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[13960] 『男子が花道』(リリなの二次 転生男オリ主 原作知識なし 同年代)
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2011/02/03 00:01
 『本気でなのはに恋する男』プロローグ


 唐突だけど、高町なのはと言うクラスメイトの少女は、あまり目立つほうではない…『あまり』だ、目立たないわけでは決して無い。

 どちらかと言うと、なのはと良く一緒に居る2人のほうがクラスでも目立っていた。

 アリサ・バニングスと、月村ずすかの2人である。



 アリサは金髪で見た目もそうだが、その物怖じしない性格にとても存在感があり目立っていたし。

 すずかの方も、見た目に反しての運動神経の良さに小学三年生とは思えない性格がかなりの存在感を持っていた。

 それに、2人とも成績に問題は無し。

 すずかは無難に中間より少し上くらいだけど、アリサはなんと学年トップレベル。

 と言うか聞けば、アリサは中学生の問題も解けるらしいが…小学生でそれは、ある意味どうなんだろうと聞いたときは思った。

 運動神経もすずかはさっきも言ったけれど、アリサの方もかなり良い。

 アリサは普通に男子と対等に戦えるし、すずかはむしろ圧勝すら出来る。



 そこで比べると、なのはの成績は普通…いや、国語が少し苦手だ。

 その代わり、算数とかは得意。

 運動は…うんまぁ、女の子らしくて良いんではないかと俺は思うんだけれども。

 いや、運動できるのが女の子らしくないとは言わないけど…仮に言ったら、アリサにボコボコにされるだろうし。

 まぁ、直接的に言ってなのはは運動音痴だ。

 別に、漫画とかであるように走ればコケるとかそこまではいかないけれど。



 とまぁ、色々語ったけれど敢えて言いたいのは、『高町なのは』は目立たないだけで十分に可愛いと思う、と言う事だ。

 確かに、クラスの男子の中では、圧倒的にアリサやすずかの方が人気がある。

 人気があるというか、高嶺の花の気もするけれどあの2人は。

 なのはだって十分に魅力的だと思う。

 中々、解らんかなぁ皆。

 と言うか…解られても困るなウン。



 っとそうだ、改めて自己紹介だけしておこう。

 俺の名前は、佐倉雄介。

 現在、小学三年生。



 ついでに、誰にも言えない秘密だが…実は、20歳で事故死した(と思う)会社員の記憶をもった、とんでも小学生だ。

 あれだな、小説とかで見かける、転生とかというのをしたようである。



 ついでにもう一つ! これは、絶対に言っておきたいことだけど、俺はロリコンじゃあない!!

 別に小さい子が好きなわけじゃない、なのはが好きなんだ。

 ソコのところを、間違えるなよ!?



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 一話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/11/14 18:14
 プップー
 目の前にバスが止まり、運転手に挨拶しながら乗り込む。
 このバスはうちの小学校のスクールバスなので、何をするでもなくそのまま席のほうに。
 すると、

「あっ、雄介」
「本当だ、ほらなのはちゃん」
「雄介くーん、こっちこっち」
「あー、おはよう三人とも」

 一番奥の座席から声を掛けてくるのは、友達の女の子3人。
 俺から見て、左から順番にアリサ・バニングス。
 隣に高町なのは、更に隣に月村すずかの十番で座っている。
 そちらに歩いて挨拶を返しながら、三人の一個前の座席に座ろうとしたら。

「おはよ、ってこら何前の席に座ろうとしてんのよ」
「おはよう」
「おはよう、雄介君」

 3人それぞれ挨拶を返してくれたけど、アリサが座ろうとした席に文句をつけてきた。

「何って…いや、別に理由は無いけど?」
「じゃあ、前になんか座らないでこっちに座りなさいよ」

 そう言って、アリサが左に席をずらした。
 アリサ・なのは・すずかの順番で座っていたので、そうやって空けられると俺はなのはとアリサの間に座るしかない。
 これはとても、恥ずかしいんだけど…

「ほら、早く座らないとバスが発車出来ないわよ?」

 アリサがそんな事を言うけど、なのはから見えない方の口元が変に吊りあがっている。
 間違いなく、俺が恥ずかしいのわかってやってやがるコイツ。
 とそんな事を考えていると、なのはが首を傾げて。

「雄介君、座らないの?」
「…お邪魔します」

 言いながらなのはの隣に腰を下ろすと、どーぞと言ってくれる。
 俺が腰を下ろすと同時に、バスが発車。
 このバス停では俺しか乗ってこなかったから、当たり前といえば当たり前だけど。

「ねえ雄介君、今日の宿題やってきた?」
「ん?やってきたけど?」

 いきなり、すずかがそんなことを聞いてきた。
 まさかやってないのだろうか? いや、すずかに限ってはそんな事は今まで無かったけれど。

「雄介君!」
「うおわっ!?」

 思いっきり、なのはが俺に詰め寄ってきた。
 近い、座ってるのが隣だから近いぞなのは!

「教えて、お願い!」
「りょ、了解」

 教えるのは構わないから、取りあえず離れてくれなのは!
 そしてアリサ! 隣で笑うな、声を押し殺してても解るんだよ!

「良かったじゃないなのは、見せてもらえて」
「なのはちゃん、最後の問題が解けなかったんだよね」

 アリサがニヤニヤ笑いつつ言って、すずかが俺に教えてくれた。
 そう2人が言うのを聞いて、なのはが膨れた顔をする。

「だって、アリサちゃんもすずかちゃんも教えてくれないんだもん」
「…あー」

 何となく、その言葉で現状は把握。
 つまりこれは、俺の為か。

 …今更だけど、この2人特に、アリサに知られたのは不味かったかなぁ…有り難いけど。
 所々のフォローは嬉しいけれど、笑うなアリサ。
 なのはに俺がなのはを好きなことバレたら、お前の所為だからなコンチクショウ。




[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/11/21 14:06
 『惚れた日の事』

 俺が、高町なのはと言う少女に惚れた日の事を話そう。

 あれは一昨年、小学一年生の時。

 その頃の俺は、きっととんでもなく冷めた子供だったと思う。

 なにせ精神年齢は元の年齢を加えると、すでに26歳になっていたのだ。

 小学校に居て、自分になんら得るものなんて無かったし、周りは当然ガキばっかりだったから。



 転生した俺は、特に何するでもなく日々を過ごしていた。

 赤ん坊の頃は当然何も出来なかったから、大きくなってから周囲の事を調べ始めた。

 その結果、別になんら変わったことは何も無かった。

 名前も前と変わってないというか、そもそも母親さえ同一人物。

 でも育った場所は違うから、良く似た平行世界なんて場所に生まれ直したに違いなかった。

 海鳴なんてのは、前の時には聞いたことは無かったけど、日本全国の都市の名前を覚えているわけでも無いし。



 そんな俺は、私立の小学校に通っていた。

 まぁ理由としては単純に、俺の頭の良さを見た母親が少々頑張って私立に入れてくれたのだ。

 俺としては別にどうでもよかったけれど、嬉しそうにしている母さんは無下には出来ないし。



 と、大分話が逸れた。

 話を戻そう、あれは俺が小学一年生の頃だった。


 
 その頃の俺は、特に周囲の誰かと話すことも無く一人で過ごしていた。

 授業の理解は楽勝、休憩時間は廊下か階段の踊り場の窓の外を見下ろしているのが常だった。



 そんなある日、俺が階段の踊り場から空を眺めていると、俺の視界の下側のほうから何か言い争うような声が聞こえてきた。

 言い争うというよりは、誰かが一方的に言っている感じではあったけれど。



 下を見れば、そこに居たのは2人の女の子。

 一人は金髪の女の子、きっと外国人だろう。

 もう一人は、気の弱そうな女の子。 だって、今にも泣き出しそうだから。

 よくよく見てみれば、金髪の女の子の手には何でかヘアバンドが握られている。

 身につけても居ないヘアバンドを手に持って振り回し、更にはそれを泣きそうな顔で見ているもう一人の女の子。

 喧嘩…と言うよりは、苛めに近いものがある。

 それを見た俺は、



「下らない…」



 と呟いただけでもう視線を他に向けた。

 興味なんか無かった、別に知っているやつと言うわけでも無かったし。

 子供が喧嘩するなら、勝手にしてれば良い。

 そう思って、また空へと視線を向けて。



パチィン



 何かを思いっきり叩いたような、そんな音が聞こえた。

 何の気なしに、もう一度視線を下に向ければ、そこにさっきまで居なかった女の子が一人増えている。

 髪の毛を頭の左右で結った女の子が、さっきの金髪の女の子の前に腕を振り切ったような体勢で立っていた。

 金髪の女の子はこっちに背中を向けているから、その表情は見えないけれど左手が顔のほうに持ち上げられている。

 きっとあの髪を結っている子が、あの金髪の女の子を叩いたんだろう。



(勇気があるんだなぁ…)



 そう思って、そう思うだけで何もしない。

 あの女の子は他人のために怒れるんだなぁと思って、あの金髪の女の子みたいな子には、きっと逆恨みされるんじゃないかと少しだけ心配した。

 俺には関係ないけれど、他人のために他人を叩ける女の子は凄いと思う。

 だから他人を叩けるあの女の子が何となく気になって、女の子たちの方へと耳を傾けその様子を眺める。



「痛い…?」



 呟くように、金髪の女の子に問いかける。

 金髪の女の子は、ただ叩かれた頬を押さえたまま目の前の女の子を見ていて。

 金髪の女の子の視線を辿って、髪を結った女の子の表情に目をやる。



「でも、大事なものをとられちゃった人の心は」



 そうして、その女の子の眼を見た瞬間、俺の背中を何かが走りぬけた。

 叩いた側なのに、眼には涙を溜め金髪の女の子を睨んで…見ている。



「もっと、もっと痛いんだよ…」



 女の子が金髪の女の子に対して何かを言っていたけど、俺の耳にはもう入っていなかった。

 俺はただ、女の子の様子しか眼に入ってなかった。

 眼に涙を湛えながらも、しっかりと相手を見つめる瞳。

 その真っ直ぐな、力強い瞳にまるで俺は縛り付けられてしまったようで。



 女の子達が取っ組み合いの喧嘩に発展し、最終的に苛められていた女の子が大きな声を上げて、三人ともが立ち去ってからも俺は動けなかった。

 ただただ、その場に立ち尽くしながらさっきの、真正面から見てしまった女の子の眼を思い出していた。


 
 その眼に涙を湛えながらも、しっかりと正面の女の子を見据えて離れない強いまなざし。

 真っ直ぐに、射抜くような強さで。

 俺が見られていたわけでもないのに、俺の心を完全に撃ち抜いていた。


 
 俺、佐倉雄介はその日

 後に名前を知ることになる少女、高町なのはに恋をした。

 完全な、一目惚れだった。



+++コメントレス
>剣聖さん
 ありがとうございます、基本的に超スローペースで行きますので、ノンビリとお待ちいただけたら幸いです。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/11/26 00:43

「この前、皆に調べてもらったとおり…」

 授業を行う先生の声を聞きながら、何とはなしに周囲へと目線を向ける。
 授業に対する熱意は、殆ど無い。
 昔にやったことだし、一度高校を出ている俺には簡単すぎるから。
 まぁ普通の授業の場合は、ちゃんとノートを取ったりはしているけれど。
 …なぜならば、なのはが見せてと頼んできたときに見せれないのは困るからだ。
 何が困るかって、なのはに頼られるチャンスを逃すのは死活問題だろう?

「実際に見て聞いて、大変勉強になったと思います」
(ん?)

 ふと、窓際の席に居るアリサの顔が机に向いているのが見える。
 先生のほうも見ないで、何かをノートに書いているようだが、今話してるのはノートに書くような話じゃないと思うのだが。
 割と珍しいことだけど、何か落書きでもしてるんだろうか。

「今から考えてみるのも、良いかも知れませんね」

 …え、何が?

+++

 どうも、今回の授業で将来どんな職業につきたいかを考えてみるように言われていたらしい。

「へぇ、そんな話をしてたのか」
「そーよ、まったく先生の話くらい聞いてなさい」

 お昼休み、屋上に出てなのは達と一緒に昼食をとる。
 俺の通う学校、私立聖祥大学付属小学校には給食は無い。
 だから俺も含めて四人とも、お弁当である。

「うるさいぞアリサ、何かノートへの落書きに集中してたくせに」
「それでも、ちゃんと聞いてるんだから問題はないわ」

 そういえば、俺たちは屋上にレジャーシートを持ち込んでお弁当を食べている。
 初めの頃はベンチに四人横並びで腰掛けて、お弁当を食べていたけれども流石に四人も並ぶと喋りづらいので、今はレジャーシートを俺が持ち込んで四人で使っている。
 ちなみに座り方は、アリサが大抵南側に座って、東になのは西にすずか、そして北側に俺となる。

「ちっ、後でアリサが何を落書きしていたか確認してやる」
「したらブン殴るわよアンタ」

 弁当を食べながら、言い合う俺とアリサ。
 と、そんな俺たちを見たなのはが。

「仲良いよね、アリサちゃんと雄介くん」
「「それは、無い(わ)」」

 反論が綺麗に被り、睨みあう俺たちをにこやかに見るなのは。
 違う、違うぞなのは。
 そんなに、微笑ましいものを見る視線を向けないでくれ。
 そんな筈無いのに、仕方ないなぁって言われてる気がする。

「まぁ、それは置いておいて。 皆は、将来やりたい仕事って何かある?」
                                                                                              
 なのはでは無いけれど、すずかが物凄く仕方ないなぁって眼で見てる。
 アリサも俺との言い合いに飽きたのだろう、んーと唸った後で。

「家は、お父さんもお母さんも会社経営だし、いっぱい勉強してちゃんと後を継がなきゃ…くらいだけど?」

 言いながら、俺を挑発するように見てくるアリサ。
 さては、アンタは何か夢でもあるの?とか言いたいに違いない。
 もちろんあるさ、前世では叶えられなかった夢だ。
 なにせ、途中で死んだし。

「俺は、今度こそ普通に会社員になって普通に定年まで働きたいな」
「今度こそ?」

 普通にしまった、アリサが怪訝そうに見てくるけど見えないフリですずかを見る。
 あぁ、すずかの仕方ないなぁって視線が強くなってるような。

「私は、機械系が好きだから、工学系の専門職が良いなぁって…なのはちゃんは?」
「私?」

 話を振られたなのはが、何でか驚いたような様子。
 そのまま考え込んでしまうなのはに、アリサも不思議に思ったのか尋ねる。

「なのはは、翠屋の二代目じゃないの?」
「うーん、それも、将来のビジョンの一つではあるんだけど…」

 煮え切らない、なのはの答え。
 密かにすずかと視線を合わせて、互いに首を傾げる。
 なのはは、どことなく煮え切らない声で続ける。

「やりたいことは、何かあるような気がするんだけど…まだ、それが何かハッキリしないんだ」
「なのは、翠屋でお菓子作ったりは、やりたいことじゃないのか?」
「あのね、やりたくないわけじゃないんだけど、何か違うなって思って」

 これはあれなんだろうか、身近過ぎて夢のようには見れてないと言う事か?
 なのはとは二年生でクラスが同じになってからの付き合いだけど、偶に遊びに行ったりしたときに見た、お菓子作りの最中のなのはの顔はとても楽しそうだったけれど。
 ついでに言うと、とても美味しかったなぁ。

「私、特技も取り得も特に無いし…」
「ばかちんっ!」

 ペチっと、レモンがなのはの頬へと張り付いた。
 ってゆーかアリサ、ばかちんって何だばかちんって…ちん言うな。

「自分からそう言う事言うんじゃないの!」
「そうだよ、なのはちゃんにしか出来ないこと、きっとあるんだよ?」

 怒るアリサときっと怒っているすずかに、思わず眼を白黒させているなのは。
 チラリとこっちを見るけど、今回は俺もアリサ側だから見なかったフリだ。
 と、アリサはビシッと指を突きつけ

「大体アンタ、理数の成績はこのアタシより良いじゃない!」

 アリサの堂々たる物言いに、軽く涙目でなのはが怯えている。
 うん、可愛い。
 …とまぁ、可愛いけれど可哀想なので少々助太刀するか。

「アリサ、人に指を指すな。 あと、『このアタシ』ってどれだけ自信満々何だ?」
「アンタは黙ってなさい!」

 返す刀でこっちにも指差しながら、吼えるアリサ。

「そんな事は些細な問題なの、問題はアタシよりも成績が良いくせに、それでも自分に特技が無いとか言うこの子でしょ!?」
「で、でも私は文系苦手だし、体育も苦手だよ?」
「まぁ両方に同意するとして、後なのはのお菓子作りは特技だろ? アリサには無理だし」
「そ、それは…」

 口ごもるなのは、これで良しと思ったのも束の間。

「ちょっと、何でそこでアタシが出てくるの?」
「…なのはに対抗して作った、黒こげクッキーを俺は忘れない」
「ぐっ!?」
「いくら始めてでも、まさか漫画みたいに黒こげにするとは思わなかったぞ」

 過去の出来事を正直に言うと、反論できないのかアリサが怯む。
 久しく無かった勝利に、もう一言付けたくなっても仕方あるまい。

「まぁ、誰にでも苦手はあるさアリサ」
「むむむ…」
「次に頑張れ、海鳴のワンワン王国、アリサ・ム○ゴロウ・バニングス」
「誰がよっ!?」

 立ち上がって、弁当の袋を投げつけてくるアリサ。
 咄嗟に避けて、袋は俺の後ろへ。
 俺が避けたことにアリサが地団駄を踏むが、むしろ俺としては流石と自分に言いたい。
 今度はなのはとすずかの2人ともが、仕方ないなぁって眼で見ていたけどそれすらも殆ど気にならなかった。



+++コメレス
>aiwassさん
 ありがとうございます、頑張りますww!

>ニーアさん
 ありがとうございます、雄介の恋が報われるかは…微妙ですねww これからのテコ入れしだいかもしれませんww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 四話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/12/06 21:56

 夕暮れ時、学校からの帰り道を四人で並んで帰っている。
 真ん中を歩くのは恥ずかしいので、俺が左端の隣からなのは、アリサ、すずかの順番で歩いていた。

「ねぇ、今日のすずかドッチボール凄かったわよね」
「うん、格好よかったよね」
「そんな事ないよ、二人とも」
「いやいや、凄かったぞ。 まさかこっちのエースが、纏めて二人もやられるなんてな」

 再びそんな事ないよと謙遜するすずか、だがしかし俺の居たチームのエースを同時に二人を撃墜したのは事実。
 なので、なのはと二人ですずかを褒め称えてみる。
 格好良いは、女の子に対して何か間違ってるような気がしたが問題はないだろう。
 アリサは…何か、すれ違った犬に吼えている。
 アリサ、まさかそこまで犬だったとは…流石は海鳴のワンワン王国の主だ。

「まったくもう、吠え立てるなんて落ち着きのない犬だわ」
「それに吼え返していた、我らが友人を俺たちはどうやって見ればいいと思う?」

 何よ、と言わんばかりの睨みに視線を逸らす俺。
 無駄な争いはしたくない、女の子には勝てないし。
 と、突然アリサが駆け出し。

「あ、こっちこっち! ここを通ると、塾に近道なのよ」

 そう言って示した先は、木々が高く生い茂った普段は通らない横道。
 それを示されたすずかとなのはは、明らかに歓迎しない感じだ。

「…そうなの、アリサちゃん?」
「ちょっと、道悪いけどね」

 そう言うと、さっさとその道に向かって歩き出してしまうアリサ。
 俺が何か突っ込む暇なんて、ありはしない。
 しょうがなく、なのはとすずかに視線で諦めを伝えると、仕方なさそうに同意された。

「ちょっと、置いて行くわよ三人ともー?」
「あぁ、ちょっと待てすぐに行くから」

 慌てて、追いかける俺たちなのだった。

+++
 
 木々の間の道を歩いていると、急になのはが立ち止まった。

「…なのは?」

 四人並んで歩くには狭いので、前にアリサとすずかで後ろに俺となのは。
 そうやって歩いていたら、何の前触れも無くなのはが立ち止まったのだ。
 その表情は、何かを真剣に考え込んでいるようにも見える。

「え? な、なあに雄介くん?」
「いや、急に立ち止まったから、どうしたのかと思って」

 明らかに、俺の声に驚いた反応を返すなのは。
 それには追求しないで、取りあえず不思議に思った部分だけを返事にする。

「な、何でもないよ? さぁ行こう?」
「…あぁ」

 なのはの反応を不思議には思うけど、なのはが話さないのを聞き出すのもアレである。
 取りあえず、前を歩いていたアリサとすずかが心配そうに見ていたので、何でもないと手を振って応えておこう。

 それからしばし、四人で談笑しながら歩いていると。

「!?」
「なのは?」

 唐突に、また真剣な表情でなのはが立ち止まった。
 反射的に掛けた俺の声に気がついて、前を歩いていた二人も立ち止まって振り返る。
 なのはは少し、周囲へと視線を走らせた後で。

「…今、何か聞こえなかった?」
「今?」

 思わずと言った感じの、すずかの言葉になのはは事細かな詳細を付け加える。

「何か、声、みたいな…」

 見たいな、と言われて三人揃って首を傾げる。
 なのはも、確証は無いのかなんとも不思議そうな顔をしていて。

「声って…別に?」
「聞こえなかったよ?」
「俺も、声というより特に不思議な音も聞いてないぞ?」

 そんな俺たちの答えに、またなのはは周囲を見回し、俺たちもそれに倣って辺りを見る。
 が、俺の視界に映るのは何ら代わり映えのしない木々ばかりだ。

「…なのは、別になにも聞こえないみたいだけど」
「っ!?」
「っなのは!?」
「なのはちゃん!?」

 俺の言いかけた言葉を遮り、なのはが唐突に駆け出した。
 アリサとすずかが、その背中に呼びかけるけどなのはは止まらない。
 
「ちっ!」

 やむを得ず、俺もその背中を追いかける。
 脇目も振らずに、一目散に駆けて行くなのは。
 俺や更に後ろのアリサ達も気にかけた様子は無く、ただひたすらに走っていく。
 だけど、なのはの足は大して早くは無い。
 一応、身体を鍛えているとも言えなくも無い俺はすぐに追いつくことが出来た。

「なのは! 急にどうしたんだ!?」

 横を走りながら、なのはへと声を掛ける。

「たぶん…はぁ、こっちに!」

 走りながらで、途中で息をついでそう言うなのは。
 何がこっちなのか、それは解らないが何かがあるとなのはは確信しているようだ。
 と、なのはの走る先の地面に、何かが見える。

「!?あれ…!」

 そう呟いたなのはが、ほんの僅かばかりスピードを上げる。
 あんまり運動が得意ではないから、俺からすると殆ど上がったようには感じないけれど。
 と、そんな事を思っていると、なのはが先ほど俺が地面に見えた物へと到着した。

「…これって」

 小さくなのはが呟いて、それの傍へとしゃがみこむ。
 そこにあったのは、一匹の小動物。
 若干汚れた毛並みで、丸まりながら地面へと臥せっている。
 なのはのしゃがみこんだ影が差したのか、その動物が顔を上げた。
 その動物…何か、イタチっぽくも見える動物には、首輪なのか小さな赤く丸い飾りが首に付けられている。

「なのは、待った」
「え?」

 その動物へと、手を伸ばしたなのはを止める。
 伸ばしていた手を止めて、キョトンとした顔でこっちを見上げてくる。

「そいつ、怪我してるから素手で触らないほうが良い。 それと…」
「どうしたのよなのは? 急に走り出したりして、あと雄介は待ちなさいよ!」
「待ってアリサちゃん、あの子、怪我してるみたいだよ?」

 追いついてきた二人に答えるのは後回しにして、取りあえずポケットから引っ張り出したハンカチで包みながらイタチっぽいのを抱え上げる。
 アリサとすずかが俺の腕の中を見て、アリサは言いかけていた文句を引っ込めた。

「アリサ、すずか。 この辺に動物病院とかってあるか?」
「え? えっと、ちょ、ちょっと待ちなさい…!」
「私、家に電話してみるね」

 慌てるアリサよりも、こういう時にはすずかの方が頼りになるな。
 そんな事を思っていると、

「…雄介くん、その子大丈夫だよね?」

 不安そうな顔のなのはが、心配そうな声で尋ねてくる。
 もちろん、と確約は出来ないけれど。

「大丈夫だって、今から病院に連れて行けば問題ないさ」
「うん…」

 不安そうななのはは、あんまり見たくはないもんだ。



+++コメレス
>ふりちんさん
 真っ向勝負…しますかねぇww?
 なのはが一年生の頃に惚れたのに、未だに直接行動無しですからwwどうなんでしょww?



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 五話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/12/12 17:08

 あの後、怪我をしたイタチらしき動物を、すずかが見つけてくれた動物病院へと連れてくることが出来た。
 割と近いところにあったので、車とかでは無く四人で駆け足だったけれど。
 そこの先生は突然来たにも関わらず、快く連れてきた動物を診察してくれ、治療もきちんと施してくれた。

「怪我はそんなに深くないけど、随分と衰弱してるみたいね。 きっと、ずっとひとりぼっちだったんじゃないかな?」

 洗った手を拭いながら、診察台のほうに歩いてくる先生。
 そう言いながら、俺たちを安心させるように笑みを浮かべる。
 
「院長先生、ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!」」」
「いーえ、どういたしまして」

 なのはの声に続いて、俺たちも声を揃えてお礼を言う。
 突然来たのに快く診察してくれた事と、個人的になのはの心配事を減らすことが出来たからだ。
 後者の理由が七割な俺は、かなりの利己的な人間だろうかと自分で思う。
 そしてそのまま四人揃って、診察台の上に居るイタチらしき動物を覗き込む。

「先生、これってフェレットですよね? どこかのペットなんでしょうか?」

 そうアリサが言って、ようやく正式名称が解った。
 フェレットらしいが、確かイタチと大して変わらない筈だ。
 …多分。

「フェレット、なのかなぁ? 変わった種類だけど…それに、この首輪に付いてるのは、宝石なのかな?」

 そう言って、フェレットに手を伸ばす先生。
 と、その気配に気づいたのかフェレットがその身体を起き上がらせた。

「わぁ、起きた」

 横目で見ればすずかがそう言って、なのはやアリサも目を輝かせてフェレットを見ていた。
 全員の視線の集まる先のフェレットは、まるで周囲を見渡すように首を振っている。
 と、何故かそのフェレットの首の動きが、なのはを見たところではっきりと止まった。

「ふぇ?」
「見てる?」

 見られているなのはも、傍から見ているすずかも、戸惑ったような声だ。
 俺もアリサも、声にしないだけでそんな顔してるんだろうけど。

「なのは、見られてるわよ?」
「え? あ、うん…えっと…」

 アリサに言われて、戸惑った様子のなのは。
 チラリと右側に居る俺を見るけど、俺だってどうして良いかなんて解らない。
 無言で首を振り返すのみだ。

「えーと…」

 しばらく躊躇った後、恐る恐るフェレットへと手を伸ばすなのは。
 ゆっくりゆっくりと伸ばされた手は、フェレットの前に辿り着いて。

くんくん

 フェレットはなのはの指の匂いを嗅いだ後、その指をペロリとなめ上げた。

「わぁ…!」

 なのはが満面の笑顔を浮かべて、アリサやすずかも嬉しそうな声を上げる。
 こういう所は、普段大人っぽい三人だけど年相応だと思う。
 だがフェレットはそのまま、パタンと診察台に倒れ込んでしまった。

「しばらくは安静にしておいた方が良さそうだから、とりあえず明日まで預かっておこうか?」

 先生のその言葉に、全員で顔を見合わせてから。

「「「「はい、お願いします」」」」

 一斉に、先生に向けて頭を下げる。

「良かったら、また明日様子を見に来てくれるかな?」
「「「「解りました!」」」」

 もう一度、四人で声を揃える。
 と、そこでいきなりアリサが。

「あ! ヤバ、塾の時間!」

 咄嗟に、全員が時計を確認する。
 そして本当に時間が危ないのを確認して、急いでカバンを手に取り出口へと向かう。

「ほ、本当だ…急がないと!」
「じゃ、じゃあ院長先生、また明日来ます!」
「今日は、ありがとうございました先生!」

 出口まで見送りに着てくれた先生に、手を振りながら動物病院を後にする。
 病院の門を出たところで、

「本当にヤバいわ、走るわよ!」
「あ、待ってアリサちゃん!」

 言うなり走り出すアリサに、慌てて続くすずか。

「えぇ!? そんなぁ!?」
「…頑張れ、なのは」

 運動の苦手なのはが情けない声を出すが、時間が危ないのは揺ぎ無い事実なので応援しか出来なかった。
 俺は無力だ…誰でも、こんな時には無力だろうけど。

+++

 その後、なんとか塾の時間に間に合うことが出来た。
 なのははしばらく、息を整えるのに必至だったけれど。
 どうにか、塾の先生が来る頃までには息を整えられていた。

「テキストの四十七ページの最初から、例題を見てみましょう」

 塾の先生の言葉に、取りあえずテキストを開く。
 ここの塾、なのはが来ていると言うから来てみたけれど中々良い教え方をしている。
 とは言え、精神年齢二十代後半の俺にはどうってことも無いのだけど。
 
(まぁ、母さんにお金出してもらってるから、真面目に講義は受けるけどな…)

 わざわざ、学費以外にも出してもらってるわけだから、無駄には出来ない。
 テキストに目を通しながら、でも今日だけは気もそぞろ。
 なぜならば、さっき拾ったフェレットが気になって仕方がないのだ。
 首輪があったから、どこかのペットだった筈のフェレット、きっとなのは達は預かろうと考えるに違いない。
 実質的な付き合いは一年くらいだけど、良く解る。
 特に、アリサやすずかは捨て犬やネコを拾ったら、世話するだけじゃなくて里親もさがしているし。

(ん?)

 ふと、肩をつつかれる感触。
 隣のなのはを見れば、なにやらルーズリーフをこっちに差し出している。
 受け取り見てみると、中央には『この子どうしようか?』との文字と、フェレットらしき動物に○になと書かれたなのはのコメント。
 その上には、『うちには庭にも部屋にも犬がいるしな~』とアリサが、そして一番下にはすずかの字で『うちにもネコがいるから』と書かれている。
 それぞれ、犬とネコのイラスト付きだ。

(うん、二人は無理になのはの家は喫茶店だしなぁ…)

 なのはの家でも、しばらく飼えるかは解らない。
 普通に考えれば、飲食業でのペットは厳禁だろう。
 俺の家がどうかと言えば、確か家のマンションはペットも可だった気はする。

(『家のマンションは、確かペット可だったと思う。 帰ったら、母さんに聞いてみようか?』と)

 そう書いて、隣のなのはへと返す。
 そのまま、横目でなのはの行動を見ていると、紙を裏返して何かを書き込んで俺とは逆隣のアリサへ。
 そしてアリサは、さらに向こうに座っているすずかに回す。
 そしてすずかが何かを書き込んで、またこっちへと紙が戻って、そのまま俺に渡された。
 渡された紙をみれば、今度はコメントだけ書いてある。

『本当? 雄介くん、大丈夫? なのは』
『おばさん、アレルギーとかは大丈夫なの? アリサ』
『マンションでペット可って珍しいね すずか』

 口で言ったほうが早いとは思うけど、今の時間が時間だしな。
 返答を書き込もうとした時、

「はい、それではこの問題の答えを…じゃあ29番の高町さん」
「…は、はい!?」

 隣のなのはが、思いっきり焦りながら立ち上がった。
 間違いなく、どの問題かも解ってない。
 そういう俺も、どの問題かが解っていないのだけど。
 こういう時に、すぐ教えられないとは…と、なのはの隣のアリサが小声で。

「47ページの問いの3よ!」
「!? え~と、えーっとぉ…」

 アリサに教えられて、すぐに問題を解き始めるなのは。
 全く止まることなく、式が次々に書かれていく。
 いつも思うのだけど、なのはは計算にとんでもなく強い。
 速度で競うと、俺でも負けるんじゃないだろうか?

「42分の5です!」
「はい、正解」

 その言葉に、なのはが安堵の吐息を漏らす。
 先生が黒板に向き直ったのを確認して、なのはに声をかける。

「凄いな、なのは」
「そうよ、やるじゃない」
「えへへ…」

 俺とアリサの賛辞、そしてアリサの向こう側のすずかの笑みに照れるなのは。
 さて、今は良かったけどまたこの後もこれじゃあ困るし…
 コメントを書いて、また皆に回す。
 また紙が一周して、戻ってきたものには。

『取りあえず、今日は家に帰ったら聞いてみる。 だから続きはまた明日な? 雄介』
『そうだね、私も皆に相談してみるね なのは』
『相談は良いけど、無理言うんじゃないわよ? アリサ』
『私も、一応相談はするから すずか』

+++

 塾が終わって自宅へと帰る。
 別れ際にもう一度、それぞれ家族にフェレットの事を聞く約束をして帰宅し夕食の時間。
 父さんは単身赴任で居ないので、母さんと二人だけの食事だ。
 テーブルに向かい合って座りながらも、微妙に俺も母さんもテレビに視線が釘付けである。

「時に母さん、唐突だけどさ」
「ん、なあに?」
「あのさフェレット、飼っても良い?」
「…どうしたの急に?」

 取りあえず簡単に事情説明。
 あーだこーだと、帰り道での出来事を細かく話す。
 短く纏めるならば、怪我したペットらしきフェレットを拾って、それを預かるのはダメ?という事だ。
 母さんは、少々難しげな顔をしたけれども、最後には頷いてくれたのだった。

「まぁ、うちのマンションはペットも良いから飼っても良いけど…」
「本当?」
「ちゃんと、面倒は見ること…解った?」
「ん、了解」

+++

 フェレットを飼う事に許可を貰い、もう今日は寝ようと自分の部屋へと戻ってきた。
 食事の前に明日の用意は出来てるので、後はもう寝るだけだ。
 基本的に部屋は、真っ暗にして寝るほうなので電気を消してカーテンを半分くらいだけ閉めるのが俺流。
 そんな事をつれづれと思いながら窓へと近づき、カーテンを閉めようとして。

「…お?」

 窓から見える離れた町並みが、急に光ったような気がした。
 しかも色はピンク色、ピンクのライトとはご休憩なホテルか何かだろうか?
 そんなのがあったとは、記憶に無いのに…や、小学生な身の上なので良くは知らないけれど。
 ついでに言えばあっちの方には、ちょっと離れた所に夕方に行った動物病院があるのだったり。

「…まぁ、俺があるのを知らないだけか」

 転生してからずっとこの町に居るとは言え、知らないことなんて山盛りあるのだ。
 そんな小さいことばかり、気にしていてもしょうがない。
 カーテンを半分だけ閉めて、月明かりのみにする。
 そうしてベッドに入り、

「おやすみ…」

 誰にとも無くそう言って、瞼を閉じる俺だった。



+++後書きとコメレス
 気が付いて見れば、何とこれでようやくアニメの一話だと言う事実…様々な意味で、スローペースな自分に乾杯ww

>宵闇の影さん
 何でバレた!?と思ったら、ユーノの声が聞こえないんだから気づきますねそういえばww
 軽くネタバレかも知れませんが、今の考えてるストーリーだと雄介はミッドに行く予定ですww 何かしらのテコ入れでミッドに行かせようと考えてます…あ、でも魔力資質が生まれたとか、そういうのは無しの方向ですけどww あえて、雄介はなのはに恋する普通の男の子で行きたいのでww

>urseさん
 ありがとうございます、このほんわか感を頑張って続けて生きたいと思っていますww

>夢(妄想)追い人さん
 残念ながら十和は、とらハは未プレイなので「高町なのは」を目指そうと思ってますww 魔王とかじゃなくて、等身大の女の子を表現できれば良いなぁとww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 閑話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/12/19 16:31

『アリサ・バニングスから見た、佐倉雄介と言う人物』



 ん、何よすずか?

 …雄介の事、どう思うかって?

 急にどうしたのよ、いや別に良いけどね。


 
 そーね、変に大人で子供な奴…かな?

 だって、普段は結構大人びてるって言うか達観してるのに、なのはに関係することだと途端に子供っぽくなるでしょ。

 勉強とか色々かなり、私と同じくらい出来るし。

 運動はまぁ、普通だけど。

 勉強に関しては、小学生じゃないでしょアイツ。

 あぁいや、英語は苦手見たいだけど…それだけだし。

 まぁアイツに言ったら、『お前もだ』とか言い返してくるんでしょうけど。

 でも私は、ちゃんと塾とかに小さい頃から通ってるからよ。

 それなのにアイツは去年、なのはが行ってるって聞いてから行きだしたのに、私と同じくらいなのよ?

 普通に考えたら変よね、思いっきり。

 …まぁ、認めたくないけどアイツが物凄く頭が良いって可能性も、ほんの僅か欠片くらい小さな可能性であるんだけど!


 
 ま、まぁアイツの勉強とかはこの辺で良いわよね?

 運動神経は、まぁ普通と言うか物凄く良いってわけじゃないみたいだけど。

 それでも、結構良い方なのは確かよね?

 毎日じゃないけど、たまに朝早く軽くランニングしてるとかって言ってたし。

 毎日じゃないってのが、アイツらしいわ。

 士郎さん所の、翠屋JFCにも入ってたっけ?

 あれに入ったのも、きっとなのはの気を惹くためよね…なのはには、そういうの全く効かなそうなの解ってるのにね。


 
 …そういえば、アイツがなのはを好きな理由は聞いたこと無いわよね?

 すずかも、無い?

 無い、か…まぁ、良いか。

 ん?何よ、聞かないのが不思議?

 まぁ、そりゃあ気にはなるけど…そう軽々しくも聞けないじゃない?

 いや、普段それでからかってる私の言えた事じゃないんだけど。

 アイツも本気でなのはの事好きみたいだし、別に何か言うこともないでしょう?



 って言うか、思い出したんだけど二年生の初めの頃に、なのはを見てる男子が居るって言い出したのすずかだったわよね?

 あの時はいきなりそんな事言われて驚いたわ、なのはには内緒だったっけ?

 あぁそうだ、確か『なのはちゃんに何かするなら…』とか言ってたわよねすず…って痛い!

 痛いからすずか! 解ったから、もう言わないわよ!

 全くもう、すずかが最初に言い出したんでしょう…って、解ったから、もう!



 まぁそれで、先にアイツをテストしようって話になってしばらく観察してたわよね。

 なのはを見てるアイツを見てるって、今思っても不思議な状態だったけど。

 まぁそれでアイツを見てて解ったのは、別になのはに何かしようとかってわけじゃない、ってのは解ったわね。

 周りの人になのはの事聞いたり、ちょっと離れたところで見てたり。

 それだけなら、まぁ信用しなかったけど…一回なのはに声かけられたときは面白かったわよね。

 なのはにしてみれば、別に近くに居た人に声かけただけだったでしょうけど、アイツの慌てようは…今度コレでからかってみようかしら?

 解ってるわよ、言ったら監視してたのバレるから言わないってば。

 なのはは気づいてなかったでしょうけど、私達あの慌てようを見たら、もう何となく信用しちゃったのよね。

 つくづく、色んな意味で不思議だわ。



 あ、そうそう! そういえばすずかは覚えてる?

 私達とアイツ、去年の冬くらいまでは互いに名字で呼び合ってたじゃない。

 私は佐倉で、すずかとなのはは佐倉くん。

 アイツは、それぞれ名字で呼び捨てだったわよね。

 で、それを嫌がったアイツが…って言うか、多分あれはなのはを名前で呼びたかったのよねきっと。

 あ、でそうそうなのはを名前で呼ぶために、珍しく私に頼み込みに来たのはなんと言うか傑作だったわ。

 って言うか、普通相手を名前で呼ぶために、わざわざその友達に根回しするのがあり得ないんだけど。

 まぁそれも結局は失敗した…のよね、アレは? 最終的には、今みたいに名前で呼ぶことになったけど。



 …って、何よすずか? その変な笑いは?

 え? 私が良くアイツを見てる?

 まぁ、それは友達だもの…何よその変な笑いは?

 言っとくけど私がアイツを、アイツがなのはに対する『好き』とかと一緒とか、そんなのは絶対に無いわよ?

 あぁハイハイ、すずかは確かにそんな事言ってないけど、その顔が十分言ってるの。


 
 とにかく私がアイツを好きとか、そういうのは絶対に無いわ。

 だって、アイツと私は友達なんだもの。

 大体そういう事言うなら、すずかこそどうなのよ?

 雄介のこと、どう思ってんの?



+++後書きとコメレス
 本編難航に付き、閑話を更新。 なぜアリサか?と言われれば、作者の十和の趣味ですww

>Rabbitさん
 おぉ、それもありですねww
 いや、十和の候補には入っておりませんでしたww
 デバイスマスターなら、雄介に技能が無くてもすずかから教えてもらったとかありですもんね。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 六話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/12/26 16:03

 朝から、驚きのニュースがやっていた。
 何と、昨日フェレットを連れて行った病院に車が突っ込んだらしい。
 らしいと言うのは、病院の壁は車でもぶつかったように壊れているのに、その車の姿がどこにも見えないらしい。
 器物損壊で、逃げたのだろうか?

「…なのは、ショック受けてるんだろうな」
「どうかした、ゆう?」

 驚きでテレビを凝視していた俺に、母さんが声を掛けてくる。
 ちなみに、『ゆう』とは母さんの俺の呼び方だ。
 『YOU』ではなく、平仮名的な発音で『ゆう』である。
 なんで『すけ』を略しているかは、俺は知らない。

「いや、昨日言ってたフェレットを連れてった病院が、車に突っ込まれたみたいで」
「へぇ、そうなの…」

 料理を作りながらなので、対応がおざなりな母さん。
 母さん、普通の子供だったらその投げやりな対応に怒ると思うんだけどどうだろう?

「…朝は行く時間が無いし、今電話しても迷惑だろうから、帰りにでもちょっと寄ってくる」
「ん、了解。 はい、出来上がったからちゃっちゃと食べて、学校に行ってらっしゃい」
「うぃ」

 母さんは、今日も何時も通りにマイペースです。
 まぁ、別に今日が何か特別な日では無いから、当たり前は当たり前だけど。

+++

 果たしてなのはは、昨日行った病院での出来事を知っているのか居ないのか?
 そんな事をウダウダ考えながら、バスを待つ俺。
 知ってるのか、知らないなら話さないといけないだろう。
 俺が合流するまでに、アリサが話してないかなぁなんて儚い期待もするけれど、どうなんだろうか?
 来たバスへと乗り込み、なのは達が居るであろう最後尾へと歩く。

「あ、おはよう雄介くん!」
「おう、おはようなのは」

 朝の学校へのバス、何時も通りの時間に乗ればなのは達が居るのは当然で…って、あれ?
 見つけたなのはが座っているのは、最後尾の一個前の席。
 それ自体は、別になのは達が座る前に誰かが座ってれば良くあることだけど。

「…なのは、アリサとすずかは?」
「えーっと、今日は乗ってこないみたい」

 いつも俺より先に乗っているはずの二人が、居なかったのだ。
 アリサとすずかは、実は割りとお嬢様なので偶にこういう事をする。
 いや、塾とかの帰りにたまに乗せてもらう俺が、何か言えるわけでも無いけれど。

「と言う事は、今日は先に行ってるんだな多分」
「そうだね、帰りもどこかで拾ってもらうんじゃないかなぁ?」

 まぁ多分、そうだろう。
 …あれ、という事は…?

「ほら、雄介くん早く座らないと?」

 そう言いながら、自分の隣を指すなのは。
 そこは二人がけの席の、なのはの隣であるのはもちろんで。

(…良しそうだ、落ち着け俺。 クールになれ、別にこんなの初めてでもないぞ? うん、今までもなのはと二人きりで座るなんてあっただろう俺?)
「…お邪魔します」
「どうぞ~」

 笑顔のなのはがまぶしいっ!
 …神様、これは何かの罰なのでしょうか? それともご褒美?
 どっちかって言うと、誤報日とかの方が正しい気がするよこんちくしょう。
 なんの誤報かなんて、知らないけどな!
 って言うか、俺も慣れないとなぁ…
 
+++

 結局、きっとなのはにはバレてないとは思うけど、盛大にテンパッていたせいで、フェレットを連れて行った病院のことは話し忘れてしまった。
 ただまぁ、教室に着いたら先に来ていたアリサとすずかが、どうも二人も朝のニュースで知ったらしくて、なのはにそのことを話していた。

「え、えーっとね? その件は、そのぅ…」

 なぜか歯切れの悪いなのは、俺の席はなのはの左斜め後ろなので会話が十分に聞こえるのだ。
 取りあえず、荷物を片付けたら合流するとしよう。
 
+++

「そっかぁ、無事でなのはの家に居るんだ?」

 アリサの言葉に、頷くなのは。
 先ほど歯切れが悪かったのは、なんと件のフェレットは既になのはの家に居るらしかった。
 なのはの席の周りに、それぞれ椅子を引いてきて集まる俺たち。
 いや、俺は椅子に座らないで立ってるんだけど。

「でも、凄い偶然だったね。 たまたま逃げ出してたあの子と、道でバッタリ会うなんて」

 聞けば、昨晩何故か胸騒ぎがして出かけたなのはは、その途中でフェレットを拾ったという。
 すずかの言うとおり、凄い偶然だ。
 なのはは胸騒ぎがして病院の方には行っていたようだけど、そうであれ逃げ出したフェレットがなのはの家の方に行くとは限らない。
 
「まるで、そのフェレットがなのはを探してたみたいだな」
「あはは、はは…」

 何でか、奇妙な笑い方のなのは。
 引きつってるような、そうでないような…?
 どうしたと言うのだろうか?
 アリサとすずかも、不思議そうな顔をしている。

「ともあれ、それは置いといて…なのは?」
「え、な何雄介くん?」

 俺の突然な呼びかけに、さっきの奇妙な笑い方を引っ込めるなのは。

「さっきからの話を聞いてると、昨日の夜は一人で外に出かけてたのか?」
「…えっと、うんそうだよ?」

 俺の質問に、何てこと無いように答えるなのは。
 思わず、自覚はあるが眉がを寄せてしまう。

「一人で夜中に出歩くなんて、危ないだろ」
「…えっと?」

 キョトンとするなのは、どうやら解ってないのかも知れない。
 何となく、腕を組む。

「だから、夜中に小学生が一人で出歩いちゃダメだろう? 恭也さんとか、士郎さんが居るだろう?」
「え、え~っと…」

 困惑したような様子のなのは、視線をフラフラと宙に彷徨わせている。
 何だか、言い始めたら止まらなくなってきた。

「一人で行くんじゃなくて、誰かに声は掛けれなかったのか? 子供一人で夜中に歩き回るなんて、危ないしお巡りさんに見つかったら迷惑かけることにもなるんだぞ?」
「う、うん」
「いくらフェレットが心配でも、そうやって出掛けてなのはが怪我してたら、今度は俺たちが心配してたんだぞ? どうせもう、恭也さん辺りには怒られてるだろうけどな…って、何だよアリサ?」

 ふと気がつけば、アリサが何とも言えない表情をしていた。
 あえて言うならば、何かを言いたくて仕方が無いけど言えないような感じの顔。
 そして何故かすずかは、下を向いて肩を震わせている…笑ってるよな、アレ?

「…あー、取りあえずアンタに言いたいことがあるわ」
「何だよ?」

 盛大にさっきの俺よりも眉根を寄せつつ、わざわざ俺を指差して。
 …ん? よくよく見れば、アリサの口元もまるで笑いを堪えてるように震えている。

「アンタは、なのはのお父さんか何かなの?」
「…は?」

 意味が解らない、一体何のことだろう?
 と言うか、すでに堪えるのは止めたのか口元が笑ってるぞアリサ。

「さっきからアンタ、まるで娘が心配なお父さんみたいなこと言ってるわよ?」
「…」

 言われて、さっきまでの自分の言動を振り返る。
 …うわぁ、凄く恥ずかしい。

「ま、まぁまぁアリサちゃん、雄介くんもなのはちゃんを心配してたんだよ?」

 そう思うなら、笑わないでくださいすずかさん!
 つーか、笑うな!

「だって、ねぇ…」

 アリサ、ニヤニヤするなぁ!
 なのはは困った顔で何も言わないけど、それの方が今は恥ずかしいんだけど!
 不味い顔が熱いし、もの凄く恥ずかしいんだけど!

「…別に、良いだろうがっ」

 言い捨てて、顔を背ける。
 恥ずかしすぎて、特になのはが見れない。

「照れてるわね?」
「雄介くん、照れないで照れないで」
「ふ、二人ともぉ…雄介くんは私のこと心配してくれたんだから、ね?」

 アリサにすずか、覚えてやがれっ!
 なのは、そんな純粋な目で見ないでくれっ!
 何だこの理不尽な恥ずかしさはっ、朝のアレはこれがあるからですか神様っ!?




+++後書きとコメレス
 …なんか、上手く話が切れない。 何でだろう?

>沙さん
 んー、一応管理局員は適正ゼロでも大丈夫は大丈夫ですよ?
 原作キャラで言えば、ゲンヤさんやレジアスはちゃんと資質ゼロだと明言されてましたし…確かww?
 まぁ、ミッド出身だからかも知れませんけどこの二人は。
 六課に限るなら、グリフィスにシャーリーとアルトにルキノの四人は資質が『ある』とは言われてないです。
 この内、アルトに限ってはミッドでは無く管理世界出身みたいですが。
 あと、無印やA,sで言うならエイミィが明言はされてないです。
 だから、きっと多分だいじょーぶww まぁ、苦労はするかも知れませんけど。

 TUEEEEEEEとなれる要素がないと思うので、きっと大丈夫なはずですww

>ヒラヒラさん
 ありがとうございますww これからも一途にほのぼの行かせて頂きたいと思いますww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 七話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2009/12/29 22:23
 
「あーと、えっとね? それであの子、飼いフェレットじゃないみたいで当分の間、家で預かることになったんだけど…」

 雰囲気を変えようとしたのか、そんな事を言うなのは。
 だがアリサはニヤニヤ、すずかはニコニコとこっちを見ている
 今もの凄く居た堪れない俺は、しばらく黙ろうかと真剣に考える。
 
「…えーと、雄介くん?」
「ナ、ナンダ?」

 …思いっきり、声が裏返った。
 あぁちくしょう、こっち見るなそこの二人!

「え、えっとね? 雄介くんもフェレット預かっていいかって、聞いてくれたんだよね? 家で預かることになっちゃったんだけど…」
「あぁ、いやそれは別に良いけど」
「うん、ありがとう。 ごめんね、勝手に決めちゃって」
「気にすんな、別に俺はどうしても預かりたいってわけじゃなかったし…誰も預かれなかった時の、予備みたいなつもりだったしな」

 わざわざ俺を気にするなのはに、そう言って笑ってみせる。
 実際、本当に俺はなのは達が預かれなかったらと思っていたんだし。

「まぁ雄介の事はこの辺にしておいて、あのフェレットはなのはが預かるのは決まったけど…名前とか、決めとかない?」
「あ、アリサちゃん。 それなら、もう決めてるんだけど…」

 どうやら、なのはは既にあのフェレットに名前を付けたらしい。
 なんとなくだが、珍しいと思う。
 なのはなら、相談してからだと思ったけれど。

「そうなの? どんな名前にしたのよ?」
「あのね、ユーノくんって言うの」

 アリサの問い掛けに、笑顔で答えるなのは。
 何となく、オスっぽい名前だ。

「ユーノ、くん?」
「うん、ユーノくん」

 何となく、アリサがユーノとくんを区切るように聞いている。
 確かに、ぱっと聞くとユーノくんなのかユーノクンなのか…いや解るけど。

「なんか、オスっぽい名前だけど、オスだったっけ?」
「うん、男の子だよ」

 昨日はそこまでは見てなかったけど、オスのようだ。

「良い名前だね、なのはちゃん」
「うん!」

 すずかの言葉に、満面の笑みを浮かべるなのはだった。

+++

 今日も学校が終わって、四人で帰っていた。
 四人並んで海沿いの道…と言うか、堤防の上を通って帰る。
 帰り道は、結構その日その日で変えるのが俺たちだ。
 と言っても皆で何にも無い日とか、アリサとすずかだけが習い事の日で違うんだけど。
 この道はかなり危なそうに思うから、いつもは苦言を言うのだが…
 今日は、昼間にからかわれた『なのはのお父さん』が確実に蒸し返されるので、黙々と後ろを着いて歩く。

「じゃあね、すずか」
「ばいばい、すずかちゃん」
「また明日、すずか」
「うん、皆ばいばい」

 今日最初に別れたのはすずか、すずかの家まで四人で一緒に帰った。
 塾とか、習い事などでけっこう俺たちは途中で別れることも多い。
 昨日は皆で塾だったが、わりとそっちの方が珍しいしな。
 と言うか、いつ見てもすずかの家は大きいと言うか、豪華と言うか。
 改めて、良い所のお嬢様なのだと認識する。

「…あ、アリサお迎えが来たみたいだぞ」
「ん、そうね」

 そうして今度は三人で帰っていると、俺たちの近くにリムジンが停車する。
 中から出てきたのは、アリサの家の執事の人。
 アリサに声をかけて俺たちに挨拶する鮫島さんに、なのはと揃って挨拶を返した。
 アリサはリムジンに乗り込むと、なのはに声を掛ける。

「なのは、乗ってく?」
「…おい、何でなのはにだけ聞くんだ」
「男でしょ、歩きなさいよ」

 なんて差別だ、いや今日は用事があるから歩くつもりだけど。

「このブルジョアリサめ」
「変な造語を作るな!」
「あはは、私ちょっと寄りたいところがあるから」
「そう、じゃあねなのは、雄介」
「うん、ばいばいアリサちゃん」
「じゃあな、アリサ」

 軽く挨拶を交わして、アリサはリムジンに乗って去っていった。
 いやしかしお迎えのリムジンとかを見ると、やはりアリサがお金持ちだというのを思い出す。
 つまりは、完璧に忘れていたんだけど。
 だって、それっぽくないしアイツは。
 何かこう、俺のイメージとはそぐわない。

「じゃあ、帰ろっか雄介くん?」
「そうだな」

 二人だけの帰り道…だからと言って、何かあるわけでも無いのだけど。
 何時もどおりに、適当な話題で会話しながら並んで歩いているだけだ。
 なのはも、俺と二人きりだといっても大して気にしては居ないみたいだし…単に『友達』と思われすぎてて『男』と思われてないのかも知れないけれど。
 いや、なのははまだ小学生何だしそういうのを知らないだけだろう…それでからかってくる、アリサとすずかが例外なんだきっと。

「っと、悪いなのは。 俺は今日ちょっと図書館に寄るから、ここで別れるな?」
「え? うん、図書館に?」

 いつも別れる所より、多少手前でなのはに声を掛ける。
 首を傾げて尋ねてくるなのはに、俺は自分のカバンを叩きながら。

「期日はまだだけど、図書館で借りた本を読み終わったんでな。 これから返しに行こうと思ってる」
「そうなんだ、どんな本借りてたの?」
「ん、コレだが?」

 カバンから取り出したのは、ハードカバーの本。
 ちなみにタイトルは、

「三国志?」
「あぁ、自分でも持ってるけど翻訳者が違うヤツだな」
「…そ、そういえば雄介くんの部屋には、本がたくさんあったもんね」

 若干なのはは引いているが、俺の部屋の様子を思い出しているのだろうか? そんなに、引かれるような部屋はしてないと思うんだけど…。
 ちなみに俺の部屋は、四方の壁の一面が本棚で埋まっている部屋だ。
 漫画に小説やライトノベル、辞書や哲学書など二回目の人生なのを最大限に利用してなかなか読めなかった本を大量に買ったりして読んでいる。
 ついでに言えば、本は基本的に手元に置きたいタイプの人間なので溜まる一方だ。

「雄介くんって、良く図書館で本借りるよね?」
「まぁな、買うお金が無いのと…」
「のと?」

 小さく、首を傾げてみせるなのは。
 可愛いな、いやそうじゃなくて…

「これ以上買うと、部屋の床が抜けるかもって言われて本棚を増やせないからな」
「…そうなんだ」
「あぁ」

 だから、本はあんまり増やせない。
 ただでさえ、今の本棚は一杯なのだから。
 後、良く行くお店はブッ○オフ…定価でなんて、小学生の小遣いじゃ買ってられないんだよ。
 今回みたいに、自分でも持ってるヤツの訳者が違うとかは借りて済ませるけども。
 あとはゲームもそこそこ、基本的には物語を読むのが好きなのだ。

「そういうわけで、今日はサヨナラだな」
「うん、ばいばい雄介くん」
「あぁじゃあな、なの…あーいや、ちょっと待った」
「ん? どうかしたの、雄介くん?」

 咄嗟に思い出して声を掛けたは良いけれど、改めて思えば聞くのはちょっと恥ずかしい。
 と言うのも、前に約束したことの確認みたいなものだけど。
 いやしかし、わざわざ確認するのも恥ずかしい…俺自身に関係することだから、余計に。

「あー…週末のサッカーの試合、見にくるんだよな?」
「うん! 頑張ってね雄介くん、アリサちゃんたちと応援してるから!」
「…頑張ります」

 少しは狙ってたとは言え、実際にこうなると恥ずかしいものがある。
 俺、まともに試合できるよな…うん、きっと大丈夫な筈だ。

「じゃあな、なのは」
「うん、ばいばい雄介くん!」

+++

 なのはと別れ図書館に到着し、本を返却すれば後はまた探すのみだ。
 とはいえ、結構読みたいと思う奴は読んでしまったんだけど。
 精神大人の、小学生の時間の使い方はとてもたくさんあるように見えて、少ないんです。
 子供らしくない行動は、出来ないしな。
 まぁ、こうやって大量の本を読むのは普通…だと、良いなぁ。

「そういえば、一回ここですずかと会ったなぁ」

 どのくらい前だったかは覚えていないけど、偶然の遭遇だった。
 その時は、二人揃って珍しいものを見たって顔で向かい合っていたんだったか。
 それからはちょくちょく、すずかと面白い本の情報を交換しているけども。
 そんな事を考えつつこの後は結局、特に良いのが無かったので翻訳者の違う水滸伝を借りて帰る事にしたのだった。



+++後書きとコメレス
 とあるオリ主となのは短編見てテンション上がったので、書きかけだったのを気力で書き上げたww
 いつも、これくらいの気力が続けばいいのにww

>ココロッケさん
 ありがとうございます、このままほのぼのしていくので魔法に関わるのはまだ先の予定ですww 魔法以外では、そこそこ早いうちに関わるつもりですww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 八話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/01/02 17:41

 週末の日曜日、俺は川原でサッカーをしていた。
 と言っても、一人でやってるわけでは無く、俺の所属しているジュニアチームの試合に出ているんだけど。
 チームの名前は、『翠屋JFC』…なのはのお父さんの、士郎さんがコーチ兼オーナーのチームだ。
 チーム名の『翠屋』は、士郎さんの経営している喫茶店の名前だ。
 商店街にある喫茶店で、なのはのお母さんがパティシエを…

「おい佐倉! そっち行ったぞ!」
「ん…おう!」

 いかん、普通に試合中なのに考え事をしていた。
 取り合いからこぼれたボールが、比較的に近い位置へと転がってくる。
 取り合いしていた奴らも追いかけているけど、ボールの転がってくる先に行く俺のほうが早い。

「上がれよお前らっと!」

 ボールを一回だけトラップし、そのまま直ぐに前へと蹴り飛ばす。
 俺の言葉に従ったわけでは無く、最初から居たフォワードの奴らへとロングパス。

「ふぅ…」

 取りあえず、相手のゴール付近にボールが行ったので一息つく。
 俺の役割は、パス全般。
 要は、味方のパスは繋いで相手のパスをカットするのが俺の仕事だ。
 周りの奴らはやはりと言うか、小学生で今の俺と同年代にはそんな仕事をずっと徹底的にやれる奴はあんまり居ない。
 卑怯臭く、中身が年食ってる俺がそんなポジションをこなしている。
 一応、不健康では無い程度に身体を鍛えているから、フォワードのような相手のゴールを攻めるポジションも勧められたけど、性分的に合わないので辞退した。

「こぉらぁぁぁ! 前に出ないさいよ雄介!」

 …何やら、コートの外から叫ぶ声。
 まぁ、誰かは解っているんだけど。
 視線を向ければ、そこに居るのはアリサ。
 右手を振り上げ、左手を口元に当てる、ある意味典型的な叫ぶポーズだ。
 その隣にはなのは、更に隣にすずかの三人が応援用のベンチに座っている。

(俺が前に出ないのは、一応ポジションだから何だが…)

 その辺はまぁ…解って言ってるんだろうけど。
 ん? なのはとすずかの視線が、あれはどこに…うちのキーパー?
 アイツは、ついさっきナイスセーブを見せていたけど…まさか?
 いや、いやいやいやまさかまさかまさか…まさかな?

「少しは活躍しなさーい!」
「がんばってー、雄介くーん!」

 なのはの応援-俺の危機感=この試合での活躍。
 諸々の思考の結果、この試合もっと本気で頑張ろうかな…っ!
 そう、取りあえずはまた転がってきたボールを死守するとしようか!

+++

 空が青い、今日は晴れ。
 雲も少なし、いい天気…今日はサッカー日和でした。

「それにしても、改めて見るとこの子、フェレットとはちょっと違うんじゃない?」
「そういえば、そうかなぁ…動物病院の先生も、変わった子だって言ってたし」
「あー、えーと! まぁちょっと変わったフェレットって事で! ほらユーノくん、お手!」
「おー!」
「可愛い~」

 なのは、それは何にも答えになってないです。
 椅子の背もたれに、完全に体重を預けた状態でチラリと視線を前に向ければ、アリサとすずかがユーノを撫で回している。
 それは流石に、ユーノが可哀想だと思うんだが。
 …まぁ、いいや。
 と、アリサがこっちを向いて。

「で、そろそろ雄介は復活できるの?」
「…もう少し、待ってくれ」

 もう一度背もたれに体重を預けて、空を見上げる。
 試合に頑張りすぎて、今の俺はグロッキー。
 ビデオで取ってれば、ちょっと見返してみたいくらい。
 本気でがんばったよ、縦横無尽だったねまさしく。
 ただ一回無理してシュートを決めたは良いけど、それとそれまでで疲れて二回ほど、普段の俺だったら止めれるパスを通してしまった。
 しかもそれが原因で、一回ゴールを決められてしまった。
 結果的には、3-1で翠屋JFCの勝ちだったけど。

「雄介君、今日は頑張ってたよね」
「うん、今日の雄介くん格好よかったよ!」

 すずかとなのはの、労わってくれる言葉が嬉しい。
 ついでに我ながら現金なことだが、なのはの言葉にかなり元気が出てきた。
 …最近、何だかなのはの言葉に一喜一憂しすぎな気がする。
 小学生の女の子に依存する、精神年齢二十台後半の俺って…自立せねば。

『ごちそうさまでしたー! ありがとうございましたー!』

 ふと聞こえた声に顔を向ければ、そこには我がチームメイト達の姿。
 翠屋の入り口をを出たところで、士郎さんを前に並んでいる。
 ちなみに今は勝利のお祝いに、全員で士郎さんにお昼を奢ってもらっていたのだが、俺はなのは達が外に居たので皆と離れていた。
 結局はグロッキーだったわけで、俺的に余り意味は無かったがもう全員帰る様だ。

「皆、今日は凄くいい出来だったぞ。 来週からもしっかり練習頑張って、次の大会もこの調子で勝とうな?」
『はい!』
「じゃ、皆解散! 気をつけて帰るんだぞ」
『ありがとうございました!』

 俺は入ってないけれど、全員で士郎さんに挨拶して帰っていくチームメイト達。
 その際に、俺の近くを通る奴らがわざわざ声をかけて行ってくれる。

「じゃーな佐倉ぁ」
「おーう、またな金下ぉ」
「なぁ佐倉、月曜に宿題見せてくれよ?」
「山中、今から帰ってやりやがれ」
「佐倉またな・・・バ、バニングスさん達もさようなら」
「あー、黒坂またな」
「はい、さよーならー」

 余談だけど、山中は同じクラスの奴だったり。
 黒坂はクラスは違うが、同じく聖祥小学校に通っている奴だ。
 割と俺を含めたチームメイトにはバレているのだけど、アリサのことが気になっているようである。
 だがしかし、その当のアリサが基本的になのはと一緒に俺の応援に来るため、妙に敵対的な視線というか、やたらと突っかかってこられるのだけど。
 俺は別にアリサに対して何にも無いし、かといってその気の無さそうなアリサに紹介するのも憚られるので保留なんだがな。
 ってゆーかアリサ、返事が適当だなお前。

「あー面白かった、はいなのは」
「えっ? …あ」
「アリサちゃん、やりすぎだよ?」
「あはは、ちょっと面白くって…今のユーノ、雄介にソックリね」
「あん?」

 何故だか急に俺の名前が出てきたので、目の前のテーブルへと視線を向ける。
 するとそこには、

「…なんで、ユーノはぐったりしてんだ」

 アリサの手の中で、ぐったりとして動かないユーノ。

「つい、ね」
「撫ですぎて遂にユーノの首でも折ったか、そんなに力入れるからだな可哀想にユーノ」
「誰がそんな事するか! ただまぁ、ちょっと撫で過ぎてユーノが疲れてるだけよ」

 そこまで撫でてやるなよ、何事にも限度があるぞアリサ。

「で、ちょっと雄介。 テーブルのそこに顎を付けなさい」
「は?」
「良いから、ほらさっさとやる」

 アリサがいきなり変わったことを言うのは、わりと何時もの事だ。
 発想の方向性というか、色んな意味で思考が一段飛びするので慣れている。
 加えて言えば逆らうのも無駄なので、大人しく目の前のテーブルに顎をつける。

「これで良いのか?」
「そうそう、でそのまま動くんじゃないわよ。 あ、後目も閉じなさい」

 何される、何されるんだ俺。
 とは思うけれど、別にそこまで変な事もされないだろう。
 眼を閉じて待つこと数秒、何かが頭に乗せられる感触が。
 何だ、何を乗せられた。
 しかも、何か生あったかいんだけどコレ。

「ほら、こうすると似てるのが解るでしょ?」
「本当だ、そっくりだよねなのはちゃん?」
「うん、雄介くんとユーノくんが兄弟みたいだね」

 いや、何のことだ一体?
 頭の上に乗っている何かを落とさないために、取りあえず目を開ければ全員揃ってこっちを見ている。
 …いや、微妙に俺より上の辺り?
 って言うか、三人とも何でそんなに笑顔なんですか?

「…おいアリサ、結局俺に何をしたんだ?」
「はい、この鏡で自分を見てみなさい」

 言われて、取りあえず動かないでそのままアリサに手渡された鏡を覗き込む。
 そして鏡を覗き込んでみれば、そこには俺の顔と…頭の上に何故かユーノ。
 俺もユーノも、正面に顔を向けてぐったりした表情を…って。

「何故乗せた?」
「いやぁ、アンタとユーノ今ものすごくそっくりよ? 親子みたい、ぐったり感が」
「嬉しくもなんとも無いんだけど? そしてユーノのぐったりの原因はお前だ」

 取りあえずアリサに鏡を返し、頭の上のユーノを落とさないように気をつけて身体を起こす。
 って、起き上がる前にユーノを退ければ良かった。
 両手で抱えて、なのはに渡す。

「なのは、ほい」
「あ、うん」
「さて、アタシ達も解散する?」

 いや、話の脈絡が何にも無いぞアリサ?
 あれか、ユーノをぐったりするまで撫で回して満足したのか?
 後、うちのチームの皆も帰ったからか?

「うん、そうだね」
「そっかぁ、今日は二人とも午後から用があるんだよね?」
「うん、私はお姉ちゃんとお出かけ」
「私は、パパとお買い物ね」

 二人とも、嬉しさが抑えられないのか口元が笑っている。
 特にアリサの方は、父親の仕事が忙しいから嬉しさも一入なんだろう。

「俺は、疲れたから今日は帰って寝る…」
「いや、誰も聞いてないわよそんなの」

 まぁ、確かに。
 正直なところ、今日は終わった後になのはを誘って何処かに行こうかと考えていたけど無理だ、体力的に。
 もう今日は早々に帰って眠りたいです。

「良いなぁ、月曜日にお話聞かせてね?」
「お、皆も解散か?」
「あ、お父さん」

 急に入ってきた声に顔を向ければ、そこに居たのは士郎さん。
 どうやら、チームの皆の見送りは済んだらしい。

「今日はお誘い頂きまして、ありがとうございました」
「試合、皆格好よかったです」
「あぁ、すずかちゃんもアリサちゃんも、ありがとな応援してくれて…まぁ先に雄介が誘っていたようだけどね、なぁ雄介?」
「…まぁ、それは偶然」

 士郎さん、その生暖かい視線は何ですか?
 そして何故知っている、なのはか? なのはが言ったのか?
 いや待て、なのはが士郎さんに言うのは当たり前だ。
 ならば何故…あれ、もしかしてバレてるのか?
 いや、いやいやいやいやいやいや…それは、それは無いだろう、うん。

「それよりも、帰るのなら送って行こうかい?」
「いえ、迎えに来てもらいますので」
「私もです」
「そっか、なのはは如何するんだ? あと雄介も」

 なぜ、俺にも聞くんだ士郎さん。
 知っているのか士郎さん…イカン、かなり疑心暗鬼になってるな俺。
 なのはは口元に人差し指を当てて、考えるポーズ。

「うーん…お家に帰って、ノンビリする」
「俺はまぁ、今日はちょっと疲れたのでこのまま帰りますけど」
「おぉ、そういえば今日の雄介は頑張っていたなぁ…まぁ、頑張りすぎてた所もあったが」

 それは言わないでください、後になって思い返せば何やったんだと自分で思うんですから。
 本気で、あそこまで頑張る理由があったのかと思う。
 だって理由を言ってしまえば、単にちょっとした嫉妬だし。
 更に言うなら、何を小学生に嫉妬しているのかと自分。

「で、でも格好よかったよ、雄介くん!」
「…さんきゅ」

 グッと拳を握ってそう言ってくれるなのは、良い子だなぁ可愛いなぁ。
 …頭の中も、疲れてるなぁ俺。

「そうだ、なのは。 父さんも家に戻ってひとっ風呂浴びてお仕事再開だ、一緒に戻るか?」
「うん!」

+++

「ただいま~」

 なのは達と別れて、ようやく自宅へと帰り着いた。
 未だにユニフォーム姿なので、早々に着替えたいと言うかシャワーでも浴びたい。
 きっと今の俺は汗臭いに違いない…あれ、今汗臭かったら先頃も汗臭くて、俺その状態でなのは達と一緒に居た?
 …いや、何も言われなかったし、考えないようにしよう。
 って言うか、考えたくない。

「って、母さん居ないのか?」

 おかえりの声が無いので、取りあえずリビングへと向かう。
 この時間は、大抵リビングでテレビを見ているはず…もしくは、買い物か。
 リビングを覗き込んでみれば、やっぱり居ないので買い物だろう。

「…まぁ良いか、とっとと着替えでも取ってシャワー浴びよう」

 別に居ないことで問題があるわけでも無いので、部屋に戻って着替えを漁る。
 しかし、着替えを漁りながらふと思う。
 今はまだもうすぐ夕方と言う時間帯、何となく風呂は夜に入りたい俺としてはあんまり入りたくないと言うか。

「…もうちょっと、休んでからシャワーでも浴びるかなぁ」

 などと呟きながら、取りあえず着替えを取り出して机の上に。
 そのまま外へと視線を向けると…

「…」

 海鳴の町の中に、急に巨大な樹が生えていました。
 周りのビルよりも巨大な、まさしく世界樹とでも言うべきか。
 凄いです、ツタと言うか幹が周りのビルを突き破って生えてるように見えます。
 一言で言いましょう。

「…風呂入ろう、幻覚も見えたし」

 有り得ん、疲れすぎて何と幻覚まで見えてきた。
 俺の脳みそは、遂に壊れてしまったのか。
 それとも、これが巷で噂のゲーム脳か?いや違うけどさ。
 いやしかし、行き成り現代の街中に樹が生えるなんて、ゲームでも小説でも見た覚えが無いのだけど。

「はぁ…しかし、まさか幻覚まで見えるとは…あれくらいの運動で、そこまで疲れてるのかなぁ…もっとしっかり鍛えるべきなのか」

 いやしかし、今のままでも十分に昔よりかは鍛えているのだけど。
 そもそも、昔が全く運動してなかっただけだが。
 取りあえず風呂に入ろう、前世から風呂に入れば疲れがほぼ吹き飛ぶタイプだしな。



+++後書きとコメレス
 話の区切り方を考えるのが面倒になったので、一気にアニメ三話を走り抜けました。 今後はこの形にしていくつもりなので、更新が遅くなるかもしれません。

>オヤジ3さん
 …どうなんでしょう? 主人公は、二十歳で会社員の高卒君なので、何にも考えてないですねぇ…作者の十和も、大学行ってないですし…不明ということでお願いしますww

 将来の道筋としての正解は、はいっておりましたwwただそれ以外にも、入れてみると面白そうな要素があったので、もしそこまで続けば入れさせてもらうかも知れませんw



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 九話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/01/09 17:10

 取りあえず一言、幻覚じゃなかったです。
 マジでした、リアル世界樹だったようです。
 風呂から出てきたら消えていたので安心してたけど、家に帰ってきた母さんの証言で多数の人が見てたのが発覚しました。
 
 近くには居なかったらしい母さん曰く、急に街中に現れたがしばらくすると光になって消えたという。
 何のアニメだと言いたい、言いたいけど現実なんだよね俺は直接見てないけど。
 ただ朝から色んな局でニュースが行われているので、現実なんだよなぁ。

 テレビカメラにも、しっかりと映っていたようだ。
 なのはにアリサ、すずかやチームメイトの山中達も皆が見ていた。
 幻覚だと、現実逃避したのは俺だけだったけど。

 後、けっこう巻き込まれての怪我人も出ていたようだ。
 俺達に近いところで上げれば、『翠屋JFC』のキーパーである武田と、マネージャーの内井さんが巻き込まれて、二人ともかすり傷を負って道端で倒れていたらしい。
 二人曰く、拾った綺麗な石が急に光りだして、気が付いたら倒れてたらしい。
 詳細を聞けば武田が朝拾った綺麗な石を、内井さんにプレゼントしようと渡そうとしたときに、それが急に輝いたと思ったらそれ以降の記憶は無く、気が付けば病院で道端で倒れていたと言われたようだ。
 それとその倒れてた姿勢と言うのが、なんと武田の奴が内井さんを抱きしめてる状態で見つかったと言う話が飛び交い、現在進行形でからかわれ続けている。

 前々から内井さんは武田にあれだろうと思っていたけど、実は武田も満更では無かったのかと仲間達と盛大にからかっておいた。
 二人の顔が真っ赤になって怒り出す寸前に、全員揃ってサッと消えておいたけど。
 男子連中の中で目指すポジションは、黒幕です。

 と、話が盛大にずれていた。
 いや、武田の話もそうだけどリアル世界樹も元々どうでも良いし。
 現れたのには驚いたけど、消えてもう出てこないものに興味は無い。
 …いや、出てこないって決まったわけじゃないけど。

 ともあれ、その辺の話は別にどうでも良い。
 山中が世界樹の一件で、完璧に宿題を忘れて怒られてたのよりは重要だけど。
 それよりも大事な事は、あのリアル世界樹の出た次の日。

 その日から、なんだかなのはの元気が無いことだ。

+++

 平日の夜中、俺は自分の部屋で携帯電話を手に取った。
 自分のベッドに腰掛け、短縮に登録してある番号のア行を選んで電話をかける。
 すこしだけ待って、通話が繋がった。

「もしもし?」
『もしもし、ちゃんと聞けた?』
「まぁ、一応な…そっちは、やっぱり変わりなくか?」
『まぁ、そうね…今日もやっぱり、ちょっと元気無かったわ』

 電話の相手はアリサ、なのはの元気の無い理由を互いに探っていて、今はその情報交換だ。
 アリサとすずかがなのはを見て、俺が士郎さん達に情報収集に行っている。
 役割分担については、俺の方が士郎さんたちとは親しいからこうなった。
 なにせ、士郎さんとはかなりの頻度で週末に会っているし。
 
『で、細かいところはどうだったの?』
「あぁ、士郎さんが一緒に帰った時は普通だったらしい。 で、その後士郎さんが風呂に入ってる間にまたなのはが出かけて、帰ってきたらちょっと元気がなくてそのままだとさ」
『そう…』

 傍目には普通に見えるけど、高町家の皆にはバレバレで密かに気にしているらしい。
 ただし結局、何が原因かは解らずじまい。
 何かがあって元気が無いのか、それすらも解らないのが現状だ。

『何か、原因があるとは思うんだけどね』
「まぁ、別れるまでは普通だったしな」
『となると考えられるのは、あの大きな樹の事件かしらやっぱり?』
「それ以外には、無さそうだしなぁ…なのはが出かけたのも、そのくらいだって話だし」

 だがしかし、それならそれで一体なのはに何があったのか?

「あれで、誰か知り合いが大怪我したとかは…」
『アンタを含めて、知り合いは誰も怪我すらしてないわよ。 例外なのが、アンタのところのキーパーとマネージャーの二人だけだもの』
「だよなぁ…」

 その辺は、こっちでも知り合いに怪我人がいないので解っている。
 ただ、

「…あれで、俺たちの知らない友人が怪我してたりとかってのは、あると思うか?」
『…どうかしらね、無いとは断言出来ないけど。 それならそれで、帰り道に寄り道したりして、お見舞いとか行くでしょう? けど、そんな様子も無いし』
「だよなぁ」
『それに、そうだったらもっと解りやすく元気が無くなるんじゃない? なのはだったら、特にね』
「…それも、そうだよな」

 割と、悩み事の類は顔に出やすいなのはだから、それも無いとは思う。
 そう考えて見てみれば、そこまで深刻な感じには思えないのだけど。
 悩み事と言うよりかは、何かを決めようとしている感じにも思えるし。
 とは言え今回のも、あんまり親しくない人には解らないくらいの元気の無さだから断言には至らない。

『なのはが話さないのを、聞き出すって言うのもね…』
「まぁな、それになのはは結構頑固だし、言わない気もする」
『そうなのよねぇ』

 一拍置いて、

「『はぁ…』」

 二人揃って溜息を漏らしてしまった。
 割と普段は人に譲るのに、これと決めたら譲らない強さもあるなのは。
 譲らない強さと言うのは、悪く言い換えてしまえば頑固とも言えるわけだが…あえてなのはを言うならば、きっと頑固なんじゃないかと思う。
 そういう場面とかを見たわけじゃないけど、そう思わせるものがなのはにはある。

「…なぁ、今回の事なのはが話してくれると思うか?」
『どうかしらね、仮に私達の知らない友達が居たとして、今回の事で話すとも思わないし』
「確かになぁ、どうしたもんか…」

 どうしたものかと口では言っても、俺に出来ることなんて殆ど無い。
 なのはが話すまで待つこと、それとなのはを元気付ける事。
 前者は現在進行中、後者は何をすれば元気付ける事が出来るか、それが分からないので保留中だ。

『で、雄介?』
「ん?」
『すずかと考えてたんだけど…週末、誰かの家ででも遊ばない?』

 それは…悪くは、無い。 
 元気が無いときに必要なのは、放っておくことと気分転換だ。
 ここ数日は、様子見という形でほぼ放っておくことになってしまったし。
 それに最近は、誰かの家に集まることも無かったからな。

「それで、なのはの気が晴れてくれれば良いわけだ」
『まぁね、でその場合アンタの家で良いかしら?』
「や、却下で」

 迷わず即答。

『何でよ?』
「ハズい」
『馬鹿?』

 言った俺もそう思ったけど、即答されると傷つくぞ。
 まぁ、今までに四人で集まったことも何回もあるし、そう言われても仕方が無いけど。

「まぁ、それが少しの理由だとしてだ」
『別に、それが本気の理由でもいいわよ? 今度からは、なのはにそうやって言っといてあげるから』

 あぁ、絶対に電話の向こうでニヤニヤ笑ってやがる。
 意地の悪い顔が、ありありと想像できるのがまた悔しい。

「俺が悪かったから止めてくれ。 で本当の理由だけど気分転換するのなら、やっぱり動物の居るそっちの家のほうが良いだろう?」
『んー、確かにそうね。 じゃあ、すずかの家にでもする?』
「その辺は、お前ら二人で相談して決めてくれれば良いさ」
『そう? じゃあアンタはなのはを誘っておいてね?』
「…は?」

 今の会話の流れで、どうして急にそんな事に?
 むしろ今の会話の流れで言うと、そっちで決めた後にそのまま連絡する流れだろう?
 どこで遊ぶかも決まってないのに、わざわざ誘えと言うのか。

『実を言うと、もうすずかと話してどっちかは決定してたのよ。 アンタには単なる確認で、反対が無かったからよろしくって事』
「…色々と言いたいことがあるが」
『却下ね、ちゃんとなのはを誘っておきなさいよ? 電話じゃなくて、口頭で』
「何でそこまで指定されるんだ!?」
『何よ、チャンスを増やしてあげてるのよ? 頑張んなさい』

 そこまで言うと、問答無用で電話を切りやがるアリサ。
 思わず、携帯を手に持ったまま呆然としてしまう。
 チャンスってお前とか、何でそこまで気を使うんだとか色々言いたいことはあるが…全ては、俺の恋心がバレているのが原因か。
 と言うか、向こうは知らないとは言え、俺は小学生に恋を応援されているのか…

「…寝よう、うん」

 深く考えると、ダメージを受ける。
 早々に寝て、明日起きてから改めて考えよう。

+++

 朝起きたら、アリサとすずかから念押しのメールが入っていた。
 アリサは『ちゃんと誘いなさいよ』と若干高圧的な感じで、すずかは『お願いするね』と優しい感じで実に個性的なメールである。
 二人の友人ぶりに、思わず溜息すら出そうだ。
 あと、すずかからのメールには『お昼くらいから集まる?』との追記もあったが。

「なのは、ちょっと良いか?」
「なあに雄介くん?」

 学校での休み時間にて、なのはに声を掛ける。
 なのはに声を掛けた瞬間、近くに居たアリサとすずかの視線が俺に集中した。
 見るな、こっち見るな。
 って言うか、律儀にアリサの言葉を守る俺は義理堅いのか、それともアリサには逆らえないと他人からは取られるのか、非常に気になる。

「…あーとだな、なのはは今週末に、何か予定はあるか?」
「えっと、特に無いよ?」

 考える様子も無く、即答するなのは。
 その様子からすると、本当は用事があるけどとか、そういうのは無いようだ。

「その、最近さ誰かの家に集まることも無かったよな?」
「…そういえば、最近は無かったかも」
「だ、だよな?」

 んーと考えて見せるなのはに、勢い込んで尋ねてしまった。
 イカン、もうちょっと落ち着け俺。
 それとアリサ、ニヤニヤするなお前。
 すずかも、そんなに心配そうな顔をしないでくれ。
 逆に不安になるから、この上ないくらいチキンなんだぞ俺は。

「あーそれでだな、すずか達と話してたんだけど、今週誰かの家で集まらないか?」
「雄介くんのお家で?」
「い、いや…違う、と思うけど」

 いや、呼んでも別に良いぞ?
 良いけど、アリサやすずかの家と比べると圧倒的にアレだし。
 遊ぶ場所とかも、家は大きめのマンションではあるけど所詮マンションなわけだし。
 だから、別の場所が良いだろう、ウン。

「多分、すずかの家じゃないか?」
「すずかちゃんの?」

 今日のすずかからのメールで予想すると、多分そうに違いない。
 集まる時間が書いてあったし、アリサの家ならばすずかの場合、そうやってちゃんと書くだろうし。

「あぁ、それとお昼ぐらいからって話なんだけど…どうだ?」
「んー、うん! それで大丈夫だよ」

 なのはは少しだけ考えるような素振りのあと、満面の笑みでOKしてくれた。
 ちゃんとOKしてくれた事に、我知らず安堵の息を漏らす。
 と同時に、俺たちを…と言うか俺を見守っていたアリサが、こちらの話に入ってくる。

「じゃあなのは、今週末はちゃんと予定を入れておきなさいよ?」
「あ、アリサちゃん。 うん、久しぶりだもんね、誰かのお家に集まるの」
「家にね、新しい子が増えたんだよなのはちゃん」

 すずかも入ってきて、普段どおりの会話が始まる。
 さぁ俺も、ともう一度入ろうとした所で、

「佐倉ぁぁぁ~」
「うおっ!?」

 イキナリ、後ろから肩を掴まれた。
 驚き後ろを見てみれば、そこでは山中が俺の肩を掴んでいる。
 いつの間に人の背後に忍び寄りやがったんだ、コイツは!?

「頼む、今日の宿題を教えてくれ~」

 何とも情けない顔で、そう言ってくる山中。
 チラリとアリサ達の方を見れば、すでに三人の会話に夢中。
 今からあっちに入るのは、何だか入りづらい上に、話してる時に山中に来られるのもアレだ。

「…山中、今日の宿題か?」
「お、おう? …あーいや、やっぱり遠慮してお…」
「まぁ、待て」

 逃げようとした山中の肩を、ガシリと掴む。
 何気に頑なに逃げようと身体に力を入れているが、そう簡単に逃がしはしない。
 更に身体を捩って逃げようとするが、肩を掴んでいるのとは別の腕を首に掛ける。
 その状態で自分のほうに引き寄せつつ、山中に声を掛けた。

「安心しろ、ちゃんと教えてやる…きっちりかっきり、お前が理解できるまでみっちりとな…」
「ちょ!? 何か言い方が怖いぞ佐倉!? ついでに首が絞まる!?」

 安心しろ、単なる八つ当たりだ。
 嫌がらせじゃあない、単になのは達の会話に入るチャンスを潰された八つ当たりだから。
 だから、安心したまえハハハハ。
 ってか、首はついでかお前。

「さぁ、どこまでやれてるか見せて見やがれこんちくしょう」
「わ、解ったよ…」



+++後書きとコメレス
 アニメには無い部分の話、と言ってもなのはがすずかの家に遊びに行くことになった理由の説明みたいなものですが。

>たるさん
 言われて見れば、話の盛り上がりとか薄いかもしれません…この話のコンセプトとしては、一番には恋愛と言うよりも、雄介の日常を眺めるのが一番かも知れません。 もちろん、雄介が恋愛を一番に考えればそうなるのかも知れませんが、今の雄介は好きだけど行動を起こせない奴、で書いています。
 ただ出来る限りはもう少し話の内容を濃くしていこうとは思いますので、よろしければこれからもお付き合いをお願いします。

>文才も無い男さん
 ちゃうちゃうww ロリコンやないで、だってアリサたちには欠片も興味が無いみたいだからww
 雄介はきっと、『なのコン』ですなww
 もちろん意味は、『なのはコンプレックス』でww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/01/16 22:25

 週末にすずかの家を訪れる俺、玄関で出迎えてくれたメイドのファリンさんに先導されて月村家の中を進む。
 しばらく後について歩き、ファリンさんは一つの部屋の扉の前で声を掛けた。

「すずかちゃーん、雄介君をお連れしましたー」

 言って一拍待ってから、扉を開けるファリンさん。
 ちなみにファリンさんは、すずかの家の使用人と言うわけでは無い。
 すずかの家の使用人の中でも、すずか個人付きのメイドがファリンさんだ。
 …大して違いは、無いとは思うけど。

「おっす、アリサにすずか」
「雄介君、いらっしゃい」
「なのはは、一緒じゃないの?」

 部屋に入れば壁の一面がガラス張りのその部屋で、すでにアリサとすずかがお茶を嗜んでいた。
 俺の挨拶には、すずかだけ返答をくれる。
 アリサの奴は、挨拶も無しにいきなり何を言っているのか。
 いやまぁ、一緒に来ないかは誘ったけどさ。

「なのはなら一応誘ったけど、恭也さんと一緒に来るって言ってたから、後で来ると思うぞ」
「へぇ…」

 …何だその口元の笑いは、恭也さんと一緒なら別に俺が一緒に来る理由も無いだろうが。
 別に、がっついたりしたくないとか、そういうわけでも無い。
 無いからな、絶対。

「あ、雄介君? お茶は何が良いですか?」
「あー、ファリンさんにお任せします」
「解りました!」

 飲み物はファリンさんにお任せ、と言うのも実はあったかい飲み物が割りと好きじゃないからだ。
 すずかの家でお茶と言えば、基本的に紅茶と言うか、まぁ暖めた飲み物。
 美味しいんだけど、好みじゃないのでお任せ。
 って、それはどうでも良い。

 取りあえず移動して、一面ガラス張りの壁を背中にする席に着く。
 割と強く日が差し込んでいるので、この席に座ったら背中が熱いだろうから、なのはがそんな事にならないように先に座っておくとしよう。
 席順は、俺から見て右側にアリサで左側にすずか、なのはが来たら俺の正面に座ることになるな。
 ってか、席の周りのネコたちが凄い邪魔なんだけど。
 今にも踏みそう、と言うよりも足元にじゃれついてこられるのがどうにも気になる。

「そういえば、アリサ?」
「?…何よ、雄介?」

 ネコをどうにか避けながらの俺の呼びかけに、口元に持ってきていたカップを少し離して応えるアリサ。
 アリサの飲み方は、ソーサーを片手に持った上品な飲み方で、それがまた様になっているのが、コイツがお嬢様なのだと理解させられる。
 普段の行動とか、そうでも無いのに。
 …特に、俺をからかってきたりする時とかな!

「いや、そういえばなのはを呼ぶのは良いけど、何か元気付ける案でもあるのか?」
「ないわよ?」

 呼ぶだけ呼んで、特に案は無しなのだろうか?
 もしくは、単に俺が知らされてないだけ…って、何?

「…無いのか?」
「あるわけないじゃない、原因も解ってないのに」
「いや、それはそうだけど…」

 何のプランも無しって、それは今日の集まりが無駄になったりしないだろうか?
 なのはが元気にならなければ、意味が無いわけだし。

「あ、今アンタ今日の集まりが無駄になるとか思わなかった?」
「え、あー…まぁ、少しは」

 俺が正直に言うと、思いっきり呆れたような顔をするアリサ。
 何だよ、目的が達成出来てない以上は無駄とも言えるだろうが。
 だがアリサはこれみよがしに溜息を吐き、

「あのねぇ、無駄になるわけがないでしょ?」
「何でだよ?」
「友達が集まるのに、無駄も何もあるわけないじゃない?」

 一瞬、言葉に詰まってしまった…それは、確かにそうかも知れない。
 だけどそれは、無駄にならないだけなんじゃないだろうか?
 そう思って、それを言うのは嫌味では無いかと思うが。

「…だったら、なのはが元気にならなかったら、意味が無いって事だろう?」

 言わずには居れず、つい言ってしまった。
 言った直後に、何でこんな事を言ってしまったのかと悔やむが、既に後の祭り。

(何言ってんだ俺は…こんな、揚げ足取りみたいな事を…)

 内心で、小学生の女の子相手に馬鹿なことを言ったと自分で自分を罵る。
 もちろん、こんな事を言われた本人のアリサは、自分のやろうとした事にこんな事を言われて、怒るか呆れるかするのだろう。
 
 しかしアリサは、そんな俺の予想を裏切って、怒ることも呆れることもせずに、ただ一言だけ。

「意味なんて、要らないでしょ」

 そう、何でもないことのように断言した。
 俺はアリサの断言に、何にも言葉が出なくなってしまう。
 手に持ったままだったカップを傾けて、アリサは少しだけ自分の口を潤して離す。
 そして片目を瞑り、ニヤリと笑って見せながら。

「友達の元気が無いから、元気になってもらおうって単にそれだけの事よ? 意味なんて要らないし、友達同士で集まって少しでも元気にならないことがあると思う?」

 良く考えれば、別に元気にならない事だってある筈だが、こう理屈ではない部分でアリサの言葉がその通りだと思う。
 ついでに言えば、ものすごくアリサが男前だ。
 意味なんて要らないと断言できたり、色々と格好良すぎるぞアリサ。

「大体、元気にならなかったら元気にする! それだけでしょ?」
「…全くもって、その通りだな」
「雄介は、何ていうか理屈っぽいのよね。 意味とか理由とか、無駄とかなんて友達同士で考える事じゃないわよ?」

 何ていうか全てにおいて、完全にアリサの言うとおりだと思う。
 今日の俺は、完全に負けたな。
 きっと何をやったとしても、今日はアリサには勝てそうにない。
 俺が女でアリサが男なら、惚れてたかも知れない…色んな意味で、仮定の段階で有り得ないけど。

「…お前って、格好良いなぁ」
「はぁ? どういう意味よ、それは?」

 思わず呟いてしまった言葉に、アリサがものすごく不審そうな顔で聞いてくる。
 気にするなと、愛想笑いで誤魔化そうと顔を逸らしてみれば、すずかが笑顔で俺たちのやり取りを見ていた。
 その微笑がアリサの言葉への同意なら、俺はもう今度から子供を装うのは止めようか。
 アリサ達のほうが、元大人の俺よりも潔く賢い判断が出来ているとしか思えない。
 まぁ、今でも装えてる自信は無いんだけどな。

「面白そうな話をしてるのね、すずか?」
「あ、お姉ちゃん」

 急に入ってきた声に向いてみれば、いつの間にやら部屋の入り口にはすずかの姉の、月村忍さんが居た。
 口元を手で隠した、上品な笑い方で俺とアリサを見ていて、何とも楽しそうな表情で微妙に複雑な気分になる俺が居る。
 イカン、あれと似た表情でのからかいを多数受けた所為か、あの笑顔が俺に対するものじゃないかと思えてきた。
 そのからかいをしてくる人物、アリサは何時の間にカップを置いたのか、丁寧に忍さんへと挨拶をする。

「忍さん、お邪魔してます」
「あ、俺もお邪魔してます」
「えぇ、いらっしゃいアリサちゃんに雄介君?」

 俺も続けて、忍さんに挨拶。
 一応、この家にも何回か遊びに来たことはあるし、翠屋でも会ったこともあり、忍さんとは顔見知りくらいの関係だ。
 忍さんはそのまま部屋へと入ってきて、空いていた俺の対面の席に座り笑顔のまま、

「今日は皆で…なのはちゃんを元気付けるための、集まりかな?」

 そんな事を言った。
 忍さんが知っているのは、直接なのはに会ったか…恭也さんからか。
 もしくは、翠屋で働いてるときに他の人たちから聞いたかだけど。

「はい、そんな感じです」
「そっか、恭也もそんな事を言っていたから…皆、心配してるのね?」
「うん…なのはちゃんって、結構我慢して溜め込んじゃうから」
「そうねぇ…恭也もそんな感じだし、似た者兄妹なのね。 …雄介君は、特に心配かしら?」
「へ? いや、まぁ心配は心配ですけど…」

 何故、そこで俺限定で聞くのか?
 そう思って、ふと忍さんへ目線を向ければ、一瞬で疑問は解決した。
 解決したというよりも、さっきの印象が正しかっただけなのだけど。
 その表情は思いっきり笑顔で、俺をからかう時のアリサと完全にそっくりだった。

「あら、雄介君は特に心配してたんじゃないの~?」

 めちゃめちゃ笑顔だよ、この人。
 誰だ、この人にバラしたのは?
 すずかか、いやすずかはこういうのはバラすタイプじゃない。
 と、なればアリサか?
 いや、アリサもわざわざ言うタイプじゃない…と思う。
 ならば、一体誰だ?
 
「…ちょっと雄介、アンタ今誰がバラしたとか考えてない?」
「お前か!」
「いや、全然違うから」

 アリサに指を突きつけるが、ペシっと叩き落された。
 だがしかし、思いっきり俺の心を読んだようなタイミングだったぞ、今のは。
 しかもアリサ、そんなに呆れたような顔をするなよ。

「あのねぇ、アンタは自分で思ってるほど、本心隠すの上手くないわよ?」
「…つまり?」

 呆れたようなアリサの言葉に、何となく唾を飲み込んで往生際悪く訊ねる俺。
 嫌な予感、嫌な予感しかしないぞ…いや、本当は何を言いたいかなんて予想付いてるけど。
 だけど、信じたくないのだ。
 それよりも忍さんは、笑顔をもう少し抑えて…何でそんなに楽しそうなんですか?
 すずか、そんなに気の毒そうな顔しないでくれ…一つくらい、希望が欲しいから。

「ハッキリ言えば…親しい人の殆どにバレてるわよ? アンタがなのはを好きなこと」
「………マジ?」
「大マジよ。 ちなみに、誰もバラしてないわよ?」

 アリサの言葉に、何となく予想してたけど呆然。
 また飲み物に口をつけるアリサから、心密かに救いを求めてすずかに視線をやるが。
 ついっと、ごくごく自然を装いながら、すずかは一度も俺と視線を合わせてくれなかった。

「…まぁ、学校で知ってる人は殆ど居ないから、安心しなさい?」
「いや、それで何を安心しろってんだ」

 アリサの言葉には、ほぼ反射で返した。
 学校で知られてないのは良いが、それ以外ではものすごく知られてるって事じゃないのかそれは。
 言われて、言われて見れば何だかこう、そんな感じの対応を受けた記憶もごく最近…リアル世界樹の日に士郎さんからだ。

「…ちなみに、なのは本人にはバレてないだろう…きっと多分バレてない思いたいけど、高町家の皆さんには?」
「…さぁ?」

 何故そこで言い渋るのか。
 この場でのその反応は、高町家の皆さんにはバレてると思っても良いんだなアリサ。
 それとも、最悪の場合はなのはにバレている!?

「あぁ、なのはは気づいてないわよ?」
「…そうか」

 バレてないのを、悲しむべきか喜ぶべきか…喜ぼう、うん。
 バレててあのなのはの態度なら、俺は完全に脈なしって事だし。
 可能性が繋がった事に、今は喜んでおこう。
 喜べ俺、でも落ち着け俺。

 ちなみに忍さん、声を押し殺して笑わないでください。
 すずかも、笑ってないで忍さんを窘めるとかしてくれお願いだから。
 と、そこで部屋のドアをノックする音。

「失礼しまーす、雄介君のお茶をお持ちしましたぁ」

 部屋へ入ってきたファリンさんが、出て行ったときには居なかった忍さんを見て少しだけ驚いたように見えたけど、一瞬だったので本当に驚いてたかは解らなかった。
 取りあえず、ファリンさんからお茶を受け取ろうかな。

「ファリンさん、ありがとうございます」
「はい、どういたしまして。 あ、そういえばすずかちゃん、さっきお姉さまが玄関の向かってたので、多分なのはちゃん達が来たんだと思いますよ?」
「そうなの、ファリン?」

 ファリンさんからの報告に、すずかが聞き返す。
 ちなみにファリンさんの言うお姉さまとは、同じこの家の使用人のノエルさんの事だ。
 聞いたところだとまだ二十代前半なのに、月村家のメイド長なんて立場にいる凄い人だ。

「あら、それじゃあ恭也ももう来たのね…」
「はい、そうだと思います」

 忍さんの呟きに返答するファリンさん、とちょうどその瞬間に
 ガチャリ
 と、この部屋の扉の開く音、視線を向けてみればそこには俺たち全員の待ち人の姿が。

「なのはちゃん、恭也さん」
「すずかちゃん」

 椅子から立ち上がって声を掛けたすずかに、なのはも表情を輝かせている。
 その肩のユーノが、まるで一緒に挨拶するかのように鳴いていた。

「なのはちゃん、いらっしゃい」
「恭也、いらっしゃい」

 ファリンさんもなのはに声を掛け、忍さんは恭也さんに声を掛けながら歩み寄っていく。
 忍さんは恭也さんの目の前に立ち、恭也さんは一言。

「あぁ」

 とだけ答えると、二人はおもむろに見つめあい始めてしまった。
 恭也さんと忍さんは付き合っているらしく、すずかの家だったり翠屋で偶に同じ様な場面を見ることがある。
 正直、羨ましいなぁと思うこと少々。
 絶賛片思い中な俺だが、いつかはああなれると良いなぁと思う。



+++後書きとコメレス
 アニメ一話分を一気に走り抜けるとか、無理だった!! でも、一週間に一度のペースは習慣づけたかったので、半分に分けることに…まぁここまでしか書けて無かったですけどね!ww

>紅猫さん
 ありがとうございます、荒事無縁がこのお話ですww
 確かに魔法の接点はありませんが、日常部分ではもう一年くらいは友達ですので結構付き合いは濃いはずですww 作者の十和も、恋の成就を願ってやまないですが…どうですかねぇww?
 雄介は、ユーノの存在を知ってからしか行動を起こさないような気がするww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十一話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/01/24 00:44

 それからは、ノエルさんが二人に声を掛けて恭也さんと忍さんは忍さんの部屋に行くことになり、ノエルさんとファリンさんはなのは達のお茶の準備に退室していった。
 なのはが俺の対面の席へと座り、取りあえず挨拶を交わす。

「おはよ、なのは」
「うん、おはようアリサちゃん」
「おはよう、なのは」
「おはよう、雄介くん」

 パッと見て、特に普通のなのは。
 取りあえず、元気がないようには見えないと思い…おもむろにアリサが 

「相変わらず、忍さんと恭也さんはラブラブよね」

 などと言い出した。
 何をいきなり言い出すのかと俺は思ったが、すずかはまだ入り口に見える二人に視線を向けると、小さく微笑みながら。

「うん、お姉ちゃん恭也さんと知り合ってから、ずっと幸せそうだよ」

 すずかの言葉に、忍さんへと視線を向けてみれば、そこに見えるのは幸せそうに微笑む忍さん。
 何となく、すずかの微笑んだ気持ちも解る。

「うちのお兄ちゃんは…どうかなぁ」

 そんな事を言うなのは、だけどその表情を見れば、何となく嬉しそうに見える。
 もう一度、忍さん達の方に視線を向ければ、俺たちの話は聞こえていないのか、ちょうどこの部屋を出て行くところで、二人の手は恋人らしく、そっと握りあわされていた。
 その後姿と一緒に、なのはが呟く。

「でも、昔に比べて何だか、優しくなったかなぁ」
「ふぅん…」

 俺は頷き、忍さん達から視線を外して正面を見れば、ちょうどなのはも顔を戻しており。

「それに、良く笑うようになったかも」

 とても優しげな顔で微笑み、そう言った。
 最近あまり見なかったなのはの笑顔に、思わずつられて頬が緩むのが自覚できた。
 何だか、幸せな気分。
 と、忍さんたちから視線を外したアリサが、今度は俺となのはの方を見て。

「そっか…なのはは、ああいうの興味はある?」
「え?」

 アリサに問い掛けになのはが首を傾げる中、俺はあまりの事に完全に硬直していた。
 もし出された飲み物を飲んでいれば、間違いなく噴いていたに違いない…良かった、まだ飲んでなくて。
 って、違う! 一体、何を急に聞いているのかコイツは!?
 
「だから、忍さんにとっての恭也さんみたいな、そういう人になのはは興味あるのかしら?」
「え、え~とぉ?」

 アリサに聞かれて、困り果てた様子のなのは。
 硬直している身体で首だけアリサに向けてみれば、ニヤリ笑いのアリサがそこに居る。
 間違いなく、楽しんでる…俺の反応を。
 なのはの反応は、大体予想できただろうしな!

 …ここで、俺に視線でも向けてくれれば少しは可能性でもありそうなのに、なのははそんな素振りすら無いし。
 軽く落ち込みそうだ、がそれは別としてなのはには助け舟を出さねば。

「…あー、アリサ? あんまり変なこと聞いてなのはを困らせるなよ」
「あら、別に変なことは聞いてないでしょ?」

 いや、十分に聞いているからな。
 行き成り過ぎる…わけじゃないし、変でも無いけどさ。
 急にそんな事を聞くな、俺の心の準備はどうなる!?

 チラリとなのはに視線を向ければ、首を傾げ困ったように眉根を寄せていた。
 いや、実際に困ってるんだろうけどさ。
 急にあんなこと聞かれたらなぁ…ちょっとでも期待するのは、いけない事か? いや、そんな筈は無い!

「ほら、どうなのなのは?」
「えっと…」

 …なのはが答えようとしている、それを聞いてしまうのは不可抗力だろう。
 そして、それでなのはの好みが解ったりして、それを俺が参考にしても何の問題も無いはずだ!
 あからさまに聞き入るのは恥ずかしいので、取りあえず目の前のカップに手を伸ばす。
 ファリンさんの出してくれるお茶は、どれも俺が個人的に好まないだけで美味しいから、何の気なしに飲んで。

「そんな事言われても…考えたことないよ?」
「そう? じゃあ、例えば雄介で考えるのは?」
「っ!? ~!?」

 なのはの答えからノータイムで繰り出されたアリサの質問に、思いっきり飲んだモノを噴き出しそうになった。
 口を押さえて最悪の事態は防いだが、その所為で今度は鼻に来た…!
 思わず、テーブルに顔を伏せる。
 理由は諸々、一番は今のもの凄いであろう俺の顔をなのはに見せたくないだけだけどな…!

「ゆ、雄介くん? どうしたの、大丈夫?」
「気にしなくても大丈夫よなのは、変なとこに飲み物でも入ったんでしょ」
「そ、そうなのかな?」

 確かにその通りだけど、その原因はお前だアリサ!
 いや、しかしこれはある意味、なのはに絶対バレずに聞けるチャンスか?

「で、どうなの?」
「…えっと、雄介くんはお友達だし、そういうのは全然考え付かないんだけど…」

 …まぁ、そうだよなぁ。
 うん、別に落胆してないさ。 額が机に鈍い音立ててぶつかったのも、単に頭を持ち上げてられなくなったからさ…

「雄介くん!? 今凄い音したよ!?」
「…放っておいてあげなさい、大丈夫だからきっと」

 大体、大体予想は付いてたけれど、やっぱ悲しいような悔しいような。
 いやさ、直接的には行動していないにしろ、なんとなく匂わせるくらいはしてたと思うような思わないような…
 それで気づかれてないのは、俺の努力が足りないからなのか、それともなのはがまだそういうのに興味が無いからなのか。
 かなり大人びているアリサとすずかの所為で、偶に忘れてるけどなのはは小学三年生だしなぁ…それを思い出したら、芋づる式に小学生を好きな俺は何者かと思うのは、いつもの事だ。

「え、えーと…本当に大丈夫なの雄介くん?」
「…大丈夫だ、ちょっと咳き込んで鼻に来ただけだから」
「そうなの? えっと、気をつけてね?」
「あぁ、ありがとう」

 まだ鼻が痛くて凄い顔してるので、ヒラヒラと手を振っておく。
 優しさが嬉しいです、でも友達なんだよなぁ…
 
 そこで俺の様子を見かねてなのか、すずかがなのはに声をかける。

「えっと、なのはちゃん。 今日は来てくれてありがとう」
「ううん、私こそ誘ってくれてありがとう」
「別に良いわよ…今日は、元気そうね?」
「え?」

 アリサの言葉に、驚いた風のなのは。
 いや、もう今日の本題に入るのか?
 確かになのはが来てから見てて、特に元気の無い様子はないけれど。
 取りあえず、ようやく鼻の痛みも引いてきたので俺も顔を上げる。

「なのはちゃん、最近少し元気が無かったから」

 そうすずかが言うと、ほんの少し目を丸くして見せるなのは。
 なのはとしては上手く隠していたのかも知れないけれど、アリサたちは二年近く、俺にしたってもう少しで一年くらい友達なのだ。
 そのくらい、解る。

「もし何か心配事があるなら、話してくれないかなって三人で話してたんだけど」
「ついでに、どっかの誰かが私達とは比べ物にならないくらい、もの凄い心配してたのよね~」

 って、おい!?
 そ、そういう事を俺を見ながら言うな!

「すずかちゃん、アリサちゃん…雄介くん」

 感極まった様子のなのはが、順番にすずかとアリサを見て最後に俺を見た。
 感極まって少し潤んでいるそんな眼に見つめられたら、もの凄い照れる。
 こう、何か背中がむずむずするというか、ゾクゾクするというか。

「いや、その、何だ? 最近その、ここら辺も不思議なことが起こってるし、なのはが」
「きゅー!」

 何かに巻き込まれたりしてたら、と続けようとしたら何かの悲鳴。
 何かと言うけど、目の前の三人は違う。
 だとしたら、この部屋には猫しか…あ。

「ユ、ユーノくんっ!?」
「アイっ、ダメだよ!?」

 そういえば、なのはがユーノを連れてきてたなぁ。
 子猫に追われるユーノを見て、なのはとすずかが立ち上がる。
 捕まえようとしてるのか、だけどそれなら俺の出番だろう多分。
 そう思って、椅子から立ち上がったとき。

「はぁーい、お待たせしましたー。 イチゴミルクティーとクリームチーズクッキーでーす」

 いっそ、素晴らしいと言えるタイミングでファリンさんが現れた。
 満面の笑顔なファリンさん、だがしかし現れたそこはちょうどユーノが逃げる先であり、

「きゅー!」
「え、わわっ、わぁ~!?」

 ファリンさんの足の間をすり抜けたユーノは、そのままファリンさんの足の間を走り回る。
 もちろん、そんなことをすればユーノを追いかけていた子猫…アイも同じように走り回るのも当然。
 ファリンさんはそんな足元の二匹を踏まないように、足を上げては下ろしてを繰り返し。
 次第に足を置く場所も、左へ行ったり右へ行ったり…って、見てる場合じゃなかった!
 机を迂回して、ファリンさんの方に走る俺。

「ファリン、あぶないっ!」
「ファリンさん!」

 すずかとなのはが叫んで駆け出した瞬間、ついにバランスを崩してしまうファリンさん。
 こっちに正面を向けて、仰向けに倒れていく。
 職業意識が強いのか手に持った盆を離す事無く、しかもピンと腕を伸ばして出来る限り並行にしようとしているその腕を、走り寄った俺が正面から手首を掴んだ。
 ファリンさんの方が年上だし、まあ色々差があって引っ張られそうになるが、渾身の力で踏みとどまる。
 ぐいっとファリンさんの方に引っ張られるが、根性で我慢!
 
「…セーフ?」

 少し、その状態で周りを見る余裕も無く踏みとどまっていたら、ポツリとなのはの呟きが聞こえた。
 顔を上げて正面を見てみれば、どうやら追いついていたすずかとなのはが、ファリンさんを後ろから支えてくれているようだ。
 ちょうどファリンさんを三角形で囲むようにして、俺は引っ張りすずかとなのはは支えている。
 そうして倒れそうになった当人は、まだ少し目が回っているのかだろうか、ちょっとボンヤリとしていて。

「おーい、ファリンさん?」 
「…え?」

 取りあえず呼びかけてみると、キョトンとはしているが反応してくれるファリンさん。
 そのまま、慌てたように周りを見て

「ご、ごめんなさ~い!」

 自分の今の体勢を確認した途端、叫ぶように謝るファリンさんだった。
 取りあえず、正面なので声がとても大きいです。

+++

 あの後、ファリンさんは多少お茶を零してしまっていたりしたので交換しに行き、ついでに場所も変えることになった。
 次は屋内では無く、外にテーブルやイスを置いて集まっている。
 ちなみに、すずかの家では外でも猫が大量に出歩いているので、ユーノはなのはの膝の上で大人しくしていた。

 そういえば話は変わるが、ユーノはかなり頭が良いっぽい。
 なのはの言うことは良く聞くし、俺たちの言うことにもちゃんと反応して、偶に会話が理解出来てるんじゃないだろうかなんて思うこともあるくらいだ。
 見たこと無い品種だと言っていたし、何か品種改良で頭の良い種とか何かなのかもしれない。

「しかし、相変わらずすずかの家はネコ天国よね」

 直前までの会話とは、まるで違う話題を出すアリサ。
 まぁ別に、意味のある話題なんて最初からしてないけどさ。 

「そうかなぁ」

 と言う割には、笑顔のすずか。
 根っからの猫好きなすずかにとっては、嬉しい言葉だろうし。

「でも、子猫たち可愛いよね?」
「うん!」

 なのはの言葉にも嬉しそうに頷く、そのまま子猫の方に視線を向けて。

「…里親が決まってる子も居るから、お別れもしなきゃならないけどね」
「そっか…ちょっと、寂しいね」

 そうなのはが言うけれど、

「でも、子猫達が大きくなっていってくれるのは嬉しいから」

 すずかは笑顔で、そんな事を言う。

「やっぱりそうよね…雄介、アンタも一匹くらい引き取ったら? ペットOK何でしょ?」
「ん? いや、まぁ確かにペットはOKだけど…」

 アリサはそんな事を言うが、俺だって引き取ろうと考えたことはある。
 前世は喘息持ちで、ペット飼えなかったし。
 ただ…

「いくらOKでも、やっぱりマンションは周りの人たちに気を使うからなぁ…猫だと、何の拍子に外に出て行くか解らないし。 何か遭ってからじゃ遅いから、家の中でちゃんと飼える事が大事でな」
「それは、確かにそうね…」

 納得した様子のアリサ、個人的には飼いたいんだけどな。
 やっぱり、こう憧れみたいなものもある。
 前世は、家族からダメだしされてたわけだし。
 今回も喘息だったけど今は喘息も治して、むしろ朝の散歩とかペット連れて凄く行きたい。

「だから、お前の拾った犬とかで、どうしても飼い主が見つからないときは俺が引き取っても良いぞ。 犬は大好きだし」
「そう? じゃあ噛み癖のある子を矯正する前に渡すけど?」
「ソイツ連れて、毎日お前の家で遊ばせて良いならご自由に」

 下らない言い合いを混ぜつつ、話はこのままペット談義に。
 アリサとすずかで困った子を例に挙げて、その対処法なんかを話しあってみたり。
 一通りそれが終わると、

「そういえば、ユーノは何か問題とか無いの?」
「え、ユーノくん?」

 アリサが、なのはの膝の上のユーノを見ながら聞いた。

「そういえば、そうだね…なのはちゃん、拾った子って、結構問題があったりするんだけど、ユーノくんには大丈夫?」

 言われて見れば、拾った子というのは基本的に、飼い主から逃げたか野生もしくは捨てられた子たちしか居ないだろう。
 どれにしろ問題は出てくるだろうし、日本には野生のフェレットなんていないだろうから、ユーノは飼われていたのが逃げたか捨てられたかだろう。
 逃げたならまだ良いけど、捨てられたのなら何か人間に対しての不信感とかあるかも知れない。
 まぁ、それは普通の動物の話で。

「え、えーと…ユーノくんには特に無いかな~」
「だろうなぁ…見てる限り、ユーノはまるで俺たちの話してることが解ってるみたいだし」

 そう俺が言うと、何でかなのはの肩がピクリと動いた。
 はて、今の俺の言葉に何かなのはの驚くような単語があったか?
 ユーノの事は、単なるジョークにしかならないよな?
 と、その時。

「ユ、ユーノくん?」

 急に、ユーノがなのはの膝から下りて、何処へとも無く走り始めた。
 走っていく先は、すずかの家の敷地内の森の中。
 …改めて言葉にすると、敷地の中に森って違和感がある。
 ともあれ、なのははイスから立ち上がり。

「あら、ユーノどうかしたの?」
「うん、何か見つけたのかも…ちょ、ちょっと探してくるね?」
「一緒に行こっか?」
「ううん、大丈夫。 直ぐに戻ってくるから、待っててね」

 アリサにすずかと会話を交わし、そのままユーノを追いかけていこうとするなのは。
 別に何も無いはずなのに、何だか嫌な予感がする。
 その嫌な予感に任せるままイスから立ち上がり、声を上げた。

「…なのはっ」
「え? な、なあに雄介くん?」
「…あー」

 咄嗟に呼び止めたのは良いが、嫌な予感がする気がしただけだから、なのはには説明のしようが無い。
 なのははなのはで、何だか直ぐにでもユーノを追いかけたそうな雰囲気。
 だから仕方なく、

「…森の中に行ったみたいだから気をつけろよ、それとユーノが捕まえられないと思ったら、すぐにこっちに知らせろよ?」
「えっと…うん、解った。 ちょっと行ってきます!」

 無難な言葉で済まして、なのはを見送る。
 その後姿はすぐに森の中へ行って、見えなくなり俺はイスに座りなおす。

「どうしたのよ、何か変な顔してるわよアンタ」

 座った途端、アリサが声をかけてくる。

「…どんな顔してる、俺は?」
「何か、なのはが心配でたまらない顔」

 聞いてみれば、ズバッと俺の内心通りの顔だと教えてくれた。
 そんなに、解りやすい顔してるのか今。

「…何か、嫌な予感がしたけど、それで何かあるわけでも無いしなぁ」
「ふーん、確かにそうね」

 今からでも追いかけようか、でもなのはは大丈夫って言ってたし。
 そんな俺の内心が顔に出ていたのか、今度はすずかが俺に言う。

「雄介君、きっと大丈夫だよ。 なのはちゃんを信じなきゃ」
「…そうだよな、無理そうだったら連絡しろとは言えたし。 なのはなら無理は…」

 そこで言葉に詰まる俺、なのはならと考えて、もし無理をする必要があった場合。

「…しそうね、なのはの場合。 こっちに知らせてる場合じゃないとか、そういう場合はだけど」
「アリサちゃんっ」

 いやすずか、俺もそう思ったから。
 あまり運動は得意じゃないのに、果敢な行動に出る事の多いなのは。
 俺たちの四人の中で、正義感とかそういうのは一番強いと思う。
 基本的には俺とアリサが色々言い合いするけど、偶になのはとアリサがする場合、あの勝気で口も達者なアリサと真正面から言い合えてるし。

「何か、今失礼な事考えなかった?」
「いや、別に?」

 そんな事考えてない、俺は普通の事を考えてるだけだからな。
 あぁでも、こうやって話してると嫌な予感も大分無くなってきたなぁ。

「まぁ、待つしか無いか」
「まぁそうよ、なのはを信じて待ちましょう」

 取りあえず、猫でも撫でて落ち着こうかと抱えてみれば、指先を噛まれてしまう俺だった。
 痛いし、ちくしょう。

+++

 ふと気が付いたとき、まだなのはは戻ってこない。
 あれから、そこそこ時間は経っていると思うのに…何か、あったのだろうか?
 いや、何かあったら連絡しろとは言ってあるのだから、そこまで心配することは無い。
 そう考えて、

「きゅー!」
「あれ、ユーノ?」
「ホントだ、ユーノくん…だけ?」

 アリサとすずかの声の方を向いてみれば、森から駆け出てくるユーノの姿。
 なのはの姿は、無い。

「きゅ、きゅー!」
「はいはい、お帰りユーノ…なのはは、どうしたのかしら?」
「そうだね、はぐれちゃったのかな?」

 反射的に、なのはの携帯に電話をかける。
 プルル、プルルと何回も鳴っても、一向に誰も出ない。
 無くなったはずの、嫌な予感が急に湧き出てくる。

「雄介? 今なのはに掛けてたんじゃないの?」
「なのはちゃん、出たならユーノくんが戻ってきたって…」
「電話に、出ない」

 すずかの言葉を遮るように、単的に告げる。
 別に、なのはが携帯の音を聞き逃してるだけの可能性は、もちろんあるのに。
 どうしてだろう、こんなに嫌な予感がするのは…

「きゅー!」
「んー、ユーノ探すのに夢中になってるのかしら?」
「…そうなのかな? なのはちゃん、そういう時には私達に電話してくるんじゃないかな?」

 二人の考えは、常識的なものだ。
 だけど俺の考えは、何でかもっと嫌な予感を告げている。
 ふと、ユーノが視界にはいった。
 ユーノはまるで、必至に身体全体で何か伝えるように、後ろ足だけで立ち上がってこっちを向いて…見ている。

 そのユーノ見た直後の行動は、きっと誰が見てもおかしいと思うものだった。
 でも、その時の俺にはそれしかもう無いと思えて。

「ユーノ、なのはがどこに居るのか知ってるか?」
「は? ちょっと雄介?」
「雄介君?」

 二人の呼びかけを無視して、ユーノを睨むように見つめる。
 ユーノは、じっと俺を見つめ返した後に、小さく首だけを動かした。
 一声も鳴かず、ただ頷いたようなユーノに俺は賭けよう。

「ユーノ! なのはの所まで案内しろ!」
「きゅー!」

 ユーノにそう言うと、それが解ったかのようにユーノが走り出す。
 そして、ユーノの後を追いかける俺。

「ちょ、ちょっと雄介っ!?」

 だけど、その前にアリサが俺を呼び止めようとする。
 それは、きっと正しい。
 傍から見た俺は、いきなり動物に話しかけた変な奴だ。
 だけど俺は、今はそんな事を説明するのも惜しくて。

「なのはを探してくる、二人はここで待ってろ!」
「本気、アンタ!?」
「雄介君!?」

 二人の言葉を振り切り、先を行くユーノへと走る。
 ユーノは森へ向けて一直線に走っており、俺もすぐに森の中へ。
 チラリと後ろを見れば、二人揃って不安そうにこちらを見ていたが、視線を前に戻してユーノを追う。

 俺の行動は、きっと二人には理解不能で不安にもさせたかも知れない。
 普段の俺なら、友達である二人に対して不安な表情は余りさせない…もしくは、させないようにしただろう。
 でも今は、この湧き上がる不安感がどうしても気になって。

 そのまましばらく、ユーノの後を走る。
 ユーノは後ろを振り向く事無く、ひたすらに俺の前を駆けていく。
 俺が付いてきているのを疑っても居ないような、一切後ろを振り返らないユーノに逆に不安が募る。
 実は、ユーノは別になのはの所に案内してるわけではなくて、ただ走り回って遊んでいるだけなんじゃないか。

 そんな不安が、心を過ぎった直後。

「きゅー!」
「っ!?」

 ユーノが鳴き声を上げたときには、俺の視界にも映っていた。
 見慣れた、友達の姿…地面に、倒れているなのはの姿が。

「なのは!!」

 前を走るユーノを追い抜かすように速度を上げて、一気になのはへと走り寄る。
 きっと今までの…前世まで含めた中で、一番であろう速度でなのはの元に着いた。
 なのはの横に立って見下ろせば、そこにはまるで眠っているように眼を閉じたなのはの姿。
 表情に苦しそうなものは無い、外傷も目に付くようなものは無い。

「なのは! おい、なのは!!」

 しゃがみながら、なのはに声をかける。
 なのはからの反応は無く、その身体を揺さぶろうと手を伸ばし―

「きゅー!」
「っ!?」

 ユーノの鳴き声に手が止まり、そして一気に思考が動いた。

(何で、なのはは倒れてる? 気を失ってるから? 何で気を失ってる? 普通に考えれば、極度に疲れてたり、もしくは頭になんらかの衝撃が…)

 そこまで考え、伸ばしていた手をひっこめる。
 頭に強い衝撃を受けた人に、振動は厳禁だ。
 まだそうと決まったわけじゃ無いけど、その可能性がある以上は絶対に駄目だ。

(何らかの、衝撃? なぜ、そんな事に? 何があればそんな事に? この辺りで考えられるのは…)

 辺りを見回すと、周りには木しか無い。

(木から落ちた? いや、それなら木の真下で倒れている筈だけど、なのははそんな所に倒れていない。 それに木から落ちたりしたら、服は傷ついて怪我もしてる筈だ。 なのはにそれは無い)

 俺の思考はなのはが何故倒れているのかを考えていたが、俺の身体はまったく別の行動をしている。
 ポケットから携帯を取り出すと、短縮を開き目的の人物を探すのも煩わしくて、一番初めの名前を選択した。
 普段ならそんな事したら、目的の人には掛からないが、今日は一緒に居るのを知っている。
 プルルと、ワンコールで相手が電話に出る。

『ちょっと! 何を勝手して…』
「すずかに変われ、アリサ!」
『っ! すずか、雄介が!』

 俺の声音に緊急を感じてくれたのか、アリサはすぐに隣に居るであろうすずかに変わってくれた。

『雄介君!? 一体どうしたの!?』
「なのはを見つけた、森の中で倒れてる」
『倒れ…っ!? なのはちゃんに怪我は!?』
「見えるところに怪我は無いし、血が出てるような様子も無いからその辺りは大丈夫だ。 ただ大声で呼びかけても反応が無くて、下手をしたら頭を打って気絶してるのかもしれない」
『…!? どう、するの雄介君!」
「…取りあえず、なのはを運ぶ人手が欲しい。 家に戻ってノエルさんや、恭也さんを連れてきてくれ。 後、最悪に備えて担架みたいなのがあれば。 俺はこっちに残ってるから、森に入ったら電話しろ。 こっちで大声を上げる」
『っうん、解った!! 待ってて、直ぐに…アリサちゃん、来てっ!』

 一気にそこまで話を決めて、その言葉を最後に一度電話が切れた。
 後は、向こうから電話が掛かるのを待って、俺が大声を上げて場所を知らせればいい。
 そう改めて理解したら、身体から力が抜けて急に視界が下がった。
 何故と思えば、どうも力が抜けそのまま地面に膝を着いてしまっているらしい。
 地面に直接膝を着いて、ズボンが汚れてしまう体勢だけどそんな事は頭の片隅にだって認識してなかった。
 
「…なのは」

 そっと、隣で倒れているなのはに呼びかけてみる。
 もちろん、気絶しているなのはから返事は無くて。
 まるでただ、眠っているだけにも見えて。

「きゅー…」
「…ユーノか、ありがとなここまで連れてきてくれて」

 何時の間にか隣でこっちを見上げているユーノに、お礼を言う。
 ユーノが居なければ、ここまで来ることは出来なくて。
 その結果、なのはの発見が遅くなった場合なんて、怖くて考える事も出来ない。
 もう一度、なのはへと視線を向けて。

「なのは…」

 なのはの身体の上にある右手じゃなくて、地面に投げ出されている左手をそっと取る。
 外で動く事無く放置されていた所為か、少しばかり冷たくて、その冷たさが最悪の事態を想像させて。
 なのはの少し冷たい手を、そっと両手で包む。
 なのはが起きている時には、こんなことは恥ずかしくて出来る筈も無いけれど。
 こうやって、少しでもなのはの手が暖かくなれば良いと思って。

「なのは」

 強く握り過ぎないように、そっと祈るように包み込む事しか、俺に出来ることは無かった。



+++後書きとコメレス
ryaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!(言語化不可

ふぅ…


>オヤジ3さん
 取りあえず、こんな感じです…わりと冷静でしたね、雄介はww
 んー、殴り…ますかね? ふぅむ、ちょっと作者的には予想不可能と言う不思議自体にww いえ、十和も雄介の性格完璧には掴めてないような感じですのでww
 雄介に関しては、一応好意の部分をなのはに一極化させた以外は作者準拠…だった筈ですが、実際書いて見てるとあんま似てないですww

 大丈夫です、十和もユーノは大好きです。 淫獣とかは、この作品には皆無で行きます。
 ユーノはちゃんと真面目に書くつもりですが、多少は雄介も居るのでどうでしょうか?といった感じでお願いしますww
 あ、でもこの話では魔法バレするまでは、ユーノはマスコットどころか単なるペットですのでご了承くださいww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 閑話2
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/02/06 15:52
 
『名前で、呼ぶの?』


「…あーと、今日二人に来てもらったのは、ちょっとお願いというか、頼みがあってだな…」
「それ、もう今日三回目だからさっさと次に行きなさい!」

 アリサちゃんの言うとおり、今日佐倉君のお家に来てから、すでに三回は同じ言葉を私達は聞いていた。
 何かを言いかけては、すぐに言葉を詰まらせてしまう佐倉君。
 佐倉君に呼ばれて今日集まったのに、中々本題に入らない。

「あー…あぁ、もう結論から言うとだな」
「何よ? これだけ引っ張ったんだから、少しはまともな事でしょうね?」

 一泊、佐倉君は間を置いて。

「俺の事を、名前で呼んで欲しい」

 …佐倉君が何を言ってるのかが解らなくて、アリサちゃんを見る。
 そうしたら、同じ様に私を見ているアリサちゃんと視線が合って、お互いに首を傾げあった。

「えっと、佐倉君? 今、何て言ったのかな?」
「…二人は、今俺のことは何て呼んでる?」

 私の疑問に、そんな返答を返してくる佐倉君。
 私達が、何て呼んでるか何て─

「佐倉君?」
「佐倉? アンタ、一体何が言いたいのよ?」
「それ、何だが」

 …それって、言われても。

「名字で呼んでるだけじゃない、何かあるの?」
「いや、その…俺も、今はお前らの事は名字で呼んでるよな?」
「うん、そうだよ?」

 佐倉君は、私の事は月村って呼ぶし、アリサちゃんはバニングスって呼んでる。
 あと、今日は居ないなのはちゃんの事も、高町って─あ、もしかして。

「それでだ、俺はその…高町も、俺の事を名字で呼んでるんだけど…」
「あー…もしかして、アンタもなのはを名前で呼びたいって事?」
「ぐ…」

 アリサちゃんの言葉に、思わず呻いている佐倉君。
 思いっきり、図星を指されちゃったんだろうなぁ。
 そんな佐倉君に、口元を緩めるアリサちゃん。
 そしてアリサちゃんを見た佐倉君は、おもむろに頭をガリガリと掻くと

「…えぇい、何か文句でもあるのかバニングス!?」
「何よ、何も言ってないでしょう?」
「そういうのは、そのニヤニヤを引っ込めてから言え…!」

 ある意味、何時も通りな二人。
 いつも思うけど、本当に二人は仲が良いと言うか息が合ってると思う。
 アリサちゃんや、私ともこんな風に話せるのに、どうしてなのはちゃんとだけは話せないんだろう?

