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[12088] ジオンの姫 (機動戦士ガンダム)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/10/31 20:47
どうしてジオンは敗北したのか、敗北を避けるにはどうすればよかったのか、について書いてみたくなったもので。

とてもありがちな設定ですが、創作は初めてなので勘弁してやってください。

よろしくお願いいたします。

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宇宙世紀0078。月の裏側に位置するグラナダ市。

中流家庭が軒を並べる住宅街の一角、平々凡々なマンションの一室で、私は放心したまま壁をみつめていた。

目の前にあるのは、半分ほどの長さになった線香と母の遺影。女手ひとつで一人娘を育ててくれた母は、数日前に心臓麻痺であっけなく死んでしまった。

なんとか葬儀を済ませ、やっと一息つくことができたが、まだ母を失った実感は湧いてこない。

母の他に親族はいない。これで天涯孤独の身だ。財産は、私が産まれた直後に死んだ父が残してくれたというわずかばかりの貯金だけ。残された10才の娘ひとり、これからどうやって生きていけばいいのか。

「どうしてこんなことになっちゃたのかな?」


そう、こんなはずではなかったのだ。

誰も信じてくれないかもしれないが、実はこの私の人生は二度目だったりする。今でこそ身寄りのない10才の美少女(私のことだ)になってしまったが、一度目の人生は男だったのだ。それも、むさ苦しい軍人。しかも、聴いて驚け、今より未来の時代でモビルスーツのパイロットをしていたのだ。


前世の私の最後の日、悪運つきてさあ死ぬぞというその瞬間、目の前にあらわれたのは自らを神を名乗る男だった。

「なんだおまえは? 死に神か? それとも閻魔大王か? ということは、俺は死んだのか?」

「俺は神だ。俺の創り出した世界の中でも、おまえはかなり面白い男だ。見ていて飽きないほどにな。おまえにもう一度人生をやり直す権利をやる」

「はぁ? 神というのは、黄色いカチューシャの美少女と決まってるだろうが。どうしてハゲ親父がでてくるんだよ」

「うるさい、宇宙世紀じゃおれが神なんだよ。いいから、次はどんな人間に転生したいかリクエストを言え」

「ふん。転生か……そうだな、こんどは美少女にうまれたいな。ついでに金持ちで権力も欲しい」

もちろん、神なんてものを信じたわけじゃない。だが、死を目前にして自分の人生をふり返ると、エリートパイロットと言えば聞こえはいいが、つまるところただの人殺しを連続のつまらない人生だった。もしもう一度人生をやり直せるのなら、次は戦いとは無縁の平和な人生をおくりたい、などとなぜか突然センチな気分になってしまったのだ。

「おまえが美少女だぁ? ……まぁそんな世界もおもしろそうだ。リメイクの参考になるかもしらん。よかろう、ひきうけた」


と、目の前が真っ白になり、自称神の姿が視界から消えた。次の瞬間、あっという間もなく、私は過去に戻り、女の赤ん坊になっていたのだ。信じられないことに、本当に転生してしまったらしい。

こうして、私の第二の人生がはじまったわけだ。前世の記憶をもったまま赤ん坊からやり直すの正直言って退屈だったが、必死で育ててくれたこの世界の母には感謝している。母一人娘一人の生活は決して裕福ではなかったものの、平和な毎日はそれなりに楽しかった。驚いたのは、かつて野獣とよばれたこの俺、いや私が、いつのまにか身も心もすっかり乙女として育ってしまったこと。人間というのは、育てられた環境によってどうにでも変化するものらしい。


ふと現実に帰り、母の遺影を眺める。

生前の母は、父のことは詳しく話してはくれなかった。お父さんは立派な人だった。あなたが大人になったらどんな人だったか教えてあげる、の繰り返しだった。この世界の私の父がどんな人間なのかは、あの禿げた神の気まぐれで決まっているのだろうが、母の態度から判断する限り、子どもには説明できないロクでもない親父だったのだろう。

せめて、多少なりとも遺産を残してくれたら、生前の母ももう少し楽ができただろうし、今現在の私も途方にくれることはなかったのに。くそったれの禿げ親父の神は、金持ちになりたいという私の望みは無視したらしい。まことに困ったことに、宇宙世紀の月面都市は、身寄りのない10才の少女が一人で生きて行くには、ちょっとばかり過酷な環境だ。

「前世の記憶を活かして、ジャンク屋でもやろうかな」

どんな過酷な環境でもなんとか生きていけそうな気がするのは、前世からうけついだ天性の生存本能のおかげかもしれない。頭の中を、10才の乙女モードから前世の野獣モードに切り替え、ひとりで生きていく決意を固めたとき、ふと部屋の外がやかましいのに気付いた。母の弔問客かと思い顔をあげたとたん、ドアが乱暴にあけられ、数人の男が部屋に乱入してきた。

「間に合わなかったか!」

母の遺影を見て大声で叫んだのは、男達の中でももっとも大柄な男。顔には大きな傷がいくつもあり、一応スーツは着ているものの、体格も顔もあきらかに人間よりもゴリラに近い。突然現れたゴリラの巨体を目前にして、さすがの私もあっけにとられた。なんだこいつは?

「おお、驚かせてすまなかった。君が、その、……彼女の娘さんだね?」

大男が、母の写真と私の顔を見比べて尋ねる。意外と優しい声だ。頷きながら、私はやっと気づいた。この男、見たことがある。いまや風雲急を告げる月面やコロニー社会では超有名人の一人だ。そう、サイド3の……

「私はジオン公国軍のドズル・ザビ少将。この10数年、君と君のお母さんをずっと捜していたのだ」

世間を騒がせているサイド3の独裁者の三男が、私と母を捜していた? なぜ?

「君たち親子を見つけたと報告を受けて、急いで駆けつけたのが……。間に合わなかった。お母さんは残念だった。しかし、君だけでも出会うことが本当に出来てよかった」

ゴリラがしゃがみ込み、唖然としている私と目線の高さを合わせる。

「君のお父さんは、サスロ・ザビ。私の兄だ」

なんですと?

「君が産まれる前、サスロ兄と君のお母さんのお付き合いを、父……デギン・ザビは反対していた。当時ザビ家はテロの標的だったからな。だが、君が産まれたと知り、父はついに結婚を許してくれたのだ」

あの母が、ザビ家の息子とお付き合い?

「…… しかし、その途端にサスロ兄はダイクン派の爆弾テロでやられてしまった。そして、君のお母さんはサイド3から姿を消してしまった。父は、俺たちザビ家のみんなは、二人の仲を裂いてしまったことをひどく後悔し、君たち親子を必死に探したのだ。家族として迎えるためな」

私は、口をあんぐり開けながら、目の前のゴリラ顔を眺めていた。私はこのゴリラの姪ってこと……?

「迎えに来るのがおそくなってすまなかった。ヤザンナ・ゲーブル……。いや、今日からはヤザンナ・ザビと名乗ってくれ。ザビ家の一員として、一緒にジオン公国にきてくれるな?」


こうして私は、ジオン公国公王の孫娘になったのだ。


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2009.10.18 おことわり

一応、TV版、劇場版、富野小説版、およびORIGINを基にしていますが、いろいろと矛盾があるかもしれません。なにとぞご容赦ください。


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2009.09.26 「チラシの裏」から「その他」に移動してみました。

2009.11.23 元ネタがわかるよう、タイトルに「機動戦士ガンダム」と入れてみました。

2010.10.31 ほんのちょっとだけ修正




[12088] ジオンの姫 その2 家族の肖像
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/09/27 01:58
ジオン公国首都ズムシティ。ザビ家私邸の一室。

私は、ザビ家の一族と対面していた。

三白眼の長男。ゴリラ顔の三男。老け顔の長女。お坊ちゃんの末弟。そして人の良さそうなジジイ。

ジジイ以外は、軍務の合間をぬって帰宅したらしく、みなビシッと軍服姿で決まっている。しかし三男よ、その軍服のトゲトゲは何の意味があるのよ? 家族しかいないのに目以外は隠している長女もどうかと思うわ。へんな家族。

「ヤザンナ、よく来てくれた。本当によく来てくれた。もっと近づいて、わしに顔を見せておくれ」

ジジイが私の手をとり、涙を流しながら顔を近づける。さすが公王、ただのジジイではない。そばにいるだけで人を安心させる不思議な雰囲気があるわね。

「おまえのお母さんとサスロには本当に悪いことをした。詫びのしようも無い。しかしな、あの頃はザビ家の関係者はみなテロに狙われていたのだ。もし二人の仲を認めていたら、おまえのお母さんも狙われるのがわかっていた。実際にサスロは……」

目の前のジジイは、正面から私の目をみつめながら語りかける。言葉に嘘がまじっているとはどうしても思えなかった。私の心を覆っていた緊張の鎧が少しづつ剥がれ、精神が乙女モードに移行していくのが、自分でもわかる。

「おまえのお母さんは、おそらくおまえがテロに巻き込まれるのを恐れ、身を隠したのだろう。我々はおまえたち親子を全力で探した。しかし、やっと見つかったときには、お母さんは……。すまない。許してくれ」

やばい。年寄りの涙には弱いのよ。ちょっと私の涙腺も緩んできた。いかんいかん。私は顔をあげ、背筋を伸ばし、腹に力を込める。

「母は……、母はいつも言っていました。父は立派な人だったと」

10年間育ててくれた母の顔が脳裏に浮かぶ。前触れもなく母が死んでから今日まで、息をつく暇すら無い張り詰めた日々が続いていた。前世の記憶があると言っても、自分は所詮10才の少女だ。そろそろ精神的な限界がきても不思議はないかもしれない。

「母は、お父さんとは理由があって一緒になれなかったけど、いつか家族として認めてもらえると。その時まで……、その時までふたりで……」

ふいに涙で声がつまる。くそ、だめだ。涙がとまらない。前世では野獣と呼ばれたこの私が、こんなところで泣くわけには……

「ヤザンナ、せめて、せめておまえは幸せになっておくれ。これからは我々が家族だ。なにも心配することはない」

最愛の母を突然失い、一時は天涯孤独の人生も覚悟した少女にとって、真正面から差し伸べられた暖かい手は、ストレートに効いた。ジジイの両手に抱きしめられた瞬間、ついに涙腺が爆発する。

おじいちゃん。おじいちゃん! どうしてっ! どうしてもっとはやく来てくれなかったの! どうして!!

ため込んでいた涙が一気に流れでる。祖父もまた、孫娘を抱きしめながら涙を流す。10年分の後悔と謝罪がすべて洗い流されるまで、涙は止まらなかった。
 
 
涙の再会の後は、いったん着替えた後、家族でお食事ということになった。着替えは、お手伝いさんが用意してくれたいかにも高級そうな奇麗なドレスだ。今は宇宙世紀で、ここはフロンティアスピリッツ溢れる宇宙植民地のはずなのに、なにこの中世ヨーロッパ的な貴族趣味。

もちろん食事もひたすら豪華なコース料理。見るからにお上品なお料理達が、次から次へと目の前に並べられる。この一家は、毎日こんなものを食べているのかしら。コレステロールが貯まって早死にしそうだわ。

つい先ほど見せたしおらしさをすっかり忘れたかのように目の前の料理をがっつくヤザンナと、孫娘の食事の様子を目を細めて眺める公王を尻目に、キシリアがギレンに尋ねる。

「兄上、ヤザンナは公式にどのような扱いになるのですか?」

「もちろん、ザビ家の一員として大々的に発表するさ。テロに引き裂かれた悲劇の姫。しかも、父上とサスロの血を引いているとは思えない美少女だ。国民の人気もさぞや集まるだろう」

ちょっとまってよ! 美少女なのは認めるけど、そんな国威発揚のための客寄せパンダみたいな役はごめんよ……と叫ぼうとしたが、口の中いっぱいに頬張ったデザートのケーキがヤザンナの邪魔をした。ジュースと共に一気に飲み下したものの、キシリアが再び口を開く方がはやかった。

「私は反対です。ヤザンナはサスロ兄の正式な子ではありません。ザビ家の権威に傷がつきます」

なんですって? 母と父の仲を引き裂いておいて、その言いぐさはなによ! しかも、初対面の本人を目の前にしてそんな事を言う? 

あまりの事にあっけにとられ、さすがの私も即座に反応できなかった。

ドン! ドズルが拳をテーブルに叩きつけ、キシリアを睨みつける。凄い顔だ。そういえば、この人も愛人の子だったわね。そして、それを平然とにらみ返すキシリア。こちらもこわい。

しかし、兄妹の間に飛び散る火花とは関係なく、私は母を侮辱したキシリアをこのままにはしておけない。深呼吸して、キシリアの方を向き口を開こうとした瞬間、家長が一同を諫めた。

「キシリア、いい加減にせんか。ドズルも落ちつけ。ヤザンナ、すまんな。キシリアに悪気はないのだ。国のためをおもってのことゆえ、気を悪くせんでくれ」

もしジジイのとりなしがなければ、私はあらん限りの罵詈雑言をキシリアに向けて機関銃のように叩きつけていただろう。もしそうなれば、そのあまりの下品さ故に、キシリアの言うとおり私はザビ家の一員として認められない、という事態もありえたかもしれない。

「キシリア、ヤザンナはザビ家の正式な一員だ。国民には明日公式に発表する。いいな」

実質はともかく名目上は公王の命令は絶対である。兄弟達は個々の思惑を封印し、何もなかったかのように食事をつづけた。

ふん、この家族はいつもこんな感じなの? こーゆーのって、……嫌いじゃないかも。


こうして私は、ジオン公国の悲劇の姫として、国民の前にデビューすることになったのだ。



[12088] ジオンの姫 その3 貴族
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/09/27 01:58
ジオン公国首都ズムシティ。ドズル・ザビの私邸

私は今、ドズル・ザビ夫婦といっしょに、手作りケーキを食べている。

公式には私の住居はジジイと同じ屋敷であり、基本的に食事はジジイといっしょに食べることになっている。だが、これがなかなかきつい。けっして祖父であるデギン・ザビが嫌いというわけではないのだが、あの貴族趣味の屋敷と、無駄に豪華な食事にはどうしても慣れることができないのだ。

ついでに、ズムシティで通うことになった上流階級の子女があつまるというお嬢様学校も、かなりきつい。ノブレス・オブリージュとか武士道とは微妙に違う、庶民を見下した選民思想が鼻につく。そもそも、たかだが数十年しか歴史の無い宇宙植民地なのに、なぜ上流階級なんてものが存在するんだ? すくなくとも連邦や月面都市には、たしかに労働者階級と資本家に別れてはいたものの、こんな気色悪い貴族主義は存在しなかった。あー、十年ぶりにモビルスーツに乗ってストレスを解消したい気分!


その点、ドズル叔父の家は質素だ。そりゃ庶民の家から見れば充分に豪華なのだが、いかにも軍人の家らしく実用第一の機能的な内装は、私の好みにもあう。

「よくきたヤザンナ。親父といっしょだと息が詰まるだろ。ゆっくりしていけ」

ドズルは、敬愛していた兄のサスロがテロによって爆殺された際、同じ車に同乗していたのに守れなかったことから、サスロの死に責任を感じているらしい。また、自らも妾の子であることから、サスロと正式に結婚していない母の子である私に対して、いろいろと便宜を図ってくれており、私もついそんな叔父に甘えてしまう。

「ヤザンナちゃん、まだまだあるから、いっぱい食べてね」

なによりも、この人がいい。ゼナ・ザビ。ゴリラことドズル・ザビの奥様。私の叔母に当たる彼女は、士官学校の学生時代に、当時校長だったドズル叔父に見初められたという、バリバリの庶民出身である。

この人も、ザビ家に嫁いだ当初から、ザビ家というかジオン公国の上流階級全体にはびこる妙な貴族趣味についていけなかったらしい。さらに立場が嫁であるから、気楽な孫娘の私よりも、よほどつらい思いをしたのだろう。そんな彼女は、私を一目見て庶民仲間だと見破ったらしく、おそらく本人の息抜きもかねて、なにかにつけ私邸に招待してくれる。

「この手作りケーキ、とっても美味しいです、叔母様」

「本当? 自分でお料理をするなんて久しぶりなの。美味くできるかどうか不安だったのよ」

「俺もゼナの手料理を食うのは久しぶりだ。実に美味い。出来れば毎日つくってほしいくらいだ!」

でっかい皿に盛られた小さなケーキやクッキーを、でっかい口の中に豪快に放り込みながら、ドズル・ザビが笑う。もともとゴリラ顔だったのが、笑うとフランケンシュタインに進化している。でも、この人のこの表情は嫌いじゃない。

「どうしてそうしないのですか? いつも叔母様に作ってもらえばいいのに」

私の何気ない一言に、とたんに叔父の顔はゴリラに戻ってしまった。それも陰気なゴリラ。この顔はすきじゃない。

「ジオン公国の君主たる高貴なザビ家の人間は、庶民と同じ生活ではいかんのだそうだ。今日はヤザンナをホームパーティに招待ということにしてあるから特別だ。だが、普段は召使いにやらせないと、俺が怒られる」

今や宇宙において飛ぶ鳥を落とす勢いを誇るザビ家の三男は、いたずらを見つかってお目玉をくらっている子どものように、頭をすくめた。ドズルは妾の子である。それゆえ、デギンには政治的な面であまり重用されておらず、ギレンやキシリアにも頭があがらないらしいらしい。

「この貴族趣味は、ジジイ……じゃなくておじいさまの趣味なんですか?」

「いや、親父やギレン兄貴にとっては単なる方便だ。もしザビ家が貴族っぽく振る舞うことで国民が支持するのであれば、それでいいと考えているらしい。まぁその程度の認識だ」

ドズルはそれ以上いわずに口を濁す。要するに、ジオン公国の上流階級にはびこる趣味の悪い貴族趣味を積極的に推し進めているのは、キシリアだと言うことなのだろう。彼女の目指す国家体制は、いったいどんなものなのだろうか。

私はドズルの本音が聞きたくなった。

「……叔父様は、それでいいのですか?」

「もちろんよくはない!」

ドズルが声を荒げる。

「最近は金持ちだけでなく、軍上層部までこの悪趣味がひろまっている。まるで、貴族っぽい生活こそが支配者のシンボルとでもいうようにな。中には旧世紀の欧州の名門貴族の名を金で買う者までいる! 我らは宇宙というフロンティアに進出したニュータイプであるはずなのに、なぜ旧世紀の悪弊を踏襲せねばならんのだ!」

演説はとまらない。さらに危ない方向に一歩踏み出す。

「もともと公王制は独立を勝ち取るまで国民を団結させるための方便だったはずだ。こんな古くさい体制が永続するはずがない。ジオンはいずれ共和制にもどるのが必然だというのに、なにが貴族だ。キシリアはいったい何を考えているのか!」

「あなた、お食事中に大きな声をださないでください」

ゼナが夫を諫める。さっきまでのニコニコした表情ではない。精一杯険しい表情で、夫を睨みつける。

「……難しいお話は、こんな場所ではなくて、もっと静かな場所でしましょう」

ゼナは、部屋の中をゆっくり見渡した後、ドズルではなくヤザンナに視線をあわせて、諭すように言った。手作り料理を振る舞う家族だけの食事会といっても、おつきのメイドさんは聞き耳をたてながら待機しているし、部屋が盗聴されている可能性もある……ということ?

……へぇ。面白いじゃない、ザビ家。ぞくぞくするわ。

「ヤザンナちゃんも、わかったわね」

「わかりました。ごめんなさい叔母様。わたしおかわりをいただきたいわ」

今後、ザビ家の内情やジオンの政治体制についてはなす場合は、場所を選ぶことにします。精一杯の笑顔とともに、無言のメッセージをゼナに送る。おそらく伝わっただろう。とりあえずドズル夫妻を敵に回すつもりはないわ。

「すまん。すまんな、ヤザンナ、そしてゼナ。俺にもおかわりをくれるか」

「ええ、ええ、もちろんですとも。たくさんたべてね」


こうして、モビルスーツには乗れなくてもちょっとは楽しい日常になりそうな予感をはらみながら、ザビ家の平和な日常は過ぎていくのだ。




[12088] ジオンの姫 その4 お坊ちゃん
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/09/27 01:58
ジオン公国首都ズムシティ。軍病院

今日は病院に来ている。過労で倒れたというガルマ叔父のお見舞いである。

祖父から聞いた話によると、過労と言っても単なる寝不足ということなので、特に心配はないらしい。はじめはドズル夫妻と3人の予定だったのだが、急な軍務とかでドズル叔父は遅れることになり、美男子の坊ちゃんは私とゼナさんの両手に花の状態になるはずだった。

だが、ゼナさんといっしょに小さな花束をかかえて病室に入ると、そこにいたのはげっそりとやつれた幽霊のような男だった。

「ゼナさん、ヤザンナ、わざわざ来てくれてありがとう。でも、見ての通り私は大丈夫です。単なる寝不足を、まわりの者が大げさに騒ぎ立てただけで、今日にも退院するつもりです」

そう言う彼の目の下には大きなクマさんができている。頬もこけて、せっかくの美男子が台無しだわ。

「あまり、無理なさらない方が、よろしいのではありませんか」

「そうそう、たまには休むことも必要よ、叔父様」

「休んでなどいられないのです!」

突然の大声。

怒鳴られた私とゼナさんも驚いたが、叫んでしまった本人も驚いたらしい。

「あっ、その、あの、大声を出してしまって、申し訳ありません」

ジオン公国のプリンスを自認するお坊ちゃまにとって、おんな子どもにむかって大声を張り上げるなどということは、自分でも許されない行為だったのだろう。ただでさえやつれた顔が、自己嫌悪と恐縮のあまり土色に変化していく。見てられないわ。

「なにかお悩みですか? 私でよろしければ、相談にのりますよ」

坊ちゃんの手に自分の手をかさね、身を乗り出して顔を近づけ、耳のそばで息を吹きかけながら、やさしくささやくゼナさん。本人はまったく意識していないのだろうけど、からだ全体から発せられる人妻のオーラには、女の私でもぞくっときた(私の前世は男だったけど)。世間知らずのお坊ちゃんでは、逆らうことは不可能だろう。

のどを一回ゴクリとならした後、坊ちゃんはためらいながら語り始めた。

「父上も、兄さん達も、姉上も、ジオン公国の国民全てが、連邦との独立をかけた戦いにむけて、準備を重ねています」

そう、宇宙における連邦軍とジオン軍の間の緊張の高まりは、もはや両陣営とも隠す気すらなくなったようで、地球圏の人々の話題の中心は、いまやどうすれば戦争を避けられるのかではなく、いつ戦争が始まるのかに移っている。ジオン国内に国家総動員令の発動も噂される中、政軍中枢を占めるザビ家のみなさんは戦争の準備に大忙しなのだ。

「なのに、私に与えられた仕事は、後方でのデスクワークのみです。前線で艦隊を編成することも、モビルスーツの演習をすることも、参謀達と戦術のシナリオを練ることもありません。この安全なズムシティで、兄さん達が既に決めてしまったことを実行する準備をおこなうだけなのです」

はぁ。この若造がなにを悩んでいるのか、なんとなくわかってきた気がするわ。前世の経験から言って、この手の泣き言をいう軍人は、怒鳴りつけてぶん殴るのが一番なのだけど。

「大切なお仕事ではありませんか」

ゼナさんはあくまでもやさしい。しかし、困ったことに、お坊ちゃんはまだ泣き言を続ける。

「これでは、戦いが始まっても、実績をあげることができません。今の私の地位も、国民からは親の七光りだと笑われてしまいます」

それで、体力の限界をこえて頑張ってしまったわけだ、このお坊ちゃんは。

さて、どうしようか。かなり人間的に歪んでしまった兄や姉とちがって、このお坊ちゃんは鍛えれば、上司にしたい軍人アンケートで上位に食い込む素質はあると思うのよね。なんとか矯正させないと。

「後方のデスクワークをなめるんじゃないわよ!」

私はショック療法を試すことにした。このお坊ちゃんは叱られることになれていない。はるか年下の美少女に正面から叱られたら、さすがにびっくりして目も覚めるでしょう。それでだめなら、それまでの男。

「あなたは司令官になるんだから、後方ででんとかまえていればいいのよ」

顔をあげたガルマは、厳しい声を発したのが私だとわかり驚く。そりゃそうだ。ザビ家のみなさまの前で、それまでかぶっていたネコを脱いだのは、初めてだもの。

「前線のパイロットが気持ちよく戦える環境を作るのがあなたの仕事。へたに出しゃばると、味方に殺されちゃうわよ」

前世の自分が、無能な上官に対して何をしたのか、ありありと思い出す。ちなみに全く後悔はしていない。懐かしいわぁ。

「それに、功を焦りすぎるのはよくないわ。戦場では死に繋がるわよ。功よりも大儀よりも、まずは生き残りなさい。ザビ家の人間の果たすべき責任は、最後まで生き残り、戦争に負けたときに国民にかわって果たすもの。それが独裁者の一族の責任よ。わかる?」

戦争に勝てば問題ない。しかし、負ければザビ家が戦争責任を問われるのは必然。仮に連邦艦隊がズムシティまで侵攻してきたとき、ザビ家の誰も生き残っていなければ、すべての責任が私にかかってくる可能性も否定できない。それをさけるためにも、できれば坊ちゃんには生き残っていてもらいたいのだ。

ガルマは目と口をあんぐりと見開き、私の顔をまじまじと見つめた後、黙って頷いた。

「わかったよ、ヤザンナ。目を覚ましてくれてありがとう。私はザビ家の一族の責任を果たしてみせる」

素直なのはいいことだわ。その調子で、性悪な兄や姉を蹴落とすくらいがんばって。


ふと後ろに気配を感じて振り向くと、ゼナさんと、遅れてきたドズル叔父様が、ガルマ同様に目と口を大きく見開き、私の顔をまじまじと見つめていた。まぁいいか。これからはいろいろやりやすくなるでしょう。



[12088] ジオンの姫 その5 人型兵器
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/09/27 01:59
ジオン公国の某コロニー 教導機動大隊の拠点基地


モビルスーツって、こんなに大きかった?

私は今、ジオン公国が誇る新兵器、モビルスーツを見上げている。

MS06C ザクⅡ。人類史上最も数多く製造され、最も活躍した、いわば兵器として完成したモビルスーツ第一号である。

「これが、ザク」

濃いグリーンに塗装された無骨な鋼鉄の巨人は、既に核融合炉に火が入れられ、いつでも起動できる状態にある。私は手を伸ばし、そっと足に触れる。

ドクン。

ミノフスキー物理学の応用により初めて実用化された小型核融合炉が発する無限のエネルギーが、力強い脈動となり、分厚い装甲を通して、私の体に注ぎ込まれたような気がした。

単純に性能だけを比較すれば、彼女が前世で最後に搭乗した機体などは、目の前のザクの数十倍の攻撃力・機動力をもっていただろう。だが、ヤザンナは、今、このザクに乗りたいと思った。数ヶ月後におこるであろう大戦において、既存の戦術のすべてを否定し、戦略のあり方を根本から変えてしまうこのザクに乗り、この時代の誰も知らない操縦テクニックや戦術機動を思う存分披露してみたかった。自分はやはりパイロットなのだ。

「……乗りたい」

思いは自然に声となった。

「はっはっはっは、ザクに乗りたいか。気持ちはわかるが、身長があと50センチ伸びてからだな」

隣で基地司令官に説明を受けていたはずのドズル叔父が笑う。私は頬を膨らませ、プイっと横を向いた。


私とドズル叔父がいるのは、新兵器モビルスーツを他部隊に先駆けて配備し、実戦に向けた運用を試行するために作られた教導機動大隊の拠点。中でも特にエース候補を集め、モビルスーツを利用した新しい戦略・戦術を研究する部隊、旧世紀流にいえばトップガンの基地である。

つい先日、だめもとでジジイに「モビルスーツというものを見てみたい」とお願いしてみたら、意外にもあっけなくOKがでた。ジオン公国の当主たるザビ家の一員として、モビルスーツの知識は必要不可欠なのだそうだ。まだ戦争は始まってもいないのに、既にモビルスーツはジオン公国のシンボルとなりつつあるということだろう。で、たまたま教導機動大隊を視察する予定があったドズル叔父に引率されることになったのだ。


「なぜモビルスーツは人型なのか、ご存じですか?」

司令官がドズル叔父ではなく私に声をかける。視察に訪れたザビ家の人間に、基地の現状に余計な不満を抱かず無事平穏にお帰りいただくことを望む彼は、 AMBACの有効性など一般的で差し障りのない話題にもっていきたかったのだろう。しかし運の悪いことに、目の前のザクに大興奮だった私は、彼の望む返答をするところまで気が回らなかった。

「平凡な兵士が、宇宙空間で目視だけに頼って高機動を行うためには、人間に近い形が必要なのよ」

たとえミノフスキー粒子によりレーダーが使えない状況になったとしても、宇宙戦艦の猛烈な対空砲火をかいくぐって接近戦にもちこむためには、既存の宇宙戦闘機などとは比較にならない高機動が必要となるわ。でも、上下の無い宇宙空間で、しかも電波による誘導が不可能な状況では、人間は空間における自分の向きや動きを瞬間的に把握することが困難なの。必然的に、高機動を行うためには人間離れした高い技量が必要となってしまうのね。

人型の最大のメリットは、この点をおぎなうことが可能なことよ。たとえ平凡な人間でも、人型の機械ならば、機体各部のセンサーの情報を自分自身の五感の感覚の延長として捉えることができて、本能的に自分の動きを認識することが可能となるの。

もし高機動だけを求めるのなら、人型である必然性はないわ。でもそれでは、パイロットに求められる技量が高くなりすぎてしまう。

もちろん、人型によって訓練が必要でなくなるわけじゃないけど、パイロットになるためのハードルが大幅に低くなるのはたしかね。

そんな人型兵器のひとつの完成形が、このザクなのよ。……すばらしいわ。

「よ、よくご存じで……」

私に話をふったことに後悔している司令官に対し、ドズルが追い打ちをかける。

「そうだ。そして機動兵器は数が無ければ意味がない。平凡なパイロットが乗る人型のザクを大量に運用することによって初めて、我々は大艦隊を相手に戦うことができるのだ」

ドズルは司令官をにらむ。教導大隊はもともとキシリア主導で作られた部隊であり、司令官はもちろんキシリアの取り巻きの一人である。

「教導大隊について俺が感じている疑問を言うぞ。今の教導大隊におけるモビルスーツ部隊の訓練は、少数のエリートパイロットによる高度な技術や特殊な戦術を意識しすぎているのではないか? それは人型兵器としてのモビルスーツの利点を殺しているのではないか? もっと一般の兵士にも可能な戦術を中心に研究するべきではないのか? 答えてくれ」

司令官は答えることができない。もちろん彼にもモビルスーツの運用に関しては彼なりの理念があり、それはドズルのそれと一致する点もあれば異なる点もある。しかし、ドズルは彼の背後にいるキシリアに対して問うているのだ。彼がなんと答えようが、ドズルかキシリアどちらかの意見を否定することになる。それはくすぶっている軍内部の対立をあらわにすることにつながると同時に、彼自身の破滅をもたらすだろう。

ドズルも言ってしまってから後悔していた。この視察でここまで言うつもりはなかった。ヤザンナの興奮が伝染してしまったのかもしれない。もともと、近いうちにキシリアにぶつけ、軍上層部で結論を出さねばならぬ問題ではあった。しかし、この状況は、ザビ家の立場を利用して基地指令を虐めているだけではないか。この場をどうやっておさめようか、彼が必死に脳細胞を働かせはじめたとき、助け船を出した者がいた。ヤザンナだ。

「お、叔父様。あの、えと、その、……トイレ」

「お、おお、待たせてすまなかったな、ヤザンナ。司令官、案内しろ」

「はっ」

「それから、視察の予定時間はまだかなり残っているわよね。せっかく来たんですもの、難しいおはなしはもうやめて、シミュレーターでいいのからザクを操縦してみたいわ。叔父様も付き合ってくれますよね?」


シミュレーターとはいえ、ついに私はザクのコックピットに座る機会を得たのだ。




[12088] ジオンの姫 その6 シミュレーター
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/10/31 23:06


ジオン公国の某コロニー 教導機動大隊の拠点基地


「基本的な操作については説明したとおりです。特に危険は無いはずですが、何かあったら、……そうですね、大きな声で悲鳴をあげてください。すべてモニタしてますから心配はいりません。それではよい旅を」

若いエンジニアが下手くそな敬礼をしたのち、ゆっくりとハッチを閉じる。

「ありがとう」

既にシートに固定されているヤザンナは、思いっきりの笑顔で答える。ハッチが閉じる瞬間、彼の顔が赤くなったような気がするけど、これはほんのお礼。無理をきいてくれてありがとう。司令官はちょっとアレだけど、基地全体の雰囲気は悪くないわね。



さて。まずは深呼吸。そしてゆっくりとまわりを見渡す。

暗黒と静寂。光を発しているのは、正面のメインモニターといくつかのサブモニター、そしてメンコのような多数の計器だけ。

前世で最後に搭乗していた機体のそれとは比べようもない。全周天モニターもリニアシートもない。操縦をアシストするコンピュータは非力。パイロットを守る脱出ポットすらついていない。それ以前の問題として、これは実機でなく単なるシミュレーターに過ぎない。さらに、彼女の身長に無理矢理合わせるため、急ごしらえの操縦桿と下駄を履かせたフットペタルというおまけつき。

しかし、それでもそこは、確かにヤザンナの前世の人格がもっとも愛した場所、モビルスーツのコックピットだった。

「……十年ぶりだ」

メインスラスターに点火。仮想の宇宙空間の中を、仮想の機体が静かに滑り出す。



メーカーから教導大隊に出向していたエンジニア達にとって、基地司令がうやうやしくつれてきたザビ家の二人組は、まさに悪夢だった。身長2メートルを超えようという巨漢と、その半分しか身長のない少女を、シミュレータに乗せろと言うのだ。

実戦配備が始まっているといっても、史上例をみない種類の新兵器である「ザク」は、まだまだ試作兵器に毛が生えたようのものだ。その欠点や不具合は実戦によってあぶり出すしかない。もちろんコックピットの操縦系統も研究途上であり、お世辞にも洗練されたインターフェースとはいえない。パイロットの体をコックピットに合わせているのが現状なのだ。

結局、ドズルはどうやってもシミュレーターの筐体に入ることができなかった。しまいにはヤケになりハッチにやつあたりを始めたドズルを諦めさせるためには、司令官の平謝りが必要であった。その代わりに、ヤザンナひとりのために操縦系の大改装をするはめに追い込まれたエンジニア達は、運が悪いとしか言いようがない。

司令官が彼女にザクの初歩的な操縦方法を説明しているほんの30分間ほどのあいだに、なんとかかんとか改装をでっち上げたエンジニア達は、ほめられるべきだろう。彼らには、数日後にヤザンナからお礼の花束が届くことになるが、それはまぁ別のお話。



「……すげぇ」

シミュレータの動きをモニタしているエンジニア達が息を飲む。

新人パイロットを失意のどん底にたたき落とすことを任務とするコンピュータは、ヤザンナを特別扱いすることなく、これでもかとばかりに妨害用の岩塊やデブリを大量につくりだし、彼女のザクの進路にばらまいていく。もちろん難度を下げることも可能なのだが、将来のジオンの指導者になるかもしれない少女に「モビルスーツなんて簡単に操縦できるじゃない」などと思われて無茶な作戦を無理強いされてはかなわない、というのが、その場にいた全員の暗黙の了解であった。

だが、ヤザンナはいとも簡単に、しかも完璧にこなして見せた。ミッション終了後の推進剤の残存量は、基地の誰よりも多い。

「次は敵が攻撃してきます。よろしいですか」

「もちろん!」

露骨にマゼラン級宇宙戦艦の形を模した敵艦隊が、すべての砲門をこちらにむけ、猛烈な対空砲火を浴びせてくる。

このシミュレーターを作った連中、戦場を知らないみたいね。どこから新たな敵が現れるかわからないミノフスキー粒子下の戦闘で、全ての砲塔がたった1機モビルスーツを集中的に狙うなんて、現実にはあり得ない。

でも、そのおかげで、ちょっとやる気がでてきたわよ。

細かな360度ランダム加速を行いつつ、滑るように対空砲火の死角をくぐりぬけ、マゼランに接近してメインエンジンにバズーガを一撃。爆発の瞬間、わざと一瞬その場に留まる。そして爆発のエネルギーをザクの機体にうけ、その反動を利用して一気に逆方向に加速……しない?

「爆発の衝撃はシミュレートされないの?」

「すっすいません。そこまではまだ……」

モニタの向こうのエンジニアの答えを待つ間ももどかしく、次の標的を狙う。となりのマゼランに狙いを定め、接近してブリッジに一発蹴りを……。衝突警報がなるだけで、敵艦が破壊される様子は無い。仮想の足が仮想のブリッジを素通りしてしまったのだ。

「もう! せっかく人型なのに、蹴りをつかえないなんて!」

「もうしわけありません。そんな戦い方は想定外です」

数分後、当初の予定よりも多少おくれたものの艦隊すべてをかたづけたヤザンナは、モビルスーツ同士の戦闘ミッションに突入したのだが、これもあっさりと片づいてしまった。そもそもモビルスーツを使った戦闘というものは人類史上おこなわれたことがないのだから、コンピューターが作り出す戦闘が単純すぎるのも仕方がないのだが。

ものたりない。

全然ものたりない。

私はモビルスーツで真剣な命のやりとりがしたいの! この火照った体をどうしてくれるのよ!



シミュレーターの中でヤザンナが身もだえしているころ、外では深刻な会話がなされていた。

「……どうだ?」

ヤザンナをモニタしているエンジニアや、いつの間にか集まってきた教官達にむけて、ドズルが尋ねる。彼らの様子から、ヤザンナのスコアが尋常ではないことは想像がついた。

「化け物です」

答えた若い教官は、言ってしまってから気づいた。自分がいま誰に対して化け物といったのか。横で聴いていた司令官が青くなっている。

ドズルは苦笑しながらも、かまわず質問を続ける。

「どれくらい凄いのだ?」

口の中が乾き、背中に冷たいものを感じながらも、彼は正直に答える。

「スコアの桁が違います。この基地のパイロット全員の平均よりも二桁ほど。なんとか対抗できるのは、トップ数人か……フラナガン博士のところのモルモットくらいでしょう。それにしたって一桁以上違いますが」

フラナガン?

今度は機密をしゃべってしまったことに気付き青くなっている士官を尻目に、ドズルは鼻をならす。キシリアめ、こそこそ何をやっているのだ。

まぁいい。今はヤザンナだ。

「このシミュレーターは、人間同士で対戦できるのだな? いまのトップは誰だ?」

「シャア・アズナブル少尉であります」

司令官が答える。

「ほお」

ドズルは子飼いの士官を何人も教導大隊に送り込んでいた。シャアはその中のひとりであり、もともと今回のドズルの視察の本当の目的は、彼らから教導大隊の内実について聞きだすことであった。

「シャアをここに呼んでこい。今すぐにだ」


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2009.09.27 初出
2010.10.31 ちょっと修正




[12088] ジオンの姫 その7 姫と王子(1)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/11/09 00:13

教導大隊におけるモビルスーツの模擬戦闘は、地球上の戦闘機パイロット達がおこなってきたそれの伝統を踏襲している。

正面からザクが迫る。まだだ。まだ戦闘は始まらない。2機のザクが高速ですれちがい、お互いに機体の進行方向を変更する瞬間から、戦いは始まるのだ。

もしザクがビーム兵器を装備していたなら、すれ違った瞬間、機体の進行方向はそのままふり向きざまにお互いビームを撃ちあい、運がよければ一瞬で勝負は決まるのだが。あいにくと、ザクにはそんな便利な飛び道具は装備されていない。もっているのはマシンガンのみ。この相対速度のままでは、たとえ撃っても相手の機体に弾が追いつかない。

そして、もしこれが実戦で、単純に生き残りたいのならば、すれ違ったまま一直線に逃げればよい。もともと接近戦専用兵器であるモビルスーツには、一度取り逃がした敵機動兵器を追いかける能力はない。

しかし、このザクはあきらなか敵意をもって、私に接近し相対速度を合わせるコースを取ってくる。この敵は、コンピュータが作り出した仮想のものではないのだ。

いいわぁ。そうこなくっちゃ。

模擬戦が始まる前にドズル叔父に耳打ちされたことを思い出す。

「ヤザンナ。おまえが天才なのはわかった。さすがはザビ家の一員だ。来るべき連邦との戦いに備えて、みんなにモビルスーツの戦い方を見せてやってくれ。だが、相手は大人だ。プライドもある。……その、なんだ、おまえならわかるな?」

わかってるわよ。やり過ぎるなってことね。

来なさい、遊んであげるから。



ドズル・ザビ少将から緊急の呼び出しをうけたとき、シャア・アズナブルはザクに乗り、コロニーの外で模擬戦を行っていた。

「久しいな、シャア。挨拶はあとだ。ノーマルスーツのままで悪いが、さっそくシミュレーターに乗ってくれ」

わけもわからぬまま、シミュレーターのシートに座る。1対1の模擬戦をやれという。

「相手はコンピュータではない。人間だ。被弾数はカウントされるが、機体にダメージは無い」

時間無制限のデスマッチということか。いったいなんのために。

「俺にモビルスーツという兵器の可能性をみせてくれ。おまえならできる。遠慮せずに全力でいけ。いいな」

ドズル閣下だけでなく基地司令官の姿もあった。事情はわからないが、本気でいかねばならないようだ。いいだろう。



ヤザンナのいる仮想の戦闘空域は、月軌道上のラグランジェポイント。重力ポテンシャルや地球に対する速度などを常に意識する必要のある低軌道とはことなり、ここで問題となるのは単純に敵との相対速度だけ。

敵のザクは、ヤザンナに狙撃されることを避けるため、こちらに向いた投影面積を最小にする姿勢、すなわち頭からこちらにむかって接近してくる。教科書通りかしら。基本的には間違ってないかもね、……敵に発見されていない状況ならば。

でも、こちらが接近に気づいている状況だと、それはかえってまずいかも。メインスラスターが向こうを向いているのが、一目瞭然でわかってしまう。

しかも携帯している武器はマシンガン。まっすぐにこちらに近づいている機体が、サブのスラスターだけで縦横に加速できる範囲なんてしれているのだから、だいたいの未来位置の範囲を予想して、適当に弾をばらまいてやれば、運が悪ければあたっちゃう。自殺行為よ。

ああ、せっかく接近戦にもちこんだのに、お互いに有視界で撃ちあっている状況で腕を使ったAMBACもだめ。マシンガンがどちらを向いているのか、相手に丸わかりなのよ。銃口は常にこちらに向けていないと、敵は楽々と逃げちゃわ。



敵は戦い慣れしているようだ。いや、あそばれているのか?

シャアはくちびるを噛む。教導大隊で研究してきた戦術がことごとく通用しない。模擬戦がはじまって数分間しかたっていないにもかかわらず、いったい何回被弾したのだ? 致命傷こそくらっていないが、こちらの動きはすべて読まれている。

「ええい、なぜだ!」



確かにシャアはヤザンナよりも操縦技術に劣るかもしれない。しかし、それは決して致命的なほどの差ではない。足りないのは知識と経験である。

血みどろの大戦、その後の数々の抗争において、何万人ものパイロット達が自らの命と引き替えにモビルスーツによる戦術のひとつひとつを築きあげてきたのだ。その積み重ねをどん欲に学んだだけでなく、さら実戦の中で消化して完全に自らの血や肉とした者に、いまだ一度の実戦も経験したことのないこの時代の人間が太刀打ちできないのは、決して本人の責任ではない。



だが、もちろんシャアがそのようなことを知るよしもない。彼は、軍にはいって以来、常にまわりの者を見下してきた。訓練にしろ任務にしろ、彼にとっては真の目的を果たすための余技でしかなかった。しかし、いまこの瞬間、シャアは心の底から勝ちたいと思った。圧倒的に不利な状況を覆すべく、全身の感覚を極限まで研ぎ澄ます。

「冗談ではない! ドズル閣下もみているのだぞ」




本気を出しちゃいけないというのも、あまり性に合わないわね。そろそろ終わりにしましょうか。

ヤザンナは、シャアからみて上の方向に最大加速が可能な姿勢を取る。メインスラスターの加速をランダムに大きく加減しながら縦方向に走る物体を、マシンガンで捕らえるのは不可能。狙撃をあきらめた敵のザクが苦し紛れに加速するのは予想どおり。そして、私の機体が敵からみて太陽に入ったときが勝負よ。




上方向に加速していった敵のザクが太陽に入る。くそ、常に自分と太陽の位置がわかっているのか。モニタにフィルタがかかり、正面がみえなくなる。

くるか?

襲撃に備えて太陽の方向に機体の向きをかえた瞬間、衝突警報が鳴り響く。不意に、敵のザクに背後をとられたのだ。太陽をあえて通り過ぎ、後ろに回ってから一気に近づかれたのか。ザクの背中に触れるほどの至近距離から、マシンガンの銃口に狙われている。




「あなた素質あるわよ。またあそんでね」

ヤザンナは、まったく躊躇することな無く、ゼロ距離から引き金をひいた。




やられる。

緊張が極限まで高まった瞬間、シャアには見えた。サブモニタにうつるザクではない。ヤザンナの意志がみえた。コックピットの背中の装甲を通して、彼女が自分のどこを狙っているのか、そして引き金を引く瞬間が正確にわかった。

反射的にスラスターを全開。さらにザクの機体をひねり、ぎりぎりで銃撃をかわす。




「よけたぁ!」

必殺の一撃を避けられたヤザンナは叫ぶ。歓喜の叫びだ。一気にテンションがあがる。

奴らと同じタイプなの? なら遠慮はいらないわね。いっくわよぉ!

そのまま速度をおとさず突進、ショルダーアーマーで背中からタックルをかます。敵のザクが大きく体勢をくずす。

どうしたのよ、本気だして! 私を満足させなさい!



シャアは、無駄だと知りつつも、時間稼ぎのため照準も無しでマシンガン一連射。なんとか体勢を立て直したその時、メインカメラに向かって巨大な足が迫るのが見えた。マシンガンを避けられた敵のザクが、至近距離をそのままに蹴りをいれたのだ。

スカッ。

衝突警報がなるばかりで、またもや仮想の足はヒットしない。

さらに悲劇がヤザンナを襲う。

ボキッ! 「きゃー」

「どうしたヤザンナ!」

モニタに向かってドズルが叫ぶ。同時にエンジニア達がハッチに駆け寄る。

「操縦桿が折れちゃったぁ……」

30分ででっち上げられた少女専用操縦桿は、想定以上の激しい機動に耐えきれず、根本からぽっきりおれてしまったのだ。



異例中の異例ともいえる模擬戦は、結果としては痛み分けとして終わった。もちろん当事者の意識はそれとは異なるのだが。

「楽しかったわ。ありがとう」

「まさか、ヤザンナ様……でしたか」

相手をしてくれた青年パイロットは、へんな仮面をつけていた。目を守るためだという。その仮面の上からでも、戦った相手が私だと知ってから30秒は目を見開いて唖然としていたのがわかった。まぁ、そうよね。気持ちはわかるわ。

「お名前を教えていただけますか?」

「はっ。失礼いたしました。シャア・アズナブル少尉であります」

今度は私が唖然とする番だ。

シャア? まさか、あのシャア?

私はこいつに言いたいことがあったのだ。幸いふたりの3メートル以内に他の人間はいない。



「……あなた、何のためにパイロットをやってるの? 負けて悔しくは無いの?」

「はっ? いっ、いえ。ヤザンナ様と模擬戦を行うことができて、光栄であります」

「あなた、パイロットは向いていないわ」

「……どのような意味でしょうか?」

「パイロットはね、負けたら死ぬほど悔しがって、次は絶対に勝つと誓う人間しかなれないよ。モビルスーツを降りても、ノーマルスーツを脱いでも、一日中戦闘の中で敵に勝つ方法を考える人間じゃないとやってられないのよ」

「私はそのような人間ではないと?」

「他の目的のためにパイロットをやっている人間は、パイロットにはなれないわ。あなたは、パイロットよりも、革命家や政治家にむいているのではない? その方が、……その方がジオン国民にとってもよいと思うわ」




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2009.10.03 初出
2010.11.09 日本語のおかしなところを、ちょっとだけ修正




[12088] ジオンの姫 その8 子守り
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/10/06 01:37
ズムシティ ギレン・ザビのオフィス


この国の軍人の多くは、この男と相対し直接会話する機会を得ることを、大変な栄誉であると感じているらしい。それがランバ・ラルにとっては、いまだに不思議だった。

ジオン・ダイクンとともに革命を起こした頃から、この男の戦略眼や大衆を操作する能力は突出していた。いわゆる天才だ。しかし、人の心の機微を知る能力は明らかに欠けており、人間としては未熟、要するに頭の良い子どもだというのが、この国の実質的な最高権力者に対するランバ・ラルの評価だ。


「元気そうでなによりだ、ランバ・ラル中尉。教導大隊はどうだ?」

今をときめくジオン軍総帥が、一介の中尉にすぎないラルに対して、古くからの友人であるかのように問いかける。

「モビルスーツはすばらしい兵器です。必ずやジオンを勝利へ導くでしょう」

ラルは、最低限の礼儀をもってこたえる。この男と長く話すのは苦痛だ。はやく本題に入って欲しかった。

「そういえば、私の姪が教導大隊で大活躍だったそうだな」

「はっ」

教導機動大隊では、数日前にふらりと視察に訪れ、驚異的なモビルスーツの操縦技術を披露していったザビ家の少女の話題で持ちきりだった。格納庫には、ヤザンナを中心に整備員やパイロットが集合した写真が引き延ばされて張られている。

「そのヤザンナだがな、少々人気が出すぎて困っているのだ」

ギレンは、国内外で発行されているゴシップ誌を手にとる。表紙には、モビルスーツの足下からその巨体を見上げ、おそるおそる手を伸ばし、鋼鉄の脚にそっと触れている美少女の写真。その他、各種行事への参加や施設への慰問の記事が、これでもかとばかりに写真入りで紙面に踊っている。

「我がザビ家の人間ながら、たしかに美少女で頭もよい。さらにダイクン派のテロによって父を爆殺され、家族と離ればなれになった悲劇の姫君だ。人気が出るのも無理もない」

ラルのこめかみがぴくりとうごく

「ダイクン派の仕業ときまったわけではありません」

「当時の警察による正式な捜査結果ではそうなっているが。……まぁいい。この件について君と議論する気はない。問題は、ヤザンナの国民的な人気を政治的に利用しようとする輩がいることだ」

皮肉なことに、ヤザンナの人気により、国民が忘れかけていたジオン・ダイクンの名が、ふたたび思い起こされてしまったのだ。ダイクン派の残党ともいうべき輩が、不穏な動きを始めている。

「私には関係のない話です」

「そう恐い顔をするな。ランバ・ラル。君のジオン公国への忠誠心はよく知っている。その忠誠心を具体的な形で見せてはくれないか?」

「……どういうことです?」

まさか、ダイクン派残党の掃討を命じるつもりなのか。絶対に受けられないことを命令し、それを口実に処分するつもりか。

しかし、ギレンの答えは完全に意表をついたものだった。

「なに、簡単なことだ。ヤザンナの護衛役を頼みたい」

ラルには意味がわからない。もし文字通りの意味だとしたら、歴戦の勇士を自認するラルにとって侮辱であろう。

「私に子守をやれとおっしゃる。私が受けるとお考えですか?」

ラルは怒りを隠さずに問う。それに対して、ギレンは、ラルの胸中など知らず、知ろうともせず、あくまで論理的にたんたんと話をすすめる。

「うけるさ。君の一族は、かつてはダイクン派の元締めといってもいい存在だった。君がヤザンナのそばにいることで、ダイクン派とザビ家が和解したとのメッセージを国民に発することが出来る。これは、君ができる祖国への最大の恩返しではないかね」

ラルは言葉に詰まる。彼は未だに過激な活動を続ける一部のダイクン派に、無益な暴力をやめて欲しかった。そして、キャスバルとアルテイシア。ジオン・ダイクンのふたりの遺児には、無益な復讐など思いとどまって欲しかった。自分の行動により、彼らにその思いを伝えることができるのなら。

「そして、この状況で、君自身も軍の中ではますます居場所がなくなっているのではないかね? 国のために働き、出世して家族にいい暮らしをさせたいと思わないか? ランバ・ラル『大尉』」

もしラルがこの話をうけても、それは政治的な動機ではなく、あくまでも世俗的な動機ゆえなのだと、ラル自身への言い訳を用意してくれるというのか。多少は人間の心の機微がわかるようになったか。

「……わかりました。お受けします」

ラルが下がろうとしたとき、ギレンはおもいだしたように付け足した。

「そうそう。君は今日付けで、教導機動大隊から私の親衛隊に転属することになる。君の上官はドズルでもキシリアでもない。この私だ。いいな」

要するに、最大の懸案はザビ家内部にあり、ダイクン派の件など名目に過ぎないのだ。



次の日。ヤザンナの前に知らないおじさんがあらわれた。今日から私の護衛につくのだという。

「はじめまして。ランバ・ラル大尉であります」

「護衛? SPが沢山いるじゃない?」

「彼らはヤザンナ様の身辺警護が仕事です。私が守るのは、お体だけではありません」

「へぇ。よくわからないけど、よろしくね」

この日から、ヤザンナのそばにはお髭のすてきなおじ様が付き添うようになったのだ。




[12088] ジオンの姫 その9 お髭のおじ様
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/10/09 01:44
ジオン公国首都 ズムシティ

私の護衛役だというお髭のおじ様ことランバ・ラル大尉は、私がいくところすべてについてくるようになった。公務一切を仕切る口うるさい公王府のお役人や、私のために自分の体を投げ出す気満々な、ありがたいけどちょっと鬱陶しいSPの方々とは違って、つかず離れずの位置を保ち、保護者のようにさりげなくサポートするのが自分の役目だと自任しているようだ。

10年間にわたって誰にも頼らず母一人娘一人で地味に暮らしてきた私にとって、そして、気に入らない上官を叩き殺してまで孤高のパイロットを気取っていた、野獣とまでよばれた前世をもつ私にとって、目の前をちょろちょろして私に指図する人間は、それが誰であっても鬱陶しい。所詮10才の少女がひとりでは何もできるはずもなく、多くの人に頼らなくては生きていけないことは自覚してはいるのだが、正直勘弁してくれよと思う。まぁ、彼らを含めてザビ家の権勢にすり寄ってくる有象無象の輩をあやつり、陰謀渦巻くザビ家の中で命がけの駆け引きを楽しむというのも、自分の性に合ってるのかもしれないとは思わなくもないのだが。

しかし、ランバ・ラルは、他の連中とはことなり、なかなかおもしろい男だ。実戦経験豊富な歴戦の勇士であるのに、ジオンの軍人にありがちな、つまらない思想とか大儀とかに染まっていないのがいい。ザビ家に媚びる気がまったくないのもいい。ドズル夫妻以外に親しく会話できる相手がいない私にとって、ラルが公私にわたる貴重な相談相手となるまで、そう時間はかからなかった。


「ラル大尉。お願いがあるの」

ある日、公務から帰宅する車の中、私は意を決し隣のラル大尉にお願いしてみる。

「なんでしょう?」

「私、モビルスーツに乗りたいわ」

自分でも無茶だとわかってはいるのだが、お願いせずにはいられない。

「ダメです。子どもに戦争をさせるのは亡国のやることです。我がジオンはそこまでは腐っていません。デギン公王やギレン総帥は、決してお許しにならないでしょう」

にべもない。しかし、私自身も、おんな子どもが戦場にでるのは嫌いだ。この少女の体が恨めしい。

「それに、まだ戦争は始まっていないとは言え、ザビ家の方が最前線に出るなぞ、兵士にとっては迷惑でしかありませんな」

つい先日、私自身がガルマに対して似たような説教をしたような気がする。だが、ここであきらめるわけにはいかない。

そっと腰を横にずらしてラルと密着、軍服の裾をちんまりとつかみ、目を潤ませながら上目遣いでおねだりしてみる。

「……軍でなくても、モビルスーツはあるわ。ねぇ、お願い。ラルおじ様」

ラルの呼吸は数秒間停止、そっと目をそらし、コホンと1回咳払いしたのち、ついに妥協案を提示してくれた。

「わっ、わかりました。危険のない方法を検討し、総帥にお願いしてみましょう」

少女の体でよかった。……ついでにもうひとつお願いをする。たまたま思い出したふうに装うが、こちらが本命だ。

「そうそう、もうひとつお願い。シャア・アズナブル少尉という方について調べて欲しいの」

「彼のことならよく知っています。教導大隊で一緒でしたし、同じ作戦に参加したこともあります。彼の何を知りたいのですか?」

「いえ、調べる内容はなんでも良いのです」

「は? どのような意味でしょう?」

「『私が彼のことを調べている』という事実を、彼が知ることが重要なのです。そうすれば、彼の方から接触してくるでしょう」

「ヤザンナ様、まさか……。彼はやめた方がいい。確かに有能で将来性もある男ですが、女性にかんしては、その、少女趣味だという噂もありますし。いっ、いえ、単なる噂ですが」

なんか盛大に誤解しているようだけど、おもしろいから放っておこう。ラルおじ様なら、きっちり任務は果たしてくれるでしょう。



屋敷にかえると、キシリア叔母様がまっていた。

「ひさしぶりですね、ヤザンナ」

「こんばんわ、叔母様」

「教導機動大隊では大活躍だったそうですね。その件で確かめたいことがあります。いっしょに来て簡単なテストを受けてもらいます。よろしいですね」

隣で敬礼していたラル大尉が、私とキシリア叔母の間に割ってはいる。

「失礼、キシリア様。ヤザンナ様にそのような予定はありません」

「ランバ・ラル! 私の邪魔をするのですか!」

「私は、ギレン総帥の勅命をうけ、ヤザンナ様のおそばにおります」

ギレン叔父の代理とキシリア叔母のいざこざを見ているのも面白いけど、キシリア叔母のテストとやらにも興味がある。殺されることはないでしょう。

「……いいのよ、ラル大尉。叔母様、いきましょう」



[12088] ジオンの姫 その10 ジオニズム
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/10/12 21:34

「運動能力、反射速度、空間認識力等々、同年代の平均は上回わるものの、突出するものではなし。遠隔からの他人との共感能力は……なし、か」

ヤザンナが受けたテストの結果を、キシリアが読み上げる。その顔には、あきらかに失望の色が見える。期待を裏切ってしまったようで、ごめんなさい。


ここは、ズムシティ。軍の敷地内にある研究所のような施設。

私が受けたのは、基本的な身体測定に体力テスト。反射神経や動体視力などの検査。壁の向こうにいる誰かとのカード合わせゲームなどなど。白衣を着た研究者っぽい人たちは、まだまだいろいろなテストをやりたかったらしいけど、ラル大尉が「ヤザンナ様はまだ幼い。しかもお忙しい身ゆえ、一時間ですませていただきたい」とホルスターの拳銃に手をかけながら強硬に説得したおかげで、これだけで済んだらしい。


「無理に連れてきて済まなかった。どうだ?」

応接室らしき場所で、キシリアはワインを届けさせ、ラルに勧める。

「任務中であります」

ラルがそう答えるのは予想していたのだろう。キシリアは一人でグラスを掲げると、勝手に飲み始める。ヤザンナの前にはジュースがおかれる。


「かつてジオン・ダイクンが語った『ニュータイプ』というものを知っていますか?」

誰に向かって問うでもなく、キシリアがつぶやく。ラルが答える。

「過酷な宇宙空間でくらすスペースノイドは、宇宙に適応し次世代の人類に進化するはずだ。それこそが、離れていても他者と共感し理解し合える新しい人類、ニュータイプである……という説ですな」

「そうです。初めてダイクンの唱えるニュータイプ論を聴いたとき、私は素直に感動しました。人類全てがスペースノイド、すなわちニュータイプになれば、世界から戦争は無くなると。私もニュータイプになり、ジオン・ダイクンの力になりたかった」

マスクを外したキシリアは、過去を語りはじめた。その目は、コロニーの外壁を透かして向こうの宇宙を見ている。ラルには、そんなキシリアが、いつもの野心家・陰謀家の顔ではなく、理想に燃える純粋な革命家の顔、あるいは革命家に恋い焦がれる女子学生の顔に見えた。

「しかし、サイド3で実際に革命が始まり、アースノイド排斥運動に熱狂する市民をみて、私は疑問に思いました。我々スペースノイドは、他人とわかりあえるニュータイプのはずではなかったのか。そして私はダイクンの思想に疑いを持ち始めたのです、ニュータイプというのは、ただの選民思想にすぎないのではないか、とね」

はるか遠く、宇宙の深淵をみていたキシリアの視線が、少しづつ現実に近づいてくる。

「もちろんダイクンの語ったニュータイプは概念上のものでしかありません。それでも、ダイクンが正しいことをなんとか証明したかった私は、ニュータイプについて科学的な研究をはじめさせました。そしてついに、ニュータイプを具現化したとしか思えない能力をもった人間が、実際に存在するのを確認したのです」

キシリアは、ちらりと壁の向こうを見る。おそらく、この建物の中に、そのニュータイプがいるのだろう。

「しかし、現実のニュータイプは、ダイクンのいうそれとは違いました。スペースノイドだけではなく、アースノイドの中にもほぼ同じ割合で存在したのです。科学者によると、ニュータイプ能力を発現する遺伝子は、何万年も前から、人類全体の遺伝子に一定の割合で存在したのだそうです。そして『他者と共感し理解し合える』などという能力は、人類が普通に生活する限り有利でも不利でもないため、その割合は常に一定で変化しません。ニュータイプは、次世代の人類でもなければ、スペースノイドがなるものでもない。ニュータイプかどうかは単純に遺伝と確率の問題であり、そうでない者は、どんなに努力してもニュータイプにはなれないのです」

キシリアは、ラルの顔を正面から見据える。

「ちょっと考えればわかったはずなのです。ダイクンの思想は、スペースノイドはアースノイドよりも優れた次世代の人類であるはずだ、だからスペースノイドはニュータイプなのだ、というところからスタートしています。これは、政治的プロパガンダとしては単純で理解しやすいものですが、科学的にはまったく根拠が無く、道徳的には完全にまちがっています。いわゆる社会進化論と紙一重の危険な思想であり、旧世紀のナチズムと大差ない。ダイクンは、思想的にはヒトラーの尻尾でしかなかったのだ! ……これに気付いたとき、私は笑ったよ」

ラルは何もこたえない。キシリアは同意を求めているのではなく、自分の心情を整理するために語っているのだ。

「父上も兄上も、早くからこのことに気付いていた。その上で、ダイクンの思想を国民を統一するための方便として使っていたのだ。純粋にダイクンを信奉し、彼と同じニュータイプになりたいと願っていた私は、……ただの道化だ」

ふっ。キシリアは自嘲するかのようなため息をつく。そして、視線だけでラルに問う。ダイクン家の最も近くにいた、あなたはどうなのです?

