令だ。』と言われて、仕方なく来たけれど……

「大きな建物だし、そもそもあっちこっち行ったり来たりしているらしいから、此処で働いている可能性は低いんだけど……」

 10年前に約束を1つ交わして、それ以来1度も会っていない親友ともしも会ってしまったら――どんな顔をして会えばいいのだろうか?

「このカリム・グラシアって人、はやてちゃんの上司だったはずだし……」

 教え子たちから聞いた話では、聖王教会が少しでも関わる事件があれば、そこにはかなりの高確率で八神はやてとその家族がいるらしい。
 そんな、休む暇も無く働いている彼女の為にと、『親友との突然の再会』をさせてあげようとかいう事である可能性は否定できない。 ……10年前の様に。

「あれ? なのはちゃん?」
「え?」

 懐かしい声が自分の名前を呼んだ。

「エイミィさん!? それに、クロノ君も!」
「久しぶりだな。」
「久しぶりだね! うちの双子が生まれた時以来かな?」
「あ、すいません。 仕事が忙しくって……」
「いいよ、わかってる。 休業中の私の所にも噂が来るくらい忙しいんでしょう? 偶然だけど、元気な顔が見れただけで充分だよ。」

 久しぶりに見たエイミィの顔は依然とあまり変わらない様だった。
 半年ほど前に会ったリンディやレティも老けた様には見えなかったが――もしかして、自分が知らないだけで老化防止の魔法とかが存在して居るのだろうか?

「エイミィさんの所にどんな噂が流れているのか気になるけど……
 それよりも、2人はどうして此処に? エイミィさんは子育てで忙しくて、クロノく――提督はクラウディアで海に行っていたんじゃなかったの?」
「ああ。 それがよくわからないんだ。
 流石に出港したばかりのクラウディアを帰還させるわけにはいかないらしくて、転移魔法で1人だけ戻ってみたら、そこにエイミィが居て、2人で聖王教会に行って欲しいとだけ聞かされて――もしかして、高町も事情説明なしで此処を訪れるように言われたのか?」

 クロノの問いに頷いて答える。

「ふむ……
 以前――闇の書の様な古代ベルカのロストロギアでも発見されたのかもしれないな。」
「え?」
「聖王教会が教導官である高町や出港したばかりの次元航行艦の艦長とその妻を呼ばなければならない理由なんて、それくらいしか思いつかないだろう?」

 闇の書関連の事件が起こっているのならば、このメンバーが呼ばれるだろう。
 ……むしろ、このメンバーが呼ばれると言う事はそんな事件が起こっていると言う事?

「……気が重いなぁ。」
「私を呼ぶ意味無いと思うんだけど、それだけ切羽詰まった状態なのかな?」
「現場から離れて久しい君を呼び出すって事は、単純に闇の書の事を知っている者しか使えないという可能性もある。
 ……クラウディアとそのクルーはもちろん、時空管理局が全面的に協力する事になっているのかもしれないな。」
「それじゃあ、フェイトちゃんも呼ばれているのかもしれない?」
「可能性はあるな。」

 もしもフェイトちゃんが居たなら、クロノ君の言う通り時空管理局が最新式の次元航行艦を使わせるほどの緊急事態を聖王教会が抱え込んでいると言う事になる。
 それだけの事件ならば、はやてちゃんとシグナムさんたちも……

「まあ、本当の処は行ってみなければわからないんだがな。」
「……そうだね。」
「長丁場になるなら、子供たちを預かってくれる処探さなきゃいけないよねぇ……」





「あ、クロノ執務――提督、お久しぶりです。」
「おっきくなったねー。」
「エイミィ、上手い事やったね!」
「やあ、高町さん、久しぶり。」

 シャッハと言う名のシスターに案内されたのはかなり広い会議室の様な場所で、見覚えのある顔が――いや、見覚えのある顔しかそこにはいなかった。

「皆さん、お久しぶりです。」
「ご無沙汰しています。」
「久しぶり。 みんな、元気そうで何よりだが――見た処、元アースラクルーばかりが集められている様だが、誰か、事情を知っている者はいないのか?」

 同じ艦で働いていた人たちとの再会を懐かしみたいと思いながらも、このあまりにもおかしな状況が何故起こっているのか知りたいクロノの質問に答えられる者は無かった。

「これだけ人が居て、誰も事情を知らされていないとは……」
「ちょっと怖いね。 ね? なのはちゃ――ん?」

 エイミィは、様子のおかしいなのはの視線の先に――

「八神はやてとその守護騎士?」

 部屋の隅の方で八神一家が居心地悪そうにしているのを発見した。

「やはり、闇の書関連か?」

 妻の様子に気づいたクロノも彼女たちを見つけ、今回の事件は思っていたよりも機密レベルが高いかもしれないなと改めて覚悟した。

「ちょっと、行ってきますね。」
「……ああ。」
「情報収集お願いね。」

 クロノとエイミィはなのはを止めたりせずに、静観する事にした。





「久しぶりだね。」
「え? ……あ、ああ。 ほんと、久しぶりやね。」
「久しぶりだな。」
「久しぶりね。 なのはちゃん。」
「久しぶり。 ……お前の教え子たちとは何度も会っていたりするけどな。」
「久しいな。 ……そうか、何処かで見た事がある者たちだらけだと思っていたが、10年前の事件の艦のクルーたちが集められているのか。」

 ザフィーラの言葉から、はやてたちも何も知らされていない様だとなのはは推測した。

「その様子だと、はやてちゃんも詳しくは聞かされていないんだ?」
「『も』って事は、やっぱり他の集まってる人たちも聞いていないんか。」

 はぁぁぁああああああ、と、長い溜息。

「フェイトちゃんの姿が見えへんから確信が持てなかったんやけど、さっきから、そこかしこで『アースラ以来だね』て聞こえてくるとこから考えると、此処におる人たちはアースラの――闇の書の時の関係者なんやろ?」
「うん。」

 闇の書事件の後、数ヶ月ほどアースラに乗っていて、その後も色々と(生徒たちの進路ついてなどで)付き合いがあったクルーの顔を覚えていたなのはと違い、裁判や聖王教会に所属する為のごたごたで忙しかったはやては……

「クロノ執務官とは偶に仕事で一緒になったりするんやけどね? 海の人たちとは現地で合流する事が多いから、艦の中の人たちの事はなかなか……」
「へぇ、そうなん……ぁ。」
「ん? ……あ、ああ。 グレアムさんとこの猫たちも招かれていたみたいやね。」

 反対側の隅に居た彼女たちに対しては、なのははもちろんはやても色々と思う処がある。

「なんだか、かなり大変な事件が起こっているみたいだね?」
「そうみたい。 10年も経ってるのに…… 嫌になる――ぁ!」
「! 誰か、近づいてくるね。」

 部屋の外からかなり実力を持った人物が2人、近づいてくる気配がする。

「この足音、たぶんカリム――私の上司ので、もう1人は――」
「フェイトちゃん――みたいだけど、何かを持っている?」





 なのはとはやてがカリムとフェイトに気づいてから十数分間――ギル・グレアム提督やリンディ・ハラオウン提督などのおそらく聖王教会が時空管理局に此処に来るように要請した数名が集まった後、何故かフェイトは部屋の外で待機したまま、騎士であるカリム・グラシアとシスターであるシャッハ・ヌエラの2人は部屋に入って自己紹介をした。

「さて、皆さんに集まってもらった理由ですが――私よりも皆さんの方が良く知っている人物、時空管理局の執務官であるフェイト・テスタロッサさんが保護した少女がいるのですが、その少女は聖王教会と――その、聖王教会と縁のある存在でして、私たち聖王教会が引き取りたいと申し出たのですが……」
「フェイト執務官が、ギル・グレアム提督やリンディ・ハラオウン提督、クロノ・ハラオウン提督とその奥さま、加えて元アースラクルーの方々やうちの八神はやてとヴォルケンリッターの許可が必要――それも、できれば皆さんを集めて意見を聞きたいとおっしゃられるので……」

 ではこの集まりは、フェイトちゃんによって起こされたと言うのか。

「皆さんにわかって頂きたいのは、フェイト執務官が保護したのは聖王教会が時空管理局にこんな無理をお願いしなければならない程の人物であると言う事です。」

 フェイトちゃんが分けありの子供たちの保護者になっているのは聞いていたけれど……

「フェイト執務官、お入りください。」
「はい。 ほら、いくよ。」

 その場にいる殆どが、フェイトに対して「聖王教会が引き取りたいと言っているのなら自分たちを呼び出したりしないで預けてしまえば良かったのに。」と思っていたのだが……

「……う、そ?」

 まずなのはが、フェイトが抱っこしている少女の―――に気づいて驚いた。

「クロノ君、あの、あの目の色って……」
「……目の色だけじゃない。 2人の顔を交互に見てみろ。」
「え?」

 その会話が聞こえたのか、皆がフェイトと少女の顔を――おそらく、フェイトもそれがしやすい様に少女を抱っこしていたのだろう――交互に見て、小さく驚きの声を上げた。
 カリムとシャッハがその様子を不思議そうに見ている中、フェイトは微笑みながら抱えていた少女を降ろした。

「自己紹介、一緒に練習したからできるよね?
 大丈夫だよ。 此処に居る人たちは、みんな、私のお友達や仲間だから。」
「……うん。」



「初めまして。 私の名前は――」





101226/投稿



[14762] Return あとがきと……
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/01/09 14:18
●01 途惑いと、決断

・フェイトさん、バルディッシュと一緒に逆行。
 彼女の第97管理外の知り合いは高町さんだけと判明。

・パチンコ
 無色透明な障壁の違法な使い方。
 

●02 予想外と、咄嗟

・“自分の持っている未来の知識が全く役に立たない”
 

・なのはの魔法少女フラグが折られる。
 はやてが『ミスト』だったのかもしれないとすら考える。


●03 可能性と、驚愕

・高町さんとはやての接点の無さ。
 人と人の縁とは不思議なモノです。

・「母さんが『アリシアが復活するのなら、他に何もいらない』って願ったら?」
 プレシアがジュエルシードの力で虚数空間を――と考えず、ただ、そう願っていたらどうなっていたんだろうと考えた人は少なくないと思う。

・一人暮らしのはやて
 あの歳で障害のある子供が一人暮らしなのに放置して居るご近所さんたちは、魔法で頭の中を弄られているのではないかと思いたくなるくらい不用心だと考えてしまうのは私だけだろうか?

・なのはと接触
 なのはと友好関係を築く事でなのはが有害になる可能性を減らせる。


●04 かつてと、いま

・なのはが念話を覚える。
 折れたと思った魔法少女フラグが!

・大きな子猫
・VSこの世界のフェイト
 これによって高町家に魔法がばれる事になる。


●05 胸騒ぎと、憶測

・バルディッシュ
 この子の視点で物事を見るのは難しかった。

・高町家が例のビデオを見る。
 ミストがなのはの命の恩人だと考える。

・魔力の色について
 フラグ


●06 ダイヤと、原石

・ジュエルシードは順調に回収

・温泉
 サービスカットは無い。

・「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」
 小さなフェイトにとってはこれ以上ないくらい嫌な――嫌だと思う前に負かされる敵だっただろうなぁ……


●07 いじめと、保護

・次元震――は流石に無理だったので馬鹿みたいな魔力を放出した。
 第97管理外世界にアースラを召喚する儀式。

 後でリーゼ姉妹も同じ様な事をするとは、誰も思っていなかっただろうし……

 リーゼ姉妹がそれをした時、読者も気づいてくれなかったなぁ……


●08 違和感と、思索

・フェイトとアルフが暴れた為に疲れ果てたアースラクルー

・ミストと接触したくてもできない高町家

・なのはを発見するアースラのカップル

・ジュエルシードは後7個


●09 不明瞭と、布石

・はやての事をなのはに教える。

・バルディッシュのプロテクト
 実はヴィヴィオがある程度壊していた。

・リンディ
 古代ベルカについて色々調べていた事が此処でわかる――わかって欲しかった。


●10 総力戦と、不覚

・バレバレな変装。
 変装する事に意味がある。

・海上での戦い。
・傀儡兵の登場。
・クロノと共闘。

・プレシアがバルディッシュごとジュエルシードを奪う。


●11 生きてと、願い
 けれど、プレシアのそれは叶わなかった。

・プレシアの攻撃を完全に防げなかったのは魔力切れの為
 Sランク2人分の魔力があってもジュエルシード6個を封印した後で戦闘をするのはきつかった。
 この世界に来て碌な食生活じゃなかった事も少し影響している。

・ミストと名乗る。
 ここでやっと名前を出せた。


●12 青い石と、理由

・フェイトが真実を知る。
・「……物事を1つの面からだけで見るのはどうかと思いますよ。」
 フェイトの未来はまだまだこれからなのだから。

・ハラオウン親子、ミストについて誤解する。
 ミストのミスリード

・ミストが真実を知る。
 ヴィヴィオ……

・PT事件、終了。


●13 車椅子と、少女
 闇の書編

・はやてとなのは
 なのははミストの助けなしではやてを発見し、仲良くなっている。

・碧屋のランチメニュー
 独自設定。

・アースラは海鳴へ

・リーゼ姉妹
 はやてになのはという友人ができた事だけでも面倒なのに…… と考えている。


●14 4人組と、疑問

・守護騎士たちが謎の魔力蒐集集団の容疑者に
 ミストはいつこの4人がはやての下に来るのか知らなかった。

・なのは
 ミストから管理局について色々聞いている。

・リンディ
 この時点ですでに今回の事件が闇の書によるモノである可能性を考えていた。

・エイミィ
 クロノ抱きついて一夜を過ごしました。


●15 不可解と、現状

・闇の書についてリンディが考察
 長い説明文ですいませんでした。

・<どうも、戦闘以外でマルチタスクを使う事が下手になっている気がする。>
 ヴィヴィオが出てくる伏線。

・はやてとグレアムの関係がわかる。

そろそろハッピーエンドが見たいと言う感想が届くが、残念無念。


●16 歯痒さと、欣躍

・高町家の憂鬱。
 命の恩人かもしれない人に対してどう接していいのかわからない。

・『囮』について
 『結果』としてそうなる事もあると言う事。

・魔法ではなく科学的な監視
 時空管理局と地球の科学力の差はどれくらいあるのか……


●17 隠し事と、前途

・アースラクルーが闇の書についての詳しい情報を得る。
 =闇の書の始末はそっちで着けてね! という事である。

・守護騎士対策と『中・遠距離攻撃が一番の火力』である可能性。
 ベルカの騎士って、アームドデバイスを見ると近接攻撃が得意そうに見えるけど、実際は中・遠距離攻撃ばかりしている気がするのは私だけだろうか?

・グレアムをどう扱うのか
 この時もっと強気に出ていれば、後の悲劇は回避できたのかもしれない。


●18 初接触と、混乱
 アースラ一行、高町家へ行くの巻。
 子猫の時のフラグの回収。

・色々と混乱している中、なのはが無限書庫という存在を知る事になる。
 読み飛ばしてしまいそうな事だけど、なのはが『前線に居る事』にこだわらない理由の1つとなっています。

・この世界のバルディッシュの記録をリンディとクロノは知っていると言う事。
 そこまで考えていながら、自分の虹色の魔力光についてエイミィ達に知られていないと考えるミスト→ヴィヴィオフラグ

・リーゼ姉妹、ヴォルケンリッターと接触


●19 見舞いと、反映

・はやてを別の世界に連れていかない理由。
 独自設定。

・ファミレスの店長と店員
 強く生きろ。

・シャマルがなのはの魔力の変化に気づく。
 守護騎士にとってなのはの魔力はいざという時の保険が無くなる様な物。 でも焦りすぎだと思う。


●20 弥縫策と、成敗

・戦闘!
 巨大な魔力でおびき寄せる作戦はミストがアースラにしたのとある意味同じ事だと言える。

・アルフがリーゼ達にやられる。
 フェイトが活躍しないフラグ。


●21 怪我人と、準備

・アルフが戦力外になり、フェイトは本局で修行
 この流れだとパワーアップしたフェイトがアルフの仇を取る為に大活躍しそうだと思うよね?

・シグナムとヴィータは大怪我
 暫く復帰できないと思わせておいて……

・シャマルの変装
 つばの広い帽子にサングラスにマスクという怪しい格好のおばさまに道を尋ねられた時の恐怖といったら……

・リーゼ姉妹がミストを蒐集させないようにしようと考える
 ミストが戦力外にならないフラグ。


●22 仕掛けと、獲物

・ハラオウン親子がグレアム家訪問
 しかしグレアムの方が立場が上なので罠を仕掛けられた。

・突然強大な魔力が街中に発生
・アースラからリンディとクロノという戦力が居ない時にヴォルケンリッターが回復。
・戦えるのはミストだけ
 状況はアースラに取って悪い事だらけ。

・ミストがストラグルバインドを使う
 これによってリーゼ達に出てきたら正体バラしちゃうぞと脅している。

●23 逸る心と、慮外

・グレアムVSクロノ
 グレアムの時間稼ぎ。

・フェイトが即退場
 基本的にグレアム一家が有利なこの状況では仕方ないとも言える。

・ミスト、虹色の魔力を使う。
 これまで虹色の魔力を使って来なかったと思っているミスト
 虹色の魔力でぐるぐる巻きにバインドされたフェイトとアルフを見た事のあるエイミィたち

●24 謀り事と、紛糾

・その頃の高町家
 はやてはリーゼ姉妹によって強制転移された。

・なのは、蒐集される
 闇の書の復活まで後もう少し……

●25 仕上げと、未然

・守護騎士たちも蒐集される。
 ミストが1人で頑張らないといけない。

・ハラオウン親子、アースラに帰艦
 しかしミストは闇の書に……

●26 闇の中と、際会

・幸せな夢の中
 ミストがヴィヴィオの存在を確認する。
 原作のアリシアは一体どういう存在なのか良くわからない。
 でも、あれがフェイトの中のアリシアの記憶から再現された物だとしたら、ミストの中のヴィヴィオが出てきてもおかしくはないはず。

●27 助けると、思い
●28 助けてと、言って欲しかった

・クロノVSリーゼ姉妹
・ミストの覚悟

 闇の書に囚われたミストを助けられると思った大勢
 闇の書からはやてを助ける為には犠牲が必要だと知った1人
 どちらも精一杯、やれる事をやった。 ただそれだけだけれど……

●29 別れ道と、約束

・はやて
 グレアムたちの件が表ざたにできない以上、管理局には何の落ち度も無い事になり、それゆえに時空管理局で出世するどころかそこで働く事も難しい状況に。
 しかし、時空管理局は世界を滅ぼそうとしたプレシアの娘であるフェイトに対して軽い処分しかしない、良い意味で優しい、悪い意味で緩い組織なので聖王教会に預ける様な形で決着とした。

・なのは
 考える時間がありすぎた。
 そして、少女の家族も理解が在りすぎた。 一応反対はしていたけれど…… 原作で最終学歴中卒を認めてしまう人たちだから……

 ミストが居たから魔法少女にならず

 ミストが居なくなったから魔法少女になる道を選んだ。

●30 仲間達と、誓う

 ミストの最後の言葉は、リンディでもクロノでも、はやてやなのはでもなく、違う道を進む自分に託されました。

 ここから先は、彼女たちと彼女たちが知らないフェレットだけが知っている。



────────────────────



「それは本当かい?」

 その言葉をずっと待っていたからこそ、そう聞き返した。 ……希望を持つのが怖かった。

「うん。 もう少ししたら来ると思う――というか、今回を逃したらもう無理だね。」
「無理?」
「うん。 手遅れだ。」
「……そうかい。」

 最初で最後の機会。 ……希望よりも恐怖の方が大きくなった。

「まあ、確率はそんなに悪くないと思うよ?」
「でも……」

 恐怖と不安、そしてわずかな希望に顔を曇らす。

「なら、願うと良いよ。」

 そんな彼女に、彼は提案する。

「忘れたのかい?
 君が此処に来たのは、君が死にたくないと、主人と一緒にいたいと願ったから、なんだよ?」
「……ああ。 此処に流れ着いたばかりの時に、そんな事を言っていたね。」
「あらら…… そもそも僕の言葉を信じていてくれていなかったのか。」
「あ、勘違いしないでおくれよ? あの時は色々と――」
「ふふ、わかっているよ。 目が覚めたらこんなわけのわからない処に居たんだ。 気が動転して人の話を良く聞く事ができなくても仕方ないさ。」

 男は笑って彼女の頭を撫でる。

「大丈夫。 君は今、おそらくこれ以上に無いくらいに、願いを叶えやすい場所に居るんだから。」

 そう言って両手を広げた彼の後ろ――いや、彼と彼女の居る空間そのものが、何時もの様に蒼く輝いていた。





Revenge?
101226/投稿
110109/修正



[14762] Revenge01 再び同じ場所で
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/01/09 14:59
「ぅ…… ん……」

 目を開けるとそこには、満天の星空があった。

「え?」

 起き上がり、辺りを見渡してみると、見覚えのある景色が広がっていた。
 簡潔に言うと、ミストは第97管理外世界――海鳴にある高いビルの上に居た。

「え~……と?」

 自分は確か、闇の書のバグを抱えた状態で宇宙に出て、アースラにアルカンシェルを撃ってもらった――はずなのだけれど?

「ヴィヴィオ!」

 すぐに娘の事を思い出した彼女は、両手を自分の胸――首の下辺り――に当てて、自分たちのリンカーコアと、それとは別の力を感じる事ができるか試してみた。
 数秒後、自分たちのリンカーコアが正常に働いているのを感じ――

 わずかではあるが、それがある事も感じる事が出来た。

「はやてから感じたジュエルシードの力――は、まだある。」

 あの時、あれしか方法が無かった。 それは確信している。
 しかし、最後の最後まで冷静に行動する事ができたのはこの力を感じたからだ。
 この力を感じる事が出来たからこそ、アルカンシェルに撃たれるその瞬間も、助かる可能性があると信じる事ができたから、冷静でいる事ができたのだ。

「とにかく、リンディさんたちに無事を報告しないと。」

 アルカンシェルを発車した直後は時空が安定しないので艦は動けないから、アースラは未だこの街のはるか上空、宇宙空間に存在するはずだと見上げた夜空に違和感を覚え――

「この感じは!?」

 その瞬間、空間に亀裂が入り、そこから青い輝きを放つ何かが複数――いや、10以上…… 18、19、20…… 21個の、青く輝く何かが海鳴に降りそそいだ!

「まさか……」

 その光景に、見覚えがあった。
 そう、前に一度、自分はこの光景を見た事がある。

「そんな……」

 そうだ、あの時も、今と同じ様に、

「そんな事が……」

 今と同じ様に、このビルの上で目を覚ましたばかりだった。

「また、なの……?」





「クシュン!」

 予想外の出来事に10分ほど放心したままだったミストだが、冷たい風に吹かれ続けたせいだろうか、くしゃみが出た事で我にかえる事ができた。

「ぁ――と、とにかく、ジュエルシードを集めなくちゃ。」

 自分の考えた通りならば、今すぐ回収に動けば被害が出ないはずだ。
 そうだ。
 これから先、どう生きて行けばいいのかは後で考えれば良い。
 とにかく今は、目の前の起こり得る災厄を、この世界だけではなく、その周辺の世界すらも滅ぼしかねない危険なロストロギアの回収のほうが大事なはずだ。



────────────────────



「ジュエルシード、封印!」

 街に降りてから5時間かけて、早い段階で暴走する可能性が高いと思われる――単純に魔力を感知できたとも言う――ジュエルシードを4つも封印する事ができた。
 一度ジュエルシードを集めた事があるので、どこで封印作業をしたのか覚えており、ついさっきもジュエルシードのだいたいの落下地点を覚える事も出来たのも大きい。

「もうすぐ日が昇るから、空を飛んでの捜索はできなくなる。 そろそろ活動拠点を作って睡眠をとる必要もあるし……」

 一番重要な問題は回収・封印したジュエルシードの保存場所である。 何故なら、クロノに組んでもらったストレージデバイスはバルディッシュと比べると収納スペースが狭いという欠点があるからだ。
 嘱託魔導師は単独行動する事は殆ど無いので今はこれくらいでいいだろうと妥協して、他の部分の性能を上げる事を優先したのが原因だが、あの時はまさかこんな事になるとは思っていなかったのだから仕方ない。

「これに収納できるのは精々10個。 でも、余り多く収納してしまうと封印魔法の気配を完全に消す事はできないかもしれない。
 最悪、母さんが庭園から出てきたりしてしまったら…… ばれてしまうかも?」

 母さんは病弱なのでその可能性は低いけれど、万が一を考えると不安だ。

「バルディッシュを取り出せばもう少し余裕ができるかもしれないけど……」

 今度はバラバラになっているバルディッシュをどこに置いておくかが問題になる。
 バルディッシュは見る人が見れば――例えば、ジュエルシードの魔力を感じて回収に来た魔導師がみたら、明らかにこの世界の物ではないとわかってしまう物だ。 『魔力』と言う概念が無いこの世界では『魔力を洩らさない金庫』等はもちろん存在しない。

「でも、バルディッシュには私の個人情報が残っている可能性がある。」

 『ジュエルシードの魔力を隠せない』と言う事は『ジュエルシードを守るためには常に持っていなければならない』ということである。
 すると、『ジュエルシードを狙って襲ってくる魔導師』が『私が拠点に居ない時にバルディッシュを見る可能性』が出てくると言う事となる。
 そうなると『ジュエルシードを回収している私の情報を得る手段』として『バルディッシュを手に入れて中身を見る』かもしれない。

「バルディッシュを何処か遠くに隠しておけば…… でも……」

 どこかに隠すべきだとは思うのだが…… 思うのだが……

「時の庭園に忍び込めばストレージデバイスの1つくらい――はぁ……」

 自分の思考がどんどんネガティブになって来ている事に気づいて溜息が出る。





 とりあえず、バルディッシュをどうするかはストレージの収納がいっぱいになった時に考える事にして、これからどう動くべきか考える事にした。

「お金は活動費としてもらったのがまだ残っているけど、ホテルとかは無理か。」

 所持金を確認してみたが、ジュエルシードを集め終わるくらいまでは持ちそうだが、やはり泥棒の心配をしないですむ様な場所を確保する事はできそうにない。
 そもそもこの国の人間ではないのでお金があってもホテルの様な宿泊施設を利用できない事はわかっているのだが、それでも落胆してしまう。

「そもそも、平行世界のお金って使っても大丈夫なのかな?」

 貨幣はともかく、紙幣の――特にこの国の紙幣は複製する事がかなり難しいとされているらしいから、もし自分の使った紙幣のナンバーが……

「でも、貨幣だけだと何もできないし……」

 破けたりして使い物にならなくなった紙幣を銀行に持って行くと新しい物と交換してくれると(テレビだったか、なのはちゃんからだったか忘れたが)聞いた覚えがあるので、いざとなったら魔法でこの国の平均的な人間の姿に変身するのも手かもしれないが――

「あ、駄目だ。 身分証明書を求められる可能性がある。」

 もっとこの世界――この国について調べておけば良かったと後悔する。

「仕方ない。 嫌いだけどまたギャンブルで稼ぐしかないか。」

 犯罪行為に手を染めるのは嫌いだが、背に腹は代えられない。
 それに、ジュエルシードを集めなければこの世界は周辺世界を巻き込んで消滅してしまうのだから、これくらいは大事の前の小事と考えれば、まぁ、その、……

「……あれ?」

 ふと気付いた。
 ジュエルシードを全て集め終わった後、私はどうしたらいいのだろうか?

「……この世界のフェイトが来るまでに、ジュエルシードを全部集めきれる。」

 でも、そうするとどうなるだろうか?
 まず、この世界に来て何日経ってもジュエルシードの反応を見つける事の出来ないフェイトとアルフは、その事を母さんに報告するだろう。
 すると――あの母さんがフェイトとアルフの報告を鵜呑みにするとは思えないので、おそらくこの世界に対して何らかのアクションを行うだろう。

 傀儡兵を投入する?
 いや、それだとジュエルシードを発見する前に管理局に発見される可能性が高い。
 あの母さんの事だ。 この第97管理外世界の周辺が管理局の次元航行艦――アースラのパトロール範囲だと言う事を知らないはずがない。
 1機2機くらいならアースラも感知できないかもしれないが、その程度の数ではジュエルシードをどうこうする事は不可能だと言う事もわかっているはず。

「だから、母さんがこの世界に何らかのアクションを起こす場合、アースラがこの世界を通り過ぎて――それなりに離れてからにするはず。
 でも、それでもやっぱり傀儡兵を20、30と投入する様な派手な事をするとアースラがそれに気づいてしまうとも考えるだろうから……」

 やるとしたら『地道な捜索』か『電撃的な何か』になるはずだ。

「海鳴に魔力を満たしてジュエルシードを無理やり暴走状態にするとか……」

 自分が考えられる中で一番可能性が高いのはこれだ。
 海鳴に住む人たちに多大な被害が出てしまうだろうが、それを気にしている余裕は今の母さんには無いのだから。

「アースラと平和的に接触する事ができたら母さんを捕縛するのも、フェイトとアルフを保護するも簡単ではないけれどできるはず。」

 だけど。

『あなたは何者なのか?』
『何故、フェイトとアルフよりも先にジュエルシードを集める事が出来たのか?』

 そんな質問をされる事は避けられない。
 それに、こちらからアースラに接触した場合、『私は時空管理局の存在を知っている』と言っているのと同意になるので、前回の様に勝手に勘違いをしてもらう事もできない。
 それどころか、時空管理局に報告無くジュエルシードを集めた事に関して何かしら処罰されてしまう可能性も否定できない。

「……本当の事を言っても信じてもらえるとは思えないしなぁ。」

 むしろ、こんな話を信じるような人を信じる事が出来ない。

「だからと言って、アースラと接触しなかったら母さんの暴走を私1人で抑えないといけなくなるし――仮に抑える事ができたとしても、今度は拘束する場所が無い。」

 庭園になら母さん程の魔力持ちを拘束できる場所があるかもしれないが、あそこは『プレシア・テスタロッサの庭』であり、自分の知らない抜け道等があるかもしれない。

「母さんを守る様に設定されているあそこを占拠する自身は無いな。」

 でも、母さんを拘束できるような場所はこの海鳴には無い。
 それにその場合、フェイトとアルフは時空管理局に所属する事はないだろう。
 すると――罠にはまってしまった為に活躍はできなかったが、それさえなければ貴重な戦力であったはずのフェイトとアルフすらいない状態で闇の書とも戦わなければならなくなる。

「まず、勝てないな。」

 管理局の協力が無いと言う事は、クロノはもちろんアースラ――アルカンシェルも無いと言う事だ。
 クロノがいなければリーゼたちは自由に動いてしまうだろうし、アルカンシェルが無ければ闇の書のバグを取り出せても――それまでだ。

「闇の書をどうにかするためには時空管理局の協力が絶対に必要なのは間違いない。」

 リーゼたちの氷結魔法に賭けてみるかとも考えたが、完成した闇の書の魔力を実際に体感した経験から言わせてもらうと、良くて2~3年ぐらいしか持たない様な気がする。
 それに地上であんな魔法を使ったら、海鳴に――いや、この惑星にどれだけの被害が出る事になるのか(それでもアルカンシェルほどではないだろうが)見当もつかない。

「犠牲を出さずに――なんて、そんなのは所詮理想論でしかないかもしれないけれど。」

 できれば被害は抑えたい。

 仮にこちらの言葉全てを信じてもらえたとしても、どうしたら犠牲0で闇の書だけを消滅させてはやてとはやての家族たちを救う事ができるのかを自分は知らない。

 それはつまり、結局また同じ事の繰り返しになると言う事ではないか?

「そうすると、また、アルカンシェルを撃たれ――たくはないなぁ。」

 だが、それ以外に闇の書のバグを安全に処分する方法を自分は知らない。

「あっ!」

 もう1つ大事な事に気づく。

「全部のジュエルシードを暴走する前に集めてしまったら、なのはちゃんがジュエルシードによって暴走した犬に襲われないから、接触する機会が全く無い事になっちゃうよ!」

 もしかしたら、自分が何もしなくても2人は親友になるのか知れない。 しかし、この世界でも『ミスト』がいなかったら、2人の接点はどうなるのか見当もつかない。
 もしも自分と会わない事でなのはちゃんがはやての親友にならなかったら、シグナムたちは魔法を知らない為に抵抗すらできないなのはちゃんを蒐集してしまうだろう。

 そうなると――

「……私が知っているよりも早い段階で闇の書の蒐集が終わってしまう?」

 それに、もしもジュエルシードの件で何かしらの処分を受けてしまった場合、はやてが闇の書の主である事をリンディさんたちに伝える事はできないだろう。
 いや、伝えたとしても信じてもらえない可能性の方が高い。

「闇の書の機密レベルを考えると、知っているだけでも問題になりかねない。」

 だが、放っておくと闇の書のバグがはやてごとこの第97管理外世界を滅ぼしてしまう。

「もしも、はやてが『ミスト』だったのなら、『ジュエルシードを使う事で闇の書のバグだけを消滅させる方法』があるということだけど……」

 自分が知っている限りでは、八神はやての家や通っている図書館・病院及びその周辺にジュエルシードが落ちたという事実は無いし、今回も落ちていないだろう。

「暴走しているジュエルシードをはやての家に落とすわけにもいかないし。」

 はやてが『ミスト』であるというのは自分の頭の中だけの『仮定』にすぎない。
 そんなあやふやな物に幼い子供の命を賭けるなんて、とてもじゃないができはしない。

「なのはちゃんが――って可能性もあるし、なのはちゃんとはやての2人が――って可能性もある。」

 いずれにしても、現状で、ミスト――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとヴィヴィオ・テスタロッサ・ハラオウンの融合体である自分には『闇の書のバグだけを消滅させる方法』を知る術は無いと言う事だ。

「アースラと接触するのなら、前みたいにこの世界とフェイトとジュエルシードを取り合う形で戦った方がいいのかもしれない――というか、それしかないか。」

 リンディやクロノ、そしてアルカンシェルという戦力が無ければ事態を乗り越える事はできそうにないのだから、質問攻めにされる事になって仕方ない。
 人間、諦めが肝心である事もある。

「でも、アルカンシェルで撃たれるのだけは嫌だな。」

 フェイトにヴィヴィオの事を頼みはしたけれど、やっぱり、できるなら自分のこの手で助けてだして、抱きしめて、そして、守ってあげたい。
 今の自分は、ジェイル・スカリエッティやその手下どもを蹴散らせるだけの力と知識を持っている、はず、なのだから。

「ね? ヴィヴィオ? ……ヴィヴィオ?」



 胸の奥から、返事が無い。





(ヴィヴィオ? どうしたの?)

 公園の片隅で娘に語り続けて1時間が経った。

「そんな……」

 けれど――

「そんな…… 嘘、でしょ?」

 返事は、無い。

「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ! 返事をして、お願い!!!」

 何時の間にか流れていた涙が止まらない。

「嫌だ。」

 アルフを失くし

「嫌だよ。」

 バルディッシュは壊れ

「ヴィヴィオ……」

 その上、死んだと思っていた娘まで?

「もう、失くしたくないのに……」

 こんな世界で

「こ、こんなのは――」

 家族を失くして

「こんなのは――」

 1人になるのは

「嫌だ。」



「こんなのは嫌だぁああああ!!!」





 どれだけの時間がったのだろうか?
 空には太陽が顔を出し、時折人の声が聞こえてくる中で――

「!!」

 彼女は突如ストレージデバイスから封印したジュエルシードを取り出した。

「ジュ、ジュエルシードは、願いを、叶える。」

 それは、望んだ形ではないと知っているけれど

「ヴィ、ヴィオ、ヴィヴィ、オ、今、い、ま……」

 フェイトは4つのジュエルシードの封印を解いて

「ヴィヴィオ、ヴィヴィオ、ヴィヴィオ……」

 それを両手で握りしめて、祈る様に願い続ける。

 それから数十分ほど祈り続けたが、ジュエルシードには何の反応もなかった。
 もしも公園の片隅で無ければ、その異様な姿を目撃されて通報さたりしていたかもしれないが、幸運な事に誰にも見つからないで済んでいた。

「どうして…… 私を、私たちを、こんな世界に…… できたくせに……」

 泣きすぎて、体力も無くなってきていたが――





「誰か、助けて……」

 その時、手に持っていたジュエルシードではなく――





110109/投稿



[14762] Revenge02 見知らぬ空間で
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/01/23 14:47
 山積みのクッキーの1つが宙に浮き、皿から30センチほど離れた所でスーッと

ぱくり もぐもぐ

 そこには、読むのに数時間どころか数日は必要だと思われる大きく厚い――辞典の様な本を読みながら、座っている安楽椅子を楽しそうにゆらゆらと揺らしている青年が居た。
 クッキーを食べるのに手を使わないで魔法を使うのは決して褒められる行為ではないが、横着と言うよりはその本を汚したくないからそうしているのだろう。

「ぅん。 なるほど、やっぱりあの現象はそういう事であっていたんだ。 だとすると予想通り防御だけじゃない他の使い方もできそう――そう、例えばこう言うふうに使えたとしたら、あの子たちのあれをもっと強化する事も不可能では――ん?」

 本を読みながら、得た知識の応用を幾つか考える事をしていた彼は、以前ここに来た少女たちに協力してもらって開ける事のできた『穴』とその『穴』から派生したもう1つの『穴』の前にいる――少し前に瀕死の状態でやって来て、その後殆ど無理矢理居候になった女性の様子が変わった事に気がついた。

「喜んでいる? と言う事は、やっと来てくれたのかな?」

 彼は小型生物の足跡が描かれた栞を挟んでから本を閉じると立ち上がり、居候が心の底から待ち望んでいた新たな客の様子を見に行く事にした。



────────────────────



「――ト!」

 暗闇の中で、懐かしい声がする。

「――イト!」

 いや、この声を最後に聞いたのは、懐かしいと感じるほど昔ではないはずだ。

「フェイト!」

 そのはずなのに、なんでこんなに懐かしいと感じるのだろう?

「私の声、聞こえているんだろう? お願いだから、目を、目を開けておくれよ!」

 そうか、暗闇だと思っていたけれど、私の目は閉じていたのか。

「ぅ……」

 瞼を動かすだけの行為が酷く疲れる。 けれど、頑張って目を開けるとそこには

「ぅえ!?」

 どこまでも続く様な蒼い空間と

「フェイトー!」

 大声で私の名前を叫びながら飛びかかって来る――

「アルフ!?」





「ちょっと! え!? なんで!?」
「フェイト! フェイトフェイトフェイト!!」

 痛いほどに強く抱きしめられながらも、いくつか疑問が浮かぶ。

(何故私をフェイトと呼ぶの?)

 目の色はもちろん他の部分もかなりフェイトとは違うのに、どうしてアルフは自分の事をフェイトと呼んでくれるのか?
 そもそもこの上下はもちろん前後左右も青いだけの空間はなんなのか?

「会いたかったよぉお!」

 いや、なんとなく、わかってはいる。 わかってしまう。
 この泣きながら抱き締めてくるアルフが、自分の大切な家族だと。 失くしてしまったと思っていた、大事な大事な家族の1人だと!

「ぅ…… うん。」

 だけど、わからない。 どうしてもわからない。
 今、こうして抱きしめあっていても、2人の間に何のつながりも感じられないのは何故だ? 確かに在った、絆を感じられないのはどうしてだ?

「私の、アルフ――なんだよね?」
「うん! そうだよ! フェイトのアルフだよ!」

 突然、抱きしめる力が弱くなった。

「アルフ?」
「ほんと、もう少しで、手遅れに――手遅れになる前に来てくれて良かった。」

 手遅れになる前とは、どういう――

(ママ?)
「ヴィヴィオ!?」

 そうだ! この空間の色は、ジュエルシードの輝きに良く似ている――いや、似ているどころか、そのものではないのか!?
 ならば、私の願いが叶ったと言う事なのだろう――!

(え?)
「何!?」

 さっきまで蒼いだけで何も無かったはずの空間に、一軒の家が在った。

「あ、この家は、今私が世話になっている人のだよ。」
「……世話に?」

 アルフが誰かの世話に――いや、こんな空間で誰かの『世話になっている』と言えるほどの時間をアルフは過ごしていたのか?

「アルフ、一体どのくら――あ。」

 家のある方から、人が歩いて来た。

「初めまして、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンさん――と、その娘、ヴィヴィオ・テスタロッサ・ハラオウンさん。」
「え、あ、初めまして。」
(初めまして。)

 やってきたのは眼鏡をかけた金髪の青年で、左手には分厚い本を持っている。 この優しそうな人がアルフを世話してくれていた人なのだろうか?
 アルフが私たち2人の名前を教えていると言う事は、おそらく、それなりに信用できる人だと言う事なのだろうけど……

「えっと、その、どうしてヴィヴィオも居るって――」
「それは秘密です。」

 右手の人差指を自分の口に当てて、ウィンクしながらそう言った。

「え?」

 なんなの? このひと?

「というのは嘘で、説明はちゃんとしますよ。」
「は?」

 変な人だなぁ。

【アルフ。】
【ん?】
【この人は?】
【ああ、私も余り知らないんだけど、ずっと此処で暮らしているらしいよ?】

 こんな蒼いだけで何も無い場所で暮らしているっていうのは驚きだけど……

【そうじゃなくて、アルフがお世話になっている人なんでしょう? アルフから紹介してもらう形にして欲しいんだけど?】

 向こうはこちらの事を良く知っているらしいのだが、こちらは何も知らないのだ。 お世話になっているというアルフの方から「この人は~」と紹介してくれたほうが色々とスムーズに進むと思われる。

【ああ、そう言う事か。 でもなぁ……】
【でも、なに?】
【アルフは僕の名前を知らないよ?】
「え!?」

 念話に割り込んできた!?

