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[10059] ハルケギニアの舞台劇(3章・最終章)  【完結】 
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/12/04 20:19
  前書き

 このSSはチラシの裏掲示板にあったものを移したものです。以下の内容が受け付けないと言う方は遠慮したほうがいい内容となっています。

 ・ゼロ魔世界でオリジナルキャラが主人公の「オリ主最凶もの」(誤字ではありません)です。
  
 ・原作のキャラクターの性格が大きく変わっている場合があります。

 ・一部原作キャラに厳しく当たっている表現があります。

 ・独自設定、独自解釈が多いです。特に4章からが目立ちます

 ・残虐・流血・悪逆表現があります(主人公がやります)。


 このSSは私の処女作なので。至らないところは多いと思いますが、楽しんで読んでいただければ幸いです。

 10/1 1章、2章は別置きしました。それでも重い、という意見があれば3章も別置きします。

 10/13 タイトルから旧題をとりました。残した方がいい、という意見があれば、また変えます。

 10/25 小ネタ集 その2とオリキャラ辞典を分けました。

11/29 小ネタ、設定を別置きしました。

 1章・2章のURL 
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=12372&n=0&count=1

 外伝、設定、小ネタのURL
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=14347&n=0&count=1



[10059] 第三章 史劇「虚無の使い魔」  第一話  平賀才人
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:55
三章から他者の視点が多くなります。

 これまでとはやや異なる書き方となりますが、当初からの予定だったので御了承ください。




 時はブリミル歴6242年のフェオの月(4月)。


場所はトリステイン魔法学院。


 今ここで学院の2年生候補が進級試験として“春の使い魔召喚”の儀式を行っている。


 俺、ハインツ・ギュスター・ヴァランスは現在それを密かに観覧しているのであった。






第一話    平賀才人







 ただっぴろい草原で召喚の儀式は行われ、俺は“不可視のマント”で姿を隠しながらその風景を眺めている。


 この学院は既に大半を掌握しているので、経営者の一人として公式に見学することもできたが手続きが面倒だしその他もろもろの理由からこの方法にした。



 それぞれの生徒は様々な使い魔を召喚している。


 フクロウ、蛇、カラス、猫、バグベアー、スキュラ、バジリスク、マンティコア、ジャイアントモールなどなど。


 ポイントが高そうなのはキュルケのサラマンダーとシャルロットの風竜か、流石に二人共トライアングルだけにそれ相応の使い魔を召喚したようだ。


 ちなみにキュルケはゲルマニア出身の留学生でフルネームをキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーという。


 シャルロットにとって唯一友人と呼べる存在で、半年以上前俺がトリステイン首都トリスタニアの北花壇騎士団支部で仕事を終えて街に出た際、買い物をしている二人に出会った。


 その時に俺がシャルロットの従兄妹で学費を出したりしてることやその他様々のことをしゃべり、今後ともシャルロットのことをお願いしますと頼んでおいた。


 このことをイザベラに話したら我がことのように喜んでいたのはよく覚えている。



 フォン・ツェルプストーは数多くの軍人を輩出した家であり、血統ではなく実力を持って侯爵となった戦国大名さながらの家であり、皇帝との姻戚関係がないので公爵ではないがゲルマニアでも屈指の領土と軍事力を誇り、並の公爵より余程実権を持っている。

 そしてトリステイン最大の封建貴族であるラ・ヴァリエールとは代々仇敵であり、国境を挟んで互いの領土を接しており二百年間近く戦争のたびに殺し合い、殺し合いの果てに散った一族の数は互いに数しれず。


 つまり、この史劇の主役であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとは因縁がある存在で、その彼女がシャルロットの友人なのだ。別に俺が仕込んだわけでもないのに既に運命の歯車は噛み合っているようである。



 と、そんなことを考えていると、ルイズの番が来たようだ。




「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。我に従いし使い魔を、ここに召喚せよ!」






 そしてある少年が召喚される。








 召喚された少年は年齢およそ16か17ぐらい、黒い髪を持ちその身長は170サントを超える程度。



 平賀才人(ひらがさいと)。17歳、高校2年生。

 運動神経は普通。興味があることには打ち込むタイプだが、成績は並の並。

 彼女いない暦=実年齢。賞罰はとりあえず皆勤賞のみ。

 担任教師曰く、『負けず嫌いで、義理堅くて、好奇心旺盛で。時々うっかりするのさえ無ければいい奴なんだが』。

 母親曰く、『もうちょっと先のことも考えなさい。そんなとこばっかりお父さんに似なくていいから』。

 まあつまり、頭より先に体が動く、よく言えば行動的な性格。



 これは後に彼自身の話で明らかになったプロフィールであり、要は日本に住む普通の少年だったということだ。


 俺のように生まれついての異常者というわけではないようで、俺と同じ日本人というのは“ある理由”から予想はしていたので驚きはない。


 これなら以前から用意していた“仕込み”は上手く機能しそうではある。




 俺は彼との邂逅のための準備をする為にその場を離れ、上空で待機してもらっていたランドローバルに乗りトリスタニアに向かった。











■■■   side:才人   ■■■



 「はあ、ったく、なんでこんなことになったんだろ・・・」


 現在は夜、俺は見知らぬ建物の中を歩いている。


 今日の朝まではいつも通りの毎日だったはずだ、しかしあの鏡のようなものをくぐってからとんでもないことになってしまった。


 気付くといきなりファンタジー世界に放り出され、わけもわからないまま使い魔とやらにさせられ、あっというまに夜になってしまった。


 「しかも月がでけえ上、二つもあるし」


 これが決め手だった、それまでは映画の撮影だとか外国のどっかだとか色々いい訳を考えていたが、こんなものを見せられては流石に納得するしかなかった。


 「しばらく帰れねえんだろうな」


 ここは地球とは全く違う異世界であり、俺の『ゴシュジンサマ』らしいルイズの言葉によれば地球なんて見たことも聞いたこともないらしく、しかも召喚する魔法はあっても返す魔法は存在しないらしい。


 とりあえず俺が異世界から来たということは信じてもらえたようだが帰してもらえないんじゃ意味が無い、しかもなにかにつけて平民、平民と怒鳴ってくる。


 全く、顔はかわいいんだがその他が全部最悪だ、胸もないし。その上“使い魔”としての仕事を押し付けようとするし。


 俺もこの世界じゃ生きる術はないしルイズに頼るしか方法は無い。


 ただで部屋に住ませてもらう以上、掃除、洗濯、雑用を俺がやるべきという理屈はわかるが、もう少し言い方ってものがあると思う。


 「つーかルイズが俺を勝手に呼んだんだろ!」って俺が言ったら。

「あんたが召喚ゲートをくぐらなきゃよかったじゃない! そうしたら私ももっと良い使い魔を呼べたはずよ!」って返されたし。



 「しゃあねえ、ぐだぐだ言ってても仕方ねえし、ここは気分を切り替えるか」


 帰る方法は皆目見当もつかんし、ルイズとの会話から考えると別の世界の存在なんて誰も信じてくれそうにない。

 ここから逃げても何にもならないし、じたばたしても始まらない。

 この世界には身よりも無いからルイズという生意気な女の子しか頼れる人間がいない、とりあえずはあいつの“使い魔”としてやっていくしか道はなさそうだ。



 「あーあ、勢いで飛びだしてきちまったからなあ、しばらく戻れねえ」


 ルイズが着替えるためにいきなり俺の前で服を脱ぎだして、しかも下着とかを洗っとけとか言って放り投げてきた。

男以前に人間として扱われてすらいないのにムカついて、勢いで飛びだしてしまったのだがすぐに戻るのも格好悪い。


 「ま、どーせやることもないし、しばらくその辺見て回るか」


 そう結論付けて俺はこの建物の散策を開始した。









 しかしまあ、気持を切り換えて見てみると実に面白そうなもので溢れている。


 中世のお城のような建物で、そこら辺にある品も現代の日本にはなさそうなものばっかりで見るモノ全てが新鮮だ。


 そんな風に周りを見てばっかだったから前方に一切注意を払っておらず、俺はある人物とぶつかった。


「わっ!」

 正面衝突だった。


 「あっ…わりぃ、大丈夫か?」


 前を見てなかった俺が悪いので謝るが、よく考えるとなぜ相手は避けなかったのか?


 その答えはすぐ分かった。


 目の前には少女がいた、蒼い髪で背丈はルイズよりさらに小さい。140センチあるかないかぐらいか。

 昼間のルイズと同じく、黒いマントの下にはブラウスとブリーツスカートを着ている。


 間違いなくここの生徒なんだろうが開いた本が落ちている。多分本を読みながら歩いてたんだろう。


 「・・・」


 俺にぶつかられたのにその少女は一切動きが無く無表情、まるで人形でも見ているようだ。


 とりあえず本を拾って渡してやろうと思って手を伸ばしたが、そのタイトルを見て俺は愕然とした。


 “白雪姫”


 それは日本語で間違いなくそう書かれている絵本だった。


 「白雪姫! な、何でこんなもんが!!」


 俺は驚いて叫び声を上げた。



 すると、少女が不思議そうな表情でこっちを見てきて、やがて告げた。


 「貴方・・・・・ニホンジン?」


 「に、日本人って、なんで知ってるんだ!」


 思わず怒鳴る。


 「・・・・・ついてきて」


 といって少女は歩きだす。


 「ちょ、おい、待てって!」


 意外と足が速いので俺は必死について行った。










■■■   side:シャルロット   ■■■



 「少し待ってて」


 私は彼にそう言い残して自分の部屋に入る。


 私の部屋には本が多いが今それはどうでもいい、部屋の奥からあるものを取り出す。


 これは“デンワ”といって遠くにいる人間と話すためのマジックアイテムで、副団長からフェンサーの十二位以内の者達に支給されている。

 本来ならフェンサー全員に支給したいそうだが1万エキューもするので流石にそういうわけにはいかないらしい。


 他にも“魔銃”や“ヒュドラ”といった新型のマジックアイテムがフェンサーには支給されている。どうやら実戦における有用性を測る意味合いもあるらしい。


 もっともこういったことは全部ハインツに聞いただけなので自分で確認したわけではない。だけど、あの人はこれまで私に一切嘘をつくことがなかった、どんなことでも聞けば事実を答えてくれる。


 だから父様をあの男が殺したというのも間違いない。しかしあの男を守る近衛騎士団長がハインツであり、母様の症状を治すために尽力してくれたのもハインツ。私の学費を出してくれてるのも、私に本格的な戦い方を教えてくれたのもハインツ。


 それに、私の従姉妹であるイザベラが本当は私の為に様々な援助をしてくれているということも教えてくれた。もっとも、「俺がバラしたことはイザベラには絶対に内緒な」と言ってたけど。



 だから私にとってはとても不思議な存在、恩人であり上司であり従兄妹であり仇の前に立ちはだかる敵でもある。


 私はハインツに感謝すればいいのか敵意をむければいいのか良く分からない。


 今の私では絶対に勝てない相手なのは間違いないが、何年たってもハインツには勝てない気がする。


 こんな弱気な考えを持つこと自体、私がハインツと戦いたくないと思っている証拠なのかもしれない。




 そんなことを考えながら私は“デンワ”を使用する。

 周りに人がいると人形に話しかける変人にしか見えないのであの男の子には外で待ってもらっている。



 私の母様はもう人形に話しかけることはない。人形を私とは思っているけどその“シャルロット”はいつも静かに眠っているようで、起こさないように母様はいつも見守っている。

 私は“王政府の使いで良く来る子”となっていて、「シャルロットのお友達になってあげてください」と言われたときは嬉しいのか悲しいかよく分からなかった。


 その私が今人形に話しかけているというのも何だか変な話だ。


 「こちらは北花壇騎士団フェンサー第七位タバサ、本部、応答願います」


 決められた台詞を言う。


 しばらくして声が返ってくる。


 「おう、タバサっちだな! いやー、やっぱ女の子を取り次ぐ方がいいよなあ、むさいおっさんを取り次いでもいいことねえし耳の毒だし。で、今日は何のようよ!」


 何で本部にはこういう人しかいないのか?


 全員ハインツが採用したらしいが人事をあの人に一任するのは正直どうかと思う。



 「副団長のロキに報告がある」


 「副団長にか、まあお前さんからならそれぐらいしかないか、OK、ちょっと待ってな」


 そしてしばし沈黙。


 この“デンワ”は本来話したい人と対になっている必要があり、複数の人と繋げるわけではない。


 しかし、“ルーン”を刻まれた平民、通称“ルーンマスター”がその間に入ることでその問題は克服される。


 このルーンを平民に刻んでメイジとは異なる能力を発現させるのもガリアの新技術で、北花壇騎士団で実験的に行われている。


 このルーンマスター達は既にフェンサーの4割近くに達しており、三位、四位、五位はそれぞれ“魔銃使い”、“蟲使い”、“人形使い”と呼ばれ別格の存在とされている。


 私は彼らに会ったことはないが七位である私より強いのは間違いなく、ハインツはその上の二位、道はまだまだ遠い。最も十二位から六位の間には力の差はなく、五位と四位と三位にも力の差はないそうで、単に能力の違いがあるだけらしい。


 ただし二位だけは別、北花壇騎士団最強にして最恐にして最狂にして最凶とされている。


 本部の“参謀”の人達はほぼ全員が平民らしいので皆ルーンマスターであり、そのうち“解析操作系”のルーンを刻まれた者達は通称“テレパスメイジ”と呼ばれ、彼らを通すことで“デンワ”を持つ人物なら誰とでも会話することが可能となる。



 本来こういったことをフェンサーは知らされないが、十二位~三位は別で、私はハインツと個人的な接点があるから一番詳しい方だと思う。



 「繋がったぜ嬢ちゃん! あと十秒待ってな!」


 本部の人から応答がくる、確かこの人の任務名は“レイス”だったかな。


 「感謝する、レイス」


 「おお! 俺の名前を覚えててくれたか! 感激だねえ」


 そしてハインツに切り替わる。



 「シャルロットか、お前から連絡が来るとは珍しいな」


 「私はシャルロットじゃない」


 この人は未だに私をシャルロットと呼ぶ。


 「すまない、悪かったなゴンザレス」



 「・・・・・」


 「待て待て! 切ろうとするな!」


 なぜ解ったのだろう?


 「冗談を言ってるようなら切るから」


 「ったく、こんなの軽いジョークだろうが、そんなんだからいつまで経っても背が伸びないし胸も小さいんだぞ」


 この人を恩人と思った自分が情けない。



 「用件だけ言う」


 「何だ?」


 「貴方が作った暗号を解読できる人がいた。しかし間違いなく北花壇騎士団の関係者じゃない、多分以前貴方が言っていた“来訪者”だと思う」


 副団長ハインツが本部の“参謀”やフェンサーの幹部のために作った暗号、通称“ニホンゴ”、ハルケギニアの文法とは全く違う様式であり、覚えるのにはかなり苦労した。

 その訓練用の絵本を私は読んでいたのだが、あの男の子はそれを一目で看破した。


 「ほほう、なるほどなあ、予想よりずっと早かったな。いやいや、これも運命の導きというやつかな?」


 「言ってることが意味不明」


 「こっちの話だ。それで、その人物の特徴は?」


 彼の特徴。


 「男性、年齢は多分16から17くらい。身長は170サント程度、珍しい黒髪、体格は中肉中背、見慣れない服を着ている」


 「そうか、その人物はどこにいる?」


 「部屋の前で待ってもらっている」


 少し待たせ過ぎているかもしれないけど。


 「そうか、俺は今トリスタニアのブルドンネ街にある“光の翼”という宿屋の二階にいる。そいつをここに連れて来ることができるか? 無理ならランドローバルで迎えにいくが」


 私が召喚した使い魔は風韻竜、彼を連れていくのはできる。


 「できる」


 「そっか、じゃあ頼んだ、宿屋の亭主にはフェンサーカードを見せればいい、ここもメッセンジャーが経営する店だからな」


 「了解」


 そして彼との通信を終える。




 ふと窓を見ると。


 「御主人さま? 頭は大丈夫なのね?」


 人間ではない竜にとても憐みの目で見られていた。



 つかつかつか。


 ガチャ。


 ボクッ! ボクッ! ボクッ!



 「痛い! 痛い! 何で叩くのね!」


 「黙れ」


 「ひいっ」


 やるときは徹底的に、二度と逆らう気が起きないように容赦なく、ありとあらゆる手段を使え、倫理など犬に食わせてしまえ。


 ハインツの教えが頭によぎる。



 「後でじっくり教育、じゃなくて説明するから、その時まで今のことは忘れなさい」


 「りょ、了解なのね・・・」


 「それとこれから私ともう一人をトリスタニアまで運んで欲しい、その間、話すことは禁止、いい?」


 「はい、異論はございませんなのね」



 私は男の子を呼びに行く。


 「お、なんか誰かと話してたけど、一体誰なんだ?」


 「貴方に会わせたい人がいる、ついてきて」


 「え、何の事だよおい、説明してくれよ。って、うわあ!」

 私は彼に『レビテーション』をかけて運ぶ。


 「おい、何なんだよ! 一体俺をどうする気だ!」


 「貴方に会わせたい人がいる」


 「だからそれは誰なんだよ!」


 私は使い魔に乗りながら答える、そう言えばこの子の名前をまだ決めてなかった、かわいい名前を付けてあげよう。


 「私の従兄妹で上司で敵で恩人・・・ではない人」


 「どういうことだよそれ」


 「変な人」


 「余計分からねえよ!」


 しかし、あの人を示す的確な表現が私には分からない。


 「・・・・・これまでに何百人もの人間を殺してる人で、謀略に長けてて、暗殺や粛清ならば右に出る者はいないと言われている。確か渾名は・・・“悪魔公”、“闇の処刑人”、“死神”、“毒殺”、あと他多数」


 とりあえずハインツのことで私が知ってることを挙げてみる。


 「ちょっと待て! そんな物騒な人の所へ俺は連れて行かれるのか!!」


 「女子供は殺さない」


 そういう話は聞かないし、ハインツの性格上やりそうにない。


 「男はどうなんだ!」


 「彼の気分次第」


 ハインツは全部自分の考えで殺すかどうかを決める人だ。


 「絶対嫌だ! 帰してくれ!!」


 「お願い」


 「お願いって、強制連行じゃねえか!」


 「お願い」


 「いや、だからさ」


 「お願い」


 「俺の話を」


 「お願い」


 「だか」


 「お願い」


「いや」


「お願い」


 「・・・」


 「お願い」


 「ええもう! 分かったよ! とりあえず降ろしてくれ!」


 「ありがとう」


 一応お礼を言っておく。


今のはハインツ直伝の交渉術で、本来は“スキルニル”を用いて一日ごとに嘆願する自分を増やしていくらしいが、同じ嘆願を延々と繰り返すことでも相応の効果がある。


 「はあ、ってここ竜の上!」


 今まで気付いてなかったみたい。


 「私の使い魔、名前は・・・」


 私は考える、こういうときは最初に直感で浮かんだ名前がいい。


 「シルフィード、“風の妖精”という意味」


 「へえ」


 もうこの子に興味津々みたい、とても切り替えが早い。


 「貴方の名前は?」


 「俺? 俺は平賀才人だけど」


 「ヒラガサイト?」


 ハインツが前に言っていた“ニホンジン”の名前の特徴と同じ。


 「ああ、才人が名前で平賀が苗字だ、ってこっちの人に分かるのかな?」


 「分かる」


 「そ、そうか」


 微妙な沈黙、何か変なこと言ったかな?


 「それで、君の名前は?」


 「私?」


 「ああ、俺だけ知らないのも変だろ」


 それはそうだ。


 「私は・・・」


 ふとハインツの顔が頭に浮かぶ、少しくらい驚かせてやりたいと思う。

 それに、“来訪者”のこの人はガリアはおろかこの世界とは全く関わりがないはず。


 「私はシャルロット。これから会う人の前ではそう呼んで、それ以外ではタバサと呼んで」


 「シャルロット? タバサ? 何でまたそんなことを?」


 「お願い」


 「いや、だから理由を」


 「お願い」


 「あの」


 「お願い」


 「・・・」


 「お願い」


 「分かりました」


 「ありがとう」


 これでハインツを驚かせることができるはず、そう思うと自然に笑顔になる。




 「・・・・・」


 「どうしたの?」


 サイトが黙り込んでいる。


 「い、いや! 何でもないから!」


 「?」


 まあいい。



 シルフィードの飛行速度は速く、魔法学院からトリスタニアまでそれほど時間はかからないだろう。


 私はそれまでの時間をハインツがどんな反応をするだろうか考えながら過ごしていた。














■■■   side:ハインツ   ■■■



 「ふむ、しかしこれほど早いとはな」


 シャルロットとの通信を終えた俺は少し考える。


 陛下が“天空の城○ピュタ”などに興味もったことをヒントに、北花壇騎士団の暗号用に日本語を使用することを思いついた。


 ハルケギニア語とは基本から異なるので生粋のハルケギニア人にはわけが分からない謎の言語になる。


 それをたった一月でマスターしたあの悪魔はもう人間とは別物と考えることにして、“参謀”の連中が解読できるようになるまでに一年、シャルロットは半年で、イザベラは三か月。


“参謀”はそういう分野の専門家といえる連中だがそれでもかなりの時間がかかった。


 それでシャルロットがいくつか教材用の日本語の絵本を持っていたわけで、(製作俺、我ながら渾身の出来)それを才人君が見かければきっかけになると思っていたが、まさか召喚された当日になるとは思わなかった。


 ちなみに召喚される人間が日本人だと推測したのは、このトリステインにあるタルブ村に“場違いな工芸品”の一つであるゼロ戦が残されており、そこに太平洋戦争時代の日本人の墓があるからだ。


 その墓には。


≪海軍少尉佐々木武雄、異界二眠ル≫


 と書かれており、しかもその子孫にあたる子がメイドとしてトリステイン魔法学院に勤めている。


 これもまた“物語”の布石に違いなく、そう考えると召喚されるのは日本人の可能性が最も濃厚になる。


 とまあ、そう予測していたのだがピッタリ当たったようだ。


 「さて、それじゃあ才人君にこの世界を説明するための準備でもするか」


 名前は平賀才人で間違いない、ルイズに召喚された時に確かにそう言っていた。



 俺はハルケギニア地図やその他の品を準備しながら彼を待つことにした。










 そしておよそ1時間後。


 「ハインツ、連れてきた」


 シャルロットの声が聞こえてきた。


 シャルロットが召喚したのは風韻竜だとランドローバルが念話で知らせてくれて、今はランドローバルが使い魔の先輩として使い魔の心構えや主人との接し方をその風韻竜に教えているみたいだ。


 「おう、今開ける」


 俺は『念力』で扉を開ける。


 「連れてきてくれてありがとな」


 「別に」


 普段通りの返答、シャルロットの返事はいつもこんな感じだ。


 そしてその背後に平賀才人君がいる、左手にガンダールヴのルーンがあるので間違いない。



 「やあ、初めまして、俺はハインツ・ギュスター・ヴァランスだ。気軽にハインツと呼んでくれ」


 多分彼は俺の姓など覚えないだろうからあえて本名を名乗る俺。


 「は、はい! 初めまして! それがしは平賀才人と申します!」


 それがし?


 随分妙な言葉遣いだ、彼は多分平成の人間だと思うのだが。



 「なんか緊張してるみたいだけど、そんなに畏まらなくていいから」


 「は、はい! 恐悦至極であるます!」


 軍人のように答える才人君、しかも言葉がおかしい。



 何か妙だ、緊張してるというより怯えていように見える。


 しかも隣にいるシャルロットが無表情のようでどことなく笑っているような・・・


 「なあ才人君、君はこいつから俺のことをなんて説明されたんだ?」


 「そ、それは、やくざの親分のような人でとても恐ろしい方だとシャルロットは申しておりました」



 「いやまあ、そりゃ間違いじゃないが随分穿った意見だなそりゃ、って、シャルロットお!?」


 思わず叫ぶ、まさこいつが本名を伝えるとは、いや、俺が言えることじゃないが。



 「は、はい」

 「ふふ」


 恐縮する才人君と微笑むシャルロット、実に対照的だ。


 となるとこいつ、わざとだな。


 「才人君、こいつの言ったことは話し半分にしておいた方がいい、どうやら俺を驚かすためにあることないこと吹き込んだみたいだから」


 シャルロットに目くばせしながら言う。

 本当は全部あることなんだろうがそうでもしないと才人君との会話が続かない。


 「あ、なんだ、そうだったんですか、“死神”とか“悪魔”とか言ってたから一体どんな怖い人なのかとびびってました」

 一体どこまで教えたんだかこいつは。



 「まあそこは置いといて、君は呼ばれた理由を知りたいだろうがまずは俺の話を聞いてくれ、そうすればここに呼ばれた理由も分かるだろうから」


 「はあ」

 納得以前にまだ現在の状況がよく分かってない感じだ。



 「単刀直入に言うとだ、俺は元日本人だ」


 「・・・」

 沈黙する才人、めんどいので君ははずす。
 


 「ええええええ!!」

 再起動。


 「正確に言うと転生ってやつかな。ほら、ゲームでも漫画でも前世の記憶を持ったまま生まれ変わるやつとか、古代の英雄の生まれ変わりとかで記憶と技を継承してるとかあるじゃん、あんな感じ」


 「ああ、よくある古代の紋章とかが代々受け継がれてきて、それを継承するとご先祖様の記憶が流れ込んでくるとかいうあれですか」


 なかなか飲み込みがいいな。


 「そんな感じ、俺にとって地球の記憶はそんなもんだな。俺の前世は確かに地球で生まれて地球で死んだんだが、どういうわけかその記憶を持ったままこの世界に転生したってわけだ、はっはっは」

 笑う俺、ここだけは原因がさっぱりわからない。


 「この世界って、このファンタジー世界ですよね?」


 「ああ、地球とは違って魔法があり、エルフがいて、オークがいて、竜がいて、ペガサスがいて、ユニコーンがいる世界だ。とはいえ地球と全く無関係というわけでもない」


 俺は才人にハルケギニアの地図を見せる。


 「これが俺達の世界ハルケギニアの地図だ。ここが今いるトリステイン、北東にゲルマニア、南東にガリア、さらに南にロマリア。そして島国のアルビオン、これらをまとめてハルケギニアと呼んで、その東はエルフが住むサハラ、そしてそのさらに東は東方(ロバ・アル・カリイエ)と呼んで一くくりにされてる」


 それぞれの場所を指しながら説明する。


 「さて、この形と国家名を聞いて何か思い当たることはないか?」


 「これって、ヨーロッパに似てません? あと、ゲルマニアってたしか歴史で習ったゲルマン民族の大移動がどうのこうのって」


 「正解だ。ガリアは「ブルートゥス、お前もか」で有名なユリウス・カエサルのガリア戦記とかが分かりやすいかな、ロマリアはもう言うまでもないだろう」


 ドラゴン○エストⅢを始めとしてあちこちで使われている名前だ。


 「案外似てる部分が多いんですね」


 才人も驚いている。


 「そうだ、言ってみれば歪な鏡で映し合った世界みたいなものだな。その最大の違いは魔法や亜人や幻獣の存在になるが、日本人の君にとっては貴族と平民の違いも大きなポイントだろう」

 イギリスとかなら文化的にそれほど違和感はないかもしれないが日本ではそうはいかない。


 「あ、それですよそれ、ルイズの奴ことあるごとに平民、平民って怒鳴るんですよ。何なんですかあれ?」


 「分かりやすくいうとだな、江戸時代を考えてみてくれ。俺は歴史専攻だったわけじゃないから偉そうなことは言えないんだが、武士が貴族でそれ以外が平民だと思ってくれ、しかもあの学院は藩主の息子や娘達が通う学校なんだ。水戸黄門様の孫に農民風情が!って言われてると考えればいい」


 多分これが一番分かりやすい例え。


 「ああーなるほど、だからあんなに態度がでかいんですか」

 納得する才人。


 「そうだな、実家の家紋いりのマントを見せて「この家紋が目に入らぬかーーー!!」って街中で叫べば皆が「ははー」って平伏するような感じだ。とはいえ、そんな恥ずかしい真似する阿保はいないけどな」


 「いないんですか」

 ちょっと残念そうにする才人、少し期待していたんだろう。


 「そう、そして武士の刀が貴族の杖だ。不文律だが切り捨て御免もある、平民の子供が大貴族の靴を汚した日には魔法でボンッってなる。君が貴族を殴っても同じ運命が待ってるな」

 「何か納得いかないですねそれ」


 不満そうにする才人、こういう理不尽に憤るのは英雄の資質だが、彼もなかなか良いものを持っているようだ。

 もっとも、街中で人を殴れば日本でも普通に傷害罪だ。


 「その気持ちは分かるが、とりあえず郷に入っては郷に従えだな、流石に革命を起こすわけにもいかないだろう」


 俺達はそれ以上の計画を進行させており、その最重要人物が才人だったりする。


 「それはそうかもしれませんけど、その郷から帰れないんじゃないですか?」


 「そういや言ってなかったか、結論から言えば君は帰れるぞ。もっとも最短で2年くらい、最長で5年くらいかかるが」


 爆弾を投下する俺。


 「ま、マジですか!!」


 興奮する才人。


 「順を追って説明するとだな、君が召喚されたのは『サモン・サーヴァント』という魔法で言ってみれば召喚魔法レベル1だ。ほぼ全ての魔法使いが唱えることができる。しかし、本来こっちの世界の生物を召喚して使い魔にする魔法なので送還する魔法が存在しない」

 「その辺は聞きました」


 「どういうわけか君は地球から召喚されたわけだが、これを元に戻すためには今は失われた古代魔法を用いる必要がある。色んなゲームでそういうのあるだろ、ハイ・エンシェントとかなんとか」


 「よくありますね」


 「それで、俺とシャルロットの国でもあるこのガリアは魔法先進国と呼ばれていてハルケギニアで最も魔法の研究が盛んだ。そこの技術開発局という場所で古代魔法の復活させる研究が行われていて、現在ではワープできるとこまで来てる」

 地図のガリアを指しながら説明する。

 正確には『ゲート』だが才人には多分こっちの方が分かりやすい。


 「ワープですか! 凄いですね!」


 また興奮する才人。


 「後はそれを地球に繋げれるようになればいいわけだ、才人を召喚出来たんだからその逆の術式があってしかるべき、研究者の腕次第になるから最短2年、最長5年くらいだと思う」


 「そんなに難しいんですか」


 「繋ぐだけならもっと簡単かもしれないけどな、地球といってもいきなり砂漠のど真ん中とか熱帯雨林とかに放り出されても困るだろ?」


 「間違いなく野垂れ死にますね」


 同意する才人。


 「だろ、それに海と繋いで大量の海水が流れてきたり、間違って海底火山とかと繋がって溶岩が流れてきた時には目も当てられん。そういうわけで研究は慎重に行われている」


 「それは洒落になりませんね」


 「だけどこれ、地球で例えるなら新型スペースシャトルを開発してるようなもんだから当然国家機密だ。言いふらしたら当然消されるし、そもそも一般人には関われないから」


 「消されるんですか!?」


 驚く才人。


 「ああ、簡単に言うと俺はFBIやCIAの長官みたいなもんだから、こういうことにも詳しいけど逆にバラされたら君をバラすことになる。だから注意しておいてくれ」


 「はあ」


 「だからさっきシャルロットに吹き込まれたことも大体事実、国家の裏機関のトップともなればそういうことの一つや二つはざらだ。だけど、それ故に君をその“宇宙飛行士”に推薦したりもできる」


 つまりは『ゲート』の実験者第一号ということ。


 「あれ? そうなるとシャルロットってハインツさんの従兄妹で部下なんですよね、ということは」


 「察しが良いな。さっきもいったように君が召喚されたあの学院は有力な貴族の子供達が通う学校で、現代日本風にいうなら大企業の御曹司やお嬢様の専門学校だ。、だから誘拐して身代金みたいなことになる可能性が無いわけじゃない、そこに潜り込んでる秘密捜査官がシャルロットだ。まあ、他にも色んな理由が重なってのことだが」


 「なんかそれっぽいですね」


 「よくある身分を偽って女学院とかに編入するエージェントってやつだな、だから学院内でシャルロットの名前は厳禁、コードネームの“タバサ”で呼ぶこと、ちなみに俺は“ロキ”で、捜査員は全員がコードネームを持っている」


 「あ、そういうわけなんですね」


 納得する才人、なかなか忙しいな。


 「少し横道に逸れたけど、君が帰ることはできるのは間違いない。だから後は君の心次第になる」


 「俺の心、ですか?」


 「君は“十五少年漂流記”を知ってるか?」


 「あ、はい、中学の時の夏休みの課題図書でしたから一応知ってます」


 それは何より。


 「あれは15歳以下の子供達が無人島で数年間生き抜いて、様々な困難に立ち向かいながら必死に頑張り最後には故郷に帰れた話だ。そして帰って来た彼らは別人のように逞しく立派な人物になっていた」


 「確かそんな感じでしたね」


 「君もそんな感じだ、いきなり異世界に呼び出された日本人が頑張って最後に帰れればハッピーエンドで終わる。それならどうせだから色んな体験をして、楽しみまくった方が得だ。それに日本人でこっちに来れるのは宝くじで一等が当たる以上に珍しいことなんだから、発想の逆転で良いことだと思えばいい、一生帰れないわけじゃないんだからな」


 「そう言われるとそんな気がしてきますね」


 才人はかなり乗せやすい。


 「それにこっちに定住してもいいしな。日本人でも外国に住めば帰ってくるのが数年に一度もざらだし、国内でも帰省するのは盆と正月くらいだろ。だから互いの往き来さえできるようになればこっちに住んで、たまに顔見せに家族の所に帰るって感じでも問題ない。それはそのときになってから決めてもいい」


 「なるほど」


 「だからまずは数年単位の海外留学をしてるような気分でいればいい。ただ問題は留学生でも交通事故で死なない保証はない、しかもこっちは交通事故より余程危険なこともある、その辺の注意は怠るな」


 「そんなにヤバいんですか」


 少し恐怖が見える。


 「平民の学校が無い、病院が無い、保健所が無い、銭湯が無い、警察が無い、ざっと挙げるだけでもこのくらいはある。現代日本に比べたらかなり危険だ、何事も自己責任がモットーだな」


 「う、俺、やっていけますかね?」


 「そこがこれからの課題、さあ、お勉強タイムだ」


 そしてしばらく才人にこの世界の特徴や処世術を教える。



















 「まあ、今俺から言えるのはこんなとこかな、後は習うより慣れろだ」


 「つ、疲れました・・・」


 力尽きる才人、どうやら勉強は苦手な模様。


 「後はこれで確認してくれ」


 そう言って厚い本を渡す。


 「何ですかこれ?」


 「ハルケギニアの歴史とか文化とかを俺なりに纏めてみたものだ。日本語で書いてあるから、他の人に読まれる心配もないし君でも読める、もしハルケギニアの文字が読みたかったらシャルロットにでも習うと良い。日本語とハルケギニア語を両方分かる貴重な人材だからな」


 「・・・」


 コクコクと頷くシャルロット、実はこいつは人にものを教えるのが結構得意だったりする。


 「何から何まで、ありがとうございます」


 頭を下げてくる才人。


 「別にいいって、俺がやりたくてやってるわけだし、何だかんだで日本のネタが分かるやつがいると嬉しいしな」


 実際には陛下にこき使われているだけなのだが。


 「それでも、ハインツさんのおかげであの学校でもやっていけそうです」


 才人はこのまま使い魔として生活することにした、大貴族の令嬢が自分の使い魔を逃がすとは思えないし、その家から指名手配にされる可能性もあることを考慮した上でだ。

 それに、ルーンの影響もある。


 才人にはルーンマスターを引き合いに出してガンダールヴのルーンについて一応説明しておいた。

 実際の能力は不明なので多分“身体強化系”であろうことと、ルーンさえ刻めば平民は誰でも能力を発現できることも教えておいた。(もちろんバラしたらバラすことを前提に)



 「俺から言えることはだ、考えるな感じろ、人生を楽しめ、どんな時でも諦めずあがけ、気に入らない奴はぶっとばせ、好きな子には突っ込め、なるようになる、どうにかなる、なんとかしろ、こんなとこかな?」


 「参考になるようなならないような」


 首を傾げる才人。


 「まあ、困ったことがあったらいつでも連絡してくれ、その時はシャルロットに言えば俺に繋いでくれるから」


 「・・・」


 またしてもコクコクと頷くシャルロット、



 「ありがとうハインツさん、でも、俺なんのお礼もできませんよ?」


 「別にいいさ、そうだな、強いて言うならシャルロットの恋人にでもなってやってくれ。こいつ友達一人しかいないからな」

 俺が言えたことではないのだが、イザベラがうるさいのだ。


 「ラナ・デル・ウィンデ」


 問答無用で『エア・ハンマー』を唱えるシャルロット、だが甘い。


 「ラナ・デル・ウィンデ」



 ドドン!



 俺も『エア・ハンマー』を唱え完全に相殺する。

 ちなみにクロードだったら倍返しになる、故にあいつは“風喰い”なのだ。



 「甘いぞシャルロット、その程度ではまだまだだな」


 「・・・・・チッ」


 「こらこら、舌打ちするな」


 才人は呆然としている、まあ当然だろう。



 「そ、それではハインツさん、そろそろ俺は帰りますね」

 何とか復帰した模様。


 「元気でな才人、これから大変だろうが思いっきり楽しめ」




 そして俺は二人を送りだした。














■■■   side:シャルロット   ■■■





 学院への帰り、私とサイトはシルフィードの背に乗っていた。


 「なあシャルロット」


 「私はタバサ」


 注意しておく、サイトは口が軽そうだから簡単にボロを出しかねない。


 「ああ、そうだったっけ、わりい、まだ慣れてなくてな」


 「もしバラしたら貴方をバラバラにしてシルフィードのエサにする」


 「怖っ!」

 「!!」

 シルフィードまで反応した。


 「と、ハインツが言ってた」


 「いやいや、あの人そこまでは言ってないし、お前の名前については特に何も言ってなかったぞ」


 意外と鋭い。



 「だけどあの人、普段からあんな感じなのか?」


 「大体そう」


 ハインツは常に全力疾走、止まる、休むといった概念を知らないような人だ。

 本部でもハインツだけは勤務時間というものが存在しないらしく、彼が何をやっているかを把握しているのは補佐官の人達か団長くらししかいないと言われている。

 一体いつ寝ているのだろう?


 「いや、なんつーか、俺も17年しか生きてないから偉そうなことは言えないけどさ、ハインツさんみたいな人には初めて会った」


 その気持ちは分かる、私もハインツと同じような人物というのに会ったことはない。

 というかあんなのが何人もいたらいやだ。


 「ハインツは変人」


 「それは何となくわかったけど」


 「異常者」


 「それは言い過ぎなような気が」


 サイトは優しい。



 「でも、本当に俺、世話になりっぱなしだよなあ」


 そこを気にしてるみたい。


 「できる限りハインツに迷惑をかけて苦しめてあげて」


 フォローしておく。


 「いや、それはどうなんだ?」


 「多分彼は喜ぶ」


 「そうなのか?」


 怪訝な顔になるサイト。


 「俺は厄介事しかない人生を送っているって前に言ってた」


 とても楽しそうな顔をしながら。


 「う~ん」


 「まずは自分のことから考えたほうがいい、そして絶対にバラさないように」


 念を押す。


 「そだな、今気にしててもしゃあねえか」


 結論が出たみたい。










 そして私達は学院に戻ったがその頃には既に夜が明けていた。







追記 8/31 タイトル修正



[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二話  悪魔仕掛けのフーケ退治
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54
 才人が召喚されてから一週間。

 ご期待に違わず彼は騒動を巻き起こしたようだ。


 ギーシュ・ド・グラモンという土のドットメイジと戦って勝ったそうだが、まあ最初はこんなもんだろう。


 ゆくゆくはスクウェアにも勝てるくらいになってもらわねば困るが、あせらずじっくり成長すればいい。


 俺は才人に関しての報告をするためグラン・トロワに向かった。







第二話    悪魔仕掛けのフーケ退治







■■■   side:ハインツ   ■■■



 「陛下、ハインツ・ギュスター・ヴァランス参りました」


 「君の阿保面には心底うんざりさせられる」


 「まだそのネタを引っ張りますか」


 「死ねえ!」


 と言いながら飛行石の結晶のような石を手に持ちこっちに向けてくる陛下。


 シ―タの「皆逃げて!」がないところが悲しいところだ。


 すると。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 グラン・トロワの床が開いてその下には尖った石柱が無数にひしめいている!


 「ああああああああああああーーーーーーーーーー」


 落下する俺。


 「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 ムスカ笑いをする陛下。


 とりあえず『フライ』を唱えて上に戻る。


 「ほう、私と戦うつもりかね」


 陛下がそういうと周りからラピュタのロボット、ではなくガーゴイルが無数に出てくる。


 「陛下、そろそろやめません?」


 「そうだな、飽きた」


 ガーゴイルが引っ込む。


 一体何をやっているのかこの人は、グラン・トロワをまさかこんな風に改造するとは。



 「何考えてこんなもん作ったんですか貴方は」


 「いや、俺はこれをやってみたいと言っただけだ、作ったのはミューズだぞ」


 「あの人は・・・」


 愛する旦那の為なら、べた惚れ若奥様に不可能は無いようだった。


 「大丈夫だ、金はそれほどかけておらん。ガーゴイルは借り物で、床の仕掛けは元々あった落とし穴を改装しただけだ。それにこの石はただの宝石だ」


 これで費用をばかすか使っていたらぶっ殺すところである。



 「王に対する不敬罪だな、打ち首とする」


 「心が読めるんですかあんたは」


 「虚無に不可能は無い」


 本当に無さそうで怖い。


 「なあに、多分俺はまだ『忘却』は使えんはずだ。だから俺がお前を拷問にかけてその記憶を消し去ったりなどは一切ないはずだ、多分お前の考え過ぎだろう。そのはずだ」


 「なぜ、“はず”と“多分”が大量に使われているんでしょうか?」


 恐ろしい予感が拭えない。


 「ククククククククククククク」


 笑う陛下、頼むからその笑いはやめて欲しい。



 「さて、報告があるのだろう?」


 いきなり切り替わる。


 「はい、主演達に関しての報告です」


 俺は現在宮廷監督官、陛下の近衛騎士団長、ヴァランス領総督、北花壇騎士団副団長、“知恵持つ種族の大同盟議長”、レコン・キスタ司令官などを兼任している。


 ゲイルノート・ガスパールに関しては普段は身代わりの特注品を置いてあるので問題ない。


 とはいえやることは多いので普段の主演達の監視は監視用ガーゴイルの“アーリマン”と、“影”にやらせている、“影”は元風のトライアングルの“ゼクス”を派遣した、当然“不可視のマント”付きである。


 ちなみに“影”は全てドイツ語の数字の名前を用いており、“アイン”、“ツヴァイ”、“ドライ”はスクウェアの死体で出来ている、数字が少ないほど強力になる。


 ホムンクルスの生成には純度の高い「土石」の結晶が必要になるので中々数は増やせず、どうせ作るなら有能な奴等を改造したいと思うのが人情である。


 「ふむ、聞こう」


 そして俺は彼らの報告を開始する。









 「出だしは順調、だがこれから如何に試練を与えていくかが重要だな」


 「そうですね、“物語”の援護があるでしょうから特に俺達が何もしなくても勝手に成長してくれるかもしれません。しかしそうならない可能性もあるので何らかのイベントを設けた方がいいとは思います」


 あらゆる可能性を考えておいたほうがいい。


 「そう考えてな、実はもう脚本を作ってある」


 そう言って本を投げてくる陛下。


 タイトルは。




 ≪怪盗“土くれのフーケ”退治、頑張れ少年少女たち≫




・ ・・後半は見なかったことにする。


 一応読んでみる俺。










 「タイトルはともかく、内容は面白そうですね」


 なかなか良さそう、ただし途中にあった才人とマチルダの18禁シーンはカット、なに考えてこの部分いれたんだろこの人。


 つーか何で才人の相手がマチルダなんだ?



 「そうだろう、細かい部分の演出や役者集めはお前に任せる、せいぜい上手く上演することだ」


 「了解です」


 俺はグラン・トロワを後にして技術開発局に向かう。












 技術開発局。


 ここは現在『虚無ゲート』の一大ターミナルになっている。


 ガリアの主要都市、トリステイン首都トリスタニア、港町ラ・ロシェール、ゲルマニア首都ヴィンドボナ、その他の主要都市、アルビオン首都ロンディニウム、工廠の街ロサイス、軍港ダータルネス、古都シティオブサウスゴータ、交易都市レキシントン、宗教都市ロマリア、水の都市アクイレイア、城塞都市チッタディラ等など。


 ハルケギニア各地の要衝を悉く繋いでおり、どの『ゲート』からも一度はここを経由しないと他の『ゲート』に入れず、万が一誰かがゲートをくぐっても、待機しているガーゴイルに取り押さえられる。


 ぶっちゃけこの『ゲート』を利用するのは俺とシェフィールドしかいない。(元々俺を過労死寸前に追い込むために作られたので当然と言えば当然である)


 トリスタニアに向かうつもりで来たのだが、その前に一言いわねばならない相手がいる。


 「おーい、シェフィールドさーん!」


 一応敬語、この人怒らせると怖いのだ。


 しかし無反応、どっかの部屋で研究に没頭しているのかもしれない。



 「おーい、陛下の若奥様あーーーー!!」


 「何かしら?」


 シェフィールド登場、この呼びかけには必ず応える。



 「何考えてグラン・トロワにあんなもん作ったんですか?」

 単刀直入に訊く。


 「別に、私は旦那様の望みを叶えただけよ」


 誇らしげに答える、ちなみにこの人は陛下、ジョゼフ様、旦那様の三つの呼び方をする。


 宮廷貴族の前とかなら陛下、イザベラとかならばジョゼフ様、そして陛下と俺の前では旦那様、なぜ俺の前でもなのかは謎だ。


 ・・・惚気かもしれない。


 「だからって限度っつーものがあるでしょ」


 このまま進むと目からビームを発射するロボットを作ってヴェルサルテイルを破壊しかねない。



 「私にとってはどうでもいいわ」


 駄目だこりゃ、陛下との生活しか頭にない模様。


 「はあ、まあいいです、俺はトリスタニアに行きますけど、クロさんの秘書役頼みますよ」


 ゲイルノート・ガスパールは常にアルビオンに入れないので彼女のフォローが不可欠になる。


 「解ったわ、貴方こそしくじらないようにね」


 「了解」


 俺はターミナルに向かう。


 「ハインツ」


 そしたら呼び止められた、この人はイザベラ様、シャルロット様、マルグリット様と、陛下の身内は敬称で呼ぶのに俺だけは呼び捨てなのだ。


 「何ですか?」


 「旦那様の犬として働けることを光栄に思いなさい」


 そこまで言うか。


 「せめて召使いとかにしていただけませんか?」


 人間扱いくらいはして欲しい。


 「旦那様の奴隷として働けることを光栄に思いなさい」


 僅かにランクアップ、あながち間違いでもないが。


 「はい、解放の日を目指して頑張ります」


 この世界にリンカーンはいないのだろうか?


 そんなことを考えつつ俺はトリスタニアへ向かった。















 トリスタニアのあるチクトンネ街。


 ブルドンネ街がトリスタニアの表の顔ならチクトンネ街は裏の顔、いかがわしい酒場や賭博場なんかが並んでいる。


 しかし、リュティス暗黒街に比べれば天国である、これはトリステインが平和な国であり安定していることを示しているが、それだけ首都が小さく闇が少ないということでもある。


 ガリアは豊かさではハルケギニア最大でありその首都はハルケギニア最大の都市だがそれ故に孕む闇も大きい、もっとも、そこには王家が孕む闇の深さも関係していたのかもしれない。


 俺は今ここにある“モノ”を調達するために来ている。

 リュティスでは既にこれを調達するのは難しくなっており、ここなら簡単に見つかるだろうし、脚本の内容を考えるとトリステインの方がいい。


 すると。


 「誰か助けて!」


 ちょうど良く女性の悲鳴が聞こえてきた。


 俺は“獲物”を確保するために声がした方向に走った。












 しばらく後のトリスタニア支部。

 人形制作を終えた俺は“デンワ”で本部を呼び出した。


 「こちらは北花壇騎士団フェンサー第二位ロキ、本部、応答願う」


 しばし待つと返事が来る。


 「副団長ですね、用件はなんですか?」


 「フェンサーの“フーケ”に、今日の夜10時にトリスタニアのチクトンネ街にある“月夜の深酒”亭というメッセンジャー経営店の二階に来るよう伝えてくれ」


 「了解です」


 「頼んだぞ“ザイン”」


 ザインは“参謀”の中でも珍しく真面目なほうだ、他のやつらだったらこの数倍の時間がかかる。




 さて、マチルダが来る前に脚本の例の18禁シーンを削除しておくことにする。


 現在23歳で婚期を逃し気味なマチルダにこんなものを見せたら俺が殺されかねない。



・ ・・ひょっとしてそれを狙って陛下はこのシーンを入れたのか?



 俺は悪魔の脚本の裏の真実をあえて考えないことにした。















■■■   side:マチルダ   ■■■


 コンコン。


 私は扉をノックする。


 「はーい、今開けまーす!」


 中からとても副団長とは思えない返事がくる。


 ガチャッ。



 「お久しぶりです、北花壇騎士団フェンサー第十一位、班長、“土くれのフーケ”殿」


 「こんばんは、北花壇騎士団フェンサー第二位、副団長、ロキ殿」


 まずは挨拶。


 「あり、俺の渾名は呼んでくれないんですか?」


 「あんたの渾名はたくさんありすぎて全部いってらんないのよ」


 “毒殺”、“粛清”、“悪魔公”、“死神”、“闇の処刑人”、まだまだたくさんある。


 共通点はどれももの凄く物騒ということぐらいか。


 見た目だけなら優しそうな青年にしか見えないが、これで千を超える人間を殺してるっていうんだから世の中分からないものだわ。


 「それはそうと、テファは元気ですか?」


 「二週間くらい前に会って来たけど元気だったよ。子供達が遊びたがってたから、あんたも近いうちに言ってやりなよ」


 あの子達はハインツにとても懐いているし、それはテファも同じだ。

 テファにとってハインツは唯一と言っていい年の近い異性のはずだがそういう認識はないだろう。というかハインツの方がありえない、あの子の巨大な胸を見てなんの反応もしないのは男として終わってると思う。(後に知ったが本当に終わっていたそうだ)


 そういうわけでテファの中では 大人の男性 = ハインツ となっているので少々危険かもしれない。世の中の男達はテファを見れば大半は興奮して暴走しかねない、それだけあの子の胸はありえない大きさを誇っている。


 自分よりかなり小さな子、もしくはハインツしか男を知らないあの子が不憫でならない。


 「そうですね、明日にでも行ってきますか」


 「早っ」


 「思い立ったらすぐ行動が我が信念なので」


 というよりこいつはそれだけで生きているんじゃないだろうか?



 「それで、わざわざ私を呼んだ理由は何なんだい?」


 まさか世間話というわけではないでしょ。


 「マチルダさんの結婚活動のお手伝いでもしようかと」


 「しばくわよ」


 「すいません」


 一度殺そうかしらこいつ。


 「それはともかく、マチルダさんが狙ってるのは“破壊の杖”でしたよね」


 「まあそうだけど別に急ぎじゃないわよ、ここの秘書としての条件も悪くないから仕事が終わっても残るつもりだし」


 当初はあの糞ジジイが散々セクハラしてきたが、ハインツに頼んであらゆる社会的な弱みを握った後はピッタリ止んだ。「あのことをバラしますわよ」が決め台詞になっている。


 こいつがどうやってその情報を掴んだのかは聞いてないし、聞かない方が精神衛生上いい気がする。


 「それに、あんたが学院の実質的な経営者だってのも大きいわね。いざとなっても色々根回しが効きそうだし」


 こいつと私でトリステイン魔法学院の金の流れは全て掌握している。

 金を出所はこいつで、私は学院長の秘書としてそういう書類を管理しているから職員の給料まで把握できる。


 メイド、衛兵、料理人などの中にも多数のメッセンジャーやシーカーがいるそうなので、学院はいわば北花壇騎士団の出城ともいえる場所だ。トリステイン内部における活動拠点としてはここ以上は無い。


 「その“破壊の杖”に関してなんですが、少し頼みたいことがありまして」



 そう言ってハインツが本をよこす。


 「何これ?」


 「脚本です、読んでみてください」


 そう言われて私はその本に目を通す。










 「随分手が込んでるけど、これが例の担い手の嬢ちゃんと使い魔の坊やのための“物語”ってやつかい?」


 あのルイズとかいう女生徒はテファと同じ虚無の担い手なんだそうだ。


 「それのちょっとした追加要素ってとこですかね。いらないかもしれませんけど、必要かもしれないって感じです」


 「ふーん、まあ私としては手伝わない理由はないわね。“破壊の杖”がそういうものなら盗む意味もないし、一応宮仕えの身だしね」


 北花壇騎士団に所属する身としては副団長の頼みを聞かない訳にはいかないだろう。

 それに、これが例の計画のための布石の一つなのだとしたらそれこそ断る理由が無い。


 「ありがとう、マチルダさん」


 「いいってことさ、例の計画にはこっちも期待してるからね」


 ハインツ達が計画しているブリミル教破壊作戦。


 詳しい内容はまだ知らされてないが、その一環としてあの『レコン・キスタ』も作られたそうだ。


 私にとっては希望ともいえる計画だ、ブリミル教が存在する限りテファは本当の自由を手にすることができない。

 エルフの血を引いているという理由だけで異端審問にかけられて殺される可能性が高い。


 それに、ハインツが議長をやっているという“知恵持つ種族の大同盟”、それにエルフが加わってくれればあの子にとってこの世界は素晴らしいものになるだろう。


 逆にブリミル教が蔓延っているままでは、永遠に他人の目を気にしながら生きることになる。


 私はそれを覆すためなら悪魔(ハインツ)に手を貸すことも厭わない。


 もっともハインツ曰く、「自分はもっと格上の悪魔にこき使われる下級悪魔に過ぎない」そうだけど。


 一体どんな化け物がいるんだか。



 「そっちも順調に進んでます、俺達にとっては3年以上も準備してる大作戦ですから」

 ハインツが楽しそうに言う。


 「ま、とりあえず任せな、上手くいったら連絡するよ」


 そして私は“月夜の深酒”亭を後にした。










■■■   side:ハインツ   ■■■



 マチルダに脚本を渡してから数日後。


 脚本は現在順調に進行中。


 ルイズ、才人、キュルケ、シャルロットの4人が夜に外で何かやってる時を見計らい、マチルダに宝物庫を30メイルもの攻城用ゴーレムでぶっ壊してもらって“破壊の杖”を盗み出してもらった。


 事前に俺が“ヒュドラ”を使った状態で宝物庫内部の『固定化』を『錬金』で打ち破っておいたので宝物庫の壁はもろくなっていたのである。

 俺は水のスクウェア、風、土はトライアングル、火はライン相当なので、“ヒュドラ”を使えばスクウェアの『固定化』も打ち破れる、それに『錬金』は俺が最も得意とする魔法である。


 そしてルイズ達にゴーレムに乗ったフードを被った人物を目撃させ、次の日、学院長秘書のロングビルとしてある情報を持ち帰ってもらった。


 宝物庫前では教員とルイズ達が集まって事実確認をしていたようだが、そこにロングビルが到着し、こう告げた。


 「近くの森で猟師が使用してる小屋や廃屋などに、最近フードを被った男が出入りしているのが目撃されていたそうです。フーケかどうかは分かりませんが、ひょっとしたら盗んだ品の隠し場所程度に利用しているかもしれません」


 まあこんな感じの内容を伝えてもらった、王宮に知らせて魔法衛士隊を派遣するには時間が無いタイミングで。



 怪しい個所は4か所あり、一番フーケがいそうな場所は“炎蛇のコルベール”が一人で、その他二つは教師が3,4人ずつで当たり、一番確率が低そうな廃屋は生徒達ということになった。


 各チーム一人は使い魔を学院長オールド・オスマンの下に残しておき、もしフーケを発見した場合、残りのチームがオスマンの指示のもと援軍に駆けつけ包囲網を構築する手筈になり、ルイズチームはキュルケの使い魔であるフレイムが残っている。


 この辺の編成はオスマンとコルベールでやったようで、流石に別格といえる。


 まあ、俺が経営者として学院の非常時対応マニュアルを作成して、オスマンはそれに従って行動しただけなのだが、マニュアルがあっても実際に人員を配置できるかどうかは個人の力量次第なので十分学院長に相応しい実力は備えているようだ、元魔法研究所実験小隊隊長のコルベールは言わずもがなである。



 そして現在。


 ルイズ、才人、キュルケ、シャルロット、ロングビル(マチルダ)の5人の班は廃屋で“破壊の杖”を発見し、フーケのゴーレムに襲われているところである。


 ロングビルは付近の偵察に行っているのでここにはおらず、4人でゴーレムと戦っている。


 既にキュルケがオスマンに連絡をしたので、後は“破壊の杖”を持って撤退し援軍と合流すればよいのだが、当然ゴーレムが易々と逃すはずもなく、追いかけまわしている。


 しかし、才人が“破壊の杖”でゴーレムを吹き飛ばし、ゴーレムは跡形もなく砕けちった。


 “破壊の杖”の正体は地球から流れてきた兵器で、俺には詳しい名前は分からないがパンツァーファウストのような兵器である。戦車でも一撃で破壊しそうだ。


 才人は俺から“場違いな工芸品”について聞いているので特に困惑はないようだった。


 で、ゴーレムを倒した4人は喜んでいるが、ここからが本番。




 「手前ら! 武器を捨てな! さもねえとこいつの命はないぜ!!」


 そう言いながら黒いフードを被った若い男がロングビルを人質にしながら姿を現す。


 「「ミス・ロングビル!」」

 「「フーケ!」」


 4人が同時に叫ぶ。


 「へ、そういうことよ。せっかく“破壊の杖”を盗んだいいが使い方が分からなかったんでな、あえて付近の農民にここに入っていく俺の姿を見せたんだが、ここまであっさりいくとはな」


 自分からあっさり情報を吐くフーケ、実に悪役らしい。


 「だが、流石は“破壊の杖”とか言うだけのことはあるな。俺のゴーレムを一撃で破壊しやがるとは、大したもんだ」


 4人は杖や剣を捨てる、ロングビルが人質にとられているからだが、シャルロットとキュルケの表情には余裕が見える。

 この二人はフーケの勘違いに気付いたのだろう。


 「さあ、さっさと“破壊の杖”を渡しな、解ってると思うがもし変な真似をしたらこいつの命はないぜ?」


 フーケはロングビルの首に左腕を回し、右腕で杖を持っている、この状態では人質のロングビルが“破壊の杖”を受け取ることになる、しかし、それ以前の問題がある。



 “破壊の杖”を持って来た才人もロングビルの持っているものに気付いて笑みを浮かべる、布石は整った。



 「何やってやがる、さっさと、ゲフッ!」


 突然石の塊がフーケの背中に直撃し、その隙にロングビルがフーケから離れる。


 「オラアアアアアア!!」


 ゴキイ!


 才人が“破壊の杖”を振りかぶって思いきりフーケの頭を殴る。



 あーあ、死んだかなありゃ。


 「ミス・ロングビルが杖を持っていることに気付かないなんて、相当の阿保ね」

 「同感」

 「あ、そういうこと」


 キュルケが呆れ、シャルロットも同意し、ちょうど位置的に死角になってたルイズも理解する。



 「多分私がマントを着けていないので平民だと思ったのでしょう、魔法学院でマントを着けないのは平民だけですから」


 ロングビルが締めくくる。



 そして、コルベール教員を筆頭に他の探索隊も駆けつけ、フーケは御用となった。

















 その夜、ちょうど『フリッグの舞踏会』というパーティーが開かれている中、俺とマチルダはマチルダの私室で脚本の無事終了を祝って乾杯していた。


 「お疲れ様~」


 「あんがとさん」


 二人してワインをあおる、こうしてこの人と飲むのも久しぶりである。


 「しかし、細かいとこまで完全に脚本通りだったね、よくあんなに上手くいくもんだ」

 感心するマチルダ。


 「そこはマチルダさんの名演技のおかげですよ。まあ、最大の要因はちゃんと“フーケ”を用意したところでしょうか」


 「そうそう、そこだよ。私と同等の「土のトライアングル」なんてどこで見つけてきたんだい? しかもあいつは自分をフーケって名乗ってたし」


 そこには当然種がある。


 「いいえ、あいつはただの「土のドット」ですよ。チクトンネ街の路地裏にいたゴロツキを改造しただけです」


 この前女性を襲っていた野郎だ。


 「ぶっ!」


 ワインを盛大に噴き出すマチルダ。


 「か、改造って、なにやったんだいあんた」


 「まずはこれです」


 そう言って指輪を見せる。


 「これは?」


 「『アンドバリの指輪』というマジックアイテムを元に作り上げた、その模造品『アムリットの指輪』です。死体を人形にしたり人間を操ったりできますが、本家と違って普通の人間には効きません」


 「普通の人間?」


 「ええ、まず毒薬を飲ませて思考能力を限りなく下げるんです。その状態で使うと傀儡として操れます。今回は“自分はフーケである”という、偽の記憶を植え付ける毒も併用しましたが」



 「そこまでやるかい」

 呆れるマチルダ。


 「あと、“ラドン”を注入しました」


 「ラドン?」


 「“ヒュドラ”の強化版でして、ランクを二つ上げることができます。これを使えば「土のドット」も「土のトライアングル」になるわけです」


 「へえ」


 「ただ、効果時間が無制限で副作用もその分強力になり、3日くらいで体が限界になって死にます」


 「ぶっ!」


 また噴き出すマチルダ。


 「大丈夫です、“土くれのフーケ”として捕まった以上待っているのは極刑ですから、それが獄中で謎の変死を遂げるだけです。“フーケ”としての罪は全部偽物が負ってくれるわけになりますから、良かったですね」


 「なんか、凄く悪辣な計画に加担した気がしてきた」


 「敵を騙すにはまず味方からって言うじゃないですか」


 「限度ってもんがあるでしょ」


 つまり、宝物庫を破壊したゴーレムはマチルダが作り、その時のフードを被った人物もマチルダ。


 しかし、廃屋でゴーレムを作ったのは“ラドン”を打ち込んだ例の人形で、俺がそれを『アムリットの指輪』で操っていたわけだ、そして人形はフーケとして捕まり“ラドン”の副作用で死ぬ、死人に口なしだ。




 とまあ、こんな感じで悪魔仕掛けのフーケ退治は終了したのだった。








追記 8/31 一部修正

 



[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三話  悪だくみ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54
 
技術開発局で新たなアイテムが出来上がり、俺はその性能を試してみた。


 “知恵持つ種族の大同盟”の人達にも協力してもらったところ、十分な効果が確認できた。


 これがある計画の布石となり、あとはこれをシャルロットに渡せばよいのだが折角なので何かやろうと思う。


 俺は久々に自身の為の陰謀に頭を働かせた。







第三話    悪だくみ







■■■   side:シャルロット   ■■■





 私は今ザビエラ村という場所に向かっている。


 ガリアの首都リュティスから南東に500リーグのほど離れた場所にある人口350人ほどの村だ。


 今回の任務は吸血鬼退治。


 ハルケギニア最悪の妖魔と恐れられ、先住の魔法を使い、血を吸った人間を一人屍人鬼(グール)として操ることもできる。


 まだ被害が一人の段階でフェンサーである私が派遣されることが決定したのも、下手な者を送り込んで返り討ちにされる危険を避けてのこと。


 つまり王国の通常の花壇騎士では殺される危険性があるほど吸血鬼とは厄介な存在であり、私も油断すればあっさりと殺されかねない。


 なので今回は慎重に作戦を練っていこうと思っていたのだが・・・



 「きゅいきゅい、ねえお兄様、それで、白雪姫はどうなったの?」


 「ああ、白雪姫は王妃の謀略によって全てを失い身一つで隣国に落ちのびることになる。しかし、そこからが彼女の逆襲の開始となった、王妃は見誤っていたのだ、彼女の最大の魅力とはその頭脳であり美貌などは飾りでしかなかったということを。そして奇しくも余分なものを王妃自身が削ぎ落とすことで、白雪姫は本当の意味で覚醒することとなった」


 なぜか隣でランドローバルに跨り、緊張感の欠片もなくシルフィードと話しているハインツがいる。



 なぜこんなことになったかというと。


 「おうシャルロット、また指令が出たそうだな、俺もついてく、いやー、久々に自由な時間が出来てな、たまには俺も幻獣退治とかやってみたかったんだよね」


 とか言ってきた。


 「今回の相手は幻獣じゃない、吸血鬼」


 と私が言うと。


 「吸血鬼か、懐かしいな、俺も以前退治したことがあってな、特に苦戦もしなかったけどあんときは他にもやることがあって完璧な結末とはいかなかったからな、今回はリベンジだ!」


 と言って結局ついてきた。




 そして今シルフィードと談笑している。


 話している内容は白雪姫らしいが、確か白雪姫はあんな話じゃなかったはず、どうやらハインツが勝手に改造した話に切り替わっているようで、白雪姫が謀略で王妃に復讐戦をしかける話になっている。


 実にハインツらしいと言えばらしいが、そのお姫様は間違っても王子様に助けられることはないだろう。いやむしろ、王子様を自分の策略の為に最大限活用するかもしれない。


 白雪姫は夢のあるおとぎ話ではなく、どす黒い宮廷陰謀劇と化したようだ。ハインツにとってはただの日常を話すようなものだろうから作りやすいのだろう。


 とりあえず放っておくことにして、私は読書を続けることにした。









 それから数時間後到着、出発したのが昨日だから合計10時間近くは飛んでいたことになる。


 吸血鬼は普段人間として過ごしており、村にとけ込んでいることが考えられるので村から離れた場所に着陸する。




 「それでハインツ、任務はどうするの?」


 私は任務をどう遂行するのかを訊く。


 「ああ、簡単だ、これを使う」


 そういってハインツは眼鏡をかける。


 「眼鏡?」


 「ああ、こうするとおそろいだ。、騎士が二人揃って眼鏡をかけてるんだから珍しい二人組だろうな」


 そう言われると眼鏡をはずしたくなってくるから不思議だ。


 「これは“精霊の目”って言ってな、最近新たに開発されたマジックアイテムだ」


 「精霊の目?」


 「ああ、簡単に言うと精霊探知眼鏡だ。これを着ければ人間にも精霊の力の流れが見えるようになる。つまり、先住魔法を簡単に見破れるし、「風石」や「土石」の力も目で見ることができる」


 それは凄い、今私が着けてる眼鏡は『ディティクト・マジック』が付与されており、ほとんどの魔法のアイテムや変装などを見破れるが、先住の“変化”などは見破れない。


 「つまりこれをかけるとシルフィードもただの風竜じゃなくて、精霊の力を強く宿した風韻竜に見える。そして吸血鬼はただの人間じゃなく、精霊の力を宿している亜人に見える」


 つまり見るだけで吸血鬼かどうかを判断できるということ、吸血鬼の最も厄介な点は見つけにくさにある。その利点がなければ吸血鬼はそんなに怖い相手ではなくなる、むしろオーク鬼の方が厄介かもしれない。


 「便利」


 「そういうこと、ちゃっちゃと終わらせるぜ、見つければはい終了だからな」


 そして私達は村に入っていった。






■■■   side:ハインツ   ■■■



 俺がなぜシャルロットと共に任務に就いているかというと当然そこには理由がある。


 まず一つに“精霊の目”をシャルロットに渡す必要があったのでちょうどよかったというのもあるが、それ以前にイザベラに頼まれたからである。




 ≪回想≫





 「ハインツ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 「シャルロットのお守としてついていけばいいんだろ?」


 「!、何で知ってるのよ?」


 「なんでってそりゃ、シャルロットに吸血鬼退治の任務を与える為に呼び出しをかけてからずーっと、そわそわと落ち付かなけりゃ誰でも分かるっつーの」


 伝令用ガーゴイル“リンダーナ”をシャルロットに送って以来、「うーん」とか「あああ」とか言いながら「やっぱ危険かしら」とか言いながら執務室内を行ったり来たりしていた。


 傍から見ると実に面白い光景だったが。


 以前シャルロットを『ファンガスの森』に送ったときは、"地下水"を緊急救助員としてしっかりと派遣していたが今回は単独任務。相手が吸血鬼ともあって大丈夫とは思いつつも心配なのだろう。


 ちなみに『ファンガスの森』の件で、疲労のあまり倒れたイザベラは、起きて執務室に入るなり(俺が片付け忘れた)キメラドラゴンの爪を見て、もの凄い剣幕で


「あの子は無事!?、大きな怪我してない!?」


 と、入り口の側にいたジャンニ(参謀:27歳独身)の胸倉をつかんだらしい。どうやら愛の鞭として送ったものの死ぬほど心配だったようだ。俺が戻ったときイザベラの仕事が終わっていたのは、シャルロットへの心配を紛らわすために仕事に没頭したと言う事情もあったのだ。


 あの悪魔が送ってきた仕事量は殺人的だったが、俺が手伝うのを見越しての量だったらしい。それを一人でやった背景には妹への愛があった。いい姉だ。


 そんなイザベラを見ていた本部の人間は皆、微笑ましいものを見る目になったという。


 「ちっ」


 「舌打ちすんな、似たもの姉妹かお前ら」


 シャルロットといい、少しは淑女としてのつつしみというものはないのだろうか?


 「ああそうよ! シャルロットが気になるわよ、悪い!」


 「逆切れするな、仕事のストレスでも溜まってるのか?」


 いつにも増して短気なイザベラ。


 「うっさいわね」


 「そんなに気になるなら吸血鬼退治なんて任務を与えなけりゃいいだろ」


 「そういうわけにもいかないわよ、あの子は七位なんだから簡単な任務ばかりじゃ他への示しがつかないでしょ」


 確かに、第七位ともあろう者におつかいみたいな任務ばかりをやらせるわけにもいかない。


 「かといって十二位より下だったら与えられる情報がかなり少なくなるからな、シャルロットの将来を考えると今のうちに多くの情報を与えておきたいってとこか」


 十二位~六位までには実力差はない、しかし、十三位とでは権限に大きな差があり、その代り任務の困難の度合いも増す。


 「まあそんなとこよ」


 「やれやれ、相変わらず妹に甘いなお前は」


 「それで、行くの、行かないの?」


 「行きますよ、かわいい妹の頼みだ」


 兄としては妹の頼みくらい聞いてやるのが筋ってものだろう。


 「そう、ありがと」


 「しかし、それとは別に言っておきたいことがあるんだが」


 「何よ」


 「その格好はどうにかならんのか?」


 現在のイザベラの格好は男性用のスーツ姿。早い話がカジノのディーラーなんかが着ているような、動きやすさ重視の服装である。

 彼らはサイコロを振ったりカードを操ったりと見た目以上の運動量が求められ、怒った客をぶっとばす役目なども兼ねるので、その服は戦闘服といっていいほど機能性がある。


 「何か変かしら?」


 「いや、似会ってるのは確かだけどな、間違っても王女様の格好じゃないと思うんだ、つーか女性の格好ですらない」


 その辺違和感持とうよ。


 「皆この格好よ」


 「いや、ヒルダは違うだろ」


 本部には36名の“参謀”達がいるがそのうち4名は女性だ、しかし全員機能性重視で今のイザベラと似たり寄ったりの格好をしている、彼女らも暗黒街出身なのでその辺は一切気にしないのである。


 唯一違うのがイザベラの補佐官であるヒルダで、彼女だけは大貴族のお嬢様であり、貴族の礼儀作法や立ち振る舞いなども完璧でこっちが王女様と言われたほうがしっくりくるくらいである。


 とはいえ、頭の切れは尋常ではなく完璧な家出計画を立てて実行に移すほど、しかも12歳の時にそれをやり、13歳のときにリュティスの宝石店で働いてるところをイザベラの補佐官に推薦した。


 外見と服装と丁寧な言葉遣いなどは完全に貴族のお嬢様なのだが、やってることはお嬢様とは程遠く、結局この本部に普通の人間などは皆無なのである。


 「そうだけど、それは私がこの格好じゃダメな理由にはならないわよ」


 「そりゃそうだが」


 キャリアウーマンには見えるが王女には見えん、一応まだ王女なんだからその辺どうよ。


 「それにドレスなんか着てらんないし、スカートは走る際邪魔になるし、この格好が一番効率的よ」


 フェンサーのシャルロット以上に自分の格好に無頓着だなこいつ、発想が戦闘技能者のそれに近い。


 「それにあんたも人のこと言えないでしょ」


 俺が来てるのは黒を基調とした近衛兵とかが着てる服をさらに真黒に染めたもので、全身を無駄なく覆っている。


 「これはこれで利点がある。一つ、黒は正装の色だからこれで宮廷に行ってもなんとかなる。二つ、夜になれば完全に迷彩色になる。三つ、血の色が目立たない」


 『毒錬金』で殺す場合は問題ないが、“呪怨”で首を刎ねて殺す際には大量の血が噴き出るので返り血を浴びる場合がある。

 黒だと血の色がほとんど目立たないのである。


 「でも、分かる人には分かるでしょ。そんな恰好で宮廷に出るから“悪魔公”の渾名に磨きがかかるのよ」


 「うーん、便利なんだけどな」


 要は似たもの従兄妹ということだった。


 「まあいいか、俺はそろそろ行くから、これ飲んどけ」


 そう言って薬を投げ渡す。


 「何これ?」


 「生理痛抑制薬。以前煎じた奴と同じ、水に溶かして飲むべし」


いつにも増して短気な原因はそこだろう。


 「だから何であんたが知ってんだーーー!!」


 怒れる大魔神を背後に脱兎の如く逃げる俺。






≪回想終了≫






 そういうわけでシャルロットの吸血鬼退治に同行したわけだが。


 マジであっさり終了した。


 “精霊の目”を使うとアレキサンドルという男性が屍人鬼で、村長の孫のエルザという少女が吸血鬼であることが丸分かりだった。


 何万人も住む大都市ならともかく人口350人ほどの村では見つけるのは簡単である。



 夜になったところで“不可視のマント”で姿を隠しながらエルザに近づき、『スリープ・クラウド(眠りの雲)』で眠らせ森まで連行した。


 客観的に見ると完全に幼女誘拐犯である。



 「ようシャルロット、お待たせ」


 森で『サイレント』を張って待っててくれたシャルロットに挨拶する。


 「別に」


 相変わらず短いシャルロットの返事。


 「さて、おーい、こら、起きろ」


 ぺシぺシ。

 軽く叩いてみるが起きない。



 ゴンゴン。

 シャルロットが杖で叩く。


 「それは痛いと思うんだが」


 「起きない」


 確かに起きない、少し強力にかけ過ぎたかな?


 「しゃあないな、ここは」


 バリバリバリバリバリ!


 『ライト二ング・クラウド』を死なない程度に加える。


 「ぎにゃあああああああああああああ」


 「起きた」


 「見たいだな」


 人でなし兄妹ここにあり。



 「な、な、なにあんたら!?」


 生きてる、流石は吸血鬼。


 「お早う吸血鬼。まずは自己紹介から、俺は北花壇騎士団副団長のハインツだ」


 「同じく北花壇騎士団フェンサーのタバサ」

 名乗る俺達。


 「き、北花壇騎士!?」


 「お、流石に吸血鬼だけあって長生きしてるようだな。知ってるなら話は早い、君を処分しに来たのだよ我等は」


 コクコク。


 頷くシャルロット。


 「しょ、処分って、私悪いことしてないわよ!ただ生きるために人間の血を吸ってただけ、貴方達だって生きるために他の生き物を食べるでしょ、それのどこがいけないの!?」


 「はっはっは、何を言っているのかな君は。君が吸血鬼であろうがなかろうが、人の血を吸おうが吸うまいがそんなことは関係ない。君はガリアの一般国民を殺した。それはガリアという国に仇なす行為だ、だから処分される。それだけのことだよ」


 「・・・」

 絶句するエルザ。


 「理解したかい、例え君が普通の少女でも国家に害をなしたなら排除する、人間とはそういう生き物だ。そこに善悪は関係ない。益か害か、ただそれだけ。君が生き残るためには国家に益になるしかないわけだ」


 「どういうこと?」


 「早い話が歓誘だ、北花壇騎士団フェンサーとして生きる気はないかな? もっとも断ったらその瞬間に死ぬことになるが」


 「それって脅迫っていうんじゃ・・・」


 その通り。


 「さっきも言っただろ、別に君が国家に害を与えない限り問題ない。だからこれからは北花壇騎士団から命令された抹殺対象だけから血を吸うと良い、もし足りなかったら死刑囚の一人か二人くらいは融通してやるから」


 実はいくつかの監獄の獄長もやってる俺、人体実験にはそこから材料を調達するのである。


 「・・・」

 また絶句するエルザ。


 「拒否するならそれも構わんがその場合君は研究所送りになるな。吸血鬼の血液はいい実験材料になるし、その生命力を上手く利用する実験もできる。どの程度皮膚を焼いても自己再生できるかとか、その他様々な実験の材料として生かされ続けることになるな。最悪オークとの交配実験をやってみたり」


 「死んでも御免よ!」


 ちなみにこれらは6000年の闇の歴史の中で“聖人研究所”が既に行っていることなので、今更やっても何の意味もなかったりする。


 「それじゃあ交渉成立と、これからは馬車馬の如く働くように」


 「ううう、この世にこんな悪魔がいるなんて・・・」


 泣き崩れる吸血鬼の図、かなり珍しい絵だ。


 「・・・」


 「どうしたシャルロット?」


 「悪魔に捕まってこき使われる吸血鬼?」


 「言いえて妙だな」


 なかなか良い才能を持っているようだ。


 「なんでこんなことに・・・」


 未だ立ち直れないエルザ、哀れ。




 とまあこうして俺達の吸血鬼退治?は終了した。


















 そして本部に帰還する俺達。


 「いいかシャルロット、これ被って隣に立ってろ」


 そう言って“不可視のマント”を渡す。


 ちなみに“精霊の目”はもうあげた。


 「なぜ?」


 「いいから、副団長命令」


 「・・・」

 そして俺達はある部屋に入る。





 「おーすイザベラ、帰ったぞ」


 書類から目を離してこっちを向くイザベラ。


 「妹大好きイザベラちゃんに帰還報告に参りました」


 「誰がイザベラちゃんよ、誰が」


 イザベラに報告書を渡す。


 「ふーん、吸血鬼をフェンサーに編入したわけね。かわいそうに、いっそ死んだ方がましだったかもね」


 哀れむイザベラ。


 「なーに、生きてりゃいつかいいことあるさ、例えそこが地獄の底でもな」


 「地獄に放り込んだ張本人が言うんじゃないわよ」


 「大丈夫、エルザを引き取ってた村長さんにはエルザの親戚を知っているからってちゃんと話したし、普通にエルザと一緒に村を出てきたから」


 「そういう問題じゃないと思うけど」


 考え込むイザベラ。


 それに屍人鬼も問題ない、一般的にはもう戻せないとか言われているが、吸血鬼が遠く離れさえすれば戻す必要がないのである。

 『アンドバリの指輪』で操られる人形に似ているが、吸血鬼は死者を使役するほどの精霊の力の使い手ではない、もしそれを出来るとしたらエルフくらいである。

 なので屍人鬼は操られている“生者”であって、吸血鬼さえいなくなればただの人間になる。


 「吸血鬼は退治したと伝えてきたし、まだ被害も一人だったからこれから犠牲者が出なくなれば村人も落ち着くはず。一件落着ってやつだ」


 「そう、ありがとね」


 「まったく、本当に妹に甘いんだからな、そんなにシャルロットが大事か?」


 「当然でしょ、あの子は私の妹なんだから命に代えても守るわ。それに、私の人間の家族はあの子と叔母上くらいしかいないもの」


 て、ちょっと待て。


 「おい、陛下と俺はどうなった?」


 「人間の、って言ったでしょ、悪魔は別よ」


 「ひでえ、シャルロットには甘いくせに、差別だ」


 「かわいいあの子とあんたじゃ天と地の差があるわよ、つーかあんたは自称兄でしょうが」


 くくく、計画に嵌っているとも知らずに。


 「まあ、そんな兄からお知らせがあります」


 「何よ?」


 『エア・ストーム』


 ゴオオオオ!


