<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[11947] クリティカルヒットは勘弁してください(現実→wiz5)
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:55
 「つまらないなー人生って。」テレビの画像を眺めながら男が一人つぶやく。一浪して漸く志望の大学に入ったが、燃え尽きてしまい、碌に授業にも行かずゲームとネットサーフィンばかり。この山田次郎という男は典型的な駄目大学生として大学2回生の夏休みを磨り潰していた。好きな女に勇気を出して告白したのは前学期の最後の授業だった。結果は当然駄目。付き合う相手がいたならこのように部屋に引きこもってゲームなどするはずも無い……
「ホント、ゲームの世界にでも良けりゃ良いのにな。そうすりゃ勇者様になって華麗に世界の一つでも救ってやるのに。」ゆとり世代向けの至極簡単なRPGをやりながらつぶやく。
「しっかし、ホントこの頃のRPGは簡単だな。紙芝居見てる気になるぜ」
セーブポイントに付き、愚痴を言いながら一旦やめるために電源を切る。それと平行してスーパーファミコンの電源をいれ、最近嵌まっているいわゆるレトロゲームをやり始める。
「さてっと、モンスターメーカーでも始めるか」この男は昔ながらの難易度の高いRPGを詰まりながらやるのが好きないわゆる懐古主義者だった。
しかし、ちゃんと起動しない。端子とスーパーファミコンがなかなかうまく接触していないためだろう。何回も電源を入れたり、端子をフーフーしたりする。
「これさえなければもっといいんだけどな・・・・・・・」
真っ黒な画面を何回も見ながら試行錯誤する。っと画面がうまく出てきたようだ。





                「楽dasijijwefの神々の笑い声join ijiえkji」



「何だこのメッセージ。またバグか??」もう一度カセットを挿しなおそう。そう思い体を前のめりにする。
その瞬間笑い声が聞こえてくる。何事かと思い辺りを見回してもまるで異常は見られない。しかし、笑い声はもはや空気の波となり体全体を振るわせるほど大きくなっている。
「な、なんだこれ、何が起こってるんだ??くそ・・・・・」
やがてその笑い声は部屋全体を揺らすほど大きくなり、遂に山田次郎を意識をも奪った。暗転。



[11947] 第二話
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:55
山田は暗闇の中で目を覚ました。あたり一面が闇に染められている空間。明らかに自分の部屋ではない。周囲を見回し、再度驚く。自分の体だけが見える。まったく何がどうなっているのか判らない。自分の体に異常は無いかチェックする。よくある、夢であるかどうかの判定方法を思い出し、自分の顔をつねってみる。しっかりと痛みを感じる。落ち着こう、落ち着こうとするがまったく頭の混乱は直らない。
 「ふふふふっ」
 声が聞こえる!瞬間にそちらに目を向ける。しかし、まったく何も見えない。
 「おーい、誰かいるんですかー?」
 尋ねてみるが、しかし、暗闇から返ってくるのは笑い声だけ。
 「一体何がどうなってるんだ……」
「ふふ、君は幸運な人間だ。恐れ多くも神の一人が君の願いをかなえてくれるんだからね」
笑い声と同じ声でまた音が聞こえる。
「おい、誰かいるんだろ?隠れてないで事情を説明してくれ!ここはどこで、あんたは誰なんだ?」
「だから今説明している。ふふ、君は非常に幸運にも一柱の神によって願いを成就しようとしているところなんだよ。」
「一体何を言っているんだ!訳がわからん。とにかく、ここはどこなんだ!」
「話しは最後まで聞くものだよ。君は気が短いようだね。ふふ、ここはね、君の世界とある世界の境目。そして私は君の手助けをするための、まあアドバイザーののようなものだよ。」
「世界の境目??」次郎の頭にはまったく理解が出来ない。当然だった。
「そう境目。君は恐れ多くも神が直接奇跡を与える、その享受者になったんだ。つまり、君の『ゲームの世界に入りたい』という願いのね。つまり、ここは君がいた世界とそのゲームの世界の境目さ。」
「何を言ってるんだ?宗教の勧誘なら他のやつにやってくれ!」またもや理解不能な言葉だった。
「まあ、詳しい話は省こう、君はゲームの世界に入って生きてみたいんだろう?先ほどつぶやいていたじゃないか。」
次郎の背筋に寒気が走る。完全に一人しかいない自分のアパートの中での独り言、それを目の前の人間がしっている。精神衛生上に非常に悪い告白だった。
「なんでそれを・・・・・・」
声は答える。
「神様だからだよ。神はいつも情報を集めるために色々なところにおわす者さ。まあいい、今の君に何を言ってもまともには理解できまい。それが良く判った。」
声のみの狂人の言葉を鵜呑みするはずもない、次郎の態度は非常に常識的であった。
「さあ、そろそろ君を受け入れるための様々な事の準備が出来たようだ。」
「何を言っているんだ??とにかく家に帰してくれ!」
「声」が笑いを含んでいるような癇に障る音で返す。
「そう、きみはこれから家に帰るんだよ。新しい、ね。そこで大いに踊り、神々を楽しませてくれたまえ!」
「新しい?」
声はもう質問に答えようとはしない。一瞬まばゆい光が闇の代わりに世界を染めた。同時に次郎は凄まじい眠気をもよおす。意識が混濁する。

「そうそう、神に選ばれた君には特別な力が与えられる。一騎当六の力だよ。ふふふふっ。まさにギフトだよ。神から演者にたいするね」
「せいぜい長生きして我々を楽しませてくれたまえ!さあ、GKよ、彼を彼の地へ」


次郎は意識を飛ばしながら最後の「声」を聞いた………

 



[11947] 第三話
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:56
 「ううっ」
強烈な眠気からさめる。顔や腕がちくちくする。起き上がってみて、次郎は自分が藁の中にいることに気付いた。
「な、何だ次は??」一人ごち、辺りを見回す。
「ヒヒーン!」それに驚いたかのように馬が何頭も吠えた。
「こ、ここ馬小屋か??」馬自体は大学で何度か見たことがあるのであまりびっくりはしないが、なぜ自分がこのような場所にいるのか、それがわからない。自然、緊張し、馬小屋の中をそっと動き入り口を見つけ、そとをみる。レンガ造りの建物、瓦敷きの建築物、かと思えば今いる馬小屋のような粗末な木の小屋。訳のわからない世界での眠りから覚めると、そこはまるで中世ヨーロッパと江戸時代を合わせた様な珍妙な世界だった。
「なんだここ。日本・・・・・・・だよな。??」辺りを再度見る。なぜ、こんなところにいるのか。それが皆目判らない。落ち着くために深呼吸をしてみる。朝特有の清冽な空気を感じる。
見れば、朝日か夕日かが空にある。しかし、先ほどの空気の感じからいっても今は朝なのだろう。とりあえず、馬小屋からでて、辺りをもう一度見回す。幾人かの人間が道を歩いている。しかし、その人間がまた奇妙であった。耳がやたら長い人間や、子供のように体が小さいのに完全なおっさん顔の人間。髪の色も、金もあれば赤、黒もある。まったく日本らしくない。それでも、とりあえず、道を歩く人に声をかけ、ここがどこであるのか聞いて見なければなるまい、そう考える。
「あの、すいません」
背の小さなおじさん?にまず聞いてみる。
「すいません、ちょっとお聞きしたいんですがここはどこでしょうか」
突然声をかけられ、びくっとするおじさん。
「ここがどこか?あんた何言ってんだ??ここはリルガミンの街の目抜き通りさ。判ったかい?あ、さてはリルガミンは初めてなのか?」
「あ、ハイここに来たのは初めてで。」とりあえず、日本語は通じるようだから日本だろう次郎はそう思った。
「やっぱり迷宮目的かい?俺も若い頃ここにきてさ、戦士としてならしたもんさ!」
「そ、そうなんですか…」(迷宮?戦士?何言ってんだ??)
「ま、今はしがない鍛冶屋だけどな。まあ、とにかく生き延びれたんだから文句は言えねーよ。兄ちゃんも頑張って稼いでくれや。
あ、そうそう、ギルガメッシュの酒場はこの道をまっすぐいった左手にあるから。いい仲間見つけなよ!後、良ければ最初の装備はうち、ボルタック商店で買ってくれや。サービスするぜ。それじゃーな」
「あ、はい」
 とりあえず調子だけ合わせておく。オッサンが手を上げて振るの返しつつ見送る。
次郎はまさか、まさかと思いながらさっきの情報を整理する。間違いであって欲しいと思いながら。
昨日の声の、「ゲームの世界」、そしてオッサンの言ってたリルミガン、ギルガメッシュの酒場、そしてボルタック商店……これから導かれるのは恐ろしい事実だった。決して認めたくない事柄。

それは「声」の言ったゲームの世界、ここはもしかして、ウィザードリィ、の世界なんじゃなかろうか……




[11947]
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/16 00:37

次郎はウィザードリィの世界ではないことを確認したくてそのほかの通行者に対しても同様の質問をした。結果は見事なまでにwizの世界であった。
しかも、wizardry5の世界であるらしいことを知った。通行人の中にダイヤモンドナイトの噂や、狂王トレボー、ワードナーなどの話が無く、代わりに災厄の中心地と呼ばれる迷宮があることを教えてもらったからだ。
『まだ5でよかったと思うべきなのか……』次郎は錯乱状態にある頭の中でそう思う。
 「ウィザードリィ」このゲームの詳しい解説は読者の皆さん自身の探索にお任せするが、とにかく戦闘がきつい。普通の雑魚的と戦うときでも他のゲームでの中ボス戦位の緊張感が常について回る。これはクリティカルヒット制の所為であるところが大きい。一般RPGに置けるクリティカルヒット。これは単なる大ダメージを指す言葉であるが、ウィザードリィの世界では言葉どおり致命傷、すなわち一撃死を意味する。
 また、復活も一般ゲームとは隔絶したシステムとなっている。蘇生に失敗した場合、死亡者は灰になりさらに失敗を重ねるとキャラクターの存在自体が消える「ロスト」という状態になる。こうなればほとんどお手上げである。以後このキャラクターは使用できないようになる。そして、とどめに、蘇生成功率自体がせいぜい70%から80%と低い。おそらく、バグが無いRPG限定で一番難しいゲームは?とゲームオタクに聞いてみればかなりの割合でウィザードリィを挙げるであろう。次郎もそう思っていた。しかし、そのなかでもⅤは比較的、あくまで比較的簡単なほうである。そこに次郎は希望を見た。
 
「ここがマジでウィザードリィ5の世界ならGKの意味もわかる。ソニー信者じゃなくて、本当にGATE KEEPERなのか。あいつを召還できるようになるには災厄の中心である糞魔法使いを倒す、というゲーム自体の目的とも重なる。しかし、自慢ではないが攻略サイト見ながらでしかクリアできなかったへたれプレーヤーの俺が、しかも生身で行くのか……」まさに絶望一色の顔になる。
「あの笑い声どものクソッタレな調子からはこのゲームへの積極的参加が本当の俺の家への帰還につながるんだろうな。」
憂鬱だった。何しろ雑魚相手にも不覚を取る可能性が極めて高いこのゲームで悪魔やおおとかげどもと戦い、生き延びねばならぬのだ。しかもここは異世界人である次郎を蘇生できるか現時点では確認できない。試すために一度死んでみたら蘇生できなかった・・・・では済まないからだ。
『くそ、マジでせめて今風なゆとりゲームに入れてくれよ・・・・・・よりよってウィズかよ」
はあー、と大きなため息をつく。とりあえず、頭を切り替えるためにギルガメッシュの酒場に行ってみることにすると決めた。





ギルガメッシュの酒場は早朝にもかかわらずかなり混雑していた。冒険者どもが待ち合わせに使うこの場所は昼過ぎを除けば、一日中込み合っている。次郎はとにかくパーティを探すために色々な男たちに話を聞こうと試みた。しかし、周りは筋肉隆々としたむさいオッサンが殆ど、新参者がどのように振舞うのかよくわかっていない状態では何か面倒なことになるかもしれない。そう思い、せめて女性をと、探す。カウンターで一人で飲んでいる女がいる。どうやらマジシャンか司祭らしい。
「あのー飲んでるところすいません。パーティってどうやって探すんですかね」とりあえず丁寧に聞いてみる。
「貴方、訓練所に行ってないの?普通はあそこでしばらく訓練して同期と一緒にパーティ組むもんでしょうが。訓練所に行かずに「職業」も決めずに潜っていくやつがたまにいるらしいけど、まあその後どうなったのかはみんな知らないね。この街が初めてなんでしょ?もし、っていうかここ来てるんだから迷宮にもぐりたいんでしょうけど、それなら絶対に訓練所に行かなきゃならないわ。訓練所はここからずっと西にあるわ。かなり大きいコロシアム上の建物だからすぐにわかると思う。そこで研修を受けて職業を選択して初めていっぱしの冒険者になれるのよ。」」
 訓練所??はて、と一瞬思い了解する。あのキャラメイキングのときの場所か!なるほど、それはそうだ。次郎は女魔道士に礼を言って一路訓練所に向かった。