「私には、思想的なことはわかりません。しかし、ダイクン家の方々は、我々とはちがう、本当のニュータイプと呼べる資質をお持ちだったように思われます」

ラルは正直に答える。

「……そうだな。ダイクン自身は本当にニュータイプだったのだろう。だから、特に疑問も感じず、他のスペースノイドもみなニュータイプになれると考えたのだ。無邪気なものだ」

キシリアの視線がヤザンナに向く。

「私は、たとえダイクンの思想が間違いであっても、彼と同じニュータイプになりたかった。もしザビ家の血を引くおまえがニュータイプだったなら、私もそうである可能性があると思ったのだが……」

「へっ? ご、ごめんなさい、叔母様。私ねむくて……」

延々と続いたキシリアの長い長いひたすら長い話に耐えきれず、盛大に船を漕いでいた10才の少女は、目をこすりながら答える。

「そうだな。子どもはもう寝る時間だ。おそくまで付き合わせて悪かった」



帰りの車の中、ヤザンナはラルに尋ねる。

「ニュータイプであるかどうかが、そんなに重要なのかしら?」

ラルは記憶をたぐっていた。なるほど、ジオン・ダイクンが生きている頃、キシリアはダイクンばかり見ていたような気がする。そんなダイクンの思想が、実は科学的には虚構にすぎないと知ったときの失望と怒りは、どれほどのものだったのか。そして、それでもまだダイクンと同じニュータイプになりたいと考えてしまう感情は、どこからくるのか。

ラルがヤザンナの問いになんと答えるべきか考えあぐねているうちに、隣に座る少女は静かに寝息を立て始めた。

ラルはさらに考える。あくまで建前であるが、今のジオン公国が、ジオン・ダイクンの思想をもとにしてなりたっているのは、国名をみるまでもなく明らかだ。もし、本当にニュータイプなどというものが実在し、しかもザビ家の人間がそのニュータイプではないことが明らかになったとしたら、果たして国民はザビ家を支持するだろうか?




[12088] ジオンの姫 その11 ガンタンク(1)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2011/04/17 12:32


宇宙世紀0078、地球の北半球では冬の便りが聞こえる頃、地球から最も遠い宇宙植民地ジオン公国では、軍編成の改革が行われていた。

スペースコロニーを母なる大地とするジオン公国軍の主力はいうまでも宇宙軍であり、連邦と比較して国力が三十分の一といわれるジオン公国の命運は、宇宙軍をいかに効率良く運用できるかにかかっている。この目的ため、ギレン・ザビ総帥は、宇宙軍を「宇宙攻撃軍」と「突撃機動軍」のふたつに分割したのだ。

軍の中で最大規模を占める「宇宙攻撃軍」は、宇宙空間における艦隊決戦に特化した戦力であり、ドズル・ザビ中将指揮の下、宇宙をジオンの庭として支配するための主力となる艦隊である。連邦宇宙軍の主力艦隊と正面から戦うことを想定された戦力であり、ジオンの主力艦艇のほとんどと、それに見合うだけの数のモビルスーツがバランス良く配備されている。

「突撃機動軍」は、キシリア・ザビ少将麾下の教導機動大隊を基盤として編成しなおした軍である。総戦力こそ宇宙攻撃軍よりも小さいものの、モビルスーツの機動力を最大限いかすことを優先して編成されている。攻撃軍の支援や拠点の占領などを目的としており、地球上の軍にたとえれば、機動艦隊と海兵隊の役割を併せ持つといったところであろうか。

実のところ、このジオン軍の新しい編成は、ジオン国内でもそれほど積極的に評価されているわけではない。新兵器モビルスーツの運用方法について、最後までドズルとキシリアの意見の一致がみられることなかったための、妥協の産物に過ぎないという見方が、ジオン国軍の中では支配的である。とはいっても、どちらが正しいのか自信を持って判断できる人間はジオンに一人も居なかったため、とりあえず臨機応変にいろいろ試してみようということで、軍の中にも政府の中にも表だって反対するものはいなかった。



ヤザンナは今、月の裏側に作られた都市、グラナダ市にいる。

赤十字だかなんだか本人もよくわかっていないのだが、とにかく民間の国際会議のジオン代表団の顧問として同行をもとめられたのだ。一緒の予定だったゼナさんが体調不良とかで、ザビ家からは私一人になってしまったが、特にすることもなくぼーっと座っていたらいつの間にか終わっていた。一応グラナダは生まれ故郷なので、ゆっくり観光でもしたいのだけど、最近はグラナダも治安がよろしくないらしいし、さらにここのところよくわからない公務ばかりで学校へもまともにいっていないので、これから代表団とは別れてジオンに帰るところだ。

地元警察のパトカーに先導され、ヤザンナとラルの車が郊外の宇宙港に向かっているちょうど頃、宇宙港そばの連邦軍駐留基地のまわりでは騒ぎが起こっていた。

はじめは、いつものとおり、過激なスペースノイド至上主義者や、職がないのを連邦のせいだと思い込んでいる失業者、暇を持て余した学生、あるいは金で雇われた活動家達が、だらだらと連邦軍基地の周りを取り囲み、のんびりとシュプレヒコールをあげていただけだった。それをいつものとおりニュース専門局のTVカメラが撮影し、いつものとおり地元警察が遠巻きに見守る。物騒ではあるが、この時代の宇宙植民地ではよくある風景。攻める側にとっても、守る側にとっても、そして見守るだけ大部分の一般市民にとっても、毎日の生活に組み込まれた単なる日常風景。

しかし、日常は唐突に崩れ去る。デモに参加していた一人の若者が、基地のゲートで睨みを聞かせる連邦軍兵士に向け、隠し持っていたかえんびんをいきなり投げ込んだのだ。それが兵士の足下に命中してから、一気に情勢が悪化した。

いったいどんな薬品が混ぜられていたのか、激しく燃え上がる火炎につつまれた兵士は、のたうち回りながら自動小銃を乱射。それが群衆の何人かに命中し、あたりを悲鳴と怒号が埋め尽くす。あっという間に統制は失われ、しょせん素人のデモ参加者はみなどうしてよいのかわらず、右往左往をはじめる。その間隙を埋めるかのように、いつのまにか、どこからともなく大量の、そしてあきらかに組織化された暴徒が集まり、力ずくで基地への突入をはかる。

連邦軍は当然それを力づくで制止にかかる。地元警察は、間に入ることもできない。さらに、TV中継をみた一般市民が、基地周辺にすこしづつ集まり始める。もともとグラナダには反連邦の雰囲気が強い。これまで大規模な争乱がおきなかったのは、単にきっかけがなかったからかもしれない。争乱は、さざ波のように市街地全域にひろがっていく。



ヤザンナとラルの乗った車は、連邦軍基地と宇宙港の中間で渋滞のため足止めされてしまった。先導していた地元警察によると、すでに港も封鎖されているらしい。

「港には連邦のパトロール艦隊が駐留していますからな。あちらもデモの標的になっているのでしょう」

ラルはSP達とともに状況を分析する。

もともとサイド3にほど近い位置にあるグラナダ市は、政治的にも経済的にもジオンとは切ってもきれない関係にある。お互いに電力の融通もおこなっており、グラナダからジオンへの資材運搬用のマスドライバーも設置されている。市民感情も親ジオンだといってもいい。

だからこそ、ジオンと対立を深める連邦がグラナダから手を引くはずがない。必然的に、グラナダにおける反連邦運動は日に日に過激さを増しており、それは開戦の日まで続くだろう。とうぜん裏では、キシリア殿あたりがいろいろと手を回しているのであろうし。

……しかし、なぜ今日なのだ? 偶然なのか? 暴徒を完全に制御するなぞ、キシリア殿でも難しかろうが。しかし、……本当に偶然か?

遠くで銃声が聞こえる。住宅から、オフィス街から、人々が続々と外に出てくる。我々は孤立している。ここは基地と港の間であり、警察の増援は期待できない。このあたりにたむろしている群衆はまだ平静をたもっているが、争乱に発展するのは時間の問題だろう。

ふいに基地の方向で爆発音。連邦軍が反撃を始めたのか? どうやって逃げる?

ラルは、自分のゲリラ屋の血が騒いでいるのを感じた。非武装の市民を相手にするのは気が進まないが、我らが姫を守るのなら、軍人として本望とも言えよう。

「なあに心配はいりませんよ、ヤザンナ様。すぐに帰れます」

隣に座る少女を安心させようと手を握ると、少女はこちらを見上げ、にっこりと微笑んだ。

「ドキドキするわ」



グラナダ市当局は、パニック状態となっていた。

「連邦軍基地の司令官に伝えろ! 市民を撃つのは絶対に許さんとな」

市長の叫びに対して、助役がうわずった声でメモを読む。

「たったいま、連邦軍の司令官が公式にコメントを発しました。市当局が早急に事態を収拾しないのであれば、自衛のため軍事行動も辞さない……だそうです」

くそ。基地に突入した群衆を排除するため、連邦軍は限定的とはいえ実弾で発砲を始めており、双方に相当数の死傷者がでている。さらにTV中継をみた市民が続々基地周辺にあつまっており、本格的な戦闘に発展するのは時間の問題だろう。港では駐留艦隊が臨戦態勢に入ったらしい。

「ジオンのキシリア・ザビ殿が、必要なら軍を出すと言ってきています。事態をおさめるためには、ジオン軍に介入してもらうのもやむを得ないのでは?」

助役が市長に助言する。そういえばこの助役はキシリアから推薦された男だったな、と思い出しながら、市長は答える。

「バカ言うな。ジオンの連中が軍をだして、連邦軍がだまっているわけがなかろう。このグラナダで、戦争を始められてたまるか」

「しかし、ヤザンナ・ザビ様が危険地帯に孤立しています」

くう。市長はうめく。

基地の周りにあつまった群衆が連邦軍に力づくで制圧されるのは、もう止められまい。過激派の暴走が招いた悲劇、ということで終わらせられれば御の字だ。だが、あの小娘になにかあったら、ジオン代表部の連中がだまっているはずがないのだ。連中は本当に市街地で戦争を始めかねない。だからといって、市当局には使える戦力はない。どうする? どうすれば、市民の犠牲を最小限に納められる? その瞬間、市長に天啓がひらめいた。

「そうだ、ザビ家の娘は連邦軍に救援に向かわせろ。うまくいけば、連邦とジオンの友好にもつながる」

「……おそらく市民が犠牲になりますが?」

「無秩序な虐殺や、戦争を始められるよりはましだ!」



争乱はさらに広がり、ついにヤザンナ達を先導していたパトカーが群衆に囲まれた。警官が引きづり出されて袋だたきになる。すでに群衆は自らの当初の目的など忘れてしまい、普段から自分たちを抑圧しているもの全てに対して鬱憤を晴らしているだけだ。

生命の危機を感じた警官が発砲。周りの群衆がみるみる暴徒と化し、そこらじゅうの車をひっくり返し始める。SPが車を降り、ヤザンナの車を囲む。

まずいな。ジオン代表部かジオニック社に逃げ込むのが最良か。いざとなったら連邦軍基地にかくまってもらう手もある。しかし、距離を考えると、どれも難しい。

ラルは拳銃だけではなく、どこから出したのが自動小銃を手にとった。

反連邦の活動家ならば、ヤザンナ様と知れば危害を加えることはないだろうが、相手はただの暴徒だ。見境がない。できるだけ目立たぬよう、群衆に紛れてやり過ごすしかないか。

そんなラルの思惑を無視するかのように、SPの一人が声をあげる。

「連邦の駐留部隊が助けに来てくれるそうです」

同時に、キャタピラの音が大地を揺らす。車が潰される音が響く。人々の絶叫がこだまする。暴徒の憎しみの対象が、モビルスーツの形をとって近づいてくる。ガンタンクが3台、機銃を掃射しながらこちらに向かってきたのだ。



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2009.10.12 初出
2011.04.17 あらためて読み直してみるとおかしな日本語があったので、数カ所なおしました




[12088] ジオンの姫 その12 ガンタンク(2)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2011/04/17 12:36


ジオン軍駐留部隊の司令官は苦悩していた。

駐留部隊といっても、正式な軍ではない。建前としては、グラナダ市はいまだ連邦を構成しているいち自治体であり、ジオンは正式に独立した国家ではない。したがって、ジオン代表部の敷地内に、あくまで非公式に軍が駐留しているだけなのだ。

だが、彼がもつ戦力は、そうバカにしたものでもない。代表部には数機のザクすらも持ち込まれており、市郊外にあるジオニック社の工場にあるのも合わせれば、駐留している連邦軍とくらべてもそれほど遜色はないだろう。

ヤザンナ様を救うため、軍をだすか? しかし、連邦軍と戦闘になる可能性が高い。グラナダ市長からは、絶対に動かないようにとの悲鳴にも似た連絡が何度も来た。彼の上官であるキシリア・ザビにいくら問いかけても、現状維持の命令しか帰ってこない。彼には、彼自身の責任で連邦との戦争を引き起こす度胸は無かった。



「ギレン、なんとしてでもヤザンナを助けてくれんか」

この国の名目上の君主が、独裁者に向かって哀願する。ズム・シティの一角、表向きはみな沈痛な面持ちで、ザビ家の一族が集合していた。

「軍をだせば連邦と戦争になります。今の段階でそれはまずい」

ギレンは、孫の安否を心配する祖父の目をまっすぐに見返して答える。

「見捨てろと言うのか!」

「そうはいいません。しかし、我らが軍を動かすことを、連邦は絶対に見逃しません。かならずや排除にかかるでしょう。ジオンはグラナダへの影響力を失うだけでなく、艦隊が介入して全面戦争に移行する可能性すらあります。われわれはまだ準備ができていない。ヤザンナひとりのせいで、全軍を危険にさらすことはできません」

「それはわかるが、しかし……」

「父上、考え方次第です」

キシリアが横から口をはさむ。

「この事態は市当局と連邦の責任です。もしヤザンナになにかあったら、彼らの責任を問うことができます。それを利用して、開戦後のグラナダ制圧はスムーズにすすむで……」

キシリアは最後まで口に出来なかった。よこからドズルが平手打ちをはなったのだ。

「ふざけるな! 肉親を道具としてつかうのか!」

普段のドズルなら、これほど興奮しなかっただろう。付き合いの長いキシリアに偽悪趣味があることは、彼もよく理解してる。だが、彼にとってヤザンナは特別なのだ。その姪っ子の危機に狼狽している今のドズルには、キシリアの偽悪趣味につきあう余裕はなかった。



一方、そのヤザンナ自身は、それほど追い詰められている実感はなかった。

さてどうしたものかしら。彼らは私の正体を知って取り囲んでいるわけではないわね。ならば、……逃げましょう。群衆に紛れてしまえばいいのよ。

それはラルも同意するところであった。迫ってくる連邦軍のガンタンクの救援を待つ手もあるが、あんな目立つものにのったら、かえって危険が増す可能性が大きい。

ガンタンクに追われた暴徒が、拳銃を発砲している。ビルを工事していた大型重機が乗っ取られ、体当たりして道をふさぐ。肩の大砲と腕のバルカン砲が、邪魔者の排除ため発射準備に入る。

早く車を捨てましょう。大丈夫、まわりは所詮一般人。たいした武器はもっていないわ。私が目的でないのなら、せいぜい袋だたきくらいで、殺されることはないでしょう。それに、ラル大尉がまもってくれるんでしょ。

いい? SPのみなさんも一緒に、四方に散って群衆のなかに駆け込むわよ。



駆けだした瞬間、ヤザンナはみた。

ガンタンク3台は、ヤザンナの乗っていた車に向けてまっすぐに近づいてくる。その巨体が、何台もの車を押しつぶす。逃げ遅れた群衆も、そのままかまわずキャタピラで押しつぶす。周りのビルに向けて、機銃を撃ちまくる。ヤザンナを救うためという大義名分を与えられた彼らは、暴徒を力づくで排除することに躊躇しなかった。

なんという大バカ野郎!

ヤザンナは、ラルの手をふりほどいて踏みとどまり、大声で叫ぶ。

「いいかげんにしなさい!!」

ヤザンナはガンタンクに向かって全速力で走り、道路の真ん中に躍り出る。脚を撃たれて動けない若い女性の前、両手を広げてタンクの前に仁王立ちだ。

ガンタンクのパイロットは、それがヤザンナだとは気づかない。ラルが体ごと飛びつき、ぎりぎりのところでキャタピラを避ける。



このヤザンナの無鉄砲な行動は、たまたま近くにいたTV局のクルーにより中継されていたのだが、もちろん本人は知るよしもない。さらに、直後にガンタンクが進路上のトラックを排除するため肩のキャノン砲を発射したため、それが至近距離にいた彼らによる最後の中継となった。

連邦の支配に対抗し暴徒化した市民。暴力装置と化した連邦軍の巨大なタンク。その前に無防備に身を晒し、市民を庇う少女。直後にタンクの大砲が火を噴き、そして途切れる中継。……その映像は、単なる特ダネをねらっていたTV局の思惑を遙かに超えるものとなった。見る者すべてに、激しい衝撃を与えたのだ。



大量の黒煙により周囲の視界がきかなくなり停止したガンタンク部隊をみて、ヤザンナは心を決める。

「ラル大尉。やめさせなきゃ。アレを乗っ取るわよ」

「ダメです。無茶です。危険です。そもそもアレの操縦は二人必要です」

「二人いるじゃない」

た、たしかにこの少女なら、ザクを完璧に操縦して見せたヤザンナ様なら、あの不細工なモビルスーツの操縦くらいできるのだろう。しかし、こどもに殺し合いをさせるわけには……。

「つべこべ言わずにやるのよ。あなた、あの虐殺をみてなんとも思わないの? それでも男?」

躊躇するラルにかまわず、ヤザンナは走り出す。はやくしないと、煙がはれて視界が開けてしまう。

仕方が無くラルも走る。途中からヤザンナを抱き上げる。先頭のガンタンクに取り付き、ハッチのロックを外部から強制排除。一方的な暴徒鎮圧の任務しか想定しなかったパイロット達は、ラルによってあっというまに武装解除され、機外に放り出される。

ラルがパイロットのシートに着いたことを確認すると、ガンナーとなったヤザンナが命令をくだす。

「ラル大尉、Uターンよ」

ヤザンナのものとなったガンダンクは、その場でUターンを行い、真後ろを向く。後続のガンタンクは、何がおこったのか理解できないまま、キャノンの一撃でキャタピラを破壊されて停止。

「ラル大尉、飛んで!」

なぜこの少女は連邦のモビルスーツの能力を知っているのだろう、と頭の隅で考えながらも、ラルはヤザンナの指示に従い、機体下部のスラスター全開。地球の六分の一しかない重力の中、巨大なタンクがジャンプする。最後尾のまだ無事なガンタンクは、とつぜん振り向き味方にむけて攻撃を始めた遊軍機が、いきなり上方に出現して驚いている。

こちらに砲をむけるのが遅い! ヤザンナは全く躊躇せず、引き金を引く。

「戦場ではびびったら負けなのよ」

ヤザンナの両肩のキャノンが同時に発射され、一撃で両肩から腕にかけてを吹き飛ばす。



一息ついたと思う間もなく、ヤザンナの上からモビルスーツが降ってきた。

「ザク……」

ジオン代表部に駐屯していたザクは、市を覆うドームの天井ぎりぎりをジャンプしてきたのだ。ジオンの駐留部隊の司令官の独断である。彼はTVに映った少女がヤザンナだと即座に理解した。そして、決断したのだ。事態がどちらに転がっても後始末は俺の仕事だ。ならば、敵モビルスーツの前に単身その身をさらした我らが姫君を救わずに、なにがジオン国軍人か。

「ヤザンナさま、友軍です」

しかし、ザクのパイロットは、ガンタンクに乗っているのが誰かは知らない。彼の目の前にいるのは、我らが姫君をさらおうとする、憎き連邦軍のモビルスーツでしかない。

ザクは、ガンタンクの前に立ちはだかり、マシンガンをむける。

「うつな! ヤザンナ様がのっているのだぞ!」

ラルが叫ぶが、聞こえるはずもない。

「ラル大尉、前進全速よ」

ヤザンナが叫ぶ。至近距離でかまえていたザクはマシンガンを撃つが、まさか敵が前にでてくるとはおもわず、もろに体当たりをくらってしまう。マシンガンの弾が数発当たった程度では、ガンタンクの装甲は破れない。

ヤザンナは、転がっているザクに腕のバルカン砲を向ける。ザクは素早く姿勢をかえ、横に飛ぶ。

「さすがザク。すばやい。この出来損ないとはちがうわ。ラル大尉、右をむいて」

ザクは、ヒートホークに持ちかえる。ジャンプして、ガンタンクの側面から頭に向けて振り下ろす。ガンタンクも同時に旋回、もっともリーチの長い武器である主砲を上にむけてふりまわし、ザクの脚をなぎ払う。こけたところを、至近距離からガトリング砲で一連射。あっという間にザクの機体はぼろぼろになる。もちろんエンジンとコックピットは狙わない。

ふう。頑丈なのはいいけど、こんなオンボロで戦うってのは、耐えられないわね。

パイロット席のラルは頭をかかえていた。こんな少女が、こんな旧式の機体で、あっというまに連邦軍だけではなく、ザクを合わせて3機撃墜だと。ザクの後継機の開発や、連邦のモビルスーツ開発にすら大きな影響を与えかねん。ギレン閣下にどう報告すればいいのか。……とにかくは、この場から逃げ出すことだ。




多数の死傷者をだした暴動に関する責任問題は、解決するまで長い時間を必要とするだろう。しかし、ヤザンナ救出に関わるモビルスーツの遭遇戦については、双方の責任者の処分と市長の仲介により、異例の速さで手打ちが行われた。もっとも、両軍の休戦はほんの数ヶ月しか続かないのだが。

なお、この後、ジオンの姫君が体を張って連邦軍のモビルスーツの前に立ちはだかる映像は、地球圏全体でくりかえし放映されることになる。



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2009.10.13 初出
2011.04.17 読み直してみるとおかしな日本語があったので、数カ所なおしました






[12088] ジオンの姫 その13 戦争目的
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/10/25 02:04
宇宙世紀0078も残り数ヶ月という頃、ギレン・ザビ総帥の命により、ジオン国内に国民総動員令が発令された。これは、ジオンは国家として戦争をすると決意したぞ、と国内外に宣言したのも同然の行為だと言える。これに対して、地球連邦政府は麾下の宇宙戦艦を月軌道上にずらりとならべ観艦式を強行、受けて立つ姿勢を表明。この後、地球圏は全面戦争にむけての滑り坂を転がり落ちていくことになる。



首都ズムシティの某所、この国を実質的に支配する男と、名目上の君主、そして傀儡の行政府の長が、一堂に会していた。もちろん3人が偶然に出会ったはずもなく、ダルシア・バハロ首相がデギン・ザビ公王を仲介としてギレン・ザビ総帥に面会を求めたのである。

「ん? ガルマも同席するのですか? 父上」

「これにもそろそろ政治の話を聞かせようと思ってな。非公式な場であるし、かまわないであろう?」

「私はかまいませんが。さて、なんのお話ですかな? ダルシア首相」

ギレンが予想していたとおり、ダルシア首相の話題は来るべき戦争についての件であった。

「……戦争全体の基本的な戦略と緒戦の戦術については、すでに国家戦略会議で決定済みのはずだが」

独裁者の権力を持ちながらも、それなりの手順を踏んで国家運営を行ってきたとの自負があるギレンにとって、この話題は腹立たしいものであった。形式的とは言え、それを決定した場には、首相も公王も居たのである。

「事情が変わったのです。閣下」

そのような自負をもつこと自体が独裁者の傲慢さのあらわれなのだが、と思いつつも、ダルシアはあくまでも慇懃に応じる。

「ほう? 父上も承知なのですね。話してもらおうか」

自分が知らないことをこの二人が知っているというのか? おもしろい。

「原因は、ヤザンナ様です」

ダルシアの切り出した話は、彼の意図した通り、ギレンの意表をついた。

「どういうことだ?」

「おそらく、身ひとつで連邦のモビルスーツの前に立ちはだかった例の映像のせいでしょう。特にスペースノイドの間で、反連邦の機運が熱狂的に高まっております。各サイド政府もこの動きは無視できません」

ダルシアはまったく表情を変えずにはなしを続けるが、その程度の情報は既にギレンの耳にもはいっている。

「簡潔に話してくれないか」

「サイド1ザーンとサイド4ムーア両政府から、ジオン政府外交部あてに秘密裏に接触がありました。連邦とジオンが開戦に至った場合、両サイドとも無防備宣言を行うとのことです」

ギレンは再び意表を突かれた。彼が知らなかったということは、正式な外交ルートを通じての接触ではない。おそらく、デギン公王かダルシア首相のいずれかが、独自のルートで各サイド政府と接触をしていたのだ。



圧倒的な国力差のある地球連邦との独立戦争に挑むジオン公国の基本的な戦略は、電撃的な奇襲による緒戦の圧勝と早期講和、これにつきる。このためには、開戦直後の宇宙空間の制宙権の確保が絶対条件であり、これはすなわち、地球連邦軍の宇宙戦力に与する可能性のある勢力は早期に排除する必要があるということだ。

月の裏側のグラナダ市に関しては、開戦直後に制圧しジオンの勢力下におく準備ができている。サイド6リーアも早くから親ジオンであり、開戦後は中立を宣言することで話がついている。また、月の表のフォンブラウン市はその巨大な経済力と政治力により両勢力とも手をだしずらい。

一方、サイド2ハッテ、サイド5ルウムに関しては、もともと連邦を支持する姿勢を明らかにしており、開戦直後に全面攻撃することが決定している。特にハッテは、降服する間すら与えずに徹底的に攻撃せねばならない。

そして、サイド1ザーンとサイド4ムーアだ。これらはいまだ旗色が鮮明ではないものの、連邦艦隊の拠点となる可能性を排除するため、ハッテ、ルウムと同様に開戦直後に全面攻撃をするはずだったのだが。



「信用できないな。それに、いまさら無防備宣言なぞしても、連邦軍が駐留をやめる保障はない」

当初のプランを変更するつもりのないギレンに対して、ダルシアは外堀を埋めにかかる。

「彼らが恐れているのはジオン軍だけではないのです。このまま反連邦感情が極限まで高まれば、市民自らが駐留連邦軍に対して実力行使を行いかねません。政変の可能性もあります。ジオンと連邦の戦争の気勢によっては、連邦からジオン勢力と見なされ、連邦軍から攻撃されることすら否定できないのです。両政府とも、宣言にともない、軍用艦艇が駐留可能な港施設について破壊してもかまわないとさえ言っています」

「彼らの都合などどうでもいいのだ。あの空域に、旗色が鮮明ではない勢力が存在することは、ジオンにとってデメリットの方が大きいと思うが」

「いささか人道に反する行為になりますが、ソロモン空域の盾として利用することもできましょう」

ギレンはいらだっていた。ダルシアの言うとおり、彼らの無防備宣言は理にかなっており、もしそれが本当に実行されるのなら、連邦軍も無視はできないだろう。そして、ジオンに対してもメリットの無い話ではない。しかし、仮にジオンが敗色が濃くなったら、それでも無防備を貫くことができるのか? いや、それ以前に、この男はこの戦争の本当の意味がわかっていないのか? 開戦直後しかチャンスがないということに。

「……ダルシア首相、戦後のことまで考えたまえ。勝つにしろ負けるにしろ、宇宙におけるエネルギーや資源を独占するスペースノイドは、我々以外に少ない方がよいと思わないかね」

ダルシアは一瞬目を閉じて呼吸を整える。彼のこれから言葉は、彼自身の政治生命や、あるいは命までを脅かすことになるかもしれない。

「閣下、この戦争の目的は、ジオン公国の独立だったはずです」

「ほう、いまさら私に説教をするつもりかね?」

「いいえ、閣下。ひとつの可能性を考えていただきたいのです。フォンブラウンやサイド6だけでなく、サイド1、4が無事なまま連邦軍に与しないということは、地球連邦という超国家組織そのものの崩壊を誘発する可能性があるのです」

三度、ギレンは意表を突かれた。

「なにが言いたいのだ?」

「ブリティッシュ作戦が完璧に成功すればなにも問題はありません。また、作戦が完全に失敗すればそれはすなわちジオンの負けです。しかし、仮に地球全域に大被害を与えながらもジャブローを破壊できなかった場合、我々は連邦相手に泥沼の長期戦を強いられる可能性があります」

ブリティッシュ作戦、ハッテのコロニーを質量兵器として地球に落下させる作戦は、開戦直後の奇襲作戦の切り札である。しかし、何度も演習を重ねているものの、いまだ予想成功率100%に達してはいない。シミュレーションにより、失敗のうちもっとも可能性が大きいとされているシナリオは、コロニーは大気圏に落下するものの連邦軍本部ジャブローは破壊できないというものだ。

「常識的に考えて、長期戦は我々に不利です。しかし、コロニー落下に伴う人口の激減の結果、その時点で生存している人類の半数近くが連邦に従ってはいない事になれば、連邦内部で連邦の存在意義自体が問われる事になるでしょう」

「サイド1、4を生かしておくことで、地球上の国家の中からも、連邦を離脱するものが現れるというのかね?」

「おそらく」

ここまで言うからには、すでに外交的な工作が行われ、なんらかの成果が得られているのだろう。たしかに、連邦軍はともかく、地球連邦政府は決して一枚岩ではない。旧世紀からの列強国主導による政治運営や強大な連邦軍の独走に憤っている国家も少なくはない。生き残った人類の半数が連邦に従ってはいない状況になったとき、自分たちも同様にと考えてもおかしくはない。しかし。

「敵の内輪もめを誘うのは結構だが、戦争の相手はひとつにまとまっていてくれ方が、戦略が立てやすいと思うのだがな」

やはりこの男は地球圏を支配したいのだ。いや、自分が支配することによってのみ、人類は存続可能だと考えているのだろう。そして、それは正しいのかもしれない。しかし、それは地球を捨て、宇宙に憧れ、宇宙国家の政治家を志したダルシアの正義とはことなる。

「閣下、仮に地球降下作戦が発動される事態になっても、しばらく持ちこたえれば連邦は内輪もめを始めます。そうなれば、我々は独立したも同然です。分裂した地球の事など放っておいて、外惑星系の開発に乗り出すことができるのです」

「……それは、君ひとりの考えかね?」

ダルシアの背中に冷たいものが走る。ギレンがキシリアを意識しているのは明かであるが、この件についてはキシリアによる後ろ盾は全くない。おそらくキシリアは、ギレンとは方法こそ異なるが、同様に地球圏の支配権を欲していると、ダルシアは確信している。デギンが横からとりなす。

「ギレン、わしが内閣に工作を指示したのだ。キシリアは関係ない。ヤザンナのおかげで状況が変わったのだから、それを利用しようというだけだ。サイド1、4を切り捨てるのは、ブリティッシュ作戦が成功してからでもかまわないではないか」

ギレンは緊張の面持ちのまま無言で会談を見守るガルマの顔をちらりとみる。もしガルマがこの場に居なければ、自分はダルシアに対して激高せず、紳士的な態度を貫けただろうか。ダルシア首相の首が繋がったのはガルマのおかげ……いや、ガルマを連れてきた父上のおかげか。

「わかりました、父上。両サイドへの全面攻撃は控えましょう。……それからダルシア首相、君は有能な政治家であり、君の理想はすばらしいと思うが、次回からは行動する前に私に相談してくれないか。いいな?」

ダルシアの心臓は一瞬止まりかけたが、この程度で済んだのは彼にとって僥倖だ。なんとか戦争まで生きてはいられそうだ。



一方、ヤザンナは、ドズルと共に、ジオニック社の工場で無邪気にはしゃいでいた。

「どうだ、ヤザンナ。これが俺専用のザクだ。MS-06Fのドズル・ザビ専用カスタム機だ!」

ど派手なカラーリングと、当社比3倍増のトゲトゲはどうかと思うけど、確かにかっこいい。

「そしてこれがおまえ専用機だ。軍に納入されることはない、あくまで社内テスト機としての位置づけだが、コックピットのサイズを合わせ、さらにテスト的に脱出機構をそなえたカスタム機だ!」

ヤザンナは声も出ない。ついに本物のモビルスーツに乗れる日が来たのだ。





[12088] ジオンの姫 その14 MS-06FザクⅡ
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/10/31 15:28
ジオン公国某コロニー ジオニック社工場

自分専用のザクを目の前にして喜色満面のドズル叔父様とは対照的に、ランバ・ラル大尉は不機嫌だ。

「どうした? ランバ・ラル大尉。シケた顔をして。俺がザクに乗るのが不満か?」

ドズルがラルの肩をバシバシたたきながら、大声で問いかける。

「……不満ですな。あなたはこのザクに乗って何をする気なのです?」

「そりゃあもちろん、指揮官自らが最前線に躍り出て、連邦軍をギッタギタに……」

ランバ・ラルがギロリと睨む。ドズルすら萎縮させるその鋭い視線は、国軍となる以前の自治政府防衛隊の時代から、ゲリラ戦や対テロ作戦などの汚れ仕事に徹してきた経験により培われたものだ。

「艦隊司令官であるあなたがザクに乗って最前線にでるだけで、いったいどれだけの兵士が迷惑を被るかわかっていないのですか? つまらない人気取りなどやめて、独裁者は独裁者らしく、戦争に勝つためのリアリズムに徹して欲しいものですな」

もともとラルは、かつての政敵であるザビ家の人間に対してあまり遠慮せずにものを言えるジオンでは希有な軍人ではあったのだが、ヤザンナの護衛についてからその傾向はますます強くなった。もちろんドズルも、本気で自らザクに乗り連邦軍の宇宙戦艦に殴りかかろうと思っているわけではなく、あくまで儀典用のザクで兵士の士気高揚に役立てようと考えただけなのだが、たしかに人気取りをまったく考えなかったかと言われるとウソになるため、わずかに自己嫌悪におちいってしまう。ついでにガルマ専用ザクも作らせたことは、ラルには内緒にしておこう。

「……ま、まぁ、そう堅いことをいうな、ランバ・ラル大尉。今日は俺とヤザンナのザクの試乗が目的だ。もちろんおまえにも付き合ってもらう。しっかりエスコートを頼むぞ」

すでに特注のノーマルスーツに着替え、ザクのコックピットの中でそわそわしているヤザンナを見上げながら、ドズルがラルをなだめる。


教導大隊のシミュレーターでぶっちぎりのスコアをたたき出しただけではなく、現役のトップパイロットを軽くひねり、さらにグラナダにおいては連邦軍の旧式モビルスーツを乗っ取ったあげくにザクを含む3機をあっという間に撃墜してしまったヤザンナは、今やジオンのモビルスーツパイロットや開発者達にとって生きる伝説となりつつあった。ヤザンナの披露した操縦技術や戦闘機動のバリエーションは、いまだモビルスーツによる実戦を経験したことない人々にとっては衝撃的なものであり、彼らがさらに多くのものを見たいと望むのは無理のない事である。もしヤザンナがザビ家の人間でなければ、軍の関係者、特にキシリア麾下の突撃機動軍は、非人道的な手段をつかってでも彼女をモルモットとしてモビルスーツにのせただろう。ギレンがヤザンナにザクへの搭乗を許したのは、彼女自らがそれを望んだこともあるが、キシリアに恩を売る思惑もあったと思われる。

最後までヤザンナが軍と関わるのに反対したデギン公王が出した条件は、「絶対にパイロットが安全な機体」であった。これに対してジオニック社のエンジニア達は、ザクに脱出装置を実装することで答えた。地球上の戦闘機に搭載された高度0速度0の状態からでもパイロットを守る射出座席システムを模したそれは、緊急時には機体正面のハッチを吹き飛ばし、座席ごとパイロットを機外に射出する仕組みとなっている。宇宙空間における生命維持はノーマルスーツの機能に依存し、また対衝突や対衝撃、あるいは地球上での地面への落下に関しては座席の周りに巨大なエアバックを展開することで対応するこのシステムは、後の時代に開発される脱出ポットとは異なり、おせじにも万全の性能とはいえないが、それでも全く何も無いよりははるかにマシであることはあきらかであった。以後のザクに標準装備されたこの脱出システムは、おおくのジオン軍パイロットの命を救うことになる。



コロニーのハッチから、ドズル、ヤザンナ、ラルの3機のザクが宇宙に踊り出す。早い段階からモビルスーツ開発計画に関わってきたラルの愛機は、通称1日ザクこと、MS-05ザクⅠである。濃い青で塗装された機体は、実にラル大尉らしく渋くてかっこいい。ヤザンナの機体はまだ標準の濃い緑色であるが、ジオニック社からは好きな色を指定してよいと言われおり、これはこの後しばらく彼女の頭を悩ます問題となる。

3機は滑るようにテスト空域に侵入し、戦闘態勢に突入する。

「ふたりとも、いい? 私についてくるのよ」

ヤザンナの機体が加速し、マゼラン級戦艦そっくりの張りぼて標的艦隊にせまる。レーダーを意図的に殺したとたん、猛烈な対空砲火の火線が3機のザクを追うように空間を切り裂く。もちろん実弾を撃っているわけではなく、モニタの中だけで合成されて描かれた火線だ。こちらにむけて回頭中のマゼランに接近する前に、対空砲火に焦ったドズルの機体がはりぼてデブリを避けきれず激突し、はやくも脱落。しかし、ヤザンナとラルの機体はドズルを無視してさらにすすむ。未来位置を予測されないよう全ての方向にランダム加速を行いながら、マゼランの対空砲火の死角を正確に突進し、それぞれがエンジンに仮想の弾をぶち込んで一撃で2隻撃沈。

「やるじゃない、ラル大尉」

「ヤザンナ様についていっただけです」

「じゃ、次行くわよ」

二人のザクは、次々とマゼラン級を撃沈していく。ついていけないドズルは、早々にあきらめ、遠方から二人のザクの光が描く軌跡を眺めていた。「俺は指揮官だ、ザクの操縦が下手くそだからといって悔しくは無いぞぉ」と口の中で繰り返していたのは、自分だけの秘密だ。

二人のザクをモニタしているのはドズルだけではない。ジオニック社や軍の人間、おそらくジオン全土のモビルスーツに関わる全ての人間が固唾をのんで見守りつつ、ヤザンナの一挙一動を記録している。得られたデータは徹底的に解析され、すべてのザクのコンピュータにデータとして搭載されると共に、パイロット達に叩き込まれるだろう。もっとも、ヤザンナと同じ機動を実際に実行できるパイロットは、そう多くはないだろうが。


様々なパターンでマゼランを撃沈しつづけ、その数が10を超えた頃、ヤザンナのつぶやきが無線を通じてラルの耳に入る。

「張りぼてばかりで、飽きちゃったぁ」

テスト空域には実際にミノフスキー粒子が散布されているわけではないため、声は明瞭だ。ヤザンナは、後ろから追うラルの目の前で、わざとザクの機体を左右に揺すり始める。

我らが姫様は、あの歳で男を誘うことを知っておるのか……などと下品な感想を抱きつつ、ラルはヤザンナの挑発に乗ることにした。ギャラリー達もそれを望んでいるだろうし、ラルにとってももともと想定内である。

「……いいでしょう。お相手します」

「そうこなくちゃ!」

二人のザクはいったん離れ、ふたたび正面から近づく。高速ですれ違った瞬間から戦闘は始まる。



「はやい!」

まったく減速すること無しに、密集したデブリの間を高速ですり抜け迫ってくるヤザンナに対し、ラルは回避するだけで精一杯である。レーダーを使わずに、どうすればあのようにとべるのだ。教導大隊のシャア・アズナブル少尉は、自分よりも操縦の腕が上だった。そのシャアが軽くひねられたヤザンナを相手に自分が勝てるとは思ってはいなかったが、これほど差があるものなのか。

なんとか身をかわした直後、その場でふり返りつつマシンガンを一連射するものの、すでにデブリの影に隠れたヤザンナの機体の位置はわからない。



ヤザンナは、ザクの全てのスラスターとAMBACを駆使して、障害物をぎりぎりのところで避けながら、ラルをからかうかのように周りを旋回、隙をみてはマシンガンを浴びせる。間断なく体にかかるGが心地よい。

誤解されることが多いが、宇宙におけるモビルスーツのパイロットにかかるGは、大気圏内の戦闘機やF1カーよりも大きいわけではない。例えば戦闘機の場合、パイロットが失神する程の強烈なGは、加速時よりも上昇時や旋回時にかかる。エンジンの推力の方向に働くGではなく、翼の揚力で大気を押さえつけ機体の向きを無理矢理かえる際の遠心力が、巨大なGとなりパイロットを襲うのだ。F1カーの凄まじい横Gも、タイヤと地面の摩擦を利用して車体の方向を変える際の遠心力だ。

一方、宇宙を駆けるモビルスーツには、揚力も摩擦力もいっさい働かない。パイロットにかかるGはスラスターの推力によってのみうまれ、機体の重量とスラスターの推力の比率は、モビルスーツはどんなに大きくてもせいぜい数倍程度しかない。さらに地球上ではすべての物体にかかる地球の重力による重力加速度も、軌道上ではゼロだ。したがって、パイロットにかかるGは、通常の機動ではせいぜい数G程度しかかからず、しかもメインスラスターの方向のGはシートで吸収されるため、少女の体でも耐えられないことはないのだ。



突然、ラルのコックピットに警報が鳴る。仮想の弾に被弾したのだ。

直撃だと。下から? いつのまに。

「どうしたの? もう終わり?」

ヤザンナのからかうような声が無線から聞こえる。

「……いったいどこでモビルスーツの操縦をおぼえたのですか?」

ラルは一呼吸入れ、自分自身を落ち着かせるため、誰もが思う疑問を尋ねる。

「私は未来から来たの。未来の世界でパイロットだったのよ」

姿が見えないヤザンナがさらりと言った直後、今度は衝突警報が鳴り響く。いつの間にか、手を伸ばせば触れられる距離で後ろにつかれたのだ。

至近距離からマシンガンを突きつけられながらも、ラルは質問をつづける。もちろん、「未来」云々は冗談だとしか思っていない。

「では、この戦争はどうなるのか、ご存じですか?」

「ええ。緒戦は奇襲とモビルスーツの威力で圧倒するけど、すぐに物量で押し返され、最後は内輪もめで自滅ね」

ほう、実にありそうな話だ。ドズル閣下殿、聞いているか? あなたの姪っ子は、ザビ家の中で唯一聡明だ。

「ならば、どうすればよいとお考えですかな?」

「悲しいことに私はただの子どもよ。どうすることもできないわ。そもそも、戦争でどちらか勝つのが良いことなのかわからないし」

ヤザンナの正直な気持ちである。この戦争を自分の力でかえることなどできないし、するつもりもない。どんな世界であろうと、自分のやりたいように生きるだけだ。この世界に生まれた時に望んだ「平和な生活」は、すでに失われてしまった。ならば、前世同様「野獣」として生きるのも良いかと思うが、今の年齢と立場では難しい。彼女は、周囲に流されるだけの自分自身にいらだっているのだ。



ふむ。ある日突然ザビ家の一員となってしまったこの少女は、この少女なりに、自分の立場に悩んでいるのだな。ヤザンナが初めて見せた弱みだ。大人としてなんとか支えてやりたいとラルは思うものの、生粋のゲリラ屋で戦バカでしかない自分には、繊細な少女にうまい言葉をかけることなど不可能だとわかっている。

ラルは前触れ無くスラスターを全開にする。

「往生際の悪い!」

ヤザンナもすぐに追いかける。

せめて、モビルスーツが大好きな姫を、少しは楽しませてやらねばな。一矢報いることすら無理なのはわかっているが、逃げ切ってみせようか。

「戦いの中で往生際の悪い男はお嫌いかな?」

「いいえ。どうせ人は戦いをせずにいられない生き物よ。パイロットとして、命のやりとりをゲームのように楽しむのは当たり前のこと。最後までどん欲に勝ちにいくのは格好よいと思うわ」

ならば、少々ずるい手を使わせていただく。

ラルは、ヤザンナを振り切ることはできない。直後から追われたまま、巨大なデブリぎりぎりを通過する。そして通過する瞬間、ラルはザクの手を伸ばしてデブリを捕まえ、その反動を利用して機体の方向を一気に変えた。

凄まじいGがラルの体を襲う。首と背骨がきしむ。ザクの腕の関節が悲鳴をあげ、いくつも警報が同時に鳴りはじめる。

宇宙空間におけるモビルスーツのパイロットにかかるGは、通常の機動ではそれほど大きくはない。しかし、宇宙には摩擦が存在しないため、推進剤がある限り機体の速度はどこまでも上がり続ける。そして、相対速度のおおきな物体と物理的に接触したとき、その衝撃は激しいGとなって機体とパイロットを襲うのだ。ザクの性能と己の肉体の限界を知り尽くしているラルだからこそできる技だといえる。

ヤザンナは、同じ事をすれば自分の体がもたないことがわかる。だから、ラルを追うことはできない。

「ずるいわぁぁぁ」

ヤザンナの声が響く中、模擬戦は時間切れで終了となった。



この後、同様の「試乗」は数回にわたって行われた。それはジオンのパイロットにとって貴重なデータとなり、実戦におけるモビルスーツによる戦果に影響をあたえることになる。

そして、宇宙世紀0079があける。


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2009.10.25 初出

2009.10.31 日本語のおかしなところを、何カ所か修正しました






[12088] ジオンの姫 その15 質量兵器(1)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/11/07 15:53
宇宙世紀0078 12月

ジオン公国政府代表ギレン・ザビ総帥は、ついに地球連邦からの独立を正式に宣言。連邦政府に公国の承認をもとめた。これに対して連邦政府はあくまで独立を認めず、武力行使も辞さずの姿勢を表明する。

連邦政府の強硬姿勢をあらかじめ予測していたジオン公国は、各サイド政府、月の自治都市政府、さらに地球上の国家に対しても、旧大国に支配された連邦の抑圧に対する共闘をよびかけ、連邦の切り崩しをはかる。当然ながら、この段階で、圧倒的に強大な連邦を見限りジオンを積極的に支持する勢力は皆無である。しかし、非公式ながら中立の立場を表明しているフォンブラウン市やサイド6、さらにはやばやと無防備宣言をおこなったサイド1,4など、積極的ではないものの、様子見を決め込む勢力は宇宙には少なくない。これが、いずれ地球上の国家にも影響を与える可能性は、決して無視できるものではない。

だからこそ、連邦政府は絶対にジオンに譲歩できない。ジオンに譲歩することは連邦の崩壊に繋がりかねず、それはすなわち人類史上最悪の発明品ともよばれる主権国家の復活と、全地球圏を舞台にした終わりのない泥沼の民族紛争の再燃を意味するのだ。

一方のジオンも、与えられた自治権だけで妥協せず、あくまで正式な独立を求めるのには、深刻な理由があった。ジオン・ダイクンの思想、それを改悪したギレン・ザビの野望、あるいはキシリア・ザビの思惑を実現するためには、たしかに自治権だけではなく真の独立が不可欠であるのは言うまでもない。しかしそれ以上に差し迫った重要な問題は、太陽系の資源確保である。

地球圏以外の宇宙空間に存在する資源、たとえばアステロイドの小惑星や木星圏のヘリウムなどは、いったい誰の物か?

これらの資源に対して正当な権利をもつといえるのは、少なくとも建前上は人類唯一の統一政府である地球連邦だけでであろう。主権国家ではなく国内の自治権しかもたないジオンが、あらたな資源をもとめて太陽系空間を開拓しその所有権を主張しても、連邦はそれを決して認めることはない。宇宙の資源は全て人類唯一の政府である連邦のものなのだ。ジオンが国民を養うための各種資源を太陽系空間にもとめるためには、正式な独立を果たさぬかぎり、連邦との衝突は絶対に回避できない。

いつか必ず戦争になるのなら、問題はそのタイミングである。ジオン軍はザビ家が自由にできる私兵といってもよい軍隊であるが、地球連邦軍は絶対民主制の下の政府組織の例に漏れず、まったく融通のきかない組織である。巨大な縦割り官僚組織と慢性的な予算不足のため、なにをするにも膨大な時間がかかるのだ。そんな連邦軍でも、ミノフスキー粒子による戦争のあり方の変化には気づいており、モビルスーツの開発やその運用のためのキャリアの建造など、ほんのすこしづつではあるが従来からの大艦巨砲ドクトリンを見直しつつある。組織が巨大なだけに、舵をきってもなかなか変針できないが、一度方向が変わればあっという間に物量でジオンを圧倒するのは目に見えている。ミノフスキー粒子とモビルスーツを駆使した戦術によりジオン軍が優位を保てるのは、ながくて後数年間しかないだろう。ギレンがあえて今の時期に、開戦を覚悟した上で独立を宣言したのは、このような理由があったのだ。



宇宙世紀0079 1月3日

サイド2ハッテ空域、数基のコロニーが間近に見える空域を、一隻の大型宇宙船が進む。ハッテの航行管制部にはジオン系の商社所属の輸送船との届け出が出されており、それは偽りでは無い。だが、乗員は民間人ではなかった。

「旗艦より入電。予定通り作戦決行です」

「よし。ミノフスキー粒子散布開始」

「ザク射出完了」

船倉のハッチが開き、巨大なバズーカを装備した一機のザクがゆっくりと宇宙空間におどりでる。コロニー空域の外にはドズル中将率いる大艦隊が待機している。他のサイドや月の自治都市にも、我々の艦隊が向かっているはずだ。

「……3、2、1、0。たった今、ジオン公国政府から、連邦政府およびハッテ政府に宣戦布告がなされたはずです」

オペレータが告げる。

艦長は、これから自分が命じる行為の意味を正確に理解していた。はたして自分は独立の英雄になるのか、それとも史上空前の虐殺行為に荷担した戦犯になるのか。視線を正面に戻すと、ブリッジの全員が自分を見ている。考えるのは作戦を成功させてからだ。

「すべて予定通りだ。目標は連邦パトロール艦隊が駐留している第1バンチコロニー。行け」

人型の機動兵器が、輝く炎の尾を引きながら標的のコロニーに向け突進していった。



宣戦布告がなされた瞬間、デギン・ザビ公王は公王府にいた。もちろん、この歴史的瞬間にジオン公国の君主が立ち会わないなどということはもともとあり得ないのだが、全ての手はずはギレンによって事前に整えられており、デギンが私邸にいても特に支障があるわけではない。だが、彼は私邸に居たくはなかった。正確に言えば、孫のそばに居たくはなかった。そばに居れば、必ず作戦の内容について問われるだろう。

ギレンならば、作戦の内容と正当性について、子どもにもわかるよう論理的に淡々と説明してのけるかもしれない。国民のリーダーとは、そうあるべきなのだろう。しかし、自分にはできない。デギンは、自分の孫に、そして人類すべての子ども達に、自分が裁可した悪魔の作戦について、説明するのがおそろしかったのだ。

ヤザンナが来てから、自分は急激に老いてしまったのかもしれない。潮時だろうか。だが、自分が引退した後、いったい誰がジオン・ダイクンの理想を引きつぐのか。

あるいは、ギレンやキシリアではなくガルマなら、それができるだろうか。

デギンは、神妙な顔で横に控えるガルマの顔を見る。この末っ子は、なぜかここ数ヶ月間で政治に興味を持ち、顔つきが大人びてみえるようになった。



サイド2第8バンチコロニー「アイランドイフィッシュ」の港の管制室は、パニックに陥っていた。

数分前、管制中のすべての宇宙船との通信が途切れた。同時に、管制用レーダが使い物にならなくなる。首都第1バンチコロニーはおろか、隣のコロニーとの通信すらできない。直後、連邦艦隊が駐留しているはずの第1バンチの港ブロックが閃光につつまれ消滅したのが見えた。

「なんだ? なにが起こっている?」

「爆発と同時に強烈な電磁波の発生を確認しました」

「……核爆発だとでも言うのか?」

管制官チーフの問には誰もこたえない。モニタの中には港に接近してくる巨大で無骨な船が映っている。明らかに軍艦であるそれは、港に向かって発光信号を投げかけた。

「発光信号。読みます。『入港許可を求む。さもなくば攻撃する』」

「ばかな? どういうことだ?」

突然モニタが白く輝く。

「撃ってきました!」

軍艦から二条のビームの光束が放たれ、港のブロックをかすめていく。管制官達はもう声を出すことができなかった。モニタには、ビームの残光に照らされた港を囲むように乱舞する異形の影、無数の巨大な人型兵器の姿が映っていたのだ。



1月4日

ハッテ政府は、降服を検討する前に首都コロニーと共にこの世から消滅した。他のコロニーも、核攻撃によりすでに人が住める状態ではない。億単位の人間の命が、たった一日で失われてしまったのだ。唯一シリンダー型の形を保っているのは、第8バンチコロニー「アイランドイフィッシュ」のみだ。

ガツン。

毒ガスが注入されすべての住人が虐殺されたアイランドイフィッシュ内部、閉鎖区画の中にわずかに生き残った人々は、突然横方向への加速度を感じた。コロニー内において遠心力以外の加速度を感じることは、通常あり得ない。

これから何が起こるのか。身内や同胞を全て殺されてしまった彼らは、絶望の中で身を潜めながら震えることしかできない。だが、彼らを襲う悲劇は、まだ幕を下ろしてはいなかった。

もし彼らが、自分の暮らすコロニーの外観を見ることができたなら、そこに信じられない物を見ただろう。コロニーの港ブロックには、巨大な構造物が接続されていた。その先端のノズルからは、青白い火が長い尾を引いている。核パルスエンジンだ。



1月5日

「さきほど、ルナツー空域を偵察中の友軍より、連邦艦隊が出撃したとの連絡が入った。ティアンムがでてくるぞ」

作戦を指揮するドズル・ザビ中将が、静かに告げる。ブリッジの幕僚がどよめく。

「……思っていたより遅かったな。作戦の進行状況は?」

「月の重力によるコロニーの減速は完了しました。核パルスエンジンの動作も良好です。このままいけば、予定通り1月10日夜にはジャブローに落着します」

「コロニー外壁の強化作業は、妨害が無ければあと2日で完了します」

「明日には連邦艦隊がコロニーの軌道に到達するぞ。作業を急げ!」



地球連邦に対する奇襲作戦、ブリティッシュ作戦と名付けられた祖国の命運をかけた大作戦は、今のところ予定通りに進行している。だが、作戦の本番はこれからだ。

ドズルは、旗艦「ワルキューレ」のブリッジから、地球に向けて落下する軌道を進むアイランドイフィッシュの巨大な姿をみる。

スペースコロニーは、直系約6キロメートル、長さ18キロメートルの円柱形で、慣性質量が100億トンにもおよぶ巨大な物体だ。地球から見て38万キロメートルかなたを、秒速1キロメートルもの速度で公転しているコロニーを、半径6千キロメートルしかない地球表面に落下する軌道に乗せるためには、莫大なエネルギーが必要となる。通常のコロニーの軌道変更は、経済性を優先させ、推力の小さなエンジンをつかい数ヶ月かけてゆっくりと行われる。しかし、長引けば連邦艦隊からの物理的な妨害、あるいは各勢力からの政治的な妨害が予想される本作戦においては、そのような時間的な余裕はない。

ジオン公国の命運を背負った核パルスエンジンは、巨大なパラボラ型のノズルの中心で連続的な核爆発を繰り返し、期待通りの性能を示している。しかし、さらに月の重力を利用した減速をおこなっても、コロニーを落下させるためには6日間もの時間が必要だ。本来ならば、コロニーよりも質量の大きなソロモンやルナツーのような小惑星を落下させた方が、作戦としての効果が大きいのはわかっている。それがおこなわれなかったのは、極めて単純な理由からだ。短時間で小惑星を落下させるだけの出力のエンジンを、秘密裏に用意することができなかったのだ。

このコロニー落とし作戦は、まさにジオンの国力の全てをかけた、渾身の大作戦である。二度目はない。


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コロニー落としについて調子に乗って書いていたら、えらい長くなってしまったので、分割しました。主人公の出番がない!

2009.10.31 初出

2009.11.07 日本語のおかしなところを修正しました。



[12088] ジオンの姫 その16 質量兵器(2)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/01/11 02:42
宇宙世紀0079 1月6日

『……ここで改めて、現在までに判明した事実を確認いたします。1月3日、ジオン公国を名乗るサイド3が地球連邦に対し宣戦を布告。同時にサイド2ハッテ、サイド5ルウム、および月のグラナダ市に対して大規模な奇襲攻撃を行いました』

ジオン軍によるコロニー落とし作戦を阻止するため、急遽ルナツーから発進した連邦軍宇宙艦隊を指揮するティアンム中将は、旗艦タイタンのキャプテンシートで民間のTV放送を眺めていた。彼だけではない、ブリッジの幕僚も、そしておそらく艦隊を構成するすべての艦の乗員も、手の空いている者は例外なく、TVやネットから情報を漁っていた。

『このうち、グラナダは駐留連邦軍が抵抗したものの1月4日には降服。ルウムでは連邦軍宇宙艦隊が迎撃にあたり、現在までジオン艦隊と睨み合いが続いています。どちらもいまのところ、民間人にはほとんど死傷者は出ていません。しかし、一部の情報では、ハッテにおいて、各コロニーに対して核兵器と毒ガスを用いた攻撃が行われた模様です。これが本当だとすると、ハッテ市民数億人の生命は絶望的です。この、人類史上最悪の虐殺に対し、地球連邦政府およびジオン公国政府はそれぞれ声明を発表いたしました。ジオン公国総帥ギレン・ザビによる宣戦布告文に続けてお聞き下さい』

情報が足りないのだ。連邦軍本部ジャブローから急遽に艦隊の発進を命じられたものの、ジオンによる奇襲以来この宇宙でいったい何が起こっているのか、本来当事者であるはずのルナツー所属の連邦艦隊の兵士達も、矢継ぎ早に発せられる命令以外の事実を把握できてはいない。突然始まった戦争にいまだ現実感がわかないという点においては、地球圏の大部分の市民とそれほどかわりはないかもしれない。ルウムで実際にジオン艦隊と睨み合っているレビルの艦隊は、そうではないのだろうが。

『地球連邦軍のスポークスマンは、奇襲を免れたサイド5、フォン・ブラウンおよびルナツー基地の防衛に全力を注ぐとともに、サイド3に対する報復作戦を計画中であると発表しました。連邦軍宇宙艦隊の総戦力はジオン軍の全戦力の数倍以上にのぼり、報復攻撃を行った場合数時間以内にジオン公国は降伏する事になると……』

呑気なものだ。ティアンムは毒づく。TVのアナウンサーに対してではない。ジャブローのモグラ共と彼らをコントロールするはずの政治家達の無能は、軍に入った当時から知っていたつもりだったのだが。

あっという間にハッテを壊滅させた奴らの手際の良さを考えると、そうとう前から入念に準備がなされていたのだろう。奴らは、連邦艦隊の妨害を排除できる見込みがあるに違いない。実際、レビルは対峙するジオン艦隊が単なるおとりにすぎないとわかっていても、ルウムへの全面核攻撃を警戒して動くことが出来ずにいる。我々連邦軍はジオンをさんざん挑発していたはずなのに、逆にことごとく先手を打たれるとはな。

『……解説の途中ですが、ただいま入りましたニュースをお知らせします。先ほど、連邦大統領府、コロニー公社および連邦宇宙軍による緊急記者会見が行われました。それによりますと、ジオン軍によりサイド2のコロニーのひとつが軌道を変更され、地球に落着する事が予想されるとのことです』

ついに隠し通せなくなったか。核パルスエンジンを背負ったコロニーが軌道を外れて移動すれば、地表のアマチュア天文家だって観測可能だ。すでに落着予定地がジャブローであることも、知れ渡っているだろう。

『現在ルナツーの連邦軍宇宙艦隊は全力をもって落着前にコロニーを奪取、もしくは破壊するために軌道上に展開中ですが、もし作戦が失敗した場合、地球への落着予想時刻は1月10日ごろ、落着場所は南米付近と予測されています。地球に落着した場合、地球規模での甚大な被害が予想されます。記者会見での声明をお聞き下さい……』

我々に課せられた使命は重大だ。しかし、うけた命令はいたって単純である。落下しつつあるコロニーの軌道変更。それが不可能な場合はコロニーの破壊。そのためには核兵器の使用も許可する。我々は急ごしらえの艦隊ではあるが、それでもジオンが展開している戦力よりはかなり大きい。核兵器まで利用すれば目標達成は容易であろう、と誰でも考える。

しかし……。ティアンムは大きな不安を感じている。艦艇の数だけはそろえたものの、編成もまともにやっていない急場しのぎの艦隊である。弾薬や燃料の積み込みすら十分ではない。なによりも、兵士達の士気が低い。これで用意周到に待ちかまえている敵艦隊と戦えと言うのだ。



1月7日

アイランドイフィッシュは、核パルスエンジンの巨大な力により、予定通りの軌道を進んでいる。巨大なノズルの中心では、燃料ペレットが間断なく送りこまれ、四方から放射される大出力レーザーにより一気に圧縮、連続的な核融合爆発が発生している。この莫大なエネルギーがノズルで受け止められ、コロニーを減速する推力に変換されているのだ。既に月を利用した重力ターンも済んでおり、数時間後にコロニーは地球への自由落下軌道に投入されるだろう。その時点で、核パルスエンジンの役割は終了だ。その後は、コロニーに備え付けの小型スラスターによる微調整のみとなる。

うまくいくかもしれない。

ドズルは、口の中だけでつぶやく。キシリアの艦隊によるグラナダ占領とフォンブラウンへの牽制はうまくいった。ルウムに向かった分艦隊により、レビルの艦隊は動けない。コロニー外壁の補強作業は予定以上に順調に進んでいる。問題は、コロニー落としを妨害にくるティアンムの艦隊だが、本来サイド1、4に向かわせるはずだった戦力を投入することにより、おそらく排除できるだろう。

「敵艦隊発見」

「よーし、これからが本番だ。油断するなよ!」

ドズルは、自分自身に対して言い聞かせる。



最初にコロニーを襲ったのは、射程距離ギリギリから一斉に発射された連邦艦隊のビームの輝きだった。連邦艦隊の方向の宇宙が真っ白に見えるほどのビームの束による攻撃だったが、コロニー周辺にはビーム攪乱幕が濃密に散布されており、遠距離からの攻撃では大きな被害は発生しない。その次に、艦隊に先行した宇宙戦闘機が突入し、直衛のザクとドッグファイトになる。

「雑魚は放っておけ。ティアンムの本隊をコロニーに近づけなければいい。いけ!」

ドズルの命令により、ザクの群れがティアンムの艦隊に襲いかかる。



連邦艦隊の各艦は、搭載されている火器を全て動員して弾幕をはる。しかし、ジオンの人型機動兵器にはほとんど命中しない。本来、連邦艦隊の対空砲火は量だけならば圧倒的なはずだ。しかし、ミノフスキー粒子により電波が妨害され、レーダー誘導が使えない。艦艇同士のデータリンクもできない。それぞれの艦の砲が目視で勝手に撃っても、人型の機動性にはついていけないのだ。さらに、ザクは連邦軍の艦艇の対空砲火の死角を、未来位置が予測できない機動を行いながら正確についてくる。ヤザンナのデータが効果を発揮しているのだが、これは連邦軍にとっては知るよしもないことだ。

僚艦が次々と火球にかわっていく。隣のサラミス級巡洋艦に、対空放火をかいくぐった二機の人型がとりついたのが見えた。一機がバズーカを構えた直後、ティアンムの旗艦の主砲が直撃。だが、残った一機のバズーカがサラミスのエンジン部分を直撃し、大爆発を起こす。バズーカを撃った人型も巻き添えで消滅する。

なんという消耗率の差。ティアンムの目の前で、たった二機の人型機動兵器により、巡洋艦がいとも簡単に撃沈されたのだ。人型の群は雲霞のごとく艦隊の周りを飛び回り、対空放火の隙を狙ってとりついてくる。

ティアンムは、旗艦のブリッジで半ばあきれながら戦況を眺めていた。

「何隻やられたか?」

「既に10隻以上が撃沈です。損害を受けたの艦艇はその倍に及びます」

「……ひどいものだな」

「提督、やつらは核弾頭を使用しています」

「わかっている。やむをえん、全艦、核弾頭装備」

ミノフスキー粒子下の戦闘については、軍の戦略研究所のペーパーを読んだ。小規模な演習も何度か行っている。ジオンの人型機動兵器「ザク」に関しても、かなり詳細な報告を受けている。しかし、これほどまでに劇的に戦術が変化するとは。あの機動兵器から艦隊を守るのは、不可能だ。

だが、われわれ連邦軍を相手にするには、機動兵器の数が足りない。総合的な火力では、やはりこちらが上だ。艦隊は刻々と艦艇の数を減らしているが、もとの数が違う。守りを捨てて攻撃に徹すれば、全滅する前にコロニーに届くだろう。

ティアンムは叫ぶ。

「ひるむな! 守りはいい。密集隊形のままコロニーに向けて突撃。核弾頭を撃ちまくれ!」



ティアンムは艦隊をハリネズミのように球形に配置、犠牲を厭わず外側の味方を盾にしてコロニーに突進してくる。

「このままでは、防御ラインを突破されます」

オペレータの報告をうけ、ドズルがつぶやく。

「やはり数が違うか。それにしても連邦軍、意外とやる」

「作業用ザクの被害は甚大です。既に被害率は30%に達しています」

コロニーの外壁強化作業についているザクは、作業用の追加冷却剤タンクを装備しているため、機動性が大きく犠牲になっている。このため、連邦艦隊の砲撃や宇宙戦闘機の攻撃により、次々と撃墜されていた。これほどのザクの損失は予想していなかった。しかし、今優先すべきはコロニーの防衛であろう。

「……しかしティアンム。攻めに転じるのがおそかったな」

コロニーの外壁強化作業は未だ完了してはいないものの、ドズルはコロニーが落下軌道に乗ったものと判断、ティアンム艦隊の迎撃に全力を尽くすことを決断した。

外壁強化作業を一時中止し、作業に投入されていた多数のザクが作業用追加装備を排除、ティアンム艦隊迎撃のために振り向けられる。連邦軍の艦隊は、身軽なザクの群に取り囲まれる。



1月8日

キシリアは、占領したグラナダにいる。軍用の秘密回戦で、部下からの報告をうけている。

「了解した。ブリティッシュ作戦は成功するのだな」

『はい。連邦軍の攻撃はつづいていますが、このままいけばコロニーは計画通りジャブローに落着するでしょう』

ドズルめ、やるじゃないか。政治に興味が無く、あくまで軍人として生きようとする兄の力量を、キシリアは素直にみとめる。だが、勝ちすぎは困る。

ブリティッシュ作戦の目標は、連邦軍の本拠地ジャブローの破壊である。軍事的な中心拠点を破壊することで、連邦政府に戦争継続をあきらめさせる。そして、一気に降服させるためには、降服を決断する政府組織が残っていなくてはならない。だから、ジャブローだけをピンポイントで狙うのだ。

これがジオン公国の戦略の基本であり、戦後に地球圏を効率良く支配することを目論むギレンの野望とも合致している。人類は、ギレンに支配されることで、独裁政治の恐怖と引き替えに、空前の繁栄を手に入れるだろう。

しかし、それはジオン・ダイクンの本来のニュータイプ論とも、そしてその継承者を自任するキシリアが理想とする未来とも、相容れないものだ。

キシリアは思う。地球はもう長くはもたない。地球圏と人類が救われるためには、人はみな宇宙にあがり、ニュータイプを目指さなければならない。みずから宇宙に上がる気の無い人々は、支配ではなく、粛正されるべきなのだ。

そのためには、コロニー落としは、ジャブローだけではなく地球全体に大きな被害を与えなければならない。さらに、連邦に降服をさせず、地上での戦闘を継続し、徹底的に破壊することが必要だ。

「例の手はずはできているのか?」

『はい』

「コロニー落とし作戦自体が失敗することはないだろうな」

『問題ありません。爆発は、コロニーが大気圏に突入してから起こります』

「わかった。たのむ。くれぐれも、証拠は残すな」

『了解です。……私の手の者は、戦闘中にワルキューレにも接近できますが』

「……いまはダメだ。連邦艦隊はまだ残っている。ドズルには、レビルを片づけてもらわねばな」

キシリアは、顔に似合わず家族おもいのドズルの顔を目に浮かべる。あの男は、自分が兄妹から政敵あつかいされているとは、露ほども思ってはいないのだろう。



1月9日

「コロニーが、落下阻止限界点を超えます!」

オペレーターの悲痛な叫びが、タイタンのブリッジに響き渡る。ティアンム艦隊はジオンのモビルスーツによる攻撃をかろうじてしのいではいるものの、目的であるコロニーにはいまだ近づくことができない。連邦軍が何度も繰り返したシミュレーションによると、落下阻止限界点を超えたコロニーを仮に奪取できたとしても、もはや地球落下を阻止することは不可能だ。

ティアンムは決断を迫られている。これ以上攻撃を続けても、彼の艦隊の残存戦力では、コロニーを大気圏で燃え尽きるほど小さな破片まで破壊することは、おそらく不可能だろう。落下を阻止できないのなら、破片の数を増やすことはかえって地表の被害を大きくしかねない。被害をジャブローに限定するべきなのか、それとも最後までコロニー破壊を試みるべきなのか……。どうする?

