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[11215] 妙薬の錬金術師(現実→鋼の錬金術師、転生TSオリキャラ)【R15】
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2012/03/30 23:20
TS物。
主人公原作知識なし。

R15



[11215] 1話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/10/02 00:13
がたんがたん、と音をたてながら列車が走る。


窓から映るのはいつまでも変わらないフラットな景色。


「【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートン。1907年、7年前に弱冠13歳で国家錬金術師資格を取得し
国家錬金術師の中でも特に珍しい若年の女性の国家錬金術師であり
そして女性での国家錬金術師資格の最年少取得者でもある。
出身はアメストリス南部で有名な、多く優秀な高官を輩出していると名高い名門一族のバートン家の娘である。
『錬金術による栄養学の発展とそれに基づく化学的医療法』を自らの研究テーマにしており、彼女が国家資格取得以降すぐに作成し
提出した、過酷な場所でも長期保存可能な栄養食品「バランスブロック」はアメストリス国軍の軍事食として正式採用されており
そのバランス・ブロック提出後の査定はその功績により2年間不要となった。
バランス・ブロックは軍の中でも特に最前線で戦う軍人に人気が高い軍事食でそのまま一般にも販売されるほどである。
一般化されたものは風邪などで食欲不振になった人でも食べやすくしてある液状タイプなどがあり
その他にはカロリーを減らしたダイエットタイプなどもある。
一般化された後、一時期バンランス・ブロックでのダイエットが若い女性達で流行したことも有名。

ちなみに1908年のイシュヴァール殲滅戦では国家錬金術師としての参加は14歳という年齢もあり軍人としての訓練も受けていないので
倫理的な面で問題があるとされ戦闘には出ることがなく後方での武器の修理や生産、戦闘に参加する国家錬金術師の身の回りの簡単な雑務などを行い
国家錬金術師としての義務を全うした。
その後も様々な行軍食や一般大衆向けの健康食品などの開発に力を入れており、彼女の創る独創的な発明は大きく注目されている、か……」

エドワード・エルリックはボリボリ、と妙薬の錬金術師が作成し、軍からその製品が一般化された食品『バランスブロック・チョコレート風味』を食べながら
女垂らしの上司から渡された【妙薬の錬金術師】についての簡潔な文章が書かれている書類を読み上げる。





「兄さんそれ美味しい?」



「まぁまぁだな…でもよくこんなもんで国家錬金術師資格の査定二年間見送り…」

クッキーを凝縮して長方形の四角くし棒状にしたような食べ物、バランスブロックはクッキーのようなサクサク感としっとりとした食感を
両立させ、喉に通り易く、それに加えチョコレートの風味と柔らかな甘さが絶妙であり、現在五本目だが、飽きがこない味で食べやすい。

「僕もそう思ったから色々調べてみたけどそれ低いコストで作れて
そして場所をとらない形で輸送しやすくてそして高栄養食、加えて長い保存が可能な特殊な包装を行っていて軍事食としては完璧らしいよ」




「あと資格取得時の時の話は、試験時にその食べ物を練成して大総統に食べさせて、大総統を喜ばせてそのまま実技試験合格をもらったっていう話があるけど」

「……いいのかそれで」

エドは国家錬金術師の実技の不可解さに頭を抱えた。

「兄さんは大総統に槍を向けて合格したよね…」

弟の台詞を兄は頭を抱えながら首を背けて無視をした。



がたんがたん、と列車の走る音しか聞こえない弟と兄しかいない列車内の静かな空気の中


エドは列車内の足元に転がるものの眼をやる。

『バランスブロック・チョコレート風味』と銘打たれた型紙で作られた箱の裏には食品に含まれる栄養素が書かれていた。

そして「これで一日に必要な栄養を全て摂れます」と一言でっかく書かれている。


アルが言っていたように

大佐に会ったとき一緒に居たホークアイ中尉と自分達を駅まで送る車の運転をしていたハボック少尉も二人とも
これを大絶賛していたなー、とエドは思い出す。

人が健康を維持するために必要な栄養を全てこんなもので取れるのは確かに凄いのかもしれない。


とりあえずアルフォンスはそんな兄を横目に話を続ける。




「本当の所、実技試験の時行った、様々な野菜、肉、小麦から一つの加工食品を創り出した、地味だけど難易度が高い錬成の操作技術が合格の決め手らしいよ」





様々な栄養物質が含まれる食材から上手に栄養素を抽出し、人が美味しいと思える食べ物に再構成する。

簡単に言うが

かなりの卓越した高度な練成技術が必要とされる。



しかも多くの人が好み製品化されるほどの物を作り出す練成まで可能にするその錬金術師としての能力…。


だけどその錬金術の技はほとんど食品加工の発明だけに生かされているらしい。







「いやぁ、すげぇ才能の無駄遣い」



だね、とアルフォンス。

うむ、とエドワード。


それにしてもなぁ、とエドは一拍置き。

「賢者の石さがしについでに、とは言え……その妙薬の錬金術師とやらの次の査定の呼び出しに行かなきゃならないんだ」

他の下っ端にやらせろよ大佐と

エドはあの人使いの荒い上司のことを思う。




東の町リオールと東の終わりの町のちょうど間の町ハルセンに南部にある実家から離れて自らの研究室を構えて住んでいるらしく
よく研究に没頭し音信不通になることが多くて、いつも査定の時の呼び出しにかなりの期間遅れるらしい。


最大半年もの大遅刻をしたこともあるという。


普通はすぐに国家錬金術師から除籍される筈だが。


いつも彼女に対しては大総統の簡単な注意と激励だけ。

毎年の査定で苦しみ、後が無い国家錬金術師達からは名高いバートン家の後ろ盾のお陰だろうとやっかみを含まれているらしいが



実際の所、彼女の有能さと
もうひとつの理由による。

その理由は




国家錬金術師とは国家に尽くすとあるが


国民自体には人気が全然ない。


民衆が蔑みを込めて呼ぶ「軍の狗」

という国家錬金術師を表す言葉が良くその言葉を表している。

国家錬金術師の多くはアメストリス国軍の為に研究をしている者が多いせいなのかもしれない。


そんな中、多くの人々に役立つ、後ろ暗さが全くない発明を世に送り出しているお陰で

民衆に好感を抱かれているのが【妙薬の錬金術師】



彼女が作る『錬金術による栄養学とそれに基づく化学的医療法』の研究を基にした発明品は多くの軍人と大衆の健康を守っているらしいとのこと。



13年前に始まりその後国家錬金術師によるイシュヴァール人
殲滅作戦で終わったイシュヴァールの内乱。

多くの民衆の軍に対しての不信感はまだ多くの人々の胸の奥にある。

そのなかで多くの人間を殺した国家錬金術師の内乱時における様々な後ろ暗い噂などがまだ残っているのだ。


彼女自身も過去に従軍していたが後方での軍用品の整備などの雑務で表に出ることが多く人の目に映っていて暗い噂の微塵もない。



そして彼女の明るい発明は民衆の「軍の狗」に対しての不審の払拭に役に立つ、そう大佐は零していた。


そう話す大佐の皮肉気な表情から

一瞬

何処か寂しさと何かを混同させた空気を感じたような気がしたのが深く印象的だった。



その後すぐニヒルな何時もどおりの女垂らしの顔で

「中々の美人だぞ、彼女は」

とか言ってホークアイ中尉に「そんなことはいいから働け」という銃という物理的なもので脅され冷たい言葉での
肉体的にも精神的にも辛辣な文句で
怯えていた情けない姿を考えると実はエド気のせいだったのかもしれない。








「兄さん、兄さん」

「ん、なんだ」

「その書類からは沢山の人の為に研究熱心なとてもいい人だってわかるけど実際どんな人柄の人なんだろうね」

「確か、大佐が言うには――――」












発明オタクで何時も深夜まで起きて研究するわりには

彼女の朝は早い。

寝ているうちに顔にかかった長い綺麗な赤茶の髪の毛を手で掻き分けながら


彼女はベッドから起きるとキッチンにすぐ向かう。

ノーブラのTシャツ一枚パンツ一枚の姿で寝ていたらしく白い肌を外気にさらしながら
眠気眼で寝室から出て廊下を歩く。



無防備でそしてだらしない格好だが

その薄着で背が低く小柄でありながら女性らしい起伏があるのがはっきりと分かり、どこか瑞々しい果物を感じさせ、蟲惑的だ。



キッチンにたどり着くと彼女は冷蔵庫から薄い肌色の乳白色の液体が入った大きなビンを取り出し
コップを流し台から取り出しそれを注ぐ

この飲料物は彼女、自らの錬金術の研究に置いて究極の作品の一つである
乳酸菌飲料「ヤクゲン十三号」であり彼女の一日はこれの一杯が無ければ始まらない。


ビンからコップに注がれたそれを一息で飲み干し

ぷはぁっと一息つき


「今日のやつの味は北海道限定のカツゲンに近い――――いいえ、これはケフィアです…っふふ、ふふふっ――」




独り笑いをする二十歳の下着姿の女性。

彼女こそ、【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートン


「そろそろ完成の時が近いですね、これ近所の商店にサンプルとして無料で渡して
売り出して貰い、アンケートをいつも通りに取ってもらいますかね」


飲み終わったコップを流しの水にさらしながら彼女は呟く

「次は飲むヨーグルトっぽい味にしてみようかな」

色々と彼女の頭の中で前世にあった飲料水の味を思い出しながらユルゲン試作14号の構想していくうちに昔のことを思う。




前世という文に有る通り





ユーリック・バートン――彼女は所謂、転生者である。


元々は男子高校の3年生であり、丁度進路を栄養士資格と調理師免許を取れる調理系の専門学校に決めた秋。

風邪をこじらせ、そのまま簡単に死んでしまい、アメストリスの南部地方で代々軍人高官を輩出するバートン家の娘として生まれ
物心がついたあたりにその前世の記憶が蘇ったのだ。

そして驚いた。

自分の現在生まれた所が

前世では化学という学問の祖にして

中世ヨーロッパでは貴族から金を巻き上げた詐欺の手法として有名な錬金術が

本当にへんな魔方陣みたいな奴で一瞬でバチッバシュッと変な電気っぽいなにかを発し、そのへんの石ころで金とかできてしまう

自分の前世の世界とかけ離れた異世界かなんかだということに。






微妙に第一次世界大戦とかそのあたりの時代な感じなヨーロッパっぽい場所で毎日が驚きな
少女としての生活に新鮮を感じているうちにすぐに軍人家系ならではなの厳しい作法やら社交会でのダンスの練習やらなんやらの淑女教育が始まり
将来は絶対政略結婚でさっさと嫁いで子ども作れよ的な期待を両親から受けた。

前世の幼い時には貧乏で結構苦労したから
死ぬ直前に来世は金持ちがいいなぁ、と思った過去の自分を殴りたいと思い、そしてこの世界の一般家庭の子どもを羨んでいた時期だった7歳の頃
アメストリスで内乱が起きてからは根っから軍人で国の為に戦うのが生きがいの
父親や年の離れたごつい兄弟達の戦争行き直前の血の気立ちまくり具合にビビリ、戦地に家族の男達が向った後

さらに母の教育が超スパルタになっていき、よく加熱が止まらない淑女教育に泣きそうになった。

しかし、その時受けた座学の教養の中の一つである錬金術
という最初に自分が異世界に生まれたと分かった魔法のような学問を学ぶことができて教育の厳しさも感じないほど
頭の中が錬金術一色にのめりこんで行き日々自分が大好きだった前世でよく食べた加工食品などを再現を試み続け13の頃には
国家錬金術師などという難関な資格を受験、そして合格し才女としてもてはやされていた。

資格合格して一年たった頃、あの七年続いた酷い内乱で国家錬金術師としてイシュヴァール人殲滅戦には出ずに錬金術を生かした
軍用装備の修理や生産などで内乱終戦まで働いた。











あの時は一時期資格返上をしたくてしょうがなかった。

実際、戦わないといっても情緒の微塵もなくただ現実的に日夜、人が殺し合い、敵味方関係なく命を落としていく場所である戦場。

その悲惨で狂った空気を肌で感じながら

自分の錬金術を生かして剣や突撃銃などの装備の修理や

前線で戦う者に素早く補給するため。

人を最も殺す消耗品である銃弾の戦場内での大量生産。


それを使って多くの人が多くの人を殺した。






錬金術という学問で間接的に自分自身も人を殺しているという事実。






それに加え国家錬金術師といっても子どもであった自分の眼に触れることがなかったが


事実として行われていたという

他の国家錬金術師による非道な人体実験。








戦場で前線に出向く国家錬金術師達の身の回りの雑務をこなしたときの
出会った錬金術師達のキャラの濃さに辟易したというのも理由の一つだが


爆弾魔とか

爆弾魔とか

爆弾魔とか










その後

バートン家は代々体育会系のガチガチの軍人の家だったので政治やらの才能はあったが理数系の才能を持つものは希少で
私が国家錬金術師になったときには元から聡い子として将来を期待されていた私は若きながらも戦場に立ち、後方ながらも国家錬金術師として債務をこなし
国に尽くす軍人の娘の鏡だとかで軍内でも好感を持たれて鼻が高いとか家族に褒められ
よく政略結婚の話が山ほど舞い込んできた。

それが嫌で嫌でしょうがなくなってきて。

結婚が可能になる16あたりに筋肉モリモリでキューピーみたいな変な髪型の年上の軍人と結婚させられる前に


家族に「私は今は結婚などよりも、国家に尽くすために国家錬金術師としての研究をしたいです」とか上手く言って

家族に賛成を得て実家から離れてアメストリス東部の方に居を構え国から支給される莫大な研究費と親からの超莫大な援助で毎日自由に研究三昧。



まぁ、結婚は……適齢期までにしなければいけないのが前提だけど。


もう男よりもこの世界での女性の方の人生の方が長くなりアメストリスの高名な軍人の家系の娘の宿命だからと
あきらめはとっくついているが。

今はもう少し好きなことをしていたいのだ。

まぁアームストロング家の皆さんも家族を説得したときの台詞の使いまわしで「好きなだけ研究していいよ」的なこと言ってくれたしね。

「素晴らしい娘さんですね、アレックスには勿体無いほどですね、おほほほほ」

「うむ、将来はアレックスの良き妻として我がアームストロング家を支えてくれるだろうな、わはははは」

的な台詞付きだが…。


取り合えず今のユーリック・バートンとしての人生は幸せに満ちていて、そして充実していた。



元々栄養士、調理師の資格を取って多くの人々に健康的な食事を食べさせてあげれる、学校給食の調理師とかの
仕事か何かに尽きたいと漠然に思っていたあの前世。

錬金術での様々な食品の開発は前世の知識で行っているので、この世界の人々にとっては目新しい物なのか革命的とまで言われる。


最初に公に出したのが錬金術の練成のコントロールの訓練で作ってみたカロリーメイトのパクリ。




その後には日本にあったスナック菓子作ったり

インスタント食品の製造に凝ったり。

安全な化学調味料の製造とか研究してみたり

何故かしらないが自分以外の国家錬金術師って案外こういうの簡単な発明をしていない。

キメラとか動物虐待な研究するよりこういうのやれよなぁ、といつも思う。


錬金術でがんばれば十年くらいで前世の世界以上の発展が望めるのに。


まぁオートメイルとかの義肢の技術は前世以上だよね。


嗚呼、変な世界。


いつも最後に自分がこの世界について考えるときはこう締めくくる。

思考をやめて取り合えずキッチンの近くのテーブルのイスに掛けられた色気のない灰色の作業着上下一気に掴み取り着ることにする

その作業着の上着のポケットから一枚の手紙が床にひらり、と落ち眼に入る。


これは


「ああー!しまった、また査定の手紙届いていたのにほっといたまんまだった!」


やばい。


「次の査定、あんまりにも遅刻するようなら実家に報告するよ?
アームストロング家でもいいが……はっはっはっ!」

と前回、セリム君に新商品のお菓子を渡したついでに大総統に会ったときに言われたのを思い出す。


国家錬金術師として国に尽くすために研究するとか言っているのに
査定の長期の遅刻なんかがまたやらかすととやばいことになる。

そろそろ研究やめて結婚しろとか言われ始めたのに……。


子どもは若いうちに沢山作るのが良い?

冗談ではない。





「あ、ぎりぎりかな期限まであと三日か……ってあと三日!?」

提出用レポートどうしよう……

というかどれにしよう?

と作業着を上下着て、その上に白衣を羽織り

生活スペースが作られた一階の階層の残りの三階層全ての研究室という四階建てのビルの階段をあがり2階層にある
研究書類置きのための四部屋の全てのドアを開け放ち。

その部屋全てに雑然とある机の上にある研究書類の山岳を崩していく。


「どれにしよう、どれにしよう」



普段くだらない研究ばっかりしていて、人様に見せることができるような研究結果を書いたレポートがあんまりないので
まともな研究書類を掘り進めるように書類を捲って探す。



両親も一応軍の高官だから娘の研究に興味を持っていてよく読んでいるのだ。


下手を打てば先ほど感じた危機通り



査定後にすぐウェディング・ドレスを着ることになる。


まだ結婚したくない。
まだまだ錬金術という魔法のようなおもしろ学問を自由にやりたいのだ。





その後三時間の書類たちとの格闘の末に今回提出するものを決めた。


それは

眼鏡を必要としない視力矯正品の開発。

すなわちコンタクトレンズのモロパクリの物の概要を書類に纏めたやつ。

あとはオートメイル型義眼の開発とか適当に無責任に構想したやつも適当に混ぜとく。



「まぁ実用性とか安全性とかは怪しさ抜群で製品化とか絶対無理だけど、取り合えず目新しいからOKでしょ」

候補にあった肥満解決の食事療法の研究書類よりはいいはずだ。


よしがんばったと、乱れた髪を後ろに紐で纏めながら、自分を褒めていると

微かに


ピンポーンという玄関の呼び鈴がなるのが聞こえた気がした。

書類を急いで纏め1階の玄関に向かう。

「あっハイハーイ!」

と言いながら一階に下りて玄関を開けると


そこには厳つい鎧の男がいた。





まさか、強盗?









続く





[11215] 2話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/10/02 00:13
「ああ、この世界に高校の時に使っていた家庭科の教科書があったら…」





二話








派手な赤のコートで身を包む少年と大柄で無骨な鎧が田舎路を闊歩する姿は
傍から見れば酷くシュールなのかもしれない。


町で畑作業をする人々の視線がヅカヅカと刺さるのも気づかず
二人は久しぶりに緑の若葉の香りと色を楽しみながら歩いていた。



「田舎だなぁ…」


「なんでこんな田舎で研究してるんだろうな」


そう疑問を抱くのもしょうがない。

ハイセンの町の田舎さは
列車から降り立った時、エドワード・エルリックとアルフォンス・エルリック二人が

周りの風景の長閑さに

自分達の故郷リゼンブールに帰ってきたのかと一瞬、錯覚を起こしそうになったほどである。


「ねぇ兄さん」

「ん何だ」

「食べ歩きするのやめようよ、だらしないよ」

エドは未だにバランス・ブロックを列車から降りた後もポリポリ齧りながら歩いていたのだ。

「これやっぱり、すげえんだって」

「なにが?」



そういってエドはバランス・ブロックが入っている箱の裏をアルに見せる
そこには栄養価の比べ表というのがあり
カルシウムの含有量などが書かれていて


その部分の

「牛乳、コップ一杯の三倍のカルシウムが入っています」と記された文字にエドは指を刺す。

「兄さんそれは?」

「いいねこれはほんとに、あんな糞まずい白濁色の液体が一生必要ないんだぜ、これ食べてれば」

「それあったら一生飲まない気なの?牛乳」

「もちろん」

アルはため息を吐いた。
そんなんだからいっつも大佐に子ども扱いされて、からかわれるのだ。



「会うのが楽しみになってきたな、妙薬の錬金術師」

エドは機嫌が良さそうに笑って言う。

散々めんどくさがっていたのがこの変わりよう、まぁそこがある意味兄さんのいいとこかもしれないと、アルは脳内でエドの無意味なフォローをしていた。



「で、妙薬の錬金術師ってこの町の何処に住んでんだ?大佐が町の人間に適当に聞けばすぐ分かるとかいってたけど」

「まぁこんな田舎だもんね…あ、あそこに商店があるよ、聞いてみようよ兄さん」

アルフォンスが指差す方向には一軒の個人商店

古臭い看板には日用雑貨と書かれており、そんな所もリゼンブールの田舎にそっくりだ。

「そうするか」

「ほらあの店に入る前にその食べ物しまってよ、だらしないよ」

「今食い終わる」

「もう、兄さん」


商店にたどり着き店に入ると
兄弟二人がやはりリゼンブールの商店そっくりな内装に懐かしさを覚えていると

商店を切り盛りしている恰幅の良い中年の女性が二人に声を掛ける。

「いらっしゃい、奇抜な格好なお二人さんだね、都会からきたのかい?」


「奇抜……」

「あははは」




いつもながらに兄弟二人、旅の中訪れた土地の方達からよく言われる奇抜な格好やら変な格好やらという言葉に
空しい笑いがアルフォンスの口(?)から出てしまう。



「あのう、妙薬の錬金術師に会いにこの町にきたんですけど、住んでる場所教えて頂きたいんですが…」

兄のひくついた口元を無視してアルフォンスは女性に尋ねる。

「ユーリちゃんに会いに来たのかい?それならこの店を出て、まっすぐ歩けば墓石に着くよ」

「墓石?」

ユーリとは妙薬の錬金術師のユーリックの名前のあだ名か
何かだと分かるが

墓石という言葉に不審を感じてエドが聞きなおす。

「ああ、ユーリちゃんの住む家が都会でみた建物にそっくりでね
 あまりにも田舎町にそぐわない家だから、この町の皆は墓石みたいって呼んでる内にそのままユーリちゃんの家のあだ名になったのさ」

「ふーん」

何か怪しいなそれ。

「あっそうだ」

そう言い、何か思い出したのか女性はカウンターの奥の居住している場所に消えていった
そしてカウンターに戻ると、一つ箱を持っていた。

「これユーリちゃんに渡して頂戴」

「なんですか?これ」



アルフォンスは渡された箱に視線を落として言う。




「これかい?最近美味しい木苺が森の中で獲れたんだけど、とれすぎてさ、此処は田舎だから電気も通ってないし
あんまり保存が利かないから潰してジャムにしようと思ってたらさ、
ユーリちゃんがそれを綺麗に味と風味を損ねないように錬金術で乾燥してくれたんだよ。
それが凄くてさ、水で戻せば乾燥する前の新鮮なままなんだよ?
でさ、御礼にその木苺でパイを焼いてみたから食べさせたくてさ
だからユーリちゃんの家に行くなら渡してもらえるかい?」

「あっいいですよ」

「ありがとうね、あ、ついでにあんた達も食べる分も上げるよ」

「いいんですか!?」

人の良いアルフォンスは断ろうにも
女性の押しの弱さに負けてもう一つパイが入った箱を持たされて兄と店の外に出た。

「たのんだよー!」

という言葉を背に



まっすぐしばらく歩くと




「いい場所だなここ」

やっぱ似てる、そう兄は笑った。

「そうだね」

「こういうさ田舎で墓石って呼ばれる家で一人研究してる、妙薬の錬金術師ってどんなヤツなんだろうな」


「絶対いい人だよ」

「だといいな」





二人は穏やかな気持ちで新しい出会いを楽しみにしながら田舎路をゆっくり歩いていった。



しばらくすると




「ねえ兄さん変だよね」

「ああ、変だな」


まっすぐ歩いていくと軽い角度の丘があり越えていき
妙薬の錬金術師が住まう家が見えてくる。

「なんか間違ってるよね兄さん」

「間違ってるよな」

「なんでこんなド田舎に灰色のビルが建ってるんだ?」

見えてきたのは二人がイーストシティで良く見る
四階建てほどの建築物であるビルがぽつんと建っていた。

「確かに…」

「墓石だね」

先ほどまでの田舎情緒をぶち壊す光景だった。

田舎に

似合わない

絶対似合わない。

田舎にそんな物を建て一人田舎で研究をする女性。

「変な人かも…」


「言うな弟よ」



とりあえず妙薬の錬金術師が住んでいるというビルの前についた。

「呼び鈴これなのかな?兄さん」

「用事が御有りならば押してください」と張り紙がされたトビラには拳大の大きなボタンがあった。
デフォルメされた髑髏が書いてあるし、まるで爆弾のスイッチだ。




「とりあえず押せ、弟よ」

「なんか怖いよ兄さん」

そういいながらも健気なアルフォンスは兄に進められるままに
ボタンを押すと


ピンポーンという普通の呼び鈴の音が鳴った。

「普通だ……」

二人はどっと疲れたような気がした。




ボタンを押してしばらくたつとドアの奥から女性の声が聞こえ、ガチャリ、とドアが開かれる。


ドアを開けたのは赤が入った茶色の綺麗な髪を後ろで纏めた女性で小柄な身体に作業服を着てその上に白衣を羽織っていて
その格好が一瞬幼馴染を思い出させた。

しかし女性は幼馴染のウインリィよりも少し小柄な体系ながら二十歳越えの女性らしく、男性に持ちえない女性にしかありえない身体の起伏が中々豊かであった。


その女性はドアを開けてみるなり、くりっとした青い眼を精一杯見開かせて

「強盗…?」


と一言言ってアルの鎧姿に驚いていた。

まるで横に立つエドなど眼に映っていないかのように。

その女性の視線の角度と自分の胸元あたりを交互に見比べた後

「ちがーう!!」



エドは大きく叫んだ。














「今まってくださいねー。お茶入れますから、あ、勝手に好きなところに座っていてください」
突然の来客に対して明るい声で御持て成しに声を上げるのは
妙薬の錬金術師その人である。

「あの、これ商店のおばさんからユーリックさんにと」


ユーリックがそういってキッチンの方に向かう前に

アルはベリーパイが入った箱をユーリックに手渡した。

「あ、これこの前のフリーズドライ製法に酷似した状態に持っていく練成を試した木苺かぁ、お礼とか別にいいのに、アンおばさんも」

フリーズドライ製法?

兄弟二人は聞きなれない言葉に疑問譜を抱いているうちに

これ切ってお茶と一緒にお出ししますねー。

とユーリックはパイの箱を嬉しそうに持ってキッチンに行ってしまった。


好きな所に座れ、といわれても


家の外観のわりに

居間の内装の家具はどれもこれも高級品らしくイス一つにしても無駄に豪華な装飾が施されていて

元はそういう物には縁が無かった
田舎物な二人は所在無さ気にふらふらと視線を迷わせ

結局は

テーブルをはさんで向かい合わせに二つ並べられたソファーに横に並んで座った。

しばらく二人そろって沈黙してると




「あのー」

キッチンの方からユーリックの声が聞こえる

「なんですかー?」とアルフォンスが返すと

「飲み物は何がいいですか?ミロ(試作)、紅茶、麦茶、コーヒー、緑茶、飲むヨーグルト、カルピス(試作)などがありますけど」

ミロ?麦茶?緑茶?飲むヨーグルト?カルピス?

初めて聞く飲み物の名前のオンパレードに二人は混乱した。

「えっとコーヒーとか紅茶なら分かりますけど…他のはどんな飲み物なんですか?初めて聞くものばかりでわからないんですが」

そうアルが言うとユーリックは居間の方に戻ってきて二人を見て

「じゃあ全部試しに飲んで見ます?」

ユーリックはそう言って微笑んだ。








「まっててくださいねー」



変な来客に驚いたが、私、ユーリックの脳内ですぐさま
女性らしくなる意識のスイッチが入り、女性らしい振る舞いで
来客を家に入るように促し、今は御持て成しの用意をしている。



普段一人で研究中の時は男の時の性質が出ているが
他人の眼がある時には女性らしくユーリックは振舞っている



名門軍人のバートン家の中で淑女として教育を受けていくうちに
前世に男だったユーリックが女性としての人生を生きるうちに起きた心の葛藤や苦しみを乗り越え


ついには男性と女性の



自分の中での明確な切り替えを獲得した。

この切り替えは

まるでもう一人の自分の人格があるように思えるほどに人の前では二十歳の若い女性らしく振る舞うことができる


この切り替えは

最早、自己催眠の域に達していて


本来の根本的な性格自体は変化しないが

例えば男の意識で可愛いと思うが抱きつきたいと言うほどでもないという猫が

女性の意識になるともっと可愛く感じ抱きつきたいと感じたりする。



食べ物の味の好みの変化など

身体の動きの癖や言葉遣い

物事に対しての考え方などが

変わったりする。


もちろん栄養学と調理関係にかける情熱は意識が変わっても同じである。










実際のところ


男女というよりも前世の人生経験での考え方とユーリックという新しい人生の経験での違いを上手く使い分けているのかもしれない。







そもそも今となっては前世という謎の記憶でできた男の意識が表に出ることこそが可笑しなことで
女性としての意識持って生きるのが本来のユーリックという人間としての正常な状態である。


前世の記憶を思い出した頃から年月が経つにつれて
男性的な意識は研究中以外に出すこともなくなったのだ。


ユーリックはどちらの自分も気に入っているから
結婚して研究ができなくなり男性的な意識を失うのが嫌だった。

だからこんな田舎で一人研究しながら生活している。







まぁ、前世よりもこちらの人生の方が長く生き始めた時あたりから

もうなるようになれ、と思い始めていて全然葛藤などとは無縁で
好きに男の考え方、女の考え方を使い分け
二つの視点で日常を楽しく生きている。










もし男の意識が出なくなってもユーリックという女性が
幸せにこれからを生きて行くことに変わりはないのだ。







実は未だに結婚せずここで一人生活しているのは



多分ユーリックに残る男としての意識がささやく

「ちょっと、マッチョな男は……」という気持ちの

最後の悪あがき、だろう。


そう締めくくると


とりあえずあの不思議な格好の二人組みを
私の知識で創り出した発明で喜ばせてあげよう、と
ユーリックは羽織った白衣ごと腕まくりをして気合を込めパイの切り分けの作業を始めた。






たくさん並べられた様々な初めて飲む飲み物に甘い木苺のパイ

エドはそれらに舌鼓を打っていた。



「どうですか、私の発明は?」

「このミロってやつ美味しいな」

そう初めて飲む茶色い液体にエドは妙薬の錬金術師に感想を漏らす。

「ふふ、そうでしょう?」

張り切って様々な飲み物を作ってる最中に悪いと思いながらも
アルが飲食ができないことを事前に断りを入れた時にはとても残念そうな寂しそうな顔をされ
仕方が無いことだがとても罪悪感をかんじて兄弟二人暗い気持ちになったが
変わりにと、自分が彼女が錬金術の研究で作ったという様々な飲み物を飲み感想を言うたびに
彼女が大きく喜んでくれるお陰で
朗らかな気分で兄弟二人はゆっくり寛ぐ事ができた。

「このミロという飲み物はカルシウムが豊富でそれに加え体内に取り込まれたカルシウムの吸収を助けるビタミンDが入っていて
栄養吸収の効率が良くて骨の形成や生育などにはいいんですよ。
あと鉄分やミネラルに各種ビタミンたっぷりで忙しい時には朝ごはんのかわりにもできる機能性が高い飲料なんですよ」


実家の甥たちにも大人気なんですよ、と最後に一言付け加え、ユーリックは嬉しそうに饒舌に自分の発明品の説明をする。

ユーリック自身としてはミロよりもミルメークのメロン味の方が好きであるのだが、前世で良く飲んでいた頃はまだ小学生で
あり母の料理の手伝いで料理するのが好きだっただけで食材に含まれる栄養だとか小難しいことはどうでもよかったのだ。


特にミルメークの成分表示などを気にしないで飲んでいたので、ミルメークのメロン味の作成のヒントは忘却の彼方である。


確か香料とか化学調味料とか各種ビタミンでメロンっぽくするはず、としか覚えていない。






「骨の生育、形成に効率がいい飲み物、ですか……牛乳嫌いの兄さんにはぴったりな飲み物だね」

アルは頷きながらその発明品に興味を抱く。


「うるさーい!」

「あ、牛乳が嫌いでいらしたんですか?…実はそのミロは先ほど言った成分などにモルト(麦芽)やチョコの原料のカカオを潰してから
練成をして作ったカカオマスに脱脂粉乳や砂糖を加え粉末状にしたものを牛乳に混ぜ込んだ飲み物なんですよ?」

ユーリックは茶色い粉末が入った小さなビンを取り出して

綺麗な粉末状にする錬成が大変でしたと苦笑する。

実はユーリックは最初は製粉機を使わずスリバチでゴリゴリやっていたのだが、面倒臭くなり

錬金術でバラバラにすれば楽じゃね?

と思い立ち


物質を綺麗な粉末状にするために
錬成における分解から再構築の操作の技を研鑽し
ついには
様々なスパイスの調合などに役立つまでにその錬成における操作技術を高めた。

自分が研究している人体に害を持たない化学調味料の研究にも大きく役立ち
その時、ユーリックは必要は発明の母と言う言葉をとても実感した。





「ほんとか!?」

「ええ」


「気づかなかった……」

確かにそういわれると牛乳っぽい飲み物だった

だけどミロと呼ばれる彼女の発明でいつのまにかエドは牛乳を
美味しく飲んでいたのだ。






エドの脳内で電光が走った。

「あんた」

「なんですか?おかわりですか?」

「だから【妙薬の錬金術師】って呼ばれているのか」


エドは上手いこと言ったぜ俺、と思ったが


「え?」

「何いってるの兄さん…」

二人して自分が想像する反応とは別の反応をされ
少し、悲しい気持ちになったが、呆けた二人に自分の発言の意味の説明をする



「だからさ、牛乳嫌いの俺び対してそれを牛乳だと気づかせずに牛乳を美味しいと思える飲み物に変えてしまう粉末を作る錬金術師だぜ?」

これを【妙薬】の錬金術師と呼ばずしてなんと呼ぶ!!

そうエドが高らかに大きな声で言うと









「そんなに…牛乳が嫌いだったんですか?」

一人には驚かれ

「兄さん、恥ずかしいよ…」

一人には呆れられた



「……」







その後はカルピスやら緑茶やらを試して行き、それに加えベリーパイも美味しく食べ

エドの胃袋が満杯になった頃には

一時間以上経過していた。


「全部美味しかったよユーリックさん」


「そういって貰えると嬉しいですね……ありがとうございます、えっとそういえばどちら様でしたっけお二方様?」

「ああっ!!そういえばなんの為にユーリックさんの所に来たか説明してなかったね!兄さん!」




「ああ!!…………そういやそうだったな」

なにやら今日は少し頭の回転悪いな、エドはそう思った。










その後

ユーリックとエルリック兄弟は

そろそろ東の終わりの町とよばれるユースウェル炭鉱に行く列車が来る頃だ、と玄関前で挨拶を交わしていた。

「わざわざ、私の査定の呼び出しに出向いて頂いて本当にありがとうございます、鋼の錬金術師殿とその弟さん」


ユーリックは深々と丁寧に頭を下げた。


その姿はバートン家の子女らしく堂に入っていた。




「いいっていいって、でもさっさとちゃんと査定いけよ?あと、たくさんご馳走してもらってありがとうな」

丁寧で綺麗なお辞儀にエドは少し照れを感じて頬をかきながら別れの挨拶を言う。

「査定がんばってくださいね、あとミロっていう、兄さんには最高の薬をありがとう、ユーリックさん」

アルフォンスの手にはミロの粉末が入ったビンが渡されていた。

気に入ったようでしたのであげますよ、とユーリックは先ほどのミロの粉末が入ったビンをくれた。


最初は遠慮して断ったが

私の錬金術の研究は人に喜んでもらうためですから遠慮しないで貰ってくださいと綺麗な微笑みと一緒に手渡されて

ついつい貰ってしまった。






それでは、いつかまた今度といって二人が去ろうという時に





「そういえば、鋼の錬金術師殿と弟さんは、ユースウェル炭鉱に向かった後はどちらへ?」

ユーリックがエドに軽く問い掛けた。

「夕方にユースウェルに着いて、観光、そして一泊してから東方司令部に戻るかな」

ユーリックは丁度いいですね、と言い

「ならば私もついて行っていいですか?ユースウェルは行ったことがないので東方司令部に行く前に私も観光ついでに行ってみたいです」




「んーっと……別にいいよね、兄さん?」

「ああ、別に反対しないけど査定三日後だろ?間に合うのか?」



「査定に必要な研究書類などはまとめ終えていますから、ユースウェルで今日一泊したあとまっすぐ司令部に向かえば確実に間に合うと思います」

「じゃあ、よろしくねユーリックさん」

「いえ、弟さま、私のことはユーリと呼んで下さって構いませんよ、これから三日間の旅を共にする仲間なんですから」

「じゃあ、僕の事はアルでいいよ、改めてよろしくユーリさん」

「じゃあ俺はエドでいいよユーリ」

兄弟二人の握手の手がユーリックに伸ばされ
ユーリックは微笑んで二人に握手していった。


兄弟二人の旅に短い間ながらも一人加わり三人旅となる。



その後乗り込んだ列車内には三人しか居なかったが


お互い出会ったばかりなので話題は尽きることがなく大いに車内は盛り上がった。



まずは自己紹介でエドとアルはユーリックと簡単な質問のし合いをした。

まずは兄弟が最初に疑問に思っていた何故こんな

田舎で一人で研究してるのかという質問では

新鮮で栄養価が高い食材の育成にいいから住んでます、という答えで

普段から様々な場所で文献を探すために旅する自分達兄弟と

同じ国家錬金術師ながらも違う錬金術師としてのあり方に感心したり



墓石と町にあだ名される家に何故住んでいるのかなどと

質問したところ

ユーリック自身は土や鉱物などを使った巨大な建築物の練成は苦手で知り合いの方に練成してもらった、という答えで

どんなセンスしてんだそいつ、とユーリックに知り合いの錬金術師に不審を抱いたりなどもした。


ちなみにあの変な呼び鈴も別の錬金術師の知り合いが錬成したものらしい。


その後は


錬金術師同士、錬金術についての話で盛り上がりった。





錬金術のお互いのテーマの内容などを話し合い

どんどん話していくうちにユーリックは
二人には理解できない錬金術での食品加工法などを一人白熱しながら喋っていく

上手く食材から水分を抜き取り簡単に干物を作る錬成術などはまだ分かるが

グルタミン酸やらイノシン酸などの抽出錬成の重要さなど言われても意味が分からず



そろそろ、ついていけない二人は
話を逸らそうとこれから向かうユースウェル炭鉱の話で話題転換を試みたが


「何もない場所だよなあそこ、観光もありゃしないな」

というエドの発言でユーリックが何故かさらに白熱。





「東の終わりの町で観光も何もあったものではないと思いますが、実はこういう場所こそ観光向きなのです。
 東部の外れで新鮮な食材があまり届かない町ですが、それ故にこういう場所ほど食材の保存技術発達し
 珍しい食材に出会うこともありますし時たま眼を剥くような調理法などに出会えます。
 素晴らしいと思いませんか?興味深いと思いませんか?
 たとえ極寒の地方でも砂漠のような乾燥地帯でもこれから向かう植物の生育が悪い鉱山地方でも
 人は物を食べてなくては生きれません。何故人は厳しい環境でも食事を得る事ができるのか?それは人には知恵があるからです。
 いつだって人は工夫という発明で新たな食文化を日々創り出しているのです」



ユーリックは大量の運動量をこなす炭鉱夫達が普段食べる食事とカロリー摂取量とやらに興味を抱いてるらしく
ついでに炭鉱夫の妻達の作る料理のレシピにも興味があるらしい。



そういう人たちのためにこんどはポカリスエットの開発もいいかもしれない。
疲れをとるクエン酸飲料アミノ酸飲料などの開発もいいかもしれない。



などなどあふれる発想を思いついた端から口からブツブツと零していくユーリックを見て







「ねえ兄さん」


「何だ」


「ユーリさん変な人かも」


「いや変だろ絶対」



おしとやかで女性らしいあまり出会わないタイプの女性だと思ったが

やはり、若い年齢で一人田舎で研究続けてるだけあってやっぱり……っていう人物だったと

兄弟はユーリック・バートンという人物を評した。

「というか機械鎧を熱く語るウィンリィにそっくりだよ」

「確かに」


まだまだ一人白熱するユーリックを横目に

兄弟二人はそろってため息を吐いた。




「ユースウェルの炭鉱夫達の食事は絶対高塩分ですよね」













ユーリックはまだ見ぬユースウェルに思いを馳せた。






続く。


ちなみに作者はミルメークはバナナ味が好きです。




[11215] 3話(さらに修正)
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/10/02 00:13
「○っきんらーめんーはすぐおいしー」

「おっけー」





三話













「ふざけんな!」

ユーリックの手に握られた黒く無骨な拳銃から発射された一発の銃弾は

子供を切り裂こうと掲げられた軍刀の凶刃を叩き折っていた。

てめぇ…ごほっ

「軍人でありながら臣民の子どもに剣を向けるとは何事か、下郎」

ユーリックは思わず出た女性らしくない言葉を胸に収めながらそう言った。








もの凄いユーリックの人格の変わりように対し

エルリック兄弟は驚きながら思わず二人そろって





「「………誰?」」


と、ぽつりと言葉を零していた。









炭鉱についてからすぐにユースウェルの炭鉱で親が宿を営んでいるというカヤルという少年に出会いユーリック達はそのカヤルという少年の案内のまま炭鉱にある宿の一つに向かった。







一泊にしてはあまりにも高額な宿の請求を受けたが

その後宿の奥さんと様々な料理の話などで仲良くなっていったユーリックのお陰で炭鉱の仕事をしながら宿を営む夫を諌める奥さんの取り直しがあり

少し高めだがギリギリ払える金額にまで宿の宿泊料金は下がり、一息ついたと思いきや、エドが軽く人々の炭鉱で使う工具の修理でユーリックに錬成陣を使わないで両手で行う錬金術の腕を披露し、ユーリックの尊敬の眼を受けていたところ、宿の主人の錬金術を習っていた過去の話が出てそのうちにエドが国家錬金術師最小、じゃなくて最年少の【鋼の錬金術師】だと判ると、宿にいた人々の態度は一変し急に険悪になってしまった。

それから始まった国家錬金術師の批判を事実だから仕方が無いと黙って聞いていたユーリックは追い出されたエドを見て、ユーリック自身も自ら国家錬金術師だと名乗り、険悪な視線を受けながら宿から立ち去ろうとしようとしたが同じ東部に位置するハンセンの町で国家錬金術師でありながら珍しく民衆にも役立つ研究をする【妙薬の錬金術師】だと判ると、宿の人々はユーリックを引き止め始めた。

その反応に対しユーリックは「エドワード・エルリックは志を共にする仲間」などと嘘も方便で宿にいた炭鉱の人々にエドが宿に戻れるように上手く説得した。

そうした尽力もあってか険悪な雰囲気は薄れ、エドは食事にあり付き、その後は内心文句を言いながらも、アルと一緒に炭鉱で使われる工具を錬金術で修理などをしていた。

ユーリック自身はユースウェル炭鉱の独特の調理法などは見つからなかったので残念な気持ちになったが宿の奥さんがかなりの料理上手でその彼女自身が持つ高い技術で作られる家庭料理を伝授をしてもらい自らの趣味の料理のレパートリーが増えることに喜びそのお礼にと、ユーリックは緑茶に含まれるカテキンを抽出を錬金術を利用して作った洗剤や化粧水などを奥さんにプレゼントしたりなど、お互いに和気藹々と女性同士仲良くやっていた。

であったのに

突然、ヨキという中尉の位の軍人とその部下の軍人達が来て

不快な言動を宿で始め、横暴ともいえる税の取立てを始めた。

それに対しての炭鉱の宿の息子のカヤルの雑巾をぶつけるといった軽い反抗に対しヨキという男が暴力をカヤルに振る舞い。みせしめと称してを部下に軍刀を抜かせカヤルを殺傷させようとした。

ユーリックはエドワードが素早い動きでカヤルを庇いに行くのには気づいていたのだが、思わず白衣の内に収めていた護身用の銃を引き抜き、素早く安全装置をはずし鞘から引き抜かれ、掲げられた軍刀に向かって引き金を引いていた。

そして冒頭の台詞に戻る。




ユーリック・バートンはアメストリス南部地方有数の高官軍人を輩出する名家であるバートン家のお嬢様である。

バートン家のユーリックの両親や歳の離れた四人の兄達は国家に尽くす軍人の在り方を前世の記憶が目覚める前から洗脳の様にバートン家の家訓としていつも、これだけは守れとある言葉をユーリックに説いてきた。


そのある言葉とは

「国家に対し忠誠を誓う軍人として常に臣民を守る為に戦う事こそ誉れとせよ」というもので

もしお前が軍人にならなくとも嫁ぎ子を産みその子どもが軍人になる時にこの言葉だけは絶対伝えていけ。


そう、教えられ、育てられてきた。

そのあまりにも奇麗事な家訓のせいでバートン家は

イシュヴァールの内乱初期に軍の容赦のないイシュヴァール人の老若男女の殺戮を反対し害意ある戦闘員のみ排除後の和平を主張し周囲の将官達の反感を買い、その後も国家錬金術師投入の殲滅戦でも反対こそはしなかったが肯定もせず

父親は総統の怒りを買い「だからいつまでたっても中将になれずお前は少将なのだ」とか

「お前はアエルゴの動きの注意だけしてればいい」とか

「お前の息子達は有能だが、どいつもこいつも堅物で駄目だ、出世しない、娘よりも出世しない」とか

ぐちぐち言われたりして

バートン家の軍部での地位こそはそのままだが、軍の行動決定権に関わる発言力は大きく落ち込んでしまった。

まぁ、ユーリックはそういう風な人の良い空気の読めなさ加減なバートン家のことは好きだった。








そのせいユーリックはバートン家の発言力を少しでも回復するために国家錬金術師としてイシュヴァールの内乱に14で自ら志願(周囲の遠まわしな薦めで)して戦場に参加して何故か執拗に嫌味と皮肉を言いながら絡んでくる爆弾魔に辟易しながら
後方勤務のはずなのに前線まで補給に行き、飛び交う弾丸に冷たい汗と涙を流し、性欲がたまった男の兵士達の熱い視線に心寒い気分になりながらも終戦まで頑張ると

大したことはしていないのに、若い少女でありながら自ら戦場に飛び込み、自らの錬金術師としての力を使って多くの兵達の役に立ち

軍人の娘として素晴らしい、ぜひ私の息子と

うちの息子も最近錬金術に興味を持ち始めてね、教師として来てくれないか、とか

多くの縁談がユーリックに舞い込むようになり

ユーリック自身の意向などを無視して勝手に父が将来性のあるいい軍人だと言うアームストロング家の長男との婚約を決めてしまったりなどしたが……。

それでもユーリックは「国家に対し忠誠を誓う軍人として常に臣民を守る為に戦う事こそ誉れとせよ」というバートン家の家訓を誇りにしている。







それ故に






目の前の軍人達の横暴が許せなかった。




ユーリックが一人東部で研究を始める前に実家にいた時以来である

ほんとうに久方ぶりに銃を撃った手と腕に伝わる強い反動と大嫌いな硝煙の香りに眉を顰めながらも

「貴様等の様な下種な輩がいるから、過去に起こった内乱の様な悲劇が起こるのだ」

と、目の前にいるクズ達に銃口を向けて冷たく言い放つ。


「な、何をする!?」


「なんだ、犬か何かがキャンキャン吠えているが良く聞こえないな」


「何ィ!?」






ユーリックの姿は傍からみれば怜悧に静かに怒って見えるが心中はそんなに穏やかではなかった。




イラッときた、イラッときた。

嗚呼、腹立たしい、腹立たしい、最高に腹立たしいぞ。


イシュヴァールの内乱で出会った国家錬金術師の爆弾魔並にこいつらマジムカツク。

死ねよ、氏ねじゃなくて死ね、マジで死ね、こいつら死ね。

あと、ヨキだか言う中尉は黄泉に逝け。


よきにはからって送り出してやるぞ?








ヨキだけに。





最悪だよ、最低だよ、嗚呼イラつくわ。


人がせっかく旅先の人たちとの間の険悪な雰囲気から努力して友好的な関係を築きやっと宿の奥さんのサーシャさんから美味しいポトフの作り方教えてもらったりして気分良く楽しく過ごせていたのに。


空気読まずズカズカ入ってきやがって

何が税金だ馬鹿野郎、コインチョコでも食ってろ馬鹿野郎、カカオ99%のやつすぐ錬成してやるからよ、苦さのあまりに悶絶しろ。





今丁度、美味しいピクルスの漬け方教えて貰ってる途中だったのに……っ。
前世で食ったハンバーガーのあの味の再現がもう少しで可能になるかもしれなかったんだぞ。


あと手も洗わず銃を白衣から引き抜いたから、白衣と銃がお酢臭くなったじゃねえか。





それに子供に危ないもの向けやがって




人間は腹あたりを少しでも何かで切りつけられて臓器に傷が付いたりしたら簡単に死ぬんだぞ。



それなのに思いっきり軍刀振り下ろそうとしやがって。


人を簡単に殺そうとしやがって。


最悪だ


内乱の時の事思い出して、一気に気分悪くなっただろマジで。


どうしてくれる。


あの時内乱で食べたドロドロの食感のゴム見たいな味してる癖に無駄にカロリーだけが高いのが妙にカンに触るゲロ糞まずいレーションを鼻から食わしてやるぞお前等。

俺が作成したバランス・ブロックはまだ採用されたばかりでほとんど出回ってなくて、高官や国家錬金術師に優先的にまわされている中、俺の分だけほとんど、爆弾魔に食べられてゲロ糞まずいレーションしか食うもんなかったんだぞ。

一般兵はみんな同じゲロレーションを無言で食べてるから一人だけ錬成で味変えるわけにはいかなかったんだぞボケ。

食べるときはもう少し楽しく会話して食えよ、あまりにもみんな暗い雰囲気して食ってて静かすぎて絶対ばれるから錬成できなかったんだぞカス。

精神的に結構キテた若い狙撃兵の女性にはせめて食事だけでもと残ったやつ渡したけどさ。
だってミネラルとかビタミンとらないと精神的におかしくなるばかりだし、あとあんまり糖分とらないでいると血中の糖度さがり過ぎて低血糖になると鬱に近い精神状態になるからな。


しょうがないよな。








でも爆弾魔は許さん。




マジねえ、マジねえよ、と内心は男の意識出まくりで


実際はバートン家の誇りどうこういうよりも自分の私怨が混じりまくった過去の怒りの思い出が再燃しはじめ。




ユーリックは静かにブチ切れていた












出会って初日だが【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートンの気性を食べ物の事に関しては暴走するが、先ほどもエドワードが国家錬金術師だからという理由で一時は宿から追い出されたところを

ユーリック自身が珍しく民衆に人気がある国家錬金術師こともあり、ユーリックの取り直しでエドは宿の中で食事にあり付けることができた。

まぁ大部分は宿に訪れてすぐに宿の奥さんと食材の調理法などで上手く意気投合していたお陰であるが。


人が良く、優しい女性だ、と評価していたエルリック兄弟は


先ほどはピクルスを握って炭鉱の宿の奥さんと笑ってる姿がまるで母のようで似合っていたユーリックと
今は銃を握る姿が大佐の子守をする鷹の眼の人のように似合っているユーリックのあまりの変わりように大きく驚き。
しかも軍刀の刀身を銃でブチ折る銃の命中率といい何者なんだこの人、とエドはやはり自分の周りにいる女性はどこか皆、変だと唸った。









軍刀の刀身を銃弾でブチ折る銃の命中率はユーリックの世知辛い経験に由来する。


ある日突然、ユーリックに前世の記憶が蘇り、無垢な少女の精神に前世の男の記憶と意識が入り混じった。

そのせいで、酷い精神の混乱がユーリックを襲い、それが身体にも大きな影響を及ばせ、しばらくユーリックは激しい頭痛と高熱に苦しみ続けそのまま意識不明になり寝込んだ。

一時は外界に対しまるで植物のような空虚で無反応な状態になり廃人にもなりかけたほど危険な状態に陥った。




ある意味、乳幼児によく起きるという原因不明の発熱――――ようは知恵熱に近い状態だったのかもしれない。

その後なんとか回復して、少女の身体と前世の男の記憶の差異に苦しみながらも新しい人生である少女として生きることに新鮮さを感じながら前世の生活とは大きく
違う異世界で毎日おっかなびっくりに日常を過ごしていた。
その頃はまだ家族との距離感の掴み方や接し方をどうすればいいかよく分からなかったのでとりあえずは常に家族やバートン家に使える使用人達の前で発言と行動に気をつけながら、ユーリックは全てに対し受身な反応で過ごすことにした。


それがユーリックの言う幼い少女時代から始まった
毎日泣きそうになるほど厳しいスパルタ教育の原因となった。

その理由は親からみれば



突然謎の病気に罹り、高熱に苦しみ、寝込み続けた後にはまるで死んだように全てに対し無反応なってしまい、多くの医者を呼んで診断や治療を試みたが結局原因がわからず生命さえも危ぶまれ、毎日が不安に押し潰される気持ちで虚ろになってしまったユーリックを見ながら家族や使用人達は全員総出で懸命に助けようと努力した。

そしてもう駄目かと思ったら、突然、物事に対し反応を返すようになり

回復した、と思いきや

元は強気な性格で活発で表情豊かな子であったのに
自分の意思の主張もしなくなり控えめで内気な子になってしまったと見えていた。




その時から両親はユーリックの将来を心配し、せめてバートン家の娘としていずれは他の軍人の家に嫁ぎ、その嫁ぎ先で夫を支え横に立てる強く賢い女性に育つことを祈り、厳しい教育を施すことを決めた。


その教育内容はほとんどスパルタ軍人教育だった。





厳しかった。




とにかく厳しかった。



ちなみにその内容

表向き年頃の娘としては物騒で風評が悪くなるからバートン家以外の人間は知らないが淑女の厳しい作法として


軍隊格闘技(小柄で膂力がないし体力がないので苦手で下手、でもとにかくやらされた)

格銃器の取り扱い訓練(まぁまぁ得意、だけど反動きついし硝煙の香りが髪について嫌だった、あと銃って重い)

剣の扱い方(下手、腕がすぐ疲れるから嫌い)

行軍における、注意事項やサバイバルの実践(サバイバルだけは楽しかった)

軍略についての教育(わけわからんかった、暗記しただけ)

薬学知識や錬金術などの基本知識(これは楽しかった、というか嵌った)

などの基本的な軍人教育は受けている。



あと淑女としての教育での社交のための勉強。

ピアノ(長い努力で譜面通りただ弾けるだけ、それ以上でもそれ以下でも無し)

ダンス(踊れるただ踊れry)

料理(好きだ)

など沢山のことをやらされた。

料理以外それらが死ぬほど嫌で、どうやら厳しい訓練を家族のコミュニケーション一つとして行ってる節がある家族のせいで滅多に実家には帰らなくなり研究で引きこもってる内に
それらの訓練をしなくなって数年経ち、訓練でせっかく得た財産ともいえるものは全て鈍り錆付き、もう使えないと思っていたがなんとか銃だけは、まだまともに使えたらしい。

激しい立ち回りをしながらの銃の高い命中率は怪しいレベルだけれど、反射的に素早くセイフティを外し、近距離内で狙った物に銃弾を当てるぐらいの技量は身体にまだ染み付いていたらしく実家にいた頃の努力は無駄ではなかったらしい。

そのお陰で人一人の命を助けることができたかもしれない。

その事実は査定が終わったら実家に帰って再び訓練し直してもいいかな、と思えるほどの感動だった。


「っく!何だ貴様は!このユースウェルを統括する軍人に歯向かうとは何事だっ!?」

「お前が軍人なら私は少佐だ!」

「女の癖に生意気だぞ!」

女の癖にという言葉に男の意識が引っ込んでいき

少し冷静になってきたユーリックは銃口を下種な軍人達に向けたまま

確か銃の弾は6発入ってたはずだけど1発使ったから残りは5発。

どうしようかな、足とか肩とか撃てば致命傷にはならなかったよね?





などと思考していると







エルリック兄弟はそのユーリックの激昂した姿をみてやばいと思い始め。

どうするよアル、このままだとヨキってやつの額に穴が開くぞ。

そうだね止めた方がいいかもユーリさんこのまま人殺しになりそうだし。

アル、お前が止めてくれ、鎧だし。

じゃあ兄さんがユーリさんに話しかけてね。

俺が?


うん


などの相談を始め、ユーリックを止めることに決めた。

「で、どうする貴様等、これ以上臣民に横暴な行為をとるなら―――ってなんだエド君、このド低脳を綱紀粛正を持ってコレから裁く途中だぞ」

(えっとユーリ?じゃなくてユーリさん?)

ユーリ、とエドが横から小声でユーリックを呼んだ時の銃と身体は軍人達に向けたままで横目でエドを見る視線が「ああん?てめぇ、邪魔すんのかコラ?お前も一発どうだ?」的な視線に感じてしまってビビリながらもエドはユーリックを説得し始めた

(一回銃下ろしてくんないか?)

「え?」

(え?って………………穏やかにこの騒動を収める方法があるんだけど……どう?)

ユーリックの意識がエドに向かってる内に出来た隙にアルがユーリックの後ろに回りユーリックの小柄な体を全身全霊でその大きな体を使って取り押さえた。

「こいつらに穏やかな結末などは私が許さん……ってアル君っ!いきなり何をするんですか!?離して!?いや離せっ!?」

暴れるユーリックをがんばって取り押さえるアルは最近これほど精神的に疲れたことってあったかな?

などと思いながら、ズリズリと宿の隅の方にユーリックを引きずって行った。

てゆうか俺がなんとかしないと本気で多くの血が流れる絶対、とエドは悲愴な決意をしながら

(大丈夫だって俺がなんとかするからまかせてくれよ)と、未だに銃を降ろそうとしないせいでアルに銃を取り上げられたユーリックに向かって小声で言った

多分聞こえてなかっただろうがエドは気にせず先ほどまでユーリックに銃を向けられて激昂していた子悪党な軍人達に近づき国家錬金術師の時計を見せ、態度を一変させて下手に出る彼等に上手く取り入り、屋敷に来てくださいという彼等について行き

そのまま店をあとにした。








その後残った人々は一様に黙り込んでいた。



「……………」×ユーリック以外の宿中の人々。

宿屋の息子カヤルと宿の奥さんのサーシャさんはカヤル君が殴られて腫れた頬を冷やしに行って今はいない。

今此処に残ったのは男達だけで微妙な視線がユーリックに刺さっていた。

「……本当っに最低な方達でしたね、ってどうしたんですかみなさん?」

「………」

「…………………勇敢な姉ちゃんだな」

「ああほんとだ、勇敢だった」

「ありがとうございます、少し怒ってしまって、宿の中で銃なんて撃ってしまってすいませんでした」

「いいやそれはいいんだ、カヤルを助けてもらったし………って少し!?」

「少しです」

「そうかなぁ」

アルは首を傾げすぎて兜が落ちそうになった。

ユーリックはアルから銃を返してもらい白衣の内ポケットに収めると一息をついて

「まぁこの後のことはエド君に任せますか」

「あのちびっこいのに任せとけよ姉ちゃん」」

「おっと酒が温くなっちまった、飲みなおすか」

「ああ」

「ねえちゃんも飲むか?」

「用事があるので今はいいです」

「ん?用事?」

「ええ、重要な用事です」

「あ、サーシャさん……ピクルスの漬け方中断してしまったのであと砂糖をどのくらい入れるか教えてください」

カヤルに湿布をはって戻ってきたサーシャさんにユーリックはマイペースに再び料理談義をし始めた。








その後ヨキの住む屋敷に招かれたエドはヨキ中尉の炭鉱の所有権を無償で譲り受け渡す念書をヨキに書かせてから、金をボタ石から大量に錬成して買い取り、屋敷から帰る前に元のボタ石に戻す、という悪知恵で炭鉱の所有権をうまく奪い取り、エド達は一日の宿泊費として所有権を宿の主人に売って事態は緩やかに(?)収束した。



ヨキが再び宿に再び戻ってきたときにはユーリックは国家錬金術師の証である銀時計を取り出しみせ。

「ヨキ中尉のことはエド君が東方司令部に報告するそうなので私は父に貴方達を紹介してあげますよ、多分来週から南部の最前線行きですね」

「なんの役職がいいですか?特攻兵ですか、塹壕を延々と掘る役職ですか、ああ、銃の訓練に使う的でもいいですよね」

「とりあえず一生出世はないと思って下さって構いませんよ貴方達は…ああっ!!すぐ二階級特進できますよー、よかったですね!」

「そんなに嬉しそうに泣かないでくださいちゃんと遺品は故郷に送って上げますから」




などなど。

妙薬の錬金術師にして名門軍人を輩出するバートン家の娘だとヨキや他の軍人達に教えたあとひたすら言葉でなじり続けた。

まぁ言ったとおりのことは実行はしないけど、いい薬ですね、とユーリックは哂った。

その後ヨキ中尉の部下達は軍を辞めたというのは言うまでもない。













「ねえ父ちゃん」

「なんだカヤル」

「エドやユーリさんは魂こそ売り渡していなかった、と言うよりヨキの様な悪人の魂を狩りとっていったね」

「確かに」







続く。




宿は焼かれませんでした。


読みづらい部分は感想文に書いてくれると大変勉強になり、助かります。



[11215] 4話 上編 (修正)
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/08/28 15:40
「プリッツ完成、それと同時にポッキーも」




4話上





エルリック兄弟とユーリックはユースウェルで多くの人々に感謝されながら宿で一泊し、直ぐに東方司令部に向かう列車に乗った。

エドは列車内でユーリックが朝、宿の奥さんにキッチンを借りて作った車内で手軽に食べれるホットドッグ、ハンバーガーなどをエド達に振舞った。

アルが食べれない代わりにまた、エドが全て食べることになったがユーリックは何も言わなかった。


「へぇマスタードとマヨネーズってこんなに合うんだな」

「ケチャップとマスタードが基本のホットドッグですけど、たまにはいいでしょう?熱々な時のホットドッグはケチャップとマスタードが一番ですけど」

「次は私特製のハンバーガーです食べて見てください、これは自身作です」

食べ盛りなエドワードはホットドッグを食べ終え、次にユーリックが差し出した紙に包まれたハンバーガーを手に取り紙を剥がしてパクリ、と一口食べる。

そして

「おお……うめえ!すげぇうめえ!!」

「そんなに美味しいの?兄さん」

「いや、これは……うめええええ!!」


その美味さにエドワードは叫び、飛び上がりそうになった。


「そうでしょう、そうでしょう、それは鶏肉を油で揚げて、東方の遥か島国にあるという国にある醤油というソースを砂糖で甘く仕上げて味付けし
濃い目のマヨネーズを付け、レタスを挟んで作ったもので、私、ユーリックのハンバーガーレシピの究極にして至高の一品です」

これはユーリック自身が前世、高校の修学旅行で北海道の函館に行った時に、某幸運なピエロで食べた○ャイニーズ・チキンバーガーに似せたものである。

本来の味、とまで行かなかったが、これはこれでかなり美味しい。

ユーリックが16の時、この世界で遥か東方の島国から伝わったという将棋を偶然見つけた時に、え!?日本あんの!?まじで?と本気で驚いた。

日本という名前ではないらしいが、日本にそっくりな風土の島国はこの世界に在ったらしい。

シンという中国にそっくりな国があるのは知っていて、米はとっくに手に入れていたが大豆は見つからなかったのだ。









食に関する錬金術には無駄な才能を発揮するユーリック。


ユーリックが得意にしていた錬金術は抽出錬成と言うもので
物質に含まれた成分を錬金術でうまく抽出する、という特殊な錬成術の構築式を専門にしていた。

甘ったるいコーヒーから糖分だけを抜き出し砂糖を作ったり。

オレンジからビタミンだけを粉状にして取り出すとか

食材から水分だけを抜き出し、あたかもフリーズドライみたいに乾燥させたりなど。



そういうものは地味で人気がなく、あまり専門にする人はいない。


等価交換の法則を最大限に生かしたほぼ、悪魔か神が行う創造の域に達した金の錬成や巨大建築物の錬成などや
まるで回復魔法みたいな医療系の錬成術や神の摂理に挑むように生命を弄くる生体錬成を学ぶ人が多く、人気も高い。


ユーリック自身は全く興味がなかったのであまり勉強しなかったこともあり、苦手である。

生体錬成も一応やってみたことはあるにはある。

どんな味になるのかと試した豚肉と鶏肉の合成実験とか。

失敗して鳥と豚の合い挽きになった。


錬金術師は大抵、例に挙げたような凄いと傍からみても分かるものなどに心魅かれ錬金術を
勉強し始めるので、よくユーリックは珍しいタイプの錬金術師だと言われる。

ユーリックがやっていることは所謂、酔狂と呼ばれることらしい。

なんでその才能をもっと素晴らしい技術に生かさない?

何故世界を変えるような発明に生かさない?くだらない発明ばかりして……。

もったいないな。

などと、他の国家錬金術師に出会った時にたまに言われ、ユーリックは
まぁ、一度に何十人も殺害できるような兵器を錬金術で作ったり、神になったかのようなつもりで命を弄くるやつから見ればそう見えるかもしれない。
でも、俺からすればそんな事よりコレが何億倍も重要なんだよ、文句いうな。

と常々思っている。



醤油の話に戻るが

和食を語るには欠かせない醤油。

醤油という塩分や様々なアミノ酸や無機質、ビタミンB郡でできた醤油をいきなり錬成するというのはかなり複雑で難しいのである。

葉酸とかグルタミン酸が入ってるのはわかるが醤油の成分など全て覚えているのはモノホンの栄養士だろう。

ニセモンなユーリックがいちいち醤油の成分を覚えている訳もないので

醤油に近いナニカをさらにナニカにした物は作れるが本当に人が食べて美味しい思える風味豊かな醤油を作る構築式組むとかまず無理である。

イメージから無理矢理錬成などしたらリバウンドで酷い目に遭う。

故に、大豆からちゃんと作るしかないのである。


もし、醤油の成分を全て覚えていたのなら可能かもしれないが。






という訳で東方に島国がある、という事実にユーリックは暴走した

しょ、醤油だ!?

じゃあ、醤油あんの醤油!?

錬金術で作った超贋物醤油じゃなくて本物の風味豊かな醤油が!?


やべえ、ホームじゃなくて、リインカーネーション(輪廻転生)シックに罹りそうだ。

どうやって手に入れる、醤油、味噌、醤油、味噌、醤油、嗚呼、醤油、あと納豆。

あれ?シンで大豆はみつからなかったよね?大豆って中国から元々昔に日本に流れていった物だよな、もしかしたらこの世界大豆ないの!?

いや駄目元だ、錬金術なんていう異次元な物がある世界だ、きっと大豆はある!!

だから

「御父様、私の為に或る物を手に入れてください、お願いします、結婚でもなんでもしていいですから…」

とユーリックは己の貞操を簡単に放り投げ、親の権力を最大限に利用し、なんとか東部のシン国経由で手に入れて貰った。

この世界の大豆は例の日本らしき島国からシン国に昔に渡って来た物で、シン国の東部では大豆が食べられているらしく、だから見つからなかっただけらしい。

その時、父親は結婚を頑なに反対していた娘が
結婚してでも欲しいという物を多くの情報と財力を使って手に入れ、それを眼にした時、豆?豆!?と頭を傾げたが、これで娘が結婚を反対しなくなるのなら安いものだな。
と大豆を娘に渡した時の喜び様は

普段、聡明でおしとやかな娘が「キャー!!キャアアアア!!アハハハハハハハッ!!ウフフフフフフフフッ!!」と飛び跳ねながら叫んだ姿を見て

「娘が狂った!?」と心配したほどだった。

その後ユーリックは大豆をハンセンの町で折角植えた大豆を狙うハトなどの動物達と熾烈な争いを繰り広げ
己の全てを賭けるような気持ちで必死に栽培したところ、アメストリスの風土に上手く合ったのか実をつけ始めた。

それをみてユーリックは咽び泣いたのは言うまでもない。

大豆になる前に早めに収穫した枝豆を食べた時にも泣いたが。






その後、収穫された大豆をユーリックは前世にテレビの休日の再放送でたまたまみた、ダッ○村の醤油作りを思い出しながら醤油作りを開始した。

醤油作りは時間がかかる為、ユーリックは錬金術で、ある錬成技術を生み出した。

その名も醗酵錬成。

錬菌術、いや錬金術で醗酵物質自体を急激に増やし醗酵を一気に活性化させるというユーリックが創り出した錬成技術である。

それをユーリックは自らの錬金術の奥義にしており、秘匿し、誰にも醗酵錬成のことを教えてはいない。

この醗酵錬成は反則であり、卑怯だからだ。

例えば、この醗酵錬成があれば良い素材さえあれば誰でも美味しい酒が作れる。気候、風土、環境を無視して好きなだけ菌の醗酵を促進させることができるからだ。



これを反則と言わずしてなんという。

よりよい食を作るため日々努力を続け、その生涯を食に奉げた者達、職人達やその子孫への冒涜なのだ、この錬成術は。

職人達は人に美味いと言われるものを何十年かけてやっと作るのだ。

その地域の気候と風土で自分達の目標とするものを環境を整えながら、やっと作るのだ、そうやって作るしかないのだ。

そう―――やっと、なのだ。

それは奇跡、職人達の努力でできる奇跡だ。

皆それを誇りにしているのだ。

自分達が作ったものが人に美味しいと言われるということがどれほど大変なのか知っているが故に。



だから、自分だけがこっそり使うぐらいならいいが、もしそういう事を考えない心無き錬金術師にでも広がったりしたら大変なことになる。

容易く職人達の努力と誇りは汚されるだろう、無惨に残酷に―――。

内乱で人の虚しさ愚かしさ残酷さは見てきた。

人はやってはいけないことを簡単にやってしまう生物だ。

だから、もし誰かに脅されて、教えなければ殺す、と殺されそうになったとしても絶対教える気はない。

それがユーリックが持つ錬金術師として、そして人としての誇りだからだ。










ちなみにユーリックは○ッシュ村をやる番組ではなく、から○りテレビ派だったので醤油作りしか見たことがなかった。


それ故、味噌やそのほかの大豆食品の作り方をよく知らず、それ以降「馬鹿っ!俺の馬鹿っ!」と一人で自分を責めている光景が研究室で広がるのが週一回は必ずある。

大豆から豆腐の錬成は試したが、食感が駄目すぎて不味かった。

やっぱりちゃんと正しい形で作ったほうが美味いに決まっているのである。






「私が得意とする錬金術はこういうモノです」

「え?」

「ああ、すいません、少しいきなりでしたね、実は醤油というソースも錬金術の研究の応用で作った物なんですよ?」


「へえ、僕達は生体錬成専門だから、そういうのあまり解らないけど……やっぱり錬金術って凄いよね、美味しい食べ物作れるしね」

「ええ、最高の魔法ですよね!錬金術って最高の学問ですよね!いざとなればそこら辺の草花からパンを作ったりもできますしね、私はやらないですけど」

ユーリは微笑んでそう言う、穢れなど無いかのような瞳を輝かせながら。

「………」

アルはユーリックの錬金術を誇る姿に一瞬、自分達はやはり愚かで罪深いのかもしれない
僕たちのやってきたことは、という悔恨の思いが胸をよぎったが――――。

「そうだねユーリさん………って兄さん!マヨネーズが服に落ちるよ!危ないっ!」

「美味いぞぉー!」

「兄さんっ!落ち着いて食べてよ!!」

この騒がしくも元気な兄のお陰で僕は前向きになれる、とアルはそう思い勢いよく食べ過ぎて食べ物を喉に詰まらせたエドにユーリックが慌てて飲み物を差し出しているのを横目に
「絶対…っ!体取り戻してやる!!そしてそのハンバーガーを食べるんだっ!!」と心の中で決意した。







「よく食べてよく寝ますねエド君は」

その後エドはユーリックが作った食べ物を食べ終わると満腹になって眠くなったのか向かい合わせのワンボックスの二人座りの列車の席の片方で横になって寝始めた。


ユーリックはこれほど美味いと言って貰えれば、作ったほうからすれば最高レベルの賛辞ですね
と先ほどのエドの様子を思い出し、思わず口元の笑みが抑えらなかった。

珍しく自分の発明を貶さない二人の少年。

多分【鋼】の由来だろう、鋼の義肢を着けた国家錬金術師の兄と、一切の飲食をしない、大きな鎧姿の弟。

不思議な二人組みだ、だけど良い兄弟だ、仲も良い。

「ふふ」

上機嫌でユーリックがエドが食べた後のハンバーガーを入れていた紙屑などを綺麗に折ってゴミ袋に入れていると

「………ユーリさん」

となりに座るアルが何処か真剣味があふれる声でユーリックの名を呼んでくるので

「なんですかアル君」

ユーリックは何かな?と思いながら返事をする、まさかアル君は小麦アレルギーで今までそれを言い出せなくて
何も食べなかったのかな?