「で、まぁ一応聞くけど、本気なの佐倉?」
「…いや、バニングスがそう言うのは仕方ないと思う。 だが、その、何だ? 俺としては、大事というかなんと言うか…」

 そうアリサちゃんが聞くと、しどろもどろになりながらそう言う佐倉君。
 あちこちに視線を向けながらで、恥ずかしいとは思ってるみたい。

「…えっと、佐倉君?」
「な、何だ月村?」

 私の呼びかけに、佐倉君がこっちを見る。
 私を含めて、皆床に直接座ってるから、目線の位置は大体一緒。
 目の前の、佐倉君と眼を合わせて。

「えっと、したい事は解ったんだけど…私達も、しないとダメなの?」
「いや…どうしてもって訳でも無いけど、その、してくれると助かるんだけど…」

 またしどろもどろになってしまう佐倉君、しなくても良いけど私達もした方が目立たないからって事なんだと思う。
 隣のアリサちゃんを見ると、ちょっと考えるような顔。
 でも、アリサちゃんの事だからきっと…

「…まぁ、やってあげても良いわよ佐倉」
「お、おう! サンキュ」
「ただし!」

 ただし、と言われた事に、驚いた顔をする佐倉君。
 心配しなくても、アリサちゃんは無茶なことは言わないよ?
 
「ただし、アンタを名前で呼んであげるんだから、アンタも私達を名前で呼びなさいよ…雄介?」
「―おう、バ…じゃなくて、アリサ」

 何イキナリ間違えてるのよ、と詰め寄るアリサちゃんに謝る佐倉君。
 最初こそ謝るだけだったのに、結局は反論していつものやり取りになっちゃう二人を見ながら、私は始めて佐倉君とあったときの事を思い出した。

+++

 私となのはちゃん、それにアリサちゃんが二年生になって少ししたくらいの時、ふと私は私達を見ている人に気が付いた。

 その人は同じクラスの人で、こういうのも何だけど、そこそこ目立つほうの人だった。

 運動が出来るとか、頭がもの凄く良いとかそういう意味で目立つ人じゃなくて、何て言うか浮いている人。



 運動も勉強も、頑張ってるような印象も雰囲気も無いのに、どっちもそれなりに出来ていて、それでも全然そうは見えない人。

 休憩時間の間も、大抵は一人で居て誰かと居ることは殆ど無くて。

 苛められてるのかと思えば、そういうのは無くて、本当に最低限の交流だけはしているみたいで。

 本当に偶に、クラスの男の子と話したりしてるのを見たことがあって、でも誰かと遊んだりしてるのは見たことが無い。



 それぐらい目立つのに、多分誰も詳しくは知らない人。



 佐倉、雄介君。



 そんな人が私達を見てると気づいた時は、最初は本当に何かしちゃったのかと考えてしまった。

 そうやって見られているのに気づいてからは、逆に私から佐倉君を見てることが多くなった。

 どうして見られてるのか気になったし、もし何かしてきたらって不安もあったから。



 でも、しばらくそうやって見ていると、佐倉君が見ているのは私達じゃないことに気づいた。

 ううん、私達でもあるんだけど、正確にはその中の一人を…なのはちゃんを、見ていたから。

 佐倉君の見ている先を見ると、その先にはなのはちゃんが居ることが多くて。

 今度は、どうしてなのはちゃんを見ているんだろうって思った。



 最初に、アリサちゃんに相談して二人で佐倉君を見張ることにした。

 見られてると気づいてから、改めて気に掛けていると、別に何かしてきそうな雰囲気でも無かったし。

 そうなると、どうしてなのはちゃんを見ているのかが気になって、二人で監視みたいな事をしていた。



 そうやって、佐倉君を見張って少し経って、私とアリサちゃんは佐倉君に声を掛けようと相談してた。

 理由としては、なのはちゃんを見ていた佐倉君の行動が、とてもなのはちゃんに何かあるようには見えなかったから。

 ずっとなのはちゃんを追いかけてるわけじゃなくて、視線に入った時にそのまま追っていたり、誰かになのはちゃんの事を聞いてたり。



 でも、それよりももっと、声を掛けようって思ったのは、一度なのはちゃんに声を掛けられた、佐倉君の反応を見てしまったからだった。

 なのはちゃんはきっと、何の気なしに声をかけたんだろうけど、そうやって掛けられたほうの佐倉君の反応は、それを見ていた私とアリサちゃんには、もの凄く衝撃的だった。

 普段の佐倉君は、横顔しか見たこと無かったけど、そんなに表情を動かすタイプには見えなかった。

 殆どのことに関心は薄そうで、考えてることもあんまり解んない無表情に近い顔。

 そんな顔が、なのはちゃんに声を掛けられた瞬間に消え去ってしまったから。



 少し離れてたから、二人の会話は聞こえなかったけれど。

 なのはちゃんに声を掛けられた佐倉君は、まず驚いたような顔をして慌てたように応対してたっけ。

 なのはちゃんはそんな佐倉君を、少し不思議そうに見たけれど、そのまま話しかけて。

 佐倉君の方は慌てた様子は隠しきれず、遠めにも解るくらいしどろもどろになって答えてた。



 二人の会話自体はそんなに長く掛かる事無く終わって、なのはちゃんが佐倉君にお礼を言いながら離れていって。

 なのはちゃんが立ち去った後の佐倉君は、しばらくぼーっとしてるみたいに立ち尽くした後、おもむろに髪の毛を掻き回して、ガックリと肩を落としていた。

 傍目にも、なのはちゃんと上手く会話できなくて、落ち込んでるように見えて。



 そんな佐倉君を見たから、私達は声を掛けようって決めて。

 アリサちゃんと二人で意を決して、佐倉君に声を掛けた時のそのポカンとした顔は、また中々見れるものじゃなかったっけ。

+++

 ふと、言い合っていた筈の二人をもう一度見てみると、もう言い合いは終わったみたいで。
 ある意味いつもどおりに、アリサちゃんを悔しそうに見ている佐倉君が居た。

「えっと、佐倉君?」
「ん、何だ?」

 呼びかけに、すぐに反応する佐倉君。
 一回だけ、心の中で深呼吸して。

「えっと、じゃあこれからは雄介君って呼ぶね?」
「…おう、改めてよろしくな、すずか」

 何だか、ちょっとだけ緊張しちゃうのは、きっと男の子の名前を呼ぶのが始めてだから。
 アリサちゃんは、多分そんな事は無いんだろうなぁ。

+++

 雄介君を名前で呼ぶことを決めてから、初めてなのはちゃんと一緒に雄介君に会った時。

「おはよ、雄介」
「おう、アリサ」
「雄介君、おはよう」
「すずかも、おはよう」
「佐倉くん、おはよ」
「…おう、おはよう高町」

 何となく、この時にもうこの後どうなるのかは予想が付いてたけど。

「あれ、なのは宿題解けてないところあるじゃない?」
「うん、どうしても解らなくて」
「雄介君は、やってる?」
「ん、あぁ全部解けてるぞ。 見せようか、…高町?」
「良いの? ありがとう佐倉くん!」

 その後も、

「(ほら、雄介! なのはに話しかけなさい、ちゃんと名前で呼びなさいよ!)」
「(頑張って、雄介君!)」
「(お、おう…) な、なぁ? 明日の宿題はその、大丈夫そうか? な…な、な」
「な?」
「……な、何だったら、初めから一緒にやらないか?」
「うーん…、ううん、やっぱり最初は自分で頑張ってみるね、ありがとう佐倉くん!」
「そ、そうか…がんばれよ…高町」
「うん!」

 結局は私とアリサちゃんで、友達なんだし雄介君も名前で呼んであげたらと、なのはちゃんを説得する事になりました。



+++後書きとコメレス
 すずかって、とんでもなく難しい…すずかに見えないかも知れませんが、すずかの視点ですよー
 こんな事もありましたと言う、過去のお話でした。

>たるさん
 お褒めの言葉、ありがとうございます!! しかも、あれからも読み続けていただいて、本当にありがとうございます!!
 そうですね、魔法バレした時に、初対面のようなユーノがそうしたと知ったら敵愾心は抱くでしょう…だからこそ、そういうのが無いような話の組み方をしたいとは考えてますが。 でも、なのはへの恋の気持ちは重いけど、雄介は中身は曲がりなりにも大人ですから。 取りあえずは、話を書いていく中で最終的に決めていくつもりです。

 いえ、むしろユーなのは極力回避しますww ほら、それだったら雄介要りませんし?ww
 ユーノは真面目に書きます、でもユーノの性格からすると、雄介が真剣になのはを好きだとすると、魔法なんてものに関わらせて遠ざけたのに、雄介からさらになのはを遠ざけるということをどう考えるか?
 ユーノはそれでもなのはを好きと言うか、身を引くか…それの前に、なのはが誰を好きになるかもありますがww
 原作の場合は、やはりユーノが始めての男の友達だというのも、関係してきていると思うんです。拙作『男子が花道』では、それは雄介は奪いましたが、魔法関連に関してはユーノに軍配が上がりますから…イーブンの勝負になる、してみせると十和は意気込んでおりますww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十二話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/02/06 16:16
 ただ黙って、なのはの手を握る俺。
 視界の端で、ユーノがずっとこっちを見上げているけど、何も反応できない…したくない。
 今はただ、少しでもなのはの手があったかくなれば良いと思って。

 ピリリリリリ

 さっきポケットに入れた携帯が、鳴り出した。
 どうしてもなのはの手を離すのが惜しくて、片手だけ離してポケットの携帯を取り出し、電話に出る。

「…もしもし」
『雄介、か?』
「恭也さん」

 電話の向こうから聞こえたのは、恭也さんの声。
 普段よりずっと硬い、その声音にもうすずかから聞いたのだと解って。

『これから、担架を持って森に入る…自分がどこに居るかは、解るか?』
「いえ…がむしゃらにユーノの後を追いかけてたので、解らないです」
『…ユーノ? いや、それは良いか…なら、俺たちが森の中で声を出しながら歩くから、声が聞こえたら電話でどっちの方角から聞こえたかを教えてくれ…出来るか?』
「大丈夫です…お願いします、恭也さん」

 解ったすぐに行く、そう恭也さんが言って、電話は切れた。
 携帯は片付けない方が良いのは解ってたけど、ポケットに入れてもう一度なのはの手を握る。
 少しだけ、暖かくなったような気がして、それが嬉しくもあり悲しくもあった。

+++

 その後は、恭也さんの声が聞こえてから電話でおおよその方角を伝えて、しばらくしたら恭也さんとノエルさん、それにアリサがやってきた。
 恭也さんがこちらに歩み寄り、俺の傍のなのはを見て息を呑んだ。

「っ…雄介、すまないが退いてくれ。 ノエル」
「はい、恭也様」

 恭也さんに言われるままに、なのはから手を離して少しだけ離れる。
 離れたくは無かったけれど、今の俺に出来ること何て無いから、恭也さんとノエルさんがなのはを担架に移動させているのを見ているだけで。

「雄介…大丈夫、アンタ?」
「…アリサか」

 そんな俺に、アリサが声を掛けてくる。
 普段とは違い、心配そうに俺の顔を覗き込んでいて。
 ふと、

「…なんで、ここに居るんだ?」

 そんな、馬鹿なことを口走っていた。
 何でここに居るかなんて、なのはが心配だったに決まっているのに。
 すずかが居なくてアリサが居るのは、単に性格の違いでアリサが待っていられなかったからだろう。

「あのね…なのはが心配に決まってるでしょ?」
「だな…すまん」
「あと、アンタもね」

 予想通りの答えに、馬鹿なことを聞いたと謝ると、意外な言葉が返ってきた。
 俺が、心配?
 俺なんて、別に何か怪我をした訳でも何でもないのに。
 そう、思っていると

「あのね、今アンタの顔色、凄いことになってるのよ?」
「え?」

 反射的に自分の顔を触ってみるけど、それで解るはずは無く。

「気絶してるっていうなのはだって心配だけど、それを見つけたアンタだってそんな衝撃的なことがあったんだから…心配するのが、当たり前でしょう?」

 アリサの言葉に、何も言えなかった。
 確かに、俺だってもしアリサが大怪我した人を見つけたと言ったら、同じような心配をすると思う。
 そんな事にも、頭が回らないなんて。

「…今の俺、傍から見るとどうだ?」
「なのはが見たら、間違いなく寝てなきゃダメ!とか言いそうね」

 それくらい、酷い顔色らしい。
 そんな顔色だったら、けっこう友達思いなアリサに心配を掛けてしまうのは当たり前か。
 俺はおもむろに両手を自分の頬に当てて、一度深く息を吸い思いっきり両頬を叩く。
 パァンと良い音がして、手加減しなかった所為でジンジンと痛むけれど、すこしは頭も冴えてきた筈だ。

「…すっきり、した?」
「それなりに、な」

 冴えた頭でアリサを見れば、俺を心配そうに見ながらも表情は硬く、視線が何度もなのはの方を向いている。
 こんな状態でも俺を心配するアリサが凄いのか、こんなアリサに心配させてしまうくらい俺が駄目な状態だったのか…
 そんな事を考えていたら、自然と口が動いていた。

「ありがとな」
「…何よ、急に」

 俺のお礼に、口を尖らせて見せるアリサ。
 若干、頬が赤いのは照れくさいのか…まぁ、それは俺もそうだけど。
 お礼くらいは、ちゃんと言うべきだと思う…が。

「…何となくだ」
「あっそ」

 やっぱり、照れくさい。
 普段アリサとは、互いに遊びで騒ぎながら言い合うことしかしていないから、こういうやり取りがむず痒くて仕方なかった。
 だけど、こうでもしないとちょっと気持ちが落ち着きそうに無い。
 わざわざ気に掛けてくれたのだし、出来る限り何時も通りを心がける。
 取りあえず、アリサから視線を逸らそうと辺りに視線を向けて。

「…ん?」

 視界の端に、何かが映った。
 なのはの倒れている場所より、少し離れて森の色じゃない色が小さく見える。
 なのはの方を見れば、ようやく恭也さん達がなのはを担架に乗せ終わったところ。
 見える何かが、もしかしてなのはの物ならば拾っていった方が良いだろう。

「ちょっと、どこ行くの雄介?」
「いや、何か落ちてるから、拾っておこうと思ってな」

 目ざとく俺の行動に目をつけたアリサが聞いてくるので、取りあえずそう答える。
 軽く首をかしげながらも、俺の後を付いて来るアリサ。
 恭也さん達が戻る時には一緒に戻るので、駆け足でその何かに駆け寄る。
 と、そこにあった…居たのは。

「…アリサ、コイツは」
「アイ、よね? 多分だけど」

 見下ろした先、地面に転がっているのは猫。
 無論、野良猫などでは無く、すずかの飼っている猫の内の一匹。
 しかもついさっき、ユーノと大騒動を引き起こした猫だ。
 ソイツが、こんな所で寝て…?

「…寝てる、んじゃ無い?」
「…そうね、何か寝てるわけじゃ無いように見えるわ」

 寝てるというよりも、倒れてるように感じた。
 そう感じたのはアリサも一緒のようで、ふと見れば怪訝そうな顔をしている。
 なぜ、倒れている?
 そう思いながらアイを抱き上げると、グッタリとしている。
 なのはのこともあって、取りあえず呼吸を確認すると、一応呼吸はしているようだ。

「…起きない、って事は」
「ただ、寝てるわけじゃなさそうね」

 もちろん、猫ごとに違いはあるだろうけれど、人に抱き上げられてそのまま寝続ける猫なんて居るのだろうか?
 居てもおかしくは無いけれど、それは家の中とかであって、こんな外でそこまで熟睡する猫なんて居ないだろう。
 なら何で、と考えたところで。

「二人とも! どうかしたのか?」

 掛けられた声に振り返れば、恭也さんが担架を持ち上げた状態でこっちを見ていた。
 いざなのはを運ぼうとした時に、俺たちが居ないのに気づいたんだろう。

「何でもないです、すぐそっちに行きます! …アリサ?」
「そうね、アイの方はすずかに任せるしかないもの」

 アイを抱えて、恭也さんの方へと小走りで移動する。
 ここに置いて行く訳には行かないが、なのはの担架には乗せるスペースが無いので俺が抱えていくことにする。
 俺とアリサが合流して、ゆっくりだが足早にすずかの家のほうに向かい始める。
 担架の上のなのはは、やはり苦しそうでは無いけれど、一向に起きる気配は無い。
 そんななのはと、猫のアイを見ていてふと。

(…なのはとアイが気を失ってるのには、何か関係あるのか…?)

 そんな考えが頭に浮かぶけれど、今はそんな事を考えている場合では無い。
 ただ黙って、恭也さんの後を追って一心に足を動かした。

+++


 その後、なのはが目覚めたのは陽も暮れかけ、空が赤く染まった頃だった。

 すずかの家に運ばれてすぐに、ファリンさんとすずかの用意していた部屋に運ばれたなのは。

 病院に連れて行くのかと考えていたけれど、ノエルさんによればなのはには外傷も無く脈拍も正常だと言う事で、もう少し様子を見ようという話になってしまった。

 俺としては何かがあっては遅いので、すぐにも病院に運ぶべきだと思ったけれど、恭也さんがそれで納得したので、俺が言える事は何も無くなった。



 猫のアイの方は、すずかの家にちょうど着いた辺りで眼を覚ましていた。

 だが元気が無いのか、俺の腕から逃げることも無く収まっていたので、なのはが寝ている部屋に着いてからすずかへと引き渡した。

 すずかが見た所でもアイの方にも怪我などはやはり無く、しばらくすずかが面倒を見た後は元気に部屋から出て行っていた。



 なのはが目覚めるまでの間は、部屋の中はとても重苦しい雰囲気だった。

 誰も殆ど喋らず、ただなのはの眼が覚めるのを待っているだけの時間。

 なのはの眼が覚めた瞬間に、誰からとも無く安堵の息が漏れたのは仕方ないことだろう。

 アリサとすずかがベッドの脇でなのはに話し掛けている間、俺は二人の後ろに立ってただ見ているだけだったけれど。



 その後、なのはからどうしてあんな事になったのかを聞いたところ、どうやらユーノを探している間に、転んで気絶してしまったと言うことらしい。

 俺は、なのはがそう言ったのだからそうに違いない筈なのに、何故だかそれが本当だとは思えなかった。 

 なのはに嘘をつく理由も無いのに、どうしても本当だとは思えなかった。

 別に、嘘だと断言できる理由があったわけでも無いのだけれど。



 なのははそのまま自分の家に帰り、何かがあればすぐにでも病院に行くと約束してその日は別れた。

 そしてまた学校が始まり、俺たちは三人揃ってまた頭を抱えることになった。

 あの日でもう大丈夫だと思ったのに、またなのはの様子が変だったのだ。

 時折元気が無いように見え、さらには深く考え込んでしまうこともあって。

 三人揃って、次はどうしようと考えていたある日。


+++

「ねぇ、アリサちゃんすずかちゃん、雄介くん? ちょっと良いかな?」
「何よ? そんな急に改まったりして?」

 何時も通り屋上でお弁当を食べていると、なのはが話を切り出した。
 実は、今日は朝から何だかなのはが上機嫌だったので、何かあるのかとは思っていたけど。

「あのね、皆今度の連休は何か予定とかある?」
「今度の? んー、私は別に無いわね。 雄介は?」
「俺も特には、まだ聞いてないけどあるとしたら、サッカーの練習があるかくらいだな」
「私も、特に無いよなのはちゃん」

 三人とも何も用事が無いのを(俺は一応、あるかもと言う話だけど)確認すると、なのはは嬉しそうに。

「雄介くんも、多分その日は大丈夫だと思うよ」
「?そうなのか?」

 うん、となのはが言い切る。
 自分の事じゃないことを、なのはが言い切るのは珍しい。
 士郎さんが、なのはにそう言ったのだろうか?
 いや、それならそれで俺が聞いてないのはおかしい。
 俺、一応『翠屋JFC』のレギュラー何だけど。
 と、そんな事を考えていたら、

「あのね、今度の連休に皆で温泉に行こっ!」

 …はい? 温泉?
 つまり、旅館に小学生四人で行くのか? 流石に無理だと思うけど?



+++後書きとコメレス
 インターバルな今回のお話、次回は個人的に楽しみな温泉の部分ww 楽しみっていっても、邪なものは一切ありませんww ここ数話の本編内容は、あまり書いてて楽しくなかったのではっちゃけたいなと思ってたりしますけどww

>オヤジ3さん
 むしろ、勝つ確立は作者補正抜くと雄介が低い気のする十和でしたww
 対立関係が避けえぬかどうか、話をここまで書く前までは対立しなかったんですが、書いていたら雄介の性格が変わってきたので、もしかすると対立する可能性も、という感じです。
 必要以上の雄介びいきにならぬよう、フェアな展開を頑張ります!

>つっちゃさん
 そ、そうだったんですか…っ!? ありがとうございました、間は空きましたけど本日修正させていただきました。

 魔法の事を知ったら、雄介は悩むんでしょうねぇ…どうするんでしょうか、大筋は決めてますけど、まだ作中時間でも半年は先なので、変わる可能性は高いですし。 ここで雄介がどんな男か決まりそうな気がしますね、将来。
 ぶっちゃけ、ユーノに対するなのはへのアドバンテージはそれだけです。 ですが、ユーノの方も『魔法』についてしかアドバンテージは持ってないので一応、互角?

>たるさん
 仲が良いと言いますか、雄介が話しやすいかそうでないか何ですよねww純情ボーイです、雄介はww
 出来ることなら、恋敵同士でありながらも親友とも言える関係で、十和も書きたいのでどうにかそうしようとは思ってます。なので妥協は厳禁!十和もそこまで行ったときには、それまで話の流れしだいでは、対立も已む無し!とは考えていますけれど、そうはならないように書いていこうと思ってます。

 に、人気がでるなんて…ありがとうございます!
 でもぶっちゃけこの小説は、そんな小説なんです。野郎を見守る小説…なんか嫌な響きww
 なのはがもの凄く鈍感だと思って書いてますので、きっと進展はなのはが精神的にもっと大人になってからですね。雄介からのアプローチ?それは…酷でしょう多分ww 想像ですけど、なのはって直接的に「好きだっ!」とか言われないと気がつかないタイプに今は見えますしww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十三話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/02/13 16:36


 なのはの言葉の理由を聞けば、何でも次の連休に家族で温泉に行くと言うことだ。

 翠屋は基本的に年中無休だが、連休の時などはお店を店員さんに任せて家族で出かけるらしい。



 で、それで何故俺たちにも行こうと言うことになったのかと言えば、まぁ士郎さんがなのはに友達を誘っても良いと言ったらしかった。

 家族旅行なのに良いのかなとも思うが、誘われたのを断るのも悪い気がする。

 もちろん、その日の帰りに翠屋に行って確認は取ったが。



 …いや、別に他意があったわけじゃないけど、士郎さんたちが男子も行くというのを想定したかも怪しかったし?

 普通に考えれば、なのはみたいな女の子がお泊りに男子を誘うはずが無いだろうしな。

 俺が行くという可能性が、最初から除外されていた可能性も十分に有り得るのだ。



 ってゆーか、なのはは色々無防備なのか無関心なのか。

 二年生の終わりごろに、話の流れで俺までアリサたちと一緒にお泊りすることになりかけたし。

 俺が丁重にお断りする前に、アリサがどうにか潰してくれたけど。



 …ん、行きたくないのかって?

 正直言えば、色々あるので行きたくないのが本音。

 その、何だ? こう、もっと気軽に話せるようになってからが良いなぁ…今だったら話が持たなくて、間違いなく気まずい思いをする。

 アリサが居れば、その心配は無いけど…

 アリサは極普通に、もう同い年くらいの異性と一緒にお泊りとかは普通に恥ずかしがるだろうからな。

 俺も恥ずかしいし、アリサとそんな気まずさはかなり遠慮したい。

 アリサやすずかと話せなくなったら、必然的に俺孤立しそうだし。



 話が少々ずれたけど、士郎さんに確認を取ったところ満面の笑みで『当然だ』と言われた。

 …この間アリサに殆どの人にバレていると言われて、最近かなり疑心暗鬼だ。

 翠屋の人には、本気で全員にバレているのだろうか?


 
 いやもう、そんな話も放っておいて取りあえず、俺たちは今度の連休に温泉に行くことになりました。



+++

 窓の外を流れる景色は、俺の見たことも無い景色ばかり。
 見たことの無い景色が、どんどん後ろへと流れていく。
 まぁ、乗ってる車が前に進んでいるからだけど。
 
 しかし、車に乗るのは久しぶりだ。
 と言うのも、家では車に乗れるのが父さんしか居ない。
 俺もまぁ、一応前世の記憶があるから乗れるが、今の年齢では犯罪だし。
 母さんは免許を持ってないので、車に乗れない…車は、父さんが持っていかなかったから、マンションの駐車場に置きっぱなしだけど。

「ちょっと、何ニヤニヤしてるのよ?」

 声を掛けられたので、外に向けていた視線を車の中へと戻す。
 今の俺が居るのは、温泉へと向かう車の中。
 士郎さんと桃子さんが前の座席に乗り、真ん中に美由希さんと籠にはいったユーノ、後部座席に俺たち四人が少々狭いけれど座っている。
 一番右側に俺で隣になのは、そしてすずかにアリサと言う順番だ。
 
 定員が三人の席に四人並んで座っているので、隣のなのはと肩が触れており内心かなりドキドキしている。
 本当は真ん中の席にでもユーノを抱えて座ろうと思ったけど、何を思ったか強引にアリサが俺を押し込んだのでこうなっている。
 …いや、どうしてこうしたかは解るけどさ。

 ともあれ、一番向こうから声を掛けてきたアリサを見れば、なのはもすずかも俺を見ている。
 内心、少々たじろぎながら

「そんなに、ニヤニヤしてるか?」
「そりゃあもう、ちょっと不審人物レベルね」
「アリサちゃん、それは言いすぎだよ」

 失礼なことを言うアリサだが、すずかも顔が笑ってたら説得力が無いぞ。
 なのはまで苦笑しているし、そんなに俺がニヤニヤしてると変か。

「…温泉が始めてだからな、今から楽しみなんだよ」
「そうなの?」

 前世から含めて、一回も言ったことが無い。
 銭湯すら無いぞ、前世での修学旅行などはカウントしない方向で考えればだが。
 もっとも、それを数に入れても片手で足りる数しか入ったことが無いけど。

「ほぉ、雄介は温泉が初めてなのか?」
「え、はぁそうです」

 唐突に、前で運転中の士郎さんが会話に入ってきた。
 いや、別に嫌なわけでは無いけど。
 バックミラー越しに、一瞬だけ士郎さんと視線が合う。

「だったら、どうだ? 入ったことが無いのなら、男同士一緒に入るか?」
「…それは嬉しいですけど、良いんですか?」

 いきなり一人で温泉とか、もの凄く気後れする。
 だから、士郎さんが一緒に入ってくれるなら、そういうのが無くて良いけれど。
 士郎さんは気にする事はないと言いながら、

「それじゃあ、恭也も誘って男三人で入るとするか…桃子も、取りあえず向こうに着いたらそうするのはどうだ?」
「そうね…ノエルさんたちも誘って、こっちも皆で入りましょうか?」

 そう、桃子さんがこっちを見ながら言う。
 なのはたちはコソコソと耳打ちしあった後、

「「「さんせーい!」」」

 三人満面の笑顔で、声を揃え答えていた。
 温泉に着いたら、荷物を置いて全メンバーで温泉が決定…俺が、発端か?
 いや、一人で入るのよりは楽しいから良いだろうけど。
 二泊三日の高町家式温泉旅行、初っ端からフルメンバーで温泉です。

+++

「っ~~~!」

 旅館に着いて車から降り、取りあえず伸びをする。
 アリサとすずかは近くの池へと走り、中の魚…こういう所では鯉だろうか?それを見て歓声を上げていて。
 なのはは、俺と同じでぐーっと伸びをしている。
 
「なのは、雄介! ちょっと来なさいよ、池の中に大きいのが居るわよ!」
「そうなの、アリサちゃん?」
「うん! 大きい鯉がね、泳いでるんだよ」

 アリサが俺となのはを呼んで、すずかが近づいていったなのはに池の中を指差しながら教えている。
 普段の大人っぽさが無くなった三人は普段よりもずっと年相応で、贔屓目を無くしたとしても十分に可愛いんじゃないだろうか?
 いや別に、普段の大人っぽい時が可愛くないわけでは無い。
 普段だって三人とも、十分に可愛い…って、何を考えてるんだ俺は?

 ともあれ、俺もそちらへ混ざろうとも思ったが、士郎さんたちが荷物を車から降ろしているので、取りあえずそっちを手伝うことにする。

「あれ? どうかしたんですか雄介君?」
「いえ、ちょっと自分の荷物だけでも持っていこうと思いまして」

 荷台に行ったら、ちょうどこっちの車から荷物を降ろしているファリンさんに話しかけられた。
 ふと見れば、その足元には俺の荷物。
 降ろしてくれたようなので、お礼を言いながら引き取る。

「ありがとうございます、ファリンさん」
「いえいえー、これくらい何でも無いですよ」

 いつもにこやかなファリンさん、年下の俺にも敬語なのはメイドとして矜持か何かなのだろうか?
 と、そんな事を思いながら何とはなしに見ていると、ファリンさんの足元には他にも沢山の荷物。
 二泊ともなると荷物が多いなぁと見ていると、その中になのは達三人の荷物が見えた。
 ふと思い立ち、

「ファリンさん、すずか達の分の荷物だけでも俺が持ちますよ」
「え? いえいえ、そんな大丈夫ですよ」

 俺の言葉にファリンさんは遠慮して見せるが、他の荷物も多いし俺も男。
 そのくらいなら楽々と持てるはずと、なのはとアリサ、そしてすずかに俺の荷物の四つを纏めて担ぐ。
 少々重くて動きづらいが、無理ではない。

「おぉ、力持ちですねー雄介君?」
「一応、鍛えてますから」

 偉い偉いとファリンさんが頭を撫でてくるが、恥ずかしいので是非ともやめて欲しい。
 そんな年でも…いや、そんな年だったか外見は。
 まぁ、良いか別に。

「じゃあ、これは俺が運びますね」
「ごめんなさい、宜しくお願いしますね雄介君?」

 俺が四人分だけ荷物を持って離れると、すぐに残りの荷物を誰が持つのか相談が始まった。
 すぐにでも決まりそうなので、一足先になのは達でも呼びに行こう。
 まだ池の中を覗きこんでいたなのは達に近づいて、

「おーい、多分そろそろ移動するみたいだぞ?」

 俺が呼びかけると、三人揃って振り返る。

「あら、そうなの?」
「はーい…って、雄介君、それ私達の?」
「ご、ごめんね雄介くん、自分の分は自分で持つね!」

 アリサは俺が荷物を抱えているのに何も言わなかったが、すずかとなのはが慌てたように俺から荷物を受け取ろうとしている。
 そんなに、気にしなくても良いんだけどな。
 持つのは比較的に小さい荷物ばかり選んだし。

「いや、別にこのくらい良いさ。 このくらいなら軽いもんだし」
「でも、持ってもらうなんて…」
「そ、そうだよ。 私達も自分の分くらい持つよ?」
「良いじゃない二人とも、雄介が持ってくれるって言うんだし」

 アリサ、お前は少し遠慮しろ。
 いや、別に持つつもりだから良いけどな?
 とその時、

「おーい、皆行くよー?」

 美由希さんの声が聞こえ、振り向けばもう大人たちは準備完了のようだ。

「ほら、早く行かないと置いていかれるんじゃないか?」
「で、でもぉ…」

 俺がそう言うが、なのははまだ迷い気味。
 ここは強引だが、移動を始めてしまえば諦めてくれるだろう。

「さぁ、行かないとどこの部屋か解らなくなるぞ~」
「あ…もう、待ってよ雄介くん!」

 なのは達に背を向けて歩き出せば、そんな風に言いながら追いかけてくるなのは。
 歩く俺の横に並んで、

「もう…ごめんね雄介くん? 荷物持ってもらって」
「俺が勝手に持ってるんだから、気にしなくても良いさ」

 俺はそう言うが、なのははあんまり納得してなさそうな顔。
 本当に、気にしなくても良いんだがなぁ。

+++

 自分達が泊まる部屋へと案内され、荷物を置いたらすぐに温泉ということになった。
 俺と士郎さんに恭也さんの三人で、連れ立って温泉に向かう。
 女性陣は、一足先に全員が先に温泉に向かった。
 まぁ、男湯と女湯は隣同士なんだけど。

「あ」
「ん、どうかしたか雄介?」

 男湯の入り口を通る直前、荷物の最終チェックをしていたら忘れ物に気が付いた。
 思わずあげた声に、士郎さんが反応して聞いてくる。

「…あー、えっとちょっと忘れ物したみたいで」

 言いつつ、来た道を戻り始める俺。
 そんな俺に、少々大きな声で士郎さんから声が掛かる。

「そうか…雄介、取りに行くなら先に入ってるからな!?」
「はい、それで良いです! 先に入ってて下さい!…あぁ、やっぱり忘れたみたいなんで、取ってきますね!」

 俺も大声で答えて、士郎さんと恭也さんが男湯へと入っていくのを確認する。
 もう一度荷物の中身を確認するが、やっぱり忘れたようだ。
 仕方ない、取りに戻るとしよう。
 と、その時。

「きゅー!」
「待って、ユーノくん!」
「ん?」

 女湯のほうからそんな声が聞こえて、次の瞬間入り口から小さな影が飛び出してくる。
 その影は真っ直ぐ俺へと向かってくると、そのまま俺の身体を上って肩…では無く頭の上まで上っていった。
 チラリと視線を上げてみれば、視界の端に見える尻尾…ユーノだ。
 そして、そのユーノを追って女湯のほうから飛び出してきたのも勿論。

「あ、雄介くん!? もう、勝手に人の頭の上にまで上っちゃ駄目だよ、ユーノくん!」
「っ!?」

 なのはは俺を見つけて、さらに頭の上に居るユーノを見つけるとユーノを叱り付ける。
 きゅーと弱々しく鳴いて抗議してみせるユーノ、何で逃げてるかは知らないけど少しでも高いところに行きたかったんだろう。
 しかし、俺はそれどころでは無かった。

「?どうしたの雄介くん、何で変な方向向いてるの?」
「…いや、別に」

 なのはが聞いてくるが、俺はそっちに顔を向けない…が、チラリと視線を向ける。
 俺の前に立って不思議そうな顔をしているなのは、その格好はここに到着した時とは少しだけ変わっている。
 詳しく言うと、上着の一番上に来ていたものを一枚脱いで、半袖の白いシャツ姿なのだ。
 別に、去年の夏ごろとかはそんな格好だったけど、今日の朝は違っていたし明らかについさっきまでより薄着だと解るのは…なんと言うか、色々と驚く。
 心臓とか、俺の精神的にとか。

 取り合えず、落ち着こう…別に格好としてはおかしくないんだ。
 今から温泉に入るんだし、ちょうど服を一枚脱いだところだったんだろう…あれ?じゃあ今のなのはは、上はコレ一枚?
 なのはの年で、ブラとかはまだ早い…って、何を考えてる俺は!?
 イカン、忘れろ忘れろ忘れろ…っ!!
 あの下に、薄手のキャミでも何でも着ているに違いない、そうだろうそうなんだきっとそうに違いない!!

「え、わっ!? ど、どうかしたの雄介くん!? そんなに頭振ると、ユーノくんが落ちちゃうよ!?」
「え? あ、わ、悪いユーノ…」

 何時の間にか振っていた頭を止めて、頭の上に居るはずのユーノに手を伸ばす。
 どうにか落ちては居なかったようで、ユーノを手に取りその手を目の前に降ろすと。

「きゅ~…」

 ユーノが、眼を回したようにフラフラしていた。
 って言うか、眼を回してるんだろうなぁ…俺の所為で。
 ユーノは少しフラフラしていたが、しばらくするとしっかりと後ろ足で立って、人間のように頭を勢い良く振っている。
 フェレットでも、眼を回したら同じことするんだなぁと思いながら。

「え、えーと…どうかしたのか、なのは? ユーノを追いかけてたみたいだけど」
「え? あ、あのね…温泉に入ろうと着替えてたら、何でかユーノくんが急に逃げ出しちゃって」

 追いかけて、慌てて出てきたところで俺と遭遇したのか。
 しかし、逃げ出した…ね。

「逃げたって、ユーノはお風呂が嫌いなのか?」
「そんなことは、無かったと思うけど…」

 そう言うと、ちょっと考え込んでしまうなのは。
 動物なんかは、洗われるのを嫌がる奴も居るけど…って、そうだったら今までにも嫌がってるから、それは無いか。

「そういえば、私やお姉ちゃんと入る時は嫌がってるかも…」
「?なのはや、美由希さんと?」
「うん。 お兄ちゃんとか、お父さんだとそういうのは無いんだけど」

 …それはまた、不思議な?
 選り好みでもしてるのか、ユーノもオスだし…いやしかし、オスならなのは達って、更に何を考えている俺!?
 いかん、何だか今日は思考の方向性がおかしすぎる。

「あー、じゃあ俺がユーノを連れて行こうか? 向こうには恭也さんも士郎さんも居るし」
「え!? そ、そんなの悪いよ、ほらユーノくん!」

 俺の提案を慌てるようになのはが断り、ユーノへと呼びかけるが、ユーノは俺の手から退く気配が無い。
 きゅーと、申し訳なさそうに鳴くのみだ。
 なのははしばらく、むむっとした顔でユーノを無言で見つめていたが、やがてガックリと肩を落としてしまう。

「うぅ、ごめんね雄介くん? ユーノくんの事、任せても良い?」
「あぁ大丈夫だ、しっかり洗っておいてやるよ」

 なのはが諦めたのを理解したのか、ユーノは俺の手から頭の上へと移動する。
 余談になるがここ最近、と言うか大体この間なのはの倒れた時くらいから、ユーノは大分俺に懐いてくれているようだ。
 何かと、俺の身体によじ登ってくる…一番多いのは、アリサのちょっかいから逃げ出す時だけど。
 男同士だとでも、思ってるのかも知れないな…俺も、アリサにからかわれる同士で妙なシンパシー持ってるし。

「じゃあなのは、俺はちょっと部屋に忘れ物したから」
「そうなんだ…あ、ちょっと待って雄介くん!」

 ユーノを連れて女湯の前から立ち去ろうとしたら、何かを思い出した様子でなのはに呼び止められた。
 って言うか、さっきから気にはしないようにしていたんだけど、ここは女湯のちょうど出入り口の真ん前何ですけど。
 通り過ぎるだけなら良いけど、ここで話し込んでると周りの視線が…あぁ、また何か微笑ましい眼で見られてる。
 不審者を見るような眼よりは良いけど、それでも何かむず痒くなるのでもの凄く気になる。

「どうかしたか、なのは?」
「うん、あのね? さっきアリサちゃん達と話してたんだけど、温泉から出たら皆で宿の中を探検しようって相談してて…雄介くんも、行くよね?」

 当然のように俺をメンバーだと考えてくれてるのは、嬉しい限りです。
 もちろん行くさ、絶対に。

「あぁ、もちろん。 じゃあ出たら、この辺で?」
「うん、早く出たほうが待ってることにしよっか」

 そう言って、笑顔を向けてくれるなのは。
 女の子のお風呂はきっと長いんだろうし、俺が待つことになるだろうけどそんなのはどうって事ないな。
 それじゃあまた後でねと言って、手を振りながらなのはは女湯の方へと消えていった。
 なのはが見えなくなるまで、俺も手を振り返して。
 
「さて、戻るか♪」
「きゅ?」

 心なしか、声が弾んだけれど気にしない。
 頭の上のユーノも不思議そうな鳴き声を出したが、そんなのは気にもならん。
 さぁ、忘れものを取ってさっさと温泉に戻ろうか♪

+++

 軽い足取りで部屋へと戻り、そのまま直ぐに男湯へととんぼ返り。
 忘れ物? そんなのはすぐに取ったさ。
 男湯へと戻り、ささっと服を脱いでさぁ入ろうとした時。

(…あれ? ペットって入れても良いのか?)

 ふと思ったが、なのはが入れようとしていたので大丈夫だろう。
 なのはの事だ、バレなければ良いとは考えないだろうし。
 きっと、ペットもOKだったに違いない。
 ガラガラガラと引き戸を開けて、思わず一言。

「うわぁ…でけぇ」
「きゅー」

 視界一面に広がる湯船と、立ち上る湯気が凄い。
 頭の上のユーノが、同意するように鳴き声を上げた。
 前世で行った中でも、一番大きいな…まぁ、今の俺が小さいのもあるんだろうけど。
 引き戸を閉めて、改めて中を見渡してみると、今は士郎さんと恭也さんの二人しか居ない。
 高町家貸切状態だなぁなんて思いながら、取りあえずは身体を洗ってしまおうとそっちに向かう。

「…あー」

 手早に身体を洗って湯に浸かろうと思ったが、ユーノの事を考えていなかった。
 いくら頭が良いとは言え、俺が身体を洗っている最中にどこかに行ってしまう可能性がある。
 さてどうしようと考えて、

「…先に洗って、恭也さんか士郎さんに任せるか」

 言いながら、頭の上のユーノを下ろして洗い始める。
 きゅーきゅー鳴いているが、残念ながら洗っている間は我慢してもらうしか無いな。
 置いてある石鹸は動物に合うかが解らないので、手洗いのみ。
 だから、しっかりワシワシと洗うしか無い。

「きゅ、きゅー!」
「ええい我慢しろユーノ、暴れても止めないぞ」

 暴れるユーノを押さえつつ、その毛並みをガシガシと洗っていく。
 こういう洗い方は良いのかは知らないけど、手洗いだからまぁ良いだろう。
 他の洗い方って言ったら、車みたいに思いっきり水を強く掛けるしか思いつかないし。

 そうやって暴れるユーノをようやく洗い終え、湯の中の恭也さんへと向かう。
 士郎さんは奥のほうに居て、恭也さんは手前の方でノンビリしているからだ。

「恭也さん」
「ん、どうかしたか雄介…それと、ユーノはどうしたんだ?」

 こっちを振り向いた恭也さんだが、取りあえずは俺の連れているユーノが気になったようだ。
 ユーノは俺が洗っている最中、ずっと暴れていた所為かグッタリとしている。

「ちょっと暴れるのを押さえながら洗ってたら、こうなっちゃいまして」
「いや、そちらもだが…なのはが連れて行かなかったか?」

 あ、そっちか。
 確かに、恭也さん達と別れたときは連れてなかったもんなぁ。

「いえ、さっき忘れ物を取りに戻った時、なのはから逃げ出してるところで行き会いまして、そのまま流れでこっちに?」
「あぁ、そういえばユーノはなのは達とは嫌がっていたか…家では無理やり、連れて行かれていたが」

 そうなんだ、ユーノは。
 思わず同情の目線でユーノを見るが、ユーノは未だにグッタリしている。
 しかし、それだったら連れてきて良かったかも知れない…アリサとか、手加減がなさそうだ。

「で、どうかしたのか雄介?」
「あ、ハイ。 俺が身体とか洗う間、ユーノを見てて貰っても良いですか?」
「あぁ、それなら良いぞ。 もともと、ユーノは家のペットだからな」
「じゃあスイマセン、お願いします」

 そう言って、手に持っていた洗面器にお湯を半分程度張って、その中にユーノを入れる。
 こうして更に湯に浮かべておけば、ユーノが逃げることも出来ないだろう。
 恭也さんに見ててもらえば、もし引っくり返っても対応してくれるだろうし。

「さぁ雄介も早く身体を洗って、湯に浸かると良いぞ」
「はい、じゃあ身体洗ってきます」

 そう言ってさっきまでユーノを洗っていた場所に戻り、今度は自分を洗っていく。
 家で長風呂派な俺だけど、湯に浸かるのが長いだけなのでちゃっちゃっと身体と髪の毛を洗い終える。
 石鹸の類を洗い流して、取りあえず恭也さんの方へ。

「恭也さん、ありがとうございました。 ユーノ引き取りますね」
「いや、別に構わないさ。 それよりも、雄介も早く入らないか?」
「そうですか?」

 構わないと言ってくれたので、ユーノはそのまま洗面器に入れて浮かべておき、恭也さんの隣へと入る。
 ゆっくりと全身を湯船に浸ければ、ものすごく気持ちいい。
 流石温泉、日ごろの疲れが一気に流れ出していくみたいだ。
 最近は、なのは関係で頭を悩ませる事も多かったしなぁ…今日は、旅行中だからかそんな素振りも全くと言っていいほど無かったけど。

+++

 ところで温泉って、声が凄く響くんですね。
 え、何のことかって?
 それは…

『はいお姉ちゃん、終わったよ』
『ありがとうなのは、じゃあ次はお姉ちゃんが洗ってあげよ~』
『え、えぇ!? い、良いよぉ別に』
『そうは行かないよ~、それっ!』
『わぁっ!? もう、お姉ちゃん!?』
『ふっふ~ん…あれ、なのはちょっと大きくなった?』
『っ!? どこ触ってるのお姉ちゃん!!』
『ごめんごめん…でも、やっぱりなのは』
『お姉ちゃん!』

 …聞こえない聞こえない、考えない考えない考えない。
 なのはの大きくなったのは身長、そうに違いない。
 身長身長身長身長、身長に決まってる。
 あと、すずかやアリサとかファリンさんとか皆の声が聞こえるけど俺には聞こえないんだ。
 聞こえないったら、聞こえないのだ。

「そういえば、雄介」

 呼びかけてきた隣の恭也さんを見れば、実に平然とした顔。
 この声、聞こえてるはずですよね?
 何でそんなに平静…って、なのはは妹だから当たり前で、アリサやすずかは対象外ですかきっと。
 でも、きっと恭也さん的にストライクな忍さんとかノエルさんの声も聞こえますよ?
 何でそんなに平静なんですか?

「…雄介、聞いてるか?」
「え、あ、ハイ? 何ですか?」

 イカン、つい返事が出来なかった。
 慌てて返事をして、恭也さんに向き直る。

「実はな、前から聞いてみようと思っていたんだが…」
「はぁ、何でしょう?」

 はて、恭也さんが一体俺に何を聞きたいのか?
 前からって、一体何を?
 そう考えつつ、離れていこうとしていたユーノin洗面器を手繰り寄せる。
 誰かが動くと波が起きて、流れていってしまうのだ。
 そんなユーノを、手の届く範囲に浮かべたところで。

「あぁ、雄介はなのはのどこが好きなのかと思ってな」
「…」

 ジャボン、ブクブクブク…
 頭の天辺までお湯に沈めて、しばし黙考。
 黙考思考考え熟考、取りあえず考え続ける。
 しかし息が続かない、だから一度お湯から頭を出す。

「どうかしたか、雄介?」
「いえ…」

 お湯から出てきた俺に、恭也さんは笑顔で話しかけてくるが今の俺にはその笑顔が胡散臭くて仕方が無い。
 この間すずかの家に遊びに行ったときの、忍さんの笑顔とそっくりだよコンチクショウ。
 流石恋人、とでも言ってやろうか。
 取りあえず、

「何でしたっけ恭也さん?」
「あぁ、雄介はなのはどこが好きなのかと思ってな」

 聞いてなかった作戦、失敗。
 成功するとは思ってなかったけど、全く同じトーンで聞き返さないでください恭也さん。

「ふむ、雄介どうなんだ?」
「…えーと」

 さも当然のように、話に入らないでください士郎さん。
 それより士郎さん、アンタ何時の間にこっちに来た?
 さっきまで、奥の方で一人で居たはずだ!
 それにその笑顔も止めろ、俺が最近見ることの多い笑顔にそっくりだ!
 こっち来んな!見んな!

「……ふん」
「きゅ、きゅー!?」

 何でかユーノまでこっちを見ていたので、洗面器をひっくり返さないように横回転させる。
 コーヒーカップのごとくユーノが回るが、簡単に恭也さんが止めてしまった。
 ちっ。

「で、どうなんだ雄介?」
「あー」

 って言うか、本気で高町家の男性陣にはバレバレだったのかよ!?
 二人とも良い笑顔だよ、最悪なことにな!
 こうなったら後バレてないのは、美由紀さんと桃子さん…バレてそうだ、もの凄く。
 本丸凄く頑丈なのに、外堀完全に埋まってるんだけど。
 いや、本丸硬すぎてどうしようもないけどさ。
 何この家族、娘に悪い虫が付きそうなのに大歓迎ってどういう事だ。

 …ってか、そろそろ無言の圧力が強くなってきたような?
 答えないと駄目か…?

「えー…秘密、って事には?」
「ふむ…」

 あれ?駄目もとで言ってみたのに、なんか良さげな感じ?
 良いのか、言わなくても別に良いのか?
 士郎さんはうんうん頷いてるし、恭也さんは…こっち見てる?
 恭也さんは、ふむと一つ言ってから、

「好きなのは、やはり否定しないのか」

 ………しまったぁぁぁぁあああああ!!??


+++後書き
 コメレスは、感想欄の良いと言われたのでそっちにいきまーす。
 温泉編、ユーノの淫獣フラグを一本これで叩き折れたはずww ってゆーか長くなりそうwwこの話は雄介主観なので、雄介の印象に残る部分は割り増しで書かれてますww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十四話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/02/21 03:06

 墓穴を掘った、しかも大穴。
 元々掘れていた奴を、さらに大きく掘った感じだ。
 今その墓穴に入ったら、周りに積み上げた土が崩れ落ちて、俺生き埋めにならないかなぁ…それでも良いかも。

 ちなみに今俺が居るのは、男湯と女湯の間にあったベンチだ。
 温泉は、もう出てきた…しっかり堪能してきたよ。
 士郎さんと恭也さんに、ニヤニヤ見られながらな!!
 何も言わなかったけど、逆にもの凄く気まずかったよマジで!

 ええい、小学生の男子に向ける表情じゃなかったぞあの二人!
 まぁでも、俺の中身は違うけどな!

「きゅー?」

 ベンチの上で俺の隣に居るユーノが、そう鳴きながら俺の顔を覗き込んできた。
 が、残念ながら相手をしてやる気にはならない。

 あの後、思わず隣へと耳を澄ましてみたけど、特に変わらず向こうは向こうで会話していたので、聞かれては居ないはずだ。
 …なのはに聞かれてたら、羞恥で死ねるね。
 聞かれてないのを、心のソコから信じても居ない神様に祈る。
 もう救世主とか唯一神とか仏様とかでも八百万の神様でも、何でも良いですマジで。

「あ、ホラあっちに居るよ!」

 そんな事を考えていたら、急にそんな声が聞こえてきた。
 顔を上げれば、なのは達がこっちに向かってきている。
 なのはとアリサとすずか、三人揃って浴衣姿だ。
 軽く手を上げつつベンチから立ち上がり、ユーノを連れてなのは達のほうへと向かう。

「ごめんね雄介くん、待った?」
「…いや、ついさっき上がったところだから待ってないぞ」

 なのはの言い方に、思わずドキッとしてしまった。
 いや、その、有り得ないとは解っていても、恋人っぽかったし?
 ニコニコとした笑顔に、待った?なんて言い方はちょっともう、ツボに来たね。

「じゃあ、もっと長く入ってても良かったかしら?」

 何でか、ニヤニヤしているアリサ。
 何をそんなにニヤニヤしているんだ、お前は。

「お前は、しわしわにふやけるまで入ってろ…痛っ!?」
「誰がしわしわになるのよ!」

 からかったらアリサに叩かれた、そんなにしわを気にする年でも無いと思ってたけれど、そうでは無いらしい。

「まぁまぁアリサちゃん…温泉、どうだった雄介君?」
「あぁそうだな…何ていうかこう、凄かった!としか言えないなぁ」

 我ながら頭の悪い表現だが、ぶっちゃけそうとしか表現できない。
 そうとしか表現できないんだから、その微妙に見下した目線は止めろアリサ。
 しかし、それはそれと置いておいて…

「…?どうかしたの、雄介くん?」
「いや…」

 温泉上がりの浴衣姿、それもレアだけど更にレアなのが、なのはの髪を下ろした姿だ。
 普段の二つに縛った髪型じゃなくて、全部下ろしてあるんだがこうして見ると、なのはって結構髪が長いんだなぁ。
 アリサも、いつものピョンと横に飛び出すようにしてある髪型じゃないし、すずかもヘアバンドを付けていないけど、やっぱりなのはの方が珍しい気がする。
 いや贔屓目とかじゃなくて、アリサも基本的にはストレートのまんまだし、すずかはヘアバンドを付けてるかそうでないかの違いだからだな。

 うん、贔屓目じゃないよな…って痛っ!?
 突然脇腹に痛みを感じて見てみれば、何でかアリサに肘打ちされていた。
 何するんだと、疑問の視線で見れば。

「目つきがヤラしいわよ、アンタ」

 …完っ全に濡れ衣だ!
 そんな目で見てないし、そういう事を口に出して言うな!
 なのはに聞かれたら…って、何かなのはは首傾げてるし。
 最近、なのはのその辺の知識の無さに、危機感を勝手に覚える。
 すずかも苦笑して意味が解ってるみたいなのに、なのはだけ解ってないとか心配だ…それのお陰で、今回とか助かってるけどな!

 しかし、そう言われると見る目線にも違いが出ると思う。
 うん、意識してしまうから、ちょっと見る視線がそういう風な方面に向いても、仕方ないよな?
 なのはだけじゃないけど、三人とも湯上りで血色がいいのか、普段よりも頬に赤みが差している。
 少ししっとりとしている髪と、赤みの差した頬は、何だか色っぽさすら窺える。

 …あれ?ちょっと待てよ俺、小学生相手に色っぽさって、今人間的に大分駄目な感想持ったんじゃないか?
 え、少し待て俺、そんな趣味は無いはずだぞ?
 俺はなのはが好きであって、特定年齢に反応するわけじゃあ無い。
 
 そう、色っぽさとかは気の迷いだ。
 じっとなのはを見つめ直してみるが…うん、色っぽさよりは可愛いと思うぞ。
 特に俺がジッと見てるので、それに対して不思議そうにしてるのとか?
 そう思った次の瞬間、

「~っ!?」

 俺の足にいきなりの激痛が走る。
 思わず下を見れば、アリサに思いっきり足を踏まれていて。
 流石に睨むようにアリサを見れば、

「…目つきが、イヤらしすぎたわよ今のは」

 …否定したいけど、否定できないかも。
 さっき心の中で色っぽいとか思ったのは、誰にも知られるわけにはいかない。
 ジト目のアリサから、精一杯視線を逸らす俺。
 二度、三度と俺の脚を蹴ってくるアリサを見て、どうして俺が蹴られているかは解っていないだろうけど、なのはが慌てて間に入ってきてくれた。

「ほ、ほら! そろそろ行こっかアリサちゃん?雄介くん?」
「そうだよアリサちゃん、雄介君を蹴るのは後でも出来るんだから」

 すずかもなのはに続いて説得してくれるが、その言葉が不穏すぎる。
 今ここで無ければ、俺が後で蹴られても良いと言うのか。
 そう思ってすずかを見れば、その視線が微妙に冷たい…そんなに、イヤらしそうな目つきだったんだろうか、俺?

「それもそうね…じゃ、行きましょうか?」
「う、うん…後でも、蹴っちゃダメだよ?」
「良いんだよなのはちゃん、雄介君が悪いんだから」
「そ、そうなの?」

 最後にもう一度だけ俺を蹴ってから、なのはを促して歩き始めるアリサ。
 良いのかな?と言った顔のなのはだけど、すずかに押されてアリサの後に付いて行ってしまった。
 微妙に置いていかれて、何だか凄い空しい。
 いや、俺が悪いのかも知れないけれど。

「きゅー…」

 ユーノがまるで慰めているかのように、そう鳴いたのが唯一の救いだった。

+++

「ねぇ? 温泉で汗も流したし、卓球しない?」

 折角汗を流したのに、運動したら意味が無いぞ。
 と言うか、すずかとしたら確実に負けるなぁ俺。

「う~んアタシ、ちょっとお土産見たかったんだけど」

 まだ初日なのに、お土産は早いんじゃないかアリサ。
 早くても二日目で十分だろ、二泊三日何だし。

「え~っと、私卓球はちょっと…」

 まぁ、このメンバーの中では明らかに一歩…その、何だ?
 あれだもんなぁ、なのはは。

 現在、俺たちは四人で旅館の中を探索中。
 と言っても、ただブラブラ歩いているだけだけど。
 楽しげに話しながら歩いている三人、とその後を黙って付いていく俺。
 いや、さっきのもあって今は会話にもの凄く入りづらいから。
 今までの突っ込みも、全部心の中で言いました。

 前を歩く三人の会話には入れないが、これはこれで何となく落ち着くと言うか…
 心密かに平穏を噛み締めていたり…いや、別に三人と話すのが嫌という事は有り得ないけれど。
 こう後ろから眺めてるのが、とてもしっくりくる…とでも言おうか。
 肩の上のユーノをちょいちょい構いながら、三人の後を追う。

 そんな事を考えつつ歩いていたら、

「ハァーイ、おチビちゃん達」

 そんな声が俺たちに掛けられた。
 全員揃ってそちらの方に顔を向ければ、そこには見知らぬ女の人。
 パッと見て思うのは、大体美由希さんと同い年くらい。
 何となく、軽い性格のような印象を受けるが、さっきの呼びかけ方もあるから間違いでは無いだろう。

 それとデカッ、何がとは言わないけど…もっとちゃんとしまえよ。
 こっちを見ながら近寄ってくる女の人に、俺は胡乱な目を向けるが

「君かね、家の子をアレしてくれちゃってるのは?」
「え、えぇ…?」

 その人はなのはの正面に回りこんで、じっと顔を覗き込んでいる。
 達と言ったわりには、迷い無くなのはに声を掛けてたって事は…最初から、なのはに用がある?
 だがそのなのはの方は、目の前に人に見覚えが無いのだろう。
 少々引きながら、戸惑った声で返事を返していた。

「あんま賢そうでも、強そうでも無いし…ただのガキンチョに見えるんだけどなぁ…」

 そんな思いっきり馬鹿にしたような事を言いながら、さらにグッとなのはに顔を近づける女。
 流石にカチンと来たので前に出ようとしたら、俺よりも先に二人の間に割り込むのは…アリサ。
 ぐいっと無理やり顔を割り込ませて、女の顔を引かせたアリサは女から顔を背けないまま、

「なのは、お知り合い?」
「え、う、ううん…」
「そう…この子、あなたを知らないそうですが、どちら様ですか!?」

 解りやすく怒った声のアリサに、ハッキリと首を横に振るなのは。
 さらに目の前の女にアリサが言うと、目の前の女は斜に構えてこちらを見下ろしてくる。
 無言でこちらを見おろす女と、睨んでいるアリサ…その間に、俺が割り込む。
 ユーノは、なのはの横を通り過ぎる際に肩の上にそっと返しておいた。

「おや?」
「ちょっと、何割り込んでるの雄介!」
「…一つ、言っておきたいんですが」

 後ろのアリサが何か言っているが、取りあえず無視。
 なのはの為に怒ってるんだろうが、それを少し譲ってくれ。
 相手の目を見ながら、

「そちらから一方的に見知ってるだけの人間に、突然ただのガキンチョなんて事を言う人なんて、俺たちとしてはマトモに相手をする気がありません」

 一息にそう言い切る。
 目の前の女が、軽く目を見開いたように見えたがそれも無視。
 まだ言いたいことがある。

「こっちをガキと言うのなら、そっちは大人の態度を取ったらどうですか? 今はまったく、大人には見えませんけど」

 そう言って、今度は俺も無言で相手を見る。
 相手の背が高いので、若干威圧されているような気がするけれど、怯まない。
 しばらくそのままにらみ合い、ふと相手の口元が笑った。
 その笑顔に、何となく警戒心を覚える。
 前にアリサの家に行った時、不注意で怒らせた犬に唸られた時と似てる気がしたからだ。
 そこまで考えた時、さらに相手の笑顔が深くなり

「ん~ゴメンねぇ、人違いだったかなぁ? 知ってる子に、良く似てたからさぁ」

 そう笑いながら言ってきたが、俺はもちろん後ろのアリサもきっと信用していないだろう。
 だけど、

「な、何だ、そうだったんですか…はぁ」

 なのははそれを信じて、思いっきり安堵していた。
 後ろに居るので見えはしないが、多分間違いない。
 ちらりと後ろを見れば、アリサの方が何か言いたげな顔をしている。
 アリサ的には信用ならないけど、なのはがそう言っているのにさらに何か言うべきか迷ってるんだろう多分。

「いやぁ悪かったね、おっ可愛いフェレットだねぇ」
「あ、ハイ!」

 そんな事を言いながら、ユーノへと手を伸ばしている女の人。
 なのははユーノが褒められて、笑顔でユーノを撫でさせている。
 よしよし~なんて言っているけど、俺的には何となく胡散臭い。
 ユーノを撫で終ると、何故かまたなのはをしばらく見下ろしてから

「さぁて、もうひとっ風呂いってこよーっと」

 そう言って、立ち去っていった。
 立ち去る直前に、なのはの表情が強張ったので何か言ったのだろうか?
 それにしては何も聞こえなかったけど、あの表情からすると何か言われたのは間違いないだろう。
 しばらく、本当に立ち去るか眺めていたけど、振り返る気配は無くそのまま角を曲がっていった。
 もうこれ以上、ここで何かするつもりは無いのだろうと思った時。

「何よアレは~!」

 遂に我慢の限界が来たのか、アリサが爆発した。
 相手の居た方を指差しながら、足を踏み鳴らしている
 そのアリサの様子に驚いたなのはが振り返り、恐る恐るアリサに声を掛けた。
 
「あ、あのアリサちゃん? その…変わった人、だったね?」
「昼間っから、酔っ払ってるんじゃないのアレ!? 気分、悪っ!」

 大げさな手振りで、今の心境を表現するアリサ。
 ってか、今の動作は徳利をラッパ飲みしてるみたいな感じだけど、どこでそんなの見たんだお前は。
 チラリとすずかを見ればちょうど視線があって、思わず互いに苦笑してしまった。

「ま、まぁまぁくつろぎ空間なんだし…色んな人が居るよ」
「だからと言って、節度ってもんがあるでしょ! 節度ってもんが!」
 
 アリサの叫びに、あははと誤魔化し笑いで対処するなのは。
 そんな二人を傍観していたら、

「後、雄介! アンタも何でわざわざ私の前に出てきたのよ!」
「あ?」

 思わぬところで飛び火した所為で、間の抜けた声を出してしまった。
 
「何でって…別に、特に理由は無いぞ」

 しいて言うならば、なのはを馬鹿にされたから俺も言い返したかっただけだし。
 そんなのは、なのはの前で言うことでも無いしな。

「何だよ、悪かったか?」
「悪い!」

 …軽く聞き返したのに、まさかの断言だった。
 いや、アリサが本気で言ってないのは解ってるけど。
 多分、文句を言い足りなかったんだろうなぁ…どうしようも無いけど。

「あぁもう! 雄介、ちょっと卓球に付き合いなさい!」

 そう言うと、俺が返事をしていないのにずかずかと歩いていくアリサ。
 まぁ、消化不良な気分を思いっきり動いて発散したいんだろうなぁ…俺も若干、そんな気分だし。
 きっと遊技場に向かっているアリサの背中を見ながら、なのはとすずかの二人に目をやると、二人揃って苦笑された。
 
+++

  あの後、遊技場で全員総当りの卓球デスマッチが開催された。
 俺はすずかに負けてなのはに勝って、最終戦のアリサにもギリギリで勝利。
 最後の決め手は、アリサのミスショット。
 そんな勝ち方だったので、明日も対戦することがアリサによって半ば決定済みだったりするけれど。

 その後はお土産を見に行く予定だったけれど、思いのほか俺とアリサの試合が白熱して長引いたり、体力を激しく消費したため明日に。
 まだ初日だし元から、すずかとなのはは明日にするみたいだったけど。
 アリサのみ、少し悔しそうだった…俺に負けたのがなのか、それともお土産を見れなかったことなのかは知らないけれど。

 そして、晩御飯は美味しかったです。
 俺って魚は焼いたのも煮込んだのもそんなに好きじゃないけど、ここのは美味しく食べれた。
 後、漬物も美味しかった。
 
 そんなこんなで色々あって、今はもう夜。
 普段ならまだ起きている時間だけど、旅行初日と言うことでペースが掴めなかったのか、何だか疲れていたので今日は早めに休むことにした。
 夜用にトランプとか、色々持ってきたけれど、これらは明日と言うことで。
 と、こんな事をうだうだ考えているのも理由があって

「ほら、もうちょっと向こうに行きなさいよ雄介!」
「…了解、この辺で良いか?」

 布団を抱える俺に、指示を出しているのはアリサ。
 アリサの指示に従って布団を抱えたまま、部屋をうろうろする俺。
 多分なんでこんな事になってるのか不思議に思われそうだけど、別に大したことじゃない…アリサに、雑用に使われてるわけじゃないぞ?

 まぁ、簡単に現状を表現すると…なのは達と、一緒の部屋で寝ることになりました。

「う~ん、もうその辺で良いと思うけど…いいよね、アリサちゃん?」
「うーん、どう思うすずか?」
「私は、もう良いと思うよ? あんまり隅っこに行ったら、寒いと思うし」
「じゃあ、もう下ろすけど良いか?」

 布団の上に座ってそんな会話をする三人から、少し離れたところで布団を下ろす俺。
 言っておくけれど、俺は悪くないし、元からこういう部屋割りじゃあ無かったぞ。
 元々は今回の旅行での部屋割りは、男部屋に女性部屋が二つの割り振りだったんだが、その内の男部屋が今まだ起きている人たちの使っている部屋なのだ。

 俺は気にせずそこで寝ようとしたのだが、あれよあれよと言う間にここで寝ることになってしまった。
 反対はしたけれど、にこやかな笑顔があれほど強いとは思わなかった。
 って言うか、一番反対するべき人が即座にOK出してたぞ桃子さん。

「悪かったな、急にこんな事になって」
「別に良いわよ、アンタも驚いただろうし」

 この中で一番反対すると思われたアリサだけど、あの部屋で寝るのは無理があると思ったのか、それほど反対されなかった。
 取りあえず、土下座から入ったのも良かっただろうか?
 無言のなのは達と同じ部屋で寝なさいオーラを後ろに感じてたので、どうにか許してもらおうとの苦肉の策だったのだけれど。

「あはは、でもあの部屋で寝るのは大変そうだからしょうがないよ」
「そうだよ雄介君、それに私達は気にしてないよ?」

 気にはしてなくても、同じ部屋で男が寝てるってのは恥ずかしいだろうに。
 なのははまぁ、本当に気にしてないんだろうけど、アリサとすずかには悪い事をした。
 いつか、何かで埋め合わせをしようと考えて、ようやく布団が敷けた。

「いや、本当に悪かった皆。 向こうで寝れば良かったんだけど」
「別に良いって言ってるでしょ? 誰も気にしてないわよ」

 そう言ってくれるのが、本当に救いだ。
 それでも拒否されていたら、どうなっていたんだろうか…あれ? 本当にどうなってたんだろう、俺?

「雄介くんと一緒の部屋で寝るの、初めてだもんね」
「…まぁ、そうだな。 こういう旅行も初めてだし」

 初めても何も、普通はもうこの年になったら男女は一緒の部屋では寝ないはずなんですよ、なのはさんや。
 それにそういうことは本当に言わないでくれ、冗談抜きでドキドキするから。
 中身が年相応じゃないはずだから、心臓に悪いんだ色んな意味で。
 
「…雄介君、頑張ってね?」
「…あぁ」
「?」

 何を頑張るのか聞きたいところだけど、なんだか嫌な予感もするので聞かない。
 なのはは、首傾げてるし。

「それじゃ、電気を消すけど…雄介、寝ぼけてこっちに来たりするんじゃないわよ?」
「寝相は良い方だから、きっと大丈夫だと思うぞ。 一度寝たら朝まで起きないタイプだしな」

 ならば良し、アリサはそう言うとあっさりと電気を消してしまった。
 そんな簡単な確認で良いのかと思いつつ、布団に潜り込む。

 こう暗くなってから改めて思ったのだけど、同じ部屋に好きな子が居るのに俺寝れるのだろうか?
 少し離れているとは言え、俺と同じように布団に入っているわけだけど。
 そう、そんな事を考えたりもしたのだけど…

 予想以上に体力を消耗していたのか、わりとアッサリ俺の意識は落ちていった。


+++後書き
 今回絶不調、どうにかここまで書き上げましたが…平日に少しでも書き溜められないのはきつかった。
 お陰で、書くつもりだった卓球シーンは泣く泣く取りやめて二日目に延期。
 あと、アニメ見ながら書いてるんですがアルフの口調がアメリカンテイストww
 誰これ、とか思いながら書いてましたww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十五話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/02/28 03:46

 唐突だけど、目が覚める時って言うのは、けっこう瞬間的に覚めた気がしないだろうか?
 何の前触れも無く、ふと気が付けば目が覚めていると言うか。
 まぁ、寝てる間は意識がないから当たり前なんだけど。

「…あー」

 知らない天井だと思ったが、すぐに今は旅行中だと言うことを思い出した。
 思い出してふと今が何時かと思い携帯を探すけど、携帯をどこに置いたか解らない。
 寝ぼけた頭で考えて、そう言えば荷物の近くにまとめて置いておいたのだと思い出した。
 のそのそと、自分でも遅いと思うような動きで布団から上半身だけ起き上がって、

「…うおっ!?」

 多少離れた所で寝ているなのは達に心底驚いた。
 何故、どうして!?と考えたところで、そういえば一緒の部屋で寝ていたのだと思い出す。
 そこまで思い出してから、反射的に口を押さえるが致命的に遅い。
 今の声で、なのは達を起こしてしまっただろうか?
 しばらく、そのまま止まってなのは達を見ていたけど、起きる気配はない。
 
「…」

 恐る恐る、布団から這い出て本当に起きそうに無いか、なのは達の方に移動して顔を確認する。
 覗き込んだ表情にアリサもすずかもなのはも、取りあえず起きそうな気配は微塵も無いことにほっとした。
 全員揃って、良く寝ている。
 楽しい夢でも見ているのか、アリサとすずかの口元は少し笑っていて、なのはも…あれ?

 なのはの様子に、何か違和感を覚えた。
 別に、口元が笑っていないとかでは無く…それもあるけれど、それ以外に何だか違和感を感じる。
 少しばかり、真剣になのはの表情を見るけれど…あぁ。
 良く見ればほんの少しだけ、なのはの眉根が顰められているのだ。 
 
 楽しいはずの旅行中に、何か楽しくは無い夢でも見ているのか。
 そう考えて、何だかそれは宜しくない。
 楽しい旅行中なのだ、出来る限り夢の中でも楽しくあって欲しい。
 もちろん俺の勝手な思いではあるんだけど、なのはだけがそんな楽しくない表情なのは更に宜しくない。

(どーしたもんか…)

 別に、どうしても何かしなくてはいけない訳では無いけれど。
 どうすればこんな表情が無くなるかと考えて、殆ど無意識の内になのはへと手を伸ばした。
 上を向いているなのはの顔を正面、覆いかぶさるようにしながら覗き込んで、ゆっくりと自分の手を近づけていく。
 近づけた手は、なのはの顔の顰められている眉根へと。
 
 なのはの表情に変化は無く、未だに眉根は顰められたまま。

 伸ばして当てた手の指は、本当に少しだけ触れているような、そんな力加減でそっと、なのはの眉根の辺りを解すように動かす。
 ゆっくりゆっくりとしばし指を動かして、そっと手を離してなのはの顔をもう一度見ると。
 顰められていた眉根は解れて、少なくとも穏やかそうな寝顔に戻っていた。

 思わずホッと息を吐いて、

「ん…」

 なのはから漏れた声に、改めてその顔に目を留める。
 さっきも思ったように穏やかな寝顔で、眉根が顰められていることは無い。
 今した事の所為で起きる様子も無く、なのはの眠りを邪魔する事は無かった。
 その事にまた安堵しつつ、ふと今の自分へと意識が向く。

 今の自分は寝ているなのはの上に、少しばかり覆いかぶさるような体勢。
 更にはマジマジと正面から、その寝顔を見つめている状態だった。

「…っ!?」

 大慌てで、覗き込んでいた状態から飛び退く。
 ってか、冷静になってみれば今、俺は何をしてた!?
 寝ている女の子の上に、覆いかぶさってその寝顔を見ているなんて…色んな意味で、危なすぎる!

 ってーか、さっき触ったよね俺!?寝ている女の子に、無許可で触ってたよ!
 いや、いやいやいやいやいや…マジで何してるんだ俺は!?
 アウトだろこれ!?誰かが見てたら、間違いなく有罪…って!?

「…はっ!?」

 咄嗟に周囲…寝ている筈のアリサとすずかへと目を向ける。
 二人は…まだ寝ている。
 良しっ、セーフだ…すずかならまだしも、もしアリサに見られていたら、どうなっていたか。
 考えることも、恐ろしい。

 あぁもう取りあえず、この部屋を出よう…ここに居ると、何かやらかすかも知れない。
 何よりも、自分が一番信用出来ないしな。
 それに、女の子の寝てる部屋に居るのは、失礼に違いない。
 一緒の部屋で寝ていたことは、取りあえず置いておいて。

 改めて、布団から立ち上がって頭を振り眠気を飛ばす。
 着替えは…二日目の今日は旅館から出る予定も無いので、浴衣で一日過ごすつもりだから着替えない。
 そーゆー益体もない事を考えながら、隣の部屋へとつながる襖を開ける。

「お? おはよー雄介」
「あー、おはようございます美由希さん」

 襖を開けて隣の部屋へと現れた俺に真っ先に気づいたのは、ちょうどこちらの襖の近くに居た美由希さんだった。
 後ろ手に襖を閉めつつ部屋の中を見渡せば、美由希さんに恭也さんに士郎さんとノエルさんの四人と視線が合う。
 他の人たちはまだ起きてないのかななんて思いながら、皆と挨拶を交わした。

 ってか、高町家の皆さんは朝が早いな…三人とも、もうとっくに目が覚めていたと言った感じに見える。
 と窓際の椅子に座って新聞を読んでいた士郎さんが、

「雄介、さっき隣で何か叫んでいなかったか?」
「…えぇと、なのは達と同じ部屋で寝てたのを忘れて驚いただけなんで、気にしないでください」

 何だそうか、と言ってまた新聞を読み始める士郎さん…昨日も思ったけど、俺となのは達が同じ部屋に寝ていたと言う所に、是非とも疑問を感じて欲しい。
 何で貴方達はそこのところは、毎回完全スルー何ですか?
 いくら子供だとは言え、俺も男なんですけど。

「雄介は、起きるのが早いねぇ」
「そうですか? …これでも普段よりは遅いですけど」

 美由希さんに早いと言われたので時計を見てみれば、それでも普段のランニングしようと思った時よりは遅い時間だ。
 昨日の卓球は、予想以上に体力を使ったんだろう。
 ふと、部屋の時計を見て。

「…美由希さん、朝ご飯ってまだでしたよね?」
「ん? …そうだね、まだ時間はあるかな?」

 別に腹が減っているわけでは無いけれど、そう考えると早く起きたかも知れない。
 かといって、今から寝るのは無理だ。
 普段から二度寝しないって言うのもあるが、今隣の部屋に戻って眠れる自信が無い。
 昨夜は良く覚えてないが、今から寝ようとしたら間違いなくなのは達を意識しそうだし。

「まだ時間があるんで、ちょっとその辺を散歩してきますね?」
「ん、そう? もう一回寝てても良いんだよ?」
「いえ、元々あんまり二度寝は出来ないんで」
「そっか、じゃあ行ってらっしゃい。 大丈夫だと思うけど、気をつけてね?」
「はい、じゃあちょっと行ってきます」

 美由希さんの見送りを受けて、部屋を出ようとしたら

「きゅー!」
「ん?」
「あれ、ユーノ?」

 突然現れたユーノが、いきなり俺の身体を駆け上がった。
 そういえば、部屋に居なかったかも…そこまで、見て無かったしなぁ。
 ユーノは俺の肩で止まり、降りる気配は無い。

「…もしかして、お前も散歩に行きたいのかユーノ?」

 鳴き声での返事も、頷いたりしたわけでも無いけど何となくそう思う。
 一瞬、なのはに無断で連れて行っても良いのかと思うが。

「美由希さん、なのはが起きてきたら、ユーノの事伝えてもらっておいて良いですか?」
「うん、りょ~かい。 まぁ、なのはは起きなくて良い時は結構起きるの遅いから、多分大丈夫だと思うけどね」

 だからと言って、無断は良くないし。
 ともあれ、美由希さんにユーノの事は伝えてもらえば良いだろう。

「じゃあ行くか、ユーノ?」
「きゅー」

+++

 散歩も終わり、戻ってきてロビーで時間を確認してみれば、一時間弱くらい散歩していたようだ。

 散歩は取りあえず、ロビーで履物が貸してもらえたので外へ行った。
 周りが結構森で囲まれているから、慣れた朝の散歩とは言えけっこう新鮮だったな。
 着てるのが、浴衣って言うのもあったんだろうけど。

 開放感のある外に出てきたのに、ユーノは俺の肩から動こうとしなかった。
 まぁ、そっちの方が俺としては気楽だったから良いんだけど。
 一応道として舗装されているところ歩いていたら、結構大きな橋が架かっていた。
 
 山の中なのに、かなり大きい橋だった。
 しかも、何か雰囲気的に京都とかに架かってそうな木製の橋。
 向こう側まで歩いて渡ったら、四、五分は掛かりそうだ。
 その橋を真ん中くらいまで渡ったところで、しばらく眼下の川を眺めてから帰ってきたのだけど。
 
 ともあれ、

「ただいま戻りました~」
「あ、おかえりなさい雄介君」
「あら、おはよう雄介君」

 そう言いながら部屋に入れば、ファリンさんと桃子さんの返答が帰ってきた。
 改めて部屋の中を見回してみれば、忍さんも含めて大人勢は全員起きている。
 あとこの部屋に居ないのは、アリサとすずかになのはだけだ。

「おはようございます、桃子さん」
「あら、そんなに他人行儀な呼び方じゃなくても良いのよ?」

 他人行儀って…別に普通だと思うんだけど。
 おばさんと呼ぶには、桃子さんは外見が若すぎる気がして無理だし…それ以外に何と呼べと?
 何か、期待してるような目で見られてるけど、気にしないでおこう。
 取りあえず、肩の上のユーノを…美由希さんが何だか欲しそうに見てたので、渡しておいた。

「えっと…なのは達、まだ起きてないんですか?」
「えぇ…雄介君、起こしてきてくれる?」
「…?」

 …はて、今何か言われた気がしたけど、良く聞こえなかったなぁ。
 取りあえず、もう一度聞きなおしてみようか?

「…えー、何て言いましたか桃子さん?」
「もうすぐ朝ご飯だから、三人を起こしてきてくれるかしら雄介君?」

 …完全な名指しの指名入りで、しかも理由まで言われたよ。
 何で俺!?とか、そういう事を言おうとしたが、何でか桃子さんの笑顔に圧倒される。
 何か、もの凄いプレッシャーを感じる…!

「お願いね、雄介君?」
「………はい」

 ガックリ肩を落としつつ、部屋を横断する。
 誰か代わってくれないかと辺りを見るが、皆楽しそうな顔をしている…アンタ等、最悪だな!!
 俺、外見は間違いなく小学三年生のはずだぞ!?
 せめてもの抵抗に、部屋に入ってすぐに向こうから見えないように襖は閉めておく。
 興味本位で輝く視線は、問答無用でシャットダウン。

「…はぁ」

 思わず溜息が出るが、もう部屋に入っているのだから今更出て行くのもアレだ。
 出て行ったところで、なんのかんの言われてすぐにこの部屋に戻されそうだし。
 覚悟、決めるしか無いのかなぁ…

 部屋の中を見回してみると、三人は肩まで布団に埋もれた状態で眠っている。
 多少は外から日が差しているのに、まだまだ目が覚める気配は無い。
 …取りあえず、すずかから起こすか。
 なのはは問答無用で後だし、アリサとならすずかの方がまだ気楽だ。

「すずか、おいすずか…」

 上を向いて、小さく寝息を立てながら寝ているすずか。
 まずは試しに呼びかけるけど、これだけではどうも起きそうに無い。
 まぁ良い寝顔で寝てること、はっはっはっ。
 …現実逃避は止めよう、さっさと起こすのが一番だ。

「おい、すずか起きろ」

 すずかの肩に手を置いて、軽く揺さぶりながら声を掛ける。
 しばらくは何の反応も無かったが、少しばかり待つとちょっとだけ眉根が寄せられて、それからゆっくりと目が開いた。
 視線は在らぬ所を彷徨っていたが、やがてその視線が俺を向いて。
 視線が合ったまま、何でか互いに無言。
 はて?と内心首を傾げつつ、取りあえず呼びかける。

「起きたか、すずか?」
「…雄、介君?」

 何でか疑問系だが、人の判別が出来る程度には起きているようだ。
 あぁと頷きつつ、

「朝だから、お前らを起こせって言われてな。 起きれるか?」
「え…あ、うん。 大丈夫だよ」

 そう言いながら、布団から出てくるすずか。
 その動きはゆっくりで、取りあえず上半身を起こしたところで止まっているけど、もう放っておいても起きるだろう。
 次は…アリサでも起こすか。
 取りあえずすずかから離れて、アリサの方へ。
 
「おいこら、起きろアリサ」

 すずかとは違って横向きに寝ているから、肩が掴み易いので最初から揺らす。
 さっきよりも強めに揺すっているのに、全く起きる気配の無いアリサ。
 こいつは手強そうだ、取りあえずアリサの正面から声を掛けつつ肩を揺らしているけれど。

「ん…」

 寝返りを打たれ、背中が俺に向けられた。
 こいつ起きてるんじゃないかと思ったが、起きてたとしたらこんなに大人しいとは思えない。
 いや、だからと言ってどんな風かは想像もつかないけれど。
 取りあえず、もう一度アリサの正面に回りこんで。

「おい、起きやがれアリサ。 起きないと…何かするぞ」

 自分でそう言っても、何も考えていなかったりするんだけど。
 肩をまた揺すってみるけど、ちっとも起きる気配は無い…少しは眉根が寄ってるけど。
 布団でも剥いでやろうかと考えたけど、流石にそれはと自重する。
 そんな事したと知られたら、ボコボコにされかねない。

「おーい、いい加減に起きろやアリサ」

 揺すっても起きないので、気まぐれにアリサの頬を突っついてみる。
 って、これはまた…言わないけどさ。
 しかし、これはちょっと面白い。
 もう二、三度突きながら

「おーい、そろそ…ろ?」
「…う、ん……?」

 唐突に開いたアリサの目と、完全に視線が合った。
 あんまりにも唐突だった所為で、思わず硬直…しかもちょうど、アリサの頬に指を立てたところだ。
 俺もそうだけど、アリサもしばらくは呆然としていたが、やがてその視線が俺の顔…そして目が横を向いて、多分頬にある俺の指を見て。

「…ふんっ!」
「うおっ!?」

 いきなり、俺の腕を殴りつけてきた。
 慌てて腕を引くのと一緒に飛び退く、今のパンチは当たったらダメージ必至だ…!
 つーか、寝起きっ端から良いパンチ過ぎだよお前!!
 飛び起きるように上半身を起こして、こっちを睨むアリサ。

「な、何しやがる!?」
「それはこっちの台詞よ…! 大体何でアンタがここに…」

 こっちの台詞は、確かにお前の頬に指を立ててたから、言われてもおかしくは無いけど…何でって、お前寝ぼけてるな?
 俺は昨日、一緒の部屋で寝たから居るのはおかしくないだろ。
 ってだから、そんなに睨むなって!

「何でも何も、昨日は俺も一緒の部屋で寝てただろうが! 忘れたか!?」
「……あ」

 そう言うって事は、忘れてたかやっぱり。
 まぁそれならそれで良いのだけど、何故まだ睨む?

「…それはそれとして、じゃあ何であんな事してたのよ!」
「え、あー…ふと気がついたら? お前寝てたし」

 としか、言い様が無い。
 本気で、何となくだったし。
 いや、それで本当だからそんなに睨まれても違う答えは出ないぞ。

「…今度あんたが寝てたら、額に何か書いてやるか…面白い寝顔にでもして写真に撮るから、覚悟しときなさいよ」

 酷い、酷すぎる!
 今後、出来る限りアリサの前では寝ないようにしよう…こいつはやると言ったら、やる女だし。
 アリサの事だから、額に肉とでも書かれた上で、さらに装飾を施されて写真に残されそうだ。

「えぇい、取りあえずお前は寝起きなんだから顔でも洗って来い。 そうしたら完全に目が覚めるだろ」
「アンタの所為でもう完全に覚めてると思うけど、解ったわよ」

 そう言うとアリサはぐっと伸びをして、それから布団を出る。
 何かここでどっと疲れたけど、まだなのはが残ってるなぁ。
 ってか、これだけ騒いだのにまだなのはは熟睡中だよ。
 昨日の卓球、そんなに疲れたのか?
 取りあえず、最初はすずかとアリサと同じように肩を揺すってみる。

「なのは、おいなのは?」

 軽めに揺すっても、なのはが目覚める様子は無い。
 もう少し強めに揺すろうかと考えた所で、視線を感じて咄嗟に振り返ってみる。
 そこに居たのは、

「あら、どうしたの雄介?」

 ニヤニヤ笑いのアリサ。

「あ、私達は気にしなくても良いんだよ?」

 そう言うが、その笑顔は何だすずか。
 二人がこっちを見てるのは、まだ良い。
 襖を開ける音がしなかったから、こっちに居てもおかしくは無い。

 問題はいつの間にか襖がフルオープンになっていて、そこから楽しげにこっちを見ている奴らだ。
 今は視線を外しているが、こっちから隣の部屋の全員が確認できると言うことは、向こうからもこっちが見えるって事だろうし。
 ってか、ファリンさんと美由希さんの二人は、視線を外しても居ないし!
 笑顔でこっちを見るな!

 取りあえず、問答無用でアリサとすずかを追い出して、もう一度襖を閉める。
 …ガムテープ無いか、ガムテープ。
 この襖を開かないようにしてやりたい、開くとしても俺が気づけるように。
 いや、もうどうしようも無いし…早めになのはを起こそう、うん。

「…なのは、起きろなのは」
「……ん」

 もう一度肩を揺すりながら声を掛けるが、なのはが起きる気配は無い。
 しかもなんか、布団の中で丸まってしまったっぽい。
 さてアリサと同じように頬でも突っついて…いや、それは却下。
 俺的に、なのは相手には無理。

 ならば、軽めに布団でも剥いで…いや、それこそ無理だ。
 色んな理由で、無理な要素が多い。
 結局は、なのはが起きるまで揺するしか無いか。

「なのは、起きろって…」
「う、ん…」

 しばらくそんな事を言いながら揺すっていたら、ようやくなのはに起きそうな気配。
 取りあえずは揺すり続けて、なのはの目がうっすらと開いたところで揺するのを止めた。
 なのはは何処と無くぼやっとした視線で辺りを見回して、俺を見た後に緩慢な動きで身体を起こす。
 取りあえず、身体を起こして座っている俺と高さを合わせたなのはは。

「…おはよーございます、ゆーすけくん…」
「え、あぁ…おはよう、なのは」

 どう聞いてもまだ寝てる声で、挨拶してきた。
 一瞬反応が遅れたが、取りあえず俺も挨拶は返す。

 取りあえず挨拶は口にしたなのはだが、まだ全然起きているようには見えない。
 なんか身体が揺れてるし、視線もフラフラしている。
 試しになのはの顔の前で手を振ってみるが、特に反応なし。

「…取りあえず、起きるかなのは?」
「…うん…?」

 …今の、どっちだろう?
 まぁ取りあえずは、顔でも洗えばなのはも目が覚めるだろう。
 なのはを立ち上がらせて、取りあえず隣の部屋へ。
 押すか引くかしないと歩く気配が無かったから、恥ずかしかったが手を引くことに。

 隣の部屋に入った瞬間、もの凄く生暖かい視線で出迎えられた。
 なのはが寝ぼけてて、本気で良かったよ。
 しかしこれ以上は恥ずかしかったので、なのははアリサとすずかに押し付けた。
 二人とも、ちょうど顔でも洗いに行くらしかったから。

 それから三人が戻ってくるまで、俺は針のむしろだった。
 いや、別に害意の視線では無かったけど…ある意味ではそれ以上に居心地は悪い。
 早く戻って来いと、念を飛ばすくらいしか俺に出来ることは無かった。

 …あ、俺なんで三人別々に起こしたんだろう。
 大きな声でも出して、三人まとめて起こせば早く済んだのに。


 
+++後書き
 知ってるかい…これだけ書いてて、作中時間はまだ二日目の朝なんだぜ…? まだ、きっと二時間も経ってないんだぜ?
 しばらく、と言ってもこれ入れて三話くらいはオリジナルになります…全部この旅行の話ですが。 だってアニメでぶっとばされてますし。
 



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十六話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/03/07 04:46
 
「ねぇ雄介くん、さっきから何を選んでるの?」

 そうなのはに呼びかけられて振り返ってみれば、なのはは俺が手に持ったものを見ている。

「ん? 母さんへのお土産だけど?」
「あっそっか…でも、何で同じのを二つも持ってるの?」
「片方は、仏壇に供える物なんだ」

 最終的には両方とも、母さんが食べるのだろうけど…あ、それなら別のを買っておいたほうが良いのか。
 なのはに言われてそう気づいたので、取りあえず同じものの片方を棚に戻してまた選ぶ。
 俺も食べるだろうから、是非とも美味しそうなのを選びたい所だ。

 俺たちは今、旅館の中のお土産屋に来ている。
 朝食を食べた後、軽く温泉に入ってからココに来たのだ。
 朝食? 美味しかったさ。
 朝の温泉? 今度は俺一人で入ったから、特に問題も無かった。

 ってか、士郎さんと恭也さんは朝起きて一番に入っていたらしい。
 なので俺は一人…ユーノも一緒だから、一人と一匹か。
 なのは達も、三人だけで入ったようだ。
 他に人でも居たのか、昨日みたいに声が聞こえてくることも無く良かった。
 …いや、本当に良かったよ? 残念とか、全く思ってないから。

 ともあれ、明日は朝も早くにここの旅館を出るらしいので、今お土産を選んでいる。
 午後は、また卓球だし。
 発案者はもちろんアリサ、昨日から言ってたけど冗談かと思ってたのに。
 そんなに、俺に負けたのが悔しかったのか…

「むぅ…なのは、どっちが美味しそうに見える?」
「え? えーと…こっち、かなぁ?」
「こっちか?」

 あ、後今は二人ずつに別れて買い物中だ。
 俺となのは、アリサとすずかで別れている…が、別に意識的に別れたわけでも無いので、多分その内合流するんだろうな。
 ともあれ、両手に別々の物を持ってなのはに聞いたら選んでくれたので、そちらにする事にしよう。

「そうか、じゃあこっち買うかな」
「あ、でもやっぱり雄介くんが選んだほうが良いよ?」
「ん…じゃあまぁ、美味しそうだと思ったって事で」
「そ、それ選んでないよ!?」

 ははは、選べなかったから聞いたんだし、俺としては反対する理由が一つも無いんだよ。
 と、その時。

「なのはー、ちょっと来れるー?」

 姿は見えないが、ちょっと離れた辺りから聞こえるアリサの声。
 辺りに視線を巡らせて見れば、商品を並べている棚の上に、ひょっこりと伸ばされている手が見えた。

「え、あ…ちょっとゴメンね雄介くん。 どうかしたのー、アリサちゃん?」

 そう言って、たたたっと軽快な足取りで去っていくなのは。
 …寂しいとか、思ってないよ?
 あぁ思ってないさ、アリサ空気読めとか、微塵も思ってないからなっ…!

「…取りあえず、これの金払ってくるか」

 手に持つ二つのお土産を買いに、取りあえずレジに。
 ちょうど誰も居なかったので、さっさとお金を払ってから改めてなのは達の方に。
 さっきアリサの手が見えたであろう場所の列を、一個一個見ていると…居た。

 なのはとアリサ、それにすずかの三人が、揃って何かを見ている。
 コーナー的には…キーホルダーとか、ストラップの類か。

 取りあえず三人のほうに歩いていくが、誰も気づいてくれない。
 あと三人で囲むように何かを見ているので、一体何を見ているのかも解らない。
 なんか、除け者にされてる気分だ…向こうにそんな気は無いのだろうけど。

「何か、見てるのか?」
「あ、雄介くん」

 ひょっこりと三人の後ろから顔を出してみれば、そこでようやく気づいたのかなのはが返事をくれた。
 そして三人の中心を見れば、なのはが両手に何かを握っていて。

「いつ来たのよ、雄介?」
「ついさっきだ…なのはがこっちに来たから、自分の分だけ先に買ってきた所でな」

 微妙に、嫌味っぽくなってしまった気がする。
 わざわざなのはがこっち来たって、言う必要は無いしな…そんな気は無かったんだけど、つい。

「あー…で、何か見てるのか? 三人揃って、頭を突き合わせてるけど」
「あ、うん、それはね? どっちの方が、なのはちゃんに合うかなぁって話してたんだよ」

 そう言いながら、なのはが手に持っているのを示すすずか。
 どっちが?なんて思いながら、なのはが手に持っているのをもう一度見る。
 なのはの左手には、星型で半透明の青い樹脂製のストラップ。
 右手の方には、薄い黄緑色で中に何かが入っているのが見える、球形の物だ。
 どっちも、携帯に付けるタイプのストラップに見える。

「ふぅん…どっちか、買うつもりなのか?」
「うん、折角みんなで来たから、その記念にって選んでるんだけど」
「私とすずかのは一応決まって、今ちょうどなのはのを選んでるところなのよ」

 なのはの言葉に続いて、アリサが説明してくれる。
 少しばかり、皆って言ったのに俺のは無いぞとか思ったけど、それは置いておこう。
 今言う事じゃないもんな、うん。
 まぁつまり、

「その二つまでは決めれたけど、それから中々決められないのか?」
「まっ、その通りね」
「あはは…」

 そういう事らしい。
 ここに皆で来たことの記念だから、選ぶのにもたくさん時間が掛かるんだろうなぁと思う。
 ただそうは思うが、俺にその手のセンスは皆無なのでアドバイスは無理だな。

 なんと言うか、俺は思ったことを細かく言葉にするのが苦手だし。
 なのはが可愛い格好とかしてても、どこが可愛いとか具体的な例はいつも無理だ。
 出来れば言ってみたいんだが、まぁ何時も出来ないんだよなぁ。
 そんな事を思っていたら、

「ねぇ、雄介君はどっちがなのはちゃんに合ってると思う?」
「ん~…うん!?」

 すずかの言葉に生返事を返した直後、その内容に気がついて思いっきり驚いた。
 咄嗟に顔を向ければ、そこには笑顔のすずか。
 何だその笑顔は…センス皆無の、俺に選べと言うか!?
 何の拷問だ、それは!?

「え、いや…俺はそういうの良く」

 解らないし、と言おうと思ったのに。

「あ、そうだね…どっちが良いかな雄介くん?」

 なのはが、俺に直接聞いてきた。
 こうなれば、俺にはもう答える以外に道は無い…なのはの期待を、裏切ってなるものか!

「あー…」

 少々呆けた声を出しながら、頭の中では必至で考える。
 なのはが持っている青い奴と黄緑色の奴…一体どっちがなのはに合っているのか!?
 ここ最近では一番の難問だ…主観的に見ればではあるのだけど。
 ちなみに今までの人生での一番の難問は、昔なのはと親しくなかった時に話しかけられて、どうやって答えれば良いのかを考えた時だったが。

 少しばかり思考がずれて、改めて考えようとした所で、ふと思いつくものがあった。

「あー、そっちの青い星型の方が良いんじゃないか?」
「こっち?」

 俺の言葉に、左手のストラップを改めて見ているなのは。
 半透明で青い星型のストラップ、きっとそっちが似合うのでは無いだろうか?
 
「…うん、じゃあこっちにするね! でも、どうしてこっちにしたの?」
「ん? あー、それはだな…」

 そっちのにした理由って言っても、なぁ?
 いやまぁ別に、大した理由じゃあ無いけれど。
 ふと思いついた理由だし、似合うとか似合わないって理由じゃないのもアレだし。

「まぁ、何だ? …最近、ずっとつけてるのが有るだろ?」
「え?」

 俺が指差したつもりなのは、今も浴衣の中に隠れているアクセサリーで、最近のなのはは学校でも休みの日でも、ほぼずっとそれを身に着けている物だ。
 偶になのはが取り出しているのを見たりしているだけだけど、取り出しているのを見なくても紐が見えたりしていて、ほぼ毎日身に着けているのは確定的。
 ペンダントのようなものなのか、首に下げている紐の先には赤くて丸い、宝石のような物のイミテーションが付いている奴だ。

 俺がそれを示すと、なのはが驚いたような顔をしていた。
 イカン、もしかして、知られたくない類のだったか!?
 やばい、どうやって誤魔化すか…!
 と、考えていたけれど

「えっと、でもどうして星型が良いの? 形なら、さっきの方が同じような形だよ?」

 別に、なのははそこは気にしてないようだ。
 良かった、マジで。

「あー形じゃなくて、色をだな? 普段から赤いのを身につけてるんなら、反対の青い色の方が良いかなと思っただけだ」
「あ、そっか…」

 納得してくれたみたいだが、別にそんなに納得されるような事は言ってない気がする。
 でも、何だか嬉しそうにストラップを見てくれてるので、俺としても嬉しいもんだ。

 あと、これはまた今なのはに話した後で思ったけど…なんとなく、なのはには青が似合う気もする。
 なのはが特に青色が好きだ、とかは無いんだけどな。
 青から連想すると言えば海とか空だけど、なのはは確かそこまで泳ぐのが好きと言う訳でも無いし、空を見上げてたりする事もないのだが。

「うん…ありがとう雄介くん! 大事にするね?」
「…おう、してやってください」

 俺が一から選んだわけじゃないけれど、是非とも大事にしてください。
 なのはから見えない位置で、なにやらアリサが声を殺して笑っているが気にしない。
 なのはが振り返って、改めて二人にお礼を言う時には、その笑いを完全に消しているのがまたアレである。
 
「そういえば、それでもう買い物は終わりか?」
「ううん、まだだよ?」

 ちょうど終わっただろうと思ってそう言ったら、どうもまだらしい。

「そうか、じゃあ俺はその辺ふらついてるから、終わったら呼んでくれ」
「あ、それは却下よ雄介」

 買い物は女の子同士の方が楽しいだろうと思って立ち去ろうとしたら、アリサから何故か却下された。
 どっか別の場所にでも、行くのかと思われたんだろうか?

「何でだ? 別に俺はその辺見てくるだけだから、近くには居るぞ?」
「そうじゃないわよ、今度はアンタの分を皆で見るんだから」

 …え、何を?

「ほら、雄介君こっちに来て」
「え、あ、おう…?」

 すずかに手招きされて近寄ってみれば、そのままさっきまでなのは達の見ていた辺りを示された。
 そこの棚には、なのはの持っているのと同じ様なストラップが大量に置いてある。
 色んな形の物…星型やら丸いのや、三日月形のまで種類は豊富。
 しかも、形一つにつき、色も何種類か用意されているようだ。

「…で、えーと?」
「私達のは選んだから、次は雄介君のを選ぼうかなって」

 へー…って、俺の?
 俺が自分の中で疑問を解消する前に、

「ねえ雄介くん、雄介くんって緑色とか黒色が好きだったよね?」
「あー、おう…あとは灰色とか、まぁ暗めの色が好きだけど?」

 なのはが訊ねてきたので、反射的に答える。
 なのはは俺の答えを聞いたら、んーと言いながら棚の方を向いてストラップを選んでいる…という事は?

「…俺の分を、選んでくれてるのか?」
「アンタは、理解が遅すぎるわね」

 面目ない、でもいきなり言われても反応出来ないんだよ。
 目の前でなのはとすずかが、こっちはどうかな?でもこれも良いかもと話し合っている。
 しかも、それが俺のためと言うのは…うん、何か嬉しいな。

「で、お前は選ばないのか?」
「私の意見は、すずかに伝えてあるから良いのよ…実際はなのはの意見だけだしね」
「ん? どういう事だ?」

 ビミョーに意味深なアリサの言い方、少々引っかかるがまぁ気にしなくても大丈夫だろう。
 いやしかし、女の子に選んでもらってるのかぁ…前世では考えられん。
 前世ではそもそも、異性との交流が皆無と言っても過言じゃなかったし。

「あ、そういえば雄介? アンタ午後からやる卓球は覚悟しときなさいよ、絶対にギャフンと言わせてやるんだから」
「…ぎゃふん」
「そうね、こっちが勝ったら何か罰ゲームでもしてもらおうかしら?」

 …完全にスルーされた。
 とんでもなく空しい…ってか、罰ゲームって何だよ。
 と言うか、その場合は問答無用で俺が勝ったらお前が罰ゲームなんだが、良いんだよなそれは?

 そんな事をアリサと話していたら、

「うん、これなら良いと思うよなのはちゃん」
「うん、じゃあ…雄介くん、これ何て良いんじゃないかな?」

 二人での相談は終わったのか、なのはの手の中にはストラップは一つ。

「ん、さんきゅ」

 なのはが差し出してくれているのを受け取って、見てみる。
 渡されたのは、深緑色の星型のストラップだ。
 色は違えど、なのはとお揃いなのは個人的にポイントが高い。

「どうかな、雄介くん?」
「ん、あぁ。 そうだな、ありがとう俺はこれにさせて貰うさ」
「そっか、良かった! 私が雄介くんの好きそうな色を選んで、すずかちゃんが形を選んだんだよ?」

 そう言われてすずかを見れば、微笑でこっちを見てくるすずか。
 …どうも、多分気を使われた気がする。
 わざわざ、なのはとお揃いのを選んでくれたようだ。
 気を使わせたなぁと思うが、
 
「お揃いだね、雄介くん」

 このなのはの一言に、内心は一気に有頂天。
 そう、なのはとお揃い…色は違えど、ペアだぞ?
 これはもう、家宝にしてもおかしくないんじゃないか!?

「せいっ」
「いてっ?」

 何でか急に、アリサに頭をはたかれた。
 振り返ってみれば、アリサはもの凄く呆れたような顔で。

「顔、アンタ酷いわよ?」
「…」

 思わず無言で自分の顔を触って確かめるが、まぁ良くは解らない。
 だが、きっとかなりダメな顔だったんだろうなぁ…そう、さっきは流石にテンションを上げすぎた気がする。
 家宝は流石に言いすぎだな、何をあんなに興奮していたのやら俺は…

「さぁ、それちょっと貸しなさい」
「え、あ…おい!」

 アリサに、問答無用でストラップを強奪された。
 って、お前ちょっと…他のは良いがさすがにそれは許容できんぞ俺はっ!

「おいこら、流石の俺でもそれを取られたら怒るぞ?」
「違うわよ…アンタの分は、私が奢ってあげるのよ」

 何? 何故?
 …ってこら、そんなに呆れた感じを強くするなよ。
 お前が言わなかったんだから、勘違いするのも仕方ないだろうがっ!

「アンタには、普段から偶に奢ってもらってるでしょ? なら、まぁ偶には私も奢ってあげるわよ」
「あーいや…それはなぁ」

 普段からって、偶に喫茶店とかでの会計を多めに出したりしてるだけじゃないか。
 全額出すときもあるけど、大抵は一部出すだけで奢るとは言い難いような?
 それに、男としてお前らに多めに支払わせるのは問題がある。
 …たとえお前のほうが圧倒的に、お金持ちだとしてもな。

「普段のは、俺が勝手にしてるだけだから気にしなくても良いぞ?」
「ダメよ…だってアンタ、偶に翠屋でバイトみたいな事してるんでしょ?」

 何故それを、お前とその時に会ったことは無い筈なのに。
 そう思ったが、なのはが微妙に視線を外してるから犯人は確定だ。
 まぁ確かに偶に翠屋で手伝いとかして、お金は貰ってるけどさ…でもそれは、俺が無計画に使ったツケを払ってるようなもんなんだが。
 欲しい本にお金が足りなかったら、そういう時だけ士郎さんに頼んで少しやらせてもらってるだけだし。

「本当はそっちのも払うつもりだったんだけど、アンタ先に買っちゃったんだもの」

 そう俺の手の先に買ったお土産を見るアリサ、これは別にお土産代を別途に貰って買ってるので、別に良いのに。
 それに、こっちは高いぞ? 二つで2000円超えたし。

「いや、でもなぁ?」
「でももすとも無しよ、アンタは黙って奢られておきなさい」

 何てゴーイングマイウェイ、いや嫌では無いけどさ。
 まぁ良いかな? そんなに、高いものでも無いし。
 そうした方が、アリサにとっても良いだろう…奢られっぱなしなのが性に合わないんだろうな。

「解ったよ、大人しく奢られてやるさ」
「ん、それで良いのよ…ちなみに、アンタの分は三人で分担して買うわ」
「何?」

 思わず聞き返しながらなのはとすずかの方を見たら、二人とも笑顔だ。

「あはは、だって雄介くんには一杯奢ってもらってるから、偶には私達もって話してて」
「今まで雄介君が出してくれたお金には、全然少ないけどね?」

 …むぅ、皆律儀だな。
 俺としては、奢るのは男として当然だと思ってたけど。
 まぁ、前世ではそんな事する機会も無かったしなぁ。

「…りょーかい、三人ともありがとな?」

 俺が降参気分でそう言うと、三人揃っての笑顔を返された。
 アリサはふふんと言った感じで、すずかは微笑…なのはは嬉しそうだ。
 むぅ…これだけで、今まで奢ってきて良かったと思える俺は、随分と安上がりな人間なのかもしれない。
 それで良いと思えるのが、さらにそう思うのだけれど。

 その後、皆でレジに向かって買うものは買って。
 その場でなのはの手から改めて、俺にストラップが渡された。
 この旅行が終わったら、直ぐにでも携帯につけるとしよう。

 ちなみにアリサは太陽っぽい形に色はオレンジ、すずかは三日月形に薄い紫色のを買っていた。
 しかしこのストラップ、なのはとお揃いでしかも三人からの贈り物…大事にしないとな、本当に。
 なにせ、前世から含めて始めての女の子からの贈り物だし。
 大事にしよう、ホントにな。


+++後書き
楽しみにしていた方々、大変申し訳ありません。
不調につき、文章量が寂しいものになっております。
次回は、頑張りたいと思います…



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十六話②
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/03/14 04:01
 お土産を買った、美味しいお昼ご飯も食べた。
 さぁ、クエスチョン。
 問題、後温泉でやる事と言えば?

「さぁ、決着を付けるわよ雄介!」
「是非とも遠慮したい、あと昨日俺の勝利で一応決着ついてるからな?」

 答え、アリサとの卓球…やる気なのは、アリサだけだが。

「じゃあ始めるね、二人とも?」
「いつでも良いわよ」
「…そのまま始まらなくても俺は全然」

 いやもう、いっそ俺の負けで終了しても良いよ?
 そんな事を考えてると、視界の端でなにやらすずかがなのはに耳打ちしていて。

「うん、解った…アリサちゃん、雄介くんも頑張って!」
「さぁ来いアリサ、今すぐ始めようじゃないか」
「…微妙にムカつくわね、その解りやすい変わり身は」

 喧しい、応援されたら頑張る主義なんだよ…今この時だけな。

「えーと、じゃあ始め!」
「今日こそコテンパンにしてやるわ!」
「と言いつつ、毎度ほぼ僅差での決着だろうが…!」

 アリサからのサーブを、逆サイドへと打ち返す俺。
 もちろん、アリサにこれで点が取れるとは思ってない。
 容易く打ち返されるが、俺だってそう簡単に点は取らせない。

 毎度、とさっき言ったけど、本当に俺とアリサの勝負は頻繁に行われる。
 俺とアリサを比較したら、勉強は英語が苦手だったりする俺に比べ、バイリンガルなアリサの方が上。
 運動は、全般的には男の矜持で俺が上を保っている。

 ちなみに何故、俺とアリサが良く勝負するかと言えば、きっと一番似たり寄ったりだからだ。
 俺たち四人の中では、運動はすずかの圧勝となるが、勉強においてはTOPが決まらない。
 なぜなら俺とアリサ、そして得意科目のなのはを含めた三人は、百点が基本的だからだ。
 三人が三人とも上限に到達しているために、学校のテストでは計れない。

 そういう諸々があって、アリサが競争する相手が俺しか居ないのだ。
 いや、別に出来ない訳じゃないけれど、差が激しくなってしまうので。
 もちろん、競争する必要性は無いが何でかアリサは良く勝負したがるし。
 その辺は、聞くのも面倒なので聞いてないが。

 そんな事をつらつらと考えていたら、

「げっ」
「良し、これで二点リードよ!」

 ラケットのほんの僅か先を、アリサによって放たれた球が通過して行った。

 いつの間にやら、油断して二点もリードされていた。
 今の得点はアリサが三点の、俺が一点。
 ルールは七点先取なので、けっこう危ない。

 まぁ別に、負けたところで何かあるわけでも無いのだけど。
 だからこう、適当に…アリサにはバレない程度に手を抜いて

「雄介くん、もうちょっとだったよ頑張って!」

 さぁ勝ちを狙いに行くかな!

「らぁっ!」
「このっ…急に動きが良くなるんじゃないわよ!」
「ブーストモード使用中なんだよ!」

 文句と批判は聞く耳無しだ、それにそういえば罰ゲームとか言ってたな。
 俺から言う気は無いが、お前は忘れず言い出してきそうだからここは勝たせてもらおうか。
 何させられるか、解ったものじゃないし…無茶なものでは無いだろうが、やりたくない事に変わりない。

「良しっ!」
「あぁ、もうっ!」

 さっきまでのやる気なし状態からの落差が大きい所為か、あっという間に同点へ。
 本音を言えばこのまま点差を大きくしたいが、アリサ相手には無理だろうなぁ…っと!
 危ねぇ、ギリギリだった。
 早々に俺の動きに慣れたのか、アリサの動きに迷いが無い。
 何だろうかこのハイスペックは、流石と言うか何と言うか。

 その後は、基本的にはラリーの応酬。
 長いラリーの後で、ようやくどちらかに点が入ると言うことを繰り返す。
 互いの実力が近い所為で、かなりの接戦だ。
 俺もアリサも、一点入れられたら即座にやりかえしている。

 入れて入れられ入れ返し、ふと気がつけば俺もアリサも肩で息をしていた。
 得点は6-6でマッチポイント同点、マッチポイントからは二点差をつけないと勝ちではないルール。
 いや、多分本当に入った点数を言うと、きっと15-15くらいになってるんだけど。
 俺もアリサも一歩も引かないので、こんな感じだ。

「…はぁっ、そろそろ、諦めたら、どうだアリサ!」
「…冗、談っ! アンタこそ、諦めたらどうなの!?」

 息を切らしながらの、俺たちの言い合い。
 少し横目で辺りを見れば、なのはが心配そうに見ている。
 すずかは…何故か楽しそうだぞ、あいつ。

 カンコンカンコンとラケットが球を打つ音が響くが、中々アリサはミスしない。
 もちろん、俺もミスはー

「しまっ!?」

 考えた端から、打ち返し損ねる。
 ふわっとした球が、アリサの方へ。
 そんな絶好球をアリサが見逃す筈も無く、大きくラケットを振りかぶり。

「これで終わりよっ!」
「っ外せーーーー!!」

 俺の叫びは空しく、アリサのラケットが球をしっかりと捕らえる。
 今は同点なので、これが入ってもまだ勝負は続くのだけど。
 放たれた球は真っ直ぐに俺の方へと打ち込まれ、跳ねた球は…

(って、この軌道は俺の顔面ー!?)

 何の因果か、まっすぐに俺の顔面へと向かってきている。
 頭の中に一瞬で、ピンポン球を顔面に受ける俺が想像できた。
 間抜けすぎだ、そんなのは断じて御免こうむる。
 そんな事を考えていると、もう目の前に球があった。
 打ち返す暇は無い、真っ直ぐに俺の顔面へと向かってくる球を、

「このっ!」

 片足を下げることで、仰け反るようにして避ける。
 仰け反った視界をピンポン球が横切っていき、どうにか回避に成功したのだと思わず安堵した。
 が、その次の瞬間、身体になにやら浮遊感。

(おっ?)

 その浮遊感は、なにやら足のほうから来た模様。 さてこれはどういう事か、足に浮遊感があるので身体を起こすことが出来ない。 ってか、俺の脚はちゃんと地面についているのかこの感覚は。 ん、こんな事を考えてるって事はそれはつまり俺の脚が地面から離れていると言うことじゃないだろうか。 仰け反った状態で足が地面を離れていれば、それはもう俺は倒れるしかないわけで。 つまりさっきの浮遊感はまさに今、俺が空中で地面へと倒れる瞬間なのでは無いかと思う。 が、それにしてはなんかこう、考えていられる時間が長いと言うか…

(ぐっ!?)

 背中からの強い衝撃、そして頭にも。
 きっとかなり音がした筈なのに、取りあえず何か聞こえた覚えは無い。
 耳がおかしくなったか…それに、何だか視界がぼやけてきた気がする。
 さっき頭打った所為か、ちくしょう柔道やってたのに顎を引くと言うのすら出来なかったか。

「……!?」

 誰かが俺を呼んでた気もするけれど、誰の声だかさっぱり解らなかった。


+++


 ボンヤリと、ふと薄目を開けた。
 目を開けたということは、今まで閉じていたと言うことであって、何で今まで眼を閉じていたんだろうか?
 寝た記憶が無いから、気絶でもしてたのか俺は?
 しかし身体がダルい、何だこのダルさ?

 薄目越しに感じられる光が強くて、片手で顔を覆う。
 その時の腕とかに感じる重さで、何となく今の俺が寝転がっているのが解った。
 と、

「あ、雄介くん起きたの?」

 …はて、誰の声だったか?
 まだ頭が良く動いていないのか、聞き覚えがあるのに誰かが思い出せない。
 と、自分の手で遮っているよりも、更に何かで光が遮られた。
 そのお陰で、光を遮ったのが何か良く見えてー

「?雄介くん、起きてるよね?」
「………………おう」

 なのはだった。
 もっと言うと光を遮ったのはなのはの顔で、ちょうど俺の正面に俺から見て横から出てきたなのはの顔がある。
 しかも、超近い。
 1メートルは無い、あっても30~40センチくらいの近さ。
 近い、近いですなのはさん。

「?どうかしたの、雄介くん?」
「イヤ………ベツニ?」

 声が裏返ってしまうのは、仕方ないと思う。
 だって、今までに無いくらい接近してますよ!?
 しかも真正面、俺が寝転がっているとは言え、こんな近い距離で真正面からなのはと向き合うなんて…あれ?
 今、俺は寝転がっててその真正面に、なのはの顔が横から出てきてて…あれ、なんか不思議だ。
 
 寝ている俺を見下ろしているのなら、こんなに近い筈は無いし。
 俺の顔の隣に膝を付いて、こっちを見ているのだろうか?
 そんな事を考えた直後、ふと俺の頭が何か柔らかいものに乗っているのに気がついた。
 暖かいし柔らかい、それに何だか頭の真ん中くらいへこみがある気がする。
 
 思わず、軽く頭を動かすと

「ん…ゆ、雄介くん、動いたらくすぐったいよ」

 なにやら、なのはがくすぐったがっている?
 くすぐったがって身を捩るなのはだけど、それに合わせて頭の下にあるのも動いているような…?
 え、あれ…もしや、もしやもしやもしやこの体勢は!?

「アノ、ナノハサン?」
「なあに、雄介くん?」

 キョトンとしたなのはの表情、さすがのなのはでも、今俺が思い描いてる体勢だったら恥ずかしがるよね!?
 いや、恥ずかしがってて下さい本気で!

「今ノ、俺ノ体勢ナンデスガ」
「うん?」
「………膝枕、デスカ?」
「そうだよ? それより雄介くん、さっきから喋り方が変だよ?」

 仕様です、とは言う余裕が無い。
 ってか、マジでホントに!?
 確かになんか後頭部に柔らかいのがあるし、暖かいしさっきから良い匂いがしてる気とか…って、変態か俺はぁぁぁあああ!!
 いや待て、慌てるな俺クールになれ。
 そうここは取りあえず、何でこんな俺的に幸せ空間になっているかを…!