「家族の念話を盗み聞きするのはどうかと思うんだけど?」
「話している途中で念話に集中するのもどうかと思うんだけど?」
「はぁ…… まあいいや。
 フェイト、こちらは私がお世話になっている名前も名乗らない様な変な奴だよ。 だけど、変なだけで悪い奴じゃないから、そんなに警戒しなくてもいいよ。」
「……わかった。」
「変な奴とは失礼な。 ……でも、そうか。 これまでは2人だったら不便じゃ無かったけど、これから4人で暮らすとなると名前が無いと不便かもしれないな。
『フェイトさんの友人の八神はやて』と『その友人の高町なのは』の2人――『ミスト』は僕の事を『師匠』と呼んでいたから、君も好きなように呼んで良いよ。」

……

……

……

「は?」

 何を言っているの? この人は?

「アルフ、お茶とお菓子を持ってくるから、その人と――そこの椅子に。」

 彼が指差した場所には、さっきまで無かったはずの机と椅子がある。

「うん。 あ、私のは」
「はいはい。 匂いのきつくないやつが良いんでしょ? 居候の我儘にはもう慣れたよ。」
「はは、悪いね。」

 何が何なのか良くわからないけれど、アルフがこの人と仲良く話しているのを見て、少し寂しさの様な――嫉妬の様なモノを覚えた。



────────────────────



 要約すると、高町さんはジュエルシードの暴走体に殺されかけた時に此処に来て、このままでは危険だろうからとこの人が魔法を教えたのだそうだ。
 そのおかげでジュエルシードは全て封印できたのだけれど、闇の書の暴走――と、蒐集された為に死んだ母親の仇を取ろうとしたその世界にフェイトによって……
 そして高町さんが2度目に此処に来た時、はやても一緒について来た。
 2人は元の世界のおよそ1年に相当するくらいの時間を此処で過ごし、魔法と戦闘の技術を呆れるくらいに向上させたらしい。
 そしてジュエルシードが第97管理外世界に散る少し前の時間軸の世界の自分と融合する形で戻り、ジュエルシードの回収や私と私の母の件を解決し、闇の書に関しても事件になる前に全て片付ける事ができた――と言う事らしい。

 のだけど……

「な、なんというか、その……」

 ああ、駄目だ。
 何もかもがジュエルシードによる奇跡なのだと言われた方がまだ納得できるというか、だけど納得出来てしまうと言うか、聞きたい事はたくさんあるのに何から聞くべきなのかがわからないと言うか――

「落ち着いて。 聞きたい事がたくさんあるのはわかるけど、どうやら時間はたっぷりあるみたいだから、もう少し頭の中でまとめてからにしたほうが良いと思うよ?」
「……はい。」

 確かに、今は考えをまとめた方が――

「って、え?」
「ん?」

 ちょっと待って?
 今この人が言ったのって――

「『どうやら時間はたっぷりあるみたい』って?」

 どういう事?

「ああ、それは言葉通りの意味だよ。 そうだね……」

 はやての師匠は私に両手の平を向けて、私の目を凝視する。

「あの?」
「ちょっと黙っていて。」
「……はい。」

 1分ほどだろうか? 暫し無言の時が流れて……

「うん。 やっぱり1年くらいはこっちに居る事になると思うよ。」

 私に向けていた両手を降ろして机の上のクッキーを1つ摘まみながらそう言った。

「1年?」
「うん。 早くても10ヶ月。 長くても1年半くらいはこっちに滞在する事になるね。」
「フェイト、やったじゃないか!」
「え?」
「だって、それだけ時間があれば、私たちの知っているはやてがやったのと同じ方法で闇の書を無害化できるようになるよ!」

 闇の書の無力化……
 闇の書の主とはいえ、子供だったはやてができたのだから、2人分の魔力を持つ私ならそができてもおかしくはない――のかな?

「そ、そう――なるのかな?」
「……アルフの言う通り、君にその気があるのなら、闇の書だけじゃなくて『ゆりかご』もどうにかできる様に鍛えてあげても良いけど?」
「ゆりかごも!?」

 ヴィヴィオを苦しめた、あの古代ベルカの災厄を排除できる様になると?

「さっきも言ったけど、君にその気があればね。
 と言うか、アルフは此処に来てから――1ヶ月くらいは君との繋がりが切れた事を嘆いていたから――大体半年くらい? ずっと僕の魔法を教えていたりするし。」

 その言葉に驚いてアルフの方を振り向くと、アルフは顔を赤くして照れていた。

「それじゃあ、私に――」
「言っておくけど、君がまず戻るのはさっきの世界だよ?」
「え?」
「元々君が居た世界でも無く、アルカンシェルに撃たれた世界でも無い。
 ジュエルシードを4個集めた後で泣いていた瞬間に戻るんだ。

 ヴィヴィオと話が出来なかった為に混乱して、折角封印したジュエルシードを解放して狂ったように祈り続けたあの瞬間に?

「それに、あの世界にアルフを連れて行く事はできない。」
「!?」
「フェイトさんとヴィヴィオの2人が混ざってしまった『ミスト』はともかく、アルフは『あの世界のアルフと融合』という形でしかあの世界に行く事は出来ないから。」

 わけがわからない。

「待って…… じゃあ、何でアルフは魔法を教えてもらっているの?」
「それは――」
「アルフ、僕の方から説明する。」

 師匠の話を聞いて、私は私のやるべき事を理解した。



────────────────────



 あれから時は流れて……

「やっぱり、バルディッシュの修理は間に合いませんか?」

 結局師匠と呼ぶ事にした青年の作業部屋を訪れたミストは、そろそろこの空間から旅立たなければならなくなった事を何となくではあるが感じていた。

「うん。 無理だね。」
「そうですか……」
「前にも説明したと思うんだけど、彼の人格は君の執務官時代のデータや入れてあった魔法とかにも影響を受けていたわけだから、それら全てを修復する事が出来ない以上、人格の再生にはどうしても時間がかかるんだ。」
「……」
「不満はあるだろうけど、今回はその改造したストレージで頑張って。」
「わかりました。」

 元はクロノに組んでもらったストレージだが、師匠に改造してもらったおかげで前とは比べるのも馬鹿らしい――リーゼたちが作った対闇の書用のデュランダルと氷結魔法の撃ち合いをしても楽勝で勝ててしまえる――程の性能に仕上がっていて、収納に関しても数ヶ月分の食料と衣服を入れてもまだまだ余裕が在り、残り17個のジュエルシードを収めてもその魔力の波動を外に漏らす事は無いと言われた。

「修復が済んだら改造もしておくから、期待しておいて。」

 正直、自分があの世界に行っている間に家族であるバルディッシュを弄られるのは良い気分はしないのだが、このストレージデバイスが師匠の手によってこれ程性能がアップしたという前例があるので強く言えない。
 それに、バルディッシュにはカートリッジシステムを取り入れておけば良かったと思ったのは嘘ではないし、師匠の人格と腕は信用しているのだ。

「……お願いします。」
「うん。 お願いされました。」

 ふふ、と、お互い小さく笑い合う。

《一生懸命頑張って修行していたあなたなら、きっと目的を達成できるでしょう。》
「ありがとう。 レイジングハートにそう言われると自身が持てるよ。」

 戦闘に関しては師匠相手だと10秒もしない内にバインドされてしまい、だからと言ってバインド無しだとこちらの攻撃を回避される事もなければ反撃される事も全く無く、ひたすら防がれ続けるだけでまったく修行にならないので、師匠の相棒であるレイジングハートと基本暇をしているアルフに相手をして貰っていたのだ。

「あ、予備のストレージも渡しておこう。 シグナムさんとヴィータさんの2人の全力を受けたら部品の1つ2つは壊れるかもしれないし。」
「え?」

 元々の魔力量に加えて、師匠直伝のシールド魔法があるからよほどの事が無いと――

「言いたい事はわかるよ? 僕が教えた魔法を君の魔力で使うんだから、リーゼたちとヴォルケンリッター全員が同時攻撃を仕掛けてきてもデバイスがダメージを負う事なんてまず無いって事は。」
「ええ。」

 元々はやてから師匠の魔法をある程度教えてもらっていたので、防御と結界魔法に関しては3ヶ月ほどでマスターし、その後も休憩時間などに自分の魔力に合った構成などを師匠だけではなくアルフやレイジングハートも交えて語り合ったりもしたのだ。

「それでも、念の為にって事で、ね?」
「そう言う事なら。」

 師匠から予備のストレージデバイスを受け取る。
 たくさん魔法を覚えて、たくさん訓練をして、此処へ着た時とは比べるのも馬鹿らしくなるほど強くなったとしても、何が起こるか分からないのが現実と言うものだ。 そして、何かあった時にデバイスが在るか無いかで取れる手段の幅がかなり違うと言うのも事実だと私は知っている。
 ……バルディッシュが壊れてからクロノにストレージを組んでもらうまでの時間がかかった為に、嘱託魔導師の資格を取るのが思っていた以上に大変だったのだ。

「リーゼたちはもちろん、グレアムさんも歴戦の猛者だから、どうしても敵対してしまうようなら遠慮なくバインドで先手必勝の策をとるんだよ?」
「はい。 わかっています。」

 歳をとってもその戦闘能力は馬鹿に出来ないのが魔導師という生き物である。
 高齢になって頭の働きが鈍くなってもデバイスがあれば魔法の発動に問題は無いし、きちんと訓練した者であれば敵の攻撃を条件反射で回避してしまったりもする。
 魔力量の多い現役バリバリよりも戦闘経験の多い高齢者の方が厄介だったりする事も珍しくはなかったりするから何時まで経っても管理局の体制が古いままで――っと、話がそれてしまった。

「リーゼたちやグレアム提督だけではなく、シグナムたちにも先手必勝で行くつもりです。」
「本当は話し合いだけで済めばいいんだけどね。」
「本当に……」

 グレアム提督はともかく、リーゼたちは意固地になっていた様に思える。
 シグナムたちははやての為になるなら話を聞いてくれそうだが、その前にこちらを蒐集しようとしてくる可能性の方が高い。

「まあ、一番厄介なのは『彼女』なんだけどね。」
「……ええ。」

 まさかそんな『存在』が居たなんて、師匠が教えてくれるまで考えもしなかった。

「最悪、管理局を敵に回す事になるけど。」
「……はい。」

 非常に危険だが、絶対にそれだけはやらねばならない。





110123/投稿



[14762] Revenge03 訪問先の世界で
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/02/06 15:02
 誰も見ていない、気にかけもしない公園の片隅で、蒼い光がぴかりと輝く。

(ただいまー。)
「え?」
(帰って来た時って、こう言うんでしょう?)
(……えーと、どうだろう? 今の状況に合っているのかな?)

 あの不思議な空間での修行が終わり、師匠に予備のストレージデバイスを渡されてから5日ほど経った後、私たちは再びこの世界にやって来た。
 師匠のいる空間に行く前に居た場所にいるし、デバイスも師匠にカスタマイズしてもらった状態で存在し、予備のデバイスもちゃんと持っている。
 何よりも、あの空間に行く前に回収していた4個のジュエルシードを今持っていない。

 ゆえに、ヴィヴィオの言う通りにある意味では帰って来たと言えなくも無いが……

「と、とにかく、今から陽が昇り始めるみたいだから、隠れ家の確保から始めようか。」
(……うん。)



────────────────────



『艦長!』
「!」

 次元空間航行艦船アースラの艦長室で睡眠を取っていたリンディ・ハラオウン提督は執務管補佐兼管制官であり密かに息子の嫁候補として認定もしているエイミィ・リミエッタからの緊急通信で目が覚めた。

「エイミィ、どうしたの!?」
『第97管理外世界で次元震が発生しています!!』
「なんですって!?」

 起きたばかりで多少はっきりしない頭で思い出してみるが、第97管理外世界は魔法の存在を認めておらず、また次元震を起こせる様な古代文明が存在した形跡もなかったはず。
 そんな場所で次元震が発生するなんて考えられない。

『20秒、21、22、23…… まだ続いています!』
「なっ!?」

 長い。
 それほどの長い時間次元震が発生して居ると言う事は、第97管理外世界とその周辺はかなりの被害を受けているだろう。 最悪、消滅して居る可能性も――

『でも、おかしいんです!』
「え?」
『これほどの規模の次元震なのに、虚数空間が発生している様子が何処にも無くて――アースラにも、何故か微かな揺れすら……』
「?」

 言われてみれば、次元震が発生しているというには余りにも――!

「何者かが、人工的に次元震を起こしている可能性が高いわね。」
『管理外世界で、ですか!?』

 確かに、魔法を認めていない世界でこんな大規模な次元震が起こるのは不自然。

管理外世界だから、かもしれないわよ?」

 しかしある程度の実力を持った魔導師ならば、むしろそんな世界の方が管理局に隠れて行動しやすいと考えて潜伏場所――あるいは新種の魔法の実験場に選ぶ可能性もある。

『そんな!』
「とにかく、すぐに本局へ報告して下さい。
 同時に、アースラは次元震に巻き込まれない様に細心の注意を払いながら第97管理外世界に向かって微速前進してください!」
『了解です!』

 さあ、忙しくなりそうだ。





「本当に行くのかい?」
「うん。 母さんのお願いだもの。」
「でも、フェイトは次元震なんて感じてないんだよね?」
「……私の感知能力よりも、母さんのシステムの方が優秀だから。」

 次元震の様な災害になると物理的な影響が出る事があるので、それを全く感じなかったという事が本当にありえるのか疑問に思わないでもないが、あの女のシステムが優秀である事もまた事実である。

「危険な事があるかもしれないよ?」
「わかってる。」
「……はぁ。 仕方ないねぇ。」

 フェイトの瞳に真剣さを感じたアルフは、辺境の地へ行く事を決意した。

「なら、さっさと片付けようか」
「うん! ありがとう、アルフ!」





「こんなものかな?」
(かな?)

 かつて高町さんとはやてがそうした様に、数日前に泣きじゃくった公園で師匠から教わった『次元震モドキ』を使ってみたが、こんな事で本当にアースラや母さんが反応するのだろうかと不安になる。

「まあ、私もあの頃に次元震によって起こる『世界が揺れる現象』を体験した事は無いから、上手くいっているんだと思うんだけど……」

 思いたいのだけれど……

(ママ、そんなに不安にならなくても良いと思うよ?)
「そう?」
(ジュエルシードは全部集めたんだから、最悪、お師匠様に教えてもらったおばあちゃんの悪事と居場所をアースラに送っちゃえばこの世界のママは保護してもらえるんでしょ?)
「……そうだね。」

 この魔法が失敗していても、まだ策はたくさんある。 ヴィヴィオの言う通り、今はまだ焦る必要も不安になる必要も無いはずだ。

(それよりも、今日はハンバーグが食べたいな。)
「……食べるのは私なんだけど、ま、いいか。」
(チーズ乗せてね?)
「いいよ。 2つ作って目玉焼きも乗せちゃおうか。」
(わー!)



────────────────────



 第97管理外世界で次元震と思われる現象が発生してから10日ほど経ったある日の夕方、海の見える公園のベンチに座っている少年がいた。

「はぁ……」

 少年――クロノ・ハラオウンは疲れていた。

「今日も手掛かり0だ……」

 海鳴と呼ばれる地に降りてからの日数が2桁になろうと言うのに、次元震の発生場所と思われるこの公園とその周辺にそれだけの魔力を持ったモノが1つも発見できない。
 しかし次元震が発生した痕跡らしきものはあるので捜索を止めるわけにはいかないという――非常に面倒くさい事態に溜息をつく日々を過ごしていた。

「本局の心配もわからないでもないけど……」

 次元震発生の際に人工的なモノである可能性を艦長が指摘していたのだが、自然発生と管理局の知らない古代文明が存在していた可能性もあるのでそのつもりで調査する様にと本局が言ってきたのが面倒の始まりだ。

「確かに、その可能性を排除すべきではないのだろうが……」

 本局からの指示を無視するわけにはいかないのでその方向で調査を続けてきたのだが、あれほどの規模の次元震が起こる様な魔力溜りも無ければ、古代文明が在ったかもしれないという可能性も殆ど無い。

「昨日、機械の故障やプログラムに問題がないかのチェックが終わって、機械の故障もプログラムの問題によって計測されたわけではないと断定された以上、やっぱりあれは人為的なものだったと考えるべきだと――」

 あの次元震の様な現象で管理局の目をこの世界に引きつけて、どこか別の所で何か悪い事を企んでいる輩が居るのかも――

「……その可能性も低いんだよな。」

 わざわざこんな辺境の地に来てそんな目立つ事をするメリットが考えられない。 それどころか、何者かがこの世界に来て、次元震の様な現象を起こし、それから別の世界へ移動したという痕跡を管理局の者が発見する可能性ができてしまう。
 そんな危険を冒すくらいならば最初から何処かでこそこそと悪事をする方がよっぽど安全で確実だと思われる。

「まぁ、情報漏洩という可能性もあるけれど……」

 この世界の周辺でジュエルシードと言うロストロギアが事故によって行方不明になったという情報が数日前に入っている。
 この情報を手に入れた者が自分たちよりも先にこの世界に来てジュエルシードを手に入れた際に事故か何かであの現象を起こしてしまったという事もありえるかもしれない。
 事実、その情報にはジュエルシードは21個あって、その内の1個――その万分の一の力でも暴走してしまったら世界を滅ぼしてしまいかねない程の魔力を秘めており、あの次元震の様な現象はそれによって起こされた可能性が高いとされていた。

「ジュエルシードを回収している者がいると仮定しても、『20個を難なく回収できたというのに最後の21個目であの現象を起こしてしまった』なんて事でもない限り、あの現象が起こった後から僕たちが此処に来るまで、あるいは来た後も残りのジュエルシードを捜索している者がいるはずだ。
 そうでなければ――僕たちが此処に来た時点で他の世界に逃げてしまったのだとしたら、未回収のジュエルシードの反応が1つくらいはないとおかしい……」

 あの現象とジュエルシードは全く関係ない――そもそもジュエルシードはこの世界に存在しないと考える事もできなくはないが……

「そうなると、専門の調査員を派遣してもらう事になるけど、それまでは僕たちが捜査をしないといけない事に変わりは無い、か。」

 もう1度溜息をついてから何気なく見上げた空に、黒い人影が金色の尻尾――いや、金色の髪の少女が露出の多い黒いバリアジャケットを着けて飛んでいるのを発見した。

(こんな、魔法の存在が認められていない世界で!?)

 もうすぐ日が沈むと言っても、空を見上げればまだ十分明るいというのに、結界内でも無い場所で空を飛ぶなんて、どう考えても管理局の人間ではないだろう。

(ジュエルシード――いや、ジュエルシードと直接的な関係は無くても、あの現象と何か関係のあるかもしれない!)

 クロノはこっそりとその謎の少女を追いかけながらアースラに連絡を取った。





 暴走したりして魔力を洩らしていない限り、ジュエルシードは蒼い小さな石でしかない。

「駄目だ……」

 フェイトもクロノと同じ様にジュエルシードの探索に行き詰っていた。

「でもこの世界じゃ私くらいの年齢の子供が昼間から街を歩いていると、この前みたいに警察の人に追いかけられちゃう事になるからなぁ……」

 アルフと一緒なら犬の散歩をしている少女に擬態できるかもと思っていたのだが、それができるのは土日だけで、平日は――まぁ、そう言った理由で無理だった。
 仕方ないのでアルフに人間形態で地上を探してもらい、自分はこうやって暗くなり始めた頃に空からの捜索をすることになったのだが……

「やっぱり、宝石みたいな小さな物を空から探そうっていうのは無理なのかな?」

 しかし、だからと言って夜中に捜索するわけにもいかない。
 子供が深夜徘徊しているのを発見されると、昼間に追いかけられた時よりも厄介な事になりそうだからという事もあるが、昼間に歩いているアルフですら見つけられないジュエルシードを夜中に捜索するなんて難易度をあげるだけだろうから――

「あ、でも、空から探すよりはましかな?」

 地上に落ちたジュエルシードはそのうち暴走するだろうから、その時に見つけ出して封印処理をしてしまえばいいと母さんは言っていたので、それまで待っていてもいいのではとアルフが言ってくれたのを思い出す。

「でも、母さんのお願いだから……」

 それに、1分1秒でも早く母さんにジュエルシードを持って行ってあげたいからと言ってアルフの提案を拒絶してしまった手前、やっぱり暴走するのを待とうなんて言えない。

「でも、このままだと効率が悪すぎるのも事実だし…… とりあえず、今日の捜索を終わった後でアルフと相談してみよう。」

 黒尽くめの少年に尾行されている事に気づく事が無いまま……





 リンディ・ハラオウンは魔力感知に特化したストレージデバイスを持った状態で海鳴の町を散策していた。

(ジュエルシードはもちろん、私たち以外の魔導師の魔力も感知しないわねぇ……)

 アースラのシステムは確かにこの町の公園で次元震の様な現象が発生したとしているのにも拘らず、手がかり一つ発見できない事に焦っているのだ。

(すでにジュエルシードは何者かに全て回収されていると考えた方がいいのかしら? でもその場合、ジュエルシードを回収した人物は何故あんな現象を発生させたのかという疑問がどうしても残ってしまうわ。)

 これだけ何の痕跡も残さない人物があんな現象を起こした理由を考えてみた場合――自分が時空管理局に所属する人間だからかもしれないが――ある1つの仮定が浮かぶ。

(時空管理局――いえ、時空管理局の局員である事に関係なく、あの現象を感知できる魔導師に感知してもらって、この世界に来て欲しかった様にしか思えない。)

 しかし、そう考えてみると今度はまた別の――何故、あんな方法を取ったのかと言う疑問が思い浮かんでしまう。

(救難信号のつもりだとしたら、あれ1度きりというのもおかしいし――あら?)

ピピ ピピ

 デバイスが音を立てた――魔力を感知したのだ。

 その音を消してからリンディが慎重に辺りを見回してみると、青い色の――送られてきた資料に載っていたジュエルシードを発見した少年が変身できるという、この世界でいうフェレットに良く似た――小動物が、自分が進もうとしていた先の道で手招きしていた。

(……幻覚魔法? それも、他の人たちには見えていないみたい。)

 どうやら魔力を扱える者にしか見る事の出来ない特殊な物の様だ。

(いいでしょう。 その誘い、乗ってあげるわ。)





『クロノ君、補足したよ。 転移されない限り追跡もできる。』
「なら、後は任せた。」
『うん。 任された。』

 エイミィからの報告でクロノは謎の少女の追跡を止めた。

(さて…… また、ジュエルシードの捜索に戻るか。)

 溜息をついてとぼとぼと歩きだしたクロノの前に、1匹の青い小動物が現れた。

(!? あの色は、資料にあったジュエルシードの!?)

 小動物はその小さな手でおいでおいでと手招きをした。

(……誘っている? ついて行くべきか?)

 その姿は可愛らしい部分もある。 それは認める。 けれど、何処から見ても不自然で怪しい存在に警戒を緩める事はできない。

「エイミィ、聞こえるか」
『どうしたの?』
「今、僕の目の前にどう見ても怪しい、おそらく幻覚魔法で作られたと思われる青い色の小動物がいて、しかも手招きされている。」
『……は?』

 うん、その気持ちはわかる。

「何を言っているのかわからないかもしれないが、僕にもよくわからない。」
『え~、と?』
「今から誘いに乗ってみる。 手が空いている人に僕の追跡をさせてくれ。」
『……クロノ君を追跡だね? わかった。』
「頼んだ。」

 こちらの会話が終わったのを理解したのか、小動物はちょこちょこと進み始めた。

(何処に連れて行く気か知らないが、当ても無く歩き回るよりは良い……)



────────────────────



『艦長もですか。』

 青い小動物を追いかけて30分ほど経った頃、目的地に着く様子がないのでリンディはアースラに連絡を取っていた。

「も?」
『ええ、クロノ君もその青い小動物を追いかけています。』

 謎の少女にこの幻覚魔法の青い小動物。
 これまで何の手がかりも無かった事を考えると、青い小動物はまるでその謎の少女が発見されるのを待っていたかの様に思えるが……

(その場合、私やクロノの様子をどこかで見ていた人物が居た事になるけれど……)

 こちらのデバイスがこれまで何の反応も無かった事を考えると、その人物はかなりの実力を備えていると考えるべきだろう。

「エイミィ、その少女のデータをできるだけ詳しく録っていて頂戴。」
『わかりました。』

 青い小動物はちょこちょこと歩きながら、ちゃんとついて来ているかを確認する為なのか、時々こちらを振り返る。
 先ほどまではその可愛らしいしぐさに製作者は中々の腕前だなと微笑んでいたが、今はもうそれを見てもさらなる警戒心しか持てない。 持ちようが無い。





 定期的に連絡を取るエイミィからの報告によれば同じ場所をぐるぐる回ったりはしていないと言うので、目的地に向かっている事は確かなのだろうが……

「かれこれ1時間以上歩いているんだがな?」

 朝の早い時間から歩き回っていたクロノはこれまでの精神的な物ではない、肉体的な疲れを感じ始めていた。

(というか、その動物は手足が短すぎるんだよ。)

 一生懸命ちょこちょこと走る姿も振り返ってこちらを見る姿も、どちらも可愛らしいと感じていたのは最初の数分だけだった。
 その短い手足の為に移動速度は自分の普段の歩行速度よりもはるかに遅く、魔力持ちにしか見えない小動物の後をゆっくりとついて行く自分の姿を通り過ぎる人たちが不思議そうに、あるいは好奇の目で見て行くたびに自分は何をしているんだろうという気持ちが込み上げ気てくる様になった今では、もういい加減にしてくれとしか思えなくなってきた。

(……誰だか知らないが、コレを作ったやつは1度殴ってやる。)

 クロノがそんな不穏な考えをし始めた時、青い小動物は図書館の前でその動きを止めた。

「やっと終着点か?」

 こんな図書館に連れて来たかったのかとクロノが小動物に近づいてその首根っこを駄目もとで掴もうとしていると、図書館の自動ドアが開いて車椅子の少女が出てきた。

「あれ? また居るんかって――え?」
「うん? これは、君の仕業か?」

 車椅子の少女と自分を交互に見上げる小動物を指差して問うクロノに返ってきたのは

「あんた、その子の事が見えるんか?」

 少女の驚きに満ちた顔と声だった。





110206/投稿



[14762] Revenge04 見られる位置で
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/03/06 14:27
 ふと気付くと、そこは町の中とは思えないほど緑あふれる場所に来ていた。

(……車はもちろん、人通りも殆ど無い。 少し警戒心が足りなかったかしら?)

 青い小動物との距離は着かず離れずの距離を意識して歩いていたが、海鳴と言う町はそれなりに人通りがあったので、流石に人の目のあるところで攻撃してくる事は無いだろうと考えていたのが裏目に出たのかもしれない。

(追跡を止めて人通りの多い所まで戻るべきかしら? それともこのまま追跡を続けてみる? もしかしたらこの道は目的地に行く為に通らないといけないだけで、もう少ししたらまた人通りの多い道に戻る可能性もあるかもしれないし……)

 この道の先を見てみると、どうやら人通りの多い道と合流しそうではあるのだが――それもまた幻影である可能性もある。

(あら?)

 そんな事を考えていたら、前方から人影が――おそらく、クロノよりも幼い――少女が歩いて来た事に気づき、咄嗟に隠れた。

「♪~♪~♪」

 歌を歌いながら近づいてくる少女――学校帰りと言ったところだろうか?

「キュ!」

 突如、青い小動物の幻は後ろ足で立ち上がって右前脚を高く上げて声を出した。 ……その姿はまるで知り合いに挨拶をする人間の様であった。

「え?」
(なっ!?)

 幻の癖に声を出せるのかとか、その人間臭いしぐさとかよりもリンディを驚かせたのは、魔力を持った者にしか認識できないと思われる青い小動物の声に少女が反応した事だ。

「……また、来たんだ?」
「キュー!」
「はぁ……」

 少女はこの世界では珍しい魔力持ち――それも、かなりの魔力量の持ち主の様だ。
 しかし、あの年頃の女の子ならああいった小動物を可愛がりそうなものだが?

「お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにもお姉ちゃんにも、アリサちゃんにもすずかちゃんにも見えないし聞こえないみたいなのに、なんで私だけ……」

(なるほど)

 少女にとって、あの青い小動物は自分にしか見る事の出来ない気味の悪い物――幽霊とかそう言ったモノと同列でしかない様だ。

(あれが自分にしか見えないと言う事を確信するまでに色々あったのかもしれないわね。)

「やっぱり幽霊なのかな? でも、私、この子以外の幽霊なんて見た事ないし……」

 ……仕方ない、か。



────────────────────



「1週間くらい前から、か。」

 クロノは車椅子を押しながら案内されるままに道を歩く。

「そや。 近所のおばちゃんたちには見えへんみたいやったから、とうとう足だけじゃなくて頭にも何か障害が――」
「大丈夫、君は正常だよ。」

 自虐する少女の言葉を否定して、ついでにその頭を撫でてやる。 どうやらこの子の精神はかなり参ってしまっている様である。

「……ありがとう。」
「別に、感謝される様な事はしていないさ。」

 八神はやてと言う少女はかなりの魔力を持っている――が、何かがおかしい。
 おそらく、足の障害はその何かがおかしい魔力のせいだと思われた。

「あ、そこ曲がって。」
「ん。」

 案内されるままに道を曲がると、ふと――

(……何か――いや、何者かがこちらを見ている?)

 何者かの視線に気づいた。

(この青いヤツを作った奴か?)

 今の位置からだと見えないが、八神はやてが何も言わない事から推測するに今も彼女の足の上で丸まって寝ているはずの青い小動物を思い浮かべる。

(自分に八神を保護させたいのかと思ったが、違うのか?)

 何がしたいのか――いや、何をさせたいのかわからない。

(本局から治療魔法の専門家を――いや、家族に事情を説明して本局に連れて行った方が確実に治るだろうし、この謎の魔導師からも守りやすいか?)





【くろすけ……】
【まさか、あの2人が知り合いになるなんて……】

 はやてとクロノの後姿を追いかけながら、2匹の黒猫――リーゼアリアとリーゼロッテは予想外の事態にどうするべきか頭を悩ませる。

【どうする? クロノが闇の書の事を知っていたら……】
【……間違い無く、管理局に報告するだろうね。】

 仮に、クロノが闇の書の形を知らなかったとしてもはやての事をリンディは知る事になるのは間違いないし、そうなるとリンディもあの家を訪問するだろう。

【リンディは闇の書の事を知っているだろうから、こっちでできる事はもうないかも?】
【……お父様に報告しましょう。】

 その姿に似合わない溜息をついて、2匹は2人の尾行を続行した。



────────────────────



 心地良い風の吹く木陰に座って、このままではこの少女の心は壊れてしまうかもしれないと危惧したリンディはなのはに魔法について簡単な説明をした。

「じゃあ、これは魔法で作られた立体映像なんですか?」
「ええ。」

 リンディからアニメや漫画の中でしか存在しないはずの魔法の説明を聞いて好奇心を刺激されたのか、嬉しそうにそう訊ねるなのはにリンディは頷いた。

「そうなんだ…… そう、なんだ……」
「なのはちゃん?」

 突然のなのはの涙に、リンディは動揺する。
 自分を安心させる為にありもしない魔法をでっちあげてくれたのかと思われた、最悪、馬鹿にされたと感じ、怒りを通り越してそんな自分に涙したのかもしれないと。

「じゃあ、私の頭がおかしいとか、そう言う事じゃないんですね?」

 だが、リンディの不安は外れていた様だ。

「他の人には無い才能――この世界には珍しい魔力を持っているだけで、あなたの頭がおかしいわけじゃないわ。
 ……残念な事に、魔力を持っていない人にはその違いはわからないでしょうけど。」

 ここでなのはを全面的に肯定する事は容易いが、下手をするとこの世界では生きていけないような思考をするようになるかもしれない為、魔力を持っていない人から見た視点を考える様にと注意するのを忘れない。

「なのはさんはこれからご家族やお友達に対して、この子の事を忘れた様に振舞うのが良いかもしれないわね。」

 そして、これからどうするべきか、もっとも簡単な1つの道を提示する。

「忘れた様に?」
「ええ。 こう言っては何だけど、今回の事はご家族の方からしてもお友達からしても進んで話題にしたい話ではないと思わない?」

 自分の娘が、自分の友人が、突然何もいない空間に話しかけたりするのを進んで話題にしたい者など殆ど居ないはずだ。

 ……空気の読めないよほどの馬鹿でもない限りは。

「……そうかもしれません。」
「でしょう?
 だから、これからこの子の事を居ない様に振舞っていれば、そのうち『そんな事は無かった』とか、あるいは『子供の頃はそんな事もあるよね』と言う様に向こうの方で勝手に解釈してくれるようになると思うわよ。」

 消極的な方法だが、おそらく最も安易かつ有効な方法だろう。 ……最悪自分がなのはの家族や友人の記憶を操作してしまえば良いのだし。

「そのうち、ですか……」
「なのはさんのご家族だけになら、魔法の事を教えてもいいけど…… 正直、信じてもらえるとは思えないわ。 ……でも、この世界では魔法は秘匿しておいた方がいいモノだから、魔力を持っているなのはさんのご家族ならともかく、なのはさんのお友達に説明しない方が良い――いえ、決してその存在を明かしてはいけないと思うのよ。
 だから、辛いでしょうけど時間が解決するのを待つしかないわ。」

 自分の感覚はもちろん、デバイスの反応でもなのはの魔力が素晴らしい。 これほどの素質をもってしまっているのならば、時空管理局にスカウトすべきだと思う。
 それほどの魔力持ちが、こんな魔法の存在を認めていない世界で平穏に暮らそうするならば――自分が魔力を持っているなどと公言するべきではない。

「あの……」
「なぁに?」
「し、信じてもらえないかもしれないけど、でも、お父さんたちには…… その……」
「魔法の事を話したいのね?」
「……はい。」

 うつむいて返事をするなのはの様子を見て、リンディは考える。

(一応時空管理局の要職についている私が、これ程の魔力を持っている子供を放置するわけにはいかない。 だから、スカウトする事になるのはほぼ決定。
 スカウトするとして、それは私自身が行う事になるか、それともレティかその部下が行う事になるのかは今の処不明。 でも、彼女の返事次第では家族と離れ離れになる。
 その際、家族に魔法の事や時空管理局の事を説明すべきだから――)

 答えはあっさり出た。



 幻でしかない青い小動物がまた鳴いた。



────────────────────



 リンディがなのはの悩み事を聞いている頃、彼女の息子でアースラの切り札であるクロノはジュエルシードの探索もせずに八神家のはやての部屋に案内されていた。

「これは……」

 そんな彼が部屋に入って真っ先に気になったのは、1冊の本だった。

「それがどうかしたん?」
「ああ。」

 本棚から取り出したそれは、いつだったか分からないが、何処かで誰かに聞かされた事がある様な形をしていた。

(……思い出せない事を考えるのは後でいい。 今重要なのはこの本とはやての間に魔力的な繋がりが存在すると言う事だ。)

 もしかしたら、この少女の足が動かない原因はこの本にあるのかもしれない。

「この本から魔力を感じるんだ。」
「へ?」

 クロノの言葉が予想外だったのだろう。 はやての顔は驚きでいっぱいだった。

「少し調べてみたいのだが、これ、暫く貸してくれないか?」
「へ? あ、うん。 別にええけど?」
「ありがとう。」

 はやての許可を得たクロノが、S2Uにその本を収納しようとした瞬間!

「キュッ!」
「なんだっ!?」

パシュッ!!

 クロノをはやてと会わせた青い小動物はS2Uに突撃してその姿を消した。

「え? 何が起きたん?」
「……僕も、調べてみないとわからないな。」

 驚きと心配の声を上げたはやてにそう言ったクロノだが――

(やられた!!
 僕とはやてを会わせるのが目的だと思っていたのに、デバイスが真の目的だったとは!)

 自分の相棒であるS2Uに未知のプログラムがインストールされたと直感した。

(アースラで――いや、本局で、ウィルス対策の為に完全に独立した設備を使用してスキャンする必要があるかもしれない。)

「クロノさん?」
「で、僕は何処に座れば良いのかな?」
「あ、それじゃあ――」

 自分の迂闊さを反省しながら、はやてに魔法についての説明を続ける。



────────────────────



 リンディとクロノがそれぞれの場所で魔法について説明していた時、アースラのエイミィはクロノが現地で見つけた黒いバリアジャケットの少女を追跡していたのだが……

「獣の耳? 使い魔かな?」

 黒いバリアジャケットの少女は少女の仲間と思われる赤い髪の獣耳の女性と合流した。

「この子の使い魔だったら、面倒は少ないかもしれないんけど……」

 この赤毛がこの少女の使い魔ではなかったら、この世界には所属不明の魔導師がこの少女以外にも居ると言う事になる。
 それは、この世界で複数の魔導師が集まっている可能性が高いと言う事だ。

「もし管理外世界を支配する事を目的とする様な違法組織だったら、アースラだけじゃ対処できないかもしれない。」

 念の為に援軍要請の下書きでも準備しておくべきだろうか?

「艦長――ううん、せめてクロノ君が戻って来てくれれば相談できるのに。」

 厄介な事件になりませんようにとエイミィは祈った。



────────────────────



ピピピ
「!」
「あら。」

 突然の電子音に少し驚いたなのはに軽く謝罪して、リンディはポケットに入れていた魔力感知用のストレージデバイスを取り出した。

「この反応は――ジュエルシード!?」

 立ちあがって周囲を見回したリンディが発見したのは500メートルほど離れた場所で浮いている――クロノのそれよりもゴタゴタとした黒いバリアジャケットを纏った長い金色の髪の毛の女性だった。

(……できる!)

 デバイスにはジュエルシードの魔力の反応しかないのに、いつからこちらを見ているのかわからないあの人物は空中に浮いているのだ。

(どういう原理かわからないけれど……)

 専用のデバイスでさえ魔力を感知できないという事は、自分たちの周囲にはバインドがすでに設置されている可能性がある。

「なのはさん。」
「は、はい。」

 なのはもリンディの視線を辿る事で空中に浮いてこちらを見ている人物に気づいた。

「私から離れないで。」
「え? あ、はい。」

 何が何だかわからないが、それでも自分の悩みを真剣に聞いてくれた人の――それも、自分と同じ魔力を持っている人の言葉に従う。

(何時から居たのかわからないし、罠を仕掛けている可能性もある。 でも、あの場所から攻撃してくる可能性は低い。)

 攻撃をするつもりなら、気づかれる前に――デバイスがジュエルシードの魔力を感知する前に不意打ちを仕掛けてくる事ができたはずだから。

(むしろ、わざとジュエルシードの魔力を感知させる事で私かなのはさん、あるいは両方に自分の存在を教えようとしたとも考える事も――!!!)

 視界の隅で青い小動物が動いた。

「!?」

 まさか、これから意識を外させる為に!?

「くっ!」

 飛びかかって来たそれにデバイスを突き出す。 どの様な罠が在るのか分からないので、素手で触る事を避けたのだ。

パシュッ!!