そうなると合点が合う、などと考えていると

「実は話したいことがあるんだ、僕たちのことについて」

アルの声がさらに真剣味が帯びたので、思考をやめてこちらも真剣に聞くことにした。












まだ出会ったばかりの【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートン、ユーリさん。食に人生をかけている!と
胸を張って錬金術師をしていて、兄や僕に美味しい物を作ってくれる彼女。

僕は兄の意向も聞かないで勝手に自分達兄弟の過去の話をし始めた

言わずに居れなかったのだ、僕は彼女の前で一度も食事をしていない。

最初は東方司令部に行くまでの短い間だから、という理由で隠す気だったけど。

もう隠したくない。



本当に小さな頃、よくくだらないことで兄と喧嘩していた時代。

ある時、食事中に喧嘩してしまい偶然の事故だが

一度、母が作った料理が載る食卓を台無しにしてしまった。

母は本気で怒り僕達に対しその日の食事を禁止しし、次の日の朝も食事を禁止にした。

僕たちはそのまま喧嘩を続行させ、母に怒鳴られ叩かれた。

その時、母は料理を作る人の気持ちや、食べ物の大切さを僕達に説いた。


そして夜と朝の食事を抜かれ、空腹で気持ちが一杯になった僕達に母は昼にたくさんのご馳走を作って


笑って、こう一言いうのだ。

わかった? と。

僕たち兄弟は大きな声で頷いて、母の作るおいしいご飯を食べはじめた。


そんな記憶。


だから


自分の為に料理を作ってくれるユーリックの意志をこれ以上台無しにはしたくなかったのだ。

だから話す。


もしかしたら、ユーリックの笑った時の顔が母に似ていたせいなのかも知れない。

そしてアルフォンスは悲しい記憶をユーリックに伝え始める。








「だから、僕たちは旅をしているんです」

ユーリックはアルの話を聞いて、何も言える気がしなかった。

こんな列車内で話すようなことではない、兄弟と亡くなってしまった母親の悲しい話。


話を聞いていた途中で女性の意識では泣き出しそうになるので

思わず男の意識に切り替えていたほどだ。


話を聞いた感想は。



ヘヴィ、重いよ、それだけしか思い浮かばない。


「…………私にそんな重要なこと話していいんですか?」

都合良い言葉なんて出るはずがない。

解ったような口なんて叩けるはずもない。

「いいんです、ユーリさんには聞いて欲しかった」

アル君がそう言う。

大きな鎧姿に似合わない声変わり前の少年の声で――――

だから。

「私には何もいえません…………ですが、もし……何か手伝えることがあったら何でもいってください、手伝います」

それしかいえない。

「そんなつもりでいったわけじゃ……」

だろうね、でもなぁ普通これ聞いたら

「でも、わたしはそういうつもりになりました……だから、エド君は成長期なので取り合えず、体に良くて美味しいものつくりますね」

学校給食ぐらいバランスのいいもん作ってやるよ。

それぐらいだな、できることは…だって生体錬成詳しくないし。


「え?」

「きにすんな」

やべっ!

「え?」

「あ………気にしないでくださいね(両方の意味で)遠慮なく何でも言ってください、料理得意ですから」

でも、戦闘だけは勘弁な、二人はかなり危ない橋を渡り続けているようだけど。

弱いからね?俺。


ライオンとワニのキメラなんかと素手で戦えないからね。




「…………………あ」

「なんですか?」

「ありがとうユーリさん!ありがとう!」

「え、と……どういたしまして、アル君もなんでもいいですから言ってくださいね」

鎧を綺麗に磨くとか、ならできるはず、鉄製の調理器具のメンテナンスの要領で。

「じゃあ、一つ頼みたいことあるんだ」

「なんですか?」

「僕の体が戻ったら、ハンバーガー作ってください、さっき兄さんが食べてたやつ」

「勿論、良いに決まってます!」





それにしても賢者の石ね、よく思うが、錬金術といいまるでRPGの世界みたいだな此処は。

賢者の石って確かパラケルススだったっけ、作った人。

前世で読んだオカルトの本に書いてあったな。

本名は滅茶苦茶長くて確か医者で錬金術師でキリスト教批判したとかいう人だったはず

確かなんちゃらフィリップスなんちゃらホーエンハイムだったけ。

忘れたな。

ま、いっか。


まぁアル君も明るくなったようなので女の意識に切り替え、切り替え。

ボロが出そうになったし。






エド君のメニュー
取り合えずどんなメニューがいいでしょう?

エド君身長気にしてるようですしね、骨を生育するメニューとか?


背なんてちゃんと夜寝て、ちゃんと三食、物を食べていれば伸びるものなんですけれどねー。

伸びなかったら遺伝の問題ですし、あきらめるしかないですし。


まぁ、やっぱり、乳製品……ですね。

あとビタミンDとか、かぁ。

えーと。

やっぱりミロ、ですね。







次回こそ列車テロ編。






[11215] 4話 下編
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/08/30 19:41
「ただの調理師だ」




4話下


「どうしてこんなことに……どこのB級映画ですか?」

ユーリックは頭を抱えた。



ユーリックは急にトイレに行きたくなったが、自分達が居た車両にはトイレが無いので4両先にある車両と車両を繋ぐ間にある男女共用のトイレまで行き
そこで用を足した。

そして手を洗っていると、急に悲鳴と怒号が聞こえてきた。

驚きながら一人トイレに隠れ黙っていたら
この列車は青の団、等と言うテロ組織に占拠され、乗客は全員人質になり連れられて行くのをトイレのドアごしに聞いた。

人質を一箇所か数箇所に集め監視するのだろう。



一人で青の団を名乗る寂しいテロリストなど居るはずもない。

最低でもテロリストは10人はいるだろう。

人質の監視をする人間。

列車の機関部を占拠する人間。

列車内を巡回する人間。

これぐらいかな、とユーリックは考える。


そしてテロリストや人質が自分がいる車両から消えた後、ユーリックは悩み始める。

今後自分はどうするか、と。

何が目的かは分からないが、軍に何かを要求するというのは聞こえた。

「うう……私って顔が売れているんですよねー、もし今更出て行ったら、多分実家に対しての人質にされます」



今までトイレ入ってましたー、撃たないでくださいー、とか言って出て行ったら、変な注目を買って気づかれるだろう。

イシュヴァールの内乱に若くして参加した女性の国家錬金術師。
軍の士気向上のプロパガンダに利用され、新聞で取り上げられた事もある。


アメストリス南部の将軍、ヴォルフガンク・バートンの娘ってことも結構、有名だ。




どうしよう。


「うーん」

ユーリックは白衣のポケットから紙に包まれた小さなチョコを取り出し食べながら考える。
やはり考え事をする時は糖分が必要なのだ。
口の中に入って溶け出し、甘さを舌から脳に送るチョコは緊張を解してくれた。

直ぐに名案が浮かんだ。



あ、そうだ。

「黙って此処に居れば大丈夫ですかね?」

良い作戦かもしれない。

この列車はもう少しでイーストシティに着く。

そして東方司令部の軍人達との何らかの交渉が始まるだろう。
出世が欲が高く、軍上層部に嫌われているとの噂の彼がもしテロリストに屈して交渉に応じるなんて事をしたら軍上層部は彼を嬉々として、とり潰しを図るだろう。
出世を望む東司令部の大佐ならば、テロリストの交渉などに応じず―――もしくは応じるフリをして、速やかにこのテロリスト達を無力化するだろう。

だからずっと此処で静かにしてれば、勝手に事件は収束するだろう、と思う。
よく考えれば、此処ほど安全な場所もないかもしれない。

まあ、希望的観測だけれど。


「でも、アル君とエド君は大丈夫ですかね………まぁ流石にテロリストに刃向かうなんて無謀な真似しませんよね?」

敵は全員銃火器で武装している。
刃向かったら蜂の巣だ。

カヤル少年を庇おうとした時のエド君の脚のバネと思い切りの良さは凄かった。錬成陣を使わない両手で行う錬金術も。
でも、狭い列車内なんかで強力な戦闘用の錬成を行えば大事故になるし、動きも制限されてすぐ銃の餌食になるだろう。
兄弟二人は頭が良いから反抗なんてせず大人しく人質になっていることだろう。

しかし

もし、交渉の段階で長引いたり、もしくは軍の突入が失敗して大々的な戦闘が始まった、なんてことになったら
テロリストは人質になった乗客を容赦なく殺傷するだろう。

特に、あの二人は目立つ、兄は真っ赤なコート、弟は鎧姿だ。

「真っ先に狙われそうです……どうしま「ふぅ、緊張してきたぜ、取り合えず用でも足して……あ?」え?」

突然ガチャリ、とトイレのドアが開かれ、ゴツイ男が入ってきた。
肩にはポンプアクション式の散弾銃が掛けてある。

その瞬間、ユーリックは全力で右足を蹴り上げていた。


「なっ!?女っだげばろっ!」

その蹴りは綺麗に、油断していた男の顎に命中した。

ユーリック自身驚くほど見事に決まった蹴りだった。

顎を蹴られた男はトイレから飛び出し背中を壁にぶつけ、舌でも噛んだのかもんどり打って倒れ、口元を押さえ痛がっている。
やはり小柄なユーリックでは一撃とは行かなかったようで、男は苦痛に耐えながらなんとか立ち上がろうとしていた。

「ゴノガマァ」

目の前に落ちた散弾銃を引き寄せながら―――。
瞬時にユーリックは蹴り上げた足を下げて倒れた男に近づき、もう一度右足を上げ、踵を男の頭に狙って下ろす。

踵落とし

小柄なユーリックでも高い威力が出せる蹴りだ。

「グベっ!!」

男の頭からゴス、と鈍い音がした。

ユーリックは足に感じる殴打の衝撃、自分が行った暴力の不快な感触に顔を歪める。

男の顔は列車の床に叩き付けられ、鼻や口から血を零している。

男は気絶していた。
鼻は折れ、歯は数本砕けただろう。
頭に強い衝撃を与えたので、もしかしたら後遺症にも悩まされるかもしれない。

ユーリックは胸に圧し掛かる罪悪感を抑える。

でも自業自得である、こいつは先ほどまで自分の都合で他人に銃口を向けて脅していたのだ。

こういう者にはむしろ同情よりも嘲笑が似合う。

「ふん、油断するなよ馬鹿め………お前は犯罪者なんだから」

気を抜いていいのはお縄になるまで。
これ常識です、とユーリックは気絶した男に向かって言う。

「それにしても…」

怠け堅くなった身体で行なった高速な蹴り上げ。
急に身体を動かしたため、股関節と右足の筋が嫌な感じだ。

「たまには運動しないとやばいですね、鈍る一方です……あれ?なんで私はこんな――ってまだテロリスト犯がいるかも!」

他にテロリストが近くに居ないかどうか気を張る。
油断などしていては目の前の男の二の舞になるのだ。






しばらくして

「近くにいないようですね……まず運動よりも考え事で周りが見えなくなる癖、どうにかした方が良いかもしれませんね」

どうやらこの男は自分の役目から離れてトイレに来たらしい。
男を倒す時、結構な音を立ててしまったのでテロリストの仲間が慌てて来ると思ったが、音が聞こえた距離にはいないようである。


「とりあえず隠しましょう」
ユーリックは周囲に警戒しながら男の腕を掴んで引きずってトイレに押し込むことにする。

「重い、重いです………はっ!」

意識がない人間はやはり重く、引きずるのに苦戦していると突然、銃声が聞こえてきた。
ユーリックは白衣の内ポケットから拳銃を引き抜き車両の座席を盾にするようにして隠れ、銃声が聞こえた方向に向かって銃を両手で構える。

「後部の車両だ……まさかテロリストが人質に発砲したのか?」

女性から男性の意識に切り替える、暴力に対しての免疫は男性の方が強い。

くるならこい

ユーリックが戦々恐々としていると
後部車両のドアがスライドして開かれる。

「………っ!?」

そこには









「なにしてるの?ユーリさん」

「アル君?」

そこにはアルフォンス・エルリックの姿があった。

「何って……えーとそうだ、銃声がしましたけど、何があったんですか?それに何で此処に?」

ユーリックは思わず男の意識を引っ込めて、女の意識に戻し、銃の構えを解いて、アルに近づく。

「聞きたいのはこっちだよ、ユーリさんがトイレに行ってる間にテロリストが来て占拠されて、そのままユーリさんが帰ってこないから心配したんだからね」

「心配ですか?」

「うん、ユースウェルみたいに銃で暴れないかどうか心配だったよ」

「どれだけですか私は、いや、まぁ………既に一人片付けましたけどね、ほら其処に倒れてる人」

「うわぁ、凄い血が出てる……死んでないよね?」

「気絶してるだけです、アル君の中でどれだけ私が切れやすい人間に設定されているかどうかは後ほど聞くとして…そんなことよりも銃声は?それにエド君は?」

「そんなこと……うん僕達で今、テロリストを退治してる途中なんだ、さっきの銃声はテロリストの人が僕に撃ったやつ」

「撃たれたって……っ大丈夫ですか!?怪我は!?」

「僕に銃は効かないよ、だって鎧だし……だから銃が効かない僕は下から、兄さんは上から先頭車両に向かってるんだ」

「そういえばそうでしたね………あとエド君は上からですか?怖くはないんでしょうか?…列車結構速いのに」

「兄さんなら大丈夫だよ、多分」

「まぁ、お互いの特性を生かした良い作戦だと思います、でもなんで大人しくしてなかったんですか?……かなり危ないですよ?」

「兄さんが………」

「まぁそれも後ほどにしましょう、取り合えず残りの犯罪者達を掃除しましょうか」

「ユーリさんも行くの?」

「ええ、このまま事件が長引いたりなんかすれば査定に間に合わなくなるかもしれませんし、あと」

「あと?」

「私自分の分のご飯作り忘れていて、お昼食べてないんですよね、お腹が空きました」

早く東部の美味しい飲食店に行きたいです、と言いながら。
ユーリックは右手に握られた銃を白衣の内ポケットに戻し、別の物を抜き出す。

それは名刺入れサイズのカードフォルダ。
黒皮の無地でシンプルな上開きのもので、なかなか品が良いデザインでユーリックは気に入っている。


「それは?」

「ああ、私は実験より実戦が好きな武闘派錬金術師ではないので、錬成陣はいつもカード状の薄い鉄板に書き込んで持ち歩いてるんですよ」

爆弾魔の様に普段日常で錬成陣を手の平に書くなんて真似はしない、と言うかそんな事が必要な毎日も送ってもいない。


それに自分が普段こうして持ち歩くのも抽出錬成用と簡単な物質の形状変化の錬成陣ぐらいだ。
爆弾やら炎やら砲弾やら、そんなものの錬成陣を構築する暇があったら食品加工技術の研究に全て使うだろう。
そう思いながらユーリックは一枚のカードを取り出して床に置く、そして一本の先が丸い木の槍を錬成することにする。

錬成反応で床から電光と音が発生する。

列車内の木製の床は堅く、人を殴るにはもってこいみたいだ。
分解から再構成の工程で無駄に力を込める必要もなく簡単に錬成できた、なかなか良い出来映えだ。

槍を手に握るとユーリックはいつもながらに私は魔法使いっぽいことしてますねーと思いながら
錬成で中身がスカスカになった列車の床の一部分を見て「後で列車の駅員に言わないと」と思い、床に置かれたカードを回収する。


「まずアル君が先行して盾になり、私がこれでアル君の後ろから相手を突きます」

「わかった、じゃあさっさと終わらせよう?」

「了解です、さて行きましょうか」

そして二人は前の車両を目指していく。





言うなればあまりユーリックは役に立たなかった。

というか役に立つ必要もなかった。

アルが圧倒的すぎたせいだ。


アルの鎧に驚いたテロリストはアルに銃を乱射、そして跳ね返ってきた兆弾で自爆していくおかげで顎先を槍で叩いて気を失わせる程度のことしかしなかった。


「なんか、簡単ですね」

「そうだね」

「それにしても、アル君は体術が上手いですね、何処で習ったんですか?」

「…………ど」

「ど?」


「ど、どどどどどどどどどここここここ……」

「アル君?」

「デデデデデデ」

「何でそんな壊れたラジオみたいになるんですか?っていうか大丈夫ですか!?」



そんなこんなでアルとユーリックはテロリストを順調に撃破していった。

機関室を抑えたエドが淡水車から大量の水を流し、テロリスト押し流した後は簡単だった。

待ち構えた二人は倒れているテロリスト達を片付ける。

そしてすぐにエドとアルの絶妙なコンビネーションで眼帯で片腕がオートメイルのテロ首謀者は打ち倒された。

ユーリックは二人を見て思う。

「この二人強い」

壮絶な過去が有る故の強さか、だがそれにしても十代の少年達にしては強すぎる。

歪な強さではなく、安定さと余裕を伴った揺ぎ無い強さ。
もしこの二人と自分が戦ったならば、なにも出来ないで負けそうだ。

「本当にエド君に料理を作ってあげる事ぐらいしか私にはできないのかもしれませんね」

二十歳+前世の年齢の大人としては少し悲しい気分になった。

オートメイルの刃を元に戻したエドが自分に駆け寄ってくる。


「ユーリ大丈夫だったか」

「ええ、アル君と合流が出来ましたし……それにしても――いやいいです」

アルに言ったように、危険なことをするな、と注意したくなったが。

やめといた。

エドの年頃には自分も戦場に参加していたのだから。

それに喜んで

「イェーイほら、アル」

「いえーい」

などと、勝利を祝ってる二人に水を差すのも悪いし。

「取り合えず列車から出ましょう」

列車が止まり、軍人達が流れ込んでくるのを横目にユーリックは一息ついて、アルとエドを外に出るように促した。


ここで事件は収束した。


列車から出て軍人達がテロリスト犯を連行しているのを三人で眺めていると

「や、鋼の……おっとこれはこれは、【妙薬】のお嬢さんも来たのかい?」

童顔で甘いマスクの黒髪黒目の軍服を着た男が後ろに副官を連れてこちらに来る。

「はい、エド君達と期限通りに今回は査定に来ました、前回の査定ぶりですね【焔】の大佐」

「今回も君の発明には期待しているよ……どうだい、この後食事でも」

「この後は事件のまとめで忙しいんじゃないですか?軍人の仕事してください」

「ぐっ……相変わらず手厳しい」

この大佐はとにかく女性関係が激しいことで有名だ。

故に嫌いだ。

前世で女友達は多かったが恋愛関係に発展したことが無かったせいなのかは知らないが
こういう典型的なハンサムでモテる男に対しては私はいつも厳しい反応をしてしまう。

こういう時だけ妙に出張る男の意識。
相手に他意がなくても反応して困る時もある。

だがたまには感謝もする。
ナンパされた時とかにはっきりと断れるからだ。


今みたいに。


素っ気なく誘いの言葉を打ち切り、軽い挨拶の受け答えをして
そのままユーリックはアルと頭を下げ合っている、大佐の副官のリザ・ホークアイ中尉の方に向かい挨拶をする。

「お久しぶりです中尉」

「ええ、お久しぶりです、お元気でしたかユーリック殿」

リザ・ホークアイ中尉は微笑んでユーリックに挨拶を返してくれる。

美人は良いね、癒されますね、とユーリックは思う。

何故か彼女は妙に自分に対し好感的な反応を返してくれるので
いつも嬉しさ半分悲しさがこみ上げる。

是非とも前世でお会いしたかった、と。

男の意識がいつもそう囁くのがウザイな、イラっとくるなとユーリックはいつも思う。



「そういえば久しぶりに銃を撃ちましたよ、結構鈍ってませんでした」

「どこで、ですか」

「少し愚かな男に制裁を加えまして、その折に」

「はぁ………でもそういう時、本当に便利ですよね銃は思い立ったらすぐですし」

「ええ」

ふふふふ、と笑いあう。


アルがそれを見て、「怖!」と思ったかどうかは定かではない。


「そういえば、ユーリック殿、あの銃、また見せてくれませんか?」

「いいですよーって、また殿をつける……女同士なんだから別にユーリで構いませんよ?」

ユーリックはリザに銃を白衣から抜き出し手渡してそう言う。

「いつみても素晴らしいですね、天才的銃工が工場の大量生産とは別に晩年、手ずからバートン家のために作ったとされる幻の名銃」

「って聞いてないですね」

ユーリックが持つ黒塗りの拳銃はこの世界での自動拳銃の先駆け的な物であるらしい。


FN GP M1859と刻印された銃身。
グリップにはバートン家の家紋である狼を象った刻印が打たれている。

「それは実家の父から頂いたやつですから私にはなんとも………それにバートン家のために作られた話は本当かどうかわかりませんし」

銃に全く興味がないユーリックはその良さがわからない。


ユーリックの父ヴォルフガンクが、実家の家宝であるこの銃をユーリックに渡した時、ユーリックが全く喜ばなかった事に愕然とした。

ユーリック自身はそんなに良い銃なのかな、これ?とたまに思う程度の認識である。

「最近作られた奴の方が装弾数も威力もいいですよ、中尉」

「それにしてもこの銃身のフレームの機構はいつも謎ですね特にこの溝、それにトリガーガードに妙な突起がありますし、何か付いていたみたいで…」

ブツブツと言いながらリザは真剣な表情でユーリックの銃を見ている。

「ってまた聞いてませんし……ってあれ?中尉、中尉」

「あれは」

拘束されたテロの首謀者がオートメイルの仕込みナイフで縄を切り抜け出し、拘束していた軍人を切りつけた後
エドの方を見ていた。


「大佐お下がりください」

リザさんがいつの間にか銃を構え大佐を庇おうとする。


(それ私の銃…)

それを大佐は手で止め。

「これでいい」

と、アメストリス東方司令部大佐ロイ・マスタングは口元に笑いを含ませ
猪のように真っ直ぐ突っ込んでくるテロリストに向かって錬成陣が書かれた白い手袋を着けた右手を掲げる。

そして指パッチンをしたかと思えば、錬成反応独特の電光が迸り―――。

テロリストを焔で焼き払っていた。

そして炎で悶え苦しみ倒れたテロリストに向かって

「【焔の錬金術師】だ――覚えておきたまえ」


と格好よく決めていた。


(うわぁ、相変わらず戦闘に偏った錬金術ですね)

そう思いながらもユーリックは密かに大佐を真似るように指パッチンをしていた。

(ふーむ、もし自分が使うとすると指パッチンをしたら美味しいご馳走ができてるとかがいいですねーって!?アル君に見られた)

ジーっとアルに見られ、急に恥ずかしくなってきた。

顔が一気に熱くなる。

(いや、だって……カッコいいじゃないですか、指パッチンで攻撃ですよ?)

と思いながら赤面してアルを見返すと

「僕はなにもみてないよユーリさん」と言わんばかりに首を振られた。



そういう反応の方が傷つきますから!



ユーリックは後でアルに自分に対するイメージの回復をどうやってするかを悩み
頭を抱えたくなった。




続く。



ユーリの銃はブロウニング・ハイパワーのパラレルワールド版。
作られた年代も順序もパラレル。
装弾数13+1
カスタムされていてちょっと命中率が高い普通の銃です。



[11215] 5話 上編(修正)
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/09/27 12:01
このまま東方司令部に向かうというアル君とエド君に同乗せず、私は大佐殿にその場で査定の書類を渡し
「急ぎの用事があるので後で司令部に向かいます」と一言入れてからイーストシティの街中を歩いていた。

急ぎの用事とは嘘も方便で年頃の娘でありながら作業着に白衣を羽織っただけでだらしない、とよく私の知り合いが言う格好で軍部の人間が多い司令部に行く気にはならなかったのだ。

バートン家の子女として伝々、多くの軍人の前でそんな格好で出て噂にでもなればすぐに研究を続けるのをやめさせられ、
花嫁修業という地獄が始まるかもしれない故に。


それよりもお腹が空いていて、司令部に向かう前に何か食べたいという欲求が強いだけかもしれない、が。

「とりあえず、パティに電話を入れましょうか」

査定にイーストシティに赴くと私の護衛をするという名目で査定の期間中、私の近況を探るために父の肝いりの軍人である部下がやってくる。
護衛達自体は私の護衛が目的で来るので含むところはないが一々精鋭の彼等を寄越されるのは父の思惑が入っているだろう。

だからいつもワザと脳裏から忘却して査定の期限に遅れて護衛が付かないようにするのだ。

でも今回はもう私が此処に来るのは知られてる、大佐があの兄弟に向かわせたこと自体、父の手回しかもしれない。
無事に着いたことをいち早く連絡しないと、私が乗っていた列車がテロに遭ったことが実家に伝わり、
東部は危険だから研究をやめて戻ってこいと父に言われる前に、私は別の便に乗ってイーストシティに来ました、とでも適当に嘘をつけばいい。
あと、大佐殿にもその嘘をフォローして貰わねばならないだろう。

面倒で少し憂鬱な気分でとりあえず私は街にある電話ボックスを見つけ中に入り、ため息を一息ついて、ダイヤルを回す、イーストシティにある護衛たちのセイフハウスに。

「もしもしユーリックです、あ、パティ?イーストシティに着いたから」

受話器から女性の返答が聞こえる。

いつも護衛は決まった二人。

一人は昔馴染みの女性であり、内乱で私が参加した時も護衛で付いてきてくれた人。

もう一人はその女性の部下で男。

電話を出たのは女性の方だ。

「しばらく街を一人で回るから、1時間後ぐらいに20番通りのカフェ、ベイリーに来てください」

そういって私は電話を切り、まずは腹ごしらいとイーストシティに来たら必ず行くと決めている飲食店に向かうために街を歩き始めた。




5話上


イーストシティにグルメなら知る人ぞ知る、ある料理専門の店がある。
どこか和風と中華が入り混じった外装のこじんまりとした店である。
赤い暖簾は前世でみた漢字にソックリな文字が書かれていて何処か懐かしい。

「シン国料理専門店、招来軒……一年ぶりです」

ユーリックは暖簾を潜る。
店内の内装はまるで昔ながらのラーメン屋の様相である。
しかし白を基調とした店の壁や客が座る席が清潔感があり好感を持てるセンスの良さ。
客はユーリック以外居ないようである。

ユーリックは真っ先にカウンター席に座ると。

「例のモノください」

静かに一言だけそう言う。

招来軒店主、シン国の独特な民族服をきたチェン・シーさん(46歳)はニヤリと笑い

「久しぶりだナ、待っていたヨ」

といってまるで戦場に赴く戦士の様な緊迫とした空気を出し、店内の雰囲気を重くする。

ユーリックはその店主の雰囲気に同調するように笑う。

そして言う。

「期待してます」

そしてチェンさんはその言葉に答えるようにカウンター奥の厨房の方に消えていく。

そしてユーリックが暫時、店内で静かに待つと

「出来たネ」

そう店主がコトリと底が深く、綺麗な曲線を描く陶器の皿、すなわちドンブリを彼女の前に置く。

これが戦いの合図だ、と言わんばかりに目の前に置かれた物にハシをカウンターから抜き出して自分の前に並べ、蓮華を取り出して構えそして―――。

「頂きます」

戦いが始まる。

ドンブリに中は透き通ったスープに黄色い麺。

ユーリックはまず麺を蓮華でかき回さないようにゆっくりとスープの中に沈めていき、一掬い。

そして口元に運び静かに飲む。

店主はやや緊張した面持ちでユーリックをみている。

ユーリックは舌でスープを味わってから喉に送り込んでから一言。

「臭みが取れてます、コクもあって美味しいです、今回はどこの鳥をつかいました?」

「南部方面の地鳥ネ此方近郊、餌が悪いネ、だから臭み多かったネ」

「南部は餌が良いですしね、肉の味は最高です」

「でもシンの方がいいヨ、高級品になると漢方を餌にしてるかラ」

「流石シンですね」

ユーリックはケン○ッキー、ハーブチキンのシン国版が有ることに戦慄した。

「次は麺を行きます」

ユーリックはハシを持ち綺麗に麺を蓮華に乗せてから口の中に入れる。
啜りたいところだが、この世界では音を立てて啜るのはNGであるからこうして食べる。

歯で舌で麺を咀嚼する、喉に嚥下する。


そしてゆっくり綺麗にドンブリの中にある料理を平らげていく。

そして

「美味いです」

「おおっ!合格カ!?」

「完璧です。コシがいいですね、やっぱりラーメンはこうでないと」

「いやはヤ、初めて此処来たとキに、ラーメンという見たことも聞いたことも無い料理作ってくレ、と言われた時驚いたガ私も勉強になったヨ」

「鶏卵もしくはアルカリ塩水溶液、いわばかん水を使った麺はまるで唯の麺とは別物ですよね」

「うむシンではあまりコシが重要視されなかっタ、コシをだすのにもかん水の苦味で使うことは忌避されたからネ。あまりシンではやらなかっタ」

「だから鶏卵」

「ウム、卵でかん水の代用になるとは思いもしなかったヨ」

「それにしてもありがとうございます、去年いきなり変なお願いしてわざわざ作って貰いまして」

「良いヨ、私も面白かった」

「そうですか、少ないですが御代です」

ユーリックはセンズ紙幣を大量に払う。
払った金額はユースウェルの宿屋の値段以上、だが無理を言って作って貰ったものでありユーリックは当然の金額だと思って払っている。

「その割には沢山だネ」

「これは私の流儀ですから、頂いてもらわないと嫌です」

「なら仕方ないネ」

「そういうことです、ではご馳走様でした。また今度来ます」






店を出て、気分良くユーリックは街を歩く。

「ああ、美味しかった……やはりラーメンは良いですね」

味噌や醤油は無理だったが、塩味がやっと食べることが出来たと、ユーリックの心は幸せに満たされていた。


ユーリック自身、研究に手が回らないのでこういう風に料理人に直接頼み込んで自分が前世で食べた食事を再現して貰うことも少なくはない。

そもそもユーリは料理のプロフェッショナルではなくただの発明家。
料理の腕はまぁまぁだと自負しているが、やはり何年も修行したプロに足元も及ばないことを理解している。
それ故なのか専門の食関係以外にも、たまに適当に思いついたりした日常生活品の発明もする。

そんなに様々な事をやっていると時間は幾らあっても足りないので、とりあえず思いついた物は何でも作ってみるか、考案した後
一般に錬金術のノウハウをばら撒くことは禁止されているが、発明品自体は問題はないので
発明のアイディア…謂わば特許の元は企業などに売り払っている。

こういうアイディア買いませんか?売れるかどうかは分かりませんし、製品化して売れなくても責任も取りませんが、と。

去年売ったのは前世で見たペットの糞尿掃除用の使い捨て紙スコップのアイディア。
そろそろ中央のペットショップで売り出されるらしい。

今のところ妙薬の錬金術師の発明は売れる、と好評判であり、企業側からアイディアがあったら優先的に売ってくれと頼まれるほど。

それはそうである。

前世で売られていた物を模造しているのだから。


自分が考案し、手から離れたあと、そこから努力して錬金術を使わず生産できるように改良していくのは発明を買った他人であるからして
そこから発生する利益には興味がなく、売る特許の元も殆ど相手側の言い値で売っている。

というか特許申請するのが面倒だから、というのが真の理由である。

会社を興して製品を売り出すとかもやらない。

金儲けには興味は無い。

工場経営のノウハウなんてわからないし。

代理人を立ててやれ、私がやるから、とかも言われもしたがそれも気苦労になりそうだからやらない。


ちなみにユーリックの発明の代表品であるカロリーメイトの贋物と言ってよい、バランス・ブロックも
軍の物資を作る国営工場や民間業者に任せている。


そもそも


食感がカロリーメイトに良く似た食べ物のショートブレッドに栄養素を加えるという簡単な発想や
パン工場、缶詰工場などの加工食製品の工場が既にありオートメイルという機械と人体のスムーズな融合という謎の機械技術が進んでいる
この世界で真空パックがまだ考えられていなかったこと自体が驚きだったのだ。

そのくせ自分が提案しただけで簡単にこちらの機械系の技術師達は簡単に提案を実現してくれる。

前世でまだまだ難しかった技術をPCなしで脳の電気信号で機械の腕を動かすようにできてしまう世界の人間だ、造作もなかった。

ユーリックから言わせればこっちの世界の人間こそ才能の無駄遣いである。



ある意味、この世界の人間がしない痒いところに手を伸ばしていく隙間産業的な事を研究しているな、とユーリックはいつも思う。

だがそうしている内に錬金術の裏の面での実用性の恐ろしさを知っていく。


例えば、絶対にしないが前世の化学の知識を爆弾に詳しい者、例えば【紅蓮の錬金術師】に提供して
まだこの世界にはない兵器を作り出すこともできるだろう。

研究に掛かる時間や危険性を完全に無視すれば水から水素の同位体の重水素や三重水素を錬成して核融合反応を創る、とかできるだろう。
酸化エチレン、酸化プロピレン、ジメチルヒドラジンなどの燃料を錬成して燃料気化爆弾を開発することもできるだろう。

だが絶対そういうものは創らない、創ったこともない。

大量虐殺確定の書類にサインはしたくはないのだ。原爆の理論を発見し、アインシュタインの様にそれが利用され、罪悪感に悩まされるのは嫌であるから。


創るのは明るい発明品のみ。

日常を彩る発明品で誰かが自分と同じ便利さをほんの少し感じてくれる物。
この世界の主婦達が「これいいわよー」「本当?今度使ってみる」とか盛り上がれるような物が望ましい。

ユーリックはそういう幸福を創る錬金術師を心目指している。

そう、約束した。


「って―――考え事してフラフラ歩いていたら結構、時間経ちましたね……待ち合わせまで後10分ですか」


ユーリックは白衣から銀の懐中時計を取り出して時間を見る。

「早く行かないと…ここが16番通りだから、ええとこっちの方面に歩けば着きますね」

ユーリックは銀時計を持ち歩きながら急ぎ足で裏道に入っていく。

















裏道を少し歩くと

「――――――」

違和感を感じた。

この違和感は

「怖い」

ユーリックはそう感じていた。これは異質、非日常と対峙した時に覚える感情だ。イシュヴァールの内乱の時にも同じような感情に苦しめられてきた。
けれど、それだけだ、少し怖いだけで、少し、息苦しいだけだ。それさえ気にしなければ、目の前には何の変哲も無いただの裏道があるだけだ。

急いでこの道を抜ける。

それで良い。そう割り切って歩く。

そして。

「――――――」

裏道の独特な臭いが鼻腔に届き、ユーリックは一瞬、顔を顰めた。

そして裏道があの戦場の光景を思い出させた。


デジャビュの感覚。


そのお陰でやっと気づいた。

大声で笑い飛ばしてしまいたいほど濃密な、刃物が心臓に突き刺さるような威圧感。
肺に送られた空気がそのまま沈殿してしまうような息苦しさ。

これは殺意だ。


怖い。

何故。

そうユーリックは思った。

早く逃げないと駄目だ。

しかし、危機を感じる肉体は強張り、いつのまにか歩みも止まっていた。

裏道の真ん中で棒立ちになって一人冷や汗を掻いていた。

これは拙い。

ユーリックはそう思った瞬間。



「ふふ」

一人、口元を歪め笑う。

一瞬眼を閉ざし瞑想するように集中する、心構えをする。心を武装する。
鈍った体を無理矢理ベストコンディションに持ち上げるためにリラックス。
威圧感は今も襲い続けている。

体は強張る、だが心だけは強く在る様にするのだ。


だから笑う。



ユーリックは口元を歪ませながら銀時計を仕舞い、白衣から銃を抜き出す。
思いのほか身体は動く。



五発。

銃弾の補充はしていない。
これほどの威圧感の持ち主に相対するのに銃は儚いほど弱く感じた。
しかし銃を握る両手は重い。

散々重い銃だな、と思ってきたが今はそれだけが心強い。

ユーリックは機械的に身体を反転させた。
感じた威圧感は背後だったから。

そして見る。








鬼だと思った。

鬼が実在したのなら今正面にいるこの大柄な男のような存在だろう。

凶悪な眼差し、その眼はただユーリックを見ている。
ただそれだけで、寿命が削られていく錯覚に陥る、そんな眼差し。

近づかれると威圧感は増大していく。それに合わせユーリックは歯を食いしばるようにその威圧を耐えた。

「先ほど貴様が持っていた銀時計」

男の口が開かれ、低い獣の唸り声のような言葉が発せられる。

「貴様、国家錬金術師だな?」

確認の言葉ではなく確定の言葉。

そして男は獲物を前にした猛禽類の様に破顔して笑う。

「なんたる僥倖――偶然?……いや違う。神の道に背きし者を裁くために神が思し召した必然だ」

「神…の道……?」

ユーリックが搾り出すように口から出したのは疑問の声。

―――嗚呼、今日は善い日だ。

だが男はその疑問を振り払うように指を開き、そう言いながら、まるで牙を剥きだす様に構える。

「聞いておこう…貴様の銘を」

牙を剥き始める開始を待つように男はユーリックに問う。

「私は……妙薬の錬金術師」

答えるな、そうユーリックの意識はざわめいた、しかしユーリックに答える以外の選択肢は無かった。
自分の銘は恐ろしく滑らかに言うことが出来た。
ユーリックは自身が深い水底に放り込まれるような気分に陥り、パニックになりそうだった。

「――――っ!」

歯をさらに食いしばる、笑いが堪えきれない膝に力を込める。

そして男の眼をみて頷くように拒絶の視線を男に向ける。


「そうか…ならば、貴様を裁こう、神の代行者として、我が破壊する者の腕で――貴様を殺す」

わかった、この男は私を殺す。現出する暗い死のイメージ。

裏道の薄暗さよりもさらに暗い死の雰囲気。

死だ、唐突な避けようも無い死だ。

そう唐突に理解した、そして突然に備え、銃を男に構えた。




銃声が鳴った。
















続く。





あとがき
カロリーメイト(偽)の生産は国営の工場に任されている設定です。
この世界に銃弾などの一律の物があるので、お菓子ぐらいの製品なら工場で大量生産できるだろう、と推定しています。
ちなみにユーリックは食物を錬成で化学変化(調理)させる前に一度自ら手で作ってから錬成出来るように構成を練っています。

作者自身もショートブレッドを自分で調理して見ましたが本当にカロリーメイトそっくりで美味しいです。
くるみやアーモンドを加えても美味しいです。

では次回。



[11215] 5話 下編(修正)
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/09/15 15:29
いいですかユーリック、錬金術師の最大の武装は心構えです。

多くの知識と習得し研鑽した技術を常に最大効率で発動できる集中力こそが複雑な錬成を行い続ける錬金術師の闘いに必須とも言えるものでしょう。

―――故に、心が強ければ何者にも負けることはありません、心が折れる事を敗北と言うならば、心が折れなければ敗北の文字はありません。

貴方はまだ幼いが、いつか人間兵器として借り出され、あなた自身が戦う日が来ることになるでしょう。

貴方には強い意志はあるがそれに伴う力がまだ足りません。

だから今のままではすぐ捨て駒にされますよ?

その日までに強くなっておきなさいユーリック、精神ぐらいはね。

貴方には期待していますので、これは国家錬金術師の先輩としての助言です。




だから楽しみにしていますよ【妙薬の錬金術師】。

その時を

貴方が錬金術で人を殺す

その時を。





イシュヴァールの内乱が終決した後、【紅蓮の錬金術師】は別れ際に笑いながら私にそう言った。

その時はそんな言葉を話し半分に聞いていた。

【紅蓮】は私に対していつも皮肉や嫌味しか零さない人間だったから。

それに人を殺す未来なんて想像するのも嫌だったから。

だからその悪意かそれとも好意か判らなかったが、彼が私に向けた今の私にとって最大の助言になっていた筈の言葉を否定し、忘れていた。

今そんなモノを思い出しても、もう遅い。

なのに、迷い、悩む。








5話下



闘いは既に始まっている。

銃弾を一発、見当違いな上空に放った。

警告の銃弾、来るなら撃つという意思表示の銃弾。

警戒に値しない銃弾を男は見向きもせず、両手を構えたまま静かにユーリックに対し殺意を向けている。

そしてゆっくり距離を詰めて来ている。

もし、今この時にこの目の前の男に銃弾を放っていたらその瞬間殺されていた。
男に向けた殺意の銃弾が男にとっての開始の合図、ユーリックという一人の人間を殺戮するため合図になっていただろう。


ユーリックは男の容姿と一切隙の無い構えで理解していたのだ。

少し間違えば死ぬ、油断をしてはいけないと、闘いでは油断こそが死を呼び寄せる。


ユーリックは推測していた。

褐色の肌。

銃を向けられた時にも揺らぐことも無かった微塵の隙も無い姿。

サングラスをしているせいで瞳の色は見えないが、赤いであろう眼でユーリックに向ける眼光、極まった殺意。

そしてアメストリスではあまり重要視しない神という言葉。

人でありながら鬼と呼べるような殺気を出せる人間は須らく極まった人間だ、そうあたりをつけ、推測を終わらせる。


多分この男は、イシュヴァールの武僧だ。

かつてイシュヴァール内乱において、銃火器で武装したアメストリス国軍兵10人分とも言われた化け物。

しかも

素手でだ。

戦闘慣れしていないユーリックでは絶対に勝てない存在。

目の前の男のような極まった存在に打ち勝つには更に極まった存在でなければ無理である。


ユーリックにとって勝利するというイメージは既に幻想であり

闘いにおける、勝ち目と呼ばれるモノが零な事をすぐに理解していた。

闘いにおける敗北は死だ。

故に闘いに勝つという可能性を放棄していた。

そして生きる、という可能性を探し出す。

相手を打ちのめす闘いではなく、自分が生き残る闘いをする。



そしてユーリックは思考という行為が今の自分を救う鍵だと信じて最大限に思考を高速化させる。


「貴方はどうして私を殺すんですか?……教えてください」

男の歩みが止まった。

お互いの距離はまだ少し遠い。

まず戦闘に置ける大事なことである周囲の地形の把握。

狭い裏道、いや裏路地とも言ってもいいだろう。

周囲には廃工場があるのみ。

ここは人通りが少ない場所だ。

運が悪い。


「言っただろう?…神の代行者として貴様を殺すと」

男は全身に力を籠めながら答える。

「私は貴方に殺される明確な理由がありません、そんな抽象的な言葉で殺されることに納得なんて出来ませんし、したくもありません」

ユーリックは会話を行い、時間を稼ぐ。

生を掴むために、生きていられる時間を延ばすために。
そしてその間も思考を止めない。

ユーリックは考える。

白衣の内ポケットには錬成陣を書いた薄い鉄板のカードが詰まったあのカードフォルダがある。

それを出して使う?

白衣からフォルダを取り出し、開き、カードを選別して、抜き出して、地面などに錬成陣を配置して、錬成の開始をして攻撃?

不可能、不可能だ。


「納得だと?貴様等錬金術師に言葉で理解を得ようとは思わない、死をもってして自らの罪深さを理解しろ」



その前に確実に殺される。

そんな時間は無い、闘いは始まっているのだから。

今は闘いが始まる瞬間であり、闘いに挑む前の準備の時など既に終了している。

何故だ。

なぜ先程、銃ではなく錬成陣を選択しなかったのか?

「貴様等?……貴方は私個人ではなく、国家錬金術師に恨みか何かあるんですね?」

それは錬金術で齎される破壊を人に使うことを無意識に忌避したからだ。

その愚かな選択がユーリックに破滅を齎すことになるのに。

だが後悔はせず今を考える、ユーリックにはユーリックの形がある。

それが先程の答えだったなら仕方が無い。

「自分は貴様等国家錬術師にただ、教えてやるだけだ……創る者もいれば壊す者もいると」

最初の答えは出した、しかしそれは失敗だった、間違った答えだった。

「だから殺すんですか、平和的解決は無理ですか?……私は錬金術という学問の素晴らしさを貴方に理解して貰うために長話をしてもいいですよ?」


考えながらも、適当なことをユーリックは口走る。



そして思考している。

答え。

ならば次の答えがある。

次の答えを見つける。

「その素晴らしい学問とやらが何人の人間を不幸にさせた?イシュヴァールの内乱を知っているだろう、あの地獄を」

「ええ、解ります」


その瞬間。



「―――解るっ!?解るだと!?貴様が其れを言うか!?国家錬金術師風情がっ!!」

男が激昂した。

静かで鋭利だった殺意が炎のような激情の殺意に変わる。

自分が時間稼ぎに適当に行っていた会話は相手の殺意を引き出す挑発になっていたらしく

とんでもない威圧感が自分に襲いかかる。

が、今は考え事に忙しくて構ってられない。


そしてさらに挑発する。


「確かに錬金術は方向性を間違えば人を不幸にします、だがそれは刃物などと一緒だとは思いませんか?所詮道具、どう使うかです。刃物は人を殺します、それは不幸です。でも美味しい料理を作ることも出来ます、それは幸せです、そういうことではないのですか?選択しだいで変わります、錬金術はそうは思えないのですか?………まぁ、あなたが多分信じているであろう教義ではそう思うのは無理でしたね」


ユーリックは微笑んだ。
二十歳の女性でありながら少女のように、少年のような幼さをどこか残す笑顔で。

考え事の忙しさであれほど苦しかった気持ちが落ち着くなんて。

散々怖いと思った人間相手に挑発なんてしてしまっている。



「ふふ」

(はは)




生きていると自分自身の事でも時たま眼を剥くような新しい発見がある。

故に生きているというのは楽しいことだ、新しい発見は面白いから。

それに死は誰かに与えられるものではなく自ら迎えるものだ。


だから闘え。

もっと楽しくありたい、幸せでありたいのなら。

闘え。


そうユーリックの意識が囁いた。


そして一気に思考を加速。

銃は駄目だ、牽制程度にしか使えない、四発しか残されていない、心もとない弾数でありメンテナンスも長くしていないので連射時における弾詰まりの可能性もある。訓練した兵士でも武僧には勝てないのだ、素人のユーリックでは不可能に近い、ならば錬金術だ、錬金術は多彩であり戦闘に持ち出せば様々な攻撃を行える。
だが遅い、もし上手くいったとしてもユーリックの今の乱れた心では多彩な攻撃は発揮できない、故に一度否定した、だが打撃攻撃を一撃耐えながらでも錬成陣を取り出せば勝機がある、相手は素手、どんなに極めた一撃でも急所に当たらなければ必殺にはならない、だが肉体にまともな判断できなくなるような攻撃をうければ連続した打撃につながりその身を砕かれる。

駄目、駄目。

残されたのは逃走、相手はいつでもこちらに迫りユーリックを砕く用意はできている、背をむければ著しく回避能力はさがる。
もし相手が銃を持っていたならば無防備になった背中を打たれ殺される、それに相手は手札をまだみせてもいないのだ。
強引な考察で構えから格闘だと推測を得ているが、推測であり確定ではない、逃走をしても逃げ切れるとは限らない。

だが決めるしかない。

逃走

銃撃

錬金術


三枚の手札の内のどれか。

そのうちどれかを決める。

そして命を賭ける。

「くだらない、くだらなすぎる…もういい貴様はもう喋るなさっさと死ね」

男はユーリックのふざけた言葉に怒り心頭なのか殺気を増大させ腕に力を込める。
最早、会話に答えてくれる気持ちは男にないのだろう。
何を喋ろうとも、もう聞く耳を持たないだろう。


時間稼ぎはもう終わり。

だから。

決めた。

「そうですか、私は死にたくありませんっ!だから闘います!戦います!!」

ユーリックは相手にそして自分に打ち勝つために吼えた。

それは確定した勝利を導き出すために命を賭けるという決意の表れ。

今度はユーリックが相手を威圧するように今度はユーリックが睨む!

男は構えたまま貴様など軽く向かい撃つ、とこちらを睨む。

そして睨みあう。

「来るか、国家錬金術師!!」

そして男も吼える、凶獣の咆哮。

「だから!」

弾丸を放つ。

相手の勢いを削ぐ銃弾。

落ち着いた心で狙っていた。

これは回避運動を行わなければ避けられない。

案の定相手は回避運動を行うために右側に飛んで避ける。

そして、避けた瞬間、足に力を籠め、駆け出し、加速していき、まだ少し遠い自分に辿り着き、自分を襲うだろう、殺すだろう。

さらに銃を狙って二発連射、ユーリックの銃はやはり良い銃だったらしく、軽やかな連射だった、弾詰まりも無かった。

これも狙った銃弾。

相手はまた回避運動で横に避ける、まるで獣のような俊敏な動きで。

流石だ。

やはり武僧。

銃口を見て射線を予測して避けたのだろうが、それが出来る人間はもはや怪物。


「逃げます!!」

勢いよく体を反転させて走り出す。
両手で構えた銃はすでに片手に握られている。

命を懸けた逃走は始まっていた。

生きるための闘いの逃走。

これがユーリックの闘いだ。


走る、走る。

相手の殺意を振り捨てるように逃げる。

「―――っ何!?」

兵は詭道なりと言わんばかりの行為。

それが上手く男の虚を突いた。

男の駆け出しが一拍遅れた。

ユーリックはさらに加速して逃げる。

その間に片手で白衣の内ポケットのカードフォルダを開ける。

これだ!

最も初歩的な錬成陣のカード。

それは今日起きた列車テロ事件の時に使った錬成陣のカードだ。

仕舞ったときに無造作に一番前に入れていた。


そのだらしなさがユーリックを救う。

故にどの構成の錬成陣かわかっていた。

そしてそのカードを抜き出し自分の走っている先に放り投げる。

カードは放物線を描き、地面に落下する、ユーリックが進む方向に。




そして走り――――ユーリックは地面に落ちたカードを右足で踏んだ。

「がんばって回りこんでから追いかけてきてくださいね、その前に私は逃げ切りますけど」


錬成を開始。


自分の背後に巨大な壁を創り出した。

裏道の道そのものを閉ざすような大きく広い石の壁。

建造物の錬成は苦手だが、ただ単純に大きく平らな壁ぐらいは錬成はできる。
それぐらいできなければ、国家錬金術師などというモノは名乗れない。

銃を撃ち、逃げ、走っている間に錬金術の構成を練り、錬成する、考えた果てに行った一連の動き。

ユーリックは全ての手札を使ってみせたのだ。


故に





「そんなものか」



「―――え?」


それが砕かれれば自信を失う。

ユーリックがカードを拾い、男から大分離れ、背後をみた瞬間。

錬成した壁に電光が奔ったかと思うと、亀裂が入り、吹き飛ばすように破壊された。

ばらばらに砕けた壁には男一人分の大きさの穴が開いていた。

人間の手で殴って壊せるような甘い構成で錬成した壁ではなかった。

それなりの厚みもあった。

それなのに

「何故!?」

「言っただろう――――創る者もいれば壊す者もいると」

男は走り出し、ユーリックに迫ろうと加速していく。

速い、ユーリックの逃走速度よりも遥かに速い。

「まだ!」

もう一度、逃走しカードを放り、踏みつけ、再度背後に壁を錬成。

焦りがその身を襲ったせいで先程よりも構成が甘い壁。

そしてまたその壁は砕かれる。

「くっ!?」

砕かれた壁の細かな破片が飛んで、ユーリックの頭に掠る。

ユーリックは頭だけ振り返し、壁が砕かれていく様子をみて、気づく。

「錬金術を使っている!?」

錬成反応の光でわかった。

この男錬金術を使っている。

重要なのはどういう理由で男が錬金術使っているというものではなく、それに対し自分はどうするかだ。

思考を中断し再び走る。

だがどんどん近づかれている。

恐ろしいスピードで迫ってくる男、自分が錬成するものをいとも簡単に破壊する男。

自分を見る殺意の眼差しが再び焦りに襲われたユーリックを襲う。

冷静にはもうなれない、必勝の策は無惨にも打ち破られ、あとは殺されるまで数秒。


もう策はない。

だから今はただ足掻くことしかできなかった。

白衣の内ポケットのカードフォルダを再び開き、慌てて探りだす、どの錬成陣でもいいからと。

手に冷たい鉄のカードの感触を感じた瞬間引き抜く。

だが、混乱した状況で無理矢理引き抜いたせいでフォルダごと白衣から飛び出し、錬成陣が書かれたカードが地面に落下して散らばってしまう。

「ああっ!?」

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


男は迫っている。

後数秒もない。

そして男は腕を振りかぶりユーリック目がけて、迫る。

「終わりだ」

死ぬ。



「――――。」

そしてユーリックの意識が真っ白に染まる。










20番通りのオープンカフェ、ベイリー。

店主がなんの目的にこんな場所に開いたかわからなくなるほど人通りがない場所にあるカフェ。


そのカフェには客は二人しかいない。

男性と女性の二人。

その内の一人の女性、美しい黒髪を首元に掛かる程度まで伸ばしていてそれがとても似合う30近くの女性。

パトリシア・クイーンロウ中尉は久しぶりに会う妹分の事を考えながらコーヒーを飲んでいた。

「まだですかユーリは」

ユーリック・バートン。
パトリシアにとって彼女に会えるのが何よりもの楽しみだった。

いつも「パティ、パティ、錬金術で面白い物を創りました」とコロコロとした綺麗な蒼い眼をキラキラさせながら自分の発明をパトリシアに見せたりして
「これどう?これどう?凄いですよね?凄いですよね?」と人懐っこい子犬の様に纏わりついてくる可愛い妹分。

パトリシアが「おいしいですよ」とか「便利ですねコレ」とか言うだけで本当に幸せそうに喜ぶあの妹分。

「まだですか?」


早く会いたい。

あの妹分は南部の国境守備の激戦で疲れきった心を癒す最大の薬だ。

【妙薬の錬金術師】はパトリシアにとって、そこに居てくれるだけで、最高の妙薬になるのだ。


「まだですか?」

今度はどんな美味しい食べ物を自分に作ってくれるんだろうか?

男臭い戦場の中で気疲れした自分。
そんな自分の為に料理を振舞うユーリック。
そして自分が食べている姿を見て可愛らしく微笑むのだ。

「まだですか?」

「うるせぇなぁ、あと数分だよ待ち合わせまでは……少しは静かにしながらコーヒーを飲んでいやがれ」

そんな自分の気持ちに水を差す邪魔者がいる。

無駄に彫が深い顔と顎に汚い無精ひげを生え散らかした金髪の男。(パトリシア視点)

「黙りなさいキャデラック少尉、あと数分もあります、私は一刻も早くユーリに会いたいんです……ユーリのミロに比べればこんなもの泥水です」

ジョン・キャデラック少尉。数少ない女性軍人にワイルドで良い男、とか言われて人気があるが、自分にはその良さがわからない。

軍人は基本全員ワイルドだ、こいつだけではないのだ。

多少顔が整っているだけで他は駄目だ。

癒し分が全く無いから駄目だ。

ダメダメだ。

「ああ、わかったわかった、理解した、中尉どのがあれだけクルーガー大尉に口説かれても靡かない理由が」

「理由?」

「あんた同性愛者だったのか」

「んな訳ないです、癒しの問題ですよキャデラック少尉……それに上官に対して生意気な口叩き過ぎです、張り倒しますよ?」

「俺の直接の上官はクルーガー大尉だこの猪女、押し倒すぞ」

「やってみやがりなさいその瞬間微塵切りですよ?貴方が何時も自慢する男性の象徴がね」

「うわっこえぇ、流石、南部で轢き逃げ女と怪談になる女だ、殺気が半端ねぇ」

「怖いなら黙りなさい、それにクルーガー大尉は良い軍人ですが、堅物過ぎますから私の趣味じゃないです」

「ひでぇ、あの堅物上官殿は一応、お前が大好きなユーリックお嬢の兄貴だぞ?」

「知らないです、あんなゴツイの………私はユーリが好きなだけですから、あとバートンの人間で好きなのは
少将とその奥方だけです、あの方達、ユーリに優しいですから」

「いやぁ、そんな理由でもあの化け物少将殿を好きだとか言えんのあんただけだぜ、中尉」

「確かにそうかもしれませんね、この前、朝礼で叱られた時、みんな下を向いて震えていましたからね」

「54であれとかないだろ、未だに暇だからとか言って俺等を訓練でボコボコにしてくんだぜ?多分あの少将殿がアメストリス軍最強だろ」

「自分よりも総統の方が圧倒的に強いなどと、この前少将は仰ってましたよ?だからアメストリス最強は多分総統閣下です」

「マジで?あれより強いとか人間か?」

「昔、お気に入りの銃を真っ二つに切断された事があるらしいです」

「あ、それ聞いたことがあるな、あれだろ?バートンコレクション破壊伝説」

「少将が総統にお気に入りの銃を見せびらかしに行くたびにその銃が総統の軍刀で切断される、という逸話ですね」

「いや、まぁ、少将ウザイからな、無駄に銃を持ち歩くし……すれ違うたびに俺みたいな下っ端にも自慢話してくんだぜ?何時間も」

急ぎの仕事がありますから、とか言っていっつも逃げんのよ俺、とぼやくキャデラック。

「まぁ、私は最後まで話しに付き合ったことがありますけど、その後カンプピストルくれましたよ、しかもカスタム」

「まじで!?」

「マジです」

ほら、とパトリシアは足元に置いていたショルダーバッグからそのカンプピストルを取り出してテーブルにコトリ、と置く。

「なんだこの装飾」

小型擲弾発射器であるカンプピストルの銃身には銀の幾何学模様の装飾が施されていた。

「少将は生産会社から直接頂いたらしいですけど、「これ趣味悪いからいらん」と私にくれました」

「確かに悪趣味だ………それに撃ったらこの装飾剥げるぞ、多分」

「カスタムはカスタムですけどね、ほらストックの先がゴムのクッションで覆われてますよ……ですけどねぇ」

「だよなぁ」

そういいながら二人は益体もない話をしていた。

会話に華を咲かせるゲストはあと数分でくる。

それまではこうして話をして時間を潰すのも悪くはないか、とパトリシアは目の前にいる軽薄な男の会話に付き合うことにした。


そして

「おい、中尉」

キャデラックが何かに気づきパトリシアに言う。

「なんですかいきなり、欲しいならこの銃あげますよ?20万センズで」

「それはあげるとはいわねぇ、そんなことよりもあれを見ろ」

「煙?」

キャデラックが指した方向の中空が灰色に染まっていた。

19番通りの方向だ。

灰色が立ち昇っている。

「ボヤかなんかか?」

「こっちまで飛んできます、煙じゃなくて何かの粉塵じゃないですか?」

パトリシアは風に乗ってオープンカフェのテーブルに落ちた粉塵を指ですっと擦る。

「粉塵ですね」

「可燃性じゃねぇだろうな?小麦粉とかだったらやべぇぞ?」

「小麦粉があんなに大量に舞うはずもありませんよ、なんの理由があって舞うんですか?」

「誰かが数トンの小麦粉を密輸しようとしたが、それが露見し失敗、で爆破とかか?」

「馬鹿ですか貴方?―――幼年学校にでも入り直して作文でも書いてきなさい、それに灰色の小麦粉なんてありませんよ」

「うるせぇって―――――粉塵が舞っている方角から誰か来るぜ……あの体型だとユーリックお嬢じゃないか?」

「ユーリ!?本当ですか!?私には見えませんけど!?」

「おれは狙撃兵だぞ、てめぇよりも何倍も眼がいいんだよ」

「うるさい!貴方のどこかの原住民並の視力は知っています!本当ですか!?」

「多分な…教えてやってんのに原住民扱いはねぇよ」

「嫌な予感がするので行ってきます!!」

パトリシアは突然駆け出した。

手に持っていたコーヒーカップを放り投げ、コーヒーを地面にぶちまけながら。


「あっちょっとまて!……ってはえぇ!?」

気づいた時にはもう遠くまでパトリシアは走っていってしまった。

ぶちまけられたコーヒーと割れたカップを見て、キャデラックは溜息を吐く。

「どうすんのよこれ……俺が弁償すんのか?」

んな急ぐ必要もねぇだろ、と思いながらキャデラックはズボンのポケットから財布を抜き出して立ち上がった。







ユーリックを見失った男は灰色に包まれたサングラスを外して呟いた。

「逃げられたか……」

ユーリックに向けられた人体破壊の一撃はユーリックの形振り構わず頭から地面に飛び込んだ本能的な回避によって避けられた。

無様に地面に倒れ、転がるユーリックに男は次の一撃を見舞うために腕を引いた。


その瞬間に銃撃を食らわされた。

男の一撃を飛び込んで避け地面を転がるユーリックはそれでも手から銃を離さなかったのだ。

残された最後の一発。

その銃撃を男は素早く回避したが、僅かな時間をユーリックに作り出した。

その僅かな時間がユーリックを救った。

ユーリックは地面を転がりながらも地面に散らばった錬成陣に手を伸ばし――――。

ユーリックはミロなどの粉末状の食べ物を作るためだけに構築した錬成陣を使って
周囲の地面の物質をありったけ男に向けて錬成した。

地面を這う蛇のように男に奔る錬成の光。

そして飛び出すのは粉塵の塊。

男は自分に向かってきたものに気づき、破壊の腕を伸ばしたが、それが逆効果になり、大量の粉塵が男の周囲に舞い上がった。


今日一日、運が悪かったユーリックだが、一つの幸運があった。




今日は雨が降らなかったこと。

もし雨が降っていたら、粉塵は舞い上がらなかった。

ただそれだけ。

ただそれだけのことがユーリックの生命を救った幸運だった。

舞い上がった粉塵は男の周囲を埋め尽くし視界を奪った。
そしてユーリックは男の視界が奪われている間に粉塵を肺に吸い込まないように白衣の袖を口に当てて逃走した。








男は顔に付いた粉塵を払う。

男の全身は粉塵まみれ、薄黄色のジャケットは灰色になっていた。

髪に積もった粉塵が風で落ちて男の顔に降り注ぐ。

そして男の鼻の中に粉塵が入る。

「……………こふっ」

結果的に男にとって今日この日は、善い日ではなく、散々憎い国家錬金術師に挑発され、殺せると喜んだ瞬間
全身を粉塵だらけにされるという災難の日だった。

ユーリックは男にとってただ狩り取られる時を待つだけの獲物だった。

しかしその獲物は兎などではなく


「まるでスカンクのような女だ………」

男はユーリックが置いていった錬成陣が書かれたカードを握力のみで折り曲げて放り捨てる。

そして次に出会えば必ず殺す、と男は決意し、粉塵を払いながら何処かに歩き始めた。










裏道を真っ直ぐに脇目も振らず16番通りから20番通りまで駆け抜けたユーリックは
眼に粉塵が入ったせいで起きる生理的反応で涙を流しながら歩いていた。

「逃げ切れた………」

まだ走りたかったがあの男の一撃を無理に回避したせいで捻った足が、とても痛くなってきて歩くことしかできない。

それに悲しい、錬成陣のカードフォルダはお気に入りだったのにあの場に捨ててきてしまった。

分解からの再構成の過程で繊細さが問われる錬成を自棄で大量に行った所為か脳が焼けそうなほど頭が痛い。

普段は手軽な大きさの物を錬成しているのに当たり周囲を埋め尽くすほどの粉塵の錬成。

軽いリバウンド現象だ。

幸いに脳の情報処理のオーバーロードで肉体には影響しないほどのものである。

それでもこれから数日は寝込んでしまうだろう。


でも勝った。

生き残るという賭けに勝った。

相手に勝つのではなく自分自身に降り注いだ災難に打ち勝ったのだ。

ユーリックは倒れそうになりながらも必死に歩く。

だが足が縺れ、身体に浮遊感が襲い倒「ユーリ!!」その前に誰かがユーリックを支えた

身体を支えたのは

「パティ?」

「そうです!パトリシアです!なにがあったんですか!?ユーリ!?」

「頼みたいことがある…私を……早く…安全な場所に…」

もう意識を保っていられない。

「ユゥウウウウウウウウウリィィィイイィイイイイイイイイイ!!!!!!!!」

パトリシアが叫ぶ、大音量でユーリックの耳元で。

「う…るさ…」

それが最後の止めになりユーリックは瞳を閉じ意識を閉ざした。










あとがき

ユーリック生還しました。
逃げに徹したお陰の生還です。
戦闘時間は一分程度であり、もしも選択を間違ったらその瞬間にDEADエンドでした。

あとそろそろスクエニ版に引っ越そうと思います。
改訂はまだしばらくする時間がないのでしませんがこれからもこの話に付き合って頂けると嬉しいです。

では次回。



[11215] 6話(修正)
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/09/18 22:28
「―――で、なんていったけ例の奴」

「『傷の男』だよ」

「スカー、ね…邪魔だわ本当に」

「そういえばさぁ、妙薬の錬金術師もそいつに襲われたらしいよ」

「え、あのお嬢さんが?……でもらしいって何よ?」

「錬金術の無理な使用の負担で寝込んでるらしくて、ほとんど意識不明の状態らしくてさぁ、誰に襲われたかは確定じゃないんだよね」

「…………ふーん、まぁいいわ」

「人柱候補だったけ?あのお嬢様は」

「…………ええ、そうよ、あのお嬢さんは有能だわ……その傷の男に出遭った国家錬金術師の中で今のところ唯一、生き残った人間みたいだし」

「ふーん」

「なによ?」

「あんたがよく使ってる化粧水って【妙薬】が発明したやつだよね、もしかして……ってまぁいいや別に」

「だから何よ?」

「別に」

「ラストーまーだ足りなーいー」

「グラトニー、これでも食べてなさい、ほらバランス・ブロックよ、あの有名なダイエット食品」

「これうまいから好きー」

「へぇ」

「さっきから何よ?本当に」

「なんでもないよ、おばはん」


六話







唐突に眼が覚めた。

「雨の音がする」

ざわめく街の喧騒のような雨が降る音が聞こえた。
ユーリックが寝ている場所は消毒の臭いが強く、どうやら医療関係の部屋だろうとあたりをつける。

身の安全に安堵していると胸になにやらこそばゆい、変な感覚があった。

「やっと起きましたね!!ユーリ!!」

私が眠っていた寝台の横に丸イスを置いて座っていた、野戦服を着た、黒髪の妙齢の女性―――パトリシアがユーリックの開かれた眼を見て
ユーリックが意識を失った時と同じぐらいの声量で叫ぶ。

「うるさいですよパティ………それになんですかこの手」

「手?」

「人の胸、揉まないでください」

パティの右手はユーリックが横になっている寝台の毛布の中に手を潜り込ませ
撫でるように指一つ一つでゆっくりとユーリックの胸を何故か揉んでいる。

「マッサージです、寝込んでいてユーリは身体を動かせないので寝込んでる間、私がほぼ3日間、ユーリの身体が堅くならない様に全身をマッサージしてたんですよ?それにしても相変わらずユーリの胸は形が綺麗です、揉み応えがあります…………それに最近大きくなりました?」

そう言いながらパトリシアは右手をそっと寝台から引き抜き自分の膝の上に置く。
ユーリックは誰が見ても気付くぐらいパトリシアの黒い眼が泳いでいるのに気づかなかった。

「マッサージですか、ならいいです……って私3日も寝込んでいたんですか?………ぐっ」

ユーリックが寝台から身体を起こそうとすると、全身に感じる倦怠感と重圧感に小さな悲鳴を上げる。

「ユーリ起き上がらないで!!」

「体が重い………」

「3日近くも全く動かず、高熱を出して寝込んでたらそうもなりますよ!いいから寝てください!」

「うん」

ユーリックが全身を寝台に預け、横になるとパトリシアは毛布を摘み、ユーリックの身体に掛ける。

「ほら、ちゃんと毛布被って寝てください」

「ありがとうパティ……どうやら貴方に心配をかけたようですね」

「そうですよー!?私かなり心配したんですからね!?いきなり高熱だして!倒れて!私が東方司令部に急いで貴女を運んで医務室に寝かせた後
軍医には脳に負担がかかったせいで起きた熱で命には別状はないと言われましたけど不安で不安で仕方なかったんですよ!?
それはもう軍医に鉈で切りかかるぐらい!!それにユーリの御実家の皆様も本当に心配していて大変だったんですよ!?
またユーリが昔の様に倒れた、と少将と奥方様達も寝込むぐらいに」

「寝込むって………それ嘘ですよね、たった3日ですし」

「はい嘘です、少将はさっさと帰らせて結婚させろと一点張り」

「お母様は?」

「はい、結婚の準備をなさってます……多分、本気です」

「うわぁ……どうしょうって!?パティ!あなた……実家に連絡しましたね!?」

「当たり前です、貴方が倒れたその日に連絡しました。私は貴女の護衛なんですよ?――――貴女が危機に陥っている時にゆっくりとコーヒーを飲んでいた無能、ですが……」

ズン、とまるで音がしたように突然暗い空気を出しながら落ち込み始めたパトリシア。

「そんな……あなたのせいじゃないですよ、私があなたに待っているように言ったんですから」

「違います、私が無能だからです、有能であれば貴女の到着を待ち伏せるぐらいします、いくら前の査定で、駅で待っていたのに、半年遅刻されたとしても」

「違う、私が我侭なだけです……ハンセンで研究をしている時もあなたを付けろ、と実家に言われながらもそれを断り、一人で研究をしているんですから」

ユーリックは半年遅刻をスルーしてそう言う。

「………じゃあ、今度からもし、ユーリが研究をまだ続けられることになったなら、私をユーリの研究室に置いてくれませんか?護衛として」

「多分もう研究は続けられませんけどもし続けることができたら、いい―――って」

と言いかけ

「研究?…研究室…3日…3日…来るまでに3日ぐらい+起きて3日ぐらい…………よって6日ぐらい」

なにやらブツブツ言い始めたユーリックにパトリシアは怪訝な顔をする。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「どうしたんですか!?ユーリ!まさか、3日前に何があったんですか!?まさか!?ユーリ!?の身体に何か!?でも軍医もそんな事は…」

「消費期限!!」

ユーリックは叫んだ。

「…………は?」

「冷蔵庫に入れていた残りのベリーパイが腐る!!やばいです!他の食品にも感染拡大します!!……あああああー!!サランラップ作っておけば良かった!でもあんな化学製品つくる知識なんて私には……無い!あああ、そういえばユルゲン13号もああああああああああ!!腐る!!即効で査定終わらせて帰って食べようとおもっていたのにああああああ勿体無い勿体無い勿体無い勿体無い…あああ!!畑の世話も!?」

叫び頭を抱え、震え始めるユーリック。

「また発明ですか……3日間高熱出して寝込んでもこの元気―――流石、怪物少将の娘ですね、身体能力はありませんけど体力だけはありますね……」

心配から呆れた顔でユーリックを見ているパトリシア。

しかし、安心しました、とパトリシアは喜んだ。

どうやら後遺症などはなかったようだ。

今度の実験は保存料の開発だ、もしくは冷凍技術の向上……などと、ユーリックがまだブツブツ言っていると

「おーい中尉、大佐殿が様子を見に来たぞ、あとユーリックお嬢の旦那も………お、この声はお嬢だ、起きたんじゃねえか」

ユーリックが横になっている寝台がある医務室のドアをノックする音がドアの先から聞こえたと思うとキャデラック少尉の声が聞こえた。

「タイミングがいいね、丁度聞きたいことがあってぐえあ!?「ユーリック殿!!」少佐!?痛い痛いドアがっ!?少佐!押すドアではなく引くドアです!」

ドアの外からの焔の大佐の声に被さったもう一つの声とドアの窓から映る巨大な影に、ユーリックは瞬時に正気を取り戻した。


来る、奴が来る!