 風が吹き、“不可視のマント”がとんで顔を真っ赤に染めたシャルロットが現れる、どうやら照れているようだ。


 「あ、あ、あ」


 イザベラの顔も見る間に真っ赤になる、先程の自分の言ったことを思い出したようだ。


 「謀ったわねーー! ハインツーーーー!!!」


 「くくく、げひゃははははははは!! 甘い! 甘いのだイザベラよ! この俺を顎で使おうなどと20年早い!貴様もシャルロットもまだまだ悪魔の掌で踊る道化に過ぎんことを知るがいい! ききき、かーかっかっかっかっかっか!!!」


 俺は“不可視のマント”を回収しつつ逃走する。笑い方を意図的にありえないものにして挑発しながら。


 後ろから姉妹仲よく追いかけて来るが所詮は女子供、この俺の逃げ足に敵うはずもない。



 本部はもの凄く騒がしくなったがこんなことは日常茶飯事、誰も気にしたりはしないし、どちらが勝つか賭けを始めるくらいである。


 要は誰も暴走を止めないということだ。






 こうして俺の陰謀は成功したのであった。






追記 8/31 一部追加




[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第四話  箱入り姫と苦労姫
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/07 06:59
 
 さて、ハルケギニアの国際情勢は常に動いている。


 アルビオンではついに王党派の拠点はニューカッスル城一つとなり、革命戦争は終結を迎えようとしている。


 そして貴族派『レコン・キスタ』はハルケギニアの統一と聖地奪還を大義に掲げているので当然アルビオンを制圧した後は他国の征服を開始することになる。


 それをいち早く察知したトリステインのマザリーニ枢機卿は隣国ゲルマニアとの軍事同盟を締結するために王女アンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の婚姻を取り付け同盟の証とした。


 そのために王女と枢機卿でゲルマニアに訪問していたのだが、その帰り道でトリステイン魔法学院に寄ることになった。


 そこで王女様がとんでもないことをやらかしてくれたのである。








第四話    箱入り姫と苦労姫







■■■   side:ハインツ   ■■■





 ルイズと才人が住む部屋を監視していた俺の“影”のゼクスから緊急連絡が来て、俺はその報告を聞いてすぐにグラン・トロワに向かった。


 幸いにもあの馬鹿なカラクリは増加されておらず、すんなりと陛下の下へたどり着けた。


………なぜこんな余計なことを考えなければならないのだろう。


 俺は世界の理不尽さを噛みしめながら陛下に報告に上がった。







 「くくく、ははは、はーっはっはっはっはっは! いやいや、あのトリステインの小娘もなかなか面白い出し物を考え付くことだな」


 陛下は笑っているが笑いごとではない。


 「陛下、笑いごとじゃありませんよ。あの脳天気(誤字にあらず)王女様は、ルイズと才人をアルビオン革命戦争最大の激戦地となっているニューカッスル城に送り込んだんですよ、初戦とかならいざ知らず5万対3百の状況になってから送り込みますかね普通」


 「あの小娘にとっては悩み抜いた末の英断なのではないか、滑稽もここまでくると見事だ。まさか幼馴染を戦場の真っ只中に送り込むとはな。うむ、利用できるものは何でも利用するその気質、実に王族に相応しいな」


 何か感心してる陛下。


 「とはいえ1年前には既に王党派の敗北は決定事項だったんですけどね。首都のロンディニウムが無事だったとはいえ、その他の主要都市は大半が落とされ空軍の動員がほぼ不可能になってましたから。その時点で普通は手を打つべきというか、まあ、ゲルマニアとの同盟は最近のことですから仕方ないと言えば仕方ないですけど」


 「あの小娘にそこまでの大局眼を求めるな。王族とは何か、という自覚の無い者など所詮は王宮という庭で放し飼いにされている犬に過ぎん、政治はおろか世間のことすら何も知らないのだ」


 「そういやそうでした」


 俺の中では 王女 = イザベラ なので王女というと謀略や内政に長けた有能な為政者というイメージがあった。よく考えればイザベラの方が異常なのだ。陛下も若いころから北花壇騎士団長だったのだし、親子揃ってか。


 「主演達は大変だな、そのような茶番劇(バーレスク)にまで巻き込まれるとは流石は物語の力といったところか。しかし、そういった試練を乗り越えてこその英雄なのだろうな」


 「才人としてはたまったもんじゃないと思いますが、そこは俺達が言えることじゃありませんね。それで、俺はどのように動きましょうか?」


 「こんな感じで動け」


 そして陛下は書類を投げてくる。


 しばらくその書類を読む。





 「陛下、正気ですか?」


 「正気だ」


 いくらなんでもこれは。


 「死ねと言ってますか、俺に」


 ルイズや才人ではなく、俺に死ねと言っているな。


 「無論だ、せっかく物語が動いているのだからそこはあえて動かさず成り行きに任せる。そしてその後でお前は計画を発動しろ」


 「あの~、それだと時間的猶予が一切ないんですけど」


 「無ければ作れ」


 ひでえ。


 「とんでもない無茶ですね、計画が崩れるどころじゃないんですけど」


 「恨むなら運命を恨め、どうやらお前は運命に嫌われているようだな」


 素晴らしい笑顔で告げる陛下、何でこの人はここまで晴れやかな笑顔をできるのか。


 「はあ、分かりました、最善を尽くします」


 「死ぬ気でやれ」


 まさに魔王だ。





 そうして俺はグラン・トロワを後にして本部に戻った。


 計画に大幅な修正が必要なのでイザベラと話し合わなければならん。













■■■   side:イザベラ   ■■■



 「計画を修正する?」


 いきなりやってきたハインツがそう言ってきたので思わず聞き返してしまう。


 「ああ、完全に予想外の事態が起きてな、残念ながら大幅な変更が必要になった」


 一体どういうことだろう、本来ならニューカッスル城が陥落する前にハインツが秘密裏にガリアの特使として派遣されて、ウェールズ王子と150名程の空軍士官をガリアに亡命させる手筈だったはずだが、そして身代り用のスキルニルを残しておきウェールズ王子は戦死することになっていた。


 「どういうこと?」


 「マザリーニ枢機卿と馬鹿姫、もといアンリエッタ王女がゲルマニアを訪問してたのは知ってるよな?」


 「ええ、ゲルマニア皇帝と婚姻を結んで軍事同盟の証にするんだったわね。まあ、妥当な手段だと思うけど」


 アルビオン王家が滅んでからではなく、滅ぶ前に準備をしていたのは流石というべきかしら。


 「で、それの帰り道、王女一行はトリステイン魔法学院に寄ったんだが、そこで王女様が幼馴染のルイズにとんでもないお願いをした」


 「とんでもないお願い?」


 何か嫌な予感がする。


 「王女様がウェールズ王子に永遠の愛を誓った手紙があるらしく、それが『レコン・キスタ』の手に渡ると同盟をぶち壊すための格好の材料になる。それを回収してきてくれと頼んだんだ。5万の『レコン・キスタ』兵が集結しているアルビオン最大の激戦地に行ってこいと、しかも相手はただの学院の生徒だ」


 「トリステインの王女様はエルフの毒を飲んだのかしら?」


 本気でそう疑える、子供だってそれがどんなに無茶なことか分かるわ。


 「信じ難いことだが正気で言ったらしい。頭の中に蛆でも湧いてるのか、もしくはお花畑にでもなってるのか」


 ハインツの意見ももっともね。


 「で、その馬鹿姫の依頼で主役達はニューカッスル城に行く羽目になったと。でも、それがどうして計画の変更になるの?」


 そこが謎だ。


 「その馬鹿姫も流石に生徒だけでは危険だと思ったのか護衛をつけた。一応ルイズの婚約者になっているグリフォン隊隊長のワルド子爵という人物で「風のスクウェア」だ、しかし、この男が『レコン・キスタ』の内通者だったりする」


 「ぶっ」


 思わず噴き出す。


 「どんだけ迷惑かけるのよそのお姫様は」


 「さてな、そしてそのワルド子爵は正式にはまだ『レコン・キスタ』に入ったわけじゃない。いきなり新参者が入って重用されるわけもないからな、今はまだ情報提供者くらいなんだが今回のことは彼にとって千載一遇の機会となった。何しろ同盟妨害の手紙とウェールズの首、この二つを同時に手に入れることができる大チャンスだ、当然彼はそのために動くことになるな」


 「なるほどね、そのワルドって奴の単独任務になるからゲイルノート・ガスパールとしてもそれを止めることはできないわけね。そして、主役達の物語がそういった形で進行している以上、それが終わるまでは私達は手だし出来ないってことになる」


 それで計画変更になったのか。


 「そう、しかしそうなると恐らく間に合わない。ワルドがウェールズ暗殺を実行するとしたら、『レコン・キスタ』の総攻撃の直前だろう。そのタイミングでは既に王党派が保有してる“イーグル号”は非戦闘要員を乗せて脱出してるだろうから、彼らの半数をガリアに亡命させることができない」


 「最悪、しかもウェールズ王子死んでるし」


 「だから三つの条件が追加された。一つ、俺も影から才人達を見張って才人達が死なないように、それと、ウェールズが首を飛ばされて死なないように監視する。二つ、『レコン・キスタ』の総攻撃を何とか遅らせる。三つ、ガリアから船を派遣して王党派の半分を亡命させる」


 「無茶苦茶な条件ね」


 どう考えても死ねと言っている、ハインツに。


 「とはいえこうなった以上はやるしかない。そういうわけで費用がかかる、多分20万エキュー(約20億円)くらいは余分にかかると思うからその辺のやりくりを頼む宰相殿」


 「もの凄く余分な金ね。とはいえアルビオンまで空海軍を動員するとなればそれぐらいは軽くかかるわ、仕方ないか」


 まったく、トリステインの腐れ王女が余計なことをするから。


 「ったく、その馬鹿女は本当に何を考えてるのかしら、国のためを思うなら真っ先に枢機卿に相談すべきでしょうに」


 「彼女にとっては国の未来よりも自分が怒られるかどうかのほうが大事なんだろ。いや、それ以前にそれを比べる考えがそもそも無いんだな」


 つくづく呆れる。


 「まったく、考えるのは自分のことばかり、責任は全部他人のせい、これだから王女ってのは」


 「いや、お前も王女だろ」


 「忘れたわよそんなもん」


 というか私が王女になったのは3年前、そのときからもう団長だったしすぐに宰相も兼任したからプチ・トロワにいたのなんて年に数えるほどだろう。

 大半は本部にいたし、ヴェルサルテイル宮殿では“円卓の間”で九大卿と協議することはあっても王女の誕生会なんかには参加したこともない。


 ・・・こうして考えると私って王女らしいことほとんどやってない。


 「まあそれはいいとして、しかし、実はこの話にはまだ裏があってな」


 「まだあるの?」


 「ああ、その馬鹿姫様の手紙なんだが、実はここにある」


 そう言って件の手紙を取り出すハインツ。


 「何であんたが持ってんのよ!」


 思わず叫ぶ私。


 「3年前の先王陛下が崩御される前、ラグドリアン湖の湖畔でトリステインの大后マリアンヌの誕生日を祝う大規模な園遊会が行われただろ」


 「あれね、私が会場で他国の貴族達の情報を集めて、あんたがフェンサーを率いて会場から離れた所で密談をしてる貴族の弱みを握るために張り込んでた園遊会」


 よく覚えてる、あそこで得た情報を基にゲルマニアに対する裏工作を開始して、お爺様の崩御の際にゲルマニアがガリアに干渉できないようにしたのだったわ。


 「その時にウェールズ王子と馬鹿姫が逢引してるのも当然つかんでな。その際にお姫様が出した恋文がウェールズ王子の手に渡った後、こっそり頂いて代わりに偽物を置いておいたんだ、驚いたことに本物には王女の印が押されていた、だからこれが見つかった場合偽物だと言い逃れすることはできない」


 「でも、ウェールズ王子の手元にある偽物は当然本物の印は使われていない。鑑定すれば本物かどうかは分かる。しかしもらった本人であるウェールズ王子がそんな真似するはずもなく、そのまま保管してたわけね」


 あれ?そうなると。


 「そう、ワルド卿は偽物の手紙を奪うために画策しトリステインを裏切る。仮に成功しても鑑定結果は偽物、ワルド卿は無能ぶりを『レコン・キスタ』にさらけ出すことになる。そして才人達は別に取られても問題ない偽物を回収するために戦場に送り込まれることになり、成功しても『レコン・キスタ』司令官ゲイルノート・ガスパール(俺)の手元に本物の手紙がある状況は変わらない」


 「・・・・・」


 なんて茶番劇。


 「つーか『レコン・キスタ』の司令官の手元に既に本物の手紙があるのがおかしいのよ」


 「俺もそう思う、なんでこんなことになったんだろうな?」


 「私が知るわけないでしょ、しかし、ウェールズ王子にとってあんたは最悪の悪魔ね」


 こいつはウェールズ王子に恨みでもあるんだろうか?


 「だよなあ、杖を奪われ、国を奪われ、恋人からの手紙を奪われと、いいこと無しだな」


 感心してるハインツ、ここまでくるともう運命って感じね。



 「まあ、要は今回もあんたの自業自得ってことね、後始末くらいはしっかりやりなさい」


 「なんで俺が関わるといっつもこんな茶番劇になるんだろうな?」


 愚痴るハインツ、こいつは自業自得という宿業を持っているのだろうか?



 「ま、過労死だけはしないように頑張りなさい、経費とか空海軍を動かすための手続きとかは私がやっておくから」


 「サンキュー、じゃ、頑張ってくるわ」


 そして出かけていくハインツ。



 さて、私もロスタン軍務卿やカルコピノ財務卿、それからバンスラード外務卿とも協議しなきゃならないわね。



 余計な仕事を増やしてくれたお馬鹿姫様にいつか報復することを誓いつつ、私は政務にとりかかるのだった。






















■■■   side:ハインツ   ■■■




 さて、現在俺はトリステインの港町ラ・ロシェールにいる。


 この街にも『ゲート』は存在するのでヴェルサルテイルから直通で来れた、しかしニューカッスル城付近には『ゲート』がある都市は存在せず、ロサイスが最も近くなるので一人では限界がある。


 しかも、この作戦では才人達、『レコン・キスタ』、ガリア空軍、の3つの動向を完全に把握しながら動く必要があるのでもの凄く難易度が高い。


 ガリアの軍港サン・マロンにも『ゲート』があるので一旦寄って、あいつらに頼んで新型戦艦と300体程のガーゴイルをアルビオンに派遣してもらった、既に出発しているはずだ。


 彼らも“デンワ”を持ってはいるが、やはりここは万全を期すべき。


 「やっぱ、使うしかないか」


 俺は“あれ”を使う覚悟を固めながら、才人とワルド卿の決闘を眺めていた。














 決闘の結果、ワルド卿が勝った。


 いくらガンダールヴとはいっても所詮はただの高校生、こっちに来てからまだ1月も経っていない身では流石に「風のスクウェア」は無理があるな。


 そう思ってると才人が笑顔で「ありがとうございました!」とか言ってワルドに礼を言った後、宿屋に走っていった。


 何かおもしろくなりそうな予感がするな。











 しばらく後、予感的中。


 「ハインツさん、自分より強い相手に勝つにはどうすればいいですかね?」


 シャルロットが持つ“デンワ”経由で才人から連絡がきた。


 理由は分かりやす過ぎるが俺があの決闘を知っているのはおかしいので話を合わせる。


 「落ち付け才人、いきなり言われても訳が分からん。とりあえず理由を話してくれ」


 「えーとですね、やたらとムカつくヒゲ野郎がいるんです。もの凄く偉そうで、以前ハインツさんが言っていたように農民を見下す武士って感じです。割と敬意を払っているように見せて内心では嘲笑うタイプですね、下賤な農民ふぜいがって感じで。そいつに日本国民の意地を見せてやりたくて、ハインツさんならいい方法を知っているかなって思って」


 ほう、負けたことに衝撃を受けるよりも次にどう勝つのかを考えるか、なかなかどうして。


 「なあ才人、ひょっとしてルイズの前でぼこられて悔しいとかそんな理由か?」


 あえて踏み込んでみる。


 「まあそれもないわけじゃないですけど、それよりも魔法万能って感じが気にくわないんです、俺が帰れるまで最低1年はかかるんですよね、それまではこっちのルールに従うのはまあいいんですけど、見下される覚えはないですから」


 ふむ、帰れる保証があるから思考にゆとりがあるみたいだな、俺が早いうちに接触したのは割といい効果を生んだようだ。


 「よし、そういうことなら元日本人としてメイジに勝つコツを教えてやろう、まず確認だが、お前は自分の能力は分かってるか?」


 「はい、ハインツさんがくれた本に書いてあったルーンの効果のとこから考えると、“身体強化系”と“解析操作系”と“精神系”を混ぜたような感じです、武器を持つと“身体強化”が発動して、同時に武器の扱い方が分かる“解析操作”が発動して、その強化の度合いは俺の“精神”に比例するようです、“アバンストラッシュ!”って叫びながらデルフを振ったら威力が上がりましたから」


 色々面白い実験をやってるようだ。

 “アンパンチ!”って叫びながら殴れば素手が強化されるかもしれん。


 「そうか、デルフってのは前に言ってたしゃべる剣のことだな、ちょっと代わってもらえるか?」


 「ちょっと待っててください」

 デルフを買った後、しゃべる剣が珍しかった才人から一度連絡が来ている、当然そのときもシャルロット経由だったが。


 しばし後。


 「あ~、もしもし、もしもし、おい、聞こえてんのかおい!」


 これまたチンピラみたいな声がした。


 「聞こえてるよ、君がデルフかい」


 「応よ、俺様がデルフリンガー様よ!」


 「よし、デルフ、君はインテリジェンスソードなんだから何か特殊能力はあるか?」


 それがあれば戦術の幅が大きく広がる。


 「んー、よくわからねえ」


 なんだそりゃ。


 「なんかあったような気もするんだけどー、うーん、思い出せねえ」


 使えない。まあ、間違いなくガンダールヴが右手に持っていたという大剣なんだろうが。


 「そこはとりあえずいい、問題は知識だ、君、魔法の知識や戦いについての知識はあるか?」


 「うーん、多分あるぜ、あのワルドとかいう髭のオッサンと相棒が戦ってたときも魔法が発動するタイミングとか解ったしな」


 それはいい、経験が無い才人にはまさに最優の相棒というわけだ。


 全く、この物語は良く出来ている。


 「よし、じゃあもっかい才人と代わってくれ」


 「応よ」



 そしてもう一回戻る。


 「もしもし、ハインツさん、どうでした?」


 「とりあえず戦術的な助言は出来る、よく聞いてくれ」


 「分かりました」


 才人の声の調子が変る、どうやら真剣なようだ。


 「まず、相手が誰であれ基本的にデルフと協力して戦うこと。お前はまだ魔法使いとの戦いに慣れてないからどんな魔法がくるのか詠唱から予測できない、戦闘を生業にするメイジや傭兵には必須の技能なんだが、いきなりやれと言われても無理があるだろう」


 「絶対無理です」


 言いきったなこいつ。


 「そこで経験豊かなデルフの出番。デルフが相手の魔法の種類とか発動のタイミングとかを見きってくれるだろうから、お前はその声に従って動けばいい、疑わずに相棒を信じること、そして相棒の声を聞く余裕を常に持っておくこと」


 「なるほど」


 「あとは相手の虚を衝くことだな。簡単な手段としてコショウを小さい袋に詰めてそれに紐を通して簡易的なスリングにして投げる、それを武器と認識すればガンダールヴのルーンが発動するだろうから、正確にしかも剛速球で投げれるはずだ。相手が咄嗟に弾いても、中からコショウが炸裂して相手を苦しめる。メイジなんて連中は普段厨房に立たないから、コショウに対する免疫はまるでない、一発で魔法が唱えられなくなる」


 中世ヨーロッパと違ってハルケギニアではコショウは貴重品ではない。


 「おおーー!」

 感心する才人。


 「あとは小型のナイフとか包丁とかを隠し持って置いて、いきなりデルフを敵に全力で投げつける。相手はまさか主力の武器を投げてくるとは思わないから、びっくりして対応が遅れる。そこでナイフを握って速力全開で回りこんで接近戦で切りつける。接近戦なら一番強いのはナイフだからな、相手が魔法を唱える前に勝負がつく」


 「ふむふむ」


 「いいか、ブックにも書いたが、メイジの最大の欠点は魔法が絶対だと盲信してるところだ。だからそれ以外の予想しない手段で来られると対応が遅れる、その一瞬の隙で勝負を決めるんだ。お前は速度に特化してるはずだから、持久戦よりそういう一撃必殺の短期決戦のほうが向いてるはずだ」


 「分かりました、いやー、とても参考になりました。そうですよね、相手に魔法があるならこっちはそれ以外のあらゆる手段を使ってやればいいんですよね。ギーッシュの時もそうやったんだし。よーし、じゃあコショウ爆弾とか作ってみますね」


 どうやらそれを作ってみたいらしい、まあ漫画とかの王道だし、誰でも一度は作って投げてみたいかもしれない。


 「まあそんな感じだ、後は創意工夫次第、がんばれ!」


 「はい! 頑張ります!!」


 元気な返事がきた。


 どうやらやる気満々のようである。




 「もしもし」


 「シャルロットか?」


 いきなり出てきたシャルロット、ずっといたのかこいつ。


 「シャルロット、才人は?」


 「厨房に行った」


 もう作りに行ったのか、行動が早い。


 「お前、話は聞いてたか?」


 「聞いてた」


 風メイジは耳がいい、隣にいたのなら会話は聞き取れるだろう。


 「そうか、例のヒゲ男爵は多分風の使い手だろ?」


 「風の使い手だけど子爵」


 ヒゲの部分は否定しないようだ。


 「そうか、お前も風の使い手だから才人がリベンジするまでの練習相手にでもなってやれ。それに、強力なルーンマスターと訓練することはお前の戦闘技術の向上になるし、新しい戦術を思いつくかもな」

 シャルロットのことだから、既に何度かやってるかもしれんが。


 「……わかった」


 少し考えてから返答するシャルロット、こいつを誘導するくらい容易いものだ。ふふふ。


 「じゃあな、またなんかあったらいつでも連絡しろ」


 「了解」


 そして対話が終わる。



 「ふむ、才人の方は順調に成長しているな、後はルイズのほうか」


 ルイズの本質は実践者ではなく理論者、だから現段階ではほぼ無力。


 しかし、条件が揃えば才人以上に爆発的に成長するはずだ。


 二人が成長し、本当の意味での主従となればその力は凄まじいものになる。


 そしてその周りにシャルロット、キュルケ、コルベール、マチルダなどが揃えば鬼に金棒、俺達に匹敵するほどの存在になる。


 その時までは、まだまだ裏方に徹する必要がありそうだ。




 「全く、御都合主義の物語のために裏で骨折る悪魔は大変だな」




 俺はそんな愚痴を言いながら、来るべき作戦決行の為の準備を進めた。







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 ご指摘ありがとうございます。修正しました



[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第五話  アルビオン大激務
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/05 23:28
 
  才人とヒゲ子爵が決闘したその夜。


 ラ・ロシェールにいるファインダーと連絡を取ったところ、仮面を着けたメイジが最近現れているらしい、おそらくはヒゲ子爵の『偏在(ユビキタス)』、風のスクウェアのみが扱える風を最強たらしめる魔法である。


 そして才人達が泊まる『女神の杵』亭の周囲には傭兵が集まっている。


 そろそろ状況が動く頃だと判断した俺は本格的に動き出すことにした。






第五話    アルビオン大激務





■■■   side:ハインツ   ■■■



 宿の周囲の傭兵を勧誘して回ったメイジは元ヒポグリフ隊隊員のニコラ・ボアロー24歳、“岩石のニコラ”の異名を持つ「土のトライアングル」であり、ヒゲ子爵の協力者。


 この人物は実力的には隊長も務まるほどだが、爵位を持たない下級貴族出身だったため出世することができなかった。


 故に実力次第で誰でも高い地位につけ、口だけの大貴族は問答無用で殺すゲイルノート・ガスパールを慕って『レコン・キスタ』に入った。

 アルビオンの軍隊の中でもそういった理由からゲイルノート・ガスパールを慕って『レコン・キスタ』に参加した士官は多い。


 ゲイルノート・ガスパールとは『影の騎士団』が知恵を寄せ合って造り上げた軍人の理想の一つである。


 自己の力を頼みにし、兵を率いて負けなし、己の覇道を成就させるためにハルケギニアに戦いを挑む。

 兵の略奪は一切許さず、軍紀は厳しく、破る者は悉く処刑、しかし己に従う者には必ず勝利をもたらす。


 要は、あいつら6人がもしこんな上官がいたらいいな、と思い描いた人物なのである。


 故に軍人からの支持は絶大、今回のニューカッスル城攻防戦には参加せずロンディニウムに留まっているのも彼が望むのは戦場であり、5万対3百の処刑場ではないからである。


 逆に絶対に勝てる戦いであり、アルビオン王家を潰えさせる重要な決戦と見た政治家貴族はこぞって参戦している。


 自分の運命がどうなるとも知らないで。




 まあそんな訳で俺は準備を開始した。


 「さーて、気合い入れるか」


 トシュッ!

 という音と共に注射器の薬液が俺の体内に流れ込む。


 これは“ヒュドラ”と“ラドン”の中間に位置する“ピュトン”という薬。


 効果自体は“ヒュドラ”と同じだが、持続時間は“ラドン”と等しく3日間近く、当然副作用も大きいがこの際そんなことは言っていられない。


 「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」


 俺は『偏在(ユビキタス)』を唱え、分身を2体作り出す。


 この分身とはランドローバルと同じように念話が使え、感覚共有も可能である。


 当然それは本体と分身体のみで分身体同士では連絡はできない。(本体を中継すればいいだけの話)



 偏在(ファースト)はランドローバルに乗って戦艦『インビジブル』に向かう。


 偏在(セカンド)は用意しておいたワイバーンに乗ってアルビオンへ。


 そして俺(本体)は才人達の監視を続行した。








 『女神の杵』亭。


 ここでは“岩石のニコラ”が率いる傭兵が戦っていた。


 どうやら才人、ルイズ、ヒゲ子爵の3人は桟橋に向かったようで、シャルロット、キュルケ、ギーシュの3人が残ったらしい。


 北花壇騎士団第七位とその親友を相手にするには傭兵達は弱すぎたようで、簡単に蹴散らされた。


 さらにギーシュの使い魔と思われるジャイアント・モールが地面を掘って地盤を緩くしたところに大勢が逃げたものだから全員地面を踏み抜いて落っこちた。


 そこにギーシュのゴーレム『ワルキューレ』が油を注いでキュルケが『炎球(ファイアーボール)』をぶつければ終了。


 こりゃ20人ほどの焼殺死体が出来上がるな、と思いつつ、シャルロットとキュルケが俺の「やる時は徹底的に」の教えを守っていることに感心。


 この傭兵の中には先日に戦ってその後放っておいた連中もいる、つまり一度倒した相手がまた挑んできたのである.
さらにもう一回挑んでくる可能性がある以上皆殺しは正しい戦略。


 相手は傭兵なので情けをかける必要はなし、傭兵とは死の危険が高い代わりに多額の報酬を得る仕事、まして今回のようにメイジとはいえ子供に矢を撃ったのならば裁判を受けても極刑が待っている。


 まあ、俺ならそんな理屈はいらず、気に入らなければ『毒錬金』でまとめて殺すのだが、彼女達は良識を持つ普通の人間だからそういった理由が必要なはずである。


 “岩石のニコラ”は傭兵が全滅するとすぐ退いた。おそらく彼の任務はパーティーの分断と引き付けであり、それが終わった今シャルロット達と戦う必要は無い。


 そのあたりの判断は適切、優秀な軍人なのは間違いないようだ。



 むこうは片付いたことを確認しつつ、俺は監視用ガーゴイルの“アーリマン”との連結を切った、回収はファインダーが行う手筈になっている。







 こちらでも事態は進行中。


 俺は“不可視のマント”で姿を隠しながら『サイレント』も併用して彼らと共に行動している。


 ヒゲ子爵は風のスクウェアだが、目と耳が役に立たない以上察知はできない。これを破るには鋭敏な嗅覚が必要なのだ。(当然匂いを消すアイテムも併用してるので犬がいても意味は無い)



 船に着く途中、白い仮面を着けたヒゲ子爵の偏在が襲ってきたがあえなく撃退された。


 ヒゲ子爵の偏在は才人に『ライト二ング・クラウド』を放ったが、デルフの指示に従った才人が感電する前に偏在に向かってデルフを投げたのでデルフが避雷針となって無傷で済んだ。


 俺の助言も役に立ったようでなにより。


 まあ後は問題なく『マリー・ガラント』号という船で出港したのだが、何かまだまだハプニングがありそうではあった、物語の力はかなり強力なようだ。








■■■   side:偏在(セカンド)   ■■■



 こっちも任務は順調に進行中。


 ワイバーンに乗ってアルビオンに一足早く渡って来た俺は、アルビオン空軍の重要拠点ロサイスに来ていた。


 ニューカッスル城は突き出た半島の突端にあり、一方向からしか攻められない要害。


 そんなところまで大砲を運んでいくのも面倒だし効率が悪いので城壁への砲撃は艦隊が担当することになっている。


 俺は『レコン・キスタ』の軍司令官なのでその辺を知っていて当然。(とゆーか俺が決めた)


 まあそんな訳でアルビオン空軍の総旗艦『レキシントン』号(元『ロイヤル・ソヴリン』)と十数隻の戦列艦が明日の正午の攻撃の為にこのロサイスに集結している。


 最も『レキシントン』だけは本日も空爆に向かっているそうで、現在あるのは残りの船のみ。


 俺の任務はこの艦隊にある“仕込み”をすること、正に悪魔と呼ばれるに相応しい悪辣な仕掛けであり、これが発動すれば空軍は一時的に全ての能力を失う。


 これによって総攻撃を僅かに遅らせるのが俺の役目である。






















■■■   side:アルフォンス   ■■■


 戦艦『インビジブル』の上。


 俺達は3人で作戦会議の真っ最中だ。


 「しかし早いなお前らは、まさかもうここまで来てるとは思わなかったぜ」


 ハインツが驚きを込めて言う。

 このハインツは本体ではなく“偏在”だそうだが俺らにとっては何も違いは無い。


 「はっ、俺達をなめるんじゃねえよ、俺とクロードのコンビだぜ、本来ならあり得ない夢の連携なんだからな」


 俺達は現在少将の地位、空海軍では一等戦列艦を任せられる艦長であり、総督や提督に次ぐ地位だ。


 陸軍とは違って空海軍は戦艦一隻で完全にひと固まりなのでこれを束ねる艦長の責任は非常に重大となる。


 ガリア両用艦隊は総数200隻を数える大艦隊であり、その中には二等戦列艦や三等戦列艦も当然含まれるが、一等戦列艦の数も多い。


 そしてそれぞれの艦の艦長は少将、准将、大佐などが受け持ち、中将は10~20隻近くの分艦隊をまとめ(現12人)、大将は50隻の艦隊をまとめ(現3人)、総司令官であるクラヴィル元帥が総督となっている。


 つまり、本来なら俺とクロードが同じ艦に乗って指揮することはありえない。俺の乗艦『ヴェルドラ』とクロードの乗艦『ヴィカリアート』は姉妹艦の一等戦列艦であり、それぞれの指揮をするからだ。



 しかし、今回の任務はガリア王の勅令による極秘任務で、艦隊総指令であるクラヴィル元帥を通さずに動いており、俺が艦長で、クロードが副長になっている。


 当然その船は両用艦隊に所属する船ではなく、技術開発局が新規開発した未公開の新型戦艦『インビジブル』。


 乗組員は俺とクロードの船からそれぞれ半分ずつ引き抜いてきた連中だ。


 「しかし凄い。普段乗ってる艦じゃなくしかも別の艦の人員との共同作業にもかかわらずここまでの錬度を維持するとは、お前らの部下だけならアルビオン空軍にも負けないんじゃないか?」


 嬉しいことを言ってくれるぜハインツ。


 「いや、それは違うな、俺とこいつの艦は同型艦だから細かい点までよく似ている。だから戸惑うことなく役割分担が出来てるだけでその点では特別優秀というわけではない。それにこの『インビジブル』が持つ能力が桁外れに高いこともあるからな、特に褒めることでもない」


 何でこいつはこうなんだか。


 「おい、クロード。せっかくハインツが褒めてんだから素直に威張っときゃいいじゃねえか、なんでお前はそう否定的なんだよ」


 「別に、俺は単に客観的な事実を述べているまでだ。ほっとくとお前はどこまでも無茶を言い出すからな、そんなだからハインツやアラン先輩におだてられ、こき使われる羽目になる」


 あー、むかつくなこいつは。


 「うっせーよ、いつ俺がハインツにこき使われたよ?」


 「まだ俺達が尉官で風竜警備隊だった頃、お前のせいで散々こき使われた覚えがあるが?」


 「う、あ、ありゃあ、アレだよ」


 うわー、あれは確かに俺が悪かったからなあ、どうしよう。


 「クロード、そこまでにしておいてやってくれ、つーかこの会話だと俺が諸悪の根源にしかならないから胃に悪い」


 おお、流石はハインツ!


 「ふむ、それもそうか、それで、“品物”を届けるタイミングはどうなる?」


 話は軌道修正されたみたいだな、やばかった、やばかった。


 「俺の本体からの連絡次第だ、それまでに“迷彩”を使わずに近づけるとこまで近づいてくれ、アルビオンの空中戦力は俺のもう一つの“偏在”が無力化するから」


 “迷彩”ってのは虚無の『幻影(イリュージョン)』を利用した装置で、早い話が戦艦版の“不可視のマント”。


 ただし、戦艦ほどの大質量を覆うには相当の力の源が必要で、なかなかの量の「土石」を消費する。


 何で「土石」なのかはよくわからんが、魔法の効果を固定するには「土」の力が一番なんだそうだ。


 まあ、ガーゴイルも「土石」の力で無機物を固定してるものだからそれに近いのかもしれない。


 「それで、お前の本体からの合図があり次第、“迷彩”を使って近づいて、城の中庭に“着地”すりゃいいんだな?」


 「ああ、この艦ならそれが可能だ」


 “着地”ってのは本来港にしか泊まれねえ艦をどこにでも泊まれるようにしたことだ。


 艦全体に『レビテーション』を「風石」を消費して発生させることで、艦を数十サントくらい浮かせるらしいが、普通の艦でそんな真似させ続けりゃすりゃあっという間に「風石」が尽きちまう。


 しかし、この『インビジブル』は翼人を始めとするその他の先住種族の協力で、「風石」を今までの10倍近い効率で使用できるようになっているらしい、だから“着地”も通常の「風石」の積載量で行えるわけだ。


 “迷彩”といい“着地”といい、正に新技術のオンパレードな艦なんだが、最大の問題もある、それが。



 「確かに画期的な艦だ。これが両用艦隊で採用されれば敵なしとなるが、問題はコストだな」



 そう、この『インビジブル』には通常の一等戦列艦の100倍以上の費用がかかっている。


 いくら「風石」を10倍燃費良く使用できても元をとるために20年以上はかかる、その間に撃墜でもされようものなら一気にパアになる。


 割に合わないことこの上ない艦なのだこいつは。


 「そうだな、現段階じゃ試作品の域を出ないな。こんなに金かかってたんじゃ兵器としては下の下だからな。宝石みたいな観賞用になるのが関の山か」


 ハインツもその問題点は認識してるみたいだな。


 「だけどよハインツ、積み荷の“品物”は一体50エキューくらいまでいったんだろ。そいつらはもう立派に実用レベルだ、あとはそれに追いつけるくらいに改良できれば十分使えるぜ」


 俺はそう思う、コストがかかり過ぎるならあまりかからないように改良すればいい。そしてブリミル教がそういった研究を異端だとかぬかすなら、その研究成果でぶっ潰してやればいい。


 魔法ってのは人々の暮らしを支えるためにあるもんだ。しかし、現在では効率が悪すぎてマジックアイテムの大半は特権階級の独占物、それをより一般的にするための研究をしようものなら、大貴族と手を組んだ糞坊主共が異端だとかぬかして弾圧しやがる。



 要は自分達の特権が犯されたくねえから弾圧してるに過ぎねえってのに、それを神の御意志だとか小賢しい理屈を並べて神に責任転嫁しやがるのが一番気に入らねえところだ。


 ハインツなんか大量虐殺だろうが殲滅作戦だろうが、やると決めたら全部自分の責任でやる、誰にもその責任を押し付けようとはせず、王家のせいにも国家のせいにもしないし、大切な誰かを守るためでもない。あくまで自分の意思だけで決めたことだとする。



 そこが俺達7人の中でハインツが別格なところだ、こいつだけは特別な人間が存在しない。


 俺にとって『影の騎士団』や自分の家族は特別な存在だ、それを守るためなら俺は何だってやるだろうし、クロード、アドルフ、フェルディナン、アラン先輩、エミールもそこは変わらない。



 だが、ハインツだけは違う。こいつは俺達以上に何だってやるが、それは誰かのためではなく己の為、自分が守りたいから、自分がやりたいから、それだけの理由でハインツは行動する、そこに他者の意思は関係ない。



 こいつは世界の誰よりも自分中心で傲慢だが、世界の誰よりも優しい奴だ。



 ブリミル教の糞坊主共が唱える全てを平等に救う神などではなく、自分が救いたいものだけを救う。


 もしそれがたまたま世界になったら、一切の妥協なく世界全てを救おうとするだろう。


 まあ、こいつは好き嫌いが激しいからそんなことは絶対にねえだろうけど。




 「そうだな、今結論付けても仕方ない。これはあくまで未来への第一歩、いつかこの技術が一般のフネでも普通に利用される日が来ると良いな」


 そういって笑うハインツ。


 「違うぞハインツ、来るといいではなく、来させるのだ。その為に俺達は働いているんだからな」


 お、クロードのくせに良いこと言うじゃねえか。


 「そうだぜハインツ、俺達に不可能はねえ、つまんねえ理屈があんならそれごと粉砕してやろうぜ!」


 俺は気合いをいれる、この作戦はその第一歩だ。


 「そうだな、よし、空のことは艦長と副長に任せる、俺は俺に出来ることをやろう」



 これもこいつのすげえとこだ。


 こいつは何やらせても一流のくせに、超一流を探し出してくる。


 陸ならアドルフ、フェルディナン、補給ならアラン先輩、エミール、内政や外交とかの国政はイザベラと九大卿、技術開発は例のシェフールドとかいう人、そして統括と虚無研究は陛下。


 あらゆる分野での超一流を探し出して適格に配置する、そしてハインツが超一流なのは粛清と暗殺。


 つまり、超一流の面子がそれぞれの実力を最大限に発揮できるよう、環境を整えるのがハインツの役目。


 それはガリア全体という規模でも、北花壇騎士団内部でも同じようになっている。


 どんな場所でもあいつは必要な人員を探し出し、いらない人員を排除することに全力を注ぐ。


 それは『レコン・キスタ』ですら例外ではない。


 ゲイルノート・ガスパールは俺達7人で造り出した『軍神』だが、その行動理念は実はハインツなのだ。



 ま、そんなハインツだから俺達異常者6人を『影の騎士団』として纏めることができたんだろうけどな。



 なんだかんだ言っても結局はこいつが俺達の中心なのだ。




 俺はそんなことを考えながら、多分似たようなことを考えてるであろうクロードと共に、艦を動かすための指示を出していた。















■■■   side:ハインツ   ■■■


 物語の力(御都合主義)とはなかなか侮れない。


 ヒゲ子爵とルイズはアルビオンに着いた後、スカボローからニューカッスル城までどう行くか相談していたがそんな必要はなくなった。


 商船『マリー・ガラント』号は空族に拿捕されたが、その空族船が王党派が保有する戦艦『イーグル』号であり、それに乗っていた空族の頭がアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官ウェールズ・テューダーだったのである。


 俺にとってはある意味因縁深い人物であり、俺に杖も国も恋人の手紙も奪われた哀れな人物である。


 その俺が“不可視のマント”で隠れながら王子様とルイズ達の会話を聞いているのもなんか変な感じだ。



「ほ、本当に、ウェールズ王子、なのですか?」


「ご婦人は逆にまだ信じられぬらしい。ああ、本当だよ。いや、大使殿には真に失礼を致した」


「なぜ、空賊に扮したりなどと……」


「なに、今や趨勢を決め、勝ち馬に乗ろうとする各所の援助に事欠かぬ金持ちの反乱軍には、次々と物資が運び込まれる。さて、敵の補給を断つは戦の基本だが、堂々と王軍の旗を掲げては、この『イーグル』号一機だけの王立空軍など、数十倍ある反乱軍の艦に囲まれるだけ」


 まあ、その通りではあるがそのためにトリステインの商船を襲うのはどうかと。


「何度も試すような真似をしてすまなかった。なにせ、あんなにも正直に我々に味方する勢力がいるとは、とても信じられなかったのだよ」


 王党派の信頼を無くすために、俺があることないことあちこちに言いふらしましたからねえ。


「……お恥ずかしい限りですわ」


「頭を上げてくれ、レディ。僕はそういう貴族の方が好きさ。今や裏方の我々としては裏仕事を否定するつもりもないが、敵と死と裏切りを前にしても引かなかったそのまっすぐな誇りは、とても好ましいものだと思うよ」


 それは甘い、本当の裏方とはまだまだそんなものではない。


「それで大使殿は、亡国の王子に何の御用かな?」


「は、トリステイン王国は、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」


 これはヒゲ子爵。


「ふむ。姫殿下とな。君たちの名を伺おう」


「申し遅れました。私は、トリステイン王国魔法衛士、グリフォン隊隊長、ワルド。子爵の位を授けられております」


 ま、今は『レコン・キスタ』の内通者なんだけど、要は将来の俺の手下その一、そしてどこかで切り捨てられる運命。


 「こちらが姫殿下より大使の任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール公爵嬢。そして、その使い魔の少年にございます」


 「なるほど、君のような立派な貴族があと十人ばかり我が親衛隊にいれば、このような惨めな今日を迎える事もなかったであろうになあ。して、その密書とやらは?」


 いや、それはないと思いますよ王子様、軍人が10人増えた程度で大局は変わりません。



 そしてしばらく会話は続き。



 「……姫は結婚するのか。あの……愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」


 ガリアの王女からは馬鹿姫と呼ばれてましたが、正直、頭の中はお花畑ですねはい。


 「あいわかった。私が姫より賜ったあの手紙を返して欲しいという事だね。何より大切な姫からの手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」


 偽物なんですけどね、それ。


 「しかしながら、今、手元には無い。ニューカッスルの城に置いてあるんだ。姫の手紙を、下賎な空賊船に置いておく訳にはいかぬのでね」


 本当は偽造屋のむっさいオヤジが書いた手紙なんだけど、それは知らない方が幸せだろう。


 「多少面倒だが、ニューカッスル城までご足労願いたい」


 そして彼らはニューカッスル城へ。








 その途中。


 『レキシントン』号がニューカッスル城に砲撃を加えているのが見えた。


 「かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。今は『レキシントン』号と名前を変えている、奴らが初めて我々から勝利をもぎとった戦地の名だ、余程名誉に感じているらしいな」


 そんなこともないですけどね。面倒だったんで適当に土地の名前を付けただけで、それに初戦は『レコン・キスタ』の圧勝でしたが。



 『イーグル』号は『レキシントン』に見つからないように大陸の下を進む。


 「地形図を頼りに測量と魔法の明かりだけで航海することは王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もないことなのだが、貴族派、あいつらは所詮空を知らぬ無粋者さ」


 確かに、そのアルビオンの航海技術が欲しいから俺が今こんな苦労をしているわけである。


 しかし、空軍に比重を置きすぎれば陸軍からの不満が高まるのも必至。


 『レコン・キスタ』はそれを利用して陸軍を懐柔し、その兵力で軍港を制圧することで空軍を無力化したのである、いくら技術が高くてもそれを運用する大局眼が無ければ意味が無いということだ。








 しばらく後、『イーグル』号と『マリー・ガラント』号はニューカッスル城の秘密の港にたどり着いた。


 俺はようやく狭い船内から解放され、自由に行動できるようになった。


 ヒゲ子爵がウェールズ王子暗殺に動くのは明日の総攻撃直前だろうから、それまでに城内の兵の配置やその他の設備の確認をしておく。


 これらの情報を“偏在”を通してアルフォンスとクロードに伝えることで、任務を効率よく進める為である。










 そして今、最後の晩餐の真っ最中。


 ルイズと才人は場の雰囲気にどうも馴染めないようだ。


 まあ、これから死にに行く連中のパーティーに魔法学院の生徒と日本の高校生が馴染める訳もないと思う。


 話を聞く限りではルイズはウェールズ王子にトリステインへの亡命を進めたが断られたようだ。


 そこは当然の判断。アルビオン王家の残党を匿うということは『レコン・キスタ』を新政府とは認めないことと同義であり、外交による戦争の回避手段を自ら放棄するのと同じだ。


 一国ではアルビオンに対抗できず、ゲルマニアとの軍事同盟が必要なトリステインがそんな真似を出来るわけが無い。


 まあ、あの世間知らずな姫様はそこのところが分かっていないのだろうが。



 そこはどうでもいいとして、問題はヒゲ子爵。


 あのヒゲが何をトチ狂ったのか、明日ここでルイズとの結婚式を挙げるとか言いだしたらしい。しかもその婚姻の媒酌をウェールズ王子に依頼したらしく、王子もなぜか引き受けたようだ。


 ヤケクソなのかもしれない。


 才人の方はかなり違和感を感じている模様、まあ、普通こんな状況で結婚しようとする馬鹿はいないからな。

 俺がいるから最悪ルイズに捨てられてもなんとかなるかもしれないが、才人にとっても死活問題だから完全に他人事というわけにはいかないだろう。

 まあ、彼なら傭兵でもやってきゃ生活はできるだろうし、いざとなればフェンサーになれば生活は安定する。

 ううむ、俺が調子乗って「ご主人様に愛想つかされたら北花壇騎士団に来い、歓迎してやるぜ」と言ったのが間違いだったかもしれない。

 おかげで才人の発想力が豊かになって、ルイズと途中で縁を切るという選択肢も考えている模様。

 ちょっと介入し過ぎたかなー、と反省する俺。

 まあ、あのヒゲ子爵がルイズとすんなり結婚できるとも思えんし、物語の補正もかかるはずだ。

 多分なんとかなる、多分。

 そして俺は俺の準備をしつつその時を待った。

















 で、結局問題なかった。

 ヒゲ子爵はルイズに見事にふられ、任務というより腹いせにやったみたいな感じでウェールズを暗殺した。


 ウェールズの胸がヒゲ子爵に貫かれ、そしてウェールズは倒れる。

 俺はその瞬間をシェフィールド作成の新型マジックアイテム“ビデオカラ”(命名俺)で撮影した。

 『幻影』の応用で光景を保存するものだが、例によってもの凄く高い(3分で1万エキュー)。

 とても一般で流通できる代物ではない。

 でまあ、その際にヒゲ子爵が。


「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ、我々に国境は無い」

 とか偉そうなことを抜かしていたが、ガリア王の手先の俺の手先の手駒その一の分際でよく吠える。

 しかも殺したウェールズは俺達の為の布石にしかならず、手紙は偽物、ルイズにはふられる。まさに道化である。

 そしてそんな道化の前に才人が登場。どうやら使い魔の感覚共有で主の危機を察知した模様、そしてヒゲ子爵との戦い開始。

 才人の持つデルフが錆び錆びの状態から新品同様になり、ヒゲ子爵の魔法を吸いこんでいく。

 どうやらそれが魔剣デルフリンガーの本当の姿であり、魔法吸収能力があるようだ。

 しかし、ヒゲ子爵もあわてず。


 「さて、ではこちらも本気を出そう、なぜ風の魔法が最強と言われるのか、その所以を教育いたそう」

 とかほざいて『偏在(ユビキタス)』を唱えようとするも、その瞬間に才人がコショウ爆弾を投げる。

 ちゃんと持ってたんだ、アレ。

 そしてヒゲ子爵が反射的に弾いたところ、中から大量のコショウが出てきてむせるヒゲ子爵。


 「オラアアアアアア!!」

 その隙に切りかかる才人。



 ヒゲ子爵、魔法がないと、ただの雑魚。(ハインツ・ギュスター・ヴァランス作)




 というわけで左腕を失い撤退したヒゲ子爵、何もいいとこなかったな。

 しかし、このままでは『レコン・キスタ』が攻め込んできてしまうのだが、そこに救援到着。

 シャルロット、キュルケ、ギーシュの三人が登場。

 どうやらシルフィードで追いかけてきて、ジャイアント・モールのヴェルダンデがルイズの持つ「水のルビー」の匂いを頼りにここまで穴を掘ってきたようだ。


 何というタイミング、御都合主義もここまでくれば爽快である。

 で、才人はウェールズがはめてた「風のルビー」を形見の品として持ち帰り、5人はシルフィードに乗って白の国アルビオンを離れた。











 さて、主演達の物語はここまで、これからは裏方の悪魔の時間である。






■■■   side:偏在(セカンド)   ■■■


 時は正午、約束の刻限が来た。


『レコン・キスタ』5万のニューカッスル城攻略が開始され、その先手として『レキシントン』を筆頭に戦列艦十数隻がニューカッスル城に砲撃を加えようとする。


 しかし、それらが動かない。


 なぜなら戦艦の内部は今地獄絵図になっているからである。


 俺がやった“仕込み”は至極単純。


 戦艦というのは食料などを当然船内の食糧庫に保存している。


 それらに俺特製の遅効性激毒“下り、超特急”を仕込んだのである。


 空軍では食事の時間は綿密に定められているので、食事のローテーションに合わせて毒の効果が発揮する時間を調整してやれば、大半の乗組員を正午ちょうどに下痢地獄に叩き落とすことができる。


 当然空の戦艦に排便施設が大量にあるわけもなく、水洗トイレもない。


 まさにアルビオン艦隊は地獄と化した。












■■■   side:クロード   ■■■



 時は来た。


 「アルフォンス、クロード、本体からの連絡がきた。作戦を開始してくれ」


 「了解。クロード、船の操作は任せた。俺はガーゴイルの起動に入る」


 「分かった、任せろ」


 俺は副長として艦長の指示に従う。


 こういう場合においては例え同格の少将であろうとも上下関係は明白にし、片方が片方の指揮下に入るのは軍隊では常識である。


 つまらんプライドに拘ってそこを割り切れない馬鹿を無能と言う。


 残念ながらガリア両用艦隊の艦長の半分以上はそういう連中である。艦隊の指揮官などからの命令には従うのだが、立場の低いものからの忠言などには一切耳を貸さない。


 そういう無能な連中はいつか悉く追放してやろうと思っているが、そういうのはハインツの管轄なので実際に粛清する役目は任せようと思う。


 「総員、持ち場につけ、これより作戦を開始する。“迷彩”を起動しつつ全速前進、各部署はそれぞれの長の指示に従え」


 俺は伝声管を手に指令を出す。この伝声管は同じ建物内くらいにしか声が届かないが、戦艦内部では最大の効果を発揮する。


 艦内という限られた空間では全体に声が行き渡るので、指示を無駄なく伝えることができ、各部署からの報告は通信士官が処理し、艦長や副長に報告するべき優先度を考えた上で報告してくる。逆にそれができないようでは通信士官は務まらない。


 最近では技術がさらに進み、僚艦との通信も可能になってきており、年内には艦隊旗艦から肉声での各艦への指示が可能になるだろう。


 そうなれば従来の艦長の能力に依存した戦いではなく、艦隊司令官の指示によって艦隊を瞬時に編成し、中央突破に特化した紡錘陣形、防衛用の方陣などなど、陸戦のように様々な陣形を組んでの戦いが行えるだろう。


 その時には各艦長の独立能力よりも司令官の指示をどれだけ忠実に実行できるか、その際に周りとの連携をどれだけとれるか、そして艦隊司令官の能力によって勝敗が決まることになるだろう。


 こうしてあらゆるものが変わりつつある。


 ハインツが言うには今がまさに歴史の変わり目であり、俯瞰した視点を持てば歴史の流れを肌で感じることができるらしいが、まさにその通りである。


 今までブリミル教という堰によって止められていた時代という大河が、今、堤防を決壊させ濁流となって流れ出しているかのようだ。



 俺は今までよりも数段早い速度で航行する『インビジブル』の艦橋に立ちながら、時代の風というべきものを感じていた。














■■■   side:ハインツ   ■■■




 俺は今アルビオン王ジェームズ一世と謁見している。


 『レコン・キスタ』の総攻撃は既に開始されているが、“偏在”の仕事によって空軍が動けないので大砲を艦から一旦降ろして攻城砲として利用しようとしている。


 しかし、砲亀兵ではないので移動速度が遅く、配備もまだ済んでいないので攻勢は極めて弱い。というよりも本来は作戦を延期すべきなのだが、政治家貴族共にはその辺の判断ができないのだろう。


 まあ、このために敢えて軍人ではなく無能な貴族共をニューカッスル城攻略に起用したのだが。



 「ジェームズ陛下、ガリア王からの提案は以下のとおりです。すなわち、ウェールズ王子とその親衛隊150名をガリアに亡命させていただきたい、見返りとしてガリアはアルビオン王家の復興に全面的な協力をすることを約束いたします」


 俺の立場はガリア王の特使、ガリア最大の貴族ヴァランス公爵であり王位継承権第二位、亡国の王への特使としてはあり得ないほどの大人物が直接来たことになる。


 「ふむ、しかしウェールズが亡命すれば『レコン・キスタ』共は貴国へ攻め込むことになろう、それは構わんのか?」


 それはまさしくウェールズ王子がトリステインへの亡命を断った理由、しかし。


 「全く問題ございません。いえ、むしろ望むところです。『レコン・キスタ』の戦力は陸軍が5万、空軍がおよそ60隻。対して我がガリアの戦力は陸軍が15万、空海軍が200隻、攻め込んできたところで返り討ちにすればいいだけの話です」


 それがトリステインとガリアの決定的な違い、トリステインにとってウェールズ王子は『レコン・キスタ』の侵略理由となってしまうが、ガリアは逆、ガリアがアルビオンに攻め込む動機となる。


 王権を不当に害した『レコン・キスタ』なる反逆者に制裁を与え、正統な王であるウェールズを即位させるというこれ以上ない侵略の大義名分となるわけだ。


 俺の今の言葉からジェームズ王もその辺を悟ったはず、ガリアはウェールズ王子を傀儡とし、アルビオンを裏から支配することを狙っていると。


 「なるほど、流石はガリアよの。しかし、それほど強大な国家ならば、わざわざアルビオン王家を助ける理由はあるまい。自国のみの力で簡単にこの白の国を落とせよう」


 それも事実、『レコン・キスタ』が新政権となればウェールズ王子がいなくとも侵略の理由には事欠かない、わざわざここまで面倒な真似をしてウェールズ王子を助ける理由は無い。


 裏からではなく堂々と表から支配すればよい、ガリアにはそれだけの力がある。


 しかし、どこまでも貪欲にいくのが外交というもの。


 「ええ、アルビオン王国の王子を亡命させる理由にはなりません。しかし、我々が真に欲しているのはアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官ウェールズ・テューダー殿とその精鋭150名です。つまり、アルビオン空軍の空の知識、艦隊運用能力、それこそを我がガリアは欲しています」


 “王子”はいらない。欲しいのは“空軍司令官”である。


 アルビオン空軍で最も優れた航空技術を持っているのは、彼ら王族直属の士官達である。彼らを優遇し過ぎたため陸軍の反発を生んだが、それだけに彼ら150名の錬度はガリア両用艦隊を遙かに上回る。


 そんな彼らの知識、経験とガリアの魔法技術、そして艦艇の数が合わされば名実共にハルケギニア最強の艦隊が誕生する。


 そのためにアルフォンスとクロードが動いてくれている。


 彼らを亡命させた暁には、あの二人が中心となってアルビオン空軍との合同演習や、アルビオンの士官を講師とした実習などを行う予定なのである。



 「無論、ただでとはいいません、相応の見返りをご用意しました」


 その瞬間。


 ざざざざああああ!


 “迷彩”が解除され戦艦『インビジブル』が姿を現し、その中から大量のガーゴイルが飛び出してくる。


 「こ、これは!」


 驚くジェームズ王。


 「我がガリアの新技術によって作り上げた新型戦艦『インビジブル』です。そして飛び出してきているのは戦闘用ガーゴイルの“カレドウィヒ”と“ボイグナード”、どちらも並の戦士と同等の戦闘能力を有します。これら300体を空軍士官150名を引き抜く見返りとして進呈いたします」


 現在ニューカッスル城にいるのは300名でほぼ全員がメイジ、火力は凄まじいが近接戦闘が出来る者が少ない。


 従って一度城門が破られればなす術はなく多勢に無勢、あとは簡単に全滅するだろう。


 しかし、メイジの護衛用に300体ものガーゴイルがいればどうか?


 ガーゴイルは人間と違って痛覚がないので矢を何本くらっても怯みもしない、ガーゴイルを止めるには破壊する以外に方法は無いのである。(それ故に俺の『毒錬金』とは相性最悪)


 つまり、城内の狭い廊下でガーゴイルと戦うことは平民にとっては悪夢である。


 ガーゴイルを破壊するには槍で突くのではなく、薙ぎ払う、叩きつけるといった動作が必要になり、鉄砲や矢はほとんど役に立たない。


 しかし狭い城内の廊下でそんな大きな動作を素早くできるはずもなく、逆にガーゴイルに切り込まれておしまいだ。


 なのでヴェルサルテイル宮殿では警護用にガーゴイルも使用しているのである。



 「いかがでしょうかジェームズ陛下、ウェールズ王子のガリアへの亡命を認めていただけませんでしょうか? それに我がガリアの医療技術以外ではウェールズ王子をお救いする手段はございません」


 既に“ビデオカメラ”の映像は見せており、ウェールズ王子がヒゲ子爵にやられたことを王は知っている。


 つまりこのままではウェールズ王子はコショウにやられたヒゲ子爵にやられて死んだことになる。


 それを回避するためにはガリアの技術開発局の医療技術しか方法は無い、ということにしている。


 そしてもし王が拒否してもその時はガーゴイルに命じて力ずくで連れていくだけだ。


 つまりこれは依頼ではなく事後承諾、王に拒否権は無いのだ。


 王はしばらく考え込んでいたがやがて。


 「了解した、このアルビオンの未来はウェールズやそなたら若者に託そう。この老いぼれには未来を切り開くことは無理じゃ、せいぜい派手に散る程度しか出来んじゃろう」


 そして老王は決断した。



 これにて任務は大半が完了、後は撤収を急ぐのみである。












 2時間後。


 『インビジブル』に150名の親衛隊員とウェールズ王子が乗り込みニューカッスル城を離れていく。


 後のことはアルフォンスとクロードに任せてあるので問題はない。


 ウェールズ王子には俺が出来る限りの処置をしておいたので後はシェフィールド任せである。


 そして俺はランドローバルに乗って帰ることになるが、その前に一つだけやることがある。














 既に『レコン・キスタ』の砲撃は再開され、戦列艦程ではないが次々と城壁に砲弾が叩き込まれていく。


 しかし、守備兵が150名のメイジと300体のガーゴイルとなったニューカッスル城は堅牢で、いっこうに落ちる気配を見せない。


 逆に俺が流した無能貴族共の司令部の場所の情報をもとに奇襲部隊が特攻をしかけ、司令官を討ちとったりもしている、これで労せず『レコン・キスタ』から無能な貴族を排除できたわけだ。



 「ジェームズ王、よくぞご決断くださいました」


 俺は再び王の前に訪れる。


 既に全ての人員が迎撃のために出ているのでここにいるのは王一人である。


 「ヴァランス公、お主まだおったのか」


 意外そうに答えるジェームズ王、まあそれは当然だ。


 「ええ、貴方には最後に果たしていただくお役目があるのです」


 そして俺はある書類を彼に差し出す。


 「これは!?」

 驚愕する王。


 「それに王印を押していただきたい。知っての通り王印を押せるのは本人かその子か親のみ、貴方が亡くなれば必然それを押せるのはウェールズ王子のみとなる。なので今、貴方に押していただきたいのです」


 確認するのはウェールズ王子で構わないが、これを認めるのはジェームズ王でなければならない。


 「お主、この者達を知っておるのか?」


 「ええ、ハインツさんと呼んでくれますよ。とても穏やかでいい子です。貴方の命令で母親を無残に目の前で殺されたにも関わらず、憎しみに染まることなく純粋に育っています。そしてその姉も、彼女を守り続けています」


 「そうか・・・」


 沈黙する王、この老人もまたガリア王家程ではないにしろ、王家という闇を背負ってきた身なのだろう。


 「それで、お主はこの者らをどうするつもりじゃ?」


 「別にどうもしません。テファはこのような闇には関わらず、光の中で笑っている方が余程似会います。闇に生きるのは我らだけで十分でしょう」


 これは俺の本心。


 「そうか」


 そして王は印を押す、その書類には。


 ≪エドワード・オブ・モード大公の息女であるティファニア・オブ・モード、ならびに前サウスゴータ太守エドガー・オブ・サウスゴータの娘マチルダ・オブ・サウスゴータ、この両名に対してアルビオン王家があらゆる危害を加えることを禁じ、両名に対して害意あるものから守るためにあらゆる援助を惜しまないこと、これをアルビオン王ジェームズの名において誓う≫


 とまあ、こういった内容のことが公式文書の形で書かれている。


 つまり、モード大公の投獄とサウスゴータ太守の処刑はアルビオン王家の過ちであったことを王自身が認めたのである。


 アルビオン王家が健在ならば貴族への建前上これに印を押すことは出来なかったであろうが、王家が滅ぶ瀬戸際なればこそ出来ることもあるのだ。


 「これでよかろう」


 「ええ、ありがとうございます」


 俺は書類を受け取る。


 「しかし、お主はそれを一体どこで?」


 王にとっては最後の疑問だろう。


 「まあ色々と事情はあるのですが、そのためにあることをやったと言えばいいですかね」


 「?」


 怪訝そうな顔をする王。


 「分かりやすく説明するとこういうことです」


 そして俺は先住の“変化”が付与されたマジックアイテム『転身の指輪』を起動させる。


 身長こそ変化が無いが、髪の色は紫色となり、顔の形も大きく変わり、割と細身の俺の体は筋肉質でがっちりした体格になる。


 190サントも身長があるのは各種人体実験の恩寵だが、これにがっちりした筋肉が加わればまさに“軍神”と呼ぶに相応しい巨躯の武人が出来上がる。


 その男の名を、ゲイルノート・ガスパールという。




 「き、貴様は!」


 忘れていないようだ、かつて自分から王冠を奪った男の顔を。


 「つまりはこういうことさ爺さん。テファ達が平穏に暮らすには今のアルビオン王家は邪魔だった、それだけさ」


 故に俺は一度アルビオン王家を滅ぼそうとしている。まあ、理由は他にもたくさんあってこれはその一つに過ぎないのだが。


 それでも、このジェームズ王の過去の失政の中で王家滅亡に直結しているのはこのモード大公投獄事件をおいて他にないのである。


 ここからアルビオン王家の転落が始まった。(転落させたのは全部俺)



 「では『レコン・キスタ』とは!!」


 「大体想像どおりかな。まあ、もうちょっと複雑な事情もあるが。、それに、総司令官のクロムウェル、あいつも例の事件の際モード大公縁の司教だったって理由だけで不当に追放された男さ。結局は因果応報、自業自得ってやつかね」

 ちなみに声も相応に変化している。口調は意図的に変えている。

 自業自得の具現である俺に言われるのはさぞ屈辱だろう。



 「ウェールズ!」


 「安心しな爺さん、あの王子様には危害は加えねえよ。まあ、利用はさせてもらうがな。さて、そろそろお別れの時間だ。名もない兵士の手にかかって殺されるよりは『レコン・キスタ』軍司令官ゲイルノート・ガスパールの手にかかって死んだ方がましってもんだろ?」


 ザシュッ!


 俺の手の先から発生した『ブレイド』によってジェームズ王の首が飛ぶ。


 これにて任務完了。





 『レコン・キスタ』の無能な司令官は死んだから、そろそろ軍人の司令官に代わったはず、ならばここでのこれ以上の犠牲は意味が無い。そのために老王の首を刎ねた。


 王家の誇りだか何だか知らんが、そんなものに付き合って被害を大きくする必要はない。誇りに比べればまだ役立たずの傭兵の命のほうが重い。


 ゲイルノート・ガスパールがジェームズ王の首を持って現れればその瞬間に勝負は決まる。


 王党派にとっては自軍の大将の死を意味し、『レコン・キスタ』にとっては自軍の大将の勝利となる。。



 「さて、『レコン・キスタ』の勝利を決めに行くとするか」



 ガーゴイルを配置したのは俺とアルフォンスとクロード、つまりどこからなら無傷で城外に出られるかは把握済み。




 俺は全ての計画が問題なく成功したことを確認しながら、ジェームズ王の首を片手に歩き始めた。






[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第六話  後始末
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54


アルビオンでの大激務は終了し、俺は現在“ピュトン”の副作用に苦しんでいる。


 “ヒュドラ”の数倍は激痛が酷く、体内の細胞もかなり死滅しているはずだ。


 ぶっちゃけ寿命が1年くらい縮んだ気がする。


 しかし、物語は待ってはくれず、俺はさらに任務を続けねばならないのだった。


 ある程度痛みが引いた俺は、もう一度ニューカッスル城に向かった。





第六話    後始末





■■■   side:ハインツ   ■■■




 戦が終わった二日後、ニューカッスル城跡。


 そう表現するのが相応しいほど城内は荒れ果てていた。


 城壁は度重なる砲撃と攻城用ゴーレムの攻撃によって崩れ落ち、あちこちに王党派の焼け焦げた死体が転がっている。


 『レコン・キスタ』の無能な司令官が死んだ後、ニューカッスル城攻略には陸戦の名将ウィリアム・ホーキンス将軍があたり、同時に軍司令官ゲイルノート・ガスパールがジェームズ王の首を持って現れたことで大局は決した。


 『レコン・キスタ』が出した犠牲者は死者が1000、怪我人が2000といったところであり、その大半はホーキンス将軍が指揮を執る前に出た被害であった。


 同時に、戦闘用ガーゴイルの実戦における有用性も確認でき、ガリアとしては申し分ない結果となった。


 そして現在。


 『レコン・キスタ』の総司令官であるオリヴァー・クロムウェルと軍司令官であるゲイルノート・ガスパールが戦場跡の視察に訪れていた。


 『レコン・キスタ』の兵士の中で死体から金品を取ったり略奪に勤しむ者はいない。


 当然である。ここには軍紀の具現ともいうべきゲイルノート・ガスパールがいるのだ。そんな命知らずは誰もいないだろう。


 それ以前の問題として、今の『レコン・キスタ』の傭兵達は略奪を行う必要が無い。


 そもそも彼らが略奪を行うのは恩賞が少ないからである。後方でふんぞり返っているだけで戦場にでもしない貴族共が戦利品の大半をかすめ取るので、彼ら末端に行きわたる恩賞は僅かになってしまうのだ。


 しかし、ゲイルノート・ガスパールは戦場に出ない者が戦利品を得ることを一切禁じた。貴族達は不満タラタラだろうが、ゲイルノート・ガスパールに文句を言える貴族は誰もいない。この辺の事情は“悪魔公”に誰も文句を言えないガリアの宮廷と似ている。


 そんなわけで傭兵達はゲイルノート・ガスパールに殺される危険を冒してまで略奪を行う必要はなく、彼らにとってもゲイルノート・ガスパールは期待の星なのである。


 彼の指示にさえ従っていれば戦に負けることはなく、勝った後には十分な恩賞を得られる。傭兵が仕える相手としてこれ以上の人物はいない。


 古来より兵士にとって理想の司令官とは高潔な人物でも強い人物でもなく、部下を死なせない人物なのだ。よって、軍人、傭兵問わず、ゲイルノート・ガスパールは最高の司令官なのである。


 そんな中、俺達は礼拝堂の跡地に入り、そこにいるヒゲ子爵とニコラ・ボアローを発見した。


 「おお、ワルド子爵、例の手紙は見つかったかね」


 「閣下、どうやら手紙は穴からすり抜けたようです、私のミスです、何なりと罰をお与えください」


 地面に膝をつき頭を垂れるヒゲ子爵。


 「元より貴様などに何の期待もしていない。たかがウェールズごとき小僧を始末するのに片腕を失うような無能者にはな」


 俺はゲイルノート・ガスパールとして辛辣に言う。


 というよりコショウにやられたあの状況を考えれば、こう言われても仕方ないだろう。



 「ガスパール、何もそこまで言うこともあるまい。ワルド子爵は我等の為に懸命に働いてくれたのだ。ウェールズを討ちとったのは確かなのだから、その功は労ってやらねば」


 クロさんがとりなす。


 「ふん、こいつが我等の為に働いただと。違うな、こいつは自分の為に働いたのだ。忘れたかクロムウェル、我等『レコン・キスタ』は己こそが最優であると自負する者達の集まり、故に無能な王家を実力で潰し国を奪ったのだ。そういう点ではこいつはまだ見込みはあるかもしれんな、野心が無いものなどこの『レコン・キスタ』には必要ない。どこまでも高みを目指すものこそが我等の盟友となる資格がある」


 「ふむ、確かにそうではある」


 「いいか子爵、貴様はこれから『レコン・キスタ』の一員となる。ならば己が無能ではないことを示し続けろ、ならば最高の栄誉を与えてやる。そしていつかは俺の地位を奪うほどになってみせよ、その気概がないならば無能者の国トリステインにさっさと帰るがいい」


 「・・・」


 沈黙するヒゲ子爵。


 「そこの小僧、貴様もだ。お前も無能なトリステインを見限って我等に付いたのだろう。存分に励め、勝者には栄誉を敗者には死あるのみだ」


 「ははっ!」


 元気に答えるニコラ、こっちのほうが使えそうだ。


 「さて、クロムウェル、やることがあるのでないか」


 「おお、そうであったなガスパール。では、ワルド子爵、ボアロー将軍、我が始祖より授かった奇蹟の御業を見ると良い」


 そうして『アンドバリの指輪』をクロさんは発動させる。


 対象はそこに転がっているウェールズ王子の複製人形。


 これはシェフィールドと俺で共同製作した傑作で、6000年の闇の知識とミョズニト二ルンの力が合わさって出来た狂気の産物である。


 例によって人間の死体を材料に、ウェールズの血液、皮膚、髪などを組み込み、それを「土石」の最高純度の結晶である“土精魂”の力で固定し、本物の記憶、性格、能力、体温まで再現する。


 問題は動力だが、それを『アンドバリの指輪』を用いることによって動かす。


 定期的に本物のウェールズの血液、髪、皮膚を供給する必要があるが、完全なウェールズのクローンが出来上がるわけだ。


 「おはよう、皇太子」


 「おはよう、司教」


 目覚めるウェールズ、のクローン。


 「君を余の親衛隊に加えようと思うのだが、ウェールズ君」


 「喜んで」


 「では友人たちに引き合わせてあげよう」


 「ふん、相変わらず悪趣味な技だ」


 そして俺達は3人で歩きだす、ヒゲ子爵とボアロー将軍を後に残して。






















 そして、歩いてたどり着いた総司令官の天幕にて。


 「う、うぷっ」


 限界が来たのか崩れ落ちるクロさん。


 俺は『転身の指輪』を解除しクロさんに駆け寄る。


 「あーもう、だから言わんこっちゃない。戦場跡なんかに行ってもキツイだけだって言ったでしょうに、ほらっ、クロさん、薬」


 そして気付け薬を渡す。


 なんとか飲み干すクロさん。


 「う、く、ぷはあ、ふう。いや、すまないねハインツ君、君には迷惑をかけっぱなしだ」


 誤ってくるクロさん。


 「いえ、諸悪の根源は俺らですからそこは気にしないでください。俺ならあんな戦場跡は日常茶飯事ですから気にしませんけど、クロさんは普通の人間なんですから、もっと自分をいたわらないと」


 クロさんは苦笑いし。


 「しかしだねハインツ君、確かに私は君達の傀儡に過ぎない。『レコン・キスタ』の為に何か出来てるわけでもない。だが、建前はどうあれ私が下した命令によってあの場所で多くの者達が死んでいったのだろう。ならば彼らの死に様を見る義務が私にはあると思う、そして元司教として鎮魂くらいは祈ってやらねばならないと思うんだよ。まあ、偽善だというのはわかっているんだが」


 そうしてクロさんは自嘲の笑みを浮かべる。


 何というか、本当に立派な人である。


 「御立派ですよクロさん。歴代のハルケギニアの王達の中で貴方のように実際に戦場跡を訪れて死者の鎮魂を祈った人物が何人いるか、例え偽善でも悟った様子で何もやらないよりはずっとましです。能力はともかく、心構えは十分に国の指導者ですよ」


 俺は本心を偽りなくいう。

 少なくともトリステインの馬鹿姫よりゃ100倍立派だと思う。


 「ありがとうハインツ君。しかし、私は王の器ではないよ。こんな私を慕ってついてきてくれている者達には申し訳ないが、所詮は記憶力があるだけの中年男に過ぎないのだ」


 そう言ってクロさんは台本を出す。


 陛下が執筆した「レコン・キスタ総司令官教本、これで今日から貴方も皇帝」である。


 「しかしあの方は本当に凄まじいな、ここに記されている通りに受け答えしているだけなのに『レコン・キスタ』の総司令官を演じることができるとは」


 「まあ、あの人は化け物ですからそこは考えない方がいいです。そして、こっちがこれからの台本です」


 そして俺も本を取り出す。


 陛下の最新刊、「神聖アルビオン共和国貴族議会議長マニュアル。皇帝よ、大志を抱け!」である。


・ ・・ネーミングについては何も突っ込まない方針で。


 あの人に地球の書物を読ませたのが最大の過ちだったかもしれん。



 「皇帝か、しかし、共和国で皇帝というのはどうなんだろう?」


 「さあ、そこだけは俺も意味不明です。国名自体も突っ込みどころ満載ですけど」



 神聖アルビオン共和国初代皇帝オリヴァー・クロムウェル。


 全く持って意味が分からん。


 共和国なのに皇帝? しかも神聖国家? とんでもない国である。


 「まあ、1年も経たずに終わる臨時政権の名前としては妥当かもしれないね」


 「それもそうですね」


 つまるところクーデターで一時的に政権を奪った軍事組織そのものである。


 オリヴァー・クロムウェルとゲイルノート・ガスパール、この二人が死ねば『レコン・キスタ』は瓦解する。


 元よりそのためだけに作られた組織なのだから。


 「では、この後は基本的にミス・シェフィールドの指示に従えばいいのかな?」


 「そうですね、彼女が皇帝の秘書という形でサポートしてくれます。ただし、陛下とのラブラブ時間だけはリュティスに帰ると思うのでその辺注意してください」


 「は、ははは」


 乾いた笑いを浮かべるクロさん。


 この人もシェフィールドの若奥様パワーに振り回された犠牲者である。


 この点に関して我等二人は同志といえる。


 うーむ、こんなんがトップでこの国大丈夫かな?


 俺は神聖アルビオン共和国が半年ももたないんじゃないかと少し不安になってきた。















■■■   side:イザベラ   ■■■



 アルビオンでの大激務を終えてハインツが帰ってきた。


 「お帰りなさいハインツ」


 「おう、ただいまイザベラ」


 最近では副団長モードになることがなくなったハインツ、何でも、ゲイルノート・ガスパールとかを兼任しててキツクなったそうだ。


 「アルフォンスとクロードはとっくに帰ってきてるわよ、それで王子様は現在治療中」


 「ふむ、容体は?」


 「最低でも半年はかかるわね。水中人の人達が総出で水の精霊魔法をかけたそうだけど、かなり損傷が深くて回復には相当かかるって。まあ、無理もないわね、本来なら即死なんだから」


 脳以外は全て死んだも同然だったらしい。ハインツの処置で脳だけは保護されていたので後はゆっくり時間をかけて体の各組織を再生させるのだという。


 「なるほど、まあ、時間的に考えればちょうどいいかもな。それで、パリーさんを始めとしたアルビオン組150名は?」


 「両用艦隊と合流して早速活動を始めてるわ。もの凄い元気よあの人達、両用艦隊に航海術の指導しながらウェールズ王子の為の艦隊を作るって息巻いてるわ」


 国を失って亡命してきたとは思えない行動力だわ。

 まあ、若いのが多そうだったし未来に向けての活気に溢れてはいたわね。


 「ははは、そりゃすげえな。だけど、このガリアにも多くのアルビオン人が住んでるからな。それにアルビオンでの内戦終結に伴って、元王党派の傭兵とか残党とかもこのガリアに流れてきてるだろう。そいつらをまとめればなかなか面白そうなことになりそうだな」


 「そう考えたのは貴方だけじゃないみたいよ、あのパリーって人にアルフォンスとクロードが弟子入りして既にそのための活動を始めてるわ。暇潰しも兼ねてアドルフやフェルディナンも手伝ってるようだけど」


 最近内乱もなくて陸軍も暇だから、あいつらにとっては言い退屈凌ぎなんでしょうね。


 「相変わらずあいつらは行動派だなあ。で、聞くまでもないがそのウェールズ王子の為に艦隊を作るための資材集めや資金の調達、および管理運営をやっているのが」


 「当然アランとエミールね、これで本業の方が疎かになるなら問題あるけど、あいつらにとっちゃ平時の軍需物資の管理なんて片手間で十分だからね。横流しとか賄賂とかの対策にはあんたがいるし」


 「そこを俺に押し付けるのがあいつららしいとこだな」


 「適材適所ね」


 その辺の役割分担を『影の騎士団』はしっかりしている。それぞれの分野の超一流が集まっているから変わりようがないんでしょうね。


 「それをお前がよーく知ってるってことは、あいつら九大卿に掛け合ったな?」


 「正解、ロスタン軍務卿やカルコピノ財務卿は当然として、ロアン国土卿やミュッセ保安卿、ボートリュー学務卿にまで掛け合ったそうよ」


 軍と政府を繋ぐ懸け橋である軍務卿は当然、政府の財源を管理運営してる財務卿も当然、そこまでは分かる。


 しかしあいつらは都市、道路、港湾、河川などの整備を担当する国土卿にまで掛け合った。特に港湾関係の役人には空に詳しいのが多いから彼らを勧誘すると共に、大規模な演習用にどっかの港を開放してくれないかと相談したらしい。


 さらに、治安維持専門の役人たちを纏める保安卿にも掛け合い、捕まえた犯罪者の中から元船乗りや元傭兵とかを選び出し、条件付きで艦隊に組み込めないかと相談に行った。


 彼らはまだ少将だから自分でそういうことを決定できる権限はなく、九大卿に頼むしか方法はなかったわけね。


 そして極めつけ。既存の貴族専門の学校を、上級市民などにも広げてその管理運営、最終目標は全国民に対する教育の実地を担当する学務省、現在では大都市の市民に対する簡単な学校をいくつか試験的に開いており、その効果は中々良いよう。


 そこで育った学識ある平民達がメイジと対等の関係で協力し合い、将来のガリアを背負っていってほしいものなんだけど、その子供達に先行投資を試みたらしい。


 ちょっと先行投資の本来の意味とは違うわね。



 「学務卿ってことは、あいつら、子供達に戦列艦の運営をやらせる気だな」


 「ええ、彼ら曰く、”俺たちなら12歳で出来た、ならば15歳でできない道理はない”ということらしいわ」


 彼ららしいといえばらしい、でも、戦場には絶対に連れていく気はないのでしょうね。いえ、むしろそのためかしら?


 「なるほど、子供達は得てして戦場の英雄に憧れ、戦争に参加したがり、初陣で多くの命が散っていく。それを防止するには子供のうちに模擬的とはいえ戦場の気配を叩き込むのが一番ではあるな」


 流石ね、ちょっと聞いただけで彼らの意図が分かるなんて、私とは付き合ってきた年季が違うみたいね。


 「あの人達も基本的にはあんたと同じだからね。自分達は戦場の真っ只中に突っ込んでいくくせに、関係ない女子供や一般人が戦争に巻き込まれるのを何よりも嫌う。特に、貴族が自分の保身の為に人々を犠牲にすることを絶対に許さない、そんなことをする貴族は容赦なく残酷に殺す。あんたが」


 「そこで殺すのも俺なんだよな」


 「適材適所ね」


 つーか、ほっといてもあんたが勝手に殺しにいくでしょ。


 「まあそうだな、戦争は軍人のもの。民間人は関わらない、関わらせない。もし戦争で家族を殺されて、それが理由で軍隊に入ろうなんてする奴らがいたら、あいつらは悉く追い出す。その理由は?」


 「その人達が自分の意思ではなく状況に流されて来たからね。例えそんな事情がなくとも自分の意思で、家族や友人を守るために軍人になる。そういった者にしか軍人は務まらない、軍人は傭兵とは違う」


 「そう、軍人には責任転嫁は許されない。部下の失態は上官の責任、上官の命令は絶対。もしその命令に背いて行動するなら命を懸ける必要があ。、無能な上官に従って戦死するのも馬鹿らしい、結局最後は自分の意思で判断するしかない。そういった強い心を持つ者こそが、軍人であるべき」


 それを素で実行するのが彼らでありこいつなのよね。


 「故に軍人は人を殺しても罪に問われない。犯罪者を捕まえることを目的とする保安隊とはそこは違う。彼らは人を殺し、人を生かすために存在する。その天秤を測り間違える者は、軍人たる資格が無い。だったかしら?」


 「だな、だけど実際にはそんな軍人の方が少ない。どいつもこいつも自分の出世と保身ばかり。まあ、たまにはそういった有望な奴らもいるんだが、そういう奴ら程上官から煙たがられ出世できない」


 「だけど、そういう上官をあんたが大量に処分したから現在ではかなり改善されてるのよね?」


 「まあな、陸軍なら連隊長クラスは全員有能で軍人らしい奴らだ、空海軍は艦長クラスがそんな感じ、後は師団長、軍団長、総司令官、提督、総督、ってのを排除すりゃ完璧」


 「そのための最終作戦だものね、ガリアに巣食う老廃物を一気に徹底的に排除する、よく考えるわあんな作戦」


 我が父ながらあの悪魔の頭はどうなっているのか?


 「まあ、それは俺も同感だが、その最終作戦の為に俺達はまだまだ働かにゃならんな」


 「ま、それは望むところね」


 実にやりがいがある仕事ではあるから。


 「そんために俺はまた出張だな」


 「今度は?」


 「まずはアルビオン。新政府樹立に伴ってトリステイン、ゲルマニアと不可侵条約を結ぶからその辺での国内の調整をしないとな」


 「両国は受けるかしら?」


 答えは分かりきっているけど一応聞いておかないとね。


 「受ける、トリステインもゲルマニアも艦隊の配備が終了していない。今アルビオンに攻められたら不利は否めないからな」


 「でしょうね」


 「そっちが終わったら一旦戻ってくる、ロマリアの仕込みもそろそろ本格的にしないとな」


 「あっちはヨアヒムとマルコが頑張ってるわよ」


 「流石に全部補佐官に任せっきりというわけにもいかないからな、状況の確認と今後の指示程度はしてやんないと」


 「そんなだからあんたは過労死するのよ」


 まったく、こいつには休むという発想がないんだろうか?


