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[12812] 中の人などいない!!【王賊×オリ主】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2011/01/23 20:42
■ まえがき的な何か

 この作品は、ソフトハウスキャラ様の『王賊』の二次創作作品です。
 オリ主ものです。オリ主×原作キャラのカップリングが発生します。
 でもntrではありません、一応。割と原作から乖離したりもします。
 ただのオリ主ではあっさり死んじゃいそうなのでご都合主義成分有。
 というか、厨二的な成分を含みます。本人の戦闘能力はゼロですが。
 また、憑依系オリ主のテンプレを含みます。その辺もご了承下さい。

 動機? 王賊のFFが読みたい→全然ねぇですよ→読みたいFFが無いなら自分で書けばいいじゃない(゚∀゚)

 あと、割と暇潰しで書いてる面があるので趣味の範囲で書いているので、リアルが忙しくなると突然更新が止まる可能性は否定できないです。一応ある程度までは書き進めてはいますが。
 以上の注意事項に同意出来ない方はブラウザの戻るをクリ(ry

 そんな大層な作品が書けるような才能は無いですが、まぁ、暇潰し程度に読んでいただければ幸いです。


 一番重要な事を書き忘れてましたが、拙作に刺激を受けた方は是非原作をプレイしてみてください。間違いなく原作の方が面白いので。新作も買って下さるとありがたいです。主に筆者のお気に入り会社の存続的な意味で。
 あと、キャラ系の二次創作を書いてくれる人が増えたらもっと嬉しいです。

(2009/10/18)
 初投稿

(2009/11/03)
 まえがきに色々追記しました

(2009/11/15)
 まえがきを一部修正。勢いで書いてる部分は否定しないですが、「暇潰し」は流石に言い過ぎでした。もし気分を悪くされた方がおられたら申し訳ないです。

(2010/05/23)
 更新履歴を修正加筆。
 一覧ページのタイトルを修正するのも考えたのですが……。実のところ、投稿当初にもここは少し悩んだ結果こういうタイトル一覧構成とした経緯がありまして。
 番外編も含めて通し番号で1話~と分かるようになっておりますので、そのようにお願いします。
 なお、番外編はタイトル見れば一発で話数が分かる構成になっておりますのでサポート外と(ry

(2011/01/23)

 更新履歴から修正の履歴を削除。今後も随時誤字脱字等の修正は入れますが、更新履歴としては残しません。
 理由は、ただ1つ。履歴が長くなりすぎる!
 正直、自分の未熟さを糊塗するかのようで気は進まないのですが、履歴の見にくさが異常なレベルになりそうだったので決断しました。日にちがやけに新しい記事を見ても生温かい視線で見守ってくだされば幸いです。


更新履歴
2009年
10/18 本編第1話(あ、ありのまま(ry なプロローグ)投稿
10/20 本編第2話(勢い任せの事後処理編)投稿
10/22 番外第1話投稿
10/24 本編第3話(ドキッ! 問題だらけの内政編。外交もあるよ ~Part1~)投稿
10/26 本編第4話(ドキッ! 問題だらけの内政編。外交もあるよ ~Part2~)投稿
10/28 番外第2話投稿
11/01 本編第5話(ドキッ! 問題だらけの内政編。外交もあるよ ~Part3~)投稿
11/03 番外第3話投稿
11/09 本編第6話(婚活? いいえ、(どちらかというと)謀略です。)投稿
11/13 本編第7話(いきなり! 侵攻伝説。)投稿
11/13 チラ裏→その他板へと板変更
11/22 本編第8話(始まりのクロニクル ~Part1~)投稿
12/06 本編第9話(始まりのクロニクル ~Part2~)投稿
12/13 本編第10話(始まりのクロニクル ~Part3~)投稿
12/20 本編第11話(始まりのクロニクル ~Part4~)投稿
12/27 本編第12話(始まりのクロニクル ~Part5~)投稿
2010年
01/03 本編第13話(始まりのクロニクル ~Part6~)投稿
01/10 本編第14話(始まりのクロニクル ~Part7~)投稿
01/24 本編第15話(始まりのクロニクル ~Part8~)投稿
01/31 本編第16話(始まりのクロニクル ~Last Part~)投稿
02/07 設定集的な物を掲載
02/14 本編第17話(それは(ある意味)とても平和な日々 ~Part1~)投稿
02/21 本編第18話(それは(ある意味)とても平和な日々 ~Part2~)投稿
02/28 番外第4話投稿
05/02 本編第19話(動乱前夜 ~Part1~)投稿
05/16 本編第20話(動乱前夜 ~Part2~)投稿
05/23 本編第21話(動乱前夜 ~Part3~)投稿
06/06 番外第5話投稿
06/13 番外第6話投稿
06/27 番外第7話投稿
07/18 本編第22話(面従腹考)投稿
08/01 本編第23話(合従連衡)投稿
08/15 本編第24話(伏竜鳳雛 ~Part1~)投稿
08/29 本編第25話(伏竜鳳雛 ~Part2~)投稿
11/07 本編第26話(伏竜鳳雛 ~Part3~)投稿
12/12 本編第27話(伏竜鳳雛 ~Part4~)投稿
2011年
01/23 本編第28話(伏竜鳳雛 ~Part5~)投稿



[12812] あ、ありのまま(ry なプロローグ
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2011/01/23 20:11
 ふられたと やけ酒飲んで 不貞寝して 翌日起きたら 何故か貴族に


 中の人などいない!! 始まります。





























 あ、ありのまま俺の身に起こった事を話すぜ。
 2年ほど付きあった彼女と分かれてなんだかんだで精神的に参って1升瓶を空けてぶっ倒れて、気が付いたら子供にクラスチェンジしていた。
 な、何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった。
 頭がどうにかなりそうだった……。
 超妄想だとか催眠術だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わっているぜ……。





















 とにかく混乱と混乱と混乱しかなかった時期を超え、意識を“取り戻してから”2週間程経ったのが今現在の状況。
 とりあえず整理しておくと、本来の・・・俺の身分は地方大学の文系学生。ごくフツーの家庭に産まれた雑食オタクで、大学近くの下宿で一人暮らし中だった・・・

 現在は、リトリー公爵セージ公。あれだ、見た目は某“炎の紋章”の神器持ちソシアルナイトによく似たガキで、御歳10歳らしい。海外からの船での帰途の途中で船が難破したとかで両親が死んで家督を自動相続したとかしないとか。
 つーか、意識を取り戻すまで普通に死にかけてたらしい。兄弟姉妹は無し。

 よくもまぁ財産狙いの親戚にうっかり暗殺されたりしなかったもんだなと思ったんだが、国内有数の貴族だとかいう理由があるらしく、王家の後見があるおかげでこういう時にありがちなお家騒動とは無縁だったらしい。
 何はともあれ素敵なセレブライフキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!ってことでいいんでしょーか?



 しかしですよ、世の中ウマい話には裏があると申しまして。ええ。ちょっと――いやかなり文明レベルがダウンしてる(具体的にはネットが無い環境。ピンポイントで激痛)とか、王家の後見があるせいで投げ出し厳禁(嫌になっても、あなたとは違うんです(キリッとかできないのな)とか、まぁ色々あるんですが……。

 俺の領地があるのが“エルト王国”北部国境地域で、北にあるのがビルド王国、東には奈宮皇国。いかんせん聞き覚えがある名前過ぎてがっくりきた。



 王賊の世界ですかそうですかどう見ても憑依トリップ物です本当に(ry



 ちなみに、ゲームではラスボスのヴィスト王カーディルはバッチリ即位されております。既に事実上ウィルマー王国が併合されちゃっててただ今大絶賛軍拡行動の真っ最中だとか。おかげでヘルミナ王国がテンパってるらしい。親で1000点割ってるのに立直かけられちゃったよ的な。
 ヘルミナ乙。

 ……あれ? そういえば確かゲーム開始時の時点ではエルト王国も北半分を占領されてて滅亡寸前ちっくな感じだったよね? つまり、このまま放っておけば今から何年後かは知らんがウチの領地はヴィスト軍に制圧されてしまうと。



 ……あるぇー? これって死亡フラグだよねー?



 要するに、ヴィスト軍にとっ捕まって磔とかギロチンとか食らいたくなければリアル国家経営シュミレーションで高得点を叩き出せと。
 あまつさえ新宮党壊滅後くらいの状態の尼子家で元就率いる毛利家をブチのめせと。もしくは謙信の南下と部下の低忠誠度に怯え続ける畠山家で生き残れとか。

 どっちにしても高難易度ゲーじゃねーか。ゲームでやるだけならもっとシビアな状況でも何とか運次第でクリアできるかもとかあるけど、リアルで体験するのはマジで勘弁。

 いっその事ヴィスト王国に投降するのは……、どこぞのMSと同じ名前の主人公がエルトに来た瞬間さらに強烈な死亡フラグが立つんですね、わかります。そもそも、投降した敵貴族とか占領地経営で邪魔過ぎて暗殺フラグ立つ図しか見えねーしorz



 ……やるしかないんだろうなぁ。何で俺がこんな所にとか、そーいう事も思わんでも無いけど、人生こんなもんだと諦める事には慣れてたりするし。
 まー、とりあえずは目の前の死亡フラグを全力で回避しなけりゃならん。そのためには富国強兵やってヴィストの侵攻に耐えられるだけの防備体制を整えないとまずい訳で。

 つーか、この状況下で僅か10歳の少年が北部地域の実権握ってるとか……。そりゃアルバーエル将軍居なくなったとたんに北部蹂躙される訳だよな。



 今のところ頼りに出来るのはアルバーエル将軍の個人的武勇とちっこい内務大臣殿+ロイア伯爵親子だけか。あと、何年後だかに王家に婿養子に入ってくるラルフウッド王。しかも、そのどれもが完全に寄りかかって頼りには出来ないというこの状況。

 我がリトリー公爵家の状況はと言えば、自警団に毛が生えた程度の規模でしかない。歩兵が500と騎兵が80。あと、虎の子と言ってもいい魔法使いが20名ほど。正直に言うと、この兵力を持たされて万単位の軍勢の侵攻に対応しろとか言われたら間違い無く篭城を選んで援軍待ちになるな。

 まぁ、それでも普通に蹂躙されるだろうけどな! チート乙な武将で守ったとしても1万対600とかどうやっても陥ちますからー。残念ー!



 つーかそもそも公爵家の家格と領土の広さの割に(平時の非動員状態だとしても)軍勢があまりに少な過ぎるとか思ってたら、どーやら先代――つまり親父殿がかなーり散財してくれていたらしい。贅沢するだけし尽くしてさっさと死ぬとか、マジでありえねー迷惑さ加減だなオイ。

 とりあえずありえない量になりつつあった領内の関所を撤廃して、7公3民なんてレベルじゃねーぞって具合になってた税をまともなレベルの税率に下げて。
 領内の疲弊具合をどうにかしつつ何か特産物を作って販路開拓して、出来た金で軍備とまともな街道の整備を……。

 ていうか特産物なんてどうするよ? せめて海岸沿いなら塩の専売で……、ってこれは王国に喧嘩売るからマズイか。

 領内に――っていうかお膝元だけど――エルスセーナという大都市がある事だけが救いだな。衛生概念も微妙に進んでる世界だから疫病も考えなくて良いし、治安維持とかにさえ気を付けておけば貴重な収入源になってくれるだろう。
 その代わりと言っちゃ何だが、ここから東と北に広がってるウチの領内はどーしよーもないんだけどな。王都への最短ルートがある癖に関所と未整備街道のせいで西周りルートに物流全部持っていかれてるし。

 金鉱でもあれば財政を楽に出来るんだけど……、まぁ好都合にそんな物があるわけも無く。あったとしてもどうせ王家直轄になってるに決まってるだろうけど。

 ……無い物ねだりをしても仕方ないから、とりあえず中世ヨーロッパレベルの農業をどうにかするか。土壌は比較的豊からしいし、隣が奈宮皇国という関係上米作も行われているみたいだし、気候風土もある程度温暖だし。人糞や牛糞を肥料にしてやれば二毛作すら可能なんじゃなかろうか? 東南アジア並みの三毛作は無理としても。



 で、だ。それら全部を俺がしなきゃなんないの? どっかに優秀な政務官転がってないのかね?
 って、そんなの転がってたらムストタンが放っておかないか。



 転生だか憑依だか知らんけど、同じソフト会社の作品でもグリンスヴァールの森の中とかにしてくれよ……。
 あれなら適当に学園教師ライフをまったり楽しむからさ。ニキタンと良い仲になったり……、は流石に主人公達に悪いからできないんだったっけ?
 ならいいや――じゃなくて、死亡フラグ満載な環境はマジ勘弁って事だな。



「セージ様ーっ!」


 ……いきなり俺の部屋に怒鳴り込んできたこのじーさんはウチの家老(のようなもん)のヴィンセント=カーロンだ。
 見た目は品の良い老執事といった感じで、この2週間ほどは彼を質問攻めにしている毎日だった。つーか、今でも日々の政務は半分以上この人に頼ってる状態。ぶっちゃけ、この人が居ないとウチの家のスペックは最低値まで低下する。

 ちなみに、巣ドラプレーヤーにはお馴染みのロベルト=カーロンとの関係は未だに聞けてない。


「そう怒鳴らなくても聞こえるっての。何事だ?」

「領内の村が盗賊団に襲われているとの事です!」


 おk、把握した。民忠や治安まで最悪なんだな? つまり難易度はさらに上昇という事なんだな?
 とりあえず盗賊団はぶっ潰す。つーか地味に初陣かよ。俺、ナイフ振りまわすくらいしかできないんだけど? さらに地味に馬術部入ってた経験もあるから馬には一応乗れるけどさ。

 筋は良いと褒められた事も有ります。お馬さんは好きなのさ。乗る方も賭ける方もね。
 この世界に来て真っ先に良いと思った事が馬に乗り放題な事だったりするが、まぁそんな事はどうでもいい。


「動かせる人数は?」

「騎兵と魔法兵の全て、歩兵が200。それにこのヴィンセント=カーロ――

「よし、そいつら全部連れて行くぞ。すぐに出陣する」

「セージs――」

「異議は認めん。すぐに準備しろ」

「……せめて最後まで聞いてくださいセージ様」

「知らん。ほれ、さっさと準備しないと俺一人で出るぞ」


 どうせ鎧の一つも着れない身体だ。護身用のナイフ一つで馬に乗って駆け出せばいい。
 本気で護衛無しで出る気は無いが、現場には騎兵だけで急行しても良いくらいの心持ちで出る。事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で(ry


「す、すぐに兵を揃えます故、しばしお待ちを! ご短慮めされませぬよう――」

「俺の行動が短慮になるかどうかはカーロン達の働きに掛かっているからな。兵が揃い次第ついて来い」

「はっ!」





















 エルスセーナの北にある現場の村には、結局騎兵80だけで急行した。相変わらず縮んでしまった身長で馬に乗るのは一苦労だが、前世(?)の経験と今まで時間を見つけては乗馬の訓練をしていた甲斐あって何とか様にはなっている。
 鞍は特別製だし、馬も一番小柄なのに乗ってるんだけどな。

 出る時に後ろでカーロンが何やら怒鳴っていたのも聞こえたが、こういうのはスピード命だ。後から追いついてくれればそれでいい。
 ……追いつけるかどうかは微妙っぽかったけど。


「……酷いものだな」

「そうですな……」


 騎兵80の頭目のチョビ髭ナイスミドルが俺の隣で渋い顔をして肯く。
 村人の大半は逃げられたらしいが、家々は焼かれてしまっている。辺りに漂う、焦げ臭い匂いと強い鉄の匂い。逃げ遅れたのであろう老人が無惨にハラワタぶちまけて転がっているのを見ると、体の底から震えが来た。



 ――これが、現実。斬られればああやって内臓をぶちまけて死ぬ。
 ファンタジーだぜイヤッホォォォーッ! とか思ってた訳じゃねーが、ある程度していた覚悟なんて吹き飛ぶリアルさだわ。
 正直、身体が震えるのが止められない。



 ……これから、俺がああならないために必死こいて動かなきゃいけないんだな。


「怖いですか?」

「俺は、コレが初陣だぞ。まだ剣も振れないような歳で初陣を済ませるっていうのもどうかと思うがな」

「それだけ冷静に受け答えできれば大したもんです。ウチの倅に見習わせたいくらいですよ」


 そりゃどうも。
 ……しかし、この肉や材木が焼ける匂いと血の匂いが入り混じった空気は耐えがたいな。しばらく肉は食えなさそうだ。

 生き残った村人によると盗賊団は北の方へ逃げたらしいが、斥候が捕捉できるかどうか……。
 お、言ってる側から戻ってきたな。斥候に出したのは5人だから、3人は張りつけたままか。判断は悪くない。



 環境に似合わず――いや、こんな環境だったからこそ錬度は高いという事か。錬度の高さだけはマジでありがたいな。


「オイゲン隊長ーっ! 見つけました! 盗賊団およそ60、略奪した物資を馬車に乗せて北へ移動中です!」

「見つかってないだろうな?」

「今のところは」

「よし、追うぞオイゲン!
 あと、君は済まないがそのままカーロンの所へ走ってくれ」

「はっ!」


 60か……。恐らくだが、それで全部という事は無いだろう。奴らはアジトにある程度留守役を残しているはず。
 この際だ、根こそぎ全部討伐してやる。覚悟を決めた現代っ子をナメるなよ。


「セージ様、ここからは危険ですので我らにお任せを」

「馬鹿を言うな。むしろここからが本番だろうが。
 カーロンの本隊が追いついたら――いや、カーロンが来るまでもなく奴らをアジトごと根絶やしにしてやる」

「見つかりますかな?」

「見つかる見つからないじゃない、見つけるんだ。貴様らは何者だ? 我がリトリー公爵家の精兵ではないのか?」

「はっ、我らは皆公爵家に忠誠を誓う兵です」


 俺の周囲に集まってきた騎兵の数は、斥候に出たままの兵と伝令に走った兵を引いた76名。
 その全員をゆっくりと見渡し、一芝居打つために息を思いっきり吸い込む。


「では問おう! 我が公爵家の兵には領内を荒らされておめおめと引き下がっているような玉無ししか居ないのか?!」

『……いいえ。そのような事はありません』

「声が小さい! 我が公爵家の兵には糞にたかる蛆虫にも劣る盗賊団ごときに遅れをとるような無能しか居ないのか?!」

『いいえ! そのような事はありません!』

「まだ小さい!」

『いいえ!! そのような事はありません!!』

「もっとだ! もっと出せ!! 貴様らはフヌケの集まりの駄弱な騎兵隊か?!」

『いいえ!!! 我らはエルト王国最強の騎兵隊であります!!!』

「よぉし、良く言った! これから貴様らの言葉が嘘で無い事を証明しに行くぞ。先ほど戻ってきた者、名は何という?」

「アレクです、セージ様!」

「ではアレク、道案内は任せるぞ。疲れているかもしれんが、所詮10歳のガキに過ぎないこの俺に抜かれたりしたら指を差して笑ってやるからな。気を入れて走れよ!」

「はっ!!」


 もう一度全員を見まわす。修造乙と言わざるを得ないが、全員変なテンションでノリノリだ。軍隊としてはそれはどうなのよと思わないでもないが、今はむしろ好都合。

 後ろから追いついて、一撃で勝負を決めてやる。


「全軍、俺に続けえっ!!」





















 来て、見つけて、勝った。







[12812] 勢い任せの事後処理編
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2011/01/23 20:18
 そんなこんなで盗賊団どもを殲滅してから数日後。



 対症療法とは言え盗賊団にはとりあえず勝つには勝ったし、こちらの死傷者も片手で数えられる程という被害の少なさ。動員した連中には一時金を渡したし、押収した物は武器を除いて出来る限り被害者に返還する手筈を整えた。
 さらわれていた娘達に関しても、家に返したり侍女として雇ったり等と出来る限りの措置はとった。

 ――その中に安楽死という項目があったのは激しく鬱になりそうだったが。

 ……目がね、死んでるのよ。マトモな反応も返ってこないし……、正直トラウマもんだわ。気丈な娘さん見るのもそれはそれで痛々しかったけど、さ。



 あと、件の盗賊団が暴れていた期間中に孤児になった子供に関しては公爵家で孤児院を立ち上げて引き取るという異例の措置までとった。たぶん、すぐに異例じゃなくなるだろうけど。
 身寄りの無い子供を放置しておくなんて犯罪の温床を作ってるようなもんだしな。つーか、平和な国ニッポン出身としては仮にも自分が統治してる領内にそんな問題が放置されてるとか気分が悪すぎる。

 ……それはいいとして、予算足りるんだろうな?
 予算足りんとかなったら洒落にならんが……、けどコレに関してはもう決めたし譲る気も無い。お嬢さん方のうち何人かに慈悲を下さなきゃならんかった、その罪滅ぼしって訳でもないんだけどさ……。
 何とかしなきゃならん問題があって、何とかできる権限が手の内にあるなら、何とかしなきゃいけないと思うんだよな、やっぱ。



 そんな訳で、前から算段を付けていた減税措置も即座に行って根本的な問題の解決にも道筋を付けたし、関所の徴税機能の廃止と治安維持施設化も行って予防措置もとった。
 両方とも盗賊征伐を行ってすぐに公布したから領民に対するアピールにもなっただろう。

 こうなってみると領内の要所全てにあったと言って良いほど多かった関所の建物と人員もそのまま転用できて、鮮やかな有効活用だったと言える。
 それらを実現する為に殺人的な量の書類処理と各種折衝もこなした訳だし、流石に褒めて貰っても良いだろう的な。



 ……だというのに、朝っぱらからカーロンに長々と説教を受けているのは何故なんだぜ?


「セージ様はこのリトリー家に唯一残された正統な血筋の男子なのですぞ!
 確かに先の盗賊征伐に見せた才は賞賛すべきでしょうし騎士達からの受けも良かったのは知っておりますが、いま少しご自重下され。
 このヴィンセント=カーロン、セージ様に何かあってはと思うと飯も喉を通りませんわい」

「いや、さっき朝飯一緒に食ってただろお前」

「……言葉の綾という物ですじゃ。とにかく、今後はせめてこの爺をお側に控えさせて下され」

「分かった分かった、次からは気を付けるよ。……まぁ、次は無ければ良いと思うんだけどな。
 あと、ちったあオイゲンを信じてやれよ。あのオイフェもどき――じゃなかった、チョビ髭は見たとこ相当優秀だろ」

「ソレとコレとは別なのですじゃ。オイゲンの事は信頼しておりますが、セージ様の御身を守るのはこのヴィンセント=カーロンしかおりませぬ」

「お前の気持ちはよーく分かったからそんなに顔を近付けんな。
 つーか、言われなくてもこんな無謀な事は二度としたくねーっての」


 いやほんと真面目な話、相手が装備も錬度も不足してる盗賊団だったから良かったようなものの、そうでなければマジで二度とやりたくないね。

 身を守る物がハーフヘルムと軽鎧だけなんて軽装備の騎兵だけで突撃かますなんて、相手にマトモな歩兵戦力があれば普通に止まるぞ。長弓兵なんていたらプレートメイル装備の重騎兵でもアウトだし。魔法使いとか論外だ。
 日本人におなじみの長篠を例に出すまでも無く、騎兵というのはちょっと使い方を間違えただけで脆弱な防御力が浮き彫りになるもんだし。



 そういう考え方の面から見ても、ゲームでのチート性能的な面から見ても、とりあえず魔法使いを集中運用する部隊を作りたいな。
 このあいだ魔法使い隊の連中に聞いた給金の値段にはドン引きしたが、それだけの金を払う価値はある、はず。
 けどその火力を激突数が万を超える大規模な合戦で活かせるレベルまで引き上げようとすると……。

 うわぁ、帳簿が真っ赤になるナリよ。



 そうしなきゃならんとは分かっちゃいたけど、何とかして金稼がないとな……。
 当面考えつくのは、とりあえず貿易してみるとかその程度なんだが。しかし自分達で馬車の商隊を組んでも大した利益にはならんだろうしなぁ。
 いや、利益は出るだろうがそれに支払うコストがな……。やはりそういうのは商人に任せるに限る。

 かと言って河川船舶による交易はなぁ……。一応ぶっとい河川が一本あるみたいなんだが、船の建造や港湾施設の準備が可能かどうかすら分からん。後で要検討だな。
 対外交易に至っては、ビルド方面はともかく奈宮方面はクソ狭い山道を拡張しない事には貿易どころの話じゃねーし。

 ……いや待てよ。むしろ、ビルド奈宮間の直通ルートが全部狭い山道か森を突っ切るルートなのを考えれば、街道を拡張できればそれだけで人と物と金の流れが変わるんじゃ?
 神楽家領国を経由しても山道ばっかなのはほとんど変わらないから、ビルド⇔リトリー家領⇔奈宮のルートが出来ればコドール大陸南部の陸上物流が変わりかねない。
 なにせ、ウチの領地――というかエルスセーナまではビルド王国からデカイ街道が伸びてるからな。



 こうして考えてみると、潜在的とはいえ奈宮へのルートがあってかつビルドと王都を結ぶ街道も含むウチの領地って、普通に要衝じゃねーか。直轄地じゃないのが不思議なくらいだな。

 ……まぁ、つまりはこの要衝を落とされればマズイという事で。
 それはつまり死亡フラグが凄い勢いで強化されてるんじゃないか疑惑という事で。

 ……無理ゲー乙。


「ま、何をするにしてもだ。とにもかくにも金が足りん……。まずは金策が必要だな」

「セージ様、何を考えておられるかは存じませぬが、その前にビルド王国に赴かねばなりませぬぞ」

「は? なんで?」

「先の盗賊団征伐において、僅かとはいえビルド王国の領土を侵犯しましたからな。
 現地の代官に事後承諾は得たとはいえ、釈明と謝罪に赴かねばならないのは当然でしょう」

「マジかよ、面倒くさい……。現場の人間同士で意志疎通したんだからいーじゃねーかよー……」

「そういう訳にはいきますまい。
 ……というより、先ほどからずっとその事でもお諌めをしてきたつもりなのですが、お聞きではなかったのですかな?」


 うげ、カーロンの眉毛が危険な角度に……!


「ま、まぁ待て、少し落ち着け。一つ聞きたいのだが、釈明に向かうのは俺だけなのか?」

「このヴィンセント=カーロンは留守居役がありますので、誠に残念ながらお共できませぬが、王国側から監督不備の謝罪を行うという事でムスト殿が同行されるとの事ですじゃ。
 まぁ、彼女なら安心してセージ様を預けられますが……」

「お前の人物評価は微妙に謎だが、まぁいいとして。ムスト殿が同行されるという事はすぐに出て合流しなきゃならんのじゃないのか?」

「その点は心配ご無用。既にムスト殿は到着されておりますから」

「おいおいおいおいコラコラコラコラ。俺が挨拶に向かわなきゃならんだろそれ」

「このヴィンセント=カーロン、実はムスト殿とは長い付き合いでしてな。多少の融通は利きますのじゃ」


 いや、そういう問題じゃないと思うんだけどな。
 つーか、お前王国中枢真っ只中と言っても良い相手と繋がりあるとかどんだけだよ。まぁ、たぶんそのコネでお家騒動前に王国動かせたんだろうけどさ。

 ……あれ? 良く考えたら普通に凄くね、コイツ?


「それで、ムスト殿は怒っていたか?」

「怒っているというか呆れているというか、それについては本人から確かめた方が良いでしょうな。ちょうどムスト殿も来られる頃合でしょうし」


 カーロンがそう言うと共に部屋のドアがノックされる。つまりそれは『王賊』最年長の幼女ことムストタンとの御対面という事で……。

 あれ? なんか幼女というほどちっこくないよね?
 ってそうか、そう言えば俺自身も小学生並みなんだったっけ。どう見ても同世代か、下手すりゃ俺の方が見た目年下じゃねーか。

 ガッデム。


「お初にお目に掛かるの、リトリー公爵殿」

「わざわざご足労頂き誠に申し訳無い、ムスト殿」

「……ムストでよい。お主くらいの年頃の者にそうかしこまられると背中がムズ痒くなってくるからの、敬語もいらぬぞ」

「私からすればムスト殿も私と似t――いや、まぁいいか。それなら有り難くはっちゃけさせてもらうぜ、ムスト。どーせ公的な場では互いに敬語だけどな」


 おぉう、いけね。今一瞬眉毛の角度が跳ね上がったぞ。やっぱ女性にスタイルの話を振るのはマズイわ。特にこういう、ぺたん娘なのを気にしそーなタイプには。


「何か言いたい事でもあるのかの?」

「いやいや、滅相も無い。政務も忙しいだろうに、迷惑じゃなかったかな、と思っただけでな」

「迷惑に決まっておろう。事情は十分理解できるが、せめて事前に何か連絡してくれても良かろうに。おかげで王宮でも上へ下への大騒ぎじゃぞ」

「うへぇ……。こりゃ爵位没収かな?」

「一応先方の事後承諾も得ておるし、事情が事情じゃからな、そういう訳にも行くまい。まぁ、ワシからの厳重注意が関の山じゃ。
 ただし、次に同じ事をすればかばい立ては出来ぬぞ」


 はぁ……。
 そりゃあまぁ、いきなり改易は無いだろうとは思ってたけど、別に改易してくれても良かったのに。それはそれで死亡フラグ回避出来るしさ。
 今のままだと相変わらずヴィストの侵攻に合わせた死亡フラグは継続中だし。

 つーか、良く考えたらその後にもこっちからの大反攻に関する死亡フラグは残ったままになるんだよな?
 どこまで行っても死亡フラグとながーいお付き合いかよ。某テレビCMなんてレベルじゃねーぞ。


「まぁ、こんな事は二度としない――というかしなくても良いように国境地域での共同治安維持組織の設立でも働きかけるつもりだわ。
 ビルドとウチで手を組めば、国境地域に根城張ってる奴らの大半は何とかできるだろうし。そうなれば貿易量も増えて実入りも増えて万々歳。
 ウチも家計が火の車だし、こう言っちゃなんだけど、今回の事はダシに使わせてもらおうかな、と」

「ふむ……。なかなか興味深い事を言うの。じゃが、ビルド王国がそれを認めるものかの?」

「義も理も利もあるんだ。きちんと説けば乗ってくるんじゃねーのかな。
 それに、似たような事があるたびに一々こういう事をするなんてやってられないだろ。国境の向こう側にはルトの街まで大した拠点も存在しない事だし、もし治安維持を行うならウチが手を伸ばすのが一番効率が良い。
 双方共に侵攻の意志なんて無い事くらい分かってるんだから、ムストの口添えもあれば勝算は十分だ」

「そこまで良く回る頭があるなら、もう少し慎重に動いて欲しいのじゃがな。いくら互いに信頼している同盟国とは言え、面子の問題もあるのじゃぞ。
 今回は儂やお主が頭を下げることで貸し一つといった感じで済むがの」

「あー……、正直すまんかった」


 ムストタンには悪いが、ま、どうせそう大きな貸しにはならないだろ。数年後にはヴィスト軍に飲み込まれて消えちまう国なんだし。


「それにしても、リトリー公爵殿がこのような俊英だとは思わなんだ」

「セージで良いぜ。ま、親父殿の悪評を考えればムストの考えも理解できるし、意外に思われるのも当然だな。
 つーか、一応これでも10歳になったばっかの糞ガキだからなぁ。予想しろってのが無茶だろ」

「カーロンの口添えがあった時は正直迷ったのじゃが。まぁ、こうなってみると儂らの選択は正解だったようじゃな」

「俺としちゃあその時に爵位没収してくれても良かったんだけどなー。そうすりゃ無駄な苦労をしなくても済んだんだし」

「責任感の無い奴じゃの……。まぁ、こうなったからにはキリキリ働いて貰うからの」

「……国政参画は無理だからな。あと10年――いや、せめて5年は領内の立て直しをしなきゃならんだろ」


 真面目な話、独自の戦力を整えておかないと死亡フラグがハンパ無い事になる。
 一応相続したからには公爵家に仕える人間も守らなきゃならんだろうし。領内の住民だって守らなきゃいけないだろう。
 それに、領地放り出して逃げるって選択肢はその後の人生設計上重大な問題点を孕んでるんだよな。

 ……両親知人縁故無しの10歳の子供が路頭に迷って、その末路なんて簡単に想像つくだろ?

 しかも、占領地の統治政策において重要なポイントってさ。地元住民の慰撫もそうなんだけど、旧支配者の徹底的な駆逐ってのもあるんだぜ?
 ほら、潜伏→蜂起→鎮圧→潜伏→蜂起……の無限コンボとかマジうざいでしょ?
 もちろん懐柔するパターンもあるが、それだっていつ何時冤罪ひっ被せられて追放されたり処刑されたりされるか分からんわけで。

 ……なんで俺がこんな苦労を背負わなきゃならんのだか。マジで理解に苦しむぞ。


「あー、さっさと隠居してぇ」

「お主はまだ10歳になったばかりじゃろう。今からそんな事を言っていてどうする」

「ムスト殿の言う通りです。このヴィンセント=カーロンの目の黒いうちはセージ様に隠居などさせませぬぞ」

「……いきなり全否定かよ。まぁ、後継ぎが居れば隠居も出来る訳で、今から子供作れば15年くらいで後を継がせられるだろうし……。
 ムスト、協力する気になんない?」

「たわけ。阿呆な事を言っておらんと早く出立の準備をせんか」


 うーん、やっぱり脈無しか。まぁ別に良いんだけどね。ムストのお相手は別に居るし。

 それにしてもビルド王国かぁ……。原作ではサブキャラだった姫さんはなかなか覚悟の出来た良い姫さんだった気がするなぁ。
 どうせまだ幼女だろうからどーでもいいけど。

 そしてそれ以上に俺自身が全くの糞ガキだけどな!





















 ワシは先代のリトリー公爵が好きではなかった。
 これはワシだけではなくアルバーエル将軍やロイア伯爵も同じ事じゃったが、むしろ嫌っておったと言ってもよい。

 王国北部国境地帯の要衝の地を受け継ぎながら放蕩に明け暮れ、限度を超えた重税によって領内が荒れ果ててゆくのを省みる事も無かった。
 受け継いだ頃は精強を誇った手勢は見る影も失せ、かつては磨き上げられた武具達が並んでいた蔵には鑑賞用の宝剣が虚しく安置されるのみ。
 飽食と荒淫を続けた挙句、政務を放り出したまま国外へ物見遊山に出掛けて無意味に北部地域を混乱させ、トドメにそのまま死んでしまったというのには乾いた笑いしか出てこなかったものじゃ。



 正直に白状すると、リトリー家が北部要衝を領している建国以来の名家でなければそのまま爵位を没収しておったじゃろう。
 もっとも、現実にはリトリー家の格を考えると爵位没収など出来ない相談なのじゃがな。
 彼の家は建国以来我が国に仕える貴族という立場はとっておるが、建国時の経緯等を考えた際には、むしろ実際には独自の勢力を持つ小国というに近い。
 勢力が衰えた今のうちに取り潰してしまうのも一つの手ではあるが、我が国の貴族の中にはリトリー家と縁が深い家もいくつか在る。そう簡単に事は運ばぬじゃろう。

 実際には取り潰すどころか、お家騒動を避け北部地域を立てなおすために――名目上とは言え――王家による後見さえせねばならなかった。
 その時の並大抵ではない、しかも半ば以上無駄な苦労じゃと思っておったあの苦労は忘れられるほど昔の事ではない。



 じゃから、今回のビルド王国領への侵犯事件が起こったと聞いた時に、カーロンの阿呆爺っ! と口走ってしまったワシは責められるものではないと思う。
 怒り心頭に発して事件について詳しく聞き始めた時には、僅か10歳の童も抑えられぬのかと内心カーロンを罵倒しておったのじゃが……。
 話を聞けば聞くほどその童が異常なのじゃと感じ入らざるを得なかった。

 盗賊団の動きが入ってからの動きは歴戦の将軍を思わせる迅速さで、最低限の手勢ながら全て騎馬で構成された身軽な部隊で現場へ急行する。
 すぐに聞き込みを行って物見を放ち、撤退する盗賊団をいち早く発見する。
 そして、後続の部隊を待って戦機を逃す事無く手勢80騎のみで奇襲を仕掛け、結果根城まで見つけ出して100人近い大規模な盗賊団の尽くを討ち果たしてしまった。
 しかも、その全てに渡って自らが陣頭に立って指揮しておったというのじゃから恐れ入る。



 こと軍事に関しては素人に毛が生えた程度のワシじゃが、この者の才気が凄まじい事だけは分かる。
 僅か10やそこらの童が剣も帯びずに戦場へ赴き、並み居る譜代の騎兵の足手まといにならぬほどに馬を乗りこなして手勢の指揮を執るなど、今まで聞いた事も無い事じゃ。
 ロイア伯爵はノイル王国へ出向いておった故に不在じゃったのじゃが、問題が問題なだけに同席しておったアルバーエル将軍が茶を吹き出しつつも実に嬉しそうに話を聞いておったのが印象的じゃった。

 最初それを見て笑っておったワシじゃが、現場での事後処理でビルド王国側の抗議を丸め込んでしまって事後承諾を得てしまった事や、邸宅に戻ってから矢継ぎ早に実行されつつある施策の数々を聞いた時にはアルバーエル将軍と同じ目に……。

 鳶が鷹を産んだか、とはワシとアルバーエル将軍の一致した意見じゃったが、こやつめはどこでそれを聞きつけたのか。
 まぁ、恐らくは報告に来た兵かワシの侍女にでも聞いたのじゃろうが……。
 ビルド王国王都へ向かう道中でウチの鳶が迷惑を掛けてスマンなどと謝られた時は危うく2度も――



 こほん。



 ともかく、話を聞いた段階で既に今のリトリー公爵が相当な俊英である事は予想が付いたが、実際に会ってみるとそれ以上じゃった。
 見ると聞くとは大違いと言うし、人の話というのは尾びれ背びれが付いて針小棒大になるものなのじゃが、こやつに関してはそれは当てはまらぬな。
 実際、どうせ吊るし上げに近い状態になるじゃろうと思っておったビルド王との謁見の場の空気を一人で変えてしまいおった。

 まず国境を超えた事を素直に謝罪し、しかし間髪入れずに周辺地域を荒らしまわる盗賊団の討伐には必要な事であったと釈明する。
 実際にエルスセーナ郊外に100近い首が晒されたという話が伝わっていては、並いる要人も強くは物を言えぬわな。

 そして、そういう状況に持ち込んでからおもむろに民衆の生活を守るという義と理を説き、さらに治安の安定による経済活動の活性化からもたらされる利まで訴えて、件の新しい組織の設立に関してビルド王を肯かせてしまいおった。

 しかも、実働兵力と活動拠点をリトリー家が提供する代わりに初期投資費用はほとんどがビルド王国持ち。
 いくら重点地域をビルド側においており、資金負担も治安が安定するであろう数年後からは平等に負担するという条件であるといっても、これは破格――ありえないレベルの好条件と言えるじゃろう。



 それら全てを、リトリー家が混乱していたからこそ産まれた状況であろうと非難してきた彼の国の貴族の言葉をダシにして弁舌巧みに勝ち取ったのじゃから恐ろしい。

 身内の恥を晒して、しかも自身の父親をそこまで言う事は無かろうというくらい非難しつつも公爵家の窮状を訴え、資金の問題だけがどうしても解決できないとダメを押す事によって資金を引き出すとは……。
 ワシや一部の者はまるで詐欺師でも見るかのような目であやつを見ておったはずじゃ。

 まぁ、南部地域の治安悪化に頭を悩ませていたビルド王国にとっても悪い条件では無いから強硬な反対は出なかったのじゃろうが。
 それにしても、聞けば奈宮皇国にも似たような話をいずれ持ち掛けるつもりじゃと言うのじゃから空いた口が塞がらないの。
 親父殿のせいで金が無いのだとは言うが、いくらなんでもあこぎ過ぎるのではなかろうか?


「お主、前世は詐欺師じゃったのではないか?」

「失礼な。ちゃんとビルドにも奈宮にも利益の出る話なんだし、そもそも監査役付きなんだから詐欺扱いすんなっつーの。ただちょっとウチが余計に利益を出せるかもしれないってだけだ。
 つーか、確かに金は出して貰うけど一番働くのはウチなんだぜ? 多少の役得くらいあってもいいだろ」

「多少の役得のぅ……」


 ワシの目には両国を利用して自領を発展させようとしているようにしか見えぬのじゃがな。
 まぁ、北部地域が発展――というよりも復興――する事はエルト王国にとっても悪い話ではないが、あまり他国の資金が流入するのは良くないのじゃがの……。

 しかし、今国庫にある余剰資金の事を考えると背に腹は替えられぬか。
 ビルドもそうじゃが、奈宮に貸しを作るのは後々高くつきそうなのじゃがな……。
 とはいえ、リトリー家領内の問題と無視を決め込む訳にもいくまい。既にリトリー領に端を発した治安悪化と流民の増加は無視できぬ状況になりつつあるし、このまま北部を荒れ果てたままにしておく訳にもいかぬじゃろう。


「ついては、奈宮皇国に対する口添えを頼めないかな」


 こ、こやつという男は……。

 ……まぁ、今まで散々頭を悩ませてきた北部地域の問題が片付くのであれば、ある程度の代償には目を瞑るしかないか。
 それに、奈宮やビルドに貸しを作って後で苦労するのはこやつじゃしの。

 ……そう思うくらいの現実逃避はさせてもらいたい。


「まったく、ワシまでお主の詐欺に巻き込むつもりか?」

「だーかーらー、詐欺じゃねーっつーの……」

「冗談じゃ、そう腐るでない。奈宮皇国にならワシの名で紹介状を書いておけば良かろう」

「ありがたい。恩に着るぜ」

「しかし、ワシにも少しくらい見返りが欲しいの」

「そりゃあ、ウチの領内が安定するのが見返り――冗談だって、そう睨むな」

「いや、お主目が本気じゃったぞ」


 リトリー家の安定はワシにとっても頭を悩ます問題が一つ消えるという事じゃから、まぁ見返りにはなるが……。
 そして、こやつがそれをきちんと理解している事も本来なら驚くべき事なのじゃろうが……。

 思わずジト目になってしまうのは仕方ないじゃろう。


「しかし、物品を贈るのは賄賂になってしまうからマズイしなぁ……。本来なら髪飾りの一つでも贈るとこなんだろうけどさ」

「あぁ、言われてみれば確かにお主やワシの立場からすれば微妙な問題じゃの」

「という事で、仕方ないから借り一つって事でいいか?」

「いずれ返してくれるのじゃろう?」

「もちろん。俺はそれなりに義理堅いからさ。心配しなくてもちゃんと返すさ。利子付きでな」

「なら、楽しみにして暫く貸しにしておこうかの」


 ……少し待て、何故お主はそこで嫌そうな顔をするのじゃ。あからさまに「しまった」という顔をしおってからに。


「なんじゃ、ワシに借りを作るのは嫌か?」

「あー、いや、そういう訳じゃなくてだな。死亡フラグがちょっとな……」

「――?」

「……何でも無い。ムストに借りを作るのが嫌な訳じゃないからさ、暫く借りにしとくよ。ま、気にしないでくれ」


 妙な奴じゃの……。


「もうこの際アレだ。借りついでに誰か優秀な政務官を紹介してくれないか?
 発想力は無くても堅実に実務をこなせる方が良くて、若くて無茶の効く奴と経験豊富なベテランがセットで揃ってるとなお良いんだけど」

「済まぬが、そういう者はこちらでも不足しておるのじゃよ。期待には答えられそうにも無いの」

「むーん……。やっぱし、そりゃそうだよなぁ。けど、今から教育してても間に合わんし……。
 こりゃ、暫くは死ぬ気で働くしかないか」

「そんなに足りぬのか?」

「親父殿がな……」

「あー、概ね分かったからもうよい。そんなに深刻にため息をつかれるとこちらまでため息をつきたくなるわ」


 そういえばうっかり忘れておったが、こやつの父親を諌めた者が何人も暇を出されておったの。
 それを見てリトリー家を辞してワシの部下になった者もおるし、暇を出された者もほとんどが他の家やワシの部下になっておったはずじゃな。

 優秀な連中ほど居なくなっておるのじゃから、こやつがため息をつきたくなるのも分からんでもない。


「当面は俺が何とか穴埋めするし、カーロンも頑張ってくれてるが……、それにしたって限界がある。
 第一、俺が領地を離れる時はカーロン一人に後を任せっきりになるからなぁ。俺だってそりゃキツイが、カーロンは本気でマズイ。
 もう歳だろうし、無茶をさせたらそのまま倒れそうで怖いんだよなぁ。それだっていうのに平気で無茶するしさ」

「……回せても一人か二人じゃぞ。それ以上は期待せぬ事じゃ」

「本当にスマン。正直助かる」

「まったく。最初からワシをアテにしてくれるのは構わんのじゃが、もしワシが融通出来なんだらどうするつもりじゃったのじゃ?」

「まぁ、俺とカーロンで踏ん張りつつ登用と教育を間に合わせるくらいしか思いつかなかったな。俺かカーロンが倒れるのが先か、人が育つのが先か……」

「今お主やカーロンに倒れられると困るからの。多少助けてやったのじゃから、倒れない程度に苦労するのじゃぞ」


 俺が苦労するのは確定事項かよ、などとぼやくワシと見た目同年代の童じゃが、いずれはこやつがエルト王国を支える柱となろう。
 この歳でこれだけの才覚を表しているのじゃから、ワシの想像は外れてはおるまい。

 アルバーエル将軍やロイア伯爵に、ロイアの息子もおる。奈宮皇国やビルド王国、ノイル王国との関係も悪くない。
 最大の懸念と言っても良かった北部地域の荒廃と混乱も、こやつ自身の台頭である程度どうにかなる目処は立った。
 若いくせにさっさと楽隠居したがっておるこやつには悪いが、ワシは暫く楽をさせてもらえそうじゃの。



 ……この時は、ワシも他の皆もエルト王国の遠くない未来は明るく輝いていると信じて疑っていなかった。
 後にこの地を覆い尽くす事となる戦乱の炎の種火は遥か遠く、長い寿命を持つとて人の子に過ぎぬワシには見通せぬ事が多過ぎた故に。







[12812] 【人財募集中!!】エルスセーナの休日1日目【君も一国一城の主に!】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2011/01/23 20:23
 唐突だが、「王賊」というゲームは基本的にはネームド部隊と大魔法使い部隊のごり押しで何とかなるゲームである。
 大魔のバランスブレイク性能もそうだが、育ちきったジンやアルイエット辺りも鬼ユニットで、硬いわ強いわ速いわの万能っぷりを発揮する。ノーマルの騎兵ユニットに謝って欲しいくらいだ。

 他にも正真正銘チートの竜とかDマジシャンの暗黒乱れ撃ちとか漆黒騎士無双とか声がキモいでゴザル忍々とかバランスブレイクの手段は色々あるが、まぁ、名前有り部隊は(一部の例外を除いて)基本的に強い。

 ……うん、強かった、はず。



 つまり何が言いたいかというと、(指揮官的な意味でも)戦いは数だって事だ。

 そんな訳で、出来れば登用したい人物一覧閻魔帳を作ってみた。



 【傭兵将軍】 ジン=アーバレスト

 MSだったりASだったりするほのぼのレイ○が得意技の主人公。
 有能なのは間違いないが、こちらが御しきれるかどうかすら分からん要注意人物でもある。
 登用できるならしたいけど、現在の居場所すら分からん上に素直に登用されてくれるかどうかすら不明――というか望み薄。



 【メイド無双】 奈津山八重

 高い武力に高い諜報力を兼ね備える上にどこぞの梟雄バリの謀略まで使えるスーパーチートメイド。
 正直ジンよりこっちの方を登用したいくらいなんだが、他国の姫さんヘッドハントする訳にもいかないし……。それ以上に、気が付いたら神楽家領国と全面戦争になってたりしそうで怖いので触らぬ神に何とやら状態。
 まぁ、ジンがコマして副官にするんだろう。



 【突撃軍団長】 ネイ

 原作じゃ魔法使い隊の部隊長として重宝したネコミミツンデレ(微)
 しかし今の居場所がさっぱり分からない上にどういう経緯でヴィストに仕えたのかすら分からないんじゃーどーしよーもない。
 ネイタン可愛いよネイタン。

(注:セージ君はノベライズとか読んでないのでネイの境遇は知りません。)



 【フラグ・クラッシャー(笑)】 セルバイアン

 大体いつも大魔法使い隊の大火力で速攻撃沈されてた人その1。
 優秀なんだろうけど、おまけのイメージが強すぎてアホの子なイメージしかないw
 謀ったな、ジン=アーバレスト!
 登用? 忠誠度100の武将引き抜くとか無理無理。



 【土建将軍】 火山

 大体いつも大魔法使い隊の大火力で(ryその2。
 築城が得意らしいという一点だけで既にセルバイアンより欲しいんだが、こいつも居場所不明なんだよな……。
 しかも、名前からして奈宮系の武将。つー事は、理由は分からんが一度はヴィストに走ったわけだ。
 残念だが、登用するにはリスキーかも。



 【眼鏡の人】 グラサン=ロン毛

 大体いつも(ryその3。影が薄すぎて名前忘れたしw
 序盤の踏み台にされた可哀相な人だけど、その実ヴィスト野郎(将軍)陣の中で一番優秀なんじゃないだろうか?
 まぁ、影は薄いんだが。
 こいつも所在とか出身とかよくわかんねーんだよなぁ。分かれば登用したいのに。

 ……あぁ、ロン毛で思い出した。
 ロンゼンだ!



 【森に住んでない森の住人】 ケーニスクフェア

 アーチャー→ドラゴンナイトという訳ワカメなクラスチェンジをした人。
 男運が無さすぎる上に、敵だと異常にウザイのに味方ユニットとしてはイマイチ。揚句の果てに原作やった限りじゃ正直部隊長に向いてるとは……。
 ただまぁ、確かロードレア公国で戦ってたとかいう描写があったはずなので所在はある程度わか――って、大陸の反対側じゃねーかorz



 【姫将軍】 リディア=アライゼル=ヴィストランド

 こいつも優秀なのは間違いない。なんせ、END後に大将軍になってたくらいだし。
 がしかし、一門武将で引き抜き不能なんだよなぁ。
 ジンがねっとりしっぽり落とすのを待つしかないか。



 【M姫】 ルティモネ=ラックノイル

 Mは魔法のM。他意はない。
 もちろんヘッドハントとか無理なので、ジンがねっとりしっぽり(ry



 【S姫】 一葉

 Sは侍のS。他意は(ry
 もちろん(ry
 ジンが(ry



 【発明家?】 ベッソン=ワークスワーカー

 実は一番チートな人。
 60本/分の連射速度で槍飛ばす装置とか戦闘の在り方そのものが変わりかねないぞ。まぁ、兵器としての信頼度とか槍の給弾とか補給とか問題点は多そうなんだが……。
 ただ、下手に干渉したら発明が出てこなくなるかもしれんと思うと手を出すに出せないかも。
 つか、何時からワーンに配属されたのかすら定かじゃねーんだよなぁ。
 ま、ダメ元でも探してみる価値はあるかな。










 海外勢で名前が分かる限りだとこんなもんか?
 何と言うか、アレだ。全滅(笑)
 ある意味予想通りっちゃ予想通りだな。

 後は、放っておいても(?)戦力化されそうなエルト国内の面子で……。



 【女将軍】 ルカ=マーチカ

 一応貴族の出だったと記憶してるんだが、レゾーだったかクルマドだったか、他の貴族の影響下にあるんだったよな?
 しかも、王国軍直属。
 年齢的にはまだ出仕してるはずもないとは思うが、貴族出身じゃあウチの軍に組み込む訳にもいかないな。



 【嫁がツンデレ】 トール=ロンドリンド

 エンディングによって苗字が変わる『王賊』出世頭っぽいエルトの出来人。
 村人Aから女王直属の部隊長まで出世とかどんなけだよと。
 一兵士からの叩き上げかつ、国土の半ばまでが失陥する負け戦から大陸を縦断する激戦を最後まで生き抜くとか普通に凄いのな。ある意味、他の連中以上にチートかも。
 出来ることなら登用したいが、しかし徴兵できる地域じゃないんだよな、住んでるトコ……。確か、モレザードの街周辺だったはずだけど。
 それに、あのツンデレっ娘との関係考えると登用にも応じなさそうだしなぁ……。



 【我等が無能姫】 アルイエット=ウルザー

 無能は愛称です。
 磨けば光る原石なんだが、問題はどうやって誰が磨くのか、と。
 ……もしかして俺か?
 ぶっちゃけ無理だろ。むしろ俺が誰かに磨いて欲しいくらいだし。
 となると、やっぱ鬼畜軍師様の登場を待つしかないかねぇ。親父さんが教育しといてくれると楽なんだがなぁ……。
 あ、でも公爵で同格だし登用とか無いな。



 【留守番公爵】 ロンギュスト=キューベル

 留守番乙。










 こっちもまぁものの見事に全滅状態か。
 まぁ、よくよく考えてみれば所在がはっきりしてる奴は身分が高くて手が出せなくて、手が出せそうな奴は身分の低さ故に所在がさっぱりってのは当たり前なんだよな……。
 割と原作の内容は覚えてる方だと思うが、そもそも原作でそんなトコ一々細かく語られなかったってのもあるし。

 他にも傭兵3連星とかタロスハート指揮官コンビとかいた気がするが、名前覚えてないとか知らんとかだし探しようがないか。



 ちなみに、現在のリトリー家の武将は――


 【スーパー執事爺】 ヴィンセント=カーロン

 槍兵指揮官。内政と武力が高レベルで纏まってるらしい優秀な家老なんだが、年齢がネック。


 【序盤からいるパラディン枠】 クロード=オイゲン

 そのまんま。優秀は優秀だが、レギュラーメンバーのチートっぷりに対抗できるかどうかは微妙。



 以上!



 ……やっぱ無理じゃね?
 俺自身を含めても武将数3人ではお話にならないだろ……。
 本城からの支援と隣国からの援軍は必須だな。のぶやぼ的にも、リアル的にも。

 さらに言えば、ハイマイル峠の死守は絶対条件になる。
 ハイマイル峠を越えれば後はエルスセーナどころか王都までなだらかな平原地帯が続くのだ。
 当然、大軍の作戦行動には向いている訳で。

 それなんて蹂躙ゲー?



 ……本当に、前途多難だな、こりゃあ。







[12812] ドキッ! 問題だらけの内政編。外交もあるよ ~Part1~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:15


 いやー、それにしてもマックラーまで出向いての釈明&交渉は思った以上に上手くいったね。とりあえず何となく筋が通ってる的な事を勢いまかせに語ったらなんかあっさり通ったしさ。
 途中ものすごく自業自得な所を突っ込まれて思わず熱くなっちゃった時はマズイかなー、とか思ったんだけど。
 ものすごいジト目で見られてた気もするんだけど。
 しかも、どちらかと言うと味方のムストタンが一番ジト目だった気がするんだけど。

 ていうかさ、見た目幼女に詐欺師詐欺師言われるのには地味に凹むよ?
 前世は詐欺師だろって、俺の前世は善良な小市民だっつーの!
 ちょっとオタク入ってたし同人誌は厳密には著作権法違反だった気もするけど、前科持ちとかありえないから。

 まぁ、何気なく会話するうちにびっくりするほど死亡フラグ! な状態になったのは目を瞑りたいかな。借りは返すぜ、とかカッコ良く呟いて敵軍に突貫してあぼーんしてる俺の姿が目に浮かぶ……。
 それ普通に死亡フラグだから。マジでヤバイから。
 でも言っちゃった事は仕方がないので、毒食らわば皿まで。どうしても調達しづらい政務官をゲットしちゃったんだ☆

 ……気分はまるで内臓を闇ブローカーに売り渡す多重債務者みたいな感じ。それに比べりゃもちろんマシなんだろうけど、死亡フラグを回避するために死亡フラグを立てているようでもう本当に胃が痛い……。
 ムストタンに言った義理堅いっていうのは本当だけどさぁ。



 ま、どうせヴィストの攻勢が激化すれば本格的に戦場に立つ事になるんだろうし、覚悟だけはしておくか。





















 ……と、覚悟を決めたはいいものの、だ。
 ビルド王国から帰還しても相変わらず忙しくて忙しくて……。
 普通に政務で時間が潰れてしまってせっかくのファンタジー世界を楽しむ暇のカケラも無い。
 浮かれてるわけでは無いんだが、飛ばされてしまったのなら飛ばされてしまったで前向きに楽しむくらいはしてみたいとも思うんだけどなぁ。

 とりあえず早急に治安維持部隊の設立に動かなきゃならんという事で、手持ちの歩兵500のうち馬に乗れない400ほどをそのまま転用する。
 ただし、その400のうち50は新たに立ち上げる新兵教育施設での教官役等に使うので、最大動員数は350という事になる。
 もちろんこの数字でそのまま動かせるはずも無く、平時の実質動員数という事になると……、まぁ200前後という事になるかな?

 なにか有事が起こった際にはこれが馬車を利用してビルド王国南部国境地域やウチの領内に緊急展開されるのだが、これを多いと見るか少ないと見るか……。欲を言えば全て騎兵で編成したかったんだが、そこまでできる金も時間も無い。
 さっさと立ち上げなきゃいけないってのもあるし、騎兵はできれば正規軍の方に優先配備したいしな。

 とは言え、本当にヤバい時は正規軍の騎兵も供出しなきゃならんだろう。
 まぁ、その頼みの綱の騎兵も今現在新兵の教育と編成作業の真っ最中で暫く動かせないんだけどな(´・ω・`)



 こいつらの軍装については色々考えたんだが、結局エルト王国軍のソレとは別に濃い青――というか藍色で統一した。もちろん元ネタは日本の警察の制服のイメージな訳だが、藍色の染色が一番安上がりだったからっていうのもある。
 赤一色の赤備えとかも考えたんだけど、ヴィストの軍装と被るんだよなぁ……。
 しかも赤の染料が一番高いし。そういう意味でもヴィスト軍マジパネェ。

 名称の方は、ストレートに「警邏巡察隊」、略して警察隊だ。
 残りの連中は「警察予備隊」として、名目上は警察隊の予備兵力として整備を始めているが……。どうみても常備軍です本当に(ry

 もし日本人がいたら一発でバレるよなぁ。
 まぁ、いずれ組織規模が大きくなればバレる――というか流石にツッコミ入るだろうから、そん時は組織を切り離して自衛隊とでも名称変更をするか。



 ちなみに、俺の中では機甲戦力と機械化歩兵による電撃戦が理想というか、ロマンだったりする。なもんで、今のところウチの軍では拠点防衛と地域巡察を任務とする奴ら以外は員数分の馬車と馬が配備されている。

 実際には道路事情が悪いのと騎兵の脆弱さという問題があって理想の実現は困難と言わざるを得ないんだけどな。
 しかもなお悪い事に、自軍より優勢な――それも、下手をすれば圧倒的に優勢な――敵軍を相手に国境線を守るという状況がほとんどであろう事を考えると、想定される基本戦術は篭城戦だったりする。もしくは、拠点防衛と敵後方に浸透侵入してのゲリラ戦の組み合わせとか。


 いずれにしてもせっかく整備した高機動力が無意味すぐる……orz


 まぁ、行軍速度と行軍による疲労の蓄積が全然違うだろうから無意味では無いと信じてるけどね。
 あと、敵軍後方に回り込んでの拠点襲撃とかなら最大限にこの高機動力を活かせるかもだし。そもそも相手を上回る数をそろえられない以上、篭城かさもなくば機動力を活かした機動防御しかやりようが無い。


 ……その高機動力の代償として、ウチの軍は並の軍を上回る凄まじい金食い虫と化しているんだけどな!


 ははは……、警察隊への配備用と訓練用という事で諸々の初期費用をビルドにも負担して貰っていなかったらと考えるとぞっとするな。
 この調子じゃあ、飛竜も使った陸空複合作戦なんて夢のまた夢か。



 とにかく金が出ていくばかりで胃が痛くなってくるんだが、大量の馬を飼育する事によって堆肥の生産と販売が出来るようになりそうなのは嬉しい誤算だ。
 中世ヨーロッパレベルの農業としてはチートみたいな収穫率を誇る米が作付けの主流だというのも非常にありがたいし(ウチの領地は奈宮皇国文化圏の影響もかなりあるのだ)、これなら何とかなりそうだという希望も見える。
 ような気がする。

 だが、文系オタクの半端で偏った知識じゃこれが限界……っ!
 貧弱な見識……、底が見えている……。所詮素人の浅知恵、痩せた考え……!



 ……ざわざわしてても財布は膨らまないから何か考えないとなぁ。王国に低利で貸付を行ってもらうというアテだけはあるから状況はまだマシなんだが、とにかく収入を増やさないと話にならない。
 一応、次の手としては奈宮皇国のヌワタ地方へと通じる街道の建設を考えてはいる。ケインズ万歳!

 まぁ、公共事業で経済を活性化させて、かつ道路整備による交通量と物流の拡大を促すってのはいいとしてだ。
 それがウチの財政の好転という形で目に見えるまでの繋ぎも考えておかないとマズいんだよな……。
 回転資金が足りんからって商人に金を借りるのは金利の圧迫が地味にキツイしなぁ。
 かと言ってムストタンに借金を申し込むのは最後の手段だし。死亡フラグ的な意味で。

 つーか、ケインズ万歳とは言ったがあまりにも手元の資金が少なすぎる。
 そりゃあ、ある程度なら何とかなるんだけど、領内経済は発展しましたがヴィスト軍の侵攻と同時に切り取られてしまいましたー、ではお粗末過ぎるしな。
 肝心要の死亡フラグの事もあるし、やはりある程度数の揃った手勢は必要。そしてかつ、数で対抗できないからには質で上回るしかない訳で。そうなると常備軍編成は絶対必要な訳で。

 でも知ってるかい? 常備軍ってすんごい金がかかる財政のお荷物なんだぜ?
 もう何回も繰り返してる気がするが、大事な事だからまだ繰り返します。常備軍金掛かり過ぎ。



 ……超☆頭痛いYO!



 そもそも、当面の手である街道整備ですらあまりに財政発動規模が大き過ぎてウチ単体ではどーにもならん。
 具体的には、奈宮皇国に支援してもらわないと着工する気が起きません。

 うーむ、獲らぬ狸の皮算用とはこの事か。そしてなんという他力本願。


「そういう訳で、今からオイゲン連れて奈宮皇国まで行ってくるから留守は頼むぞ」

「また留守居役でございますか……」

「カーロン以外に俺の留守を任せられる奴がいない。俺もカーロンも出たら誰がウチの領内の面倒を見るんだ?」

「それはまぁ、その通りでございますが……」

「まぁ、出来る限り早く帰って来れるよう努力はするから納得しておけ」

「……承知致しました。ですが、オイゲンの言う事をこのヴィンセント=カーロンの言葉と思い、決して無茶な事はされませぬようお願いしますぞ」

「分かった分かった。俺だってそんな無茶はそうそうしないって」


 基本的には臆病な子なんだぞ、俺。 どうしようもない時とか、むしろノリと勢いに任せて開き直る事も多いけどさ。
 盗賊団騒ぎの時もそうだったしビルドに行った時もそうだったけど、今回だって内心ビビリまくりなんだぜ?
 必要だから我慢してるけど。

 とにもかくにも、奈宮皇国の支援は必要なんだ。国力を考えれば、ある程度の資金は出てくると期待して良いだろう。

 もし仮に出てこなかった時は……、まぁ、その時はその時で考えよう。





















 という訳で、今現在俺は奈宮皇国の王城まで来ております。

 しかしアレだ、ムストタンの紹介状はマジですげぇのな。見た目ガキの俺を胡散臭そうに見てた衛兵の侍のおっさんの顔色が一発で変わったからな。
 今は控えの間で多少待たされているところだが、どう考えても破格の対応と見て良いだろう。
 王国からの正式な使者ならともかく、今の俺は格下の同盟国のそのまたさらに臣下の一貴族に過ぎない。エルト王国国内であれば3公爵の1人としてある程度の格があるが、奈宮皇国からすればただの田舎貴族だしなぁ。

 それがムストタンの紹介状を持ち出したとたん、他の予定を可能な限り擦り合わせて即日謁見とか。普通にありえねーだろ。
 ケータイ会社の窓口とかじゃねーんだからさ。
 俺的には数日待たされても文句は言わないくらいのつもりで乗り込んだんだけど……。

 しかしまぁ、すぐに会ってくれるというのなら文句は無い。控えの間に通された時点でお茶と茶菓子まで出てきたのにはもう驚きの感覚すら麻痺しそうだった。
 つーか、お茶と茶菓子とか懐かし過ぎる。畳の感触ももうサイコー。
 畳に胡座かいて茶しばいてると本当に落ち着く。

 あー……、羊羹マジうめぇ。


「セージ様は落ち着いておられますな……。流石です」

「オイゲンはやはり畳には慣れんか?
 まぁ、俺の護衛っつーのもあるし無理に落ち着けとは言わないが」

「セージ様がリラックスし過ぎなだけです。
 普通なら、同盟国とは言え遥かに国力で勝る国の王宮に乗り込んでいるのにそこまで落ち着けるものではありませんよ」

「まぁ、2度目ともなれば多少は慣れるからな。ビルドに乗り込んだ時に比べりゃ楽なものさ。なにせ、今回は俺に何か落ち度があったって訳じゃないしな」


 より正確には、畳の絶大な魔力に身も心も溶かされてるだけだから。

 畳×抹茶×茶菓子=超癒し効果。

 マイナスイオンだとかアロマの香りだとか、そんなレベルじゃねーな。


「しかしコレは良い。ウチの屋敷にも欲しいなぁ……」

「では領地へ帰った後にでも増築なさいますか?」

「それは実に魅力的な提案だけど、暫くはやめておこう。俺が贅沢をするよりも領内の立て直しにちゃんとした道筋をつける方が先だ。
 まぁ、全部終わった時の楽しみにとっておくさ」

「そうですか……」


 領民の暮らしが上向かない内から贅沢をするのは反感を買いそうだしなぁ。
 ただでさえ親父殿が無理無茶無謀な搾取をかましてくれてるんだし。
 今は俺が急いでまとめた減税とか治安の良化のお陰もあって不穏な動きは無いが、これで領民感情逆撫でした挙句一揆でも起こされたりしたら洒落にならん。
 治安や民忠をせこせこ上げてる真っ最中だし、元の状態を考えると楽観視なんてとてもとても……。せめて両方80くらいは欲しいよね、と双方60前後のステータスを見ながら呟いているようなもんだわ。

 第一、畳の部屋なんて屋敷に作ろうものなら俺が怠けかねないからなぁ。
 正直、楽隠居がしたいというのは変わっちゃいないんだが……、それが出来るのは全ての死亡フラグを粉砕し終えてからだ。ダルいし面倒だし頭も胃も痛いんだけど、やっぱ死ぬのは嫌だしな。

 ま、これで領内が発展すればその分後で楽と贅沢が出来る、といいな。


「リトリー殿、少しよろしいですかな?」

「うん? あぁ、入って下さい」

「では、失礼します」


 慌てず騒がず立ち上がって服装を整えた俺の気配を察したのだろう。少し間を開けてから廊下側の襖を開けて入ってきたのは、紋付袴に身を包んだおっさんだった。
 歳の頃は40手前くらいか。着物の上からでも分かる筋骨隆々の筋肉達磨なんだが、顔はどちらかというと男前。物腰は見るからに武官系だが、戦バカって訳でも無さそうだし……。

 見た目だけでも既に敵に回したくない感じがする人だな。


「お初にお目に掛かります。私は陛下の下で一軍を率いております風林と申します」

「私のような若輩者にそのような丁寧な挨拶、痛み入ります。私はエルト王国に仕えますセージ=リトリーと申します。それと、こちらは私の部下のオイゲンです」


 紹介され、無言で頭を下げるオイゲン。警戒心バリバリだが、別にそこまで警戒するような状況でも無いと思うんだがなぁ。
 や、護衛としては優秀で結構な事なんだけど。


「それで、風林殿は私に何かお話でも……?」

「こう申しては失礼かもしれませぬが、家を継いだばかりの10歳の少年が僅かばかりの供のみを連れて王城まで乗り込んできたと聞いたものですから。
 某としても貴殿がどのような人物か、興味がわきましてな」

「まぁ、そうかもしれませんね。でも、それだけはないのでしょう?」


 そう。

 俺がほとんど単身ここに乗り込んできたという、それだけでは理由としては物足りない。
 見てくれと話し方とだけの判断だが、このおっさんは本編で描写があってもおかしくないクラスの武将だぞ。なにせ、俺如きが一目見て明らかにコイツは“違う”と思うくらいだ。
 そんなのが、たったそれだけの理由で貴重な時間を割いてまでわざわざ会いに来るものかね?


「ははは……。流石に公爵殿はムスト殿に紹介状を書かせるだけはありますな。
 ムスト殿に紹介状を書かせるほどの童が王城に来ていると聞いて駆け付けた甲斐があったというものです」

「ムストの紹介状、ですか……。彼女は我が国の内務大臣をやっているのですから、我が国の貴族であれば紹介状を得るのはそう難しくは無いでしょう」

「まぁ、普通ならそう思うのでしょうが、しかし無能な者に紹介状を書くほどムスト殿の目は曇ってはいないだろうというのが某の見るところでしてな。ただエルト王国の貴族であるという理由だけではムスト殿の紹介状は得られぬでしょう。
 だが、貴殿は僅か10歳でその紹介状を得る事が出来た……。これで興味を持つなという方が無理というものでしょう? 某も、ムスト殿に認められた大器を一目見てみたいと思いましてな」

「なるほど……。それで、私は風林殿のお眼鏡に適いましたか? 実際に見てみて私の器が謁見に値しないと判断されれば、陛下へのお目通りを取り消されるおつもりだったのでしょう?」

「はっはっは! いやお見事、そこまで見通されておりましたか。今代のリトリー公の俊英なる事は風に聞いておりましたが、聞きしに優るとはこの事ですな。これまでの無礼、平にご容赦下さい」

「いえ、私も随分と生意気を言いましたので……、むしろ謝らなければいけないのは私の方ですよ」


 いやー、よくよく考えてみればお前俺の事を試してただろ、なんて指摘するなんてありえねーよな。思わずついうっかりで指摘かましちまったけど、ここは敢えてスルーしておく一手だった。
 おっさんは豪傑っぷりを披露して笑って水に流してくれてるけど……、目が笑ってねーよ。警戒心バリバリじゃねーか。



 参ったなぁ……、そりゃあ隣国の――それも国境を接してる地域に優秀な領主がいるとなれば警戒する奴だっているよなぁ。
 でも、このおっさんマジ有能だよ。いくら領地が隣接してるからって、格下の同盟国の一貴族――しかもまだ10歳のガキ――相手にこれだけ警戒できるんだもん。軍人の鏡だわ。
 普通、コイツ優秀だしチェックしておくかー、くらいで終わりだろうが。それで警戒するような奴は度を越した臆病者か油断も隙も無い軍人くらいなもんだっての。


「某が貴殿と同じ年頃の時はもっと生意気な悪ガキでした故、謝られる事はありませんぞ。それに、その程度の事で頭を下げさせたとあっては某にいいところがまったくありませぬからな」

「そう言って頂けると助かります」

「しかし、貴殿が奈宮皇国に仕えていないというのは誠に残念ですな。某も、貴殿のような息子がおれば楽隠居ができるのですが」

「はぁ……」

「あぁ、いや、つまらぬ愚痴を申しました。気にしないで下さい」


 別に、俺の頭の出来が特別良いって訳じゃないんだけどな。ただ単に、別の世界で積み重ねられてきた歴史の知識を半端に覚えているってだけでさ。
 10歳分くらい若返っているのと併せてチート乙ってな感じにはなっちゃいるが、もう10年もすればタダの人だぞ。元の頭の回転まで良くなっているわけでも無し。

 ……まぁ、一応そこそこの大学には受かってるんだから絶望的に頭が悪いわけでもないか。
 あぁ、いや、もしかして一応どころか普通に高等教育受けてる時点でこの時代の大多数の人間と比べたら普通にチートなのか? その辺りのトコはイマイチ良く分かってないんだが……。

 いずれにしても、貴族くらいなら高等教育の1つも受けてるだろうし、それを考えれば大したアドバンテージにはならないだろうなぁ。


「では、そろそろ頃合ですので陛下の元へご案内致しましょう」

「かしこまりました」

「陛下も貴殿の事は興味を持っておられたので、そう悪い事にはならないと思います。何を具申されるのかまでは聞きませぬが、我が国にとって益になる事であれば陛下もお聞き入れになる可能性は高いでしょう」

「そうですね……、多少費用はかかりますが奈宮皇国にとってもエルト王国にとっても良い話だと思っていますので、そこら辺を誤解されないようにご説明したいと考えていますよ」

「ふむ……、某も側で聞くのを楽しみにしておりますぞ。では、参りましょう。オイゲン殿はしばしこちらでお待ちを」

「はっ!」

「案内、よろしくお願いします」


 さて、いっちょ本番といきますか!







[12812] ドキッ! 問題だらけの内政編。外交もあるよ ~Part2~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:16


 さて、謁見の間に来たはいいんだが、入室と同時にものすごい勢いでガンつけてくる幼女がいるんだが……。あぁいや、歳の頃からすると幼女というのはギリギリ違うか?
 あの年頃でここにいる事からしてまず皇族なんだろうが……、とりあえずスルーだな。

 で、正面にいるおっさんが皇帝か。原作で倒れるの倒れないのと言ってた割にはちと若くねーか?
 こっから歳をとればどうなるのかっつー問題もあるけど……。
まぁいいや、とりあえず平伏平伏。





















「本日は陛下に拝謁する栄誉を賜り、誠にありがとうございます。私はエルト王国に仕えます貴族が一人、セージ=リトリーと申します」

「うむ。噂には聞いていたが、やはり僅か10歳とは思えぬな……。楽にするがよい」

「はっ! ありがとうございます」


 やはりアレだな、俺としては丁寧に丁寧にと心掛けて普通に挨拶してるだけなんだが、10歳という年齢補正が偉大過ぎる。
 そりゃあ、いくら貴族の家に産まれたからってたかだか10歳のガキがしっかりとした口上で挨拶するなんて事はそうそうできる事じゃないとは思うんだけどな。

 うーむ、チート万歳。

 で、さっきからガン飛ばしてる子は目を丸くしているな。まぁ、無理も無いが……。



 しかしこの程度で驚く幼女はただの幼女だ。
 全く驚かない幼女は良く訓練された幼女だ。
 ホント謁見は緊張するぜぇ! フゥーハハハァー!!



 サーセン、ネタに走ったけどマジで驚かないチート幼女に隣に居て欲しいかも。内政外交の場面じゃムストタンが頼りになりすぎるんだぜ。


「して、ムスト殿の紹介状まで持ってこちらへ来たという事は、それなりの事を申すつもりなのだな?」

「その通りでございます。婉曲に申しましても時間の無駄ですので単刀直入に申し上げますと、これから私の領地で起こす事業への援助をお願いしたく参りました」

「なるほど……。しかし、字面だけを聞くと実に奇妙な話だな。それならばまずそちの主に話を持って行くのが筋では無いか?」

「確かに陛下のおっしゃる事も正しいのでございますが、少しばかり事情がございまして。奈宮皇国にこの話を持ち込んだ理由をこれより説明したいと存じます」

「よかろう、話してみよ」


 よし、とりあえず門前払いだけは無くなった。後は理詰めで話を詰めていけば興味くらいは引けるはず。
 気合い入れて行けよ、俺……!


「まず事業に付いての説明を致しますが、これは簡単な話でございます。私の領内を通りますマックラー・エルストーナ間を結ぶ街道をエルスセーナ近郊から分岐し、ヌワタ地方内の街道へと繋げます。それも、2頭立ての馬車が楽にすれ違えるほどには広い道にするつもりです」

「つまり、主要街道並の街道を新たに敷設するという事か。
 しかし、それならばなおさらまずロイア伯爵殿辺りにその旨を申してみるべきではないか? 我が国の領内にも関わる話であるから無論こちらでも対応はするが……」

「それでもよろしいのですが、残念な事に我がエルト王国と奈宮皇国とでは国力に圧倒的な差がございます。そして、投下される資金力はそのまま工事期間の長短に繋がります。
 もちろんそのような事は陛下には興味が無い事と存じますが……、この新たな街道が奈宮皇国に新たな富をもたらすとすれば話は変わりましょう」

「ほぅ……」

「少し話が変わりますが、現在のヌワタ地方に関していささか他の地域に比べて税収が少ないとお考えではありませんか?
 ここ皇都から離れているとはいえ、ここに来るまでの道中で観察した限りでは少し他の地域より見劣りする点も見受けられましたが」

「確かにそちの言う通り、彼の地の税収はそう多くは無い。まぁ、彼の地にはこれといった産物も無いからな。ビルド王国やエルト王国、神楽家領国と接する地方だという事以外に何ら見るべきものは無い地域ではあるが……。
 しかし、我が皇国には他に豊かな地がいくつもある。それで困るという事は無いぞ」

「確かに、皇国は広大で豊かですからね。ですが、ヌワタ地方も秘めたポテンシャルは小さくはありません。仮に、ヌワタ地方の税収を1年か2年、街道建設に振り分けた場合の事を論じましょう。

 ――まず、新たな工事を行う事によって人足として出稼ぎに来る者が増え、一時的に様々な物品の消費量が増える事となります。それに伴い、商人たちが新たな商売の機会と捉えて彼の地に集まり商売を始める事でしょう。
 ……この時点で、少しばかりヌワタ地方の税収が増加します」


 これはある程度分かりやすい話だ。
 しかし、これだけではメリットにはならない。
 税収が一時的に増えただけでは投下した資金を回収しきれないからだ。


「続いて、街道を敷設した事により人の流れと物の流れが変化します。
 現在ヌワタ地方が複雑な国境地帯であり要衝であるのに交通の要地となっていないのは、ひとえに人や馬車が通りやすい街道が無いからでございます。
 今は皇国より西との交易はエルト王国やノイル王国と海路を使った交易をするのみに留まっておりますが、ヌワタ地方にもし主要街道並の街道が通ったならば、商人達は皇国の産物を沿岸諸国のみならず、ビルド王国やヘルミナ王国へ売り込む事すら可能になります。
 つまり、今豊かに栄えている地域がより栄える事となります」


 恐らくまだ奈宮国内には生産力に余力がある。
 もし生産力に余力が無いとしても、利に聡い商人達が新たな市場に見向きもしないハズが無い。
 街道の敷設を呼び水として需要を掘り起こした事によって供給の拡大が可能になれば、それは即ち生産量と売上高の増加に繋がり、税収の増加として返ってくる。


「さらに、ヌワタ地方を介して人や物が動く事により、ヌワタ地方そのものに金が落ちます。
 金が落ちるとなれば人が集まり、人が集まれば物が集まります。そうなれば自然とヌワタ地方で産する物品も増えるでしょう」


 最終的には、ヌワタ地方そのものが豊かに成長する、と。
 ここまで理想的に成長するかどうかはヌワタ地方を統治する領主の才覚次第だが、余程の馬鹿が統治していない限りはある程度の成果は上がるはずだ。

 順を追って説明し終えて一息つくと、俺の前で皇帝をはじめとする皆が絶句して固まっていた。
 風林のおっさんだけが面白そうに笑みを浮かべているが、さっきの女の子なんて口が半開きになったままだ。

 途中から合いの手も反論も来ないとは思っていたが、それだけ集中して喋っていたという事か。
 うーむ、経済なんざ完っ壁に専門外だからかなり与太話に近いと思うんだけど、そんなに衝撃的な事かね?



 あー、でもまぁ、この時代の街道の役割を考えればインフラ整備の考え方は新鮮かもしれない、か。軍用道としてしか認識されてない可能性まであるしなぁ。
 そこまでではないにしても、理論立てて経済効果を論じる奴が果たしているかどうか。

 つーか、マクロ経済っていう概念すらあるのかどーか、か。
 俺自身の知識が生兵法でも、概念自体がなけりゃあそりゃあ衝撃的な話になるか。

「街道を、一本作るだけで……、それだけの事が起こるというのか……?」

「そうです。他の地域ならいざ知らず、ことヌワタ地方に限ればそう的を外した意見ではないと愚考します」

「仮にそれが本当であるのならば、確かに我らが資金を融通するだけの価値は有るが……」

「では、最後にもう1つこの街道を敷設する事で得られる最も大きな利を述べたいと存じます」

「まだあるというのか?」

「……来るべきヴィスト王国との戦の際の軍勢移動時間の大幅な短縮です。
 ヌワタ地方とエルト王国中枢部を結べば、双方の援軍が短時間で互いの戦地へ移動できます」

「なっ……!」


 今度こそ、謁見の場の空気が凍りついた。
 先ほどまで面白そうに笑みを浮かべていた風林のおっさんでさえ、眼光鋭くこちらへ視線を向けたまま口を一文字に結んでいる。


「馬鹿な……。そちはヌワタ地方が最前線になるとでも申すのか?!」

「仮にヘルミナ王国が陥ちた場合、既に属国と化しているウィルマー王国の立場はさらに弱くなり、完全に併合されてしまうでしょう。
 今でさえヴィスト王国と一対一でやりあえる国はそう多くはないというのに、そうなってしまえば国力で彼の国に比肩しうる存在はここ奈宮皇国のみとなってしまいます。
 ロードレア公国もビルド王国も単体でヴィスト王国に対するにはやや国力が不足している上に、あまつさえビルド王国の王都マックラーはヘルミナ王国が陥ちればその柔らかい脇腹を敵前に晒す事となります」

「つまり、そう遠くない将来にビルド王国はヴィストの手に落ちる、と」

「このまま何も行動を起こさなければそうなると、私は確信しています」

「……良かろう。そちの言う街道敷設に関しては余が責任を持って資金を出そう」

「ありがとうございます!」


 よっしゃーっ!
 これでとりあえず当面打てる手は全て打った事になる。帰ったら帰ったで事務処理の山が待っているだろうが、当面の厄介な問題がクリアできる目処が立ったのは大きい。

 これでだいぶ気が楽になった。


「それにしても、これほどの才能の持ち主が我が国ではなくエルト王国に産まれるとは……。ムスト殿の事といい、天は二物を与えず、という事なのかの」

「未熟な身にはもったいないお言葉、恐れ入ります」

「ふっ……、それだけの弁舌を披露してなお未熟と申すか。そちが未熟な身であるのならば我が娘は今だ青い実にすらなっておらぬな。そう謙遜せずとも良い、褒め言葉くらい素直に受け取っておくがよい」

「はっ、ありがとうございます」


 あー、あんまり謙遜しすぎても失礼になるか……。とはいうものの、素直に受けとって増長していると思われるのもマズイしなぁ。
 一度は謙遜しておくのが形式みたいなもんか?
 まぁ、えらく上機嫌だからいいけど……。

 それに反比例するように例の女の子の表情が沈む事沈む事。見ていて何だか気の毒ですらある。


「それでは、この後の細かい事は風林と詰めるが良い。一葉も、後学のために同席するのも良かろう」

「御意」

「はい」


 え、あの女の子って一葉だったの?
 原作じゃ侍ユニットがほとんど使えない上にイベントも無いという事でずっとお留守番扱いだった一葉?
 上になる事にこだわりを持つエロ担当の子の?

 ……ごめん、少し言い過ぎたかも。



 しかし、あのつるぺたがあの破壊力のスタイルに育つのかぁ。しかも、原作じゃ奈宮皇国側の主要メンバーの中で一番有能っぽい描写をされてなかったっけ?
 なんという才色兼備。
 せめてゲームのユニットにもその有能さが反映されてりゃもう少し使っただろうに……。


「…………」


 うーん、何だかとっても目の敵フラグを立ててしまった気がするんだけど、大丈夫なのか?





















 しかしまぁ、フラグはともかく今は細部の詰めが先だな。



 と言っても、費用試算すら出来ていない――というか出来ないので、予算面に関してはとりあえずヌワタ地方からの税収をもって充てるという事を決めただけで終わってしまった。
 上限枠はさっきは提示されなかったんだが、まぁ、こんなものだろう。皇国としてもそれ以上に費用を出す気にはならんだろうし。
 一応こっちからも資金は出すから、足りなくなるという事は考えなくてもいいと思っている。

 やや泥縄式だけど、実際いくらかかるかの試算が技術的にも人員的にも出来ない状況なんだよなぁ。
 超おおまかな概算なら出るけど、んないい加減な数値を基にして予算組めないし。
 少なくともウチ単体じゃ無理ってだけしか分からないような状況でどうしろと?

 しっかし、ヌワタ地方の税収が振り向けられるだけでウチの出せる予算と桁が1つ違うとか、やはり奈宮は凄いとしか言いようが無い。
 あとは、工事に関する実務のために数名の経験豊富な内政官が派遣されてくるという事も決まった。

 もちろんウチが不正をしないかという監視を兼ねてるわけだが、ウチの内政官のお寒い人員事情を考えればすぐに事実上の事務方トップと化すだろう。
 むしろ、ウチの内政官をしごき上げて鍛えてやって欲しいとすら思ってたりする。現場の事務方を取り扱う人員には頭を悩ませていたので、これは渡りに船といえた。

 ただし、建設自体はヌワタ地方側から開始する事に決まった。
 一応こちらからも既存の街道――とも言えない貧弱な物だが――の拡張工事をするという形で工事は開始するが、奈宮側から出てくる資金に関しては全て向こう側から開始する工事に充てられるという事で。これはもう当然と言えば当然の事なので文句を言えるはずも無い。
 そもそも、どっちから工事を始めようと開通しなきゃ戦略的には意味が全く無い街道なので、最初から文句なんて無い。

 その他、野営テントの貸し出しとか人足用の糧食の確保に関しても万全を期したし、資材の確保やその輸送に関しても現地調達しきれない糧食まで含めて商人から調達するという事で合意した。
 その際、工事の進捗状況によって何回か入札を行うという事で風林のおっさんを説得するのに少し手間取ったけど。

 入札に参加するのは奈宮とエルトに本拠のある一定以上の大商人という事にしたので、これで多少は奈宮の大商人との繋がりも出来るといいな。
 あと、資材とかが安くなればもっと嬉しいな。



 談合とか贈賄とか、考えなきゃいけない負の側面もいっぱいあるけどな!