しばらくしてドアが開かれる。


「ふっ!」

そしてドアが開かれた瞬間にユーリックは3日間寝込んだ体でなんとか横になった身体のまま転がり寝台に毛布を残して落ちる。


そしてすぐにユーリックの寝ていた寝台に超重量の筋肉の塊が飛び込んできた。

「ユーリック殿!我輩大変心配しましたぞっ!!嗚呼!こんなに細くなって!?なんていうことだ!?賊め!?今すぐこのアレックス・ルイ・アームストロングが豪腕で打ち倒してやろうではないか!?我が妻の仇!」

「アレックス様……それ毛布です、私じゃありません」

人の話を聞かず、見事な筋肉の塊は毛布を抱きしめて涙を流す。

見事な漢泣きだった。

というか暑苦しい。

「それにまだ結婚してませんから妻じゃ、ぐっ………いつもですこのパターンはだ……だから、こんな濃い人たちがいるから査定が嫌いである理由の一つなんです」

寝台を転がり落ち床に身体を打ちつけたユーリックは体を襲う倦怠感と闘いながらそう言い、立ち上がろうとするが足が腫れてるらしく痛くて立てない。


なんで、こんなのが私の……男性の意識が嫌がるかのように出て来ないので、女性の意識で「よよよ」とそのまま床に顔を押し付けて涙を流すユーリック。


その筋肉は毛布を抱きしめていたかと思うと直に寝台から出て立ち上がり、身体を腕で抱きしめるような謎のポージングを決める。

「ユーリック殿の仇は我輩が!ごむっ!?」

その隙を狙って軍靴の爪先でアームストロング少佐の脇腹をパトリシアが蹴り飛ばす。

ちなみに軍靴の先端には鋼鉄が入っている。

流石に見事な筋肉の鎧でも脇腹は効いたらしく、もんどりうって倒れるユーリックの婚約者の筋肉、いやアームストロング少佐。

「ひょっとしてそれ洒落ですか?………か弱い、私の妹分の聖なる寝室に男三人で乗り込んできたと思いきやこの狼藉!このパトリシアの
マチェットの一撃で貴様のその厚い肉を剥いでユーリの美味しい手作りジャーキーの材料にしてやる!覚悟しろ!!」

倒れたアームストロングを苛烈な殺意を向け、左右の腰にある鉈を両手を交差させて抜き出しながらパトリシアは叫ぶ。

「それはいりませんパティ!?あとその人少佐だから!ついでに婚約者!!」

首を床から起こして叫ぶユーリック。

このままだと医務室が血に染まる、焦って止めようとするが


「くっ!油断した!貴様が賊か!?」

そう言いながら起き上がる筋肉の塊。
そして次は肩の筋肉を強調させた謎のファイティング・ポーズを決めてから、軍服の上を脱ぎだした。

「この【豪腕】貴様ごときにやられるか!!」

「もう回復したのかっ!この筋肉めっ!?しかも何故脱ぐ!?この変態め!!」

それにたいして鈍い色を放つ二本のナタを構えるパトリシア。

そして二人は医務室の中で睨みあいを始めた。








かなり迷惑だ。

頭痛い。




「ふむ、混沌としているな……」

何故か急に軍服を脱ぎ、上半身裸になった【豪腕】の少佐と、マチェットを本気で抜き出したパトリシアの二人。

その光景をみて現実逃避気味で焔の大佐は呟く。

彼の軍服は何かに押しつぶされそうになったのか、少し皺が出来ていた。


「お嬢、久しぶり」

ジョン・キャデラック少尉は床に寝ているユーリックに話しかけてくる。

そして全くこの騒ぎを止める気がない。

寧ろ、この騒ぎを面白がって笑っている。

「ちょっと誰でもいいですからなんとかしてくださいこの空気を止めてください………あ、今度は液体窒素料理でも作ってみましょうか?
空気中の窒素を集めれば可能です、そうだやってみましょう、錬成陣のフォルダはもうないですけれど、ペンさえあれば今でもすぐできますやってみましょう」

ユーリックはずるずると寝台に上がり毛布を頭から被って何も見ないようにして現実逃避をしていた。





この後すぐに医務室に入ってきたホークアイ中尉の一発の銃声でこの騒乱は鎮められた。

騒ぎが静まった後、ユーリックが護衛と婚約者の代わりに謝り続けたのは言うまでも無い。

ちなみに、キャデラック少尉はユーリックが目覚めたことを実家に連絡しにいくと言い残し、医務室から出ていった。









アームストロングとパトリシアは反省として、しばらく静かにするようにユーリックは言ったので二人は黙って手を握り合っている。
仲良くなるにはまず、握手からというユーリックの意見で医務室の隅の方で握手をしている。

「むう…やりますな」

「握力には自信があります、あなたもやりますね………ぐっ」

何やら握手という、力比べをしているが、先程とは打って変わって落ち着いた空気の中で


「エドワード君達は今、宛がわれた部屋で寝ています……」

ホークアイ中尉は静かな顔で大佐にそう言い、溜息を吐く。

「ふむ、彼等はまだ子供だゆっくり休ませとこう、ホークアイ中尉」

「なんでしょうか」

「私はまた現場に向かうが……もし、鋼のがタッカー氏の検死に立ち会おうとしても、断っておいてくれたまえ―――あんなものを子供に見せてはいけないからね」

「あんなものとは……?」

子供が見てはいけないもの……。
ユーリックは自分が寝ていた実質3日間の間にあの兄弟に何があったのか疑問を持った。

「まだ休憩の時間だ、その間で様子を見に来ただけだが、多少話す時間があるな……君ならば話してもいいかもしれないな、
我々国家錬金術師の同胞としてある国家錬金術師の一人が犯した罪を」

「罪?」

「聞くかね?」

「はい、お聞かせください」

ロイ・マスタングにとってユーリック・バートンという人間はどこか国家錬金術師の中でも風変わりな人間、という位置づけだ。

どこかマッドサイエンティストだったりどこか非常識である人間が多い国家錬金術師の中で輪を掛けて普通な人間故の風変わり、という位置づけ。

どこか研究になると周りが見えなくなるフシがあるが、それ以外はいつも他人に気を使える思いやりのある人間だ。

あのイシュヴァールの内乱で内乱終結まで後方勤務だったというのが【妙薬の錬金術師】の表の風評だが。

実際は違う。

ユーリックは戦場に居たことがある。

あの地獄のフチの様な場所で護衛が居たとしても、たった一人家族から離れ、しかも14歳の若さで戦地に赴き、軍の物資の補給などをしていた。

ロイが戦地で彼女が赤い髪を戦場の風で揺らしながら、小さな白く穢れなど無いかのような手で人殺しに使う兵器の整備をしているのを初めて見たときは、アメストリス国軍に対し欺瞞を多く感じたものだった。

そんな中、それでも戦場の中で他人に優しい少女で在り続け、今も日夜、人に役立つ研究を続けるというある種の強さに感服さえしている。

故にこの事件の事を話しても大丈夫なぐらい信用できる人物だ、とロイは思っている。
ユーリック本人が聞いたらそんな大層な人間じゃないと叫び出しそうな事を思いながらショウ・タッカーが殺害されるまでのあらましを【焔の錬金術師】はユーリックに話していく。










「そうですか、そんなことが……」

ユーリックは寝台の上でその話を聞いてとても不快な気分に陥っていた。。

もし、もしだ、もし自分がエルリック兄弟に東方司令部まで同行し
そのまま兄弟と一緒にショウ・タッカーという人間の所へ行っていたらどうだったのだろうか、とユーリックは考える。



自分の娘をキメラにしてしまったタッカーを見つけるエルリック兄弟とユーリック。


その時の光景は地獄のような光景だっただろう。

自分はその光景を見て耐えられるのだろうか。

それに兄弟達は?

「すいませんがその二人には多少のカウンセリングが必要なのでは?悪夢やトラウマの元になったりしないとは言い切れないのですから」

人は脆い。

心という抽象的で見えないものは、揺らぎやすくで何かの拍子ですぐ崩れ去る。
彼等はユーリックの前世で言うならまだ中学生程度。
いくら、地獄や修羅場を潜ってきたといってもまだ感受性が豊かな時期の年頃だ。
心の痛みには敏感であり、このまま大人になる成長の過程で心が歪んでしまい、将来不安定な人間になるかもしれない。
故に多少のケアが必要だ、だからカウンセリングの必要性を感じてユーリックは焔の大佐に提案する。

「大丈夫だと思うよ、彼等は強い………ところで彼等が何故、旅をしているか知っているかね?」

「アル君から聞きましたが、それが?」

「あれほどの苦難を歩みながら旅を続ける彼等ならば大丈夫さ、私は彼等があれ以上の地獄を見ながら立ち上がるのを見ているのだから」

「…………」

まだあの二人のことをよく知らないユーリックがこれ以上何かを言っても、無意味だ。
ユーリック自身は彼らの事をアルに聞いただけの人間。


大丈夫。

そう言い切る、焔の大佐に

「そうですか」

ただそう言ってユーリックはそれ以上喋らず、黙る。

とてつもない怒りをそのタッカーとやらに覚えているが、自分は当事者ではないのだから、それ以上踏み込むことは、ただの迷惑なお節介。

自分に出来ることは精々、あの二人が落ち着いてから、美味しい食事でも振舞って元気付かせるくらいだ、とユーリックは思考する。


「聞きたいことがある【妙薬の錬金術師】殿」

そしてこれからが本題だ。
でなければ、こんなユーリックのような小娘に時間は取らないだろう、大佐という軍人の役職を持つ者は暇ではない。

「ええ、私が誰に襲われたかでしょう?」

「そうだ、君が歩いてきたという道の方面で錬金術の錬成の跡が見つかった、壁と粉塵、君はそれを誰に向けたのか、それを聞きたい」

「そうですよ!私も聞きたいです!貴女の拳銃の弾が撃ちつくしてありましたし、あと貴女が錬金術に使う道具が無くなっていました、何があったんですか!?」

パトリシアも散々気にしていたのだろう、ユーリックに問い詰める。

が。



「すいません話したいところですが、よく思い出せないんです」

まだ脳に過負荷が掛かったせいか倒れた以前の記憶が曖昧だ。

少しずつ、思い出しながら話そうとするが

命に危機が迫ったこと

誰かに襲われたこと

なんとかそれから逃げたこと

それしか思い出せない。

しっかりとした証言の方が役に立つのだ。

変な証言で混乱させてしまっては悪い。

そう思いながらユーリックがまだ痛む頭で思い出そうとしていると







「大佐そろそろお時間が……」

ホークアイ中尉の一言で話は中断されてしまった。

「すまないユーリック殿、話はまた後になりそうだ、とりあえず、私はまた現場に向かわなければ行けなくなってしまった。
検死が終わった後にもう一度話を聞きにくることにするよ………それに今は深夜、まだゆっくり休んでいてくれたまえ」

「ゆっくり休んでくださいね、ユーリック殿」


大佐とホークアイ中尉はそう言って、医務室から出て行く、どうやら自分の様子を見るために検死の間に時間を作ってきてくれたらしい。

ユーリックは寝台の上から手を振って二人を見送った。















「お久しぶりですアレックス様……」

いつのまにかパトリシアも室内から消えていて今はこの婚約者と二人きりだった。
妙な気の使い方をしないで欲しかった、とユーリックは思いながら小さな丸イスに窮屈そうに座る、目の前の婚約者に挨拶をする。

「うむお久しぶりですな、ユーリック殿。貴女が倒れたと聞いてこの我輩、アレックス・ルイ・アームストロングは大急ぎでセントラルから貴女の元に来ましたぞ」

「心配かけてすみません……それにお忙しいところにわざわざ」

「構いませんよ我が美しい婚約者の為です、火の中水の中ですよ――――そうだ、ユーリック殿これを」

「………花?」

着なおした軍服の胸ポケットから一輪の白い花を取り出し、寝台に寝ているユーリックの手に渡す。

「うむ、白百合です」

先程軍服を脱ぎ捨てたのに白百合は美しい花びらのままユーリックの手の中にある。
こんな大きな花を崩さず胸ポケットに入れておけるとは――――これが、噂のアームストロング家に代々伝わる技の一つである収納術なのだろうか
と思いながらユーリックは白百合を眺める。



「白百合の花言葉は知っておりますかな?」

「すいません、あまり花には詳しくなくて………」

どちらかというと花の美しさと意味自体よりも花の成分に興味を抱きそうなユーリックには、そういう情緒的な知識は殆どない。

「白百合の花言葉は純潔・威厳・無垢でして……その、ユーリック殿の所に訪れた時、眠っていた姿がこの花にそっくりだと思いまして――――喜んでいただければ、と」

なにやら恥ずかしそうに頭を掻きながらアレックスは言う。

マッチョな大男が恥ずかしそうにそう言う姿は見てて破壊力がある。

それに、この男が一輪の白百合を花屋で買い求めるのは中々シュールだっただろう。

少しその光景を見たかったなとユーリックは思い微笑えみながら綺麗な白百合の花を見てユーリックは素直にお礼を言う。

「ありがとうございます、アレックス様」

この男、その図体や風貌に似合わず紳士的であり情緒的だ。
今のキューピーな髪型をやめてまともな髪型にすれば、なんとかインパクトは薄まり、見れる男になるのではないだろうか?
どことなく漂う妙な雰囲気に逃げたい気持ちを感じながらそう、ユーリックは思った。

『ほう!随分粋なことをしますね!!』

医務室のドアの方からパトリシアの声がする。
パトリシアは医務室の前の廊下でこちらに聞き耳を立てているらしい

(パティ、貴女……あとで覚えていてください、それに隠れるならもう少し声量下げてください、恥ずかしいですから)

「喜んで貰えて嬉しいです、これから我輩もタッカー氏の殺害現場に向かわなくては行けなくてですね」

「はい」

「お恥ずかしいですな、そして情けない男です―――先程まで倒れていた婚約者の傍にも居られないとは………」

「いいえ………そうやってお心遣いを戴けるだけで十分です―――私もバートンの娘、軍人の債務は分かっているつもりなので」

「では仕事が終わればまたユーリック殿に会いに行ってよろしいですかな?」

「ええ、その時にはちゃんと元気になった姿で貴方に会いたいと思います―――あ」

「そろそろ行きます、まだ深夜の2時です、ユーリック殿はゆっくりお休みください」

アレックスは丸イスから腰を上げて立ち上がり、寝台に近づき、ユーリックの花が握られた手を持ち
そのゴツイ顔を近づけその手の甲にキスをする。

それからユーリックに背を向け医務室のドアの方に歩いていく。

ちなみに手の甲へのキスは尊敬や敬愛などの意味を含むものであり疚しいモノではないのでユーリックは嫌悪感を感じなかった。

この男、容貌に似合わず、手馴れてる。


「あの……結婚の件は」

少し混乱しながらその大きな背中にユーリックは言葉を投げかける。


「ふむ、ユーリック殿がまだ錬金術師として研究を続けたい気持ちは知っています
ですから我輩からそれとなくバートン家の方々に言って置きますので心配は無用です、安心してください」

では。

振り返らずアレックスはそう言って医務室を後にした。














ドアが静かに閉じてからしばらくしてからユーリックは眼を閉じ、溜息を吐く。

「うううううううううう……………」

そして頭を抱えて寝台の中で羞恥で悶える。

いつもいつも強気な態度で望まず、なあなあで済まそうとして受動的な態度を取り続けたせいで
だんだん堅い鎖に巻かれるような気分が強くなってきている。

いつもいつも男性に対する強気な姿勢を出す男の意識が何故かいつも出てこないのだ。

結婚なんてしたくはないのは女性の意識も同じ。

しかし、バートン家に生まれ、経済的自由と高い教養を受けさせて貰ったのだ、家の為に結婚するのはしょうがない、と諦めてもいる。

しかし、しかししかししかししかし。


「しかし……」

「しかし、いい男ですね……あまりにもゴツイのでマイナスを振り切ってますが、他は紳士的ですし、女に花を贈るなんて情緒があります。
でも、最初のあの暴走っぷりは酷かったですね………結局、ゴツイから総合点数は40点ぐらいですかね?」

「それってどうなんですかパティ的には………って!いつのまに!?」

いつのまにかパトリシアはユーリックの寝台の横の丸イスに座って、頷いていた。
どうやらパトリシアは散々出歯亀したあとユーリックの元に戻ってきたようである。
それにしても相変わらず気配が読めない隠密能力、流石あの父が選んだ精鋭だ、とユーリックは感心してしまう。

「駄目ですダメダメです、物理的に大きすぎます小柄なユーリには少し……あとそうですね――――私が見たところユーリは完全にあの男にロックオンされてますよ?」

「ロロロロッロックオン!?」

ユーリックはあの婚約者にウインクされた情景を想像して顔を青くする。

「あの手の甲のキスの感じでは「貴方をお慕い申してます」的な感じでした、うむうむ、なんて羨ましい男性なのでしょうか。
ユーリのような穢れなき美しい乙女と婚約者になって今のように愛情を交し合い、何れ結婚する……羨ましい、妬ましいですね!
私が男であれば…………くっ!」


「愛情……結婚……」

ユーリックは意気消沈として顔を枕に埋め始める。
それでも手に持つ白百合の花は崩さないように持っていた。

「あと聞きたいことがあるんですがユーリ」

パティは空気を一変させ、まるで猛禽類のような眼でユーリックを睨む。

枕から顔を離し、ユーリックはパトリシアを見る。


「誰に襲われた、というのはまず置いておきます、貴方自身の体には一切、暴力の後はありませんでしたから、足も捻っただけのようですし」

「あれ?」

てっきりユーリック自身に降りかかった災難の内容を問い詰めてくるかと思ったが、違うことに驚いた。

「ユーリ、貴方は華の20歳の女性でありながら、また着の身着のままで此処に来ましたね?何時もどおりの色気のない作業服と白衣で」

銃や財布や錬成陣、そして醤油が入った小瓶などの発明品。

そして国家錬金術師の証である銀時計ぐらいの最低限の物しか持たずにエド達と短い旅をしたのだ。

金はあるから途中で必要になったら買えばいいや、とユーリックは思っていた。

「えーと、あれですよ、司令部に向かう前にちゃんとした格好をするつもりでしたよ?それに服だって、錬金術を使って錬成すればすぐ綺麗にできますし」

服など錬成陣を当てれば直に新品にできる。

だから、一人で生活している時には普通の洗濯などしたことがない、とユーリックは誇らしげに言う。


「はぁ、この妹分は相変わらず………まぁいいです、でもこれだけは譲りません」

「何?」

「ブラジャー」

「ブラジャー?」

何を言うんだ、とユーリックは首を傾げた。

「してませんでしたよね!?貴方が倒れた時に体を調べた時、シャツの下に何もなくて大変驚きましたよ!?」

「うん、つい」

つけていると圧迫されるし、胸の間に汗を掻きやすくて寝苦しいので外したままだった、とユーリックは思い出す。

「つい―――じゃないですよ!?馬鹿ですか!?貴方が倒れた時一瞬、強姦か何かをされたか!?と大変心配したんですよ!?」

まぁ私がすぐ司令部に運んだ後に調べたら文句なしにまだ処女でしたので、安心しましたが、とパトリシアは言う。

「強姦って――――あと処女うるさいしかも調べるな」

ユーリックは自分の体を汚されたような気がして思わず身震いする。

「なら人目を気にしなさい!!ノーブラで出歩くとか正気の沙汰じゃないですよ!?」

「大丈夫ですよ、厚い布地の白衣を身に纏ってますからって痛ひ!!」

頬を抓られた。

なんでこんな怒られなければいかんのだ、とユーリックはひりひりとした頬の痛みを感じながらそう、思う。

「今は若いからいいですけど、その大きさだとそんなことをしているといずれ垂れますよ!?
あと髪もです!いつもいつもトリートメントを怠るな、ときつく言っているのに去年の査定で会った時よりも痛んでいます!サボりましたね!?」

「だって仕方ないです……忙しいのですから。それに私の髪、あんまり痛むことなんてないですし」

ユーリックは自分の赤毛に白百合を持たない手をやり、触る。

「あ」


「ほら、痛んでますよね?実家にお帰りになる前に少し身だしなみを整えないとやばいことになりますよ?」

「うん、やばいことになりますね」

まず母親に激怒され、いますぐ花嫁修業だ!と叫ばれるだろう。

また薔薇のお茶とかを美しくなるためだ、とか言われ、ひたすら飲まされるのだ。

そして無駄に煌びやかでヒラヒラした服を着させられるのだ。

ユーリックは学校の夏休みの宿題を面倒くさがり、そのままやらないで休みが終わった学校に来たような気分になった。

「なんでそんなに落ち着いてるんですか………」

いつもなら大慌てで自分に泣きつくのに今回は妙に冷静だ、とパトリシアは思う。

冷静な顔でユーリックは言う。

「落ち着いてるというよりも絶望してるんです」

「どういうことですか?」

ユーリックは悟っていた。

「研究はもう続けることはできません、絶対」

胸にストン、と落ちた終わりの感触。

ユーリックは手に握られた白百合を眺めながらそう諦観していた。

どうやっても結婚からは逃げられない。


実家に連絡が行くような危険に見舞われたのだ、これでお終いだ。

婚約者であるアームストロング少佐が何を言おうと、結婚の準備は始まるだろう。


段々と思い出してきた倒れる三日前の事。


一人の男が脳裏に浮かぶ。

褐色の肌。

そして赤い眼。



その記憶の中の男に

「なんてことをしてくれたんだ」

ユーリックは思わずそう、口に出して言った。








白百合は何も言わずただ美しく咲き誇っていた。







続く。








あとがき

ついに出ました婚約者。

ちなみにエド達がタッカー邸に赴いている間、ユーリックはずっと寝込んでいました。
ニーナがキメラにされ、その事実を知ったエドとアルが受難した日の夜に目覚めたという、脇役っぷりでした。
もし、まっすぐ東方司令部に向かっていても、主人公は生命を弄るキメラなどが嫌いなので二人に同行はせず
終始二人が泊まる宿の中で二人の話を聞くだけで、「ニーナっていう女の子に食べさせてあげて」とか言いながら
エドにタッカー邸に持たせるためのクッキーでも焼いていて原作の本筋に絡まずにそのままさらにどうでもいい脇役になっていたことでしょう。

その代わりスカーには襲われず、結婚フラグは伸びたでしょうが……。



スクウェア版に引越ししました。
これからもよろしくお願いします。


では次回。



[11215] 7話 上編(修正)
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/09/18 22:53
「いち……にぃ……さん…し…ご…はぁ…ろ…し…ちぃ」

ユーリックは汗を額から床に落とし、歯を食いしばりながらカウントをしている。

寝台に近い窓際に一輪の白百合の花がビンに生けられていた。

それを傍目にユーリックは腕立て伏せをしていた。

足がまだ少し痛むので下半身は寝台に乗せ、上半身は床に下ろすようにして
腕は肩と同じぐらいの幅に真っ直ぐ伸ばし、両手は八の字の形をつくり医務室の床につけている。

とにかく上半身の筋力をつけることを意識した腕立て伏せ。

お気に入りの作業服と白衣は寝込んでいる間にパトリシアに破棄されていたので病院服姿での腕立て。

「じゅう…………………アミノっ…式っ…アミ…うっ筋肉、き、きん…にく………にじゅうっ」

途中数を数える余裕もなくなりとりあえず思いつく言葉を連呼していたがすぐに腕に力が入りなくなり限界が来て腕を広げるように伸ばし、体を床に落とす。

足首の方だけ寝台に残しているので酷く、間抜けな格好だ。

そのままペタン、と医務室の床に頬をつけるユーリック。

「ひんやりしてて気持ちいいです」

そのまま体を医務室のリノリウムの床にずるずると落としていき、身を任せ、うつ伏せに寝る。
汗を吸った肩まで伸びた髪の毛が床で広がり、塵や埃で汚れていく。
それを気にせず、冷たさを堪能するユーリック。


「結局20回………貧弱ですね」

大目にみての20回。
現実は13回程度。

「まぁ三日間寝込んだらこんなものですかね」

やりとげました。



ユーリックは軽い自己満足で床に頬をつけたまま微笑んだ。

「なにをしてるんですかユーリ、散々先程寝てなさいと言ったのに」

「パティ………相変わらず神出鬼没ですね」

またなにかやってる、という呆れた表情で床に寝転んでいるユーリックをいつのまにか見下ろしていたパトリシア。

「ええと……思い立ったら直ぐ、ってヤツです」

その視線にたじろいでとりあえず言い訳をするユーリック。

「三日間高熱だして寝込んでいたんですよ?まだ寝ていなさい…まだ朝の五時ですよ?」

「嫌です、三日間も寝ていたんですよ72時間もですよ?時間を無駄にしすぎましたから……そして体も酷く鈍りました、だから今はこうしてリハビリです。
それにさっきは医務室のラジオを聞いていたのにパティに没収されたので……暇で暇でしょうがないんです」

「大人しく寝ていられないとか………子供ですか貴方は」

「足が痛いので腹筋と腕立てをしてました、でもやっぱり回数こなせませんね……体堅くなりましたし」

そう言って床でコロコロ転がり始めるユーリック。
体温の熱が床に伝わり温くなってきたので、他の冷たい場所を求めて移動しているようだ。


その姿をみて、はぁ、とパトリシアは溜息を吐く。

相変わらずのマイペース。
ころころ転がる姿は見てて可愛いが、二十歳の女性がすることじゃない。
パトリシアはユーリックに近寄り、べたー、と床につけていた腕を掴み、無理矢理起こす。

「駄目…パティ…ひんやりが」

「ひんやりって……ユーリあなた、転がる度に床の埃で汚れていきますよ」

「うん、私コロコロ好きだから大丈夫」

「貴方が去年発明したカーペットの埃取りですか……で、何が大丈夫なんですか?」

「パティがこれから私をシャワーに連れて行ってくれるから大丈夫」

「だから汚れてもいい、と?」

「うん、とても合理的ですよね?」

ぐてー、とパトリシアに体を預け始めるユーリック。
他人にいつも気を使い、他人に尽くすのが好きな性質のユーリックは一人になるとこうやってだれることがある。
家族の前でもいつも気を使って淑女らしく振舞うユーリック。

ユーリックがこんな風に無防備になるのはパトリシア一人だけの前である。

その事実を再認識しながら喜びを噛み締めるようにパトリシアはユーリックの腕を引き寄せ、抱きしめる。
ユーリックが寝込んでいる間にパトリシアが食べさせていたミルクにたっぷり浸ってよれよれなシリアルのせいだろうか?
抱きしめているとユーリックの二十歳の女性ではありえない筈の小さな子供特有の乳臭い臭いがパトリシアの鼻腔に入り、どこか心地よい。


「暑苦しいですパティ、はやくシャワー、シャワー」

「………なんですか、この可愛い動物は」

中々、長身であるパトリシアはそのまま小柄なユーリックを抱き上げ司令部館内にあるシャワー室に向かうことにする。。

「恥ずかしい、普通に連れて行ってくださいよ…」

パトリシアの腕の中から抜け出そうとするユーリック。
しかし三日寝込んだ後の筋トレで疲れているのだろう、反抗という反抗は出来ず結局抜け出せない。

「役得です、役得……このまま連れて行きます」

シャワーに入ったら全身くまなく洗ってやろう、とパトリシアは決意し、軍人であり鍛えられた自分にはない女性の柔らかさを妹分から感じて
それを暫し味わうためにゆっくりと歩き始めた。






数十分後、ユーリックは破棄された自分の服の変わりにパトリシアが用意した赤いシャツと茶色のカーゴ・パンツを着て
湯上りの体を冷やすために牛乳を飲んでいた。


ちなみに今はブラジャーを着けている。

「すっきりしますねシャワーの後の牛乳は………でも勝手に飲んでいいんでしょうかこれ?」

「大丈夫ですよ多分」

「あとで一応、謝りましょうね?」

流石に朝早くで購買は閉まっていたので、購買の前に積んでいた箱からパトリシアが勝手にちょろまかした物である。

「まぁ、そこまでしなくてもいいと思いますが?お金は置いたんですから、それに軍の司令部の癖に24時間やってないのが悪いんです」

「マナーの問題ですよパティ、ここは南部の司令部じゃないんですし私たちはお客さんなんですから………それにシャワーも使いましたし
焔の大佐殿には施設の使用のお礼をしなければなりません」

「気を使い過ぎですよユーリ、さっきの甘えん坊はどこに消えたんですか?あれの十分の一ぐらいたまには私以外の誰かに甘えてみては?―――例えばあの婚約者とか」

「………ぐ」

「ふふっ」

「ええと……とりあえず今日はどうしますか?」

「話を変えようとしてますね、まぁいいです……今日はまだ雨が降っていますし、車を出して私たちのセイフハウスに移動しましょうか」

「エド君、アル君は日数を置いてもうすこし日数を空けて会いましょうかね、まだ事件から時間が経ってないみたいですし」

「鋼の錬金術師ですか?彼等は十代の少年らしいですね、ユーリの男女共にだった最年少記録を打ち破った天才少年でしたっけ、彼とは知り合いで?」


パトリシア自身は錬金術には興味はないが、妹分のユーリック自身が国家錬金術師ということで、時折錬金術師の話を聞くことがあり
その中でユーリックが国家錬金術師の取得年齢より二年早い12歳で国家錬金術師になったエドワード・エルリックの事は聞いていた。

「ええ、弟君と何時も一緒にいる良い子ですよ、二人とも大人っぽくて………いや、無理に大人になろうとしてますね、あれは」

「ユーリが他人の人物像を語るとき、大抵良い人で済ませますよね?」

「私は今まであんまり悪い人に出遭ったことはありませんから、私が知る人間は大抵良い人ばっかりです――――でも爆弾魔は別ですよ?」

「紅蓮の錬金術師ですか……イシュヴァールの内乱で補給に向かった時、とことん嫌な眼に合わされましたよね
私もあの頃はまだまだ若僧でしたし、彼に意見することさえできませんでした」

と、パトリシアは嘆くように溜息を吐く。

あの爆弾魔のユーリックに対する数々の悪行、それを見ることしかできずに、後でユーリックを不器用に慰めることしか出来なかった自分。

「気分が悪くなりますので内乱の話はやめましょう?」

ユーリックは一息ついて気分を変えるように話題転換を図る。

「そうですねユーリ、とりあえずこれからの事を決めましょうか、しばらく時間が空きますし」

「査定の判定が終わるまでセイフハウスで暫らく過ごすとして……その間観光がてら中央でも周りませんか?」


中央はアメストリスの流行の発信地。
たまにはしばらくあそこで食べれるファースト・フードを食べ歩きしてもいいかもしれない。


「残念ですが、駄目です」

そう思っていたらパトリシアに却下された。

「なんで?」

「私が言っているのは長い期間の事ではなく、短い数日の予定ですよユーリ」



「ということは」

「ユーリは一週間以内にはバートン家に帰らなくてはなりませんよ?」

「そんなに……本当に本気なの?お母様とお父様は」

「言いましたよね……多分本気です、と」

「もう研究は続けられない、と理解してますけど……そんなに早いの?」

しばらくはまだ時間があって、研究をやめるための片付けの期間でまだまだ自由だと思っていた。

「はい、国家錬金術師の資格も返上させろ、と少将がユーリが目覚めた事をキャデラック少尉がご実家に連絡した時に仰ったらしいですよ」

「じゃあ、私が焔の大佐に渡した書類は……無駄なの?」

折角研究書類を提出したのに。
なのにもう【妙薬】の錬金術師でいることはできないのか。

「いいえ、私がなんとかご実家に取り直しをしたので、査定後もう一年は資格を保持できるようになりました…説得には苦労しましたが。
だから国家資格により貰える研究費をユーリのしばらくのお小遣いにできますよ」

「え、だってあなた、研究がもし続けられたら私の研究室の護衛をやるって………」

「だから【もし】ですよ………それに先程、貴方が暇を潰している間にご実家から連絡が来まして、ユーリのハンセンにある研究室は……」

「取り壊し……まさかそれほど性急ですか………」

ユーリックはどうやっても結婚から逃げられない、そう思っていた。

「はい、帰ったらウェディング・ドレスの衣装合わせがはじまるでしょう、アームストロング家の方にも結婚準備の連絡が回ってます
今はまだあの婚約者も忙しい時期ですから、まぁ数ヶ月から半年は結婚まで時間がありますよ、しかしこれからは実家で花嫁としての教育がユーリには待ってます」

残酷にパトリシアは淡々と事実を告げる。

「三日間、三日間ですよ……」

ユーリックはまさかそこまで家族達が本気だったことに更なる絶望感を感じた。

「長い三日間でした、ユーリ」

「そう、なの……」

現実が目の前にあった。

もう逃げられない、と現実が言っている。

もう逃げられないと現実が言っているのだから、それは現実としての事実。

逃げたい、逃げたいと思っても逃げられない現実があるのだから、逃げることはできない。

ユーリックに先程、まだ夜だった時間に感じていた終わりの感触。

それがはっきりとした事実になって押し付けられた。

「ユーリ………」

「わかってます………わかってますから少し一人にしてください」

「ええ、わかりました、しばらく一人で休んでいてください、私は一度セイフハウスに戻りますので」

パトリシアは静かに医務室から出て行く。

ばたん、と医務室のドアが閉まり、ユーリックは一人になった。

「ふう……」

肩まで伸びた髪を紐で後ろに結んでからユーリックは寝台に寝転んだ。

「そっか、本当に終わりなんですね…」

そにまま眼を閉じてユーリックは眠りについた。








そして夢を見る。

どこか暗い深い闇だった。

五感を感じれないのに何故か声が胸の内で聞こえる、という不思議な夢。

そして何者かがユーリックに囁くのをただユーリックが聞くだけという不思議な夢。





ユーリック。

そろそろお別れの時間が近づいてきた。

それが自然なことだからしょうがない。

それにいつも気をつかってくれるから悪い、と思っていたんだ。

悪い、そう悪いんだ。

だから、もうすこし、もうすこしでいなくなる。

でもユーリックという人間がこれから幸せに生きていくことには変わりはない。

そうだろう?



囁く者の言葉はどこまでも優しく、寂しそうだった。

そして悲しそうだった。

居た堪れない、ユーリックはそう思った。
だからユーリックは叫んだ。

違う、と


「違う!……ってあれ?」

ユーリックが気づくと医務室の天井を見上げていた。

「…誰ですか今のは」

疑問を感じたユーリックは女性から男性の意識に切り替える。

心はいつも通り正常。

「違う、これは違うもの………一体どういうことなんだ?」

前世の記憶は確かにある、男性と女性の意識の違いも解る。

ただの可笑しな夢だと思えばそれまでだが、それにしてはあれは変だった。

違和感だ。

何かが徹底的に噛みあわないまま道に迷い、気づいたらどこか知らない場所に居たような、感覚。

でもそれでも解った。

「あれは【自分】……」


ユーリックは自分の胸に手をやり眼を閉じポツリ、そう零した。









七話上



ユーリックが不思議な夢をみて起きたら時間は7時を過ぎていただけだった。
どうやらほんの数十分の浅い睡眠だったらしい。

それでも目が冴えてしまい

「やっぱり暇ですね……」

また運動でもしよう、とでも考えたがシャワーを浴びたばかりでありまた汗を掻きたくはなかった。

しかたないので寝台でゴロゴロしていたが、やはり退屈は苦痛だ。
普段から思い立ったことはすぐに実行をしてきて暇と無縁だったので
ただ時間を無駄にするという暇がとても嫌いであるユーリックはとりあえず何かできることを考える。
結婚やら実家の事はとりあえず後回しにして今はどうやって暇を潰そうか、というのが目下の考え事だった。

まずは銃のメンテナンスでもしようかな、と考えた。

しかし、捨てられた白衣に入っていた簡単な私物も全てパトリシアが預かっているだろう。
ユーリックが持ち歩いていた物は医務室に一切見当たらなかった。

「んー暇です、司令部の周りでも散歩しよう、と思ったらまだ雨降ってますし」

そう、外は雨。

先程かなり憂鬱になる事実を告げられたのに降り続く雨のせいでさらに憂鬱になりそうだ。


「パティはセイフハウスに行ってしまったし」

ユーリックをしばらく泊める準備でもしているんだろう。
三日間寝込んでいてかなりの迷惑をかけただろうに。

忙しい思いをさせている。

「また創作料理でも作ってあげよう」

ユーリックが先程、喚きもせず大人しく事実を受け入れたのはパトリシアが居たからだ。

彼女にはいつも迷惑をかけているのだ。
八つ当たりなんてできない。

パトリシアはあくまでも父の部下なのだから、父に従うのが当たり前、なにを喚こうが先程の場で言っても意味がない。


「それもあと、後」

気を取り直して今暇を潰せる何かすることを探す。


「司令部の医務室ですからねぇ、勝手に物を使うのも……駄目ですし」

ペンでも見つけ、それで錬成陣を書いて、包帯や薬品などの医療道具を材料に使って何か作ってみるのもいいかな、と思ったが、これはNG。

パトリシアにマナー伝々を言っておいてそんなことをしては矛盾だ。

「そうだ」

寝台から起きて立ち上がり医務室にある机からペンを一本抜き出して持つ。

「暇だから…錬成陣自体を書いてみましょう」

錬金術師が錬金術師である象徴の錬成陣の一つも持ち歩かないなんて、変である。

故に掌にでも描こう、と考えた。

戦闘用に錬金術を使う人間は刺青などで錬成陣を手などに彫り込む人間が多い。
すぐに錬成をする手段としてはあれ程便利な手段はないのだが。

ないのだが

「でもやっぱり手に描くのはなんか嫌なんですよね……なんか『私は普通の日常生活を送る気はありません』って感じがして」

それは料理をしない女性、と暗に告げるネイルアートに近い感覚なのかもしれない。
しかもそれの物騒バージョン。
日常生活でそんなもの見せびらかして歩いていたら少し怖いだろう。


「おお、いい考えがあります……」

ふと、思いついた。

ユーリックはペンを持ったまま、ふらふらと何かを探す。
そしてメスを医務室の棚から取り出す、次に自分が寝ていた寝台の下に屈んで、手探りで何かを探す。

「ありました」

それは軍用の編みこみブーツ。
パトリシアがユーリックに買った物だ。
医務室ではスリッパで居たのでパトリシアが寝台の下に仕舞っていたのだ。

ユーリックは寝台に座りまず靴の裏側をみる。

厚い靴底に堅い靴の裏側。

「これなら」

その部分に錬成陣を書いていく、まず右足の靴に簡単な物質の形状変化の錬成陣。

「これは下書きにして、と」

靴の裏に綺麗に描かれた幾何学模様の下書き。
それに添ってメスを入れていく。

「お、できました」

ユーリックは靴に錬成陣を彫り込んだのだ。
手に錬成陣を描く者もいるが【焔】の大佐のように手袋に縫いこんでいる者も、籠手に書き込んで者もいる。


なら、靴に描いてもいいんじゃないか、とユーリックは考えたのだ。

そして左足の靴には抽出錬成の錬成陣を下書きし、メスで彫りこんで行く。

「これなら、錬成陣を使うのに便利ですね…ってやっぱり不便」

ユーリックが行なう錬成は食品関係が多い、これでは錬成する時に食べ物を踏むことになる。


「うーん、鉱物系を錬成する時とか、いざという時に使えそうですけど…微妙です」

実際錬成陣が描かれた靴を履いてみて気づいた。

錬成対象が自分の足元になくてはならないので、かなり使用場所は限定されてしまうことに。

無意味なことをしてしまった、ユーリックはがっくりとした

「やっぱりカードですね……裏表に描けましたし」

あれは便利だった、他のバージョンではティースプーンや小さなフォークに描き込んだ錬成陣もあった。

「カードフォルダに差し込んでいたんですよね……全部銀食器で高級品だったのに」

こっそり嫌いな食べ物の味を変えるためにする栄養成分の抽出の錬成などが出来る優れものだったのに。

【妙薬の錬金術師】たらしめる道具を失ったことに今更落ち込むユーリック。

フォルダからカードまで全て実家のお抱えの装飾品の職人に両親を通し頼んで作って貰ったものであり
今の状況では二度と手にすることはできなくなってしまっただろう。
自分で錬成してもいいが、やはり錬金術で作ったものは職人が手ずから作った物よりも組成が荒い。

その事実にユーリックが項垂れていると医務室にノックの音が四回鳴った。


「誰…ですか?」

「リザ・ホークアイ中尉です、入ってよろしいですか?」

「どうぞ」

医務室のドアを静かに開けて入室するホークアイ中尉。
丁寧に一礼までするので思わずこちらが緊張してしまう。

「御丁寧にどうも」

「いいえ、ユーリック殿には不便な思いをさせてしまい大変申し訳なく思っています
本来ならご滞在の上ではもっとしっかりとした御持て成しが出来たのですが……」

「いやいや、こちらこそ迷惑をかけてすいません」

「いえ、安全のためとはいえ、狭い医務室なんて場所に滞在させてすみません」

「軍も暇ではないのですから、私の為にそこまで迷惑をお掛けするのも悪いです」

「いえ、そんな」

「いえって……ここまでお互い畏まっていたら疲れるのでやめにしましょう?」

ユーリックは首をブンブン横に振る。

その行動が面白かったのかホークアイ中尉は微かに笑った。

「内乱の時より6年近く経ちましたが、お変わりありませんね……ユーリック殿」

リザ・ホークアイ中尉が普段の凛々しいというイメージを一変させるほどの笑顔をユーリックに見せた。
そして自分よりも遥かに大人で綺麗な女性に微笑まれてユーリックは照れ、顔を赤くする。

「ええと、内乱ですか?」

「ええ、内乱の時に貴方にとても親切にして貰い、感謝していました」

「……内乱?」

ユーリックは頭を回転させて思い出そうとするが、どうやっても思い出せなくて少し焦る。


「狙撃兵です」

ユーリックはその言葉でピン、ときた。

「ああ!狙撃のお姉さん!……ってホークアイ中尉だったんですか!?」

あの不健康そうに眼に隈をつくり、追い詰められ疲れ果てた雰囲気の女性とは違い、今のホークアイ中尉はとても凛々しく、落ち着いた雰囲気なので気づかなかった。

「ええ、あの時は大変ありがとうございました」

リザ・ホークアイは入室時よりも丁寧に頭を下げる。

心が篭もった感謝のお礼。

「そんな大したことしてませんよ……ただちょっと食べ物を分けただけですし」

そこまで感謝されユーリックの顔は茹蛸の様に赤くなってくる。

ハンセンでの研究生活で今まで様々な発明品を作ってきたが、自分自身が販売している訳ではないので人に直接お礼を言われるのは珍しいのだ。

「これから私もタッカー邸に向かうので時間がありませんが、ユーリック・バートン【妙薬の錬金術師】殿には一言お礼をしたかったんです
あまり会う機会がなかったので今の今までお礼できませんでしたから」

「あれ?その割にはいっつも私の銃を見せて、と言って来ましたけど?」

恥ずかしいので軽い反撃をする。

「……それは」

それに対してホークアイ中尉が言葉に詰まった。

「そうですねーうん、ああそういえばそんなに会う機会ありませんでしたね?」

ユーリックはホークアイ中尉が恥ずかしくて言い出せなかったのだろう、と推測して場をごまかした。

「では、私も現場に向かいますので……」

「今度会うときはお父様の【森の狼】を見せてあげますから、お仕事がんばってくださいね」

「【森の狼】!?あの幻の!?」

「えーと、なにが幻かは知りませんけど……あの銃はたしか…つ、つぶて?」

「国家錬金術師である【礫の錬金術師】の作品ですね!?」

「はい、確か……って詳しいですね」

ユーリックの父、ヴォルフガンク・バートンの銃のコレクションの中でも最高の一品、【森の狼】
イシュヴァールの内乱前に既に亡くなっている国家錬金術師が作った物であるが
実際は只単に物凄く丈夫な迷彩色の拳銃である。

「メンテナンスフリーの銃と呼ばれたあの名器……見せてくれるんですか?」

「メンテナンスフリーというよりも誰も修理できない、といった方がいいですね、あれ」

謎の軽い素材で作られた拳銃。
多分ユーリックの推測だと合成樹脂か何かで作られたとわかるが、それ以上はわからないという、ある意味オーパーツの銃。
パーツが銃自体しかないので誰も修理できない、という銃である。


「絶対みせてくださいね」

「ええ、わかりました、父に頼んでおきます」

などと、少し物騒な話をしていき、ホークアイ中尉は医務室から出て行った。

























午前九時前。

キノック一等兵は雨の中、人を探していた。

探している人というのは鋼の錬金術師とその弟の二人。

現在、アメストリス全土の国家錬金術師を殺害していくという、連続殺人犯がアメストリスのこの東部にも現れたというのだ。

故にエルリック兄弟二人を見つけ安全の為司令部に連れて行くという、簡単な仕事が彼のような下っ端に回ってきたのだ。

「あ!いたいた」

目立つ鎧姿の弟と、赤いコートを着た少年。

キノックは目的の人物を喜び勇んで時計台の下に座っている二人に近づく。


「エドワードさん!」

バシャバシャ、と水溜りが彼の軍服を汚すが構わず走る。

「エドワード・エルリックさん!」

この簡単な役目が終わり、本部に戻ったら暖かいコーヒーでも一杯飲もう、と思いながら走っていく。

「ああ、無事でよかった!探しましたよ!」

「何?オレに用事?」

暢気そうな少年の無事にキノックは安心して、今どれだけ危険な状況か説明しようとする。

「エドワード・エルリック………」

キノックの説明の途中、背後から低い声が響く。

キノックは振り向いた。

「鋼の錬金術師!!」

大柄な男だ。

そしてその男の額には傷があった。

「!!っ額に傷の……」

その姿をみて直に男が連続殺人犯だとわかり、キノックは反射的に腰にあった銃を引き抜こうとした。

だがその瞬間、彼の視界は硬質な何かによって塞がれた。

それは男の掌。

スカーの人体破壊の一撃。


彼はそれを脳天に食らわされ、あっけなく倒れ、死んだ。


彼はただ軍人として只単純な命令を遂行していただけだ。

エルリック兄弟を見つける命令。
そして軍人だから犯罪者を取り締まる、というシンプルな命令。
ただそれなのに簡単に殺された。
彼の骸は大通りの時計台の付近に野ざらしにされ、雨に濡れて行く。
彼にはまるで価値がない、と言うべきかのような無惨な光景。
誰もが目の前で人が死んだという恐怖で逃げ、彼の死を看取らない、悼まない。


















「……………」

ホークアイ中尉と会話してから数時間後。

東方司令部に訪れ、傘も差さず雨の中去っていったエルリック兄弟をたまたまユーリックは医務室の窓から見つけた。
多分、例のタッカーのという男の死亡現場に立ち会おうとして断られたのだろう。
二人とも暗い雰囲気だったので少し心配になり彼らの分の傘を数本持って追いかけていた。

しかし、外をこっそりと抜け出すのに少し苦労してしまって出遅れ、見失ってしまった。

仕方ないので、兄弟が歩いていた方向に適当に向かって歩いていた。




そしてそこで見つけた人間の死。

大通りの時計台の付近で軍人が一人、全身から血を噴出させて死んでいた。


「………」

誰もは彼の死を看取らなかったのか。
彼はただ、一人で死んでいる。
時計台付近の周りにはユーリック以外、誰もいない。

「………」

ユーリックは死んだ男の血塗られた軍服をさぐって死んだ男の名前を探す。
何も語らず、ただ軍服をさぐる。

「キノック・ロウラン」

ユーリックは死んだ男のドッグタグを見つけ、読み上げた。

知らない名前の人だった。

大勢の軍人が在籍する東方司令部の中の一人の軍人の名前などユーリックは知らない。

それはそうだ、東方司令部に立ち寄ることは査定の時ぐらいで、東方司令部にいる知り合いなんて焔の大佐殿とホークアイ中尉だけだ。




故にユーリックは何も出来なかった。

目の前に人が死んでいるのに。

ユーリックはエルリック兄弟を追いかけるのに忙しくて、傘しか待ち歩いていなかった。

目の前の人間の死に花を添えることもできない。

ユーリックは自分の傘をキノックに被さるように地面に置いた。

このまま雨に濡れさせておくのも、なんだか虚しい。

そう思ったからだ。

結局、でもそれは自己満足。

死んだ人間にはそんなことをしても無意味。

もし今、花を持っていて、花を添えたとしても、結局は死を悼む人間の心を慰めるための行為であり、何かに慰められたいと思う人の行為でしかない。


「………………」





ユーリックは自分が錬金術を学び始めた頃。
バートン家にユーリックの家庭教師として呼ばれた一人の錬金術師。

その錬金術師はユーリックの師とも呼べる人物だった。


その錬金術師がユーリックに言ったある言葉を思い出していた。

そのある言葉は彼の授業の一つの合成獣についての授業の時だ。


君はどれだけの生命がこの世に存在しているか知っているかね?

人間だけで数十億と言われるこの世で他の動物や虫などその他に微生物も合わせれば数え切れない程の生命が存在しているのだ。

それはつまり、この世には命など掃いて捨てるほどあり、希少価値なんてまるでない。
そして命が生きるという行為は虫けらでもできる簡単なことで、どうでもいいことなのだ、ユーリック。

只の現象なのだよ。

故に死という物自体、実際のところ大した価値はない。

だが、それとは別に君がキメラの錬成などで生命を使った実験を嫌うのは人としてわかるが実際の所、気にする必要なんてない。

そんなことを思う価値なんて実際にはないのだから。

君も錬金術師を目指すのならばもっと合理的になるべきだ、使えるものは使う、可能性があるならその可能性は試さなくてはならない。

命に価値はなくとも意味はある。

世界の理、とも呼べる意味がね。

ならば、その意味を見つけること。

それが知識の追求者である錬金術師の命題なのだよユーリック。

君が錬金術師を名乗るならば、この言葉を忘れてはいけない。




授業の課題として小動物を使った合成獣の錬成。

ユーリックがその課題を嫌がっていた時に彼はそう言った。





結局のところユーリックは聖人でもなんでもない。

今はエルリック兄弟が何かに巻き込まれていないか、それだけが心配だった。

知らない人の永遠の死よりも、知っている人間の今の心配。

人の死は痛ましい、同情もする、悲しいとも思っている。

でも、ユーリックにはキノック・ロウランという人物の死を悲しむことができなかった。

キノック・ロウランという軍人の亡骸はこの後軍が回収するだろう。

そして彼の同僚が彼の死を悲しみ、その後、彼の亡骸を引き取った彼の家族が彼の死を悲しむだろう。

恋人や友人が居れば、さらに悲しみは広がり続けるだろう。


結局のところ、ユーリックはただ彼を看取った人間だ。

残酷だが、ただそれだけだ。

所詮ユーリック・バートンはそんな人間であり、それ以上の人間ではない。

人間一人の死は悲しめるが、人物として彼をしらないユーリックにそれ以上の悲しみははない。

「でも……」

ユーリックは残った傘を持ち、雨に濡れながら死んだ人間を見ていた。

突然、どこかで何かが崩れるような音が鳴った。

多分、その音の方向に兄弟達はいる。

そしてキノック・ロウランを殺した人間も。

なんとなく、そんな確信がユーリックにはあった。

「価値や意味なんて私には関係ないし興味なんてない………私が望むのは」

ユーリックに眼はどこまでも真っ直に、音の方向だけを見ていた。

ユーリック自身向かった先で何かができるとは思わない。


しかし

ユーリックの靴の裏には確かに錬成陣が存在している。

ならば

「錬金術師として錬金術師の力で何かできることをする、自分が後悔しないように………ただそれだけだ」


妙薬の錬金術は胸に宿る怒りと意志を感じながら、雨の中、まだ痛む足を気にせず走り出した。















あとがき

二巻でスカーに瞬殺されたあの軍人さんを書きたくて今回話に出しました。
漫画読んでて、全く彼の死亡についての話がなかったので、ちょっとこれはヒューズさんよりもある意味で可哀想だろ、ということで




次回は【妙薬の錬金術師】と傷の男の闘いです。


ではまた。



[11215] 7話 下編
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/09/26 17:32
七話下




傷の男は国家錬金術師を今一人、神の御許に送る準備が出来ていた。

最初は雨の中逃走していた国家錬金術師とその弟だが、傷の男にとって彼等は数日前に出会った【妙薬の錬金術師】よりも手ごわい存在だった。

しかし、それはあくまで逃げに徹していた場合であり。

彼等が錬金術を傷の男を打ち倒す為ではなく、自らが逃げる為に使っていた場合だ。
もし彼等が冷静になり、逃げる為に国家錬金術師の能力を最大限に発揮し、錬金術を使っていたならば
遠距離の攻撃の業を基本的に所持していない傷の男から二人は簡単に逃げ遂せただろうに。

だが、錬金術を戦闘の業として極めた国家錬金術師と正面から闘って大きな傷を負わずに殺害する程の戦闘能力を持つ傷の男に対し
ただ闇雲に彼自身の得意とする格闘戦を挑んできた錬金術師など取るに足らない存在だった。

傷の男はまず全身鎧姿である鋼の錬金術師の弟、アルフォンス・エルリックは最初の一合で既に傷の男の物体の構成を完全に破壊した。
防ぎようの無い『分解』の一撃により無力化をしていた。まさに、鎧袖一触とはこのことだ。


この場合、傷の男が鎧袖だったわけだが。

次に両の手を合わせることで輪を作り自らを錬成陣とする、錬金術師でも特に珍しい錬成の技を使う少年、エドワード・エルリック。

傷の男は彼のオートメイルの片手を『分解』することにより無力化を計った。

こうして傷の男は鋼の錬金術師達を追い詰めた。

自分が想像しなかった未来を突然目の前に突きつけられ、抗うこともなくただ項垂れる鋼の錬金術師。


「神に祈る間をやろう………」

傷の男は力なく地面に座る少年に宣言した。

傷の男にとってこの瞬間こそが何よりも変えられない充足感の時。

それはとても空虚で乾いた充足感だが、神の代行者こそが傷の男にとっての存在意義なのであり、彼にはそれ以外の存在意義を持たないのだから。

人はどんな死の場面でも二つの選択枝が存在する。

その死に抗い闘うか、それとも抗わず受け入れるか。

鋼の錬金術師はその選択枝さえも放棄し、地面に座り込んで俯き、ただ呆然とするのみ。

故に傷の男は少年に死を受け入れる時を渡した。

ユーリックが称したように彼はまさに鬼。

復讐の鬼である。

結局の所、少年がどんな選択をしようと、傷の男は少年を殺すだろう。

国家錬金術師ならば老若男女、彼は容赦しない。

「あいにくだけど、祈りたい神サマがいないんでね、あんたが狙ってるのはオレだけか?弟……アルも殺す気か?」

雨に濡れ、顔を俯かせたままエドワード・エルリックはそう、言う。

傷の男にとってその姿は神に祈るかのような姿に見えた。

「邪魔するものは排除するが今、用があるのは鋼の錬金術師…貴様だけだ」

「そうか、なら約束しろ…弟には手をださないと」

エドワードの声音には恐れも怯えもなく、ただ兄として弟を案じる感情しか含まれて居なかった。

「約束は守ろう」

国家錬金術師ではなくただ弟を案ずる兄の姿、今まで殺してきた錬金術師とは違う、家族を案じる人としての姿に傷の男は少年以外は殺さないと誓った。

もし、エドワードが自分だけを生かそうと命乞いをしていたならば傷の男は容赦なく弟も神の御許に立たせただろう。

傷の男はゆっくりと掌を鋼の錬金術師の頭に近づけていく。

その間、弟のアルフォンスは必死に叫ぶ、兄に死ぬな、と抗えと。

近づく傷の男の掌、それは確実に人を致死させる人体破壊の力を宿らせた右腕による死の一撃。

エドワードは全身が分解させられて死ぬだろう。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

アルは声帯を持たない存在。
アルは血印から声を出し、叫ぶ。
それはまさしく魂の慟哭だ。
しかし、エドワードは動かない。


あと数秒もなくエドワードは死ぬ。

その時





「ぐっ!?」

エドワードに向けた傷の男の手に裂傷が生まれた。

傷の男の手の甲を小さな銀色に輝くものが超高速で飛翔し、引き裂いたのだ。

傷の男はエドワードに向けた掌の甲の肉が引き裂かれ、ビリビリと衝撃を感じ思わず手を抑える。

「寝込んでいたせいか錬成に粗がありますね」

傷の男の手の甲を引き裂いた銀色の物体。
それは既に形を変えたが、キノック・ロウランという軍人のドッグタグの鎖を小さな弾丸にしたものだ。
まず二つの傘を錬成して簡単な砲身につくり変え、その砲身に錬成した弾丸を込めてから砲身内部に雨を分解し水を大量に錬成し、傷の男に向けて発射したのだ。
それは水を使った小型の大砲とでも言うだろう、超至近距離なら瞬間的に水だけでも鉄を裂くウォーターカッターにできるほどの圧力だ。
銀色の弾丸は男の手の甲を僅かに掠りどこかへ飛んで行ってしまったが、命中していたならば男の手を持って行っただろう破壊力を生み出した。



「四日ぶりですね……まぁ私にとっては一日程度しか経っていないんですけれども」

気づくとアルの隣にはライフルの銃身のような物を持っているユーリックが立っていた。


「妙薬の錬金術師っ!?」

「ユーリ!?」

「ユーリさん!?」


ユーリックの手に握られた砲身はまだ傷の男に向けられている。

「貴様…また出会えるとはな!!」

意に介さず、ただ殺意を持ってユーリックを睨む傷の男。

「ええ、出会いたくはなかったんですが、二人は友達ですので助けにきました、それと意趣返しです」


前回出会った以上の殺気が向けられるが
ユーリックは冷静に、まるで食事の時間を告げるような気軽さでそう、言う。

「貴様程度に何が出来る、ただ俺から逃げることしか出来なかった貴様が?」

傷の男は事実を告げる。

「そうですね、私は弱い」

事実だ。

ユーリックでは目の前の男には絶対に勝てない。

それでもユーリックは現状の劣勢をどう覆すかを思考する。


(走っている間に直りかけの足をまた少し捻った……速度が残念なほど下がってますね)

それに雨の中、体を冷やしたまま全力疾走するという無茶でユーリックの体はフラついていた。

体を三日間動かさず寝ていてすぐに激しい運動が出来る人間などまずいないのだ。

今のユーリックでは持って数秒だ、しかし前回の戦いの様に逃げる闘いは選択はできない。

まだ地面に座ったままで傷の男の目の前にいるエドワード。
自分の横にいる体が崩れたアルフォンス。
二人を守りながら逃がすなんて事はユーリックの能力では不可能。

本来なら先程の一撃で相手の動きを完全に奪う積もりだった。

エドワードを殺害する瞬間という
あれほど決定的な隙でさえ、男は危機に反応し回避していたのだ。



手に持った砲身で水を圧縮して打ち出すのは可能だが前回の銃撃の様に軌道を簡単に読まれ避けられ、すぐに接近され瞬殺されるだろう。

こんな怪物に再び出会う前に遠目で見た瞬間、逃げればよかったのだ。
たかが三日一緒に居た人間、人の一生の長い目で見ればその程度の出会いは数多くある。
カルネアデスの板のように人間は自分が助かるためならば他者を犠牲にしても良い。
残酷だが、それはしょうがないことだ。


しかしユーリックに二人を置いて逃げるという選択枝はない。

命は大切だが、命が一番大切なモノではないのだ。

ユーリックはこの少年達を気に入っている。

もっとこれから仲良くなっていきたい新しい友人なのだ。

見捨てればこの先ユーリックという人間は命があっても幸せに生きれなくなる、間違いなく。


だから二人を助ける。

それは自分に何故手がついてるのだろう、と疑問を人が抱かないようにユーリックにとってそれは当然のこと。

「今度は戦いたいと思います、貴方と」

覚悟も気負いもなくただ当たり前にユーリックは宣言した、相手を打ち倒す闘いをすると。

自分が望む幸せを勝ち取る為に闘うと。

「ふん、手間が省けたというまでだ……そうだな、まず貴様から殺す」

傷の男は右手から血液を零しながら両手を構えユーリックを見る
どうやら本当に掠っただけのようだ。
降り注ぐ雨に混ざり落ちる血の量は少ない。

ユーリックは言葉もなく絶望的な勝算の中、冷静に傷の男を見ていた。
心さえ折れなければ敗北はない、と信じ次の策を見つける。

今、男の殺意は自分だけに向いていた。

ユーリックはそれに気がつき、この男の標的が今は自分だけに映ったことに胸の内で喜んだ。

自分が生き残る策はない。

ユーリックが持つ二つの錬成陣は可能とするアクションは多いが決定的な隙が多いのだ。

理解、分解、再構築が錬成の大まかな流れ。
エドワード・エルリックの様な錬成術は特別であり
戦闘専門の錬金術師は誰もが戦闘に最も最適なモノを考え研究し、個人個々独自の錬成陣を使用している。

ユーリックの錬成陣は戦闘用ではないので目の前の男のような怪物と闘うには脆弱だ。

しかし二人を助けることができる希望は残っている。

ユーリックが持つ抽出を特化した錬成陣が可能とするものがある。
自分の命を賭ければ目の前の男と相打ちぐらい簡単にできるほどのもの。
だが今此処で行なえば間違いなく兄弟に被害が及ぶ。
故にまず二人が居ない場所に男を誘導する、そう思考する。

ユーリック砲身を持つ両手に力を込め、ユーリックは足の裏に存在する錬成陣を意識し始める。

「ユーリ無理だ!逃げろ!!」

「ユーリさん逃げて!!」

思わぬ事態に混乱していた兄弟達は我に返り、ユーリックの身を案じて叫ぶ。
そんな二人の様子をみてユーリックは微笑んだ、錬成の構成を練るのも忘れて。
ユーリックはこの兄弟が本当に良い子供達だ、そう思って笑った。


そして気づいた、私の役目は終わった、と。

「エド君、アル君、もう大丈夫みたいですよ?」

銃声が鳴った。














「そこまでだ」

焔の大佐が率いる軍人達が駆けつけてきてくれた。
今の銃声は大佐が虚空に放った威嚇射撃。
そして、リザホークアイ中尉やその他の軍人達の銃の銃口が傷の男に向けられている。
多分、傷の男が動いたら軍人達の傷の男に向けての斉発射が始まるだろう。
難を逃れたと、安心しているとユーリックは唐突に察知した。

丁度、傷の男とユーリックの射線が重なっていたことに。

それに気づいたのか大佐の傍に控えるホークアイ中尉がこっそりと目配せして来た。

(射線が危ないです)

(了解です)

傷の男の意識が軍人達に向けられている間にユーリックは横にずれ身を低くした。

「ユーリさん?」

ユーリックの不思議な行動に緊迫した気持ちも忘れ疑問符を出すアルフォンス。

「しー」

ユーリックはしゃがんで口元に指を当てて言う。

その間に大佐殿が話し始める。


「危ないところだったな鋼のと妙薬殿」

(まだ危ないまんまです)

まだ三人とも誰も助かっていない。

傷の男の人外的な速度ならば近くにいるエドワードを殺して逃げることも可能なのだ。

「その男は一連の国家錬金術師殺しの容疑者…」

タッカー氏の殺害やらなんやらを悠長に大佐殿が喋り始めている間にユーリックはどうするかを思考する。

無事にこの危険から脱出する方法を。

ある意味幸運なことに

何故か会話が変な方向にシフトし「君たちは手を出すな」などと大佐殿が個人で男を倒すという方向になってしまい大佐が手袋を嵌め錬成陣を傷の男に向け、それに傷の男が向かって走っている、という展開になった。

「え?」

ユーリックは一瞬呆然とした。

せっかく自分の周囲には弱っている人間が居るのに、あえて新しい国家錬金術師に挑む傷の男。

せっかくみんなが銃を向け、確実に狙い撃ちが出来る状態で決闘を始めようとする大佐。

なにかおかしいと思った。

でも気づく

此処で、私が後ろから男に攻撃すれば倒せると。

自分が華麗にスルーされているような気がしてならなかったが
立ち上がり、傷の男の背中に砲身を向け大佐殿の攻撃に合わせようと思ったが
どうやら雨の中では大佐は自慢の焔が使えなかったらしくホークアイ中尉の助けで地面にすっころび、生命の危機から脱した。
傷の男はホークアイ中尉の銃撃に晒され回避行動を行い兄弟やユーリックの周囲から離れた。
ユーリックはそのあんまりな光景に攻撃のタイミングを失った。

「いきなり何をするんだ君は!!」

「雨の日は無能なんだから下がっててください大佐!」

ホークアイ中尉の言葉にショックを受ける大佐。

しかしお陰で駆けつけた軍人達にユーリック達三人は助けられた。

「わざわざ出向いてきた上に焔が出せないとは好都合この上ない、国家錬金術師!そして我が使命を邪魔する者!この場の全員滅ぼす!」

この場にいる者を殺す、と叫ぶ傷の男。

傷の男の殺意が全員に降り注ぐ。
現在、続々と軍人達が集まって男を包囲し始めている。
その中、全員を殺す、という無茶な発言。

男はそれを大げさな表現ではなく疑いない事実と言っていることがまさしく脅威。

恐ろしい。

そんな簡単に大勢の人間を殺すと宣言できる男が恐ろしい。

ユーリックは傷の男に多大な脅威を感じ身を震わせた。
誰もが犠牲なくして傷の男に勝利できないと感じただろう。

しかし

「やってみるが良い」

傷の男に向けて巨大なハンマーのような物が奇襲する。
それは人間の拳だった、それも常人では不可能な膂力の一撃。
傷の男が背にしていた建物の一部が崩れ落ちていく。



「ふぅーむ、我輩の一撃をかわすとはやりおるやりおる……国家に仇なす不届きものよ、そして我輩の婚約者を狙う下賎な者め……この我輩が貴様を叩いて砕く!我輩、アレックス・ルイ・アームストロングがやらなければ誰がやる!豪腕の錬金術師参上!!」

それを為したのは巨漢。

そう

ユーリックのフィアンセだ。

彼が助けに来た。

「アレックス様!?」

ユーリックは思わず叫ぶ、希望に満ちた声だった。
そう、傷の男のように極まった存在を個人で打ち倒せるのは同じく極まった存在でなければ不可能。

ならばユーリックの婚約者ほど条件に合う人間は今この場には居ない。

「ユーリック殿、我輩が戦いますので安全な場所へ」

ユーリックは婚約者を援護しようと思ったが釘を刺されてしまった。

そして傷の男と豪腕の錬金術師の超常的な戦闘は始まり、彼等以外の者達は置き去りにされた。

一瞬の隙が死を生み出す戦いの舞台上。

誰も援護もできずにただ闘いを眺めることしか出来ない。


極まった人間同士の戦闘に介入できる人間はいないのだ。



ユーリックは婚約者が奮闘している間に軍人達に連れられ安全な場所に移動した。
そしてこんな場面でまだ落ち込んでいる大佐に近づき

「格好つけるのやめればいいんじゃないでしょうか」

つい、止めを刺した。

大佐殿は雨の日は駄目だ、そう思いながら。















あとがき

まだ二巻……。
かなり間が空きました。
これから少し忙しくなるので更新が滞ると思います。

今回のユーリックはまた脇役です。
次回は実家編で、主人公として活躍させたいと思います。

では



[11215] 8話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:773b071f
Date: 2009/10/02 00:30
ジャン・ハボックは叫んだ。

「あ…野郎地下水道に!!」

アームストロング少佐と傷の男の熾烈な争いはホークアイ中尉の援護により終止符が打たれた。

格闘戦で決定的な瞬間にアームストロング少佐は相手から下がり、ライフルを構えたホークアイ中尉に援護させたのだ。

中尉に精密射撃をされ、それでも決定的な隙でスカーは銃撃を回避した。

そして額に軽傷を負ったスカーは自分の足元を分解し、地面に穴を開け、地下水道への脱出を図った。



「本当にバケモノですね……あれで避けるとか」

その一連の動きを遠くから見ていたユーリックは自分の無謀さを思い知り、鳥肌を立てた。


「でもよかった」

それでも婚約者の無事にユーリックは安堵の息を吐き、まずは被害者の兄弟二人のところへ向かおう、そう考えた。

「その前に……あの」

自分についてくれている、そして濡れた自分に軍服を貸してくれた軍人に話しかける。

「どうしました?……妙薬の錬金術師殿」

「えっと、軍服ありがとうございます…あとこれ」

ユーリックはズボンのポケットに仕舞われたキノック・ロウランという軍人のドッグダグを取り出して軍人の手の平に乗せる。

「これは…?」

突然手の平に乗せられた物に困惑する若い黒髪の軍人、ユーリックが纏う軍服から階級は一等兵とわかる。

「私が彼を見つけたときにはもう亡くなっていました…あの男、スカーによって殺されたと思われる軍人の物です」

「キノック・ロウラン………」

「貴方の階級と同じだったので、もしかしたら同僚かもしれないと思ったので渡しました」

「キノックは、自分の同僚でした……」

「なら、貴方にそれを託します」

ユーリックはただ冷淡に告げる。
軍人は渡されたドッグタグを見て、ただその事実を静かに実感する若き軍人。
唐突な仲間の死を事実として受け止めているが、彼の声は震えている。

「そうですか……………死んだのか、あいつ」

「大通りの時計台付近で亡くなっていました……」

「………」

「貴方に頼みたいことがあるのですが」

そういって、軍人にもう一つの物を手に取らせる。

「これは……?」

一発の銀色の弾丸。
雨に濡れながらもそのメタリックで硬質な輝きは損なわれない。
銀色の弾丸は魔物のような男から二人の少年を救う力となった。


「私が先程の捕り物が始まる前にスカーを傷つけた弾丸と同じものです、証拠品や参考の品にはなりませんが…それは殺された彼のドッグタグの鎖で私が錬金術で作った物です、軍部に提出してください」


「…………」

「それで二人の子供の命が救えました…死んだ彼の手には銃が握られていました――――だから私が代わりにそれで撃ちました」

彼の死は無駄ではない、ユーリックは言う。

それはユーリックの自己満足で自分勝手で最悪な――――独善的な行為。

いまの言葉はまるで死者の意を汲み取ったかのような、とても勝手な発言だった。

ユーリックはそれでも言った。

キノック・ロウランは軍人として最後まで戦った、と。



「………そうですか」

銃弾を握りこんで、亡羊と返事をする軍人。

一瞬、ユーリックを見る軍人の視線がどこかユーリックを責めるような物に感じた。

お前に何がわかるのか、決め付けるな、と言う様な軽蔑の視線。

その感覚は多分、その通りだ。
ユーリックは何もわからない、ただの知ったかぶり、そしてどこまでも残酷で―――軽蔑される人間だ。
キノック・ロウランという人間が死んでいたのを見つけて「人が死んでいる」、という大きな喪失を見て一滴の涙も流せなかった人間だ。

「……すみませんが、私事件の被害者である二人が心配なので向かいます、あとこれお返しします」

ユーリックは借りていた軍服を脱ぎ、それを軍人に押し付けるように返し、歩き始めた。
追わずにそして何も言わずにただ、その背中を眺める軍人の視線がユーリックの心の痛みになった。

視界映る、降り注ぐ雨を見て

「これでいい」

ユーリックは自分に言い聞かせるように雨に濡れ冷えてきた体に鞭を打ち、歩む足を早くして兄弟の下に急いだ。

ユーリックの瞳には雨は流れていなかった。

ユーリックはいつも人の死に触れるたびに心が擦り切れていくのを感じている。


それでもなお、ユーリック・バートンは『幸せ』と言う自分の定義で作った箱庭の中でこれからものうのうと生きていく。












8話



「でも生きてる」

「うん、生きてる」

兄弟は二人で微笑み合う。
生きるというのあらゆる苦難や試練を乗り越えると言う事だ、降りかかる生きるという行為の最大の障害である
ならば、死という災難を乗り越えたならば、それは一つの達成感。
躓いても、生きていればまた立ち上がれるのだから、それだけでも生きていることは嬉しいのだ。


だから二人は笑う。

「生きていますね……私も、貴方達もまだ、生きています」

二人の傍にいるホークアイ中尉に挨拶をしてからユーリックは彼等に声を掛ける。

「ユーリ?」

「ユーリさん?」

「二人とも大丈夫でしたか?」

「なんとかね…でもあの時は助かったよユーリ」

「ありがとうユーリさん」

「どういたしまして、お二人方」

ユーリックは微笑む、影のない微笑みで…先程の感傷などないかのように。

「でもなぁ、あんなヤツに立ち向かうなんて無謀だぜユーリ」

エドワードは自分の無謀さを隅においてユーリックにそう、言う。

「そうそう、僕達で歯が立たなかったんだから本当に危なかったよ、ユーリさん」

「そうですね危なかったですね………また彼に出会わないことを祈りましょう」

「そうだよなぁ」

「本当、僕なんかこんな風にされちゃったし」

おどけるようにアルは残った腕を上げる。

「あ、やべぇ」

アルの崩れた体を見て
エドワードはユーリックに自分達の隠していた秘密がばれてしまい焦りそうになる。

「大丈夫だよ兄さん、ユーリさんは僕達のこと知ってるから」

「………アル君から聞かされました」

「そっか」

どうせ、もう色んな人間に見られている。
別に身も知らない他人に知られ何を言われたって、もう気にしない。
ユーリックのような真っ当な人間に知られ、少し後ろめたさを覚えたがエドはそれでもいいか、と思い軽く相槌をうった。

「ええ、とりあえず二人が無事で良かったです…ってアル君大丈夫なんですか?」

ユーリックはアルの損壊した体を見て、心配して聞く。

ユーリックの視点ではどうみても大丈夫には見えない。

「大丈夫だよユーリさん」

普通の声でアルはそう言うが

何が大丈夫なのかわからなくなり複雑な表情になってしまうユーリック。

だがそれでも、二人が大丈夫と言っているなら大丈夫なのだろう、と安心する。

「良かった………あ、そうだエド君、アル君」

「なんだ?」

「今度は三人で美味しい物食べましょう?」

「三人で……ああ!」

「うん!」

「では貴方達は彼等に司令部に連れてって貰いましょう?…私はこれから私の婚約者の健闘を称えに行きますから、残念ながら付いてはいけませんが」

エドとアルの元に向かう軍人達を見てユーリックは二人に告げる。

「ああ……って婚約者?」

エドはユーリックの言葉の中に腑に落ちない単語が聞こえて思わず聞き返す。

「はい、私の婚約者のアレックス様のところへ」

「アレックス様?」

「アームストロング少佐です、ほらさっきスカーと闘った」

ユーリックは軽く事実を告げる。
とても自然な返答だった。

「へぇ…そうなんだ」

あまりに自然な回答だったためアルも軽く相槌を打ってしまう。

「そうなんです、私は彼の所にいかなくてはならないので、ではまたあとで会いましょう」

ユーリックは二人に背を向け、まるで爆心地のような穴が開いた場所の付近に立っている男の下に向かった。


「じゃあねユーリさん……って!?」

「じゃあなユーリ…………って!?」

「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」

二人の大絶叫。

アルの体がまた崩れ、エドワードのオートメイルのパーツが飛び散る、それでも彼等は叫ぶのをやめない。

その叫びで二人を運ぼうとする軍人達は混乱していた。

ユーリックは背後の混乱模様に苦笑し、そのまま振り向かず歩いた。

















ユーリックが彼がいる場所に向かっていると婚約者が駆けつけてくるのが見えた

「ユーリック殿!お怪我は!?」

ユーリックという守るべき女性が視界に映った瞬間、アレックスは軍務さえも投げ出し、飛び出すように彼女の傍に駆け寄ったのだ。

「貴方のお陰で助かりました、アレックス様………貴方こそお怪我は?」

アレックスがユーリックの元に辿り着くとユーリックは真摯な表情でアレックスに礼を言う。

「この我輩、あの程度の戦いで怪我をするほど柔ではありませんよ、それよりも貴女の危機が訪れる前に駆けつけられなかった我輩の事を許してくだされ」

「貴女のせいじゃないです…ほら私、元気ですよ」

ユーリック自身の意思で危険の中に飛び込んだのだ、彼に悪いところは何一つない。
両手を広げ、自分の無事な体を見てください、心配しないでください、とユーリックは笑う。