「…あー、なのは?」
「うん、なあに?」
「…どうして、今みたいな状態に?」

 なあにと首を傾げたなのはの可愛さに、今の体勢と相まって思わず何かしたくなったけど、自制する。
 だって近すぎるっ、色んな意味で。
 なのははう~んと考えるように唸り、

「雄介くん、気絶したのは解ってる?」
「あー…球を避けて、俺がコケて?」
「うん、それで気絶しちゃってたんだけど」

 なのはが言うには、ものの見事にすっころんでいたらしい。
 凄い音を立てて転んだ俺、なのは達から見て思いっきり頭を打っていたように見えたとか。
 倒れて動きの無い俺に、慌ててなのはたちが駆け寄ってみたら、何故か俺は小さく寝息を立てていたそうな。
 何でそんなイキナリ寝たんだ、と俺自身が問い詰めたい俺を。

 ともあれ、俺が頭を打ったのには変わらないので、俺を起こすわけには行かず。
 かと言って放っておくことも出来ないので、いつの間にやらこうなっていたらしい。
 こう、と言うのはこの体勢の事だけど。

「皆で順番にやってたんだよ?」
「順番?」
「うん、私より先にすずかちゃんとアリサちゃんもやってたんだけど、今は二人とも飲み物買いに行ってるよ」

 今でもそうだけど、俺はクラスの一部男子から殺されかねない待遇だったようだ。
 持ち回りで膝枕って…一体何があったんだ、そこが気になる。
 …多分すずかだな、アリサ向きの策略では無い気がするし。

 ともあれ。
 詳細は解っていないが、取りあえずの疑問は解消されて。
 そうなると次は…何と言うか。

「二人とも、ちょっと前に飲み物買いに行ったんだけど…中々戻って来ないね」
「そうか…」

 この超絶な距離感に、俺の心臓は盛大に飛び跳ねている。
 普通にヤバい、今までの無い距離だ…!
 距離自体は接近することはあったかも知れないけれど、今回はなんと言ってもなのはの膝枕…色々と今までとは勝手が違いすぎる。

 なんかもう頭の後ろが暖かいし、それに今の状態で顔を横に向けたりすれば、すぐ目の前になのはの体もあるわけで。
 向けないけどなっ、と言うかさっきから俺の体は1ミリの移動もしていないと断言できるね。
 俺の体、今ものすごくガチガチだろうからな緊張して。

 今でこそアリサ達をさがしているのか、視線が俺から外れているけどさっきまでは顔も俺を向いていたのだ。
 至近距離で向き合って、さらに膝枕…ヒューズが飛んでもおかしくなかった、俺の理性のヒューズが。
 今は大丈夫、一応。
 それでも、下から見上げるなのはの横顔にドキドキする俺だけどなっ。

「んー、どこまで行ったのかなぁ?」
「…そう、遠くまでは行かないだろうから、そろそろ戻ってくるんじゃないか」

 口はそうやってなのはの言葉に返事をしていたけど、俺の視線は今、なのはの口元に注がれている。
 んーと言った時に、何気なくなのはの指が口元に伸ばされて、その唇に当てられていたのだ。
 いやその別に、何かある訳じゃないぞ?
 ただふと追った視線の先に、なのはの唇があっただけで…本当だからなっ!?

 いやでもその、朝に温泉に入ったからかなのはの血色が良いのかも知れないと言いますか。
 それとも普段とは違い、今日はなのはは髪を下ろしっぱなしと言うのが関係あるかも知れず。
 さらには、なのはが浴衣姿というのもあるかも知れない。

 取りあえず、なのはが…もの凄く可愛く見える。
 マジで、普段からだけど。
 膝枕状態なのも、大いに関係してるとは思うが。

 それよりも、何かこの距離はきっともうこれからは無いと思うわけで。
 何を言ってるのか解らないと思うけど、俺も良く解らない。
 ついでに今俺の中のダークな俺が、さっきからずっと囁きやがる。
 
『何かしろ』

 と囁きやがる俺に、そろそろ抗えなくなってきた気がする。
 いやだって、ある意味俺は常にHPが削られている状態だよコレ。
 そのHPには、理性って振り仮名が振ってありそうだけど。

 ともあれ、俺の内なるダークな俺の勧めもあり、これからこんな距離までなのはに近づけることもまず無いと思う俺は…
 取りあえず、なのはの手でも握ろうと思う。
 それくらいなら許される…大丈夫、OK、問題は無い筈、多分、きっと、おそらく、高確率で。
 よし、やろう。

 なのはに気づかれたら俺の羞恥心が確実に爆発するので、見つからないようにする。
 そろそろと、細心の注意を払って手を動かす。
 ダークな俺がその程度かとうるさいが、今の俺にはコレが限界だ冗談抜きでな。

 なのはの視線が動いてる俺の手に向かないかと見ているが、なのははアリサ達を探しているようで向く気配は無い。
 ジリジリと、俺だけの焦燥感で必至に手を動かす。
 多分、大体さっきまでの半分くらいまでの距離に手を近づけたと思ったところで、現在のなのはの手の位置を確認しようと小さく顔を動かす。
 そこまで来て、なのはの手を握った後どう言い訳しようかと思ったが、その必要は無かった。

 俺の視線の先、なのはから見て斜め後ろのその場所に、二匹の悪魔がいやがった。
 そいつらの名前は、アリサ・バニングスと月村すずかと言う。
 ここからでもハッキリと解るにやにや笑いの二匹の悪魔と、視線がばっちり合った。
 その内、一匹の悪魔…金髪の方の口が、声を出さずにゆっくりと動く。
 曰く、

『見・た・わ・よ』

 よし俺、心を落ち着けて。
 そう、ゆっくり静かにそーっと心を冷静に保って。
 うん、言おう。

 こっち見るなぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!


+++後書き
 題名があれなのは、まぁ前回のと合わせて今までの一話くらいの構成なので。 うん、お目こぼしください。
 なのは相手の個別イベント、初めてじゃなかろうか?



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十七話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/03/21 14:32

 あの後…アリサ達に見られた後の事は、全くと言っていいほど覚えていない。
 いや、本気でな?
 何を言って何を言われたのか、もうさっぱりだった…気が付いたら、夕食の直前だったし。
 夕食は、美味しかったけど。

 それも過ぎて二日目の夜…つまりは今なんだが、俺は一人でなのは達を待っていた。
 待っている部屋は、昨日寝た場所…つまり、なのは達の女子部屋なんだけど。
 そういえば今日も、何の疑問も差し挟まれることなく、俺がこの部屋に寝ることが決定した。
 一応、確認はしたんだけど、笑顔の士郎さんに押し切られた。
 マジで何この人たちと言いたい…心の中では散々に言ってるけどな。

 ちなみに、今日も夜は士郎さん達と一緒に入ってたんだけど、昨日みたいなことは何も聞かれなかった。
 心密かに、何かまた聞いてくるのではないかと恐れていただけに、かなり拍子抜けだったけど。
 いや、疑心暗鬼なのは解ってるんだけどなぁ…昨日が昨日だし。

 と、そんな事を延々と考えながら、なのは達が温泉から上がって来るのを待っている。
 端的に言って、すごく暇だ。
 この部屋には後はユーノしか居ないし、隣に恭也さんと士郎さんは居るけれど、二人で将棋指してるし。
 なのでまぁ、持ってきていたトランプで、タワーを作って暇を潰している。

 このタワー作り、どうしても五段以上が組めないのが俺だ。
 五段までは、もの凄く集中すればギリギリ出来るのだけど、それ以上となるとダメである。
 まぁ前に、五段でも十分でしょう?とは、アリサに言われたんだが。

「……ふー」
「きゅー…」

 組んだタワーから手を離して、顔を背けながら息を吐く。
 何故だか、隣のユーノも同じように息をついているが気にしない。
 現在、トランプタワー四段目、今までに無いくらい上手く組めている…と、思う。
 こう、何ていうかガッシリしてるとか、そんな感じだ。

 今までに無いくらいの好感触に、一人気合を入れるのは仕方ない事だ。
 この五段目、間違いなく成功するだろうしそして次は未知の六段目…!
 だからと言って、油断して五段目で失敗するわけにはいかない…まさしく、乾坤一擲の心構え。
 手が震えないように、心を落ち着けて…!

「やっぱり、温泉って良かったねーファリン?」
「そうですねー美由希さん」

 わいわい

「はいどうぞ、忍お嬢様」
「ん、ありがとうノエル」

 ガヤガヤ

「あ、ごめんなさいノエルさん? 悪いのだけど、お茶か何か取って頂けるかしら?」
「はい、少々お待ちくださいませ」

 どたどた

「父さんと恭ちゃん、何やってるの?」
「ん? あぁ美由希か、お前もやるか?」

 バラバラ

「お、ユーノ発見!」
「きゅ、きゅー!?」

 グシャグシャ

「あれ…? すずかちゃん、雄介くんは?」
「あ、こっちに居た…けど」

 ずーん

「?どうかしたの、すずかちゃん? わっ!? ど、どうかしたの雄介くん!?」
「いや…別に、何でも無いさ」

 床に両手をついて項垂れている俺を見て、なのはが驚いた声を上げるなのは。
 何でもない、何でもないんだ…ただ、組んでたタワーが崩れただけだから。
 うっわもう、最高に空しい…頑張ってたのになぁ。
 一応言っておくと、最後のほうの擬音は俺のタワーの倒壊とその惨状の音だから。
 最後のだけは、俺の気分的な効果音だけど。

「で、でも何だか凄く落ち込んでるみたいだけど…?」
「ははは、そうかもな…強いて今の気分を言うなら、未知の領域へと足を踏み出し損ねた感じだ」

 キョトンとした顔をするなのは、まぁ良く解らなくても当たり前だな。
 取りあえず、散らかったトランプでも集めようか。
 どうせこの後、寝るまではトランプでもやるのだろうし、適当に集めておく。

「あ、雄介くんトランプ持ってきてたんだ」
「あぁ、あれば困らないと思ったしな」

 そう言いつつ、トランプを集め終わったのでようやくなのは達に顔を向ける。
 そうしてなのは達、主になのはを見た瞬間、思わず思考が停止した。
 なぜならば、

「…普段と、変えたのか?」
「え? …あ、コレの事?」

 俺の呟きに、なのはが後ろで一つに纏めた自分の髪を触っている。
 そう、今のなのはの髪型は、普段のツインテールでも無く、下ろした状態でも無い。
 頭の後ろで一つに纏めた、ポニーテールなのだ。

 アリサ達の様に髪が長くは無いので、後ろで文字通りに馬の尻尾のようになっているなのはの髪。
 ポニーテール…しかも今のなのは見たいに短いヤツと言えば、個人的には運動の出来る感じの女の子に似合うのだろうと思っていたけど…そんな事は無かった。
 なのはにも良く似合ってる、こう何て言うか…子犬とかそんな感じの、小動物的な意味で。
 可愛いって事だが…って、また何を考えてるよ俺はっ!?

「に、似合ってるぞなのは」
「そ、そうかな?」

 俺のぎこちない褒め言葉に、照れてみせるなのは。
 うわもう、照れたような動作と一緒に髪が跳ねるのが、また尻尾みたいでかわ…ってさっきから思考が危ないぞ俺!?

「あら、何を見詰め合ってるのよ?」
「そ、そんな事してないよアリサちゃん」

 む、いきなり現れたなアリサめ。
 そのニヤニヤ笑いを止めて、手のユーノを下ろしてやれ…嫌がられてるんだからお前は。
 あとなのは、そんな事って言わないでくれ。
 もう少しで良いから、良い夢を見ていたいんだよ。

「夢じゃなくなると良いね?」
「あぁ…ん?」

 何時の間にか背後に居たすずかに返事をしてから、俺は今のを口に出していないはずと気づいた。
 咄嗟に振り向けば、そこには笑顔のすずかさん。
 最近、たまに友達が解らなくなります…主に、その能力的な意味で。
 今間違いなく、すずかが読心術を会得してた感じだったけれど…?

「今から、行くんだよねアリサちゃん」
「そうよ、もう今日が最後じゃない…ねぇ雄介?」
「…ん? 何だアリサ?」

 アリサから話しかけられて振り返れば、そこには何やら口元に笑みを浮かべたアリサの姿。
 そういえば、アリサも普段と髪形が違うなぁ…ツインテールか。
 すずかも普段と違って、髪を二つに分けてお下げにしてるし。

「星、見に行かない?」
「星?」

 星ってあれか、夜空にあるやつ?

「折角こういう山の中に来たんだし、ちょっと外に出て星でも見に行かないって思ったのよ」
「あぁ、確かにこういう山の上だと良く見えそうだもんな」

 納得、こういう山の上で見る星はさぞ綺麗だろう。
 前世でも、田舎の行った時に見た星はかなり綺麗だったし。

「まぁ、旅館の外なんてあんまり探検してないから、あんまり旅館からは遠くないところだけどね」
「それは確かに」

 山の上だし夜だし、色々子供だけで出歩くには危ないだろうしな。
 それに今から探しても、すぐに夜も遅くなって長くは見れないだろうし。
 …あ、そういえば。

「そういえば、あそこなら星を見るに良いかも知れないなぁ…」
「ん、どこよ雄介?」
「あー、俺が朝に散歩してたときにあったんだけど、旅館からつながってる大きい道を進むと、大きな川とそれに架かる橋があってな? 橋の上には木とかが無かったから、見に行くんならどうだろうってな」

 俺がそういうと、アリサは感心したような顔をする。
 問題は少し距離があること、それと川の上だからきっと寒いに違いない。
 ただ見たわけじゃないけど、あそこで見る星はきっと綺麗だろう。

「その場所、良さそうね」
「でも、ちょっと遠いかもしれないから、俺たちだけじゃ行っちゃダメなんじゃないか?」
「その辺は、今から聞いてくるわ。 ちょっと待ってなさい」

 俺にそう言ったら、すぐに踵を返すアリサ。
 思い立ったら直ぐ行動、何とも頼りがいのあるヤツだ。
 と、そんな事を考えていたらなのはが。

「雄介くん、どこで星を見るか決まったの?」
「ん? あぁ、一応良さげなところがあったから、アリサはそこにするつもりみたいだ」
「そっか、外に行くんなら何か着て行ったほうが良いかなぁ?」
「あーそうだな、行くところも川の上に架かってる橋だから、きっと寒いと思うぞ?」

 そんな事を話しながら、出しっぱなしだったトランプを今度はちゃんと片付ける。
 使うにしても、一度外へ出てそれからだろうし。
 それにしても、星かぁ…眺めるのは、久しぶりだからちょっと楽しみだ。

+++

 星を見に行くのは、やっぱり俺たちだけだったらダメと言われた。
 その代わりと言うか、まぁそれだったら俺たちだけで行かなければ良いわけであって

「へぇ…確かにここだと良く空が見えるわね」
「本当だね、アリサちゃん」
「でも、寒いわねココ?」
「そうだね、雄介くんの言ったとおり上に羽織ってきて良かったかも」

 俺たち四人+ユーノは当然として、

「いやー本当に、良くココ見つけてたね雄介?」

 保護者として美由希さん、そしてちょっと離れた所では恭也さんと忍さんが居る。
 ノエルさんとファリンさんは、士郎さんと桃子さんと一緒に旅館で待機中だ。
 ってか、恭也さんと忍さんから雰囲気読んで離れてきたけど、保護者代わりだから俺たちから離れたら不味いのでは無いだろうか?

 しかも今は到着して各自散開中だし、まぁ適当に集まってるけどな。
 アリサとなのはとすずか、それに俺と美由希さんとかそんな感じに。
 保護者代わりには、美由希さんが居るとは言え…そんな事を考えてつつ恭也さん達を見て居たら。

「んー、雄介一体何処見て…あぁ」
「…なんですか美由希さん、その納得は」

 いやいやー何て誤魔化す美由希さん、誤魔化せてないし何かが言いたいというのが丸解りなんですけど。
 美由希さんは何故か一度なのは達に視線を向けて、それから俺に顔を近づけてきた。
 もの凄く、口元がニヤついてますけど。

「いやー雄介も、なのはとああいう雰囲気になりたいなーとか思ってたんでしょ?」
「…」

 …思わなかったとは言わないが、そっちがメインでは無い。
 さっきなのはを見たのは、聞かれないためか。
 ってゆーか、何を小学生に聞いてるんですか美由紀さん?

「…美由希さん、人のことより自分のほうの心配でもしたらどうですか?」
「………何か言ったかなー雄介?」
「いふぁいふぁい、ふぇふぉはなふぃてくふぁふぁい」

 今度は微妙に口元を引きつらせながら、俺の口を摘んで捻る。
 痛い、マジで痛いし。
 気にしてるのなら、誰か探せばいいのに。
 美由希さん、美人なんだからすぐにでも良い人は見つかりそうですよ。

 しばし、美由希さんに制裁を食らった後、ようやく解放してもらえた。
 口が痛いが、自業自得…か、これは?
 少しフラフラしつつ、欄干の傍で一人のなのはに近づくと、苦笑で迎えられた。

「大丈夫雄介くん? お姉ちゃんに、何か言ったの?」
「まぁ、ちょっとな…アリサ達は?」

 あっち、と言って示された先を見れば、そこではアリサとすずか、それに美由希さんが三人で固まっている。
 何をしてるんだと一瞬思ったが視線が合った瞬間、アリサの顔が笑顔になったのを見て疑問は一瞬で氷解した。
 また楽しんでるな、あんにゃろうめ。

「あっちで、何してるんだろうね?」
「…さぁな、でもそういうなのははこっちで何してたんだ?」

 俺の特に意味なんて無いはずの問い掛けに、何でか困ったような顔をするなのは。

「…んーと、ちょっと考え事、かな?」
「考え事?」

 うん、と頷いたなのはは、俺に背中を向けて欄干に両手を乗せる。
 そのまま、川の遠くの方を眺めるなのは。
 普段とは、どこか雰囲気の違うなのはに、少し疑問を覚えつつその隣へと並んだ。

 隣へと並んで、しばらくは何も言わずになのはが何か言うか待ってみるが、何も言わない。
 その横顔を見れば、視線はどこか遠くに。
 その態度は、最近のなのはの挙動不審にも通じるところがあると、何となく思った。

「…言えない、考え事か?」
「…うん、誰にも言っちゃダメだよ?」

 ズバリ思ったことを聞いた俺に、困った顔でそう言うなのは。
 誰にも言えないのに、俺にそう言ったら何かがあるのは解っちゃうぞ。
 言えない考え事か…それはつまり。

「最近、時々元気が無いのも、それか?」
「違うよ」

 はっきりと否定したなのはだが、むしろその言い方にそんな顔じゃあ信じられん。
 そんな、困った顔で言われてもな。
 相変わらず、嘘をつくのが下手だよ本当に。

「ふぅん、そうか」
「…アリサちゃん達に、言っちゃダメだよ?」

 俺が信じてないのが解ったのか、今度はそう釘を刺してくるなのは。
 さっきから終始変わらないその困った顔、そんなに深刻な問題なのだろうか?
 遠くを見るのを止めたなのはが、俺のほうへと向き直る。

「…相談、してくれないのか?」
「…うん、ごめんね相談できない事だから」

 ちょっと踏み込んだ質問は、また困った顔と声で遮られた。
 でも、相談できない事だと明かしてくれたのは、進歩と言っても良いだろう。
 今の会話で、少しは何かがあるのが解ったし。

「なぁ、なのは?」
「…うん」

 俺の呼びかけに、ちょっと表情の強張るなのは。
 喋りすぎたとか、そう思ってるのだろうか?
 俺としては、これだけ小さなことでも話してくれて嬉しいけれど、隠してるなのはからそうは思わないだろうし。
 そんな隠したがりななのはに、一言だけ言おう。

「話せるようになったら、話してくれよ?」
「…え?」

 驚いた顔をするなのは、おいおいそんなに意外そうな顔をするなよ。
 俺は、そんなに無理やり聞きだすような奴に思われてるのか?
 なのはの顔を見ながら、少しだけ笑顔を心がけつつ。

「言えないなら聞かないさ、なのはも考えての事だろ?」
「雄介くん…」

 我ながら、格好つけた物言いだ。
 単に踏み込んで聞き出すだけの、それだけの勇気が無いだけなのに。
 でも、そんな事をいう必要は無い。
 
 今必要なのは、なのはを安心させる事なのだから。
 それだったら、俺の勇気が無いことでさえ利用して、なのはを騙そう。
 痛むのは俺の良心だけで、そんなものは二束三文でくれてやる。
 そんな事を思いながら、今度は茶化すように笑顔を作った。
 
「まぁ、いつかは言ってくれると嬉しいけどな。 そうだな、友達でいる間には言って欲しいけど」
「…雄介くん、ありがとう」

 小さく微笑みを浮かべるなのはを見て、俺もまた今度は本当に笑顔を浮かべれた。
 互いに笑顔で、でもちょっと苦笑しつつ。

「お礼は良いって、それよりちゃんと教えれそうか? 俺が友達の間に?」
「うーん、どうかな~。 でも、雄介くんとはずっとお友達だから、いつか教えてあげるね?」

 多分、教える時は無いんだろうなぁなんて俺は思ってるけど、そう笑い合う。
 いや、なのははいつか言うつもりかも知れないけれど、俺は別にどっちでも構わない。
 あえて言うなら、なのはの関わってる問題がとっとと無くなれば良いなぁと思うくらいだ。

「雄介~なのは~、もう戻るらしいわよ~」

 アリサが、離れたところから呼んでいる。
 なのはと互いにまた顔を見合わせて、

「戻るか、なのは?」
「うん、そうだね」

 二人で並んで、アリサ達の方へと戻る。
 戻る先では、もうすでに恭也さんたちも集まっていて…なんか皆笑顔でこっち見てるし。
 デバガメ反対、プライバシーはどうしたんだこらぁ!!

 そして、戻る最中に内心で一人落ち込む俺。
 何故かって?
 あの最後に言った、なのはの『ずっとお友達』が、こう地味に効いてきた。
 俺としては、それ以上の関係になることを切に願う。
 うん、本当にお願いしますどこかの誰かも知らない神様。

+++

 旅館に戻った後は、まだ寝るには早いとのことで、アリサとなのはと俺とすずかの四人で、大トランプ大会となった。
 最初は和やかに進んでいたのに、アリサが途中で罰ゲームを導入したため、そこそこ激しい戦いへと変貌した。
 主に俺とアリサの間で。

 罰ゲームそのものは、『最下位の人の髪型を自由に弄る』だったのだが、俺が最下位になった途端アリサがどこからともなくリボン等を取り出したため、それ以降は俺が本気で勝ちを狙いに行き、アリサもそんなに俺を女装でもさせたいのか競り合ってきたので、激しい戦いとなった。
 途中で様子を身に来たファリンさんを巻き込んで、その戦いは午前二時まで続き、流石に桃子さんたちから怒られたので休戦になった。

 最終的な結果としては、アリサは椰子の木ヘアーで数は三つとなり、なのはは漫画とかで言うアホ毛を作られてさらに普段のツインテール状態。
 手堅く最下位を回避し続けたすずかは、三つ編みが一つだけの普通の髪型。
 そして、途中から入ったにも関わらず一番負けたファリンさんは、一度ナインテールくらいまでなったが、一度全て解かれ最終的にお団子三つに三つ編みも一つの奇怪な髪型となっていた。
 俺? …一回、なのはとお揃いにされた。
 あとは黙秘させてもらうっ!

+++

 次の日は、連休最終日と言うこともあって、旅館のほうは朝早くに出ることになった。
 明日からは学校なので、今日の昼間には家のほうに戻る予定。
 あと、昨日寝るのが遅かった所為か起きるのは俺が一番遅かった。
 なのはに起こされて寝ぼけと有頂天のダブルで呆けて、その場で着替えようとしてしまいアリサに本気で背中を叩かれたが。

 背中は痛かったが、それ以上にもの凄く恥ずかしかった。
 なのは達は顔を赤くしてそっぽ向くし、できればそのまま気にせずにして欲しかった気がしないでもない。
 それを眺めて笑っていた方々には、今度何かお礼をしてやる。
 取り合えず、美由希さんには誰か見知らぬ男の人と歩いていたとかって噂を流してやろうか!

 ともあれ、色々あったが朝食を食べて荷物を車に積んで旅館を出発。
 あ、顔に落書きは無かった。
 忘れてしまったようで、密かに安堵する。
 
「ん…」
「!?」

 左側の至近距離から聞こえた吐息に、咄嗟に小さく体が跳ねてしまった。
 ぎこちなく、ただし精一杯揺らさないようにそっちを向くと。

「…すー」

 なのはが、俺の左肩に寄りかかって眠っていた。
 間近に見える、なのはの寝顔…眠った顔も、やっぱり可愛いなぁと思った直後。
 膝枕よりも超至近距離に、俺の心臓はもう破裂した。
 いや破裂してないって、いかん思考が滅裂って言うかさっきまでの現実逃避が再開出来ない。

 何でこうなったか、俺にも良く解らない。
 原因は多分、昨日の夜更かしと今の席順。
 昨日あんなに夜更かししたから、まだ眠たかったのだろう…もう一人居るし。
 俺は昨日、昼間に気絶と言う形で寝てたから平気なんだけど。

 席順については、乗ってるのは来た時と同じで四人揃って最後尾なんだが…順番がちょっと違う。
 俺から向かって一番左から、すずか、なのは、俺、アリサの順番で並んでいるのだ。
 アリサの奴は、きっと初日と同じようにしたかったのだと思うが、なのはが先に乗り込んでしまったので俺を押し込んだんだろう。
 
「んん…」
「っ!?」

 再び聞こえた吐息、どうにか体が跳ねるのは抑えたけれど。
 またぎこちなく揺らさないように、今度は逆の右側を見れば。
 そこではアリサが、なのはと同じように俺の右肩に寄りかかって眠っていた。
 何でこうなっているか、俺には良く解らないが…取りあえず、今の俺は両側から眠ったなのはとアリサに寄りかかられています。

 本当に何でこうなったのか、帰りの車の中では行きの時ほど会話が弾んでいたわけではない。
 いや、それは皆眠たかったり疲れてたりしたからで、ぎすぎすしていたとかでは無いのだけど。
 ともあれ、人の密集率に比べてかなり静かだったのだが…

 初めに、まず俺がぼーっとしていたら、何かが俺の左肩に乗ってきたのだ。
 はて?とそう思いながら何の気なしにそっちを向いて、超至近距離にあったなのはの寝顔に心臓が止まったかと思った。
 心臓は止まらなかったが、しばし完全に体の動きは停止していた。

 何故?どうして?と疑問が脳内を大乱舞していたが、それもすぐに中断された。
 なぜならば、今度は反対側に何かが乗ったのを感じたからだ。
 驚き咄嗟にそっちを見れば、今度はアリサが超至近距離に居た。
 ってか、眠っていた。
 
「~~~っ!?」

 無論、眠っている人の近くで大声を出すわけには行かなかったので、口を押さえようとしたが両腕は動かなかった。
 動かしたら、なのは達の頭が落ちそうだったし。
 口を噤むことで、どうにか声を漏らさずにすんだけど。

 そしてそのまま、微動だに出来ず今に至る。
 いやだって動けるわけないじゃん、色んな意味で。
 向こうに着くまでこのままなのかなぁ、と現実逃避に思っていると。

 カシャ

「?」

 どこかで聞いたことのあるような、そうでも無いような音が聞こえた。
 何の音だろうと、辺りを見て。
 今度は完全に、頭の中が真っ白になった。

 カシャ、カシャ

 二度ほど、また同じ音がしてようやくもう一回頭が起動した。
 取りあえず、目の前の景色を理解しよう。
 うん、俺から見て左、すずかが携帯を構えている。
 いや、携帯のカメラ機能と言ったほうが正しいだろう…はっはっはっ。

 何やってるの、すずかさん!?

「あ、雄介くんも寝たふりしてもらって良い?」
「ノー、だ…!」

 阿呆な事を言い出したすずかに、小声で怒鳴る妙技を披露する俺。
 うーんと言いながら、さらに携帯を操作して写真を撮っていくすずか。
 やめてくれませんか、本気でやめてくれませんかすずかさんっ!?
 何撮ってるの、肖像権の侵害ですよ!?

「あ、美由希さん、私も入りたいので撮ってもらって良いですか?」
「ん? 良いよ~、じゃあほら雄介も寝たフリ寝たフリ♪」

 何を共犯者を作ってるんですか!?
 美由希さん、あんたも何その満面の笑顔!
 …はっ!? 何バックミラー越しにこっち見てるんですか士郎さん!
 もっとちゃんと運転してください、桃子さんもちらちらこっち見ないで!

「ほらー雄介も寝たフリしないと、一人だけ起きてる写真になるよ~」

 ふと気がつけば、すずかも何時の間にかなのはに寄りかかって寝たフリに入っている。
 確かにこのままだと、俺だけ起きてる写真に…!
 ええい、もうままよ…っ!

 覚えてろ、すずか…っ!

+++

 その日の夜、自分の部屋で明日の用意をしている俺にすずかからメールが届いた。
 何の気なしに開いてみれば、

「ぶっ…!?」

 添付されている写真を見て、思いっきり噴出してしまった。
 その写真にはなんと、なのはに膝枕されている俺が映っていたのだ。
 思わずその写真に見入っていると、新着メール。
 何だか嫌な予感を覚えつつ、すずかからのメールを開けば。

「…何やってんの!?」

 聞こえるわけが無いのに、思わずそう叫んでしまった。
 次の写真には、アリサに膝枕されている俺。
 さらにその次からは、帰りの車での写真。
 次々来るメールを開けば、その全てがそんな感じの写真だ。
 いそいそと保存しながら、次々に見て行き最後のメールを開けば。

『ちゃんと、保存してるよね? P.S.これは私でも、良く撮れたと思うよ♪』

 俺の行動が見透かされてるけど、取りあえず最後のメールの添付写真を開けば。
 ある意味奇跡のショットか、俺となのはが互いに寄りかかって眠っているように見える写真だった。
 内心、感動に打ち震えているとまた新着メール。

『送った奴は、ちゃんと皆にも配ってるから安心してね♪』

 へー、俺に来たのと同じ奴がなのはやアリサに?
 ははは、嘘?
 え、あの膝枕写真とかが?

 …俺、明日生きていられるだろうか?
 主に、アリサ相手に。


+++後書き
長く続いた温泉編終了、なんかこの話はなのは分が多くなったなぁ。 まぁ、なのはがヒロインだし、それが一番いいんだけどww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 閑話3
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/03/28 10:42
『バレンタインの諸所模様』


+++バレンタイン前日(二年生の頃)

 バレンタイン、それは男女問わずに重要なイベントである。
 特に、誰か好きな人が居るのならば、さらに重要だろう。
 そう、例えば俺みたいに…!

「それじゃあなのは、また明日」
「うん、またね雄介くん」

 学校からの帰り道、なのはと別れて家路に着く。
 普段なら、アリサやすずかも居るのだけれど、今日はアリサが少し早く帰りたいと言って別れ、すずかもアリサと一緒に別れた。
 なので、今日はついさっきまでなのはと二人きりだった訳だが。

「ふ、ふふふふふ…」

 一人で帰りながら、思わず笑いが漏れる。
 ちょうどすれ違った通りすがりの人が、もの凄く変なものを見る目で見てきたので、そそくさと退散。
 イカンイカン、浮かれるなよ俺…え?何で浮かれてるかって?
 ふふふ、聞きたいかい? 聞きたいよな?
 よし、教えようじゃあないか諸君!!

 なんと、明日なのはがチョコをくれます!!
 さっき話してたときに、ポロっとそれらしいことを言ってました!
 えぇ、明日のバレンタインに、なのはがチョコをくれるんです!!

 あっはっはっはっはっ!!…はぁ。

 …まぁ、間違いなく友チョコとか義理チョコの類何だろうけどなぁ。
 あぁ分かってるさ、でも夢を見ても良いじゃないか。
 楽しみにしても良いじゃないか、期待しても良いじゃないか…期待に応えてくれることはまず無いんだろうけど。

「…ふぅ」

 あぁ、何か一気に冷静になった。
 何浮かれてたんだろ、俺?
 なのはが、そーいう理由で渡してくれる筈が無いのは、一番分かってんのになぁ。

 うん、早く帰って期待だけ持って明日を迎えよう。
 それがきっと、一番さ。


+++side、高町家(美由希)

「おやおや、一体なのはは何を作ってるのかなぁ~」
「あ、お姉ちゃん」

 ふと台所に顔を覗かせると、なのはが母さんと一緒に作業していた。
 声を掛けられたなのははこっちを向きはするけれど、その作業している手は止まらない。
 手に抱えたボウルの中身を、しっかりとかき混ぜ続けている。
 おっと、その中身は…

「もしかしてなのはは…明日のチョコを、作ってるのかな?」
「うん、そうだよ」

 ほっほう、それはそれは…

「なのはは誰に渡すのかな~? もしかして、雄介とか?」
「うん、雄介くんにあげるよ」

 おぉ、ようやく雄介の思いがなのはに…って言いたいところだけど。
 もうほぼ次になのはの言うことが解ってしまって、ちょっとだけ口元に笑みが浮かぶ。

「あとは、アリサちゃんとすずかちゃん。 学校で上げるのは、三人だけかな?」
「そっかそっか、じゃあ頑張って作らないとね?」
「うん!」

 まぁ、そうだよねぇ。
 なのはにはまだ、バレンタインに男の子にチョコを渡すことの意味は早いかな?
 アリサちゃんやすずかちゃん辺りは、分かってそうなんだけどね。
 笑顔で頷くなのはを見ると、まだまだ雄介には厳しい道かな?

 こっちから視線を外して、また真剣にチョコを掻き混ぜ始めるなのは。
 なのはの隣の母さんと一緒に、思わず私も声を出さずに苦笑してしまう。

 ふと目を向けた先に開かれた本があって、そこに載ってるチョコの完成予想図を見れば。
 それはもう、お店とかで売られてるような、昔私が作ったみたいな市販のを溶かして固めただけのでは無く。
 ちゃんと手間暇かかってるのが解る、そんなチョコレート。

「…普通だったら、勘違いしちゃいそうだねぇ」
「え? お姉ちゃん、何か言った?」

 ううんと首を横に振りつつ、あれを貰った雄介を想像してみる。
 まず、学校では開けないだろうから家に帰って開けて、その中身がいかにも頑張って作りましたって言うチョコレート。
 普通の男の子だったら、本命チョコだと勘違いしても全然おかしくないくらい。

 まぁ、雄介はなんだかんだでなのはがそういうのに疎いって分かってるようだし。
 勘違いはしないんだろうけど…無言でガッツポーズくらいは、しそうだなぁ。
 叫ぶタイプじゃ、無さそうだから。

「…一回くらい、見てみたい気もするなぁ」

 明日、学校から帰るときに翠屋に直接帰ろうかな?
 もしかしたら、雄介が寄るかも知れないし。
 そうしたらからかったり、上手くいけばその場でなのはからのチョコを開けるように仕向けれるかも。

 …そういえば、アリサちゃんも雄介にあげるんだろうか?
 嫌ってはいなさそうだしね。


+++バニングス家(鮫島)

「はいパパ、明日朝からお仕事なんでしょ?」
「あぁ、ありがとうアリサ」

 ラッピングされた箱を受け取り、旦那様がお嬢様を抱きしめている。
 少々、お嬢様は恥ずかしそうではあるが、振りほどこうとはしない。
 明日はバレンタインと言うことで、お嬢様は学校より帰ってきてから今までずっとチョコレート作りに勤しんでおられたのだ。

「も、もう! いい加減に離してよパパ!」
「おぉ、すまないな。 これは、チョコレートかな?」

 だが、流石に恥ずかしくなったのであろう。
 顔を赤くしたお嬢様に押しのけられて、微笑まれながら離れる旦那様。
 離れながらお嬢様にそう訊ね、お嬢様も口を尖らせてはいるが答える。

「うん、明日はバレンタインだから」
「そうか、じゃあこれは大切に食べるとしよう。 …そういえばアリサ、他には誰にあげるのかな?」
「え?」

 …おや? 今少しばかり、旦那様の視線が鋭くなったような?
 お嬢様もキョトンとした顔をされ不思議には思ったようだが、首を傾げつつもお答えになる。

「えっと…なのはとすずかとは、交換する予定で…」
「あぁ、あの二人だね…もう一人、まだ会った事の無い子が居なかったかな?」

 そう旦那様が尋ね、私には何となく聞きたい事が解ってしまった。
 そういえば、彼はまだ旦那様とは面識が無かったのだと改めて思い出すほどだ。

「雄介の事?」
「あぁ、その子にはあげるのかな?」
「ん~、そのつもりだけど…」

 そのお嬢様の答えに、そうかと一言だけ呟く旦那様。
 そういえば、ついこの間もだっただろうか?
 旦那様から、雄介様について尋ねられたのは。

「どんな子なんだい、その雄介君は?」
「どんなって…えーと普通の、とは言えなくて…悪い奴では無いんだけど」

 旦那様の問い掛けに、考え込みながらお嬢様が答える。
 お嬢様の言う雄介様は、普段の食事時に話すのとほぼ変わりなく、一言で纏めるならば面白く一緒に居て飽きない人、となる。

「ふむふむ、そういう子なのか」
「ん、まぁ…でも、それがどうしたのパパ?」
「いや、まだ会った事が無いからね、気になったんだよ」

 そっかと頷いて、それ以上は追求しないお嬢様。
 その後、しばし言葉を交わしてお嬢様は明日の準備に部屋へとお戻りになった。
 そして、

「…鮫島」
「はい、何でございましょうか?」

 旦那様の呼びかけ、ある程度予期出来ていたのですぐにそちらへと。
 旦那様の表情をそっと見てみてれば、どことなく険しく見える気もすると言った所。

「お前からは、どう見る?」
「それは、お嬢様と雄介様のどちらで?」
「…雄介という子の事だ」

 それでしたら、と前置きしつつ。

「雄介様としては、アリサお嬢様は間違いなく友達と言った所でしょう。 特に特別な感情を抱いては居ないようです、言うなれば親友でしょう」
「ふむ…」
「ただ、お嬢様の方が多少は気にはしていらっしゃるようで。 それが『そういう気持ち』なのかは、分かりませんが」
「…むぅ」

 眉根を寄せている旦那様、注意してみればその口が微かに動いているようで。
 耳を澄まし、何を呟いているのかを聞いてみれば。

「…むぅ、士郎も別に悪い子では無いと言っているが、いやだがしかし…まだ早いだろう、まだ。 まだ小学生だぞ、アリサもその子もまだ小学生なのだし。 それに悪い虫ならば…」
「…旦那様、発言が不穏当でございます」
「ぬ…」

 口に出しているつもりは無かったのか、私の言葉にうろたえる旦那様。
 これは、雄介様には好きな人が居ると言ったほうが良いのか悪いのか…取りあえず、今は言わないでおきましょう。
 雄介様ならば、そう最悪なことはなさらないでしょうし。


+++月村家(ファリン)

「ファリン、そっちの取って貰える?」
「はい、ちょっと待ってくださいね~」

 すずかちゃんに言われて、チョコをかき混ぜる作業を中断して言われたものを渡す。
 そしてまた、チョコレートをかき混ぜて。
 ふと、

「そういえば、すずかちゃん?」
「ん? なにファリン?」
「えっとですね~、これって明日のバレンタインのチョコですよね?」
「うん、そうだよ?」

 やっぱり、そうなんですね。
 でも…

「すずかちゃん、雄介君にもあげるんですか?」
「そのつもりだけど…どうかしたの、ファリン?」

 どうかしたと言うよりかは、何て言えば良いんでしょうか?
 うーんと、つまりですけど。

「えっとですね、雄介君はなのはちゃんが好きじゃないですか?」
「うん、そうだよ?」
「なのに渡すと、嫌がるんじゃないですか?」

 なのはちゃんは雄介君に渡すみたいですけど、そうしたら余計に渡さないほうが良いんじゃないでしょうか?
 ほら、あの~好きな人の前で、他の人から貰うと体裁が悪いみたいな?

「まぁ、そうなるかも知れないけど…」
「けど?」
「なのはちゃんから考えると、どうして私達が渡してないの?ってことになっちゃうから」
「あ~、確かにそうかもです」

 なのはちゃんから見たら、確かに自分だけ雄介君に渡して二人はどうして渡さないんだろうって事になりますね。
 なのはちゃん、とっても鈍いですし。

「まぁでも…」
「でも?」
「そんな事を考える前に、なのはちゃんの方から私達にチョコを渡してくると思うよ?」
「…確かに」

 雄介君に渡して、そのまますぐにすずかちゃん達に渡してるなのはちゃんが見えます。
 そうなったら、雄介君がっかりですね。
 ちょっと見てみたいかも。

「アリサちゃんも、多分そう考えてるんじゃないかな? もしかしたら、違うかも知れないけど」
「違うかも知れないんですか? あぁでも、確かにアリサちゃんは違うかもです、結構気にしてますよね?」
「うん、どういう風に気にしてるかは分からないんだけどね。 さてと、じゃあ後もうちょっとだけ頑張ろっか?」
「はーい」


+++バレンタイン当日(雄介)

「はい雄介くん、いつもありがとう」
「おう…! こっちこそ、いつもありがとな」

 おっ、しゃあああぁぁぁああああああ!!
 思わず、受け取るのとは逆の手で小さくガッツポーズ!
 ヤバイ、受け取る方の手が震えそうだ…!
 目の前にはラッピングされた箱、中身はもちろんチョコレートだろう…!
 …むしろ、違ったら俺の精神的ダメージは計り知れないことになるけど。

 いや、そんな些細な事はどうでも良い!
 そう、今重要なのはこれはなのはがくれたもので、さらには今日がバレンタインという事!
 この際、なのはがその辺絶対に気にしてないとかは気にしないことにしよう!

 あぁ…ある意味では、まるで夢のようだ…!

「はい、アリサちゃん、すずかちゃん」
「…あーありがとね、なのは」
「ありがとう、なのはちゃん」

 夢は終わった!
 早すぎる、もうちょっとだけでも夢を見てたかったよマジで!
 実はなのは、分かってやってないか!?
 いや、なのははそんなことしないって分かってるけどさ…

「…まぁ、あれよ? 悪意は無いのよ、悪意は?」
「悪意は無くても、ある意味俺の心はズタズタだ…」
「でしょうねぇ…」
「だが、それでももう構わん」
「…筋金入りね、アンタ」

 なのはとチョコを交換したアリサが、フォローなのか声をかけてくる。
 ふふふ、だがしかしこの程度は昨夜に予測済みだ…!
 当たっては、欲しく無かったけどな!
 あと、その筋金入りの馬鹿って顔はやめろアリサ。

「まぁアンタらしいけど、はいコレ」
「ん?」

 ひょいっと、何の気なしに何かをアリサから渡された。
 手の中に視線を落としてみれば、そこには二つ目のラッピングされた箱。
 
 …一瞬、思考が止まったが、これはまさか?
 いや、しかもアリサから?
 …何かの罠? いや、さすがにアリサがそんな事するわけないし、失礼すぎるな俺。

「何か、不愉快そうな事考えてるみたいだけど、他意は無いわよ? なのはがあげて私達があげなかったら、それこそなのはは不思議がるでしょ?」
「…ツンデレ?」
「死にたい?」
「本気でごめんなさい…まぁ、サンキュなアリサ」
「別に良いわよ、それだけの理由でもないしね」

 それだけじゃないって、どういう事だ?
 聞き返そうと思ったが、アリサは今度はすずかとチョコの交換をしている。
 むう、タイミングを逃したな。

「雄介君、予想通りだったよ」
「…すずか、それは俺に対する挑戦と受け取っても良いな?」

 俺に近寄ってきて早々、そんな事を言うすずか。
 拳を握る俺に、冗談だよ、冗談と言うが…そうは聞こえなかったぞ。
 俺にとっても予想通りだったけど、言われるまでも無いんだよチクショウ。
 そんなやり取りをしつつ、すずかも俺にチョコをくれた。

「雄介君には、いつもお世話になってるからね」
「いや、それを言うなら俺のほうが世話になってる気がするぞ? 主になのは関係で」
「そっちは、私も楽しんでるから大丈夫だよ♪」

 …今なにか、聞き捨てなら無い、いやむしろ聞き逃してはいけない一言が聞こえた気がしたよ!?
 すずかの笑顔が、もの凄く得体の知れないものに見える…!

「すずかちゃーん、雄介くーん? 何してるのー?」
「あ、ほら行こっか雄介君?」
「そうだな」

 離れたところから俺たちを呼ぶなのはに、手を振りながら歩いていくすずか。
 アリサは…いつの間にやら、なのはの隣に居たか。

 そういえば、俺ってばつまりチョコを三つも女の子から貰ったのか。
 …前世では考えられん、ってゆーか前世で個人的に貰ったことなんて一回も無かったし。
 ………転生してからのほうが、充実した人生を送ってないか俺?


+++後書き
閑話ってか、過去のお話ですけどね全部。
本編時間からすると、長くても二ヶ月前の至近距離な過去のお話でした。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十八話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/04/04 11:03

 旅行が終わって、俺は少々油断していたかも知れない。
 
 旅行に行って元気が出た様子だからと言って、問題が解決したわけでは当然無く。

 更に言えば、俺個人は何か悩みがあるとは打ち明けられていても、他の人になのはが打ち明けてるかどうかとか、そういう事も全然考えていなかった。



 頑固ななのはだから、少しだけ強引に踏み込んだ俺には、仕方なくで打ち明けたのもあったかも知れない。

 打ち明けられた俺も、それを誰かに相談したりせずに、ただなのはが自力で解決するか、それとも助けを求められるのを待っているだけで。

 いくら本気では無かったと後で知っても、あんな事になるのを止めれなかったのは、俺の所為だと

 そう、思う。


+++

 バンッ!

「いい加減にしなさいよ!!」

 突然の怒声が、ぼーっと携帯のストラップを眺めていた俺の耳に届いた。
 俺の耳は即座にその声の主がアリサだと判断し、これまた即座に俺に向けて言っているのだと判断した。
 俺の頭の中で言い訳が凄い勢いで、いや別にストラップを眺めてたんじゃないぞ、今のこれは偶然で別になのはとお揃いだからと眺めてニヤニヤしてたわけでも無くてだな、そうこれは偶然で別にアレだ…ってアレ?

 そんな言い訳が口から出る寸前に、アリサの言葉が俺に向けてでは無いのにようやく気がついた。
 そういえば、俺は今別にアリサとは話していなかった筈だ。
 それどころか、俺は自分の席でぼーっとしてた筈。
 なら一体、誰に対してあんな大声を…

 両手で机を叩き、アリサの睨む先は…なのは。
 アリサに怒鳴られ、俺の位置からでは横顔も良くは見えないけれど、きっと目を丸くして驚いているだろう。
 突然の大声に、教室はシンと静まり返っている。
 教室の中は静まり周りの視線がこっちに集中していて、ガヤガヤとした騒音は教室の外からだけ聞こえていた。

「この間から、なに話しても上の空でぼーっとして!」
「あ…ご、ごめんねアリサちゃん…」
「ごめんじゃないわよ!」

 なのはを睨みつけながらアリサが問い詰め、なのはの謝罪も跳ね除けた。
 机を挟んだ状態で、アリサは立ち上がり睨みつけ、なのはは僅かに顔を伏せている。
 ほぼ反射的に、アリサの隣に立っているすずかを見るが、その表情は困惑を隠しきれて居ない表情だった。
 アリサは、

「私達と話してるのがそんなに退屈なら、一人で幾らでもぼーっとしてなさいよ!! 行くわよ、すずか!」
「あ、アリサちゃん…」

 なのはにそう言い捨てて、靴音高く歩き出した。
 その足は決して止まらず、こちらを振り返ることもしない。
 そして音高くドアを叩きつけるように開けて、教室を出て行った。

「あの、なのはちゃん…」

 アリサの背中が見えなくなり、すずかがなのはへと声を掛ける。
 心配そうな声のすずかになのはは、僅かに顔をあげて小さな…本当に小さくて元気の無い、そんな声で。

「良いよ、すずかちゃん…今のは、私が悪かったから」
「そんな事は無いと思うけど…取りあえずアリサちゃんも言いすぎだから、少し話してくるね?」
「うん…ごめんね、すずかちゃん」

 そう言って、今度はすずかがアリサを追って教室を出て行く。
 そうやって皆が行動を起こしている中、俺はあまりにも予想外な事が起きすぎて、全く口を挟めなかった。
 ただ呆然と状況を眺めているしかなく、ようやく何でこんな事になったのかをボンヤリと頭の端で考えていた。

 アリサは、多分なのはが何かをずっと隠して悩んでいるのが気に入らなかった…いや、違うか。
 気に入らないじゃなくて、心配だった。
 心配だけど聞けなくて、聞けないから心配で…だから、怒った?
 いや、何か違う気もする…今の俺じゃあ、思考がまとまらないな。

 そんな事を考えて、そっとなのはに目をやると、

「…怒らせ、ちゃったなぁ。 ゴメンね、アリサちゃん…」

 そう俯きながら、謝っている。
 本当に済まなそうに、何かを堪えているようにも聞こえる、そんな謝り方だった。 

 俺から見える後姿とその声と、それらは本当に元気が無くて心配になるくらいで。
 何か、声を掛けた方が良いはずなのに何を言えば良いのか分からなくて。
 俺はそのまま、黙ってなのはを見ている事しか出来なかった。

+++

 全部の授業が終わって、帰りの時間。
 手洗いに行っていて、教室に戻ってくるとすずかとアリサが入り口に居て、自分の席で荷物を纏めているなのはに声を掛けている所だった。
 二人はすでに荷物を纏めていて、すずかだけが教室のなのはに声を掛けていた。

「じゃあなのはちゃん、今日は私達お稽古の日だから」
「夜遅くまでなんだよね? 行ってらっしゃい、頑張ってね」

 そうなのはが言った途端、顔も向けずに歩き出すアリサ。
 思うことはある、けれど今のアリサの気持ちが俺に分かるわけでも無い。
 と、アリサが急に立ち止まった。

「雄介…」
「…よう」

 その理由は…まぁ、戻ってきた俺がちょうど正面に居ただけだけど。
 偶然だけどある意味必然的に、アリサと俺の視線が正面からぶつかる。
 別に、俺とアリサが喧嘩してるわけじゃないけど、今この状態はもの凄く気まずい。
 今ココで、仮にアリサに対して仲の良い態度を取ったら、なのはが孤立してしまうんじゃとか、そんな事を考えてしまう。

「…じゃな」

 情けないとは思うけど、何を言って良いのか分からなくてそうとだけアリサに告げる。
 出来る限りぶっきらぼうに、ただし、アリサの目を見ながら、何を言いたいかなんて定まってないが、何かを伝えるように見つめた。
 そんな俺にアリサは、友達になってから殆ど見たことの無い無表情のまま、無視するかのように通り過ぎ

「…頼んだわよ」

 る直前に、そっと俺にだけ聞こえるように呟いた。
 思わず振り向きそうになるのを堪えて、アリサが呟いた意味を考える。
 俺にだけ聞こえるように呟いたのは、きっと聞かれたくない事の筈だ。
 そう思って、黙っておく。
 何を頼まれたかって言うのは、今なら間違いなくなのはの事だろう。

 アリサはそのまま、俺の横を通り過ぎて歩いていくのが足音で分かる。
 足音に特に迷いなんかは無く、むしろ教室の入り口に居るすずかの方が慌てているようだ。
 慌てた様子で、俺とアリサや教室の中のなのはを見ている。
 
「アリサちゃん…あ、大丈夫だからね、なのはちゃん!」
「う、うん、ありがとうすずかちゃん」

 そうすずかはなのはに声を掛けて、今度は俺に。

「あの、雄介君? アリサちゃんにも、悪気は無いから…」
「ん…分かってるよ、それじゃまた明日なすずか」

 俺が怒ってると思ったのか、そう言うすずかに心配するなと笑顔を見せてみせる。
 俺の行動に、ほっとしたような顔のすずか。
 なのはにも俺にも気を配るのは、大変だろうに。

 そんなやり取りの後、すずかは小走りにアリサの後を追う。
 すれ違いざまに、小さな声で「お願いね…」と言われたので、出来る限り力強く頷いておいた。
 …しかし二人とも心配性なのか、揃ってわざわざ俺にお願いしていくとは。

「なのは」

 教室に入ると俺たちで最後のようで、もうなのは以外の人影は無かった。
 なのはは誰も居ない教室で一人席に座っていたが、俺の声を聞いてこっちを振り向いた。

「雄介くん」

 そう笑って返事をするなのはだけど、正直に言えば俺には全く笑顔に見えない。
 これでも友達暦は長いのだから…言っても、一年くらいだけど、簡単に分かる。
 無理して笑ってるなのはなんて見たく無い、けど俺に出来ることなんて殆ど無いから。
 だから、少しでもなのはが無理しなくても良いように、俺は何も気にしてないと自分で思って。

「帰ろうぜ、なのは」

+++

 なのはと、二人だけの帰り道。
 気落ちしているなのはと、なのはと二人きりだと緊張で会話の続かない俺。
 盛り上がるわけも無く、二人並んで歩くだけになっていた。
 
 …いや、なのはは俺に気を使って話を振ってくれるんだけど、俺がそれにあんまり反応できない。
 普段なら、俺が緊張して話が途切れそうになったときに、いつもアリサとかが間に入ってくれていたけど。
 二人が居ないだけで、こんなに間が保たないとは…本当に、ダメな奴だ俺は。

 アリサの話題を避けた所為か、ついに話の種も尽きてある意味ではちょうど良く普段の分かれ道。
 ここから、いつも俺となのはは別れる。
 なのはは真っ直ぐ、俺は左に行ったら、次に会うのは明日で。

「じゃあ雄介くん、また明日」
「…あー」

 また明日、とそう言えば良いのかも知れない。
 なのはには、一人で考える時間が必要かも知れない。
 だから、俺が居ないほうが良いかも知れない。

 かも知れない、かも知れないと頭の中では浮かぶのに、俺の口は一向に『また明日』とは言おうとしない。
 そんな俺になのはが小首を傾げているけど、それでも中々口は動かず。
 そんな俺が考えるのは、さっきとは全く反対の事。 

 明日じゃなくて、今日が良いかも知れない。
 一人じゃなくて、誰かが居たほうが良いのかも知れない。
 俺で良いのかは分からないけど、居ないよりは居たほうが良いのかも知れない。

 …いや、きっと良いと、そう思おう。

 そう、俺はなのはが心配だから、今のなのはを一人にしない方が良いと思うから、『また明日』なんて言えないんだ。
 色んな理由と諸々込みで、なのはと別れたく無いから。
 だったら、俺は何をすれば良いのか?

「…なぁ、なのは?」
「なぁに、雄介くん?」

 ふぅ、と小さくばれないように深呼吸。
 こんなんで緊張するとか、俺はどれだけ初心なのか自分に聞きたい。
 心の中で三つだけ数えて、それでようやく覚悟が決まる。

「あのな…あーと、ちょっと、寄り道しないか? …聞きたい事とか、あるんだけど」

 ぼかしてはいるけれど、きっとなのはは俺が何を聞きたいか何て分かってるんだろう。
 その証拠に、俺に誘われた瞬間、少しだけなのはの表情が強張った。
 いや、流石に俺が嫌いで強張ったとかは無いと信じたいし。

 そんな下らない事を考えながら、なのはの返事を待つ。
 なのははしばらく、ぎゅっと口を噤んで考え込んでいたが、やがて小さく頷いてくれた。

+++

 寄り道、とは言え聞きたいこととかがあるので、あんまり人の多いところは落ち着かない。
 なので取りあえず人もあんまり居なくて、それでいてベンチもあって座れる海鳴公園へと移動してきた。
 正確には、海鳴臨海公園と言うんだけどな。

「そこ、座らないか?」
「…うん、そうだね」

 近くにあったベンチを指して、二人で並んで座る。
 ベンチに座って正面を見れば、そこには堤防があってその向こうにはすぐに海。
 まだ春先なので海風で少々肌寒いけれど、なのはは大丈夫だろうか?

「なのは、寒くないか?」
「え? ううん、大丈夫だよ」

 そっかと呟き、正面の海を眺めた。
 海風が吹くお陰で、寒いと言うのはあるけれど、それ以上に頭は冷静になれる。
 そのまま、互いに海を眺めたままベンチに座っていて。

 …はっ!? 思わず、会話が止まってしまった。
 イカン、何か話さないと。
 俺から誘ったんだし、ええと…な、何から話すか…?

「…ねぇ、雄介くん」
「っ、何だ?」

 中々俺から言い出せないうちに、なのはから話しかけてきた。
 極力、同様は表に出さなかったと思いたい。
 ちらりと横目でなのはを見るけれど、なのはは正面の海を見ながら。

「アリサちゃん、怒ってるよね…」

 そう呟いた。
 その横顔は、とても寂しそうに見えて。
 でも、俺がどうこう出来るものじゃなくて。

「そうだな、怒ってたかもな」
「うん…」

 俺が肯定すると、更に落ち込むなのは。
 やばっ、普通にミスした。
 落ち込ませるつもりは無かったのに、えーとじゃあ…

「なぁ? どうしてアリサが怒ってるのか、解るか?」

 そう聞くと、なのはは視線を伏せて。

「それは…私が、アリサちゃんに隠し事したから」
「まぁ、それもあるけど…アリサが、ただ単に隠し事しただけで、あんなに怒ると思うか?」

 俺の質問に、しばらく考えてから改めて首を横に振るなのは。
 その辺は、俺と一緒か…アリサがあんなに怒るのは、とても珍しい。
 そもそも普段はじゃれあい程度で、そこまで本気で喧嘩する事も珍しいのだけど。
 それでも、俺たちの知っているアリサ・バニングスと言う人物が、ただ隠し事をされただけであそこまで怒るとは思えない。

「なぁなのは、俺の勝手な考えだけど、アリサがどうして怒ったか考えてみた…聞いてくれるか?」
「…うん」

 あの後、ずっと考えていたのだ。
 どうしてアリサが怒ったのか、アリサは理由無く怒るような奴じゃあ無いし。
 じゃれ合いじゃなくて、本気でアリサが怒る時には理由がある…そう信じられるくらいには、俺はアリサを知っていると断言できる。

 ベンチの上で、互いに向き合う。
 口を噤んだ表情のなのはが、正面から俺を見つめていた。
 正直、かなりドキッとしたけど、今はそんな気持ちは不要。
 気力でねじ伏せて、なのはと正面から向き合った。

「本当に当たってるかは分からない、そういう前提だけど…アリサは、隠し事をされて怒ったんじゃない」
「…うん」
「多分、『隠し事をしているのを黙っていた』から、怒ってるんだ」

 俺がそう言うと、すこし目を丸くして驚くなのは。
 そんななのはを見つつ、俺は思いっきり独りよがりな解釈をなのはに告げる。

「隠し事してて、それを言っておいたら、多分アリサは『しょうがない』で済ましてたと思う。 でも、なのははそうは言わなかった…だな?」
「う、うん」
「でも隠し事してて、それを言わなかったら…『どうして言ってくれない』とか、多分そんな気持ちになると思わないか?」

 …少し待って、小さくなのはが頷いた。
 今回のことは、結局はその辺で全部説明出来ると思うのだ。
 アリサがどうしてあんなに怒ったのかとか、俺に対してわざわざ頼んだとか言った理由とかは。
 大事だったのは、隠し事をしていると言ったか言ってないか…それだけの、違いなんだろう。

 隠し事があると言っていたら、アリサは心配しつつ…いや、真正面から心配することが出来た。
 しょうがないから、隠してる範囲で相談事が無いか訊ねたり、少しでもなのはの心配事を解消しようと頑張っただろう。
 アイツは、友達思いのそんな奴だ。
 
 でも、なのはは俺たちを心配させないように隠し事を隠したままにしていたから。
 もちろん、それが普通ではあるんだけど。
 それでも、なのはの隠し事に気が付いてしまったから、だけどなのははそれを隠そうとしてたから。
 
「今だから言っちゃうけどな…この間、すずかの家で集まったのも、アリサの発案なんだ。 俺が特に心配してたとかそんな感じに言ってたけど、アリサだって凄く心配してたんだぞ」
「…」

 俺の言葉に、なのははただ黙って俯いていた。
 口を噤んで、スカートに置かれた手に力がギュッと篭っていて。
 静かに、悔いているようなそんな雰囲気で。

 こんな雰囲気にするつもりは無かったのだけれど、つい言いすぎてしまったかも知れない。
 殆ど何も考えずに、反射的になのはの手に俺の手を重ねる。
 なのはがビックリしているが、正直俺のほうが自分にビックリだ。
 いきなり何をしているのか、本気で解らないが取りあえず、なのはの手からは力が抜けたようでちょっと安心。

「ゆ、雄介くん? どう、したの?」
「…」

 どうしたかは、俺も知りたい。
 いや、本当に反射的で自分でも何がしたかったのか意味不明だ。
 やばいやばいやばい、本気でこれからどうする?
 何言えば良いんだ、いや今なのはの手に手を重ねている状態で何言っても、台無しかもしれないけど。

 ええい、こうなったらままよ…っ!
 流されるままに、言いたいことだけ言ってやる…!!

「なぁ、なのは?」
「う、うん」

 なのはの手に手を重ねて、正面からなのはを見たままで。

「隠し事は、俺たちに絶対に相談できない事か?」

 俺の問い掛けに、なのはの表情が確実に強張った。
 卑怯な聞き方だとは自覚してるけど、それでもこれは聞いておきたい。
 本当に相談、してくれないのかどうかだけは。
 じっと、なのはを正面から見つめて。

「そ、それは…」

 なのはは、少しだけ視線を彷徨わせた後、まず俺の目を見た。
 俺が視線を逸らさないでいると、今度はなのはが視線を伏せてしまう。
 そのまま少しだけなのはは考えるような素振りを見せて、もう一度顔を上げたときにはいつものなのはが居た。
 こうと決めたら譲らない、そんな俺たちの友達だ。

「うん、ごめんね。 やっぱり、言えないよ」
「…そっか」

 はっきりとしたなのはの言葉、拒絶されているのに無性に嬉しい。
 隠してるんじゃなくて、こうやってハッキリ言ってくれたほうが良い。
 ダメならダメで、俺たちは他の手段を考えるし。
 何より俺が好きになったのは、こうやってハッキリと言える、そんな高町なのは何だから。

「じゃあ、帰ろうぜなのは」
「え…?」

 なのはから手を退かして、立ち上がりながらそうなのはに声をかける。
 どうにもニヤついているのを止められないが、もう別に良いや。
 何でかまた驚いてるなのはに、ほらと手を差し出しながら。

「どうしたんだ? そろそろ帰らないと、遅くなっちゃうぞ?」
「え、あ…うん。 …聞かないの、雄介くん?」

 俺の手を取って、ベンチから立ち上がるなのは。
 聞かないって…あぁ、拒絶したのに、何で追及しないのかって事か。
 そんなの、簡単な事だ。

「言えないなら聞かないさ、絶対に言えない事なんだろう? なのはが言えないって考えてるって事は、きっと俺は役に立てないんだろう?」
「え、えっと…それは」

 言葉を濁すなのは、まぁ正面切っては言えないな普通。
 俺はそんな事、全く気にしないけど。
 それに今は、嬉しさの方が大きいし。

「な、何でそんなに雄介くんは笑ってるの?」

 そんなの、それこそ簡単だ。

「嬉しいからだな、なのはがいつも通りに戻ってくれて」
「いつも、通り?」

 鸚鵡返しに聞き返してくるなのはに、あぁと頷いて。

「一度こうと決めたことは絶対に譲らなくて、真っ直ぐな所がいつも通りだ」

 俺がそう言うと、何だか複雑そうな顔のなのは。
 どうしたのかと首を傾げていると、

「…それ、私が頑固だって言われてるみたいだよ」

 …ふむ、確かに。
 まぁでも、

「そんな所、あるだろ?」
「…雄介くんの、ばかっ!」

 なのははむうっと頬を膨らませたかと思うと、そう言って俺を置いて歩き出してしまった。
 慌てて、謝りながら追いかける。

「すまん、ごめんなのは! 最初は褒めてるつもりだったんだ!」
「知らないっ」

 追いついても、ぷいっと顔を背けられてしまった。
 うわしまった、本気でどうしよう?
 も、もしかしてこれで嫌われたか?
 そうなったら、色んな意味で俺終わった…回避せねば!

 なのはの隣で、一人奇怪な動きでどうにか謝罪の言葉をひねり出そうとしていると、こっちを見たなのはが小さく笑った。
 …もしかして、怒ってないの…か?

「…怒ってないのか、なのは?」
「うん、怒ってないよ雄介くん…ちょっとからかって見ただけ」

 笑顔のなのはに、本気で思う…タイミング悪いよ!
 いやでも、本気で良かった…からかわれてるだけだったか。
 思わず胸を撫で下ろすと、またなのはが笑う。
 むぅ、笑ってくれてるのを良しとすべきか。

 しばらく、今度はいつもの様に会話を弾ませながら二人で歩いて。
 また、いつも別れる道に到着した。
 寄り道する前とは違って、俺もなのはも笑顔のままで。 

「それじゃあ雄介くん、また明日ね?」
「あぁ…あっ、なのは!」

 最後に、これだけは言っておかないと。
 首を傾げているなのはに、ちょっと逆効果になるかも知れないけれど。
 これは、なのはが言うべき事だから。

「隠し事はどうしても言えないって事、アリサとすずかに伝えておけよ?」

 俺がそう言うと、なのはの表情が一瞬だけ強張って。
 でも次の瞬間には、満面の笑顔で言い切った。

「うん! 私から、ちゃんと伝えるね!」

 思わず見とれそうになるけど、どうにか俺も笑顔で返事をする。
 そのまま、なのはは踵を返して。

「…ねぇ、雄介くん!」

 こちらを振り向いたなのは、何だろうと次の言葉を待つと。
 なのはは満面の…花が咲いたようなと言うのが、ピッタリな笑顔で。

「今日は、雄介くんが居てくれて本当にありがとう! 雄介くんがいつも通り傍に居てくれて、私も嬉しかった…またね、雄介くん!」

 そう言うと、すぐに駆け出してしまったなのは。
 その後姿を見ながら、俺は必至に思わず叫んでしまいそうになるのを堪えている。

 傍に居てくれてとか、嬉しかったとか…なのはに他意は無いんだ!
 だから、落ち着け俺…他意は無い、けど嬉しいっ!
 あの笑顔は反則だろう…可愛かったけれどもっ!
 落ち着け、クールだ…クールになれ、佐倉雄介っ!!

 その後しばらく、俺はその場に立ち尽くしたままで、通りがかりの人からかなり不思議そうな目で見られていたけど…不可抗力だっ!


+++後書き
 最後のほうで、なのはに振り回される雄介の話でしたww

 ワードパッドでコレ書いてるんですが、ファイル容量がついに1000KBを突破!…自分でも、よく書いたなってか、続いたなと思いますww
 
 そういえば、まだ書いてないですけど、これからは時間軸が飛ぶことがたくさんあるかも知れません。 …だって、アニメだと極端に減っていきますから日常パート。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 十九話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/04/11 00:50
 その日…なのはから他意無く嬉しいことを言われた日の夜、俺が明日の準備をしていると携帯に着信があった。
 …いや、本当は多分かかってくるだろうと思って、待ってたんだけどな。
 そんな事を思いつつ、電話に出る。

「もしも」
『どうだった?』

 …もしもしと言う暇なく、主語の無い問い掛け。

「おいこら、主語の無い問い掛けするな。 あと名乗れ、それに俺じゃなかったらどうすんだ」
『うっさいわね、どうせ聞きたい事は分かってるんでしょ? それに、着信で名前が出てるし、アンタの携帯に他に誰がでるのよ?』
「俺の母さんとか、出るかも知れないぞ」
『はいはい…で、』

 電話の相手、アリサはそこで声を落とし。

『どう、だったの?』
「あぁ、まぁ一応大丈夫だ」

 アリサはわざわざ声を落としているが、電話だし意味無いと思う。
 なので至極普通の声で、返事をした。

『何よ、その一応ってのは?』
「いや、元気は出たみたいだし…後は、お前にちゃんと伝えるって張り切ってたぞ? 秘密にするしない関わらずな」

 いや、張り切ってはいなかったけど…なのはだから、あれから気合を入れなおしてそうだ。
 最後に念押ししたけど、多分しなくても言うつもりだった気もする。
 
『…そう。 ちなみに、アンタは聞いたの?』
「まぁな、内容は言わないぞ? なのはが伝えるだろうからな」

 その辺は、今日ちゃんと考えて伝えてくれた、なのはへのけじめだ。

『聞かないわよ、別に…そっか、元気は出たのね?』
「あぁ…ちょっと、お前の発破が効きすぎて、落ち込みそうになってたけどな」

 でも、そのお陰で今日はちょっと嬉しいことを言われたから、感謝しても良いかも知れない。
 そんな事、言わないけどな。
 嬉しかった事をアリサに追求されたら、誤魔化しきる自信が無いし。

『そんな事にならないようにアンタに頼んどいたんだから、もしそうなったらアンタを散々に詰ってやったわよ』

 …いや、何だその理不尽、それは信頼と取れば良いのかコラ。
 まっ冗談よ、と電話の向こうのアリサが言うが、そうは聞こえなかったぞ。

『まぁそれだけ聞ければ良いわ、じゃあね雄介』
「あぁ、じゃあな」

 電話を切って、そういえばアリサに明日きっとなのはが話しかけてくるだろうって事を言い忘れたけど、まぁ会話の流れで分かってるだろうし。
 いくら今日怒ってたからと言って、なのはを無視することも無いだろう。
 良し、今日はさっさと寝て明日は久しぶりに、朝から走ろうかな。

+++

 次の日、休憩時間では話す余裕がなかったので、お昼休みになのはがアリサを誘って四人で屋上に集まった。
 取りあえず、学校に置きっぱなしにしている俺のレジャーシートに座り、なのはがアリサとすずかに話し出す。
 
「ごめんね、アリサちゃん、すずかちゃん…」

 そう始まったなのはの話は、そう長いものでは無かった。
 まぁ、なのはは隠し事を話さないことに決めたみたいだし、しょうがないと言えばしょうがない。
 ただ真摯に、話せないと言う事を話すなのはの言葉を、アリサとすずかは黙って聞いていて。
 俺はただ、そんな三人の横で黙って座っているだけだ。

「…ねぇ、なのは」

 なのはの話が終わって、しばし黙り込んでいたアリサがなのはに声を掛ける。
 その目はしっかりとなのはを向いており、なのはもしっかりとアリサを見返しながら返事をした。

「それは、本当に話せないのね? ここに居る、誰にも?」
「…うん、アリサちゃんにもすずかちゃんにも、雄介くんにも話せないの」
「そっか…」

 アリサとなのはの話し合いを、俺とすずかが見守るような形。
 またしばらくアリサは黙った後、今度は大きく息を吐き出す。
 溜息を吐いた様にも見え、なのはは肩を小さく震わせるが、俺から見えるアリサの表情は明るくて。
 その明るい表情で、

「さっ、そろそろ食べないと、時間が無くなっちゃうわよ」
「…え?」

 なのはがきょとんとした表情をしているが、アリサはそれを見ないフリして自分の分のお弁当を広げ始めた。
 俺とすずかも、取りあえずアリサに倣ってお弁当を広げる。
 俺たちが揃ってお弁当を広げているのに、なのはが慌てて自分の分も広げ始めるが、納得出来なさそうな表情を浮かべていた。
 そんな様子を見て、

「…『何で聞いてこないんだろう?』とか、考えてるんでしょ? なのは」
「え!? えと…うん」

 一瞬狼狽していたが、すぐに素直に頷くなのは。
 そんななのはに、アリサは一度お弁当の準備を止めて言う。

「話せないんでしょ? 全部?」
「う、うん…そうだけど」
「じゃあ、聞かないわ」

 どこまでも不思議そうななのはに、ハッキリと…いや、むしろ明るく言い放つアリサ。
 そのさっきまでとは全然雰囲気の違う言い方に、目を丸くしているなのは。
 そんな様子に、思わず俺は口元を緩めつつ二人の会話を聞き続ける。

「言えないんだもの、私は聞かないわよ?」
「え、えと! で、でも!?」
「でも、心配はするわ」

 なのはの言おうとした言葉を遮って、アリサが明るい表情のままで言い切った。
 言葉に詰まるなのは、アリサはそんななのはを苦笑して見ながら。

「当たり前でしょう? アンタが言えないって言うのなら、聞かない…でも、その代わり心配するのは止めないわよ?」
「…」
「アンタが言えないって言うのなら、それはきっと私達にはどうにも出来ない事でしょ…だったらこれ以上は聞かないで、ずっと心配し続けることにするわ。 言っとくけど、心配しないでって言っても無駄だからね? 言わない以上、心配するのだけは止めないから」

 無言のなのはに、そう一気に言い切ったアリサ。
 その表情は、紛れも無い笑顔。
 アリサのこういう所は、本当に格好良いと思う。

 しばらく、なのはは言われた内容を反芻するように呆然としていたが、ようやく理解したのか今度は苦笑しながら。

「アリサちゃんと雄介くんって、同じこと言うんだね」

 そんな事を言った。
 それを聴いて俺は何の気なしにアリサを見てみれば、ちょうど目が合い。
 そのままアリサは、徐々に何か嫌そうに顔を顰めて…っておい!?

「おいこらアリサ、何だその嫌そうな顔は」
「…別に、何でもないわよ?」

 そう言って、止めていた手を動かしてお弁当を食べ始めるアリサ。
 そんなんで誰が誤魔化されるか!

「いや、今間違いなく嫌そうな顔してただろうが!」
「アンタと同じような事言ったって思うとねぇ…」

 こ、今度は誤魔化そうとすらしてないし!
 自分のお弁当を口に放り込みながら、何故か達観したように言うアリサ。

「どういう意味だ、それは!」
「別に、何でもないわよ? うん、別に他意があったりはしないわ」
「大嘘をつくなコラ! 思いっきり他意のある言い方だろうが!」

 思わず身を乗り出す俺を見ながら、何でかニヤニヤし始めるアリサ。
 何をニヤニヤしているのかコイツは…っ!
 ってか、お前俺をからかって遊んでやがるのか!?

「アリサちゃん、雄介君もそろそろ食べないと時間が無くなっちゃうよ?」
「何?」

 そうすずかに言われて、咄嗟に携帯を出して確認してみれば、本当に時間が無い。
 何故?と思ったが…あれか、最初になのはの話も聞いてたし。

「え…? あ、ほ、本当だ…私も急いで食べないと…!」

 なのはも、まだ手を付けていなかったお弁当を広げる食べ始める。
 俺も慌てて弁当を広げ、自分の分をかきこんでいく。
 ふとすずかを見れば、いつから食べていたのかもう半分くらい無い。
 さっきまで話していたアリサも、少し急いだ様子で… 

「…ちょっと、人が食べてるところジロジロ見ないでよ」
「あ、すまん」

 そう少々頬を赤くしてアリサに言われ、慌てて謝る俺。
 確かに、失礼だったな。
 視線をアリサから外して、俺もまた自分の弁当を食べるのを再開する。

 それからはしばらく、皆が無言でそれぞれの弁当に集中していた。
 そして一番にすずか、二番目に俺と食べ終わり、後はなのはとアリサ。
 まだそこそこ残っているみたいだが、二人ともそんなに素早くは食べられない…女の子だしな。
 俺が見てるのも間違いなく影響しそうなので、取りあえず今は二人に背中を向けて座っている。
 と、

「…って、無理よそんなに急いで食べるの! あとどのくらいなの、すずか?」
「えーと…戻る時間も入れたら、あと五分も無いよ?」
「そんなに!? あーもう、ごめんすずか、ちょっと食べてくれる? 残すのはもったいないし」

 そんなやり取りが背後で聞こえる。
 どうやら、アリサは諦めてすずかに食べてもらうようだ。
 と、なるとなのはも諦めて、すずかにでも食べてもらう事になるのだろうか?

「ね、ねぇすずかちゃん? 私のも…」
「…流石に、それは無理かも。 それより、やっぱりこういうのはたくさん食べれる男の子に頼まないと」

 …何?
 咄嗟に振り返ったら、ちょうどこっちを見ていたなのはと視線があった。
 その手には、まだ中身の残っている弁当箱。
 つまり、

「あの、雄介くん…良い?」
「…了解」

 正直なところを言えば、自分の分を一気に食べたために腹は普通に一杯なのだが。
 だがしかし、なのはのお願いだ。
 少しどころか、結構無理してでも大丈夫!…な筈だ。

「ご、ごめんね雄介くん…えと、どれに渡せば?」
「あー、じゃあこれに入れてくれたら、その分は食べるから」

 言いつつ、俺の空になっていた弁当箱をなのはに差し出す。
 取りあえず、渡された分は頑張って食べようか。
 そう決意しつつ、なのはが俺の弁当箱に色々移していくのを見守る。

「あのね? これとこれは、私が作ったからあんまり美味しくないかもしれないんだけど…」
「いや、大丈夫だ。 なのははお菓子作りも上手いんだからな」

 言いつつ、なのはが示してくれたのはしっかりとチェック。
 残り時間的に急いで食べざるを得ないけど、できる限りすばやく丁寧に食べるとしよう…!
 まぁさっきなのはに言ったとおり、間違いなく美味しいだろうけど、不味くても美味しいに違いない。

「…上手いことやったわねぇ、すずか」
「…ふふふ、しかもちゃんとなのはちゃんからなんだよ?」

 …そこ、ボソボソうるさいぞコラ。
 聞こえてるんだよしっかりと、なのはは何の事だろうと首を傾げてるけどな!
 黙って食えお前ら!!

「じゃあ、これだけお願いしても良いかな?」
「あぁ、後は自分で食べれるだよな?」
「うん、大丈夫だよ」

 そう頷くなのは、視線を俺の弁当箱に向けてみれば、まぁそこまで多くは無い。
 元々、なのはもある程度は食べていたわけだしな。
 そうして、なのはの入れてくれた物を食べ始める俺だった。

 丁寧に素早く、味わいつつと言う大分矛盾した事をしながら、なのはから分けられたお弁当を食べている。
 なのはが作ったものは避けて、さっさと他のを片付けて。
 それからようやく、なのはの作ったというものに手を伸ばす。

(うん、美味しいじゃないか)

 どのくらいなのはの手が入っているかは知らないけれど、普通に美味しい。
 普段だったら味わって食べたいところだけど、今は時間が許さないしな…いや、俺だけだったら授業に遅刻しても良いけど。
 今そんな事したら、なのはが自分が分けた所為だと思いかねないし。

 …今はお弁当の一部だけど、いつかは全部なのはの手作りなお弁当を食べてみたいなぁ。
 こう、休みの日とかに二人で公園にでも出かけてさ。
 出来れば、こう…あ、あーんとかもって何考えてんだ俺はっ!?
 いかん、妄想はほどほどにしろ俺!

 そんな下らない事を考えを振り払いながら、もうお弁当のおかずは残り一つになり、ふとなのはを見る。
 俺の視線には気づかず、一所懸命にお弁当を食べていて。
 ふと、

(そういえば、さっきなのはが俺の弁当箱におかずとか移した時って…)

 思い返せば、なのははそれをもちろんなのは自身の箸で行っていて。
 で、俺はそうやって渡されたものを自分の箸で食べているわけだが…あれ?
 ちょ、ちょっと待てよ? こ、これって遠まわしだけど間接キスでは!?
 
 い、いや落ち着けよ俺…そう、面積が小さすぎるだろう?
 ほ、ほら箸の先だけしか触れていないわけだしな…なぁ!?
 いやでも、それでもソレに変わりは無いわけだし…って、だから待て俺!

 思わず箸を持ったほうの手で、自分の口元を押さえる。
 もちろん、にやけそうになるのを隠すためだ。
 つーかやばい…もの凄く、顔が熱いんですけど…。

「…? どうかしたの、雄介くん?」
「え!? あ、いや、何でもないけど、どうかしたか!?」
「え…えと、そんなに、驚かせちゃった?」

 いやいやと口元の手は離さずに、弁当箱を置いて手を振り誤解を解こうとする。
 ついでに、恥ずかしくてなのはが真っ直ぐ見れない。
 本気で、何を考えていたんだろうか俺は…!
 なのはには欠片もそんな気は無いというのに、最近自分の妄想が激しくて嫌になりそうだ…

 そんな俺になのはは不思議そうに首を傾げながら、ふとある一点に目を向けた。
 俺もその視線を追うと、そこにあったのは俺の弁当箱。
 何だろうと思っていると、何だかなのはが申し訳無さそうな顔をして。

「あの…もしかして、美味しくなかった?」

 …一瞬、本気で思考が止まった。
 何故、と考えて今俺の弁当箱に残っているのは、なのはが作ったとされるおかず。
 それを食べたであろう俺が、口元を押さえてると言う状況は、つまり。

「ち、違う! そんなことは無いぞ、なのは! 誤解だ!」
「…本当? 美味しく無いんじゃないの?」

 確かに今の俺はそんな誤解を招きそうだけど、決してそんな事は無い!
 やばい…何て言い訳をすれば…!

「ほ、本当だって! これはアレだ、その…流石にちょっとお腹が一杯になってな!? 美味しくないわけ無いし…それにほら!?」

 言いつつ、最後に残っていたおかずを口に放り込む。
 下品にはならないように、しっかりと租借して。
 少々噛むのが足りなくて、喉に引っかかりそうになったけど、そのまま飲み込んだ。

「…っ、くぁ…ほ、ほらな!? 別に何でもないだろう? それに、むしろ凄く上手かったぞ!」

 俺がそう言うと、なのははちょっと驚いた顔をしていたが、やがてちょっとずつ嬉しそうな顔に変わり。

「そ、それなら良かったけど…」
「そうさ! その、何だ…なのはの作った奴、凄く美味しくてお腹一杯でも入ったしな!」
「そ、そうかな?」

 …何かさっきから致命的な事を口走ってる気もするけど、なのはが笑ってくれてるので問題なし!
 後で思い返したら、恥ずかしさで悶えそうだけど、その時はその時だ…!

「あ、でもその…無理させちゃった?」
「いや大丈夫だ! ほ、ほら良く言うだろ? 美味しいものは別腹とかって」

 そんな超絶理論を持ち出しつつ、どうにかなのはの誤解を解くと言うか、うやむやにする。

「そ、それよりも、早く食べないと時間が無いぞなのは」
「え? あ、そ、そっか…!」

 慌てて、食べ始めるなのはにまた背中を向ける俺。
 なのはの食べるところをジロジロ見ないようにと、もう一つは俺自身のクールダウン。
 あぁもう、マジで今顔がもの凄く熱いんですけど…

 落ち着け俺、落ち着くんだ。
 あれは別に間接キスでも無い、無いったら無いんだ!
 さっきのは…そう、無かったことに!
 無かったことにしろ、俺…!

 そんな呪文を脳内で唱えながら、必至で落ち着こうとする。
 どうにか、なのはが食べ終わるまでにクールダウンすればまだ誤魔化せるはずだ…!
 だがしかし、ニヤニヤしてたある二人には、後で個別に話があるからな…!


+++後書き
 総括して言えば、お弁当の話ww
 と言いますか、今回ちょっと短かったですかね?申し訳ないです。
 しかし、ここで原作とちょっと違った展開…アニメだと、まだ仲直りしてないんですよねなのは達。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/04/18 02:40
+++

 結局、お昼はギリギリまで食べていたけど、どうにかなのはもアリサも食べ終わることが出来た。
 まぁ、その後は四人揃って教室へと駆け戻る事になったんだけど。
 教室に着き自分の席へとついた途端、周りの奴らから何か今日はギリギリだったな?とか言われたけどな。

 ともあれ、無事に授業に間に合い良かった。
 午後からは休憩時間も普通に、昨日の喧嘩する前までと同じように四人で集まっていたので、周りからは仲直りしたと思われた模様。
 …いや、周囲の会話が聞こえたんだよ、別に聞くつもりは無かったんだけどさ。

 とまぁそんなこんなで、帰りはまたアリサたちは習い事で、俺はちょっと図書館に寄る用事があったので、皆バラバラに帰った。
 学校でアリサたちとは別れて、昨日と同じように途中まではなのはと帰っていたけれど、昨日とはまったく違った帰り道で。
 今日、仲直りして良かったなぁと、そう思った。

 そして、その日の夜中。
 俺が普段どおり、明日の準備や何かをしながら過ごしていたら、何となのはから電話が掛かってきたのだった。

+++

 なのはとは、あまり普段電話で話すことは無かったりする。
 何故ならば、まず俺からは会話が続きそうに無いので電話しないし。
 それに大抵、夜はメールで昼間は会ってるからな。

「あーと、もしもし? なのはか?」
『あ、うん。 ごめんね雄介くん、夜遅くに電話して』

 言われて時計を見れば、その針は八時過ぎを示している。
 まぁ、俺的には別に遅くないけど、遅いといえば遅いとも取れる…メールだったら、普通かな?

「珍しいな、夜に電話なんて…普段はメールなのに」
『うん、その…ちょっと言わなくちゃいけない事があって…』

 ? 言わなくちゃ、いけない事?
 …俺、何かやってしまったのだろうか?
 えーと思いつくことは特に…あっ、もしかしてお昼のお弁当の事を、まだ気にしてるのだろうか?
 むぅ、ちゃんと美味しかったと伝えたつもりだけど、足りなかったか?
 いや、それよりもやっぱり美味しくなかったと思われてしまったか!?
 うわ、いかん、どうしようヤバイ!?

『えっとね…その、ちょっと言いにくいんだけど…あれ? 聞いてる、雄介くん?』
「え? あ、あぁもちろん…で、一体どうしたんだ? 言いたいことがあったら、明日学校ででも言えるだろう?」

 少し、あえて言うけど少しだけ思考が暴走したが、なのはの言葉に慌てて意識を戻す。
 言ってる途中で思ったけど、何か言いたいことがあれば、明日の学校で言えば良いのに…忘れてたんだろうか?
 ううん、そういうのはあんまりなのはは忘れたことがないような?

『う、えっと、その…明日、学校で言えない事、何だけど…』
「言えない事?」

 ますます、何の事何だろうか?
 学校で言えない話って事か、でもだとしたら何だろう?
 ………想像もつかん。

 と言うか、さっきからなのはにしては妙に歯切れが悪いような?
 昨日の隠し事の事を聞く前よりも、何だか言いよどんでるような気がする。
 いや、それよりはまだ何と言ったら良いのか、言いたいことが纏まってないような印象も受けるけど。

「あーと、何か電話でも言いづらそうだけど…なんなら時間を置いて、明日の帰りにでも聞こうか?」

 時間を置けば、言いたい事も纏まるだろうと思ってそう言ったのだけど。
 なのはの返答は、ちょっと予想外過ぎるものだった。

『あ、えっとそれは…その明日、私ちょっと学校を休んじゃうから』
「へ?」

 休む? なのはが?
 …いや、別に今までにもなのはが風邪を引いたりで、学校を休んだことはもちろんあるけれど。
 前日の内から、休むのが分かってるのはどういう事だ?

「あー…休むのか、明日?」
『うん、その…ちょっと』

 その少し引っかかるような言い方に、何かやむを得ない理由でもあるのかと何となく直感。
 だけど何と言うか、なのはが個人的な理由で学校を休むところに何だか違和感を覚える。
 生真面目ななのはが、一体どんな理由で学校を休むのかと考えて。

「…俺たちに、秘密にしてる事の関係か?」
『え!? ど、どうして分かったの!?』

 俺の言葉に、思いっきり動揺するなのは。
 …いや、半分は冗談のつもりもあったんだけど。
 自爆してるぞなのは、いやまぁ理由が分かったから良いけどさ。

「…あー、当たりなんだな?」
『え? …あ!? い、今の無しだよ雄介くん!』
「いや、無しも何ももう遅いからな? で、明日休むって言うのが、言いたかった事か?」
『あ…その、明日から、しばらく、何だけど…』

 しばらく? 随分と曖昧というか、いやそれ以前に連日で休むということなのか?
 いくら義務教育とは言え、ってかその前にそれ決定事項なんだろうか?

「しばらくって、また何て言うか…休むのは、決定なのか?」
『う、うん。 それで、皆に言っておかないとって思って…』
「そうか…ちなみに、それは士郎さんたちと一緒だよな?」
『え? ううん、違うよ?』

 …はい? 連日学校休むのに、親は一緒じゃないのか?
 それは、流石におかしいんじゃ…。

「…士郎さんとか、桃子さんとかの許可は…まぁ当然取ってるんだよな?」
『それは、大丈夫。 お母さんは良いって言ってくれて…それで、その』

 許可があるって事は、まぁ良いのか?
 いやでも、学校休むのに親が一緒じゃないって…俺が気にしても、仕方ないか。
 と、電話の向こうのなのはが、少しだけ言葉を詰まらせて。

『ごめんね、雄介くん。 せっかく雄介くんに応援してもらって、今日アリサちゃんと仲直り出来たのに…』
「え、いや…その、何だ?」

 落ち込んでいるようななのはの言葉に、果てしなく動揺してしまう。
 どうしよう、何を言えば良いんだ?
 別に俺は、そんなの気にしてないんだけど。

「あのな? 俺は全然、気にしてないぞ? アレはその…ただの俺の、お節介なんだからな?」
『お節介なんかじゃないよ、雄介くんがああ言ってくれたから、私はアリサちゃんと仲直り出来たんだから』

 …むぅ、いやでも、きっと俺が居なくてもその内アリサが折れてた可能性も…無い、か?
 あれでと言うかそのままと言うか、アイツも頑固だしなぁ。
 なのはにしろアリサにしろ、本当にこうと決めたら譲らない二人だし。

「あーうん、まぁ気にするなよ? その…わざわざ学校休むって言うことは、そうしなきゃいけないんだろ?」
『うん…』
「じゃあさ、その…まぁ俺もアリサもすずかも、気にしないさ。 なのはが決めたことだし、まぁ話せないのも納得してるしな」
『…雄介くん』

 うわー、照れくさい。
 直接顔を会わせてないからか、いつも以上にすらすら言葉は出てくるけど。
 何かもう、照れくさいマジで。
 なのはの声も、何だか感動してるみたいに聞こえるし…うん、間違いなく自意識過剰だろうけどさ。

「で、その、何だ? つまりなのはは、明日からしばらく休むって事で良いんだよな?」
『あ、うん。 本当は直接言った方が良いと思ったんだけど、ちょっとそれだけの時間が無かったから』

 そんなに、急なのか。
 明日の朝早くとか、俺としてはそれでも良いんだけどなぁ
 …本当になのはが何を隠しているのか、気にしないようにはしてるんだけど。
 普段の日常生活にここまで影響及ぼすのを、放っておいても良いんだろうか?

 俺はなのはの親じゃないし、その親たちが許可してるけど。
 それでも、やっぱり良いのかなって気にはなる。

「…なぁ、なのは? 隠し事って、桃子さんたちには話したのか?」
『え!? えっと…お母さんに、その、少しだけだけど』

 少しだけ、と言うのがどのくらいなのか。
 多分、そんなに詳しくは説明してないんだろう…それでも許可する辺り、あの人たちは本当になのはに甘い。
 いや、まぁそれは良いか。
 とにかく、なのはが明日から急にしばらく学校を休むのは、決定していることなんだから。

『…あ、あの雄介くん?』

 ん? イカン、しばらく考え込んでたか。

「すまん、ちょっと考え込んでた」
『ううん、別に大丈夫だよ』

 まぁこれ以上、俺が考えても仕方ないだろう。
 明日からはしばらくなのはが居ないと、要はそういう事なわけだ。

「まぁあれだ、アリサが昼間に言ってたけど、心配して待ってるぞ? 何をするかは知らないけど、危ない事じゃないんだろう?」
『ふぇ!? え、あ、も、もちろんだよ雄介くん!』

 …よぉーし、ちょっと待とうか?
 はははははははは、もしもしなのはさん。
 今、どこで動揺したのかな? ん?

「……よし、なのは? 取りあえず座ろうか?」
『え、えっと座ってます…』
「うん、そうかそうか…で、今どこで動揺した?」

 俺には、危ないことの辺りで反応したように思えたけれど?
 何か、俺の声が平坦になってる気がするけど気のせいだろう。
 取りあえず、俺もちょっと座ろう。

『な、何の事かなー? なんて…』
「なのは、偽証は帰ってきてからのアリサ法廷で不利な証拠になるぞ?」
『…ちょ、ちょっとだけだよ?』

 流石はアリサ、一発でなのはが口を割った。
 だがしかし、ここで引き下がる俺じゃない…直感だが、まだの筈だ。

「うん、で、本当は?」
『…あ、危ない事もあるかも知れないだけだよ? 本当だよ?』
「ほほう…」

 まぁ、流石に二回目は本当だろう。
 まぁ、一回目と二回目で大した違いは無いんだけど。
 と言うかだな。

「なぁなのは、今始めて聞いたんだけど? 危ない事してるなんて」
『…ご、ごめんなさい』
「うん、謝るのは偉いが、何で今まで言わなかった?」

 電話の向こうでえーととか、その…っ!とか、言葉を詰まらせているなのは。
 …ちょっと、冷たく言い過ぎたかも知れない。
 無意識に声が冷たくならない様に、少々気をつけつつ。

「あーなのは? 別に怒ったりはしてないぞ? ただどうして言わなかったのかって思ってるだけで」
『う、うん……その、危ない事って言ったら、雄介くんたちに反対されると思ったから…』
「それは、まぁ…」

 もちろん、反対するとは思うけど。
 なのはに危ない事なんて、させたくないし。
 なのはの意思を尊重したいとは思うかも知れないけれど、それでもなぁ。

 いや、それはともかく。

「まぁ、その何だ? もう行く事になったんだから、とやかくは言わないけど…」
『う、うん』
「…あー」

 何、言えば良いんだろうか?
 普段なら、危ない事をしそうだったら止めろって言えば良いけど。
 今回は、止めろとは言えない。
 言っても、もう遅いわけだし…聞かなさそうだもんなぁ、今のなのは。
 後、言える事は…

「…なぁ、なのは? 怪我だけはするなよ?」
『…うん』

 これくらいしか、言える事が無い。
 無茶するなとか、言っても無駄そうだし…しないよな、多分。

 あぁダメだ、なんかこう考えたらその分だけ暗くなりそうだ。
 電話越しのなのはの声も、何だか元気が無いようにも聞こえるし。
 出来る限り明るい声を出そうと、そう心がけながらなのはに話しかける。

「あーと、そういえばアリサたちにはもう言ったのか?」
『え? う、ううん雄介くんが一番最初だから、これからだよ?』

 …一番最初に俺に連絡をくれたと言うのは、自惚れても良いのだろうか?
 いやうん、今はそんな事気にしてる場合じゃないよな。
 取りあえず、

「アリサたち…特にアリサに、危ない事するかもって言うのは、言わないほうが良いぞ」
『そう、かな? でも、内緒にするのは…』

 内緒にするというのに、なのははやっぱり罪悪感があるようで。
 でも、アリサの場合は。

「アリサの奴は、言っても言わなくても心配するんだから、少しでも心配かけないほうが良いさ」
『それは…そうかも知れないけど』

 うーんと、電話の向こうで悩むなのは。
 俺の言うことにも一理あるとは思ってるんだろうけど、でもそれ以上にアリサたちに秘密にすると言う事に悩んでるんだろう。
 卑怯だと、自分でも自覚して言うけれど。

「卑怯な言い方だけどな? 危ない事するなんて言ったら、アリサたちに余計な心配かけさせるだけだぞ」
『そ、それは…』

 まぁ別に、余計な心配では全然無いんだけど。
 こう言えば、なのはは更に言うのを躊躇うだろうと見越して…最低だな、俺。
 いや、俺だけなのはに相談されたとか、そう思いたいのかも知れない。
 …最低な自己分析だけど、有り得ないと言いきれない所がまた空しい。
 そして最後に、さらに最低な一言を。

「まぁ、最後のところはなのはに任せる。 なのはがどこまで秘密にするのか、俺が言えた事じゃないしな」
『うん…そうだね、ありがとう雄介くん』

 …何の疑いも無く、素直に返事をするなのは。
 少しばかり、いや結構心が痛い。
 いや自分で言ったことに、心を痛めてどうするんだ俺。

「じゃあなのは、あんまりアリサたちに連絡するのが遅れてもいけないし、そろそろ」
『あ、うん…じゃあ雄介くん、しばらく会えないけど』
「あぁ、またななのは…って、すまんちょっと待った!」
『え、な、何? どうかしたの?』

 いかん、一つだけ確認しておきたい事があった。
 …って、冷静に考えると、これ聞くのって凄く恥ずかしい。
 いやでも、聞いておきたいし…えぇい、ままよ!

「あーその…どこ行くのか知らないけど、そこって電話とかメールって出来るのか?」
『え、えーと…ごめんね、ちょっと分からないけど…どうして?』
「いや、どうしてって…」

 そう聞かれると、凄く困るんですけど…!
 理由は、あれだ、その…しばらく連絡取れなくなるのは嫌だし…うん、まぁ。
 こう、どこで何してるかとか、そういうやり取りもしたいと言うかって、何を考えてるんだ俺は!?

 ダメだ、落ち着け俺。
 正直、どうしてって言われて落ち込みそうだけど、なのはは別に、意地悪してるわけじゃないんだ。
 ただ、全くそういう気が無いだけでな…。

「あーうん、何か、学校で重要な連絡とかあった時に、伝えないと不味いだろう?」
『あ、そっか。 えーとじゃあ、一回向こうに着いたら、こっちにメールとか出来るか聞いてみるね?』
「まぁ、そうだな。 聞かなくても、試してみれば良いんじゃないか?」
『うーん…うん、そうだね。 じゃあ向こうに着いたら、やってみるね?』

 あぁと頷きつつ、今度こそなのはとの電話を終える。

「じゃあなのは、しばらく先だけどまたな?」
『うん、またね雄介くん』

 なのはが切ったのを確認してから、俺も通話を切る。
 通話を切って、座っていたベッドにそのまま思いっきり体を倒す。
 そのまま天井を見上げて、考えるのは明日の事。

 なのはは、明日からしばらく学校に来ないのか…どのくらいの期間かは分からないけど、少し寂しくなるか…
 って、寂しくなるって何だ俺!?
 待て、待てよ俺…! 別に一生会えないわけでもあるまいし、寂しいって何だ…!
 何を考えているんだ俺は…いやそれは、うん認めるのも吝かでは無いけれど、最近特に思考がヤバくないか俺!?
 いくらなのはに最近色々あったとはいえ、本当に思考がなのはのことしか考えて無いぞ俺…!

 その後は寝るまで、そんな感じでも悶えながらも、なのは用に書いておくノート用意してから、ようやく眠りについた俺だった。

+++

 次の日、普段どおりに朝起きて、メシを食べて。
 そして、学校に行くバスに乗って。

「おはよ、雄介」
「おはよう、雄介君」
「あぁ、おはようアリサ、すずか」

 いつもの席に、なのはが居ないのを確認した。
 最後尾の席に居るのは、アリサとすずかの二人だけ。
 居ないのが当然だとは分かってるが、何かしっくり来ないなぁ。

「ほら、座りなさいよ」
「おう」

 アリサに促されて、アリサの隣に座る。
 並び順としては、俺、アリサ、すずかの順番だ。

「ねぇ雄介? 昨日は、なのはからの話聞いたわよね?」
「あぁ、しばらく、休むんだってな」

 アリサに視線を向けながらそう言うと、アリサは何か言いたそうな顔をしている。
 俺も多分、そんな顔をしてるんだろうとは思うけど、言えることは特に無い。

「…随分、急よね?」
「あぁ…考えても、仕方ないぞアリサ?」

 分かってるわよ、とそう言って顔を背けるアリサ。
 色々、アリサも心配してるんだろうけど…俺にはどうしようも無い。
 バスはそのまま、真っ直ぐに小学校へと向かっていくのだった。

+++

 朝のHRで、なのはがしばらく学校を休むことが伝えられた。
 学校側には、一身上の都合で通すつもりらしい。
 まぁ、誰にも内緒にしてるから、そうするしかないんだろうなぁ。
 まぁ、それは良いとして、だ。

「誰か、高町さんのノートとかを取ってくれる人は居ませんか?」

 先生、そう言われても人前ではもの凄く手を上げにくいです。
 俺、自主的になのはのノートも取ろうと思って、ノートまで持ってきてるんですけど。
 もちろん、先生はそんな事を知らないから、聞いてるんだろうな。

 くそう、アリサめ…ここは気を利かせて手を上げてくれても良いのに。
 あぁどうしよう、これで先生が誰かを指名したりしたら、色々困る。
 手をあげろ、手をあげろアリサ…!

 そんな念を送っていると、

「はい、先生」
「ええと、月村さん? 月村さんが高町さんの分も取っておいてくれるの?」

 おぉ…良くやってくれたすずか!
 後は、俺がすずかに頼めばOKだな。
 そんな事を考えていたら、

「いえ、私じゃなくて…」

 おいおい、どうしてそこで否定する!?
 俺がやるから、形だけでも引き受けて欲しいんだけど!
 そう念を飛ばしつつ、すずかの方を見たら目が合って…あれ?

「私じゃなくて、佐倉君がやってくれるそうです♪」

 今、今何か言葉の中に見えた!!
 それに、その笑顔は何だすずか!
 う、うわ、先生もこっち見てる…ええい!

「えーと、じゃあ佐倉君が、高町さんの分まで取ってくれるのかな?」
「…はい、俺が高町さんの分も取っておきます」

 そうですか、とそう言って笑顔になる先生。
 …違うよな? 流石に先生にまではバレてないよな!?
 ええい、もう…取りあえず、ニコニコするなすずか!
 後、ここからは見えてないけど、絶対ニヤニヤしてるだろアリサ…!


+++後書き
 七割、なのはとの電話でしたww
 原作アニメで言うと、八話くらい…もう大分来ました…!

 そういえば、原作での無印が終了したら、とらハ板に移動する予定です。 まだどのくらい終了するかの目処が立っていないので、決まり次第『次からはとらハ板です』とか連絡します。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十一話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/04/25 03:48
 
 なのはが学校を休み始めてから、なんとなく張り合いが無い。
 何かをしようにも、こう…やる気が出ないと言うか、何と言うか。
 授業は、なのは用のノートを書くためにしっかりと受けてるけどな。

 だがしかし、こう何と言うか…やっぱり何となく物足りないと思ってしまうのは、中々止められない。
 いや、アリサもすずかも普段と同じように大抵一緒には居るんだけど、それでも何となくそう思う。
 具体的に言うとふとした時に、つい誰も居ないところに顔を向けてしまうのだ。
 うん、どういう事かはしっかりと把握してるんだけどさ。

 …正直に言えば、幾らなんでもここまで頻繁に、なのはの事を考えてるのは自分でもビックリだ。
 寝ても覚めてもとは、流石に言わないけれども…本当にふとした時に、なのはの事を考えてしまう。
 今何してるのかなぁとか、そういう益体も無い事を延々と。
 うん、自分でも自分が色々ヤバイと思い始めてきたけどね、最近。

 …別に、なのはが危ない目にあってるとか、そういうわけでも無い筈だよなぁ…一応、約束したし。
 あ、いや約束は怪我するなだったか…無理無茶するなは、咄嗟に忘れるだろうしなのはは。
 あぁもう、考えても仕方ないけど…ふぅ、元気にしてるよなきっと
 なぁ…なのは?
 
+++

 チリンチリン

「いらっしゃいませー…って、雄介じゃない。 いらっしゃい」
「どうもです、美由希さん」

 なのはが学校を休み始めた週末、俺は翠屋を訪れていた。
 ちなみになのはは、まだ帰ってきていない。
 今日は、アリサとすずかと待ち合わせだ。
 待ち合わせと言っても、別に用事があるわけじゃないけどな。
 アリサの言葉を借りるなら、友達同士だから用事は無くても良いんだけど。

「二人とも、あっちで待ってるよ。 ちなみに、注文は決まってるかな?」
「ありがとうございます…じゃあ注文はカフェオレと、あーいつものチョコのアイスクリームで」
「了解、後で席に持ってくからね」

 ついでに、メニューも見る事無く美由希さんに注文する。
 翠屋には何回も来てるから、メニューも何くれと無く覚えてるし…大体、食べるのも固定されてくるしな。
 今日は昼飯を食べてから少し時間が経ってるので、ちょっと小腹が空いた感じだ。
 そんなやり取りをしていると、

「雄介! こっちよこっち!!」
「と、言うわけであっちで待ってるよ?」
「…りょーかいです」

 先にアリサに見つかって、奥の方から大声で呼びかけられた。
 店内の視線が、俺とアリサに向いて普通に恥ずかしいんだが…
 気にならないのか、アイツは。

 そんなにお店の中に人が多くないのが良かった、などと思いながらアリサの方に向かう。
 席に辿りつけば、アリサもすずかもしばらく前から待っていたのだろうか?
 アリサの前には空のお皿と飲みかけのカップ、すずかの前にはこれまた飲みかけのグラスと

「…珍しいもの食べてるな、すずか」
「あはは…まだ雄介君、来ないかなって思ってたから」

 そう苦笑して答えるすずかの前にあるのは、小ぶりなパフェの容器。
 中身はまだ結構…と言うか、まだ来たばかりなのか全然減っていない。
 普段、あんまりすずかがこういうのを食べてるのは見たことが無かったりする。

「すずかもそういうの、食べるんだな」
「それはそうだよ、私だってこういうのは好きだし」
「いや、何となくイメージ的に、パフェはなのはかなぁと」

 四人がけの席に向かい合ってアリサ達が座っていたので、近かったすずかの隣に腰掛ける俺。

「それは、何となく解るかも」
「そうねぇ、なのはには合うわね」

 自分で言っておいて何だけど、パフェが似合うって子供扱いしてないだろうか俺たち。
 うん、でも間違いなく似合う。
 こう、なのはなら笑顔で美味しそうに食べてるよな。
 …はっ!? 何を想像してたよ俺、イカンまた思考がヤバイ方向に…!!

「…アリサは、肉だよな?」
「死にたい? アンタ?」
「すいません」

 思わず思ったことを口に出したら、アリサに睨まれた。
 いや、俺が悪いんだけどさ。
 ってか、アリサは…何だろうなぁ?
 何ていうか、デザートの似合わない気がする。
 うん、悪いがさっぱりだ。

「そういえば、雄介君だよね? なのはちゃんに携帯とかで、連絡が付くか確かめるように言ったの?」
「?ん、まぁそうだな」

 話の方向性を変えようとしてくれたのか、そんな事を言い出してくれたすずか。
 軽く頷けば、今度はアリサが
 
「そういえば、なのはが最初に電話掛けたのもアンタだったのよね…良かったわねぇ、雄介?」
「…そのニヤニヤ笑いは止めてもらえるか、アリサ?」

 最近、その笑い方しか見てないような気がする。
 応援してくれるのは有りがたいが、そのからかいは無くならないものだろうか?
 …無くなるわけも無いか、俺でも友達で俺みたいなのが居ればやりそうだし。

「で、どんなやり取りしてるのよ?」
「ん? どんなって…何のことだ?」

 俺が思わず首を傾げると、

「そんなの、なのはとのメールのやり取りに決まってるでしょ?」
「…ん?」
「折角、なのはちゃんにそうやって言えたんだから、メールしてるよね?」

 あ、そーいう意味か。
 あはははははは…余計なお世話だコノヤロウ。
 二人して何故笑顔か、こっちを見るなコンチクショウ。

「で、どうなの? まさか普通に元気か?とかだけじゃないでしょうね?」
「なのはちゃんからは、雄介君の事は聞けないし」
「はははははは…」

 アリサ、わざわざ俺の前に席を移動するな。
 すずかも、少し近づいてませんかね君?
 何でそう、包囲網を作ろうとしているんだコラ。
 ってゆーか、なぁ?

「…してないんだが、その前に」
「ん? 何をよ?」
「いや、だから」
「お待たせしましたー、カフェオレとアイスだよ…って、あれ? もしかしてお邪魔?」

 いえ全く、そんな事はないです。
 ある意味、奇跡とも言えるタイミングで現れた美由希さん。
 取りあえず、俺のカフェオレとアイスを受け取って。
 
「はい、じゃあ注文は以上かな?」
「はい、以上です。 ありがとうございました」
「良いの良いの、それじゃあね~」

 そう言うと、軽やかに仕事に戻っていく美由希さん。
 その姿を見送りつつ、取りあえずカフェオレを一口。
 うん、コーヒー飲めない俺にはちょうど良く美味い。
 そのまま、頼んだアイスへと手を伸ばす。
 と、

「で、どうなの雄介?」

 せっかく故意に無視していたのに…ってか、テーブルの下で足を蹴らないで欲しい。
 小突いてるつもりなんだろうが、ちょうど靴の爪先が当たって普通に痛い。

「…何が、どうなんだ?」
「だから、なのはとどんなやり取りしてるのよ」

 …そんなに、興味津々な目を向けられてもなぁ。
 取りあえず自分のアイスをスプーンですくって、一口。
 アリサから視線を逸らすと、今度はすずかと合ってしまう。

「ねぇ、どうなの雄介君?」
「…どうって」

 ええい、そんなに期待を秘めた目で見るな。
 何でお前らに、そんな事を言わなければならないんだ。
 と言うかさっきからお前ら、俺がなのはとメールしてるのを前提に話してるけど。

「あのな、俺はなのはとメールで話したりしてないんだよ」

 俺がそう言うと、何でか静まり返る二人。
 内心で思いっきりたじろいでいると、首を傾げたアリサが。

「…何で?」
「何でも、何も…何話していいか分からないし、特にこう用事も無いし」
「馬鹿じゃないの?」

 …声を荒げるわけでもなく、淡々と言われると余計に心に来るものが…っ!
 もの凄く、アリサの顔が呆れてる。
 そ、そこまで呆れた顔される理由が無いぞ…!

「な、何だよ?」
「何だもなにも…馬鹿じゃないのアンタ?」

 ま、また言われた。
 いや、流石にそう言われる理由は本当は分かるけど、でもしょうがないじゃないか!
 何の用事が無いのにメールするのもあれだし、もしメールしたとしても、話が続かなかったら気まずいだろう!?
 ならもう、いっその事我慢すればそれで…!

 とか、そんな事をアリサに言えるわけも無く。
 黙って、アリサの言葉を聞く俺。
 と、今度はすずかが追い討ちをかけてくる。

「まぁ…しょうがないよね、雄介君だもの」
「…すずか、それはどういう意味だ」 
「どういう意味も…そのままだよ?」

 そう言って笑い、グラスを手にとって喉を潤すすずか。
 アリサも同じように、自分のカップを取って喉を潤している。
 その二人の仕草に思いっきり負けたような気がして、悔し紛れにすずかのパフェを一口だけ頂いた。
 うん、美味いよちくしょう。

「まぁ、仕方が無いと言えば仕方ないわよね」
「…二人揃って、ありがとよー」
「拗ねない拗ねない。 ね、雄介君?」

 拗ねてない、悔しいだけだ。
 そう素直に言うわけも無いので、ただ黙って自分のアイスへと手を付ける。
 うん、すずかのパフェも美味いけどこれもやっぱり美味い。
 あぁ、美味いなぁー。

「まぁそういう事なら、私達が何か考えてあげましょうか?」
「…何を、考えるんだ?」
「なのはへの、メールの内容よ。 アンタだったら、このままなのはが居ない間に、一通も送らないとかになっちゃうし」

 いきなり言い出したアリサに訊ね返してみれば、そんな答えだ。
 いやもう、別に良いです…とは言わないが、気分的にはそんな感じ。
 って言うか、流石にそこまではならな…いと、思うんだけどなぁ、うん。
 そんな俺から、アリサはすずかにも視線を向けて

「ねぇすずか、雄介のために考えてあげましょうか?」
「そうだね、折角雄介君から言い出したのに、このままじゃ…あ」

 乗り気な返答の途中で、急に変な声を上げるすずか。
 不思議に思ってそっちを見れば、何故か自分のスプーンに乗ったパフェに視線を注いでいる。
 まるで、食べようとした直前みたいだが。
 そしてパフェに注いでいた視線が、一度俺に向いて、またパフェに、そして俺に向いて…って、いや、何だよ一体?

「どうかしたの、すずか?」
「え、あ、ううん。 何でもないよ、アリサちゃん」
「…いや、俺を見てそう言っても説得力無いぞ?」

 言葉どおり、何でか俺をチラ見し続けるすずか。
 アリサと顔を見合わせてみるが、互いにすずかの行動に首を傾げるばかり。
 何なのだろうと思っていると、

「…雄介君も、アレだよね。 色々と」
「?どういう意味だよ?」
「ううん、あんまり人の事を言えないんじゃないかなって」

 いや、だからそれはどういう意味だよ?
 結局、自分のパフェを食べながらそう言うすずかに、何でか呆れるように言われた俺だった。

+++

 その後、なのはにメールを送る話はお流れになった。
 いや、あの後すぐにすずかが違う話を持ち出したから何だけどな。
 話も、

「そういえば、ちゃんとなのはちゃん用のノート取ってる?」

 との事だったので、素直に

「あぁ、授業中に取ってるぞ。 俺の分は家に帰ってから、なのはに渡す奴を見て書いてるし」

 何て答えたら、二人からまた呆れた顔をされた。
 いや、でもその方が手間は少ないんだよ。
 自分のほうに書くとき、ある程度情報の取捨選択が出来るし。
 なのはの方で、そういう事はしちゃダメだし。


 ともあれ、翠屋からは出たけれど、そのあと半日は大体そんな会話をしながら、三人で行動していた。
 ゲーセンに行った時、ついクレーンゲームが上手かったらなのはは凄いと言ってくれるかと思って、しばし熱中していたのはかなり不覚だったが。
 ぬいぐるみに挑戦していたので、最終的に二つ取れたぬいぐるみは、アリサとすずかに進呈しておいたけどな。
 取れたのも犬と猫で、ある意味ちょうど良かったし。

 他には、ガンシューティングで得点を競ってみたりとか。
 順位は、一位すずかの二位にアリサ、そして最下位が俺だったので、罰ゲームに、エアホッケーで二人を同時に相手にさせられたが。 
 結果? ボコボコに決まってるじゃないか、すずかだけにもボコボコにされるのに。
 凄い理不尽な罰ゲームだったよ、負けてるのにさらに一人にされるって。


 そんなこんなで一日を過ごして、その日の夜。
 アリサたちに言われたからでは決してなく、ふとなのはにメールを送ろうと一時間ばかり悩んでようやく。

『元気だったか? なのはが居ない間のノート、俺が取ってるから戻ってきたら教えてくれよ?」

 とのメールを送り、その返信が

『私は元気だよ! ありがとう雄介くん、戻ったら雄介くんのお家に取りに行くね?』

 と書かれていたので、思わず三十分ばかり自分の部屋を掃除してしまった。
 すぐに来るわけでもないし、来ても玄関先で済む用事だと気づいた時には、軽く死にたくなったが。


+++後書き
 はい、普段より短いですね…本当にもうしわけありません! 書きたいことはあったんですが、どうにもまとまる気配が無いので大いにすっとばしました。
 時間的には、なのはの居ない間の雄介の休日です。 ほら、十日間も一時的に居なくなってるので、休日が必ず入るなぁと思いまして。

 あと、昨日…じゃない一昨日、ふとラジオで聞いた曲が雄介にぴったりだったので、イメージソングと勝手に設定しましたww
 気になる方がいらっしゃいましたら、どこかで探して雄介を頭に置いた状態で聞いてみてくださいww 曲名は『ぽっぷすたー』歌ってるのは『ひらいけん』ですww あ、平仮名なのは検索避けなので、ご了承くださいww



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十二話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/05/03 22:19
 アリサ達と会った休日から数日後、学校から帰った俺が自宅にてノンビリしていると、急に母さんから声が掛かった。

「ゆうー? お客さんよー」
「?へーい」

 いきなりの来客、今日は誰かが来る約束は無いのになぁと思いつつ玄関に向かう。
 と、そこに立っていた人物を見て、俺の思考は完全に吹き飛んだ。
 思考は完全に停止して、目の前の光景を脳みそがもの凄くゆっくり処理していく。

 玄関先に居るのは、髪の毛を頭の左右で括った女の子。
 俺やアリサ、すずかの友達で、ここ最近は全然姿を見かけていなくて。
 もうかれこれ、十日くらい見てなかったのでは無いだろうか?
 そう、今俺の目の前に居るのは、高町なのは、その人である…!

 そして、思わず停止している俺の目の前で、なのはが困ったように笑いながら声を掛けてきた。

「や、やっほー雄介くん?」
「……………………はっ!? な、なのはぁ!?」
「う、うん、そうだよ?」

 俺の反応に、驚きながら頷くなのは。
 え、何? …幻覚?
 いや、母さんがお客さんだと認識してたからそれは無い。
 あと、流石にそこまで重病だと思いたくない。
 じゃあ…質量を持った残像? いや、違うって。

「えっと…?」
「…え、あ、おう!?」

 よし、落ち着こう俺。
 いくら不意打ちでも、慌てすぎだから…そう落ち着いて、取りあえずこのまま逃げ…ちゃダメだろう俺。
 ようし、落ち着け落ち着けよ俺。

「お、おかえり? なのは?」
「え、あ、うん、ただいま雄介くん」

 無難にと思ってそう言ったけど、直後に何を言ってるんだと自己嫌悪。
 いきなりおかえりとか無いから、しかもここはなのはの家でも何でも無いから!
 まだ錯乱している模様、俺の脳みそ!!

 いや、うん…そろそろ落ち着こう、うん。
 取りあえずは現状を正しく認識するべきだ、そう単的に言えば…しばらく居なかったなのはが、何でか俺の家に来ている。
 …何で?
 うん、冷静に考えると何でって言うか、深読みしたらまた思考が暴走しそうだ。

「あっと…なのは、だよな?」
「うん? そうだよ?」

 だよね、いやまぁ自分でもなのはを見間違えるとは思わないけれど。
 いやしかし、ならば何故?
 少し考えてみるけど、それより目の前に当人が居るんだから、聞けばいい…んだけど、その前に。

「…一体、いつの間に帰ってきたんだ?」
「あ、えっとね、ついさっき帰ってきたんだけど」
「そうか。 連絡でも、入れてくれたら良かったのに」
「ごめんね、ちょっと急だったから。 アリサちゃんとすずかちゃんには、メールしたんだけど」

 …え? 俺には無し?
 地味に…いや、わりとショックだ。
 そんな俺の考えが顔に出ていたのか、なのはは慌てた様子で。

「あ、あのね雄介くんの分は、ノートとかがあったから取りあえず別にしてたんだけど! そうしたら、雄介くんのメールを打ってる最中に、電話があったりしてね!?」
「そ、そうなのか? ならまぁ、仕方ないか…って、いやその前に、いきなり如何したんだ?」

 別に、なのはが家に来るのは初めてでは無いけれど。
 いやそれは皆で集まった時とかだし、なのはが一人で来るのは初めてだが!
 うん、うんうんうん…全く分からん。

「えっと、さっき言った雄介くんのメール書いてるときに掛かってきたのが、アリサちゃんからの電話だったんだけど…」
「…ほう」
「で、その中で雄介くんにもメールした?って話になって…」

 どうしてそんな話になるのが不思議だけど、まぁアリサから言い出したんだろうなぁ。
 とは言え、何のために?
 ってか、今気づいたけど何で肩にユーノが居る?
 …あぁ、一端家に帰ってから連れてきたのか。 

「それで、『雄介がノート取ってるんだし、今日顔見せるついでに取ってこれば?』って言われて」
「あぁ、なるほど」

 ぐっじょぶアリサ、ぐっじょぶ親友。
 それとも今度からは、心友と呼んでやろうか。
 いやうんまぁ、それはともかく。

「じゃあ、すぐにでも取ってこよう…あ、それとも上がってくか? 授業で解りにくそうなところとか、ある程度は覚えてるけど?」
「え? そっか、それもそうだけど…うーん…。 …あっ、ごめんね雄介くん。 今はちょっと、人に待ってもらってるから」

 少し考える素振りを見せたが、すぐに顔の前で手を合わせてそう言うなのは。
 人って…なのはの後ろには誰も見えないから、このマンションの前ででも待ってもらってるのか?

「人に? ってか、俺の知らない人か? ここまで一緒に来てないし」
「うん、えっと…私の、引率みたいな人、かな?」

 引率みたいな、って何のこと…待てよ?
 引率というからには、今のなのははその人と一緒に行動してて、さらにはその人の言うことを聞く立場にあると取っても問題は無いはずだ。
 しかも、今のなのはは学校にも来ないでどこかに出かけてる状態。
 そんな状態であれば、その引率みたいな人と言うのは学校の関係者ではあるまい。
 さらに言えば学校の関係者でも無いのに、今のなのはに引率みたいな人と言われるからには、なのはの最近の行動と関係が無いとはまず有り得ないだろう。

「…なぁ、なのは? その人って、今下に居るのか?」
「え? うん、マンションの前で待ってもらってるよ?」

 …これは、チャンスでは無いだろうか?
 なのはが言わない以上は、なのはを問い詰める気はないけれど…でも、その引率みたいな人を見てみるのも、ある意味では1つの手段だろう。
 一体どんな人物が、今なのはを学校に来させていないのか、非常に気になる。

「…それじゃあ、早く戻ったほうが良いな。 ちょっと待っててくれ、すぐにノート取ってくるから」
「あ、雄介くん!? そんなに急がなくても…」

 部屋に駆け戻る俺の背中に、なのはがそんな声を掛けてきたけど聞こえないフリ。
 部屋へと飛び込んで、自分の荷物の中からなのは用のノートを数冊持ち出す。
 そのままとんぼ返りに玄関へと走りながら、

「母さん! なのはを下まで送ってくるから、玄関の鍵閉めるなよ!」
「はいはーい」

 そんなやり取りをしつつ、玄関へと戻る。

「じゃあコレなのは、ここ最近の授業のノートだ。 何個か教科ごとに纏めてて、表紙にはそれぞれ何が纏めてあるかを書いてあるからな」
「あ、うんありがとう雄介くん!」

 なのはにノートを手渡して、そそくさと靴を履く。
 
「あの、雄介くん? 別にそんな、わざわざ大丈夫だよ?」
「気にするなって、下までくらいそんな距離も無いしな」

 本当は、引率みたいな人に会ってみたいからだが。
 俺が靴をはき終わって立ち上がっても、なのはが少し申し訳無さそうな顔をしているので、ほらほらと声を掛けつつ玄関の外へと。
 なのははまだ少しばかり遠慮しているみたいだが、俺が先に歩き出すとノートを胸に抱えて追いかけてきた。

「そういえば、聞くのが遅れたけど明日は学校に来るって事で良いんだよな? ノートも取りに来たんだし」
「うん、明日は学校に行くよ」
「そっか、じゃあまぁ明日も言うと思うけど…おかえり、なのは」
「…うん、ただいま雄介くん」

+++

「そういえばなのは? 今日はもう、士郎さんたちには会ったんだよな?」
「え? ううん、まだだよ?」
「…うん?」

 エレベータを待っているときに、そうなのはに聞いてみればそんな答えが返ってきた。
 俺もなのはも、互いに顔を見合わせて首を傾げている。
 とりあえず、到着したエレベーターに乗り込みながら。

「…まだ家に帰ってないのか、今日?」
「えっと、うん。 これから、帰って…その、さっき言った引率の人…えっと、リンディさんって言うんだけど、リンディさんがお母さんに色々説明したいって」

 なるほど、引率の人…リンディと言うからには、外国の人か?
 その人は、高町家に挨拶に行くためになのはと一緒に居ると。
 今から始めて会うって、普通はなのはが出かける前には、最低でも桃子さんと話し合ってそうなものだけど…

「ねぇ雄介くん、どうして私が帰ってるって思ったの?」
「うん? いや、ユーノが居るからだけど?」

 なのはから聞かれたので、素直にそう答える。
 ついでになのはの肩の上に居るユーノを指差して、なのはもユーノに視線を向けて。

「ユーノくん?」
「あぁ、ユーノが居るって事は、一回家に帰ってから連れてきたんだと思ったんだけど…」

 俺の言葉に、またなのはは首を傾げて。
 そして次の瞬間、どうしてかあっと言う様な顔に変わった。
 何と言うか、まるで忘れてた…!とか言わんばかりの表情なんだけど。

 それを追求するかどうか、そんな事を悩んでいると、タイミング良くエレベーターが一階へと到着した。
 うん、ちょうど良いから追求は止めておくか…大した問題でも無いだろうし。

「で、その引率みたいな人はどこにいるんだ?」
「え、あ、うん! えっと、あっちの方…かな?」

 特に集合場所は決めてなかったのか、そう自身なさそうに言うなのは。
 とりあえず、なのはの示した方へと歩きながら。

「そういえばなのは? その…学校休むのって、これで終わりなのか?」
「え? …ううん、まだもうちょっと、かな?」
「そうか…」

 十日も居なかったけれど、まだ終わっていないのか。
 …本当に、何をやってるんだろうか?
 学校を十日も連続で休むなんて、いくら事情があっても普通では無い。
 ってか、一般的に良識のある大人なら、なのはがそんな事にならないように配慮するだろうし。
 桃子さん達はまぁ、なのはに甘いところがあるし…って、俺の言えるところじゃないか。

「あ、こっちだよ雄介くん!」
「ん、あぁ」

 なのはの先導に従って歩くこと少し、視界の中にようやく人影が見えてくる。
 その人影は、家のあるマンションを見上げていて、まだこちらには気づいていないようだ。

「リンディさん!」
「…あら、もう良かったのかしら、なのはさん?」

 なのはの声に振り返ったのは、長い髪の大人の女性。
 黒の服にストール、それに長いスカートで何となく、その服装は既婚者なのだと思った。
 その人は、なのはに付いてきている俺に目をやって

「そっちの彼は…なのはさんのお友達?」
「あ、はい! えっと…」

 訊ねられたなのはが、俺の方を見る。
 その意図を汲み取って、

「佐倉雄介です、始めまして」
「あら、これはご丁寧に。 リンディ・ハラオウンです、始めまして」

 なるほど、この人がなのはの引率みたいな人か。
 第一印象は、悪くない…って言うか、良い人に見える。
 これで、サングラスのヤの付く職業みたいな人だったら、何としてでも次になのはが行こうと言ったら、止めさせる決意までしていたけれど。
 具体的にはとりあえず士郎さんに大げさに話して、それでダメだったら警察にでもと。

「ごめんなさいね、なのはさんを長い間借りてしまって」
「いえ、なのはがしたいって言ってましたし。 それなら、俺は友達として応援するだけです」

 俺の答えに、ちょっと驚いた顔をするリンディ…いや、ハラオウンさん。
 それより子供の俺にも、本当にすまなそうな様子で謝る。
 うん、良い人なのは間違いが無いかもしれない。
 ハラオウンさんは、なのはを見て少し考えるような間を置き、また改めて俺を見ると

「…なのはさん、きっと貴方にも何も話していないと思うのだけど、それはこちらの都合なの…本当にごめんなさい」
「…あ、いえ。 その、誰にでも都合はありますし…一応納得はしてますから」

 今度は俺に対して、真摯に頭を下げた。
 驚いてしまって、少し慌てながらそう答える。
 大人が子供に、こうも真摯に頭を下げるなんて、なかなかあるものじゃない。
 なのはも、ハラオウンさんが頭を下げるのを見て、慌てている。

「リ、リンディさん! は、話さないのは私が決めたことですから…!」
「いいえ、なのはさんがそう決めたのも、こちらの都合でしょう?」
「で、でも…!」

 …なんか、俺そっちのけで責任の引き受け合いが始まってしまった。
 なんとなく、ハラオウンさんがなのはをメッと叱っているような、そんな感じだ。
 なのははなのはで、何だかとても慌ててるみたいだし。
 ってか、ユーノも何かなのはと似たような行動してる。
 やっぱり、ペットは飼い主に似るのだろうか?