 「よし、じゃあそろそろ行ってくる」


 完全に無視したわねこいつ、ま、何を言っても無駄でしょうけど。


 「行ってらっしゃい、せいぜい馬車馬の如く働くことね」


 「おい、せめて労いの言葉くらいかけてくれ、かわいい妹よ」


 「頑張ってね、お兄ちゃん」


 「…………」


 「…………」





 長く大いなる沈黙。





 「すまん、俺が悪かった」


 「私も自分で言っててありえないって思ったわ」


 これほどダメージがあるとはね、お互いに。




 そして微妙な雰囲気のままハインツは出かけていった。


 私も仕事に没頭して早急に忘れることにした。




追記 8/31 誤字修正




[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第七話  外交
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/04 20:19
 
 アルビオンでの内乱は終了。

 勝者である『レコン・キスタ』は神聖アルビオン共和国となり、オリヴァー・クロムウェルを盟主とした新政府を樹立。

 ここに始祖ブリミルが授けた三本の王権の一つが倒れた。


 6000年間に一度もなかった出来事が起こり、歴史の流れは加速しつつ濁流となっていく。


 しかし、アルビオン、トリステイン、ゲルマニアの間には不可侵条約が結ばれ、表面上の平和は訪れた。






第七話    外交





■■■   side:ハインツ   ■■■




 アルビオンでの後始末も終わり、俺は才人達の監視とガリアでの暗躍に戻った。


 トリステイン王女アンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式は翌月の一日、ニューイの月(6月)に行われる。


 それに合わせて『レコン・キスタ』が奇襲を仕掛けるのだが、それまでは才人達は平穏なはずである。


 しかし、物語は容赦なく進み、ルイズが結婚式の際の巫女役に選ばれた。


 おそらく例のお姫が幼馴染を指名したのだろう。


 そしてルイズの元には『始祖の祈祷書』と『水のルビー』が揃うこととなった、これらが“虚無の担い手”の覚醒に不可欠なアイテムなのだ。


 うむ、相変わらず物語の御都合主義は凄まじい、陛下以外にも誰かが脚本を書いているんじゃないかと疑いたくなる。


 歴史の流れとは幾万もの偶然が積み重なって生まれるという、これもそんな流れの一つなのかもしれない。



 とはいえ、結婚式が重要なポイントならば、それまでは才人達に大きな動きはないだろうとタカをくくっており、一旦監視は引き上げ、本国の貴族の監視や粛清などに回したのだが。




 甘かった。




 主役とは思った以上に忙しいもののようだった。
















 「ハインツさん、それで何かいい仕事ないでしょうか?」


 例によってシャルロット経由で才人から連絡がきた。


 今回の依頼は「住み込みで働ける場所を紹介してくれないか」という何とも現実的なものだった。


 何でも諸々の事情からルイズの使い魔をクビになり部屋から叩きだされたらしい。


 部屋もなく、使い魔もクビになっては才人に生きる術は無い。


 そこで彼は持ち前の切り替えの早さを発揮し、早速仕事探しに出かけた。(なんとその日のうちに)


 しかしそこで彼はふと思う、あのルイズのことだから気まぐれで戻って来いとか言いだす可能性もある。つーかその方が高い。


 そうなったら学院内の人達だと、ルイズの爆発に巻き込まれることになるかもしれない。なので才人と仲が良いメイドのシェスタや料理長のマルトーさんを頼るわけにはいかず、彼はトリスタニアで住み込みの仕事を探すことにした。


 その辺の配慮を出来るようになったの、彼の成長の証といえるかもしれない。


 シャルロットのシルフィードに乗っけてもらってトリスタニアに着いた彼は仕事を探してみた。ハルケギニアの文字はシャルロットに習っており、ルーンの援護もあって覚えるのに然程苦労はしなかったそうだ。


 しかし、見た目異邦人で、この世界の仕組みにまだ完全に馴染んでいない才人ではなかなかいい職が見つからなかった。


 それも仕方ない。彼が普段居るのはトリステイン魔法学院、早い話が貴族学校。


 この世界の一般常識を身につけるには王宮に次いで相応しくない場所であった。


 「で、俺に相談してきた訳か」


 「そうなんですよ、ハインツさんしか頼れる人がいなくて」


 他にいないわけでもないと思うが、一番頼りやすいのは間違いなく俺だろう。



 「それは構わんが、現在お前はどうしているんだ?」


 「今はシャル・・じゃなかったタバサの所で厄介になってます、ですがいつまでもこのままというわけにもいかないんで」


 追い出されてすぐ別の女のところに転がりこむとは、なかなかやるなこいつ。


 しかしまあ、シャルロットはそういうのを気にしないから特に問題もないのだろう。


 それに、イザベラなんか本部の大部屋で多くの男性職員と共に、“働け、休暇が来るその日まで”の空のビンを握りしめながら机に突っ伏して力尽きることが多い。


 それに比べれば15歳の少女が自分の部屋で数歳違いの男の子と一緒に寝ることなどまだましだ。



 哀れイザベラ、がんばれ17歳。



 「ふむ、それで仕事だが、紹介しようと思えばいくらでもある。トリスタニアで働きたいなら大半の仕事を回せるぞ」


 「本当ですか!?」


 トリスタニアには北花壇騎士団支部があり、メッセンジャーが経営する店も多い。そこら辺のどっかで才人を雇ってもらうことなど、正に造作もないのだが。


 「だけど才人、その場合ルイズの報復が恐ろしいぞ。下手すると公爵家の権力でお前を追いつめるかもしれん」


 傍から見れば“使い魔に逃げられた主人”である、それに気付いたルイズが才人捕獲のためにあらゆる手段に出かねない。


 「う、その可能性はありますね・・・」


 才人もその辺は察することができるようだ、伊達に一月近く使い魔をやってない。


 「だからさ、とりあえずトリステイン内部で根なし草の賞金稼ぎでもやってみたらどうだ」


 「賞金稼ぎ、ですか」


 才人が反応する、その響きに惹かれるものがあるようだ。


 「そうだ。オークとかの亜人をやっつけたり幻獣をやっつけたり、そういった活動をしながら報酬をもらっていくんだ。北花壇騎士団のフェンサーの仕事の多くはそれだから、その辺の仕事は俺から回せる」


 「あ、それ良さそうですね」


 「よし、じゃあ明日にでもトリスタニアにある“光の翼”、例の店だな。そこに来てくれ」


 「了解です!」



 そういうことで臨時フェンサーとして才人を雇うこととなった。










 しかし翌日。


 来たのは才人だけではなかった。


 シャルロットはともかく、キュルケ、ギーシュ、そしてなぜかメイドのシエスタという訳分からん組み合わせだった。









■■■   side:キュルケ   ■■■



 ハインツが珍しく呆然としてる。


 まあ、いきなりこの面子が押しかけたらそれも当然かもしれないわね。


 「やっほー、ハインツ、元気だった?」



 「キュルケ、お前の仕業だな?」


 あら、相変わらず鋭い。


 「まあそんなとこよ、どうせだから宝探しも兼ねて皆で楽しもうってことになったの」


 「いや、キュルケが強引に決めただけのような……」

 「僕はいまだに何をやるのかすら知らされてないんだが」

 「私は才人さんについてきただけで」

 「楽しそう」


 賛同してくれてるのはシャルロットだけ。


 私は普段はタバサってこの子のことを呼ぶけど、二人きりの時とかはシャルロットって呼ぶことにしてる。


 というのもこの子の優しいお兄様にそう頼まれたからだ。



 私がハインツに出会ったのはもうかれこれ一年近く前になるから、この中ではシャルロットに次いで長いわね。


 サイトはまだ1か月くらい、ギーシュとシェスタは一度会ったきり。


 サイトがギーシュとの決闘の後、怪我して倒れた時に治してくれたのがハインツ。


 その時ルイズは席を外していたから会ってない。そのあとなぜかもう一度来たハインツに、ギーシュとシエスタが会っている。


 とんでもない謎の説明をして正体を煙に巻いたとは聞いたけど、それで押し通すのがハインツの凄いところ。そういう点はシャルロットも似てるけど。



 「まあそういうことよ。で、貴方なら本物っぽい宝の情報とかも知っていると思ってね」



 ハインツの仕事は大体聞いた、彼は聞かれたことには大体真実で答える。


 普通に考えれば言えないようなことまで平気で話すのだが、ハインツ曰く。


 「言うべき相手がどうかは選んでいる、お前がたまたまそうだっただけのことさ」


 らしい。



 この男は私が今まで出会った中で一番の変わり者。


 シャルロット曰く、“異常者”。


 正直、私が会った男の中で一切男性的な魅力がなかったのはこいつだけね。


 女っぽいわけではない、子供っぽいわけでもない、言ってみればハインツらしい。


 大人の人間を分けるなら、男、女、ハインツ、の3種類に分けるのが正しいというべきか。



 だけど、シャルロットにとっては優しいお兄ちゃん。この子は絶対否定するでしょうけど、傍から見れば丸分かりなのよね。


 だけど同時に敵でもあり、上司であり、目標でもあるという何とも複雑な兄妹なのよね。(正確には従兄妹)


 ま、そんなだから一緒にいて全然飽きないし、サイトが加わってからはさらに楽しくなった。ハインツには変人を引き付ける才能があるみたいね。


 そういう私も結構な変わり者の一人だけど。





 「ふむ、宝の場所ねえ、そういう場所はいくつか知ってるが。そうだな、お前達が持ってる地図とつき合わせてみよう。それでありそうな所は宝探しで、なさそうな所は幻獣退治をメインにいく。そうすれば本来の目的である金稼ぎに最も合う、報酬は俺から出すから」


 「流石ハインツ、頼りになるわね」



 「え、え、いいんですか?」


 サイトは驚いてるわね、まさか報酬までハインツ持ちとは思わなかったみたい。


 「問題ないわよサイト、ハインツは自分の利益にしながら人に善意で協力する天才なの。だから私達が幻獣退治でもすればそれは間違いなくハインツの利益になるわ。つまりは、持ちつ持たれつってことよ」


 本当は違うけどね。結果的にそうなるけどそういう結果にする為に努力するのはハインツだから、圧倒的に彼の方が仕事が多い。


 まあ、そういう仕事を自分でやりたがって過労死寸前になるのが、このハインツ・ギュスター・ヴァランスという男なんだけど。







 私は色々と話し合うハインツ、サイト、ギーシュ、シェスタをシャルロットと一緒に眺めながら、今回の冒険は楽しくなりそうだと確信していた。













■■■   side:ハインツ   ■■■


 そうして、才人達は“宝探し”に出かけた。


 その宝の中には『竜の羽衣』も存在したようで、これもまた物語の一部なのだろう。


 そうなると、アルビオンがとるべき行動も決まってくる。


 陛下の方は今『ヨルムンガント』の本格的な製作にとりかかったらしく、今回の件は俺に一任されている。


 とはいえ大まかな脚本はあり、どう演出するかを任されただけなのだが、それでも臨機応変に舞台を整える必要がある。


 俺は侵攻作戦の段取りを決めるため、白の国へ向かった。
















■■■   side:ボーウッド   ■■■




 私はヘンリー・ボーウッド。

 アルビオン王国空軍の艦長を務めていたが、現在では神聖アルビオン共和国空軍総旗艦『レキシントン』号の艤装主任である。


 艤装が終了したら艤装主任はそのまま艦長となることがアルビオン空軍の伝統であるためそれはもう確定事項だ。


 そして今私は視察に訪れたアルビオンの最高権力者二人と話している。



 「ふむ、なかなか順調のようではないか、これならば結婚式に余裕で間に合いそうだな」


 そう呟くのは神聖アルビオン共和国初代皇帝兼貴族会議議長オリヴァー・クロムウェル。


 この国の盟主である。


 「ほう、この短期間でここまでの艤装を完了させるとは良い仕事だな。見事だ、サー・ヘンリー・ボーウッド」


 感心したように声をかけてきた男がゲイルノート・ガスパール。


 アルビオン軍総司令官であり、空軍、陸軍の両方を統括する国軍の要。


 『鮮血の将軍』、『軍神』の異名を持つ男である。


 「は、身に余る光栄であります」


 「私からも礼を言うよ艤装主任。それに、錬金魔術師たちもよくやってくれているようだ。ミス・シェフィールド、あの新型大砲はどれほどの射程をほこるのだったかな?」


 「トリステインやゲルマニアの艦隊が保有するカノン砲の1.5倍の射程を有します」


 皇帝の秘書という女がよどみなく答える。


 「ふむ、実に素晴しい、これで『レキシントン』号に敵う艦はどこにも存在しないな」


 満足そうに頷く皇帝。


 「クロムウェル、どれだけ兵器が優れていようがそれを扱う者が無能ならば何の意味もない。優れた指揮官ならば、旧型の艦で新型艦を打ち破る方法などいくらでも思いつける。そういう慢心こそが、敗北の温床となる」


 厳しい評価を下すガスパール元帥。

 皇帝を呼び捨てにする人物は彼をおいて他にいない。


 「ふむ、確かにそれはそうだ。サー・ヘンリー・ボーウッド、君のように有能な将官の手で運用されてこそ、この兵器はその真価を発揮する。見事期待に応えてくれたまえ」


 「は、非才な身ですが、全力を尽くします」


 「ボーウッド、己の実力に自信があるならば誇れ、己こそが最優であると豪語してみせろ。例えそれほどの自信がなくとも卑屈になることはない。少なくとも、俺はお前の指揮官としての能力を高く評価している。そういった態度は褒められたものではないぞ」


 「は、申し訳ありません」


 私は謝罪する。



 元々私は心情的には王党派であった。


 上官であった艦隊司令が反乱軍へと就いたため私も『レコン・キスタ』の艦長として革命戦争に加わった。


 軍人は政治に関与すべからずという意思を強く持っていたからであり、軍において上官の命令は絶対だったからだ。


 しかし、無能な王を打倒し有能な貴族による合議制で国を治めるという『レコン・キスタ』の大義には賛同し難いものがあった。


 その有能な貴族とやらが利権目当てで集まった烏合の衆に過ぎず、本末転倒もいいところだったからである。


 だが、それを打ち破ったのがゲイルノート・ガスパールであった。


 彼はそういった無能な貴族を次々に自らの手で処刑し、有能な者は爵位に問わず登用し、平民ですら軍高官に任じた。


 反対意見は悉く力で抑えつけ、艦隊司令であった私の上官も彼に殺された、軍規に背き、略奪を行ったからである。


 しかし、クロムウェルとは一度も意見が対立することはなく、それが現在のアルビオンの政治家と軍人の結束の象徴となっている。


 そして私は自分の意思で革命戦争に加わるようになった。軍人とはいえ祖国の為を思うなら、自分の意見を政治家に叩きつけることも必要だと学んだからだ。


 かといって必要以上に口を出す必要もない。軍人は政治家に従うべしという前提は忘れてはならない。しかし、盲目的に従えばよいというものでもない。


 自分で考え、自分の意思で行動するということの意味を私は司令官より学んだ。


 故にこれから私が口にするのもその教えに従えばこそである。


 「しかし閣下、質問があるのですが」


 「ふむ、何かね?」


 「なぜ親善訪問に新型の大砲を積み込む必要があるのですか? いたずらに刺激するだけだと思いますが」


 この『レキシントン』はトリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に国賓として出席する皇帝の御召艦である。そんなものに新型の兵器を積み込めば下手をすると挑発行為ととられかねない。



 「その答えは簡単だ、これは親善訪問などではないからだ」


 「それはつまり」


 「うむ、トリステイン艦隊からの礼砲を実弾と称して、トリステインに侵攻する。これはそのための旗艦となる」


 「そんな真似をするのですか! トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんか! このアルビオンの長い歴史の中で他国との条約を破り捨てた前例はありません!」


 私は激情のあまり怒鳴りつける。


 「それは違うぞボーウッド、これは侵略などではない」


 しかし、司令官はそれを否定する。


 「侵略ではない?」


 「その通りだ、侵略とは敵の国土を我がものとする為に行うものだ。ならばなぜ動員する兵が僅かに3千なのだ?」


 「それは・・・」


 確かにそうだ。本当に侵略するつもりならば、3千などという小規模な軍勢を送り込むはずはない。軍を動員するにあたって兵力を小出しするのは愚の骨頂、ならば動員するのは3千ではなく3万のはず。


 我がアルビオンの陸軍の数は5万、にもかかわらず他国への侵略軍が3千というわけはない。


 3千では親善大使の護衛といっても通用する数だ、やや多すぎるのは否めないが。


 「ではこの行動には一体何の意味が?」


 「決まっている、宣戦布告だ」


 「宣戦布告、ですか?」


 「ああ、トリステインは小国だ。本来ならば不可侵条約など結ぶ必要はなかった。王党派を滅ぼした勢いをかってそのまま侵攻すれば容易く落とせただろう。しかし、それは出来なかった、なぜか分かるか?」


 私は考える、確かにあのまま攻め込んでも小国のトリステインは難なく落とせただろう、しかしそれは出来なかった、その理由とは。


 「ゲルマニアがトリステインに攻め込む可能性があった、からですか」


 「正解だ。あの時点ではまだ正式に軍事同盟は締結されていなかった、故に我々がトリステインに攻め込んだとしても戦果をゲルマニアに奪われる可能性があった。あの不可侵条約は、両国に正式な軍事同盟を結ばせるための方便に過ぎん。そしてそれがなった今、宣戦布告をするというわけだ」


 既に軍事同盟は締結されている。この段階ではアルビオンがトリステインに攻め込んでも、ゲルマニアはトリステインに侵攻し領土を奪うことはできない。かといってトリステインのためにアルビオンとの全面戦争に踏み切る義理もあるまい。


 「しかし、宣戦布告というのにはいささか大がかりな気が致しますが」


 「これは試しでもある。この程度で滅ぶような国ならば侵略する価値もない、王家もろとも灰にするまで。しかし、この程度の挨拶は切り抜けられるならば、侵略する価値はある。故にボーウッド、ある程度戦えば引き上げても構わん、その判断はお前に任せる」


 流石は『軍神』、その発想は凡人の及ぶところではない。

 しかし、気になることもある。


 「小官が司令官となるのですか?」


 「ガスパール、今回の作戦における艦隊司令官は貴族議会議員のサー・ジョンストンが受け持つことになっているが」


 皇帝が訂正する。


 「ああ、そうだったな、しかしボーウッド、俺はお前が艦隊司令官になるような気がしている。そのサー・ジョンストンとやらには会ったことがないので何ともいえんがな、くくく」


 可笑しそうに笑うガスパール元帥。


 一体彼は何を考えているのだ?




 私はトリステインへの侵攻。いや、彼流に言うなら宣戦布告か。それよりも、彼の笑いの意味の方が気になっていた。













■■■   side:ハインツ   ■■■




 さて、アルビオンのトリステイン侵攻準備は順調、このままいけば親善艦隊がそのまま奇襲をかけることができる。


 問題はその後。多分才人がゼロ戦に乗って駆けつけるとは思うが、戦闘機では戦列艦は落とせない。


 トリステインの戦列艦は全滅するだろうから、アルビオンの侵攻を防ぐにはどうにかして艦隊機能を削ぐ必要がある。


 俺がやったように“下り、超特急”を使えば話は別だが、敵艦隊に毒を仕込む方法などあるまい。(あれは結局謎の食当たりとして処理された)



 そうなるとルイズの“虚無”が頼りだ。物語の流れを考えるなら、ここで虚無に覚醒して祖国を救うってとこだろう。


 ロンディニウムにあった“始祖のオルゴール”を陛下に届けたところ、陛下が新たに得た魔法は『爆発(エクスプロージョン)』。


 正確には爆発というより分解消滅といったほうがよさそうな代物で、どんな物質でも問答無用で原子レベルで崩壊させる規格外の魔法。


 ルイズが現在起こしている爆発はこれの劣化品だろう、故に最初に覚えるのはこれだと陛下は確信しているらしい。


そこばかりは虚無の担い手にしか分からないことだろうから、判断は陛下に任せる他は無い


“爆発”なら使い手が望んだものだけを爆発させることも出来るようで、以前俺の肋骨だけを陛下の“爆発”で破壊されたことがある。


 『アンドバリの指輪』を治療用に使わなかったら俺は死んでいたかもしれない。


 だから戦艦の「風石」や砲弾だけを吹き飛ばすことも可能だろうし、多分ルイズにはまだ人間を吹き飛ばすことは出来ないだろう。(陛下なら容赦なく吹き飛ばす)


 しかし、ルイズが覚醒しない可能性もあるので常にあらゆる状況に備えて手を打っておく必要がある。


 「やれやれ、裏方は大変だ」


 そうぼやきつつも俺は“保険”をかけるために行動を開始するのだった。


 結婚式までの時はあと1週間。














■■■   side:マザリーニ   ■■■




 「ガリア王の特使だと?」


 その知らせを聞いて私は戸惑った。


 現在は、我がトリステインのアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式の準備が佳境に入ったところだ。


 当然この国の宰相である私の仕事も多くなり、既に全て白くなった髪がさらに白さを増しそうな勢いだ。


 やれやれ、たまにでいいから休暇くらいほしいものである。


 しかしそうも言っていられず疲れた体に鞭打ち政務に励んでいたが、そこにガリア王の特使が来たという報告があった。しかも密使ということである。


 なぜこの時期にガリアが? という疑問が浮かぶが答えは出ない。ここはその特使の話を聞いてみるしかあるまい。



 「お通ししろ」


 私はそう答えると共に机の上の書類を片付ける。


 やれやれ、これはまた徹夜になるな。


 そして扉が開き、一人の青年が入ってくる。


 年齢はおよそ20歳前後、190サント近くあろうかという長身、そして何よりガリア王家の血を引く証である深く蒼い髪、短髪ではあるがその色は間違えようが無い。


 一見ただの優しそうな青年のような印象を受ける。しかし違う、彼が噂どおりの人物ならばそんなことは万に一つもありえまい。


 「お初お目にかかります、トリステイン国宰相マザリーニ枢機卿。私はガリア王の特使であるハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵と申します」


 ガリアの宮廷を裏で牛耳ると噂される“悪魔公”、その人物の突然の訪問であった。











 この人物について私が知ることはそう多いわけではない。


 かつてガリアには六大公爵家と呼ばれる存在があり、それらの家の財力、軍事力はトリステイン王家を上回るほどであった。


 我がトリステインの最大の封建貴族と言えばラ・ヴァリエール公爵家だが、爵位は同じでもその領地と財力には雲泥の差がある。小国の公爵と大国の公爵ではそれほど大きな違いがある。


 しかし、この人物は11歳の時に自領を全て王政府に返還し、爵位のみの存在となる。だが、その後はジョゼフ王子の支援に回り、彼を次期王位に就けるためあらゆる陰謀をめぐらし、彼を後継者とした後、オルレアン公を暗殺し、ウェリン公、カンペール公を見せしめに焼き殺し、べルフォール公も反逆罪で粛清、そしてサルマーン家も反逆に到り鎮圧された。


 結果、ヴァランス家以外の五家は悉く断絶となり、彼は現在ヴァランス領総督、宮廷監督官、王の近衛騎士団長を兼任し、宮廷の人事を思いのままにしているという。


 また、ロマリアの枢機卿を切り殺した人物ともされ、神を恐れず刃を平然と向ける現在のガリア貴族で最も恐ろしい男。無能王を傀儡として裏で全てを支配する“悪魔公”というわけだ。


 しかし、これらは全て噂でしかなく真実の程は分からない。また、ガリアの宮廷貴族は“悪魔公”のことを普段一切口にしようとしない、まるでその名を口にするのも恐ろしいと言わんばかりに。


 また、ガリアの防諜機関は恐ろしい程に洗練されており、私が“悪魔公”の実態調査のために送り込んだ密偵は一人として戻ってこなかった。


 つまり、私がこの人物について知るのは表面的な事実と噂のみ、彼がどんな人物で何を求めどういう行動理念を持つのか何も分からない。


 こと外交において、相手の正体が分からないということほど恐ろしいことはないのだが、不利を承知で彼との会談に臨まねばならないようだ。





 「丁寧な御挨拶いたみいる。しかし、ガリアの王位継承権第二位である貴公がわざわざ直接来られたのはいかなる事情があられたのですか?」



 「まあまあ枢機卿、堅苦しい言葉遣いは無しにしてもっと気楽にいきましょう。今回は正式な訪問ではなく密使に過ぎないわけですから、貴方も20歳の若造相手に敬語を使うのめんどいでしょ?」


 これはまた随分とくだけた言葉遣いの公爵だ。しかし違和感が無い、彼は普段からこういう口調なのかもしれないな。


 「ふむ、それではお言葉に甘えよう。それで、ガリアの公爵がこの小国の宰相に何用かな?」


 「ええ、少々きな臭い噂を耳にしたので、これは知らせておいた方がいいかと思いまして。ガリアの為に」


 自分でガリアの為と言い切るとはな、なかなかの喰わせ者のようだ。


 「そのガリアの為の忠告とやらを是非聞かせてもらいたいが」


 「とりあえずこれがガリア王からの親書です。2分で書いたらしいので、汚い字は勘弁してくれ、だそうです」


 また随分とふざけた親書だ、公式の場でそんなものを出せば国際問題になりかねんな。


 私はその親書を受けとり内容を確かめる。





 そこには驚くべき内容が記されていた。



 「アルビオンが我がトリステインへの侵攻を計画していると」


 「まあそういうことです。とはいえ確実な証拠とは言えないんですが、限りなく怪しいかと」


 平然と言うヴァランス公、どうやら恐ろしい程の修羅場の経験があるようだ。


 「その怪しい根拠とは?」


 親書にはアルビオンが侵攻準備をしているとしか書かれておらず、具体的なことは一切ない、後はこの者に尋ねよということだ。


 「今回の親善艦隊の旗艦『レキシントン』号。全長200メイルをほこるハルケギニア最大の巨艦ですが、この艦に最近新型の大砲が積み込まれたと。、親善大使を乗せる船にしては、少々ものものしい気がしますね」


 確かにそれは怪しい。しかし、証拠となる程でもない。


 「それは気になるが、砲艦外交といえばそのままだな」


 「確かに、ゲルマニアやガリアでも過去幾度となくやってきたことです。しかし、その親善艦隊で秘密裏に軍事演習を行うというのは、いかがなものでしょうか。それも、わざわざトリステインから一番遠いダータルネス近辺で」



 それは最早怪しいという段階を通り越している。真実ならば、確実にトリステインに侵攻するつもりだろう。


 「なるほど、それが本当ならば間違いはあるまいな。しかしなぜ君がそれを知っているのかな?」


 「我がガリアの諜報機関は他国を圧倒しております。この程度の機密を探りだすなど、造作もありません。枢機卿、かつて私に密偵を送り込み、誰も帰らなかったことを知る貴方ならばそれが理解できるのでは?」


 非常に小賢しいな、それをあえて引き合いに出すか。


 「それは道理ではある、しかしそれをトリステインに伝える理由は何故かな?」


 「簡単です。トリステインとアルビオンに潰し合って欲しいからです。そのためにはあっさりとトリステインが滅んでは困るので、その辺での利害関係は一致すると思いますよ。まあ、トリステインが優勢になれば今度はアルビオンに肩入れするかもしれませんが」


 ここまで本音をぶちまけるとは、いや、これすらも本音ではないのかもしれん。つまりは判断不能ということ、そして危険が分かっていてなお、こちらには踏み込む以外の選択肢がない。そうしなければトリステインは滅ぶ。


 全く、なんとも忌々しいことだ。


 「では君の言葉は話し半分に聞いておくとしよう。私も忙しいのでね、用が済んだのなら帰りたまえ。君の主人にはよろしく伝えておいてくれると助かる」


 ここで会談は打ち切るべきだ、向こうはもう語ることはないだろうし、こちらから情報を求めたところでまともな答えが返ってくるはずもない。


 それに、やらなければならないことが増えた。


 「ではこれで失礼しますね。ですが、最後に一つだけ」


 「何かな」


 「ゲルマニアは結構頼りになりますよ、救援を求めるのは悪いことではないと思います」




 最後に意味深な言葉を残して彼は去った。





 「まったく、“悪魔公”とはよく言ったものだ」


 私は一人呟く。


 あれは確かに尋常ではない、しかもどこまでも自然体であった。


 つまりあの者にとっては親しい者と雑談に興じることも、こういった外交の場で話すことも等価ということ。


 何万人もの人間の命が左右される会談においてそのような精神状態で臨めるなど、およそ考えられることではない。

 一体どれほどの修羅場をくぐれば、あの若さであのような者ができあがるのか。


 それが我がトリステインとガリアの最大の違いなのかもしれん。



 あの者はこのハルケギニアに一体何をもたらすのだろうか?



 私は漠然とした不安にとらわれながら、艦隊司令のラ・ラメー伯爵と会談するための準備を始めた。




















■■■   side:ハインツ   ■■■



 さて、片方は片付いた、後はもう片方のみ。


 先程話した内容は全て真実、親善艦隊が軍事演習を行ったのも本当。


 もっとも、その場で艦隊司令官のサー・ジョンストンは演習の最中にかかわらず「アルビオン万歳! 神聖皇帝クロムウェル万歳!」などと叫び、それを見たゲイルノート・ガスパール(俺)によってその場で首を刎ねられた。


 結果、サー・ヘンリー・ボーウッドが艦隊司令官となり、トリステイン侵攻の総指揮を執ることとなった。


 これなら無駄にタルブ村が焼かれたりすることもあるまい。竜騎兵に対する手は打ってあるから、それがなければただの砲弾の無駄遣いになる。


 生粋の軍人ならば、そんな無益な真似は間違ってもしない。まして上官がゲイルノート・ガスパールならば尚更だ。


 軍人が死ぬのは御愛嬌、戦争である以上死者が出るのは避けられない。ならば如何に少ない犠牲で、かつ、民間人に被害が出ないように終わらせるかを考えるべき。


 戦争なんてそもそも起こさなきゃいいのだが、そういうわけにもいかないのが辛いところである。



 俺はそのための手を打つためにもう一つの訪問地へ向かった。


















 帝政ゲルマニア首府ヴィンドボナ。


 ゲルマニアは大勢の領邦貴族が連合して作り上げた国家である。


 よって皇帝は基本世襲であるが、誰を次の皇帝にするかは選帝侯達の会議によって決まる。


 現皇帝アルブレヒト三世は勢力争いの果てに選帝侯の支持を取り付け、実力でもって皇帝となった人物で、親族はそのほとんどが塔に幽閉されている。


 言ってみればガリア六大公爵家が次代の王を会議で決めるようなのもので、違うのは先代の皇帝が死んでから決められるという点だろうか。



 まあそんな訳で、ある一族が皇帝の座を独占し続けることはないため、ゲルマニアは新旧の交代が目まぐるしく、常に新しいものを取り入れようという気風がある。


 元は聖戦に反対した者達が作り上げたという由来を持つためブリミル教の影響が最も少ない国家で、そのため魔法に頼らない冶金技術にも優れ、技術開発局ほどではないが、実践的な魔法の研究も盛んである。


 しかし、平民でも金があれば領地を購入して貴族になれ、官職につくことも自由なので、メイジの絶対数はそれほど多くない。よって魔法研究の分野ではガリアには遠く及ばない。


 その分平民主体の陸軍の数は多く、国土でもガリアと同等の大きさを誇るので軍事力という点ではガリアに次ぐ大国である。


 中央集権制ではないため、各地の領邦貴族は互いに協力しながらも警戒し合い、それぞれが強力な軍を持っている。


 それ故に動員の速度はトリステインとは比較にならないが、空海軍はそれほど強力ではない。


 空海軍の整備には統一された権力機構が必須であり、また、ガリア両用艦隊がそうであるように、空海軍が強力になると皇帝軍と諸侯軍の間の戦力差が開いてしまい、諸侯にとっては嫌なことになる。


 よって、皇帝の権力独占を防ぎたい諸侯としては、空海軍の増強に中々賛成したがらず、皇帝は各諸侯の利害関係の調整の為の権力は持つが、絶対的なものではない。


 そういった経緯からゲルマニアの空軍は錬度も数も優れているとはいえず、艦隊戦ではアルビオンに勝ち目がないのである。


 いくら陸軍と国力で圧倒していても制空権を握られてはやりにくく、まして相手は浮遊大陸だ。


 なのでゲルマニアとしてもトリステインの空軍には一定の利用価値があり、トリステイン・ゲルマニア連合艦隊ならばアルビオンに抗しえるのである。


 ゲルマニアがトリステインを簡単に併呑できる力を持ちながら、あえてそれをしないのは、アルビオンに対する防波堤として利用したいからである。


 併合してしまうとトリステインは分裂して領邦貴族の一員となるので、これまでのようなトリステイン空軍を維持できなくなってしまうのが、最大の理由であった。


 とはいえ、アルビオンに全部とられるくらいなら自分達で貰ってしまおうと考えるのも当然で、そういった理由で軍事同盟が締結されるまではアルビオンはトリステインに侵攻しなかった。




 ゲルマニアはゲルマニアでそういう理由があり、それで皇帝と王女の婚姻ということになったのだが、その準備をしているウィンドボナを俺はガリアの特使として訪れ皇帝への面会を申し出た。













 「お初お目にかかります、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世閣下。私はガリア王の特使であるハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵と申します」


 マザリーニ枢機卿の時と同じ挨拶から入る俺。


 「ふむ、噂は聞いておる。何でもガリア宮廷では“悪魔公”として恐れられているとか」


 尊大な態度な皇帝、王家の臣下であったマザリーニ枢機卿とは異なりこの人には国家の頂点にいるという立場がある。


 「ははは、私も有名になったものですね。しかし、そういうことなら皇帝閣下も同じなのでは? 私は親族を皆殺しに、皇帝閣下は親族を塔に幽閉なされた。これは似た者同士といって差し支えないと思いますが」


 「ははは、 親族を皆殺しときたか、これは一本取られたな。流石は政争と簒奪の国ガリア。わずか11歳で親族を粛清する者がいようとは、6000年の歴史は伊達ではないな」


 暗に俺の経歴は知っていると言っているようだ、まあ、それはどうでもいいことだが。


 「私の話は置いておきましょう、我が主ガリア王ジョセフ陛下より親書を預かって参りました」


 そして俺は例の手紙を差し出す。


 「ふむ」


 それを読むアルブレヒト三世。








 しばし時が過ぎ。


 「なるほど、面白いな、しかしこれがどうしたというのだ?」


 鋭い反応だ、流石に己の実力でゲルマニアをまとめ上げ、皇帝として君臨しただけのことはある。


 「閣下とアンリエッタ王女の婚姻がアルビオンの侵略によって崩されるかもしれませんが、よろしいのですか?」


 俺はあえてそう言う。


 「別に構わん。あの小娘は政治の道具に過ぎん。それにアルビオンがトリステインを滅ぼすというのならば、それも構わん。その間に我等は軍備を整え陸続きのトリステイン、いや、その場合アルビオンの属領に攻め込めばよい」


 それは道理、攻め込むならばともかく防衛に徹するならばゲルマニアの艦隊でもアルビオン艦隊に抗する程度は出来る。それにアルビオンがトリステインを制圧すれば、それはガリアと国境を接することを意味し、ガリア両用艦隊への備えが必要になるということだ。


 そうなればゲルマニアの陸軍でアルビオン軍を叩けばよい、陸続きのトリステインへの侵攻はゲルマニアの独壇場となるだろう。


 しかし。


 「ですが閣下、もしトリステインが勝ったらなんとなさいます?」


 俺は問う。


 「何だと?」


 怪訝な顔をするアルブレヒト三世、その可能性は考えていなかったようだ。


 「お主はトリステインごとき小国が、アルビオンに勝利できると思っておるのか?」


 あえて小国というのは彼の不満の表れかもしれない。国力ではトリステインを遙かに凌駕するゲルマニアだが、始祖ブリミルの直系ではないために国際的な立場では三国より格下とされる。


 故に彼は皇帝陛下ではなく皇帝閣下なのだ。


 国力でさらに上を行くガリアはともかく、トリステインやアルビオンより格下に扱われるのは屈辱以外の何ものでもないだろう。


 「まあ、普通に考えれば難しいでしょうね」


 俺はそう答える。ここで“虚無”のことを明かすわけにはいかない。しかし、その他のカードがある。


 「ならばなぜその可能性を考える?」


 さらに問うアルブレヒト三世。


 「アルビオン侵略の事実をトリステインが察知していたとすればどうでしょう? 奇襲をかけたアルビオンが逆に奇襲を受ける、そうなればトリステインが勝利する可能性もあります」


 「お主」


 どうやら気付いたようだ。


 「そうそう、私はマザリーニ枢機卿とも個人的な交友がありましてね、この事実を酒を飲みかわした際にでも漏らしてしまったかもしれません。私は酒に弱いものでして、酔った時のことを覚えていないのですよ」


 俺はそう話す。


 「なるほど、それならばトリステインが勝利を収める可能性も出てくるか。くくく、お主は噂どおりの男だな、“悪魔公”とはよく言ったものだ」


 「ですが閣下、そうなるとゲルマニアにとっては面白くありませんね。トリステインが困窮している時に援軍を出さなかったのでは、同盟に背くことになる。これからの同盟関係において、トリステインに優位を与えることになってしまいます。その小娘にも逃げられるかもしれません」


 その方が俺達にとっては都合がいい。


 「そう仕組んだ張本人がよく言うわ。それで、お主はどうしたいのだ?」


 「別に。私はただゲルマニアの誇り高き皇室が、濁った血を取り入れるのが不憫に思えただけです」


 これは俺の本心でもあったりする。


 「何?」


 「ゲルマニアは実力第一の国、魔法が使えずとも実力と金があれば貴族になることができる。それは素晴らしいことだと思います。しかし、実力はあっても権威が無い。それを補うために始祖の直系の血を取り入れるというのは、一見理にかなっていますが、ブリミルごときの血にそれほどの価値があるでしょうか?」


 「ガリアの公爵とは思えぬ発言だな。しかし、お主らしいとも言えるのかな? 確かお主はロマリアの枢機卿を切り殺したとか聞いておるが」


 「ええ、無能なくせに神にすがって他者を見下す下衆など俺は大嫌いなので。貴方だってそうじゃないですか? どうせなら全部実力で奪った方が面白い。神なんかに与えられた王権ではなく、自分の力で手に入れた実権の方が、ずっと価値があると思いますよ」


 俺は口調を本来のものに戻す。


 「ほう、それがお主の本心か」


 感心したように呟くアルブレヒト三世。


 「そうです。アルビオン王家とてたった二年で潰えたわけですから、最早ブリミル教の時代は終わりに向かっているということ。ならばゲルマニアがその滅びにわざわざ加わることもないでしょう。ですが、それはそれとして、トリステインにとりあえず援軍を送っておくのはいいことだと思いますけどね」


 仮にトリステインが勝っていても援軍を送ったという事実があればトリステインに優位を与えることはない。そうでなければトリステインと協力してアルビオンを撃退すればよい、どちらにしてもゲルマニアに損失は無いのだ。援軍を出さずにいるよりは余程いい選択となる。


 そしてこの皇帝がそれに気付かないわけがない。


 「なるほど、お主の言うことにも一理あるな。くくく、まさかガリアの公爵にして王位継承権第二位のお主からそのような意見が飛び出すとは、まさに神と始祖に刃をむける悪魔よな」


 「ええ、何せ“悪魔公”ですから」


 そして笑い合う俺達。




 「さて、用事は済んだので俺は帰りますね」


 「ふむ、次は敵同士か」


 「さあ、それはどうでしょう?」


 そして俺はアルブレヒト三世の下を去った。









 彼の言ったことは正しい、いつかガリアとゲルマニアはブリミル教亡き後のハルケギニアの覇権をかけて争うことになるだろう。
 

 これは個人の野心がどうとかいう問題ではなく、時代の変わり目ならば絶対に避けられないことだ。


 ならばその犠牲者出来るだけ少なくし、俺が気に入らない奴だけに負債をまとめて押し付けるのが俺のやり方。


 この場合は当然ロマリア。ゲルマニアはこれからのハルケギニアの在り方を象徴する国家だと思う。


 しかし惜しむらくは力不足、残念ながらブリミル教をぶっ壊すまでの力はない。


 ならばぶっ壊すのは俺達が担当し、活気あるゲルマニアには再建の役割を担ってもらいたい。



 ま、これまた俺個人の考えでしかないのだが。








 とりあえず次回の劇の準備はこれにて終了、後は主演達の活躍を待つばかり。



 舞台はタルブ。



 敵はアルビオン艦隊。



 さて、トリステインの虚無の主従は国を救うことができるか。







 一応保険はかけたものの、願わくば主演の大活躍で終わって欲しいものである。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第八話  幕間
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54
 
 タルブの戦いはトリステインの勝利に終わった。


 予想通り才人がゼロ戦で出撃し、アルビオン竜騎士隊を打ち破った。


 さらにルイズの特大『爆発(エクスプロージョン)』が炸裂し、虚無の担い手は見事覚醒を遂げたようだ。


 そして、俺の“保険”も一応の効果を発揮したようである。




第八話    幕間





■■■   side:ハインツ   ■■■



 アルビオン親善艦隊の奇襲はトリステインに読まれていた。


 俺がマザリーニ枢機卿にバラしたから当然なのだが、サー・ヘンリー・ボーウッドにもゲイルノート・ガスパールから「敵が読んでいる可能性もある、油断するな」と言っておいたので、正面決戦に近い艦隊戦となった。


 そうなれば数と錬度で勝り、新型の大砲を積んだ巨艦『レキシントン』を有するアルビオンが勝つのは道理で、トリステイン艦隊は全滅し、アルビオン軍は陸軍をタルブ草原に降下させ、艦隊はラ・ロシェールへの砲撃を行った。


 しかし、艦隊決戦が長引いた隙にトリステイン軍も既に防衛陣の構築を終えており、制空権を掴んだ状態でも容易にラ・ロシェールを落とせる状況ではなかった。


 これも予めトリステイン軍が迎撃態勢を整えていたことが要因である。この状況ではどっちが先にしかけたともいえず、まさに正面決戦となった。


 そしてその膠着状況で才人とルイズが登場。ゼロ戦は竜騎士隊を打ち破り、そうなることを見越して竜騎士隊の指揮はやられ役のヒゲ子爵にやらせておいた。


 相変わらずのいいとこなしで才人にやられたようだ、雑魚め。


 ちなみにタルブに被害は無し。俺が竜の最も嫌う臭いを発する薬品をタルブ中にぶちまけたからであり、竜騎士はタルブに近づけず、艦隊で戦略上無意味なタルブに砲撃をするほどボーウッドは無能ではない。というか、そんな真似したらゲイルノート・ガスパールに殺される。


 そして、ルイズの『爆発』によって艦隊は全て落とされ、趨勢は決したかに見えたが、そこにアルビオンからゲイルノート・ガスパールの命を受けたオーウェン・カナン将軍率いる増援部隊十数隻が到着。陸戦部隊を援護しつつボーウッド艦隊の応急処置に入った。


 未だアルビオンが制空権を握っている状況は変わらず、再び膠着状態に入りかけたところに、ゲルマニアから救援軍8千が出発し、さらにゲルマニア艦隊も迫っているという報告が入る。


 これによりトリステイン軍はさらに勢いづき、ボーウッドとカナンの二将軍は不利を悟り撤退を開始した。


 しかし、「風石」を全てルイズに消し飛ばされ、救援軍も一等戦列艦を全てアルビオンまで引き返せるほどの「風石」は積んでいなかったので、『レキシントン』などは放棄して爆破し、小型の艦艇のみを優先して補修し、何とか半数の艦を撤退させることに成功した。


 この辺の判断は見事であり、ボーウッドの軍才が並ではないことが窺える。


 結果として、親善艦隊は半壊、陸戦部隊も半数を失いアルビオンに撤退した。


 『レキシントン』を失ったのは痛手だが、失った兵はほぼ全員が傭兵であり、王軍士官はほぼ全員が帰国した。


 帰還したボーウッドは敗戦の罪を問われることはなく、艦隊の再編にとりかかった。


 また、勝者であるトリステイン・ゲルマニアの同盟は協力してアルビオンを退けたことで一層強固になり、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世から「貴国とは対等な同盟関係でありたい」という言葉と共に、アンリエッタ王女の戴冠を薦められ、婚姻の解消を約束した。


 結果、トリステインは戦勝パレードの後にアンリエッタが女王となることが決定し、ここに、トリステイン・ゲルマニア対アルビオンの戦争が開始されたのである。








 「とまあ、大体こんなとこです。何か質問ありますか?」


 俺はグラン・トロワで陛下に今回の戦いの経過と結末の報告を行っていた。


 今回は俺に任されていた部分が多いので、割りと綿密な説明となった。


 「出でよ神龍(シェンロン)! そして願いを叶えたまえ!」


 「聞けよ電波」


 「エオロー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・・・」


 「わああああああああ! 陛下! 待って! 待って! 待って!」


 いきなり『爆発(エクスプロージョン)』の詠唱を始める陛下を、なんとか止めるために突っ込む。


 が。


 ゴス!


 飛びかかった俺は思いっきり地面に突っ込み、無様に倒れこむ。



 ゲス!


 俺の頭を踏みつける陛下。どうやら途中で『加速』に切り替えたらしい。



 「甘い、相変わらず甘いなハインツ、まさかその程度の実力で俺に挑もうなどと考えるとは」


 もうやだこの人。


 「俺の戦闘力は530000、たかが42000のお前が敵うとでも思ったか?」


 最近はドラゴンボールに嵌ってるんだよなあこの人、最近新たに地球から流れてきたモノの中にドラゴンボール全巻があったのだ。


 虚無の復活に伴い“場違いな工芸品”が召喚される頻度も増しているようだ。



 「あの、陛下、とりあえず足をどけてくれませんかね?」


 「靴の裏を舐めろ、そうすれば解放してやる」


 俺はとりあえず腕に仕込んだ骨杖に蓄えてある遅延呪文で『毒錬金』を発動させる。


 が、『加速』で難なくかわす陛下。


 とんでもない化け物だこの人、マジで勝てる要素が見当たらない。



 「つーかあんた、人の話聞いてたんですか?」


 過程は無視して本題に戻す。


 「当然だ、ギャルのパンティというしょうもない願いを叶えることで世界の危機を救ったのだろう?」


 一切聞いてなかったなこいつ。


 「しばいていいですか?」


 「ベジータ様をなめるなよ」


 「もういいです」


 俺は退出しようとする。



 「待て待て冗談だ。タルブでの戦いのことならば聞いている」


 「もう少しましな冗談にしてほしいんですが」


 ようやく本題に入れる。


 「だがまあ、なかなか順調に成長しているようではないか。そちらは問題なさそうだな」


 「ええ、ルイズも覚醒しましたし、才人も強くなっているようです」


 流石は主役。


 「しかし、アルビオンの手駒はしばらく動かせんな」


 「そうですね、艦隊の再建と陸軍の再編成が済むまでは動けません。ですが、失ったのは兵卒か傭兵だけで、ボーウッドを始めとする指揮官クラスは全員無事ですので再建も早いでしょうし、残りの艦隊だけでも動かせないわけではありません」


 半数とはいえアルビオンに帰還できたのは大きかった。


 「だが動かす必要もないな、次なる試練は例の計画だ」


 「“女王誘拐計画”ですね」


 これはかなり前から準備していた計画だ、やはり英雄譚ならばこれが王道である。


 「“お姫様救出”にならんのが惜しいところだがな」


 「ですね、昔の男を使って世間知らずを釣り上げるだけですから、茶番劇にしかなりませんね」


 あの箱入り姫に王としての自覚があればそもそも成り立たない計画だ。


 「まあそれはそれで考えがある、まずは虚無の担い手をさらなる位階に上げることだ」


 「俺はよく分かりませんけど、そんなんで上がるんですか」


 「上がる。虚無の担い手に必要なのは渇望だ。現状を打破するために新たなる力を心の底から望むこと、それが虚無の力を引き出すのだ。クリリンを殺された悟空が超サイヤ人に覚醒したようにな」


 「なんとも分かりやすい例えですね」


 陛下の場合オルレアン公がクリリンで、フリーザと悟空が同一人物?



 「まあそういうわけだ、次回の演劇はこれまでよりは楽だろう。なにせ国家の運営に関与しないのだからな」


 「確かにそうですね」


 これまでは一歩間違えると大量の死傷者が出るので僅かの誤差も許されなかった。



 「例によって詳細は任せる、せいぜい上手く演出しろ」


 「御意」



 そして俺はグラン・トロワを後にする。





 ・・・帰る途中、護衛用のガーゴイルが5体でギニュー特選隊のポーズを取っていたのは見なかったことにする。









■■■   side:イザベラ   ■■■


 ハインツがグラン・トロワから戻ってきたが妙に疲れている、なにかあったのだろうか?


 「どうしたのハインツ?」


 「いや、もの凄く疲れた」


 溜息を吐くハインツ、その反応から大体想像がついた。


 「またあの悪魔の遊びに付き合わされたんでしょ」


 「遊びというか下手をすると死ぬというか」


 なんとも危険な遊びね。


 「でもまあ、一応話は通したから、やっぱり次回の演目は“女王誘拐計画”で決まりみたいだ」


 「ああ、あのふざけた作戦ね」


 最初に聞いた時はハインツの気が狂ったのかと思ったわ。


 「なかなかに辛辣な評価だな」


 「正確に言うとそんなのに引っ掛かる馬鹿姫がふざけてるんだけど、ああ、今は馬鹿女王だったかしら?」


 別にどっちでもいいけど。


 「語呂悪いから馬鹿姫でいいんじゃないか、まあ、その気持ちも分からなくはないがな」


 「私も最初に聞いた時は信じられなかったけどあの馬鹿姫なら簡単に引っ掛かりそう。つーか絶対に引っ掛かるわね」


 なにせ自分の書いた恋文のせいで同盟が解消されるかどうかの瀬戸際で宰相に相談せず、親友を大激戦地に送り込むくらいだもの。


 「間違いなくな。それにトリステイン王宮にいるシーカーからの報告だと、最近は女王としての執務が忙しくてかなり疲れているみたいだからな、「王になんかなるんじゃなかった」とか言ってるらしいし、現実逃避もしたくなるだろ」


 それは私に喧嘩売ってるのかしらね。


 「まったくふざけた女ね、それはどんなに心の中で思っても、絶対に王たる者が口にしてはいけない言葉でしょうに」


 つくづくそう思う。


 「お前からみりゃそうだろうな。12歳で北花壇騎士団参謀長、15歳で団長、ついでに宰相。ありえないほどの激務をやってるからな。たかが女王の執務一つ、しかも決済するだけの飾りの女王。そんなんで文句ばっかいってるんじゃなあ」


 「そうよ、しかも小国のトリステインでしょ。たかがその程度で音を上げるなんて根性が無いわ、それにそんなに王になるのがいやだったら出家するなりなんなりすればいいのに」


 「王のたった一人の娘じゃそうもいかんだろう」


 「あんたならやるでしょ、それにヒルダもやってるわ。私だってやりたくなかったら逃げてるわよ」


 でも、こいつも、ヒルダも、私も逃げない、なぜなら民への負債があるから。


 「まあな、だが、責務を放棄して逃げるのも褒められたもんじゃないがな。覚悟もないままだらだら続けるよりはスパッとやめたほうがいいが、それでも最高というわけじゃない。まだまし、程度のことだ」


 「そうよ、貴族というのは平民からの搾取によって生きている。例え幼少時代でも何不自由なく過ごしていられるのは平民の犠牲があってこそ、特に王族やあんたみたいな公爵家はもの凄い贅沢な生活をする。まあ、自分で生まれる場所を選べるわけじゃないけど」


 王族に生まれたことを一度も後悔せずに一生を過ごすものなど皆無だろう。


 「だな、とはいえ、義務は義務、貴族として生まれ平民の犠牲によって生きてきたならばその分の義務は果たすべき、それが済めばあとは自由に生きればいい」


 「そうね、あんたなんか最たる例だけど。ヴァランス領を売り払ったあとも、あんたが北花壇騎士として王家に仕え続けたのはその義務を果たすためでしょ、まあ、悪魔に捕まったというのもあるだろうけど」


 こいつの場合、自分で望んだ生き方しかしないから普通の人間とは比較できないけど。


 「俺は好きでやってることだがな。粛清も暗殺も、もし俺がやりたくなきゃどれもやらないさ、俺が自分でやるべきと考えた上で処分してるに過ぎないからな」


 そこがこいつの異常な点その一ね、まだいくつかあるけど。


 「シャルロットにしてもそうね。あの子は公爵家に生まれたけど、その分の負債は、フェンサーとして王国の為に命を懸けて戦うことでもう払ってる。だからあの子がこれからどう生きても誰にも文句は言えないわ、もうなすべき義務は果たしているんだから」


 まだあの子は王家の闇に囚われてるけど、いつかは解き放ってあげたい。


 「おや、その言い方だとまだお前は負債を払い終えていないように聞こえるが」


 「当然よ。どんなに仕事の量があって多くの人間の命がかかっていても、それを失敗しても私の命が無くなるわけじゃないもの。常に実戦に臨んでいるフェンサーとじゃ比較にならないわ」


 「そんなもんかねえ、過労死の危険はあるんだから似たり寄ったりな気はするがな」


 それは確かに言えるかも。


 「ま、何にせよ私はこの仕事を辞める気はないから、問題ないわ。私が提案した政策が民の生活向上に役立ってるのを見るのは、なかなか嬉しいものよ」


 「逆に失敗すりゃ民は困窮するがな」


 意地悪くハインツが言う。


 「なら失敗しなければいいことよ。もし失敗したならばその被害を最小限に食い止めつつ、次はどうすればいいかを考える。悔やんでる暇なんかありはしない、そんな時間があればその間に出来ることをやる、それが為政者の心構えってもんよ」


 「戦場における司令官の心構えでもあるな、要は政治家も軍人も本質では変わらないってことだ、どっちもたくさんの人間の命を背負ってるし、悩んでる暇なんか存在しない、もっとも『影の騎士団』の面子とかだったら悩むなんて言葉を知らないがな」


 「あんたとかあいつらは別よ、普通の人間と一緒に考えない方がいいわ、でも、あの馬鹿姫は普通の人間と比べても駄目ね、自分の幸せさえあれば何百万もの人間に迷惑をかけても構わないとか平気で考えそうだし、いえ、そんなことすら考えないでしょうね」


 あの馬鹿姫にはそういう発想自体がなさそう。


 「何せ頭の中はお花畑だからな、自分と王子様の二人だけで世界が完結してるんだろうさ。その結果、他の人間がどうなろうともそれは別の世界の話、トリステインがどうなろうともそれは遠い世界の話ってことだ。ま、そういう人間を生み出す国家制度そのものに問題があるんだろうな。子供の頃から箱入りで世間を知らないままなのは、親である大后の責任だ。言ってみれば国家の被害者だなあの少女も」


 「だけど被害者だからって、何をしてもいいわけじゃない。国家に害をなすならばそれの善悪は問わず抹殺するのが北花壇騎士団、要は私達にとってはどうでもいいことね」


 「隣国のことだしな。ま、せいぜい頑張ってくるわ、だけど、先にやることがあるけどな」


 そういやそうだったわね。


 「主演達に『アンドバリの指輪』の存在を教えて女王様の危機に駆けつけるようにするんだったかしら」


 「そう、じゃなきゃなんの意味もないからな、あくまで彼らの成長のためにこんな茶番を仕組むんだから」


 「ま、相変わらず忙しそうだけど頑張りなさい。それにあの馬鹿姫には現実の厳しさを知る良い薬になるかもね」


 「そこばっかは本人の気質次第だから何とも言えんな、名君になるか暗君になるか暴君になるか、全ては彼女次第だ」


そしてハインツは出かけていった。






 私はふと思う。


 誰よりもガリアの未来を憂いていたあのオルレアン公ですら、結局ガリアにとっては危険分子にしかならなかった。


 つまり、王がどれだけ民のことを想っていたとしても、民にもたらしたものが貧困や死ならば何の意味もなく、ただの暗君や暴君として名前を残す。


 逆にあの悪魔のように民の幸せなんか片手間の作業の結果程度の認識でも、その政策が優秀で民が安全で国が栄えるなら賢君や名君とされる。


 つまり、あの馬鹿姫が何を思って何を為そうとも評価されるのは人格ではなく、民に何をもたらしたかという結果のみ。


 「ま、それは私も同じだけど」


 要は結果次第、そしてその結果を最善のものにするには頑張り続けるしかないのだ。


 「真理ってのはいつも単純なのね」


 私はそうぼやきつつ、結果を最善のものにする為に膨大な量の書類との格闘を始めるのだった。















■■■   side:ハインツ   ■■■


 さて、“女王誘拐計画”の為に必要な条件がある。


 ウェールズクローンは問題なく起動中、本人は技術開発局で未だに眠っているがそこから皮膚や髪や血液を採取して注入してるので完璧なウェールズになっている。


 トリステインの王宮への進入路も把握済み、以前シェフィールドが作った虚無探査機によると、王宮内のどっかに『ゲート』と同じものがあるらしいが、細かい場所までは分からないので今回はパス。


 念入りに調べればそれも分かるだろうがその必要はない。


 城内にも『レコン・キスタ』の内通者がいるのでいくらでも手はあるからだ。


 なので誘拐自体は楽勝、問題は才人達がどうやってそこに駆けつけるか。


 『アンドバリの指輪』の存在を知り、誰かがウェールズの姿を目撃すればそれを“女王誘拐”と結びつけるのは容易いだろう。


 徐々にだがラグドリアン湖が水位も上昇しつつあり、もう少しで危険なとこまで達するので、それの解決をシャルロットに依頼することは出来る。


 しかしそれだけじゃ少し弱い、何かもう一つないかと頭を悩ませていると。



 「北花壇騎士団本部“参謀”より副団長へ、ハインツ~、元気か~い!」


 と、“デンワ”によって連絡が入って来た。



















 そして現在トリスタニアにある“光の翼”、最早俺と才人の待ち合わせ用の店と化している。



 「で、諸々の事情でモンモランシーがギーシュに飲ませようとした惚れ薬をルイズが飲んでしまって」


 俺は患者(ルイズ)を見ながら言う。


 「俺が呼ばれた訳か」


 「すいませんハインツさん、いっつも迷惑かけて」


 「いや、それは別に構わんのだが」


 現在ここにいるのは俺、才人、ルイズ、シャルロット、キュルケ、ギーシュ、モンモランシーの7人。


 この“光の翼”はメッセンジャー経営店の中でも大きい方で、地下には会議用の大部屋があったりする。


 話してる内容が禁制の薬に関することなのでここを借りて話している。



 「しっかし情けないわねモンモランシー、自分の魅力に自信がないからって薬に頼るなんて女として最低よ」


 「く、ううう」


 キュルケが言うのが正論なので言い返せない模様。


 「ああ、モンモランシー、君はそこまで僕のことを・・・」


 夢の世界に旅立ちつつあるギーシュ。


 「すやすや」


 眠ってるルイズ、起きてると話が進まないのでとりあえず眠らせておいた。



 「・・・」


 黙って読書中のシャルロット、こいつはいつでもマイペースだな。


 なかなかにカオスな空間が出来上がっている。


 「しかしお前らは楽しそうな人生を送ってるな、この面子なら毎日が冒険だろ」


 『影の騎士団』とは違った感じでこれも類は友を呼ぶ、の一つの形なのかもしれない。


 「まあ、楽しいのは確かですけど、今回みたいのは流石に勘弁してほしいですね」


 「そうよ、いい迷惑だわ」


 「お前がそもそもの元凶だろうがモンモン!!」


 「いたいいたい、ごめんなさい」


 なかなかいいコンビだ。


 「おいサイト! 僕のモンモランシーに何をする!」


 そこにギーシュ乱入。


 一向に話が進まない。


 「シャルロット」

 「ん」


 俺ら兄妹は阿吽の呼吸、付き合いの長いキュルケは察して避難。



 バリバリバリバリバリ!


 『ライト二ング・クラウド』を死なない程度に加える、この前吸血鬼のエルザに加えたのと同じくらいで。


 「ぎにゅあああああああああ!」

 「はうわあああああああああ!」

 「あんぎゃああああああああ!」


 のたうち回る三人。


 「おーおー、いい感じに焦げてるねえ」


 これはデルフ。


 「これ、生きてるかしら?」


 「さあ」


 生死を確認するキュルケ、読書に戻るシャルロット。


 出来上がったのは黒焦げ死体三つ。


 「あ、生きてるわ、なかなかしぶといわね」


 「さーて、治すか」


 ここは「水のスクウェア」の腕の見せ所である。

















 「ま、結論から言えば治せるぞ」


 本題に戻る俺。


 「本当ですか!?」


 「ちなみに聞いておくが、惚れ薬を作ったのがモンモランシーなら当然解毒剤も作れると思うんだが」


 「確かに作れるけど材料が手に入らないのよ」


 「ふむ、水の精霊の涙だな」


 それが手に入らなくなった原因は間違いなく俺だ。『アンドバリの指輪』を盗まれた精霊が怒っているのだろう。


 これもまた物語の一部か、一体どこまでよく出来ているのだか。


 「知ってるんですか?」


 「そりゃあな。まあそれはともかく、とりあえずこっちを何とかしよう」


 俺は持って来た鞄からある薬を取り出す。


 「これは?」


 「惚れ薬の解毒剤だ、それを飲ませれば万事OK」


 エルフの毒のような強力なもの以外ならば、大半の毒の解毒剤を俺は持っている。当然その中にはハルケギニアには本来存在しない毒に対するものも含まれる。



 「ありがとうございます!」


 「何で持ってるの?」


 率直な疑問をぶつけてくるモンモランシー。


 「普段から大半の毒や薬は持ち歩いてるのさ、禁制のものまでな」


 「それって捕まるんじゃ」


 「なあに、どうとでも切り抜けられる。それをいうなら君もそうだろ、しかし、自分で禁制品を作り出すとはな。なかなかいい腕をしているな」


 魔法学院の生徒でこの薬を作るのは相当難しいと思う、こういう薬作りにはドットだのラインだのはあまり関係なく、センスがものをいう。


 「そ、そうかしら」

 ほめられて満更でもなさそうなモンモランシー。


 「要は犯罪者の素質があるってことね」

 現実を突き付けるキュルケ。


 「なによ!」


 「事実よ」


 舌戦ではキュルケに軍配が上がりそうだ。


 「しかし、俺のほうでもこれで打ち止めだな、新しいのを作るには水精霊の涙が必要になる。そこで才人、頼みがあるんだが」


 「何でしょう」


 「ラグドリアン湖に行って水精霊の涙を取ってきてくれ、それからついでに入荷が出来ない原因を探って解決してくれると助かる」


 これで計画は万全に。


 「それはいいですけど、俺その辺のこと知りませんけど」


 「大丈夫、モンモランシーが詳しいからその辺の案内は頼める。それに移動手段は例によってシルフィードを使えばいい」


 「ちょっと、何で知ってるの」


 突っ込んでくるモンモランシー。


 「ギーシュが恋人のことを誇らしげに語ってくれたが」


 情報源を暴露、後でギーシュはモンモランシーにしばかれるかもしれない。


 「ま、水の精霊には何か理由があるんだろう、これを持っていけば話は聞いてくれると思うし事情も話してくれるだろう」

 そう言って才人にあるものを渡す。


 「何ですかこれ?」


 「水の精霊を祭るための祭具だな、古くから伝わっているものらしいから御利益はありそうだぞ」


 これは水中人の人達が水の精霊に祈る時に使う祭具で、『知恵持つ種族の大同盟』の伝手で手に入れたものだ。


 「へえー」

 感心する才人。


 「ま、頼む。俺もこれからしばらく仕事があるから結果報告は一週間くらい後でいい」


 「分かりました、頑張ってきます」


 なんか最近臨時フェンサーとしての役割が増えてきた才人だった。















■■■   side:シャルロット   ■■■




 私とキュルケは今私の実家であるオルレアン邸に向かっている。


 ラグドリアン湖のトリステイン側にあるモンモランシー領地の近くにサイト達を降ろした後、キュルケが「どうせだから里帰りしたらどうかしら?」と提案してくれたからだ。


 ラグドリアン湖の水位は徐々に上昇しているらしいがガリア側ではまだそれほど深刻でもなく、このままのペースで上昇しても後3年は問題ないと言われている。


 もし問題があれば、とっくの昔にフェンサーが動員されていることだろう。イザベラ姉様とハインツが作り上げた情報網はとてつもなく広大で、地方のどんな小さな問題でも余すことなく把握しているという。


 私はあくまでフェンサーの一人に過ぎないから情報部のファインダー、シーカー、メッセンジャーがどうなっているのかはほとんど知らない。


 十二位以下のフェンサーならばファインダーがどうやって情報を得ているのかすらも正確には知らない。


 その全てを把握しているのは本部の“参謀”達の上に君臨する団長と副団長の二人だけだろう。


 あの人達に比べれば私はまだまだ未熟者に過ぎず、もっともっと精進しないといけない。


 私は本を読みながらそんなことを考えていた。















 そして今、私は屋敷の一番奥の部屋の前に立っている。


 この部屋をノックする時はいつも緊張する、どれだけ経っても慣れる日がくるとは思えない。


 コンコン。


 「どうぞ」


 返事を受けて私は中に入る、母様が返事をしてくれるようになったのは1年程前からだろうか。


 部屋は殺風景、母様は普段何もせずに佇んでいるから本などを置く必要がないのだ。


 「あら、いらっしゃいタバサちゃん、お久しぶりね」


 母様の中では私は王政府の使いでよく来る子、ということになっている。


 それは矛盾だ、母様の中では父上は亡くなったばかりで、シャルロットもずっと12歳のままだ。なのに“タバサ”は何度も訪れている。


 本来なら一切記憶は出来ないはずで、実際2年くらいはそうだったが、ハインツが水中人というエルフほどではないが水の先住魔法の扱いに長けた種族と協力して、なんとか症状をここまで緩和させてくれた。


 ハインツには本当に感謝している。まだ完全に治ったわけではないけどここまで回復してくれただけでも私にとっては奇蹟のようなものだ。


 「はい、お久しぶりです」


 母様はベッドに横たわる“シャルロット”を見ながら言う。


 「御免なさいね、この子ったらまた夜遅くまで本を読んでいたらしくてちっとも起きないのよ、せっかく貴女が来てくれたのに」


 “シャルロット”はずっと寝ている。だから母様が“シャルロット”に話しかけることはない。それに、母様が相手を認識して話しかけるのは“タバサ”だけのようで、普段顔を合わせているペルスランですら記憶はできない。


 エルフの毒はそれほど強力で、一人分を記憶できる程度に緩和するのが現時点での限界らしい。


 「いえ、気になさらないでください」


 私はそう答える。


 「それで、今日の用件は何かしら?」


 母様の表情が僅かにこわばる、私は王政府の使いなのだから当然だ。


 「いいえ、今日はオルレアン公夫人の様子を窺うように言われただけです」


 王政府の使いらしくそう答える。


 「そう、それは良かったわ」


 安心する母様。


 「夫を失った私にはもうこの子だけが希望なのです。私達は決して謀叛など企みません。ただ、母子二人で穏やかに暮らせればそれでよいのです」


 それは私の願いでもある、だが、あの王への手前そういうわけにもいかない。


 「はい、確かにそうお伝え致します」


 この答えをもう何度返しただろうか?


 母様はしばらく沈黙していたがやがて告げる。


 「タバサちゃん、こちらにいらっしゃい」


 心臓が跳ね上がる、これまでそう言われたことはなかった。


 私は呆然としたまま母様に近づく、すると、頭をなでられた。


 「いい、女の子は身だしなみに気を配らなきゃダメよ、せっかく奇麗な髪をしているのだから乱れたままではもったいないわ」


 母様が私の髪を整えてくれている。


 それは私にとって信じられない程の幸福だった。


 「ふふ、シャルロットみたいに長い髪もいいけど、貴女のように短い髪もかわいいわね。とても元気で活発なように見えるわ」


 母様は笑顔で話してくれる、それは3年以上前に私に向けてくれた笑顔を同じように。


 「ねえタバサちゃん、貴女には好きな男の子はいるかしら?」


 唐突に話題が振られた。


 「好きな男の子、ですか?」


 私はかろうじてそう答える。


 「そう、好きな男の子」


 母様はそう続ける。


 私は少し考える、ハインツは一番親しい男性だけど異性という意識が無い。


 それはキュルケですら例外ではないようで、従兄妹でなくても私がハインツを異性と意識することはないだろう。


 「いえ、特にいませんが」


 だから私はそう答える。


 「そう、それなら、身近な男の子はいるかしら?」


 さらにそう訊いてくる母様。


 私はまた考える、身近な男性と言えば一人浮かぶ。


 ヒラガ・サイトという異世界からやってきたという少年。


 私はハインツと彼の繋ぎ役といった立場だけど、かなり親しいしよく話すのも確かだ。


 キュルケ以外で私が魔法学院で一番話してるのは間違いなくサイトだろう。



 「はい、います」


 「いるのね、じゃあせめてその男の子の前くらいでは女の子らしい身だしなみや言葉遣いに注意しなさい。そうしないと、いつか好きな男の子が出来たときに苦労することになるわよ」


 母様がそう忠告してくれる、ひょっとしたら母様も昔そういった経験があるのかもしれない。


 「分かりました」


 私はそう答える。


 「いい子ね、素直な女の子は男の子にもてるわよ」


 少しからかうように言う母様、本当によくここまで回復してくれたと思う。



 そして私は考える。私は母様を治すために何か出来たわけじゃない、治療してくれたのは全部ハインツである。


 私もハインツから毒の治療法や様々な医療技術は学んだけど、戦闘訓練も行う必要もあったしまだまだハインツには及ばない。


 ハインツが15歳の時の方が今の私より数段強かっただろうし、医療技術も高かっただろう。


 結局私はまだ無力な小娘に過ぎない、王国という強大な存在に正面から立ち向かうことなどできはしない。



 だけど、ハインツやイザベラ姉様は違う。あの人達は王国という存在に属しながら、それを変えるために努力を続けている。そしていつかあの王をいらない存在にしてしまうかもしれない。


 私は王への復讐の為に戦って来たはずだけど、今は多分それだけのためには生きられない。


 母様の心が狂わされたままならば私の心は復讐心によってずっと凍てついていただろうけど、母様が私に向けてくれる笑顔がその心を溶かしてくれた。


 だからといって何もしなくていいわけはない。


 何もせずにいるだけでは大切なものを失ってしまうということを私は3年前に学んだ、私はもう無力なままの少女でいるつもりはない。



 「はい、きれいになったわよ」


 「ありがとうございます」


 いつまでもこうしていたかったけど、私は母様から離れる。


 「それでは、また来ます」


 そして母様に別れを告げる。


 「ええ、いつでもいらっしゃい。次はシャルロットも起きてるといいんだけど」


 そして奥の部屋をあとにする。



 今の私ではまだ母様を治すことはできない、エルフの毒は多分エルフにしか治せない。


 そしてエルフとの接触や交渉をできるとしたらそれはハインツくらいにしかできないだろう。


 ならば私はせめて彼らの期待に応えてみせる。


 私は北花壇騎士団フェンサー第七位、班長、“雪風のタバサ”。


 大恩ある団長と副団長のためにこの杖を振るうのが今の私の戦う理由だ。


 そしてそれが母様を治す手助けに少しでもなれることを私は願う。

















■■■   side:キュルケ   ■■■



シャルロットがお母さんと会っている間、私は応接室で待っていた。


 流石に母子の対面に立ち会うほど私は無粋ではない。


 するとそこに見知った顔が現れた。


 「あら、トーマス、相変わらずいい男ね」


 「お久しぶりですツェルプストー様、貴女も大変お美しくていらっしゃいますよ」


 彼はトーマス、この屋敷に仕える使用人の一人でコック長であるドナルドの息子、確か今は21歳、ハインツと大体同じ年齢だ。


 「ふうん」


 私の“微熱”としての直感が告げている今までのトーマスとは違うわね。


 「あの、ツェルプストー様?」


 彼の顔を眺め続ける私に疑問をもったのかトーマスが問いかけてくる。


 「ねえトーマス。貴方、彼女が出来たでしょ」


 「!?」


 目に見えて動揺するトーマス、普段は割とポーカーフェイスだけどこういう場面では弱いわね。


 「ど、どうしてそれを?」


 「私は“微熱のキュルケ”よ。そういうことに対する勘は人の10倍は鋭いわ」


 こればっかりは何ともいえない直感なのよね。


 「そ、そうですか」


 恐縮するように言うトーマス、どうやらまだ動揺しているみたい。


 「それで、好きになったのはどこの子?まあ貴方ならどんな子でも選り取り見取りだと思うけど」


 「からかわないでください、ツェルプストー様」


 照れるトーマス、普段はこんな言葉じゃ照れないけど自分の彼女が絡んだ話題ならそうもいかないみたい。


 「現在私が付き合っている女性はリュシーと申しまして、ある意味私と似た境遇といえる方です」


 「貴方と?」


 その意味はおそらく。


 「ええ、彼女の父はオルレアン公に仕えていた貴族でした」


 「なるほどね」


 それなら納得がいく、この屋敷も本来は没収されていてもおかしくはなかったそうで、トーマス達使用人も散り散りになってもおかしくなかったらしい。


 だけど、そこをハインツが何とかしたみたい。何をどうなんとかしたのかは知らないけど、なんでもやったのは確からしい。


 それで現在彼らは以前のようにオルレアン邸に仕えている。あの子が帰ってくる場所を守るために。



 「彼女の父はこの屋敷の敷居をまたげる身分ではなかったそうですが、それでも主君は主君です。あの大粛清の際、彼女の父も謀叛の罪をかけられたそうです」


 その大粛清はゲルマニアの貴族である私でも知っているほど有名だ。


 「なんとか死罪だけは免れたそうですが投獄されている事実は変わらず、屋敷と財産は悉く没収され、彼女は病気がちな母と二人で着のみ着のままで放り出されたのです」


 オルレアン公派とされた貴族の大半はそういう目に遭ったらしい。だけど、処刑されたのはほとんどいないらしいのよね。


 「そこをハインツに助けられたってことね」


 あれで困ってる人を無償で助けるお人好しなのよねあいつ。


 「いえ、彼女らを救ったのは謎の男だったそうです」


 「謎の男?」


 そのニュアンスだけでその正体に予想がつく。


 「はい、身長は190サント近くもある長身で蒼い髪をしていたそうですが、何よりも目を引くのはその格好、冬でもないのに真っ赤な分厚い服を着て大きな袋を肩にかけ、“サンタクロース”と名乗ったそうです」


 「そんなことをする馬鹿はハルケギニアに一人しかいないって断言できるわ」


 どう考えてもあいつね。


 「そしてその男は袋から宝石を取り出し、彼女に渡したそうです」


 「随分怪しい存在ね」


 逆に怖いわ。


 でも、ヴァランス領の特産物は鉱物資源だったはず。

 金、銀、銅、鉄、「土石」に加え、ルビー、サファイヤ、エメラルドなどの各種宝石類を大量に産出する土地で、土の精霊の加護が最も強い土地だとか。

 だからヴァランス家はガリアで最大の財力を誇るという。


 「彼女も混乱して咄嗟に「こんな高価なものを受け取れません」と言ったそうなのですが」


 「黙って受け取れ、とでも言ったのかしら」


 ハインツならそう言いそうだけど。


 「いえ、何でも「やかましい! こちとら急いでるんだ! ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! しばくぞこら!」と、非常に血走った眼で告げた後、彼女の手にそれらを押し付け、もの凄い速さで立ち去ったとか」


 「完全な押し売りね」


 とはいえ宝石をただで押し付けていくという前代未聞の押し売りだけど。


 「その宝石は彼女と母の二人が普通に生活すれば10年は暮らせるほどの額になったそうで、そして病気がちな母に無理をかけることなく都市で平民用の安い家を借り、母は家事に専念し、彼女は平民として稼いでいくために必要な技能を身に着けていったそうです。現在では精霊都市オルレアンで裁縫屋の見習いをしています」


 「オルレアンか、ここから結構近かったわよね」


 「はい、私も買い出しに週に2度ほどで出かけますのでその際に少々会う時間を取っています。彼女の父は未だ投獄されたままのようですがその環境もそれほど悪くはないそうです」


 「へえ」


 それは意外。


 「何でも集団農場に近い設備らしく、修道院のように囚人達が自給自足する方式で、広大な敷地の外に出ない限りは大抵の自由が認められているとか、当然酒などはありませんが、通称『プリズン』と呼ばれているそうです」


 「監獄のイメージと随分違うわね」


 それじゃ修道院とほとんど変わらない環境だわ。


 「はい、何しろ投獄された数が大量なので、そうでもしないと予算がかかり過ぎるとかで採用されたとか」


 「随分世知辛い理由なのね」


 なんとなくだけどそんなもんを提案しそうな顔が浮かんでくるわ。


 「そういうわけで貴族時代よりかえって健康的になって、農業にも詳しくなられたそうでして」


 「結果オーライってことかしら」


 何とも微妙ねそれは。


 「今はのんびりと恩赦が出るのを待っているそうです」


 「家族にとっては一安心ってとこかしら」


 何だかんだで悪くない待遇のよう、貴族の誇りとかはどっかいったようだけど。


 父は農夫、母は家事、娘は裁縫屋の見習い、どこにでもありそうな農家そのものね。




 私はそんな話を聞きながらシャルロットが戻ってくるのを待っていた。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第九話  誘拐劇
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54

 劇の準備は問題なく終了。


 才人達は『アンドバリの指輪』の存在を知り、それを“クロムウェル”と呼ばれていた男が奪ったということも知った。


 さらにキュルケとシャルロットがウェールズ王子がトリスタニア方面へ馬に乗って走っていくのを目撃。


 ルイズ、才人、キュルケ、シャルロットの4人は女王を守りに王宮へと向かうことになる。





第九話    誘拐劇





■■■   side:ハインツ   ■■■




 トリステイン王宮内。


 “不可視のマント”は使わずそのままで来た俺。


 王宮内にはあらゆる箇所に『ディティクト・マジック』を発生する魔法装置があり、それは王の部屋に近づくほど増加するので今回の任務においてはあまり意味が無い。


 『転身の指輪』でゲイルノート・ガスパールの姿になっているこの状況は、かつてアルビオンのハヴィランド宮殿に押し入ってジェームズ王の王冠を奪った時に似ている。


 あの時も“不可視のマント”は使わず正面突破で切り抜けたが、今回は高等法院長のリッシュモンという貴族の手引きによって侵入した。


 そして同じように侵入したウェールズ・クローンが女王誘拐にあたり、俺はそのための露払いが任務である。


 時刻が夜11時のため起きている者も少なく、誰にも見つからずにかなり深くまで来れた。


 見回りなども不意を突いて当て身を喰らわせておいたので問題ない、女王の周囲は現在無防備に近くなっている。



 「こうまで簡単にいくとはな、拍子ぬけもいいとこだ」


 口調はゲイルノート・ガスパールのままでいる。こういうときは常にそのままにしていないとボロをだしかねないのだ。


 しかし、誰かが近づいてくる気配がする。


 足音がほとんどしない、おそらく軍人だろう、それもかなりの手誰。


 「お手並み拝見と行こうか」


 俺は気配を消し物陰に隠れる。









■■■   side:アニエス   ■■■




 私は現在見回りを行っている。


 タルブでの勝利の際の戦功を認められた私は現在女王陛下の護衛隊の一員となっており、私の他にも複数の平民が王宮の警護に当たっている。


 本来ならば魔法衛士隊がその任務に当たるが、グリフォン隊隊長の裏切りもあり、また、戦時であることから人員の増加が図られた。


 私を「シュヴァリエ」に叙勲して隊長とし、新たな平民の女だけの近衛隊を作るという案も上がっているそうだが、貴族達の反発もあり、現状では保留となっている。


 そこは私が口を出すところではなく、私はただ陛下を守る盾でありさえすればよい。



 そして陛下の寝室へ続く廊下を歩いていると違和感を感じた。



 おかしい、この区域には最低でも数人の見回りの者がいるはず、何しろ女王陛下の寝室へ続く廊下なのだ。


 にもかかわらず誰もいない。そして、気配を消しているようだが何かを感じる。


 第六感といえばいいのか明確な表現はできないが、この感覚が鈍い者は戦場では生き残れない。


 「そこにいる者! 姿を現わせ!」


 私は剣をぬきそう告げる。


 そして物陰から男が現れる。


190サント近くもある身長、筋肉質でがっちりした体格、紫色の髪、傭兵を思わせる軽装の鎧と剣。



 「ほう、気配は消していたはずなんだがな、なかなか鋭い騎士殿だ」


 男が笑う。


 恐ろしい程の場数を踏んでいるのだろう、この状況で平然と笑えるとは。


 「何者だ?」


 アルビオンの手先には違いないだろうが、トリステインで雇われた傭兵という可能性もある。


 「俺はゲイルノート・ガスパール。少しは名の通った傭兵かもしれんな」


 ゲイルノート・ガスパール!


 この王宮でその名を知らない者はいない。


 アルビオン軍総司令官にしてクロムウェルと共に『レコン・キスタ』を造り上げた男。


 単独でハヴィランド宮殿に押し入りアルビオン王ジェームズの王冠を奪い、ウェールズ王子の杖をも奪った。


 そして先のニューカッスル城の攻防戦においては単身で城に乗り込みジェームズ王を殺害し、実力よってアルビオン王家を滅ぼした。


 『鮮血の将軍』、『軍神』という異名を持つアルビオン最強の男。


 「俺がここにいる以上目的は言うまでもあるまい」


 言葉と同時にガスパールが切り込んでくる。



 ガキイイイン!


 私は何とか剣で防ぐ。


 
ガキ! ガキ! ガキ!


 息が詰まるような連続攻撃、いざ戦いが始まれば一言もしゃべらず、ただ相手を殺すためだけに剣を振るう。


 これが『軍神』たる由縁か!


 「くっ」


 私は後退する、力では向こうが上だ。


 この男が持つ剣はあらゆる魔法を切り裂くと言われているが、平民の私にとっては関係ない。


 しかし。


 ガキイイイン!


 「かはっ」


 強い、圧倒的に。


 僅かでも集中を乱せば即座に私の首は飛ぶだろう、それほど奴の剣は重く、速い。



 だが、敗れるわけにはいかない、私は陛下を守る盾だ、断じてこの男を野放しにするわけにはいかない。


 「はあああああああ!」


 一か八かの攻勢に出る。


 このまま打ち合いを続くても勝機は無い、持久力では間違いなく向こうが上。


 かくなる上はこの身を捨てた特攻あるのみ!









 ザシュ








 何が起こったか理解できない


 私の意識はそこで途絶えた。








■■■   side:ハインツ   ■■■



 「残念だったな」


 俺は女性騎士を見下しながら告げる。


 俺の持つ愛刀“呪怨”は既に千を超える人間を切り殺した代物であり、魔法を切り裂く効果を持つに至った妖刀だ。


 『心眼』で視ると実に禍々しいオーラを纏っており、殺せば殺すほど強力になる。


 『影の騎士団』で行った暗黒街での戦いの際に手に入れた品で、それ以来8年近く共に戦ってきた俺の頼れる相棒である。


 俺の戦闘能力は『毒錬金』を使わない場合、『影の騎士団』では下の方だ。


 魔法を使わない純粋な肉弾戦では。


 一位アラン先輩、二位アドルフ・フェルディナン(両立)、四位アルフォンス、五位クロード、六位俺、七位エミール、となる。


 アラン先輩は手甲を着けての格闘戦、アドルフは槍、フェルディナンは大剣、アルフォンスは双剣、クロードは特殊ボウガン、エミールは鋼糸、そして俺が日本刀。


 それぞれが得意とする魔法と最も相性がいい武器を選んだ結果こんな感じになった。


 とはいえ、あいつらの本領は指揮官としての能力なので個人の武勇などあってもなくても特に影響は無い。


 だが、戦争の申し子たるあいつらがその程度で満足するはずもなく、どこまでも貪欲にあらゆる戦闘技能を高めている。(エミールはやや控え目だが)


 俺の本質は暗殺や粛清にあるので、強さに対する渇望ではあいつらには遠く及ばない。


 ま、それは時代の寵児であるあいつらと比較すればの話で、俺もそこそこに異常者な上、実戦経験も豊富なのでそこら辺のスクウェア程度なら楽に倒せる。


 だがそれは相手が嫌がることをやりまくるのが前提の話で、“呪怨”で魔法を切り裂くというアドバンテージを最大限に活用した結果であり、今回のように純粋な剣士が相手では少々相性が悪い。



 簡単に言うと魔法と剣の俺と、剣だけの敵、どちらがその土俵では優れているかという話で、ボクシングチャンピオンと総合格闘技のチャンピオンがボクシングのルールで戦えば当然ボクシングチャンピオンが勝つというわけだ。


 では、総合格闘技のチャンピオンである俺がボクシングチャンピオンに勝つにはどうすればよいか?