「それは良かった……だがその濡れた体では風邪を引きますぞ、部下に言って何か着る物を用意させます」

「あ……すみません、お願いします」

ユーリックは自分の体を見下ろして、思わず先程借りた軍服を返却したがやはり、昨日まで寝込んでいたのに
ズブ濡れのままだと風を引きそうだ、手を広げたまま苦笑する。

「うむ…………」

「どこか顔が強張ってますが、お疲れですか?」

「そんなことは」

普段から強張っている顔を強張らせそして、どこか目が泳いでいるアームストロング。
ユーリックは雨に濡れていてTシャツが水で透け、張り付き、体のラインがはっきりと映っている。
彼女は普段だらしないが食生活だけは健康的でそのせいかスタイルが良く、胸は結構豊満。

その胸のブラジャーも透けて、見えてしまっている。

なにがとは言わない。

だがいうなれば

所謂、スケスケである。


アームストロングは紳士だ、いくら婚約者といっても嫁入り前の女性。
彼が彼女の艶姿をまじまじと見ることなど在り得ない。
故に目の置き場に困り、悩む一人の男がそこに居た。

「そうですか?……私は疲れているように見えるのですけど…あ、そうだ!数日中に機会があれば、精がつく料理を御作りしますよアレックス様」

ユーリックが良いことを思いついた、と微笑む。

「ユーリック殿のお料理ですか、それは大変楽しみですな」

アームストロングは頭を掻きながら笑みを浮かべる。
そして眼を閉じ、恥ずかしそうにすることで、ユーリックの体を視界に入れないようにする。

「好きな物とかありますか?言ってくれれば何でも御作りしますよ」

「では前、食べさせて戴いた牛ステーキなどがいいですな」

眼を瞑ったまま自分が食べたい物を言葉にする。

ユーリックの手料理は数度味わったことがあるがどれもとても美味しい。
一番美味しかったのはステーキだった。
あんな柔らかい肉は今までユーリックが作ったステーキ以外お目にかかったことがない。





基本的にユーリックの前世で言う西洋に属するアメストリスには霜降り肉の牛を育てる発想がまだない。
ユーリックはこのアメストリスで食べる肉は赤みが多く堅い肉が多く、蛋白すぎることに少し腹立ちを覚え。
赤みが多い肉とよく食べられずに捨てられる牛脂を錬成し組み合わせて霜降り肉を作ることを思いついたのだ。
結果、松坂牛並とは言えないが、かなり柔らかい肉を作り出した。

アームストロングに食べさせたステーキはその試作品だった。


「そうですかなら手によりをかけて御作りします……楽しみにしていてくださいね?」

上手く再構成で霜を降らせるのは難しいけど頑張ろう。

ついでにアメストリスでは食べられないで捨てられる、鳥の軟骨の焼き鳥とかぽんぽちとか食べさせてみようかな、などユーリックは考え始める。

名門アームストロング家の息子だけあって彼は舌が肥えていて、彼のユーリックが作った料理への感想はとても役に立つ。

あと醤油の照り焼きとかホルモンもいいなぁ……エド君にも食べさせてみよう、とユーリックは先程まであった心の陰りが消える程、心が躍るのを感じた。

「はい楽しみにしておきますぞ」

そして気づく、自分の婚約者の様子がおかしい。
なんかずっと眼を瞑っている。

「………本当に疲れてはいないんですか?」

「大丈夫ですぞ?」

「なんかさっきから眼を閉じっぱなしですけど大丈夫ですか?……もしかしてさっきの闘いでなにかの破片とかが入ったりしてません?
なんか眼の動きがおかしかったですし――――ちょっと眼を開けてもらえませんか?」

ユーリックはアームストロングとの距離を詰め、彼の顔に手を伸ばす。

「だ、大丈夫です」

眼を瞑ったまま、アームストロングは彼女の接近を覚り、身を引く。

「それは私をはっきりと見て言って欲しいですね、ほら眼を開けてください」

アームストロングが自分を心配させないために怪我を隠している、と勘違いしたユーリックはさらに抱き合うかのように見えるほどに肉薄していく。

「むむ…」

逃げれない、そう悟ったアームストロングは
身長差で手が届かずそれでも一生懸命に胸元辺りまで触れてくるユーリックの柔らかい女性の手の形を感じながら
ただ、眼を閉じ続ける。

「嘘ですね、心臓の動機が激しいですよ?…私は軍人の娘にして錬金術師、人の心臓鼓動で異常か正常かぐらいの判断はできるんですよ?」

アームスロングの胸に触れて動機がおかしいのを感じたユーリック。

「いえいえ大丈夫ですからユーリック殿」

アームストロングの大丈夫、という言葉は聞こえているが
それでもユーリックは自分と交流のある誰かが怪我をしているかもしれないのがたまらなく嫌でしょうがないので
アレックスの眼を見るために正面からよじ登って直接彼の眼を開いて怪我の有無を確認することを決意した。

アームストロングは雨で濡れたユーリックの体が自分の体の正面にしな垂れかかるのを感じた。

「ユユユッユーリック殿!!我輩は本当に大丈夫で、でででですから!」

密着した女性の柔らかい二つの丘の感触と女性の体温に何も出来ず岩のように硬直し、アームストロングはただ自分は大丈夫だと声を張り上げる。

「なら私を見てくださいアレックス様!」

ユーリックは業を煮やして体を密着させアームストングの体をよじ登っていく。
半端に男と女の意識を彷徨ってる彼女はどこまでも無防備だった。
よじ登っているユーリックの胸はアームストロングの堅い筋肉とぶつかりこすれ、くにょんくにょんと弾力性と柔らかさを主張していた。

アームストロングは自ら作り出した暗闇の中、胸の内で悲鳴を上げた。











「ところでなんだ、あの空間は………ってあれは少佐と妙薬の錬金術師の嬢ちゃんじゃねえか?」

部下達に指示を出していたヒューズ中佐はアームストロングにしな垂れかかってる様に見える女性とそれを振りほどけずただ硬直する少佐を眼にして

口からメイプルシロップが出そうな甘い嘔吐感を感じながらも疑問の声を吐き出す。

「妙薬殿と少佐は婚約者らしいぞ……?」

その言葉に補足を入れる焔の大佐、ロイ・マスタング彼の声は何処か沈んでいた。

「少佐の婚約者!?マジかソレ!?……ってしかも嬢ちゃんと!?」

「ふむ、そうだ…政略結婚と聞いていたが………ふむ、杞憂かね」

ユーリックが結婚を嫌がっているのをなんとなく解っていたロイは
少佐の自身の事が嫌いで結婚を嫌がってるのではないことが解り、安堵の言葉を吐くが、やはり声は沈んでいる。

どうやら彼は『無能』という一言とユーリックの止めの言葉にまだ少し落ち込んでいるらしい。

「そうなんですよー大佐殿、中佐殿、あの二人イイ感じですよね………って離れろ、ユーリから離れろ」

パトリシアは奥歯をかみ締め、低い声をだす。
彼女の隔たりがある視覚情報ではアームストロングがユーリックに抱きついているように見えているのだ。

「パトリシア中尉、いつ此処へ?」

腰に掛かった鉈を抜きたくてしょうがなさそうに両手が腰を彷徨っているパトリシアがいつのまに傍にいることに気がついた大佐は内心、彼女から発生する殺気に少しビビリながら声を掛ける。

「東方司令部に戻ったらユーリがいなかったので………探していたらこの騒動ですよ」

「おいロイ………彼女はお前の部下か?」

恐ろしい殺気を軽くスルーしてロイに彼女は誰かと聞くヒューズ。

「彼女は妙薬殿の護衛だよ、あのヴォルフガンク少将の肝いりのね」

「へぇ、あの少将の?」

「ああ」

「へぇ、優秀なんだな中尉、俺の部下にならねぇか?……人手不足なんだよなぁ中央は」

「いえそんなことないですよ、少将のご子息達に比べれば私はそこまで大したことは………それに私のユーリの護衛という重要職があるので
中央勤務は残念ながら、お断りさせて頂きます、すいませんね中佐殿」

「まぁ言ってみただけだから畏まんなくていいぜ中尉」

「そうですか、ですが余程人手が足りないのであれば私が少将に伝えてみましょうか?……こちらとしても軍人とは何かを中央で学ばせたい部下が数人いるので」

パトリシアは戦争が大好きでたまらない部下達を思い出しながら言う。

「お、まじか?」

「ヒューズ…」

それは迷惑だぞ、とヒューズを止めるロイ。

「いや言ってみただけだぜ?」

「本当にか?……まぁ、バートン派と言わずあの少将の三人の息子と妙薬殿、かなり有能な子息達の誰か一人部下に欲しいよ」

バートン派を取り込めれば自分の出世の躍進に繋がる、と考える大佐。
流石にそれはパトリシアの前では口にしない。

「部下っつうよりライバルなんじゃねぇのかロイ?」

「本来ならな…だが」

「ええ……本来ならば、ユーリが彼と婚約する必要もなかったのですが」

「バートンの派閥は出世は無し、か」

「会戦原因の穏健派将官か……」

十三年前の内乱勃発の会戦原因はあるイシュヴァールとアメストリスとの政策に対して穏健派であった一人の将校が子供を誤まって銃殺したことから始まった。

「ええ、まぁ私もバートン派なんですが…そうですねぇ、私はまだ内乱会戦時は軍にいなかったのでよくわかりませんが
バートン家は内乱前は穏健派よりの中立派でしたから………いまでは」

穏健派は著しく軍の派閥内での発言力を失い、過激派が権力を握った。
同じくあの時、中立派の代表的派閥であった穏健派擁護のヴォルフガング少将の信望者の集まり、所謂バートン派も軍内部での発言力を失った。

そのことを苦々しくパトリシアは言う。


「いいのか中尉、そんなこと話しちまって」

「いえ、大佐殿がよく知っているように、どうせ軍内部では有名ですしね。
それに少将はむしろ国境の戦場でいつも軍人として充実している、と喜んでいますから。故に少将を信望する私達バートン派全員の総意は軍人として少将の下で闘うことが出来れば別にそれで良いって感じですよ」

「優秀なんだがなぁバートン派」

「優秀なのだがな、気質なのか皆、出世に興味がない人間が多いらしいな」

「そうそう、出世とは無縁なんですよねぇ、あれさえなきゃユーリは…………まぁ、お話はコレくらいで、大佐殿の補佐の方がこちらを睨んでいるので
また機会があればということでよろしいですか?、私はユーリの安否の確認とそのついでにあの初々しい空気を引き裂きに行きたいと思うので」

「有意義な話だったよ、中尉」

「おお、これからがんばれよ」

ヒューズはパトリシアの肩をポン、と叩き

無駄話を興じている二人に青筋を立てるホークアイ中尉。

その様子に冷や汗を掻きながら、二人は仕事に取り掛かかりに行く。













間抜けな攻防戦を続けていたアームストロングとユーリック。
突然現れたパトリシア介入によってその闘いは集結し、ことなきを得た。
結局アームストロングに怪我はなく、ユーリックは大変恥ずかしい思いをした。
周囲の事を考えて行動しなかったため、気づくと視線が生温かったのだ。
部屋の隅の方に座り、ユーリックは今日この一日の事は忘れたい、と思いながら毛布に包まりながら手にしていた暖かいコーヒーを啜る。


今此処は司令部の一室。
エルリック兄弟やヒューズ中佐やアームストロング少佐など一定の階級の者のみを集め、焔の大佐殿は自分の特等席に座り、あのイシュヴァールの内乱の話などをしている。

どうやら13年前から現在までの件を兄弟に説明しているようだ。


「国家錬金術師を投入してのイシュヴァール殲滅戦、戦場での実用性を試す意味合いもあったのだろう…多くの術師が人間兵器として借り出されたよ」

大佐はそう言い、一泊置き。

「私もその一人だ…そしてそこにいる妙薬殿も」

「そうですね……まぁ私は後方勤務でしたけどね…それでも人を殺すことに加担していました」

エドとアルの視線がユーリックに集まるがユーリックは軽く言う。
だがユーリックは心の中で自分の穢れを感じ、胸に痛みを覚えた。

「だからイシュヴァールの生残りであるあの男の復讐には正当性がある」

大佐はそう、言う。

ユーリックは確かに正当性があることは理解しているが、納得はしていない。


復讐とは自らの願望――――恨みや憎しみで人を殺す。

もし、ユーリック自身も大切な人が殺されたならば、殺した相手に復讐をするかもしれない。

だけど、それでもユーリックは自分の復讐で人を殺すことを納得したくない、そう思った。

ただ、ユーリック自身が復讐に駆り立てられるような事態に巻き込まれたことがないだけかもしれない。

それでも、人を殺してまで叶える価値のある願いなどあるのだろうか?

そんなものはない、とユーリックは信じたい。

たとえ仇討ちだろうとなんだろうと、人を殺してまで叶える願いはとても傲慢で、とても卑しく――――そして心の弱い願いだと思う。

心が弱いから人を殺して叶える願いに縋り付くのだろう。

本当に強ければ願いなど叶えずとも強く生きていける。

誰も殺さず願いを叶える事だってできる。

心が弱いから、傷の男のようになんの罪もない人間を復讐に巻き込んで殺してしまう。

心が弱いから人を殺してまで願いを叶えようとするのだ。


そうは信じているが

それでも世界は簡単にできていない、どんな人間でもまっすぐに人は生きていけないものだ。

だって世界は直線ではなく曲線で出来ているのだから。

どんな人間だって憎しみの潮流に巻き込まれれば罪を犯す。

それでも信じたい、そうユーリックは思った。

人は強く生きていけると。

穢れても心が強くあれば幸せになれると。


そう思っていると、ユーリックの思いを代弁するかのような声が聞こえた。


「くだらねえ……関係ない人間も巻き込む復讐に正当性も糞もあるかよ、醜い復讐心を「神の代行人」ってオブラートに包んで崇高ぶってるだけだ」

エドワードは本気でそう、言いきった。

こういう心の芯の強い人間の物事に立ち向かう姿勢を眼にすると、ドキドキする。
ユーリックはエドワードという少年の秘めた強さに思わず口元が緩むのを感じた。



そしてヒューズ中佐は言う。

「だがな、錬金術を忌み嫌う者がその錬金術に錬金術をもって復讐しようってんだ、なりふりかまわん人間てのは一番やっかいで―――怖ぇぞ」

「ええ、私も傷の男に襲われましたが――――あれは怖かった……だけど」

司令部に向かう途中にユーリックは四日前のことを思い出していたので大佐達に説明したが、その場にエドとアルはいなかったのでこの場で言う。

あの傷の男は恐ろしかった、と

だが

「なりふり構ってられないのはこっちも同じだ我々もまた死ぬ訳にはいかないからな」

そのユーリックの発言を引き継ぎ、大佐は言う。

「次に会った時は問答無用で――――潰す」


大佐のその一言で、この場に集まる人間全員、頷き、肯定するかのように瞳に強さを輝かせる。

そう、誰かの卑しく……そして傲慢で醜い願いなど、迎え撃ち潰す。

納得いかないのであれば闘えばいい――――それだけだ。

そして、自分が望む願いを貫けばいいのだ。

それも一つの強さだ。

「さて!こんな辛気臭ぇ話はこれで終わりだ」

ヒューズは自分の膝をパン、と叩き立ち上がり、心機一転させ

「エルリック兄弟はこれからどうする」

これからを進んでいく為に何をするかを決めるのだ。

「うん……アルの鎧を直してやりたいんだけどオレ、この腕じゃ術を使えないしなぁ…」

エドワードは頬を人差し指で掻き、そう言う。

「我輩が直してやろうか?」

アームストロングは全身の筋肉を盛り上げながらそう言うが

「遠慮します」

アルによってすっぱりと断られる。

「じゃあ、私がやりましょうか?」

アームストロングを傍目にユーリックはアル君程度の大きさなら鉱物系の錬成はできる、と手を上げる。

「いや、無理なんだ…アルの鎧と魂の定着方法を知ってんのオレだけだから…他の人間じゃ無理なんだ、だから腕を直さないと」

「そうよねぇ……錬金術の使えないエドワード君なんて…」

エドワードの言葉に頷きながらホークアイ中尉は言いよどむと

「ただの口の悪いガキっすね」

「くそ生意気な豆だ」

「無能だな無能」

「ごめん兄さんフォローできないよ」

その言葉に乱入していく人々。

ホークアイ中尉はうんうんと頷いており、だれもエドワードにフォローできない、そう思いかけた瞬間に。



「でも、私の料理を美味しいって一杯食べてくれる、いい子ですよ」

ユーリックがこの間の列車内のエドワードの食べっぷりを思い出して言う。

だが

「いい子って………なんのフォローになってねぇぞユーリ。あと、「でも」ってなんだ「でも」って……」

エドワードは思わぬ援護を受けるがエドワードを悪し様に言う人々の弾除けにもならないことに、がっくりときた。

「そうですか?美味しいって言われるだけで私は幸せになれます、だから――――エド君はとても良い子ですよ?」

ユーリックは年上ぶって、エドワードの頭を撫でる。
エドワードがユーリックの顔を良く見ると、ユーリックの表情に含み笑いがあることに気づく。

エドワードは味方はいない、皆自分からかっていることに気がつき

「お前もかユーリ…はぁ、しょーがない…………うちの整備師の所に言ってくるか」

溜息を吐いてからこの先のことを考える。

そうして、エドワードの次へ進む道先が決まる。
ユーリックはエドワードの金色の頭を撫でながら笑う。

そして








「私も――――「駄目です」」

オートメイルに興味あるし、ついていこうかな?



言いかける前に否定された。

否定したのは、さきほどから黙っていたパトリシアだ。

パトリシアの表情は笑っているけど眼が笑ってない。

ユーリックの考えはお見通しのようだ。

それにユーリックがまた危険な眼にあったことに怒りを覚えているようだ。



「実家に帰りましょうね?」

ユーリックはパトリシアにそう言われる。
先程からパトリシアはユーリックの傍に座っていた。
どうやら、実家に帰るまで片時も離れる気はないらしい




「あとで―――「駄目です」」


説得しようとした

でも

駄目だった。

逃げれなかった。













そして次の日。

発進していく列車。

「エド君アル君!二度と会えないかもしれないけど忘れないでくださいね!!私は錬金術師の友達少ないんですから!!」

駅でエルリック兄弟を見送るユーリックがそこにいた。


「どうしたかね?エドワード・エルリック」

「さぁ、でもユーリに弁当作ってもらったぜ」

「我輩もだ」

泣きそうな顔で見送るユーリックの切なる叫びは列車内にいる彼等には届かなかった。
ちなみにアルフォンスは家畜車両である。

「いってしまった……私の逃走手段」


列車を見てそう、言ってへこむユーリック。


遠くに行ってしまった列車から二人の護衛についた例の婚約者が何か叫んでいる気がする。


ありがたく愛妻弁当を頂きますぞ!!おおっ野菜がハートマーク!!

とかユーリックの耳に入る気がする、となりに耳を押さえて苦しんでいるエドワードも遠くに行った列車の窓から見える気がする。





「聞こえないです、見えないです、それに愛妻じゃないです……ハートマークなんて描いてないです」

とユーリックは首を振って一瞬、見えて聞こえた幻覚だと思うことにする。

確かに婚約者の弁当は多めに作ったが、中身はエドも婚約者も一緒である。


そしてユーリックは自分の肩を掴んで離さないパトリシアの手がひどく重く感じ、隣に立っているパトリシアを見る。

「さぁ、かえりましょうね…南部行きの列車は別の駅ですよ、あきらめてください」

パトリシアは隙を見せずユーリックの動きを冷静に観察している。

どうやらユーリックの悪あがきを防ごうとしているようだ

前回も実家に帰ろうとしないユーリックをこうやって監視していた。



これは、もう逃げられない。


「あきらめてますよ………でも」

「でも?」

「キャデラック少尉は?」

彼の姿を二日前から見ていない気がする、と思いユーリックは言う。

「ああ、彼ですか……彼は緊急の召集が掛かったので私たちより先に南方司令部に帰りましたよ」

だから私とユーリの女同士の二人旅、とパトリシアは笑う。
パトリシアはこれから妹分から生まれる癒し効果の恵みをたっぷり吸収することに思いを馳せる。
ちなみにユーリックを掴んでいないもう片方の手にはユーリック特性の弁当が入ったバッグを持っている。



「召集って?」

最近、アエルゴとの国境での諍いはそんなに激しくはないはずだ、と思ったユーリックは聞き返す。

「ああ、ユーリの御実家がある南部の街で、猟奇殺人事件が起きたとかでその捜査の人手がたりないとかで呼び戻されたらしいですよ?」

「ということは」

そんな事件がある街に帰るのは嫌だなぁ、それに嫌な予感する……と思いながらもパトリシアの話を進めるため相槌をうつ。

「ええ、キャデラック少尉の直接の上司が捜査の主導権を握っています……私と階級が一つしか違わないくせに」

「じゃあ戦場から」

「帰ってきてますよユーリの御実家に………貴方と一番年が近い兄上が「帰りたくない!!」やっぱりですか………」

一番年が近い、あたりで逃げようとするが

パトリシアに考えを読まれ
がっしりと掴まれた手から逃げようとするが逃げられなかった。

でも

「怖いから帰りたくないです!!」

ユーリックは叫び、抗う。

あのスパルタの権化のような兄が今、実家に帰ってきてるのだ。

妹とのコミニュケーションの手段が軍事訓練というあの兄が。

三人の兄の中でも一番厳しく、一度も優しくしてくれたことなんてない、あの兄が。

ユーリックの結婚に対し一番賛成している、あの兄が。


「なんで丁度、実家に帰ってきているのがあの兄さんなんですか!?」

ユーリックはこの先のうのうと生きれなくなることに深い絶望を感じた。








つづく。












あとがき






ひさしぶりです


予定が狂い、実家編まで行きませんでした……すいません。

しばらく、パソコンに触れなくなるので、次回の更新は冬になるかもしれないです。


ちなみに作中に出てきた『ぽんぽち』とは鳥の尻部分の肉です。

コラーゲン豊富らしく、柔らかくて美味しいです。

そして軟骨入りぽんぽちの焼き鳥こそ焼き鳥の中で上位に入る美味さだと思います。



あと、ユーリックが二人に渡した弁当は簡単なカツサンドとフルーツサンドが入ったランチボックス。

ハートマークはパトリシアが悪戯でフルーツサンドの生クリームでフルーツサンドの上にハートマークを描いた、という裏話。



では、また次回。





[11215] 閑話
Name: toto君◆510b874a ID:473d0b49
Date: 2012/03/25 16:10
妙薬の錬金術師



アメストリス南部の街の夜0時。

ジャックが襲われたのは日々の仕事の疲れを吹き飛ばすために開かれた飲み会の後だった。

製紙会社の上司達が最近入社した新人である自分に開いてくれたささやかな飲み会。

元々は国家錬金術師を目指し、何度も国家試験に挑戦していたが夢破れ、多くの物事に対するやる気を失い
適当に入社した会社だったが、社員達皆は錬金術を学んできたジャックを期待できる新人として扱ってくれた。

仕事が楽しい。

元々ジャックは普通の人間になりたくなかった…ようは錬金術師という特別な人間になりたくて錬金術を学んだ。

普通に生きるなんてまっぴらだ、そう考えていた。

「でも、誰かに頼れられるってこんなに嬉しいもんだったんだな…」

もっぱらジャックに使える錬金術なんてたかが知れている、かのアメストリス南部のバートン家のお嬢様である
妙薬の錬金術師と比べるなんて恐れ多いだろう。

「壊れた物直せるだけでも十分か」

ジャックが得意、いや唯一できる錬成は壊れたものを直す程度だが、錬金術を使えない者からすれば十分魔法使いの域。

職場で少し気になっている女性の大事な母の形見だという壊れたブローチを錬金術で修理しただけでとても感謝され
最近よくプライベートでも付き合うようになった。

「明日も仕事じゃなかったらなぁ……3次会は2人ってとこまでいけたんだけどなぁ」

ジャックはアルコール交じりの吐息を吐きながら微笑んだ。

ああ、幸せだ、別に俺は錬金術なんて本当はどうでもよかったんだなぁ、俺は彼女の特別になれれば十分だなぁ、と。

ありふれた本当の幸せに自分は今歩いている、そう実感し、帰り道を歩く。

ジャックが住むアパルトメントまでは街灯が少なく人気もないところにあったが、まぁ彼は成人男性、夜道は恐れず暗い場所を軽い足取りで行く。


「あ?」

自分の家まであと数分という所の曲がり道を進んだところジャックは非日常な音を耳にした。

「…な、なんだこの音は……野犬か?」

何かの動物の唸り声だ。

しかもやけに獰猛そうな唸り声。

「近くになんかいるのか……?」

ジャックは辺りを警戒し始め、身構えた。

すると目の前に一際大きな影が横切った。

四本足を地に付けた大きな動物の影だった。

「やべえ」

ジャックはそう声を漏らし、一気に体に染み付いたアルコールを振り払うように走り始めた。

ジャックは幼い頃に聞いたことがある怪談を思い出した。

それは悪い錬金術師が作った凶悪なキメラが人を食らう怪談。

よくある三文小説のような笑い話だが、今のジャックには笑えない話だ。

何時もどおりの夜の暗い道は何時もよりも暗く暗くジャックの行く道を遮るかのように恐怖心を煽っていく。

走る、走る、走る、目指すは安全な場所、この区画を越えた先には大通りがあり、警備担当の軍人が巡回していたはずだ。

はっはっはっ

彼の背後から吐息が聞こえる。

それは犬の吐息に近いかもしれない。

ジャックは振り向くことなく冷静に判断していく。

自分は詰んでいる、そう残酷に自分の命運を

しかし、相手は動物だ、自分を飢餓を満たすための獲物ではなく、ただ単にその動物自身の凶暴性による追跡ならば

生存確率は高くなる、そのはずだ。




そう、思っていた。













妙薬の錬金術師 閑話











夜の二時。

人々が皆寝静まる時間帯
アメストリス南部の街は喧騒に包まれている。

喧騒の元となる者は皆軍服を見に纏い、静寂とした夜闇を切り裂くようにハンディライトを照らしながら騒いでいた。

その中でクルーガー・バートンは溜息を吐く。

吐いた溜息は夜の暗闇にかき消される様な静かさ。

「仕事だ、キャデラック」

「そうは言ってもよう隊長、なんで俺たちの部隊がこんな仕事任されんのよ、上は適材適所って言葉忘れてんですかね?」

「ふむ……私もつくづく考えていた、我々のような部隊は戦闘でこそ真価を発揮する…捜査は不向きだ」

「そうなんすよね、捜査書類の書き方なんて忘れましたよ、うちらはどいつもこいつもマニュアル本なしじゃ書けねぇヤツばっか」

「今回の事件、専門の者達は忙殺されている、検分は手が空いた私達がやるのは仕方ない」

「まぁ、検分ぐらいはうちらにもできるって思われての要請でしたしね」

「できると思われるのが心外だがな」

「捜査書類の写真もまともに撮れないんですけどねー」

「隊長、なに調べればいいんですかね?指紋すか?ポンポンすりゃいいんですか!?」

「あれはフィクションだ、実際は繊細に撫でるようにやれ」

「隊長!捜査用カメラのピントってどう合わせんですか!?」

「捜査必携渡すからそれで調べて写真を撮れ」

「隊長、事件発生当時をしる人間から話は聞いたんですけど…供述の調書って書いた方がいいですか?促成コースしか受けてないんで全然知らないんですけど」

「それは後で書け、とりあえず聞いた話を全てメモしろ」

「隊長!周囲の破壊された物品のサイズとか調べたほうがいいですか?メジャー忘れてきたんですけど」

「周辺民家から借りて来い」


「こりゃあ明日再捜査っすね」

「すいません隊長!!さっき死体周辺の物品、素手で触っちまった!!」

「ああ。」

いや、このまま昼まで捜査をさせよう、とクルーガー・バートンは思っていた。
戦い、国を守ることも軍人警官として市民の安全を守ることも同義である。

どこまでも軍人であれ、とそう習い生きていた。
故にどんな部下達が捜査のいろはを知らずともなんとかしよう、そう思った。


しかし、惜しい。

腰に吊り下げられた軍刀を使う事態こそ私は望んでいた、とクルーガーは思う。

とある軽い不祥事で前線から離され、最近ではコレを使う機会が減っている。

戦いは良い、どこまでもシンプルだ。

戦いを行なうまでの理由は様々だが、いざ戦いになれば、人はどこまでもシンプルに成れる。

やるかやられるか、それに尽きる。

バートン家は銃を使う近代格闘戦闘を推奨していて、最近では妹には剣についてそこまで教えなかったが。
兄であるクルーガー・バートンは剣術を最も得意としている。

ふむ、と動物に噛まれたかのように死んでいる男を眺める。

成人男性を1噛みで殺傷できる何某かの凶獣。
この自分が持つ、東方の島国で作られたという、まるで魔剣のような片刃の剣でその凶獣に挑むことを夢想する。
銃などと違い、剣は弾詰まりを起こしたりはしない。

どこまでもその剣の威力は持ち主の技術に起因する。
父とは違いクルーガーは剣を信望する。

「パトリシアはまだ帰ってこないのか」

自分の妹の護衛として東部にいる他の部隊の中尉を思い出す。
軍刀一本の自分とは違うが二刀の鉈を使いこなす南部最強の近接戦闘能力を持つ女。
ヤツが居ると、訓練相手として最高なのだがな、と思う。
二刀の斬撃による高速の戦闘。
荒々しく、才覚によってのみ繰り出される、切断。

自分と共にたった敵地に切り込みを駆け、幾度もアエルゴの軍人を切り伏せた思い出。

そのあまりの充足感にパトリシアに夜這いを駆け


一生、訓練相手になって欲しいから結婚してくれ、と言ってから

「ユーリックのような小柄で可愛い女の子に生まれ変わって出直してこい」

と言われ。

女性に対する軽いセクハラとして前線から出戻ってきた、という不名誉な軍人ありまじき行動と訓練で訓練相手を半殺しにしてしまったという
不祥事で此処にいるが、この男は気にしない。

パトリシアとは険悪な仲になったが、訓練相手になると前よりも苛烈になったからだ。
他の訓練相手も死に物狂いで挑むようになって来たからだ。


「ユーリック、さっさと戻ってこい、私の軍刀はヤツとの殺し合いに餓えているぞ」

妹なぞどうでも良い、とクルーガーは思う。
錬金術を習い始めたと聞いたときは、面白い戦闘技術を修めるのだろうな、と期待していたが
軍人の娘ありまじき、料理なぞに傾倒し、つまらない。

料理なんぞ所詮、栄養補給。
食ったら忘れるものだ。

自分は過去に食べたものなど一々覚えたりしない。

それを一々ノートに纏め、改良するという面倒な妹。


銃こそ、そこそこ上手いが、ただそれだけだ。
あんなもの、誰でも使える戦闘技術だ。
そもそも使い勝手が良い兵器だからこそ、今使われている。
それに妹は父と違い、バートン流と渾名される銃による特殊な近接戦闘技術を学んでいない。

国家錬金術師として戦場に立った時こそ、まさか、と思ったが。

やることは補給行為。

全然つまらない。


「さっさと戻って結婚でもしろ」

妹のことはそれに尽きる。

しかも結婚相手は中々多彩な戦闘技術を持つという国家錬金術師。
もし、子供が出来れば、期待出来る。

「ああ、戦いたい」


そう、このバートン家三男クルーガー・バートンは生粋のバトルマニアである。
戦闘にこそ、楽しみを見つけ、三度の飯より戦闘が好きな男。


三度の飯をなにより愛する、ユーリックとは究極に反りが合わない男でもある。
ちなみに剣を愛するのは、弾詰まりで死に掛けたことがあるからだ。




一方ユーリックは










「帰りたくない」

「またそれですか…」

ユーリックは実家に兄がいることに対し恐怖を感じていた。

「前線に戻ったんじゃ無かったんですか…パトリシア」

走る列車の中対面に座る自分の護衛に問い掛ける。

「ああ、この前の戦闘訓練で相手の顔面全体を陥没させた不祥事で戻って来たんですよ」

ゴムナイフでよくやりますよねーと、パトリシアは列車の窓で外の景色を眺め楽しむ。

「………ゴムナイフ」

ユーリックは戦慄した。

ゴムナイフでどうやってやるの?

突きか?

でも顔全体の陥没なんてしないだろう。

「あはっはーで、あの堅物は言うんですよ、「本物であるのなら切れたのだが」……馬鹿ですよね」

「え、突きじゃなくて?」

「そうですね、ゴムって衝撃を吸収する素材ですよね?」

「はい」

「あの堅物は得意の剣技による切断を全て衝撃に変えたんですよ」


いやいやいや。


どこの格闘漫画ですかそれ。

普通精々あたったとこ陥没させるだけだろ。

普通、刃による切断って掛かる衝撃を綺麗に通すからスパっていくんじゃないんですか?

衝撃を全体に行渡らせる業ってなんですか?

「本物じゃないから、贋物でも殺せるようにやったらしいんですよ、あの堅物らしいですよね?」

「いやだ、絶対帰りたくない……そんな物騒な人と同じ家に暮らしたくない」

訓練に殺意を持ち込む人と一緒に暮らしたくない。

それにパトリシアもどこかおかしい。

そんな人間を堅物って言えるって変。

「あのですねパトリシア…なんで貴方は兄のこと堅物って呼ぶんですか?」

「それはですね、ユーリと違って柔らかくないからです」

「は?」

パトリシアは自分の妹分の胸を両手で鷲掴み揉み始める。

「やめてください、セクハラですよ」

自分の胸を掴む両手に辟易しながらやめるようにパトリシアに文句を言う。

柔らかさのみを堪能するパトリシア。

ちなみにパトリシア自身は胸が極端に無い。


「感じたりしないですよねユーリは」

「感じるって?」

ああ、エッチな意味でか。

ユーリックは溜息を吐く。

前世の頃は女の胸に夢を抱いていたが

一言で言うなら。


こんなもの肩揉みと変わらない。

感じる感じないとかマッサージの気持ちよさの個人差だろ、と結論付けていた。
所詮胸なんて、子供を育てる為の器官だろなどと、全世界の胸が好きな男性に喧嘩を売ることを考える。

むしろこのがっかりと落ちた肩を揉んで欲しい、そっちの方が感じるから、とパトリシアに文句を言う。


「肩が弱いんですか?」

「違います、貴方がよく揉む私の胸のせいで肩こりが酷くて…」

筋肉へ血液が行き渡らず、酸素、栄養が不足し疲労物質もたまってしまい、硬い筋肉になることで
肩こりは発生する。

本来は肩の筋肉を鍛えることで解消できるが。
今はパトリシアの鍛えられた握力で行なわれるマッサージと

「林檎酢、美味しいです」

ユーリックのお得意の錬金術で醗酵させた果実酢がある。

酢で体が柔らかくなるのは酢によって血行が良くなるからだ。

ならば酢は肩こりに効きそう、という理由でユーリックはゴクゴクと酒瓶に入れた酢を飲み込む。


「ん…………」

飲んで気付いた。

ちなみにユーリックは果物一つと醗酵物質があればその場でお酒を作ることも出来る。

「あ……醗酵不順で酒にしてしまった」

まぁいいか、とユーリックは思う、どうせこれから地獄が待ってるんだから
列車内で林檎酒で1杯も悪くない、そう考えた。

「うむ、窓の景色を眺めながら酒を飲むのも悪くないですねー」

「いや、20の乙女としてどうなんですかそこ」

普段は真面目なパトリシアはユーリックが昼間から酒を飲んでることに眉を顰める。

それに対して20で乙女って年齢詐称発言ですよーとユーリックは酒瓶を煽る。

「ああー美味い」

「頼みますからお嫁に行けなくなる様なことはやめた方が」

一応、おしとやかな方が今時分男性に人気が出るというモノ。
家庭的なユーリックは中々良物件。

それを破壊するような行為はやめてください、とパトリシアは言う。
丁寧にユーリックの肩を揉みながら。


妙薬の錬金術師ユーリック・バートンは楽観的に物事を考える。

「どうせ、結婚するんだから、それまでは自由だ」

等のことを言い。

「ああっユーリ!そんな親父みたいな飲み方やめてください」

片手に酒が入ったビン、もう片手に先ほど駅前でオヤツに買ったビーフジャーキー。
どうみても豪快な飲み方にしか見えない。

「一口飲んで、一口齧る、噛めば噛むほどジャーキーは美味しいですから、それを飲み込んだ瞬間、酒を飲む」

これは良い。

「ユーリ………酒に逃げるのは駄目ですよ」

「だってこんな時ってお酒飲んでもいいじゃないですか」

成人過ぎてますし。

「実家帰ったら、酒造りもいいですねー南部の果実を使った果実酒とか」

「結婚する気あるんですか、ユーリ」

「むしろ、結婚して家庭に入ればある意味自由じゃないですか?」

どうやら話に聞くと、結婚すると、あの筋肉モリモリな夫と二人で新婚生活の為に作られた一軒屋で暮らすことになるらしい。
しかもアメストリス中央に建てられるらしい。

「どうせ少佐は忙しいですし、家で好き勝手できます」

「開き直った…」

「しかも、国家錬金術師の夫の為に研究施設まで置くらしいじゃないですか」

アルコールに脳を犯されユーリックは笑う。

「いやユーリック、さっさと子供を作るために結婚するんですよ?」

「え」

「2年以内に孫が欲しいってお父上は仰ってますよ」

脳内に新婚生活の夜が浮かび上がる。

「いやああああああああああああ無理無理!」

どう考えても、あの巨体となんて無理だろ。
鋼の錬金術師の兄より少し大きいが、それでも小柄なユーリックは戦慄する

「裂けます、無理」

そもそも性行為とかしたくない。
いくら女性的な思考が根付いても、それだけは無理。

前世も清く、今世も清く。

それでいいや、うん。

とか思って生きてたのに、

一回も男になれず、女になるなんて嫌だ。

「結婚したら子作りしなくちゃ駄目ですか」

「なにいってるんですか、合法的に正しく子作りするために結婚するんですよ」

子孫繁栄です。

とパトリシアは言う。

「ユーリの子供可愛いんだろうな……」

「いやいや、あの少佐とだったら私の遺伝子負けますから」

「いや、アームストロング家の娘は美人が多いですよ。だから案外」

やめてくれ、せっかく美味しく酒飲んでたのに。

そう思いながら列車の中でユーリックは不貞腐れる。

「自棄酒だ、そうだ自棄酒だ」

ビンを豪快に煽って行く。
そして飲み干したので、ビンの口の部分を舐めとる。


「駄目ですユーリそんな風にビンを咥えるなんて、まるで!」

「まるで?」

「あの男のサイズの為に練習してるみたいです」





おえっ


やめろ、実際を想像したじゃないですか。


「気持ち悪くなって来ました」

一気に悪酔いに変わってきた。

「ちょっとトイレ……」

「今度は悪阻の練習ですか?」

「いや、マジやめて本当は貴方面白がってるでしょ」



こんな感じでユーリックは故郷に戻る。
しかし、平和である。










あとがき



何年ぶりでしょうか皆様。



[11215] 閑話2
Name: toto君◆510b874a ID:473d0b49
Date: 2012/03/25 20:50
閑話2

「懐かしき我が故郷ですねー」

アメストリス南部の駅前の市場でマンゴーに似た果実の中で一番熟した物を手に取りユーリックは笑う。

「これください」

「お、ユーリックさんじゃないか、これ最近市場に入ってきたやつなんだ」

よく実家の訓練から逃げた時此処に潜んだものである。
赤毛のお嬢さん、と呼ばれた記憶が蘇る。

市場では仮の名前でアンと呼んで、などと言って遊び回っていたものだ。

「うん、お久しぶりですラックスさん」

ワンピースに白地の薄いスラックスを着た御嬢様然とした格好でユーリックは市場の人たちとの交流を楽しむ。

「おーい!みんな御嬢が帰って来たぞー!」

だんだん人が回りに集まってきた。
よく、市場で錬金術による食品加工ショーとかやったけ

ふむ。


ポーンっとユーリックは空にマンゴーを投げる。
人々は、「始まった」と声を上げる。

「ドライフルーツ錬金!」

ばちばちと電光がマンゴーを包む。

それを

「パティ」

「了解!」

自分の護衛が皿と鉈を用意し空中から地面に落下するまでに切り刻み皿に載せていく。
ドライフルーツのスライス完成である。

「こういう糖度が高いフルーツは乾燥させてドライフルーツにして食べるといいと思いますよ、保存も利くし
痛んだ部分が出やすい果実なので売れなくて捨てる前にこうしてやるとお金の無駄にもなりません」

人々にそれを配っていく。

ユーリックもスライスを摘まみ食べる。

「食物繊維も豊富で便秘、肥満に効果ありなので、試して見てください、錬金術を用いない場合砂糖漬け、なんてのもいいですよ」

乾燥させて砕いてフルーツティーもいいですよ、と笑う。

口の中に広がる果実の味。
それとともに干し柿が食べたくなる。

しばらく市場の皆様と買った食材のその場で調理による、大試食会が行なわれる。
どうせ研究の為のお金は全て私のお小遣い。
ならば国の税金だし、市場に全部落としちゃっていいだろう、とユーリックは豪快に市場の食材を買い上げ人々に振舞っていく。


「ふむ、相変わらずだねユーリック」

「あ、先生!お久しぶりです!」

気付くと一人の老人がユーリックの前に立っていた。
白い頭髪が見事に纏められ、インテリ感抜群な銀縁眼鏡が目立つ老人。
相変わらず自分と同じく厚手の白衣を見に纏ったその姿は、懐かしき我が錬金術の師である、生体錬金の達人ハイリッツ・グラード先生だ。
この先生は生体錬金による家畜の治療や品種改良を仕事としており、こうして市場に訪れることも珍しくない。
国家錬金術師の資格を持たないが、南部ではこう呼ばれている

獣の錬金術師、と。

獣といっても獣医っぽいからそう呼ばれている。
様々な気候に順応できる家畜の生産が研究テーマであり、私と似て才能の無駄遣い系錬金術師である。
先生から言わせるとキメラなぞ、金くい虫でしかない、とのこと。

「あれ、お孫さんですか」

「そうだ、名をシルビアと言う、娘の子だ」

先生の手には小さな子供の手が重なっていた。
黒髪のボブカットが可愛らしい人形のような10歳ぐらいの女の子だった。
なんとなく猫みたいな女の子だな、と感想を抱く。

「挨拶をシルビア」

「こんにちは妙薬の錬金術師さん、おじいちゃんのお弟子さんだったんですよね?」

「こんにちはシルビアちゃん、私のことはユーリでいいですよ」

こくり、と首肯し、シルビアは笑う。
後ろでパトリシアが鼻息を荒くするぐらい可愛らしい。

「お孫さんと一緒にお仕事ですか?」

ユーリックはシルビアの手に錬成陣を見てそう、言う。
どうやらハイリッツ先生により既に英才教育を行なわれているらしい。
この人なら10歳の女の子に錬成陣を彫り込むとかやりかねない。

私の先生をしていたころも、よく言っていた。

脳が若いうちになるべくでもいいから知識を詰め込め、と。

「ああ、これか……シルビアはな、元々身体が弱くてな、私の錬金術の研究で回復させたのだ」

「うん、お爺ちゃんのお陰で病院で住まなくてもよくなったんだ」

どうやら違ったらしい。
錬金術による治療のための錬成陣。

「あれ、人体の生体錬成ですか」

あまり、人体の医療錬成技術についてこの老人は詳しくなかった筈だ。
人の元々の疾患を治すほどの技術を持ってるとは聞いていない。

「いやその括りは可笑しいよユーリック、人は所詮動物だ、そもそも人間は知能を持つことで人を名乗っているのだよ
私から言わせれば、キメラの作成も人体錬成も一言で括られる、即ち生体錬成だ」

なるほど、この人は普段家畜の生体錬成を行なう品種改良の第一任者だ。
だが、相変わらず合理的思考の先生だ、それを孫娘に行なうとは


「先生も相変わらずですね」

「いいや、そうでもないよ、今は亡くなった娘と婿の二人の子であるシルビアと二人で暮らしている、中々御転婆な子でな、昔ほど私も自由に研究が出来なくて困っている」

「ユーリさん聞いてください、おじいちゃん、いっつも研究で食べたり寝たりをあんまりしないんですよ」

一瞬とても重い感じの説明があったが、シルビアちゃんも先生も軽く話してくる。
どうやら仲は良いらしい。


「では、ユーリック、これから仕事がある」

いくぞ、とシルビアちゃんの手を引いてハイリッツ先生は市場の雑踏に消えていく。
シルビアちゃんはバイバイと手を振って先生に文句を言いながら一緒に歩いていった。

「おじいちゃん、もう少し愛想よくしなさい!」

シルビアちゃんにそう吼えられ、真面目な顔で、愛想を良くする必要な場面かね、と問い返していた。




「あの人は相変わらずのようですね」

パトリシアはそう言って苦笑する。
ユーリが戦場に立つ、という話をしても

あっさりと

「「死ななければ研究は続けられる、致命傷だけには気をつけろ」って言う人でしたよね」

相変わらずの研究第一の合理主義者。
私の片腕がもしぶっ飛んでもいても、それを眼にしてもそう、言うだろう。


「私が結婚するって話、知らないっぽいですよね」

「ま、ユーリはおめでとう、なんて言われたくないようなので、いいんじゃないですか?」

「あの人の口からそんな言葉が出るわけないじゃないですか」

あの先生は嫌いではないが、異次元の人間かのようにユーリックは思っている。
結婚すると言っても、こういうのだろう。

「で、私はその式に参加する必要はあるのかね」

とか

「研究はやめるのか、知識の継承はどうする」

うわ、やっぱり錬金術師って変わり者多いなー、とかユーリックは考える。
勿論、自分は普通の錬金術師だと棚上げで。

「ああいうのが普通の錬金術師だと思いますよユーリ、所詮軍人の私からしてみれば学者にしか過ぎませんから」

で、学者の癖に戦場に出るのが国家錬金術師、とパトリシアは言う。

「どいつもこいつも、協調性っていう言葉を無視するやつばっかですからね、軍隊行動をなんだと思ってやがる」

ああ、ムカツク、とパトリシアは昔の戦線を思い出し、機嫌を悪くする。

「狙撃のお姉さん、ホークアイさんにも絡んだりしたりして軍人達の士気を落とす爆弾魔も居ましたしね」

「私からすれば今更発現ですからね、軍人ってのは国益の為に殺し合いする専門職業ですから」

「いや、パティ……そこは国民を守るためとか言って欲しい」

「そうなんですけどね、バートン派からすればイシュバール戦も只の浪費にしか過ぎませんでしたし、どうせならアエルゴに戦力を集中して欲しかったですね」

元穏健派より中立派バートン少将。
その娘の私。

その私からしてもあの戦争は無意味であったと考える。

「ま、私からすれば戦争という行為自体、本当なら否定したいんですけどね」

人の歴史は争いの歴史。
そうして人は様々な文化と交流を交わす。

かつてイギリスにお茶が広がり、貿易により、アヘン戦争が起こったように。
それによって紅茶文化が生まれた。




しかし所詮、戦争はただの殺し合いだ。
いずれ、あの世界でもこの世界でも人々はお互いの文化を尊重しながら交流できるだろうか、と
見も蓋もないことをユーリックは考える。


食べるという行為は全て犠牲から成り立つ。
多くの命の犠牲。

美味しいものは皆で美味しく分け合って食べれるだろうか。

それは果てしない叶わぬ願いだ。


でもいつか叶うはず、人は争わなくてもいいほどに豊かになることが出来れば争いはやめるはず。
衣食住足りて礼節を知る、とは誰の言葉だっただろうか。
私の錬金術は人を豊かにするためにある、と大見得を切って国家錬金術師になった。

だから人の生活を豊かにする物を作ってきた。
軍事転用なんてことが出来ないだろう、という物ばかり。

国益の為に軍人になれない私らしい、生き方だったのだが。

「はぁ、結婚したくないなぁー」

「大丈夫ですよユーリ、子供いっぱい作って全員に錬金術を教えればいいじゃないですか」

ユーリの子供なら絶対、良い子ですよ。とパトリシアは笑う。

「まぁ別に私は道っていうほどの考えじゃなかったんですけど、それも悪くないのかも知れませんね」


ま、どうせ趣味だし。
何れ、誰かがずーッと先の未来で実現するのを祈りながら生きようか。
どうせ人生なんていかに時間潰すか、だしね。
寄り道ばかりの私の人生もここで進むのをやめようか。


趣味は続けるが。



「散々寄り道してますけどね」

「え」

「ヴァージンロードまでの道の」

パトリシアはユーリックの手を引いて歩き出す。

「え、ちょっと」

「ほらほら、折角寄り道までしてあげたんですから、さっさと実家に帰りましょう」

「まだ居たい、ここに居たい」

市場から引っ張って歩かされる。
市の人々が懐かしんで私を見る。

こうやってお兄さんに引っ張って連れて帰られてたっけ、と。

「だから、まだ心の準備が」

「私はお腹いっぱいですよ」


新しい道に行く前に大きな障害はつき物だ。

ユーリックはほろろ、と涙を流した。




次回に続け




[11215] 実家編1話
Name: toto君◆510b874a ID:a283f18c
Date: 2012/03/27 00:20
実家編1話



相変わらず無駄に大きい屋敷だ。
そうユーリックは感想を抱いた。
アームストロング家と同じくらいの規模の敷地だが相変わらず花も樹もない寂しい場所だ。
実家の敷地は殆どが自分達バートン家の訓練場が建てられており、潤いがない。

「相変わらず、好きになれない我が実家ですね」

常に強いモノを好む我が家。
住み込みの執事やメイド達も殆ど退役軍人たちばかりの物騒な家。
どこのゾルディック家だよ、と言いたくなるほど物騒。
門を潜ると一人の老人が立っている。

「お帰りなさいませ、ユーリック様」

深々と老人が頭を下げて私の帰郷を祝う。

「ただいまクレーゼンさん」

独眼の体格が大変よろしいご老人。
ギラギラとした人を殺した経験が大変おありな片目。
片耳も過去に戦争で失っており、よく小さな頃は恐ろしかった。

我が家、執事長、といっても家人達は6人で構成されており、この方が私の過去の教育係として教鞭を振るったものだ。
ナイフの扱いのプロフェッショナルでよく私に訓練してくださった。
9年前か、この人から本格的な近接戦闘を習ったのは。
錬金術師として国家資格を取るために本気で勉強をするためになった、あの訓練。

父の徹底的にやれ、という言葉を徹底的に実践した鬼教官。

今も若干、怖くて震える。


だって、本当に恐ろしかった。

ちょっと昔のことを思い出してみる。



9年前


くすんでざらついたコンクリートの床、くすんだ光をおぼろげに出す電球。
床で腹部の痛みに全身が麻痺したような感覚に陥り、吐き気を覚え、苦しみ、床の上でユーリックはうずくまっていた。

息をするのも苦しくて痛みで震えていたユーリックの手からナイフが零れ落ちる。

どういう殴り方をしたのか、いつまでも腹部の痛みが消えない。

「ユーリック様、例え、殴られようが、殺されようが、自分の武器は手放してはなりません、それが出来なければ弱いままです
そして刺せる時はどこにでも刺しなさい、機会があるなら急所を狙いなさい、あとは攻撃を食らってはなりません」


「………(無理)」

痛みで立ち上がれない。

「立ちなさい」

髪を掴まれ強引に持ち上げられる。

ユーリックはもう7回殴られている。
どこも致命傷に至らないが、人が食らえば痛い場所ばかり。

ユーリックが持つナイフと同じ長さの木の棒を持つクラーゼンの瞳には一切の感情も含まれて居ない。
これが鍛えられた軍人だ。
軍隊行動に個人の意志はいらない、そういって徹底的な訓練を施す教官。

「う………」

クラーゼンはユーリックの髪を離した。
身体が床に落下する。


その瞬間、ユーリックは思い切りよく地面を叩き、身体を旋回させ、落ちたナイフを手に取り
思い切り良くクラーゼンの足に狙いをつけ、ナイフを投げる。

ナイフ投げは直線では進まない、回転し機動を線から点に移り変わり、相手を突き刺す。



「素手で挑むのは間抜けのすることです、武器を手放してはいけません」

それを軍靴の爪先で蹴り落とすクラーゼン。

そんなことは知っている。
ユーリックは投擲をした勢いを殺さず、一気にクラーゼンに肉薄し、蹴りでクラーゼンの正中線を狙う。
狙うは顎先。
しかし身長差で届かない。
ならばと、ユーリックの爪先がクラーゼンの鳩尾に届く前に、クラーゼンの丸太のような足で行なわれる踵がユーリックの背中に振り下ろされる。

一瞬、呼吸が止まった。

その蹴りでユーリックは勢いよくコンクリートの床に転がり擦り傷だらけになる。

「これぐらいでよろしいでしょう、流石バートンの血筋、たとえ貴方のような少女であっても、戦いにおける闘志こそ、常人を遥かにこえる」

いやいや、ないですから、闘志とか。


どうせ黙ってたら、殴るじゃないですか。
しかも拷問式。

どうせなら、刃向かって殴られたほうがマシです。

痛みに苦しみながらユーリックはそう、思う。
前世の高校時代、なんちゃって空手部だったが、こんな恐ろしい蹴りくらったことないですから。
蹴りが当たった瞬間に体重を乗せるとか、反則技もいいとこですよ。

メンホーも胴も拳サポーターもない練習とかないですから。
ポイント制だったらどんなにいいか、とユーリックは泣きそうになる。


「とりあえず、午前の練習はこれで終わりです、午後からは射撃訓練です、よく身体を休めてください。
それが出来ずに死んだ者を私は何人も見てきましたので休息はしっかりと」

そういって室内格闘場からクラーゼンは姿を消す。

休め?

は?

滅茶苦茶痛いんですけど。

骨とか内臓は一切傷つかない蹴りですけど、痛みが長引くんですけど。

ユーリックは荒々しい呼吸を整え、いそいそと床に放っていたユーリック作成休憩セットを這いながら取り出す。

夕べ痛む体で鞄に詰め込んだ、休憩セット。
塩、砂糖水、ハーブクッキー、タオル、錬金術の教科書の5点セット。

お昼ごはん前に塩を舐め、砂糖水をごくごくと飲み干し、クッキーをもしゃもしゃと食べる。

どうせお昼はマナー訓練のため食事を楽しむというよりも、いかに優雅に食べるかの地獄。
銀食器をかちゃかちゃ鳴らしたものなら、容赦なく馬用の鞭で手の平を叩かれる。


「このままだと、やばい、死ぬ………さっさと軍人よりも錬金術師に成らねば」

クッキーを食べながら必死に休憩時間中は教科書を読みふける。
結婚適齢期まで軍人とかやりたくないです。

「もともと文系なのに…………」

数式を見ながら溜息を吐く。

でも午後から射撃訓練だー、やったー。
あれ結構楽だからいいね、操法さえ順序通りこなしてしっかり狙って打てば当たるし。







という昔の事を思い出す。

うん、あれ虐待だよ。
でも、傷の男に襲われたとき、この訓練がなければ何も出来ずに死んでたし。

ある意味等価交換なのか。

「ユーリック様」

「はい、なんでしょうか」

「身体の動きが大変愚鈍になっておりますな、正中線もぶれておりますし」

ぎろり、と視線が私の全身を舐めまわす。
そりゃそうだ、あの頃はまだまだ運動してたし、しないと地獄を見るし、しても地獄だったし。
今は食べて研究して寝る生活だったし、天国だったし。

「……………勘弁してください」

「はっはっは、相も変わらずですな、ユーリック様は、しかし、ご結婚ですか、うむ、運動能力は低いですが
それなりに才能がおありだったので残念です」

のほほん、と老人が笑う。
うん、訓練じゃないと優しいヤクザみたいな老人だ。

「何の才能ですか……」

「いえいえ、勿論、軍人としての人殺しの才能ですよ、一度幼い時、大熱を出してから、大変賢く成られて
私を含めバートン家ご家族全員、貴方様に期待したものですよ」

熱を出して内気になったからのスパルタじゃなかったの?
いっつもこの世界の本ばっか読んでたからインドアだったし。

「いえいえ、錬金術という新しい、戦闘技術をバートン家に取り込むという姿勢だったと皆様勘違いしての訓練でした」

やりすぎでしたかな、はっはっは。

「…………うん、結婚してさっさとアームストロング家の娘になりますよ、私」

「そうだな、さっさと家を出るがいい」

げっ。

とはハシタナイので言わないが

後ろに


「遅かったな、ユーリック」

兄がいる、鬼畜が、鬼兄が。

と、思った瞬間、襟首を掴まれ、投げられる。

屋敷の芝生に私は転がった。


だから、実家に帰るのは嫌なんですよ!

私と同じく赤毛の髪を持つ、筋骨隆々の兄、額には銃弾か何かに抉られたような傷。
兄の手には私の銃が握られている。

うわ。

相変わらずの手わざ、投げる瞬間に私の懐から銃を抜き取ったなこの兄は。

20の女性にやることじゃないぞ。

「なんだコレは?」

そして、兄が機用に銃を分解して銃口等に指を入れ、銃弾の発射による鉛の汚れを見て顔を顰める。
しかも、銃弾は一切補充していない。

最悪です。

ああ、最悪。
整備だけは欠かさずしないと不味いのに忘れてた。

「こんなもので人が殺せるか」

私の顔面が勢いよく叩かれる。
手首のスナップを聞かした平手。
この動きはただの平手じゃない、軍人格闘技事仕込みの制圧技だ。
これ、不味い、下手したら鼓膜破れるぞ。
相変わらず、加減のない兄だ。
当たった時に怪我をしないように全身の力を抜き、衝撃に備える。

柳になるのだ私。




と思ったら。

「やめろ、パトリシア、家庭の問題だ」

「これから他の家庭の嫁に行く妹を殴るなんて最低の兄ですね、クルーガー大尉」

やっとパトリシアが護衛らしい仕事をしてくれた。
パトリシアが兄の手を止めていた。
ギリギリと我が婚約者に匹敵する握力で兄の右腕を締め上げていた。

それさえも何の痛痒もないかのように振舞う兄。

助かった。

勢いよく体捌きを行い、パトリシアの拘束から離れ

「ふん」

と兄は鼻声一つで銃を私に放り投げ先に屋敷の中に消えていく。

「大丈夫ですかー。ユーリ」

せっかくのワンピースが芝生の草に塗れたが、無傷だ。
どうせ、選んで買ったのはパトリシアだ。


「ええ、死ぬかと思いました」

「本当に貴方の兄は嫌いですよ、相変わらず、加減というものを知らなさ過ぎる」

貴方の父上も母上も加減だけはしっかりと忘れません、とパトリシアはプンスカと怒る。


無言で立ち上がり、草を払う。

そして溜息。

クラーゼンさんが微笑ましそうに私をみるのが納得が大変いかないが

とりあえず

うん、とりあえず、結婚の披露宴だけに話題を全力で集中させようと考える。
私の身体の鈍りとか、絶対話題にならぬようにいこう。

「でもね、パティ………加減があっても痛いのは嫌です」

「ま、銃の整備ぐらいしっかりやってから言いなさい、ユーリ」

銃に関しては姉のようなパトリシアも慰めてくれないようだ。

はぁ…………なんでこの家に生まれたんだろう。
確かに金持ちだけどさ、もっと別な金持ちが良かったです。


「私が悪いですけどね………銃に関しては」

弾詰まりの原因だもんね、整備不足は。
兄の額の抉れた傷を思い出す。






「ただいま………我が実家」


ゆっくりと私はバートン家の屋敷のトビラを開き中に入っていく。

エド君、アル君、貴方達は元気ですか。
私は、大変元気です。
でも、できるなら私も貴方達に着いて行きたかった。

だって命の危険があったとしても、常に危険じゃないですし
常に胃は痛くなりませんもの。










次回も続け。



大体こんな感じなユーリックの実家。



[11215] 実家編2話
Name: toto君◆510b874a ID:a283f18c
Date: 2012/03/26 23:34
実家編2



「御嬢様じゃないか」

「ただいまジュリ」

取りあえず、実家に父と母はアームストロング家の方で私の意向を完全に無視して
結婚式の予定を立てているらしく、クルーガー兄さんと両親に随伴せず残った家人の3人だけらしい。
他の兄達は相変わらず、南部で人殺しの真っ最中。
甥も遊びに来ていないらしく、実家は閑散としていた。

私を居間でテーブルを磨きながら迎えたのはジュリ・ハンガート、アメストリス国軍退役准尉。
過去に清澄な狙撃技術を誇った女性軍人だったが、イシュヴァール戦の初期に利き腕を失い、片腕のオートメイル化を行なった、
やはり、機械化した利き腕では精緻な狙撃技術が行なうことが出来なくなり、それが不満となり自ら軍から遠ざかったのは良いが
オートメイルの女性、というのは社会的にあまり良い眼で見られないようで結局、一般職が見つからず我が家のメイドとして入った女性だ。
うちの両親はこういう部分は中々人徳があるらしく、このように行き場をなくした軍人の職業斡旋を行なっているらしい。
そして過去有能だった軍人は我が家に積極的に雇い居れるらしい。

最初それ聞いた時、クーデターとかのために武装集団集めているのか、なんて思ってしまったっけ。

実は全員、子供の教育係用に雇っていたらしい。
彼女にはよく銃の扱い方を学んだものだ。

オートメイル化で狙撃の腕を落としたというが、どこが落ちたのかというぐらい狙撃技術の天才。
実際に何処の技術が落ちた?と聞くと。

ビッという感覚がなくった、という返答が返ってくる。
とても抽象的だが、彼女程の腕をもつ人ならば、それが無くなれば致命的だそうで。


「はい、お土産」

そういって、私は東部で最近流行しているシン国で栽培された茶葉で出来た紅茶を彼女に渡す。
茶葉はキーマンに似ており、この世界でも製茶の工程は多く、工夫紅茶と呼ばれた一品だ。
前世ではキーマンの特級品は世界三大紅茶の中でも最も値が付けられる高級品。

「お、これシン国の特級品じゃないですか」

「紅茶缶は開けたら、直ぐに飲んじゃいましょう」

「てことは」

「ジュリの腕、楽しみにしてますよ、前みたいにジャンピングしないお茶は駄目ですよ」

ちなみにジャンピングとは紅茶の茶葉にお湯を注いだ時に紅茶の茶葉がティーポッドの中でふわりと跳ねることを言う。
これが起きないと茶葉の旨みは出ないのだ。
一般的にゴールデンルールの一つである。
それからミルクが先か紅茶が先かの論争となる。

ちなみにこの論争はいち早く私の手により終止符が打たれている。

チョコはきのこか、たけのこか、というぐらいの激しい論争。

アンドリュー・スティープリー博士がこの世に生まれるかどうかは知らないですが
牛乳蛋白の変性の理論は私が先に前々回の査定の時、提出させて貰いました。

題名、【ユーリック・バートンの科学的根拠に基づいた美味しい紅茶の淹れ方】

そして抽出特化のリプトンお馴染み三角ティーパックの発明、いやパクリ。

それにより、この世界での紅茶文化の歴史に私の名が……

でも

キング・ブラッドレイ総統はどうやらコーヒー党だったらしく。

すぐにやり直しが帰ってきましたが。



そんなことはどうでもいいのです。

食文化に貢献できればいいのです。

そのまま新聞に投稿しましたし。

でも紅茶先派の人には悪いことをしました。
しばらく、ミルク先派の方たちに散々勝ち誇られて悔しそうな顔をさせてしまいました。

でも、私は争いの歴史を一つ、打ち破ったのだ。
かの、お茶には五月蝿い英国人ならこの議論で決闘とか起きてたはず、なら私の行為に無駄はない!


「う……やだなぁ御嬢様、この家に入りたてのこと蒸し返さないでくださいよ」

「だって折角の美味しいお茶だし、折角コーヒー党の我が両親が居ないうちに、さっさと私の飲むお茶を淹れてください」

その狙撃で培った湿度、温度の見極めを紅茶に生かしなさい。
人一倍優れた感覚を研ぎ澄ませなさい。
なんのために貴方の腕を買って毎月高級茶葉を送ってきたのか思い出しなさい。

ふははははは。

「はいはい、家の御嬢様は相変わらず人使いが荒いですねぇ」

「うんうん、貴方の為ですし、もうちょっとしたら喫茶店開くんでしょ?」

「そん時は「妙薬の錬金術師も認めるお茶の味」とか広告に載せさせてくださいね」

ジュリ・ハンガートはわが家では私に最も歳が近い女性で、いなくなるのはちょっと寂しいが、こうして新しい道が開けていくなら
それもいい事ですね、とユーリックは笑う。

「ちなみにそれ、ミルクティーにすると美味しいやつですからね」

キーマン一級品はブラックティーよりもミルクティーが基本。
特徴的な香りと渋みの茶葉だ。

「はいはい、ミルクは先ですよね………相変わらず、味にうるさい」

「錬金術ぐらい紅茶は奥深いんですから、それは五月蝿くもなりますよ、ちなみにホットだとお菓子はタルトがいいです」

「はいはい60度以上はケーキとか合いますもんね」

「あら、ジュリもわかってるじゃないですか」

和気藹々と家人達とお茶会をユーリックは開始する。
また御嬢様かと、家人達は「相変わらず」と微笑み始める。


ちなみにもう、一人の家人は私の料理の師のザルツ退役中尉
サバイバルの達人であり、よく水の美味しい飲み方とか教わった人である。


サバイバル的な意味で。

蒸留水ってミネラルとかないから不味いんですよね……。








その光景を見れば兄は溜息を吐いていただろう。


事件のせいで睡眠不足で実家に仮眠を取りに来たクルーガー・バートン大尉はこう、言うだろう。


「カフェインさえ取れればそれでいいだろう、飲めればそれでいい」

眠気さえなくなればそれでいい、コーヒーの方がましだ、という兄。

「カフェインよりもエピカテキン、エピガロカテキン、エピガロカテキンガロートの方が重要ですよお兄様」

胃腸炎、食中毒予防に最適です、それに抽出液1g当たりだと紅茶の方がカフェインは多いんですよと胸を張る妹。


絶対に反りが合わない兄妹である。















キメラ編 プロローグ



獣は薄闇に立ち、獲物を探す。
獣は餓えていない、ただ自らの闘争本能の解消を求め、獲物を探す。
獣は爪を持ち、殺しつくすことに喜びを持ち、獣は牙を持ち殺しつくすことに喜びを感じる。
どこまでもあまりにも純然たる闘争本能。
殺戮を満たすことこそが獣の喜び。

さあ、今宵は誰を殺そうか、獣は笑う。
獣はいつか、自分のこの闘争本能に飲まれ死んでいくことを悟っていた。

しかし、やめられない。
そういう風になってしまった、だからそういう風にしか生きられない、そう知っていた。


獣の瞳は猫のように夜の中爛々と光輝く。

その瞳は多くの猛獣が混ざったかのような禍々しい殺意の色を持つ、暗黒の色。
殺意により輝く瞳。

だがいつもと違い、獣は別の欲望を瞳に浮かべていた。

獣は心を取り戻していた。

「なんて綺麗な眼球だったんだろう」

初めて彼女の眼球を見た感動。
心を奪われるとはああいうことを言うのだろう。
あれほどまでに美しい眼球を持つ存在は見たことがない。
言葉では飾りきれない美しい瞳の宝石。

あれを喰らうまでは私は絶対に終わらない、と決意を秘め、これから行なう殺戮に全力を尽くすと笑う。

無差別な殺戮に目的を持ったのだ。
殺戮は手段に変わり、いかにこれからの殺戮であの綺麗な眼球を手に入れるまで牙を磨くか、という殺戮に変わる。

「○○○……」

と人の発声というよりも獣の発声で目的の名を告げる。

まっててね、と獣は笑う。

もっといっぱい殺し慣れてから、綺麗に殺せるようになってから、殺しにいくから。

そして磨かれた爪でその眼球を抉りとってあげるから、と笑う。

目的に対して獣の心には殺意はない。
自然な心で彼女は殺さなくてはいけない、そう思ったのだ。
ただそれだけのことなのだ。

だから殺す。

初めて出会った時にそういう風に思った。

だから殺す。

彼女が呼吸を止め、静かに、ただの骸となった姿を夢想する。

ああ、楽しそう。

抱えきれない罪を背負いながら獣は笑う。




そう、笑っていると、夜影に影が生まれる。

「あらあら、随分面白い子ね」

獣は瞬時に理解した。

この影は自分以上に異常な怪物だと。
路地裏の密接した建物を交互に蹴り、飛び上がる。

そして眼下から影を見下ろす。

「そんなに怯えなくてもいいのよ、貴方みたいな可愛い子を食べたりしないわ、でも面白いわね貴方、出来の良いキメラだと思っていたら
しっかりとした人間のまま、獣になるなんて、人間って凄いのね……貴方、下手をすれば私達以上の戦闘能力だわ」

こいつは死なないバケモノだ、獣は鼻を利かせ影の存在を見破る。

牙を爪を何度突き立てようとも、この影は立ち上がると理解していた。
ならば、どうする、獣ならば敵わぬと感じるならば、どうする。

獣は逃走した。
人間ではおよそ出せない速度で夜を走る抜ける。





「ふふっただの監視に来てみれば面白い子に会えたわ……」

影は口を吊り上げ笑う。
色欲の影はその名を表すかのように妖艶に笑う。



「妙薬のお嬢様を狂ったお茶会へご招待するための道具に使えそうだわ」

影は笑う。

「可愛そうなお嬢さん、でも才能があるんだもの、無駄にはしたくないわ」


そうでしょ、お父様、と影は囁いた。






だがしかし、まだ始まらない。




夜、ユーリックは実家の自分の部屋で、星を眺めながらベッドに横たわっていた。


明日には両親が帰って来る。

絶対、なんか言われるんだろうなーとか思う。


母「まぁ、ユーリック……家を離れ、淑女としての品格を失いましたね、そんなことでは結婚は出来ませんよ」バシーンと手を鞭で叩かれる。

父「折角の技能、身に付かず、無意味にしたか……お前はもう、いい。孫に期待する」バコーンと丸めた新聞で頭を叩かれる。

どっちも凄い痛いんですよね………。

幼い時は残酷物語版、小公女セーラーのような日々でしたね、と苦笑する。

溜息が思わず出てしまう。

虐待のような日々を過ごしてきたが、確かに愛情はあった。

多分………。

愛情っていっても、商品価値的な?
障害とか持って産まれていたら、絶対に産まれた瞬間、産湯に沈めて殺すような家族だからね。

映画の300的な正真正銘スパルタ一家ですからねー。

ああ、よかった無事に大人になれて。

愛情でも戦闘民族型の愛情だったはず。


ま、兄とかは多分、何にも考えていないと思うが、それなりに豊かな生活をさせて貰ったので恩義があるのだ。
ま、そういう家に生まれたんだからしょうがない、とか思いながら生活していた。

前世のことを思うと涙が流れるが、そういう時代に生まれたんだからしょうがない、嘆いてもしょうがないから
なんとかしよう、そう思って錬金術師になって自由にやってきた。

一時期戦場にも立たされ、自由を奪われたが、ま、しょうがない。
家出も考えたが、私は家族というものは大切にするべきだ、と思って生きてきた。
どんなに反りが合わなくても血の繋がりは重い。


捨てても捨てなくても後悔しそうだから、とりあえず、捨てていない。
どれだけの時が流れても、どれだけの時が流れていなくても。


多分、私は捨てない。

貧乏育ちだった私の元々はどこまでも貧乏性で捨てられない性なのだ。



でも流石に、私にもしも子供が出来てもこの家には預けたりはしない、絶対。
その時は未来の夫に滅茶苦茶頑張ってもらおう。






そんなことよりも

そんなことよりも


うん、そんなことにしたい、うん。








「やっぱり眠れないですね」

実家に帰った日はいつもあの日と重なる。
実家から戦地に旅立った日と帰った日のことを思い出してしまう。

右手の五指を広げみる。

僅かながらに手の平に火傷の跡が残っている。
自分が唯一あの戦場で負った傷。

「爆弾魔め………」

あの人は今どうしているのだろうか、そう、思った。
いずれ、あの人とは何処かで決着をつけるべき、出会った時、そう思った。
正しいとか正しくないとかそういうことじゃなくて。
間違ってるとか間違っていないとかそういうことじゃなくて
勝つとか負けるとかそういうことじゃなくて。

錬金術を学ぶとはどういうことか、と哲学的に考えさせられたあの人の言動。


私は錬金術をどうしたいのか、どう使って生きたいのか。
その答えに決着を付けたかった。

「あれだけボロクソに言われたら、ね………」

ま、あの人は刑務所、私は結婚という人生の墓場。
錬金術を捨てて家庭に入る前の僅かな心残り。

がむしゃらに手探りでそれなりに進んできたつもりだが、結局終わってしまう。

「言い返せないまま、やめるのか………あー腹が立ちます」


全てを破壊する為に燃え盛る紅蓮と、ただ人の為にと築き上げた妙薬。

「いずれ、ボロクソに言い返してやろうと思ってたのになぁ」

お互い、業に誇りを持っている。
一人の錬金術師として、方向性が違うが、ユーリックは彼の技術に未来を見た。
納得も理解もしたくもなかったが、どこまでもあれは純粋だ。
純粋に人を殺す技術だ。

効率的に未来を進む。

ああいう風に人の争いは進化していくのか、そう思ってしまった。


では私は?