訓練場に向かった次郎はまず門番に研修登録申請の旨を伝え、中に入る。どうやら、研修は無料らしい。国が出しているんだそうな。当然だよな、モンスター退治につかってるんだから。
 訓練所はままさに圧巻の世界であった。大きなコロシアムのあらゆるところで少年少女がめいめい訓練を行っている。
「これが本当の訓練場なのか。ゲーム上ではあっさりしたところだけど一日に何人作っても予備がいるってことはこうなってても当然だよな。」
「おい、貴様!新しい研修生か?こっちにこい。」
ライオンのような髪型のいかにも、なマッチョが次郎を呼ぶ。
「すいません、今行きます」
走ってマッチョの許に行く。初対面は大事だ。
「俺の名前はライアンだ。お前の名前はなんだ?」
うなり声のような声だった。
「山田次郎と申します。これからよろしくお願いします。」
頭を下げ、挨拶する。
「珍しい名前だな。もしやお前は東方の侍の国出身か?」
忍者や侍、刀があるんだから、おそらくこの世界にも日本に似た地域があるんだろう。そう思い。はい、と返事をする。
「そうか!やはりな、髪も眼も黒いヤツは大抵そうだ」
「それで、貴様はどんな職業に付きたいんだ。やはり侍か?しかし、侍はかなりの才能が無ければなることは出来ない上級職。郷里で修行をみっちりやっているやつなら別だが、お前のその貧弱な体を見る限り……無理だろうな。」
貧相な体!確かに山田は引きこもってゲームに興じる現代人らしく碌に筋肉がついていない。
「あ、あの、まだ希望職業が決まっていないんですがどういうのがお勧めですかね。」
「まあ、貴様が出来る職業は「ただの壁の戦士」「魔法を碌に覚えないマジシャン、僧侶」あとは何とか盗賊、くらいなもんだろう。近頃は死亡率の高さから盗賊は敬遠されがちだし、盗賊になったら誰か酔狂なヤツが貴様のような貧弱なやつでも誘ってくれるかもシレンな。」
ものすごい侮辱を受けたような気がするが、山田の現状を言い当てたまことのごもっともなご高説だった。
(盗賊……確かに罠に掛かって死ぬ確立は断然高い。しかし、はっきり言って戦士や魔法使いなんかはライアンさんが言ったとおりパーティ自体に入れてもらえない確率が大きい。6人そろえても地下一階で死ぬような目にあうこともあるこのゲームで一人旅は絶対に無理だろう。)
「それでは、盗賊コースの研修を受けさせていただけませんか?」
悩んだがどうにもそれしか道は無い。
「そういや、お前性向は悪か?中立か?」
「あの、そういうのってどうやって判るんですか」
「何だお前、ステータスの出し方も知らないでリルガミンまできたのか?呆れるほどの馬鹿だな・・・・・・」
「す、すいません。」
「まず、「ステータス表示」とあたまのなかで唱えながら、手をまっすぐ前に出すんだ。ほら、やってみな。」
「はい、ステータス表示!」すると目の前に半透明の光で出来た板のようなものが出てくる。
「ほら、簡単だろ?どれどれ、見せてみろよ」
中立

人間
職業未定
STR 8
IQ 8
PIE 5
VIT18
AGI 11
LUK 19
「な、何だこのステータスは、人間でこんなのは初めて見たぞ、こんなの。訓練所にも来ていないやつだからだろうが、極端すぎる。しかし、LUKの値がこんなにもはじめから高いヤツも初めて見た。この迷宮での修練とボーナス割り振りのとき以外であがらないからな、LUKは。」
「そ、そうなんですか。」(確かに、こんなステフリホビット盗賊作るときぐらいにしかやらないよな・・・・・・)
「まあ、とにかくお前の職業は決まったな盗賊だ。このステータスを見る限り意外にいい線行くかも知れんぞ」

という訳で、俺は盗賊として登録され、研修所でみっちり1ヶ月間鍛えることになったのであった。




[11947]
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:57
「研修なんて辞めときゃよかったかも……」
次郎が訓練所で訓練を始めて2週間がたつ。最初の頃こそナイフやちょっとした剣を、刃を潰してあるとはいえ振り回せることに興奮を覚えたが、宝箱の鑑定と解除の講座を受けてからは、あまりのキツさにいくのをやめようかと思うほど疲労困憊していた。
盗賊とはいっても名ばかりの次郎に、罠の鑑定、解除は至難の業だった。石礫や毒矢などの解除を実際に行うのだ。演習用のダミーとはいえ実際に引っかかると恐ろしく痛いし、苦しい。それが他の盗賊候補生と比べて3倍以上の確率でヒットするのだ。やめておけばよかったかも、と思うのは無理からぬことであった。しかし、盗賊としてのスキルのまったく無い次郎がどこかのパーティに上手く潜り込むためには必須の実習であったため出ない訳には行かない。本番ではもっとシビアな報いが盗賊や仲間を襲うのだ。盗賊のミスの所為でパーティが全滅ということもよくある話である。そのために研修は過酷を極める恐ろしいまでの実技主義のもとで行われるのであった。
「くそー、盗賊の訓練がこんなに難しかったとは……」
ゲーム上ではボーナスが高くなるまで繰り返し作っては廃棄、の繰り返しの実態がここまで過酷だったとは。今まで作った200は優に超える「あああ」達に対して罪悪感さえ感じる次郎であった。

 「ほら次郎、『ラツモフィス』」
 毒矢の罠に引っかかった次郎に研修官補佐が毒消しの魔法を唱える。あまりにも次郎が毒矢に引っかかり、その数が一日に9回を超えたので、急遽ラツモフィスを唱えられる人間が研修官補佐として指導に当たるほどだった。
 「ありがとうございます」次郎は体の中を蝕む毒の消えるすがすがしい感覚を感じながら立ち上がる。今日だけでもう12回は引っかかった。同期の盗賊たちは聞くところによるともう中クラスの罠解除と隠し扉発見のための講座を受けている頃だという。翻ってまだ初歩の罠解除にも失敗している自分の情けなさを痛感する……
 「くそー、ホント、自己嫌悪の嵐だな」一人ごち、俯く。しかし、すぐに顔を上げる。
 「こういう時は剣の稽古でもして鬱憤を晴らすか!」意外に前向きな次郎であった。
 
 
 
 
 「ライアン先生」今日もお願いします!」戦士たちが剣や斧を振るう群れに混じって次郎があいさつする。
 「お、今日も来たか。盗賊なんてぇやつらはこういう正統派の剣の訓練にはあんまり力を入れんもんだが、お前は良くここに来るな!いいことだ!」
 相変わらずむさくるしい顔で台詞も男臭いこと極まりない。
 「お前、意外に戦士とかの方が向いてたのかもな、性格的には。しかし、力の値が11無いからなー。ボーナスさえあればよかったのにな。」
そう、次郎は研修所のボーナスの神技の儀式を受けたのだが、一ポイントたりとも降りてこなかったのだった。こういう人間はたまにいるらしく、ライアン曰く、「神々がはじめから生き方をお与えになっている」らしい。次郎は大いに納得した。恐らく「声」の神が次郎の職業などを固定したのだろう。いきなりここにつれて来たほどの神だ、ボーナス配分も勝手にやりやがったに決まっている。
「まあ、とにかく剣の稽古をしていけよ。盗賊だって剣の稽古は大事だ。場合によっては前衛を勤めなきゃならん場合も結構あるしな。ま、盗賊の殆どは奇襲攻撃を我流でつかんでいるものだが、お前はそういうのじゃないだろ。とりあえず、基礎を頑張って、どういった事態にも対応できるようにしておくがいい。」
「はい、判りました。それでは行ってきます!」
(そうだよな、戦士が眠ったり麻痺したら前衛になるんだもんな。隠れて攻撃ばかり、ってのもなかなか難しいだろうし。剣の方も頑張らないと。)





そんなことをやっているうちに三週間が過ぎた頃。漸く訓練のきつさにもなれ、そろそろ仲間探しを始めようとしていた次郎は、昼間からギルガメッシュの酒場へ足を運んだ。
この酒場は何も注文していなくても仲間探しのためなら大目に見てくれる寛大さを持っている。何せ創業200年を数える、冒険者のためだけの酒場なのだ。普通の客は冒険者が集まるこの酒場には来ない。何せ性向が悪の盗賊や、忍者などもここには居るからだ。別に彼らも凶悪な人間ばかりではないのだが、やはり一般人にとってはよくわからない存在であり、恐怖の対象ではあった。



「おい、皆のもの話を聞いてくれ、私はロード、サラ・デゼル・タリスである!」
なにやら店の中央で大きな声を上げているエルフが居る。
「私は今から、迷宮に共に行ってくれる心強い仲間を募集している!出来れば忍者、侍、ハイビショップの者を迎えたい。誰かわが許で力を発揮したいと思うものは居ないか!富と名誉がまっているぞ!」
よく通る声で仲間募集の呼びかけをするエルフ。それにより酒場は一時しんと静まり返った。(ロードか。募集も超上級職)これは熟練経験者だな。次郎はそう考え、自分の分にあわないので注目をやめた。
酒場の客からひそひそと声が聞こえる。
「おい、あいつ……」「どこの……」
どうやら酒場の客たちは何かに戸惑っているようだった。
そして、サラと名乗る女に声がかけられる。
「おい、あんたロードなんだってな?俺はあんたのこと見たこと無いけど一体レベルはいくつだい?」
「レベル??なんのことだ?剣の腕を聞いているのなら、私は自慢ではないがわが領随一を自負している」
「おいおいおいおい…」ざわめきが辺りを包む。
「もしかして、あんた迷宮初心者じゃないだろうな??えー??」ホビットらしき男が声をかける。
「そうだ。なにかおかしいか!」嘲りの色を見て取り少し興奮気味に答えるエルフ。
どっと酒場中が笑い声で満たされる。
「な、なんだ!なにがおかしい!」
耳の先まで赤くしてエルフが唸る。
「あんたエルフだろ?そんでもってノービスのロード。そんなヤツが忍者や侍、ましてやハイビショップなんて面子を仲間にむ・か・え・た・い、だってこれが笑わずにいられるかってんだよ。悪いこといわねーからさっさと里に帰って地道に稼ぎな。」
「馬鹿じゃねーのか」「たまにいるんだよなこういう勘違いしてるやつが」他の客からも馬鹿にした声が上がる。
「き、貴様たち何がおかしい!無礼だぞ!」
「なーにが無礼だ。お前さんのほうこそ無礼だろうが」
「なんだと!?」
「レベルがなんなのかも知らない素人が玄人をなかまにしたいだと?馬鹿言うのも大概にしなよ」
「きさまっ!許さんぞ!」
檄昂しながらホビットに向かうエルフ。ホビットはただニヤニヤしているだけだ。エルフが拳を振り上げ殴ろうとした瞬間、エルフが突然ひっくり返った。あまりの速さで次郎の目には見えなかったが、ホビットがエルフを投げたのだった。
「な!ど、どうなっている?」「姫!」
お付らしき女エルフが駆け寄る。装備を見るにどうやら戦士かロードらしい。
「これがレベルの差ってヤツだよ。お嬢ちゃん。こう見えても俺はレベル10でね。」
「くっ」
「ここリルガミンでは外のいわゆる常識ってヤツはまったく通用しないんだよ。何せ毎日のようにモンスターどもから経験値吸い取って強化されてるんだからな。これでもまだ懲りないんだったら、地道にレベルの低い下級職の仲間を集めて俺たち同様迷宮に潜るこったな」
「そうそう、人間地道が一番」「まあせいぜい頑張れや」酒場の色々なところから笑いを交えながら声がかけられる。
その声に姫と呼ばれたエルフは俯いて耐えていた。
次郎もこの顛末を見てまあ、こんなもんだろうと思った。
 ロード。それは前衛の上級職であり僧侶の術と戦士の力、さらに伝説的な特殊な武具をも装備できることも可能な存在だ。しかし、その代償として、非常にレベルがあげにくい。最もレベルの上げやすい盗賊よりも1,5倍弱もの経験値を必要とする。
大抵は戦士をある程度経験したものが転職してロードになる。しかし、ボーナスが異常に高い者が最初からロードになれる場合もある。こういった者は非常に少ないため、貴重ではあるが、低レベルでの戦闘で命を落としやすいこのゲームでは逆に大きな危険を孕むことになる。
転職組みのロードはHPが転職前の値であるため、どうということも無く再び浅い階層で稼げばいいが、ノービスロードの場合は低ヒットポイントの状態で数多くの戦闘を前衛で行わなければならないので結果、非常に死に易い。しかも、エルフでロードというのは種族的職業適性を考えれば最悪だった。
(俺もやったよな。昔。ボーナス狙いまくって初っ端からロードと侍、ビショップ作ってな、苦労したわ)
まあ、せいぜい頑張ってくれ、そう思い、次郎はエルフの女への興味をなくし、仲間探しを再開した。