 答えは簡単、蹴りを使う、絞め技を使う、ボクシングのルールでは反則になっていることをやりまくる、そうすればボクシングチャンピオンに勝てる。


 今回の戦いもそう、実は『毒錬金』で微量の毒を空気中に散布しておいたのだ、俺は人体実験によってほとんどの毒に耐性があるから何ともないが、相手はそうはいかない。


 知らず知らずの内に彼女は実力の半分程度しか出せなくなっていたのだ。


 これが俺の戦い方、名誉の何もあったものではなく、勝つためにあらゆる方法を使いまくる。故に俺は“闇の処刑人”、“毒殺”、“粛清”、“死神”、“悪魔公”といった異名を持つ。



 あらかたの露払いを終えた俺は、実は“呪怨”に塗った薬が効いてるだけで大した傷ではない彼女をそこに残して合流地点に向かった。





















 そして城外の合流点にて。


 「おいウェールズ、遅いぞ。たかが小娘一人を誘拐するのに何を手間取っていた?」


 俺はウェールズクローンとアルビオンの屍兵と合流する。


 「申し訳ありません、ガスパール」


 「ふん、まあいい、さっさといくぞ」


 ウェールズは俺が『アンドバリの指輪』で操ってるので自作自演のようなもので少々むなしいが、女王様が聞いている可能性もあるので一応会話形式にしておく。




 そして1時間ほど馬で駆けると。


 「ち、もう追いついてきたか」


 トリステインの魔法衛士隊の中で最速のヒポグリフ隊が追いかけてきた、タルブの戦いで竜騎士隊は全滅したのでこいつらが来たのだろう。



 「ウェールズ、お前がもたもたしているからだ、さっさと小娘を誘拐していれば追手などかからなかったものを」


 実は俺は合流地点で数十分以上は待った。



 だがまあ屍兵が殺されると『アンドバリの指輪』の魔力がすり減ることになるのでさっさと片付けることにする。


 ちなみにこいつらはゲイルノート・ガスパールに軍紀違反で殺された奴らであり、平民への略奪を行った馬鹿の末路だ。


 『毒錬金』


 久々に大盤振る舞い。


 大量の毒ガスを錬成し、ヒポグリフ隊を殺し尽す。


 やる時は容赦なく徹底的に、俺の座右の銘の一つである。



 「あ、貴方は何てことを・・・」


 どうやら女王様が目覚めた模様。


 「黙れ小娘、殺すぞ」


 俺は殺気を叩きつける。


 「あ、あああ」


 倒れかかる女王様、それをウェールズが支える、体温も再現してるので全く疑われていないようだ。


 「いいか小娘、俺は貴様などいつでも殺せる。だが、一応クロムウェルの命でな、貴様は連れて帰ることになっている。そんな必要はないとは思うのだが」


 女王様は黙って聞いている。


 「まあ、貴様が逆らうようならウェールズごと殺すまでだがな、そいつは貴様を捕えるために生かしておいたに過ぎん。使えぬなら殺すまで、せいぜいそいつに感謝するがいい。お前の命を救うためにあえて父の仇である俺の言いなりになっているのだからな」


 「………」


 沈黙を続けるウェールズ、こうでも言っとかないと状況の辻褄が合わない。


 そこに遠くから風竜が飛んでくるのが見える、シャルロットのシルフィードだ。


 「また追手か、ウェールズ、あいつらはお前が片づけろ。その程度もできんやつは生かしておくわけにはいかんからな」


 「了解した」


 答えるウェールズ。


 そして俺は“不可視のマント”を被って辺りに潜む。


 これは“虚無”を利用したアイテムなのでシャルロットの“精霊の目”では逆に見えない。


 しかし、通常の『ディティクト・マジック』には引っ掛かる、何事にも相性というものはあるのだ。



 そして主演は揃い演劇の幕は上がる。
















 ルイズと才人はウェールズが偽物であり、『アンドバリの指輪』の力で操られている人形に過ぎないと言い女王を説得しようとする。


 彼らにとってはウェールズ王子とはニューカッスル城でヒゲ子爵に殺されたことになってるので当然の反応だ。


 それをシャルロットの“精霊の目”がウェールズが『アンドバリの指輪』で操られる人形に過ぎないことを裏付ける。



 しかし、女王は説得に応じない。ウェールズの体温や記憶までもがそのままということもあるが、先ほどの俺の言葉からするとウェールズは本物で、自分の命を盾にして命令されているように感じるからだ。


 彼女はウェールズの死体を確認したわけではないし、恋人が自分を守るために生きていてくれたというのは彼女にとって一番嬉しいストーリーなのだ。


 まあそのストーリーが事実でそのまま進めばトリステインはもの凄くヤバいことになるのだが、そこを考えないところがイザベラから馬鹿姫とされる由縁といったところか。彼女の育った環境なら分からなくも無いが。



 で、結局交渉決裂、古のならいに従い実力行使へと移る。



 ちなみにその際才人が、どけと命令する女王様に。


 「あいにく、俺はあんたの部下でもなんでもねえ、命令なんか聞けねえよ。どうしても行くって言うんなら………しかたねえ、俺はあんたをたたっ斬る」


 と言い放った。


 ほんの二か月くらい前まで、日本のただの高校生だった才人がよくぞこの短期間でここまで成長したのものである。


 やはり彼自身に戦闘者、そして英雄としての素質はあったのだろう。






 戦いは最初死なない屍兵の優位に進んだが、キュルケの「火」とルイズの“爆発”によって殺された者は甦ることが出来ないため、徐々に才人達に天秤は傾いていく。


 才人とシャルロットの連携もなかなか巧みで、普段一緒に訓練とかしてるのが役に立ってるようだ。


 しかし、雨が降り出し形勢は逆転。


 「火」は四系統で最大の攻撃力を誇るが環境に最も左右される系統なのだ。


 ルイズ一人では決め手にかけるためやや押され気味になったところへウェールズとアンリエッタの「水」・「水」・「水」・「風」・「風」・「風」のヘクサゴン・スペルが襲いかかる。



 しかし、ここで陛下の予想が的中、危機的状況になったルイズがスーパーサイヤ人に覚醒!



 という訳はないが、『解除(ディスペル)』という虚無魔法が炸裂。


 ヘクサゴン・スペルで作り出された巨大な竜巻は消え去り、『アンドバリの指輪』の力の効果も解除される。





 そしてここからが俺の出番となる。



 『解除(ディスペル)』はあくまで『アンドバリの指輪』を対象にしたものだからウェールズクローンはまだ原型を留めているが、崩壊する可能性もある。


 ならばその亡骸を彼らに渡すわけにはいかない。



 ザザザ。


 ザシュッ。



 俺は“不可視のマント”を脱ぎ棄て駆け寄りウェールズの首を飛ばす。


 「ちっ、この役立たずが、たかがガキ風情を片付けることすら出来んとは、『レコン・キスタ』に無能者はいらん、死ぬがいい」


 そして俺は彼らと対峙する。


 「だ、誰だ手前は!」


 ボロボロになった才人が叫ぶ、シャルロットと二人がかりで竜巻を防いでいたのだから当然だ。


 アレを一時的にでも喰いとめるのだからデルフリンガーの力は相当なものと見える。


 そして才人をシャルロットの風の障壁が覆っていたわけだ。



 「俺はゲイルノート・ガスパール。この無能な王子の国を滅ぼした男だ」


 俺はそう名乗り、その言葉にルイズ、キュルケ、シャルロットが反応する。(女王は気絶中)



 「手前がウェールズ王子を操ってたのか!」


 「一応そうだが、俺にとってもこんな役立たずを使うのは不本意だったのだ。その点はお前達に感謝しておこう」


 そして俺の元に上空に待機させていたワイバーンが降りてくる。



 「何だと」


 「こんな作戦ともいえん茶番など使わずとも我が『レコン・キスタ』は実力で持ってこの国を落とす。せいぜいその日を待っているがいい、無能な王家がまた一つ潰える瞬間をな」


 そしてウェールズクローンの残骸を載せ、俺もワイバーンに飛び乗る。


 「だが、今回の戦いは見事だったぞ少年達よ。たとえ相手がそこの役立たずとはいえ、なかなかに優れた連携だった。次回は戦場で会えることを期待しよう」


 ワイバーンが飛翔する。


 「待ちやがれ!」


 「我が『レコン・キスタ』に敗北は無い、戦利品としてその女はくれてやる。次は国ごと滅ぼしてやると伝えておけ」


 そして俺は飛び去る。


 シルフィードの機動力はワイバーンを上回るが彼らが消耗しきっているのでは無意味だ。












 「新たな力に目覚めた主役の前に強敵が現れる、か」



 実に英雄譚の王道といえる展開だ。



 「少し芝居がかり過ぎていたかもしれんな」



 俺はそう呟きながら今回の劇の成功を祝いつつ、アルビオンへと向かった。










[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十話  夏季休暇
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54
 

 演目、“女王誘拐劇”は問題なく終了。


 アルビオンで後始末を済ませた俺は報告のためにグラン・トロワに向かった。


 かつては悪魔の居城といったイメージがあったが、現在ではびっくり屋敷のような場所になっている。







第十話    夏季休暇





■■■   side:ハインツ   ■■■



 ガーゴイル達はまだギニュー特選隊のポーズを取っている、どうやら陛下はまだドラゴンボールに飽きていないようだ。


 なんか嫌な予感がしたまま俺は陛下の居室の扉を開いた。


 すると。





 意外にも陛下は普通に椅子に座っていた。


 しかしまだ油断はできない、この人は何をするかまったく予測が出来んのだ。


 陛下がこちらを向き、満面の笑顔で立ちあがる。


 咄嗟に身構える俺だが陛下は姿を消した。



 「!?」


 おそらく『加速』で移動したと考えられるがいったいどこへ?



 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!


 すると連続的に地面を蹴るような音が聞こえてくる。


 「こ、これは!」


 確か天下一武闘会で悟空がクリリンに使った技!


 そして陛下がいきなり目前に現れ手刀を浴びせてきた。


 ご丁寧に8発で。


 「うわあああああああーーーーー」


 と、叫びながら部屋の外に飛ばされる俺、ここはのるしかない。



 「場外だな」


 誇らしげに語る陛下。


 「気は済みましたか」


 「うむ、十分楽しめた」


 最近このノリに慣れてきた自分が少し恐ろしい。


 この人に突っ込むのは時間の無駄でしかないということは嫌というほど学んでいる。


 「次回は月の模造品でも作って『爆発』で吹き飛ばそうか」


 「頼むからやめて下さいね」


 この人なら平気でやりそうだ、そのために何人の土メイジが動員されるやら。


 「さて、報告を聞こうか」


 そしていきなり切り替わる。


 「はい、今回の劇の結果ですが・・・」


 俺も気にせず報告を始める。



 一刻も早くここを出たいというのが本音である。


 「不敬罪だな」


 「勘弁して下さい」


 俺になす術はないのだろうか?














 「上手くいったようだな、やはり超サイヤ人に覚醒したか」


 「超サイヤ人ではなく『解除(ディスペル』です)


 そこは訂正しておく、じゃないと今後そのネタでずっと引っ張られかねない。


 「『解除』か、俺の渇望ではないな。俺の望みは前進に関するもので無力化ではない」


 なるほど、『加速』、『瞬間移動』、『時空扉』はそういうものだ、ならば『幻影』や『爆発』は?


 「あくまで傾向だ、術者の性格もあるだろうが理論的にはどの術者も全ての虚無魔法を使うことは可能なはずだ」


 「何で心を読めるんですか」


 「『忘却』があるならば『読心』があってもおかしくない、俺が心の底から望めば虚無は応える」


 やっぱ悪魔の力だなこれ、エルフの伝承のほうが正しそうだ。


 「要は虚無にもランクがあるとして、ルイズはまだ「ドット」、テファも同じく、教皇は不明で、陛下は「トライアングル」ってとこですかね」


 「まあそんなとこだろうな。俺がこの先「スクウェア」となる可能性も大いにあり、「ペンタゴン」や「ヘクサゴン」があるかもしれん」


 それは嫌だな、そうなるとその被害は全部俺に来る。


 「大丈夫だ、『アンドバリの指輪』がある」


 「それって死ぬこと前提ですよね?」


 「さあ、どうだろうな?」


 ホント最悪だこの悪魔、いや悪魔王。


 「それはともかく、トリステイン魔法学院はあと少しで夏期休暇に入ります。アルビオンとの戦争状態は目下継続中ですが、この時期ではまだ影響はないでしょう」


 もう少しすれば影響は出始めるだろうが。


 「ふむ、アルビオンへの侵攻作戦が決定するかどうかだが、このままでは侵攻しない可能性が高いな」


 「確かにそうです」


 アルビオンはタルブの敗戦で痛手を受けたが艦隊が全滅したわけではない、ヘンリー・ボーウッド将軍やオーウェン・カナン将軍が艦隊再編に当たっているのであと一月もすれば出撃は可能になる。


 それにガリアの“悪魔公”の暗躍をマザリーニ枢機卿とアルブレヒト三世は知っている。あの二人がガリアへの備えを怠ることはなさそうだし、アルビオンへ遠征して国を空にするとは思えない。


 「お前が不用意に姿を現すからだ、責任をとれ」


 「酷いですね」


 この人は今後の展開を読んだ上であえて言っているな。


 「それで、どうするのだ?」


 「動かぬなら動かざるを得ない状況を作り出すまでです」


 それが戦略の基本。


 「ほう、お前にそれが出来るか?」


 「無理ですね。しかし、そういった戦略面での専門家がおりますので」


 『軍神』ゲイルノート・ガスパールはあの6人の集合体とも言える。


 「『影の騎士団』か。確かに、専門家に任せるのが一番ではある」


 楽しそうに笑う陛下。


 「だが、『軍神』が相手となると今の主役達ではキツイな、虚無に頼っているようでは『軍神』と戦うことすら出来ん」


 「確かに、その段階は過ぎましたね」


 “虚無”の覚醒は前提条件であり、その特性を知ることも重要だがそれだけでは足りない、このままでは政治や戦争の道具として利用されるのが関の山だ。


 「主演達が国家に振り回されて右往左往するだけでは物語にならん。敗北も必要ではあるが、それは次に勝つための踏み台にならねばな」


 「そのためにも敵が明確に分かっているのはいいことですね」


 “女王誘拐劇”は成長を促すと共に、“敵”の存在を認識させることも重要なポイントだった。


 主役達の中ではゲイルノート・ガスパールは明確な“敵”になっている。見たこともないクロムウェルではその相手にはなりえないのだ。


 「後はその“敵”に対抗するための能力を身に付けることだ。まあ、それは最終作戦への布石でもあるがな」


 それも布石、彼らがロマリアの傀儡になっては困るのだ。


 「そうなるとポイントはやはりルイズですね、彼女が本当の意味で覚醒すれば問題ないかと」


 「お前の“眼”ではそう視えるか」


 「はい、彼女の本質は実践者ではなく理論者です。今はその本質に気付いていないが故に不安定ですが、気付けば無敵の存在になれそうですよ」


 俺はそう視る、あれもまた英雄の一人だ。


 英雄よりも為政者の方が向いてそうではあるが。


 いや、本質は研究者か。


 「理論者か、なるほど、そしてその周りには実践者が集まっている。確かに面白い、司令塔さえ出来上がれば主演達の力は一気に跳ね上がるな」


 「そこまでいけばもう最終作戦発動に問題は無くなるかと、ロマリアへの仕込みも順調ですし、国内の準備も着々と進行してます。狂信者共も動き始めているそうですがまだまだですね」


 「そうか、ではそこはお前に任せよう。神の僕であるはずの虚無の担い手を悪魔の盟友とするには、“輝く闇”たるお前が最も相応しい」


 “輝く闇”か、何とも矛盾した表現だが、それ故に俺にはピッタリかもしれない。


 「分かりました、期待に応えて見せます、ですが、ここからは少々物語からずれ始めるかもしれませんね」


 「構わん、どうせいつかは恐怖劇(グランギニョル)となるのだ。その予兆が早くとも何の問題もない」



 「左様ですね」


 笑い合う悪魔二人。


 そうして俺はグラン・トロワを後にする。





 さて、本格的に物語に介入しだす日も近いかな。
















■■■   side:才人   ■■■



 学院が夏季休暇に入った頃、ルイズに女王様から指令が来た。


 なんでもアルビオンは艦隊が再建されるまでの間、様々な陰謀を仕掛けてくる可能性が高いらしい。


 街中の暴動や反乱を扇動するような卑怯なやり方でトリステインを内から攻めるとか。


 そんなことをされたらたまったもんではないということで、女王様達は治安の強化に乗り出したそうで、ルイズには身分を隠しての情報収集任務が与えられたそうだ。


 要はスパイってことみたいだ。


 だけど、気になることがある。


 「なあルイズ、アルビオンの司令官ってのはあのゲイルノート・ガスパールって野郎だろ、あいつがそんな回りくどい方法をとるのかな?」


 「それは私も少し気になってるわ。あの『軍神』が攻めてくるとしたら。そんな消極的な方法じゃなくて一気に侵攻してきそうだものね」


 そこはルイズも賛成みたいだ。


 何せ女王誘拐を茶番って言いきった野郎だ、それに次は国ごと滅ぼしに来るって断言しやがった、そんな奴がせこい方法をとるだろうか?


 「とはいえ、ゲイルノート・ガスパールがやらなくても、クロムウェルの方が仕掛けてこないとも限らないわ。それにまだアルビオン艦隊は再建されてないそうだし、とりあえず私達は指示に従うだけよ」


 とは言いつつもあまりルイズも乗り気でない模様。


 「そういうお前もあんまり乗り気じゃないようだが」


 「だって、地味じゃない、こんなの」


 うーん、確かに地味っちゃあ地味だよな、しかも平民に混じっての情報収集なんてルイズに出来るとは思えん。


 女王様は人選を思いっきり間違えてる気がする。


 「平民に混じってってことは、酒場で働きながら客の話を聞いたりとかが王道だよな。けどお前にそんなのできるのか」


 「うーん、ぶっちゃけ出来る自信は無いわ」


 「だよなあ」


 ルイズは生粋の貴族のお嬢様だ。しかも公爵家ったら江戸時代の徳川御三家ぐらい偉いってハインツさんが言ってた。


 この場合王家が将軍家に当たるとか。


 そんなお嬢様にいきなり江戸の下町で情報を集めろったって無理だろ。


 「でもさ、平民に混じっての情報収集ってことは機密でも何でもないんだよな」


 「そりゃそうでしょ、平民の噂話が国家機密だったらその国終わってるわよ」


 「つーことは誰かに秘密にすることじゃねえってことだよな」


 一応確認しておく。


 「でしょうね。私達が密偵ってことは秘密にしなきゃならないけど、集める情報自体は秘密でも何でもないわ」


 「よし、じゃあそういうことの専門家に相談してみようぜ」


 ってことで俺はシャルロットの部屋に出かける。













 シャルロットの部屋の前で。


 「おーい、タバサー、居るかー」


 公共の場で言葉に出す時はタバサって呼ぶように注意する。


 ガチャ。


 「何の用?」


 「ハインツさんに相談したいことがあるんだけどさ、電話貸してくれないか」


 ハインツさんの国ガリアで作ったという遠距離通信用マジックアイテム“デンワ”、ネーミングの由来は考えるまでもない。


 まだ相当に高いらしく、とても一般で普及できるほどじゃないらしい。


 T型フォードが出来るまでの自動車みたいなもんだ、って言ってたけど俺にはよく分からなかった。


 簡単に言えば貴族しか買えないくらい高いってことだ。


 「分かった」


 そして部屋に入る。


 相変わらず本がやたらと多い部屋だ、ここでこっちの字を教えてもらったけど日本語の教材もあってびっくりした。


 ハインツさんが最初に手書きで作ったものを複写したものらしい。



 シャルロットが連絡してくれてる間、何気なく本棚とかを見てると、ふとあるものが目に入る。


 鏡? それもなんかこう立派な台付きの。


 「なあシャルロット、こんなのあったっけ?」


 とりあえず聞いてみる。


 「この前実家に帰ったときに持って来た」


 「へえ、あれか、母さんの嫁入り道具のお下がりってやつか」


 「そんな感じ」


 「なるほどねー」


 こういう文化は地球もこっちも変わんねえんだな、俺の母さんが持ってた衣装台も婆さんからもらったもんだって言ってたし。


 こっちに来てかれこれ3か月近く、そろそろ少しは研究ってのも進んだのかな?


 「繋がった」


 「サンキュー」


 俺はシャルロットから“デンワ”を受け取る。


 外見はただの人形なので傍から見ると怪しい人間にしか見えないのが悲しいところだ。


 何でこんな形にしたんだろ?


 「もしもし、才人か、結構久々だな」


 「そうですかね? 10日くらい前にも連絡したような気がしますけど」


 「そういやそうだったか。で、今日は何の要件だ?」


 楽しそうに言うハインツさん、この人はどんな頼みでももの凄く楽しそうに応じてくれる。


 シャルロット曰く、“ハルケギニア最大のトラブルメーカーにして異常者”。


 従兄妹からの評価はなかなか厳しいようだ。


 だけど、シャルロットがハインツさんを信頼してるのは俺でも分かる。キュルケが前に言ってたけど、ハインツさんといると微妙に楽しそうにしてるらしい。


 俺にはまだそこまでの違いは分からないけど、「そのうちなんとなくわかってくるわよ」とはキュルケの言だ。




 「ええ、それなんですけど・・・」


 そして俺は例の情報収集について相談を始めた。













■■■   side:ハインツ   ■■■





 トリスタニアはチクトンネ街にある“魅惑の妖精”亭。


 きわどい衣装をした女の子が給仕を行う店で、早い話がメイド喫茶のようなもの、もしくはメイドバーというべきか。


 チクトンネ街にはこんな感じの店が至る所にあるが、ここはその中でもさらに別格である。


 その原因は店長、体格はとてもしっかりしていて胸毛も濃いのだが、口調はオカマで中身もオカマ。


 しかし義理人情には厚く、様々な事情を抱える子達を雇っていたりもする。


 しかしキモイ、とてつもなくキモイ。


 名はスカロンというが店内では『ミ・マドモワゼル』と呼ばせており、もの凄く怪しいことこの上ない。


 だがここの地下に北花壇騎士団トリスタニア支部は存在し、ここにいる少女達は本部の“参謀”達には劣るが皆逞しい者達で、ここの秘密を察しながらもそれを一切表に出したりはしない。



 本部ほどではないが設備もそれなりに整っており、いくつかのメッセンジャー経営店と地下トンネルで繋がってもいる。


 ここには常駐のファインダーがいて、トリステイン中のメッセンジャー、シーカーからの情報を集める各担当地区のファインダーからの報告を整理している。


 ガリア本部の“参謀”達と同じ役割だがその情報量はかなり少ない。これは情報網の巨大さと、そもそも国土と人口が比較にならないからである。



 そしてこの“魅惑の妖精”亭が支部になったのはスカロン店長のキモさと怪しさが最大の要因となっている。


 普通の人物に怪しい人物が接触したら不審に思うのが人情というものだが、見るからにオカマで怪しさ全開でキモイ男に怪しい人物が接触しても、逆に納得するというか、関わりたくないと思うのも人情だ。



 そういうわけでここに支部が置かれており、本日はここに才人とルイズを招待したわけだ。


 「まあ入ってくれ、こっちが案内したかった本命だ、上の店はカモフラージュに過ぎん」


 と言いつつ二人を案内するが、二人ともぐったりしている。


 「『ミ・マドモワゼル』の洗礼を受けたか二人共」


 「よ、よくハインツさんは無事ですね、俺はもう限界で」


 「う、うぷ、やばい、吐きそ」


 ノックダウン寸前の二人、あのスカロン店長の『魅惑の妖精のビスチェ』姿を初対面で見てしまったのは哀れとしか言いようが無い。


 吐かなかっただけ頑張った方である。


 気の毒なので気付け薬を飲ませる。かつてニューカッスル城跡でクロさんに飲ませたものと同じものである。


 これを彼らがゲイルノート・ガスパールの手から受け取るというのも何か変なものだ。


 「う、うく、ぷはあ、し、死ぬかと思った」


 「はあ、はあ、世の中にあれほどおぞましいものが存在するなんて」


 復活した二人。


 ま、あれを見て何も感じない俺が終わってるのかもしれないが。


 アレよりおぞましいものなどこの世にはいくらでもあるのだ、6000年の闇はそれのオンパレードとも言える。



 「さーて、元気になったところで本題に入るか」


 立ち直って真剣な目になる二人。


 「さて、お前らが課せられた任務は城下に住む平民の間でどんな噂があるかとかそういうのを調べること、早い話が民意調査ってとこか」


 「今考えたらハインツさんに話して大丈夫なんですかね?」


 今更言うな才人よ。


 「大丈夫よ、今回の任務はあくまで平民の調査。王宮の貴族の噂話を集めるとかだったら話は違うけど、つーか今更言うことじゃないでしょそれ」


 とルイズが突っ込む。


 「ルイズが言うのが正論だな。仮にお前らがガリアの首都リュティスに行って、リュティスの市民が今のガリア王についてどう思ってるかを訊いて回ったところで問題は無いわけだから、俺がトリスタニアの酒場とかで平民に今の女王をどう思ってるかを訊いて回っても問題はない」


 「なるほど」


 頷く才人。


 「で、ここにはそういう話が集まるんだ。都市に限らず農村や漁村からも色々な噂話が入ってくる。もっとも、その大半は隣の旦那が浮気してるだの、向かいの奥さんが若い男と夜に会っていたとかそういう話なんだが」


 メッセンジャーというのは早い話が噂好きの集まりだ、それらを専用のネットワークで繋ぐことで勝手に彼らは「ここだけの話」の交換を始める。それの対象が貴族や大商人とかになったのがシーカーで、それらの噂話から情報になりそうなのをまとめるのがファインダーである。


 「しょーもないことばっかりね」


 「だけど、今回の任務はそういうしょーもない噂を集めることも含まれるんだろ。当然なかには現王政府に対する不満や要求とかもある、とりあえずやってみたらどうだ。それに、さらなる事実を探れるかもしれないぞ」


 「うーん」


 少し迷っているルイズ、俺には惚れ薬の時に借りがあるので強く出れない模様。


 「ハインツさん、それってどういうことですか?」


 よくわかっていない才人。


 「さっきも言ったようにただ人の話を聞くだけなら誰でも出来る。それこそ街で適当な人間に金渡して情報を集めて来いって言った方が余程効率的だ、お前達は普段魔法学院に住んでいるから街での情報収集に長けていない。逆にこういった裏町に住んでる連中は、生きるためにそういうことに聡くなる。だったら、そいつらから情報を集めたほうがいいってことだ」


 「確かにそうですね」


 「人間には向き不向き、適材適所ってのがある。例えばの話だが、ごついおっさんに赤ん坊の世話をやらせて、産婆さんに力仕事させても意味無いだろ」


 「そりゃそうです、どう考えても仕事が逆だ」


 「だから、ルイズに情報収集ってのはそういうことだ。そういうのは公爵家の三女がわざわざやることじゃない、得意な奴らに任せればいい。そしてルイズにはルイズにしか出来ないことがある」


 「私にしか出来ないこと?」


 ルイズが反応する、その響きには気になるものがあるようだ。


 「そうだ、酒場とかで情報を集めるのは、平民にもごろつきにも出来る。ならば貴族としての教育を、幼い頃から受けたお前が誇れるものとは何だ?」


 「それは・・・」


 悩むルイズ、それこそが彼女が孕む闇の源でもあるからだ。


 貴族であるのに魔法が使えない、故についた渾名が“ゼロ”、“無能王”の陛下と同じという訳だ。


 「言っとくが魔法でも礼儀作法でもない、そんなものは情報戦の何の役にも立たない。いいか、お前が平民とは明確に違う点はその教養の深さにある」


 「教養・・・」


 噛みしめるように繰り返すルイズ。


 「高度な教育を幼い頃から受けてるお前は論理的思考能力や解析力に優れているはずだ。平民は生きるために酒場での振る舞い方など様々なことを体で学ぶ、ならばお前は貴族として生きるために培ったものを、最大限に利用すればいい」


 「それが教養なんですか?」


 才人が聞いてくる。


 「当然。お前にしか分からん話になるが、アフリカとかの発展途上国の人間の方が日本人よりも体力があるのは当然だろ、彼らは生きるために子供の頃から働いているんだから。ならば日本で小学校、中学校、高校と出た者が誇れるのは何だ? 学力だろ」


 「それはそうです」


 「この世界の貴族と平民ってのはそういうものだ。だったら貴族はその能力を最大限に生かすべきなんだが、なまじ魔法なんてものがあるばっかりに、それだけに頼る無能馬鹿が増殖することになる」


 「魔法に頼るだけの無能馬鹿・・・」


 また呟くルイズ、どうやら思うところがある模様。


 せっかく高度な教養を得られる環境にあるのに、魔法が使えるだけで満足して遊び呆ける馬鹿がこの世界には多すぎる。


 その点ルイズは違う、魔法が使えなかったがために彼女は他で補おうと必死に勉強した。だから学院では常に座学ではトップなのだ。これは虚無などという、生まれもっただけの才能に縋った力ではなく、ルイズが必死で努力して身に着けた力だ。


 「だから、そういった教養を利用して情報を整理することをすればいい。そっちのほうが余程難しく、やりがいもあるしな」


 ルイズの目が輝く。


 「それって具体的に何をやるんですか?」


 「そうだな、簡単な例を挙げて説明すると、才人村とルイズ村があったとする、この二つの村の産業は農業で、野菜を作ってトリスタニアの問屋に売っているとする」


 「「ふむふむ」」


 ハモったな二人。


 「で、ある時噂が流れてきて、才人村は今年不作で、ルイズ村は今年豊作だったそうだ。これだけだったらなんともない話なんだが」


 真面目に聴き続ける二人。


 「しかし、トリスタニアの八百屋ではどっちの野菜も同じ値で売られていた。これはおかしい、なぜなら野菜の出来によって値段は変わる。不作だったのなら当然出来は良くないはず、なのに豊作だったルイズ村の野菜と同じ値ということは、それだけ出来が良いということ。さあ、これは何を示す?」


 少し考える二人。


 そしてルイズが答える。


 「才人村の野菜の出来が良いのに不作だという噂が流れたのなら、考えられるのは一つ、本当は豊作だったのに出回っている数が少ない。つまり才人村の野菜がどこか別の場所に流れている」


 「正解だ。そしてこれをおかしく思った役人が調査すると、才人村の領主が不当に野菜を召し上げて、ゲルマニアに売っていたという事実が明らかになったりする。とまあ、簡単な例だとこんな感じだ」


 「へえー」


 感心する才人。


 「いいか、一つ一つの話は大したことでもない。しかし幾つかの話を統合すると、矛盾点が出てくる場合がある。それを察知するためには深い知識と高い論理的思考力が必要になるが、それを出来れば情報だけで謀反を察知したりも可能になる。武力行使には金やモノの流れが不可欠だからな」


 「凄いんですね」


 こういったことをやらせればイザベラは天才と言える。


 とんでもない量の情報を整理し、その中から必要な情報を取捨選択し、論理的に付き合わせることで貴族の行動を悉く把握する、それが北花壇騎士団団長“百眼のイザベラ”なのだ。


 しかも宰相として行政機関をまとめ、政策の立案、決済、九大卿との協議などを兼任しながらだ。


 我が従兄妹ながらとんでもない奴である。


 残念ながらそういった能力ではシャルロットはイザベラに遙かに及ばない、これはシャルロットが低いのではなくイザベラが高すぎるのだ。


 その代わりシャルロットは実践者としての能力に特化しており、イザベラに戦闘能力は無い。


 それを両方兼ね備えていたのがオルレアン公であり、それをさらに凌駕するのが陛下。


 オルレアン公が数百年に一度、陛下が数千年に一度と逸材というわけだ。


 なんでこの二人が兄弟として生まれてしまったのか、本当に皮肉なものである。



 「それを私がやるわけね」


 ルイズが確認してくる。


 「ああ、判断に必要な知識は大体ここにあるから問題ない。後は論理的思考能力と、情報を知識と組み合わせる頭のよさが必要になる。お前は座学では学院で一番なんだろ、なら問題ない」


 「私にしか出来ないこと」


 「そう、お前なら出来るってやつだ。自信がないならやめてもいいぞ、無能な奴に務まるほど簡単じゃないからな」


 「私は無能なんかじゃないわ! やってやろうじゃないの! あっさりとこなして見せるんだから!」


 やる気を出すルイズ、結構乗せやすいな。



 「よーし、じゃあ向こうの部屋にクリスってのがいるから、細かいことはそいつに聞いてくれ。女性だから話しやすいと思うぞ」


 そしてルイズは隣の部屋に突っ込んでいく。


 ちなみにクリス(27歳女)は支部長であるオクターヴ(36歳男)の補佐官であり、温和なタイプの女性なのでルイズを上手く指導してくれると思う。男はあいつとは相性が良くなさそうだ。



 「ハインツさん、俺はどうすればいいですかね?」


 才人が聞いてくる。


 「お前はお前でやることがある。農村や漁村とか、そういった地方の村の生の声を聞いてくることだ」


 「地方?」


 「ああ、平民つってもそれはトリスタニアだけじゃない。むしろそっちのほうが多いんだ、その人達の中には未だにアンリエッタ女王が即位したことすら知らない人もいるかもしれない」


 都市や街から遠く離れた村なら行商人が来るのも月に一回程度の場合も多い、そういうところはとにかく情報が遅いのだ。


 「そんなとこもあるんですか」


 「ああ、女王様にとって平民ってのは都市に住んでる者かもしれないが、治安を強化するなら本来そういった地方を疎かにしちゃまずいんだ。何せ戦争とかの重税の影響が真っ先に出るのは、蓄えが無い貧農だからな」


 ま、都市の貧民層も似たようなものだがそっちは王宮の兵を派遣できる。しかし地方はなかなかそういうわけにはいかない。


 「それにな、最近トリスタニアにはあちこちに傭兵募集の張り紙がある。国家が徴兵を始めたってことだが、そうなると傭兵の大半はそっちに流れる。傭兵にとって戦争ってのは一番の稼ぎ時だからな、そうなると地方の幻獣退治とかを請け負う奴らがいなくなるわけだ」


 「ってことは宝探しのときにあったようなオーク鬼に襲われて放棄された開拓村みたいのが増えるってことですか?」


 「察しが良いな。地方領主も戦争の為の諸侯軍編成とかで、治安に気を配る余裕はなくなるだろうしな。当然王軍も忙しくなるから無理、結果、地方の村は割を食うことになる。そういった人達が王政府にどういう感情を持つかは、考えるまでもないだろ」


 ガリアではそういった場合のためにフェンサーがいるから問題はないし、最近は保安省が治安維持に専念しており、軍務省から独立しているのでそういう心配はない。


 「税金が重くなった上にそれじゃあ恨むなっつうほうが無茶っすね」


 「情報収集が任務なら、そういった生の声も重要になる。幻獣退治も兼ねてあちこちに遠征してくるといい」


 「俺一人で大丈夫ですかね?」


 「心配ならシャルロットもつけてやる。それにキュルケも多分暇してるだろうから、ついてくると思うぞ。それにギーシュとモンモランシー、あいつらは貧乏貴族だから報酬目当てでついてくるかもな」


 宝探しの時に結構稼いでたからな。


 「結局あんときとほぼ同じ面子だなあ」


 「お前らはもうそれで一個の傭兵団みたいな感じだからな。剣士のお前、「風」のシャルロット、「火」のキュルケ、「土」のギーシュ、「水」のモンモランシー、これに司令塔のルイズが加われば完璧だ。ルイズが情報を解析して、きな臭いところへお前達をそれぞれ派遣する、って方式にすればかなり効率いいと思うぞ」



 ルイズが“参謀”で、残りはフェンサーというわけだ。


 ついでに北花壇騎士団トリステイン支部の戦力も増強されるのでいいことだらけ。


 シャルロットだけは本務の一環ということになるが。


 「お、結構面白そうになってきた」


 才人も乗り気になってきた模様。


 「じゃあそういう方向で話を進めてみるか、もっともルイズが仕事に慣れるまで数日はかかると思うから、それまでは少し暇になりそうだが」


 「じゃあ、それまでに一度でいいですから訓練に付き合ってもらっていいですか?」


 才人がそう訊いてくる。


 「おう、一度といわず何度でも付き合ってやるが、俺は強いぞ?」


 「望むところです」


 ふむ、才人も結構英雄っぽくなってきたな、やはりこいつの本質はそれに近いんだろう。


 『影の騎士団』の面子ではアドルフに一番近いな。







 しかし、面白そうなことになってきた、理論者であるルイズ、実践者である才人、それぞれが特徴を生かした仕事につき、それぞれの実力を一気に伸ばすチャンスを迎えている。


 しかもシャルロット、キュルケ、ギーシュ、モンモランシーといった助演の連中も絡んできそう。


 マチルダも加えたらさらに楽しくなるかもしれん。


 それに、機会があればコルベール教員とも接触することにしてみよう。




 俺はこの夏季休暇の間に彼らがどれほど成長するかが今から楽しみだった。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十一話  戦略会議
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54

 トリステイン魔法学院は夏季休暇の真っ最中。


 その間に様々な出来事があり、主役達も大いに成長を遂げている模様。


 そして俺もまた休むことなく活動を続けていた。







第十一話    戦略会議





■■■   side:ハインツ   ■■■


 現在久々に『影の騎士団』の面子で会議中。


 議題はいかにしてトリステインをアルビオンに侵攻せざるを得ない状況に追い込むか。


 トリステインにとっては最悪極まりない会議だった。




 「で、だ、どうにかしてトリステインにはアルビオンに侵攻して欲しいんだが、そのためにどうするかが問題だ」


 議長である俺から話を振る。


 「まず大前提としてトリステインの女王に侵攻の意思があるかどうかだな、専制国家である以上、王に侵攻の意思がなければ動かすのは非常に難しい」


 初手はアラン先輩。


 「その辺どうよハインツ?」


 訊いてくるアルフォンス。


 「そこは問題ない。以前“女王誘拐劇”をやった際にゲイルノート・ガスパールがウェールズを殺してるから。いくら一度死んでいたことになっているとはいえ、愛する恋人を殺されれば復讐に燃えて当然」


 巻き込まれる国民はたまったもんじゃないと思うが。


 「うわー、えげつないですね。国民を私怨に巻き込む王様もどうかと思いますけど、それ以前にそういう状態に追い込むハインツ先輩は外道ですね」


 辛辣な評価をしてくれるエミール。


 「エミール、こいつが外道などということは今に始まったことではない。それに国家間戦争は弱肉強食だ、国益のためならばどの国もどんな非道なことでもやる。もっとも、こいつはそんなものは関係なく自分の意思だけでやるがな」


 フォローになってないフォローをするフェルディナン。


 「まあ何にせよ王には侵攻の意思があるってこった、となると次は戦力、財力、食糧とかの問題だな」


 無視して先に進むアドルフ。


 「アルビオンの現有戦力はどうなっているハインツ」


 クロードが訊ねてくる。


 「陸軍がおよそ4万5千、空軍は戦列艦30隻ってとこか、タルブでの敗戦の損害は最小限に食い止めたから軍の再編も大分進んでいる」


 あと一か月もあれば陸軍は5万、空軍は40隻くらいに回復するだろう。


 「対するトリステインは」


 これもクロード。


 「新たに雇うことが可能な傭兵が2万、動員可能な諸侯軍が1万5千、建造可能な戦列艦が50隻、トリステインの国力から考えればこの辺が限界だな。しかもこれは戦時特別税や各貴族の協力があってこその話だ」


 正確な分析はアラン先輩、エミールは“調達屋”だが、“管理者”のこの人は国力から戦力を分析するのを得意としている。



 「単独じゃどう考えても侵攻は不可能だな」


 アルフォンスが断じる。


 「そうなるとゲルマニアがどこまで協力するかだが、その辺はどうなっているハインツ?」


 フェルディナンが訊いてくる。


 「少なくとも陸軍は数万規模で派遣してくるな。空軍も20隻くらいは動員可能だろう、アルビオンとの戦時体制に入ってからは皇帝の権限が強まってる。そうでもしないと国防に支障がでるからな」


 平時なら皇帝にはそれほど絶大な権限はないが戦時なら話は別、皇帝が出すと言えばそれぐらいは出せる。


 「陸軍はゲルマ二ア主体、空軍はトリステイン主体の混成軍か、指揮系統を上手く統一すれば強力な軍隊が出来上がるな」


 クロードが分析する。


 「後は金銭面だがゲルマニアの国力ならその程度を遠征軍とするのに何の問題もないだろう。エミール、食糧の方はどう見る?」


 アラン先輩がエミールに振る。


 「そっちも大丈夫でしょう、ゲルマニアは全軍で10万を超えるくらいですから。そのうちの半分以下を動員する程度の食糧は、平時でも備蓄してあるはずです。トリステインの方も「水の国」ですから、農業生産は豊富です。ですので遠征軍の糧食は確保できます、そのための費用を確保できるかは別問題ですけど」


 「金があっても食糧がねえんじゃ話にならんが、その逆も然りか」


 アドルフが頷く。


 「結論として、ゲルマニアはそれほど無理をしなくても、トリステインは国庫にかなりの負担をかければ、6万~7万の陸軍と60~70隻程度の空軍による連合軍をアルビオンに派遣することは可能というわけだ」


 フェルディナンが言う。


 「だが、それをすると国が空になるばかりではなく失敗したときに後がなくなる。ゲルマニアはともかくトリステインとしてはそこまでの博打には出たくないだろうな」


 これはアラン先輩。


 「負けた時の話が前提ですから、無駄にプライドばっかりが高くて、現実が見えてない軍人達はそんなの気にしないでしょうけど、政治家はそうはいきませんし、大臣クラスが反対するんじゃいくら女王が侵攻派でも出兵は難しいでしょうね」


 エミールも同意見の模様。


 「じゃあトリステインがとるべき戦略はどうなる?」


 俺はそっち方面から訊いてみる。


 「空からアルビオンを封鎖して干上がるのを待つってとこかね、何しろアルビオンは「風の国」どうしても足りないもんがあるからな」


 アルフォンスが答える。


 「アルビオンは浮遊大陸だ。「風石」は豊富にあるし食糧の自給もなんとかなっているが、鉱物資源に乏しい。そして壊滅的なのが水産資源だな」


 アラン先輩の分析。


 「そりゃあ浮遊大陸で水産資源が豊富だったら世界が終わりますよ。でもそうなると得するのはガリアっすね」


 アドルフが突っ込む。


 「トリステインとゲルマニアが戦争状態にある以上、アルビオンと交易出来るのは中立を宣言しているガリアのみ。ロマリアは論外だしな。そうなるとガリアが高値で売り付けても、アルビオンは言い値で買うしかなくなる。戦争状態になると第三国が儲かるのは常識だからな」


 フェルディナンもアドルフに同意する。


 「そうなると、封鎖作戦も効果を発揮するまでに時間がかかる。つまりトリステインが狙うなら持久戦、アルビオンが狙うは短期決戦になる。ゲルマニアはどちらでも問題なしといったところだな」


 クロードがまとめる。


 「侵攻とは完全に反対の作戦になりますね。でもそれも仕方ない、何せ普段はアルビオンからトリステインに「風石」を輸出しているわけですから。トリステインはそれほど「風石」が採れませんし、ゲルマニアも同じく、つまり侵攻するための「風石」が無い。侵攻するためにはガリアから「風石」を高値で輸入する必要が出てくる」


 エミールがさらに付け加える。


 ガリアは「土の国」だから鉱物資源がとても豊富で、「風石」や「土石」も大量に採れる、当然火薬や砲弾も売れるわけだからガリアにとってはいいことだらけだ。



 「つまりはリスクが高すぎるということだ。それに国を空にすれば、ガリアから侵攻される可能性もある。マザリーニ枢機卿もアルブレヒト三世も、“悪魔公”の暗躍を知っているから背後の警戒を緩めることはないだろう」


 アラン先輩のだめ押し。


 ううむ、真剣に考えるとトリステインの侵攻が夢物語に聞こえてくる。


 「つまりだ、トリステインは持久戦狙い、アルビオンは短期戦狙い、その関係を逆転させてやれば良い訳だろ?」


 ここでアルフォンスが発言。


 「ああ、それができればいいんだが」


 俺は答える。


 「じゃあ簡単だ、アルビオンの持ち味である艦隊による機動力、これを最大限に生かして引っかきまわしてやればいい」


 楽しそうに言うアルフォンス、“提督”の本領発揮というところか。


 「具体的な方法は?」


 「トリステインとゲルマニアにある軍需物資の貯蔵地を艦隊で奇襲して、「風石」や食糧や武器弾薬とかを根こそぎ奪う。そして奪った軍需物資を使って、今度は別の場所を狙う。それを何度も繰り返してやればいい。一度に送るのは戦列艦数隻と1千くらいの兵で十分だ」


 アルフォンスの戦略眼が冴える。


 「しかし敵も一度やられたら防御態勢を整えるだろう、逆に返り討ちにされないか?」


 反論するのはフェルディナン。


 「そいつは陸軍の発想だな。確かに、アルビオン以外だったらそうなるかもしれん、しかしアルビオンは高度3000メイルにある。そこから滑空するだけでゲルマニア東端にある貯蔵地の狙うことも可能だ。つまり、攻撃側はいつでも好きなとこを狙える。不利だと思ったらさっさと撤退すればいい、その為には優秀な指揮官でいく必要はあるがな」


 ボーウッド提督やカナン提督ならば問題ないだろうな。


 「なるほどねえ、それなら地の利を最大限に生かしつつ敵の物資を頂けるわけだ。アルビオンは一切減らず、トリステインとゲルマニアだけが減っていくと」


 感心するアドルフ。


 「しかも効果はそれだけではない」


 それに続くクロード、“提督”の案を補完するのは“参謀”の役目だ。


 「どういうことですか?」


 エミールが尋ねる。


 「アルフォンスが言ったように、アルビオンはどこでも好きな時に狙える、つまり守備側は全ての軍需物資貯蔵地にそれなりの数の守備隊を割かざるを得なくなる。ゲルマニア軍なら然程苦にならんが、トリステインはそうはいかん。傭兵を雇って常駐させるだけでも国庫に負担をかける、その状態で長期戦に臨むのはキツイだろうな」


 随分辛辣な作戦だ。


 「しかも、トリステイン上空にアルビオンの戦列艦が現れるだけで民は動揺する。もしかしたら国軍は敗れたのではないかとな、その状況で軍需物資貯蔵地がやられたという話が伝われば、王政府に対する不信感も大きくなる。何せ戦時だという理由で税を引き上げておきながら、まともに防衛出来ていないことになるからな」


 「確かに、民衆の心理とはそういうものだ」


 頷くアラン先輩。


 「そうなると悪循環に陥る。防ぐために兵を動員する、国庫に負担がかかる、民衆の不満が高まる、そこにアルビオン艦隊が現れる、撤退したとしても戦果が得られるわけでもなく、もし敗れればまた軍需物資が奪われ国庫を直撃する、そして民の不信感はさらに上がる」


 「守勢に回っている以上完全に打つ手なしというわけか、制空権を握られるというのは怖いものだな」


 “将軍”として意見を述べるフェルディナン。


 「トリステインの艦隊はまだ建造中だからな、現状ではアルビオン艦隊に抗する手段は無い。とはいえ艦隊を常時配置して国防にあたるのも国庫にとんでもない負担をかける。どっちにしろ八方塞がりというわけだ」


 クロードが解説を終える。


 「そうなるとトリステインとしては、小うるさいアルビオン艦隊の本拠地をぶっつぶすしかなくなる。この場合ロサイスやダータルネスになるが、これもまた不可能ってことだ」


 ここでアルフォンスが説明。


 「だろうな、軍港を占領しても地続きのロンディニウムから大軍がやってきて奪還されるのが関の山。かといって大軍を駐屯させ続けるのは論外、浮遊大陸である以上補給が続くわけがねえ、そんなことすりゃ国庫に負担がかかりまくって本末転倒だ」


 アドルフが続ける。


 「そういうこと、となるともう後は一つしかねえ、すなわちロンディニウムを落とす覚悟で大軍を一気に派遣する、そしてアルビオンをその戦いでぶっつぶす。これ以外に方法は無くなるってわけだ」


 アルフォンスが締めくくる。


 「トリステインはアルビオンに侵攻せざるを得なくなるわけか」


 俺はそう言う。


 「それいけそうですね、アルビオンは「風石」が豊富ですから、艦隊が行って帰ってくるだけなら問題はありません。囮の艦隊をいくらか派遣して相手の守備隊を集中させて、その隙に本隊が襲撃をかけるってことも出来ますし、トリステインは「風石」が少ないですからかなり不利になりますよ」


 “調達屋”としての意見を言うエミール。


 「ローリスク・ハイリターンということか、アルビオンの経済的にも負担がかからない作戦だな」


 “管理者”として賛同するアラン先輩。


 「ま、空の戦はそっちに任せるのが一番だな」


 「うむ」


 異論はなさそうな二人。


 「よし、じゃあその案でいこう。後の細かい作戦内容はそれぞれの持ち味を発揮してくれ」


 俺はそう要請する。


 「つまり、派遣する艦隊の規模とか、どこを狙うかとかは俺とクロードで」


 「少数精鋭でかつ短時間で軍需物資貯蔵地をどう制圧して撤退するかは俺とフェルディナンで」


 「奪った物資をどう運用するかは俺とエミール、という担当だな」


 「まとめ役は当然俺ですが」


 そこは俺の役目になる。


 「まだあるぞハインツ、トリステインの貴族に根回しして侵攻に賛成するようにしたり、軍需物資貯蔵地がやられたことを派手に振れ回るのもお前の役目だ」


 とクロード。


 「要は裏方全般ということだな」


 とフェルディナン。


 「実にハインツ先輩らしいですね」


 と、エミール。




 まあこんなわけでアルビオンの戦略が決定された。


 当然これをアルビオンの将軍達に伝えるのはゲイルノート・ガスパールだ。


 ゲイルノート・ガスパールとはこの六人の集合体、故に『軍神』なのだ。





 こうして、ガリア軍将校によるアルビオン戦略会議は終了した。






[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十二話  それぞれの休暇
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54
 
 トリステインの夏季休暇は長く、二ヶ月半にも及ぶ。


 主演達を始めとし、助演達もそれぞれの休暇を満喫した模様。


 そしてそれは裏方の悪魔達も例外ではない。







第十二話    それぞれの休暇







■■■   side:ハインツ   ■■■


 神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム。


 アルビオンが王国であったころからの首都であるここには当然政治や軍事の中枢が置かれている。


 政治家も含めた会議はハヴィランド宮殿にある白ホールにて行われるが、現在は純粋な軍議なのでそことは別の軍本部にて行われている。


 当然、『転身の指輪』によってゲイルノート・ガスパールとしての姿である。


 「さて、軍議を始めるが、まずはボーウッド提督、艦隊の再編状況はどうなっている?」


 「は、再編は8割方完了しました。乗組員の編成や「風石」の積み込みも終了し、残すは実践訓練のみです。もし緊急で空軍を動かす場合でも出動は可能となっております」


 よどみなく答えるヘンリー・ボーウッド提督、完全な状態ではないが最低限動かすには問題ないということだ。


 「カナン提督、空軍の出動態勢は整っているな」


 「は、戦列艦30隻、いつでも出動できます」


 短く答えるオーウェン・カナン提督、彼が動ける艦隊の出動準備にあたり、ボーウッドがタルブで失った艦隊の再編に当たっていた。


 現在アルビオン空軍はこの二人を中心に動いており、その上にガスパール総司令官が君臨している。


 「ボアロー将軍、陸軍の再編の進行状況はどうなっている」


 「は、新たに5千の兵の再編は既に完了しております。それから、亜人の軍の編成につきましては、もう少し時間がかかります」


 ニコラ・ボアロー将軍、彼が革命戦争とタルブで失った陸軍の再編にあたり、元トリステインの軍人でありながら見事にその役目を果たしている。


 「亜人に関しては問題ない、奴らの出番はあと半年近く先になる。それまでに頭数さえ揃っておれば十分だ」


 「ははっ」


 「ホーキンス将軍、陸軍の出動態勢は?」


 「万事問題ありません。御命令があり次第4万5千の兵はいつでも出陣可能です」


 ウィリアム・ホーキンス将軍、この4人の中では最年長で歴戦の名将である。


 ニューカッスルの戦いで無能貴族共が全滅したあと指揮を引き継ぎ、乱れなく軍を統率し無駄な戦死者を出さなかった。


 陸軍はホーキンスが司令官、ボアローが副司令官、そしてその上にガスパール総司令官が君臨する。



 ちなみにあのヒゲはいない。あいつはクロムウェルの腹心みたいなこともやってるので、軍人というよりは政治家貴族に近い立ち位置にいる。


 早い話が軍にいらないので追い出しただけなのだが。



 「ふむ、それぞれ抜かりはないようだな、それでこれより作戦内容を確認する」


 そして本格的に軍議開始。



 既に一度、ゲイルノート・ガスパール自身が戦列艦を率いて、ゲルマニアの東端にある軍需物資集積場を襲撃しており、完全に無警戒だったその場所から大量の軍需物資を奪って来た。


 当然それを受けてトリステインもゲルマニアも警戒を厳しくしているので、それをどう打ち破るかがポイントになる。


 そして。


 「ではこれでいく、俺が第一陣を指揮しフォートノクスを襲撃す。、ボーウッド、ホーキンスが第二陣を指揮しソルボンヌを襲撃し、カナン、ボアローが第三陣を指揮しフロッデンを襲撃する。艦数はそれぞれ5隻ずつだ」


 今回は三か所同時襲撃、動員する数は合計15隻、兵力はおよそ3千。


 後は40隻の艦と4万くらいの兵でローテーションを組んで絶え間なく襲撃を重ねる。


 当然この戦略を考えたのは『影の騎士団』の連中だ。



 「「「「 ははっ! 」」」」



 軍人らしく呼吸ピッタリで答える彼ら。


 彼らは軍人として非常に優秀なだけではなく忠誠心に厚い、そして恥を忍んでも生き残り民や部下のために働くという気概を持っている。


 本来軍人とはそうあるべきものだがなかなかそういう立派な軍人はいないもので、大体は自分の出世と保身しか考えない。


 それに比べたら彼らは別格であり、神聖アルビオン共和国が敗北した時は潔く降伏し、新王ウェールズに忠誠を誓うだろう。


 あのヒゲにはそれが出来ない、自分の野心が強すぎ、そのためなら民をいくら犠牲にしても構わないという思考を持っている。


 故に必要ない、近いうちにどこかで死んでもらうことになる。



 「よし、それでは出陣だ!」


 ゲイルノート・ガスパール総司令官を先頭にウィリアム・ホーキンス将軍、ヘンリー・ボーウッド提督、オーウェン・カナン提督、ニコラ・ボアロー将軍が後に続く。



 こうしてアルビオン軍によるトリステインに侵攻させるための作戦が展開され始めた。



 俺に休暇なんてもんは存在しなかった。










■■■   side:キュルケ   ■■■



 私は今ルイズの指示でトリステイン南部の辺境にある村を訪れている。



 この夏季休暇、大半の生徒はそれぞれの実家に帰ったけど国境を越えるのが面倒だった私は寮に残っていた。


 ま、シャルロットが残るなら私も残ろうという気持ちが大きかったのが最大の理由なんだけど。


 寮で暇を持て余しているとサイトから連絡がきて、また何か面白そうなことを始めるつもりだということを知った。


 話を聞いてみるとやはりハインツが仕掛け人らしく、何でもトリステイン中の噂を集めながら各地を巡って幻獣退治や野盗退治をやるらしい。しかも、あのルイズが司令塔になってとのこと。


 私とシャルロットは即参加し、金稼ぎのためにギーシュとモンモランシーも加わった。



 そして今、私は野生のグリフォンが出ているという村に来ているのだけど。


 「キュルケ、待って、待ってくれ、歩くの速すぎる」


 後ろで“風豚”のマリコルヌがわめいている。


 「誰が“馬鹿豚”だ! 僕は“風上”のマリコルヌだ!」


 そこまでは言ってないし、そもそも口に出していないはずなんだけど。


 「うっさいわね、つーかあんた男のくせに体力なさすぎよ」


 「無茶を言うな! こんな重い荷物を持たされているんだそ!」


 「当然よ、かよわい私がそんな重い荷物を持てるわけがないでしょ」


 「誰がかよわいんだ誰が、てゆーかなんで僕はここにいるんだ?」


 「神のお告げよ」


 当然理由はある。


 最初の頃は私、シャルロット、サイト、ギーシュ、モンモランシーの五人で動いていたのだが、慣れてくるとそこまで大勢で動く必要はなくなり、ルイズの情報分析の速度も上がったので効率を良くするために二人一組で行動することになった。


 で、ギーシュ・モンモランシー組、サイト・シャルロット組になったのだが、元々五人のため余った私は学院からこいつを引っ張ってきた。


 人選の理由は一番こき使っても心が痛まなそうだから。



 移動用の手段としてワイバーンをハインツが貸してくれたので、風系メイジが一番都合良かったというのもあるけど、そもそも夏季休暇だというのに実家に帰っていなかったのは非常に少なかったので、こいつくらいしかいなかったというのもある。



 「はあ、幻獣退治といっても僕がやってるのはただの荷物持ちな気がするんだが」


 「大丈夫よ、囮役とか餌役とか犠牲者とか他にも様々な役目があるわ」


 そのためのこいつですもの。


 「ちょっと待て! 全部同じだろうそれ! つーか何でそんな役ばっかり!」


 「だって貴方弱いじゃない」


 「ぐはっ」


 崩れ落ちる子豚。


 「誰が親豚だ!」


 すぐに復活、だけど微妙に間違ってるわ。



 「いいからさっさといくわよ、幻獣退治だけが目的じゃないんだから」


 そう、私達の役目は地方の住民の生の声を集めてルイズに報告することもあるのだ。













 で、幻獣退治そのものはあっさり終了した。


 運ばせてきた生肉をつけたマリコルヌが囮になっておびき寄せた上で『フライ』で飛んで、グリフォンも飛び上がった瞬間に私の『炎槍(ジャベリン)』を叩き込んだ。


 翼を射抜かれたグリフォンは、哀れ高級毛皮の材料になりましたとさ。



 「だけど、事態は結構深刻ね」


 ルイズの予想通り、ここでもアルビオンの戦列艦が目撃されており、不安感は徐々に高まっているみたい。


 砲撃されたわけじゃないからまだそれほど危機感は高くないけどもう一度現れたらかなり動揺するでしょうね。



 どうやらアルビオンの艦隊は単独で辺境を通過し、目的地近くで合流するという方法を取っているみたい。


 これなら哨戒網を潜り抜けるのもやりやすいし、トリステインの艦隊の建設が終わるまでは対抗手段そのものがない。


 その上狙うのは軍需物資集積場ときてる。



 「まったく、厄介な相手がいるものね」


 例の女王様誘拐事件の際に目撃したあの男。


 アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパール。


 アルビオン王国を実力でもって滅ぼした男であり、『軍神』と呼ばれ、恐れられている。


 「下手するとゲルマニアも危ないかもね」



 私はそんなことを考えながらトリスタニアへの帰途に就いた。













■■■   side:ギーシュ   ■■■




 「モンモランシー! 来た! 来たぞ!」


 「了解、いつでもいいわよ!」


 僕とモンモランシーは東部辺境の村で現在オーク鬼退治の真っ最中。


 数はおよそ10匹ほど、退治した後は領主を責務怠慢で脅して金を巻き上げる予定。


 ・・・あのハインツに会ってから、僕達の行動はもの凄くどす黒くなっている気がする



 ぷぎ、ぷぎい!


 オーク達が追ってくる。僕の青銅ゴーレム『ワルキューレ』で一度攻撃を加えた後、すぐに解除して逃げてきた。


 単純なオーク鬼はそのまま追って来た。


 そしてモンモランシーの待ち伏せ地点までくると僕は『フライ』で飛翔する。


 追って来たオーク達は僕を一瞬見失うものの、モンモランシーが香水を撒くとそっちに突進する。


 これはモンモランシーが調合した香水で、亜人や幻獣を興奮させる効果がある。


 そして突進したオーク鬼は全員僕の使い魔ジャイアント・モールのヴェルダンデが掘った落とし穴に落ちる。



 ぷぎ、ぷぎい!



 中は「土」の僕と「水」のモンモランシーが『錬金』で作った油で満ちている。


 「これでとどめだ!」


 僕は『発火』で火縄に火をつけ穴に放り込む。



 ゴウ!


 炎は勢いよく燃え盛り、オーク鬼を焼き尽くしていく。


 「ギーシュ! さっさと引きあげましょう! こんな臭いが付いちゃったら私の香水でも誤魔化せないわ」


 「了解、モンモランシー」


 僕達は手早く撤収を開始する。














 「ふう、オーク鬼退治は終了、金の巻き上げも完了と」


 帰り道で馬に跨りながらつぶやくモンモランシー。


 僕達は風メイジではないので飛行型の幻獣には乗っていない、それにヴェルダンデのこともあるから地面を馬で駆けるのが一番効率がいい。


 僕もモンモランシーも乗馬は今ではかなり得意な方になっている。


 「しかし、あの啖呵は見事だったよ。まさか貴族のお嬢様からあんな言葉が飛び出すとは、夢にも思わなかっただろうね」


 「まあね、貧乏貴族を嘗めるなってことよ、こちとら金の為ならなんでもやるわよ」


 「なんでも、か、だけどあのハインツには遠く及ばないと僕は思うが」


 「そりゃそうでしょ、あんなのと私を一緒にしないで」



 僕達は今回10匹程のオーク鬼を焼き殺したが、タバサとキュルケはラ・ロシェールで20人近い傭兵を焼き殺していた。


 その二人は戦う際の覚悟をハインツから学んだと言っていた、ならば本家であるハインツはどれほどのことをやってきたのだろうか?


 「笑みを浮かべながらごろつきの首を刎ねた時は悪魔かと思ったよ」


 チクトンネ街でメイジの傭兵くずれの連中に僕達が絡まれたとき、ハインツが問答無用で皆殺しにした。


 「私はあれで失神したわ、けど、戦うってのはそういうことなのよね」


 今、トリステインでは戦争の準備をしているが、戦場ではああいうことが日常茶飯事なのだろう。



 「しかし、彼は一体何者なのだろうね?」


 「そんなの分かるわけないでしょ。でも、そんなこと言ったらサイトも同じような感じじゃないかしら?」


 「確かに、彼が来てからというもの僕達は冒険の毎日になったからね、でも、もの凄く楽しいけど」


 僕は一度彼に挑んで負けているが、あれはあれで良かったと思う。


 そしてその後ハインツと知り合ってからが大冒険の始まりとなった。



 「しっかし、やっぱり目撃されてたわね」


 「ああ、アルビオンの戦列艦に間違いないだろう、ここにも現れたってことは東部はほぼ全域ということだね」


 トリステイン東部はゲルマニアとの国境がある、だからトリステインとゲルマニア艦隊による合同演習が行われるので戦列艦が目撃されてもおかしくはない。


 けど、それは一か月は後の話、現時点で目撃されるはずはないのだ。



 「辺境の農民が『レコン・キスタ』の三色の旗を知ってるはずがないしね」


 しかし、平民にとってはその区別はなかなかつかない、この地方では目撃されるのを前提で行動できるということだ。



 「やれやれ、色々やばそうだね。僕や君の実家でも目撃されてるかもしれないなあ」


 「ま、だとしてもなす術もないけどね」



 そんな会話をしながら僕達はトリスタニアへ向かって馬を飛ばした。














■■■   side:シャルロット   ■■■




 私とサイトは現在トリステイン北部の辺境の村にやってきている。


 今回の任務は盗賊退治、軍需物資集積場に王軍が配置された結果そこから遠く離れているこの地域は警備が非常に薄くなっている。


 そこを狙って盗賊が多数流れてきたようで、あちこちで略奪を行っている模様。


 しかし、本物の傭兵は王軍として採用されているので盗賊もただのごろつきの群れに過ぎず、メイジは一人もいない。


 メイジの傭兵なんかはかなりの高待遇で王軍に召抱えられるから当然だ。


 ≪きゅいきゅい、お姉さま、右から4人来てるのね≫


 上空にいるシルフィードから念話で連絡が入る、シルフィードが空から盗賊達の布陣や動きを観察し、私達に伝える手筈になっている。


 「サイト、右から敵4人」


 「了解」


 サイトが持つのはボウガン、連射が可能な特殊な構造になっており、ハインツの友人であるクロード少将が考案した兵器らしい。


 しかし、扱いはかなり難しく、彼は「風」の魔法で微調整をしながらそれを連射するが、ガンダールヴであるサイトはそれを苦もなく簡単に扱う。


 北花壇騎士団フェンサーの中でもこれほどルーンの力を上手く引き出してるルーンマスターは多くないだろう。



 ヒュヒュヒュン!


 ボウガンから矢が飛び次々に命中、4人は倒れる。


 矢には痺れ薬が塗ってあるので、かすっただけで戦闘続行は不可能になる。


 ≪お姉さま、左からも敵3人なのね≫


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」


 私は『ウィンディ・アイシクル』を唱え迎撃する。


 ドスドスドス!


 盗賊の首にそれぞれ命中し絶命する。


 やるときは徹底的に、二度と逆らう気が起きないように容赦なく、ありとあらゆる手段を使え、倫理など犬に食わせてしまえ。


ハインツの教えである。


 ≪残りは逃走を始めた模様なのね≫


 「サイト、敵が散会して逃げた、こっちも別れて追撃する」


 「OK、こっち側は俺が行く、そっちはシャルロットに任せる」


 「了解」


 「よっしゃ、いくぜデルフ!」


 「待ってました相棒!」


 サイトは武器をデルフリンガーに持ち替え追撃に入る。どうやら武器によってガンダールヴのルーンの効果も違うらしく、遠距離攻撃用の武器は操作性の向上が強く、近距離系の武器は速度向上が強くなるとか。


 私も『フライ』で飛行し追撃に入る。













 「ふう、割と多かったな」


 そして今シルフィードに乗って帰還中、村長に盗賊は殲滅したことを伝えたので問題ない。


 死体の処理は森の獣が勝手にやってくれるだろう。


 「でも錬度が全然無かった、あれじゃあ街のゴロツキ以下」


 「だよなあ、けど、なんであんな連中が盗賊なんてやってたんだろ?こっちの地方で食糧がないとか、貧困で喘いでる村があるとか、まるで聞かないけど」


 飢えた農民が盗族になるというケースはあるが、彼らは身なりがしっかりしてた。しかし荒くれ者のように慣れていたわけでもなかった。


 「多分、裕福な家の若者が遊び感覚でやっていた」


 「遊び!? そんなんで人を殺すのか!?」


 「戦争が起こると豪商の次男三男は仕事に就かなくても大丈夫なくらい儲かる。そういう者達が貴族の真似ごとをして、地方の農民から略奪をすることがある」


 「なるほどな、衣食足りれば礼節を知る、ってのとは逆のこともあんのか」


 サイトが呆れるような怒るような反応をする。


 「でも、貴方も随分慣れた」


 こっちに来た当時はとても殺人が出来るようには見えなかったけど。


 「そりゃ慣れてえもんでもないけどさ、結局は自分の意思で始めたわけだしな。だったら途中で逃げ出すのもおかしいだろ」


 そういう風に割り切るのは簡単なようで難しい、私はあのファンガスの森でそれを学んだけど、彼はどこで学んだのか。


 「貴方のきっかけは何?」


 「きっかけ?」


 「そう、戦うことを覚悟したきっかけ」


 「うーん」


 考え込むサイト。


 「特にこれって特筆することはねえかな、ニューカッスル城で会ったウェールズ王子とか色々あるけど、何か一つこれといったもんは無いな」


 「そうなの?」


 「ああ、強いて言うなら生きることそのものだと思う」


 「生きること?」


 それはどういうことだろう。


 「俺がいた国はさ、すげえ平和な国なんだ。殺人なんて身近では滅多に起こらないし、戦争なんて60年くらいやってない。それにモノも豊かでさ、そりゃ貧しい人もいるけど、こっちみたいに飢え死にするような人の割合は、圧倒的に少ない。それに病院もあるし警察もある、要は生きる権利ってのを国家が保障してくれてたんだ」


 「生きる権利を国家が保障してくれる・・・」


 それはこっちには無い考え方だ。


 国家は王家を頂点に貴族が君臨するもので平民はそれに奉仕するもの。


 一応貴族は平民を守るために戦うことになっているけど、生きることそのものを保障しているわけではない。


 「だからさ、こっちに来て俺は生きるってことを肌で感じたんだ。あの魔法学院にいる時はそういう感覚はなかった。あそこも生きることが保障されてる奴らがいるとこだからな。だけど、宝探しのときとか、そして今回辺境の村を回ってるとさ、生きるってことはそれだけで大変なんだって思ったんだ」


 「……」


 私はどうだろう、公爵家の娘として何不自由なく生きていた頃はそんなこと言われても分からなかっただろう。


 だけど、今はフェンサーとして自分の力で生きている、要はそういうことなんだろう。



 「ま、とりあえず今はそんな感じかな、まだまだ矛盾だらけっつうか論理にすらなってねえけど」


 「それでいいと思う」



 生きる理由がそれぞれなら殺す理由もそれぞれ、それこそ遊びで殺すような連中もいる。


 一番駄目なのはそれを他のせいにして正当化する貴族、そして聖職者。


 特に異端審問なんかは全てを神のせいにして自分の責任は何も無い。


 それに比べたらサイトは万倍立派だと思う。


 「貴方は貴方らしくあればいい」


 「なんか、ハインツさんみてえだな」


 確かに、自分らしくあるということにかけてあの人以上の人間はいないだろう。


 「ま、要はなるようになるってことかな」


 「でも責任は自分で」


 これも彼の口癖。


 「そりゃそうだ、くそむかつく貴族連中みたいな真似はまっぴらだからな」


 一応サイト以外は皆貴族なんだけど、その言葉は妙にしっくりくる。


 私もキュルケもルイズもギーシュもモンモランシーも、ハインツに関わった人は皆貴族らしくなくなっている。


 元々持ってた気質もあるのかもしれないけど、やっぱりハインツ毒が蔓延しているのだろう。


 でも、世の中には蔓延した方が良い毒もあるのかもしれない。








 そんな話を続けながら私とサイトはシルフィードに乗って一路トリスタニアを目指した。




















■■■   side:イザベラ   ■■■



 私は現在ヴェルサルテイルの“円卓の間”にて九大卿と会議中。


 議題は様々、それぞれの省が進めている改革や事業の報告や、これからの方針決定など多岐にわたる。


 「各地方との連携は上手く進むようになりました。新制度もようやく地方まで浸透した模様です。ですが、まだ人材は完璧とは言えません。太守や行政官は、それぞれ優秀な者を任命しておりますが、その下に配属させる者になるとレベルが極端に落ちています」


 ビアンシォッティ内務卿が述べる。


 「つまり、王政府の人材は問題なく、地方に派遣される人材も問題ないけれど、その者達が地方で登用する人材になると一気にレベルが下がるってことね」


 「はい、しかし平民でそういった教育を受けているものは少なく、貴族であっても魔法ばかりで行政の仕組みを理解していない者も多くおります。そこの改善を図らない限りはどうしようもありません」


 ふむ、これまでに国家制度は効率が良いものとはお世辞にも言えず、むしろ問題点の塊だった。


 これでも魔法先進国としてハルケギニアでは進んでたほうなんだけど、この新制度と比べればガラクタ同然だったのよね。


 「ボートリュー学務卿、新たな人材の発掘はどうなってますか?」


 予想された人材不足にいち早く対応するために作られたのがこの学務省。


 「はい、ようやく第一期生が次の春に卒業します。即戦力とは言い難いかもしれませんが、半年も経験を積めばそれなりのものになると思います」


 駄目な貴族に一から仕事を叩き込むよりは余程使えそうね。


 「分かりました。内務卿、とりあえずそれまでは現状の方針でいきます、そして第一期生が卒業し次第、各地に官吏として派遣します。そうすれば学校に行こうとする市民の数も大幅に増えるでしょうから、5年もあれば人員の確保体制ははかなり整備されるはずです」


 「ですな、現状ではそれが限界、無理をすれば逆に傷を広げかねません」


 そこは妥協するしかない、国家の構造を変えるのは数年で出来るものではないから。


 「ですが、打てる手は全て打ちましょう。ジェディオン法務卿、現在『プリズン』に収容されている元貴族の者達に恩赦を与え、官吏に採用するとしたら、法的にどのような制限がかかりますか?」


 「左様ですな、封建貴族の釈放は現段階では不可能かと。彼らは王政府への謀反の罪で収容されておるわけですから。しかし、法衣貴族ならば条件付きで可能かと。王政府への忠誠心を試すという名目で公務に就かせ、問題なしと判断されれば正式に釈放という形には出来るかと。もっとも、志願制が前提となりますが」


 あの大粛清やその後の粛清で『プリズン』に収容された者の中にはもう一度公務について返り咲きたいと願う者もいるはず、彼らを駆り出せばそれなりに戦力として使いものになるでしょうね。


 「そちらは貴方に一任します、内務卿と協議して適当な人材がいれば引き抜いて使える者はどんどん使いなさい」


 「了解しました」



 「カルコピノ財務卿、今年度の予算の見積もりは済みましたか」


 「はい、昨年よりはかなり多くなりそうです。総生産自体の向上もありますが封建貴族の着服などが大幅に減少したことが大きく、予算にかなりの余裕ができますので、これなら各改革も問題なく進められます」


 封建貴族が溜めこむ資産はかなりの額になる、かつてはそれがこのガリアの予算の半分近くに上っていた。


 しかし、六大公爵家をはじめとしてかなりの数が粛清され、残りの封建貴族も徐々に特権を奪われ領地も削られつつあるから金が本来あるべき流通を始めたようね。


 「そういうことならば、ロアン国土卿、ミュッセ保安卿、貴方がたの進めている護民官制度も問題なく実施出来ますね」


 「はい、既に一部では試験運用が開始されてますが反応は良好です、このままいけば数年後にはガリア全土にいきわたるかと」


 「保安省の人員の確保は学務省に頼らなくてもいけます。何しろ必要なのは学問ではなく腕っ節ですからな」


 護民官制度とはガリア王政府が整備する街道網、通称“大陸公路”を行き来する駅馬車や行商人などに専属の護衛をつける制度のこと。


 これまで行商人は自分で身を守るか、隊商を組んで傭兵を雇って移動するかなどの方法をとって盗賊などに対処していた。


 王政府の軍が治安維持に当たっているが全ての盗賊を根絶出来るわけではない。


 行商人にとって、盗賊に荷物を奪われるのは破産に直結しかねないので、彼らはそこでケチるわけにもいかず、かなりの額を出してでも安全を優先する者が多い。(当然中には命知らずもいる)


 そこで、そういった傭兵を護民官として保安省が採用し安定した職を確保する。駅馬車や徒歩で旅する行商人は、これまでの数分の一の値段で護衛を頼むことができるようになる。


 しかし、メイジの盗賊相手に平民の護民官では役に立たないが、“魔銃”の存在がそれを打ち破る。


 まだコストはやや高いけど、護民官に“魔銃”を持たせれば盗賊や幻獣に対抗出来るようになる。


 そうなれば物の流通はさらに盛んになり、何より品物が安くなるわけね。


 「分かりました、それからサルドゥー職務卿、各産業の振興は進んでますか」


 「はい、農業生産が伸びるのは後3年近く先でしょうが、水産業、林業、鉱業、工業は既に活発になってきています」


 こっちは改革の恩恵がもろに出ている。


 これまでブリミル教では実践的な魔法の研究は異端とされており、産業を活発にするための魔法の研究は行われてこなかった。


 だけど、「風」で者を運ぶ技術や、「水」でより水産業を活発化させたり、さらにこれまでのように獲るだけではなく『知恵持つ種族の大同盟』から学んだ、育てる産業も目指している。


 先住の民は自然と共存しながら生きるから、自然の恵みを自然の流れに沿いながら最大限に享受する理を知っている。


 それを学ぶことで、永続的に循環する水産業や林業を進めるのが今後の大きな目標になっている。


 特に水中人には水産業、ケンタウロス、翼人、獣人(ライカン)、ホビットには林業の面で協力してもらっている。


 そして鉱業には洞窟作りが得意なコボルト、土小人が講師になっており、より効率的な採掘の仕方や、廃坑に精霊の力を宿らせることで、数百年後「土石」や各種金属を採掘できるようにする技術を学んでいる。


 何とも気の長い方法だけど、採るだけ採って後は放置するよりも余程いいわ。林業や水産業よりさらにサイクルは長いけど、ガリアの歴史だって6000年なんだからブリミル教が存在せずにもっと早くから協力してれば今頃多くの廃坑が鉱山として復活していたはずなのよ。


 そして工業にはリザードマンの「火」の技術、精霊の力を借りることで、僅かな燃料で最大の火力を得ることができるらしい。


 ハインツに言わせれば「エネルギー変換効率が100%」らしい。



 後は農業なんだけど、これは他の種族にはほとんど無い文化のようで少し遅れ気味、試行錯誤を繰り返しながら自然の流れに基づいた農業を目指している。


 こういった他種族との協力を、異端として切って捨てていたんだからブリミル教ってのは本当に無駄でしかないわ。


 自然から奪うだけの人間の魔法が神聖で、自然と共存する精霊魔法が邪悪ってのはどういう理屈なのかしら?


 ま、系統魔法も使い方次第なんだけど、どうしても精霊魔法に比べれば自然に負担をかけてしまう、自然の理を歪める技術だからしょうがないけど。



 「バンスラード外務卿、ロマリアとの国交はどうなってますか?」


 そのロマリアがガリアにとっては最大の問題。


 「かの“悪魔公”がまたやらかしてくれたので順調に最悪です。ロマリアに駐在している無能な外交官や領事の苦労は泡と消えました、これでロマリアがガリアの内政に口出しすることはないでしょう」


 笑いながら答える外務卿。


 あの馬鹿がまたやらかしたみたいね。


 ま、全部計算のうちなんでしょうけど。


 「ロマリアは問題ありませんか。ではアルビオン、トリステイン、ゲルマニアとはどうなっておりますか?」


 「そちらも問題なしです。ガリアは完全に中立を宣言したので、全ての国と対等な条件で交易をすることが可能です。ですからアルビオンに水産資源を高値で売り付けることも、トリステインに「風石」を法外な値段で売ることもやりたい放題かと」


 この男は九大卿で一番若く、一番行動力があり、一番ハインツに気性が似てる。


 だからこそハインツと協力して表、裏、それぞれの役割での外交ができるんでしょうけど。



 「そうですか、ロスタン軍務卿、アルビオンからの亡命者達の軍の状況はどうなってますか?」


 「アルフォンス少将とクロード少将が率先して手伝っているようで、戦列艦1隻を既にウェールズ王子の旗艦用に確保したとか。それに両用艦隊へのアルビオンの航空技術の導入も、問題なく進んでおります。陸軍の方は今は少々暇ですが、改革は徐々にですが確実に進んでおります」


 『影の騎士団』と軍務卿で進めている軍改革、早い話が無能な司令官を追放してまともなのを後釜に据えるってことだけど、これがなかなか難しいみたい。


 でも、3年をかけてかなりの所まで進んでいるよう。


 「分かりました。それでは、全体会議で確認することはこの程度ですね、後は各省と具体的な協議に入ります」


 この場で資料を使っての数値を突き合わせた協議をしたら何日経っても終わらない。


 だからこの場はそれぞれが進めている改革や事業の確認程度にとどめて、後日それぞれと改めて協議することになる。


 ・・・・・私が。




 皆が退出していく中、バンスラード外務卿が話しかけてくる。


 「お疲れ様です宰相殿、しかしとんでもない仕事量ですね」


 「ありがとう外務卿、だけど、貴方も相当だと思うけど」


 こいつはロマリアへの表向きの外交ではなく裏方も担当している。


 国内のブリミル教寺院への対策はマルコとヨアヒムがやってるけど、こいつはロマリア本国の探りもやっている。


 「まあそうですけど、好きでやっていることですから、根を上げてはいられませんよ」


 「それは私も同じね」


 そしてしばし沈黙。


 「ま、似たもの同士といったとこですか、お互いに頑張りましょう、“団長”」


 「そうね、“イザーク”」


 そして去っていく彼。


 彼だけは九大卿の中で毛色が違う。


 彼は暗黒街出身でマルコとヨアヒムと同じところ出身。


 そして8年前ハインツと出会い、紆余曲折を経て今や九大卿の一人になっている。


 暗黒街で名乗っていた名前が“イザーク”であり、現在の彼の名前にもなっており、本当の名前を知るのはハインツくらいだろう。


 彼のように過去にハインツと接触し、現在王政府に仕えている人物は結構いて、彼らが重要な情報源になっているのよね。


 彼らの望みもまたブリミル教世界の破壊であり、そのためにハインツと協力した古い同志でもある。


 まあ、そのうちの最古参が『影の騎士団』ということになるのだけど。




 「にしても、当分休みはなさそうね」


 あの子は夏季休暇の最中で、今はトリステインで活動してるそうだけど、こっちはそんなもの存在しない。



 「他にも改革案は色々あるし、予算待ちになってるのも多いし」


 改革が徐々に形になってきてからというもの、宰相の仕事は増える一方、しかも最終作戦が徐々に近づくにつれて北花壇騎士団団長としての仕事も多くなる。



 「自分で望んだ道だけど、たまには休暇くらいほしいものね」



 私はそんな愚痴を言いながら本部に向かうのだった。


















■■■   side:ルイズ   ■■■


 私はこの夏季休暇を通して大きく変わったと自分で思う。


 それは“虚無”に目覚めたこと以上に私にとって革新的な変化であり、そしてこれこそが私だと誇りを持って言える。


 その変化にはハインツ・ギュスター・ヴァランスという男が大きく関わっているのは間違いない。


 彼はこれまで私が会った人物の中で最も変な男で、その感想は私に限ったことではないらしい。



 彼が異常な点などいくらでもあるが、私が特に驚いたのが誰よりも魔法の才能がありながら、魔法をただの道具の一つとして扱い、無ければ無いで構わないという態度だったところだ。


 以前の私ならそんな態度をとられれば激昂していただろうが、それを知ったときの私にあったのは「なぜか」という疑問だった。


 その問いに彼は平然と答えた。


 「そりゃあ簡単だ、俺が俺である為に必要な部品の中に魔法が入っていないからだ」


 それは実に簡単で、それ故に変えようがない事実だった。


 貴族は魔法を使う、しかし魔法を使う者が全て貴族ではない。


 そんなことは平民だって知っているし、だとしたら魔法を使えるということは個人が個人であるために必要なことなのだろうか。


 たとえ魔法を使えなくても貴族たらんと心掛ければそれは貴族と呼べるのではないだろうか?


 私はそんな疑問を持った。


 私はこれまで魔法が一切使えずそれ故についた渾名は“ゼロ”、一度も魔法が成功しない私に付けられた蔑称だ。


 しかし私は虚無の担い手であり、魔法が使えないのはそれが理由だった。


 私は歓喜したが、それは私の内面や在り方に変化を与えた訳ではなく、虚無を使えるようになっても我儘で世間知らずで短気な小娘であることに変わりはなかった。


 いや、むしろそれまであった必死さを失ったことで逆に駄目になっていたように今は思う。



 だが、複数の情報を重ね合わせ、それらの矛盾点を発見することでその情報に意味を与え、そして様々な事実を掴むという作業は今までにない経験であり、魔法とは一切関係ない私にしか出来ないと言われた仕事だった。


 ハインツは言った、「お前の他人とは明確に違う点は魔法でも礼儀作法でもなく、その頭の良さにある」と。



 そうして考えると、私はなぜこんなにも魔法を使うことに拘っていたのかに疑問を持った。


 貴族だから、魔法が使えないことで皆から馬鹿にされてきたから、様々な理由が考えられるが、どれも決定的ではない気がした。


 つまり私はなぜ魔法を使えるようにと望むのか、明確な理由も分からないまま暴走していたのだ。



 そうして考え込む私にハインツは言った。


 「お前の最大の不幸はラ・ヴァリエール家に生まれたことにあるだろう」


 私はそれに反発するのではなくその真意を考えた、その時点でかつての私とは既に違っていたのだがそれには気付かなかった。


 「もしお前がそこらにいる平民を見下すためだけに魔法を使うような家に生まれていたら、お前はさっさと魔法に見切りをつけて、違う力を求めただろう」


 それはそうだ、貴族の力とは魔法だけでなく、領地経営や王宮に仕える為の知識など、魔法とは関係ない部分も多いのだ。


 だけど私は魔法を使うことにこだわった、その理由は。



 「お前の家族は立派過ぎた。父も母も、今はほとんどいない本物の貴族だ。王家の為に働き、王家から任された領地とそこに住む民を守るために全身全霊を尽くす。そして魔法を用いて民に害なす者があればそれを討つ、正に貴族の鑑といえる人達だ」


 そう、両親は私の誇りだった。とてつもなく魔法が上手で、その力で民のために尽くす英雄のような人達だった。


 だからその娘である私は、両親の期待に応えようと必死だったが、私には魔法の才能が無かった。


 だけど両親の愛情を失いたくなくて必死に魔法を使えるようになろうと努力した。


 だけど本当にそれはそうなのだろうか?