結局、ティアンムはルナツーを出航前にうけた命令通り、艦隊をルナツーに撤退させることを決断した。おそらくドズル・ザビは追ってはこないだろう。だが、ジャブローの高官もティアンム自身も、決断に自信があったわけではない。



1月10日

コロニーが大気圏に突入する瞬間、ドズルは大気圏外からからそれを観測する位置についた。

やがて、上層の大気に触れたコロニーが、真っ赤に輝き始める。ほぼ同時に、巨大なミラーが、コロニー本隊から引きはがされるように脱落していく。数瞬後、コロニーの外側に付属している農業用ブロックも脱落し、ひとつひとつが流星のように燃えていく。

だが、このあと、すべての人の想像を超えた事態が生じた。ドズルは見た。コロニー本体が大気圏に突入していく様子を。コロニー全体が灼熱のプラズマにつつまれ、真っ赤に輝くのを。そして、凄まじい大気との摩擦力が働く中、コロニーの真ん中付近で小さな爆発が起こり、そこを中心として本体がふたつに折れ曲がりつつ、崩壊していく様を。


「なんだ? あの爆発はなんだ? なぜコロニーが崩壊したのだ!」

「わかりません。補強が足りなかった可能性もあります」

ここまできて、ここまできて作戦が失敗するというのか。この作戦で犠牲になった部下達に、なんとわびればいいのか。……そして、兄貴やキシリアは、なんと言うのか。



男は、オーストラリア大陸の内陸に位置する自分の牧場で、空を眺めていた。

ここ数日、報道はコロニーの落下についてばかりだ。コロニー本体の落着予想地点は、南米の連邦軍基地だという。ここにも破片が落下してくる可能性はあるそうだが、いったいどこに逃げろというのだ?

妻は、竜巻を避けるために作った地下室に隠れている。もうすぐ落着の時刻だ。上空を通過するコロニーが見えるかもしれない。男は、その瞬間を自分の目で見たいと思った。

いくつもの火の玉が、長い尾を引きながら西の空から放射状に広がっていく。まだ夕焼けのなごりが残る赤みの中から、暗い空に向かって次から次へと、まるで花火だ。

家畜たちが騒ぎ出す。犬が落ち着かない。

「きれい……」

いつの間にか外に出てきた妻がつぶやく。

「地下室にいなさい」

「……もしもの時、あんな狭いところに閉じこめられて死ぬのはいや」

それは男も同感だった。

「それに、こんなにきれいなものを見逃す手はないわ」

たしかに、この人工的な大流星雨は、この世のものとは思えないほど美しかった。……だが、あの美しい光のひとつひとつが、人類の希望の大地だったものの破片なのだ。そしてもうすぐ、大地そのものが空と共に落ちてくる。1000万人の人々を乗せたまま。

男は、ふと予感のようなものを感じて西の空をみた。

「えっ?」

おもわず声がでる。空の一部に違和感があった。異常にまでにまぶしいのだ。光はあっという間に空全体にひろがり、強烈な閃光となる。空全体の真っ白な閃光。とても目をあけてはいらない。

「ふせろ!!!」

とっさに妻の上に覆い被さる。家の外に出ることを許したことを後悔した。しかし、家の中にいても同じだったろう事は本能的にわかっている。次の瞬間、凄まじい衝撃波が彼の家と彼自身を粉々に粉砕した。

とてつもなく巨大な物体が、たった数千メートル上空を音速の30倍もの速度で通過したのだ。軌道上の空気が押しのけられ、プラズマ化して青く輝く。衝撃波がすべてものを破壊し尽くす。

「……南米じゃなかったのか?」

男の最後の思考は、声にならなかった。



数分後、コロニーの巨大な港ブロックは、核パルスエンジンだったものと共に、オーストラリア大陸のシドニー付近で大地に激突した。

炎の航跡がまっすぐのび、一点の正視できないほど眩しい輝きにかわる。衝撃波が同心円となり、落着点を中心として広がっていく様子は、ドズルのいる衛星軌道からも見えた。落下地点の大地が割れ、灼熱の溶岩が飛び散る。そして、巨大なキノコ雲が成層圏まで立ち上っていく。

悲劇はそれだけでは終わらない。コロニーの崩壊に伴い、多くの破片が太平洋を中心とした地域に雨のように降り注いでいく。太平洋の平均水深は4000mほどでしかない。そこに、一片が数Kmのコロニーの構造材が、灼熱の鉄の塊となり音速を遙かに越える速度で降り注いだのだ。太平洋は雨の日の水たまりのように無数の同心円がひろがり、激しく波打つ。波のひとつひとつが大津波となって沿岸をおそい、都市を人間ごと飲み込んでいく。

そして、大気中に大量の水蒸気と粉塵が舞い上がり、青いはずの地球の大気が灰色に変わっていった。

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またまた主人公の出番がない! 次のルウムでもたぶんない。こまった。

2009.11.07 初出

2009.11.23 ちょっと修正

2010.01.11 ちょっと修正





[12088] ジオンの姫 その17 王子と子守り
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/01/11 02:40
地球上で生き残った人々が、スペースコロニー「アイランドイフィッシュ」の落下によってうけた被害の全容を把握するためには、しばらくの時間が必要であった。被害をうけた地域の行政組織が一瞬にして崩壊したうえ、地球全土の通信網が完全に麻痺してしまったためである。もしかしたら、直接の当事者である地球市民よりも、コロニー落下後の地球の様子をリアルタイムで観測していた宇宙移民者達の方が、被害の恐るべき大きさと深刻さを直感的に理解できていたかもしれない。

コロニーの最も大きな破片である港ブロックが、ジオン軍が設置した巨大な核パルスエンジンとともに、音速の数十倍の速度を保ったまま地面と激突したオーストラリア大陸東部、シドニー近郊には、半径数キロに達する巨大なクレーターが一瞬にして形成された。その中心部には、衝突のエネルギーによって溶解した地殻が地下から湧き出したマグマととも真っ赤なプールを形づくっているのが、宇宙からも見える。クレーターの周囲から海水が侵入し、マグマと反応して膨大な水蒸気を発生している様は、まさに地獄の釜そのものである。

港ブロック以外の構造材の大半は、一片が数キロメートルの大きさを保ったまま無数の鋼鉄の隕石と化し、アジアから北米にかけての太平洋地域に落下していった。地球連邦の政治的、経済的な中心であった太平洋沿岸部の大都市は、そのほとんどが繰り返し襲う大津波により、住民もろとも奇麗に洗い流されてしまった。内陸の人口密集地にもこまかな破片そのものが雨あられと降り注ぎ、多くの都市が瓦礫の山と化している。

これらの直接の被害だけでも犠牲者は数億人という恐るべき数にのぼると見積もられているが、より深刻なのは、衝突にともない巻き上げられた塵や水蒸気による影響であろう。日照不足や寒冷化の影響は、この先数年間にわたり地球全土を覆い、特に穀物生産に大打撃を与えると予想されている。これによる食糧不足や伝染病の蔓延、治安の悪化などを原因とする二次被害まで含めると、コロニー落としによる犠牲者は実に数十億人におよぶことが確実である。

文字通り、人類は自らの行為に恐怖した。だが、いまだ被害のないサイドや月の自治都市に住む宇宙移民者達の胸の内は、地球に住む人々とは少々異なるものだったかもしれない。確かに、ジオンの行った地球環境の大破壊は悪魔の所行である。人道的に許されることではない。しかし、宇宙に移民してから数世代を経た人々にとって、母なる大地はコロニーや月であり、地球は彼らを一方的に支配してきた連邦の体制の象徴でしかない。大陸の形が破壊され、大気の色がかわり、さらに自転周期までわずかに狂わされた地球の姿は、連邦による支配体制が同じ宇宙移民者によって完膚無きまでに破壊されたことを意味するのだ。

サイド1,4を含め、ハッテ以外のサイドや自治都市が生き残ったことにより、地球と宇宙植民地の人口は近いうちに逆転するのが確実である。さらに、今後の地球復興のためには、宇宙植民地による食糧やエネルギーの支援は欠かせない。仮にこの戦争でジオンが敗北したとしても、連邦と宇宙移民者の関係は、精神的にはもちろん、政治的経済的にも、もとにもどることはないだろう。



1月13日 ズムシティ某所

ランバ・ラルは、馴染みの店でグラスを傾けている。数日に一度はかならずこの店にくるのが彼の習慣であり、親衛隊に異動してからもそれはかわらない。

「コズン・グラハム曹長、これよりルウム戦線に出動します!」

昔からの部下が、数日以内に行われるサイド5ルウムでの決戦に出撃していく。おそらく人類史上最大の規模になる宇宙艦隊決戦に、自らが参加できないのがもどかしくないといえば嘘になる。

「ザビ家のやつらは人殺しだ。あんな奴らのためだけには死ぬな!」

ラルの偽らざる心境である。ジオンの軍人としてヤザンナの護衛任務に特に不満があるわけではないが、ジオンを私物化しているザビ家の連中はいまだに許す気にはなれない。死ぬのなら、ザビ家ではなく祖国ジオンのため、すべての宇宙植民者のためにして欲しかった。


閉店間際、ラルがいつもの席から腰を上げかけたとき、ひとりの客が訪ねてきた。

「……貴様か。来るとは思っていたが、今日とはな」

金髪にサングラス。目立たないような格好をしているのだろうが、整った顔立ちが否応なく人目を引く青年。教導大隊以来だ。

「お久しぶりです。ランバ・ラル大尉」

「ハッテでは活躍だったそうだな。シャア・アズナブル」

シャアは、ブリティッシュ作戦において、コロニーを破壊するために殺到したティアンム艦隊の戦艦を2隻撃沈している。既にこの時点で、ジオン軍最高のエースパイロットである。

「明日は決戦ではないのか? エースパイロットがこんなところで油をうっていていいのかな」

「大尉こそよろしいのですか? 歴戦の勇士が、ザビ家のお姫様の子守役などやっているのは、祖国にとって損失だと思いますが」

シャアは、ラルと同じものを頼むと、勝手に隣の席に座る。子守りといった瞬間、口元がわずかに上がったような気がした。こいつ、俺をバカにしているな。

「コロニー落とし作戦以来、ヤザンナ様は機嫌が悪い。対等な殺し合いは嫌いじゃないが、一方的な殺しは大嫌いという少々かわった姫様だからな。俺はご機嫌取りに忙しいのだよ。……さっさと、本題にはいれ」

「なぜ、私のことを調べているのですか?」

やはりそれか。

「しらん。ヤザンナ様がなぜか貴様にご執心でな。貴様のことを嗅ぎ回れば、貴様の方から接触して来るはずだと言っておった」

長年にわたり対テロ作戦など裏の仕事に従事していたラルにとって、ひとりの士官の身辺調査などそれほど難しいものではない。しかも、出来るだけ派手に動くのが目的であるから、ラルはあらゆる人脈をつかって徹底的な調査をおこなったのだ。

「シャア、もし貴様に会うことがあったら、ヤザンナ様から伝えて欲しいと言われていることがある」

ラルはシャアの方をみない。視線を正面にむけたまま、口だけを動かす。

「おとぎ話だ。俺も意味はわからん。笑うなよ。黙って聞け」



昔々、大きな帝国と、帝国に支配された小国があった。

あるとき、小国の王は国民に「黙って支配されていてはいけない。独立のために立ち上がるのだ」と説き、革命を起こした。

革命は成功し、ついに小国は帝国から自治権を勝ち取ることができた。

しかし、王は佞臣によって裏切られ、国を乗っ取られてしまう。

王は殺され、王子と姫は国外へ亡命。国は佞臣によって私物化され、国民はみな不幸になってしまったとさ。



「さて、哀れな小国の王子様はこれからどうすると思う? 普通のおとぎ話なら、王子様は国を取り戻すために戦い、最後には自ら王になり国民を幸せにして、めでたしめでたしのはずだが」

ラルはグラスをカウンターにおいた。初めてシャアの方を向き、視線を合わせる。

「ところが、この王子様は性根が腐っている。国や国民のことなどどうでもよいらしい。ならば身分を捨て自由に生きればよいものを、個人的な敵討ちを優先させるつもりらしいのだ。こんな王子様について、貴様はどう思う?」

「……意味がわからないが」

「第三者にきかれても貴様が困らないよう、ヤザンナ様なりに考えた結果が、このたとえ話なのだろうさ。あの方は、頭が良いようで、ちょっとずれたところがあるからな」

「大尉も大変だな。ザビ家の姫のたわいのないおとぎ話につきあねばならんとは」

「姫は、自分は未来から来たと言ったことがある。まぁ、貴様については生前のサスロ・ザビからお母上経由でなにかきいていたというところだろう。そして、能力があるにも関わらずいつまでもうじうじ過去に縛られた男を目の前にして、たまらず説教したくなったんじゃないか。戦場で出会っていたら味方であっても瞬殺されていただろう。ありがたく聞いておけ」

席を立とうとするシャアの腕を、ラルがつかむ。

「なぜ調査するまで気がつかなかったのか、自分に腹が立つ。……キャスバル様。名を変え、顔を隠し、軍に潜り込んで、いったい何をするおつもりなのです?」

シャアはサングラスを外した。ジオン・ダイクンの忘れ形見、キャスバル・ダイクンは、ラルの顔を正面から見据え、冷たく言い放つ。

「ザビ家に尻尾を振るようになったあなたには、何も言われたくないな」

「私の父、ジンバ・ラルがあなたに吹き込んだザビ家への復讐の話はもうお忘れ下さい。そして、復讐などにとらわれず、自分の幸せをおつかみいただけませんか」

「聞けんな。……ランバ・ラル、いいのものやろう」

シャアは小さなディスクを取り出すと、カウンターにおいた。

「ブリティッシュ作戦においてコロニー補強作業部隊の援護をした際、不自然な動きをする味方モビルスーツがいたので、記録しておいた」

「なぜこれを私に?」

「ザビ家の太鼓持ちの君には役に立つだろう。ザビ家の内輪もめをみるのも面白そうだからな」

「……キャスバル様、復讐ではなく、ジオンをザビ家から取り戻すというのなら、私も協力いたします」

「ほう、そんな事を言っていいのかな?」

「ですから、ヤザンナ様にだけは、手をださないとお約束下さいませんか」

再びサングラスをかけ顔を隠したシャアは、ラルを一瞥もせずドアに向かう。

「はっはっは。わかったよ、約束しよう」



1月15日 サイド5ルウム宙域

サイド5ルウム。ジオン軍による開戦直後の大規模な奇襲攻撃に対し、連邦軍宇宙艦隊が唯一組織的な抵抗をおこない、にらみ合いを続けながらも現在までなんとか守りきっているサイドである。親連邦の姿勢を明確にした上で、宇宙でいまだ生き残っている勢力は、建設中のサイド7を除けば、ここが唯一無二といえる。

この宙域に、連邦とジオンの宇宙艦隊のほとんどすべてといってもよい戦力が集結しつつあった。両軍の生き残りをかけた一大決戦が、いま始まろうとしている。

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説教が長くなっちゃって、ルウム戦役まで入れませんでした。そして、やっぱり主人公は名前だけ。

2009.11.23 初出

2009.12.07 ちょっと修正

2010.01.11 ちょっと修正





[12088] ジオンの姫 その18 ルウム戦役(1)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/12/13 01:22
宇宙世紀0079 1月14日 サイド5ルウム宙域

連邦軍宇宙艦隊の主力を率いるレビル中将は、自らの艦隊の行動を自らが自由に決められないことにいらだっていた。

サイド5ルウム宙域において、彼の艦隊がジオン艦隊とにらみ合いを始めてから、既に数日がたつ。ルウムの目と鼻の先で遊弋しているジオンの複数の小規模な艦隊は、敵主力であるドズル中将麾下の艦隊が開戦直後のコロニー落とし作戦を成功させるための、レビルを引きつけるおとりだということはわかっている。

しかし、レビルは動くことができない。連邦への支持を表明するルウム政府が、連邦軍に対してコロニーの防衛を求めているのだ。スペースコロニーは、宇宙艦隊からの攻撃に対して、あまりにも脆弱である。サイド2ハッテにおいて、数億人の住民が母なる大地とした四十数基のコロニーは、ジオン艦隊による全面核攻撃により、わずか数時間で壊滅してしまった。ルウム政府は、ハッテと同様にザビ家により独裁体制が強まるジオンへの恭順を拒否した。レビル艦隊がジオンのおとり艦隊の挑発に乗り、敵艦隊を各個撃破しようとルウム宙域を離れた途端、他のジオン艦がルウムのコロニーに対して遠距離から核攻撃を仕掛けてくるだろう。また、ハッテの悲劇を間近で目撃したルウム市民は、連邦支持派とジオン支持派にわかれ、世論は激しく沸騰している。レビルがルウムを見捨て、ジオン主力艦隊に向かう動きをみせれば、ルウム政府内において政変が起きるかもしれない。どちらにしろ、連邦は宇宙における数少ない支持勢力を失うことになる。

だが、ジャブローにこもる連邦軍の高官達がレビルに対してルウム死守を命令した真の理由は、ルウム国民の生命とは関係ないところにあった。ジオンによるコロニー落とし作戦は、地球連邦に対して尋常ならざる被害をあたえたものの、彼らの真の目標であるジャブローは破壊できなかった。これを挽回するため、ジオンはルウムのコロニーを利用し、ジャブローにむけて再びコロニー落とし作戦を行う動きがあるというのだ。レビルはこれを阻止せねばならない。

もし本当にジオンが再びコロニー落としをしようというのなら、おそらく阻止できるだろうと、レビルは考えている。ティアンム艦隊の残存兵力や、あらたにジャブローから打ち上げられた戦力も加わり、いまやレビル麾下の戦力はジオン宇宙艦隊の3倍以上に達している。ジオンの新兵器モビルスーツがいかに強力な兵器であっても、ティアンム艦隊以上の戦力を持つレビルの艦隊が準備万端ととのえて待ち受ける中、ジオンがコロニーを破壊することなく奪取するのは困難だろう。さらに、コロニーを地球落着まで守り通すことは不可能だ。


しかし、レビルにはわかっている。ジオンの真の目標はルウムではない。コロニー落としでもない。

確かに、常識的に考えて、ジオンは長期戦を避けたいはずだ。しかし、そのためにふたたびコロニーを落とす力が、ジオンにあろうはずがない。連中自身も、それはわかっているはずだ。ならば、連邦政府の戦争継続の意志をくじき、講和するためには、どうすればよいか。

連邦宇宙艦隊は、連邦の宇宙植民地を守る盾であると同時に、連邦に従わない勢力に対する槍でもある。レビルの艦隊は、ルウムを守っていると同時に、ジオン本国のコロニーに対する攻撃手段でもあるのだ。レビル艦隊が健在である限り、連邦政府はジオンへの報復攻撃をあきらめることはなく、和平交渉の席に着くこともないだろう。すなわち、早期講和をもとめるジオンに必要なのは、なによりも連邦軍の宇宙戦力を壊滅させることだ。奴らの狙いは、ルウムではなく、レビル麾下の艦隊そのものなのだ。

仮に、レビルが連邦艦隊を自由に動かることが可能であり、単純な艦隊決戦をおこなうことができるのならば、ジオンのモビルスーツがどれほど活躍しようとも、数の上で圧倒している連邦軍が負けることはないだろう。しかし、連邦艦隊の任務が脆弱なコロニー四十数基の盾となり、数億のルウム市民を守らねばならないとなると、話はちがう。ミノフスキー粒子の影響でどの方向からあらわれるかわからない敵に対して、レビル艦隊は戦力を広く薄く分散せざるを得ない。その上で、もしジオンがコロニーを無視してレビル艦隊そのものに攻撃をしかけてきたら、いったいどうなるか。データリンクによる各艦の連携なしで、個々の艦が機動兵器と対峙しても、各個撃破されるのがおちだろう。

それがわかっているにもかかわらず、レビルはコロニーを背に、各艦が広く展開した布陣をしくしかない。

「我々は民主主義の軍隊だ。独裁者に屈しない数億人の連邦市民を救うため戦うのなら、それも本望だな」

そう、レビルは、連邦政府の無能な官僚達をまもるために戦うのではない。ジャブローの地下に隠れる同僚達のために戦うのでもない。自由をまもるため、連邦市民を救うために戦うのだ。そう考えなければ、やっていられなかった。



「やはりレビルは、ルウムのコロニーを死守する布陣か」

太陽光を反射し輝く巨大なコロニー群と、数え切れないほどの連邦艦隊の核融合エンジンの炎を遠望しながら、ドズルは呟く。

ドズルは、政治的な理由により自由に行動できないレビルを哀れだと思う。また、武人として、正面から艦隊決戦を挑めないことを残念だとも思う。しかし、この勝機をのがすつもりはない。

彼の艦隊は、ハッテでの作戦の後、月の裏側のグラナダ基地と建設中のソロモン要塞にわかれて補給を行い、さらに本国から新たなモビルスーツ部隊を補充し、休む間もなく連邦艦隊との決戦の舞台にやってきた。コロニー落とし作戦は、ジャブローを破壊するには至らず、戦略的には失敗だったいわれても仕方がない。しかし、ここで連邦の宇宙戦力を壊滅することができれば、なんとか挽回することが可能だろう。さらに、連邦艦隊の戦力を残しておくことは、ジオン本国のコロニーが攻撃される可能性に繋がる。スペースコロニーが宇宙艦隊の攻撃に対して極めて脆弱であるということは、彼自身の艦隊がハッテで証明してしまった。本国に残した家族をまもるためにも、この戦いには絶対に負けるわけにはいかない。ルウムなど二の次で、まずはレビル艦隊を壊滅。可能ならそのままルナツーまで攻め込み、宇宙における連邦軍の残存戦力も根こそぎ破壊する覚悟だ。

「俺は負けんぞおおおお!!」

ドズルの叫びは、戦闘に参加するほとんどのジオン軍兵士の叫びであった。



ルウム周辺の空域において、徐々にレーダーが効かなくなる。それにつれ、レビル艦隊でも否が応にも緊張がたかまっていく。

「敵主力艦隊発見!」

ジオン艦隊は広く薄く帯のように展開、レビル艦隊を半包囲し、そのまま回り込むかのような動きを見せる。応じてレビル艦隊も、ルウムのコロニー群を背にしたまま、より広く薄く展開せざるを得ない。

戦闘空域にミノフスキー粒子を散布する戦術が実用化される前ならば、これは数が多い連邦艦隊が圧倒的に有利な配置だといえるだろう。艦隊を広く展開し、全ての艦艇のレーダーをリンク、出来るだけ遠くから敵艦の位置を特定し、脅威の大きな順に攻撃対象を各艦で割り当て、ビームやミサイルなど精密誘導兵器でひとつづつ確実に仕留めるのだ。だが……。

「撃て」

射程距離に入った瞬間、レビルは躊躇することなく命じる。

だが、ミノフスキー粒子のおかげでレーダーが使えない。高密度なデータリンクも出来ない。目視で照準しても、お互いの艦艇がランダムに加速している状況で、射程ぎりぎりの距離からの砲撃があたるものではない。それでも、命中率が同じならば、圧倒的に数が多い我々が有利なはずだ。敵機動兵器が戦場に投入される前に、少しでも敵艦の数を減らすことができれば……。



レビルの命令と同時に連邦艦隊から放たれた砲撃は、凄まじいものだった。数え切れないほどのビームの光条が、ドズルの目には迫りくる白く輝く光の壁にみえた。ビームの壁に飲み込まれた僚艦が、あっという間に光と熱にかわっていく。これだけの密度の火力を叩きつけられることが続けば、たとえレーダーが使えなくても、味方が全滅するのは時間の問題かもしれない。

一瞬、恐怖が冷たい汗となり、ドズルの背中を走る。この期に及んで死の恐怖などは感じない。しかし、我らの敗北はジオン本国の失陥につながる。自らがハッテで行った行為が自らの家族にかえってくることを想像するのは、恐怖以外のなにものでもない。

「ひるむな! レビルは既に我らの策にはまっている!」

ドズルは恐怖を部下に悟られぬよう押し殺し、自らを奮い立たせるために叫ぶ。

「モビルスーツ隊、いけ。敵艦の懐に飛び込んで各個撃破するのだ!」

両艦隊の間を間断なく横切るビームの光条を大きく迂回し、モビルスーツの群れがレビル艦隊に向かっていった。



「なるほど、戦う前から勝負はついているのだな。おそるべきは、ギレン・ザビ総帥か……」

コックピットの中で、シャア・アズナブルは独りごちる。

連邦艦隊は広く分散し、さらに艦同士の連携がまったくできていないため、対空砲火には多くの死角ができている。ジオンのモビルスーツ部隊は、対空砲火の死角をぬうように連邦軍の戦艦の間を駆け抜けることが可能だ。そして、隙をみつけて戦艦の懐にとりつくと、エンジンやブリッジにバズーカを撃ち込む。

ミノフスキー粒子が散布された環境でジオンのモビルスーツを相手にせねばならない連邦軍は、ティアンムがそうしたように、対空砲火の死角をなくるために艦隊を密集させ、数を頼りの力業で攻めるべきだったのだ。それを不可能としたのは、ルウム市民数億人が人質となるような状況をつくりだし、さらにもともと実現不可能な第二のコロニー落とし作戦の情報を意図的に漏洩した、ギレン・ザビ総帥の戦略の勝利といってもいいだろう。

赤く塗装された彼のザクは、楽々とマゼラン級戦艦に取り付くと、エンジンに向けてバズーカを撃ち込んだ。これが3隻目の獲物である。爆発の直前、一瞬ためをつくることにより、敵戦艦の爆発のエネルギーを利用して逆方向に加速、4隻目の獲物に向かっていく彼のザクは、他のザクの3倍以上の速度があった。



モビルスーツの攻撃により、連邦軍の戦艦は、つぎつぎと火球にかわっていく。しかし、それでもレビル麾下の艦隊はいまだ数としては優勢であり、それぞれの艦の火力もジオンの艦を凌駕している。たとえ連携していなくても、各艦の砲撃が猛烈であることにはかわりなく、ザクやジオン艦隊の艦艇の数は確実に減っていく。モビルスーツが母艦を離れて攻撃できる時間は、そう長いものではない。それまでにレビル艦隊を壊滅できなければ、形勢は一気に逆転されるだろう。

「レビルめ、しぶとい。そろそろ決着をつけねば……」

ドズルが口の中だけでつぶやいた瞬間、旗艦ワルキューレに吉報がとどいた。黒い三連星と異名をとる小隊が、レビル艦隊旗艦アナンケを補足、レビルを捕虜として捕らえることに成功したのである。


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年末は忙しいので、なかなか更新できないかもしれません。

2009.12.07 初出

2009.12.12 あきらかに日本語のおかしな部分を数カ所、修正しました

2009.12.13 サブタイトルをちょっとだけ変更しました




[12088] ジオンの姫 その19 ルウム戦役(2)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2009/12/30 21:29

ルウム空域を舞台とした人類史上最大級の宇宙艦隊決戦は、両陣営の艦の数を大幅に減らしながらも、いまだに続いていた。序盤こそ、艦隊同士が遠距離から砲撃を行う秩序だった戦闘が行われていたが、ジオン軍の機動兵器が戦場に投入されたことにより、いまや乱戦の様相を呈している。

ミノフスキー粒子が濃密に散布された戦場において、敵味方が入り乱れた戦闘が一度始まってしまえば、艦隊司令官ができることはそれほど多くはない。情報の伝達手段が、低密度のデータ転送しかできない通信回線や、最悪の場合は発光信号という原始的な方法に限られてしまう。この状況で司令官に可能なことは、経験によって培った勘を最大限にいかしておおまかな戦況をつかみ、そしておおまかな指示を伝達するだけ。あとは、各艦の艦長を信じるのみだ。



レビルは、キャプテンシートから戦況を眺めている。つい数日前まではだれもが宇宙最強だと信じていた我が艦隊の艦列の間を縫って、敵モビルスーツの群れが蚊とんぼのように図々しく自由に跳び回っている。その蚊とんぼに次々と撃沈され光にかわっていく僚艦をながめながら、レビルはふと空想の翼を広げる。

ミノフスキー粒子を散布された空域での戦闘で、あの機動兵器に対抗するためにはどうすれば良いのか。

光学イメージセンサーやレーザーや赤外線のセンサーなど、レーダー以外のセンサーの整備は絶対条件だ。電波を使わずに高密度のデータ連携を行う仕組みも必要だろう。艦載火器も、遠距離対艦用の大出力ビーム兵器だけではなく、ふところに飛び込まれても対応可能な近接防衛兵器を充実させなければならない。

いや、なによりもまず、こちらにも機動兵器が必要だ。電波兵器が利用できない状況における最良の兵器が人型機動兵器だとはレビルは思わないが、敵がそれで圧倒的優位に立っている状況をせめて五分までもちなおすためには、こちらも同等の兵器をそろえるのがもっとも手っ取り早いだろう。まずは艦隊直援と攻撃に使えるモビルスーツを揃える。さらに、航続距離が短く活動可能時間も短いモビルスーツを運用するためには、空母などのキャリアが必要だ。とりあえずは輸送艦や戦艦をモビルスーツ運用可能な形に改装し、あとは国力の差を最大限にいかして数で圧倒するのだ。

……国力の差? いまやルウムは風前の灯火だ。ルウムを失えば、宇宙に住む人類の中に、連邦の味方はいなくなってしまう。そして、連邦の本拠地である地球はなかば壊滅状態である。サイド1,4、6そして月の諸都市が生き残っている状況では、アースノイドとスペースノイドの総人口を比較すれば、ほぼ互角かもしれない。潜在的な政治力経済力で地球が劣ることはないだろうが、コロニー落としによる精神的なショックから立ち直るまでには、しばらく時間がかかるだろう。もしかしたら、長期的にみて、国力が不利なのは、連邦の方なのではないか?

ギレン・ザビが宇宙移民者の独立で満足するのか、あるいは地球圏全体の支配を望むのかはわからない。しかし、どちらにしろここで連邦の宇宙戦力が壊滅し、連邦政府が講和に応じてしまえば、すくなくとも宇宙において民主主義を擁護する者はいなくなってしまう。それはギレン・ザビに対して、宇宙の各勢力を軍事的政治的手法を駆使して完全な支配下に置くための時間を与えることになる。そして、ギレンの覇権が各サイドや月都市までおよび、いちど宇宙に完全な独裁体制が確立されてしまえば、連邦はしばらく対抗できない。人類の大部分から、民主主義が失われてしまう。

そう、ギレンに時間を与えてはならない。地球連邦も状況は苦しいが、ジオンはそれ以上に苦しいはずだ。連邦との戦争が続いている限り、宇宙の他の勢力に対してジオンが一方的に攻め込むことは難しいだろう。たとえここルウムでレビルが敗れたとしも、民主主義の擁護者である連邦は決して独裁者と講和し戦争をやめてはならない。そして、ギレンが宇宙で覇権を確立する前に、……たとえ講和しなくても時間は一年もないかもしれないが、その一年以内に連邦はモビルスーツを中心として宇宙艦隊を再編し、ジオン本国まで攻め込まねばならないのだ。



目の前にはしる閃光が、レビルを現実に引き戻す。隣のサラミス級巡洋艦が撃沈されたのだ。レビルは、あまりにも先走ってしまった自分の思考に、おもわず苦笑してしまう。いま考えねばならぬのは、ここで負けぬこと。最悪でも生きてかえることだ。レビルが生きて帰らねば、ジャブローのモグラ共はギレンの脅しに屈し、講和に応じてしまうだろう。

ジオンの機動兵器の群れにより、すでにレビルの艦隊の戦力は半減してしまった。壊滅の一歩手前といってもよい。しかし、それでもまだ残る戦力はドズルの艦隊と互角だろう。モビルスーツはおそるべき攻撃力をもった機動兵器であるが、あの小さな機体が母艦を離れて活動できる時間は、そう長くはないはずだ。あと少し、たった数時間耐えきることができたなら、その後は戦艦同士の殴り合いに持ち込むことができる。そうすれば、我々はすくなくとも全滅することはない。

現状では、ルウムを連邦の勢力下のまま維持するのは、あきらめるしかあるまい。ましてや、このままジオン本国まで攻め込むことなど不可能だ。だが、せめて最低限の戦力を維持したままルナツーまで逃げ帰ることができれば、そしてジオン本国への攻撃の可能性だけでも残しておければ、当面はギレンの野望を押しとどめることが可能なはずだ。

あと少しだ。あと少し持ちこたえればよいのだ。……私は神のご加護を信じる。

レビルは口の中だけでつぶやく。さすがに司令官が神への祈りを口にだすわけにはいかない。しかし、レビルの艦隊にはモビルスーツに対抗する術がない以上、神に頼るしかないのが現実であった。




シャア・アズナブルのザクは、いまだ健在であった。

「すごい……。いったいどうやったらバズーカの弾一発で巡洋艦がやれるんだ……。」

たった一機で次々と敵艦を撃沈していく彼のザクの機動は、味方のパイロットをもおどろかせる。しかし、シャアを初めとするジオンのモビルスーツ部隊はたしかに連邦艦隊を圧倒しているが、ジオンのモビルスーツ部隊がとっている戦術は、お世辞にも洗練されているとはいえなかった。連邦艦隊の各艦の連携がなされていないのと同様、ジオンのモビルスーツ各機もお互いの連携がほとんどなく、単独で戦艦の対空砲火の死角を探し、すきあらば懐に飛び込むことを繰り返すのみだ。とはいっても、新兵器に関わる戦術というものは、攻守双方とも実戦の積み重ねの中で洗練されていくものであるから、モビルスーツが実戦に投入されてから間もない現状では、それも致し方ないといえるかもしれない。

余談であるが、開戦前にヤザンナが披露し、ジオンの各パイロットに叩き込まれた戦闘機動の大部分が個人プレーだったことも、これに影響している。だが、これはもちろんヤザンナが連係プレーを出来なかったわけではなく、その時点でヤザンナと連携できるだけの技量のパイロットが存在しなかったからだ。



このようなジオン軍の中でも、複数のモビルスーツによる連携を重視した近代的な戦術を駆使する部隊が、少ないながらも存在していた。

「あたらしい戦争の幕開けだ。おまえ達はその主役になるんだ!」

出撃前の部下達に対して、ガイア大尉はこう言って檄をとばした。彼は、極めて近代的で合理的な戦いを指向する男である。大局的な戦略よりも個の戦績を重視してしまう前近代的な風潮が存在するジオン軍パイロットの中では、少数派と言えるかもしれない。

彼の小隊は、開戦前から新兵器モビルスーツによる集団戦法を徹底的に研究してきた。彼にとっては、パイロット個人の技能に頼ることなく、集団で効率良く、しかもできるだけ危険にさらされることなく敵を倒すことが、最も重要である。この思想は、兵隊やくざでしかなかった彼に目をかけてくれた恩のあるドズル中将の受け売りであるが、信じられる仲間とチームを組み、命をかけて共に戦うのは、もともと親分肌の彼の気質とあっていた。また、兵卒からのたたき上げ軍人である彼が、シャアのような士官学校出身の天才肌のパイロットと対等に戦うには、こうするしかなかったともいえる。

「アナンケか。旗艦、レビルの艦だな」

ガイア大尉、マッシュ中尉、オルテガ中尉の小隊、通称「黒い三連星」小隊が、乱戦の中でレビルの乗艦を発見できたのは、偶然にすぎない。しかし、彼らはこの機を逃しはしなかった。得意の集団戦法を駆使し、旗艦を守る連邦艦艇をひとつづつ確実に排除、ついにアナンケの懐に飛び込み、ブリッジに肉薄することに成功した。

オルテガのザクが、ブリッジにむけて巨大なヒートホークを振り下ろす。アナンケの装甲はボール紙のように切り裂かれ、さらにすかさず小隊のメンバーがとどめをさす。




「……ジオンおそるべし」

やはり、宇宙での戦いに神のご加護は通じなかったか。沈みゆくアナンケからかろうじて脱出したレビルには、ランチを取り囲む三機のザクの巨体が、民主主義への死刑宣告をくだしにきた悪魔に見えた。

迎撃不能な新兵器モビルスーツによる脅威にさらされながらも、なんとかルウム目前で踏みとどまっていた連邦軍主力艦隊は、旗艦アナンケが撃沈されたことにより、かろうじて保たれてきた指揮命令系統をついに喪失、徐々に秩序を失っていく。




「アナンケ撃沈!」「黒い三連星が、レビルを捕らえました」

おもわず叫んだオペレータのあかるい声が、ジオン艦隊旗艦ワルキューレのブリッジに漂いはじめた暗い空気を吹き飛ばす。

「よーーし、よくやった。一気にたたみかけろ」

ドズルもつられて大声で叫ぶ。

「敵は隊列をみだしています」

秩序を失った連邦艦隊は総崩れとなり、ドズル艦隊の砲撃によりとどめをさされつつある。だが、一部の艦はだまって撃沈されるのをいさぎよしとはしなかった。

「敵艦の一部が、ルウムの領域に退却していく模様です」

多くはないが無視できない数の艦が、ルウム領域に逃げ込んでいく。これを砲撃で壊滅させるためには、コロニーも巻き添えに破壊する覚悟が必要だ。

「コロニーごと攻撃すべきです。ここで連邦艦隊を壊滅させなければ、いずれ本国が攻撃される恐れがあります」

幕僚がドズルに進言する。だが、ドズルは決断できない。

「……モビルスーツ隊に追わせろ!」

「モビルスーツは活動限界です。母艦への帰還の許可を求めています」

どうする? ドズルは必死に考える。

すでにハッテで俺の手は血にまみれた。コロニー落としによって俺の地獄行きはきまっている。だが、どちらの作戦も、立案し命令したのはギレン総帥だった。いまさらきれい事を言う気はないが、俺は武人だ。政治家ではない。俺自身の決断によって、数億人を巻き添えにする命令をくだすことができるのか?

「ルウム政府が、降服を申し出ています」

「複数のコロニーで大規模な内乱がおこり、一部のコロニーが戦闘により破壊されているようです。ルウム政府が治安維持のため我が軍に進駐をもとめています」

コロニーのひとつで小規模な爆発がおこったのが、ドズルからも見えた。コロニー内部の争乱で大型火器が使用されたのだろう。外壁に生じた穴は大きくはなさそうだが、市民にかなりの死傷者がでたのは間違いない。

「……逃げた敵は艦隊のほんの一部だ。放っておけ。降服を受け入れるぞ。我々の大勝利だ!」

ブリッジの中に、ほっとした雰囲気がただよう。戦略的には正しくない選択であることは、みな頭では理解している。しかし、彼らも宇宙の民である。同じスペースノイドへの攻撃、そして母なる大地であるコロニーの破壊は、できればやりたくないのだ。

「消えゆく大宇宙の戦士諸氏に対して、黙祷!」

ドズルは全ての兵に命じる。

壊滅ではないものの、連邦の宇宙艦隊はほぼ失われたといっても良い。また、勝利したとはいえ、ジオンの宇宙艦隊も似たようなものだ。これでしばらく大規模な戦闘はおこらないだろう。あとは親父や兄貴の仕事だ。


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2009.12.13 初出

2009.12.30 ちょっと修正




[12088] ジオンの姫 その20 蛍光ピンク
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/01/11 02:45

人類史上最大規模の宇宙艦隊決戦となったルウム領域における戦いが終わってから、地球圏は一転不気味な静けさを保っていた。

地球連邦にとって、戦争の結果はひとことで言えば惨敗。一瞬にしてまったくだれも予想していなかった不幸な状況に陥った地球連邦は、政府軍部そして国民すべてがただただ唖然としていた。ジャブローが生き残ったためかろうじて軍組織は機能しているものの、宇宙軍をはじめとする軍事力はほぼ全滅。政治の中心である地球本土もほぼ壊滅。連邦レベルの行政府や議会は機能すらしていない。人口は激減し、地球圏経済をささえていた宇宙植民地はその全てがほぼ無傷なまま敵の手におちてしまった。生き残った人々は、誰が責任者であるかも決められず、右往左往するのみだ。

一方、ルウムでの戦いの勝者であるジオン公国も、軍事的には沈黙を保っていた。とりあえず、降伏したグラナダ市とサイド5ルウムの治安回復、そして友好的なサイド1、4、6およびフォン・ブラウン市との関係強化のために政府は奔走しているものの、軍そのものはほとんど動いていない。ルナツーに立てこもっている連邦艦隊の生き残りは、ドズルやキシリアの艦隊がいつルナツーに殺到してくるのか戦々恐々としていたが、正直なところ、ジオン宇宙軍もコロニー落としとルウム戦役において宇宙戦力をほぼ使い切ったという点において、事情が連邦軍とそれほどかわるわけではなく、連邦軍に対する直接的な軍事行動をおこす余裕はなかったのだ。

開戦直後の地獄を経験した地球の政治家や軍人の中には、あるいはこのままなし崩し的に戦争が終わり、勝敗があいまいなまま平和が訪れるのではないかと期待した者も少なくはない。だが、ルウムの治安確保に目処がたった後、ジオン政府はついに勝利を確定するために動き出した。中立を宣言しているサイド6政府を通し、地球連邦政府および地球連邦軍に対して、休戦条約締結を申し出たのである。無条件ではないにしろ、実質的な降伏勧告であるといってもよい。独裁者に恭順するにしろ戦争が継続するにしろ、連邦の政治家、軍人にとって過酷な日々が続くのは間違いない。

地球連邦とジオン公国による休戦交渉は、1月末に南極で行われることが決定された。すでにマ・クベ中将を全権とするジオン代表団は地球に降下し、地球圏全ての人々の目は数日後の交渉の行く末に向いている。



宇宙世紀0079 1月某日 グラナダ

ヤザンナは、ドズル、キシリアとともに、ささやかなパーティに出席している。ジオニック社が軍と共同で開発した新兵器モビルスーツ「ザク」が、このたびアナハイム・エレクトロニクス社の月面工場においてライセンス生産されることになり、その契約締結を祝う式典に招かれたのである。

パーティといっても、あくまで戦時下であり、さらに南極での休戦交渉の直前でジオン軍首脳が多忙を極めていることもあり、簡素で形式的なものでしかない。しかし、モビルスーツはジオン公国にとってこの戦争の結果を左右しかねない最重要兵器であり、出席者はそれに見合うだけの重要人物がそろっていた。

「数日後には休戦交渉なのに、モビルスーツの増産体制を整えるのも不思議よね」

立食形式のパーティ会場で、見知らぬ大人達が次々と自己紹介に寄ってくる合間をぬって、ヤザンナは今さらながらの疑問をラルに問いかける。

「常識的に考えれば、休戦後のごたごたを納めるための軍事力でしょう。もしかしたら、休戦など成立しないと考えているのか、あるいは休戦してもそれは一時的なものにすぎないという見通しなのか。あえてこのタイミングで発表するのも、連邦政府に対するメッセージなのかもしれません」

ラル大尉は、自分は政治の問題には関わりたくないとばかりに、肩をすくめながら答える。ふーん、確かに、地球が壊滅状態で、スペースノイドのほとんどが生き残ってジオンの味方になったとはいえ、この人類を二分した全面戦争がそう簡単に終わるとは思えないわね。

「それにしても、アナハイムって地球の会社よね? 機密とか大丈夫なのかしら」

「『スプーンから宇宙戦艦まで』がキャッチフレーズの会社です。ジオン、連邦問わず兵器を売りまくって儲けている、いわゆる死の商人ですな。ジオニック社のラインだけでは増産が追いつかないのですから、仕方がないでしょう」

ヤザンナとラルの会話に、横から割り込んだ者がいる。

「……もちろん、機密保持は完璧です。いまだ本社は地球にあるとはいえ、我が社の拠点は既に月に異動しています。我が社はスペースノイドと共にあるのです」

割り込んできたのは、おでこの広い、一見していかにも腹黒そうなタヌキ顔の男。

「失礼。ヤザンナ様。私はアナハイム・エレクトロニクスのCEO、メラニー・ヒュー・カーバインと申します。お噂はかねがねうかがっております」

ある意味、今日の主役のひとりだ。会話に割り込まれてラル大尉はちょっとだけ不愉快そうな顔をしたけど、見ようによっては愛嬌のあるタヌキ顔とにこやかな営業スマイル、そしてそれに似合わぬ優雅な動作のおかげか、不思議とそれほど無礼だとは感じない。

「どんな噂ですか?」

「モビルスーツの操縦がお上手とか。我が社が独自のモビルスーツを開発する際には、是非お手伝いいただきたいものです」

たわいもない社交用の営業トークなのだろうが、おだてられれば悪い気はしない。

「いいわよ。私も連邦軍が開発する新型モビルスーツには、是非乗ってみたいわ」

メラニーさんが一瞬だけ顔色を変える。なんか悪いこと言ったかしらね。

「……ほう。アナハイムは、連邦軍の新型モビルスーツを開発中なのか? ジオンではなく」

今度は、横からドズル叔父様が割り込んできた。ちょっとお酒が入っているせいか、いつもよりさらに声が大きい。静かなパーティ会場のなかで「連邦軍の新型モビルスーツ」という単語だけが妙にクリアに響き渡り、それが耳に入ってしまった人々は神経をこちらに集中せざるをえない。

「もちろん連邦軍も我が社のお得意様です。ですが、商売の内容については、おはなしすることはできません」

すでにメラニーの顔色は平常にもどり、営業スマイルが貼り付いている。ドズルの顔を正面からみあげながら、営業用の口調でなめらかに語る。いつの間にか、会場のざわめきが消え、空気が凍り付いている。

「……ふん、まあいい。機密保持は完璧なのだな。これからもよろしく頼む」

ドズル叔父様は、何事も無かったかのように、笑いながら他のテーブルに向かって去っていった。人々の緊張が一気に緩む。メラニーさんも、私に一礼した後、今度はキシリア叔母様のいるテーブルに向かっていった。ラル大尉がため息をひとつつき、肩の力を抜いたのがわかる。ザビ家の連中や海千山千のビジネスマンと比べれば、ラル大尉って意外に常識人なのだなぁと実感する。いつも迷惑かけてごめんさい。



キシリアは、営業スマイル全開で話しかけてくるメラニー・カーバインを、普段の彼女を知るものなら想像もできないような明るい笑顔でむかえた。ザビ家の一員として、地球圏有数の巨大企業のCEOと親交を深めることはもちろん重要なことであるが、今日の彼女の上機嫌はメラニーとは関係なかった。彼女を数日にわたって悩ませ続けた懸案事項が、やっと解決できそうなのだ。



懸案はふたつあった。

ひとつめ、目の前に迫った南極での交渉の件だ。

我らがジオン軍は、ジャブローこそ破壊はできなかったものの、コロニー落としよって地球に大被害を与え、さらにルウムにおいて連邦の宇宙戦力をほぼ壊滅に追い込んだ。緒戦における戦略目的はほぼ達成し、ジオン本国に対する報復攻撃の心配もなくなったといってもよい。

しかし、キシリアにとっては、これは勝ちすぎなのだ。戦前から存在した宇宙の諸勢力のうち、ハッテを除くすべて、すなわちサイド1,4、5、6、そして月の諸都市は生き残り、しかも実質ジオンの支配下となった。さらにレビルも失った連邦軍は、無条件降伏はしないだろうが、講和の道を模索するしかないだろう。交渉においてジオン政府が提出する休戦のための最低条件は、ジオンの独立の承認と、ルナツーの譲渡。要するに、宇宙の支配者はギレンだとみとめることだ。

これはジオンの大勝利である。最大の貢献者は、もちろん全ての作戦を立てたギレンと、作戦を実行したドズル。そして、初期の計画を修正し、サイド1と4を実質ジオン配下とすることに成功したのは、ダルシア・バハロ首相の功績だといわれる。さらに、ガルマはサイド5ルウム占領軍の司令官として進駐し、実質内乱状態だったルウム国内をほとんど軍事力を行使せず、鮮やかに治安を回復して見せたそうだ。アレの政治的手腕がそれほどだとは、思ってもいなかった。

一方、情報戦など裏方に徹したキシリアは、少なくとも一般国民からは、勝利に貢献したとは思われていない。キシリア主導で準備されてきた地球降下部隊が活躍すること無しに、このまま講和してしまっては、政府内部でのキシリアの地位は大きく低下するだろう。だが、ニュータイプを信じていないギレンやドズルが指導するジオンでは、ジオン・ダイクンの意志をつぐことはできない。これはキシリアにとって許せることではない。ここで戦争が終わってはならないのだ。



もうひとつの懸案は、さらに深刻なものだ。

コロニー落とし作戦の際のコロニー崩壊に繋がる爆発について、ランバ・ラル大尉がなにかをかぎつけたらしい。もともと、ヤザンナの側にいる立場を利用して軍内部でも自由に動き回っている男だが、どうやら今回は本気でキシリアを狙っているらしい。別名キシリア機関ともよばれる突撃機動軍の情報機関があらかじめマークしていなければ、彼の動きに気づくことすらなかった可能性がたかい。

もちろん、例のコロニー崩壊工作にからむ関係者は、既にこの世にいない。なにひとつ証拠はないはずだ。だが、ラル大尉はいったいどこまでつかんでいるのか? 既にギレンは知っているのか? なんにしろ、ラル大尉はギレンの親衛隊所属のため、表だって妨害はできない。

ジャブローの破壊を妨害し、連邦の即時無条件降伏を防いだという点で、あの工作は成功したと言える。が、工作が表沙汰になれば、キシリアの政治生命はおしまいだ。そもそも、ラル大尉が疑念を抱いたきっかけはなんなのだ。誰が情報を漏らしたのだ。ラルに命令を下せる立場は、ギレンかデギン、あるいはヤザンナしかいないはずだが。



これら、キシリアの未来を決定づけかねない懸案を一気に解決する目処がたったのは、つい先日のことだ。既に手はずは整えられ、あと数時間で決着がつくだろう。キシリアは、ヤザンナとラルのいるテーブルの方向に視線を送ると、満足そうにワインを飲み干す。その様子を、カーバインCEOが不思議そうに眺める。



式典終了後、ジオン軍首脳とともに本国にトンボかえりする前に、ヤザンナはもうひとつだけ簡単なイベントをこなさなければならない。グラナダ上空で、ザクによるデモフライトをするのだ。

グラナダは、連邦軍の抵抗をほとんど受けることなく、キシリアの艦隊による占領が極めてスムーズに行われた。このため、ルウムの大勝利に沸くドズル艦隊や本国市民とは対照的に、駐留艦隊には手柄を立て損なった不満が鬱積しており、これはドズルの宇宙攻撃軍とキシリアの突撃機動軍との軋轢に繋がりかねない。要するに、国民に大人気のザビ家の姫君自らが慰問することにより、現地部隊の士気を維持しようという作戦である。さらに、もともと独立志向が高かった月の市民達に、支配者が誰であるのか、あらためて示す効果も狙っている。

ヤザンナは、港の一角に佇む自らのザクを見上げ、ひとつため息をつく。彼女の前に立つザクの色は、鮮やかな蛍光ピンク。軍艦やモビルスーツが所狭しと並ぶ軍用港の一角で、ピンク色の人型兵器のまわりだけが異空間である。これはどうやっても兵器には見えない。

彼女は特に色にはこだわりが無かったため、専用ザクも標準色のまま放っておいただけなのだ。そうしたら、気付いたときにはジオニック社の連中が勝手にこの色に塗装していたのだ。無骨なザクを何とか少女用にしようということで、彼らなりに気をつかってくれた結果らしいのだが、これはないだろう。初めて見たときには、さすがのヤザンナも気を失いかけた。だが、今日同様のイベントは過去数回おこなわれているのだが、毎回このTV映りのよい蛍光桃色ザクが、市民からも、そして軍人からも大好評だというのだから、世の中ってわからない。

グラナダの周囲に展開した駐留艦隊と、ドズルと共に本国に帰る艦隊の間を、数機のザクで編隊を保って飛ぶだけの簡単な任務。ヤザンナは、ドズル、そしてラルや護衛役の数機のザクと共に、港のハッチから月面上空にむかってジャンプ、静かに宇宙空間に踊りでる。



同刻 ジオン公国首都ズムシティ某所

独房の扉が開かれた時、レビルは眠りについていた。ジオン軍の制服を着た数人の男が顔を覗かせ、いぶかしがるレビルを無理矢理そとに連れ出す。

捕虜となったレビル将軍がズムシティを脱走したという知らせがグラナダに届いたのは、それから数時間後のことであった。

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2009.12.30 初出

2009.12.31 誤字を修正

2010.01.11 ちょっと修正





[12088] ジオンの姫 その21 陽動作戦
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/01/30 18:06
ザビ家のふたりに率いられたザクの編隊飛行は、スケジュール通り完璧に終了した。多数のTVカメラも動員されており、すでに戦勝気分に浮かれている多くのジオン国民に注目されているだろう。

わずかな問題が生じたのは、セレモニーの終了後だ。ドズルが自らの旗艦への着艦に手間取り、艦隊の発進が予定よりもわずかに遅れたのだ。

ハッチにひっかかったドズルのザクは、護衛のザクの手をかりてデッキに無理矢理引き込まれる。その間、暇を持て余したヤザンナは、TV局の中継用の船の前をわざと飛びまわって見せた。まずは人型機動兵器の特長を最大限にいかした華麗な戦闘機動のかずかずを披露。ついでに、ちょっと人間らしいコミカルなポーズをとってみたり、サービスも忘れない。もしザクにウインクをする機能があれば、ヤザンナのファンが倍増したのは間違いないだろう。



しばらくして、ラル大尉からそろそろ帰艦するよう促されたとき、遠くで何かが光ったような気がした。同時に、グラナダの司令部と旗艦から警報が発せられ、艦隊全体に緊張につつまれる。敵だ。

……敵? いまやルナツー近傍を除く宇宙空間の大部分はジオンの庭と言ってよい。そして本国と月のグラナダを結ぶ線の周辺は、ジオンにとって絶対防衛圏の中だ。スペースコロニー国家であるジオンは常に長距離ミサイルの驚異にさらされているため、戦闘が予想される空域以外でミノフスキー粒子が高濃度散布されることはなく、常時に多数のレーダーによって監視されている。仮にミノフスキー粒子が散布されたり破壊工作が行われてレーダー網に穴が開けば、即時に警戒レベルが上がるはずだ。それなのに、警報も無いまま敵がここまで侵入? ありえない。

旗艦から転送されメインモニタに描かれる敵の情報は刻々と変化し、次第に詳細になっていく。接近する高熱源体は超高速。その速度と軌道、そして赤外線パターンから判断しておそらくはミサイル。数は多数、数え切れないほど。要するに、大量のミサイルが艦隊めがけて超高速で飛来している。ミノフスキー粒子は散布されていない状況とはいえ、完全な不意打ちでこれだけの数が同時におそってくれば、十分に飽和攻撃としてなりたつだろう。すべて迎撃でるとは限らない。

各鑑の防衛システムの火が入り、のろのろと対空砲火が立ち上がりはじめる。しかし、初動こそ遅れたものの、人類文明の粋を集めた宇宙戦艦の防衛システムは、不意打ちに対してもほぼ期待通りに動作した。ほとんどのミサイルは艦隊に近づくまえに弾幕に捕らえられ、見事に迎撃は成功。アナハイムの社長には感謝しなきゃね。

だが、やはり被害ゼロとはいかない。わずかに撃ち漏らしたミサイルがいきのこり、艦隊内部まで進入し、一隻のムサイ級に直撃した。ルウムでの戦いを生き残ったその無骨な船体は、一瞬で強烈な閃光にかわり撃沈。核弾頭だ。

連邦による核兵器の使用に関して、文句を言える筋合いはない。ジオンも、ハッテやコロニー落とし、ルウムにおいて核をさんざん使ってきた。今次大戦における核兵器の取り扱いについては、いまだジオンと連邦の間で何の取り決めもない。

「……防空網を突破されているのに、これで終わるわけがないわ。本命、ミサイルを撃った連中がすぐにくるわよ」

ヤザンナは護衛役のザクに向けて叫ぶ。

「武器を貸しなさい!」

味方のザクからマシンガンを奪い取ると、蛍光ピンクのザクが青い旧ザクを引き連れて、艦隊の前におどりでる。




鑑列の真ん中でおこった核爆発のため、艦隊は混乱している。至近距離で発生した強烈な電磁波により、一部の電子機器が麻痺しているのだ。復旧までにはもうしばらく時間が必要だろう。ヤザンナとその護衛以外、モビルスーツはまだでてはいない。

「ヤザンナ、あまり前にでるな。すぐにモビルスーツ部隊がでる」

やっと旗艦のブリッジにあがったドズルが叫ぶ。ドズル艦隊とグラナダ艦隊の各鑑は、陣型を整えるためのろのろと移動を始める。

「民間の船を下がらせろ!」

デモフライトを見学していた民間船が、ようやく緊急事態を理解して港に向かって降りていく。だが、一部のTV中継船は警告を無視、特ダネ目当てに踏みとどまっている。



久しぶりの実戦。ヤザンナは心の高揚を押さえきれない。そして、神経を研ぎ澄ます。ジオン軍が心血を注いで構築した防空網が、月周辺の全域にわたってまったく機能していないなどということが、あるわけがない。たまたまできた数少ない穴を、敵が何らかの方法で知り正確についてきたのだとしたら、本命もミサイルとほぼ同じ方向から来るはず。……きた。

連邦の宇宙戦闘機と戦艦。セイバーフィッシュ十数機とマゼンラン級一隻が、密集したまま高速で突進してくる。遠くにコロンブス級の輸送鑑もいるようだ。三次元的な輪型陣を組み直しつつあるジオン艦隊の最外縁、待ち構えるヤザンナとラルのザクの射程距離に達する直前、戦闘機は散開し個別に獲物に向かう。

「ちぃ!」

ヤザンナは舌打ちした後、唯一一直線に突入してくる敵、マゼラン級に狙いを定める。乱射している主砲の軸線をぎりぎりに避け、すれ違いざまにブリッジを狙って一射。一瞬にしてブリッジ内部が炎に包まれるものの、巨大な戦艦の突進はとまらない。振り向きざまに最大加速、相対速度をあわせてメインエンジン付近に二連射ほど叩き込んでとどめをさす。

「護衛の必要などありませんな」

ラル大尉の口笛が無線から聞こえる。

「まだよ。戦闘機が残っている」

そのまま味方艦隊まで戻り、敵戦闘機を追う。一撃離脱が徹底されていたら獲物はすべて既に逃げ去った後かもしれないとも予想していたが、敵はまだジオン艦隊につきまとい、執拗に攻撃を続けていた。ドズルの旗艦が集中的に襲われている。

「奇襲が成功した時点で逃げればよいものを。欲張りには、お仕置きが必要ね」

旗艦の側面に向けて直進しミサイルを撃った直後の戦闘機に、ヤザンナは狙いを定める。旗艦の艦首の方向から舷側ぎりぎりにかすめるように飛び、発射されたミサイルを90度の角度からマシンガンで迎撃。爆発の余韻が残る中、旗艦の中でももっとも頑丈な部分に蹴りをいれ、機体の向きを強引に変える。次の瞬間には、突進してくる戦闘機と正対していた。

セイバーフィッシュは、決して悪い機体ではない。シンプルで軽量な機体は、直線的な加速性能ではザクに負けてはいない。一撃離脱に徹すれば、それなりに有効な兵器だといえる。しかし、核融合エンジンの大パワーを活かして重武装と重防御を極め、しかも瞬間的に360度自由な機動が可能なモビルスーツを相手にするには、やはり荷が重い。その上、今回は相手が悪すぎた。

セイバーフィッシュのパイロットは、ピンク色の人型機動兵器がマシンガンの銃口をこちらに向け、自分の前に立ちふさがるのを見て、何かの冗談かと思った。次の瞬間、なにが起こったかわからないまま、彼の機体はバラバラになる。

「ふたつめ!」

鋭角的なフォルムをもつ連邦軍の宇宙戦闘機が、よりによってピンク色の巨大人型兵器に蜂の巣にされるという、ある意味幻想的な光景は、それを目撃した人々に対して、ここが戦場であることを一瞬忘れさせた。ヤザンナの次の獲物は、そんな光景を見て唖然としつつ、思わずまばたきを数回したパイロットだった。等加速のまま直線的に飛んでしまったそのほんの数秒間の隙が、彼の命取りとなる。

「もらったぁ! みっつ」

こちらを攻撃する気がなく、未来位置を正確に予想できる戦闘機など、単なる的でしかない。ヤザンナの一連射を真横からきれいに浴びて、不幸なパイロットは火の玉になる。



ヤザンナは、戦艦と戦闘機、合計5機を撃墜した。突入してきた敵宇宙戦闘機のうち半数は、ヤザンナと味方モビルスーツ部隊によって撃墜されたことになる。残りは搭載した核弾頭を無駄に乱射しつつそのまま母艦に向けて去っていった。とはいっても、奇襲に対する復讐心に燃えた数機のザクが母艦であるコロンブス級に向かっていったため、生き残ることは難しそうだが。

「ヤザンナ、ご苦労だったな。敵は撃退した。帰還しろ」

いまだ混乱から抜けきってはいないブリッジから、ドズルは奮闘した部下たちを労う。

味方の損害は、はじめのミサイル攻撃でやられた分を含めて、撃沈2に小中破が数隻、そして数機のモビルスーツ。加えて、旗艦ワルキューレはヤザンナに蹴られた箇所がわずかに小破。敵戦闘機は、最初から旗艦だけを集中的に狙ってきた。被害を受けた味方の艦は、そのほとんどが旗艦の盾となったか、あるいは流れ弾にやられたものだ。もし、敵戦艦が突入する前にヤザンナにしとめられていなかったら、旗艦も危なかったかもしれない……。まぁ、敵は戦艦一隻に加えて輸送艦一隻分の戦闘機全てを失ったのであるから、総合的な収支は五分五分といったところか。完全な奇襲を受けた割には被害は小さかったといえるが、裏庭まで敵に侵入された我が軍の心理的なショックは小さくはない。

「……それにしても」

ドズルは納得がいかない。

「なぜ、防空網がこうも易々と突破されたのだ?」

あまり考えたくはないが、ジオンの中枢に裏切り者がいるのではないか?