「良い、なのはさん? 大人はね、こういう責任を引き受けるために居るのよ?」
「で、でも…!」
「でもも何もありません。 こういうのは、大人に責任を押し付けなさい…良いですね?」
「…はい」

 ふとこういう会話は、俺たち以外では成立しないんだろうなぁと思った。
 俺やなのは、アリサにすずかは分かるんだろうけど、そっちが普通じゃないんだし。
 俺の場合は、一回転生してるから分かるけど…普通の子供だったら、なのはみたいに責任を引き受けようとは思わないだろうし。
 ってか、同い年くらいだと、責任と言う言葉の意味を分かってるかも怪しいか。

「はい、よろしい。 それで佐倉君? そういうわけだから、なのはさんの事を嫌ったりしないであげてくださいね?」
「それは、間違いなく無いです」

 …脊髄反射で答えてしまった、うわ恥ずかしい。
 ハラオウンさんも、なのはも驚いた顔してるし。
 どうしよう、何て誤魔化せば!?

「え、えーとですね? 俺はなのはの…友達ですから、そんな、一個くらい話せないことがあったって嫌いになったりしませんよ? それがまぁ、十個も二十個も、百個とか秘密があれば、さすがに分からないですけど…なのはは、そんな秘密ばっかりじゃないですし。 それに、秘密だということを話してくれれば、それはもう秘密じゃないって、俺はそう思いますから」

 勢い任せに、取り合えず口が動く限り言い募る。
 そうやって言い募っていると、何だかなのはは恥ずかしそう…いや、言ってる俺も恥ずかしいから!
 ハラオウンさんは、何だか微笑ましそうに笑って…

 ゾクッ

 っ!? な、何だ今の悪寒は!?
 思わず言葉を切って辺りを見回すけれど、視界の中には恥ずかしそうななのはとその肩に居るユーノ。
 それに、俺を微笑ましそうに見ているハラオウンさ…まさか!?

「あら、どうかしたの?」
「い、いえ別に…」

 ヤバイ、嫌な予感がする。
 具体的には、桃子さんとか忍さんとか、後アリサとかにある特定の理由で見られたのと、全く同じ悪寒…と言うか予感。
 こ、この短い間に、もしかしてバレたのか!?

 そんな風に俺が内心で戦慄していると、

「そういえばなのはさん、佐倉君には明日学校に行くとは伝えたの?」
「え、あハイ…さっきですけど」

 そう、とハラオウンさんは頷いて。

「今までごめんなさいね、佐倉君? それと、明日はなのはさんを学校に行かせてあげれるのだけど、その次からはまた来てもらわないと行けなくて」
「あ、はい…大丈夫です、それも聞いてますから」

 俺がそう答えると、良かったわと言って頷くハラオウンさん。
 その後はしばらく、何でかハラオウンさんを交えての会話。
 こっちに居ない間のなのはの事とかを簡単に説明されたり、普段のなのはの事を聞かれて俺が話したり。
 
 そうやってしばらく会話していたら、

「…あら、なのはさん。 そろそろ時間も遅くなりそうだから、お家のほうに良いかしら?」
「あ、はい分かりました」
 
 そのまま、今度は俺の方を向いて。

「ごめんなさいね佐倉君、こちらから話しに誘ったのに急に打ち切ってしまって」
「あぁいえ…こっちこそすいません、なのはから一応、なのはの家に行くんだって聞いてたのに」

 うん、うっかり忘れて話し込んでた。
 まぁ、そこまで長く話し込んでたわけじゃないんだけど…

「それじゃあ、ごめんなさいね雄介君?」
「いえ…じゃあなのは、また明日だな」
「うん、そうだね雄介くん。 また明日」

 そう挨拶を交わして、なのははハラオウンさんと一緒に帰っていった。
 なのはの背中が見えなくなるまでその場で見送って、それからようやく俺も自分の家へと戻る。
 自分の家へと戻りながら、明日の事を考えて。

 明日…うん、明日は久しぶりに、なのはも一緒。
 ちょっと、いや大分楽しみだ。
 …そうだ、自分の部屋に戻ったら、アリサに電話して明日、また誰かの家で遊ばないかを話してみるか。

+++

 プルルル、プルルルル
 ガチャ

『もしもし? どうしたのよ雄介?』
「よう親友、相談があるんだけど」
『……何言ってんの、アンタは?』
「ん? 相談がしたいんだけど?」

 何故か呆れた声で言われたので、取り合えずそう返すと

『そっちじゃないわよ、誰が親友なの?』
「お前、他に誰が居るよ?」

 いきなり過ぎたかなんて思いつつ、今更訂正するのもアレなのでそのまま呼び続ける。
 電話の向こうのアリサが、無言なのがまたこう…不安になってきた。

『…まぁ、色々言いたいことはあるけど、取り合えず今は無視して…相談って何よ?』
「あーうん、明日なのはが学校に来るのは、知ってるよな?」
『それはね、何? 遊びにでも誘いたいの?』

 ダイレクトで俺の思惑を当てるとは…ますます親友と言っても良いだろう。
 うん…まぁそれは置いておいて。

「まぁその通りなんだけど、それで誰の家で遊ぼうかと思ってな」
『ふぅーん…あ、それなら私の家で良い? ちょっと、なるべく家に居たいのよ』
「ん? まぁ、それは良いけど…何か用事か? それだったら、無理しないほうが良いんじゃないか?」

 俺がそう言うと、アリサは違うわよと前置きしてから。

『実は、今日なのはと電話で話した後に、ちょっと怪我してる犬を拾ったのよ』
「へぇ…あぁ、ソイツが心配で、家に居たいのか」
『まぁね…家に居てもアンタ達と居るから、見てるわけじゃないけど…それでもやっぱり、同じ家には居たいじゃない?』

 うんまぁ、それは何となく分かる。
 怪我してる犬か、アリサらしいなぁ。

「じゃあ…まだなのはには何も話して無いけど、明日で良いか?」
『今話しなさいよ、この後にでも』
「いや…うん、今はきっと引率の人と家族で話してるだろうからな、うん」
『……引率?』

 …うん?
 俺のごまかしに突込みが入らず、何でそこに食いつく?

『ちょっと、引率って何よ?』
「何って…もしかして、なのはから聞いてないのか? 今日なのはは、ここ最近出かけてる先での引率みたいな人と、帰ってきたみたいだぞ?」
『知らないわよそんなの…でも、へぇ…アンタは、会ったの?』

 普通に知らなかったらしい…なのははメールには、書かなかったのか。

「会ったって言えば、会ったぞ? あぁ、普通に良い人そうだったから、まぁなのはは大丈夫だと思うぞ?」
『ふぅん、そうなの…まっ、それはそれで良いわね。 じゃあ私がすずかに話しておくから、なのはには頼んだわよ?』
「……おいコラ親友、お前は俺が数十秒前に言ったことをもう忘れたか?」
『忘れてないわよ? ただ聞く気が無いだけ…それじゃね』

 ガチャ、プープープー

 …切りやがったアイツ!?
 親友から心友に格上げしてやろうか!?
 うん、自分でも意味が分からない。
 あぁもう…取り合えず、なのはにメールでもするとしようか。


+++後書き
 はい、取り合えず申し訳ありませんでした。
 えぇ、投稿が遅くなった理由としましては、折角GWに入ったので、少しクオリティを上げてみようかなと…上がったかは、分かりませんがww

 えーまぁ、それよりも…きっと誰もが予想してなかったと思いますが、まさかのリンディさんですww 魔法組みの初登場は、何でかリンディさんとなりましたww
 えぇ、十和も二話くらい前を書くまで全く考えてませんでしたww でも時系列を追ってさらにノートのこと云々考えたら、ここでなのはに直接会えると同時にリンディさんに会えると判明しましたので、出しましたww

 あと、アリサは親友、間違いないww

※かなさんの感想で、紛らわしいところがあったので修正しました。
恥ずかしそうななのはとユーノ→恥ずかしそうななのはとその肩に居るユーノ。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十三話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/05/09 20:54
 次の日の朝、学校へ行くのにいつも乗るバスに乗って。

「あ、雄介くーん」

 一番後ろの席に座っているなのはが、声を掛けてきた。
 それに手をあげて答えながら、このやり取りも久しぶりだなぁと思う。
 アリサやすずかが居ないのを確認しつつ、なのはの隣に座って。

「おはよう、なのは」
「うん、おはよう雄介くん」

 昨日会った時は私服だったから、制服姿のなのはを見るのも久しぶりだなぁ。

「今日は、アリサ達居ないな?」
「うん、そうみたいだね…あ、そうだ雄介くん、昨日のメールの続き何だけど、今日はアリサちゃんのお家何だよね?」
「あぁ、そうだってさ。 何でも、昨日また怪我した犬を拾ったって話だ」
「そっか、アリサちゃんらしいね?」
「それは、確かにな」

 こんなやり取りが、本当に久しぶりな気がした。
 期間的にはたったの十日くらいだけだけど、それまで毎日あったやり取りが無くなったのは、思ったより懐かしく感じる。
 なのはと二人で会話しながら、そんな事をつらつらと思う俺だった。

+++

 学校へと着いて、二人で教室に行ったらアリサとすずかが先に来ていた。
 俺たちが声を掛ける前にすずかが気づいて、アリサへと声を掛けながらこっちに手を振っていた。
 なのはも手を振りながら、取り合えず自分の席へと向かう。
 俺がなのはの斜め後ろの自分の席に荷物を置いていると、すずかとアリサがなのはの席へと近寄ってきていて。

「なのはちゃん、久しぶり」
「うん、すずかちゃん。 アリサちゃんも、ごめんね? 心配かけて」

 すずかが笑顔で嬉しそうに言うと、なのはも笑顔でそう返して。
 アリサにはちょっと申し訳無さそうな顔を向けたが、アリサは腕組みして何でか俺を見つつ。

「別に良いわよ、私が勝手に心配してたんだから…それより、どっかの誰かさんの方がよっぽど心配してたみたいよ?」

 っておい!? だから! そういう事を言うなアリサ!?
 そしてすずか、何をなのはに耳打ちしている!?
 ちょ…な、何だなのは?
 何でそんな、ちょっと恥ずかしそうなんだ!?
 何を言ったんだ、すずかぁ!?

 俺が内心で慌てているのを余所に、すずかは笑顔だしアリサも何だか肩をすくめているし。
 何だこの空間!?
 しばし、そんな妙な雰囲気だったが、すずかが次の話題を振ってくれた。

「そういえばなのはちゃん、今日は夕方までは大丈夫なんだよね?」
「え…う、うん、今日は大丈夫だよ。 明日からはちょっと…また、出かけないといけないんだけど」
「まぁ、学校十日も休んだんだし、しっかりと最後まで頑張りなさいよ?」
「…そういえば、そう考えるとけっこうな大仕事みたいな感じだな」

 俺の言葉に、そういえばそうだねとすずかが言って、なのはも微笑む。
 四人での会話も、また十日ぶりくらいなのに、こっちはあんまり懐かしく感じないのは何故だろうか?
 そうやって話していると何時の間にか、俺以外の三人は座って俺が立っているといういつもの状態になっていた。 

「そういえば、最近新しくゲーム買ったから、今日はそれやりましょうか?」
「それは良いな、でもレースゲームだと、またなのはの一人負けだぞ?」
「ゆ、雄介くん! 私だって、たまには勝ってるよ!?」
「でも、一番負けてるのもなのはちゃんだよね?」

 すずかの言葉に、がっくりと肩を落としてみせるなのは。
 そんな風に会話に参加しながらリアクションも取りつつ、荷物の片づけを続けるなのは。
 そういえば、とアリサが言いながら

「アンタもなのはも、レースゲームやると面白いわよね? こう、体ごと動いてるし?」

 わざわざ、コントローラーを持った姿勢での動きを再現してみせるアリサ。
 アリサとすずか曰く、俺となのははレースゲームをやると、ほぼ間違いなく体ごと動いているらしい。
 ちなみに自覚は無い、自分の体の動きなんて分かるもんか。

「それは知らん、間違いなく勝手に動くんだよ」
「そ、そうだよアリサちゃん? こう、手を動かしたら一緒に体も…そうだよね? 雄介くん?」

 なのはの言葉に、無言で深く頷いてみせる。
 何でそこでニヤニヤしてるか、アリサとすずかは。
 って言うか、今更だけど面白いって何だよ?

「ねぇアリサちゃん? そういえば今回はなんてゲームを買ったの?」
「ん? あれよ…どらチャレの最新作、『どらごんチャレンジ9』よ」
「ほほう、さすがはアリサ、最新作でもなんなく手に入れてるな」
「…何か語弊のある言い方ねぇ、言っておくけど普通に予約してたのよ?」

 無論、それは分かってる。
 アリサがこう…ズルっぽい事をしないのは、ある意味当然の事だしな。
 まぁそれを差し引いても、新作が出るときに備えてしっかりとお金を貯めているのが、さすがなわけだが。

 そういえば、このゲームがある意味では俺の転生の証拠なんだよなぁ。
 『どらごんチャレンジ』なんてゲームは、前世では見なかったし…酷似したゲームなら、存在してたけど。
 その酷似したゲームのタイトルがまた、本当に似てるんだよな…『チャレンジ』じゃなくて、『クエスト』ってなってるだけだし。
 あと『どらごん』じゃなくて、そこはカタカナだったりもするけど。

 ちなみに比較するのも間違っているとは思うけれど、前世のほうと比べると『どらごんチャレンジ』は雰囲気的に大分ポップな感じだ。
 いやまぁ、別のゲームなのだから当たり前だけど。
 敵キャラクターの名前や姿も、多少なりとも違う…けれど、けっこう土台部分で一緒なので、どうしても比較してしまう。
 キャラクターどころか、ストーリーやら地名云々もだけど。

 前世ではⅦまではやっていて、こっちでのどらチャレ8が出た際には、思わず向こうだとどんなストーリーになるのかと想像してしまうくらくらいには、よーく似てるホントに。
 まぁ、向こうと完全に同じゲームだってたくさんあるんだし、それと比べると…むしろ一部違うのが目立つな。
 落ちもの系のゲームは、ほとんど同じだったりするし。
 
 ともあれ今回アリサの買った9では、主人公をキャラクリエイト出来るらしいけれど…うん、キャラクターの表現も3Dになったから、期待半分不安半分。
 まぁでもアリサの家に行けばやれるのだから、それを楽しみにするとしよう。
 取り合えず、今日もしっかり授業を受けますか。

+++

 今日の授業も滞りなく終わり、四人でアリサの家へと向かう。
 ちなみに、鮫島さんに迎えに来てもらった上に、なのはの要望でユーノも迎えに行った。
 いつもご苦労様です、鮫島さん。

 途中の車の中では会話が途切れる間も無く続いて、あっという間にアリサの家へと付いてしまった。
 やっぱり、しばらく話していないと話したいことも一杯ある。
 そうして車を降りて、ふとなのはが

「そういえば、その…昨日アリサちゃんが拾ったって言う子は、どこに居るの?」

 そんな事を言い出したため、一度全員で見に行くことになった。
 アリサの案内で、玄関から少し離れた場所へと向かう。
 そうして見えてきたのは、金属製の大きな檻(ケージ)

「あの中に居るのか?」
「そうよ、怪我してても…って言うか、怪我してるからこそ、ああいう所に居てもらってるのよ」

 それもそうかと思いながら、アリサの後に続く。
 近づくとようやく中のほうも見えて、檻の中には一匹のかなり大きい犬。
 茜色というのだろうか、そんな色の毛並みには大きく包帯が巻かれている。

「けっこう、酷い怪我だったのか?」
「そんなに、酷くは無かったみたいよ? 鮫島に任せてるし、詳しいことは分からないんだけど」

 と、そんな事を言いつつもアリサの横顔は本当に心配そうだ。
 そしてなのはも…あれ?
 ふと、なのはに目をやって見れば、なんだかなのはの雰囲気が普段とは違った。

 ただじっと、目の前の犬を見つめるなのは。
 犬のほうも、なぜかなのはをじっと見ていて、まるで目と目で会話してるみたいな。
 もちろん、そんな訳は無いのだし、単なる勘違いなのは間違いないのだけど。

 しばらく、そんな風に皆で犬を眺めていると、その犬が急に俺たちに背中を向けてしまった。
 檻の前でしゃがみこんで見ていたアリサが、心配そうに声を掛ける。

「あららら、急にどうしたの?」
「傷が、痛むのかな? そっとしておいてあげる?」
「…うん、そうしよっか。 雄介くんも、それで良い?」
「俺は、良いぞ別に。 人が居ると、コイツも落ち着かないかも知れな…おっ?」

 俺がなのはに答えていると、急に俺の肩に乗っていたユーノが飛び降りた。
 軽やかに着地したユーノは、檻に駆け寄り中には入らず立ち止まる。
 おいおい、いくら檻の外でもそこは危ないぞユーノ。

「ちょっとユーノ? ねぇ、なのは? あれは危ないんじゃない?」
「そうだね、もしかしたらユーノくんが襲われるかも知れないし」
「え、あ、えっと…だ、大丈夫だよ。 ユーノくん、賢いから」

 アリサとすずかに内心で同意していたら、なのはの言葉にちょっとビックリ。
 いやいやなのは? いくら賢いとは言え、ユーノはただのフェレットだぞ?
 フェレットを怪我した犬の傍に置いておくなんて、何かあったらもの凄くヤバいと思うんだけど…

「…なぁなのは? ユーノが賢いのは認めるけど、危ないんじゃないか? 体の大きさとか全然違うんだから、もしかしたらも有り得るぞ?」
「う…え、えっと」

 俺がそう言うと、何でか言葉に詰まるなのは。
 何だろうか、ユーノをあそこに置いておきたい理由でもあるのか?
 …いやでも、流石にユーノが危ないすぎるから、見過ごすわけには行かない。
 そう考えて、ユーノに手を伸ばしたら

「きゅー!」
「あ、おい!?」

 俺の手をすり抜けて、檻の中へと駆け込んでしまった。
 うわぁなんて思いながら、ユーノを視線で追いかけると、ユーノはそのまま怪我した犬の方へと…って!?
 それはマジで危ないっ…はず、何だけど…?

「きゅー」
「…あれ?」

 ユーノは現在、怪我をした犬の頭の上。
 …いや、本当に。
 駆け出したユーノは勢いもそのままに、一気に犬の背中を駆け上がり頭の上に鎮座している。
 乗られている方の犬は、まったく身じろぎもせずユーノを気にも留めていない様子だ。
 思わず、俺も含めてみんな無言。

「…ほ、ほら! ユーノくんも大丈夫そうだから、中に行こっか!?」
「え、あ…うん、まぁそうね?」

 なのはが声を張り上げて、思わずアリサが同意。
 内心首を傾げつつ、それでも確かになのはの言うとおりにユーノは大丈夫そうだ。
 何でか犬のほうもユーノに興味を示さないし、大丈夫…かも知れない。
 なのはに背中を押されているアリサでは無く、すずかに視線を向けるとすずかもかなり不思議そう。

「…まぁ、行くか?」
「そうだね…不思議だけど、危なくないのは確かみたいだし」

 本当に不思議だ、しばらく前にはすずかの家で猫に追い回されていたというのに。
 …犬とは相性が良いのだろうか?
 いや、うん自分で思って全くそうとは思えないけど。

「すずかちゃん、雄介くんも早く行こう!」

 なのはに呼ばれて、考えるのを止めて歩き出す。
 気にはなるけれど、考えても分かるものでも無いしな。
 最後にもう一回、檻の中の犬とユーノを見てから、改めてなのはの方へと向かった。

+++

「うわ、アリサが混乱した」
「ホントだ、こっちに攻撃来るかなぁ…あ」
「あぁ!? アリサちゃん、酷いよ…」
「し、仕方ないでしょ混乱中だったんだから」

 現在、横並びにソファーに腰掛けて、ゲームをプレイ中。
 やってるのは学校でもアリサが言っていた、どらチャレ9だ。
 ジャンル的にはRPGなので操作できるのは一人だけど、キャラクターメイキングが出来るのでそれぞれに似せたキャラクターを作って代表者がプレイ中。
 ちなみに代表者、俺。

「次のターンで回復しないと、なのはは死にそうだなコレ」
「うぅ、アリサちゃんが強すぎるんだもん」
「ち、違うわよ。 職業的に攻撃力が高いんだから、仕方ないでしょ!?」
「素早さも高いから、またなのはちゃんが狙われたら大変だね」

 ちなみに職業、俺は主人公で勇者。
 さっきから散々に言われてるアリサは、素早さと攻撃力が売りの格闘家。
 すずかが将来的に殲滅役になってくれるだろう魔法使いに、なのはは回復役の神官だったりする。
 それぞれの職業は、パーティーのバランスと各々のイメージとの相談の結果だ。
 個人的には、これでピッタリだと思う。

 …いや、俺が勇者にピッタリだとはまったく思わないが。
 こういうのはアリサがやりそうなのに、自分だけのデータを作ったから俺に譲ると言われたのでそのままである。
 まぁ、他に俺に合いそうなのといえば俺としては魔法使いくらいだし、そうなったら被るのでこれで良かったかも知れない。
 ちなみに、勇者以外だったら俺はどれだろうと三人に聞いたところ、すずかは商売人でなのはは魔物使い、そしてアリサは盗賊だった。
 ものの見事に補助系統とも言える職業ばかりなのは、何なのだろうか?

「それじゃあ、なのはは回復で、俺とすずかで攻撃と…」
「あ、炎の魔法が効きそうだよ雄介君」
「そうだな、じゃあそうして…よし、と」
「外れても良いから、敵に攻撃しなさいよ私…」
「って、俺じゃないかよ…よりにもよって、そこでクリティカル!?」

 なのはじゃなくて良かったと安堵した瞬間、まさかの滅多に出ないクリティカル…しかも味方に。
 満タンだったHPが、一気に減って真っ赤になった…ってか死んだ。
 そして次の順番だったなのはが、自分に回復の魔法を掛けて回復。
 ちょっとだけ、無言の時間。

「わ、私じゃなくて良かったけど、今度は雄介くんのHPが無くなっちゃったね…」
「…おいこらアリサ、よりにもよってクリティカルだすかフツー味方に!!」
「し、知らないわよそんなの!! アンタの日ごろの行いが悪いんでしょ!?」

 どういう理屈だ、それは!
 と言うか、それを言ったらお前だって日ごろの行いが悪いから、仲間を殺したと言うことだぞ!?

「二人とも? 取り合えず、戦闘終わったよ?」
「ほ、ほら? 早く町に戻って、雄介くんを生き返らせないとね?」

 言われて画面に目を戻してみれば、すずかの炎の魔法が効いたのか戦闘は終了していた。
 確かに、早々と町に戻って俺を生き返らせないと。
 フィールド画面に戻ったので、一目散に町へと戻る。
 死んだらパーティーの最後尾に、薄青く半透明な幽霊姿で着いてくるので、なんかこう…自分ということもあって空しいなコレ。

「まさか一発で死ぬとは思わなかったわ…」
「それを言ったら、まさか味方にクリティカルだすと誰が思うんだよ?」
「ある意味、奇跡的な確率だったね」
「雄介くんを一撃で倒しちゃうなんて、凄いねアリサちゃん」

 なのはがしみじみとそう言うが、なんかそのしみじみとした言い方は逆に…

「な、なんかその言い方だと、私がもの凄い力があるみたいなんだけど?」
「え!? そ、そんなつもりは無いよ!?」

 内心、アリサに同意。
 だってなぁなのは、今俺たちがゲームやってるのを知らない人が聞いたら、本当にそうとしか取れない言い方だったぞ。

「まぁ実際、アリサだったら俺を一発で倒せそうなんだけどっ!?」

 左の脇腹への衝撃に、思わず体を折ってしまう。
 思わずコントローラーを落としそうになったが、借り物ってかアリサのなので我慢。
 いやでも、この脇腹への衝撃の原因は間違いなくアリサ何だけど。
 だって今のソファへの座り方、俺から見て左からアリサ、俺、なのは、すずかだし。

「こ、この野郎何をっ…!?」
「あぁゴメン、手が滑ったわ」

 白々しすぎる…!
 不満があったんだろうが、今この状態でそれが事実だと自分で示したぞお前…!
 ただし、黙ってやられる俺では無い!
 なのはにコントローラーを渡して、しばしアリサと無言で肘を使い攻撃しあう。

 そのまま、しばらく。
 肘で攻撃しあっているが、あんまり痛くないので中々終わらない。
 たまに、ビリッと来るがそれくらいだし…なのはもすずかも見てるだけで、止める機会が見当たらないと言う状態になってしまった。
 アリサの目を見れば、何となくアリサも同じような事を思っている感じ。
 どうしよ?

「…ねぇ、すずかちゃん? ちょっと良い?」
「ん? どうかしたの、なのはちゃん?」

 そんな事を考えていると、背後で何かなのはとすずかが密談中。
 アリサとほぼ惰性で攻撃しあいつつ、聞き耳を立てるが聞こえない。
 と、なのはがソファから離れて部屋を出て行ってしまった…一体どこに?
 そんな事を考えながらも、今だに止め時が見つからない。

 またしばらく、そのまま静かにアリサと争っていたら。

「ねぇ、雄介君アリサちゃん」

 ぽつりとすずかが呟いたのを契機に、取り合えず止める俺たち。
 そうしてすずかの方を見れば、すずか何か考えるような顔をしていて。
 そんなすずかに、アリサが軽く腕を振りながら

「どうかしたの、すずか?」
「うん、今更なんだけど…」

 アリサの問い掛けに、すずかはそう前置きしてから。

「なのはちゃんって、何をしてるのかなって」

 そうすずかが言って、俺もアリサも何も言わない。
 少しの間、誰も何も言わない時間があってから。

「なのはちゃん、今は帰ってきて…でも、また行くんだよ? それって、変…だとは思わない?」
「変って、それは…思うけど」

 すずかに答えるようにアリサが言い、そのまま俺を見る。
 アリサに倣って腕を振って、さっきのビリっとした感覚を振りはらいながら。

「変は、変だろ…でも、一応桃子さんたちが認めてる。 俺たちが、どうこう言えるものじゃないぞ?」
「…それは、そうだけど」

 俺がそう言うと、ちょっと不満そうなすずか。
 俺たちは子供なんだから、大人の決めたことには逆らえないんだぞ…一応な。
 でも、それよりも、だ。

「変だけど、でもなのはがそれをやるって言ってるんだから、しょうがないだろう? …何やってるか、知らないけどさ」
「…何かアンタが言うと、変に重みがあるわね」

 しみじみ言うなよアリサ、なんか俺が凄い年寄りみたい…って二人からすればそうなのか、そういえば。
 すずか、そう納得しないで、今の俺はメチャクチャな事言ったよ?

「おいおい、納得するなよ二人とも?」
「…でも、雄介君の言うとおりかなって」

 そう言って、手に持っていたコントローラーを俺に渡してくるすずか。

「結局は、なのはちゃんがやるって言っちゃったんだもんね…何してるかは、言ってくれないけれど」
「…言ってくれないのは、そのやってる事の方の都合みたいだけどな」
「え、そうなの?」

 声を出したのはアリサだけど、すずかも驚いたような顔をしている。
 そういえば、ハラオウンさんに会ったのは俺だけか。

「昨日、俺がなのはの引率みたいな人に会ったって、アリサには言ったよな?」
「…そういえば、そんな事も言ってたわね」

 アリサが思い出して頷き、すずかはそれでと言う様な視線を送ってくる。
 コントローラーが戻ってきたので、気まぐれにフィールドのモンスターと戦いながら。

「それで会って少し話をしたんだけどな…なのはは自分で話さない事に決めたってその人に言ってたけど、その人はそれもこっちの都合があるからでしょう?みたいな事を言ってたんだよ」
「…ふーん」

 アリサもすずかも、二人揃って考え込んでいる。
 何がなのはに起こってるかなんて、俺たちに分かりようは無いけれど。
 それでも、考えて。
 それで、どうするかを決めるのが、友達として正しいのかなぁ、なんて思いながら。

 一人で黙々と、経験値とお金を貯めていると

「あ、そろそろ戻って私の武器買い換えましょうよ」
「…また混乱されて襲い掛かられたら、瞬殺確定かと思うんだがどうだ?」
「それで攻撃の要を失っても、良いのかしら?」

 アリサが普通にゲームへと復帰して、

「それより、私の防御力をあげたいなぁって思うんだけど」
「…それもそうね、最後列でもけっこう攻撃されるし」
「一応、今防具では一番お金掛けてるだろ? ここは健気に、拾った武器で我慢してる俺じゃないか?」

 すずかも、そのままゲームへと復帰した。
 何にも言わず、態度だけでどうするのか決めたのを二人が伝えてくるので、俺もそれに倣って答える。
 三人で元通りにゲームを進めながら、

「そういえば、なのははどこに行ったんだ?」
「…雄介君、それを聞くのはデリカシーが無いよ?」
「え?…あ!? 今のは無しだ、ノーカウント!」
「どう考えても遅いわね…なのはが居ないから、一応セーフかしら? 後、アンタはしばらくそれね? お店で売ってるのより、ほんのちょっと弱いだけじゃない」

 勇者なのに肩身が狭いのコレ如何に!?

+++

 しばらく三人でフィールドを徘徊して敵を狩っていると、ようやくなのはが戻ってきた。
 そしてその状態で話しあった結果、次の買い替えはなのはの杖に決定した。
 お店まで戻ってみてみれば、なのはの杖は攻撃魔法付きだったので、攻撃手段を増やそうとの判断である。

 そうやって、四人で日が暮れるまで遊んで。
 何時もどおりに過ごして、解散して。
 特に何か…最近のなのはの行動について話したりする事も無い。

 でもまぁ、これで良いのだと思う。
 俺もアリサもすずかも、気にはなっているけれど…全部を、俺たちに言わなきゃいけないわけじゃ無いんだから。
 言える事と言えない事と、そういうのが例えあっても、気にしないで居ることも友達なんじゃないかと、俺はそう思ったりもするわけだけど。
 恥ずかしいから、誰にも言わないが。
 昨日のは口が滑っただけなので、ノーカウントです。

 そんな事をつらつらと一人で考えていたら、夜に俺の携帯電話に着信があった。
 電話に出ようと携帯を開けば、そこに出たのはちょうど今考えていた人の名前で。

 『高町なのは』と、そう表示されていた。


+++後書き
 類まれなる絶不調、本気で投稿しようか悩んだけれど、これはこれで糧になると判断して投稿。
 最後が今までに無い終わり方ですが、特に意味はありません。

 次は閑話な訳ですが、本編無印部分があと少しで終わりそうです。
 なるべく分かりやすく終わらせたいと思いますが、微妙に難しそうなので終わったット判断したら、簡易的なキャラ紹介でもくっつけておこうと思ってます。

 次の閑話で、どうにか調子を取り戻さないとな…

※いさんの指摘により、誤字を修正しました 確立→確率



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 閑話4
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/05/15 22:25

『お友達の、男の子?』

例えば、半月くらい前に会ったばかりの人が居て。
傍から見ても分かるくらい、その人を好きな人が居て。
しかも、その人に気持ちが全然通じてなかったりしたら。
お節介を焼きたくなっても、仕方ないと思う。

いや、本当の所を言えば、お節介とかでも何でもなく、ただの好奇心の気がする。
彼女と会って、それと一緒に彼にも会うようになって…まぁ、向こうは知らないけれど。
ともかく、彼を見てると、頑張ってるなぁとか、頑張れって言いたくなるから。
それに、一応僕は彼女の師匠みたいなもので、元はといえば僕のせいで最近は会えていないし。

そんなこんなで、僕はちょっと彼…雄介の事を、なのはに聞いてみることにしたのだった。

+++

 それはちょうど、なのはとアースラの食堂で話していたとき。
 ちょうど、なのはが雄介にメールの返事を書いていたから

「え、雄介くんのこと?」
「うん、アリサやすずかの事は聞いたけど、そういえば雄介の事は聞いてないなぁって思って」

 そう言いながら、僕たちの間に置いてあったクッキーを食べる。
 なのはも一つ手にとって、口に運びながら

「雄介くんの事って言っても…雄介くんも、アリサちゃんたちと同じように大切なお友達だよ?」
「あー、そういう事じゃ…そういう事でも、あるんだけど」

 自分でそう言いながら、首を傾げて考える。
 なのはって、けっこう疎いしなぁ。
 取り合えず、当たり障りのない所からにしようかな。

「えっと…ほら、アリサやすずかと友達になったきっかけの事とかは聞かせてもらったけど、雄介のは聞いてないなぁって」
「…えーと」

 …別に、答えにくいことでは無いと思ったんだけど。
 何でか、考え込み始めるなのは。
 変なこと、聞いちゃったかな?

「…えーっと、なのは? 言いにくかったら別に…」
「え!? ち、違うよ…その」

 僕にそう言いながら、それでもまだ考え込んでいる。
 …本当に、僕は変なことを聞いたのだろうか?
 そんな事を思いながら、もう一回なのはに声を掛けて

「えーと、なのは?」
「え、あ、うん…えっと、きっかけが無いみたい?」

 …唐突に言われた言葉に、きっと今の僕はキョトンとした顔をしてる。
 えーと、きっかけが無い?
 きっかけが無いって言うと…

「…いつの間にか、仲良くなってたって事で良いのかな?」
「うー…うん、そうかも。 アリサちゃんたちみたいな事は無かったし、一年生のころは違うクラスだったから」

 そう言われて前に聞いた、なのはとアリサたちの出会いを思い出して。
 まぁ、ああいう事がたくさんは無いよねなんて思いながら。

「それじゃあ、いつくらいから雄介とは交流があったの?」
「えーと…二年生になって、確か夏休みに入る前くらいから、よくアリサちゃんたちと雄介くんが話すようになったかなぁ?」

 えーと、今のなのはが三年生って言ってたから、去年って事で良いのかな?
 あーでも、その前に

「ナツヤスミ?」
「あ、えっとね? 夏になって暑くなると、一ヶ月と半分くらい学校が長くお休みになる期間があるの」
「へぇ、そうなんだ…でその後に、なのはも一緒に?」
「うん、最初は雄介くんに勉強教えてもらったりとか、あとは雄介くんがお父さんのチームに入りたいって言ってたから、お父さんに相談したりとかして…それで、いつの間にか今見たいな感じかも」

 そう言って、なのはは色々と昔あった事を教えてくれる。
 曰く、初めのころは雄介くんの事を苗字で呼んでたとか。
 アリサもすずかも、それに雄介までお互いに苗字で呼び合ってたらしい。
 ちょっと意外で、思わず驚いていると

「どうかしたの、ユーノくん?」
「え、あ、いやぁ…そうなんだって思って。 今の状態しか見てないから、ちょっと想像がつかないなぁって」
「本当だよ? 二年生の、十一月か十二月くらいだったかなぁ?」

 なのはが語るところによると、それまでは皆互いを名字で呼び合っていて。
 急にアリサとすずかが、雄介の事を名前で呼び始めたらしい。
 雄介も二人のことは名前で呼んで、でもなのはだけ苗字で呼んでたようだ。

「その時は、私も雄介くんの事を苗字で呼んでたんだけどね」
「そうなんだ? アリサたちと一緒に、名前で呼んであげなかったの?」
「うん、だってそれまでずっと苗字で話してたし…やっぱり、アリサちゃんたちとはちょっと違ったから」

 最初から、苗字で呼んでたって言うのもあったらしいけど、なのはが言うには距離感が違ったらしい。
 詳しく聞けば、

「アリサちゃんたちと一緒にすることでも、雄介くんだけ違ったりとかもあったし。 遊びに行ったりするのは一緒だったけど、お泊りとかも一緒にしたこと無かったから」

 との事。
 思わず、雄介に同情。
 なのは、男の子と女の子の差とか意識してないんだなぁ。
 取りあえずフォローで、

「いや…お泊りは、恥ずかしかったからじゃないかな?」
「え? でも、お友達同士ならユーノくんもしない?」
「えーと…僕は、部族の子は皆兄弟みたいな風で、育てられてたから」

 した事が無いとは言わないけど、僕のほうは部族の習慣みたいなものだし。
 それに、スクライアでもそろそろ寝るところは別だったよ。
 なのはの家に居る事については、ちょっと割り切るしかないから割り切ってるけど。

「あーえっと…でも、最終的には雄介も名前で呼ぶようになったんだよね?」
「うん、アリサちゃんたちに『友達なんだから名前で呼んだら?』って言われて…ちょっと、恥ずかしかったけどね」

 そのなのはの言葉に、思わずビックリ。
 何にビックリしたかって、それはもちろん、なのはが恥ずかしいと思ったって言うところ。
 正直に言って、それだけで驚き思わず声に出てしまうくらいだ。
 
「そうなのっ?」
「…むむ、ユーノくん、なんでそんなに意外そうなの?」
「え、いや…なのはなら、あんまり気にしてないかなぁって?」

 また失礼な言い方ではあるけれど、なのはがその辺を気にするとは、あんまり思えなかったし。
 僕の事だって名前で…あぁアレは元々僕がフェレットだったのと、雄介で慣れたからかな?
 いやそれ以外にも、こう普段のなのはを見てるとそう思えて仕方なかったし。
 そんなことを考えながら、なのはの話を聞く。

「だって、雄介くんって初めての男の子のお友達だから…お兄ちゃんだって、名前で呼ばないんだよ?」
「まぁ、それはね…」

 そう言われてみると、確かにそうかも知れない。
 僕の場合は幼馴染で年上の女の子が居て、その子に名前で呼ぶように言われてたから、そういうのは無かったけれど。
 そう考えると、確かになのはでも異性の名前を呼ぶというのは恥ずかしくても、仕方ないのかな?

「それに、それ以上に呼んでも良いのかな?って思ってたから」
「呼んでも、良い?」

 それは一体、どういう事だろうか?
 そんな疑問が僕の表情に出ていたのか、なのははうんと頷いて。

「あのね? 前は、雄介くんに嫌われてるのかなって、思ってた事もあったから」

 目の前のなのはが、もうひとつクッキーに手を伸ばすのを見ながら、僕はちょっと停止していた。
 一瞬、なのはが何を言ったのか理解できなくて、しばし自分の中で整理して。
 なのはが、雄介に嫌われていた?
 いやいや、それは有り得ないだろうと思って、それは僕の主観であって、何かなのはにはそう思ってしまうような原因があったんだろうと思い直す。
 何がどうなって、なのはがそう思ったのかは、微塵も検討がつかないけれど。
 
「…それはまた、どうして?」

 僕がそう聞けば、なのはは何の気なしにと言った風情で

「だって雄介くんは私にだけ、何だか変な風になっちゃう時があったから。 だから、嫌われてるのかなぁって」
「…例えば?」

 ほぼ反射的にそう尋ねてしまっていたけど、なのはは特に気にする様子もなく答えてくれた
 曰く、なのはと話してると、なぜかすぐに黙ってしまうとか。
 なのはが近くに来ると、急にそわそわしだしたりする事が多かったとか。

「あと、よく話すようになった初めのころは、すぐに目をそらしちゃったりとかされたから、あんまり私とお話したくないのかなって」
「…へ、へぇ、そうなんだ…」

 思わず、笑ってしまいそうになるのを必死でこらえる。
 何て言うか、その情景が目に浮かぶみたいだ。
 なのはに話しかけられて、すぐに黙ってしまったり、そわそわしだす雄介…緊張してたんだろうなぁ。
 その隣で、それを不思議に思いながら普通に話してるなのはを想像すると、ものすごくしっくり来てしまうのはどうしてだろう?

「今はもう、別に嫌われてないって分かってるんだけどね」
「いや、何て言うか…大変だったね、なのはも」

 もちろん、雄介もだけど。
 いろんな意味で、大変だったんだろうなぁ。
 と言うか、現在進行形かな?
 昔は昔で、凄く勘違いされてたけど、今は今で大変だろうし。

「んー、大変ではなかったけど…すっごく不思議でアリサちゃんに相談したら、アリサちゃんにはすっかり呆れた顔をされちゃったっけ」

 アリサには、その内大丈夫になるって言われたらしい。
 まぁ、確かにそのうちに慣れるだろうし、アリサはそれを見越したんだろうなぁ。
 事実、そのうちそんな不思議な雄介の行動は無くなっていって、だからアリサたちに名前で呼んであげたらって言われて、呼ぶようになったそうだ。

「そういえばユーノくん、雄介くんとアリサちゃんって、すっごく仲良しなんだよ」

 なのはが二人を語るのを聞けば、二人とも勉強ができて運動も出来るすごい人。
 運動はすずかも出来るけど、二人は勉強もとっても出来て。
 よく勝負してるのは、喧嘩するほど仲が良い…って事のようだ。
 確かに、あの二人は見てて仲が良いと思う。

「それに、良く二人で内緒話もしてるし。 アリサちゃん、雄介くんをいっぱい叩いたりしてるけど、それはやっぱり雄介くんなら大丈夫だって、そう思ってるからだよね」
「うーん、それは…言われてみると、そうかもね。 アリサに叩かれて、雄介が怒ってるのってほとんど見たこと無いし。 まぁ、そんなに長く見てるわけじゃないんだけど」

 って言うか、雄介が本気で怒ってるのって見たこと無い。
 もちろんたった半月くらいで、しかもそのうちのいくらかしか雄介とは会ったことが無いけれど。
 アリサに大きな声とか出したりしてるけど、本気で怒ってる感じには見えなかったし。
 雄介って、誰かと喧嘩したことあるのかなぁ?

 そんな事を考えつつ、なのはの言い方がまるで二人がこう…友達よりも仲が良いと言ってるようにも聞こえる。
 お節介ながら、少しだけ訂正を入れよう。

「でも、雄介とアリサのはきっと、親友とかそういうものだと思うよ?」
「?それは、そうだよね?」

 …何言ってるの?みたいな顔だった。
 うん、そうだよね…なのはがそういう風に考えるわけも無いか。
 当然のようにそう言うなのはに、思わず体の動きを止めてしまったけれど、なのはが顔の前で手を振ったので動き出す。

「ユーノくーん、どうしたのー?」
「あ、いや何でもない…よ、うん。 ただちょっと、雄介頑張れって思ったくらいで?」

 うん、純粋に雄介頑張れって思う。
 こう、ことごとくなのはにはそういう対象で見られてないんだなぁって思うと、同じ男として応援したくなるよ。
 本当に頑張れ雄介、君は知ることは無いんだろうけど、僕は応援してるから。

「? 変なユーノくん」
「あははは…」

 雄介ー、頑張れー。

+++なのはside

 ユーノくんと食堂で別れて、取りあえず自分の部屋に戻ってきて。
 自分の部屋って言っても、アースラに居る間だけ割り振られてる部屋なんだけど。
 ちょっとノンビリしようと、部屋に鍵を掛けてふと。

「さっきのユーノくん、一体どうしちゃってたんだろう?」

 独り言で思い出しちゃったのは、さっき食堂で話してたユーノくんの事。
 何だか、今日はちょっと変な感じだったなぁ。
 雄介くんのことを聞いてきたのはそうでもないけど、最後の頑張れとか、いったいどういう意味なんだろ?

「あ、そういえば雄介くんからメールって、返ってきてるかな?」

 そう言いながら携帯を取り出して確認すると、メールの着信が一件。
 想像通り、雄介くんからのメールだった。
 手早く携帯を操作して、雄介くんからのメールを読み上げる。

「えーと『もし時間が無かったら、届けに行くから連絡してくれ』って、それはいくら何でも悪いよ…」

 わざわざノートを取ってもらってるのに、さらに届けてもらうのはいくら何でも雄介くんに悪いから。
 だから、ちゃんと取りに行かないとね。
 でも、たぶんそのまま伝えたら、遠慮するなって雄介くんは言いそうだし。

「えっと…」
『うん、でもきっと取りに行くから、その時はよろしくね?』

 うん、これで良いかな?
 雄介くんって、時々妙に押しが強いからちゃんと言わないとね。
 送信ボタンを押して、送信が完了してから携帯を閉じて、テーブルの上に置いておく。

「…んーっ!」

 思いっきり伸びをして、それからお部屋のベッドに飛び込んで。
 そのままゆっくりと、仰向けに寝転がる。
 そのまま何にも考えないで、ぼんやりと天井を見上げて。

 しばらく、ただただノンビリと天井を見上げたままで。
 何も考えずにしていたら、

『Master?』
「…うん? なあにレイジングハート?」

 急なレイジングハートの呼びかけに、ちょっとだけ反応できなかった。
 いけないいけないと思いながら体を起こすと、携帯が震えているのが目に入って。
 慌てて携帯を手にとってフリップを開ければ、

「あ…雄介くん?」

 もう、雄介くんからのメールが返ってきていた。
 早いなぁと思ったけど、時間を見れば前に送ってから三十分は経ってて。
 ちょっとだけ、うとうとしてたみたい。
 
「えっと…『了解、楽しみに待っておく』って、別に楽しみにしなくても良いのに」

 なんとなく、雄介くんらしくて笑ってしまう。
 雄介くん、こういうちょっとだけ大げさな言い方が多いし。
 それに、その前のメールみたいにけっこう…嫌ではないお節介の多い人だから。

「ん~と、返事は…『うん、その時はよろしくね!』っと、これで良いかな?」

 持ってきてもらうていうのは悪いから、これで良いかな?
 取りあえず送信して、何となく遡って雄介くんのメールを見る。
 どんなちょっと大げさな言い回しや、何を話してたんだろうと思いながら、見返してみれば、今回のとあんまり変わらなかった。

「うーん、雄介くんって変わらないなぁ」

 それは、私もそうなんだろうけど。
 雄介くんとは、ずっとこんな感じだったなぁと再確認。
 と言っても、よく話すようになったのは夏休みの後からで、名前で呼び合うようになって半年も経っていないのだけど。

「…そういえば、雄介くんお姉ちゃんはすぐに名前で呼んでたっけ」

 思い返せば、お姉ちゃんから名前で呼んでって言ってたんだけれど、私よりも早かった気がする。
 それどころか、お父さんやお母さん、お兄ちゃんも始めから名前で呼んでたから…
 むむむ、私のお友達なのに、名前で呼ばれたのが一番最後だったなんて、ちょっと悔しいかも。

「でも、私も雄介くんって呼んでなかったから、おあいこなのかなぁ?」
『さぁ、私には分かりません』

 前置きなしにレイジングハートに聞いてみたら、そんな答え。
 うん、分からないのは当たり前だよね。
 そんな事を思いながら、もう一回ベッドに倒れこんで。

「…雄介くん、かぁ」

 私の始めての男の子のお友達で、最近では秘密ばっかりの私なのに、それでもそれを聞かずに励ましてくれる大切なお友達。
 アースラに乗る前、私の態度にアリサちゃんが怒ったときも、私と一緒に居てくれて励ましてくれて。
 あの時、雄介くんが居てくれたから、次の日すぐに、アリサちゃんと仲直りも出来た。
 軽く、ベッドの上で寝返りをうって

「…それに」

 温泉のときとか、私が思わず口を滑らしちゃったときにも、必要以上には追求しないでくれたっけ。
 さらにその前、すずかちゃんのお家にお呼ばれしたときも、アリサちゃんが言ったことに、ものすっごく動揺してて。
 きっと本当に、私のことを心配してくれたんだろうな。
 私がフェイトちゃんに負けて倒れたのを、見つけてくれたのも雄介くんだって、ユーノくんが教えてくれたし。
 そんな事を、色々と思い出して。

「…なんか雄介くんには、たくさん迷惑かけてるなぁ…」

 きっと、さらに思い出せば、もっとたくさんあると思うし。
 私の知らないところでも、雄介くんに迷惑を掛けてるかも知れない。
 雄介くんに、たくさん心配と迷惑掛けてるのかなぁ、私…。

「それに雄介くん、顔真っ青だったもんね…」

 思い出すのは、フェイトちゃんに初めて会って、初めて負けた日。
 すずかちゃんのお家の中で目を覚まして、皆が私を心配してベッドの周りに居て。
 雄介くんは、アリサちゃんとすずかちゃんの後ろで、腕組みしながら立っていて。
 でも、その顔は真っ青だった。

 起きたばっかりで、アリサちゃんたちが色々話しかけてくれる中で、黙ったままの雄介くんを見て、本当にすっごく心配をかけちゃったんだって思って。
 しばらくして、雄介くんが私に話しかけてきて、そっと息を吐いたのを見て、すっごく悪いことをした気分になって。
 倒れた原因で嘘をついたときも、雄介くんがそれを疑ってるようなそぶりをしてて、また悪いことをしたような…ううん、悪い事したんだって思った。

「…私、悪い子だね」
『何か、言いましたか?』
「ううん、何でも無いよレイジングハート」

 独り言に反応してくれたレイジングハートに、そう答える。
 レイジングハートは、そんな事は無いって言ってくれるかも知れないけれど。
 でも、私は私が悪い子だって思うから。

 私の我侭で雄介くんに迷惑を掛けて、アリサちゃんたちにも心配かけて。
 本当に私、悪い子だ。
 …何だか、自分が嫌になって「~~♪」…携帯が鳴ってる。
 これは確か、メールの着信音だったはずだけど。

「…えっと」

 起き上がるのも億劫で、寝転がったまま携帯を手に取る。
 誰だろうと思って開いたら、ちょうど今の今まで考えていた雄介くんからで。
 その内容は、

「…『むしろ出張家庭教師やるから、なるべく呼ぶこと。 遠慮は無用、感謝だけしてくれ』って、もう…」

 雄介くんらしい文章に、思わず笑ってしまった。
 遠慮は無用とか、感謝だけとか。
 まるで雄介くんが目の前に居るみたいに、想像できてしまう。
 絶対、雄介くんニヤリって笑ってるよ。

「ええと…『それは、考えておくね? ありがとう、雄介くん♪』っと。 はい、送信」

 そう返信して、気がついたらほんのさっきまで考えていた事が、なんだか物凄く場違いに思えて。
 悪い事は悪い事だけど、それで悩むなんて何か違う気がしてきたから。
 これは…雄介くんの、おかげかなぁ?

 そんな事を考えながら、自然と自分が笑顔になっているのが分かって。
 えへへ、と小さく笑い声をだしてしまうくらい。
 雄介くんが意識してるわけじゃないけれど、まるで悪い事は全部雄介くんが吹き飛ばしてくれるみたいで。

 この間の、アリサちゃんとの仲直りを決意させてくれた時だって。
 雄介くんに手を握られて、真正面から見つめられて。
 拒絶したのに、それでも笑っていつも通りだって言ってくれて。
 その後にちょっとだけ、頑固だって言われちゃったけど…それでも、すっごく嬉しかったから。

 雄介くんと別れるときにお礼を言って、私は恥ずかしくて走って逃げちゃったけれど。
 その後だって雄介くんは、いつも相談に乗ってくれて。
 アリサちゃんたちとは、ちょっと違うけど、本当に大切な… 

「…雄介くん、ありがとう」
『Master?』
「ふぇっ!?」

 誰にとも無くそう言ったつもりだったのに、レイジングハートに聞かれてた。
 考えてみれば当たり前のことなのに、何だかとっても恥ずかしくなってきちゃって。
 ぎゅーっと、隠すように枕に顔を押し付けるのが、精一杯でした。


+++後書き
 ユーなのなお話、いやカップリングでは無く、構成的な話ですが。
 ユーノの気持ちと、なのはの気持ちを表現しました。
 本当はなのはだけで一話書こうと思ってたんですが、どうしても間がもたずにユーノ視点も追加したんですが、これはこれでと自画自賛してますww

 これにて閑話は最終回、もともと本編では表しきれないのを補完するのが目的でしたし…これで基礎は全て埋めれたかなと。

 そして次回からは、外伝という形式で、完全に本編に影響しない話を書いていく予定です。
 具体的には、本編では絶対に出来ないもしくはやらない話を書いていこうかなぁと。
 アリサと雄介が付き合ってる話とか、すずかと雄介、はてはまだ出ていないフェイトと雄介、はやてと雄介などのカップリング話。 または雄介とクロノとユーノが仲良くなったと仮定しての、男三人無駄話。 もしくは十年後のStsの頃の話とか。 もしくは誰かの告白シーンだけを書いて見たりとか。 あとは…この話の前提覆して、雄介にリンカーコアだけもたせてみるとか、そういうものを書いていく予定です。
 そして、それら外伝はリクエストを…いや、完全にリクエストなわけでは無いですが、リクエストがありそれで話のイマジネーションが湧けば、それを書きますし…まぁ、何も湧かなければ自分で考えて書くのですが。
 そんな感じで、何かリクエストがあれば受け付けます…あ、でも少なくとも書くのは無印が終わってからですので。

 後書き長くなりましたが、これにて終了。無印はもう後、二つか三つで終わるはず…と思ってるので、長めに六話と見積もっておいてください。では



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十四話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/05/22 17:27

 また明日からなのはが出かけるという夜に、そのなのはから電話が掛かってきた。

「もしもし、なのはか?」
『あ、うん…雄介くんは今、大丈夫?』

 今大丈夫かと聞かれれば、別に明日の準備も終わってるし問題は無い。
 むしろ、なのはからの電話ならある程度の作業は、すべて放り出して電話に出るけどな。
 って言うか、

「なんとなく、もう出発してるんじゃないかって思ってたけど、まだ大丈夫なのか?」
『うん、出るのは明日の朝からだから』

 なるほど、それならば納得。
 そういえば、前のときも夜に電話が掛かってきてたか。
 …あれ? なら夜更かしは駄目なんじゃ?
 まぁ、気にしないようにしよう、うん。

「あー今は、まぁ大丈夫だけど、どうかしたのか?」
『うん、その…ちょっと雄介くんに、相談したいことがあって』

 …相談したいこと?
 何というか、なのはには珍しい気がしないでもない。
 特に、最近では隠し事があるし…いや、隠し事があると宣言してる隠し事だから、どうって事は無いけど。

「まぁ、俺で相談に乗れる事なら頑張ろう」
『えへへ、ありがとう雄介くん』

 …そんなに嬉しそうにされると、俺としては本気で頑張ろうと気合を入れるしか無いのだが!
 いやうん、元々頑張る気だったけど、さらに気力が上がったな。
 それに自惚れかも知れないが、最近はなのはからの相談が多くて、頼りにされてる気もするし。

「あーその、それで相談って?」
『あ、うん…あのね、例えばの話なんだけど』

 いや、その切り出しから始まる話は、大抵において今起きている本当の話だぞ?
 友達の事何だけどって言われるのと同じくらい、なのは自身の事だって丸わかりなんだが。
 いや、それは良いとして

『えっと…友達に、なりたいなって思う子が居て、でもその子とは色々あったりして』
「うん」
『それで、えーと…色々な事情もあって、まだ友達になれるような状態じゃないんだけど。 もし、事情が変わって友達になれるような状態になったら、どうやって、友達になれば良いと思う?』

 …いまいち、話が掴めない。
 まぁ、最近の隠し事関連かつまりは。
 あーと、こういう場合は箇条書きにすれば分かりやすいんだったか。

「つまりだな? ①友達になりたい子が居る、ただし喧嘩中? ②今は事情があって、友達になれない ③でもその事情が変わって、友達になれるようになったら、何をすれば仲良くなれるのか?って、所で良いんだよな?」
『う、うん…例えばの話なんだけど』

 いや、そこに拘らなくても別に良いんだけど。
 まぁうん、何でそんな事を隠したいのかは知らないけど、まぁ良いだろう。
 ともあれ、一つずつ答えていくか。

「あー、取りあえず、その例えばの一人をなのはとして、だ…相手の子は、なのはと友達になりたがってるのか?」
『私じゃないけど…多分、今は思ってないと思う』

 …うおーい、なのはさんや?
 それは一体…いやいや、まだ他に二つも解決すべきことがあるのだから、そっちからだ。

「…えー、その事情か何かは、解決する見込みは?」
『…まだ、全然』

 …おおーい、なぁのはー?

「取りあえず、前提二つが完璧に駄目な以上、あんまり考えても仕方ない気がするけど…どうすれば友達になれるかって、なのはは何か思いつくか?」
『そ、それが…あんまり思いつかなくて』

 うん、そういう言い方は全く思いついていないんだな?
 と言うか、

「なぜ、そんな五里霧中の状態で俺に?」
『ゴリムチュー?』

 いかん、通じなかった。
 でも可愛い、取りあえず誤魔化して

「うん、例えば今なのはと仮定してるその人だが、聞く限りだと殆ど絶望的だろう?」
『う、うん』
「なのに、どうして…って言うか、嫌われてるかも知れない相手なのに、友達になりたいのか?」
『た、例えばの話だもん』

 おぉ、そうだった。
 そう言われると、何で友達になりたいかは聞けないな。
 …まぁ、あまり気にすることでも無いか。
 本当になのはが友達になったら、いつか会うことになるだろうし。

「それもそうだったな…とりあえず、前提として今のところは駄目なわけだけど。 俺が考えられるとすれば、その前提が両方とも大丈夫だった場合しか無いぞ?」
『うん…じゃ、じゃあそれでも良いから、何か、無いかな…?」

 …そんな不安そうな声を出されると、もの凄く悪いことしてる気分になるんだけど。
 って言うか、そこまで大事な事なのかコレは。
 誰かは知らないが、そこまで友達になりたいのか…男じゃないよな?

 違うよな、さすがにそんな訳無いよな?
 聞くか? 聞いてみるか?
 いやでも、それで男だって言われたら俺の精神的に、もの凄いダメージが間違いないんだけど…っ!!

 いや待て俺、よく考えろ。
 なのはがそう、俺以外の男と会う事なんて…今は学校に来てないから、ありうる…っ!!
 待て俺、クールだクールになれ。
 
『あの、雄介くん?』
「お、おう!? いや、何でも無いぞ? ちょっと考え込んでただけだから」
『え? う、うん?』

 どうしよう、ぶっちゃけもの凄く気になる。
 いや、落ち着けよ俺。
 今はなのはから相談を受けているんだ、そんな雑事は後回しにするべき…何だけど。

 ヤバい、ぶっちゃけて言えば、気になって他の事が考えられない。
 き、聞くべきか聞かざるべきか…っ!
 これはある意味、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥状態!?
 な、ならば…っ!

「な、なぁなのは? あんまりこう、関係ないといえば関係ないんだけど、一つだけ聞きたいんだが…良いか?」
『うん? 良いよ?』
「その、だな? 例えばの話の…そう、相手の方、なのはじゃないの方だけどな?」

 な、何だろうこの緊張!?
 なんか、久しぶりにここまで緊張した気がする。
 最近けっこう、緊張するような事が多いと思っていたけれど、そうでも無かったんだろうか?
 ええいもう、後は野となれ山となれだ!!

「…その、相手の人は、女の子か? それとも……男、か?」
『?女の子だよ?』

 いよっしゃあああぁぁぁぁぁあああ!!
 セーフ、超セーフッ!
 思わずガッツポーズ、思いっきり!
 良かった、本気で良かった…!
 神様仏様、ありがとう!

『あのー、雄介くん? それが一体?』
「うん、いやぁははは、特に何でも無いぞ?」

 声が弾むのを抑えきれない、もともと俺の被害妄想みたいなものからの疑問だったが、的外れで本当に良かった!
 なのはの言い方も、何を言ってるんだろうみたいな、完全なキョトンとした口調だったし。
 すべての問題は解決した、だとすれば今度はなのはの相談に全力を注ぐとするか!

「あーうん、それで仲良くなる方法だったな?」
『うん、友達になるには、どうすれば良いのかなって』

 友達になるには、ねぇ…それはまた曖昧と言うか、不確定な事と言うか。
 個人的な言い分だけど、友達と言うのは何時の間にか、自然になっているものだと思う。
 いやもちろん、そこに友達になりたいという考え、もしくは意思がないとなれないけれど。
 なのはの場合、意思はあるのだから、それ以外の方法って事になるし…

「そうだな、簡単なところで言えば、握手とか?」
『握手…』
「あとは、友達だって指切りしてみるとか…」
『うーん…そういうのじゃ、無いほうが良いかも?』

 ううむ、それなら…
 と言うか、俺はその子名前も知らないのに、仲良くなる手段なんて思いつくわけが…あっ。

「なのは、そういえば基本的なのが一個あったぞ」
『え!? ど、どんなの?』

 うおっ、なんか凄い食いついてくる。
 いや、本気で基本的だから、期待に沿えるようなものじゃ無いと思うんだけど。

「あーそのだな? 基本的な事だけど…相手を、名前で呼ぶってだけなんだが?」
『名前で?』

 あぁ、と頷きつつ

「んーまぁ、その、何だ? 古風な言い方をするなら、苗字ってのは相手の家を指すから、個人を示してるわけじゃ無いし」
『え、えっと…?』
「あ、すまん今の無しで。 あー、あれだよ、名前って言うのは、その人だけのものだから、家族で同じ苗字よりは、確実に親しくなってる感じなんだが?」
『そ、それは分かるよ?』

 …ちょっと疑わしい。
 ん、まぁ他の理由もあるし…ってか、そっちがメインだけどな。

「まぁそれよりも、あれだ。 なのはだって多分、苗字と名前だったら、名前で呼ばれたいだろ? だから、名前で呼び合ったら、それで友達で良いんじゃないか?」

 俺だって、名前で呼ばれたほうが嬉しいし、名前で呼ばれようと少々画策したことすらある。
 うん、アリサとすずかに頼み込んだんだけど。
 目的は無論、なのはに名前で呼んでもらうためだったが。

『…そっか、そうだよね! うん、ありがとう雄介くん!』

 喜んでもらえたようで、何よりだ。
 俺も、なのはから名前で呼んでもらえたときは嬉しかったし。
 あーでも、その相手がそれでそう思うかは、分からないけどって言ったほうが良いかな?

「あー」
『雄介くんって、凄いよね』

 …え、ななな何だ急に!?
 ど、どうしたんだなのは!?
 急にそんな、本気でビックリ何だけど!?

「ど、どうしたんだ急に?」
『ううん、ただ純粋にすごいなぁって』

 い、いや、それがもの凄くビックリなんだが?
 何だよ急に、今もの凄く心臓に悪いんですが!?
 なに、俺の耳が幻聴でも聞いたか!?

『雄介くんって、私が悩んでることを、いつだって解決してくれるもん』
「い、いや…それは、あれだぞ? ぐ、偶然だってあるし!?」

 何言ってるか俺!?
 そ、そこは肯定しておいても良いだろう!?
 内心テンパッてる俺の耳に聞こえてくるなのはの声は、どこまで普通の事を話すようで。

『偶然でも、凄いよ。 その…雄介くん、私がどうしても言えないことには、触れないでいてくれるから…』
「え、いや…まぁ、うん…」
『それは、すっごく嬉しくって、でも申し訳なくて』
「い、いや!? 申し訳なく思う必要は無いぞ!? 俺は俺なりに、納得してるんだからな!?」

 申し訳ないとか、そんな事をなのはから言われるなんてある意味すさまじく俺にはキツイ。
 そんな事を思わせたなんて、そんなのは俺の意図していたことでは全然無いのに。
 だが俺のそんな思考を裏切るように、電話の向こうのなのはの声は、少しだけ笑っているように弾んで。

『そういうのが、やっぱり凄く嬉しいから』
「…」

 思わず黙り込む俺、すこしからかわれたかも知れないのが恥ずかしいのか、それ以外の感情なのか区別が出来ない。
 でも一つだけハッキリと言える、スゲー嬉しい。
 こんな風になのはに感謝を伝えられて、自惚れかも知れなくてもなのはに信頼されてるようで。
 混乱してる俺の頭でも、嬉しいのだけは間違いなかった。

『…あのね雄介くん、さっきの例えばの話って本当は例えばの話なんかじゃないの』
「…うん」
『さっきの話は全部本当の事で、友達になりたい子が出来たの』

 どんな心境の変化だったのか、そう語りだすなのは。
 返事も出来ず、ただ聞くだけの俺。

『どうして会ったのかとか、そういうのは言えないんだけど…私ね、その子と友達になりたいって、思ったの』
「…どうしてだ? こういう言い方はあれだけど、友達だったら俺たちが居るだろう?」
『うん…あのね? その子が、昔の私とおんなじ目をしてたから』

 …同じ目を、していた?
 その意味深な言葉に、咄嗟に聞き返すことも出来ない俺。
 でも、なのははそんな俺の心境を察してくれたようで

『これは、多分雄介くんにまだ話してなかったと思うんだけど…あのね、私は小さい頃ずっと一人だったの』
「…一人、だった?」

 それは一体どういう事なのか、俺には何の想像も沸かない。
 文字通りの意味なのだろうか、でも恭也さんや美由希さんはなのはが小さい頃から居たはずだ。
 そんな俺の疑問も含めて、なのはが話を始めた。

『あのね、私が小さかった頃にお父さんが入院してた時があったの』
「入院? 交通事故か何かか?」
『ううん、お仕事って言うことしか分からないんだけど…』

 …よく分からないんだろうか?
 何故と考えて、なのは曰く、まだ小さかったなのはには話されなかっただけなんだろうかと考える。
 いや、そこに拘るべきじゃ無い。
 だって、まだなのはの話は続いているんだから。

『お父さん、凄い大怪我で長い間入院してて』
「あぁ」
『それでね、翠屋もちょうどその頃にオープンしたの』

 翠屋がオープンした、ちょうどその頃に士郎さんが入院。
 それはつまり、人手が完全に不足すると言うことでは無いのだろうか?
 今でこそバイトの人も居るけれど、オープンしたばかりならば居ない可能性もある。

 いや待て、なのはが一人だった事と今してる話が無関係なはずが無い。
 ならその二つには関係があって、その関係を考えるのならば。
 …もしかして、そういう事なのだろうか?

『…雄介くん?』
「ん、いやごめん、何だ?」
『ううん、何か急に何も言わなくなっちゃったから』
「すまん、ちょっとなのはの話してくれたことを頭の中で整理してただけだ」
『そっか…それでね、お店がオープンしたばっかりで、でもお父さんが入院しちゃって。 お母さんだけじゃお店が開けないから、お兄ちゃんはお店を手伝ってて、お姉ちゃんはお父さんの看病で…私は一人でお留守番してたから』

 やっぱりか、恭也さんも美由希さんも今普通に手伝っているし、もしかしたら昔からそうなのかもと思ったけれど。
 それに士郎さんが、そんな入院するほどの大怪我をしていたなんて…温泉に行ったときは、視線を合わせないようにしてたから、体に傷があったとしても気がつかなかった。
 いや、傷が残ってるとは限らないのだけれど。
 でもそれ以上にあの家になのは一人、そんな時期があったなんて…

『私はその頃、すっごく寂しかったけど、そういうのは絶対に言っちゃいけないって思ってた。 お父さんが入院してて、お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなにすごく大変なのに、そんな我侭言っちゃダメなんだって』
「…なのは」

 思わず何かを言いかけたが、名前を呼ぶだけでどうにか抑える。
 そんな事は無かったって、そういう事は言ったほうが良かったなんて、今言ってもしょうがない事だから。
 それにまだ、なのはの話は終わっていない。

『雄介くん?』
「いや、何でも無い。 話を続けてくれ」

 うんと言って、また話を始めるなのは。

『それでね、そのさっきの例えばの話の相手の、その女の子がその頃の私とおんなじ目をしてたの』
「おんなじ目って言うと…」
『寂しくて、でもそれを言っちゃいけないって思ってる目』

 はっきりとした、なのはの断言。
 電話越しだから、なのはの顔なんて見えないけれど、きっと今はまっすぐに前を見ているんだろう。
 でも、それは目の前の景色じゃなくて、それを通り越して…その、寂しい目をしてる女の子へと、きっと注がれているんだと確信できた。

「…つまり、なのはは」
『うん…お友達に、なりたいなって。 そんな寂しい顔じゃなくて、その子の笑ってる顔も見たい、ってそう思ったの』

 …格好いいことを、言ってくれるなぁ。
 言い切るなのはに、俺はただ一言だけ。

「ヒーロー、みたいだな」
『え?』

 だって、そんなのまるでヒーローじゃないか。
 寂しい目をした女の子に笑ってほしいなんて、何かの物語の主人公みたいだ。
 …でも、なのはにはそれが似合ってると、そんな風に思ってしまう俺が居て。

「なのはって、そういえばそうだもんな」
『えと、あの…雄介くん?』

 なのはは、守られるだけの女の子…ヒロインじゃあ無いもんな。
 いつだって、譲れないことは絶対に譲らなくて。
 アリサとだって、真正面からやりあう事もあるんだ。

 それに、俺がなのはに一目ぼれした時だって、なのははヒロインじゃあ無かった。
 あの時だってなのはは、誰かのために前へ出れる女の子だった。
 誰かのための行動を、しっかりと取れるヒーローみたいな女の子だったんだから。
 
「うん、なぁなのは?」
『あ、うん…えっと、なぁに?』

 電話の向こうの、ヒーローみたいな女の子。
 また明日には、どこかへ出かけてしまう俺の友達。
 きっと俺には、応援しか出来ることが無いんだろうなと思いながら。

「そのさ、頑張れよ? 俺が何か出来るわけじゃあないけれど、応援だけはしてるからさ」
『…うん! ありがとう、雄介くん…でも、さっきのヒーローって何?』

 そこに食いつくのかなどと思ったが、よくよく考えればけっこう失礼な感想では無いだろうか…女の子にヒーローって。
 うん、どうやって誤魔化そう?

「うんいやぁ、何だ? あれだ、その…ほら、そういえば、その女の子の名前とかって知ってるのか?」
『それは知ってるけど…フェイトちゃん、って言う子だよ』

 なるほど、相手の名前を知ってるくらいは親しいのか?
 いや、相手の…そのフェイトって子が、なのはの名前を知ってるかは知らないけれど。
 まぁでも、なのはがこれだけ言えるってことは、それなりに顔を合わせた事があるんだろうし。

「仲良くなれると良いな、なのは」
『…うん、きっと私とフェイトちゃん、仲良くなれると思うから』

 …ちょっとジェラシーと言うか嫉妬しそう、そんなになのはに心配されているとは。
 むう、相手は女の子なんだから、別にどうってこと無いんだけどなぁ。

『私とフェイトちゃんが仲良くなったら、きっと雄介くんにも…アリサちゃんたちにも紹介するね?』
「あぁ、楽しみにしとく」

 ふと、フェイトなんて名前ならば、きっと外国人なんだろうと思う。
 なのはが外国の子と交流を持つなんて、ちょっとビックリだ。
 いったいどこで…って、今俺達に内緒にしてるところに決まってるか。
 …んー、なのはが友達になりたいって思うような子だから、きっと同い年か違っても少しだろう。
 なのは以外にも子供が、しかも外国人の子供が居るって事は、そこまで危なかったりするところじゃ無いのかもしれないな。

『それじゃあ雄介くん、相談にのってくれてありがとう』
「気にするな、友達なんだから当たり前だろう」

 個人的には、友達以上の関係になりたいけれど。
 うん、口が裂けても言わないけど、そんな恥ずかしいことは。
 
『…うん、本当にありがとう雄介くん。 えっと、それじゃあ…』
「あぁ、今度はどれくらいかとか、分かってたりするのか?」
『ううん、でももうすぐで終わると思うから』
「そうか、じゃあまぁ…」

 そこで、何となく言葉を切って。
 改めて息を吸い、

「いってらっしゃい、なのは」
『うん、行ってきます雄介くん』

+++

 次の日の朝、起きて朝ごはんをノンビリと食べつつ、今もうなのはは行ったのかなぁ…なんて考えていたら、携帯が鳴り出した。
 朝早くに珍しいなんて思いながら見てみれば、そこに表示されていたのはアリサの名前。

「もしも」
『ねぇ! アンタ昨日、家に居た犬見かけてない!?』
「…昨日から見て無いけど、どうかしたのか?」

 なにか、切羽詰ってるようなアリサに正直に答える。
 電話の向こうのアリサは、かなり慌てているようで。

『居なくなっちゃったのよ、昨日の夜は確かに居たのに! 檻も全然壊れてないのに、中に居たあの犬だけ消えちゃったの!』
「…解った、取り合えず学校へ行くバスに乗るまでしか無理だけど、それで良いか?」

 その後少しばかり俺がどの辺りを探すかをアリサに伝えて、電話を切って急いで朝ごはんを掻きこんでいく。
 とりあえず学校へと行く準備を完璧にして、

「母さん、ちょっと俺早めに出るから!」
「そうなの、いってらっしゃい」
「行ってきます!」

 家を出て、昨日アリサの家で見た犬の姿を探して回る。
 俺の家とアリサの家はけっこう離れてるから、ほとんどこっちまで来てる可能性は少ないだろうけれど。
 それでも友達として、あそこまでアリサが慌てているのなら探してあげて当然だ。

 そう思った後、すずかに電話を掛けたところ、アリサはすずかに話すのは完全に忘れていたようだ。
 何でか俺が『どうして早く知らせてくれなかったの!?』と、すずかに怒られつつ知ってる情報を全部話して、同じく探してもらう事になった。
 ノエルさんやファリンさんも手伝ってくれ、二人は余裕があれば俺たちが学校に行っている間にも探してくれるようだ。

 探している途中で、ふとなのはにも電話して聞いてみようかとも考えたけれど、さすがに止めておいた。
 なのはの事だから、それを聞いたら今やっている筈の事を放り出しそうだし。
 余計な…と言うわけでは無いけれど、今からやらなきゃならない事のあるなのはに、そんな話は不要だろう。

 うん、そういう建前もあるけれど、一番は昨日の電話でいってらっしゃいとか言ったのに、その後に電話するのが気まずいからだが。
 いやだって、昨日あんな風に電話を終えて、今日早速犬が見つからないとか、色々俺の小さいプライドが…なぁ?
 そんな事を考えながらだが、バスの時間までギリギリ昨日の犬を探し続ける俺だった。
 

+++後書き
 順当に終わりへと近づいております、というか雄介はなのはとの電話の場合長く話せてるなぁ…一話の大半が埋まりますし。
 無印ラストの、あの感動シーンへの伏線を張ってます…雄介いないですけどね、その場に。
 あと、ラストは普通に考えたらアリサはああなってるだろうと思ったので追加。

 んー、後二話くらいかな?



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十五話(無印終了)
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/05/30 04:14
 
 その後、取り合えず限界まで犬を探していたけれど、遂にバスの時間になってしまったので、今度は急いでバス停に向かう。
 アリサの犬は気になるが、そいつを探して学校を休んだら、今度はそれをアリサが気にしそうだから。
 取り合えず、ノエルさんやファリンさんがすずかに特徴を聞いて、俺たちが学校に行ってる間も探してくれるはずなので、任せるしかない。

 ともあれ、学校へと到着し…あぁ、今日はアリサもすずかもバスには乗っていなかった。
 まぁ、ギリギリまで犬を探しているんだろう、とそう思っていたんだが、予想に反してすでに二人とも到着していた。

「おはよう、すずか」
「うん、おはよう雄介君」
「…あー」

 取りあえずすずかには声を掛けたけど、今アリサにものすごく声が掛けづらい。
 何故と言うか何と言うか…だがこれは予想外というか、いやある意味予想して当然だったと言うべきなのか。
 アリサの奴が、ものすごく不機嫌そう…と言うかピリピリしているのだ。

「…よう、アリサ」
「…おはよ、雄介」

 試しにとアリサに声をかけてみれば、帰ってきたのはこんな反応。
 よっぽど、居なくなった犬が気になっているようだ。
 こう、不機嫌というか何かのオーラをばしばし飛ばしている。
 その所為か、アリサの周りの席には誰も座っていない。

 うん、俺でも関係なかったら近寄るの躊躇うくらい、ピリピリしてるな。
 どうしようかとすずかに視線を向けてみるが、静かに首を横に振られてしまうし。
 ふぅむ、これはどうしたら良いものか…取り合えず。

「おい、アリサ?」
「…何よ?」

 荷物を片付けてから、アリサの前の奴の席を拝借して目の前に座る。
 ただ声を掛けただけなのに、胡乱な目で見られた。
 余裕無いなぁ、今のコイツ。
 周りの席にもすずか以外誰もいないし、皆離れた席の友達のところに避難してるしな。

「何よ?じゃなくて、取り合えず何があったかの細かい説明してくれ、帰りに探す時に参考にするから」

 俺の言葉に、目を丸くするアリサ。
 大方、俺が何も言わずに帰りに探すことを言ったからだろうが、そんなものは当然だろうに。
 友達だったら当然だし、いつもいつも色々…素直に世話と言おうか…には、まぁなってるんだしな。
 と、横からすずかが

「アリサちゃん、私も雄介君と同じだよ? 今朝も雄介君から連絡貰って、探してたんだから」

 アリサはそういうすずかに視線を向けて、また俺に向けて。
 そのまま、何でかむすっとした顔に…何でだよ?
 
「…アンタに心配されるのって、何か変な感じ」
「何だとコノヤロウ、人が珍しく心配してやってるのに」
「まぁまぁ、二人とも」

 何て事を言うのかと即座に言い返したら、すぐにすずかが仲裁に入った。
 自分で言うのも何だが、素直に心配してやっていると言うのに。

「それでアリサちゃん、昨日の子がいつから居ないのに気づいたとか、教えてくれる?」
「…そうね、気づいたのは今日の朝だったわ…」

 アリサの話す内容を纏めれば、犬は昨日の夜には居たらしい。
 アリサ自身が最後に見たのは、大体夜の七時くらいにご飯をあげに行った時だそうだ。
 そして一夜明けて、今日になってアリサの家の使用人が見回っていたところ、犬が居ないのを発見。
 アリサに伝えられ、アリサも檻まで見に行って、本当に居ないのを確認。
 その後は慌てて探しに出かけつつ、俺に電話して探していたらしい。

「ふぅん…そういや電話で言ってたけど、檻とか全然壊れてなかったんだって?」
「そうね、元々そう簡単に壊れるようなものじゃないけど、全くどこも壊れてなかったのよ…犬が抜け出せる隙間なんて、全然無かったでしょう?」
「…そうだね、昨日一回見ただけだけど、そんな隙間があった記憶も無いし」

 しかも見た目的に、結構頑丈っぽい檻だったしなぁ。
 犬があれを破壊するのは、なかなかに無理があると思う…熊とかでも、無理っぽいし。
 だとすれば、隙間から逃げ出したと思うところだけども。

「んー、檻の中には、何も残ってなかったのか? ほら…お前が餌をあげたお皿とかは?」
「それは残ってたけど…何か関係あるの?」

 いや、無いけどさ。
 思い付きを言っただけだし、特には関係ない。
 と言うか、あれだな。
 結論を急ぐみたいだけど、現状を言えば。

「…取りあえず、学校が終わるまで俺たちに出来ることは無いな」
「…アンタね」
「雄介君…」

 …二人の声音が冷たい、ものすごくジトッとした目で見られてるんだけど。
 いや、だって何も出来ないじゃないか。
 そりゃ、うん言い方が冷たかったかも知れないのは認めるけれど。

「…ほら、ノエルさんもファリンさんも、手が空いたら探してくれるって言ってたし?」
「それでも、言い方ってものがあるよ?」
「…はい、ごめんなさい」

 俺の言い訳に返ってきたのは、すずかの冷たい視線。
 静かに怒ってるすずかに、今更だが素直に謝る。
 アリサの余裕の無い切迫した空気を無くしたと思ったら、今度はすずかを怒らせてしまった。

「…まぁ、アンタの言うことももっとも何だけどね。 って言うか、ノエルさんとファリンさんも探してくれてるの?」
「うん…二人には特徴が伝えてあるだけで、それに時間が空いたときだけなんだけど」
「ううん、それでも十分よ。 私も、鮫島に時間が空いたらで探してもらってるし…」

 ふとこの会話を聞いて思ったんだけど、二人とも普通に使用人が探してくれてる立場なんだよな。
 いや、どうこう思うわけでは無いけれど、やはり少しばかり感覚が違うと思う。

「あのー、じゃあまぁ、帰りには皆が行ってないところを、一応帰ると言う事で良いでしょうか?」
「まぁ、それが一番かもね…ってか、何よその言葉遣い?」
「反省の証、主にすずかに対して」
「…なんで私だけ?」
「なのはも含めた中で、怒らせたらきっと一番怖そうと言うこと…イデデデッ!?」

 場を和まそうとしての冗談だったのに、思いっきりすずかに頬を抓られた。
 アリサが呆れたような顔で俺を見て、すずかが満面の笑顔なのが怖い。
 ってか、その前に本気で痛い!? 手加減が感じられないんだけど!?

「ジョ、ジョークだすずか! 本気で痛いっ!」
「…あのね雄介君、言っていい冗談と、言っちゃだめな冗談があるんだよ?」
「はい、すいませんごめんなさい! 取りあえず離してほしいです、すずかさん!」

 そう俺が言った後、おもむろに二回ほど追加で抓られてから、ようやく離してもらえた。
 あージンジンする、本気で痛いんですけど…
 やっぱり当たってるじゃないか、とか考えるけどバレたらまた抓られそうだ。

「うぁー、普通に痛い…」
「まぁ、アンタの自業自得だから何も言わないけど…アンタの言ったとおり、確かに学校が終わるまで出来ることは無いわね」

 そうアリサが言った直後、キンコンと朝の予鈴が鳴り始めた。
 もうそんな時間かと思いつつ、間借りしていた席から立ち上がる。
 アリサの奴が猫でも追い払うように、俺に向かってしっしっとやっていやがるので、ぐっと親指を下向きに立ててやった。

+++

 取りあえず午前中の授業が終わって、お昼休み。
 なのはは居ないが、いつもどおりに屋上でお昼ご飯を食べながら。

「で、それぞれファリンさんからと鮫島さんからの情報をまとめると、朝方にあの犬を住宅街で見かけたって言う情報があるんだよな?」
「そうね、追加で言うなら私のほうは、その犬が塀の上を走ってたらしいけど」
「こっちは、たぶんこの学校の人らしい女の子が一緒だったんだって」

 アリサの方は、犬の身体能力的には出来なくは無いと思うけれど、何だかなぁと言うのが正直な感想。
 すずかの方も、正しく言えば聖祥の制服に良く似た服を着ていた女の子、と言うのが正しいらしい。
 と、言うかだな。

「…ファリンさんも鮫島さんも、俺たちが授業受けてる間に調べてくれたんだよな?」
「そうよ?」
「それがどうしたの、雄介君?」
「いや…すごい下らない事なんだけどさ、俺、ファリンさんとか鮫島さんが普段の格好以外の…ファリンさんならメイド服だけど。 それ以外を着てるのを、殆ど見たことが無いんだが…あの格好で、聞いて回ったのかなと」
「「…」」

 あまりにも下らないことを聞いたので、呆れているのかと思いきや二人ともそんな感じじゃない。
 二人そろって目を丸くした後、

「ファ、ファリンは私服も持ってるから、そんな事は無いと思うけど…」
「鮫島だって、その…私服くらい、持ってるはずよ?」
「…地味に言い切れないんだな、二人とも」

 二人も、あの二人がそれ以外の格好をしてるのを殆ど見たことが無いのか。
 見たことがあったら、即答できるだろうし。
 あぁいやでも、ファリンさんとノエルさんは温泉の時に私服だったか。

「…まぁ俺から言っておいて何だが、それはまたの機会にしようか」
「まぁ、そうね…鮫島もファリンさんも、見かけたって言う情報があったのは、臨海公園の方なのよね」
「そうだね、帰りにそっちに行ってみる?」

 正直に言えば、朝そこに居ても夕方までそっちに居るとは考えづらい。
 だから十中八九居ないとは、思う。
 と言うか、一応これも考えないとダメだと思うんだが…

「で、それはそれで良いとしてだ。 ファリンさんの聞いた聖祥の生徒かも知れない子が、その犬の飼い主だった場合はどうする? ってか、その犬と行動してたのなら、可能性は高いと思うけど」
「…まぁ、そうよね」

 俺の言葉に、うーんと考え込んでしまうアリサ。
 でも、俺の言ったことも決して有り得ない訳じゃないんだ。
 この際、犬がどうやって檻を抜け出したのかを考えないとしても、その女の子と犬が一緒に居たと言う事実は覆らないわけで。

「またアレな言い方だけど、今日探して見つからなかったら、もうその子が飼い主で連れて帰ったと思ったほうが良いと思うぞ?」
「…本当に、その通りだったかどうか、関わらずに?」
「酷いことかも知れないけどな、今日見つからなかったらもうダメだろう…多分」

 今日見つれば良いけれど、今日見つからなくて、さらに明日も見つからないかも知れないんだ。
 だったら、もう今日きっと飼い主に連れられて帰ったんだと思ったほうが、良いんだと俺は思う。
 …それが例え、怪我した犬を見捨てることに繋がってもな。

「あえて言うけど、自分で脱走できるくらいには元気があるんだから、きっと大丈夫だろ」
「雄介君、あんまりそういうのは…」
「良いのよすずか、私だって考えなかったわけじゃないし」

 俺の言葉に意味を読み取ってすずかが苦言を呈するが、アリサは首を横に振った。
 チラリとすずかがアリサに視線を向けているが、アリサはお弁当を口に運びながら溜息を一つ。
 俺も同じように弁当を食べながら、

「取り合えずは今日の帰り、三人でしっかりと探そうぜ? 海浜公園の方だから、ちょっと帰り道からはずれるけどな」
「…そうね、それしか無いし」

 そうアリサが言って、すずかに視線を向けると、コクリと頷いてくれた。
 アリサもすずかも、本当はいくらでも探していたいんだろうけどなぁ。
 残念ながら、探して探してもう死んでたとか、そういう真実になってしまう可能性もあるのだから、俺としてはもう逃げてしまった犬のことは気にしないでほしい。
 いや、そんなこと言ったら、意地でも探し続けそうだから言わないけれど。

 …なのはが居なくて良かったとか、そういう事を考えるのは人として駄目な気がするなぁ。
 しかも、本気でそう思ってるから手に負えないぞ俺。
 だってなのはだったら、意地でも探し続ける気がするし…あぁもう、居ないのは嫌だけど、今日に限ってとか何か更に嫌だなコンチクショウめ。

+++

 そしてその日の帰り、俺たち三人は暗くなるまで臨海公園を探し回っていたけれど、結局アリサの所から逃げ出してしまった犬は見つからなかった。
 途中で私服姿のファリンさんも合流したけれど、目撃情報も俺が昼にまとめた分で最後。
 ここに向かったところで、ぷっつりである。
 
「言っとくけどアリサ、ちょっと前のなのはみたいに夜中に出歩いて探そうとかするなよ?」
「解ってるわよ、うるっさいわね」

 別れ際にイライラと落ち込みが半分ずつのアリサに、そうやって声を掛けておく。
 いや、お前となのはって端々が似てるからやりそうで怖いんだよ。
 どっちも譲らない時は、本当に譲らないしな。

 そしてアリサは鮫島さんが車で迎えに来て、俺はすずかを迎えに来たノエルさんに誘われて車で自宅まで送ってくれることになった。
 その送ってもらっている最中の車の中で、後部座席で俺の隣に座っているすずかに少しばかりの相談をする。

「なぁすずか? 今日のことだけど、なのはには言わないでおかないか?」
「え? …それは、良いけど、でもなのはちゃんの方から聞いてくるかも知れないよ?」
「それは…どうするか?」

 俺が素直にそう言うと、かくっと体勢を崩しているすずか。
 むぅ、確かにそうなったら隠してはおけない…まず俺が。
 俺は間違いなく、なのはに詰め寄られたら、素直に答えてしまうと確信できるからな。

「うん、まぁ…聞いてこられたら、それはまたその時と言う事で…」
「…なのはちゃんの事だから、絶対に聞いてくると思うよ?」

 うん、俺もそう思う。
 いやでも、僅かな確率にでも掛けたいじゃないか。

「それは解ってるが…まぁ、聞かれなかったらそのまま内緒って言う事で」
「良いけど…聞かれたら、言い訳は雄介くんがしてね?」
「ごめん、まず無理なんだけど?」
「それは知りません、あとアリサちゃんにも雄介くんからお願いね?」

 ちょ!? 何で俺にそんな二つとも!?
 片方引き受けてくれても、って言うかどっちも俺にはキツいんだけど!?
 そんな俺の様子を見ながら、すずかはニコリと笑って

「どっちも雄介君が言い出したんだから、頑張ってね?」
「ぬう…すずか、もしかしてまだ昼間のを根に持ってるとか…」

 ふざけてまた言った瞬間、目にも留まらぬ速さですずかに頬を引っ張られた。
 しかも今度は抓るとかじゃなくて、掴まれている。
 いや、頬に感じる圧力で何となく解るってか…

「イ、イデデデデデッ!?」
「雄介君? いつもはちゃんと頭良いのに、こういうのは本当に頭悪いよね?」

 なんか酷い事言われてる気がするが、それより頬が痛い!
 昼間と同じで何の手加減も感じられない、ちょ誰かヘルプ!
 いててて…そうだ、助手席のファリンさん、ちょっと助けて!

「ファ、ファリンひゃん!」
「あらあら、すずかちゃんと雄介君は仲良しさんですね~」

 ちょ、今この現状をどう見たら!?
 そんなにこやかに笑ってスルーしないでっ、今俺本気で頬が痛いんですけど!
 とそんな事を思っていたら、何でかすずかが手を離してくれた…いや、良いことだけどさ。
 頬をさすりつつ、すずかに視線を向けると呆れたような溜息を吐かれて。

「はぁ…あのね雄介君? そういうのちゃんと考えてしないと、なのはちゃんに嫌われちゃうよ?」
「…」

 なん…だと…っ!?
 そ、そこまで俺の軽口は空気を読めてなかったのか!?
 密かな大ダメージに思わず停止していると、

「雄介様? ご自宅に到着しましたよ?」
「へ、はい?」

 ノエルさんに声を掛けられて外を見てみれば、そこはもう俺の自宅のマンション前。
 いつの間に到着したのか、さっぱり解らなかった。
 取り合えず車から降りて、すずかやファリンさんとノエルさんに別れを告げる。

「それじゃあ雄介君、また明日」
「あぁおう…また明日なすずか」
「さっき言ったの、ちゃんと考えておいてねー」

 そう言うすずかの声を残して、ブロロロと走り去っていく車。
 す、すずかの奴、最後に爆弾を投下していきやがった…!
 くそう、ちゃんと何を考えれば良いんだよ。

「…取り合えず、とっとと家に帰ろう」

 ここで考えても仕方ない、ええい何て爆弾を残していきやがるのかアイツは!?

+++

 その日のうちにアリサに電話を掛けて、逃げてしまった犬のことはなのはには秘密にするとだけ決めておき。
 次の日からはまた、なのはの居ない日と同じような日々が続いた。
 一日しか居なかった所為か、どうにも一昨日まで本当になのはが居たのか、ちょっと解らなくなりそうだ。

 いや、どらチャレのセーブデータも残ってるからそんな事は無いんだけど。
 あぁでも、なのはにメールを送ったら、一番大変なことは、また行った次の日には終わったらしい。
 だから、もう後少しで今度は本当に帰ってこれるとか。

 思わずそのままアリサに電話して、今の気持ちを喋り続けてたらなんの断りも無く電話を切られたけれど。
 ともあれ、その後本当に数日でなのはは帰ってきた。
 帰ってきたなのはには、アリサが一言だけ

「本当に、もう大丈夫なのね?」

 そう言って、なのはもしっかりとアリサを見返して

「…うん、本当にもう終わったから、ずっと居るよ」

 そう答え、互いに微笑みあったのを見たら、もう俺とかが何にも言わなくても大丈夫だと思えた。
 何か感極まった様子ですずかが二人に抱きついて、俺はそれを苦笑しつつ見ていたけれど。
 そしてなのはが俺へと視線を向けたので、色んな意味を込めたつもりで笑いかけたら、なのはも笑い返してくれたので、もう本当に感無量な感じだった。

 俺たち四人の再会は、そんな感じに終わったのだけど、その後…数日後に、もうひと悶着あったというか何と言うか。
 別に問題があったわけではないし、四人の仲が悪くなったりすることも無かったんだけどな…

+++

 なのはが学校に復帰してから数日後の朝、何でかなのはが朝のバスに居なかったのを不思議に思いながら登校した。
 今日はバスに乗っていたアリサやすずかも不思議そうにしており、何かあったのかと話していたところ、俺たちから遅れること少ししてなのはが登校してきた。

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん、雄介くん!」
「おはよ、なのは」
「おはよう、なのはちゃん」
「おはよう、なのは」

 普段と時間が違うからか、慌てて自分の荷物を片付けているなのは。
 一体、何があったのか?
 いや、別になのはが普段とは違う時間に登校しては駄目だとか、そうは言わないけれど。

「ねぇ、雄介くん?」
「ん、何だ?」

 取り合えずなのはが落ち着くまで声を掛けずに居たけれど、なのはの方から声を掛けてきた。
 声を掛けてきたのと一緒に荷物を片付け終えて、斜め後ろの席に座っていた俺を振り返る。
 その表情は、何だか凄く嬉しそうな笑顔。
 一体、どうしたんだろうかと思っていると。

「えへへ、雄介くんってやっぱり凄いね?」
「…何がだ、一体?」

 こんなになのはが嬉しそうなのに、正直に言って心当たりが無い。
 必至で記憶を辿りつつ、そうなのはに返すと

「だって、本当に名前で呼んでって、それでフェイトちゃんとお友達になれたから」
「…そうなのか?」

 ちょっと気にはなっていたけれど、もう数日も前の事の筈だけど?
 なのはに返事しつつそんな事を考えていたら、なのはが嬉しそうな笑顔のままで説明してくれた。

「あのね、今朝までフェイトちゃんこっちに居たけど、今日からは行かなくちゃダメな場所があってね?」

 今朝はその見送りで遅れてしまって、その見送りのときにそのフェイトちゃんと言う子の方から友達になるにはどうしたら良いかを聞かれたらしい。
 そしてその時、俺がこの間電話で話した『名前で呼ぶ』という事を実際に提案して、笑顔で名前を呼び合ってお別れしたようだ。

「だから、雄介くんはやっぱり凄いなぁって」
「いや、俺より名前で呼んでも良いって思われるまで頑張ったなのはの方が凄いだろう? 俺のは単なるアドバイスさ」

 そんな事無いよと言うなのはだけど、これは本当になのはの頑張りだろう。
 俺のアドバイスは、切欠に過ぎないだろうし。
 そんな事を話していたら、

「なーに二人で話してるのよ?」
「そうだよ、何かの内緒話?」

 アリサとすずかが、ひょっこりと現れた。
 ビックリするなのはに構わず、

「で、何の話をしてたの? なんか知らない名前が出てきてたみたいだけど?」
「うん、フェイトちゃん…だっけ?」

 そこでどうして俺を見るんですか二人とも?
 名前が聞こえる程度に話を聞いてたら、なのはの方に関係があると解るだろうに。
 俺に聞かれても、俺は名前となのはが友達になりたがった理由しか知らないぞ…けっこう知ってるな俺。

「アリサちゃん、すずかちゃん!? いつから話し聞いてたの?」
「『雄介くんってやっぱり凄いね』の辺りからだけど」

 それはほぼ最初からですアリサさん、でも俺も全然気づかなかった。
 チラリとすずかに視線を向けると、目が合ってコクリと頷かれた。
 うん、本当にそこから聞いていたようだ。

「で、一体誰なのかな雄介君?」
「俺に聞くなよ、俺も名前しか知らないって」

 すずかに話を振られて、そう答える。
 友達になった理由は、まぁ話さなくても良いだろうし。
 俺の答えにすずかもなのはの方へ向いたその時、

キーンコーン、カーンコーン

 と予鈴が鳴り始めた。
 むっとした顔でチャイムの聞こえてくるであろう場所を見るアリサだが、まぁどうしようもないだろう。
 取り合えず、

「あーアリサ? 取り合えず、後は昼休みにでも聞いたらどうだ? なぁなのは?」
「え、う、うん! ほら、授業も始まっちゃうし、それで良いかなアリサちゃん?」
「まぁ、仕方ないわね…じゃ、お昼には話してよ?」

 そう言って、すずかも一緒に自分の席へと戻っていく。
 二人を見送りながら、

「それじゃあなのは? ちゃんとお昼までには、そのフェイトちゃんって言う子の事で話せることだけ纏めておいたほうが良いぞ?」
「うん、ありがとう雄介くん」
「気にするな、言えない事は適当に上手に誤魔化せよ?」
「が、頑張ります…」

 そう言ったなのはの表情に、少しっつーか結構不安だ。
 まぁ、頑張ってくれなのは…こればっかりは、なのはの隠し事に関係するから、俺は助言出来ないし。

 その後、結局俺に話してるのと同じくらいの話を、昼食を取りながら二人に話したなのは。
 最近の隠し事関連の話なので、所々ぼやけた言い方だったが、二人とも特にそこを追求する事はせずに受け入れて。
 どうやらなのはは、そのフェイトちゃんとビデオメールでやり取りするつもりらしく、今度俺たちを紹介したいから一緒にビデオメールに出ると言う約束もしたのだった。


+++後書き
 ちょっと駆け足で無印終了…膨らましようが無く、ちょっと無理やりに一話に纏めました。
 なんて事の無い終わり方、でもこれが一般人ストーリーww
 次回からはA'sまでの間のお話、劇中時間で一月に一つの話で構成する予定。

 あとこのSSでは誕生日を扱わないことに決定しました…だって雄介まで入れてフェイトとはやても追加した六人で、誕生日が明確なの半分しか居ませんし。
 誕生日前後の多少の描写は入りますが、誕生日会とかは完全スルーします。

 あぁ、あと次回からは不定期に外伝が入りますのでご了承ください…あと、簡易的なキャラ紹介も更新しました。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十六話
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/06/27 10:51
+++

 季節は六月へと入り、家の学校も衣替えの季節。
 とは言え、長袖から半袖仕様に変わるだけなんだけど。
 個人的には、上よりも下の半ズボンをどうにかして欲しいことこの上ないな。

 だって、考えても見てくれ。
 確かに普通の小学三年生だったら、半ズボンでも良いだろうけど…俺としてはもう、半ズボンとか本気で恥ずかしいんだ。
 と言うか、なんで家の学校は高学年と低学年の境をズボンの丈で分けたのか、本気で理解しがたい。
 四年生から長ズボンなんて、俺にとってはある意味拷問に等しいよ…マジでな!

 体操服とか、その辺は我慢出来るんだ…だが、それで限界なんだよ!
 冬用の制服でも半ズボンとか、普通に考えて誰かおかしいと気づいて潰してくれよ!
 子供は風の子かもしれないが、俺みたいな例外がいるかも知れないんだからな!
 ってーか、風の子でも冬に半ズボンは風邪引くと思うね!

 うん、愚痴ってもしょうがないのは解ってる。
 きっとあれだよな、家の学校の校長はかなりレベルの高いショタコンと見た。
 それ以外、説明が付かない…!
 訳でも無いけれど、取り合えずこの規則を決めた奴を割りと本気で訴えたいこの気持ち…誰か理解してくれないだろうか?

 と言うか、俺は何で一人で黙々と学校の制服について考えを巡らせているんだか…
 いやまぁ、一つは衣替えでなのはやアリサたちも皆まとめて、半袖仕様の制服に変わったからなんだろうけど。
 もう一つの理由は…休みの日に、制服を着るから…かなぁ?

+++

 週末、俺たち四人はアリサの家で集まっていた。

「…なぁ、これはやっぱり、お前が用意したんだよな?」
「ん? 何よ急に、撮るんでしょビデオレター?」

 うん、撮るとは言った。
 撮ると言って、さらにお前にビデオカメラとか用意できるのかって聞いたのは俺で。
 そのカメラについては、特に何も言わなかったけれど。

(この高そうなカメラ、もしかしてわざわざ買ったのか?)

 俺の視線の先にあるのは、一台のビデオカメラ…ただし新品、ほぼ間違いなく。
 箱からは出しておいてあるが、隣に置いてある説明書なんか一回も開かれた事が無いように見えるし。
 しかも凄く高そうで…間違いなく、今回のビデオレターのために買ったとしか思えない。

 そりゃあ、こうやってビデオレター取るのにどうするって話になって、アリサに聞いたけどさ。
 その時のアリサも、別に良いわよ的な軽い返しだったから…まさか新品を買っているとは。
 何気なく、新品のビデオカメラを手に取って弄る。

(うわ…本当に高いんだろうなぁ、これ…)

 あんまり興味が無いので詳しいことは知らないが、高そうに見える。
 知らない俺で高そうに見えるんだから、もう間違いなく高いと思っていい筈だ。
 って言うか、触るのが怖いなコレ…いや、弄ってる俺が言うのも何だけど。

「ちょっと、何してるのよ雄介?」
「ん?」

 一人でビデオカメラを弄っていると、急に後ろから声を掛けられる。
 アリサの声に振り返れば、その視線は俺の手元…つまりはカメラに向けられていて。

「アンタがそれ見てても仕方ないでしょ、なのはに渡しなさいよ」
「まぁ…それもそうだな、じゃあなのは、こっちが取説な?」
「あ、うん」

 何時の間にか俺のほうに来ていたなのはに、手に持っていたビデオカメラとその取り扱い説明書を手渡す。
 受け取ったなのはは、特に取説を開かずにそのままカメラを弄り始めて。
 一心にビデオカメラを弄り始めるなのはを置いて、とりあえずアリサの方へと移動する。

 初めて知ったときはかなり意外に思ったが、なのははああいうAV機器関係がかなり得意だ。
 多分、俺たち四人の中では一番ああいうものの操作が得意だろう。
 ただまぁ、得意と言うだけでああいうのは、全く将来の考えには入ってないみたいだけど。
 むしろ、すずかがそっち系だったか。

「ねぇ雄介君? フェイトちゃんに送るビデオレターに出る順番なんだけど、とりあえずなのはちゃんが一番初めで良いよね?」
「ん? あぁ、ってかそうじゃないと向こうが混乱するだろ?」

 楽しみにしているであろうビデオレター、うきうきしながら見てみて。
 例えば一番初めが俺だとして、いきなり見たことも無い男子が居たら、それはもう…色々嫌だよな、うん。
 混乱どころじゃ無く、限りなくがっくりするんじゃなかろうか。

「じゃあ、その次は誰にする? 私としては、何番目でも良いんだけど」
「あーじゃあ俺は一番最後で良いか? ほら、一人だけ男だし」

 あんまり理由になってないと自分でも思うが、女男女女よりかは、女女女男の方が何となく良いのでは無いかと愚考。
 前提として行き成り見知らぬ男に自己紹介されたら、それだけで色々アレだよな。
 いや、その前になのはが入るから行き成りではないか。

「それもそっか…じゃあ、アリサちゃんか私の後に雄介君で良い?」
「俺は問題なしだ、後は二人で順番を決めてくれたら良いぞ」
「んー、じゃあどうするすずか?」
「私は、アリサちゃんが先で良いよ?」

 二人で、フェイトへと送るビデオレターに出る順番を考えているのを横目に、今更ながらどういう自己紹介をしようかと考える俺。
 いや、言い訳させてもらえるなら、どうにもこうにも実感が湧かず考え付かなかったんだ。
 だって見たことも会った事も無い、ただなのはの話を聞いただけの…あれ?

 しばし、思考を中断して記憶を掘り返す。
 掘り返すのは、フェイトと言う子に関しての記憶なんだが。
 これが、全く思い出せないのだ。

 いや、思い出せないとかの前に、詳しく聞いた覚えが無いような…?
 うん、無いな。
 そういえばこの間なのはから聞いたのは、名前とどうして友達になりたいかの理由だけだった筈。
 
 …一応、確認を取るか。

「なぁ、アリサ、すずか?」
「ん? 何よ雄介?」
「どうかしたの?」
「いや、フェイトの事、二人はどのくらい知ってるのかって思ったんだが…どうだ?」

 こちらに振り返った二人にそういうと、アリサはあからさまに何言ってるの?と言う顔。
 すずかも似た表情だったが、しばらくすると二人とも表情が疑問でいっぱいになる。
 まず間違いなく、俺と同じ結論に達したか。

「その顔見たら大体分かったけど…やっぱり詳しくは聞いてないんだな?」
「えっと…聞いて、ないわねそういえば」
「うん…」

 何でこんな事に気が付かなかったんだろうって顔を、三人揃ってしてしまう。
 なんかもう、普通に俺たちも友達のつもりで準備してたけど、まだ会ったこと無いって言うか、顔も声すらも知らないんだよな。
 フェイト個人について知ってるのは、本当に名前だけである。

「…なぁ自己紹介って言っても、顔も何も知らない相手って難しくないか?」
「まぁ…それも、そうね」

 そんな事を、躊躇いもなく実行しようとしてたけどな俺たち。
 しかし一回気づいたら、どうにも無謀なことに思えて仕方ない。
 どうするか?

「ま、まぁでも、なのはちゃんに聞けば、大丈夫じゃないかな? …多分」
「多分って…まぁでも、それしか無いわよね。 ちょっと、なのはー?」
「ふぇ!? な、何アリサちゃん?」

 相談即決と言うか、すずかの提案にすぐになのはを呼ぶアリサ。
 そして、きっと間違いなくデジカメ弄りに夢中になってた所為だろう、肩を震わせてこっちを振り向くなのは。
 何時の間にか、横に取説開いて準備万端状態だ。

「どうかしたの、アリサちゃん?」
「んー、どうかしたって言うか…逆にどうしようも無かったのよね、知らなすぎて?」
「?」

 なのはの問い掛けにそう返すアリサだが、もちろんそんな言い方で解る訳も無く首を傾げてしまう。
 って、そこで何で俺を見るんだアリサ?
 別に俺が説明しなくても、ってなのはもこっち見てる!?

 え、何? 俺が説明するの?
 いや、確かに最初に気が付いたの俺だけど!
 そうだ、すずか…って、視線も合わせてくれないのか!
 ええい、もう…

「あーそのだな、なのは?」
「うん、どうしたの?」

 ここは正直に、ってか正直に言う以外に言い方なんて無いわけだが。
 小さく、深呼吸して。

「あのだな? フェイトって、一体どんな子なんだ?」
「え?」

+++

 もちろん、そんな言い方ですぐなのはが解るわけも無く、細かいところも説明したのだけれども。
 まぁ、そう複雑なことでも無いので、簡単にフェイトの事を知らないから、自己紹介のために色々教えて欲しいと言っただけなわけだが。
 だが…うん、まぁちょっと予想外だったのが、なのはもそこまで良くはフェイトの事を知らなかったことだ。

 俺たちみたいに何にも知らないわけじゃないけれど、知っていることは少なく大抵はどんな子に見えたかの印象のみ。
 写真も無いので、俺たちにはどうにもピンと来なかったのだけれど。
 そんなこんなで、取りあえずはどんな子かの解りやすい印象をなのはに聞いたところ。

「えっと…………綺麗な、子だよ?」

 長い間の後で、そう言ったなのはの口をアリサが抓っていたが、目が合った俺は見ないフリして止めなかった。
 なのはがアリサにそんなんじゃ解るわけ無いでしょと怒られている間に、すずかと相談して外見だけでも聞いておくことに。
 微妙に泣きそうな目でこっちを見ていたなのはにドキッとしつつ、フェイトの姿かたちだけでも想像できるようになのはに説明を頼んで。

「うぅ、酷いよ雄介くん…えーっと、フェイトちゃんは私よりも背が高くて、それと綺麗な金色の髪の毛を、こう、二つに縛ってるんだけど…」

 なのはの身振り手振りから、どうにかフェイトの姿かたちを想像しようとするが…難しい。
 取り合えずなのはよりは背が高く…なのはの示した手の位置を見る限り、この中で一番背の高い俺と同じくらいか?
 それで、金髪を頭の左右に縛っているようだ。

 自業自得だが酷いと言われて地味に大ダメージを受けている俺を放置して、次はすずかがなのはに質問していく。
 その後も大体そんな感じで色々聞いて、何となく…本当に何となくフェイトの姿かたちが掴めた所で、ようやくビデオレターの撮影開始。
 ちなみに、週末だけど全員制服姿だったり。

 いや、なのはの頼みだったんだけど。
 この格好でアリサの家まで来るのは、休みの日なので少々恥ずかしかった…アリサの家で、場所借りて着替えれば良かったと思ったのは後の祭り。
 帰りもこの制服姿で帰らなければいけないので、今からもうテンション下がり気味だけど、どうにかビデオレターの間は普通に保たないとな。

「親愛なる私の友達、フェイトちゃんへ」

 笑顔でビデオカメラに向かい言うなのはを、カメラに映らない位置から見つつちょっと考える。
 いや、失礼な考えだけど、まだ出会って間もない筈のフェイト。
 そんな子がこう…なのはに親愛と言われているのを見て、もしコレが俺相手だったらなのはは何て言ってくれるのかなぁなんて、益体も無い事を考えているんだけど。

 そういえば、フェイトなんて名前だが日本語OKらしい。
 うん、考えてみればなのはと友達に慣れたんだから、それもそうだよな。
 なのは、あんまり英語得意じゃないし。

「ねぇ、雄介?」
「…んぁ? 何だアリサ」

 俺と同じように、ちょっと離れた位置でカメラに映らないようにしているアリサが、声を潜めつつ話しかけてきた。
 同じように声を潜め、よく聞こえるように耳を傾ける。
 ちなみに、すずかは現在ビデオ係りで開始と停止を押していたりする。

「さっきふと思ったんだけど、なのはがフェイトの写真を持ってないなら、多分フェイトも持ってないわよね?」
「…それは、確かにな。 写真取るのか、集合写真を?」
「察しが良いわね、せっかく今日制服で集まってるから、ちょうど良いでしょう?」

 察しが良いというか、多分思考回路が似てるだけだぞ俺たち。
 お前に言われて、ふと思い浮かんだこと言っただけだし。
 でもまぁ、それは良いアイディアだな。

「じゃあ、今日は私の友達を紹介するね? …アリサちゃーん?」
「呼ばれてるぞ、アリサ」
「そうね、じゃあ今のすずかにも言っといて」
「了解」

 ビデオに向かって話していたなのはがこっちを向くのに合わせて、ちゃっちゃと決める。
 ちなみに順番は最初になのは、アリサ、すずか、俺の順番だ。
 だからこそ、アリサは何にもしてなかったんだけど。
 
 俺? 俺は…うん、やることないからカメラ映らない位置に居ただけだけど。
 いや、カメラ係りをやろうとも思ったけど、すずかが先に居たし?
 またそういう益体も無い事を考えながら、すずかの方へと移動。

「こんにちは…かしら? 始めまして、アリサ・バニングスよ…」
「…すずか、ちょっと耳貸せ」
「?」

 近くのカメラのマイクに拾われないように、限界まで声を抑えてすずかに呼びかけた。
 首を傾げつつだが、素直に耳を差し出してくれたので、小さな声で話しかける。

「あのな、アリサが、後で皆の集合写真を撮ろうだってよ」

 言って、今度は俺がすずかに耳を差し出す。
 横目にすずかが頷くのを見つつ

「それは、フェイトちゃん用?」
(うわ…これって結構くすぐったいな…)

 耳に吐息が掛かって、無性にくすぐったい。
 油断すると体が我慢しきれずに震えそうだが、どうにか堪えてもう一度すずかに声を掛ける。

「アリサは、そのつもりだ」

 そうとだけ言い、今度はすずかが頷いたのを見て意思疎通は完了。
 ふと、カメラの向こうに視線を向けるとちょうどアリサの自己紹介の真っ最中。
 あ、そういえばまだ俺軽くしか考えて無い。

「それじゃあ、私からはこれくらい…今度からよろしくね、フェイト? …なのは、もう良いわよ?」
「うん、じゃあフェイトちゃん、また次のお友達を紹介するね? えっと、すずかちゃん?」

 そうなのはが言って、すずかがその言葉に頷いた。
 こっちをチラリと見たので、行って来いと言う代わりにその肩を軽く叩いておく。
 すずかと入れ替わるように、アリサがさっきまで居た位置では無く何でか俺のほうに歩いてきた。

「始めまして、フェイトちゃん。 私は、月村すずかって言います…」
「…すずかには、ちゃんと言った?」
「あぁ…ってか、耳を引っ張るな痛いから!」

 すずかが自己紹介を始めると同時に、無理やり人の耳を引っ張り話しかけてくるアリサ。
 小声で叫び返すと、満足したように人の耳を離したが…まず引っ張るなと言いたい。
 言ったけどさ。

「つーか、カメラはあるのか…ってビデオカメラで撮れるか、多分」
「今時のだし、大丈夫でしょ?」
「…今時と言うか、最新のだろアレ」
「あら、解った?」

 解らないでか、思いっきり出したばかりっぽいし。
 ってか、録画中じゃなくても良いなこのやり取り。
 すずかの次は俺の番なので、アリサにビデオ係りを押し付けてもう一度フェイトへの自己紹介を頭の中で反芻する。
 …うん、特に問題は無いはず!

「それじゃあフェイトちゃん、もし会うことがあったら、またその時はたくさんお話しようね? …なのはちゃん?」
「あ、うん…それじゃあフェイトちゃん、次も私のお友達何だけど…えっと、取り合えず呼ぶね? 雄介くーん?」

 …何で言いよどんだのか、非常に気になるが気にしない。
 いや、うん俺が異性の友達だからちょっと言い淀んだに違いない…と思いたいけど、なのははその辺に気にしないタイプだから違う気もする。
 うわ…これ以上考えると、何か嫌なところにはまりこみそうだ。

 そんな事を考えながら、ビデオカメラの正面…なのはの隣に立つ。
 一度なのはと視線を合わせて、なのはがコクリと頷いてくれたのを確認してから、ビデオへ話しかける。
 …あー、何か緊張するなコレ。

「始めまして、驚いてるかも知れないけれど、俺もなのはの友達で、名前は佐倉雄介…そっち風に言うと雄介・佐倉になると思う…」

 そんな感じで始めた俺の自己紹介、きっと撮り直しは無いので一発勝負。
 いや、きっとアリサが面白がって撮り直しはさせてくれないだろうし。
 まぁ、それだったらミスしなければそれで良しだ。

+++

 そうして進むビデオレター撮影、俺の自己紹介が終わったら、今度は全員で映りつつ主になのはが話しかける形で進み、撮影は終了した。
 その後でなのはにもフェイトに送る用の写真を撮影すると伝え、快諾のあとまた全員で写真に写る。
 並び的には、初めて送る写真なので遠慮しようとした俺を無理やりアリサが真ん中に押しやり、カメラから見て左からアリサ、俺、なのは、すずかと言う順番に収まった。

 そうして出来上がった写真と、ビデオレターをなのはに任せてフェイトへと発送。
 発送してから大体二週間ばかり、こっちに届いたのは六月も下旬に入ってからだった。

 ちなみにその間にも、学校では色々あった。
 テストがあったり、学校でのプール開きがあったりとか。
 プールはまったく泳げないだろうと勝手に思っていたなのはが、25メートルは泳げていたので失礼ながらかなり驚いた。

 あぁでも、それよりも一番あれだったのは…俺の誕生日に合わせて、父さんが帰ってきたことがこの上なく、アレだった。
 いや、帰ってくるのは別に良いんだけど…どこで何を聞いたのかは聞けなかったが、翠屋に突撃していったのだ。
 理由は不明…でも無い。 だってなんか士郎さんと仲良くなってたし、なのはに「おぉ君か!」何て言ってたし。
 父さんを本気でボコボコにしたいと思ったのは、アレが初めてだったよ。

 なのははビックリして目をパチクリさせてたし、お店に居た美由希さんは俺を見つけて小突いてくるし。
 父さんが離れた隙になのはには平謝りしたけど、その一連のやり取りを偶然お店に居たアリサとすずかに見られたのも…もう本気で父さんへの加虐心を煽ったね。
 アリサは解りやすくニヤニヤ、すずかも笑ってたし…取り合えず自主的に、口止め料としてその時の料金は奢っておいた。

 ともあれ、そんな事もあった六月の終わり。
 フェイトから届いたビデオレターを、バニングス邸で見ようとまた俺たちは週末に集まっていた。
 今度は制服姿では無く、私服姿での集まりだったけどな。

+++

「じゃあ、ディスクセットするぞ?」
「うん、お願い雄介くん」

 一応声を掛けて、なのはが頷いてからフェイトからのビデオレターを再生機器にセットする。
 きちんと作動するのをチェックしてから、皆が腰掛けているソファへと戻ってなのはの隣へと座った。
 …言っておくが、俺が選んで座ったんじゃないぞ?
 空いてるのが、そこしか無かったんだ…元々四人がけのソファだし!

 そんな誰に言ってるのか定かで無い言い訳をして、しばらく待っているとようやくフェイトからのビデオレターが再生された。
 金髪の、髪を左右で分けた女の子が一人。
 少しの間下を向いてはいたが、すぐに前を向いてこちらに向かって言葉を掛けてくる。

『えと、久しぶりなのは。 …それと、始めましてアリサ、すずか、ユースケ。 私が、フェイト・テスタロッサです』

 そんな出だしの自己紹介をする女の子…フェイトは確かに、前になのはの言ったとおりの印象の女の子だ。
 いわゆる、綺麗な女の子。
 俺の周りには、居ないタイプだなぁ。

 …いや、悪い意味じゃないぞ?
 だってあれだ、なのはは可愛いタイプだし、例えばアリサは元気なタイプ。
 そしてすずかは、一応しとやかなタイプ…って、何だ。
 個人の性格を知ってるから、居ないだけか綺麗っていうタイプ。

 見た目だけなら…忍さんとか?
 あぁ、ノエルさんとかそうかも知れないな。
 桃子さんとかも、そっちに入るのか?

 と言うか、実はさっきから気になっていたんだけど、フェイトが俺を呼ぶ時の名前のアクセントが、微妙に違う気がする。
 俺の名前は雄介であって、ユースケじゃないんだが…まぁ、細かい指摘だから、訂正はいつか会ったときで良いか?
 フェイトの自己紹介を聞きながら、そんな事を考えていると。

(…? フェイトの奴、たまに何処を向いてるんだ?)

 ふと、色々話しているフェイトの視線が、時々カメラから外れているのに気が付いた。
 チラチラと、何やら横の方を見ている様子。
 その頻度が段々と増えて、アリサもすずかもなのはも全員が気づいて、ちょっと怪訝そうにビデオを見ていると。

『…ちょ、ちょっとゴメンね。 すぐに戻るから…』

 そうこちらに謝りながら、フレームアウトするフェイト。
 思わずこちらで俺たちが顔を見合わせていると、微妙に会話が入っている。

『ク、クロノ…! 前は出てくれるって、約束したのに…!』
『…や、だか……』

 聞こえてくる声は二つ、片方はフェイトの声だけどもう一つは良く聞こえない。
 いや、フェイトがクロノなんて呼びかけてるから、フェイトの友達か誰かだろうか?
 うーん、なのはに友達を紹介されたから、フェイトも紹介しかえすつもりなのかな?

 しばし、似たようなやり取りが小さな音量で聞こえて、やがてフェイトが画面に戻ってくる。
 その隣には、新しい人影。
 あれは…男?

 ふむ…フェイトの、兄弟か誰かなのか?
 身長も同じくらいだし…年もそう違わないだろうな。
 そう考えていると、フェイトがこちらに向き直って、隣のクロノと思われる人の紹介をしてくれる。

『えっと、なのはは久しぶりだよね? じゃあアリサ達に…』
『いや、自分で言うからそれ以上は良いぞフェイト。 始めまして、アリサ、すずか、ユースケ、クロノ・ハラオウンだ』

 何だか、ビッミョーに偉そうに感じるのは気のせいだろうか?
 むぅ、背はフェイトと同じか少し低そうに見えるし、俺と同い年だろうに…多分。
 とそこでクロノは言葉を切り、何だか親しげな笑顔を浮かべて。

『それと…久しぶりだな、なのは』
「うん、久しぶりだねクロノくん」

 思わずと言った感じで呟かれた、なのはの言葉を聞いて俺の意識が一瞬飛んだ。
 クロノと名乗ったアイツのなのはへの親しげな呼び方とか、そのなのはのクロノとやらへの親しげな返事。
 どうにか意識を復帰しつつ、気づかれないように隣のなのはへと視線を向けて

『しばらく会ってないが、きっと元気なんだろうな』
「うーん、クロノくん、変わってないなぁ」

 なのはの顔に浮かぶ、ちょっと嬉しげな笑顔に後頭部を思いっきり金槌で叩かれた気がした。
 何もされてないはずなのに、ちょっと本気で視界がクラクラする。
 待て、待つんだ俺…クールになれ。

 ちょっと、現状を把握しようか…クロノと名乗るアイツが、なのはを何だか親しげに名前で呼び捨てにしていて。
 なのはも、何だか親しげに同い年くらいであろうクロノと言う輩に笑顔を向けている。
 ……俺ですら、友達になってから数ヶ月しないと名前で呼べなかったのに!?
 友達以前の関係から数えたら、年単位だぞ俺!?
 クロノとやらは、間違いなくフェイトを同じくらいの時期だろうから…一ヶ月くらいでなのはを呼び捨て!?