────────────────────



「……やられちゃいましたね。」
「ええ……」
「……」

 デバイスに謎のプログラムを入れられて帰って来た親子にエイミィが溜息をつく。

「とりあえず本局に送りますね。」
「ええ、お願いするわ。」
「……頼む。」

 しかし、どの様なプログラムなのか全く見当もつかないので、2人が持ち帰ってきた2つのデバイスは封印処理を施してから本局に送る事に決まった。

「ああ、そうだ。」
「ん? 何?」

 ふと思い出したクロノは、はやてから借りたハンカチに巻いたそれを取り出した。

「何?」
「魔力を感じる本だ。 もしかしたら、ロストロギアかもしれない。」
「へぇ、どれどれ」

 エイミィが巻いてあるハンカチを取り払うと――

「本?」
「ああ、できればこれも本局に――」
「! クロノ! それをどこで!?」
「え?」
「艦長?」

 突然、大きな声を出したリンディに、クロノとエイミィは驚く事しかできない。

「ど、どうして、それが……」





110220/投稿
110306/誤字修正



[14762] Revenge05 こどくなにわで
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/03/06 15:39
「え?」

 リンディはその報告を確かに聞いたのだが、その内容があまりにも意外――というよりも予想外なものだったので思わずそんな声を漏らしてしまった。

「ですから、クロノ・ハラオウン執務管のストレージデバイス、S2Uに入れられてしまった謎のプログラム――というよりもテキストと画像を解析したところ、今までアルカンシェルによる対処療法が最も被害を少なくできると考えられてきた闇の書というロストロギアを完全に消滅させる方法があると言う事を証明する物だったそうです。」

 リンディさんでもこんな風に驚いたりする事があるんだなぁと考えながら、緩みそうになる頬に力を入れて、エイミィはもう1度報告した。
 数日前なら自分が読む事の出来ないレベルのそれを艦長に報告する――報告できると言う事が何を意味するのか、エイミィは良く知っていた。

「そ、そう、なの……」
「艦長?」

 3日ほど前にクロノが八神はやてと言う少女の家から闇の書と言うロストロギアをアースラに持ち帰って来てからリンディの様子がおかしいとは思ってはいたが、今のリンディは特におかしいとエイミィは考える。

(まぁ、リンディさんがこうなっちゃうのは仕方ない事なんだろうけど。)

 エイミィはリンディと闇の書の間に何かある事は間違いないと思い調べたのだ。
 その結果、リンディの夫でクロノの父である人がロストロギア関連の事件でアルカンシェルによって死んでいる事が(もっとも、ロストロギア関連の事件でクロノが父を失くしていると言う事は前から知っていたのだが)わかった。
 そして、今回送られてきた報告書によると闇の書というロストロギアは破壊しても復活する非常に厄介な代物で、前回――

(いや、昔の事はリンディさんが話したいと思った時に……)

 軽く、それでいて誰にも聞こえない様に深く息をして、今は報告を続ける事にする。

「それと――というよりも、本局としてはこちらを先にどうにかしたいと考えている様ですけど……」
「え?」

 闇の書と言う極悪なロストロギアよりも優先される様なモノがこの世界にあるのかとリンディは驚いた。

「えっと、艦長が持っていたデバイスに入っていたプログラムになんですけど。」
「ええ。」

 それも、自分が持っていたデバイスにそんな情報を書き込んだと? あの青い小動物の幻を作った人物、あるいは人物たちは、一体どの様な情報網を持っているというのか……

「そっちには、事故でこの世界に散らばってしまったジュエルシードを集めて、その力で大規模な次元震を起こして虚数空間を発生させようとしている人物がいるという情報が入っていたそうです。」
「次元震を起こして虚数空間を?」

 確かに、物騒な話である。

「はい。 こっちも闇の書同様色々と計算をしてみないと裏付けが取れないそうですけど、データをそのまま信じるのなら、この第97管理外世界だけではなく周辺世界のいくつかも発生した虚数空間によって消滅するそうです。」
「そうなの。」

 …

 ……

 ………

「……え?」



────────────────────



 真夜中、海鳴市の上空で2人は出会った。

「僕の名前はクロノ・ハラオウン、時空管理局の執務管だ。」
「!!」
「管理外世界での無断魔法使用について、君に――!」
「バルディッシュ!!」

 クロノがまだ喋っている途中だと言うのに、管理外世界を飛び回っていた黒いバリアジャケットの金髪――情報によるとフェイトと言う名前の少女は、起動させたデバイスに黄色い魔力の刃を発生させて突撃を仕掛けてきた。

「いきなりか!」

 少し声をかけただけなのに、本当に問答無用で襲いかかってくるなんてと驚きながらも、クロノはその攻撃を簡単に避けた。

「くっ! これはっ!?」

 そして、今度は突撃を回避されたフェイトが驚きの声を上げた。
 クロノが予め仕掛けておいたディレイバインドにかかってしまったのだ。

「ここまで情報通りだとはな……」

 クロノはフェイトに聞こえないほどに小さく呟いてから、バインドから抜け出そうともがいているフェイトの手からバルディッシュというインテリジェントデバイスを奪った。

「ああ!」

 フェイトの悔しがる声を聞きながら、クロノは昨日の短い会議を思い出した。



────────────────────



「まずは、管理外世界での魔法使用を理由に――要するに別件逮捕をします。」

 堂々とそう宣言した艦長を見て、集められた者たちは大きく頷いた。

「その後、彼女のデバイスを解析する事で『アジト』を突き止め、今度は『管理局に無断でロストロギアであるジュエルシードを集めようとしていた件』で乗りこんで、『クローン製造』を実証し、プレシア・テスタロッサを逮捕します。」

 リンディが今言った事はこの場に居る誰もが思いついた方法ではあるが、それはつまりこの場に居る誰もがその方法ならば確実にプレシア・テスタロッサを逮捕できるだろうと確信できる方法であるとも言える。
 ……もちろん、細かい部分を詰める必要はあるだろうが。

「幸い、この1週間で彼女と彼女の使い魔と思われる女の行動パターンは大体把握できています。 クロノ執務官には彼女が使い魔と離れている時に接触してもらいます。」

 使い魔を先に捕まえても尻尾を切られて警戒される事になるだろうから、捕まえるのならば少女の方が先である。

「了解。」
「エイミィたちは彼女のデバイスを安全に解析できる様に準備を。」
「了解しました。」
「デバイスの解析が終わる頃に本局からの援軍が来るように要請しているので、他の部署は戦闘準備をしていてください。
 配った資料にある通り、相手は高ランクの魔導師ですから。」
「了解。」
「了解。」
「了解しました。」



 出所は不明であるが、事前情報があるとこんなにもスムーズに物事を進める事ができるのかと、この場に居る誰もが思った。



────────────────────



 フェイトを捕まえて、それを知って襲いかかって来た使い魔のアルフの攻撃も予定通りに回避、予め仕掛けておいたディレイバインドで捕縛するという作戦をこれまた見事に成功させた為に、アジトに突入するまで手持無沙汰になったクロノはフェイトの相棒であるバルディッシュの解析の手伝いをしていた。

「……これはすごいな。」

 バルディッシュの性能の高さに流石は天才の作ったものだと感心する。

「ええ。 プレシア・テスタロッサがコレと同じかそれ以上の性能のデバイスを持っているかもしれないと考えるだけでゾッとします。」
「ああ。 資料で見ただけだが、彼女の魔導師としての技術は恐ろしいものがある。」

 そんな大魔導師がこんなデバイスを使って攻撃をしてきたら――

「勝てないとは言わないが、かなりの被害が出るだろうな。」
「バリアジャケットの強化でもしますか?」
「……そうしたいところだが、時間が無いな。」

 解析が終わる頃には本局からの援軍が来る事になっている。

「しかし……」
「うん?」
「艦長や執務管のデバイスに情報を書き込んだあの青い小動物の幻影を作った謎の人物は、どうやってこんな情報を入手したんでしょうかね?」

 それはクロノも――いや、誰もが気になっていた疑問だ。

「……あの情報には、プレシア・テスタロッサが虚数空間を発生させようとしている事は乗っていたが、何が目的でそうするのかは記されていなかった。」

 虚数空間を発生させると自分も危険な目に合う事になると言う事をプレシアほどの魔導師が知らないはずが無い。

「……はい。」

 だと言うのにそれを発生させようと言うのだから、何か――虚数空間を発生させなければ達成する事の出来ない何かがあるのだろうが……

「そういった事からも色々と考えられるが――」

 例えば、プレシア・テスタロッサの研究を支援していた者が、複数の世界が消滅してしまう様な危険な実験をしようとする彼女の行動についていけなくなった為に管理局に知らせたのではないか、とか……

「色々考えられるが?」
「……余計な先入観を持って事件に当たるのは危険だからな。 何より、それだと闇の書の事が説明できない。」
「……そうですね。」



────────────────────



 プレシア・テスタロッサはなぜこのような事態になったのかさっぱりわからなかった。

「何故、時空管理局が此処に?」

 何故、時空管理局の艦がこんな辺境に来ているのだろう?
 ……いや、管理外世界を管理局の艦がパトロールする事はあるのだから、万分の一以下の偶然でこの庭園が発見される事だってあるかもしれない。

「……何故?」

 1隻ならまだしも、5隻もやってくるなんてどう考えてもおかしい。
 なぜなら、時空管理局が常に人手不足なのだと言う事は生まれたばかりの子供でさえ知っている様な常識なのだから。

「そんな管理局が、こんな辺境を艦隊でパトロールするなんて絶対にあり得ない。」

 だとすると、考えられるのは此処で違法行為が行われていると言う情報を掴んだのかもしれないと言う事だが……

 自分が違法な研究をしていた事は認めよう。
 人形と犬にロストロギアを集める様に命じた事も認めよう。

 だが……

「私の研究を知っている者なんて極わずか。 仮に、私に材料を売った奴らが検挙されたのだとしても、その場合はすぐに連絡がくる……」

 闇の世界の人間にとって何よりも大事な事は信用だ。
 仮に、それができない様な電撃戦があったのだとしても、その場合は他のルートから何らかの連絡がくるはずなのだ。

「だとすると、残るのは人形と犬だけど、数分前に連絡があったばかり…… 犬はともかく、人形に私をだます様な知能と演技力は無い。
 仮に、人形が管理局に捕まったのだとしてもこの場所がこんなに早くばれるとは――犬が人形の為に情報を渡すと言う事はあるかしら?」

 だが、人形からの報告によればすでにジュエルシードを2つ見つけたはず。
 人形が捕まったのだとしても、その直前に私の下にジュエルシードを転送するくらいの事は可能なはずだ。
 それがなされていない以上、人形と犬が――いや、もうあの屑どもの事はどうでも良い。

「誰にも、私の邪魔はさせない。」



 時空管理局の艦からの通信を無視して、彼女は全ての傀儡兵を起動させる準備を始めた。





「艦長、通信を繋ぐ様子がありません。」

 エイミィは3度目の通信無視をリンディに報告した。

「そうですか。 ……仕方ありません、クロノに突入命令を!」
「了か――! 艦長!」
「どうしたの?」
「巨大人型――傀儡兵です!」

 空間モニターに、エイミィやリンディが知る物よりも明らかに性能が上であろう傀儡兵が数十体、時の庭園を守る様に出現した。

「……そう。 徹底抗戦と言うわけね。 良いでしょう! 総員戦闘体勢!」
「了解! 総員戦闘体勢に入ってください!」



────────────────────



 先に攻撃を仕掛けたのはプレシア・テスタロッサであり、彼女の大規模攻撃魔法によって武装隊の艦の1つが中破した。
 しかしアースラを含む4隻の艦は庭園に取り付く事に成功し、中破した艦のクルーが中心となってその4隻を傀儡兵から守る事となり、プレシアの攻撃魔法は管理局側の作戦を多少変更させはしたものの、止めさせるほどのモノとはならなかった。

 庭園内部に潜入した局員たちは瞬く間に内部を守る傀儡兵たちを多少の犠牲を出しはしたが黙らせる事に成功し、プレシア・テスタロッサを追い詰めたのだが……





ゴゴゴゴゴゴ
 突如、時の庭園が大きく揺れた。

「これは!?」

 庭園内に突入していたクロノは信じられない様な規模の魔力が暴走しているのをすぐさま感じ、今まで以上に周囲を警戒した。
 彼について来た他の局員たちも同じ様に警戒を強めた。

「……! まさか自爆か!?」

 クロノの頭に浮かんだのは自爆の2文字――だが……



 この1分後、武装隊によってプレシア・テスタロッサは捕縛され、クロノの予感はギリギリのところで回避されたのだった。



────────────────────



「よし!」

 この世界の母さんが時空管理局によって捕縛されたのを見届けて思わず声が出てしまい、慌てて両手で口を塞いだ。

(ママ、もう少し気をつけて!)
(ごめん。)

 だが、それも仕方ない事だと思う。
 師匠に似せたラブリーなフェレットで義兄と義母が使っていたデバイスへ闇の書と母の情報を組み込んだり、この世界のフェイトが時空管理局に保護されたのを確認した後でこの世界のフェイトになりすましてジュエルシードを見つけたという報告をしたりといった地味ながらも慎重さが必要な努力がやっと実ったのだから。

(ママが頑張ったのはわかっているけど、さ。)
(ヴィヴィオ~。)

 なかなか厳しい娘の意見に少し意気消沈しながらも、再び時の庭園の監視に戻る。

(ママ、これからどうするの? お師匠様から教えてもらった作戦は大成功したけど……)
(うん。 アースラ――リンディ義母さんにもっと容量の大きいデバイスを用意してもらって、それに闇の書からバグだけを取り除く魔法の構成をインストールさせてもらう。)

 クロノの相棒であるS2Uはなかなかのストレージデバイスであったが、闇の書や八神はやての現在の状態などの情報をある程度入れる必要があったので必要なモノを全て入れる事ができなかったのだ。

(お師匠様から貰った予備のストレージデバイスは?)
(あれは…… なんというか……
 残念だけど、今の管理局の技術力を大きく超えちゃっているから、そう簡単に世に出していい物じゃないんだよね。)

 師匠の教えてくれた事が全て真実ならば、あの人はあの青い世界で百年以上の時を過ごしており――魔法やデバイスの研究をずっとしてきたという事になる。

(……そうだった。)

 ヴィヴィオは母の言葉でお師匠様の異常性を再認識した。

(私が今使わせてもらっているデバイスすらも、インテリジェンスデバイスのバルディッシュの性能を大きく超えちゃっているからね。)

 正直、ストレージデバイスと呼ぶのもどうかと思える様な性能なのだ。

(うん…… お婆ちゃんや伯父さんは信用できる人たちだけど、時空管理局が信用できるわけじゃないもんね。)

 時空管理局のトップはあのジェイル・スカリエッティに危険なロストロギアを横流ししている可能性が高く、そんな連中に師匠が作ったデバイスの事が知られてしまったらどんな事になるか――考えるだけでも恐ろしい。

(そういうわけだから、あっちに容量の大きいデバイスを用意してもらう事が出来れば闇の書の問題は解決した様な物だと思う。)

 今回の件で自分たち――青い小動物の情報は信用に足るものだと時空管理局は考えてくれるだろうから、アルカンシェルの準備もちゃんとしてくれるだろう。

(じゃあ、ゆりかごは?)
(師匠に教えてもらった場所にあるかどうか確認して、そのうえでスカリエッティが何処に居るのかも調べ上げてから、どの作戦が――どういう作戦が一番効率が良いかヴィヴィオと一緒に考えようと思っているんだけど?)

 相手は狂っていても天才である。
 師匠が授けてくれた作戦を信用しないわけではないが、それでも不安が残ってしまうのは仕方ないと思う。

(……わかった。)

 ヴィヴィオもあの狂科学者の思考は良くわからないし、師匠も自分の作戦は成功率が高いだけで100%成功するわけではないと言っていた事を思い出し、この何とも言えない不安が無くなる――少しでも軽くなるように努力しようと思ってくれた。

(ありがと、ヴィヴィオ。)
(……ありがと、ママ。)

 お互いに相手の顔を見る事は出来ないが、それでも、その瞬間、同じ様に微笑み合う事ができたと確信できた。





 そしておよそ半年後、特にこれと言ったアクシデントも無いまま闇の書のバグはアルカンシェルによって消滅し、闇の書ははやてに4人の家族を残して完全消滅した。
 この事を喜んでいるだろうと思って見たリンディとクロノの顔が、何とも言えない表情であった事が何故か印象に残った。





110306/投稿



[14762] Revenge06 客観的な視点で
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/03/20 18:13
 闇の書が消滅してから6年ほどの時間が経ち、高町なのはと八神はやての2人が時空管理局から第97管理外世界と呼ばれている自分たちの世界から旅立つ日まで後1週間と言う日になった頃、それはやって来た。

「はやてちゃん……」
「うん?」

 八神家であちらでの生活について語りあっていたなのはが第一発見者だった。

「庭に、すっごく懐かしい物が居る様に見えるんだけど……」
「庭?」

 テーブルの位置の問題で庭に背を向けていたはやては、なのはのその言葉で振り返った事によってそれの第二発見者になった。

「見間違い、じゃ、ないよね?」
「……」

 なのはの確認の言葉が聞こえないのか、それともどう反応していいのか分からないのか、はやては返事をせず、ただ、庭に居るそれを見続け――

ギュッ
「……痛い。」

 自分の頬を思い切りつねった。

「……じゃあ、夢じゃないんだ?」
「……そういう事やね。」

 どうしていいのかわからない――静かに混乱している2人がそこから動く事が出来ないまま、ただただ無駄に時間が流れた。





「ただいまー! ギガ美味いアイス買ってきた――ど、どうしたんだ?」

 これから暫くこの世界に戻る事は無いからと顔なじみなった人たちと別れを言いに行っていたヴィータは、自分の大事な人とその友人が呆けたまま庭を見ているのを見て――少し引いた。

「……ヴィータちゃん。」
「な、なんだ?」
「ん。」
「ん、て言われても…… ん?」

 なのはが指差す方向を見て、ヴィータは第三発見者になった。

「ヴィータちゃんにも見えるんだ?」
「……ああ。」

 だが、ヴィータにはそれを見ている2人が呆けている理由がわからない。

「なあ、2人とも?」
「何?」
「なんや?」
「あれが何なのか、私にはよくわからないけど、さ?
 とりあえず、クロノの奴にでも報告した方がいいんじゃないのか?」
「……ああ!」
「……そっか!」

 慌ててクロノに連絡を入れようとし始めた2人の様子に、先ほどまでの変な空気は無いなと感じたヴィータは思わずほっと息をついた。



────────────────────



 翌日、なのはとはやてが八神家の玄関で出迎えたのはクロノではなくフェイトだった。

「みんな、久しぶりだね。」
「うん、久しぶりだね、フェイトちゃん。」
「こんなとこに来て大丈夫なん? 執務官になって急がしなったって聞いたで?」
「うん。 ……久しぶりの休暇だったんだ。」
「……そ、そうだったんだ。」
「……ほ、ほな、いこか。」

 笑顔のままで黒いオーラを纏ったフェイトをどう扱っていいのかわからない2人はさっさと用件を済ましてもらってじっくりと休んでもらう事にした。





「これが今用意できる中で一番容量の多いデバイスだって。」

 フェイトが持ってきたデバイスを庭に居るそれに見える様に持つ。

「へぇ……」
「私たちが使っているのより、少し大きいね。」

 すると、それはその小さな足を一生懸命に動かして八神家に入って来る。

「……あかん。」
「……だね。」
「狙ってやっているのなら、大したものだ。」
「そうね。」
「はやて、あっちに家買ったんだから――」
「駄目や。 確かに家は買ったけど、みんな忙しくて留守にする事の方が多くなるんやから、ペットはザフィーラで我慢し。」
「……」
「……ザフィーラ、今のは『なんでやねん。』ってツッコミ入れるとこやろ?」
「むぅ……」
「ザフィーラにツッコミを求めるのは酷だと思うわよ?」
「にゃはは……」

 それの可愛らしい姿に心奪われつつも家族漫才を始める八神一家に、なのはとフェイトは苦笑いする事しかできない。





「キュー!!」

 青い小動物の幻は、フェイトが持ってきたデバイスに飛び込んだ。



────────────────────



 それまで普通に歩いていた彼女が突然横に飛んだ。

タタン

 すると、それまで彼女が居た場所と歩くはずだった場所に2発の魔力弾が着弾した。

「なっ!?」

 感じた違和感に一瞬のロスもなく体が反応できたのは、他の姉妹たちとは違って何時も単独行動をしていたからだろうか?

「誰だ!?」

 魔力弾の飛んできた方向に向かって叫ぶが、返事は無い。
 もっとも、何者かからの返事を期待していたわけではなく、自分が正体不明の人物から攻撃を受けたと言う事をもしかしたらいるかもしれない通行人にわかってもらう事が叫んだ目的だったのでかまわないのだけれど――

「!?」

 けれど、それも期待できそうにない。

(しまった。 何時の間にか、結界の中に……)

 彼女は今、この結界の中に自分を攻撃した何者か――あるいは集団と共に閉じ込められてしまったようだと認識する。

(正体がばれたとは思えないけれど……)

 自分たちと自分の主は非合法な存在である事から、正体がばれてしまうわけにはいかないと常に周りの目を気にしながら行動をしてきたはずなのだし、何かミスしてしまった覚えも無い。
 だと言うのにこの様な事態になってしまったのは何故だろうか?

「何者です? 私に何の恨みがあって、この様な事をしているのですか?」

 やはり返事は無い。





 人の集中できる時間は精々数分である。 それは彼女も同じであり――

「ぇ?」

 何時まで経っても次のアクションが無い事に集中が切れるのと、彼女の意識が何者かに奪われたのはほぼ同時であった。





【どうだ?】

 クロノははやて経由で知り合い友人と呼べる程度には親しくなった本局査察部所属のヴェロッサ・アコース査察官に守備を訪ねた。

【ああ、例の情報どおり、ね。】
【なら…… この女性はジェイル・スカリエッティ製の?】
【うん。 彼女の名前はドゥーエ、その名の通り戦闘機人の2番目だそうだ。】

 正直な話、ヴェロッサは今では妹と言っても過言ではない八神はやてが保護された経緯を聞いても半信半疑だった。
 何処からともなく現れた青い小型生物が彼女と彼女の家族、さらには彼女の生まれた世界すらも救う事になったという話を大して面白くも無い物語だなと思っていたくらいだ。
 しかし、フェイト・テスタロッサ執務官が持ち帰ったストレージデバイスの情報がここまで正確であるとなると、もう信じるしかなかった。

【なら、やはり『ゆりかご』はスカリエッティ一味が所有しているのか?】
【……聖王教会で育った身としては、認めたくない事実ではあるけどね。】

 数年前に聖王の遺伝子がどうこうという話を聞いた事はあったが、その時すでに時空管理局に勤めていた彼は聖王教会の内部事情にそれ以上深く関わる事はできなかった。

【と言う事は、聖王のクローンはどこかで作られてしまっていると言う事か……】
【そうなるね。】

 しかし、あの時そんな言い訳をせずにもっと積極的に行動していれば、聖王のクローンが作られる事を未然に防げたかもしれないと思うと歯痒い気持ちになる。

【……じゃあ、予定通りに。】
【ああ。 あの情報が真実だと僕が調べたと伝えたら――あの2人の事だから、聖王教会の戦力を出せるだけ出して今回の作戦に当たる事になると思う。】

 ヴェロッサのその言葉にクロノは大きく頷いた。





「いや、しかし……
 まさか、『何者かに襲われて1週間も眠り続けている女性』の記憶から、女性を襲った犯人を捜し出そう――それができなくても、せめて、犯人の手掛かりの1つでも見つけ出そうと言う話が、こんな結果になるとは思ってもいなかったよ。」
「……ああ、まったくだ。」

 わざとらしい会話を残して、男2人はそれぞれの行くべき場所へ向かった。



────────────────────



ドオオオオオオオオオオン

 時空管理局と聖王教会の共同作戦が開始されようとしたその瞬間、その場に居た誰もが耳を押さえたくなる様な爆音と目を閉じてしまう様な閃光が太陽の方向から作戦遂行の目的地へと突き刺さった!

「な、なんてでたらめな砲撃……」
「……凄すぎる。」

 大穴の空いた地面――聖王のゆりかごが埋まっているであろう地点からは黒い煙と時折小さな爆発音が漏れだす。

「おそらく、魔力炉を狙い撃ちにしたんだ。」
「……そうみたいだね。」

 クロノの言葉にフェイトが応える。

「じゃあ、もうゆりかごは飛べないんだね?」
「……そう考えてええの?」
「……油断は禁物だけど、私はそう考えて良いと思う。」
「僕もそう思うが、一応騎士カリムとも確認し合った方がいいだろうな。」

 なのはとはやての質問にフェイトとクロノは答え、作戦内容に何の変更も無い事を作戦に参加している全員に伝える。

「情報通りなら、ヴィータちゃんを後ろから刺したロボットがたくさんいるんだよね?」
「……そのはずだ。」

 姿を隠す事の出来るガジェットドローンと呼ばれる敵の兵器対策としてヴィータだけでなく、今回の作戦に参加している者全員が例の情報によって以前よりも硬度を増す事に成功した改良型のバリアジャケットを身に纏っている。

「あの時はこんな使い勝手の良い鎧じゃなかったし、何より背中を守る見方も居なかったからな。 ……今回はあんな無様な事にはならないさ。」
「そうや!」

 はやてがヴィータのその言葉に大きく頷く。

「ガジェットの材質が変わってなければ、私とザフィーラの鼻で位置が特定できるしね。」
「うむ。」
「私も常に感知魔法を使う様にするし、シグナムのレヴァンテインなら四方八方から襲われてもある程度対処できるわ。 そうよね?」
「ああ。 本作戦中、私はガジェットの全滅が確認できるまでシュランゲフォルムで警戒と防御に専念する事になっている。 レヴァンテインの射程内の味方は誰ひとり、かすり傷1つ負わさないつもりだ。」

 シグナムはレヴァンテインを蛇の様にうねうねと動かしながら胸を張る。

「私は砲撃中心になるから、シグナムさんが守ってくれると安心です。」
「シグナムさんがなのはを守ってくれるなら、私も安心して突入できます。」
「うん。 私の家族に任せて安心やで。」

 はやてと一緒に魔力弾をばら撒く事になっているなのはは中学卒業の記念にクロノからプレゼントされたストレージデバイスを起動させて準備をし、はやても技術部から渡された試作品のデバイスに慎重に魔力を込めながら家族自慢をする。
 フェイトはそんな2人を見て笑顔になるが……

(みんなと別行動になれて良かった。
 プロジェクト「F.A.T.E」の重要人物であるジェイル・スカリエッティを相手にする時、きっと私は酷い顔になるから……)

 聖王の遺伝子を奪われたという聖王教会側は別として、時空管理局の人間であの男に私怨の様な感情を持って作戦に参加しているのは自分だけだろうと彼女は理解していた。



 地に空いた穴から立ち上る噴煙と共に大量のガジェットが飛び出てきて――



────────────────────



 2人の執務管――フェイト・テスタロッサとクロノ・ハラオウンに連れられたジェイル・スカリエッティを望遠鏡越しに確認した。

(……終わったね。)
「そうだね。」

 高町なのはと八神はやて、そして八神家の4人がスカリエッティの――その、余りにもひどいボロボロな姿を見て引いているのも見る事ができる。

「……本当に、終わったんだね。」

 本当ならそんな風景を見てすっきりした気持ちになるはずだったのだが……

(ママ?)

「……」

 彼女の顔はとても晴々しい物とは言えない。

(どうしたの?)

 娘は母の様子に戸惑う。

「……何でも無いよ。」
(でも……)
「本当に、何でも無い。
 ……ただ、何だったんだろうなって、そう、思っただけだから。」
(?)

 一目で過剰とわかるくらいにバインドでぐるぐる巻きにされた戦闘機人たちも時空管理局の武装隊や聖王教会の騎士たちによって連行されていく。

(……でも、これが一番、傷つく人が少ない方法だったんでしょう?)

 娘は、母の言いたい事が何となくわかった。

「うん。」

 母もわかっているのだ。
 これが、自分たちにできる最良の方法であったと言う事は。

「それでも、ね?」

 彼女たちが誰にも気づかれない間に全て回収した事で、第97管理外世界に散り散りになったジュエルシードによって傷ついた者は居なかった。
 八神はやてを主に選んだ闇の書も、闇の書のシステムの1つである守護騎士たちも、誰かを傷つける事も無かった。

(あ、誰かこっちに来るよ?)

 そして、かつて彼女が関わる事になった事件を先回りする事で被害を最小限に抑える事ができたりもした。

「……義母さんと高町さん――騎士カリムとシスターの人か。」

 ゆりかごも空に浮かぶ事が無く、小さな子供にレリックという危険物が埋め込まれるという悲劇も起こらな――起こる前に全て終わらせる事ができた。

(いいの?)
「うん。 最後だしね。」





「初めまして、で良いのかしら?」
「ええ。」

 最初に動いたのはリンディだった。
 カリムとシャッハは彼女の姿を見て驚き、出遅れてしまったのだ。

「今回のジェイル・スカリエッティとその一味、そしてゆりかごの情報を提供して頂いた事、時空管理局の重役にある者として感謝します。」

 情報提供によって極悪犯罪者であるジェイル・スカリエッティを捕縛できた事についての感謝を表す。 言外に脳みそだけになっても生き続ける事を選んだ者たちの罪も暴けた事も告げるのも忘れない。

「いえ、聖王の――古代ベルカに縁のある者として当然の事をしただけです。」

 そんなリンディに対して、彼女も相手側が「だから情報を持っていたか。」と勝手に推測してくれる情報を与える。
 実際、カリムとシャッハはその言葉を聞いて再び目を大きくしている。

(……聖王や古代ベルカに縁があるというのは嘘じゃないけど……)

 娘はそんな2人と母の堂々とした様子を見て少し呆れる。

「できれば、これから私たちと一緒に――」
「いや、それはできません。」
「え?」
「!?」
「どういう――っ!?」

 断られるとは思っていたが、こんなにはっきりと告げられるとは思っていなかったリンディたちの目の前で、聖王の血を引いているらしき女性は青い輝きと共に消えたのだった。





110320/投稿



[14762] Revenge あとがきと……
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/03/20 18:16
●01 再び同じ場所で
・フェイトさん、再び逆行
 バルディッシュは壊れたままで、あるのはクロノに組んでもらったストレージデバイス。

・ヴィヴィオ
 フェイトの言葉に返事をするのが遅れたのは、アルカンシェルからフェイトを守るのに力を使っていたから。


●02 見知らぬ空間で

・穴
 Retry02ではやてが図書館のゴミ箱に捨てた小さなメモ用紙の事を憶えている人はどれだけいるのだろうか?

・青い空間
 師匠と出会い、アルフと再会する。

・逆行について
 アルフが逆行すると、その世界のアルフと融合してしまう。
 しかし、フェイトとアルフが融合した存在はその世界に存在しないので、そのまま逆行できた。

・一番厄介
 それが誰なのかは……


●03 訪問先の世界で

・次元震モドキ
 疑似餌。

・青い小さな獣
 これがデバイスに飛び込むとは、ハラオウン親子でも考えつかなかった。


●04 見られる位置で

・なのはとはやて
 ある意味被害者。 でも、万が一の事態を考えると……

・英国紳士?
 出番なんてなかった。

・500メートル
 アースラの艦長であるリンディなら、それくらいの距離を見る事ができる、あるいは、無詠唱で視力を強化する魔法が使えるはずだと信じたい。
 なのはも、高速戦闘と遠距離射撃の素質があるのだから……


●05 こどくなにわで

・PT事件解決
 クロノが自爆するつもりなのかと驚いていたが、実際はプレシアが駄目元で魔力炉を暴走させて虚数空間を発生させようとしただけ。

・闇の書消滅
 リィンフォースが助かる方法を研究する時間なんて無いのだから仕方ない。


●06 客観的な視点で

・なのはとはやて
 学歴は中卒。

・フェイト
 執務管として頑張っている。

・2番さん
 正体がばれているスパイの末路。

・ゆりかご破壊
・JS事件起こらず



────────────────────



 とある管理外世界の地下深く、たくさんの空間モニターと機械がある広い部屋に5歳くらいの少年が笑顔を浮かべながら入室した。

「やあ、調子はどうだい?」
「順調だよ。」

 入室した少年の質問に返事をしたのは、同じ年頃の――それどころか、まったく同じ顔の少年だった。

「こっちも順調だ。」
「こっちもだ。」
「もちろん。」
「問題ないね。」

 同じ様な返事をしたのも、同じ顔の少年たちだった。

「そちらは違うのかい?」

 入室したばかりの少年が、返事のない方に向かって再び声をかけると

「うるさいわね。」
「情報の共有化ができるくせにいちいち確認作業をするあなたたちとは違うのよ。」
「定期的にレポートを出しているんだから、それでも読んでいなさい。」

 少年たちよりも少し年上と思われる、同じ顔(少年たちと同じ顔という意味ではない)の少女たちが怒鳴り声を上げた。

「ふぅ…… そんなに怒っていると、その若さでまた皺だらけになるよ?」
「黙れ。」
「オリジナルを侮辱するなら、協力するのをやめるわよ?」
「そもそも、オリジナルもそんなに皺はなかったわ。」

 少女たちの声を聞きながら、少年たちはやれやれといった様に両肩を動かす。

プシュー

「ただいま戻りました。」

 髪の長い1人の女性が子供たちが作業をしている部屋に入室した。

「おや、マイマザーじゃないか。」
「おかえり。」
「作戦は上手くいったかい?」
「はい。 ロストロギアの保管庫は完全に消滅しました。」
「そうか。」
「よくやってくれた。」

 女性の働きを褒めながら、少年たちは部屋の中央に浮かぶ巨大な空間モニターに目を向ける。

「もうすぐだ。」

 そこには、巨大な何かの設計図が映し出されていた。





Replica



[14762] Replica01 壊れた日常
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2011/04/03 21:00
 時空管理局には保管庫と呼ばれている――正確にはもっと長い正式名称があるのだが――場所が在った。
 そこに保管されているのはロストロギアの中でも特に危険性の高い、例えば世界を消滅させる事が可能な物であり、それゆえに保管庫の正確な位置を知る者は時空管理局でもごくわずかである。

 いや、ごくわずかであるはずだった。





「うん?」

 某デパートの地下で春のお菓子フェアというイベントに参加する事になり、2週間限定で出店する事になった小さな店、その責任者としての初日を無事に終える事ができ、アルバイトの人たちが帰って一息ついていたら「お店に行ったら此処に居るって聞いて」と、突然訪ねてきて話があるんやけどと言った親友に売れ残ったケーキと紅茶を出しながら、「そんな自分と関係の無い話をされてもなあ?」とか「何で、映画とかの前振りとか予告みたいな喋り方なんだろう?」と思いながらも彼女は話の続きを促した。

「まあ要するに、ほんの少し前は知っている人は殆ど居なかったんやけど、今じゃ知らない人は居ない――ううん、もう誰も知らないって言うべきなんか?」
「どういう事?」

 彼女の親友――八神はやては、彼女が自分の話についてこれていない事を感じながらもそのまま話を続けさせてくれる気があるのだと安堵した。 が、このまま1か10まで全部説明するよりも――

「つまり――」

 はやては彼女が出してくれた一口サイズの苺のケーキが乗っている皿を手に取って――

「こういう事や。」

 フォークでケーキを刺してそのままパクリと口に含んだ。

「?」

 わけがわからないという顔の彼女の前に、ケーキの乗っていた皿を見せる。

「ふはひ…… んぐ…… ん。
 つまり、この皿の上にケーキが在ったけど、今そのケーキがどこにあるか――まあ、私のお腹の中にあるわけやけど、そこは置いといて――ケーキがどこにあるのかは誰も知らないけど、ケーキが何処に在ったのか――」
「ちょ、ちょっと待って?」
「ん。」

 はやてはケーキと一緒に出された紅茶を口につける事でそれに応える。
 一口サイズではあったが慌てて飲み込もうとしたため少し苦しかったと言うのもあるが。

「えっと、つまり……」

 はやての親友――高町なのはは十数年前に師匠から教えてもらったマルチタスクも使って考え始める。

 皿の上のケーキが何処に行ったのかは誰も知らない。
 けれど、ケーキがどの皿の上に乗っていたのかは殆どの人が知っている。

 保管庫が何処にある――いや、何処に在ったのか知らない人はほとんど居なくなったと言う事は、時空管理局の職員じゃない人たちにもその場所がばれてしまった、あるいは公表するしかない状況になったと言う事だろうか?

 その様な事から考えて――

「保管庫、消えちゃったの?
 それも、管理局の人たちだけじゃなくて、一般の人たちにもわかる様な――例えば、大規模な次元震が起こって、それによって生じた虚数空間に呑みこまれたとか、して?」

 なのはは1つの結論を出す。

「正解! さすがなのはちゃんやね。
 たったあれだけの話でその答えが出せるんやからすごいわ。」

 はやてはなのはに賞賛の拍手を送った。

「まあ、より正確に言うと、虚数空間を発生させる為に次元震が起きたんやけど。」
「え? ……それって、もしかして?」
「そや。 そんだけ危険なロストロギア、盗まれたりしたら大変や。
 やから、いざという時の為にセキュリティの最終段階として虚数空間を発生させてその中に保管庫ごと突っ込む様になっていたらしいんよ。」
「じゃあ、保管庫に泥棒が入ったんだ?」
「保管庫はもう無いから、本当の処はわからんのやけど、その可能性が濃厚らしい。」

 ケーキとワインを全て平らげたはやてを見て、なのははいつもは年末年始か何かの行事くらいにしか来ない彼女がこんな夜中に自分の家を訪れた理由の1つがわかった。

「保管庫に、ジュエルシードが?」
「そういう事。」

 彼女たちが魔法を得る事になったきっかけとも言える、世界を滅ぼせるロストロギアがこの世のどこにも存在しなくなった事を伝えに来たのだと。
 もしかしたら、ロストロギアの盗難を防ぐ為の虚数空間発生装置に組み込まれていたという可能性もあるかもしれない。

「……でも、それだけを言いに来たわけじゃないよね? だって、それだけなら今度のお正月に来た時でいいものね?」

 まあ、それを口実にして会いに来てくれたというのなら、それはそれで嬉しいのだけれど、無限書庫の司書長というよくわからないけど偉そうな肩書を持つ事になって忙しくなったと愚痴をこぼしていた親友がそんな事の為に訪ねてくるとは思えない。
 ジュエルシードが無くなった事が、何か大きな事件に関係があって、それで自分に協力をして欲しくて訪ねてきたと考える方が――

「なのはちゃん!」
《ラウンジシールド》

ガシャン! ガシャガシャガシャン!!

 突然、広い店内を照らしていた複数の蛍光灯が割れた。

「きゃっ!」

 はやてが咄嗟に防御する事ができたのだが、2人を狙った攻撃が全てシールドによって天井や床へと跳弾したことで蛍光灯が割れたのだ。
 割れた蛍光灯の破片によって2人が怪我をする事はもちろん無かったが、攻撃された事と目に見える範囲が先ほどよりも暗くなった事が2人を精神的に追い詰める。

「なんで!?」
「これは――!?」

 師匠の様に相棒と呼べるようなデバイスが欲しいと思い、使う暇の無いお給料数ヶ月分で買ったインテリジェントデバイスのおかげで助かったわと考えながら、誰が、何処から、こんなふざけた事をしてくれたのかと魔法で周囲をサーチしたはやては犯人を発見し、その正体に驚いた。

「なんやて!?」

 それは、6年ほど前――聖王のゆりかごが浮上した時に見た事があるガジェットドローンの1種に似ていたのだ。

「な、何コレ!?」
「敵や! それも、結構な数!」

 はやてはラウンドシールドから結界型の防御魔法へと切り替えながら、緊急事態である事を管理局へ伝えようと――

「あかんか。」

 通信ができない。
 おそらく通信妨害をしているガジェットがどこかに居るのだ。

「え?」
「とにかく逃げるで!」
「う、うん!」

 状況が状況だけに空を飛んで逃げるのはきついだろうし、世界を超える魔法を使用するのは無理だが、短距離転移魔法を使う事くらいは――

「はやてちゃん!」

 その瞬間、何時の間にか2人をすぐ側まで来て囲んでいた数体のガジェットドローンが爆発した。



 さきほどは広い店内といったが、所詮はデパートの地下である。
 むしろその空間は爆風の逃げ道を防ぐ事になり、はやてが咄嗟に展開した結界では防ぐ事ができないほどにガジェットドローンの爆発の威力を高めることとなった。



────────────────────



「通り魔って?」

 クラスメイトの中にも特に親しいと呼べる人が居ない為にSHRで担任から聞かされて初めてその存在を知り、恥を忍んで隣の席のクラスメイトに聞いた。

「知らないの?」
「ええ。」
「そっか…… 1ヶ月くらい前から噂になっていたんだけど…… まぁ、仕方ないか。」

 その噂はそんなに前から流れていたらしい。

「確か…… 3、4年くらい前にも問題になって――ほら、ストライクアーツとかの有段者とかを路上で襲って瀕死にする事件がたくさんあったのを憶えている?」
「え? え、ええ。」

 憶えているも何も…… 犯人は私です。

「あ、さすがにそれは知っているんだ。」
「ええ。 新聞にも出てましたし…… でも、それと今回の通り魔とどんな――」
「暫く出てこなかったけど、最近になってまた活動を再開したんじゃないかって。」
「へ?」
「『へ?』って……
 まぁ、模倣犯の可能性もあるらしいけど……
 襲われた人たちは重体で、事情聴取ができないって点が前回と大きく違うけど、模倣犯が出るにはちょっと時間がたちすぎているし、同一人物の可能性が濃厚だろうって言われているらしいよ?」

 何と言う事だろう……



 それから1週間、不自然ではない程度に情報を集め続けたが、どうも本当に通り魔と自分が同一人物だと思われているようだという事がわかった。

「私がどうにかしないと……」

 今回の通り魔は3年前のとは別人だとわかっているのは自分だけである。
 しかし、当たり前だがその事を誰かに告げる事はできないので、汚名を晴らすには自分でどうにかするしかない。 そう判断した彼女は――

「噂が本当なら、そろそろ――のはず……」

 通り魔が良く出没すると言う人通りの少ない道の物陰に隠れ、デバイスで時間を確認しながら、彼女は最近噂になっている人物を待っていた――

「そろそろ……」

 ――のだが、人影どころか野良犬野良猫の1匹も通らない。

「……今日は、もう、来ない?」

 そもそも、今回の通り魔がかつての自分の模倣犯ならば、それなりの実力者が通る時間と場所を調べて、彼らが1人になる時を狙わなければならない。
 にも関わらず、この人通りの少ない道に『限定』して出没するというのはおかしな話である。

「今日は帰って、情報を集め――!?」

 髪の長い女性が1人で歩いて来た。

「……う」

 その長い髪は金色で、左右の目の色が違う――それは、自分ではない自分の記憶に在る聖王そのものであった。

「う、そ……」

 6年前に浮上したゆりかごには聖王のクローンが乗っていたという情報を(不正な手段で)知る事ができたが、今目の前に居る女性もそうなのだろうか?

 聖王のクローンは6年前の1人だけではなく、何人もいるというのか!?

「でも、なんで……?」

 目の前の彼女が聖王のクローンであり、その記憶を有していると仮定した場合、3年前の自分の様に己の強さを確認したいと考えるだろうか?
 いや、そもそも非合法なクローンがたった1人で――人通りが少ないとはいえ――こんな街中を歩く事ができるだろうか?

「……まさか、性能実験?」

 ゆりかごの事件の時には戦闘機人というある種のサイボーグも稼働していたらしい。
 もしも、聖王のクローンを戦闘機人化する事ができたとしたら――いや、戦闘機人化していなくても、その、純粋に聖王の性能を確認しているとしたら?

(この周辺には監視や情報収集をしやすいように、隠しカメラを設置している可能性が高い――いや、設置しているからこそ通り魔は決まった場所に現れるって事――!!
 だとすると、自分が此処に隠れている姿もカメラに録られている!!

 どうする? どうするべきだ?

 これまでの被害者に死者はいない。 いない、が……

 『目撃者は消す』という組織だった場合、このまま此処に隠れ続けるのは危険だ。
 マスコミに取り上げられるようなアスリートを相手にしても――そう、5人くらいならば、倒す事は出来なくても逃げ切る事ができる自信はある。
 だが、相手はクローンを作る様な非合法な組織だ。
 それなりの魔導師はいるだろうし、もしかしたら――いや、聖王のクローンが『聖王と全く変わらない能力を持っている』とした場合、彼女が『聖王の鎧』を展開して脱走した時の対策として何らかの手段――例えば、広域殲滅ができるような質量兵器などを準備している事も考えられる。

 腕に自信があるとはいえ所詮は1人、そんな奴らから逃げ切る事ができるだろうか?