 「だからお前は両親に憧れた。両親のように魔法を使いたいと思った。子供は身近な存在に憧れるのが普通だからな、しかしお前にはその才能が無かった。例え虚無に目覚めたとしても、両親のようなメイジには絶対になれない存在だった」


 そう、それが真実。


 私がまだ子供の頃、普通の子でもまだまだ魔法を使うには早い頃、私は既に魔法を使いたいと思っていた。


 両親の愛に包まれながらも魔法を使いたいと強く願っていた。


 それはとても簡単、両親のようになりたかったから、憧れていたから、だから立派なメイジになりたかったのだ。


 しかし、なぞそれをハインツが知っているのかと訊くと。


 「同じような人を知っていてな、その人も魔法がとても上手な家族に憧れていた。その人のようになりたいと思った、その人に認められたいと思った。しかし、その願いだけは決して叶うことが無い願いだった。それでもその人は求め続けて、その果てに狂ってしまった」


 そんな私に似た悲しい人を知っているのだとハインツは言った。




 だけど、それこそが私が“ゼロ”な理由だったのだ。


 それは私が自分で考えてやりたかったことではなかった、ただ単に身近にあったからなりたいと思っただけ。


 それ自身は悪いことじゃないけど、それを私の在り方とするのならもう一度考えてみるべきだった。


 私は何をしたいのか、私はどう在りたいのか、その為に何を求めるのか。


 そんなことを考えもせず空っぽのまま走っていたから、私はいつまで経っても“ゼロ”のままだった。





 そして私はもう一度自分を見つめ直した。


 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとは何者か。


 何を求め、何を成す者なのか?




 そして私は答えを見つけた。


 私は貴族で在りたい、それは間違いない。


 では私が求める貴族の定義とは?


 それは他者を守る存在、弱きものを救う存在、そして己の道を堂々と歩む存在。


 自分に誇りを持ってその道を突き進む存在、そういう者に私はなりたいのだ。



 したいことは分かった、在りたい在り方も分かった、ではその為に私が求めるものとは。


 自分が誇りを持てるものとは?




 それは虚無ではない。


 これも私の力ではあるがこれはただ生まれもっただけのもの。それを効率よく扱うために訓練を重ねたわけでもなく、望んで得たものでもない、ただ与えられただけの力だ。


 私が私自身の力だと誇れるものはこの知識。そしてそれを扱う知恵だ。


 これだけは誰にも譲れない。私が勉強して、私の為に蓄えた私だけの力なのだ。



 ならば私はこれを誇りに突き進む。


 どこまでも真っ直ぐに堂々と、私が私を認められるように。






 そうして、私は本当の意味で覚醒した。


 私は虚無の操り人形ではなく、ルイズという個人となった。



 そして私はその証として自分の誇りとなる名を付けた。


 いつかその名を堂々と名乗り、その名を聞けば誰もが私のことを思い浮かべるような日が来るようにという願いを込めて。






 “博識”のルイズ。



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あとがき


 この話からルイズの性格が変わっていきます。原作ルイズが好きな方には申し訳ありませんがご了承ください。(既に多くのキャラの性格を変えてますが、ルイズはやはり原作の主役なので)

 それと、今後は今までと同じ更新速度が維持できなくなりそうです。更新が止まるかもしれません。それでも完結はさせたいと思っていますので、この稚作の完結を期待している方々を裏切らないよう頑張りたいと思っています。

 

8/31 AM5:40 あとがき追加
9/2  脱字修正



[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十三話  遠征へ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:54

 時は流れケンの月(10月)。


 トリステインのアルビオンへの侵攻作戦が正式に公布された。


 そのまえから既に傭兵を募集し戦列艦の建造を行ってはいたが、防衛戦のための軍備と侵攻戦のための軍備ではその規模に大きな違いが出る。


 まあ、そうせざるを得ないように俺が追い込んだ結果なのだが。











第十三話    遠征へ












■■■   side:ハインツ   ■■■



 北花壇騎士団本部。


 俺とイザベラで例によって会議中。


 マルコ、ヨアヒムは対ロマリア工作に動いているのでアルビオン関係について知るのは俺とイザベラぐらいだったりする。


 「それで、トリステインの侵攻作戦が決定したわけね」


 「ああ、女王だけじゃなく各将軍、大臣達、そして宰相のマザリーニ枢機卿も賛同して遠征軍が派遣されることになった」


 「無理もないわね。このまま持久戦に持ち込んでもトリステインは疲弊する一方、もっとも、そこまで気付いているのは枢機卿だけかもしれないけど」


 この事実を知るには大局眼と情報がかかせない。


 アルビオン艦隊がしばしば現れ軍需物資集積場を襲撃しているのは宮廷で皆知っているだろうが、それによって地方の農民がどれほど動揺するか、国庫への負担はどうか、貿易の状況はどうか、そういった様々なことから総合的に判断しない限りトリステインがどれだけ危機的状況かは理解出来ない。


 「だな、将軍達は自分の出世目当て、大臣や貴族はこのまま戦争が続くと自分達の財産がどんどん王国に取られるから、そんなとこが動機だろうな」


 トリステインにはまともな人物が非常に少ない。伝統に頼るしか能がなく、役に立たないくせにプライドばかりが高い害虫が大量に繁殖している、それを使わねばならないマザリーニ枢機卿はさぞ大変だろう。


 ガリアも数年前まではそんなんだったが、“害虫駆除”は完了しているので現在は問題ない。


 「とはいえ、そんな無能な連中がトリステインを見限ってアルビオンに寝返ることもできない。何せアルビオンにはあのゲイルノート・ガスパールがいる、貴族だろうが無能だったら容赦なく切り殺されるのが落ちだもの」


 以前“女王誘拐劇”の際に手引した高等法院長のリッシュモンという貴族がいた。


 どうやら内通がばれて粛清されたそうだが、仮にアルビオンに亡命していてもゲイルノート・ガスパールに殺されるのが落ちだっただろう。


 「トリステインに自分は有能だ、寝返っても重用されるという自信を持っている奴はほとんどいない」


 アルビオンの大貴族で『レコン・キスタ』に寝返った者の中でかなりの数が殺されている。逆に身分が低い貴族でも、有能な者は重用される。平民だろうが官吏や軍士官になれる。結果、若くて優秀な奴らが集まる。


 「かといって、ただ待っていてもゲイルノート・ガスパールに侵略されて皆殺しにされる。トリステイン貴族にとっては八方塞がりね」


 貴族にとっては国よりも自分第一、だからこの遠征に賛成せざるを得ない。


 「本当に国民のことを第一に考えるなら降伏するのが一番なんだけどな、そうすれば国民は安全だ。もっとも、引き換えに貴族は特権を全て失うことになるが」


 アルビオンは降伏したものには寛大だ、だが、貴族はその特権を全て剥奪され、後は自分の力で生きていくことになる。


 現在のアルビオンは共和制をとっているのでこの方策は国の在り方と一致する。


 無能な王家を打倒し、有能な貴族の合議によって国を治めるというのが『レコン・キスタ』の大儀だった。


 聖地奪還はともかくとして、有能であれば貴族になれて、無能なら殺されるという方式はこの大義と矛盾しない。


 ハルケギニアの王国にとってはこれほど嫌な国は無いだろう。



 「トリステイン貴族がそんな選択をするわけがないわね。真っ当な貴族でも誇りが邪魔してその選択は無理でしょうし、先祖代々受け継いだ領地を自分の代で他国に売るような真似、出来るわけがないわ」


 「俺ならやるけどな」


 「あんたは別よ」


 ヴァランス領を売り払った前科持ちの俺である。


 「ま、その辺を考えた上で侵攻せざるを得ないように仕組んだんだから、そうなってもらわなきゃ困るんだがな」


 「『影の騎士団』の戦略は見事ね」


 あいつらは戦争の天才だ、こういうことをやらせたら右に出るものはいない。


 「そして、主演達にとっては最大の試練になるな」


 「士官不足で貴族学生を士官として登用することにしたんだったわね。そうなると助演達も一緒に舞台に上がることになるわね」


 「もっとも、女生徒は対象外だからシャルロット、キュルケ、モンモランシーは別、しかし女王直属の女官であるルイズは“虚無の担い手”として戦争の切り札として投入されるだろう」


 “虚無”を得た王家がどう利用しようとするかなど考えるまでもない。


 「さて、それに彼女は従うかしら?」


 ここは大きなポイントだ。


 「かつてのルイズだったらただ従うだけだったろうな。だが今は違う、自分で考えた上で決めるだろう」


 それは才人も同じ、あいつらは本当に成長した。


 「自分で考えた上で、戦争に行くのね」


 「ああ、卓越した頭脳を持つルイズだからこそゲイルノート・ガスパールの戦略を読める。そしてこの遠征が失敗すればもうトリステインに後が無い、ということも理解できるだろうからな」


 「そして、その使い魔も参戦することになるのね」


 これが大きな転換点になる、乗り越えられればもう条件は大体整う。


 「多分、今回の戦争ではロマリアから義勇兵という形で何人かの聖堂騎士が派遣されるだろう。目的は考えるまでもないが」


 「あの国は信仰にすがるしか能がないからね、“虚無”に関係しないことなら一切動かないでしょう」


 それが事実、故にロマリアの行動は非常に読みやすい。


 狂信者にとっては様々な計画を練っているつもりなのだろうが、根底の目的が分かりやす過ぎるのでそこから逆に辿れば何をやってくるか簡単に察知できる。


 「つまり、“物語”が一気に動くことになるな、トリステインの担い手がアルビオンに行く以上、テファと接触する可能性も高いし、そこは崩すべきじゃないだろう」


 「だけど、ロマリアの狂信者が彼女に接近したら?」


 「皆殺しだな」


 そこは容赦しない。


 「相変わらず物騒ね」


 「狂信者は嫌いでな」


 好きな奴がいるのかどうかは疑問だが。


 「まあそれはともかく、アルビオン侵攻が始まるとすれば、ガリアも動くことになるわね」


 「ああ、王子様もそろそろ目覚める、リハビリが済めば艦隊指揮にも入れるだろうしパリーさんを代表とするアルビオン組も頑張ってるし、そっちの準備はアルフォンスとクロードが進めてるから問題ない、それに陸軍の出動準備も徐々に進行中」


 イザベラの仕事がまた増えることになるが。


 「トリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア、ガリア、それぞれの思惑がぶつかることになる。歴史の大きな分岐点が訪れるわね」


 「ああ、だからマチルダにも少々動いてもらうし、ロマリアの縁者にもそろそろ接触することになるな」


 「ジャン・コルベールだったかしら」


 「ああ、その人は技術開発局にぜひとも招きたい人材でな、何としてもゲットする」


 才人の話では彼は天才的なエンジニアだそうだ、よくぞこの魔法の世界からそのような人間が生まれたものである。


 彼もまた時代の寵児の一人なのだろう、歴史の変わり目にはそういった異分子が大量に現れる。


 これまでのブリミル教世界では異端とされて排除される人間があちこちで生まれているのだ。


 「しかし、クロムウェルといいコルベールといい、見事におっさんばかりね」


 「若いのはもうあらかた引き抜いたからなあ」


 年取ったおっさんの中にもまだまだ有能なのはいそうだ。



 「ま、国内は私に任せてあんたは国外に集中しなさい。特に『レコン・キスタ』の機構を壊さずにウェールズ王子に引き継がせるのは結構難しいでしょ」


 「武力を利用できるのが救いだな。政変じゃなくて完全な侵略だから、一気に、そして強引に進められる」


 一気に進めた方がいい場合もある。


 「そう、じゃあ、最終作戦の前哨戦の準備を始めましょうか」


 「だな、前哨戦だがここを落とす訳にはいかん、万全で臨めるように努力しよう」




 俺は本部を後にする、やるべきことはたくさんある。










■■■   side:マチルダ   ■■■



 「そんなわけで、トリステインがアルビオンに侵攻することになったわけです」


 ハインツがそう締めくくる。


 私達は現在北花壇騎士団トリスタニア支部にいる、ハインツが今後の展開について話したいことがあるからと言って私をここに呼びつけた。


 「ふうん、そりゃあ御苦労さまってとこだけど、あんたはどうすんだい?」


 「当然、アルビオン軍総司令官として全力で迎撃します、もっとも、作戦を考えるのは俺じゃないんですけど」


 あのゲイルノート・ガスパールはこいつと友人達で作り上げた軍人の理想像の一つらしい。


 確かに、客観的に噂だけを聞く限りじゃあまさに『軍神』って渾名がぴったりに思えるわ。



 「それでそのままトリステインを滅ぼすってわけかい?」


 「いえいえ、そこからが大逆転劇の始まりでして」


 そうしてその先の展開を語るハインツ。




 聞き終えて。


 「えげつないことこの上ないね」


 それが私の感想だった。


 早い話がトリステイン、ゲルマニア、アルビオンのそれぞれの軍にかなりの打撃を与えた上でおいしいところは全部ガリアが持っていく。


 『レコン・キスタ』を作る時にそういう話はしていたけど、それは交易上の関係だと思ってたわ。


 「悪魔が考えた脚本ですから、アルビオンは一時的にガリアの傀儡国家になりますね。ですが、最終作戦が終わるまでの間ですから」


 要は例の最終作戦のときに余計な口を挟ませないための処置ってわけね。


 「ま、今となっちゃあ私達にはそんなに関係ないことだけどね」


 私は今もトリステイン魔法学院で学院長の秘書として働いているが、今までのロングビルではなく、本名のマチルダと名乗っている。


 ハインツが手に入れてくれたジェームズ王の王印入りの公式文書のおかげで、私とテファはアルビオン王家から追われることはなくなった。


 もっとも、『レコン・キスタ』が台頭している間はそんな心配そのものが必要ないのだけど。



 「まあそうですね、後はブリミル教さえなくなればテファも自由になれるんですけど、それはもう少し先ですね」


 「ほんとにあんたにゃ感謝してるよ。あの子が他人の視線を気にすることなく外を歩く日が来ることを、私はずっと願ってたからね」


 だけど、別の意味で男性の視線を集めることは避けられまい。


 あの子の胸は戦略兵器といっても過言じゃないからね。


 「確かに、テファには光が似合いますから、闇を払うのは俺達でやりましょう」


 その戦略兵器が一切通用しない異常者がここに一人。


 「で、私は何をすればいいんだい?」


 「今はまだいいんですけど、侵攻が始まったら、ウェストウッド村に行ってください。普段は盗賊とかは全部アルビオン軍が抑えてますが、侵攻が始まればサウスゴータ地方は戦場になります。ですから脱走兵とかが流れるかもしれないので、あの子達の護衛をお願いします」


 本当にこいつはそういうことに気を配る。


 「ありがとうよ、あの子の達のことを気にかけてくれて」


 「いえいえ、それに狂信者共が徘徊する可能性もあるのでその辺も注意してください。そして、運命の歯車が合えば才人やルイズとテファは出会うと思います」


 ほう、あの子と会うのね。


 「あの坊とや嬢ちゃんはテファの友達になってくれるかしら?」


 あの子には同年代の友達がいない、是非とも友達になってやってほしいものね。


 「才人は元々エルフのことなんて気にしませんし、今のルイズならそんなことは気にも留めないでしょう。ですから心配ありませんよ、それにいずれトリステイン魔法学院に編入することになりそうですし」


 「へえ、あの子がかい」


 それはとてもうれしいことだね。


 「まだ先のことなので脚本の変更があることも考えられますが、必要な要素の一つでもあるので大方間違いないかと」


 「なるほど、だからあんたは学院の経営者をやってるわけね」


 正確には金を出してるだけで経営者ってわけじゃないけど経営陣は全てこいつの息がかかっているし、学院長の秘書は私だ。


 「ま、他にも色々理由はありますけどそれが占める割合は結構大きいですね」


 ハインツはそう答える。


 「ま、了解したよ、私はあの子たちを守れば良い、実に単純で簡単なことだね」


 あの子たちを守るということにかけては私は誰にも負けるつもりは無い。



 「お願いします、そうしていただければ俺は『レコン・キスタ』の方に専念出来るので」



 「任しときな」


 そして私は学院への帰途に就いた。












■■■   side:ハインツ   ■■■




 マチルダと話した次の日、俺は今度はコルベール教員と話している。


 今現在彼は才人のゼロ戦をいじっているようで、俺は学院の出資者の一人としてここに用事で来て、それを見かけて興味を持った、という設定になっている。


 雑談やエンジンの話など、様々な話をした結果確信したことがある。



 この人は天才だ。



 魔法世界のここで自力でエンジンの原型を作り出すなど並のことではない。


 そしてこれは非常に大きな意味を持つ。


 俺はこれまで“場違いな工芸品”を見かけたら可能な限り破壊してきた。


 数百年前のものは特に問題ないし、俺の“呪怨”なども変わった剣として扱われるので問題は無い。


 しかし、ロケットランチャーやマシンガンや対戦車ライフルまでもがこの世界に流れており、そういったものはこの世界の理にそぐわない異形の知識の塊なので悉く破壊した。


 “演劇”用の小道具として“破壊の杖”、“ゼロ戦”、そしてロマリアの地下墓地(カタコンベ)にあるものは残しておいたが。



 しかし、彼が作るものは違う。


 これはハルケギニア人が自分の知恵で作り出したハルケギニアの技術だ。


 故に再現できない部分は魔法で作られており、彼がこれから目指している“水蒸気機関”も魔法が根幹に使われている。


 魔法を一般的なものとし、誰にでも扱える技術として確立する。


 現在のガリアが目指すものに最も近いのがこの人だ、故に何としても勧誘したい。



 「いやいや凄いものです、これほどのものをよく一人で設計なさいましたね」


 「ありがとうハインツ君、そう言ってくれるのは才人君以外では君くらいかな。いや、ミス・タバサとミス・ツェルプストーもそれなりに興味を持っていたか」


 あの二人は俺から結構異世界の話を聞いてるからな。


 「この技術がもっと一般的になれば、物を運んだりするのにとても役に立ちそうです。それに燃料を作ったり整備したりするにはメイジの手が必要ですが、運用するなら平民でも出来そうですね」


 整備や燃料の確保にはメイジが不可欠、これは“魔銃”にも言えることだ。


 そのようにメイジが特権階級ではなく、技術者として社会を支える社会構造が俺達が目指すのものだ


 「うむ、そうなってくれるとうれしいな。火が司るものが破壊ばかりでは寂しい、火の力を戦争ばかりではなくこういった動力や様々ことに利用していきたいものだ」


 「ですが、この研究はブリミル教によって異端とされるでしょうね。神の御業たる魔法をそんなことに用いるなど、神への冒涜にほかならぬ、とか言われるでしょう」


 この人の過去は知っている、かつて魔法研究所実験小隊の隊長を務めたが、ある任務を最後に軍を抜けている。


 その任務こそがダングルテールの虐殺事件、ロマリアの新教徒狩りに彼らは利用され、疫病が流行し手が付けられなくなっているという理由で彼らは罪の無い人々を焼き殺すことになった。


 それ以来彼は「火」の力を何とか平和利用出来ないかと研究を重ねてきた。


 これは彼にとっての贖罪の在り方でもあるのだろう。


 「ブリミル教か、なぜ彼らは自分達と異なるものを排除することしか考えないのだろうな。そのようなことを続けても、延々と憎しみが積み重なるだけだろうに」


 それはかつての自分に向けての言葉なのかもしれない。


 「その結果がこの6000年間でしょう。異端審問は絶えることなく先住種族は悪魔とされる、人々の生活を良くするための研究は異端とされ、始祖を神聖化し魔法を扱う貴族を絶対のものとするだけ、つまりは貴族の特権を守るためだけに存在する宗教に過ぎないわけですから」


 その象徴があのロマリアだ。


 国力が無かったあの国は自分達を絶対のものとする為に神を自分達の為だけに利用した。


 それにハルケギニアの三国を始めとする、各地の小国も含めた貴族が平民を支配するためにのった結果が今のこの世界だ。


 そしてそれをぶっ壊すために俺達は動いている。


 「しかし、そんなことの為に罪のない人々を虐げて良い等という道理は無い。そんなものが罷り通る世界こそがおかしいのではないだろうか」


 やはり、この人も時代の寵児だ。


 その考えを自分で持つに至ったことこそが何よりの証拠。


 「コルベール先生、俺がガリアの貴族であることは話しましたよね?」


 “悪魔公”はガリアの貴族の中では有名だが平民にはほとんど知られていない、ましてこのトリステインで知っている人などマザリーニ枢機卿くらいだろう。


 学院長であるオールド・オスマンならある程度の情報を得ているだろうが、俺が何者であるかを正確に知ることは不可能。北花壇騎士団の防諜機構はそんなに甘いものではない。


 ルイズやギーシュやモンモランシーにとって俺は“タバサの従兄妹”というイメージが先行するので、その先を余り深くは考えない、友人の身内の素性を気にするというのもおかしな話だからだ。


 ハインツ = タバサの従兄妹 というのが俺を表す記号となっているのが大きい。


 それに俺が何気ない感じで北花壇騎士団の機密を話しまくっていることもある。


 もったいぶらずに普段の会話の中で普通に話しているとそれが重要なことだとは思えない。


 唯一、ルイズだけが例外。しかし、現段階ではまだだろう


 要は俺ヨアヒムやマルコと話す感覚で会話していれば逆に相手がそれに気付くことはなくなるのだ。




 「ああ、ミス・タバサの従兄妹なのだったね、彼女がガリア出身だとは知らなかったが」



 「ここからは内密な話になるんですけど、是非お話ししたいことがあって」


 そして俺は本題に入る。














■■■   side:コルベール   ■■■



 ハインツ君の話しはとてつもないものだったが、私にとっては理想とも言えるものだった。


 魔法を一般のものとするための研究を行っている技術開発局。


 そしてそのための講師として“知恵持つ種族の大同盟”から様々な種族の人達が協力してくれているらしい。


 私が考えてきた「火」の平和な利用法も、リザードマンの人々にとってはありふれた技術として確立されており、他にも翼人、水中人、土小人、コボルトなどから森や海や山との共存方法を学んでいるそうだ。


 これまでのように自然から奪うのではなく、自然と共存しながら、その恵みを最大限に受けれるように研究を進めているらしく、先住種族が使う精霊魔法の効率を100とすると、人間の魔法は10以下らしい。


 それを先住種族に対抗出来るほど強力にするために自然に大きな負担をかけているのだとか。


 例えば“錬金”。あれは意思の力で物質を根本から変えるものだが、精霊の力を借りる場合は自然の流れを利用して組み替えるだけで済むそうだ。


 例えるなら精霊魔法は川の流れに沿って泳ぐこと、人間の魔法は滝を素手で這い上がることだとか。


 それを意思の力だけで成し遂げる人間の力は凄まじいそうだが、無駄なことこの上ない。



 「そうか、ガリアではそのような研究が行われているのか」


 「ロマリアの介入を防ぐために、あの手この手を使ってますが」


 ハインツ君は笑いながら答える。


 「しかし、それは国家機密も同然だろう、なぜ私に?」


 「簡単です、貴方を技術開発局に招きたいからです」


 それは私にとっては願ってもないことだ、しかし。


 「だが私はここの教師だ、そう簡単に辞めるわけにはいかないが」


 今ここを離れるわけにはいかない。


 「アルビオンへの侵攻が決定しましたからね。もしかしたら貴族の子弟を人質にするためにここに兵が送られるかもしれない」


 それはオールド・オスマンからも話されたことだ。


 王政府から教師を士官として徴用するように指示が来たが、万一に備え私は残るべきであると。


 「その可能性に気付いていたのかい」


 「まあ、これでも陰謀渦巻くガリアの宮廷を生き抜いている身なので」


 この若さで彼は一体どのような経験をしてきたのだろうか。


 「だが、それ以前に私は生徒を戦場に連れていくこと自体に反対なのだ。祖国が存亡の危機にあるというのは重々承知なのだが」


 だからといって子供を戦場に送り込んでいいはずが無いと思う。


 「確かにそうです。例えどんな状況であれ、教師のような知識人や、生徒を戦争に駆り出していいということはありません。それは貴族の怠慢の結果を、国民に押し付けているに過ぎません。本当ならば、こうならないように貴族があらゆる手を尽くすべき、それもせずに守るべき者達を戦場に送り込むなど、恥知らずもいいところです」


 彼は吐き捨てるように言う。


 「君もそう思うのか」


 「ええ、じゃなければ貴族が存在する意味がありません。普段は平民から搾取しておきながら肝心の時に役立たずでは論外です。駆り出される者も貴族には違いありませんが、未来を担う子供と、それを教え導く教師は、絶対に戦場に駆り出すべきではない人々でしょう」



 それは私にとってとても心強い言葉だった。


 「そうか、うむ、そうだな。私には国家というものを止める力はないが、いつか国家を担うだろう若者を守るのが教師たる私の役目だ」


 私はそう確信できた。


 「ええ、ですから、この戦争が終わって一段落したらまたいつか勧誘に来ます。その時までどうか無事でいて下さいね」


 「ああ、この命に代えても生徒を守る。と言いたいところだが、その程度では私の罪は贖えない、もっと生きて人々のために尽くさねば」


 それが私の贖罪だ。


 「贖罪、ですか?」


 「ああ、私はかつて罪を犯した。どうやっても償いきれないような罪だ。それを償うための道を必死に探してきたが、そんなものは存在しないということに気がついた。私の罪は決して赦されん、だから私は償い続けるしかない、どんなに辛い道でも逃げずに最後まで」


 そうでなければ私が殺した者たちにあわせる顔がない。


 「貴方の中で答えが出ているなら、それでよいと思いますよ。俺の話では参考にならないと思いますし」


 「君の話?」


 それはつまり。


 「ええ、俺が殺してきた命は既に千を軽く越えます、間接的なものを含めれば万を越えるでしょう。ですが、俺には贖罪という概念がないんです」


 「それは・・・」


 一体どういう。


 「俺は人間を殺して後悔したことが無いんです。どんなときでも殺す覚悟を持って殺してましたので、それはただの結果でしかなく、それを振り返るということもありませんから」


 「・・・」


 私は何も答えられない。


 「殺人に限らず“禁忌感”というものが無いのは生まれつきだったようで、俺の知人によれば俺は“輝く闇”だそうです。言いえて妙だと思います」


 彼は笑顔で言う。


 そう、自嘲でもなく自棄でもなく、まるで面白い演劇でも見たかのように。


 「ま、こっちの話ですので気にしないでください、貴方には貴方の贖罪の道があるのでしょう。俺は俺の道を歩むだけですので」


 そして彼は立ち上がる。


 「実に有意義な時間でした、またいつかゆっくりとお話しましょう」


 彼はそう言って去っていった。









 残された私は一人考える。


 彼は人を殺して後悔したことが無いと言った、それは殺す覚悟があったからだと。


 では私はどうだったか。


 もし本当に疫病が流行っていたとすれば、私は後悔しなかったのか?


 どちらにせよ罪の無い人々を殺したという事実は変わらない。


 そこに他の多くの人々のためという免罪符があるか、ただ権力者に利用された道化だったかという違いしかない。罪のない人々を一方的に殺すという事実は変わらない。


 確かにあの時の私には殺す覚悟があったのだ、しかしその覚悟は明らかになった事実によって崩された。



 要は免罪符に縋らねば脆く崩れる程度の覚悟でしかなかったということ、全ては私の未熟さ、私の心の弱さが原因だ。


 しかし彼は違う、彼は免罪符を求めない、全てを自分で背負うことにしている。


 故に逃げない、故に間違えない。


 自分の信念を強く持っている故に決して揺らぐことがない。それが善であれ、悪であれ。


 「“輝く闇”か、矛盾しているが彼を見ると矛盾しないように感じる」


 彼は一体何者なのかは分からない。


 しかし、彼が私のように道を踏み外すことは決してないことは分かる。


 なぜなら彼にとって道とは自分だけで作るものなのだから。








 私はそんなことを考えながら、ゼロ戦を整備するために中庭へ向かった。












■■■   side:カステルモール   ■■■



 私はガリア王国東薔薇花壇騎士団団長バッソ・カステルモール。


 つい最近団長に任命されたばかりである。


 私はかつてオルレアン公に仕えていた。


 身分の低い一介の騎士に過ぎなかった私を「見込みがある」の一言で重用してくださった大恩ある方だ。


 しかし、オルレアン公は暗殺され謀反の罪でオルレアン家は断絶、オルレアン公夫人は毒によって心を狂わされ、息女であられるシャルロット様は北花壇騎士として働かされている。


 そのような王政府の横暴にはとても我慢がならず、東薔薇花壇騎士団はオルレアン公にいまなお忠誠を誓い、いつの日か簒奪者から玉座を取り戻す日を目標に機会を窺っていた。



 しかし、最近はそれが本当に正しいことなのか迷っている。



 今のガリア王政府は一見秩序もなくバラバラに動いているようにも見え、多くの貴族が反感を持っているのも確かだ。


 しかし、民の意見はどうか?


 どの民に聞いても「今の王様になってから暮らしが楽になった」、「治安も良くなったし、税金も安くなった」といった言葉しか返ってこない。


 オルレアン公は常に「民を損ねてはならない」とおっしゃっておられた。


 ならば今我々が決起してシャルロット様を王位に就けたとして、それが本当にガリアの民のためになるだろうか?


 無用な混乱を招くだけではないだろうか?


 そしてそうなった場合、それはオルレアン公の願いとは完全に逆の結果になるのではないか?


 そういった疑問がここ半年ほど頭から離れない。



 それでも現王ジョゼフが我が主君であるオルレアン公を殺したのは間違いなく、そしてその御家族が今も苦しめられているならば何としてもお助けせねばと思う。



 しかしそれもある人物と知り合うことで杞憂となる。



 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。



 シャルロット様の従兄妹にあたる方であり、近衛騎士団長を務める、つまり私の上官にあたる。


 宮廷監督官やヴァランス領総督も兼ねているようで、宮廷では“悪魔公”と呼ばれ恐れられ、無能王を裏で操るガリアの影の支配者などという噂もある。


 しかし、私から見ればそんな噂はとても信じられるものではない。あの方はオルレアン家の為に尽力され、オルレアン公夫人の症状を緩和するためにあらゆる手を尽くしている。


 それにシャルロット様も今はトリステイン魔法学院に留学され、北花壇騎士団副団長はハインツ殿であるため彼の庇護の下で安全に過ごしておられるそうだ。


 以前一度シャルロット様に会う機会があったが、その時もハインツ殿のことを語る時はとても楽しそうであられた。


 そんなハインツ殿が宮廷で進める改革も、一見伝統を壊すもののように見えるが、不満をもつのはそれについていけない者達だけで、有能な者は既に新しい方式に順応している。


 結果、非常に活気ある宮廷となりつつあり、その影響か、花壇騎士団も若くて力がある者達が次々に登用されている。


 私がたかが22歳で団長となれたのもそういった新たな風の後押しによるものだ。


 つまり私達が決起するということはハインツ殿と戦うことも意味する。


 それは本当に正しいことなのか私には分からずこうして悩んでいる。



 そうしてヴェルサルテイル宮殿内を歩いていると見知った顔が二人現れた。



 西百合花壇騎士団団長のディルク・アヒレス殿。


 南薔薇花壇騎士団団長のヴァルター・ゲルリッツ殿。


 アヒレス殿は27歳、ゲルリッツ殿は33歳、私ほどではないが二人とも若い。


 これもまた改革の成果といえるのだろう。


 「おう、カステルモールじゃねえか、こんなところで会うとは珍しいな」


 「それは俺達が言えることではないと思うがな、俺達二人がいる時点で既に珍しいことだ」


 二人とも実に気さくな方である。私が団長に就任する前から何かと相談に乗ってくれていた方たちだ。


 「お久しぶりです、アヒレス殿、ゲルリッツ殿」


 私は二人に礼をする。



 「なんだなんだ堅苦しいな。今はもうお前も団長なんだから、そんな馬鹿丁寧に挨拶することないだろ」


 「お前とは違うんだ、これはカステルモールのいいとこの一つだろう」


 「ははは」


 私は苦笑いで返す。


 「ん、どうした、何か悩みでもあるのか?」


 鋭い、この方は普段から豪快な方だが部下に対する気遣いを忘れる方ではない、故に部下達からは非常に慕われている。


 「まあ、悩みといえば悩みなのですが」


 とはいえ私が考えていたことをそのまま口にするわけにもいかない。


 しかし、恩のあるこの方たちに隠し事をするのも後ろめたい。


 私は微妙に話を変えて訊いてみることにした。


 ・・・こうして違う誰かの意見を聴きたいと思うこと自体が、私の心が定まっていない何よりの証拠なのだろう。



 「アヒレス殿、ゲルリッツ殿。もし現在の王政府に不満を持つ旧オルレアン公派の貴族達が、シャルロット姫を正統な王とするため謀叛を起こした場合いかがなさいますか? 私には彼らと戦う自信がないのです」


 彼らはどう答えるだろうか。


 「決まってるだろ。反乱軍をぶっ潰す、民を守る。それだけだ」


 「それだけ、ですか?」


 また随分簡単な答えだ。


 「そうだ、俺達騎士は何のために存在する? 民を守るためだろう、その民を危険にさらす奴は全員ぶった切る、相手にどんな大義があろうと知ったことか」


 「ゲルリッツ殿は?」


 「アヒレスと同じだな、どんな戦争だろうが勝てば正義、負ければ悪だ。ならば俺達は民の為に戦いそして勝つ、それだけだ」


 二人とも何と単純な、しかしそれ故に揺らぐことが無い。


 「騎士は民のために存在する」


 それは最も基本的なことだ。


 「民を損ねてはならない」というオルレアン公の言葉はそういう意味なのだろう。




 「あれ、騎士団長御三方揃い踏みとは珍しい」


 と、そこにハインツ殿が現れた。



 「おう、ハインツじゃねえか、聞いたぜ、お前またやらかしたそうじゃねえか!」


 「確かロマリアから新たに派遣された枢機卿を蹴り飛ばしたとか」


 それは、何とも凄まじいことを。


 「だってあいつものすげえむかついたんですよ。神神って五月蠅いったらありゃしない。神がなんだというんですかね、ここはガリアなんだからガリアの仕来たりに従えっての。あと正確には蹴り飛ばしたんじゃなくて蹴り落としたんです、階段から。生きてましたけど」


 どう考えても異端審問は免れない台詞だ、もっとも、枢機卿を蹴り飛ばした時点で前代未聞だろうが。いや、蹴り落としたのか。


 「はっはっは! 確かに! ロマリアの糞坊主共は偉そうだからなあ、よくやったハインツ、お前はガリアの希望だ」


 「確かに、一度そのくらいやってやるくらいで丁度いいかもしれんな」


 国際問題になると思うのですが。


 「で、ハインツ、今日も一戦やってくか?」


 「望むところです、今日こそ勝ちますよ」


 「は、十三戦十三敗のくせによく言うぜ」


 そして二人は中庭に行く。


 「ゲルリッツ殿、前々から思っていたのですが、なぜ土のスクウェアであるアヒレス殿と、水のスクウェアであるハインツ殿が互いに一切魔法を使わず、剣のみで戦うのでしょうか?」


 それだけでも並の騎士団員より強い程だが、彼らの本領は魔法との組み合わせにあると思うのだが。


 「簡単だ、あの二人が魔法を使って戦うと宮殿が破壊される。何しろアヒレスは巨大ゴーレムで攻撃しつつ自身も同時に切り込むというとんでもない真似をするからな」


 なるほど、それは納得できる。


 「しかし、あの勝利条件はいかがなものでしょうか、訓練はおろか決闘ですらなく、殺し合いと呼ぶのが妥当な気がするのですが」


 通常の決闘では先に一撃を与えた方、か、相手の杖を落とした方、というのが定番なのだが。


 「先に相手を戦闘不能にした方が勝ち、か。あの二人がそのルールで戦った場合、殺し合いにしかならんからな」


 「確か前回の結果は、ハインツ殿の剣がアヒレス殿の左腕を切り落とし、アヒレス殿の剣がハインツ殿の肺を貫いたんでしたよね」


 普通は即死だ。ハインツ殿が。


 「ああ、その状態で自分の傷口を一度焼いて塞ぎ、その上から『治癒』をかけて治していたからな。あれは圧巻だったぞ。『ものすごい痛いんですけど』と泣き言を言いながらだったが、たいしたものだ。」


 一体ハインツ殿はどういう精神力をしているのだろう。


 「そして針と糸でアヒレスの腕を縫合した後『治癒』をかけて完全に繋いでいた、流石はガリア一の名医と呼ばれるだけのことはある」


 そう、ハインツ殿は医療分野において第一人者でもある。


 「しかし、ああして楽しそうに戦っている姿を見るととても“悪魔公”とは思えませんが」


 「確かにな、あれでは無邪気にはしゃぐガキ二人といったところだ」


 見ると近衛兵が集まってきて賭けを始めている。


 どちらが勝つかではなく、どっちの腕が飛ぶか、腹を刺されるか、胸を貫かれるか、そういった賭けのようだ。


 この二人の戦いは既にヴェルサルテイル近衛兵の名物と化していた。







 「それはそうとゲルリッツ殿、此度の戦争はどうなるのでしょうか」


 「トリステイン・ゲルマニア連合軍とアルビオンの戦だな」


 ゲルリッツ殿は淡々と答える。


 「はい、我がガリアは中立を貫くようですが、アルビオンが勝利した場合次は我が国に攻め込むのではないかと」


 「そのときは返り討ちにすればいいが、多分そうはならんぞ」


 「それは一体どういうことでしょうか?」


 アルビオンの勝利があり得ないということか?


 しかし、アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパールとは『軍神』と呼ばれるほどの男だそうだが。



 「空軍にいる俺の友人たちの話によると、何かやってるそうだ」


 「何か、ですか?」


 随分と曖昧だ。


 「あいつらも適当だからな。だが、あいつらがそうならんと言ってるのだからそうなのだろう」


 ゲルリッツ殿にそこまで信頼されるとは、一体どういう方々なのだろう。


 「その方々とは」


 「ああ、アルフォンス・ドウコウとクロード・ストロース。どっちもお前以上に若いが実力は凄いぞ」


 「そのような方たちがいるのですか」









 この当時の私にはその程度の認識でしかなかった。


 しかし、後に彼らがハインツ殿と10年近い戦友であると知り、その頃から私の運命も大きく変わることになる。


 ハインツ殿と関わった人間は大なり小なり騒動に巻き込まれるのかもしれない。



 後に私はそれが間違いない事実であると確信することとなる。







追記 9/2 誤字、脱字修正



[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十四話  侵攻前
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/05 23:32
 
侵攻公布より一か月。


 トリステインの各地の駐屯地や練兵場では魔法学院の生徒達が即席の士官教育を受けている。


 しかし、そもそも戦う前から士官不足になり学徒動員をしてる時点で終わっている気がする。


 日本で言うなら真珠湾攻撃に学生を動員したようなものだ。


 ゲルマニアはまともみたいだが、混成軍であるため指揮系統が統一できるかどうか怪しいものだ。


 ぶっちゃけ、まともに戦ってもアルビオン軍が負ける要素が見当たらなかった。










第十四話    侵攻前












■■■   side:ハインツ   ■■■



 アルビオン首都ロンディニウム。


 実はここにヴェルサルテイル直通の『ゲート』があるが、使ってるのは俺とシェフィールドだけである。


 ロンディニウムの南側にハヴィランド宮殿は存在し、そこの白ホールに巨大な円卓が置かれ、神聖アルビオン共和国の閣僚や軍人が集まり会議の開始を待っている。


 残りは初代皇帝にして貴族会議議長オリヴァー・クロムウェルのみ。


 そして彼が入って来て、その後ろには秘書のシェフィールドとヒゲ子爵がいる。



 そして会議が始まった。








 「さて、本日皆に集まってもらったのは他でもない、トリステインとゲルマニアが連合軍を組織し我が国土へ攻め込もうとしておる/。それに対する方策を決定するためである」


 クロさんが切り出す、こうしてみると立派な盟主にしか見えない。


 円卓には12時に盟主オリヴァー・クロムウェル、6時に軍総司令官ゲイルノート・ガスパールが座り、1,2,3,4,5には政治家貴族のトップたちが座り、7時にヘンリー・ボーウッド提督、8時にオーウェン・カナン提督、9時にウィリアム・ホーキンス将軍、10時にニコラ・ボアロー将軍、11時にヒゲ子爵となっている。


 シェフィールドは皇帝の後ろに控えている。


 アルビオンの統治そのものはそれまでと大きく変わらず、王家が所有していた領地を各貴族に分配した形になったが、ゲイルノート・ガスパールによってかなりの量の貴族が粛清されたためその領土は共和国本領ということになり、オリヴァー・クロムウェルと議会で決定した太守や行政官が治めている。



 早い話がガリアの王領と直轄領を共和国本領としただけで、ガリアでは宰相イザベラと九大卿で決まる政策が、アルビオンではクロさんと政治家貴族で決まっているだけだ。


 封建貴族が国家の運営に大きく関わる部分が違うが、それ以外はさしたる違いは無い。


今のガリアも王なしで機能しているも同然だからである。



 「軍事面における対策はガスパール総司令官に一任しておるゆえ、まずは彼の話を聞こう」


 そして俺に発言権が回ってくる。



 「まず、現状の戦力を確認しておくが、財源や軍需物資に関しての議論はこの場ではしない。そこはクロムウェル殿にお任せするゆえな」


 アルビオンの財務担当や軍務担当はクロさん直属の官僚達だ。(日本でいう首相と内閣の関係に近い)


 貴族の合議制で政策が決定するためこの場にいるのは封建貴族だが、彼らは国の中枢にはそれほど関わっていないのである。(少し違うが国会議員をイメージ)


 よってこの場で財源や補給に関する議論は担当者がいないので不可能なのだ。


 当然その官僚達は俺が選んだ若くて優秀な奴らである。


 「まず陸軍だが、ホーキンス」


 「はっ、現在我が軍は5万が出撃可能です。再編や訓練も問題なく終了し、例の奇襲作戦の繰り返しにより集団行動にも統率がとれてきています、実戦を経験していない者もいないので、命令があり次第迅速な行動が可能です」


 この段階まで持っていくためにホーキンスとボアローはかなりの努力をした、しかしその成果は十分に出ている。


 「次に空軍、ボーウッド」


 「はっ、現在45隻の戦列艦が出動可能です。大砲の弾や火薬の補給体制も問題ないので、長期戦にも対応は可能です。ここ数カ月実戦を重ねたため錬度もかなり上昇し、内戦前と同じかそれ以上の水準となっております」


 約3か月近くトリステインとゲルマニアの哨戒網を潜り抜けながら軍需物資集積所を襲撃し続けた結果、空軍の錬度もかなり上昇した。


 やはり実戦に勝る訓練はないのである。


 そして降下して襲撃を行った陸戦部隊も同様に鍛えられたわけだ。


 敵の守備隊が現れればさっさと引きあげる、ヒット・アンド・アウェイ戦法だったので損害も少なく、相手に慣れさせないようあれこれ手段を変えていった。


 「これに対して敵の戦列艦は60隻、陸軍は6万、数では我が軍に勝るが混成軍のため指揮系統の統一がなされておらず、錬度では我が軍が有利となる。つまり総合的には互角ということだ」


 ここで一呼吸、政治家貴族の理解が追いつくのを待つ。


 「具体的な防衛策だが、敵を我が国土奥深くまで攻め込ませておき糧道を伸び切らせ疲弊を待つ、そして時が来ると同時に一気に攻勢をかけて滅ぼす」


 この言葉に政治家貴族が動揺する、軍人は落ち着いたものである。


 「しかし、国土の敵を攻め込ませるのはいかがなものかと」


 貴族の一人が問うが。


 「そこは問題ない、敵が我が国土に攻め入るならば我が虚無が威力を発揮する。敵は我が軍と戦う前に壊滅状態に陥るだろう」


 そこをクロさんが補完する。


 「いいか政治家共、これは戦争だ、軍人の俺達に任せるがいい。そしてこの戦いの本懐は犠牲を最小限に抑えつつ敵を撃滅することにある。そして敗退する敵を一気に追撃し、トリステイン全土とゲルマニアの西半分を一気に制圧する」


 さらにどよめきが広がる。


 「そのための戦略は、既に軍部で決定している。お前達は俺達が前戦で戦えるように、民の安全に気を配っていればいい」


 俺は断言する。


 「ガスパール元帥の言うとおり、軍人には軍人の、政治家には政治家の役割がある。それぞれの職務を全うしようでないか。そして鉄の結束がそれらを繋いだ時こそ、我等に敵は無くなる。疑わず同朋と自分を信じることだ」


 クロさんが続く。



 そうして会議は終了した。














■■■   side:クロムウェル   ■■■


 「標的は魔法学院だ。ワルド子爵、君はメンヌヴィル君を隊長とする一部隊をそこへ送り込んでくれたまえ」


 私はワルド子爵と“白炎”のメンヌヴィルに魔法学院襲撃を命令する。


 二人は頷き、執務室を去っていく。



 「ふう、ミス・シェフィールド、これでよろしかったのですな」


 「ええ、おつかれさまですクロムウェル」


 私は台本を読み終えた。


 今回の台本は少し前に変更が加わったので少々練習不足が否めなかった。


 「しかし、急な変更とはあの方にしては珍しいですな」


 「口を慎みなさいクロムウェル、旦那様に失態などありません。今回の変更はハインツの要請によるものよ」


 恐ろしい表情でミス・シェフィールドが睨んでくる、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


 この人は怒ると見境がなくなりジョゼフ殿を“旦那様”と呼んでいることに気付かなくなるのだ。


 「も、申し訳ありません、ミス・シェフィールド! はい、その通りです。あの方に間違いなど万に一つもありません」


 そ、そうだ、この人を怒らせてしまった際のなだめ方が確か台本に追伸で書かれていたはず!


 「貴女が敬愛なさる偉大な方ですから、それこそ失態などなさるはずがありません。何せ30をとうに過ぎている貴女を寵愛なさるくらいですから」


 あれ? これは火に油を注いでいるだけなのでは?


 「ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、そう、死にたいようね、クロムウェル」


 ヤバい! 凄まじい笑顔になっている!


 ジョゼフ殿! 恨みますぞ!


 「おおお、落ち着いてくださいシェフィールド様! どうか、どうかお怒りをお鎮めくだされ!」


 私は土下座する、今この人に少しでも逆らえば間違いなく命は無い。



 「大丈夫よクロムウェル、『アンドバリの指輪』の効果は偉大だから、一切問題ないわ」


 ゆっくりと近づいて来る悪鬼が一人。


 それって、私が死ぬこと前提ですか!?


 「た、助けて!」


 「おやすみなさいクロムウェル。次に会う時は、物わかりが良い人形になっていることでしょう」



 うわああああああああああああああああ!



 「はいはーい! シェフィールドさん落ち着く落ち着く、暴走したい気持ちも分かりますがここは抑えて」



 そこに救世主降臨!



 「は、は、ハインツ君!」



 「うっす、クロさんお疲れ様。で、そっちの若奥様も落ち着いて」



 「ハインツ、この男は言ってはならないことを言ったのよ」


 まだ怒りがおさまりそうにないミス・シェフィールド。


 「とはいえ事実は事実ですし。それに陛下は御年45歳、その方に釣り合うのは、貴女のように人生経験を備えた聡明な女性くらいでしょう。ただ美しいだけの小娘では、愛玩動物にもなりません。卓越した知性が無ければ、陛下の話し相手すら務まりませんから」


 流石はハインツ君、彼女のなだめ方に関しては超一流だ。



 「言われてみればそうね。そう、あの方に接していいのは私だけよ」


 頷くミス・シェフィールド。


 「だからといって、陛下に近づく女性を手当たり次第『時空扉』に放り込むのはやめて下さいね。この前モリエールさんがサハラに飛ばされて大変だったんですから」


 「天罰よ」


 「迎えが遅かったら死んでましたよ、あの人」


 「大丈夫、どこに転送したかは記録されるようになっているから、貴方が迅速な対応をすれば死ぬことはないわ」


 なぜそこで対応するのがハインツ君なのか?


 「ま、そりゃそうですけど」


 そしてなぜハインツ君も納得するのか?




 ・・・多分諦めているんだろう。


この人達にまともな理屈は通用しないことは私もよく知っている。



 「ま、それはそうと、クロさん、ありがとうございます。これで余分なヒゲ子爵と炎馬鹿を排除できます」


 笑顔でそう言ってくるハインツ君。


 「やはり、彼らは始末するために送り込むのだね」


 大体予想してはいたのだが。


 「ええ、そろそろこの国の終わりも近いですからね、ああいう不穏分子に成りうる奴らは戦争中に消すに限ります」


 「それなら貴方が直接殺した方が効率的じゃなくて?」


 なんと恐ろしい会話だろうか。


 「それはそうなんですけど、どうせなら有効活用したいですから。主演はこのアルビオンにやってくるので助演達にもそれ相応の劇を用意した方がいいと、陛下もおっしゃいましたので」


 その有効活用が魔法学院の襲撃なのか。


 「なるほど。しかし、主演達も大変ね、『軍神』と真っ向からぶつかることになるのですから」


 「今の彼らなら戦えるところまで来ています。もっとも、勝つのは無理でしょうけど逆境を超えて成長するのも英雄の条件なれば」


 それは大変だ、彼らに比べれば私の役割など簡単なものだ。


 「子供達が戦争に参加する中、私がただ皇帝の椅子に座っているだけというのもいささか心苦しいです。何か私に出来ることはないでしょうか?」


 私は傀儡過ぎないが、それでも出来ることはあるはずだ。


 「ええ、クロさんならそう言ってくれると思って、ちゃんと用意してますよ」


 そう言ってハインツ君は大量の資料を取り出す。


 「これは?」


 「ロサイスとシティオブサウスゴータの住民に関する資料です。これからの戦争で一時避難させることになるので、これを記憶しておいて、戦争の後に付き合わせて損害状況を確認し、復興支援を効率よく行うためのサポートをする作業があります」


 「しかし、その頃私はアルビオンにいないのでは?」


 アルビオンが敗北した後のことなのだから。


 「確かにそうですが、アルビオンの行政の多くにガリアの手が入りますので、ガリア本国から彼らに指示を出すだけでも十分に効果を発揮します。“デンワ”もありますし」


 なるほど、流石はハインツ君、その辺の抜かりはないようだ。


 「じゃあ、私は私に出来ることをやろう。国防の方は私には何もできないからすまないがお任せするよ」


 仮にも盟主でありながら実に情けない。


 「いえいえ、元々俺達が始めたことですから。それに、今回の作戦は俺達『影の騎士団』が考案したものですし、その団長たる俺が実行責任者になるのは当然です」


 そう言って笑うハインツ君、彼が私に不安そうな表情見せたことは一度もないな。



 「せいぜい励むことねハインツ、くれぐれもジョゼフ様の期待に背かないようにね」


 ミス・シェフィールドは相変わらず手厳しい、彼はよくやっていると思うのだが。


 「ま、全力を尽くしますよ、手を抜くのは性に合わないんで」


 ハインツ君は再び『転身の指輪』を起動させ、ゲイルノート・ガスパールとなる。


 「それじゃあなクロムウェル、吉報を待っていろ」


 そして彼は執務室から出て行った。



 「役者としても彼の方が私より数段上ですね」


 よくあそこまで瞬時に切り替えられるものだ。


 「そうかしら? その辺にかけては貴方もなかなか負けていないわよ」


 「貴方がお褒めくださるとは珍しい」


 「事実を認めないほど私は無能ではないわ」


 「そうでありましたな」


 私はミス・シェフィールドに手伝ってもらいながら仕事を始める。




 たとえ微力であろうとも、それがアルビオンに民の為になることを願いながら。

















■■■   side:才人   ■■■



 俺とルイズは現在ルイズの実家に向かっている。


 ルイズが戦争に参加することを実家に伝えたところ「従軍はまかりならぬ」という答えが返ってきたそうだ。


 ならば直接説得しに行くまでと、シャルロットのシルフィードに乗せてもらって今向かっている。



 「いつも悪いわねタバサ」


 「気にしない」


 この二人に限らず今の俺達は仲が良い。


 俺、ルイズ、シャルロット、キュルケ、ギーシュ、モンモランシー、マリコルヌの七人だ。


 夏休みの間、ルイズを司令官としてトリステイン中で活動した結果、今では戦友みたいな関係になっている。


 その戦友であるギーシュとマリコルヌは既に王軍に志願し、士官教育を受けている。


 戦争に参加すべきかどうかは俺達全員で話し合ったが、このままじゃトリステインは滅ぶだけという結論になった。


 結果、あの二人は参加することにして、ルイズも参加することを決めた。


 「なあ、あとどれぐらいで着くんだ?」


 俺はルイズに訊いてみる。


 「多分2時間くらいね、時間がもったいないからタバサに頼んだけど、伝書フクロウよりシルフィードの方が早いから多分連絡より先に私達が着くわ」


 それって連絡する意味あるんだろうか?


 「仕方ないでしょ、急だったんだから、早く戻って情報収集に専念したいし」


 こいつは今でも時間があればトリスタニアの“魅惑の妖精”亭の地下に行って情報分析をしている。


 今はアルビオン軍の作戦の傾向や、総司令官ゲイルノート・ガスパールの戦略分析に力を注いでる。


 「あんまり無茶すんなよ、ってこれから従軍の許可をもらいに行く奴に言うのも変だな」


 「まあそうね、でも、少しぐらい無理しないと時間が無いわ、軍学ってのは難しいから後一月じゃかなり厳しいわ」


 情報収集をしながらルイズは軍学を独学で勉強してる。


 「トリステインの軍人の話じゃあてにならないしね、ここは自分で考えたほうがいいわ」


 と豪語するルイズ。


 大丈夫かと不安になるがハインツさん曰く。


 「世の中には二種類の人間がいる。実践だけで理論を覆す奴と、理論だけで実践を凌駕する奴。どっちも非常に珍しいが、ルイズは後者だ。あいつは理論者の極致だからな、あいつの理論は実践に勝る」


 らしい。


 逆に俺は実践で理論を覆すタイプだそうで、その二つが上手く合わされば強力になるそうだ。



 「ま、何にせよまずは許可をもらってからか、もし許可をもらえなかったらどうするんだ?」


 「その時は逃げるしかないわね、その方法は考えてあるから問題ないわ」


 そういう問題なのだろうか?



 俺は一抹の不安を抱えながらシャルロットから本を借りて読み始めた。


 ぶっちゃけ暇なのだ。















■■■   side:ルイズ   ■■■



 「まったく貴女は勝手なことをして! 戦争? 貴女が行ってどうするの! いいこと? しっかりとお母様とお父様にも叱ってもらいますからね!」


 実家に戻って早々エレオノール姉様に御叱りを受けた。


 ちなみに才人とタバサは別室で休んでもらってる。


 ちゃんと気を利かせて同部屋にしたので問題ない。



 「そんなこと言われても、もう決めてしまいましたから。私が意思を変えない限り、私が戦争に行く事実は変わらないもの」


 私は平然と答える。


 「あのねえ貴女、お父様とお母様にどれだけ心配かける気?それに“ゼロ”の貴女が戦争に行ってどうするの?」


 「例え“ゼロ”でもやれることはあるわ、作戦を考えるにも後方で食糧の計算をするにも魔法はいらないし、それに大事なのは己の意思です。それが無い限り、スクウェアクラスのメイジでも戦場じゃ足手まといにしかならないわ」


それが事実、魔法がどんなに使えても覚悟が無ければただのゴミ、精神が折れたものから戦場では死んでいく。


 あのトリスタニアの戦いしか私は戦場を知らないけど、それを知るには十分過ぎた。


 それに、私も何度かサイト達についていって戦争じゃないけど戦いを体験している。


 その本質は戦場と変わることはない、要は生きるために奪い合うこと。


 それが金かモノか命かの違いはあれ、根本は変わらない。


 サイトも言っていた、生きるというのはそれだけで難しいと、私もその通りだと思う。


 「貴女・・・」


 「ま、ここで話していても意味が無いし、久しぶりに会えたんですからもっと他のことを話しましょう。ねえ姉様、トリスタニアでも生活はどうですか? 研究は最近順調ですか?」


 私はたわいもない話を始める、せっかく久しぶりに家族と会えたのに戦争の話ばかりでは寂しい。


 せっかくの帰省なんだから戦争の話は最小限にして家族と楽しく過ごそうと思ってる、人生メリハリは大切だ。
















■■■   side:シャルロット   ■■■



 私は今目の前の物体を才人と一緒に眺めているが少し混乱している。



 「ねえサイト」


 「何だ」


 多分サイトも同じ気持ちなのだろう。



 「何だろうこれ」


 「俺には分かりません」


 現実逃避を試みている模様。


 メイドに通された部屋は客室で、とても結構なつくりだった。


 流石はトリステイン最大の封建貴族だけのことはあり、住まいもまさにお城そのものだった。



 ちなみにガリアではこういった城は滅多に無い。


 封建貴族が必要以上に大きく強固な住居を持つことは反乱の疑いを王政府に与えることになる。


 別に法で禁止されているわけではないが、オルレアン家、ヴァランス家、カンペール家、ウェリン家といった大公爵家も屋敷はそれほど大きくない。


 例外はベルフォール家やサルマーン家のように国境を守る家の場合、もっとも二家とも今では存在しないけど。


 このヴァリエール家もそれと性格が近い。


 トリステインとゲルマニアの国境にあり、有事の際にはゲルマニアからの侵略軍をこの城で防ぐことになる。


 故に城壁も強力で、20メイルものゴーレムを使って跳ね橋の上げ下げを行っている。




 とまあこんなことを延々と考えている私も現実逃避の真っ最中だったりする。



 しかし、いつまでも逃げていても始まらない。


 「ベッド」


 「だね」


 「立派」


 「だなあ」


 「でも一つ」


 「なんでだろ」


 なぜかベッドが一つしかないのだ。


 他に空き部屋はいくらでもあるだろうし大貴族の城で手入れがされていないということもあり得ない。


 ならばなぜこうなっているのか?



 私達はその答えが頭に浮かびながらもただ呆然としていた。














■■■   side:ルイズ   ■■■


 次の日の朝食の場で家族が久々に勢ぞろいした。


 エレオノール姉様は運良く家にいたけど、カトレア姉様はいなかったのでわざわざ来てくれた。


 エレオノール姉様はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。


 だけどちい姉さまはカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。


 ヴァリエールではなくフォンティーヌ。


 体が生まれつき弱いがために学校にも行けず嫁ぐこともできず、一歩もヴァリエールの領地から出たことのないちい姉さまのためにお父様が一番美しい土地を分けて分家とした、ゆっくりと静養できるように。


 だけど、ちい姉さまはこのままでは結婚も出産も不可能だから、たった一代限りの家になる。


 いつかそれを私の手で覆してやりたいというのも、今の私の野望である。




 「お父様、どうしても従軍の許可はいただけませんか?」


 「お前がどんなに願おうとも許可するわけにはいかん」



 お父様の意思は堅いようだった。


 「ですが、この侵攻作戦がどのようなものか分からないお父様ではないでしょう?」


 「確かにな、アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパールは恐ろしい男だ。このまま手をこまねいておれば、我がトリステインはアルビオンに蹂躙されるだろう」


 流石、私ですら分かることが分からないお父様ではない。


 「しかし、わしは既に軍務を退いた身、今更戦場に出て行ったところで将軍共と反発する可能性が高い。トリステイン軍司令官オリビエ・ド・ポワチエ、あの男は才能がないわけではないが、祖国よりも自分の出世を優先する男だ。わしやグラモン元帥などが参戦しようものなら敵と戦う前に味方を蹴落とそうとするだろう」


 彼がまだ若かったころお父様やグラモン元帥はその上官だったわけだ。


 確かに、そういうタイプの男ならかつての上官を疎ましくしか思わないだろう。


 「だから枢機卿からの諸侯軍編成の依頼をお断りになったのですね」


「うむ、あの鳥の骨とてその程度は理解しておる。しかし、貴族には建前というものがあるからな、そこを通しておかねば国が成り立たなくなる」


このトリステインは伝統に縋る国、それを崩すことはかなり危険なことだ。


そのかわりヴァリエールは莫大な軍役免除税が課せられることになるが、それがないと王軍の主力たる傭兵軍の編成がおぼつかないのが実情だろうと私は睨んでいる。


 農民からの徴兵によって編成される諸侯軍は錬度が低い。それよりは、軍役免除税によって大量の傭兵を雇ったほうが王政府にとっていいはずだ。


 そこら辺の暗黙の了解がお父様とマザリーニ枢機卿の間にはあるのだろう。


 お父様が公然と枢機卿を鳥の骨と呼ぶのはそれだけ彼を信頼していることの裏返し。


 男というのは何歳になってもそういう部分は変わらないみたい。


 姫様は・・・、気付いてるかどうか微妙なところね。


 「しかし、トリステイン最大の封建貴族たるラ・ヴァリエールから誰も参戦しないのは、あまりよくないと思いますが」


 「それでもだ、お前はまだ16歳の子供なのだ。例え公爵家の三女とはいえ、戦場に立つには早すぎる。貴族としての責務を全うしようというその姿勢は立派だが、それでは死にに行くようなものだ。戦場はそれほど甘い場所ではない」


 実戦を何度も経験したお父様の言葉には重みがある。


 お父様の半分も生きていない私の言葉でお父様が折れることはないだろう。


 それに。


 「お父様、それは私を愛してくれているからこその言葉でしょうか」


 「当然だ。貴族としてはあるまじき言葉だが、例え国が滅ぼうとも、お前達3人には生きて幸せになってほしいと願うのが親というものだ。わしとカリーヌはこの国で貴族として生きることしかできぬ故に無理な話だが」


 その言葉に心が震える。


 一瞬、ずっとここにいたい気持ちになる。


 だけど、それは許されない。


 他でもない私自身が私を許せないのだ。


 「ありがとうございますお父様。私もお父様を愛しています。もちろん、お母様やエレオノール姉様、そしてちい姉さまの方が好きですけど」


 「ルイズや、父としてそれは悲しいぞ」


 「ふふ、冗談です。だって大切な家族に順番なんてつけられませんもの」



 そうして、笑顔のままに会食は終わった。








 場の雰囲気では私が戦争に行くことはないようになっていたが、私は戦争に行かないとは一言も言っていない。


 だけど、戦争に行くが故に、私は自分が守りたいものの愛しさを確認しておきたかった。



 私はこの家族が本当に好きだ。


 世界で一番の宝物だと心の底から言える。


 だから私は戦うのだ。


 トリステインがアルビオンに滅ぼされれば王家を筆頭に有力な貴族は処刑される。


 トリステイン最大の貴族であり、傍流ながら王家の血を色濃く継承するヴァリエール家は絶対に粛清から逃れられない。


 お父様のことだから私達3人をゲルマニアやガリアに逃がすことは容易だろう。


 しかし、お父様とお母様は逃げられないし、逃げるつもりもない。


 誰かが殺されなければ追手はどこまでも追い続けるから。




 だけどそれを私は許せない。


 自分の力を最大限に使えばそんな結末を回避できたかもしれないのに、それをしなかった私自身を決して許せない。


 たかが小娘一人に出来ることは少ない、しかし私には“虚無”がある。


 ただ振り回されるだけでは全く意味が無いものだが、それでも家族の為に、あるものは何でも使う。


 あらゆるものを利用し、勝つための策を練り、勝利を引き寄せる。


 それが“博識のルイズ”たる私の戦い方だ。



 「家族を救うためには国ごと救うしかないなんて、難儀なものね」


 それに相手はゲイルノート・ガスパール。


 一筋縄ではいかない強敵だ。


 だけど逃げるわけにはいかない、大切なものを失いたくないから。




 つまるところ私は自分自身のために戦うのだが、それでいいと思う。


 家族は私に死んで欲しくないがそれは私も同じ、ならば先に行動したもん勝ちだ。



 「ただ祈れば救われるだけの御都合主義なんて、私はいらない。守りたいものがあるならば、自分で戦って勝ちとる」




 私は打ち合わせ通りにサイトとタバサが待機してる中庭に向かった。










[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十五話  闇の残滓
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 22:53
 
 時はブリミル歴6242年、年末はウィンの月の第一日。


 トリステイン・ゲルマニア連合軍によるアルビオン侵攻をあと数日後に控えた頃。


 俺は北花壇騎士団本部で副団長としての執務を行っていた。


 ロンディニウムとヴェルサルテイルは『ゲート』で繋がっているのでこういう真似が簡単にできる。


 本来ならゲイルノート・ガスパールがこの時期にガリアにいるなどあり得ないのである。








第十五話    闇の残滓








■■■   side:ハインツ   ■■■



 俺は現在イザベラが担当している軍関係の仕事を手伝っている。


 今回の侵攻の最後にはガリアが参戦し、おいしいところを全部かっさらうことになっており、戦列艦100隻、陸軍5万が動員される予定になっている。


 その準備に『影の騎士団』面子も大忙しであり、特に後方勤務本部長であるアラン・ド・ラマルティーヌ中将と、後方勤務副部長のエミール・オジエ准将の多忙さは凄いことになっている。



 しかし、ロスタン軍務卿の忙しさもなかなか劣るものではなく、完全に別格であり他の追随を許さないのが宰相兼北花壇騎士団団長のイザベラだ。


 まだ17歳の少女が一番忙しいというのもどうかと思うが能力的に考えてこうなるのだ。



 合掌。



 まあそんな彼女が哀れだったので、密かに彼女の体内に水の精霊の結晶を仕込んでおいた。


 数百年に一度くらいしかできないという貴重品であり、これを水中人に習った方法で体内に埋め込むと体の劣化を最小限に抑えることができる。


 17歳という時期に女の子が無理をするのはよくないので、それで肉体への負担を最小限にしている。


 肌荒れや生理の乱れなどはほとんどなくなり、疲労感も軽減できる。


 もっとも陛下に言わせると「まず自分に使え馬鹿」だそうだが、ここは兄として譲れない一線である。



 しかしそれでも仕事が多いので、こうして暇を見つけては手伝ってやっているのであった。




 そんなところにマルコがやってきた。



 「ハインツ様、面白い情報が入りました」


 開口一番そう言うマルコ、こいつがこういう反応をするのは珍しい。


 現在マルコはヨアヒムと組んで対ロマリアの工作にあたっている。


 さらに元同僚ともいえるイザーク・ド・バンスラード外務卿とも連携し、ロマリアとガリア内の寺院との連絡を完全に遮断している。


 こうして最終作戦への仕込みは着々と進んでいるわけなのだが。



 「ほう、お前がそう言うのは珍しいな。余程のことがあったな」


 俺は作業を止めマルコの話を真剣に聞くことにする。


 「はい、少々長くなるかもしれませんが」


 「構わない、言ってくれ」


 俺はそう促す。


 「わかりました。ロマリアの監視を続けていたところ、“右手”が少々妙な活動を開始したんです」


 「ほう、“右手”がか、確か奴はアルビオンの侵攻に義勇軍として参戦するんじゃなかったか?」


 そういう報告を受けている。


 「はい、ですが一度参戦すればしばらくアルビオンから戻ることはかないません。ですからそのまえにやっておきたいことがあったようで」


 「ふむ、狂信者共がやりそうなことは大体想像つくな」


 大方ガリアの虚無を探しにきたというところか。


 「おそらく想像なさっている通りだと思います。ガリアの虚無を探して王家の血を引く者の中で、魔法を使えない者がいないか探し回っていたようです」


 「やはりな、それで、目星はついたのか」


 陛下が進める虚無研究によって、謎だった虚無も徐々に明らかになってきている。


 もし担い手が死んだ場合、別の者が目覚めるというシステムになっているようだ。


 つまり、もしトリステインで最初に目覚めたのがルイズでなかった場合、彼女は前任者が死ぬまで“ゼロ”のままだったということだ。


 人生を一方的に弄ぶ。実にふざけたシステムであり、まさにブリミル教の象徴ともいえる。


 たった一人の担い手のために何人もの候補者がおり、その者達は王家の血を引きながら魔法を使えない。つまり欠陥品、出来そこない、と蔑まれる人生を送ることを余儀なくされる。


 「ええ、僕達が睨んでいた人物の何人かに接触はしたようです。しかし、おそらく本命は一つだと考えられます。何しろ他の候補者は血が薄く、虚無とは関係無しに魔法が使えないのかもしれませんから」


 魔法を使える遺伝子とそうでない遺伝子の配合による劣化。


王家は最高純度の魔法の遺伝子を持ち、平民との間にできた子は血を濁らす忌子とされる。


 マルコとヨアヒムもそういった“穢れた血”なのである。


 「その本命とは?」


 「セント・マルガリタ修道院にいるジョゼットという少女です。これまで我々はノーマークでしたが、なんとオルレアン公の遺児であり、シャルロット様の双子の妹だとか」



 「!?」


 それを聞いた時、俺の心に走ったものは驚愕だった。








 しばらく俺は沈黙していたが平静を取り戻し尋ねる。


 「マルコ、その情報をどうやって入手した?」


 「なぜ“右手”がその少女に関心をもつのか気になりまして、教皇の腹心の枢機卿を探ってみたんです。するとある時バリベリニ卿という、20代後半の若い助祭枢機卿と“右手”が話しているところを突き止め、その会話の内容から判明しました」


 ほう、そこまでやったか、俺の後釜は順調に育っているようだ。


 「よくそこまでやったな、まるで数年前の俺を見ているようだ。まあ、今でも同じことをやるだろうがな」


 「いえ、多分ハインツ様なら拷問したり人体実験したりと、もっと凄い手段を取ると思います」


 流石はマルコ、俺のことをよく理解している。



 「それでそのバリベリニ卿が半年の程前に、一人の産婆に赦免を与えたようです。その人物がシャルロット様とジョゼットという少女を取り上げた産婆だったそうで、彼女の口からロマリアはその事実を知ったとか」


 「なるほどな、マルコ、お前はガリア王家の紋章の交差した二つの杖の意味を知っているか?」


 それが理由だろう。


 「ええ、数千年前に王冠を巡って争い共に斃れた双子の兄弟を慰めるためのもの、それ以来ガリアの王族では双子は禁忌となった。もっとも、ジョゼフ陛下とオルレアン公のことを考えると双子かどうかなんて関係ない気がしますけど」


 「だろうな、親兄弟関係なく数千年間血みどろの争いを続けてきた、禁忌というなら王家の存在そのものが禁忌だ」


 その宿業の血がガリア王家、その血は俺にも濃く流れている。


 「それで、双子が生まれてしまったが故に、どちらかを殺すか、もしくは決して人目の触れない場所におくるかの二択を迫られ、妹のジョゼットはセント・マルガリタ修道院に送られることとなりました。公夫人にとっては苦渋の決断だったでしょうね」


 「しかしその少女が魔法を使えないと、それはおかしい。オルレアン公とマルグリット様との間に生まれた子が、魔法を使えないわけがない、現にシャルロットは強力な魔法の才能を持っている」


 そうなると答えは一つ。


 「ジョゼットという少女が虚無の担い手候補であるということですね」



 「まあ、その少女を殺せばまた別のものに移ることになるがな」


 そういうシステムだ。


 「しかし、そうなると厄介ですね。ロマリアには非常に都合が良い存在です。まずは絶対に聖戦に協力しないであろうジョゼフ陛下を聖敵として滅ぼす、そしてシャルロット様を正統な王として即位させる」


 「後はそのジョゼットという少女を引っ張ってきてすりかえれば良い、なにしろ双子の姉妹だからな、『フェイス・チェンジ』などをかけずとも問題ない。ガリアはロマリアの傀儡となり、担い手共々聖戦の道具とされるわけだ」


 実にロマリアが思い描きそうなシナリオだ。


 「まあ、それは途中で最終作戦によって崩されるわけですから問題ないと言えば問題ないですね」



 マルコはそう言うが俺の方はもう我慢の限界だった。



 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」


 俺は思いっきり笑う。


 「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! はあっ、はあっ、く、くくっくくくくくくくっくく、は、はははははははは」


 それでもなお笑う。


 「は、ハインツ様? どうかなさいましたか?」


 マルコが心配そうに訊いてくる、まあ当然の反応だ。



 「はあっ、はあっ、く、くくくく、いや、すまんなマルコ、くく、しかし、笑いを堪えるのが限界でな、くくく」


 俺は必死に呼吸を整える。


 「笑い、ですか?」



 「そうとも、ロマリアの脳天気馬鹿共はガリアの闇を全く知らん、ああ知らんとも、くくく、この俺、“闇の処刑人”、“悪魔公”がどのようにして生まれたかなど知りもしない、つくづくおめでたい連中だ」


 本当によくここまで茶番を演じられるものだ。


 しかし、それにしてもあの老人の企みがこんな形で芽吹くとは。


 ガリア6000年の闇はどこまでも深く、ブリミル教そのものを喰らい尽くそうとしている。



 「“悪魔公”が生まれた理由、ですか」


 「ついでに“闇の処刑人”もな。今は俺が管理者だからな、くくく、これを知るのはもう俺くらいしかいないのだろうな」


 本当に笑いが止まらない、“輝く闇”たる俺の本質が共感して震えている。


 「闇・・・」


 その言葉でマルコは何かを察したようだ。


 「その話にはあらゆる点で矛盾があるのだ。あの狂信者共には分からないが全てを知れば呆れるほど滑稽だぞ」


 「それは一体」


 どうやら興味があるようだ、まあ、今更秘密にすることでもない。


 「一つ一つあたっていくか、まず、シャルロットを取り上げた産婆が告解したという話だが、それがそもそもありえない。なぜならその人物は15年前に死んでいる」


 「えっ?」


 「簡単な話だ。王族の出産に立ち会った者を、ガリア王家が生かしておくわけがないだろう。どんな秘密を知っているとも限らないし、仮に秘密がなくとも、あることないことを言いふらす可能性がある」


 王家とはそういうものだ。


 「そういえばそうでした」


 「それはシャルロットに限らず、陛下、オルレアン公、イザベラの時も変わらん。そして俺でさえそうなのだ、六大公爵家が一角ヴァランス家の嫡子、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの出産に立ち会った者達も、俺が物心つく前に全員死亡している」


 王族に限らず貴族もそれは同じ。


 「では、バリベリニ卿が赦免を与えたという産婆は何者なのですか?」


 そこからが闇の始まりだ。


 「そうだな、一つ昔の話をしよう。とはいっても当時俺は5歳だ、当然知っていたわけもなく、残されていた資料で数年前に知ったに過ぎないのだが」




 そして俺は語り始める。



 闇の残滓の物語を。





 「ブリミル歴6227年、ティールの月、ヘイムダルの週、エオーの曜日、その日にシャルロットは生まれた。しかし、この話はその一週間前に始まる」


 俺は淡々と語り出す。


 「ある貴族の家に蒼い髪をもった女の赤子が生まれた。その家は数世代前の王の血を引く家系で、かつて公爵家であり広大な領土も持っていた。しかし政争に敗れ反逆者として疑いをかけられ家は没落、今ではただの下級貴族となっていた。しかし、王家の血が宿るのは確かで、数世代を経て偶然蒼い髪を持つ子が生まれた」


 遺伝子の関係上そういったことが起こり得る、血が濃く現れたものは蒼い髪を持ち、薄い者は水色となる。他の色になる可能性もあり、俺の父やその弟などは金色や茶色の髪だった。


 「それをある老人が知った。たいして力のない老人だったが配下のホムンクルスを使いその両親を秘密裏に殺し、その赤子をさらうくらいは造作もないことだった。なにしろただの平民と変わらないような生活をしており、使用人もいなかったからな。そしてその赤子の名をジョゼットといった」


 「それは・・・」


 薄々予感はしていただろうがそれでも衝撃を受けるマルコ。


 「さて、ここで少し話は変わるが。王家に仕える人間の中には、いつか王家に殺されるために生きる者がいる。彼らは捨てられた平民の子供や“穢れた血”などだ。彼らは王家に生かされ、王家に仕え普通に生きる、恋愛をして子供を作ることも認められている。しかし、その人生の最後は王家の秘密を何か抱えたまま死ぬことが定められている。もっとも数が多いので、運良く死なずに済む場合もある。要はただの保険だからな」


 「まるで僕達と同じですね」


 マルコとヨアヒムは暗黒街の組織で“歯車”として教育を受けた。


 彼らは組織に絶対の忠誠を誓い、組織の為に生き、そして死ぬことが定められている。


 もっともそれは『影の騎士団』によって組織ごと破壊され、現在“歯車”の多くは北花壇騎士団員となっている。


 その際にはこいつらも内部から協力してくれ、あのイザークも少なからず助力してくれた。


 「その中の一人がシャルロット生誕の際に産婆となることが決定した。それを知った老人はその産婆を殺しホムンクルスとした、そしてその産婆はシャルロットを取り上げ、ある任務を行った後、王家によって粛清された。ホムンクルスは人間と区別つかん、“精霊の目”でもない限りはな、そしてそれを知る人間は誰もいなかった」


 「その任務とは?」


 「一つはシャルロットの臍の緒を採取すること。そしてもう一つはオルレアン公夫人にある薬を飲ませること。産婆なのだから出産を終えた夫人に水を飲ませることは容易い、その水に薬を仕込めばすむ」


 「臍の緒、ですか?」


 困惑するマルコ、まあ当然だろう。


 「ある秘薬を作るためにはかかせない材料なんだ。そして準備は整い、彼はある薬を作った。水の秘薬と各種の材料、そしてシャルロットの臍の緒を混ぜ完成する。その薬を生まれて一週間しか経っていないジョゼットに飲ませた、半分の確率で死に至るほど強力な薬だったそうだが幸か不幸かジョゼットは生き延びた、そしてその身体に変化が起こる」


 「それはまさか・・・」


 何か恐れる表情をするマルコ、流石のこいつでもこの闇は少々キツイものがある。


 「その薬は双子を作り出すための薬。、それも“魂の双子”とでもいうべきものでな、6000年の闇の研究で生み出された外法の一つ、同性で生まれて間もない赤子にのみ可能で、投与された子の姿は臍の緒の主と同じ姿になる。しかも成長の過程までも模写する」


 「成長の過程、ですか?」


 「ああ、シャルロットは15歳の割には背も小さく体型も子供のままだ、これは3年前に母を狂わされた際の精神的ショックも強く関係しているんだろう。そこは俺のあいつに償いきれない負い目でもあるがな、俺があの時もう少し迅速に動いていればオルレアン公はともかく、マルグリット様は救えていたかもしれん、その気持ちはイザベラも同様だろうが」


 我ながら情けない話である。


 「ですが、あの状況では無理があったと思いますよ。サルマーン公やべルフォール公の説得もありましたし」


 「まあそこはともかくだ、その薬の効果はそういった外的要因までも忠実に再現する。ジョゼットの体内にあるシャルロットの臍の緒を通して、共振みたいなものが起きているそうでな、本来双子といえど、育つ環境や食事条件が大きく異なれば違う体格になるが、その薬はそれを覆す」


 「それで二人は“魂の双子”というわけですか」


 実に効果的な手段ではある、王族の影武者や身代わりを簡単に作れる。


 「しかし髪の色だけは再現できないらしく、故に蒼い髪を持つ少女が必要だった、シャルロットの臍の緒は保管しておけば問題ないからジョゼットが数か月後に生まれていても構わなかった、もっとも、先に生まれていては困っただろうけどな」


 「ですが、それだけでは双子とするには足りないのでは?」


 「そこでオルレアン公夫人に飲ませた薬の出番だ、俺もよく使う記憶を植え付ける薬だが、偽の記憶が発動する条件とそれを忘れさせる条件を付けることが可能なのが最大の利点だ、その条件までは知らんが記憶は知っている。すなわち、自分が産んだのは双子であり、姉のシャルロットは自分の子供として、妹のジョゼットはどこかに預けたと」


 それがあの老人の計画。


 「そしてある下級貴族に生まれたジョゼットという少女を取り上げた産婆にも、老人はある薬を飲ませた。これは『制約(ギアス)』と同じ効果があり、条件はこう、《自分の死期を感じたらジョゼットという少女に関する真実を告解せよ》それだけだ」


 「なんていう・・・」


 「笑えるだろ、計略にすらなっていない。その産婆が病で死んだらアウト、事故で死んでもアウト、仮に死期を悟っても赦免を与えた人物がまともな人物だったらアウト。しかし運命は実に皮肉でその産婆は『ギアス』の通りに告解し、そのバリべリ二卿は見事にあの老人の掌の上で踊っているというわけだ」


 なんとも運命とは面白いものだ。



 「つまり、ジョゼットという少女は「ロマリアを釣り上げる餌になるかもしれない」という理由だけで両親を殺され、赤の他人の姿にさせられ、修道院に送られたわけだ。王家の血を引いているのは確かだから虚無の担い手になる可能性はある、しかしオルレアン公の子供ではなく、本当の両親は既にいない」


 「・・・」


 絶句するマルコ。


 よくぞここまで他人の人生を弄べるものだと感心する。


 しかも自分の出世や目的のためではなく、ただ思いついたからやってみた、そういうレベルの話だ。


 必要なモノは二人の産婆と一つの下級貴族の家族のみ、たったそれだけを材料に仕組まれた無力な老人の陰謀ともいえないような陰謀だ。


 「まあそういうわけだ、故にオルレアン公夫人はエルフの毒で狂っているのに、シャルロットの名前しか呼ばない。もしジョゼットが本当に彼女の娘ならば、ジョゼットの名も呼ばなければおかしいだろう? エルフの毒は強力だ、あの程度の薬の効果など意味は無い」


 「では、オルレアン公夫人は二種類の毒を飲んでいた。ということですか?」


 「ああ、しかし前者は既に解毒済みだ、あとはエルフの毒だけだがこっちはまだまだ難しいな」


 もう少ししたらエルフから接触があると思うのだが。



 「しかし恐ろしい計画ですね。ロマリアがジョゼットをオルレアン公の娘として担ぎあげても、彼女に決して王印は押せない。なぜなら王印には“血縁の呪い”があるから、そしてそれが明らかになれば、ガリアがロマリアに攻め込む格好の大義名分となる」


 「まあ今となってはどうでもいい話だがな。それ以前にロマリアは滅ぶ、俺達の手によってな」


 それは揺るがない。


 「しかし、ジョゼットという少女は哀れですね、ロマリアの計画通りでも結局は傀儡、しかも僅かに遅れて生まれた為に修道院へ送られた悲劇の少女という設定ですが、実際はそれですらなく、陰謀の為に用意された人形に過ぎないわけですから」


 「確かにな。しかし、もし本当に双子の姉妹で、ジョゼットが先に生まれていたらどうなっていたと思う?」


 この仮定が面白い。


 「それは・・・どうなっていたんでしょう?」


 「答えは簡単、『ファンガスの森』でキメラドラゴンの腹の中だ」


 「そういやそうでした」


 『ファンガスの森』は非常に危険な森だ、魔法が使えないジョゼットに生き抜ける場所ではない。


 「仮に奇蹟がおきて生き残っても、その後の任務でオーク鬼に喰われるか、ミノタウルスに喰われるか、どっちにしても救いは無い。彼女は修道院で平和に過ごせてよかったな、イザベラにしろシャルロットにしろ、並の覚悟や能力では生き残れない世界にいる」


 北花壇騎士団団長“百眼のイザベラ”、ファインダーを統括しガリア全土の情報網を全て把握する北花壇騎士団の総責任者。さらには宰相として九大卿もまとめており、ガリア王国の政治は彼女なしには動かない。


 北花壇騎士団フェンサー第七位、班長、“雪風のタバサ”、フェンサーとして卓越した戦闘能力を誇り、状況判断力にも優れ困難な任務を悉く単独で成し遂げる凄腕。


 この二人のように生きるのは非常に難しい、そして出来なければ死あるのみ、王族とはそういうものだ。



 ま、俺よりはまともな人生かもしれないが。



 「そう考えると、修道院が王家という煉獄から遠く離れた楽園に見えてきますね。彼女はあくまでそう言う設定の少女に過ぎませんが、本当だとしたら、一番安全なのは間違いなく彼女ですね」


 マルコも頷く。


 「ま、要は王家と、それを支えるブリミル教こそが全ての根源だということだ。貴族というものがこのガリアから消滅すれば、セント・マルガリタ修道院の少女達も全員自由になれるし、自由になった彼女達が働ける場所は既に宰相イザベラ、サルドゥー職務卿、ボートリュー学務卿の手によって建設が始まっている」


 「その辺の手抜かりはないんですね」


 「当然だ。権力とはそういった弱い立場の者を救うためにある。そういった方面のことを任せるために、俺が過労死しかけながら九大卿を探し出して任命したんだから」


 本当に死ぬかと思ったぞあれは。


 「あの時のハインツ様の勤労時間はあり得なかったですからね」


 マルコも同意してくれる。



 「ま、それができる頃にジョゼットの体内の毒を解毒してやればいい。人間でも調合可能な薬だから直ぐにでも作れるが、あの修道院にいる間はその必要もない」


 「『フェイス・チェンジ』を用いたマジックアイテムで顔が変わってますからね」


 あそこはそういう場所だ。



 「要は俺達がやることは変わらない。この世界の仕組みそのものをぶっ壊し、ジョゼットのような被害者が、自由に生きていけるような世界に変えてやるだけだ」


 「そのための最終作戦ですもんね」


 「ああ、頑張るぞ」


 「了解です」





 こうして俺達は会話を終えて仕事に戻る。












 闇の残滓は未だに存在し、被害者を生みだし続けている。



 だが所詮は残滓に過ぎない、大本を破壊すればそれもいずれは消えさる。




 「破壊してやろう。この世界のふざけた神も、それを崇める腐った教会も、王家を闇の温床と変えた根源も、その全てを」


 イザベラも、シャルロットも、マルコも、ヨアヒムも、その他大勢のたくさんの人々がそれによって苦しんでいる。


 俺のような先天的異常者はともかく、そういった者達が自由に生きるにはあれは邪魔にしかならない。





 「邪魔するものは全て俺の都合で排除する。それが“輝く闇”たる俺の在り方だ」









[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十六話  出撃
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/05 23:35

 時はブリミル歴6242年、年末はウィンの月の第一週、マンの曜日。


 トリステイン・ゲルマニア連合軍によるアルビオン侵攻がいよいよ開始されるその日。


 日付が変わった頃俺は陛下の下に向かった。


 アルビオンでの軍議があり、他にも様々なやることがあり、深夜くらいしか時間がなかったのだ。








第十六話    出撃







■■■   side:ハインツ   ■■■



 俺がこの時間に訪問することは事前に伝えてあるがそれ故に油断できない。


 また何か仕掛けてくる可能性が非常に高いからだ。



 ガーゴイル達はもうギニュー特選隊のポーズを取っていない、どうやら陛下はドラゴンボールには飽きたようだ。


 しかし別の本に嵌っている可能性はある。


 警戒は怠らない方が無難だ。




 そして俺はグラン・トロワの陛下の部屋に入る。







 すると陛下は部屋の中央に立ち、陛下を挟むように二つの等身大の物体がある。


 「あれは・・・土製ゴーレム?」


 何の変哲もないただのゴーレムだ、あれならドットでも作れるだろう。



 俺の声に反応したのか陛下が行動を開始する。



 「ペガサス流星拳!!」


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 その言葉と共に凄まじい速度で拳がゴーレムに叩き込まれる!