「今決めておく事はこれくらいでいいですかね……」

「そうですな。後は、万が一人足が不足しそうになった場合どうするかですが……。現地から調達しますかな?」

「ちゃんと給料を支払ってさえいれば、むしろ余る事の方が起こりそうですがね。まぁ、万が一そうなったらウチの連中を連れて行きますよ。人数の足しにはなるでしょう」

「む……。お気持ちはありがたく頂戴しますが、しかし有事でもないのに兵を領内に入れるのは……」

「あぁいや、違いますよ。ウチの連中とは言っても、輸送や土木工事専門の非武装の奴らですから。自分の身くらいは守れてもらわないと困るんでいずれ訓練を課すかもしれませんが、今のところは槍を握った事も無いタダの素人です」

「ほぅ……」

「と言っても、まだ数が少ないので領地に帰ったら改めて増員しなければいけませんが。今回連中を使うかどうかに関わらず、まともな頭数は揃えておきたいですからね」


 連中には後方任務をまとめて担当してもらうつもりなのだ。
 正面戦力と同じ数だけ、というのは無茶だが、多少は余裕を持たせて編成したい。正面戦力以上に重要とも言える奴らだから、早めに予定の数を揃えておきたいというのもあるし、少し急いで増員するつもりだ。

 なにせ、槍を構えて陣を組むだけなら半分素人みたいな新兵でも形くらいにはなるが、職人に近い存在になるであろう後方部隊――特に工兵――の奴らはそうは行かない。
 前線に野戦築城したのが戦闘前に自重で崩壊するとか、そういった類の光景なんて想像したくもないからな。
 だが、職人というのは育てるのに時間が掛かるのだ……。

 あと、軍・政関わらず優秀な官僚も育てないと……。
 こっちも正面戦力と同じかそれ以上に重要な人材だし、やっぱり育てるのに時間が掛かる。



 もちろん正面戦力の連中だって育てるのに金と時間が掛かるんだけどな!



 しっかし、こんな事でヴィスト軍の進攻までに準備が間に合うのかよ? 我ながら心配になってきた。
 近代軍制に近い形での常備軍を一から育ててるようなもんだからなぁ。最低でも2――いや、3年は欲しいところなんだが。


「むぅ……。荷駄の人足を揃えて運用するのであれば聞いた事がありますが、なかなか斬新な隊ですな」

「まぁ、先代が散々領内を荒らした後ですので好きにやらせてもらっています。
 ただ、若い内の苦労は買ってでもしておけとは言いますが、荒れ果てた領内を立て直しながらヴィスト王国の動向を警戒してそれに備えなきゃいけないというのは……。家を継いだばかりの若造にとっては厳しい話ですよ」


 半ば愚痴みたいになってしまったが、軍制についての情報は出来る限り流出しないように抑えておきたいので話を逸らしておく。
 後方任務専門の部隊が新設されるという話は流出してしまうが、それをどう使うかまではまだ教えたくないのだ。

 前線近くに策源地として砦を築くのは普通にやられているようだが、野戦築城系の技術はまだ無いと考えて良さそうだしな。戦略レベルでの高速機動と野戦陣地を組み合わせれば数が少なくてもある程度戦いにはなるだろう。

 いずれ流出する技術ではあると思うけど。


「貴殿には……」


 一葉タンが何かを言いかけたが、何故か最後まで言いきらずにうつむいてしまった。

 俺なんて大した事ないんだから、そんなにビクつかなくてもいいのに。


「私自身の事ならいくらでも答えられますから。遠慮無く何でも聞いて下さい」

「……貴殿の、私にとっての風林のような師はどなたになるのでしょうか? 一度お会いしてみたいと思うのですが……」

「うーん……、何か分からない事があればその都度周囲の者に聞いていますし、特にカーロンには世話になっていますが……。特別に師と仰ぐような者はいませんね」


 うん、敢えて言うなら高校の時にお世話になった担任の先生かな?
 しかしまぁ、当然そんな事は言えない訳で。こうなってみると日本の教育システムって凄かったんだなぁ、と思うね。
 問題点も一杯あるんだけどさ。


「そんな事が……。師を持たずに、そのような……」

「いやまぁ、私が特殊なだけですよ。羽ペン片手に予算が足りねぇなんてボヤきながら悶絶する10歳児なんて、私の他にもいるのなら見てみたいものですよ」

「…………」

「焦る事は無いんですよ、一葉殿。貴女には風林殿という優れた師もおられますし、才覚にも恵まれているように見受けられます。驕らず精進すれば必ず良き為政者になれます」


 なんか思い詰めてるみたいだからうっかり語っちまったけど、俺が言っても説得力ないと思えちゃうんだよなぁ。

 なにせ、俺は単純にズルしてるだけなのに対して彼女は地の頭の出来が抜群だしさ。
 今は下駄を履いている分俺の方が勝ってるけど……。時間を経て知識と経験を得た彼女と、時間を経て記憶が薄れてメッキが剥がれた俺とでは勝負にならないとしか思えないのな。

 まぁ、勝負する気にすらならないんだけどさ。


「納得できませんか?」

「貴殿と私では何が違うというのですか? 私にも貴殿のような知謀があれば、父上を助けられるのに……」

「繰り返しますが、焦らない事です。今はそうではありませんが、強大な奈宮皇国といえどいずれ必ず揺らぐ時が来ます。その時こそ、貴女の力が必要とされる事でしょう。ですから、今はじっと力を蓄えるべきです。
 ……私は、たまたまその時が貴女より早く来ただけなのですから」

「なら、その時が早く来れば良いのに……」


 ……俺は、出来れば“その時”は来て欲しくないと思っているんだがな。

 “その時”の事を理解しているらしい風林のおっさんは苦笑いしているだけだが、俺の言う“その時”とは即ち奈宮皇国の後継者問題が噴出する時に他ならないからだ。
 別に平和な時ならお家騒動の1つや2つ、こっちに迷惑さえ掛けなきゃ知ったこっちゃないんだが……。今はヴィスト王国の圧力という大問題がある。

 奈宮皇国の国力であれば、ヴィスト王国の攻勢だけならば余程の下手を打たない限り致命傷にはそうはならない。
 局面的には押し込まれるだろうが、奈宮がどうこうなる前にカーディルの寿命が尽きるだろう。

 だが、これに国内の混乱が重なるのであれば話は別だ。
 原作では皇子2人と一番上の皇女の旦那が跡目争いをしていたとか言ってたし、このフラグはあまりにも危険すぎる。



 ヴィスト王国の攻勢は“その時”じゃないのかって?
 そりゃあまぁ、原作開始時点の勢力範囲くらいまで押し込まれればヤバいが、神楽が陥ちなきゃどうという事は……。

 って、そういえば強制イベントで都城陥落するんだったっけ。

 うっわー、思ってるよりヤバいなぁ。
 まぁ、原作通りの進行ならギリギリ耐えてくれるんだろうけどさ。
 極論すれば、ジン=アーバレストがウチの王国に来るまで耐えきれば後は極悪非道の主人公様が何とかしてくれるんだし。俺はそれまで領地を守り切れれば、何とかなるだろ。

 ……極悪非道の主人公ってのは言い過ぎか?



 まぁいいや。
 いずれにしてもこの子はすぐに頭角を現すだろうし、そうなれば微妙な立ち位置とその優秀さ故に主人公の毒牙にかかるんだろうなぁ。

 こんなに良い子で、しかも美人さんなのに。もったいない。


「ところで話は変わりますが、セージ殿は嫁を貰う話などはありませんのかな?」

「……は? いや、私はまだ10歳になったばかりなんですが……」

「別にその年頃であれば婚約の話が出てくるには早いという訳ではありますまい。書を紐解けば産まれて間もない娘と立って歩き始めたばかりの稚児との婚約という話すらあるくらいですぞ」

「いやまぁ、そりゃそうかもしれませんが……。俺はただの田舎貴族ですよ? どこぞの王族というわけでも無いのにそういった話は……」

「そうですかな? 貴殿ほどの知謀の冴えを見せる童ならば、婚約の1つでもして自らの勢力に繋ぎ止めておこうという話が出てきても不思議では無いのですが。
 例えば、エルト王国は確かエルネア様が13歳で貴殿とはちょうど歳の頃が合うと思うのですが……」

「いやいや、エルネア様は陛下の一人娘ですよ。いくらなんでもそこまで思いきった話は出て来ないでしょう」


 これから先のエルト王国の立たされる状況を考えると、いくらなんでも一人娘を何の武勲も無いガキと結婚させるのは無理だろう。
 平和な時代なら……、いや、それでも無いな。ウチがいくら名門だとは言え、他の貴族の反発も大きいだろう。

 つーか、普通に暗殺フラグとか立ちそうだから慎んで遠慮申し上げたい。
 だいたい、今の領地だって重荷になりかねないのにこの上さらにエルト王国の行く末まで背負わされたりなんぞしたら洒落にならん。


「それに、いくら頭が回るといっても所詮なんの後ろ盾も無い10歳のガキですから。流石にエルト国王の座を手にするにはいささか政治力が足りませんね。話が出た途端暗殺でもされるのがオチですよ」

「そこまで理解しているのならなおさらですが……、しかし貴殿のような俊英をつまらぬ権力争いの贄に差しだすのも馬鹿げていますな」


 うぇ……、やっぱこのおっさん油断ならんわ。
 もし仮に俺が奈宮皇国の敵に回ると確信したなら容赦無く謀殺しにくるぞ。それも、エルト国内貴族間の勢力争いに見せかけてさっくり暗殺するくらいやりかねん。
 一応、この先奈宮皇国を敵に回す事だけは無いと思うからその死亡フラグは立たないと信じたいけど。


「風林、1つ聞きたいのだけど……。私がセージ殿と結婚すれば父上を助けられるのではありませんか?」

「そうですな……、セージ殿の将来性を考えれば悪くない考えだと思いますぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 一葉殿と私では家格が釣り合いませんよ。それに、いくらお父上を助ける為とは言え好きでもない男に嫁ぐ事は無いでしょう!」

「いえいえ、ご謙遜をなされる事はありますまい。リトリー公爵家と言えばエルト王国の建国に最も貢献した名家にございましょう。建国当初は王家に並ぶほどの名声を誇ったと聞いていますぞ」


 はぁぁっ?! ウチってそんな大それた家だったの!?

 って、そんな事に驚いている場合じゃねー。この歳で薔薇色の鎖に繋がれるとかありえないから。
 そんでもってそれ以上に、奈宮皇国のお家騒動に巻き込まれかねないとかマジで勘弁願いたい。頭が痛いとか、そんなレベルじゃねーぞ。

 いやしかし、これで奈宮皇国からの援軍が期待できるというプラスもある事には――お家騒動による混乱で差し引きマイナスになるんですね、わかります。

 ……そもそも、こんな縁談王家に無断で組んだら普通にマズイだろ。それだけで反乱の意思ありとして処断されかねないっつーの。


「ま、まぁそのような話はここでしていても埒があきませんから……。いずれにしても皇帝陛下がお決めになる事ですし、私の意志はどうあれまずはエルト王国を通して頂かないとお答えできかねます」

「確かに、仰る通り我々がどうこう言っていてもそれで決まる話ではありませんな。姫様も、そのお考え自体は決して悪いものではございませんでしたから、落ち込まれたり焦って先走ったりしないようお願いしますぞ」

「はい……」


 なんかドッと疲れたな……。
 別にこんな色々なフラグを立てたり潰したりするためにこっちに来たんじゃないんだが……。

 まったり貴族ライフを楽しむ余生を目指しているはずなのに、全速力であさっての方向に突っ走ってる気がしないでもない今日この頃。
 ……俺、本格的に胃薬が必要かもしれん。



 さっさと領地に帰りてぇ……。







[12812] 【過労死フラグも】エルスセーナの休日2日目【立っています】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:17

 さて、唐突だが。
 この世界でも普通にあるサンドイッチという料理は、俺が知っている限りだとイギリスのサンドイッチ伯爵だか男爵だかが発明した料理だったはずである。詳しくは知らんが。
 なんで名前が同じやねん、なんてツッコミは野暮だから置いておくとしてだ。

 かの貴族様は「カード(トランプ)を楽しむ、食事も取る。両方しなくちゃいけないトコが道楽貴族の辛いところだな。覚悟はいいか? 俺は出来てる」とか言ったとか言ってないとか。
 片手で食事が出来るのは便利だよねって話だが、もう片方の手で持ってるのがトランプじゃなくて部下の報告書な辺りが救われない。



 領地に帰って来たはいいが、相変わらずゆっくり飯食う暇もねぇのかよ……。


「報告書を読んだ限りじゃ、街道筋周辺を中心とした地域の治安の改善には一定の成果は出ているか」

「はい。ただ、これまでに捕縛されなかった連中のやり口は徐々に巧妙になってきています」

「んー……。まぁ、それは予想の範囲内だ。どうせ、無法を働くリスクが高いと知れれば数は自然と減るだろ」


 犯罪の根絶なんて無茶を言うつもりはない。
 だけどまぁ、何か困った事があったら警察に相談するなり通報するなりできる環境が作れたらいいな、と。


「俺としては、ビルド王国領内の街や村落での犯罪が増加しないかどうかが当面の心配事だな」

「はぁ……。ですが、街村での我々の活動は必要無いと……」

「そりゃあ、ビルド王国としては人口集積地での捜査やら捕縛やらの権利は手放す訳にいかないだろうからな。一応共同組織にはなっているが、実働員はこちらの人間が殆どなんだし。
 ただ、一般ピーポーからすればんなセクト争いなんてどうでもいいから結果出してくれ、と。そうなるもんだしな……」


 玉突き現象すら起こりかねないんだが、ビルド王国側はその辺りに危機感を持っているのかどうか。
 面倒事は出来るだけ他人に押し付けたい、なんて安易な考えの貴族もちらほらいたみたいだし……。

 激しく不安だ。


「しかし、我々には権限がありませんよ?」

「その言い分が通じればいいんだがな……。何にせよ、確かにこちらに権限が無い事も確かだ。心配していても仕方ないか」

「では、彼等が泣き付いて来た時の対応も準備しておきますか?」

「泣き付いて来てからで構わん。もしそうなったら、その時は内密に相談されるくらいはあるだろう」

「はっ!」


 それにしても、照り焼きサンドがバカうまである。和風食材が一通り安価で手に入るのはマジでありがてぇ……。
 これが唯一の俺の心のオアシスだよ。現実逃避とか言う人嫌いです。



 で、部下と入れ代わりで入って来たメイドさんは何故そんなにオドオドしてるのカナ? してるのカナ?


「あのぅ、セージ様……。マイル商会の会長がお目見えなのですが……」

「は? そんなアポなんか無かっただろ」

「ふぇぇ……。その、あの、アポイントが無いとダメです、って言ったんですけど……」

「強引に押し切られたか……」

「す、すみません」

「流石にそういう事を勝手に判断されちゃ困るんだけど……」


 家内の主な連中はそれぞれ出張中だしな。カーロンでもいれば話が別だったんだろうが、新人メイドばっかじゃなぁ。
 この子を責めても仕方ない。

 つか、中学生くらいの女の子捕まえて虐めてるみたいでアレだしな。


「私はどんな罰を受けてもいいですから、弟だけは……」

「あー、心配しなくてもそんな下らん事で罰したりしないから。まぁ困るのも事実だけど、あそこの会長が相手ではしょうがないさ。次から気をつけてくれればいい」

「あ、ありがとうございます!」


 マイル商会と言えば、親父殿がお抱えにしていた商人だ。そのせいかどうかは知らないが、黒い噂も多いらしい。
 つーか、火の無い所に煙は立たないと言うがあそこに関しては真っ黒だった。

 親父殿に取り入って税を免除されていたばかりか、公爵家の消費物等の売買も一手に取り仕切っていたとか。しかもやや割高。
 さらに、ウチの領内での商売における有形無形の優先権まであったとくればやり過ぎにも程がありましょうぞってなもんだ。

 カーロンは何も言わなかったが、当然それに見合った見返りが親父殿に流れていたはずで。
 ほぼ間違いなく女と酒だな。
 下手をするとクスリまであるかもしれないが……、カーロンの様子からするとあまり宜しくない事態だったと考えた方が良さそうだ。



 そんな相手が面談要求ねぇ……。あまり愉快な時間にはなりそうにもないな。





















「お忙しいところを申し訳ありません、公爵様」

「いや、執務がちょうど一段落したところだったのでな。気にする事はない」


 応接室のソファから立ち上がった中年のおっさんと握手を交わすが、この時点で既に部屋の空気はよろしくはない。
 客人待たせるとか良い身分だなゴラァ、こっちの都合も聞かずに押しかけてくるとか最悪だなテメー、という応酬に近い事をにこやかに青筋立てながらやっているのである。

 これで部屋の雰囲気に問題が無いように見えたら問題だろう。


「それで、貴殿程の方が直接こちらに来るとは余程重大な用件だと見たが」

「確かに、その点においては公爵様と私どもの見解は一致していますな」


 (意訳)下らん話だったらシメるぞコラ、お前に言われんでも(ry
 とまぁ、互いに軽いジャブを打ち合ったところで第1Rは終了。可哀相なくらいオドオドしてるさっきのメイドが俺達の前にお茶を並べる。

 当然、ついでとばかりに人払いをしておく。
 正直今でも軽くアウターゾーンだからな、この部屋。これ以上罰ゲームの犠牲者を増やす事は無いだろう。



 ……しかし、何故に番茶だし?
 いや、俺は好きだけどさ、番茶。こういう時は無難に普段使わない高級セット(紅茶)使ってくんねーかなぁ。
 まぁ、普段全く使わないから仕方ない面もあるけど。


「おや、お父上は紅茶を好まれていたようにお見受けしておりましたが」

「最近、奈宮風の茶を好んでいてな。まぁ、私の個人的な趣味だ。彼女も慌てていたのだろう、私の顔に免じてやってくれないか」

「そんな、滅相もない。それに、こちらも中々……。ですが――」


 ほらきた。


「失礼ですが、その器では公爵様がお使いになられるにしては少々格が足りないように思えるのですが……」

「すまない、彼女には後でよく言って聞かせておこう」

「いえ、私などにはお気遣いは結構でございます。ただ、公爵様程の方であれば、例えば四峰家領国の佐古田地方で産する焼き物などをお使いになられるのは如何かと。彼の名物も、公爵様のお手元でこそ輝こうというものですし」

「心遣いはありがたいが、私はそういった事にはあまり興味は無くてな。それに、私が必要以上の贅沢をするのは領民が豊かになってからだと決めている。貴殿の心遣いだけは受け取っておこう」

「いやはや、公爵様は領主の鑑のような方でございますな! そのお歳でそれだけのお心得を得られておられるとは、感服致しました」

「父の所業を考えると手放しで褒められる訳にはいかないが……。まぁいい。そろそろ本題に入らないか、ヘイロー殿」


 醒めた口調の俺の言葉に、ヘイロー殿の好々爺じみた表情の視線だけがギラリと光った。
 どうやら親父殿とは違うという事に気付いて貰えたようで何よりだ。

 これ以上空疎な世辞なんぞ聞いてられるかっつーの。


「では、お言葉に甘えまして――今回お伺い致しましたのは、私どもマイル商会と公爵家の間の商慣行において重大な誤解が生じているように思われまして。公爵様の誤解を解かねばならぬと思い、馳せ参じた次第であります」

「重大な誤解、か」

「ええ、そうでございます。確かに私どもの商会は公爵家に様々な便宜をはかって頂いておりますが、それは私どもの公爵様に対する様々な援助と一心同体。互いを比翼とする関係にございます」

「なるほど、筋は通っているように聞こえるな。だが、左右の翼の大きさが違う鳥は果たして空を飛べるものか、甚だ疑問に感じるな」

「私どもの働きに何かご不満でもおありですか?」

「率直に言えばそうだし、さらに突っ込んで言えばこちらの払う対価が高すぎるきらいがあるな」

「私どもが私腹を肥やしたとでもおっしゃりたいのですか?」

「その質問、本当に答える必要があるのか?」


 今までマイル商会が甘受してきた利益が尋常なものではない事くらい、当の本人が1番良く知っているはずだ。
 俺の発言がかなり際どい物であるにも関わらず、毛ほども表情が変わらないのが証拠みたいなもんだ。

 ……いや、むしろ2人とも面の皮が厚いだけかもな。
 なんだかんだ言ってマイル商会はエルト王国屈指の商会の1つだし、こちらとしても完全にそっぽを向かれるのはやや拙い。
 マイル商会としても、リトリー公爵家という大口の顧客と喧嘩別れなんぞしたら商売敵を利するだけだ。下手をしたら経営が傾きかねないだろう。

 つまり、互いに妥協点を探り合っているだけなのだ。


「分かりました。確かにお父上の代とは事情も大きく変わりましたからな。今までの商慣行もそのままという訳にも参りませんな」

「……残念だが、それでは些か公爵家の支払いが過分に過ぎる。嘘偽りの無い本心を言うが、私個人としては我が公爵家に損を押し付ける相手とは商売をしたくはないな」


 この言葉は本当に本心に近い。
 ある状況で相手のために損を引き受ける事自体は忌避しないが、それが常態化するのは頂けない。やはりどこかでバランスをとらないとな。


「私どもを公爵家の商いから締め出すおつもりですか?!」

「まさか、いくらなんでもそんな無法な事をするつもりはない。ただ、取引をする相手を選ぶ時にこれまでの取引の事が頭をよぎる事もあるかもしれないだけさ」

「私どもはこれまでお父上に多大な便宜をはかってきたのですぞ! それを……」

「それに見合うだけはもう十分に儲けただろう。それに、あまり暴利を貪っていると思わぬところで手痛いしっぺ返しを食らうかもしれないな」


 その言葉に最近の俺の交遊関係に思い至ったのだろう。腰を浮かさんばかりだったヘイロー殿がソファに沈み込むようにして呻き声を漏らす。
 既に一度、警察隊立ち上げの際に受注を王都のエルゼ商会に持っていかれた後だからな。俺の言葉は、ただの脅しというには現実味を帯びている。

 実際にムストを動かせるかどうかという方は怪しいところだが、それが可能かもしれないというだけで十分に脅威に感じるだろう。



 脅迫じゃないかって?

 HAHAHA! いたいけな10歳の子供が脅迫なんて出来るわけないじゃないか。


「まぁ、私もこちらに便宜をはかってくれる相手を無下に扱うような事はしないが……」

「…………」

「話は変わるが、当家には価値のある財宝や美術品がそれなりにあるのだが、私のような子供にはその真価は理解しえないと思うのだよ。どうせなら、物の価値が解る者に譲りたいと思っているのだが、ヘイロー殿はどう思う?」





















 リトリー公爵家の邸宅からの帰途、ヘイローは心底疲れた様子で馬車の座席に身を沈めていた。秘書の差し出した水筒の水を一口飲み、ため息をつく。

「油断していたつもりは無かったが……、かなりやられてしまったな」

「あれだけの点数の美術品と財宝を時価の2割増しで買い取りですか……。財務担当が泡食って倒れますよ」

「だが、ここらで手打ちにしておかなければならないのも事実だ。恐らく断っても普通の商売まで締め出される事は無かっただろうが……」


 公爵家が絡む取引の総量を考えると、マイル商会を外し続ける事は不可能なのだ。そんな事をしても領内の経済が混乱するだけで、困るのは公爵家の側も同じ事である。
 今までの動きから見て、セージがその事に気付いていないとはヘイローには到底思えなかった。

 ならば、なぜヘイローがセージの取引に応じたのか?


「公爵家が資金面で困っているのは確かだ。我々が断ったとしても、間違いなく他の商会が高くで買い取って恩を売る。そうなれば、旨味のある取引を全て持って行かれかねん」

「しかも、こちらの心証は悪いまま、ですか……。確かにマズイですね」

「一番の問題は、セージ様がそこまで全て計算づくでこの取引を提示してきたように感じられる事だ。セージ様はまだ10歳なんだぞ……。まったく、先代がアレだった反動か何か知らんが、神様も意地の悪い事をする。
 ともかく、この後何年公爵位にあるか分からん相手なんだ、上手く付き合っていかねば商会が傾く。逆に言えば、公爵様個人に恩を売っておけば無駄にはならないが……」

「部下に何か用意させますか?」

「無駄だから止めておけ。歓心を得るには、相手の欲しがっている物を渡す事が肝要だ。酒や女を宛がって機嫌が取れるような相手ならこんなに悩みなどしない」


 彼の歓心を得るには、実務的な利を供与しなければならない。長年商会を切り盛りしてきた彼の勘はそう訴えていたし、先の謁見での様子を鑑みてもその勘で間違いは無さそうだった。
 例えば、常識外れの低金利で金を貸す、というような便宜をはかれば確実にこちらに利益が返ってくるよう取り計らってもらえるだろうが……。しかし、そんな単純な事では商売敵にすぐに真似をされてしまう。
 基幹事業の1つである貸し金業で低金利競争なんて馬鹿げた事をするつもりは、彼には無かった。

 とはいえ、酒や女などであればよほどのレベルのもので無ければどうという事は無い端金で準備できるが、それに比べればよほど金も時間も掛かる類の物でなければ彼の心は動かせない。
 そうなると当然、ヘイローの悩みの種は増えるわけで。


「まぁ、今までのように楽に鴨に出来る相手じゃなくなった事だけは確かだ。今までは楽をさせてもらっていたが、これからは気を引き締めておかないと椿屋やエルゼ商会に負けるかもしれないぞ。部下達にもその辺りの事は徹底しておかねばな……」


 つまりはまぁ、エルストーナにまた1人苦労人が爆誕した1日でありましたとさ。
 どっとはらい。







[12812] ドキッ! 問題だらけの内政編。外交もあるよ ~Part3~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:18


 つつがなく街道の建設が始まって1ヶ月。当初やや懸念されていた人足の集まりも順調だし、特に大きなトラブルも起こっていない。
 原作で出てきた要塞都市(予定)荒鷲の南にある濡綿の街に工事管理事務所もとっくの昔に立ちあがって、ウチの数少ないベテランの内の1人に引率された十数名の若手事務官が向こうの監査役に手とり足とり教えを受けながら書類地獄であえいでいるらしい。

 出向組ざまぁwwwwwww

 ……と笑ってやりたいのだが、実のところこっちはこっちで問題が山積みだったりする。
 というか、とにかく資金繰りが自転車操業すぎる。
 当面は親父殿が無意味にしこたま溜め込んだ財宝を商人に“好意的な値段で”買い取ってもらって凌ぐとしても、それで何とかなるのは来年か再来年までだな。
 つまりそれまでに安定的かつある程度まとまった収入源を考えなきゃいけないわけで……。

 エルスセーナからの税収や領内の農産物の収穫率の向上なんかは、アテにはしているが確実ではないんだよなぁ。





















 というわけで、領内南部にあるエルス湖の湖畔にやって参りました。
 景色がいい湖で水質も悪くないし、ここから流れ出す河の下流にはノイル王国の王都がある。戦略上の要衝だ。
 その湖畔にあるラクーの村の村長に話を聞く。


「真珠の生産、でございますか……」

「そうだ。この辺りの村で少量ながら獲れていると聞いたが?」

「はぁ、確かにごくたまに獲れてはいますが……。どちらかと言えば、食用に獲って来るものの中にたまたま入っている事があるだけでございますよ。獲れた物は公爵様に献上していましたが……」

「それが、人の手で生産できるとしたらどうだ?」

「……できるのでございますか?」

「ああ。多分に運の要素もあるが、不可能じゃない」


 真珠というのは元々貝が体内の異物を体内から分泌する物質でコーティングして出来る物だ。だから、こっちで貝の中に異物を突っ込んでやって水に戻して放置しておけばいずれ出来あがる物だという寸法である。
 ただし、真珠の“核”をぶち込む際に死んだり水に戻してから死んだりそもそも真珠が出来なかったりと、ものすごく運任せな所がある、らしい。自分でやってた訳じゃないのでその辺りは適当だ。
 真珠は宝石なんかに比べれば多少値は下がるが質の良いものは普通に高級品だ。むしろ最高級品だと下手な宝石より高いし。バクチみたいな養殖でも儲けは出るかもしれない。
 俺自身が専門家だったならもっとやりようはあるんだろうが、その辺りは村人の試行錯誤に任せるしかねーな。

 問題は、貝そのものの数が乱獲で減ったりしないかどうかだが……。
 ぶっちゃけた話、そこまで考えられん。運良く軌道に乗ったら考えよう。
 ……次の世代に丸投げするかもしれないけど。


「よし、ある程度のアイデアは書面に起こして後で届ける。資金も必要ならば融通するから、頑張って成果を出して欲しい。もし真珠の養殖に成功すれば、ある程度まとまった額の報奨金か税の免除のどちらかを適用してもいい」

「ほ、本当ですか?!」

「真珠が安定して生産できるのならば、それだけの価値はある。心して励むように」

「ははっ!!」


 さて、これがモノになるかならないかは微妙な所だから、期待しないで待つとしようか。
 どうせ投下資金は公爵家の予算全体を考えれば大した金額じゃない。眉を顰めるくらいまでは許容範囲だし、眉を顰めるどころか仰向けにひっくりかえるような金額が動いている街道敷設工事に比べりゃどうって事は無いさ。



 ちなみにこれの他にも立ち上げつつあるプロジェクトはあって、領内で米や葡萄が生産されている事と水源地に近く水が綺麗な事を利用した酒造事業とか、工兵隊の連中を使ってジーの村近郊(防疫のために街からはかなり距離を離した)に建設させた養鶏場や養豚場の試験運営とか、そこに穀物飼料を供給するために輪作農法を導入する予定の大規模農地を公爵家主導で開拓してみたりとか、それらの生産物の流通のための河川船舶用の港湾施設の建設まで開始していたりとか。

 もうね、アホかと、馬鹿かと。
 とりあえずアイデアを出すだけ出して全部予算付けて人員充ててゴーサイン出してるんだが、死ぬほど忙しい。
 マジで一月前の俺を殴りたい。自分で自分の仕事闇雲に増やしてどーするんだと。
 ムストタンに送ってもらった優秀な人材――ライガーとタイオンという名前の優男とドワーフみたいなおっさんのコンビ――がいなけりゃ今頃過労死してたかもしれない。
 ……まぁ、今のところは親父殿を見限って野に下っていた奴らも少しは戻って来ているし、一息つけそうなのだが。



 ……つーか、ファンタジーなのはいいとしても、この世界は妙に技術レベルが怪しいんだよなぁ。
 輪作農法が主流って訳でもないのに牛の酪農は微妙に行われているとか。
 中世ヨーロッパ風の世界観なのに魔法が存在しているおかげで工業製品のレベルが妙だとか。
 居酒屋があるとか、そもそも通貨の流通量マジパネェとか、文化レベルが訳ワカメとか、衛生概念が妙に発達しているとか。
 あと、何故か女性モノ下着の技術力が現代クラスとか。

 特に最後。エロゲーだしファンタジーだし、まぁそこら辺突っ込みだすとキリが無いんだけど。実際にその世界に飛ばされてみると頭が痛い。
 一般市民ならまだしも、こうして統治者となってしまうとチートな知識がどこまで使えてどこまで使えないのか非常に分かりづらいんだよな。ストッキングとか、化学繊維無いと出来ないんじゃなかったっけ?
 まぁ、絹を使えば何とかなりそうなもんではあるが……。



 何にしても領地経営的には新規事業はこの辺りで打ち止めかな。
 魔法使いを初めとするスペシャリストを育成するための学園の設立準備もやってはいるんだが、ウチの工兵隊の訓練ついでに建てた箱物だけじゃどうしようもない。
 錬兵所と違って、講師の確保がなぁ……。

 官僚の育成をするコースは、ウチに仕えていた爺さま方の協力が得られるという事で比較的楽に解決できたんだが、職人に関しては元々の数の問題と職人達の意欲の問題とが立ちはだかっている。
 まぁ、職人に関してはあまり大規模にやるつもりも無かったからいいんだけど。

 問題は、魔法使いの方だ。
 進展が有る無いどころの騒ぎではなく、現状でやろうと思ったらウチの魔法使い隊を解隊して講師にするくらいしかない。
 一時はそれでもいいかとも思ったんだけど、彼らには騎馬隊の新兵教育に混じってもらって魔法使い隊の騎馬転向という一大実験を行ってもらっている真っ最中だ。
 これはこれで俺の「マージナイト量産計画」の成否が懸かっているプロジェクトなので、動かせる人員が居ない。
 ……魔法使いの大火力を騎馬の高機動力で運用するというのは戦場に革命を起こせると思ってるからなぁ。

 ま、やっぱし魔法使い系の講師に関してはノイル王国からノウハウごと人員を引っ張ってくるしかないだろうな。
 もちろん金に物を言わせてヘッドハンティングしてくるのはヤバイだろうから、ノイル王国に協力を求める必要があるけど。
 となると、官僚と職人のコースだけでも立ち上げて実績作りしておかないと拙いか……?
 とりあえず学園単体での利益に関してはあまり神経質にならなくても良いというのだけは救いだな。いくらウチの財政がヤバいといっても元手は少なくはないし、そもそも学園経営が目的って訳じゃないからな。

 んじゃ、とりあえず教師長は爺さま方に互選でやってもらうとして、だ。
 学園長は……、ん?
 あれ?
 ……俺がやるしかない?

 無理無理無理無理、これ以上仕事を増やすとかありえねーっての。
 かと言ってライガーやタイオンに任せてもその分の仕事が俺に回ってくるだけだから却下だし、カーロンは軍の要でかつウチの要でもあるから同じく却下、オイゲンは騎兵の要だしそもそも文官じゃねーから却下。
 他に押しつけられそうな相手は……、いないですよねー☆

 やっぱり俺がやるしかないのか……orz



 ヴィストの進攻に間に合うのかイマイチ分からないし、俺の仕事を増やすだけだっていうならいっその事中止するか?
 ……いやいや、しかしそんな理由で中止するわけにはいかないだろう。最低でも、軍・政の官僚育成はやっておかないと後々痛い目を見そうだし、育成しときゃ後々俺が楽できる……よな?
 また仕事が増えるのは頂けないんだけどなぁ。せっかく少し楽になったと思ったのに。



 あれだ。最近思うんだが、“バカ”が足りないんだよな。
 いや、そこそこ真面目な話。一緒にバカやれそうな奴がいればストレス発散も出来るだろうに……。まぁ、馬鹿じゃないのにバカやれる奴が身近に欲しいとか、高望みし過ぎか……。


「セージ様ぁーっ!」


 ……で、だ。
 カーロンが大声で俺を呼ぶなんて、嫌な予感しかしないんだが……。


「セージ様、王都よりご使者の方が参られました!」

「はぁ? それはまたいきなりな事だな……。王都で何かあったのか?」

「何かあったかではございませんぞ! セージ様に対する召喚命令が宰相様の名前で出されております!
 即座に王都へ参じよとの事ですが、一体何をなさったのですか?! ただ事ではありませんぞ!」

「はあぁっ?!」





















 とるものもとりあえず、カーロンとタイオンに後を任せて(むしろ押し付けて)オイゲン以下数名の騎兵を伴って王都エルストーナへと来たはいいものの。
 この時の俺はマジで何故呼びだしを食らったのかさっぱり分からなかった。
 いや、本当に。

 少し考えれば感付きそうなものなんだが、一ヶ月も年末進行ばりの忙しさで働いていりゃあ記憶なんかすっ飛ぶってもんだな。



 一葉姫との縁談、正式に奈宮皇国から申し入れがあったそうです。


「本当に、お主はワシらを驚かせてばかりじゃの」

「好きで驚かせてる訳じゃないんですけどねぇ……」


 王城の会議室の大テーブルの向こうにムストが座り、その向かって右側に白髪の老紳士が、そのさらに隣にやたらガタイの良いおっさんがいる。
 当然ながら、それぞれ宰相のエリック=ロイア伯爵と王国軍のアルバーエル=ウルザー将軍なのな。
 ちなみに、ここにはいないが宰相殿の息子も重要人物で、ノア=ロイアという名前だ。アルバーエル将軍の副将をやっていて、王国軍ではアルバーエル将軍の跡を継ぐ存在と目されているとか。
 これ、試験に出る豆知識な。



 まぁ、それはともかく、この場の話題は深刻と言えば深刻なんだが……。
 こうして紅茶を飲みながら喋ってると、アルバーエル将軍が頭の上がらない父親に孫娘を見せに来た親方にしか見えないな。妙に微笑ましいというか何というか。

 親方、空から女の子が(ry

 しかしこの親父からあの娘が――って、血繋がってないんだったっけか。まぁ、今まで全部閑話みたいなもんだしどうでもいいか。


「それで、リトリー公爵はどうされるおつもりか?」

「どうするって……、そりゃあ王国の裁可に従いますよ。まぁ、断れるとは思えないんですけど」


 あ、やば。ついうっかり本音が。
 って宰相殿の視線がヤバいYO!
 フォローフォロー!!


「仮に私が宰相殿の立場にあったとしても断れませんよ。国力の比較では勝負になりませんし、申し入れの内容その物も向こうの第三皇女の輿入れ――特に理不尽な内容というわけではありません。
 これが例えばエルネア様との縁組なんかであれば突っ返す言い分もあるんでしょうけど、これでは……。しかも、輿入れ先は国内の一貴族に過ぎませんし。
 断れる理由が無いでしょうね」


 良くあるパターンの1つである婚姻による併合を狙っている訳でも無い以上、断るのにはそれ相応の理由がいるだろう。
 これで俺に許嫁でもいれば話は別なんだろうが、そんな存在がいる訳でもなく。
 国内有数の貴族と隣国の王族との婚姻なんてあまり認めたくは無いだろうが、メリットデメリットの比較をした場合断れない。

 国力比がなぁ……。
 お話にならないというレベルに近い。どう見ても大国に隣接した小国って感じなので、多少の無茶は黙って耐えるほか無い。
 普通は大国側の重臣の娘辺りが押し掛けて来て緩やかに属国化から併合へって感じなんだろうが……、この場合は逆だよな。

 まぁ、これはこれで戦争ふっ掛ける前段階の謀略でよくある手か。国境地帯の有力貴族に調略掛けて寝返らせて侵攻の足掛かりにすると。



 ……あれ? それってヤバくね?



 おぉぅ、そりゃ呼びだされもするか。普通に考えれば警戒するに決まってるな。
 ある程度面識も理解も有るムストならともかく、他の人はねぇ……。


「…………」

「はっはっはっは! なるほど、確かにコレなら婿惚れもしようというものですな」

「笑っておる場合か、アルバーエル将軍。どう考えても問題だらけの縁組じゃろうに。ロイア伯爵など苦虫を噛み潰したような顔をしておるではないか」

「……まったく、私のような老骨にはこういう突拍子も無い事態は手に余るよ」

「はぁ……」


 それは嫁入りの話自体か、俺のチートっぷりに対してか……。果たしてどっちに対する評価なのやら。
 まぁ、怖くて聞けやしないけど。 


「しかし、奈宮の皇帝がリトリー公爵殿に惚れ込んでいるという噂は本当だったのだな。皇子と皇女の中でも最も可愛がっていると噂の一葉姫を輿入れしてくるくらいだから、噂通りどころか噂以上の惚れ込み具合だが……。
 確か、紹介状を書いたのはムストだったか」

「1月半程前の話になるかの。その時はよもやこんな話になるとは思っておらなんだが……」

「そりゃそうでしょうよ。私だってこんな話になるなんてカケラも思ってなかったんですし。……正直に言って、断りたいですよ。
 無理難題だとは思いますけど、どうにかなりませんかね?」

「何故ですかな? こう言っては何だが、リトリー公爵にとっては悪い話では無いだろうに」

「そりゃあまぁ、奈宮皇国の後ろ盾と格式は魅力的ですし、そもそも一葉姫も才色兼備の得がたい伴侶になるだろうとは思いますが……。いかんせん、今の奈宮皇国の権力中枢はきな臭過ぎますからね。
 ただでさえバカ親父殿のせいで苦労しているっていうのに、奈宮のお家騒動に巻き込まれるとか本当に洒落になんないです。つーか、領内の立て直しと公爵軍の再建だけでもう既に手一杯なんですよ。これ以上案件を突きつけられたりしたら疲労で倒れかねません」


 ちなみに、ウチの領内が特に問題なく立て直されたと仮定しても、親父殿が跡を継ぐ以前の財政規模から計算した場合の動員数は6千程度がいいところだ。王国からの支援があると仮定しても、人口規模から考えて1万に届くか届かないか程度が限界だとか。
 試算させた政務官曰く、それ以上徴兵すると領内の労働力が足りなくなる可能性があるらしい。まぁ、警察隊まで根こそぎ動員すれば1万5千くらいにはなるが……。
 いや、それをすると領内の治安が崩壊しかねん。最後の手段過ぎる。

 で、奈宮皇国の動員数はというと、6桁は固い。
 仮に内乱になって分裂したとして、第一皇子・第二皇子・第一皇女・中立派で単純に4分割しても各3~4万程度の動員数か……。どう考えても勝てん。

 実際にウチが武力衝突に巻き込まれる事は無いだろうが、もし巻き込まれれば一発でアウトだ。
 最悪巻き込まれるかもしれない事を考えると、何か策を考えておかなきゃならんのだろうなぁ。
 面倒な。


「奈宮皇国が割れると、そう考えておるのか?」

「お隣さんなんだからある程度情報は集めているのでしょう? 現帝が健在な内はいいでしょうが、もし亡くなりでもしたら……」

「確かに、あの国の第一皇子と第二皇子は仲がすこぶる悪いからの。第一皇女の婿殿も野心を持っておるという噂じゃし……」

「先のヴィスト王国の廃嫡騒動のような事が起きるかもしれませんな。あるいは、最悪内乱に発展するか」


 あ、主人公君はもう暗殺されかかった後なのね。
 って事は、今頃は八重をコマしてのし上がろうとしている最中になるのか?
 あー、いや、それはもう少し後の話だったっけか?

 ……まぁ、あんまし関係無いか、今んトコ。


「まぁ、概ねムスト殿とアルバーエル将軍のおっしゃる通りです。そんな訳で、宰相殿には期待したいんですが」

「ふむ……。しかし、あまり期待されても応えられそうには無いな。リトリー公爵の言う通り、断る理由がこれといって無い。
 本音を言えば、こちらとしてもあまりよろしくない縁組ではあるのだが……。まぁ、婚約という形を落とし所にするのがせいぜいだな」

「その辺りが妥当な所じゃろうな。なに、お主はさっさと隠居したがっておったのじゃから、それに一歩近付いたと思っておけばいいではないか」


 いや、あんな子供相手にニャンニャンするとか犯罪にも程があるだろーが。リアルに初潮が来たかどうかっていう感じの年頃だぞ。
 俺はロリでもペドでもねーっつーの。

 あと、相手が相手なだけに隠居どころの騒ぎじゃなくなる可能性が高すぎる……。
 子供作ったら作ったで問題大杉になる予感もするし。

 奈宮皇国の王族の血を引いたエルト貴族とか、政争と謀略と戦争の匂いがぷんぷんするぜぇーっ!


「しかし命拾いしたな、リトリー公爵。この話が最初にもたらされた時は先の奈宮皇帝との謁見からの一連の行動自体が反乱の予兆であるという突き上げが少なからずあったからな。一時は軍が動くという話すら出ておったが……」

「うげ……」

「まぁ、すぐにムスト殿がとりなしたおかげで大事には至らなかったがな」

「ふっふっふ、また貸し1つじゃの」


 うえぇ、ありえねー。
 マジでありえねぇ。

 実際に軍が差し向けられたりなんぞしたらさっさと逃げるしかないじゃねーか。しかも、受け入れ先は恐らく奈宮皇国……。
 仮定の話に意味は無いが、もし仮にそうなったとしたら……。うわぁ、死亡フラグだらけじゃねーか。

 うぅ、考えただけで胃が痛くなってくるな……。


「それにしても、ここ最近えらく精力的に働いておるの。隠居したいと言っておったのではないか?」

「その隠居が出来る環境を作るために日々努力しておるわけですよ。のんびりしてたら領地の再建はともかくヴィストの動きに対応できねーし……」

「ヴィスト王国? 確かにあの国は不穏な動きを見せておるが……。間にはヘルミナ王国とビルド王国が挟まっておるぞ?」

「……ヘルミナ王国はともかく、ビルド王国はあまりアテにしないほうがいいな。俺個人の感想だが、ビルドの兵は精強とは言いがたい上に数もそう多くない。何より、将に名の通った者がいない」

「それに加えて、ウィルマー王国が事実上ヴィスト王国の属国となっておるのが痛いな。もしヘルミナ王国が敗れれば、ウィルマー王国が併合されるのは避けられまい。
 となると、単独で対抗できるのは奈宮皇国だけになってしまうが……、これは少し真剣に考えなければなるまいな」


 うーん、やっぱヘルミナ王国とビルド王国をアテにするのは楽観的過ぎるよなぁ。
 なにせ、原作じゃカーディル王がずっとワシのターン! とかやってた訳だし。
 ヘルミナ王国で止まれば、まぁいいんだけど。そこで止まらなければ後はドミノ倒しなんだよなぁ。
 共産主義のドミノ倒しが起こるとか騒がれてたのよりずっと確実だわ。

 つーか、エルト王国の兵もそんなに強いって描写無かったよね?
 いくらアルバーエル将軍が猛将だからって、将軍もウチの兵をずっと見てるんだぞ?
 その将軍にフツーに弱兵認定されるってビルド王国軍どんだけ弱いんだよと。しかもビルド王国に人無しとか言われちゃってるし。



 前途多難すぐる……。
 いっそのことハイマイル峠に要塞でも築いて某回廊の人工天体要塞バリに鉄壁にしようかね? どこぞの不敗の魔術師に無血占領されそーで怖いが。
 しかも、そもそも今すぐに建造するのは不可能なんだけどな。外交・財政的な問題多過ぎで。

 ま、図面だけでも引かせておけば無駄にはならないか。
 原作のクールン要塞並とまではいかなくても、あそこに鉄壁の防衛拠点があれば大分楽が出来るし。

 ……だがしかし、その予算をドコから持ってくるかだよなぁ。
 ウチから出す? 無い無い。
 ま、それは後になってから考えよう。今考えても頭痛くなるだけだし。


「とりあえず他国との連合策は宰相殿の腕の見せ所として、ウチとしても何か備えとかなきゃいけないでしょうね」

「それが、君に代替りしてからの急な軍拡の動きの真意か。王国軍を預かる身とし
ては、あまり派手に私兵を集められると困るんだがなぁ……」

「あれは軍じゃないですよ。新しく組織した治安維持組織の予備隊で、名前もずばり『警察予備隊』ですから。まぁ、万が一の事態が起こった際は将軍の指揮に従って従軍するのも吝かではありませんが」

「はははっ、その場合の現場指揮官はリトリー公爵で、ある程度の独自性を持つつもりなのだろう? 独自に軍備を整えたいが王国軍の一部隊として擦り潰されてしまうのは嫌、か。そう思っていても実際にそれを条件として突きつけられる奴はそうは居ないぞ。
 まぁ、今まで徴兵できなかった地域から徴兵して訓練までしてくれるって言うんだ、俺としては歓迎だな。有事の際はきっちり俺の指揮に従って貰えれば文句は無い。
 ――で、お二人はどうです?」

「ワシとしてはアルバーエル将軍がそう言うのであれば構わぬ。元より、軍の細かい所にまでは関わっておらぬからな。まぁ、後はロイア伯爵次第じゃな」

「ムスト殿、面倒だからといって私やウルザー公爵に判断を押しつけないでくれ。
ウルザー公爵も、いくらリトリー公爵が気に入ったからといってそう本音を易々と暴露されては困る。まったく、私にも立場というものがあるのだが……。
 まぁ、リトリー公爵が我が国に害を為さぬというのであれば良い。それと、ムスト殿から以前にも言われていると思うが、本当に事前に連絡くらいしてくれないか。唐突にこういう話を聞かされるのは老骨には堪えるのでな」

「了解です」


 よし。黙認、ゲットだぜ(棒読み)

 しかしまー、こうなってみるとものの見事に“警察予備隊”そのまんまだな。
 まぁ、アルバーエルのおっさんの言う通り、王国としてもウチの領地で徴兵できる兵力には魅力を感じるだろうし、俺が妙な動きを見せない限りは黙認して上手く使おうという話だな。なら、その黙認に見合うだけの成果を上げないとな。
 ま、この辺りの腹芸は問題無く出来るみたいで安心した。

 ……逆に言えば、こういう腹芸とかそーいうのが出来ない奴がトップにいたら――つまりロイア伯爵やアルバーエル将軍が期待外れだったら――俺は危うかった訳で。

 タイトロープ人生いえーい(棒読み)



 ……ホントもう勘弁して下さい。
 死亡フラグを全部叩き折る前に胃に穴が開くぞ、これ。







[12812] 【オマケ劇場】エルスセーナの休日3日目【設定厨乙】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:19
☆注意☆
 今回のお話(?)はほぼ筆者の自己満足で出来ています。
 内容に誤りが含まれている可能性がある上、本当に、一切、全く、本編と関わりがありません。
 それでも良いという物好きな方のみ閲覧ください。














「オマケ劇場じゃ。じゃから、ここでの内容は一切、本編とは関係無いのじゃ。わかったか?」

「はぁ……」

「そんな訳で、主に筆者の自己満足の為のコーナーじゃ。司会進行はこのムスト(少なくとも200歳オーバー)が務めさせていただく――って、余計な事を言わせるでない!」

「一人ノリツッコミかよ……」

「なんじゃ、自分は関係無いような顔をしおってからに。質問役はお主なのじゃぞ」

「俺かよ。って、いつの間にお手紙がこんなに……。え? 俺が読むの? はいはい、やるよ、やりゃあいいんでしょ。
 えー、この作品の半分は苦労人で出来ていますさんからの質問。この時代の結婚って、恋愛結婚じゃないの? 教えてムスえもーん」

「だ・れ・が・寸胴か! この口か? この口が言うたのか?」

「いでででででで! お、俺は読んだだけだろっ!」

「うむ、そう言えばそうじゃったな、許せ」

「マジでやりたい放題だな……。で、恋愛結婚ってあんの?
 んな概念、現代になってから――言い換えればここ100年か50年で初めて優勢になった考え方だろ?
 それ以前だと家同士の繋がりの方が重要だったし、下手すりゃ贈与交換儀礼の一部だったんだし」

「お主は妙なところで博識じゃの……。まぁ、この時代の結婚――特に権力者層の結婚は政略結婚が普通じゃの。
 むしろ、恋愛結婚なんぞさせてどこの馬の骨とも分からん者を家に入れる訳が無かろう。家の得にもならんしの。その場合、本人の意向なぞ滅多に考慮されぬな。
 ある程度裕福な商人の場合も同様じゃ。もちろん、例外もあるがの」

「なるほど。……ん? それじゃあ一般人はどうなんだ?」

「恋愛結婚じゃな。
 ……正直な話、困った事にその辺りの設定がどうなっておるのか原作他を参照してもイマイチあいまいでの。
 筆者としては、現代要素を含む中世ファンタジーなんだし恋愛結婚上位の価値観を含みつつ現実は非情である、という感じなのではなかろうか。そう思っておるようじゃの」

「なんというメタ発言。つーか、原作キャラにこんな発言させるのって二次創作的にどうよ?」

「これはオマケ劇場じゃからの」

「……なんか、今後が不安になってきた。まぁ、次のお手紙にいこうか。
 原作未プレイですさんからの質問だ。作中の国や地域の位置関係が分かりません、解説おねがいします。……だそうだ」

「ググればよかろう」

「ちょ、おま、流石に飛ばしすぎだろ」

「冗談じゃ。
 作中の舞台はコドール大陸という大陸で、その南方の海に接しておるのがエルト王国じゃ。
 西には魔法で有名なノイル王国があり、両国の北にはビルド王国がある。
 その東には奈宮皇国、奈宮皇国の北西部に南から神楽家領国と四峰家領国が存在する。この両国は奈宮皇国に臣従する眷属国じゃ。
 神楽家領国の西、ビルド王国の北にヘルミナ王国があり、その北にヴィスト王国、その向こうは海じゃ。
 ヴィスト王国の東にロードレア公国、その東にインスマー公国、両国の北にルウツウル小国連合がある。
 また、ヴィスト王国の西にはウィルマー王国があり、その西にモンスワー王国及びデルトウル王国という小国家が2つ。
 ウィルマー王国の南、ヘルミナ王国の西、ビルド王国の北西という位置にガンド王国、その西にワノタイ公国、さらにその南にホークランド王国がある。
 モンスワー、デルトウル、ワノタイ、ホークランドの西にはレグルリア王国が存在するが、原作中の地図では出てこぬの。
 ……長々と説明したが、やはりググって地図を見た方が理解は早かろう」

「もしくは原作を買って地図を確認してくれ、と。筆者はヴィスト王国の進軍順番を確認するためにわざわざOPを閲覧しまくったらしいな。途中でおまけOPを見ればいいという事に気付いてリアルorzしたらしいが」

「アホじゃの」

「アホだな」

「さて、筆者のアホさを暴露したところで次のお便りにゆこうか」

「ん。次は、戦史マニア的な疑問さんからの質問だが――戦術の発展過程はどのあたり? 軍制は封建制基本ですか? ……という質問だ」

「セージ、頼んだぞ」

「まぁ、そうなるな……。
 軍制に関しては、原作でも言及された通り封建制が基本だ。貴族が領地を持っているのは、有事の際に兵を指揮官付帯で供出する義務と引き換えだからな。
 まぁ、どちらかというとヨーロッパ式の封建制じゃなくて日本式のそれに近いような気もするが、細かい事はいいだろう。
 ただし、傭兵に関する描写量の少なさやリディアEDで語られていた『肥大した戦力~』という事情から、軍の主戦力は傭兵では無かったと推測できる。これは凄い事だ」

「そうなのか? 傭兵は弱いというイメージがあるのじゃがな」

「常備軍は金が掛かるからな――というか、軍を常備するっつー概念自体が比較的新しいんだよ。そうなると、有事の際にはド素人を徴兵するよりプロの傭兵雇った方が早い。戦争終われば解雇すれば維持費もかからないしな。
 ……中世ヨーロッパとかだと傭兵の雇用費を踏み倒す君主も多かったらしいし、士気やモラルの低さっていう問題もあったみたいだけどな。実際、イタリアの戦争の事例なんかを見ると笑えるぞ。八百長乙的な意味で」

「なるほどの……。ちなみに、戦術的なレベルはどうなのじゃ?」

「よく分からん」

「なんとも頼りない回答じゃの……」

「実際よく分からないんだから仕方ないだろ。一応、ある程度の推測は出来るが……。
 OPムービーを見る限りではパイクを使用したファランクス自体はあるようにも見えたが、しかしそれにしては槍が短い気もする。本編内のCGを参考にすると槍隊の他に盾持ちの抜剣隊もいるようだけど、彼らの運用法が不明なんだよ。
 戦列兵として見るには火力不足で、方陣を組むには装甲不足。そうなると散兵を扱えるだけの戦術的成熟度はあるんじゃないかと考えられるんだよな……。
 この推論を補強するのが、さっきの『傭兵は主力じゃない』という推測だ。
 傭兵は確かに便利な存在なんだが、戦力として見た時の信頼性には欠ける。一方、小集団の兵を戦域に散開させる事になる散兵は兵が逃亡しないという信頼が成り立つ事が前提の戦術だ。
 つまり、散兵を扱うには自前の戦力が必要になるという事になる。そうなると、原作のように傭兵の描写は少なくなるし、戦争終結後には肥大化した“自前の”戦力の処遇に困る事になる、と」

「なんじゃ。つまり、かのナポレオンが得意とした散兵を巧みに利用した戦闘が主となっておるという事でよいではないか。まぁ、鉄砲なんぞという物騒な物は無いから火力に欠けるがの」

「ところがどっこい、非常に重要な問題がある。指揮官の問題だ」

「アルイエットでは扱えぬか……」

「いや、事態はもう少し深刻だ。散兵は方陣を組んで戦う場合よりも戦術的柔軟性に優れるという優位性を持っているが、それは軍集団の手足となる中・下級指揮官や兵の質が高くないと発揮できない。
 特に、通信技術が発達してない時代でやろうと思うと前線指揮官や下士官の質と量が決定的に重要だ。ここが駄目だと成り立たない」

「つまり、ヴィスト軍があれだけ強いのには理由があると?」

「絶対能力主義的なところがあるみたいだしな。優秀な奴をどんどん重要なポジションに配置できるのなら、散兵を扱うのも無理ではないかもしれないな。
 だが、他では無理だ」

「……そうか。封建制でやっておるから、指揮官の質が足りなくなるのじゃな」

「正解。一部には才能溢れる優秀な奴もいるだろうが、軍には全く向いてない奴だって交じるだろう。それじゃ、平均した質が確保出来ないからな。将軍達がフォローするにも限界がある。あと、指揮官1人あたまの指揮する人数が肥大化するっていうのも問題だな」

「……はて? それでは少なくともわしらは散兵を扱えぬのではないか? さっきの話と矛盾するぞ」

「だから分からないんだよ……。そもそも、魔法がある事がどれくらい戦術に影響を与えてるかも分からないってのもあるし。何より、原作での言及が少な過ぎる! ウィズクラでもその辺りは大して言及されなかったし……。いや、誰もエロゲにそんなの求めてないだろうからいいけどさ」

「そのエロゲの二次創作にこんなマニアックなものを望んでおる者はおるのかの……」

「……さぁ?」







[12812] 婚活? いいえ、(どちらかというと)謀略です。
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:20


 ――奈宮皇国第三皇女一葉姫とエルト王国リトリー公爵セージ公、婚約す。


 そのニュースは、大小様々な驚愕を伴ってコドール大陸南部を席巻した。
 1つは、第三皇女とはいえ、伝統と格式ある大国、奈宮皇国の姫が国外の非王族と結婚するという、前例の無い事態そのものに対して。
 さらには、国内有数の貴族が国外の王族と直接繋がる事をエルト王国上層部が認めた事に関して。
 他にも、当事者同士の年齢やあまりにも突然決まった婚約の経緯など、驚くべき事は多かったが、その中でも最たる点は次の一点だった。
 この婚約に際し、奈宮皇国宮中で全くといってよいほど反対意見が出なかった事である。





















 エルト王国王城の一室にて、奈宮皇国から帰還したロイア伯爵と内務大臣のムストが顔を合わせていた。
 奈宮皇国での交渉に関して情報を共有するための会合ではあったが、話題は自然ともう一人の人物に偏る事になる。


「……ムスト殿、これで本当に良かったのかな?」

「と言うと?」

「私には、リトリー公爵はあまりにも脆く見える。……いや、軽いと言った方が良いか。確かに才覚には見るべきものがあるように思えるが……」

「……ワシもそう思わぬでもないが、あやつにはカーロンがついておる。それに、まだ10歳の子供がロイア伯爵に全幅の信頼を置かれるほど何でも出来たらワシらの立場がないじゃろう。ワシは、あやつはいずれ大樹に育つとみておるのじゃがな」

「だといいのだがな。どうにも私にはしっくりこないというか……」


 ロイア伯爵のつくため息は重かった。外交、内政、軍事のそれぞれの面において、既にリトリー公爵家とその領地はエルト王国や周辺諸国にとって無視できないファクターとなりつつある。
 先代も公人としてはあまりに問題があった人物だったが、今の公も全く心配の種が無い訳では無い。
 いや、むしろ表面上は問題が無いように見える分始末に悪いとも言えた。


「カーロンは何も言ってはおらなんだが……。あやつの事じゃ、もし何かあっても何とかするじゃろう。……命に換えてでも」

「そう簡単に換えてもらっても困るのだがな。どうも、今回の結婚話はリトリー公爵殿がどうこうという以上の事情がありそうだからな」

「……やはりか」

「まぁ、普通に考えればそうだろう。いくら彼が子供離れした能力の持ち主だからといって、将来大成すると決まったわけでもない。私が皇帝陛下の立場にあったとしても、すぐに娘を嫁にやると決断するかは微妙なところだ。
 皇帝がリトリー公爵を気に入っているという噂もあながち間違いではないとは思うが、しかしそれにしても今回の話は性急に過ぎるからな」

「となると、リトリー家の領地が目的かの? ……いや、そんなに短絡的ではなかろうな」


 リトリー家に姫を嫁がせ、世継ぎが生まれたところで当主を暗殺でもしてしまえばそれでエルト王国の最北部を押さえたも同然。そう考える者がいないわけではないだろう。
 しかし、その手にはいくつかの反論がすぐにあげられる。

 まず、リトリー家の家臣達が黙っていないだろうという事が1つ。
 エルト王国が黙ってそんな事を許すはずもないというのもある。無論、公爵家の縁者も黙ってはいまい。
 何より、奈宮皇国にとってそんな危険な橋を渡ってまでリトリー家の領地が必要かというと、全くそんな事は無いのだ。
 リトリー領は大陸南部の要衝の1つには違いないが、それとてカイルラン峠のような重要性があるわけではない。
 ビルド方面とガンド方面を唯一繋ぐ要衝と比べるのは相手が悪いかもしれないが、逆にいえばそれくらい重要な地でない限りそんな強引な手は用いないだろうという推測が容易に成り立つ。

 奈宮皇国は大国なのだ。火中の栗を拾う必要などない。



 現皇帝が領土欲の強い人物であれば話は別だっただろうが、そうでない事は神楽家領国のお家騒動の時に証明されている。
 こんな策でリトリー領を掠め取りにくるような皇帝であったのならば、今頃神楽家領国の名前は地図から消えているはずだった。


「奈宮皇国内では、今回の婚約は反対する者がほとんどいなかったどころか、積極的に賛成する者も多かったほどらしい。折衝役として事に当たっていた風林殿は黙して語らなかったが、内心苦い思いをしているようではあったな」

「後継者争いが酷いとは聞いておったが、それほどか……」

「陛下が1番目に掛けているのが一葉様であるというのは事実のようだ。まぁ、実際会ってみたが利発で美しい姫君だったよ。もしあんな娘がいたら、私だって出来の悪い息子など放り出して溺愛してしまいそうだったな」

「お主の息子は出来た息子ではないか」

「はっはっは、まぁ物の例えだ。気にするな」

「例えと言うには少しばかり聞き逃せないのじゃがな……」


 つまり、現皇帝が2人の息子に下している評価はそう高くないという事か。
 ムストはそう受け取った。
 付け加えるのであれば、ロイア伯爵の評価も同じであろうとも。


「しかしそうなると、だんだん図式が読めてきたの。ようは厄介払いという事か……」

「相手としては最適だろう。国内の有力者に嫁がせれば競争相手になるにしろならないにしろ無視できなくなる。国外の王家に嫁がせるなどもっての他。
 それに比べればリトリー公爵は組しやすいと踏んだのだろう。今は領地経営の立て直しで手が離せず、しかも歳が歳だから後継者争いに口を挟む余裕も無い。よしんばその余裕が出来たとしても、口を挟まない方が良いと分かる程度には頭は回りそうだからな」

「本当にそうなるかの?」

「さてな。彼らが勝手にそう思っているだけで、実際には猫の子と虎の子を見間違えているのかもしれん」

「あるいは、虎に翼を与えて野に放ったか……」

「ムスト殿は彼が虎の翼に成り得るとお思いか?」

「逆に聞くが、ロイア伯爵はそう思っておらぬのか?」


 互いに至極真面目な表情で尋ね合いながらも、ふたりともその質問に意味などない事は知っていた。
 ロイア伯爵がくつくつと小さく笑いながら卓上の紅茶に手を伸ばす。


「まぁ、一皮剥けて肝が据われば虎にでも翼にでもなれるだろう。今のままでは少しばかり物足りんがな」

「良くも悪くも他人事のように物事を捉えておる節があるからの。政治に携わる身としては、そういうスタンスも有りじゃと思うのじゃが……」

「血肉として身につけた姿勢ではあるまい。やはり、まだ子供なのだよ」

「そうなると、下手に才能があった事はあやつにとっては不幸な事だったかもしれんの。まだ育ちきらぬうちから重い荷を背負わせてしまう事になりそうじゃし……。いつか大怪我をせねば良いが……」

「ムスト殿、我々が心配しても仕方ない。それは彼の部下に任せるべきだろう」

「その部下も友人じゃから困っておるのじゃがな」

「それでもだよ。我々が口を挟める問題でもない」


 静かにそう言ってカップに手を伸ばすロイア伯爵だが、眉間の皺が彼の心情を物語っていた。


「いずれにせよ、しばらくは北部の動向には気を配っておこう。若者の失敗をフォローするのは年寄りの役目だからな」

「まだ失敗すると決まった訳でもあるまいに。そういうところは年寄り臭くなったの、お主は」

「放っておけ」





















 同じ頃、奈宮皇国皇城にて――


「陛下、今回の仕儀に関して……」

「皆まで申すでない、風林。汝の言いたい事は分かっておる。余が性急過ぎると言いたいのだろう?」

「……恐れ入ります」

「そんな事は余も承知しておる。だが、臣の尽くが縁談に賛成するこの状況で余1人が反対してどうなる?」

「……陛下、ここには臣と陛下しかおりませぬ」


 時間は既に夜。皇帝の私室であるこの部屋には皇帝と風林の姿しか無かった。
 本来であれば風林が自由に立ち入る事の出来ない部屋であるのに彼がここにいる、その理由は1つである。
 彼が、一葉姫の傳役を務めているからだ。
 今、彼は皇帝に呼び出される形でこの部屋に通され、上座に座る皇帝の前に居る。


「……一葉は聡明な娘だ。器量も良く、あのまま育てば民から慕われる良き皇族となろう。あれの才もあったであろうが、傳役である汝の尽力の賜物だ。感謝する」

「勿体なきお言葉にございます。されど臣の力など微々たるものでございますれば、日々の鍛練を努められた姫様をこそお褒めあそばせられるようお願い申し上げます」

「ふふ、まだまだ目の前しか見えておらぬようではあるがな……。だが、そんな娘でも息子達にはいずれ脅威になると映ったらしい」

「陛下……」

「息子達は余の握る翡翠の太刀に興味が尽きぬようであるからな。陰雷も、本人は隠しているつもりのようだが……」


 翡翠の太刀とは、歴代皇帝が軍権の所在を示す象徴として履く宝刀である。
 他にもいくつか皇帝の持つ権勢の象徴となる物品はあるが、最も名高い品がそれだった。


「嘆かわしい事だ……。余の息子達は手の届く所までしか見えぬらしい。この太刀を――」


 ため息をつき、腰の太刀に掌を当てる。陛下、と、この国で唯一そう呼ばれる男はもう一度ため息をついて言葉を絞り出す。


「この太刀を手に入れて、それでどうするつもりなのか。先達も至言を残しておろうに。魂無くば太刀も無し、魂有らばこそ太刀も輝けれ。――決して、武の道のみを指した言葉ではあるまい」

「陛下……」

「詮も無い愚痴を聞かせた。許せ」

「いえ。陛下のご心痛、僅かなりともお察し致します」


 再び頭を垂れる風林に、今までの疲れ切った声とは全く違う覇気ある声音が届く。
 東の大国、奈宮皇国を統べるに足る男の声が。


「風林、汝は平素と変わらぬ風でいて尋常ならざる覚悟を決め得る良き武将だ。知謀も並々ならぬし、刀槍も良く扱う。余の配下の中でも格別の臣であろう」

「非才の身には過分なお言葉、恐れ入ります」

「しかし、汝ほどの武将といえど死を覚悟するというのは平素通りとはいかぬと見える。或いは、一葉の身を背負うという重圧かもしれぬし、その両方かもしれぬが……」

「…………」

「思うところを述べてみよ。余が許す」


 その言葉に、風林は険しい顔を前へ向けた。


「姫様の婚約、結果として臣が取り纏めましたが、臣は反対でござります」

「ほぅ……。余が決めた、その葛藤を理解した上でそれを言うか。よもや一葉の事を思いやってなどとは言うまいな?」

「陛下が姫様の身を案じてこの婚姻を推し進められた事は臣も察しておりまする。また、臣めがこの婚姻を取り纏めましたのも、それが最も姫様の為になると愚考致しましたからでございます。リトリー殿は、姫様を預けるに最も不満の少ない相手でありますが故に」

「ならば何故反対する? 敢えて息子達の策に乗る事が気に食わぬか?」

「陛下の身とこの国のゆく末を案じているからでございます」


 風林の言葉が部屋に静かに通り、そして沈黙が満ちた。

 たっぷり3度は深呼吸出来る程の時間を置いた後、風林は重い口を開いた。


「今まで、陛下は1度たりとも殿下達の私欲から来る言葉に耳を貸された事はありませんでした。殿下おふたりも陰雷殿も、影で互いを牽制しあいながらも陛下の前では畏まっていたのは陛下を恐れての事にございます。
 今回の仕儀が陛下御自らの発案でありましたならば、臣は何も案ずる所はありませぬ。
 ですが、今回の仕儀は陰雷殿の思惑に殿下達が相乗りした形……。それに陛下が乗ったとあれば、彼らを付け上がらせかねませぬ」

「そしていずれは余を害する事をも厭わなくなると、そう申すか」

「御意にございます」

「中々面白い話ではないか。余が息子達に害されるなどと、そのような事を余の手の届く所で述べるとはな」


 そう言って不快げに眉をひそめる皇帝に対し、風林は滅多に荒げぬ声を張り上げた。


「面白い話などというものではございませぬ! 陛下は権力に魅入られた者の執念を甘く見られておいでです。ここで陛下が隙を見せたとあらば、彼らは間違いなく陛下を甘く見まする。それが蟻の一穴になりかねませんぞ!」

「汝は余がそう易々と遅れをとると思っておるか。ただの1度隙を見せただけで、権力だけを欲しがる、玩具を手にしたがる稚児の如き者どもに遅れをとると? 余とてこの位に長く座っておる。あまり余をなめるでないわ!」


 風林の言葉に対し、皇帝もまた一喝して返す。
 だが、その程度で怯むようであれば最初からこんな事を言ったりはしない。風林は1度荒げた声を元に戻して話を続けた。
 手討ちになる事などとうの昔に覚悟している。


「姫様はいずれは一角の人物になられるでしょう。そうなった時、姫様がこの国におられれば或いは抑止力となって頂けるかもしれませぬ。
 殿下達の3すくみは今でさえ危ういバランスの上に成り立っております。幸いにしてその事を皆知っているので何事も無いかのように振る舞ってはいますが、どの陣営にも慮外者はいる事でしょう。今のままでは何かあった際に国の乱れを止める手立てがございません」

「汝はどうしても余が害されるとしたいようだな?」

「臣は最悪の場合を想定しているだけでございます。ですが、得てして事態はそれが杞憂であったとなるか斜め上を行くかという具合でございましょう。
 臣は、まさか殿下達がこれほどまでに露骨に執着を見せるとは思っていなかったという見当違いを既に得ております。
 姫様が成人するまでくらいは猶予があるかと考えておりましたが、最早そのような楽観が許されるような状況ではございませぬ」

「汝のそれは杞憂に過ぎぬ。余の忍耐力を試したいのであればもう少し冴えたやり方でやるがよい。余はそれなりに寛大なつもりはしておるが、無限に広い懐など持っておらぬぞ?」

「覚悟は出来ております。臣の命1つで陛下と国が保てるのであれば、代価としては釣り合わないとすら思いますが」


 穏やかな顔でそう言い切る風林を前に、皇帝は毒気を抜かれたように気を静められた。
 鯉口こそ切っていないが、右手は未だ宝刀の柄を握っている。翡翠の太刀と呼ばれてはいるが、刀身は翡翠で出来ている訳では無い。山をも割くと名高い破山剣には及ばぬものの、実用可能な魔法剣なのだ。
 歴代皇帝の中にはこの宝刀を手に戦場を駆けた者もいる、今ここで風林の首が飛んでもおかしくはなかった。


「……汝の忠言は心の裡にしまっておこう。だが、一葉の婚約については決定を翻す気は無い。良いな?」

「御意」

「それと、一葉の嫁入りをもって汝の一葉傳役の任を解く。そのつもりでいるように」

「御意にございますが……、まさか姫様をひとりで嫁入りさせるおつもりですか?」

「いや、汝の変わりに黒尼を付ける。部下と一緒にな」

「確かに黒尼ならば今の役目を継続するという形にはなりましょうが……。リトリー殿にあの才女をくれてやるおつもりですか?」

「一葉の身を守る盾にもなってくれよう。不満か?」

「いえ……」


 黒尼とは、特に諜報の分野で天賦の才を見せる若手武将である。
 女性武将がほとんどいない奈宮皇国においては異色の存在であり、周囲の者とあまり上手くいっていない一面もあった。
 後ろ盾となる者がいないという点も大きく、現状では才は認められても便利使い出来る存在程度の価値しか見出だされていない。
 皇国内では先が無いと見られている一葉付きになっている現状そのものが、彼女の立場を如実に表していた。


「汝には濡綿地方の城代を申し付ける予定だ。北西の荒鷲の街を城塞化し、拠点とする。その為の計画を今から練っておくように」

「陛下、それでは陛下の身辺に殿下達の息の掛かっていない者が少なきに過ぎる事になります。せめて臣は御身のお傍に控えさせて下さい」

「ならぬ。汝は彼の地にて四方に睨みを利かせよ。これは汝にしか出来ぬ役目だ」


 四方とは、西のビルド方面と北の神楽方面、南西のエルト方面、――そして東の皇都方面の事だ。
 つまり、対外のみならず、国内で何か起こった際にも動けと言っているに等しい。
 その言葉の裏にある思惑と覚悟を考えた時、風林はただ頭を垂れるしか出来なかった。


「では、下がるがよい。正式な沙汰は追って申し付ける」

「……御意」


 下がれ、と言われれば風林としては下がるしかない。



 風林とて分かってはいるのだ。既に次の皇帝の座を争う暗闘は引き返せない段階まで進んでおり、皇帝が次期後継者を定めたとしても確実に禍根を残す。
 皇帝が亡くなった後に内乱の1つや2つは起こっても全く不思議ではないのだ。そして、その時に成人していてかつ旗色が定かでない皇族など3勢力のいずれからも敵と見なされかねない。
 ……つまり、今のままでは一葉の将来の身の安全すら保障されかねる事になる。

 その点、他国にもそこそこ名が通っているとは言え最早没落したも同然のリトリー家に嫁入りするとなれば後継者争いからは脱落したものとみなされるだろう。また、風林が見たところ、リトリー公爵はやや軽率な面はあっても一葉の婿として及第点を与えられる少年であった。
 一葉の事だけを考えるのであれば、今回の婚約はベストな選択とは言えなくともベターな選択ではあるはずであった。

 しかしこれは同時に、中立派とも言うべき緩衝勢力の旗印と成り得る少女を失う事と同義であった。
 今はまだいい。皇帝が健在なうちは下手な動きなど出来ようはずもないのだから。
 というよりも、それが可能な程の才覚を持つ者がいるのであれば早々と後継者争いの勝者として名乗りを上げているだろう。
 だが、皇帝が身罷るような事になれば……。互いに退き所を無くした3勢力が実力行使に訴えない保障はどこにも無くなる。

 そして、自身がヌワタ地方の城代――事実上の領主として派遣されるという、その予定がこれらの推論以上に風林の心に影を落としていた。
 既に皇帝は自身が人事不省になった後の事に意識を向けているのではないか、と。
 一葉の安全の確保と、万が一の内乱時に独自勢力として動けるように風林に地盤を持たせる差配。しかも、ご丁寧にリトリー領と隣接するヌワタ地方が選ばれている。
 もちろん、彼の地が他の地域に比べて貧しい地である事が3勢力の注意を逸らす効果を持つからという理由もあるだろうが……。

 内心忸怩たる思いを抱えつつ、城外の屋敷へと足を向ける風林。
 その足取りは重かったが、奈宮に近付く戦乱の足音はすぐそこまで迫っていたのだった。







[12812] いきなり! 侵攻伝説。
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:21
 そんなこんなでいきなり降ってわいた結婚騒ぎとその他諸々にカタがつき、俺は領地経営という戦場へと戻ってきた。相変わらず細かい所はカーロン以下の部下に投げっ放しだし自転車操業かつ博打要素満載という状況もあるが、とにかく動かないといけないのだ。
 色々動いた結果が出るまでの時間とその結果を利用する時間を考えると、悩んでる時間すら惜しいというのが実情なので。
 見たくない問題結婚騒ぎを先送りしただけとも言うが、とりあえず今は気にしない。

 とにかく今は目の前の書類の山を片付けないといけないわけで。カーロンもライガーも似たような感じで書類の山に埋まってるから押し付ける相手も居ないんだよなぁ。
 タイオン? あぁ、奴なら学園の魔法使い系の講師の件で正式にノイル王国に陳情しに出張中。ロイア伯爵も別件で行くみたいだから、上手く交渉がまとまってくれればいいなー、と他力本願に祈ってみる。
 試しに一隻就航させてみた河川船舶を使った物流ルートの試験も兼ねてるから、そっちの方でも良い結果が出るといいなぁ。

 ……別名、現実逃避とも言う。



 つーか、あれだ。処理しても処理しても書類の山がいっこうに無くなる気配すら見せないのな。押し付ける相手を探そうにも、どいつもこいつも俺と似たような状況だし。まだ読んで手直ししたりサインしたり指示書作ったりするだけの俺の方がマシっちゃマシなんだが。
 そのうち出向組をこっちへ戻して向こうにまた新人君を押し付けるかな? そしたら書類の山を押し付ける相手が出来るし……。
 向こうで書類の山と格闘しながらウチの新人の教育まで行っている奈宮組の政務官に本気で呪われそうだが、アリかもしれん。

 ま、実際には半分入れ替えくらいが限界点だろうけどな。あんまりやり過ぎると奈宮から睨まれるだろうし。



 そういや、あと1ヶ月で俺は11歳になるらしい。これでも一応公爵家の当主なので、身内だけのお誕生日会をやってお終い、って訳にはいかんのだろうなぁ。お誕生日会(笑)をするのであればそろそろ準備を始めなきゃならんが、あまりにも面倒すぎる。
 そんな事に1秒たりとも時間を割きたくないというか相変わらず予算がキツキツなのでパーティなんぞ開いてられるかボケッ!

 ヴィストがヘルミナに戦争吹っかけて全部うやむやになんねーかな、なんてアホな事を考えていたせい――という訳でもないだろうが。



 始まっちまいましたよ。運命のドミノ倒しが。





















 その日、突如として国境を越えたヴィスト王国軍4万はヘルミナ王国王都ラルンへと迫っていた。



 宣戦布告はなされていたものの、その大義名分など大した問題では無かった。問題であったのはヴィスト王国軍のあまりにも速い進軍速度であり、それに比して遅々として進まぬヘルミナ王国軍の集結であった。
 その疾風の如きヴィスト王国軍の先陣を指揮するのは、あろうことかヴィスト王カーディルその人であった。
 ラルンへと至る途中での抵抗の尽くを鎧袖一触に粉砕し、なおかつ後方との補給路には細心の注意を払いつつ、それでいて各地の拠点の陥落の情報の伝播速度と競うかのような神速の行軍速度。

 確かにカーディルの軍事センスは抜群に優れていた。
 それはヴィスト王国がヴィスト地方に覇を築き上げる過程での紛争で既に証明されていた事であったが、こうして万単位の軍勢を率いて長駆遠征する際にもそれが色あせないというのは、侵略されつつあるヘルミナ王国の面々にとっては悪夢でしかなかった。
 それこそ歴史に名前が残るであろう将器であるのは、対峙したヘルミナ王国の面々が最も感じ取っていた事だろう。



 だが、一国の主が侵攻の陣頭に立つとはなんと軽率な事であろうか。

 この時ラルン北の平原に集結しつつあったヘルミナ王国軍は総勢6万5千。
 国内に最低限の備えを残して出撃しているヴィスト王国軍に対し、国内の軍事力の全てを――制限時間ギリギリとはいえ――集結させる事に成功していた。

 4万対6万5千。
 しかも、劣勢である方の軍勢を率いるのは最も倒されてはならぬ存在――即ち王。

 この時まで延々とヴィスト軍の進行速度と自軍の集結速度の競争に神経をすり減らしていたヘルミナ王国軍の首脳陣に安堵にも似た感情が浮かんでいたのは、ある程度仕方の無い事であったのかもしれない。

 あの4万の兵の先頭に立つ王さえ討ち取れば、長く続いた緊張と短い戦争が終わりを告げる。
 なに、彼の将器は脅威ではあったが、一国の国主であるのに陣頭に立つなど軽率にも程があった。彼は兵を率いる将としては大器であったが、王の器ではなかったのだ。


 ……その楽観論が崩されたのは、間もなくの事だった。



 ラルン北の平原に着陣したヘルミナ王国軍は横陣を敷き、ヴィスト王国軍のラルンへの侵入を阻止しようと構えた。
 先陣左翼に1万、先陣本隊に1万5千、先陣右翼に1万、後陣左翼に5千、後陣本隊に2万、後陣右翼に5千。
 中央を分厚くした2列横陣で、中央の先後2陣で敵の攻勢を受け止め、あわよくば先陣の左右両翼で敵を包囲殲滅しようという狙いは明白だった。
 前後列に軍を分けているのはどちらかといえば下策なのだが、ヘルミナ軍内部の政治力学は複雑であり、その発露としてはまだマシな部類に入っただろう。
 各備えはそれぞれ有力貴族や将軍が率い、全軍をヘルミナ王国の宿将エイニィ=メレフがまとめる。

 それに対するヴィスト王国軍は、中央にカーディル王率いる2万5千、左右にそれぞれ5千を率いる右将軍ミリア=ダヴーと左将軍ジャン=スーシェ、後方にカーディルの副将を務める老将ヘクトール=アライゼル率いる5千が布陣した。
 包囲殲滅を狙うがゆえに各陣の間隔がかなり離れているヘルミナ王国軍に対し、ヴィスト王国軍のそれは極端なまでの密集隊形であった。



 もちろんヘルミナ王国軍――というよりメレフ将軍はカーディルの中央突破の狙いを正確に読み取っていた。
 だからこそ双方の布陣開始直後に後陣左右両翼が中央に寄る形で陣形が修正され、ヴィスト軍4万に対して中央に4万5千の兵力を集中して受け止めるという思惑を描いていた。

 先陣左右両翼が移動して敵側面を叩くまでの僅かな間だけ敵の攻勢を受け止める、ただそれだけの為に全軍の7割以上の兵力を回し、敵軍の総数をさえ上回る数の防壁を築き上げる。
 普通ならば石橋を叩いて渡る采配であると賞賛されるべきであったのかもしれない。
 両翼を広げて包囲殲滅を狙うという当初の作戦を堅持すべきだとの声も多かった事を併せて考えれば、メレフ将軍の指揮は臆病であると揶揄されかねないものですらあっただろう。そんな状況の中での作戦の修正であると考えれば、メレフ将軍を責める事は難しい。

 しかし、それでもなお敢えて指摘するのであれば。



 彼の見通しは甘かった。



 戦闘開始直後、ヘルミナ軍の前衛より射掛けられる矢や魔法による制圧火力を物ともせず、カーディル自身が陣頭に立つ2万5千がヘルミナ軍先陣本隊の1万5千に速攻を仕掛けて襲いかかる。
 局地的な兵力差は逆転し、接触点での兵力比に至っては3対1を超える状態――しかもカーディルの周囲の兵は全軍から選りすぐられた精鋭だ。

 一瞬の抵抗すら許されず、ヘルミナ軍の最前衛が瓦解する。
 そのまま豆腐をナタで叩き潰すかのようにカーディル率いる兵はヘルミナ軍の隊列を抜けていき、先陣本隊は中央に巨大な穿孔を穿たれた。
 中央から分断されつつある備えにはもはやカーディルの突撃を押し留める力は残されておらず、後続の1万5千を受け止める事すら危うい状況となりつつあった。



 戦闘開始から僅かしか経っていないにも関わらず、その戦況を見たメレフ将軍は己の劣勢を悟った。
 先陣本隊の1万5千は初撃で粉砕されて軍集団としての機能を失いつつあり、左右の各1万はその役目を果たせず遊兵と化しつつある。

 何より、カーディル王自身とその周囲の将兵の強さが尋常ではなかった。

 彼の直率する2万と左右に展開する各5千の兵を併せればカーディル直率の2万5千は上回るが、恐らくそれで止められる相手でも無い。
 敗北と死すら覚悟した彼の意識は、せめて無傷の先陣左右両翼の2万を無事後退させてラルンの失陥を防ぐ、という事に向きつつあった。

 その覚悟を決めてからのメレフ将軍の指揮は苛烈であった。
 文字通り全滅する事をもいとわぬ不退転を直率全軍に発令し、自らも一歩足りとも退かずに指揮を取る。それどころか将軍自ら前線近くまで馬を運び、カーディル王の突撃により崩壊しかかっていた戦線を立て直しつつ、周囲の陣へ向けて伝令を走らせて可能な限りの友軍を後退させる。

 カーディル王をも唸らせたメレフ将軍の老練な指揮により、ヘルミナ軍後陣はヴィスト軍の突撃を辛うじて受け止めた。
 それどころか、メレフ将軍を救おうとした後陣の左右両翼がヴィスト軍の側面へと突撃するに至っては戦線を押し返しすらした。
 並大抵の軍であれば一撃で粉砕してしまうカーディルの突撃を受け止めたのは賞賛に値すると、後にカーディル王自身が述べている。



 だがしかし、ヘルミナ軍の抵抗はそこまでであった。

 戦線を押し返し、最前線に立つカーディル王の周囲の兵が薄くなった――カーディル王を討ち取りかけたまさにその時、前列を抜けてきたアライゼル将軍率いる5千がヘルミナ軍の右側面へと回り込んで強烈な一撃を加えたのだ。
 ヘルミナ軍の右翼は一瞬で壊乱し、連鎖的に戦線が崩壊してゆく。
 あるいは予備兵力を投入すれば戦線の全面崩壊は防げたのかもしれないが、メレフ将軍の手元にはもはや一兵の予備戦力も残されてはいなかった。



 戦場を迂回してラルンへと撤退した2万の兵を除いた4万5千のうち、ラルンへと帰還した兵は2万に届かなかった。
 特にメレフ将軍が直率していた2万の兵は最後までメレフ将軍に従って友軍の盾となった結果、帰還率が2割に満たないという凄まじい記録を残し、壊滅。
 主だった貴族や将軍たちもその半数以上が戦死あるいは捕虜となり、ヘルミナ王国軍は事実上その組織的戦闘能力を喪失した。

 特にその人柄と能力で王や兵士達から絶大な信頼を寄せられていたメレフ将軍の戦死は致命的と言えた。
 著しい士気の低下と作戦能力の低下にも諦める事無く、ヘルミナ王はラルンに篭城する事を決めたが……。





















「結局貴族から内通者が出てヘルミナ王は凶刃に倒れ、ヘルミナ王国は降伏、か……」

「しかも、先の会戦で有力貴族の過半が戦死するか捕らえられた上に、ヘルミナ王の暗殺騒ぎの際に王族の大半が亡くなられております。まぁ、事実上の滅亡と言ってよいでしょうな」


 渋い顔で事の顛末を報告するカーロンだが、俺も負けず劣らず渋い顔を見せているに違いない。なにせ、侵攻から僅か1ヶ月でヘルミナ王国が陥ちるだなんて想像もしていなかったからな。
 ヴィストのヘルミナへの侵攻の一報とヘルミナ王国の降伏の報告がほぼ同時に入ってくるとか、ありえなさすぎる。
 ある程度覚悟していた俺ですら半ばポルナレフ状態なんだから、他の連中の混乱ぶりはさずかし酷い事になっているだろう。

 ……それにしても、ラルンの位置が相当北に寄っているという要素があるにしても、凄まじい早業だな。ナチスドイツのポーランド侵攻だってこんなに素早くはなかっただろーが。
 何より、一国の主が“進撃せよゴーアヘッド”じゃなくて“我に続けフォローミー”で突撃ぶちかますとか正気の沙汰じゃねーって。しかも奴自身がメレフ将軍を討ち取っているとか、リアル無双にも程があるだろ。

 その上地味に、損害の大きくなる力攻めでの攻城戦は避けて謀略で王都陥としてるしさ。
 奴がオフレッサーばりの猪武者ならいくらでも料理できるんだろうが、馬鹿じゃないどころか普通にそこらの知将より知略も優れてるときた。能力値的には、政治がやや低いものの武力100オーバーで知謀80超えとか、そんな感じか?