さらに、数日後には南極で休戦交渉が行われるこのタイミングで、なぜ敵はこんな無茶な作戦を実行しなくてはならないのか、その点もドズルには理解できない。もしかしたら、連邦にはなにか別の大きな作戦があり、これはその陽動にすぎないのではないか?

ちょうど同時刻、ズムシティにおいてレビル奪還作戦が行われていることなど、ドズルはもちろん知りはしない。にもかかわらず、この奇襲が陽動であることをそくざに見抜いた彼の軍人としての洞察力は、たしかに非凡であろう。しかし、レビル奪還作戦が行われることを知った上で、その陽動と見せかける作戦を計画し、さらにその裏で真の目的を果たすべく画策している者の存在など、神ならぬ身であるドズルは知る由もなかった。



話は数日前にさかのぼる。

「デギン公王が、連邦軍が計画しているレビル奪還作戦を支援しているだと?」

突撃機動軍の情報機関から、デギンと連邦軍の一部勢力が結託して行っている政治的工作について報告を受けたとき、キシリアは小躍りして喜んだという。

なるほど。父上はヤザンナがきてからすっかり弱気になってしまった。宣戦布告から開戦直後のコロニー落とし作戦は、ギレンに強引に押し切られる形で実行することになったものの、その結果として発生したとてつもない被害の大きさに恐れをなし、無条件の即時戦争終結を望んでいるときく。

レビルは、連邦軍の中でもリベラルな改革派で知られる。サイド3駐留艦隊の時代から、デギン公王との付き合いもあり、立場は違えどそれなりにお互いを尊重していた仲だ。そんな彼が連邦軍にもどれば、右往左往するのみのジャブローのモグラどもを講和の方向でまとめ、南極での交渉で一気に戦争が終わると考えたのか。おおかた、即時停戦に応じるならばと、連邦への有利な条件をレビルの耳元でささやいたのだろう。

しかし……。キシリアは確信している。レビルはリベラルであるが故に、ギレンによる独裁を絶対に許容しない。レビルが連邦軍で実権を握っている限り、連邦は徹底抗戦を貫くだろう。なぜ父上には、それがわからないのか?

「老いたな、父上」

キシリアはため息をひとつつく。かつて強腕でならした革命家が、老い故に冷静な判断ができくなるなるのをみるのはつらい。身内ならばなおさらだ。

だが、これは戦争継続を望むキシリアにとっては、都合がよいことである。とんだ茶番劇ではあるが、自らの手を汚さずに、連邦を徹底抗戦に追い込むことができるのだ。

さらに。

「ドズルやランバ・ラルにも、茶番劇の舞台にあがってもらおうか……」

キシリアは、茶番劇の観客でいるだけでは満足できなかった。自らの政敵を葬りさるため、父が作ったシナリオを強引に改変しようと試みたのだ。

キシリアが手駒として使えるスパイは、連邦軍の中枢にも潜り込んでいる。彼らを通じて、レビル奪還を支援するための陽動作戦の実行を吹き込んでやればよい。

レビルが逃げる際には、奪還部隊と共謀したデギンの工作により、ジオン本国周辺の防空網に故意に穴があけられるのだろう。その穴をつけば、セレモニーで無防備なドズル艦隊を奇襲することができる。これは陽動として大きな意義があると同時に、開戦以来負けっぱなしの連邦軍にとってささやかながら反攻作戦の第一歩になる。もしドズルをしとめられれば、その影響は計り知れない、と。

連邦軍の中の戦争継続を望む一派は、簡単に食いついてきた。陽動作戦の実施はあっというまに決定され、急遽編成された陽動部隊は奪還部隊とともに既にルナツーから発進済みだ。ちなみに、デギン公王は、陽動作戦については未だになにも知らないままらしい。

キシリアにとってこの作戦のもっとも重要な点は、彼女はまったく手を汚す必要がないことだ。あくまで、連邦軍とデギンが共謀した作戦によって、ドズルやランバ・ラルに不幸が訪れる。結果によっては、老いた公王を政治的に失脚させる致命傷になる可能性すらある。キシリアにとっては、よいことづくめだ。

気になる点があるとすれば、連邦軍の小規模な奇襲部隊による陽動作戦ごときで、ドズルやランバ・ラルを確実に葬ることができるかどうかだ。

「せっかくの好機だ。だめ押しを用意するべきだな」

ヤザンナとラル、そしてドズルを襲った茶番劇による災難は、連邦軍による奇襲を切り抜けても、まだ終わってはいない。




着艦するために旗艦にアプローチを始めたヤザンナとラルのザクを、ドズルはブリッジの窓から眺めていた。艦隊防衛の任務を終えた他のザクも、それぞれの母艦に帰還していく。収容がおわり次第、艦隊は本国に向けて出航する。TV局の船は、まだこちらにカメラを向けているようだ。

やれやれ、とんだセレモニーになってしまった。親父は、ヤザンナの実戦をみてなんと言うだろうか。

と、ドズルの目は一機のザクにむいた。対艦用のバズーカで武装したそのザクは、母艦に帰還することなく、まっすぐにドズルの旗艦に向かってくる。なんだ?

ザクは、ブリッジの正面で停止すると、ゆっくりとバズーカをかまえた。照準の先にいるは、強化ガラス越しドズルだ。

「……なんのまねだ?」

どよめく幕僚たちを制し、ドズルは無線で話しかける。

「連邦軍も、ザビ家の一人も殺せないまま全滅するとは情けない。だが、我々は、ザビ家の独裁には決して屈しない。ジオン・ダイクンの理想を実現するため、最後まで戦うのだ」

バズーカを構えたザクは、民間にも聞こえる完全にオープンな通信を使い、ドズルの問いに答える。

「ダイクン派の残党が軍に潜り込んでいたとはな……。この期に及んでテロとは、連邦にそそのかされたか? それとも裏で手を引いている者がいるのか? 草場の陰でダイクンが泣いているぞ」

ドズルは落ち着いたままだ。すでに覚悟は決めている。

「独裁者がなにをいうか! 死ね!!」

図星をつかれたパイロットは激高し、ザクはさらにブリッジに近づく。バズーカに装備されているのは、対艦用の核弾頭だろう。自分が爆発に巻き込まれるのも厭わないつもりらしい。

「ふん、図星だったか。……総員退避! ヤザンナはどこだ、逃がせ!!」

ドズルが叫ぶ。ザクがバズーカを発射する。そのザクにむけてピンク色のザクが体当たりをかます。これらはまったく同時だった。発射されたバズーカの弾体は、体当たりによって照準がわずかにはずれ、ブリッジをかすめていく飛んでいく。

「ヤザンナよせ。奴は自爆するぞ、早く逃げろ!」

発射した弾がドズルの旗艦に命中せず、さらにジオン軍人なら誰もが知るピンク色のザクが至近距離からこちらに向けてマシンガンを構えているのをみて、テロリスト呼ばわりされた男も覚悟を決めた。バズーカには残り5発の弾が残っており、すでに安全装置は解除してある。もともと生きてかえる事は許されていない彼は、躊躇することなく弾頭を爆発させた。

次の瞬間、ヤザンナのザクと、それをとっさに庇う姿勢をとったラルのザク、そしてドズルの旗艦の極めて近傍で、巨大な火の玉が発生した。


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最近気付いたのですが、もしかしたら私はキシリアが大好きだったのかもしれません。彼女もジオンの姫だし。


2010.01.11 初出

2010.01.30 ちょっとだけ修正



[12088] ジオンの姫 その22 君はどこに落ちたい?
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/02/11 02:20
「前方に船影! これは……連邦の巡洋艦、サラミス級です」

ドズル中将から受領したばかりのムサイ型巡洋艦「ファルメル」のテストを兼ね、クルーの完熟訓練を行っていたシャア・アズナブル少佐は、オペレータの声に眉をひそめる。ファルメルが航行している空域はジオン本国と月を結ぶライン上、いわばジオンの生命線である。本来ならば、連邦軍の戦闘艦がいて良い場所ではない。

「追いつけるか?」

「距離があります。全速で五分五分ってところですかね」

舵をにぎるドレン少尉が答える。

さて、どうする?

ルウム会戦においてたった一機のザクで戦艦5隻を沈めたシャアは、その功績をもって二階級特進、一気に少佐の地位を得た。ジオン国民の戦意高揚のため英雄に祭り上げられたという一面は確かにあるが、連邦軍兵士にとって赤い彗星の異名が恐怖の対象となっているのは紛れも無い事実だ。連邦軍の新型モビルスーツ開発計画の探査という最重要任務と、そのための新造艦、さらに最新型のS型ザクが彼に与えられたのは、軍上層部からも実力が高く評価されていることを示している。

その彼、シャア・アズナブル少佐が、まったく予想外の敵との遭遇に対し、どうするべきか決断しかねている。本来ならば、こんなところを単艦でうろうろしている敵巡洋艦など、即座に撃沈、または拿捕するべきだろう。追いつきさえすれば、それはあっという間に可能なはずだ。彼自身がザクで出れば、艦の主砲を使うまでもない。

だが、妙だ。

敵艦がとるコースは、我が本国からルナツーに向けて逃走しているように見える。なぜここまで防空網に捕らえられなかったのだ。罠なのではないか? 何かの陽動? あるいは、我が軍に連邦と通じている者がいるのか? ジオンの絶対防衛圏の内側で、自分の知らない何かが起きている。彼の頭の中で警報が鳴り響く。それを裏付けるかのように、オペレータが叫ぶ。

「少佐! グラナダより入電。ドズル閣下の艦隊が襲撃されたとのことです」

「損害は?」

「情報がかなり混乱しています。基地指令のキシリア閣下はご無事なようです、……が、……ワルキューレ撃沈? ヤザンナ様が行方不明……」

オペレータの声が小さくなる。無理もない。

「馬鹿な! ソロモン、いやズムシティの司令部は何と言っているのだ?」

「こちらも混乱しています。どうも防空システムと通信網に大規模な障害が起きているようです。レビルが脱走したらしいのですが、それ以上のことはわかりません」

シャアは、モニタの中、必死に逃走をはかるサラミス級を目で追う。なるほど、レビルはあの艦に乗っており、この混乱は人為的なものというわけか。裏にいるのは軍中枢の大物、おそらくザビ家の人間だろう。

「どうします? 少佐」

ドレンが試すような口調でシャアに尋ねる。シャアの口元が自然と緩む。

「決まっているだろう、ドレン。ザビ家の不幸を見逃すわけにはいかない。月へ向かうぞ!」




「このメンコ、……まだ動いているわ」

ヤザンナはザクのコックピットの中、わずかに明滅をくりかえすいくつかの丸い計器をみて思った。どれくらい気を失っていたのか。まだ頭がボーッとしている。

「電源が切れりゃあ、計器なんぞメンコ以下の代物だ」

連邦軍のパイロット候補生だったころ、昔気質の鬼教官から最初に叩き込まれたのが、この格言(?)だ。格闘戦においては計器などあてにならん、経験と勘がものを言うのだ……と彼は常々言っていた。近代戦でそんな馬鹿な事があるかと鼻で笑っていたものだが、化け物のような敵との命をかけた戦いを幾度も経て、自分もそれなりのベテランとなってはじめて、彼が何を言いたかったのかがわかったような気がする。

さらに、この格言を逆にいえば、計器が動いているうちは機体が生きているということになる。そう、彼女のザクは生きている。至近距離で核爆発をくらったにもかかわらず、彼女の愛機は死んではいない。

コックピットの中は無数の警報が鳴り響いている。核融合炉はスクラム状態。メインコンピュータは自己診断モードのまま復帰していない。生きているのは、非常用のサブのコンピュータのみ。これでは戦闘機動は不可能。さらに、とっさに確認できる範囲では、外部装甲の所々が熔解、装甲はゆがみ、片足が引きちぎられているらしい。機体は完全に制御を失い、ゆるやかに回転している。最悪なのは、ハッチが歪んで開かないこと。基地か母艦に帰らないと、ここを棺桶とするしかない。

だが、それでもザクは生きている。コクピットまわりの装甲と予備電源、最低限の生命維持装置が、ヤザンナの小さな体を真空の宇宙空間から守っているのだ。酸素の残りは数時間ってところか。もともと戦闘用のノーマルスーツではないので、これは仕方がないだろう。

まぁいろいろと不具合はあるけど、ジオニック社のエンジニア達には感謝しなきゃね

前世の時代から、彼女は常にエンジニア達に感謝の心を忘れたことがないし、それを実際に言葉にだしたことも少なくはない。自分が命をあずける機体を心血を注いで整備する人間に対して、そうすることが当たり前だと思っている。

すこしづつ頭が冴えてくる。意識をとりもどしてまず反射的に愛機の状況を確認したのは、やはりパイロットとしての本能であろう。次に確認すべきは自分の体。……あまりよろしくないわね。呼吸をするだけで胸が苦しい。意識がはっきりするにつれ、苦しさが痛みに、そして激痛にかわっていく。ノーマルスーツのヘルメットの内側が血で赤く汚れている。瞬間的に凄まじいGがかかったのだろう。あばら骨が何本か逝ってるかもしれない。生命維持装置のモニタには、血圧低下と、……放射線の被曝線量の警報がでている。

旗艦に砲口を向けたザクを止められるか、五分五分以下の掛け率だと思いつつ反射的に飛び出してしまったけど、やはり無理だったみたい。ドズル叔父様の「逃げろ」という声は聞こえたような気がするが、あのタイミングで核爆発を起こされたら、逃げるのも難しかっただろう。

爆発の直前、ラル大尉のザクがとんでもない速度で体当たりをしてきた。直後、自爆したザクが核弾頭そのものと共に超高温超高圧のガスの塊となり、彼女の機体に襲いかかる。衝撃はその時のものだろう。自身も火球の一部となって即死しなかったのは幸運だといえるのだろうけど……。胸の苦しさとは別に、体中が熱い。吐き気もする。いったいどれだけの放射線、中性子線とアルファ線を浴びたのか……。ヤザンナは頭を振って考えないことにした。



宇宙空間での核弾頭の爆発は、大気圏内のそれとはかなり様相が異なる。核爆発の瞬間、核融合反応によって生じた莫大なエネルギーが、熱や光、あるいは放射線という形で放出されるのは、どんな場合でも同様だ。そしてそれが大気圏内の爆発の場合、放出されたエネルギーのほとんどは周囲の大気と反応し、超高温・超高圧の火球を形成することに利用される。太陽にも匹敵する数百万度にもおよぶ火球のなかに飲み込まれたものは、それがなんであれ溶けて消えてしまうだろう。また、火球は超音速で爆発的に膨張し、その際に発生した衝撃波や高温の爆風が、広い範囲にわたって破壊の限りを尽くす。戦略用の大型核兵器であれば、その直接的な威力ははるか数十キロ、数百キロかなたまで影響を及ぼし、放射能をもつ降下物など間接的な被害も含めれば、爆発の後には人の住めない広大な荒野が残るのみだ。

一方、宇宙空間での爆発の場合、周囲には大気が存在しない。したがって、火球はあまり大きくはならず、もちろん熱風や衝撃波も生じることはない。かわりに、爆発のエネルギーのほとんどは熱線や電磁波、放射線の形で直接周囲に放出されることになる。大気による遮蔽効果がないため、放射線はより遠距離まで強い影響を及ぼすものの、もともと宇宙船の多くは恒常的な宇宙線の影響から乗員をまもることを考慮して設計されている。もちろん核弾頭の直撃をくらった宇宙戦艦は跡形もなく消え去ることになるが、数キロから数十キロメートル単位の距離をとって展開することが一般的な宇宙艦隊全体に大きな影響を及ぼすことは、ほとんどない。

だが、ヤザンナのザクは、MS06Fの改造型である。

この時期ジオン軍で一般的に使用されているMS06C、あるいは旧ザクことMS05は、宇宙での接近戦による対艦核攻撃を想定した機体であり、パイロットを至近距離の核爆発による放射線から守るための遮蔽壁が厳重に装備されている。しかし、ヤザンナの駆るF型は、軽量化・高機動化のため、C型から対核装備を取り除いた機体であった。もちろん、機動兵器といえども宇宙空間での利用が前提の兵器であるから、通常レベルの放射線からパイロットを守る機能は備え付けられているが、至近距離で熱核反応にさらされる事はもともと想定されてはいない。



とりあえず、救難信号は自動的に発信されている。まずはじめにやるべきは、機体の回転を止めること。メインエンジンが停止したままなので背中のメインスラスターは使えないが、姿勢制御用の化学ロケットエンジンを使えばなんとかなるだろう。次に重要なのは、自分の位置と速度を確認すること。モニタに映る地球が大きい。複数の衛星をつかい、サブのコンピュータで正確な位置と軌道を計算、……このままでは、数時間で大気圏におちる? くそったれ。



地球圏において地球の大気圏の外にいるもの、要するに衛星軌道上に存在するものは、地球に落そうと思ってもそう簡単に落ちるものではない。一度軌道に投入された物体は、地球の重力と釣り合うだけの速度を与えられており、これを地球に落とすためには、速度を打ち消すだけのエネルギーを新たに与えてやらねばならないのだ。意外かもしれないが、例えば月軌道上の物体は、減速して地球に落とすよりも、そのまま加速して地球の重力圏外に放り出す方が必要なエネルギーが少なく簡単なくらいだ。ジオン軍がコロニーを地球におとすために巨大な核パルスエンジンを構築する必要があったのも、いまだルナツーやソロモンを落とせないのも、これが理由である。

さらに、地球に落とすための減速は、厳密な正確さが要求される。衛星軌道上のあらゆる物体は、ニュートンの法則とケプラーの法則にしたがう。物体をどの方向に加速または減速しようとも、それは地球の重心をひとつの焦点とする新たな他の楕円軌道に移るだけだ。物体が地球に落下するということは、この楕円軌道の最も地球に近い点が、地球の半径約6000キロメートル以内を通過するということを意味する。各種実用衛星や旧世紀の国際宇宙ステーションが飛んだたかが地上数百キロの低軌道ならば、ほんの少し軌道を歪ませるだけで大気上層部に触れ、そのまま大気との摩擦により減速して地表に落下させることも可能である。しかし、地球からはるか約38万キロも離れた月軌道上の物体を正確に減速し、わずか半径6000キロの地球に落ちる楕円軌道に乗せるのは、そう簡単ではない。ましてや、ヤザンナは月の孫衛星軌道上で、しかも戦闘機動の最中にラルのザクと絡み合いながら爆発を浴びたのだ。これが偶然にも地球落下軌道にのっているなど、神の悪ふざけにもほどがある。



だめだ。どちらにしろ助からない。ヤザンナのザクは既に鉄くず同然であり、生き残ったわずかなエンジンの推力をフルに使って加速しても、落下を止めることはできやしない。言うまでもないが、ザクに大気圏突入能力はない。酸素がなくなって死ぬのと、燃え尽きて死ぬのと、はたしてどちらがマシなのか、難しいところだわ。

ラル大尉は? 爆発の瞬間、ほとんど同じ場所に居たはずだから、運が良ければ近くにいるはず、……いた。青いザクが、ゆるやかに回転しながら、ヤザンナと平行に飛んでいる。視認できる範囲では、ヤザンナのザクと同様、いやそれ以上にひどい有様だ。ヤザンナのザクを庇う形で熱線をもろに浴びたのだろう。装甲どころかフレームまで半ば溶解し、既に人型をしていない。生命維持装置は動いているのだろうか? 自分よりも大量の放射線を浴びたかもしれない。せめて彼だけでも、助けられないものか。頭にうかぶイヤな予感をヤザンナは無理矢理ふりはらい、なんどもなんどもラル大尉に呼びかける。



「シーマ様、見つけましたぜ。弱々しいが、友軍の救難信号です。おそらくヤザンナ様のザクでしょう」

「私たちが一番乗りかい。ザビ家にはたんまり恩を売っておくかねぇ」

月から地球に向かうコースに進むザンジバル級巡洋艦リリー・マルレーンのブリッジの中、シーマ・ガラハウ少佐はオペレータの報告に口元をゆるめる。

連邦軍による奇襲、そして自爆テロが起きた瞬間、キシリア少将麾下の突撃機動軍に所属するシーマ・ガラハウ少佐の艦は、グラナダ艦隊の一員として月面上空に展開していた。敵のターゲットがドズルの旗艦に集中していたため、一連の襲撃においてシーマの部隊の出番はほとんどなく、目前で繰り広げられる戦闘に参加できない彼女の欲求不満は貯まる一方であった。その反動か、旗艦近傍の核爆発によって友軍が大混乱に陥った際、彼女の動きは素早かった。ヤザンナとラルのザクが行方不明と知り、即座に直前の記録から推定軌道を計算、独断で自らの艦を捜索に向かわせたのだ。本人が言うとおり、他を出し抜いてザビ家に恩を売るための利にさとい行動と言えないこともないが、指揮系統が混乱した状況の中、彼女に与えられた権限の中で何をなすべきか冷静に判断した結果であり、非難されるものではないだろう。

「あまりのんびりはしていられません。大気圏に落ちそうだ」

「機関全速。いくよ。今回は人助けだ!」

リリー・マルレーンのブリッジにいつになく明るい声が響き渡る。汚れ仕事はもう真っ平だ。他の連中に手柄を譲るわけにはいかない。



大気圏に落ちつつある二人のザクを気にかけているのは、この宇宙でシーマだけではなかった。

「目の前でザビ家の人間が死にかけているのに、助けられんのか?」

一隻の民間のシャトルが、偶然ヤザンナの救難信号を受信、ふたりのザクと平行に飛ぶ軌道に入っていた。船籍は中立を宣言しているサイド6、乗っているのはアナハイムエレクトロニクスの会長、メラニー・ヒュー・カーバインである。彼はグラナダでのパーティの後、地球の本社にトンボかえりするため、サイド6の船をチャーターしたのだ。今次大戦における、サイド6船籍の民間船のあつかいについては、公式には数日後の南極での交渉で決められることになるだろう。だが、連邦、ジオン両軍とも開戦以来とりあえずサイド6の船に危害を加えることはしていない。さらにメラニー会長は、両政府に対して事前に航路を通告してあった。よほどのことが無い限り、この船は安全だろう。

大気圏に突入する前にザクの救難信号を捕らえたのは、はたして運が良いのか悪いのか。とんだやっかいごとに巻き込まれてしまったとも思えるが、ザビ家に恩を売るチャンスかもしれない。

「こんな民間の小型シャトルで、大気圏に落ちつつあるモビルスーツを助けるなんて無理です」

秘書が悲しそうな顔で答える。

こんな船に、船外活動にでて軍用機動兵器を救助するための装備なぞ搭載しているわけがない。軍用艦のようにエンジンの推力に余裕があるわけではなく、余計な推進剤も積んではいない。そろそろ軌道を変えなければ、安全な大気圏突入コースに入ることができなくなる。

だが、つい先ほどパーティで会話を交わした少女が、鉄の塊の中に乗ったまま大気圏で燃え尽きようとしているのだ。開きっぱなしの通信回戦からは、間断なく少女の声が聞こえる。

アナハイム社は連邦、ジオン両軍に対して多種多様な軍用装備を納入している。艦船や機動兵器が搭載する通信機器も例外ではない。両軍とも高い機密性が要求されるシステムは独自のものを構築しているが、一般の通信ならばアナハイム社がその気なればほとんどが傍受可能だ。もちろん、会長のシャトルが軍用通信を傍受しているなどということは、アナハイム社の最高機密である。軍の連中に知られたら、それがどの陣営であろうとも、ただではすまないだろう。

モニタの中に映る少女は、ヘルメット中が血だらけで顔が見えない。それでも、咳き込みながら、かすれた声で何度も何度も必死にラル大尉の名前を呼び続ける。

胸が痛む。生き馬の目を抜くビジネスの世界で生き残ってきた自分に、まさかこんな感情が残っていたとは自分でも意外だった。

「ジオンの連中はなにをやっているのだ。さっさと姫君を助けに来んか!」



ガツン。

唐突に機体の回転が止まった衝撃で、ランバ・ラルは目を覚ました。コックピットの中は暗黒に包まれている。すべての電源が落ちているようだ。つきあいの長い機体だったが、こんなかたちで寿命をむかえるとはな。

のどが渇いた。全身が熱い。そして痛い。死んだ方がマシなくらいだ。爆発の瞬間、彼のザクの機体は、限界を遙かに超える高温にさらされた。ノーマルスーツの生命維持装置がいまだ機能しているのは奇跡的だが、これほどの火傷を負っては、そう長い命ではないかもしれない。

機体の通信機能は死んでいるが、ノーマルスーツの無線はかろうじて生きている。彼の名を繰り返し呼ぶ声が聞こえる。

ヤザンナ様?

ラルは、暗黒と激痛の中、のろのろと頭の上のレバーを引く。小さな爆発が起こり、前面のハッチが吹き飛ぶ。

まぶしい。まっ青な地球が視界いっぱいに広がる。そして、痛々しいほど破壊されたピンク色のザクが、コックピットの中をのぞき込むように寄り添っている。先ほどの衝撃は、ヤザンナが姿勢制御ロケットを使ってラルの機体に近づき、両腕で抱きかかえた時のものだろう。

「無事だったのね! よかった」

苦痛に歪んでいた顔が、自然とほころぶ。ヤザンナ様だけでもなんとか助けたいが、……どうする。どうすればいい? ラルは混濁しつつある意識を無理矢理現実に引き戻し、必死に考える。




メラニー会長に言われるまでもなく、シーマとその部下のザクは、既にヤザンナを視界に捕らえていた。

「見えた。……なんだいこれは。ズタボロじゃないか」

目に前を落ちていくのは、かつてモビルスーツだった鉄の塊が2機。半分溶けた装甲。片方もげた脚。わずかに残った塗装の残骸。一機は青、そしてもう一機は蛍光ピンクだ。

「シーマ様、グラナダから直通のレーザー通信です。キシリア閣下のようですぜ」

「キシリア……閣下から? 了解だ。回線をこちらにまわしておくれよ」

イヤな予感がするねぇ。

「シーマ・ガラハウ少佐。ごくろう。……ザクは二機いるのだな?」

モニタに映るキシリアは、マスクで顔を半分以上隠し、表情はまったくわからない。

「はっ。ヤザンナ様とランバ・ラル大尉です。これよりお二人を回収します」

キシリアは一瞬目を閉じ、一呼吸してから、再びシーマの目を見た。

「……あれは、味方ではない。友軍に紛れ、ドズル・ザビ中将暗殺を計ったテロリストのザクだ」

えっ、なに? ……この人は、いったい何を、言っているんだい?

「はぁ? いっ、いえ、しかし、機体は蛍光ピンクですし、救難信号のコードも、機体の識別番号もたしかに二人の……」

サブのモニタには、助けに来た我々のザクに対し手を振っている少女の映像が映っている。血にまみれてはいるが、その顔と声は確かにジオン国民なら誰でも知る少女のものだ。

「ガラハウ少佐。ヤザンナとラル大尉は死亡が確認された。君の任務は目の前の逃亡中のテロリストを二人とも確実に葬ることだ。いいな」

シーマはやっと理解した。理由はわからないが、少将閣下は、自分の姪っ子とその護衛役をここで亡き者にしたいのだ。わざわざザクが二機いることを確認したことから考えて、もしかしたら本当の標的は護衛役で、ふたり一緒でなければ姪っ子だけは助けるつもりだったのかもしれないが。しかし、それにしても、顔色ひとつかえずにこんな命令を平然とだせるというのは、やはりザビ家の人間というのは……、胸くそ悪い。

「言うまでもないがこれは極秘任務だ。君とテロリストがそこにいることは、他の部隊にも知らせてはいない。……どうした、ガラハウ少佐。命令を復唱しろ」

唖然としているシーマに対し、キシリアは冷たく言い放つ。

「はっ、はい。シーマ・ガラハウ少佐、了解いたしました」

「……ふん。たのんだぞ」

唐突に通信が切れる。あえて命令を復唱しなかったのは、シーマなりの反抗のつもりだったのだが、キシリアは一顧だにしない。

まただ。またかよ。どうして私の部隊はこんな汚れ仕事ばかりなんだ? ブリティッシュ作戦に参加したときもそうだった。本来はドズル閣下の宇宙攻撃軍の作戦だったのに、キシリア閣下の面子のためだけに我々の部隊も無理矢理ねじ込まれ、あげくの果てには一般市民に対する毒ガス攻撃を担当させられた。結局、あの虐殺はなかったこととされ、我々は軍内部でも戦争犯罪者あつかい、真実を話すことは禁じられている。

「シーマ様、どうします? ザビ家の内輪もめに巻き込まれるのは、ごめんですぜ」

モニタの中でブリッジの副官が吐き捨てる。心底イヤそうな顔だ。

「私だってごめんさ。しかしね、生き残らなきゃならないんだよ。とりあえずおまえ達はここを離れな。あとはザクでなんとかする。……もし私が帰らなくても、さっきの通信は聞かなかったことにするんだよ」

どうするシーマ・ガラハウ。考えろ。考えるんだ。キシリアの命令に反して二人を助けるなどありえない。私も部下も軍法会議にすらかけられないまま皆殺しだ。このまま放っておいても、二人は確実に死ぬ。しかし、見捨てた事実が公になれば、キシリアにとっても致命的だろう。秘密を知るものは我々だけ。やはり我々は消されるのではないか。どうすればいい? どうすれば生き残れる?


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詳しい計算はまったくしていないので、こんな軌道不可能だとか、中の人間が加速に耐えられるわけないとか、突っ込みは無しの方向でお願いいたします。

2010.01.30 初出

2010.02.11 ちょっと修正





[12088] ジオンの姫 その23 大渦巻き
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/02/11 22:29

「どうしたのよ! ボーッと見てないで早く助けなさい!!」

落ちていく二人を目の前にして、助けようともせずただ平行に飛ぶだけのシーマ達のザクに対して、ヤザンナが叫ぶ。この距離なら、多少雑音はあっても声は聞こえているはずだ。

「あなたたちジオン軍なんでしょ。どうして助けてくれないのよ!」

「……ヤザンナ様。あれはキシリア閣下直属の海兵隊です。おそらくシーマ・ガラハウ少佐。……もしかしたら、私を捨てれば、ヤザンナ様だけならば、助けてくれるかもしれません。試してみませんか?」

自力ではほとんど動けず、シートに座っていることしかできないラル大尉が、あっさりと言い放つ。彼が何を言っているのかは自分にもわかる。ザビ家に渦巻く陰謀や軍の暗部をできるだけヤザンナに見せないよう守ってくれていた彼が、キシリアに対してここまでストレートに言うとは。

「そんなことできるわけないでしょ。ちょっと、そこのザク、シーマ少佐、聞こえているんでしょ? お願いだから、せめて大尉だけでも助けてください!」



シーマは動けない。

毒ガス作戦の後、なんどもなんども夢を見た。なにも知らないハッテの住民が、バタバタと苦しみながら倒れていく。男も、女も、子どもも、全ての人々が。コロニーの中、折り重なる死体の山。生きる者が誰もいない街。

しかし明日からは、きっと今日の事を夢に見るだろう。血を吐きながら助けを求める少女の夢を。明日も明後日もその後もずっと。

どうして、私ばかりいつもこんな目にあわなきゃならないんだ。



「まさか、……見捨てるつもりなのか? 近くに他の船はいないのか?」

メラニー・ヒュー・カーバインは秘書に向かって怒鳴りつける。

「救助可能な船はいません。特にジオンの船は。まるでこの空域を避けてるかのようです」

グラナダには何度も通信を試みた。さらに、シーマの艦がこの空域にいることも当然グラナダは知っているはずだ。それなのに、他の艦が集まってこないということは……。

「これだからザビ家は!! 遠くでもいい。とにかく軍艦をさがせ!」

「ぎりぎり間に合いそうなところに、単独で航行している軍艦がいるようですが……」

「艦の名前はわかるか? 所属はどこだ?」

「巡洋艦ファルメル。所属は、……ドズル・ザビ中将の宇宙攻撃軍ですね」

「よし、ならば可能性はある。私が直接艦長にはなしをつける。回線に割り込め」

「まさか、……会長はジオン軍同士で戦わせるおつもりですか?」

驚く秘書に、メラニー・カーバインは不思議そうな顔で答える。なぜそんな事もわからないのだ?

「あたりまえだ。あの二人が助かればともかく、見捨てられれば、我々もこの場で口をふさがれかねないのだぞ」

もしヤザンナが大気圏で燃え尽きたら、次に銃口が向けられるのは、目撃者である我々だろう。それを回避するためには、他の艦を巻き込むしかない。危ない橋を渡ってもらうファルメルの艦長とはなんらかの取引が必要だろうが、それでみなが助かるのなら安いものだ。メラニー・カーバインは、ザビ家の姫と運命を共にする覚悟を決めた。もちろんこのまま終わらせるつもりはない。ヤザンナを助けられたらの話ではあるが、その時にはザビ家にはきっちりと落とし前をつけてもらおう。



くそったれ、くそったれ、くそったれ。

ヤザンナの口からは、罵倒の言葉しかでてこない。いまさら死ぬのは恐くないが、こんな形で黙って殺されてたまるもんですか。そちらに都合があるように、こちらにだって都合があるのよ。

「このぉ! どうして助けてくれないのよ、この冷血、バカ! おにばばぁ!」

絶対にあきらめない。あきらめてたまるものか。シーマに対する罵詈雑言を口にしながらも、ヤザンナは必死に計算し、操縦桿を動かす。予備電源のみでは、流体パルスシステムに大きなパワーがつたわらない。さらに、メインコンピュータのOSによるアシスト無しでは、人間のようなスムーズな動きはできない。少しづつ、ぎくしゃくと、個々の関節を操作する。

ヤザンナのザクは、ラルのザクと向かい合う姿勢になり、両手首を握る。

「シーマのひねくれ者、怒りんぼ、陰険女! ……ラル大尉。ちょっとGがかかるけど、我慢してね」

そのまま姿勢制御ロケットをつかい、機体をねじる。両手を繋いだ二機のザクは、すこしづつ回転をはじめる。かなりいびつな回転だが、向かい合ったフォークダンスのような姿勢だ。やがて、回転速度が上がるにつれ二機は平行になり、重心のずれたブーメランのように回り始める。

少しづつGが強くなる。下半身に血がさがり、意識が遠くなる。気絶するわけにはいかない。必死に腕を伸ばし、コンピュータを操作する。

「ヤッ、ヤザンナ様、いったい何を?」

だめだ、こんな速度じゃ、落下を防ぐには全然たりない。でも、少しでも可能性があるのなら……。

「ラル大尉。このままあなたを前方に放り投げて加速させるわ。ほんの少しだけど軌道がかわり、落下するまでのかなりの時間が稼げる。民間シャトルの低軌道中継ステーションの側をかすめるはずだから、きっと誰かが助けてくれる」

「しかし、それではヤザンナ様は!」

「このノーマルスーツ、もう酸素がないの。窒息するよりはさっさと落ちる。いままでありがとう。さよなら」

「まってください!」

ラルの叫びにヤザンナは耳を貸すことはしない。かわりにシーマに向かって叫ぶ。

「そこの年増ぁ!! なにもしなくていいから、せめてラル大尉を見逃して!」

同時に、ヤザンナは手を離す。前方に放り出された青いザクは、与えられた速度が重力ポンシャルに変換され、速度を下げながらも、徐々に高度が上がってゆく。一方、運動量保存の法則に忠実に従いラルと逆方向に減速されたピンクのザクは、高度を下げる。その分だけ重力により加速され、ラルを下方から追い抜いていく。大気の最上層にふれた機体のまわりが、徐々に赤く輝きはじめる。

「ヤザンナ様!!」

ラルがもういちど絶叫する。メラニー会長が天をあおぐ。



「誰が年増だあああ!!!」

シーマは無意識のうち、反射的に操縦桿を引いていた。気がつくと、マシンガンを捨て、ピンクのザクの手を握っている。

「あっ、アレ?」

シーマは自分で自分の行動が理解できない。助けてはダメだ。ダメなんだ。殺されてしまう。それがわかっているのに……。

「えへへ。やっぱり。助けてくれると思った」

ヤザンナは、シーマを個人的に知っていたわけではない。ただ、殺すつもりならばすぐに撃てばいいものを、なにもできずに躊躇している様子から、もしかしたらと賭けてみただけだ。だてに二人分の人生経験を積んでいるわけではない。悪ぶっている割には甘い女だが、今はその甘さに感謝せねばなるまい。もちろん、ラル大尉の代わりに落ちても良いと思ったのは、心の底からの本気である。

「たっ、たっ、た、助けるつもりなんてなくて、その、なんというか」

「ありがとう。悪いようにはしないわ。はやくラル大尉も……」

言っている途中でヤザンナが一瞬気を失う。貧血だ。酸素もそろそろ無くなる。

「だっ大丈夫かい? いや、大丈夫でございますか? すぐにお助けするので、もう少し辛抱してくださいませ」

「……ん、だっ、大丈夫、ちょっと気を失っただけ。はやく、ラル大尉を助けにいって」

「了解ですとも!」

シーマは、ピンクのザクの手を引きながら、スラスターを全開にする。この位置ならば、まだギリギリ二機のザクを引き上げられるはずだ。

ふたりの機体は、大気圏の最上層部に音速の十倍以上の速度で突入しつつある。機体前面の大気が猛烈な断熱圧縮されることにより温度が上昇し、それにともない機体そのものの温度も徐々に上昇しはじめる。高熱の大気がプラズマ化し、機体のまわりがあかるく輝きはじめている。

「あがれ! あがれよ!!」

背中のメインスラスターが唸りをあげる。大気の摩擦によって減速しつつある機体を強引に加速、すこしづつ高い軌道に引き上げる。



だが、シーマの試みが成功するかに思えたその時、一機のザクがシーマとヤザンナの前に立ちふさがった。シーマと共に出た、リリー・マルレーンのザクだ。

「邪魔だよ。ぼけっとしてないで、手伝いな!」

ザクは、ゆっくりとマシンガンをこちらに向ける。

「……おまえ、なんのつもりだい?」

「シーマ様、いけませんな。キシリア様の命令を無視するんですかい?」

「キシリアの犬だったのか? 私としたことが……」

この距離では避けようがない。シーマはスラスターを停止、二機のザクはふたたび重力と大気の摩擦に身をまかせる。

「もともとキシリア様はあなたを処分する口実を探していたのですよ。いい機会です。このまま地球に落ちて死にましょうか」

マシンガンの照準がヤザンナに合う。シーマはとっさにヤザンナのザクを庇う。シーマの機体を、マシンガンの一連射がかすめる。

一連射だけ? いたぶるつもりなのか。くそ、こんなオンボロを抱えたままじゃとても戦えない。

機体は底なしの重力の井戸に向かって落ち始めている。まずい、まずい、まずい。時間がないんだ。これ以上落ちると、シーマのザクの推力だけでは、ヤザンナを救うことは不可能になる。

「……もういいわ。あなただけなら逃げられるでしょ」

息も絶え絶えのヤザンナの声がスピーカーから聞こえる。

「もういいの。ありがとう……」

瞬間、シーマの頭に血が上った。

「ガキが生意気なこと言ってんじゃないよ!」

シーマは顔を真っ赤にして叫ぶ。

「絶対助けるから、だまってな」

シーマは本気で腹を立てていたのだ。おまえに私の気持ちがわかるもんか! 私は助けると決めたんだ。助けなきゃいけないんだ。シーマはスロットルを思い切り引く。イチかバチか再びスラスターに点火。最大加速で逃げにかかる。

直後、ふたたびマシンガンの連射が二人を襲う。

シーマのザクの右足に直撃。小さな爆発がおこると同時に、シーマは躊躇せずに右足を排除。

「まだまだぁ! 軽くなっただけさ」

二人を狙うマシンガンの連射はとまらない。スラスター最大出力といえども、直線的に加速するしかないザクなど、単なる的でしかない。今度は、直撃をくらった頭が吹き飛ぶ。

「くっ……まだだよ」

そして、ついに敵の火線がシーマの機体の背中のランドセルを捕らえた。背中で爆発がおこり、スラスターのノズルが吹き飛ぶ。もう加速できない。

だめか。もう落ちるしかないのか。ふたりのザクは、真っ赤に燃えはじめる。

サブモニタの中、悪役ザクの表情の無い顔が、シーマには笑ったように見えた。とどめとばかりに無骨な指が引き金を引くのが見える。シーマはヤザンナのザクを抱きしめると、目をつぶる。

「守ってやれなくて、ごめんよ」



永遠のような数秒間がすぎても、とどめのマシンガンは発射されなかった。そうではない、引き金を引いても発射できなかったのだ。正確には、引き金を引く直前、遠距離からの正確な狙撃により腕ごと引きちぎられたのだ。さらに、狙撃に驚き振り向こうとしたザクの頭が、蜂の巣にされ吹き飛ばされる。

シーマは何が起こったかわからない。動きがとまった悪役ザクを、しばし唖然としたまま見つめる。突然、赤い物体が視界の中に飛び込んできた。ザクだ。通常の3倍の速度で目の前にあらわれた赤いザクは、既に半壊している悪役ザクに蹴りをいれ大気圏にたたき落とすと、その反動を利用して、二人の目の前でピタリと相対速度を合わせてみせた。

「お久しぶりです、ヤザンナ様。お助けにまいりました」

「……少しは、……モビルスーツの操縦が、うまく、なったみたい、ね」

今にも途絶えそうなヤザンナの声に、シーマは我に返る。

「たっ、助けるって、どうするんだい? この高度じゃ、もう落ちるしか……」

赤いザクが上方をむけて指をさす。そこには、一機のコムサイが接近しつつあった。メラニーから通信を受けた直後、シャアのザクと同時にファルメルから分離したのだ。すでにハッチを開いている。

「少佐ぁ。はやく収容しないと、燃えちまいますぜ」

「わかったドレン。突入コースはアナハイム会長の指示に従え」

「ファルメルのクルーはどうします?」

ドレンが他のクルーの事を気にかける。ドズル中将の後ろ盾がなくなった今、キシリア少将にたてついた形になるファルメルが、無事に済むとは思えない。

「ルウムに向かうよう伝えろ。ガルマがいるはずだ。彼ならなんとかしてくれるさ」

ザビ家のおぼっちゃん。せっかく友達になったのだ。役に立ってくれよ。

シャアのザクが、シーマとヤザンナに近づく。

「シーマ・ガラハウ少佐。キシリア閣下からの通信、記録してあるな?」

「……ああ」

赤いザクがハッチをあける。ノーマルスーツを着用したシャアが、シーマにむかって呼びかける。

「それは結構。早く来い。一緒に地球へ降りるぞ」



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ちょっと回転して得た速度くらいで落下をとめられるかどうかについては、突っ込まないでいただけると助かります。

2010.02.11 初出




[12088] ジオンの姫 その24 降下前夜
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/03/09 02:22
宇宙世紀0079 2月 ズムシティ 公王府

自分が政治家を志したのは、確かに父、デギン・ザビの影響が大きかったはずだ。ジオン・ダイクンは、人の心をつかむ術に長けていたものの、思想家・政治家としては三流にすぎなかった。そんなダイクンを影で支え、気分屋で近視眼的な大衆を巧みに操り、ついに地球連邦から自治権を獲得するに至った父の政治的手腕を、ギレンは素直に尊敬していた。さらに、宇宙移民者の悲願とも言える正式な独立を地球連邦政府が決して認めることはないと看破するや、強大な連邦に対抗するためとはいえ、優柔不断な盟友ダイクンを死に追い込み、祖国に公王制を敷き、自らが君主として納まってしまったその豪腕政治家ぶりは、我が父ながら恐ろしいとさえ思っていた。

そんな父に対して、ギレンは冷たい口調で詰問する。

「父上。あなたは連邦軍がレビル奪還作戦を計画することを知っていたのですね。それだけではなく、わざと防空網に穴をあけ、脱出の手引きまでしたと」

だが、いま目の前にいるデギン・ザビには、かつての公王としての威厳などかけらも無い。一気に増えた皺、くぼんだ目、顔色は悪く、生きる屍と言ってもいいかもしれない。

「……だがギレン。レビルは確かに和平を望むと言ったのだ」

ギレンはひとつため息をつく。

「父上、重要なのは結果です。連邦軍に奪還されたレビルのために、まとまりかけていた南極での休戦交渉は流れてしまいました。我々は、連邦と戦い続けねばなりません」



ジオン公国首都ズムシティを脱出したレビルは、宇宙における連邦軍唯一の拠点ルナツーにたどり着くやいなや、全地球圏に向け大演説を行った。

曰く、圧倒的優位にみえるジオンであるが、既に兵力は限界に達しており、これ以上戦う力はない。地球連邦は窮地に陥っているが、ジオンはそれ以上に苦しいのだ。ジオンに既に兵は無い。民主主義を擁する地球連邦が、ジオンの独裁政治に屈してはならない。倒すべきは、ジオンと、連邦政府の軟弱な官僚達である、と。

レビルは、ジオンの苦しい内実を国民に明らかにすると同時に、ジオンによる実質的な降服勧告を受諾する直前だった連邦政府高官を糾弾し、国民に対して徹底抗戦をよびかけたのだ。

これにより、連邦市民の世論は沸騰、それをうけた連邦政府は休戦協定を拒否せざるを得ず、交渉は振り出しに戻ってしまった。結局、NBC兵器の使用及び大質量兵器の使用の禁止、サイド6等の中立地区の承認、および捕虜の取り扱いなどを主な項目とする戦時条約として「南極条約」が結ばれるにとどまったのだ。



ザビ家とレビルとの付き合いは決して短いものではない。サイド3ムンゾにおいて革命が起きる前から連邦宇宙軍の駐留艦隊司令官であったレビルは、ダイクンやザビ家の面々と様々な駆け引きを演じながらも、一方で宇宙植民地に住む人々の未来を共に模索した、ある意味旧友と言えなくもない仲であった。基本的にアースノイドの利益を代表する立場をとる保守的な連邦軍の中にあって、レビルは例外的にリベラルな立場を貫き、スペースノイドの利益も公平に扱うべく、ジャブロー本部や連邦政府と対立さえしていたのだ。

だが、だからこそ、レビルはスペースノイドによる選民思想につながるダイクンのジオニズム思想には拒否反応をしめし、さらに独裁制をひいてしまった後のザビ家とは妥協の必要性を認めないのだ。彼にとって、革命当時はともかく、今のジオン公国は民主主義の敵でしかない。

思想的にレビルとは180度反対の立場を取るギレンであるが、徹底的なリアリストであるという一点において、レビルとは大いに共感するものがある。レビルは、民主主義を守るためならば、旧知の仲である年老いたデギン公王を甘い言葉で誘い、裏切る程度のことは平気でするだろう。返す刀で、ジオンだけではなく腐敗した地球連邦の官僚をも糾弾し、一気に連邦軍の実権を握ってしまうあたりは、ギレンから見ても鮮やか手腕だと感嘆せざるを得ない。レビルにとっては、戦時下におけるシビリアンコントロールの原則なぞ、ギレンの専政から民主主義を守るという大義名分の前には取るに足らないものなのだ。

てごわい。

レビルの演説を聴いた直後、ギレンは激高のあまり執務室の机を蹴り倒したという。だが、ギレンは実質的に敵のトップとなった男の力量を正確に評価することができる。烏合の衆でしかないと思っていた地球連邦だが、少なくとも軍はレビルによって蘇ったといっても良いだろう。同時に、そのレビルを相手にせねばならない我がジオン公国のトップは、あきらかに老い衰えてしまったことも理解した。このままでは、ジオンが連邦に勝利することはできない。ギレンは、公王に引導を渡す決意を固めた。



「しかも……」

話を続けようとするギレンの声に、哀れな公王はびくりと反応し、顔を背ける。

「しかも、父上が防空網に穴をあけたせいで、グラナダが奇襲を受けてしまいました。結果はご存じの通り。ドズルは生死の境をさまよい、ヤザンナは行方不明です」

セレモニーの後、専用ザクの収容に手間取ったドズルは、奇襲を受けた瞬間、ノーマルスーツを着たままであった。撃沈した旗艦から放り出された際、激しい熱と放射線、さらに凄まじいGにさらされ意識不明の重傷を負ったものの、もちまえの頑丈さが幸いし、なんとか救出されかろうじて生命だけは繋いでいる。

また、ヤザンナのザクは地球に落下したことが確認され、現時点ではその事実だけが公表されている。ギレンはヤザンナの安否について既にそれ以上の情報を知っているが、この時点でデギンに伝えるつもりはない。

「儂は知らなかったのだ。まさか、まさか連邦軍があのような陽動作戦を行うとは……」

デギンは顔をあげることができない。彼にとって、いまとなっては休戦条約などどうでもよいことだ。自分自身のせいで孫が行方不明になった。許されない。いくら自分を責めても、悔やんでも悔やみきれない。

「父上、……引退なさい。それがジオン国民のためです」

「きさま、親に向かって……」

一瞬デギンは椅子から立ち上がりかけるが、ギレンと目をあわすことができないまま、すぐに力なく座り込む。

「……そうだな。あとはお前にまかせる」



連邦軍の奇襲とそれに乗じたダイクン派のテロによる、ドズルの負傷とヤザンナ行方不明の報は、ジオン国民に大きな影響をあたえることになった。もともとザビ家の中では国民に人気が高かった二人だけに、南極での休戦交渉が流れてしまった今、復讐心に燃えたジオン国民の戦意は異常なほど高揚している。

それまで、ハッテにおける虐殺やコロニー落とし作戦の非人道性により、ジオン国民の間にはある種の後ろめたさが漂っていた。だが、未成年かつ本来非戦闘員であるヤザンナが、連邦軍による休戦条約寸前のだまし討ちに巻き込まれたという事実は、ジオン国民にとってはこの後ろめたさを相殺してあまりあるものであったのだ。もちろん、連邦市民からすれば、これは身勝手きわまりない理屈でしかないのだが。

ギレンにとっては、当初の計画通り早期講和がならなかったのは確かに無念ではある。だが、ここまでが出来すぎだったのだ。コロニー落としがジャブローを破壊できなかった時点で、地球降下作戦の実施はギレンとダルシア・バハロ首相にとっては想定の範囲内である。デギン公王の実質的な失脚と戦争継続に対する国民の支持は良い方向への想定外であり、これはより完璧な勝利をもたらすものとなるだろう。

あとは、キシリアか。

ギレンにとって、キシリアは少なくとも政治的には敵ではなかった。正確には、歯牙にもかけない存在と言ってもよい。軍において存在感が突出しているドズル、ルウムで政治的才能の片鱗をみせたガルマとは、比べるべくも無い。ザビ家の人間として最低限の公務さえ果たしていれば、あとは好きにさせてよいと思っていた。しかし、さすがに今回はやり過ぎではないかと、ギレンにも感じられる。

決定的な証拠はないものの、ギレンは、陰謀好きの妹が何を行ったのかはほぼ理解している。だが、ドズルの復帰の目処が立たない今、キシリアまで排除しては軍の混乱をまねくだろう。

もともと政治家であろうとしているギレンは、陰謀の類は好きではないが、それを必要とする局面が存在することは理解している。実際、今回の想定外の僥倖は、キシリアの火遊びの結果ころがりこんできたとも言える。

陰謀の矢がこちらを向かない限り、放っておくか。とりあえずは、地球降下作戦で存分に働いてもらおう。




同日 ズムシティ 突撃機動軍 マ・クベ中将のオフィス

高価な芸術品や骨董品が多数さりげなく飾られたオフィスの中、ジオン軍地球侵攻軍総司令をつとめるマ・クベ中将は、地球降下作戦の準備に余念がなかった。

建国当時からエリート軍官僚であり地球通で知られていたマ・クベは、その交渉能力をかわれ全権代表として南極に降下、連邦政府との交渉に臨んだ。彼は彼なりに交渉をまとめるため必死に奔走したのだが、残念ながら努力の甲斐無く交渉は決裂してしまった。もっとも、もともとマ・クベは交渉前から決裂に備えた地球降下部隊の準備を命じられており、さらにキシリア閣下にいたっては積極的に交渉決裂を望んでいた節もあるため、無念の思いはそれほど大きいわけではない。マ・クベは一度本国に帰国、予定通りそのまま侵攻軍の司令官に任命された。数日後にはジオン軍の大部隊が彼の指揮の下、中東から中央アジア地帯を占拠すべく降下することになる。

そんな彼の元を、ひとりの人物が訪れた。マ・クベは、普段からあまり感情を表に出すタイプの人間でなかったが、ギレン・ザビ総帥の代理としてアポ無しのまま突然あらわれた男は、彼を驚かせるに足る地位を持っていた。



「わざわざご足労いただき、申し訳ありません。お呼びいただければ、こちらから伺いましたのに。ダルシア・バハロ首相」

ダルシア・バハロ首相は、公式には国軍において最高司令官である公王に続くナンバー2の地位を占めている。それが建前でしかないのは、全てのジオン軍人が知っていることだが。だが、開戦直前の頃から、傀儡だったはずの首相がいつのまにか総帥と接近し、影で暗躍していることに気付いている者も軍上層部の中にはわずか存在していた。マ・クベはその中のひとりだ。

「あまり目立ちたくなかったのです。今のジオンにおいては、中将は、私よりも遙かに注目されています。私の方が動くのが自然でしょう」

つまり、地球降下作戦の実質的な指揮官であるキシリア閣下には知られたくない話というわけだ。しかも、首相はギレン総帥の代理としてここにきているという。

「……うかがいましょう」



ジオン軍が計画している地球降下作戦の基本方針は、ひとことで言ってしまえば、嫌がらせと時間稼ぎを目的としたものだ。

ジオンが地球全土を占領するなど考えるまでもなく初めから不可能であり、ジオン軍が想定している連邦との戦いの主戦場はあくまで宇宙空間である。コロニー国家であるジオン公国にとって何よりも優先するのは、宇宙を完全に支配下に置き、本国への反撃の憂いを完全に排除することである。連邦からの独立、地球圏の完全支配、あるいはオールドタイプの殲滅、……この戦争終了後の未来に思い描く世界はジオン軍上層部各人により異なっているが、その前提条件となるのはいずれの場合でも宇宙空間での勝利である。宇宙で勝利し反撃の恐れがなくなった後で、再びコロニー落としをすると連邦を恫喝するなり、場合によっては実際に落としてしまえばよいのだ。

宇宙空間における戦力バランスは、ルウム戦役の結果どちらかといえばジオン有利となったものの、艦隊戦力については両軍そろって壊滅状態といってもよい。ルナツー奪取や再度のコロニー落とし、あるいはジオン本国への攻撃など、大規模な作戦は両軍とも当面不可能な状況である。休戦交渉決裂の瞬間から、両陣営とも宇宙戦力の再建に向け同時に再スタートを切ったのだ。この競争、サイド1、4、5、6、月の各都市を実質支配下に置き、巨大な人口と経済力を手に入れたジオンといえども、もともと巨大な連邦相手には決して分がよい勝負ではない。本拠地が宇宙にあること、そして開発中の新兵器を考慮しても、互角といったところであろう。

マ・クベの地球降下部隊の目的は、コロニー落としによって地表に生じた政治的・軍事的混乱に乗じ、地球連邦の本拠地である地球表面に、一気に橋頭堡を築いてしまおうというものであった。もともとモビルスーツは宇宙兵器であるが、その戦闘力と防御力は、地表の戦いでも戦力として使えないことはないと期待されている。大量生産が軌道にのりつつあるこの汎用兵器を最大限活用すれば、とりあえずどさくさに紛れて無政府地域や軍事的空白地帯を占領してしまうことは可能だろう。当然、連邦政府は政治的にこれを無視することができず、モビルスーツを持たない連邦軍は陸上戦力を改めて再建することが求められる。その分、宇宙戦力の再建には時間がかかるはずだ。大量に押し寄せる戦車や航空機を相手にしてモビルスーツがどこまで通用するかは未知数であるが、一度占領地を広げてしまえば、それをあとから取り返すのはそれなりの時間がかかるだろう。

連邦軍の混乱に乗じて占領地を広げ、一気にジャブローまで攻め込む作戦も一応想定はされていはいるが、それが本当に可能であると考えるほど楽天的な夢想家はジオンにはいない。マ・クベに求められているのは、できるだけ損害をださないまま、連邦軍の反撃をしのいで長時間ねばることであった。死守する必要はない。いざとなれば、無理することなく宇宙に逃げ帰ればよいのだ。だが、おそらくは一年以内に始まる宇宙での総力戦開始までねることが出来れば、彼の占領地は戦争の終わらせ方にもかかわる重要な役割を担うことになるだろう。

ここまでが、降下作戦に関するジオン軍の基本戦略である。ギレンを初めとするジオン軍上層部のすべて認識は、この線で統一されているはずだ。キシリア閣下の腹の中には別のものがあり、マ・クベはそれを直接つたえられてはいるが、キシリアに殉じるかどうかはこれから状況次第で決めるつもりだ。

わざわざ首相自らが足を運んだということは、キシリア閣下の思惑がギレン閣下に露呈したのか。それとも、基本戦略自体に変更があったのか。もともと軍官僚で実戦よりも事務処理や交渉が得意なマ・クベが、休戦交渉の全権代表はともかく、なぜ降下部隊の司令官に任命されたのか、マ・クベ自身もいまひとつ納得できなかったところがあるのだが、今さらその説明がなされるのか。



「……ヤザンナ様は生きておられます」

ダルシア首相の第一声は、マ・クベがまったく想像していないものだった。


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我ながら、理屈っぽくて地味なおはなしが多いですね。
しかも、またまた主人公は名前だけ。


2010.02.24 初出

2010.03.09 ちょっとだけ修正





[12088] ジオンの姫 その25 降下部隊
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/03/10 00:14
目を覚ました時、自分がどこにいるのかわからなかった。最初に目に入ったのは間接照明の白い天井。一定の周期で聞こえる電子音。そして重力の存在。

コロニー? それとも地球?

周りを確認するため身をよじろうとするが、体中に繋がれた何本もの管やコードがそれを許さない。目だけを動かし、ここがガラス張りの部屋の中で、自分の体がベッドに寝かされていることをぼんやりと理解する。

病院、集中治療室だ。

遠くから、おそらく建物の外から、爆発音らしきものが何度もきこえる。地面を揺らすわずかな振動も感じる。空襲? 目を覚ましたのは、このせいかもしれない。

寝かされているだけなのに、全身が鉛のように重い。すべての関節に力がはいらない。頭の中にモヤがかかっている。いったいなにがあったのか、思い出せない。

俺は最新鋭の可変モビルスーツに乗っていたはずだ……。いや、ジャンクの寄せ集めだったか。……あれ? なのに、どうして病院にいる? ザクに乗っていたのはいつだったかしら? 記憶の時系列がおかしい。今はいつ?