(でも、逃げなければ殺されるかもしれない。)

 しかし、このまま隠れ続ける事が安全かもしれない、とも思う。
 そう、自分が此処に居る事に気づかれていない可能性も、非常に低いが、あるのだ。

 なぜならば――『目撃者は消す』のならば、此処に自分が隠れているとわかっているのだから、彼女をこの場に出さなければ、行方不明者を、事件を起こさずに済む。 それはつまり、『聖王のクローンを目撃した人物を取り逃がす可能性』が0であるという事。
 非合法な組織であるならば、わずかなリスクでも避けたいはずなのだから――

(もっとも、子供1人消し損ねる事なんて万が一にも有り得ないと考えている可能性もあるけれど……)

 隠れ続けるよりも逃げた方が良い、逃げるべきだ、とは思う。
 しかし、逃げるタイミングというのも重要だと思う。

(彼女が噂の通り魔なのだとしたら、それなりの実力者がそろそろ現れるはず。 2人が戦っている間にこっそりとこの場から脱出を狙った方が逃げ切れる可能性は高い。
 それに、今日の犠牲者には悪いけれど、今のところ被害者に――喋れないほどの重体だけれど死者が出ていない事を考えると、興味本位で除きに来た子供が実際に戦っているのを見て恐ろしくなり、逃げ出したという風に思ってくれれば、そのまま見逃してくれる可能性もそれなりにあるかもしれないし……)

 もしかしたら、被害者たちは魔法で記憶を弄られており、だからこそ死者が出ていないという可能性もあるけれど、それならそれで命の危険は無いという事で、最悪でも捕まって記憶を消されて警察に保護されるだけ――

「え?」

 胸を、透明な何か――

「うそ…… で、しょ……?」

 透明な刃が、貫いている。

「なん、で?」

 振り向くと、そこには6年前のゆりかご事件の時に町を破壊したガジェットとか呼ばれていた物の、バージョンアップ版とでも言える様な物が……

「『通り魔の噂』はあなたをおびき寄せる為の『罠』だったと言う事です。」
「!?」

 さきほどまで虚ろな瞳で歩いていたはずの聖王のクローンが、何時の間にか――ガジェットの横に立っていた。

「罠?」
「ええ。 ……この姿も、ね?」

 彼女の顔が、瞳の色が、変わっていく――いや、変装を解いたのか。

「ぅ…… ぁ……」

 どうしてこんな手の込んだ罠を、とか、どうして自分を殺さなければならないのか、とか、色々と聞きたい事はたくさんあるが――あるけれど……

スッ

 変装を解いた女の右手の指3本に、爪の様な刺突武器が現れる。



────────────────────



シャーッ
 開いた扉から、自分を生んでくれた女性が入って来たのを彼は確認した。

「ただいま帰りました。」
「おかえり。」

 彼――ジェイル・スカリエッティのクローンである少年は作業の手を止める。

「うまくいったかい?」
「はい。
『ベルカの王』と縁のある存在は――クローン体を除いた全てを処置できたはずです。」
「わかった。 それじゃあ次は、無限書庫関係の方を頼むよ。
 管理外世界で八神はやてを消したとはいえ、司書たちはまだいるし――あ、それともクアットロたちの解放を先にした方が良いかな……?」

 少年は少し悩んだものの、クアットロたちの解放を優先するように女性――ドゥーエに命じる事にした。 協力者やガジェットが在るとはいえ、人手は足りないのだ。

「わかりました。」
「うん。 よろしく頼むよ。」



────────────────────



 地下で起きた大規模な爆発によって崩壊、炎上しているデパートの残骸を見下ろす。

「間に合わなかったというのか?」
「そんな……」
「はやて……」
「……主の結界は異常なほどに固い。 諦めるのは、まだ、はやい、はずだ。」

 無限書庫の職員が次々と襲われると言う事件が起きたと聞いてすぐに追いかけてきたのだが、目の前の悲惨な状況に暫し呆然としてしまった

「そう、だな。 とにかく、瓦礫をどかす事から始めよう。」
「……ええ。」
「ザフィーラ!」
「ああ、封鎖領域を使――!?」

 ザフィーラが結界魔法を使おうとしたその時、瓦礫の上空に何者かが転移してきた。

「! あれは!!」
「なのはちゃん!?」
「おい、にゃのはが抱えているのって!」
「シャマル! 2人とも怪我をしている様だ!」

 なのはも、なのはが抱えているはやてもボロボロである。

「ええ! なのはちゃん!! こっち!!

 そう叫んですぐにシャマルは治療用の魔法の準備に取り掛かり、ザフィーラは結界魔法を展開する。





「ありがと、なのはちゃん。 まさか、こんな事になるとは思って無かったわ。」
「……」
「なのはちゃん?」

「わ、私の、お店……」





110403/投稿



[14762] Replica02 生きるべきか死ぬべきか
Name: 社符瑠◆3455d794 ID:7cee84d2
Date: 2011/05/15 22:06
 崩壊、炎上しているデパートからタクシーで30分ほど離れた場所にあるファミリーレストランに、なのはとはやて、2人の姿が在った。

【これで、私たちのアリバイは大丈夫なの?】
【そやね。 結構派手に燃えてたから、監視カメラの映像とか残って無いと思うけど――念の為にみんなが証拠隠滅に動いてくれてるから、あの大惨事に私たちが関係しているって証拠は何にも無くなるはずや。】

 シグナムたちが証拠隠滅している間にデパートから離れたファミリーレストランの防犯カメラに映る事でアリバイを作る事にしたのだ。

「はぁ……」

 翠屋を継ぐか、支店を作るか、それとも全く別の名前の店を持って独立するか、今回のデパ地下出店は自分の将来をある程度決めてしまう様な重大なものであったのに、こんな結末になってしまうとは思ってもいなかったなのはは、大きくため息をついた。

「ふぅ……」

 はやても大きく息を吐いた。
 彼女も年末以外の帰郷は久しぶりだったのにこんな事になってしまった事が残念で仕方ないという事もあるが、何よりもなのはを――結果的には助けられてしまったが――守る事ができて安心したからだ。





「予言?」

 アリバイ作り兼証拠隠滅を終えた守護騎士たちが疲れた顔で主とその親友のいるファミリーレストランに合流し、一息ついたところではやては自分がこの世界に来た理由を説明する事にしたのだが、その胡散臭い単語になのはが眉をひそめた。

「はっきり言って、魔法の存在を知らなかったら『そんなん信じるか、アホ。』って済ませる処なんやけどね? 困った事にこのレアスキルの的中率はかなり高いらしいんや。」

 もっとも、時空管理局のお偉いさんの中でもこの予言を頭から信じるのはベルカの関係者くらいなんやけどと言葉を続けた。

「それで、どんな予言だったの?
 こっちに来たって事は――もしかして、さっきの自爆機械たちに私たちが襲われるって予言だ――違うか。」

 もしもそう言う予言だったのなら、先ほどのジュエルシードがこの世界から消えたという話ではなくて、最初から『保護しに来た』と言うはずだ。

「それが――私もリンディさんから少し聞いただけで詳しくは知らないんやけど、なんでも、『ジュエルシードの関係者が時空管理局を絶体絶命の危機から救うだろう』って感じの物だったらしいんやわ。」
「……なにそれ?」
「……私も、大怪我したリンディさんから直接聞いてなかったら、今のなのはちゃんと同じ反応していたと思うんやけどね。」
「え? リンディさん、大怪我したの?」

 初耳だった。

「ほら、ジュエルシードはリンディさんとクロノ君が極秘裏に回収したって事にしてって、頼んだやろ?」
「……それじゃあ?」
「たぶん、リンディさんからジュエルシードの関係者を聞き出そうとしたんやろな。
 リンディさん、病院で目が覚めてすぐにエイミィさんと子供たちを本局の安全な場所に避難する様にって連絡入れたとも言うてたし……」

 なのはが予想外の事態に驚いているのを確認して、はやては言葉を続ける。

「それで、なのはちゃんにも連絡入れようと思って、私に連絡が来たんよ。
 ほら、今言った予言って、逆に言えば『ジュエルシードの関係者さえどうにかしてしまえば時空管理局は絶体絶命の危機から逃れる事はできない』っていう事やし?」

 確かに、予言を信じるならば、そう言う事になるかもしれない。

「あ、リンディさんはなのはちゃんの事は何も言ってへんよ?
 今言ったのも盗み聞きしたくらいじゃわからないくらいに遠まわしな言葉だったし?
 でも魔法で頭の中の情報を直接見られてたりする可能性があるから、私に頼んだんだと思う。」
「なるほど……」

 師匠が信頼できると言っていたリンディさんとクロノさんの親子の事は少しも疑っては――と言うか、そんな考えすら思い浮かばなかったのだけど……

「はやて、その事なんだけど……」

 ヴィータさん?

「なんや?」
「その、すごく言い難いんだけど、さ?」
「?」
「今回の襲撃、にゃのはじゃなくてはやてを狙ったのかもしれない。」





「は?」



────────────────────



 わたしには2つの記憶がある。

 1つはかあさん――プレシア・テスタロッサの娘であるアリシア・テスタロッサの記憶。
 1つは、アリシア・テスタロッサのクローンであるフェイト・テスタロッサの記憶。

 アリシアの記憶では、かあさんはとても優しい素敵な人だった。
 わたしの人格はこのアリシアの記憶を元に作られているのだと思う。

 けれど、フェイトの記憶では……

「……わたしは、いったい、なんなんだろう?」

 かあさん――の、オリジナルはわたしの事をとても大事にしてくれた。
 わたしの為に無理をして、寝込む事すらあるくらいに、とても大事にしてくれた。

 でも、わたしは知っている。
 こんなに優しい人が、……フェイトの事を、人形、と呼んで、物として見ていた事を。

 そう、かあさんはフェイトには鞭を打ち、私のオリジナルをあのジェイル・スカリエッティのオリジナルに研究材料として提供したんだ。

「フェイト……」

 6年前、ジェイル・スカリエッティのオリジナルが聖王のクローンを使って起動させたゆりかごの中で生死不明になった、私と同じアリシアのクローン……

「あなたは、母さんがした事を知っていたのかな?」

 アリシアのオリジナルはジェイル・スカリエッティのオリジナルの胸を貫いて、狂ったように笑ったと言う。

「アリシア、も、母さんのやっていた事を知っていたのかな?」

 だから、ジェイル・スカリエッティのオリジナルを……

「わたしは、なんなんだろう?」

 母さんのオリジナルが居ない今、わたしは何のために……





コンコン

 ノックの音に気づいて、私はデバイスに現在の時間を表示させる。

「……もう、こんな時間なのね。」

 研究に夢中になっていると時間を忘れて作業をしてしまうので、アリシアが決まった時間に食事を持ってきてくれて助かっている。

 ……ときどき、面倒くさいと思うのも確かなのだが。

「母さん。」
「開いているわ。」

 シュッという音と共にドアが開き、アリシアが私たちの食事を乗せたカートを運んで入ってきた。 ……今日はサンドイッチのようだ。

「きょ、今日のは自信作な――」
「すぐに食べ終わるから、少し待っていなさい。」
「ぁ……」

 爆発物があったりするわけではないのだが、いざという時に防御魔法すらまともに使用できない者を長くこの部屋に置いておくわけにはいかない。



 ……いや、本当はわかっているのだ。
 アリシアが私たちと普通の家族になろうとしている事は、わかっているのだ。

 だが、どうしてもこの娘の母であると言う自覚が持てない。

 何故なのかは分からない。
 オリジナルが彼女を大事にしていた事は知っているし、その記憶も確かに持っているのに、どうしても自分が母親であると言う自覚が持てない。

 おそらく、記憶を写す時に何らかのミスかあった、あるいは、研究者としてのプレシア・テスタロッサは必要だが、娘を求めるあまりに狂った母親の部分は不要だと……

(その場合、私は本当にプレシア・テスタロッサなのだろうか……?)

 ジェイル・スカリエッティのクローンたちも、オリジナルの記憶を持っているはずなのに性格がかなり違う物になっている様だ。

 オリジナルのスカリエッティはあれだけの事件を起こしておきながらも、積極的に人死にを出そうとはしていなかったというのに、あのクローンたちは無限書庫に勤める者や古代ベルカの時代に王と呼ばれた者たちの関係者を何人も……

(このアリシアも、私の知っているアリシアと性格がかなり違うようだし……)

 これは、双子の兄弟や姉妹の片方の記憶を完全に消して、もう片方の記憶を写した所で同一人物にはなれないと言う事なのだろうか。



「ほら、持って行きなさい。」

 汚れた食器をカートに置いて、アリシアに渡す。

「……はい。」

 ときどき――いや、かなりの頻度で、俯いて涙をこらえる彼女を鞭で打ちたくなる。





「私たちは、プレシア・テスタロッサのマガイモノでしかないと言う事なのかしらね?」
「……かもしれないわね。」
「脳の仕組みはまだ完全に解明されていないのだから、記憶を転写する技術が不完全な物になるのは仕方ないわ。」
「もっとも、私たちの場合は人為的にそうなった可能性の方が高そうだけどね。」
「そうね。」
「今回の件が終わったら、研究してみるのも良いかもしれないわ。」

 背中を見ても泣きそうだとわかるアリシアが出て行った部屋に残された少女たち――思考の共有も可能な6人のプレシア・テスタロッサたちは、会話をしながらマルチタスクでスカリエッティから請け負った仕事をしているのだった。



────────────────────



「無限書庫の司書たちが襲われた!?」
「はい。」

 初めて聞いた情報に、はやては驚愕した。

「襲われた司書は――全員死亡確認されました。」
「なっ!?」
「今現在、無限書庫は閉鎖され、難を逃れた司書たちとその家族は本局で保護される事になって……」

 戦場に行く事はあまりないシャマルまでもがこの世界にはやてを迎えに来たのは、それだけ事態が切迫しているからだと言う。

「な、なんてこと……」

 なのはを保護しに来たと言うのに、結果として巻きこんでしまった事になってしまったという事なのかと、落ち込むはやてに――

「主はやて、非常に言い難いのだが、狙われる理由はまだ他にもあるかもしれない。」
「え?」

 ザフィーラが追い打ちをかける。

「聖王教会の知り合いから聞いた――公式ではない未確認の情報なのだが、どうやら古代ベルカに――特に、『王』と呼ばれていた存在と縁のある者も狙われているらしい。」

 はやてを迎えに第97管理外世界に来る直前にその知り合いからメールがきており、それによると、非公式の存在ではあるが、真正古流ベルカの格闘武術とされる『覇王流(カイザーアーツ)』の後継者である少女が病院に搬送されたというのだ。

「この少女の命は助からないだろうとも知らせてくれている。」

 数年前に戦場での通信用に購入したストレージデバイスをはやてに見せながらそう言ったザフィーラの目は真剣な物だった。

「何て事っ!」

 その話を聞いたシャマルは思わず両手を口に当て

「まさか、そんな事が起こっていたとはっ!」

 シグナムも握りこぶしで机を叩き

「くそっ!」

 ヴィータは汚い言葉を吐いた。

 しかし……

「???」
「???」

 なのはとはやてには良くわからない。

「……その女の子が襲われたのと、はやてちゃんが狙われるのとどう関係があるの?」

 なのはは横に座っている親友の顔を見て、彼女も自分と同じ様に良くわかっていないのだと気づいたが、ここではやてが疑問を口するとシグナムたちが溜息をつく様な事態になりそうだと――はやての立場を考えて自分が質問する事にした。

「む…… そうか、高町はわからないか。」

 シグナムは思わず机を叩いてしまうくらい怒っていたが、言葉通りの意味で自分たちとは住んでいる世界が違うなのはが居た事を思い出して冷静になろうとした。

「闇の――いや、『夜天の書』の所有者は、我ら守護騎士から『夜天の王』と呼ばれる存在なのだ。」
「夜天の王?」
「そうだ。」

 それを聞いて、「あ、そう言えばそんな風に呼ばれた事もあったかもしれへんな」と、はやては思いだした。

「それじゃあ、はやてちゃんは狙われる理由が3つもあるんだ……」
「3つ?」
「えっと……」
「……あ!」
「そう言う事になる。」

 1つは無限書庫の関係者として
 1つは古代ベルカのロストロギア『夜天の書』の主、『夜天の王』として
 1つはジュエルシードの関係者として

 そう言えばジュエルシードについてははやても関係者であったと思いだす。

「……なんや、私、もてもてやな?」
「はやてちゃん……」
「はやてぇ……」

 重い空気を何とかしたいと思ったのか、そう言う事でも言わないとやっていけない精神状態なのか、あるいは元からそう言う性格だからか、命を狙われているという事実をそう言うふうに表現したはやてに5人は呆れた。





「……今思えば、主が狙われるかもしれないと伝えてきたのは、聖王教会の方でも『夜天の王』を保護するつもりがあるという事なのかもしれないな。」

 少しの沈黙の後、ザフィーラが聖王教会の知り合いがわざわざ非公式の情報を与えてきた理由についてそう言った。

「……そうかもしれへんね。」

 はやてもその考えには同意する。
 リンディから聞いたジュエルシードの関係者が襲われるという話も、元は聖王教会の方で予言されていたというのだから、もしかしたら無限書庫の司書たちが襲われたり古代ベルカの「王」の関係者が襲われたりした事すらも予言されていた可能性が高いと考える事ができる――いや、考えた方が良いのかもしれない。

「幸か不幸か、私たちを襲ってきたガジェットは全部デパートの下敷きになったはずだから――もしかしたら、私は死んだ事になっているかもしれんし?」

 死んだ事にしておけば自分の安全は確保できる。
 また、もしまた襲われた場合でも、実は生きているという事を知っている者を限定していたら――情報をリークした者を特定する事も不可能ではないだろう。

「それじゃあ、私たちははやてちゃんは死んでしまったと報告――あ!」
「ん?」
「どうした?」

 立ちあがろうとして何かに気づいたシャマルの視線を辿ると……

「あ。」
「……難しい問題だな?」

 そこにはなのはが居た。

「? ……あ! そっか。
 はやてちゃんを死んだ事にするなら、私も死んだ事にしないとまずいんだ?」

 5人の視線に晒されて、今までの話に自分がどう関係するのか、何が『難しい問題』なのか、すぐに気づいた。

「でも、だとすると、この店のカメラに映っちゃってるのも――ああ、それは魔法でどうにでもなるんだっけ?」
「ええ。」

 さて、どうするべきだろうか?

 この世界で死んだ事になっても何の問題も無い八神一家とは違い、高町なのはには家族がいるし友人もいる。
 そのうえ、デパートが崩壊・炎上している事はそろそろ彼らにも伝わるだろうから、そろそろ安否を確認する為に携帯が鳴るのも時間の問題だろう。

 つまり、死んだ事にするか生きている事にするか、迷っている時間はあまりない。

「にゃのはの死体が見つからないとなると、はやてを死んだ事にしてもすぐに気づかれてしまうんじゃないのか?」
「そうねぇ……」
「だからと言って、高町が生きているのにはやてが死んだというのも不自然だぞ?」
「……魔法を知っている者ならば、主が自分の命よりも高町の命を優先したと考えるかもしれないが、魔法を知らないこの世界の者の視点で考えれば、あれに巻き込まれて生きている――それも無傷で、というのは正直言って信じられない事だろうし、な。」

 だからと言ってなのはだけがこの店に来たという事にすると、はやてがデパートに行って死んだというのがおかしいという事になる。

「……なのはちゃんを死んだ事にするのは無しやな。」
「はやてちゃん!?」
「シャマル、これは決定事項や。」
「でも……」
「確かに、ジュエルシードの件があるから、なのはちゃんにはできるだけ早く管理局に来てもらう必要がある。 だから、『今は』あれで死んだ事にしたほうが色々と楽や。 ……なのはちゃんには悪いけど。
 でも、なのはちゃんはこの世界に家族がおるんや。 今回の一件が解決した後でこの世界に戻って来て、『高町なのは、実は生きてました。』って事にするとどんな事になるかわからん。」

 事実、デパートで働いていた警備員たちに死傷者が出ているのだから、その遺族たちがなのはの事をどう思うか……

「それじゃ、私はヴィータとザフィーラと一緒に先に管理局に戻るから、シグナムとシャマルはなのはちゃんの護衛を頼むで?」
「そうだな。 この世界に残るのは私たちの方がいい。」
「……わかったわ。」





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[14762] Replica03 何ができるか、何をすべきだったか
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/05/15 23:19
「もしもし、お兄ちゃん?
 え? 今? ファミレス。
 ううん、店からタクシーで30分くらいのとこ。
 え? ああ、はやてちゃんの都合でこっちに。
 どうしたの? なんか――へ? デパートが潰れた?
 嘘。 だって、全国に幾つも支店がある――え? 違う? 何が?
 爆発? 何それ? え?
 えっと、よくわからないんだけど? うん。
 とにかく家に帰れば良いのね? うん。 わかった。」

パチン

 なのはが兄からかかって来た携帯を閉じると、シグナムとシャマルは頷いて席を立つ。
 それを見てなのはも慌てて立ちあがる。

「それじゃあ……
 暫くゴタゴタすると思うけど、できるだけ早く――お店が無くなったショックを癒す為に温泉巡りをするとかなんとか、適当に言い訳して、そっちに行くね。」
「うん。 なのはちゃんがあっちで不自由しない様に準備しておくわ。」
「シグナムさん、シャマルさん、よろしくお願いしますね。」
「ああ。」
「ええ。」

 なのはとシグナムとシャマルが店から出たのを確認――というよりも、ヴィータが巨大パフェを食べ終わるのを待ってから、はやてたちも席を立つ。

「ほな、行こか?」
「うん。」
「うむ。」



────────────────────



 改めて言う事でも無いのだが、クアットロは今の生活に飽きていた。
 約6年間、寝食に関しては何の問題も無いというよりも、それしかない部屋に入れられて、娯楽と呼べるものは――いや、一応1人でできる娯楽道具も与えられているのだが、彼女の戦闘機人としての能力やハッキング能力等を考慮すると、提供される物はおのずとアナログな物、それも武器になったりしない様な原始的な物になってしまい、それらはデジタルの世界で過ごしてきた彼女にとって娯楽足り得ない――全く無い生活が続いているのだから、ぼやきたくなるのも仕方ない事なのだが。

「はぁ……」

 思い出すのはかつての、ドクターが生きていた頃の生活。
 頼りになる姉3人に甘えたり、妹たちを自分好みに育てたり……
 友人の罪を暴きたいのなら、自分たち犯罪者集団に協力するよりも、その罪の証拠と言って過言ではない自分が生きている事を公表してしまったほうが色々と手っ取り早いだろうに、友人の立場などを考えていつまでもグダグダと悩み続ける中年をからかったり、母親を目覚めさせる為にと言えばいくらでも言う事を聞いてくれた馬鹿な子に色々と細工をしたり……

 あの頃は本当に楽しかった。
 しかし、あの頃と比べて今のこの状況はどうだ?

 11人いる姉妹のうち、1番目のウーノは洗脳済みだったはずのアリシアによって殺害され、3番目のトーレは聖王教会の連中に捕縛された後に自殺したと聞いた。 なんでも、自分の目の前で2人を殺されてしまった事がショックだったらしい。
 2番目のドゥーエは何処に居るのか分からないが、当時自分たちと別行動をしていたので捕まったり殺されたりはしていないだろう。
 5番目から12番目の妹たちは、7番目のセッテを除いて全員新しい人生を歩んでいるというし……

 あの時は、あらゆる世界を自分好みにできるのだと心躍らせていたというのに……

「あの時人形どもを爆破しなければ、受信オンリーのテレビくらいは見られる生活ができていたのかしら?」

 つい、そんな事を呟いてしまうくらい、彼女は今の生活に飽きていた――いや、情報に飢えていた、と言えるかもしれない。

「はぁ……」

 あの、なんとも心躍る計画は、余りに予想外の戦力――戦闘とは全く無関係だと思われていた無限書庫の司書長が現れた途端、つまらない結末を迎えてしまった。
 もしかしたらとか、していればとか、今さらそんな事を考えても仕方ないと言う事はわかっているのだが、ありすぎる暇を潰すにはこれくらいしかする事が無いというのも情けない話だと思う。

「行方不明のドゥーエ姉さまが迎えに来てくれたりしないかしら……」

 6年と言う時間は長い。
 仮に、今最新の情報機器を渡されてもこのブランクを埋めるには時間がかかる。
 だから、よほどの事が無い限り、即戦力になりえない自分を救いに来てくれる事は無いと、理解している。 理解できている。

 それでも、そんな夢を見てしまう自分が、酷く惨めで、泣けてくる。



 3日後、そんな彼女の下に……



────────────────────



「もしもし、お兄ちゃん?
 今タクシーに乗って――うん、すごい渋滞で……
 うん。 夜なのに、此処からでもわかるくらいすごい煙が見える。
 お兄ちゃんが言ってた、デパートが潰れたって、こういう事だったんだね。
 それでね? この渋滞でタクシーだとすごくお金かかっちゃうから、できれば迎えに――お願いできる? え? うん。 デパートの近くに居るけど?
 え? すずかちゃんが近くにいるの? なんで――って、私を心配してか。 うん。
 わかった。 連絡して――あ、もう話が付いているの? うん。
 渋滞に巻き込まれている? わかった、合流して車に乗せてもらうね。 うん。
 お父さんたちは? 家で連絡待ってる? わかった。 すずかちゃんと合流したら連絡入れるから、その間に、お兄ちゃんの方から――うん。 お願いね。」

 渋滞でまったく進まないタクシーを降りて、近くに様子を見に来ているというなのはの友人と合流する事になった。

パチン

「運転手さん、私たち此処で降ります。」
「はい。」

 携帯を閉じると同時にタクシーの運転手に声をかけるなのはを見て、シャマルが財布を取り出した。

「シャマルさん?」
「はやてちゃんの都合であんな遠いファミレスに行かせちゃったんだから、これくらいはさせて。」
「でも……」
「大丈夫よ。 【この場合だと、必要経費として後で請求できるから。】 気にしないで。」
「…… 【そう言う事なら。】 はい。」





「そういえば、月村さんの車に、私たちもご一緒できるのかしら?」
「……すずかちゃんの車は大きいから、大丈夫だと思います。」

 ちなみに、車道側――なのはの右側にシグナムが、反対側にシャマルが付いて周囲を警戒しながら歩いている。

「大丈夫なのか?」
「ええ、3人くらいなら余裕で――」
「いや、そう言うことではない。」
「?」
「……さっきは、急いでいた事もあってあまり気にする暇も無かったが、こうやって地上から改めて現場を見ると――」

 シグナムは倒壊して炎上している元デパートと、大きな音を立てながら駆けつけてくる消防車や救急車、パトカーなどを指差す。

「相手は、無関係の人間を巻き込む事を躊躇わないようだから、な……」
「ぁ……」

 シグナムは、最悪の場合その友人を巻き込む事になるかもしれないと言う。

「そっか……」

 なのはは言われてやっと気づいた。 が

「……でも、その時はその時で、どうとでもできませんか?」
「む。」
「というか、その時は1つくらい確保しちゃって、情報を取り出しちゃいましょう。」

 ガジェットとかいう機械が自爆を仕掛けてきた時はかなり焦ったけれど、なのはの結界で十分防げる程度の威力でしかなったのだ。
 あれ以上の破壊力のある攻撃手段があれば、そもそも自爆なんてしないはず。 つまり、少なくとも今の段階で、この世界に敵の予備戦力があったと仮定した場合でも、自分が防御に徹していれば――またはシャマルさんが車を守って、シグナムさんが攻勢に出れば万が一の事態に陥る事も無いだろうとなのはは考えた。

「……それもそうだな。」
「そうね。 それも良いかもしれないわ。」

 シグナムとシャマルも、なのはの実力ははやてと同等だっと言う事を思い出し――いっそもう一度襲撃された方が良いかもしれないとすら思いだす。

【それに、ガジェットとかいう機械は全部爆発しちゃったから私が魔法を使えると言う事はまだ相手に気づかれていないはずですから、狙われる可能性はとても低いでしょうし、だとすると、『無力な一般人』のふりをしていたほうが逆に安全かもしれませんよ?】
【確かに、な。】
【なら、私たちは『無力な一般人を守る演技をした方がいいわね。】





「あ、あれだ。」
「……確かに、大きいわね。」
「ああ、長いな……」

 10分ほど歩いた所で、もしもパトカーや救急車、消防車のサイレンなどが煩く鳴り響いていなければ、この渋滞の原因はこの車で間違いないと言いたくなるような車が1台、他の車から迷惑そうに走っている――渋滞なので人があるくよりも遅い速度なのだが――のを発見する事ができた。

「いつもはTPOを考えて車を変えるのに……」
「そ、そうなの?」
「ええ。」
「そ、それだけ高町の事が心配だったという事だろう。」

 親友の安否を気にするあまり、車を選んでいる精神的な余裕が無かった、と思いたい。

「ああ、そっか。 そうかもしれませんね。」

ピ ピ プ ピ

 シグナムとシャマルの言葉に頷きながら、なのはが携帯を操作すると、すぐに車の後部座席の窓が開いてそこから月村すずかの嬉しそうな顔が出てきた。
 目の前の車の性能を知っているなのはは、車の外から声をかけたくらいでは気づいてもらえない事も知っているので、月村すずかの携帯に連絡を入れたのだ。

「なのはちゃん! よかった!」
「すずかちゃん、ひさしぶり!」



────────────────────



「そうか、今のところ襲撃の可能性は低そうなのだな?」

 ザフィーラが世界間通信専用ストレージデバイスでシャマルたちとやり取りしているのを横で聞きながら、ヴィータとはやては今後の事について簡単に話し合う。

「ヴィータ、なのはちゃんにこっちに来てもらう時なんやけど、私が迎えに行ったほうがスムーズに話が進むと思うから、その時は――」
「ああ、そう言う事か。 わかった。 それなら私が手続きするよ。
 シグナムたちのスケジュール調整とかもあるからな、ついでにやっておくさ。」
「うん。 お願いするわ。
 無限書庫で資料探しするのは得意になったけど、そういう手続きはどうもまだ、良くわからなかったりする部分があるから、助かる。 ……ありがとな。」
「そ、そんな大した事じゃないからな。」

 何年経っても照れているヴィータのしぐさはかわいいなぁ、なんて事を確信犯が再認識していると――

「では、だいたい1週間ほどで高町を保護できる様にしておく。」

 ザフィーラたちの話は終わったらしい。

「ザフィーラ、1週間後で決まりなんか?」
「不確定要素――高町は事件の起こるギリギリの時刻まで現場に居た事になっているから、警察に事情聴取にされたり、その事実確認などをされたりする事があるかもしれないと考えると、最低でもそれくらいの時間は家にいないと怪しまれる。
 高町を保護するのはそれよりもっと後になるが、こういった手続きは早め早めにしておいたほうが後々問題も出ないだろうと……」

 ただのガス爆発などとは被害規模が大きく、また、実際に爆発が起こったのは翠屋の出店していた場所の付近である。 防犯カメラなどの記録を抹消した時に、それに関しても魔法で隠蔽工作はしておいたのだが、あの世界はそれなりに科学が進んでいるので、鑑識が違和感に気づく可能性――万が一よりも低いだろうが――はある。 その場合、警察からの事情聴取は他の店よりも厳しくなるかもしれない。
 また、それに気づかれなかったとしても、あれだけの『事件』があってすぐ、その関係者が行方をくらますというのも怪しいことこの上ない為、周囲に怪しまれない様に高町なのはを保護するというミッションは意外と難易度が高いのだ。

「なるほど……」

 しかし、もしも高町なのはの周辺で――というよりも、『高町なのはが謎の機械に襲撃される』という事件が起こってしまい、また、誰かに目撃されてしまった場合、デパートが爆発した事件との関連性を考えない者はいないだろうから――

「私も1週間以内にやれる事はやっておいたええってことやね?」

 できるだけ早く保護しないといけない事に変わりは無く、難易度はさらに……

「そういう事になる。」
「あ、でも、私はあまり――というか、いざという時以外は魔力を使わない方が、『死んでいる』と思わせ続けられる、か?」

 地球でなのはが生きている事がニュースなどで流れず、かつ、高町の家などが監視されていなければ――敵が八神はやてと高町なのはを殺したと確信して、さっさと撤収していてくれていれば……

「……あまり期待はできないが、やってみる価値はあるかもしれないな。」
「それじゃあ悪いけど、これから地球との連絡はザフィーラに任せる。
 で、必要な手続きとかはヴィータに任せる。
 私は無限書庫の件をこっそり調べながら、なのはちゃんを迎える準備をする。
 それで、全部片が付いたらお礼するから、期待しといて。」
「……わかった。」
「ふふ、ギガ美味いけど、ギガ高いアイス奢ってもらうから、覚悟しとけよ!」



────────────────────



「あ、お母――お父さん?
 うん。 私は大丈夫だよ。 はやてちゃんが突然来て――あ、知ってるんだっけ。
 うん。 すずかちゃんと合流できたよ。 うん。 うん。
 あー、それはちょっと無理かも。 え? だってすごい渋滞だもん。 うん。 テレビでやってない? ヘリコプターが結構飛んでいるんだけど。
 あ、やってる? え? この車映ってるの? 本当?
 じゃあ――うん。 帰るのはかなり遅くなるから、先に寝ていても――え? 大丈夫だってば。 うん。
 あ、そうだ。 シグナムさんとシャマルさんも一緒なんだけど、大丈夫だよね?
 え? ほら、はやてちゃんの家族の――そう、一回道場で、うん。 その人がシグナムさん。 結構前だけど、憶えて――うん。 そうなの。
 え? ちょっと――あ、お母さん。 うん。 すずかちゃんと一緒。
 うん。 お客さんが2人。 うん。 そう。 今日はお兄ちゃんの部屋だった所を使ってもらおうかなって思って――うん。 お願い。 ありがとう。
 え? あ、お姉ちゃん。 うん。 うん。 そう言う事だから。 うん。
 じゃ、切るね。 うん。 うん。 じゃあね。」

パチン

「ふぅ……」

 家族への連絡が終わって一息つく。

「はい。」

 そんななのはにすずかが温かいお茶を差し出す。

「あ、ありがとう。」
「みんな、心配していたでしょ?」
「うん。 ……すずかちゃんと合流できて良かったよ。
 お父さんがすごく心配して、お姉ちゃんが実力行使しなくちゃいけないくらい大変だったって……」

 タクシーに乗っている時に連絡していたら、運転手に今のやり取りを聞かれて少し恥ずかしい思いをしていたかもしれない。

「うふふ。 愛されてるね、なのはちゃん。」
「ただ過保護なだけだと思うんだけど……」

 いや、すずかという身内と合流できたからこそこの程度で済んだのだろうと言う事を考えると、タクシー内で連絡をしなかったのは正解だったと言えるかもしれない。

「あ、なのはちゃんと合流するまえに、私の方からアリサちゃんにメールしておいたんだけど、今の内に連絡しておいた方がいいんじゃないかな?」

 時間が経てば経つほど、アリサの機嫌が悪くなっていく事は想像に難くない。

「そうなの? じゃあ今の内に……」



────────────────────



『聖王教会――というよりも、シスターの教育は厳しいけど、そんなに悪くはないよ。』
「ひゅー ひゅー」

 彼女は毎日同じビデオレターを見る。

『できれば、一緒に暮らしたい。』
「ひゅー ひゅー」

 いや、見せられている。

『また、家族として、姉妹一緒に居られるようになれば良いと私たちは思っている。』
「ひゅー ひゅー」

 自分と同じ、造られた存在たちが、今の境遇についての感想を述べているだけの、こんな物を、何故見せ続けられなければならないのか、理解できないまま。

『聞いている話からすると、聖王教会の方は規則が厳しいらしいけど、こっちはそんなにきつくないから、私としてはこっちに来た方が良いんじゃないかと思う。』
「ひゅー ひゅー」

 そんな報告にどんな意味が在ると言うのか。

『私も、聖王教会よりはこっちの方が暮らしやすいと思う。 ……私たちならそんなに危険な事も無いし、だけどお給料は多いしね?』
「ひゅー ひゅー」

 どうでもいい。

『あなたがどちらを選ぶのかわからないけど……
 みんな、あなたと一緒に笑って暮らせる日を待っているからね?』
「ひゅー ひゅー」

 くだらない。

ザ ザザザ

『――ひさしぶりだね。』
「ひゅー ひゅー」

 また、同じビデオレターが再生される。
 本当に、もう、何度見たのか覚えていられないほどに、この映像を見せられ続けている。

「ひゅー ひゅー」

 拘束具のせいで呼吸する時に洩れる音が、不快感を増させる。
 あの――トーレが自決したと聞いた時に、自分もそれに続こうとしたのを阻止されて、拘束具が解かれる度に自決を阻止されるというのを5回ほど繰り返していたら……

「ひゅー ひゅー」

 いや、もう、何もかもがどうでもいい。
 戦闘機人セッテと言う存在が、その存在価値を発揮する事はもう無いのだから。



 そう思っていた彼女に……





110501/投稿



[14762] Replica04 闇に隠れて
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/05/15 23:43
 無限書庫の司書長である八神はやてが彼女の故郷である管理外世界で襲撃を受けた。
 彼女を襲ったのは6年前のJS事件で多くの犠牲者を出したガジェットドローンに酷似しており、無限書庫関係者が次々と殺害された事件と関係があると見て間違いないだろう。

「うん。 これでええんじゃないの?
 この文章なら私の生死について言及してないから敵は私が生きているとは思わないかもしれないし、管理局局員たちも私が持ち帰った情報を簡単にだけど知る事ができるし。」

 はやての持つストレージデバイスは彼女の莫大な魔力を受けても壊れたりしない様に特別に頑丈に造られているので――敵が彼女の事を調べていたという条件は付く物の――現場から回収したデバイスから彼女を襲ったのがガジェットドローンであるという情報を管理局が得る事ができたのだろうと敵が勝手に思いこんでくれるかもしれないという可能性を潰さない様にする事が可能であった。

「じゃあ、これで提出する。」

 はやての返事を聞いたヴィータはトントンと紙の束を纏めてから封筒に入れた。

「うん。 ありがとな。」
「どーいたしまして。」

 そう言って部屋から出ようとしたヴィータだが――

「あ!」
「ん?」

 途中でその足を止めた。

「帰りに病院に寄ってリンディさんに高町の事を報告しておく。」
「あ、うん。 そやね。
 リンディさんには報告しておいたほうがええな。」

 はやてから許可を得たヴィータは書類の入った封筒を持って、機嫌よく今度こそ部屋から出て行ったを見送る。

「さて、私もなのはちゃんの為に――ザフィーラ?」

 もう少し仕事をしようとしたはやてを狼形態の彼が訪ねてきた。

「あっちの方で何か動きがあったんか?」
「ああ。
 高町の家に警察がやって来て、5分ほど話をして帰ったらしい。」
「……5分で帰ったんか。」

 なのはが事件に関わったという証拠は全く無いとはいえ、たったそれだけの時間で何がわかると言うのだろうか?

「そのようだ。
 それで、高町を保護する方法について、少し話したいのだが?」
「ええよ。 こっちの仕事はマルチタスク使えば何とかなるから。」
「そうか。 それじゃあ――」



────────────────────



「海外旅行?」
「うん。」

 士郎は、娘の口から意外な言葉を聞いて驚いた。
 いや、これくらいの年頃ならば――むしろ、娘の友人である月村家やバニングス家の、世界を股に掛けるグローバルな活動ぶりに付き合ってみたり、パティシエとして見聞を広げようと考えたりした事があれば1度や2度くらいは……
 そう考えると、これまで1度もそう言う事を言わなかった娘の方がおかしいのか?

 いや、しかし……

「なんでまた?」
「はやてちゃんが、大きな仕事を終わらせる事ができて、2ヶ月有休が貰える事になったって話はしたよね?」
「ああ。 この前なのはを訪ねてきたのはそれを伝えに――む?」

 その有休を利用して、海外旅行に行こうと?

「ほら、はやてちゃんの足が昔は全く動かなかった事、憶えているでしょう?」
「……ああ。」

 初めてあの子が来た時、車椅子を見て驚かなかったと言ったら嘘になる。

「あの頃に世界遺産を巡る旅番組?を見て、『もしもこの足が自由に動く様になったら、私もあちこち見て周りたいなぁ』って、そう思っていたんだって。
 さっきも言ったけど、あの頃は足が不自由だったからか、自分ができない事――特に、そういった旅行の本とか読むのが好きだったみたいだよ?」
「ああ、なるほど。」

 そう言われると、わからなくもない。
 思い出してみると、この前訪ねてきた時も娘と一緒に温泉に行っていたはずだ。
 仕事が忙しくて偶にしか遊べないから少し遠出をしたいのだろうと思っていたが、あの頃から世界中を旅して周りと思っていたのだとしたら……

「足が動く様になってからは色々と忙しかったし、仕事で海外に行く事はあっても観光できるような時間も機会もなかったし――でも、今回の長期休暇を利用したらって、あの頃の夢を思いだしたら、もう、居ても経っても居られずに――だって。」

 なるほどなるほど、理解はできる。
 できるのだが……

「わかる――ような…… わからないような……」

 ベッドの上で碌に動く事も出来ないという経験があるので、あの子の気持ちは完全ではないものの、想像する事は出来るのだ。
 だが、ここで『あの子の気持ちはよくわかる』と返事をしてしまうと、娘はあの子と一緒に行ってしまうだろう。

「この機会を逃したら絶対後悔するって。」

 一時的な物ではあったが、あのデパートへの出店で上手くいけば、そのまま、その系列の――という事になっていたので、そう言う約束で新しくバイトを雇いもした。
 なので、2ヶ月くらいなら娘がいなくても、店としては何も問題は無い。

「それで、『旅は道連れ世は情け、デパートがあんなになった気分転換――というか、私を助けると思って、一緒に行かへん?』って誘われたの。」

 問題は無いのだが……

「あら、それなら行ってみたらいいんじゃない?」
「桃子!?」

 そんなに簡単に!?