 結論。
 カーディルマジチートスグルwwwwwwww


「乾いた笑いしか出てこないなぁ……。とりあえず、一国でどうこうできそうな相手じゃないって事だけはよーく解った。宰相殿の首尾はどうだ?」

「都市オルトレアに各国の代表が集まっているとの事です。今すぐに何らかの外交的成果が出るとは、このヴィンセント=カーロンには思えませんが、恐らく何らかの手は打たれる事でしょう」

「その“何らかの手”が打たれるまで年単位で待たされるかもしれないけどな」


 即座に連合軍を編成してヴィスト王国を討つ――なんて事が出来れば原作開始時点のあの惨状は無かった訳で。なんかもう色々無理だよな……。

 ヴィスト王国は脅威に違いないんだが、だからといってすぐに各国の足並みがそろうほど世の中上手くいかないものなんだわ。
 例えば我らがエルト王国と奈宮皇国は比較的良好な――というか半ば主従関係なんだが、エルト王国なんかよりはるかに有力な国であるインスマー公国なんかは奈宮皇国とはすこぶる相性が悪い、らしい。エルト王国とガンド王国は貿易摩擦を抱えているという話だし、ビルド王国とロードレア公国は国境付近の鉱山の所有権を巡って揉めたばかりだそうで。
 最後のはヘルミナ王国まで含めた係争だったらしいんだが、当該地域がヴィスト軍に占領されてしまったので今のところうやむやになってるけどな。あぁ、でも火種としては残ってるわけだから厄介な事には変わりない、か。
 ま、ざっと見ただけでも一枚岩とはとても言えないわな。

 さらに付け加えれば、連合に参加する国が多すぎて意志の統一すら上手くいかない同盟なんて上手くいくはずが無い。
 見た目の戦力だけは揃っているというのも、この際はマイナス要因だ。こんなの俺ですら各個撃破が最善手だと気付くぞ。
 当然、チートキャラのバーゲンセール状態のヴィスト陣営がそれに気付かないわけも無く。



 まぁ、いまいちアテにならんオルトレア連合の事はこの際置いておこう。
 とりあえずヴィスト王国とウチの間にはビルド王国が緩衝地帯として挟まっているから、援軍でも出して踏みとどまって貰うのが最善か。
 となると、戦力の用意が問題になるんだが……。エルト王国はともかく、ウチ単体としては前途多難といったところだろうな。


「警察予備隊はどうなっている?」

「騎兵600と槍兵400、弓兵200が訓練済みです。警察隊の補充・編成と配備が概ね終わりましたので、歩兵に関しては来期以降大幅に増員できる余地はあります」

「それじゃ、当初予定通り増員しておいてくれ。とは言うものの、数だけ増やしても意味が無いからしっかり鍛えておいてくれよ。数に限りがある以上、徹底的に鍛え上げるしかないからな」

「はっ」

「あと、警察隊の方も訓練は継続させてくれ。領内の治安維持は一番重要だからな。一応、現場から定期的に一定数引き抜いて訓練を受けさせられるくらいの数は揃えたつもりだから頼むぞ」

「了解です。騎兵はどうなされますか?」

「暫くは実働部隊配備はしない。引き続き新兵の補充と訓練だな。オイゲンには新兵に地獄の特訓を課すように言っておいてくれ」

「かしこまりました」


 とりあえず1200まで兵力は増えたが、万単位の兵力がぶつかる会戦じゃ少しばかり数が少ない。せめて倍あれば後方に回り込んでみるとか、いろいろできるんだろうけどなぁ。
 ま、数が揃うまではひたすら補充と訓練の繰り返しだな。特に、当面の間は騎兵の数が揃わない事と数少ない騎兵を戦場に出して損耗させられないという事情を考えると、歩兵の増員は急ピッチでやらないと。
 いや、別に歩兵が楽に練成できるとか考えてる訳じゃないんだけどね。騎兵は金と時間が掛かるんだよ。

 いずれにしても、歩兵の補充が間に合うまではウチが純軍事的な意味で出来る事ってのはそんなに無いなぁ。傭兵でも雇って王国軍に合流するというのも無くはないが、残念ながら予算を割くほどのメリットが感じられない。
 というか、他の案件の優先順位が高すぎて傭兵なんていう対費用効果が芳しくない所には予算を回せないし回したくない。



 一応、街道敷設工事や治安の良化、税免除付きの開墾事業なんかによって人口の流入が起こっているのは間違い無いんだが……。それが税収増その他諸々の効果に結びつくのには少しばかりタイムラグがあるのだ。
 しかも、今のところそのタイムラグを財宝売却益で埋めて投資を行っているような状況だし。
 常備軍は金が掛かり過ぎるからホントは嫌なんだけど、戦力としての信頼度と訓練をキチンと積んだ場合の精強さを考えると外せん。
 うぅ、胃が痛い……。

 街道敷設が終われば奈宮からの援軍を通すルートにはなるし、それでもう仕事したって事にしてもいいかなぁ……。
 ダメだよなあ……。


「それと、来月に迫りました――」

「パス、却下。こんな緊迫した情勢下で暢気にお誕生日会なんぞやってられるか」

「セージ様……」

「だいたい、その時期だとビルド王国が何らかの動きを見せるんじゃないのか? 隣の国が滅亡したんだ、国境地帯が騒がしくならないハズが無いからな」

「では、出兵があるとお考えで?」

「声が掛かるかどうかは怪しいが、一応そのつもりでいておけ。もし出兵となると援軍くらいは出さなきゃならんだろうし、そうなれば色々派手に動いている俺のところにもお鉢が回ってくるだろうからな。
 まぁ、どうせ衝突しても小競り合い程度で終わるだろうが……」


 併合したヘルミナ王国の平定や経済状況などを考えると、ヴィスト王国もそうそう大規模な軍事活動には打って出てこないだろう。
 動かしたとしても、中規模の部隊による威力偵察とか限定的な侵攻とか、その程度が限界……、だよね? そうですよね? 頼むからそうだと言って下さいお願いします。

 とはいえ、それでビルド王国への侵攻の足掛かりを作られるのも嫌だし阻止しておきたいのが本音なんだよなぁ。
 ……まぁ、金も兵もない状態じゃ何も出来ないんだけどさ。







[12812] 始まりのクロニクル ~Part1~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:22


 微妙な寒さだった冬も終わって春らしくなってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
 私、セージ=リトリーは11歳の誕生日を迎え、今日も元気に頭を抱えております。

 ……えーっと、何で俺エルト王国軍遠征部隊の副将になってんの?
 参加するのはともかく責任者扱いは予想外デース。










■ ――1st Day










 事の発端は、旧ヘルミナ王国領とビルド王国領の国境地帯にあるいくつかの集落がヴィスト王国に対して蜂起した事だった。
 戦闘力の高い獣人が住む村々が立ちあがった結果、付近をたまたま巡回していた100名前後のヴィスト軍国境巡察隊が壊滅。
 まぁ、5倍近い数の獣人に襲われたんだ、殲滅されなかった事が奇跡的ですらある。

 で、その報復として派遣されたのがヴィスト軍の誇る宿将、アライゼル将軍。率いる兵力は5000。
 いきなりそこそこ大きな兵力が出てきたわけだが、これを期に国境地域の平定でもしようと考えてるのかもしれないな。獣人達を叩き潰せば不安要素は無くなると判断したのかもしれないし。

 とにもかくにも、自分達の10倍に達する兵力に泡を食った獣人達の救援要請に応え、ビルド王国軍近衛兵団3000とエルト王国軍1500が出張ってきたわけなんだが……。
 これ、周辺の国で緊急にヘルミナ・ビルド国境地方に展開できる部隊がこんだけしかなかったからなんだよね。
 ビルド王国国内で迅速に出陣できる兵力は近衛兵団だけで、その内の3割を派遣。んでもって、地理的に比較的近いエルト王国から騎馬のみで編成された1000と、戦略機動力が段違いのリトリー公爵軍500(槍兵と弓兵50ずつは万が一の時の為にお留守番)を派遣。

 ちなみに、流石に11歳になったばかりの子供が派遣軍を率いるのも問題大ありなので、今回はアルバーエル将軍とノア将軍が出てきている。で、貴族としての位階の関係上俺が副将になっている、と。
 ビルド側の責任者はルーティン伯爵とかいう貴族のおっさんで、まさかの指揮権委譲をやらかしてくれました。曰く、半分素人みたいな自分よりアルバーエル将軍の方が指揮を取った方が良いだろうとか。

 しかし対外的にはルーティンのおっさんの顔を立てなきゃいけないのは変わらない訳で……。
 ぶっちゃけた話、功績を立てれば横からかっさらうつもりなんだろうな。で、失敗したら責任はこっちに押し付ける、と。
 そんなつもりなんて無くて純粋にこちらの腕を信頼してくれているのであればいいとは思うんだが、まぁ淡い期待だろう。



 ま、そんな事はどうでもいい。いや、どうでもよくは無いがヴィスト軍との戦闘の事を考えるとそんな事にまで頭をまわす余裕が無い。


「セージ、この戦い勝てると思うか?」


 遠征に向かう道中でそこそこ親しくなったアルバーエルのおっさんが、あご髭を扱きながらそう聞いてくる。
 今はマックラー平原に野営中で、ここはアルバーエル将軍のテントの中。さっきまでルーティンのおっさんとか獣人のおっさんとかがいたけど、一応人払いをしているのでここには俺とおっさんしかいなかったりする。

 つまり、本音が言える。


「まぁ、断言は出来ませんが……、たぶん勝てませんね」

「ほぅ」

「兵力こそ同数になりましたが、こっちは寄せ集めで向こうは精鋭。しかも、我らがエルト軍はここ数十年強力な正規軍相手の実戦経験がありません。
 現地住民の道案内は期待できますから地の利こそこちらにありますが、マトモにぶつかったら粉砕されるのがオチでしょうね」

「まぁ、俺も同意見だな。セージは何か一発逆転が狙える手を思いついたりしていないか?」

「勘弁して下さいよ……。
 戦争の基本は数です。相手を圧倒する数さえ揃えて適切に運用すれば、相手がどんな名将でも勝てるんですから。欲を言えば近衛兵団は根こそぎ出撃して欲しかったですね」


 戦争は数だよ、兄貴。
 近衛兵団1万が根こそぎ出てきたら向こうだって戦わずして撤退してくれるかもしれないのに。


「ま、ビルド王国はあまりこの戦いに乗り気じゃ無さそうなんだ。3割も出てきただけでも良しとするべきだろうな。
 ……しかし、守勢に優れるメレフ将軍をあっけなく撃破したヴィスト軍が相手というのは厳しいか。その上、敵将はアライゼル将軍ときた」

「名将ですか」

「ヴィストでも3本の指に入るくらいの、な。とにかく手勢を動かす事が巧みで、カーディル王とはまた違ったタイプの名将らしい」

「はぁ……。となると、その問題の獣人の集落を立ち退かせた方が早いですね。とりあえず、獣人の代表者に話を通して俺がエルト勢を率いて現場に急行しますよ。
 向こうも似たような事は考えるでしょうし、今回は――というかヘルミナ滅亡時の事を考えると、今回も速度勝負です」


 まったく、何で俺がこんな危ない橋を渡らなきゃならなんのか。しかも、他人の為に。
 適当に戦ってお茶を濁して帰るという手もあるし、本当ならそうしたいんだけど……。

 この時期にヴィストに調子扱かせると後が怖そうなんだよなぁ。
 マジでやってらんねー。


「しかし、正面からぶつかるという手も無い事は無いんじゃないのか? 獣人達はいずれも一騎当千の強者だと聞いているが」

「組織戦じゃ個人の武勇なんて微々たるものですから。一騎当千なんて戯言はカーディル王みたいな正真正銘の化物だけに許される言葉です。
 だいたい、マトモに連携が取れるかどうかすら怪しい5000なんて、ヴィスト軍でも一、二を争う将軍ともなれば半分の2500でも適当にあしらわれそうですよ。その間に残りの2500が後方の村を焼いてしまえば俺達の戦う理由が消滅する、と」


 コーラを飲んだらゲップが出るくらい確実だな。
 そうなった場合、俺達の遠征は無駄骨どころの騒ぎじゃなくなる。


「ですので、ここはウチの1500が先行してヴィスト軍を足止めしつつ村落の住民を余さず後方へ避難させ、ヴィスト軍の戦略目標を喪失させる事によって彼らの撤退を促します。
 タイミング的には、ビルドの近衛兵団が戦場に到着すればそれでヴィスト軍は引き揚げるかと」

「……そう上手くいくか? 確かにリトリー勢と騎兵だけで編成すれば間に合うのは間に合うだろうが……」

「獣人達は集落の方に陣を構えているんでしょう? なら、現地で2000程度の兵数にはなります。ウチの馬車に村の住民を無理矢理詰め込んで安全圏まで後退させれば、後は何とかなるでしょう」

「本当に時間との勝負になるな……。しかし、現状ではそれが一番楽に“負けない”戦いが出来る選択肢か」

「大きな犠牲を払って勝っても、次は全力で来られますからね……。後の事を考えれば、ビルドの近衛兵団にはあまり傷ついてもらいたくないんですよ」


 近衛兵団の1万が無傷で残っていれば、ヴィスト王国もそこそこ警戒してくれるはずだ。早期に決着を付けられないんなら、せめて時間を稼いでこっちの迎撃準備を整えておかないと。
 いきなりビルド王国に本格侵攻されたら耐えきれると思えないんだよな。



 ……ジリ貧になるって考え方ももちろんあるんだけど。


「とりあえず、獣人族の代表――ビリー殿の説得はこちらでしておこう」

「土地とある程度の財産の補償はリトリー家で用意すると伝えておいて下さい。人命は取り戻せませんが、財産ならば何とでもなると言えば折れるのではないでしょうか。
 元々獣人族は土地にしがみつくタイプではないですし……」


 イメージ的にはローマ人から見たガリア人に近いかな。農耕もやるが、基本的には狩猟採集民族の出だし。
 そりゃあもちろん自分が住んでる土地を離れるリスクは嫌うだろうが、代替地が用意されてるとしたら動く事にためらいは少ないだろう。

 これが土地にしがみつくタイプだったりしたらエライ事になる。
 先祖代々の土地を離れるとは云々とかでゴネられた挙句時間切れとか、寒いにも程があるからな。
 森の住人とかだとこうはいかないだろうし、不幸中の幸いと言っていいものやら……。仮に森の住人だったらヴィスト軍も易々と手出しは出来ないわけだしなぁ。

 ま、俺は悪運だけは強いらしい。
 そういう事にしておこう。


「しかし、そんなに金と土地はあるのか?」

「土地はともかく、金の方は借金で賄うしかないですね。まぁ、長期的には何とでもなると思ってますし、それくらいしないと彼らも動きづらいでしょう」


 逆に言えば、生活のアテがあるなら家族の命を危険に晒してまで戦おうという気にはならない、と思いたい。
 というか、名誉のために死ぬとしても、あんたらだけでやってくれ、と。巻き込まれる方は良い迷惑なんだぜ?


「――もう1つ考えたのは、ワザと行軍速度を遅らせるという手なんですけどね……」

「……なるほど。戦わずして帰還する、という事か。それならば確かに我が軍もビルド軍も被害は出ないだろうが……」

「獣人族は見殺しになります。後々禍根として残るかもしれないので、外交的には拙いでしょうね。宰相殿やムストに説教を食らうのは間違い無いでしょう」

「それに、エルト王国やビルド王国、ルーティン伯爵の名にも傷が付くだろうな。俺としては、その策は却下せざるをえん」

「俺も出来れば使いたくないですよ。死にたがりの馬鹿ならともかく、何の罪も無い女子供まで見殺しにするのは流石に良心に堪えますから」


 まぁ、俺だって血も涙も無い人間じゃない。好んでそんな策を使いたいとは思わないな。
 村の放棄に同意してもらえなかったら容赦無く実行するくらいには冷たいけどね。
 馬鹿どもの自尊心を満たすために俺の大事な部下を擦り減らす気になんぞ、なれるはずも無い。

 ……このまま状況が推移したとしても、ちょっと洒落にならない状況になりそうだけどな。
 住民の脱出を護衛するために絶望的な戦いに臨むだなんて、そんな“お話”みたいな事を真剣にやるだなんて思ってもみなかった。

 最高に上手くいけば敵影を見る事も無く全てを終わらせる事が出来るんだけど、な……。
 ヴィスト軍の進軍速度を考えると望み薄か。


「アルバーエル将軍はビルド王国近衛兵団を指揮して後詰めに回って下さい。先遣隊としては、ノア将軍と騎兵隊を借りていきます。俺もウチの軍と共に出ますんで、避難民の後送と後詰に関してはよろしくお願いしますね」

「……俺は、お前を無事に帰すようにムストに言われているんだがなぁ」

「こんな所で死ぬ気は無いんで、ホント早いとこ合流して下さいよ。最終的には近衛兵団の3000が頼りなんですから」










■ ――2nd Day










 この時代の道路はアスファルト舗装なんてされている訳でもなく、一部の街道を除けば、石畳の敷かれた道路なんていうのは都市や街の中にあるのが精一杯だったりする。
 まぁ、輸送手段の主力が馬車だったりするので、逆に舗装されてない方が好都合だったりもするんだけどな。主に馬の蹄的な意味で。

 これでバネが発明されて無かったりしたら死ねるんだが、都合の良い事に既にバネ自体は開発されていたりする。
 後は車体と車軸の間にバネを挟んでやれば、震動はだいぶ和らぐので乗り心地やら輸送での使い勝手やらが全然違ったり。これでゴムでもあれば車輪に実装するんだが、まぁそこまでは未だ無理だ。

 つまり何が言いたいのかというと――


「俺はエースと6のツーペアッス」

「キングのスリーカード! いつまでも殿下に遅れを――」

「フラッシュ。残念だったな」

「――くぁwせdrftgyふじこlp!?」

「おぉぉぉぉぉ……!」

「うは、小隊長フルボッコwwww」

「ざわ……ざわ……」


 車内でこんな事が出来たりもするのだ。乗り心地が良くない時代の馬車を知る人間からすれば、天国と地獄ほどの差があるとか無いとか。


「すげぇ、公爵様がこれで5連勝だぜ……」

「つーか、11歳の子供にポーカーでボロ負けする俺達が情けなさ過ぎだろ、常識的に考えて」

「凄まじいまでの引き……! 来る、大挙して……。山札の各地から、知将猛将名将が……っ、山のように入ってくる……! 実力……っ! リトリー家の神童の……! これが、実力……っ!!」

「……お前ら、他人事だからって楽しそうだな」

「小隊長ー、俺もボロ負けしてるんスけど」

「お前は顔に出すぎだ」


 小隊長、そう言うあんたも微妙に手つきに出てるぞ。
 つーか、俺だってポーカーフェイス上手くないんだからちゃんと降りろよお前ら……。他のやつらはきちんと降りてるぞ?


「次です、次。今度こそぎゃふんと言わせるッス!」

「俺は良いが……、財布は大丈夫なのか?」

「大丈夫です、いざとなったら給料前借りさせてもらうッスから」

「それは大丈夫とは言わないし、しかもお前の給料出してるの公爵様だろ」

「殿下、俺から貸しておくんで給料の前貸しなんてしないで下さいよ」

「……心配しなくてもそんな事になったら多少割り引くよ。部下から限度を超えて巻き上げるつもりは無い」

「おぉ……、公爵様テラカッコよ過ぎる……!」


 ものすごく不真面目にやっているが、もちろん今現在も大絶賛行軍中だ。
 俺はサボってるといわれたらその通りなんだが、馬をビリーとかいうおっさん――じゃなくて、獣人族の代表に貸しているので行軍中は殆ど何も出来ないのだ。
 つーか、ビリーのおっさんにもノア将軍にもカーロンにも「馬車にスッ込んでろ(意訳)」と言われてしまったので、こうしてポーカーでもしていると。

 トランプなんてあったのかってか?
 何故かは知らんが普通にあったぞ。いやまぁ、麻雀が存在する時点でその辺気にしても仕方ないんだろうけど。

 俺が馬車に引っ込んでるとなると行軍に関する仕事は他の面子に丸投げなわけだが、道案内はビリーのおっさんがやってるし、行軍の指揮はノア将軍とカーロンがやってる。

 ちなみにビリーのおっさんの見た目は、思っていた以上に違和感がないというか普通というか……。
 若干背が低い気もしたが、精悍な顔つきと引き締まった体はなかなかどうして、おっさん扱いするのは可哀想なくらいだったな。焦げ茶色の髪の毛と一体化した猫耳と長い尻尾が無ければ普通のスポーツマンみたいだったし。
 これでバーコード頭のリーマン風のおっさんだったらシュールすぎだったな。少なくとも俺はドン引きしてる自信がある。
 ……まぁ、それはそれで違和感無い見た目になってるのかもしれないけど。


「セージ様の番ッスよ」

「あいよ~」


 スペードの2、4とダイヤの7、ハートの9にクラブ9か……。
 一応ワンペアは出来てるんだが……。


「ククク……」


 あそこのアゴの長い奴とか……。


「…………」


 無言でニヤニヤしてるアホとか。


「はいはい、ワロスワロス」


 既に降りてる奴とか。前に出る気しねー。


「俺も降りるわ」

「よし! これで公爵様の6連勝は無くなった!」

「こらこら、そこで喜ぶな」

「金持ち喧嘩せず、ってな。勝ってる時は無理しないってのが鉄則だよ」

「普通に冷静過ぎですよ、公爵様……」

「いやいや、もう十分に冷静じゃない行動した後だから」


 残り2枚のカンチャンの10引いてストレート作って勝ったりとかした後だからなぁ。
 つーかそもそも上司の目の前で賭博行為をするっつーのは中々肝が座っている気もするんだが、そこのところはどうなんだ? もちろん、黙認してる方も黙認してる方だろうけど。
 女と酒に関しては許可の出しようがないから、後は打つ方を黙認するくらいしか兵士のフラストレーションを発散させようがないってだけだけどさ。


「勝負ッス、小隊長!」

「ふっ、愚かな……」

「え? あれ? あれれ……? ぎゃーす!!!」


 で、勝負の行方はといえば。
 やたら軽い兄ちゃんのフルハウスに対し、小隊長の手は4カード。残念、君のフルハウスでは勝てないな。もちろん俺も勝てそうになかったので降りて正解。
 勝ったはいいが、バタバタ降りられてるから効率悪いな。


「うーん、平和だねぇ……」

「こ こ か ら が 本 当 の 地 獄 だ ぜ !」

「いや、それ洒落になってないから」


 本当、何人生き残れる事やら……。







[12812] 始まりのクロニクル ~Part2~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:23



 どう考えてもセメントな状況の中、エルト王国軍の遠征隊の面々は楽しくポーカーで身ぐるみ剥がされたりイカサマしようとしてバレて制裁鉄拳15連打食らったりしていますが皆様いかがお過ごしでしょうか?
 現地突撃粉砕リポーターのショタっ子セージです。

 お馬鹿な奴とかお間抜けな奴とかそんな愛すべきアホばかりですが、これでも有能(?)な部下なのですよ。例えばそこの小隊長は百発百中の子沢山だし、そこのお気楽兄ちゃんはやたら手先が器用で針金一本で鍵開け出来るし、そこのアゴの長い奴なんて景色をぐにゃりと歪ませられるんですよ。
 ああいや、最後のは嘘だけど。



 ……現状は俺の視界がぐにゃりと歪みそうだけどなっ!










■ ――3rd Day










「全小隊下車ーっ! 槍兵小隊は第1小隊、弓兵小隊は第1弓兵小隊の馬車に装備を積み替えだ。急げ!」

『イエッサー!!』


 この場には既に第7小隊の連中がいないが、彼らは全員既に先触れとして各村へ分散派遣されている。一帯に散らばった村の中心に位置するこの村で一旦ほとんどの馬車を空にして、最北端の村以外の各村落へと派遣して村人の避難を行っているのだ。
 ビリーのおっさんに付いてきた獣人族は全てこの作業の補助に散って貰っているからある程度混乱はマシにはなっていると思いたいが……。

 滞り無く避難が行われる事を祈るのみだな。


「ビリー殿、各村の避難は上手く行くと思うかどうか、率直に話して下さい」

「多少の混乱はあるでしょうが、誰もが状況が良くない事は理解しております。元より全員死を覚悟した蜂起でございましたから、故郷を遠く離れるとはいえ、新たな土地での生活が保証されているのであれば……」

「その言葉、信じますよ」


 ここまでは素早い展開で間に合わせたが、最北端の集落に間に合うかどうかはまだ分からない。
 徒歩で1日程の距離だというから間に合う事自体は疑ってはいないが……。

 しかし、撤退の事を考えると近過ぎる。
 遅延戦闘を行いながら徐々に後退するというプランなんだが、今居るこの村が各村の避難ルートの中継点となっている事を考えると、北の村である程度時間を稼がなければならず、ついでにこの村でも時間を稼いでおく必要がある。

 けど、この村を野戦陣地にするには時間が足りなくなるかもな。
 上手く北の村で時間を稼げなかった場合はここが俺の死に場所になるかもしれない――って、おいおいおいおいコラコラコラコラ。


「そこの大家族ーっ!! 気持ちは分かるが家財道具の持ち出しは身の回りの物だけだ! 馬車の数には限りがあるんだぞ!」


 やっぱり出てきたか、家財道具一式を馬車に積み込もうと考える馬鹿が。

 馬車の定員は完全武装の兵士が10名とその荷物までだ。もちろん多少の余裕は見ているが、それにしたって家財道具一式なんざ積み込みだしたら1、2家族乗せたら終わりになっちまう。
 村とは言うがどの村も現代日本の限界集落とは比べものにならない大規模な集落らしく、ただでさえ10個小隊の馬車50台を分散配置するのでは徒歩で移動せざるを得ない人間が出てくる可能性が高いのだ。

 もちろん全員徒歩で避難するのよりは遥かにマシだが、避難途中に起こるであろう問題の数々を思うと目の前が真っ暗になりそうだ。
 一応、第7小隊の小隊長を責任者に指名してるし、なかなかデキたおっさんなので大過無く任務をこなしてくれると信じてはいるが……。

 その前にこの詰め寄って来る兄ちゃんをどうにかしないと。
 一昔前の熱血系主人公みたいなナリの奴だが、見た目からしてオツムが若干アレっぽいし……。


「家財道具も無しで逃げ出して、その先どうするって言うんだよ!」

「財産は避難先である程度補償する。当分は生活補助も行う事も考えているから、今はとにかく出来るだけ迅速に後方へ避難する事を考えてくれ」

「誰がそんな事を保証してくれるって言うんだ!」

「この俺が保証する。ちゃんと書類も持たせているから、仮に俺がここで戦死してもあんた達に対する補償は確実に行われる」

「はぁ……?」


 何言ってるんだこの糞ガキは、って顔だな……。

 って、そう言えばそうだった。俺ってば糞ガキだったな。
 ウチの連中はその辺りスルーできるようになった奴が多いから時々忘れそうになるが、初対面の奴にはちゃんと説明しておかないとアレなんだった。


「俺はこの隊を指揮しているセージ=リトリーだ。こう見えてもエルト王国から公爵の位を頂いているんでな、そのくらいの補償は出来る。
 それとも、エルト王国のような小国の田舎貴族の言葉では信用できないか?」

「う……、いや、まぁ、そういうわけじゃないけどよ……」

「なら、家財道具は諦めてくれ。まぁ、ウチの馬車に乗らずに避難するというのなら止めはしないが……。その場合、逃げ遅れても助けて貰えるなんて幻想は抱かないでくれよ」

「…………」


 大人気無く言いたい事だけ言ってしまって、それで終わり。兄ちゃんは何事か考え込んでいるようだったが、俺は今それどころではないのだ。

 装備の積み替えの監督をしているカーロンに近寄り、今後の事を相談する。


「カーロン、この村で防衛線を張るとすればお前ならどうする?」

「北向きには川を利用して陣を張れると思いますが、それ以外の方角から攻められたらお手上げですな」

「相手の半数以下という数を考えると、渡河直後を叩いても押しきられてしまいそうだがな。上流から渡河されてもアウトだし、周囲が開けすぎているか……」

「大軍の運用には適していますが、寡兵で敵を迎え撃つような場所ではありませんな」

「まったくもってその通りなんだが、適していようとなかろうと、この場所である程度時間を稼ぐ必要が出てきそうだからなぁ……。
 仕方ない、当初のプラン通り第6小隊をここに置いて村の地形を利用して野戦築城しておくか」


 たった50人で定員2000の部隊を収容する野戦陣地を作れなんてのが土台無理な話だし、無いよりはマシ程度の陣地くらいにしかならない気もするが……。
 ここでもう一踏ん張りが利くかどうかは俺達全員の生死を分けかねないからな。数日間は土木工事をやっていてもらおう。

 幸いにして水辺に近い集落の鉄則として小高い丘のような位置に集落自体はあるから、土地の防御力自体も多少は期待できる。
 野獣・モンスター避けの柵は頑丈だし、堀さえ巡らせば急造の砦くらいにはなるだろう。


「このヴィンセント=カーロン、セージ様の案以上の名案は思いつきませんからな……。それにしても、何故我々がこのような……」

「言うな、カーロン。気持ちは分からんでも無いが、この辺りで王国に楯突く気がない事を表しておかないと政治的に拙いだろ。
 エルト王国軍が王の直轄兵と諸侯の供出する兵とで構成されている以上、ウチの軍と王国軍の騎兵が最も素早くヘルミナ王国まで展開できると言われて出兵を求められたら反論は出来ない。
 急いで軍備を整えているのは事実なんだし、これで断ったらそれこそ周囲の貴族辺りに二心ありと疑われかねん」


 とはいえ、せめてもう少し兵力が増強できるまで待って欲しかったというのはあるんだがな。
 一応、警察隊を連れて来れば数の上ではそれなりにはなるが……。民忠と治安が下がるのは回避したいしなぁ。
 しかも、手伝い戦なんだぜ、これ。
 ウチの領地を守るための出兵なら我慢も出来るが、いくら必要な出兵だといってもこんな所まで警察隊を引っ張り出す気は無い。
 そもそも、政治的基盤の弱さに付け込まれて出兵を押しつけられた感もあるんだが……。まぁ、実戦経験を積むいい機会だと思っておこう。

 そうとでも思わないとやってられない。


「公爵様、装備の積み替え完了致しました!」

「よし、第1から第5小隊と弓兵小隊の各小隊長を集合させてくれ」

「はっ!」

「カーロン、第6小隊の連中を預ける。後方に関する全権を委任するから、この村の野戦陣地化と避難民の誘導に関しての道筋を付けてくれ」

「…………」

「そんなに不服そうな顔をするな。心配しなくても、一段落ついて小隊長に後を任せられるようになったら全権委任してさっさと俺に追いついて来い。
 これから敵の半分以下で防衛戦を戦わなきゃいけないんだ。正直、カーロンがいなきゃ困る」

「……分かりました、そういう事であればこのヴィンセント=カーロン、微力を尽くしてセージ様のご期待に応えましょう」

「頼むぞ」


 各小隊の小隊長はそれぞれカーロンやオイゲンが見出した比較的優秀な奴らが選ばれているんだが、そうは言ってもまだ兵士や下士官の域を出ない連中が大半だ。いや、俺自身も別に専門家って訳じゃないからアレなんだけどな。

 いずれにしても、いつか専門の士官学校を設立したいとは思うんだが、当面は下士官レベルの人間を叩き上げで鍛えて士官レベルに引き上げるしかない。
 さらにそこから将校レベルの人材が出てくるのは何時の事になるやら……。
 それまでは、カーロンやオイゲンくらいしかマトモに別働隊を任せられないな。



 ま、これでもウチはまだマシな方なんだがな。
 他のとこなんて組織だった指揮系統無しで将軍が千単位の人間直率してるとかざらだし。
 戦術・戦略機動力やリスクヘッジの観点から見ても、ちゃんとした下士官が存在して軍の手足がきちんと動くというだけでも贅沢というものだ。

 ……まぁ、この戦いで一からやりなおしという事になりかねないのはアレなんだけどな。


「公爵様、各小隊長集まりました」

「ご苦労さん。――では、ここから先の予定を伝達する。
 第6及び第7小隊は後方での任務につくため、ここから先は第1から第5小隊と弓兵小隊及び友軍の騎兵という編成で行軍する。行軍目標はここから北にある獣人族の村だ。
 既に友軍の騎兵が先行偵察を行っており、今の所敵影は確認されていない。よって、戦闘は無いものと予想されるが油断はしないように。
 今夜は街道で野営し、明日の昼までには目標に到達する。行軍序列はこれまで通りだ。何か質問は?」

「野営の際にはテントは張れないものとして考えた方がよろしいのでしょうか?」

「この辺りの気候も温暖で、今夜は雨は降らないであろうという現地住民の情報がある。そして、我々が野営する予定の地点は広大な平原と隣接しているというわけでは無い。
 強行軍になってしまうが、それだけ状況が逼迫しているんだ。済まないが、今夜は我慢して貰う事になる」

「……了解です」

「他に質問がある者がいれば発言を許可するが? ……いないのであれば結構。各員、各々の小隊をまとめて迅速に行動に移るように」

『イエッサー!!』










■ ――4th Day










 さて、ここで現状俺の手元にある兵力の確認をしておこう。

 まず、リトリー公爵家の槍兵1個中隊250名と弓兵3個小隊150名の計400名。
 さらに、エルト王国軍の騎兵が1000名で、これの指揮はノア将軍が現在のところとっている。
 最後に、獣人族の戦士487名がいて、これは獣人族代表のビリーのおっさんが指揮官だ。

 以上の計1887名で可能な限りの遅延戦闘を行って村人を退避させるのが作戦の骨子となる。
 一応後詰でビルド王国近衛兵団の3000が急行しているが、普通の重装歩兵である彼らに行軍速度を求めるのは酷だろう。



 まぁ、最後まで残した馬車から荷物を全部降ろせば村人をそれに乗っけて後退させられるし、完全に徒歩で避難させる場合の事を考えれば天と地ほどの差がある。
 むしろ、馬車による避難活動が行えないのであればこんな作戦立案してない。

 それでも村人達の避難が間に合うかどうかは不安なんだがな。
 もちろん各村の村長に時間が無いとは念を押すよう言ってはあるんだが……。

 現代でさえ“避難活動”ってのは手間暇のかかるもんなんだ。
 ましてやインフラ整備のされていないに等しいこの時代じゃ、な。


「第5小隊及び弓兵小隊は馬車の積荷の積み降ろし作業急げ!
 第1から第4小隊は正面に空掘の構築だ。張り出しと正面の進入口を忘れるなよ!」


 とにかく今“も”時間との勝負だ。
 いかに素早く撤退できるかどうかが最終的な損害を確定させると思っておいて正解だろう。
 さらに、最悪避難民を抱えたまま戦闘状態に入ったりなんぞしたら……。想像したくも無いな。


「ビリ-殿は各家をまわって避難の手伝いと取りまとめをお願いします。それと、ノア将軍」

「偵察、ですな」

「話が早くて助かります。ヴィスト軍がどこまで来ているかは推測しか出来ませんが、下手をすれば目と鼻の先ですよ」

「ヘルミナ攻略戦の用兵を鑑みれば、まぁ妥当なところでしょうな。むしろ、よくぞここまで間に合ったと言うべきでしょう。
 とは言え、敵勢5000を僅か2000弱で足止めとなると……」

「兵力差1対3で、しかもこちらは寄せ集めですからね。とにかくこの村を拠点化して篭って防戦に徹して時間稼ぎをしつつ、最後は隙を突いて後退する。といった感じでしょうね」

「それはまた、困難極まる注文ですな。できれば接敵する前に撤退したいものですが……」

「そう願いたいですが、むしろ敵とぶつかった時の事を考えておかないといけませんからね。
 最悪のパターンの『ここに着いた時には既に敵が占領していた』や『着いたはいいが拠点化する間もなく敵に襲撃された』という状況が避けられたのは大きいでしょうけど……。
 まぁ、このままでもアルバーエル将軍の援軍頼みなのは変わりませんね。ここを拠点化してある程度耐えて、後方の第2拠点の村でアルバーエル将軍と合流できれば、何とかなるかと。
 我々もそうですが、ヴィスト軍も無意味な消耗戦は避けたいでしょうからね」

「なるほど。しかし、彼らが我々を無視してアルバーエル将軍の部隊へ向かった場合はどうされるのですかな?」

「どちらかと言えば、その方が好都合ですよ。こっちは快速部隊ですからね、最高のタイミングで敵の横っ面を殴りつけてやりますよ。
 ……まぁ、どうせこちらに来るとは思いますけど」


 戦略目標としてはこっち側の村落を抑える方が優先順位は高いはずだ。少なくとも、俺がヴィスト軍の立場ならそう考える。
 極端な話、ビルド軍やエルト軍なんて放っておいても良いのだ。
 この近辺の村落さえ抑えてしまえばヘルミナ国内の主な反乱勢力の息の根は止まるからな。それさえ達成できれば、ヘルミナ国内の平定は済んだも同然。

 万が一国境近辺にビルド軍やエルト軍が駐留し続けていても、ヘルミナ国内にある程度の抑えを置きさえしていれば何も出来ないからな。
 むしろ、駐留させ続ける事で戦費を増大させ、国力の疲弊を誘う事すら出来る。

 国境に拠点を作られれば後で面倒だが……、まぁ、自軍の正面にポンポンと砦だの要塞だのを築かせるほどヴィストの連中が間抜けだとも思えないしな。
 秀吉バリの一夜城でもやられたら話は別だろうけど。

 つーか、ビルドにそんな升武将がいれば俺が楽なんだがなぁ……。


「ま、とにかく偵察だけは入念にしておきましょう。間に合ったはいいが奇襲を食らいました、じゃ話にならないですしね」

「了解。それに関しては任されました。今まで通り、万全を期すとしましょう」


 これで、肩の荷はひとつ降りたかな。
 まー、肩の荷が降りたも何も、そもそも、ヘルミナ国内の反乱勢力をヴィストから遠くの地へ移そうと奮闘してる俺達のやってる事その物が、ヴィストの戦略行動のお手伝いをしている事になるとも言えるんだが……。
 まぁ、仕方ないよな。ここで全滅させるよりは遥かにマシ。代わりにエルト軍やビルド軍の兵士が命を散らすと考えると腹立たしくもあるが、相手は女子供だしなぁ。

 いずれにしても、戦略的に完全に後手にまわってしまっている以上、俺の出来る事は戦術的なポイントを多少稼いで状況を緩和する事くらいしかない。
 うろ覚えだけど、戦術的な勝利で戦略的な敗北を覆すのは不可能だ、ってどこぞの魔術師も言ってたしね。
 まぁ、その戦術的勝利を得る事すら難し過ぎて泣けてくるのが現状だけど。



 それにしても、だ。
 つくづく、カーディル王ってのは戦争の天才だね。こんな状況じゃなきゃ絶対に相手にしたくないクチだわ。
 少なくとも今この時は直接相対せずに済んでるのが、今回の一番の好運だろうな。

 ……とはいえ、今回の相手のアライゼル将軍も情報を聞いてる限りじゃ十分キツイ。
 当ってみなきゃ分からん部分はあるが、正直なところ、村の正面の空掘だけで何とかなるとも思えないんだよなぁ。

 一応、左翼も右翼も対策は考えてはあるんだが……。
 多分、一番厳しいのは正面からの波状攻撃だな。
 前線指揮はカーロンやノア将軍がいるから何とかなるとは思っちゃいるが、それにしても数の差をひっくり返せるほどの実力まで求めるのは酷だろう。
 正確に、多少の損害を気にする事無く、いくつかの部隊をローテーションで回されて連続突撃されたらこちらの損害と疲労が限界を迎える方が早いだろう。

 なにせ、突撃を受け止める重装甲の歩兵戦力がたったの250人しかいないんだ。
 残りの兵力は紙装甲過ぎて話にならん。迎撃戦闘には向かない騎兵と、同じく守勢に脆いともっぱらの噂の獣人、それに直接戦闘には全く向かない弓兵じゃなぁ……。
 獣人を迎撃兵力として無理矢理運用すればある程度はマシになるが、それでこっちの戦力の底が知れるのはもっとマズイ。
 となると、俺が最後に頼りに出来るのは騎兵の限定攻勢による時間稼ぎくらいか。



 実のところ、後方に迂回されて退路を遮断されると完全にアウトという話もあったりする。
 その場合は、アルバーエル将軍が間に合っていた場合のみ挟撃の形になって何とかなるが、その場合ですら敵の退路は俺達を中央突破する事になる訳で。
 さらに恐ろしい事に、挟撃の形になっても上手く連携できるかどうかすら全くの不明だったりする訳で……。

 うぐぅ。

 ちなみに、アルバーエル将軍が間に合わなかった場合、もっと悲惨な選択を迫られる事になる。
 即ち、援軍に望みを託して絶望的な防戦をするか、全滅覚悟で中央突破して撤退するか、降伏するか。
 そうなると、降伏は性に合わないから逃げる――ってコレもどう見ても死亡フラグだろうが。……降伏するしかないんだろうな。

 まぁ、いきなり後方へ迂回されるというのはヴィスト軍の進撃ルートを考えるとそうは無い。ので、実際には俺達と接敵してから包囲殲滅を狙われた場合の事さえ考えておけば良いというのは救いだろう。
 ……と言っても、陣形が薄くなった所にありったけの兵力を叩きつけて離脱、もしくは夜襲で敵を混乱させた隙に離脱、というくらいしか今のところ思い付かないんだが。
 ま、包囲殲滅なんて狙われる流れになってる場合はこっちにマトモな兵力が残ってる気がしないんだけどな。



 ……何回考えても、騎兵主体の寄せ集め2000で5000の精鋭を足止めするってのはキツいわ。分かっちゃいたんだけどな。
 篭城するにしても防御度が低すぎて話にならないし、かと言ってゲリラ戦するにしても地形と補給線と兵科がなぁ……。
 押しては引き引いては押し、という機動戦を仕掛けようにも戦闘可能地域の限定のされ方が狭すぎてスペースが無いし。

 何より兵力が足らん――って結局そこに戻るのな。

 当初の予定通り、接敵せずに何とか撤退するというプラン以外は全部茨の道だわ。やはり、全力で逃げるしかない。



 ……と、思ってるんだけどなぁ。
 苦虫を噛み潰したような顔をしてこっちに歩いてくるビリーのおっさんはなぁ。
 間違いなくフラグだろ、それ。


「リトリー殿……」

「何かありましたか、ビリー殿」

「ここからさらに北にも別の獣人族の有力な部族が住んでいるのですが……。我々とは別に蜂起していまして」

「別に?」

「人間の方に言っても正確に理解できるかどうかは分かりませんが、我らはオオガー族で彼らはウルガー族という氏族の違いがありまして。一口に獣人族とは言っても……」

「仲間意識は希薄だ、と」


 あれか? イギリス人とフランス人みたいなもんか? まぁ、あっちも一口に欧米人と括っちゃいけないくらいには文化に違いがあるからなぁ……。
 それにしたって、別々に蜂起するだなんて各個撃破の愚を犯すのは眩暈がしそうなほどだけど。


「はい。それ故に、我らは別々に立つ事となったのですが、どうやら彼らはラルン近郊でカーディル王相手に奇襲を仕掛けたらしく……」

「…………」

「今は、女子供ばかりが北東の村跡にまで逃げてきているという事なのですが……」

「……それで、ビリー殿は何を望んでおられるのですか?」


 多分、今の俺は目が笑っていないだろう。分かりきっている次の言葉には、思わず信じてもいない神様とやらを口汚なく罵倒してやりたくなる。

 今でも十分綱渡りをしているっていうのに、この上さらに難易度が上がるだと?
 クソ! 獣人達の士気を考えると無碍にも扱えないのが余計に腹が立つ!


「厚かましい事を言おうとしているのは重々承知しておりますが、彼らを救出しに動いて頂きたい。
 いくら氏族が違うと言えど、逃げてきているのは数少ない若者と、後は女子供ばかり。見殺しにするにはあまりに……」

「……その村跡までの距離は?」

「徒歩で半日から1日、というところです」


 つまり、往復にすれば約2日。馬車も無いし、現場での混乱も考えれば普通なら3日は欲しいか。
 何もかも強引に事を運んでも、やはり2日は見ておかなければいけない。

 分の悪い賭けは好きじゃないんだがな……。


「……騎兵を300、それ以上は割けません」

「それでは取り残される者が出てしまいます! せめて、あと200は……!」

「400が限界です。無理でも何でも、それでどうにかして下さい」

「しかし……」


 頼むから納得してくれ。全く数が足りてない無茶な話だっていうのはこっちも分かっちゃいるんだ。
 それでもこれ以上そっちに騎兵を割けないのは、こっちの無理が限界を超えるからだっての。
 既に軽く無茶しているっていうのに、こっから最大部隊の半数も持っていかれたらマトモに戦線に注ぎ込める戦力がなくなるだろうが。


「いいですか、そもそも彼らを助けるというのが無茶な話なんです。
 第1に、既に我々が不利な兵力差であるのにさらに兵力を目減りさせるのは緒戦で全滅する危険すら伴う事。
 第2に、食糧事情に全く余裕がない事。
 第3に、派遣隊が帰還するまでに要するであろう往復2日間は不利を承知でここで防戦しなければいけない事。
 第4に、仮にそれで派遣隊の帰還が我々の防戦限界点に間に合わなければ派遣した騎兵を全て見殺しにしなければならず、しかも防戦の過程で死ぬ兵士も無駄死にになりかねない事。
 最後に、よしんば間に合ったとしても、彼らが帰還した際に戦闘中であった場合、彼らを後方へ退避させるために兵に無理をさせねばならず、なおかつそれが成功するかどうかすら定かでは無い事――」


 ああもうっ!
 ざっと考えただけでこれだけのリスクがあるっていうのに、“不可能じゃない”ってのはどういう事だよ!
 俺のやり場の無い怒りと苛立ちはどこにぶつけりゃいいんだ!


「正直に言いましょう。救出自体は可能ですが、救える“かもしれない”女子供と、今ここにいる獣人族の戦士487名が引き換えになる覚悟がいりますよ」

「……後に残される者と、生き残った者の面倒はリトリー殿が見て頂けるのでしょう?」

「まだ11になったばかりのガキに酷な事を言いますね、まったく……。
 いいでしょう、あなた方の命は俺が預かります。後で文句を言われても聞きませんからね」

「感謝致します……!」


 この状況で騎兵を400も分派するとか、自殺行為にも程がある。
 ……のだが、断った場合の獣人達の士気低下や後々の外交上のポイントを考えると、やむをえない。

 背水の陣もいいところだよなぁ……。
 多分、限定攻勢に出てもらわざるを得ない騎兵を真っ先にすり潰す事になるんだろうが……。
 アルバーエル将軍には謝っても謝りきれないな。それに、俺の決断のせいで引かなくてもいい貧乏クジを引かされるノア将軍以下の騎兵の皆にも申し訳無い。
 元からその危険性が高かったのは確かだが、それがほぼ確実になったのは俺の判断が原因だからな……。

 まぁ、まず俺自身も生き残れるかどうか分からない内から、謝るもクソもないんだが。


「手始めに、獣人族の戦士から体力と足の早さに優れる奴をありったけかき集めて下さい。
 事情の説明は我々がするよりあなた方がする方が良いでしょうし、子供を背負って走る人数くらいは派遣してもいいでしょう」

「リトリー殿……」

「その代わり、最後の最後に全滅してもらう位の覚悟がいりますからね。
 無駄死にさせるつもりはありませんが、実際問題、我々に残された最後の手段が時間を命で贖うしかないという事になっていてもおかしくはありません」

「もとより、我等全員覚悟は出来ております」

「……俺は、カケラでも可能性がある限り、全員で生きて帰るつもりでいますからね。ビリー殿はこれから先10年は扱き使うつもりでいるので覚悟しておいて下さいよ」

「ははは、お手柔らかに頼みますよ」

「ま、考えておきます。早速ですけど救出隊の編成ついでにノア将軍を呼んで来て下さい。
 救出隊はビリー殿に率いてもらうつもりですが、ノア将軍にも説明が必要でしょうからね」


 さて、ノア将軍には何と説明したものかなぁ……。







[12812] 始まりのクロニクル ~Part3~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:24



■ ――5th Day










 ……結局、今日はヴィスト軍は現われなかった。

 アルバーエル将軍と一致した予想では、今朝にもヴィスト軍はこの村まで進軍してくるのではないかという予想だったんだが、思っているよりは俺にもツキが残っているらしい。
 まぁ、そのツキも新たに抱え込む予定の避難民の事を考えるとマイナスだが。
 ツイているかもしれないが、どちらかと言えば悪運の部類に入るな、こりゃ。差し引きマイナス2日がマイナス1日になったっていうのは、素直には喜べんなぁ……。



 とりあえず、今日一杯の時間を使って状況はある程度好転した、とは思いたい。
 村の住民の避難は終わったし、カーロンも無事合流できた。騎兵が400も抜けたのは激痛もいいところだが、獣人族の有志が民兵を組織してカーロンに付いて来た事で数だけは補えた、としておく。

 まぁ、実際には錬度も装備もバラバラな上に十分に組織化されてない烏合の衆なんぞ同数の騎兵の代わりになるはずも無いんだが。
 つーか、下手したら戦力的にはマイナスかもしれん。組織戦において邪魔な味方ほど恐ろしい敵もいないしな。

 唯一手放しに喜べるのは、半分ほどが弓が扱える連中だという事くらいか……。
 それはそれで今度は矢弾が足りんという話になりそうだが、瞬間的な制圧火力がほぼ2倍になるだけでも十分お釣りが返って来る。
 どうせ、ウチの弓兵小隊が矢を打ち尽くすまで戦うなんて展開になっていたら全滅必至だったからな。それなら短い間でも有効な弾幕を張れる方がマシだ。それで敵の攻勢意欲を消失させられれば勝ち同然――なんだが、まぁ、そこまで甘くは無いだろうな……。

 残りの歩兵扱いの民兵は食玩のスナックチョコみたいなモンだ。
 まぁ、ついこの間俺に突っかかってきた兄ちゃんが音頭を取って集めたらしいという事を聞いた時は、世の中何が縁になるか分からんもんだなぁと感心したりしたが。



 その後、「勘違いするなよ、俺は借りを作るのが嫌いなだけだからな」なんてリアルに言われて( ゜Д゜)な顔になったがな!

 ……何というツンデレ。しかし暑苦しい兄ちゃんにやられても全く萌えない件。



 つーかダメだよ。ヌルいファンタジーエロゲーの世界に来たはずなのに全く萌え要素とか無いよ。
 ムストは売約済みだし、奈宮の姫さんは政治的地雷だし、他のメンバーに至っては会う機会すら無い。

 ……現実はいつだって厳しい。むしろ相変わらず現実クソゲー過ぎる。
 たまには厨二的な俺TUEEEEEEEE! とかナデポとかニコポとかやってみてーよ。
 いや、実際やれても困るけどさ。


「それにしても、ヴィスト軍が姿を現していないというのは逆に不気味だな……」

「案外、カーディル王が本当に倒れたのかもしれませんぞ」

「もし本当にそうだったらどんなにか楽な事か。……いや、むしろそれがきっかけになって乱世に突入するかもしれんがな」

「この場は乗りきれても、という事になりますかなぁ……」

「ま、そうなった時はそうなった時だ。むしろ、退路を断たれている可能性が気になって気になって仕方が無いんだが」


 一応、後方で接敵した場合は狼煙を上げるように厳命してあるから、大丈夫だとは思うんだが……。
 戦場に絶対は無い、と言うからな。


「そうなっていた場合は、このヴィンセント=カーロンが一命に代えましても退路を切り開きます。心配なされる事はありません」

「馬鹿言うな。この程度でお前に死んでもらっちゃ、俺もお前もこれから先命がいくつあっても足りないぞ。
 この程度の事はピンチのうちにも入らん。鼻で笑って乗りきるぞ」

「……大きくなられましたな、セージ様。このヴィンセント=カーロン、もはやセージ様にお教えする事は何も御座いません」

「まさか。
 俺が不安そうな顔をしていたら士気に関わるのを見越して言わせたのはお前だろうに。
 それに、事実上の初陣だぞ、俺は。頼りにしているんだからな」

「では、老骨に鞭打ってご期待に応えねばなりませぬなぁ」


 ……さて、この程度と言ってはみたものの、だ。

 陣の正面を見やると、村の各戸から外して持ってきた戸板を柵のようにまばらに立てているのが見える。
 左翼と右翼では、堀ほど深くはないが無視できるレベルでもない程度の落とし穴――というより穴ぼこを掘っている真っ最中だ。最終的には穴を隠して落とし穴にする予定だが、まだそこまでは至っていない。

 蓋の材料? 家屋を解体すりゃ板でも萱でもなんぼでも手に入るがな。

 もちろんこんなので敵を阻止できるなんてカケラも思ってないが、突撃速度が少しでも鈍ってくれたらソレで十分。
 直接叩きあうのは分が悪いなら、少しでも投射戦力で数を減らさないといけないからな。弾幕にさらされる時間が増えれば、それだけ被害も増すだろう。

 それ以上に、これで敵が攻めかかるのを躊躇してくれたら大当りだからな。



 賭けのチップがウチの連中の体力だというのは少し気に掛かるが、とりあえず今日中の襲撃が無いのであれば今晩いっぱいと明日の朝までくらいは休ませられるだろう。
 そう考えれば悪くは無い。あとは、築いた陣地に固執しすぎて後退するタイミングを逸する事にだけ気を付けておくか。





















 セージが麾下の高速部隊を率いて獣人族の集落に到達したその頃、旧ヘルミナ王城内では蜂の巣をつついたような騒ぎが起こっていた。
 軍装を身にまとった男女が慌ただしく廊下を行き来し、落城以来多少なりとも穏やかに流れていた空気は一変して戦場の香りを漂わせ始めていた。



 そんな中、主のいない王の間に集まっているのはヴィスト三名将と名高い三人の男女であった。

 鉄の無表情でたたずむ初老の男が、筆頭と目されるヘクトール=アライゼル征将軍。
 顔に深く刻まれた皺は歴戦を潜り抜けてきた年月を威圧として昇華し、未だ衰えない大きな胸板と2メートル近い身長と併せて老将軍というよりは覇王の貫禄を漂わせている。
 未だ青年の面影を残す彼らの主よりも王らしいとさえ言われる男だが、カーディルが幼年の頃より仕え続けてきた忠誠は篤い。
 カーディルが全権を預ける事すらあり、この老将が右腕として誰よりも重用されているのは周知の事実である。

 その老将の前で片膝をつき、頭を垂れているのが左将軍ジャン=スーシェと右将軍ミリア=ダヴー。俗に盾のジャンと槍のミリアと呼ばれるふたりだ。
 それぞれ異名の通りに守勢と攻勢に優れた将軍であり、互いの呼吸を知り尽くした戦場での連携は、ふたりがかりであればカーディルを倒せるのでは、とさえ言われる戦上手である。

 スーシェは見た目こそ冴えないパン屋の主人といった風貌だが、ヴィスト軍の主要幹部の中ではヘクトールに次ぐ軍歴を誇る。温厚篤実な人柄は武断派の多いヴィスト軍内では貴重であり、また、豊富な経験を活かした兵力運用は特に敵の攻勢を受け止める際にその真価を発揮する。

 ミリアはスーシェとは対照的にヴィスト軍での軍歴は短く、元々はカーディルが雇った傭兵隊の副隊長であったという出自を持つ。鋭利な美貌の持ち主で、カーディル王にその美貌を用いて取り入ったのではないかと陰口を叩かれた事もあるのだが、陰口を叩いた者を物理的に黙らせた事もある程の気性の荒い面がある。
 神速の用兵と豪快な槍捌きをもって名を知られているが、部下を大事にする将としての評価も高い。

 3名とも今のヴィスト軍を支える重要な人物であり、そのような人物がただならぬ様子で一堂に会するというのは、滅多な事ではない。
 彼らが集まったのは、セージ達も認識していた通りのウルガー族による行軍中のヴィスト軍への襲撃があったからである。
 だがしかし、襲撃されたのはヴィスト王カーディルその人ではなく――


「アライゼル将軍、申し訳ございません……」

「この度の失態、全て我らの油断と未熟さ故の事にございます。ですから、生き残った兵達にはどうか寛大なご処分を……」

「両名とも顔を上げよ。あれはもう既に儂の娘ではなく、陛下の側室になった女だ。謝罪するとすれば王にせよ。
 それに、姫様は無事であったのだから、彼らは責務を十分に果たしたと言えよう。姫様や、及ばなかったとはいえ王妃様の身代わりとなって散っていった彼らにも何の罪も無い。
 ……ここまでが、上手く行きすぎであったのだろう。儂も、油断しておった……」


 そう言ってため息を付く、その瞬間だけは王国中に名を馳せる宿将も人の親であった。
 が、軍の重鎮としての責務がその顔を続ける事を許さない。

 内心の全てを押し殺し、老将は眦を引き締めた。スーシェとミリアに立ちあがるよう促し、良く通るバリトンの声を響かせる。


「それで、王はいかがなされた?」

「はっ。伝令による一報を受け取った後、近衛を率いて即座に出撃されました。
 私達は留守居を命じられましたが、万が一の事を考えてスーシェ将軍の軍からロンゼンを随行させております」

「ロンゼンか……。まだ若いが視野の広い、有望な青年だったな。彼なら激昂した王を良く補佐するだろう」


 自らの孫ほどの年齢の若武者の姿を思い浮かべ、アライゼルは後背に関する憂慮を全て思考から取り去った。
 兵站線を狙われると厄介であるのは彼も承知していたが、知謀をもってしてスーシェの副将格まであっという間に昇ってきたロンゼンがカーディルの補佐についているのであれば心配する必要は無い。


「しかし、こうなってみると儂が前線から抜けたのはいささか心配のしすぎであったか……」

「いえ、状況が状況だけにアライゼル将軍がここに腰を据えておられるのはありがたいです。正直に申しまして、兵達の浮き足立った状態はかなり深刻でしたからな。
 我らの力不足を恥じるばかりです」

「それに、南方方面のビルド王国の動きは鈍いですわ。アライゼル将軍が戻られるまでの間くらいは、何とかなるのではないでしょうか」

「儂もそう思いたいのだがな……。どうも、嫌な予感が拭いきれんのだよ」

「ビルド軍の招集は鈍く、すぐに動かせる兵力は近衛くらいのものです。それに、ただでさえ機動力の低さが目立つのに、エルト王国からの援軍と合流して国境へ展開するという情報もありますわ。
 現地の獣人族の戦力は、どう見積もっても1000程度が限界でしょう。その程度であれば、何もアライゼル将軍が直接赴かずとも良いかと」

「……今軍を率いているのは誰になるのですか?」

「セルバイアンという、今年19になったばかりの若者だ。名門の出であるし、良い経験になるかと思って連れて行ったのだが……」


 アライゼルの副将格の将は二人いたのだが、一人は先の戦いで負傷して病床の上にあり、もう一人は軍の再編成に忙殺されている状態であった。
 セルバイアンには1000を超える兵を指揮した経験は未だ無く、本来ならまだ側において学ばせる必要があるとアライゼルは考えていた。だからこそアライゼル自身が現場へ赴き、セルバイアンに場数を踏ませるつもりであったのだ。
 無論、このような状況の急変が読めていればまた違った考えを持ったであろうが。

 ともかく、セルバイアンに才能がある事自体は疑っていなかったが、経験が足りていないのは自明であった。
 それでも想定される兵力差であれば何とかなるであろうと考え、兵を託して護衛の500程と共に帰還したのだが、アライゼルはその判断が正しかったという確信が持てずにいた。

 ヴィスト王国が急拡大しつつある中で、中堅どころの有力武将が少ないという問題が改めて浮彫りになっている事に、スーシェとミリアも苦い顔をする。

 カーディル王自身は別としても、ヴィスト三名将と呼ばれるうちのアライゼルとスーシェはもう老将と言わざるをえない年齢である。ミリアは中堅どころの年齢ではあるが、経歴の関係上、どちらかと言えば非主流派である。
 そして、彼らに次ぐと思われている有力な将も壮年の年頃の者が殆どで、ロンゼンなどはむしろ少数派であった。

 今現在はともかく5年、10年後の事を考えると、一刻も早く後継武将を育てる必要があった。
 だが、それと同時に拡大し続ける戦線の維持も考えねばならず、今のヴィスト王国の拡大は危ういバランスの上に保たれているのだ。


「いつまでもアライゼル将軍やスーシェ将軍にばかり頼ってもいられませんが……、後詰めは必要でしょうね」

「この場は儂とスーシェが収めよう。卿は儂の護衛で戻ってきた500ばかりを率いて行き、ビルド王国軍が進出してきた際はセルバイアンに代わって指揮を取ってくれ」

「それでは彼の面目を潰しませんか?」

「なに、想定通りに事が進んでおれば卿が合流する前に全て終わっている。もし卿が指揮を取らねばならぬ状況に陥っておれば、セルバイアンも納得せざるをえんだろう。
 王の命令を無視する形にはなってしまうが、その点は儂から説明しておこう。卿には儂の剣を預けておく。
 ……セルバイアンの事、よろしく頼んだぞ」

「承知致しました」


 アライゼルが鞘ごと腰から外した剣を両手で受け取り、傭兵上がりらしい崩れた敬礼をしてから早足で王の間を立ち去るミリア。

 用兵と同じく果断即決な彼女の在り様は、ヘクトールにとって好感が持てると同時に不安の種でもあった。攻勢においての苛烈さに定評のあるミリアだが、守勢での粘り強さも並の将を上回る。
 その彼女を評して不安だと言えるのは大陸広しと言えどもアライゼルくらいなものだろうが、やや決断が早きに過ぎると言えなくもなかった。
 後背をアライゼルやスーシェが固めているうちは、それで失敗があったとしても何とでもフォローは出来る。しかし、両名が居なくなった後であればどうなるか。その時にこそ、彼女の真価が試される。

 もっとも、アライゼル自身、己の不安が杞憂ではないかという思いも同じかそれ以上に強く抱いてはいたが。


「しかし、王の命令を待たずして配置を変更するのは拙いと思うのですが……」

「あまり良いとは言えんだろうな。だが、何もせずに大きな損害を出した方が王は怒られるだろう。
 ……いずれにせよ、ヘルミナ軍を破って少しばかり油断しておった責任は、儂がとらねばなるまい。ならば、ヴィストの為に動く事に何のためらいも無い」

「そんな……、アライゼル将軍には何の責任も無いではありませんか」

「だが、事は起こってしまった。儂がこの地位にあって高禄を食んでいるのは、こういった時に責任を引き受ける役目もあるからだ。それが分からぬ卿でもあるまい」

「ですが……」

「それに、儂自身はまだまだ若い者には負けんつもりでおるが、歳を食ってきたのは厳然たる事実だ。何時までも儂に頼っておっては、いざという時に困る事になるぞ。
 卿やダヴーは心配しておらんが、若い者はな……」


 世代交代を促さねばならないというアライゼルの正論に、スーシェは反論する言葉を持たなかった。
 今アライゼルに抜けられると困るというのも事実だったが、同様にアライゼルが何時までも軍の重鎮として健在であるという保証も無いのだ。


「だが、真に考えねばならぬのは、どのような形であれ儂の影響力が減ずるという事だ。別段、権力に未練など無いが……、しかし、王が全てを一手に引き受ける事になるのは拙い」

「……っ!」


 聞きようによっては危険なアライゼルの発言に、思わずスーシェは周囲を見渡した。ヴィスト国内には王の外戚という立ち位置にあるアライゼルを快く思わぬ者も多く、不用意な発言は寿命を縮めかねない恐れがあった。


「滅多な事を申されますな……! ラフィルト王子亡き後、アライゼル将軍の失脚を願う輩は掃いて捨てるほどいるのですぞ」

「それで儂を害するようであれば、王もその程度の器だったという事だ。仮にそうなった場合、卿らは国を見限れ」

「アライゼル将軍……!!」

「心配せずとも、我らの王は王の中の王足る器の持ち主だ。小物の讒言程度で儂を斬るなど、万が一にもありえぬよ。
 ……無論、儂が王を軽んじたとあれば相応の罰を賜る事になるだろうがな」

「ですが、人の妬みや恨みは馬鹿にできませぬ。どうかご自愛されますよう……」

「分かっておる」


 スーシェの苦鳴に近い懇願に、アライゼルはゆっくりと肯いた。
 カーディルが成人するまでのヴィストを支え、カーディルが戴冠して以降の戦果を影で支えてきた、その立場というものを十二分に理解しているが故に、肯いたまま目を閉じて黙考するアライゼル。

 深く刻まれた眉間の皺が、老将の悩みの深さを物語っている。


「だが、今のままでは拙いという事を理解している者が少なすぎる。
 王はこと戦に関しては何事も出来るお方ではあるが、配下の将に国としての守勢を経験した者が少なくなりつつある。それが意味する事に、王を含めて殆どの者が気付いておらんのだ。
 そして、王が偉大過ぎるが故に、儂以外に王をお諌め出来る者がいないという事も、また同様に拙い。
 ……王とて、人の子なのだ。その当たり前を理解している者が、果たしてどれほどになる事やら……」


 苦悩に満ちたため息を吐き出し、アライゼルはスーシェをまっすぐに見つめた。


「今は未だ良いが、このままではいずれ立ち行かなくなる時が来るであろう。いずれ必ず、な。その時こそ卿が必要とされる。
 だから、それまで必ず生き残れ。分かったな、スーシェ」

「はっ……」

「そんな顔をするな。何も今生の別れという訳ではないし、儂とてヴィストを支えてきた武人の端くれだ。そう易々と死にはせんし、必要とされている限り死ぬまで引退する気も無い。
 儂の事を思うより、部下の面倒を見てやってくれ。次は彼らの時代がくるのだからな」

「そうですな……。それでは、我々が楽隠居できるように部下達を扱いてくるとします」

「うむ。頼んだぞ、スーシェ」

「はい。それでは失礼致します」


 一分の狂いも無いヴィスト式の敬礼を緩やかにした後、スーシェは参謀達が集まる会議室へと戻って行った。


「……ラフィルト様が居ればな」


 一人王の間に残ったアライゼルが、重いため息と共に数年前に廃嫡された王子の名を小さく呟いた。
 彼自身が教導した事は無いが、武芸の腕は並程度ながら知略に優れているという評価は聞き及んでいた。廃嫡されていなければ今年18になる若武者になっていたかと思うと、惜しんでも惜しみきれない。
 事件の渦中で将来有望な若者も多く逝ってしまった事もあり、アライゼルは未だに当時の事を後悔していた。

 さらに、今現在の後継者候補の筆頭が10歳にもならない女子であるという事実がアライゼルをさらに憂鬱にさせる。
 ラフィルト王子が廃嫡されて以降、未だ将来のヴィスト王の座を狙う暗闘は絶えない。しかもその中心にいるのが目に入れても痛くない孫娘とあれば、公私の別が厳しいアライゼルと言えど心痛を覚えざるを得ない。

 そして何より、出来の悪い娘であったとはいえ、一人娘を失った悲しみは深かった。
 娘の身ごもった子供が自らの子でないとカーディルに聞かされた時は腹を切ろうかとも思ったものだが……。まさか、自分より先に逝くとは思っていなかった。


「まったく、最後まで親不孝をしおってからに……」










 ――ヘルミナ王国降伏後の一連の戦闘が終結した後に、ヘクトール=アライゼルはリディア姫の傳役を拝命して前線から遠ざかる事となる。

 ――これをカーディル王の軍の掌握のための行動と見る歴史家も多いが、逆にカーディル王が腹心のアライゼル将軍を慮って行った人事であるとする見方も多い。

 ――しかしいずれにしてもヴィスト軍は熟練の指揮官を1人前線から失う事となり、その事が後の神楽家領国への侵攻に際してヴィスト軍に大きな犠牲をもたらす遠因となったとする意見が支配的である。

 ――ヴィスト軍随一の宿将が再び戦場に舞い戻るまでの数年間は、後にコドール大陸を縦横に駆ける若年の名将達が雄飛するのに羽ばたきを覚える季節となる。








[12812] 始まりのクロニクル ~Part4~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:25




 後世に悲運の名将として名が残るセルバイアンの名前が初めて登場する戦闘として知られるヘルミナ南部騒乱だが、その緒戦の実態は暗中を模索するようにして行われた小競り合い――それも、どちらかと言えば遭遇戦に似た様相であった事が判明している。
 リトリー公爵率いる軍勢の斥候と接触して初めて気付いたヴィスト軍はもとより、リトリー公爵も敵軍の指揮官が前線に居ないという事に必要以上に神経を配らざるを得ず、戦闘開始と同時に100騎もの騎兵を四方へ向けて索敵に出している。
 双方共に当初の目論見からやや外れる形となった戦いであるが、戦闘そのものは小競り合いという実態からはかけ離れた激戦となった。










■ ――6th Day










 冗談じゃないっ!

 そう叫びたいのを堪え、口をへの字に曲げつつ右腕を振り上げる。俺の視線の先には、本日5回目の突撃を敢行しつつある敵の歩兵の姿が大きくなりつつあった。
 1回目の突撃を戸板の影に隠した萱に火矢を撃ち込む事によってプチ火計をかましてやって追い払ったと思ったのも束の間、それから始まったのは苛烈なまでの連続攻勢だった。
 いくつかの小部隊をローテーションさせながら間髪入れずに行われる連続突撃。軍勢の消耗なんざ全くお構い無しといった突撃は、敵指揮官のアライゼル将軍の旗が無い事もあって俺の目には陽動としか見えなかった。

 つまり、派手な攻勢で正面に俺達の注意を釘付けにした上で後背か側面から奇襲を掛けて一気に殲滅する、と。
 当然カーロンやノア将軍にはそれぞれ備えてもらっているのだが、厄介な事に、敵の作戦が読めていても正面の攻勢が苛烈すぎて全く根本的な対策が取れない。
 つーか、とれる戦術が限定されすぎていてマトモに対策なんてできん。
 マジクソゲーだわ。


「放てぇっ!」


 敵が予め設定したイエローゾーンに入ったと同時に、声を張り上げ腕を振る。
 弓の射程だの戦機だのに疎い俺だが、その辺りは陣地防御という事で予めゾーンを設定してそれに従う事で御魔化している。
 野戦じゃ使えない手だけどなっ!



 弓兵小隊の曲射と獣人族の直射が組み合わさって弧を描き、緩いVの字状になった堀の中央のクロスファイアポイントに雪崩込んで来た敵兵へと襲いかかる。
 運悪く即死出来なかった被弾者の絶叫が多数上がるが、その程度で足を止めてくれるほどヴィスト軍は柔ではない。
 足を止めれば死あるのみ、それをきちんと理解しているからだ。むしろ、早く射程から抜けようと突撃の速度は増してくる。
 火縄銃に比べれば遥かに連射が利く長弓と言えど、今のウチの連中の錬度じゃ釣瓶撃ちという訳にいかない。
 それ故に、弓兵だけでは止めきれない。

 つまり、直接打撃戦力の出番だ。


「叩けぇぇっ!!」


 第2・第3小隊を並べた前線の槍兵が、その手に持つ長大な槍を振り降ろす。
 騎馬武者の手槍や騎士の突撃槍などより遥かに長い、歩兵での集団戦専用に特化された長間槍だ。隊形を整えて号令に合わせてこいつを叩き降ろすのには若干のコツがいるが、そのための訓練は既に積んである。

 というか、そのための常備軍だ。当然接近された際の戦闘に関しても訓練は積んでいるし、単純な錬度だけで言えばヴィスト軍にも何とか通じるはず。
 もちろん、数の差があるからマトモにはぶつかりたくは無いが。



 そんな事を思う間にも、手槍や長剣が主武装の敵兵が完全にアウトレンジされて血飛沫をまき散らしながら倒れていく。
 長大な柄と大型の穂先の全重量を乗せた振り降ろしの破壊力は凄まじく、肩肘に当ろうものなら一撃で腕を飛ばされかねず、体幹近くに当れば普通に致命傷になる。
 運良く兜に当っても、衝撃だけで首の骨を捻挫したり脳震盪を起こして倒れたり。運が悪い者は、喉に穂先を受けて首を刎ね飛ばされるという末路を辿るほどだ。
 いずれにせよ、全速で駆けて来た慣性を伴って振り降ろされる破壊力にまともにぶつかれば無事では済まない。
 盾で防御し損ねた敵兵の運命は一つしかなかった。

 最前衛の兵士が断末魔の悲鳴を挙げながら次々に倒れるのを見て、流石のヴィスト兵も一瞬足が止まった。
 目前で繰り広げられる阿鼻叫喚の残虐ショーを見れば、頭でどうこう思い考えるよりも先に身体が反応してしまうのは致し方ない事だろう。

 ……だが、それが彼らの寿命を縮める事になる。


「第1、直射ぁっ!」


 突撃の足が止まった所へ、狙いを定めた弓兵第1小隊の斉射が襲いかかる。
 走る敵を範囲攻撃する曲射とは違い、足の止まった敵を狙い撃つ狙撃だ。しかも、狙いをつける時間はたっぷりとあった。
 狙われたヴィスト兵は災難だろうが、一発で即死できるように祈ってやる事くらいしかできんな。


「後列構えっ、隊列入れ替えっ!」


 さらにバタバタとヴィスト兵が倒れる隙に、前列の第2・第3小隊を下げ、後列の第4・第5小隊を前に出す。
 前列が後退するのに合わせて前へ出ようとするヴィスト兵もいるが、そういう兵を優先的に狙うように指示を出している事もあって、あっという間に針ネズミのようになって倒れ伏す。


「叩けぇっ!!」


 再度の一撃で、敵兵の戦意が砕かれたのが目に見えるようだった。
 まぁ、何とか戦おうにも完全にアウトレンジされている今の状況では虐殺されるだけだからな。
 今までの突撃と同じように、衝力を完全に失った敵勢が潮が引くようにして撤退してゆく。


「追撃はするな。弓兵の射撃のみ許可する。各隊、被害報告!」

「第2小隊、被害無し!」

「第3小隊、被害無し!」

「第4小隊、被害無し!」

「第5小隊、被害無し!」


 とりあえず、前衛は奇跡的に無傷で済んでいるか……。
 徹底的にアウトレンジしているのもあるし、敵の突撃もどこか中途半端な感があるからな。数だけは多いから疲労が心配だけど……。
 とりあえず、こうして正面を固めている限りは何とかなりそうか。


「弓兵小隊、残弾報告!」

「右翼、既に3割を消費しています」

「左翼も同じく3割ほどを撃ちました」


 げっ!?
 まだ戦闘開始から半日程度だぞ?! もう3割消費って、無茶苦茶だろおいっ……!

 このままだと、今日中に全弾撃ち尽くしかねん。一応明日まで踏張らなきゃならんのだけど、このままじゃマジで無理。
 っつーか、陽動でこの激しさってどういう事だよおい。
 こっちに被害こそ出てないが、いったん被害が出だしたらあっと言う間にボロボロにされそうだな。疲労は芳しく無さそうだし……。

 それに、流石にそろそろ馬鹿正直に正面から突きかかって来るのは終わりだろう。
 いくらこっちが少数だからといって、正面のクロスファイアポイントに突っ込んできたら流石に止まる。だいいち、1回あたまの兵力は少なくともトントンだからな。
 疲労さえ度外視すれば、万全の状態で待ち構えてるこちらが負けるはずも無い。

 問題は、正面の敵を受け止め続けるだけじゃ拙いのが見えてるって事だな。
 1ヶ所に敵の注意と兵力を集中させて手薄になった所を突破する。確かに攻城戦の常套手段だけど、のっけからそんな手段とってくるのかよ。
 正面に堀を掘ってある以外は普通の村落と殆ど変わらん防御力なんだぞ、こっちは。

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす、ってか。糞っ、兎舐めんなよ……!
 そっちが少しでも油断したら一撃で首を刈り取ってやる!

 決して、自分がうっかりそれで全滅した事があるとか、そんなんじゃないんだからなっ!


「へへっ、気分は冒険者を待ち構えるミミックって所だな……。開幕ザラキとメラゾーマ連打の恐ろしさを思い知りやがれ」


 さっきの突撃を行った部隊の回収が終わったのだろう。視界の先には、レベル上げて調子扱いてる主人公パーティ――もとい、今までに無い大規模な兵力による圧殺を狙っている敵軍の姿が見えた。
 その数、実に今までの3倍以上。
 ぱっと見で敵勢の数を把握する技術はまだまだだが、それでも1000は軽く超えている事くらい素人目に見ても分かる。

 今までのが小手調べみたいに見える兵力だな、おい。
 ま、こっちの兵力が見えてきたから一気に押し潰そうって魂胆なんだろうが……。
 そう簡単に潰されてやるわけにはいかないな!


「前列、構えぇぇっ! 弓兵第2、第3小隊は射程に入り次第残弾気にせず撃て。直射班は堀に取り付いた敵を優先し、防御線を死守しろ! 弓兵第1小隊はこれまで通り正面の敵兵を優先!
 ここが踏ん張りどころだからな、気合い入れていけよ!」





















「くっ……! 数で押してもダメか……!」


 6度目の突撃にして、これまでの500名前後という数から一気に3倍の1500名を投入して行われている総攻撃ですら崩れない敵勢に、セルバイアンは唇を噛んでいた。

 虎の子の弓兵部隊まで投入した攻撃に一度は敵隊列が崩れかけたのだが、即座に後方から沸いて出てきた小勢が穴を埋めて余りある働きをしている。
 両翼の弓兵の制圧射撃も途切れておらず、被害は増え続けるばかりだった。
 特にこちらの弓兵の損害は大きく、こちらが射つと倍以上の射線が返って来るという集中砲火を浴び、既に半数以上が戦死あるいは負傷離脱するという全滅状態である。

 敵の篭城の準備さえ間に合ってなければ、あるいは軍の編成が獣人の掃討が目的故の歩兵に偏ったものでなければ、あの程度の数の敵など鎧袖一触で蹂躙できていただろうに……。
 そう思うのは負け惜しみに近い。


「セルバイアン殿、このままでは……」

「…………。
 仕切り直しだな……。全軍後退、敵の射程の外に出て再編する」

「はっ。――退き鐘を鳴らせ!」


 即座に連続した甲高い金属音が鳴り響き、全軍が秩序を保ったまま後退し始める。
 セルバイアンが率いているのは再編と休息の合間を縫って編制された、ラルン会戦には参加していなかった2線級の部隊だが、その統率の取れた動きは錬度の高さを示していた。


「今回も敵の追撃は無し、か……」

「セオリー通りとは言えませんな。もちろん、我々としては追撃が無い方が退きやすくて良いのですが」

「我々の追撃すら出来ない兵力であの村落に敵が留まる理由が思いつかないな」

「獣人族の撤退の支援でも行っているのでは?」

「その割には、獣人族の戦士の姿が確認できないのが不可解だ。奴らの性向から考えれば、こういう局面を他人任せにするような事は無いと思うんだが……」

「迂回挟撃の可能性も考えねばなりませんか」

「いや、正面の敵とこの周辺の獣人族の最大動員数を合わせてもせいぜい2000がいいところだろう。ただでさえこちらより劣勢なのに、その兵力を2つに割るとも思えん」


 兵力差は3倍近いのだ。堅固な城に篭れる訳でもないのにこの兵力差で戦端を開くというのは、常識的に考えてありえなかった。
 兵力差を覆すだけの――カーディルや三名将のような――将がいれば話は別だが、それほどに優秀な将がいるのであればなおさら戦端を開くとは考え難い。
 カーディルが寡兵をもって大軍を破った事は幾度かあるが、その状況とは違って敵には撤退する自由があったのだから。



 実際にはこの時点でヴィスト軍の“後方”に取り残された獣人族がいる事がセージ達から撤退の自由を奪っているのだが、セルバイアン以下の幕僚陣がそこまで推測するにはあまりにも情報が少なすぎた。


「ただまぁ、獣人族はまだこの場に居ると考えて行動した方が無難だろうな。夜襲の警戒を厳重にするしかないか」

「後方に物見を出しますか?」

「いや、いいだろう。今までの索敵で見つからなかったものがこの状況で見つかるとも思えんし、僅かとは言え戦力分散の愚を犯す事もない。
 それよりも、再編作業を急ごう。編成が混乱したままで夜襲を受けたら被害が拡大しかねない。まぁ、周囲の警戒だけは密にしておく必要はあるだろうが」

「そうですな」

「……それにしても、所詮小勢と侮ったのは俺の未熟さのなせる事か……。猛省せねばならんな……」


 既にここまでの戦闘で500名近い兵員が死傷して脱落している。
 セルバイアン達の見立てでは敵にも同程度の損害は与えているはずだが、絶対数ではなく割合で同程度である。

 完敗としか言えなかった。兵力差が大きいから目立ってはいないが、これで敵がまともな数であったらと考えると肝が冷える思いをするセルバイアンであった。





















 一方、ヴィスト軍の攻勢を退けたリトリー勢も状況が好転したとは言い難い状態であった。


「リトリー公爵が天才だという噂は聞いていたが、思っていた以上だな」

「兵の損失はともかくとして、矢の残弾と疲労の蓄積がかなり厳しい状況らしいですが……」

「我々と獣人族を温存した上であれだけの猛攻をそれだけの代償で退けたのだから、むしろ出来過ぎの部類に入るだろう。しかも、それを成したのが今年11になったばかりの子供だぞ。
 正直、先年の山賊団討伐の話は誇張されていると思っていたんだがな……。ここまでとは思っていなかった」


 ノアとしては、今回の戦いはアルバーエル将軍の補佐をしつつ子守をする事になるのだろうか、という程度の考えでしかなかったのだ。
 実際、代替りしてからリトリー家の行った幾つかの野党討伐の際の動きには感心する事も多かったが、カーロンの存在をなまじ知っていただけに当代のリトリー公爵――つまりはセージの事を軽視していた部分がある。


「確かに。それに、道中から感じていましたが兵の錬度も見事です」

「かなり訓練を積んだのだろう。ウチの軍の連中だとマトモに直接殴り合う展開にはしたくはないな。負けるとまでは言わないが、酷い出血を強いられそうだ」

「ですね。……ただ、兵も物資も消耗した事は事実です。敵にも相当の損害を与えているはずですが、総兵力と敵の錬度を考えますと……」

「明日の攻撃を耐えきれるかどうかは分からんな。
 確かにリトリー公は早熟の天才かもしれんが――兵士の出てくる魔法の袋を持っている訳では無いからな」


 一応は、敵陣へ夜襲を掛ける“フリをする”という嫌がらせをはじめとするハラスメント攻撃を仕掛けて敵の休息を妨害しつつ、可能な限り敵に心理的圧力を掛けるという作戦が立案実行されてはいる。
 だがしかし、策を出したセージ自身が苦笑混じりに苦し紛れだと認めざるを得ない程度の期待しか持てなかった。

 さらに問題なのは、開戦当初と比べてかなり戦力が落ちた状態で明日一杯は耐えきらなければいけないという時間的制約であった。


「後方に敵が回り込んでいなかったのだけは救いか……」

「しかし、そうなると敵将のアライゼル将軍が何故居ないのかという謎が残りますな」

「恐らく、他の部族が仕掛けたという奇襲の影響なのだろうな。指揮官が離脱している今の状況ですらコレなのだから、奇襲を掛けて敗北した彼らの犠牲に感謝しなければならんだろう……」

「ですが、明日は敵も本腰を入れてくるでしょう。恐らく、今日のようにはいきませんね」


 副官のため息混じりの言葉に、ノアは肉食獣じみた笑みを浮かべた。


「ようやく俺達の出番になる、という事だ。怖じ気づいたか?」

「まさか。今までは斥候だの馬車代わりだのという事に駆りだされてばかりでしたからね。ようやく、やりがいのある任務が回ってきそうで嬉しいやら恐ろしいやら……。
 武人としては嬉しいですが、部下達の事を考えると素直に歓迎はできませんね」

「全くだ。手ごわい敵なんてものは個人としての相手だけに限って欲しいものだ。
 ……だからと言ってカーディル王並の奴が出てきても困るがな」


 流石に当代一の英傑に勝てると思うほど自惚れられんなぁ、と言って笑うノアには全く気負いは見られなかった。
 明日には自軍の10倍近い敵に突っ込まされかねない将とは思えない豪胆さだ。これで対軍相手の実戦経験が豊富では無いというのだから、副官としては経歴詐称なんじゃないのかとすら思えてくる。

 これだから生粋の武人というのは……、等と思っている副官の口元もノアと同じくらい緩んでいる事には本人は気付いていない。
 アルバーエルも似たような気性の人間だという事を考えれば、兵は将に似るというところだろうか。


「どちらにしても、今夜から明日にかけてが山場だろうな……」

「そうなりますね」







[12812] 始まりのクロニクル ~Part5~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:26




 日没後、予定通り嫌がらせの夜襲を仕掛けるために出撃する間際にその報告は入ってきた。


「分遣隊の伝令?」

「はい、本人はそう言っているのですが……。どう見ても村娘にしか見えないのですが、どういたしましょう?」

「どうするも何も、その判断をするのは俺やカーロンだ。夜襲部隊には待ったをかけておけ、直接会う」

「はっ!」


 昼間出番の無かった獣人族で編制した嫌がらせ夜襲部隊だが、任務の割には戦意は高い。
 それに水を差す形になるのはアレなんだけど、分遣隊の状況という情報の価値が分からない訳じゃない。少し待たせるくらいは仕方ないか……。



 って、おいおいおいおい。伝令って、マジで幼女じゃねーか……。背丈なんて俺よりチビなんじゃねーのか?
 身長との対比で大剣みたいに見える長剣を背負って歩く姿は、どちらかというと微笑ましいって感じだ。
 ネコミミと尻尾があるから獣人族だというのは辛うじて分かるが……。


「これはまた、可愛らしい伝令だな」

「…………。子供扱いされるのは仕方が無いが、お前にだけは言われたくない」


 あー、まぁ、そりゃそうか。まさしくお前が言うな状態だな。


「失礼した。俺の名はセージ=リトリー。エルト王国に仕える公爵で、今回の遠征軍の副将を務めている。本隊は未だ後方にあるため、先遣隊の将としてアルバーエル将軍の名代を務めさせていただく」

「え……。し、失礼いたd☆j◇dq×……!?!」


 おーおー、なんか盛大に噛んでやんの。
 ……タメ口きいた相手が援軍の責任者だったらそりゃ慌てるか。しかも幼女だし。正直スマンかった。

 ……涙目の幼女萌え~とかちょっと思ってしまったのはここだけの秘密だぞ。
 つーか、なんだこのgdgd空間は。ついさっきまで割とシリアスやってたハズなんだがなぁ。


「慌てなくてもいいって、堅苦しい言葉使いでなくても言いから」

「し、しかし、私にも族長名代としての……」

「おーけー、君の立場は把握した。名前は?」

「……ネイ、と申します」

「ぶっ?!」


 ちょ、おまっ、この幼女ってあのネイかよっ?!