ヤザンナが目を開けたのを知り、隣の部屋でモニタを操作していた女性が慌ただしく電話をかけはじめる。白衣を着た沢山の人が周りに集まり、ベットをのぞき込む。人の体を気安くさわんないでと叫びたかったが、口を動かすのも鬱陶しい。私はまだ眠いの、放っておいてよ。ヤザンナは、再び深い眠りにおちる。



大気圏ギリギリの低軌道を、ムサイ級巡洋艦3隻からなる小艦隊が、わずかな数の直援のザクに守られながら進む。

眼下には夜の地球。緩やかな曲線を描く地平線の向こうから、薄い大気を層を通して強烈な光がこぼれだす。夜明けだ。徐々に明るさを増す地球の反射光に照らされた艦隊の高度は、地上から約数百キロ。地表に対する相対速度は、この高度の重力と釣り合う速度、音速の20倍ほどだ。

艦隊の下方には、膨大な数のミサイルが同じ速度で漂っている。ミサイルは、本来モビルスールを搭載するデッキに満載し、あるいはコンテナごと牽引してここまで運ばれてきた。それを、ザクの手を借りて軌道上に展開したのだ。

同様の作戦は、地球侵攻が開始されて以来、ソロモンを拠点とする艦隊により入れ替わり立ち替わり、目標を変更しながら既に数十回繰り返されてきた。もし敵艦隊が待ち伏せしていたら逃げるしかないのだが、ルナツーに立てこもる連邦艦隊にそのような余裕はないだろう。

ミサイルのノズルに一斉に火が入る。数え切れないほどのまばゆい輝きが、大気圏にむけてまっすぐに墜ちて行く。真っ赤な航跡を引きながら、猛烈な大気との摩擦により青白く輝く弾道ミサイルの雨。それぞれのミサイルはロケットモータと重力によりさらに下方に向けて加速、音速の数十倍の速度を保ったまま大気圏を切り裂き、成層圏付近で多数の弾頭に分裂した。それぞれの弾頭が目指す目的地は、北米大陸西海岸、キャリフォルニアベースとよばれる連邦軍基地である。

キャリフォルニアベースは、旧合衆国カリフォルニア州に存在する複数の連邦空軍、海軍、陸軍、そして宇宙軍の基地および関連施設群の総称である。宇宙植民地との抗争を想定したジャブローが建設されるまでは、地球上最大の連邦軍基地として旧国家群ににらみをきかせる存在であった。いわば、環太平洋地域に支配された地球連邦の象徴ともいえる、連邦軍の一大拠点である。

虚空から落下してくるミサイルの群れを、連邦軍とて黙って眺めているわけではない。空襲警報が鳴り響く中、ブースターを装備した高々度迎撃戦闘機がスクランブルをかけ、ありったけの迎撃ミサイルが打ち上がり、さらには対空レールガンまでが使用される。だが、敵はあまりにも数が多く、あまりに速度が速く、そしてあまりに時間が無い。衛星軌道から予告もなく突如として落下してくる多数の超高速ミサイルは、着弾までのわずか数分間の時間しかない。重力の井戸の底の人々がすべて迎撃するなど、もともと不可能なのだ。

宇宙からの攻撃は、ほんの数分間で終了した。だが、その損害は恐るべきものだった。大気中を物体が音速の数十倍もの速度で飛行すれば、その衝撃波だけで周囲のあらゆるものが破壊される。炸薬などなくても、着弾した箇所に存在した人工の構造物は、その莫大な運動エネルギーにより跡形もなく消し飛んでしまう。ミサイルの雨がやんだ後、残ったのは月面のような多数のクレーターだけであった。



「キャリフォルニアベースに対する第5次爆撃は成功。これにより、敵の空軍戦力に関してはほぼ無力化したといえるでしょう」

報告を受けた地球侵攻軍第二次降下部隊の司令官、ガルマ・ザビ大佐は、満足そうに微笑む。彼の大部隊は、旧カリフォルニア州侵入を目前とした位置にいる。北米大陸東海岸の連邦軍拠点、ニューヤーク基地はすでに占領済みだ。モビルスーツを戦力の中心とするジオン軍は、地上においておそらく最大の脅威となる敵空軍戦力を、宇宙からの爆撃により、事前に徹底的に叩くことを基本戦略としている。同様の爆撃は他の連邦軍基地に対しても繰り返し行われており、彼の部部隊とマ・クベ中将の第一次降下部隊が予定通り進撃を続けているのは、この爆撃のおかげと言えるだろう。

「よし、予定通りキャリフォルニアベースへの侵攻を開始するぞ」

この作戦を成功させれば、姉上も私を認めてくださるだろう。

ガルマは、降下前に本国でキシリアとの会見を望んだが、多忙を理由に拒否されている。

ヤザンナのこと、シャアのこと、いったい何があったのか、姉上には確認したいことがたくさんある。何としてでも成功させねばならない。



ジオン軍による地球侵攻作戦は、南極での休戦交渉が決裂した直後、間髪を入れずに発動された。開戦の瞬間からジオンに一方的に押しまくられ、さらにコロニー落としによる天文学的な被害に茫然自失状態の地球連邦軍は、レビルの演説の影響で世論が戦争継続に傾いたからといっても、迎撃態勢が整うまでにそれ相応の時間がかかるのは無理もない。その隙をついた形になるマ・クベの第一次降下部隊は、あっという間に中央アジアに橋頭堡を確保することに成功し、さらに欧州主要国にむけ予定以上の速度で進撃している。コロニー落としにより甚大な被害をうけた北米大陸に降下したガルマ・ザビの第二次降下部隊も、東岸の主要地域をすでに占領し、西岸に向けて進撃中だ。

連邦軍はいまだに混乱から抜け出せてはいない。これは、キシリア麾下の突撃機動軍による開戦前からの入念な準備と、モビルスーツの特性を最大限に活かしたジオンの戦術のたまものだといえるだろう。

基本的に宇宙兵器であるモビルスーツが、地上戦においてどの程度有効であるのかについては、ジオン国内でも開戦前から何度も議論されてきた。無限とも言えるパワーを持つ核融合炉を搭載した巨大な人型モビルスーツが、従来の兵器とは比べものにならない機動力、攻撃力、防御力を持つのは間違いない。だが、モビルスーツを単なる巨大な歩兵、あるいは人型の戦車として利用しても、従来の兵器に勝つことはできないだろう。

ジオン軍は、モビルスーツの弱点をカバーするため、ほぼ完全に確保している宇宙空間の制宙権を最大限に活用した。低軌道の宇宙戦艦から、地上の空軍基地めがけて弾道弾による爆撃を敢行したのだ。アジアから欧州、そして北米大陸に存在する連邦の空軍基地は、降下作戦開始直前から現在に至るまで、大気圏外から音速の数十倍の速度で落下する大量の弾道ミサイルの雨にさらされ続け、徹底的に破壊されている。これにより、作戦地域における制空権は、ほぼ確保することができている。

さらに、一部の戦力をあえて安全な軌道上で待機させ、必要に応じて任意の場所に降下させる作戦も積極的に活用されている。ジオン軍と対峙した連邦軍部隊は、突如として背後に現れる大気圏外から降下したモビルスーツ空挺部隊に翻弄され、挟み撃ちにされるのだ。

連邦軍が混乱から回復し秩序だった反撃を開始するまでに、どれだけの地域を占領できるのか。ジオンの命運は、地上においても、モビルスーツの働きにかかっていた。



「いつまでここに留まるおつもりなのですか?」

ジオン軍地球侵攻軍総司令マ・クベ中将の副官であるウラガン中尉は、自分の部隊をいっこうにオデッサから動かす気配のない上官に対して尋ねる。中央アジアに降下した彼らの部隊は、電撃的に欧州にまで侵入することに成功した。しかしマ・クベは、オデッサを確保した時点で、突然進撃を停止してしまったのだ。

本来ならば、上官に対してこのような質問をぶつけるのは許されることではないが、文官上がりのマ・クベは良い意味で軍人らしくはなく、この手の規律に関してはほとんど無頓着であった。

「待っているのだよ」

マ・クベの言葉の意味を、ウラガンは理解できない。何を待つというのだ。今は素早さこそが重要なのではないか? 連邦軍の混乱がおさまり、戦局が落ち着いてしまえば、我々の有利さは無くなってしまうかもしれない。

「いま、誇り高き欧州連合は選択を迫られている。食糧の自給すらおぼつかない地球連邦にこのままとどまり、飢えながら我々に蹂躙されるのか。それとも……」

「欧州が連邦から離脱するというのですか?」

「連邦の横暴に憤っているのは、スペースノイドだけではないということだ」

単独講和……。

独り言のようにつぶやくウラガンを尻目にマ・クベはそれ以上なにも言わず、窓の外を見た。そして口の中だけでつぶやく。

そううまくいけば、苦労しないのだがな


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2010.03.09 初出

2010.03.10 タイトルと中身をちょっとだけ修正






[12088] ジオンの姫 その26 流血の境
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/03/24 22:35


「これまでだな」

北米大陸旧合衆国西岸、キャリフォルニアベースと総称される連邦軍の一大拠点の中でも大陸最大の規模を誇る空軍基地の司令官は、穴だらけの滑走路の向こうから迫るジオンのモビルスーツ部隊を遠望しながらつぶやく。

「我々は降服する。抵抗をやめるよう、全ての兵につたえろ」

コロニー落としに伴い発生した大津波により、キャリフォルニアベースに限らず太平洋岸のすべての基地、そして都市は、甚大な被害をうけた。一時的にでも水没した地域は、海岸から実に数百キロの内陸地帯にまでおよび、数え切れないほど多くの人が死んだ。水が引いた今も基地は完全には復旧せず、都市機能は麻痺したままだ。

巨大人型兵器を駆る宇宙人達が降下してきたのは、軍も行政も大混乱のまっただ中の時だった。中央アジアに降下したモビルスーツを主戦力とするジオン第一次降下部隊が易々と橋頭堡を築きあげたのを目の当たりにした連邦軍は、第二次降下部隊がジャブローを目標とすることを恐れ、生き残った地上軍を南米に集結しようとした。だが、ジオンの連中は無理をしなかった。守りの堅いジャブローではなく、混乱の渦中にある北米に狙いを定めたのだ。意表を突いた電撃的な第二次降下作戦により、東海岸はあっという間に奴らの手に落ちた。西海岸のキャリフォルニアベースも、風前のともしびだ。

宇宙人共の戦術は狡猾を極めた。まずは、反撃不可能な衛星軌道上からの度重なる爆撃により、コロニー落としの被害からなんとか逃れた軍事施設は徹底的に破壊された。特に、空軍基地は、偏執的なまでの執念をもって繰り返し狙われ、その戦力はまったく生かされることの無いまま、ほぼ完全に壊滅。そして、制空権が完全に奪われた後、空を覆うほどの降下カプセルとともに、やつらは降臨したのだ。

航空支援が望めぬ状況で、さらに電波兵器の使えない地上の戦場において、やつらの主力兵器モビルスーツの機動力は、恐るべき威力を発揮した。降下済みの地上戦力だけでもやっかいなのに、その上さらに、やつらの援軍がいつ、どこに出現するのかまったく予想できないのだ。戦闘地域、あるいは戦略的に重要な地点の上空には、衛星軌道で待機していた奴らの予備戦力が、突然予告もなく大気圏に降下してくる。迎撃体勢が整う前、成層圏の段階でモビルスーツはカプセルから分離、そのまま地上に降下すると同時に戦闘に参加してくるのだ。降下が始まってからほんの数分の猶予しかあたえられないまま、我々の地上戦力はまったく突然に背後から重装備のモビルスーツ部隊に襲われることになる。そのような戦い方を、地球上のいったい誰が想像できようか。

たとえばやつらを都市におびき寄せて立てこもり、市街戦にもちこむことができれば、あの人型巨大兵器に対して有効な戦い方もあるのだろうが、故郷が戦闘によってこれ以上破壊されるのを見るのは忍びない。今は無理しなくともよいのだ。ジャブローとレビルさえ健在ならば、すくなくとも地上の連邦軍の立て直しは可能だろう。

「……結局、あの小娘を有効活用することはできなかったか」

司令官は、基地からそれほど遠くはないアナハイムシティの方向を眺めながら、ひとりごちる。

旧カリフォルニア州に属する大都市アナハイムシティを発祥の地とする地球圏有数の大企業、アナハイムエレクトロニクス社が、本社工場の病院にジオンの姫君を匿っている事実を知る人間は、地球圏全体でもそう多くはない。カーバイン会長は、ジオンと連邦の双方に、等しく恩を売るつもりだったのだろう。彼は、地球に落下したヤザンナが無事であるという事実を、ジオン、連邦の両軍のトップに対してのみ、それも非公式な個人のチャンネルを使って通告してきた。当然、双方からヤザンナの自軍拠点への移送が要求されたが、それは絶対安静であるヤザンナの病状を理由に、アナハイムがやんわりと拒否。連邦軍としては、力づくでアナハイムからヤザンナを奪い取り、ジャブローに移送するという手もあったものの、さすがに人道的見地からそれはできなかった。

連邦軍は、カーバインに売られた恩を、有効活用できそうもない。せっかくこちらの懐に飛び込んできた敵の姫君は、そのまま奪還されることになりそうだ。まぁ、それも仕方あるまい。中世の戦争ではあるまいし、たとえばヤザンナ・ザビを人質にしたところで、それであのギレン・ザビが地球侵攻を諦めるとは考えられない。それ以前に、未成年の少女、しかも命の危機に瀕している少女を政治的な道具に使うなど、宇宙世紀の民主主義の軍隊が行うことではない。

「せめて、名誉ある降服としようか」

彼は、ジオン軍第二次降下部隊のガルマ・ザビ大佐に対して通信するよう、部下に命じた。



司令官の思いとは裏腹に、連邦軍の前線の兵士達の中には、降服の中に名誉を保つことの困難に直面している者が少なからずいた。ヤザンナが入院しているアナハイムエレクトロニクス本社敷地内の病院を警護している兵士たちも、それに含まれる。

彼らは、市内に進駐してくるであろうジオン軍に対して、ヤザンナを無事に引き渡すことが命じられている。西海岸においては、ジオンの連中は津波で破壊された都市にはほとんど興味を示さず、連邦軍の基地だけを集中的に攻撃していた。しかし、基地のほとんどがすでに降服してしまった今、やつらの人型機動兵器がアナハイム市街に侵入してくるのは時間の問題だろう。

だが、彼らはたった数日もヤザンナを守り切る自信がなかった。彼らの目の前には、津波によって住む家を奪われ、ジオンと連邦の地上戦に追い立てられた、膨大な数の避難民達がいたのだ。

アナハイム本社工場は、連邦軍の支援もあり、いち早く津波の被害から復旧することができた。この数少ない安全で広大な敷地を目指し、旧カリフォルニア州全土から、数万人に及ぶ避難民の群れが集まりつつあるのだ。避難民達は、アナハイム社による受け入れを求め、本社のゲートへ殺到する気配だ。連邦軍兵士達は、傷つき、飢え、血走った目をした彼らから、ヤザンナを守らねばならないのだ。



「これは、……やばいね」

アナハイム工場の敷地の外、敷地への受け入れを求める避難民と、それに対峙する連邦軍兵士たちのにらみ合いを病院ビルの窓から遠望しながら、シーマ・ガラハウ少佐はつぶやく。

シーマは、もちろんジオンの軍服姿ではない。カーバイン会長によってアナハイムエレクトロニクス社員の身分を与えられ、本社工場の制服を着用している。

メラニー・カーバイン会長のシャトルと共に大気圏に突入したファルメルのコムサイは、旧合衆国西岸、アナハイムシティ郊外にあるアナハイム本社工場にむけ降下する軌道をとった。突如大気圏に降下してきたジオンの突入カプセルに対し、連邦軍は当然迎撃を試みる。対空ミサイルの直撃を受けたコムサイは太平洋上にてバラバラに分解、いくつかの大きな破片がアナハイムの敷地内に落下することとなった。いうまでもないが、破片として連邦軍のレーダーに映ったのは、コムサイが撃墜される直前に射出されたシャアのザクである。ザクのコックピットには4人が無理矢理詰め込まれていたが、シャアの操縦によりアナハイム工場の敷地内に無事着地に成功。ヤザンナはその場でアナハイム系列の病院に緊急入院することとなった。

もちろん、この程度の小細工が連邦軍に通用するはずもなく、アナハイム社は、真相の説明と降下したジオン兵の受け渡しを連邦軍から執拗に求められる事になる。だが、カーバインはその政治力をフルに活用し、頑として、徹底的にしらを切り通した。そして、ヤザンナの容態がとりあえず落ち着き、峠を超えたのを見計らってから、あらためて連邦軍およびジオン軍トップに対してヤザンナの無事を通告したのである。

シャアとドレンは、ヤザンナの無事を見届けた後、アナハイム社の手引きによりサイド6経由で既に本国に向かっているはずだ。彼らはカーバインからギレン宛のメッセージを託かったらしい。だが、どうしても本国に還る気にはならなかったシーマは、ヤザンナの護衛という名目でここに残ったのだ。

「あの様子じゃ、避難民達が敷地に侵入してくるのも時間の問題じゃないか」

「我が社としては、だ。創業の地ゆかりの人々が家を失ったというのならば、名目上の本社の敷地を提供することになにも問題はない。どうせジオンが進駐してくれば、この工場は連邦軍相手の商品は作れなくなるのだからな」

シーマの後ろで、まるで彼女を監視しているかのように腕を組む男、ウォン・リーが誰へともなく口走る。ウォン・リーは、カーバイン会長の懐刀のひとりと言われている。カーバインがアナハイム社の実質的な本拠地となって久しい月にいる間は、彼がヤザンナの扱いについて任されているのだ。

「……だが、避難民達はジオンを心底憎んでいるだろう。もしここにザビ家の一員がいると知れたら、ただじゃすまない。せっかく助けたのだ。我が社とジオンとの関係を良好に保つためにも、そんなことは避けたいものだな」

アナハイムエレクトロニクス社にとって、ヤザンナはこの戦争で利益を上げるためのカードなのだ。混乱の渦中にある連邦軍にはこのカードを有効につかえなかったが、ジオンに対しては極めて有効だろう。ギレンに対してはもちろん、キシリアに対してはジョーカーとなる可能性もある。シーマの頭の中に、『死の商人』という言葉がうかぶ。

「一応、逃げる準備をさせよう」

ウォン・リーの提案に対し、シーマが答える。

「しかし、絶対安静で今動かすのは危険だと……」

「なぶり殺しにされるよりはましだろう。それから、ジオン降下部隊のガルマ・ザビ大佐にも連絡を取らねばな。姫君がここにいることを、本国から伝えられてはいない可能性もある。ザビ家の連中はいろいろ複雑だが、とりあえず我が本社の扱いについて当面の交渉相手となるのはガルマ・ザビだ。彼に手柄を立てさせておいても、損は無かろう」




避難民の数は、目に見えて増えている。食糧もなく着の身着のまま集まった人々は、既に数万人の規模に達している。半径数百キロ以内に、彼らが雨風をしのげる場所はない。伝染病の心配が無く、十分な食糧が供給される場所もない。そんな彼らにとって、津波の被害も爆撃の被害もなく、電力も供給されているアナハイム本社の敷地は、天国にみえた。

すでに西海岸の連邦軍基地はすべて降服しているらしい。なのに、なぜ目の前の連邦軍兵士は我々の避難を邪魔するのか? なぜ、地元のアナハイム社は我々を助けてはくれないのか? そもそも、なぜここは爆撃されないのか? 宇宙人共と繋がっているのではないのか?

不条理きわまりない戦災による不幸が突然にふりかかった人々に、合理的な判断を求めても無駄である。しかも、彼らの疑念は半分は当たっている。ギレン麾下のジオン宇宙軍がアナハイム本社を爆撃しなかったのは、ヤザンナの件もふくめて、たしかに今後の関係を配慮したせいだ。

「これ以上避難民が増えると、守りきれません」

正門を封鎖している連邦軍兵士から、守備隊の指揮官のもとに悲鳴にも似た通信がはいる。避難民達は、自分の命を、そして家族の命を守るため、力づくでも安全な場所に侵入しようとしている。彼らの中には、自衛用の小火器で武装した者も少なくはない。

さらに困ったことに、連邦軍の兵士自身も、避難民と同様、冷静な判断力をなくしつつあった。

……我々は、誰から誰を守ろうとしているのだ?

我々が銃口を向けているのは、本来我らが守るべき連邦市民だ。我々が背後に守っているのは、コロニー落としを仕掛けてきた宇宙人共の娘だ。これが我々連邦軍人の仕事なのか?




「ヤザンナがアナハイムにいるというのか!」

キャリフォルニアベースを目前にしたガルマ・ザビが、オデッサのマ・クベ中将からヤザンナが無事との通信をうけとったのと、ウォン・リーから同じ内容の連絡をうけたのは、ほぼ同時刻であった。

地球に降下して以来、侵攻作戦はほぼ計画通り順調に進んできた。北米大陸の全てを占領しようというこの段階になって、計画外の事態が起こるとは。

なぜ、兄上や姉上は教えてくれなかったのだ?

ガルマの頭に真っ先に浮かんだのは、その疑問である。ヤザンナが生きているということは、もちろん嬉しいことに違いない。だが、事前にわかっていれば、降下直後にまず助けにいったものを。なぜ、北米の降下部隊の司令官であるはずの自分だけが知らされていなかったのか。自分は、ザビ家の男として信用されてはいないのではないか? その無念さを叩きつけられたのは、秘匿回線の向こうのマ・クベ中将だった。

「なぜ、事前に教えなかったのだ! もしヤザンナに何かあったら、どうするつもりだ! 私をバカにしているのか!!」

多くのジオン軍人にとって、ザビ家の人間に罵声を浴びせられるということは、軍人として、場合によっては人間としての死にも直結することがある。だが、マ・クベはまったく動じない。いわゆる軍人らしさ、剛胆さがあるわけではない。逆にクールで冷たい人間というわけでもない。単に、ガルマを一人前として扱っていないのだ。『やれやれ』とは実際に声にこそ出しはしないものの、この若造には困ったものだという態度を隠しもせず、彼はひとつため息をつき言い放った。

「ガルマ・ザビ大佐。名目とはいえ、地球侵攻軍において私は君の上官にあたる。口を慎みたまえ」

「なっ……」

ガルマは言葉に詰まる。そして自分を恥じる。

「……いっ、いや、申し訳ありません、マ・クベ中将。無礼をお許し下さい」

この素直さは、得難い才能といえるだろう。

「結構。ギレン総帥は、ヤザンナ様ひとりのために作戦を修正する必要を認めません」

厳重に暗号化され、いくつもの衛星を経由し、ミノフスキー粒子の影響で雑音混じりとなったマ・クベの声からは、感情が感じられない。

「しっ、しかし、ヤザンナもザビ家の人間です。それなのに……」

「ガルマ様。総帥はあなたが手柄を立てることをお望みです。そして、キシリア閣下は、ヤザンナ様が無事であることを知らされてはおりません。この意味がおわかりですね」

ギレンは、カーバインから差し出された好意を、素直に受け取ることにした。ヤザンナの生存についてはギリギリまで秘密のままにしておき、父デギンを実質的な失脚に追い込んだ。そのうえで、北米への降下部隊の司令官には、キシリアではなくガルマを任命したのである。

もともと、ヤザンナひとりのために作戦を修正するなど、ギレンにとっては論外である。だが、国内におけるヤザンナの人気の高さについては、彼も理解している。ヤザンナを無視した作戦に対してデギン公王や軍内部から無用の反発が出るのを避けるためには、できるだけ秘密にしておいた方が得策であろう。もしそのために、連邦軍からヤザンナが害されることがあれば、その非人道性を非難してやればよいのだ。さらに、ギレンは降下作戦が成功した後のことも考慮した。北米への降下作戦は、本来ならばキシリアが指揮することを前提として計画され、準備が行われてきた。だが、陰謀により殺されかけたヤザンナの身柄を、殺しかけたキシリアに託すことは、冷徹さを自覚しているギレンにも、さすがにためらわれた。このため、ルウム占領において政治的なセンスの一端を披露したガルマを抜擢し、彼に経験を積ませるという名目で指揮官に据えたのだ。

ガルマも、ルウムに逃げ込んできたファルメルの件により、ヤザンナとドズルの不幸にキシリアが一枚噛んでいることは感づいていた。感づいていたが、それを信じたくはなかった。だが、ギレン兄は自分で確かめろと言いたいのだろう。ヤザンナに直接尋ねれば、すべてがわかる。

「了解いたしました。北米大陸の占領を完遂後、ヤザンナ・ザビの救出いたします」

マ・クベとの通信を切ると同時に、ガルマは、ヤザンナ救出のためアナハイムシティへの進撃を命令した。




アナハイム本社前の争乱は、ピークを迎えつつあった。

その噂の源がどこだったのはわからない。しかし、おそらく無数にあるアナハイム本社の敷地のゲートのどれかひとつで、突入しようとする避難民と問答していた連邦軍の守備隊の兵士の一人が口を滑らせたのだろう。そこから発生した噂は、ほんの30分ほどで広大な敷地を取り囲むすべての避難民にさざ波のように広まり、ほとんどの避難民がそれを事実として受け入れた。

ザビ家の娘が中にいるらしい。

ザビ家によって実行されたコロニー落としにより家を失い、家族を失った避難民達の顔色がかわる。それまで悲しみで満たされていた彼らの目に、憎しみの炎がともる。手に手に瓦礫をもち、鉄筋を握りしめ、ヤザンナを守る連邦軍兵士を睨みつける。銃を手に取り、連邦軍兵士の向こうにある病院に向ける。今はかろうじて保たれている秩序が失われ、ジオン・連邦双方にとって不幸な破局が訪れるのは、時間の問題だった。

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切れのよいところまで書きたかったのですが、長くなっちゃったので分割しました。

2010.03.25 初出




[12088] ジオンの姫 その27 悪しき世界
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/04/20 21:09
 
アナハイムシティの天候は、地上の争乱の度合いに比例して悪化しつつある。数時間前から雨が降り始め、強風が舞っている。

「全てのゲートが、突破されるのは時間の問題です」

連邦軍部隊とともにゲートを守る警備員から、騒然とする病院の待合室で指揮をとるウォン・リーの携帯無線機に連絡が入る。

集まった避難民は、既に数万人の規模になっていた。広大なアナハイム本社工場の敷地を取り囲む彼らに、他にいく場所はない。ジオンと連邦の地上戦から逃れるため、ケガや伝染病を治癒するため、家族に雨風をしのぐ場所と食糧を与えるため、そして彼らをこのような境遇に陥れた張本人であるザビ家に復讐するために、彼らは力づくでゲートの突破をはかり、守る連邦軍兵士と小競り合いが始まっている。連邦軍兵士は、同胞である避難民に対してまだ一発も発砲してはいない。だが、その忍耐もいつまでつづくのか、兵士達自身も自信がなかった。

「やむを得ん。裏のゲートだけ、破られる前に開放しろ。大規模災害時の避難民受け入れマニュアルに従って、非常用の食糧を支給してやれ。人間、腹がふくれればとりあえずは落ち着くものだ。残っている社員の大部分は地元の人間だから、大きなトラブルもないだろう」

裏ゲートが開かれると同時に、フェンスの向こうの避難民の群れは、全体としてそちらにむかって少しづつ移動をはじめた。今のところ、それなりに秩序は保たれている。

裏ゲートは、正門にある病院からは最も遠い。仮に裏ゲートから広大な工場敷地を横断して病院を目指す避難民がいたとしても、殺到してくるまでには時間がかかる。問題は、ジオンへの復讐心をなによりも最優先とし、いまだに病院めがけて正面ゲートの突破を狙っている連中だ。正門が突破されれば、ものの数分で病院に突入されてしまう。そして、そのような過激な連中の数は、正門前に限ればほとんど減ってはいないように見える。このままでは時間の問題かもしれない。

ヤザンナを守らなければならないウォン・リーの選択肢は二つだ。このまま病院に立てこもるか。それとも敷地の外に逃げ出すか。

「VTOLを病院前の広場におろす。逃げるぞ」

ウォン・リーは、瀕死のヤザンナを動かすことに強硬に反対する医師達をなだめ、移送の準備を始めさせた。その足で、同じく待合室に臨時指揮所を置く連邦軍守備部隊の指揮官の元に足をはこぶ。だが、医師達とはことなり、指揮官の少佐はウォン・リーの提案に首を縦にはふらなかった。それどころか、任務自体に疑問を呈しはじめる。

「我々は撤退する。これ以上、私の部下を危険にさらすわけにはいかない」

「……少佐、そう言わず、もう少しだけ守ってくれないか。VTOLに乗り込むまででいい」

「病院の建物を出た途端、武装した連中はフェンスの金網越しに撃ち始めるぞ。興奮した避難民達がゲートに殺到したら、我々だけでは侵入を止められない」

少佐はあきらめ顔で吐き捨てる。彼の任務は、進駐してくるジオン軍に対し、ヤザンナを引き渡して降服すだけのはずだった。もともとこんな危険な状況は想定されてはいない。あれだけの数の避難民を相手にするには、人数も装備も全く十分とは言えないのだ。

もちろんウォン・リーも引き下がるわけにはいかない。執拗に食い下がる。

「それはわかっている。だが、このままでは病院を戦場にしたあげく、最悪の結果が待っているだけだろう。君たちの任務を最後まで果たすべきじゃないのか?」

少佐は『任務』という単語にぴくりと反応すると、ウォン・リーを睨みつけた。

「任務? 任務だと? 連邦市民に銃をむけ、力づくで排除するのが我らの任務だというのか? ジオンの娘をまもるために」

彼ら連邦軍は、この戦争が始まって以来、ほぼ負けっ放しである。彼らの守るべき市民は、信じられないほどの数が殺されてしまった。守るべき国土は独裁者の軍によって蹂躙され、守るべき国家は存亡の危機に陥っている。自由と民主主義を擁する地球連邦の軍人であることを誇りとしてきた少佐にとって、これは耐え難い現実だった。そのうえ、連邦市民を敵と見なす『任務』だと?

「こんな馬鹿な任務があるものか。そもそも、このバカバカしい状況は、ジオンとアナハイム社のせいで起こったことなのではないか?」

一度本音が口から出てしまうと止まらない。軍人として言ってはならぬ事が、堰を切ったように声となって流れ出す。

「なぜ我々連邦軍が、宇宙人の仲間の命令をきかなければならないのだ? やってられるか!」

ウォン・リーも負けてはいない。連邦軍人としての少佐に守るべき誇りがあったように、地球圏の経済をささえていると自負する巨大企業アナハイムエレクトロニクス幹部としての彼にも、背負う物があるのだ。

「田舎軍人が言ってくれるじゃないか、少佐。アナハイムを舐めるなよ。なんならジャブローから直接命令させようか?」

「できるものならやってみろ!」

売り言葉に買い言葉の応酬によりアナハイム社員と連邦軍兵士の緊張が高まる中、ひとり醒めたシーマ・ガラハウが、よこから取りなす。

「ねぇ少佐、どちらにしろもうすぐジオン軍がここに来るのは、あなたもわかっているんだろう? その時、あの娘が生きていなければ、ここにいる連邦市民は報復のため皆殺しにされるんじゃないのかい?」

「……くっ」

連邦軍指揮官は唇を噛む。反論できないのだ。宇宙人共なら、非武装の避難民を虐殺するくらい平気でやるだろう。そして、その虐殺のきっかけとなりかねないヤザンナを守ることが出来るのは、彼と彼の部下達だけだ。

シーマは少佐の両手を握り、正面からまっすぐに顔をみつめる。

「少佐、連邦軍は正義の軍隊なんだろ。少女ひとり守りきれなくてどうするんだい。やっておくれよ」

正面から至近距離で見つめられ、まだ若い少佐は顔を僅かに赤らめ、おもわずシーマから目をそらす。ここを勝機と見たウォン・リーが、たたみかける。

「あの小娘さえ無事ならば、ジオンの連中には、市民にも連邦軍にも決して手を出さないように約束させる。だからここは頼む、少佐」

「……わっ、わかった。出来る限りのことはする」



大量の避難民達がフェンス越しに見守る正門ゲート前の広場、甲高い金属音を巻きらかしながら、アナハイム社所有のVTOLが降下する。同時に、病院の前には病人搬送用の大型救急車両が横付けされる。

『逃げるのか?』

避難民達の興奮がみるみる高まっていく。ストレッチャーごと救急車に運び込まれたヤザンナを見守るウォン・リーにも、それはわかった。

「……寝食にも困っている連中が、空に逃げようというのをわざわざ追っては来ないだろう」

だが、少佐は安心してはいない。

「狂った暴徒を舐めない方がいい。彼らに理屈は通用しない。しかも数が多すぎる」

フェンスの向こうから投石が始まる。さらにこちらにむけて小銃が発砲される。どちらもこの距離では直接の影響はないとはいえ、圧倒的多数の人間から一方的に凄まじい敵意を向けられるという状況は、大きな心理的圧力となる。ヤザンナにつきそう医師は、足がすくんで動けない。

「しかし、VTOLに乗り込むまでほんの数分だ。そして、離陸してしまえば連中も手を出せまい……」

ヤザンナと医師、そしてシーマを詰め込むと、車はゆっくりと走り出す。乗り込めなかったウォン・リー、そしてヤザンナを守ることを任務とする連邦軍兵士達は、車の周りを自分の足で走る。解放した裏門を守っていた兵士も合流し、合計100名ほどが車を囲む。

むさ苦しい兵士達と共に全力疾走をしながら、ふとゲートの方向を見たウォン・リーは、思わず足をとめた。

「……何を、するつもりだ」

敷地前の道路に乗り捨ててあった物なのだろう、避難民のひとりが運転する大型のトレーラーが、ゲートにむけてまっすぐ突っ込んでくる。ゲートをまもる連邦軍兵士達は、この期に及んでも発砲を躊躇、結果として突入を許してしまう。

轟音と共にゲートが破壊される。同時にトラックはコントロールを失い、あろうことかエンジンが回ったままのVTOLの機体に向かう。急ブレーキの音に引き続き、衝突の金属音。その数瞬後、漏れた燃料に火がつき、大爆発が起こる。ゲートの周りの暴徒は、一気に騒然となる。



行き先をうしなった救急車は停止。ウォン・リーが唖然と見守る視界には、破壊されたゲートを通過し、こちらに向かって殺到する無数の暴徒が映る。

何人いるのだ? 千、いや一万人? しかも、みんな手に凶器を握っているじゃないか。

「にっ逃げよう、はやく!」

政治やビジネスの修羅場なら何度も経験してるのだろうが、所詮は民間人、まだ場数は踏んでいない。慌てふためくウォン・リーを尻目に、少佐は冷静に周りをみる。前からは暴徒の群れが殺到している。後ろは病院で、逃げ道はない。

「だめだ、逃げ場はない。この場所で車を守るのだ」

「しかし、……ならば早く撃て。その銃は飾りか」

一部の兵士達も、ウォン・リーに同意したように少佐の顔を見る。撃たねば守りきれる自信がないと、目で訴える。だが、少佐は毅然として言い放った。

「だめだ。我々は地球連邦軍だ。連邦市民に銃を向けることは許されない」

連邦法や連邦軍の規則では、治安維持のためやむを得ない場合は、たとえ連邦市民相手でも火器の使用は認められている。実際、コロニー落とし後の大混乱にともない、無政府状態に陥った地域で生き残った市民に対して連邦軍が武力行使を行った例は、世界中でいくらでもある。今回の任務に関しても、特に例外扱いする命令はなされていない。しかし、こんなくだらない任務のために、連邦軍人としての自らの誇りを捨ててしまうことは、少佐には耐えられないことだった。ほどなくやってくるであろうジオン軍の宇宙人達に、せめて連邦軍の意地を見せてやりたかった。

「不可能だ! いったいどうやってあの小娘を守るのだ?」

少佐はにやりと笑う。

「なに、簡単なことだ」

そして、周りの兵士に対して大声で命令を下す。

「みんな聞こえるな! 我々はこれより、盾になる。車をかこめ!!」



車の窓から外を覗くシーマの視界の中に見えるのは、至近距離で車を取り囲む連邦軍兵士の背中だけだ。兵士達はフル装備だが、銃を構えてはいない。スクラムこそ組んでいないものの、隙間無く何重にも輪になり、外側の暴徒達を威嚇している。シーマは子どもの頃に読んだ動物記を思い出す。狼の攻撃から子どもを守るバッファローの群れだ。たしか、狼たちの執拗な攻撃によりバッファローの守りは少しづつ切り崩され、最終的に子どもは食われてしまったはずだ。そのうえ、今ヤザンナを狙う暴徒の群れは、狼の群れとは異なり、守る兵士よりも圧倒的に数が多い。シーマは、自動小銃に手をかける。自分は連邦軍人ではない。連邦市民は、彼女にとって敵なのだ。

連邦軍兵士のもっとも外側では、凄惨な光景が繰り広げられていた。火器こそ使わないといっても、兵士達は屈強であり、襲いかかる暴徒達に対して無抵抗をつらぬくほどお人よりではない。素人である暴徒が正面から襲いかかっても、少なくとも一対一では負けることは無いはずだ。だが、暴徒は手に手に凶器を持っている。石やコンクリート片ならまだましで、刃物や小火器を持つ物も少なくはない。さらに、そもそも一対一でなく、兵士は数人同時に相手にせねばならない。そのうえ、暴徒は後から後から無限に襲いかかってくるのだ。遠くからの投石も、当たり所が悪ければ致命傷になり得る。さらに、拳銃や猟銃などを持つ者は、仲間への被害もかまわず引き金を引きまくる。

兵士達は、ひとりまたひとりと倒れていく。狂気と暴力と死がうずまく異常な空間の中、彼らは誇りを守るためだけに戦い続ける。だが、一人を倒しても、倒れた仲間の体を踏みつぶして次の暴徒が襲いかかる。兵士に殴られ戦意喪失した者でさえ、後ろの別の暴徒に踏みつぶされる。兵士と暴徒の衝突そのものによる死者よりも、踏みつぶされ圧死した者の方が多いかもしれない。すでにアスファルトは血と肉と骨で埋め尽くされ、その上で血みどろの殴り合いが続いている。そして、連邦軍の守りの輪は少しづつ確実に縮まり、暴徒の手は確実にヤザンナに近づきつつある。



俺は、自分の誇りのために、部下を死なせてしまっているのか? あるいは、初めから火器を使い、過激な者を一気に一掃して戦意を喪失させてしまった方が、市民の被害は少なかったのではないか? 少佐の頭の中を、後悔がよぎる。

車を守る兵士の輪がさらに縮まり、暴徒の最前列が車のそばで指揮を執る少佐から手の届きそうな距離まで近づいた。兵士はのこり僅かだが、暴徒はまだ数千人規模で残っているように見える。

このままでは、兵士は全滅し、ジオンの娘は市民になぶり殺しにされ、その報復として市民は皆殺しにされてしまう。ジオン軍の連中はいったい何をやっているのだ、早くおまえらの姫を助けに来い!



その時、少佐の目の前の救急車のドアが突然開いた。中から出てきたのは、病人用の毛布をかぶったシーマ・ガラハウだ。毛布のため顔は見えないが、長い髪がはみ出している。どこに隠していたのか、上半身だけジオン軍の制服を着ている。ヒールは既に脱ぎ捨てている。

「なんのつもりだ?」

「なに、ほんのちょっとだけサバをよんでみようと思ったのさ」

「……身代わりになろうというのか?」

少佐は、車の中でいまだ昏睡状態にあるヤザンナの顔を思い出す。あどけなさの残る少女だった。そして、シーマの顔をしばし見る。

「さすがにちょっと、いや、かなり無理があるんじゃ……」

「おだまり!! どうせ連邦市民はヤザンナ様の顔なんて知らないんだろう?」

たしかにそうだ。おまけに、いま連邦軍人に襲いかかっている連中は、極度の興奮状態で、血の臭いに酔い、狂っていると言っても良い。包囲の輪から女性が逃げだそうとすれば、それが目標の娘だと思い込み追ってくるだろう。

「……確実に死ぬぞ。それもなぶり殺しだ」

「運が良ければ、ザビ家のおぼっちゃんが間に合うだろうさ」

少佐がウォン・リーの顔を見ると、彼はだまって頷く。彼女はアナハイムの社員ではないのか?

「わかった、俺もいく。ドライバー、車の前方の暴徒が減ったら、強引に発車しろ」



少佐と毛布をかぶった少女(?)が、後ろから兵士の輪を抜け最前線に立つ。一瞬、暴力がやみ、暴徒の視線がふたりに集中する。新たな目標を得た暴徒達が少女(?)に殺到しようとした瞬間、毛布の中から乾いた銃声が連続して響き、前にいた暴徒数人の体が蜂の巣にされる。シーマが自動小銃を乱射したのだ。

「なっ、なぜ撃った!!」

「あいにく私は連邦軍じゃないのさ。それに、おとりになるなら派手にやらないとね。ほらほら、今の音につられて、すべての暴徒がこちらに向かってきたよ」

言うが早いか、シーマは走り始める。前方に立ちふさがる暴徒をすべて蜂の巣にしてなぎ倒し、進める道を切り開く。ヤザンナを生かすため、可能な限りバカな暴徒を引きつけて、可能な限り遠くまで走り、そして可能な限り長く生きるのだ。



シーマの目の前に広がるのは、血と肉の壁だった。撃っても撃っても、暴徒の数は全く減ることはない。狂っていると言っても、所詮は一般人。さすがに銃口を直接向けられた者は怯み、シーマに命乞いをはじめるが、その後ろから次から次へと迫ってくる別の暴徒による物理的な圧力で、シーマに襲いかからざるをえない。血の臭いは平気だが、360度すべてから感じる凄まじい憎悪と敵意には、吐き気がする。

引き金を引くが弾が出ない。弾切れだ。まだ数十メートルも進んではいない。マガジンを交換しようとした隙に、暴徒の接近を許す。髪をつかまれ、引きづり倒される。銃を取り上げられ、顔を殴られる。口の中が切れる。腹を蹴られる。呼吸が出来ない。仰向けに倒され、赤くなった視界の中、コンクリート片が頭に向けて振り下ろされるのが見える。これは死ぬかなと思った瞬間、連邦軍の制服が上から覆い被さる。

「……ありがとうよ、少佐」

少佐の体重以上に、凄まじい圧迫を感じる。何人に蹴られているのか。少佐の体越しに、激しい衝撃が間断なく続く。いったい何で殴られているのか。少佐が口から血を吐きながらささやく。

「これを機にお近づきになりたいものだが、……あんたジオン軍の兵士なんだろう」

「ああ。黙っててすまないね。手榴弾はあるんだろう? タイミングを見計らって自爆しておくれよ」

「俺はもうダメそうだが、心中はごめんだ。……聞こえないか? 仲間が間に合ったみたいだぞ」



上空から響くエンジン音。見上げる避難民達のすぐ上を、巨大で不格好な航空機が低空でとおり過ぎる。開かれたハッチから、無骨な人型機動兵器が次々と飛び降りる。巨体が着地する度に、地響きが鳴り響く。スラスターによる猛烈な爆風で、人が枯れ葉のように舞い上がる。アナハイム社の敷地の中、避難民を踏みつぶすことなどまったく厭わず、人型機動兵器は暴徒達の中心を目指して歩を進める。圧倒的な大きさと力を具現化したしたモビルスーツの群れを前に、小火器しかもたない暴徒達は逃げ惑うことしかできない。

兵員輸送用のヘリとVTOLが次々と広場に着陸し、フル装備の兵士達がはき出される。モビルスーツによって散らされた暴徒をかき分け、彼らは一点を目指す。ヤザンナの乗った救急車だ。いまだに事態の急変が飲み込めない一部の暴徒とジオン兵の間で、小競り合いがはじまる。

「ヤザンナの確保が最優先だ。バカ者! 撃つな。民間人を撃つんじゃない。連邦軍の兵士の前で、私に恥をかかせるのか!」

幕僚と共に地上に降り立ったジオン軍の北米司令官、ガルマ・ザビ大佐が叫ぶ。

「ヤザンナ様を保護しました! 意識はありませんが、ご無事です」

「よし、病院に収容しろ。急げ」

アナハイムの幹部が言ったとおり、連邦軍はヤザンナを守りきってくれたようだ。こちらも約束を守らねばなるまい。

「避難民達には手を出すな。連邦軍兵士を治療してやれ。そして、彼らを一箇所に集めろ」



「お嬢さん、大丈夫ですか? ジオンの人間……ですね」

ひとりのジオン兵士がひざまずき、シーマの制服と顔をのぞき込む。

「ああ、大丈夫。この連邦軍兵士のおかげだ」

シーマは、自分の体に覆い被さったままの少佐の死体の下から這い出す。

「ヤザンナ様は?」

「ご無事です。あなたも無事なようでよかった」

ジオン兵は、少佐の死体に向かって黙って敬礼する。

「……敵兵とはいえ、自国市民には一切銃を向けず、ヤザンナ様を守り通したことは賞賛に値します。連邦軍兵士にもこんな奴がいるんですね」

シーマは黙る。確かに立派な行為だ。自分は彼を尊敬し感謝している。だが、彼は銃を撃たなかっただけで、多くの連邦市民を殺したことには違いない。少佐が自嘲したように、自己満足、自己陶酔と言われても否定できまい。

遠くで、集めた捕虜や避難民の前で演説をはじめたガルマ・ザビの声が聞こえる。

『……我々はヤザンナ・ザビを守りきり投降した連邦兵士達を敬意をもって扱うことを約束する。そして君たち避難民の安全は保障する。……』

偽善だ。シーマは思う。一人の少女のために、いったい何人の民間人が凄惨な死に方をしたと思っているのだ。お互いに毒ガスや核兵器をさんざん使っておいて、この小さな局面で銃を使わなかったことが自慢になるのか。ハッテやコロニー落としで民間人を何億人も殺しておいて、いまさらわずかな避難民の安全などなんの意味がある。

だが、今回の一件は、連邦・ジオン両軍において大いに宣伝されるだろう。最後まで自国民に銃を向けなかった兵士達。たとえ自国の姫を襲った暴徒でも、民間人は避難民として扱う慈悲深い占領軍。それは、その場に居た当事者にとってどんなにバカバカしい偽善であっても、今次大戦そのものの圧倒的なバカバカしさから目をそらしたい多くの人の心を動かし、感動を与えることになるのだろう。

ガルマ・ザビの演説は、既にジオンの勢力下におかれた北米大陸全域に放送されている。少なくとも、兄譲りの演説上手であるお坊ちゃんによる北米大陸の支配は、この事件をきっかけにして地元民に受け入れられ、順調にすすむことは確かなようだ。



結局、あの小さくて幼くてちょっとモビルスーツの操縦の上手い少女は、ジオンと連邦、そしてアナハイムから駆け引きのカードとして利用されているだけだ。そしてこんな状況はまだまだ続くだろう。せめて、自分だけでも駆け引きなしで守ってやりたいとシーマは思った。大気圏突入の時、燃えるザクの中で決めたのだ。



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年度初めということで公私ともに忙しくて時間がかかってしまいました。

主人公は寝てるだけ。でも、坊ちゃんによる北米占領が終わったので、そろそろ主人公は目を覚まして、ついでにガンダムが大地に立てればいいな。

2010.04.20 初出
 





[12088] ジオンの姫 その28 MS-07グフ(蛍光ピンク)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/05/04 03:54



ヤザンナが地球に降下してから約半年後

宇宙世紀0079 9月 南米大陸 ジャブロー

ジオン軍による衛星軌道からの定期的な爆撃は、目標であるジャブローに対して実質的な被害を与えていないという点において、単なる嫌がらせの域を脱してはいない。広大なアマゾンの密林地帯は相変わらず人を寄せ付けぬ秘境であり、ぶ厚い岩盤に守られた地下空間に隠されたジャブローは相変わらず地球連邦軍全軍の指揮機能を維持している。

もっとも、このような爆撃をどれだけおこなってもジャブローを破壊することが困難であることは、ジオン軍も承知している。たとえジオンが保有する戦略核弾頭をすべて投下しアマゾンを焼き払ったとしても、内部に侵入して直接攻撃しないかぎりジャブローは陥落しないだろう。もともと、純軍事的な意味などそれほど無い、政治的な効果を狙った攻撃だ。戦争は膠着状態に陥っているが、ジオンはジャブローをおとし連邦を屈服させることを決してあきらめはしないということを、敵味方双方に意思表示するための攻撃なのだ。

連邦軍兵士からは定期便ともよばれている本日の爆撃が終了した後、目標とされた半径数キロ四方一帯は、文字通りの荒野であった。数世紀前には世界で最も豊かな動植物相を誇っていた密林は、一瞬でなぎ倒され炭化した熱帯性樹木の痕と動物たちの無残な亡骸が散乱し、網の目のような大河の支流は流れを変え、月面のような大小のクレーターが残るのみだ。

爆撃の後、上空は熱帯雨林特有の厚い雲に覆われた。それを見計らったかのように、密林の一部がその下の土壌ごと静かに横に滑りはじめ、大地に巨大な人工的で幾何学的な形の穴がゆっくりと開く。無数にある宇宙船ドッグの出入り口のひとつだ。爆撃の被害を逃れた派手な色の鳥たちが、けたたましい鳴き声を発しながら飛び立つその横を、巨大な宇宙戦艦がゆっくりと上昇をはじめる。



「ペガサス級強襲揚陸艦2番艦『ホワイトベース』。君が待ち望んだ艦がついに出航だ」

ドッグの中、上昇していくホワイトベースを見送りながら、地球連邦軍のゴップ大将が感慨深げにつぶやいた。隣に立つレビルが、それに答える。

「モビルスーツ運用のための改装に思いのほか時間がかかりましたが、RX-78の完成にはなんとか間に合いましたな」

「ああ。あのモビルスーツとホワイトベースには、君の言うとおり金も時間も人手も惜しまずに投入したからね。……だが私はね、今でも疑問に思うのだ。果たして、アレにそれだけの価値があったのかとね」

レビルには、ゴップの言いたいことが理解できる。

今次大戦の緒戦において、ジオンのモビルスーツにより連邦軍は大敗を喫した。もともとジオンの本拠地である宇宙はもちろん、我らの母なる大地までもが、連中のモビルスーツによって蹂躙されている。地球圏全域から独裁者を駆逐するためには、連邦もモビルスーツを開発運用するしかない。これは確かだ。

だが一方で、宇宙での戦いはともかく、とりあえず我らの地球からジオンを追い出すだけなら、高価で時間のかかるモビルスーツの開発を待つよりも、既存の兵器を大量にそろえて力押しをしたほうが、少なくとも政治的には効果があるのではないか、との懸念は、連邦政府内に広く共有されている。連邦軍はモビルスーツとそのキャリアの開発・量産体制の確立に全力を尽くしているため、ジオンに対する反撃は大幅におくれている。そのおかげで、直接ジオンの脅威にさらされている地域では連邦軍と政府に対する不信が吹き出しているらしい。ジャブローのモグラ共は我らを見捨てたのか、と。

実際、いつまでたっても反攻作戦を発動しない連邦政府に業を煮やした欧州連合は、ついにマ・クベの圧力に屈し、無防備宣言を発してしまった。欧州はコロニー落としの直接の被害をうけず、ジオン公国に対してそれほど強い反感がないこと、さらにもともと太平洋地域の旧大国に支配された連邦政府に反感をもっていたことに加え、全地球的な規模の食糧不足に対して、無傷の宇宙植民地の経済力をいかし、マ・クベが大規模な援助をちらつかせたことが決定的だった。もっとも、無防備宣言といってもジオンによる占領を認めたわけではなく、連邦軍を欧州地域から追い出しただけの実質的には中立宣言であり、援助だけ引き出して連邦とジオンを両天秤にかけているとも言える。1000年以上にわたって血なまぐさい戦乱と陰謀を身をもって経験してきた欧州は、さしものマ・クベといえども、一筋縄ではいかない相手だ。だが、この状態が長く続けば、連邦からの離脱、そして単独講和という最悪の結果も考えられるだろう。混乱の続くアフリカ諸国も後を追うかもしれない。

「宇宙でのギレンの覇権は日々強固になっており、その経済力や軍事力は近いうちに連邦をも凌駕するでしょう。一時的にマ・クベやガルマ・ザビを地球から追い出したところで、ぐずぐずしている間に今度はルナツーを落とされて終わりです」

レビルは、ジャブローの同僚や政府のお偉方に対して、何度も何度も同じ話をしてきた。それに対して、ゴップもいつもと同じ答えをかえす。実際に口に出さないと、不安になるのだ。

「地上のジオンを無視し、モビルスーツを開発し宇宙に打って出るという君の作戦は、政府にも軍にも反対が多い。正直言って私も多少疑問を持っている。だが、もっともジオンを知る君の意見を、私は尊重するべきだと思うのだ」

軍高官の中でレビルを積極的に支持しているのは、ティアンムなど前線で実際にジオンと戦っている者だけであり、所謂ジャブローのモグラ共の多くは一度はジオンの捕虜となったレビルを決して快くは思っていない。にもかかわらず、レビルがジャブローにおいて大きな発言力をもっていられるのは、消極的とはいえゴップ大将が味方であることが大きい。月やサイドを拠点とする企業と関係が深いと言われるゴップとしては、宇宙を重視するレビルの味方をするのは単に自分の利益のためなのかもしれないが、レビルにとってはありがたいことには違いない。

「パオロ・カシアス艦長は優秀です。かならずやRXシリーズを使いこなしてくれるでしょう」

レビルは、衛星軌道にのるべく猛烈な加速を開始したホワイトベースのエンジン光を見上げながら、口の中でつぶやく。

ここまでくるのに半年かかった。だが戦争はあと半年も続かないだろう。長くても一年。それを過ぎれば、欧州・北米と宇宙植民地を取り返さぬ限り、連邦の経済は破綻してしまう。ゴップ大将にはいつか借りを返さねばならんが、一年後、彼が愛するジャブローが、いや地球連邦そのものが残っているかどうか、確率は五分というところか。




同日 ジオン突撃機動軍 巡洋艦ザンジバル

「どうやら連邦軍の新型戦艦のようだな」

南米大陸を見渡す静止軌道上の偵察艦より、ジャブロー付近から同時に発進し軌道に投入された多数の大型飛翔体のひとつが我が艦隊の進路を横切るとの通信をうけた際には、どうせ赤外線を派手にまき散らかすだけのいつもの囮衛星だと考えていたのだが。近づいてみるととんだ大物だ。

彼が乗るのは、ザンジバル級巡洋艦のネームシップである。彼と彼の任務のために、特別に改装された艦であり、充分に追いつけるだろう。

艦長になって数ヶ月、自分で望んだ任務とは言え、少々退屈な日々が続いてた。シャア・アズナブル大佐は、久しぶりの戦闘の予感に、おもわず口元を緩める。

「行き先はサイド7のようですが、追いますか?」

副官のマリガンが、キャプテンシートをふり返り尋ねる。

「当然だ……と言いたいところだが、今回の任務はあくまでも新型モビルアーマーのテストだ。一応艦隊司令に確認するべきだろうな」

オペレータに旗艦への通信を指示しつつも、シャアは確信していた。艦隊(といっても二艦だけであり、しかも旗艦は視察の名目で無理矢理ついてきただけなのだが)を率いるキシリア・ザビ少将は、連邦の新型戦艦という大きな餌に、かならず食い付くだろう。

「シャア、連邦の新型戦艦を追うぞ」

こちらから問いかけるまでもなく、命令を発したのはキシリアの方からであった。

「しかし、ザンジバルにはテスト中の機体が搭載されています。貴重なパイロットも含め、今の段階では出来れば戦闘に巻き込むべきではないと考えますが」

「テストは終了したのだろう? 私のグワジンに移しそのままグラナダに返せばよい。ザンジバルだけで追うぞ。私もそちらに移る。シャア、私に力を貸せ」

やれやれ。少将閣下はよほど手柄を焦っていると見える。確かに、この時期に新型戦艦が開発中のサイド7コロニーに向かうというのは、なにか大きな裏があるに違いないのだが、それだけに危険もあろう。ザビ家の少将閣下自らが出向くこともあるまい。

……まあ無理もないか。シャアは仮面の下で口の端を僅かにつり上げる。キシリアがここまで追い詰められたのは、シャアが原因だと言っても良いのだ。



数ヶ月前。

ヤザンナを守り共に地球に降下したシャアは、アナハイムの手引きにより一足早く本国に帰還した後、キシリアの元を訪ねた。

驚いたのはキシリアである。ほんの数日前まで、ヤザンナとランバ・ラル、そして救出に向かったシーマとシャアは大気圏突入で燃え尽きたと信じていた。だが、ヤザンナは生き残り、アナハイムの治療の結果すでに生命の危機は脱したという。先日ガルマに保護されたとのことなので、いずれ本国に帰還するのだろう。ギレン総帥は、ヤザンナが生きていたことをかなり前から知っていたらしい。

さらに、目の前に現れたシャア・アズナブルは、キシリアの陰謀に関する決定的な証拠を握っているという。

「……ヤザンナを守ってくれたそうだな。礼を言う」

キシリアのオフィスの中、敬礼をしたままのシャアに対して、キシリアは抑揚のない声をかける。自分では冷静さを装っているつもりだが、少し声がうわずったかもしれない。呼吸を整え、唾を飲み込む。表情を隠すため、マスクで顔を覆う。

「いえ、当たり前のことをしただけです」

この若者は、なぜこのように冷静なのだ?

「……さきほど、ガルマから連絡があった。地球にいるヤザンナが目を覚ましたそうだ。しばらくは寝たきりで、ジオンに帰国するのはリハビリが終わってからになるだろう」

シャアが微笑んだのがわかる。まさか本当に、好意のみからヤザンナを助けたのか?

「だがな、ガルマによると、ヤザンナには被爆前後の記憶に障害があるらしい。グラナダでのテロや地球降下については、全くおぼえていないそうだ。放射線被曝の治療の副作用では、良くあることらしいが」

シャアは一瞬息を飲み、ふたたび微笑む。そして口を開く。

「それは……。もし本当ならば、ヤザンナ様にとっては幸運なことかもしれません。……キシリア閣下にとっても、そして私にとっても」

マスクに隠されたシャアの目が光ったような気がした。切り札を持っているのは、自分だけだと確信しているのか。キシリアの背中を、冷たい汗がつたう。体がこわばる。……緊張する必要など無いのだ。相手はたかが少佐だ。ザビ家の一員であるキシリアがその気になれば、簡単に抹殺できる。

「おまえの耳にも入っているだろうが、ドズルの命は長くはないそうだ。もって数日とか。地球降下作戦が一段落した後なのは幸いだったが、……これでお前に後ろだては無くなるわけだ」

だが、シャアは全く動じる様子がない。あくまで冷静なままだ。

「実はここに来る前に、ギレン総帥とお会いしてきました」

「……兄上と何を話したのだ?」

「ジオン公国の未来についてです」

シャアは、自分から駆け引きのカードを見せる気は、決してないのだろう。キシリアは、自分が圧倒的に不利な状況にあることを、改めて自覚させられた。

「……要求はなんだ?」

緊張に耐えきれず、直接的な表現で切り出す。

「私と私の部下、そしてシーマ・ガラハウ少佐の安全を保障していただきたい」

「それだけか。欲がないな」

キシリアは、止めていた息とともに、正直な感想を吐きだす。表情を隠すマスクの上からでも、彼女の緊張が解けたのがわかる。だが、シャアの話はまだ続いていた。

「それから、フラナガン博士の機関とニュータイプ部隊を私にお任せいただきたい」

キシリアの体がふたたび硬直する。ニュータイプ部隊は、キシリアにとって切り札であった。国内において圧倒的な権力基盤を固めつつあるギレンには、政治的な正攻法ではどうやっても太刀打ちできない。軍内部の権力闘争においても、地球で着々と実績を重ねつつあるガルマやマ・クベにさえ差を付けられている。キシリアには、一発逆転しか方法がない。そのため、ジオン・ダイクンの理想を具現化したエリート部隊により戦争中に圧倒的な戦果を上げ、その実績をもって戦争終結後にはスペースノイドを扇動する道具として利用しようと、ニュータイプ部隊を設立したのだ。

黙ったままのキシリアにかまわず、シャアは続ける。

「失礼ながら、キシリア様のもとでは、ニュータイプの能力を活かす兵器の開発に手間取っているとききます」

「おまえなら出来るというのか?」

「おそらく。資金の調達も含めて」

アナハイムか! すでに、そこまで話がついているというのか。

「ギレン総帥も、了解しているのか?」

「はい」

キシリアは、体の力が抜けていくのが自分でわかった。ジオン国内における自分の未来への扉が、目の前の若造によって閉じられたのだ。

「……わかった。フラナガン機関を任せるというのなら、私の突撃機動軍に移籍することになるだろう。シャア・アズナブル……大佐でよろしいか?」

シャアは黙って頷く。ドズルがあの状態なら、移籍に異論を出す者はおるまい。ヤザンナを救ったということで、昇進にも問題はないだろう。なにもかも計算通りというわけか。だが、このままで終わるのは、キシリアの矜持が許さない。この期に及んではただの負け惜しみでしかないのはわかっているが、ひとこと言わずにはいられなかった。

「シャア。私が失脚するときは、おもえも道連れだ。決してそれを忘れるなよ、……キャスバル・ダイクン」

やはりシャアは全く動じなかった。そして、キシリアがこれまで見た中で最も美しい、おもわず見とれるような敬礼を返す。



キシリアは、護衛のザクと共にシャアのザンジバルに乗り込んだ。そして、連邦の新型戦艦を追うため、サイド7にむかう。本来ならばソロモンを拠点とする部隊の任務であろうが、ギレンが直接口を出さぬ限り、ドズル亡き後のソロモンにはキシリアに直接反論する者はおるまい。

ザンジバルのブリッジ後方に専用席を用意させたキシリアは、指揮をとるキャプテンシートのシャアを見つめる。連邦戦艦の目的がなんであれ、これだけのザクに赤い彗星までついているのだ。仕留めることは容易かろう。




同日 北米大陸東岸 ジオン軍北米司令部

ヤザンナのリハビリは順調に進んでいる。すっかり弱ってしまった筋肉も、日常の生活では支障がないほどに回復した。ただ、被爆から大気圏突入にいたる事件についての記憶は、いまだ失われたままらしい、……あくまで本人の言によればだが。

「ガルマ叔父様、そろそろ私、モビルスーツにも乗れると思うの」

あれだけの目にあって、まだモビルスーツに乗りたいのか。半ばあきれながらも、ガルマはヤザンナがそう望むことは予想済みだった。確かにリハビリの一環にもなるであろうし、戦闘にならないかぎりそう危険なものでもない。

さらに、ヤザンナの病状については、本国の国民も大いに興味があるところらしい。身内を戦意高揚のために使うのは少々心が痛まなくもないが、モビルスーツに乗ったヤザンナの姿を公表すれば、国民も安心するだろう。

「ヤザンナ、おまえのために新型を用意した。みろ、これがMS-07グフ、ヤザンナ専用機だ」

得意げなガルマの視線の先には、一機の人型機動兵器が立っている。つい最近実戦配備が始まったばかりのこの新型モビルスーツこそ、真の漢のマシン、MS-07グフだ。

「こっ、これは……」

ヤザンナは声も出ない。ヤザンナの目の前に立つ無骨なモビルスーツの全身は、もちろん蛍光ピンクに輝いていたのだ。


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2010.05.04 初出





[12088] ジオンの姫 その29 サイド7
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/05/19 22:55


宇宙世紀0079 9月 ジオン軍北米司令部近郊の駐屯地


「これがグフ。ジオニックの新型か。……なかなかいいじゃないか」

ジオンの地球侵攻軍においては、新型モビルスーツの実戦配備に伴い、パイロットやメカニックを対象とした機種転換訓練が順次行われている。機種転換と言っても、基本的なシステムや操縦方法はザクと大きくかわるわけではない。さらに、パイロットが慢性的に不足している状況で現場に負担をかけるわけにはいかず、そのうえ、いつ連邦軍による反攻作戦が始まるかわからない状況であるから、個々のパイロットに対してそれほど時間をかけて丁寧に訓練が行われているわけではない。ジオンの現状からやむを得ずの措置であるのだが、パイロットの多くが職人的気質を持つジオンにおいては、この『習うより慣れろ』はむしろ歓迎されている節もある。

「ふっふっふ。いいぞ。このグフは、戦う男のマシンだ」

訓練中のパイロットが、様々な機動や武器を試しつつ、コックピットの中でおもわず声に出す。

MS-07グフ。

現在ジオン軍のモビルスーツの主役であるMS-06ザクは、その兵器としての汎用性・万能性ばかりが注目されがちである。しかし、開発当初の目的は、あくまでも宇宙空間において連邦軍宇宙艦隊と戦い、これを壊滅することであった。したがって、大気圏内かつ重力化における運用は、地上用に改修された陸戦型MS-06Jが投入された現在に至っても、やってやれないことは無いという程度でしかない。実際、奇襲ともいえる地球降下作戦の際にはその機動力で連邦軍を圧倒したものの、戦局が落ち着くにしたがい、様々な対モビルスーツの戦術が編み出され、地上における既存兵器に対するザクの圧倒的優位は揺らぎつつある。さらに、連邦軍による新型モビルスーツの開発が噂される状況の中、対モビルスーツ戦をも考慮した陸戦専用のモビルスーツ開発が求められたのは必然であった。

グフこそ、その要求に応えるため、軍と共に地球に降下したジオニック社のエンジニア達によって開発された、待ちに待った地上用新型モビルスーツである。

グフは、放熱に有利な大気圏内専用機であることを最大限に活かしエンジン出力を大幅に強化、同時に重力化での運動性能を向上するため軽量化および脚部の強化とスラスターの位置の修正がなされた。さらに、殴り合いを含む格闘戦を想定し、装甲の強化と各種固定武装が追加されている。外見を特徴付けているのは、ショルダータックル用に両肩にはえた巨大なツノと、腕に装着された巨大な盾であり、その左右不対象で無骨なシルエットは実に男らしい。

そう、砂塵が風に舞う荒野に生き、モビルスーツ同士の肉弾戦を戦うためのマシン。汗とオイルとオヤジの臭いが似合う漢のマシン。それがグフなのだ。

「ふん。地上におけるモビルスーツは航空機の機動力と戦車の打撃力・防御力を併せ持つ兵器であるべきだ、……などと言う連中が圧倒的に多数派だが、奴らはわかっていない。モビルスーツとは巨大な歩兵なのだ。敵と殴り合い、圧倒し、力づくで屈服させる兵器でなければならん。このグフこそまさにそれ。気に入ったぞ」

正面のモニタには、熱核ホバーの力で地面を飛ぶように超高速で突っ走る別の新型重モビルスーツの姿が見える。先日テストを終了し、量産化および実戦配備が始まったばかりの最新鋭の機体らしいが、あんなものが都市や山間部で役に立つものか。トマト頭の熟練パイロットは、なんどもうなずく。このグフがあれば、どんな相手にも負ける気がしない。

おお!