 い、いやいやいやクールになれよ俺…クールに、クールに…なれるかっ!
 な、馴れ馴れしいんじゃなかろうか!?
 うちのクラスメイトですら高町って呼んでるのに…いきなり名前で呼び捨てだと…!?
 画面の中の、クロノなる輩に目を向ける。

「あ、あの…雄介君? お、落ち着いてね?」
「…なんだすずか? おれはおちついてるぞ?」
「ぜ、全然落ち着いて無いよ…!」

 隣のすずかが声を掛けてきたので、視線は画面のクロノに向けたまま答えたらそんな風に言われた。
 ははは、落ち着いているじゃないか…ちゃんとソファに座っているぞ?
 立ち上がったりしてないんだから、問題ない。
 うん、何の問題もありはしない…!!

『君の事だ、今でも無茶とかしているんじゃないだろうな?』
「むぅ…そんな事してないのに…ね、アリサちゃん?」
「え、あ、うん、そ、そうね!? ね、ねぇなのは!? 一体アレは誰か、紹介してくれる!?」

 何でかアリサがとても慌てているようなので、そっちを向くとなのはの背中越しにばっちり視線があった。
 何故か視線が合った瞬間、ビクリと震えたようなのでニコリと笑顔を向けてやると、かなりの勢いでアリサの口元が引きつった。
 いったい、どうしたんだアリサ?

「あれ、どうしたのアリサちゃん?」
「え、な、何でもないわよ!? うん、何でもないから!?」

 慌てながらだが、何でも無いと言うんだから信じるか。
 今はそれよりも、クロノなる輩の情報収集を…!
 もう一度画面に視線を向け直したら、隣のすずかが小さな声で

「…目つきが、普通じゃなくなってるよ雄介君…」

 そう言われたので、自分の目元に触れてみるが良く解らない。
 うん、きっとすずかの気のせいだろう。
 それよりも、隣のなのはがクロノなる輩について何か言おうとしてるから、それを聞き逃さないように…!

「うーんクロノくんは…お世話になった人?かなぁ、やっぱり」

 …ほう、ほうほうほうほうほう…ほほう…っ!
 首を傾げながらも、そう言い切ったなのは。
 ふ、ふははははははは…そうか、つまりアレか…

 クロノっ…テメーは俺の敵だ…っ!

+++後書き
 久方ぶりの本編更新…!! ストーリー部分が完全オリジナルになると、話の構成が難しい…! しかも、何時もより短いです多分。
 今回は、フェイトの話というよりかはクロノの話ですねこれww ラストで全てをかっさらって行きましたww
 えぇ、多分誰もがこの位置はユーノだと思っていたでしょうが、クロノですww
 だって、先に会いそうなのクロノですからww 雄介が敵宣言してますが、害は無いですww 大丈夫、うん大丈夫ですともww

 今回、最新投稿分が一番下では無いですが、これは止めて欲しいとかありますか? いえ、今回一番下にしなかったのは、途中に色々入るので続けて読むときに読みづらいかなと思ったので。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十七話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/07/04 22:03
 個人的に大事件だった、あのフェイトからのビデオレターの後、取りあえずなのはからそれとなーく、クロノなる輩について聞き出すことにした。
 何故かアリサとすずかが大いに協力してくれたので、割と容易く知ることが出来たのはとても良かった。

 とりあえず結論から言ってしまえば、なのはは別にクロノなる輩のことは、何とも思っていないようだった。
 クロノには文字通りの意味でお世話になったらしく、またお礼言いたいなぁなどと、特に何でも無いように言ってたし。
 …だからと言って、その逆もそうだとは言えないので俺としては警戒せざるを得ない。
 取りあえず、いつか会う機会があったらちょっと後ろから、とか考えてないぞ、うん?

 と言うかアレだ、クロノとやらは背丈的に同年代に見えたけれど、俺たちよりも四つか五つは年上らしい。
 うんまぁなら、ロリコンじゃなければ大丈夫だよな?
 …ロリコンなら当然だが、もし本気でなのはが好きな場合でも、全力を持って撃滅させてもらうが。

 そういえば何でかクロノの情報を引き出す際にアリサたちがとても良く協力してくれたので、後日それぞれに好きな翠屋のデザートを一品ずつ奢っておいた。
 その際にアリサが『なんか、共犯者の気分よね…』と呟いていたので、まさしくその通りだろと返したら、テーブルの下で蹴りを貰ってしまったが。
 あと、すずかにも無言で叩かれたけど。

 ともかくとして、個人的に大きな出来事のあった六月の最後は、皮肉にも仮想ライバルの情報収集なんて、こう味気ないことこの上ない出来事で埋められてしまい。
 季節は七月、学生諸君の魂の極楽である、夏休みへと入っていった。

+++

「あ」
「お」

 思わず、互いを見つけて言った言葉は、そんな間の抜けたものだった。
 今日は夏休みに入ってすこしした、とある平日。
 俺と間抜けな邂逅を果たした相手、アリサはすぐに持ち直すと俺のほうへと近寄ってきて。

「…何で、アンタがここに居るのよ?」
「…あー、別に居てもおかしくないだろ? 同じ海鳴市内なんだし?」
「それでも、あんたがこういうショッピングモールに来るのは、もの凄い違和感があるわ…」

 しみじみと言いやがるアリサだが、それに反論できない俺が居るのも事実。
 確かに、ショッピングモールなんて一人で来たのは今回が初めてだけど。
 普段来るときは、母さんの買い物に付いてくるだけだし。
 俺個人の買い物は、こんなとこに来なくても余裕で済むしな。

「別に良いだろ、時には来たくなることもあるんだよ」
「まぁ、それはあるかも知れないけど…今回に限っては、嘘よね?」

 …どうして解った?

「だってアンタ、人ごみ嫌いでしょ? なのに、昨日オープンしたばかりのここに、用も無く来るわけないじゃない」

 そう言われると、まぁ確かにそうなんだけど。
 まぁ確かに今回は、一応の目的をもってここに来たけどな。
 しかしまさか、こうも簡単に看破されてしまうとは思っていなかった。

「…あぁ、アンタもしかして」
「…何だ、その顔は」

 思わず黙り込んでいたら、アリサが何かを察したようにニヤつき始めた。
 勤めて平静に返したはずだが、もしかして本気でバレたか!?
 いや、まさか…そこまで簡単には、バレないだろう…なぁ?

「どーせ、なのはでも誘ってくるための、下見にでも来たんでしょ今日は?」
「…ははは、まさかそんな」

 なぜ解る、どうして解ったんだ貴様!?
 そこまで顔に出てるのか俺、いや流石にそこまではいかないと信じたいけれど!
 そんな感じに内心で叫んでいたら、

「アンタ、この間のフェイトのビデオレターから、解りやすいのよね」
「…ハハハ、マサカソンナ」
「…ほんとに解りやすいわねアンタ」

 うるさいこんちくしょう、大体お前ら勘が良すぎるんだよ。
 すずかなんて、人の心を読めるとしか思えないときが多いし。
 って、おいこら…その解りやすいニヤニヤ顔は止めやがれっ!

「…あぁそーだ、悪いかこんちくしょう!」
「はいはい、怒らない怒らない…半分、冗談だったんだけどね」

 カマかけたのかよ!
 それに引っかかる俺も俺だけどさ!

「って言うか、本当にアンタこの間から分かりやすい行動多いわよね? どうしたのよ?」
「…諸所諸々で思うところがあったんだよ、色々な」
「ふぅん…」

 俺の答えに、疑わしそうにアリサが視線を向けてくるが、こればっかりは言う気が無い。
 って言うか、これを言ったらもの凄く怒られると思う。
 なんせ、ぶっちゃけて言えば今まで俺、ちょっと手抜きしてたのを止めただけのようなものだし。

 細かい事を言えば、俺は今までも勿論、ある程度のアプローチはなのはに掛けてきた。
 だけどそれは、決してなのはに嫌われることが無いように、安全圏をキッチリ見定めてからのアプローチだったのだ。
 いや、別にそれは普通だとは思うけれど、それでも絶対になのはに嫌われることが無いように、そんな事を考えてアプローチしてたわけだけど。
 まぁ、そんなアプローチでも他になのはを好きな奴が居ないから、大丈夫だと思っていたんだが。

 そう、今までそんなアプローチしかしなかった理由。
 そしてアリサも言っていたように、この間から急に態度を変えた理由。
 つまり俺は、なのはを好きかも知れない奴が出てきて、無様にも慌てているのだ。
 自覚があるだけに、色々と救えないものがあるが。

 今まではなのはを好きな奴が居なかったから、少しずつでも十分だと思っていた。
 だがしかし、なのははそうと思っていなくても、俺と同じようになのはを好き…かも知れない奴が居ると知ってしまった以上は、そんな悠長にやっているわけにもいかない。
 何とかして、少しでも…アレな言い方だが、なのはの気を惹きたい。
 だから、最近はちょっと前以上に、色々と行動しているわけだが。

「と言うか、そういうお前はここで俺相手に油を売ってても良いのか?」
「ん? 別に、用事があるわけじゃないし」

 さっき言われたからではないが、何で用事もなしにこんな所に居るんだ?
 アリサだって、俺ほどではないが人ごみは好きではなかった筈だけど。

「今日はすずかと一緒に来るつもりだったんだけど、すずかが急に用事が入っちゃったのよね」
「ふぅん、つまりはそれで一人寂しく見て回っていると?」
「…その通りだけど、言い方が気に食わないわねソレは」

 俺のあからさまな言い方に、思いっきり口の端が引きつるアリサ。
 ふははは、たやすく行動を看破されてしまった仕返しだ。
 内心、そんな風に勝ち誇っていたら

「まっ、ここでちょうど良い暇つぶしが見つかったから良いけど」
「…」

 ん?と思いながら、嫌な予感とともにアリサを見れば、そこには何でか良い笑顔。
 反射的に、しゅたっと片手を挙げて立ち去ろうとしたら

「まぁ待ちなさいって、どうせアンタ暇でしょ?」
「…一部反論したいが、取りあえず人の襟は離せ」

 人の襟を掴むなとか、教わらなかったのかお前は。
 わりとアッサリ離してくれたので、襟を正しながら

「あのな? 一応暇ではないんだぞ俺は?」
「なのはを誘う下見でしょ? それだったら、誰か女の子居た方が良いんじゃないの?」
「…むぅ」

 そう言われると、確かに。
 俺一人では、女の子の喜びそうな所なんて分からない。
 なのはの好きなものから考えたら…電気屋?
 いやいや、有り得ないから俺…何を考えてるんだ。

「ちなみに、アンタはここで何見ようと思ってたのよ? 無計画に来た訳じゃないんでしょう?」
「…いや、取りあえず見に来ようと思っただけだったんだが」

 素直にそう言ったら、呆れた顔をされた。
 いやだって…と、取りあえずなのはを誘える所を押さえておこうと思っただけだし。

「まぁ、アンタだからそうじゃないかと少しは思ったけど…その通りだとは、さすがに思わなかったわ」
「…面目ない」

 反論が思い浮かばず、素直に謝った。
 うん、これは確かにアリサに色々手伝ってもらったほうが良いかも知れない。
 となれば、さっきまでの事は無視してさっさと頼もう。

「良しアリサ、悪いけど付いてきてもらうぞ。 後で何か軽く奢ってやるから」
「別にそれは、普段から勝手に奢られてるから要らないんだけど…アンタ、プライドとか無いの?」
「無い、そんなのは当の昔にゴミ箱に丸めてポイだ」

 ありのままの本音をそう言ったら、さっきまでよりもさらに呆れた顔をされた。
 しかもため息まで吐いてるし、何か文句でもあるのかこの野郎。
 プライドなんて邪魔になりそうなもの、持ってるわけが無いだろうが。

「まぁ良いけど…あぁ、アンタに付き合うのも別に良いわよ?」
「ん、なら…取りあえず、ブラブラするか? 俺、何があるかも知らないし」
「私も、すずかとノンビリ見て回るつもりだったから、とくに何にも知らないわね」

 ならば、特に目的持たずに歩き回るのが一番か。
 まぁ、コイツとなら退屈する事もないだろうから問題ないが。

「じゃ、取りあえずアッチから行ってみるか?」
「そうね、アンタが決めて良いわよ」

 そんな感じで、同行者が出来たわけだが、一人でフラフラとショッピングモールを歩くのも嫌だったから、ちょうど良いと言えばちょうど良い。
 アリサなら色々となのはの事も相談できるし、一石二鳥と言えるな。
 うん、今日は運が良い。

+++

「ねぇ雄介、宿題はもう終わらせた?」
「あぁ、つい昨日だけどな」
「よし勝った、私はもらった週には終わらせてたわよ」
「…いや、勝負してないだろ?」

 勝ちは勝ちって、それは勝負してると言う前提があっての事だろうが。

「そういえば、この間またすずかと図書館で遭遇したのよね?」
「ん…読書感想文用の本を借りに行ったときに、そういえば会ったな」
「あれ? アンタあんなに家にたくさんあるのに、それでも借りるの?」
「家にあるのは逆に、読み尽くしてて書きにくいんだよ…すずかも、俺と会ったときはちょうど借りに来たときみたいだったぞ?」

 すずかと良さそうな本を交換してみようかとの話にもなったが、それは普通に面白いだろうから読書感想文には使いたくないし。

「なのはとは、何か約束したの? わざわざこんな所まで下見に来てるんだし?」
「いや…ここでなのはを誘っても大丈夫だと判断してから、約束しようかなと思ってたから」
「別にそれが悪いとは言わないけど…なのはにも予定があるかも知れないから、先に聞いといたほうが良いんじゃない?」
「むぅ…」

 俺は完全にフリーと言っても過言じゃないが、確かになのはの方に用事があるかも知れないな。

「そういえば、この間ふとすずかから聞いたんだが、去年はお前の家の別荘に行ったんだって? 夏休みに」
「ん? そーいえばそうね、二泊くらいしたかしら…あ、そういえば今年は何も予定立ててないわね」
「へぇ…やっぱりそうだったのか、むぅ去年の今頃はそんなに親しくなかったしな」
「そうねぇ、今だったらアンタも誘うんだけど」
「…ん? 誘うのか俺を? 男だぞ、紛れも無く」
「んー…正直、アンタに関しては五月のなのはの家の旅行で、なんか耐性がついた気がしてるわね」
「耐性って…人を病原菌のように」
「誘われないよりマシじゃないの、アンタの場合は?」

 それは確かに…前は遠慮しようと思っていたが、今は参加できるならしたい…イヤらしい意味は無いぞ、くれぐれも言っておくが。

「へぇ、夏祭りなんてあるのか?」
「そうよ? 去年もなのは達と行ったし…知らなかったの、アンタ?」
「正直、祭りとかに殆ど興味が無かった」
「アンタね…無かったって、今はあるんだ?」
「うんまぁ、今興味が出来た」
「…つまり、今年も行くなら誘ってほしいわけね?」
「是非とも、お願いします」
「それでなのはを誘えば良いんじゃない? 行くと思うわよ?」
「む…それもそうか」

 夏祭り…八月だし、今から誘っておいたら、予定も入れやすいだろうか?

「あ、あれって可愛いと思わない? 雄介的に」
「…正直、よく分からん」
「…あのねぇ、なのはと出かけたとして、それで会話が成り立つと思ってるの?」
「いや…正直、危ないとは分かってるんだが」
「ダメ、失格、不合格。 そんなんじゃどうなっても知らないわよ? …はい、じゃあこっちは?」
「うーん…お前には、似合ってると思うが」
「あら、そう? んーじゃあコレは?」
「あー…」

 アリサと二人で、あーだこーだ言いながら。
 取り止めの無いことを話して、ノンビリとショッピングモールを回る俺だった。

+++

 結局、確か昼ごろにアリサと合流して夕方まで行動を共にしていた。
 いや、ウインドウショッピングも悪くないなぁ。
 今まではそうでも無かったけど、誰かと行くと楽しいもんだコレは。

「ほら、アリサ。 言ってたのが無かったから、適当にコーラ買って来たぞ」
「それ、適当じゃないでしょ」

 疲れたので、ベンチで休憩する俺たち。
 取りあえず、付き合ってもらった形にもなるので、自主的に缶ジュースを買うことにした。
 リクエストのが無かったので、偶に家に来たときとかに飲んでるコーラにしてしまったが。

「それにしても、いつの間にか夕方ね…」
「確かにな…こんなに長く見てたの、始めてかも知れん」

 買おうとしてるのならまだしも、買うわけでも無い物をここまで見たことは無かった。
 何だか心地良い疲れに、アリサの隣に座って思いっきり背もたれへと体重をかける。
 特に何も話はしないが、別にそれが全然気にならない。
 と、ちょうどそんな静かな時に

 ♪~~♪~~~♪

「あれ? …あ、すずかからね」

 そう言って、電話に出るアリサ。
 あまり気に留めず、今度はボンヤリと空を見上げる。
 それにしても、今日は疲れたけど楽しかったなぁ…なのはと出かけるときには、もちろんこれくらいの楽しさを目指さなければ。

「は、はぁ!? な、何言ってるのよ! そんな訳無いでしょう!?」

 思わぬ隣からの大声に、びっくりしてそっちを見る。
 とそこではアリサが、何でか顔を赤くしながら電話に向けて怒鳴っていた。
 電話の相手はすずかだろうし、一体何を怒って…あぁ、すずかにからかわれたのか、もしかして?
 何をからかわれたのかは、見当もつかないが。

「だからっ! 違うって言ってるでしょ! 何だったら、雄介に代わるわよ!?」
「うん?」

 急に出てきた名前にアリサを見れば、ちょうど同じタイミングで目の前に携帯が。
 反射的に受け取れば、そのまま電話に出るように身振りで示された。
 はて、すずかが俺に用事でもあるのか?

「もしもし?」
『あ、雄介君。 今日は、アリサちゃんとデートしてたんだよね?』

 …ん? 咄嗟にすずかが何を言ってるのか、理解できなかった。
 いや確かに男女で出掛ければそういう発想が出てもおかしくないが…俺とアリサに限って、そういうのは無いな。
 うん、アリサは性別関係なく、親友だし。

「一応、その妄言に訂正入れるけど、偶然会っただけだぞ」
『えー、でもオープンしたばかりの所に行ったんでしょう?』
「それはそうだが、まずアリサがココに居たのは、すずかと約束してたからだろ」

 俺関係ないし、そもそも会った瞬間は互いにもの凄く間抜けな顔してたと思う。
 って言うか電話越しの声に、そこはかとなく面白がってるのが丸分かり何だが?

『でも、私が約束してたのお昼ごろだし、それからずっと一緒だったんでしょ?』
「まぁ…諸所諸々の事情で、半日付き合ってもらってたけど」
『ほら、それだったらもうデートって言っても、おかしくないよ?』

 …何だか、訂正するのが面倒くさくなってきた。
 事情を話すのも面倒だし、別にアリサとそうなる訳でもないし。

「あーまぁもう、それで良いや」
『うん♪』
「ちょ!?」

 すずかの声以外に、聞き耳を立てていたのか慌てたようなアリサの声。
 別に良いだろ、本当にそういうわけじゃないんだし。
 そんなに慌てたって、すずかを喜ばせるだけだと思うんだが。

「で、まぁそれだけか? 言いたかったのは?」
『え? あ、ううんもう一つあるんだけど…なのはちゃん誘うなら、そこみたいな所じゃなくて、もっと静かそうな所が良いと思うよ?』
「あー…」

 …なぜバレている?
 横にいるアリサに、視線でバラしたかと尋ねるが、思いっきり首を横に振られた。

『あ、ちなみにアリサちゃんはバラしてないよ? 単なる推測だけど、当たってたね』
「…」

 勘の良すぎる友達を持って、俺は今すこしばかり脅威に感じてます。
 あれだよ、その内すずかは千里眼とか呼ばれないか?
 俺の好きな小説だけど、あの技術を本気でマスターできそうだ。

 その後も、しばしすずかに俺とアリサが翻弄され、電話が終わったときには、なんか電話の前まで感じていなかった疲労が体に溜まっていた。
 ついでに言うと、少し腹も減ったなぁ。
 ふと辺りを見渡すと、ちょうど出店が二つほど。

「あーアリサ、たこ焼きとクレープはどっちが良い?」
「え? あー、クレープ?」

 クレープか、良し。
 財布の中身も、さっきジュース買ったときに確認したし。
 お礼がジュースだけって言うのも、味気ないし…なにより小腹が空いたし。
 ベンチから立ち上がり、後ろを見ずにアリサに声をかける。

「ちなみに、ついて来ないと中身のトッピングは完全に俺の好みで決定する」
「ちょっ! 待ちなさい、私も行くから!」

 ちっ、思ったよりも反応が早いな。
 せっかく面白トッピングでも考えようと思ったのに。

「な、何走ってるのよバカ雄介!」
「はてさて何のことやら、とっとと来ないと凄まじいのが出来上がるぞ?」
「こ、この…っ!」

 全力ダッシュでクレープ屋まで走る俺たち、何やってるんだろうと思わなくも無いが、ここは考えたら負けだろう。
 結局は追いつかれた瞬間に、思いっきり背中を叩かれ、思わずふらついた瞬間をアリサに捕獲されてしまったが。

+++後書き
 どうにもこうにも、文章量が減少中。
 どうも、オリジナルな部分は難しいです…無印時代は、隙間を埋める様に書けばよかっただけですし。

 取りあえず、宣言どおり作中一月につき一話構成で進めてます。
 それぞれの月の主役を決めることで、どうにかといった所。
 ちなみに六月=フェイト 七月=アリサ 八月=なのは 九月=すずか 十月・十一月=??? 十二月=A's編の予定です。
 ちなみに、???は未定ではなく、内緒なのでご容赦くださいww
 
 八月編終わったら、また外伝でも気の向くままに書こうかなぁ…

 ※指摘により、誤字を修正しました。
  『言った』→『行った』
  『着いて来ない』→『ついて来ない』



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十八話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/07/14 23:33
「母さん、ちょっと欲しい物があるんだけど…」
「あら、そうなの。 珍しいのね、ゆうが欲しいものなんて」

 母さんの言うとおりだが、確かに親に何かをねだるのは久しぶりだ。
 欲しい物の多くは本だし、そっちはお小遣いで賄ってるしな。
 
「それで、何が欲しいの? 買ってあげるとはまだ言わないけど、聞くだけは聞いてあげる」
「…いつも思うんだけど、家って他の同年代の家とはかなり違う気がしてならないんだけど? 主に俺の扱いとか」
「あら? ゆうに合わせてるだけだから、ゆうは変だとは思わないでしょう?」

 ついこの間に9才になったばかりの、小学生の息子に対する態度じゃない気がするよ…俺は気にしないけどさ。

「…まぁ良いや、それでさ母さん。 欲しい物って言うのは…」

+++

 夏休みも八月に入り、なのはを誘う予定の夏祭り当日。
 賑やかな祭囃子が、少し離れたところから聞こえる。
 ちょうど夕方と夜の間…いわゆる、逢う魔が時とでも言う時間。
 俺は一人で、待ち合わせの場所へと歩を進めていた。

 母さんに頼み込んで買ってもらった浴衣の袖を揺らしつつ、慌てることなくノンビリと歩く。
 周囲には、俺と同じ方向に走っていくような人も居るけれど、俺は待ち合わせの相手が居るし、それにわざわざ買ってもらった浴衣が汚れるのは避けたいところだ。
 最終的に汚れるのは仕方ないけれど、せめて…うん、まぁなのはに見せるまでは汚さずに居たい。

 そんな事を考えつつ、浴衣に仕込んだ財布や携帯をもう一度確認。
 うん、忘れ物は無いし、お金も十分にある。
 ついでに、浴衣のほうも確認しどこか変になっていないかを見る。
 足元はさすがに普通のサンダルだけど、取りあえず浴衣のほうも問題は無しと…

(にしても、浴衣って着慣れてないと凄い違和感があるな…)

 買うときに合わせてから、今日始めて着ると言うのもあるのだろうけど、何だか違和感が凄い。
 今後着ることはもう無いにしても、今日残りをこの違和感と共に過ごさなきゃいけないのか。
 まぁ、なのはが浴衣着るって聞いたから、じゃあ俺もと思った俺が阿呆なんだけど。

 と言うか、漫画とかだと男女逆じゃないかこの思考?
 浴衣姿を見せたいとか、そういう事を考えるのは大抵女の子の方だろうに。
 …なのはは偶にヒーローっぽい事もあるけど、女の子だと言うのは間違いない訳だしな。

 そんな下らないことを延々と考えていたら、何時の間にか待ち合わせの場所のすぐ近くまで来ていた。
 お祭りの会場からそこそこ近い所為か、けっこう人がたくさん居る。
 待ち合わせは、この辺りとしか決めてないから…見つけられるかどうか。
 と、

「雄介くーん、こっちだよー!」

 俺が見つける前に、そう呼びかけてくる声。
 実は人が多い所為でどこから聞こえたか定かではないが、何となくこっちだと思う方向に顔を向けると…居た。
 間を人が通る所為で、よくは見えないが間違いなくなのはだ。

 良く見えないのに間違いないとか、自分でも矛盾してると思うけどそうだと思ったんだから仕方ない。
 ともあれ今度は、声の聞こえた方向へと足を進める。
 そうして人ごみを抜けた先には、待ち合わせの相手である高町なのはが、浴衣姿で待ってくれていたのだ。

「雄介くん、こんばんわ。 雄介くんも、浴衣なんだね?」
「あぁ、こんばんわなのは。 まぁ、着るのは今回が初めてなんだけど…なのはは、浴衣が、その、良く似合ってるな?」
「え? えと…そ、そうかな? 雄介くんも、似合ってるよ?」

 俺の言葉に、どことなく嬉しそうにしてくれるなのは。
 でも、今日のなのはは本当に可愛いと思うんだ。
 うん、今回は本当に贔屓目無しで、そう思う。

 薄いピンク…桜色と言えばイメージどおりだろうか?
 そういう色合いに、小さな俺の知らない花の模様。
 帯は青くて浴衣とは違う花の模様で、全体的にこう…可憐って言う言葉の似合いそうな浴衣姿。

 しかも、その浴衣に身を包むなのはだって、普段とは少し装いが違う。
 ある意味ではトレードマークとも言える、あの左右で縛った髪型ではなく、下ろした髪をうなじが見えるくらいまで結い上げて、頭の後ろでまとめているのだ。
 髪を纏めているのも、浴衣と同じような意匠の何か…俺は、それの正式名称を知らないけれど。

 更に手にも、これは帯と同じような意匠の巾着を持っていて…こう、全体的に見て本当に可愛い。
 何て言うか、俺みたいな俄かっぽい雰囲気がまったく無い。
 ってあぁもう…正直、眼福です。

「…予想しないでも無かったけど、本当になのはしか目に入ってないわね」
「でも、雄介君らしいんじゃないかな」

 ふと聞こえた声に、なのはの後ろへと視線を向ける。
 そこに何時から居たのか、アリサとすずかがそれぞれ浴衣姿で立っていた。
 呆れた顔とちょっと楽しそうな顔が、普段通りでもある。

「雄介もなのはも、二人の世界に入っちゃダメよ?」
「それって、どんな世界なの?」

 なのはとそんなやり取りをするアリサも、また浴衣姿で。
 赤い浴衣に、普段とは髪型を変えてお下げを二つ。
 普段からは想像もつかない格好なのに、普段と言動が全く変わっていない。

「雄介君も、浴衣持ってたんだ?」
「あーいや…実は買ったばっかりだったりする」

 俺の答えに、クスクスと笑って見せるすずかもまた浴衣姿。
 深い青…藍色と言えば良いのだろうか、そんな色の浴衣に髪は頭の後ろで一つに縛っている。
 すずかは普通に浴衣が似合うんだな、あぁそれにいつものカチューシャも着けているし。
 そんな二人に、思わず一言。

「って言うか何時の間に居たんだ、二人とも」
「…まぁ認めたくないんでしょうけど、ムカつくわねそれは」
「まぁまぁ、予想通りだったんだし」

 アリサが凄い目で睨んでくるが、すずかがおざなりに止めている。
 いや、別に意地悪するとかじゃないんだけど…こう、思わず二人も来ているのを意識から外していた。
 うん、だってなぁ…俺としては、今日はなのはと二人だけのつもりだったんだけど。
 あぁ、あの時に訂正できなかった、自分の弱さが情けない。

『夏祭り?』
『あ、あぁ…それで、どうだ? その…一緒に、行かないかと思ってな?』
『うん、良いよ』
『そ、そうか! じゃあ、その…土曜日だし、待ち合わせは夜の七時くらいで良いか?』
『うん、それで良いと思うよ? じゃあ、私はすずかちゃんに伝えるから、雄介くんはアリサちゃんに伝えておいてね?』
『…』
『あれ? も、もしもし雄介くん?』
『い、いや…分かった、じゃあよろしく…』
『え、う、うん…?』

 今思い出しても、情けない。
 こう、ごくごく自然になのはが二人も一緒だと言うので、どうにも訂正しきれなかった。
 その結構な精神的ダメージを負ったまま、アリサに電話したら珍しく慰められる結果になったが。

『いやまぁ…あ、あれよ? なのはは一応、何のためらいも無く良いって言ったんでしょう?』
『…まぁ、そうだが』
『じゃ、じゃあそれを良い方に捉えましょう!? ほら、一応嫌われてないって事で、ね?』
『…そんな初歩的なところまで、戻るのか…』
『え、あー…お、落ち込まないの! 嫌われてないんだから、それで良しとしなさい!』
『…お前には分かるまい、根性出して誘って、良いって言われた直後、何の疑問も持ってない口調で、他の人の名前が出てくるあの感じ…成功したと確信した、その直後だぞこんちくしょう!!』
『わ、分かったから! 電話越しに怒鳴らないで! あぁもう、しょうがないでしょアンタが最初に、二人でとか言わなかったんだから!』
『言わんでも、フツー分かるだろ!』
『なのはに分かるわけないじゃない、鈍いんだから!』

 思わず、電話の向こうで頷いてしまったのは秘密だ。
 ってあれ…? 慰められてるか、俺?
 最終的に、普通に怒られてたような…?
 いや、気にしても仕方ないよな、うん。

「ふぅ…まぁ、良いわ。 って言うか雄介も浴衣なのね」
「あーまぁ、実は最近買ったばっかりだったりするが」

 思いっきり溜息を吐きながら、そういうアリサ。
 何でか、ジロジロとこっちを見てくる。
 何だ、何なんだ一体?

「ふぅん…結構似合うのね、浴衣とか」
「…お前らほどじゃ、無いだろうけどな」

 しみじみ言う分、お世辞に聞こえなくて恥ずかしいものがある。
 だが、自分で言ったとおりアリサ達はこう、似合いすぎだ。
 もちろん、自分たちに似合いそうなのを選んだのだろうけれど、それでも…髪型とかも変えていて、更に似合っているんだから、俺なんて比べ物にならないわけだし。

「そんな事、無いと思うよ? ねぇ、なのはちゃん」
「うん、雄介くんもすごく似合ってるよ?」

 …そんなに一斉に持ち上げられると、恥ずかしくてたまらないものが…!
 何? ほめ殺しでもする気ですか君達は!?

「ま、まぁそれより行くか、祭りに?」

 照れ隠しにそう言って、三人を視線で促す。
 特に異論はないのか、三人とも頷いてくれる。
 そのまま四人、前後に分かれてお祭り会場へと歩き出した。

「当たり前だけど、浴衣着てお祭りなんて去年振りよね」
「そうだねー…あ、去年は雄介くん、まだ一緒じゃなかったよね」
「ん、まぁな。 よく話すようになったの、二学期からだったし」
「色々一緒に行くようになったのは、もっと後だったよね」

 今気がついたように、なのはが俺に尋ねてくる。
 これは切り出すタイミングを窺っていたのか、それとも居なかったかどうか分からなくなるくらい俺が馴染んでるのかどっちだろうか。
 前者なら気を使ってもらい、後者ならそれだけ俺が馴染んでると言う事だけど。
 まぁ取りあえず、嫌がられてはいないんだし。
 精一杯、お祭りを楽しむとしよう。

+++

 実のところ、俺はお祭りというものに参加するのは、ほぼ初めてと言っていい。
 まだ九歳だし、母さんと来た事もない。
 さらに言えば、友達もどこかに出かけたりするくらい、仲の良い友達なんて居なかったしな。

 もう一つ加えるなら、前世でも同じようなものだったから、本当に初めてと言って問題が無いくらいなのだ。
 なんとなく、本とかテレビからの知識で何があるとかは、少しばかり分かるけれど。
 お祭りの雰囲気とか、そういうものに触れるのは未知の体験とそう言っても過言じゃない。

がやがや

 視界を埋めるのでは無いかと思うくらい、様々な格好の人が居る。
 俺たちと同じような浴衣の人も居れば、普段着通りの人も居て。
 老人も大人も子供も、男も女もありとあらゆる人が、集まっているように思えた。

「雄介くん?」
「…え?」

 そんな人波に思った以上に当てられていたのか、隣に居たなのはの声にとっさに反応できず。
 ボンヤリしたまま、顔を向けると心配そうにこちらを見るなのはの姿。
 あぁ、何か言わなきゃとボンヤリと考えて。

「こら、何ぼけっとしてんの」
「いぎっ!?」

 問答無用でアリサの奴に頬を抓られ、いつも以上に気を抜いていた所為で思いっきり悲鳴を上げてしまう。
 滅多に無い俺の悲鳴に驚いたのか、アリサが驚いた様子で手を離した。
 別にそこまで痛かったわけじゃないが、咄嗟に抓られていた所を押さえる。

 アリサは別に普段と同じ調子でやったのだろうが、俺の反応が普段とあまりにも違う所為か、自分の手と俺の頬を何度も見比べている。
 すずかも、そんなアリサと俺を驚いたように見比べていて。
 と、一連のやり取りを見ていたなのはが、傍目にも怒った顔でアリサに向き直り。

「アリサちゃん! 何してるの!?」
「え? …あ、えと私は別に、いつもと同じ風に…」
「でも、雄介くんすごく痛がってるよ!?」

 なのはの剣幕に、怯んだように答えるアリサ。
 だけどなのはは、普段からは考えられないくらい怒り、問い詰めようとしていて。
 アリサはアリサで、いつもの調子はどこに行ったのか、ひたすらに要領を得ない言い訳しかできないようだ。

 ってイカン、これ以上は二人の仲に俺の所為で亀裂が入りかねない自体に…!
 油断してた俺が過剰反応してしまっただけなんだし、そんなのはダメだ。
 頬を押さえていた手を離して、ぐっと二人の間に割り込む。
 左右をそれぞれ見てみれば、なのはもアリサも驚いた顔をしていて。

「いや、悪いなのは。 俺がちょっと、過剰反応しちまったんだ」
「…そうなの?」

 取りあえずなのはにそう言うと、なのはは心配そうに俺の頬の辺りを見る。
 別に、アリサも力加減は心得てるだろうし、赤くなってるかなってないかくらいだろう。
 油断してたとは言え、遊びの行動に過剰反応しすぎたな俺は。

「悪いなアリサ、ちょっとぼうっとしてたから」
「う、うん…ほ、本当に、大丈夫なのよね?」

 いつもなら鼻で笑うだろうに、さっきの悲鳴が効きすぎたのか、そんな事を聞いてくる。
 珍しく、本当に心配そうにしてる…うん、気を抜きすぎてたな俺は。
 大丈夫だと見せ付けるために、アリサに抓られた方を自分でもう一度抓り、引っ張ってからパッと手を離す。

「ほら、大丈夫だろう?」
「…そう、みたいね」

 ホッとしたように、息を吐くアリサとなのは。
 ううむ…悲鳴なんて上げた所為か、本当に二人には心配をかけてしまったようだ。
 と、そこでなのはがアリサにまた向き直り。

「あ、あのゴメンねアリサちゃん…その、私ビックリしちゃって」
「い、良いわよ別に…元はと言えば、私が悪いんだし…」

 そうなのはに言いつつ、まだ不安そうに俺を見るアリサ。
 さっきのは本当にビックリして思わずだったから、本当に大丈夫なんだがな。
 どうすれば良いものか…良し。

 きっとこれ以上は何か言っても聞かないだろうし、それならと思ってアリサの方へと手を伸ばす。
 と、それに対してビクッと反応するアリサ。
 …いや、俺が何かすると思ってるのだろうか?
 確かに、今からある意味では何かしようとしてるけどさ。

 取りあえず、アリサの反応を見なかったことにして手をさらに伸ばして。
 何でか、なのはとすずかから静かに見守られているが気にしないようにして、アリサの頬を掴んで、軽く抓る。
 キョトンとした顔をするアリサ…となのはとすずか。
 いや、何で三人揃ってそんな顔をしてるんだよ。
 ともあれ、

「ほら、これでお相子だろ?」
「あ…」

 早々に手は離したが、何だかアリサはボンヤリとしている。
 一応、これで本当にお相子にしようと思ったんだが…どうしたんだろうか?
 ボンヤリとしたまま、自分の頬に手を当てるアリサ。
 なんか、焦点があってるように見えないので、古典的だが目の前で手を振ってみる。

「おーい、アリサー?」
「…え? あ、うん」

 …何だか、反応が鈍い。
 普段どおりのアリサなら何かしらをやり返してくるか、まぁ許してあげるとかそんな感じのことを言ってるんだが。
 どうしたもんか、これ?

「おい、起きてるかアリサ?」
「お、起きてるわよ、当たり前じゃない」

 なんかちょっと慌てた感じだが、ようやく再起動したか。
 よし、これでもう問題なしだろ。

「おし、じゃあ今度こそ祭りに行くか…まぁ、俺が悪かったんだが」
「うーん、確かに今のは雄介君が悪いかも…」

 え、今の冗談だったんだけど?
 何でそんなに、深く頷いてるんですかすずかさん?
 ま、まぁ良いか、うん。
 
+++

 お祭りと言うのは、見ているだけでも楽しい。
 うん、本当に色んな夜店が立ち並んでるから、見ていて飽きないのだ。
 まぁもちろん、見ているだけでは無いんだけど。

「こう考えたらいけないとは思うんだが」
「うん、どうしたの?」

 隣に居たなのはが、首を傾げて尋ねてくる。
 さっきやったくじの景品を、ちょっと掲げながら

「やっておいて何だけど、こういうくじに当たり…と言うか、一等って本当に入ってるのかなぁってな」
「…は、入ってると思うよ? うん、多分」

 多分とつける当たり、なのはの本音も透けて見える。
 微妙に苦笑いな所も、どう思ってるか丸分かりになってしまうが。
 とそこでなのはは辺りを見回して、

「居ないね、アリサちゃんとすずかちゃん」
「そうだな、一体どこに行ったんだか」

 くじをやる前までは一緒にいたのに、何時の間にやら姿の見えなくなった二人。
 何か企んでるのかもとも考えるが、取りあえずこの人ごみだったら探さないといけないだろう。
 企んでるなら企んでると言っておいてくれれば、放置しておくのに…って言っておいたら企んでる意味がないのか。

 まぁでも、慌てて探そうとした矢先にアリサからなのはへ

『ゴメン、はぐれた。 適当に歩いて、見つかったら合流しましょう。 すずかとは一緒』

 なんてメールが来ていたから、心配はしてないんだけど。
 うん、それにすずかと一緒って辺りに、あいつらの作為的な要素を感じる。
 …いや、俺があんまりにもなのはと二人で来たかったとか、言い過ぎたかな?

 うーん、気を使わせたのなら、心底申し訳ないんだが。
 そこまで凄く、なのはと二人っきりなりたいと…思ったことが無いとは言わないが、それでも二人を追い出してまでなんてのは俺もゴメンだし。
 かと言って、二人が居ない現状でどうするかと言えば、なのはと二人で探しながら見回るしか無いんだけど。

「雄介くん、次はどっちに行こっか?」
「ん? そうだな…あっちに行ってみるか? まだ行ってない方だし、もしかしたらアリサ達が行ってるかも知れないし」

 なのはに尋ねられ、俺が示したのは歩いてきたのとは逆の方向。
 もちろん本気でアリサ達を探すのなら、元来た方へと戻るのが良いんだろうが…まぁその、折角だしな?
 うん、不真面目なのは分かってるんだが…良いよな、少しくらい?

「うん、じゃあそうしよ…きゃ!?」
「! なのはっ!?」

 なのはの悲鳴に、咄嗟に振り向く。
 振り向いたその先では、何故かは分からないがなのはがバランスを崩して、今にも倒れそうになっていた。
 驚くよりも先に、偶然にもこちらに向かって倒れてきているなのはに手を伸ばし、体でしっかりと受けとめる。

「だ、大丈夫かなのは!?」
「う、うん大丈夫だよ…」
「き、君たち! すまない、大丈夫かい!?」

 何よりも先になのはの安否を確認して、掛けられた声に思わずその先を睨んでしまう。
 そこに居たのは、小さな子供を連れた一人のおじさん。
 片手は小さな、多分三歳くらいか、そのくらいの子と繋いだまま、すまなそうに謝ってくる。

「すまない、周りを良く見ていなくて…」

 おおかた、子供の面倒を見るのが精一杯で、その時になのはにぶつかってしまったんだろう。
 思うところが無いわけではないけれど、子供がどれだけ目の離せない存在かは、前世での子守の経験から少しは分かる。
 取りあえず、受け止めたままで居るなのはを見下ろして

「なのは、怪我とか無いよな?」
「うん、大丈夫…あの、気を付けてくださいね?」
「本当にすまない…」

 俺に受け止められた体勢のまま、相手の人に向かってそう言うなのは。
 相手の人は何度も謝りながら、子供の手を引いて立ち去っていった。
 しばし、その背中を見送って

「あの…雄介くん?」
「ん? 何だ、なの…」

 ふとなのはから呼ばれたので、何気なしにそちらに視線を向けたら。
 ちょうど、俺に抱きとめられているなのはが、上目遣いにこちらを見ていた。
 しかもその手は、ちょうど俺の胸元を掴んでいて、こう、び、微妙ななのはの手の感覚が…!

 いや…少し待とう、俺。
 そう、そうだ…なのはが俺に向かって倒れたとき、俺はこうしっかりとなのはを受け止めようと、体を使って受け止めた。
 もちろん、なのははバランスを崩していたんだから必然的に、俺の胸元に飛び込んでくるわけで。
 別にアレだ、こうなってしまったのは偶然、そう偶然なんだ!

 いや、でも…こ、これはまた最近は無かった距離感…!
 五月の温泉旅行のときの膝枕と、いやむしろソレよりも近いんじゃなかろうか?
 しかも加えて、上目遣いな所も…こう、何と言うか…!

「えっとね…もう、離しても大丈夫だよ?」
「…え? あ、そ、そうだよな、ゴメン!」

 なのはに言われて、いつの間にか浴衣を掴んでいた手を慌てて離す。
 イ、イカンイカン…無意識のうちに、なのはの袖を掴んでいたとは…ようし、まずは落ち着け俺。
 まず、まず落ち着いて…アリサとか、ち、近くに居ないよな?

 俺に背中を向けて浴衣が乱れていないかを確認しているなのはを見ながら、実はアリサが周囲で俺たちを見ていたりしないかを確認する。
 人ごみが凄くて、遠くの方とかは見えないけれど…居ないよな、多分。
 そうして辺りをキョロキョロ見回していたら、なのはが不思議そうに。

「どうしたの、雄介くん?」
「あ、いや…何でも無いぞ」

 …と言うか、なのはさん君はさっきの全く気にしてないんですね。
 一応、俺こう抱きしめちゃったりしたんだけど?
 抵抗も何もしなかったし、何なんだろう、この妙なモヤモヤ。

 気にされてないんだよな、これは…
 いや分かってたけどさ、なのはが俺をそんな風に意識しないって事は。
 うん、それはもう身に染みて分かってたんだけど。

 でも逆に言えばもうちょっと、積極的になったりしても良いんだろうか?

 …いや、何考えてるんだろう俺。
 それでなのはに嫌われたら、元も子も無いじゃないか。
 きっと今の距離感だから、なのはに嫌われて無いと思うし。

 そうさ、今のこの距離感で満足するのが、きっと一番。
 だと、分かってるのに、なぁ…
 もう少し、どうしても踏み出したいなんて、そんな事を考えている馬鹿がココに居るんだよなぁ。

「うーん、すごい人だね、やっぱり」
「…あぁ、そうだな」
「これでもし、私たちまではぐれちゃったら、大変だね」

 辺りを見回して、そんな事を言うなのは。
 そうだなともう一度頷きながら、ふと思いつくことが一つ。
 はぐれたら大変なのは当たり前のことで、ならもちろんはぐれない様に何か出来る事があるのならやるべきだろう。

 そして、一番簡単にはぐれないようにするには、その…例えば、手を繋いだらはぐれたりする事は無いだろう。
 つまり、ある意味何のリスクも無く、なのはと手をつなげる可能性もあるわけで。
 そんな事を考えている今だけで、正直心臓がドキドキしているけれど、それでも今ならそういう事が出来る可能性がある。

 もう一度なのはに目をやると、俺がそんな事を考えているとは想像もしていないのはもちろんで、キョロキョロと周囲を見ている。
 やろうとしている事を言葉にすれば、それはもう一言で、なのはに手を繋ごうとそう言えば良いだけで。
 本当に、たったそれだけの事、何だがなぁ…

「? 雄介くん、どうかしたの?」
「え?」

 どうも、よっぽどぼうっとしていたらしく、なのはがこっちを見て首を傾げていた。
 何でも無いと返そうとして、ついさっきまで考えていたことが、再び頭の中によみがえって来る。
 言えばいいのは一言だけ、もちろん断られるかも知れないけれど。

 それでも。

 考えただけなのに、心臓がドキドキして手には変な力が入る。
 変な力が入って手には汗をかいてしまって、それをなのはから見えないように浴衣でしっかりと拭って。
 小さく、深呼吸。

「…なぁ、なのは」
「うん? どうしたの?」
「あのな…」

 どうにかこうにか、変に力を込めた手から力を抜いて。
 ゆっくりとなのはに向けて、右手を差し出す。
 それをなのはがキョトンと見ていて、そんななのはを見ながら最後に一度、つばを飲み込んで。

「はぐれないために、その…手を、繋がないか?」

+++side、なのは

 一瞬、雄介くんに何を言われたのか分からなくて。
 何も言えずに居たけれど、雄介くんの手は変わらずに差し出されたままで。
 頭の中が纏まらないまま、ポツリと疑問をそのまま口にしてしまった。

「…えっと?」
「い、いや! ほら、これ以上はぐれたりするといけないし、こんなに人も多いんだから…あ、ありかなぁと」

 最初は勢いよかったのに、後のほうになると少しずつ自信の無くなって来るのは、ちょっと焦ってるときの雄介くんの言い方だった。
 何をそんなに焦っているかは分からないけれど、きっと心配してくれてるんだと思って。
 でも、差し出されている雄介くんの手を見て、ちょっと考えてしまう。

(手を、繋ぐんだよね…)

 アリサちゃん達となら、手を繋いだことはたくさんある。
 けれど、それは同じ女の子だからで。
 男の子と手を繋ぐのは、初めてだから。

 それに、お父さんやお兄ちゃんとだって、もう全然手を繋いだりはしてなくて。
 だから、ちょっとだけ躊躇ってしまう。
 別に手を繋いだりするのが、嫌なわけじゃ全然無いんだけど。

 嫌かそうでないかって言ったら、雄介くんはその…一番嫌じゃないって、そう思う。
 雄介くんは同い年の男の子なのに、偶にお兄ちゃんやお父さんみたいな雰囲気を持ってるから。
 時々、雄介くんがお兄ちゃんみたいに思えることもあるくらい、それくらい一緒に居て安心出来ちゃう人。

 でもやっぱり、男の子と手を繋ぐのは、その…恥ずかしいから。
 さっき、知らない人にぶつかられて雄介くんに抱きついちゃったときも、本当はすっごく恥ずかしかった。
 もちろん、雄介くんは私を助けてくれたんだから、そんな事を思っちゃダメ何だけど。
 そうやって、ずっと黙って考えていたら

「あー…なのは? 悪い、急に変な事言って…まぁ嫌だよな」
「え、あ! う、ううん違うよ、嫌とかじゃないよ!?」

 すっごく気まずいような顔で、雄介くんが謝ってきた。
 私が慌てて嫌じゃないって否定したら、雄介くんはとっても驚いた顔をしてる。
 でも雄介くんと手を繋ぐのが、嫌じゃないのは本当だから。

 …嫌じゃないなら、雄介くんと手を繋いでも良いよね?
 私が恥ずかしいだけで、せっかく雄介くんが心配してくれるんだから。
 だから、ちょっと恥ずかしいくらい…

「えっと…じゃあ、ごめんね雄介くん」

 そう言って手を差し出したら、雄介くんは少しの間ボーっとしてたけど。
 おもむろに、勢い良く頭を振って

「じゃ、じゃあ…ゴメン」
「う、うん?」

 頭を勢い良く振ったりとかは、雄介くんは良くやってるから気にしないけど、どうしてゴメン何だろう?
 ちょっとだけ疑問には思ったけど、でもそれ以上に雄介くんと繋ぐ手が気になって。
 初めて、同い年の男の子と繋ぐけれど、想像したよりもずっと優しくて暖かくて。

 何だか恥ずかしくて、雄介くんの顔が見れなくて。
 だからちょっとだけ顔を伏せたまま、

「じゃ、じゃあ雄介くん…その、行こっか?」
「あ、あぁ…そう、だな。 じゃあ、その…向こうの方に、行ってみるか?」

 そう言って、軽く雄介くんに繋いだ手を引かれて。
 ずっと顔を伏せてるのも、何だか雄介くんに悪いから、少しだけ顔を上げる。
 そうしたら、ちょうどこっちを見てた雄介くんと目が合って。

「…い、行こうか、なのは」

 そう、凄く真っ赤な顔で言った雄介くんが、やっぱり普段の雄介くんだって思って。
 私が恥ずかしいんだから、雄介くんだって恥ずかしいんだよね。
 多分、私の顔も恥ずかしくて赤いけど、ちょっとだけ頑張って笑顔を向けて。

「…うん、雄介くん」

 そう言ったら、雄介くんもにっこり笑って。
 何となく、こういうのはアリサちゃんの言ってた、二人の世界とかなのかなって思った。
 意味は、良く分からないんだけど。


+++あとがき
 書きたいのを書いてたら、書ききれなかった八月なのはデート編。
 ここまでしか書いてないので、この続きはまた来週…すごく短くなりそうな予感もするので、何かしらの対策は講ずる予定。
 
 これ書くのに気力使いすぎたので、あとがきはこれにて終了。
 あとの気力は、コメレスに~



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 28.5話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/08/15 23:44
+++side、なのは

 雄介くんと手を繋いだまま、ただお祭りの会場を歩いている。
 少し前に、はぐれないようにって手を繋いでから、ずっとそのままで居るんだけど…

「…」
「…」

 私も雄介くんも、ずっと何も喋らない。
 何回か、チラチラと視線は合うんだけど…何だか恥ずかしくて、すぐに視線を外しちゃう。
 うぅ…なんでこんなに、恥ずかしいんだろう?

 もう一回、チラリと雄介くんを見る。
 多分私もそうなんだろうけど、少し顔の赤い雄介くん。
 なんだか、落ち着かないみたいに辺りを見渡している。

 なんとなく、何か話しかけなきゃいけないなんて思うけど、何を話せば良いのかどうしても分からない。
 別に雄介くんと二人で居るのが始めてとかじゃないけれど、それでもどうしてか言葉が出てこない。
 でも、もっと不思議なのはそうやって話さなきゃいけないと思うのに、こうやって喋らないでいるのが、全然苦痛じゃないことで。

 雄介くんと手を繋いでて、落ち着かないのに落ち着いてる。
 自分でも、何を言ってるの少し分からないけれど、でも本当にそんな気持ちだった。
 雄介くんと繋いだ手に落ち着かなくて、でも繋いでるって言うことに何でか凄く安心してて。

 何となく、このままでも良いかななんて思った。
 ふと雄介くんとは繋いでいない方の手を、そっと浴衣の胸元に当てる。
 そこには、いつもどおりレイジングハートが居るはずで。
 
 そしてそのまま、携帯に付けてる一つのストラップを思い出す。
 星型の青い、雄介くんと色違いのストラップ…雄介くんはレイジングハートが赤いから、青い方が良いって言ってたっけ。
 その時は、雄介くんにレイジングハートをしっかり見せたことなんて無かったのに、良く見てるなぁってちょっとビックリしちゃったんだよね。

 そんな事を、ずっと考えていたら

「な、なぁなのは? ちょ、ちょっと小腹でも空かないか?」
「…え?」

 急に雄介くんから、そんな事を言われた。
 ビックリして振り向いたら、雄介くんは慌てながら。

「い、いやほら!? なんか俺、少し腹減ったきたから、ど、どうかなって…な!?」
「え、えと…」

 な?って言われても…お腹は別に、減ってないんだけど。
 でも、そう言う雄介くんの顔は、やっぱり赤いから。
 きっと、ずっと黙ってるのを気に病んで、頑張って話題を探してくれたのかなって思って。

「…うん、そうだね。 雄介くんは、何か食べたいのとかある?」
「そ、そうだな………わ、綿菓子とかどうだ!?」

 うーん、本当にお腹が減ってるなら、綿菓子じゃ絶対に足りないのに。
 やっぱり、気を使ってくれたのかな…?
 そう思ったら、ちょっとだけ嬉しくなって

「じゃあ、綿菓子食べよっか? 私も、去年食べたきりで一年ぶりだし」
「お、おう…あーと…どっかにはある、とは思うんだけど…」

 本当に思いつきだったのか、そんな事を言って辺りを探し始める雄介くん。
 キョロキョロと背伸びをしながら辺りを見ているのは、何だかすっごくおかしく見えて。
 どうしても、笑ってしまいそうになるのを堪えるのが、とっても大変だった。

+++side、すずか

「ほら見なさいよすずか、手なんか繋いでるわよなのはと雄介!」
「アリサちゃん、大きな声出すと聞こえちゃうよ?」

 楽しそうに言うアリサちゃんに、言うだけだけど言っておく。
 周りにはたくさん人が居るから、聞こえる事は無いとは思うけど。
 用心するに越したことは、無いよね?

「それはダメね…せっかく二人で回らせるために、わざわざ離れたんだし」

 そうにやりと笑いながら言うアリサちゃん…女の子として、そんな笑い方が似合っちゃうのは、どうなんだろうって思うけど。
 まぁでも、こういう笑い方するのも限られてるから、良いのかなぁ?
 そんなことを思いながら、少し先に居る雄介君となのはちゃんに目を向ける。

 残念ながら、声が聞こえるような距離じゃないから、二人が何を話してるかは聞こえないけれど。
 それでも顔を赤くしながら何かを話してたのは見て取れて、さらに手を繋ぐところもバッチリ見ちゃったけれど。
 二人とも、すっごく初々しかったなぁ。

「お、何か買って…って、何で綿菓子?」
「ホントだ…それに雄介君、なのはちゃんにも買ってあげてるみたいだね?」

 視線の先で、遠慮するなのはちゃんと、それでも渡そうとしている雄介君が見える。
 結局、ちゃんとなのはちゃんは受け取ってるみたいだけど。
 そして二人で綿菓子をそれぞれ食べながら、

「あ、もう移動するみたいだね」
「そうね…そこでアーンとか、すればいいのに雄介の奴」

 …それは、雄介君にはきっと無理だと思うんだけどなぁ。
 想像もつかない…って言うか、想像が出来ないのは何でだろう…?
 あとアリサちゃん、からかうのとか見てるのが楽しいのは分かるけど、今もの凄く悪役みたいな笑顔になってるよ?

「む、あっちに言ったのは良いけど、人が多くてすぐ見えなくなりそうね」
「そうだね…追いかける?」

 流石にこのまま追いかけると、もし雄介君に見つかったら、色々大変なことになると思うんだけど。
 あれで雄介君、私はまぁまだ色々手加減してくれるけど、アリサちゃんには手加減無いし。
 そんな事を考えながら、確認のつもりでアリサちゃんを見ると。

「もちろん、追いかけるに決まってるじゃない♪」

 …すっごく、楽しそうだねアリサちゃん。
 分からなくも無いけど、あんまりそう…顔に出しすぎるのはどうかと思うなぁ。
 うん、ちょっと雄介君がどうするか気になるし、言わないけどね。

+++

 あれからしばらく、二人の後をアリサちゃんと追いかけて。
 
「…普通ねぇ、あの二人」
「普通以外には、どうやってもなりようが無いと思うよ? 雄介君の場合は特に、相手もなのはちゃんだし」

 雄介君って大人っぽい所もあるけど、それ以外だとかなり普通だし。
 普通って言うか…大人っぽいところと比べると、何て言うか子供っぽい、のかなぁ?
 私たちは子供だから、子供っぽくっておかしくは無いんだけど。

「手は変わらず繋いでるのに、それだけじゃない」
「十分じゃないかな? 雄介君ならそれだけでも」

 手を繋ぐのだって私が知ってる限りだと、今日が始めてだった筈なんだし。
 今までを考えたら、それだけでも十分進展してるよね。
 それに遠目から見ても、なのはちゃんも嫌がって無いし。

 実のところ、少しは嫌がったりするかもなぁって思ってたから、正直びっくりはしてるんだけど。
 いくらなのはちゃんでも、行き成り手を繋ごうって言われても、さすがに嫌がるんじゃないかなって思ってたし。
 ちょっと間はあったけど、遠くから見ててけっこうすぐに手を繋いでたもんね。

「…って言うか、普通にお祭り楽しんでるわよね?」
「そうだね、今度は射的みたいだよ?」

 一応、たまに辺りを見回してるから、私たちを探してはいるみたいだけど。
 それでも二人とも、普通にお祭りを楽しんでるみたい。
 始めに綿菓子を二人で食べて、あとは輪投げやったりとか色々。

 今も射的をやっていて、まずは雄介君が…何も取れなかったみたい。
 それで次になのはちゃんで、あ、何か取れたのかな?
 なのはちゃんが雄介君を振り返って、雄介君も拍手してる見たい。

 しばらくそんな感じで、二人とも射的を楽しんで。
 やがて終わったのかまた次のところに。
 私たちはそんな二人の後を追いかけながら。

「…なんか、ちょっと何やってるんだろうって気分になるわね」
「…まぁ、思いっきり覗き見だもんね」

 いくら友達でも、と言うか友達だからダメだとは分かってるんだけど。
 って言うか、これも一種のストーカーなのかな?
 ううん、そんなつもりは無いんだけど…

「…もうやめて、合流する?」
「それはそれで、何かアレよね…もうちょっと、続けましょうか」

 顔を見る限り、本音ではアリサちゃんも合流したいみたいだけど。
 折角、二人だけでも良い感じだもんね。
 そんな事をアリサちゃんと話しながら、改めて雄介君となのはちゃんの後を追いかける私たちだった。

+++side、なのは

「面白かったねー雄介くん?」
「そうだな…って言うか、なのはは本当に今日が射的は初めてなのか?」
「うん、そうだよ」
「にしては、上手かったよなぁ…最終的に二つ連続で撃ち落してたし」

 そう言う雄介くんに、内心で実は心当たりがあったりする。
 射的じゃないけど、魔法の練習で似たようなことやってるからかも。
 そう考えると、初めてとは言えないのかなぁ?

「でも、雄介くんだって金魚すくい初めてだったんでしょ?」
「あれは、まぁインターネットとかでこうすれば取れる!みたいなのを前に読んだことがあったしな」

 私なんか一匹も取れなかったのに、同じだけ挑戦した雄介くんは三匹も取れてた。
 思わず拍手をしたら、ちょうどその時に取ろうとしてた金魚が逃げちゃったりもしたんだけど。

「でもでも、それでも凄いと思うよ? 私だったら、多分読んだだけじゃ出来ないもん」
「そ、そうか? いやでも、なのはの射的だって凄いだろ」

 そんな事無いよって言ったら、いやそれでも凄いだろなんて、そんな事を言い合いながら雄介くんとお祭りを回る。
 それにしても…アリサちゃんたちも探してるけど、なかなか見つからない。
 どこに行ったのかな、何て思いながら辺りを見回していたら。

「どうかしたのか、なのは?」
「え? ううん、アリサちゃんたち居ないかなって思って」

 そう言ったら何でか雄介くんはきょとんとした顔をして、あぁって言うような顔で頷いた後。

「すっかり忘れてた」
「…雄介くーん?」

 ちょっとあんまりな言い方に、じとーっとした目で雄介くんを見る。
 いくら何でも、今のはダメだと思うよ?
 一緒にお祭りに来たんだから、忘れちゃうって言うのは…ちょっと薄情な雄介くんを、じーっと見てみる。

「い、いや、そのな…?」
「その?」
「…そ、そうだな、どこに行ったんだろうな!?」
「…」

 雄介くんはわたわたと慌ててるけど、黙ってじーっと見てみる。
 なんだかわたわたする雄介くんに、なんて言うかこう…ハムスターとか、子犬とかそんなのを連想してしまって。
 思わず笑ってしまいそうになるのを、頑張ってこらえてまだまだじーっと見ていると。

「…すいませんでした」

 がっくりと肩を落として、そう雄介が謝ってきた。
 そんな雄介くんに、笑うのをこらえるのも限界になっちゃって。
 ついに声をあげて笑ちゃった私を、雄介くんはビックリしたような顔で見て。

「…あー、なのはさん?」
「な、なあに雄介くん?」

 笑ってしまうのを堪えながら、雄介くんを見ると。
 何だかちょっとだけ、拗ねたような顔の雄介くんが居た。
 それにまた少しだけ笑ってしまったら、雄介くんの口がちょっと吊り上って。

「…な~の~は~?」
「ひゃ、い、いひゃいよゆうふけくん!」

 伸びてきた雄介くんの手が、ぐにっと私の頬を摘んで。
 普段雄介くんがこういう事しないから、つい避けれなかった。
 本当はそんなに痛くないけど、そんなことを言いながら抵抗して。

「いつまで笑ってるんだ、この口は?」
「ふぇも~」

 雄介くんに頬を抓られたままだけど、何だかこうやってるのがちょっと楽しくて。
 普段は、雄介くんとこんな事をしたりとかはした事が無かったし。
 だから、またちょっとだけ雄介くんと仲良くなれたかなって思えて。

 そんな事を考えていたら、それが顔に出ていたのかな?
 雄介くん顔がちょっと怪訝そうになったあと、苦笑するみたいに笑って。
 頬を抓られているけれど、そのままで雄介くんと笑いあった。

+++side、雄介

 思わずなのはの口を抓ってしまい、実は内心で恐々としていたが、特になのはは気にしてないようで良かった。
 それどころか、何でか楽しそうに笑っていたので、もうこれ以上は考えないようにしよう。
 …下手に思い出させて、嫌われたら最悪だし…いや、なのはがそういう奴だとは思わないけれど…一応な。

 ともあれ、その後もアリサたちは見つからず、なのはと二人でお祭りを見て回った。
 正直なところ、なのはと手を繋ぐのはなかなか慣れるのに時間がかかって、ドキドキしっぱなしだったけど。
 まぁ、なのははその辺殆ど気にしてないような感じだったから、頑張るしかなかったのがアレだが。

 そして最終的に、アリサ達とは合流できた。
 聞いた話では、実はクラスメイトに遭遇したとか、あっちも色々あったようだが。
 ともかく四人でまた夜店を回ったり、花火を見たりして。

 そして今はもう、お祭りからの帰り道だ。
 鮫島さんに迎えには来て貰うんだけど、お祭り会場の近くは道が混んでいたり通行禁止なので、今は迎えにこれるところまでの移動中だったりする。

「それにしても、今日は雄介も楽しかったでしょ?」
「…いや、そこは普通楽しかったねとか聞くんじゃないのか? 何で断定してるんだよ?」

 もしや、覗いていたかコイツは?
 そんな疑念を込めつつ視線を向ければ、不自然に逸らす阿呆が一人。
 うん、後日キッチリ報復するとしようか。

「なのはちゃんは、雄介君と二人で大丈夫だった?」
「え? うん、大丈夫だったよ?」

 そこ! どういう意味で、大丈夫と聞いているんだ!?
 表情がにこやか過ぎるぞすずか!
 なのはは首を傾げてるけど…いやもういっそ、そのままで居てください。

「ごほん…あーうん、で楽しかった?」
「誤魔化しても、キッチリ覚えてるから後でな。 …まぁ、楽しかったよ」

 前半はもちろん本音だが、後半ももちろん本音。
 後半の本音でも、もちろんなのはと回っていたときは楽しかったし…アリサ達と合流してからも、十分楽しかった。
 お祭りが初めてというのもあっただろうけど、それ以上にやっぱりこいつらと居るのは楽しいと思う。
 …恥ずかしいから、絶対に言わないが。

「あ、ねぇ皆。 後ろに、さっきまでのお祭り会場が見えるよ」

 そのすずかの声に、皆揃って後ろを振り向いた。
 すずかの言うとおり、遠くに見えるのはさっきまで居たお祭り会場。
 そこそこ歩いたのか、会場に居たときは広く思えたのに、こうして見るとそんな大きそうには見えない。

「けっこう、広かったと思ったけど、そんなでも無いわね」

 まったく同じ感想だったらしく、そんな事をアリサが呟いた。
 この距離だと、人も単なる黒い棒みたいにしか見えないし…何と言うか、不思議な感じだ。
 何だか、全員が黙り込んでしまって…そしてなのはが。

「でも、すごく楽しかったよね」

 そう呟いて、深く頷きながらなのはに顔を向けると。
 ちょうど視線が合って、少し驚いた。
 なのはも同じだったのか、少し驚いた様子だったけれど、すぐに笑顔になって。

「また、来年も皆で来ようね?」

 そう笑顔で、俺の目を見ながら言った。
 いや、目を見ながらだったのは、ちょうど直前で合ってしまったから何だけど。
 それでも、ちょうど笑顔でそんな事をなのはに言われて、正直少しジーンと来た。

 当然のように、なのはが俺も皆の中に含めてくれてるのは、正直何回聞いても嬉しいものがある。
 この中では俺だけ男だし、それに友達になったタイミングだって遅いのに、それでも当然のように含めてくれているのだ。
 心ひそかに、感動に打ち震えていると。

「そ、皆で…ねっ!」
「でっ!?」

 思いっきり、背中を叩かれて変な声を出してしまった。
 犯人…こういうのをするのはアリサしか居ないが、視線を向けるとニヤリと笑いながら。

「良かったわね、雄介」
「…取り合えず、俺は今すぐにでもお前を殴りたい」

 かなり本気でそう呟いたが、ニヤニヤ笑いながらスルーしやがるアリサ。
 今度、本気で何か嫌がらせしてやる…取り合えず、今度遊びに行ったときにでも、夏休みの宿題の答えを、全て書き換えてやろうか?
 …いや、バレたら冗談抜きでボコボコにされるだけで済まない気もする。
 ちっ、仕方ない…バレない奴を、じっくり考えて実行しよう。

「ほら、アリサちゃんも雄介君も遊んでないで、そろそろ行こう?」
「そうね、鮫島も待ちくたびれてるかも知れないし」

 にこやかに場をまとめるすずかに、それに乗っかってさっさと歩き出すアリサ。
 何となくやるせないものを感じながら、仕方なく後を追おうとして。
 いきなり、俺の右手に何かの触れる感覚。

「ほら、雄介くんも行こ?」
「え、あ…お、おう?」

 余りの驚きに、若干思考停止中。
 その思考停止のまま返事をして、なのはに手を引っ張られて歩く俺。
 …うん、状況を整理しよう。

 まず、先を歩くアリサたちを追いかけようとしたとき、急に何かが俺の右手に触れてきて。
 で、右手を見たら、それはなんとなのはの左手で。
 驚愕する俺をよそに、なのはは何のためらいも無く掴んだ俺の右手を引っ張りながら歩き出して、今に至るわけで…え、あれ?

「雄介くん、どうかしたの?」
「え、いや…どうかしたのって言うか」

 もの凄く不思議そうになのはに聞かれたので、思わずなのはと繋いでる手に視線を向ける。
 なのはも俺の視線を追って、そして繋いでる手を見て…え、ど、どうしてなのはも顔を赤くする!?
 え、あれ…いや、その…うん?

 どうにも考えが纏まらなくて、自然となのはに視線を向ける。
 なのはも何だか…俺から見てだけど、恥ずかしげに顔を赤くしていて。
 本気で何が何だか分からないけれど、視線を逸らしていたなのはがチラリとこっちを見て。

「ほ、ほら…早く行かないと、置いて行かれちゃうよ?」

 そう口早に呟いた後、また俺の手を引っ張るなのは。
 何だかどうにも聞ける雰囲気でも無いし、俺もどう尋ねれば良いかが全然頭の中で纏まっていなくて。
 結局、この後アリサたちに見つかる前に、なのはが手を離したので追求も出来ず。
 完全に、尋ねるチャンスを逃してしまったのであった。


+++後書き
 個人的には、まだまだ入れたい描写がありましたが、どうにも入れるメドが立たなかったので28.5話などと中途半端な話数になっております。
 まぁ、その前に二十九話が出来てしまったと言うのもありますが。

 取り合えずイベントとしては、後アリサたちとクラスメイトの遭遇とか、花火を見るシーンとか書きたかったですけど、どうにも場面がつなげられなかったので、破棄。
 でも書き溜めてたのがもったいなかったので、ある程度区切りをつけて、この形での投稿です。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 二十九話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/09/05 23:24
+++裏話、すずか 

「あの、月村さん、その…ちょっと良いかな?」
「うん? えっとアリサちゃん、ちょっとごめんね…どうかしたの井上さん?」
「ご、ごめんね…ちょっと、来てもらっても良い?」

 朝、クラスメイトの子に呼ばれて、アリサちゃんに一言断ってから席を離れた。
 井上さんに手招きされて、取り合えず着いていく。
 教室から出てさらに、廊下の隅っこのほうにまで案内されて。

「あれ? 浅野さん?」
「おはよ月村、あたしは麻衣の付き添いみたいなものだから、気にしなくていいよ」

 もう一人、クラスメイトの浅野さんが居てにこやかに笑いかけてくる。
 二人とも、同じクラスになるのは今年が初めてだったし、あんまり交流は無いんだけど…
 井上さんと浅野さんは確か幼馴染で、ちょっと引っ込み思案な井上さんを浅野さんが引っ張ってるような関係だったと思う。

「えっと…何か、私に用なのかな?」
「ん、まぁ用があるのは麻衣なんだけどね…ほら、訊くんでしょ?」
「う、うん」

 浅野さんに促されて井上さんが何か言おうとしているけれど、緊張してるのか中々言おうとしない。
 催促するのも失礼だろうから、少しだけ首をかしげたまま待って。
 ふと、井上さんの顔が真っ赤になっているのに気がついた。

「あ、あの! 月村さんは、そ、その…佐倉君と、仲は、良いよね…!?」
「…うん? えっと、そうだね仲は良いと思うけど」

 そう聞かれたことに答えながら、あれ?と内心で首を傾げる。
 こういう事をこういう表情で聞かれたときって、本とかだとその…ある特定の場合で。
 という事は、雄介君がそんな対象になってるって事何だけど…全然、実感がわかないかも。
 そんな事をつらつらと考えてたら、井上さんは一度大きく息を吸ってから

「さ、佐倉君って…! 今、誰かと付き合ってたりす、するのかな!?」

 …あぁ、やっぱりそういう事なんだよね。
 

+++本編、雄介

 九月だし、転校生とか居ないのかよーなどとクラスの男子が阿呆なことを言っていたけど、取り合えず居るわけないだろうと否定。
 何でだよーと聞いてきたので、取り合えず時期が半端だろうと言っておいた。

 と言うか、転校生なんてそうは居ないものだと個人的に思う。
 前世での学生生活十二年間、転校生なんて誰も俺が居たクラスには来なかったし。
 あぁ隣のクラスに来たことはあったが、それも一回のみだし。
 転校生なんて、そうそう居るわけ無いと言うもんだ。
 
「えーでも、居てもおかしくないだろ転校生くらい…あ、そうだ佐倉? それはそれとして、昨日の宿題やったか?」

 うん、自分で振った話題を急に変えないようにな山中?

「やったけど…良いか山中? この間言ったな、今度から俺に教えてもらうつもりなら金払えって」
「え、あれマジなのか?」

 当たり前だと山中に答えつつ、取り合えず荷物を片付ける。
 愕然とした顔をしている馬鹿は無視して、荷物を片付けたらとっととなのはたちの方に移動しようかと考えていると。

「よし! 払ってやるよ!」
「その手に持ってる紙切れに、100円とか1000円とか書いてあったら問答無用で殴るけど、それで良いならな」
「…しゅっせばらいで!」
「手の紙切れを即効で捨てるのは褒めるし、難しい言葉を意味も知らずに使う根性は認めるが、まず自分で宿題くらいやれ」

 あとゴミは拾えと言いつつ、毎度毎度こんな対応してるのに、何で山中はよく俺に構ってくるんだろうかと考える。
 翠屋JFCの奴らだって、学校じゃ俺に殆ど話しかけないのに。
 別に山中も俺以外に友達が居ないとかでも無い、と言うか普通に休憩時間はクラスの男子と話してるしな。

「なんだよー、友達だろー?」
「仮におそらくきっと多分もしかしたらで、友達だったとしても、友達として宿題くらいやれと忠告してやるよ」
「なんだよ、けちーハゲー」
「ようしそのケンカ買ってやる、いますぐ宿題始めるか他のやつに教えてもらえるように頼むかしろ」

 買ってないじゃんかよーと言うアンポンタンを続けて無視しつつ、さてどうやって切り抜けようかと考える。
 ちなみに、仮におそらくとかは割りと冗談じゃなかったりする。
 だって、山中の下の名前知らないし俺。

 そんな事を考えながら、ふと回りに視線をやると、ちょうどすずかと視線があう。
 今朝はバスに乗っていなかったから、今日に会うのは初めてだ。
 …なんか話したいことでもあるんだろうか、さっきから視線が合いっぱなしだけど。

「すずか、何か用か?」
「え、あ…えっと、今大丈夫?」

 チラチラと、山中を見ながら聞いてくるので

「問題ない、気にしなくても大丈夫だぞ」
「うぉーい、何てこと言うんだよ佐倉ぁ」
「やったけど分からない問題があるって言うならまだしも、お前みたいに完璧に忘れてた奴には教えないようにしてるんだ。 だから帰れ、もしくは諦めろ」

 ちくしょーと言いながら他の奴の所に行く山中を見送りつつ、改めてすずかに目を向ける。

「で、どうかしたのかすずか?」
「…えっと、山中君にあんな風にして、良かったの?」
「大丈夫だろ、いつもあんな風にしてるけど、気にもしてないみたいだし」

 微妙に疑わしそうな視線を感じるが、本当にそうなのだから仕方ない。
 友達とは言いがたいが、友人ならしっくりくるぐらいだと思うんだが個人的には。
 ともあれ

「で、何か用があるんじゃないのか?」
「あ、うん…この間、雄介君がオススメしてくれたシリーズ、覚えてる?」
「うん? あー…あぁ、アレか。 覚えてるけど?」

 しばらく前に、図書館で会った時の事だろう。
 現在進行形で読んでいるシリーズだったけど、面白かったから薦めたんだよな。
 と、すずかはカバンから一冊の本を取り出して

「この次の巻って、まだ雄介君が持ってたりする?」
「…あー、持ってる持ってる。 昨日それと一緒に借りたの全部読み終わって、明日か明後日には返しに行くつもりだけど」

 そっかぁと呟くすずか、さてどういう事だろうと考えて。
 何とは無しに、一つ思い浮かんだ。

「あー、すずか? もしかしてそのシリーズ気に入ったか?」
「え、あ、うん。 面白いよね、私としては主人公側よりも、敵対側が気になるけど」
「ほう、まぁそれは良かった。 で、続きが気になって仕方ないんだな?」
「…」

 無言で視線を逸らすすずか、気持ちは分からなくも無いが。
 大方、薦められたのを読んでみて面白くて、どんどん読み進めたら、ついに先に読み始めてた俺に追いついてしまったんだろう。
 そして、今に至ると。

「あー、今日は用事があるから無理だけど、明日ちょうど学校も休みだし、図書館に行けるけど、一緒に行くか? すずかに用事が無ければだが」
「あ、うん。 今日借りれたら借りて、明日読むつもりだったから、それでも大丈夫だよ」
「それは良かった、俺が返してすずかが借りる前に、誰かに借りられたら凄いショックだろうしな」
「…そんな事あったの、雄介君は?」
「あったぞ? 凄く悔しくて、つい待ちきれず新品で買っちゃったけどな次の巻」

 事実である、しかもその次が最終巻だったから、そのまま次も買ったしな結局は。

+++

「よし、これでOKだな」
「うん、あ、ありがとう雄介君」

 次の日、すずかと風芽丘図書館の前で待ち合わせる。
 返却を済ませたら、すぐにでもすずかが借りるためだ。
 今日俺が返す分はまるっと借りるらしいので、そのまますずかが受け取る予定でもある。

 返却処理も終わり、ちょっと冷房の効いた休憩所で休憩中。
 九月になってもまだ昼間は暑いから、こういう所は涼しくていいな。
 そんな時、

「前から思ってたんだけど、雄介君ってあんまり男の子と遊ばないよね?」
「…何だ、急に?」

 やぶからぼうに聞いてきたすずかに、思わず思いっきり怪訝な顔をしてしまった。
 わざわざ合わせて来てくれたとかで、すずかの奢ってくれたジュースを受け取りながら。

「んーと、昨日の山中君とのやり取りとか見てて、やっぱりって思ったんだけど」
「…まぁ、遊ぶって言うのが学校以外って言うなら、あんまりと言うよりも全くと言っていいほど交友は無いけど。 基本的に、校内でだけだしな」

 昨日に引き続きだが、これもまた事実だ。
 山中のレベルを友達と言うのを前提として、基本的に校内でしか交友が無いのだ。
 まぁ、自宅近くに他に聖祥の生徒が居ないと言うのもあるんだけど。
 ついでに言えばアソコは私立で学費もそこそこ高いし、居なくてもおかしくは無いんだが。

「校内でも、ほとんど一緒じゃないよね?」
「まぁな…と言うか、それがどうかしたのか?」

 むしろ、校内ではほとんどすずか達と一緒に居るんだから、聞かなくても分かるだろう。
 いまさらと言えば、かなりいまさらな事だと思うんだが。
 すずかはふぅんなんて言いながら、

「やっぱり、なのはちゃん?」
「…主語が色々抜けてるだろ、何がやっぱりでなのはなんだ?」
「やっぱり、なのはちゃんと居たいからあんまり男の子たちと遊ばないの?」

 …なんでこう、今日のすずかはこんな微妙に答えづらいことを聞いてくるのか。
 しかも、いつものからかう感じの表情じゃないし。

「あー…別に、それだけじゃないぞ? もちろん、それもあるけど…ただ普通に、お前らと居るほうが楽しいし」
「…そうなの?」

 何でそこで、微妙に疑わしげなのか。
 ここで嘘を吐くメリット、まったく無いと思うんだが。

「いやだって、まぁ俺と一番趣味が合うのは、すずかだろう? アリサは…まぁ趣味とかの話じゃないが、親友みたいなもんだし」
「…ふーん」

 いやだから、どうしてそこで疑わしげなのかと。
 嘘は言ってない、と言うか物凄く本音なんだけど。
 それに何と言うか、俺がこう言う事を言っていいのか分からんが…正直なところ、同年代の男子がどうしても子供に思えるんだよな。

 いや、年齢で言えば今の俺はもちろん同年齢だし。
 すずかやアリサ、なのはも、同年齢なのは間違い無いんだが。
 こう…どうも周りの男子とは違い、精神年齢が高いように思える。

 まぁ、子供なのは間違い無いけれど。
 それにあれだよね、子供は女の子の方が精神的な成長は早いって言うし。
 クラスの女子と話した事は少ないが、やっぱり皆男子よりは大人っぽいように感じたもんだ。

「と言うか、急にどうしたんだ?」

 あんまりにも、突然すぎる気がするな。
 そう思って聞いたら、すずかにしては珍しく思い切り眉根を寄せた顔をされた。
 いや、本気でそんな顔をされる覚えが無いんだけど。
 一体何なんなのだろうか…俺、何かしたんだろうか?

 何かした覚え、全然無いんだけど。
 いや、俺に覚えが無いだけで何かしたんだろうか本当に?
 そんな事を内心で考えていると、何やらすずかも何かを考えている様子。
 
 すずかが考え込んでいると、俺には何にもする事が無いわけで。
 しばしそのまま無言で待っていると、ようやく考えが纏まったのか顔を上げるすずか。
 ようやく何かしら答えてくれるのかと、じっとすずか見ていたら。

「…んー実は、雄介君の事が好きって子が居たんだけど」

 …ぱちぱちと、思わず目を瞬かせる。
 はて? 今すずかは何を言ったのか?
 えーと、うん…すき? 隙? 鋤? …好き!?
 は!? いや…え!?

「は、はぁ!? な、何で俺…ってか嘘!?」
「さすがに、こういう事では嘘は言わないよ? それに、何でって言うのは相手の子に失礼だよ?」
「そ、それはそうだが…なんでそんな事をすずかが!?」

 むしろそっちに驚愕だ!?
 なぜにどうして、すずかがそんな事を!?
 と言うか、どうしてそう平然としてますかすずかさん!?

「私が相談されたからだよ? 雄介君の事知ろうとしても、男の子で仲の良い子が見つからなかったんだって」
「そ、そうなのか…って言うか! その、その子は一体何を!?」
「何をって、こういうのは多分ひとつしか無いよ?」

 そ、それは確かにそうだが…!?
 いや、いやいやいやその前にだな!?

「その子には、その…何だ?」
「あ、ちゃんと雄介君は好きな子が居るみたいって、言っておいたよ?」
「そ、そうか良かった…のか?」

 でも悪いけれど、なのは以外を好きになれる気がまずしない。
 何とは言っても、やっぱりなぁ…うん、いろんな意味での年齢差がな。
 なのはだけは、あらゆる意味で例外だけど。
 
「で、そんな事があって、ちょっと気になってたんだけど」
「あ、あぁうん、俺も友達のそんな事聞かれたら気になるだろうし、まぁ仕方ない…よな?」

 いや、気にしても仕方ないよ、うん。
 ビックリしたけど、そうすずかが伝えてくれたなら、もう解決してるって事だし。
 うん、俺は相手の事も何にも知らないんだし…聞かなかったことにしておこう。

「あ、すずか、それなのはは勿論…絶対にアリサには言うなよ? 間違いなく、からかってくるに決まってる」
「うん、そうだね…勘違いも大きくなっちゃうかも知れないし」
「…勘違い?」

 ビクッと肩を震わせてから、慌てたように『あ、気にしなくて良いよ?』などとすずかが言うが、凄く気になる。
 何だよ勘違いって? それにその反応。
 大きくなっちゃうとかってところも、余計に気になるんだけど。
 
「じゃ、じゃあそろそろ、本を探しに行く?」
「…なんか、物凄く誤魔化されてる感があるが」

 ほぼ自動的に思いっきり首を傾げてしまうが、これはもう気にしない方が勝ちなんだろうか?
 いや、うん気にしても仕方ないに違いない…すずかは、こういう時に大抵教えてくれないし。
 凄く重要な事はちゃんと教えてくれるし、まぁ良いだろう。
 あ、そうだ…そういや。

「なぁすずか、この間薦めてくれたのってどんなタイトルだったっけ? ド忘れしちまったんだけど」
「え? えーと…内容は、どんなの?」

 前にすずかに教えてもらったが、その時は今まで読んでたやつを読み始めたばかりでスルーしてたんだよな。
 聞いた感じでは面白そうだと思ったのに、タイトルを完璧に覚えてない。
 内容は…えーと確か。

「あー、ファンタジー系だった気がする。 あと、主人公が女で騎士?」
「あ、あれだね。 …もしかして、今読んでるのもうすぐ終わり?」
「残念ながらな、今回借りる分でちょうど終わりだ」
「…いつもだけど、最終回って分かるとなんか、寂しいね」

 言葉通りに寂しそうな顔をするすずか、まぁ俺も頷くしか無いけど。

「読みたいけど、読みたくないって気分になるよな。 読むけどさ」
「そうだね、続きが気になって読みたいけど、読んだら終わっちゃうって考えると…どうしてもだよね」
「もどかしいものがあるよな、その終わりを見るために読んでるって言うのもあるし」
「ずーっと続いて欲しいって思うけど、でも実際に続いちゃうと多分どこかで飽きちゃうよね?」
「よっぽど面白いか、中身の路線が変更されないとなぁ…」

 と言うか、ふと思うんだが。

「…こういう話、誰か他に出来る奴って居ないよな、そういえば」
「え? …そういえば、そうだね。 アリサちゃんもなのはちゃんも、こういう物語とかはあんまり読まないし」

 二人とも本を読むのが嫌いなわけでは無いが、それでも積極的に読むタイプじゃないんだよな。
 …あー、なのはの場合は、純粋に読みたくないのかも知れないな…国語の成績、あんまり良く無いし。
 まぁともかく、すずかとしてるみたいな会話が出来るほどじゃない。

「アリサなら、何言ってんの?って、一蹴される気がする」
「うーん、ちょっと否定できないね」

 苦笑するすずか、でもアリサならきっと言うと思うんだ俺。
 ああいうタイプは、最終回を読んで読み終わったと達成感を感じるタイプだろうし。
 俺とすずかは、終わってしまったと微妙に寂寥感を感じるタイプ。

「ちなみに、今回俺の借りる予定のやつは?」
「まだ続いてるから、逆に続きが気になって仕方なくなっちゃうかも」

 それはそれで、また難儀なことだ。
 まだ終わらないから続きに期待が持てるけど、逆にその続きがまだ読めないって事だし。
 まぁだが、それよりも先に。

「まずは、俺に合うかが問題だけどな」
「それは読んでみないと、分からないもんね」

 同じ作品を絶賛しても、他の作品では両極端の評価なんてザラにあることだし。
 極端といっても、貶したりするわけでは無いが…そんな事で貶しても、何の意味も無いし。
 完全にその辺のものが一致する人って、そうそう居ないしな。

 すずかとは割りと、その辺りの趣味が一致してるので、けっこう本のやり取りをしていたりするけれど。
 やり取りとは言っても、あれそれが面白いとか情報を交換したり。
 あとは実際に持ってるやつだったら、それを貸したりするくらいしかしてないけどな。

「そういえば、雄介君はこの後どうするの?」
「ん? せっかく暑い中来たんだし、しばらくは居るつもりだ…まだ外暑いしな、もう九月だってのに」

 夏休みの間にも何回かここには来たが、その度に長居している。
 家で冷房つけてると、母さんがうるさいし。
 扇風機だけでは足りないのだよ。

「そういうすずかは、これからどうするんだ? 家に帰って読むのか、せっかく楽しみにしてたし?」
「うーん…それも良いけど、私もせっかく来たんだから、しばらくは見てようかな…他に良いのがあるかも知れないし」

 それは確かに、こまめに探してると見つけたときに嬉しいしな。

「そうか…帰りはどうする? 合わせるか?」
「んー、それは取りあえず見てからで良いんじゃないかな? 帰ろうと思った時に、お互いに声かければ」
「そうだな、じゃあそうする…あーすまん、その前にすずかのオススメの奴の場所、教えて貰って良いか?」

+++

「えーと、確かこっちだった筈だけど、あ…あったよ雄介君」
「お、サンキュ」

 すずかに案内され、示された本を手に取る。
 適当に開いて、軽く読んでみると中々に面白そうだ。

「どう、雄介君的には?」

 ひょっこりと後ろから覗き込んできたすずかが、そんな事を聞いてくる。
 借りることを決めつつ、本を閉じながら

「あぁ、これは面白そうだ。 当たりっぽいし、しばらくはコレで良さげだな」
「そっか、じゃあちょうど良かったね…あれ?」
「ん?」

 急にすずかが変な声を出したので、後ろから覗き込んでいるすずかを見る。
 と見ているのは俺の手元の本では無く、目の前の本棚…でも無かった。
 本棚の、ちょうど俺が本を抜いたところから見える向こう側…そこに居る、車椅子に乗った同年代の子を見ているようだ。

 その視線の先の子は、どうも少し高いところにある本を手に取ろうとしているようで、車椅子に座ったまま精一杯手を伸ばしているようだ。
 ただ、それはどうも後ちょっと…ほんの少しばかり、届かないように見える。
 むぅ…これは、見なかった振りはちょっとなぁ…

「雄介君、これちょっと持ってて!」
「ん、お」

 おい、と呼びかける間もなく、俺の手の上に持ってた本を全て置いて…と言うかほぼ投げて、小走りに駆けていくすずか。
 行き先は、まぁ…間違いなく、あっち側に行っただろうし。
 すずかに渡された本をしっかりと抱えなおして、それから向こう側の列へと移動する。

「あの…これ、ですか?」
「…はい、ありがとうございます」

 予想通りと言うか、俺の視線の先にはすずかの差し出した本を受け取っている、車椅子の…女の子かな?が居た。
 険悪になったりとかも無く、至極良さそうな雰囲気である。
 これなら、まぁ俺が近づいても大丈夫かな?

「おいすずか、もう少し断りを入れるとかはしてくれ。 落としたらどうするんだ」
「あ、ゴメンね雄介君…つい」

 つい、って…まぁ、良いけどさ。
 悠々と歩み寄りつつすずかに声をかけると、車椅子の女の子が驚いたような顔でこっちを見る。
 まぁ、急に見知らぬ人が増えたし、俺は男だしな。
 どうやって声を掛けたものかと、ふと車椅子の女の子に目をやって

「…その本、借りるのか?」
「え…あ、はい。 そうですけど…?」

 その手に持ってる、本が目に付いた。
 それは俺も昔読んだことがある本で、面白かったので自宅にも置いてある奴だ。
 と言うか、なんかちょっとイントネーションがおかしいような…?

 まぁ、気にしてもしょうがないか。
 女の子の持ってる本が入っていた棚、そこから続きの分を二冊ほど取り出して

「それ、話し的にはここくらいまで借りてた方が、ちょうど良いぞ。 その巻だけだと、ちょっと微妙なところで終わっちゃうからな」
「え、あ…そうなん、ですか?」

 あぁと頷きながら、丁寧に女の子の手にある本に重ねる。
 傍目にも戸惑ったような表情を浮かべてるけど、さてどうするか…?

「雄介君、その本読んだことあるの?」
「ん、あぁ…そういや、まだすずかには教えて無かったな。 結構、面白いぞ?」

 今度はすずかがそうなんだと頷いて、そのすずかと俺に視線を行ったり来たりさせる車椅子の子。
 何だか微妙に困ったような顔をしていて、また一体どうしたものかと思う。
 が、すずかはそれが何を示しているのか分かった様だ。

「私、月村すずかって言います」
「あ…あの、私は八神はやてって言います…えっと」

 やっぱりイントネーションおかしくないかなぁなどと思っていたら、車椅子の子…じゃなくて、八神がこっちを見ていた。
 イカンイカンと思いながら、

「俺は佐倉雄介、好きに呼んでくれ。 よろしく、八神」
「あ、はい…えっとよろしくお願いします、佐倉君」
「私は、名前で呼んでくれると嬉しいな…はやてちゃんって、呼んでも良い?」
「あ、うんええよ…その、よろしくなすずかちゃん」

 関西のほうの人なのかなぁとそんな事を一人思いながら、すずかと八神が仲良くなるのを見守っている俺なのであった。


+++裏話②、すずか

「…一応言っておくけど、私は違うよ?」
「う、うん! あの、さ、最初は男子の誰かに聞こうと思ったんだけど…その、佐倉君と仲が良いのが誰か分からなくって…そ、それで!」
「あーうん、それでまぁ他の人に聞くとして、誰が良いかって考えたら、月村が残ったんだけど」

 取りあえず、私は違うことだけ伝えると、井上さんが勢い込んで話し始めて、浅野さんは補足するみたいに教えてくれた。
 確かに、雄介君ってあんまり男の子と仲良さそうには見えないもんね。
 学校でも、大抵私たちと一緒だし。

 って言うか、付き合ってる人は…一応、居ないになるのかなぁ。
 まだ雄介君の片思いだし、付き合ってはいないもんね。
 …そういえば、井上さんは雄介君に好きな人が居るのは知らないのかな?
 こういう事を聞いてくるんだから、多分知らないとは思うけど…でも、知ってて聞いてるかも知れないよね。

「えっと…今、付き合ってる人は居ないと思うよ?」
「そ、そうなんだ…」

 ほっと息を吐く井上さんに、このまま雄介君が片思いしてる事は伝えたほうが良いのかなってちょっと考える。
 雄介君が好きなら、ちゃんと伝えたほうが良いと思うけど…きっとショック、だよね。
 でも、雄介君がなのはちゃん好きなのはもう、私たちの中では明白なんだし…その内、井上さんも気づいちゃうって思うし…

 でも、こういうの雄介君に内緒で教えるのは、マナー違反だよねきっと。
 えーと…名前を言わなければ良いかな?
 好きな人が居るって事だけなら、大丈夫だよね…多分。

 あ、でもその前に、ちょっとこれだけは聞いておきたいかも。

「井上さんは、その…雄介君の、えーとどこが?」

 直接的に言わなかったのは何となく、言ったら井上さんは顔を真っ赤にして喋れなくなるんじゃないかなぁって思ったから。
 まぁでも、井上さんはそれでも顔を真っ赤にしちゃったんだけど。

「え、えと…その、そ、それは…!」

 顔を真っ赤にして慌てる井上さんを、可愛いなぁなんて思う。
 井上さん、もし雄介君がなのはちゃんを好きじゃなかったら、けっこう良い所まで行ってたんじゃないかなぁ。
 男の子って、こういう女の子が好きだって、何かの本で読んだ気もするし。

「あの…い、言わなきゃ…ダメ…?」
「え、あ、そんな事ないよ? ちょっと気になっただけだから」

 本当に恥ずかしそうに、そう言う井上さんに慌てて手を振った。
 そんな井上さんの仕草に、本当に雄介君が好きなんだなぁって改めて納得してしまう。
 私とかに聞いてくるからそうだとは思ったけど、井上さんは本当に雄介君の事が好きなんだ。
 
 うーん…やっぱり、雄介君の応援もしてるけど…女の子として、井上さんの応援もしたいと思う。
 応援って言っても、雄介君に好きな人が居るって事を教えてあげるくらいしか出来ないけれど。
 でも、多分雄介君はずっとなのはちゃんを好きだろうし、それなら早いうちに教えてあげたいって思うし。

「えっと、井上さん?」
「え、あ、な、なに月村さん?」

 私が話しかけただけで、少し動揺してしまっている井上さんには、少しショックが大きいかも知れないけれど。
 でも、内緒にしておくのも、ちょっとダメだよね。
 知らないままで居るのも良いかも知れないけれど、やっぱり雄介君も私の友達で。
 さっきとは反対だけど、雄介君を応援したいって、そういう気持ちもあるから。

「あのね、雄介君今は誰とも付き合って無いけど…ずっと前から、好きな人が居るんだって」

 躊躇わずに、何となく一息でそう伝える。
 きっとショックを受けてる筈の井上さんへと、そっと視線を向けると。

「…そっかぁ」

 そう言って、どこか納得しているような井上さんが居た。
 どちらかと言えば、落ち着いているその様子に、むしろ私のほうがビックリしてしまって。
 少し呆然としていたら、井上さんは少し微笑みながら

「…何となく、そうじゃないかなぁって思ってたから」
「そ、そうなの?」

 確かに、けっこう雄介君分かりやすいけど…
 それは、いつも一緒に居る私達だからで…現にクラスの子に今までそう言う事とか、言われてるのも見たこと無かったけれど。
 そんな風に、内心でちょっと混乱している私に、井上さんは微笑んだまま。

「佐倉君、学校でもずっと一緒だし…そうなのかなぁって」
「…」

 そう言われると、確かにそうだよね。
 去年の夏休みの前まではそうでもなかったと思うけど、その後からはほとんど毎日一緒に居た気がするし。
 しかも井上さんは私が覚えてる限りだと、今年から同じクラスだったし…そう思うのも当たり前だよね。

 でも、そっかぁ…それでも井上さん、雄介君が好きなんだ。
 私がなのはちゃんと仲が良いのは知ってるだろうし、それをわかってても聞いてきたんだもんね。
 雄介君が、なのはちゃんを好きなのを知っても。

「…仲、良いもんね。 バニングスさんと佐倉君」

 …あれ?
 咄嗟に、井上さんの言ったことが理解できなかった。
 えっと、今ちょっと…え、えーとアリサちゃんの名前が出てきたような…?

 き、気のせいかな?
 気のせいだよね、きっと…たぶん。
 だ、だってここでアリサちゃんの名前って…

「二人とも、凄く仲良さそうだし…佐倉君があんな風にしてるの、バニングスさんしか見たこと無いもん」

 …い、良い所見てるけど、違うよ井上さん!?
 た、確かに雄介君、アリサちゃんに対しては他の人と比べてかなり態度とか違うけど!
 アリサちゃんも、雄介君の事を嫌いなわけじゃないけど!
 でもそれは、雄介君からしたら普通の友達なんだよ!?

 え、えと…どうしよう、この状態!?
 こ、これ違うって言ったら、雄介君が好きなのはなのはちゃんだって言うようなものだし!
 でもこれを否定しなかったら、井上さんに雄介君がアリサちゃんを好きだって勘違いさせちゃうよね!?
 二人をそうやってからかう時はあるけど、さすがに雄介君を好きって言う人にそんな勘違いさせられないよね!?

「月村さん、今日は朝からありがとう」
「…う、うん?」

 ち、違うよ私!?
 ここでちゃんと否定しないと…あぁ、でも否定したら雄介君の好きな人を完璧にばらしちゃうし。
 あぁ井上さん、ちょっとだけ待って…まだ戻らないで!

「あ、ちょっと良い月村?」
「え、あ、な、なに浅野さん?」

 井上さんを呼び止めようとしたところで、逆に浅野さんから呼び止められてしまった。

「うん、まぁ分かってるとは思うけど、この事は佐倉には言わないでおいてくれると助かる。 やっぱり、片思いでも相手に知られたら、麻衣も嫌だろうしね」
「…別に、嫌じゃないけど」

 いつの間にか戻ろうとするのを止めていた井上さんが、ポツリとそんな事を呟いた。
 えーと、それはつまり…知られたほうが良いって事だよね?
 けっこう、強かだね…って、それはそれとして!

「う、うん、それは良いけど…」
「そっか、じゃあよろしくね」
「月村さん、今日は本当にありがとう」

 私が言葉を続ける前に、浅野さんも井上さんもそう言って歩き出してしまった。
 呼び止めないといけないけれど、でも呼び止めたら雄介君の好きな人がバレちゃうから。
 流石にそれは幾ら何でも、雄介君になんの断りも無く教えちゃうのはダメだし。

 いやでも、厳密に言うと私が直接言っちゃうわけじゃないんだけど。
 でもでも、ここでそれを否定しちゃうとなのはちゃんしか残らなくって。
 じゃあ言わなければ良いかって言うと、言わなかったら井上さんが勘違いしたままになっちゃうわけで。

「あ…」

 そんな事を必至で考えている間に、井上さんと浅野さんはもうけっこう離れた位置まで歩いていて。
 どうにも、話しかけるタイミングを逃してしまった。

 しばらく、そのままその場で立ち尽くしていたけれど、これ以上ここで考えてても仕方ないと思って、教室へと帰る。

「あ、おかえりすずか。 何の話だったの?」

 教室に戻ってきて、取り合えずアリサちゃんの所に戻るとそんな風に尋ねられた。
 もちろんアリサちゃんは私が何を聞かれたかは知らないし、

(雄介君と今誰か付き合ってないかを聞かれて付き合ってないって答えて、その後好きな人居るみたいだよって言ったらそれは相手も知ってて、それの相手が何でかアリサちゃんだった)

 なんて、言っても信じてもらえない気がする。
 それに行動だけで言ったら、アリサちゃんでもおかしくないし…勘違いしてるのも、仕方ない気がするし。
 そんな事を考えてアリサちゃんを見ていると、

「…なに? 私の顔に、何かついてるの?」

 そんな事を言って、自分の顔を触り始めるアリサちゃん。
 何となくそれを見て、この事はアリサちゃんには言わないでおこうと決めた。
 言っても、アリサちゃんを混乱させるだけだろうし…雄介君には、近いうちにそれとなく話しておこうかな?

 あ、そういえば雄介君に、この間教えてもらった奴の続き持ってるか、聞いておかないと。
 薦められて借りた本、もう多分雄介君が借りてるところまで追いついちゃったし。

「ゴメンねアリサちゃん、そういえば雄介君にちょっと聞きたいことがあるから」
「あ、そうなの? 別に良いわよ…で、その雄介は…?」

 そう言って、教室の中を見渡す私とアリサちゃん。
 運よく、雄介君は居るけど…話し中、かな?
 珍しく…って言うのも何だけど、誰か男の子と話してる。
 まだ、声を掛けるのは止めておこうかな?

「あ、居るじゃない…行かないの、すずか?」
「え? でも、お友達と話してるみたいだし…」
「そう? あしらってるみたいだし、近くに行っても良いんじゃない?」

 そう言われて、改めて見てみると確かにそう見えなくもないけど…
 アリサちゃん、こういうのがあるから、余計に間違えられるのかな?
 まぁでも、言わないって決めたんだから、ちゃんと内緒にしておこうかな。

「それじゃあアリサちゃん、また後でね」
「ん、それじゃね」

 そう言うアリサちゃんと別れて、男の子と話してる雄介君へと近づいていく。
 相手の子は…えっと、あ、思い出した。
 確か、山中悠斗君だったよね。
 私の知ってる中で、一番雄介君と仲の良い男の子だ。

「すずか、何か用か?」
「え、あ…えっと、今大丈夫?」

 私が話しかける前に、雄介君の方から話しかけてきた。
 でも、まだ山中君と話してる最中だし…
 そう思って山中君を見ながら躊躇っていると、それに気づいたのか雄介君が山中君を横目で見つつ。

「問題ない、気にしなくても大丈夫だぞ」
「うぉーい、何てこと言うんだよ佐倉ぁ」
「やったけど分からない問題があるって言うならまだしも、お前みたいに完璧に忘れてた奴には教えないようにしてるんだ。 だから帰れ、もしくは諦めろ」

 ちくしょーなんて言いながら他の人の所に行く山中君を見送って、改めて雄介君に目を向ける。
 こんな感じで対応してるから、雄介君には男の子の友達が居ないって思われてるんだろうなぁ。
 まぁでも、ちょうど良いと言えばちょうど良いんだし…とりあえず、自分の用事を済ませようっと。


+++後書きと謝罪&言い訳
 えーはい、まずは一月も更新が空いてしまい、楽しみにしていらっしゃる方が居りましたら、大変申し訳ありませんでした。
 原因は端的に申しまして、この夏の暑さによってSSを書く気力が根こそぎ奪われていたのです。
 えぇ、要はやる気の問題なわけなのですが、そのやる気が根こそぎ熱さで奪われてしまいまして。
 しかも脳内で組んでいたプロットも消えてしまい、再構成したらはやての登場がかなり早いとかのアクシデントも重なりまして…えー、ともあれ更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 今回は話的に、とてもアップダウンというか盛り上がりの薄い話だと思います。
 基本、すずかと雄介の関係性の再確認と、感想に引っ張られてクラスでの雄介とかの立ち位置の説明回になってしまいました。
 最初そうだったので、初めと終わりの裏話の部分を追加したのもあります。

 えーあーと、色々言いましたが、これからは暑さも緩むでしょうし…更新ペースは落ちますが、書いていこうと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
 あ、表記は無いですが、28.5話も同時投稿です…内容はなのは夏祭りデートの後編…のようなものですので、こちらもどうかよろしくお願いします。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/11/07 00:59
+++

「実は、前から何回か見たことはあったんよ? 同い年くらいの子が居るなぁって、思ってたんやけど」
「そうなんだ…私も、何回か見たことはあったよ? 雄介君は?」
「俺? 俺は、あんまり周りを見ないからなぁ…」

 図書館に来たら、見るのはまず本だし。
 読み始めたらまた、その本の世界に入り込むタイプだしな俺。
 時々すずかと会った時だって、探したわけでも何でもなかったし。

「あ、私は何回かあったんよ? 同い年くらいの子で、男の子って珍しかったし…それに、何か雰囲気もちょっと変わっとったし」
「雰囲気?」

 思わず首をかしげる俺に、八神はうーんと考えるように唸る。
 雰囲気と言われても…間違いなくオーラがあるとか威圧感があるとかでは無いと思うが。
 そういうのから、一番かけ離れた人間だってのは、自分で良く分かってるし。

 だがすずか、どうしてお前はそんなにあぁってみたいに頷いてるんだ?
 納得、みたいな顔しないでくれ。
 何だ、俺ってそんなに変わった雰囲気なのか?

「何と言うか…同い年くらいやのに、全然そうは見えんなぁとか?」
「あと、見てるだけなら年上に見えるんだよね」
「…とかって言われてもな、つーか何だ見てるだけって」

 それはあれだろうか、俺が精神的に年上な雰囲気が出てたって事だろうか?
 って言うか、初対面なのに八神ってけっこう物怖じしないな。
 …あれか、口調的に関西の人っぽいし、やっぱり関西の人はフレンドリーな人が多いんだろうか?

 そしてすずか、お前の言葉の端々に悪意を感じるんだけど俺は。
 だけって何だ、だけって。
 後はやてと顔を見合せて、ウンウンと頷き合うな。
 お前ら、本当に今日会ったばかりなのか疑わしいくらいだぞ?

「あ、でも今はちゃんと同い年やなぁって思うで?」
「へぇ…」

 いやいや、それはそれで内心複雑だ。
 俺の場合、間違いなく精神年齢は高い筈なんだけど。
 …あーでも、すずかやアリサみたいに精神年齢が高い奴も居るし、八神もそんな感じだろうか?

 そんな事を三人で、つれづれに話し続ける。
 今日知り合ったばかりだが、八神の社交的な性格と同じ読書好きと言うこともあり、話題はなかなか途切れない。
 そしてふと、すずかが

「そういえば、はやてちゃんって図書館には良く来る?」
「んー、けっこう来とるよ? すずかちゃんに佐倉君はどうなん?」
「私は、週に二日か三日くらい…雄介君は?」
「俺はすずかと同じくらいだな、大抵本を三冊くらい借りるし…だいたいそのくらいだ」

 そっか、とすずかは頷いて。

「じゃあ、はやてちゃんって普段は何時くらいにここに来てる?」
「そうやなー、あんまり決まってへんけど…どうしたん?」

 八神が首をかしげてすずかに尋ね、聞かれたすずかは笑顔で当然のように。

「来る時間が決まってれば、今度はその時間に来てみようかなって」

 そう言われ、目をパチパチと瞬かせ驚いたように見える八神。
 そのまま見ていると、少しずつ顔を輝かせ始めて。
 うん、分かりやすい…一つくらい、手助けするか。

「すずか、八神があんまり決まってないんなら、普段俺たちの来る時間を教えといたらどうだ?」
「あ、そ、そうやね! それやったら、私の方が合わせて来ればええんやし!」

 八神、喜びが押さえきれてないぞ。
 現在進行形で、車イスから身を乗り出さんばかりに興奮してる。
 そんな八神を見つつ、すずかにも視線を向けると、ちょっと笑いそうになってた。
 まぁ、悪い意味での笑いでは無いだろうけど。

「それもそうだね…私も雄介くんも、平日は大体夕方だよね?」
「そうだな。 俺の場合、休日は逆に午前中に来るけど」

 そう俺たちが言うのに合わせて、八神がうんうんと嬉しそうに首を縦に振っている。
 それにしても、ちょっと予想以上の食い付きだな。
 …偏見になるけど、やっぱり足も悪そうだし、仲の良い友達は少ないんだろうか?
 病院通いとか、欠席が多いとかは普通にあるかも知れないし。

 まぁでも、ただ純粋に図書館で同年代の子に会ったことが無いだけかもな。
 それに図書館で会ったのなら、大抵は読書好きって事になるだろうから、そういう点で嬉しいのかも知れない。
 読書好きなんて、あんまり遭遇する機会も無いしな。

+++

「へぇ、八神もライトノベルとか読むのか」
「けっこう読むんよ? 面白いし、読みやすいしなぁ」

 あれからしばらくしそろそろ帰ろうかと言う話になって、現在は八神の車椅子を俺が押しながら、図書館の出入り口へと向かっている。
 八神の手には、すずかの取ってあげた本とその続き、ついでに俺の借りる分も持って貰ったりしてる。
 俺が後ろから、すずかは八神の横に並んでる状態で、話しながら出入り口を目指して。

「佐倉君も、けっこう読むん?」
「一番読むのが、その辺りだな。 次が漫画で、その次に普通の小説とかそんな感じだ」

 ライトノベルも小説や無いん?と言う八神だけど、この二つは分けても良いと俺は思う。
 いや、俺の勝手な考えだけどさ。
 挿し絵の有り無しで分けるわけじゃないが、何と言うか読むスタイルが違うと思うわけだが。

「すずかちゃんは、普段はどんなんを読むんや?」
「私は、普通の小説とか文学作品の方が多いかな…最近は、ちょっとライトノベルって言うのも読むようになったけど」

 そして、ね?と言わんばかりに俺に視線を向けるすずか。
 キョトンとした顔をして、後ろに居る俺を見る八神。
 何て言おうかと考えて、

「あー、すずかが読んだこと無いって言ってたからな…色々勧めて、洗脳した?」
「言葉のチョイスのセンスに、20点やな」

 ほぼ初対面の八神に、ダメ出しをされてしまった。
 しかも、点数かなり低いし。
 そしてすずかに視線を向ければ、

「5点かな?」

 さらに低い点数を言われた。
 そしてニコニコと視線を合わせる二人に、本当に今日会ったばかりなのか疑問しかでない。
 そしてさらに、どうにも八神とアリサが被って仕方ないんだが。

 被ると言うか、同類の気配がする。
 すずかとのコンビネーションが、この上なく抜群な辺りも、それをさらに増長させる効果しかない。
 まだ会ったばかりだが、なのはとかの事は匂わせただけで食い付いてきそうだ。

 そんな感じにダラダラとしながら、ちょうど図書館の出入り口に着いたところで

「あ、佐倉君もう押さんでええよ?」
「ん、何でだ?」

 唐突に言われたので、とりあえずそう聞くと。
 八神は出入り口の所に立っている人を指差して、

「お迎えが来とるんよ」
「そうか、冥福を祈る」
「そっちやないっちゅーねん」

 俺も大分八神に慣れたので、そうやって冗談を返したら大阪風な突っ込みをもらってしまった。
 っていうか、八神は反応が早いな。
 唐突に言ったから、キョトンとされるかもと思ってたけど。

 そんなやり取りはさておき、八神はおもむろに片手をあげて、お迎えらしき人に声をかける。

「シグナムー!」

 八神の呼び掛けに、出入り口に居た髪を後ろで一つに纏めている人が反応した。
 その人は少し辺りを見回すような動きをした後、こちらを向いてそのまま歩いてくる。
 近づいてくるその人を見てみれば、八神よりは結構年上そうだし、お姉さんか何かだろうか。

「お迎えありがとうな、シグナム」
「いえ…お友達ですか?」

 え? 何だこの言葉遣い?
 なんか変に丁寧すぎないか、明らかに八神の方が年下だけど?
 思わずすずかに視線を向ければ、すずかは特に疑問に思っていない様子。

 何故?と考えれば、そういえばすずかの場合はノエルさんやファリンさんが居たかと思いなおす。
 もしかしたら、このシグナム…さんとやらも、そんな感じなのかもな。
 密かにそんな事を考えていたら、シグナムさんからじっと、すずかと一緒に視線を向けられていた。
 うわ、なんて思っていると。

「そうやよ? と言っても、今日なったばっかりなんやけどね」

 そう言って、今度は八神がこっちを見ていた。
 え、何だ一体?と一瞬思ったがこれはあれか、自己紹介した方が良いって事だろうか?
 俺がそんな事を自問している横で、さっさと自己紹介を始めるすずか。

「えっと…始めまして、月村すずかです。 はやてちゃんとは、今日お友達になりました」
「えー…佐倉、雄介です。 八神とは今日会ったばかりですけど、まぁ友達…だよな?」

 最後に、何か言ってて自信が無くなってきたので、思わず八神に尋ねてしまった。
 八神が何言ってるの?みたいな顔で見ていたのには、ちょっと納得できないぞ。
 いやだって、初対面なのにそう簡単に友達を名乗って良いのか分からないじゃないか。
 まぁ八神を見るかぎり、杞憂だったみたいだけど。

 そんな感じの視線のやり取りの後で、改めて八神を迎えに来たシグナムと言う人を観察する。
 観察するとは言っても、単に雰囲気とかを見るだけだが…何と言うか、第一印象としては、強そうな人?
 柔道とか、空手とか剣道とか、そういう武道とか何かをやってそうな雰囲気だ。
 後、子供な俺たちにもちゃんと会釈する辺り、良い人なのは間違い無さそう。

「ほんなら、お迎えも来たし…すずかちゃんも佐倉君も、また今度な?」

 そう言って、八神の差し出した俺の分の本を受け取って。
 シグナムさんが改めて会釈しながら、俺の居る車椅子の後ろに回ってきたので場所を明け渡す。
 そしてシグナムさんが、一回車椅子の正面をこちらに向けたので。

「うん、じゃあねはやてちゃん」
「また会ったら、何かオススメの本でも教えてくれ」
「またな、すずかちゃんに佐倉君。 そうやね、何か男の子の好きそうなの頑張って探しとくわ」

 そう言い合って、さらに車椅子を押しているシグナムさんにも一礼。
 同じように一礼を返してくれて、そこで改めてシグナムさんが車椅子を反転させた。
 そのまま車椅子を押されながらも、体を捻ってこっちに手を振る八神に手を振りかえしながら、すずかと一緒に見送って。

「俺、関西系の人と知り合ったのは初めてだ」
「私もそうだよ? でも、はやてちゃん良い子だったね?」

 八神が見えなくなって、そんな会話をかわす俺たち。

「それは確かに、でも良い子って子供扱いしてないかそれ?」
「…そうかな?」

 本当に不思議そうに首を傾げてるから、今回は前と違って他意は無かったらしい。
 ともあれ、そんな会話をしながら俺たちも帰路へと着き。
 それが関西弁の女の子、八神はやてとの初めての出会いだった。

+++

 そして、あれから二日後。

「あ、ねぇ雄介君? 雄介君って、今日は図書館に行く?」
「ん? あー、行こうかなとは思ってたけど?」

 帰り際に、急にすずかから呼び止められた。

「そっか、あのね? はやてちゃんに、明日は私は来ないって事を伝えて欲しいんだけど」
「あー…それは良いけど、会えるかどうか分からないぞ?」
「ううん、多分雄介君も絶対に会えると思うから」

 いやすずか、多分と絶対は一緒に使うものじゃ無いぞ?
 って言うか、何をもってそんなに自信満々に会えると断言できるんだ?
 別に、今日会う約束なんかもしてないんだけど。

 そう言おうと思ったんだが、何やらすずかには確信があるようで。

「うーんとね、私は昨日図書館に行ったんだけど」
「昨日? 一昨日に行ったばかりなのにか?」
「うん、はやてちゃんに会えるかなぁって思って」

 なるほど、と思いつつそれだけなら、確信には至らないんじゃないかと考えて。
 まぁ何か他に理由があるんだろうなぁと思いながら、とりあえず話を聞き続ける。

「それで、図書館の中を回ってればもしかしたら会えるんじゃないかなって、考えてたんだけど」
「うんうん」
「それで、はやてちゃんを見つけれたんだけど」

 再び、うんうんと頷いていると…何だか微妙にすずかが笑ってる。
 何だろうと思わず首を傾げるが、すずかはただ小さく笑うのみ。
 俺の行動に笑う所は無いだろうから、思い出し笑いか何かか?

「何て言うかね…はやてちゃん、猫みたいだったの」
「…はぁ?」

 すずかの言葉に、思いっきり怪訝に問い返してしまった。
 何だよ、猫って?
 性格的にか、それとも何か他のか?

「昨日、はやてちゃんを私が先に見つけたんだけど…ちょうどはやてちゃんの後ろからでね? しばらく、はやてちゃんは私に気づかなかったんだけど」
「?あぁ、それで何が猫なんだ?」

 えっと、と前置きしてから、すずかが詳細を語りだす。

「はやてちゃん、本読んでるみたいだったから、しばらく声をかけようか迷ってたんだけど…しばらく見てると、急に本から顔を上げてキョロキョロ辺りを見回したりしててね」
「ほうほう…」

 頷きながら、そんな八神をちょっと想像…何となく、猫と言うのも分からなくもない。
 でも、それって別に犬でも何でも良いんじゃないか?
 多分、すずかが猫好きだから例えが猫になったんだろうけど。
 と言うよりぶっちゃけ、すずかから見たら誰でもそう見えるんだろうなぁ。

「なぁすずか、話が逸れてないか?」
「そうかな? 一応、逸れてないよ? …それでね、はやてちゃんたまに顔を上げて辺りを見て、それから時計を見てまた本を読んでたんだけど、そうやって回りを見るたびに何だかちょっと元気が無くなっていってね?」

 取りあえず頷きながら、またちょっと想像してみる。
 ふむ…ぶっちゃけ、それって犬の方が合ってるんじゃ?
 なんて言うかこう、主人の帰りを待つ忠犬とかの方が想像が付きやすい。

 と言うか、何となくすずかの言いたいことが分かってきた。
 八神がそんな風に見えたって事をこんな風に強調して言うんだから、もちろんこれに関係してきてるわけで。
 例えば、これをなのはで想像してみると個人的には分かりやすかったりするが。

「つまりあれか、俺たちを待ってたんだな八神は」

 本を読んでいるところを、うなだれてるように想像してみればより分かりやすい。
 キョロキョロしてたのは探してたんだろうし、時計は一昨日言っておいた俺たちの来る時間を見てたんだと考えて、そこまで考えれば当然ちょっと元気が無くなっていた理由も想像が付く。
 それはもう俺たちを探して、それで見つからなかった以外には解釈できないな。

 いや、俺たちじゃなくてすずかだけかも知れないけど。
 会ったばかりは一緒でも、俺は男だしな。
 うん、メインはすずかの方だろうな。

「その後話しかけたときに聞いてみたら、やっぱりそうだったみたいだし…だから、多分今日も居ると思うよ?」
「あー…確かに、それなら居るかもなぁ」

 会った次の日なのに、それでも俺たちを探してたのなら会えそうだ。
 だって普通に考えれば、毎日行くわけも無いし。
 大抵は、借りた本を読みきってからだから一日は置くだろう。

 いや、俺の経験上なんだけどな。
 八神がもの凄く速読で、昨日借りてたのを既に読みきった可能性も、もちろんあるにはあるが。
 まぁ、ともかく昨日図書館に居たんなら、今日もまた来る可能性は高いだろうな。

 すずかの言葉を信じれば、明日も明後日も待ってそうだし。
 行かないのに、それをさせるのは心苦しいし、連絡も取れないんだから俺が伝えるのもありか。
 八神的には期待外れかも知れないが、そこは我慢してもらおう。

「…ん? 携帯の番号とか、交換しなかったのか昨日は?」
「しようとは思ってたんだけど、つい話しに夢中で忘れちゃって」

 なるほどと頷きながら、改めてすずかには了承を伝えて。
 そして実際、図書館に到着して八神を探し。
 まさしく、すずかの言葉通りの現場に遭遇した。

「……」

 別に観察するつもりは無かったが、ちょうど見つけたその時がすずかの言ったとおりの状態だったのだ。
 本を読むスペースに座って、キョロキョロと辺りを見回す八神。
 八神が向いているのは、ちょうど図書館の玄関が見える方角で、先に本を探していた俺はちょうど反対側に居ることになってしまって。

 と言うか、まだ外を見てるのは俺が来たのを見逃したのか、それとも俺はどうでも良くてすずかを探してるのか。
 後者だったら、けっこうヘコむなぁ…いや、考えないでおこう、うん。
 そんな事を考えながら見ていたら、俺でも分かる位に肩を落とした八神がまた本を読もうとしてるところだったので、気を取り直して声を掛ける。

「よう、八神」
「うひゃあっ!?」

 後ろから声を掛けた瞬間、八神が飛び上がらんばかりに驚いていた。
 車椅子じゃなかったら、転げ落ちてたんじゃないかと思うくらい…と言うか、俺も驚いてる。
 ただ、振り返った八神が俺以上にもの凄い勢いで慌てているので、その八神を冷静に観察できる程度には落ち着いた。

「あー…落ち着け、取り合えず」
「な、ななな…何やの、いきなり!?」
「落ち着け、確かに行き成りだったけど、取り合えず落ち着こう」

 主に、周りの視線が痛いから。
 そうとは言わなかったが周りに視線をやっていると、八神も気づいてくれたのかハッとして体を縮めた。
 そのまま恥ずかしそうに周りを見渡して、誰も自分たちを注目してない事を確認してほっと息を吐いていた。

「で、前に座っても良いか八神?」
「え、あ、もちろんや。 こんにちは、ゆ…佐倉君」

 OKを貰ったので八神の前の椅子に座りながら、挨拶を交わす。
 って、八神が今読んでるのは俺がこの間オススメした奴…しかも二冊目か。
 という事は別に読むのが早いわけじゃなくて、やっぱりすずかに会うために待ってたのか。

「それ、面白いよな」
「うん? あぁ、そやね…それに、佐倉君の言うとおり前の巻だけやったら、ちょっと物足りなくなるところやったし」

 そんな事を話しながら、さっき微妙に俺の事を名前で呼ばなかったかと思う。
 いや、ゆ…としか聞こえてないから、確証は無いけど。
 もしかすると、すずかと話してる時はその呼び方だったのかも知れないな。

 そんな感じに、八神と会話しながら。

「そういえば、今日は八神に残念な知らせがあってな」
「へ? 何なん、一体?」

 唐突に、そんな風に切り出してみた。
 キョトンとした顔をしているが、悪い方向の話とは思ってないようだ。
 うん、何故だか八神は話しやすいというか、冗談を言いやすいな。

「すずかからの伝言で、すずかは明日は来れないってよ」
「あ、そうなん?」

 特に気にした風も無く、頷く八神。
 何で俺がすずかの伝言を伝えたのかとかは、気にしてないようだな。

「ちなみに、俺は明後日は学校も休みだし、来るつもりだったりするが」
「あ、そうなんや…明日は、来んの?」

 明日、ねぇ…来ようと思えば、来れるけれども正直な気持ちとして。

「流石に、毎日来るのは面倒くさいんでな」
「うわ、身も蓋もないんやねぇ」

 そう言うわりに、顔は笑ってるぞ八神。
 うーむ、ちょっとくらい寂しげな顔をするかとも思ったけど、そうでも無かったか。
 アリサなら似た事があったら、間違いなく不満そうな顔するだろうし。

「あ、それやったら明後日はすずかちゃんと一緒に来るん?」
「ん、明後日か…」

 言われて、改めて考えてみる。
 確か、明後日は何も用事は無いって、前に聞いた気がする。
 と言う事は別に俺が誘わなくても、八神に会うために来るだろうなきっと。

「あー、そうだな多分一緒だ。 まだ誘ってないから、決まってるわけじゃないけど」
「そうなんや、それやったら私もまた明後日に来ようかなぁ」

 そう言うが八神の場合は、昨日と今日の行動からすると間違いなく来るんだろうなぁ。
 …うん、明後日にちゃんとすずかを誘って、来るとしようかな。
 読書友達なんて、俺もすずか以外には居ないし…読むものも、似てそうだしな八神とは。

「まぁ、俺は今日借りるのも読み終わってるだろうから、間違いなく来るし…すずかも、ちゃんと誘っておいてやるよ」
「わ、ありがとうな佐倉君」

 俺がそう言うと、本当に嬉しそうな顔をする八神を見て。
 今のところ自分の用事もないし、なのはからでも誘われない限り図書館に来るのを優先するか…有り得ないんだけどな、そんな事…。
 ってイカン、何を想像で落ち込んでいるか俺は。

 そんな風に、八神としばらく話をして。
 学校帰りだから、そう長居する事も出来ないのでそろそろ帰ると言った所、ちょうど八神も帰るらしいのでまた車椅子を押して図書館の出入り口に向かう。
 そして、またちょうど出入り口へと到着したところで。

「あ、佐倉君? 今日もここで良えよ?」
「今度は地獄か?」
「いや、だからそれやないっちゅーねん」

 二度ネタで突っ込みを貰いつつ、迎えが来てるのだろうと周囲に視線を巡らせて。
 あれ…? シグナムさんは、居ないか?
 シグナムさんは背も高かったから、けっこう目立つと思ったんだけど…何故だか見当たらない。

 軽く首をかしげながら辺りを見ていたら、赤毛を二つの三つ編みに分けている女の子が近づいてきた。
 パッと見て、俺や八神よりは年下っぽい女の子で、その子は何故だか真っ直ぐにこっちに向かってきている。
 内心で更に疑問に思いながら、何かこちらに用なのかと声を掛けようかと考えて。

「お迎えありがとな、ヴィータ」
「…ん」

 気さくに声を掛け頭を撫でる八神と、大人しく撫でられている女の子にかなりビックリした。
 何回か瞬きして、凄く自然に頭を撫でている八神と撫でられて嬉しそうに見える女の子…ヴィータって言うんだっけか?
 ともかく、そんな二人を見ていたら。

「…? どーかしたん、佐倉君?」
「え? あ、いや…八神の妹か?」

 この間のシグナムさんと同じように、あんまり雰囲気とか似てないけどと思いながら、そう聞いてみる。
 すると何でか、八神は嬉しそうな顔をして。

「んー、そんな感じやね。 親戚の子何やけど、妹みたいなもんやし」

 そう答える八神は、それは本当に嬉しそうに見えて。
 姉妹…じゃなかったか、取り合えず仲が良いんだなと納得した。
 そしてふと、ヴィータ…ちゃんの方に視線を向けると、

「…」

 何でか、ヴィータちゃんからのもの凄く不審そうな視線が出迎えられてしまった。
 思わずヴィータちゃんから、ヴィータさんと呼んでしまいそうになるくらいの眼力だ。
 身長は俺のほうが高いから、下から見上げられてるんだけど、全然そんな気がしない。
 むしろ、何か威圧されてる気までするんですけど…!