■ ――6th Day → 7th Day










「……つまり、避難民はすぐ近くまで来てるって事か」

「ああ。だが、ヴィスト軍のすぐ側を通り抜けなければこちらに抜けて来れない。
 奴らが警戒網を敷いているとは言え、私程度で抜けられるのだからある程度動ければ抜けるのは簡単だが……」

「身重の女性はまず無理、か。幼子を抱えてるのもマイナス要因で、何より集団で動けばいくらなんでも感付かれる。挙句、日が昇っても発見されてアウト、か」


 あれからちょーっとばかし色々あって、実は同い年だったという事が発覚した事もあって普通にタメでしゃべってます。なんか話が進みそうに無かったんで、歳も同じで立場も似たようなもんという事でゴリ押しした。
 つーか、見た目幼女に敬語使われるとか普通にイタイのな。
 ムストが俺の敬語に微妙な顔してた理由が今分かったぜ! 的な。



 ……うん、済まない。正直現実逃避なんだ。


「無茶な事を言ってるのは理解してる。本来私達なんて無視しても良かったのに、無理を重ねてくれているのもビリー殿から聞いた。
 でも、もう、これ以上は私達だけではどうしようもないんだ。皆が助かるなら私はどうなってもいい!
 だから……、だから、皆を助けてくれ……!」

「…………」


 幼女に涙ながらに土下座なんてされちゃうと良心が痛んで仕方ないんだが、しかし即答も出来ない事情がある。
 本来なら、昼間の襲撃を一旦撃退した際に敵をある程度退かせて、空いた隙間を避難民に通らせる予定だったのだ。つまり、現状は完全に予定外。
 騎兵の突撃で追撃入れて退かせるはずが、敵の後方迂回を警戒したせいで動けず、あまつさえ予想以上の苛烈な攻勢に矢の残弾が尽きかけるとかマジありえないから。
 結果的に騎兵を温存する事になったお陰で色々小細工を仕掛ける余力は残っているが、それ以上に避難民を退避させるスペースが無くなった事が痛い。

 戦線を超えた向こう側から後方へ非戦闘民を護送しなけりゃならんって、難易度高過ぎだっつーの。
 まぁ、レスキューの杖とかリザーブの杖が2、3本あれば何とでもなるんだろうけどさ。もしくはフォルセティ装備のセティ先生とか。
 セティ先生の回避値はどう見てもチート。しかも必殺追撃連続持ちとかマジキチ。種割れしてるなんてレベルじゃねーぞ。



 って、そんな事はどうでもいいが、向こうに残ったビリーのおっさんの意図が読めてしまうのが腹立たしい。
 別に伝令に出すならビリーのおっさんの配下から出せば良いんだ。族長代理とは言え、幼女と少女の境目みたいな女の子1人こっちに走らせるなんて無謀にも程がある。
 なら、普通じゃない行動の裏にある理由なんて推測する事は難しくない。

 ……つまり、こっちでこの少女――ネイを保護して退け、と。ビリーのおっさんはそう言ってるのだ。
 端っから助かる気なんて無い、騎兵とウルガー族の女子供もろとも捨て駒になるくらいのつもりだ。
 全く腹立たしい。
 何が腹立たしいって、生殺与奪の権利を俺に預けたはずのおっさんが勝手に死を決意してさっさと退場しようとしているのが無茶苦茶に腹が立つ。
 そしてそれ以上に、そんな事をされてこの子がどんな想いを抱えて生きていかなきゃならんのか解ってないところが最高に頭が悪くて――心が熱くなる。


「全く、こういうのは俺のキャラじゃないんだけどな……」

「…………?」

「カーロン! クライドを呼べ!」

「はっ!」


 部屋の外で控えているカーロンに、義勇兵のまとめ役の兄ちゃんを呼ばせる。どうせいずれは勝負に出なきゃならんのなら、今勝負を掛けるのもまた一興。
 そう思わんとやってられんというのもあるが、夜襲を仕掛ける事で僅かなりとも敵に出血を強いる事も馬鹿にはならないという考えだ。
 どうせ夜襲の一つや二つ予想されてるだろうし、元々はそれを逆手に取ったハラスメント攻撃を仕掛けるつもりだったんだけど……。こっちも出血する諸刃斬りだが、斬り込んでみるのも1つの手だろう。

 まぁ、範囲回復魔法もチート入ったスーパーユニットも手元には無いが、夜襲への対応で出来る隙を付いて避難民を逃がすくらいなら何とかできる範囲だろう。
 今後の戦況を考えたとしても、無傷の獣人族を動員して夜襲を掛けられるなんてチャンスはもう無いと見ていい。

 結局のところ、避難民の到着に先立って夜襲を掛ける、というのが最善手という事だ。
 避難民の到着が明日以降にズレ込むのなら話は別だが、こうなるのであればこれしかない。最大の戦力を保持しているうちに一番の難所をクリアし、後は何とか粘り込む。
 ジリ貧の攻防を続けて余裕が無くなる前に撤退できる可能性が見えて来たんだから、むしろ僥倖だとさえ言えるかもしれない。うん、そうに違いない。



 プラス思考プラス思考。


「クライド、ただ今参りました。何か御用ですか?」

「作戦変更だ。ウルガー族の避難民がすぐそこまで来ているらしい。適当に嫌がらせをするだけの予定だったが、どうやら神様は流血をお望みらしい。義勇兵は敵右翼に夜襲を仕掛けろ。
 ただし、ひと暴れしたらさっさと退く事。やり方はそっちに任せる」

「はっ!」

「で、そっちが突っ込んだ直後にこっちもビリー殿の配下を率いて敵左翼へ突っ込んで――こちらも同じ様に一当てした後退く」

「つまり……、俺達は一度退いた後再度突っ込む、という事ですか」


 ニヤリ、と笑って見せた俺の意図を正しく理解したクライドがこれまたイイ笑顔を見せる。
 いいねぇ、直情馬鹿だと思っていた評価を改める必要がありそうだ。義勇兵をまとめた手腕といい、もしかしたら割と使える奴なのかもしれん。


「そうだ。そっちが囮でこっちが本命、とみせかけてそっちが本命、とみせかけて本命は敵の出血と疲労を誘う事、と見せかけて避難民を無事に後方へ逃がす。
 右翼方面から避難民を逃がす事を考えると、そっちでいくらか派手に暴れてもらう必要があるが……、いけるか?」

「心配いりません。抜け駆けしてでも、って血の気の多い奴らの集まりみたいなもんですからね。せいぜい派手に暴れてやりますよ!」

「暴れろとは言ったし期待もしているが、退き鐘を鳴らしたらちゃんと退けよ」

「了解です」


 さぁて、そうと決まればひと暴れするか。
 まぁ、この兵力差で夜襲して喧嘩売るっていうのも正直アレだが、獣人族の戦闘力を信じよう。というより、攻撃の主導権を握れるのがデカイと思っておく。


「そういう訳で、俺も出るぞ。カーロンはノア将軍にその辺りの事を上手く言っておいてくれ」

「セージ様が直接出られるのですか?!」

「なにかあった場合、現場に居ないと判断が遅れるだろ。昼間ならともかく、この視界だとな。
 それに、自分で立案しておいてなんだがあまりにもタイミングがシビアな作戦過ぎる。判断の遅れが致命傷になりかねん」

「それはそうでしょうが……」

「んじゃ、後よろしく。ウチの連中と騎兵はよほどじゃない限り動かさないから、そのつもりでな」

「セ――」

「セージ! 私も連れていけ!」

「はぁっ?!」


 カーロンが何か言おうとしてた気もするが、それどころじゃねぇ。この幼女なんて言いやがった?


「アホか、俺一人でも十分足手まといだってのに、これ以上足手まといになりそうな奴連れてけるわけねーだろ」

「アホはお前だ。この暗闇で夜目も聞かないのにどうやって指示を出すんだ?」

「月明かりさえあれば、指示出しだけなら何とかなる。それに、俺が直接最前線で剣を振るう訳でもないからな。行軍にさえ遅れなきゃいい。
 けどお前は別だろ。馬に乗れんような奴がうろちょろしてても邪魔になるだけだっつーの」

「なら私がお前の後ろに乗れば良いだけだろう」

「む……」

「決まりだな」


 ぺたんこな胸を張って言うネイに、言い返す気が失せた。幼女でも獣人族ってか、好戦的ってか、頑固だな。
 つか、言い争ってる時間も惜しい。


「カーロン」

「は……」

「クライドと俺達の後詰は頼むぞ。あと、避難民の受け入れ準備も頼む。
 その辺りはノア将軍と連絡しつつそっちの独断で行動してくれて構わないから。
 ただし、夜戦での決着なんぞ考えて無いから、避難民の収容と戦線の拡大に気を配るように」

「セージ様の無茶はいつもの事でありましたな……。
 分かりました、このヴィンセント=カーロン、セージ様の命により後詰に入ります」





















「かかれ!」


 遠くから喊声が聞こえて来て暫く経ったその瞬間、目前の敵の気配がざわめきだした瞬間に無音突撃を敢行する。
 満月ほどでは無いが月明かりが多少はある事を危惧もしたが、黒系統の装束を身に纏った獣人族っつーのは普通に捕捉しづらいのな。
 俺なんて、そこにいるのが分かってんのに見失いそうになってるし。

 まして、敵さんにしてみりゃあ、だな。



 恐ろしいほどの速度で疾駆する前衛の間隙を縫うように、それを援護する後衛の投じる拳大ほどもある飛礫が唸りを挙げて飛び交う。

 最初に狙われたのは、光源となっている篝火だ。
 夜襲を警戒してか篝火の数自体は驚くほど多かったが、一箇所に集中して投入された飛礫の嵐が篝火を支える燭台や燃えさかる薪そのものを薙ぎ払って、光源を地面へ叩き落す。

 完全な暗闇と言うには程遠いが、それまでの明るさに慣れた兵にとっては十分な奇襲効果になっているだろう。
 一部の飛礫は敵兵を直撃しているようだし、そうでなくとも舞い上がる火の粉を浴びた兵は無事には済んでいない。

 そうした混乱に見舞われている敵陣の一角に、前衛の獣人達が一気に突っ込む!


「て、敵襲ーっ! 敵襲ーっ!」

「散るな、固まれっ! はぐれた奴から殺されるぞ!」

「チクショウ、目がぁっ! 目が――ぁぁあぁあぁぁっ!!」


 俺の後にしがみつくネイの腕が震えている。
 まぁ、まだ初潮も来てないような年齢で断末魔の声なんて聞かせられりゃそうなるか。俺だって別に何ともない訳じゃないからな……。

 まぁ、慣れざるを得ない、ってのはあったが。
 ここ1年で何回実戦に出た事やら。正規戦は無くとも、普通に盗賊討伐とかあるしなぁ。

 とりあえず、放っておく訳にもいかないか。


「……っ?!」


 一旦手綱を離して、身体を捻るようにしてネイの身体を抱き抱える。で、そのまま捻っていた身体を元に戻して――


「って、重い……」

「……失礼な、私は軽い方だぞ」

「俺の体格考えれっての」


 鞍の前の方に移したネイを、抱き合うみたいにして確保。ついでに手綱を取りなおす。
 いや、手綱無しで馬操るなんて、戦場じゃ無理だから。普段なら何とかなるかもしれんが。
 そう考えると騎馬弓兵ってマジチートだよねー。



 ……まぁ、耳垂れてるとか尻尾ぐったりとか分かり易すぎるからな。
 そうでなくてもこんなに震えてりゃ、コレで分からなけりゃ本物の馬鹿だろ。

 やっぱ強引にでも残してくるべきだったのかもしれないなぁ。全く、シチュがこんなでなければ思う存分弱りネコミミを堪能できたというのに。
 (主に俺の発想的に)けしからん!


「戦場に出るのは初めてか?」

「う……」

「ま、最初は誰だってそんなもんだ。俺にしがみついてりゃ危険は無いから、耳塞いで目瞑ってな。
 そんなに攻勢に出てばかりもいられないから、すぐに終わる」

「…………」


 実際、警戒されていたという俺の推測は大当たりだろう。

 反対側の襲撃に気を取られたその瞬間以降は全く混乱する事無く防備を固められてしまっている。
 被害が大きくなるばかりと判断した前衛組は一旦下がり、連続して飛礫を撃ち込んではいるが……。殆どが盾で防がれてしまっているみたいだな。
 これでは夜襲の効果自体は期待できない。その証拠に、さっきから静かな夜の空気を無粋に切り裂く絶叫は数を減らしている。

 ま、こうして暴れてりゃビリーのおっさんはこっちの意図を汲んでくれるだろ。
 マトモに打ち合わせなんてしてないが、わざわざ作った好機を活かせないほど馬鹿じゃない、ハズ。
 一応伝令も出しているし、早いトコ動いてくれねーかなぁ……。


「うーん、しかし敵の対応も素早いな。お陰でいきなり膠着状態だ。あわよくば戦力を削り倒してやろうかと思っていたんだけどな……」

「リトリー様、退きますか?」

「いや、まだ早い。もう少しだけ粘っておかないとクライドもやりづらいだろう」

「了解致しました」


 戦況は悪くは無いが良くも無い。こっちからは攻めあぐねているが、敵さんも防備を固めるだけで討って出ては来てないからな。
 ……来たら来たでこっちの土俵に引きずり込んでやるんだが。

 ま、獣人族相手の夜戦で防備を固めた陣地から飛び出して来るほど馬鹿じゃないか。
 夜戦だってのに笠印も合言葉も無しで全く問題無いとか、反則にも程があるだろう常識的に考えて。



 これでもう一度向こうで攻勢が強くなれば、敵は迷うだろうな。そして、どちらを本命と見ても討って出るに出られなくなる。
 防備を固めて朝まで引き篭もられれば敵への打撃は与えられないが、こっちは敵の妨害を気にする事無く非戦闘員を後方へ退避させられる。
 反撃してくるのであれば、作戦そのものの遂行は困難になるが敵の戦力を削る事が出来る。
 どちらにしても悪くは無い。

 その代償として、獣人族の部隊からは出血を覚悟しなきゃいけないけどな。
 あと、明日の敵の攻勢を誘発しかねないってのも考えておかないと。


「……なんで、お前はそんなに冷静なんだ?」

「俺の判断一つに部下達の命が懸かってるんだからな。冷静にもなるさ」


 それに、テンパってたら俺の命が危険でピンチになるからってのもあるけどな。
 俺だってたまにはテンパって現実逃避したくもなる――って、これはしょっちゅうか。ま、ある種の達観みたいなものかねぇ。
 目の前にモンスターがいきなり現われたりしたらどうなるかは知らんが。そんな事態、想像もしたくないし。
 なんせ、馬に乗れるのだけが唯一の救いで、直接戦闘能力なんてカケラも無いからな!

 昔の武士よろしく剣と弓くらいは扱えなきゃならんのかもしれんけど、才能の有る無しどころか訓練する暇すらねぇ。
 まー、暇があったら訓練するのかといわれたら、アレだが。



 そして、こういう風に意識を思考に割く事で冷静さを保とうとしている面もある。
 たぶん、前線で生の血潮を流して暖かい臓物をまき散らしている彼らの事を数字と割り切って認識できるという事が、指揮官にとって一番必要な能力なのかもしれないな。
 さらに言えば、そういう彼らを彼らとして認識して共に在り、その上で冷徹な判断を下して決断できる奴が英雄と呼ばれる人種なんだろう。
 ……まぁ、俺には無理だけど。

 さて、シンキングタイムは終了っと。敵の落ち着き具合がアレだし、これ以上やってもあまり意味は無いか。


「そろそろ潮時かな……。鏑矢を放て!」

「はっ!」


 夜の空気を切り裂いて響く音に合わせ、敵の追撃を警戒しながら後退する獣人族の戦士達。
 そろそろ潮時というのは、こちらが余力を残して後退する必要があったのもあるが……。

 再度の、遠雷のような喚声。

 つまるところ、こっちで仕掛けたの“も”また陽動だったからだ。
 多分目の前の敵もそれにはすぐ気付くだろうが、それにしても動揺が目立たないな。もうちょっと動揺してくれてもいいだろうに。
 錬度の高さが垣間見えて嫌だねー。夜が空けたらあの錬度の敵を相手にまた大立ち回りしなくちゃいけないんだろ?
 勘弁してほしいね。いや、結構マジに。

 しかも、敵の注意を左右両翼で引きずり回すっていう当初プランの思惑通りには行かないらしいし……。まぁ、それはある程度予測していたからそんなに動揺はしてないけど。
 実際、この程度でどうにかなる相手なら大陸全部向こうに相手取って勝ちかけるなんて偉業を成し遂げられるはずも無く。引っ掛かってくれれば儲け物、警戒して引き篭もってくれるのを期待、がせいぜいだしな。

 左翼のクライドには悪いが、向こうで暴れてもらって時間を稼いで、その間に避難民を後方へ逃がす。
 とにかく、1番重要な作戦だけは完遂しないと。


「リトリー様、族長より伝令です。今しばらく戦線を維持して欲しい、との事です」

「しばらく、ね……。了解した。村のカーロンにも伝令を出してくれ。あと、左翼のクライドにも伝令。損害が限界を迎えるまで押し引きを繰り返して時間を稼ぐように伝えてくれ」


 後詰のカーロンを頼りにせざるを得ないが、左翼の獣人族を犠牲にすれば必要な時間は何とか捻りだせるかな。
 ただし、損害に関しては本当にかなり酷い事になりそうだが……。

 致し方なし、と考えなきゃいけないんだろうなぁ。コレがベストな方法だとは思わないが、コレ以上ベターな選択肢は思いつかなかったからな。
 後は、向こうでの押し引きでヴィスト軍を引きずり出せれば面白いんだが……。
 まぁ、それで引っ張り出されるほど敵さんも馬鹿じゃないだろうなぁ。
 ヴィスト軍の追撃→こっちの後詰の横撃っつーコンボが見え見えなだけに。

 本当は俺も左翼の様子を見たいんだけど、戦線の上げ下げが激しい事になりそうな状況じゃあ俺では足手まといにも程がある。
 つーか、左翼が崩壊しても即敗北にはならないけど、こっちが崩壊したら避難民の蹂躙が確定してしまうからなぁ。しかもこっちの方がやや兵力が少ないし。

 ……状況を考えれば、最悪右翼の兵力をすり潰す決断をしなきゃいけないし、それが出来るのは俺だけだから、な。



 今のところそういう状況になってない事だけはありがたいが……。







[12812] 始まりのクロニクル ~Part6~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/08/15 13:22


 夜襲の結果は、とりあえずは成功と言っていいものだった。

 これまでで1番の懸念材料だった追加オーダーの避難民の後送はほぼ完璧な状態で遂行され、強行軍ではあるが今現在も安全圏へ向けて避難中だ。
 もちろん彼女らに無理を強いている事は承知しているが、せめてヴィスト軍に追いつかれない程度には距離を稼いでもらわないと本当にこちらが全滅しかねない。それも、軍事用語的な意味ではなく、一般的な意味で。

 また、彼女達が無事後方へ脱出したのと引き換えに獣人族義勇兵部隊が洒落にならないレベルの損害を受け、戦線離脱した。元々真っ向からの集団戦闘での働きはそんなに期待していなかったので、1番効率良く使い潰した形にはなるが……。
 まぁ、ベストではないがベターではあると思っておくしかないだろう。

 もう少し何とか出来なかったものかとか多少思ったりしないでもないのだが、その辺り、検証とか反省とか後悔とかしている余裕は全く無いのでしない。
 いやむしろ出来ない。なにせ、作戦行動の後始末が次の作戦行動の準備に直結しているんだぜ。先の事を考えるので手一杯で、過去を振り返る余裕なんて欠片も無かった。



 払暁を迎える前に何とか――殆ど無理矢理にだが――部隊の再編を終えるというウルトラCを決めてはいるが……。










■ ――7th Day










「さて、避難がサクサク進んでいると仮定しても今日一日――せめて半日くらいは踏みとどまらなきゃいけないわけだが、どうするかね」

「我等の事など無視して昨夜のうちに後退して頂けていれば……」

「終わった事は今更だし、そもそもあの状況で見捨てるなんて選択肢はカケラも無い。
 代償として払った義勇兵の犠牲は痛いが、まぁいずれにしても彼女達に護衛を付けなきゃならないのは元からだからな。元々計算に無かった戦力でもあるし、そう考えると当初の想定よりはかなりマシな状態だな。
 ……矢の残弾だけは厳しすぎるが」


 矢の残弾の充足率は2割台に突入している。危機的状況――というか危機そのものだ。これはもう完全に俺のミスだし海よりも深く反省しなきゃいけないのだが、それは後回し。
 とにかく、残弾が少ないのは弓隊の運用でカバーするしかないが……。弾切れにならない程度に節約しながら潤沢に矢玉を使って前線への援護を切らさない、という超絶難度の業を要求するしかない。
 もちろん無理を言っているのは間違い無いので、最終的には前線への負担増という形で対処せざるを得ないだろう。……今から胃が痛い。

 冒頭で少しばかり言及した義勇兵の部隊に関しては、死傷率が4割オーバーという事実上の壊滅状態のため、ネイ他が取りまとめる避難民の護衛に付けて既に後退済みだ。
 実際には護衛どころの騒ぎじゃない損耗率なのだが、だからと言ってこの場に置いておいても足手まといにしかならない。丸裸で後退させるよりはマシ、といった程度でも護衛が有るのと無いのとでは天と地ほどの違いもあるだろうし、これが1番戦力を有効活用できる方策だろう。
 ……後退させた残りは2000を割ったけどな。

 まぁ、元からその程度の数しかいなかったから特別苦しくなった訳じゃないんだが。むしろ、ここまで無茶して当初の正規戦力がほぼ無傷で済んでる辺りは出来すぎの部類に入るんだろうが。



 今日一日でどれだけの損害が出る事やら……。


「どうやら正面からの力押しは昨日で懲りたようですな。敵が動いたとの報告が入りましたが、左翼方面から迂回してくるようです。兵力はおよそ3000から4000。
 当初の情報での5000という兵力から若干少なかった事と、これまでに与えた損害を考えますと――ほぼ全力出撃と言ってよいでしょう」

「予想通り、か。右翼へ動かれると控えめに言っても面倒だったんだが……」

「恐らく、セージ様が仰られたように森に伏兵を伏せられている可能性を危惧したのでしょう。まぁ、実際にネイ嬢が伏兵として伏せると言いだした時はどうなる事かと思いましたが。ビリー殿に説得してもらえたのは有り難かったです」

「彼女の気持ちは買いますが、私自身はともかくとしても若い連中は突然彼女が指揮を執ると言っても納得しないでしょう。
 身分的にはそう問題は無いですが……。まぁ、氏族が違うというのもありますし。
 そうかと言ってクライドでは伏兵などという任には多少不安が残りますし、私が指揮を取るわけにもいかないですからな」


 ちなみに、クライドはビリーのおっさんの弟一家の長男だそうで。おっさんは甥の成長振りに目を細めながらため息をつくという高度な技を披露していたが、短慮がちな所はともかく彼自身の行動には思う物があったっポイ。
 まぁ、クライドもネイも二人共々足手まといだと一蹴されて説教食らって強制後退させられてたけど。


「それにしても、敢えて右翼をがら空きで放置したリトリー殿の読みは素晴らしいですな」

「読みじゃなくて賭けに近いけどな。全く備えを置けなかったのはタダの兵力不足に過ぎないし」


 むしろ、正面に配置している連中ですら昨日負傷して前線から外された奴が大半という状況だ。
 村の外部に張り出した空間から元からあった環濠内部まで戦線を下げて対処してはいるが、実際に戦闘になったら寸刻たりとも持ち堪えられないだろう。

 予備兵力として獣人族の連中を待機させてはいるが、実際に押されだしたら焼け石に水なんだろうなぁ。
 という事は、石が焼けちゃう前に初期消火しなきゃいけない訳で。
 火勢が強くて初期消火に失敗した場合は逃げるのが常識なんだけど……。

 逃げられない場合は火事場のクソ力に頼るしかないか。



 敵将に関しては、昨日から今日にかけての敵の戦い方を考えると、奇策には出ないオーソドックスな戦い方をするという印象を受けた。
 さらに言えば、リスクはなるべく避けるタイプだな。

 今回兵力を分散して包囲に出ていないのは、それだけ部隊の統率を重視しているからだろう。
 まぁ、せいぜい3倍の兵力では包囲体勢を築くには少し足りないからな。それなら自身の指揮できちんと統率した兵力を正面からぶつける方が確実という考え方は別段不思議でも何でもない。
 時間の経過が俺達に有利だっていう事もあるし、包囲による長期戦はむしろ避けるべきだろうからな。

 ただ、リスクを避けるっていうのはややもすれば消極的になりかねないが……。
 しかし、軍を率いる立場として考えればあながち欠点とも言い切れないか。何事もバランスが大事だしな。
 カーロンやビリー辺りに言わせると経験不足が垣間見えるっつー事だが、それであれだけちゃんと統制が取れてるんだからヴィスト軍は人材が豊富で良いね……。



 いやはやしかし、ここまででもいくつ即終了のポイントをスルーしているんだか。

 軍を分けて包囲殲滅を狙われたらアウト。(敵にもリスクはあるが、普通に勝てない)
 昨日と同じく正面からごり押しされてもほぼアウト。(敵の被害は拡大するが、やっぱり勝てない)
 右翼から攻勢に出られても終了。(全く対応出来ない)
 戦場を大きく迂回されて後方を遮断されても投了。(阻止不能)

 いやまぁ、左翼からの攻勢だって受け止められる確証なんてどこにもないんだが。
 敵将の傾向を読んだ上での賭けには勝ったが、それでやっと五分よりちょっとマシって程度だからなぁ。
 兵力差3倍をひっくり返すとか普通に無理。俺の才能じゃジリ貧に持ち込むので精一杯だっつーの。
 作戦がもうちょっと自由に立てられるんならゲリラ戦術とかに持ち込むんだが……。避難民が蹂躙されたら戦略的敗北だからなぁ。


「ま、ボヤいていても仕方が無い。それじゃあ、始めるとしますか」

「はっ」


 俺の言葉で一挙に村内が慌ただしくなる。
 左翼方面に展開する槍兵小隊が臨戦体勢に入り、残り少ない矢を番えた弓兵小隊の射ち手が射線を確認する。村の中央に突貫工事で設けられた狼煙台から狼煙が上げられ、敵襲を知らせる。


「作戦通り、前線指揮はカーロンに任せる。頼むぞ」

「我が一命に替えましても、一兵たりとも通しはしませぬ」

「ビリー殿は後詰めだが、戦況次第じゃすぐに出番があると思っておいてくれ。扱き使って済まないが、状況が状況だ。頼りにさせてもらう」

「承知しております」


 後は、俺が獣人族を戦場に投入するタイミングを間違えない事だな。
 普通に責任重大なんだが……、しかし体良く俺自身を少しでも後方へ下げようっていうカーロンの思惑も無視できないしなぁ。むしろこの妥協のお陰で俺がここに残れる事になったんだし。

 や、そりゃあ俺だってさっさと安全な後方へ逃げたくないかって言われたら逃げたいけどさ。ノア将軍以下の騎兵を借りたって事情もあるし、カーロンを死なせて(あいつの事だからマジで全滅覚悟の足止めするだろうし)自分の保身を図るってのもなぁ。

 男の子には後に引けない最後の一線ってのがあるんだよ! と。

 村長宅の屋根に登り、左翼に広がる平原を見通す。ここ最近ずっと開き直りっ放しできてるが、今日は本当に開き直りの最たる展開だなぁ、こりゃ。


「敵軍、トラップポイントへ侵入します」

「――てぇぇぇぇ!!」


 うん、伊達に歳くってないわ。流石カーロン、ドンピシャのタイミングだ。

 離れた位置にいる俺の腹に響くほどの声量で放たれた命令に応じ、弓兵が弓に番えた矢を曲射する。



 着陣当日に掘っておいた落とし穴がここに来て役に立った。左翼に存在する環濠の切れ目――つまり村落の出入り口に正対するようにして進軍する敵が、丁度弓の射程に飛び込んでくるところにゾーンを設けておいたのだ。
 ゾーンと環濠との隙間を突進してから左折して出入り口に吶喊されると無意味になる仕掛けなのだが、わざわざ弓の射程内で側面を晒しながら動くなんて事も無いだろうという事で、放置。

 結果的にはそれが正解だった。

 と言ってもまぁ、それぞれ個々の深さは大した事が無い。小さな子供が落ちても普通に這い上がれる程度の深さでしかないからな。
 本当ならこちらの側面にも馬出風に堀を掘りたかったのだが、生憎とそれだけの時間も兵力も無かったが故の苦肉の策だ。どうせ嫌がらせ用という事で数だけは大量に掘ったがな。

 掘り返した跡でバレる可能性も考えたんだが、着陣した直後からそこら中で穴掘をしたくったお陰でドコもかしこも掘り返した廃棄土砂だらけという状況だ。それらの中には、意図的に撒いた土砂もある。
 もちろん警戒はされていただろうが、8畳に1、2個は大当たりがある状況では隊列を組んだ歩兵では引っ掛からざるを得ないだろう。
 で、落とし穴で僅かなりとも足止めを食らった敵に思う存分矢を射ち込む、と。
 近接戦用の盾を構えて備えてる奴らもいるが、落下の運動エネルギーを味方につけた矢に対しては何もしないよりマシ程度でしかない。長弓による曲射戦法はプレートメイルすら貫通するっつー凶悪な威力を誇るからな。
 ……その分訓練に掛かる時間も膨大なものになるけど。

 弓兵隊の連中、右腕と左腕の太さの違いが半端無い事になってるからなぁ。一日中弓引いてりゃそうなるのかもしれんけど。


「しかしまぁ、思う存分射ち込めとは言ったものの、残弾がなぁ……」


 出征前の想定ではビルドの近衛を盾にする形で矢を撃ち込むのが主任務になると思ったから矢弾だけは大量に持って来てたつもりだったんだが、蓋を開けたらコレだからな。甘かったとしか言いようが無い。

 直接打撃戦力だけでマトモに殴りあったら話にならないから拙いだけどなぁ……。
 錬度はともかく数が違いすぎる。数はやっぱり偉大だよ兄貴。
 仕方が無いので奇策に頼っている訳だが、まぁ、これも裏を返せば王道か。


「うーん、しかし立て直しが早い早い。進軍しながらあっという間に立て直すとか、チートにも程が有るだろ。
 撃ち方は――うん、カーロンも流石だ。今射ち尽くすのは得策じゃないからな」

「落ち着いておられるのはいいですが、このままでは前線が突破されかねませんぞ」

「大丈夫、少なくとも突破されるのは無い。左翼は正面に比べて備えが薄いとは言え、村の構造上突入口は狭いからな。一点を支えるだけなら数が少ないウチの連中でも何とかなる」


 実際にカーロンの指揮は見事なもので、上手く三段に重ねた隊列を操って徹底的にアウトレンジして応戦中だ。
 環濠をよじ登るようにして村の柵を乗り越えようって連中には容赦無く矢や岩、熱湯等が浴びせかけられてるし、昼くらいまでならこれで何とか耐えられそうだな。

 問題は、リミットを超えると矢の残弾がゼロになって側面からの突入を食い止められなくなって全滅しかねない事なんだが……。
 たとえそれが見えていたとしても、獣人族を投入するには少し早い。今投入すると、肝心な時に敵の心を折れなくなる。


「辛うじて支えているだけで、あれではそう長くはもちませんぞ」

「分かってる。分かってるが、ノア将軍が到着してからでないと敵の攻勢を抑止できない。
 あそこに獣人族500を足しても数で負けている事には変わりがない。ただ足しただけじゃ無意味なんだよ」

「しかし……」

「確実にジリ貧になるか、細いルートだが勝ち目がある手を打つかの違いだ。
 どうせ最初から賭けの要素が強い作戦を選んだんだ、ここまで来たら最後までやり通すしかない」

「……はっ」


 と、大見得切ったはいいが……。普通に胃が痛い。
 今頃ノア将軍も全速で疾駆してるだろうが、上手く近い位置で伏せる事が出来なかった地形の問題上、間に合うかどうかはカーロンの粘り次第。
 徹底的に鍛え上げたウチの連中は普通の軍にありがちな劣勢下での脱走や寝返りは心配しなくてもいいが……。

 しかし本当にこのままでは崩れかねない……!
 くそっ! やはり獣人族を投入するしか――


「馬蹄の音と土煙……、我々は賭けに勝ったようですぞ」

「ふぅ……。こんなのるかそるかの大博打の連続、二度としねーぞコンチクショウ」


 何とか、間に合ったか……。



 開戦直前の狼煙を受けて急進したノア将軍の騎兵が、敵軍右側面へ回り込む。昨日の段階で左翼遠方へ騎兵を移動させておいた奇策が実る瞬間だ。
 一歩間違えば最大戦力を遊兵化する危険な賭けだったけどな。これしか勝ち目が無いんだから状況が厳しすぎる。


「正面にはウチの連中、右はノア将軍、後方は落とし穴による足止めがある。となると、敵が安全に後退する先はもと来た左翼方向しかない。
 ここまで持ってこれるかどうかは完全に博打だったが、ここからなら何とかまとめられるだろ」

「お見事です」

「まだ完成してない。ビリー殿以下の獣人族はカーロンと合流して正面への突撃を牽制してくれ」

「敵を包囲しないのですか?」

「追い詰めて暴発させるとマズイからな。窮鼠猫を噛む、の猫にはなりたくないだろ?
 しかも相手は鼠なんて可愛いもんじゃないし。ちゃんと逃げ道は開けておかないと。
 ……それに、実際問題ビリー殿の言う通り、カーロンの隊はもう限界だろう。何時崩れてもおかしくない」

「はっ」


 短く返事を返したビリーのおっさんはそのまま屋根から飛び降り――って、凄い身体能力だなおい。
 さらっと飛び降りたけど、こっから地面まで軽く2階分はあるぞ? 獣人族パネェな。

 で、だ。

 ビリーのおっさんには言わなかったけど、問題はこの戦闘で敵を撃退しても根本的な問題解決にはならないって事なんだよな。
 一見いいようにあしらっている様に見えるが、矢の残弾が乏しい事と兵が接触する接点を狭くして防御を行っている関係上、敵に与えている損害は見た目ほど多くは無い。
 実際の損害を正確に知る手段は無いが、少なくともそう考えておくのが正しいだろう。

 となると、一時不利な体勢に陥っているとはいえ、敵は一旦後退してから再編を行えばまだまだ戦闘は可能な状態にあるわけで。
 それに比べて、こちらはもう余力が殆ど残っていないというお寒い事情もあるわけで。



 可能な限り迅速に後退を開始して、退路を遮断されないように動かないといけない。


「うん、それにしたって騎兵の突撃はマトモに食らったらやっぱ激痛だよな。
 数倍の敵に突っ込んであれだけ暴れられるってのは……。こうして見ると強烈だわ」


 もう本当にやりたい放題だな。

 側面から――それも右側面から横撃を食らったという状況で、敵の右翼はただただ混乱の渦中にある。
 前衛はカーロンとの睨み合いで動けず、中衛はその側面のカバー、後衛は中衛との連携機動の真っ最中、左翼に至ってはこの一瞬は完全に遊兵だ。

 武器を構えて応戦してる連中もいるが、組織的戦闘からは一番遠い所にいるな。
 馬蹄で蹴散らされてる奴がいるかと思えば、武器を構えるのがやっとで速攻槍で頭カチ割られてる奴もいる。騎兵と一対一でやりあってる勇者もいるが、個人の奮闘で局面をひっくり返せるはずも無く。騎兵2騎で1人を囲んで討ち取るなんて状況すら出現している程だ。

 ……組織的戦闘が出来なくなった軍って、脆いな。
 本で読んで得た知識としては知ってるつもりだったが、実際に見るとそれが良く分かる。
 これは本当に酷い。



 って、敵の指揮官は右翼を見捨てているのかな。組織がきっちりしてる中衛と後衛を転回させて、防衛線を構築してる。
 っつーか対応が早すぎるだろオイ。しかも、右翼を素早く展開してノア将軍への部隊の横撃に割いて……!



 ……あ゛ー、こりゃ上手い事やられちゃってるなぁ。ノア将軍も手早く兵をまとめようとしてるけど、やりたい放題のところに反撃食らったらそりゃ混乱するよな。
 実被害が少なそうな事だけは救いか。


「敵さんも上手いな……。こっちから突出してノア将軍の援護を出来れば崩壊しそうなんだけど……。
 まったくもって兵力が足りん。無い袖は振れないか」


 ウチの連中が無傷ならともかく、今までの戦闘で普通に削られてるからなぁ。実際の損耗はまだ少ないが、押し出せるほどの体力なんてどこにも残ってない。
 獣人族の連中と併せて戦線を維持してる状況だし、正面突破を選択させてないだけでも上出来だ。

 となると、自力で現状をどうにかしなきゃいけないノア将軍は一旦端兵を下げて体勢を立て直すしかない訳で……。


「うぁー、退き佐久間バリの後退かよ……。ああまで完璧に後退されちゃ追撃は無理だな。ノア将軍も結構苦労して立て直してるし……。ウチの連中は論外か」


 ここで上手く追撃できればこの後の苦労が半減以下っつー目論見だったんだが。そこまでやらせちゃくれないか。

 ……あと、ウチの連中はもうこれ以上は無理だな。もう1回戦わせてもケーブルが切れた某汎用人型決戦兵器と同じ末路を辿る事になるだろう。もちろん都合よく暴走モードに入ってくれたりはしない。
 ウチの連中以外の装甲戦力が無い以上、この局面で勝ちを拾っても次が無いってのはキツイなぁ……。

 とにかく可能な限り迅速に兵をまとめて撤退だ。
 今夜どころか、昼には撤退を開始して第2陣地の環濠集落まで後退して、川を天然の堀として対峙して時間稼ぎするほか無い。



 ただ、そう簡単に後退させてもらえるものかどうか……。





















 はい、予想通り追撃入りましたー。

 ……マジ勘弁してくれ。


「カーロンやビリー殿は良くやってくれてはいるが、こちらの本隊の後退速度は疲労と怪我人含みであまり速くは無い。対して敵さんは無傷の連中だけで編成していて、しかもこちらと比べればまだまだ元気一杯ときた。
 ……殿の俺達だけで食いとめるのは正直厳しいと思いますが、そこんところどう思います?」

「我々も昨日から動きっぱなしですからな。獣人族や公爵軍よりはマシというだけで、実際には戦闘に耐えられる状況にあるとは……。
 まぁ、いまここにいる500はマシな連中を集めていますから、あと1戦くらいなら根性で踏張らせますよ」

「やっぱ無茶気味ですよね……。
 とは言え、ここで一度は敵を迎撃しておかないと本隊に追いつかれてしまいますからね。どちらにしても避難民の足の遅さを考えると後方の村で時間は稼がないといけないんですけど。
 せめて村に到着するまでくらいは楽をしたかった……」


 睨み合いで時間を稼げれば最高なんだが、今んとこ対峙してるのはこっちの騎兵500に対して敵歩兵1000強だからなぁ。放っといたら普通に仕掛けられるだろうな。

 しかも、旗を見る限りじゃ敵の指揮官が直接出てきてるようにしか見えん。
 赤白チェックの盾に、クロスした長剣と一対の獅子。誰の旗かは分からなかったが、接敵以降ずっと指揮を取っている指揮官の物であるのは間違いが無い。
 ったく、やる気満々じゃねーか。
 いやまぁ、自軍より少数の相手にあそこまでけちょんけちょんにされて黙って撤退させる奴なんて、あのヴィスト軍にはいないか。

 こっちもずっとリトリー家の旗を掲げてるから、敵さんにもバレてんだろうなぁ、指揮官がここにいるの。
 ちなみに、ウチの家の旗は双頭の鷲だった。
 見た瞬間吹いたけどな。それ何ていう黄金樹? っつーか神聖ローマ帝国の旗じゃねーか。いいのかこんな大層な旗で。
 ……まぁ、代々受け継がれてきた旗ならいーけどさ。



 それにしても、敵さんの心理状態考えたら黙って退かせてくれる訳ないよなぁ……。


「しかし、睨み合いになったまま動きませんな」

「こっちとしてはそれで時間が稼げれば勝ちみたいなもんだから、これでいいんですって。まぁ、大方こっちの出方を窺っているんでしょうけど」

「今までの戦闘の経緯を考えると、敵将の気持ちも分からないでもないですな」

「こちらは事前の準備をしていましたからね。それに、投射戦力の差が大きかったというのもありますし。
 何より、運に恵まれました」


 運が良かった、ってのは大きいだろうな。
 そういう所まで敵さんが過大評価してくれてるんなら……。ここに俺自身がいるというバレバレの情報まで加味すると、どうかな。


「……上手く行けば、か」

「何か上手い手でも考えつきましたか」

「ええ、まぁ。相変わらず賭けの要素は強いですが……」

「分の良い賭けならやってみる価値はあるでしょう。具体的には?」

「こちらから仕掛けて突っかかった後、一押しするだけで即座に退くんです。それも、一糸乱れず、整然と」

「…………? それにどういった意味が……?」

「敵がこちらの奇策を警戒しているのなら、意味の無い行動の裏に何かあると勝手にドツボにハマってくれますよ。まぁ、失敗したらケツまくって逃げるしかないんですが」


 ええ、不敗の魔術師のパクリですが何か?

 問題は魔術師ほどの名声が背景に無いって点だが、レンネンがハマった時と違うのは圧倒的に機動力はこっちが上って事だな。
 機動力を活かして何とかするのが王道なんだろうけど、まぁ、疲労と作戦上の制約がな……。


「勝手に混乱してくれれば速攻で切り返して打撃を与えれば良いですし、守りを固めるのであれば労せずして時間を稼げます。
 最悪のパターンは看破されて追撃を食らう事ですが、歩兵と騎兵なら振り切る事は出来るでしょう。
 我々の疲労を考えれば、これが上手くいって時間が稼げればこの局面では勝ちに等しいかと」

「…………」

「まぁ、賭けのチップはノア将軍麾下の兵の命ですから、最終的に採用するかどうかはノア将軍にお任せします」


 そもそも、俺自身は戦闘には参加できないからな。
 今回も獣人族を率いた時も、一時的に指揮下に入った隊から護衛戦力は抽出しているが、数名程度でしかない。当然、最前線に突っ込むなんて言語道断だ。

 ……まぁ、前線の後方くらいにはいないと戦況に即応できないから、無理を承知でそこまでは行かなきゃいけないんだけど。


「……本当に、セージ殿が我々の上に立つ日は近いかもしれませんな」

「買いかぶりですよ。そもそもこれは騎兵の皆の気合いと根性、何より一糸乱れない統制がとれる錬度が無けりゃ成立しない作戦です。もちろん、それを統率するノア将軍の力も必須ですし……。
 俺はただアイデアを出しただけですよ」

「そのアイデアこそが重要だと思うんですがね……。
 ま、ここで謙遜しあっていても意味は無いですな。早速作戦行動に入るとしましょう」

 ノア将軍が鞘から剣を抜き放ち、それに併せて軍勢の気勢が変わる。
 オフからオンへ。静から動へ。所在なさげに下げられていた突撃槍が明確な殺意を持って構えられ、瞬時にして隊列が整えられる。

 それぞれの顔には疲労の色が濃いが、流石にアルバーエル将軍とノア将軍が直率する騎兵だけあって錬度の高さはヴィスト軍に劣るものでは無い。
 と、思う。

 正直ヴィスト軍の精鋭は化物のような気がして断言できない辺りがカーディルクオリティの恐ろしいところだ。


「かかれぇーっ!!」


 だがまぁ、今相手にしてるのはヴィストの最精鋭たる近衛では無い。
 であるのならば、蹴散らすとまでいかなくても押し込むくらいは難しくない。

 難しくないが……、これはむしろ上手く受け止められていると見てもいいかもしれないな。
 そもそもが槍隊で方陣を組まれたら騎兵だけでは崩しづらいというのがあるし……、疲れも誤魔化せないレベルだろう。
 それに敵はこっちの倍以上。騎兵と歩兵という違いはあるが、下手を打てば敗北の坂を転げ落ちるのは目に見えている。


「……ノア将軍」

「頃合でしょうな」


 こちらの前線の前進が止まるか止まらないかというこの状況で、もう敵の両翼が前進する気配を見せている。
 実際に凹形に陣形を変化させられる前に後退すべきだろう。

 敵さんもハメられてばかりという訳ではないみたいだな。これまでの勝ちで調子扱いて中央突破の欲を出していたら包囲殲滅されていたか。


「全騎後退っ! 隊列乱すな!」


 ノア将軍の声で全騎一斉に馬首を巡らし、追撃を食らわない程度には素早く後退。それと前後して敵の両翼が急速に前進して俺達を捉えようとする。

 だがしかし、騎馬の速度に人の足では追いつけない。
 間一髪で包囲の腕をすり抜け――って、本当に間一髪だなおい。
 最初から退く事前提の作戦だったから良かったものの、少しでもタイミングが遅れてたら……。


「こりゃあ、このまま後退した方が良さそうですかね」

「同感ですな。付け入る隙が見出せません」

「逃げ出す隙くらいはありそうなのが救いですね」

「全くです」


 敵は凹形陣のままで一旦前進は止めている。とって返しても普通に包囲殲滅されかねないし、想像以上に兵の疲れも大きいし……。

 正直、ここらが潮時なのだろう。
 時間は稼げるだけ稼いでおきたいというのが本音なんだが、これ以上は藪をつついて蛇を出しかねない。なにせ、こっちの増援は何時来るか分からないのに、敵にはいつ増援が来るかわかったもんじゃないんだ。

 まぁ、こちらの後退に合わせて急進してこないところを見ると、警戒されているのは確からしい。
 なら、せいぜいその警戒心を利用させてもらうとするか。


「それじゃあ、何か策でもあるかのように、慌てず騒がずゆっくりと後退しましょうか」

「ははは……。時間を稼がれただけだと知ったらさぞや悔しがるでしょうな、敵さんは」

「この歳で目の敵にされるのは嫌なんですけどね……」

「ま、人生諦めが肝要ですぞ」



 ヴィスト軍に睨まれるとか、ホント勘弁して欲しいんですけど……。
 しかし、ありえないとは言い切れないなぁorz







[12812] 始まりのクロニクル ~Part7~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:29




 敵の追撃を振り切り、数日前に渡った川をもう一度越えて橋を落としてこれで一段落と思ったのも束の間。



 朝起きて川の向こう岸を見たらなんかいっぱいヴィスト兵が並んでるんですけど……。
 え、もしかしてもう追いつかれましたか?
 こっちはもう満身創痍でいっぱいいっぱいな状態なんスけど?
 つーか敵陣に掲げられてる旗が違うんですけど?

 交差した斧槍と炎を吐く竜の旗。
 俺は全く知らなかったがどうやらその旗は有名な武将の物らしく、確認したカーロンやノア将軍の顔色がヤバイ事になっている。ビリーのおっさんに至っては放っておいたら時間稼ぎの殿に名乗り出て壮絶な討ち死にでもしそうな感じだ。



 ……ちなみにあの旗、ヴィスト三名将のひとり、ミリア=ダヴー左将軍の物だそうで。もうこれだけで死亡フラグが立ちそうな感じですよねー。
 聞くところによると、ヴィスト統一戦の時に500の兵で2000の敵を粉砕した事があるそうですよ?

 えーっと、それはつまり500で2000をフルボッコに出来る人が3000を率いて1500ちょっとの俺達と対陣している、という事で。
 ジョークにしては笑えないな、おい……。










■ ――8th Day










 こうなると頼みの綱はアルバーエル将軍の援軍だけという事で。雨が降ったりして川が増水してくれれば時間が稼げていいんだけど、そう都合良く雨が降ったりするはずもなく。
 今ばかりはうららかな春の日差しが憎らしい……。


「とにかく川を渡って来る敵の頭を抑えるしかないですね。第6、第7小隊が合流したから兵力差は多少はマシになりましたが……」

「正直に申しまして、焼石に水ですな。その上、上流か下流で渡河されて側面を突かれたらそれまでです。
 敵の兵力も大分減りましたが、しかしそれでもこちらの2倍は優に超えていますからなぁ」

「まぁ、正面の敵を抑えるのすら耐えられるかどうか、という戦力差ですからね……。
 ですが、ここより後方には防御拠点はありません。後退中に捕捉されたら全滅必至である以上、アルバーエル将軍の来援まで何とか持ちこたえるほかないです。
 側面に対する備えはノア将軍にお任せします。斥候を放って敵の動向を監視しつつ、予備兵力として備えて下さい」

「まぁ、それしかありませんな」

「正面の敵の渡河にはカーロンが当たれ。弓兵も全てここに配置する。獣人族は正面の補助戦力としてある程度独自の裁量で動いて下さい」

「了解です」

「承知しました」


 村は一応拠点化しているし、元々環濠集落であった分そこそこ堅い。がしかし、敵味方の有形無形の戦力差を考えた場合、今度こそ包囲されるのを阻止できない。
 ビルド近衛兵団の来援まで耐えればいいとは言ってもだ。最悪、騎兵の連中を馬から降ろして戦わせるようなハメになりかねないんだよな……。
 秋山支隊乙と言わざるを得ない。

 まぁ、それでも最後は村に篭るしかないんだけどな。
 川を渡って来る敵の頭を永遠に叩き続ける訳にもいかないからな……。
 敵の編成が極端に歩兵に偏っているのだけはプラス要素だけど、騎馬の突進力や弓兵の打撃力が無くても数の圧力だけで押し切られかねない。


「敵軍、渡河を開始しました!」

「少しくらいは躊躇してくれてもいいだろうに、あっさりとまぁ……」


 目の前の河は何の変哲も無い無名の河川――ただし、日本のチンケな1級河川なんぞ及びもしない大陸型河川――だが、渡河に適したポイントというのはそう多くないと聞いている。
 流れが速く水深も浅くはない事もあり、地元の獣人族でも川に入るのは成人した男性に限っているほどらしい。それでも毎年水難事故が起こるんだから、危険度は相当なものだろう。
 もちろん何ヶ所か流れが穏やかな所もあるらしいけど。

 その渡河に適したポイントが正面にあるのはどういう事だよと思わないでもないが、そういう場所を選んで橋を作ったらしいので仕方が無い。集落も、橋に合わせて出来たらしいし。
 まぁ、その渡河ポイントの限定のお陰で大兵力を一気に渡河されて揉み潰されるのだけは避けられそうなんだが……。


「疲労と矢の不足はもう覆せないか……」


 ここまで戦い続けのこっちの疲労はもうどうしようもないレベルに達している。
 昨夜はゆっくり兵を休める事が出来たが、それで疲労が全て癒せるはずもなく。ずっと寡兵で敵を抑えつづけていた分、むしろ昨日で張りつめていた気合いが抜けてしまった感すらある。
 ……仕方ないと言えば仕方ないが。

 第6、7小隊を前面に出す事でカーロンは何とか水際の防衛線を維持しているが、いつ崩壊してもおかしくない。
 今は足場の差と獣人族や弓兵の援護で川の水を敵兵の血で染め上げているが、次々と押し寄せる敵兵は確実にこちらの防衛線を蝕んでいる。
 敵前渡河なんて強引な策を取られていても、そこにつけ込めるだけの戦力がもう無いのだ。
 ……というよりは、圧倒的な戦力差が多少強引な作戦を可能としていると言うべきか。

 現状、戦場を渡河ポイントに限定しているから耐えれているだけで……。損害に耐えきれずに後退した瞬間、大量の敵兵に渡河されて蹂躙されるのは目に見えてるんだよなぁ。



 まぁ、制圧雷撃で防衛線をズタズタにされたビボース兄弟よりはマシ、と思っておくか。
 援軍の到着時間が読めない分こっちのが厳しい気もするけどな!


「弓兵第1小隊より伝令! 我、残弾尽く。指示を請うとの事です」

「矢を射ち尽くした小隊は急いで後方へ下げろ。そのまま撤退させて構わん」

「はっ」


 弾切れ、か。気にせずに射ち切れとは言ってあったものの、実際に弾切れとなると厳しいな……。
 ここまで小細工盛り沢山でごまかしてきたけど、そろそろ奇術のタネが切れたか。


「索敵中の斥候隊より伝令! 上流で敵勢が渡河中です! 数およそ1000!」

「……水際で抑え込むのには失敗したようですな」

「……ですねぇ。まぁ、それくらいは想定の範囲内っちゃあ範囲内ですけど、ね……。
 ノア将軍は斥候隊を全て帰還させて下さい。ここに残した500ほどで何とか正面の敵を押し返して、上流の敵がこちらに到着する前に村に篭ります」

「1000ほどであれば我々が何とか抑えられる数ですが」

「いつまでも抑えているのは無理でしょうし、そもそもこのままじゃ別働隊を抑えている間に正面が破られますよ。逆も然りです。こんな開けた場所で2正面作戦を展開するような余裕はありません。
 ……まぁ、元々水際で阻止するというのが無理気味だったんでしょう。当初の作戦に固執すると軽く死ねそうですしね」


 苦笑するしかない現状だが、前線が崩壊する前に収拾をつけて篭城するしかない。
 援軍が来なけりゃどうしようもないが……、ま、それは最初から分かってた事だしな。

 ノア将軍の隣から離れ、馬首を川岸で戦うカーロン達の方へと向ける。


「まさか、直接指揮するおつもりですか?」

「指揮官が直接戦場に出るのと出ないのとでは士気が違いますから。まぁ、分は弁えてるんで最前線にまでは出ませんよ」


 もう十分に最前線に立ってるだろっていうのは見ない方向で。
 実際問題、斥候隊の収容の指揮を行えるのがノア将軍と彼の副官しかいない以上、押し返す部隊の指揮は俺しか執れん。カーロンやビリーのおっさんは自分達の部隊の後退で手いっぱいになるだろうし。

 せめて矢が残っているか魔法使いがいれば……。


「まぁ、無い物ねだりをしても仕方がないか……。それではノア将軍、一時兵をお借りしますよ!」

「……無理はなされませんように」

「ははっ、無理ならもう十分にしていますよ。――全騎、俺に続けっ!」


 やや後方で予備兵力として待機していた騎兵500騎余を率い、最前線のすぐ後方の川岸まで移動する。



 既に弓兵隊が残弾ゼロで引き上げた影響は色濃く、さっきまで水際で押し留めていた戦線が土の乾いた所まで押されつつある。

 少数ながら熟練者で編制した獣人族投石部隊は懸命に援護射撃を行ってくれてはいるが、いかんせん数が少なすぎる。それに、統制射撃が行えないのも地味に痛い。
 そもそも個人技だからな、獣人族の投石は。
 投石紐も弾丸用の石も個人の私物で統一性が無く、個々の技量と判断で射撃を行っているだけだ。……元々狩猟用の技術なんだし、当然と言えば当然の事なんだが。

 それにまぁ、統制射撃が出来たとしても長所を殺しかねないし、いずれにしても数が少なすぎるのはどうしようもない。
 弓兵の補助戦力として編制した部隊が主戦力化しつつあるという時点で、投射戦力の枯渇っぷりは察せるだろう。

 それでもまだ乱戦になってないのは、ウチの連中が隊列だけは死ぬ気で維持しているからだ。
 戦線を支えるには余りにも貧弱な投射戦力の援護を最大限に有効活用し、隊列を維持し続けているカーロンの手腕は凄まじいの一言に尽きる。過ぎたるものと言われても文句が言えないくらいだ。

 だが、俺の幸運もそこまでが限度らしい。

 ビリー殿の方はそう上手くはいっていないようだ。
 もっとも、ビリー殿の手腕を責める訳にはいかないだろう。むしろ、相当上手くやってくれていると思う。
 問題は、獣人族の前衛の主流兵装が両手剣だという事で……。リーチが短い分、ウチの連中より接近されてしまうのがモロに出ているだけだ。
 獣人族の戦闘能力自体は高いのだが、獣人族達の前衛は左翼で乱戦一歩手前みたいな状況に陥りつつある。既に数の圧力に対抗出来なくなりつつあり、放っておけば乱戦に持ち込まれ、そのまま押し切られるだろう。



 つまり、なけなしの予備兵力である騎兵を注ぎ込むポイントはここしかない。


「カーロン、ビリー殿に伝令を出せ。一時こちらで前線を支えるから後方の村まで後退するように。
 ――全騎突撃! 敵を押し返せっ!」


 駆けて行く伝令を少しだけ見送り、左腰からショートソードを抜き放って振り降ろす。間髪入れずに退き鐘が鳴り、ウチの連中と獣人族が潮が引くようにして後退。
 こちらの意図をしっかり把握してくれている辺り、カーロンもビリー殿も本当に頼りになる。

 前線へと視線を戻せば、騎兵の突進をマトモに受けた敵前衛は控えめに表現しても混乱状態に陥っているらしく、川の流れとあいまって後続の部隊の前進を阻んでいる。
 一見すると敵前衛を殲滅できそうな状況だが、それをすると敵さんの混乱の原因をこっちで取り除いてやる事になるからな……。

 まぁ、せいぜい後続部隊の蓋になっていてもらおう。


「全騎後退! 追撃してくる者は適当にあしらえっ!」


 組織的な追撃なんてしようがない状況だからな、個人で突っ込んでくるアホはいるが、そんなんでどうにかなる事も無く。
 ……ああいや、あれは追撃じゃなくて時間稼ぎの決死隊か。こちらの再突撃を牽制しつつ、一端向こう岸まで退いて陣形を立て直すつもりなんだな。
 なら、アホ呼ばわりしちゃ流石にマズイな。まぁ、決死隊に加わるような豪傑生き残らせると面倒だから容赦無く囲んで討ち取ってるけど。

 敵さんとしては、ここで無理に敵前渡河しなくても別働隊が側面突けばいいだけだしなぁ。
 つーか、別働隊を動かすための陽動に近いな。
 それで渡河できるんならそれでもいいが、限界以上に無茶をしてまで渡河しなきゃならん事はない、と。


「こりゃあ、拙いかもな……」


 村に篭るまでは何とかなるだろうけど、今回は小細工は何一つ準備していない。
 野戦で正面から当たるよりはマシだけど……。だからといってこの展開で勝てる気も全くしない。
 なんか猛将だとかいう話を聞いてたんだけど、普通に堅実じゃねーかよ。まぁ、正面から粉砕しに来られていてもダメなんだけどさ。

 後は援軍が間に合うかどうかだけか。


「そろそろ到着してくれなきゃこっちがもちませんよ、アルバーエル将軍……」










■ ――9th Day










 どちらかと言えば攻勢に強い猛将として名が知られているミリアであったが、実際には慎重に事を進める事も多いというのは意外と知られていない事実であった。
 若いながらも傭兵として戦ってきた経験は豊富で、戦場を良く知っているからこその慎重さと言える。

 考え込む際の癖である腕組みをしたまま、ミリアは机の上の地図に目を落とした。


「村に篭ったかと思えば夜戦に打って出て、攻城戦に近い形に引きずり込んでから伏兵の騎兵に側面から強襲させる。後退の際の殿では半包囲に持ち込もうとしたのを察知して躱して……。昨日の別働隊もあっさり読んで捕捉、無理せず拠点化した村に引っ込む、か」

「緒戦で甚大な損害を出したのは私の未熟さ故の事です。申し訳ありません」

「あたしに謝っても仕方ないでしょう。それに、セルバイアンの指揮が拙かったと言うよりは、敵将を褒めるべきだわ。
 ……厄介な将が出て来たものね」


 セルバイアンも悪くはない指揮だったが、結果的に敵が一枚上回ったというだけの事だ。特に、セルバイアンの攻勢ルートを読み切って騎兵を伏せていた事は悪魔的とすら評価されるほどだった。
 総勢2000そこそこでしかないのにその内の半数近くを伏兵として伏せるなど、並の将に出来る事では無い。

 ――実際には開き直りと博打の結果としか言いようのない戦闘結果だったのだが、その事を知らないミリアはセージの事をやや過大評価していた。
 その事がミリアを必要以上に慎重にさせている結果として、未だに村に篭るリトリー勢への攻撃は見送られているのだ。



 もっとも、そのヴィスト軍の慎重な動きのために、またも戦場後方に伏せられているノア将軍以下の騎兵が動く隙も無かった。
 2度も同じ手に引っ掛かるとは思えないが、とセージは公言していたが、篭城に全く向いていない騎兵を最大限有効活用するにはこの手しかなかったのだ。

 阻止火力も無いのに騎兵の攻撃力と機動力の双方を殺すなどという選択肢は有り得なかった。
 兵力に劣るリトリー勢にとって、篭城する村落の外で戦闘のイニシアチヴを握れる可能性のある騎兵は最後の命綱に近い。


「しかし、もう既に敵の命運は尽きているでしょう。昨日の小競り合いでの敵の応対を見るに、矢の残弾が尽きているとしか思えません。
 集落内に立て篭もっている兵も1000を割っている事でしょうし……」

「それで、本格的に攻めかかったらまた騎兵に後背を突かれて無駄な損害を出すのね。
 エルト王国からの援軍が主体なのでしょうけど、良く訓練されているわ。かなり劣勢な状況だとは言え、兵が逃げ出していると思うのは楽観的過ぎるわね」

「では、近くに伏兵が……?」

「すぐ近くではないでしょうけど、相手は騎兵よ。村に篭る敵を一瞬で揉み潰せるのなら話は簡単だけど、多分敵が突っかかってくる方が早いわね」

「では、後方に備えを置きつつ攻め掛かるというのはどうでしょう?」

「戦闘での損耗を多目に見積もっても700は超える騎兵の突撃を食いとめる隊を後方に残すとなると、退路の遮断が出来なくなるわね。
 時間稼ぎの殿を残して脱出されてしまうわよ」


 まぁ、この時点で獣人族の大部分は取り逃がしてしまっているから、今更彼らを全滅させてもさして意味は無いんだけど。



 敵の想像以上の手際の良さに、ミリアは内心そう結論付けて嘆息した。

 旧ヘルミナ王国領の平定という戦略的な目標はほぼ達成されているから、純粋な戦略的見地に立った場合、既にヴィスト軍の勝利は確定している。
 最終局面で少しばかりの戦術的敗北は喫したし、獣人族を取り逃がした事も痛いが、その程度の失点は許容範囲と言えよう。
 完全勝利とまではいかなかったが、ヴィスト軍の勝利もまた揺らがない事実である。

 傭兵上がりのミリアとしては、その分析に満足している。
 だが、武人としてのミリアは最後の最後で負けに等しい失敗をしたと臍を噛んでいた。

 側室であったとはいえ王の妃を害された上に族滅すべき相手には逃げられ、挙句の果てに、作戦上の齟齬がいくつかあったとはいえ、5000の兵が実働4000を割り込むまで討ち減らされてなお敵を追い詰めるのが精一杯という有り様なのだ。
 武人としては、これで勝ったとは到底言えない。


「しかし、このままでは敵の増援が間に合ってしまいます。
 エルト王国勢は脅威的な進軍速度で我々の行く手を阻みましたが、ビルド王国近衛兵団とてその間怠けている訳でもないでしょう。エルト王国勢ほどではないにしても順調に進軍しているのならば……、恐らくはこの辺りにいるかと」


 セルバイアンが指し示したのは、セージ達が篭る村落の南方、徒歩でおよそ1日の距離の地点だ。
 幾分速めに進軍速度を見積もっているが、ミリアの想定とほぼ一致している。


「……草の報告だと、重装歩兵が3000だったわね。ビルド王国の近衛が精強だという話は聞いた事が無いけど、さすがに村を囲んでいる状況で接敵するのは拙いわね」

「となると、選択肢は限られてきますね。――強攻するか、撤退するか、ですか」

「攻めるにしても退くにしても、決断は早い方が良いわね。あなたならどうするの、セルバイアン?」

「攻めます。このまま黙って引き下がるなど、考えられません」


 そう言って血がにじむほど拳を握りしめるセルバイアンは、まさしく武人であった。

 そして、そんなセルバイアンの様子に好感を抱く程度には、ミリアもまた武人であった。
 今でこそ傭兵からの成り上がりという見方をされているが、軍人家系の貴族の末娘として生を受けて以来「武」の誇りを忘れた事など無かったのだから。



 敵の増援が来る前に目の前の敵を叩き、追撃を封じてから撤退する。

 そう考えてこのまま撤退した方が良いのではという思いを振り払い、ミリアは腕組みを解いて白魚の指を地図へと走らせた。


「セルバイアンはアーク隊とベア隊を率いて村の正面から攻めなさい。
 コークとダンは私と一緒に敵騎兵の抑え。
 エディ隊には弓兵の残存部隊を付けるわ。合流が済み次第村の南方のこの地点――」


 ミリアの指が、村の南にある丘を指差す。


「ここに伏せて、待機。敵が離脱しようとした場合これを側面から討ちなさい」

「伏兵ですか……」

「別に引っ掛かるとも思わないけどね。でも、ここに兵を伏せているのが分かったとしてもそう簡単に撤退できない。
 本気で押し通られたら阻止するのは無理だけど、牽制と考えればそれで十分。
 エディ隊は損害がかなり厳しいけど――いけるわね?」

「はっ!」

「制限時間は日没まで。もしかしたらもっと短いかもしれないわ。その事だけは全員、覚えておくように。
 ――では、解散!」







[12812] 始まりのクロニクル ~Part8~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:39



 後に南ヘルミナ騒乱と呼ばれる事になる一連の戦闘の最終段階において、ヴィスト軍もリトリー勢も蓄積した疲労は既に限界に近かった。
 相手の半分以下の数で戦い続けているリトリー勢の疲労蓄積が深刻なのは無論の事だが、ラルン近郊での決戦において損耗した部隊との交換要員としてヴィスト本国から進出して以降、再編とヘルミナ南部への進出を立て続けにこなしてきたヴィスト軍の疲労蓄積もまた深刻なレベルに達しつつあったのだ。
 最終段階の戦闘では双方共に僅か1日で尋常ではない被害を受ける事となったが、その裏にはこうした事情も絡んでいた。



 そもそもの話をするのであれば、このように連続して戦闘行動を行える事自体が非常識であると言わざるを得ない。
 短時間で複数回の戦闘を行うには、ダメージを受けた軍集団組織の迅速かつ的確な再編と悪条件下で戦い続ける事の出来る高い練度が必要とされるからだ。
 少なくとも軍の作戦能力が将軍個人の能力に依存する割合が高い時代においては、それが可能な軍は決して多いとは言えない。

 その点に関して、多少なりとは言え近代軍制のシステムを導入していたリトリー勢は比較的幸運だった。
 下士官の比率が高い事と常備軍故の練度の高さが幸いして、再編の際の混乱は最小限で済んだからだ。

 それに対し、セルバイアンという将を得たヴィスト軍もまた幸運であっただろう。
セルバイアンは幾つかの作戦における失敗から後世の歴史家に辛い評価をされる事もあるが、その能力の高さには疑う余地が無い。
 事実この騒乱においても、大きな損害を受けつつもなお兵の統率を保ち、戦闘能力を高いレベルで維持する事に成功している。
 リトリー勢と違い、それがセルバイアン個人の能力に依ったものである事を考えると特筆すべき事だろう。



 もっとも、双方の軍の作戦能力の高さこそが双方の軍の兵士達により過酷な戦場を経験させる事になるのは皮肉としか言いようが無かったが。





















 戦闘が開始されたのは、村落正面の入口だった。
 環壕集落の常として出入口は狭く、数に劣るリトリー勢にとって1番勝負になる地形である。ヴィスト軍としては避けたいが、他の入口が橋を落としてバリケードを築くという物理的手段によって封鎖されている以上、ここを突破する以外に村落内部に迅速に踏み込む手段は無かった。
 狭い地形でヴィスト軍を押し止めて時間を稼ぐしか勝機の無いリトリー勢の抵抗は当然激しく、戦闘開始から僅かな時間で周囲の堀に血と屍体が溢れる事となる。

 あるいは時間に猶予があれば展開は違ったのだろうが、ヴィスト軍にはその時間が決定的に不足していたのだ。
 だからこそ、下の下と分かっていながらもセルバイアンは麾下の兵をリトリー勢の待ち構える場所へ叩き付けざるを得なかった。



 兵の命を代償に敵の体力を削り、継戦能力を奪い去る。セージ隊が700名と少し、セルバイアン隊が1800名弱という兵力差が可能とした強手である。
 ……それは、あまりにも血生臭い手段であった。
 さしものヴィスト軍も、死兵となって熾烈な反撃を繰り出すリトリー勢の前に及び腰になる。
 いくら精強な兵と言えど、剣の届かない間合いから振り下ろされる槍穂と当たれば骨が砕ける飛礫の双方を前にしては盾を掲げて守りを固めたくなる。
 彼らはカーディルの側を固める近衛でもなければ、ヘクトール率いる紅槍騎兵でもないのだから。
 まして、味方の援護射撃が無いのだ。果敢に突撃するどころか、普通なら部隊が崩壊してもおかしくない状況である。

 だが、ヴィスト軍は崩れなかった。
 その事実だけでセルバイアンの指揮官としての能力の高さは称賛されるべきだろう。むろん、ヴィスト軍の兵の忠誠度と練度もだ。
 惜しむらくは、セルバイアンに麾下の兵を“効率良く死なせる”自由が存在していなかった事か。

 それでも亀の如き歩みで戦線を押し上げるセルバイアンの背後で、彼が短時間での突破にこだわらざるを得ない理由の1つが顕在化しつつあった。



 ノア以下800名余による強襲である。



 事前にこの強襲を読んでいたミリアが展開していた兵力は、セルバイアンとほぼ同じ1800ほど。しかも、前日までの時間を利用して一部の兵を再編し、増援として率いていた剣兵をセルバイアン隊の槍兵と交換してまで槍兵の比率を高めていた。
 リトリー勢の用いる長間槍と比べると短く頼りない手槍ではあるが、それでも穂先を並べて方陣を敷いた際の防御力は高い。
 対するノア隊の騎兵は、これまでの戦闘で定数1000のうち2割を損耗していた。健在な者も疲労は厳しく、騎乗する馬が限界の者も多い。
 ノア隊の兵にとっては厳しい戦況だったが、ノアは敢然と戦端を開いた。

 双方が激突した時、既に太陽は真上へと昇ろうとしていた。
 既に独自の戦力だけでは能動的な行動を行えなくなりつつあるリトリー勢にとっては、とにかく太陽が沈むまで耐えきるしかない。
 戦術行動としてはあまりにいきあたりばったりだが、組織的抵抗を継続する事そのものが目的となりつつある状況では些細な事だろう。

 そして、セージの原石の輝きと政治的価値の重要さを父親とその同僚から耳にタコができるほど聞かされていたノアは彼を死なせる訳にはいかなかったという事情が、外線部の戦闘をも激化させる。
 彼が死ねば、ようやく混乱が落ち着きつつあるエルト王国北部地域が再び混乱しかねない。何と言っても、リトリー宗家直系の血筋はセージしか残っていないのだ。



 頑として後方への退避を拒むセージの事を、武人としてのノアは高く評価していた。生粋の武将や前線に身を置く兵士は、危地から真っ先に逃げる指揮官というものを評価しないという事もある。
 そしてそれ以上に、自らが戴く指揮官が勇敢で優秀だと知る兵は真に手強い強兵となりうる事をノアは知っていた。

 一方で、貴族としてのノアは怒りにも似た焦躁を強く感じていた。
 セージがここで死ねば国内政治の混乱は免れない。にも関わらず、彼がいるのはもはや袋の中の鼠と言わざるを得ない場所なのだ。他にも頭が痛い事は色々あるが、現状はそれに尽きる。
 兵達は確かに奮起するだろう。僅か11歳の少年が逃げ出すそぶりも見せずに本陣で仁王立ちしているのだ。これで奮起しないような奴は男じゃない。
 セージ自身、それで楽になるかもしれない。時に、死地に残る方が逃げ出すよりも簡単である場合もあるからだ。痛烈に批難するのであれば、自己満足に過ぎないとも言える。
 だが、巻き込まれる方は堪ったものではない。それがこの場におけるほとんど唯一の選択肢だったとしてもだ。

 もちろん、ノア自身も賛成した作戦ではある。純軍事的に見た場合、これが最善だという考えに反論できなかったからだ。
 とはいえ、だからといって感情的に納得出来るかどうかは別だ。
 貴族としての自分はもちろん、1人の男としても、未だ納得などしていない。
 ……様々なしがらみや葛藤を抜きにして、最も危険な場所に子供が立っているなど我慢できる事ではない。


「死闘、だな……」





















「死闘、だな……」


 ノアが愚痴とも苦鳴ともつかない無意識の言葉を漏らしたのと同じ頃、奇しくもヴィスト軍の本陣でも同じ言葉が吐かれていた。
 ミリアの、嘘偽り無い現状把握だ。

 2重に戦線を構築した内線側ではセルバイアンが味方の兵士の血と屍体で舗装した道をじりじりと進んでいるが、カーロンの指揮の下頑強に抵抗するリトリー勢は未だ崩れる気配すらない。
 抵抗を排除するにはまださらに多くの血と時間を必要とするだろう。

 外線側では逆に、ノア隊がミリアの構築した防御陣と真正面からぶつかり合って互いに出血を強いていた。
 槍兵と剣兵の隊列を交互に重ねた陣に真っ正面からぶつかったノア隊は、3層目までを1撃でブチ抜いた。
 ヴィスト軍の最前線は一撃で蹂躙されてしまってはいるが、どちらかと言えば、トップスピードに乗った騎兵の突撃などという半ば質量兵器じみたものを3層までで食い止めたヴィスト軍の兵達を褒めるべきだろう。
 隊列の中央を突破された槍隊は、潮が引くようにして側方から後方へ下がっていく。それとは逆に、剣兵は隊列を解いて砂糖に群がる蟻のようにノア隊に襲い掛かかる。
 槍隊を阻止戦力とした、剣兵による漸減戦術である。それも、ノア隊が横列を一枚突破する毎に漸減戦術の参加兵力が増えるという悪辣な仕掛けまで潜んでいる。

 ただし、緩衝材代わりに使われた上に漸減戦術にまで駆り出される剣兵の損耗は度外視されているが。


「5列目、突破されました……!」

「見れば分かるわ。6列目の剣兵は上手くやってるようね」

「漸減より敵の突破の方が早過ぎます……」

「そうね。8列目及び9列目に伝令。7列目に合流し、敵の突破を許すな。中央に密集して敵を押し返すのよ」

「はっ!」

「再編が終了した隊は本陣で待機」


 太陽は既に天頂を越え、影が東に落ちるようになりつつある。
 外線部での戦闘はほぼ五分の推移で、ヴィスト軍の隊列は甚大な被害を受けつつも粘り強く敵を受け止めていた。
 初撃を受け止めて粉砕された槍隊の損耗率は合計で2割を越え、後方で応急の再編を終えたばかり。敢えて散開して戦闘を挑んでいる剣兵に至っては、戦闘状態に入った者のうち3分の1近くが大地に倒れた。

 真正面から挑んで存分に暴れたノア隊もただでは済んでいない。敵将であるミリアには正確に把握する事は適わないが、ここまでで200名近い離脱者を出している。
 これだけの被害を出してなお統率が維持されているのは驚異的な現象であったが、彼らはただひとつの命令をただただ愚直に守る事でそれを実現していた。


――前進せよ。前進せよ。前進せよ!


 全ての兵をすり潰してでも敵の片翼をもぎ取る。
 ノアの執念が麾下の兵全てに伝播したかのような鬼気を伴っての突撃だ。



 ただし、ヴィスト軍の状況は総指揮官のミリアのコントロール下にあったのに対し、ノア隊の奮戦はセージの思惑とは全く違うものだった。
 セージとしては、ノア隊には過大な要求をするつもりは無かった。ヴィスト軍が全軍で村に突入を掛けられないように牽制できればそれでも十分というつもりだったのだ。
 万全の態勢の敵に突っ込んで暴れるなどとは思っていない。あくまで、彼の中では騎兵は機動戦力なのだ。
 ノアが打撃戦力として騎兵を使用した結果、リトリー勢の当初の戦術目標はある程度達成されてはいたが、代償としてノア隊の作戦能力は喪失しつつあった。

 つまり、明日は無い、ということだ。





















 ノア隊が急速にその数を減らしつつある中、2重戦線の内線側でも激戦によって死傷者が量産されつつあった。
 セルバイアン隊の出血はノア隊に匹敵するレベルになりつつある。槍衾で前進を妨げられているところに投石をまともに受けているため、損害の拡大が止まらないのだ。
 それに対するリトリー勢も、槍隊の損害が目に見えて目立ってきた。
 比較的無事なのは第1、第6、第7小隊くらいで、特に第1小隊の奮戦は戦場全体を見ても抜けていた。リトリー勢の戦線が何とか維持されているのは彼らの働きに依るところが大きい。

 だが、数の差だけはどうしようもなかった。疲労によって戦闘力が急速に落ち始めた前線が少しずつ下がりはじめている。



 ……これは、駄目かな。降伏するのは……、政治的な自殺だよなぁ。
 しかしいざとなったら決断しなきゃならないか。

 心の内でそうぼやきながらも、セージは戦線のすぐ後方で仁王立ちしたまま全く表情を動かしていない。
 既に戦況はセージの手を離れつつある。今更慌てたところで何も出来ない。

 否。1つだけ手が無くはないが、セージはそれを決断しかねていた。


「リトリー殿、一旦槍隊を下げて再編しなければ。このままでは完全に戦闘能力を失いますぞ」

「敵が諦めてくれればすぐにでも再編するさ。生憎、日没まで諦めてくれなさそうだけど」

「……リトリー殿。我々の覚悟はもう固まっています。最善を尽くして下さい。
 それに……、いずれにせよ死が免れぬのであれば、最期まで戦うのが我らの生き方です」


 ビリーの静かな言葉にも、本陣周りの獣人はしわぶきのひとつも漏らさない。
 降伏しても処刑されるだけなのだから、今ここで死ぬくらいの覚悟は出来ていて当然だと言わんばかりの態度であった。


「……戦線が硬直している今なら、逃げられるでしょうに」

「誇りを殺すくらいなら僅かでも生き延びる可能性に賭けた方がマシです。それを抜きにしてさえ、僅か11の子供に助けられた揚句それを見捨てて逃げるなど、大陸中に恥を晒すようなものですよ。到底我慢出来るような事ではありません」

「…………」

「私が言えた義理でも無いですし、こんな事を言うのは酷だとも思いますが。
 部下に『死ね』と言う事も上に立つ者の義務の1つです。必要な時に義務を怠ってはいけません」

「部下を無駄死にさせない義務を放棄した覚えはないんですけどね……」


 セージはそう言うと瞳を閉じて深いため息をついた。
 内心の全てを吐き出すような、重いため息を。



 それだけで、覚悟は決まった。
 決めるしかなかった。

 今この場では、零れ落ちる砂時計の砂の価値は砂金のそれより遥かに重い。浪費は許されない。


「ビリー殿は麾下の兵を率いて敵勢に突撃せよ。突撃開始をもって槍隊は応急再編作業に入るため、後退はこれを許可しない。槍隊の再編が終了するまで1兵たりとも後ろに通すな」

「はっ!」

「……ビリー殿は必ず最後まで生き残れ。指揮する兵がある限り、彼らを最大限効率的に死なせろ。無駄死にだけは許さん」

「微力を尽くします」


 言葉は、それで終わりだった。

 僅か5名ほどのセージの護衛と未だ前線を支える投石隊の要員を除いた獣人族の戦士全てが、手負いの獣の牙とならんとしていた。
 既に策も兵力も物資も尽きようとしている今、残された手段はただひとつ。

 時間を命で購う。それだけだ。



 ――死兵が征く。










■ おまけ










 南ヘルミナ騒乱最終段階での両軍の編制。
 なお、リトリー勢の弓兵隊150は残弾不足の為に戦闘能力を喪失。セージの厳命により、既に戦場から離脱している。



リトリー勢


 篭城戦力(指揮官:セージ・リトリー公爵)

 (カーロン隊)
  警察予備隊槍兵7個小隊 定数350→約300

  獣人族投石隊 約50

 (ビリー隊)
  獣人族抜剣隊 約350

  合計 約700


 強襲戦力(指揮官:ノア・ロイア伯爵公子)

 (ノア隊)
  騎兵隊 定数1000→約800

  合計 約800

全軍合計 約1500(当初戦力の約25%を損耗)



ヴィスト王国軍


 内線部戦力(指揮官:セルバイアン備将軍)

 (セルバイアン隊)
  剣兵隊 約600

 (アーク隊)
  剣兵隊 600

 (ベア隊)
  剣兵隊 約600

  合計約1800


 外線部戦力(指揮官:ミリア・ダヴー右将軍)

 (ミリア隊)
  手槍兵隊 約600

 (コーク隊)
  手槍兵隊 約600

 (ダン隊)
  剣兵隊  約600

  合計 約1800


 伏兵・後方遮断戦力

 (エディ隊)
  剣兵隊 約100

  手槍兵隊 約80

  弓兵隊 約20

  合計 約200

 全軍合計 約3800(当初戦力の約27%を損耗後、600が合流)







[12812] 始まりのクロニクル ~Last Part~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:40




■ ――10th Day


 結論から言うと、何とか俺達は生き残った。



 ただし、戦闘の内容も結果も激戦と言うのも生易しいほどの死闘となったが。
 2000近かった兵のうち、死亡・行方不明または重傷者の数が半数を軽く超えるという状況だ。俺をはじめとする指揮官クラスが全員生き残ったのなんて奇跡に近い。

 それだけの犠牲を払ったおかげでと言うべきか、何とか戦略的な目標は達成出来たが……。それすらヴィストと痛み分けに近い。
 戦術的な面で言えば、緒戦こそ小細工で対等に近い状態で渡り合っていたが最後の最後に綱渡りの綱から転げ落ちかけて小指が残った、という感じか。
 被害状況を考えれば事実上の敗北だわな。

 ヴィスト軍もかなりの被害を出したはずだが、向こうはまだ整然と退却する余地を残していた。
 いや、あの時点での損害の程度で言えば大差は無かったから、あれだけ整然と退却出来たのは事前に準備が出来ていたという事だろう。あとは指揮官の力量だな。



 とりあえず敵を退けたと言ってもいい状況ではあるが……、その代償は高くついた。

 まず、敵のダヴー将軍とガチバトルを繰り広げたノア将軍の騎兵は損害が半数を超え、既に組織としての機能を果たしていなかった。
 今はノア将軍が無傷の連中をまとめて斥候だけは出しているが、戦闘状態に入るなど期待すべくも無い。

 ウチの連中も酷い有り様で、態度こそアレだが腕だけは良い奴を集めていた第1小隊は欠員4名というありえない戦績を叩き出していたが、他の小隊は軒並み半数以上、酷い隊では40名近い人数が小隊員名簿から永久に失われている。
 負傷者の手当てと並行して生き残った小隊長の下に再編をする作業はしてはいるが、しばらくはこっちも使い物にならないな。
 弓兵小隊は無傷だが、戦闘開始前に既に退却させてあるので被害が無いのは当たり前と言う他ない。虎の子の弓兵が損耗しなかった事は不幸中の幸いと言うべきか。

 最後に、獣人族だが……。最終局面で敵の前進を何とか圧し止めた事と引き換えに、殆どが冥府の門を潜った。
 400名を超えていた人数が、動ける者が一個小隊いるかどうかという数まで討ち減らされている。残存率1割未満とか、冗談のような数字だ。無傷の奴なんて片手の指で数えるほどしかいない。
 当然、全滅判定だな。
 まぁ、それを言ったら騎兵も槍兵も全滅判定食らってるんだけど。

 ビリーのおっさんが最後まで生き残ったのは、周囲の獣人達のカバーに依るところと……、あとは俺が釘をさしておいたからだろう。とはいえ、右足をやられて瀕死の重傷を負っていたが。
 戦闘の終結がもう少し遅ければ、あるいは手当てがあと一歩で間に合わなければ、彼も多くの獣人族の戦士達の後を追っていただろう。



 そう……。獣人族の連中は俺の盾になって散っていったようなものだ。
 そりゃあ確かに、後方の女子供と獣人族の戦士が引き換えになるかもとは言ってたけどさ……。

 はぁ……。



 敵が引いたのも敵を食い止めたのも、結局は獣人族の力が大きかった。特に、命令違反してでも引き返してきたクライドは決め手になった。あれが間接的におっさんの命を救ったと思うと、命令違反を咎める気にならないというのが心情だ。

 まぁ、そもそも正式には獣人族の戦力は全部ビリー殿の指揮下にあるという形式を取っているから、命令じゃなくて要請という事になっているし、反故にされても抗議ぐらいしか出来ないんだけどな。
 もちろん、罰則を適用しなくて済んで良かったという側面の方が大きいが。


「本当は怒らなきゃいけないんだろうけど……、正直に言って助かったよ」

「お前に死なれるとディランに申し訳が立たなかったんだがなぁ」

「伯父貴を死なせたとなると親父に怒られちまいますから。まぁ、髪一重とは言え間に合ってよかったです」

「それに関しては感謝している。ただし、ロイア殿やカーロン殿も一言あるだろうが、命令無視に関しては後で説教だから覚悟しておけ」

「うげ……」

「と、言いたいところだが……。それで助かったのも事実だ。結果的にはリトリー殿の命運を繋いだ事にもなるし、今回だけは許そう。……もっとも、次は無いからな」

「は、はいっ!」


 右足を膝下から失っているにも関わらず、ビリーのおっさんの声は全く平素と変わらない。松葉杖片手にクライドにプレッシャーかける姿なんぞ、全くの無傷で生還したのかと錯覚すらするくらいだ。
 ……まぁ、明らかに顔色悪いし、すぐ後に従卒をつけてるけどな。それすら必要無いとか言われた時はカーロンと2人がかりで説得したり。

 カーロンもノア将軍もかすり傷程度で済んだ、その幸運のしわ寄せを食らわせたみたいで、こう、何とも言えない気持ちになったんだよな。
 こんな事言ったら侮辱になるから絶対言わないけど。



 ところで、戦闘の幕引きがどんなものだったかと言うと。

 軽症程度のメンバーまで含めて引き返して来た獣人族義勇兵241名が村の南に潜んでいた敵伏兵と接触、交戦。これを完膚無きまでに叩きのめしている間に、敵本隊が決死隊の伝令によってこの増援を察知したらしい。
 村正面の敵がまず撤退。遅れてノア将軍と交戦中だった部隊も隙1つ無い見事な退きっぷりで撤退。
 ノア将軍曰く、供回りだけで追撃かけてやろうかとか思ったらしいんだが、その隙すらなかったらしい。まぁ、そもそも騎兵もボロボロで追撃戦どころの騒ぎじゃなかったっぽいが。

 あと1時間も遅れていれば俺以下全員玉砕だったはずなんだが、敵さんは未練の1つも無いみたいにさっさと退却していったからなぁ。
 恐らく、クライドの増援をビルド軍の露払いと勘違いしたのだろう。もしくは、そうでない可能性を考えながらもリスクを回避して退却したか。
 まぁ、後者だろうが。

 あの時点では日没までにカーロン隊を抜く事は不可能だったから、翌日に今度こそビルド軍が戦場に現れる事を考えれば退くのは不思議な事じゃない。
 と言うよりも、本来ならこっちが村に篭った時点で退くのだろうが……。ここで将来の禍根を断つ、とか判断されちまったのだろうか?