「くそっ」
また断られた。次郎は夜中までパーティ探しを行ったが、どこも初心者の盗賊を迎え入れてくれる酔狂な者等いなかった。
(こんなことなら訓練場でもっとまじめにパーティを組めるやつを探しておくべきだった!)次郎はライアンの言葉を信じて、盗賊の売り手市場のなかで、レベルが3,4位はあるメンバーの中にもぐりこみ経験値を掠め取るようにしようと思っていたのだ。しかし、そのような皮算用はまったく通用しなかった。どうやら、複数のパーティに参加している傭兵のような中立の盗賊達がいるらしく、いまさらレベル1の盗賊を育てるようなパーティはいないらしかった。
「はー。」ため息を一つつく。その時
「あのー、すいません。貴方盗賊さんなんですか?」
黒髪のローブを着たエルフが次郎に尋ねる。
「は、はい。盗賊です!貴方は魔法使いですか?」
「はいー。そうですよー。」
「あの、盗賊を探していらっしゃたんですよね?実はレベル1の盗賊なんですが……それでもいいですか?」
「まあー、私もレベル?は判らないけど初心者です。」
「そうなんですか!良かった!あのいきなりで失礼ですが一緒に迷宮に入りませんか?」
「ええ。私もそう思って声をかけたんですー。あのー、他の仲間にちょっと会ってみてくれませんかー?」
おっとりした声で女エルフが言う。


「なんだ、タニヤ、忍者か侍でも見つけたか?」
そこで待っていたのはさっき喚いていたエルフだった。
(マジかよ……ノービスエルフロードの仲間だったのか)
「いいえー、盗賊さんを見つけたんです。レベル1とおっしゃっていますからきっといい仲間になれますわー」
「盗賊だと?いや、しかしこの際背に腹は替えられんか……私の名はサラ・デゼル・タリス。ロード。エルフだ。」
「あ、山田次郎と申します。盗賊の人間です。」
「ヤマダとな。珍しい名前だな。ああ、そうか、聞いたことがある。東方の国の人間の目や髪は黒いと。」
サラはじろじろと珍しいものを見るように次郎を見る。サラ自体の髪は赤だった。
このカラフルな世界では目も髪も黒い方が珍しい。
「姫、忍者でも見つけましたか!」
さっきの騒ぎにいた女戦士がこちらに来る。彼女の髪は金の短髪だ。
「いや、東方の人間だが忍者ではないらしい。盗賊とのことだ」
「そうですか、残念です。ではもう一フン張りしてみましょう」
「いや、マナ、もう忍者はあきらめよう。どうも故郷のようにはこのリルガミンの街ではいかないらしい。」
「そんな、姫もう少し頑張ってみましょうよ。」
「いや、郷に入れば郷に従えという。まずはこれで満足しよう。」
次郎の目の前で雲の上のような会話が続く。次郎のプライドなぞ微塵も忖度していない。
「そうですか……わかりました。おい、そこの、私はマナ・ヨキス。よろしくな」
まったくよろしくない調子で挨拶する。
「よろしくお願いします。」(こいつら何様なんだ?やけに態度がでかいな、でも生き残るためには我慢せねば)
「後は、僧侶だな。ヤマダジロウ君、君は心当たりは無いかな?」
「いえ、ありません。あと、名前は次郎、でいいですよ。」
「ん、そうだな、仲間になるのだからな、私もサラ、でいい。しかし、困ったな。」
その時がたっと大きな音を立てて杖が転がる。
次郎はその杖を拾い、持ち主らしき人物に届ける。ローブを着ている。どうやら魔法使いか僧侶からしい。
「あの、落としましたよ。」
「...ありがとう…」深い青色の髪で顔を隠すように伸ばしている。声から察するに女性のようだ。
次郎は気軽な気持ちで聞いた。
「あの、僧侶の方ですか?」
コクッと肯う
「そうですか!あの失礼ですがパーティはもう組んでいますか?」
フルフルと首を振る。
「そうですか!もし良かったら私たちのパーティにはいってくれませんか?」
「…ウン…」微かに答える。
「やった!サラさん、僧侶の方を見つけましたよ!」
「なんと、早速大手柄だな!次郎。」
サラたちが笑顔で近づいてくる。
「サラ・デゼル・タリス、ロードをしているエルフだ。よろしくな」
「マユル・ミネ ノームの僧侶」
マユルは言葉少なくそれだけ答える。めいめいが自己紹介をするがマユルは首を動かすだけだ。
(なんか僧侶も変な感じだな。大丈夫かなこのパーティ……)
「さて、これで5人だから、後残りは戦士か侍だな。」

「おい、ちょっと待ちな。あんた等初心者の集まりらしいな。悪いことは言わないから誰か経験者を連れて行ったほうがいいぜ。たとえば俺とかな。」
緑の髪のかなり背の低い男が次郎達に言っている。
「貴方は戦士か侍か?」サラがたずねる。
「いや、俺はシーフさ。名はイチエイ・イコウ。レベルは6だ。初心者の戦士なんかよりはよっぽど役に立つぜ。それに盗賊の技の方にも自信がある。」
「レベル6か」マナが嘆息する。
「姫、確かにこの男が言うようにレベルの低い戦士よりは役に立ちそうです。」
「しかし、次郎はどうする。先にこちらが決まったんだぞ。ハイ、さよなら、というわけにはいかん」
「なんなら俺が盗賊の技を教えてやってもいいぜ、どうせ俺はフリーなんだ。次の探索でもついて行けるかはわからんからな、そっちの盗賊を鍛える意味でも俺は役に立つぜ。」
「なるほど。それならいいな」次郎にとっても未熟な盗賊のスキルを磨くいいチャンスだった。
「うん。ここは経験者についてもらったほうがいいかも知れんな。リルガミンは私たちの想像をはるかに上回る魔都であるらしいからな。」サラも先ほどのホビットの件で懲りたのか経験者を迎え入れたいようだ。
「それで、報酬は?」肝心なところだ。
「初回大サービスだ。あんたたちと俺、3・7でいいよ」
「七割ぃー!!ふざけているのか貴様!」マナが怒りをたぎらせ叫ぶ。
「嫌ならいいんだぜ、ま、俺がいなけりゃあんたたちはまず迷宮から生きて帰って来れないね。」
(確かに、ゲームを操作するだけでもかなりキツかった。これが生身で実践となると本当にやばいかもしれない。)
「俺はイチエイさんを雇ったほうがいいと思う。」次郎の元の世界のゲームでの感触から来る意見だった。
「むう、しかし七割は高い。」
サラが眉間にしわを寄せ唸る。
「よし、わかった。4.6にしてやるよ。ちょうど今暇してたところだったしな。」
「サラ様ーどうしますかー。私はこれで言いと思いますけど」タニヤがさらに賛同を示す。
「んー。そうだな、最初はガイドが必要かもしれん。稼ぎは無いものとしてまずは体験してみよう。」


こうして、盗賊二人という歪なパーティは出来上がったのであった。






[11947]
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:57
「さて、と」
イチエイが椅子から立ち上がる。
「あんたたち訓練場のことも多分知らないよな。なんせこの街に来てレベルのことも知らないんだからな。」
「訓練場?わたしたちは一応郷里で訓練を受けてきた。今更そんなところには用は無い。」
サラが答える。
フン、と鼻を鳴らして少しばかり大儀そうにするイチエイ。
「この街の訓練場はな、他にも大事な役目があるんだ。ボーナスの儀式ってヤツだ。」
「ボーナスとは??」
またも知らない事柄が出てきた、サラは顔を疑問でいっぱいにして言葉を受ける。
「そう、ボーナス。これはこの街でしか起こせない奇跡の一つだ。そのままの意味で、神からこの迷宮に挑むものに対してボーナスとしていくらかの力が与えられるんだよ。力とか素早さなんかに対してさ。」
「なんと!」そのように利になりそうな事柄が合ったとは!驚く三人のエルフたち。
「それじゃあ、とりあえずその訓練場とやらに行きましょう、姫!」うれしそうにマナが言う。
「ウム、とりあえず貰える物はもらっておこう」貧乏性なのか、サラがうれしそうに答えた。
「とりあえず、訓練場の重大さは判ってもらえたようだな。それじゃあ、異存は無い様だから訓練場に行くとしようか。」イチエイがやれやれといった感じで声を出した。






「ここが訓練場だ。」町外れを少しいったところにある訓練場。とはいってもギルガメッシュの酒場もどちらかというと町外れの方にあるのであまり歩かずに済んだ。道中、ボーナスが自分の望む能力に思うが侭振り分けられるなど、ボーナスについての一般的な知識をイチエイは説明した。

「早速ボーナスの儀式やりましょうよ!」
わくわくを隠しきれないようにマナが声大きくサラに言う。意外に子供っぽいところがあるらしい。
「うむ、そうだな。早速その奇跡とやらを拝ませてもらおうか。」
こちらもうれしそうに肯う。
「おお、ジロウじゃないか、お、それにイチエイ、とかいったな。どうしたんだ今更ここに。」いかにもむさくるしさを感じさせる声が掛けられる。ライアンだ。
「あ、こんちは」それに気づいたジロウが返す。
「ジロウさんは、ここ知ってたんですねー」タニヤがやっぱり、といった感じで言う。
「ええ、三週間くらいここで訓練してました。」
「へー、そうなんですかー。それじゃ私たちの先輩ってことになりますよねー。」
「せ、先輩。そんな偉そうなもんじゃないですよ。俺も初心者ってことは皆さんと同じですからね。」
「お、次郎はもうボーナスとやらはもらった後なのか。いいなー。」サラが本当にうらやましそうな顔をしている。
「イヤー、俺の場合なんか神様が勝手に振り分けてたらしく、実際のところは貰ったんだか貰ってないんだか、実感が湧かない貰い方したんですよね。」
「ふーん、そういう人もいるのか、わたしたちはどちらなんだろうなー、本当に楽しみだ。」
うきうきとした感じで声を出すサラ。初めて経験する「奇跡」に対してこちらも期待が抑えられないようだ。

そんな話をしているうちにイチエイがライアンに話の渡りを付けたらしく、ライアンがボーナスの管理職員を呼びにいく。

「さあ、ここがボーナスの儀式を行う場所です。」
管理官が案内したのはいかにも神聖な儀式を行う為だけに立てられたかのような神殿だった。
「ほー、ここが。」興味深そうにサラが辺りを見回す。大きな石像や噴水のある神殿は確かに興味をそそられるものだろう。
「では、一人ずつこの神像の前のサークルに入ってください。」
まずはやはりエルフ組のリーダーであるサラから入る。
「では、目を閉じ、先ほど教えた言葉を詠唱してください。」
素直に目を閉じ、神像に対して声を掛けるように詠唱する。
「われ、ここに災厄の中心を鎮めるために命を掛けるもの。いまだ力なきわが身にそのための祝福を授けたまえ」
サークルがまばゆい白光のカーテンを出し、ジロウたちからはサラの姿が見えないようになる。
二分ほどして、光が収まり、サラがサークルから出てきた。
「何が起こったのかよく判らなかったんだが、とにかくポイント?の振り分けとやらが終わったらしい。」
首をかしげながらサラが皆に言う。
「「あ!」」イチエイとジロウが叫ぶ。
「そういえば、ステータスのこと説明してなかった!!」
「何だ、お前たちそんな大事なことも教えずにここにつれてきたのか!バカヤロー!!」
ゴンッと思い切りライアンが二人の頭を殴る。
「い、いってー、す、すいません」
頭をさすりながら、しかし、申し訳なさそうにジロウがサラを見る。
「あのですね、『ステータス表示』ってあたまのなかで唱えながら、手をまっすぐ前に出してみてもらえませんか?」
「こうか?」
サラが手を前に出す。すると透明な板のような幻影が目の前に出てくる。
ちから 17
ちえ 19
しんこうしん 20
せいめいりょく 16
すばやさ 15
うんのよさ 16
と出てくる。他にもE.Pなども書いてある。
「す、すげー!!」それを見たイチエイが叫ぶ。
「俺、はじめからこんなにステータス高いやつ初めて見たぜ!」
「よくわからんが、これはいい成績なのか?」サラが少し怪訝そうにイチエイを見た。
「これは……ほぼエルフの種族限界値だな。」
同じようにライアンも唸る。


WIZRDRY5ではエルフの種族的な限界値は力17、知恵20、信仰心20、生命力16、すばやさ19、運のよさ16。これ以上には絶対にあがらないようになっている。その制限の中でサラの出したステータスはまさに奇跡的な高さだった。


「よっぽどボーナスが高かったんだな。お前。」心底うらやましそうにイチエイが言う。
「55与えると聞こえた。」
「「「55!!!」」」
ジロウ、ライアン、イチエイ、三人が同時に声に出す。
「初めて聞いたぞ、そんな値。」うーむ、とライアン。ジロウもイチエイも興奮しながらうんうん言う。
「ロードの洗礼が出来たんだからそりゃボーナス高いだろうが、それにしても高すぎる。」
「そうなのか?なんだかあんまり良くまだ判らないがいい結果らしくて良かったぞ。」取り敢えず、笑顔のサラ。
「なんかよく判りませんがいい結果らしくて良かったですね、姫!」マナもうれしそうに言う。
「うむ。次はマナ達の番だな。きっとマナもタニヤも高いはずだ!何せ二人はわが領のホープだからな!」
「そうだとうれしいですねー」と、タニヤ。
「さあ、次の方どうぞ」
盛り上がっている皆に管理官が次の者の詠唱を促す。管理間は流石にこのような値にも経験があるらしくそこまでは感心しなかったようだ。
「ちょっとまった!」それにイチエイが待ったを掛ける。
「職業必要パラメーターについてもこいつら知らないんです。それ、教えてやっていただけませんかね?」
「おお、そうだった。ステータスも知らない奴等だからな。管理官、教えてやってくれ」
呆れたような顔をした管理官が説明を始めた。