「あら、そんなに心配する事は無いわよ。
 なのはくらいの歳なら、今どき海外旅行なんて普通にするわよ。」
「そ、そうかもしれないが……」

 それでも、これまで……
 これまでずっと、家から出て行く事なんて……

「この家から外に出てみるのもいいだろうって、デパートの出店を認めたんでしょう?
 それがちょっと変わっただけじゃないの。」

 確かに、家から出て行くのを認めはしたが……

「う~ん……」
「士郎さん、今の携帯電話は国外にだって繋がるのよ?」
「ああ…… それは、そうなんだが……」
「それに、そんなに心配なら昔お世話になった人たちから、少し強力な痴漢撃退グッズを譲って貰えばいいじゃないですか?」

 !

「そうだな。 昔の伝手を頼って、色々と譲って貰うか。」
「ええ、そうしたら安心ですよ。」

 笑顔の桃子を見て、自分も笑顔になっているのがわかる。

「じゃあ、行っても良いんだね?」
「ああ、行って来い。
 長い人生、1度くらいはそういう経験が有っても良いだろう。」

 なのはが居ない間だが、久しぶりに桃子と2人で新婚気分を、というのもいいかもしれないし、な。

 娘が行こうとしているのが海外どころか別世界である事にまったく気づかない――気づくはずの無い士郎はそんな事を考えてなのはの旅行を許可したのだった。



────────────────────



「まさか、はやてさんが……」
【そう、そんな事が……】

 リンディ・ハラオウンは病室のベッドの上で報告を聞いて、眉間に皺を寄せた。

「ああ…… はやても――私もだけど、まさか、管理外世界であんな破壊活動をする様な狂った奴がいるなんて思わなかった。」
【だけどそのおかげで2ヶ月ほどの時間は不審に思われずに済みそうだ。】

 ヴィータはリンディにはやてが死んでしまったと報告し、リンディはそんなヴィータを慰めるように頭を撫でる。

「辛かったわね……」

 撫でながら、2人は盗聴防止のために接触タイプの念話を使用しているのだ。

「ぅ…… ぅぅぅ……」
【閉店後を狙ったのだとしても、こっちと全く関係の無い一般人から死者も出ている。
 この病院も同じ様な事が起こらないとは言えないから、できれば本局、それが無理なら聖王教会系列の警備がしっかりした病院に移った方が良いんじゃないか?】

「ヴィータさん……」
【そうね。 病院に爆弾抱えた無人兵器が大量投入なんて事になったら……】

 一体どれだけの被害が出るやら……

【いっそ、クロノの艦に乗せてもらうのもありかしら?】

 ヴィータが提出した報告書で、自分や無限書庫の司書たちを襲ったのはAMF搭載のガジェットドローンであった事はほぼ確実と言える。
 そして、ゆりかごが落ちた後の事ではあるが、視認できないガジェットドローンについての報告もされている。
 この病院と違って、クロノの乗る次元間航行艦ならばそんなガジェットが侵入したとしてもすぐにわかるだろうから……

【……そうだな。 エイミィたちもそうした方がいいかもしれない。】

 今は本局に避難しているが、相手がそんな危険物である以上、彼女たちの身の安全を考えるとそれが一番良い方法の様に思える。

【それに、高町を保護したとしても、ミッドに置いておくわけにはいかないだろうから、いざという時の為にクロノに協力してもらっていた方がいいかもしれないな。】
【そうね。 そういう方向で話を纏めてみましょう。】
【ああ、頼んだ。】

 そう言って病室から出て行くヴィータの後姿を見送ってからリンディは考える。





(ああ、捕縛した戦闘機人についても話し合っておく必要があるかもしれないわね。)

 ヴィータの報告書に在った様に、第97管理外世界に現れて自爆をしたのが6年前の事件で管理局を苦しめたガジェットドローン――の進化系である事から考えると、今回の事件の首謀者がジェイル・スカリエッティの関係者であると見てほぼ間違いないだろう。
 1機2機なら6年前の事件の時に回収する事ができなかった物と考える事も出来たのだが、報告書によると十数機は確認できたというのだから、6年前に破壊された物を修理して再利用したと考えるよりはジェイル・スカリエッティからまとまった数を譲り受けたと考えてほぼ間違いないだろう。
 未発見のガジェットドローンの工場を発見されて、悪用されているという可能性もあることはあるが、その場合自分――は悪党に恨まれるだけの理由があるけれど、管理局の裏方であり、つい最近まではコレと言った成果もあげていない無限書庫の司書を狙うのは、やっぱりジェイル・スカリエッティの関係者であると考える方が自然だと思う。

「私や無限書庫の次のターゲットは、ジェイル・スカリエッティの支配下から離れた、連中にとって裏切り者である彼女たちである可能性が……」

 可能性は低いかもしれないが、可能性がある以上は検討しておいた方が良いだろう。

「こんな所で寝ている場合じゃないわね……」



────────────────────



「扉から離れて!!」
「ちょっ!」

 妹の焦った声が聞こえたが、扉の向こうで壁の――壁にへばりついて毛布か何かで身を隠したのが気配でわかったので、遠慮なく作業を開始する。

ジジジジジジジジジジジ……



「よし。」

 30秒くらいでレーザーによって人が1人通れるくらいの穴を開ける事ができた。

「クアットロ、早く出てこい。」

 そう言って穴から中を除くと――どうやら小型ライディングボードのレーザーの威力が強すぎたのか、向こう側の壁にも扉と同じ大きさの穴が開いているのが見えた。

「……クアットロ?」

 まさか、そんなはずはないだろうと思いながらも、もう1度妹の名前を呼ぶ。

「あの、ドゥーエお姉さま?」

 声が聞こえた。
 ……自分が感じた気配の動きは間違っていなかったと安堵した。

「どうした?」
「その、申し訳ないのですけど……」
「ん?」
「もう少し、大きく開けて欲しいのですが……」
「もう少し?」

 余裕で通れるくらいの大きさにしたはずなのだがと思いながら、今度は先ほどよりも穴に顔を近づけて妹の姿を探――

「あ……」

 久しぶりに見た妹の姿を見て、言葉が続かない。

「……そんなに、見ないで……」

 6年間、閉じ込められていた妹は――





 すごく……



────────────────────



 時空管理局も知らないとある辺境の世界の星の、地下深い場所で――

ブオオオオオオン

 次元航行エネルギー駆動炉が動き出した。

「各部、状況を報告して。」

 その一言で、100を超える空間モニターが展開されたが、3人の少女たちによって瞬く間に読まれ、閉じられていく。

「私が確認しただけでも、今のところ、どの部分も正常に起動しているわ。」
「こちらも同様。 問題は無いわ。」
「こちらも問題無し。 これなら……」

 マルチタスクをフル稼働しながらも、安堵の声を漏らす3人のプレシア・テスタロッサの顔は、彼女たちの娘が見た事が無いほどに優しいものだった――のだけれど

プシュ

「やぁ!」

 そこに1人の少年が入って来た。

「あら……」
「まさかあなたが来るなんて思わなかったわ。」
「暇なら私に仕事を押し付けないで欲しいわ。」

 3人の顔は喜びから一転、不機嫌なモノになった。

「おや、君たちの気分を害してしまう様な事をした覚えは無いのだけど?」

 まさかこんな冷たい口調で返事が返ってくるとは思っていなかった彼は、なんとか顔には出さなかったけれど、内心では少し焦ってしまった。

「無茶なスケジュールのせいで徹夜。」
「無茶な追加注文のせいで連日徹夜。」
「なのに人員を寄こさないから徹夜。」

 睡眠不足だけではなく、運動不足なのもお前のせいだと続く。

「ふむ……」

 しかし彼は、何だそんな事かと呟いて

「それなら、クアットロとセッテをこちらで働かせる事にするよ。」

 そう続けた。

「あら、もう回収に成功したの?」

 戦闘機人の回収というのはそんなに簡単にできるものなのだろうかと疑問に思いつつも、非常識の塊である彼らならば可能かもしれないとも思う。

「今はクアットロだけだよ。」

 なんだ、と思うと同時に、優先順位の高い方の確保はできた事には感心もする。

「そう…… そも、できれば、『J12』か『J13』に来てほしいのだけど?」

 だが、それとこれとは話は別だ。
 6年間、碌に機械に触れていない人物よりも、日々その技術を磨いている彼らが補佐してくれた方が良い。
 そうなれば今より楽になれるはず――なのだから。

「その気持ちはわからないでもないけど、彼らにはアレの方に専念させているんだ。」
「……6年のブランクが気になるけど、仕方ないか。
 そっちで妥協――そうか、6年間、管理局の不完全なメンテナンスしか受けていないだろうから、こっちで調整しないといけない、というか、しろ、と言うのね?」

 彼女たちは彼を睨む。

「残念、気づかれてしまったか。」

 彼女たちは笑いながらそう言った少年に殺意を憶え、思わず攻撃魔法の準備までした――けれど

「ちっ!」
「……あなた、『J1』ではなく、『J7』ね?」
「魔法の威力を軽減するレアスキル持ち……」

 この数年間で、プレシア・テスタロッサたちの性格はジェイル・スカリエッティにだいたい把握されてしまっているようだ。

「くくく……」

 それにしても、何ともムカつく奴らだ。

「いいわ、さっさと連れて来なさい。」
「調整槽にいれていても、頭脳動労――マルチタスクくらいはできるのでしょう?」
「アレよりはまし、なのでしょう?」

 こうなってしまっては、調整槽の準備時間以上に使える事を願うだけだ。

「ああ、もうすぐくるはずだよ。」





「あ、調整槽は一番大きいのを準備していてくれ。」
「はぁ?」





110515/投稿



[14762] Replica05 再会していく姉妹
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2011/12/29 22:03
 ジェイル・スカリエッティという、絶対に守らなければならないとされていた存在が余りにもあっけない死に方をし、管理局に捕まり、ゆりかごが落ちて……
 腹の中の――を取り上げられた時、自分たちの存在意義は消滅したのだと考えた私は、おそらく同じ考え方をした3番目の姉と同じ道を、己の死という道を選ぼうとした。

 しかし、それは果たせなかった。

 その後、生き残った姉妹たちがどの様な生活をしているのかと言う事を――無理矢理ではあるが――知る事になったのだけれど、そんな生活なんて望んでいない、できることならばこの存在を消してしまいたいと常に考える様になった。
 自分が牢獄から出る事はもう無いのだと、このまま、拘束されたまま、欲しくも無い栄養を無理やり体に流し込まれ続けるだけの、意味の無い『生』を強要されながら、ただ、ただ、それだけを願い続けていた。

 だから、生死の情報すら全く入ってこなかったドゥーエに救出される日が来る事になるなんて、1度も考えた事が無かったのだが――

「久しぶりね。
 ……どうして、こうも極端な事になっているのかしら?」



 セッテが、自分を救出に来たドゥーエの目と腹を見て、自分の存在意義が、自分が守るべき存在が、確かにいるのだと、生きて『使命を果たさなければならない』と認識できるのに時間がかかってしまったのは仕方ない事なのだろう。



 ドゥーエの戦闘力が以前よりも恐ろしいほどに高まっている事を知り、自分の存在意義に再び疑問を持ったというわけではない……はず、だ。



────────────────────



 パシャパシャと、いくつものカメラのフラッシュが光り、そんな中を金髪ツインテールの執務官が案内役について歩いている。

「警戒レベルを上げていたのですが……」
「ええ。」
「もちろん、あちらの襲撃から2日しか経っていないので職員たちの気が抜けていたという事もありません。」

 今歩いている通路は敵も通ったルートであり、壁も床もかなりの被害を受けていた。

「敵も同じ様に想定して、対応したって事でしょう。」

 AMFを展開できるガジェットドローンは、魔法に依存している時空管理局にとって天敵と言っても過言ではない。
 こちらの攻撃は弱体化して効果が減ってしまってなかなか数を減らす事ができない。
 もちろんバリアジャケットや防御魔法の効果も減るか無くなり──少数ならば回避する事も出来るのだろうが、基本的に数で攻めてくるので――負傷者の数は増えていく。

「はぁ……」

 溜息をついた案内役も左手首に包帯を巻いている。

「私は、あなたたちが怠けていたとか、そもそも危機管理が甘かったのではないかとか、そんな風には考えていません。
 報告書を読みましたけど、あれだけの数が攻めてきて被害がこれだけで済んだのですから、あなたたちは十分頑張ったと思いますよ?」

 一応、2日前に襲撃された場所の2倍の数で攻めてきても大丈夫な様にしていたはずなのだが、それをあざ笑うかのように3倍以上の数で攻めてこられたのだから、死者が出なかっただけでも「良し」とするしかないのかもしれない。

「そう言ってもらえると助かります。
 とっ、ここが6年前からジェイル・スカリエッティの戦闘機人であるセッテを収容していた部屋です。」
「ここが……」

 ガジェットがこじ開けたのか扉は酷く歪んでいる。

「あっちではレーザーが使われていたけど、こっちはガジェットの力技でこじ開けたのね。」
「その様です。
 一応ですが、対レーザーコーティングをしていたのですけどね。」
「対レーザーコーティング…… ああ、あの戦車とかに塗るタイプの?」

 戦車などの装甲や盾などに塗る事で少しだけ対レーザー効果があるジェルである。

「はい。 30秒も受け続けたら意味は無いのですけど、2日でできる処置としてはそれくらいしか無くて。」
「確かに、2日でできる事なんてあまりないですからね。」

 執務管はそう言いながら、歪んだ扉になるべく触れない様にして中をのぞいてみる。

「報告書通り、殆ど何もないですね。」
「はい。 自殺志願者の部屋はどうしても……」
「いえ、そうではなく……」

 彼女が言いたいのは今回の襲撃の痕跡の事である。

「ああ…… セッテは拘束具が必要な状態だったのです。
 もし脱出に対して否定的であったとしても、戦闘どころか抵抗すらできません。」

 ガジェットドローンに持ち上げられて運ばれていった彼女の真意はわからない。
 わからないけれど、脱出する事に肯定的だったらそのままガジェットドローンにされるがままであっただろうし、否定的だったとしても抵抗できないのだから結果は変わらない

「……執務官にとっても、誘拐か、逃亡か、裁判で争われる事になったらと考えるだけで頭が痛くなる問題ですか?」
「……ええ。 あなたも大変でしょう?」

 せめてこの部屋に抵抗した痕の1つでもあれば、話は簡単だったのだけれど。

「……襲撃された時点で、もう、諦めています。」
「……なるほど。」



 2人の静かな溜息だけが、殺風景な部屋に残った。



────────────────────



 後付けだと思われる蛇腹の様な腕が2本付いたガジェットたちに担がれる様にして運ばれた先には、まったく同じ顔の――ジェイル・スカリエッティを殺した少女に似た顔の――3人の少女が待ち構えていた。

(あれは、プレシア・テスタロッサのクローン?)

 6年前に腹にした手術の時に聞かされた、『成功例』であると同時に、セッテにとって仇である、あのアリシア・テスタロッサの母親のクローンたち……

「やっと来たわね。」

 彼女たちの顔を見て複雑な気持ちになったからか、久しぶりに心臓の鼓動が激しくなった。 しかし、その冷たい声を聞いた途端、何故かはわからないが、彼女たちに逆らってはいけない、もしも逆らったら――自分の命に価値を見いだせない自分ですら死を望んでしまいたくなるような……

(……この感じ、あの日、笑顔の八神はやてによって放たれた、地獄の様な、大量の魔力弾をただただ受け続ける事しかできなかった時に感じた――恐怖と言う物に良く似ている。
 ……つまり、私は目の前の自分よりも小さい存在に恐怖している?)

 自分にそんな感情があった事を6年ぶりに思い出させられたセッテは、彼女を運んでいたガジェットたちによって台の上に乗せられた。

「ぅぅっ」

 乗せられた台は硬くて冷たい。
 これならまだガジェットたちに担がれていた方がマシだったとさえ思うセッテに、プレシアクローンたちの手が伸びて――

「あら?」
「どうした?」
「なんなのかしら? この拘束具、微妙に振動しているわ?」
「振動? ……これくらいの振動なら、褥瘡(床ずれ)や筋肉の劣化を防ぐ効果を狙っているのかもしれないわね。」
「なるほど。 自殺防止のために拘束具を使っているのに、そのせいで褥瘡ができたり筋肉が劣化したりして――それが病気の原因や死因になったらまずいものね。」
「筋肉の劣化……
 どうせなら、クアットロにも使っておいてくれればよかったのに……」

 クアットロの名前にセッテが反応する。

(拘束具を付けられない程度の自傷行為か何かをしたのだろうか?)

 トーレの後を追おうとした自分には、クアットロのした事を教えるわけにはいかないと判断されたのだろうか?
 自分と同じ様に社会復帰を選ばなかった姉の事が心配になる。

「無理でしょ。」
「ああ、こんな小さな拘束具では、ねぇ……」
「確かに、大きさの問題もあるけど……
 あの体がこの程度の振動でどうにかなるとは思えないわ。」
「それもそうね。」
「そもそも、命の危険があるほどではないものね。」

 3人の少女たちが大きな声で笑う。

(なんだかわからないが、クアットロの事を笑われると胸がざわざわする……)

 このもやもやした感じ、一体何なのだろう?





「ふぅ…… やっと拘束具が取れたわ。」

 ガジェットたちにも手伝わせながら1時間、やっとセッテの拘束具は外された。

「『拘束具』だから仕方ないんでしょうけど、こんなにきつくしたら、肉体を清潔に保つのが大変でしょうに……」
「風呂――は流石に無理でも、体を拭く度にこれを付けはずししていたのだとしたら、手間がかかるでしょうね。」
「……この拘束具に、体を清潔に保つ為の機能があるのかもしれないわ。」
「じゃあ、調整して声が出せるようになったら聞いてみる?」
「そうね、分析にかけるのなら早めにしたいけど……」
「え?」
「ほら、私たちって運動不足でしょう?」
「ああ、なるほど。」
「それに、肉体強化タイプのJ11の調整に使ってみるのも面白いかもしれないわ。」
「確かに。」
「あら、こっちにメーカー名が書かれているわ。」
「ほんと? ……って、そうか。
 世界を股に掛ける時空管理局に使ってもらえれば企業イメージがアップするものね。」
「メーカーがわかったのなら、普通に買った方がいいんじゃない?」
「そうね。 もしかしたら――あるかもしれないし?」

 その言葉で、3人はまた笑った。



「それにしても…… はぁ……」
「……本当に、骨と皮って感じね?」
「はぁ……」

 ガリガリに痩せ細ったセッテの体を見て、プレシアクローンたちは呆れた声を出す。

「ドゥーエからの報告を読んではいたけど、実際に見てみると……」

 これからの作業を思い、彼女たちはその瞳に涙を溜める。

「まあ、もともと成長しきっていない上に、戦闘機人として改造された部分のメンテナンスをきちんとしていなかった体に、こんな物を使わないといけないんだから、こうなってしまっても仕方ないって事じゃないかしら?」

 ツンツンと、その指で浮き上がったあばら骨をつつきながら溜息もつく。

「……極端にもほどがあると思うけどね。」
「ここまで痩せていると、生身と機械部分との比率がかなり悪いでしょうね……」
「ああ……」
「はぁ……」



────────────────────



「ただいま。」

 買い物から帰って来たヴィータの声が部屋に響く。

「おかえりぃ。 今日は遅かったな?」
「ああ、今日はなんか、ちょっと道が混んでて…… はやて、何を見ているんだ?」

 どちらかというと死んでいる方に限りなく近い生死不明な状態でなければならないはやてがオンラインで何を見ているのか気になった。

「ん? ああ、これや。」
「んん?」

 そこには、2人の戦闘機人が大量のガジェットドローンによって――という、とんでもない情報が!

「なっ!?」
「これ、絶対に、間違いなく、私たちの事件に関係していると思わん?」

 もしもそうであるならば、敵はジェイル・スカリエッティ一味の残党という事――

「1回目も2回目も、この戦闘機人1人――たぶん、資料は発見できたけど居場所が掴めなかったドゥーエっていう人。 変装して侵入・工作活動が得意らしい。
 この人だけでも厄介やのに、情報戦が得意なクアットロと近接戦闘が得意なセッテを持っていかれたのは、かなり痛いわ。」
「……ああ。
 変装で侵入したドゥーエがクアットロ製のウィルスを撒き散らす。 なんて事をされたら、機械に詳しくない私じゃどうしようもない。
 仮にドゥーエをどうにかできたとしても、ウィルス製作者のクアットロを捕まえる時には、たぶんセッテがクアットロを守っているだろうから――クアットロがISを使ってセッテの援護にはいるだろうって事も考えると、やっぱり私やシグナムくらい戦えるのが数人必要になるだろうな。」

 はやてに瞬殺されていた為、セッテが実際どれだけ動けるのか、どの様な戦い方をするのか、どんな技を持っていて、どんな技に弱いのかなどという事はよくわからないが、ジェイル・スカリエッティのコンピュータに残っていたカタログスペックを見た事があるので大体の事は知っているヴィータであった。

「なんていうか――そう! ゲームとかで序盤から中盤くらいまで敵で、なかなか厄介なんだけど、後半に味方になった途端に『あれ?』『なんでこんなに弱いの?』って、思ってしまいそうな感じの能力持ちなんよね。」
「……言っている事はわからないけど、言いたい事はわかる。」

 クアットロのシルバーカーテンは、味方にこれが使える者がいたとしても法を守らなければならない時空管理局ではあまり使う場面は無いだろう。
 セッテのスローターアームズも質量兵器の運用だと言われてしまう可能性が出てくるため、よほどの事が無い限り時空管理局で必要とされる事は無いだろう。

「こいつらの武器も…… やっぱり微妙だしな。」
「ヴィータもそう思うか。」
「ああ、ジェイル・スカリエッティは何を考えていたんだろうな?」

 シルバーケープのステルス性能は――クアットロが戦闘向きではないのでまだわかるが、この魔法攻撃から耐性を持たせたというのがよくわからない。
 基本AMFの範囲内で活動するクアットロが魔法攻撃を受ける、受けなければならない状況になった場合、その魔法攻撃はAMFをものともしない威力を持っている事になる。
 耐性を付けるよりもステルス性能をもっと上げるか、いざという時の転移機能でも付けておいた方がまだ意味があるだろう。

「ガジェットにAMF持たせているんだから、ブーメランブレードにはバリアブレイク機能じゃなくて、もっと他の――まあ、単純に強度をもっと上げるとか、少し小型化して数を持たせるとか、色々と考えられそうなんだが……?」

 天才の考える事は凡人には理解できないという事なのだろうか?

「そやね…… ガジェットにAMFを付ける前に設計・作成したんだとしても、その後でゆりかご動かして全世界を征服しようって思ったんなら、造り直すか改造するかした方が良いって事くらい気づいてもよさそうよね?」

 データ取りが目的でそのままにしていたのだとしても、それなら一番の目標を達成してからでもいいだろうし。

「天才の犯罪者が考えた事なんてわかんねーよ。」
「そやね……」

 ドクターはライディングボードを量産するつもりだったと言った者もいたが、それならばそのライディングボードを量産してから事を起こせよという様なツッコミをいれたという懐かしい思い出があったりする。

「まあ、このデータから考えるに、刑務所から持ってかれた2人――あ、クアットロは情報戦用だから――セッテが戦力として使えるようになるには時間がかかるやろ。」
「……そうだな。」

 こんなに痩せ細っていては、動けるようになるのに――例え、あちらの技術がこちらの技術を超えていたとしても、月単位の時間が必要だろう。 戦闘ができる様になるにはさらに時間が必要なはずだ。

「あー、でも、量産するべき武器をしないまま事を起こした奴らだしなぁ……
 もしかしたら、すでに『日付』が決まっているかもしれない。」
「なるほど…… その可能性も、あるか。」

 ヴィータの呟きに、はやては頭を悩ませた。

「それにしても、クアットロのやつはどうしてこんな……」



──────────────────



「とりあえず、今できるのはこれくらいね。」

 3時間かけて現状でやれる事を全てやった彼女たちの顔は、すごく眠そうだ。

「……後は調整槽に入れて様子を見ながら少しずつ弄って行くしかないか。」
「これ以上の労働は、肉体の健全な成長を阻害してしまうしね。」

 それもそのはず、いくらプレシア・テスタロッサの記憶や知識や経験があるのだとしても、彼女たちの肉体は子供の物なのだから。

「よし、ガジェットども、さっさとこいつを調整槽に入れちゃいなさい。」
「とりあえず、昼寝の後で筋肉強化のプランとかを練りましょう。」
「賛成。」
「異議無し。」

 再びガジェットたちに持ちあげられて、いざ、調整槽にぶち込まれるぞと言うその時

「ぁぁ?」

 セッテは、自分が入れられるだろう調整槽のすぐ隣に、少し大きめの――それも、透明ではなく黒いフィルターの様な物でその中が見られないようになっている、調整槽としてそれはどうなのかと疑問を持たざるをえない物がある事に気づいた。

「ん? ああ、それが気になるの?」
「ぶっ!」
「くふっ!」

 セッテは、また笑いだしたプレシアクローンたちに少しイラッとする。

「いいわ、あなたにも見せてあげる。」

 プレシアクローンの1人がそう言って両手を動かすと、その大きめな調整槽は徐々に透明になっていき――


「ぅ?」

 突如、無数の空間モニターがその調整槽を囲むように展開された。

「あらあら。」
「あっはっはっは……」
「く、くくく……」

 ツボだったのだろうか? 2人のプレシアクローンはさらに大声で笑う。

「まったく……
 無駄な抵抗は止めなさい 余計にみじめな気持になるだけよ?」

 プレシアクローンが手を振ると、空間モニターが消えて――

「……ぇ?」

「あっはっはっはっはっは」
「ぷくく…… くぁっはっはっは」

 久しぶりに見た姉は――





 太くなっていた。





111229/投稿



[14762] Replica06 空いた椅子
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/02/04 20:51
 学生時代を除けば、家族という保護者無しで旅行するのは初めてである。
 だから、何か忘れ物をしてしまった時に友達に借りたりとか、お母さんが「こんなこともあろうかと」と言ってだしてくれたり、というようにはいかない――のだけれど

「だから、これとこれは持って行かなくても良いと思うわよ。」
「……なるほど。」

 シャマルさんやシグナムさんが言うには、「『アレルギー』や『絶対にこれじゃないと駄目』だというこだわりがないのならば、歯磨きや化粧品などの消耗品は現地で調達・消費・廃棄する事にして、荷物を減らしたが良い」らしい。

「それに、荷物が多いとそれだけ手続きに時間と手間がかかってしまったりするし、なによりお金も余計に掛ってしまったりするからな。」
「へぇ……」
「こっちの世界ではどうなのかちょっとわからないけど、薬物や爆発物は1グラムに満たない量でも何百、何千の命を奪ってしまう物もがあったりするから、瓶とかの荷物が多いとそれだけ時間がかかっちゃうのよね。」

 そうか……
 ケーキとかに混ざってしまうといけないから私はあまり化粧品を使わないけど、アリサちゃんやすずかちゃんから聞いた話だと毎朝20種類以上の化粧品を使うのが普通らしい。
 飛行機1機に400人乗れるとして、その半分が女性だと考えた場合、『1人20種類×200人分=4000個の化粧品』という事になる。そんなにたくさんの化粧品の瓶とかをいちいち検査していたら――例えば、1つ調べるのに5秒かかるとしても20000秒、分にすると約333分、つまり、約6時間の時間がかかる事になる。

 まあ、実際は――少なくともこの世界では、検査にそんな時間をかけたりはしないんだろうけれど、それでも、こういうふうに言われると少しでも荷物を減らした方が良いだろうとは思ってしまう。

「それじゃあ、毎日寝る前に、保湿の為に使っているこれだけ持って行く事にします。」

 アリサちゃんとすずかちゃんにお勧めされたこれだけは毎日使っているのだ。

「ああ、そうしておくと良い。」

 というわけで、持って行くのは1週間分くらいの下着や衣類だけであり、それらを先日買ってきた大きな旅行鞄に詰め込めば――

「そんな大きな鞄は要らないだろう。」
「え?」
「だから、そんな大きな鞄なんて要らないと言ったんだ。
 はやてからデバイスをもらったのだろう?」

 えっと……

「これですか?」

 パスポートと同じくらいの大きさの赤色のプラスチックみたいな手触りのプレート。

「そう、それの倉庫機能を使えば、ほら。」

 シグナムさんがデバイスをちょいちょいと触ると、1着の服が光と共にデバイスの中に入っていった。

「持ち運びが楽なだけではなく、服に皺も出来ないぞ。」

 確かにこれは便利です。
 というか、これがあれば仕入れの時に車じゃなくて原付で十分? という事はガソリン代が浮くから、それだけ――

「シグナム、それはちょっと止めた方が良いと思うわよ?」
「うん?」
「桃子さんたちは魔法を知らないのよ? デバイスに荷物を全部入れてしまったら、娘が手ぶらで2ヶ月の海外旅行に出かけようとしている様に見えちゃうわ。」

 手ぶらで海外旅行する事を許す親なんて、居るはずが無いでしょうとシャマルさん。

「む、それもそうか。 出張の時はいつもそうしていたから、その事に気づかなかった。」

 出張先では基本バリアジャケットで良いので、鞄はもちろん、デバイスのこの機能すらあまり使わないのだという。
 これが文化の違いというものなのだろうか?

 でも、そうか……
 原付で何キロも仕入れたりするのは不自然すぎるから、使うにしても個人的な買い物だけにしておかないといけないって事だよね。
 ちょっと残念。

「まあ、荷物――というか、鞄が1つですむなら、その方が良いでしょうね。
 はやてちゃんとなのはちゃんの代わりに旅行をする局員にとっても、持って行く荷物が少なければ面倒も少なくて済むでしょうし。」
「ああ。」

 そう、私は時空管理局の本局という場所に保護されるので、私の代わりに旅をする人が居るのだそうだ。
 まあ、2ヶ月分のアリバイが必要なのだから、旅行先の写真やお土産がないと家族を騙しきる事なんてできないものね。

「じゃあ私の荷物を全部このデバイスに入れて、この旅行鞄には適当なのを入れちゃいましょうか。」
「そうね、その方が――いえ、桃子さんたちが最終チェックとか言って、中身を確認したりするかもしれないから、荷物は全部その鞄に入れておいて、あの人たちには同じ鞄を渡す事にしましょう。
 デバイスには、鞄ごと入れてしまえば良いでしょうし。」
「……そうだな。 あいつらはこの世界で休暇を過ごすわけだから、魔法を余り使うわけにはいかない。 そうすると荷物は鞄に入れていないといけない。
 そう考えると、いちいち荷物の入れ替えをするよりも同じ鞄を用意した方が効率的だな。」

 なるほど。 こっちの世界ではあまり魔法を使わない様にしないといけないんだから、デバイスに荷物を全部入れるわけにはいかないのか。

「そうね。 細かいのはともかく、衣類とかは鞄に入れておかないと空港とかで何かあった時に問題になるかもしれないわね。
 こんなアリバイ作りなんて時空管理局始まって以来の初めての事だろうから、どうしたらいいのかもっと考えないといけないわ。」

 お父さんたちに魔法の事を話して、きちんとした形であっちの世界に保護される事ができたら良かったんだろうけど……

「うむ。 誰にも魔法の事を明かさずに1人だけ保護するなんて今まで無かった。
 しかし、だからと言って、これからも無いとはいえないし、今回でその辺のノウハウを作ってしまうくらいの気持ちで事に当たった方がいいだろう。」



────────────────────



 つい数日前から、ガジェットドローンが全く現れなくなった。

「これは、やばいかもしれないわね。」

 ガジェットドローンによる収容所襲撃事件の担当になった執務管の1人が、彼女に与えられた部屋で資料を見ながら呟いたその一言に、彼女の補佐官が疑問符を浮かべる。

「えっと?」

 あの非常に厄介な兵器が出現しない事は良い事だなと考えていた補佐官には執務官が何を考えているのかよくわからないようだ。

「はぁ……
 前回、前々回と、管理局の重要施設をその圧倒的な物量で襲撃してきたやつらが、消耗を控えているって考えてみて?」
「消耗を、控える……?」

 まだ、どういう事なのか理解できないようだ。

「前回は前々回よりも数が多かったわ。 それなりに消耗させたはずなのに、ね。
 それはつまり、私たちが消耗させる量よりも、あっちの生産する量の方が多いってことだと考えられるのよ。」
「ええっと…… っ!」

 執務官の優しい説明に、補佐官もようやくどういう事なのかわかったようだ。

「わかった?」
「はい……
 次の襲撃は、前回の300機どころか…… もしかしたら、500…… いえ、1000機、2000機というガジェットドローンが投入されるかもしれないという事ですね?」

 そんな馬鹿げた数のガジェットドローンにAMFを展開されてしまったら、Aランクの魔導師でも魔法を使えるかどうか……

「AMF内でも使える――そう、最低でもガジェットドローンの装甲を貫けるくらいの攻撃力のある質量兵器を用意しておく必要があるかもしれないわ。」
「し、質量兵器ですか!?」

 時空管理局が質量兵器に頼らざれるえない状況だというその言葉に、「そんな事が許されるはずが無い」という気持ちと、「でも、それも仕方ないかもしれない」という現実的な考えが同時に浮かぶ。

「それが無理なら、超強力な電磁石とか――」

 時空管理局の管理下の世界の人々の大半は、魔法という物を非科学的な物だと――いや、「魔法は科学よりも優れている」と思っている人たちが多数だと思うが、実際は違う。
 少なくとも時空管理局が扱っている魔法は科学の延長上にある。
 優れた科学力があるからこそ、魔力を安全に運用する事ができるというのが現実だ。

「――でも、そんな物を使ったらこっちにもかなりのダメージが出ちゃうでしょうから、質量兵器よりも現実的じゃあないわね。」

 ガジェットを無力化できるような磁力を使えば、コンピュータ――例えば、現場の局員のデバイスなどにかなりの障害が出てしまう事は想像に難くない。
 そうなると、現場の情報を知る術は現場局員の念話だけなのだが、念話とは会話の延長線上のものでしかない。
 デバイスが集める客観的な情報と念話による局員の主観を通した情報、どちらも重要である事は確かだが、どちらが事件の解決に活かし易いかを考えた場合……

「ぅ…… 確かに、そんな数のガジェットドローンをどうにかしようと思ったら、私たちもそれなりの覚悟をするべきなのかしれません。」

 基本、事件が起こってしまってから動きだすしかない仕事なのだ。
 後手に後手にとしか動けないのは厄介だが、逆から見れば事件の情報を有る程度持った状態で動く事ができると言う事でもある。
 その情報をどれだけ正確に集める事ができるのかが重要となるのだから、自分たちの電子機器にダメージを与える様な物を使用するのは現実的ではない。

「それだけのAMFが展開されると、バリアジャケットも使い物にならないだろうから装備も揃えないといけないだろうし…… 今の内から備えておくように報告しておいた方がいいかも――しておくべきか。」

 おそらく装備が揃う前に敵は動きだすだろうから、報告してもあまり意味は無いかもしれない。 それでも何もしないよりはましだろうと思う。

「……そうですね。 それじゃあ、他の執務管の方々にも――」
「そうね。 私だけじゃなくて、執務管数名の連名で出せば、質量兵器はともかく、防具の支給くらいは間に合うかもしれないものね。」

 地上の――魔力の少ない部隊が使う様な、対質量兵器様の盾に対ビーム用のジェルなどを塗れば、ガジェットドローンのビームを数回くらいは防げるかもしれない。



────────────────────



「ほな、なのはちゃんの準備はOKなんね?」

 隠れ家と呼ぶ事にした時空管理局本局のとある小さな部屋で、生きているのかしんでいるのかあやふやな状態になっている無限書庫司書長の八神はやてが第97管理外世界にいる八神シャマルと連絡をとっていた。

『ええ。 なのはちゃんはとても楽しそうに準備していました。
 そちらの方はどうですか? 何か変わった事はありました?』
「大丈夫や。 ヴィータとザフィーラが死んだかもって報告して、シャマルとシグナムがそっちで捜索活動をしているって事になっているから、私の生死は未だ不明や。」

 家族の中では1番はやてと仲が良いと思われているヴィータと、はやてを守る事に特化しているはずの守護獣ザフィーラがはやての死を確信している。
 はやての死を受け入れられないのか、それとも泣いて過ごしているヴィータに希望を持たせたいからか、辺境の地で主を探し続けるシャマルとシグナム。
 結果、無限書庫司書長八神はやては公式的には生死不明であるものの、実質的には死んだものとして扱われている状況となっている。

「あまりに上手くいきすぎて、ちゃんと仕事復帰できるのか心配になるわ。」
『あらあら。』

 作戦がうまくいっているからだろうか、ご機嫌なはやての様子にシャマルも安心する。

『それじゃあ、予定通りで?』
「うん。 予定通り2日後にそっちに行くわ。 ほな――あ!」

 通信を切ろうとしたその時、はやてが上げた声にシャマルは驚いた。

『どうかしたの!?』
「いや…… 報告する事があったのを思い出したんや。
 ガジェット関係の事件に関わっているのに――いや、関わっているから暇してる、かなり使えそうな執務管を1人見つけたんよ。」

 はやては、ガジェットの情報を集める過程で見つけた、二丁拳銃タイプのデバイスを使う執務官の姿を思い浮かべる。

「そっちに行く前にその人に事情を説明して協力してもらおうって思ってる。」

 魔力を拡散させてしまうAMF内で、ガジェットを破壊できるだけの威力のある射撃魔法をその二丁拳銃なデバイスで連続発射できるだけではなく、高密度なAMFにすら有効なヴァリアブルシュートまで使用できる彼女は、対ガジェット戦の切り札になるだろう。

『……信用できる人なんですか?』
「うん。 裏もしっかり取れているし、ガジェットと戦えるだけの実力もある。」

 数だけは多いガジェットを彼女に任せる事ができるのならば、脱獄した戦闘機人や――ほぼ間違いなく存在しているだろうJSのクローンを倒す事ができるだろう。

『そうですか…… でも、ザフィーラから離れないようにしてくださいね?』
「了解や。」

 心配そうなシャマルを安心させる為に、少し大きめの声で元気に返事をする。

『それじゃあ2日後に。』
「うん。 ほなな。」



────────────────────



「くしゅんっ!」

 某所で自分の事が話題になったからだろうか、彼女は大きなくしゃみをした。

「大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと冷えてきたのかも。」

 もちろんそんな事を知る術も無い彼女たちは、くしゃみの原因は温度の変化にあると常識的に考えた。

「少し、温かくしましょうか。」
「……ありがと。」

 温度調整の為にデバイスを弄りだす補佐官に感謝の言葉をかけながらも、執務官は再び思考を始める。

 敵はおそらく6年前のJS事件の生き残りか――JSの協力者たち。
 当時ですらガジェットドローンは数百体存在していた事や、12体も戦闘機人を制作で来た事などを考えると、それだけの機材や資材を集めた者たちがいたのは間違いない。

 しかし、6年という時間は余りに微妙だ。
 JSの復讐にしては時間が経ちすぎている様に思えるし、それだけの時間をJSの技術を使えるようになったのだとしても――ガジェットドローンの性能が当時とあまり変わっていないというのも……
 仮に、当時よりも大量生産できるという方向で技術を上げたのだとしても、だ。
 性能があまり変わらない以上、質量兵器を採用――ある程度の質量をもった物体を魔法でAMFの外、遠距離から高速移動させる方法を時空管理局にとられたらガジェットドローンなんてすぐに壊滅させられてしまう事はわかっているはずだ。
 そんな、戦術の幅が意外と狭いガジェットドローンでできる事は……

「もしも、今までの大量投入こそが例外的なもので、ガジェットドローンはあくまで作戦の補助と考えて見た場合……」

 そこから考えられるのは、敵がガジェットドローンとは別の何かを持っている可能性。
 最悪、ゆりかごと同じくらいヤバい、巨大ロストロギアすら……

 6年前ですら、あれほど巨大でありながら行方不明となっていた古代ベルカのロストロギアを秘匿していたのだ。 他にも色々と隠し持っていた可能性は否定できない。

「はあ……」
「え? まだ寒いですか?」
「違うわよ。 ただ、常に最悪を考えておかないと、せっかく慣れた執務官の椅子と永遠のお別れって事になっちゃいそうだなって、思っただけ。」

 6年前のJS事件は無限書庫の司書長である八神はやての意外な大活躍によってすみやかに解決したのだが、問題なのは彼女が出撃する前にあった。
 ガジェットドローンはあの事件の前からあちこちの世界に現れて、時空管理局に少なくないダメージを与えていた。
 例えば――最も被害が大きかったのは。JS事件が起こる直前に起こったアインヘリアルという地上防衛用の巨大魔力攻撃兵器が破壊された時だろうか。
 あの当時、アインヘリアルは2機存在し、3機目を建造中であったのだが、その3カ所を戦闘機人と大量のガジェットが襲撃されてしまい、あれだけの予算を掛けたアインヘリアルは完全に破壊された時の事……

「あの時、ミッドの戦力の殆どが全滅しちゃったせいで、とにかく見込みのありそうな奴に資格をとらせて、開いてしまった椅子、開く事になった椅子に座らせようっていう事にならなければ、私が執務官の資格を受ける事なんて無かったはずだったんだから、この椅子にそんなに執着はしてないんだけど……」

 アインヘリアルは2機完成し3機目を建造中であったにも関わらず、その運用については『許可を申請中』だったという、とても微妙な存在だった。
 しかし――いや、だからこそ、アインヘリアルをテロリストなどに奪われたりしない様に最高クラスの防衛システムが敷かれていた。 そう、アインヘリアルは最高の防衛システムと多数の人員によって守られていたのだ。

 アインヘリアル3機が完全に破壊されたと言う事は、それを守っていた――

「私も、執務管補佐という仕事には誇りを持っていますけど……
 本来なら座る事の無かった椅子じゃないかと、少し考えた事があります。」

 いや、アインヘリアルの件だけなら、局員の移動や補充でなんとかなったのかもしれない。 確かに、あの事件が最も被害が大きかったのだけれど――こういう言い方はアレかもしれないが、アインヘリアルが無くなった以上、それを守る者たちが居なくなっても問題は無いのだから。
 重要なのはガジェットドローンによって時空管理局の人材が減らされていたという点だ。

「あの頃、無理矢理資格をとらされた人たちの中で、それを考えなかった人はいないんじゃないかしら。」

 ゼスト・グランガイツ
 彼は時空管理局の首都防衛隊に所属していたストライカーであり、JSの協力者。
 ルーテシア・アルビーノ
 母親を人質にとられ、JSの配下によって洗脳に近い教育を受けていた。

 この2人はJSによってレリックウェポンの実験体にされていた事が――あの、大爆発によって証明されている。

「……そうですね。」

 ゼスト・グランガイツは八神はやてと八神シグナムによって捕えられた後、数名の高ランク魔導師と、多数の局員によって拘束されていた。
 ルーテシア・アルビーノも――事件の後で外部からの精神操作をされていたとわかったが――巨大な召喚獣や召喚甲虫を暴走させていたので、取り押さえる為に十数名の高ランク魔導師――その中には、執務管もいた――が連携を組んで対処していた。

 そんな2人が、戦闘機人クアットロによってその体内のレリックを暴走させられ――

 時空管理局は、たくさんの犠牲を出した。

「JSのせいでどれだけの人命が失われたか……」

 資格を持っていた人が、6年前にいなくなった。
 資格を取れただろう人たちが、その前からいなくなっていた。
 だから、素質のある者に試験を受けさせ資格をとらせ、開いてしまった椅子を埋めなければならなかった。

「確かに、いつかは出世してやろうって思っていたし、一生懸命訓練をして、それだけの実力も付けていたけど……」

 訓練校時代、自作のデバイスを使用している者は少なくて、自分は1人で自主訓練をする時間が多くなり、結果として同期の誰よりも優秀な生徒となっていた。

「それでも、こんな形は望んでなかったわ。」

 試験に不正はなかったし、例年よりも問題が易しかったという事も無かった。 この椅子は自分の実力で手に入れた物だと胸を張って言える。
 しかし、亡き兄と同じ道を進みたかったという気持ちは今も胸の中で……

「私にとって、JSは疫病神なんだわ。」

 執務官になった頃は、「本当に自分がこの椅子に座ってもいいのか」と考えてしまった事もある。 しかし、自分と同じ様に、開いてしまった椅子に座る事になった事に悩んでいる人たちと話し合いの場を持ったりして、『座っていた人の分まで頑張るしかないじゃないか』と結論を出したのだけれど。

「疫病神ですか。」
「ええ。 事件の最中に死んだ奴のせいでこの椅子に座らされて、その残した物のせいでこの椅子から――この世から退席させられそうなんだもの。」

 疫病神としか言いようが無いではないか。





120204/投稿



[14762] Replica07 決戦前
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/03/03 22:30
 あのデパート爆発事件から2週間ほど経ったある日、まだお日様も昇らない時間にもかかわらず父に車を運転してもらって着いた、まだ人もまばらな空港で待っていてくれたのはシグナムさんとシャマルさんの2人――ではなく、数年前に紹介してもらったリーゼロッテさんとリーゼアリアさんだった。
 私が2人を両親に紹介すると、両親は揃って私の事をお願いする。
 今回の海外旅行はイギリスに住んでいるはやてちゃんの後見人(?)であるギル・グレアムさんのお家を拠点としてヨーロッパの観光地を巡るという事になっているからだ。
 それから数十分――4人の話が一段落したタイミングではやてちゃんと合流した。

「おー…… 大きな荷物やね。」
「そういうはやてちゃんは少なすぎない?」
「ああ、私の荷物は先に送ってあって、無事に着いた事も確認済み――って事で。」
「! そっか、その手があったか……」

 そんな雑談をしたり、空港内のお土産屋さんを見て回ったりして自分たちが乗る飛行機が飛ぶまでの時間を潰してから、両親に見送って貰って私は日本の地を離れた。





 イギリスに着いたその日に空港からグレアムさんの家までのルート周辺にある観光地を見て回り、予定通りグレアムさんのお家で1泊した翌日。

「いやあ、『いざ』という事態になっても2人ならどうにかできるやろうから、安心してあっちに行けるわ。」

 はやてちゃんがそう言って、グレアムさんの使い魔さんのリーゼアリアさんとリーゼロッテさんの2人(匹?)に私が日本から持ってきた荷物を渡した。

「ああ、任せて!」
「お土産とは別に、2人が喜びそうな物も買っておくわね。」

 何でも、私たちの代わりにアリバイ作りの旅行をしてくれる協力者を内密に探していた処、はやてちゃんがガジェットドローンに襲われたという噂を聞いたグレアムさんがこの2人を本局に送り、その外見から八神一家の中で最もマークされていなさそうなザフィーラさんに接触してきたのを…… と、いうことらしい。
 でも、正直なところ、そういう話はよくわからないので、私は2人に観光地だけではなく有名なパティシエのいるお店とその店の主力製品の写真も撮ってくれる様にお願いする。

「お父様、私たちが居ない間……」
「ああ、わかっている。」

 私とはやてちゃんに変身しているこの2人はもちろん、2人の主人であるグレアムさんも、あのガジェットという物が襲ってきても対処できるくらい強いのだそうで、そんな2人にそんな事を頼むのはどうかと思わなくは無いけれど、いつか、もう1度チャンスが来た時の為にも、使える者は使わせてもらわなくては!