開きっぱなしの回線から、同僚達の歓声がきこえる。気がつくと、周りの機体は訓練を休止しているようだ。ちょっと自分の世界に入り込みすぎたか。自らも機体を静止させ、皆が眺めている方向に自機のカメラを向ける。彼はそこに信じられないもの見た。

高空を飛行中の重爆撃機ドダイYSの上に、人型兵器が立っている。もともとドダイは、機体の上面にモビルスーツをも搭載可能なだけのパワーを持ち、輸送機としても利用できる機体だ。モビルスーツの機動力を補うため、そのように設計されている。だが、ドダイの上で腕を組み、ポーズを決めているモビルスーツは……。自分と同じグフ。あろうことか全身ピンク色のグフだ。

ピンクのグフは演習場の上空につくと、ゆっくりと腕組みを解いた。そして、ウオーミングアップとでも言うかのように、ドダイの背中の狭い空間で派手に動き回りはじめ、空手の型まで決めてみせる。もともとドダイはVTOLすら可能な大パワーの機体であるから、あのような飛行も可能なのはわかるが……、上に乗っているモビルスーツにとって、あの速度で飛びながらあの動きは、バランスや空力的に無理がありすぎるのではないか。パイロットの腕がいいということか?



「ヤザンナ様、私は大気圏内の航空機の操縦なんて慣れてないんだから、あまり無茶な動きは勘弁しておくれよ」

「大丈夫、バランスは私が取るから。……ここらへんでいいかな。シーマ少佐、私は飛ぶわ。あとで迎えに来てね。うりゃ!!」

「ええええー、そんな無茶な! ちょっ、ちょっと待っておくれってば!」

グフの両脚がドダイの機体を蹴りジャンプ。そして、背中と脚部のスラスターを全開、減速しながら演習場の真ん中を目指し、ゆっくりと降下する。ザクよりも軽量化がなされ、重力下における垂直方向の機動に特化できるようにスラスターを集中したグフならではの動きだ。

派手なパフォーマンスとともに空から落ちてきたモビルスーツに対して、その場にいたものは例外なく驚き、しばし唖然としていた。しかし、その機体が蛍光ピンクに輝いていることに気づき、多くの者は自然と頬をゆるめる。ジオン軍のモビルスーツ運用にかかわる者で、ピンクの機体を駆る少女を知らぬ者はいない。みな、艦隊を守るために核爆発に巻き込まれたヤザンナの容体を気にかけていたのだ。



「そこの新型! 模擬戦につきあいなさい」

ピンクのグフが、たまたま近くにいた一機の新型モビルスーツにむけて指を指す。

「へっ、俺ですかい?」

ヤザンナのグフに指を指されたMS-09ドムのパイロットが、素っ頓狂な声をあげる。もともと兵隊やくざ上がりの彼はザビ家の人間に対する口の利き方など知らないが、拒否できないことは理解している。それに、彼もヤザンナの無事を知った時には嬉し泣きをした隠れファンのひとりだ。姫様を喜ばせることは、彼の喜びでもある。

「へっへっへ。いきますぜ」

ドムは、ジオニック社のライバルであるツィマッド社により開発された地上戦用のモビルスーツである。強大な攻撃力と防御力を兼ね備えた重モビルスーツでありながら、脚部に熱核ジェットによるホバー機能を装備しており、文字通り滑るように地面を高速で走ることができる。初めから格闘戦はさほど重視されず、大パワーによって地上における機動力を飛躍的に高められた、いわばグフとは正反対の設計思想の産物だといえる。

ドムは、ヤザンナの射撃の的にならないよう左右にこまかく機体を振りながら、高速で近づく。もちろん、大のおとなが少女相手に本気で仕掛けるつもりはない。だが、彼は自らの甘さをすぐに自覚させられることになった。

POW POW POW

グフの左腕のシールドに装着されたガトリング砲から放たれたペイント弾が、ドムをピンク色の水玉模様にかえていく。ヤザンナの正確無比な狙撃の前では、この距離での中途半端な回避運動などまったく通用しない。

「おっ、俺のドムが恥ずかしい姿に!!」

「本気にならないと、全身ピンクの水玉模様になっちゃうわよ。ほらほら」

ヤザンナは容赦しない。とばっちりで、まわりのドムも水玉模様にされてしまう。三機小隊のリーダー格が、ついに観念して答える。

「いいでしょう、本気でお相手します」

「そう来なくちゃ。何なら三機まとめていらっしゃい」

ドムのパイロットは、ヤザンナの挑発に一瞬表情をかえたものの、かろうじて平静を装うことができた。

「……オルテガ、マッシュ、あれをやるぞ」

「ええ? 姫様相手に、あれをやるんですかい?」

「連邦の戦艦も沈めているヤザンナ様を侮るな。あのシャアやラル大尉をも軽くひねったお人だ」

「へっ、ならば、シャアと我々とは訳が違うところをお見せできるって事だ」



三機のドムはヤザンナから離れると、それぞれ大きな円を描くように走り、一列にならぶ。そして、そのまま正面からヤザンナに向け疾走をはじめる。

「もともとはミノフスキー粒子下における宇宙戦用のフォーメーションだが……、地上で、しかもモビルスーツ相手にどこまで使えるのか、試させてもらいましょう」

三機機小隊のリーダー、ガイア大尉はまったく手加減するつもりはない。もちろん実弾を使うわけではなく、ヤザンナを傷つけるつもりなどさらさら無い。だが、パイロットとしての血が騒ぐのだ。どんな手を使ってでもこの相手を倒したいと、本能がささやくのを止められないのだ。ガイアは、自分は合理的な思考ができるプロの軍人だと思っていた。しかし、やはり自分はパイロットなのだと、自覚せざるを得ない。彼は今、目の前にいる少女の皮を被った野獣と戦いたいという気持ちを、おさえることができないのだ。



正面から迫るドムを見て、ヤザンナは身構える。

「へぇ。……おもしろい」

ヤザンナの口元がつり上がる。グフがヒートサーベルを手に持つ。そして、シールドと一体となったガトリング砲を左腕から排除。これがビーム砲ならば、一撃で3機まとめて撃破できるのだが。たとえ先頭のドムを破壊しても、後続が飛び出してくるというわけだ。

「この程度の相体速度なら、三機順番に狙撃することもできるけど、……格闘戦がお望みというのなら、付き合ってあげるわ」

ジオン十字勲章をうけた戦士には申し訳ないけど、私はなるべく派手に勝ちたいの。前世からこれまで、私はただ戦うことを求めていた。本気で命のやりとりをして、そして勝つことだけが、生きる目的だった。でも、今の私は、戦場以外で戦うための力が欲しい。それも、とびきり強力な力が。子どもでしかない自分が軍の中で発言力を得るためには、多くの相手を力づくでねじ伏せるのが最も手っ取り早い。そして、戦場で実績を積んでしまえば、何をしても誰も文句を言えなくなるはず。……数ヶ月前、病院のベットの中で見たドズル叔父様の国葬、泣き崩れる身重のゼナさんの姿を、私は決して忘れない。

グフは腰を落とし、サーベルを下段にかまえる。



三機のドムは一列のまま疾走する。かまえたままのグフの姿が迫る。先頭のガイアは、サーベルをかまえる。ヤザンナはまだ逃げる素振りは見せない。

上、……だろうな。ガイアはそう判断した。おそらくヤザンナは上に飛ぶつもりだろう。横への動きならドムでも追うことができるが、身の軽いグフの利点を最大限に活かすつもりなら、上に避けるはずだ。だが、跳んだ瞬間、後続のドムのバズーカのペイント弾が、ヤザンナを捕らえるだろう。仮に後続二機のバズーカを避けたとしても、それが精一杯でこちらへの攻撃は不可能なはず。直ちに二度目の攻撃を仕掛ければ、仕留められるだろう。

ピンクのグフは、手を伸ばせば届きそうな距離にまで迫る。まだ跳ばないのか! ならば、……もらった!!

ガイアが剣でグフの頭を突く。だが、ヤザンナは上には避けなかった。そのまま腰を落とし、疾走するドムの下に潜り込む。そして、股間に腕を差し込むと、熱核ホバーの力によるドムの速度を殺さないまま、そのまま勢いを上方向に受け流し、肩の上に持ち上げたのだ。

「なにぃ!」

後続のドムは、ヤザンナのグフは上に跳ぶものと決めつけていた。先頭のガイアの肩越しに、上方のヤザンナに向けてバズーカを放つ……はずだった。だが、ペイント弾は持ち上げられたガイアのドムに命中し、ヤザンナには届かない。

「俺を盾にしたぁ!!」

ヤザンナは、そのままガイアを後方に投げ捨て、正面に迫まる二番目のドム、マッシュに向けてサーベルを振り下ろす。マッシュの腕は、バズーカごと切り落とされる。だが、腕を切っただけでは、重量級のドムの疾走はとまらない。轟音と共に正面からヤザンナにぶつかると、二機は抱き合ったまま後ろにさがる。

「マッシュ! じゃまだ、どけ」

最後尾のドム、オルテガは、マッシュと組み合ったままのヤザンナに向けてバズーカを発射するが、すべてマッシュの背中にあたってしまう。そして、マッシュの機体の影から、ヤザンナの腕がこちらを向いているのを見る。

「ぐあああべべべべべべ!」

ヤザンナのグフの右腕から、ワイヤー式のヒートロッドが発射される。先端のフックは正確にオルテガのドムに巻き付き、機体に大電流が放電されたのだ。



「ふう。やっぱり電撃ビリビリ攻撃って、私は好きだわぁ」

戦いの余韻に浸るヤザンナとは対照的に、ジオニック社の出向エンジニア達はおおいに沸いている。ヤザンナとは教導大隊以来の付き合いである彼らは、この程度のことは予想していたのだろう。喜々としてしてデータを解析している。一方、ツィマッド社のエンジニア達は、自分たちが心血を注いで開発したドムを襲った悲劇に、ただ呆然としていた。目が泳いでいる。

撃墜判定のなされたドムを投げ捨て、ピンク色のグフがゆっくりと振り向く。真っ赤な夕日の逆光の中、巨大なサーベルとヒートロッドを両手にもち、死体のごとく横たわるドムの巨体の傍らに立つグフの姿は、全身に返り血をしたたらせる食屍鬼、あるいはサイクロプスに見えた。

「……さあ、次はだれ?」

その時、演習場には何人ものパイロットがいた。だが、黒い三連星があっという間に倒されたのを目の当たりにして、自ら名乗り出る者はいない。……否、ひとりだけ、ヤザンナに向けて歩を進めるモビルスーツがあった。ヤザンナと同じ、MS-07B3 グフカスタムである。

なぜ自分が名乗り出たのか、自分でもわからない。ノリス・パッカードは、まったく自然に、息をするように、気がついたらヤザンナに向かって歩み出していた。そして、ヤザンナと同様、左腕のシールドを排除、サーベルをかまえる。

「……本物のエースみたいね。用意はいい? いくわよ」

ピンクのグフが走り出す。全速力で正面から近づく。ごくり。ノリスは唾を飲み込む。そしてサーベルを横にかまえる。

ヤザンナは全速力のまま、まったく速度をゆるめずに走る。ノリスは待ち受ける。そしてタイミングを計る。あとすこし、あと数秒で、ヤザンナはノリスのサーベルの間合いに入る。……いまだ! ノリスはヤザンナの首をねらい、サーベルを横に薙ぐ。いかにグフといえども、その巨大な質量は、慣性の法則には逆らうことはできない。このタイミングならば、絶対に避けられない。絶対にだ。

がんっ。

だが、ノリスのサーベルは、むなしく空をきった。ヤザンナには当たらない。

ばかな!

ヤザンナのグフは、サーベルの軌道の寸前、まるで慣性の法則を無視したかのように、ピタリと動きを止めていた。走っていた時の姿勢のまま、重心を前にかけたまま、凍ったように停止している。

「ヒートロッドにはね、こんな使い方もあるのよ」

ノリスは気づいた。ヤザンナの右腕からのびたヒートロッドのワイヤーが、ピンと張り詰めている。ヤザンナは、先ほど戦ったドムに巻き付いたままのワイヤを使い、グフを強引に停止させたのだ。そして、硬直したままのノリスの左肘を、サーベルごと叩ききる。

たまらずノリスは後ろにさがる。ヤザンナは、伸びきったワイヤーを排除、そのまま前に追う。ノリスはさらにさがる。さがりながら右腕をヤザンナに向ける。そして、ヒートロッドを発射。それを避けるため、ヤザンナは腰を落とし頭を下げる。そのまま前につんのめるように倒れ、ノリスの視界から消える。

なっ!

突然の衝撃とともに、ノリスのグフは後ろに吹き飛ばされる。まさか、全速力で走りながらモビルスーツの機体を地上すれすれまで水平に倒し、そのままメインスラスターの推力で突っ込み体当たりなど、……モビルスーツとは、地上においてもこのような機動が可能な兵器だったのか。

「私の負けです。ヤザンナ様」

ノリスは素直に負けを認める。

「……ヤザンナ様?」

体当たりの後、ピンクのグフは動かない。とどめを刺しに来ることもなく、その場に佇むだけだ。

「大丈夫ですか! ヤザンナ様!!」

グフのハッチを開き、ノリスはコックピットから飛び出す。あれだけ激しい機動をおこなったのだ、大のおとなでもGには耐えられないかもしれない。

「ヤザンナ様ぁ!!」

専用回線でずっとヤザンナをモニタしていたのだろう。上空のドダイからシーマの絶叫が聞こえる。

「いま行くから、ちょっとだけ待ってておくれ!!」

「……だ、大丈夫。大丈夫よ、ちょっと吐いただけだから」

ヤザンナもハッチを開き、顔を出す。ノリスを安心させようという気遣いだろう。だが、ヘルメットは脱がない。

「久しぶりのモビルスーツだから、張り切りすぎちゃったみたい」

宇宙で運用されるモビルスーツの場合、基本的にスラスターの推力以外のGはパロットに感じられることはない。だが地上では、モビルスーツが地面を足で蹴って一歩すすむたび、パイロットには前後上下に大きな衝撃がかかる。瞬間的に足を踏ん張り体の向きを変えるたび、巨大な遠心力がパイロットを襲う。その大きさは、数Gにおよぶこともある。さらに、殴り合いの格闘戦までおこなったのだ。おさなく、しかも病み上がりのヤザンナの体には相当なダメージがかかっているだろう。……病み上がり? ノリスの脳裏を、放射線による病の後遺症に苦しむ上官の姿がよぎる。

「えーと、このことは、ガルマ叔父……司令官には、内緒にしておいてね」

「はっ、はい」

「よろしく。……シーマ少佐! 着陸しなくていいわ。そのまま低空で飛んで!!」

「えええええええ! 無理ですってば」

「大事になる前に帰りましょう。大丈夫、できるって。私に任せて」

膝を曲げていたグフはいきなり立ち上がり、全速力で走り出す。後ろから、重爆撃機が超低空で迫る。

何をする気だ? まさか……。ノリスが叫ぶ。そんなことが出来るわけがない。モビルスーツは、そのように設計されてはいない。

土煙を巻き上げながら、ドダイがグフに追いつく。二機が重なるタイミングで、グフが飛ぶ。

「トウ!」

地上を走るモビルスーツが、空中の輸送機に飛び乗るなど、……本当にやるのか? ノリスは目をむく。

「合体!!!」

激しい砂塵を巻き上げて、轟音と共に巨大な爆撃機が通り過ぎた後、地面の上にはピンクのグフの姿はどこにもなかった。何事も無かったかのように、ドダイの上で腕を組み、飛び去っていったのだ。




宇宙世紀0079 9月 サイド7


サイド7。月の反対側のラグランジェポイントに位置する、もっとも新しい宇宙植民地である。第一バンチコロニーが建設中に今次大戦が勃発したため、一部入植が開始された段階のまま、未だ未完成で放置されている。入植者の多くは、コロニー建設に携わる者、地球連邦軍の軍人と軍需産業に携わる者、およびその家族であった。

セイラ・マスは、医学生としてサイド7に来た。学生をしながら、コロニー唯一の民間病院でボランティアとして働いている。

サイド7の人口はそれほど多くはない。病院に勤めていれば、好むと好まざるとにかかわらず、コロニーの住人についてかなり詳しく知ることができる。

「特別室の患者さんって、どんな人なのかしら?」

セイラは、たまたま昼食がいっしょになった同僚に尋ねる。ここ半年ほどの間、ずっと気になっていた疑問だ。

「ああ、あのヒゲのおじさんね。お知り合い?」

「いっいえ、知人に似ているもので、気になって」

セイラは常勤ではないため、何度も会ったわけではない。だが、あの顔には、確かに見覚えがある。忘れようとしても忘れられるものではない。

「あの人、宇宙を漂流していたところを、ここに来る途中のアナハイムの船に助けられたそうよ。担ぎ込まれたときは火傷と放射線被曝で瀕死の重傷だったけど、今じゃすっかり完治して、リハビリどころか病室で筋トレばかりしてて先生に怒られてるわ」

「特別室にはいるということは、お金持ちなのかしら」

「よくわからないけど、アナハイムのかなり偉い人のごり押しらしいわよ」

「……お名前は、わかります?」

セイラは、意を決して尋ねる。

「それがね、本当は教えちゃいけないんだけど、……『ランマ・ラム』ですって! あからさまに偽名よねぇ。本名を言えないわけでもあるのかしら」

……やはり。

「そうそう、向こうもあなたのこと気にしてたわよ。あの金髪の女性の名前を教えて欲しい、ですって。もちろん教えてないけど、おじ様趣味なら、お見舞いにでも行ってきたら」

「……ええ、そうするわ」

ジオンの人間だった彼が、なぜここにいるのか。アナハイムとはどのような関係なのか。そして、いずれ退院したとき、何をするつもりなのか。まさか、あの彼がザビ家の刺客に成り下がったとは思えないが。

彼が、自分に対して悪いようにはしないという確信はあるものの、セイラは自分から接触する気にはなれなかった。もしいまさらジオンに戻れと言われたら、いったいどうすればよいのか。

突然、病院の床が激しく振動する。コロニーの中に爆発音が響く。熱風が舞い上がる。

「なっ、なに?」

病院中の人間が、何が起こったのか分からないまま、慌ただしく動き出す。

と、棒のような何かが、白い煙の尾を引きながら高速で近づいてくるのが、窓から見えた。直後、凄まじい衝撃とともに、病院の建物が破壊される。

「!」

セイラは立っていられない。座り込んだまま周りを見渡すと、多くの人が倒れている。

「ど、どうして。いったい何が……」

突然の惨劇に巻き込まれ、体の力が抜けてしまったセイラを、助け起こす者がいた。

「大丈夫ですか?」

「えっ、ええ。……あなたは」

特別室のヒゲのおじ様が、パジャマのままの姿でそこにいた。セイラの腕をとり、その場に立たせる。

「先ほど、ジオンのザクが港からコロニーに侵入してきたのが見えました。ここにいては危険です。シェルターに逃げましょう。……姫」

「……ランバ・ラル」

「やはり、アルテイシア様に違いない。さぁ、話はあとだ。逃げましょう」



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ヤザンナのグフは、ノリスのと色違いです。単に私の趣味です。時期的に無理があるとかの突っ込みは無しの方向でお願いします。

2010.05.19 初出




[12088] ジオンの姫 その30 大地に立つ!
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/06/10 23:42

ザンジバルは、サイド7を遙かに望む空域にいる。

サイド7は、連邦軍の宇宙における唯一の拠点であるルナツーから遠くはない。駐留艦隊に発見されれば、ただではすまないだろう。いや、追跡していた新型戦艦からの連絡により、すでに見つかっていると考える方が自然だ。したがって、シャアの部下である元々の乗員はもちろん、キシリアと共に乗り込んできた護衛も含めて、全員が戦闘配置についている。

「本当に、あんな僻地のサイドに連邦のV作戦の基地があるのでしょうか?」

副官のマリガンが、緊張した面持ちでキャプテンシートのシャアに尋ねる。すでに偵察のザクも出した後であり、いまさらそのような疑問を問うてもどうにもならず、報告を待つしかないのは彼もわかっているはずなのだが。その生真面目さは決して不快と言うほどではないが、ふてぶてしさを絵に描いたような人間だったドレンと比較してしまうのは、仕方がないだろう。

「あるよ。そうでなければ、わざわざこの時期にこんなところに新型戦艦がくるものか。連邦のことだ、ザクよりも優れたモビルスーツを開発しているかもしれんぞ」

「まさか」

マリガンが、視線をシャアからそらす。新たな視線の先には、ブリッジ後方の専用席に脚を組んで座るキシリアがいた。

自分の副官がキシリアと通じており、自分を監視するために送り込まれたということは、もちろんシャアも知っている。マリガン自身も、それをシャアに知られていることを知っている。しかし、マリガンは少なくとも表向きは副官としての任務を忠実に果たしており、さらにキシリアに登用されるだけあってもともと無能な男であるはずもなく、シャアは特に問題とは思っていない。マリガンがいちいちキシリアの意向を気にかける様子にも、シャアはまったく気にすることはない。

飼い主が目の前にいるのだから無理もない。ご機嫌伺いも大変だな。

口にはださず、シャアは生真面目な副官をいたわる。だが、飼い主に対するマリガンの忠信は、まったく報われてはいなかった。キシリアの目には、マリガンの姿などまったく映ってはいない。彼女は、ザンジバルのブリッジで指揮を執るシャアの一挙一動を、ただ黙ってみつめていたのだ。



「……遅いな」

シャアがつぶやく。サイド7に偵察のザクが向かってから、すでにかなり時間がたっている。4機ものザクが、すべて撃破されたとは考えづらいが。

「来ました。暗号CC2です」

コンソールを操作しているオペレータが、振り向きながらさけぶ。

「みろ、私の予想したとおりだ」

「では、連邦軍もモビルスーツを?」

「開発に成功したとみるのが正しいな」

シャアは、マリガンだけではなく、ブリッジの全員に対して諭すように話しかける。そこに、キシリアが割り込む。

「ならばシャア。ザクに命じてサイド7に攻撃をかけよ」

……やはりそうきたか。

「しかし、サイド7に送ったザクには、偵察しか命じてはいません」

「連邦のモビルスーツの存在は確認したのだろう? 連邦軍の機先を制し、新型戦艦ともども撃破するのだ」

やれやれ、勇ましいものだ。だが、ここでうかつに連邦軍に仕掛けてしまっては、V作戦の全容がつかめない可能性がある。さらになによりも、司令官の功名心のために部下を危険にさらすわけにはいかない。

「キシリア閣下。敵の戦力が不明のまま仕掛けるのは無謀です」

シャアは口調を変えず、言葉を選びながら慎重に声にする。キシリアの苛烈な性格については、シャアは嫌と言うほど理解している。だが一方で、指揮官としての彼女が、けっして話のわからぬ人間ではないことも知っている。たとえ一時の感情で発した命令であっても、理詰めで説明すれば理解できる女であるはずだ。だが、いま彼の目の前にいるキシリアは、かつてシャアが知る彼女とは別人であったかもしれない。

「ぐずぐずしていては、ルナツーから援軍がくるだろう。そうなれば、我が方もソロモンに増援を仰がねばならん」

シャアの自制の努力あざ笑うかのように、キシリアは連邦の新型モビルスーツという目の前にぶら下がった餌を諦める様子はない。

「我々の手柄にするためには、今しかないのだ。それとも臆病風に吹かれたか? 赤い彗星もおちたものだな」

「閣下!」

キシリアの意外な強情さに、おもわず声が大きくなる。

しまった。シャアは自らの迂闊さに唇を噛む。

本来ならば、一介の大佐に過ぎないシャアが、ザビ家の長女であるキシリアに対してこのような態度を取ることは許されることではない。事実、キシリアの側に控える護衛達は、厳しい視線でシャアを睨みつけている。キシリアの命令があれば、シャアを拘束するつもりだろう。当然、シャアの部下達は、それに対抗しようとする。マリガンの視線がシャアとキシリアの間を交互に動く。ザンジバルのブリッジが、一触即発の険しい雰囲気につつまれる。

「……シャア、私に手を貸してくれ」

だが、キシリアだけは、静かに微笑んでいた。彼女はマスクを取り、まっすぐにシャアを見つめている。

「お前と私は一蓮托生のはずだ。……私が頼れるのはお前だけなのだ。たのむ、シャア・アズナブル。私を助けてくれ」

シャアは絶句する。キシリアがこのような物言いをするとは、まったく想像もしていなかった。ヤザンナが地球に降下した件で、キシリアを追い詰めたのは、確かにシャア自身だ。彼女がライバル視していた兄、ギレン・ザビ総帥は、今やジオン公国とその支配地における絶対的な独裁者となった。キシリアは、ギレンに対抗するどころか、いつ粛正されてもおかしくはない状況だ。だが、高慢で冷徹で陰謀が大好きで野心を隠すことなくザビ家の一員として覇道を歩んできたキシリアが、かつての政敵ジオン・ダイクンの遺児である自分に対して、これほどまでに弱気な姿をさらすとは。そして、これほど依存した態度をとるとは。

シャアはこの時、キシリアをどのように扱うべきなのか、とっさに判断がつかなかった。シャア・アズナブルを名乗って以来、これほどまでに自分の未熟さを感じさせられたのは、初めてのことだ。自分自身の若さ故の過ちを認めるのは、あまり愉快なことではない。

「サイド7のザクからレーザー通信です。非常事態だと言っています」

ブリッジの沈黙を破るように、オペレータの冷静な声がひびく。シャアは我に返る。つまらないことに気を取られている暇はない。今は作戦行動中なのだ。



「自分は命令を……」

通信をよこした若いパイロットは、声を震わしながらも、どうにか報告をすることができた。どうやら、サイド7に潜り込んだザクのうち数機が、シャアの命令を無視して勝手に攻撃を始めたらしい。

「連邦軍のモビルスーツは確かに存在するのだな?」

「はい」

「わかった。お前は撮れるだけの写真を撮って、危険になったら引き上げろ」

勝手に攻撃をはじめたのは、キシリアとともにグワジンから乗り込んできたザクだ。初めから、キシリアにそう命令されていたのかもしれない。

「どうします?」

マリガンが、キシリアではなくシャアにむかって尋ねる。副官の律儀さに感心しながら、シャアは答える。

「私が出るしかないかもしれん。艦をサイド7に近づけろ」

キシリアは満足そうな顔でうなずいている。おそらく、シャアの実力をもってすれば、連邦の新兵器などどうにでもできると、彼女は信じているのだろう。全幅の信頼をおかれるのは、ありがたいことではあるが、頭越しに作戦を進められるのは面白くはない。だが、内心した打ちをしながらも、シャアは自分の心が高揚していることに気づく。起こってしまったことは仕方がないではないか。せっかく連邦軍のモビルスーツと自らザクで戦う機会ができたのだ。ここはキシリアに感謝しておこうか。



サイド7に入港した連邦の新型戦艦を追い、コロニー侵入したザクは、合計4機であった。

「連邦のモビルスーツだ! 叩くなら今しかない!!」

コロニーの一角で、戦艦に積み込まれるのを待つばかりの連邦軍モビルスーツを発見したザクのパイロットが、興奮した口調でさけぶ。

「やめろ。我々は偵察が任務だ」

小隊のリーダーであるデニム曹長がたしなめる。だが、デニムは、先走ったパイロットを押さえることができなかった。

「あいにく、我々は連邦軍の新型モビルスーツを発見次第攻撃するよう、キシリア様から直に命令されているのでね」

侵入したザクは、もともとザンジバルに搭載されていたシャアの部下が2機、そしてキシリアの配下が2機。シャアがキシリアに気をつかったため、このような変則的な構成になったのだが、命令系統が統一されていないところが、思わぬところであだとなった。

キシリア配下の2機のザクは、身を隠していた人工的な森から躍り出ると、トレーラーに乗せられた連邦軍のモビルスーツに向け、マシンガンを派手に乱射しはじめた。整備工場、各種格納庫、管制塔、モビルスーツ運用テストのための施設が次々に破壊されていく。そして、愛機に乗り込むことも出来ないまま、運命を共にするパイロット達。ようやく事態を把握した連邦軍の守備隊も、有線誘導ミサイルなどをもって応戦しはじめる。双方の攻撃によるとばっちりは、建設途上の小さなコロニー全体に及ぶ。民間人の居住地にも大きな被害が発し、多くの市民が巻き添えをくう。

連邦軍守備隊は、もともとコロニー内からの大規模な攻撃など想定してはいなかったのだろう。せまいコロニーの中で使用するには過剰とも言えるザクの火力の前に、反撃は徐々に小さくなっていく。さらに、突出した2機を放っておくわけにもいかず、デニムも攻撃に合流する。合計3機のザクは、連邦軍の抵抗を排除しつつ、いまだ横たわったままの連邦モビルスーツにむかい、すこしづつ近づいていく。連邦軍の最後の希望ともいうべき新型モビルスーツのプロトタイプは、一度も実戦を経験しないまま、ただの鉄くずとなってしまうかと思われた。



「アルテイシア様、本格的な戦闘になりそうです。退避カプセルではもちません。港の軍艦に避難しましょう」

ランバ・ラルは、突然の爆発に茫然自失となったセイラの手を引きながら、廃墟になった病院を脱出、港に向かって走る。巨大なマシンガンやバズーカ、ミサイルの応酬により、コロニーの所々で爆発や火災が発生している。いくつも大きな穴があき、土壌がえぐれてコロニーの構造材が露出している。かつて見知った人々が、焼け焦げた死体となり、そこかしこで放置されている。ラルに引かれるまま逃げていたセイラが、我に返る。

「ちょっ、ちょっと待ってください。病院の患者さんを放ったまま逃げるわけには行きません」

「避難民にも怪我人がたくさんいるでしょう。姫様は、避難先で彼らを診るべきです」

ラルは立ち止まらない。一刻も早くセイラを危険地帯から脱出させるため、セイラの手を引いたまま走り続ける。セイラは、ラルのことは幼い頃からよく知っている。ジオン・ダイクンの遺児であるセイラをザビ家の刺客から守るためなら、彼は命をかけるのも厭わなかった。今のラルもそうだ。おそらくセイラが何を言っても、とめることはできないだろう。

「ランバ・ラル……さん。私のことは、人前ではセイラ・マスと呼んでください」

ラルは、走りながら振り向き、セイラの顔をしげしげと見つめる。

「わかりました姫様。失礼、セイラ……さん。こちらです、急ぎましょう」



ラルとセイラは、火災や爆発を避けながら、港へと向かう。警備兵が出払ったゲートから軍の敷地に入り込んだのは、そこが港への近道だと考えたからだ。だが、そここそが、ザクが狙う標的であった。

二人の背後で、大きな爆発がおこる。ラルはとっさにセイラをかばう。からだの半分が土砂にうまりながらも、なんとか立ち上がる。だが、ふたりと同じ道を避難しようとした住民の多くは、爆発に巻き込まれ血と肉の塊とかわってしまった。前方には3機の巨大なザク。逃げ場はない。目の前のトレーラーには、……ジオンのものではないモビルスーツが放置されている。

「姫、いやセイラさん、私が彼らを引きつけます。港まで走れますか?」

「えっ、ええ。走れます。……あなたは大丈夫なのですか? ランバ・ラル」

「私もすぐに行きます。姫、行ってください。早く!」

セイラはよろよろと立ち上がると、ザクを迂回するように走り出す。足下はおぼつかないようだが、なんとか走りきれるだろう。そう、幼い頃から姫様はお強い子だった。

ザクは、足下を走るセイラを気にする様子は無く、連邦軍のモビルスーツに銃口を向ける。ラルは目の前のモビルスーツのハッチを開く。

赤い機体。開戦前、フォン・ブラウン郊外の月面で発生した連邦軍との小競り合いで相手にした、出来損ないモビルスーツもどきと似ている。しかし、あれは肩のキャノンがひとつしかなかったはずだ。この機体は、肩のキャノンが二つに増えているだけでなく、装甲も数倍厚くなっているようだ。それに見合ったパワーもあるのだろう。

核融合エンジンには、既に火が入っている。テスト中だったのだろう、コックピットのすべてのディスプレイは輝いている。

「やってみるか」

ラルはシートに座ると、ハッチを閉じ、機体を起動させる。メインカメラが、ザクの姿を捕らえる。隣のトレーラーの白い機体にも私服のパイロットが乗り込んだのが見えたが、起動に手間取っているようだ。

ザクのうち二機は、白い機体に向かう。残りの一機のマシンガンが、ラルの機体に向けて火を噴いた。数発直撃したようだが、この機体の装甲はびくともしない。ラルは、かまわずに上半身を立ち上げる。

「いける!」

ザクがマシンガンをあきらめ、ヒートホークに手をかける。ラルは、完全に立ち上がるやいなや、目の前のザクに向け、機体をぶつける覚悟で踏み込む。ザクは、ヒートホークを水平に薙ぐ。ラルのコックピットを狙い、真っ赤に加熱したヒートホークが迫る。だが、ヒートホークはラルに届く前に、空中で停止した。懐に飛び込んだラルの腕が、ザクの腕をブロックしているのだ。

「すごいパワーだ」

このモビルスーツのパワーは、完全にザクのそれを凌駕している。ザクは、まったく動くことが出来ない。これでしばらく時間が稼げるだろう。そろそろ姫様は港に着いた頃か……。

その時、ラルのきわめて近傍で、激しい閃光が発生した。同時にモニターにフィルタがかかり、コックピットが暗くなる。強烈な電磁波を至近距離から浴びたことをしらせる警報が、ラルの耳元に響く。次の瞬間、凄まじい爆風が二機のモビルスーツを襲う。

「ええい、素人め! コロニーの中でモビルスーツを爆発させたのか!」

数秒後、復活したメインモニタには、連邦の白いモビルスーツがサーベルを握ったまま仁王立ちしているのがみえた。白い奴に襲いかかっていたはずのザクは、どこにもいない。足下には大きな穴が開き、激しく空気が流出している。あのサーベルで、ザクを両断したというのか?

もう一機のザクが、敵討ちとでもいうように、白い奴モビルスーツに向かってはしる。白い奴が、腰を落とし、サーベルをかまえ直す。

「やめろ! もう一度ザクのエンジンが爆発したら、コロニー自体があぶない!!」

白いモビルスーツを助けに行こうとしたラルの前に、さきほどまで対峙していたザクが、ヒートホークをかまえ直して再び立ちふさがる。

「邪魔をするな!」

接近戦用の武装は……ないのか。ならば!

ラルは、躊躇することなく両肩のキャノンを選択。迫るヒートホークを無視、そのまま片膝をつき、ザクのコックピットを狙ってほぼゼロ距離で引き金を引く。ザクは、コックピットと腰があった場所に大穴があき、次の瞬間スローモーションのように上半身が落下していった。

白い奴は?

ラルが顔をあげると、白いモビルスーツに襲いかかっていたザクが、直前で凍り付いたように停止しているのが見えた。ビームサーベルが、ザクのコックピットを正確に貫いたのだ。

あのパイロット、なかなかやるではないか。

初めての戦闘であるはずなのに、あっという間に2機のザクを撃破した連邦パイロットの腕に、ラルは素直に感心していた。そして同時に、連邦軍の新型モビルスーツの性能に、心の底から驚愕している。特に、白い奴は驚異的だ。もしこれが量産されれば、ジオンと連邦の戦力バランスは大きく崩れることになるかもしれない。

ラルの脳裏を、ザビ家の小さな姫の顔がよぎる。ザビ家の他の面子はどうでもよいが、ヤザンナ様のためには、このモビルスーツを港の戦艦ともどもここで破壊してしまうべきなのではないのか?

しかし、彼はすぐに頭をふる。ザクをよこしたジオンの艦は、まだサイド7の近くにいるはずだ。アルテイシア様を無事に避難させるためには、連邦の新型モビルスーツの力が必要にちがいない。

連邦の白いモビルスーツ・ガンダムを操縦していたのが、ただの民間人の少年だったとラルが知ったのは、ラルやセイラがホワイトベースに避難し、サイド7を出航した後であった。


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ガンダムの女性陣で最も好きなのは、やっぱりセイラさんですね。彼女こそ正真正銘のジオンの姫ですし。

2010.06.10 初出




[12088] ジオンの姫 その31 破壊命令
Name: koshi◆1c1e57dc ID:36fe636f
Date: 2010/07/14 23:04


サイド7 第一バンチコロニー

スペースコロニーの巨大な港から、一隻の大型軍用艦が出港しつつあった。

連邦軍本部ジャブローを発進し、テスト中だった新型モビルスーツのプロトタイプを受領するためサイド7に入港していた、ペガサス級強襲揚陸艦「ホワイトベース」だ。

その外見は、この時代の軍用宇宙船としては極めて異質なものであった。白く塗装された主船体の前方には、左右にひとつづつ艦載機を搭載する区画があり、さらに主船体後部の左右にはメインエンジンブロックがふたつ配置されている。設計者はおそらく天翔る白馬をイメージしたのであろうが、実際にその姿をみた者の多くは、ピラミッドの横に佇む太めのスフィンクス、あるいは下手くそな積み木細工を想像したともいわれる。ともかく、既存の軍用艦とは一線を画しているといってもよい。

その基本設計がなされたのは、サイド3で革命がおこり、連邦政府と宇宙植民地の間で緊張が高まりつつあった時代にさかのぼる。地球圏全域で局地的な小規模紛争が多発することを予見した連邦軍は、主力の打撃艦隊とは別に、地上・宇宙を問わず単艦をもって紛争地に力づくで乗り込み、搭載する艦載機と兵員を送り込んで強引に制圧する艦、戦艦と空母あるいは揚陸艦、その双方の能力を持った艦を欲したのだ。

だが、スペースノイドの勢力は連邦の予測以上の速度で力を増し、ジオンのザビ家の元にその力を結集。地球圏はあっという間に人類を二分した全面戦争への滑り坂を転がり落ちていくこととなる。結局、ペガサス級一番艦ペガサス、二番艦ホワイトベースの建造は開戦までに間に合わず、二艦はギレン・ザビの宣戦布告をジャブローの宇宙船ドックの中で聞くこととなった。当然、その直後に行われた人類史上最大の宇宙艦隊決戦に参加することもない。

もっとも、たとえ完成が開戦に間にあったとしても、もともと火力・防御力は戦艦以下、艦載機の搭載量は空母以下、単純な輸送力では輸送艦以下であるペガサス級が、大艦巨砲をドクトリンとする連邦宇宙艦隊において、艦隊戦でそれほど重用されなかったであろうことは想像に難しくはない。

しかし、開戦から数ヶ月がたち、状況は劇的に変化した。いまやサイド7を出航しつつあるホワイトベースは、連邦軍の希望の星といっても過言ではない。緒戦の大敗により新兵器モビルスーツの威力を身をもって思い知らされた連邦軍は、ただちに新型モビルスーツの開発に着手した。同時に、モビルスーツを効率的に運用する能力をもつ戦艦の建造の必要性に迫られる。そこで白羽の矢が立ったのが、多数の艦載機を搭載可能なスペースをもつ戦艦、ペガサス級であった。連邦軍の実権を握ったレビルの強引な指揮の下、完成直前のホワイトベースは急遽改装をうけ、連邦軍初のモビルスーツ運用艦として生まれ変わったのだ。



「出航急げ。警戒を怠るなよ、ザクの攻撃があれで終わりとは限らん。母艦も近くにいるはずだ」

ホワイトベースの艦長パオロ・カシアスは、横たわるベットから体を起こし、ブリッジにいる全員に声をかける。

……我ながら無茶を言う。

パオロは口の中で自嘲する。今この巨大な艦を動かしているのは、ほとんどが正規の乗員ではない素人だ。負傷した自分にかわり指揮をとるブライト・ノア少尉は、まだ学生にしか見えない若者だ。舵を握る少女に至っては、軍人ですらない。

軌道への投入直後から秘密基地のあるサイド7までジオンの艦につけられ、さらに奇襲をうけ、受領するはずだったモビルスーツの一部を破壊された時点で、パオロの任務は失敗と言ってもよいだろう。そのうえ、乗員の大部分が死傷、自分自身も重傷を負い、もっとも重要なモビルスーツの正規パイロットまで失うとは。パオロは、自分の不甲斐なさに唇を噛む。

もともと戦闘になるはずではなかったのだ。今回の作戦の目的は、開発されたばかりのモビルスーツプロトタイプを、あくまで秘密裏に輸送することだ。その行程において、乗員の訓練を行うと同時にモビルスーツ運用ノウハウを得るというのは、我ながら虫の良すぎる話だと思ってはいたのだが。

やはり、ジオンに発見された時点で進路を変更し、ルナツー艦隊と合流してからサイド7に向かうべきだったか。この新造艦の能力をもってるすれば逃げ切れるはずだったのだが、敵も新型戦艦の開発には余念がないようだ。

……だが、あきらめるわけにはいかない。この老いぼれに、ふたたび艦に乗る機会を与えてくれたレビルの期待に応える程度の働きは、してやらねばならんだろう。



パオロ・カシアスの軍人としてのキャリアのほとんどは、前線の宇宙艦隊勤務、および士官学校の教官によって占められている。出世するチャンスがなかったわけでもないが、彼はジャブローのモグラ達とはそりが合わず、モグラ達も彼を煙たがった。なによりも、彼自身がジャブローにもぐるよりは前線に身をおくことを望んだのだ。そして、人事上の都合でそれがかなわない時期には、後進の若者を育てる職をえらんだ。その後、開戦以前に現役を引退し、本来ならば今は予備役の身である。

そんな彼が新造戦艦ホワイトベースの艦長に抜擢された理由は、連邦軍の人材不足、誰が見てもこれにつきるだろう。宇宙艦隊の経験豊かな前線指揮官は、ハッテおよびルウムの決戦で、その多くがことごとく失われてしまった。生き残った者の中で、まったく新しい兵器であるモビルスーツの運用ノウハウをゼロから作り上げることを任せられるのは、パオロの他にはいなかったのだ。



パオロは、連邦軍が守るべき民主主義の大義や、倒すべきギレン・ザビの野望など、この戦争のイデオロギー的な部分にはほとんど興味がない。ただ、退官まで世話になった軍には、給料と年金分くらいは恩返しをせねばならないと思っている。そして、このくだらない戦争で、これ以上若者達が死ぬことを防ぎたいとも思っている。そのために力になれるチャンスをくれたレビルの期待には、できれば答えてやりたいものだ。

幸いにして、ザクの攻撃から生き残り、起動したRX-77ガンキャノンとRX-78ガンダムは期待以上の性能を示した。友軍のモビルスーツがザク3機をあっという間に血祭りにあげてしまうなど、ルウムで味方の艦隊がザクにより一方的に蹂躙されたことを身をもって経験した多くの連邦軍兵士にとっては、にわかには信じられない夢のような出来事である。

ジャブローなど連邦軍の複数の拠点では、すでに量産型モビルスーツの生産が始まっているはずだ。同時に、既存の宇宙戦艦はモビルスーツを運用可能な形に改造され、設計変更された新造艦の建造も始まっている。サイド7におけるテスト結果を詳細に分析し、さらに我々が運用ノウハウを構築できれば、すぐにでもモビルスーツ部隊が前線に配備され、実戦に投入されるだろう。そこまでいけば、一気に戦局がかわる可能性もある。そのためには、被害を免れたガンダムとガンキャノンだけでも、なんとしてでもジャブローに持ち帰らねばならん。つい先ほど、連邦軍において初めてモビルスーツによる実戦を経験し、それに勝利した貴重なパイロットの生き残りも同様だ。



「ガンダムのアムロ君へ」

「は、はい」

「ホワイトベースから遠すぎるようだ。本艦の右10キロに位置してくれたまえ」

「了解です」

ブライト・ノア少尉が、ガンダムのパイロット、アムロ・レイ少年に指示を送っている。

コロニーの中で偶然ガンダムに乗り込みザクと戦ったアムロに対し、出航するホワイトベースをそのままガンダムで守るよう指示したのは、パオロ自身である。秘密兵器を民間人に扱わせることに反対する者もいたが、他がパイロットがみな死傷してしまった状況ではいたしかたあるまい。それよりも、本来我々軍人が守るべき民間人、しかも少年を前線に立たせることこそ、パオロにとっては忸怩たることだ。

それにしても、あのような少年が連邦軍の秘密兵器をいきなり乗りこなし、ザクを2機も撃破してしまったとは、いまだに信じられない。だが、現実は現実として認めねばならん。まぁ、RX計画の実質的な責任者であるテム・レイ大尉のご子息ならば、こんなこともありえるのだろう。……と思ったところで、パオロは気づく。おそらく、このような自分のいい加減さ、よく言えば柔軟さを、レビルはかったのだ。連邦軍が運用した経験のない兵器であるモビルスーツを扱う指揮官は、既存の戦術や官僚的な軍のしがらみに縛られず融通が効く人間、いい加減な人間でなければならない。そう、パオロ自身のように。

ふむ、連邦が降服する前にレビルが軍の実権を握ることができたのは、地球連邦にとっては僥倖だ。そして、うぬぼれかもしれないが、自分のような人間が緒戦を生き残りホワイトベースの指揮をとるのも、連邦にとって幸運にちがいない。ならば、このいい加減さを、存分に発揮してやろうか。



「ラルさん」

パオロは、再びベットから身を起こす。首を後ろにまわし、ブリッジの後部で待機しているランバ・ラルに声をかける。

「はい」

ランバ・ラルがパオロに近づく。ブライトが、いつでも撃てるよう銃に手をかける。緊張のあまり、白目が無くなっている。

「ガンキャノンに乗って、出撃してください」

「艦長! アムロはともかく、身元不明の男にモビルスーツをまかせるわけにはいきません」

ブライトが叫ぶ。

ザクを破壊したガンキャノンのパイロットは、自らをアナハイムのテストパイロット、ランバ・ラルと名乗った。所持していたアナハイムによる身分証は間違いなく本物であり、他の身元を示すものもすべて完璧だ。しかし、完璧すぎるのだ。それほど人口が多くはないサイド7において、モビルスーツのテスト現場で働いていたアナハイム社員も含め、テストパイロットであるはずのこの男を知る者はほとんどいなかった。さらに、彼は、少なくともサイド7では、テスト中のモビルスーツに乗った記録は一切無い。シミュレーターも同様だ。そんな男が、ジオンの襲撃と同時に現れ、ガンキャノンを完璧に乗りこなして見せたのだ。ジオンのスパイとして疑われない方がおかしい。

「ブライト・ノア少尉。彼はザクを倒し、サイド7を守ってくれたのだ。それに、このままジオンの艦が我々を見逃してくれるとは思えん」

「……よろしいのですか?」

意外そうな顔をしたラルが問う。本人も、こんなに簡単に自分が信用されるとは思っていなかったようだ。だが、スパイかもしれない人間の正しい扱い方に詳しい専門家など、今は死傷者リストの中にしかいない。パオロは、生き残った民間人とわずかな軍人、そしてモビルスーツを守るため、この男を信用することに決めたのだ。

「お願いします。民間人のあなたを危険にさらすのは本意ではないが、この艦には他にも多くの避難民がいます。皆を守るため、アムロ君と協力してください」

「降服という選択肢もあると思いますが?」

「ありません。今この艦とモビルスーツがジオンの手に渡ることは、連邦の敗北を意味します」

パオロは、一瞬の躊躇もなくいいはなつ。さすがに、この男が本人が言うとおりのただの民間人だとは、パオロも思ってはいない。だが、もしこの男がスパイならば、ガンキャノンを起動させた時点で、さっさと逃げれば良かったのだ。それをせず、コロニーを守り、ホワイトベースにまで乗り込んできたということは、他の目的があるのだろう。もしかしたら、避難民の中に守りたい人がいるかもしれない。ならば、パオロが決して降服しない決意を示せば、彼はこの艦を守ってくれるに違いない。

「……わかりました。最善をつくしましょう」



ランバ・ラルはガンキャノンのハッチを開き、コックピットに乗り込む。急遽用意されたノーマルスーツは、お腹の部分がかなりきつい。

……本当は、もうひとつ選択肢があるのだがな。

ハッチを閉じると同時に、ランバ・ラルはつぶやく。正面のモニタが明るく輝き、メインエンジンのパワーゲージが上昇していく。

彼は、今次大戦における連邦の勝敗などまったく興味がない。いま、彼が気にかけているのは、避難民のひとりとしてこの艦にのりこんだセイラ・マスの身の安全だけだ。そのためにもっとも手堅い策は、おそらくこのままガンキャノンの砲をホワイトベースのブリッジに向け、強制的にジオンに降服させることだろう。その時、ランバ・ラル自身がジオンにどのように扱われるのかはわからないが、ただの避難民であるセイラが酷い扱いをうけることはないはずだ。

だがそれは、瀕死の状態で宇宙を漂っていた自分を助けてくれたアナハイムに義理を欠くことになる。なによりも、そんな策をアルティシア様は望むまい。

とりあえずの脅威は、目の前のジオンの艦だ。ガンダムとガンキャノンがあれば、逃げ切ることも可能だろう。ランバ・ラルはひとつ深呼吸すると、操縦桿を握り、モビルスーツをカタパルトに乗せる。



ガンキャノンがカタパルトから射出されたのがまるで合図であるかのように、戦闘が再開される。

「高熱源体接近!」

オペレーターが叫ぶ。

「ミサイルか?」

「大型ミサイル2機、回避運動は左12度、下へ8度」

「ミライ!」

ブライトが、舵を握る少女に声をかける。

「は、はい」

ホワイトベースの巨大な船体が、のろのろと向きをかえはじめる。回避運動が遅い。当たる! ランバ・ラルは、ビームライフルの照準をミサイルに向ける。使った事のない武装だが、連邦のビーム兵器の威力には興味がある。

「キャッチした。……やってみます!」

スピーカーから、アムロ少年の声が聞こえる。素人が当てられるのか? いや、あの少年なら当てるだろう。初めての戦闘で、ザクのコックピットだけをビームサーベルで正確につらぬいたアムロならば。

「当たれ!」

ガンダムの放ったビームは、ミサイルの弾体を正確に貫く。爆発の閃光の中から、もう1機のミサイルが飛び出す。すかさず、ランバ・ラルがビームライフルで狙撃。閃光が二つになる。

たしかにアムロ少年はよい腕をしている。しかし、それだけではない。正確な射撃を可能にする火器管制システムの完成度。タイムラグ無しで瞬時に目標を狙撃できるビーム兵器の威力。連邦とアナハイムが作り上げたモビルスーツが、これほどまでに高性能だったとは。マニュアルは既に斜め読みしていたのもの、自ら操縦しそれを改めて確認したランバ・ラルは、舌をまく。

そして、ふとひとりの少女の顔が頭をよぎる。ヤザンナ様は、アナハイムが連邦の新型モビルスーツを開発していることを、まるで知っているかのようだった。

ヤザンナが、地球に降下後も無事だということは、ラルも知っている。北米の占領軍司令官であるガルマ・ザビの動向について、ジオン政府は地球圏全域に積極的な報道を行っている。あくまでジオン政府の言によればだが、宇宙人に対して強烈な敵意をもつ連邦市民ばかりの土地に乗り込んだザビ家期待のお坊ちゃんは、連邦政府にかわる新たな支配者としてうまく立ちまわり、その復興政策は今や占領地の多くの住民の支持を得ているそうだ。そんなガルマと共にいることの多いヤザンナも、今やジオンの姫として連邦市民の多くにも知られる身となっていたのだ。だが、ラルがサイド7で生きていたということは、ヤザンナは知らないだろう。もし、ラルがアナハイムが製造した連邦軍の新型モビルスーツに乗っていると知れば、ヤザンナはいったいどんな顔をするだろうか? ラルの口元がおもわず緩む。



「続いて接近する物体3つあります。モビルスーツのようです」

ミサイル爆発後の沈黙を切り裂くように、ブリッジのオペレータから通信が入る。まだ、ミノフスキー粒子は充分に散布されてはいない。

「ザクか?」

「で、でも、このスピードで迫れるザクなんてありはしません。一機のザクは通常の三倍のスピードで接近します!」

「シャ、シャアだ、赤い彗星だ。ルウム戦役で五隻の戦艦がシャア一人の為に撃破された」

パオロ艦長の叫びが、ブリッジだけではなく、ガンダムとガンキャノンのコックピットの中に響く。それまでの冷静さが嘘のようだ。

……ほう、奴か。赤い彗星の名が連邦軍兵士の間で恐怖の的になっているというのは、本当だったのだな。

とっさにランバ・ラルの頭に浮かんだのは、そんな呑気な感想だけだった。そして、一瞬の間をおいて、やっと彼の脳が事態の重大さを理解する。

赤い彗星だと? まずい、相手が悪すぎる。それに、……この艦にはアルテイシア様も乗っているのだぞ。シャアは、キャスバル・ダイクンは、それを知っているのか?

「機関全速! ガンダムとガンキャノンは威嚇の砲撃だけでいい。逃げろ!」



だが、軍人ではないアムロは、事態の深刻さが理解できていなかった。

「やります! 相手がザクなら僕だって」

ガンダムは、ザクに向けビームライフルを発射する。だが、ホワイトベースとザンジバル両艦によるミノフスキー粒子の散布により、周辺空域は徐々にレーダーが使えなくなりつつある。さらに、モビルスーツは直線的に接近するわけではない。360度ランダム加速により回避運動を行うザクに、そうそう簡単に直撃はあたらない。

「見せてもらおうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」

「や、やめろアムロ君。逃げろ!」

ラルは、スラスターを全開。全速でガンダムの援護に向かう。しかし、赤いザクの方が早い。通常の三倍の速度をもってあっというまにガンダムの懐に入り込む。そして、マシンガンを一連射。

「うわー」

だが、ザクのマシンガンの直撃をうけても、ガンダムが傷ついた様子は無い。

「ば、バカな。直撃のはずだ」

それでもシャアは動きをとめず、そのままガンダムに肉薄する。そして、ヒートホークをかまえる。直後、シャアの後方で、閃光が輝く。

「なに?」

シャアに遅れて戦場に着いた1機のザクが、ラルのビームライフルにより狙撃されたのだ。一瞬、シャアの視線が後方確認用モニタに向く。味方の爆発を確認し視線を前方にもどすと、ガンダムの右手に握られたライフルの銃口が、シャアの正面にあった。

「ちぃ!!」

一瞬で避けられないと悟ったシャアは、避けるかわりにそのままガンダムに体当たりをかます。戦い慣れていないアムロは、思わずそれを避けるしかない。ガンダムが体勢をくずした隙に、ザクはわずかだが距離をとることに成功する。シャアは、後ろからさらにもう1機のザクが援護のために近づいてくるのを把握している。これで白い奴を挟み撃ちにできるはずだ。

だが、ガンダムは、赤いザクを無視した。正確には、アムロには2機を同時に相手にするほど余裕が無かった。たまたま体勢を立て直した瞬間に照準可能な位置にいたザクを、コンピュータの指示に従って撃っただけだ。ライフルの銃口から眩しい光条がはしった次の瞬間、ザクがあったはずの地点に二つ目の閃光が輝く。

「い、一撃で、一撃で撃破か。なんということだ。あのモビルスーツは戦艦並のビーム砲を持っているのか」

絶句するシャアに追い打ちをかけるかのように、援護のガンキャノンが迫る。その手には、ガンダムと同様のビームライフルが握られている。

「かっ、火力が違いすぎる。……ザクの補給も必要だ。ここは撤退か」

赤いザクの撤退と共に、敵艦も退いていった。もちろん追撃する余裕など無いが、とりあえずの危機は去ったと言っても良いだろう。



「よくやった。ガンダム、ガンキャノン着艦後、ホワイトベースはルナツーに直行するぞ」

パオロは、文字通り一息ついた。ルナツーに逃げ込めば、とりあえず安全だろう。彼は、最低限の任務を果たしたのだ。



一方、ガンキャノンのラルは、まだ困惑の中にいた。

敵があのシャアならば、かならず追撃があるだろう。このモビルスーツの性能ならば、シャアのザクにも勝てるかもしれない。だが、アルティシア様を守るためキャスバル様を撃つのか? 俺は撃てるのか? ……自分は、いったいどうすればいいのだ?




5日後 ジオン軍北米司令部

ガルマ・ザビ司令官は悩んでいた。占領政策についてではない。彼にとってある意味もっとも深刻な、家族についての問題だ。

最近、ヤザンナがしきりに本国に還りたいと言う。本国の父上も、瀕死の重傷からなんとか復帰した孫娘の顔をひとめ見たいと、なにかにつけヤザンナの帰国を求めてくる。本人にも教えていないヤザンナの体の状態を知るガルマとしては、父上はともかく、ヤザンナの望みだけはなんとしてでもかなえてやりたい。

だが、ヤザンナが本国に還れば、キシリアと会うこともあろう。それが問題だ。



ドズルとヤザンナをテロに巻き込み地球に落下させたのが姉のキシリアであることを、ガルマは知っている。決定的な証拠はない。シーマ・ガラハウ少佐も口をつぐんでいる。しかし、状況からそうとしか考えられないのだ。

ドズルを殺し、ヤザンナを瀕死に追い込んだキシリアのやったことは、けっして許されることではない。ガルマも許す気はない。それでもガルマは、姉を嫌いにはなれなかった。

ギレン総帥が真実を知らぬはずがなく、このままキシリアを放っておきはしないだろう。連邦との戦争が終われば、ザビ家は分裂するのは間違いない。血で血を洗う、殺し合いが始まるかもしれない。

ガルマは、せめてそれまでは、家族のままでいたかった。ヤザンナ本人はその時の記憶が無いと言っているが、殺されかかった姪と、殺しかけた姉が、よりによって父上の前で再会するなど、家族おもいのガルマにとって想像するだけで耐えられない。ゆえにガルマは、本国に還りたいと言うヤザンナをどのようにして引き留めるか、悩みぬいているのだ。



「ガルマ・ザビ司令官。キシリア・ザビ少将より、緊急通信が入っております」

「姉上から? ……わかった」

姉からの通信により、ガルマの悩みは強制的に終了させられることになる。



「ヤザンナ……」

沈痛な表情のガルマが、恐る恐るヤザンナに告げる。

「シャアの事は知っているな。彼と……キシリア姉さんが、ここに降りてくる。連邦軍の新型戦艦を追っているそうだ」

一瞬、ヤザンナの顔から表情が消える。後ろに控えるシーマの顔がこわばる。そのまま沈黙が数瞬つづいた後、ヤザンナの表情は百点満点の笑顔にかわる。

「まぁ。叔母様にお会いするのも、久しぶりね」

ガルマもつられて笑顔になる。

「そうだな」

ガルマはほっと息をつく。覚えていないというのは、本当なのだな。姉上があえて触れなければ、トラブルにはならないだろう。



ガルマの前を辞するヤザンナが振り向いた瞬間まで、彼女は確かに笑顔だった。しかし、振り向いたその顔を一目見たシーマ・ガラハウは、危うく悲鳴をあげそうになる。ヤザンナの顔は、獲物を前にした肉食獣の顔。そして、もし悪魔というものが実在するのならば、このような笑い方をするに違いないという笑顔。おそろしくて直視できない。

「シーマ少佐。あなたも、キシリア叔母様に会いたいでしょう? 楽しみね」

「えっ、ええ。もちろんです」

シーマは、自分が悪魔に魂を売ってしまったことを、この時初めて自覚した。だが後悔はしていない。そして同時に、ザビ家の内紛に巻き込まれる覚悟を決めた。


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えらい時間がかかったのは、W杯のせいです。

2010.07.14 初出



[12088] ジオンの姫 その 7.5 デベロッパーの憂鬱
Name: koshi◆1c1e57dc ID:9680a4fa
Date: 2011/06/19 20:49
番外編、というわけではなくて、今後の展開にも絡む予定のおはなしですが、時系列的ちょっと戻ります。「その5」「その6」「その7」あたりと同時期になります。


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宇宙世紀 0078 ジオン公国 教導機動大隊の拠点




これが、ザビ家のお姫様、か。

もちろん少女の顔くらいは知っていた。

だが、彼の目の前にいる少女、シミュレータのシートの真ん中にちょこんと座る少女が、TVで何度もみた凶悪な独裁者の一族とは、彼にはとても思えなかった。

「えーと、操縦桿やペダルは問題ないっスか?」

ヤザンナは、開かれたハッチの前の彼から見て、正面に座っている。小さな手。華奢な四肢。肩で切りそろえられた髪。整った顔立ち。良い香り。基地に少女用のノーマルスーツなど用意してあるはずもなく、私服のままだ。急ごしらえの操縦桿を素手で握る指が、セレクタやトリガーのスイッチまで届いていない。下駄を履かせたフットペダルは、それでも少々長さがたりないらしく、シートに浅く座りむりやり脚をのばしている。これでペダルを踏み込めるのか?