「では、行って参ります」
一通りの説明を受けた後、マナが意気込んでサークルに入る。その顔は希望に満ち満ちたものだった。






 結論から言うとマナとタニヤの結果は上々だった。二人共にボーナスは十代後半の値であったし、振り分けも管理官やライアン、ジロウ達に言われたとおり、生命力と、マナは力、タニヤは知恵に多くを振り分け、戦士、魔法使いと正式になった。
あまりにサラと差があるのではじめは落胆した両者が、普通の者ならボーナスは一ケタ台であるという説明を聞いて元気を取り戻す一幕もあった。
また、マユルは訓練場で訓練を受けていたらしいのでもちろんすでにボーナスの儀式を受けていた。
 
 「これで取り敢えずは訓練場でやることは大体終わったな。エルフ三人娘は故郷で修行してたんだろ?ここは食い詰めた農民とかが迷宮に入るために、それなりになるよう基礎的な訓練を受ける場所だから、あんたたちみたいなやつらにはここの訓練は必要ないしな。」
ウム、とうなずくサラ。
「あ、そうだ装備を忘れてた。あんた達、立派な鎧付けてるけど、それ、リルガミンで買ったものじゃないだろ?」
「ああ、そうだが?」それがどうかしたか、とマナ。
「それじゃあ、このまま迷宮にはいけないな。」
「なぜだ??これは私が言うのもなんだがいい鎧だ。」不思議な顔をサラがする。
「ここの迷宮ってのはな、ここ以外の常識が一切通用しないんだよ。その非常識な場所で殺し合いするんだ。得物も鎧もそれなりのもんじゃないといけない。ここで作られる最低ランクの剣や鎧さえ、ここ以外で作られるプレートメイルなんかより頑丈で、軽いものばかりだ。いわゆるエンチャントとかブレスとか言われるものがかかっている物ばかりなのさ」
「なんと!!ブレスか。たしかに聞いたことがある。幾重ものブレスのかかった皮鎧はプレートメイルを遥かに凌駕する、と。」
「そ、ここでは最低でもブレスのかかった皮鎧や剣で身を固めないとすぐに死んじまうんだよ。なにせここでの相手は最低でも、人間サイズのさそりや蛾、なんかだからな。普通のプレートアーマーや剣ではとてもじゃないが捉えきれない。鎧は重すぎる。剣はすぐに刃こぼれして棍棒と変らなくなっちまう。」
「うーむ、しかし、そんな装備を買う金なぞ、私達は持ち合わせていないぞ。」サラが、どうにかしたものか、と悩んだ顔つきで答える。
「最初の、本当に最低限の装備は訓練所で申請すれば貰えるから大丈夫だ。心配イラネーよ。なっ?」訓練所に通ったジロウとマユルに顔を向けてイチエイが言う。うなずくマユルとジロウ。
「……そう。私もお金が無いけど訓練場で貰った。」つぶやくようにマユルが言う。
「俺も貰いましたから、皆さんももらえますよ。心配要りませんよ。」ジロウもそうそう、といった感じで答える。
「そ、そうか、安心した。情けない話だが何せ私達は金が無くてな……金目のものといえばこの鎧や剣だけだ。」
「それじゃ、いったん装備を貰いに行くか。その後は俺の馴染の冒険者の宿で、その鎧やなんかの荷物を置いて、いよいよ迷宮探索だな。まあ、探索といえるほど潜るのは遥か先の話だけどな。」
あくびをしながらイチエイはあるく。その後姿を見ながら、この男を雇っておいて良かった、と思う三人娘であった。


























あとがき

さっさと迷宮探索に入りたかったんですが、エルフ三人娘達にまずは初期状態、装備になってもらわないといけないため、色々こねくり回したりして漸くその前まで書けました。キリが良いので取り敢えず、という感じでここで投下しておきます。このSSは作者のウィズ5攻略と共に進んでいきます。初期化が辛かったですが、しょうがないということで。そうしないとイベントなんかの順番がわからなくなりそうなんで。とにかくエルフロードとかを作るのしんどかったのでしょうがなくチート使いました。前は何時間も粘ったんですがね。ボーナス55はありえない数字ではなかったはず。と思います。
マユルが無口キャラなので出番を作るのがとてもしんどいです。どうして漫画や小説で無口キャラが主役級になれないのかがよーくわかりました。これはつらいです。頭の中では首を振ったりうなづいたりしてくれるんですが、文に書くとそれは蛇足というか、なんというか違和感を与えてしまうと思いますので。








[11947]
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:58
冒険者の宿「うまごや」ここは遥か昔から冒険者たちを迷宮に送り込むためだけに営業を続ける老舗の一つだ。古くは狂王トレボーとワードナとの対立の時代から存在する。もはや伝説の宿屋、とまで言ってもいいかもしれない。ここがイチエイの定宿だ。
「それじゃ、荷物も置いたし、準備運動してからいよいよ洞窟だな」
 
「よし、早速皆準備運動だ!」 
漸くの洞窟あって一段とサラのテンションが高くなっている。他の面々もサラほどではないが興奮しているのが判る。

「できたな、」
一通りの準備運動を皆が終えたのを確認してからイチエイがいう。
「さあ、冒険の始まりだ!」

「「おお!!」」」

なかなかノリがいい連中であった。


町外れを15分ほど歩いたところにそれはあった。「危険、が入らないように注意すること。一般人も進入不可」 そう、大きな看板が洞窟の前に立ててある。
「ここかー。初めて来たけど、結構街に近いんだな。しかも、子供のいたずら防止の看板は、なんていうか……な。ハハハッ」 

次郎もいよいよ実線と聞いて嫌が否にも緊張が走っているらしく、軽口を飛ばしほぐそうとする。

「みんな、装備の準備や隊列決めはちゃんとしたな?順番はさっき言ったとおり、おれ、サラ、マナ、ジロウ、マユル、タニヤの順だ。」

皆、真剣な顔でうなずく。

「サラ、マナは攻撃を当てることに集中するより避けることを第一にな。運が悪ければすぐに死ぬぞ。マユルはやばいと思ったらすぐにディオスだ。タニヤは敵とあったらすぐにカティノを唱えてくれ。たとえどんな敵でもな。次郎は隠れて奇襲攻撃でダメージを与えるんだ。良いな?」

皆、首を肯う。

「じゃあ、いくぜ」






こうして次郎たちの初めての洞窟挑戦が始まった。

「いいか、お前ら、レベルの低いうちはな、とにかく出口近くで扉をあけまくるんだ。扉を開けるといくらかの割合でいきなりモンスターが現れる。こういう部屋を仲間内では「玄室」と呼んでいる。つまり、敵の、もしくは自分たち自身の墓穴になるからだ。ここで重要なのは玄室の敵は必ず宝箱を落とすってことだ。倒した体はいつの間にか光の粒になって消えちまう。そうして、すべてがきえたあと。同じように光の中から宝箱が出てくる。宝箱が出てきても、盗賊か忍者以外はぜったに触れちゃいけねー。まず100%罠がかかっているからだ。ここで俺たち盗賊の出番だ。はっきり言って今回みたいなレベル差のある状態以外では俺たち盗賊は殆ど戦闘では役にはタタネー。お荷物だ。でも、この宝箱の存在によってパーティ一番の稼ぎ頭になるんだ。多くのパーティで盗賊の取り分が他のやつらの1.5から2倍もあるのはその所為だ。何せ盗賊がいなきゃ宝箱を開けられねーからな。」

階段から降りてすぐにイチエイの講釈が始まった。しかし、講釈をしながらもその目は油断無くあちこちを注意深く見ている。扉を開ける。するとなにやら大量の羽音のような音が聞こえてくる

「おい!!くるぞ!!」
突然イチエイが叫ぶ。
全員が緊張に包まれる。

途轍もなく大きな蛾!ブラックフライだ!大軍を作りやすいこいつらは10体ほどの群れで襲い掛かってくることが多い!

「サラ、マナ、まずは右の集団だ!」
すばやく指示を与えつつイチエイが踊りかかる。しかし、あまりに奇怪な光景にサラ、マナは一瞬止まってしまった。それ幸いに二人に遅いかかろうとする左側の軍団!
「サラ、マナ、まずは当たらないように!」
 ジロウは壁のちょっとした凹みに身を隠す寸前、喝を入れる。漸く動き出す二人、しかし、このままでは集中攻撃を浴びて危ない!っと、そこに「カティノ!」タニヤの呪文が間一髪間に合い、4匹の蛾がその動きをやめ、地面に落ちる。その隙を見逃さないサラ、マナ。まずはまだ空中にいる敵を二人係りで切りつけ絶命させる。返す刀で地面に落ちている残りの蛾の無防備な腹や頭に容赦なく剣を付きたてる。意外に固い。がしかし、体重を掛けることで何とか絶命させたようだ。モンスターの姿が消え去った。
 「イチエイ、大丈夫か!」
ジロウが待ち伏せをし、蛾の一匹を殲滅しながら声を掛ける。
「ああ、何とかこのレベルのヤツなら殆ど無傷でいける。」

「さあ、二人とも、今度はこっちを手伝ってくれ!」
マナ、サラは慎重に死骸が光になったか確認した後、イチエイに駆けつける。っと意気込みが強すぎてサラは蛾の群れのど真ん中に入ってしまった。
「くう、たかが蛾ごときにこの私が!」体中をかじられながらも剣を振る。それを見たマナがサラを助け出すためまた群れの中に入りめちゃくちゃに近い剣の振りで蛾を蹴散らす。イチエイも何とか二匹たおし、マナも二匹倒す。残り一匹。サラは漸く防御から攻撃に移り、残りの一体に止めを刺した。

「ふう。ここまで辛いとはな……」
全身怪我だらけのサラがうめく。

「こっちに来て、治療する。」
マユルがサラを呼びディオスを掛ける。
「ほー、やはり治癒魔術はすごいな、一気に7割がた回復したぞ。」
僧侶の魔法に感慨深く感心する。
レベルさえ上がれば私もこのような技を使えるらしい。早く強くなりたいものだ。マユルの治療をみて、更なる精進を目指すサラだった。

「あー。宝箱出ましたよー」
タニヤの声で皆が気づいた。木の大きな箱がモンスターが光となった場所周辺に一つあった。
「さあ、これからは俺と次郎の仕事だ。」
イチエイがジロウを引っ張りながら宝箱を見つめる。
と次郎の頭の中で声が聞こえる例の『声』だ。「いしつぶてだよ。」
本当かよ??と思いつつまずは先輩であるイチエイがじっくり宝箱になるべく触れないように観察するのを見守る。
「どうだ?判ったか?」
振り向き、声を掛けるイチエイ。
「あ、すいません、今から鑑定して見ます」

二分後。
「どうやら石礫だと思います。」ジロウがイチエイに報告する。

「よし、いい出来だ。それじゃ、解除、やってみてくれよ。隣で観察しておくから。」

「はい!よろしくお願いします!」

こうしてジロウは初めての解除に成功したのであった。中身はお金だけだったのが少しさびしいが。



「さあ、一旦帰ろう」
辺りを見回して、次郎が何気なく言う。
「まだ一回しか戦っていないじゃないか!あと二、三回位戦うべきだ!」
マナが決然という。
しかし、
「マユル、ディオスの残り回数は?」サラがマユルに声を掛ける。
「もう唱えられない。」

「そうかならしょうがないな。帰ろう。」

「しかし、サラ様!」マナが渋る。
「イチエイ、さっきの蛾はここら辺では強い部類なのか?」

「いや、最弱クラスだ。」

「やはりそうか。マナ、慎重にやろう。死んでは何にもならん。故郷のみんなのためにもここは引こう。」
故郷のことを持ち出されると流石に従うしかない。

「判りました。帰りましょう。」
少しうなだれながらマナがいう。

こうして最初の冒険は幕を下ろしたのだった。 

しかし、彼らは知らなかった。自分たちが強運であることも初心者パーティでな70%の確立で前衛が死ぬことも。

 



[11947]
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:58
一回目の探索でぼろぼろになった一行。たった一回の戦闘でこうもやられるとはエルフ三人娘は思っていなかったに違いない。
「いや、けっこうやれたな!こりゃ先行き明るいぜ」その様子を見て元気付けるように声を上げる次郎。

「おお、確かにずぶの素人にしちゃかなりやったと思うぜ」

イチエイも声を大きめに出し、盛り上げるようにする。

「なんせ、今回は敵が弱かったといっても誰も死ななかったからな。ホント。運がいいぜ」

「そんなにも……死ぬものなのか?」サラが聞く。
「ああ、レベル一のやつらばっかで行っていきなり強いやつらにあったら全滅することも珍しくねーのさ。ここで死亡率が高いレベルって言うとまずレベル一。それからレベル十以上の歴戦のやつらだからな。今はとにかく命拾いしたこと喜ぶべきだぜ。ほんと。」