 ……目の敵フラグ立ちましたか? これで2度目? 勘弁してくれよ……。



 とりあえず、敵さんの考えに関しては考えないでおこう、精神衛生的に考えて。
 味方の現状を把握しておこう。

「それで、一緒に後退したネイはどうしているんだ?」

「流石に置いてきましたよ。最低限の守りの兵も居ますし、今頃はビルド王国の援軍と合流してるんじゃないですかね?」

「不満そうだな」

「……血を流したのは俺達とセージ様達エルト王国の援軍だけです。あいつらは何もしてないじゃないですか……!」

「何もしてない、というのとは少し違うな。彼らの3000という兵力の圧力が最終的に敵を撤退させたとも言えるからなぁ。
 正直に言って、最初からエルト王国の兵だけで動くとしていたらネイ達どころかビリー殿達も見捨てていた可能性もあるし」

「本当に、正直ですなぁ」

「勝算の無い戦いで流せる部下の血なんて一滴もありませんから」


 生意気なガキだとか、貴族の誇りを他国に切り売りしているだとか、そういう陰口は軽く無視できるんだけどな。
 部下を無駄死にさせた、なんて言われるのだけは我慢できない。というか、もしそんな事になったら俺自身が耐えれそうに無い。

 今回の戦いだって、どうにかすればもう少し損害を抑えられたんじゃないかとか、後悔の種は尽きないってのにさ。


「しかし、オオガー族もウルガー族も今回の戦いで働き手の成年男子がかなりの数戦死してしまったのではないですか?
 その一因になった俺が言うのもなんですが、これからどうするおつもりで?」

「しばらくは、生き残った者と女子供で何とかするしかありませんな。……本来なら皆殺しの憂き目に遭っていたのですから、まずは生き残れた事を喜ぶべきだと思っておりますから」

「土地とある程度の支援くらいはウチで用意しますけど、それで何とかなりますかね」

「十分過ぎるほどです。リトリー殿の御厚意に改めて感謝致します」

「その代わりといってはなんですが、ウチの領内に居を構える限りは領内の他の村落や街と同じように扱わざるを得ませんが、よろしいですね?」

「了解しております。もとよりそのつもりでおりましたから。我ら獣人族一同、セージ様に忠誠を誓う所存にございます」


 俺の言葉は、獣人族の特権的な自治権は認めないぞ、と言ったようなもんなんだけど……。
 割とあっさり受け入れたな。いいのかそれで?

 と、そう思ったのが顔に出てたらしい。
 ビリーのおっさんは息子でも見るかのような顔で俺の疑問に答えを返してきた。


「我らはセージ様に救われた恩義がございますし、そうでもないと他の住民が黙っておりますまい。それに……」

「それに?」

「セージ様ならば信用できると思いましたからな。無論、セージ様の後継が暗愚だと感じた際には一族揃って逃散するかもしれませんが」

「なるほど。まぁ、それならそれでいいです。ぶっちゃけた話、俺が死んだ後の事まで面倒見きれませんから。俺の息子だか娘だかがアホボンだったら容赦無く逃散していただいて構いません」

「即答ですか……。しかし本当によろしいのですか? 一度領内に住みついたものの逃散を許可するなど前代未聞ですが」

「さっき言った通り、俺が死んだ後の事まで面倒見切れません。つーか、正直に言って領内に住んでる人間に見限られるような君主なんぞ飾り以下の存在ですよ。逃げられるくらいなら御の字で、一揆起こされてぶっ殺されても文句は言えないと思ってますから」

「それはまた……、過激ですな。とても貴族の方の発言とは思えませんが」

「まぁ、俺が変わり者なだけですよ」


 っつーか、俺の前世(?)は一般ぴーぽーだっつーの。貴族にとっちゃ人民は虫ケラ同然なんて価値観馴染むわけねーだろ、と。
 そーいう価値観なんで今更言われてもなぁ、なんだよな。別に他のお貴族様にこの考え方を押しつけるなんてしねーけどさ。


「それと、これより我らはセージ様の配下として働きます故に他の配下の方と同列に扱って下さりますようお願いします」

「……分かった。容赦無く扱き使うから覚悟しておけよ」

「私自身は隠居するつもりですからな、その辺はクライドやネイに任せますよ」

「って、俺ですか?!」

「セージ様はお若いからな、お前達のような若者こそが支えるべきだろう。それに、この足では戦働きはもう無理だ。
 まぁ、集落のとりまとめくらいはするが、直接セージ様の力となるのはお前達に任せる」

「いや、でも、俺なんかじゃまだまだ……」

「まぁ、その辺りはカーロン達に扱いてもらえばいいさ。というか、ビリーにも最低限軍の幹部を養成する機関で働くくらいはしてもらう予定だし、楽はさせないからな」

「私でよろしいのですか?」

「一応、救ける相手の素性くらいはそれなりに調べている。ヘルミナ軍でもかつては一目置かれていたと聞いているし、実際の指揮もカーロンは絶賛していたんだぞ。
 それに、将の教育を任せられるような人物なんてそうそう転がってないからな……。このまま隠居するとか許可できないんだよ」

「ですが、私は獣人ですぞ」

「その程度の事で教えを拒むような奴なんぞ重用するつもりは無い。だから、安心して容赦無く教育してやって欲しい。なにせ、兵を育てるのは何とかなりそうなんだが、それを指揮する人間が不足しかねない状況なのでな」


 ビリー率いる獣人部隊は、ヘルミナ軍でも最精鋭の一角だったとか。
 機動力こそ騎馬に劣るが、夜襲奇襲速攻強襲なんでもござれの攻性部隊としての使い勝手は騎馬隊に勝るとも劣らない。ヘルミナの宿将メレフ将軍もそういった獣人族の強さを重宝していたという話らしいが……。

 何をトチ狂ったか、一部の貴族連中が獣人のような下賎な連中が国軍に属しているのはどうたらこうたらとイチャモンをつけたらしい。今にして思えば、それもヴィストの謀略だったんだろうな。
 結果として一部を除いた獣人族は軍を退役してそれぞれの故郷に帰る事となり、残った獣人族はラルンを巡る攻防でメレフ将軍と運命を共にした、と。

 そのメレフ将軍と運命を共にしたのがディラン――つまりビリーの弟だった。
 ある程度の自治権を欲している獣人達にとってヴィスト王国が徹底的な中央集権体制を固めているというのも大きいだろうが、ビリー達を突き動かした大きな原因は、そういう事だったんだろう。



 本当のところなんて聞く気も無いし、たぶんビリーも墓まで持っていくだろうが。



 ……それにしても、援軍はまだかよ?
 士気の都合上口に出して愚痴る訳にはいかないが、クライドが命令無視で引き返して来ていなきゃとっくの昔に玉砕してるぞ。
 アルバーエル将軍の子飼いの連中の奮闘は鬼気迫る物があったし、こちらから文句を言うわけにもいかないだろうけど……。

 何にせよ、今回の戦いは運任せすぎだ。一生分の運を使い果たした気がするな。





















 結局、ビルド近衛兵団を率いるアルバーエル将軍は戦闘終結の翌日に俺達と合流した。

 まず最初に入れた報告が、俺が率いていた先遣隊の事実上の壊滅という報告。
 さらにヴィスト軍の指揮官としてミリア=ダヴーが最終的に出てきた事や、推測される敵兵力とこちらが敵部隊に与えたであろう損害の報告。
 戦死者の埋葬がほぼ完了した事や、傷病者の手当てが一段落している事。

 さっさと自分の天幕に引っ込んだルーティンのおっさんはどうだか知らないが、アルバーエル将軍の表情は終始険しかった。


「正直に言って、こちらの将に死者が出なかった事と獣人族の避難が完璧に遂行された事以外は頭が痛い内容だな……」

「申し訳ありません。俺の判断ミスでアルバーエル将軍から預かった兵を半数以上失ってしまいました」

「謝る必要は無い。俺が指揮をとってもお前以上に上手く事を運べた気はしないからな。……むしろ、それだけの戦力でよくぞここまで敵を痛めつけたものだと思う。
 ノアも言っていたが、案外俺達がお前の指揮に従って戦う日も近いのではないかな」

「ご冗談を。俺がアルバーエル将軍を指揮下におくなんて想像も出来ませんよ。それに、今回の戦いは運やマグレの要素が大きすぎます。同じ事をもう一度やれと言われても絶対に無理ですね」


 次やれって言われたら少なくとも3倍くらい矢は持っていくな。あと、限界ギリギリまで動員も掛ける。

 逆に言えば、今回の動員は失敗だったという事だ。特に、矢の消費量を大きく読み間違えたのは痛い。
 兵員の動員は無理をしない程度に出せる限界の量を連れて来たが、1会戦であんなに大量の矢を消費するとは思わなかった。

 今回はたまたま助かったが、1歩間違えば明確な敗因になっていただろう。


「……表立っては言えないが、援軍が遅れたのはルーティン卿の介入もあってな」

「…………」


 昨日1日考えてはいたけど、やはり、か……。



 比較的早い段階で避難民の受け入れが出来ていたのであれば、近衛兵団を預かってきた彼からしてみれば近衛兵団が傷付く状況にはしたくはないだろう。
 戦闘状態に入る事を渋る可能性はあるかもしれないとは思っていたが……。

 しかし、後の事を考えたら普通はそうはしないと考えたんだけどなぁ。
 先遣隊のエルト勢を見殺しにしたとなれば、今後のエルト王国との関係に重大な影響が出る事は避けられないだろう。っつーか、下手をすれば国際紛争だ。
 そうでなくとも、次から援軍に応じてくれる相手がいなくなる可能性も十分考えられる。

 ヘルミナ王国が失陥して仮想敵国と隣接する状況となった今、そういうリスクはとらないだろうjk
 いやほんと、常識的に考えてさぁ……。


「ビルド王国に人なし、ですか」

「セージは知らないかもしれないが……、先代のビルド王は少しばかり強引な手法で王権の強化に努めようとした事があってな。一部の有力貴族に反乱を起こされた事すらあるんだ。
 ヘルミナ王国の暗然たる支援付きでな」

「げ……、ヴィスト王国とヘルミナ王国の決戦にビルドが我関せずを貫いたのにはそういう経緯が合ったんですか」

「まぁ、ヘルミナ王国は公式には否定したが、な……。
 その反乱である程度才覚のあった連中が消え、今のビルド王国は目に見えない国力が大幅に低下しているという状況にあるんだ」

「反乱軍をまがりなりにも打ち破ったんでしょう? その時の将はどうしたんですか」

「当時御歳70歳のご老体が総指揮官だったんだぞ。とうの昔に天に召されている」

「……他の有力な指揮官は?」

「先代のビルド王に粛清されたり、それを見て国から逃亡したり、だな」


 ……マジで最悪だな。
 神楽家領国でもお家騒動がありーの、ビルド王国がこの状況で、奈宮皇国も安泰とは言えず……。
 そりゃあ、ヴィスト王国が好き放題できるってもんだな。

 そんな中でヴィスト王国に対して戦意を持つ存在を救援できたのは好運だったのかもな。
 ただ、“突撃軍団長ネイ”のフラグを結果的に叩き折ったのは良かったのか悪かったのか……。
 見捨てるに見捨てられなかったし後悔はしていないんだが、後々どういう影響が出てくるか分かったものじゃないからなぁ。

 ま、“俺”がいる時点でどういう影響が出るか把握しきれない部分もあるし、そもそも原作での情報が少なすぎるってのもあるし。あんまりそういう事で悩むのは無意味か。
 原作知識っつートリッパーならではの強みを活かしきれない事に関しては……、仕方ないな。



 まぁ、今のビルド王国の現状に関してすら全く情報が無かった原作知識(笑)なんて人材関係以外じゃアテに出来ないんだけどな!


「今のビルド王は良くやっていると思うのだがな……。ヴィスト王国の急拡大に対して国内の立て直しが間に合っているとも思えん」

「なるほど……。それで俺に対して便宜を図ってくれたんですかね」

「セージは恩を売っておく相手としては悪くないからな。もっとも、今回の件で貸し借りの関係は微妙なものになるかもしれんが」

「1回死に掛けたくらいじゃ返済しきれているとも思えないんですよね……」


 警察隊設立の時に動いた金はかなりの額になる。
 もちろんそれに見あった成果は出しているし、ビルド王国南部まで含めたリトリー領近辺の治安は劇的に改善している。
 どのくらい改善してるかというと、開発途上国のスラム街レベルからニッポンの地方都市レベルまで改善済み。

 改善なんてレベルじゃねーぞってな具合なんだが、まぁ、金も投じたし馬車馬の如く働いたし。警察隊の責任者にした奴なんてこの1年で体重が軽く10キロは落ちたとか言ってたくらい。
 実働部隊の連中も訓練しながら実戦投入というまさに泥縄一歩手前、阿鼻叫喚の過労スパイラルを抜けてきたしなぁ。
 ここんとこ落ち着いてきたけど、一時期のヤバい時は皆「発案者氏ね」と「悪人に人権はない」を合言葉にふんばって来たとか。

 ……正直スマン。



 まぁそんな訳で、この件では非公式ながら感謝状を受け取ったりもしたけど。
 こちらもお金を投資してもらったという借りがあるわけで……。


「とにかく、事は全部終わったので敵の襲撃を警戒しつつ撤退、という事でいいんじゃないですか。獣人族の救援という目標は達成したわけですし、国境地帯に長居する理由はありません。
 ヴィスト軍も、ヘルミナ王国領の平定という戦略目標は達成しているのですから、おそらくこれ以上の戦闘は望まないでしょう」

「そう考える我々の意表を突いて来るという可能性は無いか?」

「5000もの兵力を動員した結果がこれですよ。すぐにもう一度大規模な動員を行う余力は無いはずです。
 仮にあったとしても、他の方面への備えを考えると大規模な攻勢に出るのは難しいでしょう。ビルド王国軍は無傷なわけですしね。
 暫くは国境付近で警備の巡回部隊が小競り合いを行うくらいだと考えているんですが……」

「暫く――という事は期間を置けばまた再度侵攻が再開されると考えているのか」

「そう思って備えておいた方が無難でしょうね」


 今のヴィスト王国は膨張戦略によって国が成り立っているんじゃないかと、そう思う時もある。
 自分で常備軍を編成しようと悪戦苦闘して分かったが、軍備というのは恐ろしいほど金がかかるものなのだ。ましてや戦争をするとなると、さらに負担は増える。

 占領地からの過度の搾取は行っていないようだが、ヘルミナ貴族はその殆どが没落したらしい。事実上消滅した王家も含めると、没収された資産はどれほどの額になるか……。
 その資産のかなりの部分が軍費に流入するであろう事は想像に難くない。なにせ、今やヴィスト王国は四方に敵を抱える状況となっているわけだからな。

 軍事強化→侵攻→資産獲得→軍事強化……、の繰り返しか。ヴィスト国内に金は落ちる事になるから、景気は悪くは無いだろうが……。
 国民は果たして付いて来れるのだろうか?

 まぁ、付いて来れようと来れまいと、カーディル王は止まるわけにはいかなくなるだろうが。サイクルを止めれば破産しかねないだろうしな。
 だって、今のヴィスト王国の国力を明らかに超えるレベルの軍事力が無いとヴィスト包囲網に対抗できないし。



 問題は、カーディル王の個人的武勇を含めてヴィスト軍が強すぎるって事だな。
 ちゃんと包囲網が機能すれば少なくとも互角くらいにはならなきゃおかしいはずなんだけど……。


「そうだな……。我が国としても備えておくべきか。帰国次第、宰相殿や陛下には俺から進言しておこう」

「当面はヴィスト王国と直接対峙している国への援軍が主体となるでしょうが、我が国への直接侵攻は避けたいですからね……」

「まぁ、セージの領地は北部方面の玄関口だからな」

「ハイマイル峠を抑えれば何とかなるとは思いますが、ホント他人事じゃないんですよ……。アルバーエル将軍も、万が一ノイル王国が失陥するようなことがあれば領地が最前線に早変わりですよ」

「そうなる前に財政が破綻して降伏してるさ」

「それはそれで妙にリアルなんで勘弁して下さい……」


 本当に、何で俺こんな事してるんだろうなぁ。
 破産とかマジ勘弁だし、死ぬとか怪我するとかも勘弁して欲しい。危険な目に遭うのも極力避けたい。そんな小市民だったはずなんだけど……。



 気が付いたらご覧の有り様だよ!



 今更愚痴っても仕方ないんだけどさ。
 せめて美人で気立ての良い政治的地雷じゃない嫁さん貰わないとわりに合わないってコレ。もう、時既にお寿司だけどさ。


「なにはともあれ、ここまでご苦労だった。ここからは俺が全軍の指揮を取る。殿はビルド勢に出てもらう予定だから、お前達はゆっくり休んでくれ」

「了解です」


 とにもかくにもこれで任務完了だ。領地へ帰れれば、束の間の平和を享受できるな。

 ……まぁ、自分で束の間とか認識しちゃう辺りが今のカーディルクオリティなわけだけど。







[12812] それは(ある意味)とても平和な日々 ~Part1~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:44




 戦場で戦うのも色々な意味で大変だけど、日々の政務だって十分大変だったりする。

 紙が普及しているという事だけは(労力的な意味で)ガチでありがたかったけど、事務処理量はもはやそれがどーしたレベル。
 今の俺は最終報告を読んだり経過報告を読んだり指示を出したりと、忙しいのは忙しいけどまだマシなレベルで。
 タイオンやライガー、出向から出戻ってきた奴らなんかは文字通り書類の山に埋もれるようにして仕事してるしね。まぁ、前にも言ったような気がすることだけどさ。
 PCなんて便利な物もないし、ここはもう一つの戦場と言っても過言ではない。

 それでも何とかしてしまう辺り彼らは本当に優秀だと思う。
 最近軌道に乗ってきた河川貿易とか、ウチの領内に工事領域が進んできた途端に金払いが若干鈍りだした街道工事の件とか、仕事は増えこそすれど減りはしない状況だけど。

 マジで頑張れ。超頑張れ。



 あ、あと酒造事業の方は目処が付きそうだからその分予算付けといてね。
 詳細は事業担当部署と詰めて、予算案にして提出よろしく。





















「……で、体良く政務から逃げ出してきてこんな所で何をしているんだお前は?」

「ネイの観察」

「そこは嘘でも訓練の視察と言うところだろう……」

「いや、そこは視察するまでもなく状況は知ってるから。つーかそもそも訓練終わってるから」


 少し前に獣人達の状況が落ち着いたという事で、少年兵チックな新兵とか女性兵まで含めて志願兵による両部族合同の部隊を編成したりしたのですよ。
 暫くは部族間の確執とかあってgdgdなんだろうなぁ、なんて思ってた時期もあったんだが……。



 この間演習でガチバトルしてフルボッコにされますた。



 別に俺の指揮が拙かった訳じゃないとは思うし、その辺は反省会でも常識的かつ堅実な指揮ぶりだった(逆に言えば凡庸だったって事だけど)とは言われたんだけどさ。
 獣人族マジパネェ。
 同数の兵力で、しかも防戦する側に回ったら全く歯が立たないのな。
 突撃突撃突撃~! って感じに一気呵成に攻め潰されたし。

 その時の事を思いだして軽く凹む俺とは対象的に、ネイの奴は胸張ってどうだと言わんばかり……。
 悔しいのぅ、悔しいのぅ……!

 ……結構マジで悔しいので行き先も告げずに黙って歩き出す。それでも何も言わずに付いて来てくれるネイは正直良い奴だと思うね。
 まぁ、それに免じて訓練終わった後の残務処理を副官に丸投げ状態なのはノーコメントにしておいてやろう。


「しかしまぁ、数の問題がなぁ……。精強なのは十分思い知らされたけど、500に満たないんじゃ使い道が限られる」

「それは仕方ないさ。私としては、クライドではなく私の指揮で納得して動いてくれているだけでも感謝しているのだしな」


 クライド自身は多少なりとも軍勢の指揮経験があるという事で、槍兵部隊の指揮官として訓練中だ。
 本人は獣人族の指揮を執りたかったようだけど、俺的にはネイ“突撃軍団長”の意識があるからなぁ。実際、演習の時のネイの指揮は初めてとは思えない程だったし。

 そもそもぶっちゃけた話、クライドレベルの指揮官を海の物とも山の物ともな獣人部隊に注ぎ込めないという事情もある。
 俺もだけど、ネイはまだまだ修行中だしな。それプラス、人数ベースで見た時に500名足らずの獣人族と数千名規模になる槍兵隊じゃ指揮官の必要数が違う。
 そんな訳で、最近じゃクライドはカーロンの副将的なポジションに立ちつつカーロンの猛扱きに晒されているのだ。

 クライド乙。


「それにしても……」

「うん?」

「こうしてお前の部下となっているのに未だにぞんざいな口を利いているのも変な話だと思ってな」

「細けぇ事ぁいいんだよ、の精神でいこうぜ」

「細かい事じゃないだろう、常識的に考えて」

「いいのいいの。主君が良いって言ってるんだから気にすんなって」

「…………。まぁ、カーロン殿辺りも何も言ってこないから、黙認されてるんだろうが……」

「んな細かい事気にしてるとハゲるぞ」

「誰がハゲるか。むしろハゲを気にしなきゃいけないのはお前の方だろ。見たぞ、お前の親父殿の肖像画」

「う……」


 そうなのだ。無能だのクソ親父だの鳶だのとエライ言い様で言っている親父殿であるが、見事なまでにハゲ+メタボというご覧の有り様状態でな……。
 ハゲは遺伝するらしいという事を知っている身としては今から心配なのである。


「で、これはドコに向かって歩いているんだ?」

「ウチの連中が新しく建てた孤児院。今まで無駄に広い俺ん家を一部流用していたんだけど、遂に収容人数的にもカーロンの我慢的にも限界が来てな。
 また例によっていつもの如く、ウチの工兵隊の訓練ついでに新居を建てる事に」

「例によっていつもの如くで働かされる工兵隊もアレだが。その前に、お前の家って公爵家の邸宅じゃないか……」

「いや、本当に無駄に広いんだって。置いてた美術品系はあらかた倉庫行きにしたか売っ払ったかしたし、孤児院代わりに使うくらいはいいかなーと」

「よくないだろ……」


 その時はまぁ流石にカーロン以下部下全員に反対もされたんだけどさ。
 新しく孤児院を作るには予算が圧倒的に足りてなかったのよ、その時は。人員はウチの使用人回せばよかったんだけど、建物が建たないのはもうどうしようもなかった。

 でも、予算が足りないなんて、そんな理由で孤児になった子供達を見捨てる気になんてなれなかったしさ。
 じゃあ、ある物を使い回して節約するしか無いよねという事で。そして、俺ん家にはかなり無駄スペースが余ってたわけで。

 で、めでたく公爵邸の一部スペースが孤児院化する事に。いずれ必ずちゃんとした建物を建てる事と、こんな無茶はこれっきりだという念書まで書かされたけどな。



 後で聞いた話だけど、減税とか治安維持部隊の創設とかも大きかったけど、領民の皆が俺という幼少の主君を支持してくれた大きな理由の一つがこの事だったらしい。

 実際、獣人族の受け入れに際して森の利用権とか水利権とか色々調整しなきゃいけない事もあったんだけど、領民の皆は驚くほど協力的だったしな……。
 曰く、邸宅を解放してまで孤児を救おうとする姿勢に良君足る素質を見たとか何とか。

 俺自身はわりと楽しんでるんだけどな。
 孤児の連中、色々な意味で慣れてくると俺の事も仲間のボス扱いだし。
 時間が合った時は食事まで一緒にとってるんだぜ?



 その辺りの事をちゃんと説明すると、ネイも納得はしてくれたらしい。
 なんかもの凄くため息もつかれたけど。


「カーロン殿達の苦労が思い知れる話だな」

「そうは言うがな、俺一人で住むには大き過ぎるんだよあの家は。そりゃあ必要最低限の使用人くらい置いているが、自分の事くらい自分でするからなぁ。
 ……忙しい時はその限りじゃないけどさ」

「そんなにか?」

「親父が全盛期の頃は、侍女と使用人で1千人とまではいかなくても100人は固かったらしいからなぁ。
 常駐してたのが半数としても、常時最低50人ちょっとが住んだり働いたりしてる大豪邸だったんだぞ。俺ひとりに使用人数人程度じゃ持て余すに決まってる」

「そういう言い方をされると無駄使いのようにも聞こえるが……、しかし必要なものではないのか?」

「帯に短し襷に長し……、って言ってもネイには分からんか。まぁ、とにかく中途半端なんだよ。
 俺があまりにも貴族的なスタイルからは程遠いってのは自覚してるつもりはあるが、それにしても一人で生活するには大き過ぎる。オイゲンなんか、保安上の問題があるから何とかして部屋を埋めろとまで言ってきてるくらいなんだぞ。
 かと言って、政務機能を持たせようとすると今度は全くスペースが足りないし……」


 住んでる場所と政務する場所が同じなら少しは時間が出来るかとも思ったんだが、最近やたらと仕事が増えているせいもあってか全くスペースが足りない。試算するまでも無く。

 カーロン辺りもこういう使い方なら反対しないかなぁと思ったんだけどな。


「ちょっと待て。それじゃあ今はどこで政務を行っているんだ?」

「学園内の空き棟一つ丸ごと使ってる。むしろその周辺はもう学園じゃなくて政務官庁にしてしまおうかという案まで出てる始末でな……。
 政務官の中には特例扱いで学園の寮から通ってる奴までいるんだぜ。将来的に学園が領内の中心地になっても驚かない自信があるぞ」

「……確か、孤児院も学園の隣に建てたんじゃなかったか?」

「俺だって色々と考えてるんだぞ。孤児院を学園の一部として組織編成してあるから、将来的に子供達が学園に通う道が開ける。もっと言えば、ある程度幼い段階から学問を教えれば優秀な官僚になってくれるんじゃないかとかさ。
 一部の天才は別として、こと学問においては勉学に励んだ時間の蓄積ってのはバカにならんからなぁ」

「随分と打算的だな……」

「それは否定しない。けど、俺が最初に抱いた想いは変わらないし、あいつらがどういう人生を歩むにしろ、学園に通う事はマイナスにはならんだろ。
 ……理由はどうあれ、親がいない連中なんだ。せめてその損の分くらいは人より幸せになってもらいたいからな。その過程においてウチに貢献して貰えたらとてもありがたいとは思ってるけど」


 彼らの親がいないという事に関しては、ウチの家に責任がある部分もある。
 そういう意味で、ウチが不幸にしてしまったからウチが幸せにしなければいけない――なんて言ったらきっととてつもなく傲慢に聞こえるんだろうとは思う。孤児院の奴らに聞かれたらタダじゃ済まないだろうとも。

 けど、いくら傲慢だと言われようとも、それは俺が背負わなきゃいけない責任だと思う。
 特に、ヘルミナで俺の盾になって散っていった兵達の忘れ形見は……。


「その言い草だと、私やお前も少しは幸せにならないといけないな」

「まぁ、さっさと子供に後を任せて隠居するのが人生の目標だし、楽隠居が出来るように少しは頑張るさ」

「やる気が感じられない発言だな……。というか、その歳で子供の事まで考えてるのか。いくらなんでも早過ぎないか?」

「歳は関係無いだろ。ヤる事ヤれば子供が出来るのは当然の話なわけで」


 確か、アフリカの方に8歳で子供産んだとかいう記録があったとか聞いた覚えがあるし。どこぞのダーティなフェイスの方みたいな例もあるわけだし。俺もめでたく精通したし。

 ……って、とてもじゃないが、15にもなってない男女の間でする会話じゃねーな。


「まぁ、子供が出来ようが出来まいが隠居はまだまだ先の話になりそうだけどな。あと何十年働かされるのやら」

「私だってお前と同じなんだぞ。しばらくはビリー殿やクライドに私の部族も含めて任せられると思っていたのに……」

「正直スマン。こう言うと言い訳になるけど、ネイには才能あると思ってるから状況的に手を借りざるを得ないんだよ。こと軍の指揮に関して言えば間違いなく俺より上だしな」

「そんな馬鹿な。この間の演習でこそ勝ったが、あの槍のミリアとすらマトモに渡りあえるお前より才能があるだなんて。
 お世辞でももう少し割り引かないと嘘っぽいぞ」

「嘘でもお世辞でもないさ。それに、アレはどちらかというとノア将軍やカーロン、ビリーの功績だよ。俺のじゃない。
 ま、この間の演習で出たのが今の俺達の正当な実力って事だ。軍を率いる指揮官としてはお前の方が上だよ」

「……ま、まぁ、お世辞でも嬉しいぞ、うん」


 “突撃軍団長”ネイの才能と実力は伊達じゃない。経験こそ浅いから脆さや危なげはある(らしい)ものの、演習の時に見せた指揮ぶりと武勇の片鱗は明らかに普通の人間とは違う輝きを放っていた。

 俺には歴史から学んだ知識という蓄積がある分普通の将よりは上回っている部分もあるはずだとは思っていたし、ヘルミナでの戦いで少しは自信もついたんだけど。
 あれを見せられちゃあ、な。

 俺だけじゃなく、カーロン以下の面々までドン引きしていたからな。
 ビリーのおっさんなんて、「これが10代前半の童同士の演習とはとても思えん……」なんて言ってたし。
 俺の実際の年齢考えたらネイはどんだけチートなんだよと。



 ただ、ネイの突破力を活かせる部隊が今のところ存在しないのは宝の持ち腐れ状態だな。

 槍兵はオールマイティーに使えるが、打撃力や防御力はともかく突破力に優れてるとは言い難いし。
 騎兵は突破力に優れると思われがちだが実際は戦術機動力が勝負の兵種で、突破力は副次的な要素に過ぎない――つーか紙装甲過ぎる。
 魔法使いは打撃力こそ高いが、直接接触して敵兵を蹂躙するような役目を負わせたらいかんだろ。
 弓兵も以下同文。

 そう考えると、薄装甲ながら突破力や攻撃力、戦術的柔軟性の高い獣人族はネイの特性を活かすのにうってつけだ。
 というか、ネイ自身が獣人族だけあってそういう獣人族の特性を前面に出すタイプの指揮官なだけなんだろうけど……。数がなぁ……。

 500前後の兵力なんじゃ、万単位の軍勢が参加する会戦では決定的な役割を果たすのは難しい。出来ないわけじゃないけど。
 他の部隊と違ってすぐに数が増やせるアテも無いし、しばらくはこのままだな。
 しゃーない。


「しかしまぁ、潤いの欠片も無い会話だな。ネイには何か趣味とか無いのか?」

「趣味か……。釣りとか狩りは好きだが、私に女らしい趣味を求められても困る」

「確かに、花を愛でたりオシャレに血道を上げたりするネイは全く想像付かないな」

「否定しろとまでは言わないが、そう簡単に肯定されるとそれはそれで腹が立つな。私だって年頃の女の子なんだぞ」

「俺にどーしろっていうんだよ……」


 女心と秋の空とは言うが、ほんとさっぱり分からん。女とは向こう岸の存在だとか何とか言ったのは尻尾髪と無精髭がトレードマークの諜報員だったか。
 や、どっちかっつーと俺がこういうのに向いてないだけなんだけどさ。あいつにも散々言われたしな。

 まぁ、世界最強のタンクキラーはルーデル閣下の乗るJu87G型! スツーカ最高!
 なんて訳の分からんトコで意気投合したりするあたり向こうも十分普通じゃない――っていうか、俺の女性の扱い方ってあいつに最適化されてるような……。

 止めよう、考えてると泣きたくなる。


「カーロン殿に聞いたが、奈宮皇国のお姫様との婚礼もそう遠くは無いのだろう? そんな事では愛想を尽かされても知らんぞ」

「だから、俺にどうしろと。俺が素で接してるのに愛想を尽かすようなら、そもそも相性が合ってねーんだろ。それにまぁ、どうせ政略結婚だからな……。
 皆が皆好きあった相手と結ばれるだなんて幻想には興味が無い――って、あー……、姫さんもそうだとは限らないか。
 でもまぁ、故郷を離れて他国で生活するんだ。好きだの嫌いだの惚れた腫れたなんて余裕はないだろうさ」

「それとこれとは話が別だろう。話を逸らすな」

「あー、まぁ、それはそうなんだけどな。ぶっちゃけた話、俺にも女心を学んでるような余裕無いしさ。姫さんの事を含めて、フォローはネイに頼むよ。
 俺の方はついでで何とかできるのなら頼むわ」

「ならもう少しくらい女の子には気を使え」

「……まぁ、気をつけるよ」


 つーか、そもそもネイは女の子というよりは悪友なんだよね。俺ん中じゃ。
 頭の回転も悪くないし、気性面でも反りは合うしさ。一緒にいてあまり気を使わなくてもいいような感じで、一緒にいて楽なんだよなぁ。

 その辺りはネイもそう思っている節があるっぽい。
 何だかんだで暇な時は俺と一緒にいる事が多いし、文句を言いつつもわりとフランクな関係――というか主君に手を出す部下ってどうよ?
 いやま、別にいいんだけどさ。少しくらい悪友感覚の奴がいてもバチは当たらんだろーし。
 そういう意味じゃ、ムストやアルバーエル将軍なんかもわりあい気を許してる間柄になるんだろうけど……。普段身近にいないしなぁ。

 他の連中は、部下としての一線がな。
 クライドなんかは割と気安く話せる方なんだが、それでもやっぱり遠慮してるもんなぁ。ビリーに睨まれてるってのもあるだろうけど。
 うん? 改めて考えてみると、俺の交友関係って普通に狭くね?



 …………。



 いや待て、少し落ち着け。深く考えると負けっポイから考えないようにするんだ俺。日頃交わす会話の尽くが政治軍事外交謀略の類ばっかりだなんて、そんな事は考えちゃ駄目だ。あまつさえここ最近会話した相手がネイと孤児院の連中以外はむさくるしいおっさんとか暑苦しい兄ちゃんばかりだっただなんて事も気にしちゃ駄目だし、向こう半年くらい婚礼の準備とか内政の色々だとか警察予備隊の連隊組織の立ち上げだとか学園の立ち上げだとかビルド方面での情報収集だとかで糞忙しいだろうだなんて事も気にしたら負けだ。



 ……俺、ヌルいエロゲ時空に転生した勝ち組トリッパーのハズなのになんでこんなにシュラババな生活送ってるんでしょうか?
 正直投げ出したい。
 でもホントに投げ出せるほど人生諦めきれないと言うか無責任になれないと言うか……、損な性分だよなぁ。
 なんでこんな無駄な苦労背負い込んでるんだか。


「おい、セージ。何やら学園に新しい建物が増えているが、アレは一体なんだ?」

「ん? ああ、ようやく到着だ。あれが新築した孤児院だぞ」

「で、デカイな……。ちょっとした砦くらいはあるんじゃないのか?」

「半分くらいは余剰スペースだけどな。状況の変化に即応できるように、と思って大きめの建物にはしたけど……。
 あれが全部埋まるようなら真剣に領地経営を見直さなきゃならんだろうな。それか、周辺地域の状況が抜き差しならないトコまできてるか」


 領内の治安・経済状況の悪化か、周辺地域からの難民の流入か。いずれにしても俺の置かれた状況の悪さを測るバロメーターとしてはイイ感じに機能するんじゃなかろうか。
 あの空き部屋が埋まっていく毎に俺の胃がストレスでマッハという事に。

 ……まぁ、空き部屋の中には当然のように俺の私室であったり護衛の控え室があったりするのはご愛嬌という事で。
 なにせ、自宅より圧倒的に職場に近いんだもんなぁ。



 そんな訳で、相変わらず俺は孤児院の奴らと一緒に寝起きしていたりする。
 この時間帯に孤児院にいる事は少ないんだけど、いつも通りであればチビ達はお昼寝タイムで上の連中は学園にいるかバイトしてるかだな。

 という事はですよ、


「あーっ! セージ兄ちゃんが愛人連れてるーっ!」

「結婚前からソッコーで浮気とかすげー! そこに痺れる憧れるぅっ!」

「……っ?!」


 悪ガキどもが野放しですね分かります。つーかネイお前顔真っ赤だぞ。



 なんつーか、アレだ。
 ネイがあいつらにオモチャにされる図しか思い浮かばないのは何故なんだぜ?







[12812] それは(ある意味)とても平和な日々 ~Part2~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/16 17:44




 折角建物も新調したのだし、という事で決めた正式名称は慈恩院。普通の名前だが、別に名称に奇抜なモンなんぞ求めてないのでこれでいい。
 ……いいはずだよな?
 まぁ、いいか。

 それはともかくとして。院長を務める恰幅の良い女性と2人してグラウンドに面したオープンテラスで紅茶を飲みつつ、俺はネイの事情をかいつまんで説明していた。
 視線の先には、悪ガキどもの挑発に乗って追い駆けっこに興じる(興じさせられている?)ネイの姿がある。


「そうかい……。あの娘が例の獣人族の……」

「南ヘルミナ騒乱で両親や片親を亡くした獣人族の子供は少なくない。
 本来なら彼らの集落で面倒を見られればいいんだが……、残念ながら彼らにその余裕は無い。ネイを連れて来てみて大丈夫そうなら、な」


 獣人族の子供という異分子を受け入れ可能なのかどうか。俺自身だけでは判断する自信が無かったから、ネイには目的を内緒でこうして連れて来てみた訳だ。
 まぁ、別にそれだけが目的なわけじゃないけどな。



 ちなみに、院長を務める女性――というかおばちゃんは、実のところ元々ウチで働いていた侍女長だったりする。
 職員も侍女達をそのまま充てている事もあって組織的にその方が都合が良いだろうという事もあったり、俺の行動パターンを読み切ったカーロンがストッパー役兼世話役として推したとかいう事情があるとかないとかという事もあるが。
 このおばちゃん、何を隠そう4男3女を育て上げた肝っ玉母ちゃんとしてウチの連中には知られていたりする。その辺りの経験が大きいだろうという期待が人事に篭められている、という裏事情もある。

 正直な話、公私に渡って俺を支えてくれているのがカーロンとこのおばちゃんだったりするのだ。
 逆に言えば、頭が上がらない人物の一人と言ってもいい。
 今回の件にしても、俺は完全にこの人に頼りきりになってしまっている。
 まぁ、物の分かった大人の女性はこういう時頼りになるのは有り難いんだけど……。コレでまたさらに頭が上がらなくなっちまったな、こりゃ。


「それにしても、見た目に似合わず力持ちな子だねぇ……。獣人族ってのはみんなこうなのかい?」

「まぁ、ネイは鍛えてるから。とは言え、種族的には人間に比べりゃパワーもスピードも明らかに上、一対一の同年代同士で喧嘩したらまず勝てないんじゃないかな」

「なるほどねぇ……。これ以上やんちゃな子が増えるかもしれないっていうのも、困りものと言えば困りものだよ。
 あたしゃともかく、若い娘達が目を回しそうだからね。それに、その子達だって周りに獣人族の大人がいる方がいいだろうに」

「一応、獣人族の方からも2、3人まわして貰える事になってるけど、それでは足りないか?」

「あたしは大丈夫さ。ウチの娘達が振り回されやしないかと思っただけからね。まぁ、そういう意味ではいてくれるなら助かるわ」

「じゃ、決まりかな」


 オープンテラスで紅茶を片手にそんな事を話し合う俺達の視線の先には、天然の芝生の上で纏わり付いてくる悪ガキどもをちぎっては投げちぎっては投げしているネイの姿が。
 訓練の後だっていうのに元気だな。しかしウチの悪ガキどもの方が元気なわけで、遠からずガス欠する――ってやっぱり潰れたし。


「しゃーない、いっちょ助けてやりますか。ボール借りるぞ」

「あいよ」


 返事をしつつ立ち上がる院長はネイを助けに入るらしい。
 自分で見捨てておいて何ですが、ネイを頼みます。


「おらお前らーっ! 刹嘩亜すんぞコラー!」

「やったー!」

「アパーム! ゴール持ってこい!」

「了解っ!」

「他の奴はその手伝いだ。40秒で支度しな!」

「うぇぇぇー?!」

「ぜってー無理だー!」

「兄ちゃんおーぼーだぞー!」

「んじゃあ待っててやるからさっさと行ってこい」

「はーい」





















 セージと入れ代わる形でオープンテラスの席に座ったネイは、いい感じにギャグ調でボロっていた。
 まぁ、ついさっきまで目が渦巻き状態だったのを考えればこれでも随分復活した方だろう。
 耳も尻尾も垂れた状態で上体を投げ出すように顎を机に着けている様はまんま猫ッポイのだが、それを指摘しそうな男は天然芝生のグラウンドで子供達と遊んでいる最中だ。


「うぅ……。酷い目に遭った……」

「大丈夫かい?」

「何とか……。くそっ、セージの奴絶対に後で一発殴ってやる」


 ネイが本気で殴ったらセージなど一発KOなのだが、わりと自業自得なので院長も止めない。

 まぁ、そう言いつつも梅干し3分間クッキング程度で許すつもりな辺り、ネイも甘い――かもしれない。
 そっちの方が地味に痛そうだが。


「それにしてもまぁ、あの子がこんなに無防備なのは久し振りに見るよ」

「はぁ……」

「公爵様が亡くなって以来、あの子は子供でいる事を止めてしまったからねぇ……。ウチの子達といる時以外でも気を抜いているなんて、珍しい事なんだよ」

「あまり実感は沸かないな」

「それだけお嬢ちゃんがあの子にとって身近だって事さ。あの子と同じ年代の子で公務に関わっている子なんていなかったからね」

「それはまぁ……」


 当たり前と言えば当たり前である。
 一般的な貴族であれば15、6歳くらいから政務や軍務に携わりだすのが普通なのだ。早熟でも13歳程度が限界で、一人前とされるまでに数年は掛かる。

 10歳で初陣を済ませた上に、その年の内に家内の実権まで全て握って傾いた家を立て直すために奔走するなど、いくらなんでも異常と言えた。
 むしろ、それにある程度ついていっているネイも十分普通じゃない。


「本当なら、まだまだああやって遊んでいていいはずなのにねぇ……」


 そう呟いて子供達の方を見る院長の視線をネイも追う。
 天然芝生の中庭では、こちらの会話のタネになっているとも知らずにセージが全く自重していなかった。

 具体的には、ハーフライン辺りから「必殺! ドライブシュートッ!」とかほざきながらループシュート打ってたり、当然のようにキーパーにあっさりキャッチされるのを見た同じチームのガキンチョに(主に口撃的な意味で)袋だたきにされてたり。

 今貴族社会で最も注目を集めている人物のひとりだとは到底思えない光景ではある。


「あれを見るとアホの子にしか見えないんだがな……」

「あれくらいでちょうどいいんだよ。あんまり根を詰め過ぎても病気になるだけだからね」

「そんなものか」

「そんなものだよ。特に、あの子みたいなタイプは内に溜め込んじまうからね。今だって、ヘルミナでの戦いの事を引きずったままのはずさ。
 大方、自分が死なせちまったって後悔してるんだろうさ」

「そんな……、それはっ!」

「あの子のタチが悪いのはね、それがお門違いな感情だと分かっていてもそれを切り捨てられない所なんだよ。
 言ってしまえば、この孤児院だってそうさ。皆はやれ慈悲深い領主だとかお優しい方だとか囃し立ててるけどね、それだけじゃないさ。
 正義感ばかり強い子供だと言ったら、あの子は落ち込みそうだけどね」


 怒りそう、ではなくて落ち込みそうという言葉に、ネイはその様子がまざまざと脳裏に浮かんで妙に納得してしまった。

 子供っぽいところがある癖に子供ではないというか……。
 大人ぶっているのとはまた違う「子供である事を止めた」という表現はまさしく的を射ているといえた。


「しかし、そんなに何でもかんでも抱え込んでいても潰れてしまうだけなんじゃ……」

「そうだね」

「じゃあ……!」

「でも、あの子のそういうところのお陰で上手くいっているところもあるんだよ。それに、やめろと言ってやめるような子じゃないのは分かるだろう?」

「それは……、そうだけど……」

「だから、これから先お嬢ちゃんがあの子の側にいるのなら、どうしようもない時はお嬢ちゃんがあの子を引っ張り上げてやってくれないかい」


 怒っているような、情けなさそうな、心配そうな、そんな何とも言えない表情でそんな事を言う院長に対し、ネイの表情が険しくなる。


「……それは、私が女だからか?」


 それは質問というにはあまりに厳しい口調であったが、院長は苦笑を微笑みで殺しながら首を振る。

 即答だった。


「今のところあの子の一番近くにいるのがお嬢ちゃんだから、あたしはこんなことを頼んでいるのさ……。
 それに、女だって理由ならウチで働いてる娘達がいる。あの子に助けられた娘の中にはまんざらじゃない娘だっているんだよ」


 セージはまだ11歳だが、身長だけなら160センチを越えている。成長期真っ最中で、去年だけであっという間に15センチ以上も伸びたのだ。
 顔付きこそまだまだ幼いが、身に纏う雰囲気は既に男のそれだ。

 本当に子供だった頃を知る侍女達ならともかく、今の彼しか知らない娘達は彼の事を男としてとらえている節があった。特に、若い娘ほど。


「あんな奴のどこがいいんだか……」

「さぁねぇ」


 とぼけて見せる院長だが、彼女はちゃんと理由を知っている。

 今の彼しか知らない侍女というのは、つまるところ盗賊達から助けられた少女達でもあるのだ。
 しかも、その後も行き場が無くて途方に暮れているところを拾われた娘達でもある。
 本来なら自分達がどうなっていたか分からないほど彼女達は子供では無かったし、セージの恩着せがましくない態度は高い好感度に一役買っていたりもした。
 まぁ、本人はそんなつもりがないどころかその辺りの事に気付いてすらいなかったが。


「あたしゃ、お嬢ちゃんみたいなちっちゃい子にこんな事を頼む自分が情けないんだけどね……」

「私はもう子供じゃない」

「そういうところがまだまだ子供だって、あの子ならそう言うだろうね。
 まぁ、子供の一人も作って育ててやっと一人前なんだから、あたしからみればあの子もお嬢ちゃんもウチの娘達もみーんな半人前さ」


 そう言って笑う院長と納得したような納得していないような表情でいるネイの姿は、母と娘のように見えなくも無い。
 一枚の絵画のよう、とまではいかなくとも十分に心温まる情景と言えた。



 ……まぁ、その向こうで「コレが俺の全力全壊っ!」とか言いながら高笑いしつつキレキレドリブルをしている男が全てを台無しにしていたのだが。







[12812] 【休日なんて】エルスセーナの休日4日目【都市伝説です】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/06/27 18:15
※今回はコピペネタを全く自重していません。
 読まなくても本筋には影響ないので、コピペネタが嫌いな方はスルーして下さい。





 リトリー家の私兵というのに近い認識を受けている警察予備隊だが、その内実が各国の近衛に優るとも劣らない精鋭であるという情報はコドール大陸南部において広がりつつある。
 南ヘルミナ騒乱における奮闘もそうだが、リトリー家領内の治安の劇的な良化に一役買っていた事が知られつつあるのが大きい。

 農民兵の性質を持つ各国貴族の指揮する徴集兵とは比べるまでもなく、傭兵に比べて均一で整った装備と練度を備え、常備軍の性格を持つ各国の近衛と比べても機動性が段違い。
 警察予備隊の評価は概ねこんなものだ。べた褒めと言っていい。



 ただし、各国とも制度の導入には消極的であった。
 予算の配分や、各方面の既得権益の調整が上手く行くはずがなかったからである。

 例えば、警察予備隊に志願した兵には様々な権利が発生する。
 戦功・戦傷に応じた免減税や、家族も含めた公設診療機関での診察料の減額、領内の新規開墾地での限定的な水利優先権、遺児・遺族に対する支援優遇措置などだ。
 これらに加えて、高くはないがそれなりの給料が安定して支払われるからこそ士気も高く、逃亡兵がほとんど皆無なのである。

 リトリー家での数々の政策のほとんどが最終的に常備軍の創設・維持・拡大に関わっているのだ。
 逆に言えば、警察予備隊の模倣にはそれだけの労力が必要とされるという事である。ある意味、領内と家中が混乱していたリトリー家だからこそ可能だった導入なのだ。

 そして、形だけ真似ても無意味な理由が、高い練度を維持するための猛訓練に求められた。
 ぶっちゃけた話、待遇が良くなければ兵が付いてくるはずがないのである。



 そんな警察予備隊をパロってみると、こんな感じになる。





















・警察隊基礎訓練校の朝は早い。



「おはよう糞ったれ共!」
『サー! おはようございます、サー!』

 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 幾多の血と汗と涙を吸ったグラウンドに集う漢たちが、悪魔も裸足で逃げ出すような笑顔の鬼軍曹に追い立てられて、朝のランニングを開始すべく整列してゆく。

 鍛え上げられた心身を包むのは、深い藍色の制服。編隊の足並みは乱さないように、鬼軍曹の指示は聞き漏らさないように、卑猥な行進歌を歌いながらランニングするのがここでのたしなみ。
 もちろん、体力不足を露呈して編隊から遅れるなどといった、はしたない訓練生など存在していようはずもない。

 警察隊基礎訓練校。
 リトリー家の全額出資によって建設されたこの学校は、リトリー家の軍備の一翼を担う若者の育成のためにつくられたという、伝統なき軍事系学校である。
 リトリー公爵家のお膝元。エルスセーナから程近い緑の多いこの地区で、鬼教官達に見守られ、ド素人から一人前の下士官に至るまでの教育が受けられる漢の園。
 時代が少しだけ移り変わり、リトリー家領内に獣人の姿がちらほらと増え始めた今日でさえ、8週間も通えば惰弱な肉体と精神を叩きなおされたムキムキマッチョのお嬢さま(性別問わず)が箱入りで各部隊に出荷される、という仕組みが既に確立された感のある貴重な学園である。





・訓練校の罵倒は容赦無い。





「いいかよく聞け! 栄光ある警察予備隊に入隊する栄誉を許された、タフ気取りとアホ勇者ども。
 貴様らは将来の英雄かもしれん。だが、今はまだ糞にたかるウジ虫にも劣るくそったれに過ぎん!
 これから俺の教えを受けて、それを全てモノにして、やっとはじめてタマゴの殻をケツにぶら下げた半人前のひよっこになれる。
 分かったら口から糞をたれる前と後に“サー”と付けて返事をしろ!」

『サー! イエッサー!』

「声が小さい! 全く聞こえんぞ!」

『サー!! イエッサー!!』

「貴様ら雌豚どもが俺の訓練に生き残れたら、各人が武具となる。戦争に祈りを捧げる死の司祭だ。
 その日まではウジ虫だ! コドール大陸で最下等の生命体だ!
 貴様らは人間ではない、糞モンスター共の糞をかき集めた値打ちしかない!

 貴様等にひとつ良い事を教えてやろう。俺は厳しいが、不公平が嫌いだ。だから貴様等を種族や出身地の違いで差別したりはしない。
 奈宮の生まれでもビルドの生まれでも、何だったらヴィスト生まれでも構わん。人間だろうと獣人だろうと森の住人だろうと関係ない。

 貴様等は、全く平等に価値が無い!

 俺の仕事は役立たずを刈り取る事だ。リトリー家に害をなす害虫を、呼吸をするようにな。
 分かったか、ウジ虫ども!」

『サー! イエッサー!』

「ふざけてんのか?! 聞こえるように返事をしろ!」

『サー!! イエッサー!!』

「――そこの黒毛のネコ耳、名前は?」

「ジャック訓練生であります、サー!」

「よし。本日より野良クロ訓練生と呼ぶ。いい名前だろ、気に入ったか?」

「サー! イエッサー!」

「聞いて驚くな、野良クロ。うちの食堂では焼き魚定食は出さん!」



「……猫だから焼き魚かよ。俺は肉派だぞ」



「誰だ! どの糞だ!
 腐れ犯罪者の手先のおフェラ豚め! ぶっ殺されたいか!?
 答え無し? 上出来だ、頭が死ぬほどファックするまでシゴいてやる! ケツの穴から魔法を撃つようになるまでシゴき倒す!

 ――貴様か、腐れマラは?」

「サー! 自分ではありません、サー!」

「糞ガキが! 貴様だろ、臆病マラは!」

「サー! 違うであります、サー!」

「サー! 自分であります、サー!」

「ほぅ……。そっちの糞か……。
 勇気あるファッキンネコ耳。ジョーカー訓練生。正直なのは感心だ。気に入った。家に来て妹をファックしていいぞ」

「うぼぁ……っ!」

「俺の拳は効いたか? この腐れネコ耳が! じっくり可愛がってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!
 どうした?! さっさと立て!
 隠れてマスかいてみろ、

(省略されました……全てを読むにはホント戦場は地獄だぜ!フゥハハハーハァー!と書き込んでください)





・ちなみに、予備隊預かりになって槍兵訓練小隊に配属されるとこんな風景が。





「おはよう糞ったれ共! ところでジョナスン訓練生、貴様は昨夜ケンカ騒ぎを起こしたそうだな? 言い訳を聞こうか?」

「はっ! 報告致します! マスのかきすぎで右腕だけ太くなってる弓兵共が長槍を指して『射程短かっw』と抜かしやがったため、7メーターロングパイクパンチを叩きこんだ次第であります!!」

「よろしい。貴様の度胸は褒めておこう。
 いいか、戦場で殴りあうには1にも2にも糞度胸だ。
 雨あられと降る矢玉を小雨程度に感じなければ一人前とは言えん。
 今回のジョナスン訓練生の件は不問に処そう。だが、槍を持たないオカマの弓兵共でも正規兵は正規兵だ。
 訓練生の貴様はそこを忘れないように。
 では槍兵訓、詠唱始めっ!!!」

『何のために生まれた!?
 ――長槍で戦うためだ!!

 何のために長槍で戦うんだ!?
 ――ゴミを叩き潰すためだ!!

 貴様らは何故存在するんだ!?
 ――長槍を運ぶためだ!!

 お前が敵にすべき事は何だ!?
 ――隊列揃えて長槍一斉打!!

 長槍は何故7メートルなんだ!?
 ――ヴィストの軟弱野郎共が3メートルだからだ!!

 長槍とは何だ!?
 ――叩くまで耐え忍び、叩いた後は立つ者無し!!

 長槍兵とは何だ!?
 ――弓兵より強く! 騎兵より強く! 魔法兵より強く! どれよりも安い!!

 長槍兵が食うものは!?
 ――ステーキとウィスキー!!

 ロブスターとワインを食うのは誰だ!?
 ――後衛早漏弓兵隊!! 矢玉が無くなりゃおケツをまくるっ!!

 お前の親父は誰だ!?
 ――ベト殺しの長柄武具!! 軟弱弓矢とは気合いが違うっ!!

 我等長槍連隊兵! 弓矢上等! 魔法上等! 被弾が怖くて戦場に立てるか!!(×3回)』





・その他の(主に警察隊にまつわる)逸話その1。





 過労死したい人にお薦めの危険な職場警察隊


・傭兵上がりの8人なら大丈夫だろうと思っていたら周りも似たような体格の奴らばかりだった

・隊舎の玄関から徒歩10秒の廊下で隊員が口から涎を垂らして倒れていた

・足元がぐにゃりとしたのでシーツをめくってみると死体(のような熟睡者)が転がっていた

・一通りの勤務が終り、目が覚めたら何故か正式装備を身に纏って玄関前に整列していた

・帰宅後即行でベッドに突っ込んで倒れた、というか倒れた後から着替えだす

・宿が強盗に襲撃されたと聞き、平隊員も「幹部も」全員緊急出動した

・現場から隊舎までの帰途1kmの間に強盗がまた出た

・エルスセーナ配属なら安心だろうと思ったら、領主他の護衛任務で各地を転戦させられた

・隊員の1/1が夜勤中の出動経験者。
 しかも傭兵上がりは体力的に余裕があるという都市伝説から「訓練校未卒者ほど危ない」

・「そんな忙しいわけがない」といって入ってきた新人が5日後玄関先で爆睡していた

・「夜勤さえ避ければ寝られないわけがない」と非番で寝ていた隊員が人手が足りなさ過ぎて呼集を受けた

・最近流行っている言葉は「犯罪者に人権は無い」。隊員は基本的にストレスが溜まっています

・ビルド南部地方管区での巡査任務中の犯罪発生確率は150%。一度発生してまた発生する確率が50%の意味

・警察隊本部による調べでの離職者は1月平均120人、うち約100人が訓練校未卒者





・その他の(主に警察隊にまつわる)逸話その2。





 超繁忙期の警察隊伝説


・3日で5出動は当たり前、3日8出動も

・夜勤中の出動を頻発

・警察隊にとっての夜間出動は昼間出動の取りこぼし

・夜間出動連発も日常茶飯事

・夜間勤務中、同僚が全員出動中の状況から非番の奴を叩き起こして出動

・帰ってきても余裕でとんぼ返り

・1回の夜勤で3回出動した

・寝ながら身支度を整えるのが特技

・連続夜間出動なんてザラ、2週間連続する事も

・事件が解決して隊舎に帰るより次の事件の方が早かった

・非番中に出動した

・非番中の出動に抗議しようとした隊員を、それに同調しようとした就寝中・食事中・入浴中の隊員共々出動させた

・真向かいに立つだけで犯罪者が泣いて謝った、心臓発作を起こす犯罪者も

・あまりに出動が多すぎるので勤務中に非番時間が取られている

・その非番時間中にも出動

・犯罪者を一睨みしただけで犯罪者が失禁失神昇天する

・全く警察隊の関係ない王都エルストーナでも2出動

・もちろん犯罪者は即御用で近衛兵に無事引渡し

・グッとガッツポーズしただけで5人くらい捕まった

・リトリー領南部の管区からビルド地方の案件にも応援しに行ってた

・軍人崩れの野盗を楽々逮捕してた

・あまりに出動が多いので最初からフル装備で寝ていた時期も

・人手が足りない時は予備隊から供出を受けていたので予備隊の下士官に警戒されていた

・今年のエルト王国10大事件、第1位「警察隊の出動無し」

・警察予備隊の任務にモンスター討伐が追加されたのは、警察隊の処理能力の限界を超えてしまいかねないため

・警察隊対策のために野盗9集団大団結が実行されたが、難なく全員御用となったのは有名





 ……びっくりするほどブラックだが、今現在はもう少しマシになっている、らしい。
 ただし、相変わらず訓練は厳しい。







[12812] 動乱前夜 ~Part1~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/05/16 17:46


 南ヘルミナ騒乱から1年ちょっと経ったある日、俺はエルト王国旗を高く掲げた馬車の一団を護衛する兵の一人として馬を駆っていた。
 と言っても並足以上の速度は出さないし、兵というよりは将――それも、やる事の無い――なのだが。
 多分に儀礼的な側面が強く、実務はオイゲンとアルバーエル将軍の部下に丸投げしている。

 前を俺とアルバーエル将軍が固め、後方はノア将軍と先日爵位を継いだキューベル公爵が固める。
 兵数こそ少ないが、メンバーがありえない。まぁ、馬車の中におられる方の素性はお察し下さいという事だ。


「オイゲンと言ったか、彼は中々一角の武将だな。セージの部下でなければ俺の部下として欲しいくらいなんだが……」

「ウチの大黒柱の一人なんですよ、勘弁して下さい」

「はっはっは、別に引き抜こうってわけじゃない。それに、俺が声を掛けたところで靡かんだろう。見れば分かる」


 ビルド王国王都マックラーへの道中、ルトの街を越えてからは治安の様子は少し変わる。
 いくらなんでも正規軍に喧嘩を売る馬鹿はいないだろうが、用心するに越した事はないという事でこうして警戒しているのだ。

 まぁ、俺もアルバーエル将軍も馬車に引っ込んでるよりは自分で馬を駆りたいという、そんな面も大きかったが。


「……しかし、結局陛下は行幸なされませんでしたか」

「まぁ、リオナティール姫の生誕日祝賀会だからな。歳の頃が近いエルネア様の方が適任とおっしゃられてはいたが……」


 それっきり、俺もアルバーエル将軍も口を閉ざす。
 陛下――つまりエルト王の健康問題が深刻なのだ。極秘情報というほど深刻なわけではないが、やはり口にするのは憚られる話題ではあった。



 しかし、王国の中枢に近い人間はそうも言っていられない事情がある。
 今の情勢下で国王不在は許されないのだ。万が一の場合には備えなければいけない。

 王子がいない現状では、エルネア様が婿を取るか、さもなくば女王として戴冠するかしかない。が、エルネア様の政治に対する適性は高いとは言えず、今の情勢下で他国の王族を婿に取ると属国化する危険がある。
 それはまずいので婿は国内から探す事になるが、血筋という点も考慮にいれつつ国内から婿を探すというのは、控え目に言っても難行と言うしかない。

 だからといってエルネア様を立てるには、弱冠14歳という年齢がネックになる。
 まぁ、政治や軍事に関してはムストや宰相殿、アルバーエル将軍といった補佐役はいるが……。
 やはり『王』の名を背負うのは伊達ではない。俺だって公爵位を僅か10歳で継いでいるが、それは王家の後見あってこそだ。
 そうでなければ今頃お家騒動の真っ最中に違いない。


「セージがもう10年早く生まれてくれていれば文句なしだったんだがな」

「勘弁して下さいよ。アルバーエル将軍なら他にも誰か候補になりそうな人くらい知っているでしょうに」

「…………。まぁ、奴ならばと思う奴はいるが……」

「なんか、気乗りしなさそうですね」

「少し、思う事があってな。ラルフウッドという男なんだが、こいつがいい男でな。血筋はそうでもないが、武勇知略はひいき目無しに見て大したものがある。あいつになら仕えてもいいんだが……」


 アルバーエル将軍らしくもなく、歯切れが悪い。深い深いため息に至っては、まだまだ若い将軍が一気に老け込んだようにすら見える。


「……ただ、家庭を持つには向いていない面もある。歳が少し離れているのは、まぁ仕方がないが……。エルネア様の事を思うと気が進まないのもまた事実だ」

「そうですか……」

「それに……。いや、何でもない」


 明らかに何かを言いかけて止めた将軍だったが、これ以上この話題を続ける勇気は俺には無かった。
 だって、どう見ても地雷だしな。それも、N2クラスの。
 好き好んでそんなデッカイ地雷踏みに行く事はないだろう。


「しかし、お嬢さんは放りっぱなしでいいんですか?」

「アルイエットか……。最近は俺なんぞよりも部下の若いのの方が良いらしくてな」


 うぇぇ、こっちも地雷かよ。


「見聞を広めるにはちょうどいいかと思って連れて来たが、暇を見つけては部下と剣や弓の稽古をしてばかりいるようでな。娘は馬車の中で眠れるから良いが、付き合わされる部下が不憫でな……」

「な、中々勇ましいお嬢様ですね」

「武芸を磨くより先にすべき事があるだろうに……。まったく、誰に似たものやら」

「まぁ、俺みたいに剣も弓も全く出来ないよりはいいんじゃないですか?」

「それはそうかもしれんが、俺の後を継ぐつもりなら猪武者では困るのだがな。それに、ロンギュストも中々の男だが武芸は並以下だぞ」


 そういえば、キューベル公爵って内乱時に単騎駆けしてソッコーで捕まってたっけ。
 貴族の纏め役とか留守番とかで活躍したとかしないとか言われてたし、内政型の武将なのかな?
 今年で25になる若者らしいが……。もしかして、それでこれだけアルバーエル将軍に評価されてるんなら十分有能なのか。
 ……留守番公爵とか言ってスマンかった。


「そこまでおっしゃるなら、誰か家庭教師でも付けたらどうですか?」

「軍学の師か……。だが、適任の者がいないだろう。それに、俺の目が黒いうちは娘を戦場に立たせるつもりは無い」

「何故です? お嬢様はそれを望んでおられるのでは?」

「……理由があるのだ。誰にも言えぬ、理由が、な」


 またしても大きなため息をつくアルバーエル将軍に、俺はそれ以上言葉を継ぐ事が出来なかった。
 アルイエットがアルバーエル将軍の実の娘では無い事は知識としては知っていたが……。

 当事者の言葉は重いな。





















 祝賀会には、各国の重鎮や準国主級がずらりと顔を並べていた。
 奈宮皇国からは第三皇女の一葉様に、一葉様の傳役の風林殿。
 エルト王国からは王女エルネア様とエルト3公が揃い踏み。
 神楽家領国からも“梟主”神楽巖殿自らが来ている。
 一応ノイル王国からもルティモネ姫が来てはいる。が、実際に軍事行動に関して責任を持って話が出来る武官が随伴しているかどうかと言うと……。

 ガンド王国やロードレア公国からの参列者が爵位こそ高いが中央の国政に関して実権の無い人物である事や、争い事をよしとしないノイル王国からの参列者の少なさを見るまでもなく。
 これが祝賀会を隠れみのにしたヴィスト王国に対する南方諸国の対策会議である事は明らかであった。



 つまり、華やかな祝賀会の表舞台なんて俺には関係無いって事さ!

 いや、別に出たい訳じゃないからいいんだけどさ。
 だからってこんなむくつけきおっさんばかりの席というのも、それはそれで悲しい。


「お久しぶりですな、セージ殿」

「お久しぶりです、風林殿。巖様、お初にお目にかかる事、光栄に存じます。私、セージ=リトリーと申します」


 風林殿は部下に一葉姫の護衛を任せてこちらに顔を出している。まぁ、事実上の奈宮皇国皇帝の名代だ。本来なら第一皇子なり第二皇子なりが来るところなんだろうが、どちらも派遣できない程度には後継者争いは深刻らしい。
 つまり、引火物さえあれば即燃え上がりかねない状況である、と。そんな状況で名代を任される事といい、一葉姫の傳役を任されている事といい、風林殿は随分と皇帝陛下に信頼されているようだ。
 ま、こんな有能なおっさんなら俺が皇帝でも側近として扱き使いそうだけど。


 で、こっちが神楽の梟雄、神楽巖か。
 梟雄とか国主ってイメージは持ちにくい外見だな。……いや、別に普通の意味じゃなくてな。

 なんか、点棒振り込んだら採血されちゃいそうな風貌なんだなこれが。流石に○巣様よりは若いが……。
 妙なプレッシャーまで感じるし、意味もなく怖えぇよ。


「貴殿があのリトリー公か。こんな華の無い席にわざわざ来る事もあるまいに」

「いえいえ、女性ばかりの席に交じっても気後れするばかりでして。それに、私もこちらにいないと後でアルバーエル殿に文句を言われそうですしね。何故だか分かりませんが」

「くくく……。なるほど、なるほどな。そういう事なら歓迎しよう」


 まぁ、同盟相手としては頼りにな――ればいいんだけど、イマイチ頼りにしていいものかどうか。
 当主は十分有能なんだが、獅子身中の虫としてチートメイドを飼ってるからなぁ。
 下家の鈴木も実は敵だったとか、いっそ哀れですらある。

 あー、しかし俺が事前情報として反乱の頭を密告したら……?



 ……いや、まずは情報の裏を取るところから始めなきゃいけない――普通はそうするし俺だってそうする――だろうから、それをチートメイドに察知されないはずがない。少なくともそう考える方が妥当だろう。
 となると、チートメイドの蜂起が前倒しになるだけかな。うへぇ、どちらにしても神楽が混乱して使い物にならなくなるのには変わりは無いのかよ。

 しかも、情報源が俺である事なんて直ぐバレるだろうし、そうなれば恨みを買いかねない。
 そうならない可能性ももちろんあるが、リスクが高すぎる。ベットするのが俺の命ってんじゃ、賭ける気にはならないな。

 おっさんには悪いけど。



 で。

 北部国境地域でヴィスト西方軍と直に対面するガンド王国はともかく(彼らはワノタイ公国やホークランド王国との折衝で多忙を極めているらしい)、ノイル王国から代表者が出てないってのはどういう事だコラ。
 あぁいや、一応将軍の一人は出席しているが……。あのおっさんには悪いが、他の国に比べたらいないも同然だぞ。格が違い過ぎる。

 まぁ、ビルド王国の代表者がルーティン伯ってのも大概なんだけどな。
 対外的には先の南部ヘルミナ騒乱で功績があったとなっちゃあいるが……。

 出席者の視線が綺麗にスルーしてる辺り、色々とバレバレだ。
 むしろ、彼を代表者として出さざるを得ないビルド王の苦悩が垣間見えるくらいだな。



 これが、絶対王制じゃない王制の脆さ、ってやつなのかねぇ。
 1人の愚王が全部ぶち壊しにするリスクが低い代わりに、こういう状況では雑多な貴族の意見の食い違いや利益構造が足を引っ張ると。

 だからこそ、1人のカリスマの高い王が率いる王国は強いんだよな。
 その向けられるベクトルが何であれ、国家のあらゆる資源が1つの方向へと振り向けられるんだから。

 まぁ、頭が1つしかないから状況の大きな変化や多方面作戦に弱いっていう弱点もあるけど。



 ……分かってても、それをやるのがまた一苦労なんだよなぁ。


「ま、このメンバーでだらだらと喋っていても仕方がありませんからな、単刀直入にいきましょう。各国はどれほどの軍を出せますか?」

「エルト王国からは、今の時点で約2万です。時を置けば数は増えますが……」

「リトリー家の徴兵と訓練が間に合ったとして、せいぜい1万増えるかどうかです」


 何に間に合うかは言うまでもない。
 しかも、仮に間に合ったとしても、敵の兵力も増強されてそうだしなぁ。


「神楽からは纏まった数が難しいですな。5千が目一杯というところです」

「ノイル王国も同程度かと」


 こちらも、予想通りか。

 ノイル王国は軍の規模が小さい上に外征能力を著しく欠き、同盟国への援軍ですら難易度は高い。
 5千程度を出すのでも国許じゃ相当な大事になっているだろう。

 神楽家領国に至ってはさらに厳しく、援軍に兵を割き過ぎるともう一度クーデターが起こりかねない。
 さらにさらに悪い事に、ヘルミナ王国が陥ちた事で直接侵攻を受ける可能性すらある。
 補給線の問題から大規模侵攻の可能性こそ低いが、既に国境では小競り合いが頻発しているらしい。
 正直な話、この場に巖殿が出て来ている事自体が驚きだったくらいだからな。この辺りは、天嶮に隔てられているガンド王国と幾ばくかの進撃ルートが取れない事もない神楽家領国との差だな。

 両国とも、国力だけで言えばエルト王国と同程度の兵力は捻出可能なはずなんだけどな……。


「我が奈宮皇国からは5万ほどの供出が可能です。ですが……、情けない話ではありますが、国内の状況があまりよろしくありません。現実的には2万程度の派兵が精一杯、というのが現実的な話です」


 そうだろうとは思っちゃいたが……。やっぱり、お家騒動はのっぴきならない状況か。外敵と皇帝という2重の膠が剥がれたらどうなる事やら。

 万全なのはヴィスト王国ばかりなり、か。詰んでいるとまでは言わないまでも、局面は悪いな。
 今はまだオルトレア連合の方が国力的に上だけど、この調子じゃすぐに逆られるな。
 その事に関しては、参加者の中でも分かっている人間は分かっているのだろう。難しい顔ばかりが並んでいる。
 かく言う俺もその1人なんだがな。

 ……ヘルミナ南部での戦いが無駄だったとまでは言わないが、あの程度では原作に至る流れは止められないか……。


「今のところ、各国の援軍を糾合して5万というところですか。我がビルド王国の兵力10万余と合わせれば何とかなりそうですな」


 いや、何ともならんだろ。



 その兵数でそのまま決戦ならまだ何とかなるかもしれんが、実際にはマックラー、クングール、クルガの各方面に分散配置せざるを得なくて、それぞれ7万、4万、4万といったところだ。
 全軍を配置してそれなのだから、国内各地の警備や警戒に兵力を割けばさらに正面戦力は減る。というか、国内全部空っぽにして前線に張り付けようにも貴族達がそれを許容するはずがないし……。
 あとは言わずもがなだろう。

 敵の出てくる所を読んで博打を打つというのも有りっちゃ有りなんだが、中途半端な兵力が災いしてそれも難しいだろうな。
 人間、多少なりとも余裕があると乾坤一擲の博打には出辛い。それに自身の存亡がかかっているとあればなおさらだ。



 それに対してヴィスト王国には、ヘルミナに2万程度、本国とウィルマーに合わせて5万程度の備えを残してもまだ5万以上の動員力がある。
 しかも、出てくるのはヘルミナを一撃で粉砕した大陸最強との呼び声高い精兵5万だ。

 イニシアチヴが相手にあるんじゃ格好の各個撃破の的になりかねない。
 ……こっちにイニシアチヴがあってもどうかってレベルなのに。



 なら各個撃破されない程度の数で編成すればいいかというと、それも拙い。
 国土を丸ごと縦深陣にできるのなら本隊+別動隊の撹乱というのもあるが、その手に出るにはビルド王国の重要拠点は北に偏り過ぎている。
 北部中央のマックラーは交通の要衝だが防衛面では最悪の立地。
 北東部のクルガも以下同文。
 北西のクングールはガンド王国やヘルミナ王国との歴史関係上それなりに固いらしいが、その代わりに援軍がコドール大陸最弱クラスのノイル王国では条件的には大差ない。

 つまり、手抜けそうな場所が見当たらないのだ。

 少なく見積もっても5万ほどのヴィスト王国最精鋭軍集団相手に、2万くらいで篭城してそれなりに耐えられる隊があれば何とかなるかもしれないが……。
 さて、そんな精鋭部隊なんてあったかな?

 そもそもだ。今までの話は、各国の援軍が間に合った場合の話なわけで。ヴィスト軍の進軍速度を考えると、最悪ビルド軍が敗北してからこちらの援軍が到着する可能性すらある。
 そう考えると、ビルド軍がある程度耐えていてくれないと話にならないんだけど、なぁ……。



 イニシアチブを取られるのが苦しいという事は分かったが、かと言ってこちらからの逆侵攻も問題が多い。



 まず、各国の足並みがキチンと揃うかどうか。

 ノイル王国などはクングールまで進出するのでも国内で大分揉めているらしい。
 この上ヘルミナまで逆侵攻するとなると、援軍自体が破談になりかねないとか。

 神楽家領国も、自領の防衛体制に難を抱える以上無理は出来ない。
 巖殿も限定的な逆侵攻そのものは手として有りだと思うそうだが、それを部下が納得するかどうかは別という事で難色を示している。

 エルト王国内でも、先の援軍の時のように使い潰されては堪らないという声は少なからず存在する。
 ビルド王国が陥ちれば次はこっちだという意識があるから派兵そのものへの反対は少ないが、ヴィスト軍が対ビルド王国戦で疲弊しきったところを痛撃するべきだという過激な意見すら出る始末だ。

 風林殿は何も言わないが、奈宮皇国でも似たようなものだろう。
 微妙な関係のビルド王国より、眷属国の神楽家領国や四峰家領国の防衛を優先するべきだと発言する貴族がいたって何の不思議も無い。



 いずれも防衛だけを考えた際にも問題になる事だが、今は辛うじて抑えられている状態ではある。
 ただし、逆侵攻をするとなると一気に表面化するのは避けられない。
 一旦そうなったら、もう防衛体制を構築するどころの騒ぎじゃなくなる。薮を突いて蛇を出すわけにはいかないだろう。

 それに、仮に逆侵攻が成功したとしても戦後処理で半歩間違えば途端に協同体制が崩壊する危険性も高い。
 むしろ、俺がヴィスト軍指揮官ならそれを狙って戦線を下げてもいい。寄せ集めの脆さが直ぐに出るだろう。



 あと、兵站の問題もあるんだよなぁ……。
 なにせ、各種武装の規格統一すらしてない多国籍軍の兵站を維持しなきゃいけないんだ。しかも、それぞれの本国から遠く離れた地まで。
 筆舌に尽くしがたい苦労があるに決まってる。というか、無理だ!
 ありとあらゆる規格が食い違っている状態で現代戦を――しかも“あの”アメリカ相手に! ――戦う、という恐ろしい罰ゲームをしていた旧日本帝国陸海軍よりはマシかもしれないが……。いや、大差ないか。
 どうせ同盟組むのならNATO軍並には装備を揃えてくれよ……。
 まぁ、それをやられると前衛の過半が隊列組んだ集団戦たたきあいに特化したウチは困るっていうどうしようもない状況ではあるんだけどさ。



 とまぁ、まさにO☆TE☆A☆GE状態。

 この辺りの認識は大なり小なり似通ったものなので、ルーティン伯の言葉でシラけムードが漂いつつある。
 雑多な寄せ集め5万と自由に運用できる見通しすら立たない10万という机上の数字だけで何とかなった気になられてもなぁ、と。


「いかに精強のヴィスト軍と言えど、戦い続きで疲労も蓄積しているでしょう。先の南ヘルミナ騒乱で痛い目にあっているのがその証拠」


 おいおい、何のジョークだよそれは。

 あれは2線級の予備兵力とよちよち歩きの若手指揮官の組み合わせしばいただけじゃねーか。
 むしろ、その組み合わせであれだけ手強かったって事が発覚した時は愕然としたんだぞこっちは。

 まぁ、その若手指揮官ってのがセルバイアンだったのは普通に驚きだったがな。
 とはいえ、彼が優秀だからといって経験の無さが補えるでもなし。あんなもんっちゃあんなもんなのかもな。
 一応、2線級でも最優秀な部類に入る隊とぶつかったらしいが……。



 俺も経験無いだろってか?
 ビギナーズラックだよあんなもん! 2度も同じ事が出来るか!!


「まして各々方の援軍を得ればこちらは相手に倍する数が揃うのです! これならば勝てます!」


 ……何と言うか、幸せな結論だなぁ。
 しかしまぁ、少しは正論でも言っておかないといけないかね。


「……確かに戦略的には最初の1歩で致命的に出遅れる事は回避出来ました。しかし、兵数の優位に胡座をかいていては次に痛い目にあうのは我々かもしれませんよ」

「ははは、リトリー殿らしからぬ消極さですな。貴公は先だっての会戦では突出して散々にヴィスト軍を引き擦り回したではありませんか」

「あれは、どちらかというと戦略的には守勢に立ったが故の方策だったんですが……。
 それに、次は1線級の精鋭が相手ですよ。将も、少なくともヴィスト三名将のいずれかが出て来るでしょう。果たして同じようにいくかどうか」


 駄目だ。正論で返せば返す程鬱になる。
 実際に当たってみた身としては、ヴィスト三名将と精鋭の組み合わせがどれほどのものになるかと思うと……。


「三名将と言っても、ダヴー将軍は敗走せしめたではないですか」

「まぁ、そういう事になっていますか……」


 対外的には敗走させた事になってはいるが、実際はどうだったかなんて事は今更言うまでもない。
 そんなので大きな顔なんて出来る訳がない。


「その事だが、儂らの中で実際にヴィスト三名将と槍を合わせたのは貴公しかおらん。貴公の忌憚なき意見を聞きたい」

「そうですね……。自分で言うのもなんですが、あまり客観的とは言い難い意見になりますよ。彼女が戦闘に参加したのは最終盤の一時期だけですし、野戦というよりは攻城戦に近い戦いでしたから」

「それで構わん。伝聞だけでなく、実際に戦ってみた事のある人間の話が聞いてみたいのでな」

「それでは……。私が見た限りでは、猛将と言われている割には粘り強く冷静な指揮をしていたように思えました。
 敵前渡河の際の指揮、こちらの伏兵に対する事前の読みと冷静な対処、撤退の際の手際の良さ、どれも一流と言うに相応しいかと。少なくとも、彼女を評した猛将という言葉は猪突を意味してはいませんでした。
 それに、策を用いる事が特別苦手なようでもなかったです。実際、私があの時点で籠城を諦めて撤退を選んでいればここに居なかった可能性は高いですね。

 まぁ、文句なしに名将と言っていいでしょう。あの指揮ぶりが万の兵を任されても変わらないのであれば、希代の、と枕詞が付くはずです」

「なるほど、常勝将軍の名は伊達ではないという事か……」


 つーか、直視したくない現実だけど、あれと同レベルの武将があと3人もいるんだよな……。
 『不屈の宿将』ヘクトール=アライゼル、『鉄壁公』ジャン=スーシェ、『常勝将軍』ミリア=ダヴー、そして『英雄王』カーディル=ヴィストか……。

 笑っちまうだろ? これでまだ原作組がいるんだぜ……。 


「ともかく、今はヘルミナ方面での情報収集を密にして備えるしかないな」


 まぁ、それしかない。

 それしかないが……。実のある結論は何も出なかった事になるか。
 せめてマックラーから北に進出してラルンを狙う姿勢だけでも見せておけば、そこで全兵力同士がぶつかる決戦に持ち込めるかもしれなかったんだが。

 いや、その場合はヘルミナ軍の二の舞を違った形で演じる事になりそうだな。
 指揮系統がはっきりしない寄せ集めでヴィスト最精鋭の正面攻勢を受け止めるなんて難行、少なくとも俺はゴメンだ。
 そういうのは天才軍師様に任せる。俺は第2戦線辺りで睨み合いをするくらいで許してもらいたい。



 最低限、指揮系統が統一されていれば何とかと思わないでもないが……。
 しかしまぁ、こんな状況じゃ指揮権をそう易々と譲ったりなんかしないか。正直な話、俺も譲るかどうかで言われれば遠慮したい。
 自軍が敵正面に回されてすり潰されたりしたらどうするんだ、ってな話だからな……。よほどの信頼関係があれば別だろうけど、さ。
 少なくとも今のオルトレア連合には望むべくもない要素か……。



 とにかく、そんな事をボヤいていても何にもならない。
 軍の編成と訓練を間に合わせるべく全力を尽くすのみだ。

 ……ため息のタネだけは尽きないよなぁ、ホント。







[12812] 動乱前夜 ~Part2~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/05/23 12:27




 結局、俺はリオナティール姫とは少しばかり言葉を交わしただけでマックラーを後にした。
 名目上とはいえマックラーまで出張して来た理由がリオナティール姫の誕生日祝いという事を考えると問題があるような気がしないでもないが、リオナティール姫の相手はエルネア様やアルイエットが(もちろん一葉姫やルティモネ姫も)していたようなので、その点に関しては問題無い。
 ……問題無いよね?