 『加速』によって極限まで速くなっている陛下の拳は既に音速を軽く超えている!


 秒間百発を超える拳打はまさに流星の如くゴーレムをバラバラにしていく!




 「ペガサス彗星拳!!」


 そう言って反対方向に拳を突き出す陛下。


 ドガアアアン!!


 ゴーレムは一撃で吹っ飛んでいく!


 だがあれは『爆発(エクスプロージョン)』だ、おそらく拳と同時に叩き込んだのだろう



 そして陛下の姿が消える!



 ガシッ!


 気付くと陛下に背後からはがいじめにされている俺。



 「ま、まさかこの技は!!」


 「ペガサスローリングクラッシュ!!!」


 「洒落になってねえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」



 どうやら『加速』と『レビテーション』を組み合わせているようで、とんでもない速度で回転しながら上昇する俺達。


 担い手であり『加速』の影響下にある陛下はまだしも、生身の俺にはとんでもないGがかかり、ジェットコースターに乗っているようなものだ。



 「ぶつかる! ぶつかるううううううううううううううううううううう!!」


 天井にぶつかる瞬間!


 スッ


 俺達は天井をすり抜けた。




 どうやら『爆発(エクスプロージョン)』でグラン・トロワの天井の一部を事前に消滅させていた模様。


 そこを『幻影(イリュージョン)』で塞いでいたようだ。



 流石陛下、“虚無”を完全に使いこなしている。



 果てしなくしょーもない方向に。



 しかしそんなことも言ってられない。



 「落ちるうううううううううううううううううううううううううう!!」



 現在上昇時を超える速度で落下中。



 このままでは間違いなく死ぬ。



 俺は咄嗟に自分を中心に『毒錬金』を発生させ、陛下が危険を察知し離れる。


 「『レビテーション』!!!」


 なんとか『レビテーション』で急ブレーキをかける!



 ズザアアアアアアアアアアアアア!!



 ぎりぎりで着地に成功、しかし体中が悲鳴を上げている。


 おまけに咄嗟に使った『毒錬金』は俺自身でも耐性が万全とはいえないほど強力なものを使用したのでそっちの効果もある。



 「ゲホッ、ゲホッ」


 むせながらも何とか呼吸を整える。



 「神よ、私は美しい」


 変なポーズをとりながら呟く陛下。


 「陛下、それペガサスローリングクラッシュでやられた方が言っていた台詞です。しかも全裸で」


 ナルシストの先駆けとも言える偉大な台詞だ。


 ここから全ては始まった。




 「ギャラクシアン・エクスプロージョ・・・」


 「わあああああああああああああ!! それだけはやめてください!!」


 それはマジで洒落にならない!


 陛下の『爆発(エクスプロージョン)』ならこのグラン・トロワを吹き飛ばすことくらいは簡単に出来る!



 「まあよい、代わりにアナザー・ディメイションで異空間に飛ばしてやろう」


 そういって『ゲート』の詠唱を始める陛下。


 瞬間移動(テレポート)も出来るし、高速系の技は大体使えるはず。


 もう何でもありだなこの人。


 「『忘却』などの精神系もマスターすればさらに面白いことになるな」


 それは非常にまずい。


 鳳凰幻魔拳まで使いかねない。


 「陛下、お願いですからその辺はやめてください」


 そろそろ俺の身が持たない。


 「何を言う、お前は俺の遊び道具として生かされているだけの玩具に過ぎん、拒否権があると思うか?」


 「そろそろ謀叛を起こしていいですかね?」


 奴隷よ、今こそ立ち上がれ!


 「さて、では次の遊び相手はイザベラにするか? それともシャルロットにするか?」


 「ごめんなさい」



 土下座する俺。


 身内を人質にされてはなす術が無い俺だった。



 「冗談だ、いくら俺でもそこまで非道ではない」


 「いや、もう充分非道で外道で鬼畜だと思いますが」


 「最近新しいルーンの開発に成功してな、このルーンを刻めば俺の言いなりになる。全裸でリュティス中を疾走させることも可能だ」


 「申し訳ありません」


 土下座パートⅡ。


 「それで、いよいよアルビオンへの侵攻が始まるようだな」


 また急に本題に入る陛下。


 「ですね、この劇も大きな転換点を迎えます」


 ここは重大なポイントだ。


 「これまでの舞台はあくまで主演の周辺に限られていた。しかしここからはそうはいかん、国家というものが深く関わり、これまでのように伝説の力に頼るだけではすぐに立ち行かなくなる」


 「ですが、今の彼らならその心配はないかと、ルイズも才人も本当に成長しましたから、特にルイズの方は覚醒してからは別格ですね」


 予想以上の成長を遂げてくれた。


 「なるほど、お前の悪だくみも効果を上げているようだな。それで、主演達は『軍神』に勝てると思うか?」


 「そこまではまだ無理かと、彼らには戦う意思と力はありますが、それは“敵”に対してのみ。無能な味方というのは時に敵以上に厄介ですからね」


 トリステイン軍ではどうにもなるまい。



 「確かにな、そうして敗北すれば自ずと足りないものを自覚し、更なる段階へと成長する。それは正に英雄の特権だな」


 「まあ、英雄が戦死しないために影で支える必要はありそうですが、そこも少々厳しいですね」


 何しろ俺はゲイルノート・ガスパールでありアルビオン軍総司令官だ。


 一応ウェールズクローンのようなガスパール人形もあるが、ミョズニト二ルンではない俺は人形との意識の共有が出来ない。故に戦局を把握するために司令部に出来るだけいたい。


 「お前の“影”で監視するのは可能だろうが戦場ではそうはいかんだろうからな。しかし、心配することもあるまい。主演達はそう簡単には死なぬだろうし、“物語”の援護もあるだろう。主演が死んでは劇が成り立たぬからな」


 この世界を巨大な演劇場と見る陛下はそう言う。


 俺もこの世界を俯瞰して見ているつもりだが、そういった大局眼や時代の流れを読む力では俺は陛下の足元にも及ばない。


 「そうなって欲しいものです、俺個人としても彼らは大切な友人なので」


 「お前は守るものが随分多いな、しかもそれを余さず全部救おうとするのだから過労死するのは必然か」


 「いえ、その原因の半分は陛下だと思いますが」


 そこは間違いない。


 「それはどうでもよい、劇の準備は整っているのだな?」


 完全にスルーしたよこの人。



 「はい、アルビオン、トリステイン、ゲルマニアは当然として我がガリアも万全です。両用艦隊100隻の準備はあと2週間もあれば完了しますし陸軍5万も20日もあれば大丈夫です。それにウェールズ王子も目覚めて、今はリハビリをしながら艦隊指揮にあたってます」


 あの王子様はもの凄い働き者なのだ。


 「トリステインの小娘と違いアルビオンの小僧は使えるようだな」


 「ええ、元々アルビオン空軍の大将をやってたわけですし、その辺の才能はかなりものです。ガリア軍でも彼に艦隊戦で勝てるとしたらアルフォンスとクロードくらいでしょう。もし『レコン・キスタ』の内戦のときに、彼が王子という立場に縛られず、最前線で戦っていればもう少し王国はもったでしょうね」


 王子であるが故に自由に動けなかったわけだ、その点はもったいなかったと言える。


 「だが王家が滅ぶのは変わらんか。当然だな、あの戦いは一人の能力で覆せるものではなかった。個人の武勇で一つの戦局は覆せても大局は揺るがん」


 それが真理、故に大局を支配する陛下は最強最悪の存在なのだ。


 「まあそれでも今回はやる気満々のようで、父の仇であるゲイルノート・ガスパールを打倒し、祖国を奪還するために寝る間も惜しんで活動してます。これは期待できますよ」


 その仇は俺なんだけど。


 「仇に期待されていているとは、何とも皮肉なものだな。俺が用意した脚本だが、やはり現実というものは面白い。本の中だけではどんなに精巧な脚本であっても意味は無い」


 そうして笑う陛下。


 この人が俺をおちょくって笑う時以外にこの笑いをするのは珍しい。



 「劇は中盤の山場にきたわけだ、演出家たるお前の役目は重要だぞ。全力を尽くして劇を成功させろ」



 「了解、我が主よ」



 そして、物語の中盤の大舞台がスタートする。















■■■   side:マザリーニ   ■■■



 私は今出撃していく祖国の軍を見守っている。


 トリステイン・ゲルマニア連合軍6万を載せた大艦隊がアルビオン侵攻のためにラ・ロシェールより出航していく。

 トリステイン・ゲルマニア大小合わせ参加隻数は500を数え、そのうち60隻は戦列艦であり残りは補給や運搬を行うガレオン船となっている。


 「まるで、種子が風に吹かれて一斉に舞うようですな」


 私は陛下に話しかける。


 「大陸を塗り替える種子です」


 陛下が淡々と答える。


 「白の国を青に塗り替える種ですな」


 アルビオンは白の国、そして我がトリステインは「水の国」であり青地に白の百合模様が王家の旗となっている。


 「負けられませんな」


 この侵攻は賭けであり最後の勝負だ、これで負ければ後は無い。


 元来トリステインは強国ではなく、メイジの比率こそ高いものの侵攻に向く国柄ではない。


 隣国のゲルマニアが我が国に攻め込みそれを迎撃するということは幾度となくあり、その度にラ・ヴァリエールはトリステインの盾として最前線で戦っていた。


 「負けるつもりはありませぬ」


 陛下はそう答えるが内心は不安に満ちているだろう。


 「司令官のド・ポワチエは大胆と慎重を兼ね備えた名将です、彼ならやってくれるでしょう」


 私はとりあえずそう言っておくが内心は全く逆である。


 彼は名将とはほど遠い。先々代のフィリップ三世の時代ならばせいぜい連隊長が限界だっただろう。


 もうしばらく後代の、若かったヴァリエール公爵やグラモン元帥が活躍した時代でも今よりはかなり上だった。その時代の軍士官ならばこの侵攻ももう少し楽観できたのだが。


 しかし今では、その程度の男に総司令官を任せねばならないほどトリステインには人材がいない。本来ならば侵攻など出来る状態ではないのだが、そうせざるを得ない状況に追い込まれた。


 「しかし・・・・・・・・あの男に勝てるでしょうか?」


 陛下が弱気を漏らす。


先程とは正反対の発言であり、本来なら王としては言ってはならぬ言葉だ。


しかし陛下を責める気にはなれない、私も同じ気持ちだからだ。


「アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパール。『軍神』の異名を持つあの男が最大の障害となるのは間違いないでしょうな」


 この男とオリヴァー・クロムウェルによってアルビオン王家は滅ぼされた、しかしクロムウェルは貴族のまとめ役であり実際に動いたのはゲイルノート・ガスパールの方である。



 最初に陛下の口からアルビオン侵攻が発せられたのは5か月近く前であり、陛下がアルビオンの間者の手によって誘拐されかかってより少し経った頃のこと。


 ウェールズ王子が生きており、陛下を誘拐するために利用されていたそうだが失敗に終わり、ゲイルノート・ガスパールによって殺された。


 陛下はその復讐の為に侵攻を決意なさったようで、私は当初反対だった。


 浮遊大陸へ侵攻するのは無謀極まりなく、空から封鎖し持久戦に持ち込むべきだと主張した。


 というのもアルビオンは食糧の自給は可能だが鉱物資源はやや乏しく、水産物は壊滅的だ。故に「風の国」と呼ばれるように豊富な「風石」によって大量のフネを空に浮かべ、通商を活発に行う貿易国家がアルビオンであった。


 故に戦争状態が長引きまともな通商が不可能となればアルビオンは干上がるものと私は予測した。


 しかし。


 「我が国土もゲルマニアも、あの男により何度も蹂躙されましたわ。民に目立った被害がないのが唯一の救いですが、このままではいつか滅ぼされてしまうでしょう」



 それを嘲笑うかのようにあの男の侵攻が開始された。

 恐るべき速さで艦隊の再編を完了させ、小規模の艦隊で軍需物資集積場を狙い、制空権を握ったまま一方的に我が方の物資を掠め取っていった。


 トリステインの艦隊の整備が終わる頃には既に10以上の集積場が壊滅し、国庫に大打撃を被った。


 さらに国中でアルビオンの戦列艦が目撃されたことで民の間にも動揺が走り、悪循環に陥りかけた。


 「それを打破するには最早この手段しかありませんでした、陛下、お辛い選択でしたでしょうが、よくぞご決断くださいました」


 そして、極めつけに首都トリスタニアがゲイルノート・ガスパールによって急襲された。ゲルマニアの援軍によってことなきを得たものの、トリステインは滅ぶかどうかの瀬戸際だ。

 故にトリステインにはアルビオンに侵攻し大本を絶つ以外にとるべき道がない。


 たとえ陛下が戦争に反対であったとしてもこうせざるを得ない状況なのだ。


 しかし、奴の首都急襲によって、日和見の封建貴族や宮廷貴族が全て侵攻賛成派となったのも皮肉な話だ。

 ………いや、そのための首都急襲だったのかもしれぬ、あえて、我々にアルビオンへ侵攻させるための。




 「私の決断などあってもなくても変わらないようなものですわ。大変なのは兵士達でしょう、勇敢なアルビオン王党派の方達も成す術なく死んでいったのですから」


 ゲイルノート・ガスパールは戦争の天才、しかし厄介なのは彼だけではない。


 ウィリアム・ホーキンス将軍、ヘンリー・ボーウッド提督、オーウェン・カナン提督、そしてニコラ・ボアロー将軍。いずれもゲイルノート・ガスパールと共にトリステインへの侵攻作戦を展開した良将であり、特にボアローは3年前までトリステインのヒポグリフ隊の隊員だった男だ。


 隊長よりも腕の立つ男だったが下級貴族出身であったため、伝統を重んじるトリステインでは出世できず、ゲイルノート・ガスパールを慕っていち早く『レコン・キスタ』に参加し将軍にまで登り詰めた。


 他国人であっても有能であれば将軍に登用するというのが『レコン・キスタ』の方針であり、ワルド子爵が寝返ったものボアローの成功例があってのことだろう。


 トリステインを見限って離れた男が、今やアルビオンの将軍として立ちはだかるというのも皮肉な話だ。



 「ですが、侵攻が始まった以上、戦場の兵士達に我々がしてやれることはありません。その代りにやることはいくらでもありますがな」


 食糧の補給、軍費の調達と数えればきりが無いが、最大の懸念事項はガリアだ。


 ガリアは完全な中立を宣言し、それ故にどの国とも対等な関係で通商を行える。


 その結果アルビオンはガリアから鉱物資源や水産資源を高値で輸入し、トリステインは「風石」を大量に輸入することとなり、ゲルマニアも同様だ。


 我々が疲弊する中で唯一栄えるのがガリアであり、ガリアにはあの“悪魔公”がいる。


 彼の言葉がなければタルブでの勝利は無く、この状況は生まれていなかった。後に確認したところゲルマニアからの援軍も彼がゲルマニア皇帝アルブレヒト三世に提言した結果らしい。つまりこの状況は、彼がガリアの為に望んで作り出したものとも言える。


 ガリアにとっては戦争状態が続くことが望ましく、そのために何らかの干渉をしてくる可能性もある。


 正面にはゲイルノート・ガスパール、背面には“悪魔公”、我がトリステインは強敵に挟まれた状態となっている。


 “悪魔公”に関しては一切陛下の耳には入れていない、今の陛下にこれ以上の心労をかけるわけにはいかないからだ。


 「始祖ブリミルよ、どうかこの国をお守りください」



 そう神に祈れるのも陛下がまだ若いゆえだろう、私などロマリアの枢機卿でありながら神の存在など欠片も信じてはいない。


 神に祈るだけでは政治は出来ぬし民も救えぬ、そのようなものに縋るだけではトリステインはロマリアと同じ貧民窟の見本市になり下がろう。


 そうはさせぬためにも勝たねばならぬ、そのために僅か16歳の少女と17歳の少年を戦争の切り札として投入したのだ。


 人道的に許されることではないが、やらねば民が死ぬ。そしてあのゲイルノート・ガスパールの裏をかくためには伝説の力でも持ってくる他はあるまい。



 仮に天罰が下るとしてもそれは私一人だけでよい。陛下は光として民を照らし、私は王国を支える影であればよい。


 それが先王陛下よりこの国を託された私の役目だ。もっとも、アルビオンからの入り婿であった陛下が、ロマリアから出向してきた宰相にトリステインの未来を託したというのもおかしな話なのだが。





 私は様々な事柄に考えを巡らしながら、アルビオンに向かう艦隊を見つめ続けていた。













■■■   side:ハインツ   ■■■



 神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム。


 そこに存在する軍本部にて現在作戦の最終確認を行っている。


 既にそれぞれの準備は完了しており、足並みが揃っているかを確認するために各司令官が一度集合したわけだ。


 「諸君、よく集まってくれた、時間も惜しいので早速本題に入る」


 全員が頷く、この状況で体面にこだわるような無能は今のアルビオンにはいない。


 「まず、ホーキンス、ロサイスの撤退は済んだな」


 「は、ロサイスの軍事施設および防衛機能は完全に撤収が完了しております。住民の動揺を抑えるために、指揮官はまだ全員が残り市議会の役員達と話し合いを続けておりますが」


 ロサイスは放棄することが既に決定している。


 敵軍をアルビオン深くまで誘い込み、糧道を伸び切らせ、疲弊したところを“ある作戦”で混乱させ一気に叩く作戦だからだ。


 「よし、会議が終わり次第お前ももう一度向かいこの手紙を市議会の重役に渡せ、オリヴァー・クロムウェルとゲイルノート・ガスパールの連名の文書だ」


 これにはロサイスが全面的にトリステイン・ゲルマニア連合軍に協力しても責任者を一切罪には問わないと書かれている。


 ロサイスは工廠の街であり職人が多い、故に彼らは注文された品を納入し金銭を受け取るのが生業であり、その相手がアルビオン軍だろうがトリステイン・ゲルマニア連合軍だろうが変わらない。


 逆に連合軍にとって彼らの協力は不可欠だから彼らに危害を加えることもできない。


 故に守備兵を完全に撤退させても問題ないのだ。


 「ははっ!」


 「次に、ボーウッド、例の艦隊の準備は整っているな」


 「はっ、戦列艦5隻、そして例の艦隊30隻、出動準備は終えております」


 ボーウッドは連合軍の艦隊主力を迎え撃つ役割となっている。


 「よろしい、哨戒用の竜騎士隊も全て動員して構わん、可能な限り死者は出すな」


 「ははっ!」



 「そして、ボアロー、陸軍主力の布陣は完了しているな」


 「無論、3万5千の兵はダータルネスに配置してあります。今は潜伏していますが、敵の奇襲があれば一気に反撃可能です」


 敵は恐らくダータルネスに陽動作戦を仕掛け、本隊でロサイス攻略を狙うだろうと『影の騎士団』は結論付けた。


 本来ならもっともっと効果的な戦略があるが、補給、財政、士気、指揮官の能力、諸々を考えた結果この作戦程度が限界だろうということで全員の意見が一致したのだ。


 「敵は間違いなくダータルネスに陽動作戦を仕掛けてくるが、その規模は未知数だ。万単位の可能性は低いが、あり得ないわけではない。警戒は怠るな」


 「ははっ!」



 「最後に。カナン、艦隊主力は既に出航しているな」


 「はい、40隻の艦隊は現在分散しダータルネス近辺に潜伏しています。敵の分艦隊を捕捉し次第、包囲殲滅が可能です」


 「それはよいが、あせって出陣のタイミングを誤るな。敵の偵察隊などは無視し、戦列艦の撃滅に全力を注げ」


 「ははっ!」


 これで確認は終了。


 アルビオン軍はこれより迎撃を開始する。


 総司令官ゲイルノート・ガスパールは首都ロンディニウムに布陣し、司令部は動かさない。


 祖国防衛戦においては総司令官は動き回らずどっしりと腰を据えていたほうがよいのだ。



 「諸君! いよいよ開戦だ! 我等軍人が本領を発揮すべき時である! 己々が職分を全うし、決して功をあせるな! 無能な軍人とは己の力量も省みず失態を犯し、仲間を危機に陥らせる者である! 諸君らは実力本位の『レコン・キスタ』において最上位に君臨する将軍だ! 己の力を信じ、されど過信はせず、勝利の為に邁進せよ!」


 「「「「  ははっ! 」」」」



 「 我等が望むは勝利なり!! 」


 「「「「  勝利万歳!! 」」」」





 ここにアルビオン戦役が開始される。















■■■   side:才人   ■■■



 俺とルイズは現在ゼロ戦で『ヴェセンタール』号に着艦したところだ。


 女王様からの指示書には向かうべき艦の名前しか書かれていなかったが、俺達の存在を考えれば想像つく。


 おそらくこの船は総旗艦、竜母艦とかいう竜騎士を格納するために特化した船で大砲とかは積んでないそうだ。


 だからこそ広い会議スペースを設けることも可能だろうし、旗艦に必要なのは戦闘力よりも情報処理能力、配下の艦に以下に迅速かつ的確な指示を出せるかだ。



 なんでこんなことを俺が知ってるかっつーと、最近ルイズがやってる軍学講習(独学)に付き合わされてるからである。


 ま、この戦いでは俺も兵士として戦うことになるんだから軍学を知ってて損にはならないし、自分が生き残る可能性を上げるためにも必死に勉強したわけだ。


 そんなことを考えながらルイズと一緒に歩いてるとドアが開かれた。


その中は結構広い空間で、ずらっとお偉いさんの将軍っぽいおっさん達が並んでいた。


「アルビオン侵攻軍総司令部へようこそミス・“虚無(ゼロ)”」


そういうのは一番上座にいる立派なヒゲのおっさん。


「総司令官のド・ポワチエだ」


ヒゲ将軍と名付ける。


「こちらが参謀総長のウィンプフェン」


皺の深い小男、なんとなくだが“ジャムおじさん”と命名。


「ゲルマニア軍司令官のハイデンベルグ侯爵だ」


鉄兜をかぶったおっさん、“仮面の男”と呼ぶことにする。



 「さて、各々方。我々が陛下より預かった切り札“虚無”の担い手を紹介しますぞ」


 あっさりバラすヒゲ将軍。


 皆胡散臭そうな顔をしてる、ま、無理ねえけど。


 「タルブの空でアルビオン艦隊を吹き飛ばしたのは、彼女たちなのです」


 そういうと少しは関心を持った模様、現金なもんだな。


 そして軍議が再開された。











 軍議はかなり揉めてる。


 こっちは60隻、向こうは45隻、数ではこっちが有利だけどアルビオン艦隊は錬度が高い、こっちは新型艦が多いけど二国混成艦隊だし指揮系統の統一が取れるかどうか微妙。


 それに上陸地も問題。


 6万の大軍を降ろすとしたら南部のロサイスか北部のダータルネスに限られるそうだが、強襲で兵力を消耗するとロンディニウムを落とすための兵力が無くなっちまう。


 だから何とか奇襲がしたくて、そんためには『ダータルネスに上陸する』と思わせる陽動作戦が必要みたいだ。


 「どちらかに“虚無”殿の協力をあおげないか?」


 ある参謀が言う。


 「タルブで『レキシントン』を吹き飛ばしたように、今回もアルビオン艦隊を吹き飛ばしてくれんかね」



 ルイズはにっこり笑って平然と答える。


 「無理ですわ。あの威力の『爆発(エクスプロージョン)』を撃つには、余程の精神力を溜める必要があります。タルブの戦いよりまだ半年しか経っておりません。出来ないことはないかもしれませんが、確実とは言えませんし、アルビオン上陸後は私は無力な小娘になり果てますわ」


 どこまでも自信満々に言うルイズだった。


 「そんな不確かな兵器は“切り札”とはいわん」


 その男は落胆した様子で首を振る。


 「あら、これは異なこと。たかが16歳の小娘に頼らねば、艦隊戦一つ勝利することが出来ないんですの? だとしたらアルビオンに上陸出来てもその後の展開は見えてますわね」


 「何だと?」


 「確かに不確かな兵器は“切り札”とは言えないかもしれません。ですが、一撃で敵艦隊を何度も滅ぼせる兵器があったのなら、どんな無能な将軍でも勝てますわ。それこそ平民風情でも。しかし、例え不安定な兵器であっても、それを最大限に使いこなし、最大の戦果をあげるために作戦を練るのが参謀なのではありませんか? それが出来ないのであればただの凡将。名将とはとても言えませんわね」


 もの凄く言いたい放題のルイズ。


 「貴様! ガキ風情が我等を侮辱するか!」


 「あら? そのガキ風情を頼りに作戦を立てているのはどこの誰でしたかしら? 奇蹟の光で敵艦隊を全て吹き飛ばすなんて、それこそ子供でも考え付きそうですわね」


 激昂する将軍に対してあくまで余裕なルイズ。


 「ぬ、ぐぐぐ・・・」


 「まあそれはともかく、ド・ポワチエ司令官、ダータルネスに敵を吸引するならば効果的な魔法はあります。『爆発』程は精神力を消費しないので、上陸後も支援は可能です」


 総司令官に直接言いだすルイズ、すげえなこいつ。


 「その魔法とは?」



 尋ねるヒゲ将軍。


 ルイスがその『魔法』についての説明を始める。


 さっきまで疑い半分だった周りの将軍も今は真剣に聞いている。



 「なるほど、上手くいけば敵を吸引できますな」


 頷くヒゲ将軍、ジャムおじさんや仮面の男も同じく。



 「ですが、私個人としては不安が大きくありますし、もっと別の作戦を採るべきだと思います。“ダータルネスに陽動部隊を派遣してロサイスを空にさせ奇襲を仕掛ける”。いくら“虚無”を組み込むとはいえ作戦の概要はそういうことですから、敵が優れた人物ならば見破られる可能性が高いかと」


 この発言に参謀連中が反応する。


 「では、“虚無”殿はどうすればよいとお思いで?」


 厭味ったらしく言う野郎が一人。


 「敵が思いもしない所を突くのがよろしいかと、例えばスカボローやミルトン、ミドルズといったロサイスに割と近い港にです。そこなら敵の守備隊も少ないでしょうから、楽に破れると思います」



 「馬鹿な、その港の規模では6万の大軍を降ろすことなどできん。軍学を知らぬ小娘が出しゃばるな」


 その野郎が勝ち誇ったように言う。


 流石に“切り札”に対して言い過ぎのようで、ヒゲ将軍が叱責しようとするが、その前にルイズが続ける。



 「ですから一つの港に全軍を降ろす必要はありません。三か所の港に一万ずつ上陸させ、アルビオン本土で合流した後背後からロサイスを襲えばよいのです。そして彼らを目的地に降ろした分艦隊は再び空に戻り、本体と合流してロサイスに進撃します。流石のアルビオン空軍といえど、軍港が敵軍に襲われている状況では背後が気になり、いつもの錬度を保てないでしょう。それならば正面決戦でも十分勝機はあるかと」


 理路整然と言うルイズ。


 さっきの野郎は黙り込む。


 そう、艦隊決戦には陸戦要因はまるで役に立たない、ならばその遊兵を如何に利用するかがポイントだ。


 戦場で遊兵を作らないというのは基礎中の基礎だそうだ。


 先に小規模な港に陸戦部隊だけを幾つかに分けて降ろし、敵国内で合流した後、艦隊と連携してロサイスを挟撃する。


 まずは拠点を確保してそれから上陸、という常識を逆手に取った作戦だ。


 ルイズはこの1ヶ月間こういった様々な作戦をひたすら考え続けていた。


 故に“博識のルイズ”。


 だが、この作戦には大きな問題がある。


 「ううむ、確かに面白い作戦ではある。しかしタイミングが少しでも狂えば、敵に各個撃破の好機を与えることになる。残念だがその作戦は採用できんな」


 と言うヒゲ将軍。


 そう、この作戦は陸軍と空軍にそれ相応の錬度と高度な連携が求められる。


 ゲイルノート・ガスパールを頂点としたアルビオン軍ならそれが可能でも、陸軍はゲルマニア主体、空軍はトリステイン主体という歪な連合軍ではそれは非常に難しい。


 まして総司令官がこのヒゲ将軍ではなおさら。


 と、ルイズがぼやいていた。


 「まあそれは仕方ありませんわ。他にも幾つか作戦案はありますが、どれも小娘の脳から出た妄想でしかありませんので、将軍方にお聞かせできるようなものでもありません。私はダータルネスの陽動作戦に全力を尽くしましょう」


 そうしてルイズは立ち上がる。


 「虚無の詠唱にはそれ相応の準備が必要ですので、今から自室にて瞑想に入ります。具体的な作戦が決まりましたらお知らせください」


 そう言い残して出口へ向かう俺達。




 しかし退室間際で振り返って言う。


 「皆様、歴戦の勇者である貴方がたに今更言うことではないかもしれませんが、決してゲイルノート・ガスパールを甘く見ないでください。私はタルブにてアルビオン艦隊を吹き飛ばしましたが、彼はそれすらも予測していたように後続の艦隊を準備しており、半数の艦隊とほぼ全員の士官をアルビオンへ帰還させることに成功しています」


 そこで一呼吸置くルイズ。


 「ですから、虚無を得てなお倒しがたい強敵であるのは間違いありません。重ねて言いますが、決して侮ることなきようよろしくお願いします」


 そしてルイズと俺は作戦会議室を出た。















 「ふう、緊張したわ」


 歩きながら呟くルイズ。


 「そうか? とてもそんな風には見えなかったけどな」


 「そりゃそうでしょ、内心の緊張を表に出してどうするのよ。ああいう連中はおべっかを使うことと相手の気持ちを察することには長けているんだから、用心深くいく必要があるのよ」


 そう説明するルイズだが、将軍がそんな技能ばっか持ってるのはどうなんだろう?



 「しっかしお前も言いまくったなあ、どう考えても喧嘩売ってるぜあれ」


 「当然よ、こっちは切り札の“虚無”なんだから。相手がどう思ってても私を追い出すことはできないし、“陛下が授けた切り札”を侮辱することは陛下を愚弄することと同義である、って言ってやれば簡単に黙るわよ。もっとも、そんな必要もなかったけどね」


 笑みを浮かべるルイズ。


 「お前、詐欺師とかでも生きていけるんじゃないか?」


 本気でそう思う。


 「それも悪くないかもしれないわね」


 笑顔で応じるルイズ、本当に変わったなあこいつは。


 「だけど、将軍達があれじゃあ厳しい戦いになるわね。私が考えた他の作戦案も言うだけ無駄、それを実行に移せる能力がないんじゃ机上の空論にすぎないし、それにギーシュやマリコルヌからの報告じゃあ王軍の士官不足も相当だっていうし、こんなんでまともな戦いになるのかしら?」


 「学生士官のギーシュが中隊長をやらされるくらいだからなあ、戦う前から負けてる気もするけど、それでも勝たなくちゃいけねえんだよなあ」


 何とも難しい話だ。


 「今更言うのも変だけど、あんたまで付いてくることなかったのよ?トリステインの公爵家出身の私はともかく、あんたはトリステイン人ですらないんだから。ハインツに頼めばゲルマニアだろうがガリアだろうが、どこでも生きていけるでしょ」


 それはそうだ、それにハインツさんも一回はそう言ってくれた。


 だけど俺は断った。


 「けどさ、お前は戦うんだろ?」


 「ええ、私は戦うわ」


 ルイズはきっぱりと答える。


 「それはお前の家族のためだったよな」


 「そうね、『レコン・キスタ』は平民に厳しいわけじゃないから、征服されても平民にとってそんなに苦しいことにはならないかもしれない。実力主義だから、グラモン家やモンモランシ家なら無事で済むかもしれないし、彼らの実力次第で軍士官とかになれるかもしれないわ」


 それは以前7人で話し合ったときにも確認した。


 「だけどヴァリエール家は無理。王家に近すぎる。例え王家を潰しても、ヴァリエールが無事なら王政復古の可能性が強く残る。共和制を掲げる『レコン・キスタ』が見逃すことはあり得ないわ。何しろ姫様のゲルマニア皇帝との婚姻が決まった際、お父様に一時期王になってもらってはどうか、何て意見もあったそうだから。当然お父様自身が速攻で却下したけど」


 「ならさ、俺が一人逃げて無事でも、お前とその家族は死んじまうってことだよな」


 「ま、トリステインが負けたらそうなるでしょうね」


 それならやることは決まっている。


 「俺は友達とその家族の命が懸ってるのに一人逃げるつもりはねえよ、それにギーシュやマリコルヌだってトリステインのために戦ってるんだからな、あいつらを見捨てて逃げられるかよ」


 俺はこっちの世界に来てたくさんの人に世話になった。


 そして夏休みに入ってからはあちこちに行って色んな人に会った。


 貧しくても毎日を一生懸命生きている人達が大勢いた。


 「だから俺も戦う。ここで見捨てて一生後味悪い思いをして生きていくのは真っ平御免だ」


 そんな気持ちを抱えたまま地球に帰ってもその後自分に自信を持って生きられない。


 そんなのは文字通り死んでも御免だ。


 「そう、あんたが自分の意思で決めたんなら私からは言うことは無いわ。けど、一つだけ約束なさい」


 「なんだよ」


 「絶対死なないこと、必ず生きて帰りなさい。あんたが死んだらタバサが悲しむわ」


 !?


 「って、何でタバサ限定なんだよっ」


 思わずどもる。


 「さあて、なぜかしらね?」


 含む様に笑うルイズ、最近キュルケに少し似てきた気がする。



 「つーかお前はどうなんだよ」


 「私? 私は死ぬつもりはないわよ。私の家族は私を愛してくれてるし、私もあの人達を世界で一番愛してるから、大切な人を悲しませるような真似はしないわよ」


 これまた自信満々に言うルイズ。


 「家族に黙って戦場に来てる時点で既に悲しませてる気がするんだが?」


 そう思うのは俺だけか?


 「それはそれ、これはこれよ」


 平然とのたまうルイズ。



 「ま、それはもういっか、戦場でごちゃごちゃ言っててもしゃあねえし、艦内の探検にでも行っかな」


 俺は早足で歩きだす。


 「そう、私は寝てるわ、さっきの会議で疲れちゃって」


 ふわあ、とかわいい欠伸をするルイズ。


 「俺は座ってただけだからな、じゃあ行ってくるわ」


 「行ってらっしゃい」





 そして俺は艦内の探検に出かけた。







[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十七話  軍神と博識
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/07 00:24
 アルビオン戦役の初戦が始まった。


 両軍は戦略を決定し、後は各指揮官の力量次第。


 そしてその中で活躍する虚無の主従。


 二人の悪魔によって脚本され演出される巨大な舞台劇は大きな見せ場を迎えていた。











第十七話    軍神と博識







■■■   side:ハインツ   ■■■



 神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム。


 将軍達は全員出撃しており、今ここにいるのは総司令官のゲイルノート・ガスパールと首都防衛軍1万のみ。


 そして俺は盟主オリヴァー・クロムウェルと会談を行っていた。



 「いよいよ開戦ですねクロさん」


 とはいえ俺の格好は普段通りである。


 「ああ、来るべき時が来たというやつかね。もっとも、私に出来ることは何もないが」


 クロさんも普段の口調。


 「クロさんはそれでいいんですよ。国のトップが戦争に秀でていなくちゃいけない何てことは無いですから、戦争をするかどうかを決めるための判断力や決断力は必要ですけど」


 「そのどちらも私には無いな」


 「でしょうね、クロさんは自分で作戦や政策を立案して決定するタイプじゃなくて、上から指示されたことで自分の担当分野ならばどんな困難なことでもやってみせるってタイプですから。そういった、いわば専門職集団を各方面に配置してその調整をやるのは、イザベラや俺とかに任しといてください」


 人には適材適所というものがある。


 「イザベラという方は、確かジョゼフ殿の娘さんだったかな」


 そういやクロさんはイザベラとは面識なかったな。


 「ええ、今はガリアの宰相をやってますから、この戦争が終わった後はクロさんの上司になりますね。クロさんはエクトール・ビアンシォッティ内務卿の次席補佐官になりますから、クロさんの上に立つのは首席補佐官、内務卿、そして宰相のイザベラぐらいになりますね」


 「しかし、いきなり新参者がそのような職に就いて大丈夫なのかね?」


 その心配はごもっとも。


 「大丈夫です、あくまで立場的にそうなるだけで実際は秘書と大差ありませんから。クロさんはその記憶力を最大限に生かして、内務卿をサポートしてやってください。何しろ最終作戦が実行されればガリアは根本から変わりますから、人事の中心である内務省の忙しさと資料の多さはとんでもないことになるんで」


 そのために優秀な人材を集めており、新たに育てるための機関も学務省によって建設されている。


 俺はその辺に一切関わっていない、俺の仕事は暗殺や粛清がメインなので若者を育てる仕事とは対極にある。


 ま、人材確保のほうで過労死寸前まで駆け回った(正確にはあの悪魔に駆け回らせられた)ので後は任せたいのが本音なのだが。



 「ガリアもガリアで大変なのだね。まあ、私に出来ることなら協力させてもらうよ、君達には返しきれない程の恩があるからね」


 どんだけ人が良いんだろうかこの人は、俺達に操られる役だと知った上で協力してくれたんだから恩があるのはむしろこっちのほうなんだけど。


 ま、そんな恩人をさらにこき使おうとする俺も俺だが。


 優秀な人材は一人でも多く欲しいのだ。コルベールさんはまだ確定はしていないので、クロさんが協力してくれるというのならこれほど心強いことはない。


 「お願いしますね、ガリアの内務省の未来は貴方にかかっています」


 これが現実になる可能性もある。


 「ははは、まあそれでは頑張らせてもらいましょう」




 現段階ではやることがないので、戦争とは全く関係ない話をしてるアルビオン最高権力者二人組だった。















■■■   side:ルイズ   ■■■



 私達は現在ダータルネスに向かっている。


 今日の朝八時頃に敵艦隊の偵察隊が発見され、そのすぐ後に艦隊も発見された。


 そして私達は『幻影(イリュージョン)』で偽艦隊を作り出し、アルビオン軍主力をダータルネスに吸引するために艦隊から離れ、第二竜騎士中隊を護衛として進軍している。


 「なあルイズ、あまりにも静かすぎやしねえか?」


 サイトがそう問いかけてくるが私も同じ気持ちだった。


 「そうね、もう既にかなりアルビオン領土深くまで入っているのに、敵どころか哨戒カラスさえ見あたらない。まるでこっち方面には何の警戒もしていないみたいだわ」


 だけどそれはなぜか?


 哨戒用の竜騎士を駆り出す必要があったから?


 しかしなぜ竜騎士がそれほど必要になるのか?


 中々思考が纏まらない。


 「ってことは敵の主力はロサイス近郊にいるってことかな?」


 「艦隊は少なくともそうだと思うけど陸軍はどうかしらね、艦隊が戦っている間に布陣しても間に合わないわけじゃないし」


 だとしたら敵がどこ目指して進軍してくるかを知るために斥候や哨戒は重要になるはず、哨戒がいらないのは既に軍主力の布陣を完了しているからなのではないかしら?


 だとしたら艦隊決戦に全力をかけるために竜騎士を駆り出したと見るべきか。


 「うーん、敵がいねえってのはいいことなんだけどな、もし敵に見つかったらルネ達が戦うことになるんだから」


 「竜騎士中隊長のルネ・フォンクだったかしら? 17歳で竜騎士隊の中隊長になるなんて凄いわねって言いたいとこだけど、タルブでの竜騎士の全滅によってまだ見習いの彼らが補充されたわけね」


 王軍の人材不足はそこまで深刻なのよね。


 「ああそうらしい、俺と同い年だってのに中隊長だもんな。ギーシュもそうらしいし、太平洋戦争中の日本軍かっての」


 「タイヘイヨウ戦争?」


 聞いたことない戦争だ。


 「ああ、俺の故郷で60年くらい前にあった大きな戦争だ、俺の国はこれ以上はありえないくらい負けたみたいだけど」


 その国と今のトリステインが似てるってのも笑えない話ね。


 「ふーん、機会があったら詳しく話してちょうだい、異世界の戦争がどんなものか興味あるわ」


 「つっても歴史の授業で習ったくらいだから全然わかんねえぞ?」


 「構わないわ、足りないところは想像で補うから」


 人間が起こす戦争なら根本はそんなに変わらないだろうし。



 そんなことを話してると。



 「!? ルイズ! あれ!」


 サイトが急に怒鳴り声をあげ、私もサイトが向いた方向を見る。



 「嘘! 戦列艦!? なぜこんなところに!?」


 私達はあえて内陸を進んでいるのになぜかそこには戦列艦が存在した。



 「どうする!」


 私は僅かの間思考する。



 「サイト、パターン3に移行するわ、彼らに信号でそう伝えて」


 「了解!」


 サイトが手元から手旗を取り出し隣を並行して飛ぶ中隊長のルネに伝える。


 あらかじめ彼らには複数の行動パターンを説明し、昨晩から朝にかけて、徹夜に近いかたちで叩き込んでおいた。


 こういった不測の事態に備えるために。



 竜騎士中隊はそれぞれバラバラに散っていき、私達の護衛はなくなる。


 これがパターン3、一度完全に散会しダータルネス近辺で再集結する。


 当然集結できない可能性もあるけどそこは仕方ない、最悪私達が辿り着けば任務達成となる。



 「だけどよかったのか? この状態じゃ敵に会ったら打つ手ねえぞ」


 「構わないわ、こうなったら密集してるほうがかえって危険よ。戦列艦は大規模な作戦のために動員されるから小規模な敵には反応しない、たかが竜騎士一騎なら無視するのが鉄則よ」


 十一騎の中隊ならともかく単独の敵には絶対に反応しない、それが錬度が高く無能な艦長がいないアルビオン空軍ならなおさらのこと。


 「だけど、この辺を敵の戦列艦がうろついてるってことは?」


 「陽動作戦は読まれてる可能性が高いわ」



 だけど本質はそこじゃない、敵の対応の恐ろしさは別にある。



 「じゃあこのままじゃまずいんじゃねえか?」


 「いいえ、逆よサイト、私達はこのまま作戦を遂行するしかないのよ」


 それしかない。


 「どういうこった?」


 「敵は陽動作戦を読んでいた、だとしたら敵の主力はロサイスにいないとおかしいわ。にもかかわらずダータルネス付近で陽動部隊を待ち伏せるように戦列艦がいた、多分あちこちにいて包囲網を構成してんでしょうね」



 それが意味することは即ち。


 「敵はダータルネスへの陽動部隊を倒そうとしてるってことか、てーことは」


 「そうよ、敵はロサイスを放棄するつもりなんでしょう、そして連合軍をアルビオンに上陸させて引き込むつもりね」


 「そこを陸軍で一気に叩くってことか」


 「その可能性が一つ、もう一つは敵軍が一兵もロサイス近郊にはいないこと」


 そちらのほうがトリステインにとっては恐ろしいわ、まったく、なんで今まで気付かなかったのかしら私は!


 「完全に無防備ってことか」


 「ええ、敵はおそらく長期戦を狙ってる。連合軍が6週間分の食糧しかないのを見越してのことでしょうね。だけど艦隊決戦で敵の艦隊が損傷を受けたのならともかく、無傷でロサイスを占領出来た場合は当然アルビオン艦隊も無傷、制空権は未だ確保できず補給は困難になるわ」



 「!? そうか! 敵にまだ40隻以上の戦列艦があれば補給艦隊を狙うのは簡単にできる」


 「おまけに都市を攻略する際にも、艦砲射撃で城壁を崩すのが難しくなるわ。長期戦を狙うなら、アルビオンにとって空軍を温存しておいた方が遙かに都合がいいのよ」


 国土にあえて敵を攻め込ませるとは考えなかった。


 今のトリステインでそんな作戦をとれば不安にかられた民衆が暴走するかもしれないけど、ゲイルノート・ガスパールが強力な軍と共に健在な限りアルビオンが動揺することはないわね。



 「だけど、ロサイス近辺に敵がいるかもしれない以上、俺達は作戦を遂行するしかねえんだな」


 「ええ、もし敵がいたらダータルネスに引き付ける必要があるからね。つまり敵にとっては相手がどんな作戦で来ても、ダータルネスの軍港さえ守れればそれでいいのよ」


 補給路の心配が無いアルビオン空軍にとってはロサイスとダータルネスのどちらの軍港と艦隊さえ無傷なら何の問題もない。


 「・・・恐ろしい野郎だな、ゲイルノート・ガスパールってのは」


 「ええ、散々偉そうなことを言っておきながら私もまだまだ甘かったわ、“軍神”は考えてた以上に厄介な敵みたい」



 私は“博識”を名乗る者だけど“軍神”の智謀にはまだまだ遠く及ばない


 だけど、このままではいられない、敗北は祖国の消滅を意味するのだから。


 「局地戦くらいは勝利しましょう。このダータルネスの包囲を無傷で切り抜けるわよ」


 「そうだな、せめてダータルネス方面軍に空振りくらいはさせてやる」



 私とサイトは決意を固めてダータルネスへの進撃を続行した。









■■■   side:ボーウッド   ■■■



 「あらかた片付いたな」


 私は現在主戦場にいる。


 トリステイン・ゲルマニア連合艦隊 対 アルビオン艦隊


 そういった艦隊決戦をむこうは予想していたようだが我等の役目はペテン師のようなものだ。


 「しかし、前代未聞の艦隊でしたな」


 そういうのは首席参謀であり私の副官でもあるマルカムという男。



 「確かにな、焼き討ち船のみの艦隊など前代未聞だろうさ」


 私が率いた艦数は35隻、しかし戦列艦はたった5隻であり、残り30隻は火薬を満載した焼き討ち船で構成されていた。


 5隻の戦列艦を横向きに配置して残りを隠し、敵が突撃してくるタイミングに合わせ戦列艦は左右に分かれ焼き討ち船が一気に突っ込んだ。


 当然乗組員が突撃の直前に脱出する必要があるのでそのためにグリフォン、ヒポグリフ、マンティコアなどの幻獣を多く搭載し、哨戒用の竜騎士隊も動員した。


 「しかし効果は絶大でしたな。こちらは老朽化したガレオン船や民間船を30隻失ったのみで死傷者もほとんどいないというのに、敵はつい数か月前に製造したばかりの戦列艦と乗組員を失ったわけですから」


 30隻もの焼き討ち船の特攻によって密集していた敵艦隊は大打撃を受け、10隻近くが沈みおよそ5隻が損傷を受けた模様。


 この状況ならば我がアルビオン艦隊は互角以上の戦いができよう。


 「そうだな、だがこの作戦の評価は帰還してからやるとしよう。全艦に指示を出せ、これよりダータルネスへ撤退する」


 我が艦数は残り5隻、敵はまだ40隻以上が健在。


 ぐずぐずしていれば容易く全滅するだろう。


 「了解ですボーウッド司令官、通信士官、各艦に連絡!」


 私の任務はこれにて終了、後は同僚達の成果に期待するのみだ。



 そして私は隣の木にとまっている一羽の鷹に話しかけた。















■■■   side:ホーキンス   ■■■




 「そうか、よし、我等も撤退する、シティオブサウスゴータまで一気に駆け抜けるぞ」


 部下の使い魔がボーウッドの旗艦『バルヴォ―二』におり彼から連絡が来た。


 ボーウッドの艦隊は任務を果たし撤退を開始した模様、ならば我々もそれに続く。


 既にロサイスの市議会との会合は終了しており、彼らに安心感を与えるために指揮官クラスが留まっていたに過ぎない。


 敵が迫っている以上さっさと退くに限る。


 「了解ですホーキンス将軍、しかし、徒歩というのはどうかと思うんですが?」


 「仕方あるまい、空の機動力は全てボーウッドに持っていかれた、万一ダータルネスに大軍が攻めよせた場合残りの軍を緊急で派遣する必要があるため馬は貴重だ。そうなると我等は必然徒歩となる」


 役割分担上仕方ないことだ。


 「はあ、ですけど連合軍はすぐそこまで来てるんですよね。しかも当然竜騎士隊とかもいる、つまり我々は全力で逃げるしかないと」


 「そうなるな。なあに、シティオブサウスゴータまでおよそ200リーグ、走れない距離ではない」


 「絶対死ぬと思うんですが」


 「愚痴を言ってる暇があれば走るぞ、遅れる奴らはおいていけ!」



 そして我々は走りだす。



 やれやれ、今回は貧乏くじを引いたようだ。













■■■   side:ボアロー   ■■■



 「敵艦隊来襲! 数はおよそ60隻!」


 連絡士官がそのような報告を持って来たがそんなものは見れば分かる。



 「総員迎撃態勢をとれ、事前の配置通りに展開しカナン提督の艦隊が来るまではなんとしても守りきるのだ」


 「ははっ!」


 そして部下達はそれぞれの持ち場に散っていく。


 「しかし、全軍でこちらにきたか、いささか意表を突かれたのは否めないな」


 こちらには陽動部隊が来ると予想していたが本隊がこちらにくるとはな。


 だが本隊がいるのはこちらも同じこと、陸軍3万5千と40隻の艦隊は既に配備されており迎撃態勢は整っている。


 「かくなる上は全力で迎え撃つのみ」


 艦隊がどう動くかを予測しながらそれに応じた防御態勢をとる。


 陸軍の指揮官ならば必須の能力だ。


 その程度ができぬようではあの方の部下となる資格は無い。


 我等は『軍神』の手足なり、故に敗北は許されん。




 「 我らが望むは勝利なり 」











■■■   side:カナン   ■■■



 「司令官! 突如敵艦隊が現れました! その数およそ60隻!」


 通信士官が慌てながら報告する。


 「うろたえるな! 例え敵がどのような数でもいきなり現われようとも我々がなすべきことは変わらぬ。当初の予定通り包囲網を構築する、例え敵が数で勝ろうとボアローの陸軍と挟撃にするならば恐れることは無い」


 「は、はっ!」


 「よいな諸君、あわてず自らの職分を全うせよ、空軍では持ち場を離れることは許されぬ、生き残りたくば艦全体で一丸となって戦うのだ、さすれば道は開かれる」


 「了解」


 どうやら他の者達も落ち着いたようだな。


 「それではこれより迎撃戦に移る! 突っ込んでこない限りは小規模な敵に構うな! 戦列艦の撃破に全力を挙げろ!」



 一度決めれば後は己の職務を果たすのみ。


 軍隊の中でも空軍はその性格が最も強い。


 故に専門職の集まりであり平民の士官も存在する。


 もっとも、ガスパール元帥が総司令官となってからはその数は数倍に増え、有能な者は身分を問わず重用されるようになった。


 「彼らを率いる以上、我々に敗北は無い」


 そう確信が持てるほど今の空軍は充実している。


 この時代に生まれたことを感謝しよう。



 もっともその感情ではボアローには勝てんが。














■■■   side:ハインツ   ■■■



 初戦は計画どおりに進行した。


 ルイズはダータルネスに『幻影(イリュージョン)』による偽艦隊を作り出し迎撃軍を出し抜くことに成功。


 連合軍はロサイスを占領するも守備兵は皆無で逆に不気味さを残す。


 ボーウッドの艦隊によって連合軍艦隊は打撃を受け、空軍力はほぼ互角となった。



 連合軍にとっての戦略目標は達成できたが、それはアルビオン軍も同じこと。


 どちらが次の戦略で上をいくかがポイントとなるがあの司令官ではどうにもなるまい。



 唯一対抗できそうな“博識”にはまだ権限が無い、あくまで切り札に過ぎない彼女は軍の方針を覆すことはできない。


 それこそが“軍神”と“博識”の最大の違いである。



 「さて、ルイズと才人はこの逆境を乗り越え、さらなる成長を果たせるかな?」




 物語中盤の山場はまだ始まったばかり。









[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十八話  魔法学院の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 23:15
 連合軍はロサイスを占領、アルビオン軍は決戦を避けロンディニウムに立てこもる。


 白の国ではそういった状況が展開されているが物語はトリステインでも進行中。


 助演達もまたこの壮大な劇においてそれぞれの役割を演じていく。








第十八話    魔法学院の戦い







■■■   side:オスマン   ■■■



 わしは今現在ある人物と会談しておる。


 トリステインではそれほど知られている人物ではないが、ガリアではその名を知らぬ者はおるまい。



 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。



 この学院に最も多額の寄付を行っている、実質的な経営者とも言える人物じゃ。


 「しかし、生徒を戦場へ連れていくのはどうかと思いますがねオールド・オスマン、俺は子供達を戦場に送り込むためにこの学院に金を出しているわけではないのですが」


 とても手厳しい言葉じゃな。


 「それについてはわしも同感じゃ、子供達を戦場に送り込むなど本来ならばあってはならぬことなのじゃがな」


 わしとて現在トリステインが未曽有の危機に瀕しておるのは理解しておる。


 このまま坐しておればあのゲイルノート・ガスパールにトリステインは滅ぼされるじゃろう。


 しかし、だからといって子供達を戦場に送り込んでよいはずがない。彼らが自発的に参加するのは止められぬが、王政府が主導し半ば強制するようなやり方には問題がある。


 「その上でお認めになったのですか?」


 「ただのおいぼれに過ぎんわしでは王宮の勅命を覆す力など無い。当然抗議は行った。女生徒達がラ・ロシェールでの見送りに参加するのを禁じたのもその表れじゃがせいぜいその程度が限界じゃ」


 わしも老いたものじゃて。


 「ですが、貴方はかつて王宮で大臣を務め、軍人としても元帥まであと一歩というところまで登りつめたと聞いてますが」


 「遙か昔の話じゃ、それこそあのフィリップ三世よりさらに前のこと、今は魔法学院の学院長という名誉職に就く隠居爺に過ぎん」


 このトリステイン魔法学院の学院長は権威こそあるが実権は何も無い。王宮に仕えた大臣などが老齢によって引退した後最後に就く墓場のような役職じゃ。


 「左様ですか。まあガリア人である俺が干渉できるわけもありませんから、大変忌々しいことですが、トリステイン王政府の要求に従うしかないということですか」


 彼は残念そうに呟く。


 彼についての情報はいくつか知っておるが、そこから彼がどのような人物か判断するのは非常に難しい。



 ガリア王国の王位継承権第二位であり、ヴァランス公爵家の当主。


 今は自分の領土ではないが旧ヴァランス領の総督を務め、宮廷監督官、近衛騎士団長などを兼任しておりガリア最大の権力者とも呼ばれる。


 しかし実際の政治には一切関わっておらんようで、現在のガリアは王が政治に関心をもたず一日中遊び呆け、宰相である王女も同様に遊び三昧の日々を送っていると噂されておる。


 故に九人の有力者の合議によってガリア王政府は運営されている、ということになってはおるが真実は分からぬ。


 しかし彼がヴァランスの民から神の如く慕われているのは紛れもない事実。


 彼が11歳の時に王家に全領土を譲渡して以来、ヴァランス領は富み栄え、貴族の横暴も神官の傲慢もなく、盗賊や幻獣の被害も少なく、貧民はほとんどおらず、平民にとっては理想郷のような土地になっているという。


 しかし彼が直接統治にあたったわけではないらしいのが珍しいところじゃ。何でも幻獣や盗賊退治などは自ら赴き一瞬で終わらせるそうじゃが、統治自体は優秀な家臣団に一任しておるとか。


 にもかかわらず汚職は一切なく、統制がとれ、貴族と平民が一致団結して生活しておるというのじゃから一体どのような手法を用いておるのか。



 「“光の君”としてはやはり子供が戦争に送られるのは見過ごせぬかね?」


 ヴァランスの領民は“光の君”と彼を呼ぶ、それだけで彼がどれほどの人格者か予想できそうなものなのじゃが。



 「強制的に送り込むのは反対ですね。それはともかく、もう一つの異名の方がよくご存じなのではないですか?」



 彼のもう一つの異名は“悪魔公”、ガリアの宮廷ではそう呼ばれておるらしい。


 平民には誰よりも寛大な彼じゃが貴族に対しては苛烈極まりないとか、火あぶり、串刺し、八つ裂き、そして“蟲毒の壺”、あらゆるやり方で反逆者を処刑したとされておる。


 全ては噂に過ぎず、この噂とてトリステインで知る人間はほとんどおらんじゃろう。

 しかしロマリアの枢機卿を殺したという話も聞いておる。

『光の溢れた土地』と神官は言うが、実際には貧民窟の見本市である宗教都市ロマリア。そこの偉大なる枢機卿を殺した神を恐れぬ悪魔が治める土地が、“光の君”の慈愛に満ちた平民にとっての理想郷なのじゃから皮肉な話じゃ。



 「まあ噂程度は知っておるが、大したことは知らん。それに実際に会ってその人物を見極めるというのが昔からのわしの方針でな」


 ただ一つこの人物に対して分かることはある。


 「ほう、それで貴方の俺に対する評価とは?」


 「恥ずかしながらよく分からぬ。じゃが、ミス・オルレアンをとても大切に思っているということだけは理解できるわい」


 この人物がトリステイン魔法学院に多額の寄付を寄せる代わりに出してきた条件がある。


 それはシャルロット・エレーヌ・オルレアンという少女の素性をこの学院内で一切明かさぬこと。


 万が一ガリア王政府が何らかの干渉をしてきても彼女をトリステイン魔法学院の学生として守るために最大限の努力をすること。


 他にも幾つかあるが、ようはそういうことじゃ。



 「オスマンさんには感謝してますよ。何しろ事情が事情ですから、リュティス魔法学院に通わせるわけにはいきませんでしたから」


 彼女の父はかのオルレアン公、確かにその娘である彼女をリュティスに置くのは危険が大き過ぎる。


 「それは構わんよ、一度預かったからには彼女はこの学院の生徒じゃ、それを守るためならばあらゆる努力をしよう。じゃが、その生徒を戦場に送らねばならんというのも因果なものじゃ」


 本当に、世の中ままならぬものじゃ。


 とそのとき、ドアがノックされる。


 秘書のマチルダは今アルビオンに里帰りしておるのでおらぬ。


 何でも家族が戦争に巻き込まれる恐れがあるので、安全な場所に避難させてくるということじゃったが。


 まあ、彼女ならば心配あるまい。


 「どなたかな?」


 「銃士隊隊長のアニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、ただいま到着いたしました」


 そういえばそういった話が来ておったな、女生徒の見送りを禁止したことが王宮の馬鹿貴族を刺激したようじゃ。

 やれやれ、あのような貴族を率いねばならぬとは、マザリーニ殿の苦労が思いやられるのう。


 わしが王宮にいた頃はここまでひどくはなかったと思うのじゃがな。



 銃士隊隊長のアニエス殿が部屋に入ってくる、彼女の任務は女生徒に軍事教練を施すこと、女子供まで駆り出すとはのう。


 「この方は?」


 ハインツ君を指して尋ねる。


 「なに、ある女生徒の身内の方じゃ、戦争に自分の妹を連れて行くなと嘆願に来られてのう」


 実際は違うがあえてそう答えておく。


 「左様ですか、しかしそういうわけにもいきません。これは陛下の勅命なのです、女生徒に軍事教練を施すために我等は派遣されました」


 ふむ、まだ若いのう、有能ではあるようじゃが経験が足りん。


 部隊を率いて立ち回ることには自信がありそうじゃが、こういう場面での政治的な駆け引きは苦手と見える。


 まあ軍人らしいといえばらしいのじゃが、陛下の近衛隊の隊長を務めるならばそういったことにも長けていなければならぬ。彼の髪を見て彼がトリステイン貴族ではなく、ガリアの上級貴族であることぐらいは見抜かねば。


 まあ、つい半年ほど前までは一介の平民じゃった彼女にそこまで要求するのは少々酷かもしれんが。


 「やれやれ、戦とはいえ惨いもんじゃのう」


 「こたびの戦を“総力戦”と王政府は呼んでおります」


 よどみなく答えるアニエス殿。


 「何が“総力戦”じゃ、もっともらしい呼び方をすればよいというものではない。女子供まで駆り出す戦に正義があるものか」


 そこは譲れん。


 「では、貴族の紳士や兵隊のみが死ぬ戦いには正義はあるのですか?」


 そう言い返してくる。


 確かに正義などありゃせんかもしれんがそういう話ではないのじゃ。


 「死は平等です、女も子供も選びませぬ、それだけのこと」


 それはある意味真理であるかもしれん、じゃが、それをお主が言ってはいけまい。


 そう思い言い返そうとした時。




 「ふむ、要は自分達の無能さを棚に上げて女子供に責任を押し付けると、そういうことですかな?」


 ハインツ君がそう発言した。


 「何だと?」


 怒気を向けるアニエス殿。


 「そうとしか聞こえませんでしたが? 貴女方トリステインの軍人が不甲斐無く弱いから女子供まで動員する羽目になった、ただそれだけのことでしょう? 現にゲルマニアではそのようなことは行われておりませんよ」


 彼が言うのは事実、軍事力では遙かにトリステインの上を行くゲルマニアにとってこれは総力戦ではない。

 我が国と違いゲルマニアにはこの戦争に負けても後がある。アルビオンとて無傷で勝てるわけはないじゃろうからその先は未知数。


 「貴様、本職を愚弄するか?」


 最早殺気と称して構わんほどの気を放つアニエス殿、まるでむき出しの刃じゃのう。


 「さて、それをしてるのは貴女では? 貴女は先程言いましたね、貴族の紳士や兵隊のみが死ぬ戦いには正義はあるのかと」


 ハインツ君は平然と答える。


 「では逆に問いますが、正義が無いならば、なぜ貴女方軍人は存在しているのですか?」


 「何だと?」


 「言葉どおりですよ、貴女方は治安を守るためならば非協力的な平民に暴力を加えることすら認められている。魔法や剣、銃といった武力を持ち民衆より優位な立場にあり相応の特権を有している。ならばその特権は何のために存在するか? 戦争の際に民の盾となって戦うこと、命を懸けて敵と殺し合うこと、自分の命を懸けるが故に人間を殺しても罪にはならないのが軍人でしょう」


 そう、そのために軍人は存在する。


 「それをしないならば軍人は野盗と変わりません。ただ民に暴力を振るうだけの存在となります。民の為に戦うことが軍人の正義でしょう、それを貴女自身が否定するのはいかがなものかと思いますが」


 民の為に戦うからこそ正義があり軍人足り得る、それがなければただの略奪集団に過ぎぬ。


 「その戦場に女子供を送り込むことになったのは、まあ仕方ないことかもしれません、国家間戦争というものは軍人だけではどうにもならないこともあります。ですがそんなことをする羽目になった自らの不甲斐無さを嘆くならともかく、率先して女子供を送り込もうとするのはどうかと思うのですが」


 「ぬ・・・」


 言葉が続かぬア二エス殿、やはり論戦は苦手のようじゃな。ガリアの宮廷で度重なる論戦を勝ち抜いてきたであろう彼に敵うはずもない。


 「もし我がガリアでそんなことを言い出せば上官からぶん殴られるかもしれませんね、そういうことをしそうな友人にも心当たりがありますし、それ以前に軍部から王政府に大抗議がいくでしょうね。「ふざけるな、まず一か月時間をよこせ、その間に全部片付けてやる。女子供を戦場に送り込むなど間違ってもほざくな!」といった感じで」


 なんとも豪気な友人じゃな。


 「・・・」


 押し黙るアニエス殿。


 「ああ、それとも何ですか? 軍人たる者、王家の勅命にはただ従っていればよいとでも? 命令ならば女子供を戦場に送り込もうが何をしても構わないと、例えば罪も無い女子供を村ごと焼き払ったりなどしてもよいと」


 その言葉にアニエス殿が反応する。


 「ふざけるな! 罪も無い村を焼き払うなど許されるはずがない!」


 「しかし、女子供を戦場に送り込むことと、女子供を村ごと焼き払うこと、どちらも国の為ならばやるのが貴女のおっしゃる軍人なのでは? 例えば疫病などが発生すれば他の大勢を救うため、罪も無い村を焼き払うこともあるでしょう。他の国民を救うために貴族の女子供を戦場に送り込むことと、本質ではさほどの違いはないと思いますよ」


 「そんな、そんな馬鹿な話があるか!!」


 激昂するアニエス殿、むむう、何か彼女のトラウマに触れるようなことだったのじゃろう。


 「確かに、平民と貴族では同じ女子供でも違いがあります、貴族は平民からの搾取によって成り立つ存在、故に平民の為に戦う義務がある、ですがそれは大人になってからの話だと思いますよ。どの家に生まれるか子供は選べないわけですから、その義務を問えるのは大人になってからでしょう、もっとも、俺だったら平民も貴族も容赦なく殺しますが」


 「何?」


 「これはあくまで一般論のようなもの、いわば社会上の建前というやつですね。国家を運営する以上建前はとても大切ですが個人の意思は別です、俺はそういうことに関係なく自分の考えで何でも決めて、殺したいやつは誰だろうと殺しますし、助けたいものは誰だろうと助けます」


 「・・・」


 それは、何とも特殊な考えじゃな。


 「ですがまあ職分は果たしますよ。もっとも俺は軍人ではありませんが、ガリアでは近衛隊は保安省の管轄になるので軍務省の管轄の軍隊とは少々違うのです。ま、いずれは表向きな官職は全部捨てて裏方に徹したいと思ってますが、その方が自由度高いですし」


 権力を自由のために捨てるか、しかし役目にあるうちは職務は果たす、真面目なのか不真面目なのか判断に迷うのう。


 「しかし、貴女が軍人であり続けるならば軍人の義務を果たさねばならないでしょう。軍人とは国家の狗、国家の付属品。その自覚はあるでしょうが、主人が崖に向かって歩いているなら犬は噛みついてでも主人を止めるものです。例えその結果、主人から捨てられることになろうとも」


 「・・・」


 考え込むアニエス殿。


 「おっと、長々と話しこんでしまいましたね、貴女には職務があるのでしょう。ここがトリステインである以上は俺にはそれを止めることはできませんので」


 そうして彼は立ちあがる。


 「また近いうちにお会いしましょうオールド・オスマン。その時は戦争が終わっていることを願います」


 そして彼は部屋を出て行った。







 しばし後。


 「それでは、私も職務に戻ります」


 復帰したアニエス殿がそう告げる。


 「うむ、止められん以上は仕方ない。アニエス殿、戦場で生き残るための技術を最優先で学ばせてやってくだされ、その程度の裁量は貴女に委ねられておるじゃろう」


 「了解した」


 そうしてアニエス殿も退出していった。





 「ふむ、“光の君”に“悪魔公”のう」


 どちらも彼を表すのに相応しい、誰よりも残忍で誰よりも優しい、それが一切矛盾なく両立しておる。


 彼の考えは平民にとってこれほど嬉しいものは無い、“光の君”たる彼は軍人や貴族が責務を全うし平民を守ることを第一とする。


 しかし現実はそうはいかずそんな貴族や軍人は極一握り、代わりに腐った貴族や軍人が大繁殖しておる。


 おそらくそういった者達は“悪魔公”によって法ではなく彼の意思によって殺される、先程の彼の発言と目はそれを裏付ける。



 光と闇が完全に両立しておるわけじゃな、わしは自分でも呆れるほど長く生きてきたが、あのような者を見たことは無い。


 「まるで闇が輝いておるかのよう、さしずめ“輝ける闇”といったところか」


 故に信用できる。例えどんなことがあっても彼が自分の考えを変えることはあるまい。


 ガリア王政府の命令であっても自分の意にそぐわぬのならば平然と無視するじゃろうし、下手すれば逆に脅しをかけるかもしれん。”悪魔公”らしく。


 相手によっては、迷惑極まりない存在であるのも間違いなさそうじゃが。


 「新しい時代が来ておるということかのう」


 彼を見ているのとなんとなくじゃがそういった考えが浮かぶ。



 「老いぼれはただ見守ることとしようかの」


 マザリーニ殿には悪いがわしは隠居同然なのでな。



 もっとも、彼にならって出来ることは全てやるつもりじゃが。














■■■   side:ハインツ   ■■■



 さて、コルベールさん勧誘作戦の仕込みは済んだ。


 アニエスさんには悪いけどコルベールさんは技術開発局に必要不可欠な人材なので復讐を遂げさせるわけにはいかない。


 故に行動原理に楔を打ち込ませてもらった。今のアニエスさんには問答無用でコルベールさんを殺すことはできまい、まずは彼がどういう命令を受けどういう気持ちで任務にあたったのかを訊かねばならない。


 そしてその答えは彼女がこの戦争でやらされていることと本質的には違わないという事実を知ることになる。そうすればコルベールさんへの恨みも薄れてくれるだろう。彼女にとってもそれがいいと思う。俺の勝手な主観だが。

 俺の仇だった馬鹿(エドモント伯)や、カーセの仇だった”隻炎”のピエールのように、殺してもまったく心が痛まない相手だったり、真っ向から敵討ちに応じる好戦士ならばともかく、贖罪の日々を送ってきたコルベールさんを殺したら、きっと彼女は迷うだろう。


……しかし言い方が少しきつかったか、古傷抉る様なこといったからな。しかし途中で変に優しくするのもおかしな話だ。言ったことは本音だ。


 アニエスさんには嫌われたかな?まあいい、悪魔は常に嫌われるものだ。


 ま、後はなるようになるだろう。



 それよりも学院襲撃の方がポイント。


 ヒゲ子爵と炎馬鹿のメンヌヴィル、この二人がメイジ十数人と平民の傭兵百人ほどを率いて襲撃してくる。


 やや多い部隊なので秘密裏に送り込むにはトリステインの戦列艦が邪魔だったのでロサイス占領が済んだこの時期にした。おそらく問題なくここまでたどり着くだろう。


 そろそろ神聖アルビオン共和国も役目を終えるので、新王となるウェールズにとって邪魔にしかなりそうにない奴らをまとめてここに送り込んだわけだ。


 とはいえ無闇に死傷者が増えるのもまずいので一応俺が『アンドバリの指輪』の劣化模造品『アムリットの指輪』をいくつか持って救護に回る。“ヒュドラ”も使うことになるかもしれん。


 だから俺がわざわざここに客としているわけだ。


 とはいえこれも一種の試練なので基本的には手は貸さない。


 「さて、シャルロット、キュルケ、モンモランシーはどれほど成長したか、そしてコルベールさんの戦闘能力は如何ほどか、大いに楽しみだ」


 この学院は今やただの貴族の学び舎では無い。


 あちこちに緊急用の仕掛けが施され、それを知ってるのはあいつらとオールド・オスマンくらいだが面白いことになりそうだ。














■■■   side:キュルケ   ■■■


 妙な気配を感じて私は目を覚ました。


 うまくは説明出来ないけど“虫の知らせ”ってやつかしら?


 「まったく、ルイズ達と行動してるとこういう部分だけが発達していくわね」


 いや、正確には元凶は一人、あの男だ。


 夏期休暇以来、私、シャルロット、サイト、ルイズ、ギーシュ、モンモランシー、マリコルヌの7人は共に行動することが多くなった。


 一介の傭兵団より余程熟練してる幻獣始末屋と化した私達は休暇後もたびたび出動した。


 しかもその際の指揮官はルイズ、あの子はここ数か月でもの凄く変わった。私もまさかここまで変わるとは思って無かった。


 変わったのはルイズだけじゃなくてサイト、ギーシュ、モンモランシー、マリコルヌも同じ、ルイズほどじゃあないけどトリステイン貴族っぽさがほとんどなくなったのよね。


 「ハインツと関わった奴は皆、ハインツ毒に侵されていくわね」


 とはいえハインツに言わせると皆そういう素養をもっていただけらしい。


 類は友を呼び、同類が自然と集まっただけらしく、ハインツが友人達と作ったという『影の騎士団』もそんな感じで出来たとか。


 それに倣って私達も何か団体名を付けようかという話になったが中々良い案が浮かばず、現在は『ルイズ隊』と暫定的に呼んでいる。


 その『ルイズ隊』のメンバーは学院で不測の事態が起こった時はある場所に集合することになっている。


 シャルロットはもう向かってるでしょうし、モンモランシーもすぐに向かうはず。


 「さて、私も行きますか。フレイム、貴方も例の場所で待機してなさい」


 「キュルキュル」


 元気に返事するフレイム、うん、相変わらずいい子だわ。















■■■   side:シャルロット   ■■■


 「おや、ミス・タバサ、どうしたのかね?」


 どうやら私が一番乗りだったみたい。


 「様子が変、おそらくルイズが予想した襲撃」


 「そうか、来るべき時が来たということか」


 表情が変わるコルベール先生。


 元々、彼の研究室は本塔と火の塔に挟まれた一画にあったボロい小屋だったのだが、サイトのゼロ戦が運び込まれた時期に“偶然”それを見かけたハインツが研究への資金援助を開始したことから、今では結構立派な建物になっている。


 しかもハインツがガリアから持ち込んだ新型マジックアイテムも参考資料として保管されており、その中には“あれら”も含まれる。


 ハインツは本気でコルベール先生を勧誘する気みたい。


 「ミス・ツェルプストーとミス・モンモランシは?」


 「そのうちくるはず、バラバラで向かうことになってるから」


 「そうか、ではその間に出来るだけ情報を集めておこう」


 そして彼は監視用ガーゴイルの“アーリマン”を起動させる、これもハインツが持ち込んだものだ。


 扱いが意外に難しく、かなり訓練しないとまともに扱えない。


 軍で採用するには専門職が新たに新設されると言っていた。



 私も私で戦闘準備を始めることにする。











 「あら、やっぱりタバサのほうが早かったわね」


 そうこうしてるとキュルケが到着。


 「フレイムは?」


 「例の場所に待機中よ」


 私達メイジにとって感覚を共有できる使い魔の存在はかなり重要になる。


 特にこういった狭い場所での戦いでは、離れた場所の情報を入手できるのは大きなアドバンテージになるが、多くのメイジはその事実にあまり気付かない、不思議だ。


 「コルベール先生は?」


 「今は“アーリマン”の操作に集中してる、話しかけないほうがいい」


 「そう、だったら私も準備しておくわ」


 そういってキュルケも戦闘準備を始める。


 私はもう終えたのでシルフィードと感覚を繋いで空から敵を監視することにする。






 少し後。


 ボコッ


 という音と共に地面が開き中からモンモランシーが出てくる。


 「流石は“穴掘り”のギーシュの彼女ね、よく地下トンネルを迷わずここまでこれたわね」


 キュルケが感心してるけど私もそう思う。


 「その渾名には賛同できるけど一応まだ“青銅”のギーシュよ、それにやっぱりギーシュなしじゃ多少は時間かかるわ。地図を見ながらになるもの」


 そういいながら埃を払うモンモランシー、トリステイン貴族のお嬢様が地下トンネルをくぐって脱出するなど誰が考え付くだろうか。


 「へえ、ギーシュはギーシュでも取りえはあるのね」


 キュルケはそう言うけど、こと地面関係において彼は天才だ。


 使い魔のヴェルダンデとのコンビネーションもあるけど、全く明かりも目印も無い地下で彼はどういうわけか方角と進んだ距離を正確に把握できるのだ。


 そしてそれが“空気穴”のマルコルヌと合わさると強力になる。


 ギーシュの指示のもとヴェルダンデが穴を掘り、マリコルヌが空気穴を開けることで地下を難なく進むことが可能になる。


 私は「風」のトライアングルだけど“空気穴”にかけてはマリコルヌに及ばない、彼もどういうわけかそこに異常に長けている。



 彼らはどんな場所からでも簡単に脱走でき、覗きのためならどんな長いトンネルでも掘りきる。



 ……変態の天性を持っているのかもしれない。



 「まーね、あんなんでもいいとこはあるのよ。さて、私も準備に入るわ」


 そう言って奥の部屋に向かうモンモランシー。

 奥には彼女の秘薬調合室があり、様々な試料や秘薬が並んでおり彼女渾身の作品もいくつかある。


 これまたハインツの資金援助によるもので、彼曰く「未来への投資」だそうだ。


 多分いつか彼女もハインツにこき使われる日がくるのだろう。




 そして、皆の準備が整う。










 「さて、敵の数は大体把握できた、隊長が二人、その指揮下にメイジが十数人、そして平民の傭兵がおよそ百人だ」


 コルベール先生が切り出す、ルイズがいない場合は彼の指揮に従うことが予め決められている。


 ギーシュとマリコルヌが士官教育を終えた後一度帰ってきたことがあり、久々に7人が揃った時にコルベール先生が自分の過去を私達に語ってくれた。


 その話を聞いた彼らは決意を新たに戦場に向かい、私達は学院を守ることになった。


 「既に本塔と寮塔は制圧され、およそ90人の生徒と女性教師、そしてオスマン学院長が捕らえられている」



 オスマン学院長はあえて敵に捕まる手筈になっている、生徒達のまとめ役が必要だからだ。



 「王宮には既に連絡が行っているが、戦争に戦力の大半が投入されており、スクウェアメイジ二人と十数名のメイジに対抗できる戦力は残っていないだろうから援軍は期待できない」


 それを見越して敵は奇襲をかけてきたのだろう。


 「だから我々だけで片をつける、幸運にも銃士隊が10名ほど生き残っているので彼女らと協力する」


 そして作戦は決定された。











■■■   side:モンモランシー、   ■■■



 私は現在またしても穴の中。


 銃士隊の人5名を案内しながら地下トンネルを進んでいる。


 「まったく、なに考えてやったのかと呆れたけど、役に立つこともあるのね」


 緊急脱出用のトンネルはともかくこのトンネルは食堂に繋がっており、あの馬鹿二人が食堂に忍び込んで食糧の略奪を行うために作り上げたものだ。


………サイトもタバサと一緒にたまに利用してるみたいだけど。


 私の目から見てもあの二人は結構お似合いだと思う。もっともそれにはルイズが最大の障害のはずだったけど、どういうわけか今や仕掛け人の方になってる。


 本当、ルイズに何があったのかしら?


 とはいえ今のルイズは頼りになる司令官で、その指揮のもと私達『ルイズ隊』は動いてる。


 最近ではコルベール先生も監督役として加わっているので授業方面の障害も減った。


 ただ授業受けてるよりゃ、百倍ためになるからね。


 「到着です、この上に食堂が存在します」


 私は案内してきた人達に告げる。


 「感謝する、しかしいきなり突入しても人質に混乱が起こり被害がでかねませんね」


 隊員の人はそう言う。


 「大丈夫です、これを使うので問題ありません」


 そう言って私は渾身の作品を取り出す。


 「それは?」


 「『眠りの雲(スリープ・クラウド)』を凝縮して固め、さらに別の魔法薬を加えることで容積を数十倍にしたものです。これを専用の魔法薬と反応させて放り込めば一瞬で食堂中に密度が濃い『眠りの雲』が発生し全員を眠らせることができます」

 これを作るにはなんと1000エキュー(1000万円)もの金がかかっている、ハインツの資金援助があればこその代物ね。


 まあ、使うために作ったんだし、どうせなら元がとれそうなこういう作戦で使いたかったというのが本音なんだけど。


 何しろ金持ち貴族のお嬢様を救うんだから相応の報酬はふんだくれるわ。


 「しかし、それを使っては突入する私達も眠ってしまうぞ?」


 「それも心配ありません、こっちの薬を事前に飲んでおけば薬の効果は体内で相殺されるので」

 そう言って別の薬を取り出す。


 そういう風に実戦的に使えてこその渾身作。


 “香水”のモンモランシーを甘く見るんじゃないわよ。


 「何とも凄いものだ」


 私は微笑む。


 「ふふ、それじゃあいきましょうか」










■■■   side:コルベール   ■■■



 私は今学院周囲に潜んでいる傭兵隊を監視している。


 彼らは万が一逃げ出すものがいた場合、それらを捕まえるためと王宮側の干渉を防ぐために存在すると考えられ、私の役目は我等を殲滅することにある。


 「やれやれ因果なものだ、生徒を守るためとはいえまたこれを使うことになろうとは」


 しかしこれは私が選んだ道だ。

 座しているだけでは何も変わらないし何も救えない。

 私は22歳も年下の青年からそのことを教えられた。


 「もっとも、殺人の数に関してはむこうが先輩のようだが」


 私がダングルテールで殺した数は131人、そしてその任務以外でも多くの人間を殺している。


 しかし彼が殺した数は既に1000を軽く超え、間接的なものを含めれば万を超えるという。


 一体どうすればそれほどの屍を背負いながらあのように真っ直ぐ走れるのか。


 私がこうして再び走り出したのもそれを知りたいからかもしれない。


 「私は生徒を守るために戦う、それが教師としての私が戦う理由だ」


 そして私は詠唱を始める。


 「火」・「火」・「土」、火が二つに土が一つ。


 『錬金』によって空気中の水蒸気を気化した燃料油に変え空気と撹拌する。


 そこに点火し巨大な火球を作り上げ、あたりの酸素を一瞬で燃やし尽くし範囲内の生物を窒息死させる。


 『爆炎』と呼ばれる残虐無比の虐殺魔法。



 範囲内にいた数十人の傭兵が音も無く窒息死していく。



 “炎蛇”の狩りが始まった。














■■■   side:アニエス   ■■■


 私は部下4人と共に食堂から撤退している。


 一度突入を試みあっさりと撃退され、そして追ってくる敵を所定の場所に誘導するのが私の役目だ。


 「全員、無事か!」


 「はい!」


 各員から返事が来る。


 「よし、我等は食堂にとってかえす、潜入組がそろそろ仕事に入るはずなのでその援護に回る」


 既に敵二名はそれぞれの場所へ引きつけた、我々は我々の任務に専念する。


 そうして次の行動に移っていると部下の一人が声をかけてきた。


 「隊長、彼女等は大丈夫でしょうか? 敵はかなりの手誰のように見受けられましたが」


 その不安は私にもある、しかし今は人質の救出を優先すべき。


 「今は任せるしかあるまい、我等が失敗すれば彼女らの頑張りも無駄となる。せいぜい手早く片付け援護に向かおう」


 私は彼女らが無事でいてくれることを願いながら食堂へ向かった。














■■■   side:キュルケ   ■■■



 「あらあら無粋なものね、レディに対していきなり炎をぶつけるのは礼儀知らずじゃなくて?」


 私は、今敵の隊長と対峙している。


 コルベール先生の予定ではなかったことだけど、やっぱり情熱を司る“微熱”としてはこうしたかったのよね。


 「ふん、小娘風情が随分な口を利くものだ、いいだろう、オレの炎で焼き尽くしてくれる」


 そして次々に炎が飛んでくる。


 ドゴドゴドゴ!