「そ、そうか。やはり簡単には金を稼げないものなのだな。」がっかりしているサラ。

「そういや、あんたたちなんでこんなやばいところにいるんだ?姫とか呼ばれるってことは一応貴族なんだろ?」後ろを振り返りつつ問う。これは他のメンバーも知りたかったことだ。皆の視線がエルフ三人娘に集まる。

「じつはですねー。うちの領って貧乏なんです」のほほんとした口調でタニヤが言う。

「そう、うちはな、土地も痩せていておまけに鉱山とかそういう金になる物がまるで無いんだ…」ふっ、と哀愁を感じさせるサラ。

「それで私たちが音に聞こえた金の山、ここリルガミンで出稼ぎしているって訳さ」マナもいつもの堂々とした態度でなく目線を斜め下にして答える。

「な、なるほどな。いろいろ貴族って言うのも大変なんだなー。」うーむ、と唸ってしまう。

「………私も出稼ぎ。」マユルがボソッという。

「俺も元々は出稼ぎ組みさ」イチエイが明るく言う。
「最初こそ色々苦労したがこの頃は結構まとまった金を故郷に送れるようになってる。お前さんたちももうちょっと頑張ればすぐにそうなるさ。実はな、レベル6なんてのは最初のレベル一の洗礼を無事潜り抜けたあとだと結構早くなれるもんだ。こうなれば後は適当なパーティ見つけて迷宮にもぐればいい稼ぎになるぜ。しかし、貴族様でも出稼ぎか。ちょっとかわいそうになったからレベル一の間は、取り分は七分の2でいいぜ」

「そ、そうか!それはありがたい。早速明日再びもぐろうかと思っているんだがどうだ?」
目を輝かせているサラ。やはり少しでも金が欲しいらしい。
「いや、明後日にしよう。明日もあいてることはあいてるが、あんた、まだ傷が完全じゃないだろ。明日はマユルに回復してもらう時間にしな。そうすると、明日はマユルの魔力がつきてる計算だ。マユルの術が完全に回復してないうちに洞窟に入るのは自殺行為だぜ。」
「すまんね、色々教えてもらったり付き合ってもらって。」出稼ぎでリルガミンに来ているのに、こんな初心者パーティに付き合うってことはよほどお人よしなんだろうなー。と思う次郎だった。




次の日の朝
「イチエイ、いるか?」
彼の部屋のドアを叩きながらたずねる。
「おお、ジロウか。なんだ?。」

「いや,昨日、今日も空いてるって言ってたからさ、あんたが装備を買っている店屋なんかを紹介してもらいたいと思ってな。いいかな?」

ドア越しに会話する。

「ああ、そういうことか。良いぜ、今日はどうせ昨日の稼ぎでちょびちょび酒でも飲もうかと思ってただけだからな。ちょっと待っててくれ、今着替えるから。」


「おまたせ。」
昨日と同じく冒険者らしい姿で出てくるイチエイ。仕送り組らしくまともな服はあまり持っていないらしい。

「そうだなー、リルガミンでは結構店があるが、やっぱり一番いい店って言ったらボルタック商店だな。あそこは絶対に鑑定済みの商品しか店に出さないから変な呪いつきの装備なんか絶対に掴まされないし、オーダーメイドで鎧なんかを小さくする魔法のサービスなんてのもやってるからな。」

「げ、やっぱりボルタックなのか……」
少し嫌そうな顔をする次郎。それはそうだろう。このゲームを愛している人間の中では、ボルタック商店はボッタクル商店とも言われている悪名高き店だ。なにせアイテムの鑑定一つに多大な金(売値と同額)を要求するのだ。また、未鑑定のアイテムは只でも引き取らない。つまり、鑑定士がいない(ビショップのみが鑑定できる)パーティはアイテムを売ってもまったく儲からないのだ。これがボッタクル商店といわれる所以である。

「お、ボルタック知ってるのか。まあ、あそこも鑑定士がいないときついってのは有名だから、その噂だけ聞いてんだろ?でも大丈夫だ。ちゃんと酒場鑑定士ってのがいるのさ」

「酒場鑑定士?なんだそれ??」
首をかしげる。

「呼んで字の如く酒場にいるビショップだよ。一回10から1000Gぐらいで鑑定してくれるビショップだ。鑑定料は拾ってきた階層によって違う。あと、もし鑑定士が呪われたらその解呪料も負担させられる。はっきり言ってビショップなんて連中はあまり戦力にならないからな、ドロップアイテム選り好んでモンスター殺しまくるような連中のパーティ以外では取り分が少ないんだ。酷い場合だと他のヤツの2分の一位しかくれない、なんてこともあるんだぜ。その穴埋めのこずかい稼ぎさ。尤も超上級ビショップともなると話はまったく違ってくるけどな。噂によるとそいつらはラダルトとかマディとかを一人で唱えることが出来るらしい。まあ、こういうのは中央の高級官吏にさえいなくて、大司祭様、とか呼ばれるような人たちだけらしいけどな。でも、ここにも何人かいるらしいぜ、そういう化け物が。もちろん取り分はめちゃくちゃ高い。7割8割持っていくらしいぜ。でも、まあそんなのが一人いればかなり無茶も出来るからな。適当な取り分だろうよ。」

「ふーん、そういうのがいるのか。」
ゲームでもほぼ初期レベルで酒場に待機させていたビショップがいたことを思い出す。「かんてい」って名前のそのまんまなキャラだったなー、と振り返るジロウ。あと、「そうこ1」とか「そうこ2」、とかな……

「そういえば、ここら辺にものを預かってもらえるところあるのか?」
数々の「そうこ」たちを思い出し,聞くジロウ。

「俺たちが泊まってる『うまごや』にはちゃんと預けものサービスがあるぜ。やっぱり冒険者専用の宿屋だからな、料金はちょい相場より高いけどそういうところはしっかりしてるぜ」


次郎たちの泊まる『うまごや』は一泊最低でも10Gする。だいたい1Gが千円くらいだと思ってもらってもいいから一泊約1万円だ。ちょっとした観光客ならまだしも普通の人間なら常宿にするには少々高すぎる。しかし、毒を食らって戻ってきたときはすぐに解毒もしてくれるし、かなりの数のアイテムもきっちり保管してくれる。何度も書くが、まさに冒険者のためだけの宿なのであった。


「ホント、イチエイにあの時会えて助かったよ。感謝してますぜ、旦那」
頭を下げ、ナームーと拝むジロウ。

「よせよ、おい」
こちらはちょっと照れているイチエイ。肘でジロウを軽く突っついていたりする。結構可愛いところがあるやつだ。

「お、大黒商店だ。あそこは最近出来た店なんだ。ちょっと変った外装だろ?東方の国、確か日の本とかいう国に本店があるとか聞いたな。外装も変ってるけど、売り方も変わっててな、未鑑定の品を袋に入れてワゴンセールすることがあるんだ。一年に一回新年のときな。福袋とか言うらしいけど、結構いいものが入ってたりしてわりと人気なんだ。最近名前が売れてきてる店の一つだな。でも、通常日はボルタックとまったく変わらない営業形態だ。噂によると二つの店は提携しているらしい。あくまで、噂だがな。」
あれっ、と思うジロウ。大黒商店。聞いたことが無い店だ。そもそもゲームの世界ではボルタック商店しかなかったのだから無理は無い。が、しかし、何か頭に引っかかる。

『まあ、思い出せないんだから大したこと無いことだろう。』
次郎はそのままスルーした。

「さあ、ここがボルタック商店だ!」
イチエイが指差した方向には大きな店があった。人の出入りも激しくあり、またその人間の殆どが冒険者のような格好をしている。

「まあ、中に入ってみようぜ」
二人は中に入る。鉄の匂いがきつい。周り中いたるところに武器や防具が置いてあるのだから当然だといえば当然だった。

「おお、イチエイじゃねーか。またなんか売りに来たのか?」
ムキムキのドワーフがカウンター越しに声を掛けてきた。

「こんちは、ボルタックさん。いや、今日は新入りに店の紹介して回ってるんだよ」

「隣のやつが新入りかい?おれは51代目ボルタック。お前さんの名前は?」

「ジロウです。よろしくおねがいします。」
ふーんといった感じで次郎を見るボルタック。
「まあ、これからよろしくな。今のあんたには買えない物ばかりだろうけど、内には色々いいもんがあるぜ。目の勉強のためにもイッパイ見とくことをお勧めするぜ。」

「はい、勉強させてもらいます。」

といいながら次郎は頭を下げた。
改めて周りのものを見るといかにも対モンスター用といった感じの大仰な武器や、鎧が並んでいる。品物にはこれがなんであるかという符だが付いていてなかなか親切な店だな、と思った。さらに明らかに高価そうなものもあり、ここもゲームの世界と大きく違うなと感じた。何せゲームの中では自分たち自身が武器などを売らないと碌に品物がそろわないというシステムだったからだ。しかし、この世界では自分たち以外にも迷宮に入り込んでいるパーティも多く存在するのだ、品がある程度そろっているのはあたりまえだともいえた。

「あの、ここら辺にかかってるようなやつって実際に手に持っていいんですか?」
恐る恐る聞いてみる。

「ん、ああ、ショーケースに入っているようなやつ以外は手に持ってみてくれていいぜ」
フム、なかなか礼儀正しいヤツだなと思いながらうなずく。

「そうだ、ジロウ、へへへへ」
 
 イチエイがいかにも面白そうなことを見つけたといわんばかりにニヤニヤする。
「あの壁にかかってある剣持ってみろよ」
ほら、とジロウの背中を押して急かす。

「これか?」
次郎は落とさないように慎重に両手で持つ。

「んん???オメーそれ、軽々と持ってるけど……だんだん重くなってこないのか??!!」
驚くイチエイ。

「いや、なんか逆に軽くなってきてるんだけど……」
首を傾げる。徐々に羽毛のような軽さにまでなっている。

「おい、ボルタック爺さん!あれってナイトソードだよな??」
自分の勘違いかと思い、店主に確かめてみる。

「おう、そうじゃ。それがどうかしたか?」

「どうかしたか?じゃねー!!こいつ、職業「とうぞく」、なんだぜ!」

「えっ???」
ボルタックの店主も目が点になっている。
「どういうこった?こりゃ??間違いなくそりゃナイトソードのはずじゃ。お前さん職業間違えて覚えておらんか??」

「いえ、『ステータス』・・・・・・やっぱり職業盗賊ってなってます」
確認する次郎。それを横から眺めるイチエイ。両者共に確認したが、確かに盗賊だった。
「いったいどういうこった??ボルタック爺さん、ファイアーソード持たせてやってくれないか?」

「おお、いいぞ!なんだか面白いやつ連れてきたなお前!」

ショーウィンドの中にある真っ赤な刀身の剣をジロウに渡す。「ほらよ」

「どうだ、ジロウ?」
わくわくした顔で答えを待つ。
「なんか、さっきのヤツより軽く感じるし力が自分に流れ込んでいく気がする。」
「やっぱりか!」「なんと!」
二人の驚嘆の声。しかし、一番びっくりしていたのはジロウ本人だった。

「それではこっちの鎧はどうじゃ?プレートメイルじゃ。着てみろ。」
壁に掛けてある鉄の塊のような鎧を引っ張り出す。
「あの、着方判らないんで...」
戸惑う次郎。
「それくらい教えてやるワイ。ほれ、こうやってな、・・・・・・・・・・・・・・・」
「よし、できた。一度かるくジャンプしてみろ」
鼻息荒く、興奮した面持ちのボルタック

トン、と軽くジャンプしただけで天井に手が付きそうに成る。

「やはりか!!お前さん、なぜか盗賊の武器以外にもナイトなんかの装備も出来るようだな!!ワシャ長い商売で初めて見たワイ。」「次は侍の装備試してみようぜ!」
「いや、今度は逆に僧侶とか魔法使いの装備をさせてみよう!」
………結局ジロウはありとあらゆる装備を付けさせられたのであった。・・・・・・・
「すごい!お前さんはどうやら冒険者の装備のあらゆるものが装備できるようじゃ。こりゃすごいことだぞ!侍の攻撃力を持ち、戦士の防御力を持つ盗賊。忍者以上の逸材じゃ!」
「いいか、これから装備を買うならうちに来い。いくらかまけてやるから。その代わり、手に入れた財宝はうちに売りに来いよ!お前さんならレアアイテムも拾ってこれるくらい強くなるだろうからな。」
ボルタックは興奮しつつも抜け目無く次郎に提案したのであった。



着せ替え人形よろしく次々に衣装を替えられた次郎はふらふらになりながら冒険者の宿に帰り早々にベッドに入った。

寝入る瞬間また、『声』が聞こえた気がする。

「これもギフトの一つさ………」











[11947]
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:59
「おい、ジロウ、起きろ!そろそろ行くぞ!」
サラの叫び声で漸く目が覚める。なんとなく体がだるい。昨日は着せ替え大会in ボルタックを行っていたのでその所為だろう。ああいうのは精神的に疲れるなーと、思いながらのっそりと次郎はベッドから起き上がった。
どうやらサラやマナの傷はマユルのディオス(最低ランクの回復魔法)のおかげで完全に直ったらしく、朝から元気良く過ごせているらしい。