 まぁ、問題無いという事にしておく。



 つーか、問題があろうが無かろうが既に帰途の半ばを過ぎてるんだからどうしようもない。
 あと、今はそれどころじゃないっつーのもあるし。

 別にエルネア様の護衛が大変だって訳じゃ無い。
 既に警察隊の活動地域に入っているから治安は安定しているし、万が一にそなえて馬車の周囲を騎兵で囲んで前方に警戒線を敷いているだけだしな。
 十分厳重な警備だというのは承知しているが、俺自身がやる事なんてほとんどなかったりする。部下が優秀って素敵だよねー。

 じゃあ何があるんだっていうとですよ。
 俺の隣でやたら毛並みの良い芦毛を並足で駆っているのが一葉姫だって事ですよ、ええ。



 未来の旦那様に敬語を使われるのは嫌だという事でタメ口で話すハメになっている上に、後ろから突き刺さる風林殿の鋭い視線が痛い痛い。
 だからって敬語に直そうとすると一葉姫に悲しげな顔をされるし。
 俺にどーしろと。

 ま、タメ口で話す事自体はどーでもいいので、後ろで見ている風林殿を意識しないためにも雑談に集中する。
 するったらする。


「本当に、体の方は大丈夫?」

「ええ、練習の時に比べれば天国みたいなものですから。それに、この子は賢いので私は座って手綱を握っているだけでいいのですし」

「いや、俺の目から見た限りじゃ見事な手綱捌きなんだけど……」

「意外ですか?」

「そりゃあ、まぁ。騎乗訓練ってのはお姫様の嗜みの中には入らないと思ってたからなぁ」

「私が皇国の姫のままであるのなら輿や馬車を好きなように使っても構わないのかもしれませんが、セージ様の許に嫁ぐからには恥ずかしくない振る舞いをしたいと思いましたから」

「別にそれくらいの我が儘なら構わないのに」

「私自身の気持ちの問題です。それに、こうして並んでお話出来るのも馬に乗れればこそです」


 う……。一葉姫みたいな綺麗な女の子にそういう風に言われるのは素直に嬉しい。
 いや、実態は完全に押しかけ女房なんだけどさ。美人に弱いってのは男の抱える永遠の弱点だと思う。

 なんか、自分で思ってる以上に尻に敷かれそうだなぁ。予想以上に堂々としてるしさ。
 しかも、それもまぁいいか、なんて思っている自分もいるってのがまた……。


「とはいえ、今の私はこの子にしか乗れないのですが……」

「乗り回してたらそのうち慣れるさ」

「そうでしょうか?」

「そんなもんだって。まぁ、騎乗に慣れるほど連れ回すのもアレかもしれないけど」

「私は、できれば一緒にいたいと思っています。互いの事を知るには一緒に過ごすのが1番適しているでしょう?」

「……もしかして、領内に皇国の要員の宿泊設備を用意してくれっていうのは……」

「父上や風林の説得には苦労したのですよ」


 そりゃあそうだろうよ。どこに嫁入り前の娘を半同棲状態にする事に賛成する父親がいるんだっての。
 ちらっと後ろを振り返ってみたら、風林殿は案の定やや険しい顔を……。って、最初から難しい顔してたから実のところよく分からんのだけど。



 ただ、最終的に要望が来たって事は皇帝も風林殿も折れたって事なんだよな……。
 理由は何だ?
 一葉姫がこっちに慣れるため、って事はないだろう。理由の1つにはなるかもしれんが、それだけだなんて到底思えない。
 むしろ、一葉姫をウチの領地で生活させる事で奈宮皇国が得られるメリットが全く分からん。
 国力が逆なら分かりやすいんだけどな……。人質って訳でもないだろうに。

 もしかして、一葉姫に何かあった場合にそれを口実に侵攻してくるとか?
 もちろん、その“何か”は何故か奈宮皇国にとって都合の良いタイミングで起こる訳だけど。



 ……あー、いや。思い付いてはみたが、それは無い。
 いくら奈宮皇国の国力が大きいといっても、対ヴィスト戦線を抱えたまま2正面作戦が出来るほど余裕があるとも思えないからな。それに、そんな事をしなくとも結婚後に俺を暗殺すればリトリー領はそのまま手に入るだろ。
 そもそもどちらにしてもデメリットが大き過ぎるからしないと思うけど。


「それにしても、よくOKが出たな」

「姉上が応援してくれたみたいです」

「……なるほど」


 聞かなきゃ良かった。
 普通に後継ぎ争いの煽りを食らっただけじゃねーか……。

 そりゃあ、風林殿が難しい顔をするわけだ。



 ……で、前方から並足で駆けてくるオイゲンは何なんだ? 警戒線に何か引っ掛かったってのなら伝令出せばいいだろうに。


「セージ様、少しよろしいですか」

「何かあったか?」

「はい。警戒線で部下が行き倒れを見つけまして」

「行き倒れ? その程度の事ならわざわざ報告に来なくとも――あぁ、拾った奴が問題なんだな」

「一応保護はしていますが……」

「分かった。俺が直接行こう。オイゲンはアルバーエル将軍に1言伝えてからこちらの警備に加わってくれ」

「了解しました」


 行き倒れの1人や2人適当に対応してもいいだけの権限はオイゲンに任せていたんだけどな……。
 オイゲンがこっちに対応を投げたって事は、それだけ何か問題事を引き連れた行き倒れを拾ったって事だ。
 正直言って面倒だが、拾ったものは仕方が無い。

 しかしまぁ、“行き倒れられる”くらいには治安が良くなったってのは、素直に凄いな。以前なら身ぐるみ剥がされて奴隷商に売り飛ばされてても不思議じゃないぞ。
 警察隊の連中の尽力の賜物だな。


「聞いての通り、向こうで問題発生らしい。少しばかりここを離れるよ」

「私の事はお気になさりませんように。それよりも、風林を手伝わせましょうか?」

「いや、風林殿には姫の側にいてもらう。一応、周囲の騎兵はエルネア様の護衛って事になってるからな。姫を優先する人がひとりくらいはいないと」


 風林殿が率いて来た皇国勢は神楽家領国を経由してヌワタ地方へ帰還している。
 少数の護衛だとはいえ戦力ではあるから、エルト王国に無用な緊張を与えない為だというのは分かっているが……。それにしたって一葉姫の護衛が風林殿ひとりっていうのは豪胆な事だと思う。
 まぁ、それだけ信用されてると思えば嬉しいけどさ。





 ……で、警戒線で保護された行き倒れだけどもだ。


「疲労と空腹で倒れただけみたいですね。ちゃんとした食事をとってゆっくり休めばすぐに良くなりますよ」


 という事だそうだ。

 エルネア様の護衛任務という事で、同道している典医以外にウチからも数少ない軍医(しかも女医)を馬車に乗っけて同行させていたんだが、まさかこんな事で役に立つとは。
 孤児院の担当医もやってもらってる関係上、色々融通してもらい易かったってのもあるから割とごり押しで連れて来たんだが……。

 まぁ、軍医と兼務しているから忙しそうに聞こえるだけで、事実上俺の専属医状態なので普段は孤児院の医務室で暇そうにしてるんだけどな。
 いやむしろ、毎度のように悪ガキ共にチビチビとからかわれてその度半ば本気で怒ってる辺り、ある意味忙しいのか?



 ……どうでもいいか。



 なお、今回の事で診察と軽い治療くらいなら馬車の中でも十分出来る事が分かったので、低額の巡回医療サービスを領内農村部に展開するのを検討してみようかと思っている。

 もちろん、相当数の医者――というか軍医を準備出来てからになるだろうけど。



 ちなみに、行き倒れてたのはちょっとキツ目の美少女でした。
 マジで見つけたのが俺達で良かったよ……。以前に比べて治安が良化しているとは言え、いくらなんでも女性のひとり旅は無謀過ぎる。


「セージ様。認めたくないのも考えたくないのも分かりますけど、彼女、森の住人ですよ」

「なんでこんなトコにいるんだよ……」

「さぁ……。ただ、診察した感じでは手荒に扱われたり暴行されたりってのはないみたいですよ。ちょっとした奇跡ですね」

「誘拐とかの線は消える訳か。救いといえば救いだけどなぁ」


 森の住人は、半ば人間社会に溶け込んで独自の国家すら持つ獣人族とは異なり、人間との接触自体限られている種族だ。
 竜族に比べれば遥かに脅威度は低く話も通じる相手なのだが、人間社会との関係が薄く簡単に敵対関係になりうるだけに対応には慎重さが必要となる。
 なんで俺がこんな事を知っているのかというと、以前カーロンにビルドとの国境侵犯問題で説教を食らった際に怒らせてはいけない相手の1つとして散々念押しされたからだったりする。



 ……で、迷子なのか何なのかは知らないが、こちらとしては丁重にお帰り願いたい訳だけどもだ。
 どーも、嫌な予感がするんだよな。断言は出来ないが、どこぞの森を捨てた森の住人に似てるような似てないような。

 いや、仮に本人だとしたらそれはそれで幸運な気もするけど……。
 しかし、俺にとっては幸運でもカーロン辺りの胃がストレスでマッハかもしれん。現状でも十分そうだという話もあるけどな。


「どこの氏族の出なのかは分からないが、とにかく事情を聞いてみないとな……。本人はこっちの尋問に耐えられそうか?」

「普通にお話しするだけなら大丈夫だと思いますよ。今はメグが看ていますけど、病気や怪我をしてるわけじゃないですから。ただし、あんまり無理をさせちゃだめですよ」

「分かった。もう起きてるのか?」

「診察中に。私もメグも女だったからあんまり警戒されなかったのは幸いでしたね」

「まぁ、起きた時に知らない男が目の前にいたら混乱した揚句暴れかねないからなぁ。
 とにかく、ご苦労だった。彼女と一緒に昼飯でも食ってきてくれ」

「あれ? セージ様の持ってるのは私達への差し入れじゃないんですか?」


 ……確かに俺の右手には握り飯の包みと水筒2つがあるがだな。


「これは俺と行き倒れの子の分だ。配給には軍医と助手の分はとっておくようにと伝えてあるから、焦らず騒がず貰いに行くように」

「了解です。……私達がいないからって悪戯しちゃダメですよ」

「おいコラ、俺はそんなに信用無いのかよ」

「あはは、冗談ですってば! セージ様に限ってそんな事しないって分かってますよ。こーんな美女を目の前にしてセクハラ1つしないですもん」

「……まぁ、ホイミンだし」

「それ、男の子達が真似するんで止めて下さいよ……」


 軍医の本名はキャサリン=ホイットニーという。普段は軍医殿と呼ばれる事が多いが、人懐っこいシマリスみたいな容姿と性格には壊滅的に似合ってないのでホイミンとあだ名していたり。
 軍医なんつー職に就いてるんだから色々とタフなはずなんだけど……、まぁ、ホイミンだし。


「何してんのホイミン、ご飯行くよー?」

「あ、ちょっと待て、メグ。あんたいつの間に?! あと、ホイミンて呼ぶなぁ!
 ……って。セージ様、お先に失礼します」

「あいよ、ごゆっくりー」


 きゃいのきゃいのとじゃれあう姿は仲の良い姉妹みたいなんだが……、悲しい事に、ホイミンって俺の一回り近くは上なんだよな。対する助手の子は今年で17になるんだとか。
 ……合法ロリ乙。


「あれで21だっていうんだからなぁ……」

「世の中には不思議が一杯よね」

「まったくだ。街道のど真ん中で行き倒れてる森の住人ってのもいるくらいだしな」

「うっさいわね、お金スられちゃったんだしどうしようもなかったのよ。せめてハイマイル峠さえ越えられれば良かったんだけど」

「エルト王国内の氏族出身なのか?」

「違うわよ。私は森を捨てた森の住人だもの。ただ単に、エルスセーナまで行けば何とかなると思ってただけ」

「なんつーアバウトな……」

「アバウトで悪かったわね」


 幌付きトラック荷台に似た馬車の端に腰掛けて口を尖らせる少女だが、その視線が俺の右手の方に吸い寄せられてるようでは語るに落ちている。
 いやまぁ、微笑ましいんだけどね。

 それに、俺だって腹は減っているので無意味に張り合う事もない。


「まぁ、身の上話は飯食いながらでもいいだろ。好みに会うかどうかは分からんが」

「そんな贅沢言わないわよ。……食事代は身体で払えとか言わないわよね」

「誰が言うか。文無しで行き倒れてた奴に代金せびるほど困ってねーよ。奢りでいいから食っとけ」

「ありがと」


 小規模とはいえ輜重隊も連れて来てるから、糧食にはある程度余裕がある。
 まぁ、別に行き倒れの1人や2人ならそれがなくても助けるけど。


「ケーニスクフェアよ」

「……ん?」

「名前よ。ご飯奢ってもらってんのに名乗りもしないのもどうかと思っただけ」

「あぁ、なるほど」


 名乗られる前から色々達観してたからなんか今更だわ。
 予想通りなお名前には内心渇いた笑いしか出ないけど。

 まぁ、美人で優秀な指揮官候補ゲットって事は間違いなく良い事だしな。ラッキーラッキー。


「俺はセージ=リトリーだ。どうせすぐに分かる事だから言っておくけど、エルト王国の公爵をやっている」

「……え゛」

「そんな、鳩が火の矢食らったような顔しなくても」

「だ、だって、まさかそんな、ただの子供じゃないだろうとは思ってたけど――じゃなくて、思ってましたけど……」

「別に無理に敬語使わなくてもいいぞ。公的な立場があるならそうもいかないけど、個人的に話す分には面倒なだけだしな」

「はぁ……」

「それにまぁ、なんかその方がしっくり来るんだよ」


 未だに大学生感覚が抜けきらないので、気を張っている時以外は敬語なんてダルいだけなんだよな。
 カーロンとかには公爵としての威厳がどうとか苦言を呈される事もあったりなかったりなんだけど……。

 まぁ、打算が無いと言ったら嘘になるけどな。
 美人とお近づきになる機会を捨てるほど枯れちゃいないし、それが後腐れの無い相手ならなお嬉しい。



 そんな事より昼飯だ昼飯。色気より食い気、不確定な未来より確実な幸せだ。


「うーん、美味い。後方支援が充実してるって幸せ……」


 お米の国並にチョコレートやアイスクリームが付いてくるほどじゃないが、美味い飯が満足出来るだけ出てくるってのはそれだけで偉大な事だと思う。
 最近の編成変更で歩兵に配備していた馬車を全部後方支援部隊に配置替えしてまで後方支援の充実を優先したけど、その価値はあったと思う。

 飢えた軍隊ってのは、組織化された野盗みたいなもんだしな。それはそれで恐ろしいって話もあるが、常備軍のコンセプトからは真逆を行くので即答で却下だ。
 何より、古来より補給に難を抱えた軍隊が勝ったためしがない。
 無理やり例外を挙げるとすればハンニバルが挙げられなくもないがだ……。自分がその域に達しているとか口が裂けても言えんわな。



 新規配備じゃなくて配置替えで対応した理由?
 予算に決まってるだろ……。


「えーっと、セージ、様?」

「何だ?」

「も、申し訳ございません!」

「……は? いや、いきなり謝られても意味が分からんのだけど……?」

「いや、その、なんか不機嫌そうだったから……」

「あー……。貧乏って悲しいなぁって思ってただけだから、ケーニスは気にしなくていい」


 いや、別に貧乏って程じゃないんだけどね。エルト国内の貴族じゃ相当裕福な部類に入るとは思うし。
 だからと言って、ヴィストとガチで殴り合うには全く足りてないんだけど……。

 まぁ、足りる方がおかしいという指摘は悲しくなるので見なかった事にしたいかなー、と。


「……ケーニスって、勝手に人の名前を縮めないでよね。あたしの名前は、ケーニスクフェア」

「まぁ、愛称みたいなもんだって」

「愛称って……」

「それにだな、ガンド王国にケーニスクという都市があるんだがな」

「それがどうかしたの?」

「そこで毎月行われる定期市の名前、どんな名前だと思う?」


 ケーニスクフェア。

 いや、冗談でも何でもなく、普通にそこそこ有名な定期市らしい。
 南方地方最大規模の定期市で、期間中に流通する資金は小国の国家予算程度になら張り合えるらしい。


「……ケーニスと呼んでください」

「うむ」

「うぅ……、ご飯が美味しいのがなんか悔しい……」


 しっかし、アレだ。
 なんで原作じゃヴィスト軍にいた奴がこんな所にいるんだ?


「なぁ、ケーニス。ケーニスって、なんでまたウチの領地に来ようと思ったんだ?」


 俺の問い掛けに暫く無言で飯を食っていたケーニスだが、一口水筒の水を飲むと、大きく息を吐き出した。


「……別に大した理由じゃないわ。弓の腕には自信があるから傭兵にでもなろうと思っただけよ」

「それなら奈宮かヴィストを選んだ方がいいんじゃないのか。自分で言うのも何だが、そっちの方が遥かに有望だぞ」

「冗談やめてよね。奈宮皇国ってガチガチの身分社会じゃない。そんな所で傭兵なんてやっても旨味がなさそうだし、息苦しい所は嫌いなの。
 まぁ、ヴィスト軍に仕官するってのは考えたんだけど……」

「考えたんだけど?」

「ほら、セージ様も参加した南ヘルミナ騒乱。あれ以来亜人に対する風当たりがキツイって噂なのよね……。
 獣人族に比べればマシなのかもしれないけど、それでもやっぱり、ね」

「……そうか」

「弾圧とかは無いみたいだけど、確実に暮らしにくくはなってるみたいね。セージ様もそれは知ってるんでしょ?」

「まぁ、な」


 実際、ウチの領内に逃げ込むようにして移住してくる獣人族の数が増え続けているのは事実だ。
 彼らには一律で奈宮皇国との国境近くの無人に近い森林地帯の土地を分け与えてはいるが……。
 結果的に彼らを苦境に追い込んだ間接的な原因であるネイやビリーの部族といさかいが起こっていないのは奇跡的ですらある。
 もちろん俺も気を付けてはいるが、むしろ同情的な見方が多いらしいのは驚いた。

 なんでも、幼子を孤児院送りにし、少年兵を動員してまでも兵役を担っているという点が彼らを同情的にさせているらしい。
 俺は全く強制していないし、むしろ志願しているという側面が強いんだが……。他人から見るとそう見えるらしい。

 しかも、実態は孤児院(笑)なんだけどな……。
 打算が見え隠れする孤児院(笑)なんて、本物に従事してる人間からすれば噴飯モノだろう。それに、俺の生活実態まで考えれば、なぁ。
 規模も細部も違うが、イェニツェリ制度が1番近いかも。



 俺、嫌な奴だよな……。
 やらない善よりやる偽善、かもしれないけど……。


「セージ様?」

「いや、何でもない」


 やめだやめ!
 根暗な事考えてても鬱になるだけだ。


「いや、そうじゃなくて……。向こうから凄い笑顔で近付いて来る女の子がいるんですけど……」

「ん?」


 ジャーン ジャーン ジャーン !!
 げぇっ、一葉っ!?







[12812] 動乱前夜 ~Part3~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/06/07 00:10




 んー、姫様ですか?
 そりゃあ、最初は私達も戸惑いましたよ。だって、奈宮のお姫様ですもん。
 しかも、これ以上は無いってくらいの、完全無欠なお姫様ですよ。

 まぁ、今にして思えば、ある意味セージ様とはお似合いだったんじゃないですか。
 セージ様は同年代の男の子達と比べて明らかに“違って”いましたし。
 私なんてほとんど同世代扱いですよ。そりゃあ、私の方が背低かったし、セージ様はびっくりするくらい大人びてて年相応に見えなかったですけど……。

 姫様も?
 うん、まぁ、あの方は少し背伸びしている感じがして微笑ましかったですけどね。
 今じゃ並んで立つと私が妹扱いなんですよ(笑)
 いろんな意味でいろんなトコが成長されたなぁ。私にも分けて欲しいくらい。



 え、そうじゃない?

 姫様とセージ様の馴れ初めかぁ……。



 別に普通だったと思いますよ。私が知ってる限りじゃ。
 でも、最初っからセージ様と同じトコに立ってたって意味じゃ、やっぱり姫様が1番かな。うん、いろいろな意味でね。
 結局、姫様が姫様なのは、そういうのを私も含めてみんなが見てきたからだ、っていうのが大きいかな。
 みんながみんな、まぁ姫様だし、で納得しちゃうんですよ(笑)



 あ、本気で怒るとめちゃくちゃ怖いのはあの頃から変わらないかも。





 ――とある女性士官へのインタビューより





















「セージ様。お邪魔して申し訳ありませんが、そちらの女性を私に紹介していただけませんか?」

「あー、その、何だ。ウチで保護した行き倒れに事情を聞いてただけなんだけど……」

「そうですか」


 う……。そりゃあ、やっぱ、面白くはないか。
 政略結婚とはいえ、婚約者差し置いて他の女とくっちゃべってりゃ怒られても文句は言えんわな。
 絶対零度の視線が痛い。つーか声が怖えぇよ。


「あー……。彼女は俺の婚約者の一葉姫だ。奈宮皇国の第3皇女でもある」

「いっ?!」

「んで、こいつは見た通りの、森の住人のケーニスクフェアだ」

「は、はじめまして……」

「そんなに緊張しなくても、別にとって食べたりはしませんよ」


 いやしかし、緊張するなってのが無理な話だろ。
 一葉はコドール大陸でも3本の指に入る大国の皇女様なんだしさ。しかも、皇位継承権1桁代の名実揃った本物だ。
 並の貴族でも吹いたら飛ばせるくらい雲の上の貴人なんだよな、本来。

 そう考えると、原作で一葉をはじめとした各国の王女クラスに軒並み手を出してたジンは怖い物知らずってレベルじゃねーぞって話で。
 正直、俺の感覚からすると、あれだ。シンジラレナーイ。


「まぁ、あれだ。そんなにガチガチにならなくてもいいし、一葉とも仲良くしてくれるとありがたい」

「は、はぁ……」

「何ならケーニスを一葉付きの従卒武官として採用してもいいぞ。どうにも、俺の周囲には女性が少ないからな。一葉にとっても身近に同年代の女性が多い方が楽だろうし。
 従卒といっても気楽に付き合えばいい感じで、どうだ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃない、少し待って下さい。私なんかがそんな――」

「私も疑問に思います。気楽に付き合うと言っても、身分の差はどうしても意識すると思うのですが。幼い頃はまた別としても……。
 年齢に関しては、そんなには違わないとは思いますが」

「……あのー。一応、こう見えても18にはなってるんですけど」

「あら、そうなのですか?」


 見た目に関しちゃ年相応、ってトコかな。森の住人って事だしもしかしたら物凄い年上なんじゃないかとも思ってたけど、そんな事は無かったと。

 原作でのキャラの軽さを考えるとそうじゃないかとも思ってたけどな。あー、いや、軽いってのとはちと違うかな? 何というか、こう、上手い表現が見つからないんだけど……。

 おバカ系?



 少なくとも、俺とほぼ同い年の一葉に同年代扱いされて落ち込んでる姿は愛すべきおバカキャラっぽいが。


「身分だの年齢だの、そんなの長い間一緒にいればどうって事ないんじゃないか? 俺なんて悪ガキ連中とは幼馴染みたいなもんだし」

「それって、セージ様が特殊なだけなんじゃ……」

「私も同感です」


 ……まぁ、実のところ俺もそう思う。
 いくらこの世界がぬるい中世ファンタジーとは言え、身分の差はやはり大きい。
 平民が貴族の家畜同然なんて感じではなくとも、それなりの身分制度的秩序は存在する。そんな中では俺の行動は異端そのものだろう。

 そういう一面が俺の高い支持率に一助を与えているってのはさておいて。



 ま、封権的身分制度が崩壊した時代から来た人間の限界なんてこんなものなんだろう。
 俺が幸運だったのは、この世界がそういう振る舞いを「変わっている」という一言で片付けられる世界だった事だ。
 もっとガチガチに厳しい世界だったらどうなってたか想像もできないな。


「まぁ、ふたりがそう言うのならケーニスには色々と実験的な部隊を立ち上げる実験台になってもらうか」

「弓隊に配属してもらえれば、すぐにでも結果を出すわよ」

「残念ながら、ウチの弓兵には速射の技能を第一に求めてるんだよ。あと、同じくらい必要なのは上官の指揮に忠実に従える鋼の精神だ。
 俺の見たところ、弓使いとしての腕はともかく、弓兵連隊に配属するには――ケーニスはタイプ的に向いてないだろうな」

「……それが、私を実験部隊に入れる理由?」

「適材適所ってな。後はまぁ、俺の勘ってやつだ。ケーニスが出世するかどうかはこの後次第だけど」


 まぁ、色々やってもらおうとは思ってる。正規軍は形になりつつあるから、ネイの獣人隊と何らかの特殊任務専任部隊を不正規戦部隊として鍛えて脇を固めようかと。
 獣人隊は特に重要で、ゲリラ戦から会戦での突撃戦力としてまで幅広く活躍してもらいたいと思っている。まぁ、実際には別組織にしてそうな気もするが。まだ分からん。
 ケーニスに関しては、ちょっとアクの強い連中と一緒になってもらって正面戦力とはまた違った戦力を構築――してもらえればラッキーかな。

 ちらっと思ったが、原作と同じように飛竜部隊に転換するのはどうだろうなぁ……。
 飛竜は使いたいが、コストに耐えられるかどうか。
 そもそも、ケーニスってどうやってアーチャー→ドラゴンナイトなんつークラスチェンジをしたのかさっぱりだしなぁ。


「まずは肝心要の弓の腕を見てからだな。もしそれで全然ダメだったらこの話は無しって事で」

「ふふーん。弓の腕なら誰にも負けないわよ。やってやろうじゃないの」


 自信満々だな。
 仮に合格したとしても、ビリーによる鬼の指揮官課程教練ビリーズブートキャンプが待っているんだけど……。
 それも、少なくとも小隊長徽章と中隊長徽章は取得してもらうつもりだから、期間同じでも密度は倍という。
 初期隊員のスカウティングまでやらせたらぶっ倒れるかな?

 ……ま、折角やる気を出してくれてるんだから何も言わないでおくか。


「…………」

「一葉?」

「いえ……。私はそんなに皇国の実情を知っているわけでは無いのですけれど。その私が見ても、セージ様のなさりようは、その……」

「あー、うん。言わんとするところは分かった」


 人材登用が弾力的過ぎる、っていうんだろう。
 まぁ、自分自身でも確かにそうだとは思う。

 カーロンとオイゲン、ビリーはまぁいいとして。
 クライドはビリーの後釜だとしても大抜擢の部類に入るだろう。
 ネイにいたっては、族長としての立場があるにしたって若過ぎる――いや、幼過ぎる。
 それに加えてケーニスを一発登用するんじゃ、やり過ぎと言われても仕方ない。



 少なくとも、まともな組織じゃ絶対に出来ない部類の人事だ。
 これが出来るのは、警察予備隊がほぼ俺の私兵だという事情によるのと、1から組織を構築している真っ最中だという状況がそれを許しているからに過ぎない。
 同じ事を奈宮皇国やエルト王国の軍でやろうとしても間違いなく不可能だ。

 ……似たような事をやれているヴィスト軍は、そういう意味でもチートだと思う。
 いくら優秀だっつっても、降将が僅か数年で王直属の軍団長として揺るぎない地位を築けるんだぞ。普通ありえないって。
 日本では似たような事が結構あったとか、そういうレベルの話じゃねーしなぁ。付近の豪族が全部親戚同士みたいな、そんな状況とは訳が違う。

 その辺は、カーディル個人の指導力と発言力とカリスマのなせるわざなんだろうが……。



 まぁ、ともかくだ。
 涙目にならざるを得ない兵力差がある以上、多少無茶をしても将兵の質だけは充実させておかなきゃヤバい。
 小勢力故の悩みだし、小勢力故の無茶の実現だろう。


「実際には俺が無理を通して道理を引っ込めてるだけだからなぁ。カーロンやオイゲンの忠誠に感謝するしかないな」

「皇国では真似の出来ない事ですね……」

「奈宮皇国の事情は理解しているが、それを抜きにしてもそもそもする必要がないさ。こういうのはバランスが難しい上に、奈宮皇国の文化にはそぐわないだろうからな。
 それに、身分や年齢、実績にとらわれずに抜擢すると言えば聞こえはいいけど、半歩間違えれば現場を混乱させるだけで終わるからな。
 俺のはどちらかと言えばやり過ぎだろう。今のところ上手くいってるのは偶然に近い」


 ネイとケーニスの抜擢は原作知識の有効活用だとしても、なぁ。
 そもそも、ケーニスに関しては失敗しないとは限らないんだしな。
 ある未来においてはあのヴィスト王国で将軍やってたんだから、並み以上に優秀だろうとは思うが……。
 身に染みて実感したが、世の中「絶対」なんて無いわけだし。


「色々な面で割と普通に綱渡りなんだよな、現状。今ならまだ無かった事に出来るけど、どうする?」


 ケーニスの話も、一葉の婚約も、今ならまだ無しに出来る。



 ここまで俺には分不相応なまでの高評価を貰っているし、成果も出来過ぎな感じだけど。
 それでもまだヴィスト軍は高過ぎる壁だ。

 ネイなんかには悪いが、今の部下達はもう既に俺と運命共同体だ。地獄の1丁目まで一緒に来てもらう。
 けど、このふたりは……。


「そんなの、リトリー家に仕官しようと決めた時点で折り込み済みよ。それにまぁ、助けてもらった借りくらいは返さないとね」

「そうか……。一葉はどうする?」

「……え?」


 まるで状況を理解できない、という風にきょとんとした視線を向けてくる一葉。
 まぁ、まだ12、3才って事を考えたらある意味普通の反応か。


「正直に言って、この先の身の安全を保証できない。俺自身ヴィスト王国に目を付けられた自覚がある上に、獣人族を領内に抱え込んでいるからな。
 エルト王国が大国なら救いがあるんだけど、残念ながらそうではないし。黙ってやられるつもりなんてないけど、結果が伴うとは限らない。
 一葉の実家は大陸でも1、2を争う大国なんだ。ウチにいるより遥かに安全だし、今なら俺が泥を被るだけで婚約なんて無かった事に――」

「お断りします」


 静かな、しかし有無を言わせないその一言に、俺は虎の尾を踏んでいた事にようやく気付いた。
 ついさっきまで怒りの色を潜めていた一葉の瞳には、今や瞋恚の炎が灯っている。
 ケーニスの息を飲む音が微かに聞こえるが、怒気を直接ぶつけられてる俺なんか息を飲む事すら出来ない。



 見た目が子供? まだ何の経験も無い?
 そんなの、全く何の関係も無い。
 怒気だけで相手の呼吸すら止めてしまえるほどの、それほどの怒りの発露を前にしたらそんな物は全部吹き飛ぶ。


「馬鹿に……、馬鹿にしないで下さい……っ!!
 確かに私はまだ半人前にもなっていない子供です。風林や黒尼に師事していますが、政や戦に関しては貴殿の足元にも及んでないでしょう。
 ですが、貴殿がおっしゃる事が分からないほど馬鹿ではないつもりでいますわ。今のリトリー家の立場の危うさくらい、風林に説明されて十分に存じ上げております。
 その上で、私は貴殿と共にいようと決めたのです。

 確かにきっかけはただの思いつきでした。その後で実際に細部を詰めたのは風林ですし、最終的に決定権を持っていたのは父上です。今に至る過程で、私が何かを成したなどと言える立場ではありません。
 それでも、貴殿と契りを結ぼうと、そう決意したのはこの私です。
 他の誰でも無く、他の誰に強要されるでもなく、私自身が、私自身の考えで、そう決めたのです。

 貴殿のそれと比べればちっぽけで取るに足らないものでしかないかもしれませんが、私にだって国と民を背に負う責務も覚悟もあります。今の私には、貴殿と共にあるのが最もその責務を果たせる手段だと……。
 未だ未熟な私では、この身の持つ価値でしか皇国に貢献できませんから。私の義務を果たす為にはこうする他にありません。

 ですが、たとえ未熟であるとしても、私の負う責務と抱く覚悟だけは、誰にも――たとえ父上にだって否定させはしません。



 私が今ここに居るのは、奈宮皇国の為に貴殿と縁を結ぶためです。
 それは皇国が貴殿の力を――それが未来の事か今であるかは別として――必要だと考えたからであって、皇国も、私自身も、今のところそれ以上の理由など持ちません。

 逆に、貴殿が私を迎え入れたのは、貴殿が皇国の力を大なり小なり必要としたからではないのですか?
 万が一ビルド王国が滅べば、貴殿の領地は最前線になりますからね。エルト王国の後ろ盾だけでは領地を守れない、と。
 そうであるのならば、貴殿が私を離縁しようというのはおかしな話ではありませんか?



 正直に申しますと、貴殿が私の身を案じて下さるのは有難迷惑というものです。
 この身は既に貴殿に差し出しているも同然ですから。

 殿方には分からないかもしれませんが、女にとってよく知りもしない男性に自身の身体を差し出すという事を決意するのは大変重たいものなのですよ。
 今更、この命が危ういかもしれないなどという事で覚悟が揺らいだりはしません。

 もちろん私としても身体を許すのであればせめて貴殿の事を良く知りたいとは思いますし、共に過ごせば自然とそうなる機会もあるかもしれません。こればかりはすぐ分るものではありませんから。
 ですが、そういった覚悟をしてこの場に居るという事だけは覚えておいて下さい。



 ……あぁ、それともうひとつ。
 もし私がお邪魔なのでしたらはっきりとそう仰って下さい。私は私の責務を果たせればそれでよいですし、貴殿の恋路を邪魔する気なんて毛頭ありませんから。
 私は私の未来を自身で決めたつもりでいますが、別に貴殿がそれに従わなければいけない理など存在しませんもの。

 それとも、私がいると不都合な事が他に何かおありですか?」


 一葉の言葉に、俺はすぐには言葉を返せそうにもなかった。
 とても子供とは思えない気迫に、ただただ圧倒されるばかりで……。

 今も俺の瞳をじっと見つめる一葉の視線から逃げずにいられる事なんて、奇蹟としか思えないほどだった。



 けれど、これだけは分かる。
 今ここで視線を逸らせば、言葉を返せなければ、一葉と共にいる未来はありえないだろうと。
 そして、ここで折れてしまえばもう二度と、瀬戸際で踏みとどまれる事など無いだろうとも。



 南ヘルミナでの戦いの時以上の緊張と心理的な壁を乗り越え、乾いた唾を飲み込んで言葉を舌に乗せる。
 あの時は周囲に後押しされて開いた口を、今度は自身の力だけで開いて。


「……ごめん。つまらない事を言った。忘れてくれとは言わないけど、許してもらえるとありがたい」

「…………。
 一度だけなら、許して差し上げます。ですが、女の覚悟を嘗めないで下さい」





















 後になって思い返すと、この時初めて俺と一葉の関係は始まったのだろうと思ったりもする。
 そして、こんな始まりだったからこそ、今の俺達の関係があるのだろうとも。



 南ヘルミナ騒乱から約2年。
 小康状態を保っていたコドール大陸の情勢は再び激動の時を迎える事になる。

 長く続く戦乱の幕開け。

 後に10年戦争と呼ばれるコドール大陸全土を巻き込んだ戦火の発火点は、大陸南部の要衝――要塞都市クングールだった。







[12812] 【公爵家の人々】エルスセーナの休日5日目【悲喜交々】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/06/13 13:19



■ 日常会話?










「渋いオジサマと言えばカーロン様よね、やっぱり。いかにも老執事、って感じでさ~」

「それだったらオイゲン様だって素敵だと思うけど?
 ウチらは後方部隊だからあんまり接点無いけど、あんな人が父親だったらなぁって思うもん。ウチのオヤジとは大違いね」

「あの2人は顔もそうだけど脱いだら結構スゴイからねぇ」

「隊長、何時の間にそんな……」

「不倫は犯罪ですよ?」

「誰が不倫か。
私はあんたらと違ってオイゲン様の騎乗戦技課程教練をみっちり受けてんの。その中には騎乗しての渡河訓練もあってね、馬に乗ってても腰まで浸かるよーな河を渡らされたりすんのよ」

「あー、なるほど。月月火水木金金の騎戦教ですか」

「隊長、馬乗るの上手いですもんね」

「誰が上手い事言えと言うたか」

「でもでも、カーロン様の裸はどーやって拝見したんですか? 隊長とだと、ちょっと犯罪の香りがするくらい年齢差が……」

「いい加減その発想から離れなさい。そっちは本当にたまたまよ」

「まさか、お風呂でばったり、みたいなイベントが?!」

「ある訳無いでしょ。ほら、無駄話してないで仕事仕事」

「え~、少しくらいいいじゃないですか」

「そうですよー。矢の数を数えて馬車に積み込む仕事はもう飽きましたよ」

「それでお給料貰ってるんだから我慢するの」

「は~い……」

「分かりましたよぅ。でも、絶対いつか話してもらいますからね」

「(い、言えない……。セージ様のお風呂を覗くつもりがカーロン様だったなんて、絶対に言えない)」










■ 日常会話? その2










「だぁぁぁぁぁー!! 終わんねぇ!! 今何時だ?!」

「まだ3時だぞ。っつーかいきなり叫ぶな、頭に響く」

「3時って、午前3時じゃねーか……。いくら月末だっつってもこの忙しさは異常だろオイ」

「まぁ、他の部署に人取られてるからなぁ……。俺だって他人の給料の計算なんてこんな時間までやってらんねーよ」

「だよなぁ。ここはひとつ、自分の給料でも計算して気分を盛り上げる事に――」

「あー、スマン。それなら終わった。ホレ」

「……まぁ、それならそれで。って待て、ちょっと待て。なんだこの数字? いくらなんでもおかしいだろ」

「ん? 少なかったか?」

「多すぎだっつーの。基本2千Bの月給がどうやったら4千B超えるんだよ。計算間違ってんじゃねぇのか。後で訂正かけんのは俺らなんだぞ」

「いや、そんな筈は……。うん、合ってるぞ。ここの詳細見てみ、検算したら合うはずだから」

「ざんぎょうじかんひゃくにじゅういちじかん……? 俺、そんな働いてたっけ?」

「そんなに働いてるぞ。正確には、現在進行形でな。他の部署だって大概ヒドイが、俺達だって負けちゃいない。月末の基本退勤時間が午前5時だぜ? 1日何時間働いてるんだって話だ」

「……そうだな、そうだよな。……俺、帰ったら風呂入って飯食って寝るんだ」

「死亡フラグ立てて遊んでる暇があったらも少し頑張れ。仮眠くらいならとってきたって誰も怒らないから、な」

「うぅ……。おうちに帰りたいとです……」

「ここ乗りきったら基本定時で帰れる生活が戻ってくるんだから頑張れって。俺だってたまには家に帰って嫁さんと娘の顔くらい見たいんだからさ」

「おうちに帰れば美人の嫁さんと可愛い娘が待ってるってか。この人生勝ち組みが……」

「はいはい、分かった分かった。分かったから次は警察隊の給与計算な。あいつらのは見てると何故か元気出てくるから」

「……うん、なんかこれ見てると元気出てきた」





 ちなみに、多少は人員が増員されてマシになったりならなかったり(警察隊も)。





「やっぱ職場に女の子がいると違うわ~」

「リアルな犯罪はよせよ」

「誰がするか!」










■ ケーニスさんに部下が出来るようです










「セージ様、ちょーっと話があるんだけど」

「ん? どうかしたか?」


 執務室でサンドイッチ片手に報告書を読んでいるセージの前には、先日――と言っても一月以上前の話だが――公爵家の家臣に名を連ねたケーニスクフェアの姿があった。
 口調こそ静かではあるが、口元がヒクついていたり右手に持った書類が震えていたりと、平静とはとても言えない状態であった。
 そもそも、顔に浮かんでいる笑みが引き攣っている時点でセージは半ば腰が引けている。美人が怒っている時の微笑みは本当に怖いのだ。


「あのねぇ、確かに個性的な面子が配属されるかもとは聞いていたけどね、ここまで個性的だなんて思っても無かったわよ」

「うん? そうか?」

「そうよ!」


 言葉と共に勢い良く突き出された書類を受け取るセージ。実のところセージが決めたのはケーニスに預ける人員の大まかな方向性だけで、メンバーを選定したのはカーロンとオイゲンなのだ。
 つまり、セージがケーニス隊に配属されたメンバーを見るのはこれが初めてとなる。


「まぁ、まだ仮決定で配属なんて先の話だから、ケーニスが嫌ならどうとでもなると言えばどうとでもなるんだけどなぁ」

「だけど……、なに?」

「カーロンとオイゲンが選んだんだろ? なら、俺としてはその判断を信用したいんだけど……」


 呟くような言葉が尻すぼみに小さくなっていく。
 よくもまぁ、こんなに問題児ばかりを集めたものだな、とは思っても口には出さない。セージ自身も多少は型破りなところがあるとは自覚していたが、ケーニス隊に仮配属されたメンバーはそのセージから見てもかなりアレな面々だった。

 前歴に山賊だの海賊だのギャンブラーだのと載っているのは序の口で、魔法よりも己の肉体をこそ信じる肉弾派魔法使いだの神楽出身の抜け忍だの唐突に警察隊基礎訓練校の門を叩いた浪人だの、お前は何でここにいるんだという奴ばかり。
 しかも、それぞれ理由は違うが扱いに困る奴ばかりなのだ。


「うわぁ……。おま、これお前が指揮すんの?」

「私が指揮すんのよ……。ていうか、どこからこんなに問題のある奴ばかり集めてきたのかこっちが聞きたいくらいよ」


 ため息を吐きつつ、セージの持つ資料からひょいひょいと何枚か抜き出すケーニス。


「特に問題なのが、この4人ね」

「んー……」


 ――氏名:サチ 種族:オオガー族
 警察隊基礎訓練校第10期生。南ヘルミナ出身で、南ヘルミナ騒乱によりリトリー領に移住。係累は無く、本人曰く「食うために訓練校に入った」。
 個人所有の武装として全長2メートル近いハンマーを所持。個人や少人数における戦闘においては驚異的な戦闘能力を発揮するが、組織戦闘においてはその長所が失われる。
 また、個人・少人数単位での実技以外の成績が壊滅的に悪く、訓練校の卒業時には特例での卒業という形で卒業を許された。素行にやや問題もある事から、受け入れ先の選定は難航している。


 ――氏名:幸田 渚 種族:鬼人族
 警察隊基礎訓練校第10期生。本人の自己申告によると東方から流れ着いた流民との事で、係累は無い。普段の素行に問題は無く、各教練過程においても優秀な成績を収めた。
 特に個人・少人数戦闘においての直接戦闘や魔法による支援に対しての評価が高い。
 しかし、性格にやや難があることから指揮官適性は高くない。また、混乱時に魔法を乱射するという発作を持ち、その際は雷撃魔法で1個小隊を瞬時に吹き飛ばすなどの華々しい戦果を挙げている。本人が絡んだ騒動において死者が未だ出ていない事は奇跡という他ない。
 同じ訓練小隊に所属していたサチ訓練兵と組んだ際には発作の発症率が極端に低いが、同訓練兵の受け入れ先選定の難航に伴って本人の配属先も未だ未定。


 ――氏名:角 勇五郎 種族:人間
 本人の申告では奈宮出身の浪人であるとの事だが、一切の個人情報が不明。奈宮の角家という武家から出奔したという者の情報が無い事から、偽名の可能性も高い。
 警察隊基礎訓練校への入学を希望していたが、関係各位の判定により入学を認められず。しかし、警察隊への入隊試験をほぼ満点で合格するに至り、特例として警察予備隊への配属が決定する。
 武具の類は全て個人所有しており、貸与に関しては辞退している。刀と呼ばれる片手剣を得意としており、技の冴えだけならリトリー領はおろかエルト王国内でも比肩する者がいるかどうかという腕前である。
 やや怪しい言動と素行が問題視されている事もあり、配属先は未定。


 ――氏名:トフリク=キラザ 種族:人間
 警察隊魔法訓練校卒業生。土と風・光の魔法を得意とする術者で、魔法使いとしての能力は非常に高い。座学の成績も優秀。
 出身はエルト王国南部で、両親は健在。
 普段の素行には問題は無いが、極度に興奮すると非常に好戦的な性格が顕在化する。本人の申告ではこちらが地との事で、「普段は歯ごたえの無さそうな奴ばかりだから興奮もしない」等と供述している。
 過去に何度か訓練において過剰攻撃を行い、そのいずれも本人達よりも周囲への影響が大であったが、本人を始めとしたその場に居合わせた人員による魔法治療により死者・重傷者は出ていない。
 現在、配属先未定。


「まぁ、頑張れ」

「ちなみに、私が受け入れ拒否するとどうなるの?」

「順当なところだと、そうだな……。3日後くらいに配属打診が回ってくるかな」

「……それでも拒否すると?」

「2日後に同じ書類が」

「その次は?」

「次の日に」

「…………」

「…………」


 世の中では、それを強制と言う。
 正規部隊に配属するには難のある人材をまとめてケーニスに押しつけるつもりなのは両者共に分かってはいたが、両者共に選択の余地など無かった。


「で、返事は?」

「……初めての部下がこれって、ちょっとないんじゃないの……」

「ん?」

「分かりましたって言ってんのよ!」

「それじゃ、後よろしく。俺はこれ食ったらマイル商会に出向かなきゃいけないから」

「……マイル商会?」

「んー、まぁ、なんだ。こっちはこっちでそれなりに大変って事」

「ふーん」





 これは後日談だが。
 色々と懸念されたケーニス隊であるが、軍の部隊と言うよりは冒険者パーティっぽいものの、上手く纏まっているらしい。





「案外心配しなくても何とかなるものね」

「……隊長は胃を痛めた関係者各位に謝るべきだと思います」







[12812] 【誰が何と言おうと】エルスセーナの休日6日目【この人達はモブな人】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/07/18 20:18


■ 学園的日常?










 朝の学園前広場。
 常ならば学生教師その他諸々の老若男女が行き交う空間は、未だ眠りから覚めていない。
 1個大隊1000名が整列してもまだ猶予を残すその場所に集まったのは、僅か1個小隊50名ほどの男達だ。

 皆、若い。
 一様に黒地に金縁の制服――そう、学園の制服だ――に身を包んでいる事から、学園に通う生徒である事が知れる。
 背格好も容姿も様々である彼らに共通する点は3つ。



 1つ。右腕に「風紀委員」と白抜きで書かれた緑の腕章をしている事。

 風紀委員とはその名の通り学園内の風紀を守る事を目的とする集団であり、親と逸れた迷子からどこぞのアホが召喚ミスった魔物まで、様々なモノを相手にする事を日常とする者達だ。
 その際の手際の良さは警察隊のそれを彷彿とさせるほどで――つまりは、手段を問わず容赦もしない。
 乱闘騒ぎのど真ん中に問答無用で攻撃魔法をぶっ放す程度なら通常業務である。

 そんな風紀委員の中でも、特に精鋭と恐れられているのが緑の腕章を班章としている彼ら巡邏R班である。



 1つ。風紀委員であるのならば携えているはずの武具を何ひとつ携行していない事。

 彼らは全員が己の肉体のみを頼りとする格闘系前衛であった。その腕前は高く、ある状況下においては魔界の軍勢すら退け得るとすら噂される程だ。
 噂の裏付けとして、警察隊との親善試合で互角の勝負を繰り広げたという事実すらある。
 警察隊の実働部隊1個小隊と言えばちょっとした盗賊団を根こそぎ捕縛してお釣りが来る事を考えれば、それと互する彼らの実力も推して知るべきだろう。



 1つ。
 ……彼らは、ある意味勇者であった。


「いいかお前らぁ。今日も我々はぁ、元気に張り切って通常業務に邁進する訳だがぁ。そこのお前ぇ、我々の成すべき事は何だぁ?」

「幼女の輝く笑顔を守り! 幼女の健やかな日常を見守り! 幼女に仇成す者を滅ぼし尽くすっ!」

「よぉし。だがしかし、我々はあくまで見守るだけだ。例え我ら巡邏R班、みなが変態であろうとも。
 いや、否! 我らは変態という名の紳士であるっ! 貴様ら、紳士とは何だっ?!」

『イエス、ロリータ! ノー、タッチ! 個人の趣向は数あれど、リアルはマジでやめておけ!』

「紳士とは何をする者だ?!」

『幼女を護る為ならば! あらゆる敵をぉ、粉砕! 粉砕! 粉砕!』

「巡邏に懸ける意気込みは?!」

『幼女に迫る危険の芽を、種すら残さず狩り尽くす!』

「ならばよし! 各自業務を遂行しつつ、幼女を見守るべし! これにて散会!」


 風紀委員巡邏R班――通称、幼女を見守り隊。
 こんなのでも学園最強の治安維持部隊である。


「あんなのに勝てないあたしらの立場って……」

「言わないで。ちょっと泣けてきそうだから」










■ 日常会話? その3










「隊長隊長隊長っ!」

「なに?」

「隊長って実は結婚してるって噂、本当なんですか?」

「……なによ、結婚してちゃダメなの?」

「うわぁ、本当だったんだ……」

「だから言ったでしょ、この間街で見たのは隊長だって」

「とても失礼な反応をしてくれたあんたには後でたっぷり仕事を回してあげるとして……」

「うげ、勘弁して下さいよ~」

「この間街で見たって、本当?」

「ええ、息子さんと楽しそうに歩いてたじゃないですか」

「……? 私、子供なんて産んでないんだけど」

「あれ、そうなんですか?」

「ほらー、だから言ったじゃない。隊長のスタイルじゃ子供なんて産んでないって直ぐ分かるって」

「誰が寸胴で貧相な色気のない身体をしてるって?」

「ちょ、誰もそこまで言ってないじゃないですかぁ! いへ、いへへへへ! ほっへたふねるのはやめへくらさい~!」

「んー……。ひったくり犯を見事なショートアッパー一発で打ち上げてたから絶対隊長だと思ったんだけどなぁ」

「……あ、それ私だわ」

「え、だってその人息子さんと一緒だった――」

「あれ、夫よ。ああ見えてもれっきとした成人男性。私より年上なのよ」

「うえぇぇぇぇぇええええ!?」

「うっそ! だって、明らかに身長とか顔とか肌艶とか……」

「まぁ、あんた達の言わんとする事は分かるけどね」

「ま、まさか隊長がショタコン趣味だったなんて……」

「人聞きの悪い事言わないでよ。私のはただチョット人よりストライクゾーンが低めで半ズボンが似合うような男性が好みなだけじゃない」

「だけ、って。だけ、って……」

「……ちなみに、セージ様は?」

「一番好きなコースからボール半分ズレてるわね。危うく打ち取られるところだったわ。夫がいなければ危なかった……」

「やっぱショタコンじゃないですか」

「うっさいわね。悔しかったらあんた達も自分の趣味に合う旦那さっさと見つけてみなさいな」

「あたしは隊長と違って理想は高く掲げてるんですよーだ」

「……あー、ごめん。私、現実主義者だからあんたにはついていけないわ」

「何よー。戦う前から諦めてちゃダメだってばっちゃも言ってたんだよ?」

「ふーん。それで、あんたの理想の男って?」

「白馬に乗った王子様♪ ――ただし美形に限る」


「…………」


「…………」


「…………」


「……さて、残りの仕事を片付けて帰ろうかしら」

「そーですね。ええ、そうしましょう」

「そ、その反応は無いんじゃないかなぁっ」










■ ケーニスさんに部下が出来たようです










 警察予備隊第2101猟兵小隊。それがケーニスが初めて持った部隊の正式名称だった。
 小隊定員の50名には少し足りないが、5つある各班の内4つの人数は10名の定数を確保している。足りないのはケーニスが直率する班だけで、この班だけはケーニスを含めても5人しかいない。

 と言うよりも、頭痛が痛いと言いたくなるようなメンバーを目の届くところに置いておく、というのが主眼なのでこれ以上増えるようだとケーニスが涙目になりかねない。
 今でも十分に涙目になりそうではあったが。


「それにしても、よくもまぁこれだけ問題児を集めたものよね」

「ご、ごめんなさい。さっちゃんも悪気がある訳じゃないんですけど……」

「あー、別にいいのよ。なぎーが気にする事なんてないんだから。まぁ、わん子もこうして見ている分には可愛いと言えなくもないし」

「モグモグハフハフッ……! …………? ボクの事がどうかしたのか?」

「よく食べるわね、って事を喋ってたのよ」

「だってキチンと食べないと力が出ないのだ。ボクとしては3食昼寝付きの昼寝の部分が付いてないのだけは不満だけど、その分お腹いっぱい食べられるからそれで惣菜って事で納得してるのだ」

「さっちゃん、それ、惣菜じゃなくて相殺だと思うよ」

「ん? まぁ細かい事はいいのだ」

 その小さな身体のどこに入るのかというほど大量の食事を美味しそうに食べる少女の名は、サチという。
 パタパタと揺れる尻尾と猫耳からすぐに分かるように、獣人族の少女だ。
 問題児というより基本アホの子よね、とはケーニスの評価であるが、自分の身長を遥かに超えるハンマーを軽々とブン回す戦闘力は獣人族という事を差し引いても末恐ろしいものがある。
 ただし、燃費は悪い。
 美少女と言うに相応しい容姿はしているが、綺麗だとか可愛らしいという印象を覚えるより先にある種少年のような印象を持つ方が先にくるであろう。

 そのサチの隣で申し訳なさそうにしているのは、鬼人族の渚だ。こちらも、額から突き出た1本の角でその素性がすぐに分かる。
 性格の方は至って温厚で、やや気弱なところがある。軍人らしさとはかけ離れた――というより暴力というものとは無縁そうな少女である。
 驚くほどの美少女という訳ではないが、容姿は十分に平均を超えている。サチと同じく身長も身体の起伏もそう大きくは無いので子供扱いされる事も多いが、ほんわかした本人の雰囲気と相まって親しみやすい美人と言えた。
 ただし、やや垂れ気味な目が据わった時は非常に危険である。普段温厚な人ほど、キレたら怖いのだ。


「そんな事より、なぎーはもう食べないのか? キチンと食べないと大きくなれないのだ」

「うんうん、サチ殿の言う通りでござる。別にあんなに食べろとは言わぬでござるが、渚殿も隊長も少し食が細くはないでござるか?
 ……まぁ、拙者的には今の体型がベストだと思うでござ――っ?! ぬ、抜き打ちは厳しいでござるよっ!」

「うるさい。あんまり変な事口走ると首と胴体が生き別れになるわよ」

「ちょっとしたおちゃめに対してこの仕打ち。横暴でござるよ……」

「あんたは放っておくと手が出そうだからきちんと釘をさしておかないとね。出来れば物理的に」

「流石の拙者も物理的に釘を刺されるのは勘弁でござるなぁ」


 3人の横で眦を緩めていた男の一部不穏当な発言に、ケーニスの電光石火の短剣の抜き打ちが襲いかかる。
 割と本気で放たれた一閃は、男が銜えた楊枝の半ばから先を断ち切るに留まった。のけぞるように躱した姿勢のまま、口調とは裏腹に全く動じた様子の無いこの男は角勇五郎と名乗っている。
 本人は気軽に勇五郎兄さんとでも呼んでくれでござるなどと言っているが、その微笑みが胡散臭いとは隊員一同(サチと渚を除く)の感想が一致する。
 一見どこにでもいるような細目の優男なのだが、無駄なく鍛え上げられた肉体と何事にも動じない態度がただの優男では無い事を如実に物語っている。
 普段からやや不真面目な言動を繰り返し、自分はロリコンという名の紳士でござるなどと意味不明な事を供述しているため、その腕前に反比例するかのように扱いが割と酷い人でもある。

 ただ、その剣の技の冴えだけは本物である、とも部隊員一同の認識は一致しているのだが。


「あんたを見てるといつ何時ただのロリコンから性犯罪者に進化するかどうか分かんないように思えてくるからね……」

「拙者、腐ってもそこらのロリコンとは格が違うでござる。少女を愛でたいと思うこの気持と下劣な情欲とを一緒くたにされるなど、隊長と言えども怒るでござるよ」

「ああ言ってるけど、男なんてさかりのついた犬みたいなもんなんだから気を付けときなさいよ。もし襲われたら遠慮なく魔法ぶっ放していいから」

「はぁ……」

「うぅ……、少しは拙者を信じて欲しいでござる」

「あんたの普段の言動のどこに信じられる要素があるっていうのよ」

「まぁまぁ、勇五郎さんはそんな人じゃないですよ、きっと」

「…………」


 地味にナチュラルなトドメであった。


「まぁ、実際問題あんたよりもっと問題な奴もいるんだけどね……」


 そう言ってケーニスが視線を向けた先には、ひとり黙々と本を読む男の姿があった。

 トフリク=キラザ。職業、魔法使い。


「まさか素性が全部偽造されてる奴が部下になるなんて思わなかったわよ……」

「あからさまに偽名くさい名前で気付かない隊長が悪い。おかしいと思わなかったのか? 珍名珍姓が並んでいて偽名である事を隠しすらしてなかったんだが」

「まさか領主自らノリノリで素性を隠してるなんて思わないでしょうが、普通」

「認識が甘い。つまりはそれだけ俺の素性が明らかになると拙いという事だろう。まぁ、俺のような男を堂々と囲い込むあの坊主のクソ度胸だけは認めるが」


 低く喉を震わせるようにして笑う男の本当の素性は、領内でも数人しか知らない。
 とは言え、セージが5秒で決めたやる気のない偽名から割と謎の人物として知られていたりもするのだが。
 あまりにも特徴的な小隊メンバーの中では常識人的な視点も多いのだが、やや目つきが悪いのと不穏当な発言が多い事から危険人物扱いされる事が多い。
 ……もっとも、紛れもなく危険人物なのでそれもあながち間違いではない。


「まぁ、訓練校を卒業した事で今の素性も満更嘘ばかりという訳じゃあなくなったからな。クックック、しかもきな臭い臭いがプンプンしやがる。俺好みの展開になりそうだぜ……」

「一応聞いておくけど、快楽殺人者って訳じゃないわよね」

「俺を見くびるなよ。弱い奴になんぞ全く興味は無い。俺が本気を出すのは、本当に強い奴相手の時だけだ。まぁ、雑魚と言えども俺に向かってくるようなら容赦はしないが」

「あっ、そう」

「それにしても、俺のこの偽名。なにやら悪意を感じるんだが……」

「気にし過ぎじゃないですか? セージ様の事はあまりよく知りませんけど、特に意味がある名前って訳でもなさそうですし」

「そうそう、『神官』の兄ちゃんの考え過ぎなのだ」


 年少二人組にそう言われ、トフリクは顎に手を当て吐息にも似た音を吐きだす。


「俺の考え過ぎか。……しかし、わん子。その『神官』ってのは何だ?」

「んー、セージ様的には兄ちゃんを呼ぶ時はそう呼べって。『ある意味あいつにぴったりの二つ名(笑)だから』って言ってたけど」

「……やはり納得がいかん」

「あんたの気にし過ぎよ、『神官』」

「そうそう、気にしても仕方がないでござろう『神官』殿」

「隊長はともかく、お前に満面の笑みでそんな事をほざかれるのは納得がいきかねるぞ。このロリコンが」

「ふっ、ロリコンは褒め言葉でござるっっ!」

「……何となく、色々と間違ってる気がするんですけど」

「なぎー、多分言うだけ無駄なのだ」





 ――とまぁ、問題児集団だが仲は悪くないようであった。







[12812] 【意外と】エルスセーナの休日7日目【仲の良い人達】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/07/18 20:17




 婚約こそ発表されてはいるが、現在の一葉姫の立場はあくまでセージの婚約者であり、決して妻では無い。皇城か離宮に住んでいるのが普通で、何をどう間違えば他国の地で居住する事になるのか、マトモな貴族であれば首をひねるところである。
 では、彼女がリトリー領に堂々と住んでいる表向きの理由は何であるのか?

 実は、奈宮皇国・リトリー公爵領間を結ぶ街道工事の皇国側監査団の責任者としてリトリー領に常駐しているという事になっているのが表向きの理由であった。



 普通であれば、他に実務担当者がいて実質はお飾りなんだな、という理解をすれば話は簡単なのであるが……。

 それで済まないのがリトリー領クオリティ。










■ 美少女(企業)戦士 × 3










「おはようございます、姫様」

「おはよう、ネイ。ケーニスは今日は一緒ではないのですか?」

「ケーニスなら昨日から強行行軍訓練に出ていますので……」

「そういえば、昨日の朝食の時はかなり沈んだ様子でしたね」

「そりゃあ、まぁ。補給無しの状態で3日3晩ぶっ通しで山の中を行軍する訓練ですから……。
 特にケーニスは小隊長としての指揮訓練も兼ねてますからね、テンションも下がるでしょう」


 付け加えるのであれば、彼女はそれが終われば今度はエルト王国南部沿岸に存在する無人島でのサバイバル訓練が待っていたりする。
 都合2週間近くに渡って暖かくて美味しいご飯に安眠できる寝床とおさらばして――しかも超問題児どもと一緒に――サバイバル生活なのだから、この世の終わりみたいな顔をしながら朝飯を食っていても不思議ではないだろう。

 ちなみに、彼女達は諸事情により全員孤児院に住んでいる。と言っても、厳密には住んでいる区画は違うのだが。
 ネイは子供達と同じ区画に住んでおり、ケーニスは士官候補生達が一時的に間借りしている区画、一葉はセージの寝泊りしている部屋に近い最も警備が厳重な区画で寝泊りしている。



 別に意図してこうなった訳ではなく、ネイに関しては諸処の事情により元々孤児院に住む予定だった事、ケーニス達に関しては警察予備隊の急拡大に宿舎の用意が追いつかなかった事が重なったのだ。

 一葉に関しても、一時は公爵家邸宅の余剰スペースに部屋を用意する案も出ていたのだが、流石に奈宮側が難色を示し、警備や本人の希望を踏まえた結果としてこうなっていた。
 実際には公爵家邸宅に住むよりよほど同棲状態に近かったりするのだが、その辺りは奈宮側としては実より名をとったという事だった。
 もちろん、一葉にとっても名より実を取った結果には満足している。

 ……直ぐに、その他の要因(ぶっちゃけると通勤距離が短い)に関してもこれで良かったと心底安堵する結果になったのではあるが。


「ネイもその訓練を受けた事が?」

「もちろんあります。まぁ、私の場合は部隊全員が獣人族でしたので大した苦労はありませんでしたが」

「そうですか」

「その代わりと言っては何ですが、私達は訓練を教導したり補助したりといった事に駆り出されるのが多いので……。セージの奴、ああ見えて人使い荒いですから」

「それに関しては同感です。私も、確かに監査役としての役目をある程度果たしたいと自分で言いましたが……。
 部下が手伝ってくれていなければどうなっていた事か」

「今日も現場の視察ですしね。私も護衛でお供する事になっていますので、よろしくお願いします」


 とても十代前半の女の子同士の会話とは思えない内容だが、学園の戦闘技能系や魔法系の学科クラスを覗くとチラホラ似たような年頃の生徒が交じっているというのだから恐ろしい。

 リトリー領内の景気が良い事と、セージ個人の名声、南ヘルミナ騒乱における警察予備隊の奮戦等がある種の宣伝効果をもたらしているという事もあり、「好成績で学園を卒業すれば好待遇で公爵家へ仕官出来る」という果実をもぎ取ろうとかなりの生徒が目の色を変えているのだ。
 特に他の地域から流入してきた住民の子息は家計の事情が切実な分、まさしく必死であった。
 また、余程の事情でもない限り入学者は基本的には受け入れているという事もあり、学園内にいる生徒の出身は様々である。周辺地域の生徒も増えだしている辺りは、学園の経営という一点で見れば上々の経過と言えた。


「ところで、黒尼殿はどうしているのですか? 本来なら、護衛役は私じゃなくて――」

「まぁ、あたしが付くのが筋なんだけどねぇ」

「うひゃぁっ?!」


 突然背後から背筋を指で撫でられたネイが跳び上がるようにして振り向く。そこに居たのは、今まさに話題に出ていた黒尼だった。

 切れ長の涼しげな目元と男性顔負けの身長が特徴的な、“自称”妹がダース単位でいそうな麗人である。
 やや中性的な鋭い顔立ちはややもすると男性と言っても通じそうなのだが、フィットスーツに近い黒装束を下から押し上げる2つの膨らみのボリューム感と肉感たっぷりの腰からふとももにかけてのラインがたまらんけしからんレベルなので見間違える事はまず無いだろう。

 一言で言うと、びっくりするほど美人さんだという事だ。
 それでいて頭の回転も速く武術に優れ、忍びとしても非常に優秀とくるのだから並みの人間では気後れする事請け合いだった。



 ちなみに、一葉もネイもケーニスも理由こそ違うが彼女が多少苦手であった。


「あー、やっぱネイちゃんはかぁーいーなー。スリスリ~」

「ちょ、やめ、やめろ! コラ、しっぽはあぁん♪」

「黒尼……、ネイがお気に入りなのは分かりますが今は放しなさい。話が進まないでしょう」

「しょーがないなぁー」


 ネイの抵抗を物ともせずに抱きしめてかいぐりかいぐりしていた黒尼が、渋々という表情を隠そうともせずにネイを解放する。

 と同時に一葉の陰に隠れるようにして間合いを取るネイ。
 臣下筋としてその態度はどうよと言うべき身のこなしであったが、(いろんな意味で)ツッコミを入れられる人間はここにはいなかった。


「ぶっちゃけて言うとだね。姫様の護衛は替えが利くけどあたしの代わりはそうはいない、って事だわね。
 セージ君の部下って、情報とか諜報に強い子があんましいないからねぇ。カーロンのじーちゃんも、分析は出来ても持ってくる方となると得意じゃないみたいだし。

 ま、あたしの出番が増えるってものさ」

「……一応、貴女は私の教育係だったのでは無いですか?」

「あー、あれね。パス。あたしには向いてないわ」

「…………」

「あの……、それって拙いんじゃ?」


 絶句する一葉と、恐る恐る聞き返すネイ。もちろん常識人としては正しい反応である。


「正直な話、それもカーロンのじーちゃん辺りがセージ君のついでに見てくれるって事で話がついてるんだよねぇ。

 あ、姫様もネイちゃんも、風林のおっさんにはこれ内緒でね。
 あのおっさんがまだあたしの名目上の上司だしさ。やっぱ給料減らされそうな情報が上がんのは拙いし」

「……カーロン殿の事ですから、風林にも話はいってるのでは?」

「うーん、まぁ、姫様の言う事ももっともか。じゃあ、もし給料を下げられたらその分姫様の未来の旦那様に出してもらうって事で」

「どうしてそうなるのです……」

「あたしのモットーは『給料分』だからね」


 あっけらかんと言い放つ黒尼に、遂に一葉の右手が眉間へと伸びる。
 頭を抱え出さないか心配になりそうな構図だが、その一葉にトドメの一言が……。


「まぁ、あの坊やなら上司にしてもいいかなー、とは思うし別に給料減ったら減ったでいいんだけどね」

「黒尼……」

「やー、もし奈宮をクビになったらいつでもウチに来い、なんて言われちゃってさ。幾らぐらいで買ってくれるかって聞いたら、ちょっと凄い額が出てきてねぇ……。
 キチンとあたしの事も評価してくれてるし、ね♪」

「ね♪ じゃありません……」


 盛大な溜息を吐く一葉に向かって、少しだけ真面目な顔になった黒尼が目線を合わせる。


「……姫様。ちょいと真面目な話をするけどさ、あの国では家柄が低い奴や女は出世できないんだよ。それに、能力をキチンと評価されるっていうのも思った以上に少ない。
 風林のおっさんや陛下はいいさ。あたしごときが言うのもなんだけど人が出来てるし、能力があれば多少の問題には目を瞑ってくれる。
 自分でも思うけど、あたしみたいなのが姫様付きになってるってだけでも凄い事さ。

 でも、あたしじゃそこまでだね。姫様の便利な部下、って以上にはなれないさ。

 それが、ここじゃ全然違う。あたしみたいなちゃらんぽらんな性格の奴でも、使えるとあったら限界まで使い倒す。年齢や身分が足りてなくたって同じさ。
 あの坊やは、徹頭徹尾、仕事が出来るかどうかだけで部下を見てる。まぁ、一部例外はあるけど、そのくらいならかぁいいもんだわ。

 つまりさ、あたしはここじゃ頭を張れるんだ。情報や諜報の分野に関して、自分の能力を上回る奴が出てこない限りはね。
 そうなると、給料分くらいは働いてやるかっていうのとは違うのさ。色々とね」


 黒尼の言葉に、一葉は瞑目するしかなかった。



 確かにリトリー家の人事のやり方は滅茶苦茶だ。抜擢に関する諸々をほぼ完全にセージやカーロン個人の力量(セージの場合は裏技と言った方が正しいが)と名声に頼っている状態で、秩序も何もあったものでは無い。
 だが、他所では評価されなかったり、あるいは出世しにくそうな者が拾い上げられているのもまた事実だった。

 どちらが優れているという話ではないが、黒尼に関してはセージのやり方が水に合ったという事だろう。
 そして、今現状のリトリー家が直面する事態に即しているやり方だとも。

 それが分かる程度には、一葉は様々な事を風林から学んでいた。


「だいたい、同じ働くならかぁいい子が多いトコの方がいいに決まってるからね!
 ネイちゃんもそうだけど、ホイミンもあれで中々だし、ケーニスちんも悪くないし。ココの子達もかぁいいしねー。セージ君も、割と好みだしさ」

「…………」

「…………」


 どう聞いてもこっちが本音だった。
 空気を和ませるとかそんなんじゃあなく、何か変なオーラが漂ってきそうなくらいガチでマジの本音だった。



 さっきまでの真剣さが台無しである。
 あと、ネイの耳が伏せられてる。地味に怖いらしい。


「そうだ、姫様。ヤる前に一発味見させてくれない?」

「いっ?!」

「あぁ、姫様じゃなくてセージ君の方ね。いっぺんああいうかぁいい男の子を押し倒してみたかったんだけどさー、なっかなか機会が無くて。
 ね、一回だけでもいいからさ」

「そんな事を言われても……」

「えー、いいじゃない、女と違って減るもんじゃないんだしさ。ほら、姫様だって下手くそなのよりも上手い方がいいでしょ?」

「それはその、そうかもしれませんけど……。し、知りませんっ!」

「やー、流石姫様! 度量のデカさは三国一だね。将来きっといい女になるよ」

「あ、ありがとう……」

「それじゃ、あたしは任務があるんでこの辺で。ネイちゃんもまたね~」


 現れた時と同じく風のように去っていく黒尼。あっという間に姿が見えなくなるのを、一葉とネイはキツネにつままれた様な顔をして見送るばかりだった。


「姫様……」

「……何か?」

「今のって、姫様が黒尼殿の行動を『知らない』事にしてあげる、っていう意味にとられちゃったんじゃ?」

「…………」

「…………」

「だ、大丈夫です。大丈夫、のはず、です……」


 何が大丈夫なんだろうか? とか、セージ様って意外と――というよりフツーに押しに弱いと思うんだけど? とか、色々と思わないでも無かったネイではあるが。


「はぁ……」


 結局、気の抜けた返事しか返しようが無かったのであった。










■ 一方その頃……










「こらそこぉっ! ポーカーなんてやってないで配食の手伝いでも――わん子は手伝っちゃダメ! なぎーと一緒に大人しく待ってなさい。
 あぁ、ロリコンと神官はサボったら簀巻きにしてそこら辺に吊るすから。妙な事をしても以下同文。

 だーかーらぁー! わん子は大人しくしてなさい! 待ちきれないのは分かってるから! 待てなくなったらそこのアホどもの分で我慢しときなさい」

「ちょ、横暴でござるよっ!」

「文句があるならさっさと準備しなさい。それとも何。あんなに可愛い子のちょっとしたお願いも叶えてあげられないっていうの?」

「……この角勇五郎、美少女の頼みとあらば神をも超えて見せるでござるよ! おりゃりゃりゃりゃーっ、でござるーっ!」

「す、すごいです……! 川魚があっという間に捌かれて串まで打たれてますよ」

「……私の目には、一瞬食材が七色に光ったように見えたんだけど」

「気のせいだ。というか、気のせいだという事にしておいた方が色々と悩まなくてよさそうだぞ、隊長」

「ボクとしてはおいしいご飯が食べられるならその過程や方法なぞどうでもよいのだァーッ、なのだ」





※ コーナー中に使用された食材はサチさんが美味しく頂きました





「食べ物を粗末にするのはよくないのだ」







[12812] 面従腹考
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2010/12/12 10:00


 領主が代替わりして以降ありとあらゆる様相が目まぐるしく変化しているリトリー公爵領ではあったが、もちろん変わっていない事も多々あった。
 その中の一つに、領民や家臣団の間に暗然と知られている一つの小噺がある。
 曰く、


「領主様が熱を出して寝込んでもリトリー領はくしゃみ一つだけで何事もないが、カーロン様がくしゃみをするだけでリトリー領は即病床送りになる」


 セージの発案する事は発想が奇抜な事も多いが、確かに効果が上がっている。
先代に比べれば貴族として浮いてしまうほどに節制を心がけている事もあり、概ね彼に対する評価は高かった。

 だがしかし、公爵家の平常業務を切り盛りしているのは相変わらずこの老臣なのだった。
内政・外交・軍務その他諸々の諸官の総纏めを行いつつセージに対して高度な助言を行える人間は、彼をおいてほかに居ない。



 ひと頃の警察隊や警察予備隊・学園の立ち上げ等などに関する業務の忙しさからは解放されているものの、それでカーロンの元に持ち込まれる案件が減る訳ではなかった。

 割とカオスな事になっている学園の事に関してはある程度現場に丸投げしてしてしまっているが、それでも問題がありそうな入学希望者の選別にはカーロンが直接関わらざるを得ない場合もある。

 北方の情勢が悪化し続けている現状では情報の収集と分析を怠る訳にもいかない。
今のところは一葉姫付きの女武官である黒尼が携わっているとは言え、カーロンの手を完全に離れる事はあり得ない。

 軍や警察隊に関してもオイゲンやビリー、クライドを始めとした後進が何とか平常運転をこなしているものの、何事かが起こればカーロンまで問題が上がってくる。
ついこの間も、猟兵小隊を新たに編成するという事で少なからぬ労力を費やしたばかりだ。



 だが、カーロンの胃にダメージを与えるのはそれら領内の問題だけでは無い。
 リトリー領内や近隣領地には、それぞれの思惑を持った勢力がそれなりに存在しているのだ。

 まず、獣人族等の受け入れに際して森の住民達と危うく武力衝突するところだった事がある。
 突如として移民――実のところ、これは獣人族に限らなかった――が大量に流入してきた結果として、森の住民と新規住民とのいざこざの発生頻度が加速度的に増加。
一時は領民の要請を受けた警察隊と応援に呼ばれた警察予備隊の一部中隊が森の住民の民兵集団と睨み合うという、まさしく一触即発の事態にまで発展していた。

 そんな状況下で森を捨てた森の住民などという双方にとって厄介な存在をあっさり雇用してきたセージに対してはカーロン怒りの半日説教&現状説明会が開かれたりもしたが、結果的にはカーロン自身やタイオンを始めとする文官及びビリーによる交渉が上手く纏まった。
 今まで通りの相互不干渉に近い状態を維持する事に決まった事で、辛うじてカーロンの胃に穴が開く事は無かったのだった。

 もちろん、それらの影でオイゲンがカーロンに平謝りしていたりケーニスが色々と不機嫌になったりネイやクライドが獣人族側を取り纏めるために奔走したりと、それぞれのドラマがあったりもする。



 あるいは、セージが完全にエルト貴族の社交関係を無視している事に頭を抱えたりというのもある。
 なまじセージが目指すところが見えるだけに、カーロンとしてもそちらに必要以上に時間を割けとも言えないのがさらに問題をややこしくしていた。

 貴族社会は無視できないが、だからと言って軌道に乗りかけている領内体制の構築を疎かにも出来ない。
 今の公爵家の尋常ではない政治的決定の速さを支えているのはカーロンの実務能力とセージの決断の速さによるところが大きいので、セージが他の事に拘束されてしまうと途端に領政の効率が目に見えて落ちるのだ。
確かに実務はカーロンを始めとする諸官が担っているが、セージの裁可や判断が必要無いという訳ではないのだから当然である。

 これで時間に余裕があれば何とでもなるのだろうが、生憎とヴィスト王国は時間に厳しい。



 結局、現在のところはウルザー家とロイア家に対する義理だけは大切にするように、という対応に留まっていた。
エルト王国内の政治と軍事に関して強力な影響力を持つ両家との仲さえこじれなければ他の有象無象の貴族はどうとでもなる、というのがカーロンの見立てであったからだ。
 実際、リトリー家は王家に次ぐ大身と言ってもいい立場にあったので、余程の事が無い限り敵に回そうなどと考えるエルト貴族はいなかった。一時期に比べれば衰えたとはいえ、エルト3公の名は大きい。



 とは言え、やはり中央での影響力の減少は避けられそうにもなかった。
ムストや宰相との繋がりはあるとは言え、貴族達の発言力も馬鹿には出来ないのだ。そんな中では、いくら名門とは言え社交界に出てこない12歳の当主の発言力などタカが知れている。

 ヴィスト軍相手に奮闘した実績はあるかもしれないが、それだけで通じるほど政争の場というのは甘くは無い。
 セージに好意的な立場をとるムストは爵位を持たないが故にエルト国内の貴族には軽んじられがちであったし、国内に睨みが効くロイア伯爵は特定の個人に肩入れする事はまずあり得ない。
 アルバーエル将軍やノア将軍といった軍の重鎮に気に入られている事は、軍事に関わるならともかく政治の場ではそう効いてくる訳ではない。



 これは余談だが、エルト3公のうち2人までが国内の政治動向に対してほぼ全く手出しをしない状況にあるというのはロイア伯をして頭を抱えせしめていたりする。
 最悪、反ロイアで動いてくれた方がまだしも雑多な貴族達の動向を把握しやすくてよろしいのだが、等と冗談ともつかぬ事を考える程度には。
 残るキューベル公爵は貴族相手の重石としてロイア伯のサポートに奮闘してはいるが、代替わりしたばかりで万全とは言い難い。

 結果、雑多な貴族がそれぞれに統制のとれない集合離散を繰り返しつつ国政に口と手を挟もうと蠢動するという、何とも始末に負えない状況が出現している。

 一応、軍の実権を握っているアルバーエルがロイア伯を全面的に信任しているので宰相に対する表立った反発は出ていないが――


「エリック殿も苦労しているようじゃな……」

「エルトの誇る白狐殿と言えど、本来貴族達を纏め上げる3公のいずれも中央の政治に関して力にならないというのではやりにくいでしょうな」


 ロイア伯爵からの私信を丁寧に折り畳んで、そう苦笑するカーロン。手元には蒸留酒の入ったグラスが涼しげな汗をかいている。
 差し向かいでグラスを手に取っていたオイゲンが、一口琥珀色の酒で喉を焼いて相鎚をうった。

 場所はカーロンの私室だ。飾り気のない部屋の中で、唯一の彩りと言ってよいのが2人の手元にあるグラスであった。派手ではないが、重厚な質感と丁寧に作りこまれた彫がその価値を物語る。
 グラスに浮く氷はオイゲンの部下の魔法使いに頼んで調達したもので、これらだけが彼らのちょっとした贅沢だった。


「まぁ、宰相殿もその辺りは織り込み済みじゃろうて。ウルザー公は政治向きの動きを避けておられる節があるからな。軍権をあらかた握っておる面からの遠慮と性格から来るものとは半々じゃろうが……。
 他方のキューベル公は代替わりしたばかり。ロンギュスト殿はそれなりに上手くやっておられるとは思うのじゃが、先代と比べてしまうとの」

「それに加えてセージ様も代替わりしたばかり。しかもまだ12歳ですからね」

「これで中央の老獪な政治状況を上手く捌けるような方なら、このヴィンセント=カーロン、己の不明を恥じて憤死しておるところじゃわい」

「カーロン殿がそうなら、私などどうなるものやら想像もできませんな」


 口を笑みの形に歪め、オイゲンは手元のグラスを静かに机に置いた。氷が踊り、涼やかな音が鳴る。


「初陣の時は驚いたものです。それに、奈宮へと参った時も。こう言っては何ですが、当主になる事でこうも変わるものかと内心の動揺を隠すのが大変でしたよ」

「みな、多少やんちゃな普通の少年だとばかり思っておったからな。立場は人を作るとはよく言ったものじゃが……。
 このヴィンセント=カーロン、自らこう言うのは愚かしく無様ではあるが。

 セージ様には今少し、少年のままで過ごしていて頂きたかった。
 いやせめて、こうなると知っておればあの船は――」

「カーロン殿、もはや悔いても時は戻りますまい」

「クロード!

 ……いや、そうじゃな。お主の言う通りじゃ。悔いても時は戻らん」


 グラスを手放した手を強く握りしめるオイゲンの姿を見て、そうしてから杯を呷るカーロン。
 2人が共に時間を取れる事などそうない事から差し向かいで飲む機会はそう多くは無かったが、たまの機会には酒量が増えた。
 互いに、思う所は多い。先代の統治――と、そう呼べる物であったかどうかは当人達が最もよく知っているが――の事を良く知る古参の臣の中でも中心的な立場にあった2人だ。

 互いに互いを良く知っているし、ある種一蓮托生の間柄でもあった。今はどうかは、セージ次第といったところか。


「それにしても、相変わらずトラブルに忙殺されているのは何ともなりませんね」

「昔よりはマシじゃろう。トラブル自体は厄介な物が多いが、前向きじゃ。処理していて暗澹たる気持ちになるなんて事は少ない。
 ……ややバカ騒ぎの類が増えた気もするが、若い連中が少しずつ集まってきとるせいかもしれんの」

「やはり、獣人族が?」

「いや。彼らに関しては、既存の住民とのトラブルは、まぁ森の住民とのアレを除けば無いに等しい。彼らは彼らで独自に集落を築いておるからの。そのせいで森の住民と全面対決一歩手前までいったのだから、一概に良かったとは到底言えぬが」

「では、他領からの流入ですか……」

「エルスセーナに出稼ぎに出てきた若者の定着が思ったより多い。恐らくじゃが、治安の良化と税の引き下げが効いておるの。ジーの村付近の船着き場も順次拡大しておるし、徐々に領内がコドール大陸南方の交通の結節点となりつつある。
 出稼ぎの若者にとっては、王都とエルスセーナのどちらに行くか迷う程度にはなっておるようじゃな」

「南北交通に加え、東西交通も打通しそうですからね」


 元々南北交通の要所であるハイマイル峠を領内に抱えるうえに、ヌワタ地方からの街道の接続とノイル王国方面への河川交通が整備され始めていた。
 治安の良化と税率の引き下げもこれに加わり、利に敏い商人達がまずリトリー領内へと進出していた。無論、元からこの地に根を張るマイル商会を始めとした商人も彼ら以上に商活動を活発化していた。
 もちろん王都と比べればエルスセーナの経済活動の方が小さいが、底まで落ち込んでからの回復途上なだけに求人の数はそれなりに多い。上昇途上という勢いもあり、各地の人々の話題に上る事が少しずつ増えてはいた。

 物と人が流れれば、当然金も流れる。また、統治者が領内開発に投資した資金は消費として領内経済を活性化して景気を浮揚する。
 農産物の収穫や鉱工業の生産高を増やすのは一朝一夕では進まないが、物流拠点として発展するのであれば――人口増や農工業生産増に比べれば――比較的短時間で事は進められる。リトリー領の立地条件の良さこそが今のリトリー家の最大の武器であった。

 そうして、セージが矢継ぎ早に行った政治的決定の内のいくつかが芽を出しつつある。もちろん埋まったまま朽ちそうな種もあるが、幾ばくかでも芽が出ているのは大きい。それが大きく育てば言う事は無いだろう。



 一見して順調そうに見えるが、しかし大きな落とし穴もあった。


「ただ、周辺の領主に関してはの……」

「どちらの対応を取られそうですか?」

「エルス湖南部周辺の領主に関しては、もはや時間の問題じゃな。既に湖上交通の拡大の流れは止められんし、農産物や魚の売買を通じてリトリー領の経済圏に巻き込まれてしまっておる。今更どうこう言えるものではないだろう。実際に、学園にも何人か領主の子女が通っておる事だし」

「本当ですか? 俄かには信じ難いのですが……」

「流石に面接は直接行ってはおるが……。ものの見事に、セージ様と歳の頃が近しい女子ばかりじゃったわ。彼らが何を考えているか、実に分かりやすいの」

「分かっていて許可したのですか。カーロン殿もお人が悪い」

「セージ様は、私的な事ではどうも姫様には頭が上がらぬようじゃからな。度の過ぎた女好きという訳でも無さそうじゃし、彼女らには悪いがの」


 つまり、体のいい人質である。無論、それが公的な物でなくともセージと男女の仲になれば周辺領主にとっては強力なコネになるが。
 もっとも、双方共にこの辺りは織り込み済みだ。送り出した当事者にとってさえ、男女の仲になるかどうかは当たれば儲け物程度のオマケに過ぎない。
 自分達がリトリー家に接近したいという意志さえきちんと伝わっていれば概ね問題無いのだから。


「しかし、西街道沿いの領主はあまり面白くはなさそうじゃな」

「ライーゼの街もカレントの街も、景気は良くないそうですからね」

「治安も若干ながら悪化しておるという話もある。さりとて、税の取り立てや罪人の処罰は領主の権利じゃからな。警察隊を派遣してどうこうというのは不可能だし、商人達の自由は束縛出来ん。
 かと言って、彼らの要求通り補償金を支払う等というのも馬鹿馬鹿しい話じゃ」

「そんな要求が出ているのですか?!」


 思わずといった風に声を上げるオイゲンであったが、無理もない。
 ライーゼの街やカレントの街の貧困層の生活の悪化に対する義援金という名目ではあったが、大きくてもせいぜいが伯爵程度の宮廷序列でしかない領主が公爵相手に要求するような内容ではなかった。
 セージが――主に年齢と経験の点から――舐められているという見方もできるし、彼らがそれほどに切羽詰まっているという見方もできる。いずれにしても、尋常な事ではなかったが。


「内々に、というレベルじゃがな。むしろ、このままでは立ち行かなくなるという悲鳴にも近いのかもしれぬが……。これ幸いと、彼らに接近しておる貴族もおる」

「……セージ様には?」

「もちろん申し伝えてはおる。じゃが、『限りある資金を領地と警察隊・警察予備隊の整備拡大に注ぎ込むのとエルト国内の貴族へばら撒くのと、対ヴィスト戦を睨んだ上でどうすれば一番有効か考えるべきだな』と言われてしまってはな」

「我らの金庫には無限に金が詰まっている訳ではない、か」


 今のところ、マイル商会の協力分の貯金と減税したにもかかわらず若干の伸びを見せている税収及び公爵家が出資している河川交易の収入で何とか収支バランスが保てている、というのが実態だ。
 将来的に独自の戦力として存在感を示せる数字――具体的には槍・騎馬・魔法・他の混合編成で1万~1万5千程度の正面兵力をそろえるのが目標として、現状の充足率は3割に届くかどうかといったところだ。つまり、そう遠くない未来には最低でも現状の収入の3倍から4倍は必要となってくるという事である。
 カーロンがどんなに楽観的な財務見通しを持っていたとしても、1B(ブレット)たりとも無駄には出来ないだろう。常識的な財務担当なら無茶な軍備を計画する君主を腹を切ってでも諌めるところだ。

 だが、ヴィスト王国軍の奔流をハイマイル峠という堤で抑えるにはその程度の数は最低限必要である。ハイマイル峠からエルスセーナに至る土地は平野部が狭いせいで大軍を展開するのに不向きだとは言え、数千程度の軍勢では波状攻撃を食らった際にあっさりと土俵を割りかねない。
 そしてかつ、元々軍事色の薄いエルスセーナの防御力は当てにならない。


「傭兵や臨時に徴兵した農民兵を一切軍から排除するというセージ様のお考えには正直やり過ぎだと思っておったのじゃがな……。南ヘルミナでの戦いで率いていたのが農民兵などであったらと思うとな」

「それほどですか」

「あぁ。……強い。そう肌で感じた。ノア将軍の横撃への対処など、思わず笑ってしまうほどじゃったわ。将兵双方のレベルが高くまとまっておる。
 なるほど確かに、あれに対抗しようと思うのであれば生半可な調練では届かぬわ」

「……手を拱いていればヴィストに蹂躙され、蹂躙されまいとすれば財政破綻へまっしぐら、ですか。あまり愉快な未来図ではないですな」

「まぁ、財政破綻に関しては何とかなるだろう。セージ様の発想は突飛過ぎて理解し辛いものも多いが、それなりに効果も出ておる。それに、戦局が差し迫ってくれば領内の獣人族や王家からの支援も期待できる。
 セージ様もそう読んでおられたが……。甘いのか抜け目ないのか、抜けているのか冴えているのか……」


 苦笑し、グラスを傾けるカーロン。
 自身の仕える相手の事が良く分からないとは思う。

 どういう思考経路でその発想に至ったのか理解が出来ない発想がいくつもある事。
 領主として立つ前と後で別人のように豹変した事。
 戦場では肝の据わっているところを見せるくせに、時折何でもない事で腰砕けになる事。
 政務での姿と、たまの休みの時の姿と。
 一葉やネイ、ケーニスに対する視線。ロイア伯親子やアルバーエル将軍に対する視線。カーロンやオイゲン、黒尼等に対する視線。それぞれの微妙な温度差や色の違いは、さてどこからくるものなのか?