「ほな、行ってきます。」
「行ってきます。」
「ええ、いってらっしゃい。」
「楽しんでくると良いよ。 それじゃあ、お父様、私たちも……」
「うむ。」



────────────────────



 高町なのはが旅行気分のまま時空管理局本局に向かっている頃、無限書庫は戦場となっていた。 司書2人を死傷させ、他の司書達を追いだして潜伏していたガジェットドローンたちをたった1人の執務管が駆除しているのだ。

「あーもう! なんでこんな面倒な事引き受けちゃったんだろ!?」

 しかし、執務官は色々と後悔していた。

『なんでって…… 無限書庫の資料をなるべく傷つけることなくガジェットドローンを破壊できる、優秀な人材だからじゃないですか?』

 事実、彼女の魔力弾はガジェットドローンのコアと言える部分だけを破壊する事で爆発などを起こす事が無く、本や本棚に1つの傷もつけていない。

「くっ!」

 しかし、無限書庫の外、安全な場所でお茶を飲みながらこちらの様子を確認している補佐官にそう言われると殺意が沸いてくる。
 確かに、そう煽てられて調子に乗ってしまい、ついついこんな面倒な仕事を引き受けてしまった自分が悪いのだけれど、交渉の時にその場に居て、その提案にあんたも乗り気だったでしょうが、と思うのだ。

『無限書庫が使えるようになったら、司書の方々が他の仕事よりも優先してこちらの捜査に協力してくれる事になっているから、そんなに悪い取引では無いって言ったのも……』
「どーせ、私ですよ!」

 限りなく死んでいる方に近い生死不明だったはずの重要人物が自分に接触してきた事に疑問を持たなかったわけではない――わけではないのだが、他にも優秀な人材がいるはずなのに自分を選んでくれたという事がとても嬉しくて、うかれてしまった事で思考能力が低下してしまったのだと思いたい。

 ……思ったところで、何が変わるという事も無いのだけれど。

『私にもAMF内で戦えるだけの実力があれば良かったのですけどね……』

 自分がこの戦場に不参加になることをわかっていて――ガジェットドローンと戦闘できるのは私だけだとわかっていて、司書長の提案に乗ったのね?

「これが終わったら、人事部に行こう、そうしよう。」



────────────────────



 無限書庫の司書たちを効率良く片付けるのと、貴重な資料を頂戴する為に送り込んで潜ませておいたガジェットどもが全て片付けられてしまったという事実が、プレシアクローンたちを驚かせることは無かった。

「思っていたよりも早かったわね。」
「そうね。」
「必要な資料はすでに回収済みだから、どうでもいいわ。」

 おそらく、JSクローンたちが計画した作戦に対するものであろう、聖王教会のレアスキルによって予言された厄介な存在は4つ。

 1つは王の力を扱う物
 おそらくベルカ又は古代ベルカで王と呼ばれる、あるいは呼ばれた者の子孫
 聖王教会に在った資料などを元に、全て始末済み

 1つは無限の知識を求める者
 おそらく無限書庫の司書長と司書たち
 司書長は古代ベルカのロストロギア、闇の書の関係者であり、王と呼ばれる存在でもある為、すこし強引な手段を使う事になったが……
 無限書庫に送り込んだガジェットどもは全滅してしまったが、またを送り込む事で司書たちはどうにでもできる。

 1つは21個の青い宝石
 ロストロギア・ジュエルシードと思われる
 オリジナルが欲した物でもある。 それに秘められた魔力は膨大であり、次元震を起こすどころか虚数空間を開く事すら可能であるとされる。
 JS事件の直後、手段は不明だがリンディ・ハラオウンによって21個全てが回収されていたが、こちらがロストロギアの保管所を襲撃した事で虚数空間の向こう側へ消えた。
 もちろん、ジュエルシードの他にも魔力を秘めた青い宝石は幾つもあるが、それらも順調に回収・破壊している。 魔力を秘めていない宝石も機会があれば回収・破壊している。

 最後の1つは不屈の心に認められた者
 不明 まったく見当もつかない
 そもそも『不屈の心』とはどういうモノなのか?
 心というのが抽象的なモノの事であるならば、それに認められるとはどういう事か?
 あるいは物の名前なのか? 人工知能を搭載した物であるならば、それが自身を所有するにふさわしいかどうか決めるという事もある。
 あるいは者の名前なのか? 珍しい名前かもしれないが、この無限に存在する世界に一体どれだけいるだろうか? そんな、不特定多数の存在が予言に出てくるのだろうか?

 抽象的で具体的で、在り過ぎて無さ過ぎて、わからない。

 しかし、これまでの活動によってこれら4つが揃う確率はかなり低くなっているはずなので、彼らの計画は達成されるだろう。

 無限書庫及びそれに類するものなんて何時でも閉鎖できるし、その司書たちはもちろん、賢者と呼ばれる者たちを消す事も並行して進めている。 そして、ジュエルシードはすでに無く、ドゥーエやガジェットによって今も青い宝石は砕かれ続けている。

 ここまでやって、それでも計画が成されないというのならば、それはもう、人がどうこう出来るモノではなく、運命とか天命とかいうものなのだろう。

「ま、私たちは私たちで適当に、ね。」
「ええ。」
「失敗しても成功しても、どうでもいいしね。」



────────────────────



トントントントントントントントン

 まな板と包丁によって奏でられる音楽が心地良いと感じる。

「セッテさん、もうすぐできますからね。」
「あ、ああ。」

 長年にわたる監禁生活によって痩せ細ってしまったこの貧弱な肉体を、時空管理局のストライカーたちと戦えるようにする為とはいえ……
 守らねばならない存在を殺した者のクローンが作る料理を心待ちにするようになるとは、つい数日前までなら考えられない事だった。

(いや、違う。 心待ちになんてしていない。
 仕方なく、だ。 まともな料理ができるのがこいつしか居ないから、だ。)

 ドクターたちは研究に忙しく――というか、そもそも料理をしないらしい。
 娘に手作り料理を食べさせていた記憶もあるはずのプレシアクローンたちも同様だ。
 様々な所に潜入していたので料理ができるはずのドゥーエは、当たり前だが作戦で忙しくてあまり帰ってこないし、クアットロにいたってはその体を正常な状態な戻す為に――もしかしたら、重たい体を動かすのが面倒だからかもしれないが――メンテナンス用兼治療用ポッドから出る事すらない。
 自分も、この痩せ細った腕ではフライパンを持ち上げる事すら難しく――後数日でそれくらいはできるようになると言われたが、そも、料理スキルを持っていない。 まして、栄養バランスのとれた健康的な料理なんてまず無理だ。

(だから、仕方ないんだ。)

「はい、できましたよ。」





 食事なんて栄養補給の為にしているだけという母たちや、「少し塩分が多くないかい?」とか「もう少しさっぱりした物が食べたい」とか「いや、この年齢の肉体ならば、これくらいの脂分が必要だろう」とか、1口食べるたびにあれこれ文句をつける――本人たちにそんなつもりはないのだろうけれど、そう聞こえる、生意気な少年たちと違って、不機嫌な顔で、でも、食べる事の喜びや楽しさを隠せない顔で、私の作った料理を食べてくれる目の前の女の子を見ていると、心が和む。

「たくさん食べてくださいね。」

 私の言葉に返事は無い。



 でも、それでいいのかもしれない。
 言葉は無くても、空になったお皿が、彼女の心を表しているから。





 コポコポと泡の音がする、狭く静かな場所で、料理を出した者と、出された料理を食べている者の2人を空間モニターで覗きみている者がいた。

「いいなぁ……」

 何も無い部屋で、ずっと、食べる事だけが唯一の楽しみとなっていた彼女は、気にいらない人物が作ったとはいえ、温かい料理を食べる事ができる妹の様子を見て、思わずそう呟いてしまった。

『え!? また太りたいの!?』
『ええ!? ちょっ! やめてよ?
 機械部分の交換の為に背中を切った時、ついでに脂肪を5キロも取ったのよ?』
『また、あんな面倒な作業を私たちにやらせる気なの?』

 呟きに対するプレシアクローンたちの反応は怒鳴り声だった。

(私が何を見ているのか知られているのは、まあ、いいとして……
 「いいなぁ」という言葉が、なんで、料理に対しての言葉だと思ったのか……
 まあ、自分がセッテとアリシアクローンの中を羨む様な性格ではない事なんて、百も承知なのだろうし、この数年で唯一の娯楽が食べる事だけだったという事も知られているのだから、仕方ないのかもしれないけれど……
 それでも、こいつらに、そういう『キャラ』だと思われてしまっている事が気にいらない)

「ちょっと言ってみただけじゃないですか……」

 気にいらないが、口から出るのは弱気な言葉だ。

『その「ちょっと」が重なってしまったせいで、あんなみっともない姿になったのではなかったの?』
『そうよ! もしまた手術しなきゃいけなくなったら、今度は逆に脂肪を突っ込むわよ?』
『……殺す。』

 きっと、3人が浮かべたそこそが、氷点下の笑みとはこの事を言うのだろう。

「は、ははは……」

 自分の生殺与奪を握っているのはこの3人の少女だという事を再認識し――同時に、何故、プレシアクローンたちはドクターのクローンたちよりも性格に違いがあるのだろうと疑問に思うクアットロであった。



────────────────────



「あのさ?」

 帰って来るなり冷蔵庫を開けて、買いだめしておいたギガ美味いアイスとやらを取り出したヴィータが声をかけてきた。

「うん? アイス用のスプーンなら、食器洗浄機の中にあるのではないか?」
「あ、そっか。」

 地球から帰って来てから、ずっと悲しんでいるフリをしなければならないヴィータはできるだけ家の中で過ごしている。 偶に仕事で外に行く事もあるけれど――例えば、美味しそうにアイスを食べる姿なんて誰かに見られてはいけないので……

「ストレスがたまるのはわからないでもないが、あまり食べ過ぎるといざという時に支障が出てしまうぞ?」

 何かあった時、ヴィータは「はやての仇だ」と言って大暴れをして内外に『八神はやて死亡説』を信じ込ませるという役目があるのだ。
 その時にぶくぶくに太っていては信憑性がなさすぎる。

「大丈夫、今日はあっちの方でトレーニングしてきたから。」

 ストレス発散とトレーニングを同時にこなす為に協力者の名を借りて訓練施設を使わせてもらったのだろう。 ヴィータが自分の肉体的・精神的状態をきちんと把握してそれができたという事は、同じヴォルケンリッターの一員として喜ばしい事だ。 が

「そうか。 ならば、今度は俺もトレーニングに付き合わせてもらおう。」

 ヴィータと同じ様に家から余り出る事の無い生活を続けるのは正直きついのだ。 トレーニングをするのならぜひとも誘って欲しかった。

「ん? ああ、そうか、わかった。 次は誘う。」
「ああ。 頼む。」



────────────────────



「そろそろかしら?」
「ああ。」

 第97管理外世界から、主であるはやてが高町を連れて帰って来るのを、シグナムとシャマルの2人は今か今かと待っていた。

「1日だけだけど、イギリス観光は楽しめたかしら?」

 人目につかぬように隠れて過ごすのは、慣れている者でも精神的にきついものだ。
 まして、これまでずっと無限書庫の司書長という目立つ立場であった主には相当堪えたのではないだろうか。 1日だけとはいえ、親友と共に楽しく過ごせたのならば……

「それは、はやてから直接聞くと良い。 叩けば響く楽器の様に応えてくれるだろう。」

 シグナムもはやての精神状態を危惧していたので、隣で眉間に皺を寄せているシャマルの気持ちがわからないでもない。
 しかし、シャマルほど心配もしていなかった。
 なぜなら、主である八神はやてとその親友の高町なのはの間には、他者を――はやての家族である自分たちですら踏みこむ事の出来ない、何か特別な――いや、『特殊』な何かが在るという事に気づいていたから。

「……もう。 シグナムははやてちゃんの事が――」
「心配だ。 でも、それ以上に信じている。」

 そこまで言われてしまうと、シャマルは黙るしかない。
 シグナムに悪気は無いとわかっていても、その言葉は彼女の心を傷つけたから。

(そんな言い方をされたら、私がはやてちゃんの事を信じていないみたいじゃない……)

 うつむいて、頬を膨らましているだろう彼女を見て、シグナムは自分の失言に気づく。

「ぁ……」

 だが、何と声をかけたらいいのかわからない。
 はやてとなのはの間にある何かについて、具体的な説明ができるほど、彼女の口は達者ではないという事を自覚しているからだ。

(こ、こういう場合どうしたらいいんだ?
 あ、謝れば良いのか? でも、何て言って謝れば良いんだ? 「すまん」とか「ごめん」とか――言ったら言ったで、余計に気まずくならないか?
 ど、どうしたらいいんだ?

 先ほどまで、はやてとなのはが帰って来るのを楽しみに笑っていたはずなのに、「どうしてこうなった!?」と言いたくなるような現状にシグナムはいっぱいいっぱいだ。

「シャマル……」

 とりあえず、名前を呼ぶ。

「……」

 しかし、応えは無い。

(もう、どうしていいのかわからん!)

 とにかく、もしかしたら泣いているかもしれないシャマルに胸を貸す事にする。
 はやてが落ち込んだ時、暫くこうしてあげると元気になった事があったからだ。

ぎゅっ
「ぇ? ちょっ!?」

 それによって、確かに、シャマルはうつむくのを止めた。
 それはシグナムの突然の行動に驚いたから、というのもあるが、うつむいたままだとシグナムの胸に顔の下半分――特に口が塞がってしまい、呼吸がし難くなるからだ。

 だが、タイミングが悪かった。

 シグナムが、隣に立っていたシャマルに胸を貸すという事は、シグナムがシャマルの方を向くという事であり、同時に、シャマルの体を自分の方向に向ける為に両手で彼女の両肩を動かさなければならなかったという事で。
 そして、シグナムの胸に口が当たるのを防ぐ為に顔を上げたという事は、2人の顔はくっつきそうなほど近くなるという事でもあった。

 もしもその場に第三者がいたならば、その人はシグナムの方からシャマルにキスをしようとし、シャマルがそれに応えたというように見えただろう。



 少なくとも、ポーターから出てきたはやてとなのはにはそう見えた。



────────────────────



「それじゃあ、庭の準備はできたんだね?」
「ええ。 いつでも使えるようになっているわよ。 ついでに、庭の炉も地下の炉も、最初に予定した物よりも1割ほど出力を上げておいたから。」
「それは上々。 じゃあ――」
「わかっているわ。 そっちの副と予備の方はこっちで調整してあげる。」
「ならお願いしよう。」
「ええ、任せなさい。」





120303/投稿



[14762] Replica08 鐘は鳴らされる
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/04/18 20:29
 リンディ・ハラオウンは息子であるクロノが部下であったエイミィ・リミエッタと結婚してからは義理の娘であるフェイトと2人暮らしをしていた。 そして6年前のJS事件でフェイトが行方不明となった後も息子夫婦と暮らす事無く、総務統括官という役職を辞して、ミッドチルダで1人、ゆりかごの残骸が見える高台の家を買って暮らしていた。
 しかし約一ヶ月前にJS事件の関係者と思われる何者かに襲撃されて怪我を負い入院し、退院した後は時空管理局本局の局員用住宅地にあったセキュリティのしっかりとした家を借り、万が一に備えてミッドチルダに住んでいた息子の嫁と子供たちを呼び寄せていた。

「エイミィ、こっちの準備はできたわよ。」
「はい。 こっちもできました。」

 そして今日はクロノが艦長として働いている時空管理局XV級艦船クラウディアが帰って来る日であり、リンディとエイミィは2人の子供と一緒にクラウディアに乗りこむ事になっていた。 本局で借りた家のセキュリティは確かに高いのだが、大量のガジェットに襲撃された場合に出る被害を考えると、クラウディアに乗っていた方が被害が少ないだろうという事になったからである。

「それじゃあ行きましょうか。」





 元々はやてははなのはを無限書庫司書長の名の下に八神家で保護するつもりだったのだが、自身を『生死不明状態』とする事になった為にそうするわけにいかなくなった。
 『生死不明』となっているはやてが誰かに見つかっても無限書庫司書長の地位を使って口止めしたら済むし、最悪でも『実は生きていた』となるだけなのだが、なのはが誰かに見つかって不審に思われた場合、はやてが見つかってしまった場合と比べていろいろと面倒な事態に成り得るからだ。
 ではどこで保護するべきか――となって

「あれがクラウディア…… 前に見たのと――えっと、ア、アースラでしたっけ? あれとはかなり違うんですね……」

 大きな白い帽子とサングラスを着けたなのはは入港して来るクラウディアを自分と同じ様な変装をしているシャマルと一緒に見ていた。
 当初の予定では数日後にこっそり乗りこむ事になっており、クラウディアの入港して来るところなんて見学するはずではなかったのだが――

「ええ、クロノ君が自慢するだけの事はありますよ。」

 地球から本局に来たものの、親友であるはやては生死不明という事になっているのではやてはもちろん八神家の誰かと観光をする事も出来なかったなのはは特に文句を言う事も無く魔法の練習をしたりして過ごしていたのだが、何時までも外に出ることなく過ごしていては精神的に良くないと判断したシャマルがはやてに提案し、保護する為とはいえなのはを閉じ込めている事に申し訳無く思っていたはやてが「ええね。」とクラウディアを見学する事が許可されたのだ。

「自慢…… わかる気がします。」

 地球人であるなのはから見ても、クラウディアは美しく、格好良い。

「今からあれに乗るんですよね?」

 乗ると言っても、今日の予定は決められたルートを1時間ほど歩くだけなのに、なのはにとってはそれでも十二分に嬉しい事だというのがシャマルにはよくわからない。
 いや、シャマルにだって、殆どの男性にとってこの艦船が心躍る格好良い物であるという事はわかっているし、女性の一部――メカオタクと言われる様な人たち――にとってもそうであるという事は知っている。
 おそらく、シグナムが最新式のアームドデバイスのカタログを熱心に見たり、ヴィータがミッドチルダのアイス専門店の情報を凝視したり、ザフィーラが――いや、これは、まあ、置いておいて、とにかく、理解はできないが、そう言う物であるという事はわかっているのだ。
 ただ、クラウディアの様な艦船が、お菓子作りが大好きでそれを仕事にしてしまう様な高町なのはという女性の趣味嗜好に合うという事実が理解できないのだ。

「ええ、前に何度か乗せてもらった事があるけど、なかなか快適ですよ。」

 シャマルが疑問に思うのは仕方ない事なのかもしれない。
 彼女が知る地球の日本という国は基本平和な場所であり、そこで生まれ育った者の大半は武器や兵器などに興味を持つ事は殆ど無い。
 そして、シャマルが知る限りの高町なのはが育った環境というのは、そういった物に興味を持つとは思えない物ないのだ。
 実際、小さい時にこちらに移り住んだはやてがクラウディアを見てもここまではしゃいだりしなかった。

「たのしみです♪」

 だからシャマルは、なのははクラウディアに乗るのを観光気分で楽しみにしているのだろうと思う事にした。
 クラウディアは観光名所とは呼べないだろうが、別の世界から来た彼女にとってはそれらと似たような物なのかもしれないと。

「もう少ししたら行きますからね。」

 そしてその考えはさほど間違っては居なかった。

「はい!」

 小学生の頃に魔法と出会ったというのに、以後はその事を他の誰にも知られない様に生きていくしかなかったなのはにとって、今回の件は大手を振って魔法に関われる機会を得たという事であり、その為に少しテンションが上がっていた。
 それゆえに、彼女からしてみればクラウディアという艦船は魔法の塊といっても過言でない物であり、それに乗れるという事は自分が魔法使いであるという事の証明の様な物だと感じている部分もあったのだ。



────────────────────



「それじゃあ、始めるとしようか!」

 同じ顔の少年たちが楽しそうな笑顔を浮かべながら部屋の中央にある巨大な空間モニターを見つめている。

「ああ! カウントダウン開始!」

 するとそこに『100』という数字が映し出され、1秒ごとに数字が1ずつ減って行く。

「……カウントダウンはもっと前からやっているでしょうに……」

 わざわざカウントが100になるのを見計らって、いかにも今カウントダウンを始めましたという様なわけのわからない演技をする必要がどこにあったのかさっぱり理解できないプレシアクローンの1人が呆れ顔で呟く。

「わからないかな? 様式美というやつだよ。」

 彼女の隣に居た彼の1人が、周りの雰囲気を壊さない様にそう囁いた。

「わからないし、わかりたくないわ。」

 さっさと此処から居なくなりたいと彼女は思った。



────────────────────



 突然、時空管理局本局が大きく揺れた。

「な、なんだ!?」
「まさか、攻撃を受けたのか!?」
「本局をこれだけ揺らせるって、どんだけだよ!?」

 本局内のあちこちで悲鳴や怒鳴り声が響く中、シャマルとなのははクラウディアへと走っていた。

「シャマルさん! これ、もしかすると、もしかしますか!?」
「ええ!
 はやてちゃんから聞いているでしょうけど、今回の事件がジェイル・スカリエッティの記憶を持ったクローンによるものなら、時空管理局本局への直接攻撃なんて派手なだけで非効率で馬鹿げた真似をしてもおかしくありません!」

 6年前のJS事件だって、あの狂科学者が自分たちの秘密基地から『生中継』なんて馬鹿な真似をせずに最初からゆりかごに乗っていたなら、結果はもっとスカリエッティ側にとって有利になっていたと思われる。
 だというのに場所を特定された基地内で待ち構えていたのは、あの男の性格が影でこそこそするのに向いておらず、むしろより多くの人々に自分の存在を知って欲しいという目立ちたがり屋な性格であったからではないかと考える事ができる。

「犯罪者なのに、目立ちたがり屋なんですか。」
「目立ちたがり屋の犯罪者っていうのは結構いるんですよ。」

 そして、本局への直接攻撃はとても派手で目立つ行為だ。

「シャマルお姉ちゃん!」
「シャマルお姉さん!」

 曲がり角を曲がった先で自分たちと同じ様にクラウディアへ走っている女性が2人おり、彼女たちがそれぞれ抱えている子供がシャマルの名を呼んだ。

「カレルさんにリエラさん!」
「知り合いですか――って、リンディさん?」

 なのはは、前を走る女性の1人の後姿を見て、それが6年前ジュエルシードを預けた人であると気づいた。

「ええ! もう1人はエイミィ・ハラオウンさん。 クロノ君の奥さんで、2人が抱えているのがその子供たちです。」
「なるほど。」

 そこでシャマルは思いついた。

「なのはさんはこのままあの人たちの後をついて行ってください。 私ははやてちゃんのところに向かいます。」

 ヴィータとザフィーラがそんなに遠くに行っているとは思えないが、いざという時に次元移動ができる者は多い方が良いとシャマルは判断したのだ。

「え?」
「大丈夫です。 2人はなのはちゃんの事情を知っています。
 リンディさん! エイミィさん! なのはちゃんの事お願いします!」
「了解!」
「わかったよ!」

 子供を抱えて走りながらも後の2人のやり取りを聞いていたリンディとエイミィはシャマルの提案を受け入れた。
 入港したばかりのクラウディアにはクロノを含め多くの魔導師がまだ残っているだろうから安心だが、隠れ潜んでいるはやての側にはザフィーラとヴィータしか居ないのだから。

「……わかりました。 はやてちゃんのこと、お願いします。」
「もちろんです!」

 なのはの返事を聞いたシャマルははやての下へと駆けだした。



────────────────────



「……始まっちゃったね。」

 空間モニターに映っている次元跳躍魔法によって一方的に攻撃され続ける時空管理局本局の様子を見ながら、アリシア・テスタロッサのクローンは自分の無力さを感じていた。

「……計画通りにいけば、此処は戦場となる。 何の力も無いおまえがいても邪魔にしかならない。 すぐにこの世界から脱出しろ」。

 同じ空間モニターを見ていたセッテがそう言った。

「母さんたちのところに行ってくるね。」

 しかし彼女はセッテの言葉に返事をせずに1人で部屋を出て行った。



「…… どうして……」

 1人残されたセッテは、空間モニターを見ながら溜息をついた。



────────────────────



 本局は一体どこから攻撃されているのかというのはすぐさま調べられ、管理外世界――それも、生き物が存在しないから管理外となった辺境の世界からの次元跳躍魔法である事がわかった。

「入港したばかりのクラウディアが出撃するには物資が足りないわね。」

 エイミィがクラウディアのブリッジで現状を調べてクロノに報告した。
 本来ならばエイミィの仕事ではないのだが、クラウディアには元から居たクルーだけではなく港に居た作業員たちも避難しており、クラウディアのクルーはその人たちの受け入れ作業に忙しく、資格さえあればできる情報収集作業をエイミィが引き受けたのだ。

「そうか。」

 エイミィの報告を聞いたクロノは緊急事態に備えて物資の搬入を急ぐように指示を出す。

「それと、次元跳躍魔法を仕掛けてきた世界の近くにいた――といっても、辺境だからそこまで近くは無いんだけど、近くを航行中だった艦船が10隻向かったんだって。」
「10隻か……」

 普通に考えたら過剰な戦力であるが、敵が本局を大きく揺らせるほどの次元跳躍魔法を使ってくる事を考えると少し不安に感じる。
 辺境の世界の周辺を巡航していたという事はに退役寸前の艦である可能性が高く、果たして敵が連続攻撃してきた場合に耐える事ができるかどうか……

「うん。 XV級が3隻あるから、よほどの事が無限り大丈夫だと思うけど……」
「XV級が3隻もだと!?」

 退役していく艦の穴を塞ぐように就役しているとはいえ、クラウディアと同じ艦が3隻も、しかも、XV級に劣るとはいえ他に7隻の艦が――

「それだけの艦船がそんな辺境世界の近くに?」

 怪しすぎる。
 それだけの艦船が近くに在る状態で、事を起こすなんてありえない!!

「何か、罠が在るね?」
「ああ……
 あちらでも気づいているとは思うが、念の為に本部とその10隻に警戒を怠らない様に伝えておく。」

 付近にそれだけの艦船があるとわかっていて事を起こしたのだとしたら、敵はそれをどうにかできるだけの何かを持っていると考えるべきだ。

「クラウディアの発進準備を急がせる。
 はやてもこちらに移って貰おう。 本局内のどこかに大量のガジェットドローンが隠されていた場合、あの隠れ家に居ては救援が間に合わない可能性があるからな。」



────────────────────



 攻撃を受けてから10分もしないうちに時空管理局本局の中で1番大きな会議室にそれに対する緊急対策本部が設置され、本局内に居た様々な部署の責任者、又はその代理の者が集まりだした。

「次元跳躍魔法の逆探知成功からもう37分は過ぎたぞ!」
「まだ発生源の確認はできないの?」
「一番近くに居た艦が到達するまで後14分32秒かかります!」
「防御シールド、出力80%まで低下しました!」
「魔力炉の出力を通常時よりも5%増しにしろ!」
「もうやっています!」
「なんだとぉっ!」

 しかし会議らしい会議はされておらず、次から次へとやって来る難題に対応するだけで精一杯であった。

「シールドの薄い部分は次元航行艦に行かせてシールドを展開させてみては?」
「今出撃できるのは3! 準備中なのは5! 他は全て作戦中です!」
「緊急で無いものは呼び戻していますが、下手に本局に近付けると次元跳躍魔法の的になりかねません!」
「ちぃっ! そっちが本命かもしれんのか!」
「非戦闘員の避難、25%完了しました!」
「ミッドチルダを含む23の管理世界から避難民の受け入れと物資の準備があると連絡来ました!」
「ポーターの準備ができ次第、緊急時用マニュアルに従った避難を開始させて!」
「くそっ! やられました! 21と22のシェルターにガジェットドローンが隠されていた様です!」
「なんですって!」
「被害は!?」
「不明! しかし、避難民を誘導していた局員の安否は絶望的でしょう……」



 本局内に潜んでいた無数のガジェットドローンたちが動き出した。



────────────────────



 走るシャマルの目の前に3体のガジェットドローンが現れた。

「くっ!」

 彼女は冗談でも自分は攻撃魔法が得意であるなどと言えない事はわかっている。 しかし、この邪魔者どもをどうにかしないかぎり大事な人の側に行く事ができない。

「行くわよ、クラールヴィント!」

 こんな狭い通路で有効な対多数用の攻撃魔法は持っていないが、それでもガジェットドローン3体程度ならば――

ドン! ドン! ドン!

 そう決意した直後、3発の魔力弾がガジェットドローンを破壊した。

「大丈夫ですか!?」
「あなたはっ!」

 シャマルを助けたのは、はやてが無限書庫内のガジェットドローンの駆除を頼んでいた執務管であった。

「司書長は!?」
「わからないわ! AMFのせいなのか、念話が繋がらないの! だから今から向かう処なんだけど……」
「なら、一緒に!」
「ええ! 助かるわ!」

 思わぬ援軍を得たシャマルは、主の下へとさらに急ぐ。



────────────────────



 その情報はクラウディアにも流れてきた。

『市街地にガジェットドローン! その数およそ2000!』
『ミッドにエース級の派遣を要請しろ!』
『聖王教会にも騎士の派遣が可能かどうか確認を取れ!』

 現状は想像以上に酷いものだった。

「リンディ・ハラオウン元総務統括官!」

 そんな中、クロノの大きな声がクラウディアのブリッジに響いた。

「クラウディアの出撃許可が出るまで、私は本局港内のガジェットドローンを破壊し、港内の安全を確保したいのですが、その間艦長代理をして頂きたい。」
「! 了解しました。」
「クロノ!? リンディさん!?」
「大丈夫だ、無理はしない。」
「っ! ……気をつけてね。」

 リンディの返事を聞いたクロノは艦内放送で呼び出したガジェットドローンと戦える実力のある者数名と共にガジェットドローン掃討作戦を開始した。



────────────────────



「次元跳躍魔法の発生源、確認したようです。」
「映像は出せる?」
「はい。」

 そうして、会議室で一番大きな空間モニターに映し出されたのは、宇宙空間に静かに漂う移動庭園だった。
 もしもこの場にフェイト・テスタロッサ・ハラオウンがいたなら、それが、プレシア・テスタロッサという天才大魔導師の『時の庭園』である事がわかっただろうが、残念ながらこの場に居る者たちがそれを知る事になったのは今から14分後の事となる。



 そしてその14分間という時間は……





120418/投稿



[14762] Replica09 振るえぬ力、振るわれる力
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/05/03 09:55
 時空管理局本局を次元跳躍魔法で攻撃している庭園を一番に確認した艦の艦長は、庭園の防御シールドの解析及び破壊と、後から来る援軍の為のデータ収集を優先する事にした。

「まるで要塞だな……」

 彼らは未だ知らないが、かつて『時の庭園』と呼ばれていたそれは、少し見ただけでも20を超える砲台が確認できるほどに武装していた。
 庭園を覆う様に展開している防御シールドもかなり優れた物であるようで、庭園内部に突入するには時間がかかると数分前に報告が上がったからである。

「アルカンシェルを撃ち込んで終わりとしたい処だが、中に次元跳躍魔法を使っている者が居る以上、そうそう撃つわけにもいかんしな……」

 緊急事態であると艦長が判断した場合でもない限り、基本的にアルカンシェルの使用は上からの許可が必要である。
 本局への攻撃は確かに重罪ではあるが、この庭園が行っている次元跳躍攻撃と本局内部で怒っている大量のガジェットドローンの出現という2つの事件の関連性が確認されない限り、ここでアルカンシェルを撃つわけにはいかないだろう。

「……もどかしいな。」

 本局が今も攻撃を受けている事を考えると、今すぐにでも目の前の存在にアルカンシェルを撃ちたい。 そうしたら、本局の戦力を全て内部を破壊しているガジェットドローンに当てる事ができるのに!

「本当に、もどかしいな……」

 この2つの事件が無関係だなんて、そんな事は絶対にありえないと誰もが思っている。
 しかし、今自分たちがやらねばならないのは、次元跳躍魔法の使用者を逮捕する事なのだ。 その事は艦長だけではなく全クルーが理解している。



 だから、あの砲台が火を噴いたらアルカンシェルを撃つ理由になるのにな、なんて事を考えている者なんてこの艦には1人も居ないのだ。
 アルカンシェルの発射準備も、いざという時の為にしているだけなのだ。



────────────────────



 はやてが隠れ家として使っている場所の付近は元々人が来る事が稀な場所だった為、ガジェットドローンにプログラムされていた優先破壊目標に入っていなかったのは、彼女たちにとって不幸中の幸いだったと言えるだろう。

「でも、このまま此処に居るわけにはいかんやろな。」
「このままだとガジェットたちに包囲されてしまう。 あの物量に囲まれてしまうと魔法が使えないくらいのAMFの中で孤立してしまう事になる。」
「だが、ガジェットどもはクラウディアの在る港も攻撃目標としている様だ。」

 クラウディアに逃げ込む機は逸してしまっている。
 しかし、他に行く場所は無い。
 八神はやてが生きていると公表したなら、「此処に避難して下さい。」とあちこちから声がかかるだろうが、それに従って彼女が避難しようとしたら、この大量のガジェットドローンたちが其処を攻撃目標とするかもしれないからだ。

「……私が囮になる。」

 それまで静かに座っていたヴィータがそう言って立ちあがった。

「港を攻撃しているガジェットたちがお前よりも港の破壊を優先するようにプログラムされていたらどうする? 下手に動けば首を絞める事になるだけだぞ?」

 しかし、ザフィーラによって止められる。
 ヴィータが港から離れたガジェットを破壊しに行ったとしても港を責めているガジェットドローンが居なくなるとは限らず、それどころか施設破壊を命令されていない他のガジェットと1人で戦わねばならない状況になるだけかもしれないと。
 そうなってしまった場合、ヴィータという戦力を無駄に消耗する事になり、はやての安全を確保するどころか逆に危険度を上げる事になってしまうと。

「じゃあどうしたらいいって言うんだっ!?」

 声を荒げるヴィータに、答えを持っていないザフィーラ。
 ただでさえ状況が悪くなっているというのに、このままストレスが溜ってしまうとチームワークまで悪くなってしまうと判断したシグナムが苦し紛れに声を出した。

「クラウディアではなく、どこか他に避難出来る場所があればいいのだが……」

 重要施設は攻撃対象になっている可能性が高い。
 非戦闘員用のシェルターならば、と1瞬考えたが、それが原因で『八神はやての生存』があちら側に知られたり、或いは既に知られていた場合、大量のガジェットドローンが何も知らない非戦闘員もろとも自爆狙いで襲いかかってくる可能性がある。
 本局内の建物は第97管理外世界の建築物よりも様々な面で優れているが、それでも死傷者が出てしまうのを避ける事はできないだろう。

「無限書庫はどうだ?」

 名前通りの、あの無限に広がっている様な場所ならばとシグナムは考えたが――

「いや、駄目か。
 1度侵入された場所だ。 私たちの知らない侵入方法があるのかもしれない。」

 すぐさまその思いつきを否定した。

「それならいっそ、死んだふりを止めて本部内のガジェット全部を相手にしてみる?」

 はやてがそう提案する。
 この場に居る誰もがその危険性を理解しているが――

「それは私も考えたが……」

 奴らの目的が無限書庫の司書長でありベルカ関連で王と呼ばれる存在でありジュエルシードの関係者でもある自分を殺害する事であるならば、自分が表に出れば施設破壊を優先しているガジェットたちもその行為を止めて自分に襲いかかって来るだろう。
 そうなれば施設の防衛に当たっていた局員たちも攻勢に出る事ができるようになり、形勢逆転する事も、あるいは可能になるかもしれない。

「それは私好みだけど――はやて、それは最終手段だ。」
「そうだな。 敵が『夜天の王が生きている』と知ったら、本局への攻撃が今よりも激しくなり、ガジェットどもをさらに追加投入してくるという事になるかもしれん。」

 そうなってしまったらどれだけの犠牲者が出るのか見当もつかない。
 リスクが高い割にはリターンが小さすぎる。

「……そやねぇ。」

 このまま実る事の無い会話を続けていても、状況は悪化していくばかりだというのに、どう動けばいいのかがさっぱり考えつか――

「むっ!?」

 それに真っ先に気づいたのはザフィーラであった。

「どうし――ん? 誰かが近づいてくるな。」
「AMFのせいで魔力がよくわからないから誰かはわからないけど、この状況で此処に来る奴って言うと――」

 こんな、普段誰も来る事の無い辺鄙な場所にやって来るのはここに八神はやてが居る事を知っている者としか考えらない。
 そして、この場所を知っているのはごくわずかであり――この危機的状況下で此処に来てくれる人物ですぐに思いつくのははやての親友である高町なのはと、今日一日彼女についている事になっているはずの八神家の一員であるシャマルと、無限書庫の掃除を頼んだ事のあるお人好しな金髪ツインテールの執務管の3人くらいであった。

「なのはちゃんとシャマルはクラウディアの見学に行っているはずやから、消去法で考えるとあの娘かな?」
「だな。 シャマルもにゃのはをクラウディアに預けて駆けつけようとしてくれるだろうけど、ガジェットどもがそこらをうろついている事を考えると、時間的に今此処に来るにはちょっと厳しいし、な。」
「うむ。 あの者なら、ガジェットどもを突っ切って無限書庫司書長の安全確保を優先するべきと考えて行動するだろう。」

 戦力が増える。
 それによって、1つの道が見えた。



────────────────────



「敵防御シールドに穴を開けるのに成功しました!」
「よしっ! 突入部隊、作戦開始!!」
『了解!!』

 敵の拠点と思われる庭園に穴を開けるのにおよそ数分の時間がかかったが、それは想定していたよりも早い時間であった。
 防御シールドの硬度等から考えると、あっけないと言っても良いかもしれないくらいに、それほど簡単に穴を開ける事ができた。
 しかし、それについてはすぐに答えを推測する事ができた。 おそらく、防御シールを展開し続けていたら折角の砲台が使えないからではないだろうかと。

「先にも言ったが、庭園内部にはガジェットドローンが大量に存在すると思われる! 出てきた瞬間確実にしとめてAMFが重ならないように!」

 ガジェットドローンのAMFは非常に厄介だが、それにさえ気を付けていれば――1度に数十機以上に襲われたりしない限りは、そうそう被害を受ける事は無いのだ。

『はい!』

 突入部隊の元気な声が艦内に響く。

「容疑者の確保は突入部隊に任せて、俺たちは敵の砲台を注視しておくぞ!」
「了解!」





 『プレシア・テスタロッサ』
 今は居ない、あの子の母親。
 今さら、この名前が出てくるとは思っていなかった。
 だけど、驚きは無かった。 驚きが無かった事に驚いたくらいに。

「……ジェイル・スカリエッティという狂科学者のしてきた事を考えてみたら、あの庭園が渡っていたとしても不思議ではない、か。」

 6年前にジェイル・スカリエッティを殺したのは――彼の言葉を信じるのならば、アリシアクローンではなくオリジナルであり、それはつまり、ジェイル・スカリエッティとプレシア・テスタロッサは何らかの繋がりがあったという事なのだから。

「エイミィ、憶えている?」
「なんでしょうか?」

 時が経つほどに悪化していく本局内部の状況と、この港内に居るガジェットドローンの情報をできるだけ集めてクロノたちに送信していたエイミィは、艦長代理のその言葉を聞いて自身がアースラに居た頃の記憶をすぐに思い出せる様にマルチタスクを1つ開けた。

「16年前、プレシア・テスタロッサはジュエルシードを回収する為に第97管理外世界に大量の傀儡兵を投入してきたのを。」
「! そういえば!」

 プレシア・テスタロッサ所有であるはずの庭園、それが今回の本局襲撃に関係が在るという事がわかった時点で、その可能性に辿り着くべきだった。

「もしも、あの傀儡兵がプレシア・テスタロッサの造った物で、あの庭園に生産工場があったとしたら、庭園内には16年分のバージョンアップが成された傀儡兵と、大量のガジェットドローンでいっぱいかもしれないわ。」

 いや、もしかしたら、この本局内にもいくつかの傀儡兵が潜んでいるかもしれない!