 何? 何故、何で俺?
 と、内心でそんな風に慌てていたら。
 八神がヴィータちゃんの背中を俺のほうに押しながら、唐突な一言。

「ほら、佐倉君に挨拶してなヴィータ?」

 驚いて一度八神を見るヴィータちゃんだが、すぐに俺に視線を向けなおした。
 …でも相変わらず、その視線は凄く不審そうな、不満そうな視線。
 俺、何かしたか? 全く身に覚えが無いんだけど?

「…ヴィータ、です」
「え、あー…佐倉、雄介です…よろしくな、ヴィータちゃん?」

 無愛想気味だったけど、気にしないで…本当は、気になるけれども挨拶を返す。
 ってか俺としては、普通に挨拶したつもりなのに、目の前のヴィータちゃんの眉根が凄く顰められてるんですけど。
 本当に、何? 俺、何かしたかマジで?

 ヤバイ、これはきっと俺ではどうしようも無い。
 そう直感したので、八神に救いの視線を向けてみる。
 が、届いていないのか八神は首を傾げるばかり…どうしろと言うんだ、俺に。

「今日は一人で来たんか、ヴィータ?」
「ううん、ザフィーラが表で待ってるよ」

 八神に声を掛けられた瞬間、俺へと向いていた不審げな視線が跡形も無く消えるヴィータちゃん。
 何この変わり身、なんて思いつつ視線が外れたことに思わず安堵する。
 いや、だって小さな女の子のする視線じゃなかった気がするよ、本当に。
 
 見た目の印象で、何か気の強そうな感じはするけど…そういうのを超越してた気がしてならない。
 ヴィータちゃんは、はやてと別ベクトルでアリサにそっくりだ。
 初めて会った頃は、アリサにもこういう視線を向けられてたしなぁ…

 あの頃はどうしてたかと、ふと思い出そうとして…すずかが間に入ってくれてたなと思い出した。
 うん、今度会うときは、是非ともすずかの居るときが良い。
 何となく、すずかはこういうタイプには強そうだし。

「佐倉君、どうかしたん?」
「ん? あぁいや、何でも無いぞ…単なる考え事だし」

 そうなんかと言われたので、そうなんだと返して。
 まだ何か、言いたそうな視線のヴィータちゃんは視界からちょっと外す。
 そこはかとなく怖いし、出来れば次はすずかの居る時に会いたいと思う。

「それじゃ、また今度な佐倉君」
「あぁ、今度会うときには、なんか面白そうなの探しておいてやるよ」

 無言のまま、ヴィータちゃんが車イスの後ろに回って来たので、大人しく場所を明け渡す。
 自己紹介されるとき以外、一言も喋ってないなぁなんて思いながら、八神と挨拶を交わして。
 でも俺の前を通りすぎるときに、無言のままだったけれど一礼していったので、まぁ悪い子ではないんだなぁ。


+++後書き、にすらなっていないです…。
 ヤバイ、何がヤバイって全然書けなくなってる自分がとてもヤバイです…!!
 夏場は仕方ないなどと嘯いていたら、涼しくなっても全く書けない自分にかなり絶望中です…。
 何故、と考えたらちょうど書けなくなったあたりに、仕事でまるっと半日はPCにかじりついているので、その所為なのかと自己弁護を心の中でしながら、書き上げてました。

 次回は、とっととARISA書いて区切りをつけようと思ってたのですが、ちょっと次回も本編書きます。
 一番大事な本編書けなくなるとか、そんな事態にならない内に昔のペースを目指そうかと…!
 とは言え、ARISAもネタは固まってるので、風化しない内…次の次くらいには、書く気で居たりしますが。

 ちなみに今回の話、インターミッションですねコレ。
 すずかとはやて、そしてヴィータにちょいでシグナムが出ました…何となく、最初に会うのはシャマルさんじゃなくて良いと思って書いたら、こうなってしまいましてww
 ヴィータの対応は、初対面で異性だったらこんなのもありかなぁと。

 そして、お詫びというのもおこがましいのですが、長らくお待たせしてしまった謝罪に、作者の十和がここで『男子が花道』を書く前に、自サイトで発表した短編の中でも自信のあるものを三つほど公開させていただきます。
 お暇なときに、暇つぶしの変わりでもなればと。
 多少は気が向いたときに改定してましたので、明らかにレベルが違うという事はないと思いますので、よろしければご覧くださいませ。
 一番最後の、タイトルは【オマケ『短編集』】とつけております。

 それでは、また次回に更新に!!



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十一話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/11/25 00:15
+++

 図書館から八神の家へと向かう途中で、ポツリとすずかが呟いた。

「雄介君って、自転車持ってたんだね」

 俺が八神の車椅子を押しているので、代わりにすずかに持ってきてもらってる俺の自転車。
 最初は図書館に置いてこようかとも考えたけど、八神の家からの方が俺の家に近そうだったから、すずかに頼んで代わりに押してもらってるのだ。

「そりゃあ、持っててもおかしくない…すずかに見せるのって、そういえば初めてだったか?」

 うんと頷くすずかに思い返してみれば、なのはにもアリサにも見せたことがなかったかも知れない。
 なのはもアリサも、自転車は持っていなかったような気がするし。
 とそんな事を考えていたら、八神が首をぐいっと後ろに倒して、車椅子を押している俺を見上げてきて。

「普段は、佐倉君は乗っとらんの?」
「そうだな…そういえばすずかと遊んだりするときとか、大抵は歩きか車で移動だったし。 学校行くのもスクールバスがあるから、そういえば俺も久しぶりに乗ったんだったな」

 一緒に遊ぶ時にどこかに行くならば、大抵は近場だったし…遠くに行きたいときは、それこそ鮫島さんとかノエルさんの運転する車。
 後は本当にたまに、翠屋JFCの練習試合も士郎さんが運転する車で連れて行ってもらってたし。
 …俺って、実は結構運動不足か?

「朝会うときはバスだし、帰りは歩くか一緒に車だったよね」
「そう言われると、確かに一回も見せたこと無かったな…俺も、最近じゃ一人でちょっと遠いところに出掛ける時にしか使ってないし」
「と言うか、すずかちゃんと佐倉君は同じ学校なん?」

 あれ? 言ってなかったけ?
 なんて思わず顔を見合わせてから、そういえば言ってなかったなと思う。
 八神からしたら、まずそこが気になるよな。

「うん、そうだよ」
「あれだ、聖祥って言って分かるか? 私立の付属小学校だけど」
「おー、あそこなん? ええなぁ、私も学校行けるようになったら、聖祥に行きたいなぁそれやったら」

 …今、何気ない会話の中で割りとショッキングな事実が。
 なんと八神って、学校に行ってないようだ。
 いや、だって学校行ってるなら違う学校だと残念がるか、同じ学校だと驚くかの二つしか無いと思うし。
 いやまぁ確かに、そんな事もあるかもなぁくらいは考えたけど…まさか事実とは。

 よし、何か他の話題を…!

「あー話を戻すが、すずかは自転車持ってないのか? 今まで、見たこと無いんだが」
「うん。 正直に言うと、今まで必要なかったし」

 確かにな、俺もそれに便乗してるから、ここ最近は自転車をめっきり使わなくなったし。
 そんな風に言葉を交わし改めて、何故いま図書館から八神の家に向かっているのか。
 何とはなしに、その経緯を思い出す。

+++

 八神と話した二日後の朝、俺はすずかに電話を掛けていた。
 別に、すずかを誘うのを忘れてたとか、そういう訳では無い。
 ちゃんと昨日のうちに、図書館に行かないかって誘っておいたし。

『もしもし? どうかしたの雄介君、私はもうちょっとで家を出るところだよ?』
「うわ、それはギリギリだったな」

 いや、別に携帯に掛けてるから、実の所どうって事無いんだけどな。
 まぁでも、取り合えず家を出る前でよかったと思うのは本当。

「それはそうと…スマン、すずか。 悪いんだけど、図書館には先に行っててくれないか?」
『え、それは良いけど…何かあったの?』
「ん、まぁ軽いトラブルと言うか、自業自得な状態に?」
『そうなの?』

 この状態になったのは自分の所為だし、最初はここまでになるとは思わなかったし。
 すずかとの約束の時間に間に合わないと悟ったのもついさっきで、こうして電話してるんだけど。
 解決にも多少時間が掛かりそうだし、八神を待たせるのも心苦しいから、すずかには先に行ってもらいたいんだよな。

「まぁ、俺もなるべく早く行くから、気にせず行ってくれ」
『んー、そっか…あ、じゃあノエルに言って、雄介君のが終わってから迎えに行ってもらおっか?』
「…いや、それは心の底から遠慮する」

 心苦しい上に、物凄く申し訳なくなるからなソレ。
 つーか久しぶりに聞いたよ、すずかのちょっと天然なとこ。
 たまにこう言うことを言ってるのを聞くと、あぁそういえばお嬢様なんだと改めて思うねホントに。

 あれ? ちょっと待てよ?
 すずかは普通にお嬢様で、アリサの奴も確かそうだ…二人とも家とかとても大きい上に、アリサなんかは似合わん事に、肩書きだと大企業の令嬢を名乗ってもおかしくは無かった筈だよな?
 で、なのはの家は自営業となるわけだけど、家と店舗は別だし…自宅も大きい部類に入る。

 …改めて考えると、マンション住まいの俺ん家とは凄い格差だ。
 普通に過ごしてたら、関わる事も無かったんじゃなかろうか?
 いや、そもそも男女で分かれるだろうから、そこの所は関係ないか。

『?もしもーし、雄介君?』
「え、あ…な、何だ?」
『何だって言うか、雄介君が急に黙っちゃうから何だけど…どうかしたの?』

 急に俺が考え込んだせいなので、素直に謝罪する。
 うん、格差とかそんな事考えてても仕方ないよな。
 そもそも、普段はそんな事は少しも感じないんだし。

「あー取り合えず、別に迎えに来てもらわなくても大丈夫だ。 安心して八神の所に先に行ってくれ」
『うん、はやてちゃんには後から来るって言っておくね?』
「あぁ、悪いけどよろしく」

 そう言って電話を切り、何とはなしに部屋を見渡した。
 そこには、電話をした原因が広がっており、思わずため息を吐いてしまう。

(まぁ…これを片付けないと出掛けられないし、どうしようもないか)

 心のなかでそう一人ごちて、改めて作業を開始した。

+++

「ひ、久しぶりにこんなに全力で自転車漕いだな俺…!」

 用事をようやく済ませて、自転車を全力で漕いで図書館へと到着。
 久々に乗ったので、ちょっと体力的にキツかった。
 普段の移動が、のんびり徒歩か車に限られてたのが原因か。

 そんな事を考えながら、自転車を駐輪場に止めて、改めて図書館の入り口をくぐる。
 さて、どこにすずかと八神が居るかと視線を巡らせて見れば。
 とうに俺は見つかっていたらしく、少し離れたところから手を振っている二人が見えた。

「よっ、悪いな遅れて」
「気にせんで良えよ、佐倉君」
「用事は、もう終わったの?」

 二人の居る席に近づいて、そんな会話をしながら俺も椅子に座る。
 ざっと机の上を眺める限り、どうも本を読んだりではなくおしゃべりしていたようだ。
 取り合えず机の上に、返却予定の本とかが入ってる荷物を置きながら。

「あぁ、まだちょっと残ってるけど、問題ない程度に終わらせといた」
「そっか…でも、何してたの雄介君?」
「ん? あぁ、まぁ片付けだ」

 そう言って二人を見ると、良くは分かっていないような表情。
 なので、付け加えるように。

「本棚の片付けをやってたんだよ。 最初は手前と奥になってるのを、久しぶりに入れ替えようとしただけだったんだが」
「あー、入れ替えよう思ってやったら、他のところまで収まりが悪くなったん?」
「正解、取り合えず適当に放り込んだけどな」

 そう八神に答えながら、一度すずかの方を見ると良く分かってないような顔。
 と、それを見た八神がすずかに説明しようとして。

「ほらすずかちゃん? 本を手前と奥に並べとったら、普段奥のをあんまり読まんで、たまに入れ替えたくならへん?」
「…えーと」
「ダメだぞ八神、すずかの家にはそういう手前と奥の二段にやれるのは置いてないんだ。 あるのは全部、本屋とかで使ってるような一列置きのばっかりだ」

 身振り手振りで表現する八神に、まだ首を傾げているすずか。
 なので、俺が答えを明かす。
 本棚らしい本棚しか、すずかは持っていないのだ、
 俺の場合、一つはそういうちゃんとした本棚あるけど、後は収納棚とかを本棚の代わりにしてるし。

「あーそうなんや、私の家にもそういうのあるんよ」
「俺の家にもあるぞ、まぁ殆どは普通の収納棚を本棚代わりにしてるけどな」

 私も似たような感じや、と言う八神にちょっと親近感。
 いや、なのはは違うけどすずかもアリサも、思い返せばけっこう色んなところで差があるんだよな。
 今回の本棚だって、要は一列しか置けない本棚を置くだけのスペースを、すずかが持ってるって事だし。

「あ、そうや…二人とも、今日は何か他に用事とか、この後にあったりするん?」
「ん? いや、俺は特に無いけど…さっき言った、片づけくらいだな」
「私も、特に無いよ?」

 急に八神が訊ねられ、顔を見合わせてそう言う俺とすずか。
 と、それを聞いた八神はちょっと期待するような顔で。

「ほんなら、二人とも家に遊びに来おへん?」
「家って…はやてちゃんの家?」

 うんうんと、分かりやすく頷いてみせる八神。
 もう一度、すずかと顔を見合わせて。

「つーか俺も?…しかも、今からか?」
「もちろん、そうやで。 …やっぱり、無理?」

 いや…そんなに分かりやすく落ち込まれると、こっちが心苦しいんだけど。
 でも、いくら何でも急すぎると思うんだが。
 いや確かに、この後特に用事無いけども、まだ初めて会ってからほんの少ししか経ってないしな俺たち。

「私は…別に良いよ?」
「なに?」
「え? ホンマに!?」

 すずかの言葉に、一転して顔を綻ばせる八神。
 そしてそのまま、俺にも顔を向けてくるけど、やっぱり俺としては少し悩む。
 いや悩むと言うか…正確に言うと、まだ会ったばかりの女の子の家に行くのに、単に気が引けているだけなんだよなぁ。

「ほら、別に用事も無いんだったら、良いんじゃない?」
「あーまぁ、それはそうなんだが…ちなみに、何で俺まで誘うんだ八神?」
「何でって…佐倉君も友達やし、他に理由はあらへんよ?」

 ですよねー、と内心で八神の言葉に返す。
 揃って期待の表情で待ってる二人に、まぁ良いかなんて思いつつ。
 誘われてるのに、気が引けるなんて理由で断るのもアレだしなぁ。

「分かった、俺もお邪魔させてもらうな?」
「よっしゃ! ほんなら、早速行こか?」
「うん、そうだね」

 ちゃっちゃっと、荷物の片付けを始める八神とすずか。
 君達、俺は来たばかりで本も返してないし、さらには次借りる予定の本も全く探してないんだけど?
 そんな文句を言いそうになったけど、楽しそうに話しながら片付けを進めている八神を見て。
 まぁ、借りるのはいつでも出来るしな、なんて思い直す俺だった。

+++

「あ、そうや佐倉君?」
「…ん? 何だ、八神?」

 ちょうど回想が終わったので、いつの間にか体を捻ってこっちを向いていた八神に顔を向ける。
 何でか、ちょっと神妙そうな顔をしてるのは何でだろうか?

「あんな、この間はヴィータが失礼な態度とって、本当にゴメンな?」
「ん? …あ、あぁアレか」

 冗談抜きで、ほぼ忘れてた。
 こう言っては何だが、ある意味では印象薄くなってたしなぁ…アリサと似てたから。
 まぁでも、確かに失礼だったと言われれば、そうかも知れない。

「まぁ気にするな。 俺は別に何とも思ってないし」
「ホンマに?」

 結構気に病んでいるのか、確認するように問いかけてくる。
 俺としては最初の頃のアリサに似てるなぁくらいで、後はまぁ年下の女の子だから本当に気にしてないんだが。
 …まぁ、一部年下とは信じられないくらいの強い視線を浴びたけど、アリサも結構そういうのは強いから気の強い子ならではなんだろう。

「本当だって、身近に似たような奴も居るし、何とも思ってないさ」

 そう改めて言ってやって、ようやく八神も安心した様子になる。

「ねぇはやてちゃん、雄介君?」
「ん?」

 今度はくるりと、すずかの方に顔を向ければ。
 軽く首を傾げて、不思議そうな様子。
 思わず、同じように首を傾げたら。

「さっきから、誰の事を話してるの?」
「…おー?」

 そんな声を出しながら、今度は八神の方へと顔を向ける。
 そうしたら八神は八神で首を傾げていて、と思ったらすぐにパチンと手を鳴らして。

「そういえば、すずかちゃんはヴィータには会っとらんかったね」

 すずかちゃんはシャマルに会ってたんやったけ?と確認している八神の言葉に、今度は俺がシャマルって誰だみたいな気分だけどまぁ良いか。
 適当にうんうん頷いていると、すずかの視線が何故か俺に説明を要求してるように感じる。
 俺に説明を求められても、俺も良く知らないんだが…あれ、同じような事を前にも考えたことがあるような気がする。

「あー、八神の妹だよな?」
「正確には、妹やなくて親戚の子なんやけど、家族やし妹でも間違いないなぁ」

 八神を見ながらすずかにそう言うと、ちゃんと補足を入れてくれた。
 しかし、何だか嬉しそうだけど…何でだろ?

「あ、そうなんだ…この間のシャマルさんも、親戚の人だったよね?」
「そうそう、あとシグナムもそうやよ?」
「…親戚大集合だな、八神の家は」
 
 思わずそう言ったら、あっはっはっと笑って見せる八神。
 そういえばそんなに親戚が集まってるなら、シグナムさんとヴィータちゃんは姉妹か何かだろうか?
 割りと似てる…ような、似てないような? 雰囲気なら、どっちも強そうって共通点はあったけど。

「って、そんなに親戚の人が集合してるのに、遊びに行って大丈夫なのか? 八神の両親とか、余計に大変じゃないか?」
「え? あー…それは、大丈夫なんやけど…」

 …あれ? そんなにおかしい事を聞いたつもりは無いけど、何でそんなに困ったような顔を?

「あー別に、八神のところに迷惑が掛からないなら、全然良いけどさ」
「それやったら、本当に大丈夫や。 私が保証できるよ?」

 いや、八神の保証を貰うよりも、ご両親の方の保証が良いんだけど。
 まぁでも、これだけ自信満々に誘って来るんだし大丈夫だろう。
 ダメだったら、八神には悪いけどそのまますぐに帰るか。

「雄介君、足止まってるよ?」
「お? おぉ、悪いな」

 気づかぬうちに立ち止まっていたらしく、そう言われて改めて足を進める。
 すずかと並んだので、今度はすずかと八神が話しているのを後ろから眺めつつ。
 これ以上は考えたってどうしようも無いわけだし、後は八神の家に着いてからだなと一人で思う俺だった。

+++

 ガチャリと、八神が玄関を開けたのを確認して、改めて車椅子を押す。
 すずかは俺の自転車を玄関脇の、取りあえず邪魔にはならなそうな場所に止めていて。
 八神を先頭に三人並んで、ぞろぞろと八神の家へと入っていく。

「ただいまー」
「「おじゃましまーす」」

 ちなみに到着した八神の家は、ごくごく一般的な二階建ての家だった。
 …実は八神の家を見て、ちょっと新鮮に感じてしまったりした俺が居る。
 いやだって、アリサとすずかは豪邸で、なのはの家もけっこう大きいし…俺の家はマンションと種類豊富な中で、普通の一般的な一軒家って久しぶりに見たね。

 そんな事を思いながら、八神の後に続いて玄関をくぐると。
 家の奥のほうから、ドタドタと何かの走ってくるような足音が。
 何だろうと思いつつ、視線を音の方に向けると。

「はやて! おかえ、り…?」

 奥から走ってきたのは、この間少しだけ会ったヴィータちゃんで。
 走ってきたヴィータちゃんの、八神を見てからの表情の変化は物凄く分かりやすかった。
 八神を見るまでは思いっきり笑顔だったのに、その後ろにいた俺たちを見た瞬間、すごいキョトンとした顔をしていたんだから。

「ただいま、ヴィータ。 今日も、シグナムとシャマルはお出掛けなん?」
「え、あ、うん…誰、はやて?」

 おぉ、すごく困った顔してるな。
 一度会ったきりと、一度も会ったことの無い人が家に居たら、それはまぁビックリするか。
 でも、何か俺は警戒の視線を向けられてるような気がするんだけど、これは気のせいだろうか?

「私の友達や、ちゃんと挨拶するんやで?」
「えーと、久しぶりだなヴィータちゃん?」

 八神の言葉に続いて、一応面識のある俺が口火を切った。
 若干警戒されてるような気がするけど、どうもとヴィータちゃんは返事を返してくれて、次にすずかの方に視線を向ける。
 すずかはニコニコと笑顔を浮かべながら、

「月村すずかです、初めまして…ヴィータちゃんって、呼んでも良い?」
「ヴィータ、です…別に、いーですけど」

 微妙に突き放すような言い方のヴィータちゃんだけど、そんな事には構わず笑顔のすずか。
 そのまま、笑顔でヴィータちゃんに手を差し出して、握手を求めている。
 求められた当人のヴィータちゃん、微妙に気後れしてるようにも見えなくもない。

「佐倉君? いつまでも玄関に居らんと、上がったら?」
「ん…あぁ、そうだな」

 つい、すずかとヴィータちゃんのやり取りを眺めてた。
 何と言うか、おっかなびっくりといった感じで差し出された手を見ているヴィータちゃんを見るのは、第一印象から考えると色々と面白いものがある。
 若干、悪趣味なのは自覚してるけどな。

「こっちやで、佐倉君」
「おう分かった、おいすずか?」
「あ、うん」

 八神から呼ばれたのに合わせて、何かほぼヴィータちゃんと対峙してるような雰囲気になってたすずかにも声をかける。
 見る限り、結局握手はしなかったようだが、まぁ初対面だし…ちょっと人見知りっぽい感じもあるし、そんなものだろうな。
 とか、そんな事を考えながら、八神の家にリビングに案内された俺たちだった。

+++

「そういえば、この間薦めた本はどこまで読んだんだ…っと」
「ん、結構読んだんよ? また新しいの借りたし…あっ!? あかん佐倉君ヘルプや、敵の武将に囲まれてタコ殴りされとる!」
「いや無理だ、遠すぎる上に馬が近くに無い」

 現在、リビングにて八神と無双中。
 すずかは後ろで観戦してるが、1ステージ交代制だから仕方ない。
 ちなみに、少し離れたところから、ヴィータちゃんも観戦してたりする。
 見てるだけで近寄ってこないところは警戒心の強い猫みたいで、さっきからすずかがチラチラと気にしてるようだ。

「いやこれは無理無理っ! 死ぬ、死んでま…あっ」
「あらま、パワータイプの上に鈍足キャラで突っ込んでいくからだな」
「うぅ…せっかく、これまでたくさん撃破しとったのに」

 八神の操作キャラがやられて、画面には敗北の表示。
 確かに撃破カウントは多いけど、最終的にやられてたらなぁ。
 俺はちょうど、ステージの反対側に救援に行ってたし。

「やっぱり、中レベルのステージでもレベル1の装備無しはキツいな」
「一般兵相手でも、ボコボコ叩かれたらすぐに真っ赤やしね…よし、ゲームチェンジや! 他のにしよか!」

 もうそこそこ無双はやってたし、俺に異論は無い。
 すずかの方を振り返るが、いつの間にかヴィータちゃんに近寄っていて、コンタクトを取ろうとしてるようだ。
 微妙にヴィータちゃんが後ずさってるし、ヴィータちゃん的には苦手なタイプなのかも知れない。

「ちなみに、他のって言ってもどんなのを持ってるんだ?」
「色々あるで? アクションからパーティーゲームとか、対戦出来るのならロボットシューティングもジャンル的には揃えとるし」

 そう言って、ゲームソフトを色々と見せてくれた。
 言葉通りに色んな種類のが、満遍なく取り揃えられている。
 そんな多数のゲームを物色しつつ、

「無双の時も思ったけど、けっこう幅広く持ってるな八神は」
「…あんま、女の子らしく無いのとか?」

 そう言いつつ、ロボットシューティングのゲームをちょっと隠してみせる八神。
 俺としては別にと言うか、

「別にそうは思わないぞ? 俺はそれ持ってるし、すずかの奴も好き…と言うか、かなり得意だし」
「そうなん?」

 アリサも持ってるし、なのはも含めて四人でもけっこうやるしな。
 あぁいや、なのはは最初は嫌そうだったけど、やってる内に楽しくなってきたみたいだし。
 と言うか、やるゲームのジャンルで言えば無節操極まりないしな俺たち。

「そんなら、次のゲームはこれでええ? 対人戦やった事無いから、ちょっと楽しみなんやけど」
「俺としては全然、ただ俺はともかく…すずかは、めちゃくちゃ強いぞ?」

 ホンマに?と聞いてきたので、心の底から頷いてみせる。
 すずかは本気で強い、基本的に俺もアリサも負け越してるし。
 ちなみに、俺とすずかの基本的な勝率は俺が三割と言ったところだ。

「すずかも、これなら文句言わないだろ。 な、あー…」

 聞いてみようと振り返ったら、まだヴィータちゃんに熱心に話しかけていた。
 ただ、ヴィータちゃんも警戒心を解いたのか、普通に会話してるようで。
 八神と顔を見合わせて、取り合えず放っておこうとアイコンタクトを成立させた。

+++

「このっ…これでどうやっ!?」
「だが、まだまだ」
「なぁー!? 何で全然当たらへんの!?」
「経験の差だとも、対人戦のな!」

 このゲーム、同じのを俺もアリサも持ってるから、すずかも含めてそこそこやり込んでるし。
 人間って、CPUではやらないような事も存分にやってくるしな。
 ちなみに四人の中では、すずかが最強だったりする。

 俺とアリサは射撃型…弾数重視と火力重視の違いはあるが、機動力とか装甲が平均的な奴を使っているんだが。
 すずかは機動力特化の近~中距離型で、俺とアリサが敬遠している近接の格闘攻撃がすごく上手いのだ。
 一回、観戦中に画面じゃなくすずかの手元を見てたけど、指の動きがすごく早かったし。

「え!? ど、どこにっ!?」
「残念…上だっ!」

 後ろに回ったと見せかけて、障害物の上に飛び乗ってから攻撃を加えた。
 慌てて逃げる八神の機体に、上から適度に狙い撃っておいて、また飛んで八神の方へと上から攻める。
 一回でも狙われてからのほうが、照準を付け直させる時間も稼げるしな。

 そういえばこのゲーム、最近なのはが急に強くなったんだよな。
 今まではすずかと同じような機動力に特化したのだったのに、ある日急に重火力重装甲の機体に変更して。
 それからはとんでもなく、強くなった…いやマジで。
 具体的にはすずかと並んで、俺とアリサが常に最下位争いするくらい隔絶して強くなった。

 俺達の中では重装甲系は足が遅くて、基本的にカモになりやすいって理由で避けられてたのに、最近になってなのはが使い始めてそれからは評価が逆転した。
 いやでも、強いのはなのはの実力かな…何だかなのは、狙いを付けるのが異常なくらい上手いし。
 重火力攻撃をかなりの確立で当ててくるし、目視さえ出来れば一方的になのはの的になっちゃうし…こっちがな。

「あかん、負けたー!」
「まだまだ甘いな…じゃあ、そろそろ交代するか?」

 八神に勝利して、そう言いながら後ろを振り向く。
 すずかは、まだヴィータちゃんと話し込んでいるようで、すずかが何かを言うたびにうんうんと頷いていて。
 どうやら、ずいぶんと仲良くなったらしい。

 せっかく話し込んでるんだし、もうちょっと放っておこうかと思い、横の八神を見てみると嬉しそうな顔でヴィータちゃんを見ている。
 ヴィータちゃんがすずかと仲良くしてるのが、どうにも嬉しいのだろうけど…なんて言うかお姉さんというより、お母さんみたいだな。

「嬉しそうだな、八神」
「うん? んー、そうやね…ヴィータはこっちに来たばっかりで友達とかあんま居らんから、すずかちゃんと仲良くなってくれるのは嬉しいんよ」

 へぇと頷いて、もう一回ヴィータちゃんの方を見てみる。
 そう会った回数が多いわけでは無いから、何となくでしか分からないけれど、それでもヴィータちゃんは楽しそうに見えて。
 俺はおもむろに、ゲームソフトの束から今度はパーティー系のゲームを取り出した。

「それじゃ、次はこれでもやるか? 俺もヴィータちゃんも同時参加できるしな」

 八神からの返事は、満面の笑顔で。
 同じように笑顔を返しながら、手招きですずかとヴィータちゃんを呼ぶ俺たち。
 そして問答無用でコントローラーを握らせて、そのままゲーム大会へと移行した。

+++

「いやぁ、今日は一日が早かったわ」
「本当だね、私もこんなに早く感じたのは、久しぶりかも」
「おいテメェ! 次は、絶対に負けないからな!」
「了解了解、次来るときまでに腕を上げておいてくれヴィータちゃん」

 八神とすずかがそう言っている横で、玄関先まで見送りに来てくれたヴィータちゃんにそんな事を言われる俺。
 いや、パーティゲームの後にまた対戦系に戻して、その時散々に蹴散らしちゃったから何だけどさ。
 でも二回目から手加減するなって言われたし、八神もすずかも本気でって唆してきたし。

 それにまぁ、ヴィータちゃんみたいなタイプは手加減したら怒りそうだけどさ…アリサと一緒で。
 そして、俺の目の前で笑顔の八神から拳骨を落とされた。
 もちろん落とされたのはヴィータちゃんで、蹲ってプルプル震えながら頭を押さえている。

「あんなヴィータ? 佐倉君も年上なんやし、そういう口の利き方はあかんよ?」
「…八神、痛くて声も出ないみたいなんだが」

 ヒラヒラと八神も手を振ってるから、けっこうな威力だったみたいだ。
 くすくす笑いながら手を差し出したすずかに掴まって、ゆっくりと起き上がっているヴィータちゃん。
 あ、微妙に涙目になってるし。

「ご、ごめんなさい…」
「あーいや、俺は特に気にしてないから。 ヴィータちゃんも気にしないでくれ」

 涙目のまま謝ってくるヴィータちゃんに、慌ててそう言う。
 怒らないで素直に従っている所が、本当にこの二人の関係がお母さんと娘に見えて仕方ないなぁ。
 まぁでも、それだけヴィータちゃんが八神を慕ってるってことなんだよな。

「それじゃあはやてちゃん、今日はお邪魔しました」
「ううん、こちらこそ今日は来てくれてありがとうな…佐倉君もありがとうな?」
「気にするな、結局は俺も暇だったからこうやって遊べて楽しかったし」

 普段もよくアリサたちと遊ぶけど、それはそれでアリサたちとしか遊ばないし。
 別の人とこうやって遊んだのは、本当に久しぶりだった。
 そういう意味では、本当に今日は来て良かったかも知れない。

「本当なら、シグナムとシャマルも改めて紹介したかったんやけどなぁ」
「私は、一応全員に会ったから…後は、雄介君がシャマルさんに会ってないんだよね?」
「そうなるな、すずかは今日ヴィータちゃんに会ったし」

 俺の言葉に、何の事だろうと首を傾げているヴィータちゃん。
 会ってないと言えば、そういえば八神の両親にも会ってないな…タイミングが悪かったかね。
 そういえば、アリサの所のおじさんにも会ったこと無いし。

「まぁアレやね…また今度なすずかちゃん、佐倉君?」
「そうだね、今度遊ぶときははやてちゃんの家じゃなくて、私か雄介君の家で遊ぶ?」

 そう言うと八神はもちろん、ヴィータちゃんもちょっと嬉しそうな顔をしていて。
 すずかはもちろんだろうが、俺としてもちょっとは嬉しくなってくる。

「今度会うときには、なんかオススメ出来そうなのちゃんと探しておいてやるよ」
「わ、ホンマに? それやったら、私も何か佐倉君でも読めそうなの探しとくな?」

 よろしく、と八神に頼んで。
 そこでようやく、八神とヴィータちゃんに別れを告げすずかと二人で歩き出す。
 もちろん、自転車は忘れない。

「そうだ、ヴィータちゃんも何か本を読むんだったら、好きそうなのを探そうか?」
「え? ア、アタシは別にいーです!」

 ブンブンと首を横に思いっきり振るヴィータちゃん、本はあんまり読まないタイプなのかな。
 と言うか口調の端々に何だか違和感を感じるのは、ヴィータちゃんが敬語を使い慣れてないからなのか、それともアリサみたいな子と言う事で俺が勝手に違和感を覚えてるだけなのか。
 果たして、どっちなんだろうなぁ。
 そんな事を最後には考えながら、すずかと二人で八神とヴィータちゃんに手を振りながら、家路に着く俺たちだった。


+++後書きとコメレス
 ヤバイ、としか言いようの無い二ヶ月目…!
 しばらく、外伝の更新は一切しないつもりです。
 取りあえず、どうにか本編の更新ペースを戻さないと。
 ちょっと、更新の遅くなった原因探しに、話の内容が迷走するかも知れませんが、出来る限りは真っ直ぐ行きますので。

 取りあえず、また次回の更新にて!



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十二話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/12/24 00:10
+++

「なぁ、佐倉ってどうして女子と仲が良いんだ?」

 翠屋JFCでの練習が終わって、士郎さんが翠屋に連れて行ってくれているその途中。
 急に、山中の奴からそんな事を聞かれた。
 何を言ってるのかと見てみるが、山中の顔は普段どおり。
 別に、急におかしくなったりとかした訳では無さそうだけど…まぁ、取りあえず。

「なぁ山中? お前の下の名前って何だっけ?」
「ぐはっ!?」

 わざとらしくそう聞いたら、割とノリよく撃たれた様なアクションをする山中。
 いや、聞いた内容は紛れも無く本気だけど。
 どうにも、交流の少ない奴の名前は覚えられないし。

「ヒデぇ、何て事を言うんだ佐倉!」
「そうだぞ、極悪非道だなお前!」
「黙れテメーら、聞き耳立ててたのかよ」

 わざとらしく山中を支えて、抗議してくる約二名を一蹴する。
 聞いた内容は、一応本気なんだよ。
 まぁそれはともかくとして、

「それより、俺としては山中のアホな質問の方が気になるんだが」
「い、いやだってよ…」

 いや、そんなフラフラとした演技とかいらないからな山中?
 士郎さんが止まらないから、普通に歩きながらの演技で見れたものじゃないし。
 と、それに気がついたのか、普通に一人で歩き始めて。

「いや佐倉って女子と仲が良いけど、何でかなって」
「いや、あのな山中? 俺はその、何でかなが意味不明なんだよ」

 思ったままの事を言い返すと、ウーンと唸り始めた。
 おいおいと思いながら、一応山中の妄言を考えてみる。
 俺は別に、女子と仲が良いと言う訳じゃないと思うんだがなぁ。

 仲が良いのはなのはたちだけで、他の女子とかとは交流は殆ど無いし。
 アリサとか経由で話しかけられたりすることはあるけど、あれならクラスメイトとして普通のレベルだと思う。
 うん、やっぱりなのはたち以外だと山中とも大差ない程度だな。

「で、考えはまとまったか?」
「うん、まぁ」

 すこしばかり、おぉと思いながら山中を見る。
 良くは知らないけど、普段の態度から山中は成績とか良く無さそうに思ってたからなぁ。

「ほら、女子って基本的にうるさいじゃんか? なのに何で、佐倉は仲良く出来てんのかなって」
「…ん?」

 え何、そんな疑問…でも無い様な事を聞きたいのか?
 と思ったら、回りのチームメイトも一部話を聞いてたのか、頷いてやがるし。
 お前ら、こんな下らない事聞きたいのかよ…と言うかだな?

「山中、女子がうるさいってのと同じくらい、俺としてはお前がうるさい時がたくさんあったりするんだが?」
「ぐはぁ!?」

 吐血するような動作をして、フラリと膝を突いている山中。
 二度ネタだぞ、どうせならそのまま道端に倒れてろ。
 横目で見ながらそのまま歩いていると、すぐに復活して追いかけてきやがった。

「ひ、酷いぞ佐倉!」
「いや別に酷くない、これがいつも通りだろ?」
「それは確かにそうだけど!」

 あ、そこは認めるのか。

「って、そうじゃなくて! 俺がうるさいのとかどうでも良いから、佐倉は女子がうるさいのとか気にならないのか?」
「いや、別に女子の全員がうるさい訳じゃないし」

 と言うかむしろ、普段の騒がしさで言ったら男子の方がうるさいと思うんだが。
 まぁ、その辺を分かれと言うのは無理か。
 他人の振り見てうんぬんなんて、そうそう出来るものでも無いしな。

「あーまぁそうなの…か?」
「聞かれてもなぁ、でもすずかとお前を比べたら、どっちがうるさいのかすぐ分かるだろ?」
「いや、そこで月村はズルいだろ?」

 いや、ズルくはないだろズルくは。
 まぁすずかは大人しい女子の代表みたいな感じだから、言いたくなるのは分かるけど本性は策士だからなアイツ。
 知ってるのは、俺を含めたアリサやなのは達だけ何だろうけど。

「それよりも、どこまでがうるさいのかそうじゃないのか、その辺りが分からないと何も言えないぞ?」
「えーと…バニングスとかそうじゃないか? 声はデカイし、色々言ってくるし」
「…ふむ」

 そう言われると、確かにアリサはうるさい女子に分類されそうな気もする。
 いやイメージ的な問題で、実は違うのは分かってるけどさ。
 声は大きめだし、リーダーシップもあるから目立つしなぁ。

 そう考えると、確かにうるさいとは言えるのかも知れない。
 いや、俺は別にうるさいとは思わないけども。
 でもまぁ、どちらかで考えればそうなるのか…?

「…」

 あ、何か黒坂が凄い目でこっち見てる。
 山中、この話題は避けたほうが良いかも知れないぞ。
 突き刺さる視線に気づいたのか、山中が周りを見回してるけど、黒坂には気づかなかったようだ。

「まぁアレだ、俺は別にうるさいとかうるさくないからとかで、友達選んでるわけじゃないしな」
「じゃあ、何で女子といっつも一緒何だ?」

 …何で、と言われてもな。
 と言うかじゃあって何だ、じゃあって。
 まるで普通は男子と居るだろうみたいな…って普通はそうか。
 いや、まぁ普通はそうだとしてもだ。

「別に、たんに話が一番合うからだな…例えばだけど、お前本とか全然読まないだろ?」
「うん? 普通に読むぞ?」
「漫画じゃなくて、小説とかな? 絵と文章で、文章のほうが圧倒的に多い本とか」
「うん、まぁそれは全然」

 だろうな、ある意味俺のイメージ通りだけど。

「すずかとはその辺で話が一番合うし、なのはとアリサも少しは話が合うしな」
「そんなもんなのか…」
「そんなもんなんだよ、そもそも女子とか男子とかなんて分け方は、考えたことも無かったよ」

 そういう風に分けるのが、普通だとは分かるけどもなぁ。
 山中から視線を外してふと思うのは、どっちかって言うなら俺やアリサ達の方が少数派だって言うのは、まぁ自覚してるし。
 なのはの場合はその辺が鈍くて、アリサとすずかは面白がってるんだろうなとも分かるけど。
 俺としては、なのはだけあらゆる意味で例外だけど。

 そして視線を戻してみれば、いつの間にか山中が黒坂に捕まってる。
 アリサの悪口みたいなのを言ったからか、黙らせる為にだろう首に手を掛けようとする黒坂と抵抗する山中の勝負になってる。
 うん、俺には関係ないし無視しよう。
 山中の助けを求める視線を感じる気がするが、面倒だし無視しておくか。

+++

「雄介ー!」

 翠屋に入った途端、そんな声を掛けられた。
 今日は別に試合でも無かったから練習を見に来いとは誘ってないし、確かにここに居てもおかしくは無いけれど。
 なんて思いつつ、店内に視線を巡らせれば。

 奥の方の席に、こっちに向かって手を降っているアリサを発見。
 よく見てみれば、なのはもすずかも同じ席に座っている。
 呼ばれてるのだし、別にチームのメンバーと一緒に居なければいけない訳じゃないのだから、ちょっと断って向こうにでも行こうか?

 あぁいや、でもついさっきあんな事聞かれたし…今日くらいは、チームのメンバーと居るのもアリかな?
 そう思い、ふと振り返って。
 黒坂が次の獲物はお前だ、見たいな目で俺を見るので今日は止めておこうと思う。

「あー、呼ばれてるしそれじゃな?」
「ん、おうじゃーなー」

 山中は軽く頷いてくれたが、他の奴はえー?みたいな顔をしている。
 黒坂は逃げるのかみたいな目で見てくるが、原因はお前だから。
 いや、その大元の原因は俺かも知れないけどさ。

 内心でそんな言い訳をしつつ、なのは達の方へと移動する。
 もうしばらくは居るのか、テーブルの上にはパフェの容器やら飲み物のグラスが置いてあった。
 片手を挙げながら近づくと、なのはが席から立ち上がって。

「雄介くん、注文はいつものにする?」
「え、あぁまぁそのつもりだけど…」

 急に尋ねられたので、とっさに頷いてしまった。
 思わず怪訝そうにしてしまう俺の前で、なのはは笑顔のまま踵を返し。

「じゃあ取ってくるから、雄介くんは座って待っててね?」
「…え? いや、なのは!?」

 思いがけないことを言われて一瞬止まり、慌ててなのはを呼び止めようとはしたのだが。
 なのはは一切振り返ることなく、そのまま店の奥へと消えていって。
 しばし呆然と立ちすくんでいたら、呆れたような声でアリサに呼びかけられた。

「取り合えず、雄介も座れば?」
「え…あ、おう…」

 アリサに言われるがまま、席に着いて。
 四人席でちょうど、なのはの方が空いていたのでそっちに座って思わず考え込む。
 なのはに取りに行かせてしまったと嘆くべきか、それとも取りに行ってくれたと嬉しく思うべきなのか? とか考えてしまったりする訳で。

「分かってもらえてるね、雄介君?」
「ん?」
「なのはに、よ。 いつものだけで通じてるじゃない」

 …おぉ、そう言われると確かにそうだ。
 なのははいつものと聞いてきて、俺はそれに頷いただけなのに分かってくれたみたいだし。
 そういう意味では、単純に喜ぶべきか。

「まぁ、単にアンタの頼むメニューがいっつも一緒なだけかも知れないけど」
「…取りあえず、お前は5分黙れ」

 ジト目で見てみるが、目の前のアリサもすずかもクスクス笑うばかり。
 確かに、俺の頼むのは大抵一緒だけどさ…上げて落とすな。
 そんな感じで、なのはの居ないまましばらく話していると。

「雄介くん、お待たせ! これで良かったよね?」
「あぁ、サンキュ。 それで大丈夫だ」

 なのはの持ってきてくれた物を受け取って、席を勧めてみるがトレイを返しに行ってしまった。
 なので、取り合えず奥側の席へとずれておく。
 そして食べ始めようと、ふと顔を上げると。

「…そこ、何をヒソヒソ話してるんだ」

 何故か顔を寄せ合い、こちらを見ながらヒソヒソ話す二人。
 視線を辿れば、見ているのは俺が今まさに食べようとしているもので。
 聞き耳を立ててみれば、

「…見てみてどう、すずか? 私的には、ちょっと予想外のも入ってるんだけど?」
「私もだよ、でも文句は言ってないから当たりではあるみたいだけど…」
「ダメよ、アイツの事だからなのはから出されたら、何でも喜んで食べるに決まってるじゃない」
「まぁ、それはそうなんだけど。 でも、本当に当たってたらなのはちゃんも分かってるんだね…」

 取り合えず、アリサに失礼な事を言われたのは分かった…すずかは無視することにするが。
 失礼だぞお前ら、いくら俺でも例えばなのはから…例えば、そう例えば…例、えば…イカン何も思い浮かばない。
 なのはが何か料理で致命的な失敗するとも思えないし、普段のたまに作ってるお菓子とかでも腕がいいのは分かってるしなぁ。

 そんな状態で俺が喜んで食べないものはと考えれば…イカン、本気で思いつかないぞ俺。
 マジでアリサの言葉通りか俺は、いやでもなのはが折角作ってくれたんなら何でも喜んで食べる気はあるけれど。
 でもそれはおかしくないよな、別に?

「お待たせ…って、三人ともどうしたの?」

 思わず俺も考え込んでしまったときに、ちょうどなのはが戻ってきて俺達の状態に首を傾げる。
 何せ俺は考え込みアリサとすずかは密談してるから、なのはから見れば不思議なことこの上ないだろう。
 適当に誤魔化そうと思いながら、なのはに席を勧めようとして。

「…なのは、そっちの手に持ってるのはどうしたんだ?」
「あ、コレ? あのね、お母さんが皆で食べなさいって」

 そう言って、先に片手に持っていたお皿をテーブルに置いてから席に座る。
 お皿の上には、何個かの見たことの無いシュークリームが乗せられているが…新商品か何かかな?
 ともあれ、未だに密談している二人に視線を向けつつ。

「あそこでヒソヒソしている二人は放っておいて、さっさと二人で分けるとするか」
「こら、そこで何言ってるのよ」
「そうだよ、そこまで二人に拘らなくても良いのに」
「って言うか、私そんなに食べれないよ?」

 なのはは席に着き、俺の言葉に三者三様の答えが返る。
 反応の早い奴だなアリサめ、しかも早速手を伸ばしてるし。
 すずかもなのはも手を伸ばしてるが、俺は取りあえず自分の分を片付けよう。
 ただその前に、

「言っとくが、俺の分まで食べるなよアリサ」
「んぐ…誰が、アンタの分まで食べるのよ」

 いや、その結構な勢いの食べっぷりを見てると思わざるを得ないんだけど。
 そう考えて見続けると、図星だったのか視線を外しやがった。
 コホンと、わざとらしく咳きをしたかと思うと。

「ま、まぁアレよね…美味しかったって、伝えといてねなのは?」
「あ、うん」
「おいこら、思いっきり話逸らしたな…いてっ!?」

 追求した途端、足に感じる衝撃。
 咄嗟にテーブルの下へと視線を向ければ、何かが真向かいのアリサの方へと引っ込んでいく。
 いつもの事だが、足癖の悪い奴め…太るぞ、とでも言うのはありだが前に言った時に、一緒に居たなのはとすずかもピタリと動きを止めて、ものの見事に誤爆したし。
 しばし、二人の態度が冷たかったのは思い出したくもない…と言うわけで、アリサだけに効果を発揮する一言を贈ろうか。

「そういえば、この間の体育だが」

 心当たりのあるアリサが、ピクリと反応する。
 同じく心当たりのあるすずかとなのはがこっちを見るが、残念ながら止める気は無い。
 直接的に関係するのは、俺とアリサだけだし。
 アリサの反応を見逃さないようにしつつ、口調に皮肉を混ぜながら。

「久しぶりに、面白いことがあったよなぁ」
「そ、そうだったかしら?」

 誤魔化したいのだろうけど、視線が泳ぎまくってるので意味がない。
 言葉も詰まってるうえに、視線は一度もこっちを向かないし。
 きっと間違いなく、俺の口元は笑ってるんだろうなと思いつつ。

「いやいや誰かさんが思いっきりコケてたじゃないか、漫画みたいにスッテーンと見事になぁ」
「そ、そんな事もあった気がするわね、えぇ多分!」

 顔が赤くなり、さらに激しくアリサの視線が泳ぎ始めるが、知ったことではない。
 ギロリ、とそんな音が聞こえてもおかしくないくらいにも睨まれたが、そんなものにはすでに慣れっこだ。
 視界の隅でなのはが何とか割って入ろうとしているが、少々意図的に無視しつつ。

「今でも忘れないなぁ、しかも何でか仰向けにコケてたし。 しばらくは男子の間で、どうやったらあんなコケ方が出来るんだろうって話題だったんだぞ?」
「そ、そうなの……!」

 あ、別ベクトルで顔が赤くなった。
 ギロリと、今度は俺じゃなくてJFCのメンバーを睨んでいる。
 いや、正確にはJFCのメンバーの中の、さらに俺達と同じクラスの奴をなんだろうけど。

 殺気とも言えるようなアリサの視線を受けて、何人かがキョロキョロと辺りを見回しているが、こっちには気づいていない。
 うん、気づかない方が精神的には良いだろうな。
 ともあれそっちは放っておくとして、俺はアリサ相手に出来る限りの笑顔を作りながら。

「あぁ、お前は見れてないよな…だってコケたの、お前だもんなぁ?」
「そ、そうね…」

 お、珍しく耐えてる。
 だがしかし、ここでは怒ってくれないと挑発の意味がないので、もうちょっと挑発しよう。
 たぶん、もう一回つつけば爆発するだろうし。

「いやぁもう、見事だったよな…漫画とかで見掛けても、おかしくない勢いでステーンとコケてたし!」
「…!」

 お、また耐えた。
 今日のアリサは、耐久力高めなのか?
 まぁ、だからと言って基本値がそんなに高くないだろうし。

「クラスの皆も最初は耐えてたけど、結局は全員が大笑いだったもんな?」
「…っ!? ア、アンタが一番最初に笑い始めたんでしょうが!」

 テーブルに手を叩きつけて、ついに爆発するアリサ。
 顔は怒りか羞恥か、取り合えず真っ赤…何だろう、そこはかとない満足感を感じる。
 まぁ、それはそれとして。

「はっはっはっ…笑わない筈が無い、ビデオがあったら間違いなく投稿ビデオ行きだったな」
「こ、殺す!!」

 女の子にあるまじき、凄まじい暴言を吐き飛び掛ってくるアリサ。
 テーブル越しに掴みかかってくるけど、そんなに遠い距離からだったら防御も簡単だ。
 易々と伸びてきた腕を掴んで、そのまま更に笑顔を作って言葉を重ねる。

「いやぁもう、本当にめったに見れない名シーンだったぞ? お前もしばらく呆然として、動けなかったもんなぁ」
「そ、それ以上喋るとあの時みたいに蹴り入れるわよ!?」

 う、挑発だとは分かってるが、それは実に遠慮したい。
 あの時、真っ先に大笑いした俺に続いて、クラスの男子も女子も笑い始めたその時。
 一瞬で飛び起きたアリサは、そのまま躊躇い無く俺の方へと走り出すと…その勢いのままに、ドロップキックを俺へと放ったのだ。

 完全に油断しきっていた俺に、それが避けきれる筈も無くガードも出来ずに地面へと打ち倒されて。
 しかも着地は何にも考えていなかったのか、アリサも俺の上へと墜落してそのまま勢いで転がり落ちていくというまさかの事態。
 数瞬の間に起こった、アリサの爆笑アクションと俺を一撃でダウンさせた攻撃に、クラスの皆が一瞬で沈黙に包まれたのだ。

 クラスは一時騒然としたが、最終的に蹴りを入れられた俺と、入れた当人のアリサが揃って保健室に出向き、絆創膏を貰うことになったんだが。
 俺は蹴り倒された時、アリサはその後に地面を転がった際にそこそこ擦り傷が出来ていたのだ。
 うん笑った俺も悪かったが、まさかアソコまでやられるとは本当に思ってなかったんだけど。

「ほほう…面白い事を言うな、コラ? また先生に怒られたいか?」
「今ここには居ないから、ここで蹴り倒して口封じすればすむ事よ…!」

 ギリギリと力比べを続けつつ、表面的ににこやかな笑顔で言い合う俺たち。
 ある意味当然だが、保健室で絆創膏を貰った後は、二人揃って先生から怒られた。
 俺は真っ先に大声で笑った事、アリサはいくら笑われたからといって、あそこまでの暴力は振るわないという事だったな。

「ふはは、レフリーである先生が居ないのに、俺に勝てるとでも思ってるのか…!?」
「そっちこそ、私に勝てるとでも思ってるの? 腕力で負けてても、動きの速さなら負けるわけ無いでしょう…!?」

 ちなみに俺は勿論だが、アリサも表情を見る限り、間違いなく本気で互いに言い合っている。
 視界の端で、なのはがもの凄く慌ててるように見えるけど、残念ながら故意に無視させてもらうとして…すずかは、少しくらい慌てたほうが良いと思うんだが?
 なんか我関せずといった様子で、普通にティ-タイムを過ごしてるんだけど…とそっちに意識を向けた所為か、若干アリサに押し負けそうになったので、慌てて力を入れなおす。

「ふんっ、今度は俺がステーンとお前をコケさせてやろうか!?」
「そっちこそ、後頭部に大きなタンコブを作らないように気をつけなさいよ!?」
「ゆ、雄介くん、アリサちゃん! 二人とも…」
「はーい、店内では、お静かにっと」

 カンゴンッ

 なのはの言葉に覆いかぶさるように、美由希さんの声が聞こえたと思った瞬間、何か硬い音と衝撃が頭の天辺に走った。
 衝撃と同時に痛みも走り、咄嗟にアリサを捕まえていた手を離して頭を押さえてテーブルに伏せる。
 ヤバイ、普通にジンジン痛いし涙も出てきた…うっすらと目を開ければ、正面のアリサも似たような感じ。

「はーいはいはい、二人とも? じゃれあうのも良いけど、お店の中では静かにね?」

 聞こえてきた美由希さんの声に、顔を向けてみれば…片手に持ったトレイを縦にして肩を叩きながら、斜に構えて立っている。
 ちょっと待って欲しい、もしかしなくてもあの手に持っているトレイで、人の頭をぶっ叩いたのだろうか…しかも縦にして?
 そのトレイ、確か金属ではないにしろ、結構硬かった記憶があるんですけど…

「美由希さん…もしかしなくても、それで人の頭をぶっ叩いたんですか?」
「店内で騒いでる、悪ガキにちょっとねー」

 俺とアリサ、まとめて悪ガキ扱い!?
 色んな理由込みでビックリするが、否定要素の無いのがアレか。
 取り合えず、アリサとのアイコンタクトを試みる。

(一時的に停戦?)
(了解)
(決着は後日)
(OK)

 どっちがどっちかは、この際あんまり関係ない。
 取りあえず停戦して、互いに頭をさすりながら体を起こす。
 アリサの奴、涙目になってるし…って、俺もかそういや。

「二人とも、騒ぐんなら周りを見てから騒ごっか?」

 美由希さんにニッコリと笑顔で言われて、周りを見てみるばかなりの視線がこちらに集まっていた。
 周囲の席の人にペコペコ謝っているなのはと、今もなお悠然としているすずか…胆が太すぎだと思います、すずかさん。
 取り合えずかなりの迷惑をかけたのは分かったので、謝りながら大人しく席に座り直す。

「すいませんでした美由希さん。 なのはも、悪かったな」
「分かってくれれば、まぁ良いんだけどね」
「うん、でも次からは気を付けてね?」

 いや、あの、なのは?
 次ってそれは、俺がまた同じことしそうだという事ですか?
 美由希さん、顔を背けて肩を振るわせんな。

「ってゆーか、アタシには謝らないのね?」

 誰が謝るものかとの意味を込めて、フンと鼻で笑ってみせる。
 途端に、その眼がつり上がるが…とっさに、俺も含めて美由希さんの様子を窺ってしまう。
 またこっちを見てニコニコしているのは、気にしてないのかそれとも別の意味があるのだろうか。

「と言うか、仲が良いねアリサちゃんと雄介君は」
「良いけど、良くねぇ」

 しみじみと言ったすずかの言葉に、思わず反論してから首を傾げる。
 自分で言ったんだけど、何だ良いけど良くないって?
 いや一応自分ではアリサとの仲は、まぁ良いとは思ってるけども。

 首を傾げたまま隣のなのはを見ると、慌てたように思いっきり首を横に振られた。
 その向こうで美由希さんがニマニマしてやがったので、そのままスルーしてすずかを見ると。
 すずかは何だか、驚いたように目を瞬かせている。
 訳がわからないので、最終的に真向かいのアリサに視線を向けてみれば。

「…何で、そんなに不機嫌そうだ?」
「…」

 いてっ、何故かあからさまな溜息の後で、また足を蹴られた。
 抗議の視線を向けてみれば、何でか更に溜息を吐かれる始末。
 何だと言うんだ、一体?

「アンタってほんとーに、色々ダメね」
「…行き成り人をダメ呼ばわりする奴よりは、マシだと自負してるが?」
「えっと、これは私はアリサちゃんに賛成かなぁ?」

 え、いやオイ?
 何でアリサに賛成なんですか、すずかさん?
 美由希さん…は、まだニマニマしてたので無視して、なのはを見る。
 が、なのはは俺と同じように首を傾げているだけだった。


+++後書き
 普段よりちょっと早めの、二週間と半分くらい?での投稿ー!
 まぁ、内容は普段より少なめ…やはりしばらくは、更新ペース戻すのに本編すすめようかと思ってまーす。
 ARISAは、一応キリは良いのでしばし封印方向で。

 ちなみに前回までですずか分とはやて分が多かったので、今回はアリサ分な感じかもです。
 次はメインヒロインのなのはの予定です…ようやくと言ったほうが正しそうですけれども(笑
 そしてふと気づいたのは、フェイトの出番ないなという事。

 いや、作中で表現の無い所ではちゃんとビデオレターで会ってますけど、文章として書く機会に恵まれないです。
 このまま行くと、けっこうポッと出のキャラクターになりそうで怖いかも。
 やはり、雄介主観だと実際に会える会えないはかなりの差になってます。

 あ、あとまだ先ではありますが、A's編を始める前にはキャラ紹介を更新予定。
 一発のつもりだった、山中とかのJFCメンバとかはやてとかキャラが増えましたので。
 脳内の頻繁変更の予定表では、あと四つか五つくらいでA'sかもー。

 では、また次回の更新にて!!



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十三話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2011/02/03 00:02
+++

ピンポーン

『はい、どちら様ですか?』
「あ、すいません美由希さんですか? 俺ですけど」
『おや、雄介? ちょっと待ってねー』

 休日の朝に俺が居るのは、高町家のインターホン前だ。
 時刻的には、ちょうど9時半になったばかり。
 しばしそのまま待っていると、美由希さんが姿を見せる。

「や、おはよう雄介」
「おはようございます、なのは居ますか?」

 ちなみに今日は、高町家にて勉強会みたいな感じ。
 たまに、本当にたまに俺達もこういう事をやったりもするのだ。
 まぁ大抵は途中から、普通に遊んでるんだけど。

 ちなみに今日は、アリサとすずかは居なかったりする。
 アリサは父親が一昨日帰ってきて、急遽キャンセルで。
 すずかは今回は先約ありだそうで、後で聞いたら八神との約束らしいけど。

「ん? いや、今日はまだ起きてきてないよ…約束でもしてた?」

 思わず、首を傾げる。
 約束の時間は10時で、確かにちょっと早く来てしまったけど、まだ起きてないとは思わなかった。
 忘れてた、のか? 誰かに言うのをか、俺が来るのをかは分からないけど。

「一応、10時の約束だったんですけど…?」
「そうなの? まだ起きてないし、昨日はちょっと夜更かししてたみたいだったけど…取り合えず、中で待つ?」

 美由希さんの好意に頷いて、高町家へと入れてもらう。
 それにしても、なのはがこんな時間まで寝てるなんて珍しい。
 夜更かしもしてたらしいし、俺が来るのも昨日確認したから忘れてたとかも無いとは思うけど。
 美由希さんに、玄関の方へと先導されながら。

「今日は、雄介だけなんだ?」
「えぇまぁ、すずかは前からと、アリサも一昨日に用事が入りまして」
「ほうほう、つまり雄介万々歳と」

 美由希さん、そろそろ俺の中ではそのニマニマ顔がデフォルト何ですけど?
 なんかもう、慣れきってしまった美由希さんのからかいを受け流しつつ、高町家の玄関をくぐる。
 靴を脱ぎ、完全に上がらしてもらったところで。

「どうする? 声くらい、掛けてきてあげよっか?」
「あーいえ、良いです寝てるのを起こすのも忍びないんで」

 別に、他に用事があるわけでも無いから、特に待つのに支障はないし。
 リビングかどこかで、大人しく待たせてもらおうかな。
 寝起きのなのはに、ビックリとかはさせたくない。

 と、ちょうどそんな事を考えていたその時。
 美由希さんの向こうにある二階へと上がる階段、その一番上に人影が見えた気がして。
 何の気なしに視線を向ければ、そこに居たのはちょうど俺が待とうとしていた人。
 ただ…

「おねえちゃん、おはよー…」
「おはよー、なのは」

 寝起きのせいか、それとも美由希さんが間に居て俺が見えてないのか、美由希さんとだけ挨拶を交わすなのは。
 本当に寝起きなんだろう…パジャマ姿のままで、目元を擦りながらゆっくりと階段を降りてきている。
 …何と言うか、始めて見たからちょっと得した気分と思うのは、ちょっとあれだろうか?
 あ、しかも寝癖ついてるぞ。

「今日は、ずいぶんゆっくりだったねぇ?」
「…うん、昨日ちょっと遅くまで起きてたから」

 片手で目元を擦りながらも、片手でペタペタと壁を探りながら、ゆっくりと階段を降りているなのは。
 ごめん正直けっこうハラハラしてます、いつ足を踏み外してしまわないか凄い怖いんだけど。
 あぁなのは、せめてちゃんと目を開けてから階段は降りてくれ…!

「そっか、でもなのは? 雄介、もう来てるよ?」
「……ふぇ?」
「え?」

 いかん、なのはの様子を見るのに必至で、美由希さんの言葉を全然聞いてなかった。
 とっさに美由希さんを見た後で、何でかなのはの方を指されたので、もう一度視線を戻して。
 そこでなのはと、バッチリ視線が合った。

 パチパチと、分かりやすく瞬きしているなのは。
 どうしたものかと一瞬考えたけど、取りあえずは挨拶が先か。
 内心では少々、始めて見るなのはの姿にドキドキしつつ片手をあげて。

「あー…おはよう、なのは」
「…?」

 あれ? 何でか、無言で小首を傾げてしまうなのは。
 何か間違ったか…いや、間違うような要素はどこにも無かった筈だけど。
 取りあえず、もう一回挨拶した方がいいのかと思って。

「あー」
「え、っと…?」

 なのはに、途中で遮られてしまった。
 しかも、何でかさらに不思議そうな顔になってる。
 次は一体どうしようかとも思ったけど、取りあえずは挨拶するくらいしか無いしなぁ。

 何でか、なのはがゆるゆるとこちらに指を突きつけているのは、寝起きだからと気にしないようにして。
 いや実のところ気になるし、よくよく見れば何だか少しずつ、表情が驚きに変わってるような…?
 そうは思いつつ、まぁ挨拶が先だろうと自分に言い聞かせて。

「…おっす、なの」
「ふえぇぇぇええーーーーっ!?」

 うぉ!? ビ、ビックリと言うか、何その反応!?
 再び挨拶しようとした俺の声を遮って、いきなり悲鳴を上げたなのはは、そのまま一気に階段を駆け上がって俺の視界から隠れてしまう。
 いや、ちょ…ふ、普通に傷つくんだけどその反応!?

 なに、と言うよりも何で!?
 我知らず強張る体に苦労しながら、ようやく階段の上を見ればなのはが少しだけ顔を出していて。
 思わぬ事に硬直してしまっている俺に聞こえてきたのは、階段の上に隠れているなのはからの、悲鳴のような問いかけだった。

「な、何で雄介くんが居るの!?」
「え、いや…何でって、約束、してたし…?」

 それなのに何でって、それも地味に傷つくんですけど…?
 なのはにとっては、俺との約束ってそんなものなのだろうか…いや、違うよな?
 そんな事をつい自問しそうになるが、

「そ、そっちじゃなくて! まだ時間じゃ無いよ!?」
「いや…三十分前だから、良いかなって思ったんだけど」

 ダメだったんだろうか…って、このなのはの取り乱しようは、ダメだったって事だよな。
 よし、落ち着け俺。
 まずはクールに…そう、原因から考えようか!

 まず、何よりも一番の大元の原因になるのは、俺が約束の時間よりも前に来たことだろう。
 その所為で、なのはをびっくりさせてしまったんだし…なら、俺が次にするべきなのは一旦出直す事だろう。
 うん、そうと決まれば一応なのはに声を掛けて…と思ったんだけど。

「え、えっと! すぐに準備するから、もうちょっとだけ待っててね雄介くん!」
「え、いや俺…」

 出直そうか、と言おうとした時には、二階からドタバタと走る音。
 少し後には、ガチャバタンと言う音も聞こえたので、どうもすでに部屋へと戻って行ってしまったようだ。
 言いかけたそのまま姿勢で、しばし呆然とする俺。

 俺ここに居ても大丈夫かなとか、やっぱり早く来るべきじゃなかったとか…いや、お陰で珍しいものは見れたけれども云々。
 色々考えている俺の横で、美由希さんが面白そうな顔をしてるのには、文句を言ってやりたいところでもあるのだけれど。
 そんな事をつらつらと、現実逃避に考えていたら

「きゅー」
「ん?」

 聞こえた鳴き声に、ふと顔を階段の上に向けてみれば、小さな影が階段を降りてきていた。
 小さな体で軽やかに階段を駆け降りてくるユーノ、そういや寝るときはなのはの部屋に居るんだから、なのはが起きてようやく出てこれたんだろう。
 と美由希さんが、そんなユーノに近づきつつ。

「ほら、こっちおいでユーノ~?」
「…きゅ」

 伸ばした手を、あっさりと避けられてしまっていた。
 ユーノはそのまま、俺の方へと向かって来たので、軽く手を差し出せばその手に飛び乗り、俺の肩へと自分から移動した。
 …いやあの、美由希さん? そんな恨めしそうな眼で見られても、困るんですけど?

「どーして、雄介にはそんなに懐いてるかな…」
「いえ、知りませんてそんなの…案外、男同士とでも思ってるんじゃないですか?」

 俺の記憶が正しければ、恭也さんにもけっこう懐いてた筈だし。
 だから、そんな眼で見られても、本当にどうしようもありませんから。
 と、それよりもこんな玄関先でいつまでも、ぼーっと立ち尽くしてるわけにもいかないか。

「美由希さん、なのはにリビングで待ってるって伝えてもらって良いですか?」
「ん、それは良いよ…別に、なのはが降りてきてからでも?」

 もちろん、伝えてくれればそれで良いので、問題はなし。
 一度美由希さんに軽く頭を下げて、後は勝手知ったる他人の家…ユーノを連れてリビングの方へ。
 移動中、ふと物音があんまりしないのに気づいて、士郎さん達は翠屋だろうかと考える。

 そしてリビングへと到着し、そのまま横断し縁側へと向かう。
 実は俺、高町家の縁側がかなり好きだったりする。
 家のマンションに無いと言うのもあるが、それよりも何となく縁側と言う空間にかなり落ち着きを感じるのだ。

 そうして縁側を視界に入れたところで、先客が居るのに気がついた。
 先客は家の中に居る俺に背中を向けている形になるけど、でも多分俺に気づいてるよな。
 だって、縁側に居るのは

「おはようございます、恭也さん」
「あぁ、おはよう雄介」

 一度は振り向いて挨拶をかわすと、すぐに恭也さんは元の方へと向き直った。
 取り合えずそのまま縁側に近付き、近くに持ってきた荷物を置いてから改めて縁側に出る。
 恭也さんの横の方に座って、その手元を見れば…俺の見る限りではいつも通りに、盆栽を弄っていた。

「今日は、翠屋には出ないんですか?」
「あぁ、たまにはな。 それに昼には、皆ここに揃う筈だ」

 そうなんですかと相づちを打ちながら、ユーノが降りたそうにしていたので一応、恭也さんとは反対側に降ろした。
 と、ユーノはそのままどこかに行ったりはせずに、そのまま俺や恭也さんと同じように縁側に居座り始める。
 二人と一匹…一体どんな取り合わせだと思いながら視線をどこへともなく、取り合えず高町家の庭へと向けて、ただただボーっと外を眺める俺。

 そのまましばらく、うるさい車も近くを通っていないのか、横から聞こえるチョキンと言う音以外は本当に静かで。
 俺としては騒がしいのが嫌いと言うわけでは無いけれど、だからと言って静かなのが嫌いと言うわけでもない。
 だからノンビリと、この静寂を楽しんでいると。

「お、お姉ちゃん退いてー!?」

 高町家の中の方から、なにやら物音と声が聞こえる。
 擬音で表すなら、ドタドタとトタタタタの中間くらいの、慌ただしい…足音かな、コレは?
 足音なら多分なのはだろうし、音の感じからすると多分もう一階に降りてきてるな。

 と言うか退いてと言っているからには、もう一階に降りてきて美由希さんと会ってるか。
 こっちにまだ来てないのは…洗面所かな、寝起きだったし寝癖もついてたし。
 女の子だから時間も掛かるだろうし、まだもうしばらくはここに居れるかな?

 そんな事をつれづれと考えながら、まだぼーっと外を眺めた。
 隣の恭也さんも、逆側のユーノも静かなので静寂をより楽しめる。
 …何となく、これで隣がなのはだったらなぁと思わなくもない。
 なのはは、静かな時間も楽しめる方だと思うし…これがアリサだったら、すぐにでも暇そうにして話しかけてくるんだろうな…すずかなら多分静かなままだろうけど。

「…雄介、何をそんな顔をしてるんだ?」
「…へ?」

 掛けられた声に顔を上げてみれば、恭也さんの不思議そうな顔。
 そんな顔って、一体どんな顔なんだろうか?
 思わず、自分の顔を触って確認…うん、良く分からんな。

「そんなって、どんな顔してました俺?」
「そうだな…何やら眉根寄せていたが」

 そう恭也さんが言うのに合わせるように、なぜかユーノがきゅーと鳴いた。
 俺の表情は、フェレットにも易々と見抜かれてしまうんだろうか?
 ともあれ、

「心当たりがないです、そんな変な顔してましたか?」
「変、とまでは言わないが…何か考えていたのか?」
「えーと…こんなに静かな場合、三人はどんな反応するかな、くらいですけど」

 そうか、と頷いて首を傾げる恭也さん。
 思わず真似して首を傾げ、ちらっと見ればユーノも真似をしている。
 ううん、良く分からん。

「雄介くん! ごめんね、お待たせ…って、何してるの?」

 背後からの声に振り返れば、そこには普段どおりの姿になったなのは。
 服装はもちろんパジャマでなく普通の服で、髪型もいつも通りに二つに縛っている格好だ。
 恭也さんと話していて、接近に気づかなかったか。

「いや、特に何してるわけでも無いぞ?」
「そうだな、おはようなのは」
「あ、うん。 おはよう、お兄ちゃん」

 なのはと恭也さんが挨拶を交わしてる横で、よいせっと立ち上がる俺。
 ふと時計を見れば、もう来てから20分近く経っていて10時も目前だ。
 荷物を手に取り、家の中に入ろうとしてふと

「ユーノ、お前も来るか?」
「…きゅー」

 おぉ、首を横に振られてしまった。
 毎回思うけど、本当に頭が良いんだなユーノは。
 まぁ単に偶然の可能性もあるけど、ユーノは本当に分かってそうな行動が多いし。

「あ、あの雄介くん…その、ごめんね? あの、いきなりだったからビックリしちゃって」
「え、あ、いや、気にするな。 俺も約束より早く来ちゃったし、お互い様だろ」

 家の中に入った途端、そんな風に謝られて俺も慌てて謝る。
 ビックリしたのもお互い様だろう、俺も約束の時間守ってないんだしな。
 そんな風に互いに謝っていたら、どこからともなく小さく笑うような声が。

 思わず口を閉じて、一体どこから聞こえているのかを探すと…なのはと俺の視線が、同時に縁側の恭也さんへと集中した。
 じとっとした眼でその背中を見ていると、微妙に肩が震えているようにも見える。
 もう一度なのはと視線を合わせて、

「じゃ、じゃあ部屋にいこっか?」
「…そうだな、もうすぐ約束の時間だし」

 追求しても、間違いなくはぐらかされそうだし。
 背中を向けたままの恭也さんに、一礼だけして先に歩きだしたなのはを追う。
 何だか朝から色々と有りすぎた気がしないでもないが、もうこれ以上は無いよなぁ。

+++

「なのは、さっきから難しい顔してるけど、何か分からないのか?」
「え、あ、うん。 ちょっとこれが分かんないんだけど」
「ん、どれだ?」

 互いに時折教え合いながら、勉強会を始めて二時間ほど経った。
 まぁ勉強会とは言うけれど、実際の中身はちょっと違う。
 勉強はしてるんだが、その中での役割分担があるのだ。
 簡単に言うなら、俺とアリサが一応の先生役で、なのはとすずかが生徒役みたいな。

「…ねぇ雄介くん、雄介くんって塾に行き始めたのって今の塾が始めてなんだよね?」
「ん? まぁ、そうだな…それまで行ったこと無かったし」

 まぁなのはは数学が強いし、すずかは微妙に深い知識があるから、完全に分担してる訳じゃないんだけど。
 しかも大抵の場合は、最終的に皆で一緒に問題解いたりしてるから、本当に一応でしか無いんだよな。
 誰にでも、得意科目や不得意科目はあるんだし。

「じゃあ、どうしてそんなに勉強できるの?」

 そしてその勉強会の最中に、何の前触れも無くなのはから言われた一言が、これだ。
 聞いた瞬間は、何を言われてるのか良く理解出来ず、ただただ首を傾げるしか出来なかったが…。
 ゆっくりと、その意味を考えて。

「…なんだ、急に?」

 取りあえず、そう言うしかなかったのは仕方ないと思う。
 なのはの顔に視線を向けてみても、その表情には特に揶揄したりとかそういうものは窺えない。
 となると、なのははこれを本気で聞いてるわけだが。

「だって、雄介くんってあんまり勉強とかしてないのに、アリサちゃんと同じくらいテストとかも出来てるなぁって思ったから」

 …あれ? 微妙に貶されてないか俺、勉強してないとか。
 いや、確かにしてないけどさ。
 だがしかし、それとこれとは微妙に違う気がする。
 ともあれ、なのはから聞かれたことに答えるのならば。

「まぁ、勉強してなくても本は読んでるし?」

 我ながら、疑問系の答えだ。
 いやでも、それ以外に答えようがないし。
 少なくとも、漢字系統は本を読んでるから得意なんだと自分では思ってる。

「そっか、雄介くん本とかたくさん読んでるもんね」
「俺の個人的な考え方だけど、例えば漢字なんかは読めないと書けない、って思ってるしな」

 読めれば、部首の特定も出来ることがあるし。
 取り合えずその漢字の読みが分かれば、それだけでもどんな漢字かパズルみたいに組み合わせで完成させれると思う。
 まぁ、それでも漢字は覚えないといけないけど。

「さ、最後が一番苦手かも…」
「あー、公式覚えたりするのは、得意なのにな?」

 俺の言葉に、うんうんと頷いて見せるなのは。
 まぁでも、なのはの場合は出来ないと言うより、アリサを基準に考えてるっぽいし。
 あれはあれで、十分に規格外なんだけどな。

 それに、なのはとすずかの成績は同じようなもんだし。
 すずかの場合は、何と言うか雰囲気でものすごく勉強できるように見えるけど。
 あぁでも、学業以外での知識量なら、すずかが圧勝してそうだ。

「…雄介くん、何か失礼なこと考えてない?」
「え、いやいや。 たんに皆どれだけ勉強できたか、思い出してただけだぞ?」

 嘘は言ってないし、本当に否定的な意味合いは含んでないぞ。
 ただ、こうして考えると、相対的になのはは勉強が出来ないになっちゃうんだよな。
 クラスの中では、間違いなく出来る方に入るのに。

 比較対象が悪すぎる、という言葉しか出ないな。
 と言うか、むしろアリサはどうしてあそこまで勉強が出来るのか…しかも結構な割合で俺を上回るし。
 毎日勉強してるのもあるんだろうけど、それでも凄すぎると思う。

「…私も、本とか読んだらもっと勉強出来るようになるかなぁ?」
「…んー、どうだろうな? ただ読むだけじゃ、意味はないと思うが」

 むむむ、なんて唸り出してしまうなのは。
 ただ読むだけじゃ意味が無いと思うのは、本当だけど…読まないよりは良いかも知れない。

「あー、良かったらなんか、読めそうなのでも探そうか?」
「え?」

 キョトンとした顔をするなのは、内心すこしだけ慌てながら言葉を続ける。

「いや、取り合えずは俺が持ってる奴の中からだけど、今ちょうど他の奴にも本探してるからついでに出来るし?」
「そうなの? …あんまり、難しくないのとかある?」
「それはまぁ、俺だって最初から難しいの読んでたわけじゃないし…それに、そんな難しい本は読んでないぞ俺は」

 基本的に、ライトノベルが主だし。
 つい昨日、八神に貸すのも決めたから、それなりに薦めれるのにメドもたってるし。
 なのははそこまで本を読んでないし、まずは薄めのかな?

 いや、本自体の厚さよりも話の長さが短い方が良いか?
 だとしたら、なんか短編連作みたいな感じの中から、選ぶとするかな。
 …って、何をなのはが頷いてもないのに、もう貸す本を考えているんだろうか?
 まず大前提として、なのはが読もうと思わなければ意味がないわけだし。

「うん、じゃあお願いしても良い?」

 …あれ?

 思わず首を傾げ、もう一度なのはの顔に視線を向ける。
 すると不思議そうな顔のなのはと目が合い、あぁさっきのは幻聴じゃなかったかと理解。
 一人そうやって納得していると、今度はなのはが不思議そうに首を傾げて、そういえばまだ了解の返事をしていないのに気がついた。

「え、あ、おう。 モチロンですよ?」
「…雄介くん、言葉遣い変だよ?」

 …ゴメン、まさか頷くとはあんまり思ってなかったんだ。
 内心でも、否定したばかりだったし…もちろん、そんな事を馬鹿正直に言えば、なのはの機嫌を損ねるのは間違いないわけで。
 なのはの疑惑の視線を受けながらも、どうにか愛想笑いで誤魔化しきろうとする俺だった。

+++

 そしてそれからしばらくし、お昼も過ぎたので本探しのために俺の家に移動することとなった。
 一応むこうでも勉強はするつもりなので、今度はなのはが荷物をまとめる。
 その間、俺はと言えば。

「…そんな訳で、午後はなのはも俺ん家に居ますんで、連絡がつかない時は家にお願いします」
「あぁ、わかった。 まぁ、何もないとは思うが」

 恭也さんの言葉に、でしょうねと返しながら頷く。
 本当に一応程度だし、伝えておかないのは何となくアレだし。
 そんな事を考えながら、なのは待ちで恭也さんと話していると。

「雄介、それってもうすぐにでも家を出るの?」
「…美由希さん、急に現れないでください」

 視界の外から、いきなりヌッと現れた美由希さんには、もう驚けない。
 なんせ、結構な頻度でこういう現れ方してるし。
 ただただ、呆れるしか無かったりする。

「まぁまぁ…で、どうなの?」
「一応、そのつもりですけど…どうかしました?」
「うーん、どうかって言うかね」

 そう言って、言葉を切る美由希さん。
 何か言いよどむような事が、今の会話のなかにあっただろうか?
 不思議に思い、首を傾げていると。

「あら? いらっしゃい雄介君」
「あ、はい、お邪魔してます桃子さん」

 ちょうどキッチンの方から、桃子さんが顔を出していた。
 そのままこちらへと歩いてくる桃子さんは、何でかエプロンを着けている。
 そういや俺が来た時には居なかった筈だけど、勉強している間に帰ってきたのだろうか?

「荷物をまとめてるけど、もう帰るのかしら?」
「あぁいえ、えっと…帰ると言うか家の方に、場所を移そうと言う話になりまして」

 そうちょうど答えた時、軽い足音が俺たちのほうへと近づいてくる。
 足音の軽さからすると、今ここに居ない士郎さんでは有り得ない。
 つまりは、もうあと一人しか居ないわけで。

「お待たせ、雄介くん! …あれ、お母さん?」
「おはようなのは、あんまり家の中で走っちゃダメよ?」

 キョトンとした顔を桃子さんに向けるなのは、ぱっと見る限りでは出掛ける準備はもう完璧のようだ。
 起きてからまだ一度も会っていなかったのか、色々と話を始める二人。
 そんな二人を、ぼけーっと見ていると。

「ところでなのは、お昼はどうするの?」
「え?」

 なのはが桃子さんから唐突に、そんな言葉を言われていた。
 聞いていただけなのに思わず俺までポカンとしてしまうが、よく考えれば今はもうお昼時…を少しばかり過ぎている。
 すっかり時間を見るのを忘れていた…と言うか、桃子さんがエプロン着けてるんだから気づけよ俺。

「もちろん、雄介の分もあるよー?」
「え、俺のもですか?」

 美由希さんとかにもちろん、と言われるのは地味に嬉しい。
 何と言うか、一員に見て貰えてる気がするし。
 まぁ、なのはの家に遊びに来たときには、けっこう頻繁にごちそうになってるんだけど。

 と、そんな事を考えていたら、なぜか急に美由希さんがニヤニヤし始める。
 ヤバイ、嫌な予感しかしない。
 内心で身構えていたら、美由希さんはなのはの方を向いて。

「良かったねぇ、なのは? 雄介の家に行ってなくて」
「ふぇ?」

 美由希さんの言葉になのはが首を傾げているけど、内心では俺も疑問だ。
 俺の家にまだ行ってない事と、お昼ご飯にいったい何の関係が?
 そう思っていると、美由希さんは自分のお腹を示しながら。

「朝も食べてないんだから、食べておかないと途中でぐーって鳴るんじゃない?」
「…そ、そんな事ないよ!」

 笑い顔でそういう美由希さんに、想像したのか顔を赤くして反論するなのは。
 いやまぁ、確かに他人の家でそれは恥ずかしいよなぁ。
 恥ずかしいと言うか、何だか居たたまれない気分になりそうだ。

 それにそういえば、俺が来たときに起きてきたんだから、朝から何も食べてないんだよな。
 完全に想定外、考えもしなかった。
 俺だって、今日の朝はしっかり食べたんだけど。

「まぁ、雄介ならしれっと流してくれそうだけどね~」
「え…いや、まぁそうでしょうけど」
「だ、だからそんな事無いってば!!」

 いきなり話を振られたので、咄嗟に答えたらなのはに怒られてしまった。
 そのまま顔を赤くして美由希さんに食って掛かるなのはだが、美由希さんはのらりくらりと笑いながらいなしている。
 本気では無いだろうけど、顔を真っ赤にして怒るのを見て…可愛いなぁとか思うのはダメだろうか?
 いやダメじゃない、なんて自己完結していると。

「も、もう! 行こう、雄介くん!」
「ん…ん? え、いや…なのは!?」

 自分の考えに沈んでいて、頷いた後にようやく言葉の内容に気が付いた。
 行こうって、何に?
 いや、今までの会話からすると一つしかないけれども。

 驚きながらなのはの方を見ようとして、何かが両方の肩に置かれる感触。
 いったい何がと思い、置かれたものを確認すれば、それは何となのはの両手で。
 置いた両手で俺の肩を掴んだなのはは、そのまま俺を背後から押し始めたのである。

「ほ、ほら! 雄介くんもしっかり歩いて!」
「い、いやいや! 押さないでくれなのは、コケるから!」

 ぐいぐいと、なかなかに強い力で押してくるなのは。
 周りの人たちは笑ってみていて、助けてくれそうもない。
 いや、もちろん抵抗しようと思えば出来るんだけど。

 いや別に抵抗する必要も無いのか、実は?
 なのはがもう行こうと言ってるんだし、食事は最悪コンビニにでも寄れば問題ない。
 いやでも、それもこの調子だと、なのはの方が拒否しそうだ。

 と言うことはつまり、やっぱりここで食べるのが一番な訳で。
 家に来ても、何か食べ物があったか怪しいし。
 …結論と言うか最終的には、美由希さんがからかわなければ何の問題も無かったわけだ、ウン。

「…あぁうん、なのは? 美由希の言うことは気にしないで、お昼くらいは食べていったらどうだ?」
「そうね、なのはの分もあるから、ちゃんと食べてから出掛けなさい」

 恭也さんと桃子さんがそれぞれで声を掛けて、若干ながらなのはが俺を押す力も弱くなる。
 後ろから聞こえる引き留める声に、俺も便乗して何か言おうとしたその瞬間。

 ぐー

 とんでもないタイミングで、今一番聞こえてはいけない音が聞こえた。

 ピタリと、全員の動きが止まる。
 音の発信源は…少なくとも、俺では無い。
 俺ではなく、ついでに言えばその音はとても近くから聞こえて。

「…」

 無言で、出来る限り体を動かさないようにして後ろを見てみる。
 後ろに居るなのはの顔は、ちょうど下を向いていて見えない。
 見えないが…チラリと見えている耳の辺りが、ものの見事に赤くなっていて。

 色んな意味で、何か言わねばと思う。
 いやまぁ、何を言えば良いか何てちっとも分からないんだけども。
 でもアレだ、何か言わないと凄い気まずいよね?

「あー…」
「っ!?」

 ただ声を出しただけなのに、物凄くなのはにビクッとされた。
 よし落ち着け俺、ここで失敗するとなのはがさらに恥ずかしい思いをしかねないんだ。
 何て言えば、この場を丸くおさめられるか…それでこの気まずい空間は解除されるはず!

「その、なのは?」
「…な、なに?」

 もう一度、チラッと後ろを見てみるが、いまだになのはは顔を上げていない。
 ついでに、返事の声も若干硬かったりするが、きっと多分おそらく一応これで大丈夫!
 と言うか、もうこれ以外に何にも思い付かないけどな!
 いちかばちか、当たって砕け…たくは無いけれど、取り合えず言うしかない!

「いやその、実は盛大にお腹が減ってきたから、ここでお昼をご馳走になりたいなーとか…まぁうん、そう思ってたりするんですが…どうでしょう?」

 なのはからの反応がなかったので、つい敬語になってしまった。
 いやうん、自分でも白々しいとは思ってるんだけど。
 でも! 他に思い付かないんだから仕方ないじゃないか!

「…」

 背後のなのはからは、無反応。
 顔が見えないので、今怒っていたりするのかも不明だ。
 ヤバイ、なんかじわじわと不安になってきたんですけど…?

 内心でそんな不安と戦っていると、唐突に俺の体が反転した。
 いや、勝手に反転するわけは無いし、なのはがしたのは分かってるんだけど。
 さっきまで玄関に向かっていた体が、今度は高町家の奥の方へと。

「あー、えっと…なのは?」
「…」

 後ろは向かずに声を掛けてみるけど、無視されてしまった。
 いや完全に無視じゃなくて、ちょっと強めにぐいぐいと肩を押されたので、何も言わずに早く移動してほしいのだろうけども。
 今度は正面に見える美由希さんが、恭也さんからオシオキを受けているけど、ざまあみろとしか思わない。

 と、まぁ色々なんだかありすぎるくらいにあったけれど、お昼は高町家でご馳走になり、それからなのはと二人、改めて俺の家へと移動したのだった。


+++後書き
 …また、一ヶ月かかってしまったorz
 今回は一応予告どおり、なのはメインなお話です。
 なのはメインと同時に、高町家メイン(士郎除く)な話でもありますが。

 …最近どうにも、妄想力が落ちてきた気がしてならないですww
 書こうと思った場面が、ちっとも脳内に描けない…もしかして、熱が冷めてきたんだろうか…?
 むぅ取り合えずは、リリなの日常系で個人的に崇拝してる某作品でも読んで来よう。

 あと、そろそろタイトルの【チラ裏より】は消してもいいかなと思ってるんで、近いうちに消すかもです。
 まぁおそらく次回更新時に消すつもりなので、次回はお気をつけ下さい。

 妄想力を鍛えつつ、それではまた次回の更新にて!
 あ、一応ですが、作者は劇場版未見なので、そちら関係のものは一切気にしないので、設定とかで矛盾あっても直しませんのでご了承ください。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十四話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2011/04/12 00:05
+++

「ただいまー」
「お邪魔しまーす」

 高町家にてお昼ごはんを食べた後、予定通りに俺の家へと移動して。
 俺の家の玄関をくぐりながら、ほとんど同時にそう声を上げる俺たち。
 もちろん、前者が俺で後者はなのはだけど。

「…あれ、母さん居ないのか?」
「そうなの?」

 一応、俺の帰宅の挨拶には毎回ちゃんと返事はしてくれるんだけども。
 なのはに部屋に行っておくように言って、取り合えずリビングを覗くが…やっぱり居ない。
 ついでに台所やらベランダも覗いてみるが、やっぱりどこにも見当たらない。

「…まぁいいか、別に用事があるわけでもないし」

 多分買い物だろうし、俺が居なくても買い物には何にも影響ないし。
 そう考えて、今度こそ自分の部屋へと向かう。
 そして部屋に戻れば、何でか部屋の中で立ったままのなのはを発見。

「なのは? 別に座ってても、良いんだぞ?」
「え? …あ、そっか」

 今気づいた、と言うように小さく笑うなのは。
 同じように笑いつつ部屋の隅のほうに荷物を放り投げながら、同じく隅の方に積んであったクッションの一つを渡す。
 部屋の隅には合わせて三つほど、俺の部屋には似つかわしくない可愛い柄のクッションが置いてあるんだが、その中でもこれはなのは専用のヤツだ。

 ちなみに、なのは専用というのは俺が勝手に決めてるわけではなく、この部屋に遊びに来るアリサやすずかにも、それぞれに専用のクッションが存在している。
 元々は三人が良く遊びに来るようになった頃に、俺がクッションぐらいあった方が良いかなと思って、適当にそんなに高くないのを買ってきたのが始まりだった。
 そして次に来たときに渡したのは良かったんだが、セール品をバラバラに買って形が揃っていなかったこともあり、いつの間にやらそれぞれの専用なんて分けられ。

 駄目押し的に、ほぼ無地だった見た目に飽きたのか、アリサの奴が自腹でカバーを用意してきて、それに続く形ですずかもなのはも自前のを用意し、名実共に三人それぞれの専用となった。
 俺としてもお金出さずに済んだのもあるが、何より始めにアリサがやりだした時点で、何の文句も言わなかった所でもう結果は決まっていたと思う。
 言ったところで、多分カバーだけ取り外して持ってきたんだろうしアイツは。

「それでなのは? 早速、読みそうな本でも探すか?」
「え、あ、ううん別に後でも大丈夫だよ? それよりも雄介くん…」

 そこで言葉を切って、おもむろに部屋の中を見回して。
 クッションを抱えるような格好で、床に敷いてある敷物の上に座り込んでいるなのは。
 んーとでも言うように、何かを考えるような仕草をして。

「また、いっぱい物増えてるよね?」
「…あーうん、まぁ色々な。 主に本とかだけど」

 まさかの抜き打ちチェックだ。
 いや、増えてるのは間違いないんだけども。
 別に散らかしてるわけじゃないのに、すぐに見破られてしまったのは何故だ。

「でも雄介くん、前にもう増やしちゃダメって言われたんじゃなかったけ?」
「いや、あれは本棚の方だからな。 本自体は大丈夫だ」

 まぁそっちも、本棚がいっぱいになるまでしか出来ないんだけどな。
 ふぅんと頷くなのはは、そのまま本棚の方を眺めて。

「雄介くん、本当にこれだけあるの読んでるの?」
「いや、そりゃあ読んでるぞ? 読まなきゃ次の買わないしな」

 そっかそっかとでも言うように、何度も頷くなのは。
 ちょうど本棚の話題にもなったし、なのはにどんな本が良いか聞こうかな。
 後でも良いとは言ってたけど、他にやることもないし。

「なぁ、なのは? なのはって読むなら、どんなのが良いんだ?」
「どんなのって言われても…普段あんまり読まないから、何でも良いよ?」

 何でもって、それはもの凄く困るんだけども。
 ジャンルとかそういうのは無いのだろうか…って普段読んだこと無いなら、その辺りって気にしないのか?
 どうしたものかと、本棚の前に移動しながら考えて。

「あー、何かこういうのが読みたいとかってのは?」
「そ、そんな事言われても…」

+++

 本を選び始めてから、もう一時間か二時間か。
 これはどうか、あれはどうかなんて話している内に、いつの間にかこんなにも時間が経っていた。
 いや、ずっと本を選んでたわけじゃあないけども。

 まぁ、そんなに長い時間そうしてると何か飲み物でも欲しくなってくる訳で。
 ちょっと休憩がてら、何か飲もうと決めた。
 まぁもちろん、自分だけで飲むわけでもなく。

「なのは、俺は何か飲むけど、飲みたいのってあるか?」
「え? ううん、そんなに飲みたいのは無いよ?」
「そっか、なら適当に持ってくるからな」

 そう言って、台所へと向かう。
 持ってこないなんて選択肢は、微塵も存在しないのだ。
 グラスを二つ用意して冷蔵庫を漁る…前に母さんがいつの間にやら帰ってきていたので、一応声を掛ける。

「おかえり、いつの間に帰ってきた?」
「少し前ー。冷蔵庫にケーキが入ってるから、食べちゃってもいいからね」

 ほほう、なんて思いながら冷蔵庫を開けて、翠屋の箱だったのでスルーする。
 いや嫌いとかじゃなくて、なのはに出すのに実家のケーキというのはアレだし。
 これは後日にと思いながら、たしか前に飲んだときには、なのはが美味しいと言っていたジュースを取り出す。

 ジュースを準備し終わって、他に軽く摘まめるものは無かったかと探すが何も無し。
 まぁ帰って来る前に、向こうでお昼は食べてきんだたし別に良いか。
 
「じゃあ母さん、なんか用事あったら俺部屋に居るから」
「はいはーい」

 母さんの存外に適当な返事を聞きながら、ジュースを持って部屋に戻る。
 部屋へと戻りドアを開けようと思えば、ドアが半開き状態なのに気が付いた。
 ちゃんと閉めてなかったかと思うのと同時に、そういえば似たような状況で、前にアリサが阿呆な事をやっていたなぁと唐突に思い出してしまった。

 それと一緒に、前にアリサの奴にボコボコにされた事も思い出したが、まぁそれは良いや。
 そう思い直しつつ部屋へと入り、思わず正面のベッドを確認してしまう。
 よし、異常は無いな…まぁ元々今日は来てないし、なのはは入り口に近い本棚の所に居るから、異常があるわけも無いんだけど。

「? 雄介くん、どうかしたの?」
「ん、あぁいや…ちょっと、アリサのアホな行動を思い出してな」

 俺の行動が不審だったのか、首を傾げて訪ねてくるなのはに曖昧に答えた。
 だが、今までに何回も話題にした事があるからか、それだけで察したなのははちょっと苦笑気味。
 まぁなのはもその場には居たし、事の顛末も知ってるもんなぁ。

 そう、あれは確かアリサやなのは達を名前で呼んでたから、去年の十二月以降だったのは間違いが無い。
 今日とは違い、なのはだけじゃなくアリサもすずかも家に来ており、俺が今みたいに飲み物を持って戻ってきて、ドアが半開きだったこともあって何も言わずに無音で部屋へと入ったのだが。
 そうしたらアリサの奴が、ベッドの下へと顔を突っ込んでガサゴソと人の部屋を漁っていやがったのだ。

 その頃にはもう随分と三人とは仲良くなっていたと思えていたので、全員の性格も大体は把握済みでなおかつ、アリサがけっこうな耳年増だと言う事とかも明白だったりもして。
 とにかく、部屋に入った俺の目の前にあったのは、アリサのアホが人のベッドの下を漁ってる光景だったわけで。
 すずかは傍観し、なのはもちょうど止めようかどうか迷ってる風だったんだよなぁあの時は。

『…おい、何してるそこの馬鹿』
『きゃ!?』

 ともあれ、馬鹿には問答無用なので、思いっきりそのケツを蹴ってやったんだったか。
 いや、本当に足を振って蹴ったわけではなく、足の裏で押すようにして蹴ったんだけども。
 さすがに、普通に女の子を蹴り飛ばすのは、色んな意味で無理なもんで。

 ただ、そうやって一応程度に気を使ったんだが、顔を真っ赤にして怒り狂ったアリサの奴に、ボッコボコにされたんだが。
 ボコボコと言っても、拳とか蹴りではなくクッションでのボコボコだった。
 …いや、あれでも結構くるんだぞ? あんまり痛くないくせに、衝撃だけは凄いから。

 と言うか、今思い出して見れば俺は悪くないじゃないか。
 人の部屋を漁っていたアリサが悪いし、そういや俺をボコボコにしたクッションも俺の部屋のもんだし。
 今さらだとは分かってるが、今度何か復讐してやろうか?

「…雄介くん、なんか悪い顔してるよ?」
「ん、そうか? それより、何か面白そうな本でも見つけたのか?」

 ちょっと誤魔化しつつ、本棚の前で積まれていた本を見ているなのはに、そう問いかける。

「ううん、ただどうしてこのシリーズが棚から出されてるのかなって思って」

 そう言われて、なのはの見ていた本を見る。
 それはちょうど、八神に貸すために全部まとめて引っ張り出していたシリーズで。
 棚から出したは良いけど、どうやって渡すか決めてなかったからそのまま積んでたんだな、そういえば。

「あー、ちょうど貸す予定のやつでな、悪いけどそれは貸せないぞ?」
「それは別に良いけど…」

 一応悪いと思って言ったのに、かなり軽く流されてしまった。
 ビミョーに空しい…と言うか、俺はいつまでジュースを持ってるんだか。
 別に持ち続ける意味もないし、さっさとテーブルに置いとこう。

「貸すって言うと…すずかちゃんに?」
「ん? すずかじゃないけど…」

 って、そういえばすずかにも面白いって勧めてたなアレ。
 イカン、すずかが借りたいって言ったらどうしよう?
 …いや、八神は読むの早そうだし、別に大丈夫だろうきっと。
 学校に行ってないって話だし、昼間は本を読んでるんじゃないかと思う。

「じゃあ、アリサちゃんに?」
「いや、アリサでも無いなぁ」

 そういえば、アイツは俺からは漫画しか借りたこと無いな。
 別に小説を読まない訳じゃないんだが…今度、なんかオススメしてみるか。
 よいせっと座りながら、そんな事を考えて。

「えっと、それじゃあ…お姉ちゃんに?」
「美由希さんには、本を貸したこと無いなぁ…と言うか、どうしたんださっきから?」

 何でさっきから、俺が本を貸す相手について詳しく聞かれているんだろうか?
 そんなに重要かと言うか、もう後は八神くらいしか居ないと言うか…むしろ美由希さんの名前が出たことの方が、個人的には驚きである。
 そう思い改めてなのはを見れば、何でか首を傾げていて。
 内心、同じように首を傾げていたら。

「えーと…じゃあ、他には誰に貸すの?」
「誰って、それは…」

 いや、じゃあって何だ、じゃあって。
 他に俺が本を貸す相手って、そんなに思い当たらないのだろうか?
 そんな疑問を持ったけれど、取り合えず置いておいて、八神だけどと言おうとしふと思い当たる。

「…あーなのは? 八神はやてって言う名前に、聞き覚えは?」

 俺の言葉に、キョトンとした顔をするなのは。
 しばらく、考えるような間を置いた後で、改めて首を横に振った。
 つまりアレか…俺、なのはに八神の事を話したことがなかったな、うん。

 よく思い出してみれば、確かになのはやアリサに八神の事を話した覚えがない。
 八神と会うのは図書館だけだし、学校ですずかと八神について話すこともそんなに多くないしなぁ。
 普段の会話で、図書館での事とかが話題にならない以上は、ある意味当然のことなんだろうか?

「えーと、その…八神くんに、貸すの?」
「まぁ、そうだな…ちなみに、くんじゃなくてちゃんだな、どっちかって言うと」

 アイツも、紛れもなく女の子に分類されるわけだし。
 最近は俺の中で、大分アリサと同じような扱いをしているせいか、たまに忘れかけるけど。
 そう考えて軽く言ったつもりだったのに、何でかなのはにもの凄く驚いた顔をされる…いや、本当に何で?

「…あー、どうかしたのか、なのは?」
「えっと…女の子、なの?」

 何でそんな事をと思ったが…はやてって名前だから、男だと思ったんだろう、女子ではあんまり見かけない名前だし。
 そう判断して軽く頷けば、何でかまだちょっと驚いてるような顔。
 なぜ? 別にそこまで、はやてって名前が珍しくないとは思ってなかったんだけど。

「あー、なのは?」
「え、あ、ゴメンね? 何でもないよ?」

 いや、その言い方は、何かあるよとも取れる言い方なんだけど。
 …うんまぁ、何かあると分かったとしても、追求はしないけどな。
 四月頃のみたいに、普段の生活に何かあるのなら別だが。

 気にならないと言えば、嘘にはなるんだが…教えてくれなさそうだしな、こういう時って。
 パタパタと、手を振って否定するなのはに、何となく愛想笑いしつつ。
 次はどうしようと、思わず考える。

「えっと、ねぇ雄介くん? その、八神ちゃんって、どういう人なの?」

 考えがまとまる前に、なのはからの新しい質問。
 内心で思わず良し! なんて叫んだが、八神がどういう人かとはまた…何とも答えにくいな。
 どういう、どういう人と言われて、八神をなんて表現できるかと考えたら、思わず口からこぼれる一言。

「…似非、関西人?」
「え、エセ? 関西人?」

 ありのままのイメージを伝えたら、またなのはに不思議そうにされてしまった。
 いや、わりと俺自身も不思議に思ってるけどさ。
 いやでも、咄嗟に出たのがそれだったのは否定できないわけで。

 八神が普通に関西の人の可能性は十分にあるんだが、なぜかイメージからは似非の文字が外せない俺。
 何でかなぁとは思うけど、心当たりも一切ないなぁ。
 まぁでも、関西の方のカテゴリには入るだろうし、良いよな別に?

「まぁうん、言葉遣いとか関西風でな? 後はイメージなんだけど」
「イ、イメージでエセになっちゃうんだ…」

 うん、俺もビックリしてる。
 けど自分の中では何の違和感も無いから、問題は無いな。
 まぁとにかく、

「あとはまぁ、普通に良い奴だな。 俺やすずかと本の話は合うし、ゲームも色々持ってて普通に遊べたし」
「…二人とも、八神ちゃんの家に遊びに行った事あるんだ?」
「あぁ、二回くらいは向こうに行ったな。 それ以外は、大抵図書館で会うくらいだけど」

 改めて、そっかと呟くなのは。
 二回目に行ったときには、またヴィータちゃんにゲーム勝負を挑まれたけど。
 そういえばシャマルさんと言う人には、また会えなかったんだよな…シグナムさんには会ったけど。
 そういえば、ペットのザフィーラも見せてもらったな…かなりの大型犬だった、子供一人くらいなら背中に乗せれそうなくらいに。

「…仲、良いんだね」
「うん? あぁ、すずかも八神も、二人とも良く図書館で会ってるみたいだしな」
「ううん、雄介くんも仲良いんだなぁって」

 俺? と思ったけど、まぁ確かに仲は悪くないな。
 今まで読んだ本とかの事を話せるのは、すずかしか居なかったし。
 そういう意味でも、八神は貴重な友達だし…まぁ普通に友達としても、良い奴だけどさ。

「まぁ八神は良い奴だし、多分なのはも会うことがあれば、仲良くなれると思うぞ?」

 こう言ってはアレだけど、八神は友達が多くなさそうだし…いや、学校行ってなかったらしょうがないと思うけどね。
 性格も意地悪な感じはしないし、きっとなのはやアリサ…アリサは同類っぽいけど。
 まぁともかく、二人ともと仲良くなれそうな気はするな。

 そう思いつつなのはを見るけど、なのはさっきから何かを考え込んでいる。
 一体何をそんなに考えているのか、さっきまでの俺の話に、そこまで考えることとか無いよな?
 …いや、実を言えば、ちょっとは心当たりあるけどね。
 俺だって例えば、アリサやなのはとだけ仲が良く、別に悪い人でも無いと言われてる人が居れば、きっと言うだろうし。

「…ねぇ雄介くん?」
「何だ?」
「私も、八神ちゃんに会ってみたいな」

 うん、俺大正解。
 俺も同じ状況だったら言うと思うし、予想通りは予想通りだな。
 まぁ取り合えず、予想云々は置いておいて。
 
「うん、良いんじゃないか? 今度会ったときにでも、確認しとく」
「うん、お願い…あれ? でも携帯の番号とか、交換してないの?」
「うっかりしてるのと面倒でな…それに会おうと思えばすずかと一緒に、図書館に行けば大抵会えるし」

 そうなんだと頷くなのはに、毎日図書館に居るらしいからなと返す俺。
 と言うか、今日も確か図書館ですずかと会ってるはずだし。
 なのはを送るついでに、そのまま行ってみるかね…方向は多少違うけども。

 早い内に聞いておいた方が、なのはも八神も予定が立てやすいだろうしな。

+++

 結局、八神の事を説明した後なのはに貸す本もちょうど決まったので、キリが良いとでも言うように今日は解散する事になり。
 俺はなのはを送るついでに自転車を持ち出し、そのままきっと八神とすずかが居るであろう図書館へと向かうことにした。
 なのはは最初、わざわざ送ってくれなくても大丈夫と言っていたが、ついでに行くところがあると言うことで押しきった…ついでに、なのはも俺が自転車を持ってるのを知らなくて、引っ張り出してきたら驚いた顔をされたけど。

「と、そういう訳なんだが、どうだ?」
「お話やと確かにそれで話通じとるけど、実際には微塵も通じんから最初からの説明をお願いな?」

 その通りなので、一度頷いてから改めて八神とすずかに顔を向ける。
 ちなみに現在位置は、いつも通りの図書館だったり。
 ここに来た後で思ったんだが、そういや図書館に居ない可能性もあったんだよなぁ。
 八神の家やすずかの家に行っててもおかしくないんだし。

「とまぁ、そんな感じで、俺たちの友達が会って見たいって言ってるんだけど、どうだ?」
「もちろん、OKや」

 事情を説明してから改めて聞くと、満面の笑みで頷かれた。
 親指もビシッと立てて、もう快諾である。
 と、そこで表情を普通に戻したと思ったら。

「で、ちなみに男の子なん? それとも、女の子?」
「あぁうん、女の子だな…今日そうやって会いたいって言った子以外に、もう一人加わると思うけど」

 それはもちろん、アリサの事だ。
 何と言うか、聞かなくてもこういうのに絶対参加するだろうから、日程だけ考慮しておかないとな。
 とそんな事を考えていたら、すずかがおもむろに。

「そういえば、二人に話したこと無かったよね」
「あぁ、俺も今日気がついたけどな」

 八神と初めて会ったのが、確か九月の中頃で今はもう十月も終わりの頃。
 一月半近く、八神の事をなのはとアリサに話していなかったことになるな。
 てっきり、どっかで話したものだと思い込んでいたけれど。

「その二人とも、佐倉君は仲が良えの?」
「ん? そうだな、仲良くなったのもすずかと同じくらいからで、けっこう長いしな」
「そうだね、去年の秋くらいからだっけ?」

 確か、そのくらいから交流は増えたと思う。
 一旦仲良くなってからは、それこそ毎日顔を合わせていると言っても良いくらいの頻度だけど。
 長い付き合いだなぁ…その割りに、なのはとに何の進展も無いんだけど。

 いやうん…そりゃあ、あんまりがっつかないようにとは、俺自身そう考えているんだけれども。
 それにしたって、もう少し何か無いかなと、考えないわけじゃあ無い。
 なにも思い浮かばず、結局は行動にも移せないんだけどね…はぁ。

「佐倉君は、一体何を溜め息ついとるんやろ?」
「さぁ…? でも、気にしなくても良いと思うよ?」

 さりげなく冷たいな、すずかの奴め。
 って言うか声を潜めろ、そういう話をするならな。
 丸聞こえだぞ、お前ら。

「や、だって隠す気ないんやし?」
「うん、むしろ聞かせてるよね」
「よしお前らちょっと頭出せ、取り合えず一発殴るから」

 割りと本気でそう言うと、八神は頭を隠すがすずかは平然としている。
 ちくしょうめ、完全に慣れてるな。
 …あ、そういえば。

「なぁ八神?」
「ん? どうしたん、グーでパンチかパーでビンタかチョキでしっぺか迷っとるん? 何と言うドS加減や」
「お望みだったら、全部まとめてやってやろうか…そうじゃなくてだな、良かったらでいいんだけど携帯の番号教えてくれないか?」

 よっぽど俺の言葉が予想外だったのか、キョトンとした顔をする八神。
 かくんと首を傾げて…なぜ、そこですずかを見るんだ?
 すずかも何故と言う目で見てきているので、取り合えず説明する。

「いや、今日その友達との会話の流れで、そういえば八神との連絡手段が直接会うか、すずか経由でしか無いことに気が付いたんでな」
「そういえばそうやね、それやったら別に私は良えよ?」

 八神も快諾してくれたので、携帯の番号を交換する。
 これでまぁ、何かあったら俺からも八神に連絡できると。
 そんな事を考えながら携帯を閉じると、なにやら八神がじっと携帯を見つめている。

「どうかしたか?」
「ん? そうやね…私の携帯に、男の子の名前が入るの初めてやなぁって」

 そう言いながら、ちょっと手で顔を隠してみせる八神。
 まぁうん…八神以外だったら、恥ずかしがってるのかなぁとか思うけども。
 口元がニヤけてるの、見えてるからなお前?

「…むぅ、何で佐倉君は何の反応もせんの?」
「いや、口元ニヤけてるの見えてるし…それに、前にも似たようなこと言われたことあるしな」

 そう何の気なしに言った瞬間、八神の目が光った。
 …いや比喩表現だけど、わりと本気で光った気がしたんだこれが。
 思わず、多少ながらもたじろいでいると。

「ほっほう、誰なん? 誰に言われたん?」
「いや…誰って」

 何でそんなに前のめりで興味津々なのか、それを疑問に思いつつ俺に言った当人…すずかに視線を向ける。
 ぐるりと八神の首が回り、すずかへとターゲットが変わる。
 おぉ珍しい事に、すずかが微妙に引いてるよ。

「本当なん、すずかちゃん?」
「え、あー…えっと、そんな事言ったっけ私?」

 八神から視線を外して、今度は俺に視線を向けるすずか。

「いや、ほら電話番号交換したとき、すずかが言ってたじゃないか」
「えっと…」

 初めて交換したとき、ポロっとすずか自身が言ったのに。
 いや意味合いとしては、俺と番号を交換したときに、アリサは父親になのはは恭也さんとかの番号が携帯に入っていたのに対して、すずかの携帯に異性の番号が入るのは俺が初めてだったというだけなんだが。
 と、それを自分で思い出してくれたのだろうか?

「そういえば、そんな事言ったかも…」

 そうすずかが呟いて、なぜか八神の目がさらに光る。
 なんかもう、物理的に光りそうなくらい興味津々なのが見てとれるんだけど…
 一体、何がそんなに八神の興味を引いているのか?

 さっきから不思議なところに食いついてきて、正直読めない。
 いや、何か読みたくない気もしてるけれど。
 なんか直感だけど、おかしな事を考えてそうだし。

「ほう、ほうほうほーう」
「…あー、何でそんなに楽しそうなのかは聞きたくないから、とりあえず会うのはOKで良いんだよな?」
「もちろんや」

 輝くようなとか、そんな形容詞が付きそうな笑顔が逆に不気味。
 どうしよう、何だか会わせたくなくなってきたぞ俺?
 いや、なのはにも八神にも確認しちゃったから、そんな事はしないけどさ。

「じゃあまぁ、十一月中には都合つけつるつもりで、細かいことはメールでな?」
「ええよー」

 そう八神が答えるのに会わせて、そそくさと席を立つ。
 もちろん逃げるためだが、気づいたすずかが非難の目で見てきた。
 それに気づかぬフリで、誤魔化すように笑顔を浮かべて。

「じゃ、俺は帰るから」
「またな、佐倉君」
「…またね、雄介君」

 すずかの視線は若干恨めしそうだったが、八神にはもう今日は関わりたくなかったので、そのまま帰る俺だった。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十五話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2011/08/12 23:47
+++

 十一月のある日曜日、俺は八神を待つためにすずかと二人で、翠屋からほど近い商店街の入り口に来ていた。
 もちろんそこは外となるわけで、最近はもうめっきりと寒くなり、吐く息も少しばかり白く見えたりするのだけれど。
 そんな時にどうして外に居るのかと言えば、今日がこの前なのはと八神に約束した、その約束の日だからだ。

 準備としては、なのはにも八神がOKを出したことを伝えたり、ついでに集まる場所に翠屋を使わせてもらう約束を桃子さんとしたりとか。
 ちなみに翠屋を使うのに、俺たちが外に居る理由はある意味単純。
 八神が、翠屋の場所を知らなかったのだ。

 聞いたことはあるかもと言っていたけれど、それだけじゃ不確実なので翠屋近辺で他に知ってるところは無いかと相談したところ、この商店街に一度集合しそれから翠屋に移動することに決まったのだ。
 後、なのはとアリサは現在翠屋にて待機中。
 こっちに連れてきても良かったけど、そうしたらそのまま外でしばらく話し込みそうだし…そしたら寒いし。

 そんな感じの、もろもろの理由ですずかと二人、八神待ちな訳だけども。

「…もうすぐだっけか?」
「そうだと思うよ? …と言うか、少し前にも同じこと聞いたよね」

 だって寒いんだ、とは言わない。
 すずかの視線の方が、冷たく感じるし…怖いし。
 いや、同じことを何回も聞く俺も悪いんだろうけど。

 約束の時間に対して、余裕を持つのは良いことだろうが、余裕を持ちすぎるのは良くないと今日で理解した。
 特に冬は、寒すぎて待つ時間も長く感じるしな。
 そんな事を無意味に考えながら、また携帯を取り出して時間を確認すると。

「あ、来たみたいだよ雄介君」
「ん? おぉ、本当だ」

 携帯から顔をあげて、すずかの見ている方向を見れば、そこには車椅子に乗った八神の姿。
 そしてその後ろに…誰だろうか、あの金髪の人は?
 今までに見たこと無い人だけど…あぁ、そういえばまだ俺の会ってない人が、居るとか居ないとか聞いた覚えが少しばかり。

 パッと見、ヴィータちゃんのお母さんとかだろうか?
 八神には似てないしヴィータちゃんともあんまりだけど、パッと見た外見年齢的にはヴィータちゃんの方が正しい気がする。
 そんな事を内心で考えながら、こっちに気づいて手を振っている八神に同じように振り返しながら。

「久しぶり、佐倉君。 すずかちゃんは三日ぶりやね」
「おう、と言うか2週間くらいだろ?」
「そうだねはやてちゃん、それとお久しぶりですシャマルさん」

 八神と挨拶をかわしながら、すずかがシャマルさんと呼んだ人に視線を向ける。
 と、ちょうどこっちを見ていたのか、ばっちりと視線が合ってしまった。
 ニコリと微笑まれたので、反射的に笑顔を浮かべながら。

「えーと、初めまして。 佐倉雄介って言います」
「はい初めまして、シャマルと言います。 佐倉君の事ははやてちゃんや、ヴィータちゃんから色々聞いてますよ?」

 咄嗟に八神に視線を向けたら、にこやかな笑顔を返されてしまった。
 どんな話をされてるのか、非常に気になるんだけど。
 ヴィータちゃんからは、ゲームの上手い奴とかだろうか? …いや、すずかの方が上手いからそれは無いな。

 うんまぁ、それは置いておくとして、だ。
 これで俺も、八神家のメンバー全員に会ったことになるんだなぁ。
 とある折りに、両親が居ないっていうのも聞いちゃったし。

「何を聞いてるのか、ちょっと気になりますけど…えっと、シャマルさんは、八神の付き添いですか?」
「ええ、ここまでですけどね」

 思わず、ちょっとホッとした。 いや、子供の集団の中に大人が一人って、俺たちもシャマルさん的にも微妙に気まずいし?
 …いや翠屋だったら、待って貰ってても大丈夫だったりするか?
 桃子さんが、色んな意味でそのまま放っておくとは思えないし…いやまぁ、それはそれで気まずいか?

「佐倉君、何をそんなに考え込んどるん?」
「ん、いや、大した事じゃないぞ」

 八神とそんな会話を交わしつつシャマルさんに一礼してから、それから改めてすずかと八神の三人で今度こそ翠屋へと向かう。
 移動の間は、八神からなのはやアリサが一体どんな人なのかとかを聞かれたが、会えば分かるとすずかと二人で軽く弄ったり。
 少し拗ねたような顔もしていたが、まぁ最終的には新しい友達が出来るのが楽しみでしょうがないらしく、終始笑顔だった。

+++

 そういえば車椅子と言うのは、折りたたんだりは出来るけれど、それでも結構デカい。
 なので今回翠屋を使わせてもらうにあたり、桃子さんに予めお店の隅の方の席をちょっと取っておいてもらったりした。
 広さでいうなら外の席もありだが、八神の足とかに気を使うというか、冷やさないほうが良いかもとのすずかの発言で店内に決まったんだけど。

 まぁ、席に着くときは車椅子から降りてもらってるんだけどな。
 一人だけ通路側に居るとかより話しやすいし、何より降りてもらわないと車椅子がとてもスペースを取るし。
 折りたたんだ車椅子を隅に寄せたりとかまぁそういう云々があって、ついでにそれぞれで飲み物を美由希さんに注文しておき。

「そんじゃまぁ、八神から自己紹介といくか」
「え、あ私からなん!? え、えーと八神はやてって言います、初めまして?」

 自己紹介に順番を考えるのも面倒だったので、取り合えず隣に座っている八神に話を振る。
 誰かが口火を切らなきゃいかんので、取り合えず八神に無理矢理切らせてみたり。
 ちなみに席順としてはテーブルの手前側から、俺と八神、そして向かいになのはとアリサとすずかって感じになってたりする。

「初めまして、アリサ・バニングスよ。 はやてって、呼んでも良い?」
「私、高町なのはって言います。 私も、はやてちゃんって呼んでいいかな?」
「あ、うんモチロンや。 私も、二人を名前で呼んで良え?」

 アリサとなのはが笑顔で頷くのに、八神も嬉しそうにしている。
 うんうん、友達になるには名前からって、前になのはも言ってたっけな。
 こっそりすずかに目配せして、しばし三人の会話を見守る。

「ねぇ、はやては最初、すずかたちとは図書館で会ったのよね?」
「うん、そうやよ。 私の手が届かんかった本を、すずかちゃんが取ってくれたのが最初なんやけど。 それからも、図書館で会う度に色々お世話になっとるんよ」
「私もアリサちゃんも、あんまり図書館には行かないから、今まで全然会わなかったんだね」
「本当よね、私もなのはも、雄介やすずかみたいに大量の本は読まないし…ねぇはやて、普段は三人でどんな話してるの?」
「んーどんな言うても、あの本は面白いとかこの本は面白いゆー話とかばっかりやよ?」

 そういや、図書館とかだとそんな話しかしてないな。
 まぁ図書館で会ったわけだし、俺も八神も読書が嫌いなわけじゃないし。

「本の話、ばっかり?」
「えーと、図書館以外やとゲームの話とかも少しは」
「へぇ、はやてもゲームやるのね。 どんなのやるの?」
「ジャンルで言うと、結構無節操にやっとるよー…あ、そういえば前にすずかちゃんたちが遊びに来たときには、ロボットシューティングなんかもやっとったし」
「あ、それって主人公の機体が緑っぽいやつ?」

 若干八神は緊張しているみたいだが、それでも会話の弾む三人。
 さっそく名前で呼び合ってるし、大丈夫だろうとは思っていたけど、本当にちゃんと仲良くなれそうだ。
 と言うか、そういや結構似たようなゲームやってたな八神もアリサもなのはも。

 いきなりのゲーム談義だけど、まぁ問題は無い…似た趣味なのは良い事だし。
 すずかを見てみれば、何となく嬉しそうにやり取りを眺めてる。
 そんな光景に、思わず一人で感慨深くしていると。

「…ちょっと、何そこで一人で頷いてんの雄介?」

 急に、アリサからそんな事を言われた。

「ん、別に理由は無いが」
「何か、変な事とか考えてるんじゃないでしょうね?」
「考えてねぇよ。 つーか俺が一人で頷いてたら、なにかを考えてる証拠とでも言う気か?」
「わりと、その通りよね」

 アリサに断定されつつ、なのはも苦笑して否定しない。
 俺はいつも、そんなにも何か思惑があるように見えるのだろうか?
 アリサは良いとして、なのはにもそんな印象なら地味にショックなんだが。

「待てコラ、さすがに心外と言わせてもらうぞソレは」
「ほほう、一体どの辺が心外なのよ?」
「まず、俺が頷いてるだけでなにか考えてると思うのは、さすがに飛躍しすぎてるだろ」
「普段の行動を思い返してみなさいよ、わりと納得するしか無いから。 まっ、正確には一人だけ黙って頷いてるときだけど」

 自信満々に言い切られ、思わず納得しかける。
 が、ここで納得したらアリサの完全勝利じゃないか。
 ええい、口喧嘩では早々に負けてなるものかと思っていたのに…というか、ニヤニヤすんなコラ!