絶対にそういう風に進まない。

そう思っている。


だからこそ


負けたくない、そう思った。


絶対に負けない。

名誉とか技術とかそういうものじゃない。
見返したい。
どこまでもそう考えてしまう。


「ま、お互い趣味人ですからね」

あっちは途方もない悪趣味だが。

趣味を楽しみに生きる人間は一度その趣味にケチがつくと、どうにも我慢ならない、とかそんな感じで。

「あー腹立つ」

どうせどっかで悪趣味を楽しんでるんだろう、と答えをつけユーリックは眠る。








次回も続く。


まだまだ恐ろしいバートン一家編が続きます。




[11215] 実家編最終話 【暴力表現あり】
Name: toto君◆510b874a ID:a283f18c
Date: 2012/03/30 23:17
両親は帰るなり私に

「座れ」

といきなり蹴り、強引に居間のソファーに座らせ。させる。

怯えながらゆっくり座ると

「遅い」

と髪を掴まれ6発ほどビンタで頬を叩かれる。

やっぱりお父上は兄よりもマシだ。

まだビンタぐらいの可愛らしいもの。

と、思いきや座った私の鳩尾に蹴り。


「がはっ………」

思わず、呼気が搾り出され、大きく呻く。
髪を掴んだまま蹴られたので衝撃の逃げ場なく、下手をしたら内蔵に傷がつくほどの痛み。
手加減してください、これから子供つくるかもしれないのに。
貴方達が私に望む機能も果たせないかもしれませんよ。


「間抜けが、なんの為に育ててきたと思っている」

やっぱりです。

そんな事を思いながら咽ながら俯き、掴まれた髪に痛みを感じながら黙り込む。

頑張れ私、貝のように余計なことを言わずにただ、静かに嵐が通り過ぎるのを待つのだ。
どうせ結婚するから痕が残るような怪我はさせないはず。

「よりにもよって国家錬金術師殺しの事件に巻き込まれるとは」

そしてギリギリとアイアンクロー。
54過ぎても相変わらずの握力ですね、お父様。


あ、痛い、痛い、痛い。

顔面、凄い痛い。

呼吸が止まりそう、息が詰まる。

女性の方が痛みに強いので女性人格のまま耐える。
男性女性の切り替えが進んだのってこのお陰である。

ああ、愛が痛い。


絶賛説教中の私をパトリシアが心配そうに私を見る。

そして

「少将、発言よろしいでしょうか、ユーリック御嬢様の今回の件は、私が至らない為に起きたこと、私がしっかりと護衛をこなしていれば
このようなことは起きませんでした」

「黙れ、全てはこの娘にある、こいつがしっかりと予定を決めていれば、このようなことにならない」

で、パティは黙り込み、泣きそうな顔で私を見る。

正論です。

一人暮らしに浮かれてだらしなかった私のせいです。
つーかパティ、駄目フォロー禁止。
フォローするたびに私の無計画さが顕わになりますから。

此処で空気を読まず、別に縁談は破談になっていないんだからいいじゃないですか、とか言いそうになるけど
お宅の娘さん、相変わらず勇敢でよろしいですね、ますます家の息子と結婚させたいわ、なんてお褒めの言葉つきじゃないですか。

なんでこうまで怒られる。

一言物申したいが

我慢、我慢、我慢。

しっかし、キャデラック少尉、貴方そのまま報告とか、我が一族のこと全然知らなかったようですね。
流石、生真面目バートン派です。
私からすれば空気を読まない程の馬鹿真面目っていう感じなんですが。





そして隣に座る我が母が私の小指を掴み、折れるか折れないかのギリギリまで曲げる。

「う………あ…む」

無理、無理、無理、火がついたように泣き喚きたいぐらい痛い。

必死に口を閉じ、痛みに耐える。
耐えてやる、絶対泣かない。
私は錬金術師だ、知によって人でありながら、人を超えるべき者。
こんなもの、私には効かない。

錬金術師は心が折れなければ、負けない。
心が折れることを敗北と言うならば、私は折れない。


「なんだその眼は」

どうやら、必死に痛みに耐える私の眼は父にとって不快だったらしい。
怒りの雰囲気が増してきた。

うあ、素直に泣いとけばよかった。

そして目ざとくある物に眼をつける。


私の首に掛かる大事な大事な懐中時計。
国家錬金術師の証である銀時計。



狗になった証の首輪だが、それなりに思い出があったのに。
これを手に入れたとき、飛び上がって喜んで、沢山の人たちに頑張りますって見せてきたのに。



――――置いてくればよかった。


「もういらんな、こんなもの」


容赦なく私の首から外され、豪快に床に叩きつけられる。
錬金術で分解するような精密な分解ではなく、どこまでも粗暴な破壊という分解。

くるくると私の目の前で精密部品を巻き散らかせながら時計が壊れていく。
まるでその程度で壊れる程度の価値しかなかったように壊れていく。

嘲笑うかのように、時を刻むのを止める。






あーあ。



泣いてもいいですか。

てゆうか別にぶっ壊さなくても。

あとでこれ、国に返上するんだぞ。

あとパティ、私より真っ先に泣くな。



「知っているだろう、ユーリック……我々は代々、力在る者の下で力を振るい、長年血を保ってきた一族だ。
昔からそうして生き永らえてきた、そして力在る者の為に利益を追求し、認められてきた、わかるか」


知るかっ!

初耳だっ!

「国家に対し忠誠を誓う軍人として常に臣民を守る為に戦う事こそ誉れとせよ」

という奇麗事は嘘だったのか。
歴史に生き残るために作りあげた嘘か。

所詮、犬か。
狗にもなれない雑兵の一族か。

結局はその程度か。

おかしいとは思っていた、でも、信じてきた。
私の直接の先生達は皆優しい人たちだったから。

だから頑張ろう、そう思ってきた。











でもお前達は屑だったのか。





この歳になってやっと眼が覚めた。

何度も顔を叩かれ、それでも、失望はやめない。
痛い、でも痛みよりも笑いがでるのを我慢しなくちゃならないから、歯がぐらぐら行くこのビンタも

気付け薬のようなものです、と私は思う。




いかに強くても、所詮その程度。
アメストリス南部、最強の少将といってもその程度か。

ああ分かる、いつまでたっても出世出来ないのが分かりますね。

ふん、狗でなく竜に成ろうとする東部の焔よりも、器が狭い。
ああ、男だったら、ああいう男こそ、出世するものだ。
何一つ捨てずに向かう、あの男。
気障りな人だが、あの人は良い男だ。

我が家の馬鹿どもと来たら、どいつもこいつも

それに結局、子供の中で私が一番出世してるじゃないか。

えーと一番上の兄が少佐だったかなー。

35で少佐って結構凄いですけどねぇ。

私はね、国家錬金術師として少佐位ではなく実は大佐位なんですよ。
まったく意味の無い位ですけど。

大本の国家錬金術師運営委員会と大総統しか知りませんけど。


ああ、国家資格返上するの嫌だなぁ………。

去年、総統に「私って少佐扱いですかー」と聞いたら

「いや大佐だ、はっはっは、これからも発明よろしく頼むよユーリ君」と頭を撫でられたものだ。
いっとくが、私ほど経済的に国益向上を行なう国家錬金術師は居ないのだ。

だから好き勝手やっても許して貰ってるし。

査定半年無視とか余裕ですよ?
だって無視した分だけ1000倍返し余裕。
特許は全てほぼ無償に近い金額で売ってるんですよ?

特許元の食材はある程度、私だけ無料という条件を理由に。

面倒そうだから両親には報告させてないけど。
私の手がけたあの世界のパクリは全て中央、東部で大ブレイクしてますからね。
ここ数年、今では一日に国民が食べる物の中に私が考えた物が大抵混じってますからね。
大まかに知っているのはパティと各企業と国家錬金術運営委員会と大総統。



バターよりも安価なマーガリンとか(マルガリン酸の発見者、ありがとう)
落花生ジャム、ようはピーナッツジャムとか(アメリカのどっかの兄弟ありがとう)
シリアルとか。(ジョン・ ハーヴェイ・ケロッグ博士、ありがとう)
フルーツグラノールとか(開発者わからんけど、ありがとう)
シーチキンとか。(はごろもフーズ、ありがとう)
粒果コンソメとか(開発者わからんけど、ありがとう)
エトセトラ。


食文化が浅いアメストリスに浸透させてるの私ですからね。

完成させたのは企業だが、原型は私だ。

ピーナッツジャムは1920~30年代に出来たらしいからほっといても誰か作ったかもしれんけど。

パン食民なアメストリスの朝は私から始まっていると言っても過言ではない!
私のもう一つの渾名しってますか?


【起業の錬金術師】

私の趣味でどれだけの会社が出来たことか。
私の趣味の一つに、あることがあります。

人が私の発明じゃなくてパクリを口にしているのを影でニヤニヤすること。
ちなみに誰がつくったのかと、聞かれれば、答えてあげるが世の情けではありません。
過度な期待は怖いので、黙ってます。
製品化されてもあんまりにもな発明は隠してます。

所詮パクリだからなんだか後ろめたいし。

私はちょっとアイディア出す感じの謎の錬金術師でいい。

ある意味、傷の男も真っ先に狙う功績の数。

アメストリス人の中では1番名が売れてるんですよね。

インパクトに欠けて話題にあんまりならないですけど。
キャラが薄いのだろうか、私。





でも昔身近だった食品作成にずーっと錬金術を使ってたんですから。

いつかあの紅蓮をボロクソに笑うために。


所詮古臭いロートルだな、とユーリックは心底馬鹿にして、でもここは頷かないと駄目だと判断しコクリと首を下げる。

「お前のやってきたことは認める、だがな、果てしなく無意味で無価値だ、くだらない、そんなことのために育てた心算はない!
折角の錬金術も、ただのお前の遊戯でしかない!子供のお遊びだ!くだらない!無意味で無価値だ!」

耳元で激しく怒鳴られる。









あ?








あれですよねお父上?

結局。


ワタクシが事件に巻き込まれ、結婚直前に経歴に傷がついたから怒ってるだけですよね。
私自身を心配して怒ってる訳じゃないですよね。


そしてこの言い草。



流石に……………切れるぞ。

意味も価値も誰がそれを決めると思う?

私だけだ。

私が培ってきたものだけは、私のものだ。
何が認めるだ、無価値だって?無意味だって?

違う、絶対に違う。
意味も価値も私は求めない、私は―――――。

やりたいから好き勝手にやってるだけだ。
私が良かれと思ってやっている。

だから、知るか。

知ったことか。




私は貴方達にしてみれば道具だが、意志はある。
家族だろうが、なんだろうが、譲れないモノはあるのだ。


そこのところ分からせてやろうではないか。
私は自立した一人の大人だということを。


一気に女性格から男性格に切り替える。

現在、私の首を絞める父、小指をへし折りそうなぐらい曲げる母ちなみに最初にやられた方は既に脱臼している。


こんなもの

実は滅多に使わないが、私には特技がある。
二重人格さながらの人格の切り替えでマスターしたある技術だ。

それは暗示による、自己変革。

しかし時間が掛かる、咄嗟には行えない、脳みその中でゆっくりと、まるで錬金術を行なうように
自らを錬成する。

理解、分解、再構築。

こんなもの

父の片手で腕を掴み、母に握られた片手に力を込める。

一気に

跳躍する。

強引に拘束を引き千切る。

ぼきり、と小指が折れるのを感じた。
食い込んだ指が首の肌を削るのを感じた。

こんなもの

私にとって無意味で無価値だ。

屋敷のソファーから跳ね上がり、私は空中で一回転する。

なんと見事なバク宙か。

泣きながら私を見ていたパティの表情が驚愕に変化していくのがよく見て取れる。

そして見事に着地。

秘技、脳内錬成。

ま、ただの肉体のリミッター解除なんですけど。
元々、生体錬金が主として教えられた錬金術だったので、人体にはそれなりに詳しいのですよ、私は。
痛みなぞ、所詮電気信号。

こんなもの私には無意味だ。

余裕に耐えられる。
心に傷がつくほうがよっぽど痛い。
私は命が一番大切な物じゃない、もっと大切なモノがあるならば、傷つくことを厭わない。
大切なモノが傷つくぐらいなら、身体の傷など厭わない。



私は妙薬の錬金術師。

私の誇りは傷つけはさせない。
錬金術師を名乗る時の私は、大切なものを捨てたりしない。
いつだって、どんな時でもあっても逃げない。


絶対に誰であろうと敗北しない。

暴力程度の苦痛に負けることを敗北と言うならば

どんな苦痛にも耐えてみせる。

そしてこの手で大切なモノを掴み取る。

だから、本当にこの程度のこと、くだらない。



くだらなすぎるのだ。


さっさとこんな詰まらない茶番は終わらせたいものだ。

私は床に散らばった懐中時計を拾い上げ錬成し直し、首に掛けなおす。
あとで、時計屋に持っていこう、などと思いながら。

こんなこともあろうかと、錬成陣は懐中時計の蓋に掘り込んであるんですよ。
流石、国家錬金術師の為の懐中時計、外殻はとても丈夫です。


「で、私はいつ結婚すれば宜しいのでしょうか、お父様、お母様」

私はおしとやかに典雅に舞うように振り向き、優雅に両親に微笑んだ。


それに対し、苦々しく私を見る両親。

どうせ、言うことを聞かない、じゃじゃ馬娘め……なんて思ってるんでしょうけど。

お父様、貴方は軍人としては優れてますけど、親としては最悪ですよ。
お母様、貴女は婦人としては優れてますけど、親としては最低ですよ。

私はね、レディでなく、軍人でもなく、錬金術師ですから。


そういう視線を籠めて睨み返す。



ああ、相変わらず、価値観の共有がどこまでも不可能な家族ですね、と胸の裡で苦笑する。

地球は丸くて曲線だというのに、相変わらずの平行線。
一応、理解はしてあげますけど、納得は一生しませんよ。

これは我侭です、私らしい、ね。

だからねお父様、お母様、二人とも、周囲の鈍器で私を殴らないでくださいね。

死にますから。






実家編3







あれから3日。

両親を華麗に挑発してから
暫く恐ろしい数の折檻を受けたが、折れぬ私に業を煮やし
私は両親から頭を冷やしてこい、と家から追い出され南部の街中を歩いている。
結婚式前日まで帰るな、との御達し付き。



「なんという無茶を……ユーリ」

「あれでいいんですよ、パティ、家族間のコミュニュケーションですよ」

私はジュリから渡された紅茶が入った水筒を時たま傾けながら街を歩く。
タンニンは傷の回復を早めるのだ。


あんなことをやってしまった後なのに気分よく街中を歩く。


ああ、すっきりした。
家庭に入る前の心残りその1が今日達成された。

清清しい。

頭の包帯と顔の絆創膏と首に巻かれた包帯と小指に巻かれた包帯に大変痛々しさを覚えるが、気分は最高です。
しばらく誰にも見せられないほどの傷を全身に作りましたけど。

内出血がいっぱい出来たぐらいだ。

うん全治1月だね、と私は朗らかに笑う。

丁度兄が家から出かけてたのが不幸中の幸いである。

アレに折檻に参加されていたら、本気で死を覚悟するだろう。

私の乳歯を殆どをバキ折ったのは、あの兄だ。

最早DVだ。

幼い頃は口癖が「ぅあがー」だったし。
ご飯も碌に食べられなくて、何度食事中に殴られたことか。





でもお陰で衣装合わせもサクサク進むだろう。
露出が多いのは着れないだろうし、楽チンだ。




「でもあのユーリは格好よかったですよ、あのバケモノ少将に、あんな風に言い返すとは……」

貴女が軍人であれば、貴女の元で戦いたかったです、とパティは微笑む。

「ありがとう、パティ」

実際ブチ切れてからの行動だったから、あんまし実感ない。

「手が……震える」

今更ながらに恐怖で全身が震え始める。

盛大なやっちまった感が……。

ここ数日は怪我の痛みで殆ど呻きっぱなしでベッドの中で実感する暇もなかったが


ああ、やってしまった。









「すいません、パティ……しばらく貴女の家に泊めてください」

両親はまだいい、あの加減を知らない兄とだけは遭いたくない。
反抗すれば嬉々として私をぶん殴るだろう。
軍人にならなければ、ただの異常者な兄のこと思うと、流石に恐怖する。

クルーガー兄さんこそ、私がこの世で一番恐れる人間。
戦いだけに喜びを感じる、生粋のバートンの血族。
あれに理屈は通用しない。

私なんてそこら辺の犬ころと変わらない、と断言したあの兄が怖い。

いくら私がいくら心の奥底では勝利していようが、バートン家の人間は私を容赦なく殴るだろう。
そういう、家なのだ、あそこは。

私が何言おうがどうせ変わらん、変わらん。
あの家の人間は戦闘能力だけはピカイチなのだ。
あの時の拘束からの脱出も両親の手加減があったからこそ出来た行為だ。
リミッター外そうが、所詮私は非力な素人。

普段だったら私が束になっても絶対に勝てない。
だから自分を犠牲にして逃げた。




「しょうがないですね、ユーリは……でも、貴女が一番好きですよ、誰よりも……貴女を守りたい」

それは残念。

男だったらパティと結婚していたのに。
私に後ろから抱きつくパティの温もりに思わず微笑む。


「では、結婚前に貴女と浮気をしましょうかね」

ぐるりと回りパティに正面から抱きつく。
相変わらず、無駄がない戦闘職の女性らしさの欠片もない硬質な身体だが。

私は好きだ。

戦場でもこの身体で私を守ってきてくれたし。



「………私はそのケはないですけれど、貴女ならいいかもしれません」

そう、言って。

またパティお得意の私に対する胸揉みセクハラが開始される。

「いや、それは勘弁……」

それは虚しいだけだし。

ないものはないのだ。

あればよかったのになぁ。

「上手くいかないもんですね、世の中って」

「嫌いですか、世の中」

一緒に逃げますか?

とパティは冗談交じりで私にそう、言う。
でも少し、瞳には本音がある。

優しい人だね、パトリシア。

私は笑う。

守られるばかりの立場もそろそろ逆転しないと。

「いえ、嫌いじゃないですよ、だってすごい面白い」

世界は面白い。

エド君、アル君、旅は楽しいですか?
旅立ちの元々はツライことかも知れませんけど、世界は楽しいですよ。
旅は苦しくても楽しいものですよ、楽しむものなんです。

美味しいもの食べて、いろんな場所みて、いろんな人にあって。




私も戦場に旅立った時は苦しくて泣きそうなことがいっぱいありました。
それ以上に旅は広さを感じて、面白かったですよ。

不味いもの食って、酷い処ばかり見て、酷い人ばかりにあっての三拍子でしたけども。
それでも拷問のような我が実家よりも、多くの人たちに頼られたこともあり、それなりに不幸だけの記憶じゃないんですよ。

私も本当に貴方達に着いて行きたかったです。


多分、貴方達なら笑って私を旅のお供に連れてってくれたでしょう?

そして頼ってくれたでしょう?


本当はそうしたかった。
初めて出来た、私の錬金術を馬鹿にしない、二人の錬金術師の友達。
私の他愛もない錬金術に対し本気で応援してくれた二人。
最初はどこか後ろめたい目が私に向けられたが、最後は友として私を見てくれた。
頼ってくれた。
錬金術師の多くは誰しも皆、どこかずっと私を下にみたり、羨んだり、そういう感じの人たちばかりだった。
そんな風に考えてもしょうがないのにね、と笑い飛ばしてきたが。

実はちょっと寂しかったのだ。

そういう評価や風評が入らない場所で態々一人、田舎で研究を続けてきたし。

情けないが、所詮、私もこの程度。





「パティ、後のことは後に考えてですね…また市場に行きましょう」

取りあえずは気晴らし、気晴らし。

「え、またですか?」

「どうせ結婚まで一月なんですから、遊んでる内にあっというまですよ」

とりあえず、遊びながら急いで怪我を治さないと不味いな、と笑う。

私もこれでも女だ。
強がってても、やっぱり顔はさっさと治したい。
結婚する時は一番綺麗な時じゃないと嫌なのだ。

我が両親が用意してくださった婚約者は良い男なのだ。
あの戦場で、ただ一人泣いた、国家錬金術師。
私は彼が婚約者になる前から知っている。


誰かの為に本当に涙を流せる人ほど素晴らしい。

ポケットの中に入っている白百合の押し花で作った栞はまだきちんと残っている。
懐中時計よりもこっちの方が大事で隠しておいて置いたのだ、


誰しも、女ならお花をプレゼントされるのは、嬉しいものですし。


「ええ!?」

「超早まりました」

大戦果である。

行くも地獄、行かずも地獄の大戦果。

これぞ、背水の陣。

錬成陣を張ってきた私も驚く大戦果。



「でも、その顔で市場に行くのはおやめになった方が……」

「あ、不味いですか………」

「下手したら本当にお嫁に行けなくなります」


取りあえず、パティの家で安静に過ごすかな、と私は溜息を吐く。

あ、そういえば、先生の家に行けば傷の一つや二つは簡単に直してくれそう。


決めた。


久しぶりに先生の家で、お喋りしよう。





実家編 了



キメラ編に続く。





結局はチキンな我が主人公
所詮、力を持っても根本的には逃げださない主人公。
ただの貧乏性とも言う。


そして実は史上最大の物凄い超才能の無駄遣い国家錬金術師。

実は勝手に一人でも生きていける。
でも、貧乏性が板についていて逃げ出せない。
旅行に出かけたら、取りあえず、旅先で家燃えてないかなぁーとか心配するタイプである



次回も続く。






[11215] キメラ編 1話
Name: toto君◆510b874a ID:7ebe966e
Date: 2012/03/30 20:36
南部の市街地を抜け、目立たないようにひっそりとある、3階建てのビルディング。
ハンセンにあるユーリックと同じく墓石のようなコンクリート作りの建物。

ユーリックとパトリシアは人目を避けるようにハイリッツ・グラードが住む、この建物に向かう。
パトリシアはまるでデジャブを覚えたらしく、ユーリックの方をつつく。

「私はここに来るのは初めてですが……ユーリ、貴女の研究室と同じのような気がします」

「はい、だって私が真似しましたから」

ユーリックはじんじんと痛む頬を押さえながら、そう、答える。
ビルディングほど、便利な家はない、という師の薦めどおりに建てた研究所。
壊すのも、作るのも簡単だと、師は言っていた。
ハンセンの自分の家のことを思い出してしまったユーリックは苦笑する。



「家畜専門の錬金術師とは聞いていましたが」

「ああ、試験農場はこれより遠くの場所にありますよ」

さて、久しぶりの先生の家だ、とビルに近づくと

「こんにちは」

ビルの窓から上半身を乗り出して艶のある黒い髪が目立つ少女が手を振っている。

「こんにちは」

ユーリックは頬から手を離し、その手を振るい、挨拶を返す。

「おじいちゃんが待っているから、そのまま入ってください」

少女がそう言って、窓辺から姿を消す。
スルリと、まるで小動物のように乗り出していた上半身が消えるその様は

「やっぱり猫みたい……」

ユーリックは、そう思った。

しかし

待っているとは、どういうことだろう





ビルに入って直ぐ。
一階の部屋の奥から、お菓子を作る時の独特の甘い香りがユーリックの鼻に届く。
台所はユーリックと同じく一階に設備されていたはず。


「連絡はお前の実家から来ている、治療を受けに来たのだろう」

白髪銀縁眼鏡の硬質な瞳を浮かべる老人は皺を歪ませながら、そう言う。
相も変わらず、その瞳の中には何の感情も浮かんでいない。
吐き出された言葉には何一つ己の感慨が含まれて居ない。
正真正銘の錬金術師、ただ、英知を学ぶ、ということだけに全てを置いているかのような老人。

「ふむ、丁度良い時間に来たな、今、シルビアがクッキーを焼いていたところだ。
その顔では痛いだろうから食べなくても良いが、どうだ、食べるか」


「食べます」

手作りクッキーほど、この世に美味しいクッキーはない、ユーリックはそう、思っている。
製品のように、製品化に満たす美味さよりも、人が手を掛けた手作りの味の方が好きだからだ。
情緒、とでも言うのかああいう小さな可愛い女の子の作ったクッキーは絶対美味い、そう考えてしまった。

「先に治療を「今食べたいです」……痛くはないのか」

「痛みよりも、まず美味しい物を」

そのユーリックのユーリックらしい言葉に老人はふ、と口を綻ばせる。

「相変わらずだな、いつでもお前は変わらない……あと治療の他に積もる話もある」

「ところで、家から連絡が来ていたのですよねなんででしょうか」

あの鬼畜家族が私のことを心配して連絡したのだろうか


「それは積もる話の中に含まれている、どうする、先にそちらの方にしようか」

「シルビアちゃんが作ったお菓子を食べながらでは」

「いや、お前ならこういうだろうな、お菓子を食べながら聞く話ではない、とね、私は構わないが」

と老人はパトリシアを見て、次に自分の瞳を見て、そう、言う。



どれにする


暗に老人が、自分と一対一でする話がある、と告げている。


ユーリックは途端にふと、自らの思考が錬金術師らしい
どこまでも合理的な思考に変わることを感じた。

そして、ある疑問が生まれる。


同じ錬金術師でありながら、どこまでも理論的で感情を持たない師の瞳。
その眼をみた瞬間、ユーリックは妙薬の錬金術師ではなく、ただ単に英知だけを求める一人の錬金術師に成った。
この師の下で学んでいた時のように。



「私は元々先生とお喋りに来ました、だから、やっぱり先にそっちですね」

「ここ数日のことで………腑に落ちないことがあったか」

「ええ、まぁ、あの時は怒りで、私は理解をしようとすることをやめていました、そして感情のみで動いていました」

「そこがまだまだ未熟なところだな、【妙薬の錬金術師】」

「いえ、今の私は貴方の弟子ですよ」


私は、殴られて、怒鳴られて、貶されて、忘れていた。
そうだ、あの家の両親も兄達も私を

理由がなければ、殴らない。

あの数日間、私は全治一ヶ月の怪我を負わされた。
とことん、実に巧みに、まるで結婚の披露宴に治癒が間に合う範囲の怪我。
一切、障害が残らない、上手な手加減で生まれた傷。

直りが遅いのが、自ら負った傷のみ。
自分で折った指ではない方はまるで積み木を建てるように、戻すことが出来たのだ。
これならば2週間あれば、元通りだろう、という傷。


そしてヒントがある。

父の第一声。

「よりにもよって国家錬金術師殺しに巻き込まれるとは」という言葉。

あの声には怒りがあった。

それだけではない。

焦りがあった、陰りがあったのだ。

「では、お聞かせください、我が、今のバートンのことを」

「ふむ、随分と的をつく言葉だ、それではシルビアのクッキーは冷めたあとで戴こう」

楽しみにしていたのだがね。

と珍しく老人は眼に感情を浮かべる。

「シルビア」

老人が大声を上げる。

「はーい、なになに、おじいちゃん」

てくてくとシルビアはひょい、と台所から顔を出す。


「上で大事な話がユーリックとある、お前はもう一人の方を持て成せ」

一体何が

とパトリシアは周囲を見回してからユーリックを見る。

ユーリックはパトリシアにこう、言う。

「そういうことなので、パティ。シルビアちゃんの焼きたてのクッキー、私の代わりに美味しく食べてください、で、私の分も残してください」

「そういうことだ、パトリシア中尉、シルビアの作ったクッキーでもゆっくり食べていろ、そして、たまには護衛のことを忘れて、ゆっくりしていろ」

そこはお客様用の席だ、と居間のテーブル端を老人が指を指す。

パトリシアは二人の発言に余計混乱してしまい、そのままその席に向かい、納得いかぬまま座る。



先生と私はシルビアちゃんがテーブルに焼きたてのクッキーを置くのを見て、パトリシアがクッキーを食べ始めるのを見ながら上の階に続く階段を上る。



「では少々、長い話だユーリック、ノートの用意はあるか」

「先生、私貴方との授業で一度もノートを使ったことはありませんよ、そもそも、先生は黒板、使わなかったじゃないですか」

それにこの家に黒板はない。
あるのかも知れないが、私は見たことがない。


授業は全部先生の言葉だけ。
錬成陣も全部、渡してくれた本のみで、書き方は全部、家で自主練習。
基本的な書き方は本から学んだ。

昔は、それでいいのかと思いもしたが先生の一言で納得した。


言葉だけの説明で理解できない程度の人間に私は錬金術は教えない。
私は教師ではない、錬金術師だ。
ただ教えるべきだろうことを、話すだけだ、親身になど教えない。
そもそも、私は錬金術の教師などしたことは一度もない、教師に錬金術を教わったことなどない。

そもそも、言葉ごときから学べないものに用はない。

錬金術は言葉よりも遥かに奥が深い。

言葉なんて簡単なものから学べないのなら諦めろ。




という、厳しいお言葉。

なんだか矛盾している気がするような言葉だが。


ようは、馬鹿は帰れ。


それだけだ。


確かこの人、錬金術師が錬金術を大衆の為に使うことは良いが、広めることは嫌いだった。
誰よりも錬金術師ではない人間に錬金術を使わせることを嫌っている。

何故か、と問えば。

一言。

「碌なことにならない」とのこと。

授業も難しく、一度話したことは繰り返さないし、聞き返すことは許さなかった。

そしてどんどんハイペースで授業が進んでいく。
その場で理解しないと一気にわからなくなるような授業。

毎日が篩いに掛けられるような授業だったと思う。
体調不良な時は、言い出れば、その場では授業をしない。
その日はお終い。

では次回、って感じだった。






三回ぐらい、仮病を使ったことがあるような、ないような
そしてわからなかった言葉を必死にノートに家で書きまとめていたような。

「ああ、そういえば、そうだったな、だが…」

「だが………」

「今シルビアも錬金術に興味を抱いていてな、なんだ、私の話は難しいらしいのだ」


「……………難しかったです、先生」

うん、錬金術師になるための最大の壁は、先生だった。
バートン家が用意した教師。

なんでも昔からの知り合いらしい。





「お前は変わらんが、私は少し、変わったぞ、今ではシルビア用の黒板が私の家にはある」

………この先生でも孫娘はやっぱり、可愛いのか。

「だが、全然わからないらしいのだ、話が終わったら、シルビアに教えてあげてくれ」

「………先生の弟子の私が教えるのがいいのなら」

「お前もかユーリック」

「私もほとんど感覚の様に理解してやってます」

頭の中に手足も翼も尾鰭もいろんなものが新しく生えたような感覚で。

「それは、そうだ。錬金術師に成らなければ錬金術は使えない」

「………それはそれで大きな矛盾があるような」

「まぁ、いい。さっさと席に着け」

いつのまにか、私達は先生の書斎にいたらしい。

一度しか階段を上っていないのに。

あれ、昔は三階にあったような……。

「今は寝室が上だ……シルビアが寝る前には私も寝なくはいけないらしい」

一々、上に寝かし付けにいくのが面倒だ、とのことだ。

と先生が言う。

夜中、勝手に研究しているのが、シルビアが夜中に起き出して
トイレに行く度にバレてしまう、と先生は不満そうに言う。

先生が尻にしかれている。



私は昔、先生の下で勉強していた頃と同じ、小さな、木製の机がある木製のイスに座り、先生は少し遠く離れた場所にある
シルビアちゃんの落書きであろう、猫が大きく書かれた背中のある木製のイスに座る。

先生がイスに座ると、まるで先生が猫に座られているように落書きが見える。

「では、座ったな…長い話をしようか、ユーリック・バートン」

「……ちょっとタイムです」

思わず、爆笑しそうになってしまい、落ち着くまで少々時間が掛かってしまったことは言うまでもない。















キメラ編 話




「手酷くやられたようだな、ユーリック」

「ええまぁ」

私は先生の言葉に対し頷く。

そして私の腫れた頬に指をさす。

「昨日のです」


そして、私の頬の傷を見て、こう言う。

「たかが、1日。流石、バートンの血筋だ、相も変わらず、直りが早い、しかし、お前は何故、無意味な挑発を行なった」


何度も殴られても、もう私は発音よく流暢に喋ることが出来ている。
口がうまく回らないほど殴られたのに。

私は運動能力は低くても体力だけは凄いのだ。


「いい加減、ムカついたからですよ、普段は人が良い癖に
私のことになると、いつもああで、本当に嫌になったんです」

可愛がられる甥達に比べ、いつも私は、両親に酷い仕打ちを受けていた。
子供らしく遊ぶことも許されず、いつもあのくすんだ訓練場。
自由を許されたのは人々が居る前だけ。

まるで、何かの偽装だ。
私は娘に訓練を施していることを隠している、やっぱりこの家は普通じゃない、と思わせる日々だった。


そしていつも戦場に向かい、私を他人に教育させた。
母は昔、戦場で足に大きな傷を負い、あまり出歩かない人なので私の傍にはいつも教師が付いていた。
母から教わったのは作法とピアノ。




「それはお前だけが、あの家で、生きた人間だからだ」

「生きている、人間」

「お前の父親は言っていた、バートンは代々全ての人間が生まれたときから死んでいる。
バートンの血筋の人間は屠殺場にいる家畜のような存在だ、殺されるまで待つだけの人間だとな。
戦いの中でしか、真に満たされず、戦わなければ飢餓を覚える。
そこまで行くと、生きている、というよりも、死んでいるに等しい、そして彼等は生まれた時からそれを受け入れている。
本質的な意味合いで、彼等は死んでいる、だが生きて動いている…………異常者の家だ。皆、純正の人間でありながら、須くキメラのようだとな」



私の今着ているジャケットを指してそう、言う。
バートン家の狼の刻印。

それが人狼を意味する刻印だと私は知らなかった。


「それってオカルト的な意味でしょうか」

錬金術の話ではない、と思った私はそう先生に質問した。

「やはり、知らないのか」

「何を」

「バートンの祖先である、とある部族達はある民族の所有物として生かされ、生きてきた。
バートンがバートンは名乗る前までは彼等は奴隷であり、隷属を強いられた人間達だった。
最初は八の部族だった、だが、所有されて6の部族は殺され、残った二つの部族で二人だけ生き残った、異常な能力を持つ二人だけが。
そして残った男と女同士で子供を作り、それから彼等は一つとなった一族同士で近親相姦を繰り返した。そして皆、全て異常を持ち、
それを武器として生き延びた。そして隷属を強いてきた民族を全て殺しつくし、解き放たれた。
それからは、他の帰属する価値のある者や民族や国家などの下でその異能を揮い、生きてきた。それが今日のバートン家だ」

そんな可笑しな話は聞いたことがない。
代々軍人の家系じゃなかったのか

「あれは嘘らしい」

嘘……。

「まぁ、ヤツのくだらない冗談だがな、私も冗談で言っている、だから真に受けるなよ」

「先生が冗談を言うなんて珍しい話ですね」

「くだらない冗談だ。だが、お前の兄達を思いだせ、あの男達は皆異常だろう」

「異常です」


どいつもこいつも、戦い、という暴力に傾倒し、それ以外のことに深く興味を持たない兄達。
恐ろしく、理解に苦しみ、納得がいかない家族達。

そして皆、まるで人を超えた何かのように、恐ろしく強く、戦いを恐れない。

まるで、戦うことしか生きる道がないかのように。

「だが、バートンの者は皆、自分の異常を自覚している、そして周囲に異常者として思われないように偽装して生きている」


いやいや、あの兄とか誰がどうみても異常者じゃないですか。

「誰も彼もが皆、死ぬことを好むように軍人として戦場に立つ、そうしなければ異常として周囲に弾かれ、殺されるだけだからだ。
知っているか、お前以外のバートンの血筋の人間は全て、軍人を幼い時から目指すことを。戦闘がある場所に行くためにだ」

「いや、あれ……単に教育の問題だと思われますけど」

「いやそうかな、そうかもしれない、だが、ユーリックお前は違う、只一人、お前だけあの家では違う、ああいう風に育てられながら
どこまでも普通の人間だ。どこまでも普通の人間のように争いを恐れ、人が傷つくのを厭う人間だ。だから彼等は誰よりもお前に期待している」

あの家によく訓練を受けに来る甥たちを思い出す。
あの子達もバートンで厳しい訓練を受けている。

そして、皆、その訓練を受け入れている。

当たり前のように。






「何を」

「【普通】に生きることをだ、バートンの家に生まれた女は須く他の兄弟たちの子供の母として期待され育てられる。
そもそも、バートンの女も似たような志向を皆もっている、多少、男よりも弱いがな。
そんな風に生まれたら、普通の人間の下で子供を生み、家庭を作れると思うか?
結局は皆、バートン同士で子供を作るしかない。
それにな、私も驚いた、お前が他の家に嫁として送られると聞いたときは、ユーリック・バートンというバートンに生まれた異常を他の普通として生きさせる
ことに決めたことにな……そうだ、言い忘れていた、結婚おめでとう、ユーリック・バートン」

「……でもこんなにボコボコにされてるんですけど、お嫁にいけないぐらい」

「あそこまで激怒したのは彼等は恐れているからだ、普通であるお前が、異常を持たずにバートンとしてどこまでも才能があることを
そして恐れている、お前が今、バートンが帰属しているこの国に起きている、【何か】の犠牲になることを」

「【何か】」

「彼等はイシュバール戦で気付いたらしい」

「何故、あの戦闘狂のバートン家が何故、イシュバール戦では中立派を選んだと思う
バートンは恐れている、この国の深いところに根付く【何か】に対してな。
バートンの血筋が齎す特別な嗅覚にそれを感じ、その【何か】の犠牲にならぬように。
そして、異常な人間が異常に感じたイシュバールの戦いの匂いがしない、異常である自分達の戦いの場を南部に選び、ただ目立たぬように、ただ戦っている」

バートン家の権力の衰退。

それはバートン家により選ばれた手段。
バートン家はどこまでも他人事のように穏健と過激の中で中立を選んだ。



「そしてバートンの者でありながら、お前はこの国に対し何一つ警戒していない、少しでも道を踏み外せばどこまでも落ちるしかないと言うのに」

お前が、学んできた錬金術を全て、無意味で無価値なモノに貶めるような、奈落にな、そう先生は言う。



「お前はこの国の【何か】に関り始めたと、お前の両親は恐れている、国家錬金術師として優れる娘が利用されるのではないかと、ね」

だから、最も安全だと思われるアームストロング家にお前を入れることにしたのだと、先生は言った。

そして【妙薬の錬金術師】が出会った一つの陰り。




それが、国家錬金術師を標的にした

連続して続く、無差別な殺戮。


それに【妙薬】が巻き込まれた。


そして異常を持つバートンが感じた恐れと焦り。


異常だったイシュバール戦の生残りが行なう国家錬金術師のまるで


まるで。


選別のような殺戮を。





国家錬金術師としてではなく、本来の意味での錬金術師のみが生き残るような殺戮。

賢者の石を目指している、と公言する、本来の意味で錬金術師を目指している【鋼】。
錬金術を自らの大きな目的の過程として本来の意味で錬金術師を体言する【焔】。
そして、ただ誰かの豊かな幸福という未来を作るために生きる、本来の意味で錬金術を使う【妙薬】。


そう、あの【鋼】と【焔】と【妙薬】が揃った時まで、須く皆、出会えば必ず殺されていた。
優秀でも、才能があっても、力があっても必ず皆、殺されている。



それを知った、バートンはどう思ったと思う

ならば


生き残るものはそれなりに決まっている、とな。

だから選別。

まるで、分けるように死に、分けるように生き残る殺戮。













「私はね、それは思い違いだと、お前の父に言ったよ」

残った【豪腕】

あれはどうしても意味が繋がらない、とね。

え、それでと思ったが。
取りあえず先生の言う通りのことを思った。

思い違いだろう、と。

「ええ、そもそも私が狙われたのは偶然ですよ」

私よりも優れている錬金術師は沢山いる、と私は先生に言う。

自らの首に掛かるまるで首輪のような銀時計。

それを手で掴み、握りしめてそう、言った。







「だが、それでもお前の父はこう、言っている」



【違っていたとしても、繋がっている】とな。

全てこの世界でこの世で決められたルールがあると。

それはバートンでも従うルールだと。

生き残る者が優れている存在だ。

力も才能も関係ない。

いつでも死んだ者に先がなく。
いつでも生きている者に先がある。


「お前に父はな、バートンの血族が持つ異常で嗅ぎ取った、というのだ、ならば、多分その通りだろう」







思わず震えるほど、全身が寒くなる。

私も昔から思っていた


イシュバール戦は何のために行なわれていたのだろう、と。





怖い。


そう、思った。


結局私もバートンの人間。

なら、その感覚は大事にしなければいけないのかもしれない。




それは、置いといて。




「で、それって知っているの両親だけですか…」



それよりも、一番の謎は我が兄のこと。



「ああ、お前の兄達は血が濃すぎるのか、馬鹿だからな、バートンの血筋による才能のみで好き勝手に生きている」

そういえば、兄弟全員まるで偶然かのように、南部での戦場のみを愛している。
全員が異常な程の戦闘能力で好き勝手に生きている。

戦いこそが我が人生、そういいそうな兄達。

どいつもこいつも都合の良い辺りまで出世する。
自分達が、直接戦闘に参加できる位まで出世する。
そしてただ、戦う。

戦うことだけが、生きがいのバートン一家。


「……………全然、私無事じゃないです」


結局、あの兄は何も考えていないのか……。

てゆうかなんでこんなに殴られなければいけないのか

と思っていると
先生は私の顔を見ながらこう、言う。


「丁度、全治一ヶ月だな……他の怪我も多分、そのぐらいで直るだろう、一ヶ月よりも早く直る傷もあるだろうが」


それ以上の傷はないのだろうな、相変わらず程度が上手い、学者の私にはマネ出来ない、と先生は言う。


「一ヶ月後に結婚をするようだからな、一ヶ月間、十分に身体を治癒しろ」


ちなみに、お前の父と母によってお前に出来た傷は全て、放っておいても直るぞ、と先生は言う。


「ま、折れた指は私が治療しよう、ん……なんだその顔は、謎が解けたのならば。喜んだ顔をしろ」










なるほど、相変わらず方向が極端にバイオレンスな一族……。

そして与えられた外出許可。
人前にも出られないような怪我を残したままの外出許可。












ああ

なんという、理解に苦しむ家族愛。





やっと理解は出来ます、でも全然、納得いきません。



「それとも一ヶ月、監禁されたかったのか?」

それならこの怪我はなかったのだがな、と先生は言う。


「それも嫌です」



ようは結婚するまで余計なことをしないようにボコボコにしたのか……。

うん、全然、感動出来ないし、全然、この悲しみは癒えない。


「結局、私の家って…………鬼畜が住む家なんですね」

「今まで暮らしてきて気付かなかったのか?それならばお前も十分バートンの人間だ」


「感じてましたけど、気付かないようにしてました」


だって、あれだけ厳しくされてきたら、そう思うしかやっていけない。

悲しい……なんで、私あんな家に生まれたんだろう。

「で、私がもし今回の件で家出したらどうするんですか」

「それは考えていなかったらしい、取りあえず、殴れば黙るだろう、とか言っていたな」

「………馬鹿なんですか、私の家」

「ちなみに言うが、お前の一族は全員お前以外、代々戦闘職だな」

ちなみに全員、趣味が戦闘に関係するものだろう?と先生が言う。

銃が大好きお父さん。

ナイフが大好きお母さん。

銃が大好き一番上のお兄ちゃん。
銃が大好き従兄弟の義姉さん

銃の訓練が大好きな甥っ子(長男)
ナイフの訓練が大好きな甥っ子(次男)
銃の玩具が大好きな甥っ子(三男)


武器ならなんでも大好きお兄ちゃん。
武器ならなんでも好きなちょっと過去に問題があるらしい、血の繋がりのない義姉さん(アメストリス国軍南部で近接戦闘最強のパトリシアの親戚)

とりあえず殴るの大好きお兄ちゃん。

一番怖いよ、剣が大好きお兄ちゃん。



みんな牙と爪を磨くの大好き、狼一家。


「一言で言えば、お前の家は人食い狼の家だ、そしてお前は?」

「羊…です、羊でいいです」

私は美味しい草を探す羊でいいです。

「……言っていたが、本当であったのなら運動能力の低ささえなければ、たとえ羊でもお前が父の後を継ぐはずだったらしいぞ」

比較的にまともな子がバートンを継ぐのが基本らしい。
大体、全員家を残す前に戦死していくかららしい。


うん


嫌過ぎる。

厳しくされたのは多少、それもあったからか。

確かに…お爺ちゃんもお祖母ちゃんも全員戦死してるし。
従兄弟の義姉さんの家、義姉さん以外戦死してるし。

しかも全員、戦いを楽しみすぎて、やめ時をミスって死んだらしいし。



「もういいです、先生、クッキー食べましょう、クッキー」

「私は喉が渇いた」


うん、もうやめよう、不毛な会話は。

どうせ何を言っても無駄だし。


さっきの話は怖いところもあったが。
取りあえず、お茶とお菓子がこわい。














バートン家ではバートン家当主であるヴォルフガンク・バートンと
その妻にして妹のアニー・バートンはゆっくりとコーヒーを啜って談笑していた。


あっはっはっは、ついカッとなってやりすぎてしまった、と。




「お兄様、よろしいですか?」

「ん、なんだ」

「わたくし、思いましたの……狼が鷹を生んだって」

「ああ、そうだな、私も思った、だが少し違う……羊かと思えばもしかしたら獅子だったかとね」

「ええ、あの時私達を振り払い、反抗した時、なんて強い子だったんだろうって思いました、そして後悔しました」

「ああ、バートンの異常は私たちの息子が継いだが、才能は娘に色濃く出ていた、バートンの異能を」

あの時、自分と妹を振り払い、拘束から脱出した娘のことを思い出す、ヴォルフガンク。
その時、苦々しく思ったものだ、と。

何故、一番普通の子という、バートンの異常が一番バートンの才能を色濃く継いだのかと。

「【火を吹く狼】を教えるべきであった」

ユーリックにはその資格がある。

バートン家が近代編み出した銃とナイフによる、戦闘技術。
バートンは本来優れたその俊敏な移動速度を用いた短刀、ナイフでの戦闘を教え継がせてきた。
それは人間の限界を極限まで引き出した瞬発力。
初代バートンから受け継ぐ、人でありながら、狼のように人を殺戮する戦いの才能。


それに近代生まれた銃と組み合わせ出来た技術。

狼が銃と言う火を手に入れ、3代かけ、培われた技術。

「銃の才能はあると知っていた、しかし銃だけだと思っていた」

ユーリックは運動能力がバートン家でありながら異常に低い子供だった。

「もう少し、厳しくするべきであったか」

「流石に途中で死んでしまいますよ、あの子運動が全然出来ない子でしたから」

「ううむ………他所にやる前に気付かせるとは……なんという子だ」

人体の限界を引き出す、まるで切り替えのような瞬時に発揮する速度。

「殴っている時に気付きましたけど、あの子、【切り替え】をやっておきながら、一切それに対して疲労していないのですよ、ああ勿体ないことをしたわ」

もし、もしもあの子が戦いを望む普通の子でしたら…と妹は残念そう、に言う。
もともと、アニー・バートンには兄であるヴォルフガンク以外に夫がいたが、あまりにもその夫との結婚生活が馴染めなくて
結局は兄と子供を作ることにした女であり、足に大怪我を負う前は一級のナイフ使いとして戦場で活躍していた。

ナイフ戦闘を是非とも教えたかったわーと母の顔で、そう笑う。

「せっかくだから牙を教えたかったわ」


「ああ、案外、私の大切なコレクションである『狼』の一つを譲ったのは間違いではなかったな」

ヴォルフガンク・バートンは父の顔でそう笑う。
その対の銃である、【森の狼】を手で玩びながら。


「いいわねーお兄様は、ジュリが来るまでユーリに銃を教えることが出来て」


「いや、しかし、火の吹かし方しか教えれなかったぞ」

「そうだわ、今からは?」

作法もピアノもダンスも教えてきましたけど、面白くないですもの
一応、そっちの方も出来る子でしたけど
ただ一応というだけでつまらなかった、と笑う。

足が悪いといっても、常人を越える運動能力を持つアニー・バートン
どこかの街に居る【鋼】の師の内臓が悪い、とかと同じぐらいの戦闘能力減少でしかない。
だが、それは致命的な弱さに繋がり、戦場には出られず、フラストレーションが溜まっている、と愚痴を言う。

久しぶりに戦いたい、という妹に対し。


「いや、今からあれを教えるとなると、駄目だ、殴りすぎた」

流石に駄目だろう、それは、と笑う兄。

「教えるべきでしたね。私達の技術」

「ああ、そう思えば、無為にしてしまったな」

このまま嫁に行かせてしまうのは、勿体無い。

それに

「あの子は才能がある、我がバートンの中で誰よりも才能がある……生き残る才能が」

だが

「甘い、そして優しすぎる、」

バートン家当主にして現在まとも代表はそう苦々しく語る。

「誰よりも争いを恐れ、しかしその中で誰よりも人を傷つけることは厭うくせに
誰よりも自分が誰かの為に傷つくことを恐れない、人を傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選び、どんな苦痛に耐えてしまう」

「ええ、あのイシュバールでも、そうでしたね」

「私は思ってしまう、あの子こそバートンの中で最も強くなる必要がある、と」

「ええ」

「あのキャデラックの監視を直感的に潜り抜け、止める前に戦い始めた、あの我が娘のことを考えるとそう、思ってしまう」

自分がユーリックの為に用意した南部の軍の中で精鋭である二人。
ユーリックが自らの研究所から離れるさい、必ず連れさせた二人。


あの【鋼】が襲われた傷の男に襲われた事件。

2度に渡る、ユーリックの戦い。

そう、キャデラックは危険に赴かない監視の為の存在で、パトリシアはユーリックを守るための護衛。
報告に行く人間は別の人間が用意されていた、

であるのに

「それでも止まらない子だ、だからさっさと結婚させて子供でも作らせる」

「そうすれば多分、大丈夫ですわよね」

子供でも出来ればその無鉄砲さはなくなるだろう、と二人は溜息を吐く。


「なに、いざとなれば、戦えばいい、歳を食って鈍っただろうが、まだまだ私こそ、南部では最強だ」

そのためにアームストロングの姉の方に渡りは付けてある、とヴォルフガンクは笑う、攻撃的な笑みで。
ユーリックを嫁にやるのはこのためでもあるしな、と笑う。

「悪魔ごとき、まだまだ首を撥ねるぐらいなら造作もない」

北と南の牙は揃いつつある。

バートン家が経営する数々の企業の中には全てバートンの息が掛かっている。


「それにしてもユーリックは鈍い」

そう、ユーリックの発明で出来た起業した会社は全てバートン家の者が経営しているのだ。
ばれぬ様に殆どが金に余裕がある、南部アメストリス退役軍人達を家族に持つ人たちによる経営。

「だが、才能はあるな、あの錬金術の才能で我が家は生き残るだろう」

儲かってたまらない、とヴォルフガンクは笑う。

そして多く潜むバートンの群れ。
南部に中にはあのイシュバールで錬金術の実験体として生き残ったキメラにされた者達の隠れ蓑にしている会社もある。
彼等は深くこの国を恨んでいる。

ヴォルフガンクの昔からの知り合いであるハイリッツが医師としてキメラと成った者達に紹介し
今でも続けて治療を行なっているので
皆、バートンに恩義を感じている。

いや、ある意味悪質な人質かもしれない。

「たかがアイディア、それだけで起業する会社がどれだけあると思うのだろうか、家の娘は」


東と西はわからないが

「なに、いつもどおりバートンらしく、帰属する価値なしだと思えば、殺すだけだ、そしてそろそろだと、私の鼻は言っている」

そうやって、長く生き残ってきた、そして、それ以外出来ない、とヴォルフガンクバートンは笑う。
妹のアニーも笑う。










どこまでも異常なほどにバートンは強い。
そういう風に生きれない故にそういう風に強く生きる。

「さて、家の娘はどういう風に生きるのだろうな」

ヴォルフガンクは銃【森の狼】のトリガーガードの不可解な溝を見て、娘に期待する。

















あとがき



前回の主人公視点のお話、どうでしたか?



そしてキメラ編はまだ続く。



[11215] キメラ編 閑話
Name: toto君◆510b874a ID:00457f54
Date: 2012/03/30 20:46
キメラ編 閑話


パトリシアのアパルトメントでの一日。


かちゃかちゃとユーリックは自分の所有する拳銃の整備を行なう。
銃身の中に何度もオイルを挿し、ブタ毛ブラシを突っ込み、何度も擦り、時たま白い布を棒に通して居れ
汚れを取っていく。

「と、とれない………」

銃弾が発射されたことにより、銃身内に鉛がこびり付く。
それを何日間も放置したことにより、かたく鉛がこびり付いて、酷く取りにくい。

「ユーリ」

「え、なんです」

隣で自分の愛刀である鉈に大型のナイフシャープナーで研ぎを行なっているパトリシアはユーリックの名前を突然呼ぶ。

「マスク、マスク、鉛は身体に悪いですよ?」

鉛の破片がユーリックの肺に入り込むことを心配するパトリシア。

「いや、これぐらい大丈夫です」

鼻呼吸してるから、大丈夫です、とバレルに新しく出した白い布を当て、光に当てながら透かすように中身を覗き込むユーリック。

「うわ、とれてない」

銃身に鈍い鉛の破片の光が見える。
んーと再びブタ毛ブラシを慣れた手つきで銃口内に押し込み擦り始めるユーリック。

「相変わらず、なんか耳掻きしているような気がします…」


「……耳掻き」

「あとでやってあげましょうか?」

「やった」

楽しみです、とパトリシアが微笑む。
相変わらず、無駄に刀身が長くて無駄に重そうな鉈だな、とユーリックはパトリシアが研いでいる鉈を見る。
この鉈でよく戦地では貴重な蛋白源げっとの為に砂鼠を取ってもらったな、と思いだす。
調理担当ユーリックはよく砂鼠を自生していたカルダモンに似たスパイスを中に居れ、香草焼きにして戴いたものだ。
1、5メートルのレバントズネークの蒲焼とか。
コナラ属のどんぐりで作った団子とか。
以外と野性味あふれ出して、零れそうなぐらいワイルドなオヤツだったが、中々美味しかった。
醤油もっていってよかったーとよく笑ったものだ。
そしてみりんが欲しいな、と思って溜息をついたものである。
さらに食べさせる代わり、と臭み消しのために寝酒を兵士達と物々交換をよくしたものである。
良い思い出?だろうか、
軍用サバイバルアイテムにカレー粉を提案し、それが今現在アメストリスでは重宝されているらしいが。
そして軍事教本にも載ったらしい。
そこらへんで捕れる、ワイルド・ガーリックの消毒薬としての利用は教本に却下されたが。
前世ではアメリカのサバイバルマニュアルに載ったのに…。

ちなみに一番のゲテモノであった、サソリは薬のような味がして不味かった。
なんていうのかな、動く生の生姜?海老のようにプリプリとしているかと思えば、ガリっと。





色々グルメを試していたら、周囲の兵士達にドン引きされたこともあったが、パトリシアは犬の様にパクパク食べてくれたものだ。
結構この人生で付き合いの長い人だよなーと思う。






「……若干最近、パティ、貴方そのケはいってきてません?」

「だって……いとおしい」

…………勘弁してください。

潤んだ瞳で私を見るな。


元は男性であるが、今は女性なのだ。
残念であるが、そういうのはしないし、やらない。

私の中で性的なモノはタブーである。

喉を掻き毟って死にたくなるぐらい嫌いだ。



なんかそういうの、もうお腹いっぱいである。
只でさえ、戦地に少女ざかりの時に行って、なんか厭らしい視線で見られ、厚手の白衣を纏うようになったのだ。
しかし、私の医療知識で賄える程度の傷を負った兵士を治療していた時、ぼそり、と「若い可愛い女医さん……ごつくもない、白いすべすべの手…ふぅ」

とか言われた瞬間。

怖気が…ぞわわ、と。

あれだ、えっちなのはいけないと思います。
セクハラです。
と泣きそうになったもので、「この腕の傷の縫い糸は……貴女の赤毛の方がいいです」とかも。
思わず、グサリとやってしまった。

「私……いい、そういうのいい……もう、いい、一生嫌だ」

と、お腹いっぱいである。

故に


「………そういう眼でみないでください」

「流石20の癖に………視線の一つや二つ気にしないでください」

みるだけですから、みるだけ。
とパトリシアがそう言う。



「……さぁて、やっぱりパティの家に泊まるのやめますかね」

20の癖に…という部分に何が篭もっているんでしょうね?
この国、20から結婚適齢期ですからね。
どうせ処女とか思ってるんでしょ。
処女の何が悪い。
鉄壁だぞ、私は。

「えーと近くに宿ありましたっけ」

「すいませんでした、頼みますから、食事つくってください」

出来合いの食事、もう飽きました、とパトリシアは苦笑する。
適度に邪魔にならないように伸ばされた黒髪が美しい、細目美人パトリシア・クイーンロウ中尉(28歳)
彼女の得意料理はサンドウィッチである。

「冗談でも、あんまりそういうのやめてくださいね」

下ネタ禁止を発令する。
やっぱり軍人だけあってパトリシアはこういうのを気にせず話してくるのだ。


「………バートン家で床については?」


一応良家の子女として、こうマナー的な勉強とか、とパトリシア。

「母に………てゆうか今禁止しませんでしたか、私」

思い出したくない!

気配り上手のようだから、やっぱり覚えが早い、とか。
実技は結婚したら、ね?

とか。

いらん。

絶対にいらん。


「一ヶ月……ではなくあと3週間と4日、嫌だ」

「またですか?」

「嫌なものは嫌です」

「家出したらどうですか」

「あのですね、簡単に言いますけど、プロの軍人から逃げれると思いますか?」

しかもバートンとアームストロングの二つから。
婚約者の妹にしてピアノ友達であるキャスリンちゃんからも逃げられる気がしない。
そういえば、キャスリンちゃんとよく前世で食品CMに使われた曲を再現して遊んでたなぁ、と思い出す。
はごろもフーズのコーンが散らばるのをイメージしながら。

それで

「作曲の才能がおありか、多才な娘だ、本当にアームストロング家にとって歴史上最高の他家からの嫁入りだな」

とか。

………なんか、墓穴掘るの上手くなってきてるな私。
もう大分掘り進んでしまったけれど。
数日前不発弾発掘したし。



「あ、気がついたら銃がピカピカに………」


しかも組みあがってるし。


「銃把の螺子がどっかに落ちていきましたけど……グリップが鉛で汚れてますし、更にさっきバネ飛びしましたよ」

「え………なにそれ、怖いです、実家でやらなくてよかった」

もし、実家でバネ飛びやらかしたら最高にシュールな笑いが……なわけない。

「そうですね、貴方のお父上は銃の整備には煩いですからね」

バネ飛ばしなんてやらかした日には罵声と暴力が待っていますね、とパトリシアが言う。
腰にぶら下がってるカンプピストルはピカピカである。


「そういえば、なんで家の兄、剣が好きか知ってます?」

「よく知りませんが、昔、銃の整備で死に掛けたとしか」

「えっとですね、昔」

とりあえず、思い出話をしながら銃の螺子を探し始める。
こればっかりは錬金術でやるのは無理である。
機械系はあまり得意ではない。
世の中にはバルカン砲を大地から錬成する軍隊格闘技の達人がいたが、私はそういうの、無理。
綺麗にすることは出来るが、銃、精密射撃出来なくなりそうで、怖い。
弾詰まりは兄のドタマに銃弾が抉りこんで行くのを見た、私のトラウマである。

「ユーリック、銃は駄目だ、使えん」

と訓練場の乾いた空気の中、冷静に顔を血まみれにしながら、そう言われたとき、気絶するかと思ったし。

父に「弾詰まりで銃口覗こうとするとか馬鹿かっ!?一回死ね!」とボコボコにされた馬鹿な兄を見ながら震えた記憶。

そして

「剣の方が正直でいいな」

などと

次の日から相手の銃口位置からを予測して銃弾を避ける訓練、というにさらに馬鹿なことをやり始めた兄を思い出し、その訓練に付き合った。

勿論拒否したが、理屈が通用しない。



震えながら「兄さん、200秒後撃つよ、撃つよ、当たらないでね……ちゃんと足元狙うから…」

とガクガクしながら銃を生まれて初めて人に向ける私。

「なんだ、それは……馬鹿か、当てるつもりで撃て!」

何も考えてないのか、それとも自信ありなのか。
氷原のような視線で私に大声を出す兄。

「い……いやだ…人殺し、したくない、人に銃を向けたくない、人を傷つけるの嫌だ…」

震え、銃を取り落とそうになるが、傍で父が「どれ、危ない訓練だ、私も見よう、まず25メートルからだ」と横で見ているので、落とせない。

「黙って撃て」

「いやだ…無理」

「撃て!」

そして思わず、訓練場から飛び出した私。


「頭を怪我してから、頭がよくなるかもな、とか思ったが、さらに馬鹿になったな……」

という、傍で見学していた父とすれ違った時の言葉を思い出した。
その後、兄に捕まり、再度、撃たされた私。

しかも駄目だしつき。

「銃口が震えで定まらない、しっかりと固定して撃て……練習にならない…もっと近くで撃たせるか」

「ちょっ」

兄と私の距離2メートル。

「これなら命中するだろう、いいか、ゆっくりと引き金を引け、撃鉄が落ちるぐらいまで引いてから、ゆっくりと」

……下手しなくても兄さん、死にますよ。
しかも刀構えてどうする気だ。
私を切り殺す気か!?
五ェ門か貴方は!?

「おい、クルーガー。銃の初速がどれだけか知っているのか?」

と、見学していた父が、近くにあったイスを片手で持ち始める。
そして兄が父に何を当たり前な事を、という顔で

「とても速い」

「亜音速で死ねっ!」

おーっと!お父様必殺、木製イス攻撃だ!

しかもフルスイングだ!

死んでしまいます、やめてください、お父さん。

「馬鹿だとは思っていた……だが、ここまでとは…そこまで近くなると不可能に近いぞ、クルーガー」


25メートルは可能なのか!?

血みどろになった兄。
出来立ての傷が開き始めている。

「父よ、どうせなら銃で頼む、シングルアクションでゆっくりと引き金を引いてくれ」

ダブルアクションよりも引き金が軽く、分かりづらいからな、と兄が言う。


「…………おかしいよ、みんな頭おかしいよ」





という嫌な思い出。


そして結局、銃弾バッティングセンターとなった私。

「兄さん!?射線の前に出ないでくださいっ!」

「少しぐらい、いいだろう」

「少しでも死ぬときは死にますよっ!?」

つうか、なんで模擬弾頭から始めない!

「なら死んでもいい、私はこれを学ばなければ、まともに戦えない」


此処だ、此処が私の心臓だ、と全身をリラックス。

「死にますって!」

「ユーリック、これは生き方の問題だ」


ずんずんとまた近づいてくる兄。

そして、またイスを持ち始める父。

そして

「駄目だっ!この糞四男がっ!近いといっている!」

「死が近いほど、人はシンプルに成れる」

「ならチープに死ねっ!」


こうなる。

「お父様、駄目、銃は駄目!しかもアサルトっ!しかも連射モードっ!?せめて単射で!」

「邪魔するなユーリック!」

「嫌だ!もう嫌だ!」


そう言いながら訓練場から逃げ出す私。





その後聞こえた連続した銃撃音。

「お父様……手加減してるかな」

と祈りながらブルブルと震えた私。

死なないで兄さん、でも一回死んだ方がいいかも、とか考えながら祈る。


その後、何事もなく訓練場から出てくる父と兄の姿。

そして、兄がこう、言った。

「途中まで、良かった……しかし鈍らでは折れるな」



というモノ凄い嫌な思い出。

あ、螺子みっけ。


「…………やっぱり結婚もしたほうがいいかも」


と、思い出話を締めくくると。

「ユーリ、貴方も大概なのでは……?」

パトリシアが呆れた顔で私を見るが

「私は羊ですよ」

と言って、知らんふりをする。

「……?」

そんなことよりもバネが見つからない。


あれ、マジで会得する家族とか思い出すのやめよう。

ギャグでやるならまだギャグだ。
でも、現実でやるとか、意味不明です、理解したくない。

「結局……訓練付きあったんですか?」

「殴られるの嫌です」

「撃ち殺せばよかったのでは?」

馬鹿は死ななきゃ直りませんよ、とパトリシアは言うが。

「人殺し、したくない」

人を殺した手で料理はしたくない。

本気で。


結局、模擬弾頭で付き合ってあげた。
でもあれでも、当たり所悪いと死ぬこともあるんだけど。

そして

ふと、気がつく。

「パティ……そういえば、貴女って接近戦、クルーガー兄さんより強いんですよね?」

「そうですけど?」

あんな堅物、これで余裕です、と鉈を光に反射させ、見せるパトリシア。
だから貴女の護衛なのですよ、私は、と無い胸を張る。
南部アメストリス軍、接近戦最強の女、別名「轢き逃げ女」のパトリシア。

「じゃ、あれよりも凄い訓練を……?」

「そんな馬鹿なことする訳ないじゃないですか」

勿論、実戦あるのみですよ、とパトリシアが微笑んだ。

世の中って不思議。

流石、電光バチバチで何でも出来る世界だと、私は思う。
前世で居たのはBB弾を切る人ぐらいだぞ、と素直にこの世界の恐ろしさに震える。

「何を考えているのか分かりませんが………大総統はあれ以上だと聞き及んでますよ?」


大総統凄い。
朗らかな独眼のおじさんだと思ってたのに…。
そしてその下につく、一個師団に匹敵するという武闘派国家錬金術師達のことを思い出す。


「アメストリスって世界征服できるんじゃ……」

「アエルゴも似たようなの居ますよ?」

「やだ、世の中」






次回も続く。



[11215] キメラ編 2話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/03/31 07:59
「丸くて美味しいよ、ユーリさん」

「シルビアちゃん、それは良かった…この前のクッキーのお礼です」

ユーリック手作りのホットケーキをはむはむと行儀のよい小動物の様に食べていくシルビア。
でも丸いと美味しいのだろうか、と思う。


「これ、どうやって作るの?」

こんな綺麗に丸く、どうやって?
と急かすようにユーリックに問う、シルビア。


「これはね」


暇なユーリックは暇を潰すために自分の師の家に訪れていた。
両親を失い、祖父であるハイリッツの元で暮らしているシルビア。
12歳の猫のような少女。
ユーリックは出会った当初からこの少女のことを気にかけていた。
出会った時から。
シルビアの黒い目。
まるで澄んだ湖のような深くどこまでも透き通って、そのまま見ていれば溺れそうな眼。
彼女と視線が合うと、どこか共感を覚える。

そうか、この眼は、私の昔の眼だ。
ユーリックがユーリックになる前のお母さんと二人きりで生活していた時の眼。
自分がしっかりしなきゃ、という決意が現れている目。

シルビアは料理が好きな子らしく、ユーリックに興味深々と視線を合わせこちらを見る。
ホットケーキは昔の自分が初めて作った思い出の料理。
一番最初に私がここで錬成を目指したのは、醤油でもなく、このホットケーキミックス作り。
卵、牛乳を混ぜて、誰でも作ることが出来る魔法のミックス。
焼く時、よくぷつぷつと気泡が出てきたらひっくり返し時、と真剣に作ったホットケーキ。
ふんわり、と口に広がる、温かい味。
どこまでも思い出でしかない味だが、どこまでも楽しい思い出。
ドラえもんズの一人のケチャップという味付けをマネして、唸った思い出。
すっかり嵌ってしまい、お好み焼き、たこ焼き、と3段階ホットプレートを魔法の道具と思い使っていたあの幼い日々。

蛸を買うお金がなかったので、よく何故かシーチキンで代用したなぁ、と思い出す。
シーチキン焼き。

確か母さんが「魚貝なら全部一緒でしょ」とか言ったせいだったはず。
あの母さん立派なマズ飯お母さんだったなぁと思い出す。
学校給食がお袋の味って感じだった。



「ユーリさん、楽しそう」

「楽しいよ、シルビアちゃん」

ひっくり返すタイミングなどを教えながら作っていく。

「簡単だね」

たった一度見せるとすぐ覚えるシルビアに
クッキーよりもずっと簡単だからなぁ、とユーリックは少し失敗したような気持ちになる。

「そうだね、シルビアちゃん」

「あとミロっていうの?これも美味しいね」

これはどうやって作るの?と聞かれ

「錬金術で少し……」

「ずるいね、ユーリさん」

私使えないのに、とシルビアは笑う。

「シルビアちゃんなら秘密にするのなら、教えてあげますよ、粉末錬成」

「……難しいと思うよ」

綺麗に牛乳に混ざり合って、元々の粉っぽさを失ったミロをみてシルビアは嫌そうに言う。

「錬金術ってずるいから嫌い」

私、おじいちゃんに聞いても全然分からなかったし。
と、先生の分かりづらい授業の事を思い出しているのか、苦そうな顔をする。


「でも、ここまでの粉末にするのは疲れるんだよ」

2時間以上ごりごりスリバチでやるのは疲れるよ、とシルビアに言うが

「それでも、私は疲れてでも自分の手で作った方がいいと思う」

とても子供らしい意見だが、まるで真理をついたような言葉。
この子は賢い、流石先生の孫だ、とユーリックは思う。
その言葉を言った時の瞳が、とても純粋に輝いていた。
地に足がしっかりと根を張るようについた、どこまでも純粋な意志が宿る瞳。

「絵も自分の手で書いた方が楽しいでしょ?」

料理も一緒だよ?
とシルビアが言う。

シルビア専用の黒板はどうやら、お絵かき用になっているんだろうな、とユーリックは思う。
猫の絵はとっても上手だった、まるで、生きているかのように。

多分シルビアは芸術家が向いている。
私は芸術方面になると、とことん理解が進まない、性質だ。
ピアノという音楽は譜面通り引いて、大体昔聞いた音を弾く事は出来るがそれだけ。
実は、料理に関しても見栄えよりも味を選ぶタイプだし。
なんで炒めた方が美味しい赤ピーマンを生野菜サラダに混ぜるのか、とか。





「ところで、シルビアちゃん、先生は?」

シルビアちゃんの相手に夢中になっていて忘れていた。
まぁあの人は用もないのに来たら、「帰れ」と言う人なので。
目的は最初からシルビアちゃんだったし。

「今日もお仕事」

牛の出産が立て込んでるんだって、とシルビアが言う。

「寂しくない?」

あ、ちょっと失言してしまった。
とユーリックは思う。
共感したように言ってしまったことを後悔するが

「ううん、私、小さなころ、身体が弱くて、病院から一度も出たことがなかったんだ、その時よりも今の方が寂しくない」

今いっぱい遊べるしね、とシルビアが微笑む。
辛いことを乗り越えた強い微笑み。

この世界での子供の遊びというのは基本的に身体を動かして外で元気に遊ぶこと。

「錬金術ってずるしたけど、ずるしてでも、外で遊びたかったから」

おじちゃんがお父さんとお母さんが残した錬金術の研究を引き継いで直してくれたんだ、と笑う。

「錬金術は嫌い?」

思わず、深く追求してしまう。
何故だか、この子のことを、知りたいからだ。

「ずるいけど、嫌いじゃない……死ぬ前まで、お父さんもお母さんも私を治すために頑張っていたから」

つい最近、この子の両親の事を先生に聞いた。
そもそも、私は、先生に聞いたが「教える意味があるのかね」と教えてくれなかった。

「でも、ずるい、私を直すためって言っているのに、研究ばっかりであんまりお見舞いに来てくれなかったし」

だから錬金術はずるい、とシルビアはまた苦い顔をする。

「でもねユーリさんもずるいけど、ユーリさんはあんまりずるくないよ」

これまた抽象的な事を、と思うが、なんだかうれしい。

「だからね、ユーリさん、ユーリさんのこといっぱい知りたいんだ」

お姉さんみたいだから、とシルビア、は楽しそうに、少し不安げな感情を込めて言う。


「嬉しい、じゃあいっぱいお話しましょう?」

「うん」

「じゃあ、そうだ、私達、友達になりませんか」

「友達?」

「ええ、友達。私はね、友達になるにはルールがあると思うの」

「一つ、対等であること、二つ、仲良くすること、三つ、名前で呼び合うこと、最後、お互い我侭を言い合うこと」

ユーリさんじゃなくて、ユーリと呼んでね、とユーリックが微笑む。
私もシルビアちゃんじゃなくて、シルビアって呼ぶからね、と。

「ユーリ」

「なに?」

「ユーリが言う、ユーリ流の友達になったけれど、最後の我侭って」

「ん、簡単だよ、シルビア、言いたい事は言い合おう、そして何を言っても仲が悪くならないこと」

「簡単だね」

「うん、簡単だ」

私とシルビアは手を繋ぐ。

握手。

シルビアはとても嬉しそうに私の手を繋ぎ、どこまでも笑う。

その横で


「ユーリ………ずるい」

こんな可愛い子と仲良くなるなんてズルイです、と大人気なくこちらを見てくる。

「じゃあ、パトリシアさんも」

天真爛漫にシルビアが「はい、握手」と言うと。

「あ、なんかユーリと初めて会った時を思い出します」とシルビアとパトリシアは握手する。

「………なんか指が牛の角みたいだね、パトリシア」

カチカチしてる、とシルビアが楽しそうに笑う。
牛の角、私のお絵かき用のチョークホルダーにしてるんだ、おじいちゃんが作ってくれたんだ。
と、面白そうに言う、シルビア。

【豪腕】と互角の握力を持つパトリシアの手はオートメイルのように硬い。

「………そうそう、こんな感じです、デリカシーに欠けているような、でもなんか嫌な気がしない感じ、昔のユーリですね」

「へぇ、ユーリも同じこと言ったんだ」

「ちょっと、違いますけどね」

「そんなこと言ったけ、パティ」

そんな女性にデリカシーのない、発言しましたっけ。
バートンの娘らしく「戦うもの手だ、誇れ」とか?