 私はそれを避けながら可能な限り迎撃していく。


 「ほう、小娘の割にはできるな、しかしいつまでもつかな?」


 むこうにはまだまだ余裕があるわね。


 この男は「火」のスクウェアメイジ、名を“白炎”メンヌヴィル。魔法研究所実験小隊において副長を務めたかつてのコルベール先生の部下。


 トライアングルの私とでは火力と速射性が違う、今はまだ何とかもっているけどこのままじゃどう考えても押し切られるわ。



 ドガアアン!



 「くっ!」


 至近距離で爆発したけど何とか体勢を整えて着地する。


 この辺はルイズに感謝ね、あの子の爆発に何度も至近距離で巻き込まれたせいでこういったことには自然と耐性がついた。


 「本当、人生ってのは何があるか分からないものね」


 私は微笑みながら言う。


 「何を笑っている小娘」


 「あら以外、目が見えないくせに相手の表情が分かるのね」


 「確かに俺は目を焼かれている故に光が分からん、しかし蛇は温度で獲物を見つけるそうだ。オレは炎を使ううちに随分と温度に敏感になってね、距離、位置、どんな高い温度でも低い温度でも正確に分かる。温度で人の区別もつくのさ」


 へえ、だけど肝心の中身が三流ね、自分から自分の能力をしゃべるなんて戦闘技能者としては下の下よ。ま、それ以前の問題だけど。


 「なるほど、それはいいけど、貴方、私に勝てるつもりなの?」


 「ク、フハハハハハハ! 笑わせてくれるな小娘よ、追い詰められているのは貴様ではないか」


 はあ、駄目ねこいつは、何にもわかっちゃいないわ。


 「いい、ブ男、あんたの敗因を教えてあげる」



 そして私は切り札を取り出す。



 「勝利の女神を敵に回して勝てるわけがないってことよ!」










■■■   side:シャルロット   ■■■



 「ふん、逃げるのはそこまでかね」


 そう言って笑うのはワルド子爵、かつてのルイズの婚約者であり思いっきり振られ、挙句にサイトのコショウ爆弾にやられた男。


 「別に、ここで貴方を倒すだけ」


 私は杖を構える。


 「確か君はタバサとかいったかな、ラ・ロシェールで別れたきりだが随分と余裕だな、まさか俺に勝てるとでも思っているのかね?」

 そう言うこと自体が既に無駄、そんなだからサイトのコショウ爆弾にやられたというのに全く分かってないみたい。


 「当然、貴方は私より弱い」


 こういうタイプを挑発するのは非常に簡単、それに性格が読みやすいから戦闘中に何をやってくるかも容易に想像できる。

 才能の無駄というのはこういうのがいい例だろう。


 「ほう、風のエキスパートである俺に勝てるとぬかすか、その思い上がり正してやろう」


 そして戦いが始まる。












 風の使い手同士の戦いは『ブレイド』などを用いた接近戦か『エア・カッター』などを打ちまくる遠距離戦になる。

 四属性の中で最も幅広い戦術展開が可能なのが「風」なのは間違いない。


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 私は『ウィンディ・アイシクル』、氷の矢を二十本作り出し放つ。


 「ラナ・デル・ウィンデ」

 ワルドは『エア・ハンマー』で叩き落とし、さらに『エア・カッター』で反撃してくる。


 私はそれを避けさらに攻撃を続ける。


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 今度は『氷槍(ジャベリン)』を作り出し投擲する。


 「『エア・ストーム』!」

 しかし「風」・「風」・「風」のトライアングルスペルで方向を逸らされる。


 「どうした、その程度かね」


 そしてワルドの『ライト二ング・クラウド』が放たれる。


 「『ライト二ング・クラウド』!」

 私も同じ魔法で迎撃する。


 バチバチバチバチィ!


 何とか相殺に成功するがワルドはさらなる魔法を唱える。


 「『カッター・トルネード』!」

 「風」・「風」・「風」・「風」のスクウェアスペル!


 「『アイス・ストーム』!」

 咄嗟に「風」・「風」・「水」の『氷嵐』を叩き込むが当然押し負ける。



 ゴオオオオオオオオオ!



 しかし真空の断層はなんとか相殺し、吹き飛ばされる程度で済む。


 そして再び対峙する、強力な魔法を放った後は互いに少しの間魔法が使えない。


 「ほう、俺の『カッター・トルネード』を凌ぐとはなかなかやるな、しかし、先程の勢いはどこにいったのかな?」

 そう言って悠然と近づいてくるワルド。


 本当、さっさと攻めればいいものを。


 「まあ子供では仕方ないかもしれんが戦いである以上は容赦せぬ、風の本領を発揮させてもらうとしよう」

 ワルドは『遍在(ユビキタス)』の詠唱を始める、これを待っていた。
 

 私は勝つための切り札を引き抜く。














■■■   side:キュルケ   ■■■


 ドン!


 という音と共に弾丸がメンヌヴィル向けて飛んでいく。


 「ぬっ!」


 咄嗟に『ファイアー・ウォール』を発動させて弾丸を溶かすメンヌヴィル。


 「あらあら、たかが弾丸一つを必死になって防ぐなんて随分無様ね」


 笑う私。


 これがこいつの弱点、温度によって生物の判断はできても高速で飛来する無機物を正確に察知するのは難しい。


 スクウェアメイジならばどの系統であれ魔法の発動は察知できるけど、銃から放たれる弾丸なら話は別。


 「小賢しいわ小娘が、単発の銃ごときが何になる!」


 歴戦の傭兵とはいってもメイジの矜持ってのはあるみたいね、そんなのあっても何の得にもならないっていうのに。


 「もう一丁あるわよ?」


 「ならば撃ってみるが良い」

 自信満々に答えるメンヌヴィル、どうやら次は点に点で対応する気みたいね。


 点の攻撃を面で防ぐのは効率悪いけどそれなら最小限の消費で済む、こいつの実力なら二発目を正確に迎撃するくらい容易。


 「じゃあお言葉に甘えますわね、どういうわけか知らないけど、私って銃との相性が抜群にいいのよね!」

 私は『ブレイド』を用いた接近戦には向いていない、火力と精密性の両立こそが私の持ち味。


 だからかもしれないけど私は銃との相性が凄くいい、数発撃っただけで狙った場所に中てれるようになったもの。
 

 ドン!


 飛んでいく弾丸。


 「甘いわ!」


 迎撃する炎弾、だけど甘いのはそっちね。


 ズガアアアアアアアアン!


 「ぐおおおおおおおおおおおおおお!」

 目前で弾丸は炸裂し、メンヌヴィルは顔に大火傷を負う


 私が二度目に撃ったのは「火」の魔弾「イグニス」、ハインツが持って来た新兵器。



 「おのれ、小娘がああああああ!」


 そしてメンヌヴィルは巨大な『炎球』を作り出す、トライアングルの私ではあれには対抗できない。



 そう、トライアングルだったら。



 「さて、切り札その2の出番ね」


 私は簡易版“ヒュドラ”を使用する。


 効果時間は数分と短いけどその分副作用も少ないお買い得品、ぶっちゃけ本物は数時間持つ代わりに副作用がキツイのよね。


 「はああああああああああああああああ!」

 私も巨大な『炎球』を作り出す、「火」・「火」・「火」・「火」で作られた最も破壊力に特化した純粋な炎の塊。



 「何だと!?」

 メンヌヴィルが察知したようで驚きの声を上げる。


 「これで最後よ、どっちの炎が強いか真っ向勝負といきましょう!」

 私はそう挑発する。



 「面白い! “白炎”たるオレに勝てると思うな!!」


 「上等! “微熱”の本領を見せてやるわよ!!」


 そして互いの炎はさらに巨大化する、この一撃に互いの全てを込めるために。


 だけど、やっぱり向こうの方が大きいわ。



 「終わりだ小娘!」

 そしてメンヌヴィルが杖を振り下ろす直前。



 「やりなさい、フレイム」

 私はそう呟く。



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!



 「ぐああああああああああああああ!!」


 ヴェルダンデが事前に掘っておいた穴に隠れていたフレイムが顔を出し、メンヌヴィルに火炎のブレスをお見舞いする。



 これが本当の策、メンヌヴィルが温度を察知することは様々な噂を総合して“博識”のルイズが事前に導き出した。


 ルイズが噂から判断したところメンヌヴィルが『レコン・キスタ』に協力しているのは間違いなく、学院襲撃などの汚れ仕事を実行するのは間違いなくこの男になると確信した。


 ならば後はその裏をかく戦術を立てるのみ、いくら温度を察知できても地下深くに身を潜めるフレイムを察知することは出来ず背後への警戒がゼロになる。


 だけどサラマンダーであるフレイムが地表に顔を出せばその瞬間に察知出来る。それをさせないためにメンヌヴィルと私で極大の熱源を二つ用意した。


 この状況では熱源に近すぎるためメンヌヴィルはフレイムを察知できなくなる、そして無警戒の背後から完全な奇襲を受けることになった。


 「流石は“博識”のルイズね、完全に決まったわ」


 そして私は止めを放つ、メンヌヴィルの炎は集中が途切れたことで霧散している。といってももう半分くらい黒焦げなんだけど。


 「メイジと使い魔はパートナーよ、それを忘れた時点で貴方はメイジ失格ね」


 「が、あ、あああ」


 ドゴオオオオオオン!


 私の『炎球』がメンヌヴィルを包み込み灼熱の中心に捕らえる。


 メンヌヴィルの肉体は骨しか残らなかった。



 「ルイズ隊の移動砲台にして勝利の女神、“微熱”のキュルケを侮ったわね」



 司令官であるルイズが練った戦略及び戦術を確実に遂行するのが私達『ルイズ隊』なのよ。














■■■   side:シャルロット   ■■■



 4体の『遍在』が出現し状況は5対1となる。


 一見絶体絶命だがこの状況は私に有利に働く。



 ドン!


 私は銃を遍在目がけて撃つが、彼は難なく『エア・ニードル』で弾こうとする。


 しかし。


 ズバン!


 弾丸は真空の刃と化し彼の首を飛ばす。


 「何だと!?」


 本体が困惑の声を上げるが私は一気に畳みかける。


 ちなみに“精霊の目”によってどれが本体かは一発で分かり、現在では右目が先住魔法、左目が系統魔法対応となっている。


 ドン!

 もう一発別の銃を遍在向けて撃つ。


 「ちっ!」

 咄嗟に避けるもののそれは悪手。



 バチバチバチバチィ!

 弾丸から電撃が炸裂し周囲に降り注ぐ。


 「ぬぐああああああああ!」

 遍在が消滅する。


 一丁目は「風」の魔弾「スライサー」、二丁目は「雷」の魔弾「ヴァジュラ」、異なる魔弾を装填してあった。


 「な、何だその銃は!?」


 動揺するワルド、こういった不測の事態に弱い。


 これが『遍在』の弊害、それぞれ意思持つ分身体を作り出し本体とのに意思の共有が可能となるが、それゆえに判断力が少し低下する傾向がある。


 それに遍在は殺されても問題ないので必然防御が甘くなる、しかも精神力を均等に配分してしまうことを考えると大量に作り出すことは決して有効な手段ではない。


 1対多数の状況で使うなら大いに効果を発揮するが1対1の状況では逆に命取りになることがあり、使いどころが難しい魔法なのだ。


 そしてこの隙を見逃すつもりはない、一気に畳みかける。


 ≪シルフィード≫


 ≪きゅいきゅい、準備完了、いつでもOKなのね≫


 私はシルフィードと念話を行う。


 ≪いますぐ投下して≫


 ≪了解なのね≫


 そして私は最後の魔銃を取り出す。


 ドン!


 「氷」の魔弾「セルシウス」、氷の矢が無数に発生し彼らを襲う。


 「舐めるな!」

 しかし残り3人のワルドはそれらを迎撃していく。

 これでもう私に魔銃は無い。
 

 「どうやら切り札を使いきったようだな、最早君に勝ち目は無い」

 薄ら笑いを浮かべるワルド、だけど頭上に注意したほうがいい。



 「むっ!」

 ワルドが落下してくる樽に気付く。


 「甘いわ!」

 『エア・カッター』を放ってバラバラにするが、それは最悪の手。



 バッシャアアアアア!


 「「「うぐおあああああああああああ!」」」


 樽の中に満載されていた液体が彼らに降り注ぐ。



 これはハインツが作った特殊な毒、名前を“濃硫酸”という。


 金属だろうが容易く溶かすとんでもない強毒で、『固定化』がかけられていなければほとんどの物質を溶かす。

 あの樽には強力な『固定化』がかけられていたが『硬化』がかけられていなかったので『エア・カッター』で簡単にバラバラになり、中の液体をぶちまけた。


 当然樽を落としたのはシルフィードだ。



 私は『フライ』を唱え一気に接近し、『ブレイド』を発生させた杖を本体の首に振り降ろす。


 ザシュ!


 彼の首が地面に転がり遍在もかき消える。



 「きゅいきゅいきゅーい! お姉さま! お見事なのね!」


 シルフィードが叫びながら降下してくる。


 「凄いのねお姉さま! たった一人で5人も倒すなんて!」


 「私はルイズ隊の遊撃兵、このくらいは当然」


 『ルイズ隊』の7人にはそれぞれ役割がある。


 切り込み隊長のサイトはガンダールヴの速度を生かして真っ先に敵に切り込む。

 移動砲台のキュルケはあらゆる場所から敵に火炎弾を叩き込む。

 工兵の二人組がギーシュとマリコルヌ、穴を掘ったり囮になったり様々な役割をこなす。

 治療役がモンモランシー、彼女が調合した薬を使用することもあるけどそういったことは別の人でも出来るので彼女は後方支援が基本。

 司令官兼大砲がルイズ、彼女は全員の指揮を執ると共に、敵に対して最大の攻撃をぶち込む大砲でもある。


 そして私は遊撃兵、時にはサイトと共に切り込み、時にはキュルケと共に風魔法を叩き込む。敵に合わせて対応が変わるため戦術構築の要となる。

 それ故に自分の判断で攻守を切り換える必要もあるので判断力も求められ、この辺は7人の中では最も実戦経験が多い私が担うべき役割だ。



 「どんなに実力があってもそれを生かせないのでは意味が無い、風の使い手としては一流だけど戦闘技能者としては三流だった」


 もし彼が「風」にこだわらず「火」や「水」を組み合わせて戦えばもっと戦術の幅が広がっていたのに。


 「きゅいきゅい、お姉さまカッコいいのね!」


 カッコいい、か、イザベラ姉様やハインツにもそういう表現が似会う。


 私は、少しでもあの人達に追いつけているだろうか。


 「いつか追いつく」


 今日の勝利を足場に更なる高みを目指すことを私は心に誓った。













■■■   side:キュルケ   ■■■



 「痛っ、副作用が出てきたわね」


 簡易版とはいえやはりそれなりに副作用はある。

 しかし、それに気を取られたのが致命的だった。



 ヒュヒュヒュン!



 「しまっ」

 無数の矢が飛んでくるが迎撃が間に合わない!



 ゴオオオオオオオオオ!


 しかし炎の壁が私を囲み、さらに炎の蛇が傭兵の一団目がけて突っ込んでいく。



 「私の教え子に手を出すな」


 「コルベール先生!」

 思わぬ援軍に救われたわね。


 「私が担当した敵は全て潰したのだが、まだ他にも別動隊がいるみたいだ。おそらく食堂の連中が呼び寄せたのだろう」


 「なるほど、メンヌヴィルは私が始末しましたからそれしかないでしょうね」

 私のその言葉にコルベール先生は少し驚くが、すぐに気を取り直す。


 「だとすると、もう一人の指揮官が問題となるが」


 「ワルドは私が片付けた」

 上空から声がする、シルフィードに乗ったシャルロットね。


 「ミス・タバサ!」


 「お疲れ様タバサ、ワルドは難なく倒せたようね」


 「ん、問題なかった」


 この子にしては珍しくちょっと誇らしげね。


 「となると残りの敵は食堂に向かうな、私達も急ごう」


 「分かった、シルフィードに乗って」


 「OKよ」


 そして私達は食堂に向かうけど既に大局は決した。残りは残党狩りのみ。



 とはいえ私達の精神力もそんなに余裕あるわけじゃないから油断は禁物ね。














■■■   side:ハインツ   ■■■



 そして、魔法学院の戦いは終了した。


 キュルケはメンヌヴィル、シャルロットはヒゲ子爵をそれぞれ討ちとり、コルベールさんは傭兵約100名を倒した。


 最後の掃討戦においてコルベールさんが残りの敵にメンヌヴィルの死を伝えた時にアニエスさんが彼が魔法研究所実験小隊の隊長だったことを知ることとなったが、その動揺で一瞬動きが止まった際に残党の攻撃を受け、それをコルベールさんが庇った。


 そして彼女は結局コルベールさんを殺すことはできず、治療のためと称してキュルケとシャルロットがシルフィードでコルベールさんをツェルプストーの屋敷に連れ帰った。


 おそらくこれを機会に以前話していた水蒸気機関による高速船というのを開発するつもりなんだろう、そのためにはゲルマニアの高い冶金技術が必要なので一石二鳥というやつだ。


 そして後始末はオスマンさんが受け持ち、怪我人はモンモランシーが治しまくった。モンモランシーは現在大量の水の秘薬を所有しており、各貴族の家に後日請求書が届くことだろう。

 ひょっとしたら王宮にも送りつけるかもしれん。


 今回の戦いで一番の鍵となったのは人質救出を担当したモンモランシーだから妥当な報酬だとは思うが。





 結局、俺がフォローすることは一切なく、『ルイズ隊』の成長は凄まじいものだということが確認できた。


 「しかし、よもやこの短期間でここまで成長するとは、この先が楽しみだな」


 本当に先が楽しみだ。


 最終作戦において彼らがどれほどの活躍を見せてくれるかワクワクする。


 「彼等が主役の英雄譚(ヴォルスング・サガ)の後は、我等が主役の恐怖劇(グランギニョル)、そして最後は全員主役の茶番劇(バーレスク)、面白いことになりそうだ」



 朝焼けの光を眺めながら俺は“その時”に思いを馳せていた。










[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第十九話  サウスゴータ攻略
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/06 04:56
 連合軍がロサイスを占領してからおよそ10日。


 トリステイン軍はアルビオン軍が進軍していると予想しロサイス周辺に陣地を構築し迎え撃つ態勢を整えていたが完全に空振りに終わった。


 結果、ただでさえ6週間分の兵糧しかないのに1週間半を無駄にしたわけである。







第十九話    サウスゴータ攻略







■■■   side:才人   ■■■



 「しっかしなあ、将軍達の無能っぷりもここに極まれりというか」


 俺は今ルイズと同じ天幕にいる。


 本来なら個人で天幕を与えられるのは連隊長以上の将官くらいだが、切り札の“虚無”であるルイズと、その使い魔の俺は結構な高待遇だ。


 これで粗末な扱いだったらストライキを起こしているところだ。


 「ま、予想はしてたけどね、だからといってここまでだと本当に頭が痛くなるわ」

 ルイズも愚痴る。


 何しろこのロサイスを占領してすぐの軍議にルイズも無理やり出席し、ゲイルノート・ガスパールが長期戦を企みロンディニウムに立て籠もるはずだと主張した。そしてここでぐずぐずせず兵糧がもつうちに一気に進軍すべきだと提案した。


 「何せ敵の艦隊はまだ45隻近くが無傷なわけだろ、もし長期戦になったとしたら補給は出来るんかね」

 それがルイズの発言の理由。

 未だに艦隊が健在なアルビオン空軍はラ・ロシェールからの補給部隊を簡単に襲撃できる。つまりそれを防ぐためには連合軍の戦列艦を護衛につけなきゃならんから余計な「風石」を消費するし、陸軍援護の為の艦砲射撃ができなくなる。


 だからルイズは補給を気にしなくていい今のうちに進軍して、敵の物資補給地を狙うかどっかの都市を占領するなりすべきだって提案したんだけど。


 「出来なくはないけど難しいのは間違いないわ、とはいえ私がどんなに言っても将軍方は考えを変えなかった。ま、16歳の小娘に従うなんてプライドが許さないんでしょうけど」


 「馬鹿かっつーの。じゃあさ、逆にお前がここで陣地を築いて進軍してくる敵を迎撃すべき、って提案してたらどうなってたんだ?」

 逆の逆は表って感じで。


 「そしたら“虚無”殿も賛成されているのだから間違いない。彼女は陛下が授けられた切り札だ。これはすなわち陛下の御意志である。とか言いだすでしょうね」


 「反対したら陛下の威を借る小娘、賛成したら陛下の代弁者たる“虚無”殿ってか、アホらしくて付き合ってらんねえな」

 もう勝手にやってろって気分になる。


 けど、負けたらルイズの家族も死ぬことになるんだから、そういうわけにもいかねえんだけど。


 「こうなったら戦略的な勝利は諦めるしかないわ、戦術的勝利を重ねてロンディニウムまで突き進むしかないわね」


 「でもそれってものすげえ難しいんだろ? だって補給の不備とか兵の士気の低さとかの悪条件が重なった状態で戦わなきゃいけねんだから」

 俺もルイズに付き合ってたらそういうことをだんだん覚えてきた。


 「そりゃそうよ、でもそんな奇蹟みたいな真似をするしかもう方法がないのよ。幸い“虚無”があるから切り札は無いわけじゃない、とはいえ切り札一つで勝てる程、あのゲイルノート・ガスパールは甘くはないけど」


 その敵が最大の問題なんだよな、今のところ俺達負けっぱなしだし。


 「外に強力な敵、内に無能な味方、まさに内憂外患ってやつか」

 大変だなあ。


 「ま、だからこそ利用できるものは何でも使うわよ、次の目的地はシティオブサウスゴータでしょうから既にルネ達に偵察に行かせてるし」


 ルイズが将軍方を半ば脅して、ルネ達第二竜騎士中隊を“虚無”直属の部隊として引き抜いてきた。

 つまりあいつらの現在の上官はルイズであり、あいつらをどう使うかに関してルイズは独立した権限を持っている。

 結果。


 「あいつら悲鳴上げてるぜ、ギンヌメール大隊長よりよっぽど人使い及び竜使いが荒いって」


 あいつらは分散してシティオブサウスゴータに限らず周辺都市や物資集積場の偵察に行かされ、アルビオン軍の動向などを探らされている。

 あいつらが集めてきた情報をルイズが分析して、ゲイルノート・ガスパールの次なる戦略を何とか予測しようと躍起になってる。


 この辺がルイズの“博識”たる由縁何だけど。


 「戦争よ、当然だわ」


 「お前の場合、戦争じゃなくてもこき使う気がするんだけど」


 「気のせいよ」


 「かなあ?」


 「そうよ」

 まあそういうことにしておく。


 「で、俺の役目は今まで通りでいいのか?」


 「ええ、実践者のあんたは戦場で真価を発揮するから、それまでは休んでていいし、暇だったらピーチクパーチク五月蠅い連中を蹴散らしといて」


 ルイズが単独で竜騎士中隊を指揮していることに不満を持つ奴らもおり、何かと嫌味を言ってくる。


 「OK、問題にならない程度にしばいとくわ」


 「ありがとう、あと、しばらくはこの天幕に入らない方がいいわよ、私が本格的な熟考に入るから邪魔者には『爆発(エクスプロージョン)』を問答無用で叩き込むわ」


 実は俺も三日ほど前にそれで吹き飛ばされたばかりである。


 「了解、とりあえずは近くをぶらついてるわ」



 そして俺は付近の散策に出かけた。












■■■   side:ルイズ   ■■■



 「さて、敵が長期戦を狙ってきているのは間違いない、そのために敵がどんな方策をとっているかが問題ね」

 私は紙に書きながら考えを纏める。


 「ロサイスを放棄した以上、敵は空軍の主力をダータルネスに置いている。つまりそれは敵の主力は北部にあり、補給物資も大半がそちらにあることを意味している」

 ルネ達に調べさせたところ、ロサイス周辺に存在する物資集積所はもぬけの空だった。


 ロサイスはアルビオン最大の軍港なんだからその周辺に物資がないなんてあり得ないし、ロサイスは工廠の街でもあるから鋳造された砲弾なんかを蓄えておくのが当然。


 「だけどそこが空だったということは事前に計画的に撤収を進めていたということ、連合軍がロサイスを占領してもその周辺で物資を一切調達できないようにするために」

 現在ロサイスの職人達は連合軍に協力しているけどその材料は全部トリステインから運ばれたもの。


 つまり労働力はともかく物質的には何も連合軍は得ていないということになる。


 「その時点で敵に決戦の意思が無いって分かるのにね」

 ロサイス周辺で決戦をするつもりなら、少なくともシティオブサウスゴータやレキシントンまでのどこかの補給所に兵を駐屯させて、大軍の動員するための準備を整えておくはず。しかしそれが行われておらず、その二つの都市までの道は完全にガラ空きとなっている。ということは敵が南部を完全に放棄していることになる。


 「しかもシティオブサウスゴータには現在大量の亜人軍が駐屯中、そうなると焦土作戦も可能になるわ」

 亜人の独断ということにして住民から食糧を取り上げることもできる。連合軍は解放軍の体裁をとっている以上軍需物資を住民に与えざるを得ない。


 ただでさえ補給が問題なのにそんなことされたら非常に厄介なことになる。


 「それを防ぐにはさっさと進軍して敵の徴発が完了する前に占領するしかなかったんだけど、今となってはそれも不可能」

 だとしたら敵の物資を奪うという方法もあるけど。


 「ロンディニウムに本隊が駐屯している以上それも不可能なのよね」

 首都に本陣を置いている以上その周辺に物資は集中しているはず、先の戦いでダータルネスに数万規模の軍を簡単に派遣出来たこともそれを裏付ける。


 敵の物資はロンディニウム周辺かさらにその北方にある、つまり敵本隊を破らない限り物資を奪うのは無理。

 空軍で奇襲をかけようにもダータルネスに敵艦隊がいる限りそれも不可能、せいぜい発見されて迎撃されるのが落ちね。


 後手に回った時点で南部での戦略的敗北は決まったようなもの、こうなった以上そこは諦めるしかない。


 「そうなるとロンディニウムでの決戦が最大の山場となる。シティオブサウスゴータには補給路確保のために5千くらいの兵は残す必要があるから決戦に動員可能な兵力はやや少なくなる」

 連合軍は恐らく5万~5万5千、アルビオン軍は5万、本拠地で戦うアルビオン軍は兵を分散する必要が無い。

 空軍も同様、連合軍は45隻、アルビオン軍も45隻、完全に対等な条件で決戦に臨むことになる。


 「そうなると錬度で勝り補給路が短いアルビオン軍が圧倒的有利、連合軍は補給路を気にしながら戦わなくてはならない」

 それにアルビオン軍の総司令官はゲイルノート・ガスパール。連合軍はオリビエ・ド・ポワチエ。

 どう考えても勝ち目が無いわ。


 「やっぱり決戦において切り札の“虚無”をどう使うかが最大のポイントになる。そのためには決戦まで出来る限り精神力は温存しておきたいんだけど」


 とそこへ。


 「やあ、貴女が噂のミス・ヴァリエールだね」


 何か変なのが入ってきた。


 「消えなさい、私は忙しいの」


 「これはつれないお言葉だね、僕はロマリアから新たな美を探しにきたんだけど。そう、貴女のように美しい方に出会うために・・・」



 ドガアアアアアアン!



 「はぶごべ!」


 吹っ飛ぶゴミ、うん、ある程度『爆発』をコントロール出来るようにはなったわね。


 「おいルイズ! どうした! 何があった!」

 サイトが駆け込んで来る。


 「ゴミを始末しただけよ、片付けといて」


 「あーあ、被害者2号が出たか。ご愁傷様、タイミングが致命的に悪かったなお前」

 そう呟きながらサイトはこげた塊を引きずって出ていく。



 「さて、となるとシティオブサウスゴータ攻略をどうするかね、空軍の艦砲射撃はそれほど期待できないから城壁を破るために代わりの手段が必要になるわ」

 逆に言えば城壁さえ片付ければあっさりと落とすことも出来るわけだ。


 「ここはケチらず一気に片付けて士気を大いに震わせるべきかしら?」



 私はその後も数時間、あらゆる状況を考えながら有効な攻略手段の検討を続けた。












■■■   side:ハインツ   ■■■


 アルビオン首都ロンディニウム。


 ハヴィランド宮殿の白ホールにて円卓を囲み神聖アルビオン共和国の閣僚や軍人が集まり会議を行っている。


 円卓の座席は以前と大体変わらず、12時に盟主オリヴァー・クロムウェル、6時に軍総司令官ゲイルノート・ガスパールが座り、1,2,3,4,5には政治家貴族のトップたちが座り、7時にヘンリー・ボーウッド提督、8時にオーウェン・カナン提督、9時にウィリアム・ホーキンス将軍、10時にニコラ・ボアロー将軍。


 しかし11時の席が空いている。


 「諸君、よくぞ集まってくれた、会議を始める前に訃報を伝えねばならん」

 そう言って切り出すオリヴァー・クロムウェル。


 「ワルド子爵がトリステイン魔法学院へ襲撃をかけたが敵の反撃を受け命を落とした。同朋の死は悲しむべき事実だが我々は前に進まねばならない」


 「その必要はあるまいクロムウェル、奴は自らの無能故に命を落とした、ただそれだけだ。『レコン・キスタ』に女子供に敗れるような無能はいらぬ、そのような者は死ねばよいのだ」

 それを辛辣に評するゲイルノート・ガスパール。


 将軍達も同意見の様子、生粋の軍人である彼等には女生徒しかいない魔法学院を襲ったあげく、生徒と教師の反撃に遭い死んだ男など同情どころか顧みる価値すら無いのだろう。


 「しかしガスパール元帥、彼が我等の同志であったことは変わりませぬ、せめて弔いの言葉くらいはかけてやって下さいませんか」


 そう言うのは政治家貴族の一人、彼らは優秀な官僚達と違って土地をもっているからここにいるに過ぎない。


 つまり失敗をすればあっさりとゲイルノート・ガスパールに殺される運命だ、ここにいる5人以前に円卓に座っていた者達は全員彼によって殺されたのだ。


 「下らん、無能者に与える言葉など必要ない。国家に必要なのは優秀な人材だ、必要不可欠な人材ならばともかく、あの程度の男など何人死のうが問題は無い。この戦は篩にかけるいい機会でもある」

 あくまで傲然と言い放つゲイルノート・ガスパール。


 「そうだな、空いた席はとりあえずそのままとしておき、この戦にて戦功著しかった者に与えるとしよう」

 盟主クロムウェルがそう決める。


 実力で成果を挙げた者にそれ相応の地位を与える、それこそが実力主義の『レコン・キスタ』の方針だ。



 「それで、ガスパール総司令官、敵軍を上手くロサイスに上陸させることには成功したようだが、今後の展開はどのようになっているのかな」


 「それについてはホーキンスに一任してある、ホーキンス!」


 「はっ! 敵は10日間をロサイスにて空費しました。そして次なる攻略目標はシティオブサウスゴータであるとの確認が取れております」

 そこで一旦区切る。


 「ふむ、具体的な策は?」


 「ガスパール総司令官の指示により既にサウスゴータ地方以南の軍需物資は全てロンディニウム北方に移動させており、そちらは既にボアロー将軍とボーウッド提督によって完了しております。シティオブサウスゴータ周辺の物資も小官の部隊によって移送はほぼ完了、住民の大半はレキシントンなどの付近の都市や街へ避難、もしくは村落へ疎開させております」

 よどみなく答えるホーキンス、彼らはこの10日間も休むことなく働き続けていた。


 「素晴らしい、敵が上陸しておる状況でよくぞ秘密裏にそこまで行動できるものだ」

 褒めたたえるクロムウェル。


 「カナン提督が空より敵を包囲しているからこそです。敵が制空権を確保しているのはラ・ロシェールからロサイスまでの空域に限られますので本土ではまだこちらが有利かと、全てはガスパール総司令官の温存策の成果とも言えます」

 ボーウッド提督が敵艦隊に痛撃を与え、カナン提督が艦隊で包囲する。このコンビネーションがしっかりとれているからこそだ。しかもボーウッドはその後南部の物資の輸送にも着手している。


 本当に働き者なのだこの4人は、そして必ず成果を残す。


 「そこまで済めば後は容易い、先遣隊として派遣した亜人軍の暴走ということとしてシティオブサウスゴータに残った住民から食糧を取り上げる、残っているのは裕福で金持ちの奴等のみだからな、丁度良い薬となろう」

 そしてゲイルノート・ガスパールが引き継ぐ。


 一般の平民や貧しい者は疎開し、財産を抱える者はシティオブサウスゴータに残った。連合軍との交渉材料を持つ彼らは占領されても大丈夫だとタカをくくっているわけだ。


 「成程、そうなれば連合軍は食糧を供出せざるを得ぬ、食糧がなければ本隊が待ち構えるロンディニウムへ侵攻することなど不可能となるな」

 状況をまとめるクロムウェル。


 「唯一問題があるとすれば住民の大半を疎開させた故に食糧の損害はそれほど大きくはないということだが、それも既に手を打ってある。カナン!」


 「はっ! 既に三隻の補給船の拿捕に成功しております、我が艦隊は無傷ですので至るところに出没し補給船を襲撃することが可能となっております。つまり、敵の予想より補給物資の量は少なくなり到着も遅れることとなります」


 そのために艦隊を温存したのだ。補給船が狙われればその護衛に戦列艦を動員する必要があるので、その間ロンディニウム侵攻は不可能となる。


 「つまりは降臨祭が終わる頃までは敵軍はシティオブサウスゴータに足止めされるというわけか、見事我が注文に応えてくれたなガスパール総司令官。この条件ならば我が“虚無”が最大限に力を発揮する」

 その言葉にゲイルノート・ガスパール以外の全員が反応する。


 「閣下、それはどういうことでありましょうか?」

 質問する貴族A。


 「何、諸君等は詳しいことを知る必要は無い、どうしても知りたければガスパール総司令官に訊くとよい」

 そう返答するクロムウェル。こいつらにそんな勇気があるはずが無い。
 

 「では会議を終了するとしよう、戦争は我等の思惑通りに進行しておる。ガスパール総司令官、引き続き指揮は任せた」


 「了解だ。戦争は我等が本分、その点において抜かりは無い」


 そして全員が退出していく。












 皇帝の執務室にて。


 「徐々に終わりが近づいていますねえクロさん」

 呑気に話しかける俺。


 「書類作りもあらかた済んだよ、疎開先の情報も記載されているから戦後の処理は問題ないと思う」

 笑顔で応じるクロさん。


 「このシティオブサウスゴータの処置が最大の難関でしたからねえ、本当に彼らはよくやってくれてますよ」

 あの4人がいることは本当に大きい。


 「彼らがそのまま健在ならばウェールズ殿も問題なく統治していけるだろうな、それに官僚達も非常に優秀だ。流石はハインツ君がスカウトした者達だ」

 クロさんのアルビオンにおける役目も大体終わっている。だから最近ではゆとりが出てきた模様。


 「ま、そこは俺の取り柄ですから譲れないとこですね、後はシェフィールドさん待ちです」


 「そういえば彼女を最近見ないが何をやっているのかな?」

 尋ねてくるクロさん。


 「ちょっと東方(ロバ・アル・カリイエ)まで出かけてあるものを取りに行ってます、降臨祭が始まる頃には帰ってくるでしょう」


 「あるもの?」


 「それはこういうものでして・・・」


 クロさんに説明する俺。



 「成程、確かにそうしないと将来とんでもないことになるね」


 「でしょう、向こうのは効果こそ同じですが由来は別だそうなのでそういう心配はないそうです、皇室は困るでしょうけど」

 そこは気にしない方針で。


 「ははは、遠い未来国交を結ぶ際に謝っておくよう言い伝えておくかね」


 「それもいいですね」



 そんな感じでいつも通りのほほんと過ごす俺達だった。(しかし俺はすぐに『ゲート』で飛んで帰り副団長やその他の仕事をこなさないといけない)














■■■   side:才人   ■■■


 ぷぎ、ぷぎい!


 「おらあ!」


 ドスドスドス!

 速射性の特殊ボウガンから次々に矢が飛んでいきオーク鬼の首や口の中に突き刺さる。


 ハインツさんが作ってくれた毒を持ってきているので、矢にはそれを塗りこんであり、掠っただけでも相当のダメージになる。


 「やれやれ、きりがねえな」


 俺は現在シティオブサウスゴータで亜人達相手に遊撃戦を展開している。


 というのも今回のシティオブサウスゴータ攻略戦ではあんまり艦隊が動員出来なかったので、ルイズの『爆発(エクスプロージョン)』で城壁を破壊したことが原因だ。


 最初の一発目は問答無用の力技で一画を丸ごと消し飛ばして、そこから大勢の軍が突入した。


 それで勢いづいた連合軍は次々に部隊が突入していき、ルイズはその後「土」のスクウェアと協力しながら城壁の継ぎ目やここさえ内部から崩せば城壁が倒壊するという部分をピンポイントで爆破していった。

まるでビルの爆破解体のプロのような手口だった。


 で、常にスクウェアクラスのメイジが傍にいる以上俺がルイズと一緒にいても何の意味も無いので、ルネ達竜騎士中隊と一緒にシティオブサウスゴータに降下して現在遊撃兵として行動している。


 俺のルーン“ガンダールヴ”は速度に特化してるのでこういった単独行動も結構得意だったりする。もっとも仲間と一緒に戦ってコンビネーションで攻める方が何倍も効率いいけど。


 「そういや、シャルロットやキュルケ達は大丈夫かな?」


 ルイズの予想では魔法学院への襲撃がある可能性が高かったので彼女等は迎撃のための準備をしていた。

 大丈夫だとは思うけど一抹の不安は拭えない。


 「ルイズはああ言ったけど、俺だってシャルロットが死んだら悲しいなんてもんじゃねえよ」


 とにかく今は生き残ることを最優先に、全部は生きて帰ってからだ。



 「かかってきやがれオーク共! 伝説の使い魔のお通りだ!」


 「お、ようやく出番か! やったろうぜ相棒!」


 俺はボウガンから一番信頼できる得物であるデルフに切り替える。


 「突撃!」


 「かましたれえ!」


 俺達は共に突撃していく。

















■■■   side:ギーシュ   ■■■



 僕は現在ド・ヴィヌイーユ独立大隊の第二中隊の中隊長としてシティオブサウスゴータ攻略に参加している。


 本来なら学生士官に過ぎない僕が中隊長をやらされるなどあり得ないのだが、このド・ヴィヌイーユ独立大隊が寄せ集めの余り者部隊なのと王軍の士官不足によってこうなった。


 「ま、任されたからには頑張るしかないわけだけど」


 ぷぎ、ぷぎい!


 突進してくるオーク鬼の足元に土製の腕が出現し転ばせる。そして連鎖反応で後続も転んでいく。


 「第一小隊、撃て!」

 ガガガガガガガガン!


 倒れるオーク鬼。


 「第二小隊、撃て!」

 ガガガガガガガガン!


 続けて撃ちこまれる弾丸の雨、流石のオーク鬼もたまらず倒れていく。


 「驚きましたぜ中隊長殿、学生さんの割には随分慣れていらっしゃる」

 補佐してくれてる歴戦の軍曹さんがそう言う。


 「まあちょっとした経験があってさ、亜人退治には慣れてるんだけど」


 『ルイズ組』は様々な幻獣や亜人達と戦ったが「土」メイジである僕はグリフォン、マンティコア、ヒポグリフなどの空を飛ぶ幻獣とは相性が悪い、結果オーク鬼、トロール鬼などといった亜人との戦いが多くなった。


 モンモランシーと一緒に戦って10匹くらいまとめて焼き殺したこともあるし、他にも様々なシチュエーションで戦ったので一番倒しやすい相手ではある。


 しかし。


 「せっかく戦場くんだりまでやって来たってのに、やってることが夏季休暇中と変わんないってのはどうなんだろう?」

 ついついそんなことを考えてしまう。


 すると。


 ザシュザシュ!

 さらに後方のオーク鬼達が次々と切り裂かれていく。


 「風のトライアングルメイジかな? いや、あれは!」

 振るっているのは杖じゃなくて大剣、しかも珍しい黒髪。


 「サイト! サイトじゃないか!」


 「おうギーシュ! 生きてたか!」

 うん、実にサイトらしい切り返しだ。


 「ああ、悪運強く生き残ってるよ、もっとも、マリコルヌには少々劣るが」


 「あ? あいつ何かあったのか?」

 首を傾げるサイト。
 

 「彼が士官候補生として乗っていた戦列艦は焼き討ち船の体当たりをもろに受けて空中で四散したらしい、彼はその直前に一か八かの空中ダイブを試み『フライ』で何とか隣の戦列艦にたどり着いたそうだ」


 「ものすげえな」

 感心するサイト。


 「しかもその途中砲弾が何度もかすめていったと言っていた、よくまあ生きてたもんだよ」


 「悪がき世にのさばるって感じかね」


 「うむ、そんなところだろうな」

 ぼろくそ言う僕達。



 「さーて、まだまだ敵はたくさん残ってるし、あんまし無駄話してる暇もねえな」

 「応ともよ相棒、さっさと片付けちまおうぜ!」

 勇ましく応じるデルフリンガー。
 

 「君の剣は相変わらず勇ましいね。僕も、うかうかしてらんないな」

 僕も杖を握りしめ気を引き締める。


 「とはいえ敵は亜人ばっかだからな、秩序だった反撃をしてるわけじゃなさそうだし、大局的にはもう決してるのかな?」

 彼の指摘はおそらく正しい。


 「多分ね、近いうちに掃討戦や残党狩りに移行しそうだ、だが油断は禁物だな。人間と違って疲れを知らないから同じ気持ちで挑むと手痛い反撃を喰らう」


 「流石は専門家、頼りになるな」

 そう評してくれるサイト。


 「まあね、夏季休暇の体験が戦場で役に立つというのも変な話だけど」


 「いいじゃねえか、生き残る可能性が高いに越したことはないだろ? モンモンもよっぽど安心できるだろうしな」


 「彼女はモンモランシーだ、いいかげん覚えたまえ」


 すると上空から竜騎士が二騎飛来してくる。


 「お、ありゃジルベールとセブランか」


 「竜騎士だね」

 サイトと知り合いとは意外だ。


 「今はルイズにこき使われてる可哀そうな奴らだけどな、あちこちに運んでもらってるんだ」


 「なるほど、そうやって遊撃兵をやっていたのかい」

 遊撃兵といえばシルフィードに乗ったタバサが浮かぶ、うん、似たものカップルだな。


 「どうせ乗るなら、タバサの後ろに乗って腰に手を回したりしたいんじゃないかサイト」


 「そりゃそうだ、あれでなかなか柔らかくて、って、何言わせてるんだよ!」


 「いや、そこまで言えとは言ってないが」

 完全に自爆だ。


 「まあ頑張ってきたまえ、僕も死なない程度に頑張るから」


 「じゃあな、占領が完了したらどっかで落ち合ってあいつら竜騎士中隊と一緒に酒盛りしようぜ、あいつらも俺らと同い年なんだ」


 「それはいいな、楽しみにしておくよ。ルイズにこき使われる者同士、話が合いそうだ」


 そしてサイトは竜の背に乗って違う場所に飛んで行った。


 「さて、こっちもこっちでやるか、グラモン中隊! 北側に移動するぞ、短槍隊を先頭にゆっくりと前進、鉄砲隊はその後に続きながら弾込めを忘れるな、いつでも撃てる態勢は整えたままのんびり行こう、亜人相手に焦っても仕方ない」


 僕は僕に出来ることに専念するとしよう。












■■■   side:ハインツ   ■■■


 年末はウィンの月の第4週、中日であるイングの曜日。連合軍によるシティオブサウスゴータ解放宣言がなされた。


 現在俺はゲイルノート・ガスパールとして部下から報告を受け取ったところである。


 シティオブサウスゴータは陥落し、亜人軍は全滅したと報告書には記載されている。


 「大体予想通り、こっちの予測より2日程遅かったが問題は無い」


 既に侵攻が開始されてから3週間余りが経過しており、元々6週間分しかない上シティオブサウスゴータで食糧をさらに減らした連合軍はこのままでは進軍は不可能。


 無茶すりゃ出来なくもないが残りはあと一週間分程度しかないはず、一週間近く戦っていた兵士に休息をとらせる必要があることを考慮すると4日程度しか猶予が無い。


 流石にたった4日で5万の軍と45隻の戦列艦を擁するアルビオン軍本隊を撃破するのは無理がある。いくら無能な将軍でもそれくらいは分かるだろう。


 今から1週間後に新年となり、降臨祭は10日程続くからその間に休戦を申し込むことはできる。連合軍も受けざるを得ないだろう。


 「そして降臨祭の最後の日こそが例の作戦の決行日となる。アルビオン戦役最終章の開始だ」



 その時主演達がどのような選択をするか? それが最大のポイントとなるだろう。



 「『軍神』の最期の時も近い、ラストくらい盛大に盛り上げるとするか」


 俺はそう呟き、休戦期間中に将軍達に指示すべき事柄をまとめ始めた。









[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十話  休戦と休日
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:21f54984
Date: 2009/12/05 23:36
 神聖アルビオン共和国との休戦が発効した日から3日目、あと4日程で新年となる。


 連合軍は食糧をシティオブサウスゴータの住民に供出したため進軍が不可能となりアルビオンとの休戦に応じ、本国から兵糧の運搬が開始された。


 そのためトリステインはガリアに借金をすることにもなり、宰相のマザリーニや財務卿はとても忙しいことになっている。


 逆に前戦はお祭りムードとなっていた。






第二十話    休戦と休日








■■■   side:才人   ■■■



 「なんかこう、意外と活気があるよな」

 俺はそういう感想を漏らす。


 「まあ降臨祭が近いのもあるけど住民に死者がほとんどでなかったのも大きいでしょうね、それにこの街を支配してたのは亜人だったわけだから連合軍を解放者と見ているのもあるわ」

 ルイズが応じてくれる。
 

 シティオブサウスゴータにしばらく連合軍は駐留することになり、それを知ったアルビオンの商人達が様々商品を売りつけようと集まってきてる。

 それに本国からの補給隊も到着し始めたので連合軍の兵士にもゆとりができ、結構皆騒いでる。


 「でもこの前、酒に酔った馬鹿が女性を追いかけまわして上官にぶっとばされてたな」


 「当たり前ね、どこだろうとそんな真似したらぶっとばされるわよ。でも、占領地にしては略奪が少ない方だと思うわ、もっとも略奪しようにも物資がないんだけど」


 「敵が全部持ってったそうだからなあ」

 この街に残ってたのは住民の一部と亜人だけだったし。


 「連合軍の指揮系統が整ってきたのは唯一の救いね。上の命令が効率よく下に届くようになった証拠だし、上官が部下の行動に気を配ることもできてるってことだもの」


 「そう考えると悪いことばっかしってわけでもねえんだな」


 「とりあえず今は休戦中だから、私達も休んどきましょう。ずっと気を張っててももたないし、ルネ達もずっと働いてたし」


 「いや、働いてた、じゃなくて働かせてた、の間違いじゃないか?」


 「ささいなことよ」

 うわ、言いきったよこいつ。


 「でも、情報収集はどうすんだ?」


 「ロンディニウム方面からも商人が来てるから、問題ないわ。次は決戦だろうから戦場はもう決まってるし」

 決戦なんだからそら一つしかない。


 「つーことは、敵がどんな戦略をとってくるかが問題、ってことか?」


 「そうね、簡単に言えば二つに分けられるわ。城外に出ての正面決戦か、城内に籠っても籠城戦か」


 「だけど籠城戦って援軍が来る前提でやるんじゃないのか?」

 援軍も何もロンディニウムにアルビオンの全軍が集結してる。


 「もう一つあるわ。敵の兵糧が尽きるのを待つ場合、だけど包囲された上に他の物資集積場を襲われたりしたら逆の結果になるけど、ロンディニウムを包囲しながら他の場所に兵を送り込めるほど、連合軍は多くないわ」


 「大体互角だもんな」


 「だから攻める方は3倍の兵力があってこそ、勝利を確実にできるとされてるわ。糧道を確保するための軍、敵を包囲する軍、その他の拠点を潰すための軍、そういった兵力の分散をしても、各個撃破される心配が無いくらいの兵力差がないと負ける可能性が高くなる。結局落とせなくて撤退するのは敗北以外の何物でもないから」


 うーん、そう考えるとかなり危機的状況なんだな。


 「じゃあさ、もしお前がゲイルノート・ガスパールの立場だったらどうする?」


 「敵をロンディニウムに引き付けておいて、別動隊をトリスタニアに送り込むわね。何せトリステインの全軍がここに集結してるから首都防衛軍が存在しない。一応諸侯軍が5千くらいいるけど、これも兵站輜重のために各地に散ってるからね。首都は簡単に落とせるだろうし、女王を殺せばその瞬間に勝利は決まるわ。ゲルマニアにはまだ6万以上の余力があるはずだから、そうはいかないけど」

 平然と言うルイズ。


 「なあ、その戦略をとられたらもの凄くまずいんじゃないか?」

 一発で負け決定だ。


 「まずいことこの上ないわよ、侵攻軍の最大の弱点は、常に背後を気にしながら戦わないといけないことだから。ゲルマニアはそれを防ぐためにあえて送り込む戦力を絞ったわけね。まあ、皇帝と諸侯の力関係とか、他にも理由があったんでしょうけど。けれどトリステインはもう後がないから全軍を送り込まざるを得なかったわけね」


 「ってことは、3千くらいの兵と10隻くらいの戦列艦をトリスタニアに送り込むだけで、敵の勝利は決まっちまうよな。それを防ぐためには、ゲルマニアからトリスタニアに援軍を出してもらうしかねえんじゃねえか?」

 そうでもしないと連合軍はあっさりと退却する羽目になる。


 「それも無理ね。今現在トリステイン軍は本土にいないから、その状態で数万規模のゲルマニア軍を駐屯させるなんて、宮廷の大臣達が認めるわけないわ。女王陛下や枢機卿が賛成しても、他の奴らがこぞって反対したんじゃゲルマニアとの連携に支障をきたすかもしれないし」

 うわー最悪。


 「そうなると、一部の艦隊を防衛用に残すことになるのか?」


 「そうでもするしかないでしょうね。ロンディニウム攻略に投入できる戦列艦は、30隻強といったところになるかしら。それに備えてロサイスにも多少の兵を置くことになるでしょうから、互角より少し分が悪くなる可能性が高いわ」

 戦う前に負けてる気がするな。


 「これが戦略で負けてる状況の厳しさってやつか」


 「そうよ、この状況から戦術的勝利をもぎ取るのは非常に困難ね。最近の司令部は結構深刻そうな雰囲気が漂ってるわ」

 末端の兵士は浮かれてるんだけどな。


 「補給路の確保は万全とはいえない、首都を急襲される可能性もある、敵は未だ無傷、敵の補給体制は万全、敵の司令官はもの凄く有能、兵力は互角と、そりゃ深刻にもなるわな」


 「だけど勝つしかない、この決戦で負けることはトリステインの敗北を意味する。ここまで悪条件が揃ってると逆にすがすがしいわ」


 「だな、ここまで来たら腹も決まるわ、後はもうやるしかねえって感じだし」

 結局そこに行きつくんだよな。


 「そういうことね、私達は軍司令官じゃなくて前戦にいる兵士に過ぎないから戦術的勝利を勝ち取るしかない、そのためにも今は思いっきりはしゃぎましょう」


 「新年のお祭りくらいパーっとやっか」

 今やれるのはそんぐらいしかねえってことだ。


 「だけど、やれることは全部やるわよ、まずは情報収集から」


 「その辺はしっかりしてんのな」


 流石は“博識”のルイズだった。













■■■   side:ルイズ   ■■■



 そして私とサイトは現在シティオブサウスゴータの街を散策している。


 私は城壁の破壊を担当してたので第二竜騎士中隊と一緒に遊撃兵として動いていたサイトの方がこの街の地理に詳しい。


 「やっぱ敵は閉じこもってるんだな」

 サイトがそう話しかけてくる。


 「今の時期はそうでしょうね、休戦が明けたら一気に攻めよせてくる可能性もあるわね」


 今の時期に動きが無いということはもう籠城準備にせよ反撃準備にせよ完了しているということ。


 休戦の間に攻めてくることは考えにくい、より長期戦になったほうが向こうは有利になる。


 「さっきの人の話だと、ロンディニウムでは混乱は一切起きてないどころか、軍主力が勢ぞろいしてて”これなら勝てる!”って感じのムードだってな」


 「そういうところで兵や国民の士気を上げるのも重要だからね、流石はゲイルノート・ガスパールってとこかしら」

 まったくやることに無駄が無い。


 「でも軍需物資を全部北部に移動させたあとも、商人達が南部に行くのは禁止してないんだよな」


 「する意味がないからね、軍の物資と民間の物資は分けておかないと混乱が起きるもの。そんなことすれば本来民間用の物資を、軍のものだと言い張って横領しようとする輩が続出するわ、トリステインでは何例かあったみたいだけど」

 王軍の混乱はひどいものだったから当然でしょうね。


 「何かダメダメだなあ。そういや、昨日の夜にルネ達と騒いでたらギーシュとマリコルヌも来たんだ。マリコルヌの話だと今あいつは補給部隊に編入されたらしくて、一度トリスタニアに戻って物資を運んできたんだって」


 「へえ、トリスタニアの状況はどんな感じ?」

 それは気になる。


 「割と戦勝ムードみたいだ。政府のお偉いさんは、ロサイスをあっさり落としてシティオブサウスゴータの占領にも成功したって部分だけを誇張して一般人に伝えてるみたいだな」


 「まあそれはそうでしょうね、戦略的にはヤバくて負けるかも知れません、なんて言うわけないし」

 というか大臣達がちゃんと戦局を理解してるかどうかが疑問だ。


 「トリスタニアの居酒屋を、慰問隊として派遣するって話も出たそうだけど、宰相さんと女王陛下に速攻で却下されたらしい」


 「当たり前ね。敵の艦隊が補給船を狙ってくる可能性が高いってのに、民間人を戦場に連れてこれるわけないでしょ」

 案の定わかってないみたい。


 「でさあ、俺達で飲んで騒いでたんだけど、そこにあのジュリオってのが来て、お前はいないのかって訊いてきたんだ」


 「あのロマリアの神官ね。あいつは信用ならないっていうか、何か密命でも受けてるような感じがするのよね」

 上手くは説明できないけど、あいつは私を見ているようで私を見ていない。

 “ゼロ”って馬鹿にされ続けてたもんだから、相手が自分にどんな感情を持っているかを感じとるのにはとても敏感なのよね私。


 「そう、ワルドにどことなく似てるんだわ」


 「ワルドって、あの変態ロリコン髭か?」

 サイトの中じゃ、未だにそうなっているようだ。



 「そうよ、あいつはルイズという私じゃなくて私の才能だけを狙ってた。となるとジュリオも同じかしらね」

 あいつの立場を考えれば不思議じゃない。


 「虚無の担い手を探るってやつか」


 「ええ、自分で言うのも何だけど、私は異性を惹きつけるタイプじゃないわ。エレオノール姉様にも言えることだけど、容姿に騙されて近づいた男は、性格のキツさにあっさりと断念して去っていくのが通例だもの。そんな私に理由も無くああいう優男が近づいてくるとは思えないし」


 「自分で言うか、つーか性格キツイって自覚はあったのかよ」


 「当然よ、戦術を組もうとするなら、まずは自分の能力や性格を見極めること。それから仲間の能力や性格を把握して、その上で最良の戦術を考えるのよ。己を知らないで相手を見極めることなんてできはしないわ」

 それを私はハインツから教わった。

 まずは自分を見極めろ、劣ってる部分や闇から目を背けるな。


 ハインツ曰く

「俺なんか自分を見極めた結果、生まれついての人格破綻者でした。ってことが分かったからな、ま、俺にとっちゃ特に意味は無かったけどな」

 だそうだ。


 流石にあの異常者の境地には到りたくないけど。


 「そりゃそうかもしんねえけど」


 「とはいえ性格を変える気もないけどね。私、今の自分が好きだもの」


 「すげえなお前は。だけど納得はできるな、確かにお前の性格を知った上でなおもアプローチをかけてくるとは考えにくい。惚れたってんならともかく、あいつはギーシュの拡大発展版だろ、同時に何人も女を口説きそうだ」


 「そう、だとしたらその中に私は普通入らない。となると“虚無の担い手”を探ってるとしか考えられない。この戦争で私が担い手であることを知る人間は増えたし、あいつはロマリア宗教庁直属の神官みたいだから、枢機卿とかの密命を受けているのかもしれないわ」

 ブリミル教にとっては“虚無の担い手”は非常に利用価値があるもの。


 「政治の道具? いや、宗教の勧誘か? いずれにせよ碌なことじゃなさそうだな」


 「まあね、とりあえず今は無視して戦争に集中しましょう」


 「はあっ、結局戦争ばっかだなあ」

 まあ、私も少し気が滅入ってくるけど。
 

 「仕方ないわ、こうしている間にも、あのゲイルノート・ガスパールがどんな作戦を立ててるか分からない。休むことも大切だけど、どっかで危機意識は維持しておかないと」



 そうして私とサイトはお店とかを巡りつつ情報収集を続けた。



 あの男は今頃ロンディニウムで何を考えどういう指示を出しているのかしら?























 その噂の男が何をしているかというと。


 「お、中々似合ってるな。普通の男なら10人中10人は振り返りそうだぞ」


 「ありがと、あんたの意見じゃ参考になるか怪しいけど、そう言われて悪い気はしないわ」



 デートの真っ最中だったりする。




■■■   side:イザベラ   ■■■


 私は今ハインツと一緒にリュティス中を見て回ってる。


 早い話がデートね。


 それで何でこういうことになったかというと。




 ≪回想≫




 「おーいイザベラ、デート行こうぜデート」


 「はあ?」

 私の執務室にやってくるなりいきなりそう言いだすハインツ。


 「いやさあ、せっかく降臨祭が近くてリュティス中がお祭りムードだろ。せっかくだから思いっきり楽しもうぜ。王女のお前は降臨祭の間は結構行事があるんだし」

 それはそうなのよね。

 数少ない王女として出席しなくちゃいけない行事だから、流石に偽物は派遣できない。そういう行事では偽物かどうか調べるために『ディティクト・マジック』などで確かめることになってるから。


 「そりゃ楽しみたいのは山々だけど、あんたは大丈夫なの?」

 アルビオンをほったらかしていいんだろうか。


 「大丈夫、今休戦中だから総司令官にはやることがない。武器弾薬の準備や兵糧の確保も完了してるから、決戦に備えて兵士達も休ませてるし」


 「そう、それなら大丈夫かしら」

 宰相の方も降臨祭の近くは少し暇になる。


 「北花壇騎士団の方も、今はそんなに忙しくないだろ。数年前みたく降臨祭に謀叛を企んだり、モード大公が投獄されたりとかもないし、封建貴族も降臨祭くらいは休むだろ」

 今の状況を考えればそうね。


 「そうね、じゃあ気晴らしに出かけようかしら」

 私は机から『フェイス・チェンジ』が付与されたネックレスを取り出す。


 「いいや、それはなしでいい、今回はそのままで行く」


 「素顔のまんまで行くってこと?」

 それは無茶じゃないかしら。


 「大丈夫、そのために俺がいる。俺は近衛隊騎士団長だぜ、その俺が一緒にいるんだから、王女様が出歩いても問題ない。ま、王位継承権第一位と第二位が揃って出歩くっつう、とんでもないことではあるが」

 実にこいつらしい考えね。


 「そう、じゃあその企みに乗らせてもらう。、たまにははしゃぐのも良さそうだし」


 「よし、じゃあ早速行くとするが、ヒルダに頼んでちゃんとした格好で来いよ。流石に男装してるやつと一緒にデートしたくないぞ俺」


 「分かってるわよ、とはいえスカートなんて久々だからちょっと時間かかるわよ」

 何しろ最近はずっとロングパンツの格好だったから。


 「なーに、女がおめかししてる間待つのは男の特権だろ。それにまだ朝の7時だからな、時間はいくらでもある」


 私は普段朝5時頃に起きて6時から執務を始めるから、まだまだ時間はあるか。


 「だったらお言葉に甘えるわね。びっくりさせてやるから、期待してなさい」


 「応よ、俺も俺で準備しとくわ」



 ≪回想終了≫





 そしてヒルダに手伝ってもらいながら出かける準備をした私はハインツと合流し、今一緒に歩いている。


 私の格好は貴族の子女として標準的、上下が一体になっている簡易ドレスとでもいうべきかしら。

 特に装飾品とかは着けてない、無駄なだけだから。


 一方ハインツの格好は、いつもの黒づくめの暗殺服じゃなくて、大貴族の貴公子が普段着にしてるような服。

 オルレアン公もこういう感じの服を好んで着ていたわね。


 こうして客観的に見るとハインツは超優良物件である。

 顔良し、身長高い、魔法の達人、運動神経良し、金持ち、公爵、有能、そして基本的に優しい。


 しかし性格がある意味で最悪な上、趣味が人体実験、特技は暗殺、粛清、拷問等々、殺した人間は数千、そして種なしアンド不感症というオマケが付いてくるので、上記の長所を全て台無しにしている。


 ハインツをよく知る人なら付き合いたいと考えるのは皆無だろう。


 「貴族のカップルもあちこちに見かけるわね」


 「降臨祭が近いからな、貴族のお坊ちゃまもお嬢様も恋人と逢引くらいしたいんだろ」

 なるほど、私達もそのうちの一つと思われてるわけね。
 

 「しかし、周りの視線を結構感じるわね」

 私が『フェイス・チェンジ』のネックレスを着けて歩いている時は、そんなに視線を感じなかったけど。


 「そりゃあ蒼い髪をした美男美女カップルが腕組んで歩いてりゃ、誰でも注目すると思うけどな」

 あっさりと答えるハインツ、言われてみたらその通りね。


 だけど。

 「自分で美男美女っていうかいあんたは」


 「ただの客観的事実だって。俺らに限らず、陛下、オルレアン公、オルレアン公夫人、お前の母さん、シャルロットと皆美形揃いだからな。これで、俺達だけブサイクだったら泣けてくるぞ。俺の両親にしたって美形ではあったからな、俺が皆殺しにした親戚も、中身はともかく顔はいいのが多かった」


 「そこに皆殺しにした連中をいれるのはどうかと思うけど、事実は事実ね」

 デートの最中にとんでもないことをいうわねこいつ。


 「いくら美形でも首だけになったら直視しかねるがな」


 「その首を飛ばしたのはあんたでし。、しかもあんたその首に細工して、親に届けたことあったわよね」

 こいつの暗殺手法の中でもトップクラスにえげつないのがある。


 「ああ、貴族の馬鹿息子が平民の娘を強姦した上に殺した件だな。親も咎めるどころか事実そのものをもみ消そうとして、その娘の家族まで皆殺しにしたからな、俺の判断で地獄に送っといた」

 その手段がとんでもなかった。


 「確か息子の方を先に殺して、その頭蓋骨を一部くり抜いて脳みそを取り出して、その代わりに火の秘薬を詰めたんだったかしら?」


 「ああ、ついでに“血縁の呪い”を応用した信管を仕込んどいたから、親、もしくは子供がその首に触れると爆発するようになっていた。肉親の情を利用した、実に素晴しい罠だ」

 素晴らしいと言いきったわねこいつ。


 「とんでもない感性ね」


 「皮肉がきいてるだろ。平民を家畜以下に扱って、一つの家族を息子のために簡単に皆殺しにするような男が、その息子の生首に触れることで爆死したんだから、因果応報ってやつかね」

 つくづく悪魔ねこいつ。


 「だけど、デートの最中にする話じゃないわね」


 「そりゃそうだな、変に気を張るのどうかと思うが、いつも通り過ぎても会話が黒くなっていかんな」

 こんなのが私とこいつの日常会話なのは確かだけど。


 「よし、真黒な話はここまで。こっからは俺がお勧めデートコースを案内してやるから、楽しみにしてるように」


 「私はあんまりよく知らないからお任せするわ」


 そういうわけでデート再開。
 

















 「お前も人のこと言えない気がするが」

 そう突っ込んでくるハインツ。


 「そうね、自分でもそう思うわ」

 少しは反省する私。


 「まあ、せっかく一緒に歩いているんだから、共通の話題が多いってのはいいことなんだけどな」


 「いつもは一人で歩いてるからね、話しながら見て回るのは凄く楽しいわ」

 それは本音、誰かと話しながら歩くというのはとても楽しい。


 「年頃の女が集まれば恋の話題に華を咲かせるように、俺達が会うとこうなるってことかな?」


 「そういうことでしょうね」


 ここまで色んな場所を巡ってきた。

 噴水広場や小物を扱ってる露天商、本屋、服屋、それに屋台とかも回ったし活気がある市場とかにも行った。



 その間の会話を抜粋するとこんな感じ。




 市場にて。

 「ふうん、野菜が結構安いわ、国土卿のお手柄ね」


 「大陸公路がさらに整備されたからな。コルス、バス=ノルマン、クアドループ地方から農産品が安値で回ってくるんだろう」


 「それに護民官制度が始まったのもあるわ、保安省との連携も上手くいってるみたいね」



 服屋にて

 「あら、この生地は随分高いわね」


 「ああ、あれだろ、シャラント地方の羊が疫病で被害を受けたからな、流通量が一時的に減ってるんだろ」


 「そうだったわね、確か職務卿が対応にあたってたわ。最近経過報告がきてないから確認しておいたほうがよさそうね」



 本屋にて

 「この本はつい最近まで異端書だったわよね」


 「実践的な魔法の応用法について書かれてるから、新教徒の本だってことで禁止されてたな」


 「だけどロマリア宗教庁との連絡を遮断してから早一年以上、こういうところにも効果は出てきているわね」


 「新教徒の数も徐々に増加傾向にあるしな。宗教庁の影響力は確実に落ちてる。あとは民衆が反感を持つとこまでもってきゃ、大体準備はOKだな」



 秘薬屋にて


 「だいぶ安くなったわね」


 「技術開発局の努力の成果。それに“知恵持つ種族の大同盟”おかげだな」


 「要はこれまで無駄が多すぎたわけよね。流通の方も整ったし、後は人材ね」


 「秘薬の調合だけなら、メイジじゃなくても可能な薬は結構ある。メイジじゃなきゃ作れんのもあるが、一般に流通させる程度のものなら平民でも可能だ」


 「あとは学務省との連携しだいね。ルーンを広める関係もあるし、解析操作系ならメイジより得意でしょうしね」




 ワイン屋にて。


 「これはゲルマニア産のワイン、こっちはトリステイン産、こっちはアルビオン産」


 「各種揃ってるな」


 「イザークもよくやってるからね、国家間の外交や通商に関しては問題ないでしょ。だけどアルビオン産が多いわね」


 「アルビオン北部は痩せた土地が多いから、意外と良質のワインが取れる。アルビオン人はそんなにワインを飲まないから、他国に輸出されることが多い、今は戦争中だから輸出できるのはガリアしかないからな」。

 「なるほどね、ガリアのワイン作りをやってる農家が圧迫されない限りは交易が盛んになるのはいいことね」






 まあどこに行ってもこんな感じの会話しかなかった。



 「お前が楽しいならそれでいいんじゃないか、俺も俺で楽しんでるし」

 ハインツはそう言ってくれる。


 「だけど、私と話が合うのって、あんたしかいないんじゃないかしら?」

 よくよく考えるとそうなる。


 「うーん、マルコ、ヨアヒム、ヒルダは北花壇騎士団の方には対応できるが、行政関係は心もとないしな」


 「九大卿もそれぞれの担当分野があるから、それ以外の部分はそれほど詳しくないし、法務卿に農業関係について話しても仕方ないでしょ」


 「だろうな、どう考えても畑違いだ」

 頷くハインツ。


 「あんたは何だかんだで“円卓の間”での会議に出席できるし、情報網も把握してるし、私の行政関係の仕事も手伝ってくれてるし」


 「ありゃあどう考えても一人でできる量じゃないからな」

 私は行政については広く深くだけど、ハインツは広く浅く、その代わりに各地を飛び回るハインツには実物を目にする機会も多いから情報が少なくても感覚で理解できる。

 私は理論者だから情報で判断するけど、実践者のハインツは直感で判断できる。


 そこが私とこいつの大きな違い。


 「そう考えるとあんたくらいしかいないのよね、あの悪魔は論外だし」


 「そりゃあな、あの人と話したがるのはシェフィールドさんくらいだ」


 その点は誰より共感できる私達だった。











 そして現在宝石店。


 「何でも好きなの選んでいいぞ。値段は考えず直感で行っても、よく考えてもOK」

 というお言葉に甘えてじっくり考えながら選ぶ。


 しばらく見て回ったけど結局直感でこれがいいと思ったのを選ぶ私。


 「これにするわ」

 きれいなダイヤモンドがついた指輪を選ぶ」


 「あいよ」

 店員に手渡すハインツ。


 「お、お客様、本当にこちらになさるのですか?」


 「なんか曰くでもあんのか? この指輪を付けた者は一年以内に死ぬとか」


 「い、いえ、そういうわけではありませんが、こちらは30万エキューもいたしますので」


 それは高い、王家への献上品クラスね。


 「いいよ、買うから」

 あっさり応じるハインツ、これでもガリア最大の金持ち貴族だったりする。


 「そ、それではこちらに記入願います」


 まさか30万枚もの金貨を持ってくるわけもなく手形での取引になる。


 「ハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵様、って、ま、まさか!」

 驚く店員、流石に大貴族御用達の店ね。


 「よし、公爵より王女へ愛を込めてっと」


 「何馬鹿なこと言ってるのよ、つーか私までばらしてるんじゃないわよ」

 何考えてんだかこいつは。


 「ま、いわゆるお忍びっぽいやつだから、気にしなくていいよ」

 そう店員にフォローするハインツ、だけどあんまりフォローになってない。


 「は、はあ」


 「よし、手続き完了、行くか」

 そうして店を出る私達。




 「ほい指輪」


 「ありがとう、って言いたいけどなんか微妙ね」

 ある理由がある。


 「まあな、ここは黄色卿(おうしききょう)の直営店だからな」

 黄色卿は暗黒街の八輝星の一人で別名“宝石公”。


 暗黒街の八輝星は表側での最大の商人達の集まりでもある。


 赤色卿はワイン、青色卿は造船、黄色卿は宝石、緑色卿は秘薬、橙色卿は運送屋、紫色卿は調度品。


 ちなみに紫色卿は北花壇騎士団本部の上にあるグランピアンに代表される調度品を貴族向けから平民向けまで取り扱っている。


 そして“灰色の者”と呼ばれるのが一人、彼だけは商人ではなく王政府に仕えており八輝星の情報網を管轄すると共に橋渡し役ともなっている。

 実はそれが外務卿のイザーク・ド・バンスラードだったりする。


 そして八輝星のまとめ役が軍需品を取り扱う“白筆公”。

 他の面子が色を冠しているのでそう呼ばれており、ハルケギニアでは羽ペンが多く利用されていることから“白羽公(しろはねこう)”とか“白翼公(はくよくこう)”等とも呼ばれている。


 「つまり、こういう店で買い物しても結局は回って王政府に還元されるのよね」

 大きく見るとそういう仕組みになっている。


 「まあな、要は指輪の保管場所がこの店のショーケースからお前に変わっただけだな」

 何とも微妙なプレゼント。


 「まあ、大事にするわ」

 形はどうあれプレゼントだし。


 「さて、大体回ったな」


 「最後にあそこが残ってるけど」

 久しぶりに行きたいところがある。


 「やっぱいくのか」


 「当然よ、万が一のことを考えると戦闘能力が無い私だけじゃ行けないからね」


 「そりゃそうだが。もしまた行く必要が出来たら、マルコかヨアヒムを引っ張っていくといい」


 「分かったわ」


 最後に向かうのは暗黒街。


 今の暗黒街は無法地帯ではなく、さりとて王国の法が通用するわけでもない。


 言ってみれば一種の自治領のようなもので、異法地帯ともいうべき場所になっている。


 「あそこにはあそこの法があるからな、それさえ把握しておけば危険はないんだが」


 「それはあんただから言える話よ。“悪魔公”であり“黒の王子”に手を出す阿保はいないでしょ」


 現在暗黒街の八輝星の上位に君臨しているといえるのがこいつだ。


 赤、青、黄、緑、橙、紫、灰、白の8人を束ねる黒。


 故にイザークは“白筆公”と“黒の王子”の間に位置する“灰色の者”となる。


 八輝星の代表が“白筆公”で、王政府の代表が“黒の王子”、そして暗黒街出身であり現在は外務卿であるイザークがその繋ぎ役。


 この仕組みを作り上げるために『影の騎士団』は戦い続けたわけ。


 「王女が行く場所じゃないが、それは俺が言っても説得力無いな。ま、いざとなったら”私はハインツの女だ”って言っときゃ問題ない」


 「それもそうね」


 そんな会話をしながら私達は暗黒街へ向かった。(地下トンネルを通って)

















 そして夜。


 現在私の執務室に戻って来た。


 「ふう、今日は楽しかったわ」


 「そりゃよかった、誘った甲斐があるってもんだ」

 ハインツも嬉しそう。


 「だけどイザークが暗黒街にいたのが意外だったわ」


 「降臨祭が近いからな、里帰りでもしてたんだろ」

 嫌な里帰りね、それ。


 「普段は皆表側でしか会わないし、裏側で会うのは久々だったわ」

 他にも何人かいた。


 「訪問してよかったな、俺も懐かしかったよ」


 「つってもあんたは結構会ってるでしょ」


 「いいや、トップ連中には会ってるが、マルコやヨアヒムの元同僚連中にはあまり会えないからな。なにせ『ルシフェル』で活動してもらってるから」

 「そういやそうだったわね」

 彼らも結構忙しい、暇なのは降臨祭くらいね。


 「さーて、楽しかった休暇も終わり。明日からまた頑張るか」

 気合いを入れるハインツ。


 「そうね、来年の今頃までこんな日は無いかもしれないし」


 私達は忙しい。


 「美容には注意しろよ」


 「大きなお世話よ」


 そんな感じで休日は終わった。








 



[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十一話  降臨祭
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/13 01:48
 降臨祭が始まった。


 シティオブサウスゴータでは花火が上がり、大いに盛り上がっているようだが、俺はそこから30リーグほど離れた雪深い山の中を歩いている。


 ちなみに俺一人ではなくシェフィールドとマチルダも一緒である。







第二十一話    降臨祭








■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は雪の中を歩いているわけだが、ガリアでは滅多に雪は降らないので結構新鮮な感じがある。


 「こうして歩くのは4年前以来かな?」


 今からちょうど4年前。モード大公が投獄されマチルダを探すために、サウスゴータ地方の山中を歩き続けたことがある。


 そのマチルダと今は一緒に歩いてるわけだが。


 「意外と元気だねあんた、あんだけ痛めつけたのに」

 普通に言うマチルダ。


 「いや、普通だったら全治一か月くらいの怪我だった気がするんですが」

 俺が医療技術に特化してなかったら間違いなくそうなっていた。


 「ふざけたことを言った罰よ」

 シェフィールドも容赦ない。


 「だね、自業自得だよ、自業自得」

 マチルダも続く。


 「ですけど事実は事実だと思うんですが」


 「まだ痛め足りなかったみたいね」

 「今度は踏み潰して粉々にしてあげるわ」
 
 素晴らしい笑顔を向けてくる二人。


 「ごめんなさい」

 土下座する俺、雪の上なのでとても冷たい。



 なんでこうなっているかというと、マチルダとシェフィールドは初対面だったので、両方と面識がある俺が


 「こちらが噂のシェフィールドさんです。34歳まで彼氏はおろか初恋すらなく、まさに灰色の人生を過ごしてましたが、たった一度のチャンスで見事、妻に先立たれた8歳年上男性の後妻におさまり、現在若奥様ぶりを最大限に発揮中の37歳」


 「こちらがマチルダさんです。8歳年下の妹が気になるあまり現在婚期を逃し気味。ですがまだまだこれから、妹が一人立ちできるくらいに成長してから幸せをつかむ予定の24歳」


 と紹介したところ。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 という効果音と共に30メイルはおろか40メイル近くありそうな超巨大ゴーレムが現れ。


 ガシャガシャガシャ!