「当時の資料を集めて、すぐにメールします!」
「ええ。 お願いね。」





 庭園の元の持ち主がわかるまでの14分間、エイミィが過去の資料から傀儡兵の情報を探し出して報告するのに3分間、そしてその情報が――

「突入部隊が全滅だと!?」

 情報が現場に届く前に、結果が出てしまった。

「はい。 ガジェットドローンのAMFによって魔法の効果が激減している所に大型の人型傀儡兵が襲ってきたそうです。」

 傀儡兵の装甲は硬く、AMFによって威力の弱まった魔法では傷をつけるのも難しい。
 傀儡兵の攻撃は鋭く、AMFによって防御も回避も思うどおりにできない者たちは――

「なんということだっ!」

 1隻の艦のクルーはそんなに多くない。 それはつまり戦闘ができるクルーも少ないという事であり、突入部隊が全滅してしまった以上、彼らができるのは援軍が来るのを待つ事だけとなってしまった。
 敵はガジェットドローンだけだと思い、大切な仲間を永遠に失わせてしまった艦長の嘆きと悲しみは大きく、それに比する様に何もできないという無力感と憤りも大きい。

「ぁ。」
「どうした!?」
「……本局から、『庭園内部に傀儡兵が存在する可能性あり』と。」



「遅いわっ!!」



────────────────────



「行くぞ。」
「ああ。」

 地球ではやてが襲われてから今まで、AMFを展開するガジェットを相手にする時の為にとシャマルが頑張って貯めていた大量のカートリッジを受け取ったシグナムとヴィータが隠れ家から出て行って数分。

「準備はできたか?」
「もう少し待って。」

 狼形態のザフィーラの問いに、ガジェットドローンに探知されない様に、慎重に魔力を使いながらはやてそっくりの顔に変身したシャマルが――

「む、胸が苦しい、の、よ!」

 はやてが着ていた服を――

「無理をせずに、服も魔法で変化させたらどうだ?」
「ザフィーラ……
 顔に幻覚魔法を使っているだけでもリスクがあるのよ? これで服や体形にまで魔法を使ったら絶対に偽物だってばれちゃうわ。」

 部屋の隅で「どーせ私の胸は……」と涙を流している『ふり』をしている主を華麗にスルーしながら――

「こ、これで、どうに、か!」

 どうにか身に着けようとして頑張っていた。

「……かなり無理がある気がするが、俺にくっついてさえいれば、ガジェットどもの目を誤魔化すくらいはできそうだな。」
「で、でしょう?」

 胸のボタンが飛ばないのは、管理局の高い技術力が普段使いの服の糸にも使われているという事なのだろう。

「後15分経ったらシグナムとヴィータを追いかける。」
「ええ。」





 ザフィーラとシャマルが出て行ってからさらに10分後、隠れ家には誰も居なくなった。



────────────────────



『クラウディア艦長クロノ・ハラオウンが港内に居る全局員に告ぐ! 現在次元跳躍魔法で本局を攻撃している庭園内部に傀儡兵が存在している事が確認された!!
 狭い通路から広い空間に出る際は注意する様に! ガジェットドローンのAMFで魔法が使い難い時に傀儡兵が現れたら、それは即、死に繋がるぞ!』

 港内のガジェットドローンをできる限り減らす事にしたクロノが真っ先に確保したのは通信室だった。
 AMFによって念話が使い難くなるとクラウディアや対策本部との連絡が取れなくなったり、孤立して囲まれてしまったりする局員が出てくると予想した事と、他の重要ポイントへ続く道がすでにガジェットどもに占拠されているも同然だったからだ。

『ガジェットドローンのAMFが在る状態で傀儡兵を倒すのはまず無理だ! よって、傀儡兵が現れても慌てずに、周囲のガジェットドローンを破壊するように!
 ガジェットドローンがいなければ、傀儡兵の破壊はそれほど難しい事ではない!!』

 それだけ告げてクロノはマイクを置き、もともと此処に居た局員とガジェットたちを殲滅中に合流した警備担当の局員たちに指示を出し――



「それでは、僕は非常用電源装置やその他の重要ポイントの確保に向かうのでナビゲートをお願いします。」
「はい! 港内に居るガジェットドローンと戦える局員たちにも連絡を入れます。」
「ああ、頼んだ!」





 クロノたちが傀儡兵に警戒するようになってから数分後、シグナムとヴィータは本局内市街地から少し離れた所でガジェットドローンの殲滅作業を始めていた。

「やはり、ガジェットどものプログラムは対人用と対施設用の2種類があるようだな。」

 今、彼女たちが居る場所には500を超えるガジェットドローンが居るのだが、彼女たちに攻撃を仕掛けてくるのがその半分にも満たないことから、シグナムはそう推測した。

「ふんっ! ……そうみたいだな。」

 周囲に居るガジェットドローンが一致団結して自分たちを攻撃してきたら苦戦しただろうなと考えながら、ヴィータはシグナムの推測に同意した。

「これなら、今居る対人用を片付けて、次の援軍の対人用が来るまで、対施設用のやつを魔力温存しながら片付けるっていう作戦でいいかな?」
「ああ、それでいこ――!」

 その時2人に傀儡兵の情報がもたらされた。

「シグナム、こいつらとは別の兵器だってよ?」
「ああ…… だが、今のところはヴィータの作戦で良いのではないか?
 傀儡兵が対施設用のプログラムを成されているというのなら優先して破壊しなくてはならないだろうが、そうでないのなら無理をする必要は無いだろう。」

 本局内部のガジェットドローンを全て破壊したい気持はあるが、今の自分たちの目的は主である八神はやてがクラウディアに逃げ込むまでの間、できるだけたくさんの敵を港から引き離して時間稼ぎする事である。
 クラウディアの泊まっている港と反対側ではなく市街地のそばで行動を始めたのも、市街地の防衛こそが自分たちの目的であると思わせる事にあるのだから。

「……うん。 そうだな。
 重要施設の防衛はもともと其処専用の警備員とかがいるわけだし、上から命令が来るまでは、私たちは市街地の防衛をしておこう。」
「その通りだ。」

 ガジェットドローンの残骸の中に、自分たちの会話を傍受する機械があるかもしれない、いや、あると考えて、自分たちのこれからの行動を言葉にする。
 このまま市街地付近のガジェットを破壊しつつ、ある程度時間が経ったら物資の供給路を確保するという名目で市街地から港へと続く道へ、そして港内へと進み、クラウディアで皆と合流するのだ。



────────────────────



「まさか、この歳になってこれを着る事になるなんてね。」

 白いバリアジャケットを身に纏った姿を鏡で見ると、やっぱり少し恥ずかしい。

「もらったデバイスに入っていた防御系魔法も師匠に教えてもらったのや、私が改良したりしたのに変えたし、あのガジェットとか言うのが相手なら問題ないはず。」

 16年という時間は、師匠が教えてくれた魔法を、師匠が教えてくれた知識を色あせさせる事はできなかった。
 いいや、魔法の話が誰ともできなかったからこそ、ずっと1人でマルチタスクの練習ついでに師匠から教わった魔法の構成を解析して改良(悪?)したりもした。

「はや――早く、シグナムさんたちと合流しないとね!」



 バリアジャケットを身に纏ったなのはのその姿を見たリンディは、クラウディアのすぐ近くで、なおかつ遠距離操作できる魔法弾のみという条件で戦闘の許可を出した。





120503/投稿



[14762] Replica10 振るわれた力
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/05/04 07:48
 高町なのはが遠隔操作する魔法弾は1発で小型のガジェットドローンなら5~7機、大型の球形ガジェットドローンなら2機を破壊できるという凶悪なモノであった。
 しかも、彼女が常に鍛え続けたマルチタスクの技術とその魔力量によって、港内には常に30~40発の魔法弾が飛び交っている。

「あの、艦長代理?」

 今までも其処に居たけれど、出番が無かったクラウディアのオペレータの1人が勇気を出して敬愛する艦長の母親であり時空管理局の元総務統括官のリンディに声をかけた。

「はい。 物資積み込みに問題がありましたか?」

 エイミィは港外と情報のやりとりを担当しており、此処に残っているオペレータは港内及びクラウディア内部の事を担当しているので、リンディはそう判断し――

「かのj――いえ、あのお方は一体?」

 判断し――したかったのだが、そういうわけにもいかなかった。

「あー……」

 彼女の気持ちはわからないでも無い。
 八神シャマルに連れられて来ただけの一般人だと思われていた女性が、一目見ただけでその防御力が一般的なそれと違いすぎるとわかる様なバリアジャケットを身に纏ってガジェット何とかを片付ける手伝いがしたいと言いだしたかと思えば、艦長代理はそれを許可し、信じられない速度で、今こうして、戦果を上げ続けているのだから。

「その……」

 しかし、どう説明するべきか。
 今現在、高町なのはの存在を知るのはハラオウン家と八神家を除くと精々両手の指で足りる程度でしかない。
 そして、このオペレータが事実の確認を求める事ができる地位に在るのは今ここにいる自分とエイミィとクロノくらいだろう。 他の人たちは地位が上過ぎるのだ。
 此処で真実を打ち明けたとしても、彼女がその確認を取る事ができる者はいない。
 ならば適当に話を創るか?
 いや、ここで下手な嘘をつくと、自分だけではなくクロノの信用も落ちてしまう。

 ならば、ここは――

「……機密です。」

 これで通すしかない。





 クロノや他の局員もガジェットドローンの排除をしている為、港内のガジェットドローンが全て破壊されたのは――高町なのはが参戦してから8分後の事であった。



────────────────────



 突入部隊を失い、仕方なく時の庭園を監視していた艦に3隻の艦が合流した。

『では、我が艦の突入部隊は対傀儡兵用の魔法をデバイスにインストールさせる事にする。』
『こちらの突入部隊は本局から送られてきた「ガジェットドローンに使用して有効だった魔法」を入れる様に指示しよう。』
『残念ながら、我が艦には傀儡兵と戦えるだけの戦力が無い。 そちらが確保した安全地点での補給及び治療を主にさせていただく。』

 本局を襲ったガジェットドローンの数は数えるのも馬鹿らしいほどである事から、この庭園内にもかなりの数のガジェットドローンが居ると考えられ、さらには傀儡兵まで存在するという事がわかっている。
 そのうえ本局への攻撃があるのであまり時間をかける事は出来ないのだが、こちらもまだ後から援軍が来る事になっているのだ。 急ぐ必要はあるが焦る必要は無い。

『了解した。』



────────────────────



「どっちだと思う?」

 港に通じる扉に右耳を当てて、ザフィーラははやてに変装しているシャマルに問う。

「えっと……」

 AMFを感じない事から、周囲にガジェットドローンが居ない事はわかる。

「ガジェットドローンが爆発する音もし――せぇへんから、少なくともこの扉の向こう側は安全地帯になっていると考えて良いで――良いんやろうけど……」

 可能性は2つ。

 1つは、扉の付近では無く港の中心部分や重要施設にガジェットが集まっている。 つまり、ガジェットが港内を占拠してしまった。
 1つは、ガジェットが局員たちによって殆ど排除された。

「う~ん……」

 前者ならば、クラウディアもガジェットドローンに占拠されてしまっている。
 後者ならば、味方の撃ち洩らしに注意しながらクラウディアに向かえば良い。

「危険やけど、サーチャーを飛ばしてみるしか、ないんやないかな?」

 10分後には本物のはやてが追いついてくる。 迷っている時間は無い。

「……そうだな。 では、扉を少し開ける。」
「ん。」

ギ ギギ ギィ

 シャマルができるだけ音をたてない様に扉を開く。

「3つくらいでいいだろうか?」
「そう――やね、目的地までのルートがわかればいいから、それくらいでええと思う。」





「? これは、サーチャー?」

 師匠が教えてくれた魔法を独自に発展させた『サーチアンドデストロイ(仮称)の1つがそれを発見した。

「リンディさん、味方のモノと思われるサーチャーを発見しました。」

 なのははすぐにリンディに連絡を入れる。

『サーチャー? わかりました。 少し待っていてください。』
「はい。」

 連絡を入れてから1分ほど経つと、港内放送が始まった。

『――港内に居る局員に告げます。 たった今、港内の監視カメラ等のシステムで確認できる範囲に稼働しているガジェットドローンを確認できなくなりました。
 繰り返します。
 ――港内に居る局員に告げます。 たった今、港内の監視カメラ等のシステムで確認できる範囲に稼働しているガジェットドローンを確認できなくなりました。』

 それは、港内に限ってはとりあえず安全になったという放送であり――

「サーチャーが消えた。
 と、いう事は、今のサーチャーを飛ばしていた人にもリンディさんの放送が聞こえて、この港が安全になったってわかって貰えたって事だよね。」

 そう判断したなのはは再び『サーチアンドデストロイ(仮称)』による港内の監視作業に戻った。



────────────────────



 時空管理局本局を攻撃しているこの庭園に集う事に成っている艦は全部で10隻であり、この艦を含めてアルカンシェルを撃つ事ができるのは3隻である。

「艦長、こちらに向かっている残りの6隻も48分以内に合流できるそうです!」
「よしっ!」

 その6隻と合流できればこの事件は解決したも同然だ。
 この場に居る誰もが、そう思った。



────────────────────



「はやてちゃん!」
「なのはちゃん!」

 はやてに変装していたシャマルとザフィーラとの2人は無事にクラウディアに到着する事ができた。

「え? あ!」【シャマルさん!?】

 魔力の違いではやてではないと気づいた。

「無事だったんやね!」【本物のはやてちゃんは、知り合いの執務官と一緒にこっちに向かっているわ。】
「うん!」【そうだったんですか。】
「それよりも、すごいやないか! こっちに来るまでに見たで! あのガジェットド──も、蹴散らしたんはなのはちゃんやろ?」【おかげで助かりました。】
「久しぶりに攻撃魔法を使ったけど、思っていたよりもスムーズにできてよかったよ。」【聞いていたより簡単に倒せちゃいました。】
「そ、そうなんか……」
「まあ、今はとにかく船の中へ。」
「あ、うん。 でも、ちょっと待って。
 もう少しでシャマルもくるはずやから。」
「シャマルさん1人なの?」
「いや、護衛の執務官の人も一緒に来るはずや。」
「わかった。」



 数分後、シャマルに変装したはやてが護衛と一緒にクラウディアに着いた。



────────────────────



 時の庭園の周辺に時空管理局の艦船10隻が集い、各艦から突入部隊が出撃した。
 急ぎはするが無茶はしない彼らは、確実に時の庭園を攻略していったのだが……

ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン

「なんだ?」
「突然、庭園の砲台が動き出しました!」

 それまでピクリとも動く事の無かった砲台が火を噴いた。

ズズズゥゥン
 砲撃が当たり、艦が揺れる。

「被害は!?」
「左翼に――!! 球状のガジェットドローンが1機侵入!」

 …
 ……
 ………

「は?」

 なんだそれは?

「……『は?』と言われても。」
「……」
「左翼から球状のガジェットドローンが1機侵入しました、としか……」

 時空管理局の艦船の装甲を貫けるだけの威力があるにも拘らず、ガジェットドローンが1機だけ侵入だと?
 艦船には多くても精々200~300人くらいしか乗れないのだ。
 つまり、クルーは全員時空管理局の中でもエリートと呼んでも過言ではない。
 そんな者たちだらけの場所に、球状とはいえたった1機のガジェットドローンでどうするというのか?

「……ぁあ、破壊力のある爆発物を積んでいる可能性もあるか。」

 だが、砲台の弾として使われたガジェットに、そんな物を積んでいる可能性は低いと考えられる。 ……考えられるが……

「仕方ない。 中心部に移動されても面倒だ。
 球状ガジェットドローンが左翼に居る間に片付ける事ができるクルーは?」
「1人で相手にできそうな人は突入部隊に行っていますので……」
「そういえば、そうだったな。」

 ただの飾りではないかと思い始めていた物のせいでこんな事に成るとは……

「なら、私が行く事にする。 残っているクルーの中で、艦長代理ができる者はいるか?」
「はい。 すぐに呼び出します。」
「では、頼んだ。」
「了解です!」



────────────────────



「あ、ヴィータちゃん! お疲れ様!」

 港内に敵が居なくなって、暇になったので港外にもこっそりと色々していたなのはは、誰よりも早くヴィータとシグナムを発見していた。

「よう!」
「シグナムさんもお疲れ様でした。」
「ああ。 やはり、ここのガジェットどもを片付けたのは高町だったか。」

 6年前に主が使用していたのとよく似た魔法弾が港の出入り口付近を漂っているのを見たシグナムは、それからはやての魔力を感じなかった事から消去法でなのはの魔法だろうと見当をつけていた。

「はい。」
「そうだったのか。
 港の周辺に敵が居なくなったから、中にも敵は居なくなっているだろうと思って予定より早くこっちに来たんだけど、にゃのはの仕業だったんだな。」

チャキン
「……な、の、は、だよ?」

 なのはがデバイスをヴィータに向ける。

「に――な、の、は、だよな?」

 300を超えるガジェットを相手にしていた時よりも激しい命の危機を感じたヴィータは、噛みそうになりながらも、なのはの名前を言い直す。

「……よし。」

 冷や汗をかきながらも言い直したヴィータに満足してデバイスを下げたなのはを見たシグナムは、名前ではなく名字で呼ぶようにしていて良かったと、心の底からそう思った。



────────────────────



 時の庭園に集った艦の艦長たちは、突入部隊からの情報に驚きを隠せなかった。

『馬鹿な……』
『あれだけの次元跳躍魔法を?』
『無人だったという事は、そう言う事なのでしょう。』

 庭園内には人間が1人もいなかったというのだから、驚くのは仕方ない。

『しかし、無人でこれ程の事ができるなんて、そんな事が……』

 無人という事は、そこには魔法を――例えばデバイスが自動で人間の魔力を使って防御魔法等を使うのに必要だとされている要素すらも……

『突入部隊が中心部に辿り着く直前に、次元間移動を――いいえ、次元間で無くとも、どこかに転移したという事はないのですか?』

 いや、それは今の管理局でもやろうと思えばやれるだろう。
 問題なのは、あれほどの次元跳躍魔法を連発できるだけの魔力を生み出す魔力炉と、それを完璧に自動で制御するシステムが存在する事。

『10隻の艦船が全力で監視していたんだぞ? そんな魔法が使われたのなら10隻全ては無理でも、1隻くらいは観測できていないとおかしい。』
『やはり…… いや、だが……』
 そして、こんなすごい物を造って――あるいは造らせておきながら、こんな場所に放置するジェイル・スカリエッティの目的とは一体何なのだろうか?

『とにかく、本局からの指示を待つべきだろう。』

 わかった事は、この庭園が、此処に集まった10隻の艦船を本局から引き離す為の囮であったという事くらいだ。

『突入部隊には、念の為に砲台の破壊を命じて置いた方が良いのではないか?』



 その指示が、遅かった。



────────────────────



「大変です!!」
「どうした!?」
「庭園に向かったXV級3隻が、アルカンシェルを使用したようです!」
「なんだとぉっ!?」

 そんな命令は誰も出していないはずだった。

「馬鹿な……」
「何故だ……」
「通信は!?」
「アルカンシェルの影響で通じないと思うが……」
「駄目で元々だ! 試してみろ!!」



「駄目です。 やはり通じません。」
「くそっ!」

グガアアン

「なんだ!?」
「庭園のシステムは停止して、次元跳躍魔法はもう無いのではなかったのか?」
「そもそも、アルカンシェルの影響が在る中で次元跳躍魔法を当てる事ができるのか?」
「庭園のシステムはそこまで優秀だったと!?」

 もう無いはずの本局への攻撃、しかも庭園に集まっているはずの艦船とは通信も通じないという事に、誰もがどうするべきかと頭を悩ませた。

 が

「違います!」
「何がだ!?」
「今のは庭園からの攻撃ではありません! 別の世界からの攻撃です!」

 事態はさらに悪化した。

「なんだとっ!」
「何という事だ。」

 最悪、時の庭園と同じ物が……

「場所を特定急いで!」

 誰もがそう考えた。

「今動かせる艦は何隻だ!?」

 しかし絶望している場合ではない。

「市街地のエネルギーは避難所にだけ回して、他は全て本局の防御に回せ!」

 例え、あの庭園と同じ物が何百あったとしても

「放心している場合ではないぞ! キリキリ働け!」

 時空管理局として、成さねばならない事があるのだから。





120504/投稿



[14762] Replica11 鐘は鳴り終わるも戦いは続く
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/05/05 12:56
「お疲れ様でした、クロノ艦長。」
「お疲れ~。」
「ああ。」

 港内の安全確保はほぼ終了したと考えたクロノがクラウディアに戻ってきた。

「おかえりなさい。 では艦長権限を返還し、艦長代理を終了とさせていただきます。」
「はい。 艦長代理、ありがとうございました。」

 それと同時にリンディは艦長代理としての職務を終えた。

「クロノ、私はどうしたらいいのかな?」

 臨時オペレータとしてブリッジに入っているエイミィはリンディの艦長代理としての仕事が終了した今の時点で自分も臨時の仕事を終えた方が良いのではないかと考えていた。

「ああ。 ……もうすぐ物資の積み込みが終わるから、それまで頼む。」

 クロノもエイミィがブリッジを出るのはリンディと同時が良いだろうと思っていた。
 自分たちや他の出港できない艦船のクルーがこの港の機能を取り戻す頃には物資の積み込みが終わっているだろうと考えていたからだ。
 しかし、高町なのはという想像以上――過剰ともいえる戦力の参戦により予想していたよりも早く港内のガジェットドローンを片付ける事ができた為に、予定が狂ったのだ。

「了解。 義母さん、子供たちの事お願いします。」

 エイミィもその事は理解していたのだが、緊急事態とはいえ子供たちから離れなければならなかった事に罪悪感を持っていたので、予定よりも早くリンディが艦長代理を終えて子供たちの面倒を見てくれる事になった事に少し安心した。

「わかったわ。 それじゃ、行かせてもらうわね。」
「はい。 お疲れ様でした。」

 リンディはブリッジから退――

「あ、高町さんに艦内に戻る様に言った方が良いんじゃないかしら?」

 退出する前に、その事に気がついた。

「……そうします。 彼女の協力のおかげで予想していたよりも早く終わりましたし、あれだけの魔法を使ってもらったのだから休息を取ってもらったほうがいいでしょうしね。」
「じゃあ、高町さんに戻って休息を取る様に言いますね。」



 想像していた以上に早く港内のごたごたが片付いた事で、そのおかげでクラウディアやその他の艦船の出撃準備も順調に整う事になったのだった。



────────────────────



ザザ──ザザザ──ザッ──
「やったわ!」

 ノイズだらけの映像を見て、3人のプレシアクローンは大喜びしていた。

「ええ! 結界がシミュレーション通りの結果を出したわ!」

 この3人が中心となって時の庭園の改造が行われたのだ。

「地上部分が酷い事になっているけど……」

 見続けていると目に悪そうなくらいに酷い画質だったが、そこには確かに彼女たちにとってそれなりに思い入れのある時の庭園の姿があった。

「元々古い建物ばかりだったし、シミュレーションデータよりも1つ1つの破片が大きいみたいだし、もしかしたら想定以上の結果を出したかも知れないわね。」

 1発とはいえ、アルカンシェルを防げる結界と、その結界を展開する為に必要な魔力を生み出せる魔力炉を創りだせた事、そして、その結果を出せた事が彼女たちを満面の笑みにさせたのだ。

「結果を観測できたし、行きましょうか。」

 そして、欲しかったデータが手に入った以上こんな所に長居は無用だった。

「そうね、行きましょう。」
「ええ。 早く合流しないとあいつらに妨害されるかもしれないし……」

 スカリエッティクローンたちの嫌な笑顔を思い出してしまい、思わず嫌な気分になる。

「あいつも表情出さないで黙って立っているだけなら――いや、それでも無いわ。」
「……無いわね。」
「顔も性格も、残念な方向でオリジナルを超えているからねぇ……」





 3人のプレシアクローンがいなくなった研究室で、ノイズだらけの画面を映していた空間モニターが、2発のアルカンシェルが時の庭園に当たる瞬間までを流して続けた。



────────────────────



 十数分前、時の庭園が――次元の乱れから計算しておそらく3発のアルカンシェルによって消滅したのとほぼ同時に、別の方向から本局が攻撃された。
 本局内は大混乱になりかけたが、そこは様々な世界で起こった事件現場でトラブルに慣れた管理局員たちが冷静に対処し、その攻撃位置がおおよそだが判明した。
 そして、クラウディアを含んだ3隻のXV級艦船に出撃命令が出た。

 時の庭園に突入部隊を投入し、ガジェットドローンや傀儡兵との戦闘により死傷者が出たにも拘らず、それらが殆ど無意味であった事、時間を無駄にしてしまった事と、その拠点を破壊しても第3の拠点が現れる可能性がある事、そして本局の防御力にかなり問題が出てきた事から、「人が居ない確率が90%を超えた時点でアルカンシェルを撃ってしまった方がいいだろう」と上層部は考えたのだ。

「私、此処に残ってあのガジェットとかいうのを片付けようか?」

 その命令を受けて、クラウディアでは八神はやてと高町なのはをどうするかという問題がでてしまった。

「……次元跳躍攻撃ができる基地が他にも数ヶ所あった場合、本局も安全とは言えない。
 そう考えたからこそ、上はアルカンシェル搭載艦を向かわせる事にしたのだろう。」

 知っている者はほとんど居ないのだが、一応、時空管理局は高町なのはを保護している事になっている。
 クロノやはやての居ない場所で――居る場所でもそうだが――万が一の事態になってしまった時の事を考えると……

「けど、クラウディアに乗っていても安全とは言えんやろ?
 さっきの庭園には砲台があったって言うし――何より、発射命令無しにアルカンシェルが使用されたって言うのが気になるわ。
 現場の判断で撃ったっていうんならええんやけど、XV級にクラッキングをかけて、最高級のセキュリティをモノともせずにアルカンシェルを乗っ取った、なんていう可能性があるという事かもしれんからな。」

 もしクラウディアや他の艦がクラッキングされて味方同士でアルカンシェルの撃ち合い何て事になったら……
 そう考えただけで嫌な汗が背中に浮かぶ。

「はやて、それを言ってしまったら、本局に居ても同じではないか?」

 最高機密クラスのアルカンシェルのセキュリティが崩されるのならば、本局のセキュリティだって安全ではないとシグナムは続ける。

「そ、それはそうなんやけど……」

 結局、本局もクラウディアも――行ってしまえば管理世界のどこにも、この明らかにジェイル・スカリエッティによるモノだと思われる『正体不明による次元跳躍魔法』から逃れる事は不可能なのだから、安全な場所なんて無いのだと、その場に居た誰もが、最初からわかっている答えを出す――その答えに戻る事しかできないのだった。

 が

「じゃあ、私もクラウディアに乗るね。」

 なのはは決断した。

「なのはちゃん!?」
「大丈夫だよ。
 シグナムさんやシャマルさんが使うのを見て、次元移動魔法憶えたから、いざとなったら子供たちと一緒に地球に逃げれば良いんでしょ?」

 地球で魔法を使うには結界を張ったりする必要があるが、次元移動して人の居ない無人世界に行く事ができれば魔法が使い放題だという事に気づいた彼女は、シグナムやシャマルが使うのを見て憶えしまっていたのだった。

「い、何時の間に……」
「私が使っている魔法と構成が大きく違うから、憶えるのが大変だったけどね。」



「流石、というべきところなのかしら?」
「高町には3回くらいしか見せていないと思うのだが?」
「……天才って、こういう事なのね。」



 笑顔でそう語った彼女に、それ以上の言葉は続けられなかった。



────────────────────



「起動準備完了!」
「起動まで、後10分!」

 意味も無く叫び、意味も無く走り回るジェイル・スカリエッティ達を、プレシアクローンたちは呆れた目で見ていた。

「いつまで続けるのかしら?」
「せめて、私たちが居ない処でやって欲しいわ。」
「はぁ……」

 彼女たちは彼らの芝居に飽きていた。
 1人芝居がしたいなら自分たちの見えない処でやれと静かに怒っていた。

「はっはっは、そう言わないでもう少しつき合ってくれないか?
 予定通りに進めばあと数日で君たちは自由の身になるのだから、それまでの我慢じゃないか。」
「はぁ……」
「はぁ……」
「……そもそも『我慢』しなきゃいけない事をするなと。」

 彼女たちは、彼女たちを監視している彼の言葉に溜息と愚痴をこぼして、1秒でも早くこのふざけた状況から脱出させて下さいと信じてもいない神に祈った。

「はっはっはっはっは!」
「ふっふっふっふっふ!」





 その祈りが実力行使に代わる前に。



────────────────────



 クロノの号令によりクラウディアが出港しようとしたその時、出港中止命令がなされた。
 本局が攻撃されたと知って、「自分たちが今から向かっても間に合わないだろうが念の為に」と航行ルートを離れて時の庭園へと向かっていた艦船の1つが、偶然にもクラウディアがこれから向かおうとしていた世界の近くを通っていたので、その艦が現場に一番乗りとい事になったのだが、そこからの報告によれば次元跳躍魔法で本局を攻撃している敵の拠点は地下――それも、科学も魔法もさほど発展していない管理外世界の、街と呼べる程度の人口密集地の地下に在るという事がわかったのである。

『この状況ではアルカンシェルを使用するわけにはいきません。
 それで、アルカンシェル搭載のXV級を派遣するよりはミッドから派遣してもらった聖王教会の騎士たちを中心とした部隊を投入したほうが良い、ということになりました。』

 人の住んでいる管理外世界にアルカンシェルを撃ち込むわけにはいかない。(もちろん、これが管理世界であっても撃つわけにもいかないが。)
 それに、この地下にある基地を破壊したとしても、すぐに別の基地から次元跳躍魔法によって攻撃が続行する可能性が高いと考えられる以上、アルカンシェル搭載艦はとっておきたいというのは、クロノでなくてもわかる事だった。

「了解した。
 クラウディアは出港を中止し、このまま待機する。」
『はい。』
「クルーは何時でも出港できる程度に魔力をセーブしながら本局内で暴れているガジェットドローンの数を減らす事にするがよろしいか?」

 クロノは今ある戦力を無駄に遊ばせておくよりはその方が良いだろうと考えてそう答え――たのだが

『あの』
「何か?」
『できれば、八神シグナム、ヴィータ、ザフィーラの3名には突入部隊に参加してほしいのですが……』

 それまでとは違い、懇願する様な声で頼みごとをされた。

「む?」

 守護騎士たちは時空管理局に所属しているが、八神はやてがトップを務める無限書庫に所属しているのでクラウディアのクルーとは言えない。
 しかし、無限書庫の利用率ナンバーワンのクロノ・ハラオウンからの協力要請という形で何度もクラウディアに乗ってはロストロギアの確保や犯罪者の逮捕をしていた。
 よって、八神はやてが行方不明になってからはクロノが守護騎士たちの管理をするという事になっていたのだった。

「3人は一応僕の管轄下にあるが、所属は無限書庫のままだ。 そして僕には彼らをそういう場所に派遣できるほどの権利は無い。」
『はい。 それはわかっています。』
「……では、少し時間をくれ。」
『お願いします。』

 クロノは八神家だけではなくリンディやなのはにも念話を繋げた。



────────────────────



『見つかったわ。』

 時空管理局の艦が地下施設を発見した時、クアットロとセッテは今回の作戦の打ち合わせをしていた。

「……予定よりも早い。」

 セッテは計画に支障が出ないかと眉間に皺を寄せる。

『ええ。 でも誤差の範囲内、問題無いわ。』

 しかしクアットロはとても楽しそうだ。

「そう。 ……その状態で大丈夫?」

 未だポッドから出る事の出来ないクアットロは、基地のシステムを自由に扱う為にその体に無数のケーブルが刺された状態であった。

『問題無いって言ったでしょう。』

 セッテはクアットロの体を気づかうが、クアットロは笑顔のまま、少し怒鳴り気味な声でそう断言した。 なかなか器用である。

「なら良い。 配置につく。」

 クアットロのその態度に少し悲しさを感じながら、セッテはクアットロに背を向けて作戦の所定位置に向かう。

 セッテには、今回の作戦――基地の防衛に関してだけではなく、ドクター──ジェイル・スカリエッティのクローンたちが考えた一連の計画そのものに違和感を持っており、その事をクアットロと話し合いたかったのだ。
 しかし、クアットロの性格の為か、あるいはクアットロはセッテが違和感を持っているという事どころか、何もかもをわかっている上で、わざとその話題にならない様にしているのか……
 結局今の今までセッテはクアットロと相談する事ができないでいた。

(何かが、何かがおかしいんだ……)

 誰にも相談できないという不満を持ったまま、セッテは戦場へ進む。





(アリシア…… か……)



────────────────────



 本局市街地のガジェットドローンを破壊しながら、なのはは考える。

「どうして……」

 考えながら、声に出す。

「プレシアさんのお家とシグナムさんたちが向かっている管理外世界の地下の基地からの同時攻撃をしなかったのかな?」

 本局を落とすのが目的ならば、2ヶ所――あるいは、他にもあるかもしれない全ての基地から同時攻撃をした方が効率的ではないだろうか?
 いや、全方位から飽和攻撃をされれば、本局は防御シールドや結界を1ヶ所に集める事ができなくなり、本局が受けるダメージはかなりモノになるはずだ。

「それに、本局内にこれだけの量のガジェットドローンを隠せるんなら、クロノ君が急いで確保した施設みたいな重要な場所を一気に占拠する事だって――難しいかもしれないけど、できない事でも無かったはず。」

 それがどうしても不可能だった、のだとしても、本局を落とすという事はその内部に住んでいる者たちの命も奪うつもりなのだろうから、こんな無人になった市街地を無駄に攻撃させるよりも、住人たちが避難しているシェルターなどを攻撃してしまえばいい。
 どんなに優れた施設があったとしても、それを操る人間がいなければ意味が無いのだ。

「プレシアさんのお家のセキュリティでまともに起動していたのはガジェットドローンと傀儡兵くらいで、砲台が殆ど使われなかっていうのも変。」

 砲台の弾は今壊しているガジェットドローンよりも大きくて丸い物で、艦船のシステムにのっとりをかけるものだった可能性があるというのも……

「時空管理局の戦艦のシステムを奪えるんなら、アルカンシェルを撃ったのは敵だっていうことになるけど、それだと、プレシアさんのお家からの攻撃が無くなったっていうのがおかしいし……」

 管理局と戦うのならば、わざわざ自分たちの拠点の1つを破壊する意味がわからない。

「はやてちゃんはどう思う?」
「う~ん……」

 なのはから『サーチアンドデストロイ』を教えてもらったはやても、なのはと同じ様に考えていた。

「時の庭園や地下施設は時間稼ぎなんじゃないかと思う。」
「やっぱりそう思う?」
「うん。」

 時の庭園から攻撃して管理局の艦船を集め、アルカンシェルを撃たせる事で次元を乱れさせ、管理局の戦力を確実に奪った。
 そしておそらく、管理外世界の地下に在る基地は聖王教会の騎士たちの様な近接系の戦力を奪う事が目的だとも考えられる。

「時空管理局の戦力を分散させながら時間も稼ぐ。
 たぶん、私たちはもちろん、上層部でも探知できない処で『本命』が動き出してるで。」
「だね。」

 それが何なのかは分からない。
 しかし、このまま敵の基地を潰してはまた新しい敵の基地が出てきて~というのを繰り返しているだけだと本局が受けているダメージも深刻なモノとなっていくだけではなく、敵の切り札も完全なモノとなるだろう。

「上もその事には気づいているはずやけど……」
「『時空管理局』が、管理世界はもちろん、管理外世界でガジェットドローンが暴れたりするのを放っておくわけにはいかない、か。」
「そういう事。」

 戦力も情報も不足している今の管理局の状況では後手に回るしかない。

「敵の本命が何なのか、それがわからないと事態は好転しないやろな。」



 はやての姿を敵に気づかれない様にする為に、クラウディアの艦内から『サーチアンドデストロイ』を操りながら、2人の作戦会議は続いた。





120505/投稿



[14762] Replica12 推測と行動
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/09/24 17:54
 ゼスト・グランガイツという騎士が居た。

 彼は「秘匿命令」によって戦闘機人を追っていて、その為により命を奪われ、ジェイル・スカリエッティによりかりそめの命を与えられた。

 かりそめとはいえ、命を与えられたからだろうか?
 彼はジェイル・スカリエッティの下で犯罪活動を繰り返した。

 しかし、6年前のJS事件の時、突如参戦した時空管理局無限書庫司書長八神はやての圧倒的火力によって戦闘不能となった。
 その時、彼は相棒である槍型アームドデバイスを八神はやてに託した。

 彼の言葉を信じるならば、そのアームドデバイスには彼の知り得る限りのジェイル・スカリエッティ及びそのスポンサー達の情報が入っていた。

 しかし、その情報の有無と真偽は永遠に不明のモノとなった。

 無限書庫の司書長である八神はやてには『犯罪者の私物を調べる』権利は無く、また、2つの月の魔力を得る為に宇宙へ出ようとしている「ゆりかご」を止めなければならなかったのだ。

 よって、そのアームドデバイスはゼスト・グランガイツと人格型デバイスであるアギトの身柄を預かりに来た捜査官たちの1人に託され――

 彼と彼のアームドデバイスは、同じ輸送車に乗せられて――
 輸送中に戦闘機人クアットロによって引き起こされた「レリックの暴走」によって――





 非常に残念な事に、時空管理局はゼスト・グランガイツが記録していたジェイル・スカリエッティとそのスポンサーたちの情報を手に入れる事ができなかった。



────────────────────



「ミッドチルダが?」

 クラウディアの1室で、リンディとエイミィが子供たちの世話をしていると突然やって来たはやてとなのはが、ミッドチルダに敵の本命がありそうだと言いだした。

「はい。」
「1番怪しいと思います。」

 そう言われてみると、確かに怪しいかもしれない。
 時の庭園や管理外世界の地下基地、本局の守りを固める為に、本局に攻撃をしてくる施設を破壊する為に、ミッドの周辺に会った時空管理局の艦船は殆ど全部出払っている。
 聖王教会の騎士たちも本局のガジェットドローンを駆除したり、管理外世界の地下基地へ突入したりする為に――確かに、ミッドの戦力は激減している。