「確か、握手した瞬間に「リンゴジュース作れます?」でしたっけ」

「確か………その日、リンゴをお昼のデザートに食べて居たんです」

思わず言ってしまったのだ。
切るの面倒だって理由でリンゴを丸齧りして顎が疲れていたし。
切ると蜜を食べ残しますからね。
やっぱり最後はリンゴの軸を吸うのが、美味しい。

「じゃあシルビア、パトリシアお姉さんを、こう呼んで……おねえちゃんって」

「友達になるんじゃないの?」

ん?とシルビアが奇妙なモノを見る目つきでパトリシアを見る。

「いいえ、歳の離れた仲の良い女同士はこう、呼び合うんですよ、シルビア」

「嘘でしょ?」

「はいはい、パティ、いい加減にする、しかも嘘ばれてるし、大人しくパティと呼ばれなさい」

「手ごわい……ユーリが二人いる……」

「なんか怪しい人は放っておいて、もっとお互いのこと知り合おうねシルビア」

友達になった瞬間、嘘をつく人は放っておいて。

「うん、そうしようかな、おなかいっぱいになったし、外で遊ぼう?あ、怪我してるから駄目か」

「大丈夫だよ、怪我も元気に動いた方が治ると思うから、久しぶりに運動しようっと、あ、パティ、ホットケーキ全部、食べていいですから」

二人で手を繋ぎ、歩きはじめる。


「これ一人で!?」

ポンポンとシルビアが作った皿に綺麗に重なるホットケーキの山を見てパトリシアが驚愕の声を上げる。

「料理人らしく、作ったら片付けるまでが料理とかそういうのは!?」

そして台所のシンクの中に置いてある、落としづらいホットケーキの元の粘度がある、ボウルの汚れ。


「パティ、よろしく、水につけてから洗ってね」

「パティ、よろしく、スポンジでやるとくっつくから束子で」


ユーリック流友達その五「友達に嘘はつかない」
その二、仲良くすることに含まれているので、言ってはいないが、そういう事。


「ちょっと、束子でやってもくっつきますよ、これ」

料理は片付けるまでが料理じゃないんですかーとパトリシアが繰り返して言うが
こう、言わせて貰おう。

「「作らずに食べた人が片付けるべき」」

お、はもった。

「ユーリ、ユーリ、そういえばおじいちゃんさぁ、いっつもご飯作っても食器片付けないから、洗うの大変なんだよねー」

とシルビアは言う。
コーヒー淹れてあげたら、白いコーヒーカップ、茶色くなっちゃうから落とすの大変、と。

「………ごめん、シルビア、私、そういうの錬金術使って漂白してる」

お得意の抽出錬成で汚れ成分だけ、つるりと。
ちょちょいのジョイなんて目じゃない。
完全漂白、大腸菌とかもこれで撃退。
シンクの中に錬成陣、これ最強。
さらに研究室に在った、浴槽の中にも排水溝に汚れが流れるように錬成陣書いてました。
最後、酸性が強い液体を排水溝に流すだけ。

楽チン。

だって、面倒じゃないですか。

「うわ、ずるい、あんまりずるくないかと思ってたけど、凄いずるい」

「ごめんずるしてた」

「友達だから許す」

おじいちゃんに教えてあげて、とシルビアは言う。
ああ、おじいちゃんはずるするのは良いんだ。

「だってずるでもさせないと、やらないし」

「そうですか」

人間楽を覚えると一気に堕ちますけどね。
洗濯しませんでしたし。
洗濯機なかったし。

「ちょっと、ユーリ、そのズルを今して下さいよ」

「貴女はその強靭な握力で洗いなさい」

「ボウルに傷をつけますよ、束子で」

「金束子じゃないのに!?」



キメラ編 2話


獣はいつもより沢山殺した。
今日は3人、普段、我慢して一人しか殺さなかった。
今日は赤毛の人を三人殺した。
爪で引き裂き、ゆっくりと、楽しみながら殺した。
何度も何度も末端から引き裂いて殺していった。


彼女を引き裂く前のシュミレート。
ちょっと満足いかないが、それでも

「楽しかった」

殺しは楽しい。

獣は獲物を判別して殺すことを始めた。
少しそれは難しい、獣はすごい速さで走り、人のカタチをしたモノを取りあえず、殺していたからだ。
目まぐるしく変わる景色の中、選んで殺すのは難しいものだ。
でも、慣れた。

獣は当たり前のように日々、進化する。
研いだ爪は、どこまでも隠すことを覚え
狙う眼は鋭く、鋭敏となり。
嗅ぎ分ける鼻は敏感になっていく。
前回、怖い影の怪物と出会って、恐ろしくなって狩りをやめたから、そのかわりだろう、と獣は思った。

でもまだだ、まだ彼女をこの手で引き裂くにはまだ足りない。

ペロリと自分の手を舐める。

血がいっぱい付いた手。
あとで洗わないと駄目だろう、そう、思った。

「駄目だ」

そう獣は思った。
だって血がいっぱい付いているのは、それは下手ということ。
最も優れた破壊はなにもかも美しく、無駄がない。
高速の切断は破片が付かない。

殺戮を楽しむ獣は既に人を殺す鬼、殺人鬼というほどまで卓越し始めた。

そして


「なるほど、壊すように人を殺すのだな、そうか、面白い、敵になれば戦いは楽しいだろう」

生粋の殺人鬼は生粋の殺人者と出会った。

「地獄に行くのはどちらだろうな、人を殺した者は須く皆、地獄に行くのだ、さぁ、では楽しもう、戦いを」

氷原のように静かな瞳で赤毛の殺人者はそう、楽しそうに獣の様に笑うが
獣は全楽しくならない。

なんて、不完全なんだ、こいつは、足りない、そう獣は思った。
獣は狩りを楽しむ動物だ、珍しく目的を見つけたが、コレは目的に似ているが、全然目的よりも綺麗じゃない。
獣は完全に殺意を失った。

怠惰な気持ちを抱いた。


その瞬間

「なるほど、心にに殺人を持つお前は、戦いを望まないのか……殺すことが楽しいのか?
どこまでも殺しにしか興味がなく、どこまでも救えないほど殺しが好きか、だがお前が殺意を失ったとしても
私は戦うぞ、戦いは押し付け合いだ、相手の命をどこまでも自分勝手な傲慢な意志で砕くのが戦いだ。
私は傲慢で構わない、お前にとって一人殺すのも二人殺すのも変わらないことだろう?
だったら、私を殺す人間の中に入れてはくれないか?それとも殺人鬼のお前に殺すことに理由がいるのか?
なら、理由をくれてやろう、私は殺しには興味がないが………言おう、私はお前を殺す、戦わないと死ぬぞ?」

殺人者は獣のことを知ったかのように喋りだす。

「喋りすぎ」

何を言うのかと思えば、烏のように喚くばかり。
本当に面倒だ。

「五月蝿い」

「ほう、面白い理由だな」

その瞬間、殺人鬼と殺人者は風切り音が出るくらいのスピードで交差する。
側や鋭い爪。
側や鋭い剣。



そして


「そこまで、私が嫌いか……折角軍人としてではなく、個人としての戦いが出来ると思ったのだがな」

軍隊行動に個人の意志は必要ない。
クルーガー・バートンは折角の休みの最高の一時が失われたことに愕然とする。
軍人として、あの殺人鬼を捕縛するのが仕事。
戦いを好む者として、あの殺人鬼と戦うのがプライベート。

「合法的に、合理的に、正等防衛として戦えると思いきや、これだ」


獣は面倒なことは避ける、無駄な戦いは避ける、そう獣らしい判断でクルーガーの放った
まるで直線を引くような、どこまでも正確な機械のような斬撃を避け。
素早くクルーガーから立ち去った。





そしてクルーガーは思う。

「私が全然強くない、とはどういうことだろうか」

しかし、まぁそうだろうな、とクルーガーは思う。

「戦いの駆け引きとして初太刀は手を抜きすぎた」

一撃でケリを着けるための斬撃をクルーガーは放たなかった。
獣のやる気を引き出すため、怒らせるため、本気にさせ全力にさせるために。
戦いを楽しむため、叩くように斬撃を放ったのだ。
切断をするための斬撃は曲線での斬撃。

「まぁこれなら、切れるときは切れるが、それでもだ」

東方の島国から取り寄せた、刀と呼ばれる、クルーガーの愛剣。
通常の曲刀よりも強靭なクルーガーが最も「嵌る」と感じた兵器。
最もクルーガーが戦いを楽しめる、愉快な武器。

「しかし、さっき交差した瞬間、あちらが本気であるならば、私は死んでいたな」

そう、クルーガーは微笑む。

だったら、私が全力で死なないために戦えたのに。
と声を張り上げてクルーガーは笑う。


「いや、死んでますよ、その時」

と、この発言を聞いたらならアレならこう、言うだろうがな、と笑う。
常人が聞けば、耳を塞ぎそうなほど気味の悪い、引き笑い。



クルーガーは最も一対一での戦いを好むが、バートンの中で最も一対一の戦いに無駄が多い男だ。
そして多数の敵と戦うのが向く男だ。

「悪い癖がでる、だがこればかりはやめられない、沢山戦う相手が一度にいれば、無駄は作らないのだが…」

私は多分、敵軍と戦うのは得意だが、どうも個人相手と戦うのには不向きだろうな、と自己判断を行なう。
どれが戦いが楽しいヤツなのかと目移りしている間に相手が沢山くるので、対応している間、忙しくて無駄なことを考えるのをやめるからだ。
父や他の兄たちは戦う相手に楽しみを見出す者ではなく、ただ戦えれば良いと言う者なので、そういうことはないらしく、よく自分を叱るが。

よく油断と自分を責める。
否定するのだが、どうにも、こちらの言い分を聞いてくれない。

私は自分と相手の戦いを楽しむが、彼等は自らの戦いに拘る。

そう、思う。

「理屈が通じない者ばかりだな、家の家族は」

何度いってもわかってくれない、この前、訓練で相手を半殺しにした時もそうだ。

「よく馬鹿だ、馬鹿だと言われるが、何故、相手の全力を引き出させずに戦いを楽しむのだろうか」

殺す気でいけば、相手も本気をだす、それが面白い、という真理に何故気付かない、と嘆く。

そういえばアイツはどうだろう、とクルーガーは自分の妹のことを思う。

「そういえば、ヤツの本気と言うモノを見たことが無いな、私は」

錬金術?
銃技?
ナイフ?
下手糞な剣?
それとも別の何か?


さぁどれだ?

「だが、バートン同士は戦いを行なうのは禁止だからな、残念だ」

時たまバートン家にはこういう風な破滅的戦闘狂が生まれるので、バートン同士での死闘は禁じられている。
しかし、殺人に楽しみを見出す者は何故か生まれないことだけがバートンの不可思議。
殺人鬼と戦うのが好きだ、という者はいたが、それは社会正義。


「訓練でも、いつも本気を出す前に痛がって逃げ出すしな……本当につまらん」


取りあえず、軍人としての仕事をしなければならない、また面倒な捜査が始まる。

「まぁ、捜査も絞れるな………私の手柄だな」

獣の姿ははっきり見て取れた。
ついこないだ、ある中隊が獣を追った時、皆殺しに遭い、誰一人として生き残らなかったせいで、犯人の目星が付かなかった。
その場に居合わせた人間が全員死んだのだ。
これでやっと手がかりが付いた。

「さぁ探すか……だが、面倒だな」

犯人も犯人に似ているやつらも全員人殺しを始めれば考えなくて済むのだがな、とクルーガーは溜息を吐く。









「あらあら、妙薬のお嬢さんのお兄さんも中々面白そうな人じゃない?」

でもね、あれを相手するのは面倒そうね。

と色欲の影は笑う。

「私としては色欲を体言する者として、やっぱり男と戦う場合は女として戦いたいわ」

ふふっと妖しく笑う女は、ホムンクルスである自分から見ても、異常な人間である者に気付かれないようにその場から逃げ出す。

女と男の理屈を持ち込めなさそうな人間は逃げるに限る、と。

「これは放って置いても順調ね、最後に手を出すだけで済みそうね」






まだ、ユーリックは知らない。
いつだってどんなに幸福を目指し歩いていても
晴れている日だって雨が降るというような当たり前なことに気付かず、突然全てが崩れだす事を。


まだ、その時まで。

まだ猶予があるが、確実に全てを台無しにするような嵐は必ず来る。
生きるとはそういうことだと、告げるように。





次回も続く。


ちょっと短め

私のオリキャラの中で最も気に入っているキャラである
クルーガーお兄さんの活躍。

こういうぶっ飛んだ人を書くのは楽しいものです。



[11215] キメラ編 3話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/03/31 13:29
キメラ編 3話 









もう、ほとんど傷が治り始めた結婚まで1週間を待った日。

今日は雨が降っていた。


「ユーリ、外出戒厳令が出ました、最近南部を騒がしている殺人犯が連日行動をしているようです」

ラジオから流れるニュースから、誰が亡くなったかをただ、事実として報告していく。
それは昔からだ、ニュースの報告は報告以上の意味は無く、感情とは乖離している。
読み上げられる死んでいった一人一人に対して、ユーリックとはどこまでも無関係な人たちの名でしかなく
それ以上ではない。

しかし、ユーリックは自然と手を合わせ、祈る。
人が死ぬ、という行為に意味を持たせるように、尊重するかのように手を合わせ、祈る。
死んだ人の為に祈る。
それは何の意味のない祈りだった。
そもそも祈るという行為はどこまでも意味がない。
ユーリックそれでも祈り続ける、その行為に意味がなかったとして、価値がなかったとしても。
それこそが祈りなのだから。
それは結局何もしていないと変わらない。

何も出来ない、そしてしない。

だからこそ敬虔な態度でユーリックは祈る。

遠い場所で起きた死を嘆くために。

この世界で戦場に旅立ったとき、ユーリックは思った。

生きていれば人は必ず死ぬ、なんて当たり前なことを。
なんと人の命は軽いことか。
いや、命とはなんと軽く、儚いものか。


先生はよく掃いて捨てるほど命は溢れている、価値はないが意味はある、と言うが。



祈りをやめ、溜息をつく。


だからユーリックは出会う全てを大切にしたいなんて、まるで悲観したような事を思ったモノだ。
そして思った。

ユーリックが大切にして守る、いや守られるほど人は弱くない。
ユーリックは今まで出会ってきた人たちを思い浮かべる。
一番思い浮かぶのは最近よく一緒に過ごすシルビアと年齢が近い少年たちのエド君にアル君。


彼等なら、守る守られるとかではなく、一緒に逃げてくれるだろう。
あの傷の男との出会い。
その時を思い出す。






「で、目下のところ、シルビアに会いにいくのは駄目かな…この殺人事件が終わったらにしようか」

なんか嫌な予感を覚える発言だ。
死亡フラグ、だっけか?

バートン家でもそういう言葉は油断に繋がるから駄目だとか、なんとか。
軍隊行動には個人の意思は必要はない。
まして願望などとは無縁だ。
無縁なものを引っ張り出してくるから無駄が生まれ、死ぬ。

とか意味がわからない、でもなんか、そうかもと思ってしまう。

ちなみに私の祖父の死ぬ前の最後の遺言というか最後の一言は

「今日は死んでしまうかもしれない日だ」

と敵陣の中で言ったらしいが。
自分が死ぬまで巻き添え作りながら。

そこは「今日は死ぬにはいい日だ」にしといた方が………。

と思ってしまったものだ。





「護衛の私が居ても、危険な行為です、私がいくら強いと言っても人間の範疇内です」

もし連続殺人鬼が錬金術師であるならば、苦戦しますとパトリシアは言う。
てゆうか、苦戦するだけか。

流石別名、轢き逃げ女。


「我侭は言わないよ、パティ」

それにシルビアはこう、言うだろう。

「で、遊ぶためだけに命かけるの?」



私がシルビアが遊びに出かけてきたら多分、こう言うだろうし。
なんか本当に彼女と私は似ている。
違う人間だけど、多分似ている。
そして私よりも彼女は恐ろしく綺麗なほど純粋で無垢だ。
だからこそ、あの先生も彼女を大切にするのだろう。
彼女の言葉一つ一つには全て価値があるのだ。
私にはあのように価値を感じるような言葉は言えない。

だから好きだ。
だから友達になりたい、と思った。

「最近ユーリはシルビアばっかりで………可愛いのはわかりますよ、こう、なんか傍にいたくなるような純粋さですし」

たまには私で遊んでください、とパトリシアが言う。
私とではなく私で、ってなんだそれ。

「28と20と12……なんか8歳ずつで純粋差レベルが愕然と変わりますね」

友達は一緒に遊ぶものですよ。

「20のユーリックは私よりも純粋だと?」

年齢を引き出されたのが嫌なのかパトリシアが嫌そうな顔をする。

「だってさ、あのシルビアの居る前で下ネタ言うのですし、パティ」

「でも即行でシルビアに私、冷たい眼で「下品…」と言われるからお相子ですよ」

あれ凄い傷つきますからねーとパトリシアが反省せず、言う。

あの「下品……」発言は恐ろしい致死力があったな。

「でも貴女の「ユーリに似ているけど胸の方はどうかなー12歳だったらどれくらいかなー」という、貴女の発言は最低ですよ」

そう言いながら先生も居る前で躊躇せずシルビアの胸を揉み始めた時は、凍るかと思った。

「しばらく誰も口利いてくれませんでしたね」

なんで、やっぱり女性だったら純粋にキニナルじゃないですか。
と無い胸を張り、パトリシアが独自の理論を展開する。

「あれでしょ、パティ……貴女って自分の無いモノを求めるために」

「でもそれだけの価値がありました、なんかこう、手の平サイズ」

鼻血でそうなほど愛らしい、とパトリシアは言う。


頭悪っ

「別れ際の「馬鹿な人は嫌い」という言葉は未だに…」

ピンポーン

と簡素なベルがなった。
誰かが訪れた時に鳴り響く感情の無い音。

「シルビアだ」

ユーリックはまるで当然だというかのように誰がパトリシアの部屋に訪れたかを理解する。
一番来ないと思う人が、一番先に来る。
そういうものだと静かに思った。

「なんでわかるんですか、てゆうかなんで……こんな時に」

ユーリックは玄関に向かい、扉を躊躇なく開く。
まるで、シルビア以外の人間は来ないと知っているかのように。

ああ、まるで濡れた猫みたい。
扉を開けてすぐにそう思った。

そして意味もなく抱きしめた。


「え、何この展開?」





パトリシアは慌てふためくが、シルビアとユーリックは静かに抱き合い、そしてこう、言う。

「大丈夫」

シルビアの小さな身体はどこまでも濡れていて、何処までも震えている。

「少し二人で歩こうか」

ユーリックはシルビアに何があったのかは知らずとも、シルビアのことを思い、そう言う。

「我侭だけど…いいの?」

シルビアは震えている、でもそれは身体が寒いから震えているわけじゃない。
だから、こういう時はただ、傍にいてあげる。
そのためにシルビアの冷たくなった手と自分の手を繋ぎそのまま靴を履いて雨が降る中、一緒に歩き出す。


「友達ってそういうものでしょ?」

ユーリックは微笑む。
どこまでも、優しくシルビアに微笑んであげるために、ただ、微笑んだ。
誰かに優しい、言われるたびにユーリックは身が擦り切れるような気持ちがいつもしていた。
誰かに、優しいね、といわれるたびに謝りたい気持ちになる。
自分が優しくないことを知っているから、優しくしようと思って優しくしているだけだから。
ユーリックの全ての優しい、と定義されるような行動はユーリックは優しさだとは思っていない。
思いで、優しくはなれない。


優しい、とはきっとどこまでも純粋にある、とユーリックは思う。
優しいの人は多分、シルビアのようにどこまでも純粋で無垢な子しか成れない。


雨は嫌いだ、前世で一人で死んだあの日を思い出す。
風邪をこじらせた原因である雨。

ついつい暗くなってしまう。


そしてシルビアが

「ありがとう」

と言う。

優しくシルビアがそう、言う。

こんなに似ているのにこんなに違う、そう、ユーリックは思う。

パトリシアに二人だけで出かけてくる、と言い、歩き始める。

「ちょっと、私護衛ですよ!?」

「パトリシア」

ユーリックがニックネームではなく、パトリシアと名前を呼ぶ。

「友達として、二人だけにしてください、お願いします」

なんてずるい、発言。

そうだ、友達を語っておきながら、ユーリックはずるい事を言う。

「しょうがないですね………30分だけですよ」

どうせ、言っても聞かないだろうし、とパトリシアは苦笑して、そう優しそうに言う。
二人の我侭を聞いてあげましょう、何が起きているのか知りませんけど、とお姉さんっぽく微笑む。


「でも、私は仲間外れなんですね………」

その言葉を聞かずに二人は部屋から雨の中、濡れに行くように飛び出していた。

「傘、ぐらいもっていけばいいのですけれど、本当、困った子達ですね」

風邪でも引いたらどうするんですか、とパトリシアは二人が帰ってきたときの為に温かいココアを淹れるために台所に立つ。
軍人として鍛えられた頼もしい硬質な手で小なべを手に取る。

とても優しい表情で。

ユーリックはもう、忘れているだろうが。


この世に優しくない人間なんて、多分いない、優しさは人それぞれで、皆個性として優しさを持つ、とユーリックは
過去に戦場でパトリシアにそう、言ったことを思い出す。


誰もが優しさを持つが、分かり合えないから、きっとぶつかるんだ、そう言って。

乾きながらも晴れたあの戦場の中で。


「もっと仲良くなるために二人には優しくしないと……」

そういって、真剣な手つきで小なべにパトリシアは火を掛ける。









キメラ編 三話


街の人が戒厳令のせいか、あまり居ない。

街のために用意された、変哲もないベンチ。
南部の町の広場に設置された人の為ではない、景観の為に用意されたベンチに二人は濡れたまま座る。

何があったのかは聞かない、ユーリックは降り注ぐ雨の中、シルビアと手を繋ぎながら空を見る。
シルビアは目を伏目がちにして、ただユーリックの手を握る。
ユーリックはシルビアが何を言い出すのかわからぬまま静かに待ち続ける。
そんなユーリックをシルビアは不思議な人だと思った。
こんな我侭を言っておいて、何も訊かずに何も言わずに、いずれ言うのかもしれないが
どちらにせよ、普通の人じゃない、と思っていた。

普通の神経ではない。


でも普通ではないからこそ、ユーリックの瞳は今まで出会って来た誰よりも美しく、とても綺麗だ。
ユーリックの眼球はまるで透き通った、まるで長い時を生きた、羊や牛のようなどこまでも優しい色がある瞳だと思った。
無意識にどこまでも優しく、どこまでも見透かすような透き通った瞳。
この瞳は嘘をつかない。
全てを受け入れる優しさを持つ瞳。






だから、ユーリックが好きだ、そう思っていた。
だから友達になろう、と言われた時は泣きたくなるほど嬉しかった。


でも

「あのね、ユーリ」

「はい」

「私、ずっと我慢してた、ずっと怖かった」

「怖い……?」

「お父さんとお母さんはね、私の為に全てを投げ出してくれたの、私の為って」

「そうなの……?」

「でもね、それはずるでしかないの、間違っているの……」

「間違っている?」

「間違っていたから、私は………それでも、ずるしてでも、私の為に」

シルビアはユーリックから手を繋ぐのをやめ、離れていく。
まるで、恐れるかのようにユーリックの為を思って離れていく。

「でもユーリ、貴女に逢えて嬉しかった……本当に嬉しかった」

陳腐な言葉だ、とシルビアは思う、あまりにも陳腐すぎてなんだか哀しくなった。

そして全てがポロポロとユーリックの手の中から零れていく。
シルビアはどこまでも純粋な表情を浮かべ、最後にユーリに微笑む。
















そして


何人もの軍人たちが街の広場に溢れ出す。

10人。

警戒配備中だった軍人の極一部だ、これからもっと集まりだすだろう。
そして、皆異様な雰囲気で武器を構えている。
皆個人という存在を削ぎ落とした、殺戮の為に作られた群れ。

兵士である。

そして軍人の中から、一人が歩き出し、ユーリックから離れたシルビアの前に立つ。

一人歩き出した男、クルーガー・バートンは、こう、言う。


「ようやく見つけたぞ、殺人鬼」

その瞬間、全てを台無しにするかのような、全てを壊すかのように獣が哂い始めた。
ユーリックは離れたシルビアの手に伸ばす、座ったまま何も出来ずに。


そして、唐突にすとん、と何かが落ちるかのように理解した。

終りだ。

獣の笑いが街の広場を埋め尽くすように笑う。
獣は獣として変化していく前にユーリックにこう、言う。



「ごめんね、そういうことだから」

そういう風に出来ている、だからそういう風にしか出来ない。
どこまでも純粋な無垢な殺意を瞳に映し出し、シルビアはそう、言うかのように。

「な、何が……」

何が起こるのか、何が起きるのか。

嫌だ、知りたくない、嫌だ。

やめて。


お願いだ。


やめてくれ。




「邪魔なの全部殺すから……それからユーリック、貴女を殺したい」

貴女の傍にいるとどんどん可笑しくなるの。
楽しくてしょうがないの、だから殺すの、と獣は笑う。


その時からユーリックとシルビアは遠くへ分かれた。
こんなにも手を伸ばせば近いのに、こんなにも遠くに。
力なく伸ばされたユーリックの腕はどこまでも細く、力がなかった。







シルビアは生まれた時から長く生きれない弱い体であり、10までは生きれないと知った両親はシルビアの為にある錬金術を施した。
生体錬金術師の娘、シルビアの母と生体錬金術師のシルビアの父は娘に丈夫な身体を上げるために自らを犠牲にして、一人のキメラを錬成し、生み出した。
人体錬成を成功させる者は未だに存在していないかのように、当たり前のように真理の門に吸い込まれていった。
そして、シルビアは病にも負けない、強靭な肉体を手に入れた。
様々な強靭な獣たちの因子。
体質の変化というよりも生命力自体を与えたような、肉体の気質の変化。



シルビアの身体には沢山の凶獣がいる。
強いとされる猛獣達の因子が。

結局は両親は娘の為だけに錬金術を使い、キメラを作った。
娘の身体のことだけを考えて娘を強くした。


悲しいことに12を過ぎてから、シルビアに異変が起きた。
それは丁度、少女が女性として移り変わる時期。
まるで人間に育てられてきた獣が突然、人に慣れなくなるような変貌が待っていた。


獣はシルビアという、一人の弱い人間の少女の心を喰らい始めた。
そしてシルビアも獣に食われ一つになっていった。




シルビアは弱い身体を捨て、新しい体で自由を得た。
獣の因子は弱いシルビアの弱い部分を喰らって、シルビアを強くしていった。

まるで人間の可能性を極限まで引き出すように人のカタチを保ったままシルビアは強くなっていく。
そして獣とシルビアは切り替わるように、お互いを喰いあうように別々に動き始めた。

シルビアは昼。
獣は夜。
お互い棲み分けて生きていたが、もう、終わる。


シルビアの心にある日を境に波紋が広がり始めたからだ。
獣もシルビアも憧れを見出したからだ。
獣とシルビアは欲求は違うが、一つのことに意識を重ねてしまった。

シルビアはユーリック・バートンの特別な意志を持つ心。
獣はユーリック・バートンの特別な血を持つ最も強い身体。

お互い好きになってしまったのだ。


故に



ついに今日、シルビアは完全に獣に敗北し、喰われた。
シルビアは獣と一体化し、キメラとなった。

シルビアというホムンクルスさえ、その戦闘能力を評価する、人でありながら完全なキメラ。
人体錬成と合成獣錬成の極致の芸術作品。
獣となった瞬間、シルビアの肉体全体はどこまでも磨かれるかのように研ぎ澄まされるかのように純度を濃くしていく。

殺戮を楽しむ獣に成る。











最後に残ったのは涙。

獣は泣きながら、今日の誕生を祝うように哂い始めた。





「なんで……なんで」

何故、とユーリックが何を言おうと、現実は変わらない。
現実がそうだといっている、だから変わらない。

「お願い………嘘……」

願いは叶わない。





自分の為に娘をキメラに変えた錬金術師と出会った【鋼】
自分の娘の為にキメラに変えた錬金術師のキメラと出会った【妙薬】

理由は違うが、結局行為は等しく。

当たり前のように壊れていく。



そしてどこまでも純粋なキメラと、どこまでも不純なキメラはぶつかり合う。
結局のところ、シルビアとユーリックは似ていた。

獣は似ているが全く違う動物と出会えばどうなるのか。

即ち、分かり合うことなく、お互い殺しあう。


それは出会った時から決まっていた一つの約束。













あとがき


キメラ編、最終章開幕。


一番のキメラは誰か。

ハガレンっぽくキメラ編が続きます。


狼の家に生まれた羊とキメラが戦います。




[11215] キメラ編 4話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/04/15 19:17
シルビアは彼女を見ていた。
水鏡に映るような虚像のような彼女を
近いけれど、どこまでも遠いそんな距離。
似ているけど、まるで似ていないそんな人。

今。シルビアは殺すためにただ殺すのではなく、彼女の為に殺そう、そう、思った。

水鏡に石を投げ込むために。

彼女を殺すために殺し始めよう、そう思った。




キメラ編 4話

兵隊が銃を持つ、それはとても、自然なことだ。
彼等は熟練した兵士達であった。
兵士達は油断なく、とても小さな少女に銃を向ける。
だが、本当にこのような、幼い子供がと、思ったが、彼等は油断しない。
彼等は皆、僅かに恐慌していた。
小さな少女の笑い声、と哂いの表情。
どこまでも純粋でどこまでも無垢な少女のカタチをした何か。
そこにはどこまでも純粋で何処までも無垢な殺意に溢れていた。
それに、皆怖さを感じていた。


「油断するなよ――――あれは怪物だ」

ああ、そうだ、多分怪物だ。

コレだけの兵士たちに囲まれ、それでも哂いをやめない獣。
攻撃的な笑いは兵士たちを見ているようで、見ていない、自分たちを人とみていない。

人でなしの瞳だ。

たまに、いるのだ、殺すように人を殺すのではなく、壊すように人を殺す人間が。
そういうものは殺人鬼やシリアルキラーと呼ばれるのだ。

そうだ、今でさえ、少女は追う者と追われる者の中でで追われる者であるのに、どこまでも私達を狩るべき者として、見る。
わざわざ、人質に出来そうな、一人の女性、自分たちの部隊長の妹から離れ、兵士達に囲まれておきながら余裕に笑う。

それは自分たち全員を相手にしても、全員殲滅する、という露骨な意思表示。
ああ、と兵士は思う、数年前、このような怪物と隊長が戦ったらしいなと。

「あれはスライサー以上の殺人鬼だな、捕縛に苦労しそうだ」

兵士達のリーダーである、クルーガー・バートンは静謐な表情を浮かべながら、油断なく兵士達に目配せする。

しかし、自分たちの前には南部アメストリス軍の怪物の一人がいる。
剣を使う殺人鬼、スライサーを過去に、中央での指揮官研修の折、暇つぶしで捜査に無理矢理加わり、単独でスライサーの兄弟二人を易々と捕縛した戦いの天才が。
ちなみに単独で捕まえたのは、参加していた兵士達が皆、戦いはじめる三人を見て「どれがどれだかわからない」状況になったので単独捕縛になったという。

この獣のように極まった存在を個人で打ち倒せるのは同じく極まった存在でなければ不可能、兵士は兵士としての機能以上の機能を持たない。
兵士はあくまで、どこまでも軍隊行動を行なう一つのポーンでしかない。
だが、彼らを率いるのは極まった存在である、男。
南部での戦場でも、彼がいると皆安心するのだ。
この人が傍にいる限り、自分は死なないと。
この人が盾になってくれる、と。

「………残念だが、捕縛は私独りでは手に負えないようだ、皆で掛かって縛り上げるしかない」

「勝てるんですよね、隊長?」

「勝利条件を広げればな」

兵士達は少し、不安になるが、こう尋ねる。
尋ねながらも皆、油断せず銃器を構え、少女の肉体を一撃で破壊できる部分に銃のサイトを狙いつける。
皆、お互いの射線が重ならないように狙う。
群体としての能力を発揮する。

「えー、それは公務執行妨害での殺害とかですか?」

「やってみないと、わからん」

殺すことなら出来るだろうが、あくまで、捕縛が任務だ、とクルーガーはつまらなさそうに言う。
軍人警官として、捕まえて法廷に引きずり出すのが仕事だと、クルーガーは刀を抜き出して、刀を返す。
反りがない、直線の鈍器として刀を使う。

「………あんたまた前でるんですか、隊長の癖に」

兵士達はまたフレンドリー・ファイアは嫌なんですけれども、と言うが。

「それ以外、出来ないからな」

撃てると思ったら好きに撃て、俺には当たらない、と己の技量を誇り、兵士に命令する。

皆、あの訓練で顔面崩壊した、仲間のことを思う。

あいつ、よく混戦した時、よく間違って隊長に射撃してたな、と。

「いくぞ、死ぬなよ……死んだら訓練相手が減るからな、いくぞ!捕縛するっ!」

「了解」

という6の声。
3人は部隊長の妹を保護するためにもう行動を開始していた。
皆、とりあえず、隊長に当てないように銃を構え援護射撃の為に戦闘行動を開始する。
取りあえず、入院してるあいつが羨ましい、と思いながら。
訓練じゃ死なないから羨ましいと。










「かっ―――はっ――はっ」

ユーリックは戦い始めるシルビアと兄と兵士達を見ながら溺れかけた人間の様に荒く呼吸する。
心臓を抉られたような、絶望的な喪失を見て、心が崩れかけ、伸ばしていた手を胸に当てる。
絶望的な喪失は心を抉り、ユーリックの思考を絶望に染めはじめる。

「一般市民は早く安全なところに」

「ああ」

「妹の妙薬さんだ、セクハラすんなよ」

「立てないようだから、持ち上げるぞ、上半身、足の確保いいか」

「了解」

「1、2、3、で持ち上げる」

「1、2、3って………一人で十分だな」

兵士達三人はユーリックを保護するためにベンチから抱き上げることにする。

一人は警戒し、二人がかりでユーリックを持ち上げ始めるが、ユーリックは小柄で小さな女性だ。
兵士達は2人で持ち上げるのをやめ一人がユーリックを持ち上げる。
項垂れたまま為すがままにユーリックは力なく、運ばれるようとしていた。

そのままシルビアからどこまでも遠い場所に離されて行く。
無力なまま、何もしないまま、何も出来ずに。


それで、いいのかユーリック・バートン。

誰かが、そう言った気がする。


「ユーリ!」

「パティ………」

それを奪うかのようにユーリックを抱き上げる女性、パトリシアだ。
パトリシアは腰に二刀の鉈を交差するように差し、背中には背嚢を背負いながらユーリックの下に護衛として現れる。

「貴女は……轢き逃げ「誰が轢き逃げ女ですか」

ユーリックに触るな、とパトリシアはユーリックを抱き上げ、戦いを見る。
ココアを淹れるため小なべをかき混ぜていると直ぐにバートン家から連絡としてキャデラックが訪れた。
あのシルビアが此度街を騒がせる殺人犯だと、殺人鬼だと。
最初は何かの嘘かと思った。

だが、事実として知らされ、ユーリックを護るために直ぐに向かった。

たとえ、全てが嘘だとしても、ユーリックを護るのが己の与えられた使命なのだから。
正真正銘の平凡な軍人の家系に生まれたパトリシア。
彼女もまた、生まれた時からある程度の役目を決められた子どもだった。


士官学校を平凡に卒業し、最初に出会った、任務。
このまま平凡に軍人として生きるのだろうな、と思っていた時に出会った存在。

それがユーリック・バートンという少女だった。
それから、パトリシアは平凡な生き方の中に守護というものを見出した。

だが、結局、護れない。
身体は守れても、やはり心までは護れない、と思った。

パトリシアは悲しそうにユーリックを抱き上げながら、ユーリックの顔に掛かった赤髪を手で避ける。
そして安全な場所に、とユーリックを運ぼうとする。

私が護衛だと、兵士達にさっさと戦いに行け、と命令し。

そして、戦いを遠めにみながら――――。





「ユーリ、立てるなら、立ちなさい……」


パトリシアは思う、なんてことだ、と。

なんで、こんなことが起きてしまうのか、と理不尽を思う。









「エンツ、カロード、トム、ジョーイ、バンス、ジョン、が死んだな」

クルーガーは一人で刀を構えたままシルビアと対峙する。
なんていう速さだ、そう思いながら。
自らが接近し戦闘し、周囲の兵で油断なく囲み、捕縛する。
簡単な作業だった筈だが、聊か、予想が外れた。


「この前の時とは全然違うな」

前回出会った時はここまで卓越したスピードを持たなかった。
だが、クルーガーは思う、ここまで来ると本当の獣だ。
時速100kmを越える速度を持つ豹のような速さ。
500kg以上の握力を持つゴリラのような膂力など様々な猛獣の利点を得た一つの怪物。
クルーガーが接近する前に、周囲の兵士達がまるで紙を引き裂くように破壊されていった。

「どいつもこいつもいいヤツ等だった………みんな死んだ」

クルーガーは刀を反りを持つほうに構え、油断せず、怪物を睨み対峙し、いつでも最高速度の斬撃を放てるように、カウンターを狙う。
最早、所詮人の範疇に収まる程度である自分では、これしかない、と。

「隊長!」

ユーリックの保護に当たっていた三人が向かってくるが。

「無駄だよ」

戦闘行動に移る前に、圧倒的なシルビアの小さな五指に引き裂かれ死んでいく。

「うん、出来た」

圧倒的な速度で小さな死が優雅に舞うように奔る。
それだけで、皆、簡単に死ぬ。
一人は首を五指で抉るように引き裂かれ失い、一人は心臓を粉々にするように貫かれ

「ひぃっ!」

最後の一人は眼球に五指で叩く様に狙われ、眼球ごと頭が破壊されて死ぬ。

シルビアの手は血で汚れていなかった。
圧倒的な速度で振りぬかれた、両手の五指は、まるで9人もの人間を殺した事実がないかのように、綺麗なままだった。

「あなた達はさ、きっと人を殺す職業の人間なんだけど、でもそれは結果的なものでしょ?
最初から人を殺すために作られた私に勝てるわけないでしょ」

それは違う、と誰一人、そう言う人間はもう、いない。
シルビアを救う為にシルビアをこうした人間はここには居ないのだ。


「私と貴方達では格が違うよ」

「レオナルド、ジョーンズ、レオン……皆、良いヤツ等だった……みんな死んだか、なんということだ。
なんでだろうな、私は戦うためだけに生きているのに、生き残るために戦ってきたヤツ等はどいつもこいつも
先に死んでいく、生き残る努力をする人間が死に、私のような人間が生き残る」

「へぇ、生き残るの?」

次の獲物を見定めシルビアは構える、爆発的な瞬発力を発揮する前の予備動作。

「ああ、そろそろ、私の番かとずっと思ってきた、だがな……まだ終われない」

ぼう、と刀が雨に濡れながら、光を反射する。

「最初にいっておく、私はただの人間だ」

「そして特殊な才能がなかった……だから、ただ積み上げてきた」

クルーガーの身体が傾き、それに応じるようにシルビアも深く構える。
それだけで、生き残った二人の間に張り詰めた空気が生まれる。


「小細工はない」

そしてクルーガー・バートンは最大の威力の斬撃を発揮するために刀を鞘に収める。
カウンターを狙うのをやめた。
生き残る戦いではない、戦いを最高に楽しむためのクルーガーが思う最高の戦い方を選び取る。

居合いによる斬撃。

居合いとは奇襲された場合に剣を素早く抜き出し相手を切るための技だ。
実際は抜かれたまま剣を振った方が速い。
だが、それでも居合いを選ぶ。

自分の中でまるで、東の島国にいるという、侍、という概念を夢想し。
それは間違っていても間違っていなくても、そういう風にクルーガーは選んだ。
物理現象の強さではなく、自分が思う、自分の最強を発揮するために。

「そうだ、生き方の問題だ」

そしてクルーガーは火花が散るかと思うほどの爆発的な踏みこみを行い、思い切り良く獣に近づき
思い切り良く刀を抜き放ち、自分が持つ最高速度で戦いを挑む。

あまりにも莫迦げた愚かな、戦い方。

張り詰めた空気ごと切り裂く斬撃。

しかし

獣は易々と男の斬撃を後方に避ける。
そして五指をこの煩い男を殺すために振ろうとした。










だが、それは牽制だった。

「…………やっぱり馬鹿は嫌い、自分の大切なものを簡単に捨てるから」

「これも、戦い方の一つだ」

確かにクルーガーは居合いを最高の戦術として選んだが、そこには続きがある。
抜き放った刀をそのままの勢いで投げたのだ、まるでナイフを投げるように簡単に。
後方に下がったシルビアを狙うために。
そして、残った鞘でシルビアを思い切りよく近づいて殴り飛ばした。

「だが、それでも避けられるとはな」

「嘘つきは嫌い」

シルビアは投げられた刀を上手にキャッチし、思い切り良くクルーガーを殴り飛ばした。
刀は威力を最大限に発揮するために刃で殴らなくてはならない、だがシルビアは刀の腹で思い切りよく殴った。
適当に殴り、適当に殺そうと。
そして鞘と刀はぶつかり、お互い壊れあった。

「それにね、もう、いいや、十分」

「なにがだ」

クルーガーはなくなった武器の変わりに脇差を抜き払う。
最早、クルーガー勝ち目というモノが限りなくないが、クルーガーは気にしない。
もしこの残りがなくなっても、素手になったとしても、片腕になったとしても足がなくなったとしても
クルーガーは戦うことをやめないだろう。

そんな男を嫌そうに見て

シルビアは決める。

「もう、十分強くなったから、ユーリを殺そう、決めた…折角だから二人同士で、あの場所で」

そう言って、シルビアはクルーガーなど、飽きた、とでも言うかのように豹のような速度で、パトリシアに運ばれたユーリックの元に向かため力を溜め始める。

「待て、私を殺していかないのか、そして私よりも弱い妹の方にいくのか?」

クルーガーは足に刺さった刀の破片も気にせず、そう、言う。

「あれ、ユーリのお兄さん?」

「そうだが?」

「ふーん、じゃあ、ころそっかな」

「覚悟は出来ている、早くしろ、もっと私と戦え」

「うわ」

気持ち悪い、とシルビアは素直に思った。

「お前と打ち合ってわかった、お前は何故人を殺すのか、何故、獣を演じ、人を殺すのか。
何故人を殺すのに理由を欲すのか、つまりお前は逃げたいんだな、獣として人を殺すことで
獣を演じ、人を殺し、そして―――「うるさいよ」」

シルビアは一瞬にしてクルーガーに近づき、クルーガーの肩を殴り、粉砕した。

クルーガーは弾き飛ばされ、地面に呆気なく転がった。
雨の水溜りに汚れ、倒れた。

そして、倒れたまま、獣の速度で消えていくシルビアの背中を見て、こう言う。

「最後の最後に油断したな――――完敗だ」

ああ、せっかく取り寄せた刀だったのに、と思いながら空を見上げる。
そして周囲に散らばる死体たちを見て。


「死ぬなと言ったのにな……どいつもこいつも―――」















次回も続く。



[11215] キメラ編 5話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/04/01 10:15
シルビアとパトリシアは戦っていた。
戦いという行為は須く醜い。
争うという行為は醜くても美しい。


「何故っ!?シルビア!」

「あはっやっぱりそうよね、パティもそう思うよね―――貴女は強い、ああ面白い。
貴女みたいに誰かの為に戦える人間はみんな強い、そう思う、だから貴女がそんな目をさせてまで護ろうとする
大事な大事な人はきっと特別なんだね、だからこそ、ユーリ、貴女を殺したいの」

シルビアとパトリシアは戦っていた。
パトリシアの戦い方はどこまでも荒々しく二刀の鉈を振り舞わす乱暴な戦い方。
それだけで、どこまでも圧倒的な身体能力で戦う獣と互角に渡りあっていた。
パトリシアの斬撃はどこまでも荒々しく、空気を破壊しながら振るわれる。
その動きはまるで、竜巻。
全てを巻き込み裁断する、どこまでも技を感じない、才覚のみによって振るわれる攻撃。
南部最強の近接戦闘能力。
バートンをして彼女と近接戦で互角に戦える者は、まずいないだろうな、と言わせる人の極限速度の連続した斬撃。
「轢き」と呼ばれる、高速の殺人応酬。
獣がいくら速かろうと、自然災害である竜巻の中には飛び込めない。
だが彼女は迫る、まるで向かうよりも通り過ぎるかのように迫る。

それが彼女の「轢き逃げ女」の由来。

少しでも掠れば、死ぬ、そんな鉈で振るわれる、粗雑な斬撃。
竜巻が走る。

「何故だとっ言っている!」

「やっぱり下品だねパティ」

「同じことだよ、貴女がユーリの傍にいるように、そういう風になっているのも。
私がユーリを殺すためにこういう風になってるのも、全部一緒だよ」

「っ!」

パトリシアはシルビアによって振るわれる五指を避ける。
荒々しく振るわれる五指。
白い小さな、手。
握手をした手。
自分とは違う、本来なら落書きをするためにあるような手にどこまでも死が宿っている。
今までの被害者達がこの五指で殺されていた。
それは小さな死神の手だった。

それが避けるとまた振るわれる。
まるで指揮棒のように綺麗に、美しく。

「違うっ!」

それを避け、向かい撃つ、暴力的な鉈と繊細な指がぶつかる。
なのに、火花が散るように音が鳴る。

「上手、上手、もっと私、強くなれるかも………そうだよ、ユーリの傍にいれば強くなれる、そういう風になっているんだよ。
だから、私は殺す、そしてユーリを自分の物にするために殺す、綺麗な眼を抉り出して私のモノにする。
そうすれば、もっと、もっと私は悩む必要が無いほど強くなれる、そしていっぱい殺せる」

「一緒にするな!」

「しらないよ、貴女のことなんか知らない、でもずっと傍にいる。そういうものでしょ友達って、だから貴女もあとで殺す。
私はずっと寂しかったの、友達だったら友達の為に死んでもいいでしょ―――死ねっ!」

「ぐっ!」

パトリシアは五指を鉈の腹で受けるが、あまりの膂力に吹き飛ばされ、倒れる。
その拍子で顎を地面に叩きつけられ、立ち上がれなくなる。

ああ、なんていう暴力。

パトリシアは自分を叱咤する。

立て。

立て。

立て。

「あれ、私、今もっと強くなってる?あはっ!これならもっと綺麗に殺せるよ、ははっ」

そして力なく項垂れているユーリックの元に近づいていくシルビア。

それを見て自分が怒りに包まれながら、再度、身体の熱が燃え上がるような気がした。
何故、自分はユーリックの護衛をして護り続けたのか、思い出せ、そして立ち上がれ。

あの戦場で沢山の人が沢山という言葉で括られるくらい死んでいった中。
死んでいく人たちに対し敵も味方も関係なく、あの言葉を言った、あのユーリックを護りたいから、戦うんじゃないのか?

私の生きる目的は、使命は―――守護。
大切なものはこの胸から離さない!


「おおおおおおお!」

そして絶叫する。
どこまでも純粋な怒りで生まれる声。
そして再び大地を蹴り跳躍を開始するパトリシア。
そして振るわれる鉈とともに身体を回転させる。

「喚くなっ!」

「あれ、まだやるの?」

「やかましいっ!」

そしてまた五本の指が―――振るわれる。
次は片手ではなく両手で振るわれる、パトリシアと同じように振るわれる指とともに身体を回転させ、パトリシアの「轢き」を模倣した。
模倣されたそれはどこまでも美しい竜巻になった。
白い閃光のような艶やかさだった。
竜巻と竜巻がぶつかり合う。

少しでも天秤が傾けば、死ぬ。
パトリシアはそう思った。
シルビアは笑った。


「うん、強いね、パティ、でも私の方が強い」


竜巻と竜巻がぶつかりあった瞬間、片方の竜巻―――パトリシアは弾き飛ばされた。
鉈が持ち主を失い、空を舞う。
地面を引きずるかのようにパトリシアはまた地面に転がり、倒れた。


「手加減してあげたよ、死なないでね」

「ぐが…………」

もう、立ち上がることが出来ずにパトリシアは悔しさで涙を流す。
涙を流す力しか残されていない、何故だ。
何故立てない。
これが、現実だとでも言うのか。

パトリシアは何も出来ずにユーリックの下にシルビアが近づくのを見ていた。


キメラ編 5話。














ユーリックは見ていた。
力なく、座ったままで。
戦う二人を見ていた。
大切な二人が殺しあうのを見ていた。
殺し合いを終えるのを見ていた。


「シルビア………」


ユーリックの傍にはシルビアが立っていた。

「何、ユーリ?」


「何で………私にそこまで」

「ねぇユーリ、氷が溶けると水になるでしょ?水が温まると蒸気になるでしょ?
それはなんでそうなるのかは決まっているけど、なんでそういう風に決まったか、それは誰にも分からないでしょ?
そういう事だよ、そういう風に決まっているから、そういう風に沿って動く、ただそれだけ、ただそれだけなんだよ」


「そう、なの………でも、私の命なんかにそんなに意味があるの?」


「違うよ、私がただ、そう思っているから勝手にやってるだけ、我侭なんだよ」

違う。

そう、違うだろ、そんな勝手を認めてもいいのか?
シルビアの友達じゃないのかユーリック?




「先生は……」

「おじいちゃん、おじいちゃんはね、お父さん、お母さんが私の為にこうしてくれたのに、どうしようとしたと思う?
――――私のこの体を元に戻そうとしていたんだよ?そんなの許せるわけないじゃない、また私をあの病院で孤独にするために。
そんなの許せるわけが無い、絶対に」




「じゃあ………」




「殺したよ」


その時、ユーリックはシルビアの瞳を見ていた。
その瞳はどこまでも綺麗でどこまでも酷薄で。

ああ、好きだったのに、シルビアと先生がいる風景が、と思った。
好きだった友達だったのに、なんでこうなるの、そう思った。

なんで、こんなにも不幸になったのか。



「楽しかったよ……でも、なんで、私―――泣いてるんだろう」

シルビアの瞳からは涙が流れていた。
不幸なのにそれでも、幸せそうに笑いながら。


それを見て―――――パズルのようにバラバラになりかけていた心が、静かになる。
そして怒りを感じた。
悲しいから、それを力に変える術を学んできた。
許せなかった。
怒りを感じているなら、それは誰かにではない

無力な己にだ。



そして己に問い掛ける。



ユーリック・バートン



友達が間違ったことをしたら、どうするんだ?


折れ掛けた心のまま、でも、大丈夫だ。
そうだ理解しろ、一度崩れて分解されたなら―――。


血が冷え切っていた
身体が冷え切っていた
心は冷えていた。





その全て再構成してでも、喰らいつけ。

心が強ければ何者にも負けることはなく、心が折れる事を敗北と言うならば、心が折れなければ敗北の文字はないのだろう?

私は錬金術師だ。

もし、心が折れても何度でも錬成し直してみせる。
なら、きっと無敵になれる。

いけ、ユーリック・バートン。

幸福を、自分が望む幸福を創りたいのなら。
ユーリックにはユーリックの形がある。
お前の意志で答えを見つけろ。




そして


一瞬、眼を閉ざし瞑想するように集中する、心構えをする。心を武装する。
鈍った体を無理矢理ベストコンディションに持ち上げるためにリラックス。

そして――――。

脳の中で、理解、分解、再構成、の三段階の切り替えを行なう。





そしてユーリックは先ほど伸ばされたまま落ちた筈の手に力を籠め、立ち上がる。

では、再度、在るべき場所にこの手を伸ばそう―――。

何度でも
何度でも
何度でも

諦めない限り―――何度でも伸ばし続けよう。

そして、私は諦めるのをやめよう。
諦めるのをやめ続けよう。

あらゆる迷いが消える、そして決めた。

ユーリックの答えを


戦う。

そして戦うことを始めたのなら、これから起きる全てに責任を持って戦おう。
出会う全てを大切にするために。

 「往こう」

 (往こう)

絶叫ではなく囁きだった。
断固とした決意の響きだった
弱気もなく、一片の諦めもない、強い響き。

羊でも構わない、羊でも、戦える筈だ。

「ユーリック流友達、その6、友達が間違っていると思う時は――――」


「喧嘩する!」

運命のダイスよ、私はたとえ、神がこの世にいたとしても
全て一、一、一に賭けて。

イカサマをしてでも、このささやかなる一撃を喰らわせる。

すぐさま立ち上がり、伸ばした手を傍に立っていたシルビアに振り下ろす。



ユーリックはシルビアの頬を手の平で叩いた。

そしてシルビアは獣となってから始めて動揺した。
そして―――

「やっぱり――――やっぱりそうだ」

そして微笑んだ。

「それが貴女なんだね、ユーリ」

「そう?だったらわかるよね、シルビア」

ユーリックも微笑んだ。
どこか、少女らしさと少年らしさを残したような、綺麗な笑顔で。

「うん、決めた、やっぱり今殺そうかな、って思ったけど、決めたよユーリ」

シルビアは獣となり、力を籠め始める。

「試験農場で待ってる………待ってるから」

そして獣の速度でユーリックから離れる。
どこまでも遠くへ、言ってしまう。

それを見つめながら、ユーリックは言う。


「絶対に助けてみせる」



できるとかできないとかそういうことじゃなくて。
やらなくてはいけないとかやらないといけないとかそういうことじゃなくて。
自分のために一歩踏み出す。
後悔しないための自分の一歩を。


そうだ、可能性は見つかった、多くのモノを失ったけれど。
私はあの先生、【獣の錬金術師】の弟子【妙薬の錬金術師】。


あのシルビアに効く、妙薬を作ろう。


倒れて痛そうにしているパトリシアの下にまず、向かった。
どうやら随分手加減されたらしく、ほとんど無傷に近いパトリシアが倒れている。

「すごい、痛い、ユーリ」

「………なんで怪我してないの貴女」

それでも、物凄いぶっ飛んだじゃないのか。
何故、擦り傷で済むんだよ?
私だったら死んでるよ。

「優しくしてください」

「優しくしてあげますよ、パティ、だけど」

「その前に力を貸して」

「人使い荒い」

ユーリックはパトリシアを抱き上げるかのように立ち上がらせる。
パトリシアについた泥を丁寧に叩き落として。


こう、言う。



「行こう、パトリシア」

「ええ、行きましょう、ユーリック」


二人は現実に刃向かうために行動を開始する。
現実が何を言おうと知ったことかと。

あの戦場でも、二人で戦ってきた。


「で、矢面に立つのは私……何時も通り」

「何時も通り、頭脳プレイは私に任せて」


「納得行かないです」

昔からそうですけどねぇ、とパトリシアは微笑む。
昔からそうだよ、とユーリックが微笑む。



「しっかり、私を護ってね、パティ」

「―――ええ」


羊は牙もないけれど火を吹くことも出来ないが、誰かに頼ることを知っていた。
誰かを信頼して、一緒に戦うことを知っていた。









続く。






次回


狼でもなく、羊でもなく、妙薬の錬金術師として、キメラと相対することを選んだユーリック・バートン。
その前に次はささやかなる兄妹喧嘩をしよう。



あとがき

こうなんか、あと数話でOPがリライトになる感じで進みます。



[11215] キメラ編 閑話2
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/04/02 00:30
取りあえず応援を呼びに行くためとぼとぼと、壊れた片腕を抑えながら歩く、クルーガー。

「また不祥事だ………このまま腕をオートメイルにでもしに行くか」


部隊が全滅して利き腕が肩ごと完膚なきまで破壊された。
これでは前の様に刀を振るうことが出来ないだろう。
内部は完全に破壊され、まるで空気を失った風船のように、ふにゃふにゃしている。
クルーガーは、戦う力を失ったことを嘆く。
しかも、中々、自分のことを分かっているヤツ等も死んだ。
次は何にしようか、そう思う。
そうだ、自分と一番歳が近い殴り合いが大好きな兄と同じく
いっそこのまま両腕を切り落として丈夫な腕に換装しようか、そう考えた。
どうせ利き腕が破壊されてオートメイルに変えたら先ほどのような剣の冴えを発揮することは出来ないのだ。

その事実に、クルーガーはなんともはいかのように。

「いっそ両腕を剣にしようか」

次は機械の身体で振るわれる斬撃を作り出そう。
いや、まてよ、なら、あの獣のような瞬発力に負けないために足も改造するべきか。
パトリシアの「轢き」を越えるために回転機構を取り入れた腕にして。
兄の腕のように肘に炸薬を籠め、瞬間的に破壊力を持たせるなど。


ユーリックが居たなら「百鬼丸かっ!?」
と言いそうな莫迦な考え。

何時も通り戦うことだけを考えていた。

だが。

「忘れていた……ユーリック、あの殺人鬼の行った場所を教えろ」

応援を呼ぼうにも、場所がわからないと意味がなかったな、とクルーガーは思い。
真剣な表情で走る二人をたまたま見つけたので、呼び止める。

「生きてたの……兄さんって!?放って置いたら死にますよ、それ!」

「生きてたんですか、クルーガー大尉。さっさと病院行ったらどうですか?」

完全に兄さんのこと忘れていた。

「アレに殺されていたのなら、私は素直に地獄に行ったのだがな、残念だ。だが、片腕程度で済んで僥倖だったな」

死ぬために生きるように戦う存在の兄。
まるで、死んだとしても、地獄で戦うから構わない、と
水風船に穴が開いたように血が噴出しているのに、どこまでも静謐な表情で何時も通りユーリックに話しかける兄。
そのシュールな様子に

「…………何て言ったらいいか、わかりません」

ユーリックは全てがアホらしくなった。
さっきの決意とかが、がっくりと落ち込むような気がする。
死んだとしたら、私はこの人の為に泣けるのかな、と疑問を抱く。
どうせ死に方もシュールな感じだろ、この人。


「何でもいいからどこに行ったか言え」

「いや、そういう意味じゃないですよ………呆れて物言っているんです」

「呆れてでも言え、さっさと言え」

このままだと出血死してしまうから、言え、と兄が言う。

「あああああっ!相変わらず話が噛みあわない!」

ああ、意味不明だ、過去に乳歯全部折られた時も。

「乳歯ぐらぐらいってて、ご飯、食べづらいです」

小さな頃、久しぶりの歯の入れ替わりに生理的嫌悪を抱き、嫌そうに食事を口にしていると

「そうか……いい考えがある、私のように最初に全部折れば良い」

「ごえっ!」

人の口の中に手を入れて、回転させるようにおもいっきし手を抜く兄。
屋根に投げるか地面に投げるか、とかそういう前に、全部飛んでいったぞ!


「うぁがー!(何すんですか!)」

思わず、涙が出る。
口から血が、出る。


「ああ、食事が出来なくなったな、すまん」

「うぁがー!(もう嫌だ!)」

ああ、そうだね、他の永久歯が生える前で良かったよ!この馬鹿兄が!

自分にさえ、そういうこと躊躇なくやる馬鹿だ。
その出来事がある前に、先に実行していた兄に、痛くないんですか?と聞くと

「オウウェガァゴッヂボドウガバエブ(痛いけど、こっちの方が早く生える)」

「………そう、なの……?」

だから強く言えない、どいつもこいつも自分に課す様々な訓練以上に
それよりも遥かに異常な訓練を自分の意志でやり始めるから強く言えないのだ。

え、私がおかしいの?
そういう文化なの?

そう悩まされてきた家族だったよ。
周りがみーんなそうだったし。



ああ、羊に生まれて良かった!
こんな風にならなくて本当に良かった!
死にそうなのに、そんなの無視できる無神経にならなくて良かった!
私弱いから、そのまますぐ死んでいたよ!



「で、教えてどうするんですか?」

「決まっている、あの殺人鬼を殺す」

私の手では無理だろうがな、と兄は言う。

兄の言葉を聞いた一瞬、ユーリックの顔に動揺が走る、けれど感情の揺れを見せたのはその一瞬だけ。

「なら、教えませんって言ったらどうします?」

ユーリックはすぐさまに軽口を叩く。
その顔はどこまでも決意に固めた真剣な表情だった。
まるで、実の兄を敵として見るように。

「無論、お前を拷問してでも吐かそう、共犯としてな、凶悪殺人犯の追跡のためにな」

「嫌です、私はシルビアを助けに行く―――貴方に教えることなど何もありません」

「常々、思っていた、お前という女はどこまでも傲慢だ。どこまでもわけのわからない理由に拘り、与えられた現実から逃げ続ける。
お前は弱い―――どこまでも無力で、ただ感情という、無意味なモノだけで何かが実現出来ると思っている。
わけのわからない理想。それを力を持たないまま、力を持とうとしないまま、実現しようと思っている。
どこまでも愚かで―――傲慢な女だ。
あの殺人鬼はもう終わった存在だ、ただの獣だ、ただ殺すだけの機能しか最早、ない。
そして多くの者を殺してきた。誰かを殺す者は殺されるしか終わりがない、そうではなくてはならない。
人殺しはどこまでも無惨で残酷に死ななければならない。
それにアレは私達とは違う方向性で人として死んだ存在だ………それを助けるだと?お前に何が出来る?
―――今まで、この私とさえも戦って来なかったお前が」



「貴方と戦わなかったのは、貴方が家族だから、兄さんだから―――でも今の私には譲れないものがある。
戦わなければいけない、大切なモノがそこにはある」


「くだらない、お前の言う、大切なものなど、現実にとって何の価値も意味もないものだ」


「知らない、価値も意味なんて知らない―――間違っていたとしても私は自分の思うとおりに生きる」

「ほう、私と戦うか?……戦いとは何か昔、お前に言ったな?―――戦いとは己が持つ傲慢な意志で、相手をどこまでも自分勝手に砕くことだと」

「今の私は例え、誰だろうと、シルビアを助けるためなら戦ってやる……砕いてやる」

「それは生き方の問題か?」

「ええ、生き方の問題です」


「そうか、貴様は敵だな―――――ならば、戦え……私をお前の傲慢で砕いてみるがいい」


「邪魔です、そこをどけ―――――兄さん」




言葉は不要と二人は構える。







何故、ユーリック・バートンという少女は何処までも綺麗な嘘で育てられたのか。
人の為に人を守る為に軍人となれ、そう、育てられた。
訓練を施す時も、「国家に対し忠誠を誓う軍人として常に臣民を守る為に戦う事こそ誉れとせよ」
そう、教えられて訓練してきた。

それは何故だろう。

それはバートン家の者では、絶対に実現出来ない夢だったからだ。
誰かの為に戦うこと、それはバートン家の人間に誰も出来ないことだった。
全ての事象を浅い感情で、喜び、悲しむことは出来る、泣くことも出来る。
だが、それは、どこまでもバートンの人間が持つ虚無だった。
皆心の奥底で、こう思ってしまう。

「そんなことは戦うことに比べればどうでも良い」

皆、ある程度は最低限、普通の人間として振舞うことが出来る。

だが皆結局、自らの異常性を自覚する。

クルーガー・バートンは血が濃すぎるための例外中の例外だが、バートンの家の人間は幼い頃は
皆、普通の人間の感情を持ち、普通に暮らす、だが途中で皆気付く。

知らされる。

ああ、私達は異常なんだな、と。

ずっと一緒に戦ってきた仲間が死んだ。
夢を語り合い、お互いを認め合ってきた仲間。

でも結局、こう思う。

ああ、戦力が一人減った。




愛する人が死んだ。

一緒に長い間共に愛し合った人。

でも、結局。

ああ、子供はある程度増やせたので構わない、戦力に影響はない。

そんな風に思ってしまう。

私達は異常だ。

本当の意味で生きることが出来ない、でもそんな事を思うこと自体

「本当はどうでも良い」

戦いの中でこそ、生を実感出来る。


バートン家の呪いのような異常。
多くの人と戦い、殺し、生きてきたから生まれたような、呪い。
代々バートンを継いでいく者達ほど、人として近しい故に、一生そうやって生きて行かなければならない。
そしてさっさと生きることを実感出来る戦いの中で死んでしまいたい、と願い、生きる。
皆、跡継ぎが育つと早々と自殺をするように戦いを挑み、死ぬ。

それはどこまでも生きているようで死んでいる。

まともな人間に近しい故にバートン家の当主となったヴォルフガンク・バートンは
ユーリック・バートンという娘に希望を見出した。


戦いとは何かの為に戦うものだ。

人の為、友の為、愛する人の為、夢の為、希望の為、立ち向かう為。
そういう様々な確固たる信念の為に戦わなくてはならない。

戦いを望み、戦いの本質を理解する故に、本当の意味で戦えない存在であるとバートンの人間は皆、苦しむ。
戦いを生きる目的にしながら、どこまでも戦いと程遠い、と。

その苦しみさえも、心の奥底では、どうでも良いと思ってしまう。






バートンは戦っていると気付く。
意志のみで、ただの人間であるのにどこまでも強い存在を。
心臓が、もう止まっている筈であるのに、立ち上がり、戦う者を。
仲間を鼓舞するために後頭部が抉られたまま指揮をする者。
確固たる意志で肉体を凌駕する者を。

私たちには絶対得られない力。

バートンは力を得るためにこうなってしまった一族。

故にユーリック・バートンに期待した。

死んでいる者は弱く、生きている者は強い。

ユーリック・バートンは何かの為に本当に戦える子供だった。
どこまでも普通の人間で、どこまでも本当の喜怒哀楽を持つ正真正銘の人間だった。


まるで、人と狼の間を彷徨うキメラのような子供。


バートンの由来である、紋章を体言するヒトオオカミの子。

まさしく人狼。


故に希望だった。
この子供がどういう風に生きるのか、期待した。

もしかしたら、この子供はきっと。


本当の意味で誰よりも強くなれるのではないか、と思ったのだ。




バートンの血を持ちながら、本当に戦える者。
人でなしの血を持ちながら、人間の心を持つ故に本当の最強の存在に成れる、可能性を持つかもしれない、と。




そして、いつかバートンを越える新しい力を持つ存在として、生き続けるかもしれない、と

だが、ユーリックは力が弱かった、故にユーリックの次に期待し、縛り続けた。
どこにも行かないように、鎖で縛り付けていた。
力がないなら、閉じ込めておく、そうしてきた。

「だが、それは失敗だったかも知れない」

結局、中途半端で、生き残る力を与え切れなかった。

でもそれはわからない、とヴォルフガンク・バートンは思う。
次々と入る報告を聞きながら、そう、思う。



だが、思う。

獅子でも鷹でも羊でも狼でも人狼でも構わない。

どうか死なないでくれと。







キメラ編 閑話2



戦いは始まる前に終わった。


構える二人。
それを横目で観察していたパトリシア。

そして

「どうでもいいですけど、私を忘れてませんか?」

そう言って、パトリシアはクルーガーの横顔を殴り飛ばした。
どこまでも手加減せず、本気で全力で。


「ちょっと!?」

あまりの行動にユーリックは何も出来なかった。


消耗していたクルーガーはその一撃で倒れる。
無様に倒れ、地面に落下した。
そして立ち上がる力を失くす。

そして、ユーリックとパトリシアを見て。


「な………くっあはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
――――――くく……なるほど、そういう戦い方もあったか」


完敗だと、兄は言う。

「は、お前の勝ちだ、さっさと行け」

「気持ち悪いんですけど、貴女のお兄さん」

「………いや、もう何が何だかわかんないです」

空気を読まないパトリシアもそうだが、いきなり笑い出した兄も意味不明。

「あのですね、ユーリ。熱くなるのはいいですけど、もう少し合理的に行きましょう」

こんな馬鹿と張り合ってどうするんですか。
今度から熱血馬鹿と呼びますよ?とパトリシアは言う。

「……いや、そうですけど……なんか納得行かない」

「どうせ、まともに訓練していない貴女がコレが重症とは言え、勝てる訳ないんですから、さっさと行きますよ」

「えー、折角、燃えてきたのに………」

「はいはい、そんなことより、さっさとシルビアを助けに行きましょう」

「はっ!そうでした!」

「相変わらず、基本、牛のような娘ですね………」

シリアスが長続きしない性格だと、パトリシアは笑う。

そして本当に牛みたいだ、とパトリシアは思う。

基本的に臆病で、のんびりとしていて、時には闘牛のように怒り出す子。
傍に居ると自分もこの牛のように優しくなれる気がする。
だから、守る時以外でも傍に居たいと思ってしまう人。


そう、思った。





「じゃあ、しっかり病院いってくださいね、兄さん」

「おい、ユーリック」

「なに兄さん?」

「コレをやる」

倒れて衰弱している割にぽいっと簡単に一丁の銃を負傷していない片手でユーリックに投げ渡す。

「父から預かっていた、お前が私に勝った場合に渡せと―――嫁入り道具だ。一ヶ月の間、お前がもし、誰かの為に何かしようとして
余計なことをし始め…それを私が止めることになり、そしてお前が私に勝利した場合にな」

ユーリックの手に収まったのは
深迷彩色の銃。
それは父、ヴォルフガンク・バートンの大切にし過ぎて一度も使わなかったという愛銃である、【森の狼】


「あと、コレもだ」

そして

「危なっ!?」

ざくざくとユーリックの足元に刺さる二本の刃。
木目紋様の美しい、まるで前世でみた包丁の高級品であるダマスカス製の――ナイフのようだ

でも、これは――――。

「銃剣?」

それはナイフのように小さい銃剣だった。

「あと父はこう、言っていたな、もう一丁はもうやってある、だとな」

森の狼を腰に収め、二本の銃剣を手に取り、見る。

まるでこの銃剣は

思い出す、この前会った、リザ・ホークアイとの会話を。


「最近作られた奴の方が装弾数も威力もいいですよ、中尉」

「それにしてもこの銃身のフレームの機構はいつも謎ですね…特にこの溝、それにトリガーガードに妙な突起がありますし、何か付いていたみたいで…」


はっとする。



「そうだ、今、お前が持つ2丁の為の銃剣だ」

「そして父はこうも言っていた、コレがお前の手に渡ったら、お前はもう、自分が思うまま好き勝手に生きろ、そして―――」

……………っ!?

「てことは?」

結婚しなくていいの!?

あれか、バートン家の成人の儀とかそういう――――。

もしかして自由っ!?

家から追い出されたのは一ヶ月間のテスト期間!?



本当なのっ!?