「あー、はいはい、分かった。わかりましたよ。今行くからちょっと待っててくれ。」

ぐずぐずしながらも、寝巻きから普段着へと着替える。そうして、次郎はまずは食事、と階下に向かった。一階にある食堂ではもう皆は朝食を食べ終わっていたようでワイワイと歓談していた。
「お、ジロウ。はよーっす。今みんなに昨日の話ししてたとこなんだよ。」
紅茶であろうか?コップの中身をちょびちょび飲んでいるイチエイ。

食堂のおばちゃんから朝飯を受け取ると、ジロウも皆と同じテーブルに着いた。
「昨日のか……正直疲れたぜ、昨日は」

「それで、ジロウは本来なら装備できないはずのものを装備することが出来たというのは本当なのか?」

興味津々、といった感じで聞くサラ。

「どうせイチエイの冗談でしょう?」

こちらは懐疑的なマナ。常識的に考えればこう考えるだろう。何せブレスのかかった装備の扱いの難しさは、かなり有名だ。本来は司祭の資格が無い人間が、不遜にも高度なブレスのかかった袈裟を着たとたん、布で出来ているはずの袈裟が鉛よりも重くなって動けなくなった・・・などというのは昔からの御伽噺でもよく話される有名な事実だからだ。

「いや、ホントだよ。なんか俺、そういう頚木から外れてるみたい」

焼き立てよりも少しだけおくれてしまっているが十分においしいパンをちぎって食べる。たまにスープなどにも漬けてみながら話す。
「昨日はボルタック商店で一人装備ショーやらされたからな。あれはきつかった。精神的に。次から次に持ってくるからさー。ホント、何回着替えさせられたことか。」

はぁ、とため息をつく。まだ疲れが抜けきっていないようで少し隈が出来ているようにも見える。

「なんと、本当にそんな人間がいるのか!!私はデゼルの城で色々な吟遊詩人から話を聞いたり、本もたくさん読んだが、そんな人がいるなんて初耳だ。もう一度確認するが、嘘なぞついてはいないな?」

「別にこんなこと嘘付いても意味ないじゃん」
ばっさりと答えるジロウ。確かに、嘘をついてもすぐにわかるし、意味も無い。

「…・・うらやましい・・・・・」
ボソッとマユルがつぶやく。

「ホントですよねー。私たちマジックユーザーにとっては本当に心底うらやましい話ですよー。」
タニヤもうんうん、とうなずく。
僧侶、司祭、魔法使いは前衛職のモノに比べて装備できるものは圧倒的に少なく、また貧弱だ。特に魔法使いはほぼ装備できるものが無いため、万が一間違って前衛の戦いに巻き込まれたらあっという間に死亡するだろう。

「いや、ホント、うらやましいやつだよな。こいつさ、そんなわけで将来性見込まれたんだろな、ケチで有名なボルタックの爺さんから色々貰ったんだよ。」





「ああ、そうそう、忘れてたよ。まるたて、ロングソード、あと、皮の兜くれたんだ。マナとサラはさ、後で俺の部屋にきてくれよ、渡すからさ。」
そういえば、といった感じで話す次郎。多めにある朝食を漸く半分くらい片付けられた。

「え、しかし、お前が貰ったものなんだろう?」
戸惑うマナとサラ。


「だけどさ、今んとこ前衛で働かない俺が貰っても意味ないだろ?あ、ロングソードの方は二人とも持ってるみたいだし、これは俺がちゃんと使うよ。」

「いや、しかしな、贈答品というものはだな・・・・・・・」
渋面を作るサラ。

「生き延びるため、それがまだまだレベル1の俺たちにとって必要なことなんじゃないかな?誰がもらったとか気にして貧弱な装備のまま洞窟行ってあんたたちがやられたら、イチエイは別にして他のやつも死んじまうじゃないか。だから気にせず使ってくれよ、俺のためでもあるんだからさ。」
ジロウは真面目な顔で押し通す。実際、変な気を使って一人でも前衛に死なれると、高確率で雪崩現象の死路への旅が始まることになるだろう。

「そ、そうか。有無、確かにそういわれれば、そうかも知れぬ。ありがたく貸していただくことにしよう。な、マナ。」
「ハイ、確かに理解しました。ジロウありがたく貸してもらうぞ」
意味のない遠慮はあの洞窟では足を引っ張るだけだと前回の経験が示唆していた。二人はそれを認めて常識からは少し離れたが、意義のある答えにたどり着いた。

「みんな、ごめんな、漸く食べ終わったよ。それじゃ、装備しなおしたら洞窟に行こうか。」
やっとボリューム満点の朝の定食を食べ終わったジロウ。腹もくちたし、冒険の時間だ!






結局まるたてはマナ、皮の兜はサラが装備することにした。
マナは二つともサラがつけることを一応提案したが、君主たるべしを日ごろから心掛けているサラは一つずつ装備することを頑なに主張した、という一幕もあった。




「そういえばさ、なんでジロウって装備制限が無いのか心当たりって無いのか?」
洞窟までの道のりでイチエイが何気なく言う。

ジロウは遂に来たか!と思った。昨日の夢への入り口で突然聞こえた『ボーナスさ』という声、あれが聞こえたからには恐らくは例の『声』達の仕業であろうが、それを話すならば自身の様々なことを説明せねばならない。これらを軽々しく明かすわけにはいけない。
「…いや、特に無いよ。強いて言えば俺、前も言ったけどボーナス配分神様に勝手に決められてたんだ。しかも、なれる職業が盗賊だけっていう変なステータスでさ。それの所為かも」

ジロウはとにかく今は細かな真実を喋ることをしないことを選択した。いくら冒険の仲間であるといってもまだまだ作りたてのひよこパーティであるから、仲間の各人がどのような反応をするのか判らない。
 
 「へえ、お前の変なステータスだと、確かに戦うのには不向きだもんな。それを補うために神様が気を使ってくれたのかもな、まあ、それにしても不公平だと思うくらいの補い方だけどなー。俺も生まれが貧民でさ、男ならやっぱり、ここリルガミンに来たら侍かロードになって故郷に錦を飾りたいって思ってたんだわ、ボーナスの奇跡の事とか種族適正知らずにさ。」
 男の生まれたからにはやはり一度は剣の道に憧れを持つものだ。それはホビットであっても当然あることだった。
 
 「でも、まぁ実際にはボーナスも1桁で、盗賊になったけどな。他の職業選んでも、まともにパーティ組んでくれそうなやつらが出そうに無かったからさ。死にたくは無かったからなー。」
 
 たしかに、力の無いホビットの戦士はめったに見かけない。突き抜けた存在である忍者にでもなればホビットでも存在するが。それほど、種族に対する職業適性というのは大きいものだ。
 
 「お前みたいに俺も装備の制限から抜け出た存在だったら、どんだけいいことか。」

さびしそうに言うイチエイ。自分の種族、職業に心のそこでは未だにどこかで納得できない部分があるのかもしれない。

「ま、いまでは盗賊でよかったと思ってるけどな!レベル上がるときもすばやさと運ばっかり上がるしさ。やっぱ適性あったんだろうな。自慢になっちまうが結構器用だし」
迷いを吹っ切るように明るい、大きな声で締めるイチエイ。愚痴っぽくなってしまっているから、それを晴らすためだ。やはりかなり気を使うタイプの人間らしい。




「迷宮に着いたようだな、では各人準備体操!」
リーダー的な役割のサラの号令の下、準備体操をする。
「では、おさらいだが、タニヤはすぐにカティノ。マユルは危なくなった仲間にすぐにディオス。イチエイ、私、マナは壁になりつつ敵を殲滅、ジロウは隠れて奇襲攻撃。みんな、いいな?」

まずは階段を下りてまっすぐいき、右手にあるドアをあける。空けた瞬間に出てくることもあるため絶対に油断しないように気をつける。まずは一つ目……!何も出なかったようだ。次に二つ目……また何も出てこない。
さて、次は三つ目だ・・・・・・何もでない………


っといきなり魔方陣のような模様が扉近くの地面から浮き上がりモンスターが出てくる!もう出てこないとものと思っていた一向は対処が遅れる!
かみつかれそうになるマナ、しかし、まるたてをバックラーのようにして捌く。尻尾でサラをなぎ倒そうとする『何か』!しかし、ロングソードで受け止める!他の『何か』の攻撃をイチエイが華麗に避ける。流石にレベルが違う。
「一旦後ろに下がって体勢を立て直すぞ!」サラの指令が響き渡る。

「イチエイ、これはなんだ?」どのようなモンスターかたずねるマナ。
「リーチリザードだ!安心しろ、そんなに強いやつらじゃない。とにかく、作戦通りに行こうぜ!」興奮した声で答えるイチエイ。雑魚相手とはいえ奇襲攻撃を受けた所為で大分興奮したらしい。

「カティノ」
タニヤがすぐに眠りの魔法を唱える。五体中三引きが行動不能になる。残りの二体をイチエイとマナで相手をし、眠っているものをサラが攻撃する。次郎はその間に大きく回りこんで隠れる。
サラの攻撃は眠りについていたリーチリザードの真ん中を突き刺し絶命させる。そしてマナとイチエイが一撃ずつ加えて一体を殺す。残りの一匹が仲間を殺された恨みの唸り声を上げながらマナたちに襲い掛かるが、何とか突進を交わせるよう重心を準備する。マユルは万が一を考えていつでもディオスを掛けられるように精神を集中させる。
っと隠れていた次郎が突進攻撃をしようとしていたリーチリザードに攻撃を加え、見事に倒す。

全ての敵が光になったことを注意深く確認する。どうやら全てが消え去ったようだ。ふーっと緊張を解くための呼吸をする。レベル1のメンバー達のパーティで初めての奇襲を受けたのだ、そのプレッシャーたるや相当なものだ。
「……宝箱」目の前に現れた宝箱を報告するマユル。

「よし、それじゃ解除だな。んー。これは……」じっくり観察するイチエイと次郎。

「どう思う?次郎?」      

        『罠はないよ』   
 また声が聞こえてきた。しかし、自分の意見とも一致する。
「たぶん罠自体何もかかっていないようにおもえる」
幾分自信がなさそうに答える。なにせ訓練所では罠の無い宝箱など殆ど無かったからだ。

「やっぱりお前もそう思うか。俺も罠はないと思う。」
盗賊二人の鑑定が一致するのだ、まず大丈夫だろう、と宝箱はイチエイの手によって開けられ、無事、中の金は回収された。


「タニヤ、カティノはもう一回使えるな?」サラがたずねる。

「はいー、サラ様。先ほどは一回しか使いませんでしたからー」
それを聞き、ウムとうなずく。
「どうだろう、イチエイ。先ほどはまったくダメージを受けなかった。もう一戦してもいいと思うんだが。」

「そうだな、いきなりの奇襲にも対処できたし、もう一戦くらい行ってもいいかも知れんな。」
実際、初めての奇襲戦にしては上手くいったと思う。ボルタックで貰ったまるたてが活躍してくれたし、運がいい。こういうときは攻めるのがいいかもしれない。保険として俺もいるしな、とイチエイは考えた。

「じゃあ、つぎ行こうと思うが、反対のヤツいるか?」
一応確認を取るが、先ほどの戦闘の勢いか、やはり反対するものはいない。

「よし、次だ。」






この決断が間違いだったことを思い知るのはすぐ後であるのだが、勢いに乗ろうとしていた彼らにそれを知る由は無く、後に大きな教訓ともなった。







[11947] 10
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/15 00:59
リーチリザードからの奇襲をしのいだ一行は勢いに乗ってもう少し探索してみることにした。とりあえず、リーチリザードの現れた部屋を踏破し、後にデュマピック(自動マッピング)の魔法の恩恵に与れるようにする。もちろん,紙でのマッピングも同時に行っている。担当は大抵盗賊で、この場合はイチエイが次郎に教えながら行っていた。
 紙に地図を書き終えてから、部屋を出て右手に進み、新しいドアを見つける。

「さて、新しいドアだ。みんな、準備はいいな?」
サラが一行を見渡し、確認を取る。

「では、あけるぞ。」
利き手には剣を持ち、左手でドアを慎重に開ける。

先ほどの様なことが無いように十二分に待つ。





しかし、敵は出てこなかった。

「ふう、出てこなかったか。」
少しの残念な思いと安心の混じった声でつぶやくマナ。

「さてと、次の部屋にいくぞ。T字になっているがまずは左手に行ってみるか。」
イチエイが左に親指を向けながら提案する。
皆、頷き、賛意を示す。

左手に行ったすぐ後にまた扉がある。先ほどのように慎重にドアを開ける。
と、部屋に光があふれるのが見える、急いでドアを完全に開けきり、陣形を組む!
なにやら槍を持った蛮族のような一行が出現する。

「しまった!」
イチエイが敵の正体に気付き、声を荒げる。

「どうした??」
目線は前に向けつつ尋ねるサラ。

っと『何者か』から槍の一撃がサラめがけて飛び込む!ぎりぎり避けるサラ。明らかに攻撃が今までの敵より鋭い!