「……まぁ、いずれにせよ我々は我々の成すべき事を成すだけか」

「もちろん、私達がここに居る理由はそれしかありますまい」

「違いない」





 ――2人にとってこれが、コドール大陸南部に戦火が迫るその前の最後の酒席であった。







[12812] 合従連衡
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:04a23c3a
Date: 2010/08/15 13:35




 南ヘルミナ騒乱から約2年、リトリー家の警察予備隊が驚くべき早さで形となりつつあったその時期に、都市オルトレアにて大連合が成立した。
 東の大国奈宮皇国を筆頭に参加国は軽く2桁に上り、後の歴史家にコドール大陸史のターニングポイントの1つであったと評される事になる出来事であった。
 以下は、参加国の一覧である。



奈宮皇国
ビルド王国
ホークランド王国
ガンド王国
ノイル王国
エルト王国
ワノタイ公国
ロードレア公国
インスマー公国
モンスワー王国
デルトウル王国
四峰家領国
神楽家領国
ルウツウル小国連合諸国



 ルウツウル小国連合を除いても13ヶ国、ルウツウル小国連合の小国家群まで数えると20ヶ国を越える国家が参加する大同盟だ。
 仮想敵国は当然、包囲される形になっているヴィスト王国。宣戦条項まで付いているどこからどうみても対ヴィスト軍事同盟なのだが、これに対するヴィスト王国の対応は迅速かつ苛烈であった。



 オルトレア連合成立から僅か半月後、ヴィスト王国にて大規模な動員が行われれる。
 それと同時に、南ヘルミナ騒乱に関する――既に時期を逸しているはずの――抗議がビルド王国とエルト王国へと届いた。





『一 先の南ヘルミナ騒乱におけるビルド王国とエルト王国の行動は内政干渉であり、厳重な抗議の意を表明する。

 一 ヴィスト王国は両国の公式な謝罪及び、当該事件でヴィスト王国が受けた損害に対する賠償を要求する。

 一 当該事件においてヴィスト王国軍とビルド王国軍並びにエルト王国軍が宣戦布告無く戦闘状態に入った件についての訴追のため、ルーティン伯爵とリトリー公爵の身柄を要求する。



 なお、両国がこれらの正当な要求を不当にも拒否した際にはこれを我がヴィスト王国に対する最終通告と見なす。』





 これらの要求を両国が飲む事などありえない。要求した当のヴィスト王国首脳陣も重々承知しているその通告はつまるところ。



 ――事実上の宣戦布告だった。





















 なるほどな……。
 ヴィスト王国の狙いはこれか。



 今更南ヘルミナ騒乱の事を掘り返してきたのは、なんて事は無い。オルトレア連合が正式に成立するのを待ってたんだ。

 喧嘩を売るなら纏めて1度に売った方が楽だし、敵ははっきりしている方がやりやすい。

 しかも、連合という数に安心して油断する所も出る可能性もある。
 人間、周囲が敵か味方か分からないときは緊張も警戒もするが、周りにいるのが味方――それも、圧倒的多数――だと分かるとそれを持続させるのは難しい。

 だいたい、いちいち連合に参加する他国の意向を窺いながら行動するなんて時間をロスするだけだ。
 意志決定の速度という最重要のポイントでヴィスト王国に比較にならないほど差をつけられているのは大きい。



 もちろんヴィストにとっては四方を敵に囲まれる事になるが、自国の軍事力に絶対の自信があるのなら手としてはありだ。
 それにまぁ、どちらにしても潜在的敵性国家に周囲を囲まれている事に変わりはないからな。

 この手を選択する事で被るデメリットはそう大きくない。



 いの一番にビルド王国を狙う理由も簡単だ。まずは東西の連携を遮断するつもりなのだろう。
 海路の遮断こそ難しいが、互いの兵力の陸上移動を阻止するだけでも効果は大きい。
 相互の連絡を絶って各個撃破するってのは、少数で多数を相手取る時の王道だからな。



 コドール大陸の地形の問題もある。

 ヘルミナ王国中・南部からビルド王国にかけての西側は、ヒマラヤ並の天険が城壁の如く聳えているのだ。
 軍がまともに通行可能なのは、ヘルミナ北部以北を除けばカイルラン峠しかない。

 両国の東にもまた、アルプス山脈並には険しい山々が控えている。
 こちらはまぁ、軍を通せる場所はいくつかあるので例えるなら鉄条網くらいだな。

 そんな地形関係なので、ビルドが陥ちれば旧ヘルミナ王国領に駐留させる軍の兵力を節約できる。平定や民心掌握もやりやすくなるだろう。



 まずはビルドを押さえ、それから東西へ手を伸ばす。必然の一手に近いんじゃないか?
 ヘルミナを抑えているのでもかなり遮断は効いているが、やはりカイルラン峠近辺を含めたビルド王国北部地域を抑えているかどうかは大きな違いが出るだろう。
 カイルラン峠自体は一応ヘルミナ王国領という事にはなっていたが、あの周辺はビルド王国の影響が根強い地域らしいからな。



 それに、宣戦布告の理由もな……。

 いや、理由自体は大した事じゃないんだけどな。その気になればどうせ適当に理由はつけられる。
 問題なのは、その理由がそのまま次の1手になっているところだ。

 もし仮に両国がこの条件を飲んで戦争を回避しにいっても、恐らく戦わずして国が瓦解する。
 国に仕える貴族を差し出して媚びへつらうなんて、1発で国の威信が地に落ちるからな。
 下手をすればそのまま内乱だし、そうならなくても民心が離れてしまう。そして、民衆の心が離れた国は脆い。

 何より、国内の貴族の忠誠が期待出来なくなる。まぁ、部下を敵に売る上司になんて誰もついて行かないよな、普通。
 そうなれば後は寝返りの嵐が吹き荒れるだけだ。国内の貴族がまるでオセロのように雪崩をうって親ヴィスト派へと走り、王家が倒れ、傀儡政権が立つ。
 操り糸を持つのが誰かなんて誰でも分かるだろう。



 ま、そうなるのが目に見えているからこそこうなるとは心配していない。問題は別にある。

 今回の要求を聞いて動揺する貴族がまず間違いなく出る、という事だ。

 そりゃあそうだよな。同じ貴族とはいえ他人を売るだけで自身の領地の安全が確保出来るんだから。目先の利に釣られても仕方ない。
 動揺するなって言う方が無茶だろう。

 ただ、動揺した貴族には脈ありと見たヴィストの調略の手が伸びるだろう事がな……。面倒だ。
 その辺りは宰相殿やムストが対応するだろうから、一先ず脇に置いておく。



 1番の問題は、予想されるヴィスト軍の進攻を止めなきゃまずいという事で。
 実のところ、これだけで既に厳しい。

 単純に、ヴィスト軍が強すぎる。

 しかも、予想通り先手を取られてしまったってのもキツイ。分かっちゃいたけど、本当にキツイ。
 ヴィスト王国は自由に戦力を動かせるのに対して、こっちはマックラー・クングール・クルガの3方面を等しく警戒しなければならないのだ。
 ある程度マックラーを分厚く布陣してクングールとクルガには万が一の場合マックラーから後詰を送るという筋書きは描かれちゃいるが……。先制されてそのまま粉砕されかねない。憂鬱な気分にもなるってもんだ。



 渉外関連の部署の部下が作った報告書を机に投げやりに置き、ため息をつく。
 その報告書を持って来た当の本人であるカーロンは、そんな俺の様子に苦笑しながら報告を続けた。


「ビルド王国、我がエルト王国共にこの要求を即日拒否しました。また、予想される戦闘に備えて各国に救援と警戒を呼び掛ける急使が派遣されています」

「間に合いそうか?」

「クルガ方面には奈宮皇国と神楽家領国の2万5千が何とか間に合いそうです。マックラーはビルド王国軍が主体に、アルバーエル将軍指揮するエルト王国軍2万と傭兵団『七英雄』が入ります」

「『七英雄』?」

「ビルド王国とエルト王国に存在した複数の傭兵団の複合傭兵団です。元は7つの小・中規模傭兵団だったらしいのですが、ラルフウッドという者が連合をとり纏めて今や大陸有数の強力な傭兵団になっています。
 元から戦慣れしている傭兵がそれなりに纏まった数で強力な指揮官の元運用されるのは無視できない効果をもたらすでしょうな」

「となると、数は足りているか。後はクングール方面だが……」

「ノイル王国軍の動きは鈍く、クングールに入ったビルド王国軍も西部の諸候の軍勢の寄せ集めに近いです。クングール自体の守備力は高いのですが、不安は拭いきれません」

「マックラーの兵力は分厚いから、そこから後詰めを送るだろう」


 つーか、それしかない。
 もし仮にクングール方面に主攻が来た場合、クングールでビルド・ノイル連合軍が篭城している間にマックラーに最低限の備えを残して全軍で急行。クングールを背に負うヴィスト軍に決戦を挑む。
 ちなみに、クルガに来た場合も以下同文だ。


「このヴィンセント=カーロン、嫌な予感がするのですが……」

「だからと言ってマックラーの防備を薄くする訳にもいかないだろう。あそこが陥ちたら事実上ビルド王国が陥ちたも同然。オルトレア連合が東西に分断されてしまうぞ」

「クングールが陥ちても同じ事です。
 カイルラン峠周辺を固められてしまえば、東西の陸路交通は断絶します。海路は残りますが、軍事的に有機的な連携が取れるかどうかとなると怪しいものでしょう」

「それはそうだが……。何なら警察予備隊を出すか?」

「それが無理なのはセージ様も分かっているでしょう。そもそも、セージ様の年齢で戦場に出る事自体、このヴィンセント=カーロンは反対なのですぞ」


 今回の援軍の動員は王国からの正式な命令だ。動員に関わる貴族はもちろん、そうでない貴族も、命令に逆らうような事をすれば反逆の意志有りと見られる。
 勝手に援軍を派遣したりなんぞしたら今度こそ何らかの処罰を受けるだろう。

 まぁ、そもそもの話。
 リトリー勢はハイマイル峠を押さえる兵力として認識されているだろう。万が一の際にヴィスト軍がエルト王国になだれ込んで来るのを防ぐ重要な守備兵力だ。
 重要な会戦になるだろうとはいえ、他国の援軍に出して損耗させるのはよろしくない。そう考えられているんだと思う。
 2年前の小勢ならともかく、今のリトリー勢は3000程の纏まった兵力を持っている事だし。警察予備隊の規模の拡大には余念が無かった成果だ。


「しかしまぁ、年齢云々は仕方ないだろう。もし仮に動員令が出た時にカーロンに名代を任せる事に不安は無いが、味方の士気が違う。
 ……南ヘルミナ騒乱でうっかり名声を得てしまったからな。
 張り子の虎でも、牽制くらいにはなる。そう思われても不思議じゃない」

「もう1度同じ事が出来ると、セージ様自身もお考えですか?」

「まさか。
 敵さん並に優秀な指揮官がこっちにも何人かいて、かつ状況が互角なら、何とかする策を出せるかもしれないって程度だよ。
 何も出来ないとまでは言わないが、俺ひとりで状況をひっくり返せるなんて思っちゃいない。それどころか、足手まといになるかどうかを心配する方が先だろうさ」

「このヴィンセント=カーロン、それを聞いて安心致しました」


 実戦と演習で十二分に思い知ったからな。
 作戦参謀や戦略級指揮官としてならともかく、前線指揮官としては足手まといにならないようにするのが精一杯だ。
 1人で戦況をひっくり返すどころか、普通に弱点になりかねない。

 まぁ、前線指揮官に関してはなんだかんだで充足しつつあるから俺が出しゃばらなくてもいいのは救いだな。
 少なくとも、カーロンやノア将軍の代わりをするなんて無理難題は避けられる。


「本音を言うと、ビルド王国を併呑した辺りで諦めて欲しいんだけどな……。それだけで俺の苦労は半分以下になるんだし」

「そう簡単にヴィスト王国の膨張政策は止まりますまい。ビルド王国を倒して直ぐに我が国に牙を向けるのかどうかは分かりませぬが……」


 いずれ必ずハイマイル峠を中心とした地域が主戦場になる時が来るだろうな。
 なにせ、こっちが抱え込んだ獣人族はカーディル王の嫁さんの仇だからな……。
 しかも、よりにもよってリディア姫の母親だし。ありえん。確か、カーディルが1番溺愛してた側室だっただろ。

 ……こりゃあ、本格的に旗立ってるよなぁ。しかも、特大のがさ。


「ビルド王国の興亡が掛かった会戦なのにすぐそばで結果待ちするしかないってのもな……。心臓に悪い」

「はぁい♪ そんなセージ君にとっておきの情報があるんだけど、どう?」


 ……姐さん、窓から入ってくるのは構わないんだけどさ。ここ、4階だぜ?
 燃えるような赤毛のポニテが風に揺れてるのを見る限り風もそこそこある筈なんだが。そこは流石くのいちと褒めるべきか、無茶をすると呆れるべきか。

 カーロンも何を言うべきか迷っている風な様子で、とりあえずという感じで開いたままの窓を閉めに歩いた。


「黒尼殿……。色々と言いたい事はありますが、一つだけ。窓から転げ落ちて怪我などしても仕事は同じようにやってもらいますぞ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。あたしゃ忍びだよ。
 それよりも、良い情報と悪い情報と最悪な情報があるんだけどさ。どれから聞きたい?」

「……まぁ、メインディッシュは後に残しておこう。良い情報から頼む」

「オッケー。良い情報としては、ヴィスト軍の大まかな数と主だった将の配置が判明したよ。
 まず、クングールに2万。率いているのは、主将がロンゼン将軍で副将がセルバイアン将軍。
 次に、クルガにも1万5千ほど。率いているのはジャン=スーシェ将軍」


 クングールに2万でクルガに1万5千という事は……、主攻はどこだ?
 マックラーはどうだ? いやしかし、ヴィスト軍の動員力を考えるとマックラーに割けるのは3万強程度になるはず。
 相互に連携するにはやや遠い以上、そういう風に兵力を分散するのは得策ではない。ある程度牽制目的で別働隊を派遣するにしても、個々の兵力が適正でないといけないしな。

 第一、それぞれに大差の無い兵力で分散して攻勢に出ても攻撃側の優位が全く生かせない。
 攻撃側の最大の優位というのは、攻撃するタイミングと場所を自由に選択できるという事だからだ。実際、魔法なんて物騒な物が無くとも大砲の出現以降は攻撃側と防御側ではどちらかと言えば攻撃側が有利だったのだ。
 機関銃の出現によって振り子の振れは防御側に再び傾いたが、それだって戦術レベルでしかない。戦略レベルで見れば、やはり攻勢側の選択権の優位が大き過い。

 そして、魔法は大砲の代用くらいにはなる。

 そういった事を踏まえれば、あのカーディル王が攻撃側の利点を全部放棄して分散攻撃なんて事をするとは考えにくい。
 だいたい、ただでさえ総兵力で劣っているのに分散配置なんてしたら兵力差が局地的に埋まる事すら無いじゃないか。



 事実、案の定ノイル王国からの援軍がやや遅れ気味なのと予想通りビルド王国軍の招集兵力が7万程に留まった現状でさえ、クングールに2万5千、クルガに4万(奈宮勢2万と神楽勢5千を含む)、マックラーに6万(エルト勢2万と傭兵1万を含む)が詰めている。

 ヴィスト軍の兵力分散の仕方だと、例えクルガ方面に3万足しても4万5千にしかならない。
 4万5千対4万では、いくらヴィスト軍が精強と言っても落とすのは無理だ。
 寄せ集めっつったって、奈宮勢もヴィスト軍同様精強だし神楽勢は奈宮勢と連携が取れる。野戦ならともかくクルガに籠れば負けるはずが無い。



 となると、クングールに後詰で3万を追加する手筈である可能性が高いか?
 それなら、クルガ方面軍が牽制しつつクングール方面軍でクングールを落とせる公算が立つだろう。

 ただし、それでも5万対3万だ。ビルド諸侯とノイル王国軍の寄せ集めとは言え、ノイル王国軍の誇る魔法使い部隊は攻城戦でこそ真価を発揮する。攻撃側だとしても、防御側だとしても、だ。
 マックラーからの後詰が到着するまでにクングールを落とせるかどうかってのは相当分が悪い賭けだと思うんだがなぁ。
 



 全く意味が分からない。

 と、そこまで考え込んだところで黒尼が苦笑してこちらを見ている事に気付いた。まだ何か言うべき事があるらしい。
 一つ頷いて、促す。


「考え込む前に、まだ残ってるよ。肝心要のカーディル王の動向が。
 マックラーに向けてはカーディル王自らが出陣しているわ。副将としてミリア=ダヴーを引き連れて、ね。兵数は、驚きの5万5千」

「マックラーに5万5千?! ちょっと待て、その兵数だと本国がほとんど空になるはずだぞ」

「その通り。留守を預かっているのはアライゼル将軍の3万ほどだけだわ。いくらアライゼル将軍が戦巧者でも、ロードレア公国とインスマー公国が本気で侵攻してくれば対応は難しいだろーね」

「……つまり、それが悪い情報か」

「やー、話が早いね。お察しの通り、ロードレア公国もインスマー公国も腰が重すぎるわ。あの調子じゃ、動員は間に合わないね。仮に間に合ったとしても、カーディル王の軍勢が取って返す方が早そうだし。
 その辺はワノタイ勢とガンド勢も似たり寄ったり――というよりも」

「あの両国は防衛を主眼に据えて準備をしてきたはずだ。いきなり目の前が無人の野になったからといってそうホイホイ進撃なんぞ出来る訳がない。第一、そんな事をしようものならワノタイの背後の国が動き出しかねないからな」


 ――レグルリア王国。

 ヴィスト王国や奈宮皇国に肩を並べる国力を誇る大国である。今のところは国内での動きの方が活発なようだが、もし仮にあの国の目が国外へと向いたなら……。
 あまり考えたくないな。

 そのレグルリアの誇る軍事力は、当然のように国境を接している諸国の軍事行動に少なからぬ制約を加えている。まぁ、ワノタイからすれば本国から遠く離れて遠征なんて出来るはずがないってのが実情だ。
 無論、ガンド王国単独で長駆ヴィーグルまで軍を派遣するなんてのも不可能。ガンド王国軍を動かせるだけ根こそぎ注ぎ込んでも戦力が足りない。

 頑張れば旧ウィルマー王国くらいなら切り取れるかもしれないが、そんな事をしても負担が増えるだけでヴィスト王国に対して有効なダメージを与えられるかどうかといえば疑わしい。
 というか、ガンド王国単体の国力ではぶっちゃけ無理だ。

 あそこの国も迷走が激しいからなぁ……。要塞都市タロスハートの建設とかさ。
 やらんとしている事は分かるんだけどな。王都の北に軍事要衝を作り上げて防御力を高めようって事だろ。
 だが如何せんコストが掛かり過ぎだ。第一、本当に建設が間に合うのかどうかすら怪しいんじゃため息しか出なくなる。



 それもこれも、ヴィスト軍が野戦で強過ぎるのとヴィスト王国の拡大スピードが予想をはるかに超えてるっていうのが原因ではあるんだけど……。


「まぁ、逆に考えれば東西の敵の動きを見極めたからこそカーディル王は動いたんだろうが……。
 それに、残している3万の兵力も厄介か。東西どちらから攻め入るにしても、少なくとも3万を率いるアライゼル将軍を短期間に撃破できる陣容を整えなくちゃならないとなると……」

「ま、こうなるのも無理ないわね。

 あと、ノイル王国軍がクングールに入城する前に野戦で撃破されて壊滅。クングールはその直後に包囲されてるよ。
 ついでに、クルガに着陣した奈宮・神楽両軍は正面の敵と睨み合い。マックラーの兵力もカーディル王との対陣に向けて大わらわでクングールどころの騒ぎじゃない。

 とまぁ、現状はこんな感じだね」


 …………。



 ……マジかよ。







[12812] 伏竜鳳雛 ~part1~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:96814bc0
Date: 2010/08/29 12:19




伏竜鳳雛
[三国志(蜀志、諸葛亮伝、注)]
かくれ伏している竜と鳳凰のひな。隠れて世に知られていない大人物や逸材などにたとえる。

――広辞苑第五版





















 セージ自身は全く気付いていないが、ヴィスト王国がビルド王国へと電撃的に侵攻を開始した当初はロンゼンにしてもセルバイアンにしてもそう名前が売れていた訳では無かった。
 いや、むしろセルバイアンに関しては大規模な作戦に初めて参加する11歳の少年相手にいいように翻弄された指揮官として極めて低い評価すら下されていた程だ。
 2人の評価に関しては、クングール方面へ展開した2万の兵をロンゼンとセルバイアンが預かるという決定に関してヴィスト軍内部から半ば公然と不安視する声すら上がったという事からも窺い知る事が出来る。

 参謀格としての働き以外は未知数な主将に子供相手に惨敗を喫した無能な副将。

 口さがない者の中にはそう言って陰でカーディル王の判断にケチを付ける者すらいたほどだ。
 ヴィスト軍内部においてカーディル王の判断は絶対であり、カーディル王の不興を買えば物理的に首を切られる事すらある。それを考えれば、いかにこの陣容が周囲に困惑や不快感を与えていたか分かろうものだ。



 それ故に、2人は今回の軍事行動において完璧以上に任をこなして見せる必要があった。

 未だ名を知られていないとは言え、両名共に歴史に名を残すほどの将帥だ。そんな彼らが利害を共にして全身全霊を振り絞って戦おうというのだ。
 同情すべきは虎の子と猫を見間違えた結果恥をさらすヴィスト軍将兵ではなく、今まさに独り立ちしようとする虎の子の獲物となってしまったオルトレア連合軍クングール方面展開軍団であった。



 ――時系列は前話より少し遡る。


「ヴィスト軍が現れただと?! 馬鹿な! 国境からここまでいくつ警戒線があると思っている。誤報ではないのか?」

「も、申し訳ありません。哨戒隊が発見した際には既にクングールの目前まで進出されていまして……」


 綺麗にプレスの行き届いたビルド軍の制服を、これまた服務規程通りに着た壮年の男性が伝令の報告に歯ぎしりをせんばかりに表情を歪める。
 中肉中背というには少し身長が足りていないが、老いを見せつつありながらも未だ衰えを得るに至っていない体躯は彼が現役である事を誇示しているようだった。
 もっとも、今は椅子の肘掛けを握り潰す事に全力が注がれているように見受けられたが。

 それと対照的に落ち着いた様子を見せるのが、傍らに立つ老紳士だ。
 もはや老いを隠せない年齢は随所に表れているが、猛禽に例えられる眼力は未だ若い頃より衰えていない。
 身に纏っているのは実用的で装飾の少ない鎧と、一際目立つ赤のマント。壮年の男性が前線に出る事の無い司令官の正装であるのに対し、こちらは最前線で指揮を執る前線指揮官の正装と言えた。
 ただし、服装がそれぞれの立場を表しているのでは無く、これは単に双方の性格の違いを表しているに過ぎない。



 要塞都市クングールを任されているウェストン卿と、ビルド王国西部に多大な影響力を誇るファーレーン侯爵その人であった。


「くっ……! ありえん! 奴らは空でも飛んで来たとでも言うつもりか? 国境警備の連中は何をしていた!」

「鎧袖一触に蹴散らされた、と見るしかあるまい。
 ……それにしても恐ろしいまでの錬度だ。神速の進撃とこちらの伝令を残さず始末する手際の良さ。並みの将兵に出来る事では無いぞ」


 クングール方面軍首脳部が第一報を受けた時点で、彼我の距離は行軍1日分を切っていた。哨戒隊の出した伝令の速度を考えたとしても、通常ならあり得ない事態である。
 それを可能としたのはロンゼンとセルバイアンに預けられた兵の――近衛を除くヴィスト軍最精鋭部隊の非常識なまでの進軍速度と、ロンゼンの手の者が国境沿いの要所に潜んでいたという2点。

 「ヴィスト軍侵攻を開始す」の一報を携えた伝令はその全てがロンゼンの配下の手引きにより潜伏していた少数のヴィスト軍先遣隊により捕殺されていた。
 警戒線自体も2万を数える大軍相手では濁流に飲み込まれるひと固まりの土嚢のようなものだ。まともな抵抗すら許されずに壊滅している。
 ヘルミナ王国が滅亡して以来南進の機会を窺っていたヴィスト王国軍にとって、2年という準備期間はそれなりの備えをするには十分な期間であったのだ。



 不幸中の幸いだったのは、ヴィスト王国での動員が察知された段階で西部諸侯の軍勢がクングール入りするべく動いていた事だろう。
 彼らからすれば突然降って湧いたかのようなヴィスト軍の大軍であるが、西部諸侯の殆どがクングールに集結を終えている現状ならば対応は辛うじて可能であった。
 兵数にして、2万対2万5千。だが――


「こちらはまだ準備不足と言わざるをえん。野戦に持ち込むにしろ、籠城するにしろ、苦しい戦いを強いられるだろう」

「何とかするしかあるまい」


 この時点で、諸侯の寄せ集めに過ぎない2万5千は纏まった指揮系統を有していなかった。城代として国王直轄領のクングールを預かっているウェストン卿とビルド王国西部随一の大身であるファーレーン侯爵が中心となってはいるが、彼らの指揮が末端まで届いているとは言い難い。
 ウェストン卿が掌握している要塞守備隊とファーレーン侯爵が率いる貴族連合軍に、そのいずれにも属さない貴族達の小集団が幾つか存在するというのが実態だ。
 また、一応の指揮権はウェストンが握っているとは言え、実質的には頭が2つある現状はある種致命的であった。

 それは、伝令の次の報告に対する反応で表面化する。


「敵軍が進路を変えました。ココル平原方面へと進路を取っています」

「なに……?」

「ココル平原方面という事は、ここを素通りしてマックラーの側面を突くつもりか?」

「馬鹿な、それこそありえん。国境沿いの警備隊を鎧袖一触に出来るほどの大軍が補給の確保も無しに要塞を後背に抱えたまま動くだと。
 ただの集団自殺ではないか」


 ウェストンがかぶりを振ってファーレーンの言葉を否定する。

 たとえある程度を略奪によって賄うとしても、2万人もの軍勢を食わせるのは並大抵の事ではない。
 常識的に考えれば、補給の確保も無しに動いては早晩士気が崩壊して組織だった行動が出来なくなるはずであった。
 であるのであれば、東へと進路を変えたヴィスト軍の行動にはそれ以外の何かしらの理由があると見るべきだった。

 ヴィスト軍の正確な兵力は2人にとって不明であったが、その程度の事に頭が回らない訳は無い。


「…………。いや、マックラーまで長駆せずとも良い。この周辺で略奪を行うだけで面白いように諸侯は動揺するだろう」

「つまり、諸侯が領内を略奪されるのを看過出来なくなったその時に、奴らは労せずして我々を野戦に引きずり込める訳か」

「いくら堅固な城砦に拠っていようと、自分の庭や家を荒らされて冷静でいろというのが無理な注文だろう。たとえ我々貴族が我慢しても、末端の兵士の動揺まで抑えきれるものではない」


 クングールの守備隊はともかく、召集を受けて集結した諸侯の軍勢は元をただせばそれぞれの領地に住む住民である。敵軍が周辺を荒らしまわっているとなると、誰しも家族や故郷がどうなっているのか心配になるだろう。
 指揮官に強力なカリスマが備わっていれば話は別なのかもしれないが、少なくとも今ここに居るビルド王国軍にはそのようなカリスマの持ち主はいない。
 ウェストンもそれを知りながら、しかし立場上言わなければいけなかった。


「そこを何とか抑えてくれ。我らが陛下より命じられたのはここクングールの死守だ。そう軽々しく打って出るわけにもいかぬ」

「だからと言って籠り切りという訳にもいくまい。敵に我々の庭を我が物顔でのし歩かれて何もしないというのでは士気に関わる。
 少なくとも1度は打って出るべきだ。それも、配下に動揺が広がるよりも先に、だ」

「その留守を突かれたらどうする? 敵の総数も未だ分からないのだぞ」

「なに、ある程度は予測できる。
 国境を突破した際の速度から考えて、5万6万という大軍ではあるまい。いくらヴィスト王国の動員が早かったとは言え、そんな大軍をこれほど迅速に動かせるほどの前準備が整っていれば気付く。
 かと言って少なすぎれば侵入を悟らせずに破竹の進撃を行うというわけにもいかんだろう。
 故に、多く見積もっても2万前後で、最低でも1万といったところだな」


 ファーレーン侯爵の予想は現実にロンゼン・セルアイアンの指揮する兵数とピタリと揃っていた。
 現在までに集まっているヴィスト国内の情報も鑑みた現実的な予想ではあるが、ビルド王国西部を代表する貴族というのは伊達では無い事を示している。

 もっとも、マックラー方面でのヴィスト軍の大量動員に関して完全に裏をかかれている辺りがビルド王国の限界をも示しているのだが。



 いずれにしても、彼らを含めたオルトレア連合はヴィスト王国軍の進攻の意図を掴み切れてはいなかった。


「その予想が正しいとしても、最悪の場合は我が軍とほぼ同数ではないか」

「互いに正面から野戦でぶつかるのであれば、勝負は分からん」

「そのような半ば博打のような判断でクングールの命運を決めようと言うのか? 私は反対だ」

「……この場の指揮権は司令官殿にあるが、しかし実働部隊のほとんどを占めるのは我々貴族の配下だ。せめて彼らを司令官殿が説得してくれねば私とて抑えきれん。
 裏切り者という視線を浴びながら指揮を執るなどという難事に挑むのは、この老骨にはいささか以上に骨が折れる」

「ファーレーン侯爵……っ!」


 クングールの防衛を第一に考えるウェストンと、クングールを含んだビルド王国西部全体の保持を考えるファーレーン。
 拠って立つ処が違う2人の結論は、それぞれ違う所にあった。

 即ち、籠城か、野戦か。

 意志の統一が出来ていない現状では迂闊に軍を動かせないが、しかしその意志の統一こそが至難の技だった。
 現状このままであれば籠城しているのと変わらないかもしれないが、強固な意志の下で籠城するのとただ状況に流されて城に籠るのとでは天と地ほどの違いがある。
 精強で知られたヴィスト軍相手に、惰性や流れで対応を決めていて勝てるはずもない。


「…………。ともかく、いずれにしても物見を増やして敵の詳細を探らねば迂闊に動けないだろう。方針を決めるのはそれからだ」

「……まぁ、卿の言う事にも一理はあるか」


 結論は、先延ばしにも近い物だった。
 今ここでどちらかの意見を強硬に押し通したところで、遺恨が残って軍集団としての動きが阻害されるのは火を見るよりも明らかだったからだ。
 それが分かっているからこそ、迅速に動くべきだと考えるファーレーンも折れた。



 だがしかし、この反応こそがロンゼンが最も引き出したかった反応。
 無難に場を纏めようとするのであれば、どんな優秀な指揮官であろうとも取りうる選択肢は限られる。
 その間隙を突いて、ヴィスト軍は蠢動する。

 奥深く、ビルド王国内を南下して――







[12812] 伏竜鳳雛 ~part2~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:61267d86
Date: 2010/12/12 10:43

 ココル平原の西端部に布陣したロンゼンの眼前には、ビルド王国西部貴族の連合部隊が布陣しつつあった。
 その数、1万5千。
 現状でロンゼンの周囲に布陣する8千の兵の倍の数である。

 ロンゼンがクングールを素通りしてココル平原に布陣してから既に丸1日が経過していた。ここまでは、ロンゼンの読み通りに状況は推移している。


「旗印はファーレーン侯爵の物か……。これはどうやら、上手くいったらしいね」

「そうなのですか?」

「ああ。ファーレーン侯爵は経験豊富な貴族軍人だ。配下の貴族を上手く纏めて、堅実に戦ってくれるだろう」

「我が方の2倍の敵が堅実に戦うとなると、付け入る隙が無いのではないですか?」

「そんな物は無くたっていい。この場で勝利する事は重要じゃないからね。最終的に勝っていればいいのさ」


 そう幕僚に返したロンゼンは平然とした様相で敵軍へと再び視線を転じた。
 自軍の倍近い軍勢を見ても、微笑すら浮かべる余裕がある。この幕僚から見ても指揮官が落ち着き払っている現状は歓迎すべきだった。
 とは言え、自軍の倍の数の敵軍の数を前にして平静でいられるほど太い神経をしている自覚も無い。

 何か喋っていなければ落ち着かなかった。


「この場での勝利が重要ではないとは?」

「簡単な事だよ。戦略的な勝利と戦術的な勝利は別のものだという話さ」

「……? 目前の戦いに勝利し続けていれば変わらない事ではないですか?」

「まぁ、戦争というのはそう簡単な事ではないのさ」


 実務屋としては優秀な幕僚の落第点ものの言葉にそう返しつつ、ロンゼンは後ろ手に手を組んで幕僚に向き直った。
 表情は人好きのしそうな笑顔だが、色眼鏡の下の目が笑っていない。


「この場に限って言えば、僕達の目標は3つだ。そして、その全てが達成されなければならない・・・・・・・・・・という性質のものというわけじゃない」

「3つですか?」

「そう。まず、1つ目。
 クングールの奪取」


 ロンゼンが女性と見紛うほど綺麗で細い指を1本、顔の前で立てる。右の人差し指だ。


「クングールを抑えればオルトレア連合を東西に分断できる。そしてなおかつ、多数の軍勢が駐留する事が前提として設計されている要塞都市を手中に収める事はそれ以上の価値をも僕達にもたらす。
 つまり――」

「策源地の確保ですか」


 実務屋として軍勢の胃袋を預かる彼にとって、補給拠点が戦地から近くにある事の利益が計り知れない事は良く分かっていた。もちろん、今回の遠征に当たってその事を再認識する機会にも恵まれていた。

 あるいは、彼こそがロンゼン率いる幕僚陣の中で最も苦労した人物かもしれない。


「その通り。ガンド王国、ノイル王国、ビルド王国、場合によってはエルト王国も。クングールを策源地とすればヴィスト本国や旧ヘルミナ王国から遠征するよりはるかに迅速に、効率良く叩ける。
 もちろん敵も完全にクングールを無視する事はできないだろうから、自ずと軍事行動の幅に制限が加えられる。結果、敵の動きを読みやすくなる。
 敵の動きが読みやすくなれば、その分勝ちやすくなる」


 場合によっては目の上のたんこぶであるクングールを奪還しに来るよう仕向けても面白いだろうとロンゼンは考えていた。
 クングールを奪還するのに必要以上に労力を費やさせれば、その分敵国を降しやすくなる。状況によってはクングールをくれてやってもいい。

 もっとも、クングールを奪取していないうちからそんな事を考えても気が早すぎるだろうとはロンゼン自身思っているが。


「次に、2つ目。
 クングールに駐留する敵兵力の撃滅」


 表情をそのままに、ロンゼンの中指が伸びる。左手を腰の後ろに回したまま、直立不動でピクリとも動かない。
 それに気圧されたのか、幕僚もまた微動だに出来ない。周囲で密かに聞き耳を立てていた他の幕僚すらも視線をロンゼンに向けたまま固まっている。

 色眼鏡の向こうのロンゼンの瞳には、剣呑な光が宿りつつあった。


「せっかくクングールを奪取しても、敵にこれを取り戻す余力が残っていてはおちおち寝てもいられないからね。しばらくはクングールを攻めようだなんて気力も湧かない程度には叩きのめしておきたい。
 そして、敵軍を叩きのめすと漏れなく2つほどボーナスが転がり込んでくるのも大きいね。誰か分かるかい?」


 そう言って天幕内を見渡すロンゼン。
 諜報や情報に関して彼を補佐する女性士官が手を挙げた。


「敵軍の過半を占めるのはビルド王国西部を領地とする貴族です。彼らを捕縛出来れば占領地を治めるのに大いに役立ってくれるでしょうね」

「正解。もうひとつは――ああ、分かるかい」

「身代金、ですか?」

「うん、優秀な解答だね。そっちも正解だ」


 軍を動かすには莫大な金が必要である。
 ヘルミナ王国を降した際にはヘルミナ王家や貴族の財産をかなりの規模で没収できたのが大きかったが、ビルド王国もまたヘルミナ王国と同様に電撃的に降せるとは限らない。
 むしろ、先代からのビルド王国の内情を考えると国王(トップ)をどうにかしても末端の貴族が大人しく降るとは考え難い点もある。少なくとも、王家に対して腹に一物抱える連中が奈宮皇国やエルト王国を後ろ盾として抗戦を続ける可能性を否定できない。

 そうなると、余計に金が掛かる。そうならなければ1番良いのだが、ビルド王家の状態を鑑みると楽観視してもいられないだろう。



 つまり、そういった事態に備えてロンゼンはクングール方面のビルド軍に参加している貴族を可能な限り生け捕って、身代金をせしめた上で解放してさらに領地経営をさせたその上前まで撥ねようと言っているのだ。

 単純にクングールに駐留しているビルド軍を叩きのめそうという以上に悪辣な考えである。それに、傲岸不遜極まりない考え方でもある。
 なにせ、敵を生け捕りにしようと戦う前から考えているのだ。それも、自軍に優る兵力を持つ敵軍を相手にだ。
 いくら常勝不敗を謳うヴィスト軍とは言っても、ここまで大口を叩けるものではない。


「とは言うものの、まずは勝てなきゃ話にならないからね。そっちは勝つついでみたいなものさ。そうなれば儲け物、程度に考えておいてくれればいい。
 何の準備もせずに戦いに臨んでいるわけじゃないけど、準備にだって限度というものがあるからね」

「はぁ……」


 それなりに固い事で有名な要塞都市に籠る自軍より優勢な敵を目の前にしてこう言えるのだから、ロンゼンはなるべくして軍団長になったと言うべきだろう。

 策を考えだす頭脳。状況に動じない胆力。周囲の評価を微塵も気にしない精神力。常に冷静さを保てる心。自分の知識・経験・思考あるいは勘に至るまで――どこまでいっても自分自身から生まれるものに己のすべてを託せる、人間としての器。

 その何れでもあり、何れでも無い。言葉で言い表せない「何か」。
 正解を解答した参謀に、自分は参謀止まりだなと思わせる何かがロンゼンにはあった。


「まぁ、ここまで2つは仮に達成不可能でも叱られない目標ではある。
 僕らは2万しかいないんだからね。2万5千は籠っている要塞都市を陥とせなくても叱られはしないだろうさ。
 もちろん、敵を叩きのめせなくても以下同文だ」


 そう期待はされているんだけどね、とは口に出さずにロンゼンは周囲をもう一度見渡した。


「でも、3つ目の目標はそうじゃない。僕らが絶対にクリアしなくちゃいけない、戦略目標。それが何か分かる人はいるかい?」


 そう尋ねつつ、ロンゼンは正解が出てこない事を半ば確信していた。
 これだけの軍を入念な下準備と共に動かして、クングール方面での軍事的成功が目的でないならいったい何が目的と言うのか。

 もし仮に正解に辿りつくような幕僚がいるのであれば、こんな処で燻ってなどいないだろう。実力主義のヴィスト軍においては、その正解をはじき出せるようならとっくの昔にもっと上級の指揮官の幕僚陣に収まっている。
 だからロンゼンは、一部の自身の子飼いの幕僚を除いては寄せ集めと言うに等しい彼らに多くを期待してはいなかった。ヴィスト軍最精鋭の実行部隊の足さえ引っ張らなければそれでいい。



 それ故に、ロンゼン自身が正答を披露する。


「僕らが2万もの精鋭を率いてここに侵攻してきた、その最大の目標は――」





















「陛下、クングール方面をあの2人に任せた理由をお聞きしてもよろしいですか?」


 ビルド王国王都マックラーへ南下する大軍の只中において、一際目立つ騎乗姿が2つあった。



 簡素な鎧に身を包んでいるにもかかわらず、その美貌と金糸のショートシャギーが日に映える事で将兵の耳目を集めるミリア=ダヴー。
 豪奢な鎧を当然のように着こなし、隠しようもない王者の風格を漂わせるカーディル王。



 周囲を護衛の近衛兵が囲んでいるものの、誰1人として彼ら2人の近くに寄ろうとはしない。
 彼ら一般の兵士にとって、2人は尊敬を通り越して畏敬の対象となる存在だ。敬うと同時に、畏れる存在。
 周囲を固める事を光栄とは思えど、必要以上に近づく事は避けたいというのが彼らの正直な内心だった。

 触れれば斬られんばかりの鋭利な才と性格を持つ2人なだけに、下手な事をすれば首が物理的に飛びかねない。特に、ヴィスト王は。
 最もヴィスト王の近くで侍る彼らだからこそ、王の恐ろしさを最もよく理解していた。

 その王に向かって、軽くとは言え疑念の言葉をぶつけられるミリアに対しても周囲の兵は一歩引かざるを得なかった。
 当のカーディル王は、その程度の事は気にしてはいなかったが。


「あの2人とは言うが、そんなに能力に不安を抱くほどか? 無論、アライゼルと比べれば幾分気を配らねばならんとは思うが」

「能力の方は不安視していませんわ。ですが、軍内でも納得できないという意見がちらほら漏れ聞こえるほどですから」

「見る目が無いだけだ。放っておけ」

「陛下のお言葉には心底同感なのですが……」

「なに、奴らならすぐに結果を出す。お前とジャンの評価とはまた違うが、奴ら2人がかりならアライゼルとも互し得るだろう。それだけの能力はある。
 だからこそ、俺は奴らに一軍を任せた。

 それとも何か。お前も不満なのか?」


 いまいち煮え切らないミリアの様子にカーディルは疑問を返すが、それに対するミリアの返答はいっそ明け透けなものであった。


「陛下のお傍で補佐を務めさせていただくのも光栄ですけど、私は自分の裁量で軍を動かす方が性に合っているので」

「はっはっは。
 まぁ、今回ばかりは奴らに譲ってやれ。今回の作戦の立案は概ねロンゼンの手によるものだし、奴にも眼に見える勲功を立てる機会があっても良かろう。それに、セルバイアンの才能もちゃんと見てみたい」


 ひとしきり笑ってそう言うカーディルの見るところ、ロンゼンの智謀もそうであるが、セルバイアンの軍を率いる才の方こそ天賦のものであった。

 先年の南ヘルミナ騒乱で見せたセルバイアンの指揮ぶりは、本人とミリア及び同道していた幕僚陣からの報告によりカーディル王も細部に至るまで把握している。

 結果こそ、若年のリトリー公爵にいいようにあしらわれた、と言わざるを得ないものだ。
 しかし、その過程はどうだったか?



 もちろん、初期の戦闘においての無策ぶりは褒められたものではない。陣地化された環濠集落をほぼ歩兵のみの戦力で強攻して陥とそうなどというのは、下策にも程がある。
 案の定、投射戦力に痛撃を受けて少なくない兵を喪っている。

 しかし、その後に受けた伏兵による横撃への対応は完璧なものだった。
 自軍の半数近くにも上る騎兵の突撃を側面に受けてなお組織的な戦闘を維持できるような将が、このヴィスト軍内ですらいったいどれほどいるというのか?

 リトリー勢の後退に即応して戦闘可能な部隊を逸早く糾合し、追撃に移った手際もまた鮮やかである。
 追撃戦の成果こそ上がらなかったが、その最中に騎兵の突撃を横陣中央部で受け止めつつ両翼を展開しつつあった瞬間は彼の手中に勝利の果実が転がり込みかけていたはずだった。



 極めつけが、最終局面における壮絶な消耗戦を戦い抜いたという、その事実だ。

 それまでの戦闘行動で既にボロボロになっていたにもかかわらず、戦闘の最後までセルバイアンの指揮による組織戦闘は維持されていた。
 もちろんミリアが総指揮を変わったという点は大きいが、それを差し引いても最終局面に入るまでの軍組織の維持の手際は見事であると褒めるべきだろう。

 確かに、ヴィスト軍でそれなりに立場のある将軍であるのならば、その程度の事は出来る。ヴィスト王国は伊達に軍事強国を名乗ってはいないのだ。
 だがしかし、それは彼らが彼らの軍を率いていればの話だ。
 それまで1000を超える兵を預かった事のない無名の若者が、混沌の庭と化した戦場で預かったばかりの軍を操って成し遂げられるようなものではない。普通ならば。

 アライゼル将軍の薫陶がどうこうというだけでは到底不可能な次元の話なのだ。これで相手がまともな将軍であればセルバイアンの名前はむしろ売れていただろう程に。



 そう。相手が10歳の子供でさえなければ――


「まぁ、10歳の子供が指揮する軍勢相手に無様を晒したとあっては仕方が無い面もあるが……。存外、見えておらぬ者も多いな」

「それだけ衝撃的な内容だったという事でしょう。
 もっとも、あの時の敵軍の陣容を考えると不思議でもなんでもないのですが」

「エルト王国のノア将軍も、旧ヘルミナ王国のビリー元将軍も、それなりに名は通っている。彼らを差し置いて10歳の子供が指揮を執る事で得られるメリットなどあるのかとも考えたが……。
 風評を考えると手としては悪くはなさそうだな」

「確かに、一時ではありますがヘルミナやウィルマーでの不穏な動きが活発化しましたからね」


 ヴィスト軍は強い。強いが……。
 一線級の隊ならともかく、二線級の隊であれば自分達にも叩けるのではないだろうか。

 そう短絡的な思考をした不穏分子が蠢動してもおかしくは無かったし、実際にいくらかの蜂起は起こっている。



 無論、その全てが即座に完膚無きまでに叩き潰されているのだが。


「まぁ、話は少し逸れたが、そろそろお前やスーシェに続く将軍が出てこないといけないとアライゼルにせっつかれたのもある。
 あの2人ならそれに適役だと思ったのも、理由の1つではあるな」

「名を上げる機会を与えたという事ですか」

「機会を与えれば奮戦するだろうと思ったのもある。セルバイアンはもう後が無いと思っているだろうし、ロンゼンも俺の意図くらいは察するだろうからな。
 それに存外、あの2人はいいコンビかもしれん」

「ロンゼンとセルバイアンは今まで共同で何がしかの任に当たった事は無いと記憶していますが……」

「うむ。だが、双方が高い能力を持ち、それでいて互いに互いの持たぬ物を持っている。後は息さえ合えば、といったところか」


 そう言って、最近伸ばし始めた顎ひげを撫でさすりながらクングールのある方角を見やるカーディル。
 そちらを同じように見て、ミリアは眦を下げた。


「何故か、ロンゼンがセルバイアンを一方的にからかう姿しか思い浮かばないのですが……」

「うむ、俺もだ」


 力強く肯定するカーディル王に、そっと溜息をつくミリア。



 実力主義一辺倒な割には――いや、ある意味だからこそかもしれないが――ヴィスト軍には“真面目キャラ”が多い。
 ヴィスト三名将と謳われる3人にしても、それぞれに多少の性向の違いはあれど、概ね常識的な軍人の枠に収まる。
 カーディル王も苛烈な性格こそ畏れられてはいるが、それ以外の点では武人としても国王としても型破りな事をするタイプというわけではない。軍の先頭に立つのが型破りかどうかという事については、議論の余地はあるだろうが。

 セルバイアンもこの流れを汲む正統派の軍人タイプで、いっそ生真面目と言う他ない真面目な軍人である。
 抱え込んで思い詰める性格をしているというのは、あくまで軍人としての個性の枠内に収まるであろう。……少なくとも、今は。

 翻ってロンゼン。彼はヴィスト軍中にあっては珍しくやや軽薄なタイプと言っていい。
 時に相手を煙に巻くような物言いや、余程の事が無い限りにこにこと微笑んでいて内心が他者から読みにくい事など、ある種策謀を主な戦場とする将としてはステレオタイプなのだが、彼には1つ悪癖があった。
 同僚をからかうのが好きなのだ。



 なお、ヴィスト軍には真面目キャラが多いが、それがアクの濃いキャラが少ないという事とは等号で結ばれない辺り、色々とアレである。



 それはともかくとして、セルバイアンがロンゼンにおちょくられているであろう姿を幻想するカーディルとミリアの脳裏には、同じ言葉が浮かんでいた。


「……子狐と子犬だな」

「陛下……。それを言ってしまわれると少し不憫でございますわ――主にセルバイアンが」

「ロンゼンはよいのか?」

「まぁ、ロンゼンですし。大方自覚くらいはしているでしょう」


 セルバイアンの扱いが地味に酷いが、何気に酷い扱いはロンゼンも同じだった。


「とはいえ、子狐だの子犬だのと言えるのもそろそろ終いかもしれんな」

「そうですわね」





















 ココル平原の南方、サッシーノ平原にてセルバイアン率いる1万2千がノイル王国軍5千を撃破したという報告が入ったのは、カーディル王の眼前に遠くマックラーが姿を現したまさにその時だった。

 ノイル王国軍5千のうち、戦場に屍を晒した者約1千。捕縛され捕虜となった者約1千5百。
 戦場から離脱した後にも脱落者が続出し、本国まで逃げ帰る事が出来た数が1割に満たないという、ノイル王国史に残る大敗であった。

 一方のヴィスト王国軍の損害は、魔法使い隊による反撃によって一部の隊が半壊した他はほぼ無傷。
 軽傷者まで合わせた死傷者行方不明者の数も1千名ほどで、ノイル王国軍が字義通り全滅した結果と比べるのであれば、まさに完勝であった。



 一連の動きのさなか、クングールに拠るビルド王国軍は一旦は出陣してロンゼン率いる隊と相対するものの、結果として戦端を開く事は無かった。
 ロンゼンは自らが確保したクングール周辺の土地を放棄して陣を退いた代わりにビルド王国軍に対して疑心暗鬼を植え付け、何よりも貴重な時間を稼いだのだ。
 ノイル王国軍を鎧袖一触で蹴散らしたセルバイアンが神速の機動を見せてロンゼンに合流した時、ビルド王国軍を率いるファーレーン侯爵は歯噛みをして悔しがったという。



 セルバイアンの統率力をもってすれば、指呼の距離にあるサッシーノ平原でノイル王国軍を破った後にすぐさまココル平原へとって返す程度の事は造作もない。
 ロンゼンとすれば、セルバイアンが戻ってくるまでの間敗れなければいいだけなのだから、敵の半数の兵力でもいくらでもやりようはあった。

 ファーレーンが勝利を得る唯一の機会は、ロンゼンと相対した瞬間になりふり構わず全面攻勢に出る事だけだった。
 ――しかし、明らかに想定より少ない敵軍にクングールの主力全軍を遠慮なくぶつける事が果たしてできるだろうか? 彼の後背には、未だ再編途中の隊を含めた留守居しか残っていないクングールが晒されているというのに。
 その思考に、ロンゼンの思わせぶりな後退が重なった時、ファーレーンの脳裏に「陽動」という言葉が浮かんだ事はごく自然な事だった。

 後は、もうロンゼンの掌の上で踊るだけだ。
 ヴィスト軍の後退に合わせて軍を退き、クングール周辺に留まって敵の出方を慎重に窺う。
 そうして、彼らは戦機を逸した。ロンゼンの思惑通りに。



 こうして、コドール大陸南方におけるヴィスト王国とオルトレア連合の戦いの緒戦は、オルトレア連合の一方的な敗北という形で始まったのであった。







[12812] 伏竜鳳雛 ~part3~
Name: ムーンウォーカー◆eb3ad075 ID:311e1ad6
Date: 2010/12/12 10:43



 その時、ムストは傍目に見ても分かるほど不機嫌だった。

 常は三つ編みにして飾り紐で括っている髪は解かれたまま背中を隠し、客人の待つ王城内の一室へ向かう足取りは床を踏みぬかんばかりの意志で踏み出されていた。
 廊下の窓から見える満月は既に中天を過ぎようとしている。女性の許を訪ねるにはいささか遅い時間であった。
 見た目幼子のムストがいくら眦を吊り上げてもあまり迫力がないのだが、それと裏腹に零れ落ちる気配は長きに渡ってエルト王国を支え続けてきた年月を感じさせるものである。

 端的に言うと、物凄く恐い。



 後ろに付き従う秘書の女性が思わず「私帰っていいですか」と泣き出したくなるような、そんな様相でムストは自ら――今の彼女の周囲2メートルは誰も近寄れない絶対領域と化しているからだ――その部屋のドアを開け放った。


「随分と慌ただしい来訪じゃの、リトリー公爵殿」

「こんな時間になったのは申し訳ないけど、緊急事態だったんだ。俺なんて文字通り飛んで来たんだぞ」


 ソファの背もたれに背中を預けてムストを出迎えるセージの顔には疲労が色濃い。よくよく見れば、彼の身に纏う衣装も多少ヨレているように見える。


「飛んで……?」

「領地からぶっ通しで抱えて飛んで貰った。飛ぶ方ももちろん大変だが、抱えられている側も相当にしんどいな」

「飛行魔法か……。エルスセーナからここまで?」


 ムストの呆れた声に、黙って頷くセージ。

 地形や道路事情を全く考慮せずに最短距離を最速で翔破する飛行魔法は確かに便利ではある。が、既に体格が小柄な成人男性並みになっているセージを抱えてエルスセーナから王都まで直行するのは天才でも何でもない普通の魔法使いには些か荷が重かった。

 体力魔力気力の全てを使い果たした結果、彼の部下は今起き上がる事すら困難な状態である。別室で泥のように眠っているが、明日一日は使い物にならないであろう事は火を見るより明らかであった。


 普段ならどんなに急いでも部下を伴って騎行する程度で済ませるセージが、部下で最も飛行魔法を巧みに操る魔法使いに限界突破させて急行したのには訳がある。


「ノイル王国軍が壊滅した。詳細は不明だが、相当手酷くやられたらしい」

「なん……じゃと……?」


 セージのいっそそっけない口調の言葉に、ムストの眉が跳ね上がる。


「その上で、クングールがヴィスト軍に包囲されている。マックラーにもわざわざカーディル王自ら出向いているらしくてな……」


 ムストですら――言い換えるならば、エルト王国ですら未だ掴んでいなかったその情報は、ムストの感情を全て押し流すほどの衝撃を伴っていた。

 ヴィスト王国の相変わらずの侵攻の手際の良さと、野戦における圧倒的な破壊力。分かったつもりではいたが、実際にノイル王国軍が鎧袖一触に粉砕されたとなると隣国としてノイル王国軍の実力をそれなりに把握しているエルト王国上層部にとっても衝撃だろう。



 だが、ムストが衝撃を受けていたのはその事に関してでは無かった。

 エルト王国の情報網よりも早く、リトリー家がその情報を掴んでいた事だ。
 ある程度高度な情報を運ぶ媒体が(移動手段はどうあれ)伝令に限られる事から来る距離の優位はあるにしても、王国本体より一貴族の方が情報を早く得ているというのは驚くべき事であった。

 エルト王国北部の要衝である領地。獣人族他の流入する人口を受け入れた事による急速な人口増。財政の好転と、それに裏打ちされつつある軍備の増強。治安の良化。それら全てと密接に関わり合いながら成長している領内経済。
 これに情報収集能力まで加わるとなると、ムスト個人としてはともかく、内務大臣としては無視できない国内勢力となる。

 元よりエルト三公として格式は高かった。それに加えて実質的な力まで付け始めたとあらば……。


「呆けている場合か、ムスト。ノイル王国軍・・・・・・が壊滅したんだぞ。クングールのビルド王国軍が無傷だったのも併せて考えれば、破滅的な未来しか見えん」


 未だ少年らしさを残す声に、思考を元へと引き戻すムスト。

 ――今はまだ、目先の危機に対応しなければならない。



 セージの言いたい事は、ムストもある程度理解していた。
 否、ムストだからこそ理解できたとも言える。それは、軍事の専門家ではない彼女が真っ先に思い浮かべる事柄が何であるかという事に起因する。

 ノイル王国は、元々内向き志向の強い国家である。コドール大陸において魔法に関して最先端を行く国であると言えば聞こえは良いが、実際は国内に引き籠って研究活動に勤しんでいる国だというのが一般的な見方だった。
 もちろん、自衛戦力は十分に保有している。通常戦力はほどほどの数と質でしかないが、国内に大量に存在する魔法使いを組織化した魔法使い隊の火力は侮れないものがあるからだ。
 経済的にも、温暖で農業に適した土地である事や波の穏やかな海に面している事、販売数は少ないが単価が非常に高い魔法具――例えば、調理用の加熱魔法具など――の輸出等で外貨を得ている事などがあり、それなりに豊かではあった。

 そんな国が、国内世論の反発を受けながら送った援軍が壊滅したらどうなるか?
 それも、ただ壊滅しただけでは無い。ビルド王国軍から何ひとつとして有効な援護を貰えないままに、文字通り全滅する寸前だったという大敗を喫したのだ。


「もはやビルド王国での戦線にノイル王国が参戦する可能性は潰えたと見て良いじゃろうな……。
 いや待て。お主、ヴィスト王国の目的がそれだと?!」

「軍事行動っていうのは、政治的要求を満たすために行われるものだぞ。
 そして、今のヴィスト王国の政治的要求はビルド王国の併呑だ。それに邪魔な要素をひとつひとつ剥いでいくヴィスト軍の動きは実に合理的だと思う。
 先の南ヘルミナ騒乱の件と合わせて鑑みれば、これでもうビルド王国に積極的に加担しようなんて意見が周辺諸国国内で出てくるとは考えにくくなった。
 ……ビルド王国の首も締まってるが、自分達の首にも縄が掛かってる。
 頭が痛いよ」

「お主の言いたい事は分かる。結果としてノイル王国からの援軍が壊滅した事でビルド北方の戦線が崩壊しかねん程危険な状態に陥っている事も理解できる。
 じゃが……。
 その為だけにヴィスト軍が動いたとはワシには……」

「その為だけって訳じゃないだろうさ。恐らく、クングールも落ちる。
 ただ、優先順位としてはそうだったってだけの話だ。クングールを落とすのが第一目標ならもっと他にやりようがあっただろうさ」

「むぅ……」

「それに、これでオルトレア連合の結束力の弱さが露呈してしまう事も大きい。東西南北から包囲して4対1になる予定が、1対1が4回あるだけっていうんじゃ随分と違う」

「カーディル王の対応を見る限り、その程度の事は見透かされておったと思うのじゃがな……」

「首脳陣が分かっていても、末端の兵がそれに確信を持てなきゃ士気の上がりようもないだろ。今まではカーディル王を初めとするヴィスト軍上層部の個人技で士気を維持していたようなもんだと思うんだがな、俺は。
 それが、今まででも十分な高さは維持できるであろう状態だったヴィスト軍の士気が、今回の件を契機にカーディル王ある限り下がりようが無くなったと見るべきで……。
 冗談じゃないぞ、本当に」


 ヴィスト軍の兵士は、状況が困難なのが分かっていてもカーディル王に従うだろう。それはセージもムストも承知していた事だった。
 カーディル王のカリスマ性はそれほどまでに大きい。
 2人がそれを確信している理由はそれぞれに違ったが、その答えさえ出ているのであれば過程などどうでもいい事だった。
 また、その程度が今更多少上下したところで、うんざりこそすれ驚愕するような事ではない。

 ただし、出てきた答えに対してエルト王国――あるいはリトリー家が――どう対応すればよいのかという事に関しては頭を抱える他無かったが。



 カーディル王と直接戦って勝利を得る、というのが最も早い問題解決の方法ではある。
 難易度が非常に高い事を除けば優秀な解答だ。

 あるいは、ヴィスト王国に対してプレッシャーを掛け続けて兵士や国民の疲労を誘うというのも手としてはあった。
 現状、オルトレア連合がその任に耐えられる状態では無いのが最大の難点ではあるが。

 そうなると、後は地の利を生かして防戦を続けて状況の変化を待つくらいしか手が無くなってくる。
 ジリ貧になる可能性も高いが、破れかぶれで討って出るよりは遥かにマシな選択だろう。


「ビルド王国はもう保たんかの……」


 ようやく落ち着いた様子でムストがセージの対面に座り、息を吐く。
 色々と思考が渦を巻いているが、ビルド王国の存亡はそれらを棚上げせざるを得ない喫緊の要事だった。


「ビルド地方は広いし、ビルド王国そのものだってある程度戦力は有している。すぐに全面的に占領されるって事は無いだろうが……。北部の要衝の失陥は免れないかな」

「マックラーが落ちてしまえば貴族の抑えが利かんじゃろ。王家が存続しても、纏まった戦力を動かすのは不可能になると思うぞ」

「逆に、ビルド貴族がそれぞれにてんでバラバラに動いてくれた方がこちらにとっては好都合かもしれないけどな。旗色がコロコロと変わる小勢力が入り乱れてくれた方が緩衝地帯としては価値が高い」


 大兵力で踏みつぶしてしまえば同じ事のように思えるかもしれないが、その後の占領地経営に関する労力が全く違うのだ。
 中間支配層を効率的に支配できない占領地経営というのは不安定かつ高コストで割に合わない。
 しかも、そのそれぞれが互いに集合離散を繰り返して足を引っ張り合い、あまつさえ小規模な抗争すら日常茶飯事に行われるとあれば、いかな大国と言えども直接支配には二の足を踏むだろう。

 某紳士の国のように現地民同士の抗争関係をうまく利用して間接支配出来るのなら問題はないだろうが、急拡大してきたヴィスト王国には占領地統治に関してはあまり大きな実績はない。ノウハウが蓄積されているとは考え難く、ヴィスト王国国内ですらその点は不安視されているほどだ。
 どう転ぶかは蓋を開けてみなければ分からない状況であった。



 セージとしては、ヴィスト王国がビルド地方の平定に必要以上に労力を割かざるを得なくなって国力を浪費してくれれば御の字といったところだ。



 無論、巻き込まれるビルド国民の方は堪ったものではない。
 それはセージも分かっているが、自分の身と家臣団、それに領民の事を思うのであればビルド地方を混乱させてヴィスト軍の足を引っ張る事に躊躇は出来なかった。


「お主……、まさかこのままビルド王国を見殺しにしろとでも言うつもりか?」

「いや、何もそこまでは言わない――というより、ヴィスト王国との緩衝地帯として一日でも長く存在していて貰わなきゃ困る。
 できれば、今回の侵攻でくれてやるのがクングールだけに留まればモアベターだ」

「クングールは渡さざるを得んのか?」

「ヴィスト王国本土から旧ヘルミナ王国を経てクングールの前線に至るまで、補給連絡線は万全だと思っていた方がいい。南ヘルミナ騒乱からこっち、彼らが今まで遊んでいた訳じゃないだろう。
 だとするなら、攻囲されているクングールが持ち堪えられる道理がない」


 中世ヨーロッパにおける攻城戦をそのまま引用するのであれば、包囲している側が食糧不足に陥って撤退するなどという日本人的には考えられない事態が割と頻繁にあったりする。
 が、ここは中世風ファンタジー世界である。
 生産力はそれなりに高い水準にあり、補給線がしっかりしているのであれば攻囲中に糧食が不足するなんていう事態はそうそう起こらないと見るべきだった。

 まして、攻囲しているのはヴィスト軍である。侵攻作戦の経験が豊富なヴィスト軍がその辺りの対策を取っていないはずもない。
 ロシア遠征で完敗した大陸軍よろしく、悪路と厳しい気候が行く手を阻む訳でもない。
 遠征による厭戦感情は発生するだろうが、あのハンニバルもかくやというカーディル王が直々に出征しているとあっては、厭戦感情で軍が崩壊する事を期待するのは望み薄だった。


「マックラーから援軍を出せば……。
 いや、カーディル王に野戦に持ち込まれてしまうだけか」

「下手をすれば、マックラー方面に展開するヴィスト軍を一部クングールに差し向けられる可能性すら――いや、待て。

 それだ……。

 マックラーの眼前からヴィスト軍がクングール方面へ動きを取れば、嫌でもマックラーに籠るビルド軍は出撃せざるを得ない……!」


 後詰の計である。

 クングールを見捨てる事が出来ない以上、マックラーを素通りされてもそれを黙って見ている訳にはいかない。
 予め放棄する事が予定として組まれているのならともかく、そうでないのならば援軍の一つも出さなければ国内貴族の離反を招いて王国そのものが瓦解しかねない。



 カーディル王率いる5万5千の兵に対し、マックラーから全力で出撃したとしても兵数は6万。
 これで互角というにはヴィスト軍の実績は凄まじ過ぎた。


「拙いの……。ビルド王国が敗れるのも相当に拙いが、その過程でアルバーエル将軍を喪うのは致命的に拙い。
 じゃが、アルバーエル将軍に安全な後方でビルド軍が撃破されるのを黙って見ていろと言う訳にもいかぬじゃろ」

「そもそも、そう指示したくとも間に合うかどうか。ノイル王国軍が撃破されている以上、カーディル王が直ぐにでもクングール方面へ進路を取ってもおかしくは無い。
 こっちの動きは丸裸だからな……」

「増援を出すのは……、今からでは間に合わんか」

「一応、王国の要望には即応できるよう準備だけは指示してある。
 とは言え、騎兵だけで先行したとしても間に合うかどうかは微妙なラインだ。しかも、我がリトリー家に存在する騎兵は教練途中の連中まで掻き集めたって1千5百がいいとこだ。
 実際に動かすとなると、1千そこそこだな」


 セージの言葉に少し眉をひそめ、小さく息を吐き出すムスト。
 まぁいつもの事かと内心ボヤキながら、セージの欲する情報を頭の片隅から引き出し舌に乗せる。


「周辺の貴族から騎兵を拠出させると……。そうじゃな、最大で3千といったところかの。
 アルバーエル将軍に言わせると騎兵の真似事をしているだけ、という兵も交えての数になるじゃろうがの」

「ウチの連中の行軍速度に付いて来れる連中となると、どうだ?」

「ワシは軍事に関しては門外漢じゃぞ。
 ……じゃがまぁ、北部で名前を挙げるとするならエステマット伯爵の兵が精強じゃろう。それと、マーチカ家が騎兵には一家言ある家系じゃな。
 お主の兵と合わせて約2千。それでどうじゃ?」

「どうもこうも、向こうに着いた時の状況次第としか言いようがないが……」


 どう頑張っても1万に届かないのでは、ヴィスト軍とオルトレア連合軍合わせて12万近い兵力が殴り合う戦場に出ていくにはやや心もとない兵力である。
 となると、5千いようが2千足らずだろうが、数の上では大差がない。

 この場合、錬度と速度が重要であろう。


「しかし、ウチの連中はともかくその2家の動員は間に合うのか?」

「今頃大慌てで動員をしておるじゃろ。お主が軍を動かす予兆を見せておるのじゃからな」

「…………。あ゛……」


 完全に虚を突かれたというセージの反応を見て、今度こそムストの口から大きなため息が漏れた。



 少数だが錬度の高い兵を揃えると評されるリトリー家が、突如として軍を動かす準備を整えつつある。
 となると、矛先が何処に向くかという事を考える前に、まずはどう事態が推移しても対応できるよう兵を集めるのは周辺貴族としては当然の事であった。
 実際に対応する現場の人間も、事態の原因に対してバリエーション豊かな罵倒を浴びせつつも動きには一切の緩みが無い。

 今やエルト王国北部ではちょっとした畏敬の的なのだ。リトリー家の警察隊と警察予備隊は。
 最悪の場合それを相手にしなければならないとあっては、口汚い言葉の1ダースや2ダースは思わず零れてしまうというものだろう。



 そういう現場の混乱が半ば透けて見えるムストの視線が険しくなると共に、ようやく事の次第に思い至ったセージの背が小さくなる。


「まったく、お主はそういう所が抜けておるの。
 明日の朝一番に陛下からの命令書を手渡せるよう計らうから、急いで使者を立ててエステマット伯爵とマーチカ男爵に合流するよう伝えよ。
 他の近隣貴族にも、王国の正式な動員令に基づくものであると説明してまわるのを忘れずにの」





















 今回ばかりはムストに頭が上がらないな。
 ……いや、今回も、か。



 赤毛の偉丈夫、フリッツ=エステマット伯爵も。
 くすんだ金髪の小柄な武人、アガレス=マーチカ男爵も。

 2人とも敵意こそ持っていないようだが、俺に対する心象はあまりよろしいとは思えない。
 今回の派兵に関して俺が名目上の指揮官に収まっている事に関しても納得しているって訳じゃなさそうだしな……。
 まぁ、宮廷序列と率いる兵数の関係上俺が指揮官に収まらなきゃ拙いというのは分かってるんだろうが。
 ま、面白くはないだろうな。色々な意味で。


「……リトリー公爵、一つお尋ねしたい」


 夜営地で今後の行軍予定を詰める会議の終わりがけに、マーチカ男爵が瞑目したまま声を発した。
 会議の最中ずっと組んでいた腕を解かぬままに、やや難しい顔をしているのはマーチカ男爵も色々と思うところがあるからだろうか。


「この援軍の目的を伺いたい」


 その言葉に、隣に席を置いていたエステマット伯爵が頷いて同調する。
 ゴリラの肉体に人間の顔を乗っけた物体なんじゃないかと思うほどに威圧感のある体躯は、座っていてなお若干の圧迫感を感じるほどだった。
 夜道で出会ったら脇目も振らずに逃げるな、俺なら。


「我々も少し意に介しかねる点があるのだ。何がそうなのかは、賢明な指揮官殿には理解していただけるかと思うが……」


 2人とも30代半ばの、エルト王国ではそれなりに有力な貴族軍人だ。ノア将軍と合わせてエルト三将と呼ばれているとかいないとか。
 明らかにヴィスト王国を意識しているとは思うが……。


「我々も指揮官殿と目的を明確に共有出来るよう、ひとつ胸襟を開いていただきたい」


 澄んで良く通るマーチカ男爵の声と、エステマット伯爵の肉体に見合ったバリトンの重音が部屋の大気を震わせる。
 向けられている先は、俺――もしくは俺の斜め後ろに立っているオイゲンだ。



 2人の問いかけにどちらが答えるか。どのように答えるか。……あるいは答えられないか。
 それを見てこちらを判断しようというつもりなのだろう。

 もちろん、質問内容だって重要には違いないが。
 どちらにしても指揮官に従う他無い2人だ。方針云々より、指揮官を見定めておく方が後々効いてくると思ってるだろう。

 ……うへぇ。初めからある程度覚悟してなきゃ醜態晒したかもな。
 つーか怖っ! マジで怖ぇよ。
 熊と豹に睨まれてるようなもんだぞコレ。


「目的は明確だ。陛下に命じられた通り、我々の兵力をもってマックラーへ急行し、ここに展開する味方に合流してヴィスト王国軍と戦う。以上だ。

 ――もっとも、それに際して伯爵と男爵が幾つか疑念を抱いているのは私も理解できます。
 一つに、双方6万前後に上る兵力を有する状況に僅か2000の兵で参陣して戦術的に意味のある兵力になりえるのか、という点。
 全兵騎兵で構成されているとは言え、いかにも少ないのは確かですからね。

 さらに、援軍を差し向けるタイミングとしては中途半端なのではないか、という点。
 既に戦端が開かれているのであれば遅きに失していますからね。我が方が勝っているのであれば意味の無い援軍ですし、万が一既に我が方が敗れていたのならこの程度の数では敵に手柄を上げる機会を与えるだけ。
 仮に戦端が開かれていないのであってもこの数では大車輪の活躍をするというのも難しいですし、それは戦場が膠着状態であっても大差はないでしょう。

 まぁ、乱戦の最中に飛びこめるのであれば2000の騎兵は無視できない兵力だと思いますけどね」


 そう。
 純軍事的な視点で考えた場合、この援軍に意味など無い。
 この段階で慌てて援軍を出すのであれば、既にマックラーに詰めているアルバーエル将軍の部隊に1万なり2万なり上乗せしておけば済んだ話なのだ。
 それをしなかった、出来なかったのだから、この際ジタバタ慌ててもどうしようもない。

 だからまぁ、2人の疑問は至極当然の事だったりする。
 純軍事的に見れば。


「指揮官殿は、我々が乱戦中の戦場にタイミング良く突撃出来て、それが偶々敵勢の急所にドンピシャで痛撃を入れられて、運よく勝利の女神の下着を掻っ攫えるとでもお思いか?」

「そんな風に思えたらある意味幸せなんでしょうけどね」

「では、何故?」


 俺の苦笑しながら返した言葉に、マーチカ男爵の短い疑問の声が返る。
 この場にいる人間が全員それなり以上の軍序列にあるのを再確認して、俺は爆弾を投げ込んだ。


「我々の真の目的は、万が一マックラーのオルトレア連合軍が敗北した際に、全兵を磨り潰してでもアルバーエル将軍をエルト王国へ無事帰還させる事にあります」


 要は、保険だ。
 ただし、友軍の事など一切考えない、表立って言えるはずもない保険であったが。



 案の定、部屋の空気が完全に凍っている。
 薄々勘付いていたらしいエステマット伯爵とマーチカ男爵こそ平静を装っているが、他の面々は面白いように動揺している。
 まぁ、事前に聞かされている俺とオイゲンは別だが。


「副次的な目的として、エルト王国はビルド王国を見捨ててはいないという事をアピールするという政治目的の向きもありますが、あくまで目的はアルバーエル将軍の確保です。
 ここでアルバーエル将軍に倒れてもらっては、エルト王国の国防計画が根本から瓦解しますので」

「マックラーでの戦いに敗北する事が前提にあるような言い方ですな?」

「では、エステマット伯爵はあのカーディル王相手に野戦を――それも同数の寄せ集めで無策に野戦を挑んで勝てるとでもお思いですか?」


 こちらが知る限りの状況は既に2人も把握している。
 エステマット伯爵は憮然とした、今にも唸り出しそうな表情で黙りこくっている。
 マーチカ男爵も目を閉じてしばし考え込み、


「……もし、我々が到着した時に戦闘中であれば、どうします?」

「そのまま加勢します。ただし、戦況が怪しくなれば我々が盾となってアルバーエル将軍を逃がさなければいけませんが」

「では、既にアルバーエル将軍が倒れていた場合は?」

「手早く兵を纏めて撤退するしかないでしょうね」


 作戦目標が達成不可能になっているにも関わらず戦場をウロチョロと彷徨っていても良い事なんて一つも無い。


「どう転んでも我々は地獄を見そうですな」

「しくじって間に合わなければ骨折り損のなんとやらだが……。首尾良く間に合ってもアルバーエル将軍を救援してそれで終いという訳にはいかんだろうからな」

「実際にはそれどころではなくなっている可能性も高そうですけどね」


 小国の一貴族の悲哀と言ってしまえばそれまでだけど。こんなところでアルバーエル将軍を死なせたりなんかしたらもっと酷い事になるのは目に見えている訳で。

 ホント、愉快な未来図しか見えないよなぁ、これ……。







[12812] 伏竜鳳雛 ~part4~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:911487ac
Date: 2011/01/23 20:33





 コドール大陸中部のかつての雄、ビルド王国。
 内乱の影響から脱せずに大国の座から転がり落ちようとしつつあるその国の王都を指呼の間に望む平原で、今まさに1人の英雄が誕生しようとしていた。

 時代の変遷。

 そう言うには、あまりにも血生臭い戦場交響曲をバックミュージックにして。





















「ぬぅぅぅぅん――!!」


 腹の底から絞り出される裂帛の気合と共に、子供の背丈ほどもある大剣が縦横無尽に振るわれる。
 これまでに有名無名の区別無く立ち塞がる者を斬り果たしてきたカーディル自慢の魔剣だ。
 魔剣と言っても、何か特殊な魔法が発動したりする訳では無い。

 単純にただ“強い”。

 ありとあらゆる外部要因に対して剣身を保護するためだけに稀代の魔剣達と同等の施術を施された、魔剣でありながらただの剣と変わらない魔剣。
 それはしかし、振るう者の体力と技量が想像を絶する領域に辿り着けば恐ろしい武具へと変貌を遂げる。

 武器破壊が一切通じず、鎧ごと雑兵を両断しても刃毀れどころか傷一つ付かない。



 鬼に金棒というのを地で行くその姿はまさしく鬼神であったが、であるのならばそれと互角に闘う男も同等の境地に達した化物であると認めるべきだろう。

 豪奢な金髪を剣気に靡かせるカーディルの剣を、真正面から受けて立つ栗色の髪とダークブラウンの瞳を持つ戦士。
 万人が思い浮かべる英雄王の具現がカーディルであるとするならば、万人が思い浮かべる歴戦の傭兵の具現がそこには在った。

 精悍な顔に僅かな笑みさえ浮かべてカーディルの操る大剣を受ける彼が持つのは、一際目立って大柄な彼の身長をも超える長大な斧槍だ。


「るぉおおぉぉおおおぉぉぉっ!!」


 大気を揺るがす咆哮と共に、馬ごと敵を両断したという伝説を持つ必殺の振り降ろしがカーディルを襲う。
 大地を砕く踏み込みが存分に乗った一撃は、人の身で受ければ原形を留めない程の破壊を齎す。黙って受ける手は無い。
 横殴りに叩きつけるように大剣を振るい、カーディルはその軌道を逸らした。と同時に、反発を利用してステップを踏んで死神の呼び声を伴って落ちてくる刃を紙一重で回避。
 長大な斧槍が地面に激突する――と見えた瞬間、腕の扱き一つで回転半径が変わり、腰の回転を加えて1回転。くるりと回った逆からの逆袈裟へと変化。
 対する大剣の動きは、体重と剣の重さと踏み込みを加えた袈裟掛け。



 衝撃波すら幻視する轟音。



 互いの持つ膂力が真っ向からがっぷり四つに組んで奇妙な均衡を形成する。
 と、瞬き程の間を置いて弾けるように互いに退く。構えた動きは、上段の大剣と中段の槍斧。


「こんな所で貴様のような使い手に会うとはな……。名は何という?」

「――ラルフウッド」

「ほぅ、噂に名高い獅子吼のラルフウッドか」

「大陸中に名を轟かす英雄王に知られているとは、俺も中々出世したものだな」

「一介の傭兵の身でこの俺と一騎打ちに持ち込んだ事、褒めてやろう。褒美としてそのままあの世とやらまで出世させてやる」

「その褒美は50年後くらいにありがたく受け取ってやるさ」


 軽口を叩きながら、ラルフウッドの全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張する。渾身の力を込めた三連撃。それぞれ額・喉・心臓を狙った超高速の三段突きだ。
 受け手が並みの使い手であれば――否、それなりの熟練者でもきっちり3回死んでいる。名手、剣豪と言われる使い手でさえ3度捌いて生きながらえるのは至難の業だ。
 その神速の三段突きを、カーディルはまるで枯れ枝でも振るうかのように大剣を取りまわし、受け、逸らし、弾く。事もなげに捌いているが、その技量と膂力は壮絶の一言に尽きる。

 そこからは、互いに攻守を目まぐるしく変えつつの攻防が続く。高速の突きと流れるように連続する斬撃を主体として間合いを支配するラルフウッドに、大剣を縦横に振るいながら長柄の懐に飛び込もうと機を窺うカーディル。
 お互いに取り回しに凄まじく難のある武器を使用しているにも関わらず、打ち鳴らされる金属音は短剣でも使って剣戟を交わしているのかと思うほどだ。

 形勢は全くの互角。

 時折斧槍に手数で勝る優を活かしてカーディルが果敢に踏み込むものの、総鋼製であるという冗談じみた斧槍はその全ての部位が凶器と成り得る。斧頭や鉤爪部のみならず石突や柄の部分すら交えた攻防一体の切り返しの前に、大陸一と謳われる豪剣使いのカーディルですら決定的な一歩を踏み込めない。
 その一歩を踏み込みさえすれば斬れる。が、その前に自身が斬られる。
 長柄故の間合いの支配を前に、敵の技量が並み外れた物であるとカーディルも認めざるを得なかった。

 事情はラルフウッドも似たり寄ったりだ。
 微かな隙を突いてくるカーディルの技量に内心舌打ちしながら交える誘いの隙は全て看破されて踏み込んでくれない。踏み込んできた瞬間数通りの死に方を用意してやれるのだが、と内心ボヤいても現実は何も変わらない。
 ならばと打って出ても、手数で劣る以上はどうしても最後の一手を詰め切れない。受けるカーディルの方も余裕など全く無いのだが、ラルフウッドの方とてカーディル相手に隙を作らないよう攻めるのは中々に骨の折れる事だった。

 異常に高いレベルで拮抗する闘いの前に、余人は近寄る事すら出来なかった。



 そんな2人が激しく一騎打ちを繰り広げている周囲では、カーディル率いる親衛隊とラルフウッド率いる傭兵団の激戦が繰り広げられていた。
 そもそもこんな一騎打ちが実現したのも、カーディルもラルフウッドも軍の先頭に――文字通り一番槍に等しい最前列に位置して戦うタイプの指揮官であったからで。


「こんな時ばかりは王の性格が恨めしく思えてくるわね……」


 前線で消耗した隊と予備隊を交替させながらボヤくミリア。


「まったく、ラルフウッドの奴め。好き勝手やるのは構わんが尻を拭う方の身にもなれ」


 いきなり傭兵団の指揮を丸投げされて伝令を奔走させながら事態の好転を目論むアルバーエル。



 と、突如として左翼で始まった激戦に両軍ともに人的資源が吸い寄せられていた。



 そもそも中央では無く左翼――ヴィスト軍側から見れば右翼にカーディル王が位置していた理由は、両軍の配置によるところが大きい。

 ビルド軍が布陣した際、その戦力は大きく3つに分けられていた。
 左翼に、エルト軍と傭兵団合わせて3万。これは、ラルフウッドとアルバーエルが旧知の仲であるという事から連携が取りやすいだろうと判断されて配置されている。
 マックラーに存在するオルトレア連合軍のおよそ半数が左翼に振り分けられているとなると、残りの布陣は選択肢が限られてくる。

 結果として、中央にはビルド王国貴族を中心とした2万が配置され、右翼にビルド王国近衛兵団1万が布陣。戦力の均等配置を最初から諦め、それぞれの集団の戦闘指揮が最もやりやすいようにという意図は明白だった。



 カーディル王は、この布陣を見て敵軍の主力は左翼に布陣していると判断し、迷う事無く自身と親衛隊を右翼に布陣した。
 中央と左翼に敵と同数の兵を抑えとして配し、残りの2万5千を右翼へ展開。兵力自体のバランスもそうだが、ミリア自身とその直率隊を――何より親衛隊を右翼へ配備した点から言って、質的には右翼に展開する兵が最も優れているのは間違いなかった。



 結果的に出現したのは、双方共に斜線陣をもって敵と相対するという形だ。
 消極的か積極的かの差異はあるが、もっとも分厚く布陣した箇所での戦況の優劣をもって会戦全体の勝敗を定めようという意志が双方にあった。

 カーディル王は自身の力に絶対の自信を持つが故に。
 アルバーエルやラルフウッドはビルド王国軍の実力に悲観的な見方をしているが故に。


「目論見通りとは言え、やはりヴィスト軍は強いな。こちらの方が数は多いはずなんだが、形勢は互角か」

「敵はカーディル王直率の親衛隊と『槍のミリア』ですよ。ヴィスト軍の中でも最精鋭。
 むしろ、それと正面からカチ合って互角の傭兵達を絶賛したいくらいですよ」

「俺は、あのカーディルとまともに一騎打ちをしているラルフウッドこそ絶賛すべきだと思うが……。
 まぁ、今はいい」


 アルバーエルの見る所、カーディルという前線突破の切り札を抑えられた敵前衛はこちらを攻めあぐねているように見えた。
 もちろん、こちらの前衛の奮闘も大きいが――やはり、勝手が違うのだろう。



 文字通り一番槍で先頭を駆けるカーディルの人間離れした武の冴えをこうも見せつけられた後ならそう納得できる。
 あれは、いくら兵が陣を組んで並んでも止められるものではない。集団戦における個人の武などたかが知れていると思っていたが、世の中探せば個人で戦況を変えかねない化物というのはいるものなのだな、と。

 実際、ラルフウッドがカチ合うまでの一瞬とも言える時間だけで名のある傭兵が数名秒殺されている。
 それだけでカーディル王と言う極上の獲物を狩る気満々だった傭兵達の顔色と意識が一瞬で切り替わった。あの光景をアルバーエルは忘れないだろう。



 我先にと群がるように駆けていた人波が真っ二つに割れ、それぞれに無難な相手に狙いを定める。
 その中央で悠然と構えるラルフウッドの不敵な面構えとまさしく無人の野と化した道を疾るカーディルの野獣の笑みが交錯し――


「アルバーエル将軍、どちらへ突き掛かりましょう?」

「左だな。外線から突き掛かり、中央へと敵を押し込む」

「ラルフウッド殿はよろしいので?」

「放っておけ。どちらも兵を当てて即座にどうこうなるような生半可な腕はしていない。それに、あの周辺で突き掛かっても今以上の乱戦にもつれるだけだ。
 傭兵達はそれでも構わないかもしれないが、我々が困る。

 だいたい、そんな事をしてラルフウッドに睨まれるのもな……」


 敢えて火中の栗を拾う必要は無い、というのがアルバーエルの考えであったが、その他にももう一つ切実な理由があった。


「何より、我々が抑えねばならない相手は他にもう1人いる。
 カーディル王の副将として付いているダヴー将軍だ。彼女に自由に動かれると何処で戦線が崩壊するか分かったものではないからな。
 彼女にはせいぜい我々の対応に追われてもらおう」

「はっ」





















 その瞬間、彼女は失敗を悟った。
 カーディル王自らの突撃という常識破りの常勝戦法を、同じく傭兵団長自らが止めるという非常識で破られ、その対応に追われている内に先手を取られてしまったのだ。

 ミリア=ダヴーは『槍』の異名をとってはいるが、その実はオールラウンドな戦況に対応できる万能型の将軍である。
 別段守勢を苦手としている訳では無く――実際に、これまでの戦いでも守る時は実に粘り強い指揮を見せている。