「や」











「アームストロング家の者として、自由に生きろだと」

「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



「なんで泣く?最初に嫁入り道具と言っただろう」


「……………期待した私が馬鹿でした」


こんな物騒な嫁入り道具なんて、いらないよ、お父様、お母様。

「あ、そういえば、もう一つの方、整備したまま、パティの家に置いたままでした」

やっぱり、必要かも、と思う。
一応、護身用に何か持っておかないと。


使う気はないが。

抜き身のナイフは危ないのでパトリシアにナイフホルスターを借りて、装着しておく。


「え、ユーリ貴女、今まで素手で……「戦う」とか言っていたんですか?」

あとお得意の錬金術の方は?とパトリシアが聞くと

「あ」

「なんですか」


「私、凄い馬鹿かもしれないです」

「錬成陣もないんですね……」

「そもそも………こんなことになると思ってなかったですし、ね」

二人は再び走り出す。


シルビアの下に行く前に、まずあの先生の家に行こうと。





「行ったか………まぁいいどうせ、多分死なないだろう」

あの獣に最後に言いかけて殴り飛ばされたが。
あの獣にはこう、言うつもりだった。

「死ぬために戦っている」

戦う相手は多分ユーリックだろう、そうクルーガーは思う。
父にはユーリックに危険があるなら止めろと言われたが。

「そもそも、あれを止められるわけがない」

犬ころ同然だと思ったが、群れを作るか。

だが

「ああいう戦い方もあるのだな」

クルーガーは死んだ部下たちのことを思い出す。




次回に続く。

お兄さんそれは羊の群れですよ、というお話。



あとがきと設定。




【森の狼】


ハガレンの世界では最早オーパーツである銃。
現実に存在する、FN Five-SeveN(ファイブ-セブン)
ポリマーフレームに覆われた近未来型の拳銃である。
貫通力は異例で5.7ミリ弾を用いることで200メートル先のケプラーヘルメットを貫通する威力を持つ。
これはハンドガンとしては異例の威力で
アサルトライフルに匹敵する威力を持つ。
それをハガレン世界の技術でカスタマイズしたもの。

ポリマーの癖に無駄に丈夫。

トリガーガード、銃身には細工を施してあり、ナイフ型銃剣を取り付けることが出来る。


ジャルガ(牙)

ハガレン世界のダマスカス製の銃剣。
これもオーパーツ。
現実ではロストテクノロジー。

ダマスカス製について、詳しくはグーグルさんに聞いてください。


ユーリックの元々持っていた銃

【砂の狼】

ハガレン世界のブロウニングハイパワー。

これも実は細工されていた。



[11215] キメラ編 閑話3
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/04/02 12:08
墓のようなビルに向かう。
いや、もしかしたらビルのような墓かもしれない、と最悪の事態を想定しながら、二人で建物の中に入る。




「来たのか………間に合ったか…ああ、奇跡なん、てものを信じた、ことは無い、がね……少しだけ、運命という言、葉を信じ、たくなるな」

入った瞬間に一人先生が倒れたままこちらを見て、必死に声を絞り出して、言う。


「先生、生きて……」

「いや、死んで…いく途…中だな……今の私は時間が、もうない、か……はっ!」

ぼとぼと、と先生の口からは血が流れていく。
口から血が流れるということは臓器が破壊されたということ。

あのシルビアに殴られでもしたのか。

ああ、



このままでは死ぬだろう。
その前に聞かなければならないことがある。
私は少しでも先生が生きる時間を延ばすために。

「ユーリ!?」

倒れた先生の口に自分の口をあて、先生の喉に溜まった血を吸いだす。
吐き出される血で私は汚れるが、そんなのは気にすることではない。
錬金術師が最も恐れることとは自分の研究が無為になること。
そう、先生が私に教えたことだ。


「なら、先生、教えてください、シルビアを助けるにはどうしたらいいんですか、貴方はそのために研究をしていたんですよね?」

口元から血が流れるまま、私は聞く。

「相変わらず……だ、な……」

ヒューヒューと先生の吐息が荒い。
だが先生はきっと完成させている筈だ。
私の先生だ、きっとやり遂げている筈。

「方法は……あ、る。…がはっ…右…手ごぼ」

先生が言う言葉を瞬時に理解する。
錬金術とは言葉よりも深い、ならば言葉からどこまでも学び取る。

「シルビアの手にある錬成陣を発動させればよろしいんですね!?」

初めて出会った時に見た手に彫りこまれた錬成陣。
あれは彼女の右手にあった。
それを起動させるだけ。

それは違う。


そのためには先生の研究を理解しなくてはならない、発動式だけ起動させても結局は失敗する。
人体は奥深い、ましてやキメラとなった人間を元通りにすることは至難の業だ。
不可能とは言わない、成功例がないとされる人体錬成とは言わない。

そうだ、所詮人間も動物だ、知恵を持ってこそ、人間は人になった。
ならば、それは須く、生体錬成他ならない。

しかし、錬金術は理解しなければ使えない。


もう一度先生の喉に溜まった血を吸い取り、床に吐いて問う。

「私に出来ますか?発動式に触れて起動する瞬間に理解することが出来ますか?」

言うのは簡単だが、これは一つの神業如き行為だ。

頭の中に手足も翼も尾鰭もいろんなものが新しく生えたような感覚で瞬時に実行できる理解力がいる。

「たし、かに……だが、お前に……でき、るかど…うか…はわ、からん」

「ええ、分かっています、それでも師匠、私が貴方の業を引き継ぎます」

先生とは呼ばず、師匠と私は錬金術師ハイリッツ・グラードをそう呼ぶ。

この瞬間、私は彼の本当の弟子となった。
学問の弟子とは師の研究を引き継ぐことにある。
私は先生に錬金術を習っただけである故、先生と呼んでいた。
だが私は彼を先生と呼ぶのではなく、師匠と呼んだ。

ならば、私には出来る筈だ、不肖の弟子だが、やり遂げてみせる。
今私は【獣の錬金術師】の只一人の弟子である錬金術師の私。
それが、弟子として師匠に報いる唯一の方法だ。

「いや、まだだ、業は引き継ぐ、だけど師匠の命は諦めない」

私は自らの人差し指を噛み、先生の上半身の衣服を破るかのように肌蹴させ、先生の胸に錬成陣を人差し指で書いていく。
書き込むのは簡単な式だ。
生体錬成の基本だ。
動物を錬成する上で、とても簡単な下準備に近い。

臓器の多くの傷がついている、そして動くから死んでしまう。
なら―――――動かないようにする。
医療知識が少しでもあるなら、これぐらいは出来る。

「少し、師匠には眠ってもらいます」

「お、ね…がいだ、シル…び、あを助けて、くれ……ユーリッ……ク」

この世には命など掃いて捨てるほどあり、希少価値なんてまるでない。
そして命が生きるという行為は虫けらでもできる簡単なことで、どうでもいいことなのだ、と昔私は目の前の彼女に言った。

だけれど、私にとってシルビアという子は何よりも代えられない価値を持つ子だった。
何よりも意味を持つ大切な子だった。
我が弟子よ、どうか、私の、私の孫娘を助けてくれ、頼む――――【妙薬の錬金術師】よ。


「ええ、絶対に助けて見せます、その後、また貴方とシルビアと私たちで、またクッキーを食べましょう」

諦めず、手を伸ばし続ける。

絶対に
絶対に
絶対に

私は出会う全てを諦めない。
最後まで絶対に。

そして錬成を行なう。

その錬成陣は動物の体温の熱を奪う錬成陣だ。
一時的に師を仮死状態になるまで、体温を落とすために。
代謝を落とすために錬成陣を発動させる。

そして電光が鳴る。
光に当てられ、よくユーリックの顔がはっきりと映る。

それを見ながらハイリッツは思う。

ユーリック・バートンは何処までも透き通る純粋な瞳を持っていた。

その眼は、正に全てのモノに意味と価値を持たせるという、決意を持つ、完成された錬金術師の瞳だ。
全ての可能性を諦めない、まるで、真理にさえ、自分の力で何れ届くかのような―――賢者の瞳。


Elixir Alchemist

まさに妙薬の錬金術師。
誰が名を付けたのかは知らないが、正しくそうだ。

エリクシル(賢者の石)に辿り着ける可能性を持つアルケミスト(錬金術師)



何時だって可能性を最後まで諦めない者にこそ、その資格がある。


それが、ユーリック・バートン。





ヴォルフよ、お前の娘はなんという子だ。


なんて強い。






「ユーリ……」

背嚢をイスにして先生を背負う彼女は私を見る。

どうか、死なないで、と。
絶対に自分の命だけは守ってください、と。

「ええ、私はシルビアを助けに行くだけです――――私は友達とは戦わない」

腰にある銃。

折角戴いたものだが、どうせ、使う機会はない、ごめんね、と【森の狼】に対してそう、思う。
ああ、またお父様がショックを受けるだろう。

折角上げたのに、全然使わないとか。



「だから先生を助けるために行ってください、パトリシア」

護衛としではなく、友達として頼む。


私はどこまでも友達として、彼女を助けに行く。
それが間違った答えでも―――それが私が出した、答えだから。
答えを出した瞬間、その答えに沿って生きるしかない、だから最後まで抗い続けよう。

構わない、正しいとか正しくないとか間違っているとか間違っていないとか

そんなのどうでもいい。

私は何が何でも友達を助けに行く。

それが私だ。



「はぁ、いっつもそうですよね、貴方は………一言だけ言って置きます、ユーリック。
ユーリック、貴方が出した答えは、例え、間違った答えでも私は構いません。
貴方が出した答えなのですから、正しいかどうかなんてどうでもいいんです。
答えが間違っていても正しくても、ユーリックがユーリックであることは変わりませんから。
どんな答えでもユーリックらしい、答えなのですから」

「ありがとう」

「そして私はそんな貴方が好きです、ユーリ覚えていてください。
どんなことになっても、どんな間違いをしてもユーリ、私は貴方を好きでいることは絶対に変わりません」

ああ、本当に残念だ。

こんなに良い女性なのに、と。

「私も貴方が好きですよ、パトリシア」


ユーリックは微笑んだ。
どこか少女らしさと少年らしさを残した幼い笑みで。


「行きましょう―――パティ」

「ええ、行きましょう――ユーリ」


二人は歩きだした、別々の方向へ走りだした。
それでも、二人は共に戦う。

「戦わないなら、今から全力疾走する私の方が大変ですね」

「役割分担、役割分担、はい、頑張って」

「頑張ります、全てが終わったらお礼に一つ、貴方に頼みたいことがあります」

「何?」

「結婚する前に貴方の処女ください」

結婚前夜ぐらいに。

「嫌だ黙れこの変態」

「いや、ノーマルです」

これは純粋な愛ですよ、とパトリシアが言う。

私は貴方に純粋な友愛以上の愛はありません、と言い返す。
だから、そういうのやらないし、やんないって言っただろう。
なんで女として結婚する前に女に寝取られる協力をしなければならないのか。

馬鹿か。


「そういうのないから、OK?」

「残念です」

本当にね………。

本当に残念だよ、色んな意味で。













キメラ編 閑話3


走り出した二人、全てはシルビアを助けるために。
一人は近くの病院へ
一人は近くの試験農場へ

だけど試験農場に走り出した一人は突然Uターンし、走り出す。

「錬成陣、錬成陣」

シルビアが望むだろう戦いはしないが、私が望む闘いをするには今の状態では力が足りない。
そのまま先生の家に戻り、一階にある、台所へ向かう。

「なんて丸くて綺麗なフライパン」

錬成陣を書くにはもってこいだ。

「くっくっくっくっく――――待ってなさいシルビア、貴方をこれで料理してあげます」

貴方がずるだと言った、錬金術を使って盛大に喧嘩してあげますから。
貴方はずるだと言いましたが、私は喧嘩に絶対負けたくない性質なので。

「精々卑怯な手を使わせて貰います」

前世でやった喧嘩を思い出す。

今の私は本職は錬金術師にして似非料理人。
精々、試験農場という、バトルフィールドを大きな台所にしてあげましょう。
錬金術は台所で生まれたという、ならば台所に居る限り、私は最強だ。

そう、思いながらありったけ様々な錬成陣を書き出す。

あの時は何も出来ずに見ていた。

だけど何もしないで、見ることに集中していた、と言い換えてもいい。

ずっと見ていたのだ。

対策はばっちりだ。

用意を終えると、まるで歩くような速さで、移動する。

「だって、走ったら、疲れて万全に喧嘩できないし……」

私を待っているシルビアに対して言い訳をしながら歩く。


ここからは一人。

守ってくれる人は先に戦いに行った。

これからは一人で闘わないといけない。

折れない心で挑み、確固たる、折れないものを手にしよう。


さぁ歩こう、自分のために

その一歩を。


「でも結構遠いんですよね……」






続く。


次回でキメラ編、終章です。
そして再び本筋に入ります



[11215] キメラ編 最終話 上
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/04/02 20:50
世界中の人間が幸せに生きられるものじゃない。
そんなのは知っていた。
娘のことを愛して両親は犠牲になった。
けれど、それは押し付けなんじゃないか、そう思ったこともある。
両親のせいで不幸になって苦しんだ。
けれど世界中の中で私は幸せに生きられないのなら、幸せに死ぬことを選ぼう。
私を救えたと勘違いしたまま幸せそうに死んだ両親のように。

そう思って、シルビアはユーリックを待ち望む。

自分の中で決着をつけるために。

様々な可能性を持つ一人のキメラと戦うために。








試験農場に一つ広大な建物が一軒建っていた。
大きな大きな何かを閉じ込めるための牛舎のような建物。
今そこには小さな一匹の獣が居た。



「ユーリ、人を殺そうとする人間は人に殺されても文句はいえないんだよ?
人を殺すってそういうことだもの、だから躊躇わないでね、私は貴方を殺す。
だから、貴方も躊躇わないでね」


何も語らずハイリッツ譲りの厚手の白衣を着て。
何を考えているのか、大きい円の直径30cmのフライパンを持って建物の中に入るユーリック。
そしてただ、シルビアを見る。


「ねぇ、そうでしょユーリ、そんなもので闘わないで、遠慮なく腰にある銃とナイフで戦ってよ。
私は今凄いずるして戦うんだから、そっちの方使ってよ」

おそらく誰一人、そうなっても責めないだろう、眼の前のシルビアは殺人鬼だ。
人を沢山殺した怪物だ、なら自分が殺されるなら、殺しても構わない。

だが、傷の男に襲われた事件のさい、こう思った。

それでも、人を殺してまで叶える価値のある願いなどあるのだろうか?
人を殺してまで叶える願いはとても傲慢で、とても卑しく――――そして心の弱い願いだと思う。
たとえ、自らが殺される可能性があっても、友達がこういう風になって、助ける手段も見つかったのに、殺す?


そしてユーリックは初めて言葉を口にする。


「友達に銃も刃物も向けない」

それは出来ない。
静かにユーリックはそう言ってシルビアを見続ける。


「戦い方を選ぶ、勝ち方を選ぶのは、強い人がすることだよ?……ユーリ、貴方は強いの?」


私は弱いが、でも、とユーリックは言う。

「強くなろうと思う」

「勝てなくてもいいの?」

シルビアは呆れてそう、言う。
ただ思うだけで強くなれるのなら、苦労はしないのだ。
誰だってみんな強くなろうと思って努力するのだ。
努力した果てにシルビアはここまで強くなった。
この無敵と言ってもいいぐらい強くなった、と自負しているこの私に対し、弱いまま強くあろうとして、挑むなんてとても――愚かだ。
世の中ある程度、最初から決まった過程とある程度、決まった結果で動くものだ。
私と会うまでにどれほど努力したのかは知らないが、たかが知れている。


「勝つよ……私が望む方法で私が欲しい勝利の形を手に入れる――――それ以外の勝ちなんていらない」

シルビアを殺さずにキメラから解放するのがユーリックの勝利条件。
それ以外はいらない、とユーリックは思う。

「あっそう、じゃ、始めようか、言っておくけど、手加減しないからね、最初から全力でユーリを殺しにいくから。
パティと戦っていた私と一緒にしないでね」


世界の形はある程度決まっていて、ある程度皆、曲線だ。
真っ直ぐ決めたことはある程度、最初に決めたことよりも、少し、曲がってしまう、ことがある。
でも形を知れば、もうその通りにいくしかない、自分の形を知ってしまえば、その形に沿って進むしかない。
シルビアとユーリックの対称的な二人。
二人は自分の形に沿ってぶつかり合う。


シルビアが全身に力を溜め始める。
それは豹が全力疾走する瞬間の溜めに似ている、だけども、その溜めは絶望的なほど死が溜められている。

対称的にユーリックはまるで散歩にいくような気軽さで身体の力を抜いてリラックスしている。

「じゃあ、行くよ―――――」

そしてシルビアが爆発的なスピードの跳躍を開始する。


ついに2体のキメラが戦いを始める。



とてもくだらない昔話をしよう。


ユーリックは前世、過去に高校でなんちゃって空手部に入り、したくもない部活をやっていた。
あの高校、部活動入らないといけなかった学校だったので、選んだ。
サッカー?金かかるし練習きつい、野球、練習きつい、それに遠征代とか学校だしてくれないから金かかる。
テニスとかああいうの、ラケット、シューズ、そういうの消耗品だし、金かかる。
予算の都合で文化部は吹奏楽部、図書部、文芸部、美術部、コンピューター部、そして何故か茶道部しかなかった。

探したのは彼女が出来そうな運動部で、一番楽で、金がかからない部活。

音感がないので女子が多くて金が掛からない吹奏楽部はやめた。

その学校の空手部は弱小で、経験者0という最早、空手部として成立しなさそうなぐらいの部活動で
学校に唯一ある格技場は狭く、小さく、他の武道系部活動のスペース確保のため、週3回しか部活が出来ないというぐらい弱小だった。

防具が高いし竹刀が消耗品な汗臭い剣道、取りあえず痛そうな柔道に比べ、胴着が安いし、洗い易いし、長持ちするし。
そしてなにより女子多かったし、ある意味美味しい部活動だった。
結局みんなで毎日自分で作ったお弁当を持ち合ったり、美味しいものワイワイと食べに行ったりすることを主としてた部活動だった。


ああ、あの時までは最高の部活だった。
ボランティアできていた人が教えてくれたので、厳しくない優しい人で、車もよく出してくれて、お菓子とか買ってきてくれたし。

最高だった(過去形)



そして空手という技に昇華された暴力を習うために、様々な学校の予算で買った防具をつけ、どこまでも安全という矛盾した練習をしていた。
時たまメンホーを着けていてサポーターで殴られても、鼻が折れる場合もたまにあるが、よっぽど不幸なことがない限り
どこまでも死の可能性はない。

だけれども、どこまでも不幸な事故はある。

それは学校にあった格技場のこと、過去の私は弱小部活動の3人の男手の一人として
木目の板張りの格技場にワックスを掛け、ツルツルのピカピカにしていた。
その後に唯一の見世物で格好付けられる。組み手の練習をして、相手と構え合い、「始め」と掛かった瞬間。

ゆっくりと近づきながら、ゆっくりと牽制し合い、そして

私は全力で踏み込みを行ない、相手に拳を当てようと接近した。
構えは正眼で左足が前、右足が後ろで3・7の体重の乗せ方、そして相手に跳躍するためにその体重の掛け方を右足9ぐらいにして
足を変えての追い突きを行なうため、そして飛ぶ、その瞬間。

ぶっこけた。


そして学校の狭い格技場の壁に転がるように突っ込んで、顔面をぶつけて、おもいっきし、前歯折った。
そして脳震盪を起こし、そのまま救急車に運ばれた。


不幸な事故だった、不幸としか言いようがない事故だ。

でも、それはどこまでも自業自得だった。

人はそれを馬鹿というかもしれないが、私にとっては不幸な事故だった。



その事故でせっかく仲良くしていた女子達全員から射程内に入れて貰えなくなったのだから。


なんという不幸な高校生活だったのだろう。

しょうがないから料理一筋頑張りましたよ?

うん、周りの男共からは「ざまあみろ」としか言われなかったけど。

前歯折れて手術する金なくて、欠けたまんまでルックス低下で、本当に終わってしまった。
女の「なんか小さな子どもみたいで可愛い」は哀れみで、自分達を上においた言葉だ。

あんまりにもそう、言われたから。

「なら俺よりも君の方が可愛いよ」と皮肉を込めて言ってやったら

キレられた。

ああ、やだ、怖い怖い。

タイミングが、あまりにも悪かった。


そんな過去のお話。



それが今の私の戦いのなによりも変えがたい経験となる。





キメラ編 最終話 上


シルビアが爆発的な跳躍をする前に

「そこおおおおおおおおお!」

フライパンを蝿叩きのようにリラックスした状態からマックス全力で地面を叩き。

ユーリックは錬成を開始した。

狙うはシルビアの足元。

今日は雨がずっと降っていた、用は地面に水が染み込んでいるわけだ、ユーリックはそのことを利用し
シルビアの足元を跳躍を開始する寸前、足元を、よく滑る泥にした。
車とかがもしその泥を走れば車輪を空回りさせるような、水分量の泥。
そして

「ピタゴラぁああああああスイッチ!」

そして足元以外の地面を全部硬質な床に変える。
すると、どうでしょう。


あの爆発的な瞬発力を誇り、兄さえにも勝利したあのシルビアが―――――盛大にこけた。

泥で足を滑らせ。

まるでバナナで足を滑らせたギャグ漫画のキャラクターのように
顔面から、イッた。

盛大な轟音を立てて、そして全身をその超スピードの反動を全て自分で受け、自爆した。


うわ、痛そう。

でも


「しゃあああああ!」

私は勝利の雄たけびをあげる。
自分の恐怖を塗りつぶすように。

ああ、怖かった。

怖かったよう。

正面で向かいあった瞬間死ぬかと思った。

シルビアが全身の力を篭めた瞬間、心臓が止まるかと思った。


「ふぅ」



手加減結構、無結構。

シルビア、貴方が全力を出すほど、こっちはやりやすい。
所詮獣は獣、獣と真正面から戦う人間はまずいない、猪と真正面から殴りあう馬鹿はいないのだ。
動物って大抵気絶する時、大抵全部自分の突進力で自爆して狩人に捕獲される。
新聞で過去よんだこと。
森の凶悪な熊さんも全然可愛くないおっこと主みたいな猪も
過去人を襲い、全部自分のパワーと重量のせいで何かにぶつかり、自爆する。


ああ、私、素手で登山していたおじいさんが羆投げたとか信じないですから。
いくら達人でも、グリズリーとガチンコの素手で勝利した人間なんて、前世にはいなかった、と思う。
大山さん?三日殺し?

空手の達人?


闘牛に拳で勝った?
絶対、乳牛だろ?ええ?


絶対盛ってるだろ、お前、って冷たい視線で見ますから。

あれ月のほうだっけ?知らないが


だけど、この世界にはナイフ一本で勝ちそうな輩が山ほどいるが……。

まぁ本当の達人ならあの世界でも出来るかもしれない、かもしれない。

所詮、私は羊でございます。

あんまりそういうのしらないのです。
しりたくもありません。

バートン家に訓練用の猛獣がいるとか、知りません。



そう、私は対策を練ってきた。

それは人の技だ、というか普段ヒグマと熾烈な争いをする猟友会の皆様が使うカウンターのみの戦いかた。
迫ってきたら、向かい撃つ、猟友会の皆様は面制圧のため皆ショットガンだが。
突っ込んできたヒグマの顔面にぶっ放すだけだ。
いくらヒグマが時速40キロぐらいの速さでも、引き金の方が早い。
ましてや突っ込んでくるのはわかるのだ。
そうして、倒す。

引き金を引くだけの作業。


誰でも出来るが、ビビッたら死ぬ。



そもそも人間に獣と戦うほどの身体能力があるわけがない。

こけたシルビアはダメージですぐには立てないようで、私はすぐさま、錬金術を行い、泥を襲わせる。
これは只の泥ではない、ユーリックの錬成によって作られた簡単なコンクリートだ。
シルビアが泥に飲まれた瞬間、錬金術によって固め、捕獲する。

「よしっ!」


なに、獣を真正面から自力で殺すのは至難の業だが、動物園の逃げ出した動物を捕獲する動物園の捕獲部隊の真似事をすれば簡単だ。

麻酔銃とか、やけにからむネットとか、トリモチ攻撃とか
比較的住んでいた場所、田舎だったからよく、ヤマグルマの樹皮を剥取って水に入れて腐敗させ作成したトリモチで蝙蝠捕まえて、焼いて食べてたなぁ、と思い出す。
あいつら馬鹿だから、自分から突っ込むような場所において置けば、すぐ、くっつくんだよね。

でも臭くて不味かったな。
小さなころだから美味い時期とか気にしなかったし。

身がちっちゃいし。

鷺は美味しかった。
飛行路に罠しかけて、よく自爆させて落下したとこゲットしたな。


貧乏という言葉というよりもワイルドが似合う前世の私でした。
春には山菜。
夏には果実。
秋には栗とか胡桃。
冬、とりあえず動物ねらいで。


所詮、獣なんて獣ですよ?
人間さまに勝てるわけないでしょう。


ありがとう、「行くよー」ってタイミングまで教えてくれて。
盛大なテレフォン攻撃ありがとうシルビア。

そのためだけにシルビアを盛大に舐めて、盛大に挑発していた。


最初から全力を出させるために。


わざわざフライパンで挑むとか、テレビゲームの最強装備じゃないんですから。
これだけ大きいと重いから軽くして、魅せ武器にしていたし。

物凄い、いちかばちかの賭けだった。
もし、ゆっくりとじりじりと接近されてあの五指を振るわれていたら、負けていた。
その場合も対策を考えていたが、それはちょっと危険が伴う方法だった。


あー、緊張した。


「勝ったよ、シルビア」

「ずる……い、よ……」

「ふふ、そうだね、ずるだね………でも勝ちは勝ち」

少しづつ、油断せずそろそろ、とゆっくりと近づく。
相手は今までみたどんな人間より強いのだ、油断は死を招き、敗北を引き寄せる。

だが、それがいけなかった。


さっさと近づいていればよかった。
さっさとはみ出したシルビアの右手の錬成陣を起動させていれば、危険は起らなかったのに。

「ふふっそうだね、そんなずるいユーリはおしおきだね?」

馬鹿な……っ!

そんなやられ役みたいな事を冷静に思った。

そんな、まさか………飲み込ませた泥は大質量で、それを固めたのに、いとも容易く―――。

破壊される!

まるで地割れのような轟音を立て、シルビアの拘束はいとも容易く破壊される。

ちっ、本当にトリモチかネットにしておけばよかった。
態々がっちりと固めたのがいけなかった。
動かせなくするのではなく、もがかせればよかった。
消耗を狙い、そして拘束するべきだった。

あのまま泥の中にそのまま沈めれば、勝てた。


こんなところで戦闘経験のなさで苦しむなんて。


でもあれで、十分だったと思ったのに。


だが

そんなものとパワーでいとも容易く破壊されてしまう。

しかし、ここまでとは思わなかった。

ユーリックの自動チョコレートバター工場作戦が敗北した。


なんという膂力だ。
まさしくキメラだ。


「で、ユーリ。―――次は何があるのかな?」

シルビアの目はどこまでも狡猾な光を称える。
次は上手くいかないよ、とユーリックを見て。

そして五指に力を籠める。


次はもっと危険になるな、そんな事を思いながら、またユーリックは挑む。





「いっぱいありますよ――――全部美味しく食べてね、シルビア」



















続く。



すいませんあともう少し続きます





[11215] キメラ編 最終話 下
Name: toto君◆b82cdc4b ID:00457f54
Date: 2012/04/03 02:45
殺されるために戦う。
私は彼女に殺されるために殺そう、とシルビアは思った。

そんなのは押し付けだ、知っている。
だけど、ユーリなら私を―――――。








軽く蹴り飛ばすと、骨を折った感触がした。
ユーリックはガードしていた。
腕でガードしてもそのガードごと蹴りとばす。
シルビアの攻撃力はユーリックの防御力を圧倒的に上回っているのだから。
たとえ、ガードしていても気休めでしかない。

衝撃で吹き飛び、力なく、ユーリックは自分が作り出した泥の中に倒れこみ
綺麗な赤毛も白い白衣も汚くなり、綺麗な女性であったのに最早ボロ雑巾のように倒れた。

「うーん、なんか全然だね、いくら色んなことをしても無駄だよ……
期待はずれだよ、ユーリ、私を助けるんじゃないの?」

獣は倒れ伏したユーリックを見る。
追撃はしない、元々こうするためにユーリックを待っていたのだ。
甚振って甚振って絶望させてから殺す。
それが獣の望み。

此処まで来るのは大変だった、時には冷や冷やさせるような錬金術が何度もシルビアに放たれた。

でも、もう私の勝ちだ、そう、シルビアは思った。
確かに獣の自分も消耗した。


臭いものをぶつけられた時など、あまりの臭いで気絶しそうになった。
泥ごと足元を凍らされた時などあまりの冷たさにびっくりした。
自分の熱量を奪われた時なんか、思わず、一度逃走し、隠れ、挑んだほどだ。
飛び掛った瞬間目の前に壁を用意された時など、本当に痛かった。
泥の津波が襲い掛かってきたときなど思わず死ぬかと思った。


だが私には通じない。



だけれど、私を殺すタイミングはいくつもあった。
あとは銃弾一発というところで見逃してそれを、ふいにする。
それでもユーリックという大馬鹿は何度も決定的な瞬間を作り、何度も私の一番の武器である
右手を捕まえようとする。




だけど、もう、お仕舞いだ。







少し時間が経つと再び、ユーリックが立ち上がろうともがく。
片腕が折れたのか、片方の腕の力だけを頼りに。
しかし、消耗が激しくバランスを保つことが出来なくて、また、倒れる。
そもそも、ユーリックにはもう、身体を支えるだけの力が残されていない。

「心が…折れなければ………負け、ない」


そう、言って、再度立ち上がることを試み、満身創痍の状態で立ち上がる。
しかし、その身体はもう立っているだけで精一杯という有様だ。
ふらふらと今にも倒れそうだ。

それでもユーリックは戦いの構えを取り、再度シルビアを見る。
もう、策はつきたのか、何度も行なってきた錬成陣による錬成を行なわずただ構える。

いや、もう最早、消耗が激しくて、錬金術を使えないのだ。
意志でのみ、立っている、そんな状態。


だがユーリックは構える。


その眼に諦めはない。

殺意もなく。

どこまでも透き通るような、まるで清流のような瞳。


シルビアは無造作にそれに近づき、もう一度軽く蹴り上げる。
今度はガードが間に合わず、まともに蹴られ、再度地面を転がる。

「これで、終わりかな………………残念だね」

そう言ってシルビアは倒れたユーリックを見る、だが。

「心……が折れなければ、まけ、ない」

それでもまた時間が経つと立ち上がろうとする。
そんなユーリックをシルビアは冷めた目で見ていた。
そして呆れた眼で見た、もう、こんなにも勝ち目がないのに、なんで、まだ敗北を認めないなんて。

普通じゃない。

どこかおかしい。

「ねぇユーリ、貴方死にたいの?そうだったら分かるんだけど」

シルビアは立ち上がったユーリックを再び蹴る。
まるで何度も繰り返される、つまらない作業。

「心が折れない限り、負けない、だっけ?そんなこと言っても身体が限界だよ?」

いくら精神力がユーリックには無限にあると仮定しても
人間の心というものは身体に付随する程度のものでしかない。
だからこそシルビアもこうなってしまったのだから。


「そう…だ、けど……諦めるくらいなら……死…んだ…ほ、うがマシ」

「あ、そういうことね、そうだったんだ……これはユーリの心を殺すための戦いなんだね。
だったら、容赦しないよ、ユーリ、あなたが後悔するぐらい容赦なく、これから殴るから。
でも顔は殴らないかな、だってこんなに綺麗なんだし、勿体ないしね……残念だよね。
心っていう実際には形がないものが無駄に強いんだから―――その強さに後悔してね
どのくらいで潰れるかわからないから、沢山いくよ?それじゃあ………いくよっ!」

「待っ…てた………」

ユーリックは待っていた、何度も苦痛に耐えながら、この時を。
獣は警戒心が強く、私に一撃を与えると、すぐ離れてしまう。

向かい撃つには速度が足りない。

だから、待っていた、錬金術も使えない、策もつきた。

あとは待つしかない、待つだけ。


この獣が本格的に自分を甚振るために飛び掛る、瞬間を

だが、もう、限界だ。

ああ、身体がぼやけるぐらい痛い
眩暈がするぐらいつらい。
泣きたくなるぐらい苦しい。
泣けるだけの力も残されていない。

だけど


何でもいい、誰でもいい、誰か、最後にもう一度、もう一度だけ。

男の私
女の私

そして【切り替え】による裏技でも駄目。

性能が違う、違いすぎる。
どこまでも中途半端で無意味な力。
ああ、この獣よりもどこまでも中途半端なキメラ。
自分の決めたことを何一つ果たせずに終わる、キメラ。


でも終われない。

決めてしまったのだ、助けると。

何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも
何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも
何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも
何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも


諦めはしない。


こんなところで。


こんなところで―――――。

『終わってたまるか』





そうだ、もう一度、運命のダイスよ、サイコロよ、この神なんていないような世界でもう一回

もう一回

賭けろ。

今度は8つサイコロを投げて

全部1、1、1、1、1、1、1、1に合わせろ。

たった一人で二回繰り返して、見事当ててやる。
だから、もう一度イカサマをしてでも
どんなずるをしてでも、もう一度だ、ささやかでもいい。


もう一回あの子に私の手を届かせろ。
もう一回シルビアに私の手を届かせろ。


それでも足りないなら、もっと賭けてやる

男の私
女の私





それでも結局、足りない、一人じゃ無理だ。



そうだ


一人で駄目なら二人で、二人でいこう―――――。

そして切り替えれば―――。





二人で殴ろう。

全てを賭けて。


シルビアを助ける。




バチバチと音がする。

まるで、それは――――本当に自分を理解して分解して再構成するような。

電光の音。

まるで本当に自分を錬成したような。


わからない、でも、もう一度


「届けぇえええええええええええええええええええええええええええ!」


残った片腕で、全力でシルビアに私は殴りかかった。







キメラ編 最終話 下

飛んだシルビアの顔面に容赦なく拳を当てた。
ああ、女の子を殴るなんて、今まで絶対にやらなかったことだったのに。
それが――悲しい。

「シルビア……私の勝ちだよ」

「ずるい、今のなんだったの………錬金術?」

「わからない、でも解るよ……勇気?…勇気じゃ足りないから、多分、愛の力だ」

「パティみたいな、こと言わないでよ………」

二人で身を寄せ合うように私達は倒れた。

「言っておくよ、友達だから、仲直りしよう」

ユーリックは這いずり、シルビアに近づき、獣が再び動き出す前に手を伸ばす――――。

これで、これで、本当に助けられる。

でもこれからだ、これから、凄い大変かもしれない。

でもここまできた、だから、きっと助けられる。

伸ばされた手は重なる―――――。

また重なる。

本来あるところに手は伸ばされたのだ。

これで












「グラトニー」


そして―――全てを台無しにするかのように、悪魔が現れた。
丸々太った悪魔が私からシルビアを奪い去った。


伸ばされた手はまた―――空を掴む。
力なく、また腕が落ちる。















色欲のホムンクルスは一部始終を見ていた。
本当に最初から―――というわけではない。
色々忙しいのだこちらも。
それで何度か危ないと思った瞬間が何度もあった。

だが、鋼とスライサーが戦った時ほどは焦らなかった。

このシルビアという女の子は最後まで本気を出さなかった。
何度も妙薬の錬金術師を殺せる瞬間があったのに、結局受け入れていた。


「願い、ね………獣の望みとこの子の望みは最後まで、違うところにあったのよね。
だから心配しなかったけれど、ふふ、ここが一番良い場面ね、本当にクライマックスよね
ああ、本当に可哀想だわ、ユーリちゃん」

意地悪な継母のように色欲は哂う。
厭らしく嘲笑う。

この哀れな女を、望みが叶わない少女を。


「シルビアを――――返せっ!」

再びユーリックは手を伸ばす。

「嫌」

「返せ返せ返せかえせぇえええええええええええええ!」

「グラトニー。この子をお父様のところに」

シルビアが連れ去られる。
いなくなってしまった。
遠くへ行ってしまった。



グラトニーはその丸々太った身体でシルビアを抱きかかえ
試験農場から姿を消した。

何もできないまま、見ていた。

ユーリック。



たて


たて



たてええええええええええええええええええええええええええええええ!


「あらすごい、まだ、限界じゃなかったの」

ナイフを抜け、銃を抜けユーリック・バートン。


火を持ちながら

狼になれ。


火を吹く狼になれ。

銃にナイフを付けろ。


「…っ!?」

切り替えるのではない。
男のユーリックと女のユーリック、一人じゃ無理なら二人で闘うように【合わせる】。
女として男として二人で一人の人間が本気を出した。
それは、圧倒的だった。


圧倒的な速度で立ち上がり圧倒的な速度で銃を向ける。
この厭らしく笑う女に牙を向ける。


「あら、またね?また貴方に―――錬成反応が起きている―――本当に不思議だわ」

ホムンクルスでもないのに、正真正銘の人間なのにね、何故かしら、と悪魔は奇妙なモノをみるかのように
ユーリックを見る。

「返せよ!返せ!シルビアを返せ!」

「だから言ったでしょ?嫌って」

「かえせえええええええええええええ!」

やれやれ、人の話を聞かない子ねぇ、と色欲は爪を振るおうとする。
銃もこの無意味に付けられたナイフも切り落として絶望させてやろう、と嫌らしく、黒い爪を。


「え?」

振ろうとした、だがそれよりもユーリックは速い―――――。


まるでその速度は戦闘能力ではホムンクルスに匹敵するシルビアのように。
獣のように速い。


まるで狼のように。

火と牙による、二つの攻撃が振るわれる。
爪とぶつかり、弾ける。


「あら、あの子との戦いは本気じゃなかったの?」

そして打ち合う、爪と狼の牙と火がぶつかり合う。
色欲の悪魔はユーリックの瞳を見る。

その眼には恐ろしいほどの殺意が宿っていた。

ぞくり、とするほどの殺意。

「ああ、面白いわ、本当に面白い」

「だっ、まれえええええええええええええええええ!」

「でも、片腕じゃ無理よ、私には勝てないわ」

色欲はユーリックを蹴り飛ばす。

所詮、ほとんど満身創痍、いくらバケモノ染みた強さを発揮しようが、無意味だ。

「貴方って子は本当に興味深いわ、知り合ったばかりの人間のために命を賭して戦う姿勢。
自分を殺そうとした人間を救うために自分の命を顧みない戦い方をして。
本当にどこまでも莫迦らしいほど、強く、そして突然ありえない強さを発揮する。
本当に興味深いわ―――だからこそ、利用価値がある」

「り、利用価値?」


倒れ、そしてユーリックは立ち上がる。

すぐさまもう一度挑むために戦うために

シルビアを助けるために――――。



「私は思っていたの、貴方は絶対に賢者の石なんてものを眉唾のものと、くだらないものと思い
そんなものを求めなくても貴方はきっと自分の力でなんとかしようとするってね、だから何かが欲しかったの、
貴方を縛るための、人質ってやつね、これは――賢者の石を求めなさい、ユーリック・バートン【妙薬の錬金術師】
愚かに進みなさい賢者の石を探すために――――そうすればいつか返してあげるわ貴方の大切な大切な―――友達を」

「そんなことの為に――――!?」


その言葉を聞いた瞬間、完全にユーリックは人も獣も全てを越えた速度で動き出す


まるで電光のように。



「殺すぞ―――糞アマ」

「何ですって!?」


狼が火を吹く。


刃がきらめき、火が瞬時に6発。
色欲の両足に二発、肩に2発、そして爪がある腕に2発。

そして首元には牙を。

そして、ユーリックはどこまでも冷徹に冷然にこう、言う。
引き金は殺意によってのみ引かれ、牙はどこまでも、そこに在る。

「わかったわ………伝えなさい――ここで見たことを、感じたまま、偽りなく。貴女の後ろに居る人に教えなさい、私がどれほど恐ろしい存在かを」

「さらに速くなるなんて―――貴女、何者?」



どこまでも異常。
どこまでも冷徹な存在。
まるで人を殺すためだけに存在する殺意によってのみ生きる


まるで―――生粋のキメラ。



「私を利用したいなら――好きにしなさい、でも貴女も貴方たちも全力をだしなさい――切り札を切らずに勝てるほど
私は甘くない、利用するならすればいい、利用できると思うなら好きにしろ、その時は遠慮なく容赦なく私がお前たちを喰い破ってみせる」

「そして―――シルビアを返せ」

首元に押し付けた銃剣は今にも色欲――ラストの血管を切り裂かんばかり力強い。

「素直に忘れれば?それが賢い生き方ってものじゃない?ま、そうしたらあの子は殺すけど」

「赦せるわけないだろうが!」

「だから?」

「赦されるわけないじゃないですか、私の友達が奪われて、私が何もしないなんて―――私は赦さない」

忘れてどうなるのだろうか。
全て忘れて、逃げ出して、これから数日後、嫌いだった家から出ることができて、予定通り順風満帆に結婚して
当たり前のように子供を作って、自分が好きだといってくれた友達は不幸なまま死んでしまったけれど
私は人生楽しく生きています、と笑っていればいいのだろうか?


そうじゃないだろ。

そんなことが出来るわけがない。
許せるわけないじゃないか。

「私は、許さない………絶対に貴方たちからシルビアを取り返してみせる」

今さっきまで隣にいた、傍にいたシルビアのことを思うだけで。

私は誰よりも強くなれる―――そう確信している。

いま、私は本気で怒っている。

あれほど忌避したことができるほど。


人が殺せるほど――――怒っている。


「あら、ということは了解でいいのね、じゃあ、もう、用はないわ、此処にいてもしょうがないわね」

ラストは態と自分の首にナイフを突き刺した。

「…………っ!?」

ユーリックは動揺する。

それをみて、首から血を流しながら嫌らしく哂い、色欲はユーリックから離れる。


「くっ…!?」




そして最後に


「最後に聞くけど―――これは私の個人的な質問ね?」

私達に勝てるとでも思っているの?

たかが、お前如きが、と。


「勝てると思うから戦うわけじゃない」

「あら?」

「負けたくないから戦うんだ」

心が折れなければ―――どんなものにでも勝ってみせる。

そう、言うと。


色欲は微笑んで。

ユーリックは倒れた。




そしてユーリックは倒れ、眠る前に思う。

私がもっと強かったら…もっと負けない強さがあったなら

もっと別の終わり方があったのに――――と。


失ったものを取り戻しに旅立った【鋼の錬金術師】

そして―――奪われたものを取り戻しに【妙薬の錬金術師】は旅立つ。


二つの道はこうして交じり合う。

でもその時は、まだ。




続く。






あとがき

伏線回収完了

ここで軽い設定。

ユーリック・バートン。

男と女の人格を持つ2重人格者。
二人の思考は限りなく近い故に齟齬が現れず
平凡に生きることが出来た。


実はチート系転生TS主人公。

元から女じゃないのはこの設定の為。

設定モデル 両義式

といっても微妙なキャラ設定にしてとんでも設定です。
そもそもこの主人公設定にしたのは「」の代わりに
生まれたときから真理に繋がってそうな感じで書いてました。

次からは原作編に戻ります。




[11215] 9話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:70257aa7
Date: 2012/04/15 19:18
ネミッサ・ウェッジウッドという一人の女性の話をしよう。


アメストリス中央にある【茶葉専門流通店 ルベド】のオーナーであり、紅茶を愛する人々からは
博士、教授等と渾名されるアメストリスでは数少ないティーコーディネーターである。

元々は西部アメストリスの商家の娘であり、同じ他の商家に嫁ぐのが彼女の本来の未来だったが
それに嫌気が出て、家を飛び出し、家で受けていた教養を元に立派に一人で個人商店を立ち上げた才女である。
黒い後ろに纏め上げられた髪に上品な優美な猫のシルエットを胸にあしらった赤いコートジャケットの下にはパンツスーツ。
黒縁眼鏡がその彼女の利発さを引き立てる。
彼女はサイズが少し大きめでずれ下がる眼鏡を中指で上げながらコツコツとパンプスで南部の街にある大病院の床を鳴らしながら歩く。

「ユーリめ、中央の私の店にも来ず、連絡の一つも寄越さず、黙って結婚するかと思えば入院。そして今更、一体どれほど私を怒らせる気………?」

彼女の肩にショルダー・バッグその中には彼女が作り上げた作品の一つである
乾燥した矢車菊などを香料に混ぜた紅茶、彼女の最新作であるフレーバーティー「エリクサー」が入っている。

「紅茶缶を開ければ幸せの香りがする」というキャッチフレーズで現在売り出す予定の試作品だ。


ネミッサ・ウェッジウッドは正真正銘の天才である、とユーリック・バートンは彼女に言う。
なにせ彼女こそ、この世界でのアールグレイ紅茶の生みの親である。
シン国の漢方茶を元に彼女独力で考え出したアメストリスで生育するベルガモットオレンジに似た柑橘系の果実を香料とした
フレーバーティーを作った女性である。

アールグレイではなく、プリンセスと呼ばれているこのアールグレイ紅茶は、近年アメストリスの暇を持て余し、茶会が趣味な婦人達からは大変人気がある紅茶である。
ちなみに大総統の奥方お気に入りの銘茶である。

なんでも、大総統の奥方が好きだからこの紅茶の名は【プリンセス】

「アールグレイの名が…この世の歴史から…」

とユーリックが嘆く一品である。



ユーリック・バートンが新聞に紅茶理論を掲載した時に彼女が興味を持ち、彼女がユーリックの研究所に赴いた。
その時以来、ユーリックの友人兼、テスターとして数年の付き合いがある。
初めてユーリックが彼女の紅茶を飲んだ時に

「ウェッジウッド…………トワイニングさんはいないんですか?」

と訳の分からない言葉を口走ったようだが、それ以来ユーリックは様々な提案を彼女に行なっている。
茶葉の粉末製法であるCTC、そしてウェッジウッドだから…という理由でシン国製の陶器をアメストリスのような欧州風に変えた
茶器の製造の提案など様々であり、ネミッサにとってユーリックは代え難いアドバイザーである。


「まぁいい、精々怒ってやろうっと」

ネミッサは口を綻ばせながらユーリックのあの困り顔を脳裏に浮かべながら歩く。

そうしてユーリックが入院しているという部屋に近づくと。

「マーガレット?」

ハンチ帽がトレードマークの隠れた金髪が目に入る女性に出会う。

「お、プロフェッサー・ネミッサ、こんにちは、今日もいい天気で嫌気が差しますねぇ、私みたいな物書きにとっちゃあ
この南部の太陽光線は非常につらいものですよ、日々暗室か事務所に篭もっているのですからね」

首にはまるで武器のような無骨なカメラをぶら下げ、ペンとメモ用紙を片手に歩くマーガレット・クライスリー。

彼女もユーリックの知り合いであり、中央で娯楽中心の文章を新聞で掲載している。
そして、優先的にユーリックの発明を取り上げる記者である。
東西南北と他国との小競り合いで忙しいアメストリスの新聞はなんとも無骨である。
その中彼女が書くのは市民の生活を中心としたもので、ユーリックはマーガレットのファンである。
新聞はテレビ欄と過去に思っていた文才がないユーリックにとって、彼女の書く文章は大変面白いものらしく、新聞といったら彼女の文章だと言う。


マーガレットも数少ない女性の国家錬金術師も注目しており、よくユーリックの研究所に記者として訪れる女性だ。

「こんにちはマーガレット、貴女もユーリに?」

「ええ、そうですよぉ、なんと、あの赤毛の小娘ぇ、私に黙って実家に帰って結婚するらしいじゃないですか、
そして今更私に連絡……これはもう、怒り心頭ですよぉ、あの墓みたいな研究所も取り壊して………なんて勝手な」

「また煙草…ってゆうかここ病院、病院」

マーガレットは腰のポーチから紙巻煙草を出して火を付けようとするのに対し、ネミッサは眉を顰める。

「おっとこれはいけないですねぇ」

慌ててポーチに煙草を仕舞うマーガレットに溜息を吐くネミッサ。

「イライラするのはわかるけど、煙草吸うのはどうかと思うわよ?」

アメストリスでは女性で煙草を呑むのは倦厭される。
年嵩が入った人々は皆、ネミッサの様に眉を顰めるだろう。
流産の可能性が上がるので女性には煙草はよくない、と

「なぁにそんな差別するやつは願い下げですよぉ」

個人の自由ですよこんなもの、とマーガレットは笑う。

「ま、元々私のお茶の味がわからないぐらい馬鹿舌だから、今更か」

タールとニコチンと苦い泥水の中に落ちろ、と
煙草にコーヒー派のマーガレットに冷たい視線を送り、ネミッサはユーリックの病室に向かって一人歩き始める。

「ちょおぉと待ってくださいよぉ教授」

「やめなさい、煙草臭い…あと背中に貴女の商売道具が当たって痛い」

ネミッサは背に抱きつくマーガレットに大変嫌そうな顔をする。
そう、言いながらも二人が仲良く病院の中を歩いていると。

「あら、またユーリのお客さんね?…………はぁ、また女性ばかり………あの子」

と長い美しい赤い髪を首と共に斜めにガクリ、と揺らしながらドレス姿の貴婦人が一人その二人を遠めで眺めて溜息を吐く。

ユーリック・バートンの母、アニー・バートンである。

多分また独身なんだろうなーと思う、若い女性二人を眺め、このまま結婚させた方が本当に安心するのかしら?
とアニー・バートンは思う。



恋は戦いだ、と過去に多くの恋敵達と男性を取り合う、ドロドロとした戦争よりも時には陰惨で陰湿で権謀術中な戦いも好んでおり
恋の戦いが好きだが、取り合う男性を取ったあとは興味が湧かない、という元バツイチのアニーにとって、娘のユーリックはつまらない子である。

若き日の自分の様に男性に好まれる容姿をしておきながら、これまでほとんど異性との浮いた話一つない娘。
女性には色々な男性と巡り合って経験を詰むのが大事よね、と快くユーリックの一人暮らしを了承したが、結局は引きこもって研究一筋。

兄の考えは知らないが、やけに男性的なアームストロング家の婚約者はアニーにとっての希望だった。
ユーリック自身は気付いてないが、どちらかというと彼女の周囲には女子供ばかりが集まる。
ユーリックの病室から片時も離れようとしない、あのパトリシアの件もあるのだ。





あのむさ苦しいほどの男臭さはユーリックとってピッタリだとアニーは考えている。

「あの子ほうっておくと、無駄に女性をはべらして一生独身で生きて行きそうだもの……あのまま、あの男臭さに押しつぶされればいいのよ」

と、アニーは考える、そして、結局結婚は延期となったが、このまま無理矢理結婚させようかしら、と。
さらに病室で呟く、「シルビア」という、どう考えても女性の名前に不安な気持ちを抱く。

「しかも勝手に折角伸ばしていた髪を切ってしまうなんて……なんて子よ、親不孝だわ」


目覚めた瞬間、どうやったのか、「ああ、邪魔ですね」の一言を言いながら自らの髪を鬱陶しそうに触り
病院の看護婦をどう口説いたのかしらないが、病院の看護婦が総出で勿体無いと言われながら髪を切って貰ったという話だ。

「ずっぱりやってくださいね」

「ほ、本当に、良いんですか?」

若い看護婦の一人が残念そうに尋ねる。

「ええ、すっきりしたいですから」

わざわざ髪用の鋏を用意して貰わなくても
本当なら、銃剣使って自分で切り落とすつもりでしたから。

と悪戯な少年のように微笑むユーリック。


「それは駄目です!」

「じゃあ、丁寧によろしくお願いしますね、私、こういうの苦手ですから」

背中にたなびく赤毛を手に乗せ、軽々しくそう言う。

「じゃあ……本当に切りますね」

「お礼は、あとで……そうですね、私が退院したら一緒にお茶でもしましょうか?」

ご馳走しますよ、美味しいの、とユーリックは言う。

ユーリック・バートンは微笑んで、透き通った瞳を看護婦に向ける。
その瞳の奥にはどこまでも透き通った決意が宿っている、焔の中に飛び込む決意、戦う決意が宿っている。
その眼で言うのだ。

「ほら、切ってください――――――全部任せますよ、貴女に」

「―――――はい」



という押し問答はこの病院の看護婦の中では持ちきりだ。

まるで王子さまみたいだった、とか看護婦達が今もきゃあきゃあ、言っている。


そしてあの腰の近くまでの髪がばっさりと首に掛かる程度に切り揃えられたのを見て、母として女として思わず殺意を抱いた程だ。

そして気付くと一本芯が通ったような燃え盛るような意志が瞳に宿り
今までユーリックになかった筈の凛々しさが生まれ、益々どこか変な方向に美しくなったと母は思う。

「恋をすると女性は美しくなる、っていうけど、絶対あれは違うわよ………不安になるわ」

母として言葉を何度か交わしたが、珍しいほどの断固とした口調で今月の結婚を拒否する娘。
兄は「いまになって………やっと狼になるか、そして戦いに挑む戦士の眼だ……これはこれで楽しみだな」と結婚を延期を軽く了承してしまうし。

淑女としての戦いを自ら教えたアニーとしては本当に不安だ。

「でも、まるでナイフの様に鋭利になった空気が今のユーリにはあるわね、楽しみね……………結局、私もバートンか」

人と血を流し合う闘争が本来の全力で出来なくなったアニーにとって戦いという生きがいを女の戦いを眺めるのが生きがいとして
誤魔化していたが、やはり戦いとは命が最も煌く瞬間こそ楽しい。


アニーは何かしらの戦いを始めようとするユーリックの顔に期待する。
ああなってしまったら、もう止める理由はない。
戦いに往く者を止める権利はバートンの人間にはないのだ。



そして思う。


本当に


面白い子になったわ、と。

「でも、いつか結婚はしてもらいましょう、ちょっと危ないわ」

色々な意味で。

なるべく早く。


バートンの人間は戦いの中で命を落とすのだから。

そして一度戦い始めたら、止まらない、命が一番大切ではないあの子は危ない。






マーガレットとネミッサはあのノンノンとした雰囲気を醸し出すいつも寝癖交じりのノンビリ屋、あのユーリックが髪を短く切り、どこかその雰囲気の中に
鋼鉄のような意志を宿した空気を感じ驚く。どこかぴりぴりしているのを感じるだ、傍に居ると。


「どう?ユーリ」

「ええ、美味しいですよ、この紅茶、うん………甘くていい香りですね、BOP故に抽出に時間を掛けて
じっくりと茶葉と香料の香りを引き立てると良いですね」

陶器の音を立てず、ユーリックは折れたばかりな筈の腕でティーカップを受け皿に下げ、静かに言う。
ユーリックの身体は恐ろしいほどの回復力を見せ、あと数日で退院する。


「ええ、3分から5分ぐらいだけど、何か良いアイディアある?」

「いいえ、これで十分ですね……それにしても美味しいですね」

「ええ、シン国の特選茶葉のみで作ったものだからね」

いえ、とユーリックは微笑む。

そして

「貴女の腕がいいからですね、私には、こんなに上手に淹れられませんよ」

そのユーリックの眼を見てネミッサ(26歳独身)は戦慄する。

「あなた………変わったわね」

燃え盛るような紅い髪、そしてどこまでも深い空のような、どこまでも深い海のような青い、青い瞳。

そのまま飲み込まれそうなほど、深く、青い。

そして、その中に火が着いた様に何かしらの恐ろしいほどの意思が宿っている。


それは怒りだ、そうネミッサは思う。

動物園でみたことがある、飼いならされた猛獣のような目ではなく。
野生に生きる、猛獣の怖い眼だ。

それよりもなんだろう、相応しいのは

そうだ

大空を一羽だけで舞う鷹のような、雰囲気だ。
優雅だが、近づけば啄ばまれそうな危うさ、そして、そのままどこまでも遠くへ飛び立ってしまうような不安。

そういう風に見えてしまう。

遠い感じがするのだ。

人は未知を恐れる。
理解出来ない何かを恐れる。

そして危うい存在なら余計そうだ。


今のユーリックは危うく

「今の貴女は怖いわね」

「怖いですか?」

そうですかね、とユーリックは何時も通りの穏やかな表情を浮かべる。
当然、怖いと言われて驚いたのだろう。
何時も通りの小動物のような臆病さ、草食動物のような穏やかさをユーリックから感じるが
だが、どこか怖い。
ユーリック・バートンという人間は極端に本当の怒りを見せない人間である。
多分また、自分ではなく他者の為の怒っているのだろう。
この子、表面上は穏やかな癖に実は物凄い好戦的なのだ、実際そうは見えないが、イザコザの中に勝手に飛び込むというか、暴走するというか。
前に一度、一緒に旅行した時もそうだった、何か大事件に発展する物事に突っ込む馬鹿というか熱血というか。



「少しね………あなたがそこまで本気で怒っているのは初めて見たからね………これからどうするの?」

私の過去のように大人しく結婚をするのを止め、一人で何処かへ行くのか、そう尋ねる。
動き始めたらこの娘は止まらないのだ、その何かが本人が終わったと思うまで。

「ええ、一人、大事な友人が遠い処へ言ったので、ちょっと引っ張り戻しに往きます」

ユーリックはぐ、と握りこぶしを1つつくる。
ゆっくりと指が折りたたまれる。
白く頼りない細い指だな、と思っていた手が今までとは違う力強さに溢れている。

まるで、この細い指で全てを砕くことが出来る、というような鋭利な強さ。
拳のぱきりと鳴る骨の音に、少々鳥肌が立つのを感じながらネミッサは言う。
この手で腕を握られたら、と思うと寒気がする………と思いながら。


「羨ましいわね、その友人」

私がその友人の立場になったらこうも怒ってくれるだろうか、とネミッサは思う。
いや、多分怒ってくれるだろう、と思う。
そして怒られる友人は多分泣かされるのだろう、この子に許されるまで。

そしてユーリックに近づき、短くなった髪をネミッサは手櫛を掛ける。

「…………くすぐったいですよ」

そう言って、微笑む、まるで少年のような美しい年下の女性にネミッサは思う。
女性らしい起伏さえなければ半ズボンでも履かせたい愛らしさだ。
もし、このまま綺麗な本当の男の子だったら良かったのに。
そこらへんにいる男よりも実は男らしく勇敢なのだ―――――なんと勿体無い。

なんて不覚な事を思ってしまい、自分を恥じて、すこし顔に熱が篭もるのを感じる。



「マーガレット…………貴女何してるの?」

「ちょっとした創作活動を」

マーガレットはメモ用紙に何かしらを書き込んでいた。
どうせ碌なころじゃないので話を進めよう。

「まぁいいわ、なんで私達を呼んだか聞きたいのよユーリ、なんだかまた発明って感じもしないから、要件があるならいいなさい」

内緒事だ、これからの話は、とネミッサは思う。

なにせ、眼が覚めた瞬間に私達に連絡を取り始めたのだ。

そして護衛として普段居る筈のあのパトリシアが病室に居ない。
あの人殺しの眼を持つ、怪物が居ないのだ。
ユーリック・バートンの横で鋭い眼光で周囲を見る、あの女性。
ユーリックが研究所を出ると現れる、存在。

だが、今此処にいるのは3人。

記者のマーガレット。
お茶商人のネミッサ。
錬金術師のユーリック。

だが、一体なんの用件があるのだろうか?

「ええ、まずマーガレットですね」

「ええぇ、何の用ぅ?結婚インタビュー?独占?」

「独占は独占でも別の意味で貴女に頼みたいことです、ま、私の新しい商品説明の記事ですね」

「面白そうな記事ならなんでもいいけどねぇ」

「で、私は?」

「ええ、一番頼みづらいんですが、中央で貴女、貸し店舗経営してましたよね?」

「それが何?」

今現在売れに売れる商人な自分は、物件もいくつかもっているが、それがなんなのか?

「ちょっと一軒貸してください」

「いいけど、何する気?」

「ちょっとした宣戦布告ですよ………私は貴女の言ったことちゃーんとやっていますよ、そして私は此処に居ますってね」


ユーリック・バートンは歯を剥き出して笑う。
狼のような獰猛な笑顔。

それを見た二人の女性は

堂に入ってて、格好良いわね、と思い、すぐさまお茶会を続ける。

そして

「ちなみに結婚は延期になりました」

まだ心の決意が……と嫌そうにユーリックが言うのを見て。

二人は笑う。











9話



東方司令部の司令室に座る二人はあるモノを見て驚く。


「勘弁してくれたまえ……ただえさえ、いっぱいいっぱいだと言うのに!」

「髪……切ったんですね」

リザ・ホークアイは彼女の姿を見て、まず先に残念がる。

焔の錬金術師はそのあるモノを見て思う。

「やはり、怖いモノ知らずだな………」


あの妙薬の錬金術師が新聞の一面に写真付きで掲載されていた。

掲載内容はこうだ。



【妙薬の錬金術師】賢者の石を探す!

あの発明家として有名な国家錬金術師が新たな大きな発明に乗り出す!
彼女ユーリック・バートンはこう言う!

「これからは錬金術師の私達だけではなく、皆さんにも錬金術を使うという豊かさをいつか味わって欲しい」

と一体どういう事なのだろう!?
そもそも賢者の石とは!?
記者がインタビューすると

「賢者の石とは私はこう思ってます、無限に等しい力が宿る新しい希望だと」

「無限に等しい力とは、一体なんでしょうか?」

「私は思うんです、いつでも私たちを豊かにするモノとは須く長い時を得て生まれる自然物にあるのではないかと。
石炭も無限に等しい、というほど有る訳ではなくいずれ、つきます。しかし賢者の石とは逸話で語られる、なんでも出来る魔法の石ではなく
私はこう思うんですよ、賢者の石とは我々生命の象徴である太陽のような無限に等しい、新しい私達人々の新たなエネルギー資源になる新しい自然物でははないかというのが私の仮説です。
無限に等しく無限と言わないのは太陽は人からすると無限である力の象徴ですが、永遠ではありません。
ですが、私たちのようなちっぽけな存在にとっては、それは正しく膨大な有限、そして無限と感じるものです。
私は断言します、私達錬金術の力の源であるものこそが賢者の石であると、そして多分、賢者の石とはこの私達が住む星という一個の生命の力が宿る
カケラだと、そう考えています、それを手に居れ、人々の豊かな発想があればこそ、まさしく賢者の石となるのではないか、そう思います。
そしてその豊かさを何れ全ての人々の手に、それがこれからの私の研究の命題となります」

「実際あるのでしょうか?」

「あると思います、この惑星にはまだ見ぬ可能性が宿ります、そして、その力に近しかった過去の偉大な錬金術師は皆、賢者の石を求めています。
多分それは本能的なものなのでしょう、私達錬金術師はその豊かさを心の奥底で知っているんです」


「その賢者の石とはどのようなものでしょうか?」


「私もまだ確信に至っておりませんが、多分それはどこにでも有り触れたモノでありながら誰も気付かない、そんなものだと思います。
たとえば、そうですね、今現在、物理科学では否定されるエーテルのようなもので、光を伝播する架空の物質ではなく
本来の意味での場を満たすエネルギーがあるのだとしたら、それこそが賢者の石だと、私は思います」

「なるほど、ではその賢者の石はどのようにしてこれから私達の手にはいるのでしょうか」

「東にあるシン国には錬丹術というのが盛んに研究されています、それは場にある気脈というエネルギーを元に私達のように錬金術を使うと
あります、ならばその気脈というエネルギーの中心に賢者の石はあると考えられますので、それを何れ汲み出す方法を考案し、循環させて使うことにより
我々に新しいエネルギー資源が生まれ、これから先、きっと更に私達は豊かに、そして全ての人々が争わなくても良いほどの希望となると思います」

「まるで夢のような話ですね」

「ええ、夢です、だからこそ目指しがいがあると思います、そして私の代で完成しないとしても、私達の後に続く者たちならば
やってくれます、それは人だから出来ることです、自分の意志を継がせ、育む、それが人の力だと思います」

以上が本記者が独占取材を行なった【妙薬の錬金術師】のインタビューでした。
本記者には全く理解が及ばないことですが、どうやらモノ凄いことらしいのです。


彼女はこれから中央の方に研究所を開きそこで研究するそうです。

場所は本新聞に後程掲載するそうで、そして賢者の石に関することがあるのならば情報をお願いします、とのことです。





では次の新しいニュースは最近市民の女性に流行しているという、香り紅茶についてです。
女性にモテたいなら、これだ!これをプレゼント!という新商品が発売されるそうなのでご予約はお早めに。



「この缶を開けたら幸せの香り「それにしてもまさか、ラジオまで流すとは………正気かね!?」


気になって、もしやと思いラジオをつけると至極当然と記事に似た内容の放送が流れる。
どうやら録音してあるらしく、もう数回は流れているようだ。

これではユーリックは敵味方関係なく賢者の石に関る全ての者に注目されることになる。
多分、今旅の途中の鋼の兄弟も、傷の男も、そして影で蠢く者達も
そしてまた別の者も全て、ユーリックの元に集うかもしれない。


賢者の石に関る物事の深くへ、その場の最大火力で一気に形振り構わず進む行為だ。
まるで弾薬庫で火遊びするような無謀さ、愚かさ。


なんという危険な行為だ。
どのように考えても危険な目にあうのが予想される。
鋼の兄弟と同じように。

だが、とロイ・マスタングは思う。
掲載された写真のユーリックという、あの少女だった女性には今

「……この眼には焔が宿っている、あの歩き出した少年たちのように」

強い決意がある。

それこそ、人殺しの眼ではなく戦いの眼。

なにが彼女にあったのだろうか。


と腕を組み、唸る。

そして。


「短い髪も似合うな」

「馬鹿いってないで仕事してください、今増えたんですから」

護衛をこちらも送らなくてはならない。

一応、東部側にいた国家錬金術師なのだから。

あまりにも無謀な行為だ、だが、だが。

「ああ、そうだな……だが面白い、影の中にあるようなモノに対し正々堂々と陽の下で挑むか…」

だが、それはあまりにも彼女らしいというか、なんというか

「馬鹿なのか…………」

心底そう思う。

「…………多分そうですね」

くすり、とリザ・ホークアイは笑う。

彼女の手にはまたか、またなのか。
今夜の私の夜食はまた、バランス・ブロックか……飽きたのだが。
と焔の錬金術師は溜息を吐く。

どこまでも勝手なユーリック・バートン。



あの戦場でもそうだった気がする。
折り合いがつくところでやめればいいのに、勝手に一人で暴走する。
戦場であの紅蓮の錬金術師と口喧嘩していたあの怖い物知らず。
護衛に付いていた兵士も所在なさげに横で立っていることしか出来ない様だった。


普通そうに見えて、やることがぶっ飛んでいるのだ、案外。

例に挙げるなら、暇を見つけると、無言で敵の戦死者を一人で担いで歩き始め、そして無言で埋める、といったことをするなど。
それを無表情で淡々とやる少女。

側からみて何度肝を冷やしたことか。

戦場で殺し合いをしていた男達でさえドン引きするほどの怖い物知らずな少女。

中々にホラーだった。



見ていると薄ら寒くなるような、鳥肌が立つような、勝手に一人で自分のマイルールを発揮する女性だ。
どうやら争いごとを忌避する割りに、人の血と肉と骨をまるで料理しているかのように頓着なく触る。
無駄に弾丸摘出が得意だったな、確か。

後方勤務だった癖に前線まで補給作業していたし。

今回のようにあれは多分、勝手にやっていただろう。
本当に嫌そうにしていた割には仕事は効率性重視で的確だった、と思う。







今更にそう思う。



最近の傷の男の件もそうだ。
なんでそんな……というような勝手な暴走をするのだ。



「こうなれば、あの鋼の兄弟の下に一緒に居させよう、これでは守りづらい…しかし女とは怖いね、本当に」

どちらが巻き込まれるのかわからないが、どうせ様々な事件に巻き込まれるのだ。
一つにして置いた方が気が楽だ。



「何故、私を見て言うんですか大佐」

「そういう感じが………ごめんなさい」

相も変わらず二人は物騒な触れ合いを楽しんでいた。



そして








「あっはっはっはってはっはっ………やっぱり面白い子、しかも本人は出鱈目なことを言ったつもりだと思うけど、中々的を射てない?」

どう、思うシルビア?と色欲は尋ねる。

「ああ、そうだねユーリは………本当に、楽しみだね」

そういって黒衣を纏ったシルビアは両手の五指に力を篭める。
その右手には最早、錬成陣はなく。
ただ、どこまでも力強い。
この獣は飼いならせないと分かった瞬間に影は協力し合う事を考えた。
お父様の手によって、このシルビアの願いを完全に獣の願いを中心にすることが出来た。

今の獣は目的の為なら全てを捨て、協力するだろう。


ユーリック・バートンの人柱としての利用を。

そして果たすだろう。

ユーリック・バートンを絶望させ、完全に屈服させ、殺すという獣の目的を。



「まだ駄目よ?」

人体錬成をタイミングの良い時にさせるのだから、と色欲は言う。
そして最早、人体錬成はシルビアには通じない。
それでも、もうそれに縋るしかないだろう。



この少女は完成されている。

キメラではなく、シルビアという完成されたバケモノなのだから。
かつてあった少女の願いを失い、獣と化した怪物。

二つが一つになっているのだ。


「全てが無駄だった、とわかった時のユーリの絶望は、私の最高の愉しみだね…………人柱として使い終わったあとは好きにしていいんでしょ?」

「ええ、その時を楽しみなさい、私も楽しみなのだから」

あの不屈が宿る瞳を絶望に陥らせるのはどこまでも愉快だろう、きっと。
人の眼球は心の窓であり、その人の内面を写す鏡だとするのなら。

その鏡よりも先に心を割った時こそ最高の瞬間。

あの眼が絶望に塗り換わった瞬間こそ最も美しいだろう。












そして妙薬の錬金術師は歩き始める。
様々な思惑とぶつかりながら目指すだろう、賢者の石を。

そして自分が望む本当の幸せを自らの手に掴むために、自らが定義した幸せという、箱庭から飛び出す。












次回も続く。




















あとがき

主人公が主人公やりはじめるよ編。





ちなみにエリクサーはあの有名紅茶マルコ・ポーロのハガレン版。
本当に美味しい紅茶なのでご賞味あれ。
紅茶缶開けた瞬間に香りの良さに驚きます。




[11215] 閑話 魂の合成 自己採点編
Name: toto君◆b82cdc4b ID:59ec5164
Date: 2012/04/15 19:17
「風景が好きなのか?」

まだ錬金術を修め始めた時の頃、いつだったか先生にそう、尋ねられたことがあった。

「いいえ、ただ少し、時間が空いているから暇つぶしに眺めていただけです」

ユーリックは自分の錬金術の師であるハイリッツが住まう三階建ての家の窓を開けて外の風景を無表情で眺めていた。
三階建てのこの家は南部の街では中々高い建物であり、眺めると大地と空の境界線を眺めることが出来た。
陽光は地面を照らしていて、昨日降っていた雨の名残である水溜りをキラキラと光らせ、地面に宝石が落ちているようだ。
鳶でもいるのか、笛を長く鳴らした様な音が青空から聞こえる。
この家の周囲は林で、ざわざわと風に揺れる青々と茂る草木の声が聞こえる。
見る人が見れば、何もない風景だ、そう言うのかも知れない。
ユーリックはそれでもこの風景をよく暇が出来たら眺めていた。

「いつみても同じようなモノしか見えないがね………楽しいのか?」

「いつみても、同じものが見えているだけで暇は潰れますけど、少し退屈しますね、ずっと眺めていると飽きます」

「そうか………授業は終わっている、迎えが来るまでは、好きにしていろ」

先生は下の階にある自分の居室に降りていった。




先生が引き下がったのは、ユーリックの言葉を理解して引き下がったのではなく
ユーリックの言っていることが理解できないからだろう。

先生は元々、人と積極的に関ろうとはしない人間だ。
そもそも、理解しようと思わないような些事には関りはしない。
窓から外の風景を眺めるような行為に、深い意味などありはしない。
あるとしても、窓から覗くものに理由がなくてはならない。
そもそもユーリックは暇潰しが理由だと言ったのだ、ならば、どうでも良いことだ、そう思ったのだろう。

そもそも別にユーリックにとっても然程大切な行為ではない。
ただ漠然と眺めているだけだ。
どこまでも有り触れた空と大地の景色。
それを眺めていると退屈する。
高い山に登って見た絶景であるなら、長い間眺めていて飽きないだろう。
例えば眼下に雲や多くの建物が見えるなど、朝日が美しく昇る風景、夕焼けが綺麗に沈む風景。
そういったものなら何度見ても飽きないだろう。
美味しいお茶が入った水筒でもあれば尚更。

詩人の感性のカケラもないユーリックにとって所詮はこの窓から見る風景は少し高いところから見た風景だ。

さっきの会話は別に先生を混乱させるために言った言葉でもない、自分でもよくわからないが、なんとなく、そう答えただけである。

では退屈すると言いながらも何故この景色を眺めるのだろう、と聞かれたならば。
理由をつけるとするなら、ユーリックはこう言うのだろう。

いつみても或る風景。

ありふれた、地面と空の間。

それは多分此処にいる時、いつでも見れたものだったからだろう。
いつでも見れるようなものだから、安心する、そんなくだらない、理由。

いつみても広がるこの景色、ユーリックが求めるのはただ、それだけだった。

他には何も期待していない。

別に考えごとをするために見ている訳でもない。




どうせ、暇つぶしだ。
ただ暇が潰すために行なっている熱意のない行為は、暇つぶしの域を出ない。
そこに有意義という言葉が出るのならば、暇つぶしにはならないのだ。


退屈なのは当たり前。
飽きるのも当たり前。

そう、思っていた。


だけど、この景色ではなく、この時間こそがユーリックにとって大切だったのかもしれない。

ユーリックが眺めていた景色はユーリックの瞳にそのまま映る。
考えもなく、意志もなく、決意もなく、何も思わず、そしてどこまでも何もなく。

何もないままに見ることが大切だったのかもしれない。
ただそれを眺めることが






だが、それはもう出来ない。


もう失ってしまった。














閑話 魂の合成 自己採点編



退院後、連日、私は師の下に訪れていた。
シルビアを失い、私が力果て倒れた後、師は命を取り留めていた。
術後、本人の意志で入院は取りやめ、すぐに本人は自宅で研究を続けている。
しかし、前の様に自由に研究の為に外を走ることが出来なくなったそうだ、と私に言う。
シルビアによって殴打された老人は、身体の内部を酷く傷つけ、食事さえも侭成らない状態になっている。


「私も歳を取ったということだな。これだけはどうにもならないな…死ななければ研究は続けられる、そう思っていたが……」

そう言ったハイリッツ・グラードは、既に英知を学ぶ錬金術師の姿ではなく
年季が入り朽ちかけた枯れ木のような弱々しさを感じさせる一人の老人の姿になっていた。
そして大事な人間を失った人間が持つ、空虚を抱えた弱々しさ。
病床の上で私を迎えた師にはどこまでも、寂しさを感じる、熱を失ったような一人きりの寂しさを。
それでもなお、師は自分の身体の限界を無視し、研究を続け、私にその研究内容を託してくれる。
己の命を託すかのように。

それが師の最後に残った道のように。
しかし、師はその道を歩き続けれなくなった。

だから、私はその道を歩き続けるために託され、後を継ぐ。

その姿を傍目から見れば、祖父と孫娘の交流のような光景に見えるだろう。

私はこの光景じゃない、本当の光景を傍目から見るために、師から秘儀を学んでいった。
錬金術師の皆が弟子にしか伝えない、秘儀を受け継いだ。








そして、研究の大体の引継ぎも終わり、小休止として私は師に食事を振舞っていた。
身体というよりも生命力が減退している師の為に私が考えた食事は流動食に近いものがあるが。
現在のこの世界の病院の食事に比べれば、少しは効果がある。

どうやら、少しは体力を回復に努めることは出来たらしい。
少しだけ、私の研究が役に立つのを感じた……と思う。


一番効果的だったのは私が最近まで研究していたモノの一つのロイヤルゼリーの精製。

ロイヤルゼリーは莫大な栄養素を持つ、完全食品だ。
不老長寿の薬とまで言われている。
それを蜂蜜や栄養価が高い食品を大量に使用して作り出したものである。

コストで言えば、海から金を抽出するような行為だったが
まぁ、針の残機無限の蜂たちが居る蜂の巣と戦うよりもマシである。
蜂を沢山捕まえて全て磨り潰し、抽出錬成を繰り返し、作り出すような大量殺戮行為よりは平和的である。


しかし、賢者の石って不老長寿の薬……だったけ。

まさか!?