「気をつけろ!こいつらは『ネザーマン』だ!知恵も多少あるし、攻撃力も高い!とにかく攻撃より、当たらないように防御に気をつけろ!死ぬぞ!」

「カティノ!」
イチエイの警告を聞き終わる前に片側の一団に眠りの魔法を唱える。
何とか5体中3体が眠りに落ちる。それ幸いとマナとサラが眠りに落ちた者達を切り付けに行く!そのとき!
ビュン!!
ともう一方のネザーマンの一団から槍が投げられる。虚を突かれたマナの肩にそれが刺さった。
「くうっ!!!」
唸りを上げるマナ。しかし、痛みに耐えつつ剣を振りかぶり、ネザーマンの眠りを永遠のものとする!

「マナ!一旦下がってろ、ジロウ、スイッチだ。前に出ろ!サラもあまり突っ込みすぎるなよ。とにかく俺が壁になる、その隙に一匹ずつ確実にしとめるんだ、いいな!?」
イチエイの声を受け、どこか隠れる場所は無いかと探していた次郎はマナの傷に気付き、急いで前線に出る。サラも眠っていたモンスターを一匹仕留めてから、眠っている最後の一匹に目もくれず、急いで後ろに下がる。

「良いか、俺が一番前に出るから俺に攻撃してきて態勢が崩れたヤツをやれ!」
イチエイを頂点とした二等辺三角形の陣形を取る。

「ぎゃおえー!!」
仲間を殺されて興奮したのかネザーマンの群れがイチエイに殺到する。レベル6の盗賊といっても流石に6体もの槍を裁ききれるものではない。少しずつかすり傷を受けながら避けることに専念する。
「セイッ!」
イチエイに攻撃を避けられたことによって体制を崩したネザーマンの隙を逃さぬようにサラと次郎が切りつける。


「ディオス」
マユルの治癒の魔法がマナにかかった。しかし、効きが薄い。
「もう一度やってくれマユル!」
マナが肩に刺さった槍を抜きながら頼む。前線に出て戦える状態では未だ無い。

「…了解」
マユルがマナにまたディオスを掛けるため精神を集中させる。

「イチエイ、まだ大丈夫か!?」
倒した分、先ほどよりも攻撃の手が薄くなって来た。その中でジロウはイチエイが未だワントップでいられるのか聞く。いくらなんでも盗賊がパーティの最前列をそう長い間張れるはずも無い。

「正直、きつい…っと、そっちいったぞ!」
痛みと疲れを感じさせる声で答える。

『カティノが使えたら!!』すでに二度カティノを使ってしまったタニヤはもはや、皆の足を引っ張ることが無いように最後列で眺めるだけだ。自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えるが、どうにも仕様が無い。もし、先ほどの戦闘で満足し、一旦帰った後であったならもう一度カティノが使えるのに!『神様、せめて次のディオスは聞きますように』ただ、祈る。


「ディオス」
その祈りが通じたのか、二回目のディオスはマナの体を完全に回復させる。

「姫!イチエイ、今行きます!」

「イチエイ、マナが回復した!お前は後ろに下がっていろ、今度はマナも上手くやってくれるはずだ!」
マナの声を聞き、サラが指示を出す。

「了解だ。あいつらの槍には気をつけろよ!レベル6だからこんな傷で済んでるがレベル一だと下手すれば2発食らったら死んじまうからな!こいつらはアンデッドウォーリアーと並んで、別名初心者キラーってんだ」
イチエイが下がり、サラとマナ、そしてジロウが前を固める。
残りのネザーマンは4体。帰って来たマナを警戒したのか様子を見るかのように攻撃の手を休めるネザーマンたち。

「マナ、すまんが一旦前に出て剣とまるたてで攻撃を捌いてくれ、たてのあるお前が一番防御に優れているはずだ。その隙を突いてジロウと私が時間差で切り込む。良いな?次郎?イチエイは余裕があれば、で良いから奇襲攻撃をしてくれ、ただし、本当に攻撃を受けないと確信したときだけでいい。」
睨み合いながらサラが指揮を執る。

「了解しました。」
「わかった。未だ少し動けそうだが、無理はしねーようにするよ。」

「では、三、二、一!いくぞ!」
二人の了解の答えを聞き、タイミングを取る。

「でやー!!」
わざと敵の的になるように声を大きく張り上げながら剣を振りかぶるマナ。その勢いに驚いたのか一瞬相手の動きが乱れる。そこをジロウがロングソードで切り掛かる!しかし、一瞬早く槍でかろうじてその攻撃を受け止めるネザーマン。内心で相手を罵倒しながら、少しでも相手にダメージを与え、距離をとるため前蹴りを放つ。槍の攻撃の痛みを未だ知らない次郎はしかし、ネザーマンが強敵であることは十分知っていたため、その恐怖からか、その蹴りはいかにも不恰好だった。




ポンッ



それはまるで出来の悪い人形劇のようだった。ジロウのがむしゃらな前蹴りを腹に食らったネザーマンが後ろたたらを踏んだ、と思ったら何故かその首がいきなり吹っ飛んだのだった……

「クリティカルヒット!?」
隠れる場所を探すのも忘れて棒立ちになってしまうイチエイ。しかし、その驚愕はこの場にいた全ての者に及んでいたため幸い攻撃を受けることは無かった。逆に一瞬早く立ち直り相手の後ろに回りこむ。
「サラ、マナ!今だ!攻撃しろ!」
大声で叫ぶイチエイ。

ただでさえ恐慌をきたしていたネザーマンたちは、突然後ろから大声をだされ、パニックに陥る。その隙を付きイチエイ、マナ、サラはそれぞれ一匹ずつ切りつける。しかし、流石に槍を持つ生き物だけはある。マナ、サラはあいての槍の一撃をくらってしまったが、なんとかその命をも断ち切った。




「ふう、漸く終わったか・・・・・・」
長い戦いを終え、溜息をこぼすサラ。

「しかし、さっきのはなんだったんだ?一体、ジロウ??」

「俺だって知りたいよ……イチエイが後ろから首に一撃やったのかと思ったんだけど違ったみたいだしな……」

 本当はなんとなくわかっていた。あれは忍者のスキルの一つクリティカルヒットだろう。
このゲームではたとえ素手であろうが、蹴りであろうが、クリティカルヒットの表示が出ればその時点で敵は首をはねられて死ぬ。そのことはジロウも覚えていた。これもあの声たちが言った『ギフト』の一つだろう。とすると……

「あれはどう見てもクリティカルヒットだな……俺も実際には見たことはなかったが、話には聞いていた。ハイレベルの特殊な武器や忍者の一撃が引き起こす奇跡の一つだ。殺意のこもった一撃が当たれば稀に相手の首がギロチンにでも掛けられたように吹っ飛ぶって話だ。」

「しかし、ジロウは盗賊だし、剣もただのロングソードだろう???」
「確かにそうなんだが・・・・・・ジロウ、マジでお前何者なんだ??忍者でもないただの盗賊があんなことできるはずないぜ。それに前線に出たときの攻撃の手数もそうだ。明らかに俺たち普通の盗賊の域を超えてた。戦士やロードのマナやサラと同じ、いや、それ以上かもしれなかったぜ。」
疑惑の目つきでジロウをにらむイチエイ。この常識の通用しない洞窟での出来事でも、あまりに常識外れすぎる。
なんとなく気詰まりな雰囲気でジロウを見つめる一行。

「でもー、ジロウさんは装備も何でも出来ちゃうし、そういう人なんじゃないんですかー」
っと穏やかな声でタニヤが皆に語りかけるようにする。
「……確かに。普通の盗賊でないことはわかっていた…」
マユルも頷き、発言する。

「まあ、確かにな。装備の時点でただの盗賊ではないことはわかっていたか。まあ、とにかく普通以下ではなく、以上なんだから儲けものと思っておこうじゃないか」
サラはやれやれ、といった感じで意図的に明るい調子で話を収める。

「ま、そうだな。おっとそうだ、宝箱、宝箱。」
この話は終わりだ、と宝箱に向かうイチエイ。しかし、決して納得してはいない。

「どうやらまた石礫みたいだな。ジロウ、見ててやるから解除してみろよ。」

「おし、判った。・・・・・・・・・・・・よ、っと、これで終わりだ」
石礫を放たれること無く無事に宝箱を開ける。
「お、なんか剣みたいなもんが入ってたぞ!」
初めての戦利品だ!


「おい、ジロウ、それ、なんだとおもう??」
イチエイが何か言いたそうな顔でジロウに言う。

『ショートソード』

また、声が聞こえる。良いだろう、いいかげん受け止めねば。そう思い、
「ショートソードだと思う」
と次郎は言った。

その瞬間「剣?」は一瞬淡い光を放った。

「おい、今のは??」
サラがイチエイに向かい、尋ねる。

「まさか、と思ったが、こいつ鑑定も出来るみたいだ。さっきのは鑑定の奇跡の光だ。未鑑定のものがビショップなんかに正体を見破られると一瞬だけ光って誰にでもそれが何であるのか認識できるようになるのさ」

「つまり、ジロウは鑑定も出来るというわけか・・・・・」
マナが怪しいものを見る目つきでジロウを見る。

「本当に次郎は何でも出来るのだな。これはいい拾い物をしたな!」
快活な笑顔を浮かべながらサラが言う。心からうれしそうな笑顔だ。能天気なところのあるこのお姫様は本当に喜んでいるだけらしい。
「ジロウ、お前多分今日寝たらレベルアップするけど、その結果ちゃんと教えてくれよ。いいな。」
念を押すように次郎に言う。なんとなく何を予測しているのか次郎にはちゃんとわかった。自分自身もそうではないかと思っているからだった。

「さて、今度こそ帰るか。」
サラが皆に宣言する。

空けた部屋を踏破し、マッピングをして、梯子までへの帰路に向かう。



と目の前にスライムが見える!

「おい!スライムだ!この状態でも勝てるとは思うがやばい!逃げるぞ!」
イチエイは壁の凹みに隠れるように支持する。



何とかやり過ごせたようだ。


「あぶなかったな。徘徊モンスターがいることをまるで忘れていた……」
ふーっと、溜息をつきながら周囲を警戒する。

漸く梯子に着けた一行。皆、やっと・・・・・・といった感じだ。今日はあまりにも長い一日だった。
地上に出てサラが言う。
「今日の反省としては、呪文の詠唱回数は出来るだけ完全に近づけておくこと、だな。やはり、カティノも二回使える状況で漸く戦えるレベルだということをちゃんと自覚せねばならない。それに徘徊モンスターだな。あれがスライムでなくまたネザーマンだったら私達は全滅していたかもしれん。なるべく地上に近いところだけでしばらくはレベルを上げよう。」
皆、頷き、宿屋へと向かった。


ジロウ達は疲れきった体で夕飯を平らげ、次回の探索の話をした。今回は前衛組みがダメージを多く受けているので5日後をめどにした。マユルのディオスの回数がレベルアップによって上がるだろうから実際はもっと早いだろうが。










そして、ベッドに入り眠りに付く。
また『こえ』が聞こえるが今回はいつもと違う声のようだ

[ジロウはレベルが1アップ ヒットポイントが10上がった、力が上がった、知恵が上がった、生命力が上がった、すばやさが上がった、運が上がった。新しい呪文を覚えた。]

「やっぱりか」
 夢現の状態でジロウはどうやら一騎当六とやらがどういう意味なのか理解した。










[11947] 11
Name: 炯◆7c1373d4 ID:140f0f98
Date: 2009/11/16 00:43
「なんか、色々おかしいレベルアップしたよ、やっぱり。」
皆で朝食をとるために食堂に集まったとき、次郎が告白した。

「やっぱりな。それで、どんな感じにレベルアップしたんだ?」
パンをちぎりながら、やはり、という感じでイチエイが答える。

「まず、信仰心以外が全部上がって、それに、呪文を覚えたらしい。盗賊なのにな。」

「まて、お前、たしか、生命力と運の二つのパラメーターが種族限界だったよな。その二つも上がったのか?」

「ああ。なんか上がったらしい。信じられないけどな。」
自身、信じられないといった顔で答える。

「…呪文、何…覚えた?」
スープにパンを浸しながらマユルが聞く。表情には表れにくいが、なんだかんだでやはり好奇心がジロウの異常性に向いている様だ。

「あ、呪文覚えたのに、何覚えたか確認するの忘れてた」
しまったという顔のジロウ。一応の覚悟はしていたが、やはり混乱してしまっているようだ。何を覚えたのかを確認するのは冒険者にとっても、ゲーマーにとっても最優先確認事項であるのだがそれさえも出来ていない。

「…私はカルキを覚えた。あと、バディオスとミルワも……」
少しだけ嬉しさと自信を感じさせる声色で言うマユル。彼女が積極的に声を上げるのだ。顔には表れていないが内心はかなり嬉しいのであろう。

「これでマユルさんは一つ目の位階の呪文を全て覚えましたねー。私もデュマピックとモグレフを覚えましたから、同じく一つ目の位階の呪文は全て覚えましたよー。これでカティノを最大で四回使えますー。」
いつもよりも更にニコニコしながら、スープを飲みつつ話すタニヤ。





ここで少し、魔法の説明をしよう。

僧侶であるマユルが今回覚えた第一位階の魔法。その効果は...