 とは言え、その異名に相応しい攻勢型の将軍である事もまた事実で。


「私が出るわ。全予備兵力を右翼側に展開しなさい!」

「将軍自らですか?! 前衛との連携は如何――」

「親衛隊なら私がしゃしゃり出なくとも何とかするわ。親衛隊長はあなたに心配されるほど無能な男では無いわよ。カーディル王と共にある限りにおいて、親衛隊に敗北の二文字は無いわ。
 でも、右翼は拙い。敵の予備兵力が動いている。このままじゃ押し込まれるわよ。
 分かったらさっさと動くっ!」

「りょ、了解っ!」


 彼女自身が率いる隊は、本来ならばカーディル王が作った綻びを素早く広げて突き破るための打撃戦力であった。
 戦線の何処に圧力をかければ良いか。あるいは、どう突けばカーディル王の仕事がやり易くなるか。
 それを察知して行動に移すセンスと実行力を彼女は持っていたし、今回はカーディル王がその点を重視したからこそ副将を任じられていた。


 それほどに、一度動き出した彼女を止めるのは容易な事では無かった。それこそ、止める側にスーシェ将軍並みの守戦巧者がいなければ無理だと思われるほどに。
 もちろん、そういった守戦に強い将がいればそもそも彼女をしてつけ込む隙が見当たらないという事も十二分にあり得るのだが。



 ……いずれにせよ、先手を取られた時点でこの戦場においては全てが無意味な情報と化した。
 ミリアが打って出る機会は訪れる事無く、故にオルトレア連合軍が彼女の攻勢に悩まされるという未来も存在しない。
 少なくとも、この戦場においては。


「敵将は……、アルバーエル=ウルザーか。確か、エルト王国の将軍だったわね?」

「王から軍の全権を任されている将軍だとの事です」

「流石に一国の軍を任されるだけの事はあるわね。攻勢が的確で苛烈だわ」


 アルバーエルもまた、猛将として知られる攻勢に強い指揮官だった。
 故に、ミリアとアルバーエルのどちらが主導権を握るかという事は会戦全体を占う上で密かに重要な位置を占めていたのだ。
 どちらもより攻勢を得意とする将ならば、その能力水準が同程度と仮定すれば主導権を握った側が優位に立つ。
 ミリアにとっては苛立たしい事に、アルバーエルは優秀な将軍だった。ヴィスト王国に仕えても方面軍一つを任せて問題無い程に。



 そのアルバーエルの取った戦法は実に正統派なものだった。
 即ち、弓兵による火力戦で戦線を乱し、剣兵や槍兵による近接戦闘で綻びを作り、綻びにつけ込んで騎兵によって蹂躙する。特に小細工が介在する余地の無い正攻法だが、それだけに対応は難しかった。
 正攻法とは、同程度の戦力ならば通用するからこそ正攻法と呼ばれるのだ。

 対するミリアも空いた穴を塞いだり即席の縦深陣で敵を誘いこんだりと及第点以上の防戦を行ってはいるが、主導権を奪い返すだけの反撃に関してはその糸口すら掴めていないのが現実だった。
 兵の質で上回っている事が守勢に回っても互角に戦えている理由の大半を占めている事はミリア自身にも分かっていた。歯痒い事だが、それだけ敵が巧いという事だ。



 認めざるを得なかった。この場で勝ちきるのは難しいと。

 敵の攻勢の対応に追われる中、そう結論付けたミリアは誰にも悟られぬ程度に小さく嘆息した。
 開戦から半日も経たない内にこうも目まぐるしく戦況が変わると対応する側としては疲れるのだ。戦闘指揮を行っているだけのミリアですらこうなのだから、前線で未だに超ハイレベルな一騎打ちを継続中の2人など、人間かどうか真剣に疑いたくなるような体力と気力の持ち主だと思う。
 あの調子だと、本当に日が暮れるまで一騎打ちを継続しかねなかった。ミリアも個人の武にそれなりに自信を持ってはいたが、まったくもってケタが違った。
 あれでいて軍の指揮に専念すればラルン会戦のような快勝を導けるというのだから、カーディル王に対する戦争の天才という評価は過小評価なんじゃないかとすら思ってしまう程だ。

 あれは天才なんて人の括りの中にある人では無い。戦神の化身ともいうべき、人を超えた何者かだと言われた方がよほど納得がいく。
 それと互角に一騎打ちをしている敵将の実力にも寒気がするのだが。


「全く……。
 この敵将といい、あの傭兵といい、以前の幼将といい……。彼らが大国で力を得ているというのではない事に感謝した方がいいかもしれないわね」

「ミリア将軍らしからぬお言葉ですな」

「なら想像してみるといいわ。彼らが私達と同数の兵を揃えて戦うとしたら、どうなる?
 私と陛下だけじゃ抑えきれないわ。スーシェ将軍かアライゼル将軍か。他にももう1人いないと勝てるなんて言えないわね。
 今ですら本国の抑えにアライゼル将軍、奈宮への抑えとしてスーシェ将軍を割いているのよ。軍の対応できる限界を超えかねないわ」


 早い内に。
 彼らが力を付けるかもしれないその前に。

 叩く。



 今後のヴィスト王国の未来は、南方戦線での戦果に掛かっていると言っても過言ではないだろう。


「最右翼に予備隊を投入。包囲に動かれる前に敵を押し返して。
 それと、他の戦域での状況は?」

「中央は混戦気味となっております。カーディル王が足止めされている動揺があると報告が入ってはいますが……」

「敵は雑多な貴族軍。まぁ、押し込めなくとも押される事は無いでしょう。左翼はどうなっているの?」

「互角です。こちらはカーディル王の状況は伝わっていないらしく、兵の動揺は全くと言ってよいほど無いそうですが……。敵の抵抗は激しく、一部では押し返されているとの事です」

「ビルド王国近衛兵団……。先の戦いじゃ出番は無かったけど、飾りでは無かったようね」

「先代国王当時の内乱を生き残った兵がそれなりにまだ現役で残っていると聞きます。であるのなら、末端での戦闘では手強い相手になるでしょう」


 内乱当時一兵士だったような存在なら、現代で言うところの下士官にはなっていてもおかしく無い。副官の言葉はコドール大陸において常識的な見解と言えた。
 ところが実際には、下士官どころか一部は将校――中隊長クラスまで存在しているような状態だった。末端での戦闘では手強いどころの騒ぎでは無く、組織的な戦闘能力においても相当に厄介な相手だったのだ。
 将校クラスとなるとほぼ貴族階級で占められている当時の軍としては異常ともいえる平民比率であったが、これも内乱の置き土産だった。

 つまり、王を護る最後の盾に一度盾ついた貴族を充てるというのはすぐに出来るような事では無かったのだ。
 無論、上層部は王党派と呼ばれる貴族子弟で占められてはいる。だが、数が足りないという厳然たる事実は否めなかったのだ。そもそも、その王党派の子弟貴族にしても貴族とは名ばかりの小貴族出身の者も多い。

 結果として身分の低い士官を多く抱えた近衛兵団はその権威を低下させてしまう事となってしまったのであるが、実戦能力という観点のみで言えばビルド王国国内で最も充実した軍集団の一つとして機能していた。
 そのお陰で同数のヴィスト軍と正面からやりあえているのだから、世の中何が幸いするか分からないものである。


「カーディル王は?」

「手出しが出来るような状況にありません」


 簡潔に状況を纏めた報告だった。
 親衛隊は傭兵との乱戦に持ち込まれており、最低限の統率を維持するので手一杯の状態だ。一騎打ちに乱入しようとする者を食い止めているだけでも十分よくやっているとも言えた。
 一方の傭兵団も上手く乱戦に持ち込んでヴィスト軍の長所は封じたものの、乱戦に持ち込んだからこそ決定的な戦術行動を取れないでいた。それならそれでやりようがあるというのが傭兵の恐ろしいところだが、この戦場において親衛隊を拘束する以上の価値を持ちえない事を覆すほどの特性では無い。

 肝心要の一騎打ちは未だに決着がつかない。
 激しい乱打戦はなりを潜め、今は互いに隙を窺う神経戦へと移行しているが――これも互角。



 全体的に見れば、消耗戦に持ち込まれつつあると見るべきだった。
 そして、消耗戦はヴィスト軍にとって最も避けなければならない展開の一つだった。

 なぜなら、敵は最悪この場に展開している軍を全て磨り潰しても良いのだ。代償としてヴィスト軍の戦力を削り切ってしまえるのならば、代価は十分に得られる。
 逆に言えば、ヴィスト軍はその戦力を最大限維持する必要があった。

 両者ともに、意識しているのは東の勢力。
 南東の大国奈宮皇国は権力闘争に揺れているものの未だ無傷だし、ロードレア公国やインスマー公国といった勢力も動員さえ終わればヴィスト軍に対抗できるくらいの兵力は動かせる。


「仕方ないわね。一度兵を引くわよ」

「……致し方ありませんが、陛下のご意向は?」

「会戦全体に関しては陛下が戻るまで私の思うように指揮を執れとのお言葉を預かっているわ。当然、それには撤退の決断も含まれる」


 常識的に考えればあり得ない事である。深く考えなくとも指揮権の混乱をもたらしかねないが――カーディル王自ら先頭に立って突撃するという常識破りを決行しているので今更な事でもあった。
 いくらカーディルが人間離れした武を誇るとは言え、流石に最前線で剣を振るいながら全軍の指揮を執れるほど人間を止めてはいなかった。
 だからと言って平然と指揮権を預ける辺り、相当にぶっ飛んだ思考をしているとみるべきだろうが……。ヴィスト軍という組織はそれでも不思議とうまく回っているのだから恐ろしい物である。

 余談だが、敵の前線が崩壊して一段落したら流石のカーディルも後方に下がって全軍の指揮を引き継ぐのが常であった。序盤の突破戦だけでも問題なのに、中終盤の戦闘に関してまで全軍の様子を見ないというのはカーディルも拙いと考えているらしかった。
 本人曰く、部下にも武勲を立てる機会は譲らねばなるまい、などと言ってはいるが。



 それにしても、この場で撤退を決断できるというのも十分非凡な将才だった。これは、その決断が出来るような将にしか副将を任せないカーディルの人選も褒めるべきではあったが。


「まぁ、陛下も状況はある程度把握しているでしょう。突撃を受け止められてしまった以上、無理押しを重ねるのは無意味に損害を増やすだけよ。
 この場は一度引いて体勢を立て直すべき。その考えに至らない陛下では無いわ」

「ですが、上手くいきますか? 左翼と中央はともかく、こちらはあまり素直に退かせてくれるような相手とも思えませんが」

「そこは私が上手くやるしかないわ。
 まったく……。それにしても、ここ最近貧乏籤ばかり引くわね。
 全軍に伝達よろしく。殿は私が引き受けるから、整然と秩序を保って下がるように、と」

「はっ」





















「……ふむ。どうやら上手くやられてしまったようだな。
 ミリアに対して優位に立てるような将となると、エルト王国のアルバーエルか」

「おっさんも中々名前が売れてるようだな。俺としても嬉しいもんだねぇ。
 ま、俺とおっさんの名をさらに上げるにはあんたと『槍のミリア』は丁度いい相手だ。恨みは無いが、悪く思うなよ」

「くくく……。ふははははっ!
 良いな。実に良い。この俺を前にしてそこまで言えるか!
 どうだ? 俺の下で働いてみんか?」

「それはそれで楽しそうだが、お断りだ。
 俺は死ぬまで誰かの下に付く気は無い。それが例えあんただろうとな」

「そうか、ならば死ぬがいい」


 ゆらり、と上段に構えたカーディルの気配が揺れる。
 激しく警鐘を打ち鳴らす本能に従いラルフウッドが全力で後ずさり、それでもなお足りぬと身を仰け反って顎を引いた次の瞬間!
 風斬り音すら置き去りにする雷光の一閃が彼の頭髪を数条虚空に飛ばした。
 遅れて飛ぶ風圧が頬を打ち、それでようやくラルフウッドは悟った。

 無拍子。それも、ラルフウッドという稀代の槍斧使いをして間合いを完全に侵された恐るべき一撃だ。



 死神の鎌を辛うじて紙一重で避けて完全に体勢を崩されている今、追撃を受ければ確実にラルフウッドの息の根は止まる。
 自身最高の業を躱されたカーディルがそれでもなお動揺一つ見せずに動く。思考するより早く、反射の域に達した切り返しからの追撃で命を刈り取ろうとして――肉体を精神で凌駕する回避行動をとった。
 袈裟に放った斬撃の勢いをさらに加速し、大地を転がる。その頭上数ミリの高さを斧頭の刃が斬り取り抜ける。ラルフウッドの、鍛え抜かれた傭兵としての身体が放った最高の一閃だった。

 身体バランスの全てが崩れた状態でなお、両腕の力のみで全てをねじ伏せ振るわれた死の淵よりの断頭刃。
 殺気も無く、意志も無く、これもまた無拍子の――意識外からの一撃故に、いかな達人と言えど本来なら避けようと思考する事すら困難な刃、であるはずだった。

 涼しげな顔でそれを躱すカーディルの異常さは、もはや万の言葉を尽くしても表現し得ぬものだ。



 転がって避けた勢いを立ち上がる力に変え、カーディルは何でもないように立ち上がった。重い鎧を身に着けていると思わせない動きの軽さが、ラルフウッドの追撃を許さない。
 そこまでの刹那の後、思い出したかのようにラルフウッドの背から冷や汗がどっと噴き出す。

 大の大人が構えるのもやっとなどと言われる巨大な両手剣をもってして、全く斬撃の――それどころか、踏み込みの予兆すら感じさせない程の神域に達した無拍子の業。
 自ら望んで戦場を渡り歩いてきた経験で培われた勘が冴えてなければ、今頃地面の上から自分の身体を見上げるハメになっていたに違いなかった。
 その後の望外の一撃をすら避けられた事に関しては、もはや笑う他無い。


「……流石は獅子吼。あれを避け、あまつさえ反撃まで行うか」

「ちっ……! 冗談じゃない――テメェ、手を抜いていやがったか!」

「さて、それはどうかな?」


 本当に冗談では無かった。
 恐らく手を抜いていたという事では無く、カーディルと言えどもあの境地の無拍子を斬り結んでいる最中に繰り出せる程化物の域には達していないという事なのだろう。
 でなければ、今までに軽く2桁は首と胴が泣き別れしている。

 ただし、だから安心だという訳にもいかない。
 カーディルに時間を与えるという事は、即ち先の無拍子を繰り出す境地へと心身を高める時間を与えるという事だ。
 ラルフウッドは、自分が強者とのギリギリの死合にこれ以上ない興奮を覚える――いわゆる向こう側の人間であると自覚していた。
 そのラルフウッドでさえ、興奮の域を通り過ぎて血の気が引く音を聞く程の業の冴えだったのだ。

 呼吸を外され、目付を外され、高速で巡る思考の埒外から視覚聴覚すら惑わし忍び寄る見えない一閃。前髪を斬り飛ばし頬の薄皮を斬り裂いて抜けた刃は、真正面から不意を打たれるという事を抜きにしてすら死を予感させる速さと重さ。
 槍斧を構えて防ごうとすれば、そのまま両断されるに違いない。少なくとも、ラルフウッドはそれを試す蛮勇を持ち合わせてなどいなかった。

 受けられないなら避ける他無い。目の前で刃を振り降ろされてもそうと認識出来ない、見えない刃を、だ。

 1度目は避けた。半ば幸運の産物だったという自覚はあるが、命は繋いだのだ。誇っていい。
 だが、2度目以降も避けられるなどとは口が裂けても断言できない。


「ふふ……。あんたほどの男が王様なんて退屈な椅子に座っているなんて、世界の損失ってものだな」

「なに、これはこれで中々座り心地に味もある。……座ってばかりというのも性に会わんのは事実だがな」


 笑っていた。
 次こそは自分の首が落ちるという未来を半ば確信しながらも、ラルフウッドは笑っていた。

 あれほどの業を。古今東西未来の果てまで見渡してなお厳然と屹立する人類の到達点の一つを。



 この俺が超えるのだ・・・・・・・・・と。



 今までも幾多の達人や弩級モンスターとやり合ってきたのだ。
 たかだか人類の到達点如きで心折られていて、ここまで生き残れてきた道理などあろうか。


「ははははははっ! 良く聞け、英雄王。貴様が俺に比べて弱くも強いのは、貴様が王であるからだ。
 王であるが故に背負ったものは、重い。ナリ・・こそ違うが、魔物共の王がそうだった」

「道理だな。だが、王であるが故の弱みとは何だ」

「案外頭の巡りは良く無いのか? 英雄王。
 今、俺が答えを言っただろう。

 ――王であるが故に背負ったものは、重いとな」


 ラルフウッドの言葉に伴うようにして、戦場の空気がざわつく。

 黒煙。

 ヴィスト王国後方の街道筋に、数条の黒煙が立ち上っていた。


「ぬぅ……!」


 別働隊による後方遮断と物資集積所の襲撃。
 どこから別働隊を捻り出したのか、別働隊を率いれるだけの将器を持つ人間がまだ残っていたのか。疑問は幾つもあるが、そこに存在する現象までは否定できない。
 その結論に素早く至ったカーディルであるが、しかし、兵の動揺を鎮める将がいない。

 ミリアはアルバーエルの攻勢を防ぐので手一杯だ。戦場のどこからでも見える異変である分、攻勢を受け止めるのに失敗すれば全軍が崩壊しかねない。
 むしろ、この状況で撤退の余裕を作り出そうとアルバーエルを押し返しかけている彼女は能力以上に働いているかもしれない存在だった。

 他の将は力不足。自分の隊を掌握できているだけでも御の字だ。

 カーディル自身が対応に回れば問題は無いが――


「そぉら! 気も漫ろという場合では無い様だぞ!」


 一度は開けた間合いを、颶風の踏み込みで詰める斧槍の担い手。
 全軍の事に一瞬でも気を回した、その隙とも言えぬ隙を突かれた格好だ。

 薙ぎ、払う。薙ぐ、払い、捌いて振るう。払う、払う、薙ぐ、払う――!

 一撃一撃は軽くとも、受け止めに行ったその時はその硬直を狙われる連撃。一度で命は斬り払われぬが、手傷を負う事は必定の鋭さ。

 それは、並みの剣士なら死を予感させる嵐だ。だが、カーディル自身の技量からすればどうという事は無いそよ風のようなもの――気の済むまで好きなように得物を振るわせればいい。
 根競べになった末に、立っているのは自分であるという確信が持てた。この状況を続ければ、立っているのはどちらであるのか明白だ。あるいは、陽が落ちるのが先かもしれない。

 しかし、両軍の野戦の行く末もまた明白であった。
 このまま続ければ、勝つのはオルトレア連合軍だ。戦士としてのカーディルに負けは無くとも、王としてのカーディルに未来は無い。


「なるほど、足りん頭で考えたようだな」

「抜かせ。あんたは当代最強の戦士を名乗っても良いだろうが――王という立場に足を取られているようじゃ無様と言う他無い。
 この絶好の機会に、あんたの首を獲らせてもらおう!」

「甘いわ! 王の一撃がいかに重いか、その身でとくと知れい!!」































「……王の一撃、ねぇ……」


 特に恐るべき何かを伴っていたようには見えなかった。
 あの見えない一閃の恐ろしさも、これまでに見せていた巧さも、全てが幻だと思うほど何も無かった。
 だというのに、手に残ったのは重量感を感じない棒切れだけだ。
 残りの斧頭は、遠く離れた地に突き立っている。
 夕暮れに長く伸びる影が、まるで巨大な墓標のようにさえ見えた。



 カーディルは既に北へ去った。前線の物資集積所に焼き討ちを受けて痛手を被った以上、策源地まで退くだろう。
 次の機会はまたしばらく先になりそうだった。


「王の一撃、ね……」


 己の武器を斬り飛ばされる。武人としては自らの命を獲られたに等しい敗北だ。
 だが、再戦の機会はあった。やられた借りは、十倍にして返す。


「王の一撃、か」


 ラルフウッドの瞳が、南を見据えた。
 北では無く、南を。







[12812] 伏竜鳳雛 ~part5~
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:4ee04a98
Date: 2011/01/23 20:01



 ■ 前回までのあらすじ





 複数のヴィスト王国軍軍集団が旧ヘルミナ王国‐ビルド王国国境を突如として超える

 ↓

 クルガは何とか睨み合いに持ち込めたが、マックラーはカーディル王とガチンコ確定

 ↓

 あと、クングール終了のお知らせ

 ↓

 危機的状況を察したリトリー公、エルスセーナを雷発(笑)

 ↓

 到着前に第3次マックラー会戦終結 ←いまここ!





















 ――という訳で、全く完全に間に合いませんでした、っと。


「間に合わなかった事を嘆くべきか、味方の勝利を喜ぶべきか……」

「味方が勝った事は素直に喜んでおくべきでしょうな。
 果たして勝ったと言える程の結果であるのかどうかは別としましても」

「敵を撃退したのだから勝ったに決まっている。
 と、フリッツならそう言うかと」


 俺のボヤキともつかない言葉に、オイゲンとマーチカ男爵も何とも言えない表情でそう返してきた。

 なにせ、俺達が援軍として到着して以降未だに全軍の再編作業が終わっていないのだ。
 戦闘そのものでは全く役に立っていないが、この局面で纏まった数の騎兵が索敵やその他任務に使えるのは有難いと有形無形の感謝をされていたりする。

 この場にいないエステマット伯爵は麾下の兵を連れて北へ偵察に出ている。当然、カーディル王の動向を探るためだ。
 ある程度断片的な話を聞いた中から推測するに兵站を叩かれたんだから素直に後退するはずではあるが、そう思わせておいて、なんて可能性が無いとは言い切れない。

 まぁ、万が一に備えてという性格が強い偵察だな。隙があれば本国まで帰るその尻に一度くらい噛みついて来いとは言っておいたが、ま、無理だろう。



 それにしても。
 こう言うのは何だが、まさか撃退できるとは思っていなかった。

 ヴィスト軍が動員した兵力とこちらの動員兵力はほぼ互角で、ヴィスト軍はカーディル王をはじめとして国許に残ったアライゼル将軍以外の有力将帥が全員動員されてる状況だったんだぞ。
 補給線の事まで考えれば一発でエルト国境まで押し寄せて来るとは考え難かったが、マックラーは確実に落ちたと思っていたからな。

 そうならなかった原因は、“獅子吼”ラルフウッド団長の奮戦とアルバーエル将軍の果断な戦域支配に尽きる。
 特に、人中のカーディルとでも言うべき英雄王とガチの一騎打ちなんていうどこの英雄豪傑かと言わんばかりの大立ち回りを演じたラルフウッド団長の活躍が無けりゃどうなっていた事か……。

 つーか、大剣片手に戦場を単騎駆けして大将首落とすような化物と敵騎士を馬ごと一刀両断してのける人外のドリームマッチなんて勘弁してくれ。
 しかもその結果如何で戦闘のすう勢が決まりかねないとか悪夢以外の何物でもない。
 こちとら直接武力は専門外なんだ。戦術指揮だって専門外みたいなもんの中で必死扱いて「戦う前に勝つ」算段付けようと足掻いてみたり、戦略的敗北を戦術的勝利で糊塗しようとしたりしてんのに、個人戦闘で戦術的勝敗を決せられたら立つ瀬が無い。

 いやホント、チェスや将棋で盤面優勢にしかけた所でちゃぶ台返し食らうようなもんだから。



 ……まぁ、ちゃぶ台返しを未然に防げてマックラーの防衛に成功したんだからこの戦場では勝ったと言ってもいいんじゃなかろうか的な見解だし、そう悪くない結果だから文句を言う謂れもないんだけど。


「……この惨状で勝ったとは、ねぇ」


 誰にも聞こえないよう口の中で呟いた俺の視界には、会戦最終盤で戦場を離脱しようとするダヴー将軍の隊に突っ掛かって返り討ちにあったと思しきビルド王国軍の成れの果て・・・・・が再編の途上にあった。



 ビルド王国中央部に所領をもつ貴族の混成集団を主軸とする2万名の戦闘集団のうち、現在戦闘可能な状態にある人数は僅かに5千と少し。
 再編が済んでいる――組織的戦闘に投入可能な数で言えば、さらにその半分以下になる。

 数字だけ見れば完敗と言っていい状態だった。





















 エルト王国軍や傭兵団の再編に何とか目処がつき、錯綜気味だった情報が何とか纏まった所でエルト王国軍+αで軍議を開く事になった。
 もちろんビルド王国側にも声は掛けたが、再編をはじめとした立て直しに全く目処がつかない状態では参加は不可能との返答が返ってきた。
 連絡将校程度の人員はもちろん派遣されてきてはいるが、能動的な発言なんて出てこない以上ある種いないも同然だ。

 発言が可能な人員がいたとして何か言う事があるのかというのは、また別の問題かもしれないが。

 なお、主な参加人員は、アルバーエル将軍、俺、エステマット伯爵、マーチカ男爵、ラルフウッド団長の5人だ。ラルフウッド団長の未来がどう転ぶかは知らんが、ノア将軍以外のエルト王国軍ベストメンバー勢ぞろいといった感があるな。
 オイゲンに関しては、ウチの隊の面々による偵察活動の指揮をするためにこの場を離れている。


「とにもかくにも、将軍が無事で良かったです」

「そう言うセージは少し腰が軽いぞ。賽は振られたのだから、領地にどっしり構えて一報を待つくらいの落ち着きが無ければエルト三公の重責は勤まらんと思え。
 ただ、満足に動かせる隊が無い中で無傷の騎兵が3隊使えたというのは助かった。それに関しては礼を言う。
 減点1に加点1、と言うには些か減点が大きいが……。まぁ、大目に見ておこう。次にやったら間違いなくカーロンの説教だな」

「……ご心配無く。どちらにしても帰ったらカーロンに公爵家当主心得をみっちり仕込まれる事になっていますから」

「はっはっは! セージも突然公爵家の当主になってしまった一面があるからな。カーロンも内心冷や冷やしっ放しなところはあるだろう。
 ただ、あまりやり過ぎ続けると笑い話では済まなくなる。気を付けろよ。俺はカーロンが心労で倒れたなんて話は聞きたくないからな」

「すみません……」

 形式上(宮廷序列上)は同格の俺とアルバーエル公爵ではあるが、もちろん俺がアルバーエル将軍に頭が上がるはずもない。むしろ、こうやって親身に忠告してくれたり叱ってくれたりと、足を向けて寝られないくらいだ。
 個人的にはいくら感謝してもし足りない。
 公人としては、リトリー公爵がウルザー公爵にあまりに近しいのはいずれエルト王国内部の政治力学に強い影響を及ぼすんじゃないかと思わないでもないが……。

 思わないでもないが、とにかく目の前の事を処理するので手一杯だ。手元足下とヴィスト王国に注意を払うので既に能力以上に働いている気がする。カーロンがいなけりゃそれすら不可能。
 ムストか宰相殿辺りを頼りにはしているが……。



 いや、今は目の前の問題を何とかしなければ。
 エルト国内の問題より、ビルド王国が今回の一連の戦闘でどれだけのダメージを受けるかが今後のコドール大陸南方戦線の行方に重大な影響を及ぼす。
 確実に、だ。


「アルバーエルのお説教が終わったところで、現状把握と洒落込むか。戦況の経緯は纏めて聞いておくか? リトリー公爵殿」

「ええ、頼みます」

「と、いう事で頼んだぞアルバーエル」

「お前はいつもそうだな。面倒な事ばかり俺に押し付けて……。まぁいい、戦端を開いてからの流れを説明する」


 ラルフウッド団長の妙に迫力のある悪戯顔にアルバーエル将軍が苦笑しながら説明を始める。



 戦端を開くのとほぼ同時に突出してきたカーディル王及び親衛隊は、ラルフウッド団長以下の傭兵団との激突を経て混戦状態へともつれ込んだ。
 両軍が最も分厚く陣を敷いた左翼での激突から遅れる事僅かの間で中央と右翼もそれぞれ接敵するが、この時点では戦況はほぼ互角。

 傭兵団が混戦状態へと持ち込んだ左翼はもみ合いから消耗戦へと移行。
 一方の中央も、ビルド軍の集団にバラつきがある隙を上手く突いたヴィスト軍が何故か動揺し、統制が乱れた所をビルド軍が逆襲。こちらも混戦に近い状態になったらしい。
 その間に、右翼は互いに戦線を形成して互角の叩き合い。

 戦況が動いたのは、エルト王国軍が左翼前衛同士のもみ合いを迂回するようにヴィスト軍側方へ進出したのがきっかけだったらしい。
 先手を取るべく動いたアルバーエル将軍の積極策が実ってダヴー将軍をアルバーエル将軍の攻勢正面へ釘付けに出来たのが大きく、完全にヴィスト軍を消耗戦へ引きずり込めたのだ。



 ここまでは、こちらの思う壺だ。
 ヴィスト軍は現時点での戦略予備が心許なく、さらには本国から伸びた補給線の長さが長すぎる。対するこちらには奈宮皇国をはじめとした諸国の兵力を後詰扱いにしても良いし、補給線も短い。
 消耗戦はこちらが圧倒的に有利だ。
 もちろんそうなった場合、ヴィスト軍相手に消耗しきったビルド王国は奈宮皇国辺りに保障占領を食らいかねないが、ヴィスト王国にとってはその辺りは心底どうでもいいだろう。

 もっとも、このチキンレースを仕掛けたのがビルド王国軍じゃなくてエルト王国軍な辺りはアルバーエル将軍も人が悪い。
 分かっていても、自国が同盟国に蹂躙されるかもしれない危険を冒してまでビルド軍がこの作戦を採れたかと思うと疑問だからな。
 このままいけばこちらの作戦勝ちで判定勝ちくらいには持ち込めたんだろうが……。

 ヴィスト軍も伊達に大陸有数の軍事強国を名乗っていない訳で。



 まず、攻勢に出る事で主導権を握っていたアルバーエル将軍の手勢がダヴー将軍に押し戻された。
 その過程において敵にかなりの打撃を与えたはずだ、とアルバーエル将軍が言っている以上、相当な無理押しで戦線を反発させたはずだ。最後までそれを成し遂げたダヴー将軍の力量とそれに応えたヴィスト軍将兵の実力は流石と言う他ない。

 この間に、右翼の戦闘は終結へ向かっている。ヴィスト軍もビルド王国近衛兵団も、それぞれ一時兵を下げて様子を見に掛かっていたからだ。
 ヴィスト軍はそのまま素早く兵を退いて、ビルド王国近衛兵団は追撃――する前に中央へのけん制を入れなければならなかった。



 で、問題の中央部だ。
 一時の動揺と混乱から脱しつつあったヴィスト軍中央部集団は、カーディル王が戦闘指揮に復帰したらしき事で統制を完全に取り戻し、戦線全体でビルド軍を押し込みつつあった。
 ここに側面から(中央の戦線が押し込まれた結果、全体で見ると凹陣に近い戦線状況になっていたようだ)近衛兵団が突き掛かり、それで手仕舞いと見たのだろう。中央部のヴィスト軍も引き上げを開始した。

 中央のヴィスト軍が引き上げを開始したスペースには、一旦戦線を立て直すために攻勢を弱めたアルバーエル将軍を振り切ったダヴー将軍と体勢を立て直したカーディル王親衛隊が入った。
 カーディル王がヴィスト全軍の指揮を執って後退するまでの殿といったところだろう。
 この瞬間に三方向から半包囲体勢を築いて攻勢に出られれば戦果はもっと大きかったかもしれないが、両翼は既に疲弊していて積極的な攻勢に出るのは不可能だった。
 というより、それを見越していたから敵も危地に留まっていたのだろう。

 数度の押し引きを繰り返した後、両翼の撤退に続いてヴィスト軍中央集団も撤退を開始した。
 ここで素直に兵を退いていればここまで大きな損害を受ける事は無かったはずなのだが……。


「突出した指揮官がおらず、混成状態だったのが拙かった。一部の貴族が撤退を潰走と誤認し、功を焦って突出。それに引きずられる形で他の貴族もなし崩しに深入りし過ぎて、タイミングを見計らった敵の最後の大反攻で壊乱した。
 ご丁寧に壊乱した中央集団を我々両翼に押し込んでくれたものだから、こちらまで混乱してしまって僅かながら同士打ちまで発生する始末だ。
 結局、悠々と引き上げられてしまったよ」

「先の偵察でも、お手本通りの撤退を継続中でした。隙あらば後ろから張り倒してやろうと隙を窺っていたのですが、ああも完璧な逆撃態勢を見せつけられてはやる気も萎えるというものです」

「エステマット伯爵で無理なら俺でも無理だな」

「アルバーエル将軍がお手上げなら俺だって手も足も出ませんね」


 エステマット伯爵とアルバーエル将軍の軽口に俺が乗っかり、マーチカ男爵が静かに笑みを浮かべる。戦闘結果が、エルト王国的には控えめに見ても痛み分けという内容だからこその空気だろうな。


「勇猛果敢な傭兵団長としては我こそがと名乗り出たいところではあるんだがな……」


 単身エステマット伯爵について行ったらしいラルフウッド団長ですら、ヴィスト軍の隙の無さは認めざるを得ないらしい。


「先程もリトリー公爵と話していましたが、マックラーの防衛に成功した、という点では戦略的勝利を得たと考えて良いのでは?」

「俺もそう思うが、どうやらセージとラルフウッドは違う意見を持っているらしいぞ」


 マックラーの防衛には成功しているが、それが即戦略的な勝利に繋がるとは思えないんだよな……。
 なにせ、既にノイル王国軍を手酷く叩かれた後だ。その失点を挽回するどころか、ビルド王国軍まで疲弊したっていうのはなぁ。


「俺個人としては負け戦だったからな。武器を圧し折られたのはエルト王国を出て以来初めての事だぞ。控えめに言っても面白くない」

「ラルフウッド殿はエルト出身なのか?」

「一応貴族の末席に名を連ねてもいる。まぁ、貴族と言っても領地も無い貧乏貴族だが。
 世が世なら、アルバーエルどころかエステマット殿やマーチカ殿にもこんな気軽に話しかけられる立場じゃない」

「その代わり、ラルフウッド殿には近隣諸国に知れ渡った武名があるではないですか。そちらの名声で言えば私もフリッツも及びませんからね」


 こう言っちゃ何だが、大陸有数の傭兵団の頭目と田舎国家の十把一絡げの貴族じゃ立場的にはトントンが良いトコだ。
 さすがにアルバーエル将軍クラスになるとそうでもないが、どーいう関係かは知らんがえらい親しいからな、あのふたり。


「で、セージが難しい顔をしている理由は何だ?」

「……現状では、戦略的見地に立った場合どう割り引いても痛み分けがいいところだと思います。
 結果だけを見ればマックラーを防衛出来ている分こちらの作戦目標は達成されたと考えられますが、敵が支払ったコストとこちらが支払ったの差分を考えるとどうにも。

 それに、まだクングールが残っています。
 クングールが陥落でもしたら全部ひっくり返りますよ」

「クングールは囮ではないですか?」

「アガレスの言う通りだ。クングールを攻めているのはヴィストでもそう名の通っていない2線級の将軍だろう。そもそも、要塞都市を落とすのに籠城する兵より少ない兵で囲んだところでどうにもならん。
 いくらヴィスト軍が強いと言っても、城攻めには少なくとも3倍以上の兵が必要だという条件をひっくり返せるほどでは――」


 それが、心理の陥穽だと思うのは穿ち過ぎだろうか?



 俺は――俺だけは知っている。ロンゼンとセルバイアンの2人は、いずれヴィスト王国軍を背負って立つトップエリートだという事を。
 その2人が共同して作戦に当たっているんだ。ただの牽制や囮などと舐めてかかると酷い目に遭うのは間違いない。

 特にロンゼン。こいつがヤバい。

 王道的なリディアにセルバイアン。打撃力のネイ。支援戦力としての火山。それぞれ原作でも厄介な相手として描写されていたが、ロンゼンの役回りは――軍師。



 鹿が迷い込んだ、なんて手に引っ掛かるとは思わないが……。しかし、どう転んでもロンゼンの打った手は損が無い。

 マックラーのオルトレア連合軍が無視すればカーディル王の来援でクングールが落ちる。
 決戦に打って出れば、結果如何ではマックラーが陥ちてビルド王国が崩壊する。
 そして、カーディル王という存在そのものが囮としては最高の効果を発揮する。

 誰だってカーディル王が本命だと思うだろう。兵力も大きい、役者は揃っている、狙うのは王都マックラー。
 そう、誰だってマックラー狙いだと考える。



 煙幕としては最高じゃないか。視線がマックラーに向いている内に、あのロンゼンが好き勝手暗躍出来るんだぞ。

 もちろんそうじゃない可能性だってあるが、現実はいつだって最悪の斜め下を行くと相場が決まってる。


「敵より少ない兵で要塞都市を囲む。不自然だとは思いませんか?
 逆襲を受ければ各個撃破の危険すらあるのだから、牽制の意図があるにしても陣を張って対峙するのが普通でしょう」

「牽制だからこそ囲んでいるのだろう。攻めっ気を見せなければ牽制にすらならん」

「攻めっ気を見せるだけなら適当に門に押し寄せて見せればいいでしょう。牽制が主目的であるにしてはリスクを取り過ぎていると、俺は考えているんです。
 ……言い変えましょう。
 ヴィスト軍は、リスクを取ってでもクングールを囲まなければいけないと考えているはずなんです」

「つまり、本気で陥としにかかっているのか? あのクングールを、僅か2万で?」

「おいおい、冗談だろう? 5万の兵に囲まれても小揺るぎもしなかった要塞だぞ。
 それをたかだか2万で陥とすなんて、いくら豪気な傭兵でもそこまで威勢のいい事は言わないぞ」

「力押しでなければいいんでしょう。搦め手、謀略の類は城攻めの手法としてはむしろ陳腐なものです。
 ……それだけに有効です」


 しかも、今のクングールには頭が2つある。ほぼ同格の、拠って立つ考え方も後ろ盾も何もかも違う指揮官が2人だ。
 それぞれの能力がどんなに高かったとしても付け入る隙なんて幾らでもあるだろう。


「……つまり、クングールを囲んでいるのは情報の遮断が目的か?」

「マーチカ男爵の言う通りです。囲まれたという事実は知る事が出来ましたが、しかし囲まれたという知らせは受け取らなかったのでは?」

「…………。確かに、その通りだ。
 ラルフウッド、お前のところでは何か情報を掴んでいるか?」

「幾ら傭兵の情報網が独自なモンだと言っても限度がある。無理を言うな」

「ビルド王国の方では……、まぁ、そうでしょうね」


 俺が言い終わるより早く、ビルド側の連絡将校は首を横に振った。その顔色が心なしか悪いのは気のせいではないだろう。



 普通は攻囲されてると言っても情報伝達が皆無になる事なんてそうそう無い。
 いやまぁ、攻囲されてるまっ最中に堂々と情報を伝達できるものではないのは当然そうなんだが、攻囲される直前の状況報告や敵の隙を突いた伝令なんかが多少なりとも無いというのは考え難い。
 囲んでいると言っても、四六時中猫の子一匹漏らさないような警戒網を敷くなんて事は相当な難事だからだ。

 であるというのに、クングール方面でヴィスト王国軍が動いたという一報以降何の報告も来ていないという。

 普通なら見過ごされる事なんてありえない異常だ。

 ……カーディル王が動いた、なんていう大事で上書きされない限りは。


「まさか、ヴィスト軍の主力はクングールを囲んでいると?」

「親衛隊こそカーディル王と共にありましたが、その他の最古参の精鋭はこちらにはいなかったのではないかと思います」

「セージがそう言う根拠は――いや、いい。俺も耄碌したか。こんな単純な事を見逃しているとは」

「アルバーエル?」

「俺とラルフウッドが左翼に釘付けになっている間、中央の戦況が互角に推移していた事自体がおかしい。そういう事だな」

「アルバーエル将軍、それはいくらなんでもビルド王国軍を過小評価し過ぎなのでは?」

「ヴィスト王国軍の過大評価ではない、と暗に言う男爵の言葉が既に状況を明白な物としている気がするがな。
 第一、セージの推測通りだった場合の方が筋が通る」


 苦虫を噛み潰した様相でそう言うアルバーエル将軍の言葉に、それ以上の反論は無かった。
 ビルド王国からの連絡将校ですら、今更怒って見せる気にもならないという顔をしている。
 兵力だけは集めたが、その実態が――個々の戦闘能力は別としても――烏合の衆であったというのは否定できない事実だ。
 今まさにマックラー平原にその証拠が転がっているとあっては、何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないという事を自覚しているのだろう。


「せめて、近衛兵団並みの指揮系統が存在していればあのような無様は晒さずに済んだのですが」

「まぁ、我らエルト王国とて軍の内実は似たり寄ったりです。むしろ、この場にいるアルバーエル将軍指揮下のエルト軍やリトリー公爵の手勢の方が例外と見るべきでしょう。
 我がマーチカ家やフリッツの黒騎兵もその例外に入るとは思いますが――」

「数が足りん」

「――とまぁ、そういう次第です。あとは、ラルフウッド殿の傭兵団くらいなものですか」

「戦慣れしているから目立たんだけで、寄せ集めなのは大差無いだろう。個々の判断が高いレベルで一致しているから有機的に動けているように見えるだけで、旗印の俺の号令のもと一糸乱れぬ統制が取れるかと言われれば、な」

「結局、奈宮皇国頼りになってしまうか……」


 個々の兵の精強さもそうだが、組織化された大軍が存在するかどうかという判断基準で言ってしまえば奈宮皇国以外の南方諸国家は有象無象レベルでしかない。
 アルバーエル将軍が深いため息をつくのも分かるし、ガンド王国が野戦では無く城砦に拠っての籠城戦に活路を見出そうとした事も理解できなくはない。


「話を元に戻そう。セージの言う通り、ヴィスト軍の最精鋭がクングールを囲んでいると仮定すれば……」

「クングールを陥とすのに、何らかの方策を持っていると考えるのも一理あるか。
 それが何であるかは……、流石に分からないだろうが」


 そりゃあ、それが分かれば苦労はしない。
 ただ、堅固な城砦に籠った敵を打ち破るのにどうすればいいのかなんて、古今東西いくらでも戦訓はある。


「……外から陥とせぬのであれば、中から陥とすしかないでしょう。
 完全に情報を遮断すれば、同格の指揮官の間に不和の種を捲いて大きく育てるくらい簡単にやってのけるんじゃないかと」

「リトリー公爵殿は敵を高く買っているようだが、敵の指揮官はそんなに厄介な相手なのか? 聞いた話によれば、若手の参謀格が主将らしいが……」

「あのカーディル王が、無能な指揮官に一方面軍を任せるとは思いません。クルガに寄せたスーシェ将軍ほどでは無くとも、それに準ずる将才を持った人物のはずです。
 でないと、ダヴー将軍がこちらに来たりはしないはず」

「逆に言えば、ダヴー将軍をわざわざこちらに持ってくる事の出来るだけの余裕がある、という事だな。
 それは同時に、敵の狙いがクングールにあるとすればこちらの目を欺く良い囮になるか」

「だが、それが分かったところで迅速に動けるか? アルバーエルの隊はすぐ動かすには疲労の蓄積が厳しいだろうし、俺の傭兵団はそもそも給料以上には働かんという手合いが大半だ。まぁ、金を積まれてもすぐ動けるかどうかは、アルバーエルのところと似たり寄ったりかも知れんがな」


 で、俺の率いてきた援軍は騎兵2000。……ヴィスト軍2万を相手取るには不足も良いところだ。しかも、懸念がピタリ当たっていれば最精鋭とぶち当たるハズ。
 南ヘルミナ騒乱の時どころの騒ぎじゃない。あの時は賭けが成立しそうだったが、今回のはただの自殺だ。俺達だけで先行するなんて事は出来ない。


「しかし、クングールが陥ちるのを座視している訳にもいきますまい。ここは多少無理やりでも派兵せざるを得ないのでは」

「……セージとエステマット伯爵、マーチカ男爵の2000を基軸として、俺のところから幾分マシな隊を抽出して1万前後を捻りだそう。
 その1万でクングールに急進して、籠城しているビルド王国軍と呼応してヴィスト軍を叩く。それしかないな」

「俺はどうする?」

「ラルフウッドはビルド王国に雇われたという形になっているからな。今回はマックラーに留まっていてもらおう。
 それに、万が一カーディル王が舞い戻ってきたらお前の力は絶対に必要になる」


 クングールに可及的速やかに進出する方向で話は纏まったか。

 ……今更だけど、本当にいいのだろうか?



 俺の論の根底にあるのは、本当に信用しても良いのかどうか分からんあやふやな“知識”だ。
 論理的な理由はそれを裏付けるために積み重ねていったもので、言うなれば演繹的な推測だ。

 敵の動向の推測とは、本来帰納的に積み重ねるべきものだ。
 だからこそ敵の意図を正確に察知できる将が名将や名軍師と呼ばれるのだし、だからこそ彼らは正確な情報という物の価値が何物にも優る物だという事を理解している。
 敵の意図・行動という頂点の情報は、何段にも渡って正確に積み重ねられた情報や思考のピラミッドの上にしか載らないものなのだ。

 それを演繹的に導き出せるからこその“チート”だと言ってしまえばそれまでだが……。


「不安か、セージ」

「……今回は既に一度、外していますから」

「それはこの際どうでもよろしい。勝敗は兵家の常です。
 アガレスも俺も、リトリー公爵殿の能力は見るべきものがあると思っています。ムスト殿で見た目の判断など案外当てにならないものだとは痛感していたはずなのですが……。
 まぁ、実際にリトリー公爵殿の推論通りに事が運ばなかったとは言え、今この状況を鑑みれば全くの見当違いな事を言っていたとは思わない以上、迅速に事を進めるべきかと」

「それに、我らがこの場を離れる事で大きな不利益が発生するとも思えません。また無駄骨だったのならばそれはそれで良しとして動くべきでしょう」

「確かに、結果無駄骨だったのなら笑い話で済むだろうが、逡巡した結果間に合わなかったでは笑えない結果になるからな。俺はふたりの意見に賛成だ。
 アルバーエルはどうだ?」

「……困ったな。これでは慎重な意見を言う奴が誰もいないではないか」


 そう言って豪快に笑うアルバーエル将軍が、わしゃわしゃと俺の髪の毛をかき混ぜる。
 何とも言えないくすぐったい感情が胸の内から湧き出るのを自覚した俺は、乱暴に頭を撫でられるままに俯くしかなかった。
 何というか、耳まで赤くなっている自信がある。


「さて、そうと決まれば巧遅より拙速を貴ぶべきだろう。すぐに兵を再編して――」

「――軍議中失礼致します!」


 アルバーエル将軍の発言を遮るように、天幕に転がり込んできた兵が倒れ込むようにして片膝を突き、声を張り上げる。軍装は濃い青を基調とした装飾の少ない無骨な物――というか、兵の顔に普通に見覚えがある。
 言わずもがなだが、ウチの隊の兵だ。

 ……嫌な予感しかしない。


「何事だ?!」

「クングールが――クングールが陥落致しました!」















【あとがき的な】筆者の主張【何かっぽい】

 正月に書き進めようと思ったら天候不順で風邪を引いたでござる。



 と、いう訳で。大変お待たせしました。皆様の期待(?)を裏切っての更新でございます。
 遅筆なのは自覚していますが、絶対完結させてやるという意地だけはあります。
 ……お気楽な作品も書きたいという食い意地(?)もありますがw

 いやまぁ、遅筆な上に連載増やすとか確実にエターフラグだし止めておきましょうねー。
 今更やった恋姫が思ってたより良かったとか一部気に食わなかったとかそーいうのはうわなにをすくぁwせdrftgyふじこlp;@:



[12812] 登場済みキャラクターのまとめ その1(始まりのクロニクルLastPart終了時点)
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:0c92d080
Date: 2010/05/23 12:49





■ 登場済キャラクター


【姓名】セージ=リトリー
【年齢】11
【身分】エルト王国公爵
【備考】
 本編主人公。領地の立て直しの過程における内政・外交でのいくつかの成果の他、南ヘルミナ騒乱での戦功を高く評価されている。
 実際には文武に渡る彼の部下の優秀さが下駄として存在するのだが、名声にはそれは表れない。さらに、下駄の存在に気が付くレベルの人間からは“将の将たりえる”人間と見られてマークされる始末。
 死亡フラグが倒れた数の倍増えるという状況に気が付いているようで気が付いていないどこか抜けた人。
 トリッパー故の常識ギャップや知識ギャップのせいか、先代とは違う意味で近付くのを躊躇われる貴族と化している。触らぬ神に何とやら。これにもやっぱり気付いてない。


【姓名】アルバーエル=ウルザー
【年齢】40
【身分】エルト王国公爵/エルト王国軍将軍
【備考】
 エルト王国軍の事実上のトップ。戦時は国王から委任を受け、エルト王国全軍の指揮をとる。
 勇猛な名将と誉れ高く、エルト王国軍の屋台骨と言える。
 貴族達からの信望は厚く、民衆受けも良く、兵士達からの支持は絶大。
 領地は部下が大過なく治めているらしい。
 娘が1人いるが、全く似ていないようで意外と似ている。中身的には。
 本人は武骨なおっさんである。


【姓名】エリック=ロイア
【年齢】59
【身分】エルト王国伯爵/エルト王国宰相
【備考】
 エルト王国の政治面での事実上のトップ。国内方面はムストが優秀なので、主に外交を担当している。
 国内の半独立領としての貴族の取り纏めも行っており、むしろこれが歴代宰相の主な戦場と言える。
 この人の仕事の出来がムストの仕事のやりやすさに直結するキーパーソン。
 その風貌と仕事ぶりから付いた通称は「エルトの白狐」。


【姓名】ノア=ロイア
【年齢】37
【身分】エルト王国伯爵公子/エルト王国将軍
【備考】
 エルト王国軍の有力者。
 アルバーエル将軍の補佐役としても優秀で、指揮官としても一流。父親の影響で軍内の若手指揮官の纏め役のような立場も担っており、アルバーエル将軍とはまた違った意味でのエルト王国軍の屋台骨。
 野郎の容姿なんかどうでもいいかもしれないが、顔は父親似。


【姓名】ムスト
【年齢】???(200歳級)
【身分】エルト王国内務大臣
【備考】※原作登場キャラクター
 エルトの誇るチート幼女。龍神族の末裔なのだが、武力はさっぱり。努力で得た内政手腕は1国を1人で支える事を可能とするほどだが、貴族の横槍には頭を悩ませているらしい。
 現国王やエルネアとの仲は悪くない。
 200年近く一線で活躍し続けている、エルト王国の最重要人物のひとり。近隣諸国には広く名が知られている。
 あと、意外と奥が深い。


【姓名】ヴィンセント=カーロン
【年齢】67
【身分】リトリー家家臣筆頭
【備考】
 文武両道のスーパー爺。セージが産まれる前からリトリー家を支え続けてきた名臣で、今もリトリー家の実務面を担うエース格。
 息子も娘もいないので、巣ドラでおなじみのロベ☆カロは彼の直系ではないようだ。


【姓名】クロード=オイゲン
【年齢】38
【身分】リトリー家家臣
【備考】
 リトリー家創始の頃からの譜代の臣。カーロンにセージの事を任される程度には優秀。
 息子がひとりいて、こちらは官僚として出仕している。
 見た目は某FEのオイフェなのだが、顔に似合わず鬼上官。猛訓練的な意味で。
 リトリー軍のモットーは、月月火水木金金です。


【姓名】タイオン/ライガー
【年齢】43/28
【身分】リトリー家家臣
【備考】
 文官その1&その2。割とガタガタになっていたリトリー家の実務面が急ピッチで回復した、その立役者。
 ムストほどではないにしても優秀で、彼等がいなければリトリー家の立て直しは大幅に遅れたであろう。
 ちなみに、タイオンがドワーフみたいなおっさんで、ライガーが優男。


【姓名】ヘイロー=マイルストン
【年齢】50
【身分】マイル商会会長
【備考】
 エルスセーナに本店を構えるマイル商会のトップ。
 エルト王国北部を中心とした地域で手広く商売をしており、民間人の中では最重要人物のひとりである。
 本人が優秀なのとマイル商会とリトリー家との商取引の膨大さからセージとはそれなりに会合を持つ仲である。


【姓名】風林
【年齢】35
【身分】奈宮皇国/一葉傳役
【備考】
 近い内の荒鷲の城代就任が確定している奈宮皇国きっての武将。
 皇帝からの信任は厚いが、2人の皇子と第1皇女の後継者争いに関しては中立派に立っているため、政治的基盤には欠ける。
 戦略ゲームにしたら全能力80くらいの万能な人。


【姓名】紅葉宮(くれはのみや)
【年齢】51
【身分】奈宮皇国皇帝
【備考】
 内憂に悩みの深い皇帝。名前は設定されているが、多分ここでしか使われない。
 「名前を呼ぶのも恐れ多いあの方」扱い。ヴォルデモートかよ。
 原作での健康問題が噴出するかどうかは未だ未知数。


【姓名】一葉
【年齢】12
【身分】奈宮皇国第3皇女
【備考】※原作登場キャラクター
 セージの婚約者。当然のように政略結婚なのだが、だからと言って双方に隔意があるわけではない。無論、いきなり好意を抱くわけでもないが。
 その辺りはこれから過ごすうちに立ち位置が固まるのだろうとセージは思っているようである。
 本人の能力は、歳相応というにはやや大人びている程度。潜在能力は高い。どちらかといえば後方任務担当な人だろう。後は、原作と違う環境で育つ事によってどれだけ影響が出るか、といったところか。
 ちなみに、原作ではパッツンパッツンだった身体はまだロリロリ~ンな感じである。


【姓名】ビリー
【年齢】55
【身分】獣人族(南ヘルミナ地方在住のオオガー族)族長/リトリー家家臣
【備考】
 南ヘルミナの獣人族の半数を取りまとめる族長。政治的センスよりは自らの武名でもって影響力を発揮するタイプではあるが、人望は厚い。
 南ヘルミナ騒乱において歩行困難になる重症を負い、一線からは退く事となった。
 教官としてリトリー軍に仕官するが、その鬼教官っぷりはオイゲンと鬼教官双璧として恐れられているとかいないとか。


【姓名】クライド
【年齢】25
【身分】リトリー家家臣
【備考】
 ビリーの甥。父親をラルン会戦にて失っており、ビリーに子息がいない事から次期族長候補となっている。
 現在はリトリー家の警察予備隊にて槍隊の中隊長(250人指揮)を務めており、カーロンの後継者候補として日々地獄の修練を積んでいる。
 素質と能力はあるらしく、現状ではカーロンの次と周囲には目されているようだ。
 獣人族という事に関しては、そういう事を気にするような者は少ないらしい。


【姓名】ネイ
【年齢】11
【身分】リトリー家家臣
【備考】※原作登場キャラクター
 南ヘルミナに在住するウルガー族の族長代理。だったのだが、一族そのものが半ば崩壊している現状では、族長を名乗るほどでもないと本人は思っているようである。実際にもリトリー家の直轄という認識が自他共に強く、その事も様々な軋轢を回避する一因となっているようである。
 原作に置いてヴィスト軍で突撃軍団長となっていた程の軍事的才能を持つ。
 たぶん、セージが最も原作知識を有効活用した例。青田買い万歳。


【姓名】カーディル=ヴィスト
【年齢】36
【身分】ヴィスト王
【備考】※原作登場キャラクター
 『英雄王』の異名をとる王。軍指揮官としては万能に近い能力を持ち、個人の武勇も超一流。外交的センスも高く、何よりカリスマ性が非常に高い。
 ヴィスト国内にて絶大な支持を受ける国王であるが、その支持基盤は軍により重心が偏っている。とはいえ、民衆からも絶大な支持を受けているが。
 ただし、気性面ではやや荒い面が存在する。歳をとってからは丸くなるのであるが、現状ではまだまだ苛烈。


【姓名】ヘクトール=アライゼル
【年齢】67
【身分】ヴィスト王国征将軍
【備考】
 ヴィストにその人ありと謳われる宿将。カーディルに全幅の信頼を置かれるほど能力・人格面に優れており、軍部における人望も厚い。
 娘がカーディルの側妃となっている事から外戚としての立場も有しているが、本人には全く権勢を振るう意欲は無い。ただし、それは政敵を有さないという事と等式で結ばれる訳ではない。
 根っからの武人で、いかにも武人という風貌を裏切らない。
 最近は、孫が可愛くて仕方ないらしい。


【姓名】ジャン=スーシェ
【年齢】61
【身分】ヴィスト王国左将軍
【備考】
 ヴィスト軍のナンバー3にあたる将軍。守勢にすぐれる指揮能力と、軍官僚としての優秀さからカーディルに重宝されている。
 温厚篤実な人柄をしており、陳情を受ける数が軍上層部で最も多いと言われている。
 見た目は冴えないパン屋の主人。ただし、会議にサンドイッチ抱えてやって来たりはしない。


【姓名】ミリア=ダヴー
【年齢】28
【身分】ヴィスト王国右将軍
【備考】
 主要諸国で軍要職に就いている中で最年少の女傑。ただし、初陣が僅か14歳という戦塵の中で育ったと言える経歴のため、若いとなめて掛かれば痛い目にあう事は必定。
 南ヘルミナ騒乱では最終局面でヴィスト軍の指揮をとり、戦術的な敗北を喫する。本来であれば何らかの処罰が下されるものであったのだろうが、現場の混乱等という要素もあった事もあり、処分は行われなかった。
 一説には、彼女を処分すると他の軍上層部の面々も軒並み処分せざるを得なくなるために、カーディル王が強権を行使して処分をうやむやにしたと言われる。


【姓名】セルバイアン=バルザーヤ
【年齢】19
【身分】ヴィスト王国備将軍
【備考】※原作登場キャラクター(姓は捏造)
 将軍職を補佐する役割を担う備将軍の中でも最年少の若者。その才能は彼を見出したアライゼル将軍に「将来のヴィスト軍を担う逸材」とまで言われるが、未だ開花しきってはいない。
 南ヘルミナ騒乱後、同騒乱で功のあったロンゼン(スーシェ将軍配下から異動)と共にダヴー将軍の指揮下へと異動する。


【姓名】ルーティン卿
【年齢】47
【身分】ビルド王国伯爵
【備考】
 ビルド王家の遠縁に当たる貴族家当主で、先のビルド王国内乱時に王家側に付いた功績をもって近衛兵団の一部隊を任せられている。
 ビルド王国内の貴族社会では主流派とも反主流派とも言い難い微妙なポジションに立つ人物である。







[12812] 【あとがき的な】各話後書きまとめスレ【何かっぽい】
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:cdf81a3a
Date: 2011/01/23 20:02
【その1】

 本編の内容は駆け足でいきたいと思っています。それが出来るかどうかは別として。
 なにせ、原作キャラが出てこないとこれが何のFFなのか忘れそうになりそうですからね……。

 後はまぁ、幕間的なもので日常シーンでも入れられれば、と。
 王賊本編もまぁ、概ねそんな感じで進んでる事ですし。



【その2】

 家に帰ってきて感想板覗いたら感想数がソッコーで10超えてて吹いた。
 みんな、感想ありがとう!

 あと、晴久タンがダメとかというよりも毛利の爺ちゃんがチート過ぎます。しかもなお悪い事に次男と三男がマジで手に負えないのな。
 ちなみに同じような条件の戦国大名に浅井氏とか村上氏とかいうのがあってだな(ry

 今後もこんな感じでまったり進んでいくのでよろしくお願いします。


 あ、在野の武将の登用に関しては次回にある程度言及しますので暫しお待ちを。



【その3】

 感想で指摘のあったグリンスヴァール学園の件についてですが、今のところ今作で登場する予定はありません。
 作品の展開上の都合も一部あるのですが、設定のすり合わせの難しさとか、ただでさえ原作突入まで時間掛かるのにこれ以上要素増やしてどーするんだとか、そういう理由もあるので。
 ただ、要望が多ければエルスセーナの休日○日目でクロスさせる可能性はあります。それにしたって直ぐというわけにはいかないでしょうが。

 あと、感想でも散々言われてますが毛利はチート。
 原作知らない人が居るかどうかは分かりませんが、全盛期の毛利に三村とか尼子とかで挑むような感じだと思って頂ければ大体合ってます。別に全盛期の武田に村上でとか、全盛期の織田に三好で(ry

 次は本編の更新予定ですが、予定は未定です。



【その4】

 今現在の目標がチラ裏1ページ目を維持。遅筆には定評のあるムーンウォーカーです。
 鬼人ユニットはAVGパートで描写が無かったから全く使わなかった俺が通りますよっと。ただ、サイフラッシュ並みに敵味方識別する暗黒魔法はどう見てもチートw

 以下、業務連絡ちっくなものを。
 今現在は書き溜めたストック分を放出する事でこのスピードを維持していますが、これを続けているとあっという間にストックがなくなりそうです。というか、どんなに頑張っても12月半ばで力尽きます。
 理由はお察し下さいw

 そんな訳で、チラ裏よりは流れが遅いその他板への移住を視野に入れてみようかな、とも思います。思ってた以上に反響があったという事もありますし。……実は、もっとこっそりひっそりやる事になるんじゃないかと思ってたのですがw
 具体的なタイミングは、番外含めて話数が2桁に乗るか、感想数が100オーバーするか、というのを目安にしたいかと。もしくは感想で本板行くヨロシの声が上がった場合も考えます。



 あと、番外編はネタ重視の時もあればガチの時もあるので一概には言えませんが、1日目は半分以上ネタのつもりでした。どうも、主人公の立ち位置と文章の関係に違和感を覚えた方がおられたようなので一言お断りをば。
 ……筆者の笑いのセンスは残念なようです。
 というか、空気読めてなかっただけですかね? まぁ、いずれにしてもこんなスペースにこんな文章書き連ねてる時点で……orz



【その5】

 憂鬱な週初めのおつとめを終えて帰ってきて板覗いたら素で何処にあるのか分からなくなった俺が通りますよ、っと。
 ……ムーンウォーカーです。おはこんばんちわ。チラシの裏板は保津川並みの急流なんだぜ? フゥハハハァー!!
 いやほんと、流れ速すぎワロタ

 さて。
 原作時点との比較で何年ぐらい前なのか、という質問がいくつか出ていましたが、原作時点より約10年前がプロローグです。お一方ドンピシャで正解です。全然ヒントとかなかったのに凄いですね。
 ただまぁ、ぶっちゃけた話、原作ソレ自体も作中で2、3年経っているものとして考えています。
 なので、少し計算が食い違う局面が出てくるかもしれません。というか、“そういう事にする”かもしれません。どうしようもない場合に限り、ですけど。
 頑張ってプレイしなおしたりプレイ動画見たりしながら書いてはいるのですが、間違いがあったらご指摘よろしくお願いします。
 既にご指摘のあった土建屋さんについては、主人公君は名前の響きから東方系=奈宮皇国勢力圏の武将だった、と当たりを付けているだけですので、そのままとさせていただきます。作者自身が錯覚してる場合もありそうなので、これからもご指摘があればよろしくお願いします。

 あともうひとつ、この後すぐに作中でも言及されますが、ウィルマー王国は既に属国化していたりします。その他の国についてはまた追々という事で。



 ……そういや、ステ考察とかしてなかったなぁ。そのうち作中年表と一緒に一番後ろにでもくっつけますかw

 最後に、一葉がメインヒロインと決まった訳ではないのでご安心(?)を。あ、でも一部の方には残念なお話なんですかね?
 でも、キャラのFF書くからにはハーレムルートだって有りなんだぜ!



【その6】

 交渉を進めるためなら煽ててみたり宥めてみたり怒ってみたり、そんなおっさんですが落としどころを最初から決めて掛かってる相手には こうか が あまり ないようだ。ムーンウォーカーです。

 王賊が一番(時系列的に)古い作品だったというのは初めて知りました。つー事は、主人公君はグリンスヴァール学園に頼る事も出来ない、と。元々そうなる可能性は低かったとはいえ、ひっそりと選択肢を潰されてゆく主人公が哀れスグルw
 まぁ、このままいったら美人のカミさんもらえるんだから差し引きプラスですよね。どう考えても。ええ、どう考えてもプラスですとも。替わって欲しいとは思いませんが。
 あと、主人公はもう既に十分過ぎるほどチートです。実際、少しやりすぎたかもと思うくらいには。せめて何か1つ2つ弱点や欠点くらい持ってもらわないと……。という事で、実は魔法の才能ありましたとか、剣を持たせたら三国無双とか、そんな事にはなりません。



 ちなみに、私は一葉を使おうとして挫折した組です。……居合いのダメがランダムきつ過ぎて計算できなかったのが痛かった。あと、移動力低いのと○○将軍系が無いのも。それに、意外と装甲薄いし。
 ……愛が足りなかったんですかねぇ。ケーニスは討ち漏らし補足用にネイ“魔法”軍団の末席に意地でも入れ続けてたんですが。



【その7】

 原作を知らない方に朗報が。なんと、ニコニコできる動画サイトにプレイ動画が上がっているではないですか!
 ……私としては、原作買ってやってほしいところですが。あと、同じ会社の最新作ももうすぐでるのでよろしく!
 読者よーっ! 俺は(忍流をやりたいから)更新をやめるぞぉーっ!

 ……いや、ちゃんと更新は続けますよ。
 ほんとですよ。



【その8】

 gdgdなのはキャラだけのお家芸じゃないぜっ!orz
 というわけで、今回は色々と考察していた事の一部を放出してみました。
 あと、今回試験的に会話文の間に改行を挟んでみました。なにせ、オマケ劇場的に全編会話文でやってみたら物凄く見辛かったんで。好評のようでしたら全編に適用する方向で。

 婚約騒動については次か、その次あたりでもう少し語る予定ですので暫しお待ちを。一応、作中にヒントは隠れています。分かり辛いですが。



【その9】

 今までで最大の間隔を空けましたが、別にストックが尽きたわけではありません。ムーンウォーカーです。

 いえ、単純に少し忙しくなってきただけなんですけどね。これから来る年末年度末を考えると、やはり最初期の投稿速度を維持するのは無理っぽいです。
 主に新作をプレイしたい的な意味で。

 あ、忙しくとも感想はきちんと毎日目を通させて頂いてますよ。筆不精なもので全レス返しとかは遠慮させていただいてますが、携帯に向かって拝んだりしてます。

 あと、次回更新時に板移動をしようかと思います。多分その他板に移動しますが、もしかしたらもう片方という選択肢も……。
 いや、無いか。うん、無い。



 べ、別にエロフラグなんかじゃないんだからねっ!



【その10】

 カクカクシカジカというわけで、チラ裏からその他板へと移ってまいりました。ムーンウォーカーです。
 初めての方もチラ裏の時からの方も、今後ともよろしくです。

 いきなり業務連絡(?)ですが、ちょっとこれから忙しくなりそうなので、ストックが尽きるまでは週1ペースで投稿を続けようかと思います。まぁ、ほんとに忙しくなったらその暇すら取れなくなるかもしれませんが、一応週1ペースで2ヶ月もつくらいはあるので。
 前回みたく慌てて追加するようだとアレですが。まぁ、この次からは一本道で少し長く続きますので大丈夫かと。

 あと、感想での疑問って答えたり答えなかったりなんですが、ネタバレ的に拙い事は除いてその内オマケ劇場にでもしようかな、と思い始めてます。
 気長にお待ち下さい。



 エロフラグ?
 ホントはあまりやらないほうがいいんでしょうが、気が向いたらそのうち別枠で投下するかもしれません。いやまぁ、エロとかどーやって書けばいいのか分からんっつーのもあるので、確約とか無理ですが。
 つーか、エロ要素ならむしろ原作の方がががががが



(2009/11/15)追記
 書き加えたつもりがうっかり。
 ビルド王国とロードレア公国は国境を接していませんが、中世ファンタジーという世界観もあり、国境線はある程度の揺らぎを持っていると考えています。ので、今まで適当に国境を引いてた地域でうっかり鉱脈が見つかったりなんかするとあっさりと外交問題に……。
 カシミール地方とかクルド人問題とかと似たような感じだと思って頂ければ分かりやすいかと。もちろん、そのまんま同じという訳ではありませんが。

 本来なら作中で語らなきゃいけない事をここで説明してるのは筆者の力不足によるところです。お恥ずかしい……。



【その11】

 セリフが寒いのは仕様ですorz
 重度かつ慢性的厨二病患者のムーンウォーカーです。

 主人公の周辺が主人公を平気で受け入れてるとか指摘がありましたが、別に彼ら彼女らは主人公の内面が見えてるわけじゃないですよ? さらに言えば、詳しく描写されたムストに関して言えば日常的に接する機会が多いわけでもないですから。
 内面のgdgdささえ見えなければ、主人公は少なくとも領主としては先代より優秀なのは明らかですし、人格破綻者ってわけでもない。まぁ、軽いとかキモいとか言われたら謝るしかないですが。
 でまぁ、そこの点を評価して受け入れるor賞賛するのが気持ち悪い、浅はかと言われてしまっては、こちらとしては自身の筆力の無さに凹むしかない訳で……。精進します。
 あと、疑問が生じた部分に関してはもう少し具体的に書いて欲しいです。何処がおかしかったのかこちらで分からないのでは、改善のしようもありません。
 感想を頂いておいて注文を付けるのも何ですが、もしまた感想を頂けるのであれば留意していただければ幸いです。



 最後に。
 一葉の出番はしばらくない気がします。婚約したら出番が増えるかと思ったらそんな事は無かったぜ!
 ……いやほんとごめんなさい。



【その12】

 週一更新を宣言した直後にソッコーで落としたムーンウォーカーです、こんにちわ。というかすみませんorz
 普通に忙しくて、ストックが無かったら普通に一ヶ月くらい更新途絶してた可能性がががが。



 一葉の出番なんだが、時間軸的にはそう遠くない未来なんだ。
 だが、今のチャプター名がこんなんで、元ネタの川上氏の各シリーズの分厚さを考えると……。
 後は分かるな?(´・ω・`) 



【その13】


 原作にはおっさん成分が少し足りないと思うムーンウォーカーです、こんばんは。
 いや、原作エロゲだから仕方ないんだけどね。渋いおっさん大好きな人間としてはバランス的に2、3人くらいおっさんいても良かったかもと思うわけですよ。

 まぁ、渋いオッサンが大活躍するキャラゲーってのも全く想像がつきませんが。
 ……つまり、キャラ的にはあれで間違い無いのか。まぁ、それならそれでいいか。

 つーか、某皆殺し監督バリにキャラクターが次々と戦死するリアル的エロゲってのもアレだしね。



【その14】

 忍流キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
 でも忙しくてインスコすらできていないムーンウォーカーですorz

 暫くプレイできないのは確定してるから、ネタバレだけは勘弁な!
 ……うん、それだけなんだ。
 年末なんて嫌いだ……(´・ω・`)ノシ



【その15】

 主人公は気付いていませんが、そもそも夜間における集団戦闘自体が非常に高度な技術です。暗闇の中で集団行動を取って、あまつさえ戦闘行為まで行うなんて……。普通に考えてHENTAI以外の何者でもない。
 日本人って夜襲大好きだけど、そもそもヨーロッパの方では夜襲ってあんまり一般的じゃ……。
 川越城なんて例外中の例外かと。いやまぁ、私の勉強不足なだけかもしれませんが。



 あと、獣人族に関する設定は完全に私の妄想ですので、公式設定と食い違っていたらゴメンなさい。ほら、猫って夜目が利くからさ、獣人族も夜目が利いたりしたらどうかなー、なんて……。
 戦闘系種族っぽいんだし、これくらいは許してもらえるといいなぁ……。まぁ、公式設定が優先なので、もし公式見解出てたらこっちのはオリ設定って事でお願いします。



 冷静に考えたら物凄いチートなんですけどね。こっちだけノーリスクで夜襲可能とか。多分、本作最強クラスのチートです。
 ……第二次大戦中の日本軍ですら、夜襲敢行したけど迷子になりましたー、とかやってんのに……。



【その16】

 皆様、明けましておめでとうございます。ムーンウォーカーです。
 今年もよろしくお願いします。

 なお、苦戦を強いられているセルバイアンですが、彼はやれば出来る子です。このままでは終わりません。
 ええ、終わりませんとも!



 ……まぁ、その時と場所の指定まではしていないのですが。



※感想板でのご指摘で誤植発見、訂正しました。otun◆bad99362さん、ありがとうございました。
つーか、2mって……。平屋にしたって屋根の上ならもう少し高さあるだろオイ。



【その17】

 今回は少しばかりレス返ししておきます。
 感想板に書かないのは個人的な拘りなので気にしないで下さい。


>おいも◆1d8cd98fさん

 開戦直後の索敵と、敵の指揮官(ヘクトール=アライゼル)の旗が無かった事、獣人族(ネイの氏族)の動向等の情報から、彼が後方へと何らかの事情で後退しているらしいという事はセージ達はあの時点で掴んでいます。状況証拠を積み重ねた推測なので危うい面はありますが、そう考えて動いていいだろうという共通認識はあるのです。
 そして、将軍クラスの指揮官が平定の済んでいない不安定な占領地下で、襲撃事件が起こった直後であるにもかかわらず、護衛を連れないで行動するなんて事はありえません。普通に考えれば。
 なので、5000の兵力から若干少なかったのはその護衛戦力の分だという事になるのです。……本文が説明不足で申し訳ないです。

>sigu◆a0184aacさん

 矢の回収に関しては、費やす労力・体力に比べてリターンが少ないと判断して行いませんでした。実際は可能だったのかもしれませんが、少しでも兵の体力を温存する方が優先すると考えたためです。また、回収した矢の検分等に時間が掛かる点からも、現実的とは言えないのではないかと考えました。

>通りすがりの(ry◆a03fb9bfさん

 理想的にはそうなんですが、何時敵が到着するか分からない、時間的な余裕が無い状況では簡易的な陣地作成が限界でしょう。



 なお、獣人族の集落が環濠集落なのは、魔物対策のためです。
 人間なら国家の軍が守ってくれますが、彼らはそうではないので自衛の為に住居のある集落はある程度固めている、という設定になっています。



【その18】

 先週はバタバタしていたので中2週間あけての更新となりました。お待たせしました。
 次回更新は来週にちゃんと出来そうなので、そんなに待たせずにすみそうです。
 ……私の大好きな作家はそんなに(ryと後書きで書いてから数年音沙汰無しですがorz

 あと、今回は↓にちょっとしたおまけつきです。



 南ヘルミナ騒乱最終段階での両軍の編制。
 なお、リトリー勢の弓兵隊150は残弾不足の為に戦闘能力を喪失。セージの厳命により、既に戦場から離脱している。



リトリー勢


 篭城戦力(指揮官:セージ・リトリー公爵)

 (カーロン隊)
  警察予備隊槍兵7個小隊 定数350→約300

  獣人族投石隊 約50

 (ビリー隊)
  獣人族抜剣隊 約350

  合計 約700


 強襲戦力(指揮官:ノア・ロイア伯爵公子)

 (ノア隊)
  騎兵隊 定数1000→約800

  合計 約800

全軍合計 約1500(当初戦力の約25%を損耗)



ヴィスト王国軍


 内線部戦力(指揮官:セルバイアン備将軍)

 (セルバイアン隊)
  剣兵隊 約600

 (アーク隊)
  剣兵隊 600

 (ベア隊)
  剣兵隊 約600

  合計約1800


 外線部戦力(指揮官:ミリア・ダヴー右将軍)

 (ミリア隊)
  手槍兵隊 約600

 (コーク隊)
  手槍兵隊 約600

 (ダン隊)
  剣兵隊  約600

  合計 約1800


 伏兵・後方遮断戦力

 (エディ隊)
  剣兵隊 約100

  手槍兵隊 約80

  弓兵隊 約20

  合計 約200

 全軍合計 約3800(当初戦力の約27%を損耗後、600が合流)



【その19】

 目の敵フラグはビンビンに立ってます。
 1度目のフラグが立った瞬間折れた代わりと言わんばかりに。天を突く勢いで。



 なお、最終局面でのヴィスト軍の攻勢は純軍事的にはやや暴走気味ですが、状況を少し補足すれば無理も無い選択ではあるのです。もちろん、彼等個人の感情が無かったと言えば嘘になりますし、結果的にそうせざるを得なくとも彼等の依って立つ理由が罪であるとすれば、その通りなのですが。

・状況その1
 ヴィスト王の側妃が害されている。これはつまり、下手人を処刑できなければ国として恥を晒す事になる(=国威の低下を招く)。政治的要請が軍事的な状況より優先されるという好例ではないかと。

・状況その2
 ヴィスト王は怒り心頭に発しており、彼自身が冷静な判断を失っている(占領地平定中の事件で動揺する兵に関心を払わず、自ら出撃して状況の沈静化を怠っている)。翻って、下手人の関係者と思しき(実際どうであるかに関わらず、獣人族が“連続的に”蜂起しているという事が重要)連中の追撃を中途半端な所で止めてしまえば怒り狂う王の不興を買う可能性がある。

・状況その3
 敵軍の指揮官は優秀であり、討てる可能性が高い時に討ってしまわなければ将来に禍根を残す。

 ……まぁ、若いセルバイアンは感情で即決しましたし、ミリアもセルバイアンの顔を立てましたが。
 とはいえ、いずれにしても前線の兵士にとっては酷な話ではあります。



 そして、筆者の好きな作家はM岡氏です。
 星界の新刊はまだかよぅ……orz



【その20】

 今回は時間も無いのでいくつかだけ。

 まず、三暴将校さんへ。
 不当に貶めている、とまでは感じていません。がまぁ、彼等にも言い分はあるんじゃないかな、程度に思って頂ければ。それにまぁ、実際に物語の舞台が舞台ですし。

 あと、リトリー家における様々な制度の導入に関しては、他国も当然興味を持つでしょうが、模倣するのは難しいと考えられます。
 それは何故か? 単純に、規模が違うからです。
 リトリー家で行われた事を国単位で行うには、予算とか国土の広さとか予算とか抵抗勢力の有無とか予算とか、とにかく障害が多いと思われます。
 リトリー家がこれだけ上手く事を運べたのは、ビルド・奈宮両国の支援と領内の抵抗勢力の無さが大きかったという事ですね。特に前者。リトリー家だけの予算では間違いなく原作スタート時になんて間に合っていませんから。

 治安の良化に関しては、まぁ、水と安全はタダなんて意識が未だにある国の人が本気になって成果を求めたらこうなるという事で。
 あとはまぁ、犯罪者集団にとってもリスクが高い土地よりはそうじゃない土地で稼ぎを上げた方が楽だという事で……。
 うん、まぁ、そういう事です。

※追加
一葉分脱落してました。申し訳ないです。
あと、カール=オイゲンはクロードの息子です。密かに出演はしてるんですがモブなので気にしないで下さい。やってしまいましたorz
やってしまったといえば、青田刈り→青田買いに訂正入りました。
それぞれの誤字脱稿のご指摘感謝します。



【その21】

 嫁(一葉)より先に部下(ネイ)の出番が回って来たでござるの巻。

 まぁ、単純に作中時系列で今現在リトリー家に所属してる人たちのほーが出番来易いってだけなんですが。 



【その22】

 未亡人+遺児の家庭には生活が再建されるまである程度の保障が入ってます。ただし、永続でない辺りは公爵家の台所事情が……。
 慈恩院に入れるのは、あくまで両親共に失っている孤児だけです。獣人族の遺児は受け入れ予定ですが、コレはあくまで例外。
 学院とか孤児院とかの政策は警察予備隊にも関わりのある事なので次回辺りフォロー入れる予定です。

 そして、主人公はソフトハウスキャラの世界観を分かっていない。
 ウィザクラや巣ドラなんかは如実に現れてるけど、割と容赦無い世界観なんだよなぁ……。画面で見えないところじゃかなり黒いし。
 ニトロほどじゃないけどな!



【その23】

 外人補正とゆるファンタジー補正(史実の中世だと……)が掛かっているので、11歳で160cmっていうのは異常なほど背が高いわけではないです。
 もちろん、高い方ではありますが。



【その24】

 年度末年度初めに引っ越しが重なるとかマジ多忙過ぎワロタ
 お久しぶりです、ムーンウォーカーです。

 告知したつもりでいたら全く告知していなかったでござるの巻。
 とまぁ、突然消えてたのはこういう訳でして。感想欄も全くチェックしておらず、気付いたのはついさっきという……。
 ご心配をおかけして申し訳ない。

 やっとこネット環境が復活&GWで一息つけたので、何とか更新を再開いたします。
 まぁ、暫くは隔週更新を基本として最悪でも月一、好調(暇)なら週一という感じのペースで行きます。

 あと、GW中に全話の後書きを一纏めにして一番最後に置いておこうかな、とも。全話一括で表示して読んでみたら意外とダルかったので。

 次の更新は9日か16日の予定です。まぁ、GW直後という事で16日になりそうではありますが……。



【その25】

 ようやく一葉の出番が来ました。
 と同時に、作者的に非常に扱いやすいケーニスさんも加入。
 段々と揺らぎが大きくなってきましたが、細部は変われど歴史の大まかな流れは変わりません。ヴィスト王国の拡大傾向は今後も続きます。



【その26】

 一葉さん激怒するの巻。

 自分が物凄い覚悟を決めて其処にいるのに相手がそんなだと、そりゃあ普通怒るよね。



【その27】

 原作の「軍師の日々」的な感じで。



【その28】

 とっても今さらですが、祝☆BUNNYBLACK発売日決定!

 巷では絵師が微妙とか3DRPGは死亡フラグだとかあの絵を見るとDAISOUNANを思い出すorzとか色々言われているようですが、無問題。
 男には、踏むと分かっていても突っ込まなきゃいけない地雷原ってのがあるんだよぉーっ!

 ……という訳で、順調にいけば7月末はストック放出で凌いでお盆休みの間に頑張ってストックを蓄えるというサイクルに入るかと思われます。
 更新自体はそれなりのペースで続けるのでご安心を。



 俺、有給が取れたらエロゲをプレイするんだ……。
 まぁ有給の存在なんて都市伝説なんだけどっ!


 10/6/13 
 A0192◆1e5e245dさんのご報告により、誤字訂正。ご指摘ありがとうございました。



【その29】

 怒涛のフレーバーイベント攻勢中ですが、次か、その次辺りから本編の更新に戻ります。



【その30】


 警察予備隊は一応志願制をとっていますが、状況に応じて徴兵を行う場合もある、といった感じです。具体的には、充足率が危険なまでに低下すれば徴兵が行われるでしょう。
 とはいえ、危険に見合うだけの実入りはあるので志願制の状態でも競争率はそれなりに高いです。



【その31】

 BUNNYBLACKキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!


 なお、次回更新は8/15を予定しています。



【その32】

 暫くは主人公と直接関係の無いところで物語が展開します。

 いやまぁ、隣国の戦況だから主人公にも滅茶苦茶関係あるんですけどね。



【その33】

 黒尼さんは「くろあま」で合っています。珍しい苗字ですが、どうも実在するようで……。どういった由来の名字なんだろう?

 ロンゼンとセルバイアンの重用については、こういった理由です。ロンゼンは南ヘルミナ騒乱でカーディル王の副将格として一時同道していたので、その際に知遇を得ています。



 さて、少し皆様にお聞きしたいのですが……。
 暫くは(正確にはビルド王国とヴィスト王国の攻防が一段落するまで)主人公視点での描写が極端に減る事が予想されます。
 まぁ、自分のプロットを基本として書きたいように書くのはそのつもりなのですが、読む側としてはどうなのかな? というのが少し気にかかりまして。

 それでも構わないか、出来れば主人公視点での話が読みたいか、はたまた何か別の要望があるか。
 思うところがある方は回答をお願いしたいと思います。もちろん、強制ではありませんのでスルーして下さっても大いに結構です。(というか、読み手としての私ならスルーする気がします)

 また、回答して頂ける方には申し訳ありませんが、回答数等によって今後暫くの内容が変わったりという事は無いと思われます。
 変わるとすれば、ビルド王国vsヴィスト王国が一段落した後、でしょう。その可能性も、あまり高いものではありません。

 じゃあなんでこんな事を聞くのかと申しますと――まぁ、自分でも主人公の影の薄さが酷い事になるんだろうなと思ったからでありましてw
 回答内容によっては、番外話を増やそうかなとも思っていますが……。



 読む側としてはあまり回答のし甲斐があるとも思えませんが、ご協力よろしくお願いします。



【その34】


 今回は難産でした。いやまぁ、自業自得っちゃ自業自得なんですが。

 読んで頂いたら分かるように(まさかこんなあとがきから読んでいる人はいるまい)、方向転換です。
 元々前述したとおり視点をヴィスト軍やビルド軍の方に移そうかと考えていたのですが。
 連載当初の方針からブレてるんじゃないのかと言われたら全くその通りな訳で。



 実際悩みました。
 色々悩んで、まぁ、結論としては連載当初の方針を堅持しようと。そういう事にしました。
 で、ストックを全部破棄して描き直しです。

 私個人の趣向はまぁあるとしても、作品の軸がブレてしまってはいけないと思った結果こうしたので、悔いはありません。数ヶ月ほど前の私自身の頭は思いっきりドツキたい気分ですがw



 と、いう事で。
 これまで通り、多少視点が移ったりして主人公が画面内どころか名前すら出てこない事もままあるかと思いますが、本線はずっと主人公が張ります。
 
 ただ、言った傍から次回の主役はセージじゃなくて原作で全く出番がなかったあの人になる予定だったりするんですがw
 まぁ、リアルの忙しさも一段落してきたので次回は早めに投稿できるはずです。
 


【その35】

 全く自重しない魔改造若カーディルVS原作で名前以外出てこない事をいい事に好き放題妄想したラルフウッド

 の1本で、お送りしました。

 あと、俺もう森岡先生の事どうこう言える資格無いかも……orz
 すぐお届けできるはず、は死亡フラグだって言っただろーっ!!





 P.S. 今更手に入れたciv4面白いです><





[12812] 生存報告
Name: ムーンウォーカー◆26b9cd8a ID:47b8a38a
Date: 2011/03/14 20:34

まずは、今回の地震・津波で亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。



とりあえず、中の人は関ケ原より西に住んでいるので平常運転で生きてます。
金土日とPCの電源自体を入れてない状況だったので生存報告遅れました。ご心配をおかけして申し訳ありません。

地震の影響で仕事には影響が出そうな感じではありますが、親類友人の無事も(ほとんど関西圏以西在住なのですが)確認できた事ですし、早いうちに続きをお届けできればとは思っております。


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