そんな彼の心中を理解してくれたのか、ヤザンナは実際に脚を伸ばしてペダルを踏んでみせる。目一杯まで踏み込むためには、やはりさらに腰を前にずらさねばならない。長めのワンピースからちらちら覗くしろいひざが、なめらかなふくらはぎが、細いあしくびが、妙になまめかしい。彼はおもわず視線をそらす。




ザビ家のふたり、ドズルとヤザンナが基地を訪れたのは、ほんの1時間ほど前のことらしい。基地の上層部にとっては大きな事件なのだろうが、ほとんどの一般の兵士には関係のないことだったはずだ。ましてや、モビルスーツの整備を担当する者、しかも正式な軍人ではなく、ジオニック社やその関連会社から出向してきている人間にとっては、軍上層部の政治的な動きなど知ったことではない。

彼らにとっては、もっと重要な難題が目の前にいくつも転がっていた。モビルスーツ「ザク」は、すでに実戦配備が始まっているにもかかわらず、兵器としてはお世辞にも完成品とはいえない。戦術の研究と実戦訓練とにあけくれる教導大隊のパイロット達が、兵器としてのザクの不具合や改良点について毎日のように膨大なレポートあげてくる。それをパイロットや教官達と共にひとつひとつ検討し、さらに本社や軍の研究所と意見をすりあわせ、あるいはすでに動いている工場の生産ラインとの調整を行い、少しでも完成品に近づけるのが、彼ら現場のエンジニア達の仕事だ。だが、それは決して順調にいっているとはいえない。時間がたりなさ過ぎるのだ。

ここ数ヶ月、地球圏全域にわたってジオンと連邦との緊張が高まるにつれ、教導大隊の活動は目に見えて活発化している。激しい訓練の中、ザクの不具合や操縦ミスにより失われたパイロットの数は、決して少なくはない。彼は軍人が大嫌いだったが、彼が手塩にかけて開発してきたザクで人が死ぬのは、それ以上に耐えられないことだった。

そもそも、核融合炉を背負った汎用作業ロボットを機動兵器として使うこと自体が、間違っているのだ。本来ならば、もっと時間をかけて、パイロットの安全性を高める必要があるはずだ。だが、何度スケジュールの見直しを具申しても、本社の連中も軍中枢もそれを認めることはなかった。それどころか、逆にスケジュールの短縮を現場に押しつけ、さらに研究所で試作された改良型や新型モビルスーツのプロトタイプを送りつけ、実戦形式の訓練におけるデータ収集を求めてくる始末だ。

ドズルとヤザンナが来たのは、そんな切羽詰まった状況の中だった。しかも、身長2メートルを超えようという巨漢と、その半分しか身長のない少女を、シミュレータに乗せろと言うのだ。休日なしで毎日残業しまくり、一分一秒も惜しい状況の中で、シミュレータの筐体を改造してまでお偉方の接待をやりたいと思うエンジニアなどいない。軍人やジオニック社本社のエンジニアではなく、立場的に弱い下請け関連会社所属の彼にお鉢が回ってきたのは、必然とも言える。もちろん、基地の中でも彼のもつ技術力が高く評価され、また変人が多い非軍人のエンジニアの中で、ザビ家の人間の前に出しても問題ない程度の常識人であると信頼されているからこその人選ではあるが。

どうやっても筐体にはいることができなかったドズルには、司令官が平謝りすることでなんとか勘弁してもらうことができた。しかしそのかわり、ヤザンナだけは満足させねばならないはめに陥ってしまう。突然10才の少女が乗れるコックピットを用意しろと言われても、とっさに何をどうすればよいのか見当もつかない。司令官がザクの初歩的な操縦方法を説明しているほんの30分ほどの間に、急ごしらえの操縦桿をでっちあげ、さらにフットペダルに下駄をはかし、コックピットを少女仕様に仕上げた努力は、我ながらほめられて良いと思う。




少女から視線をそらしてしまった彼の顔を、ヤザンナは不思議そうな顔で見ている。

しまった。

その脚に、その肢体に、ヤザンナの全身に見とれていたことがばれてしまったかもしれない。彼は、もともとおんな子供が苦手だった。チンピラヤクザのような自分の風貌をみただけで、たいていの女は引き、子供は泣いてしまうのだ。この国の支配者のお嬢様にいやらしい視線を向けていたとでも疑われたら、憲兵隊に抹殺されてしまうかもしれない。

だが、ヤザンナは彼の顔などまったく気にしていないようだ。ニコッと微笑むと、その小さな花びらのような口を開く。

「大丈夫。シートベルトをゆるめておけば問題ないわ」

鈴を転がすような、というのは、このような声のことをいうのだろう。高いが、けっして不快ではない声が、コックピットに反響する。

ああ、コックピットの中に大量の消臭剤をまいておけばよかった。

普段このシートに座る、ごつくてむさ苦しい兵士達の顔と声が頭をよぎるが、いまさらどうしようもない。

彼は、ひとつ咳払いをして時間をかせぐ。どうした俺、こんな小娘相手になにを焦っている。そして、精一杯落ち着き払ったふりをして口を開く。ここは大人の余裕で、渋く決めるのだ。

「……基本的な操作については説明したとおりです。特に危険は無いはずですが、何かあったら、……そうですね、大きな声で悲鳴をあげてください。すべてモニタしてますから心配はいりません。それではよい旅を」

ハッチを閉じる前に、ひとつ敬礼をする。彼はもともとザビ家に支配された今の軍が嫌いであり、敬礼などどんなお偉方を前にしてもおざなりにしかしたことがなかった。はたして自分の敬礼は決まっているだろうか? 敬礼を真面目に練習をしたことがないことが、ここにきて悔やまれるとは。

「ありがとう。えっと、……ヤス・ニシカワさん?」

首からかけたIDカードを読み取ったのだろう。ヤザンナが思いっきり百点満点の笑顔で微笑みながら、自分の名を呼ぶ。呼ばれた瞬間、自分の体温が上がったのがわかる。顔が赤くなったかもしれない。10才の少女に名を呼ばれて顔を赤くする、ヤクザのような風体の男。ジオニックの下請け関連会社から出向してきたエンジニア、ヤス・ニシカワは、今の自分の姿を想像し、さらに体温が急上昇したのを感じた。




ヤスは、宇宙植民地サイド3を故郷とする者のひとりとして、スペースノイドは自治権をもつべきだと考えている。ゆえに、故郷であるジオン公国の政府が、強圧的な態度をくずさない連邦政府に対決姿勢を取ることには、反対してはいない。たとえ戦争になっても、仕方がないと思っている。たくさんの人が死ぬだろうが、今のままでは宇宙移民者は永久に搾取されるままだ。地球連邦という超国家機関は、人類の半分が宇宙に昇った時点でその役割を終えたのだ。連邦への引導をわたすことこそ、ジオン公国の役割なのかもしれない、と考えることさえある。

一方で、いまだに重力に縛られている人々よりも先進的なはずの我々の祖国が、公王制などという中世と見まごうばかりの古くさい国家体制をとっていることについては、それが独立戦争のための方便だと理解していても、我慢がならなかった。

たしかに、実質的にギレン・ザビが支配するようになってから、ジオンはあきらかに豊かになった。強引な軍拡政策はともかく、他の宇宙植民地との関係強化、独自の小惑星開発やエネルギー開発、木星船団の派遣など、ギレンの打ち出す政策は今のところ成功していると言っていいだろう。文句を付けようがない。連邦に依存しない経済圏の確立は、徐々に達成されつつある。連邦の経済制裁だけで青息吐息に陥ってしまったジオン・ダイクン主導の自治政府時代とは、比べるべくも無い。

だが、ジオン市民の中でもヤスのようなインテリ層の多くは、その矜持にかけて、ザビ家独裁をみとめるわけにはいかなかった。その一方で、ギレンの行う現実的な政策の数々は、確かに正しいものだと認めざるを得ない。圧倒的多数の大衆が熱狂的かつ盲目的にザビ家を支持するのを横目で眺めながら、若かりし日のヤスは、その矛盾に悩まされていたのだ。学生時代、世間に興味を示さず研究に没頭していたのは、現実逃避のためだったかもしれない。そして、ヤスと同じように悩んでいるジオン国民は、少数派ではあっても、その数は決して少なくなはなかった。




化け物だ……。

シミュレータに乗るヤザンナが操る仮想のザクの機動を目の当たりにして、ヤスはあきれるほかなかった。なぜ、あれだけ大量の、しかも相対速度が極めて大きなデブリの群れを、AMBACと最低限の推進剤だけで回避できるのか。モビルスーツが体の一部だとでもいうのか。

まずあきれたのは、ヤザンナが完璧にザクを制御していることだ。いくらメインコンピュータのOSによるサポートがあるとはいえ、はじめてモビルスーツに乗った少女が、あれほど滑らかな動きを見せることが信じられない。モビルスーツは非常に複雑なマシンだ。直接戦闘にかかわる操縦系統に限っても、それぞれのスラスター、各関節のモーター、エンジンの出力、火器管制等々、膨大な機能があり、その全てをパイロットがひとつひとつ操作することは難しい。特に戦闘中であれば絶対に不可能だ。したがって、それらの操作はコンピュータのアシストにより極限まで簡素化されている。

モビルスーツの操縦が乗馬に例えられることがあるが、それはおおむね正しい。騎乗した者と馬との物理的インターフェースは、手綱と両膝しかない。それにも関わらず、馬は人間の意志を正確に読み取り、複雑な機動をこなし、共に大規模な戦闘に参加することさえできる。ザクのコンピュータも同様だ。入力インターフェースは基本的には操縦桿とフットペダル、そしていくつかのパネルとボタンやスイッチだけ。操縦するパイロットはこれらを駆使して意志をコマンドとして入力、コンピュータが状況に応じて複数の動作を一連のものとしてスムーズに実行するのが基本だ。

だが、それを円滑に行うためには、パイロットは無限とも思われる操縦パターンを体に覚え込ませなくてはならない。それができないパイロットは、既に何人も事故により失われている。OSと駆動系が進歩すれば操縦がより簡単になるのはあきらかであり、現在ヤス達が忙殺されているのはそのためだ。だが、兵器としては発展途上にザクに急激な進歩を求めるのは、残念ながら現状では難しいことを自覚している。

それなのに、モビルスーツに初めて乗るというヤザンナは、ザクをほぼ完璧に動かしているではないか。

それだけではない。ヤザンナは単純な機動だけではなく、無重力下におけるモビルスーツの挙動についてさえ、完全に理解しているようだ。一般的に、訓練されていない者が無重力の中で思い通りに動くのは、簡単ではない。基本的な心得については、義務教育の課程にも組み込まれているとはいえ、すくなくとも宇宙移民者ならば、否応なくその難しさを経験したことがあるはずだ。しかも、仮想とはいえ、ヤザンナが操っているのは慣性質量数十トンに達する鉄の塊である。手足のモーメントやスラスターの推力、コンピュータによるアシストがあるとはいえ、瞬間的にその挙動を判断するのは専門のパイロットでさえ難しいはずだ。

モビルスーツ開発の初期から現場にいたヤスは、その過程で何人もの天才的なパイロットをみてきた。自分の所属する会社のテストパイロット(零細企業ゆえ、社長令嬢自らパイロットをやっていた)、ジオニック社の伝説的なテストパイロット、そして軍の研究所や教導大隊にも当然、数多くの天才とよばれるパイロットがいる。しかし、ヤザンナは彼らとは桁が違う。あれは、そうまるで何十年もモビルスーツに乗っていた人間、モビルスーツの動きが体に叩き込まれた人間の動きだ。




唖然とするヤスを尻目に、ヤザンナの神業はさらにエスカレートしていく。基地のトップパイロットが呼ばれ、人間同士の模擬戦闘がはじまったのだ。

そこからは、ヤザンナの独壇場だった。トップがまるで歯が立たない。遊ばれているようにさえ見える。

人間のパイロット同士の戦いは、単純なモビルスーツの操縦とはまた別の技術が必要になる。まったく異なるものといってもよいかもしれない。相手に対してどのように接近するか。どのような機動で相手を攻撃し、攻撃をさけ、あるいは逃げるのか。

素手の人間同士の戦いでも、単純に体力があり運動神経が優れている者が勝つとは限らない。相手に効率良く勝つために作られた武道の技を知ると知らぬでは、まったく結果が異なるだろう。モビルスーツによる戦闘も同様なはずだ。相手のモビルスーツに効率良く勝つための技が存在するだろう。またそれを防ぐ技もあるのだろう。教導大隊の任務は、それを編み出すことだ。だが、開発者もパイロットも、モビルスーツに関わる者はまだ誰もそれを知らない。ミノフスキー粒子散布下でのモビルスーツの戦闘など、人類の歴史上行われたことがないのだから、無理もないのだ。教導大隊においては、主に地球上の戦闘機や宇宙戦闘機の戦術機動マニュアルを参考にモビルスーツ独自の各種機動や戦術を研究しているが、本当にそれが正しいのか、実際に戦争が始まってみるまでわからない、……はずだったのだ。

だが、今ヤスの目の前で、わずか10才の少女が、その回答を示している。教導大隊が求めてやまない戦闘機動マニュアルを、その小さな体で具現化している。

ヤザンナの動きは、敵と自分の乗るザクの性能の限界を完璧に理解しているようにみえる。目視による近接戦闘をしながら、敵の機体の向き、さらにスラスターのノズルの向きまで把握し、動きをよんでいるようだ。信じられないことに、敵の機体の腕を使ったAMBACにともなうのマシンガンの銃口の向きの変化さえ見切り、攻撃を避けている。太陽や地球、月の位置を常に意識しているだけでなく、それを積極的に利用している。常に敵からみて最大限効果を発揮する鉛直方向にランダム加速を行い、モビルスーツのセンサーや人間の動体視力の限界をつく。

今の動きはなんだ? まさか、……敵の爆発のエネルギーにあえて機体をさらし、その爆圧を利用して逆方向に加速しようとしたのか? そんな事が実戦で可能なのか? そして、蹴り? 手足を使った肉弾戦など、プロトタイプによるテスト課程では確かに想定はされていたが、教導大隊で機体の破損を覚悟のうえで実際に試した者などいない。ヤザンナの駆使する戦術機動は、シミュレータの設計者が想定した範囲を超えている!

なにより恐ろしいのは、ヤザンナが明らかに戦い慣れしていることだ。ヤスは真面目な人間だが、その生まれついての風貌により、喧嘩をふっかけられることが少なくない。そして、気分によっては売られた喧嘩を買うこともある。その彼だからわかる。相手との間合い、駆け引き、はったり、……ありえないことだが、ザビ家のお嬢様は確かに喧嘩慣れしている。それどころか、この少女なら命をかけた修羅場でも笑って引き金を引けるのではないか? とさえ思える。目視による接近戦が前提の兵器であるザクの戦闘は、ある意味パイロット同士の喧嘩だ。技術面だけではなく、精神的にも相手を圧倒しているヤザンナが負ける要素はない。実際、彼女は戦闘中の敵の心理を完璧に読み切っている。読み切ったうえで、余裕を持って遊んでいるのだ。

信じられない。

あれは、フラナガン博士とかいう胡散臭い学者がたまにつれてくるちょっと異常な雰囲気の少年少女達とは、また違う力だ。もっと野生に近い、そう、野獣の本能を感じさせる力。もし、あの機動をザクのコンピュータに学習させることができれば、パイロット達の死亡率を減らせるのは間違いない。

ヤスはヤザンナのザクに、モビルスーツという兵器の未来をみた。モビルスーツの可能性を感じた。今、モビルスーツをあのようにあつかえるのは、彼女しかいない。だが、モビルスーツというマシンは、あそこまで出来るのだ。いつかは、誰もがヤザンナのように乗りこなせるマシンが完成するにちがいない。それを作るのは、俺だ。

もっとヤザンナを見たい。ヤザンナという少女をもっと知りたい。ヤスは、仮想の宇宙空間を彼が作ったザクで楽しげに跳び回る少女の姿を、食い入るようにみつめていた。




ヤスが地元の中堅作業機器メーカーに入社したのは、恩師の推薦もあったが、会社が研究所入りを約束してくれたからだ。彼が専門とするロボットの駆動系の研究開発を思う存分やらせてもらえるというのは、世俗に関心をなくしていたヤスにとって、なによりも魅力的な条件だった。パンフレットでは中堅メーカーだったはずが、入社してみると実際にはただの町工場に毛が生えた会社でしかなかったのには驚いたが、その家庭的な雰囲気は嫌いではなかった。なによりも、技術に関しては大企業にも決して劣ってはおらず、エンジニア達が古風な職人気質をもって仕事をしているのが気に入った。

だが、ジオン公国が戦争に向けた体制をととのえる状況において、彼の会社も否応なくそれにまきこまれていく。ジオニック社の下請けとして、モビルスーツ「ザク」の開発に関わることになったのだ。

最初は、モビルスーツが兵器だとは知らされていなかった。核融合エンジンを搭載し、独立駆動する巨大人型作業マシンの開発は、実にやりがいのある仕事だった。ジオニックのエリートエンジニア達を敵に回しての社内コンペに勝利した時は、実に爽快な気分だった。結局、ザクの駆動系はそのほとんどが、ヤスと仲間達が町工場で開発し、調整したといってもよい。

しかし、ザクはやはり兵器だった。表向きは作業マシンと言い張っていても、それに実際に関わった者の中で、それを信じている者はいない。ヤスはザビ家と彼らが支配する軍が大嫌いだった。ジオニックの本社工場のラインにのり、大量生産が開始されたザクをみて、ヤスの心境は複雑だった。教導大隊への出向を命じられたときも、軍で仕事をするなど絶対にイヤだと駄々をこねた。

「実際に人間が乗り込むものの最終調整を、おまえは大メーカーの連中なんぞに任せて平気なのか? 自分で作りあげたマシンを最後まで面倒見てやるのが真のエンジニアじゃねぇのか? 技術者なめんなよ!」

ヤスが出向を渋々承知したのは、オヤジのように慕う社長直々のあたたかくやさしい説得によるものだ。




そう、くどいようだが、ヤスは軍もザビ家も大嫌いなのだ。技術屋の誇りにかけて、ザクに関する仕事はきっちりとやっている。だが、ザビ家がきらいなのは教導大隊にきてもかわらない。かわらないはずだ。しかし……。

「たのしかったわ」

シミュレータを降りるヤザンナに、ヤスはおもわず駆け寄っていた。そして、彼女の手を取る。

「ありがとう」

天使のような笑顔。ヤスの目には、少女の後ろに後光がさしてみえる。彼が半生をかけて作り上げてきたザクを、まるで神のごとき操縦技術をもって完璧に乗りこなして見せたヤザンナは、彼にとって文字通りの天使だ。

だまされるな。

ヤスの本能がささやく。これはザビ家による人心掌握のための狡猾な陰謀だ。こんなことでだまされては、ザビ家の末っ子の優男にむけキャーキャー歓声をあげるミーハー娘達と同じではないか。既に基地のパイロットや同僚のエンジニア達の多くはヤザンナに魅入られてしまったようだが、俺は、俺だけは大衆とは違う。断じて違う。違うんだ。




数日後、公王府よりジオニック社に対してヤザンナ専用のザクの製作についての打診があったと聞いたヤスは、一も二もなく手をあげた。公私に関係なく築き上げてきたコネというコネをすべて動員し、チームの一員に加えられるよう全力をつくした。基地の上層部や社長に直談判するだけではなく、モビルスーツの産みの親とも言われるジオニック社のエリオット・レムにすら、土下座する勢いで頼み込んだ。こわもてヤクザの顔をしたヤスの必死の哀願に、旧知の間柄であるレムは苦笑いしながらも善処を約束してくれた。

はれてジオニック社への逆出向の身となったヤスのデスクには、ヤザンナを中心として基地のエンジニア達が写った写真が飾ってある。彼は、実機の少女用のコックピットを手作業で組み上げながら、このザクにヤザンナが乗り込み、神のごとき機動を見せてくれる日のことを、ひたすら夢想している。

写真の横に飾られているのは、ピンクのバラ。ヤザンナが基地を訪れた数日後、お礼にと公王府から花束が贈られてきたのだ。それにコーティング処理を施し、基地の仲間でわけた一輪のピンクのバラを見ながら、ヤスは独り言をつぶやく。

専用ザクは、やっぱり蛍光ピンクだよなぁ。

彼の夢は、数ヶ月後にはかなうことになる。



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2011.03.27 初出
2011.04.17 ちょっとだけ追加
2011.06.19 日本語のおかしなところを修正




[12088] ジオンの姫 その32 キシリア出撃す
Name: koshi◆1c1e57dc ID:9680a4fa
Date: 2011/09/18 21:01

宇宙世紀0079年 10月 オデッサ某所

あるいは穏便な雰囲気のまま終了するかと思われた非公式会談の終わり際、会談の一方の主役である欧州連合の首脳は、もう一方の主役であるジオン軍地球降下部隊司令官マ・クベ中将の一言によって、現実に引き戻された。

「我々は最大限に譲歩したつもりだ。もし欧州連合が期限までに講和に応じない場合、われわれは攻勢に出ざるを得ない。その際には、欧州主要都市に向け水素爆弾を使う用意がある。衛星軌道から弾道弾を撃ち込めば、たとえ連邦軍でも迎撃は不可能だろう」

欧州連合側の代表は、一瞬ぎくりとした表情を顔に浮かべながらも、「本気か」などとはいまさら口にはださなかった。冷静な態度をたもったまま、会談中なんども発した言葉を、また繰り返す。

「……わかりました。持ち帰り検討いたします」

それを予測していたように、マ・クベも答える。これまで繰り返されてきた会談のたび、何度も発してきた言葉だ。

「よいお返事を期待してます。調印式には、我が国の元首がのぞむでしょう」




南極での休戦会議が決裂した直後、ジオン軍の地球降下作戦は唐突にはじまった。新兵器モビルスーツを主力としたマ・クベ麾下の大部隊が、空を覆い尽くすほどの降下カプセルとともに降臨したのだ。マ・クベは、あっという間に中央アジアに橋頭堡を築くと、そのままユーラシア大陸を席捲した。コロニー落としにより凄まじい被害をうけ、いまだ混乱さめやらぬ連邦軍は、組織だった反攻もできないまま、母なる大地が宇宙人どもに蹂躙されるさまを、指をくわえて見ているしかなかった。

旧欧州各国は、自らの国土を戦場にすることを覚悟していた。有史以来、彼らの国土は何度も戦争によって焦土となってきた。その度に立ち直り、新たな国境線を引き直し、それでも人類文明を担ってきたとの自負が、彼らにはあった。

だが、マ・クベは、欧州を目前にしてその進撃を停止した。そして、誇り高き欧州連合に呼びかけた。無防備宣言と、それに伴う連邦軍の域内からの排除を実行すれば、当面、全面攻撃はおこなわない。そして交渉に応じる、と。北米やアジアにおける、連邦軍基地に対する衛星軌道からの徹底的な爆撃を目の当たりにしている彼らは、時間を稼ぐため、条件を呑んだ。連邦政府は、それを認めざるを得なかった。

地球連邦の成立は、地球環境の悪化により人類の存続が危ぶまれたことが発端であった。人類絶滅を防ぐためには、その半数を宇宙に移民させるしかない。そのためには、主権国家を超越する権力を持つ汎地球的な政府が必要とされたのである。

しかし、連邦は創立時の崇高な理想とはうらはらに、今やその権力は腐敗臭のするものとなってしまった。当初の目的が達せられてもなお、連邦はその存続そのものだけを目的とした組織として存在し続け、またその実権はあいかわらず旧太平洋岸諸国によって牛耳られていた。

今次大戦の緒戦において宇宙植民者によって手痛いしっぺ返しをうけた連邦の姿は、欧州の人々にとって、旧世紀に海外植民地を失った自分達の姿と重なって見えた。そして、サイド2以外のすべての宇宙植民地が生き残り、宇宙植民者を含む人類の過半が連邦に従ってはいない現状において、連邦市民の間でさえ、地球連邦の存在意義は疑問視されはじめている。人類文明を担ってきたとの自負のある欧州にとって、いまや一部の特権階級による権力の象徴でしかない連邦に所属することの意味が問われるのも、無理はないのだ。

さらに、コロニー落としによる全地球的な寒冷化により、地球上は深刻な食糧不足に陥っている。豊富な食糧とエネルギーを供給可能な宇宙植民地との取引は、悪い話ではない。なによりも、独裁者から市民を守るはずの連邦軍は、地球圏全域において総崩れの状態だ。戦局が好転する見込みは全くない。ジャブローのモグラたちは、宇宙での反攻にばかり目がいき、欧州を守ろうというつもりはないらしい。

マ・クベは、そこにつけ込んだ。彼が恒久的な和平の条件として欧州に要求したのは、連邦からの離脱とジオン公国の承認、そして対等な立場での講和条約の締結である。将来的にはともかく、今の段階で直接ギレン・ザビの支配下に入れというわけではない。すでに無防備宣言を発している欧州にとって、連邦と共に滅亡の道を歩むよりは、よほど現実的な選択肢にみえた。




本国からやってきた外交部の官僚達もすでに立ち去り、会議室にはマ・クベと副官ウラガンだけが残っている。

「さて、期限を切ってボールをあずけたのだ。どのような返答があっても良いよう、準備せねばなるまい。ウラガン、全面攻勢の準備だ。彼らからもわかるよう、できるだけ派手にな」

「わかりました。……しかし閣下、よろしかったのですか? 脅しだとしても、核の使用をほのめかすというのは」

もちろん、今次大戦における核兵器の使用は、南極条約で禁止されている。だが、マ・クベはまったく意にした風もなく、涼しげな表情で答える。

「脅しではない。その一発で戦争がおわるという局面ならば、たとえ条約で禁止されていたとしても、私は核兵器や大質量兵器の使用も躊躇はしない。私だけではない、総帥も同じお考えだろう。そしてジオンだけでなく、レビルもな」

驚くウラガンを尻目に、マ・クベは先を続ける。

「もちろん、地上で核兵器など使わなくて済むことを、私は望んでいるがね」

「しっ、しかし、欧州を屈服させただけでは戦争はおわりません。最終的に勝ったとしても、戦後に閣下が不利な立場に追い込まれかねません」

マ・クベは、副官の配慮に感謝し、僅かに微笑む。本来は、本国政府や交渉に参加している官僚達の間だけの外交機密事項であるが、この男には話しておいてもよいだろう。

「ウラガン。誇り高き欧州連合は、我々と連邦を天秤にかけているのだ。彼らはまだ確信できないのだよ。最終的にジオンが勝利するのかどうかな」

もし欧州が連邦を離脱、ジオンと単独講和した後にジオンが敗北するような事があれば、その後欧州は過酷な運命を背負うことになるだろう。

「我々は彼らにきっかけを与えてやっただけだ。もしジオンが敗北したとしても、欧州連合政府は自国市民や連邦政府に対して言い訳をいえるようにな。彼らもそれを承知の上で、返答をよこすだろう」

つまり、欧州連合がジオンについたのは、核兵器の使用をちらつかされ脅されたゆえだと、やむを得ない選択だったということにしてやるのだ。

期限を切った以上、欧州連合だけではなく連邦も究極の選択を迫られることになる。欧州を連邦に引き留めるという極めて政治的な理由から、連邦軍は近々大攻勢に追い込まれるだろう。だが、レビルは地上戦の準備よりも、モビルスーツなどの宇宙戦力の拡充に全力を尽くしている。あとは、本国の仕事だ。おそらく我々地球降下部隊の出番が来る前に、戦争は終わる。

「……なるほど」

ウラガンは、マ・クベの深慮遠望に感心している。彼の上官は、ただの軍人ではないのだ。伊達に南極での交渉で全権をまかされ、地球降下部隊を指揮しているわけではない。

「もっとも、開戦前から欧州連合政府内の反連邦勢力との交渉ルートを作っていたのは、総帥と首相だがね。私はそのレールに乗っているに過ぎない」

部屋のドアがノックされ、一枚のメモがウラガンを経てマ・クベに渡される。それを見たマ・クベは、ひとつため息をついて天井を見上げる。

「……キシリア閣下が北米に降下されたのか」

「はっ、連邦の新型戦艦を追っているとのことです」

「功を焦られたのだろうが、今の本国の状況でグラナダを離れるのはキシリア様にとってよろしくない。何もおこらなければよいが……」

地球降下部隊の本来の指揮官であるはずのキシリア・ザビ少将みずからが地球降下したとしても、とくに不思議はないはずだ。ウラガンは、なぜマ・クベが厳しい表情をしているのか理解できなかった。




宇宙世紀0079年 10月 北米東岸某所

ジオン軍北米司令部が接収したホテルにおいて、政財界要人を招いた立食形式の夕食会が開かれている。本来ならば、主役は主催者である北米司令官ガルマ・ザビ大佐のはずだった。しかし、キシリア・ザビ少将が地上に降下した状況において、彼女が注目を一身に集めることとなったのは必然だろう。

「時に、お父上のデギン公王には地球においでになるご予定は?」

「聞いてはおりません」

「おいでの節は是非なにとぞよしなに」

要人との会談をそつなくこなすキシリアを尻目に、ガルマは士官学校時代から旧知の仲である友人、シャア・アズナブル大佐との親交をあたためていた。話題は自然と、彼らの支配地をうろうろしている目障りな連邦軍の新型戦艦についてになる。

「キシリア閣下に媚びをうっている連中、奴らがあの木馬とモビルスーツの存在を知ったら慌てるだろうな」

「そうだな。あの性能は脅威的だ。しかも、我々には打つ手がない。木馬討伐隊を組むには戦線が拡大しきっている」

ガルマは、お手上げという風に、両手をあげる。

ほう。

シャアは、久しぶりに再会した古い友人の何気ない振る舞いに、おもわず感心する。

敵の新兵器を目の前にして、余裕があるじゃないか、おぼっちゃん。

士官学校時代の彼は、ザビ家の御曹司という大きなプレッシャーに押しつぶされまいと必死な、なにをするのも余裕のないただ坊やだったはずだが。何が彼を成長させたのか。これは、あなどれないな。



シャアとキシリアが追跡した連邦軍の新型戦艦、コードネーム木馬は、ザクをはるかに凌駕する高性能モビルスーツを搭載していた。中でも、白い機体と赤い機体は信じがたい戦闘力をしめし、すでに十機近いザクが撃破されている。

それでもキシリアは諦めなかった。たとえ地球に降下してても、連邦の新型モビルスーツを奪取するよう、シャアに命じたのだ。ジャブローを目指した木馬の大気圏突入を妨害し、ジオンの支配下である北米に降下させることができたのは、手持ちの戦力を最大限活用し、執拗に追撃を続けたシャアの卓越した指揮能力のおかげだといえよう。

無理な大気圏突入によりエンジンに障害が生じたのだろう、いまのところ木馬は高度をあげ弾道軌道にのることはできないようだ。地表ギリギリをのろのろと彷徨いながら、ジャブローに向け逃走をつづけている。

キシリアは、シャアとともにザンジバルを中心とした戦力をもってこれを追撃、大気圏突入後も数度戦闘をしかけた。しかし、そのたびに敵モビルスーツにより撃退されている。ザンジバルは補給のためやむを得ずガルマの北米部隊と合流、シャアははからずも旧友と再会することとなったのだ。



「……それよりも、心配なのは姉上だ。なぜあれほど敵の新型戦艦にこだわるのか。なにをあんなに焦っているのか。確かに連邦軍のモビルスーツは脅威ではあるが、戦略的にさして重要ではないところを単独でうろうろしている故障中の戦艦など、定期的に爆撃でもして、あとは放っておいてもよいのだ。補給を受けない限り北米から逃げることもできず、いずれ降服するしかあるまい」

ガルマの言う木馬に対する見解は、シャアからみても正しいものだ。グラスを傾けながら実の姉の様子を気遣う姿は、たしかに一人前の男に見えた。北米大陸を支配するに足る貫禄すらうかがえる。もはや、坊やなどとは呼べないかもしれないな。シャアは舌を巻く。

ガルマは、北米の支配を完璧とすることにもっか全力を尽くしている。だが、地球降下部隊とて広い大陸を完全に支配するだけの十分な戦力があるわけではない。兵站も不十分だ。大陸東岸や五大湖周辺の工業地帯が手に入ったといっても、工業生産力がそう簡単に回復するわけではないのだ。食糧やエネルギーにいたっては、ほとんどすべて本国に頼っている状況だ。

そのような状況であるにもかかわらず、ガルマは姉のため、木馬討伐に地上戦力の動員を提案したのだ。だが、彼の姉はそれを固辞した。キシリアは、あくまでも自らの手柄とすることにこだわっている。姉が敵の木馬と新型モビルスーツを手に入れることになぜそれほどまでにこだわるのか、ガルマは真意を測りかねている。

「あの新型モビルスーツはジオン十字勲章ものの獲物だ。ザビ家の一員であるキシリア閣下が先頭に立てば、兵士達の戦意高揚につながるだろう。まあ任せておけ。私がついている」

一方、シャアはキシリアの焦りの理由を理解している。キシリアが追い詰められるきっかけとなった情報をギレン総帥に渡したのは、シャア自身であった。キシリアは、自らがいつ粛正されてもおかしくない立場におかれていると自覚し、恐れている。連邦の最高機密とも言える新型モビルスーツを奪取すれば、ほんの少しでも立場を回復できるかもしれない。自業自得はいえ、キシリアの窮地と焦りは、シャアに大きな責任がある。もちろん、それをガルマに語るわけにはいかないが。

「ありがとう、シャア。しかし、……本国では、それほど切迫しているのか?」

ガルマは、尋ねたいことを、あえてぼかした。ジオン公国そのものの行く末を心配をしているわけではない。それが、本国における彼の姉の立場についての問いだということは、付き合いの長いシャアにとってはすぐにわかる。やはり、隠すことはできないか。



ドズルとヤザンナが巻き込まれた核爆発は、公式にはダイクン派のテロだとされている。

あるいはヤザンナがそのまま大気圏で燃え尽きていたら、それはそのまま受け入れられたかもしれない。しかし、ヤザンナは生き残った。しかも、シーマやシャア、彼らの部下、さらにアナハイムなど多数の人間を巻き込んだ。決定的な証拠はシャアとギレンが握りつぶしており、そのうえ関係者が真相を公の場で語ることは決してないだろう。だが、それでも完璧に隠し通せるものではない。少なくとも軍や政府の上層部にいる者はみな、事件の背後に軍の大物がいることを本能的に感じていた。そして、ガルマも気づいているとおり、すべての状況証拠は、黒幕がキシリアであると指し示している。ドズルの部下だった者にとって、それは決して許容できる事実ではなかった。

「……正直言って、あまり良くはないな」

シャアはため息をひとつつく。そして、周りをうかがってから、小声で続ける。

「ソロモンの連中やズムシティの議会筋には、キシリア閣下の更迭や逮捕を公然と主張している者もいるらしい。今やグラナダ以外は、すべてがキシリア様の敵といってもいいかもしれん」

「そうか。連邦との決戦が近い状況で、総帥が軽々しく動くことはないと思うが。……で、真実はどうなのだ。姉上が何をやったのか、兄上が何を考えているのか、君は知っているのだろう? 私に教えてくれないか?」

まっすぐに自分を見つけるガルマの目に、シャアは一瞬たじろぐ。自分は、この坊やを利用するつもりで、あるいは仇として討つために近づいたはずだ。しかし……。

「……ガルマ。それを知ってどうする。君は私とは違う。君は、薄汚い権力争いなどに首をつっこまず、堂々と正道を歩むべきだ。それだけの実力がある。そして、ザビ家の正統な後継者として、ジオン国民を導いてくれ」

シャアは、ガラにも無いことを言ってしまった自分自身に、驚いている。そんなシャアに対し、ガルマは素直に礼を言う。

「わかった。君がそう言うなら、そうしよう。姉上を頼んだぞ。私はよい友を持った。今夜はつきあえよ」

「水くさいな、いまさら」

ガルマと杯を交わしながら、シャアは思う。自分は、将来の地球圏を支配する者として王道を歩んでいるガルマを羨ましいと思っているらしい。そして、陰謀ではなく、正々堂々と正面からこの坊やと争いたいと望んでいるのかもしれない。

やはり自分は、パイロットよりも革命家や政治家にむいている、……かもしれないな。

シャアは、いつか自分が正面からそのように言われたのを思い出す。教導大隊時代の彼をそのように評したのは、年端もいかない少女であった。もしかしたら、全てを見透かされていたのかもしれない。そして、経済界の要人と挨拶を始めたガルマから視線を移す。視線の先には、シーマ・ガラハウをかたわらに、料理を口いっぱいにほおばるヤザンナがいた。

シャアの顔が自然とほころぶ。そうだ、この少女を争いに巻き込まないことが、ランバ・ラルとの約束だったな。努力しよう。

だが同時に、シャアの本能は、激しい警告を発している。あの少女、ヤザンナはそんなタマじゃない。むしろ巻き込まれるのは自分かもしれないぞ、と。




翌朝。北米東岸のジオン軍基地

轟音とともに、巨大な機動巡洋艦が離陸していく。補給を終えたシャアのザンジバルだ。ガルマが無理矢理同行させることになった数機のガウ攻撃空母が、それに続く。キシリアは、こちらに搭乗して指揮を執るそうだ。どの機体もモビルスーツを満載しており、さらに赤い彗星がついているのだ。連邦の新型モビルスーツがいかに強力でも、仕留められるだろう。そうすれば姉上も、本国での立場を少しは回復できるはずだ。

わざわざ滑走路まででて彼らを見送るガルマに、誘導路をはしる別の機体が目に入る。

あれは?

重爆撃機の背中にモビルスーツが乗っている。ピンク色のグフだ。

「ヤザンナ、何処に行く気だ!」

雑音混じりの無線から、少女の声が返ってくる。

「このモビルスーツの調子が悪いので、ジオニック社の新しい工場で調整してもらうのです。事前に、ご連絡さし上げているはずですよ」

そうなのか?

ガルマは横に佇む副官に小声で尋ねる。彼は、管制塔と通信を行い、今日の発進予定を確認する。

「……たしかに、ヤザンナ様の本日のご予定にあるそうです。ジオニック社とも調整済みらしいですね」

「しっ、しかし、ヤザンナ自ら出むかなくてもよいだろう。護衛をつけるから待て」

「テストには私が必要なんです。大丈夫、戦闘地帯とは離れているわ。心配しないで」



……もちろん、連邦のモビルスーツが苦戦、じゃなくてザンジバルが苦戦しているようなら、私がかけつけることもあるかもしれないけどね。

ドダイの離陸にともなう凄まじいエンジン音にかき消され、ヤザンナの独り言を聞いたのは、シーマ・ガラハウだけであった。



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原作よりも連邦はかなり追い詰められている状況です。そしてキシリアも。キシリア様が大好きなので、つい虐めたくなっちゃいます。

2011.04.17 初出
2011.09.18 サブタイトルを変更してみました




[12088] ジオンの姫 その33 包囲網を破れ!
Name: koshi◆1c1e57dc ID:9680a4fa
Date: 2011/06/19 20:54


宇宙世紀0079年 10月 北米東岸の某所


「避難民は引き取ります。ホワイトベース、モビルスーツについてはなんの決定も知らされておりませんので、現状のままです」

ホワイトベースの救援のためかけつけたはずの補給部隊を率いるマチルダ・アジャン中尉は、なりゆきで暫定的にホワイトベース艦長をつとめるブライト・ノア少尉に対して、あくまで事務的に告げる。

「しかし、マチルダ中尉、わかりません。なぜ僕らも船も現状のままなんですか?」

マチルダのミデア輸送部隊は、たった数機の大型輸送機のみをもって護衛もつけずに敵の防衛網を突破、ジオン占領下の北米大陸の奥深くまで侵入し、ホワイトベースに貴重な物資を届けてくれた。ブライトとしては、マチルダに対していくら感謝しても足りないくらいだ。ルナツーを出航以来ジオン軍から執拗な追撃をうけ続けているホワイトベースとしては、敵地のど真ん中での孤立無援の戦いの中で、やっと出会えた味方なのだ。

しかし、だからこそ、単なる補給と避難民の引き取り以外の支援をしようとはしない連邦軍本部に対して、ブライト等が半ば失望したのも無理はない。敵地でエンジンのオーバーホールは無理だとしても、ホワイトベースとモビルスーツが連邦軍の切り札だというのなら、物資の補給だけではなく、大幅に不足している正規クルー、せめてパイロットや艦橋要員の補充だけでもして欲しい。ましてや、アムロ達民間人にしてみれば、このまま自分達も安全なところまで連れて行って欲しいというのが本音だった。

「レビル将軍は、ホワイトベースが現状の戦闘を続けられるのなら、正規軍と同じだと言っています。今は連邦軍だって、ガタガタなのです」

だが、そんなホワイトベースのクルー達の本音を聞かされ、さらに実際の艦の状況を自分の目で確認したにもかかわらず、マチルダの声は事務的なままだった。

「ジャブローからの支援はこれが精一杯だと考えて下さい。……私の部隊がここまでたどり着けたのは、天候のおかげもありますが、なによりも運がよかったからです。あなた達の補給のために、いくつもの囮が犠牲になりました。さらに、帰りは我々自身がホワイトベースの囮になります。敵の注意が僅かでもミデア部隊に向けば、ホワイトベースがジオン勢力圏を抜け海に出られる可能性も高まるはずです」

「次の補給は……」と喉まで出かかった言葉を、ブライトは飲み込む。ため息をつくしかない。

「ともかく、連邦軍にもあなた方を見捨ててはいない人がいることを忘れないでください。北米さえ脱出できれば、ジャブローまで逃げ切ることも可能でしょう」

無責任とも感じられるマチルダの物言いに、ブライドはあきれている。言った本人すらも、さすがにこれは希望的観測にすぎると感じているのだから、無理もない。

おそらくはジャブローへの恨み辛みを、口の中だけでぶつぶつつぶやき続けるブライトの肩を軽く叩き、マチルダはブリッジからモビルスーツデッキへ向かう。彼女が命をかけて運んできた補給物資の積み込み状況を自らの目で確かめ、そして連邦軍のために命がけで戦っているパイロット達の姿を目に焼き付けるためだ。

人々が慌ただしく動きまわるモビルスーツデッキの中、何よりも先に彼女の目に飛び込んできたのは、若者が多数を占めるホワイトベースの乗員の中でも、あきらかに異質な雰囲気をまとう一人の男だった。背はそれほど高くはないが、がっしりとした体躯。連邦軍のスマートなノーマルスーツはお腹がきつそうで、正直言ってお世辞にも似合ってはいない。しかし、その鋭い眼光は歴戦の勇士を感じさせるものだ。統制もなく右往左往する若者達に大声で指示を出し、物資の搬入とモビルスーツの整備の陣頭指揮をとるおヒゲがかっこいい中年のおじさま。ランバ・ラルだ。

「ラルさん。助かります。あなたのおかげで搬入がスムーズに終わりそうです」

マチルダは、ラルに対して微笑みながら話しかける。ラルは正式には連邦軍の軍人ではないが、軍に協力的な、しかも自分より年上の民間人に対して礼儀ただしく接する程度の常識を、マチルダはそなえている。



「ふん。連邦軍も、善良な民間人をうたがう暇があったら、年端もいかぬ少年達にもっと支援をしてやってほしいものですな」

しかし、ラルは機嫌がわるかった。一般的な基準から言えばかなりの美女の範疇にはいるマチルダを前にして、ムスッとしたまま視線を合わせようとはしない。

つい先ほどまで、ラルは尋問を受けていたのだ。ミデアでホワイトベースに乗り込んできたのは、輸送や整備の専門家だけではなかった。連邦軍の秘密兵器にかかわってしまった民間人の素性をさぐるためにやってきた情報部の人間は、最も注意すべき人物としてラルにターゲットをしぼったらしい。あからさまではなくとも、スパイとして疑われ尋問されて不機嫌にならない者はいない。もっとも、ラルは本来は連邦の敵、ジオン軍の人間であり、まったく身に覚えがないというわけでもなく、潔癖だと抗議できる筋合いではないのだが。

「情報部の人間に失礼があったのならあやまります。しかしジャブローにはあなたを疑っている人間もいるのですよ。いくらテストパイロットといっても、民間人にしてはあまりにも戦い慣れていると」

もちろん、ラルは連邦軍の情報部などにボロを出すわけがない。ジャブローに対するアナハイムの工作もぬかりない、……はずだ。ラルとしては、アナハイムが連邦軍にラルの身を売ることはないと信じたい。

「モビルスーツの性能のおかげです。それに、これまでの撃墜数は私よりもアムロ君の方が多い」

なりゆきで連邦軍のモビルスーツに乗ってしまったものの、ラルはできるだけ目立ちたくはなかった。しかし、ホワイトベースは守らねばならない。そのためラルは、戦闘の際、アムロやカイ、ハヤトら少年パイロットに戦果をあげさせるべく、さりげなくサポートに徹してきた。赤い彗星をはじめとするザクの熟練パイロットを相手に、素人を被弾させること無く、しかも敵を確実に撃退するというのは、ラルの腕をもってしても至難であった。ここまで何とか生き残ってこれたのは、もちろん連邦軍のモビルスーツの性能がザクのそれを圧倒的に凌駕していたからだ。しかし、モビルスーツの性能以外にも決定的な要因があることを、戦闘の中でラルは身をもって感じていた。

勘、あるいはセンス。

パイロットに必要とされる資質は、操縦技術だけではない。度胸や経験ももちろん重要だ。だが、極限状況の殺し合いにおいて最後の最後にものをいうのは、うまれついてのセンス、言い換えれば勘の良さであろうと、ラルは思っている。その「勘」にかんして、明らかに突出している味方がいる。アムロだ。素人揃いのホワイトベースのパイロットの中で一番、ではない。ラルの知るジオンのパイロットをすべてと比較しても、あのシャアと比較してさえ、あきらかに傑出しているように思えるのだ。

まったくの素人パイロットが、短時間でここまで強くなれるものなのか。実戦慣れしているラルの戦闘を間近にみたアムロは、あっという間に彼と同様の戦闘機動を自分のものとした。敵味方が入り乱れる戦闘の中、指示をだすラルの意志を的確に汲み、味方との連携を完璧に決めて見せる。そしてなにより、戦闘を重ねるにつて目立ち始める、敵の動きを先読みしているとしか思えない動き。あの赤い彗星すら翻弄するアムロ少年こそ、もしかしたらキシリア殿がこだわっていたニュータイプというものなのかもしれない。



「あの少年ですね」

ガンダムの足下にたち、ボーッとマチルダを眺めている少年。マチルダが振り向くと、とっさに視線をさげる。マチルダは、ふたたび微笑みながら、ラルに正対する。

「ラルさん。軍人である私が民間人のあなたにいうのもおかしな話ですが、少年達をたのみます。あなたの力なら、彼らを守ることができるはずです」

もし、ラルが偶然にもホワイトベールに乗り込んでいなかったら。……その仮定は、想像するだけでマチルダに恐怖を感じさせる。

正規パイロットがすべて失われた状況において、もしラルがいなければ、いかにガンダムやガンキャノンの性能がザクを圧倒していたとしても、所詮素人でしかないアムロら少年パイロット達が赤い彗星の攻撃から逃れられるとは思えない。よくて地球降下以前にすべての機体を喪失し、母艦は撃沈。最悪の場合、ホワイトベースと搭載する新型モビルスーツはジオン軍に鹵獲され、実戦に投入される前にその対抗策が講じられてしまったかもしれない。ジャブローの連邦軍司令部がもくろむ宇宙での大反攻作戦は、その実施すらおぼつかない状況におちいっていただろう。

だが実際には、サイド7からルナツー、そして北米大陸にいたる逃避行の中、ガンダム、ガンキャノン、そしてガンタンクの各モビルスーツとそのキャリアであるホワイトベースは、連邦軍初のモビルスーツ部隊の名に恥じぬ戦果をあげていた。開戦から約10ヶ月、ジオンの新兵器モビルスーツの猛威の前に為す術がなかった連邦軍は、ついにザクと対等以上に戦える武器を得たと言っても良い。その最大の功績は、素人達を的確に導いたラルにあることは、誰の目にもあきらかだ。もっともそれは、目立った戦績をあげたくはないというラル本人の望みとは裏腹ではあったが。

ブライトやラルにすら詳細は知らされてはいないが、ホワイトベースや各モビルスーツの戦闘データは、マチルダ隊と共にのりこんできた専門家により徹底的に収集され、予備的な分析の後、既に複数の方法によりジャブローに向けて送信されている。

ジャブローや他の連邦軍拠点においては、既に量産型モビルスーツの大量生産が始まっている。促成ではあるものの、パイロットの育成も同時に始まっている。ホワイトベースとガンダム、ガンキャノンが、あの赤い彗星を含む強力な敵との実戦によって得た各種データは、モビルスーツ運用ノウハウとして連邦軍にとって計り知れない益をもたらすだろう。

マチルダは思う。レビルを含む連邦軍高官達は、ホワイトベースやガンダムそのものの生還よりも、その実戦データをこそ重視しているかもしれない。撃破されるまでひたすら戦い続け、正規パイロットを育成するためのデータ収集の犠牲になれ、と考えている可能性さえある。そして、連邦軍全体を考えるのなら、それは正しいのだろう。

しかし、軍人でもない少年少女達を最前線で戦わせるのは、連邦軍人として、いや大人としてしのびない。我ながら青臭いとも思うが、それがマチルダの本音だった。



「ふっ、……はっはっは。あなたのような美人に頼まれると、断れませんな。しかし、あなたが直接声をかけてやった方が、少年達には効果があるとおもいますよ」

ラルの軽口に、マチルダは一瞬微笑みかける。しかし、彼の言葉の中には軽口以外の要素が多分に含まれていることに気いたのだろう。彼女は直ぐに表情を引き締めた。

「そんな。……いっ、いえ、そうですね。そうかもしれません」

そしてマチルダの顔は、軍人のものから女のそれにかわる。そのままラルに軽く会釈をして、彼女はアムロのもとにむかう。

ラルの視線の先で、見るからに繊細で神経質そうな赤毛の少年が、精一杯背筋をのばしてマチルダに相対し、二言三言ぎこちなく会話を交わしている。だが、おそらく初めて接する大人の「女」を前にして、少年の視線は定まらない。となりにいる少女が敵意のこもった視線でまっすぐにマチルダを見つめているのとは対照的だ。

「アムロ、命がけでよくみんなを守ってくれました。ホワイトベースが無事なのは、あなたのおかげです」

マチルダの凛とした声が、ラルの耳にまで聞こえる。

少年は、「そっ、そんな」「マチルダ中尉にくらべたら……」などと、しどろもどろに答えるしかできない。女はそんな少年の肩に手を置き、顔を近づける。少年が目を丸くして、顔を赤くしながら、半歩下がる。硬直したアムロの目の前でマチルダは微笑む。そして、まるで内緒話のように、彼の耳に息がかかる距離で、彼だけに聞こえるようつぶやく。

「あなたはエスパーかもしれない。がんばって」

マチルダの唇の動きがそう言ったように、ラルには感じられた。

ふっ、連邦軍の女性士官、なかなかやるではないか。

願わくば、ジャブローで再会したいものだ。アムロ君のためにも。それが難しいことを理解していてもなお、ラルは願わずにはいられなかった。



マチルダを中心として若者達が集合写真をとった後、ミデア輸送機はさっていった。すでに、パイロット達はコックピットの中で配置についている。

「アムロ君、いつまでぼーっとしている。マチルダ中尉の臭いでも思い出しているのか?」

ラルがアムロに話しかける。モニター越しにも、アムロが狼狽しているのがわかる。図星だったのだ。

「敵も補給を済ませたはずだ。夜明けと同時に来るぞ」

「……ラルさん」

「ん?」

「ラルさんは、何のために戦っているのですか?」

ほう。一見して戦いとは無縁にみえるマチルダ中尉が命をかけてホワイトベースに来たのをみて、自分はなぜ戦っているのか、あらためて自分に問いかけているというところか。

大人の女におだてられ、せいぜい舞い上がって積極的に戦いにのぞんでくれれば上等だと思っていたが、なかなかどうして侮れないじゃないか、少年。いいぞ、成長が早い。それでこそ教育のしがいがある。

「家族を養うため、……いや、他に生き方をしらんからな」

ラルの表向きの立場は、あくまで「たまたま艦に乗り込んだアナハイムのテストパイロット」である。したがって、模範解答は「ホワイトベースのみんなを守るため」であろう。だが、そんな上っ面の答えなど、この少年はもとめていない。故に、ジオン公国軍人としての彼の本音を、ラルは答える。

「ラルさんにご家族がいるんですか」

「ああ、妻がいる。籍は入れていないがね。君のような子を欲しがっている。……アムロ君は何のために戦っているのだ?」

「戦いたくて戦っているわけじゃありません。最初は死にものぐるいで。その後は命令されたからしかたなく。でも、本当は戦うのが恐くて、殺すのも恐くて……」

「恐いのは当たり前だ。わしだってこわい。恐くてたまらん」

ラルの本音である。決して戦いは嫌いではない。どちらかと言えば、戦いの中に生き甲斐を見つけるタイプかもしれない。だが、だからといって死ぬのが恐くないわけではない。自分の任務を果たせずに死ぬことは恐ろしい。なによりも、死んでしまえばそれ以上戦えない。

「ラルさんが? なぜ逃げないんですか?」

アムロから見て、つねに余裕しゃくしゃくの大人に見えるラルが「こわい」と言うのは、意外だったのだろう。さらに、逃げる気になればいつでも逃げられそうな彼が、恐いと認めた上でホワイトベースに留まっているのも、やはり不思議だったのかもしれない。

「言ったろ。わしが戦わねば、家族は食っていけん。それに、ハモンは戦っているわしが好きだと言ったのでな」

「……たった、それだけの為に?」

「戦うのがいやならば、逃げ出せば良い。誰も君を止める余裕などないだろう」

「僕だけが逃げ出すわけにはいきません。フラウ・ボゥを守らなきゃならないし。それに、セイラさんやマチルダさんが期待してくれているのに……」

「ふっ、はっはっは!」

ラルはおもわず吹き出してしまった。小僧こそ、それだけの為にか?

「そうか、女のためか。いいぞ、アムロ君。たたかう理由などそれで十分だ。それでこそが戦士だ」

これから命をかけた戦いに出向く戦士の口から吐き出されるにしては、あまりに軽い調子の言葉にアムロは面食らっていた。ラルの言葉は、まったく理屈になっていない。だが、歴戦の勇士然としたヒゲのおじさんの言葉は、妙に説得力があった。アムロをして、悩むのもばからしいと思わせるほどに。

自分で言ってしまってから、ラルは気づく。自分はこんな軽口をたたくような人間だったか。つい数瞬前まで、ラルはアムロにもっと真面目な話をするつもりだったはずだ。自らの戦う理由に悩む天才肌の戦士見習いに対して、戦場の厳しさ、戦いに敗れるという意味などを教え込むつもりだったのだ。

……もしかしたら、自分はある人物に影響されてしまったのかもしれない。あの、モビルスーツが大好きな少女に。戦場を支配するほどの圧倒的な力をもちながら、決して戦いの中に屁理屈など決して持ち込まず、ただ自らの闘争本能に従うだけの小さな美しい野獣に。

ならば、いつの間にか自分を洗脳してしまった、あの少女の皮をかぶった野獣の精神を、目の前の少年にもわけてやろう。それでアムロ少年が悩みから解放され、ホワイトベースが生き残る可能性が高まるのなら、やすいものだ。

「アムロ君、君ならば、私よりも強くなれる。それだけじゃない、あのシャアにも勝てるかもしれない。君は赤い彗星を倒したくはないか? ……それが戦う理由にはならないかな?」

「ぼ、僕が、シャアに?」

執拗にホワイトベースを追撃し、何度もアムロを窮地に追い込んだ敵の名を出され、アムロの表情が硬くなる。

「ああ、君ならやれる。私はそう踏んでいるのだがね」

もちろん、ダイクン家への恩を忘れたわけではない。だが、現状でラルにとって重要なのは、ホワイトベースにいるアルティシアを守る事であろう。シャアがアムロに負けるようであれば、奴はそこまでの男だったのだ。少なくとも、キャスバルの手によってアルティシアが傷つけられるという最悪の事態よりは、はるかにましだ。

「ぼくは、シャアと、……あなたに勝ちたい」

アムロが小声でつぶやく。いい目だ。一人前の男の顔だ。本当にハモンが気に入るかもしれない。

ブライトから発進の命令が下る。ラルはひとつ深呼吸して、パイロット達に声をかける。

「いくぞ」




同日同所 ジオン軍木馬追討部隊

「目標の推定地点上空に到達しました」

華やかな摩天楼をはるか彼方に望む内陸の小都市近郊、徹底的な爆撃により廃墟と化した元連邦軍基地の上空を、長い飛行機雲を引きずりながら3機の巨大な機体がゆっくりと通り過ぎてゆく。ジオン軍がほこる新鋭機動巡洋艦ザンジバルと2機のガウ攻撃空母だ。

「木馬はどこだ」

ガウの番機のブリッジ、討伐部隊を指揮するキシリア・ザビ少将が、あきらかにいらだちながら声を張り上げる。

「発見できません。ミノフスキー粒子濃度がたかく、レーダーがほとんど使えません。……いえ、飛行物体発見、百二十七度。超低空です。はっきりしませんが、速度と赤外線パターンからみて、おそらく輸送機でしょう」

「ちっ。夜間に補給を許したのか。モビルスーツを積み込んだ可能性もある。ガウ2番機は輸送機を追え」

キシリアの命令に従い1機のガウが進路を変更、ミデア輸送部隊を追うコースにのる。直後、キシリアにあてレーザー通信がはいる。発信元は、ザンジバルの艦長、シャア・アズナブル大佐だ。

「閣下、補給を受けた後の木馬の戦力が不明です。しかも、輸送機が単なる囮だった場合、追跡にむかったガウの黒い三連星が戦力として無駄になってしまいます。ここはガルマ様に救援を求めるべきかと」

「フン、これしきの事で。国中の物笑いの種になるわ」

キシリアは、あくまで自分のちからで木馬を沈めることにこだわっている。シャアはこれ以上の説得をあきらめ、現状における最善の策をとる。

「……木馬は地上の瓦礫に紛れている可能性もあります。私が地上に降ります」

「たのむ。なんとしても木馬をみつけるのだ、シャア」

「はっ。勝利の栄光をキシリア閣下に!」




ホワイトベースは、爆撃のため半壊した雨天野球場のドームの下にいた。

「ブライト、ガウと巡洋艦からザクが降りてくるわ」

外部を見張っているミライが叫ぶ。それをうけ、ブライトが命令を下す。

「よし、アムロ、ラルさん、ザクが来る。モビルスーツを外に出せ」

「了解」

「二人がおとりになって、ホワイトベースの前におびきだしてくれ。カイのガンキャノンとガンタンクは、前に出て砲撃準備だ」




ザンジバルのブリッジにおいて副官のマリガンがその電文を受け取ったのは、モビルスーツデッキに向かうため、シャアがキャプテンシートから立ち上がろうした瞬間だった。

「大佐。ズムシティの総司令部より緊急通信です」

「ん? みせてくれ」

それは通常の命令とは異なるなるものだということを、マリガンは本能的に感じ取っていた。その電文は、物理的な経路としては、他の命令と同様にいくつかの衛星と地上基地を経由してザンジバルに届いたものだろう。しかし、その内容は極秘の上、最優先。マリガンがコンソールから得られる情報をみるかぎり、通常の指揮命令系統を無視して、ズムシティから直接シャアに命令が下ったもののように見える。キシリア閣下を経由せず、さらに地球降下軍や突撃機動軍を飛び越えて、首都の総司令部からいち巡洋艦の艦長であるシャア大佐に直接命令がくだるなどということが、あり得るのだろうか?

命令は、コンピュータによって復号されてもなお、意味のない単語の羅列でしかない。意味が理解できるのは、ズムシティにいる発信者とシャアだけなのだろう。マリガンは、表情をかえることないよう必死に努力しながら、機械的にメモをシャアに手わたす。仮面の下に隠されたシャアの表情は、読むことができない。

「……マリガン、キシリア様はああ言うが、ガルマ様に救援要請をしてくれ。私の名前でな。頼む」

マリガンの心中の疑念はさらに深まる。今から要請しても戦闘には間に合わないのではないか? いや、問題はそこではない。シャア大佐は、キシリア閣下の命令を無視するというのか?

マリガンはあらためて、仮面の向こう側に隠されたシャアの表情をのぞき込む。それだけシャアは木馬を評価しているということなのだろうが、まるではじめからキシリア閣下による木馬追討が失敗することを見越しているようではないかと、マリガンには感じられた。それどころか、キシリア閣下の身になにかあったとき、それでも最善は尽くしたようにみせるための、これはシャアによるアリバイ作りではないのか?