 そうだ、すずかなら助けてくれるか?
 そう思って顔を向けた瞬間、即座に視線を逸らされた。
 え、何コレ? いつの間に周囲は敵ばかりに?

「あはは、冗談だよ雄介くん」
「そうそう、そんなにガッカリした顔しないで」
「まっ私は半分本気だけど」
「…お前ら、今度楽しい楽しい復讐タイムをやるから、三人揃って楽しみにしとけ」

 特にアリサ、などと言っていると、ふと八神が俺たちを見ているのに気がついた。
 見ていると言うか、俺となのはやアリサに視線を行ったり来たりさせてるんだが。
 なんだろうと思いながら、八神に声を掛ける。

「どうかしたのか、八神?」
「え、あー…佐倉君って、アリサちゃんやなのはちゃんからも名前で呼ばれとるんやね。 佐倉君も名前で呼んどるし?」
「そうだけど…別に、普通だろ?」

 すずかの事も名前で呼んでるし、特に変わった事じゃない筈だが。
 いや、そういえば八神の事は名字で呼んでるから、八神としては驚くところ何だろうか?
 …あーいや、そういえば学校の連中は名字で呼んでるから、どのみち変わった事と言うのに違いは無いのか。

「それやったら、私も名前で呼んでも良え?」
「ん、まぁ別に良いぞ」

 ふと分類してみれば、学校外でも会うのに名字で呼んでるのって八神だけだ。
 ヴィータちゃんは名字を知らないけど、フェイトの事だって名前で呼んでるんだしなぁ。
 …なんか、郊外と校内で知り合いとかの呼び方がすっぱり別れてるな俺。

「そういえば、どうして八神は」
「あ、私の事ははやてって呼んでな?」
「…はやては、どうして今まで俺の事を名前で呼ばなかったんだ?」

 こう言っては何だけど、あー…はやての性格から考えたら、今までそういう事を言わなかったことの方が驚きだ。
 勝手な思い込みだけど、はやてのフレンドリーな感じから考えると特にそう思う。
 なのはとアリサも最初から名前で呼んでるんだし、俺だけ名字呼びだったのはなぜだろうか。

「んー、何と言うか名前で呼んでも良えんかなぁって思っとったから」
「別に、コイツに遠慮なんてしなくて良いと思うわよ?」
「黙れアリサ、と言うかはやて? 別に、例えばすずかだって、俺の事は名前で呼んでたと思うが」
「いや、すずかちゃんだけ特別なんやろうなぁって、最初は思っとったし」

 すずかだけ特別?
 いやいや、何を根拠にと言うか、一体どの辺りが特別だったんだろうか?
 一応、すずかに視線を向けるが、心当たりは無いらしく首を傾げられた。

「特に心当たり無いんだが、どの辺が特別だと思ったんだ?」
「んーあれやよ? 今はもう、違うなぁって思っとるんよ?」

 なぜか言い渋るはやてに、むしろ疑問は深まるばかり。
 なのはやアリサに心当たりはないかと視線を向けるが、特に心当たりは無いようで首を横に振られる。
 ううむ、何だと言うんだ一体。

「ふーむ…で、結局どうしてそんな事を思い付いたんだ?」
「いやー、私はてっきり雄介君とすずかちゃんが、付き合ってるもんやと思い込んどったから」

 ピタリと、思わず思考が停止する。
 今何を言われたのか、耳に入った言葉がそのまま抜けていきそうなのを、どうにかこうにか耳に残して。
 それから、ようやく言葉の中身に考えが及ぶ。

「………はっ?」

 まずもっての第一声がそれだったのは、仕方ないのだと自己弁護したい。
 いやだって、予想外にも程があるんだ幾らなんでも。
 ただ俺には予想外でも、はやてにとってはそうでも無い様で、どうって事の無い表情のまま。

「いやいや、あれだけ仲の良い様子を見とったから、てっきり雄介君とすずかちゃんが付き合ってるもんやとばっかり。 今日の様子見て、別に雄介君はこれが普通なんやなって分かったんやけどね」

 そう言いながらあっはっはっと笑うはやてに、衝動的に手が出そうになるがどうにかこらえる。
 普通って何だ、普通って。
 いや待て俺、問題はそこじゃないぞ。

 と言うか大前提として、俺とすずかがそう見えるのか?
 何の気なしにすずかを見れば、ちょうど視線がバッチリ合って。
 しばしのアイコンタクトの後、

「無いな」「無いよ」
「ほら、息もピッタリやし」
「いや無い、多少息は合うかもしれんが、色んな意味で有り得ない」
「うん、多分私たちの性別が入れ替わっても無いと思うよ」

 性別が入れ替わる事なんて無いとは思うが、すずかの言葉に激しく同意。
 いや、だってなぁ? 俺とすずかが付き合ってるなんて、一体どこをどうすれば…って、はやてから見たらそう見えるのか。
 しかし、そう見えるからと言ってそんな誤解を放っておく訳にもいかないわけで。

「いいかはやて、それは幻想で単なるお前の誇大妄想だからな?」
「うんうん、はやてちゃんと雄介君がそうなってるのと同じくらい有り得ないからね?」
「いやいや、それだけ息が合っとったら、知らんかったらそうとしか見えんって」

 二人掛かりで否定しているのに、あっはっはっとまだ笑うはやて。
 ええい、本当に分かっているのかコイツは。
 完全に聞き流してるようにしか見えん、と言うかそんな妄想は捨ててしまえ!

 全力で否定する俺に、本当に聞いているのか怪しいはやて。
 しばらくそうやって否定していると、すずかは何だか疲れたようにガックリとしてしまった。
 取り合えず、すずかの分も全力で否定していると。

「…それに、そういうのは私じゃなくてアリサちゃんじゃないかなぁ…」
「…は?」
「はいっ!?」

 ポツリと疲れたように呟いたすずかの一言に、俺はもう緩い反応しか出来ず、アリサの方が強烈に驚いている。
 とそれは、無意識な一言だったのか、すずかにしては珍しく慌てたように口元を隠して。
 はやての顔が、一瞬輝いたように見えたのは気のせいという事にしたい。

「な、何でそこで私なのよ!?」
「ぐ、偶然じゃないかな?」
「何で視線を逸らすのよっ、あとはやてはニヤニヤしない! 言っとくけど、絶対に違うわよ!?」

 猛烈な勢いでヒートアップするアリサに、逆にどんどん冷めていく俺。
 何かもう、否定するのも面倒くさいんですけど?
 が、アリサが強烈な視線で睨み付けてくるので、なにも言わないわけには行かないわけで。

「ない、全くもって有り得ない。 例え天と地が引っくり返っても無いし、そんな発想が出てきた事も有り得ない」
「…無い無いうるさいっ!」
「イッテ!? 膝を蹴るな!?」

 完膚なきまでに否定しようとしているのに、何で蹴られないといかんのだ!?
 否定しろと睨みつけてきたのはお前の方だし、取りあえず否定してるだけじゃないかよ。
 と言うかテーブルの下で見えないのに、的確に俺の膝を蹴るとか、どういう感覚をしてるんだお前は。

「いやはや、やっぱり仲が良えんやねぇ」
「だ…」
「黙りなさい、はやて」

 俺が言おうとした瞬間、俺の数倍の迫力でアリサが睨む。
 怒りでか顔も赤く俺ですら悪寒がするのに、なぜにはやては平気そうにニヤニヤしてるんだろうか。
 そしてすずか、溜め息吐いてないで原因なんだから少しは助けろ!

 ヤバイ、何だこの混沌とした状態は。
 幾らなんでも、一気に混沌としすぎと言うか何と言うか…!
 そ、そうだ! ここはなのはに助けを求めよう!

「な、なのは! このアホに何と、か…?」

 はやてを指差しながらなのはの方を向いた俺に見えたのは、何故か大きく目を見開いているなのはの姿。
 まるでそれが、何かに心底から驚いてるように見えて、思わず口を閉じてなのはを凝視する俺。
 するとなのはが、何度かチラチラと俺とすずかを交互に見た後で。

「えっと…そう、なの雄介くん?」
「な、何がそう、なんだ?」

 そう、とだけ言われても、何の事かサッパリだ。
 …と言いたいところだけど、いやいや、今の話の流れからすると一個だけ思い当たる事があったり。
 いやまさか、無いよなうんうんと、内心で自己弁護を重ねていると。

「えっと…雄介くんと、すずかちゃんってその―」
「―無いです、有り得ない」

 思わず敬語、しかし心の底から断言する。
 なのに、なのはがまだ少し疑わしそうな顔なのは何故!?
 いやいやいやいや、他の誰かならともかく、なのはにそう思われるのは色々キツいんですが!?

「…ホント?」
「本当、マジと書いて本気と読むくらいに」
「…逆やない、それ?」

 黙れはやて。
 目を見開いて睨み付けると、そそくさと視線を外していく。
 動揺して言い間違えたんだから、そのくらい見逃しやがれ。

 と、イカン、はやてに構ってる場合じゃなかった。
 とにもかくにも、なのはの誤解を先に何とかしなければ!
 この誤解だけは、絶対に見逃せない!

「無い、絶対に無いぞ。 天と地が引っくり返って、世界が滅亡しても有り得ない」
「そ、そうなの?」
「そうとも。 俺とすずかがなんて、まさかそんなってレベルの話だ。 コレの話は信じちゃイカン」

 誠心誠意、心の底から断固として否定する。
 コレってなんやーとはやてが言っているが、再び無言で睨み付ると、大人しくなって視線を逸らしている。
 お前の発言が原因なんだからしばらく黙ってやがれと、視線で念を送り続けていると。

「…そっかぁ」
「!? そ、そうとも! 信じてくれたか!?」

 なのはのようやく納得したような呟きが聞こえて、思わず勢い込んで向き直る。
 ちょっと勢いを付けすぎたせいか、軽くなのはが引いていたのは気にしない。
 そして今度は、なのはに向けて視線で念を送る。

「う、うん…取り合えず、違うんだよね?」
「そうとも、その通りだ!」

 うむ、ちゃんと分かってくれたようで何よりだ。
 俺とすずかやアリサなんて、全くもって有り得ないにも程があるというのに。
 いやぁ良かった良かったと、思わず一人で腕を組んで頷いていると。

「と言うか雄介君、さすがにそんなに無い無いって言われると、ショックだよ?」
「あん?」

 混ぜっ返すようなすずかの発言に、軽く睨むように視線を向ける。
 が、

「ん、何かな雄介君?」
「…取り合えず、そんな笑顔で言ったら、微塵の説得力もないからな」

 にこやかな笑顔の癖に、一体どこにショックを受けたと言うつもりなんだコイツは。
 取り合えず、地獄に落ちてしまえと親指を下向きに突きつけて…何だか、ものすごく疲れた。
 まだ合流して、そんなに時間は経ってない筈なんだが。

 そんな事を考えていたら、ちょうど一番始めに頼んだ飲み物を美由希さんが持ってきてくれた。
 受け取って、偶然にも全員揃ってまず一口。
 いや…まぁうん、あれだけ喋ってたら喉も渇くよなぁ…ホントにさ。

+++side、はやて

 いやぁ、こんなに飲み物が美味しいなんてなぁ。
 あんなに全力で喋り続けとったの初めてやし、何と言うか自分でも驚いとるけど。

「あーはやて、何か食べたいのとかあるか? 俺は普通に腹が減ったけど」
「え? んーそうやね、ちょっとメニュー見せてもらってもええ?」
「ゆっくり選んで良いぞ、どうせアリサもすずかも大体決まってるだろうし」

 そんな事を言いながら、メニューを渡してくれる雄介君。
 ついさっきまで、散々にからかったりしてたけど、その辺は全然気にしんなぁ雄介君は。
 いや、気にしん人やと分かっとったから、全力でからかったんやけど。

「じゃあ雄介、私はコレで」
「…待て、何で俺が奢るみたいな感じで言ってんだ?」
「あ、私はこっちが良いなぁ雄介君」
「だから待て!? 誰が奢るって言ったか、誰が!?」

 アリサちゃんとすずかちゃんにからかわれ、それを見ているなのはちゃんが笑ってる。
 こうして見とると、けっこう雄介君が中心なんやなぁ。
 今日初めてアリサちゃんやなのはちゃんを見たときは、男の子が雄介君一人なのにビックリしたんけど。

「しょーがないわね、じゃあこっちで良いわよ?」
「待てっての! 奢ると言った覚えは一切無いぞ!?」
「じゃあ、私はやっぱりこっちで」
「値段が二倍なのは嫌がらせだな、そうだなすずか!?」

 クソッなんて呟いとっても、指折り値段の計算をしとるのは、こういうのにもすっかり慣れとるのかなと思いつつ。
 なのはちゃんも小さく笑いながら、メニューを眺めとって。
 そんでもって、そんな四人をこっそりとメニューの陰から眺める私。

 今日、すずかちゃんや雄介君の友達と会うのは、実を言えば少しだけ怖くもあった。
 学校に行っとらんから、元々他人にも同年代の人に会う機会も少なかったし。
 すずかちゃんと雄介君は、まぁ趣味が一緒やって分かったから、そんなに怖かったりとかも無かったんやけれど。

 正直に言ってしまえば、何回かやっぱりやめてもらおうかと考えたりもした。
 最終的には、会うことにしたんやけど…正直、仲良くなれるか物凄く不安やったから。
 実際に会ってみれば、全然そんな事も無かったんやけどね。

「ええい、全く…はやて、お前は何が良い?」
「え、私にも奢ってくれるん?」
「今日はお前が主賓だし、それにどっちかと言えば、この二人の方にこそ奢りたくない」

 そう言ってから、すずかちゃんのを安い方に変えさせようとする雄介君。
 いつの間にか、すっかり全員分を奢る気になっとるみたいや。
 そんな雄介君を見つつ、もう一度メニューに視線を落として。

 正直なところ、人に奢られたりするのはちょっとアレやったりするんやけどね。
 嫌と言うわけではなく、単にちょっとなぁと思うくらいなんやけど。
 まぁうん、雄介君にだったら、あんまり気にせんでも良えかなーと思ったりもしたり。

 なんと言うか雄介君を相手にしとると、ついそんな風に思ってまうんやもん。
 気を張らなくても良えと言うか、自然体で居れると言うか。
 そんな人やから、女の子に混じってもあんまり違和感無いんやろうなぁ。

「なのは、そろそろ決まったか?」
「あ、うん。 でも、本当に良いの?」
「大丈夫だ、すずかがが頼もうとした馬鹿でかいパフェに比べれば、些細な事だしな」

 すずかちゃん、そんなの頼もうとしとったんや。
 雄介君見る限り、それは阻止出来たみたいやけど。
 なのはちゃんと雄介君、二人一緒に一つのメニューを眺めとるのを見て、ふとさっきの光景を思い出す。

 コレと言われた事に反論してしまって、雄介君からの無言の視線を避けとったちょうどその時。
 視線を逸らした先には、ちょうどなのはちゃんが居って、それで偶然見えたんやけど。
 そっかぁって呟いたなのはちゃんの表情が、何と言うか…本当に、心の底から安心したって感じに見えたんやよね。

 すぐに雄介君が振り向いたりしたせいで、本当にそんな風に見えたのかは確認できんかったけど。
 でも確かに、そんな風に見えた気がしたんやけどなぁ…。
 それも何と言うかこう…お友達って言うのとは、またちょっと別な感じで?

 雄介君が、なのはちゃんに気があるのは何となく分かったし。
 もしかすると、実はなのはちゃんの方も…

「おいはやて、そろそろ決まったか?」
「え、あ…え、えっとこれでも良えかな?」
「ん…よし、それなら大丈夫だ。 っと、美由希さん!」

 ううん、良い所まで考えとったのに。
 まぁでも、これ以上は今度、雄介君の居らん時に、すずかちゃんに確認してからにしようかな?
 細かい事も色々、聞いてみた方が面白そうやしね♪




[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十六話
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2011/12/04 23:03
+++

「そういえば、何だが」

 大騒ぎからしばらくして、皆がそれぞれの注文したものを食べている。
 そんな時にふと、本当にふっと思い浮かんだのでそう呟いたら。

「あ、すずかちゃんの一口貰っても良えかな?」
「うん、良いよ」
「はやて、私のも食べてみる?」

 タイミングが悪かったのか、まさかのガン無視だったりする。
 三人とも俺に奢られてるくせにと思いながら、これはさすがになんか寂しいものが。
 思わず、遠い目をしていると。

「え、えっと! どうしたの、雄介くん!?」

 なのはのみ、慌てたようだがフォローしてくれた。
 遠い目をやめ、うんと軽く頷いて気分を元に戻し。

「もう少し早ければ、はやてもユーノに会えたなと思ってな」

 その言葉に、ちょっと驚いたように頷くなのはを見て、はやてが不思議そうに首を傾げる。
 聞いてたのかよ、と頭の片隅では思いながら。

「ユーノ、くん? 一体誰なん、それは?」

 はやての尋ね方に、思わず苦笑する。
 まぁ、そうやって勘違いしかねない言い方はしたな俺。
 同じ事を思ったのか、アリサもすずかもちょっと笑っていて。

「誰って、言うか…なぁ?」
「そうだね、誰って言うのは、ちょっと正しくないね」
「そうね、人じゃないんだし」

 俺とすずか、そしてアリサが次々に言う言葉に、混乱したのか思いっきり首を傾げるはやて。
 人じゃない発言に、特に首を傾げていたり。
 そんなはやてに、ネタ晴らしと行こう。

「あのな、人じゃなくって、フェレットなんだ。 少し前まで、なのはの家に居たフェレットの事でな?」
「フェレット?」

 ほうほうと言った具合に、なんか納得したような動きのはやて。
 そして、そのままアリサが会話に加わり。

「少し前って言うか、一週間も経ってないじゃない。 タイミングが悪かったわね、はやては。 なかなかユーノみたいに頭の良いフェレットなんて、居ないでしょうし」
「そうだよね…そういえば、なのはちゃん? ユーノくんって、フェイトちゃんの知り合いの人が飼い主だったんだよね?」

 そうそう、何の偶然か、フェイトの知り合いがユーノの飼い主という事で、フェイトを通じてユーノを返すことになったんだよな。
 返すときは平日だった所為もあって、なのは一人に任せて詳しいことは何も聞いていないんだけど。
 会ったのがフェイトじゃないのは、ユーノと入れ替わるように持ってきたビデオレターで、近々遊びに来る事を聞いたなのはが泣いてしまったので分かったが。

 会ってたのならビデオレターを見て泣かないだろうし…いやしかし、あの時は本当に驚いた。
 驚き過ぎて、隣で何か訳のわからないことを必至に言いまくってた記憶しかないし。
 うん、アリサとすずかがニヤニヤしてたので、想像はつくけどしたくない。

「…そういや、ユーノは無事に向こうに着いたのか?」
「え、あ、うん。 ちゃんと着いたって連絡はあると思うよ?」

 それは良かった、が、なんかその言い方だとユーノが返事をしてくるみたいな言い方だな。
 いくらアイツが頭良くても、流石にフェレットがメールを打てたりはしないだろうし。
 とか、そんな事を考えていると。

「えーと…なんか、また私には分からん名前が出たんやけど…」

 誰かの呟くようなボヤキに顔を向ければ、そこには何だか微妙に拗ねているはやての姿が。

「お、すまんウッカリしてた」
「…良えんよ、良えんよ。 私はどうせ今日からのポッと出やし、話題に置いてかれるのもしょーがないんや」
「…や、全然しょうがないって言い方じゃないでしょ」

 そういうアリサの言葉に、分かりやすく顔を背けたりしてみせるはやて。
 いやお前、そんなキャラじゃないよな?

「ま、まぁまぁはやてちゃん。 確かに、はやてちゃんの知らない人ばっかりの話題にしちゃったのは悪かったけど、ね?」
「そ、そうだよ。 ほらはやてちゃん、これ新メニューでオススメ何だよ?」

 四人がかりで、どうにか機嫌をとってから、改めてフェイトについて説明する。
 ちなみに機嫌を取るのに使用されたのは、俺が食べてた翠屋の新作品を半分ほど。
 何故俺からとか、太るぞこの野郎とか言いたいことはあったが、後者は誤爆したら俺が悲惨な目にあうので自重した。
 ともあれ、

「まぁアレだ、フェイトも友達の一人だな…まだ実際に会った事ないが」
「もう大体半年くらい経つのよね、会った事無いけど」
「顔を合わせたことはあるのにね、会った事は無いのに」
「…え、何それ? からかわれとるん、私?」

 違う違うとは言うが、実はわりとからかってます。
 ともあれ、なのはも入れて四人で否定し。
 以降の説明は、取りあえずなのはに任せることに。

「えっとね、フェイトちゃんって言って、会ったことがあるのは私だけで、皆はまだビデオレターでしか会ってない子なんだけど…」

 そんな風にはやてに説明するなのはの言葉を聞いて、改めて普通にはあり得ないよなぁと思い直す。
 ある程度互いの性格を把握していて、さらには見たこともあるのに会ったことが無いなんて。
 うん無いな、あり得んあり得ん…まぁ、それが今あり得ているわけなんだけど。

+++side、アリサ

「なぁなぁ、すずかちゃん、アリサちゃん?」
「ん? どうしたの、はやてちゃん?」

 はやての呼びかけには、ちょうどストローに口を付けたところだったから、私は顔を向けるだけ。
 まぁはやては気にしてないようで、そのまま話を続けて。

「んーとなぁ、ちょっと確認したい事があるんやけど」
「確認? なにか、気になることでもあったの?」
「んー…」

 すずかに言われて、ちらっと視線を動かしているはやて。
 その視線を追ってみれば、その先には今はちょっと席を離れている雄介の姿。
 何でかと言えば、翠屋の方が忙しくなってしまってなのはが手伝いに行って、さらにそれを雄介も手伝いに行っちゃったからなんだけど。

「雄介がどうかしたの?」

 ストローから口を離してそう聞くと、はやてはちらちらと雄介の動きを確認している。
 多分、こっちに来ないかどうかを確認してるのよね。
 確認はちょっと掛かりそうだし、取りあえずもう一度ストローに口をつける。

 そんな風にはやてを待っていたら、おもむろにこっちを向いて。

「雄介君って、やっぱりなのはちゃんの事好きなん?」

 言われたことに、思わずジュースを吹きそうになった。
 いや、唐突だったのはもちろんあるし。
 いくら何でも、かなり直球に聞いてきたなぁとか、色々、ねぇ?

「…えーと、やっぱり分かっちゃう?」
「そりゃあ、あれだけ分かりやすかったら、誰でも分かるんと違う?」

 すずかに対するはやての答えにやっぱりそうなのかと思うけど、その割りにクラスではバレて無いのよね不思議と。
 いや、そういう気がするだけなんだけど。
 そういう話も聞いたこと無いし、あながち間違ってはいない筈。

「えっとはやて? 確認なんだけど、それって今日気が付いたの?」
「うん? そうやよ、今日初めてなのはちゃんに会ったんやし」

 それってつまりこの短時間でバレて、更にはそれだけ雄介が分かりやすいって事で良いわよね。
 まぁ、そこを否定する気は少しもないんだけど。
 気づいたら、けっこう丸分かりだしアイツ。

「ちなみに、はやてちゃんにはどんな感じに見えたの?」
「うーん…単的に言うと、雄介君の一方的に片思い?」
「…完璧に大正解よ、それで」

 うん、ここまで見事にバレてるなら、もう隠すことは考えなくてもいいわよね。
 まぁ、初めに好きって言った時点で、ほぼ無理だとは思ったけど。
 どんだけ分かりやすいのよ、アイツは。

「で、そう言うって事は、二人にはバレてるって事で良えの?」
「…まぁそうね、もう一歩踏み込んで、時々すこしは協力もしてるけど」

 そう言うと、何やら面白そうな顔をするはやて。
 分かりやすいと言うか、興味津々と言うか。
 まぁ、それは私も一緒だから色々してるんだけど。

「是非、その辺詳しく!」
「そーねぇ…」

 一体、何から話せば良いか?
 うん、取り合えず初めの方から簡単に話しますか。
 話さないのは、面白くないから却下よね。

+++

「はー、そんな感じなんか雄介君」
「けっこう省略したけど、大体そんな感じよ?」

 ほうほうと頷くはやて、その表情がものすごく輝いてるのは、まぁ聞かなくても良いわよね。
 けっこう色々話したなぁと思いながら、まだこっちに戻ってきていない雄介に視線を向ける。
 当然だけど、こっちが何を話していたかなんて知りもしない…知ってたら、間違いなく怒鳴りこんでくるだろうし。

「…雄介君の個人情報、だだ漏れだね」

 すずかがそう呟くけど、話してる時に一回も止めなかったんだから、すずかも同罪でしょ。
 いやはやと、面白そうな顔をして雄介を見ているはやてを横目に、手元のケーキをまた一口。
 うん、最終的に雄介に勧められた奴に変えてたけど、やっぱり何か口に合うのよね。

「いやはや何と言うか…二人とも良えなぁ、こんな楽しそうな事に率先して関われるやなんて」
「本音がだだ漏れよ、はやて」

 楽しそうと言うか、まぁ楽しいのは間違いないので否定はしないけど。
 それにしたって、いくら何でも本音が漏れすぎだから。
 そんな事を考えていると、はやてがそういえばと前置きしてから。

「雄介君は分かりやすかったんやけど、なのはちゃん的にはどんな感じなん?」
「…んー、そっちは、ねぇ?」

 ほぼ無意識に、無言ですずかに同意を求めると、同じように首を傾げられた。
 雄介の方は分かりやすいんだけど、なのはの方って言われると、正直に言って微妙としか言いようが無かったり。
 無言でそんなやり取りをしていたせいか、はやては不思議そうに首を傾げた後で。

「えーと…実は、まったく脈なしやったり? と言うか、聞いたらアカン類の?」
「あーううん、そういう訳じゃ無いけど」

 無言のやり取りをそっちの方向で解釈したらしいはやてに、取りあえずは否定する。
 さすがに、そっちは無い…筈。
 それだったら雄介が憐れすぎるし、と言うか考えたことも無かったわね。

 一応、嫌ってるわけじゃないのは分かってるけど…その逆って言われると、ちょっとねぇ。
 なのはが雄介以外の男子と交流があって、その上で雄介と特別仲が良いようなら確実なんだけど。
 私も雄介以外の男子と大して交流があるわけじゃないけど、それでもなのはが他の男子にも雄介と同じように接するかって言われると、無いと完全には断言は出来ないし。

 なのはの事だから、もしかしたら雄介以外にもあんな感じってあるかも知れないし。
 …そういえば、前にビデオレターで見たクロノって人には、けっこう親しげだったわね。
 実際に会ってるのを見た事無いから、何とも言えないけど。

「…どう思う、すずか?」
「嫌いじゃないのは分かってるけど、好きって言われるとまだちょっと、かな?」

 すずかと一緒に、思わずうーんと唸る。 
 今まであんまり、そこの所は真面目に考えてなかったわね。
 ふと、はやてまで考え込むように首を傾げていたので。

「あー、まぁ嫌いじゃないのは間違いないと思うわよ?」
「ふぅむ…」

 そう言ったにも関わらず、まだ首を傾げるはやて。
 何だか小声で、でもアレは…とか呟いてるけど、きっとそれっぽく見えただけよ、それは。
 そう考えて、取りあえず何も言わないでいると。

「んー、まぁそんな感じなんやね。 それじゃあ、今はなのはちゃんの気持ちの確認中なん?」
「うん、そんな感じだよ」
「なのははなのはで鈍そうだから、いっそ雄介が告白した方が早そうなんだけどね」

 割と本気でそう呟くけど、ぶっちゃけて言えばどっちもどっち。
 なのはが気づくのも、雄介が告白するのも同じくらい想像つかないし。
 でもそう考えると、この二人ってどうやったら進展するのかしらね?
 雄介からでも、なのはからでも、おかしくないと言えばおかしくないんだけど。

「…何やってるんだ、三人揃って首を傾げて?」
「あ、雄介君」

 突然掛けられた声に、内心で驚きながら声の方に顔を向ける。
 何時の間に居たのか、不思議そうに…と言うより、胡散臭そうな顔でこっちを見ている雄介の姿。
 日頃の行いかも知れないけど、私達相手にその顔はどうなのよ?

「何時の間に戻って来とったん?」
「ついさっき、もう大丈夫だって言われて、なのはももう戻ってくるぞ」

 そう言いながらも、まだ胡散臭げな顔をしている雄介。
 それを軽く無視しながら、なのははどこだろうと辺りを見てみれば、タイミング良く戻ってきていて。

「立ちっぱなしでどうかしたの、雄介くん?」
「ん、いや、どうしたって訳じゃないんだが…」 

 まだ胡散臭げな雄介の視線を辿って、なのはも不思議そうに私たちを見るけれど。
 さっきみたいに不意を突かれたわけでもないので、簡単に肩をすくめて誤魔化してみる。
 雄介もハッキリ疑ってるわけじゃないから、これでうやむやにしてしまおう。

「…何でもない、と言うことにしといてくれ。 そういや、ちょっと忘れてた事があるから、ちょっと桃子さんの所に行ってくるな」
「あ、うん、行ってらっしゃい」

 そう言って、またお店の奥に向かう雄介。
 それを見送ってから、なのはも改めて席に座って。
 どうにか誤魔化しきれたなぁと思って、また飲み物に口を付ける。

「なぁなぁ、なのはちゃん? ちょっと聞いても良え?」
「うん? どうかしたの、はやてちゃん?」

 とそこで、身を乗り出すようにして、なのはに何かを尋ねようとするはやて。
 一体どうしたのかと思っていると、

「なのはちゃんって、雄介君の事をどう思っとるん?」

 思わず、また飲み物を吹き出すかと思った。
 いや、いくら何でも率直に聞きすぎでしょう、はやて!
 聞かれた方のなのはと言えば、実に何でもなさそうな顔で、ただ不思議そうに首を傾げて。

「どうって…どういう事? 雄介くんは、お友達だよ?」
「んー、あーとそういう訳ではなくと言うか、何と言うか…」

 はやての疑問に、真っ正面から答えるなのは。
 ふぅ…ダメよはやて、なのはには遠回しに聞くなんて通じないんだから。
 これ以上、吹き出しそうになるのも嫌なので、取り合えず飲み物は置いて。

「あーうん、そうやね…なのはちゃんって、雄介君以外に男の子の友達とか居ったりするん?」
「えっと…うん、ユーノくんとか、クロノくんとか、そうかなぁ?」
「や、私はどっちも知らんのやけど…と言うか、ユーノくんってフェレット違うん?」

 はやての言葉に、なのはが慌ててクロノとユーノなる新しい…と言うか、聞けばフェレットの方のユーノの飼い主の事らしいけど、取りあえずその二人を説明しているのをこっそり聞きながら、少しだけはやての聞き方に感心する。
 この流れってアレよね、その二人と雄介と比べてとか、そんな感じの聞き方。
 その聞き方なら、なのはも気づいてない事とかが、もしかしたら解るかも知れないし。

「ふむふむ、そうなんか…あ、それで何やけど、その二人とかと比べて雄介君はどうなん?」

 そんなはやての聞き方に、なのはは困ったような顔をして。
 少しは手助けしなきゃなぁとも思うけれど、でもその前に。
 ちょっとだけ、自分の興味を優先しても、それは仕方ないわよね?

+++side、なのは

「どうって、言われても…お友達は、お友達だよ?」
「いやいや、ちょっとぐらい何かあったりせえへん? 雄介君にはこんな風やけど、他の二人には違うかなぁみたいな?」

 はやてちゃんにそう言われて、咄嗟にアリサちゃんの方を見るけれど。
 何だかアリサちゃんからも、似たような事を言われてるような視線を向けられてるように感じて。
 どうしてこんな事聞いてくるんだろうなんて考えながら、少しだけはやてちゃんの言う事を考えてみる。

 雄介くんと、ユーノくんやクロノくんとの違い…って言うと初めに思いつくのは、やっぱり魔法の事。
 ユーノくんは魔法の先生みたいな感じで、クロノくんも同じような感じだけど…雄介くんだけは、魔法に何にも関わりが無くて。
 もちろん、普通に考えれば雄介くんが魔法になんの関係も無いのが、普通の事だって言うのは分かってるけれど。

 それに、はやてちゃんだって魔法の事なんか知らないんだから、聞きたいのもこういう事じゃないと思うし。
 でもそうなると、他に雄介くんとユーノくん達との違いなんて、ちっとも思い浮かばなくて。

「うーん、やっぱり無いと思うよ?」
「ホンマに? 何かこうその二人には言えんけど、雄介君になら言えることとか、あったりせえへん?」

 はやてちゃんにそう言われて、改めて考えみて…ふっと、フェイトちゃんの時の事が頭の中を過ぎった。
 フェイトちゃんの事はユーノくんにもクロノくんにも、もちろん相談してたけれど。
 その中でも、友達になりたいって言うのを相談したのは、雄介くんにだけだった。

 事情を知ってたユーノくんとクロノくん、事情は知らないけど同じ女の子同士のアリサちゃんとすずかちゃん。
 皆には、どうやって友達になれば良いのかなんて、聞こうとも思いつかなかったのに。
 雄介くんにだけは、隠し事も少しだけ話して、相談してたよね。

「なのはちゃん? 黙りこんでどーしたん?」
「え、あ、えっとね…雄介くんだけに相談してた事とか、あったなぁって思って」

 考え込もうとした時に、ちょうどはやてちゃんに声を掛けられて。
 さっきまでの考え事を、何の気なしに正直に話したら。

「え!?」
「そ、そうなの、なのはちゃん?」

 アリサちゃんとすずかちゃんの方が、何だか凄く驚いた顔をしていた。
 どうしてそこまで驚かれてるのか分からなくて、首を傾げて二人を見てると、何だか小声で囁きあい始めて。
 何でだろうと思いながら、取りあえずはやてちゃんに視線を向けると、そこには凄くニヤニヤした顔。
 直感で、普段からかってくる時とかのお姉ちゃんと同じ感じがして、咄嗟に椅子の背もたれに背中を押し付けるけれど。

「な、の、は、ちゃ~ん?」
「な、なぁにはやてちゃん?」

 とってもイキイキとして見えるはやてちゃんに、咄嗟に逃げなきゃと考えるけど後ろにはもうこれ以上は逃げれなくて。
 それに落ち着いて考えれば、別に逃げる必要なんて無いんだけど…何でか、あの凄くイキイキしてるはやてちゃんからは、すぐに逃げなきゃって思う。
 でも、真っ正面には凄くイキイキとした顔のはやてちゃんが居て、あぁどうやって逃げようかなと、また少し現実逃避していると。

「うぉい、こら」
「あたっ!?」

 声が聞こえるまで気づけなかったけれど、何時の間にかはやてちゃんの隣に誰かの姿があって、その誰かは見事にはやてちゃんの頭にチョップを落としていた。
 もちろん、人影の正体はちょっと席を離れていた雄介くんで、呆れたような顔でヒラヒラとチョップした手を振っている。
 良かったって、ほっと胸を撫で下ろして。

「あいたたた、一体なにをするんや雄介くん」
「やかましい、お前こそ、何なのはを追い詰めてんだ」

 どうして、ほっとしたんだろうって思った。
 慌ててたけど、よく考えてみれば、別に話しても良かった筈なのに。
 内緒のことは内緒のまま、ただ雄介くんに相談したって事だけ言えば良かったんだけど。
 何で、あんなに慌てちゃったんだろう?

「追い詰めるやなんて人聞きの悪い、単に聞いとっただけやよ?」
「嘘つくな、嘘を。 あからさまに何か、言いたく無さそうに見えたぞ」

 そう言って、私に視線を向ける雄介くんに、曖昧に笑いながら頷いてみせる。
 言いたくないって言うか、本当はまだどう言うのかも全然分かってなかったから、ちょっとだけ誤魔化して。
 多分、自分でもけっこう怪しかったと思うけど、それでも雄介くんは何も言わずに席に戻ってくれて。

「で、そこの二人は、何を密談してんだ?」
「…べ、別に、何でもないわよ?」
「そうそう、ちょっとビックリする事があっただけだから」

 慌てたように手を振る二人に、雄介くんは軽く肩をすくめるだけ。 
 はやてちゃんは、まだ何か聞きたそうに私を見てたけど。
 雄介くんが隣でそれとなく抑えてくれてたから、それ以上は何も聞かれることが無かった。

+++side、雄介

 今日の集まりはまぁ途中で色々合ったりしたが、取りあえず主目的のはやてをなのはやアリサに会わせるのは達成できた。
 結局の所、一日中翠屋に閉じこもっていた事にはなったけど、それはそれで有意義な一日でもあった訳だし。
 そして夕方になり、はやての送迎は朝のように向こうの人に来てもらう訳ではなく、すずかの方からはやての家に車で送ることになっていた。
 いや、朝は集合地点とか翠屋の位置とかの関係で送って貰わなきゃダメだったけど、帰りは特にそんな事も無いので最初からノエルさんにお願いする予定だったわけで。

「それじゃねはやて、また今度」
「うん、またなぁアリサちゃん」
「今度会った時は、もっと色々お話しようね?」
「そうやね、なんか面白い本でも探しとこか?」
「え、えーと…それは、雄介くんにお願いしてるから、遠慮しとくね」

 車椅子とかの積み込みの関係で、一足先に車に乗り込んでいるはやてと、なのはやアリサが別れの挨拶をしているのを、すずかとノエルさんがにこやかに見守っている。
 まぁ、すずかははやての家に送り届けた後で言えば良いだけだしなぁ。
 ちなみに、俺は何してるかと言うと。

「はやて、ほらコレ」
「おぉ? 急に戻ったと思ったら…何なん、コレ?」

 ちょっと翠屋の中に戻って、この箱を取りに行ってただけなんだよな。
 俺の渡した翠屋の箱をしげしげと眺めながら、そんな事を言うはやてに。

「何に見える?」

 わざとらしく、そんな風に聞いてみる。
 そうすればはやてもニヤリと笑いながら、顎に手を当てたりしつつ。

「ふぅーむ…重さはそんなに無い、加えて言えばちょっと箱もヒンヤリしとるし…」

 そこで一度言葉を切り、わざとらしく大きく頷いた後で。

「ずばり、中身はケーキやな!?」
「うむ、正解だ」
「…って言うか、翠屋の箱に他の何が入るのよ?」

 満足げにはやてと遊んでいたら、呆れたようなアリサのツッコミが来たが無視する。
 なのはやすずかの笑っている視線にも、気づかない振りをしながら。

「でも、どうしたんコレ? わざわざお土産やなんて?」
「あぁ、お前用じゃなくてヴィータちゃんにな。 後、シグナムさんとかシャマルさんとかが食べればと思ってな…一応、人数分より多目には入れてあるけど」

 残念ながらそれぞれの好みは知らないので、一般的に誰もが好きそうなのをチョイスした。
 ショートケーキとかモンブランとか、後はシュークリームとかもな。
 数は六個ほど入れてあるけど、まぁヴィータちゃんは多く食べそうだし。

「今度、ヴィータをお礼に行かせたりせんとあかんねぇ」
「ははは、まぁまた図書館とかで会うだろ」

 しみじみと、何だかオバサンくさい事を言うはやてに、笑って返して。
 最後までそんなやり取りをして、賑やかなままはやてと別れた。

「雄介くん、ヴィータちゃんとかシグナムさんって?」
「ん、あぁはやての家族だよ。 本当は親戚らしいけど、ヴィータちゃんは妹みたいな子で、シグナムさんはお姉さんみたいな人だったぞ」
「へぇ、私もいつか会えるかなぁ?」
「まぁ、その内会えるだろ。 はやての家に遊びに行った時とかな」

 そう答えつつ、そういえばこういう時に写メでもあれな、どんな子かとか分かりやすく伝えられるのになぁなんて思う。
 今度会った時にでも、一応はやてに言ってみるか。
 で、その後ははやてを送るためにすずかも居なくなったので、解散しようかとの話にもなったが、アリサの奴がなのはを連れて家に強襲をかけてきたので、しばらく家で遊んでから改めてその日は解散したのだった。



[13960] 『本気でなのはに恋する男』 三十七話(空白期間終了)
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2012/03/20 00:10
+++ 

 十一月末の、とある週末。
 今日はアリサの家で遊ぶ約束で、途中なのはと合流してからアリサの家へと遊びに来た。

「お邪魔しまーす」
「こんちわです、鮫島さん」
「いらっしゃい、なのは」

 なのはの挨拶に続いて、わざとらしくアリサを無視して鮫島さんに挨拶したら、鮫島さんの苦笑とアリサの鉄拳が目の前に。
 なのはへの挨拶のために、顔は笑顔で俺を殴るとか無意味に器用だなアイツ。
 取りあえず、わざわざ当たるわけも無く両手で受け止めて。

「ふはは、そんなへなちょこ……」

 そこまで言った直後、ちょうど死角となった足を蹴られた。

「さて、じゃ改めていらっしゃいなのは」
「うん……あれ? すずかちゃんは、まだだっけ?」

 中々の威力で脛を蹴られて、思わず蹲る俺の上で交わされる会話。
 アリサは当然だと思うが、なのはに気にされてないのはちょっと傷つくんだけど。
 と言うか、普通に脛がジンジンするけど、どんな威力で蹴りやがったんだアイツは。

「あぁ、さっきちょっと遅れるって連絡があったのよ。 何でも、うっかり図書館に返す本を忘れてたって言ってたわよ?」
「そっか……大丈夫、雄介くん?」
「……い、一応」

 気にしてくれたのは嬉しいけれど、それまでにあった間が本当に気になる。
 何だ、俺なら大丈夫との信頼か?
 それなら、もう少しくらい我慢しても良い……わけ無いな。

 うん、普通に痛いし我慢したくない。
 どうにかこうにか、ゆっくりと立ち上がって…いや、普通に痛いんだよ本当に。
 そんな事を考えながら、ふとアリサの顔に目を向けると。

「……ちっ」
「ちょっと待て、何を舌打ちしてやがるお前はっ!?」

 思わず叫ぶが、そ知らぬ顔でそっぽを向くアリサ。
 いやいやいや、お前ね? けっこう痛いんだからなアレ?
 なんて言うか、直に骨に響く感じで!

 アリサに食って掛かる俺に、それを止めようとするなのは。
 舌を出すアリサに、思わず口の端を引き攣らせながら。
 ある意味憎らしいほど何時も通りに、俺たちの休日が始まったのだった。

+++side、すずか

 今日は皆と遊ぶ日だったのに、うっかりで本を返し忘れて、図書館に来て。

「……あれ、はやてちゃん?」

 図書館の風景に視線を巡らせた時、ちょうどその姿が目に入ってふと声を漏らしてしまった。
 はやてちゃんの居る席とはかなり離れてるし、どっちかと言うと横顔とか後ろ姿だから、声が聞こえるはずは無いんだけど。
 声を掛けるかちょっとだけ考えて、遅れたら素直に謝ろうと決める。

 はやてちゃんの方に歩み寄りながら、少しだけ目を凝らしてみる。
 と、今日は本を読まずに、何だか書き物をしているみたい。
 書き物って言っても、傍目にはシャープペンを持ったまま顔を伏せたり、難しそうな顔でどこかを見てるだけなんだけどね。

「う~ん、違うんかなぁやっぱり?」

 近くまで来ると、何だか悩むような声を出してるはやてちゃん。
 はやてちゃんの後ろから、ちょっとだけ気配を消して近づいて。
 そーっと何かを書いていたノートを、こっそりと覗き見る。

(……えっと、私たちの名前?)

 ノートの中心に雄介君の名前が書かれていて、囲むように私たちの名前も書かれている。
 さらに良く見てみると、私たちの名前に間にはそれぞれの方向に矢印が書かれていて。
 その中でも一番に目についたのは、雄介君からなのはちゃんに伸びる矢印に、ハートのマークが書かれていること。

 他には、アリサちゃんから雄介君への矢印に、ハートマークと?マークが書かれてたりとか。
 私と雄介君の名前の間には、双方向の矢印に友達って書かれてたり。
 何というか、簡単な人物相関図を書いてるのかな?

 そんな中で、はやてちゃんがうーんと悩みながら考えているのは、なのはちゃんから雄介君への矢印の所。
 良く見てみると、本当に薄くハートマークや『友』の字が何回も書き直されてて。
 そのまま更に悩んだ後、またハートマークを書こうとしたところで。

「そこは、まだじゃないかなぁ?」

 後ろから声を掛けた。

「うひゃあっ!?」

 もちろん、はやてちゃんが驚くのは解って声を掛けたんだけど。
 ピンと背筋を伸ばして、ものすごく慌てた様子でこっちを振り向くはやてちゃんに。

「まだ、そこまでは行ってないと思うよ?」
「へ? あ、あぁ、うん……こ、こっちの事やね?」

 まだ動揺してるはやてちゃんに対して、ちょっとだけマイペースに話を進めてみる。
 はやてちゃんの後ろから、正面に回って席について。
 ノートの雄介君からアリサちゃんの名前へと指を動かして、

「むしろ、こっちは間違いなく友情だよ。 多分、親友ってくらいに」
「そ、そうなん? ……ってか、反対側は否定せんの?」

 反対側の、アリサちゃんから雄介君の矢印を見て。

「そこは、正直ちょっと疑ってるから。 アリサちゃんは、否定するけどね?」
「ほうほう、直感やったけど何か納得やね」

 深く頷くはやてちゃんに、アリサちゃんも分かりやすいのかなとなんとなく思う。
 学校でも勘違い……って、あれは雄介君からアリサちゃんにだったっけ。
 と言うか、この相関図に井上さんを入れたら、雄介君に向かうハートマークの線が?も含めて二本。
 それに私とかなのはちゃんとか、仲の良い女の子がたくさん居て…あれ?
 こうやって考えてみると、雄介君って実はモテモテなのかな?

+++

「ふわっくしゅん! あー?」
「はっくしゅ! ……うー」
「二人揃って、風邪? 大丈夫?」
「あーいや、そんな事はない筈なんだが?」

+++

「あ、ちなみに何やけど、すずかちゃん、友達から発展する余地はあるん?」
「うん? 全く無いよ?」

 別に、悪い意味じゃ無いんだけど。
 雄介君の事は普通にお友達だし、雄介君が好きな人とその逆も知ってるから何だかなぁって感じ。
 嫌いじゃないと好きはもちろん違うけど、好きにも色々あるからね。

「クールやねぇ、すずかちゃん」
「そうでも無いと思うけど……そういう、はやてちゃんは?」
「……んー? お友達なら良いんやけど、今の雄介君は色んな意味でアカンねぇ」

 アリサちゃんと取り合いになるんやねぇとケラケラ笑うはやてちゃんに、思わずもう一人居るんだよって教えたくもなったけど、流石に拙いので言わない。
 もし言ったのがバレたら、流石に雄介君にものすごく怒られるだろうし。
 あれで雄介君、本気で怒ったら怖いしなぁ……。

「あ、そんで一番気になる所なんやけど」
「うん?」

 そう前置きしてからはやてちゃんが示したのは、なのはちゃんから雄介君への所で。

「ここは、結局どんな感じなん? 実は、結構脈ありとかは?」
「んー、やっぱり……お友達、かな? なのはちゃん、色々鈍いから」

 素直に思ったことを言うと、少し首を傾げた後、納得したように頷いていて。
 やっぱり、誰から見てもなのはちゃんは鈍いんだなって、何となく納得してしまった。

+++

「……くしゅんっ」
「……移ったのかしら?」
「どうだろなぁ?」

+++

「そういえば、今日は来んのやなかったの?」
「うん、そうだったんだけど、ちょっと本を返すの忘れてて」

 そう言いながら、この間会った時のはやてちゃんとの会話を思い出して。

「でも、はやてちゃんも今日は病院だって言ってなかった?」
「うん、そうなんやけど……ちょっと先生の方の都合で、診察の時間が遅れてもうたもんで」

 ちょっと暇つぶし、なんて言うはやてちゃん。
 もしもう診察が終わってたら、アリサちゃん家に遊びに行くのを誘っても良かったんだけど。
 まだ診察終わってないなら、止めとこうかな?

「それじゃ、この後に?」
「そやね……なんか最近、病院に行く回数が増えとるんよ」
「そうなんだ、治ってきてるとか?」

 そうやと良いんやけど、なんて言うはやてちゃんにきっとそうだよって返して。
 にこっと笑うはやてちゃんに、同じように笑い返す。

「時にすずかちゃん? もうちょっとで良えんやけど、ここに居れへん? もう少しで時間なんやけど、なんやする事も無いもんで」
「大丈夫だよ、絶対に集合ってわけでも無かったし」

 ……ほんの少しだけ、悪い予感がしたのは、きっと気の所為だよね。

+++side、雄介

「はい、ここでアリサから徴収っと」
「な、何で毎回私からなのよー!?」

 一応言っておくと、現在ゲーム版の人生○ームをプレイ中だったり。
 割と面白いんだよな、このゲームって。
 色々職業変えたりすると、イベントも変わるしで飽きないし…ボード版みたいに場所取らないしな。

 そんなこんなと、四人でも三人でもやれるゲームという事で、俺たちの中では割と良くやるゲームだったりする。
 ついでに言えば、さっきのはイベントで俺がアリサから所持金を奪ったときの会話。
 アリサの言葉通り、俺は毎回アリサから奪ってるわけだが。

「だってお前、実際に金持ちだし?」
「今関係ないでしょーが!」
「おふっ!?」

 油断してたつもりは無いのに、ダイレクトにわき腹へとアリサの拳がめり込んだ。
 いや、これ…普通に呼吸が、キツイんですけど…。
 思わず蹲る俺を横目に、アリサは俺からコントローラを奪ってなのはに渡していて。

「アリサちゃん……流石に、雄介くん痛そうだよ?」
「良いのよほっとけば、それより、今のうちに雄介の所持金を0にしてやるんだから」
「ま、待てや……」

 下から絞り出すように声を掛けるが、アリサは完全に無視。
 なのはが振り返って心配そうに背中を叩いてくれるけど、俺は見たぞ…その前にルーレット回して、自分の番を終わらせてたのを!
 最近、本当に何だか偶になのはが冷たいんだけど……。

「雄介ー? 後5数える間に起きないと、勝手にルーレット回すわよ」
「せ、せめて30秒は待て……」
「じゃあ後20ね、いーち、にーい、さーん……」

 問答無用でカウントダウンが始まったので、慌てて体を起こす。
 と、そこでタイミング良くなのはがコントローラーを渡してくれたので、そのまま自分のルーレットを回した。
 ちなみに所持金を見ても減って無かったので、どうもアリサは個人イベントだったらしい。

 その後も俺は恨み込みで集中的に出来るだけアリサからのみ所持金を巻き上げ、実際に行われるアリサの攻撃をかわしながらと、自分でもかなり無駄な事をしつつゲームを進め。
 アリサからは無論だが、なのはからも俺が今のところ所持金一位なので、選べるところでは優先的にお金を取られながらも、そのまま一位でゴールし優勝した。
 そしてなのはは問題なかったが、俺とアリサは無駄に暴れていたので、取り合えず休憩しようとゲームをやめて、ふと。
 
「そういや、すずかはどうしたんだろうな?」
「……そういえば、遅いわね?」

 俺の言葉に、ふと気づいたようにアリサも追従する。
 たしか本を返し忘れてただけだし、そろそろこっちに着いてもおかしく無いと思う。
 そのまま、次に借りる本でも探し始めて、うっかりしてるのか?
 取り合えず、確認のためにアリサが電話を掛けると。

「もしもし、すずか? ちっとも来ないけど、どうかしたの? ……へぇ、そうなの? うん、うん、じゃあもうちょっと掛かるのね? ……大丈夫よ、ちゃんと言っておくから。 はやてによろしくね?」

 最初は少し疑問顔だったのに、だんだん納得顔になっていく。
 と言うか、はやてと一緒に居るのかすずかは。

「すずか、はやてとどうかしたのか?」

 アリサが電話を終えたのに合わせて聞くと、アリサは軽く頷きながら。

「図書館へ行ったら偶然はやてに会って、うっかり話し込んでたみたいよ。 はやてが病院行くまで暇らしいから、もう少し一緒に居るって」
「へぇ、そらまた偶然……でもないか」

 偶然だなと言い掛け、そんな事もないかと自分で思い直す。
 と、何故かなのはが、不思議そうにこっちを見ているのに気付いた。
 何だろうと、首を傾げて見せると。

「えっと偶然じゃ無いの、雄介くん?」
「まぁ……はやてと会うのは、大体図書館だし?」

 当然のようにそう言う俺に、なのはもなるほどと納得したようだ。
 するとその辺に携帯を放り投げたアリサが、

「にしても、病院とは惜しかったわね。 暇だったら、家に呼んでも良かったのに」
「……会ったの前の一回だけなのに、やけに仲良さげだな」

 アリサは普段喋ってる女子とかは他に居るけど、その子たちと家で遊んだとかは聞いたこと無いし。
 実は、結構人見知りっぽいような気もしてたけど、そうでも無かったか?
 そう思いながら顔を向けると、アリサと視線が合い、さらにはニヤリと笑われた後で。

「そうよ? 話も、結構合うし?」
「……ようし、俺はもう二度とお前とはやては会わせない様にしないとな!?」 

 いやもう、絶対に会わせちゃいけない気がしたよマジで!
 会わせた瞬間、俺が一体どんな目に合うのか……想像も出来ない。
 つーか、想像したくない!

「えーっと……取りあえず、すずかちゃんはまだで良いんだよね?」
「お、おう! そうみたいだな!」

 顔を引き攣らせる俺と、ニヤリと笑っているアリサを交互に見ながら、一度話を終わらせるためにかそんな事を言うなのは。
 これ幸いに話にのるが、まだアリサからの視線を感じる。
 ヤバイ、なんか別方向に話を逸らさないと……!

「そ、そういえば! 近い内にフェイトが来るかもって話だけど! 何時来るかとかって、まだ決まらないのか!?」
「え、あ、うん……そうだね、まだ決まってないみたいだよ」

 咄嗟に、話をずらした方向は、まだ会った事のない友達フェイトのことで、ちょっと躊躇ったあと顔を赤くして頷くなのは。
 少し前のビデオレターで、近い内にこっちに来れるかもと言われ、なのはが泣いてしまったのは記憶に新しい。
 隣に座っていたのにも関わらず、泣いてしまった事に驚いて何も出来なかったけど、俺は。

 つい思い出してしまい、思わずなのはを見るが、きょとんと首を傾げられる。
 うん、悲しくなるくらいいつも通りだ。
 少しばかり、また遠い目をしていると。

「そういえば、フェイトってこっちには、ただ単に遊びに来るのかしら?」
「? どういう事?」

 アリサが何やら、不思議な事をなのはに聞いている。

「ただ単にも何も、遊びに来るってビデオレターで言ってなかったか?」
「そういう意味じゃなくて……フェイトは、遊びに来るんでしょうけど、フェイトだけで来るわけじゃないでしょ? フェイトの親とかは、何の用事で来るのかってことよ」

 あーなるほど、確かに言われて見れば、フェイとが一人で飛行機やらに乗って来るわけじゃないし。
 フェイトとその家族で来るのだとしても、わざわざフェイト一人の為だけに外国から来るのも変な話だ。
 そう考えたら、フェイトの両親がこっちに何か用事が会って、それで一緒に来るって考えたほうがしっくり来る。

「言われてみりゃ、その通りだな……なのは、何か知ってるか?」
「う、ううん。 知らないけど……」

 一応、聞いてみたがなのはは知らないらしい。

「まぁ、私達には関係ないわね。 遊べるときに、遊ぶだけだもの」
「そうだな、一時的にこっちに来るって言うならその間に遊ぶだけだし……もし引越しとかなら、これからも遊べるから、なのはも凄く嬉しいだろ?」
「うん! でも、それは無い気もするなぁ……」

 満面の笑顔で頷いたあと自分で否定するなのはに、もしかしたら、もしかしたらだと声を掛けながら、他にどんな可能性があるかを考えてみるが……もっとも可能性が高いので、両親の仕事でこっちに一時的に来るってのが一番だな。
 次には、フェイトが一人で遊びに来るの可能性だけど……こうなると長期間は居ないだろうし、遊ぶ時間はちょっと少ないかもなぁ。
 まぁ大穴で、フェイトが引っ越してきたら、なのはは大喜びと。

 そんな感じに、しばらくフェイトの話で盛り上がる。
 何だかんだで、一度も会っていなくてもすっかり皆が友達扱いなのは、やっぱりビデオレターとかで見るフェイトが、どことなくトロそう……って言うと語弊がありそうだが、まぁそんな風に見えたのも関係してるかもしれないな。
 うんまぁ、個人的に言ってしまえば、軽く引っ張ってやらないとなぁ……なんて思うくらいには、アレな印象があるんだけど俺は。

 そんなこんなで大いに盛り上がった挙句、内心では酷い評価をフェイトに付けながら、今度ははやての話になったり。
 こっちはこっちで、まだ会って間もないのに、アリサはもちろんだがなのはも嫌ではないようだ。
 ただちょっと苦笑が混じっていた辺り、この間の何やら詰め寄られていたのが原因かなと思う……今度、一発はたいておくか。

 そんな感じの話にも何となく区切りがついたところで、俺は適当にゲームソフト置き場を弄りながら、二人に声を掛ける。

「さてと……休憩もしたし、また何か別のゲームやるか?」
「次は対戦ゲームにしましょうか……ボコボコにするから」
「アリサちゃん……本音が出てるけど」

 気合を入れているアリサは無視して、俺が取り出すのは純粋なレースゲーム。
 妨害とかそういうのがない奴で、アリサの意見はガン無視した結果である。
 見られたら反対されるので、問答無用でゲーム機にセット。

「あ! 何勝手に決めてるのよ!」
「ははは、いや何お前の血圧が上がってるから、もう少し上げてやろうと」
「どーいう意味よ!」

 大絶叫するアリサは無視し、取りあえずコントローラーをなのはに渡す。
 苦笑したままのなのはがコントローラーを構えて、不満そうではあるがアリサも黙って見る方に回る。
 うん、被害なく黙らせるにはコレが一番だ。
 ……地味に、後ろから背中を殴られてるが、ダメージになるほどじゃないし、レースが始まったら止めるだろ。

「スタートダッシュだ!」
「あ!」
「負けちゃダメよ、なのは!」

 最後にドンと、背中を叩かれるのは無視しつつ、またゲームに熱中する俺たちだった。

+++

 作者より
 今回、普段よりも短い上に話がちっとも進んでませんので、ちょっとしたSS(ショートショート)を追加します。
 内容的には、雄介とはやてが二人だけだとどんな感じか?
 そんな感じの、SS(ショートショート)です。
 では、どうぞ。

+++Side、はやて

 すずかちゃんと雄介君の紹介で、なのはちゃんやアリサちゃんと友達になって。
 それから数日たった、とある日の図書館で。

「ところで、はやて」
「ん? どうしたん、雄介君?」

 また偶然……と言うには、私が毎日と言ってええくらい来とるから、正しくはないんやけれど。
 とりあえず遭遇して、何くれとなく話しながらも、基本的にはそれぞれの読書をしているような状態。
 そんな状態で真向かいに座っとる雄介君が、何だか唐突に声を掛けてきて。

「本当は聞きたくはないんだが、とある仕方の無い事情のために、本当に仕方なく聞くんだけども」
「うん? 本当にどうしたん雄介君?」

 ちょっと長い前置きで、一体どうしたんやろうと顔を上げた所で。
 なんだか微妙にまじめな顔の雄介君が、すこしばかり眉根を寄せた顔で。

「その、だな」
「うん?」
「まだお前には、何も言ってなかったと思うんだが」
「そうなん?」

 まだ私に言ってなかった事って言われても、そういうんはたくさんあると思うんやけど。
 だってまだ友達になってそんなに経っとらんし、友達って言っても雄介君が学校終わってからしか会わんから、会う時間もそんなにない。
 まぁそれでも、友達って言われるのには、全然違和感はないんやけどね。

「実は、だな」
「……うん」

 ちょっと答えに詰まったのは、単に前置きが長くてちょっとばかり飽きてきたからやったり。
 というか雄介君の顔は真剣やのに、何かそこまで堅苦しい話題じゃない気がするのはなんでやろうか。
 そんな事を考えながら話を聞いて、ついに雄介君がキッと顔を上げて。

「実は、俺にはちょっと気になる奴が居るんだけ」
「あぁ、なのはちゃん?」

 つい、話が長かったのとか答えが分かっちゃったとか、色々言い訳はあるんやけど。
 とりあえず、ピタリと止まってしまった雄介君に対して、私はどうすれば良いんやろうか?

+++Side、雄介

「おーい、雄介くーん?」
「……はっ!?」

 はやてに目の前で手を振られて、徐に正気を取り戻す俺。
 はて、俺は一体直前まで何を話していたか?
 一拍、二拍と間をおいて。

「……どうしてそれを知ってるー!?」
「どうしても何も、基本的に見れば誰でもわかる感じやったけど?」

 思わず、また止まりそうになったがどうにか復帰し、勢いよく頭を振る。
 イカン、まずは思考を綺麗にしよう。
 雑念とか、色々振り払って。

「……とりあえず、図書館では大人しくせえへん?」
「……おう」

 はやての指摘に周りを見てみれば、さっきの大声や今の動作などでかなりみられてる状態。
 とっさに身を小さく、というか机に軽く伏せる。
 と、それを密談の姿勢と取ったのか、はやてまで同じ姿勢……車椅子には、微妙につらくないかその姿勢。

 まぁ、とりあえずはつらく無さそうなので、気にしない事にして。
 今は、最低限これだけでも聞いておかねば…!
 小さく、一度息を吸ってから。

「いつ、気付いた」
「いつも何も、初めてなのはちゃんに会ったの、この間やけど」

 会ったばかりで!?と、また内心で叫ぶ。
 いかん、もうちょっと落ち着け俺。
 そうだ、はやてが知りそうな可能性は、他に無いか?

「も、もともとすずかに聞いてたとか?」
「ううん、全く。 それに、すずかちゃんはそういうの言わんと思うんやけど」

 いや、俺は言いそうと見ている……なんて、すずかに知られたら酷い目に合いそうなので、言ったりはしない。
 しないが、ここでの会話が漏れたら、それだけで何かしらされそうだ。
 軽く背筋に走る怖気を、遠い目をして無理やり無視して。

 ちょっと暗い自分の未来をどうにか振り払い、改めてはやてに顔を向ける。
 しかし、すずかに聞いてないとなると、もう後はちょっと嫌な答えしか残ってないんだが。
 心の中で何度か息を整え、深呼吸も幾度かして。

「じゃあ……自分で、気付いたのか?」
「そりゃあ、もちろん」

 はやてに明るく頷かれ、思わず目の前が真っ暗に。
 マジか、そんなに分かりやすいのか俺?
 いやでも、学校では隠し通せてる筈なのに…もしかして、学校でももうバレてる!?

「そんで、雄介君?」

 若干、意識を飛ばし気味だったが、はやての呼び掛けに何とか戻ってきて。
 そのまま、意識が戻らなければ良かったと心底思う。
 なにせ目の前のはやてが、今までにないくらい輝かしい顔でこっちを見ているのだから。 

「そんで、なのはちゃん関係で何かあったん?」
「……」

 そういうわりに、その顔には何かあったのと疑問系でなく、何があったと期待するようなものがチラホラと。
 わぁ、凄くウザいな。
 割りと本気でそう思いながら、多分俺の顔はひきつってるんだよなぁとか考えて。

「別に、何でもない」
「えー?」

 何だ、その不満そうな言い方は。

「何にも無いわけ無いやん、あんなに長々と前置きまでしとったのに」
「……無いったら無い、忘れろさっきのは!」

 そう言いながら睨み付けてみるが、全く堪えた様子は無い。
 それどころか、人の腕をつついて無言の催促までする始末。
 その手を追い払いつつ、改めて絶対に言うものかと決心する。

 元々、はやてがなのは云々を知らないだろうと思ったから、相談してみようかなぁなんて思ったのだ。
 なのに、何でかすでに気付かれてたし、だから絶対に知られたくない。
 その……なのはへの、クリスマスプレゼントの相談とか。

「なぁ、一体なんやったん? 相談に乗ってもええよ~?」
「うるさい黙れ、そのニヤニヤ笑いを引っ込めてから言いやがれ! 相談する気はないがな!」

 牽制を入れつつ、改めて言うものかと誓う。
 絶対、言いふらすつもりだこの狸め!
 大体、お前じゃすでに不適当なんだよ……俺は一般的な、なのはに限らないクリスマスプレゼントを知りたいんだからな。

 そもそも、今回アリサやすずかに聞かなかったのは、二人に聞けばあとでからかわれるのも、もちろんあるけども。
 今回は本当の意味で、俺に合った一般的なプレゼントを送りたかったからだ。
 普段は完全に忘却の彼方だが、あの二人はたまに微妙なところでお嬢様だし。

 そして何よりも! 個人を特定されたプレゼントなんて、恥ずかしくて相談出来るか!
 だから、まだなのはの事を知らない筈だったはやてに、一般的なプレゼントはどんなものが良いのかを、相談しようと思っていたのに。
 どうして、こうなった!?

「なーなー? ちゃっと相談して、楽になってみーひん?」
「やかましい、お前にどころかもう誰にも相談しねぇよ!」

 ちくしょう、どうしてこうなった!?

+++



[13960] なの恋 簡易的キャラ紹介
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2011/12/04 23:04

佐倉雄介

 この話の主人公、ただしヒーローではない。 当たり前か、日常の話だけだし。
 現在小学三年生、六月十九日生まれの八歳。 ただし二十歳で事故死した転生者、前世の年齢足すと二十八歳。
 精神年齢は、もっとずっと低いけどね…肉体年齢よりは、高い様子。
 転生前と転生後での変化が住んでいるところ以外に全く無い…あぁ、初恋があったか。

 なのはのことが好き、一目ぼれした当時小学一年生。
 なのはに恋してもうすぐ二年くらい、小学一年生のころに恋して未だに行動に出れないヘタレくん。
 前世からも含めての初恋、なのはには全く意識されてない様子。
 ただし、周囲からとても応援されている…たまに、いや結構遊ばれてるけど。

 性格は落ち着いてるようには見える、見えるだけだが。 なのはが絡むとまったく落ち着いてるようには見えなくなる。
 わりと想像というか、妄想が頻発するタイプ。 顔には出ないのが幸いか。
 顔には出ないが、態度には結構出るのでなのはが好きな事は、ほとんどの人にバレている。
 運動は平均よりは少し上、勉強は一応完璧だがケアレスミスは無くせない。

 雄介の精神年齢は、いろいろあって今は大体小学六年生くらい。
 転生した当初は一応精神年齢は二十歳くらいあったが、周囲からは子供としか扱われないので小学校入学した頃には高校一年生くらいにまで下がっていた。
 そしてなのはと出会い、アリサたちと友達になって行動していたら、さらに下がって今の小学六年生くらいになった。
 ただ、当人にその自覚は無い。 回りからはちょっと大人びた子という認識だったりする。
 あと、コイツも実は結構鈍い…と言うのがすずかによって発見されたが、いまだにすずかの心の中に仕舞われている。

 ビデオレターで知った当初、クロノに対して強烈な対抗心を持っていたが、なのは当人から否定されてので沈静中……無くなってる訳では、ない。
 その所為、もしくはお陰で夏休みになのはをデートに誘ったりしたが、なのはの純粋な考えにより二人きりにはならず。
 ただし、その時帰り道に、なのはから手を繋がれたことは、如何とって良いのか分からず、未だに保留中である。

 実は、それなりに人気がある……かも知れない。
 少なくとも雄介当人の知らないところで、とある少女に好きになられているが、その子にはアリサとなんて考えられていたり。
 最近、俺って突っ込みなのかなと思っているらしいが、作者的には最初からである。


高町なのは

 鉄壁のメインヒロイン、好感度的な意味で。
 小学三年生の八歳、誕生日が三月十五日なので、雄介は密かに「俺が年上だな…」と安堵したとか。
 昔にいろいろあり、けっこう大人びているが、雄介から見れば単なる女の子レベル。
 ただ、ある種絶望的なまでに恋愛に疎い。 まさに鉄壁。

 家族の好きと恋人の好きが違うというのが、分かっているかがとても怪しい。 きっと分かってないと思うが。
 雄介への好感度は高い、がそれが恋愛かといえば違う気がする。
 好きというゲージはなかなか高いところまで上がっているのだろうが、そのゲージはアリサやすずかと同じものだと思われる。 雄介的に一番ほしいゲージが上がっていない。
  雄介のことは、『男の子のお友達』では無く『お友達の男の子』だと思われる。 でも、その割りに雄介に相談するのが少しばかり多い…頼りにはしてるのかも?
 そして閑話の4で、わりかしアリサたちとは違う感情を持っていることが発覚…それが果たしてどんな感情へとなるのか、どうなる雄介!?

 夏祭りの最中もしくは帰り道、また高町家での勉強会などで、少しずつ雄介に対しての行動に変化が現れているが、それが『そういう気持ち』に由来するのかは不明。
 何だかんだと雄介の好みや、なのは当人の知らなかった女の子の友達の存在に興味を示すなど、無意識的なのかどうかも不明。
 ただそれでも、自分が雄介だけを少し特別に考えていること自体は、少し自覚し始めたようだ。


アリサ・バニングス

 驚愕の準ヒロイン、友達役からのまさかの昇格を果たした逸材ww
 感想でのフィーバーで、準ヒロインへと昇格した…あまりにもキャラクタ的に強すぎるので、最近では出番の意図的な縮小すら行っている。
 でも強い、メインヒロインよりもヒロインしている…雄介となのはの仲を応援してるけれど、それですらたまにアリサのヒロインフラグになっている。なぜだ!?
 雄介への好感度は高く、男女としてもごくごく普通に意識しているのが、なのはとの大きな違いか。
 アリサに関しては、出番はきっと無くなる事が無い…雄介が困ったときに電話するのがアリサだし。

 アリサと雄介はお似合いとか言われるが、否定できなくて本当に困るww
 ちなみにアリサに雄介のことが好きか?と聞けば、まぁ仲は良いわねと返って来る。 …がそれに男女の好きかと付け加えたら、そんな訳ないでしょう!と顔を赤くして怒鳴られると思われる。

 ついに、クラスメイトからは雄介と付き合っているもしくは、雄介の好きな人扱いされいてるようである。
 当人に取りあえず現段階でそんな気持ちはなく、むしろ雄介となのはを見て楽しんだりからかって楽しんだりしているのだが。
 過去に、雄介のベッドの下を漁った前歴あり……これが基本的に、雄介に耳年魔扱いされている元凶である。


月村すずか

 キラーパスの女王様、人の心を読めてる気がする。 SUZUKA様と呼んだら怒られるかも。
 最近になってようやく頭角を現し始めた、そのパスの鋭さに雄介は驚愕することしか出来ない。
 雄介への好感度は普通よりはある、男女としての意識はそれなりに普通…だがそれが良い、最近は雄介を不意打ちで撮影するチャンスを窺っている模様。
 本領発揮は、これからだ! 適応力の高い人で、今の自分のポジションに大変満足してるらしい。

 ちなみに、実は雄介とは読書仲間でもあり、よくどんな本が良いかの情報交換を行っているとか。 雄介にはバレていないが、設定上ではすずかは時代小説が好き。
 四人の中では一番、傍観者の位置に近い。

 はやてが登場し、本領を発揮し始めたと思しき人。
 雄介たち四人の中で、やっぱり傍観者に近い立場だと周りからも思われているようだ……だからこそ、雄介の好きな人なんて質問を受けたのだろう。
 ゲームが大得意、四人の中では最強である。


八神はやて

 楽しいこと大好きな、エセ関西人(雄介イメージ)。恋愛ごとに興味津々なお年頃。
 登場当初、すずかと雄介のやり取りを見て付き合ってると思ったり、アリサの反応におや?と感じたりとかなり恋愛方向に興味津々。
 ただ最近は雄介の本命が判明したので、そっちがとても気になっている様子。

 普段は図書館で、何となく本を読みながらすずかや雄介が来ないかを待っている日々。
 すずか曰く、構ってもらいたい猫そっくり……猫好きだからの例えかどうかは不明。
 ちなみにまだ雄介やすずかにはバレていないが、コテコテの甘い恋愛小説が大好き。


フェイト・テスタロッサ

 キレイ系な女の子、ただしちょっと鈍そうな印象(雄介的に)。未だに遭遇せず。
 雄介の事を、ユースケとちょっと上げ気味に呼んでいるので、雄介はいつか直させようと思っているとか。
 実際に会った事が無いのに友達と言う、実は割りと珍しい立ち位置?


高町家の皆さん

 基本的に、雄介を応援している。
 もちろん、なのはに他に好きな人が出来れば、辞めるつもりらしいけど。 出来なければ、辞める気が無いようだ。
 桃子と美由希の二人は、雄介を盛大に応援中ってか、二人とも義理とつけた呼び方で呼ばれたいとか何とか。美由希の方はからかうのが楽しいから、桃子は…本気っぽい?
 士郎は応援していて行動もするけど、それはやはりなのはに今のところその気が無いから。 その気があったらどうなのだろうか? あと、雄介が翠屋JFCに入った理由は、なんとなく察しているが特に思うところは無く、むしろ良く頑張ったと思ってる。
 恭也はある意味では一番まともな対応、応援はしているが行動は特にしていない。 この間の温泉で、雄介の気持ちは本当の本当に本気なのだと再認識。
 雄介曰く、高町家はなのはに甘いらしいが、高町家曰く雄介はなのはに甘い…どっちもどっちである。 翠屋にはよく集まるが、高町家の方にはあまり集まらない…誰も居ないし。


バニングス家の皆さん

 対応はそれぞれ、ってか実は未だに雄介はアリサ父と遭遇していない。
 アリサ父としては、雄介にやんごとなき思いあり、悪い意味で? 愛娘をたぶらかす輩と認識、アリサ当人に、まだそういう気持ちか判断がついていないというのに。
 執事の鮫島は、基本的に傍観者であり、アリサの気持ちが固まっていない様子なので動かない。 でも、この人から見たらアリサはけっこう意識してるようである。
 ゲームをやるなら基本的にアリサの家、なぜならばテレビが大きく最新型のゲームもあるから。


月村家の皆さん

 こちらもまた、雄介応援一家。
 しかも基本的にバレバレ、ノエルさんだけ例外ってか応援のみ。
 忍はそれはもう楽しそうにからかうし、ファリンは応援…ちなみにファリンにとっての雄介は可愛い弟分。
 応援一家っていうか、傍観一家かも。
 ノンビリするときに集まるのが、この家。


八神家の皆さん(ヴォルケンリッター)

 実のところ、ヴィータちゃん以外には殆ど交流の無い雄介。
 シグナムとははやての遭遇で出会ったりするだけで、シャマルもはやての家に行ったときに会うかシグナムと同じように送迎の時だけである。
 逆に、ヴィータとザフィーラはそこそこ数が多いが、ザフィーラは完全に大型犬扱いしかされていない。
 最初は警戒されていたが、今ではヴィータちゃん呼びで大分砕けた口調での会話も大丈夫。


学校の友達たち

 別に、雄介にもなのはたち以外の友達も居るが、あんまり一緒には居ないし遊ばない。
 雄介は基本的になのは達とだが、そろそろ男女で遊ばなくなる時期なので、ビミョーに男子連中からは浮いてたりする。
 雄介がなのはを好きなのには、学校の友達は誰も気づいていない。
 雄介にも仲のいい男子は存在するが、雄介のなかで優先度がかなり低いので、めったに交流することがない。

 山中
 どれだけ邪険に扱われてもめげない、超プラス思考の翠屋JFCメンバー兼クラスメイト。
 雄介は友達とは呼んでいないが、一応学校では一番親しい男子生徒。
 ぶっちゃけ、コイツが居なかったら苛められていたかもしれない。

 黒坂
 アリサが気になる、翠屋JFCメンバーだがクラスメイトではない。
 雄介の応援にアリサが来るたび、雄介に激しい視線を向けるので苦手に思われている。
 アリサ当人は、そもそも名前も知らない。
 
 井上麻衣
 雄介の事が好きな女の子、雄介が好きなのはアリサだと誤解中。
 すずかとの会話中に、意外と強かな一面も見えたが、問題はない。

 浅野さん
 井上麻衣の友達、ちょっとボーイッシュ。
 この浅野さんも、井上麻衣も雄介との強い接点は皆無である。


ユーノ

 ペット、それ以上でもそれ以下でもない。
 と言いたい所だが、雄介は少し親近感を抱いている…主にアリサに散々な目に合わされるあたりに。
 最近は俺にもなついてくれてるなぁと雄介は思っているが、真相に気がつくのはいつのことやら。

 そして、実は雄介の恋を応援中。
 男として、不憫に思ってるらしい…頑張れ雄介。


佐倉優佳

 誰?とか言われそうだが、雄介の母親の本名だ。『ゆうか』と読む、旧姓は山野。
 年は今年で三十歳、基本的には専業主婦。
 夫の一輔は現在外国へと単身赴任中、かなり優秀で忙しいらしく家族の何かのイベントで無いと帰ってこないが、一応納得してる模様。
 語ることはあんまり多くない、あぁ雄介が変な子供だと思ってはいるが、気にはしてないようである。
 曰く、子供は子供だとか。



[13960] 『なの恋』 外伝 『ドリームカップル』
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/06/06 21:32

+++前書き
 外伝シリーズはこのように、前書きを書いていきます。
 内容的には、まぁその外伝の時間軸の説明などです。
 このように書く理由としましては、本編との違いを解りやすくするためなので、よろしくお願いします。

 それでは外伝 『ドリームカップル』をどうぞ。

+++

 外伝『ドリームカップル』


 学校が休みのある日、俺は全力で駆けていた。
 もちろん、何の意味もなく走っていたわけではもちろん無く、確固とした理由が俺にはある。
 と言うか、走らなければいけなくなったのは、自分の所為なのだけど。

(あぁぁぁああああ! 何でよりにもよって、こんな日に寝坊するんだ俺はぁ!!)

 内心で大絶叫しつつ、待ち合わせの場所へと走る。
 ちなみに言っておくけれど、別に待ち合わせの時間に遅れそうなわけでは無い。
 時間に余裕はあるけれど、どうしても相手よりも先に待ち合わせの場所に着いておきたいのだ。
 昨日の夜、緊張で眠れなくて大分遅くまで起きていなければ、こんなに朝から全力ダッシュする必要も無かったのだけれど。

 様々なショートカットを駆使して、待ち合わせの場所へと走る。
 待ち合わせの時間はちょうどお昼の12時で、今は11時半を少し過ぎた辺りで後5分もすれば到着できる。
 でも、相手よりも早く着きたい以上は、これでももの凄く遅いのだ。

(頼む、まだ来てないでくれ!)

 待ち合わせをしているのに、まだ来てないでくれとか言うのがおかしいのは解っているが、それでも言わずにはいられない。
 もちろん、悪いのは寝坊した俺なのだけど、それでも言うぞ。
 頼むから、今日だけは寝坊したとかで遅れてくれ!
 ある意味一世一代のこのチャンス、せめて迎える立場で居たいじゃないか!

 そんな考えを頭の中で巡らせながら走り続けて、遠めにようやく待ち合わせの場所が見えてきた。
 必至で走りながらも、どうにか待ち合わせの場所に人影が無いのかを確認する。
 視界が揺れる所為でどうにも判別がし難く、結局見えたのはかなり近づいてからで。
 もう向こうからでも見えるであろう距離まで近づいて、ようやく待ち合わせの場所の人影を確認できた。

(あー…ぐぁ、もう居るか、やっぱり…)

 遠めにも、俺が決して見間違えることの無いその姿。
 普段どおり髪を頭の左右で結んでいる女の子、走ってくる俺が見えたのかこっちに向かって手を振ってくれている。
 遠めに見える表情は笑顔で手を振り返す間も惜しく、取り合えず全力で走って。
 ようやくその子の目の前に到着して、

「はぁ、はぁ…おはよう、なのは」
「うん、おはよう雄介くん…そんなに走らなくても良かったのに」

 目の前の女の子、高町なのはは走ってきた俺にそんな風に言葉を掛けてくれた。
 軽く乱れた息を整える俺に、なのはは少しクスクス笑いながらそんな事を言う。
 俺は走った理由が理由なので、取り合えず笑って誤魔化すしかない。

「ははははは…そういうなのはは、来るのが早いな? 俺も急いで来たんだけど」
「え、あウン…ほ、ほら、今日は私から誘ったから、遅れたらダメだよね!?」

 誤魔化しついでに聞いてみただけなのに、何でか慌てたような態度のなのは。
 はて?と首を傾げると、更に慌てたようにしてみせる。
 …俺、何か変なことを言ったか?

「ほ、ほら、でも雄介くんもまだ全然早いよ!? 待ち合わせの時間まで、まだ二十分くらいあるし…」
「んーまぁそうだけど、なのはなら早く来るだろうなって思ったからな…待たなかったか、今は?」
「うん、大丈夫だよ。 ここに着いたのはちょっと前だから」

 果たしてそれが本当か、俺に気を使ってなのはが嘘を着いてるかも知れないけど…それを気にしたら始まらないか。
 聞いても絶対に答えてくれないだろうし、どちらにしてもなのはの方が早く来ていたことに変わりは無いんだし。
 と言うか、ちょっと気になるものがあるんだけど…

「なぁなのは、その手に持ってるバケットはどうしたんだ?」
「え、これの事?」

 俺の問い掛けに、手に持っていたバケットを持ち上げてみせるなのは。
 あぁと頷く俺に、なのはは何でか照れたような笑みを浮かべる。
 心中で可愛いなぁと思いつつ、

「えっと、あのね? …今日は、変な時間に誘っちゃったから…その、お弁当を作ってきたんだけど」
「……お弁、当?」
「う、うん…その、い、一応頑張って作ったんだよ?」

 いや、なのはがそういうのに手を抜くとは思っていないけど…つまり、これはあれか?
 なのはが、俺のためにわざわざお弁当を作ってくれたと?
 そういう、意味だろうか…?

「えと…俺のために、わざわざ?」
「だ、だって…私から、今日は誘ったから…」

 阿呆な事を聞き返した俺に、恥ずかしそうに俯いて言うなのは。
 と言うか…な、何だその反応は!?
 ふ、普段のなのはらしくないと言うか、マジで勘違いしそうになるんですけど!

「そ、その…サンキュ、な?」
「う、うん…」

 ヤバイ、俺の顔は当然的に赤いけど、伏せていても少しだけ見えるなのはの顔も、何でか赤い。
 具体的には、ちょっと耳の辺りとか。
 い、いやいや落ち着けよ俺。
 
 うん、なのはがどうしてこうなってるかは知らないけれど、取り合えず暴走するな俺。
 勘違いしそうだけど、勘違いしてはいけない…!
 ここで勘違いして先走ったら、きっと一生後悔するぞ。

「あーそ、それじゃあ、まだちょっとお昼には早いけど食べちゃうか? その…お昼からも、どこか行きたい場所があるんだよな?」
「え、あ、そ…そうだね。 うん、じゃあえっと、私シート持ってきてるから」

 俺がそう言うと、すぐに合わせてくれたなのは。
 あのまま顔赤くして向かい合うのも、俺としては悪くなかったけど、その…今日はなのはのお供だからな。
 なのはからシートを受け取って、俺たちが座れる場所を探す。
 
 運良く、近くにちょうど木が生えていて木陰にもなる場所があったので、そこにシートを引く。
 普段、俺がアリサたちもまとめて座る時に使うような、大きいシートと比べると随分と小さいが、俺となのはが座るには十分だろう。
 しっかりとシートを伸ばして、取り合えずなのはを先に座らせてから俺も座る。

「そういえば、いったい何をなのはは作ってくれたんだ?」
「え? えへへ、それはね?」

 何気ない俺の問い掛けに、なのはは何だかとても嬉しそう。
 うぅ…落ち着け俺、クールになれ…!
 なんか、今日のなのははいつもと違うけど、だからこそ慌てるなよ俺…!

 嬉しそうな様子のまま、きっと偶然なのはが俺に近づいてからバケットを開ける。
 開けられたバケットの中には、いくつものサンドイッチと水筒が収められていて。

「お母さんに色々教わったけど、作ったのは私だけだから…もしかしたら、美味しくないのもあるかも知れないんだけど」
「いや、それは大丈夫だろ…どれも、すっごく美味しそうだぞ」

 紛れも無い本音でそう言うと、また嬉しそうにしてくれる。
 うぅ…本気で勘違いしそう何だけど!
 こ、これ以上理性の削られない内に、取り合えず食べ始めよう…!

「じゃ、じゃあなのは、頂きます」
「うん、どうぞ雄介くん」

+++

 なのはのお手製だというサンドイッチ、凄く美味しい。
 いや、贔屓目無し…ってーか、結構俺の好きな味付けが多いのが嬉しい。
 なのはにそういうの話した覚えは無いし、きっと偶然なんだろうけどこれは良いな。

「ゴメンなのは、お茶貰っても良いか?」
「あ、はい雄介くん」
「さんきゅ」

 フタがコップにもなる水筒を受け取って、中の飲み物を注いで飲む。
 さっきお茶とは言ったけれど、これはお茶ではないだろう味的に。
 と言っても、だったら何だと言われても俺の乏しい知識では答えようが無く、ただサンドイッチにはとても良く合う。

「ふぅ、これもサンドイッチも、本当に美味しいぞ、なのは」
「ホント? 良かった、美味しくなかったらどうしようかと思ってたもん」

 本当にホッとしているなのはに、この可愛い生き物何だろうと半分本気で思う。
 なのはと仲が悪いとは微塵も思わないけど、ここまでその…なのはが照れたりするような、そんなこう、こ、恋人のような関係でもないし。
 うん、自分で言っててちょっと空しいけど、思い上がるよりはマシな筈だ。

「ねぇ、どのサンドイッチが一番美味しかった?」
「ん? そうだな…どれも美味しかったけど、この卵のかな?」

 普通に好物だし、本当に美味しいし。

「そっか、雄介くん卵好きだもんね」
「おう、まぁそれだけじゃなくて、本当に美味しいからだが」

 本心からそう言うと、また照れたような仕草を見せるなのは。
 今日のなのはは、一体どうしたと言うのか何と言うのか。
 普段と、色々違いすぎる。
 いや、可愛いから良いかな?って気分になってるんだけど。

 …あれ、そういえば俺、なのはに俺の好きなものとか教えたことあったか?
 いかん、思いだせないって事は、教えてないんだろうか?
 うーん…まぁ、別に良いかそんなの。

「そういえばなのは、今更だけど今日はどこに行きたいんだ?」
「え? 何の事?」
「いや、昨日の電話の時、聞くの忘れてたから」

 と言うか、昨日電話でなのはに誘われた時、考える間もなく即座にOKしたからなんだけどな。
 自分でも思い返せば、あまりにもあれな感じに呆れてしまうのだが

『ねぇ雄介くん…その、明日なんだけど、えっと…お買い物に付き合って欲しいんだけど、良いかな?』
『解った、どこで集まる?』
『え? あ、うん…えっとじゃあ…』

 大体、そんな感じで即効で了承してしまったので、どこに付き合うのかは全然知らないのだ。
 と言うか、今更だけど俺を誘うってかなり珍しいような…?
 普通に考えれば、なのはの買い物だったらアリサとかすずかの方が適任だろうし。
 こう、わざわざお弁当まで作ってくれるくらい、大事な買い物の付き添いが俺とはどういう事なんだろうか?

「えと…その、ちょっと贈り物を買おうと思ったんだけど」
「へぇ、誰用に買うんだ?」

 そう聞いた瞬間、またなのはが挙動不審になる。
 ふらふらと視線をアチコチに飛ばしたり、たまに俺に向けたりと不思議な事この上ない。
 そんなに変なこと、聞いたか俺?

「…あーなのは? 言いにくいのなら、別に無理しなくても…」
「ち、違うよ? えっと…ほ、ほら! ちょっと、お兄ちゃんに買ってあげようと思ったから!」

 ふむ、それなら俺を呼んだのも納得できる。
 が、何でここまで言い渋っていたのかは解らないが。
 そんなに、恭也さんに買ってあげるのを秘密にしたかったのか?
 まぁ、でもそんなに考えても解るわけも無いか。

「ふぅん、じゃあ俺は男代表として意見を出せば良いのか」
「う、うんそんな感じでお願いするね? 」

 …何か、あからさまにホッとしたって顔をされると何とも思わないもんだな。
 まぁ、俺としてはなのはと二人だけで出かけれるだけで嬉しいし…恭也さん様様という事で。

「あ、雄介くん水筒取ってくれる?」
「ん、おう…はい」

 さっき飲んだ時に自分寄りに置いていたので、なのはに手渡す。
 が、何でかなのはは困った顔をしていて。

「雄介くん…コップが無いと飲めないよ?」
「ん? あ、スマン忘れてた!」

 そうだ、これはフタがコップだからフタも渡さないと飲めないな。
 慌てて中身を確認し、もう残っていない事を確認して、それからなのはに渡す。
 流石に、中身が残ってる状態で渡すのはアレだし…って、あれ?

「ありがとう、雄介くん」
「うん? あ、あぁ…」

 何かが気になるのに、何が気になっているのか解らない。
 そんな風に感じつつ、なのはに渡した水筒のフタ兼コップを見つつ。
 …渡したのは、俺がついさっきまで使っていたコップで。

「あ、あああぁぁぁぁあああああ!?」
「わっ!? ど、どうしたの雄介くん!?」
「え、い、いやいや!? な、何でも無いぞ!?」
「ぜ、全然何でもないようには聞こえなかったけど…?」

 思わず大絶叫してしまい、危うくなのはが中身を零しそうになったけれど取り合えず置いておいて。
 不思議そうにしながら、なのははそのまま注いだ飲み物に口をつける。
 き、気にして無いんだよな…それ、俺がついさっきまで使っていたコップ何だけど。

 震える手で新しいサンドイッチを掴み、口へと運びながらなのはを盗み見る。
 いやその…か、間接キスとか、気になるよな!?
 く、くそう…! 自分がどこら辺で飲んでたとか、全然覚えてない…!

「…あの、じっと見られてたら飲みにくいよ…?」
「え…あ!? す、すまん!」

 どこか恥ずかしそうに言うなのはに、何時の間にか思いっきり見ていたことに気づいた。
 慌てて視線を逸らして、どうにか心を落ち着かせようとする。
 落ち着け、落ち着くんだ俺!
 気にするとかしないとか、そういう以前に今日これから半日なのはと一緒に行動するんだから、むしろ忘れないとまともに行動できる自信が無い!

「えっと、雄介くんも飲みたかったの?」

 そう言って、すでに中身が注がれた状態で俺の目の前に差し出されたのは、もちろんさっきまでなのはが使っていたもので。
 反射的に断りそうになったけれど、ここで断ったらそれはそれでアレだし。
 震える手で、なのはからコップを受け取り

「…イタダキマス」
「うん? どうぞ?」

 …なのはが、どこに口をつけて飲んでたとか全く覚えてない。
 覚えてたら、そこは避ける配慮が出来たのに…!
 覚悟を決めて、そっとコップに口をつけて一気に中身を飲み干す。

「…そんなに、喉渇いてたの?」
「いや、うん…まぁ、結構な」

 物理的ではないが、精神的にものすごく渇いてました。
 不思議そうななのはにコップを返しつつ、もうその後はひたすらに平静を装いながら、食事を進めるくらいしか俺に出来ることは無かった。

+++

 お昼も食べ終わり、今度は今日の本題である恭也さんへのプレゼント?を買いに、アクセサリショップへと来ていた。
 …正直なところ、恭也さんってこういうのに興味は無さそうだったので、素直になのはにそう伝えたら

「大丈夫だよ、雄介くんは選んでくれるだけで大丈夫だから!」

 と押し切られた。
 何が大丈夫かは解らないが、まぁ恭也さんがなのはからの贈り物を断るとかは有り得ないし。
 そういう意味では大丈夫だろうから、俺は乏しいセンスを総動員してなのはに助言すればOKだろう。
 と、そう思っていたんだが

「ねぇ、こっちは雄介くんだったら、どうかな?」
「…うん、良いとおもうぞ?」
「そう? えっと、じゃあこっちはどうかなぁ?」
「んー…恭也さんには、似合うんじゃないか?」
「うん…じゃあ、雄介くんだったら、どう思う?」
「…いや、俺だったら、ちょっと派手かもだけど…恭也さんだったら、良いんじゃないか?」

 そう言うが、うーんと言って手に持っていたものを商品棚に戻してしまうなのは。
 何でか、なのはは逐一『俺が』どう思うかを聞いてくるのだ。
 もちろん、聞かれたことには答えるけれど…なんか、俺がダメって言ったのは問答無用で戻してしまっているように見える。
 ちゃんと、恭也さんには似合うんじゃないかと言ってるんだけど…しかも、それだけでは無く。

「うーんと、じゃあ雄介くん、またちょっと良い?」
「ん、了解」
「うん、ごめんね」

 そう言って、手に持っていたブレスレットを手ずから俺の腕に付けるなのは。
 そうして、一歩離れて俺の全身を、まるで俺に似合ってるかどうかを見るようにして、見る。
 なのは曰く、似合ってるかを見てみたいらしいが…俺と恭也さんでは、似てるところを探すほうが難しいと思うんだが。
 いや、なのはがそうしたいと言う以上、俺に否やは無いんだけど。

「じゃあ雄介くん、次はこれ試しても良い?」
「ん、良いぞ」
「うん、じゃあちょっとごめんね」

 そう言って、なのはが一歩俺に近づいて、そっとその両手を俺の首の後ろへと回す。
 至近距離のなのはに、この上ないほどにドキドキしながら、その指が首の後ろで動くのを感じつつ。
 すっと指が離れて、またなのはが一歩下がって、今度は俺の首元…そこにぶら下がっている、今つけてもらったばかりのネックレスを見ている。

「…こういうのは、ちょっと似合わないかも」
「そう、だな。 恭也さん、こういうの苦手そうだし」

 そう俺が答えるのに頷きながら、なのはがまた俺からネックレスを外してくれる。
 …言い訳になるかもしれないが、これは俺がなのはにさせているわけじゃ無い。
 いや、ある意味ではさせているんだけど、なのはから自発的と言うか…!

 釈明が許されるのならば、今俺の手はちょっと荷物で埋まってるから仕方ないと言うか…いや、嬉しいけどね!
 手の荷物とはまぁ、お弁当の入ってたバケットなんだけど。
 いや、だってそのままこっちに来たし、そうしたらなのはに持たせておくなんて、言語道断だし?
 だから俺が受け取ったんだけど、そうしたら片手が埋まってしまうから、それを見たなのはがアクセサリとかは付けてくれてるんだけど…!

「ねぇ、これはどうかな?」
「うん、そうだな…俺だったら、こういうのは好きだけど…」
「そう? じゃあ…こういうのも、雄介くんは好き?」
「まぁ、そうだな」

 そうやって会話しながら、たまになのはにアクセサリを付けてもらったり。
 そんな幸せタイムな買い物を続けながら、二人で色々見て回るのは本当にこう…もう言葉に言い表せないくらいだ。
 本当に、恭也さん様様だ。
 ありがとう恭也さん、あなたのお陰で今日の俺は本気で幸せです。

+++

 そうして夕方、俺となのはは休憩のために臨海公園まで来ていた。
 恭也さんへのプレゼントは無事に買えた、何を買ったかは…まぁ、別に良いか。
 二人で並んでベンチに腰掛けながら、今日の事を話し合う。

「雄介くん、今日はありがとう。 折角のお休みなのに、付き合ってもらって」
「いや、気にしなくて良いさ。 別に、何か用事があったわけでも無いし」

 むしろ、用事があってもきっとこっち優先してたから、本当に気にしなくて大丈夫だ。
 きっとアリサたちと約束があっても、土下座してでもこっち優先しただろうし俺なら。
 むしろ、今日一日の印象が濃すぎて、最近の出来事まで思い出せないが。

「うん…でも、ありがとう」
「ん、どういたしまて」

 そう互いに笑顔で言ってから、しばし静かな時間が流れる。
 俺が緊張して話せないでいるとか、そういう沈黙でなく何も話さなくても良いと思えるような、そんな静かな時間。
 そっと夕方の風に身を任せながら、ふと思い立って携帯を見る。
 そろそろ、なのはは帰らないといけない時間のはずだ。

「なぁなのは、そろそろ帰らないといけない時間だよな?」
「え? …あ、そうだね」

 なのはに携帯の画面を見せて、確認を取る。
 …ちなみに、待ち受けになのはの写真とかそういうのはやってない。
 ベタだし、見つかる可能性高いし…アリサとかすずかに。
 いやでも何よりも、恥ずかしいじゃないか普通に。

「良し、それじゃあ送るから帰るか?」
「え、あ…ちょ、ちょっと待って雄介くん!」

 ベンチから立ち上がりつつ、なのはにそう声をかけたら、何でか慌てたように引き止められた。
 何だろうと思いながら振り返ると、なのはも何時の間にかベンチから立ち上がっており、手を後ろに回した状態でチラチラとこっちを見ている。
 いや、本当にどうしたのか?

「? どうかしたのか、なのは?」
「うん、えっと…その」

 俺の問い掛けに、何だか歯切れの悪いなのは。
 チラチラとあちこちに視線を飛ばしながら、でも何でか俺を見ないのだ。
 むぅ、ちょっと顔が赤い辺りとか、凄く可愛いけどどうしたんだろうか?

「あー、なのは?」
「えっと…はい! 雄介くんに、これ…」

 顔の赤いまま、ぐいっとなのはの両手が俺のほうに突き出された。
 その手に何かを持っているのが見えて、反射的に受け取ってしまう。
 受け取った後で、それが何かを見てみれば

「…なのは、これって恭也さんのじゃ?」

 そう、俺の手の中にあったのは、ついさっきまでなのはと一緒に選んでいた、恭也さんにあげる奴のはずだ。
 何が何だか解らず、もう一度なのはを見れば、まだ顔を赤くしたままで。
 しかも、何だか指を体の前で所在無さげに組み替えながらなんて、やばい、ちょっとどころか凄くドキッとする。

「えと、その…ね? お兄ちゃんにって言うのは、全部その…嘘だったんだけど」
「嘘?」

 それはまた、ビックリだと言うか…あれ?
 恭也さんにが嘘だというならば、これはつまり俺に渡したんだから俺へのものだと言う訳で。
 さらに言うなら、つまり今日の俺を呼び出した理由も嘘なわけだ。
 えーと、それはつまり俺が今日、なのはに呼ばれたのには別の理由があるわけで。

「その…雄介くんには、いつも一杯お世話になってるから、そのお礼をしたくてそれで…」
「え、お、あーと…」
「それで、今日来てもらったんだけど…その、急に恥ずかしくなって、だからつい嘘を吐いちゃったんだけど」

 今日は最初から、その…俺のため、だったのか?
 顔の赤いまま、そう言うなのは。
 俺はもう、何だかそんななのはの様子に何も言えないまま見ているだけで。
 あぁやばい、もう何だか俺の顔も多分赤い…つーか熱い。

「ほ、ほら雄介くんっていつもけっこう断っちゃうから、だからつい咄嗟にお兄ちゃんのってことにすれば、一緒に選んでくれるかなって思って」
「お、おう…そうなのか」

 いや、その…確かに結構断ってるけど、さすがに最初から俺のだって言われてれば…に、逃げるかも知れないな。
 ええい、自分でもそう思ってしまうとは、情けないぞ俺。
 あ、いや、そうだ!
 そ、その前にちゃんとお礼を言わないと…

「あ、その…ありがとう、なのは」

 どうにか、自分で出来る限りに笑顔を浮かべながら、なのはにお礼を言うと。
 なのはも顔は赤いままだが、それでもニッコリと笑ってくれて。

「うん…私も、いつもありがとう雄介くん」
「っ…」

 その、ニッコリとした笑顔に、目を奪われた。
 昔、なのはに一目ぼれしたときを思い出してしまうような、何かの強い意志を感じられるような、そんな笑顔。
 我知らず、なのはに見惚れてしまい…気づいた時には、その細い肩に自分の両手を置いていた。

「あの…ど、どうしたの?」
「え…? あ!ご、ごめ…」

 自分でも無意識だったせいか、なのはに声を掛けられてようやく自分が、なのはの肩を掴んでいるのに気がついた。
 慌てて謝りつつ、手を退けようとするけれど。
 少しだけ上目遣いにこちらを見るなのはに、思わず唾を飲み込んでしまう。

「ゆ、雄介くん…?」

 内心、早く離さなければいけないと解っているのに、手を離すどころかなのはから視線を外すことすら出来ない。
 俺の視線は、さっきから少し不安そうに言葉を紡ぐ、なのはの唇に集中していて。
 顔は赤く、そして不安そうに感じられるなのはの視線を受けながら、もう一度唾を飲み込もうとして、口の中がカラカラなのに気がついた。

 自分が今から何をしようとしているのか、それが一体どういう事なのか。
 頭のどこかで理解していながらも、どうしてもなのはの肩から手を離すことが出来ない。
 また、唾を飲み込もうとして飲み込めず、ついなのはの肩を掴む手に力が入ってしまった。

「んっ…ゆ、雄介くん…? 肩、痛いよ…?」

 そのなのはの言葉に、必至でなのはの肩を掴む力を緩める。
 どうにか手の力を緩めて、明らかにホッと安堵を息を吐くなのは。
 また肩から手は離していないのに…なのはは、きっと俺が今どんな事をしそうな体勢だとか解っていないんだろう。

「なの、は…」
「どうしたの、雄介くん?」

 俺の呼びかけに、小首を傾げて返事をするなのは。
 その仕草が、またどうしようも無いくらい可愛く見えて。
 グッと、なのはの肩を掴む手を自分のほうへと引き寄せた。

「…え? あ、あれ?」

 何が起こったのか、きっと解っていないんだろう。
 キョトンとしたなのはの表情に、言い知れない感情を覚える。
 きっとそれは、普通は相手に対して持っちゃいけない類の感情なんだろう。

 引き寄せ、さっきよりも大分近くなったなのはの顔。
 まださっきまでの名残で頬は赤いけれど、今はそれよりもこの俺との距離に戸惑っているようで。
 俺の顔から視線を逸らしてその後ろを見たり、または今まさに自分を押さえている俺の手を見たりしている。

「あ、あの…雄介、くん?」

 なのはに名前を呼ばれて、何も言わずにただ見つめる。
 俺が返事をしないからか、少しだけ顔を伏せるなのは。
 その際に何かを呟いたのか、なのはの口元が小さく動いたのを見て、もう完全に俺の理性は崩れ去った。

「なのは…」

 名前を呼びながら、今度は引き寄せるのではなく、自分から近づいていく。
 その俺の動きに気づいたのか、なのはは目を丸くしているが俺はそんな事は一切気にせず、ゆっくりゆっくりと顔を近づけていき。
 ただただ真っ直ぐに、なのはの方へと顔を動かした。

「え、えと…雄、介くん…?」

 ゆっくりと、でも確実になのはの、そのある一部分へと自分のを近づけていく。
 それでもなのはは、自分が何をされそうなのかを解っていなかったようだけど、その距離がもう残り20cmくらいまで近づけば、ようやく気がついたのかその頬にさっと朱が差した。
 慌てるようにあちらこちらへと視線を飛ばし、何かを言おうと口も動かそうとしたけれど、結局何も言わず、なのははただ黙ってその瞳を閉じた。

 なのはが何も言わずに、ただ黙ってその眼を閉じてくれたこと。
 それはつまり、なのはは俺の今からする事を認めてくれたんだと、そう確信してさらに近づけていく。
 眼を閉じたなのはの顔、それが一層近くなり、もう俺の視界にはそれしか見えていない。

「なのは」

 最後と思い、もう一度なのはの名前を呼ぶ。
 そうすると、なのはの肩を掴んでいる俺の手に、小さな震えが伝わった。
 けれど、それは本当に小さく震えただけで、何の抵抗も感じられず。

 そうして俺はただ、眼を閉じて待ってくれているなのはの、その唇へとそっと自分の唇を近づけて。
 もう後、残りは数センチになったところで、俺も目をつぶった。
 何も見えないけれど、なのはの位置はなのはが動かなければ完璧に覚えている。
 だから、ただ無言で唇を近づけ、そして―

+++

「……」

 ちゅんちゅんと、朝の鳥の鳴き声が聞こえる。
 取り合えず現状を把握しようと、黙って首を巡らせれば、今居るのは間違いなく自分の部屋。
 しかも自分のベッドの上で、特に変わったことも無くいつもどおりの朝である。
 そう、それはつまり。

「…し、死にたい…!!」

 割と本気で呟くと言うか、もう本気でどこかからか飛び降りたい!
 飛び降りたら、もうこの死にたい気分ごとどこかに飛んでいけないだろうか…!
 おおおおぉぉぉぉおおおお…ほ、本気でこの場から消え去りたい…!

(な、何て夢を見てるんだ俺は…!?)

 なのはの夢を見るだけなら、まだセーフ…セーフの筈だ!
 だが、今回の夢はもう…か、完全にアウト…!
 どこをどう取っても、い、いいい行き成りキスするとか、有り得ない…!

(何だこの夢、欲求不満だとでも言うのか俺は…!?)

 有り得ん有り得ん、有り得ないっ…!
 そりゃあ、そういう事をしたいと思わなかったとは言わないけれど…それでも、夢に見るほど切望してないぞ俺…!
 そ、そういえば今日は学校がある…つ、つまりなのはと会うわけだけど…会えるわけが無い…っ!
 こんな状態で会ったら、何するか解らないぞ…いや、間違いなく何もしないとは思うけど!
 でも、なのはから逃げ出しそうで嫌だ!

(今日はもう、学校は休もう…うん、そうしよう風邪引いたんだ、俺は今日今この時に!)

 頭から布団を被り、さっきのをどうにか…どうにか、どうしよう?
 忘れないと明日からもダメだけど、でもぶっちゃけ忘れたくないと思う俺が居る。
 あぁもう、何でこんな事を悩まなければいけないんだよ…こんな夢、見なければ良かった、と本気で思えないのが本当にもう…!

+++

 その後、風邪を引いて休むと決めたは良いけれど、それは結局俺の勝手な考えな訳で。
 もちろんこんな夢を見たから行きたくないとか、言えるわけも無く結局母さんに起こされ、布団からたたき出されてしまった。
 そしてそうなれば、俺はもう学校に行くしかないわけで。

 その日のことは、もう碌に覚えていない。
 きっと、色々あったんだろう…何にも覚えてないけど。
 ふ、ふふふふふふ……もう二度と、ああいう夢は見たくないと本気で思ったよ。


+++後書き
 初外伝、やはりなのはかなぁと思ったので、本編では中々叶いそうも無い、雄介となのはのデート風景ですww
 もちろんタイトルの意味は、『ドリームカップル』で『夢(の中だけ)のカップル』ですww
 最後のほう、思いっきり雄介が暴走してますが、まぁ外伝仕様ですww

 次回以降はまだ本決まりしてないので、しばらくは本編を更新予定。
 何かリクエストがありましたら、どうぞお気軽にお願いいたします。



[13960] 『なの恋』 外伝『ARISA』
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/08/15 23:39
 前書き
 本外伝は時期的にはなのはたちが小学生のころなのですが、作者の脳内は中学生くらいの年齢で執筆しました。
 ですので、もしかしたら何となく違和感を覚えるかも知れませんが、そのときは自分が想像しやすいほうでお読みください。
 
 本外伝の前提条件。
 雄介はなのに告白していない。
 なのはも雄介の気持ちに気がついていない。
 なのはの墜落事件後。

 さしあたり、この三つだけはご了承ください。
 それでは、どうぞ

+++

「お嬢様、今日もお見舞いに行かれていたのですか?」
「ん? そうね、何時も通りなのはのお見舞いだったけど、今日は途中で雄介が来たから退散して、その後はすずかと一緒だったわ」

 学校帰りにちょっと寄り道したら遅くなってしまったので、ザーザーと結構雨が降っていたのもあり鮫島に迎えに来てもらった車の中。
 なのはが管理局の仕事で大怪我してから、もう一月か二月は経っただろうか?
 最近なのははようやく、ベッドからも起き上がれるようになったみたい。

 本当は、えーと管理外世界の住人らしい私たちは、そう頻繁になのはのお見舞いにはいけないんだけど。
 そこははやてとかが、管理局の人にかけあって色々してもらった。
 多分、引き受けてくれた一番の理由は、雄介のこととかがあったからなんだろうけど。

「雄介様と一緒に、お見舞いはしなかったのですか?」
「んー…なんか、今日の雄介の雰囲気がね。 ちょっと切羽詰ってるような気がしたから」

 理由は知らないけれど、そんな雰囲気だったからすずかと一緒に、なのはと二人にさせてあげたのよね。
 一体、何だったのかしら?
 昨日まで、別に変わったところも無かったのに。

 ここ最近は確かに考え込んでるような様子もあったけど、別に普通にしてたし。
 さすがに、なのはが怪我したって当初は、顔も蒼白で学校に居る間も何も手に付かないって、そんな顔をしていたけれど。
 それもようやく無くなって、少しずつなのはの入院する前に戻ってきてたのよね。

 そんなことを考えながら、ふと雨の降り続ける窓の外へと目を向けて。

「はぁ…」

 溜息と一緒に思い出すのは、小学三年生の冬、なのはの私たちに隠していた秘密を聞いた時の事。
 別に、それから私たちの関係に、何かがあったわけじゃないけれど。
 それでも多分、少しは何かがあったんじゃないかって今も思う。

 直前に出会い転入してきたフェイト、それにしばらくして四年生になってから学校に転入してきたはやて。
 それと前後して、ユーノやクロノなんかの色んな人とも出会った。
 色んな人がなのはと知り合いになってて、私たちの周りにも急に人が増えた。

 そんな中で、きっと私たちだけ何も変わらなかったなんて、それは、多分…ううん、きっと無い。
 私たちの気が付かないところで、何かが変わって、何かはそのままだった。
 もちろん、それはすぐに気が付くようなものじゃないんだろうけど。

 それは雄介だって、傍目には変わらなかったけど、色んなところで変わっていたんだと思う。
 なのはから魔法のことを聞かされた後だって、私とすずかは最後には好きにすればいいって言ったけど、雄介だけはずっと、出来れば止めたほうが良いってそう言ってたし。
 なのははもちろん、友達である雄介にも認めて欲しかったんだろうけど、雄介はそれだけは絶対に認めてなかった。

 …そういえば、一回だけ雄介がその事で凄く後悔してたっけ。

+++

 なのはが事故にあった当日、手術も終わって一応の峠は越えたということで、家族以外は皆が帰るように言われた。
 もちろんそれは雄介だって例外ではなく、雄介もそれが分かってるのか黙って俯いたまま小さく頷いていた。
 そして、地球へと帰る道に途中で

『…俺が、もっとしっかり止めてれば良かったんだよな』
『え?』

 そのときは、私だってなのはが大怪我したと言う事に動揺してて、一度聞き逃してしまった。
 もう一度尋ねようと振り返った先にあった、雄介の顔は今でも鮮明に思い出せる。
 ううん、思い出せる、じゃなくて…忘れることの出来ない表情で。

 血の気が引くくらい唇をかみ締めて、後悔しか見ることの出来ないそんな雄介の顔。
 それまでに見たことの無かったその表情、思わず言葉を詰まらせた私に、雄介はまるで吐き捨てるように言ったのだ。

『俺が、もっとしっかり管理局に関わるなって、言ってれば…なのはは、こんな怪我しなかったんだ』
『…な、何言ってるのよ。 そんなわけないじゃない、だって』

 一瞬遅れて、私がそう言って…多分私は、雄介を慰めようと思ってたんだと思う。
 でも雄介は凄い勢いで顔を上げると、目の前に居た私を睨みつけるように見て。

『違わない…! 俺が、俺がもっとしっかり! 魔法に関わるなって、危ないことをするなって言ってれば! なのはは…!』
『…ゆ、雄介』

 その雄介の叫びに、一緒に帰る途中だった皆が振り返った。
 私は何も言うことが出来ず、雄介も私に向けていった訳じゃないのか、そのまま吐き捨てるように叫び続ける。
 皆が何か、雄介に向けて叫んでいたけど、私はただ雄介から視線が外せなくて。
 溜まっていたものを吐き出すように、次々と自分を罵倒する雄介。

 雄介の所為じゃないのに、自分の所為だと言い続ける雄介。
 そうじゃないって、そう言ってあげたいのに、言ってあげられない私。
 雄介に気圧されて、言葉に出来ないでいた私は、とっさに右腕を振り上げていた。

 こう言うと言い訳がましく聞こえるかも知れないけれど、その時の私にはそんな事をしているなんて、そんな意識はまったく無かった。
 私が気がついたのは、振り上げた右腕を、思いっきり雄介の頬に向けて振りぬいた、その直後。
 パンッと聞こえた音は周囲や、叩かれた当人である雄介の誰よりも、私自身に響いてて。
 雄介を叩いた、その勢いのままに言えたのは、たった一言だけ。

『…アンタの、雄介の所為じゃ、無いわよ…っ!』

 それだけ言って、あとは何にも言葉にならず、目の前で頬を押さえる雄介を睨んだ。
 しばらく呆然としていた雄介は、その顔に少しずつ私への怒りを溜めているのが、簡単に理解できた。
 当然だと思った、だから、一発なら受けてあげようって思って、雄介を睨み返して。

 だけど、そんな雄介の顔から、急に怒気が消えた。
 何故か戸惑うような顔をしたかと思うと、雄介の困ったときの癖で、自分自身の髪の毛をガシガシと掻き回して。
 がっくりと肩を落とした後、

『…何で、お前が泣いてんだよ』
『え…?』

 雄介にそう言われた途端、自分の頬を何かが伝わっていくのを感じた。
 慌てて目元を拭うと、確かに拭った手には涙の後。
 自分のことなのに、どうしてか泣いているのか分からない。

 何で泣いているのか分からなかったし、雄介に見られているのがすごく恥ずかしくて。
 慌てて目元を拭う私に、雄介は一度ため息を吐いた後で、そっと…と言うには乱暴な手つきで、私の涙を拭った。
 呆然としてしまった私の、ちょうど額の高さに雄介が手を伸ばして。

 バシッ

『いたっ…!?』
『ばーか、お返しだ』

 いきなりのデコピンに、思わず睨みつけたらそんな風に言われた。
 お返しって…明らかに、私のほうが酷いことをしたのに、そう言うのだろうか?
 何となく、気に入らなくてムスッとした顔をしたら、雄介は苦笑しながら。

『…悪かった、ありがとなアリサ』

 そんな事を、言ってくるのだ。
 …別に、そんな事を聞きたかった訳じゃない。
 かと言って、何が聞きたかった何て、何にも分からないんだけど。
 リンディさんとか、同行していた人たちに今度は謝っている雄介の背中を見ながら、そんな事を私はずっと考えていた。

+++

「あれが、ついこの間なのよねぇ…」

 ボンヤリと窓の外を眺めながら、そんな風に呟く。
 あの頃は若かったなんて、ふざけ半分に心の中で思って。
 そこで窓の外に固定していた私の視界に、見覚えの有るものが通り過ぎた。

「!? 止めて、鮫島!」
「!?」

 私の突然の叫びに、とっさに反応してくれた鮫島。
 お陰でさっき見かけたのよりは、それほど遠くない位置で車が止まった。
 シートの下に置いてあった傘を手に取りながら、

「鮫島、少しココで待ってて!」
「お嬢様!?」

 呼び止める声には反応せず、車から飛び出した。
 傘を差しながら走り、さっき窓から見えたものを探す。
 車道からは遠かったから、確証は持てないけれど、それでも何となく確信した。

 車道沿いにあった公園へと飛び込んで、さらに走る。
 さっき車から見えたのがあの位置だから、大体こっち…の筈。
 思いながら走る視線の先には、大き目の公園とかには良くある屋根のついた休憩所。
 でも、ソイツが居るのは軒先から本当にちょっと離れた、雨ざらしになってしまう位置で。

「ちょっと! 何してるのよ雄介!」
「…」

 呼びかけに答えない雄介を不思議には思ったけど、それよりまずはこの馬鹿を早く屋根の下に入れないと。
 腕を引っつかみ、屋根の下に引きずり込んだ。
 何でかまったく抵抗をしようとしない雄介を、どうにかこうにかベンチの上に突き倒して座らせる。

「何してるのよ! 馬鹿じゃないの、元々そうだとは思ってたけど!」
「…あぁ、アリサか」

 わざと思いっきり馬鹿にしたのに、雄介から帰ってきたのはそんな返事。
 いつもならもっと、馬鹿にして雄介を怒らせるのに、何でか今回はそれじゃ駄目な気がして。
 わざとらしく溜息を吐いて、とりあえず傘を閉じた。

「で、ここで何してたの? 雨に打たれてたとか、そういう返事は要らないわよ? 時間もけっこう遅いし」
「…今、何時だ?」

 まさか、今の時間も分からないのかと思いながら、携帯を引っ張り出して雄介に突きつける。
 雄介は私の携帯を一度開いて、時間を確認してから閉じて私の手に乗せた。
 それをまたポケットに仕舞いながら、

「で、言うことは?」
「…悪かったな、つい時間を忘れてた」
「…へぇ、時間を忘れて滝修行の真似事? いろんな意味で暇人ね、アンタ」

 そんな誤魔化しで、通じると思っているのだろうか。
 まぁその前に、嘘を吐くなら人の目を見て吐けと言いたいけど。
 視線をこちらに頑なに合わせない雄介、そんなので人をだませる訳が無いのに。

 しばらく、ベンチに腰掛けている雄介を見下ろすように見ていたけれど、どうにも目線をあげようとしない。
 ため息が出るのを自覚しつつ、ずぶ濡れの馬鹿の隣へと腰を下ろす。
 少ししか離れてないところに、急に座ってやったにも関わらず雄介は無反応。
 こんな風にするの、なのはの事故からは始めてなのに…何だか、無性に腹が立つ。

「…ねぇ、何かあったの?」
「別に」

 そんな風に、切り捨てるように言ったら、何かあったと言っている様なものでしょうが。
 一瞬もこっちに視線を向けないその態度で、本当に何かあったのだと確信できる。
 …ほとんど勘みたいなものだったけど、まさか的中するなんてね。

「何『が』、あったの?」
「…別に、何も無いさ」

 『が』を強調して尋ねても、雄介は視線をこっちに向けないまま、そう答える。
 全く、そんな態度で言われたって、誰が信じられるのよ。
 でも、まぁ多分、このままだったら、何も言わないのだろうと思って。

「…なのは関係で、何かあったの?」
「…」

 私の言葉に、黙り込む雄介。
 それが逆に、本当になのはに関係することで、何かあったんだと私に確信させる。
 でも、一体何があったんだろうか?