「確かに、怪しいと言えば怪しい……」

 しかし、それはミッドチルダに限った事ではない。
 ミッドチルダと比べて戦力的に劣る管理世界なんてかなりあるし、管理外世界もいれたらそれこそ数えきれないほどだ。
 本局とミッドの戦力が激減している今、そんな世界を狙われてしまったら、どう考えても守りきる事は出来ないだろう。

「私たちもそれは考えました。」
「言い方は悪いけど――戦力の殆ど無い世界に『目的の何か』があるなら、この大量のガジェットドローンを全部その世界に投入してしまえばええんですよ。」

 ……確かに、その方が早いだろう。
 このガジェットドローンたちは襲撃直後に『本局港内』の通信施設を占拠できるだけの能力があるにも拘らず、本局と管理世界との通信が可能な施設は放置していた。
 今までは通信施設の防御を崩すのは戦力的に無理だと判断したからだと考えていたが、これが『わざと放置』したのだとしたら……

「なるほど、確かに……
 そう言うふうに考えると、敵の目的の1つは『本局とミッドチルダの無力化』であると考える事ができるわね。」

 敵の1番の目的がなんなのか分からないが――

 仮に、敵の目的がミッドチルダに在るとして――本局を攻撃するくらいならミッドの重要施設を狙ったり、ガジェットドローンでゲリラ戦を仕掛けたりした方が、効率が良いだろうから『ミッドチルダの陥落』は目的ではないだろう。
 今現在、本局を攻撃する事でミッドの戦力は激減している事実は確かに在るが、ミッドには本局と比べるまでもない程の『一般人』が存在しているのだ。
 彼らを守るにはミッドの地上戦力は――管理局はもちろん、聖王教会の騎士たち全てを投入したとしても足りないし、本局の戦力を投入してもやはり足りないだろう。
 地上戦で求められるのは、人の命を守る事だけではなく、人が生きて行く為の施設も守らなければならないのだから。

 だとすると、ミッドチルダの何処かに――本局が攻撃を受けてからすでに18時間が過ぎている事から考えて、『起動するのに時間のかかる何か』が在るという事だろうか?
 しかし、そんな面倒なモノをわざわざミッドで起動させる必要なんてあるだろうか?
 先にも述べたが、ミッドチルダよりも戦力的に劣る世界なんて数えられないくらいあるのだから、管理局が発見できない場所で起動させてしまえばいいのだ。
 それをしないという理由があるとしたら、それは『その場から動かせない物』か、又は『管理局の目を騙して他の世界に移動する事が不可能な物』という事か?
 あるいは、管理局の厳重な管理の下にある物……

 そのいずれにしても――

「可能性はかなり低いわよ?」

 ミッドチルダは時空管理局にとって重要な世界ではあるが、それでも無限にある世界の中の1つでしかない事も事実だ。
 単純に考えて、確率は『無限分の1』でしかない。

「だから、まずは私たち2人だけで行ってみようと思うてます。」
「私たちは自由に動けますから。」

 それに、アルカンシェルを撃たせる事で次元を乱れさせる事で時空管理局の艦船を身動きできない状態にするのも敵の目的だったとしたら、まだ自由に動けるうちに怪しいと思う処へ言っておきたいのだと、はやてとなのはは続けた。

「次元を乱れさせるのも、目的…… なるほど……」

 それを聞いたリンディは、確かにその可能性もあるかもしれないと考えた。
 時空管理局にとって――言い方は悪いが、『他の何を犠牲にしても守らなければならない場所』があるとしたら、その候補に挙がるのはこの『時空管理局本局』か、『ミッドチルダの首都』だろう。
 そして、アルカンシェルの使用は『次元を乱す』だけではなく、『時間を稼ぐ』事をも同時に行える。
 そう考えれば、わざわざ時空管理局の艦にクラッキングをかけてアルカンシェルを撃たせたのも納得できなくはない。

「クラウディアを動かすわけにはいかないけれど、あなたたちが行くだけの価値はあるかもしれないわね。」

 もし何も無くても、それはそれでいい。
 なのはは時空管理局が保護しているのだから、安全な場所に行く事になる。
 はやてがミッドに行くのは少し心配だが、『どちらかというと死んでいる可能性の高い生死不明』のはやてならば、自分やエイミィ、子供たちが行くよりも危険性は低いだろう。

「リンディさんに納得してもらえたし、クロノ君に許可もらってこようか。」
「うん!」

 楽しそうに部屋から出て行く2人の背中を見て、やはり高町さんをスカウトしておけば良かったと思うリンディであった。



────────────────────



 扉の前に立つ。

 心臓が激しく脈打っているのを感じて、同時に、頭の中にある冷静な部分が、そんな自分の状態を、正確に、は、無理だけれど、分析して、解析して……

「アリシア」

 自分のモノで、自分のモノではない、名前を、音にする。

プシュー

 ドアが、静かに、開いた。

ギュッ

 右手とナイフの柄から、そんな音が出た気がする。

「え?」

 しかし、そこに、母たちは居なかった。

ザザザ──ザザ──

 部屋の中心で、空間モニターが砂嵐を映している。

「な、何で? ど、何処に?」

 覚悟を決めてきたというのに、肝心の人たちが居ない。





 血が出そうなほどに、けれど、血が出ない程度に、きつく拳を握り――



 それなのに、ほっとしている自分を自覚して、「はは」と小さく笑った。



────────────────────



「敵がミッドチルダを狙うと仮定して、一番襲われそうなのはロストロギアの仮保管庫やと思うんよ。」

 クロノにミッドチルダへの転移許可を貰いに来たなのはとはやては、「ミッドチルダが怪しいというのはわからないでもないが、たった2人で惑星1つを捜索し尽くす事ができると思っているのか?」という質問に、そう答えた。

「保管庫が無くなったもうた今現在、一時的にロストロギアを置いておく場所として選ばれたのはミッドチルダを入れた3つの次元世界や。
 それも――というか、当たり前やけど、その取扱いの危険性からその保管場所は地上やなくて衛星軌道上の極秘施設やろ?
 敵に戦闘機人を2人脱獄させた実績がある事から考えると――」

 起動に時間のかかるロストロギアがあってもおかしくは無い――かもしれない。
 それに、本局が襲われてからかなりの時間が経っているにもかかわらず、そういった施設が襲われたという情報が入って来ていない事から、そこが狙われている可能性が低いという事もわかっている。
 しかし、それは逆に、敵が誰にも気づかれない様に侵入して、『それ』を起動させようとしている可能性があるという事でもある。

「なるほど。 確かに、仮保管庫が狙われる可能性は――」

 クロノはそこで言葉を切り、はやてとなのはを合法的にミッドチルダに行かせる方法や保管庫のある他の次元世界へ連絡するべきかどうか、などをマルチタスクを全開にして考え始めた。
 それに気づいた2人はクロノの思考の邪魔をしない様に大人しくじっと待つ事にした。





 5分後、クロノは必要最低限の関係各所にはやて生存の事実やロストロギアの仮保管庫が襲われる可能性、その他諸々必要事項を高速で終わらせて、2人にミッドチルダへの転移許可を出したのだった。



────────────────────



 シグナムとヴィータとザフィーラの3人は、シャマルが作り貯めていたカートリッジを使って次元転移を繰り返す事で次元航行艦並みの速さで目的地へ向かっていた。

「この調子でいけば、どの艦よりも早く着けそうだな。」

 艦を動かすには色々と手順が必要で、その為に移動時間とは別に時間がかかってしまうが、単独で次元移動できるヴォルケンリッターにはそれが無いのだから当然だ。

「すでに着いている奴らに後方支援してもらいながら、先行調査するんだろ?」
「ああ。」
「ザフィーラが出発の前に高町のデバイスから『サーチアンドデストロイ』の構成をコピーさせてもらっていたから、あまり危険を冒す事無く調査できるはず――なのだろう?」

 普通のサーチャーももちろん使うが、ガジェットドローンがどれだけいるかわからない場所に行くのだから『対多数用の攻撃魔法』のレパートリーは幾つあっても良いだろうと考えたザフィーラはなのはに教えてもらっていたのだ。

「今までは『壊さなければならない物』があった場合、サーチャーで発見した後にわざわざ遠隔攻撃魔法を使うか、自分で直接出向いて破壊しなければならなかったが、アレならば発見した瞬間に『サーチアンドデストロイ』をそのままぶつけてやれば良いからな。
 俺では高町ほどには数を出せないが、それでも敵基地の内部調査の効率は今までよりもかなり上がるだろう。」

 何時もよりも饒舌なザフィーラに、シグナムとヴィータは思わず笑みを浮かべる。
 彼が新しい魔法、新しい戦術で戦える事を楽しみにしているのだと、自分たちと同じ騎士であるのだと再認識できた事が嬉しいのだ。

「なんだ?」
「いや、何でも無い。」
「そうそう。 何でも無い。」
「……むぅ?」



────────────────────



 この世界でこんなのって良いんだっけ?
 そんな事を考えながら、なのははそれを見ていた。

「コレって、いざという時にロストロギアが誘爆したりしないんですか?」
「ええ。 ここに保管しているロストロギアは――確かに、魔力を溜めこんでいる物もありますが、コレが発動したら全部完全消滅しますよ。」

 その際に余計な被害が出る様な事は絶対ないから安心して下さいと、仮保管庫の局員は言葉を続けた。

「なるほど。 それなら、安心ですね。」

 はやてと案内の人が笑顔でやり取りしているのを見て、目の前の物も見て、それでもやっぱり納得できないなのはは、接触式の念話を親友に繋げる。

【ねえ、コレって『質量兵器』じゃないの?】

『いざという時の為の装置』に『使われている物』について、はやてに問う。

【……コレは、『安全でクリーンなエネルギーで動く自爆装置』や。
 ツッコミたいんは私も同じやけど、ここはそう言う事で納得しといて。】

 ああ、はやてちゃんも気持ちは同じだったんだと安心すると同時に、大人の対応ってこういう事を言うのかなと自分の偏った社会人経験とその浅さを思い出す。

(最近まで学生で、卒業した後も親元から離れなかった私と、うんと小さい頃から1人暮らしで、その上10歳から働いている人と比べちゃ駄目なのかもしれないけど……)

そう考えると、隣に居る親友の事が今まで以上に誇らしく思えてくる。





 長い説明を聞いた後、仮保管庫への専用ポーターを使用したはやてとなのは。

「あれ? この魔力は……?」

 そこでなのはは、今まで感じた事の無い強大な魔力を感じた。

「ん? ああ、これは月の魔力やな。」

 6年前のJS事件で浮上したゆりかごが、この2つの月の魔力を――

 はやては、そう説明しようとした。
 しかし、彼女の絶叫を思い出し、言葉が続かなかった。

「月の魔力って言うと、6年前にフェイトさんが行方不明になった『ゆりかご』とかいう――」

 なのはも、6年前に聞いた事を思い出しながら――

 マルチタスクで鍛えられた2人の頭が、1つの可能性を閃く。

「もしかして?」
「まさか…… いや、でも……」





 6年前に死んだジェイル・スカリエッティができなかった事……
 ミッドチルダから動かす事の出来ない何か。
 起動に時間がかかるかもしれない何か。

 それを考えると、敵の、狙いは……



────────────────────



「そろそろ、『あなたの狙い』が『可能性の1つ』に上がる頃かしら?」

 20を超える空間モニターが浮かぶだけの暗い空間で、僕の顔を見ずに、笑みを浮かべながら彼女は言った。

「どうだろうねぇ?」

 僕は、彼女の横顔を見ながら応える。

「『僕たちの狙い』は上がっているとは思うけどね。」

 ふふ、彼女の嫌いな笑みを浮かべてしまった。
 だから、彼女は僕を見ないのだとわかっているのに……

「あら、私たちはもう行くみたいね。」
「そのようだね。」
「じゃあ、私ももう行くわ。」
「ああ。」



 彼女が居なくなった、無駄に広い部屋で、僕は――



────────────────────



「6年で作れる物だとは思えないんだが?」

 敵の狙いが『ミッドチルダの月の魔力』かもしれないという2人の考えが、どれだけ可能性があるかを計算するのにマルチタスクのいくつかを回す。

『6年でガジェットドローンをこれだけ大量に作れるんやで? 管理局に物資の流れを掴まれる事もないまま。』
「それは、そうだが……」
『プレシア・テスタロッサの庭園や、シグナムたちが今向かっている管理外世界の地下基地――もしかしたら、他にもまだまだあるかもしれん。
 そんな奴――ううん、これだけの規模やと、ジェイル・スカリエッティのクローンにはかなり大がかりなバックがあると考えられるんよ?』

 それだけの組織力が敵にはある。

「……一応、報告はしておく。」
『クロノ君……』
「ん?」
『本局―ミッド間の移動ができなくなったら、全世界の終わりやで。』
「……ああ。」

 考える。
 6年前の事件で起動した『ゆりかご』は、『とても貴重なロストロギア』だった。
 そんな貴重な『この世に1つしかない物』を、あんなに簡単に使えるものだろうか?
 確かに、ジェイル・スカリエッティの性格ならば、貴重かどうかなんて考えずにやりたい事をするかもしれない。
 しかし、彼を支援していた者たちにとっては?



「オリジナルを失っても、クローンが存在する様に……」





120924/投稿



[14762] Replica13 何処かに在る事はわかっている穴を誰が見つける?
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2012/12/31 22:35
Replica13
 今すぐ広範囲の策敵をして欲しい。

 ここ十数年で実績を上げてきた無限書庫の司書長の要請だったが、それが成される事は無かった。

 本局が襲われているこの忙しい状況で、未確認であるとはいえ死んでいる事になっていた人間の言う事を聞いている場合じゃないとミッドチルダの上層部に判断されたのだ。





「『実は生きていました』なんて、今のこの状況で信じるわけにはいかないっていうのはわからんでも無いけど――と言いたいとこやけど、遺伝子検査なんて1分もかからないこの世界でそんな事あるわけ無い。」

「して欲しい」というこちらの要請が通らないのならば、「自分たちでやってやる」と、そう考えたはやては、全力――には程遠いが、それなりに力を出してみた。

 具体的に言うと、コネを利用した。

 無限書庫が活性化した恩恵を受けていたのは本局だけでは無く、ミッドチルダの各部署もその恩恵を大いに受けていた――いや、与えていた。
 故に、はやてが思っていたよりも無限書庫の司書長や司書たちに頭の上がらない人というのはミッドチルダの上層部が思っていたよりも多かったのだ。

 はやてはその人脈を使って遺伝子検査を受けて自分の生存は確実であると証明した。
 そして無限書庫司書長の権限で殆ど無理矢理使用許可をもぎ取った仮保管庫及びその他衛星の防衛システムの策敵範囲を広げる事にしたのだった。

「しゃーないから、こっちはこっちでやらせてもらうわ。」
「うん。」

 本来なら、こんな無謀な事は数十人でやらなければ頭がパンクしてしまうのだが、今回ははやてとなのはの2人だけでやらなければならない。
 緊急事態中の為に元からいた防衛システムを稼働させるのに必要最低限の人間が居る事は居るのだが、彼らはその必要最低限の仕事をこなすだけでいっぱいいっぱいなので協力は期待できないのだ。

「でも、おかしいよね?」

 本局が襲われて、管理外世界に人員を派遣しなければならない。
 それはわかっているのだが……

「……私たちの勘が当たっているってことや。」

 派遣しなければならないのは「戦闘の出来る局員」が大半のはずだ。
 それに、「戦闘の出来る局員」がいない、『手薄になってしまった今』こそ、策敵は重要なはずなのだ。
 なぜなら、時空管理局に攻撃を仕掛けたいのはジェイル・スカリエッティのクローンだけではない。 他の犯罪組織が今を好奇として攻め込んでくる可能性は非常に高い。
 だというのに……

「時空管理局にスパイがいるってことだね。」

 6年という時間は確かに長い。
 第97管理外世界で言えば、生まれたばかりの赤ん坊が義務教育を受ける子供になるくらいには長い。
 しかしJS事件を経験した者からしたら、まだまだ短い。
 稀代の犯罪者が狙った、宇宙空間に浮かぶ魔力の塊を犯罪者に使わせないようにする為のシステムが未だ出来ていないのだ。

「そういうこっちゃね。」

 だというのに、この非常事態にも拘らず、宇宙空間への策敵が必要最低限のまま――いや、必要最低限にされてしまったというのはおかしいのだ。
 それも、管理局のブレインと言っても過言ではない無限書庫の司書長の言葉を無視し続けているというのは、どう考えても異常であり、それこそが管理局の上層部の誰かとスカリエッティクローンが繋がっている事の証明であると言えた。
 緊急事態だからこそわかった事実だが、緊急事態だからこそその裏切り者を吊るし上げる時間が無いという、自分たちの協力者がもっといればと考えざるを得ない残念な状況だ。





「もしも、あの2つの月の魔力で『次元跳躍攻撃魔法』を連射されたりしたら……」

 今の状況も次元跳躍攻撃による攻撃を連続で受けていると表現できる。 おそらく魔力炉を全力運転させて2~3時間おきに攻撃を受けている今の状況でさえ、だ。

 もしも――今現在管理世界で使用されている魔力炉の生成魔力量をはるかに超える魔力を敵に使われてしまったら……

 本局どころか、他の次元世界もあっという間に滅びかねない。
 はやての額に――いや、この場に居た全員が、背中に嫌な汗をかく。

「……だね。」

 『魔法が存在する世界の常識』に疎いなのはでも、簡単に悲劇を予想できる。
 事実――といっても、試してはいないが、あれだけの魔力があれば、師匠の相棒から教わったあの集束魔法を、威力を3倍にして10連射してもまだまだ撃てる自信がある。
 それはつまり、たった1人でも余裕で街の1つや2つは破壊できるだけの魔力であるという事だ。
 もしも、その魔力がそんな物に使われてしまったら……

 自分たちの考えが正しければ、敵の目的がどれだけ危険なモノであるか。
 また、それだけの魔力がある事がわかっているというのに、何も対策がなされないまま放置されている事の危険性に体が震える。

「まあ、あんなでっかいもんをどうこうする事なんて、流石の時空管理局でも無理やって事はわかるんやけどねぇ……」

 自然に其処にある巨大な質量を持った2つの月。
 それから放出される馬鹿らしいほどの魔力。

 そんな物をどうにかできるほど、魔法も科学も発達していない。

「……そうだね。
 地球と月だって、すごく絶妙な位置にあって、それが少しでもずれるとどんな災害が起こるかわからないって言われているくらいだもんね。
 それが2つもあるんだもん。 どうしようもないよねぇ……」
「そういうこっちゃ、ね……」

 それでも、もう少し危機感を持って何らかのシステムを構築しておいて欲しかったと2人は思い、溜息をついた。



────────────────────



「マップは?」

 とある管理外世界の地下深くにある秘密基地を、シグナムたちは他の局員たちよりも先行して進んでいた。

「少し待て、デバイスに送る。」

 ザフィーラによる『さーちあんどですとろい』で集められた情報が、シグナムとヴィータに送られる。
 他の局員たちにも同じ様に送りたいところだが、濃いAMFと、敵にどれだけ情報を集められてしまったのかを知られてしまうのを防ぐ為に、情報を詰め込んだ魔力球を飛ばす。

「……へぇ、もう、ここまでわかったのか。」
「高町の構成はミッド式の上に独特の癖があるが、使ってみるとなかなか面白い。」
「ふむ。 私も中距離用の射撃魔法の1つくらい教えてもらっておけばよかったか。」

 ザフィーラが高町を褒めるので、ベルカ式では無いからと考えたりしないで何か教えてもらっておけば良かったかもとシグナムも思った。

「私も、前にバインドの魔法を2つ教えてもらったけど、なかなか使い勝手が良いからなぁ…… シグナムが欲しいんなら、レヴァンテインに入れておくか?」
「ほう。」

 ヴィータのその言葉に、ザフィーラが反応した。

「それは面白そうだな。 俺のデバイスにも入れてくれ。」
「ああ、いいぜ。」

 そのやり取りを見ながら、シグナムは少し悩む。

(バインドか…… ベルカ式のがいくつかあるが、『私がミッド式のバインドを使う』というのが敵の意表を突くかもしれん。
 しかし、ミッド式の魔法を増やす事でレヴァンテインのコンディションが崩れてしまったりするかもしれない事と、魔力の消費を抑えねばならない今の状況では試し打ちができない事を考えると……)

 高町の魔法は魅力的だが、今の状況では――悩み続ける彼女の耳に、ザフィーラの驚きの声が届いた。

「軽いな。」
「だろ? 消費魔力も少ないんだぜ。」
「特に、肉眼で見えないこれは……」
「ああ、それは特に良い。
 肉眼で見えないだけじゃなくって、消費魔力の少なさから魔力感知でばれる事もあんまりねえ。 2つ組み合わせて使えば、雑魚は獲り放題だ。」
「なるほど。」
「ザフィーラの魔法とも相性良いんじゃないか?」
「ふむ……」

(ザフィーラが褒めるほど軽いのならば、レヴァンテインに入れてもそんなに負担は無いのかもしれない。
 いや、だが、今の最適化状態のレヴァンテインに……)



 戦場で武器を弄る事に真剣に悩むシグナムに

「シグナムも、サブで持っているストレージの方に入れておけば便利だと思うんだけど?」

 ヴィータのその言葉が発するまで後10分。



────────────────────



「はやてちゃん……」

 静かだった空間になのはの声が響くが、策敵作業のスピードは落ちない。

「ん?」
「私、考えてもわからない事があるんだけど。」

 今日――数時間前に初めて触ったコンピュータプログラムを、何年も使って操作に慣れている自分たち以上の速さで使いこなしておきながら、他の事をマルチタスクで考える事ができるなんて!!
 なのはの発言に、同じ部屋に居る局員たちは驚愕した。

「なに?」
「転移魔法があるんだから、小型の監視衛星の100や200、設置する事なんて簡単だと思うんだけど、どうしてやってないのかな?」

 それくらいはできるだろうに、となのはは考えた。
 宇宙に進出する為には宇宙船やらなんやら色々と面倒くさい事が必要なのかもしれないというのは想像できる。
 管理外世界である自分の世界で宇宙に出る為には莫大な予算が必要な事を考えれば、魔法のあるこの世界でも宇宙へ出る為には色々と苦労があっただろうと。

 しかし、問題なのはその後である。
 言い方は悪いが、転移魔法やそれを利用した移動装置の『移動先としての丈夫な箱』を宇宙空間に設置することさえできれば、地上から宇宙への『人の移動』も『物の移動』も、自分の世界と比べると「比較的」という言葉を使うのも馬鹿らしいくらい「簡単」に行う事ができるのだ。

 だというのに、それをしていないというのはどういう事なのだろうか?

 なのはでなくともが疑問に思う事であった。

「ああ、それはできんのよ。」
「え?」

 そして、その理由は単純であった。

「ほら、地球でも『違法電波の問題』とかあるやろ?
 あんな感じで色々と問題が起こってしもて、『衛星の設置は計画的に』みたいな感じで、色々と面倒くさい手続きをしないとあかん事になったんよ。」

 電波の混戦問題はもちろん、違法な目的で設置されてしまう衛星の駆除に少ない予算を使わなければならないというのも地味に痛かったらしい。

「へぇ……」
「衛星見つけて回収するのもそうやけど、その後で何処の誰が設置したのかを調べないとあかんのやけど……」
「そっか。
 転移魔法が使える人なら『簡単に設置できてしまう』って事は、犯人を特定するのも難しくなっちゃうんだ?」
「そう言う事。

 砂漠の真ん中に足跡などの証拠を残す事無く置かれた指紋1つ無い綺麗な空き缶を発見し、その犯人を地球全体から見つけ出さなければならない。

 っていうのよりも、もっと面倒な事なんよ。」

 地球よりも進んだ科学で造られる衛星は――空き缶よりも小さい。
 そんな物を、地球の砂漠と比較できないくらい広大な宇宙空間から探し出さねばならない上に、その犯人は管理世界はもちろん管理外世界からも探さないといけない。

「……不可能だね。」
「でしょ。」

 衛星の量を制限する事で違法な衛星を設置し難くする事になったのは当然の流れだった。

「事件の解決の為に『衛星の数を一時的に増やす』って方法もあるらしいんやけど……」
「へ?」
「でも、今回の事件では使えないんよね。」
「なんで?」
「6年前の事件で、ジェイル・スカリエッティが時空管理局内にスパイを潜り込ませていたのは100%確実やからね。
 その事から考えると、他の犯罪組織も同じ様にスパイを潜り込ませている可能性はかなり高いんよ。
 そんな状況で、そんな大量に衛星ばらまいても、その中の幾つかがジェイル・スカリエッティや他の犯罪組織に情報を送る――言葉通りのスパイ衛星になってまう可能性は高いやろ?」

 ついさっき、宇宙空間の策敵が必要最低限になっている事からスパイがいる可能性が高いと話し合っていた事が思い出される。

「……ああ。 そう言われると、そうかも……」

 時空管理局って、思っていたよりも大した事の無い組織なのかもと、なのはは思った。



────────────────────



 以前使っていた物よりも性能が格段に上がったブーメランブレードで、侵入してきた魔力球を破壊する。

「……見つかったか。」

 基地内の監視装置を次々と破壊して行く『さーちあんどですとろい』という名前の魔法によって自分の位置を知られてしまった事よりも、見つかってしまったというのに普段以上に落ち着いている自身の精神状態にセッテは驚いていた。

(あの人はもう逃げただろうか?)

 瞼を閉じて思い出すのはつい先ほどまで共に居たアリシアの泣きそうな顔。

(「母さんたちと逃げる」と言っていたが……
 いや、今はそんな事を考えている場合では無い、か……)

 プレシアクローンたちが一緒ならば、ヴォルケンリッター3人と戦闘になったとしても逃げる事ができるだろう。

「む?」

 先ほど破壊したのと同じ魔力球が3つ、侵入してきた。

「……自動機動なのか遠隔操作なのか知らないが、かつて八神はやてがやったような物量でもない限り――」

バン! ババン!

「私を倒せるなどと思うなよ!」

 ブーメランブレードの1振りで、3つの魔力球を破壊した。



────────────────────





「むぅ……」
「どうした?」
「3つ程破壊された。」
「ほう?
 この短時間でガジェットに魔力弾の破壊をするようにプログラムをしたのか。」

 流石は変態科学者のクローンだとシグナムは敵を褒めた。

「いや、破壊したのは脱走した戦闘機人の1人、セッテだ。」

 新しい武器を自慢気に飛ばす彼女の姿を念話を応用した魔法で共有する。

「ふむ……」
「私が行く。」

 少しは楽しめそうだと思ったシグナムより先に、ヴィータが名乗りを上げた。

「ヴィータ?」

 時空管理局に勤めるようになって――いや、八神はやてという主と出会ってからは、自分から単独行動をする事が殆ど無かったヴィータの様子に、シグナムは怪訝な顔をする。

「はやてがやったみたいな物量――飽和攻撃じゃないと自分は倒せないとか、ふざけた事をぬかす奴には…… くくく……」

 ああ……
 よくわからないが、セッテという戦闘機人はヴィータの中にある何か触れてはならない物を強く刺激してしまったらしい。

「そ、そうか……
 ならば、そちらはヴィータに任せる。」
「頼んだ。」

 ザフィーラはセッテの居場所までの生き方をヴィータのサブデバイスに送りながら、シグナムと同じ様にヴィータに目を合わせる事無くセッテの事を任せた。

「ああ、任せておけ。
 自分を倒すには圧倒的な物量しかないとかほざく自信過剰な大馬鹿に……」

 地獄を見せてやる。





 シグナムとザフィーラは、敵であるはずの戦闘機人セッテの冥福を祈った。



────────────────────



 2つの月の間で、小さな小さな穴が開いた。

「結界衛星は順調に働いている様だね。」
「ああ、穴が開ききるまでまだ時間がかかるが――」
「穴を通って月の魔力と魔力炉のエネルギーがあれば――」

 くくくと笑うスカリエッティクローンたちの様子を、プレシアクローンたちは「黙って無表情にしていればまだましなのに……」と残念そうに見てい――

【!!】
【また、ね?】
【ええ。】

 科学的なモノでは無く、それでいて、自分の知るどの魔法とも違う『ナニカ』で、自分たちを監視している『者』がいる。

【やっぱり、スカリエッティは気づいていないみたいね?】
【ええ。 どうやら、わざと『私』に気づかれる様にしているみたいね。】
【何が目的なのか――ありすぎてわからないけど……
 このまま此処に居た方が良いみたいだという事はわかるわ。】

 しかも、自分たちが此処から出て行こうとする度にこうやって圧力をかけてくる。

「はぁ……」

 プレシア達はこの気持ち悪い高笑いから逃げるに逃げられない自分たちの不幸を嘆いた。





121231/投稿



[14762] Replica14 気づいた時にはいつも遅く
Name: 社符瑠◆5a28e14e ID:7cee84d2
Date: 2013/12/31 22:43
「この先だな。」

 ザフィーラから貰った位置情報通りの場所に、ふざけた事を言った馬鹿が待ち構えているのは間違いない様だ。

「アイゼン!」
《サーチャー》

 1ダースのサーチャーを飛ばしてみる。

(大体30×30×20ってところか?)

 馬鹿が居るのはそこそこ広い部屋のようだ。

(直径5メートルくらいの柱が9本あるのがちょっと難だが――まあ、やれない事は無い。)

 おそらくこの9本の柱には何かの仕掛けがあるのだろうが、今の自分の防御力ならば何とかなるだろうと判断し――

「おら、来てやったぞ!」

 部屋に入った途端に何処からともなく飛んできたブーメランを軽く回避して、ヴィータは自分の作戦が可能である事を確信し、笑みを浮かべた。



(ザフィーラでは無くヴィータがたった1人で来たという事は、ヴォルケンリッターは全員大量の魔力弾を扱えるという事か?)

 牽制で投げたブーメランブレードを軽く回避してから笑みを浮かべたヴィータを見ながら、セッテの頭に自身の策が無駄に終わる可能性が思い浮かぶ。

(いや、考えてみれば当然か。
 あの馬鹿げた魔力弾の嵐を、元々八神はやてだけが使えたのだとしても、あれから6年もたっているのだから、ザフィーラだけでは無く他のヴォルケンリッターも使えるようになっていたとしても全くおかしい事では無い。)

 6年間を無駄に過ごした自分と違い、八神家の面々は管理局や聖王教会の仕事をして実力を上げていたのだろうから、接近戦主体だと考えられていたヴィータが「大量の魔力弾を使えば倒せるぞ」と明言したのも同然の自分相手にたった1人で向かってきたという事は――そう言う事なのだろう。

(ヴォルケンリッター3人の魔力を無駄に消費させる策は完全に失敗したな。)

 思い浮かんだ可能性を受け入れて、それならば、せめて目の前の敵だけでも――と

「おら!」

 予想に反して、ヴィータは魔力弾では無く3つの鉄球による遠距離攻撃を仕掛けてきた。

「くっ!」

 ヴィータの意外な行動に驚いたが――

(もしかして、こちらの言葉をそのまま『挑発』として受け取ったのか?)

 大量の魔力弾を撃てないヴィータが、それが無ければ倒せないと言った自分の言葉に怒りを憶えて単独で突っ込んできたというのならば――

(もしそうならば、ここで奴らの数を減らす事ができるかもしれない。)

 勝機は、ある。



────────────────────



 シグナムとザフィーラが建物の奥を目指して走っていると――

ゴゴゴ
 建物内部に戦闘音が響いてきた。

「始まったようだ。」

 建物内部に響く音と、目の前の空間モニターに映し出されるマップと2つの光点――おそらくはセッテであろう点とヴィータを表す点――の位置から、ザフィーラは戦闘が始まったと推測した。

「そうか……」

 久しぶりに手応えのある相手とやり合えそうだと思うと同時にヴィータに横取りされてしまい意気消沈気味だったがすぐにテンションを元に戻したシグナムの返事はそれだけだ。
 かつての彼女なら、下がったテンションをもっと引き摺っていたかもしれないが、6年前のあの日、発見した時にはすでにぼろぼろだったクアットロを前にして気を抜いてしまい、結果として起こっていしまった悲劇が――あの時、クアットロの意識を奪っておけばという後悔の念が、シグナムの精神を成長させたのだろう。

「ザフィーラ……」
「うん?」

 6年前の、あの事件直後のシグナムの姿を思い出していたザフィーラに、シグナムは顔を向ける事もなく――

「なんだ?」
「ここに脱獄した戦闘機人2人の内1人が居るという事は、もう1人も――クアットロも居るかもしれないという事だな?」

 いつもよりも低い、しかしはっきりとした声で、そう訪ねてきた。

「シグナ――」
「探してくれ。」

 ザフィーラはシグナムの顔を見上げる。

 彼女の顔はただ前だけを向いていて、その眼球――視線すら向けていない事がわかっただけだった。

「……少し待て。」

 だから、ザフィーラにはシグナムがどんな顔をしているのかわからない。

「ああ。」

 わからないけれど――





 顔なんか見れなくとも、それくらいわかっていた。



────────────────────



 改良されたブーメランブレードの性能は、6年前の物とは比べるのも馬鹿らしいほどだった。
 試し切りの時に理解していた。

「ちっ!」

 ヴィータの放った鉄球を真二つにできる切れ味と、それでいて刃毀れしないだけの硬度があるという事を、理解していた。

「甘いっ!」

 だというのに――

ガチッ!
 2つの鉄球に挟撃され、また1つ、ブーメランブレードが破壊された。

「またかっ!」

 鉄球の回転速度がデータよりも早く、シミュレーション通りに行かないのだ。
 当然、シミュレーションに使ったデータは6年前の物などではない。ドクターのクローンたちが入手するのに苦労したと言うほどの、最新の物だったのに!

「まだまだぁっ!」

 おそらく、飛んでくる鉄球のど真ん中に当てる事ができたとしても、逆にこちらの刃が欠ける事になるだろう。
 もちろん、飛び回る鉄球は今現在も観測しているし、壊れたブーメランブレードの破片の飛び散り方などからもデータは録っている。
 そのデータが、シミュレーションに使ったデータを大きく上回り、「これなら勝てる」と自信を持って言えた最新ブーメランブレードをどうぶつけても『当たり負けする』と結論を出した時に、思わず意識を失いかけた事を誰が責められるだろうか?

「残り8つ!」

 そんな事を考えていると、また1つ破壊されてしまった。
 こちらはまだ1つも破壊できていないと言うのにっ!

「てか7つ!」

 その手に持つハンマー型アームドデバイスで、また1つ破壊された。

「まだだ! まだやれる!」

 9本ある柱の1つから、1ダースのブーメランブレードが放出される。
 大量の魔法弾を相手にするつもりだったのだから、これくらいの備えはしてあったのだ。

「はっ!」

 ヴィータはそれを見て笑った。

「なんだ、数で押さなきゃ勝てねぇのは、お前の方だったのか。」

 返す言葉も無い。

「だんまりか。」

 そう言って、ヴィータは鉄球を追加した。

「くっ!」

 折角増やしたこちらの武器だが、その大半には破壊される未来が待っている。
 だが、それでもいい。
 鉄球でも、デバイスでもなく、それらを操るヴィータに直接ブーメランブレードを当てる事さえできれば、勝てるはずなのだから……



────────────────────



 こんな話を父から聞いた事がある。

「ある高名な刀鍛冶師が神社に捧げる刀を打つ時、1本ではなく2本打ち、より出来の良い方を神社に捧げたそうだ。」

 コレと似た話は日本だけでは無く世界中にあるという。
 そしてそれは過去の事だけでは無く近代兵器についても言えるそうであり──何かそうしなければならない理由を小一時間ほどグダグダと語っていたが――刃物や重火器類だけではなく戦闘機なども同時に幾つか造るのだそうだ。

 結局、父の話ではどうしてそうしなければならないのかわからなかったが、お店の厨房で母が常連のお客様から『特別なパーティー用の巨大ケーキ』の注文が入った時に、失敗した時の為にと材料を多めに注文していると知った時に、「あの時の話はこういう事か」と納得したのを憶えていた。

 そして、どういう話の流れだったのか詳しい事は忘れてしまったが、この話を親友にした事があったのだが――それは自分たちの世界だけではなく数多ある次元世界でも同様であるのだという。

 ならば、ロストロギアにも同じ様な事があってもおかしくない。

 まして相手は魔法のある世界でかなりの出世をしているという親友でも理解できないくらいマッドな科学者だったスカリエッティのクローンたちであるという。
 そんなあるかもしれない過去の遺物を探して改修した可能性よりも、6年前に調べ尽くしたソレのデータを元に、より強力な物を造り上げてしまっている可能性も十分ある。

「もっとも――」
「その場合、スカリエッティの後援者が同時制作の物を手に入れてしまっている可能性も高いやろうけどね?」

 新しい兵器は同時に幾つか製造するというのがセオリーならば、この事件を乗り越えたとしても――





 ソレの恐怖は無くならないのだろう。



────────────────────



ドゴン
 避けた鉄球が壁にぶつかる音がす――

「!?」

 音が、近い?

「砲撃魔法って知ってるか?」

 鉄球とブーメランが飛び交う煩いはずの戦場で、ヴィータの声が嫌になるほどすっと耳に入って来た。

「あれって、確かに威力はあるんだが、結局は一直線に飛んでくるだけだからめちゃくちゃ避けやすいんだ。
 だからといって、避けにくい様に太くしたら、威力は減るし――構成が面倒になるからか、大抵の場合速度が遅くなるから、遠距離攻撃っていうメリットが減っちまうんだ。」

 突然そんな事を喋りながら、その手に持ったアームドデバイスをこちらに向けたヴィータの行動に、セッテは思わず動きを止め――

「はっ!」

 止める事は無く、柱からさらに2ダースのブーメランを放出させた。

「だけどはやてのあの攻撃魔法は違う。
 はやてのは、敵を前後左右はもちろん上下からも――ああいうのを、『絶対に回避できない圧倒的な物量』って言うんだろうな?」

ヒュン
トン

 右方向から鼻の頭を掠める様に飛んで来た鉄球を回避した時、背中に壁がぶつかった。

「っ! しまった!!」

 それによって、セッテはわかってしまった。

「そして――」

「私には、はやてみたいな圧倒的な弾幕は無理だけど――」

 ヴィータの言いたい事が、わかってしまったのだ。

「戦場や戦況を利用したら、私にも『回避できない攻撃』ができるんだよ!」

ガシュ! ガシュ! ガシュ!
 瞬間、カートリッジ3発分の魔力によって――

「なっ!」

 グラーフアイゼンが巨大化する!

「潰れとけっ!」





 セッテには八神はやての飽和攻撃を回避する術は無かったが、それでも、無駄に魔力を消費させるくらいの時間、耐えるだけの自信はあった。
 しかい残念な事に、室内と言う限られた空間――しかも、背中を壁につけた状態で、眼前に迫るどでかいハンマーから逃れる術はもちろん、それに耐えられるだけのナニカも、セッテは持ち合わせていなかった。



────────────────────



 狭い通路を埋め尽くそうとする様に次から次へと現れるガジェットを、破壊した時に起こる爆発に巻き込まれない様にレヴァンテインのシュランゲフォルムで片付けながら、シグナムはザフィーラに教えてもらったクアットロが居るであろう場所へと進んでいく。

『シグナム、そこから北東約15メートルの位置にAMF発生装置があるようだ。』

 狼形態でガジェットの隙間を縫うように駆け抜ける事でこの地下基地の中心部分へ向かったはずのザフィーラから通信が入った。

『わかった。
 ……メインコンピュータの掌握はできそうか?』

 サーチャーではわからない様な情報を手に入れたという事は、ザフィーラの辿り着いた場所にはコンピュータがあるのだろう。
 それがメインと繋がっていたのなら――

『いや、こっちは実験施設の1つだった。 マップを見る事は出来るが、ここからメインへ侵入するのは俺では無理だ。』

 ――やはり、そうそう上手くはいかないか。

『だが、当初の想定通り、クアットロの居る場所こそがメインコンピュータルームだという事はわかった。』
『そうか。』
『マップデータをそちらに送る。』

 サブデバイスにデータが送られてくる。

『わかった。 なら、進路上や近場にあるAMF発生装置は私が破壊しよう。』
『ああ、それは頼むつもりだった。』

 AMF発生装置をいくつか破壊する事ができれば局員の突入作戦の難易度が下がり、予定よりもスムーズに事が行われるだろう。

『ザフィーラはそっちのデータを外に送り終えたら私と合流してくれ。
 クアットロは私が倒すが、その後でメインコンピュータを掌握してもらわねばならない。』
『コンピュータの扱いはそれほど上手くないのだが……。 仕方ないか。
 では、炉の破壊はヴィータに頼む事にしよう。』
『ああ。』

 通信を切り、マップを確認する。

「此処から目的地までに――3つか。」

 そう呟いて、彼女は再び歩き出した。



────────────────────



 気がついた時には

「はやてちゃんっ!」
「やばっ!」

 穴が、そこあった。

「なのはちゃん! バリアジャケットSや!」
「ぇ、あ、うん!」

 はやての焦った声に一瞬驚き、その内容を理解するのに数秒かかってしまったが、かつて師匠に教えてもらった中でも一番の性能を持つバリアジャケットを構成する。

《バリアジャケットS、セットアップします。》
「装着!」

 はやてのデバイスの人工音声となのはの声が狭い部屋中に響く。





 2人がそんな事をしている間にも、宇宙空間に空いた穴は徐々に大きくなっていき、その向こう側には青い空が広がっているのがわかるほどになる。





 そして、
 とても大きくて、
 それでいて一目で人工物とわかる物体が
 その穴の向こう側から飛んで来来ようとしている事も……





20131231/投稿


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