「マリガン。……君はこの通信を取り次いだことも忘れた方がいい」

まったく前触れ無くとつぜん浴びせられたシャアの冷たい声を聞いた瞬間、マリガンは背筋が凍り付く思いがした。

「いっ、意味がわかりませんが」

「君のために言っている。いいな」

シャアはそれ以上なにもいわず、マリガンに有無を言わせぬままブリッジを出て行く。マリガンは黙って見送る以外、なにもできなかった。




ザンジバルとガウから射出されたザクが、おとりに出たガンダムをめがけてマシンガンを発射する。

「みつかった!」

雑音混じりのスピーカから、アムロの叫びが聞こえる。

「おちつけ、アムロ君。君が乗るガンダムならば、ザクごときにやられはしない。私がカバーするから、囲まれないよう気をつければいい」

アムロと組んでいる限り、ラルはザク程度には負ける気がしなかった。

そもそも、本気でホワイトベースを撃破したいのなら、ジオンはザクなどにたよらず航空機により攻撃をすべきなのだ。単独の戦艦による、しかもレーダーがつかえない状況での対空砲火など、たかがしれている。そして、いかにガンダムが大パワーを秘めた兵器だといっても、大気圏内の機動力の勝負になれば、絶対に航空機にかなうはずがない。多数の航空機によって、対空砲火の届かないアウトレンジから長期戦覚悟で気長に攻撃を繰りかえされれば、低空を飛ぶしかないホワイトベースは手のうちようがないのだ。それをしないのは、サイド7から追ってきたザンジバルと、ガルマ・ザビの北米司令部がうまくいっていないということなのだろう。

シャアも苦労しているのだな。ラルは、かつての同胞に同情の念を抱かざるを得ない。……だが、今はそれを利用させてもらう。

ラルのキャノンが、ガンダムを狙うザクに対して、射程外から威嚇の砲撃をかける。当たらないのは承知の上だ。

「アムロ君、そちらにいったぞ」

「了解」

ザクは、一瞬ラルに気を取られ回避運動をおこなう。そこに、ガンダムのビームライフルが一閃。ザクは一瞬にして巨大な火球にかわる。

さすがだな。勘がいい。目に見えて上達してる。

シャアに対する対抗意識が、良い結果を出しているのかもしれない。少年から男に成長しつつあるというところか。ハモンに会わせたら、本当にあんな子が欲しいと言いそうだ。




「ええい、いったい何機のザクがやられたのだ」

ザクを狙撃したばかりのガンダムにむけ、シャアはバズーカを撃つ。しかしアムロは、まるでそれを予期していたかのように、華麗に回避する。

「くっ、白いモビルスーツめ、やるようになった」

もともとモビルスーツの性能には大きな差があった。しかし、サイド7の戦闘時には、操縦技術や戦術という点ではド素人だったはずだ。それが、たった数日で信じられない程上達している。なにより、赤いモビルスーツとの連携が、敵ながら見事だとしか言いようがない。実戦の中で鍛えられているということだろう。

だが、それでもやはり、一対一での駆け引きはまだまだ素人だ。百戦錬磨の赤い彗星を出し抜くのは難しい。人間はそれほど便利にできてはいないのだ。ホワイトベースの前面にジオン主力を誘い出すというアムロ達のもくろみは、シャアによってあっけなく見破られていた。




「やるな、連邦のモビルスーツめ。我々をおびき出すつもりか。ということは木馬はうしろだな」

アムロの進行方向とは逆の方向に、シャアはカメラを向ける。半壊した雨天野球場。その壁の隙間から、砲口をこちらに向ける木馬が見える。

「なるほどいい作戦だ。ここで木馬の力を借りて仇討ちをさせてもらうか。……いや、キシリア閣下が死んで、なにもかも総帥の思い通りになってしまうというのもおもしろくないな。うおっ!!」

シャアのザクの脇を、ビーム砲の光条がかすめる。ガンダムとホワイトベースに気を取られるシャアに対し、後ろからラルがしかけたのだ。

「ちっ、避けたのか? さすが赤い彗星。だが、これまでだっ! アムロ君!!」

シャアが体勢をくずすのを予期していたかのように、アムロが振り向く。そしてジャンプ。一気にザクに接近し、空中からシャアにビームライフルを向ける。シャアは回避運動を行うことができない。

「くう、私としたことが」




「見えた。ヤザンナ様、キシリア閣下のガウ」

ドダイのコックピットの中、シーマが叫ぶ。ザンジバルからの救援要請を受信するまでもなく、ヤザンナのグフを乗せたドダイは、まっすぐに戦闘空域に向かっていた。

「連邦軍相手に苦戦しているみたいね。……助けてあげなくちゃ」

ヤザンナの口元がつり上がる。

さて、どうしようかねぇ。シーマが思考を巡らせる。

まさか、いくらなんでも直接ガウを撃ち落とすなど、できるはずがない。これからキシリア閣下を襲うかもしれない不幸な出来事は、あくまでも連邦軍の攻撃、あるいは戦場にありがちな「事故」によって、引き起こされなければならない。絶対にヤザンナが疑われない状況にもっていくためには、どうすればよいか。

「えっ……あれは?」

回線を通じて、ヤザンナの声が聞こえる。シーマが目をこらした先に見えるのは、白いモビルスーツ?

信じられないことに、モビルスーツが空を飛んでいる。そして、ライフルを構えたその先には、体勢を崩した赤いザク。

ふっ、あのシャアが追い込まれているとはねぇ、……敵はよっぽど手強いらしい。

「ヤザンナ様、敵のモビルスーツは強力です!」

モビルスーツ同士の戦いに味方を巻き込んでしまう可能性について、あえてシーマが言及するまでもなく、その意志はヤザンナにも通じているはずだ。

「わかってるって!!」

間髪入れず、ヤザンナからの返事がかえってくる。同時に、ドダイが大きく揺れる。ヤザンナのグフが飛び降りたのだ。グフは、白いモビルスーツにむけてまっすぐに降下していく。

シーマは、ヤザンナが連邦のモビルスーツに敗北する可能性など、微塵も考えてはいない。ヤザンナ様が適当にあしらうだけで、あの白いモビルスーツはあっという間に撃墜されるだろう。その際、不幸な味方、要するにキシリア閣下のガウが巻き添えになるかもしれないが、そんなことは戦争では良くあることだ。仕方がない。



もちろんヤザンナも理解していた。連邦軍のモビルスーツとの戦闘など、真の目的を果たすためのついでに過ぎないということを。……ドダイから飛び降りるその瞬間までは。

モニタにうつる白いモビルスーツの姿が、徐々に大きくなる。

あれは、……やはり。

ヤザンナは、ザクと史上初のモビルスーツ同士の戦闘を行った連邦軍のモビルスーツについて、あらかじめ知っていたはずだ。前世の記憶はあったが、あえて意識せぬよう努力していたのだ。だが、あらためてそれを目にした瞬間、本能が理性をねじ伏せる。前世から執念が、野獣の本能が、ヤザンナの体を支配する。連邦軍の白いモビルスーツ、ガンダムを前にして、ヤザンナの体から闘争本能以外のもの一切が失われる。

蛍光ピンクのグフが、いまだ空中のガンダムに躍りかかった。

「ガンダムかぁい!!!! 手込めにしてやるわ!!!」




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なかなかお話が進みませんが、つぎは戦闘に入れると思います。


2011.06.19 初出





[12088] ジオンの姫 その34 キシリア散る(1)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:5ea45d7a
Date: 2011/08/13 00:38
「シャア大佐のザクが、連邦のモビルスーツと戦闘にはいったようです」

ガウ攻撃空母のブリッジ。麾下のモビルスーツ部隊は、すでに地上の木馬のモビルスーツとの戦闘に入っている。慌ただしく飛び交う副官やオペレータの声をよそに、キシリアの心は戦場とは別のところにあった。



自分は今、政治的に非常に危険な状況に立たされている。

ドズルの死にキシリアが関わっていたことは、共に事件に巻き込まれたヤザンナが生き残ったことにより、すでに総帥周辺、軍や政府の中枢に知られてしまったことは間違いない。コロニー落とし作戦の失敗の裏にキシリアの策略があったことも、ランバ・ラル経由で決定的な証拠を握られている可能性がある。いまやキシリアの命運は、ギレン総帥の心ひとつにかかっていると言ってもよい。

キシリア機関の報告によると、ダルシア・バハロ首相はすでに議会と内閣を反キシリアでまとめてしまったらしい。あの狸のことだ。あわよくばザビ家に内紛を引き起こし、祖国を共和制に復帰させる切っ掛けとすることをも視野に入れているのだろうが、総帥と公王が彼を信頼している以上キシリアにはどうしようもない。

さらに軍内部においてさえ、本国政府の国防部はもちろん、実戦部隊にももはやキシリアの味方はほとんどいない。最大戦力であるソロモンを拠点とした宇宙攻撃軍などでは、ドズルの影響力が大きかったこともあり、公然とキシリアの更迭を要求する者さえいるときく。いまや軍で信頼できるのは、グラナダにいる突撃機動軍の一部だけだろう。キシリアの策としては、自らの城ともいえるグラナダに篭る手もあるが、それではジリ貧を招く可能性が高い。時間がたてばたつほど内部から切り崩され、孤立してしまう。かといって口実もないまま艦隊を動かせば、完成間近の「システム」の試射の的にされかねない。

総帥は、もともと妹の存在など政治的には歯牙にもかけていなかった。キシリアが自らをダイクンの後継者と任じ、内に秘めた理想を実現すべく数々の陰謀を実行することができたのは、すでに独裁者としての地位を固めつつあったギレン総帥から政敵とみなされていなかったからだ。口惜しいことに、いや幸運なことにそれは今でも変わらない。だが、そんな総帥とて、議会や軍から強い圧力があれば、将来の禍根を断つべく妹を排除に動いても不思議はない。公王はそれを止められないだろう。



だが、まだ負けが決まったわけではない。キシリアが現在いるのは地球である。彼女が地球に降下したのは全くの偶然であるが、しかし総帥の手はここまでは届かない。

ガルマならば、あの優しい弟ならば、本国に背いてまでキシリアにつかないにしても、いきなり後ろから撃たれることはあるまい。さらに、地球にはマ・クベ中将がいる。彼が地球降下部隊の司令官に任じられたのは、キシリアの強い意向がはたらいたおかげだ。地球降下作戦直前、首相からマ・クベに対してなんらかの接触があったらしいという報告が気がかりだが、あの優男はキシリアを裏切ることはできないだろう。

木馬と新型モビルスーツを発見したのは幸運だった。さらにそれを追っての地球降下は、偶然とはいえ天の配剤だったかもしれない。連邦の最高機密であるモビルスーツを奪取できればよし。それが無理でも、木馬追跡を口実に地球にとどまっている限り、本国の連中はキシリアには手を出せない。地上戦の経過によっては、ガルマの庇護のもとで身を隠し、いつか再起をはかることも可能だろう。場合によっては、ジオンを売りわたしジャブローに亡命するという手もある。

そしてなによりも、だ。……私のもとには赤い彗星がいる。シャア・アズナブル。キャスバル・ダイクンがいる限り、あの聡明でプライドの高い坊やが味方である限り、この程度の窮地はどうにでもなるにちがいない。

ふっ。

キシリアは、自らの思考回路が導きだした結論に満足し、それを正しいこととして無理やり受け入れる。

甘い! わずかに残された正気の部分が、自分自身に対して激しい警報を発している。なにもかもが、あまりにも能天気で楽観的にすぎる。総帥はそれほど甘くはない。

そして、なぜそこまでシャアに頼る。いま最も有効なのは、公王を頼ることだ。自分からドズルの件を詫び、政治的な敗北を認めれば、命まで取られることはないはずだ。理性がそう囁く。

だがキシリアの感情の部分は、理性による警告に耳を貸そうとはしない。自分は、たとえ絶体絶命の状況の中にあっても、論理的な思考ができる人間であるはずだ。結論は間違ってはいない。必死にそう思い込もうとする。私は冷静なのだ。




「かかった!」 アムロが叫ぶ。

装甲が厚いラルのガンキャノンが囮となり、遠距離から牽制の攻撃。敵モビルスーツがそれを回避、あるいは反撃しようと態勢が乱れた瞬間をねらい、ガンダムの大パワーを活かしてアムロが一気に接近、一撃でしとめる。

この作戦は、敵のモビルスーツ部隊がホワイトベースを探すため分散していることを見て取ったラルの指示によるものであったが、ここまでは完全に成功している。戦闘に参加している両軍のモビルスーツの数と性能、パイロットの腕から考えて、これを地道に続けている限り、アムロ達が負けることはないだろう。そして一機ずつザクをかたずけ、最終的にガウやザンジバルをホワイトベースの射線上に誘き出せば、それで戦闘は終わる。

そして今、空中を飛ぶアムロのビームライフルの射線上には、最後のザクがいる。その赤いザクは、ラルの攻撃により態勢が崩れ、ガンダムの狙撃を回避できない。

「シャア、かくご!」

アムロの指が引き金にかかる。




先に気づいたのは、アムロではなくラルだった。

戦場の上空には、廃墟となったビルの瓦礫に紛れ込んだホワイトベースやモビルスーツを探すため、ガウやザンジバルの他にも数機の航空機が飛び回っている。ビームライフルによる狙撃をおそれ高空をうろうろ旋回しているそれらとはことなり、悠々とまっすぐに戦場に侵入する重装備の機体が現れたのは、ほんの数分前のことだ。

新手か。爆撃機? 撃ち落としてくれと言わんばかりの高度だが、背中にモビルスーツを載せているのか? 蛍光ピンク……だと??

ラルはモニタを食い入るように見つめる。最大望遠だ。

……まさか、そんな。

困惑の中、ラルの胸中には複数の感情が絡み合う。

まずこみ上げるのは歓喜。ご無事だった。本当に生きていた。ジオンが配信するTV画像をみてもなお、ラルは疑っていたのだ。あのザビ家のことであるから、戦争が終わるまでは国民に人気の姫の死を隠し通すくらいの事はしてもおかしくない、と。

だが、笑顔はすぐに悲痛なものにかわる。ノーマルスーツの中を冷や汗が流れおちる。それは、命の恩人と戦わねばならぬという、己が運命への呪い。

そして同時に背中を駆け抜けるのは、恐怖だ。圧倒的な捕食者に狙われた獲物が感じる恐怖。そう、いまのあれは、敵なのだ。

さらにラルは気づく。俺の体はいま、震えている。恐怖だけではない。まことに度し難いことに、ラルの闘争本能はいま、あの野獣と本気で戦える喜びに打ち震えているのだ。ラルは自らの理性を最大限に動員し、闘争本能を沈めようとする。




そのモビルスーツは、ごくごく自然の動きで、地上で一歩を踏み出すがごとく重爆撃機の背中から飛び降り、そして戦場にむけて落下を始める。降りていく先には……。

「アッ、アムロ君! 逃げろ!! 逃げるんだ!!!」

「えっ? でも、シャアが……」

「シャアなんて放っておけばいい!! 今すぐ逃げろ。死ぬぞ!!!」

アムロの眉間で何かが光る。感じるのは、野獣が発するすさまじい殺気。同時にコックピットに鳴り響く衝突警報。反射的に上空警戒用のカメラを見たアムロは、ラルの警告がすでに間に合わなかったことを知る。




前触れもなしに、上空からモビルスーツがふってきた。そのピンク色のモビルスーツは、空中でライフルの発射態勢をとるガンダムの後ろにまわりこみ、頭頂部を両手の平で抱え込む。頭部に配置された各種センサーを鋼鉄の指で破壊しながら、背中にとりつく。

「ガンダムかぁい!!!! 手込めにしてやるわ!!!」

高空より落下したグフの運動エネルギーを空中でもろに受ける形になったガンダムは、激しい衝撃とともに姿勢を崩したまま強制的に落下させられる。グフは、そのままガンダムに自らの質量と運動エネルギーをあずけ、下方向に向けて叩きつける。仰向けで大地に激突したガンダムを、グフの巨体が踏みつける形で着地する。

「ぐはっ、……ううっ」

凄まじい衝撃。アムロは息ができない。いくつもの警告メッセージがディスプレイの中で乱舞する。

「……なっ、なにがおこったんだ?」

激しく乱れた前面モニタがなんとか復帰すると、そこにはモビルスーツのどアップ。しかも、蛍光ピンクだ。

ザクじゃない?

ピンク色のグフは、ガンダムを片足で踏みつけながら、モニタ越しにアムロを見つめているようだ。そして、ゆっくりと左腕をもちあげ、コックピットに向ける。ほぼゼロ距離、アムロの眼前に巨大な機関砲の砲口がにぶく光る。

「せっかく頑丈で高性能機なのに、まだ乗りこなせていないみたいね。でももうすこし骨がないと、目眩ましにもつかえないわ……。バイバイ」

アムロは眼をつむる。装甲越しにひびく機関砲の発射音。凄まじい振動がシートを通じて体を揺さぶる。アムロは死を覚悟する。

だが、ピンク色のグフの殺意は、アムロには向けられていなかった。

数秒後アムロが眼をあけたとき、モニタの中の敵モビルスーツの機関砲は、あらぬ方向にむけて炎を放っていた。アムロ絶体絶命のピンチをラルが見過ごせるわけもなく、照準も定まらぬまま牽制のビームを放ち、当たり前のようにそれを避けたヤザンナが応射しているのだ。

「いっ、今のうちに」

アムロは一瞬で覚悟を決める。ガンダムが、その大パワーをいかしてグフをはねのけ、同時に背中のスラスターを全開。少しでも距離を取るために、上方に飛ぶ。

「残念。ザクとはちがうのよ!」

それでもアムロは、窮地を脱することができない。一気に飛び上がろうとしたガンダムに向け、ヤザンナは態勢を崩しながらも右腕のヒートロッドを打ち込む。

「まだ子供の間合いだわ」

そして、間髪入れず電撃。

「うわーっ!!!!」

「モビルスーツの性能を活かせないなら、そこで寝てなさい」

電撃により操縦系が麻痺、さらにパイロットが失神してもなおそのスラスターの巨大な推力で上方に飛ぼうとするガンダムを、ヒートロッドごと空中から引きずり落とし、その反動をつかってヤザンナは一気に飛ぶ。目標は、赤いキャノン付きだ。



「きっ、来た。ヤザンナ様」

ラルは瞬間的に自問する。ガンダムを守るため、俺は反射的に撃った。撃ってしまった。ガンダムは俺の味方だからだ。ならば、あのピンク色の機体は敵か? 敵なのか? 自分は、ヤザンナ様を撃てるのか?

しかし、ラルはわかっている。自分のこの葛藤は杞憂でしかないと。たとえラルが撃ったとしても、当たりはしないのだ。現に、葛藤にゆれる理性とは裏腹に、ラルのパイロットとしての本能は自動的に攻撃モードのスイッチが入っている。迫り来る蛍光ピンクのモビルスーツに向け、すでに何度もビームライフルの引き金を引いている。しかし、連邦軍の誇る火器管制装置とビームライフル、そしてラルの腕をもってしても、それはヤザンナにはあたらない。ヤザンナは、宇宙戦と同様に全身のスラスラーを駆使して360度ランダム機動をおこないつつ、しかも盛大に多数のフレアを撒き散らかしながら、ビルすれすれの高度を超高速でラルに迫る。

「正確な射撃! でも、予測しやすいのよね」

レーダが使えず、いくつものフレアの光でセンサーが役に立たない状況で、空中から振り下ろされたヒートサーベルをラルが避けられたのは、偶然に過ぎない。とっさに頭部をかばった腕があっけなく切り落とされ、発射直前だったビームライフルの暴発により一瞬ヤザンナの視界が遮られたのだ。

グフはそのまま着地、姿勢をたもったまま両足を地面に滑らせ高速でガンキャノンの脇を通過。ラルは振りむきざま、肩のキャノンをグフがいると思われる方向に向ける。距離が近すぎるが、この敵はゆっくり照準する時間などくれる相手ではない。そして前も見ずに引き金を引く。同時に振り向くはずのグフが、腕のガトリング砲をこちらに向ける前に。

だが、ヤザンナの機動はラルの予想を超えていた。矛盾した言い方になるが、予想を超えるだろうことこそ、ラルが予想したとおりだった。

ラルのガンキャノンは、ビルの壁を背にしていた。ラルの横を高速で駆け抜けたヤザンナは、ビルの壁に蹴りをいれて機体を強引に停止。そのまま振り返り、腰を地面までおとす。振り向いたラルの放つキャノンが頭上すれすれを通過すると同時に、ガンキャノンの懐ふかくに入り込む。そして、ヒートサーベルを地面から上に向け振り上げる。

……心胆寒からしめるとはこのことか。

あと一歩、いやほんの数十センチ間合いが深ければ、ラルの肉体はコックピットごとヒートサーベルで焼かれていたに違いない。ヤザンナのサーベルの切っ先は、ガンキャノンのハッチを深々と切り裂いた。ラルの目の前にあったモニタや操縦系統は、綺麗さっぱりなくなっている。太陽の光がコックピットをてらす。風とともに外気が流れこむ。溶けかかった装甲の隙間から、敵のモビルスーツが直接みえる。

ピンク色のグフが、至近距離からガトリング砲をこちらに向ける。すでにガンキャノンは操縦不能。脱出用のコアファイターも機能しないだろう。だが、ラルはホッとしていた。

やはり、かなわないのか。だが、自分はまだ生きている。アムロ君やホワイトベースが逃げ切れるかどうかが心配だが、降伏すれば命まで取られることはないだろう。アルテイシア様に関しては、無理を承知でヤザンナ様におすがりするほかあるまい。キシリア・ザビやガルマ・ザビに見つからぬうちに、なんとしてでもキャスバル様の元で匿われるよう話をつける。自分はそのために生き残ったに違いない。

ラルはヘルメットを外す。半ば溶けたままの装甲の隙間を、熱さを我慢しながら無理やり両手で押し広げる。そして、目の前のピンク色のグフに向けて顔をあげる。さて、自分を見て、あの姫はどんな顔をするだろうか?





「あああ、ヤザンナ様、何をやってるんだい!」

あっという間にガンダムとガンキャノンを無力化してしまったヤザンナをみて、シーマは頭を抱えている。

「目的を果たす前に戦闘が終わってしまっては、ここまで来た意味がないじゃないか!!」

それに、……これではキシリア閣下の手柄を横取りしたかたちになってしまう。

そう、笑い話ではないのだ。今回の木馬討伐作戦は、キシリアにとっては政治生命をかけていると言ってもよいものだ。それは、司令官である弟ガルマの介入すら拒むほど、彼女にとって深刻なものだったのだ。にもかかわらずの、手柄はすべてヤザンナにかっさわられてしまった。姪であるヤザンナとて、いや、ザビ家の一員であるヤザンナだからこそ、幼子の無邪気さではすまされないだろう。

ここでヤザンナ様がガウを撃ち落としてしまえば、ザビ家の内紛につながるであろう禍根は完全に絶たれるはずだったのだ。それができなくても、せめて手柄をキシリアに譲っておけば、当面の破局は免れたかもしれない。単なる先送りに過ぎないとしても、だ。

しかし、こんな状況になってしまっては、キシリアは生き残るためになんでもやるだろう。最悪、非正規部隊をつかった暗殺、グラナダ艦隊によるクーデターや、ガルマを巻き込み地球降下部隊ごと連邦軍への寝返りだってやりかねない。そしてそれは遠くない未来、連邦との戦争が終わる前の可能性が高い。ザビ家は本格的な血で血を洗う内紛に巻き込まれ、当然ヤザンナは(ついでにシーマも)、キシリアにとって味方にはなりえない。

しかたがない。シーマは胸の中でひとつ決断をくだす。

ここで決着をつけられなかった以上、ヤザンナの安全を守るためには、力づくでもキシリアから引き離さねばならない。断言してもよいが、ガルマ様、あのお甘いおぼっちゃんは、いざという時にキシリアの苛烈さを止められない。もっとも安全なのは、公王の庇護をうけられる本国か……。

「……まぁ、こうなるんじゃないかと思っていたけどね」

ため息をつきながら苦笑いしているシーマの心中を知ってか知らずか、ヤザンナから新たな指示が飛ぶ。

捕虜収容のために着陸しろって? そんなことはザンジバルに任せておきなよ。……はいはい、わかりました。すぐに降りますよ。

垂直離着陸可能なドダイの巨体が、ゆっくりとグフの前に降下していく。


つづく

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ちょっと短めで中途半端なところで終わってしまいましたが、つづきは数日中に。

なぜか理屈っぽい上にくどいいいまわしになってしまいます。もっとスマートな文章を書こうと心がけてはいるのですが、難しい。

2011.08.13 初出
2011.08.13 いくつかのセリフを追加




[12088] ジオンの姫 その35 キシリア散る(2)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:78879059
Date: 2011/09/19 00:44
「敵モビルスーツは無力化されました」

「よし、よくやった! さすがは赤い彗星だな」

キシリアは思わず声をあげる。

ザクをはるかに凌ぐ連邦の秘密兵器、新型モビルスーツを手に入れることができたのだ。総帥も本国の連中も、さすがにこの戦果を無視することはできまい。キシリアの当面の危機は回避されたといってもよいだろう。

しかし、オペレータの報告にはつづきがあった。

「2機とも撃破したのはヤザンナ様のようです」

キシリアの眉がつりあがる。

「ヤザンナ……だと?!」

それは、オペレーターの明るい声とは対照的な、氷のように冷たい声。

いつのまに? いったいどこから現れたというのだ、あの子は。これでは、……これでは私の手柄ではなくなってしまう!

興奮したキシリアをいさめるかのような絶妙なタイミングで、副官が静かに告げる。

「閣下」

「なにか!」

キシリアがいらだたしげに声を荒げる。しかし副官の言葉は、キシリアを驚かすにたるものだった。

「お取り込み中しつれいいたします。本国より緊急通信がとどいております。突撃機動軍の最優先コードです」

キシリアの直接息のかかった者は、本国政府や国防部、公王府内にも数多い。彼らが、政府内のなんらかの動きを検知したというのだろう。総帥の親衛隊によってキシリアが厳しく監視されているこの時期に、本来の軍の指揮系統を無視しての、しかも本国との直接通信など、常識的に考えればあり得ないことだ。それだけ緊急を要する事態だというのだろう。

キシリアは、理性を総動員し、無理矢理冷静さを引き戻す。そして、副官から手渡されたレシーバーを耳に押し当てた途端、彼女のこめかみが引きつった。

「こっ、公王が直接、私に召還命令だと? もうサインはされたのか?」

ばかな。そんな命令は意味がない。

キシリアは、自分に対する命令そのものに対して憤ったわけではない。この状況におけるその命令の意味が、本気で理解できなかったのだ。

まず、なぜ総帥ではなく父上なのだ。たしかに公王は軍の最高司令官ではあるが、実質的にギレンに実権をわたした隠居状態であり、それはジオン軍人すべてに知られていることだ。総帥からの命令ならばともかく、公王の指示をキシリアが無視して独自な行動をとったとしても、それを直接いさめられる者は、少なくても地球降下部隊や突撃機動軍にはいないだろう。その程度のことは、総帥も公王も理解しているはずだ。

そして、なぜ突然このタイミングでただの召還命令なのだ。その点もキシリアは理解できない。彼女が理由をつけて帰国を引き延ばせば、それまでではないか。たとえ情報を封鎖したとしても、時間がたてばいずれグラナダも事態を知ることとなり、なし崩し的にジオン軍は二つに分かれることになる。それは父上とて望むところではないはずだ。

総帥はこのことを知っているのか? ギレンとキシリアに対して中立的な立場をとる公王の命令ならば、キシリアも従うと考えたのか? いや、これは総帥の意思とは関係ない公王の独断だろう。あの総帥や首相が、私を失脚させるためとはいえ、肉親の情にすがるような生ぬるい手を使うとは考えられない。そのような甘い予想の元に動くはずがない。彼らはキシリアの性格を熟知している。さらにキシリアの私兵としてグラナダに無視できない戦力が存在する以上、穏健な形での左遷などもはやありえないことを理解している。そのうえ、連邦という強大な外敵が存在するのだ。キシリアを失脚させるのならば、グラナダを完璧に押さえた上で、電撃的に、そして徹底的に、法的にも軍事的にも絶対に反撃不可能な形でしかけてくるはずだ。最悪、暗殺だってありえるだろう。

まったくもって不合理、理にかなっていない公王の命令に直面して、キシリアの中に混乱が広がる。本国の、いや父の意図が理解できない。

だが、答えはすぐに得られた。それは、キシリアのまったく想像しない、理解の範疇を超えたものだった。

「……ばかな! ヤザンナから私を引き離すためだと? 本当に公王がそう口にしたのか?」

公王の声を直接聞ける立場の者の中にさえ、キシリアの手の者は紛れ込んでいた。半生をかけて政府内部に人脈を作り上げてきたキシリアの努力が、こんな形で報われるとは彼女自身思っていなかったが、今はそれどころではない。

わざわざ公王に対して、ヤザンナが死にかけた件の真相をご注進におよんだ者がいるというのか。さらに、今現在もキシリアによってヤザンナの身は危険にさらされていると。キシリアを召還し拘束しない限り、ヤザンナの安全は保てないと。……いったい誰が? 

いっ、いや、問題なのはそこではない。まさか公王が、それを真に受けるとは。そして孫を溺愛するあの老人は、孫をいじめる娘を説教するために地球から呼びつけたというのか! はるか数十万キロかなた月の裏の宇宙空間まで。

総帥や首相、あるいはドズルの部下であった軍高官による政治的な攻撃であれば、キシリアは対処する覚悟ができていた。しかし、このような不合理で唐突で感情的で子供じみた老人の戯れ言への対処など、さすがのキシリアも予想もしていなかった。

どうする? もともとグラナダの戦力によるクーデターは選択肢としてあった。しかし、キシリアの戦力はあくまでも劣勢であり、電撃的に総帥を倒した後の権力の掌握は、公王による仲裁を期待するはずだった。その公王が敵になるとは……。別の選択肢として、地球の戦力をもって連邦軍に寝返るにしても、公王まで敵となったキシリアを、ガルマやマ・クベ、他の兵達が支持するとは思えない。さらに、連邦との取引は、公王とのパイプが前提となるだろう。そう、ギレンに対抗するためキシリアが考えていた方策は、すべてが公王が中立であるという前提で構想されていたものだ。甘いと言われればそのとおりだが、もともと戦力に乏しい彼女としては致し方ないことだ。

いっそ召還に応じてしまうか? 公王の命令に従うのならば、総帥も手出しはできない。そして、父上が相手ならば、少なくとも殺されることはないはずだ。

しかしキシリアは首をふり、自分の思いつきを否定する。だめだ。総帥がこの状況を利用してどう動くのか、予想ができない。それに……、それよりも、その後わたしは死ぬまでギレンに怯えながら、日陰で生きていくことになる。そしてヤザンナ、あの子は一生私を許さないだろう。私は、あの子に対して一生負い目を感じて生きていくのか。そんなことが、……そんなことが私にできるはずがない!




キシリアが通信して時間は、せいぜいほんの数分間のことだった。しかし、キシリアに与えた困惑と動揺、そして怒りは大きかった。ブリッジに誰も居なければ、レシーバーを床にたたきつけていたかもしれない。

正式な命令が本国から届く前に対処を決めねばならない。キシリアは自らを落ち着かせるため、ひとつ深呼吸をする。副官は、一瞬だけキシリアが示した激情に、気づかぬふりをしている。とりあえずは、目の前の連邦のモビルスーツを手に入れることが先だ。戦況を確認するため、ブリッジの中をみわたす。

ふと、地上に向け降下していく爆撃機が目に入る。彼女が率いている部隊にはあのような機体はいなかったはずだ。脳裏にいやな予感がよぎる。

「……あれは?」

「ヤザンナ様のモビルスーツを搭載してきたガラハウ少佐のドダイです。連邦軍のモビルスーツを回収するおつもりなのかもしれません」

馬鹿な! 回収だと!?

キシリアは、かつて自らがシーマ・ガラハウ少佐に下した命令を忘れてはいない。キシリアの手によって死にかけたヤザンナとガラハウが、この状況でこの場所に現れ、キシリアが手に入れる筈だった連邦軍の最高機密を奪おうとしている。キシリアの手柄を根こそぎ横取りしようとしている。これが偶然などであろうはずがない。

「いっ、いかん。連邦軍のモビルスーツは、我々が回収するのだ」

キシリアの声が甲高く裏返る。

またか! またしてもヤザンナか!!

それが逆恨みでしかないことは、自分でも理解している。

ヤザンナがすなおに地球に落下していれば、……あの子がドズルと共に死んでいればすべてが上手くいっていたものを!

血のつながった姪っ子に対して、しかもまだ幼い娘に対して抱くにはあまりに不条理な逆恨みだと十分に理解していてもなお、キシリアはそう考えずにはいられない。

キシリアは、自らの部隊に対し、矢継ぎ早に指示をとばす。

「ガウを降下させよ。一刻も早く、ヤザンナよりも先に敵モビルスーツを収容するのだ」

「しっ、しかし、木馬がまだ発見できません。うかつに近づいては、反撃のおそれが……」

「かまわん。シャアに回収させよ。ザクを収容可能な高度をとれ」




ガンダムとガンキャノンが、突然あらわれたピンク色の敵モビルスーツによりあっという間に無力化された様子は、雨天野球場に隠れたホワイトベースのブリッジからも見えた。

「ブライト! アムロとラルさんが!!」

舵を握りしめながら、ミライがさけぶ。

「ラルさん、アムロ、大丈夫ですか? 返事をしてください! アムロ! おねがい!!」

セイラはインカムに向かって叫び続ける。

「セイラ、ふたりから返事は?」

「だめです。ガンダム沈黙。ガンキャノン大破」

ブライトの問いに、セイラは沈痛な声で答えるしかない。

「くっ、なんだ、あのピンク色のモビルスーツは? パイロットは、アムロとラルさんは無事なのか?」

「ラルさんは機体から脱出した模様。アムロはコックピットの中で失神しているようです。赤い彗星がガンダムに近づいています」

「いっ、いかん。主砲、メガ粒子砲、正面に照準。敵モビルスーツにむけて発射用意だ」

ブライトの命令が砲塔に伝達された直後、ブリッジにミライの悲鳴がひびく。

「ひっ!! ブライト! 前!!」

ミライが指さす先を見て、ブライトは絶句する。ピンク色の敵モビルスーツが、ホワイトベースの真正面、半壊したビルの屋上に仁王立ちしている。アムロとラルをあっという間に無力化したあの敵が、巨大な機関砲をブリッジに向けている。さらに、その向こうには、ガウ。高度と速度を極限までおとした巨大な攻撃空母が、ハッチを開きながら迫ってくる。

口の中で降伏という単語を反芻しては飲み込むブライトに対し、セイラが告げる。

「敵モビルスーツから通信が入っています。艦長と話がしたいそうです」





「シャア大佐が白いモビルルーツを収容します」

オペレータの報告に対し、キシリアがうなずく。連邦のモビルスーツの解析と称して、召還の前にグラナダにもち帰る手もあるか。敵モビルスーツの性能によっては、時間稼ぎ以上の結果につながる可能性もあるな。

「よし、速度おとせ。収容準備」

ガウはハッチを開き、モビルスーツ収容のためのワイヤーを下ろす。

「輸送ヘリはヤザンナよりも先に赤いキャノン付きを回収するのだ。ヤザンナには私が直接はなしをつける。木馬の捜索もつづけ……」

「閣下!!」

キシリアの話を遮りながらオペレータがさけぶ。ありえないことだ。だが、その尋常ではない雰囲気に、キシリアも事態の重要さを一瞬で理解する。

「なにか?」

「正面! 木馬です!!!」

なに? キシリアは必死で目をこらす。正面には、ヤザンナのモビルスーツが仁王立ちしている。その向こうには、半壊した巨大なドーム。中にあるのは、……戦艦とモビルスーツ? 主砲をこちらにむけている??

「木馬です。木馬が隠れていました」

キシリアは息をのむ。すべての砲がこちらをむいているのが見える。喉の奥から悲鳴が漏れるのを、必死でこらえる。

「う、撃て! ビームで木馬を撃て! はやく!!」

「しかし、木馬とガウの間には、ヤザンナ様が!」

冷静さを装う努力をかなぐり捨て、絶叫するかのようにさけぶ。

「ヤザンナなどかまわずに撃て!! ……いっ、いや、ちがう、このままではヤザンナも木馬に狙われてしまう。その前に、あの子を助けるために撃つのだ!! わかるな?」

副官は一瞬だけ口を開きかけるが、意思の力を総動員してそれを無理矢理に飲み込む。少なくとも表面上はいつもどおりの表情をくずさぬままに、キシリアの命令を忠実に実行に移す。

彼は、メガ粒子砲を正面にむけるよう命じる。そして、照準も定まらぬまま、それを承知で発射命令を下した。上官の言外の意図をも忠実にくみ取ることが副官の仕事だと、自分に言い聞かせながら。同時に、天に祈る。自分が発射を命じた砲撃が目標をはずれることを祈ったのは、彼が軍に入っていらい初めてのことだった。




「ん? シャアはどこへ行ったんだい? さっさと回収しないから、白い奴が動き出したじゃないか」

ヤザンナが倒したキャノン付きのパイロットを収容するため降下しつつあったシーマ・ガラハウは、もう一機の敵モビルスーツがゆっくりと立ち上がるのを見た。電撃のショックからやっと立ち直ったらしい。

……まぁ、問題ないか。雨天野球場に隠れている木馬は、ヤザンナ様によってうごけない。母艦が降伏すれば、あのモビルスーツもおとなしくなるだろうさ。そもそも、あのパイロットがヤザンナ様に勝てるはずがないしねぇ。

だが、視線がガンダムの向こう、低空で迫るガウに向いた瞬間、シーマの呼吸がとまる。

メガ粒子砲! やめろ! 正面にはヤザンナ様がいるじゃないか!!

ガウが、本来味方であるはずのガウが、キシリア閣下の乗っているガウが、あろうことかヤザンナにメガ粒子砲を向けているのだ。ガウに背を向けているヤザンナは気づいていない。

「ヤザンナ様! ガウが!!」

叫ぶと同時に、シーマは操縦桿を倒す。

ガウのメガ粒子砲の砲口が発光を始める。まさか、本当に発射するというのか。

ドダイはもはや降下ではなく墜落するかの勢いで、ガウとグフの間に割って入る。

まさか、……まさか、こちらよりも先に、しかもあからさまに仕掛けてくるとは思わなかった! 

目の前で、ガウのメガ粒子砲が発光している。合計8条のビームの輝きが、シーマに向かって迫る。

くっくっく、私としたことが、キシリア閣下を甘く見ていたとはね!!

シーマが最後に見たのは、視界いっぱいに広がる輝くビームの光。そして、ガウのブリッジの向こう、おかしなマスクをした一人の女。

「平気で味方を後ろから撃つ、このド汚さ。……さすがはザビ家の長女だねぇ。私なんかは足下にも及ばないよ」

妙なところに感心しながら、シーマは笑っていた。

うん、なかなか楽しい人生だった。ありがとうよ、ヤザンナ様。負けるんじゃないよ!

いったい何がおこったのか。ヤザンナがそれを理解したのは、ドダイが爆発した直後のことだった。



まだ続く

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またしてもちょっと短めになってしまいました。

次回は、アムロとヤザンナのリターンマッチの予定です。

2011.09.19 初出




[12088] ジオンの姫 その36 キシリア散る(3)
Name: koshi◆1c1e57dc ID:78879059
Date: 2011/10/23 20:52


しまった!!

自分の盾になる形でドダイが爆発、撃墜された瞬間、ヤザンナはすべてを理解した。そして、ランバ・ラルとの再会と敵戦艦に気をとられ、キシリアへの警戒を怠っていた自分を悔やむ。

振り返ったその目に映るのは、今まさに二射目のメガ粒子砲を放たんとするガウ。ヤザンナは、正面から迫るガウのブリッジをにらみつける。それは距離を超え、グフとガウの装甲をも超えて、中の人間を直接射殺す火のような視線。舌なめずりをひとつして、自然に口元がつり上がる。腕のガトリング砲をかまえ、背中と脚部のスラスターに点火。

「味方に向けて撃ったのかぁ! キシリア! すぐに殺してあげるから、じっとしてるのよぉ」

最大パワーでジャンプする直前、通信機から聞き覚えのある声がヤザンナをとめる。

「ヤザンナ様! ……いけません」

瞬間、ヤザンナは激高する。

「止めないで、ラル大尉!!」

ランバ・ラルは、静かに語りかける。

「止めません。止めませんが、……ガンダムが目を覚ましたようです」

ヤザンナは、一瞬にしてラルの言いたいことを理解する。そして、深呼吸して頭を冷やす。

自分の手を汚すなというのね。でも、あの白い奴、使えるの? ……そうね。ラル大尉がそこまでいうのなら、試してみましょうか。




ラルの言うとおり、ようやくアムロは目をさましていた。

コックピットの中に異常は無いようだ。ガンキャノンは? ホワイトベースのみんなは?

アムロは首を振り、周囲を確認する。

シャアを含め、敵モビルスーツは近くにはいない。すぐ後ろから、超低空でガウの巨体が迫る。主翼のメガ粒子砲が、ホワイトベースのいるはずの方向にビームを向けている。

半壊したガンキャノンは正面。そしてホワイトベースの目の前には、……あのピンク色のモビルスーツ。

「やらせるか!」

アムロの意識は一瞬にして覚醒。同時に、本能がアムロにつげる。もっとも危険なのはガウじゃない。あのピンク色の奴だ。

ガンダムは飛ぶ。仲間を助けるために。自分を遙かに超える敵を倒すために。




「なっ、なんだ? 仲間割れか?」

ドダイが爆発した瞬間、ブライトの目は文字通り点になった。いったい何が起こったのか、とっさには理解できなかったのだ。

驚くべきことに、ガウはピンク色のモビルスーツの存在を無視して撃ってきた。そして、ジオンの爆撃機を撃ち落としてしまった。あっけにとられているブライトの耳に、セイラの叫びが飛び込む。

「アムロ! アムロ! 目を覚ましたのね。よかった」

次の瞬間、無力化されていたはずのガンダムが飛ぶ。ホワイトベールの目の前に仁王立ちのピンク色の敵モビルスーツに対して襲いかかる。ブライトの理性が、やっとのことで息を吹き返す。

「いっ、いまだ。主砲、メガ粒子砲発射用意。ガンダムを援護だ。ミライ、エンジン全開、外に出るぞ」




一度はこてんぱんにやられた敵をふたたび目の前にして、アムロは自分でもおどろくほど冷静だった。ガンダムは、そのパワーに物を言わせた猛烈な加速とともにグフに迫る。アムロには、周囲のすべての物がゆっくりに見えた。自分の周りの時間の進み方が遅くなったかのような不思議な感覚。

敵モビルスーツの機関砲が、轟音とともにガンダムに向けて火を吹く。しかし、アムロは初速秒速数キロにも達する弾丸の軌跡さえ、その目にみえるような気がした。より正確にいえば、グフのパイロットの意思が読めていたのだ。発射のタイミングと照準の方向さえ読めれば、ガンダムの機動性をもってすれば避けるのは難しいことではない。

正面にはホワイトベースがいる。ビームライフルは使えない。

「ええい! どうせあと1回ぐらいしか 撃てないんだ」

アムロは、躊躇無くライフルを捨てる。そして、空中を飛びながらビームサーベルを引き抜く。




「思い切りのいいパイロットだわ」

ヤザンナの口元のゆがみが大きくなる。幸か不幸か、アムロは目の前の敵が自分の評価を改めたことを知らぬまま、まったく減速せずに間合いに突っ込む。そして、袈裟懸けにグフにきりかかる。

なんというすさまじい速度。アムロは、ガンダムの潜在力をフルに引き出しつつある。これだけ機体性能に差があっては、いかにヤザンナといえど、いかんともしがたい。間一髪のところで、ヤザンナはサーベルを盾でうける。マウントされたガトリング砲ごと、左腕から盾がむしり取られる。

「このおっ!」

ヤザンナが叫ぶ。



「いける!」

アムロは、おもわず声に出す。

ピンク色のグフに対して初めて攻撃ができた。敵の動きが読める。さっきは手も足も出なかったけど、今度は、……やってやる。




しかし、それでもまだヤザンナには余裕があった。

「ふん、少々勘がいいようだけど、このヤザンとグフの組み合わせから逃げられるかしら? 本気でいくわよぉ!」

本気! ヤザンナは自分で発した言葉を反芻する。そう、この体になってから、本気で戦うなど初めてのことだ。おもわず全身の血が熱くなる。脳内麻薬が大量に放出されているのがわかる。一気に体がほてる。

「いっくわよー!」

その瞬間、ビームサーベルを振り切ったガンダムの半身は、グフから見て横を向いていた。ヤザンナは、右手のサーベルで腹のコックピットをめがけ、突く。覚醒しつつあるアムロの直感は、それさえも読み切る。ガンダムの体をひねり、間一髪で避ける。だが、ヤザンナの突きはとまらない。何度も突く。突く。突く。

「ほらほら、いつまで逃げられる?」

ガンダムは体勢を立て直す暇すら与えられない。コックピットに座って数日しかたっていないアムロとヤザンナとでは、くぐってきた修羅場の数が違う。瞬間毎の敵の意思を完璧に読み、さらに常人離れした反射真剣を発揮しているアムロといえども、相手の動きの二手三手先のさらに先まで予測し余裕をもって戦っているヤザンナが相手では分が悪すぎる。むしろ、ここまでヤザンナの攻撃をかわしているだけでも奇跡的だ。

だが、それもいつまでも続きはしない。アムロは徐々に追い込まれていく

「もっと速く反応してくれぇ」

アムロの反射神経に追いついていけないガンダムの操縦系が、ついに悲鳴を上げはじめる。




アムロを救ったのは、キシリアのガウだった。ホワイトベースめがけて超低空で飛ぶガウが、ビルの上で戦うふたりをかすめたのだ。

ガウを避けるためやむを得ず、ヤザンナは一瞬攻撃をとめる。その隙をアムロは逃さない。ガンダムはふたたび飛ぶ、グフと距離をとるために。ガウの機首をかすめ、上空へ舞い上がる。ヤザンナもアムロを逃がす気はない。グフも飛ぶ。

「じゃまをするなぁ」

叫びんだのはヤザンナではない。アムロだ。巨大なガウなど、アムロの眼中には初めからはいっていない。相手は、下から追ってくるピンク色の敵モビルスーツのみ。ガウよりさらに上の空中から、アムロはグフをめがけてビームサーベルを振り下ろす。

「目の前のデカ物を無視して、躊躇無く私をねらうなんて、……やるな、小僧!」

ヤザンナはサーベルで受け流す。だが、両者の駆るモビルスーツには、あきらなにパワーの差があった。信じられないことに、ガンダムは一度降下をはじめた機体を、空中にいるままスラスターの力で強引に再上昇させている。

グフでは空中のガンダムの機動についていけない。ヤザンナはガウのブリッジのすぐ上に着地。力任せに優位な位置をとったガンダムが、グフをねらって再び降ってくる。ガウのブリッジは、グフのすぐ後ろだ。

「かくご!!」

ヤザンナをめがけて、まっすぐにビームサーベルが迫る。ヤザンナの口元がゆがむ。そしてつり上がる。喉の奥から、……笑いがこみあげる。

「さあこいガンダム。狙いをはずすんじゃないわよ!!」

アムロには、グフのパイロットの声がきこえた。野獣のごとき狂気を感じた。ピンクのモビルスーツからどす黒い雲が広がるのが、みえたような気がした。

「なっ、なんだ?」

グフの周りにただよう「悪意」としか言いようのない雲は、確かに悪魔の姿に見えた。




「ブリッジ正面、敵モビルスーツが!」

ガウのオペレータが叫ぶ。連邦の白いモビルスーツが、キシリアの目の前、ブリッジをかすめて上昇していく。信じられないパワー。そして輝くビームサーベルを振り上げる。

ブリッジにいるすべての者が死を覚悟した次の瞬間、正面にピンク色のグフが立ちはだかる。

白い奴はまったく躊躇無く、ヤザンナに対して襲いかかる。一度はそれを受け流したグフが、ガウのブリッジのすぐ上に着陸する。ガウの巨体が大きく揺れる。

「ヤッ、ヤザンナ様だ。ヤザンナ様が守って下さっている。今だ、対空砲火、白いモビルスーツをねらえ!」

副官は、ヤザンナがガウを守ろうとしていると本気で思っていた。彼だけではない。ガウのブリッジ要員のすべてが、この戦場にいるすべてのジオン軍人が、ピンク色のモビルスーツは身を挺してキシリアを守ろうとしていると見えた。たった一人の例外を除いて。

『さよなら、おばさま』

キシリアには姪の声が聞こえた。確かに聞こえたのだ。そして、ピンク色のグフの周囲にどす黒い雲をみた。それはあきらかに悪魔の形をしている。

「ひぃ! ……にっ、逃げろ、逃げるんだ。いや、撃て、あのピンクのモビルスーツを撃て!!」

副官は、ついに自分の上官が狂ったか思った。そして、反論する。命をかけて。

「閣下、あれはヤザンナ様です。我々を守ってくれているのです」

「バカ者。聞こえないのか、あの野獣の叫びが! 笑い声が!」

キシリアには聞こえている。ヤザンナの野獣のごとき叫び声が。狂ったような笑い声が。。




ヤザンナの狂気を目前にしても、ガンダムの攻撃はとまらない。凄まじい速度の突きが、グフのコックピット狙う。

「もらった!」

アムロが勝利を確信した瞬間、ヤザンナは頭の上の脱出レバーを引く。

ベイルアウト。

コックピットのハッチが吹き飛び、ヤザンナはシートごと外に投げ出される。慣性の法則にしたがいグフにまっすぐ突っ込むガンダムの機体とは裏腹に、アムロの意識はビームサーベルをかすめて落下していく敵パイロットに注がれる。エアバックが展開され、パラシュートが開きかけている。

『ふふふ。あははは、さすがガンダム! やってくれるわ!!』

パイロットが、……小さい。女の子? 笑っているのか?




「ひゃははははは。……はぁ。ここは戦場だから仕方ないわよねぇ。さよなら、おばさま……」

ヤザンナの体はパラシュートによって地上に落ちつつある。すぐにランバ・ラルが救出してくれるだろう。ひとしきり笑った後、ヤザンナは黙る。そして咳き込む。肺の奥から何かが上がってくる。

……あれ? なんで? ちょっとあばれただけなのに。

決して叔母の死に感傷的になったわけではない。ガンダムとの戦闘で負傷したわけでもない。ただヘルメットの中が赤く汚れている。

血? えっ? なにこれ。

胸が苦しい。咳と嘔吐がとまらない。体に力がはいらない。



……完治したって、いったじゃない。




アムロの目の前で、ガウが巨大な光球にかわりつつあった。

周りの空間からはなにも感じない。野獣のような殺気もどす黒い狂気も、すでにどこかに行ってしまった。

あれは、なんだったんだ?

モニタから聞こえるセイラさんの声が、アムロを現実にひきもどす。戦場を脱出すべく加速しつつあるホワイトベースを援護しなければならない。ガンダムはふたたびスラスターを点火、ホワイトベースのデッキに向かう。

爆発の直前、ガウのハッチから赤いザクが脱出した事に、気づいた者はいない。




ヤザンナがベイルアウトした瞬間、キシリアの目の前、彼女とガンダムの間に遮るものは、無人のグフのみとなった。直後、ピンク色の機体を貫いたビームサーベルが、ガウのブリッジに突き刺さる。

「たっ、たすけて、たすけて、……キャスバル」

極限状況の中、キシリアの口から絞り出されたのは、幼い頃あそんであげた子供の名だった。



それは白昼夢。

死を目前にしたキシリアの脳内に放出された高濃度のアドレナリンがみせた、一瞬の夢。

それはあの禍々しい姪、ヤザンナが家族になる遙か前のこと。家族よりも大事な人との思い出。

どこかの豪華な屋敷の中。広い部屋。幸せそうに談笑する二組の家族。高価な絨毯の上ではまだ幼い子供達が子犬のように戯れ、大人達が微笑みながら歓談している。

自分は空中からそれを見ている。記憶をもとに再構成された第三者の視線。

否応なく目を引くのは、ひとりの少年。輝くような金髪に、整った気品のある顔立ち。賢く聡明で、幼いながらプライドの高い男の子。そんな少年を相手に遊んであげているのは、ちょっとだけ年上の少女。

あれは、まだ少女の頃の自分だ。

楽しそうな、それでいてどこか照れくさそうな、そしてちょっとはにかんだ笑顔。見守るのは少年の父親。自分はこんな少女らしい表情もできたのか。キシリアは、記憶の奥底に厳重に封印されていた幼い頃の自分の姿に驚く。

サイド3ムンゾの自治議会において、宇宙植民者の独立を目標とするジオン・ダイクンを首班とした政治勢力がついに多数派となり、連邦政府との交渉が正式にはじまってから十数年後のこと。経済制裁など連邦からの露骨な嫌がらせがつづく中、業を煮やしたデギン・ザビを中心とする強硬派と、穏健派に徹するダイクン一派の間に、政治的な緊張が高まりつつあった頃。それでも、成立間もない自治政府の安定と連邦政府につけ込む隙を与えないため、ダイクン家とザビ家は、表面上はお互い良き隣人としてつきあっていた。

キシリアは、子供の自分に対してもまじめに、スペースノイドの未来を熱く語るダイクンにあこがれていた。それが全く現実性のない理想論に過ぎないと理解できる年齢になってもなお、世の中にはそんな夢想家が必要だと考えていた。それを夢想だというのなら、現実を変えてやれば良い。理想を実現するためには裏の汚い仕事が必要だというのなら、それはザビ家が、いや自分自身が引き受けても良いと考えていた。なんとしてでも、ダイクンの力になりたかった。

無邪気に遊ぶキャスバル坊やは、その父ジオン・ダイクンによく似ていた。いや、自分の能力に絶対の自信を持ち、優柔不断さがない分、父親よりも聡明かもしれない。少女のキシリアは、今となっては赤面するしかないのだが、自分も子をなすのならこんな子を産みたいと考えていた。

理性や合理性とはかけ離れた激しい感情。ひとりの女としての本能的欲求。ダイクンへの想いは、いつしかその子への想いにかわっていった。




「たっ、たすけて、たすけてキャスバル!」

「閣下」

ガウのブリッジが火に包まれる直前、キシリアはありえない声を聞く。そして、振り向く。

そこには、赤い軍服の金髪の青年がいた。仮面をはずしている。

「……キャスバル」

「お迎えにまいりました。私のザクでにげましょう」

キシリアの体が自然に動く。シャアが差し出す手を握る。ブリッジからモビルスーツデッキへと、シャアに導かれるままについていく。

ガンダムのビームサーベルがガウのブリッジを貫いたのは、その瞬間だった。やがてガウは火に包まれ、光にかわりながら、ゆっくりと墜ちていく。




数時間後 ズムシティ某所

「キシリア……。ガウとともに爆死、か。自業自得とはいえ、惨いものだ。父上が唐突に召還命令など言い出さなければ、連邦に勝った後にザビ家の娘にふさわしい使い道を考えていたのだがな」

血のつながった妹の死、しかも自らが命令を下した結果としてのキシリア・ザビ戦死の報を受けても、この男は顔色ひとつ変えないのだな。

ジオン公国首相ダルシア・バハロは、総帥ギレン・ザビがある意味予想通りの反応しか示さないことに対して、内心ほっとしてる自分に気づく。もし目の前のギレンが妹の死ごときで苦渋に満ちた表情などしていたら、ダルシアは失望していたかもしれない。

「現地は混乱しているのだろう? 死体すら発見されないということだが、生きているという可能性はないのだろうな」

「すでにガルマ様により収拾されつつあります。いまだ捜索は継続しておりますが、おそらく報告に間違いは無いでしょう」

親衛隊の幹部が、ギレンに対して報告をつづける。

ギレンの側近中の側近のひとり、エギーユ・デラーズ大佐か……。ダルシアは、この男があまり好きではない。軍人としては優秀なのだろうが、あまりにもギレンに心酔しすぎているのだ。仮に、祖国の利益と総帥個人の利害が一致しない場合、彼はためらうこと無く後者を優先させるだろうと、ダルシアは確信している。

「グラナダはどうなのだ? よもや、公王による召還命令の情報が先に伝わり、先走った者達が決起の動きなどおこしてはいまいな?」

デラーズがこたえる。

「いえ、いまのところ平静です。仮に動きがあっても、すでに総帥のご命令通り、司令部と指揮系統の要所は押さえてあります。問題ありません」

「……功を焦り、単独で地球へ降下したあげく連邦軍との戦闘で死んだのだ。いかにキシリアに対する忠誠心にあふれる者でも、これをきっかけに本国へ反乱などおこしようがない、か」




デギン公王がキシリアに対して召還命令を発するなど、ジオン政府、あるいは軍の誰も予想してはなかった。絶対的な独裁者であるギレンにとってさえ、晴天の霹靂であったのだ。

たしかに、キシリアはギレンにとって強力な政敵であり、その処置についてギレンに思惑がなかったわけではない。だが、ギレンにとってそれは、もし刃向かうのなら実力をもって即粛正すればよく、おとなしくしている限りは連邦に勝利した後に家族で解決するべき課題、という認識でしかなかった。つまるところ、ギレンにとってのキシリアの脅威はその程度のものであり、キシリアと取り巻きが感じつづけた粛正への恐怖は、取り越し苦労でしかなかったのだ。

すなわち、キシリアが自分から暴発しないかぎり、少なくとも今次大戦がおわるまではザビ家の内紛など起こらないはずであった。だが、半ば隠居状態だったはずの公王に、いらぬことを吹き込んだ者がいる。あの老人はそれを真に受け、よりによって唐突に召還命令が発せられてしまった。キシリア本人はともかく、グラナダの取り巻きがそれを知れば、キシリア奪還のためにクーデターを引き起こす可能性すら予想される。

ギレンの決断は早かった。国家元首であり軍の最高指揮官である公王により正式に発せられた命令をもみ消すことは、ギレンといえども難しい。ならば、召還命令の存在をグラナダが知る前に、キシリアには「戦死」してもらう。

問題は、陰謀を実行する者である。キシリアは北米にいる。ギレンの手は直接は届かない。あのガルマに殺害させることなど不可能だ。

ヤザンナの地球落下直後、キシリアの弱みを握ってしまったシャア・アズナブルがギレンの元に庇護を求めてきたのは、いまから考えると暁光としかいいようがない。そのシャアがキシリアの側にいるのだ。これを使わない手はない。

結果だけをみれば、ギレンから直に命令をうけたシャアは完璧な仕事をしたことになる。キシリアのガウがあえて敵戦艦と正面から撃ち合うなどという馬鹿げた状況になったのは、側近のシャアがそのように誘導したのだろう。




「それにしても、……シャア・アズナブル、信用してもよろしいのですか?」

デラーズ大佐が、ギレンに向かって問う。

これはただの陰謀では無い。よりによってザビ家の長女の抹殺の命令である。万が一情報がもれた場合、ギレン総帥にとっても致命的なものとなる可能性すらある。そんな大事にパイロット上がりの若造を参加させるのは、総帥のためにはならない。デラーズの目がそう語っている。

「シャアについては、私はよく知っている。何か企んでいるのは間違いないだろうが、表向き命令に忠実ならばかまわんよ」

もともとドズルの部下であったにもかかわらず、そのドズルを殺したキシリアの元に平気でうつったシャアという男を、デラーズは好かないのだろう。その感情は、ダルシアにも理解できなくもない。しかし、たとえどんなに忠義をつくしても、さらにどんなに重要の秘密を共有した人間といえども、必要とあらば簡単に切り捨てるのがギレン・ザビという男だ。デラーズ大佐は、自分がいつ切り捨てられるかしれない危うい立場にいることを、自覚しているのだろうか?

むしろそうなれば良いと内心考えるダルシアに対し、ギレンが視線をむける。

「ザビ家の内紛がこんなかたちであっけなく終わってしまったわけだ。君としては残念な結果ではないのかな? ダルシア・バハロ首相」

軍や政府のキシリアに反感を持つ者を影からあおり、間接的とはいえ結果としてキシリアを追い詰めたのは、ダルシアである。ギレンはどこまで知っているのか? 背中に冷たい汗を感じながらも、すくなくとも表面上は平静をたもちながら、ダルシアはしずかに答える。

「……これで我が国は、連邦との戦争に専念できますな」

聞きようによっては、キシリアの死を望んでいたともとられかねないもの言いである。デラーズがぴくりと反応するが、ギレンはまったく気にしてもいない。

「そのとおりだ……。例の連邦のモビルスーツと新型戦艦の行方は?」

「キシリア様の撃墜による混乱で、取り逃がしたのことです。おそらくこのままジャブローに逃げ込むでしょう」

「やむを得んな。……このザビ家の騒動をきっかけとして、レビルは間違いなく動く。欧州が講和に応じる前に、モビルスーツを搭載した宇宙艦隊がジャブローから出撃するに違いない」

「ルナツー近傍以外の制宙権は、低軌道も含めてほぼ完全に我々のものです。おそらく、艦隊打ち上げを支援するため大規模な陽動が行われるでしょう」

「……ところで」

ダルシア首相が口をはさむ。連邦との決戦の前に、彼にはやるべき事があった。

「キシリア様の国葬は、いかがなさいますかな」

彼は知っていた。旧知の間柄であるデギン・ザビ公王が、彼の親族を次々と襲う不幸に心を痛めていることを。もし可能ならば、せめて彼がもっとも愛する末っ子と孫娘に、会わせてやれないものか。

「もちろん盛大に執り行う。ガルマの帰国は無理だろうが、ヤザンナを呼び戻すことは可能なのか?」




現在のヤザンナの状況について、ジオン国内において公式には『ヤザンナはキシリアを守ろうとしたがかなわず戦闘中に負傷』とされていた。民間のメディアに対しても、そのように公表されるだろう。

このうち『キシリアを守ろうとした』のくだりは、少なくともジオン本国で疑っている者はいない。ギレンやダルシアですら、それを本気で信じていた。問題は『戦闘中に負傷』の部分だ。軍と公王府により、情報の改ざんが行われている。

デラーズ大佐が、彼らしくない態度で、言いづらそうに口をひらく。

「ガルマ様によりますと、ヤザンナ様は再びご入院されたとのことです。戦闘によるお怪我ではなく、キシリア様を守れなかった精神的ショックと、その……」

「……例の病が再発した、と」

ヤザンナの病は、キシリアが原因といっても間違いはないはずだ。あの少女は、それを知らぬまま無邪気にキシリアを助けにいき、助けられなかったことにショックを受け、あげくにそれが原因で病が悪化したというのか。

圧倒的に強力な独裁者を相手に命をかけた政治的闘争の場に身を置くタフな政治家を自負するダルシアにとってすら、それはあまりにも哀れだと感じられた。

だが、それを聞いても表情を変えない者がいる。ヤザンナの叔父、ギレン・ザビ総帥である。

「……かまわぬ。明日をも知れぬというわけではないのだろう。多少無理でも本国に呼び戻せ。あれもザビ家の人間だ。ジオン国民の前に顔をみせる義務がある」

また国葬で戦意高揚というわけだ。やはりこの男には肉親の情などないのだな。そのブレのなさは、いっそ小気味よいほどだ。……そうでなくては、対抗しがいがない。

だが直後、ダルシアは失望することになる。彼には、ギレンが口の中だけで発したはずのつぶやきが、聞こえてしまったのだ。

『ヤザンナ……。せめて最後に、一目だけでも親父にもあわせてやらねばな』



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2011.10.23 初出





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