 自分で言っておいて、雄介となのはの間で何かがあったなんて、想像もつかない。
 こう言ってはなんだけど魔法の事以外では、なんだかんだで最終的には雄介が折れていたし。
 …そっか、つまり雄介となのはに何かあったら、それは魔法の事でしか有り得ないんだ。

 それに、今日お見舞いに来た雄介は、ちょっと様子がおかしかった。
 多分そこで何か、私では予想の付かないことがあったんだろう。
 そこまで考えて、

「…」
「…」

 それをどうやって、雄介に尋ねれば良いのかが分からない。
 ただ単純に尋ねるのなら、もうただ『なのはと何があったの?』なんて尋ねれば良いんだけど。
 でも、どうしてかそれを尋ねて良いのかなんて、そう考えてしまう。

 雄介ともなのはとも友達なんだから、尋ねても良いなんて心の中では思うのに。
 二人とも心配だから、だから尋ねても良いと思うのに、何かが私の行動の邪魔をする。
 それにさっきから、酷く雄介に対してイライラしている自分が居るのも、自覚していた。

 いつもの雄介からは、全く想像できない今の雄介。
 普段よりもずっと情けなさそうで、心ここにあらずなその様子に、何でか私はとてもイライラしている。
 理由なんかは、知らない…でも、どうしても雄介の今の様子にイライラしてしまう。

 イライラしながら、何を言えば良いのかも分からないで、ただ黙って雄介の隣に座っている。
 雄介も、まるで私が居ないみたいに、ただ俯いたまま。
 内心のイライラを必至に抑えながら、どうしてもこの場から立ち去ろうとは思えなくて。

「今日、な…」

 唐突に、雄介が口を開いた。
 視線は変わらず、私を見ないで下を向いたまま。
 だから何も言わず、ただ黙って雄介の次の言葉を待った。

「お前らと入れ替わりに、なのはのお見舞いに行ったんだ」
「…そう、ね。 しかも、雰囲気がいつもと違ってたわよアンタ」

 チラリと、こっちを見たので、取りあえずそうとだけ言っておく。
 雄介は、あぁと頷いてから

「最近さ、色々考えてたんだ…魔法の事とか、なのはの事とか」

 ボンヤリと今度は空中に視線を固定する雄介、でも多分その視線はどこにも向いていなくて。
 隣に居るのに、私に向くことすら無くて。
 何となく、それにまた少しイライラして。

「あの事故から、色々考えて…色々調べてたんだ、このままで良いのかなって思ったから」
「…このまま?」

 相槌にも、ただあぁと言うだけで、私に視線を向けない雄介。

「このままだと、きっとなのはなら、また管理局に行くんじゃないかって思ったから…あれだけの、大怪我したのにさ」

 言われてみて、確かにそうだと思った。
 なのはなら、あんな大怪我しても、確かに続けるんじゃないかって。
 でもそれ以上に、何でか私は、雄介に対してイライラするのを止められなくて。

「でさ…考えて、すごく考えて。 今日、言いに言ったんだ」

 言われて、それが何を示しているのか簡単に分かったけれど。
 それよりも、どうしても雄介の何かにイライラして。
 だから、雄介の次の言葉を聞いても、何とも思わなかった。

「正面から、頼んだんだ。 なのはに、管理局を辞めないかって」

 横目で雄介を見ても、その視線は私には向いていない。
 ただどこかを見たまま、話し続ける雄介に酷くイラつきながら。
 この気持ちが何なのか、それが分からないままに、話を聞き続ける。

「…正面から、頼んだよ。 お前が心配だ、怪我してほしくないって」

 ふと、今の雄介の言葉を聞いて、心が騒いだ。
 一体どこが気にかかったのか、自分でも…分からないけれど。

「俺も、皆も心配してる。 怪我をしてほしくない、傷ついてほしくない…そう、言ったんだけどな」

 また、何かが心に引っかかる。
 雄介の話を聞きながら、そっと自分の胸に手を当てて。

「なのははさ、頷かなかった。 それ自体は、実は何となく考えてたよ。 なのはなら、そう言うかなぁって」

 それは、私でもそう思う…なのはは、凄く管理局で働くのに、憧れてるところがあるし。
 雄介は、わざとらしく口を歪めて、まるで無理に笑おうとしてるみたいで。
 それが何故か、酷く腹立たしかった。

「でも、さ…今日、本当にそう言われて、その目を見て」

 言われて、思わず雄介の目を見て…そこに、後悔しか見えないのが、どうしてかとても悔しくて。
 …どうして、こんなに雄介の一挙一動に心を動かされるんだろう?
 こんな、こんな風に雄介の事ばかり気にしてるなんて、まるで私が

「『あぁ、俺じゃ止められないんだ』って、思った」

 その一言はどうしてか、私にも強く響いて。
 響いて、そして、唐突に理解してしまった。

 あぁ私は、コイツが…雄介の事が、好きなんだって。

 どうしようもなく、コイツが好きなんだって、そんな事を…ハッキリと、自覚してしまった。
 きっと雄介がなのはを好きなくらい、同じくらい私も雄介が好きなんだって。
 雄介がなのはを止められないみたいに、私も自分の気持ちがコントロールできないくらい、それくらいどうしようも無く好きなんだって…理解してしまった。

「なのはが、凄く遠くに感じちまったんだ」

 私だって、雄介を遠く感じてた…なのはの事しか考えてないって、そう思って。
 だからイライラして、心が騒いで。
 無理に笑うのが腹立たしくて、後悔しか見えないのが悔しくて…なのはに、嫉妬してるんだ私。

「俺じゃあ、なのはを引き止めることが出来ないって、そう理解して…理解しちまって…なんて、言うんだろうな」

 雄介は変わらず、私を見ないけど。
 その横顔は、とても寂しそうで。
 どうしようも無い自分が、凄く悔しくて。

「俺が、俺じゃなくなったみたいに、感じちまったんだ」

 そこまで言うと、雄介は大きく息を吐き出した。
 まるで胸に溜まっていた何かを、全て吐き出しているみたいで。
 そうして、雄介は突然私のほうを向いて。

「今までずっとなのはが好きだったのに、急に、それが曖昧になって…気がついたら、お前が居たよ」

 そう言って、淡く笑う雄介。
 ドキッとして、咄嗟に視線を伏せて。
 そんな私をどう思ったのか、雄介の苦笑する声が聞こえて。

「…馬鹿だろ、俺? 叩いてもいいぞ、今ならやり返しもしないしな…無抵抗キャンペーンだ」

 顔を上げれば、そこには雄介の笑顔。
 でも、その笑顔は凄く寂しそうに見えて。
 私じゃ、代わりにはならないのかな、なんてそんな事を考えてしまった。

 きっと、代わりなんて雄介は要らないだろうけど。
 でも、それでも…私は、こんな寂しそうな雄介の顔なんて、見たくなくて。
 だから。

「…ん? どうしたアリサ?」

 雄介がそう尋ねてくるけれど、私は黙ったまま雄介と視線を合わせる。
 そして少しだけ空けていた雄介との距離を、そっと詰めて、静かに顔を近づけていった。
 …これが許されない事だって、そんな事は分かってる。

 でも、それでも今の私に出来ることなんて、これくらいしか無くて。
 視界の中の雄介が、微かに目を見開いているけれど。
 私が今からしようとしてる事には、まったく気がついてないんだろう。

 雄介にとっての私は、きっと普段から言うみたいに親友としか思ってなくて。
 でも、私はそうじゃなかった。
 きっと、ずっと前から…

 キョトンとしたままの、雄介の肩に手を乗せて動けないようにする。
 そしてそのまま、雄介からの抵抗が無いうちに…その唇へと、自分の唇を重ねた。
 重ねた瞬間に、目は閉じたから雄介が今どんな顔をしているのかは分からない。

 触れ合う唇の、少しだけかさついた感触に、心が騒いだ。
 それはきっと、さっきまでそれだけ強く、唇を噛み締めていた所為なんだと思って。
 少しだけ強く、自分の唇を更に押し付けた。

 …どれくらい、その姿勢で居たのか、自分でも分からない。
 十秒と言われても、十分て言われても頷いてしまうくらい、時間の感覚が無くて。
 唇を離したときには、ただ大きく息を吐くことしか出来なかった。

 目を開けた視界には、ただ戸惑うことしか出来ていない雄介が居て。
 私のしたことに言葉も出ない…それくらい、怒っているのかも知れない。
 でも、それでも私は後悔はしてないし。

 それ以上に雄介が普段見せるような、そんな顔を今していたのがすごく嬉しかった。
 雄介とキスをした事以上に、その事の方が嬉しくて。
 私にも、少しくらいなら雄介の気持ちを動かせるんだって、そう思って。

「…何、でだ…?」

 そう、呆然としたような顔で言う雄介。
 何でか何て、はっきりとは分からない。
 でも、一つだけ言えるのは

「…アンタの、そんな顔は見たくないのよ…」
「それ…っ!?」

 雄介が何か言おうとしたのを見て、咄嗟にその口を…また自分の唇で塞いだ。
 今はまだ、何も聞きたくなかった…後でなら、何を言われても良いから。
 目を閉じて、雄介と触れ合ってる部分だけを思う。

 何するんだって、そう言われるかも知れないけれど、でも、今だけはせめて…このまま。
 雄介に嫌われたくなんて無い、でも今の私はそれだけの事をしていて。
 どこかで、このまま全てが止まってしまえば良いなんて、半ば本気で思う。

 またしばらくして、ようやく雄介から少しだけ体を離す。
 ゆっくりと目を開ければ、目の前の雄介はまだどこか呆然としていて。
 その頬が赤くなっているのに、少しだけ心が躍り…それ以上に、もの凄く恥ずかしくなってきた。

 自分が何をして、何を言ったのかを改めて反芻して…自分の顔が真っ赤になるのが分かってしまう。
 雄介の顔が見れなくて、何の意味も無く視線を巡らせたりして。
 そして、殆ど密着しているくらい近くに座っているのに、改めて気がついて。

「~っ!?」
「お、おいっ?」

 咄嗟に弾けるようにベンチから立ち上がってしまって、雄介が驚いたように尋ねてくるけれど。
 もうとてつもなく恥ずかしくて、雄介の顔を少しも見ることが出来ない。
 精一杯雄介から視線を逸らしながら、つい早口で。

「わ、私、その…鮫島を待たせてるからっ!」

 そう言ってしまった。
 雄介は少しだけ間を空けて

「お、おう…そう、か?」
 
 そのまま駆け出す、その直前に。
 ふと手の中の傘を見て、

「…これ、使いなさい! 私は、鮫島の所まで行けば車だから」
「え、いや…」
「い、良いから! それじゃね!」

 雄介の手の中に傘を押し込んで、屋根の下から飛び出した。
 途端に雨が体へと当たるけれど、それはここに来た時と比べると大分弱くなっているような気がする。
 後ろを振り向く度胸なんて無いから、ただひたすらに鮫島を待たせてるところまで走って。

 走る視線の先に、車の横で傘をさして待っている鮫島が見えた。
 私が車に到着する直前に、タイミング良くドアを開けてくれたのでそのまま車の中に滑り込んで。
 そのまま車のシートに体を沈めると、運転席に座った鮫島が。

「よろしいですか、お嬢様?」
「…うん、お願いね鮫島」

 分かりましたと鮫島が頷いて、車が動きだすのを感じた。
 ふと窓の外に視線を向けると、遠くに雄介が見えた…気がしたけれど、すぐに死角に入って見えなくなってしまう。
 何となくホッとして、もう一度シートに体を沈める。

 そしてシートに体を沈めたまま、さっきの事をぼんやりと考える。
 …しっかり考えると、たぶんまたもの凄く恥ずかしい気がするし。
 そんな風にボンヤリとしていたら、

「お嬢様? 何か、良い事でもありましたか?」
「え? どうして?」
「…お顔が、先ほどからそれとなく」

 言われて、慌てて顔に手を当てるけれど分かるわけも無く。
 また、顔が赤くなるのが自覚できた。
 でもそれ以上に、鮫島に言われた事について考える。

 さっきの出来事が良い事か、それとも悪い事なのか。
 少しだけ考えて、でもわりとアッサリ答えが出てしまった。
 その答えに、どれだけ自分勝手なのかを苦笑しながら。

「そうね…あったわ、すっごく嬉しくて、良い事よ」

 同じくらい、悪い事だと分かっているけれど。
 でも、どうしても良い事にしか思えなくて。
 笑顔になってしまうのが、どうしても抑えられなかった。


+++あとがき
 はい、最初に申し訳ありません。
 書くといっていたなのは夏祭りデート編後半…どうにも無理そうです。
 先週投稿してからの一週間、つまりこの間の日曜日まで頑張ったのですが、どうにも書ききれる展望が想定できませんでしたので、急遽変更し今外伝『ARISA』を仕上げました。

 何となく、読んでいただけた方には分かるかもしれませんが、今外伝は今まで感想で話していたアリサルート『なのはに恋して破れた男』の分岐点のような話です…もちろん、こうやって外伝で書いたので、本編にはもう一切出しませんがww
 ともあれ、もし書くならこんな分岐点で、ルートに入れようと思ってました…というお話でしたww

 こちら、更新連絡と言いますか…なのは夏祭りデート編後半は多分、もう書けないと思いますので、次の本編更新は九月編になるかもしれません。
 一応努力はしますが…どうにもこうにも難しくて。
 なんだか支離滅裂気味ですが、今回はこれにてオサラバww
 それでは…多分、今週はもう無いので、また来週~ww



[13960] 『なの恋』 外伝『ARISA epⅡ』
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/10/06 00:08
+++前書き
 今作、外伝『ARISA epⅡ』はタイトルどおり、外伝『ARISA』の続きの話となっています。ですので、読む際は是非とも『ARISA』を読んでからご覧ください。

 注意事項といいますか、この話もまた時系列的には小学生の話でありながら、作者の脳内では中学生くらいで作成しているため、随所に違和感が発生するかもしれません。
 ですので、ご覧になる際は読んで違和感の無いほうでの想像をよろしくお願いします。

 ちなみに、今作もアリサ視点オンリーなので、それはご承知くださいまし…それでは、外伝本編をどうぞ。


+++

『ARISA epⅡ』

 日曜日、すずかに誘われてなのはのお見舞い。
 ベッドのなのはを挟むように、私たちが左右に分かれて座っている。
 すずかはなのはに色々話しかけていて、そして私は…

「…はぁ」
「…アリサちゃん、どうかしたの?」
「ん…ううん、何でもないわ」

 思わず吐いた溜息に、すずかが不思議そうに聞いてくる。
 自分でも、あまり誤魔化せてるとは思えない口調で否定して。
 ふと自分たちの間に顔を向けてみれば、ベッドの上に居るなのはも不思議そうな…それにちょっと心配しているような顔をしていた。

 いけないとは思いながら、どうしても気分は上向きにならない。
 原因は…分かってる。
 と言うよりも、一つしか思い当たらないし…多分これ以外で、ここまで考え込むことなんて無いんだろうと思う。

+++

 溜息を吐いた理由、それは…一昨日のことを思い出していたからだ。
 一昨日、学校帰りになのはのお見舞いに来て、さらにその帰りに…雄介の馬鹿に出会った、あの日。
 雄介の本音を聞いて、自分の本音を理解して…そして、雄介にキスをしたあの雨の日の事。

 あの後、鮫島の運転で家に帰り、取り合えず食事を取ったりお風呂に入ったり、身の回りのことを全て済ませたその後。
 私は一人、自分の部屋のベッドの上で、恥ずかしさに思いっきり…悶えた。
 ちょっと人には見せられないくらい、思いっきりベッドの上を転げまわったりとか…うん、まぁそんな事を。

 本当に、もの凄く恥ずかしかった。
 自分のしたこととか、つい思わず言ってしまった事とか。
 自分のしでかした事だけど、わりと本気で引っ叩いてやろうかと何回も考えた。
 もちろん、叩くのも叩かれるのも自分なので、そんな事はしないんだけど。

 次の日…つまりは昨日の土曜日に、私は最低限の事を済ませるとき以外は、本気で部屋に引きこもってた。
 なんて言うか…誰かと顔を合わせるたびに、どうしてもあの馬鹿の顔が浮かんできて、本当にどうしようも無かったのだ。
 かと言って、一人で部屋にこもっていても、思い浮かぶのはあの馬鹿のことだけで、何の意味の無いと言われればその通りだったのだけれども。

 あぁもう、今思い出しても昨日の私は情けない。
 何かしていても何もしていなくても、ただそれだけで雄介の事を思い出して。
 しかも思い出すのは前の日のことだけじゃなく、その前にあったことも…色々と思い出してしまっていたから。

 思い出すと、いかに私が自分の気持ちにすら疎いのか、嫌というほど分かってしまった。
 改めて思い出してみれば、気付いたのはこの前でも、それよりもずっと前からこの上ないくらい、あの馬鹿を意識していたんだから。
 例えば普段のふざけてる時とか、そういう時に雄介に触られるのは平気な癖に…ちょっと油断してるときに触られれば、それだけでも顔が熱くなったりとかもした。

 たまに見せるあいつの真剣な顔に見とれてしまって、それに気付かれそうになって誤魔化す為に茶化したり。
 ふと見せる男らしい行動に、ドキッとした事も何回もあった。
 そんな時は、自分を誤魔化すのにただビックリしただけなんて、そんな言い訳をしていたけれど。
 それに…私と二人で居るくせに、ずっとなのはの話しかしないアイツに、少しイライラした事だってあった。

 これが私以外だったら、早いうちに気付けてたとは思うけど。
 まぁうん、その…どうにも盲目だったわよね。
 こ…恋は盲目なんて、誰が言ったか知らないけれど上手いことを言ったなぁって、引きこもってる間にこの上ないくらい理解できたし。

 まぁ、そうやって土曜日は一日中、部屋に閉じこもったまま過ごして。
 今日はさすがに、部屋に篭るのはどうだろうなんて考えていた時に、すずかからなのはのお見舞いへと誘われたのだ。
 もしかしたら、あの馬鹿と遭遇するかもなんて思ったけれど…まぁ、ほんの二日前になのはにああいう事を言ったって言ってたし。
 多分、今日は来ないだろうなんて自分で納得して、なのはのお見舞いへと来たわけだけど。

+++

「…アリサちゃん?」
「…え? どうかした、なのは?」
「えーと、またぼうっとしてるから、どうしたのかなって…」

 そう? なんてなのはに返しながら、今これはなかなかに無いような状態なんじゃないかと思う。
 なにせ私は今、私が好きな人の好きな人の所に、お見舞いに来てると言う…なかなかに意味の分からない状態に居るんだから。
 …ふと、じっとなのはを見てみる。

「…あ、あのアリサちゃん?」

 何でも無いわよ、なんてなのはに言いながら。
 なのはに対して、本当に何も思っていない自分に、少しだけ驚く。
 正直なところ、何かしら思うことはあるんじゃないかなんて、自分で思っていたのに。

 友達だから、なんてそんな言葉だけで片付けようとは思わないけど。
 でも、どうしてかなのはに対して、本当に何も思わない。
 なのはに対して感じるのは、今まで通りの友情だけで。

 今ふと思いつくだけでも、雄介に対しての鈍さとか。
 その無意識の行動で、どれだけ雄介が振り回されてるかとか。
 もちろん、なのはの所為では無いけれど、それくらいは思いつくのに。

 そのどれもが、考えなければ出てこないくらい、なのはに対してのマイナスの感情が無かった。
 なのはを見てて感じるのは、今まで通りの友情だけで、この間は間違い無く嫉妬していたのに。
 ほっとするけど、それと同じくらい…怖くもなって。

 ほっとしたのは、なのはとの友達関係が壊れたりしないって思ったから。
 怖くなったのは…実は私は、雄介が好きじゃないんじゃないかって、そんな事を考えてしまったから。
 雄介が片思いしてる相手が目の前に居るのに、それなのに何とも思わない自分に、私は本当に雄介が好きなのかと怖くなった。

「…ア、アリサちゃん、どうしたのかな?」
「さぁ…なんか、今日は朝から少し変だったけど」

 そこ! 特にすずか、人を変とか言うんじゃないわよ。
 って言うか、人の目の前で内緒話しない。
 …これ、雄介と同じ立場ねそういえば。

「別に、何でも無いってば」
「「…」」

 …じーっと、疑わしげに見られてる。
 いや、あのね…言っても、仕方ないでしょうけど、一応本当に何でも無いんだってば。
 何でも無いって言うか、誰かに言ってもどうしようも無いだけだけど。

「あのね、本当に何でもないから」
「そう言われても、全然そういう風に見えないよ?」
「うん、どうかしたのアリサちゃん?」

 悉く否定される言い訳、言い訳って自覚してるけど、ここまでアッサリ否定されると思うものがあるわね。
 それに、一応の原因が目の前に居るって言うのも、なんとなく言いづらいし。
 とりあえず、否定するしかないと思い直しながら。

コン、コン

 病室のドアを、ノックする音が響いた。
 全員の視線が一斉に、音のした入り口のドアに集中して。

「…俺だけど」
「「え?」」

 その声を聞いた瞬間、一瞬前の思考は全部吹き飛んだ。
 なのはも何だか、一緒に声をあげていたけれどそんなのも気にならなくて。
 誰の声か何て、そんなのは考える間も無く分かった事で。

「雄介君?」

 私もなのはも何も言わなかった所為か、すずかがそうやって外に確認を取る。
 
「あぁ…入って、大丈夫か?」

 そう声が聞こえて、内心で盛大に慌てた。
 雄介の声が聞こえた瞬間、この間のことが鮮明に思い出されて。
 本気で、何をどうしていいのか分からなくて。

 まだ、何の心の準備も出来てなかった。
 今度会うとき、つまりは明日何だろうけど、それまでには何とかしようと思っていたのに。
 それよりも早く、それに来ないと思っていた場所でなんて…
 
「えーと…」

 すずかが、尋ねるようにこっち…なのはを見て。
 ほぼ反射的に、私もなのはを見る。
 するとそこには、

「ちょ、ちょっと待って雄介くん!」

 顔を赤くしさらに体を隠して、慌てたように何かを探しているなのはの姿があった。
 さっきまではベッドに座っていたので、体にかけていなかったシーツを胸まで持ち上げて。
 慌ててパジャマの上に、さっきまで脱いでいたカーディガンを羽織っている。

 そしてそのまま、まるで…パジャマ姿を見られたくないように、胸元でしっかりと合わせて手で押さえてて。
 そういえば、一昨日も同じことしてたっけなんて、そう思うのと一緒に、いま同じ事をしているのを見て、ふと言い知れない感情を覚える。
 今のなのはの行動は、ただ誰かにパジャマ姿を見られるのが恥ずかしいと言うような物じゃなくて。
 それはまるで、雄介個人にパジャマ姿を見られたくないなんて、そんな行動に思えて。

 どうして、一昨日はそんな事を思わなかったのに、今は思うのか。
 そんな自問にも、すぐに答えが出た。
 一昨日と今日の、その最大の違いは…私が雄介への思いに気づいているか、そのたった一つ。
 それはつまり、

「い、良いよ雄介くん!」
「あぁ、入るぞ」

 雄介の声で、また思考が纏まらなくなった。
 とっさに今度は入り口のほうへと視線を戻すと、ちょうどドアが開き始めたところで。
 纏まらない思考と、理解したくない事が重なって、ドアの方を凝視したまま。

 入ってきた雄介、私はまだ混乱したまま、ただぼうっとして見ている。
 すると雄介の視線が、真正面に居たすずか、そしてベッドのなのはと向いて…最後は、私と視線があった。
 雄介と視線が合った瞬間、座っていた椅子から反射的に立ち上がる。

 ダメだ、と心の中でつぶやく。
 ただ視線が合っただけなのに、今までにないくらい心臓がドキドキした。
 まだ、顔を合わせることすら出来ないのを、自分自身でよく理解して。

「そういえば、用事思い出したから、帰るわね」
「え?」

 言い訳するように…ううん、言い訳なのは分かっているけど。
 でも、どうしてもこのまま、雄介と顔を合わせるのは無理だって…そう思ったから。
 昨日一日の時間があっても、まだ何の心の準備も整理も出来ていなくて。

 すずかかなのはの疑問の声が聞こえても、何も言わず…言えずにただ足早に立ち去ろうとして。
 そして、出来る限り雄介を見ないようにしたまま、その横を通りすぎようとした時。
 何かが私の前を塞ぐように、雄介の方から突き出された。

 純粋に驚いたのと、まさか雄介から止められるなんて思っていなかったせいで、思わず立ち止まってしまう。
 なぜ、と思いながら、反射的に雄介を見ると。
 雄介は今までにみたことの無いような、とても真剣な顔で私を見ていて。

「…お前に話があるんだけど、ちょっと良いか?」

 見たことのなかった、その真剣な顔。
 そして手に持って私に向けて突き出したものが、この間の私の傘だと気付いて。
 私は覚悟の決まらないまま、小さく頷いた。

+++

 話があると言う雄介に連れられて、私と雄介はなのはの入院してる病院の屋上に来ていた。
 私がこの病院にに来るのは、なのはのお見舞いだからだし…ミッドチルダの病院って言うこともあって、屋上に来るのはこれが初めてだけど。
 でも、雄介は何回も来ているのか、私を案内する足取りには迷いがなかった。

 到着した屋上には、私たち以外に人影は無くて。
 私の視界に見えるのは、病院で使われているであろうシーツが大量に干されているだけだった。
 そんな場所で、私の前を歩いて先導していた雄介が振り返り

「…あっちのベンチに、座らないか?」

 雄介の示す先にあったのは、三人掛けくらいのベンチ。
 離れて座れそうなことに、少しだけホッとして。
 嫌なわけでは無いけれど、やっぱり覚悟が決まらないから。

 先に雄介がベンチに座って、それからある程度の距離を空けて私も座る。
 端と端、と言うわけでは無いけれど、それでもハッキリと雄介との間に距離を空けて。
 少しの間、視線も合わせずにただ黙り込んだまま。

「…コレ、ありがとな」

 そう雄介が唐突に言って差し出してきたのは、ついさっきも見た傘。
 それはこの前の雨の日に、私が押し付けるようにして渡した傘で。
 軽く頷きながら、傘を受け取る。

「お陰で、風邪も引かなかった」
「…そう」

 そう雄介は言ったけれど、私が傘を渡す前からかなりずぶ濡れだったし…実際は、あってもなくても変わらなかっただろう。
 そんなことを考えて、今はそんな事を考えている場合じゃないと思い直して。
 でも、雄介の話を聞くのも…少しだけ、怖くて。

 話がある、そう言ったときの雄介の顔は、今までにないくらい真剣で。
 直感的に、この間の事だろうって思った。
 この間の事で何を言われるのかなんて、全然想像もつかなくて…まだ、なんの心の準備もできていないのに。

ううん、本当は何を言われるのかなんて、簡単に想像出来るけれど。
でもそれは、私が絶対に聞きたくない事だから。

「…別に、わざわざここまで持ってこなくても良かったんじゃない? なのはのお見舞いに来たんだったら、また帰りに自分の家に寄って、それから持ってこれば良いんだし」

 だからつい、突き放すようにそんな事を言ってしまった。
 別に雄介が私の傘を持って歩いても、そうでなくても変わらないけれど。
 この傘が無ければ、もう一日くらいまだ考える時間が…この気持ちを整理する時間があったのかな、なんてそんな事を考えながら。

 そう、思ったのに。

「…なのはの見舞いには、別に来るつもりは無かったんだよ」

 そんな事を、雄介が言ったのだ。
 ならどうしてココにとか、じゃあその傘はとか…色んな考えが頭の中を駆け巡って。
 咄嗟に、チラリと雄介と私の間の空間を見た。

 何が言いたかったかなんて、自分でも分からないけれど。
 それでも、何かを言おうとして。
 私が何かを言う、その前に雄介が言葉を紡いだ。

「傘、返そうと思ってお前の家に行ったのに、お前が居なかったからこっちに来たんだよ」
「じゃ、じゃあ家で鮫島に渡せば良かったじゃない」

 そうやって言い返したけれど、この後にどんな返事が返ってくるかなんて、分かりきっているのに。
 私も雄介も、今の今までなるべく視線を合わさないようにしていたけれど。
 雄介は顔を上げて、はっきりとこっちを見ながら。

「話を、したいんだ」

 そう私を正面から見て、ハッキリと言いきる雄介。
 その視線はとても強くて、私は逃げるように眼を逸らす。
 でも、どうしてか顔を逸らすことまではしたくなかったから、雄介の顔は見えていて。

「べ、別に話すことなんて…」
「この間の事だ」

 逃げるように呟く私の言葉を、切り捨てるような語調で雄介が言いきった。
 それでも私は、まだ雄介の方を見ようとはしない。
 いや、見れないのだ…まだ、どうしても覚悟が決まらないから。

 まだ、まだ結論なんて…解りきった結末なんて知りたくない。
 もう少し、もう少しだけでも心を整理する時間が欲しい。
 この想いを止めるなんて、まだ…絶対に出来ないから。

「なぁ、アリサ…」
「…嫌」

 自分の言った言葉に、ハッとして口を噤んだ。
 咄嗟に雄介の方を見れば、雄介も驚いたような表情でこっちを見ていて。
 …こんなに、はっきりと拒絶するつもりは無かったのに。

 うやむやに、誤魔化すようにしながら、少しでも時間を掛けようって思った。
 少しでも、少しでも時間があれば…きっと、この気持ちを抑えられると思って。
 …本当に、少しでも時間があれば、この気持ちにだって整理を付けれるって、そう思ってたのに…!!

「ア、アリサ?」
「…」

 戸惑ったような雄介の声に名前を呼ばれて、反射的に俯いて次の言葉を拒絶した。
 これ以上、本当に何も聞きたくなくて。
 耳を塞ぐなんて出来ないから、出来るだけ雄介から顔を背けた。

 …ワガママだって、そんなのは分かってる。
 雄介からすれば、きっと早く結論を出したいことだって、そう分かっても聞きたくない。
 それなのに、表情は見えないけれど、ハッキリと分かるくらい強い声で、雄介は言葉を続けるのだ。

「…聞いてくれ、アリサ」

 嫌、とそう言って逃げる私。
 そして、そんな私を追い詰めるみたいに、雄介はさらに強い声で話しかけてくる。
 雄介に、そんなつもりは無いって分かってるけど。
 それでも私には、怖くて仕方なくて。

 姿が見えないから、だからよりいっそう、雄介の言葉に強さに気づいてしまって。
 本当に、雄介が私と話したいって、そう考えてくれてるのは分かる。
 だけど、そんな雄介こそが、今までの誰よりも何よりも…一番、怖かった。

「頼む、聞いてくれ」

 懇願するような、そんな雄介の言葉でも、次に言われるのがきっと拒絶の言葉なら、そんなものは聞きたくない。
 この状態が良いなんて、そんなことは思ってないけど。
 でも…今はまだ、否定されたくないから。

 それなのに雄介は、聞いてくれってとても強い声で言い続ける。
 怖いのに、雄介は止めてくれなくて。
 だから私は…拒絶するように、声を上げた。

「…聞きたく、ないのっ!!」

 叫んで、気づいたときには、ベンチから立ち上がっていた。
 自分が立ち上がったのに、少ししてから気がついて。
 それと一緒に、雄介が驚いたように私を見ているのにも気がついた。

 普段見ているような、珍しくも何ともない表情なのに。
 それでも、こんな時でも私の心臓は高鳴って。
 私は、雄介から顔を逸らした。

「…アリサ」

 私の名前を呼びながら、雄介が立ち上がるのが気配で分かった。
 顔を合わせないように伏せた視界に、雄介の足が見えて。
 そして、優しい声で呼び掛けてくる。

「頼む…顔を、上げてくれないか?」

 必至に顔を背けそうになる自分を叱咤しながら、ゆっくりと前を見る。
 顔を上げて前を見れば、雄介が真剣な顔で私を見ていて。
 何を雄介に言われるのか、そんな事だけが頭の中でグルグルしていて。

 どうして…どうして、そんな事を言うの?
 何で、こんなにも早いの?
 まだ、心の準備なんて何にも出来ていないのに…どうして?

「あのな…正直に言って、この間のあれは凄く驚いた」

 始めにそう言われて、正直に言えばもう逃げ出してしまいたかった。
 だって、そんな言い方から続く言葉なんて、もう否定の言葉しか思い付かないから。
 やっぱり、雄介にとって私は単なる友達なんだって、そう思って。

「俺にとって、お前はどうしても友達…親友みたいなものだったからな」
「…うん」
「その友達に、真剣に…あれはその、告白で良いよな? …告白されてキスされて、凄く驚いて」

 今、ここで逃げ出してしまえば、もうこの言葉は聞かなくても良いけれど。
 でもそうしたら今度は、少しだけ残ってる今の関係でさえ、きっと跡形もなく無くなってしまうから。
 だから、拳を握りしめながら、必至に堪えて。

「それで…嬉しいって気持ちが、あったのにも驚いた」
「…え?」

 一瞬、雄介が何を言ったのか、本気で分からなかった。
 驚きで、握りしめていた手からも力が抜けて。
 ただ呆然と、雄介を見ることしか出来なくて。

「驚いたさ、何するんだとか考えるよりも、ただビックリして…でも間違いなく、嬉しいって気持ちもあって」

 雄介が続けてまだ言っていたけど、私はほとんど聞けていなかった。
 私の意識は、雄介の言った言葉の中のたった一言だけを、ずっと頭の中で繰り返していて。

「…うれ、しい?」

 それは、私にキスされて?
 嫌だとか、そうじゃなくて…嬉しかったの?
 あんな、不意打ちみたいなキスをしたのに?

 ポツリと私の呟いた言葉に、雄介が口を噤んで視線を逸らした。
 どうして? なんて思って、ただ黙って次の言葉を待って。
 雄介の言った言葉に、心の底から驚いた。

「…最低だよな、俺。 他に好きな人が居るのに、キスされて嬉しいなんて」
「そ、そんな事ないわよ!? だって、アレは私が…!」

 悪いって言うなら、それは私に決まってる。
 好きな人が居るやつに、しかもあんなに弱ってる時に、不意打ちみたいにキスをしたんだから!
 だから…だから別に、雄介が悪いなんてそんな事ないじゃない!

 そう言いたかったのに、何も言えなかった。
 雄介がまた、真剣な顔で私を見ていたから。
 私が何も言えないでいる間に、雄介はこっちを真っ直ぐ見ながら

「お前にキスされて、嬉しいなんて思って…お前の、気持ちも聞いて」

 そこまで言って、雄介はおもむろに自分の髪の毛をグシャグシャにかき混ぜ始めた。
 それは、雄介がよく困ったときにやる仕草で。
 ただ黙って、雄介の言葉を待つしか無かった私。

 さっきまで聞きたくないなんて思っていたのに、今はまったく逆の事を考えてる。
 雄介が何を考えてるのか、何を思ってくれたのか。
 自分でも分からない内に、心臓は高鳴って。

「昨日、一日中真剣に考えたんだ。 今俺は何を考えているのか、どうしたいって思ってるのか…そういう事を、ずっと真剣に考えて。 それで答えようと思って、今日お前の家に行ったんだ」

 そう言われて、また不安になった。
 雄介はもう、答えを出してるって分かったから。
 私がまだ何も決めれていないのに、雄介はもう決めて…それで今日、私を探していたのだと理解した。

 もし…もし、嫌いなんて言われたら、私はどうすれば良いんだろう?
 嫌いだって、お前なんか見たくないなんて、そう言われてしまったら…何て考えて。
 雄介がそんな事を言う奴じゃないなんて、一番分かってると思ってたのに…それでも不安で。

「まず、さ…俺は、お前の事が嫌いじゃない。 いや、好きと嫌いで言うんだったら、お前の事は好きだってそう言える」

 最初にその言葉を聞いて、ただ純粋に嬉しいってそう思った。
 あんな事をしたのに、それでも雄介は嫌わないでいてくれた。
 それに…好きって、断言してくれた事もすごく嬉しくて。
 例えそれが、

「お前の事が、友達として好きだった」

 そんな、意味だとしても。
 やっぱり、何て思って…でも、それでもやっぱり嬉しいとは思った。
 友達としてでも、それでも好きな人に好きって言ってもらえたから。

「お前と居ると楽しかった…何て言うか、あそこまで気軽に色々やりあえるのはお前ぐらいだったからな。 なのはの事とか色んな事もバレてたし、お前の事は親友みたいにしか考えてなかったんだ」

 きっとこれは、本当に雄介の本音なんだろう。
 雄介の本音を聞いて、でも嫌な気持ちにはならなかった。
 私と居て、楽しかったってそう言ってもらえるだけでも、今の私には十分すぎて。

 でも、どうしてもそれ以上を求めてしまう私が居るのも、紛れも無い事実だった。
 嬉しいって、間違いなくそう思っているのに、それだけじゃ良いって思えなくて。
 もう、雄介の答えは分かりきったようなものなのに。

「お前を、一人の女の子として見たことがなかった。 お前の事をアリサ・バニングスとしてしか、俺は見てなかったんだ」
「…うん」

 雄介の言葉を聞いて、私の中でも少しだけ整理がついた。
 雄介は、私をアリサ・バニングスとしてしか見なかったって言ったけど、それで本当は良い筈だから。
 だから…例え、振られてしまったとしても、少しでも納得できるんだから、それで良いって思った。

 そして一つだけ、心の中で決意した。
 きっと…ううん、絶対にこれからは雄介と今までみたいな、そんな関係では居られない。
 だから、そうなっても引きずらないようにしようって。

 雄介は優しいから…きっと、今まで通りに接してくると思う。
 でもそれは、雄介にとっても…私にとっても、きっと良い結果にはならないから。
 雄介は私のことを気にし続けるだろうし、私も雄介のことが諦められなくなってしまうから。

 だから今日、雄介に振られたら、少しだけ距離を取ろう。
 完全に離れたら、きっと私は立ち直れないって、自分でも思うから。
 今までのような距離じゃなくて、少しだけ離れた距離で…雄介の事を、ちゃんと諦められるように。

「お前の事は好きだ、でも一人の女の子としては見たことが無かった。 だから…」

 自分だけじゃ、気持ちに区切りをつけられないから。
 雄介に言われないと、きっとどこまでも諦められないから。
 だから…良いよ、雄介。

 私に遠慮なんて、絶対にしないで。
 雄介に任せるなんて、本当は卑怯なことかも知れないけど。
 でも、これが最後のワガママだから。

 もう、私の体に余計な力は入っていなかった。
 ただ自然体で、完全に落ち着いてるとは言えないけれど。
 でも雄介に言われたこと、しっかりと受け止めるから。

「だからこれから、お前の事を一人の女の子として、見ていこうって思うんだ」

 落ち着いて聞いていた筈なのに、雄介の言葉が理解できなかった。
 何を言ってるのか、何を言ったのか理解できなくて。
 ただ呆然と、雄介を見ることしか出来なかった。

 一瞬前の決意は、跡形もなく吹き飛んでいて。
 目の前の雄介が何を言ったのか、必至に理解しようとして…でも出来なくて。
 頭のなかはグルグルと、ちっとも考えがまとまらない。
 でも、私の口は一言だけ、雄介に尋ねていた。

「…いい、の?」

 どんな意味で、そんな風に聞いたのか。
 自分自身でも判然としないまま、まるですがるような声で。
 そして、私の問いかけに雄介は

「…そっちこそ、良いのか? 自分で言うのも何だけど、今の俺って凄く最低な事を言ってるんだって自覚はあるぞ?」

 そう、また髪の毛をグシャグシャにしながら雄介は言う。
 その表情は何だか、自分…雄介自身に呆れ返っているように見えて。

「お前の告白に、答えてないし…この関係が壊れるのが嫌で、先伸ばしにしてるだけにしか、聞こえないんじゃないか?」

 そう雄介は言うけど、私はそうだとは微塵も思えない。
 告白には、一応答えてくれてたし…何となく、雄介は先伸ばしなんて事をするようには思えなかった。
 だから、多分真剣に考えて、雄介はこんな答えを選んだんだってそう思う。

 自分でも、都合の良い解釈をしてるんじゃないかって思うけど。
 それでも私は、そう感じたから雄介に対して首を横に振る。
 でも、一つだけ聞きたくて。

「なのはの事は、今でも…好き、なのよね…?」

 そう聞くと、雄介は困ったような顔をして黙り込む。
 言葉を探すように、あちこちに視線を飛ばして。
 やがて、また私を正面から見て、しっかりと言った。

「…そうだな、なのはの事は今でも好きだ…多分、嫌いになんてなれないんじゃないか何て、そう思ってる」

 そう聞いて、あぁ雄介らしいって思う。
 なのはに、少し拒絶されて落ち込んでいたけど、それを引きずらない所とか。
 本音を言えば、少しくらい引きずってくれてても良かったのに、なんて思うけど。

 あぁ…また、何を考えてるんだろう私。
 少し前まで、雄介に振られる覚悟まで決めてたのに。
 今じゃもう、自分の中にそんな覚悟なんて欠片も見つからなくて。

「俺、なのはの事はまだ好きで、それなのにお前の告白にハッキリとした返事を返してない。 それに、今から考えたいなんて、そんな事を言ってる…」

 きっと、常識的に言ってしまえば…ふざけるなとかそういう事を、言っても良いくらいの事を言われてるんだろう。
 なのはの事が好きで、それでいて私の事もこれから考えたいなんて。
 でも、それに何とも思わないのは…きっと惚れた弱みとか、そんな理由。

 そして雄介は、また真剣な顔で…じっと私を見て。
 今は、恥ずかしがらずに真正面から雄介を見るべきだって、そう直感して。
 正面から、雄介を見つめ返した。

「それでも、本当に…良いのか?」

 少しだけ、クスリと笑ってしまった。
 真剣に考えていてくれてるのは分かるけど、その本当に真剣な顔に何だか雄介から告白されてるみたいで。
 雄介にはキョトンとした顔をされたけど、何だかそれもまた少しおかしくて。

「アンタこそ、それで良いの? …私、絶対にしつこいわよ? 今だったらまだ覚悟してたのに、そんな事言われたら…諦められないもの」

 ありのままの本音を、雄介に打ち明ける。
 今まであった決意なんて、もう本当に跡形も無くなっていた。
 今はただ、雄介の言葉に縋りつくだけの私で。

 一歩、雄介の方に踏み出した。
 もう一歩、近づいて。
 そして雄介の方に、そっと体を倒した。

「お、おい?」

 そっと、優しく受け止めてくれる雄介。
 受け止める瞬間だけ、私の肩に手を置いて受け止めてくれたけど、すぐに雄介は手を離して。
 私はそのまま甘えるように、でも雄介の顔を見ないようにしながら、そっと自分の顔を雄介の胸元へと押し付けた。

 雄介の胸に手を置いて、少しだけ目を閉じる。
 雄介が慌てているような動きが、そこから伝わってきて…でも、雄介の手が私に触れることは無くて。
 これは雄介なりの、線引きかな何て思いながら。

「ねぇ雄介…本当に、まだアンタを好きでいて良いの…?」

 そう、呟いた。
 今の私には、それだけが本当に大切で。
 それを聞けたのなら、もうきっと私は…。

「…後悔、する可能性の方が、きっとずっと高いぞ?」
「うん」
「これからだって、そう何かが劇的に変わるなんて事は、きっと無いぞ?」
「…うん」

 分かってる、それくらい私にだって想像出来る。
 でも、聞きたいのはそんな事じゃない。
 聞きたいのは…聞きたいのは、一つだけだから。

「…俺、もしかしてなのはに告白されたら、すぐにでも頷くぞ…きっと迷いなく、お前の事とか考えないでな」
「分かってる…それでも、良いの。 そういうの全部含めて、それでも聞いてるから…答えて、雄介」

 雄介の顔を見れないけれど、でも聞きたい。
 ううん…聞かないとダメなんだって、そう思うから。
 今聞かないと、何もかもが手遅れになってしまうような、そんな気すらしてしまって。

 雄介に寄りかかって、目を閉じたまま。
 静かに、ただ雄介の言葉を待つ。
 ふと、小さく溜息のような雄介の吐息が聞こえて。

「…お互い、掛け値なしの馬鹿だなぁ本気で。 俺もお前も、どっちも片思いじゃないか」

 そう、呟いた雄介の声に、否定的な物は何も含まれてはいなくて。
 雄介の胸に置いていた手に、思わず力をこめて握り締める。
 そのまま小さく、聞こえるかも分からない声で。

「…好きよ、この馬鹿」
「今回は否定しねえよ、言ったほうも言われたほうも、どっちも間違いなく馬鹿だからな」

 そう言って、雄介は決して抱きしめてはくれないけれど。
 何も言わずに、ただ胸は貸してくれて。
 私はそのまま、ずっと雄介の胸に顔を押し付けていた。


+++後書き
 後悔はしていない、反省はしない主義ですww
 ともあれ、以上でepⅡは終わりです…が実はこの後にまだもう一話の予定もありww

 さて一応次回は本編更新の予定ですが、何時ごろになるかは未定です。
 まだ暑いので、どうにもテンションも上がらないですし。
 本編更新とは言いますが、あまりにも難産の場合はもしやすると『ARISA epⅢ』最終章を更新する可能性もありです。
 取り合えず、『ARISA』は次で完結の予定なので、そっちを先に書くやも。

 それでは、また次回の更新にて!



[13960] 『なの恋』 外伝『ARISA epⅢ』(最新話)
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2012/03/20 00:10
+++前書き
 今作、外伝『ARISA epⅢ』はタイトルどおり、外伝『ARISA』『ARISAⅡ』の続きの話となっています。ですので、読む際は是非とも『ARISA』『ARISAⅡ』を読んでからご覧ください。

 注意事項といいますか、この話もまた時系列的には小学生の話でありながら、作者の脳内では中学生くらいで作成しているため、随所に違和感が発生するかもしれません。
 ですので、ご覧になる際は読んで違和感の無いほうでの想像をよろしくお願いします。

 今作はなのは、アリサ視点を交互に移る上に、途中で大きく時間軸が動きますのでご注意ください…それでは、外伝本編をどうぞ。



+++Side、なのは

「……何か、ちょっと二人の雰囲気、変だったよね?」
「うん、何かあったのかな?」

 二人が出て行った病室で、すずかちゃんとそんな事を言い合う。
 アリサちゃんの場合は、何だか今日は来たときからちょっと変だったけど。

「ねぇすずかちゃん? アリサちゃんは、今日は朝からあんな感じだったの?」
「うん、だから気分転換もかねて誘って来たんだけど……」

 お見舞いで気分転換には、ならないと思うよ?
 外に出るって意味なら、効果はあると思うけど。
 でもアリサちゃんだけじゃなくて、雄介くんもちょっと……

「すずかちゃんは、雄介くんの方は何か知ってる?」
「ううん、でもなのはちゃんの方が知ってるんじゃない?」

 え?と思ってすずかちゃんを見返すと、何も疑問に思っていないような表情。
 だって、とすずかちゃんは続けて。

「雄介君があそこまで変わっちゃうのは、殆どなのはちゃんが原因だし……今日、ずっとあんな感じだったから。 思い当たること、無い?」
「……えっと」

 余りにも真っ直ぐな、すずかちゃんの言葉に何を考える間もなく、自分の記憶を思い返す。
 そうやって思い返したら、すぐ…二日前のあの日のことが思い出せた。
 一人遅れてお見舞いに来てくれた雄介くん、そして…真剣な顔で管理局を辞めてくれって頼まれた時の事を。

「……思い当たること、あったんだ?」
「え、あ……うん」

 私の表情で分かったのか、小さな声で問いかけてくるすずかちゃんに、少しだけ躊躇いながら頷いて。
 そして改めて思い出すのは、あの時の雄介くんの、その言葉。

+++

『……まだ、管理局員を続けるのか? そんな、大怪我して』

 病室に入ってきた後、少しだけいつも通りの他愛も無い話をした、その後。
 いきなり手を取られて驚いていた私に、凄く真剣な顔で雄介くんはそう切り出して。

『なぁ? そんなに大怪我して、まだ続けるのか? そんなになってまで、続ける事なのか?』

 真っ直ぐに、正面から言われる言葉に、私は咄嗟に何も言い返せなくて。

『どうして、なのはがそんなになる必要があるんだ? なのはが、怪我してまでしなきゃいけない事じゃないだろう!?』

 少しだけ、雄介くんが声を荒げた。
 でも直ぐに、それを隠すように俯いてしまって。
 咄嗟に何か言おうとしたけど、何も言えないまま、私は雄介くんが顔を上げるのを、見てる事しか出来なかった。

『……心配なんだ、なのはの事が』

 ギュッと、強く手を握られて。

『怪我したのを見て、凄く怖かった。 もしかしたらとか、そんな事だって考えた』

 震えるような声で、そう言う雄介くん。
 でも私は、何も反応できなかった。
 驚いてたのは勿論だけど、でもそれ以上に凄く、雄介くんがこんな風に感情をあらわにしてるのが、私にとってはとても意外で。

『もう! お前が怪我したりなんて、見たくないんだ、アリサも、すずかも……俺だって、お前が怪我するの、嫌なんだ』

 きっと、雄介くんは気が付いていなかったと思うけど。
 そう言い続けている雄介くんの目元には、小さく涙が光っていて。

『もう、良いだろう? 頑張ったじゃないか、良くやったじゃないか……もう十分じゃ、ないのか?』

 それでも、真っ直ぐな目で。

『辞めたって、誰も何も言わないぞ? いや……俺が、絶対に言わせないから。 だから、もう、辞めよう、なのは?』

 真っ直ぐな声と、力強く握られる手の力強さで。

『見たくないよ、俺は……お前が怪我したり、傷ついたり、誰かを護るためにでも、身を挺したりするのなんて』

 雄介くんの、本当の声が、私に響いて。

『……頼むよ、なのは』

 でも、私は。

+++

「なのはちゃん?」

 呼ばれた声に、ハッと顔を上げると、すずかちゃんが心配そうにこっちを覗き込んでいて。

「大丈夫、なのはちゃん?」
「う、うん大丈夫だよ。 ゴメンね、ちょっと考え込んじゃってて」

 そう言いながら、私は自分のカーディガンを握る手に、強く力が篭っていることに気がついた。

+++


『ARISA epⅢ わたしとあなたのホントの気持ち』


+++Side、アリサ

「~♪」

 一人、自室でちょっと歌を歌いながら、並べてある服からまた一組選んでみる。
 鏡の前で合わせてみて、

「……なんか、ちょっとパッとしないわね」

 そう呟いて、持っていた服を置きなおして、ふと周りの惨状に視線を向ける。
 部屋中に散らばるのは、私の選び抜いた私服の数々。
 ついでに言えば、その真ん中で下着姿のまま仁王立ちしてる私も、惨状の一つかも知れない。
 うん、見られた時の私と……他意はないけど、見てしまった場合の雄介の双方にとって、ね。

コンコンッ

 部屋に響くノックの音に、思わず小さく飛び上がる。
 ドアへと視線を向けたその直後、ドアの向こう側から聞こえたのは

「お嬢様?」
「さ、鮫島?」
「はい、そうですが?」

 思わず聞き返してしまったけど、そういえば出掛ける30分前の時間に、鮫島に声を掛けて欲しいと言っておいたんだっけ。
 一応時計を確認すれば、ちょうど私の頼んだ時間。

「ありがとう鮫島、もうあと少ししたら出るから」
「はい、送迎などはいかがしますか?」
「ん……今日は良いわ、歩いていくから」
「分かりました、それでは失礼いたします」

 そんなやり取りを交わし鮫島が立ち去る気配を感じてから、もう一度改めて私服の山に向かい合った。
 鮫島が声を掛けてきた以上、もうこれ以上はあんまり時間を掛けられないんだけど…それでも迷う。
 何しろ今日これから行くのは、私と雄介の初デートに、なるんだから……一応。
 まだ別に、ちゃんと付き合ってる訳じゃないんだけど……それでも二人きりなんだし、私としてはそういう気構えで準備したいんだし。

 そもそも、雄介に私の気持ちを伝えて、雄介の気持ちも聞いて。
 それでも私達の関係に、そこまで大きな変化は無かった。
 出た結論が、殆ど現状維持だったって言うのもあるけど、それでも何より……なのはが入院中だったのが、きっと一番の理由。
 雄介はきっと、なのはが入院してる間は、そんな事に気を使えないと思うし……私だって、なのはの入院に付け入るような真似、したくなかったしね。

 だから、互いの気持ちを伝えてから、なのはが退院するまで半年と少し、私達はどっちも必要以上に相手に構ったりはしなかった。
 まぁそれでも、学校帰りにちょっとその辺のお店に寄ったりとかはしたんだけど、それくらいは友達付き合いとして普通くらいの距離。
 まぁそういう感じでずっと今まで過ごしてきて、それでこの間なのはが退院して、ちょっと不謹慎だけど私としてはようやくチャンスがやってきた。

 雄介が一人で居るところを狙ってちょっと強引に、今日の二人きりでの約束を取り付けて。
 別に、今日の一回で雄介の気持ちを完全に振り向かせようとか、そんな事は考えてないけれど。
 ただ、私は本気だって、まだ諦めてないって言うのを、改めて雄介に伝えるために。

 だから選ぶ服には妥協したくないし、本当は髪型も色々変えてみたかったけれど。
 髪型は、今日はちょっと無理そう。
 仕方ないから、服だけでも一切の妥協なしに、最高のものを選んで。

 それで、雄介のビックリした顔でも見れれば、それで十分。
 今まで友達だった、そんな私にドキッとしてくれれば、それで十分に伝えられるから。
 頭の中にそうなった雄介の様子を思い浮かべて、小さく笑いながらまた服を選んで。

 こんな事で満足できるなんて、私って……安い女、かな?


+++Side、なのは


「あれ?」

 ミッドの病院を退院して、海鳴に戻ってきての静養中。
 本当は、すぐにでも訓練を再開したかったけれど、絶対にダメってお医者さんに言われたから。
 だから今は里帰りと、ちょっと散歩したりする程度の運動だけの静養生活を、こっちで送ってる。

 毎日ちょっとした散歩に出掛けて、ノンビリと過ごす日常。
 今日もそれだけだったつもりだけど、散歩に出かけた先の公園でちょっと意外な人に会った。

「雄介くん」
「……ん、なのはか」

 後姿に声を掛けて、振り向いたのは予想通りの人。
 ちょっとだけ、驚いたような顔をしている雄介くんは、ちょっとこっちを見た後に首を傾げて。

「動いても、平気だったか?」
「もう退院してるし、ずっと動かないと鈍っちゃうよ」

 そうかって一言で答える雄介くんに、笑顔を向けながら。

「久しぶり、雄介くん」
「おう、久しぶり」

 雄介くんと最後に会ったのは、雄介くんがお見舞いに来て、私に管理局を辞めて欲しいって言ったとき以来。
 ずっと、なんて雄介くんに話しかけたら言いかって考えていたけど、実際に会ってみたらすっと言葉が出てきて。
 自分でも、自然に笑えてるなって思いながら。

「雄介くんは、ここで何してるの?」
「ん、まぁ待ち合わせだ……そういう、なのはは?」
「お散歩だよ、ずっとお家に居るのも暇だから」

 そうなのか、なんて頷いてみせる雄介くんに、言葉に出来ないような、そんな安心感を感じる。
 私は、自分でも変わったって思うけど、だからこそ昔から変わらないような雄介くんを見て、不思議な安心感を貰って。

「ねぇ、雄介くん」
「ん?」
「今度またオススメの本とか、教えて貰っても良い? 最近、時間がいっぱい出来ちゃったから」
「……考えとくよ」

 そう、雄介くんは言うけれど、顔は苦笑するみたいに笑っていて。
 だから私も、釣られるように笑って。

「雄介!!」

 聞こえてきた声に、弾かれるみたいに視線を向けた。
 そこに居たのは、見たことの無い、でも知ってる人で。
 普段とは全く違う印象の格好をしたアリサちゃんが、こっちを睨むようにしながら強い眼差しを。

 私に、真っ直ぐ向けていた。


+++Side、アリサ


 自分でも、浮かれてるなぁなんて思いながら、雄介と会う約束の公園に来て。
 まだ時間が合ったから少しだけ寄り道して、そのついでに髪型もやっぱりちょっと変えたりしてみて。
 変えた髪形に自信が持てなくて、少しだけ後ろで一つに縛った髪を弄びながら、着いた約束の場所に。

 雄介と、なのはが居た。

 少しだけ、心がちくっとして。
 でもそれを押し殺して、いつも通りの、そんな顔を作って二人に近づいて。
 声を掛けようと、二人の顔に目をやって。

 雄介となのはが、互いだけを見て笑いあっているのに、どうしても耐えられなかった。

「雄介!!」

 直前まで考えていた言葉は全て吹き飛んで、ただ声を荒げてそう叫んで。

「こっちに、来て!」
「おい、アリサ?」
「あっ……」

 強引に、雄介の腕を取って、すぐに来た方に引き返す。
 雄介が戸惑っているのは分かったし、なのはが驚いた顔をしているのも理解できたけど。
 今の私には、そんな事を気に掛ける余裕が無かった。

 雄介の腕を掴んで、必至にさっきの場所から離れようと歩きながら、強く強く唇を噛んで。
 震えそうになる体を叱咤しながら、頭の中ではさっきの光景が駆け巡っていた。
 小さく、自然な笑いを浮かべながら、互いを見てる雄介となのは。

「お、おい、如何したんだ?」

 自分でも、分かってるはずだった……雄介がまだなのはを好きだって。
 理解していて、もし雄介となのはが付き合うなら、祝福しようって考えたこともあった。
 でも、それでも……まだ、覚悟が足りなかったのかな?

「おい? アリサ?」

 ただ、笑いあってるだけだったのに、それでもそんな二人を見てるのが、言葉に出来ないくらい衝撃的で。
 笑って、冗談交じりに避わす事も出来ず、ただ声を荒げ二人を引き離すしか出来なくて。
 そして今は……ただ雄介を連れて、あの場所から逃げる事しか出来なかった。
 後ろから、何度か私を呼ぶ声が聞こえていたけれど、それらは全て無視して。

 どこを歩いているのかも分からないまま、ただひたすら雄介の手を引いて歩いて。
 どこに向かっているのかも、一体何がしたいのかも分からなかった。
 ただただ、必至に歩き続けて。

「アリサ!」

 それは、私にとっては突然の呼び掛けで。
 呼ばれるのと同時に、強く手を引かれた。
 咄嗟にバランスを保てなくて、身体が後ろに倒れそうになり。

「おい、しっかりしろ!」

 その身体が、雄介に受け止められた。
 いつもだったら、そのまま受け止めてもらう事も出来たのに、私は全力で雄介の腕を振り払って。
 自分が、全然制御できなくて。

「お、おい?」

 戸惑った声を出す雄介に、向かい合うことも出来なくて、背中を向けたまま立ち止まる。
 どうすれば良いのか、何を言えば良いのか、そんな事も何も分からなくて。
 下を向いて俯いていると、ふと何かが頬を流れていくの感じた。

 そっと、手で拭ってみると、それは私の涙で。
 自分が泣いているのだと自覚した途端、堪えきれなくなったみたいにとめどなく涙が溢れてきて。
 何度も、何度拭っても溢れてくる涙を拭っていると。

「おい!?」

 私の後姿から何か分かったのか、雄介の驚いた声が聞こえた。
 それと同時に雄介の手が私の肩に置かれ、そのまま振り向かされそうになって。
 泣いた顔が見られたくなくて、そのまま咄嗟に雄介の胸へと飛び込んだ。

 飛び込んだ瞬間、いつかのように一瞬だけ肩を支えられたけれど、その手はすぐに離されて。
 その事にまた一つ心を揺さぶられながら、必至に顔を見せないように雄介の肩へと顔を伏せる。
 何度か、躊躇するような気配を感じて、やがてそっと雄介の手が肩に乗せられて。

 そのままこちらを、あくまでも優しくそっと押しのけようとする手に、雄介の胸元を掴んで抵抗する。
 何度か肩を押されて、それでも手を離さない私に、諦めて肩から手を離す雄介。
 最後まで優しく、決して強引に押し退けなかった事に、安堵と少しの切なさを感じて。

 どうして、ここまで優しいの?
 今だって、なのはから無理矢理に引き離したのに。
 ……怒ってくれても、良いのに。

 私は、雄介にとってその程度なの?
 何するんだって、怒って無理矢理に私を押し退けても、きっとそれは正しいのに。
 やっぱり、私の事は友達にしか見てくれないの?

 そこまでの考えが頭の中を過ぎって、私の口が自然と動いた。
 それは今まで黙っていて、それでいて絶対に雄介には言わないようにしようとしていたこと。
 雄介のこともなのはの事も無視した、自分勝手なホントの気持ち。

「……どうしてよ」

 ちゃんと、気持ちは伝えたのに。
 好きだって、言って。
 雄介も、認めてくれたじゃない。

「どう、してなの」

 ちゃんと、約束したのに。
 無理やりでも、雄介だって笑ってたのに。
 一緒に笑って、頷いてたのに。

「今日は、私とだったのに」

 初めての、二人きりなのに。
 ずっと、行きたかったけど。
 でも、ずっと言えなくて。

「なんで」

 どうして。

「私じゃ、ダメなの……?」

 雄介。

+++

 どれくらい、雄介の肩に顔を伏せたままだったのか。
 気がつけば自然と私の涙は止まっていて、一体どれくらい泣いていたのか、全く分からなかった。
 ある程度は気持ちも落ち着いていたけれど、顔を上げようとは思えなかった。

 きっと目元は、泣き過ぎて赤く腫れてるし、軽くしてたお化粧もグシャグシャで酷い顔。
 でも、自分が酷い顔とか、そんなのはわりとどうでも良くて。
 ただ、雄介が今どんな顔をしているか、それが気になった。

 きっと、呆れてる?
 それとも、失望された?
 頭の中は、そんな暗い想像が飛び交っていて。

 それなのに、次の瞬間に起こったのは、全く理解出来なかった。
 何を思ったのか、雄介は私の肩に手を置いて。
 そしてそのまま、そっと私を抱き寄せたのだ。

「……悪、かったな、アリサ」

 聞いた瞬間は、その言葉が理解できなかった。
 とうして……どうして、ここで雄介が謝るの?
 悪いのは、どう考えても私の筈で。

「俺、そこまで真面目に考えてなかった。」

 ポツリと、囁くように呟く雄介。
 その声は、何かを悔やんでいるような、そんな声で。
 私はただ、雄介に抱き寄せられたまま、静かに聞くことしか出来なくて。

「お前に好きだって、そう言われてたのに。 それなのに、さ」

 そう言いながら雄介の手が私の背中にまわされて、さらに強く抱きしめられて。

「お前が泣くなんて、考えたこともなかった」

 私はその雄介の言葉に、ただ黙っているだけしか出来なかった。
 抱きしめる腕の力は強くて、でも、痛いって言うことも出来なくて。
 雄介はそんな私を抱きしめたまま、悪いってもう一度だけ繰り返してから。

「俺となのはが一緒に居るのを見て、お前が泣くなんて想像したこともなかった……俺のことが好きっていうの、本気だって思ってなかったんだな、俺」

 そう言う雄介の声は、少しだけ濁しながらどこまでもハッキリとしていて。
 あぁ、本当に本気じゃなかったんだって、つい納得してしまった。
 悲しいけれど、でもそれ以上に何だか自分が情けなくて。

 雄介との初デートなんて、浮かれたことを考えてた私。
 でもそれは、雄介にとっては普段通りの、単なる遊びの一環でしかなくて。
 私って、本当に……馬鹿。

「ゴメンな、アリサ。 幾ら謝っても許されることじゃないけど……本当に、ゴメン」

 そう言って、さらに私を強く抱きしめる雄介。
 今はもう、何も考えたくなくて、ただ雄介に体を任せて。
 でも、それでも。

「……雄介」

 そっと名前を呼んで、ちょっと痛いのを無視して顔を上げる。
 ほんの少し、高いところにある雄介の顔。
 そこには、ただ私だけを真っ直ぐに見てくれる視線があって。

 雄介と見つめ合っている、本当にただそれだけの事で私の頭は一杯になる。
 熱に浮かされたみたいに、頭の芯からぼぅっとしてしまって。
 そして、私は自分でも意識していなかった事を呟いてしまった。

「キス、して」

 呟いた言葉に、雄介の顔が驚きに染まる。
 それを見て、自分が何を言ったのか理解して。
 改めて、自分の言葉を心の中で呟いた。

 そして

「キス、して……雄介」

 もう一度、同じ言葉を繰り返して。
 聞き間違いでも、私の言い間違いでも無い。
 これは、今私が本当にして欲しいことだからって、そんな意味を込める。

 じっと、少し高いところにある雄介の顔を見つめて。
 最初の驚いたような顔から、少しだけ考えるような間を置いて、顔を赤くする雄介。
 普段なら、ふざけるななんて言われて、軽く突き放されてしまうけれど、今だけはそんな事もなくて。

 何時もなら、こうやって顔を赤くするのは私の方。
 そんな事を思いながら、少しだけ……本当に少しだけ強く雄介の胸元に、自分の体を押しつける。
 背中にまわっていた雄介の手も、私を押しのけたりするような事はなくて。

「……アリサ」

 躊躇いがちに名前を呼ばれて、いつの間にか固くなっていた体の力を抜いた。
 そして、ゆっくりと雄介の視線に、自分の視線を合わせて。
 ただじっと、視線を合わせる私たち。

「……良いのか?」

 囁くような声で、そう言う雄介。
 私は無言で、ただ小さく頷いて。
 それでも雄介は、しばらく躊躇っていたけれど。

「雄介」

 私がもう一度名前を呼ぶと、意を決したように正面から見つめ返してきて。
 私の背中に置いていた手を、ぐっと自分の方に引き寄せる雄介。
 抵抗せず、私はそのまま雄介を見つめ続けて。

「ん」

 何の予告もなく、雄介の唇が重ねられた。
 ロマンチックな言葉も、何かの意味を込めた視線でのやり取りも何もなく。
 ただ見つめ合ったままの、それが雄介からの初めてのキスだった。


+++Side、なのは


 どうして?

 私の心に浮かんできたのは、そのたった一言だけで。

 雄介君を引っ張って、走り去ったアリサちゃん。
 その様子に、何だか心が騒ぐのを感じて。
 まだリハビリ中だから、走って追いかける事も出来なくて。

 ただ当てもなく歩いていただけだったのに、どうしてか見つけることが出来た。
 公園の人気のない一角で、雄介君の後ろ姿を見つけそこへと向かって。
 そして、私がそこで見たのは。

 雄介君とアリサちゃんの、抱き合っている姿だった。

 アリサちゃんの肩に手を置いている雄介君と、雄介君の胸元に飛び込んでいるように見えるアリサちゃん。
 それを認識した瞬間、私の足が止まって。
 その距離は顔は見えても声は聞こえず、でも向こうからも雄介くんからは背中側になっていて、私は見えない………そんな距離と位置で。

 アリサちゃんからは、もしかしたら見えるかもしれないけど、今は雄介くんの肩に顔を伏せていて。
 だから見つからないって、思ったその次の瞬間。
 雄介君が、アリサちゃんを抱き寄せたのを見てしまった。

 それは、見間違いでも何でもなく、雄介くんがそっとアリサちゃんの肩に置いていた手を背中に回して。
 それは、親愛の表現なんかじゃない、まるで何かを求めるみたいな、そんな抱き寄せ方で。
 私の頭の中は、真っ白になってしまった。

 ただただ呆然としながら、どうしてこんなにショック何だろうって、そんな事を考えて。
 ビックリするのはおかしくない、でも何で私はショックを受けているんだろうって、そんな考えが頭を過ぎって。
 まだ、その気持ちがハッキリしない私の視界の中で、

 雄介くんが、アリサちゃんとキスをしていた。

 何が起こったのか、咄嗟に理解できなくて。
 目の前で起こった事に、どこまでも現実感が伴わなくて。
 ようやく、自分の中で何が起こったのかを理解したとき。

 私のどこかが、大きな悲鳴を上げた。

+++

 気がつけば、私は走っていた。
 それはリハビリ中の身体には、とても辛い行為だったけど。
 どうしてか、止まることだけは考えられなくて。

 必至に足を動かして、脇目も振らずに走り続けて。
 ……まるで、何かから逃げるみたいに、走って。
 ただ走りながら、頭の中ではたった一つの光景がぐるぐる、ぐるぐると回り続けていた。

「はぁ、はぁ……っ!」

 息が、苦しい。
 呼吸も満足に出来なくて、胸がじくじくと痛んで。
 でも、それは本当に息が苦しいから?

 走るのをやめて呼吸を整えれば、どうして痛いのか分かるはずだけど。
 でも今の私には、止まることが出来なくて。
 ……どうして止まれないかも、分からないのに。

 走り続けながら、私の脳裏を過ぎるのは、ずっと同じ光景で。
 その光景が何度も、何度も再生してはまた止まって。
 一瞬だけ、まるで見せ付けられてるなんて、そんな感じがした。

 どれくらい走っていたのか、やがて視界の中に見慣れた自宅が見えてきて。
 そのまま、家に駆け込んだ。
 鍵を開けて、靴を脱ぐために足を止めたところで、今までの疲労が一気に来て。

「っぁ!?」

 崩れ落ちるみたいに、膝をついた。
 忘れていた呼吸が再開して、苦しくて顔を伏せて。
 そして、その視線の先にあった物を見て、咄嗟にまた息が吸えなくなった。

 視線の先にあったのは、家の鍵やキーホルダーのついた普通の鍵束。
 でも私の視線は、その中のある一つのものに据えられたまま、目を離すことも出来なくて。
 青い星形の、なんて事のない普通のストラップ。

 でもそれは、雄介くんから貰ったもので。
 何年か前に貰って、最初は携帯電話につけていたけど、管理局での仕事とかで携帯を持てないことが増えて。
 それからは、ずっと持っていられるように、こっちの鍵束に付け替えたものだった。

 それが手に握り込んだ鍵束からこぼれて、一つだけ私の目の前に飛び込んできて。
 驚きと、それと何か分からない感情の二つが、私の中で渦巻いていて。
 私は一度、ぎゅっと目を閉じた。

「誰か、帰ってきたー? って……なのはっ!?」

 目を閉じた直後、そんな声が聞こえて目を開ければ、慌てた顔のお姉ちゃんが居て。
 膝をついている私を見て、慌てて駆け寄ってくるお姉ちゃん。
 でもそんなお姉ちゃんに、大丈夫だよって言ってあげることも出来なくて。

 分からない事が多すぎて、苦しい事が多すぎて、私は必至にまた目を閉じる。
 そうやって目を閉じると、何も見えなくなった所為か。
 ふと昔の……雄介くんの事が、頭を過ぎった。

 例えば、このストラップをくれた時の事。
 まだ魔法に出会ったばかりで、色々な隠し事をしていた時期。
 アリサちゃん達と選びながら、最後は雄介くんの意見が決め手で。

 その後、雄介くんのお土産を決めるときには、アリサちゃん達の勧めで形は一緒のストラップ。
 色違いのお揃いだぁ、なんてその時は心の中で思っていたけど。
 今思えば、きっと一人だけお揃いなのが、ちょっと照れくさかったから。

 一人だけお揃いなのはちょっと照れくさくて、でも雄介くんとお揃いなのは、純粋に嬉しいなってあの時は思った。
 普段は、少し不思議な行動もするけど、一緒に居て楽しい大切なお友達。
 でも、それが少しだけ変わったのは、きっと私がアリサちゃんを怒らせちゃった、その時からで。

 私にとって雄介くんは、なんて言うか同い年なのに、時々お兄ちゃんみたいな雰囲気の時があるちょっと不思議なお友達。
 私が魔法に出会って、アリサちゃんやすずかちゃん、雄介くんに隠し事をしてるとき、私が隠し事してることに気がついても、無理に聞いたりはしてこなくって。
 一回だけ、本当に話せないかだけを聞いたら、後は聞かないでそっとしてくれる……そんな、ちょっと甘えちゃえるような人。

 それ以外にも、色々アリサちゃんたちには相談できないことを、雄介くんには相談したりして。
 あの頃は、まだ意識していなかったけど、きっと雄介くんの事はすごく信頼してて。
 誰にも相談出来ない事でも、最後には雄介くんに相談すれば良いんだって、そんな事を考えちゃうくらい私は。

(そっか……)

 唐突に、それでいてふっと、何の気なしに気がついた。
 きっと私、雄介くんの事が好き。
 雄介くんを頼りにして、甘えても良いなんてそんな事を考えるくらい、雄介くんの事が好きで。

 今まで、意識していなかったけど。
 でも、もうハッキリと言える。
 私は、雄介くんの事が好き。

 だから、アリサちゃんと抱き合ってるのを見て、頭が真っ白になって。
 キスしてるのが、信じられなくて、心が痛かった。
 何も、考えたくなくなる位に。

「なのは、大丈夫? どうしたの、一体?」
「お姉ちゃん……」

 優しく肩を揺すられて、ゆっくりと顔を上げる。
 じっとお姉ちゃんを見つめると、お姉ちゃんはそっと涙を拭ってくれて、そのまま私を抱きしめてくれ。
 そうやって抱きしめられるままに、お姉ちゃんの肩に顔を伏せて考える。

 自分の気持ちに気がついてしまえば、どうして今まで気づかなかったんだろうって思うくらい。
 それくらい、自分の中ですんなり納得出来て。
 もう他には考えられないくらい、自分の気持ちを信じれた。
 
 私はきっと意識せず、ずっと雄介くんの事が好きで。
 その気持ちがずっと、友達に対してのものだって、そう頑なに思いこんでて。
 でも……

「お姉ちゃん……」
「なに、なのは?」
「私、ね」

 雄介くんの事が好き。
 そう、たった一言を誰かに伝えるだけで、私の心臓は高鳴って。
 お姉ちゃんは、まるで分かってるって言うように、優しく私の背中を叩いてくれて。

「でも……」
「でも? どうか、したの?」

 つい口から零れた一言の続きは、口に出来なかった。
 口にしたら、もう変えられないから……どんなに信じたくなくても。
 どんなに嘘だって思っても、雄介くんがキスをしてたのは本当だから。

 でもどんなに否定したって、私の見たものは変わらなくて。
 見たものが変わらないのなら、それは雄介くんとアリサちゃんが抱き合っていたと言う事も、変わらないって言うことで。
 キスしてた事も、変わらないまま。

 気づかなければ良かった、こんな気持ち。
 知らなかったら、きっと祝福できたのに。
 何も知らない私なら、きっと……きっと、どこかで気付いちゃったのかな。

 知らないままだったら、どこかで気付いて、結局苦しかったのかな。
 今でこんなに苦しいんだから、今よりずっと苦しくなったかな?
 ……でも、やっぱり気付かなければ良かった。

 何も言わないで、ただ抱きしめてくれるお姉ちゃんに甘えて。
 自分の甘い考えに泣きたくなって、でもこの気持ちは無くならなくて。
 一瞬だけ、雄介くんを好きにならなければ良かったなんて、考えた。



+++あとがき
 『なの恋』外伝『ARISA』、これにて終幕!
 いやぁ、とても難産だった……とくに最後のなのはの部分。
 ぶっちゃけそれ以外はもう二ヶ月は前に出来てたのに、そこだけで二ヶ月もかかりましたよ。
 最初と過程はノリノリで書けるのに、ラストをまとめるのが異常に苦手な十和です。
 ……えぇ、本当にこれで終わりですよ? 雄介がどっちを選んだとかそういう結末はまったく書く気ないです。
 理由としては作者の想像の楽しみをなくさないためです、えぇ、この後の展開を考えるのがとっても楽しいので。
 一応、この後の展開として考えていたのは、

1、自分の気持ちに気づいたなのはが動き出す、もしくは雄介が自分の初めの気持ちに立ち返る『なのはルート』が約三割。
2、アリサに惹かれずっと自分と一緒に、そして傍に居たのは誰なのかに気づく『アリサルート』も約三割。
3、二人の気持ちも、自分の思いも重すぎて、二人から逃げ出す『逃亡ルート』が約四割。

 みたいな感じでした。 誰かを選ぶのが合計で六割と見るか、逃げ出すのが四割もあると見るのかは皆さんにお任せしますね。
 まぁともかく、作者的にはこのルートをそれぞれニヤニヤしながら想像するのが楽しいので、これ以上はきっと書きません。
 『ARISA』という話自体は、なのはとアリサの二人が自分の気持ちに気づく話が書きたかったので、目標は達成済みです。

 次回は本編更新……ようし、A'sのアニメでも見よう!



[13960] ネタ『魔法少女リリカルなのは TTS』
Name: 十和◆b8521f01 ID:663de76b
Date: 2010/06/20 03:13
+++前書き
 
 感想での指摘により、主人公の名前が変更されていることを伝えていないのに気が付きました。
 ティアナTS主人公の名前は、ティアザ・ランスターとなっております。

+++

『プロローグ』

 ミッドチルダ北部のどこかの公園で、橙色の髪の少年がベンチに座っている。
 私服に簡単な手荷物を持った少年は、ぼーっと公園の中に視線を彷徨わせていて。
 少年の視界には、沢山の人が映っていたが少年の意識には何の反応ももたらさなかった。

「…あー」

 おもむろに声を漏らして、更に遠く視線を放る少年。
 そして、その口から一言、言葉が漏れた。

「兄さん…」

 そのまま、少年の視線は過去の思い出を探すように空へと固定された。

+++

『おーい、何処に行ったー?』

 公園の中、一人の青年が声を上げて歩き回っていた。
 口元に手を当てて声を上げながら、辺りに向けて忙しなく視線を飛ばしている。

『ふぅ…まったく、どこに行ったんだか…』

 ふと声を上げるのを止めて、疲れたように呟く青年。
 と、ちょうどそれを見計らったかのように、少し前方にあった草むらから、何かが飛び出した。

『ばーん!』

 草むらから飛び出してきたのは、一人の男の子。
 青年と同じような橙色の髪と似た顔立ちに、満面の笑みを浮かべながら、青年に向かってオモチャの銃を突きつけていた。

『ばーん、ばーん!』

 いや、突きつけるだけでは無く、何度も声を上げて小刻みに銃を上下に動かしている。
 青年は、一瞬だけ考えた様子で

『…うわー、やられた』

 等と言いながら、わざとらしく胸元を押さえて見せた。
 それを見た男の子は、笑顔で急いで走り

『にーさんのまけー!』
『…はいはい、解ったから帰るぞティアザ』
『うん! にーさん、おんぶ!』

 ティアザと呼ばれた男の子の要求に、兄さんと呼ばれた青年は

『おぉ恥ずかしいなティアザ、もう自分で歩けるだろ? おんぶは赤ちゃんのすることだぞ?』

 そう言われて、ティアザはむぅっと頬を膨らませた後で、勢いよく歩き出した。
 兄さんと呼んだ青年を置いて。

『こらこら、一人で行くなよティアザ』
『てぃーにーがおそいんだよー!』

~~~

 どこかの住宅のリビング、橙色の髪の兄弟がノンビリとしていた。

『にーさん! あそびにいこうよ!』
『あー悪い、兄さんは疲れてるからまた今度な』

 いつもの要求に、いつもの返答を返す兄。
 そしていつも通り、弟からは文句が出るのだと思っていたら

『…ねぇ、にーさん?』
『うん?』
『おしごと、たいへんなんだよね?』
『まぁ、な。 大変じゃないお仕事なんて無いんだぞティアザ』

 話しながら、寝たフリでもしようかと眼を閉じていく兄。

『特に、兄さんのお仕事は大変なんだから、また後で遊んで…』
『じゃあ、ぼくがてつだってあげる!』

 初めて聞いた弟の言葉に、思わず目を開く兄。

『ぼく、おおきくなったらにーさんとおんなじおしごとする!』

 そう言って、手に持ったお気に入りのオモチャの銃を振り回す。
 それは昔、兄が弟に買ってあげたものだ。

『…あー、ティア君? 兄さんのお仕事は目指すのは良いけど、何か知ってるのか?』
『しってるよ、となりのおばちゃんにきいたんだ。 にーさんはぶそーきょくいんでしつむかんをめざしてるんでしょ?』

 兄は、隣に住んでいる人の顔を思い出した。
 兄弟で二人暮しの自分達を気遣ってくれている人で、ティアザもよく懐いていたっけなと思いかえす。

『にーさん、おしごとがいそがしいからおそくなったとき、そのままソファーでねてるんだよね?』

 見られてたか、と兄は思い今度からはちゃんとベッドで寝ようと思って

『ぼく、がんばってにーさんがちゃんとベッドでねれるようにする!』

 弟の言った一言に、思わずハッとした。
 それはとても身近な、解りやすい目標だけれど。
 それがどんな気持ちから出たのかを、兄はしっかりと理解して。
 自信満々の笑みを浮かべている弟に、笑顔で言った。

『…そーか、じゃあ頑張ろうな。 ティアザの夢と、兄さんがベッドで寝るために』

~~~

 黒の服の集団が、口々に囁いていた。

『逃げた犯人が…』
『一人で追って…』
『独断専行だったらしい…』

 囁きが充満する空間の中で、ティアザと呼ばれた少年はじっと見ていた。
 もう二度と、動かない人を。
 笑わない、喋らない、もう二度と動かない人を、たった一人の…兄を。

『ティアちゃん』

 じっと、オモチャの銃を抱え込んで立ち尽くしていたティアザに、一人の女性が声を掛けた。
 その人は、ティアザの隣の家に住んでいる主婦だった。
 ティアザやその兄と親交があり、兄弟で二人暮しだった彼らの母親のような人でもあった。

『おばちゃん…』

 振り返った、ティアザと彼女の目が合った。
 その瞬間、彼女は床に膝を着いて、ティアザをしっかりと抱きしめた。

『おばちゃん…?』
『大丈夫よ、ティアちゃん』

 ティアザの戸惑った声に、彼女はただ抱きしめながら頭を撫でて。
 そして、

『…う、ひっく』
『大丈夫よ…大丈夫だから』
『ひっ、う…うわぁぁぁぁぁ~~~ん!!』

 ただただ、大きく泣いた。

~~~

『おーいティアザ、一緒に遊ぼうぜー?』
『俺は良いや、それじゃ』

 友人の誘いを蹴って、足早に家へと急ぐティアザ。
 ティアザが住んでいる今の家は、兄が居た頃から変わっていない。
 隣の主婦が家に来ないかと誘っていたが、ティアザはそれを断っていた。
 家へと帰り着けば、すぐに服装を着替えてランニングに出る。

『はっ、はっ、はっ…』

 誰からの干渉も断って、ティアザは一人だった。
 隣の家の主婦や、その家族は何くれと無く話し掛けて居てくれた。
 でも、話しかける人は居る、ただそれだけで紛れも無くティアザは一人だった。
 彼が、誰にも頼らなかったから。

~~~

『ティアにいの、馬鹿ぁ!!』
『がっ…な、にっするんだっ!!』

 ティアザを殴ったのは、隣の家の子だった。
 ティアザの二つ年下で、髪を短くした気の強い女の子だ。
 顔を赤くして、声高にティアザに殴りかかるのは理由があった。

 ティアザはその前日、倒れたのだ。
 兄が亡くなってから、ずっと自己流の無茶な訓練を続けたせいで倒れてしまっていた。
 そして今日、一日すら安静にせず訓練しようとするティアザに、女の子が殴りかかったのだ。

『うるさいっ、ばかぁっ!!』

 女の子は、本気でティアザを殴っていた。
 手は拳を握って、本気でティアザの顔面を正面から、涙を流して殴っていた。

『こ、んのっ!』

 そしてティアザも、女の子を殴り返した。
 拳は女の子の顔へと当たったが、女の子は怯まないで更にティアザに殴りかかる。
 顔は赤く腫れていたが、女の子は構わなかった。

『どうして、無茶するの!? ティアにい、昨日倒れたのにぃ!』
『うるさい、関係っないだろ!』
『関係、あるもんっ!』

 ティアザは、もう一度拳を振りかぶって。

『ティーにいに、頼まれたもんっ!』

 振りかぶった拳は、そのまま止まった。

『ティーにいが、私の夢に出てきて言ってた! ティアにい止めてって! 言ってたもん!』

 もう一度殴られて、ティアザはバランスを崩して尻餅をついた。
 そのティアザの胸元に、女の子が飛び込んだ。
 さっきまで拳を握っていた手が開いて、ティアザの服を必至に掴んでいる。

『無理、しないでよぉ! ティーにい居なくなって、ティアにいまで居なくなったら、やだぁ…っ!!』

 そう言って、その胸で泣き始めた女の子。
 倒れたまま、振りほどくことも出来ないで、ティアザは黙っていた。
 自分にしがみ付いて泣く、隣の家の女の子。

 昔から、兄が居ない時は隣の家に行って、この子と遊んでいた。
 ティアザにとって、その女の子は妹みたいなもので。
 そして、ふと。

『俺も…兄、なんだ』

 そう、気が付いた。
 兄が居なくなって悲しい、けれどこの子にとっては自分も兄だから。
 そっと、女の子の背中に腕を回した。
 
 この時が、きっとティアザ・ランスターと言う人間の、その出発地点。
 兄が死んで、それから生きていく上での、その確かな目標が心に生まれた日。
 誰でも無い、ティアザ・ランスターの新しい誕生日だった。

+++

 ティアザが、ふと過去の回想を止めたとき。

「ん…?」

 ふと、自分の個人通信端末にメッセージが送られてきたのに気づいた。
 そのメッセージファイルを開けて見れば、

『頑張れ、ティア兄っ! byユミル』

 との文章が書かれていた。
 簡単な文章だったが、ティアザにはそれで十分だった。
 勢いをつけてベンチから立ち上がり、颯爽と歩き出すその背中には、少し前の茫洋とした雰囲気は欠片も無くなっていた。

―ティアザ・ランスター十三歳、時空管理局武装隊ミッドチルダ北部第四陸士訓練校への、入校前日の出来事であった。


『一話』

「えーと、あたしの部屋は…」

 訓練校へと入隊した日、スバル・ナカジマは廊下に設置された掲示板から自分の名前を探していた。
 自分のこれから過ごす部屋を知るためと、そこで同室になる人が記されているからだ。
 同室の人とは、正式な班分けまでの仮コンビの相手でもある。

「えーと…あ、あった!」

 一部屋ずつ探していき、後ろの方でようやく自分の名前を見つけた。
 部屋の番号の下に、自分の名前が書いてありそのさらに下に…

「あれ?」

 書いてある筈の、もう一人の名前が無い。
 思わず首を傾げて、名前の書いてあるところの更に一段下に何かが書いてあるのが目に入った。
 読み上げてみれば、

「「えーと…『隣の部屋のものと、コンビを組むこと』?」」

 自分の言ったのと同じ言葉が、そっくりそのまま隣から聞こえてきた。
 思わず顔を向けると、視線の先にはオレンジ色の髪をした男の人が一人、同じようにスバルを見ていて。
 頭半個分高い背に、少しだけ見上げながら見詰め合ってしまう。

「えっと…」
「あー、隣の、部屋の人?」

 何か言おうとしたスバルの言葉にかぶさるように、目の前の男が声を掛けてくる。
 ふとスバルが男の人の前の掲示板に目を向けると、同じように一人分の名前しか書いていないようだった。

「あ、はいそうみたいです…えっと貴方も?」
「そう、みたいだな…隣の部屋の、ティアザ・ランスターだ」
「あ、はい! スバル・ナカジマです!」

 挨拶しながら、思わずお辞儀してしまうスバル。
 頭を上げると、ティアザと名乗った少年は驚いたような顔をしていたが、すぐに苦笑気味に表情を変える。

「あーと、何か俺たちは隣の部屋同士でコンビみたいだけど…」
「そう、みたいですね…」
「今から、その理由を聞きに行こうと思うんだけど、ナカジマさんも一緒に行くか?」
「え、良いの…良いんですか?」

 口調を丁寧語に改めながらスバルが聞くと、

「これが本当なら、コンビになるみたいだしな…それに俺たちに関係あることだし、行こう」

 言いながら、踵を返して教官室に向かうティアザ。
 慌てて、後を追うスバルだった。
 
+++

「「失礼しました!」」

 教官室に向かって、二人揃って退室の挨拶をする。
 お辞儀していた頭を上げながら、スバルは教官室で言われたことを思い出していた。

『あぁ、お前らがどうしてそんなコンビになっているかだな?』
『今年はな、どうしても男子と女子の入隊者の数が揃わなくてな。 間違いなく、誰かが男女でのコンビになる事になっていたんだ』
『もちろん、いくら何でも男女で同室にするわけはいかない。 だがもしこれで部屋を離してしまった場合、他のコンビに比べてチームワークに難が出てくる可能性もあったから、苦肉の策で隣同士の部屋としたんだ』
『ん?あぁ、お前らが選ばれた理由か? それはだな、お前ら2人ともがちょうどデバイスの持ち込みを申請していたからだ。 悪い言い方ではあるが、他の班が基本的な装備で行っている中で、相方だけが違う装備と言うのも不都合でな。 お前ら2人を固めさせてもらったわけだが、他にも持ち込みは居るしもちろんそいつらはそいつら同士で固めている…まぁお前らだけが、少々変則的に男女の組み合わせになったが、これは公平に適正を判断した結果だ、以上』

(うーん…)

 納得できていないわけでは無いけれど、なんとなく考え込んでしまったスバル。
 すると、

「あー、ナカジマ?」
「あ、はいっ!?」

 急に声を掛けられて、思わずピンと背筋を伸ばす。
 それを短髪にそろえたオレンジの髪の向こうから、苦笑気味に見るティアザ。

「あー、そこまで畏まらなくてもいいぞ? これからは、コンビで相方になるんだからな?」
「あ、はい…じゃ、じゃなくて! う、うん!」

 慌てて、どもりながら返事をしてしまった。
 ティアザはそれに苦笑しながらも、片手を差し出し

「じゃあ、改めて自己紹介をしておくか…ティアザ・ランスター、十三歳だヨロシクな」
「ス、スバル・ナカジマ、十二歳です! よろしくお願いします!」

 ティアザが差し出した手を、握り返すスバル。
 スバルは思わず両手で握ってしまっていたが、ティアザは少し驚いただけで何も言わないでおいた。

「とりあえず、部屋に向かって荷物を置いてくるか? この後訓練だしな」
「はい…じゃなくって! うん!」

 思わず丁寧語になってしまうのを、慌てて言い直すスバルだった。
 そんな様子を、思わず微笑んでみてしまうティアザ。
 そして、二人並んで自分達のそれぞれの部屋へと歩き出す。

「そういえば、ナカジマのデバイスは持ち込みらしいけど一体どんなヤツなんだ?」
「えっと、私のは腕に付ける手甲型のリバルバーナックルっていう奴と、足に履くローラーブレード型の二つで…二つだよ! えと、ランスターさんは、どんなのを使うの?」

 荷物を入れていたカバンを叩きながらスバルが言って、そのまま微妙に言いにくそうに言葉遣いに注意しながらティアザに聞く。

「俺は、銃型のデバイスだよ。ミッド式では杖が主流だし、それにカートリッジシステムを入れてるから、きっと変則的な組み合わせにされたんだろうな」
「じゃあ、多分あたしのもそうかな?近代ベルカ式だけど、ナックル使ってるのは殆ど居ないから」

 改めて、変則同士が組まされたんだと理解した二人だった。

+++

「次! Bグループ、ラン&シフト!」

 全体で集まっての、訓練の時間。
 教官の声に合わせて、周囲の人たちが順番に訓練を開始していく。
 それを並んで眺めながら、ティアザとスバルは言葉を交わす。

「再確認だナカジマ、障害突破してフラッグの位置で陣形展開…大丈夫だよな?」
「う、うん…」

 ティアザの言葉に返ってきたのは、少しぎこちないようなスバルの返事。
 チラリと横目で見てみると、隣のスバルは大分緊張しているようだった。
 それを見たティアザは、少し考えるような間を置いてから。

「…全開で行くぞ、ナカジマ」
「うん…え?」

 思わず返事をしてから、ティアザを見て首を傾げるスバル。
 それに軽く苦笑しながら、

「前衛なんだろ? ならフォローは俺が、突破は任せるから」
「う、うん」
「それに、お互いにそれぞれがどこまでやれるかなんて知らないだろう? なら、一度全力でやってみてくれ。 上限を知っておいたほうが、後々やりやすいだろう?」
「りょ、了解!」

 大きく頷くスバルに、もう一度ティアザは苦笑を零した。

「よし、いくぞナカジマ」
「う、うん!」

 順番が来て、改めて気合を入れる二人。
 ティアザは胸のホルスターの銃を、もう一度しっかりと保持されているかを確認し。
 スバルは腕のリボルバーナックルを嵌め直し、足のローラーブーツももう一度しっかりと固定する。
 そうして、スタートラインに並んで教官の合図を待った。

「よーし、セット…」

 教官の号令が掛かり、2人とも身体に力を入れる。

(全力全力全力全力…)

 スバルは、ただひたすらに全力を出すことを考えていて。

(言った以上、ナカジマのフォローは完璧にやらないとな…)

 そんな事を思いながら、ティアザはフラッグへのルートを考えている。
 そして、

「ゴー!」

 教官の掛け声と同時に、ティアザは前に駆け出そうとして

ゴッ!
「うわっ!?」

 隣を、風の塊が通り抜けた。
 少なくとも、ティアザはそうとしか感じられなかった。
 実際に通り過ぎたのは隣に居たスバルだったが、その速度は凄まじく注意していなかったティアザは、その移動で巻き起こった風の影響をモロに受けてしまった。
 風の影響を受けて地面に尻餅をついてしまったティアザ、そしてそれと同時に、スバルはフラッグに到着して振り返り。

「フラッグポイント、確保! …あれ?」
ピピーッ!

 振り返ったスバルの視界に映ったのは、地面に尻餅をついているティアザと、笛を鳴らしながら駆け寄ってくる教官の姿だった。
 ティアザは教官の姿に気が付き、慌てて立ち上がり。
 スバルも慌てて、ティアザの方へと駆け寄った。

「馬鹿者っ、何をやってる! 安全確認違反、コンビネーション不良、視野狭窄! 腕立て20回だっ!」
「「はいっ!」」

 教官に怒鳴られて、慌ててその場でティアザと一緒に腕立てを始めるスバル。
 素早く済ませようと、急いでやりながらコッソリとティアザの方を窺ってみる。
 同じように黙々と腕立てをしているのを見て、

(お、怒ってるかなぁ…)

 とスバルは考える。
 今怒られ腕立てをしているのは、色んな確認を怠った自分の所為だとスバルは考えていた。
 いくら全力でと言われたからといって、何の確認もパートナーにせず行動したのは自分だったのだから。
 謝らないと、とスバルは思った。 

 腕立てが終わり、二人揃って立ち上がる。
 手に付いた土を払っているティアザ、スバルは密かに息を整えて

「あ、あの「悪かったな、ナカジマ」…へ?」

 謝ろうとしたその瞬間、何故かティアザの方がスバルに謝った。

「えっと…?」
「ん? いや、俺が全力なんて言わなければあんなことにならなかっただろしな」

 スバルが不思議そうな顔をしたのに気づいたのか、ティアザが付け加えるように言う。
 片手で自身の髪の毛をかき混ぜながら、溜息を吐きつつ。

「それに、いくら行き成りだったからって言っても、あのくらいの風で倒れるなんてのはなぁ」
「そ、そんな事無いよ!? だって、その…ぜ、全力を把握するのは悪くないし、わ、私が何も言わなかったのが悪かったんだし!」

 ティアザの言葉に、慌てて反論するスバル。
 そのスバルにちょっと驚きながら、ティアザは 

「それでもさ、全力って俺は言ったんだから、それに備えるべきなんだ。 その想定が間違ってたのは、俺の考えが足りなかったって事さ」
「で、でも! 私たちは今日始めて会ったんだし、そういうの考えて私が言えば、ランスターさんもちゃんと備えれたんだし…!」
「いや、でもそれは俺が考えるべきだろう?」
「そ、そんな事ないよ!」

 どちらも、自分が悪かったと言い合う不思議な光景。
 堂々巡りになりそうな言い合いに、思わず苦笑するティアザ。
 何とは無く、自分の家の隣に住んでいる、幼馴染の女の子を思い出したティアザ。
 
「な、何で笑ってるのランスターさん!」
「いや、悪い悪い」 

 それを見たスバルに、怒られてしまった。

「じゃあまぁ、どっちも悪かったってことで…ナカジマの足が凄いのは、解ったしな?」
「うー、うん…」

 どうにか、そう纏める。
 どちらも自分が悪いなんて、そんなやり取りはあんまり無いだろうなぁ互いに思いながら。

「じゃあ、次の訓練はしっかりやろうぜ? お互いにさ」
「うん!」

+++

「よし、次は垂直飛越だ…やり方は、大丈夫だよな?」
「うん、相手を押し上げて、上から引っ張り上げて貰うんだよね」
「あぁ…よし、じゃあ次は俺が先に下からやってみるか。 自分で体感しておいたほうが、どのくらい力を入れたほうが良いかとか、アドバイスしやすいだろうしな」

 そう言って、スバルの意見は聞かずに壁の前へと移動するティアザ。
 スバルはそれに文句を言うことも無く、しっかりと身体を改めて解す。

「よし、やるぞナカジマ」
「うん!」

 掌を組み少し屈んだティアザの手に、ローラーブーツを外したブーツを足を乗せるスバル。
 ティアザは全身に力を入れて、スバルは必要以上には力が入らないようにしてから目線を合わせる。

「…っし、いち、にの、さんで行くぞっ!」
「解った!」
「せーのっ、いち、にの…さんっ!」

 さんっ、の掛け声と同時に全身の力でスバルを持ち上げるティアザ。

(くっ…結構、重たく感じるんだな人間は…!)

 予想外の重さに驚きつつも、全身の力で腕を跳ね上げた。
 腕振り上げきると同時に、スバルはティアザの掌を蹴り跳躍する。
 スバルは真っ直ぐに跳躍し、右手を伸ばしてその手が壁の縁に掛かると、そのまま一気に右手一本で自身の身体を引き上げた。

「よしっ!…ランスターさん!」
「あぁ!」

 壁の上へと上がったスバルは、すぐに振り返って壁の下のティアザへと手を伸ばした。
 スバルがティアザの腕を掴むと同時に、その身体は壁の上へと引っ張り上げられる。
 ティアザも上へと引っ張り上げられながらも壁を蹴り、両手で壁の上へとしがみ付き、後はどうにか自力で這い上がった。
 手の土を払いながら立ち上がり、ティアザはスバルに感嘆の声をかける。

「ふぅ、凄いなナカジマ。 まさか腕一本で、上がれるなんて」
「そ、そうかな? じゃあ次は、ランスターさんの番だよ!」

 少々照れながら、ティアザを促すスバル。
 率先して壁の前へと移動し、さきほどティアザがしたように掌を組んでみせる。

「あぁ、そうだな。 …そうだナカジマ」
「ん? どうしたのランスターさん?」

 スバルの掌に足を乗せながら、ティアザが声を掛ける。
 キョトンとした顔で見上げるスバルに、

「多分、思ったより人を一人跳ね上げるのは苦労しそうだ。 腕に結構な重さが掛かるから、ちゃんと力は入れたほうが良いと思う」
「そっか…ありがとう、頑張るね!」

 元気よく頷いてみせたスバルだった。
 改めて、互いに準備しなおして。

「じゃあ、次もいち、にの、さんっで行くね?」
「解った、タイミングはナカジマに任せる」
「うん!」

 互いに、視線を合わせて一泊置いてから。

「せーのっ! いち、にの…さんっ!!」

 スバルの掛け声に合わせて、ティアザはその掌を下へと蹴りつけるように身体を跳ね上げようとして。
 その視界が、物凄い勢いで下へと流れていき。
 手を掛けるべき壁の縁も通り過ぎて、更に下へと流れていく。

「…え?」

 ティアザが声を出したのは、視界を勝手に流れる景色の速度が大分遅くなってからだった。
 そこまで行くと、空へと飛んでいた身体のバランスも変化して、始めて視線が下を見ることになった。

「…は?」

 最初は理解できていなかったが、その身体に下向きに引っ張られるような力が働き、ようやくティアザの頭が本格的に始動した。 
 曰く、自分は何故か空を飛んでいるのだと。

「はぁぁぁあああ!?」

 疑問の声で叫んだところでどうしようもなく、その上空にある身体は最終的には落ちていくだけである。
 そして、人の身体がそう長く空にある筈も無く、最初は緩やかにそしてドンドン速度を上げていく。
 無論、下向きに。

「うぉぉおおおおお!?」

 今度は雄たけびを上げながら、落下していくティアザ。
 視界の隅に、スバルが慌てた様子で壁を蹴って、急いでティアザの方に走り寄っていたが、ティアザは気づかなかった。

「ぁぁぁぁぁあああああ!?」

 叫んだまま落下し続け、咄嗟にと言うかようやくティアザは懐のデバイスを抜き放った。
 そのまま近くの物へとアンカーを撃ちこみ、アンカーを巻き取ることで少しでも落下速度を抑えようとする。
 だが流石のアンカーも人一人の重量と、高所からの落下速度まで加えたものを簡単に減速させることは出来ず、まだまだ落下していく。

「ぁぁぁあああ…!」
「ランスターさんっ!!」

 徐々に叫び声に力が無くなっていく中、スバルがティアザに追いついた。
 スバルは壁を蹴って空中へと駆け上がると、ティアザの身体を掴み自身へと引き寄せる。
 その途端、スバル自身の落下速度にティアザの物が加算されるが、スバルは細かく壁を蹴って減速しながら降りていく。
 やがてそれは、地上に着くまでには殆どの速度を相殺して、スバル一人でも容易く下りれる速度になり、ティアザを抱えたままスバルは着地した。

「ラ、ランスターさん、大丈夫!?」

 地上に降りて、スバルがティアザの肩を掴んで揺さぶり始める。
 ガックンガックンと揺らされつつ、ティアザのデバイスから撃たれたアンカーが自動で回収された。
 スバルの呼びかけに、ティアザは視線をどこかの空中に固定した状態で

「空戦適性無いのに、飛べるんだなぁ…」

 呆然と呟いた。

「し、しっかりしてランスターさん!」

 ガックンガックンガックンガックンと、更に勢い良くティアザを揺さぶるスバル。
 その所為で、更に意識を飛ばすティアザ。
 そしてそんな2人の背後からは、怒りが滲み出るような歩き方で教官が向かって来ていたのだった。

+++

訓練校裏手の、空の見える場所でティアザが呟いた。

「…まさかの、訓練初日での反省掃除か…」
「ご、ごめんなさい!」

 呟いた独り言に、後ろから答えが返ってきた。
 慌ててティアザが振り向くと、そこには掃除道具を取りに行っていたはずのスバルの姿があった。
 
「は、早かったなナカジマ?」
「…その、本当にごめんなさい。 わたしの所為で、ランスターさんにまで迷惑掛けて…」

 疑問には答えず、ショボンと落ち込んだ様子のスバル。
 あの後、訓練の中断が二人に言い渡されて、その後この場所の反省掃除を言い渡されたのだ。
 そんなスバルの様子を見て、ティアザは慌てて言葉を掛ける。

「あ、あーその、まぁ今回は最初だから、しょうがないって、な?」
「…うん、でもわたしばっかり足を引っ張って…」

 ティアザが元気付けるように言うが、スバルはますます落ち込んでいく。

「だ、誰だって最初はあんなものだって。 今回はナカジマが凄いのが解ったから、それで良いさ、な?」
「うん…」

 かなり深く落ち込んでいる様子のスバル、責任感が強いのだろうか?
 ティアザから見れば、今日の失敗は全て自分の所為だと思っているように見えて。
 おもむろに、ティアザは一度激しく髪の毛をかき混ぜて。

「…ナカジマ、まだ最初だけだ。」
「…え?」
「まだ、最初の一歩に失敗しただけだろう? なのに、そんな落ち込んでどうするんだ?」
「それは、その」

 スバルが答えに詰まったのを見て、ティアザはわざとらしく腕を組み。

「今日出来なかった、じゃあ明日があるだろう? なら今日の失敗ばっかり考えてないで、次の事を考えようぜ?」
「…でも、わたしがちゃんと、最初からやれてたらって思うと」
「誰だって、最初から完璧にやれる筈ないさ。 俺だって、あぁナカジマに余計な事言わなきゃよかったって何回も思ったからな。」
「そんなっ!? ランスターさんは、全然悪くないよ!?」
「いーや、俺が余計なこと言わなきゃ、ナカジマが余計に力を出したりはしなかった。 そう考えたら、俺も悪いさ。」
「そ、それはそうかも知れないけど…」

 しゅんとして下を向いてしまったスバルの肩を、軽く握った拳で叩くティアザ。
 ハッと顔を上げるが、すぐにまた伏せてしまうスバル。
 そんな様子を見て、口元に苦笑を刻みながら。

「だからさ、今日は悪かった…それだけで終わらせようぜ? 俺は夢があってここに来た、だから悪かったで終わらせる。 明日に繋げるために、今日は悪かったで終わらせるんだ…ナカジマはどうだ?」
「わ、わたしも憧れの人が居て、その人に近づきたくて…」
「じゃあさ、こんな所で止まってられないだろ? 一歩目でこけたら、二歩目で立ちあがって…先に行かれてたら、追いつくために走ろうぜ?」
「…うん!」

 顔を上げて、大きく頷くスバル。
 そうして上げた顔には、もう先ほどまでのような落ち込みは無く、しっかりとした笑顔だった。
 その笑顔につられるように、ティアザも笑顔を浮かべて

「さて、それじゃ掃除を早く終わらせて、教官に謝って訓練再開だな?」
「うん! わたし、あっちから掃除してくるね!」

 そう言って、自分の分の掃除道具を持って走るスバル。
 ティアザはそれを見送ってから、おもむろにまた髪の毛を激しくかき混ぜて。

「似合わないこと言ったぁ…!」

 空に向かって、思わず呻いた。
 そして

「うわぁ恥ずかしいこと言っちまった、何言ってるんだろうか俺はぁ…! あぁもう、何考えてんだティアザ・ランスター…!」

 などとブツブツ呟き始める。
 よほど恥ずかしかったのだろうが、今の姿を誰かに見られたら、それまたかなり恥ずかしいというのに。
 しばしそんな風にしていたが、やがてスバルの置いていった掃除道具で掃除を始めるティアザだった。
 
+++後書き
 ネタなので、書きあがっているプロローグと一話を公開しました。
 元々はスバルのTSネタを考えていたのに、脳内で不思議な化学反応が起きてティアナTSになったという、変り種の話です。
 自サイトにて、『男子が花道』の執筆を始める前にこちらを書いていました。

 ネタなので、あまり語ることがございませので…それでは来週、しっかりと『男子が花道』本編の更新、したいと思います!
 それでは、失礼しました!!



[13960] オマケ『短編集』
Name: 十和◆b8521f01 ID:c60c17ce
Date: 2010/10/06 00:11
 この短編集は、作者の十和が『男子が花道』を書く以前の作品ですので、佐倉雄介は一切出てきません。
 以上の事をお含みおき頂き、単なるリリカルなのはの二次創作SSと認識してお読みください。
 『男子が花道』との関連は全くなく、外伝でもありません。

 では、どうぞご覧くださいませ…

+++

 スバルとティアナ、彼女達は…ティアナの方は否定する事もあるしれないが、親友である。
 互いの目標を知り、互いの目標を立てて邁進しあう間柄。
 だが、

「これだけは、譲れないよティア…」
「それは、こっちの台詞よスバル」

 二人の視線が、真正面からぶつかる。
 どちらも、互いに譲る気は無い。
 スバルは、この為にここに居て。
 ティアナは、己の矜持のためにこれだけは譲れなかった。

「…どうしても、ダメなの?」
「アンタだって、解るでしょ?」

 スバルにも、ティアナの言い分は解る。でも、それでもスバルはこの為にここに居るのだ。

「…私も、迂闊だったわね。これがあるって、解ってたら…」
「ティア…」

 ティアナは少しだけ、悔しかった。解っていれば、打てた手もあったのにと。

「もう、言葉はいらないわね…」
「…うん、手加減は無しだよティア」

 ティアナは、じっとスバルを見つめて動きを読むように。
 スバルは、右手を引いて細く息を吐いて。

「…」
「…」

 二人の間に、見えない火花が散って―

「「さいしょはグッ!ジャンケン、ポン!!」」

 スバル:グー
 ティアナ:チョキ

「やったぁ!!」
「あぁ…」

 飛び跳ねて喜ぶスバルに、思わず嘆息するティアナ。

「じゃあ、アイス食べ放題にレッツゴー!」
「あぁもう、解ったわよ…」

 満面の笑みでティアナを見て、スバルは意気揚々と歩き出す。
 ティアナは、その後を肩を落としてついて行く。
 休日のお出掛け、その行き先決定ジャンケンはスバルの勝利だった。

「はぁ…解ってたら、ここに来ないで別のところに行ったのに」
「そんなこと言わないでよ、ティア~。それにティアだって、嫌いじゃないでしょ?」
「それはそうだけどね」

 でしょ~と言いながら、ティアナの手を引くスバル。
 ティアナはやや邪険に振り払いながら、

「アンタに合わせて食べてると、絶対に増えちゃうもの…」

 何が、とは聞いてはいけない。

「それだったら、ティアは見てるだけで良いよ?」
「それはそれで、私も嫌だしアンタも一人でなんて食べたくないでしょ?」
「ティア…」

 スバルのキラキラした視線にさらされ、思わず顔を背けるティアナ。

「ま、まぁ、こうなったら割り切って食べるわよ。折角だしね、後でランニングくらいはするでしょうけど」
「ティア…解った、私もランニング付き合うね!」
「別に良いわよ、そんなに長く走るわけじゃないし―」
「ううん、私も一緒に頑張る!!」
「そ、そう…さっ、行くわよスバル」
「うん!」

 二人連れ立って、歩き出す。

「あ、そうだティア?この後どうするの、取りあえず私はここに来て目的果たしちゃったんだけど?」
「アンタ…ホントにここの食べ放題だけだったのね、目的」
「えへへ」
「まったくもう…そうね、行くところ無いんだったらちょっと行きたいところあるから付き合ってくれる?」
「もちろん!どこに行くの?」
「ちょっと、バイクを見にね」
「え?買うの、ティア?」
「いつまでも、借り続けるのもね。お金も、そこそこ貯まってきたし」
「そっか、じゃあ一杯食べて元気一杯になってから行こっ!」
「あんまり食べ過ぎて、お腹壊すんじゃないわよ?」
「大丈夫!そんな鍛え方してないから!」
「…お腹に鍛えるとか、あるのアンタ?」

『スバティアの日常』

++++++

『ルーテシアの日記』

○月△日
 魔力を大幅に封印され、無人の次元世界に送られて数ヶ月が過ぎた。
 お母さんと、ガリューやインゼクトたちとの生活にも慣れて日記?って言うのを付けてみようと思う。
 キャロに日々の記録を書いていくものだって言われ薦められたけれど、正直何を書いて良いのか解らない。
 でも、これから頑張っていこうと思う。

○月□日
 今日は、特に変わったことは無かった。
 いつも通りに、お母さんから料理とかを教えて貰っただけ。
 …料理は、最近お母さんから習い始めた。
 この世界には私達以外には誰も居なくて、お母さんや私とガリューたちだけ。
 私は料理が出来ないから、お母さんにずっと作ってもらってたんだけど…お母さんは、まだ足の調子とかが良くなくてちょっと苦労してるみたいだったから。
 だから、私が少しでも手伝いたくて教えてもらってる。
 始めたのが最近なのは、今まではこの生活になれるので精一杯だったから。
 はやく上手になって、お母さんのお手伝いが出来ると良いな。

 …でも、料理って難しい。
 包丁は、ちょっと怖いし。
 調味料は、よく見ないとすぐに間違えそうになる。
 触れば解るのもあるんだけど、つい忘れちゃう。
 前にゼストとアギトと行動してたときは、二人に作ってもらってたけど…
 二人とも、凄いんだと思う。

△月○日
 今日は、久しぶりにガリューたちと森に出掛けてた。
 お母さんの手伝いもしたいから、最近はちょっと一緒に居られなかったけれど。
 でも、ガリューもインゼクトたちも元気だったと思う。
 魔力が大幅に封印されたから、前みたいな意思疎通は出来ないけどなんとなく解る。
 その事が、何でかちょっとだけ嬉しかった。

 …そういえば、この間使う材料とかを間違えたクッキーをガリューと食べた。
 間違えたって解ったのは、ガリューと一緒に食べたから。
 すごく、不味かった。
 思わず吐き出しちゃったけど、ガリューは何も言わずに(喋れないけど)食べてた。
 あれから今日まで会ってなかったけど、大丈夫だったかな?
 今日は普通にしてたし、大丈夫だとは思うけど。

□月×日
 今日は、ギンガから手紙が届いた。
 内容は、元気にしてるかと言う事と。
 ナンバーズの皆は、とても元気にしてるって言うこと。
 ギンガも忙しい筈なのに、こうして手紙をくれたりして嬉しいと思う。
 チンクたちも、元気にしてるみたい。
 …別れ際、ノーヴェがちょっとだけ泣いてたと言うのはチンクと私の秘密だ。

 ギンガによると、最近ウェンディが料理を始めたみたい。
 まだまだ失敗は多いけど、頑張ってるって書いてあった。
 私の方が先に始めたから、これは負けられない。
 私はあれから、毎食一品だけ作ることになった。
 いつかは、全部私が作れるようになってお母さんに楽をさせてあげたい。

×月△日
 今日は、アギトと通信で話した。
 お互いの近況を話しただけだったけど、けっこう長い間話してた。
 アギトは、今のロードの主のえーと、テンション?に時々ついていけないらしい。
 あと、バッテンチビについてたくさん言ってたけど早口すぎて聞き取れなかった。
 バッテンチビと言うのは、前にヤガミハヤテに会った時に居たユニゾンデバイスだと思う。
 バッテンって言うのはあの髪の毛につけてる奴だとは思うけど、チビはアギトと同じくらいだから違うと思った。
 アギトも、十分ちっちゃい。

 それとアギトに、料理の上手くなるコツを聞いてみた。
 もの凄く驚いた顔をされて、血相を変えて怪我してないかって聞かれた。
 …普通に、失礼だと思う。
 確かに最初は、包丁を使うときに指を丸めるのも知らなかったけど。
 「ルールーは危ないから包丁を持っちゃダメだろ」って言ってたけど、もうそこそこ前から持ってるし…アギトの方が見た目的には危ないと思う。
 あれが、過保護って言うんだろう。

○月□日
 今日は、ヴィヴィオが遊びに来た。
 ヴィヴィオがママって呼んでるタカマチナノハって言う人と、ユーノ・スクライアって言う人の三人で遊びに来てた。
 ヴィヴィオとは、私が魔力封印するための検査で病院に行ったときに改めて知り合った。
 私はヴィヴィオを攫った張本人なんだけど、ヴィヴィオはそのことを全然気にしてなかったみたい。
 何回か会ってる内に仲良くなって、手紙でのやり取りもしてた。
 今日は2人で森の中の花畑に行ったり、ガリューに捕まって高く飛んだりして遊んだ。
 ヴィヴィオに花の王冠を作ってあげたり、大木の上からの眺めはとっても良かった。
 ついさっき、今日の内にヴィヴィオは帰ってしまったけど。
 ナノハとユーノと、ヴィヴィオの三人手を繋いで帰って行った。

 ナノハって言う人がヴィヴィオのママなら、ユーノって人はヴィヴィオのパパのようだった。
 …お父さん、私にはお父さんが居ない。
 けど、何となくお父さんって言うと…ゼストを思い出す。
 大きな背中と、大きな手のひら。
 重たい声を、今でも思い出せる。
 ゼストは、騎士の誇りを護ったってアギトが言ってた。
 護って、もう会えないって。
 アギトは、そんな風にしか言わなかったけど…もう受け入れてる。
 ゼストは、きっと死んじゃったんだろう。
 初めてそれに気づいたときは、一人で泣いてたけどもう泣かない。
 だって、ゼストなら泣くなって言うと思うから。

 でも、また会いたかったな。

 ゼスト

 私の、本当のじゃないけど…お父さん。
 ううん、私のお父さん。



 パラ

「「……」」

 エリオとキャロは、日記を読み終え無言で佇んでいた。
 2人とも、見るつもりは無かった。
 ただルーテシアのところに遊びに来て、ルーテシアがお茶を入れに行ってる間に机の上の本に気づいて。
 何かなと思って表紙を覗き込んだときに、風でページが捲れて中身が見えてしまったのだ。
 決して、故意ではない。

「えっと…」

 ただまぁ、最初はそうでも結局は全部見てしまったので悪いのは自分達だろうとエリオは思う。
 キャロと顔を見合わせて、気まずそうな表情を作るが

「エリオ、キャロ…」

 ビクンッ!!

 その声に、2人は肩を跳ね上げる。
 恐る恐る、後ろを振り向くと

「ル、ルーテシア…」
「ルーちゃん」

 言葉通りの人物が、部屋の入り口に立っていた。
 両手で持ったトレイに、茶器を載せて佇んでいる。
 その表情は、俯き垂れた前髪で見えない。

「何してるの、2人とも…」
「え、あっいや!そ、そのルーテシア!?」
「あ、あのねルーちゃん!これは…」

 慌てて2人は弁明しようとするが、それよりも早く。
 ルーテシアがキッと顔を上げ、

「エリオ!キャロ!!」
「「ご、ごめんなさーい!」」


 ふと、顔を上げる。

「どうかしましたか、ハラオウン執務官?」
「あ、いえ…何か向こうから声が聞こえたような気がしまして」

 メガーヌ・アルピーノの言葉に、そう答えるフェイト。
 二人揃って、アルピーノ家に目を向ける。

「久しぶりの再会ですから、はしゃいでるのかも知れませんね」
「そうですね、アルピーノさん」

 ルーテシアに会いに行く2人に付き添ったフェイトは、今は子供たちだけにしてあげようと席を外してメガーヌと一緒に外を歩いているところだ。

「メガーヌ、で良いですよハラオウン執務官」
「え?」

 唐突な言葉に、思わず聞き返してしまう。

「私の呼び方です、同じ母親なんですから」
「え、あ…その」

 ニコリと微笑まれながら言われる言葉に、困惑してしまうフェイト。
 年上の方に、それは流石に失礼じゃないかと思っていると。

「この間来た、なのはさんにもお願いしましたから。ハラオウン執務官も、そう呼んでくれませんか?」
「あ、なのはが…」

 そう呟いて、悩み始めてしまうフェイト。
 メガーヌはそれを優しげに見守っていて、

「わ、解りましたメガーヌさん。では、その…私のことも名前で呼んで頂けると」
「解りました、フェイト執務官」
「あ、あの…し、執務官も付けなくて良いですので」
「はい、フェイトさん」

 ニコニコと微笑まれ、思わず言葉を失うフェイト。
 その時、

「ガリュー!エリオ、捕まえて!キャロは、私が!」
「うわっ!ちょ、ちょっとルーテシア!?ガリューは卑怯だよ、そうだよねガリュー!?」
「…」
「く、首を横に振らないでよ!!」
「お、落ち着いてルーちゃん!謝るから、ちゃんと!」
「ダメ!大人しく、捕まって!!」
「そ、そんなぁ!」

 バタバタと外へと走り出してきた、自分達の子供たち。
 呆気に取られた後で、フェイトの顔には微笑が浮かぶ。
 隣へと顔を向けると、そちらもこっちを向いて微笑していて。

「元気ですね」
「はい、とても」

 もう一度子供たちに顔を向けると、そこにあるのはどれも笑顔で。

「エリオ、キャロ!止まって!!」


△月×日
 今日は、エリオとキャロが遊びに来た。
 この日記を見られて、思わずガリューと一緒に追い掛け回してしまったけど…
 楽しかった。

 これからもこんな風に楽しいと、良いと思う。

++++++

『風に残る小さな思い』

 一体、いつの頃から彼のことが気になったのか?
 ふとした時に、後姿を見た気がして。
 ちょっとした時に、声を聞きたいと思って。

 彼と交わす挨拶に、心が跳ねたのはいつから?
 彼へ戯れに触れ合うことに、言いようも無い羞恥と嬉しさが入り混じったのはいつ?

 彼を思うことで、心痛む理由が解ったのはいつごろ?
 彼の話を聞いて、心躍る気持ちの訳が解ったのはいつの時?

 全部が全部、本当は解ってて解ってない。
 いつからなんて、解らないし解る必要も無いのだから。
 たとえいつどんな時であっても、私が彼を好きなのは変わりなくて

 彼が、私以外の人を好きなのは解ってることだから。

+++

「…やて、は……!ほら、起き…」

 ハッキリとしない思考の中に、誰かの声が聞こえる。
 聞きなれた声で、何かを話してる声。
 普通の声のはずなのに、どこか耳心地良く。
 少しずつ、閉じていた瞼を開けた。

「あぁ、ようやく起きた?はやて?」
「…ユーノ君?」

 ユーノの声を聞きながら、はやてはゆっくりと自分の身体を起こしていく。
 はて、何でユーノ君が私の部屋に居るんやろ?などとはやては思ったが、すぐに違和感に気がついた。
 まずは、寝ていた場所。
 それは普段自分が寝ているベッドなどでは無く、普通のソファー。
 今はソファーの上に座り込み、脚の上には毛布が一枚載っている。
 ソファーの隣、そこにユーノが立っていたが気にはしない。

「えーと…」
「?どうかした、はやて?」

 次いで、寝ている部屋も自分の持ち部屋ではない。
 元々は見慣れない、でも最近は少し見慣れてしまった部屋。
 そのまま、部屋の中に視線を巡らせて次に机に視線が留まる。
 机の上には、数冊の古い本と設計図やら何やらの紙束。
 そこまで見て、ようやくはやての頭は完全に状況を把握した。

「あー、ゴメンなユーノ君。また徹夜させてしもうて」
「それは別に良いよ、僕だって興味が無いとは言わないからね。それよりも、またこんな部屋で寝させてこっちこそゴメンはやて」
「いやいや、それこそ良えんよ。こんな思いっきり私の個人の事情に、司書長ともあろう人を徹夜させて付き合わせてしまってるんやから」

 言いながら、机に載った古い本の中の一冊を手に取る。
 表紙に剣十字の金属装飾の付いた本、名を『闇の書』正しくは『夜天の書』

「本当にゴメンなぁ、ユニゾンデバイスは資料が無くてユーノ君しか頼れる人が居らんかったから」
「良いってば、そうやって僕しか居ないと信頼されてるのは嬉しいし…何より、はやての新しい家族のことでもあるからね、僕でよかったら手伝えることは手伝うよ」

 後、司書長とか言わないでと笑いながら言うユーノに笑い返すはやて。
 二人が徹夜してまで話していたのは、はやての新しいデバイスの事。
 新しいユニゾンデバイスを作るために、二人は無限書庫に篭り古い資料を参考にしながら色々試行錯誤していたのだ。
 はやては手に取った本をもう一度机に戻して、ソファーから立ち上がる。

「ん~」

 手のひらを組み、背筋を伸ばす。
 首もコリをほぐすように動かしながら、ゆっくりと全身の動きを確かめる。
 寝違えたりも、変に身体がこっているとかも無いことを確かめてほぐすのを止める。

「はい、上着だよはやて」
「あ、ありがとなユーノ君」

 手渡される上着を受け取るとき、手と手と触れ少しだけはやての鼓動が高鳴る。
 受け取りつつ、それまで自分が上着を着ていなかったのにまったく気がつかなかったはやて。
 だから、と言う訳でも無いことも無いが。

「アカンなぁ、ユーノ君?女の子が寝てる間に服を脱がすなんて?」
「はいはい、言っておくけどそれはちゃんと自分で脱いでたからね?」

 僕は寝てる間にしわが付かないように、ちゃんとした場所に掛けなおしただけですとユーノが言い切った。
 それは残念などと、ふざけて言うはやて。
 それに、ユーノはもう一度苦笑をこぼした。

「と言うかはやて、女の子って言うならこうやって僕と同じ部屋で一夜を明かしたほうが問題じゃないの?」
「それはあれや、ユーノ君なら何もせえへんと信頼しとるからね」
「それと同じ様に、してないと信頼してくれてたら良かったんだけど?」
「それとこれとは、話が別とゆーことで」

 上着を着ながら、答えるはやて。
 幼馴染でもある二人の会話は、とてもスムーズに言葉のキャッチボールが行われる。

「それよりもはやて、今日は管理局の仕事のほうは大丈夫?」
「あーと、今日は…うん大丈夫やね、特に何にも無いわ」

 予定を思い返して、そう答えるはやて。
 そう言うと、ユーノは一息吐いて。

「良かった、昨日聞くの忘れてたから用事があったらどうしようかと思ったよ」
「あはは、流石に次の日に用事があるときに徹夜しそうにはならんよ」

 笑いあう二人、ふとユーノが。

「ちょっとゴメン、はやて」
「ん、どうかしたー!?」

 スッと歩み寄り、はやてに手を伸ばすユーノ。
 ユーノの手ははやての正面、その顔へと伸び。

「ちょ、ちょっとユーノ君!?」
「ちょっとジッとしてて、はやて」

 言葉少なに、行動するユーノ。
 何のためらいも無く伸びる手に、はやては動くことも出来ず。
 その手が、そっと

「ほら、髪の毛にゴミが付いてたよ?」
「はい?」

 髪の毛についていた埃を摘み取った。
 それを、近くにゴミ箱の上で払い落とすユーノ。
 そして呆けるはやてを、不思議そうに見る。

「どうかしたの、はやて?」
「あー…ユーノ君のアホウ」
「はい?」

 不思議そうに、首を捻ってしまうユーノだった。
 どうして急に罵倒されたのか、訳がわからなかった。

「あれやで?ユーノ君は、もうちょっとどうにかせんとアカン」
「えーと、いや何が…?」
「それだからアカンのや!あんな、ユーノ君はな?」

+++

「ん~」

 軽く背伸びをしつつ、はやては廊下を歩いていた。
 あの後、ユーノが困惑しているのを良い事に言いたいだけ言っておいたのだ。
 少しだけ機嫌よく、建物の入り口をくぐり外に出る。
 そしてその時、風がそっと吹いた。

「っと」

 少しだけ舞い上がる髪に手をやり、そのままふと空を見上げる。

「…いつやったけなぁ」

 一体、いつの頃から彼のことが気になったのか?
 ふとした時に、後姿を見た気がして。
 ちょっとした時に、声を聞きたいと思って。
 そういえば、

「昔は、同じくらいの背やったのに」

 今では、彼のほうが背が高い。
 そういえば、声変わりはした筈なのに昔から変わった気がしない。

「変わっとるのに、変わっとらんなぁ」

 彼と交わす挨拶に、心が跳ねたのはいつから?
 彼へ戯れに触れ合うことに、言いようも無い羞恥と嬉しさが入り混じったのはいつ?

「…変わったのは、私なんかな?」

 きっと、その通りなんだろう。
 誰にとも無く、手を空に。
 虚空を掴むように、差し出す手のひら。

 彼を思うことで、心痛む理由が解ったのはいつごろ?
 彼の話を聞いて、心躍る気持ちの訳が解ったのはいつの時?

 指の間から、こぼれるような蒼を手に。
 透き通った白に、その手を浸して。

 全部が全部、本当は解ってて解ってない。
 いつからなんて、解らないし解る必要も無いのだから。
 たとえいつどんな時であっても、私が彼を好きなのは変わりなくて

「…アホらし」

 振り切るように、手を戻す。
 掴んだ蒼も、浸した白も無い手のひら。

「…ユーノ君が、私以外の人を好きなのは解ってることやないか」

 一歩、前に踏み出す。
 足取りは確かに、しっかりと前を見る。

「こんなん、私のキャラや無いなぁ」

 口元には、苦笑。
 吹いた風に散らすように、小さく言葉を呟いて。

「ユーノ君の、あほー」

+++後書き
 簡単な作品紹介
『スバティアの日常』 タイトル通りの、スバルとティアナの休日の一幕です。
『ルーテシアの日記』 ルーテシアの日記と、それを見てしまったエリオたちが少しな話。
『風に残る小さな思い』 はやて→ユーノな片思い話。

 さぁ、男子が花道を頑張ろう…!


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