カルキはパーティ全体の回避率をわずかに上げる呪文である。
また、バディオスは一体の敵に少しのダメージを与える呪文である。
ミルワは少し変わっている魔法だ。効果は『洞窟の先を少しの間明るくする』ただそれだけの魔法である。
余談ではあるが、ハッキリ言って僧侶の第一位階の魔法で使う意義があるのは最も基本的なディオスのみである。
 

 一方の魔法使いであるタニヤが覚えた第一位階に位置する魔法は、というと。

デュマピックの魔法。この効果は『地図表示』である。洞窟の入り口を原点とし、座標で現在位置と踏破した洞窟の地形情報を教えてくれる、迷ったときに非常にありがたい魔法である。
モグレフの方は、唱えたものの回避率を上げてくれる魔法である。が、しかし、またしても余談になるが、魔法使いがこの魔法を唱える事態に陥ったとしたらそれは戦術的な失敗を意味するので、”使えない魔法”の筆頭にさえ挙げてもよさそうな魔法だ。


なぜ、こんな魔法達を覚えたことで嬉しそうにするのか?これはタニヤの先ほどの台詞の最後に言った『これでカティノを最大で四回使えます。』という言葉に集約される。
ウィザードリィの魔法の限界使用回数は七つある位階ごとに決められる。つまり、第一位階の魔法を一回も唱えられなくても、最高位である第七階位の魔法を7回使える、ということがありえる。
 一般的なマジックポイント制はドラゴンクエストのように全体の大きなMPがあり、そこから引き算していって0になるとあらゆる魔法を使えなくなる、というものだろう。つまり、ホイミが使えない状況ではベホマも唱えられない。上級魔法の方がより多くのMPを食うからだ。しかし、ウィザードリィの世界ではマジックポイントは位階毎に決められるのでベホマに相当するマディを唱えられるが、ホイミに相当するディオスは全く使えない、といった状況がありうる。
そして、位階毎のマジックポイントの制限値は最低でも、その位階で覚えた魔法の数、となる。つまり、五つの第一位階の魔法を覚えたマユルは五回ディオスを唱えられ、4つの第一位階の魔法を覚えたタニヤのほうは4回カティノを唱えられるということになる。
 このため、一般的には使い道が無いような魔法でも覚えれば、”使用意義のある魔法”の使用回数を上げてくれるので、意味があるのである。マユルとタニヤが嬉しそうな理由。これがその答えである。
 ちなみに、一回の冒険で唱えられる限界使用回数は、一つの位階毎に、どんなに頑張っても9回が限度である。たった9回しかディオスは使えないし、マディも同じく9回しか使えない。このシステムを守りつづけているのがWIZARDRYシリーズの特徴であり、また、高難易度の原因の一つでもあるだろう。
 




 
「それでは今から確かめてみてはどうだ?」
サラダを大皿からとりわけながらサラが言う。相変わらずジロウの異常性に対して何も考えていないような様子だ。

「そうだな。ステータス。と、呪文書は……何だこれ、マジかよ」

「どうした?」
驚きの声を上げるジロウの隣のイチエイが覗き込もうとする。

「ちょっと信じらんねーな……」
やはり唖然とするイチエイ。予想していたとはいえ、現実に目の前に起こるとなかなか衝撃は大きい。

ジロウのステータスの呪文書には魔法使い、僧侶の両方の第一階位の呪文全てが書かれていた。

「おまえ、もしかしてレベル一のときにもう呪文覚えてたのかもな。呪文書みてなかったから気付かなかっただけで。普通ロードや侍でもレベル2で第一階位の呪文なんて覚えねーからな。魔法使いと僧侶の要素も端から持ってたと考えるのが妥当だろうからな……」
半ば呆れたような口調で言うイチエイ。

「なんだ、それならジロウにもディオスやカティノを使ってもらったら良かったな。」
のほほんとしたサラ。本物のロードというものはこれくらいいい加減で良いのだろうか?とさえ思ってしまう。

「ジロウ、お前、本当に何者なのだ?種族限界値を超え、クリティカルヒットや鑑定、お次は魔法。本当に神に選ばれた存在だとでも言うのか?」
じとーっとした目でジロウを眺めるマナ。やはり疑り深い性格のようだ。

「いや、実際そうなのかも知れんぞ、ボーナスは神が決めていらっしゃったというし、このような特別なステータスもその証かもしれん。そうなれば、私達もいつか吟遊詩人たちに詠われるようになるかも知れぬ。うん、そうなれば故郷のみんなもきっと喜んでくれるに違いない。」
「そうですねー。カッコよく詠われたいですよねー。頑張らなくちゃいけませんねー」
サラとタニヤの楽観主義2人組は嬉しそうに語り合う。なんとなくマナがこの三人組のメンバーに入れられていることに納得してしまう。

「そ、そうですね。そうなると良いですね。」
サラがそう言うのならマナも倣わねばならない。ちょっと引きぎみながらぎこちない笑顔で話を合わせるマナ。
苦労してるんだろうなー、とジロウは思ってしまった。自分が原因の一端のくせに……

「そういえば、マナもレベルアップしたのだろう?どんな感じだったのだ?」

「あ、はい、夜寝てたらですね、夢うつつの状態のときにどこからとも無く神秘的な声が聞こえてきましてヒットポイントやら力やらが上がったと言ってくるんです。これもリルガミン特有の事象なのでしょうね。ちなみに私はヒットポイント、力、生命力、すばやさ、運が上がりました。」

「うーん。なんとも不思議な体験をしたようだな。私も早くその声とやらを聞きたいものだ。」
「サラ様はロードですからね。話によるとロードは大器晩成型とのことですが、きっともうしばらくすればレベルアップしますよ。僧侶の魔法も覚えるかもしれませんよ。」
残念そうなサラを慰めるようにマナ。
そう、今回のレベルアップはサラを除いた全員であった。サラは経験値を多く必要とするロードであるため、今日は未だレベルアップはしていなかったのだ。

「それじゃ、次の冒険の時はサラは後衛だな。俺とジロウ、マナが前衛でやるぜ。」
ウィザードリィの世界ではレベル1と2の差はとてつもなく大きい。それをよく知るイチエイは当然のようにそういった。
「む、盗賊二人が前衛でロードの私が後衛か……前で戦いところだが、しかし、無理を言うのは申し訳ない、か。すまんがよろしく頼む。」
残念さを顔であらわした後、少し前に体を傾け礼をし、信頼を託す。


「とにかく、マユルも次郎もディオスを5回使えんだからどうやら、明日にはまた迷宮に潜れそうだな。」
満腹になった腹をさすりながらイチエイが予定の変更を告げる。うなずく面々。思ったより断然早く冒険に復帰できそうだ。この初心者達にとっては一泊10Gでさえも結構きつい。
「イチエイは明日も来てくれるのか?」
確認するサラ。
「ああ、ちょっと興味もあるしな。取り分は7分の2で良いぜ。」
答えるイチエイ。
「そうか!助かる!」
嬉しそうにするサラ。助かるのが戦力的になのか、金銭的になのか……どちらとも取れる言い方だがあまり深く考えていないのかもしれない。
「とりあえず、飯食い終わったらディオス頼むわ。マユル、ジロウ。」
「おお。」
「…了解。」


 こうして、レベルアップの日の一日は過ぎていった。
 
 
 
 
 
 
「よし、準備出来てるな、それじゃあもう一度確認するぜ。前衛は俺、マナ、ジロウ。後衛はサラ、マユル、タニヤの順で、何かあったらすぐにスイッチできるようにサラは準備してくれ。作戦は前回同様、まずタニヤがカティノ。効果があった奴らを俺たち前衛が始末して、後衛はいつでも呪文を出せるように集中しといてくれ。サラはスイッチも大事だが、もしも、そっちまで抜けた奴が居たらその相手もしてくれよ。」

大まかな戦術の確認をするイチエイ。昨日のディオス連発でもうすっかり傷は無くなり、好調な様子だ。彼の確認に了解の意思を示す他のメンバーも完全な状態のようだ。計画通り一日を置いただけで迷宮に再び入ることが出来た次郎たち。
 まずはいつもどおり、一番近い扉から空けていく……
いきなりヒットだ!リーチリザードの群れが出てくる。
「さて、こいつらはもう一度会ったこともあるし、それにレベルも2になった。ちょうどよくレベルアップの凄さを体験できるなかなかいい遭遇だな。マナ、ジロウ、今回は矢面には俺が立たないで置くことにするぜ。まず死ぬことは無いから安心してやってくれ」
落ち着いた声でリーチリザードたちを眺めながらイチエイが言う。
「了解。」
「判った。」
緊張した面持ちで了承の返事をする二人。
「よし、ジロウ、カティノが効いた奴らに一気に行くぞ!」
その緊張を吹き飛ばすように丹田に力を入れて声を出すマナ。
「カティノ!」
その声とほぼ同時にタニヤのカティノが真正面の群れに放たれ、2匹のトカゲが眠りに落ちる。急いで突っ込んで攻撃を放つサラと次郎。眠りに落ちた無防備な敵に無慈悲に切りつけ、絶命させる。しかし、残りの3匹の攻撃が二人に降りかかる!
「く!」
モロに爪で引っかかれる次郎。
「けど、全然いける!」
再び爪で攻撃しようとするリーチリザードから距離を置くジロウ。
「だいじょうぶなんだな??」こちらのマナはまるたてで上手く攻撃を捌き、距離を置く。

もし、レベル1でこの攻撃を受けていたら6,7回も受ければ死んでいたかもしれない攻撃だが、レベルが上がり大幅にヒットポイントが上がった今では一撃程度では大怪我にはならない。

「ああ、レベルアップのおかげだ。掠り傷…って訳には行かないがまだまだ前衛でいける。」
ゲーム上でもレベル1のパーティと2のパーティでは雲泥の差がある。そんな世界で今生きている次郎にとって、その差はさらに大きく感じられた。

「カティノ!」
再び眠りの魔法がトカゲを直撃し、残りのトカゲが全て眠りに付く。それを落ち着いて次々に攻撃し、その命を光の粒にする!

「いや、後ろから見ていたがレベルアップとは凄いものらしいな!次郎が爪でやられたときはスイッチしようかと思ったのだが、明らかに血の出が少ないし、声も大丈夫そうだったので様子を見るだけにしたが…見事に勝利したな」
サラが感嘆の声で次郎に声を掛ける。

「初めて攻撃食らって一瞬凄くびびったんだけど、レベルアップのおかげか思ったよりは痛くなかったぜ。でも…」
緊張が未だ解けきっていないのか、少し震える体で答える。そう、次郎はこれが始めての戦闘での傷だった。訓練所で剣の稽古をつけていたおかげで何とか痛みにもある程度耐性が付いている、そう思っていたが実戦となれば話は違ってくる。痛みだけでなく、命のかかった戦闘という恐怖がある。その覚悟も出来ていたはずだった。今までは運がよかったが今回初めて攻撃を受け、傷は深くは無かったがその恐怖が思ったよりもずっと重いということに気付いた。

「サラはよくレベル一であんなに頑張ったな。マナもだ。尊敬するよ。見てくれよ、俺なんてレベル2になって、もう敵も居なくなったのに未だ体が少し震えてるぜ。」

「フン、そんなものだろう。わたしだって初めて冒険に出た日の夜は恐怖が急に襲ってきたし、一昨日のネザーマンの日なんてなかなか寝付けなかった。」
ぶっきらぼうにマナが言う。
「ああ、私もマナと同じだ。夜に急に吐き気さえ伴う恐怖感に駆られてな……なかなか冒険譚のようにカッコ良くはいかんものだなと情けなく思ったものだ。」
サラもそれにうなずく。

「そうだ、みんなそんなもんだろ。でも、何回もここに潜ってればその恐怖も少しだけど、やわらいでくる。それに、臆病にしてくれるその恐怖を利用しようって風になってくるもんだ。その恐怖が無い奴なんてすぐに無理して死んじまう。実際俺がリルガミンに来たとき、酒場の常連で周りの奴らを臆病者扱いするやたら威勢のいい戦士の男が居たんだが、今はもうそいつを見かけることは無いぜ。」
イチエイも続いて賛意を示す。

『こいつら……さすが中世の世界に生きているだけあって強い…』
全くそんなそぶりを見せなかった仲間の告白に驚く。自分はまだまだこの世界に生きている実感が無かったのかもしれない。そう反省するジロウ。



宝箱を調査し、罠を外す。今回は未だ震えの残る次郎は宝箱には触れず、全てイチエイが行った。中身をジロウが鑑定し、ただのつえだと判明する。


「さあ、次の扉に行こうか。いざとなれば次郎もカティノを使えるし、ディオスも未だ残っている。それにレベルも上がっている。」
前回は連戦で失敗したが、今回は前回とは違う。十二分に安全だろう。


こうして、次郎たちは無事、合計二回の玄室戦をこなし、町に戻ることが出来た。



















     一応、前回までの投稿の分の誤字、脱字を直しておきました。かなりあったので直すのがなかなか遅れまして申し訳なかったです。一話の最初っから「の」が連続してあるし……wordの校正機能を使ってみたら良いのではとのご意見がありましたので、それを採用させていただき、さらにざっと自分の目でも見てみました。漢字の変換ミスにはwordさんも流石に対応していないみたいでそこはなかなか苦労しました。自動校正ソフトのもっといいやつがあったらうれるだろうなー。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.060144901275635