とか、なんでもそういう馬鹿なこと思うことになったが。



私は老人の食事中、昔のように今は寝室となっている三階から眼下に広がる景色を見ていた。

様々なモノが移り変わる中、この風景だけは変わらない。

「相変わらず、その窓から景色を見るのだね、ユーリック」

食事を終えた師は私に昔問うたように言う。

「ええ、好きだったんです、この風景が。そして今こう思える私は――――あの時の心を失ってしまった、そう思います。
これが、大人になるということでしょうか?」


私が見ている風景は、もう、ただの懐かしい風景になってしまった。


「それは私が不甲斐ないせいでだ………シルビアの下に向かうのは私の役目であるはずだった。私の命を賭けて行なう必要があったのだ……すまない」

「私が代わり行くだけですよ」

友達であるシルビアを助け出し、この老人の下に送り返すこと。

その未来を想うと、本当に幸せな気持ちになれる。

それが沢山の罪に汚れた結末でありながら、どんなに残酷な未来の果てが待っていようと、そんな夢を見てしまう。



「だが、あの子は既に死んでいるのかもしれない、12歳の女の子としてな……。
私を殴打した時の姿は最早、人ではなくなりかけていた。お前達バートンの人間のように……どこか人を超えた存在として。
あれならば助けは要らず、どこまでも独り強く生きるだろう、だが、私はそのようなモノになってまで生きては欲しくない。
ただの人として生きて欲しいのだ、そう願ってしまう。
故に、私はお前に期待してしまう………本当に身勝手なことだが、それでも醜く縋ってしまう」


「違います、師匠。貴方は縋ってなんか、いない―――――私が貴方の力を借りているんです、そう、考えてください。
貴方は師として弟子の私に全てを託してください」


「お前は―――――変わったようだ………私に嘆かせてもくれないか……その厳しさはお前らしいが
お前らしくない厳しさだ……そうだな、ユーリック・バートン。
お前という人間は結局のところ………ついに、決めてしまったのか。
お前は、最後まで他人のために生きて、死ぬのか。
その一方で最早、自分自身のために何もなせないし、何も出来ないような生き方に決めたのか」

ハイリッツは知っていた。
このユーリック・バートンも常人ではありえない精神性を持つ、と。
過去、最年少で国家錬金術師になった。
常人を越えた、何か、が在る故の能力を発揮している。
その力の根源は揺らぐことのない意志、方向性だ。
人として並外れた精神は並外れた人外の力を得る。



「はい、でも、私は私が大切な物の為に行くのです、それが私の幸せです、絶対に誰にも譲りません」



ユーリックは自分の手を強く握りこむ。
手の中は自分の体温しか感じられない。
だが、大切な人たちの温もりの記憶が沢山ある。

故に、その温もりのために私は行く。

後悔など、ない。




「シルビアとお前は………似ているのかもしれないな、立ち位置は違うが、人としての極みに立ち始めたと、そう考えるのならば
お前ほど可能性がある人間いないだろうな……本当に私はお前に託すことしか出来ない」


シルビアを殺せる可能性を持つ人間は数多くいるだろうが、シルビアが生き残る可能性はユーリック・バートンという人間にしかない。
ハイリッツはそう、言う。


「そうです、私が一番向いてるんです」



シルビアは多くの人を殺した怪物になってしまった。
連日を騒がせた殺人鬼として。
殺された人の数は32人。
老若男女区別なく、シルビアの手によって殺された。
死にたくないのに、殺された。
死を感じる暇もなく殺された。
死を願うほどの苦痛の中で殺された。
生きていたいのに殺された。


人が誰しも持つ、絶対の意志である、生きたいという願い。
命を持つ生物の欲求。



それを傲慢に砕いた力。



発端は獣の因子だが、彼女があそこまで人外に限りなく近い人間に成り果てたのは
その罪が起因するとユーリックは思う。


人にはやってはいけない、人としてやってはならない行為がある。
人が踏み入ってはならない領域があるのだ。

禁忌だ。

そこに踏み入った者、その領域に到達した者は怪物になる。
人が犯してはならない罪を犯し続けた人間を、果たして人間と呼べるだろうか。

限りなく人間でない存在、としか言えない。

人でなしになる、ということ。

それは人と人でない者の境界線上に限界まで近づくという事だ。
人としての極みに近づくという事は、即ち、極めるということ。
シルビアは人としての一側面を極めてしまった故に、あそこまでの怪物となったのだ。
肉体が強靭である、という理由ではない。
あの子はおぞましくなった。
あのおぞましさは恐ろしいほど強く、堅固な力となる。
善悪関係なく、そういう人間は強いのだ。




バートンの人間達のように。

怪物と呼ばれるほど錬金術の力を修めた、あの国家錬金術師達のように。



彼等はそのおぞましさを力に出来ている者たちだ。
おぞましくとも生きる決意と覚悟がある。
中には禁忌を望み、おぞましさを好むモノも居る。







だけれど、シルビアという12の少女はどうだろうか?




私が今まで見てきた人間の中で最も純粋にして無垢な優しさを持つ少女。

もし、私がシルビアと獣を切り離すことが出来たとしても、シルビアは多分、心が壊れるか、死ぬ。
私はあの子から全ての原因となる獣を奪い、あの子に全ての罪を与えることになるのだから。

師の研究を引き継いで、事実として知った。

獣とシルビアは記憶と経験を共有して存在している。

シルビアの中にいる獣の所為にしても、結局事実は変わらないのだ。

シルビアが罪は許されることはないだろう。
誰が許す、誰が許さないとかそういうものではない。

あの子は許されることはない、絶対に。

残されたシルビアがあのおぞましさに耐えることが出来る筈などない。



シルビアの心だけは私には助けることは出来ない。
シルビアの罪は永劫許されない、何故なら本人が一生許さないのだから。

本人が許せない罪を、一体この世の誰が許せるのだろうか。

獣が消えた後、シルビアは必ず自らの命を絶つか、シルビアという人の心が壊れる。
どこまでも悲惨で残酷で苦痛に溢れた死を選ぶだろう。
どこまでも心は崩壊するだろう。




罪は人を罰する。

罪を犯したという理由があれば、世界はどこまでも残酷になる。
罪が重ければ重いほど、償いきれないほど重いほど、どこまでも苦痛に溢れ、おぞましい。

彼女は最後まで安らぐことなく死ぬ。
死によっての最後の安らぎさえも彼女は許されない、彼女が自分を許さないのだから。


そういう子だから友達になってもらった。
そういう子だから大切にしたいのだ。

そして私が願うのは
その中で未来永劫許されない罪を持ちながら生きるという、おぞましさ。

それを私はシルビアに望むのだ。


私の幸せとは、どんなにおぞましくともシルビアに幸せに生きて欲しいという
どこまでも残虐で恥知らずで傲慢な欲望だ。







私にはシルビアを裁くことは出来ない。
私にはシルビアを救うことは出来ない。
彼女の穢れを禊ぐことは出来ない。

私の口から許す、許せないとは言えないのだ。

私はシルビアに殺された人達ではないのだから。
もし殺された人たち全員が許すといってもシルビアは許さないのだ。

私にシルビアの全てを助けるだけの力はないだろう。
そもそも、そんなことが出来る者はこの世に一人しかいない。

自分を救えるのは自分だけ。





いくら手助けしても、もう手遅れかもしれない。

それでも


それでも、願う。

生きているなら、幸せになって欲しい、と。

ただ、それだけを願う。



だから私は戦うと、決めた。

この願いは誰にも譲りはしない、離しはしない。

私の手から離さない。

だが、私にシルビアは殺されたがっていた。
私に殺されることで裁いて欲しかったのだろう、誰でもなく私にだ。
私を友達と認めてくれたからだ。

だからこそ、私はシルビアを助けたい。

友達には幸せになって欲しい。

そんな理由で私が勝手に助けに行くのだ。

そもそも善人面して、助けるつもりはない。
殺された人達にとっての悪人になろうが関係ない。


だから、シルビアがどう思っていようが、関係ない。

あの子は私にこれから助けられるだけなのだ。


勝手にやらせてもらう。

「戦いとは己が持つ傲慢な意志で、相手をどこまでも自分勝手に砕くこと」と兄は言った。


だから、自分が願うことを他人に押し付ける代価は全て、私自身で払って見せる。
どんなに醜く、傲慢な願いだとしても、その為ならば、何を敵に回しても構わない。

必要ならば世界を敵に回しても構わない。
力の大小ではない、そんなモノ理由にならない。

この世界の誰にも許しは乞わず、最後まで戦ってみせる。
これから先、何があろうと、どれだけ傷つこうと逃げない。
これから先、私の戦いの全てに責任を取ろう。
そして全てと戦って、勝利してみせる。

誰か文句があるというのなら、それさえとも、戦ってやろう。
勝てるのならば、怪物にでもバケモノにでもなってやろう。


そう、私が決めた。
私は己の為におぞましく生きる。
おぞましく醜い獣のごとく。




そして、あの美しい獣を捕まえる。


私が一番向いてるとはそういうこと。




「お前は、お前の夢は………どうするのだ」

お前の夢は多くの人々を幸せにすることだろう、と師は言う。


「大人になったら、夢は捨てるものなんです――――私の場合は」




そう言って、私は師の家から出て、歩きながらつらつらと考える。
まだ慣れない二つの腰の重みと胸に下げた二つの重みに意識を感じながら。
宣戦布告も引継ぎも終わり、久しぶりに余裕というものが出来たので自分を考える。
怒りで前が見えなくなって色々やらかしたが、やっと冷静になったので考える。









私の夢であったことを。

自分勝手な願いだ。



戦うと決めた瞬間から、自分が望む幸せを掴むために、私はずっと望んでいた夢を捨て去った。

あの研究所で一人、ただ好き勝手に生きることを。
自分の為に、自分の自由を我侭に使う、という生き方。
それが、私の夢だった。


だけど




もし、またあの頃に戻れたとしても、もうあの頃の気持ちにはなれない。



私の自由は大切な人の為に使う、そう決めた。


そして………もう、夢は終わっている。




シルビアを助けるために二人の人格を【合わせた】瞬間。



私達はお互いを知り合い、認め合うことで強くなれたかもしれない。

だけど知ってしまった。

そして、あやふやなものに明確な形をつけてしまった。

もうユーリックにあの心の奥底から響く、囁きは訪れない。



紅茶と混ざったミルクはもう、分かつ事は出来ない。

彼等は死んだ。

【自分達】を理解し、分解し、再構成したせいで。



彼の記憶で生まれた偽りの思考を持つ彼女。
彼女は彼が風邪で死ぬ前に望んでいた未来に憧れを持ち、その希望を目指していた。
だから彼を大切にしていた。
そして彼女は彼に恋していた。
誰よりも男性として愛していた。


そして彼女に囁く、心の奥底で彼女を見守っていた彼。
彼は彼女の未来の行く末に自分よりも大きな未来を感じて希望を託し、彼女を大切にしていた。
そして彼も彼女が好きだった。
彼は彼女に恋していた。
そして誰よりも女性として愛していた。









でも

彼等は一人となった。

そして彼を失ったのだ、彼は自分が静かに消えることを願い望んでいた、だけど、それを止めた。

そして彼女を失ったのだ、彼女は彼と共に生きることを願い望んでいた、だけど、それを止めた。

そして、お互いに統合し合うことで、もう一人に可能性を託したのだ、それよりも大切なモノの為に。


自分たちが自分らしく、在る為に。

彼が愛していた自分を捨てないために。
彼女が愛していた自分が本当に消えないために。


それが、今の私だ。


今の私は二人が一人となったユーリック・バートン。

三人目の私。

何者でもない、ただの私。


これからは誰も私を助けない。
私が挫けそうになった時、誰も囁かない。


だけど、二人の想いは、残されている。



想いは私に戦うことを望んでいる。


そして結局、私は私でしかない。

だから私も想い続けるために戦う。

心は一つになった。

その心は所詮、心でしかないが、強い心は何者にも砕けはしない。

心が折れない限り、絶対に敗北はない。



どんなものにでも――――勝ってみせる。





しかし



「私って……究極のナルシストだったんですね――――そりゃ結婚を嫌がるわけだ……」

結婚は、男女が永遠の愛を誓うこと。


二つの人格、いや彼等は本当に別々の人間だった。
彼等は個々の魂を持っていた。

全てが交じり合ったことで、今になって分かる。



食べ物の味の好みは違う『故に彼女は彼の為に食べていた』
身体の動きの癖や言葉遣いは違う『彼女は彼を消さないために自らを偽った』
物事に対しての考え方も違う『彼は彼女を守るために囁いていた』

栄養学と調理関係にかける情熱は同じだった。

個々にそれぞれお互いを尊重しあっていた。

愛し合っていた。



女のユーリックは彼の為に女らしくあった。
彼が好きな女性らしく。

そして他人には抱かれたくない、と思っていた。
一途に純潔を守ろうとしていた。





男のユーリックは彼女の為に男らしくあった。
彼女が好きな男性らしく。

他人の男に冷たくしていた、彼女を守るために男を寄せ付けなかった。



なんという、おぞましい自愛…………凄い恥ずかしい、私のことなのに。

自分が好きで好きでたまらないから、誰とも結婚しないで生きていたい、って究極にして窮極すぎる。



他人と永遠の愛など誓えるはずもない、最初から破綻しているのだから。

「うわああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああ!」


ユーリック・バートンは短くなった髪を両手でぐしゃぐしゃにして悲鳴を上げる。
今になって、蘇る記憶たち。

まるで両親のラブシーンを見せられたような気まずさ。

「あいつら、私に全部残していきやがった想いも記憶も………でも私は私だから、だから私?
駄目だ、駄目です駄目だ……私はなんだ、なんなんだ!?
淑女らしく振舞った時のも、男らしく格好つけていた時のも……うわぁああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

同質の二つの魂の完全なる統合によって生まれた新ユーリック・バートンともいえるユーリックは叫び続ける。
生まれたばかりの赤子のように。


「はぁ……そして」


お互いに愛し合っていた二人だが、地味にお互いに嫉妬していたこともあった。
無意識なために気付かなかったが。


実は男のユーリックはクールビューティーな女性がタイプだったらしい、あと清楚系のお姉さま、上品な人。
鷹の眼の人みたいなのが、特に。

女のユーリックは女性に優しい紳士的な男性が好みだったらしい。
あの婚約者のようなのが特に。


「アレックス様にも、リザさんにも、顔合わせづらっ!」

あと一番見た目が好きだったのが、超逞しいアルくんとか。
鎧姿がタイプだったとか………おかしくないですか…私。

ユーリックは白百合の栞と森の狼を取り出し見比べる。

特に森の狼。

「………好きなタイプの女性の為にあのお父様の拳銃だったものを今度みせてあげるって………」


頂かなければ、こっそり、いつか拝借する積りであった。

馬鹿である。



あとパトリシア………は、ないとして。



他にも多数。

主によく会う女性の知り合いを思い出す。

ネミッサ?マーガレット?クレア?ケイミー?アニェーゼ?
ロベルタ?ジュリアンヌ?ステラ?


私の発明が好きだった優しい家庭的な奥様たち?
義姉さん?
もしかしたら将来の義姉上?

あと沢山の女性の知り合い。
本当に沢山。



「うわああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
今になって下心ちょっとあったとか死ねよ!私だった奴!」


だから過去に『ざまあみろ』言われたんだよ!





普段こっそり囁いてた癖に、多くの綺麗な女性と知り合う機会を逃さなかった過去の私。
あの東部のモテ大佐に文句言えないぐらい、多くの美しい女性と親密な関係を築いた男の無意識な下心。




でも


「シルビアとキャスリンちゃんとか年齢低い子達に下心なくてよかったー。あったら本当に変態でしたよ、私」

良かった、今そういう風なのない。
興味ないわ。




「でもついつい、なんか女性にチヤホヤされるの、今でもちょっと好きなのは……ちっしぶとい」





人間不信になりそうだ………自分のことながら、人って欲望で出来ていたんですね。
ていうか、私って凄い、全く人として純粋さ純真さがない。
七つの大罪どころじゃない、八つの枢要罪どころか64000の煩悩持ちだ。
男の欲も女の欲も全て知っている。
どこまでも全ての欲を持ち合わせた混沌とした人間。
不純物で固められたような狡賢いキメラだったのだ、私は。


だから

「だから、私はシルビアに惹かれたのか」


真に純粋で純真なシルビア。
どんなに苦しくても辛くても、ずるをすることを嫌った少女。
欲を持たず、ただありのままに生きる人。
友達になれた時、泣きたくなるほど嬉しかった。

大切な友達。

一緒にいるだけで、本当に自分も純粋になれるかのような子。



「うん、私自身のことは後にしよう、まずはシルビアを助けよう」


どこまでも私は私らしくいけばいい、そうすれば私だ。



そう思い、両手に持った物を仕舞い、空手となる。

そして両手を開き、ぱん、とお互いの手を会わせ、祈る。

無意味に無価値な祈り、でも願う。

「どうか助けられることが出来ますように」


まるで、神が居らせる社の前に立って祈るように。








眼は閉じず、前をみて、ただ祈る。





気付けば強風が吹いていた。
眼に塵芥が入りそうなほど。
それに向かい、ユーリックは祈る。



神なんかこの世にいない、かもしれない、でも。

考え方など想いは無限にある、心とは形なき故になくなりはしない。


なら、祈りはきっと届く。

祈りを形にする手があるのだ、自分の手が此処にある。
眼は閉じずとも。大きな力は此処にある。



「考えるのは終わり、さぁ行こう」


そして祈るのを止め、歩き始める。









林の中を白い白衣着た、黒い作業着姿の大人の女性が歩く。

とても清清しいほどちぐはぐなその姿はとても彼女に似合っていた。



そして



「うん!今の私じゃ結婚無理です!いっぱい、いっぱいです!」


と何度もそう、言いながら歩く。



続く。















あとがき

新主人公、混沌人間ミルクティー・ユーリック登場。




お話の中の登場人物の中でも普通を騙る、最も異常で混沌とした人物というのがコンセプト。


どんな場所に居ても毎日、自分が書いた黒歴史ノートを読むような日々を過ごさなくては成らない宿命を持つ。

本当の男の望み、女の望みを知り生まれた。
男性側は消えかけていたので主に女性的な思考を持つ人間。






サガフロでいえばブルージュさんみたいなパワーアップ。
ジャンプでいえば封神演義の伏義のようなもの。


酷くありがちな感じで。



色々悩んでいるが、最早同一人物なので無意味な悩みでしかない。
今回の話も自分の過去、行なってきた所業に恥ずかしくなって叫んでいただけ。



次回、また新オリキャラ登場。







[11215] 閑話 怠惰な兵士と戦うアルケミスト 1話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:59ec5164
Date: 2012/04/16 02:33
「ねぇモニカ、人は必ず死ぬわ、だから悲しいことじゃないのよ。
貴方が生きているだけで…これから生きて行くだけで私は幸せよ、だから泣かないで。
私が死んでも貴方はずっと私を忘れないでしょう?私は貴方の心の中で生きていけるの………死んでも、私は貴方の傍にいるわ。
だから、悲しまなくてもいいのよ、モニカ、傍にいるから。
だから、独りきりになっても、強く生きなさい。私が見守って居てあげるから、大丈夫」

昔の記憶だ。

まだイシュヴァールの内戦が勃発した初期の頃の時だ。
私の父は内戦の戦場で爆発した手榴弾の破片を顔面に受け、眼球から脳まで鉄の破片が刺さり、即死した。
母は身体が弱く、よく病床に伏せるような、か弱い女性だった。
そして、父の戦死の報を聞き、本格的に体調を崩した。

私は冷静に思ったものだ、人は弱い生き物だと。
病院のベッドで私の手を、弱く握りこむ手。
私は泣いていた、人の弱さに泣いていた。
こんなにも、人はすぐ死んでしまう。
私の母はもう直ぐ死ぬ。
モニカ・バーニアットは母の問いかけに何も答えずに静かに手を繋ぎ続ける。
少女であった私よりも最早、力がない、手。
父と母と私で手を繋ぎ歩いた思い出が、まるでシャボン玉のように儚く消えるものだと実感する。

多分、これからの私は不幸かもしれない。

今日は本当なら、父も母もいて、通っていた学校の勉強を終えて、私は日が沈むまで友達と遊んで
夜、母が作る、美味しいけれど、混入される私は嫌いな野菜の苦味に嫌がりながらもそのスープで温まり
隣近所で買ったサクサクのパンを食べ、ベーコンを食べる、という夕食を終えて、父とお風呂に入り、お互いクセっ毛だから洗いづらいな、と
髪を洗い合い、寝る前まで明日の朝ごはんの準備をする母と本を読んでいる父と三人で思い思いラジオドラマを聞いてから寝る、そんな毎日を過ごす筈だったのに。

幸せが崩れていく、そんな日々が容易く終わる。


モニカは悲しみを感じる。

その中で一つのことを思う。


でも、母の手よりも私の手のほうが力が強い。
それは、私の方が強い、ということ。

これからは私は母と父よりも長く生きていくのだ。

そうか、なら私は強く生きなきゃならない。



そう感じた。

母は言っている、一人じゃないと。

でも私は独りだ。

独りになるということは、自分で自分を守らなくてはならない。
ということだと、モニカはすぐさま、それを感じ取る。


泣くのをやめ、モニカは母の手を握る力を強くする、そしてまだこの手に残る母の手の温もりを忘れないように握り続ける。

モニカは最後まで母の死を悼み続けた。


それから十数年の月日が流れた。



閑話 怠惰な兵士と戦うアルケミスト 1話



アメストリス東部に存在する中央都市から展開される軍事を維持する為の機関である東方司令部。
その中で軍人たちの生活を取り扱う部署がある、所謂、福利厚生課だ。
各地に存在する国軍兵士が東部の軍人として振り分けられ、優秀な者が司令部に配属される。
その軍人たちの生活を維持するためのシステムとしての機能が福利厚生課にはある。
軍人たちの生活に関係するあらゆる問題に対し妥当な対応を行なうのがこの福利厚生管理課の仕事。

国の軍備維持の中で最も軽んぜられる、末端の維持だけを目的とした妥当な部署。

発展させるためには若い力が必要だが、維持だけならば妥当な意見を吐き続ける老人にとっては最も向いている部署といっていい。

階級が高いが気力がない、老人が多く、その中でモニカ・バーニアット准尉は最も若い女性兵士だった。

彼女の仕事は簡単だ、マニュアルを読んでいれば誰にでも出来るような仕事を毎日行なうだけ。

まるで枯れたような日々、飽きるような繰り返される業務ばかりだが、彼女にとっては最も適している仕事だと感じる。

今日も机に座り、モニカは与えられた仕事をこなす。

「ああ、また、各部署の需要物品報告か………どうせ振り分けられる予算は毎年どこも一緒よ?
だったら毎年同じなのだから、去年のを使えばよいのに………この報告書に一体何の意味があるのよ」

と言いつつも、やる気のない眼差しで真面目に仕事をこなして行く。
簡単な仕事だ。

若手が集められる訓練に参加させられるのと決済に行くだけがモニカにとっての面倒な仕事だ。
働くのは嫌いではない、こんなにも簡単な仕事ばかりで余裕だからだ。

今日も定時で帰ることが出来る、軍事に対し肉体を動かすものは忙しいが、此処はそういうモノとは無縁だとモニカは思う。
周囲を見回す、誰も彼も自分よりも階級が高いが無能、というよりも働く気力がない老人ばかり。
まともに仕事をするのはモニカだけだ。
皆、優雅にお菓子を食べながら新聞を読んでいる。一人チェスを指している者もいる。
別名老害部署と呼ばれる、役に立たない老人が集まる部署の中で、ボスは課長だが、実質の統括者は彼女である。

この彼女、モニカ・バーニアット雰囲気を説明するのなら、大概の人間に彼女はやる気のない人間と映るだろう。
特に東方司令部は、主であるあの大佐殿の下に集う、若く信念に溢れる有能な軍人たちが多い。

いつも物憂げな表情のモニカ・バーニアットは長い銀髪のクセッ毛が眩しい垂れた目が魅力的に映る美人であり
多くの人からは物憂げに悩む薄幸の美女、と勘違いをされるが、大体のものは、途中でその物憂げさは怠惰が原因の表情であると気付く。

モニカはやる気は全くないわけではない、が、どのような物事に対しても常に4割程度の力で切り抜ける努力だけは怠らず、それ以外の努力は行なわない。
物事に本気を出そうとする節もなく、一生懸命になることもない。
それどころか何かに本気を出すことさえ、最悪の行為だと考えているフシが見受けられる。
モニカ・バーニアットとはそういう人間だ。

しかし、有能であった。
怠けられる部分と手を抜いてはいけない物事の区別をはっきりとつけ、自分に課せられた仕事は真面目にきちんとこなす。
ノルマをこなせばあとは際限なくだらける、なまじ有能である故に厄介な人間だ。
多くの人は彼女の4割の能力を全能力だと見て、その力にあった場所に配属させる。

彼女は元々士官学校を卒業した優秀な兵士であった。
同期生リザ・ホークアイ中尉と同年齢の妙齢の女性。
両親を失い、叔父の家に預けられ、給料を貰いながら学校がいける、という理由で軍人になった。
しかも士官学校な故に卒業すれば、面倒な下っ端の肉体労働はなく、最初から階級が高い。
それに福利厚生はしっかりしており、給料も他の同年齢の女性から比べれば遥かに高給取り。
自分一人食っていくならば、優雅に生活できるほどお金はもらえるのだ。

疲れるのが何よりも嫌いなモニカにとって日々行なわれる楽勝に終わる事務作業ばかりの毎日は天国であった。

優秀な同期生が優秀さ故に戦場に送られたイシュヴァールの内戦時。
学校生活を楽するためにそれなりに優秀なフリをしていた時、すぐにそれを感じ取り、卒業ギリギリの落第生のフリをして戦場行きを免れた。
その時が一番の人生の命の危機だったが、それからは毎日が危険とは無縁である。

最近行なわれた合同訓練の塹壕戦の演習が一番疲れた仕事である。
彼女は元々はナイフとスローイングナイフを使用した戦闘が得意だったが、此処数年、ライフル銃を握ることしかしていない。
ライフル銃は重いから嫌い、そんな理由で軽いコンパクトな武器を好んでいた。
手に残る人を殺す感触などは気にする性分ではないので
ある意味人を殺した感触を嫌い、狙撃を好むリザ・ホークアイとは対極の人物である。

事務作業の毎日で身体が鈍っているが、個人戦では彼女は東方司令部の中で上位に位置する戦闘技能を持つ。
強いというよりも、いかに相手を楽に倒すかが絶妙に巧い。

それは、東方司令部にいる中では士官学校の同期生が一人知っているだけだ、そして、心配はない。






彼女は私のやる気のなさを知っている。
しかも士官学校の時のまだ優秀なフリをしていた時の短い期間のことだ。
いくらあの出世意欲満々の大佐と近しくとも今更私にリザは面倒ごとを持ってこないだろう。

どうせ過去の話だ。


何事にも熱意を出さない私に対し、リザから若干の失望が見受けられるが、気にすることはない。
そういうのはやる気が在る奴に任せればいいのだ。


「さぁて、今日は何の映画を見ますかね………」

これで大体の一日の業務も終了した、そろそろ定時だ。
そう思いながら、モニカは映画のパンフレットを軍服のポケットから抜き出し、眺める。

モニカにはある圧倒的な才能があった。





それは危険から回避する才覚だ。

過去にあった不幸からか、どこか平穏な生を第一に考えることから生まれた才能。

ただ静かに平穏に生きることの価値を誰よりも愛している。

しかし、どこか生存を目的として生きるが故に、生存するという、行為を深く実感するために
命の危険をどこか求めているフシがある、それゆえに軍人として生きている。

彼女にとって最も都合の良い場所が軍なのだ。

本人は絶対に安全な場所に留まり、危険に赴くものを眺めて、それに対し、自分が恐々とするのを本質として好んでいる。

それは本人が知ることではないが、同期生が戦場に行くのを見て、自分が留まった時、幸せと感じていた。

あの大佐もリザ達のような取り巻き達は映画のように危険の中、生きる。
その近く、遠く安全に居るだけで幸せだ。

そう思う。

そういう、人間。


モニカの手にある映画のパンフレットはどれもこれもアクション映画と言われる、人が命の危険に晒される映画ばかり。
代価行為として、そういう映画を趣味として見る。



そんな性質の彼女は本来ならば、一生そのまま自分が定義する緩やかな幸せの中で生きて行く筈だった。

生きる目的は既に達成されているのだ。
平穏に生きている時点で幸福に達成している。
ここに彼女の怠惰が起因している。
それだけでモニカは満足し、それ以上を求めない。
欲がないと言えば、欲のない生き方。
堕落と言えば、堕落している生き方。

でも彼女らしい生き方だ、人の生き方は人それぞれで自由なのだ。





だが、違う。

流れのままに緩やかに生きるという者は、嵐が訪れれば、直ぐに激流の中に放り込まれるのだ。
なまじ、中途半端な人間こそ。
彼女は力を持つ部類の人間だ、ならば、本当に相応しい運命が、人生が待っている。


「おーい、帰るのは待ってくれんか、なんでか知らんが、司令からお前に来るように呼び出しがあるぞ」

何時も通りに机に鍵を掛けていると上司から呼び止められる。
モニカは鬱陶しい気持ちになる、どうせ、くだらない用事だろうが、定時だから帰ります……とは言えない用事が出来てしまった。
このまま着替えて直ぐに街に繰り出し、6時から上映される映画に間に合うように夕食を取る積りだったのに、と溜息を吐く。

「わかりました………では、室の戸締りは当直仕官に言って遅らせてください」

「わかったよ、さぁ行きなさい」

課長がさっさと行け、と私を急かす。
相変わらず面倒ごとになりそうになると老人は俊敏になる、と思う。

「では、お疲れ様です」

そういって、室から出ようとすると

「なぁなぁモニカ君、今度ワシと食事でもどうだ?」


深い意味はないだろう、ただ私のような若い女性と出かけたいのだろう、老人の一人がデートを持ち掛けてくる。
目の前の老人に私と性的な行為を及べるほど、元気があるようには見えない。
いつも断っているが、面倒ごとにはならない、だろう。
確かこの老人は奥方に先立たれ一人きりだ、そうなれば若い愛人と勘違いされるような面倒にはならない。
未だに男性との付き合いが全くないのが自分の欠点だ。
練習がてら、いいかもしれない。

「………ご馳走してくれるのなら」

「ついにやったぞ!」

喜ぶ老人。
所詮男なんて、若ければ誰でもいいのだ。
私と出かけることに嬉しさを感じているわけではない、若い女と出かけることに嬉しさを感じているのだ。

「では、今度」

「いいなぁ、ワシも今度……」

という声が室に広がるが

「限がないようなので、それは皆さんでご相談ください、私も忙しいので………今度ということで」

と言い残し、ま、精々美味しいものでもご馳走してもらおう、そう思い。
最近出来たカフェのお気に入りの人気商品であるカモミールティーを飲みながらクラブサンドウィッチを食べる予定だったのに、と思いながら
緩んだ襟首を整えながら室から出て、司令部の中を歩く。


そして気付いた。

失敗した、と思いながら歩く。

私は部署の中では一人いる若い女性だ。

一人に対し応じれば、似たような奴は出てくるのだ、先ほどの様に。

「断っておけばよかった………」

ゲンナリとしながら歩く。
老人と言うのは喋っても詰まらない人間が多い。
彼等は既に長く生き、未来がない故に昔話ばかり長々と喋る。


最初に此処に配属された時の自分の大失敗も延々とまだ言うのだ。

今では独り言で使うぐらいになった自分の口癖を馬鹿にされた時を思い出す。


「口癖くらいかまわないじゃないスか………ああ、めんどいッス」

語尾にスを付けるクセ。
元々は士官学校で付いた癖で、丁寧な敬語を使うのが面倒で使っていた。
しかもこれを使っていると駄目さ加減、緩さ加減が見事に相手に伝わる便利な語尾だ。

これを使い始めたら、ああ、こいつ……っていう感じで見られて楽なのだ。

今では評価が下がり、仕事がやりづらくなる原因となると考えられるので使わない。

何故か私がこう喋ると誰もが残念そうに私を見るのだ。


「早く帰りたいっス」


モニカ・バーニアットは美人だ。
どちらかというと可愛いというよりも怜悧な姿が似合う女性。
垂れた目じりと泣きボクロが目立つ魅力的なスタイルをあわせもった長身美人だ。

彼女は東方司令部の男性達からはまだ物憂げな美女として見られているのだ。
その口癖の破壊力は推して知るべきであるが、本人は知らない。

そもそもモニカには怠惰に生きる以外目的がないので、男性にも興味がなく恋愛も興味はない。
恋愛というのは面倒な争いごとの原因になるので嫌いなのだ。
好きとか嫌いとかゴチャゴチャと誰もが面倒そうなのに真剣に悩む姿を見ると鬱陶しいのだ。


モニカはああ、さっさと帰りたい……と思いながら司令室に辿り着く。


マニュアルの様にノックをして自分の名前を告げ、入室する。

すると


「良く来たね、バーニアット准尉」


焔の錬金術師、ロイ・マスタング大佐が真剣な眼差しで彼女を見る。
モニカは危険が近づく香りを直感で感じ取る、部屋に入った瞬間でたくなったっス……と、そう思う。

チリチリと焼け付くような危険の香り、それは私に向けられている、そう感じるのだ。

「大佐、彼女にする詳しい説明は私がしてもよろしいでしょうか」

大佐の横に立つ同期の優秀な女が私を見ながら真剣に言う。

え?

何事ッスか?


「構わないよ……では、君にある任務を言い渡す。詳しい説明はホークアイ中尉に頼むが、内容は簡単だ、聞いてくれたまえ」

あれッス

面倒ごとッス。

まるで母が死んだ時並みの不幸が私に襲い掛かるかもしれないッス……。

だけれど彼女は逃げることは出来ない、それが仕事ならやらなくてはいけないのだ。
与えられた仕事はきっちりと行なうのが怠惰に生きるコツなのだ。

そして自分が思う最高の怠惰の中、好きに生きられるのは、此処で仕事をしているお陰だ。

だから面倒な訓練も全て出ていた。
老人たちからは私達が言えば出なくてもいいのに…と言われていたが
それは貴方たちのお茶汲み要員と仕事をする人間がいなくなるからだろう。
と、他の若手の軍人たちの評判を下げない為に真面目に軍事訓練していた。
周囲にはあまり優秀ではないが仕事はしっかりこなす人間として見られなくてはならないのだ。






だが、彼女は瞬時に自分が持つ、銀行にある預金の算高を弾き出す。

これから大佐がいう事が危険な任務であったなら………少し金に不安がある。
新しい仕事をこれから探す労力とこれからの任務、どっちが面倒か秤に掛けるため、珍しく眠そうな目を限界まで見開き、真剣な表情で上司を見る。


さあ、どっちッスか。



それに何を勘違いしたのか目の前の優男は微笑んでこう、言う。


「君にはある女性国家錬金術師の護衛任務を頼みたい。――――期待しているよ、バーニアット少尉」

まるで映画の俳優の一人のように甘い声でそう、言う。
そして焔の錬金術師という、映画の中にいる主人公のような人間は格好良く言い切る。


…っ!?

危険な香りがむんむんと感じるのを一瞬にして悟る。
しかも階級が上がった、多分死の可能性がある任務だ、2階級上がらないで、1階級とは………
あれほど階級が上がらないまま居たのに、どういうことか?

ええっとっス


半死半生になる可能性がある任務ッスか?


「……………了解しました」

取りあえず、詳しく聞かねば分からぬ、と覚悟を決める。
そして、護衛ということは、定時に帰れなくなる任務ということ。

さて、ここ一ヶ月分の映画の前売り券をどうしようか、そうモニカは思った。
どっちみち、これからは面倒ごとの予感だ、映画を見る時間はないだろう。
と、懐に隠し持っている映画の券の心細い感触に溜息を吐かないように我慢した。






続く


新キャラです。
これからは彼女の視点で大体の物語が進むかと思います。

多分。



モニカ・バーニアット

ゆるゆる銀髪美人。
これから戦いばかりなので潤いキャラとして登場。
数年前ユーリックじゃない別の軍人主人公として
ハガレン二次小説に登場する予定だった子です。

パトリシアとクルーガーほど強くはないが、それなりに戦闘能力がある、という設定。











[11215] 閑話 怠惰な兵士と戦うアルケミスト 2話
Name: toto君◆b82cdc4b ID:39245a63
Date: 2012/04/21 23:49
「本当に彼女で良かったのかい?」

「はい、バーニアット少尉は優秀です」

「私にはそうは見えないがね………」

ロイ・マスタングはパラパラと一枚の書類を見る。
モニカ・バーニアットの人事評価の書類だ。

評価の全てにこう、書いてある。

特筆事項なし。



それが何年も続いている。


それを見て、少し不安に思う。

これから中央に異動になる可能性が出ている。
それまでに此処で自分の権力で出来ることはして置きたいのだ。
ましてや、鋼の錬金術師の件もある。
割ける努力は鋼の錬金術師以上に妙薬の錬金術師に行なうべきだ。



錬金術士の力は学んできた知識に直結するのだ。
食品加工技術に使われる錬金術もアームストロング少佐から伺えば
彼女の研究に使われている錬金術はあまりにも精密な故に、範囲が狭く、速度が遅く、動く物体には使えない、と聞いている。

綿密な構築式からなる錬成陣によって食物の加工を得意とする錬金術師だ。




故に彼女の錬金術は戦闘用としての使用には向かない。

緻密すぎて速度と攻撃範囲を必要とする戦闘に使うには人間の脳の処理能力では不可能なのだ。



創れば次に向かい、改良に時間は掛けないタイプである。

そもそも私や少佐のように戦闘用に特化させる必要も理由もないのだ。



それは、あまりにも広範囲な研究テーマのための犠牲でもある。

簡易な錬金術はそれなりに万遍なく出来るそうだが、それだけだ。
鋼の錬金術師も似たようなものだが、彼の場合、弟とのコンビネーションと体術を重視した戦闘の構築。
そしてあのシングルアクション錬成により万能の如くの強さだ。


国家錬金術師であろうが、誰しも強いというわけではない。

彼女は研究者、人間兵器ではない。

もし、傷の男にでも襲われれば、為す術もなく殺されるだろう。




だが、最も気心が知れているだろう妥当なあの少佐は、大総統の南部戦線視察の護衛任務に立った。
故に自分の周囲の戦力が足りず、取りあえず護衛任務に使えそうな人間を探したが
自分の見たところ、彼女は男性を苦手としている。
彼女の交友関係を見るとすぐにわかる。
傍にも置いてくれない人間を護衛に置いても意味がない。
故に女性でりながら強い、という人間は自分の横に立つ人間は彼女しか知らない。
自分の傍から離すことは出来ない、女性だ。

横目で彼女を見る。

すると

「彼女はなんて言うのでしょうか……そうですね、薄い存在です」

「薄い……?」

ロイにはよく分からないことを彼女は言う。

「ええ」

リザ・ホークアイは士官学校時代の事を思い出す。
山岳を使って行なわれた、実戦向けの個人戦闘の演習で最も多く勝ち星を挙げた彼女を。

「……幽霊のような気配の薄さ」

自分の頬をリザ・ホークアイは手で思い出すように撫でる。
眠そうな表情でゴムナイフを当てられた記憶を思い出して。

「そして、一度だけの奇跡とも呼ばれましたけれど……彼女は本物です。そして面白い子ですよ」

まるで、ルーチンワークをこなす様に同期を葬っていく銀髪の女。
疲れた表情で静かに敵を打ち倒す近接戦闘の天才。
自分の狙撃の才能に誇っていた、あの時代。
彼女のお陰で、狙撃の際の自分の周囲の把握について学ばされた。
彼女は面倒そうに私に気付かれず近寄り、私にこう言ったのだ。


「これで最後ッス………あと何人倒せばいいんスかねぇ……」

溜息を吐きながらピタピタと私の頬にゴムナイフを当て付けるモニカ・バーニアット。

これで私に死亡判定が付いたわけだが。

そこには嬉しさや誇りもなにもない。

ただ、疲れしか感じられない雰囲気。

どこまでもやる気というものが感じられない態度。

多分こういう人間だから気付きづらい。

やる気の無さ故に、誰にも気付かれないほどの隠密性。
まるで、微風のような静けさの接近。

「私で最後だと思うけれど?」

「…………ずっと狙撃していたのあんたッスか……あんな模擬弾頭でよくやるッスね……でも残念ッス、近くに寄れれば問題ないっス」

「その口癖面白いわね………」

「楽ッスからね………あーつかれったッス………あんたといい、なんでこうも面倒なんスか……」


「…………面倒なの?」

「面倒ッス………あまりにも真面目にやり過ぎたせいで、面倒なことになりそうだから、これからは適当にやる積りッス」

綺麗な短く纏め上げられたクセのある銀髪を揺らしながら微笑むモニカ・バーニアット。
実戦の訓練の筈なのに、まるで座学の教室での授業に対するような、静寂さを持った空気。

まるで熱のない、冷たさ。


「そう……………」


まるで、突発的な事故のような、目が覚めるような突然さに私は静かに頷くしか出来なかった。


という、懐かしい思い出だ。
あの子が言う面倒の意味が分からなかったが、イシュバール戦に飛ばされてから
気付いて、一時期は少し、彼女を恨んだものだ。
まぁ、そもそもいくら隠密能力が異常でも、殺し屋のような技術であり、戦場向きの能力ではない。
軍人は基本的に集団戦闘だ、あのような突出した能力は役には立たないだろう。
斥候としては抜群の能力を持つが、個人ではたかが知れている戦力だ。

案外、工兵としてなら使えそうだが。

それでも個人の能力は私のように狙撃という強みを持たない故、召集はされない。





だが彼女ほど護衛に向く人間はいないだろう。

軍人独特の厳格なルールに縛られたキビキビとした動きがない様は、まるで一般市民だ。
敢えて軍服を着せず、私服にさせてユーリック・バートンの傍に居させれば良い。
そう、彼女の特異さは警戒されないことにある。

あの彼女とモニカが一緒に居る光景を想像して思わず。


「ふふっ」

本当に面白くて思わず笑ってしまう。
友達同士で歩いているようにしか見えない。
雰囲気は地味な羊と牛のような二人だ。



「……そうか、なら期待しよう」

それを見て不気味な気分に陥るロイであった。

「それよりも大佐……あの子に対してデートを誘うのは良いのですけれど。貴方にその余裕があるのですか?」

リザ・ホークアイは上司の机に盛られる書類の山を見て、そう言う。









モニカは自分が借りているアパルトメントの一室で与えられた資料を見ていた。
ベッドの上で寝そべりながら読む姿は、目に通しておけ、という言葉に対し、挑むには怠惰で軽薄な態度だ。
そもそも軍の関係資料を自分の家に持ち帰る自体、彼女の軽薄さが伺える。

彼女は軍人でも珍しく、軍の関係者が経営する宿舎では暮らしていない。
いくら快適で安かろうが、同じ女性兵士が多い宿舎を嫌い、公私をしっかりと分けるために一般のアパルトメントを借りて暮らしているのだ。

そう、今はプライベートなのだ、仕事の資料は暇つぶし程度の娯楽にしかならず、彼女はお菓子を食べながら資料を読んでいく。



「まるで映画のヒロインのような完璧さッスね…………話には聞いていたけれど」

現在は塗り替えられたが、過去の最年少国家錬金術師資格取得者 【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートン。
彼女の記録は多く、どれもこれも、際立った経歴だ。
アエルゴとの小競り合い、何年にも渡り国軍の戦線を維持する戦闘指揮者、ヴォルフガンク・バートンの娘。
ヴォルフガンクが行なう戦略はどれもこれも国軍兵士の犠牲を最小限にし、敵に夥しい犠牲を出させると聞く。
ヴォルフガンクは兵士達に特殊な訓練施すという。
ヴォルフガンクは変わり者と頭でっかちな秀才タイプの高官達は言うが。

南部の秘儀と呼ばれる技術を作り出した稀代の兵士である。

「板目を通る」という兵の技。


彼は兵を慈しむ者であり、自分の配下に恐ろしい訓練を行なう。
ありとあらゆるシナリオの状況を作り出し。あらゆる状況に耐えうる、最大効率の訓練。
兵士一人一人に万能とするべく訓練を行なう。
常に最新の訓練を施すらしく、いつも兵達は悲鳴をあげる、という。

敵と出会った瞬間の4秒間を支配する訓練、というものらしいが、あまりにもスパルタで殆どの人間が脱落しそうになるという。

だが、ヴォルフガンクの訓練を受けた者達は、皆個人的なテクニックが上昇し、劣悪な環境での戦闘はどの地方の軍人達よりも優れるという。




熱心なのはゲリラ訓練とサバイバル訓練、トラップ訓練らしく、私の同期も大分野生に戻った気持ちだったという。
モニカには向いているよ?とか言うが、冗談じゃない。

隠れ家と呼ばれる場所で4人で何日も敵陣の中で篭もるのは嫌だ。
私が今こうしてベッドで清潔に寝そべっている間も彼等は不潔で悪臭が篭もる小さな草木に溢れた塹壕の中で
水の中に放り込んだ過熱式レーションを食べ、残ったお湯でお茶を飲むのだ。
それが一日の唯一の楽しみ。

嫌過ぎる。

確かに私はトラッキング(追跡術)は得意だが、首狩り族の真似事はしたくないのだ。





そして、ヴォルフガンクの息子たちは誰も彼も国家錬金術師に匹敵する戦闘能力を持つという。
彼等は皆、呼吸をするように敵を刈取る。

ヴォルフガンクの血族

長男のバレット・バートン 
次男のグラーゼ・バートン
三男のパトリック・バートン
四男のクルーガー・バートン
4人とも敵軍から異名が付くほどだ。
優秀だがどこか皆、奇矯な人格者ばかりで、問題行動を起こしているらしいが………。

最近では4男が北に異動となったらしい。
不祥事ばかりで、「頭を冷やしてこい」という異動らしいが。
多分、北壁の戦術の取得の為だと考えられる。


ああ、なんという物騒な家だ。


その中で一輪咲く紅い花。
天才的な国家錬金術師。
多くの人々に貢献する、まさしく大衆の為に生きる錬金術師。
13での最少年国家資格取得。
若干14で行なった戦場での活動は有名だ。


最も有名なのは、多くの発明を此処7年で行なったという、稀代の発明家としての面。

そして、戦後の市民の生活の為に自分の手元に入る私財を投げ打っているらしい。

彼女の研究によって、戦後、職を得ている兵士が多いのだ。

「出来すぎッス…………胡散くさ過ぎッス」

ぱきり、とクリスプスが袋詰めにされた製品に手を伸ばして食べていく。
芋のスライスを揚げた食べ物、ポテトチップスだ。
過去レストランでしかこの揚げたてのパリパリとした食感が得られないものだったが。
これも彼女の発明の一つらしく、ここ数年で食料店で普通に見かけるようになった。
ガス充填包装と呼ばれるものを発展させたものらしく、長期保存が可能という包装技術らしい。
資料には食品の空気中の酸素の影響による悪変防止研究という数年前発明、と書かれている。

「しかし、言われてみれば……って感じッス」

工業において使われていたゼラチンの食品加工剤の発明。
増粘安定剤と呼ばれる植物性の凝固剤の発明のお陰で果実の酸味が強いゼリーが食べられるようになったとも。




「確かに有名な人物ッスけど…」

パリパリと塩味が聞いたチップスを食べていく、油っぽさと炭水化物が嚥下した時に満足感が得られる。
清涼感があるサイダーと一緒に食べると格別だ。

「映画館では禁止になったッスけど……ラジオを聴きながら食べられるし手軽でなんかノンビリできるッスね…」

食べ終わったら余計な後片付けがいらないお菓子というだけでも便利だ。

モニカは食べ終わった袋から手を抜き、指に付いたチップスのカスを舐め取っていく。
袋をそのままベッドの下にあるゴミ箱に投げ入れる。


先ほどまで流行していた音楽をラジオが流すのを止め、連続ラジオドラマ「明日に撃て」が放送される。
元軍人のアウトローな男がアメストリスに蔓延る悪を討つ、という陳腐な話だが、これはこれで王道もので面白い。
旅のお供に小さな少女という、設定が多くの人たちに受けるのだ。
ハードな物語の展開に出てくる、木漏れ日のような癒し、それが良い。


寝そべりながらうつら、うつらとしながら聞いていく。

小腹が満たされて眠くなってくる。

まどろみの幸せ。

とても地味だが、怠惰を好む人間にとって、これほどの至福はない。

「…………ちょっとした幸せの調味料、そんな感じっスね……」

彼女の経歴は胡散臭いが、彼女の発明はそういう風なものばかり。
なら、彼女という人間の本質は多分そういうモノなのだろう、とモニカは思う。
激流の中に身を置く事でしか生きる意義を見出せない者達、例えばあの大佐のような志に対する熱を持つ者にとって
彼女の存在は空虚なものなのかもしれない。
食べてしまえば、その存在を忘れてしまう。



このからっぽになった袋のような空虚さ。

大佐殿も、優秀な同期も、彼女の人柄の表し方は、通りすがる景色のような表現だった。
彼らの良い人間、という言葉は、彼等にとっての彼女の位置を遠くに置いている。
自分たちとは決定的に交わらない存在、そんな言い方だ。

しかし。

「今まで怖い物から避けてきたけれど………」

ユーリック・バートンの写真を眺める。

どんな凶悪犯罪者の写真を見ても、ただの情報としての存在だ。
自分と関らない者に感情を感じはしない、だけれど

「ユーリック・バートン…………か」

どこまでも、ただ前を、目に映るものを見透かすような、眼球。
白黒の映像を留めたものだが彼女の目はこちらを見ている。


ただのカメラ目線でこちらを見ているように気がするだけだ。

だが、彼女の写真と目を合わせるのを何処か敬遠したい。

不安になる。

だが、それも出会えば、わかる。
どんな危険な人間かはっきりと。


彼女から感じる臭いはまるで、毒のような香りだ。

甘いけれど、有毒―――そんな感じだ。

ま、しばらくは護衛任務まで公休の先取りでしばらく休めるのだ。
しばらくはダラダラできると安心して眠る。

安心出来るというのは不安があるから出来るのだ。
彼女の不安は的確に当るだろう。
不安は不安な現実を引き寄せるものである。





閑話 怠惰な兵士と戦うアルケミスト 2話


パトリシアは今、自分の位置に大変満足していた。

パトリシア・クイーンロウ退役中尉は軍人ではなく、ユーリック個人の私兵として雇われることになった。
家族には軍を退役し、家庭に入ることを薦められていたが、それよりも良い生き方が自分には在ったのだ。
家族には一方的にバートン家の娘の護衛となる、と伝えたまま、それからは連絡はしていない。


ユーリック・バートン

ユーリ。

誰よりも誇り高い、我が主。
私が振るう力は彼女の為だけにあり、そして彼女によって振るわれる私という力はきっと、正しく在れる。
彼女の正義はパトリシアにとって何よりも美しい。
国益の為に戦うよりも、彼女の為に戦うほうがきっと楽しいのだ。
初めて出会った時から彼女を気にしていた、ずっと気にし続けていた。
気になるのなら傍にいたほうが良い、そんな理由だが、間違っていない気がする。

出会ったときのユーリックは夢を見ていてもおかしくない歳頃の少女だったが。


所帯じみて現実的な人間のようであるが、実のところ、自分が持つ理想と良心を体現するために生きているような少女。

戦場に立った時も、陰惨な現実を正面から見据えていた。
大きな殺し合いに悲哀を感じていたが、泣いたり逃げたりせず、常に瞳は現実に向かっていた。


困った人間を見ると必ず手を差し伸べる勇気と優しさに満ち溢れ、他者に対する慈しみと労わりの努力を忘れない。
多くの発明も自分の好き勝手と簡単に言うが、実際やってのけるのに、どれだけの努力が必要だったのだろうか。


全てを優しさではなく、好き勝手な独善と傲慢である、と彼女は謳うが、彼女の優しさは正しい形となって他者の労わりになる。



戦場で出会った国家錬金術師達は彼女のことを馬鹿にしていた。
兵士も彼女を馬鹿にしていた者もいるし、正面からお前に何が出来る、と言った人間もいる。
正面から陰口をたたかれても、気にせず、いつも行動をしていた。

そして戦場で一番細い肩を揺らしながら、いつも言う。

「行きましょう、錬金術師の私なら役に立てます」


「危険です」


錬金術師としての力が無くても、多分、彼女なら行くだろう、そう感じた。
ただの14の少女という事実を錬金術師だから、という建前と嘘のような理由を着けて行くのだ。

彼女が最前線の補給に赴こうとした時は全力で止めた。

「ちょっと危ないかも知れないですね………えーと、だから、護衛よろしくお願いします」

お願いします、と私に頭を下げながら頼む少女。

すまなそうに私に言い、本当に危なくなったら私を見捨ててもいいですから、でもあんまり見捨てないでください、と笑う。

「はぁ……死んだらどうするんですか」

「死ぬつもりで行くわけではありません」

「危険な場所ですよ、安全なんかありませんよ」

「私は役に立てればいいんです、私は敵となった人を………でも出来ることが沢山あるかも知れません。
そこには危険とか安全とか関係ないと思うんです、やれることがあるなら、やった方が良いと感じるから、行きたいんです」

揺るがない意思



気高く、自らの誇りの為に行く少女。


「それに錬金術で弾薬の補給、塹壕の作成、医療設備の作成、とか色々出来ます……きっと向こうの人々にとってお得ですよ」

「食料は?」

「美味しくない栄養元と水なら可能だと思います…………」


現実的な意見を述べて微笑む。

命を掛けた決断をする時にはいつも微笑むのだ。
それは、どこかで自分の命を突き放した本当の戦士の笑顔だ。

いっつも、その笑顔に負けてしまい、ついつい我侭を聞いてしまう。
芋などこの少女の前では引いたりはできないと思ってしまう。


「それでも凄く役に立つと思います……ユーリック殿」

「…………おっけーですか?」

「しょうがない人ですね……貴方は」

「うん、付き合ってくれてありがとうございます」



そして彼女は錬金術という魔法で多くの人の役に立った。

兵器としてではなく、魔法使いとして戦場に行くのだ。

彼女を目にした人間達は彼女を兵器としてではなく、小さな魔法使いとして扱った。

兵達は彼女を愛していた。

彼女の前で皆は格好を付けるために弱音を吐かず、不満を言わないようになった。

彼等は彼女を旗本として勇敢になる。

正しく兵として在る為に。


ユーリック・バートンという混沌の中に生まれる秩序。



まさに英雄だったのだ。


彼女の近くに居た兵士達の中、今でも彼女に危険が及んだとしたら、すぐに駆けつける者は多いだろう。








彼女が物語のような姫君であったなら、と夢想をしてしまうのだ。

きっと生まれてくる世界を間違えたに違いない、そんな人間。

しかし、彼女は誰よりも無防備な人間のように見える。
本気で着飾れば誰もが振り向くような美しい人間のクセに、初めて出会う人間と全て信用と信頼から関係を始めようとするのだ。

人から欲望の眼差しで見られようが、知ったことはない、と言うように自分のやりたいことをやる。


どこまでも、やりたいから、やっている、そんな風に他人を助ける。




荒んだ場所に居る人間の心は荒む。
過去、彼女を性欲を伴った眼差しで見て、彼女の寝込みに暴力を振るおうとした兵士も中にはいたのだ。
勿論、容赦なく、こちらも暴力で返礼してやった。

そんなことがあって彼女には傍に居て守る人間が必要だ、そう思った。
だからこそ、友としてではなく、守護者として在る為に雇われることにした。



だが





「で………御嬢さま………何か言う事がありますか?」

「………パティ、その変な呼び方やめてください」


彼女は靴に付いた血を嫌そうにしながらハンカチで拭いていく。
人を蹴ったせいで着いた血だ。

話は簡単だ。

まずは東部からあの大佐殿の、まずはとにかく此方に来てくれたまえ、という連絡が入りアメストリス東部に向かった訳だが

折角だから美味しいもの食べましょう、と色々豪華に食べ歩いた。

ユーリックは元々異常に食い意地が張った少女であった、しかしあの一件から、食い意地の他に腹の虫が鳴きやすくなったらしく
非常に飲み食いが激しくなったのだ。



豚になりますよ、と言えば、身体が栄養を求めている、と止めない。

「うまうま」



まるで成長期の子供みたいに暇があれば何かを食べている子になったユーリック。
本当に成長期のように、ここ数週間足らずでありながら一気に身体の作りが変わって行くような気がする。

14の頃から殆ど変わらない少女の姿から変貌を始めているようだ。

胸もさらに大きくなり。
背も伸び始め。身体がギシギシと痛い、と成長痛さえも起こしているしい。

いくら食べてもお腹がすぐ空くらしい。

見ていて面白かったが、すぐに路銀がなくなり始めた。



だから、銀行でお金を引き出しに彼女と共に東部に着いてすぐに銀行に向かったのだが。


「貴女の護衛として雇われているわけなんですが、なんで貴女はそう、危険に対して猪のように突っ込むんですか?
貴女は馬鹿ですか!?死にますよ!?今回は良かったものを!」

私は怒る。


「いや……つい、でも森の狼のポリマーの高分子物質のフレームを参考にして作った私の新しい白衣は、すごいんですよ!?
なんと、アラミド繊維ですよ?銃で撃たれても、死にません!………ん?……撃たれた衝撃で死ぬ確率が……?
でもでも、白衣の内側にも幾層もグラファイトの元の(炭素)繊維を含ませた布も入っているので
錬成陣でモース硬度を六方晶ダイヤモンドぐらいにして防御も出来るし……最硬ですよ」

「いい訳はよろしいですか……」


この娘、生粋のトラブルメイカーなのかトラブルに出会い易いのか、向かった銀行先で銀行強盗に出会った。
そして、6人だ、6人もの銃で武装した強盗だ、動き方を見ると元々は軍人崩れだったのだろう強盗達。
それに臆することなく、銀行強盗として活動を始めた男達に対して
すぐさま喧嘩を売った。

ユーリ、大人しくして………とか言う前に鉄が入った靴のつま先で鮮やかな蹴り技を見せてくれたのだ。
まずは一人、相手の鼻先に正面蹴りだ。
見張り役目の一人で客達に銃を向けていた。
そいつが一番気に食わなかったのだろう、そいつは銃という凶器を人に向け脅して楽しんでいた男だった。
まるで地を縫うかのように俊敏に動き、飛び、蹴り上げ、蹴りはその男の鼻にめりこんだ。
見事な正中線を引いたような蹴りだった。
相手はその瞬間から行動不能となり、自分の顔を抑えて銀行の大理石の床で悲鳴を上げながら悶えることしか出来なくなった。

そして蹴りから着地した瞬間、片足の靴の裏に仕込んであったのだろう錬成陣を電光と共に起動させ、そのほか見張りに立っていた二人に対して床の大理石から飛び出す
丸い槍を作り、襲撃した。

流れるように、もう片足の錬成陣を起動。地面の床をカタパルト代わりのように勢いよく足の形に飛び立たせ、発射された弾丸のように
銀行窓口に銃を向けていた男達三人の下に飛んでいった。

一人には容赦ないラリアットだった。

そして着地し、相手をなぎ払い、全身に電光を纏い

どうやら、身に着けていた新しい白衣にも錬成陣が描かれていたらしく、その白衣も何かに変系させ鞭の様に相手の一人を打ち据えた。


アスベスト、怖いとか意味のわからないことを言いながら、最後の一人に銃を腰から引き抜き、向けて呟く

「12歳の女の子はね、私のようなお姉さんと明るい空の下で出かけるんです。一緒にお茶をして買物をして――――だから邪魔です。
貴方達のようなくだらない事をして、くだらない時間を私に提供する人間には容赦なくいきますよ?」

「お、お前、なんなんだ!」


あまりの瞬間的な制圧に男は混乱していた。
べつに、混乱したままでいいのだろう、ユーリックは胸を張り、正々堂々とこう言う。

「私の名はユーリック・バートン。世界最強の――――錬金術師だ。
貴方が先ほど言った言葉がありますね。弱肉強食と、ならば私が持つ最強に敗北してください。
私が信じる最強は、きっと貴方の弱肉強食の考えどおりに貴方を打ち砕く――最強だ」

森の狼と呼ばれる銃の銃口。
砂の狼と呼ばれる銃の銃口。

二つの銃口を男に向ける。


酷薄などこまでも冷たい殺意が宿る。
獲物を狩る狼の殺意。

銃口に狙われた男は心臓が止まるほどの恐怖を得ただろう。




「貴方、銃を抜きましたね、銃は人の手で振るわれる殺意の延長の為の兵器です。
銃口を向ける、という行為は、即ち人を殺す行為です、そして、醜いんです、怖いんです、いつ死ぬか分からないんですよ?
引き金の重さは4キロ程度です、たかだか4キロという労力で一発20センズの弾丸が人を貫いて、殺傷します。
しかも、未だに貴方の銃の銃弾はマッシュルーミングを起こす銃弾が使われています。
人の身体は水で出来ていると言っても過言ではありません、いいですか、腕や足でも至近距離で当たった衝撃で流体性静力学的ショックで即死するかも知れないんです。
わかりますか?………だから――――――銃を下ろせ」


「何を……言っている!?」

男はそれでもユーリックに銃を向けるのを止めない。
男の手は震えていた、そう、恐ろしいバケモノに出会って震える弱々しい人間となり。
弱肉強食を実感するのだ。


目の前の可憐な女性にはどうやっても、何をしても、勝てないと、実感する。

そうだろう。
私でも今のユーリック・バートンとは正面で戦うのは絶対に拒否したいのだ。
ここ最近では彼女の戦闘訓練に付き合っているが、あの絶大な殺意の篭もった瞳で見られていると、怖くてたまらないのだ。


かのヴォルフガンク少将以上の純粋なる闘争本能によって発揮される、冷たい瞳。
まだまだ全てが未熟だが、彼女から発せられる殺意は私が知る誰よりも恐ろしい。
クルーガーのような無機的な殺意ではなく、正真正銘の血の通った、熱血の殺意。


「馬鹿には馬鹿に対する馬鹿らしい行動を取りましょうか?―――――早撃ち勝負しますか?―――今流行の「明日に撃て」のように?」

ユーリックに銃口が男の足元を狙う。
だが、そんなことはさせない。
ユーリックの力はこんなくだらないことに使われるべきではないのだ。
彼女の力はあくまでも、彼女の大切なモノに振るわれるものだ。

その前に私はお得意の鉈で、相手の腕を軽く削り取った。
同時に手に持っていた銃口ごと銃を真っ二つに裁断する。

本当は私の異名どおり、粉【轢き】にしてやりたかったが、手加減してやった。


皮膚の一枚程度しかスライスしてないのに、男は悲鳴を上げて倒れ腕を押さえて床を這いずる。

「あ、パティ……ちょっとまた、うわぁ、血が…………あ、手加減しましたね、えらいです」

「ちょっとまた、なんですか?」

私は這いずる男を遠慮なく軍靴で踏み、暴走したユーリックを睨む。


「………お説教中だったのに、穏便に収めるために」

うわ、お腹と腕いたそー、と眼下の男を眺めながら言う。


その瞬間、人質になりかけた周囲の全員の人間が


「……………穏便?」


と呟く。


私の場合は貫通力が高い銃弾なのに、と腰に2丁を収める。
格好をつけクルクルと曲芸を見せ、どうだ、と私に言わんばかりに微笑む。


「格好が良いと穏便です……クールです」

「格好付けなくとも…………ていうかラジオに影響されすぎじゃないですか」

「「明日に撃て」カッコイイですよね?あんなカッコイイ感じで決めてみました」

「いや、どう考えても、ハードボイルドじゃないですよね、ユーリは」

「じゃあ、ハートフルです」

まぁ、心行くまで相手を恐怖させたと言えばそうだろう。

「ふふっ………ははははははははっ!」

ユーリックは笑う、自分の言ったことに自分で受けたのか知らないが、笑う。
あまりに様相に安全になって安堵する前に、彼女の様子に皆、ドン引きしたのか苦々しい顔をする。

一人の客が彼女に対して拍手を送りながら、愉快そうな笑いをはじめる。
すると皆、涙を浮かべるほど笑いはじめ、追随するかのように拍手を送る。

銀行員達は笑いながら、非常ベルを鳴らしはじめ、勇気がでたのか、倒れた男を荷造り用の紐で縛り始める。


「…………じゃあ、みなさんで金一封貰って分けましょう!少ないですけど、少し美味しいもの食べて―――お酒の一杯は飲めますよ!」

ユーリックは笑顔で声を上げる。



多くの人々が彼女の前に集い、笑う。


自分の立ち回りに声援を与えられて、恥ずかしいのだろう、ユーリックは、はにかんで微笑み。



ああ―――――なんという。






身体が震える。

総毛立つような震えだ。

身体が熱くなる。
燃えるのだ、猛るのだ、彼女を見ていると。




ユーリック・バートンは英雄になろうとしている。

戦う英雄に。

それはまさしく、私の夢。

国の為に戦う兵として戦ってきた。
そしてつい最近まで少女だった、彼女の父を理想の兵として仰ぎ、戦ってきた。

だが、ついに見つけた。

我が主、戦いの旗本。
そう、ついに守りたいものは、この手に強く在る。
私の生きる目的は―――守護。
守るものはこんなにも美しく、とても強い。
私は彼女の一振りの粗雑な鉈で良いのだ、きっとそれは楽しいのだ。
シルビアは言っていた、ユーリックの傍に居ると強くなれると。
ああ、そうだろう、彼女の傍に居れば、強くならざるおえないだろう。


流石だ、少将。

娘のことをよく分かってるらしい。

旅立つ前に彼は私に言った。

「ようやく、生まれた…………狼が、戦士が……中尉、いやパトリシア君、君は楽しくなるぞ。
あの娘は、何れ、最強となる。
そして、正しく、己の意志で戦うのだ。
まさにバートンだ。
そして勝ち続け、生きる強さがある。それこそが正しい戦士なのだ。
真に強く、真の戦いを行なえる者と傍に居られる君は―――――きっと生きるのが楽しいぞ」


ああ、楽しいです。

だから、彼女の傍に居たいのだ。
彼女と一緒に戦い守る。

これからもずっとずっと。

だが、その前に

わなわなと震え

「あのですね…………馬鹿ですか!」

私は叫んだ。

「ちょっとは自重しろ!馬鹿!」




最後に

だが、あの娘は本当に馬鹿だからな、狼の家に生まれた馬鹿だ。
馬鹿が馬鹿のまんま大きくなった。
シン国では麒麟と言う、伝説上の動物がいるのは知っているか?
そう、あれが馬鹿だ、よく覚えておいてくれ、パトリシア君。


とヴォルフガンク少将は言った。


だから


その前にお説教だ、馬鹿娘め。

彼女の馬鹿を叩いていたのは彼女の両親の役目だったが、これからは私の役目だ。
あのクルーガー以上に彼女は馬鹿なのだ。


彼女は全てと戦う者。
出会う全てを大切にするが故に、真剣に全てとぶつかる。

好戦的と言っても良い。


だから守ってあげないと。


パトリシアは自分が持つ最高の笑顔でユーリックを引っ叩く。
なに、この娘は丈夫だ。

遠慮なく叩いてやる。
指先でドカンと一発だ。


「いったー!」

最後に倒れたのはユーリックだった。

額を抑えて倒れ、悶える。

「体罰反対です、しかも頭脳プレイする私の頭を………」

「はぁ……………頭脳プレイとかどの口でほざくんですか、ユーリ」


よっぽど痛いデコピンだったらしく、ほろり、とユーリックは泣き出す。

その情けない様子に人々は笑う。


「はっ………だから直接教え込んであげてるんです、ハラハラさせられたお返しです」

「…………1分程度のハラハラで?これですか?」

「貴方…………馬鹿ですか」

「痛い!」

取りあえず後先考えず突っ込むことを禁止しないと危険だ。
そう思い、いろんな人々が居る前でお説教を開始する。

なに、どうせ直らないが。


私に真っ先に声を掛けないのが腹が立ったのが大部分の怒りだ。


あの時に大声で私の名を呼んでから走りだしていたら、こうも怒りはしない。
彼女はいつも決定的なところで一人で戦ってしまう。

そこが腹が立つ。

しかし、なんだ………この娘、何故男として生まれなかった。

男として生まれていれば、至高であったのに、何故だ。
彼女が彼であれば、彼をリーダーとして、このアメストリスの一個や二個、奪い取ってやるというのに。


ま、逆に女でよかったかもしれない。

この前聞いた話だが……この娘、あの東部の焔と同じ階級だという。
20で大佐だ、本当に男であったらなら、と考えると末恐ろしい存在だ。


こんなに可愛いくせに、特大の爆弾娘だ。

地雷のような女とはよく言うが、多分その類だ。
女にはモテるようだが、男に決定的な所でモテないのはこういうところにあるのだろう。
女は男にないスリルを彼女に求め、男はその爆弾のデカさにびびるだろう。


東部の大佐殿も及び腰だった。

彼女は男性が苦手というが、男が彼女を苦手とする。
普通の男であったなら、避けたいところだろう。



1分で6人もの銃で武装した人間を制圧できる怪物など貰いたくもないだろう。


バートンに嫁いだ親戚を思い出す。
あの人も爆弾だったなぁと。


「ちょっとパトリシアっ!どこ触るんですか!」

「躾です、ちゃんと上下を弁えてお腹を触られなさい」


「人が見てます!お嫁に行けなくなります」


「行く気あるんですかぁええ?」

「ひゃん」

「お、感じてます、感じてます、成長してますねー」

「おい、触るな、この変態」

「身体は正直ですねー」



親戚を思い出し、ついでに嫁ぎ先をクルーガーにされた苦々しい記憶を打ち消すように
私は自分の潤いの為に今日もまた、彼女に悪戯を行なう。









その光景の一部始終を見ていた一人の女性が言う。


「…………軍人やめようッスかね、これからを考えると心が折れるッス」

一人笑えなかったモニカは溜息を吐きながら、真剣にこれからの未来を憂う。
危険すぎる、こんなの護衛していたら、毎日が絶体絶命だ。

まぁでも。


「「明日に撃て」……はカッコイイッスね」



















あとがき

ありがち覚醒型主人公です。

そして熱血ヒーロー型

平凡に秘められた力……とかありがちです。


ちなみにアスベスト発言はユーリックが炭素から錬成したカーボンナノチューブの鞭から来ています。
馬鹿、麒麟はあの名作十二国記のオマージュネタ。
ユーリの白衣はまるでウフコック。
固ゆで、雛料理、程にはなりませんが、それなりに便利です。
アニマとアニムスの対比と統合による全能力向上の一端です。

現代人の男の記憶を完全に受け継いだ存在であり、男が忘れていて思い出せない記憶も引き出して使えるようになりました。
多分世界まるみえとかトレビアとか雑学系の知識も完全であり、正しく転生系の強みを発揮します。


現在遅い成長期に入りました。



これもありがち。



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