 と音を立ててミョズニト二ルン専用ガーゴイル“マナナーン”が突撃してきた。


 俺の“毒錬金”は対生物効果なので、こういった人形使いは俺の鬼門だったりする。

 しかも“マナナーン”は水に特化したガーゴイルなので砕いても砕いても再生する。

 マチルダのゴーレムも同じく砕いても砕いても再生する。


 相性悪いことこの上なかった。


 まさか本体を狙うわけにもいかず、追い詰められた俺はボコボコにされたわけだ。

 俺が水のスクウェアで『アムリットの指輪』を持っていたのが唯一の救いであった。


 “口は災いの門”、“自業自得”という言葉の重みを身をもって知った俺だった。

……進歩無いな、俺。


 「で、マチルダさん、シティオブサウスゴータの水源ってのはどのくらい先なんですか?」


 「もうちょっと先だね、全部じゃないけど“シティ”の三分の一の井戸はこの山から水を引いているはずさ」


 「それなら十分ですわ」

 頷くシェフィールド。


 「で、一体何をしようってんだいあんたらは?」

 マチルダが訊いてくる。


 「簡単にいえば連合軍の半分を操って、反乱を起こさせるんです。そのために、水源に水の精霊の結晶を放り込むわけです」


 「あの『アンドバリの指輪』ってやつかい?」

 そう思うのは当然だが実は違う。


 「いいえ、効果は同じものですけど『アンドバリの指輪』ではありません。あれを使っちゃうと、将来ハルケギニアがとんでもないことになるんで」

 俺はそう答える。


 「どういうことだい?」

 首を傾げるマチルダ。


 「最初から説明するとこんな感じです」

 そう言って詳しい説明を始める俺。






 「なるほど、『アンドバリの指輪』をラグドリアン湖に返さないと将来ハルケギニアが水没するってわけね、そりゃあ使うわけにはいかないわね」

 納得するマチルダ。


 「水中人の協力もあって、『アムリットの指輪』を製造できそうなところまでは来てますから、『アンドバリの指輪』を返しても問題はないんです。あとはこの作戦をどうするかが問題だったんですが」

 そこでシェフィールドが大活躍。
 

 「『アムリットの指輪』ってのは劣化模造品だから本家程の効果はないんでしょ、それじゃあ街一つを操るなんて無理じゃないのかい?」


 「ええその通りです、そこで我等がシェフィールドさんの出番というわけです」


 するとシェフィールドが青い宝石を取り出す。


 「この石は『アンドバリの指輪』に使用されているものと全く同質のものです。これをミョズニト二ルンである私が使用すればシティオブサウスゴータを操ることは可能となります」

 丁寧に話すシェフィールド、俺以外にはこういう口調なんだよなこの人。


 陛下が俺を遊び道具にするもんだから、それがこの人にも移っているようだ。


 「そんなもんどっから見つけてきたんだい?」

 もっともな疑問である。


 「彼女は東方(ロバ・アル・カリイエ)出身でして、そこの皇室の宝物庫に保管されてたのをかっぱらってきたんですよ。東方の民は、エルフの技術の模倣によって技術を上げてきたそうです。ですからこういった精霊の力の結晶は重宝されるそうです」

 つまり東方の人間は、ハルケギニア人より先住種族に近いということ、そうでなければ精霊魔法の技術を模倣できるはずがない。

 系統魔法による技術体系は、始祖ブリミルを頂点とするハルケギニアに限られるわけだ。


 「そんなもんを勝手に盗んできて大丈夫なのかい」

 これまたもっともな疑問だ。


 「問題ありませんわ。あのような田舎の保管庫で腐らせるよりは、陛下の壮大なる計画の中で使用される方が遙かに意義があるというものです」

 うわ、言いきったこの人。若奥様モード全開になってる。


 一度こうなるとこの人は陛下中心の考えしかしなくなる。そしてそのとばっちりは大体俺に降りかかってくる。


 「そ、そうね、確かにその通りだわ」

 マチルダがすかさず同意する。どうやら今の彼女に逆らってはいけないことを察知した模様。


 そして微妙な空気の中俺達は水源に歩いていく。









 「ここね、この湧水に放り込めば十分効果を発揮するわ」


 「協力に感謝しますミス・サウスゴータ」

 そしてシェフィールドの額のルーンが輝きだし、彼女は精神を集中させる。


 邪魔にならないようにしばらく離れる俺達。

 「ふう、これで任務完了ね、さっさと戻ってテファと新年パーティーをやりたいわ」

 今日は降臨祭の初日だからなあ。


 「無理言ってすいません、ところで、ウェストウッド村の様子はどうですか?」

 最近あまり行っていない。


 「平和なもんだよ、あんたが傭兵とか野盗とか亜人とか、全部残らず戦力として持っていったからね。私達の村に限らず、今のアルビオンの治安はかなりいいみたいだよ、戦時中とは思えないくらいさ」


 「そのためにあちこち回って集めましたからね。それに略奪は徹底的に禁じましたし、軍紀を破ったものは悉く打ち首アンドさらし首、もしくは串刺し、もしくは火あぶり、極めつけに亜人部隊の食糧とか、何でもやりましたから」

 その辺は俺の得意分野、ゲイルノート・ガスパールの中で俺が担当した部分がそこだ。


 「かの『鮮血の将軍』殿は、容赦って言葉をどっかに置き忘れて生まれたって言われてるよ。ま、最近は『軍神』の方が有名だけどね」

 本当に有名になったもんだ。


 「見栄ばかりで中身が無い貴族も『軍神』によって大量に粛清されたし、統治体制も優秀な官僚のおかげでしっかりしてる。平民にとっては『レコン・キスタ』ってのはかなりありがたい存在みたいだね」


 「そうなるように造りましたから、だけど統治システムとしては最大の欠点があります」

 急激な改革を行う場合これだけは避けられない。


 「そりゃなんだい?」


 「皇帝のオリヴァー・クロムウェル、アルビオン軍総司令官のゲイルノート・ガスパール、この二人が死んだ瞬間機能が停止することです。結局は特定の人間の能力とカリスマに頼った構造ですから非常に脆いんですよ」

 これもそうなるように造ったのだが。


 「なるほど、だからあの王子様を生かしておいたわけね。優秀な将軍、優秀な官吏、後は国の支えになる王様さえいれば改革は緩やかに継続できるってわけだ」

 流石、いい洞察力だ。


 「そういうわけです。この戦争における平民の被害も最小限に抑えられますし、戦後の混乱も最小限で済みます。アルビオンには迷惑かけっぱなしでしたから、せめていい結果で終わらせないと申し訳ないですから」

 とはいえ、そのためにあの悪魔王によって俺は散々こき使われた。

 これも“口は災いの門”の教訓だったのだが。


 俺の人生は“自業自得”の連続で成り立ってる気がする。


 「ま、うちみたいな辺境の村にとっちゃどうでもいいことだろうよ、治安が良くて税が安けりゃ文句は無いさ」


 「そうでしょうね」

 地方の村ならそんな感じ、魔法の恩恵も少ないからブリミル教もそれほど盛んではない。言ってみれば現代日本人が正月には神棚を拝んだり初詣に行く感覚で降臨祭を楽しんでる。

 普段の食前の祈りとかも“そういうもの”として捉えてるだけ、日本の“いただきます”と本質では変わらない

 宗教が利用されるのは、都市部や貴族が住む街で立派な教会があるところ、それもロマリア宗教庁が出来て異端審問だのを始めた頃からの話、農村部はのほほんとしたものである。


 その代り農村では宗教上の“異端”ではなく“よそ者”を排除する傾向がある。

 これは人間が生きる以上当たり前とも言えることだ。



 「終わりました」

 そんなことを話してるとシェフィールドが戻って来た。


 「お疲れ様、これで計画はばっちりですね」


 アルビオン戦役最終局面の準備は整った。


 「さて、そんじゃ私は帰るよ」


 「マチルダさんもお疲れ様、テファにはよろしくいっといてください。でも降臨祭が終わった頃に会うと思いますけど」

 そういう流れだ。


 「あのお嬢ちゃんか使い魔の坊やがくるかもしれないんだったかしら、まあ一応伝えておくよ」

 そして一足先にマチルダが帰っていく。




 「シェフィールドさんならどう予想しますか?」

 シティオブサウスゴータとウェストウッド村は割と近い、担い手がここまで近くにいるのならば、出会うのが必然だと俺は思うのだが。


 「虚無の使い魔として言わせてもらえば、絶対に何らかの接触があると思うわね、例え貴方が何もしなくても」

 そう答えるシェフィールド。


 「逆に言えば、俺がどう干渉しても物語的には特に影響ないってことですね」


 「私は旦那様じゃないから断言はできないわ、だけど多分そうなると思う」

 やはり物語の読みにかけては虚無の主従に任せるのが一番。


 「そうですか、それなら俺は臨機応変にいきますね、それから、“例のモノ”はいつ頃動かせますか?」

 この作戦において一番の鍵とも言える。


 「作戦決行の三日前くらいなら大丈夫よ、慣れておく必要もあるでしょうからそのくらいがちょうどいいと思うわ」


 「なるほど、文字通り身を削って作ったわけですからこれは是非とも成功させたいですね」

 ま、使おうとするのは俺くらいだろうが。


 「私の渾身の作品でもあるから性能は保障するわ」


 「期待してますよ」


 そして俺達も帰還する。



 降臨祭が終わるその日、アルビオン戦役は最終段階に入る。

















■■■   side:ウェールズ   ■■■



 僕は今現在ガリア軍港サン・マロンにおいて、部下と共に降臨祭を祝っている。


 このサン・マロンはガリア両用艦隊の本拠地であり、200隻もの戦列艦が寄港することが可能なほど巨大な軍港だ。


 ガリア両用艦隊はハルケギニアで最大の数を誇るが、錬度においてはアルビオン空軍が上を行った。


 そのため、我々が持つ操船技術をガリアへ提供する代わりに、我々が祖国を奪還するためにガリアは軍事力を提供する、という協定が結ばれた。

 もっとも、その協定が結ばれた時、僕は不甲斐無くも刺客に刺され昏倒していたのだが。


 「皆、降臨祭だ。この十日間が終わればいよいよアルビオンへ進軍することとなる。敵はあのゲイルノート・ガスパール。ガリア軍の協力があるとはいえ倒しがたい強敵だ。しかし、この戦いに我々の全てが懸っている。我々は祖国を追われた敗残兵に過ぎないがアルビオン王家の意地を見せてやろうではないか、必ず勝つぞ!」


 「「「「「「「「「「  オオオオオオオオオオ!!! 」」」」」」」」」」


 「この酒がやがて戦勝祝いとなることを願い! 乾杯!」


 「「「「「「「「「「  乾杯!! 」」」」」」」」」」


 そうして敗残兵達の宴が始まった。











 「殿下、いよいよでございますな」

 パリーがそう話しかけてくる。

 アルビオン王家に60年も仕え続けてくれている最大の功臣だ。


 「パリー、今は殿下じゃなく一介の艦長に過ぎない。だがそれもあと十日で終わる」


 「左様ですな、その時は陛下とお呼びしなければなりません。ははは、これでこの老骨は三代に渡ってアルビオン王家にお仕えしたこととなりますな」

 そうして笑うパリー。まったく、あのニューカッスル城の状況からは考えられないような台詞だ。


 「本当にお前達には迷惑をかけたな。ガリアに亡命することはともかく、その後半年間も眠ったままで何もできなかったとは」

 僕が目覚めたのはつい一月程前、その頃には既にトリステイン・ゲルマニア連合軍のアルビオン侵攻が目前に迫っていた。

 その間にもゲイルノート・ガスパールはトリステインに侵攻しており、情勢は大きく動いた。


 僕の従妹のアンリエッタはトリステインの女王となり、今はアルビオンへ侵攻しようとしている。


 「迷惑などとんでもございません。殿下が生きておられたからこそ、我々は希望を持ち続けることができたのです。まだアルビオン王家が絶えたわけではないと、いつかあのゲイルノート・ガスパールめに王軍の意地を思い知らせてくれると」

 我々はあの男によって全てを失った。

 ニューカッスル城に残った父上もあの男に殺され、城兵は皆殺しにされた。


 しかし我々は生きている。ならばやれることはいくらでもある。

 「ガリアには感謝してもしきれないな。まあ、王政府には僕を傀儡としてアルビオンを裏から支配しようとする意図があるのだろうが」

 僕はアルビオンに侵攻するために格好の大義名分となる。トリステイン・ゲルマニアの侵攻理由よりも格段に優れた大義だ。


 「『レコン・キスタ』なる反乱軍を殲滅し、正統なる王家を復活させる。始祖ブリミルより続く三王権の一角であるガリアにとって、これ以上の大義名分はないでしょうな」

 パリーも当然そこは理解している。いや、分かった上で亡命に応じたのだ。


 「それでも今や戦列艦を保有できる程になった。これも全て皆のおかげだ」


 アルビオン王家旗艦『ロイヤル・ソヴリン』。全長120メイル、片舷80門、二月程前にガリアの職人の手で完成し、新型の魔法兵器が多数積み込まれている。


 その中でも画期的なのは“迷彩”と呼ばれる装置と“着地”と呼ばれる機能だ。

 ガリアの魔法技術の精髄とも言える技術であり、姿を隠しどこにでも着陸することが可能である。

 最初にその機能を聞いた時は耳を疑ったが、実際に目にすると開いた口が塞がらなかった。


 国家機密ともいえるその技術を一隻とはいえよく提供してくれたものだ。


 「あの艦であれば我等アルビオン亡命軍全員が搭乗可能です。トリステイン・ゲルマニア連合軍はシティオブサウスゴータを占領したそうですが、ロンディニウムにはゲイルノート・ガスパール率いる5万がおり、艦隊も45隻が健在だそうです。連合軍は陸軍6万、艦隊45隻ですが戦略上不利ですので、このままでは敗北いたしましょう」


 「しかし、我等とガリア軍が参戦すれば話は別だ。陸軍は総勢11万、艦隊は145隻となる。この兵力差ならばいかにあの男といえどひっくり返せまい」


 「ですな、その先頭たる『ロイヤル・ソヴリン』の乗組員は全員アルビオン人、まごうことなきアルビオン王家の旗艦にございます。これを建造するためには殿下の友人の方達に多大なる協力をいただきました」


 そう、僕がガリアで目覚めてから、これまでの人生で得ることが出来なかったものを得た。


 それが。


 「おーいウェールズ! 楽しんでるかあ! 一年に一度の降臨祭だ! せいぜい派手にかまそうぜ!!」


 「少しは落ち付けアルフォンス、そんなに騒がんでも降臨祭はなくならん」


 この友人達だ。




 「お、パリー師匠もいらっしゃったか、御機嫌麗しゅうございます」

 パリーに深々と礼をするアルフォンス、どうやら彼の中では僕よりパリーの方が格上らしい。


 「うむ、お主も元気でなによりじゃ一番弟子」

 パリーもパリーでのっている。彼も楽しんでいるようだ。


 「一番弟子は俺ではないですか? こいつはせいぜい弟子未満の雑用でしょう」


 「ああん! 何だとクロードてめえ!」


 「そのように簡単に取り乱すようでは、話にならんぞアルフォンス。空軍の艦長たるもの常に冷静であらねばな、その辺はクロードを少しは見習うとよい」


 「ぐはっ」

 崩れ落ちるアルフォンス。


 「大丈夫かいアルフォンス」

 一応声をかける。


 「うう、ウェールズ、心の友と呼べるのはお前だけだ」


 「その台詞をハインツにもエミールにも言っているな。アドルフ、フェルディナン、アラン先輩はけなす側だから言っていないが」

 冷静に突っ込むクロード、アルフォンスに関してならなんでも知ってそうだ。


 「相変わらず手厳しいなクロードは」


 こうして何の気負いもなく会話できる友人はかつていなかった。



 僕を信頼してくれる部下は大勢いたし、王家に絶対の忠誠を誓い僕が生まれた頃から見守ってくれている人物もいた。

 しかし、“王子”という称号がどこに行っても付きまとった。


 僕はアルビオン王家に生まれたこと、あの父の息子として生まれたことを、この上なく誇りに思っている。

 やがては父の後を継ぎ、王として民を守っていこうと幼い頃から心に誓い、同時に夢でもあった。

 僕は空が好きでありアルビオンは風の国。この国を守っていきたいと心の底から思っていた。


 しかし、同時に対等な関係で話せる友人が欲しいと思う気持ちもあった。

 叔父であるモード大公に息子がいればそういう関係になれたかもしれないが、残念ながら彼に息子はおらず、そればかりか4年前に投獄されて死んでいる。

 父はその理由を僕には決して話さなかった。パリーならば知っていると思うが、彼もそのことに関しては決して話そうとしない。


 しかし南部諸侯の反乱は、それを原因としているのは間違いない。そしてそこをあの男に付け込まれた。


 ゲイルノート・ガスパール。あの男一人によって王軍はなすすべなく粉砕された。

 奴が父上の暗殺を試み、その後僕を襲ってきたのもちょうどその頃。その衝撃によってモード大公の死は霞むこととなったが、そのこと自体があの男の掌の上であったのではないかと思う。


 「まあいいや、それよりウェールズ、降臨祭が終わればいよいよ出陣だ。俺達は先陣だから気合入れていくぜ」


 「ああ、奇襲になるが我々にとってはまだアルビオンの内戦は終わっていない。向こうが勝手に内戦は終わったと宣言しただけだからな、こちらが降伏したわけでもないから非難される謂われはどこにもない」


 そしてあの男によって“王子”という立場を失ったと同時に友人を得たというのも皮肉なものだ。

 もっとも、彼らなら僕が王子であっても気安く話しかけてきただろうが。


 「大将殿がいてくれるとその点が助かるな。ガリアは中立を宣言しているが、アルビオン王党派を擁すれば宣戦布告は必要ない。何せ正統な王を立て政権を取り戻すために戦うのだ。反乱軍を鎮圧するのに宣戦布告が必要などという法則は無い」

 アルフォンスは僕を呼び捨てにするがクロードは大将殿と呼ぶ。

 僕がアルビオン王となれたら今度は総司令官殿と呼びそうだな。


 「その通り、反乱軍を鎮圧するのに大義も何もいりませぬ。我々は義務を果たすだけのこと、アルビオン王家の為に戦うことこそが我等の本分でございます」

 パリーが誇らしげに言う。


 「そんじゃあ微力ながら俺達も協力させてもらうぜ、師匠仕込みの新生両用艦隊の力を見せてやらあ」

 勇ましいアルフォンス。


 「ふむ、その点に関しては同意できる。もっとも、今回の戦いでは鍵を握るのは陸軍だろうが」

 あくまで冷静なクロード。


 「確かに、あのゲイルノート・ガスパールを如何に討ち取るかが最大の問題だ。奴が生きている限り『レコン・キスタ』は崩壊しない、そうなると陸戦部隊が鍵になる」

 僕も意見を述べる。


 「やっぱそこはあの二人に任せるっきゃねえだろうな、俺達は俺達でやることがある」

 アルフォンスが言う二人は当然彼らだ。


 「アドルフとフェルディナン、陸戦はその専門家に任せるしかないな」


 彼らは兵学校時代に『影の騎士団』という組織を作っていたらしい。

 アルフォンスとクロードは我々と共に艦隊の訓練にあたり、まだ面識はないがアラン殿とエミール殿の二人が『ロイヤル・ソヴリン』建造のための場所や資材の確保にあたってくれたらしい。

 陸軍将校の二人も暇だったとかで職人集めや軍務卿との折衝などに尽力してくれた。


 そして、我々にとっての最大の恩人とも言え、『影の騎士団』の団長でもある


 「ハインツはどうするんだ? 彼が出征しないとは思えないが」


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。


我々を亡命させるために尽力してくれた人物であり、ヴァランス家の財力を投じて『ロイヤル・ソヴリン』の建造を可能としてくれた。

 さらに彼の情報網を借りてアルビオン本国になおも潜む王党派の者達と密かに連絡を取り、彼らをガリアへ密航させてガリア内で自由に動けるように便宜を図ってくれた。


 彼の協力があればこそ僕が眠っている間に僕の部下達は様々活動を行うことができ、そのための資金も無償で出してくれた。

 この前会った際にお礼を言ったところ。


 「こっちにも裏で色んな思惑があるのさ、気にしない気にしない」

 という答えが返ってきた。


 一生彼には頭が上がらない気がするな。


 「あいつは近衛騎士団団長の他にも色んなの兼任してるからなあ、特に北花壇騎士団副団長は忙しいし、多分無理じゃねえかな」

 と、アルフォンスが答える。

 彼が様々な役職を兼任しているとは聞いているが、そこまで忙しいのか。


 「だが、少しでも戦力が欲しいのは間違いない。それも数ではなく精鋭がな、そうなると他の三騎士団の動員が考えられるな」

 クロードはそう予測する。


 「ふむ、花壇騎士団の方々か。しかしクロード、流石に花壇騎士団の方々がアルビオンに派遣されるというのはありえるのか」

 と、パリー。


 「確かに、他国へ軍隊ならばともかく騎士団を派遣するというのは難しいと思うが」

 騎士団とは王国の治安を守る要だ。


 「いいや、ところがどっこい派遣されたりするんだなこれが」


 「その点は近衛騎士団長殿に感謝しておこう」

 そこへさらに二人の人物が現れた。


 「アヒレス団長にゲルリッツ団長じゃないですか!」

 そう叫ぶアルフォンス。


 「確か陸軍の方で騒いでくると言ってませんでしたか?」

 鋭く指摘するクロード。


 確か西百合花壇騎士団団長のディルク・アヒレス殿と、南薔薇花壇騎士団団長のヴァルター・ゲルリッツ殿。

 共にスクウェアメイジであり、若くして団長となった豪傑。

 一週間くらい前に一度会っている。


 「ああ、そのつもりだったんだがな、馬鹿二人が一番強い酒で一気飲み競争をおっぱじめてダブルノックダウンしてな、しゃあねえからこっちに来たわけだ」

 そう言うのはアヒレス殿。


 「馬鹿二人の二次被害も拡大していったからな、その辺の始末はカステルモールに押し付けて逃げてきたわけだ」

 あっさりと言うゲルリッツ殿。


 カステルモールと言えば確か東薔薇花壇騎士団団長だったはず、三人の中では一番若かったはずだから、押し付けられたのか。もっとも僕よりは年上だが。

 馬鹿二人が誰を指すかは考えるまでもない。アドルフとフェルディナンだろう。


 「なるほど、だけどさっき言ってた通りなら南と西も動員されるんすね」

 アルフォンスが尋ねる。


 「ああ、東は留守番だけどな、こればっかは年功序列ってやつだ」

 答えるアヒレス殿。



 「何から何までかたじけのうございます。このパリー、今は亡きジェームズ陛下に代わりお礼を申し上げます」

 深々と頭を下げるパリー。


 「私からも礼をいいます。お二方、アルビオン奪還の為に尽力くださりありごとうございます」

 僕も頭を下げる。


 心から感謝して頭を下げることが出来るというのはいいことだ。

 王子であるときはそういうわけにはいかなかった。


 「気にしないでくれや、俺達が暴れたいってのが本音なんだからよ」


 「そうだな、守るべき者がいないから完全に攻めに回れる。騎士の本分ではないが、一度くらいはそういった戦いも経験してみたいものだからな、そして勝つ」

 何とも心強い言葉だ。


 「そうそう、俺達が一緒に戦う以上敗北はありえねよ、ウェールズ、大船に乗った気でいな」


 「実際巨大な戦艦に乗っていくわけだが、まあ、最善を尽くそう」

 アルフォンスとクロードもそう言ってくれる。


 「分かった、皆、僕に力を貸してくれ、そしてあの男を倒そう」

 僕は感謝を込めてそう言う。



 「今度は負けない、何としてもゲイルノート・ガスパールの首をあげ、アルビオンを取り戻す」


 僕は神と自分に、そして何より協力してくれる友人達にそう誓った。






 出陣の日まであと十日。











[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十二話  撤退戦
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/13 01:52
 降臨祭の最終日はいつもと変わらぬように始まった。


 降り続けた雪によってシティオブサウスゴータの街は銀世界となっている。


 しかし、突徐として反乱が起こった。


 兵から不満が上がっていたわけでもなく、上層部に内通者がいたわけでもなかった。


 にも関わらず全軍の半数が反旗を翻したのである。








第二十二話    撤退戦








■■■   side:ルイズ   ■■■


 「『解除(ディスペル)』!!」


 私の『解除(ディスペル)』によって裏切った兵士達の洗脳が解かれ、彼らは正気を取り戻していく。


 「ルイズ! 東からも数十人規模で向かってくるぞ!」


 「分かったわ! あんたは南の退却路を維持して! まだ撤退が完了してない部隊が大勢いる!」


 「了解!」


 サイトは退却路の確保に向かう。

 この反乱の正体を察してるのは私達くらいだろうから、どの指揮官も完全に混乱してる。


 「いえ、その指揮官が操られている大隊や連隊も多い」

 反乱軍も秩序だった連携がとれているわけじゃない、ただ単純な攻撃をしかけてくるだけ。


 「とはいえ今日の朝まで味方だった連中に魔法や大砲をぶっぱなせるわけもなし、攻撃を防ぎながら退却するしか道はないわけね」

 全く、ここまで大がかりにやってくるとは。


 「とりあえずここの区域は確保しないと、大通りが制圧されたら退却そのものが不可能になる」

 私は再び『解除』を唱え始めた。








■■■   side:才人   ■■■


 「おらあ!」

 俺はモンモランシー渾身の作品を放り投げる。


 ジュワアアアアアアアア。

 って感じの音を立てて『眠りの雲』が広がっていく。


 「やっぱ屋外じゃそんなに効果はねえか」

 それでも何十人かはぶっ倒れてる。


 「あのゾンビ野郎共にゃあっち系は効かねえし」

 涙が止まらなくなるような煙やむせる煙をだすのもあるが、どっちを喰らっても構わず突進してきやがった。


 「女王様が誘拐された時のゾンビ軍団と同じ、違うのは死体か操られてる人間かだけで、切られようが蹴られようがお構いなしってとこは同じな訳か」

 もっとも、一度死ねば蘇ることはねえだろうけどそんなわけにもいかんし。


 「頼みの綱はルイズの『解除』だけってことか」

 「ま、そうなるわな」

 デルフが答える。


 「だけどようデルフ、『アンドバリの指輪』ってのは何万人も操れるもんなのか?」


 「さあな、俺もそこんとこは疑問なんだよ、確かに水精霊の秘宝の力ならそんだけのことは可能かもしれねえが、それを最大限に引き出すのは人間にゃあ難しいはずなんだがな」

 デルフも気になってるみたいだ。


 「つーことは人間以外なら出来るのか?」


 「多分エルフとかなら出来ると思うぜ、だけどハルケギニアを統一して聖地奪還を果たすって言ってる『レコン・キスタ』にエルフが協力するわきゃあねえと思うがね」

 そらそうだ。


 「結局わけわかんねえ、ってことか」


 「だなあ、とりあえずここは貴族の娘っ子が来るまで持ちこたえるしかねえわな」


 「何か役立たずだなあ俺ら」


 「しゃあねえだろ、ガンダールヴは戦闘員だからなあ、そういうのは担い手の担当さ」

 俺はデルフを持って切り込んでいく。

 こうなったら気絶させるくらいにぶん殴るしかねえ。











■■■   side:ギーシュ   ■■■



 「グラモン中隊! 全員揃ってるか!」


 「駄目です中隊長殿、数十人ばかし足りませんや」

 軍曹さんがそう答える。


 この反乱は例の『アンドバリの指輪』ってやつの効果だろう。まさか都市一つを操れるとは思わなかったが。


 「なあ軍曹、僕達は基本的に一箇所で宿営してたよな」


 「まあそうですな、上からの指示で水場だけは定期的に変えてましたが」

 ということは他の奴らが洗脳されてる可能性は低いな。


 「よし、ここでしばらく待機する。全員かそれに近いくらいが揃うまでは防御に徹しよう」

 反乱軍の攻勢はそれほど強くない、落ち着いて対応すれば被害は大きくならないはずなんだが。


 「それは原因を知っていればこその話か、僕だって予備知識なしでいきなりこんな状況に放り込まれたら訳も分からずひたすら逃げてるだろうしなあ」

 だからこそ予備知識がある友人は頼りになる。


 「おーい! マリコルヌ!」


 「なんだいギーシュ」

 向こうからマリコルヌがやってくる。

 補給の任を済ませた彼は僕の中隊で寝泊まりしていた。降臨祭だったので士官候補生が一人どっか別の場所で寝てても上官は文句を言わなかったそうだ。


 「頼みがある。君の『遠見』で僕の中隊の連中を探してくれないか」
 
 彼は“風上”のマリコルヌ、『遠見』にかけては定評がある。もっとも、最近は“空気穴”の方が有名になりつつあるが。


 「おいおい無理を言うな、君の中隊の連中の顔なんて覚えてないぞ僕は」

 まあそりゃそうだろう。


 「大丈夫、一番みっともない格好をしててやる気なさそうな奴らを探してくれればいい、多分何人かずつで固まってると思うからそういったゴロツキ集団を探してくれ」


 「なるほどな、よし、やってみよう」


 「でさ、全員揃ったら可能な限りサイトとルイズを手伝ってやろう、何せ僕達は退却路に関してはなんの心配もないからな」


 「確かに、どうせならやるだけやってみようか」

 マリコルヌは『遠視』を開始する。


 中隊長を任されたっていうか、逃げた士官の代わりに押し付けられた僕だが、どうせだからその権限を最大限に利用して使い魔のヴェルダンデを連れてきた。

 中隊長ともなれば自分の使い魔を乗せるために船にスペースを確保することが許されるのだ。


 そして、ヴェルダンデ、僕、マルコルヌのコンビネーションで覗き穴、もとい緊急脱出用トンネルを作っておいた。

 断じて女性の着替えなんかを覗く為に掘ったのではない。


 「本当に、世の中何が役に立つか分からないもんだな」



 さて、どの程度持ちこたえられるかな。


 退却が始まれば他の部隊は重装備を捨てていくだろうから、それらを頂けばかなり戦えるはず。


 ゴロツキ集団が戦場で火事場泥棒をしてるようなものだけど、僕とマリコルヌが率いるならそんな部隊の方が合っている。


 「こちとら着替えを覗いては女子達に追いかけ回されてる身だ。退却戦はお手の物さ」


 ことその点にかけては僕とマリコルヌに死角は無い。











■■■   side:ルイズ   ■■■


 私とサイトは今現在ある宿屋で休息中。


 「流石にしんどいわ、倒しても倒しても敵が湧いて出てくるってのは精神的にくるものね」


 「こっちもキツイ、かなーり動き回ったからなあ」

 サイトも疲れがあるみたいね。


 「しかし迂闊だったわ。まさかこんなに大規模にやってくるとはね」

 予想はしてたけどその規模が想像以上だった。


 「まったく、よくまあこんな真似してくるもんだ」

 サイトは呆れてる。まあその気持ちは分かるわ。


 姫様が誘拐されかかった時の手口から考えると、クロムウェルがもつ“虚無”の力とやらで将軍クラスを洗脳してくる可能性はかなり高かった。先住の「水」の力だから井戸水に仕込むような方法もありえるので、連合軍の兵士は定期的に使用する井戸を変えるように命令されていた。

 これは女王陛下の勅命だったから将軍達も異論はなくすんなり受け入れられた。そして一部が洗脳された時は私が『解除』で解くことになっていた。


 私が連合軍の“切り札”であったのは『アンドバリの指輪』に対抗できる唯一の人材だったからでもある。


 「私達は念のため『解除』をかけてから食事してたからね、治療役が洗脳されたんじゃ話にならないし」


 「だけど多く見つもっても数百人くらいだと思ってたからなあ、まさか数万規模でやってくるたあなあ」

 そこが完全に予想外だった。


 「多分大元の水源に仕込んだんでしょうね、井戸を変えても広範囲に仕込まれたら意味ないし、あの対策は井戸に毒が投げ込まれるような状況を想定して立ててたから」

 私の『解除』で解ける数には限りがある。流石に数万は不可能ね。


 「ここはもうもちそうにねえな、ギーシュとマリコルヌの中隊が結構踏ん張ってくれてるけど、それも限界が近そうだ」

 予備知識があったのが功を奏したんでしょうね。

 だけど何でマリコルヌもいるのかしら?


 「もう昼近いけど防衛戦は崩壊寸前、総司令官のド・ポワチエとゲルマニア軍司令官ハイデンベルグ侯爵は戦死。参謀総長のウィンプフェンが街外れに臨時の司令部を置いてるけど持ち直すのは不可能ね」


 「んな情報どこで知ったんだ?」


 「ルネ達よ、第二竜騎士中隊には空から情報収集してもらってるの。彼らは全員無事だったし、どうやら竜は洗脳されてないみたい。竜騎士が洗脳されても竜は頭がいいから意思がない主人の命令には従わないようね」


 「だから敵の攻勢がそんなにきつくねえのか」


 「ま、他にもいくつか理由はあるけど、それでも戦線崩壊は時間の問題ね。そろそろ総退却に移らないと被害が増える一方よ、サイト、信号弾準備」

 休憩はここまで、また遊撃戦の始まりね。
 

 「了解、全員集合の合図でいいな」


 「それでいいわ」


 私達は屋上に出る。








 中隊長のルネを先頭に第二竜騎士中隊の面々が降下してくる。


 「ルネ、状況はどう?」


 「もの凄く悪い、君達が防いで回った区域以外は完全に破られた。何しろ指揮系統が完全に混乱しているからな」

 やっぱ最悪みたいね。


 「確認しておくけど、敵の攻勢が強い部分にむらがあるでしょ」

 そこは重要。


 「そうみたいだ、一部分が強くてあとは緩やかって感じだな。じゃなきゃとっくに軍全体が崩壊してる」

 なるほど、だったら方法もあるわね。


 「アッシュ、街外れの司令部に行ってウィンプフェン総司令官に伝言をお願い」

 アッシュはルネの副官、ウィンプフェンは現在総司令官になっているはず。


 「内容は?」


 「女王直属特殊護衛隊隊長“ゼロ”より総司令官へ、シティオブサウスゴータの戦線の崩壊は時間の問題、至急ロサイスへ撤退されたし、殿軍は“ゼロ”と第二竜騎士中隊で受け持つ故」

女王直属特殊護衛隊隊長ってのはこの戦争の為の架空の役職ね。


 「分かった!」

 飛んでいくアッシュ。


 「おいルイズ! 僕達で殿軍をやるのか!?」

 叫ぶルネ。


 「大丈夫、あんた達は私とサイトを運ぶのと、これまで通り情報収集にあたってくれればいいわ」

 それで十分。


 「ルイズ、どうすんだ?」

 訊いてくるサイト。


 「いい皆、簡単に説明するとおそらく敵のメイジが数万の兵士を洗脳してる。私はそれを解除できるけど一度に数十人が限界、普通にやったら意味がないから最大効率で解除していくわよ」


 「どうやって?」

 これもサイト。


 「いい、洗脳してるとはいっても敵はただ単純に攻撃してくるだけで複雑な戦術はとっていない。つまりそのメイジが直接操作しない限りそれほど脅威じゃないわ、だから直接操作されてる部隊を優先的に解除してやればいいのよ」


 「でもどうやって判断するんだ?」

 これはルネ。


 「それは簡単、敵の攻勢が一番強いところよ、第二竜騎士中隊が空から見張ればそれがどこかはすぐわかるわ。あとは私とサイトをそこに降ろしてくれれば十分。私が解除したら敵は別の部隊を操作するでしょうから私達もまたそれを潰していく、後手後手になるけどこの際仕方ないわ。先手を打とうにも洗脳してる人物が誰か皆目見当つかないし」

 一気に説明する私。


 「なるほど、だけどどうやって洗脳を解くんだ?」

 ルネが訊いてくる。


 「それはトリステインの国家機密に属することだからあんたたちには話せないわ、下手に知ると王宮から消されかねないから、そこは私達女王直属特殊護衛隊に任せなさい」


 「わ、分かった」




 そしてサウスゴータ撤退戦が開始される。










■■■   side:才人   ■■■



 「ルネ、向こうの部隊がぼろぼろになってるぜ」


 「今度はあっちか、ルイズ」

 ルイズに確認をとるルネ。


 「あっちに向かって、サイト、信号弾はまだある?」

 俺は手持ちを確認する。


 「あと4発しかねえ、ルネ、持ってるか?」


 「いや、僕は持ってないけど確かフェルナンが持っていたと思う。今度拾いに行く時までにもらっとくよ」


 「頼んだぜ、あれがないとお前達に合図が送れねえからな」


 そして俺達は激戦地に向かう。








 「ラアアアアアアアア!」

 ガッ!ゴッ!ガッ!


 俺の役目はひたすら突っこんで敵の注意を惹きつけること、そしてルイズが『解除』をぶっぱなす。

 「相棒! 銃兵だ! 右に跳べ!」


 デルフの言葉を頼りに思いっきり横っ跳びする。


 ガガガガガガガン!

 ついさっきまでいたところを弾丸が通過していく。


 ヒュヒュヒュヒュ!


 俺は仕掛けボウガンに切り替え銃兵に連射する。


 「突っ込むぜデルフ!」

 「応よ! 索敵は任せな!」


 そして短槍隊に突っ込む。


 「『解除(ディスペル)!』

 その時、ルイズの『解除(ディスペル)』が炸裂する。


 「相棒! 合図だ!」

 「了解!」

 俺は信号弾を込めた銃を引き抜いて上空へ撃つ。


 敵は無力化しているのでそのままで待つ。


 「サイト、まだいける?」

 ルイズが訊いてくる。


 「あと4,5回ってとこか、流石にキツくなってきた」

 最初の頃はもっと楽に動けたんだけどな。


 「そう、もう2時頃だし洗脳を受けてない部隊の大半は退却済み、あと2,3回やったら私達も退きましょう」


 「サイト! ルイズ!」

 そしてルネが降りてきた。


 俺達はルネの愛竜ヴィルカンに乗って上昇する。






 「さーて、次はどこだ?」

 俺が次の場所を探していると。


 「ルイズ! サイト! アレを見ろ!」

 ルネが急に叫んだ。


 「何だ、って、あれは!」


 「アルビオン竜騎士隊!!」


 北から200騎近い竜騎士隊が向かってきている!


 「アルビオン軍の先遣部隊ね、ということは本体もかなり近くまできているってことだわ」


 「最悪のタイミングできやがったな」

 なんつう野郎だ。完全に時間まで調整してやがる。


 「ルイズ、どうする、こっちは10騎しかいないからとても太刀打ち出来ないぞ」

 ルネがそう言う。


 「サイト、ルネ、パターン4に移行するわよ」

 そしてルイズは詠唱を始める。


 「分かった」

 俺は全員集合の合図を打ち上げる。


 「ヴィルカン、上昇だ」

 ルネも竜を上昇させる。




 「『幻影(イリュージョン)!!』

 ルイズの『幻影』が発動し、200騎近い竜騎士隊が作り出される。


 「これで敵の竜騎士隊は吸引できるわ、私達は退却するわよ」

 ルイズがそう指示を出す。


 「あの幻影はどれくらい持つんだ?」

 俺は一応確認する。


 「私がこの場にいなくても30分は余裕でもつわ、その間に最高速で逃げましょう」


 「分かった、僕達が乗ってるのは皆風竜だからな、一度距離を離せば追いつかれっこない」

 第二竜騎士中隊は戦闘じゃなくて哨戒や護衛がメインだから全員風竜に乗ってる。戦闘がメインの奴らは普通火竜に乗る。

 ま、最初の任務がダータルネスの陽動作戦だったから当然なんだが。


 「俺達に出来るのはここまでだな、ああーー疲れた」

 気が抜けたら一気に疲れが出てきた。


 「朝から6時間以上戦ってたからね、私も疲れたわ」

 ルイズもぐったりしてる。


 「だけど、敗走してんだよな俺ら」

 その事実が重い。


 「今は出来ることをやるしかないわよ、これ以上兵力を失ったら再起を図ることもできなくなるわ」

 すげえなこいつは、この絶望的な状況で再起戦のことを考えてんのか。


 「まったく、お前には敵わねえよ」


 「後ろ向いてるよりゃよっぽどましよ、悲壮感は私達には似合わないし」


 「だな」


 そうして俺達はロサイスに向かった。








■■■   side:ハインツ   ■■■


 「いやいや、見事なものだ」


 俺は『遠見』で彼らが乗った風竜が南西に飛んでいくのを見守っている。


 「そうは思いませんか? シェフィールドさん」

 後ろに振り返りながら彼女に尋ねる。


 「確かにそうね、この状況でよくぞここまで冷静かつ的確な対応をとれるものだわ」

 ついさっきまで部隊の操作をしていたからかやや疲労感が声から感じられる。


 ちなみにマチルダは里帰りの真っ最中、今頃テファや子供達に囲まれてることだろう。


 「でしょう、彼らの成長は凄い速度ですよ、俺もこの短期間でここまで成長するとは思ってませんでしたから」

 彼らの成長速度は予想をかなり上回っている。


 「そう、それならわざわざ部隊を操作した甲斐があったというものかしら」


 俺達はシティオブサウスゴータに存在する『ゲート』を使って直接ここにやってきた。

 そしてシェフィールドが『アンドバリの指輪』と同質の宝石の力を発揮し連合軍の半数を操った。さらに俺の指示で部隊を小隊や中隊単位で操作してもらい都市制圧を効率よく進めてもらった。


 しかし、ルイズはその攻勢の違いからシェフィールドが直接操作している部隊とそうでない部隊を見分け、『解除』で効率よく敵を無力化していった。


 「まあ、万が一に備えて竜騎士隊を動員しておいてよかったということか」

 アルビオンの竜騎士隊は数や質においてハルケギニア最強ともいわれる。

 破壊力と総数なら火竜山脈を抱えるガリア竜騎士隊が勝るが、風竜の数ではアルビオンが勝る。流石は“風のアルビオン”。

 ちなみに竜騎士隊の派遣を命令したには当然ゲイルノート・ガスパールである。


 「さて、あとは特にやることはないのかしら?」


 「ええ、じきにアルビオン軍本隊がここに到着します。ゲイルノート・ガスパールとオリヴァー・クロムウェルは1万の兵と共にここに残り、ホーキンスとボアローの二将軍がそれぞれ2万ずつを率いてそのまま前進します。反乱軍はその中軍に編入させるので」

 前軍はボアロー率いる2万、中軍は反乱軍3万、後軍はホーキンス率いる2万、合計7万の大軍となる。

 そしてロサイスを奪還し次第、ゲイルノート・ガスパールとオリヴァー・クロムウェル、さらには円卓に座る政治家貴族達も全員が向かい、ボーウッド提督とカナン提督は45隻の戦列艦を率いて撤退する連合軍を追撃することとなっている。


 そこに、予想外の敵が現れるわけだが。


 「そう、なら後は“アレ”を起動させるくらいね、もう操縦には慣れたかしら?」


 「ええ、何せ自分の分身ですから一発で慣れました。もっとも、反動が少々キツイですが」


 「当然ね、本来なら私(ミョズニト二ルン)でもないと操れないような代物よ、それを操作できるように貴方の脳に“土精魂”の欠片をを埋め込んだんだから」


 これもまた6000年の闇の技術の一端である。

 もっとも埋め込んだのは俺の“スキルニル”であり、地球の外科手術を応用したので副作用は少ない。


 「本当に感謝してますよ、そうしないと劇の中盤の山場がいい感じで終わらないんで」

 もっとも脚本は陛下の担当で、俺は演出担当だが。


 「そう、ならここからは私も観客として見物させてもらうとするわ、皇帝の秘書の役割も終了したしね」


 「そういや、クロさんはもうヴェルサルテイルですか?」


 「ええ、『ゲート』でもう行ったわ、今頃イザベラ様から今後の説明でも受けているんじゃないかしら」

 イザベラは“イザベラ様”なんだよなあ。


 「何か文句でもあるの?」


 「いいえ何にもありません」

 なんでこの主従は俺の心が読めるんだ?


 「そう、後は貴方の役目よ、アルビオン戦役の最終局面、楽しみにしてるわ」


 「ま、任せておいてください」





 いよいよ最終局面、大どんでん返しの始まりだ。










[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十三話  英雄の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/05 23:39
 連合軍はシティオブサウスゴータを放棄しロサイスまで撤退。


 しかし兵力は半減し、アルビオン軍は全軍が追撃に入っている。


 総兵力で3万対8万となり、今現在ロサイスへ進軍している兵力は7万。


 重装備の大半を置いて逃げてきた連合軍に迎え撃つことが出来る訳もなく、本国への退却を開始した。







第二十三話    英雄の戦い








■■■   side:ルイズ   ■■■


 「時間が無いわね」

 今は夕刻、ロサイスにいるのは私とサイトだけ、ルネ達は休憩をとった後アルビオン軍の偵察に再び出発した。


 帰ってくるのは数時間後になるだろう。


 「3万の兵が全員船に乗り込む時間が必要なんだろ、どんくらいかかるもんなんだ?」


 「私は兵站参謀じゃないから、完璧とはいえないけど大体は予想つくわ。多分明後日の深夜から朝にかけてね、そしてこのままじゃ間に合わない。戦列艦を撤退に投入できれば間に合ったでしょうけど、アルビオン艦隊が健在である以上それは不可能だわ」

 そんなことをすれば無防備な船団は敵艦隊に悉く沈められることになる。


 「だとしたら足止めが必要になるってことか」


 「本当はその時間を稼ぐ為に、私達はシティオブサウスゴータで殿軍を受け持ったんだけどね、偉大なる総司令官様が見事に期待を裏切ってくれたみたいよ」

 本当に殺してやろうかと思ったわ。


 「どういうこった?」


 「兵站参謀の一人を捕まえて吐かせたんだけど、どうやら本国から撤退の許可をもらうのに半日くらいかかったみたいなのよ。ま、それは当然と言えるわ。まさか本国だっていきなり、連合軍の半分が寝返って総司令官が討ち死にしました、なんて言われても納得できるわけないもの」

 無能な貴族達じゃ尚更でしょうけど。

 ま、半日ってのは早いほうだわ。多分『アンドバリの指輪』の効果を知っている姫様と枢機卿が決断してくれたんでしょうけど。


 「まあ普通はそうだろうな」


 「だけどね、もう撤退するしか方法は無いんだから、撤退許可が下りる前に撤退準備を始めるべきだった。だけど司令官様はそれをしなかった。許可が下りる前に始めたら抗命罪になるからね、早い話が自分の保身に走ったのよ、トリステインにはそんな軍人ばっかだけど」

 怒りを通り越して呆れてくるわ。


 「で、自分の保身に走った結果、撤退完了前に7万の敵が突っ込んでくるってことか、当然司令官や軍幹部は真っ先に逃げ出して、間に合わないのは下っ端連中だけと。いやあ、素晴らしい話だな」

 サイトも同じ気分みたいね。


 「時間稼ぎに部隊を投入しようにも、重武装はないし、投入したところで部隊はすぐ降伏するだろうし、戦列艦を動員することもできない。まさに絶体絶命、私達が命懸けで戦って稼いだ半日は、司令官の保身の為に見事に使い潰されたってわけね」

 サウスゴータの撤退戦はなんだったのかしらね?


 「敵よりも先に司令官を殺したくなってくるな」


 「気が合うわね、私もそんな気分よ」

 今なら特大の『爆発(エクスプロージョン)』をお見舞いできそうだわ。


 「んなこと言っててもしゃあねえか、敵はいつ頃来そうなんだ?」


 「ルネ達が戻ってくるまで断言はできないけど、ロンディニウムからシティオブサウスゴータまでの進軍速度を考えると、明日の昼3時頃には到着すると思うわ」

 あとちょうど半日あればぎりぎりで撤退は間に合いそうなんだけど。


 「絶対に間に合わねえな、だとしたらどうするんだろ?」

 あの司令部のことだから大体予想はつくわね。


 「予想はつくけど確証は無いから、とりあえず今は待つしかないわ。ルネ達が帰ってくるまでは寝てましょう」


 「なんかすげえ嫌な予感がするんだが」


 「同感ね、私もよ」


 とりあえず私達は寝ることにする。


 ま、結論は分かりきってるけど。



















■■■   side:才人   ■■■


 帰って来たルネ達によれば、アルビオン軍はもの凄い速度で進軍しているらしい。


 これまで戦いらしい戦いをしてなかったアルビオン軍は休養ばっちりで、エネルギーが有り余ってるみたいだ。


 で、ルネ達が帰ってきたすぐ後にルイズは司令部に呼び出され、ある命令を受け取って来た。


 「敵軍7万を一人で足止めしろ、ここから50リーグ離れた丘の上で待ち構えて“虚無”をぶっぱなせ。敵に見つからぬよう陸路で向かえ、でもって魔法が尽きるまで撃ちまくれ、撤退も降伏も認めず、つまりは街道の死守命令ってやつか」

 俺はルイズに渡された命令書を読み上げる。

 こっちの字はシャルロットに習ったので問題なく読める。


 「実にふざけた命令よね、私達が稼いだ半日を自分の保身のために犠牲にしておきながら、さらにそんな命令を出すなんて、トリステインも末期ね」

 ルイズはそう言うがその気持ちは俺も同じだ。


 俺達が今いるのは街外れの寺院の前、そこで馬を受け取ったところだ。


 「今すぐ破り捨ててえとこだが、そういうわけにもいかねえか」

 ルイズが戦うのは家族や女王様といった親しい人達を守るためであってこんな糞野郎のためじゃない。


 「当然よ、その命令書は大切に保管して、後日姫様と枢機卿に届けなきゃね。そうすれば、トリステインが無事だろうが滅ぼうがウィンプフェンの人生はそれで終わるわ」

 淡々と言うルイズ。


 「凄いことをさらりと言うなお前は」


 「まあ、あまりにもむかついたからその場で股間を蹴り飛ばしてやったけど」


 「おい」

 なんつーことをするんだこいつは。


 「下手すりゃ殺されるぞそれ」


 「平気よ、周りの参謀たちが騒いだけど“あら、私を殺していいのかしら?敵を死ぬまで止めてもらわないと困るんじゃないかしら?おほほほほほほほほ!”って笑いながら小規模な『爆発』をお見舞いしといたから」

 
 「・・・・・」

 最早言葉が出ない。


 「まあ問題はウィンプフェンをどうやって地獄に送るかじゃなくて、どうやってアルビオン軍を止めるかよ」

 仕切り直すルイズ。


 「策はあんのか?」


 「防衛戦じゃ蹂躙されておしまいだから突っ込むしかない、これは間違いないわ」

 そう切り出すルイズ。


 「突っ込むのか?」


 「突っ込んで敵の司令官を討ち取るか、司令部に動揺を与えるしかないわ。『爆発』で前衛部隊を片付けても何の意味も無いし、街道を前進してくるわけだから、敵は細長く伸びている。大規模な『爆発』は球状に広がるからその陣形じゃ一度に吹き飛ばせるのは数百が限度よ」

 確かに、それじゃあ意味がねえ。


 「かといって空からの奇襲も無理だろ、アルビオン竜騎士隊が相手じゃ絶対に撃墜される」

 この前シティオブサウスゴータにきた数を見る限りじゃそうとしか思えない。


 「そうね、竜騎士隊相手に『爆発』じゃ、詠唱速度が足りない。あっさりと殺されるわ。だから手段は一つ、空中に『幻影』を出現させて空戦部隊の注意を惹きつけて、後は小規模な『爆発』でひたすら前進していく、これしかないわ」


 「そこで前進すんのか」


 「命令には降伏も撤退も認めないって書いてあるけど、前進するなとは書いてないわ、攻撃は最大の防御、ひたすら一直線に突き進んで7万を突き抜けるのよ。そうすれば命令に背かない、足止めもできる、そして生き残れる」

 勇ましくそう言うルイズ、だけどそれは。


 「なあ、俺はどうすりゃいいんだ?」

 そこが問題だ。


 「あんたはこのまま撤退しなさい、『爆発』で突き進む以上一緒にいたらあんたも巻き込まれるわ、使い手だけが爆発の被害を自在に操れるのは知っているでしょ」

 そう、失敗ばかりしていた頃からとんでもない爆発をしていたが、爆心地にいるルイズはほとんど無傷だった。


 そして“虚無”に目覚めてからは自分が望んだものだけを爆発出来るようになった。つまり覚醒する前から無意識に自分を爆発の対象から外していたってことだ。


 だからルイズと俺だけを対象外にして爆発させることもできるが、乱戦になればそんな猶予は無くなり、せいぜい自分だけで手一杯になる。


 つまり、俺がいても邪魔にしかならないってことだ。


 「拠点防衛だったらあんたに時間を稼いでもらってその間に唱えるのがセオリーだけど、爆発で血路を開きながら前進する以上あんたは邪魔にしかならないわ」


 そう言うのは、俺を死なせたくないからか。


 「お前、死ぬつもりか?」


 「死ぬつもりはないわよ。私にはまだまだやりたいことがあるし、大切な人達もいるわ。こんなところで死んでられないわよ」

 あくまでそう言うルイズ、それもこいつの本心なんだろうけど、いい加減長い付き合いだ。


 「だけど、今のお前にはそれを出来るだけの精神力がないだろ、シティオブサウスゴータの撤退戦でかなりの力を使ったはずだぜ」

 今のルイズにはそれは無理だ。


 「まあね、だけど虚無に関する精神力はまだよく分かってないのよ、ひょっとしたらまだまだいけるかもしれないし、逆境に陥ることで新しい力が目覚めるかもしれないわ」


 「お前らしくないぜ、“博識”のルイズはそんな不確定な要素に頼らないんだろ。願えば叶うおとぎ話は嫌いなんじゃなかったのか?」

 それがこいつだ。


 「あんたは普段鈍いくせに肝心なところで鋭いわね、そういうところをもう少しタバサに使ってやればいいのに」

 んなことをのたまうルイズ。


 「今関係ねえだろ」


 「あの子はああ見えて意外と一途だそうよ、キュルケが見た感じじゃあんたは大本命だって」

 こいつ、完全にはぐらかすつもりだ。


 ま、俺の説得なんかで意思を変えるような奴じゃねえのはわかりきってたけどな。


 「たく、わかったよ。この戦いで死なねえってのは約束したからな、俺だってタバサは好きだよ」


 「あら、いい心がけね、帰ったら告白でもしてあげなさい」


 そうして馬の方に向かうルイズ。

 
 俺はあるものを取り出す。


 「おいルイズ」

 呼びかけると同時に放り投げる。


 「何?」

 ブシュアアアア!


 『眠りの雲』が発生する。

 モンモランシー渾身作の最後の残り、一番小さいやつだ。


 「あんた!」


 「悪りいな」

 そしてルイズは眠りに落ちる。










 「さてっと」

 俺は銃に信号弾を詰めて空に撃つ。


 「こいつを使うのも最後かな」



 しばらく待ってたらルネがやってきたが後ろにもう一人いる。


 「ギーシュ!」

 「サイト、こんなとこで何してるんだ?」


 なぜかギーシュがルネの後ろに乗っていた。


 「いや、お前こそなんでいるんだ」

 そっちの方が疑問だ。


 「いやなに、ルネからアルビオン軍の動向を聞いてたんだよ、なにせ指揮系統が混乱してるから、僕が所属してるド・ヴィヌイーユ独立大隊には全然情報が来ないんだ」

 なるほどな。


 「で、君こそ何してるんだい?」

 そう言うのはルネ。


 「いや、ルイズを運んで欲しくてさ」

 眠っているルイズを預ける。


 「どうしたんだい?」

 これはルネ。


 「シティオブサウスゴータでの無茶の反動がきたんだろうな、しばらく目覚めないだろうから船に乗せてやってくれ」


 「それは構わないけど、君がやればいいだろ」


 「ちょっとやることがあってさ、頼む。天幕のベッドに寝かしておいてくれればいいから、お前達竜騎士隊は最後まで残ることになるだろ、後はギーシュに任す」

 こいつらは自分の竜で帰れるから船には乗らないだろう。

 そうすりゃ竜母艦の格納スペースが空くから結構な人員を載せれるはず。


 「ああわかった、ギーシュ、行こう」


 「すまないルネ、僕もちょっとサイトと話がある。歩いて帰るからルイズを天幕に送ってやってくれないか、その後は僕が引き受けるから」


 「うーん、よくわかんないけど了解した」

 そしてルネは飛び去っていく。




 「それでだサイト、君はどうするつもりなんだ?」

 真剣な表情でギーシュが訊いてくる。


 俺は黙って命令書を渡す。


 しばらく黙ってそれを読むギーシュ。


 「君は、ルイズの代わりに突撃するのか」


 「まあそうなるだろうな」

 そう答えておく。


 「理由を訊いてもいいかい」


 「簡単に言えば、ルイズをここで死なせるわけにはいかねえからだな、かといって敵を止めねえと勝ち目が無くなっちまう」

 それが理由だ。


 「勝ち目?」


 「ああ、ルイズはまだ諦めてない。ここで退却しても、まだ巻き返すための手段を必死に考えてる。このまま退却してもトリステインは負けだろ、そうなったらあいつの親友の姫様も、あいつの家族も死んじまう」


 「しかし」


 「それにあのゲイルノート・ガスパールに敵うとしたらルイズだけだと思う。“博識”であり“切り札”であるあいつがいなけりゃ絶対に負ける。もう半分以上負けてるけど、まだ勝てる可能性は残ってる。だけどあいつが死んじまったらその可能性はゼロになる」

 だからあいつをここで死なせるわけにはいかねえ。

 俺一人生き残っても何もできねえしな。


 「それは分かるが、君は死ぬつもりか?」

 それは俺がルイズに言った台詞と同じだな。


 「俺もルイズにそう言ったけど、俺だって死ぬつもりはねえよ、死にに行くんじゃなくて勝ちに行くだけだ」

 そしてルイズがたてた作戦を説明する。




 「つまり、七万の大軍を一人で中央突破すると、そういうことかね」

 呆れたように言うギーシュ。


 「俺も呆れたけどな、いざやる側になってみると案外上手くいきそうな気がしてくるぞ」

 これは本音だったりする。


 「なるほど、君の速さにはとてもついていけないから僕に出来ることはないな、出来ることと言えば、ルイズをしっかりとトリステインまで連れ帰ることくらいか」


 「いや、重要な役目があるぜ」

 そういやすっかり忘れてた。


 「なんだい?」


 「この命令書をしっかり保管して持ち帰ってくれ、後日女王陛下と枢機卿に渡して、ウィンプフェンの人生を終わらせるそうだから」


 「くくく、はっはっは! 実にルイズらしいじゃないか」

 笑うギーシュ。


 「だろ、こんな時にこんなこと考え付くのはあいつくらいだ」

 俺も笑う。




 「そうか、それじゃあ僕は自分の役割を果たすよ。君も役割をしっかり果たせ、そして死ぬな、君は伝説の使い魔なんだろ」


 「応よ、期待して待っててくれ」


 そして俺は馬に乗って目的地へ向かった。

 50リーグも離れているから今のうちに出ないと間に合わない。


 夜明けと同時に東から突撃すりゃ相手もやりにくいはずだ。













■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は今上空で俺の使い魔であるランドローバルに乗っている。


 地上には才人が一人で7万の大軍を待ち受けている。


 無論俺の目で確認出来るわけも無いが、ランドローバルと視界を共有することで見ることが出来る。竜の目は凄く良いのだ。


 「しかし、一人で突撃する道を選ぶとはなあ、もう少し自分の体と俺の体を労わって欲しいもんなんだが」

 主演達が無茶をする場合、自業自得ではあるが、しわ寄せは俺に来る。


 裏方の悪魔も大変なのだ。


 ≪主殿の場合完全に自業自得だと思うが≫

 使い魔までそう言ってくる。

 ランドローバルを呼び出してから早9年、『影の騎士団』並みに長い付き合いだ。


 「ま、それは分かってるけどな、そのたびに俺の生命力は削られていくからなあ」

 とはいえ今回はまだましだ。

 “ヒュドラ”程度ではそれほど負担はかからない、問題は“ピュトン”や“ラドン”である。


 ≪材料に我の血液が使われているからな≫

 そう、“ヒュドラ”系の薬にはランドローバルの血液が使われている。


 竜の血液なら作れるのだが、火竜の場合「火」メイジ、風竜の場合「風」メイジ専用になってしまう。その分『無色の竜』であるランドローバルの血液は便利なのである。


 「今回で何回目だか、才人と会ってからはさらに頻度が増えてる気がするし」


 ≪そう思うなら見捨ててはどうだ≫


 「そういうわけにもいかん。才人は大切な友人だし、それ以前にシャルロットの想い人を見捨てるなんて真似をしたら、シャルロットではなくイザベラに殺される」


 ≪それは確かに≫


 あの悪魔とイザベラの親子が揃って敵に回るようなことになれば、俺の命は間違いなく終わる。


「ま、こうして準備出来てるだけ僥倖というべきか、ロサイスで張っていた甲斐があった」

 俺は『ゲート』でロサイスに行き、“不可視のマント”を着けて彼らを見張っていた。


 そして馬に乗った才人をランドローバルで追いかけて来たのだ。


 ≪しかし、アルビオン軍の指揮は大丈夫なのか≫


 「問題ない、進軍している7万はホーキンスとボアローが指揮してる。ゲイルノート・ガスパールは現在シティオブサウスゴータに留まっているからな」

 当然そこにいるのは人形。

 もっとも外見と性格はまさにゲイルノート・ガスパールそのものであり、足りないのは戦闘能力だけなのだが。


 ≪ふむ、それで主殿はこちらに専念し、それが終わった後はさらに仕事があるわけか、相変わらずもの凄い仕事量だ≫


 「ま、やりたくてやってることだからな、若干あの悪魔によって仕事を意図的に増やされてる感もあるが、そこを気にしたら負けだ」


 あの悪魔に関しては深く考えない方がいい。


 ≪ふむ、まあほどほどにな≫

 素晴らしい激励をしてくれる我が使い魔。


 俺の周りってこんなんばっかだな。


 「さて、才人はどこまで行けるかな?」

 それは純粋に楽しみでもある。











■■■   side:才人   ■■■


 地図に記された小高い丘の上、俺は夜明け近くにここに到着した。


 ロサイスから北東に50リーグ、シティオブサウスゴータから南西150リーグ、この地点で敵軍7万を迎え撃つことになる。


 「迎え撃つってーのは少し違うか、思いっきり突撃かますわけだもんな」

 ここまで夜通し馬で駆けてきたけど闘志と体力は微塵も減っちゃいない、むしろ増してるようにも感じる。


 ガンダールヴである俺にとっちゃ最高のコンディションだ。


 「いやー、相棒は馬鹿だね、だが馬鹿の方が俺は好きだがね」

 それに俺は一人じゃない、頼りになる相棒がいる。


 「そうだな、馬鹿なのは間違いねえと思うけど、俺は微塵も後悔してないぜ」

 だからこそこんなに心が晴れやかなんだ。


 「ほほう、その理由を聞かせてもらおうじゃねえか」


 「いや、簡単な話だ。ギーシュには色々戦う理由を言ったけどさ。一番重要な理由を言ってねえ、つーかこれは理由ですらねえな、世の中の真理ってやつだ。こればっかは地球だろうがハルケギニアだろうが変わんねえよ」

 絶対そうだ。


 「その真理ってのは」


 「男と女がいてさ、片方が片方を逃がすために敵に突っ込むってんなら、そりゃどう考えても男の役目だ。いや、考えるまでもねえよな」

こればっかは譲れねえ、男ってのはそういう生き物だ。


 「はーはっはっは! ちげえねえな! 確かにそりゃそうだ! その役目だけは絶対に変わんねえわ、女がどんなに願ってもこればっかは男の役割だ」

 デルフも同意してくれる。


 「だろ、で、どうせやるからには思いっきりやる。そして生き残る」

 そして俺は馬から降りる。


 「馬は使わねえのか」


 「馬より俺の方が速いからな」

 突っ込む以上スピードが命、止まったらその瞬間に全てが終わる。


 「ま、確かにそりゃそうだが、ガンダールヴの強さは心の震えで決まる。今の相棒なら確かに馬よりゃ速く走れるわな。だけどよ、そんなんじゃすぐ力尽きちまうぜ」

 デルフが言うことは正しい。速度と持続時間は反比例の関係にある。


 「まあな、だからこいつを使う」

 そして俺は“切り札”を取り出す。


 「そりゃ青い娘っ子からもらった例の奴だな、確かにそれならいけるだろうが、死ぬかもしれねえぜ」


 「ただ突っ込んでも死ぬからな、どうせなら使おうぜ、後は天に運を任せるさ」

 とり出したのは“ヒュドラ”。

 遠征前にシャルロットから渡されたものだ。





≪回想≫


 「サイト、これを持って行って」

 そう言いながらシャルロットが何かを渡してくる。


 「こいつは?」


 「“ヒュドラ”、効能は以前説明した通り、私達フェンサーの一部はこれをハインツから渡されてる」

 確か、これを使うとメイジのランクが一つ上がって、反射神経とか動体視力とかも上がるんだったか。


 「いいのか?」


 「構わない」

 うーん、いいんだろうか?


 「ルーンマスターにも効果があるのは確認されてる。私達メイジの魔法も感情の昂りによって威力が上がるから、原理はそれと変わらないみたい」


 「なるほどな」

 そりゃ便利だ。


 「だけど、貴方のガンダールヴのルーンは相性が良すぎて逆に危険がある」


 「どういうこった?」


 「ガンダールヴは感情によって力が増大するけど、“ヒュドラ”は興奮と沈静を何百回も頭の中で繰り返すような薬。だから、肉体の限界以上に力が引き出されて、身体がもたない可能性がある。もし使う時は最後の手段だと思って」

 そりゃ分かりやすい。

 「過ぎたるは及ばざるがごとし、ってやつか。サンキュ、シャルロット。お礼になんかいい土産でも持って帰るよ」


 「ううん、ただ無事で帰ってくれればそれでいいから」


 「分かった。絶対帰ってくる」





 ≪回想終了≫





 「絶対死ねねえな」

 俺は決意と共に“ヒュドラ”を打つ。


 「お、おお、おおおおおお! こりゃすげえな! 相棒の心の震えがものすげえ伝わってくるぜ!!」


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 俺は雄たけびをあげる。


 「行くぜ! デルフ!!」

 「応! 行ったれや相棒!!」


 そして俺達は敵陣目がけて突撃する。











■■■   side:ボアロー   ■■■




 「前衛が動揺しているな」

 軍旗の動きをみるだけでその程度は分かる。


 「ボアロー将軍、敵は一騎のようですが信じられない速度で動き、しかも魔法を吸収する魔剣を持っているそうです」


 「まるでガスパール総司令官のようだな」

 もっとも、あの方の魔剣は魔法を切り裂くものだが大して違いはあるまい。


 「それで、その敵は黒い髪に異国の格好をした少年といったところか?」


 「お知りになられてましたか」


 「なに、“閃光”のワルドという男がいただろう。あいつの左腕を切り落としたのはその少年らしい、なんでも伝説の使い魔“ガンダールヴ”だそうだ。それに、ガスパール総司令官と剣を交えたこともあるらしい、当然、総司令官が勝ったそうだが、凄まじい使い手だとおっしゃっておられた」

 知った時は俺も驚いたがな。


 「なんと」

 部下も驚いているようだ。


 「しかし恐るるに足らん、どんなに強い敵だろうが対応策はある。 総員に次ぐ! これより敵の迎撃態勢に入る! 三日月陣形をとり敵を包囲せよ! 弓兵と銃兵は俺の背後で敵に備えよ! 槍兵、騎士、竜騎兵は広範囲に散ってそれぞれに密集陣形をとれ! 湾の中に敵を追い込むのだ!」


 さあ、狩りの始まりだ。









■■■   side:才人   ■■■



 「ちっ!」

 俺は常に全速力で走り回ってるから状況の判断がまるでできねえ。

 風の刃、氷の槍、炎の球が次々に跳んでくるがデルフに吸わせるまでもねえ、届く前に突き放す。


 「相棒! 左に銃兵が数十人! 右は槍兵数十人!」

 むしろ厄介なのは槍、弓、銃だ。

 メイジの魔法と違って常に存在するから、下手すると自分から串刺しになりに突っ込むことになる。

 だからデルフの指示通りに動くしかねえ、そして目に見える敵は片っ端から斬り伏せる!


 「ラアアアアアアアアアアア!!」


 駆け抜ける! 駆け抜ける! 駆け抜ける!


 余分なことは考えるな! そんな暇があれば走り抜けろ! どこまでも速く! 誰よりも速く!


 「しかし、敵の指揮官は非凡どころじゃねえぞ、よくまあこんな短時間で統率が執れるもんだ」


 走れ! 走れ! 走れ!


 「て、聞こえてねえみたいだな、相棒! ただ一直線に突っ走れ! 小賢しい罠なんぞ突破しな!!」


 言われるまでもねえ!!










■■■   side:ボアロー   ■■■


 敵はこちら目がけて突っ込んでくる。


 そう、包囲の輪の中心に向けて。


 「各員放て!」

 メイジの魔法による集中砲火。

 上空から竜騎士やグリフォン、マンティコア、ヒポグリフに跨ったメイジ達も包囲しているので死角は無い。


 しかし。


 「ハアアアアアアアアアアアアア!!」

 敵は魔法を吸収しながらさらに加速、包囲を速力で切り抜けた。


 「だが甘い!」

 我が異名は“岩石”。どんな風であろうと破ることは敵わぬ。


 グワア!

 一瞬で高さ15メイル近い石壁を作り上げる。

 その速度が命取りだ、剣では石壁は突破できん。


 ダダダダダダダダダダダダ!!


 しかし敵はその上を行く規格外のようだ。


 「ラアアアアアアアアアアア!!」


 よもや石壁を直角に駆け上げるとは。

 しかし、竜より速い馬がいたとしても空中では自在に動くことはできぬ。


 「放て!」

 俺の背後に控える弓兵と銃兵が一斉に撃つ。


 ガキキキキキキキキキキン!


 一体どこまで規格外なのか、剣で銃弾や矢を切り落としていく。

 しかし限界はある、いくつかは確実に被弾したな。


 「はあああああ!」

 俺は愛用の杖に『ブレイド』を発生させる。

 俺の杖は敵を叩き殺すためのもの、鋼鉄で出来ており重量だけで簡単に人を殺せる。


 さらに「土」属性の『ブレイド』は切れ味がないが耐久度と柔軟性を上げる。


 何者であろうと我が杖を切り裂くことはできん。


 ガキイイイイイン!!


 俺の杖は敵を弾き飛ばすが、敵は俺の後方に着地し凄まじいスピードで駆け抜けていく。


 「追うな! そして撃つな! 撃ったところで味方にあたるだけだ!」

 部下の不毛な行為は早急にやめさせる。


 「我が包囲網を突破するとはな、まさに“神速”。あれに比べたら“閃光”などは止まっているようなものだ、奴が彼に敗れたのも当然の帰結ということか」

 敵ながら、“見事”の一言に尽きる。


 「しかし、あの速度で動き続ければ、かすり傷でも致命傷となるだろう。中軍はともかく、ホーキンス将軍率いる後軍は突破できまい。“雷鳴”たる彼は俺以上に厄介だぞ」

 とはいえ先軍を突破された俺が偉そうに言えることではないが。


 「モックス! 至急ホーキンス将軍に先軍が突破されたことと、敵の詳細を報告しろ。いかに敵が速くとも、空を駆ける風竜より速い訳はない。敵は既に手負いだ。十分な情報と対策があれば討ち取れよう」

 俺は直属の伝令使であるモックスに告げる。


 「了解しました。敵の詳細はいかように報告しましょうか?」


 「お前が見て感じたことを言えば良い、ホーキンス将軍ならばそれだけで察してくれる」


 「了解!」

 そしてモックスは風竜で飛び立っていく。


 「さて、損害をまとめ、部隊を再編成せねばならんな」

 被害自体は然程多くはあるまい、問題は精神的なものだが上官が取り乱さなければ問題はない。

 なぜなら混乱した部下はとりあえず命令されたことをこなそうとする、的確な指示さえ与えてやればすぐさま再編成することは可能だ。
 

 「しかし進軍はしばらく不可能だな、ホーキンス将軍と相談する必要がある」


 “ガンダールヴ”の彼が突っ込んできたのならば、例の“虚無”の使い手を警戒せねばなるまい。

 連合軍の司令部にいる内通者によれば、彼女は“幻影”のみならずタルブで艦隊を吹き飛ばした“爆発”をも使うという。


 このまま策もなしに前進するのは愚策、一度対策を練ったほうがよいだろう。


 「連合軍を取り逃がそうとも問題は無い。トリステインへこのまま侵攻するのだから、遅いか早いかの違いだけだ」

 戦術的に危険な相手ならば戦略的、もしくは政略的に動けなくすればよい。トリステイン王政府に“担い手”の引き渡しを要求し、応じれば各貴族領の自治権を認めるなどの条件を出すだけで、彼女を差し出そうとする貴族は大勢出よう。

 「あの国はそういう国だ。貴族は腐り果て碌な者はいない。“担い手”も“ガンダールヴ”もそんな国の為に戦わねばならんとは、哀れなことだ」










■■■   side:ハインツ   ■■■


 「前軍は突破したか、あのボアローを抜くとは」

 才人はかなり善戦している。


 ≪しかし、ボアロー将軍に負わされた傷は致命的だな、高速で動き回る彼では出血が酷くなる一方だ≫

 ランドローバルの指摘は正しい。

 止まればそれまでの才人は全速力で駆け抜けるしかないが、それは彼の傷を広げ生命力をどんどん奪っていく。


 それを瞬時に見極め、あえて深追いしなかったボアローの軍才は並ではない。


 「中軍は問題ないだろうが、ホーキンスの後軍を突破するのは不可能だな、そろそろ準備に入るか」

 俺は“ヒュドラ”を使用する。

 これで俺は「水のペンタゴン」となり、『アムリットの指輪』もあるので才人の首が飛ばない限りは治すことが出来る。


 「ランドローバル、タイミングが命だ、監視は厳しくいくぞ」


 ≪承知≫

 上空から地上の状況を知るにはランドローバルの目が頼りだ。



 「さて、英雄はどこまで前進できるか?」












■■■   side:才人   ■■■



 走れ! 走れ! 走れ!


 さっきからやけに寒いから走ってねえと凍えそうだ。


 「相棒! 中軍も突破した! 残すは2万てとこだ!」

 デルフの声ももうよくわかんねえ。


 「応よ!」


 ただ前へ、ひたすら前へ。














■■■   side:ホーキンス   ■■■


 ボアローからの報告があった“ガンダールヴ”は現在我が後軍へ突入している。

 我が軍は中央をあえて薄くし左右から挟み込みひたすら狙撃することに徹している。

 その中央の先に私がいる以上、彼はそこに突っ込まざるをえまい。


 「まさに英雄だな、単騎でここまで突破するとは」

 しかしその前進もここまでだ、ボアローの報告よりも速度は若干ではあるが落ちている。

 負傷も徐々に多くなっている。限界は近い。


 「それでも尚走るか」

 彼は真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる。


 「ならば迎え撃とう」

 “雷鳴”の名に懸けてあの者に引導を渡してくれる。


 ダダダダダダダダ!

 無言で切り込んで切るガンダールヴ。


 「はあ!」

 ガキイ!

 受け止める。


 「『ライト二ング・クラウド』!!」


 バチバチバチイ!!

 いかに魔法を吸い込む魔剣といえど、この至近距離で電撃を喰らえばひとたまりもあるまい。

 彼が万全であったなら受け止めることができたか怪しいが。


 「『エア・ハンマー』!!」

 ドン!

 敵を吹き飛ばす。


 オオオオオオオオオオオオオ!!

 周囲から歓声が上がる。


 「念のためメイジの狙撃隊を控えさせておいたが必要なかったか」



 しかし、その認識は甘かったようだった。










■■■   side:ハインツ   ■■■


 「いくぞ! ランドローバル!」


 ≪承知≫


 ほぼ垂直に急降下するランドローバル。


 「才人を口に咥えたら一気に上昇しろ! 一瞬で片をつける!」


 ≪心得た≫


 ゴオオオオオオオオオ!

 もの凄い風を感じる、そして俺もまた詠唱を始める。


 ドオン!


 轟音と共に着地しランドローバルが才人を咥える。


 「『レビテーション』」

 左腕に仕込んでおいた“遅延呪文”によってデルフリンガーも回収する。


 「上昇!」


 ≪承知≫

 飛び上がるランドローバル。


 「逃がすな! 放て!」

 ホーキンスの命令が下る。この不意打ちに反応するとは流石だ。


 「甘い、『カッター・トルネード』!!」

 俺は「風」・「風」・「風」・「風」のスクウェアスペル、『カッター・トルネード』を真下に発動させ魔法を迎撃する。


 “ヒュドラ”でランクが上がっているからこそ可能な魔法だ。


 ≪主殿、竜騎士隊が追ってくるぞ≫


 背後に振り返ると竜騎士隊が追ってくるのが見える。どうやらホーキンスが追撃に繰り出したようだ。


 「20騎くらいはいるな」


 ≪しかも全騎風竜だな、“無色の竜”である我より速力では向こうが勝る≫


 「全く問題ない、『毒錬金』!」


 俺は追ってくる竜の口元に毒ガスを発生させる。


 ハルケギニアに存在しない化学合成の毒は一瞬で竜を行動不能に陥れる。


 「おお! ハインツの兄ちゃんじゃねえか! 何でまたこんなとこに!」

 デルフリンガーが俺に話しかけてくる。


 「ま、色々複雑な理由があんのさ、後で説明してやっからとりあえず今は安全圏まで離脱して才人の治療を優先しよう」


 「そういやそうだ、相棒このままじゃ数分くらいで死んじまうぜ」


 「死んでない限りは治せる、何せ俺はハルケギニア一番の医者だ」

 最近忘れがちではあるが。


 「なんだかよくわかんねえけど頼むわ、相棒を死なせるわけにはいかねえからよ」

 デルフもお願いしてくる。


 俺は『レビテーション』でランドローバルに咥えられている才人を背中に移す。


 「ランドローバル、俺はこれから才人の治療を開始する。予定通りの場所に向かってくれ」


 ≪了解だ、主殿≫


 『アムリットの指輪』も併用しつつ「水のペンタゴン」の治療魔法を使う。


 これなら問題なく完治するだろう。





 ランドローバルが向かうのはウェストウッド村、あの二人に才人を任せて俺には別にやることがある。



 神聖アルビオン共和国、『レコン・キスタ』が終わる時がついに来たのだ。










[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十四話  軍神の最期
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/15 22:19
 連合軍はぎりぎりで撤退が間に合い、3万の軍はロサイスから退却した。


 アルビオン軍は大した損害も無く連合軍の撃退に成功し、その勢いを駆って一気にトリステイン全土を制圧するための侵攻作戦を開始する。


 そのために全軍がロサイスへ集結しており、ボーウッド提督とカナン提督率いる45隻の艦隊は既に追撃を開始している。


 しかし、そこで誰もが予期していない大どんでん返しが起こる。


 ここにアルビオン戦役は最終局面を迎える。







第二十四話    軍神の最期







■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は今ゲイルノート・ガスパールとしてロサイスにいる。

 今回は普段のように『転身の指輪』ではなく、もっと高度なものを使っている。


 その名を『デミウルゴス』(俺命名)といい、ミョズニト二ルンの技術と6000年の闇の知識、そして地球の医学が混ざることで生まれた異形の結晶とも言える。


 簡単に言えば俺の複製。遠く離れた所にいる本体の俺の意識を乗せることができ、その性能も俺の肉体と完全に同等、魔法も完全に再現出来る。


 ミョズニト二ルンであるシェフィールドならば、スキルニルに対してそういうことが可能なのだが、メイジである俺の場合かなり複雑なシステムが必要になる。


 『デミウルゴス』の材料は、最高純度の「土石」の結晶である「土精魂」と水の結晶、そして俺の細胞各種である。

 血液、髪、皮膚は当然として。肋骨に代表される全身の骨を少しずつと、腎臓、心臓、肺、肝臓、胃、腸、血管、リンパ管、等など、脳以外の全ての器官の細胞を極一部ずつ取り出して組み込んだわけだ。そしてその手術は俺のスキルニルが行った。魔法を使わない純粋な外科手術なので、魔法を使えないスキルニルでも可能な訳だ。


 そうして作り上げた俺の分身体に『転身の指輪』を直接埋め込み、ゲイルノート・ガスパールが完成した。


 この『デミウルゴス』は殺された後、完全な人間の死体となるように出来ているので、ゲイルノート・ガスパールの首はそのまま残る。そして俺の意識は本体に戻るが、魂の一部を微量にだが『デミウルゴス』に付与しなければいけないのでフィードバックは来る。

つまり、俺の寿命は確実に減ることになる。


 魂の付与はインテリジェンス・ウェポンに由来する技術で、古代に作られたインテリジェンス・ウェポンの中には、作り主の魂が籠っているものもあるという。


 多分デルフや“地下水”もそういった作品なのだろう。



 「ガスパール総司令官、いよいよですな」

 俺の左に控えるホーキンスがそう呟く。


 「左様、ついにトリステインを攻略する時がきました」

 右に控えるボアローもそう言う。


 「そう、これが我等アルビオンの覇道の第一歩となる。トリステイン、ゲルマニアを攻略し、そしてあのガリアをも打ち倒す。かつていかなる王も成しえなかったことを、我々の力によって成し遂げるのだ」

 俺は『軍神』らしくそう答える。


 現在は出陣式の最中であり、ロサイスの司令部には『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている。神聖アルビオン共和国初代皇帝兼貴族議会議長オリヴァー・クロムウェルと、円卓に座る5人の政治家貴族が並んで立ち、揃った全軍に連合軍を追い払ったことに対する労いと、これから出陣に対する激励の言葉が送られている。


 まあ、その皇帝はスキルニルなのだが。


 「寝返った部隊がさらに寝返ることもない、あれはクロムウェルの先住の力だ。奴が解かぬ限り兵士達が目覚めることはない」

 俺はホーキンス、ボーウッド、カナン、ボアローの4人にはクロムウェルの“虚無”の正体を教えている。


 もっとも、『レコン・キスタ』は『アンドバリの指輪』の効果ではなく『軍神』によって作られたものであり、クロムウェルはその象徴に過ぎなかったため将軍達に驚きはなかった。


 純粋な軍人である彼らは眉唾ものの“虚無”ではなく、現実の“総司令官”に従っているのだ。


 故に、『軍神』が敗れたその時は、彼らはアルビオンの為に行動する。それが出来るからこそ彼らは将軍となれたのだ。できない者は悉く殺した。ワルドのように。


 現在ロサイスにいる兵力はアルビオン軍5万、反乱軍が3万。空軍は既に出動しているので、彼らに続いてガレオン船によって陸軍も出発する予定になっている。


 まもなく正午、その時こそが出陣の時であり、最後の戦いの始まりとなる。












 「諸君、我等アルビオンの民こそが始祖より選ばれた神聖なる民である! 無能な王を抱き不遜にも我が国土へ侵攻したトリステイン・ゲルマニア連合軍が無様に敗退した! これこそが始祖の祝福! これこそが偉大なる“虚無”の力! そしてその力を今こそ見せ付ける時がきた! 今こそ出陣の時! トリステインを滅ぼすのだ!!」

 演説も最高潮、皇帝の号礼がありしだい乗船が開始される。


 だが。





 突如、轟音が響き、港湾に何者かが出現する。


 そこに現れたのは“迷彩”を解いて姿を見せた3隻の戦列艦。


 ガリアの紋章である“交差した二本の杖”の旗を掲げた戦列艦が二つ、アルフォンスの乗艦『ヴェルドラ』とクロードの乗艦『ヴィカリアート』、共に全長100メイル近い一等戦列艦であり、装備した砲門は片舷70門。


 そしてその二隻を両脇に従え、中央に位置する旗艦が掲げている旗には、アルビオン王家の象徴である“七色の羽”がある。


 その艦の名は『ロイヤル・ソヴリン』。ウェールズを艦長とするアルビオン艦隊の旗艦であり、今回の作戦で動員されたガリア両用艦隊100隻の旗艦も務めている。


 そしてその3隻から合計220門の大砲が向けられ、オリヴァー・クロムウェルと政治家貴族がいる司令部に砲弾が叩き込まれた。


 神聖アルビオン共和国の首脳陣はここに全滅した。

















■■■   side:ウェールズ   ■■■



 「上手くいったな」

 僕は『ロイヤル・ソヴリン』の艦橋でそう呟く。


 元々はロンディニウム周辺で行われるであろう『レコン・キスタ』と連合軍の決戦に駆けつける予定だったが、我々がアルビオンに近づく頃には既に連合軍は撤退を開始していた。


 そこで『レコン・キスタ』の首脳陣が集まり、敵軍の警戒がもっとも緩くなる出陣式を“迷彩”を備えた艦で奇襲する作戦に切り替えた。


 「確かに、憎きオリヴァー・クロムウェルはこれで死にました。残るはゲイルノート・ガスパールのみ」

 パリーがそう応じる。


 「しかし、奴こそが最大の敵だ。奴が生きている限り『レコン・キスタ』が崩壊することはないだろう」

 それは間違いない。


 「ですな、しかしガリア陸軍も到着しました。クロムウェルが死んだ今、連合軍の半数も再び『レコン・キスタ』に杖を向けるはず、これで8万対5万の戦いとなります」

 乱戦となれば艦砲射撃を行うわけにもいかない、それに我々は救援に駆けつけるであろう敵艦隊45隻に備える必要がある。


 あのクロムウェルの『アンドバリの指輪』とやらの効果が無くなったのは喜ばしいことだが、まだまだ楽観はできない。


 「となると彼らに任せるしかないな、陸戦は我等の専門外だ」

 我々とて陸戦の心得がないわけではないが、専業集団に敵うわけも無い。ましてガリアが誇る花壇騎士団までもが動員されているならなおのこと。


 「ですな、それぞれが自らの役割を忠実に果たすこと、それこそが勝利への唯一の道でありましょう」

 パリーも同意見のようだ。



 「さあ、ゲイルノート・ガスパール、決着をつける時だ。どちらが勝つにせよ、これを最後の決戦としよう」













■■■   side:ホーキンス   ■■■


 私は今、自分の目が信じられないでいる。


 出陣の為の演説を行っていた皇帝クロムウェルと政治家達が、司令部ごと一瞬で吹き飛ばされた。


 しかも、それを行ったのはガリアの戦列艦。


 それだけならばまだわかる。しかしなぜ。


 「『ロイヤル・ソヴリン』号、馬鹿な」

 あの旗を掲げることが許されていたのは、アルビオン王国空軍総旗艦である『ロイヤル・ソヴリン』のみ。


 そしてその艦は『レキシントン』と名前を変え、タルブの戦いで失われたはず。


 それに加え。


 「我が名はウェールズ・テューダー! アルビオン王国第一王子であり王党派最後の司令官である! 反乱軍たる貴様ら『レコン・キスタ』を滅ぼすためにこの国へ戻って来た! ガリア両用艦隊も我等と共にある! 貴様等に勝ち目は無い! 降伏せよ!」


 おそらく『拡声』による効果で増幅された声が響き渡る。それは間違いなくウェールズ王子のものであった。


 彼の言葉を裏付けるように100隻近い大艦隊がロサイスへと向かってきており、全艦がガリアの旗を掲げている

 その上。


 ワアアアアアアアアアアアアアアアア!


 アルビオン軍の後ろに整列していた連合軍の反乱部隊が我々に杖を向けてきた。皇帝クロムウェルの死によって洗脳が解かれたのだろう。


 前面には100隻もの大艦隊とおそらく3万は軽く超えるガリア軍、背面には連合軍3万、我々は完全に挟撃されている。


 兵士達の間に次々に動揺が広がっている。この状況で一度混乱が起きればそれを抑える術は無い。


 最早我々に勝ち目は……


 「うろたえるな!!!」


 その瞬間、ガスパール総司令官の声が火山の噴火の如く響き渡った。


 「アルビオン全軍の兵士達! 俺の言葉を聞け!!」


 全軍の動揺がみるみるうちに収まっていく。


 「連合軍の兵士3万が我等に杖を向けている、それは間違いない。しかし恐るるに足らん! 所詮は司令官が存在しない烏合の衆に過ぎん! 『軍神』たる俺と、ホーキンス、ボアローの両将軍が率いる我が軍の敵ではない!!」

 確かにその通りだ、私としたことがそのような事実すら見逃すとは。


 「そしてガリア両用艦隊! 100隻もの大艦隊であろうが我がアルビオン艦隊が健在である以上陸軍に砲撃を加えることは敵わぬ! その前に我等が連合軍へと突入すれば、艦砲射撃そのものが不可能となる!」


 そう、その通りだ。所詮は空軍、陸軍を降ろさぬ限りは戦闘に参加することは出来ない。ましてアルビオン艦隊が未だ健在な状況では尚更だ。


 「そしてウェールズ! 今さら王家の小僧一人が出てきたところで何になる! 我々は実力を持って王家を滅ぼした、そして奴はガリアの援軍を得て戻って来た。 ならばもう一度滅ぼすまで! このアルビオンの覇権をかけ、正々堂々と雌雄を決するのだ! 我が軍とウェールズが率いる軍、勝った方がアルビオンの支配者となる! それだけだ!!」


 それは何とも単純であり、間違いようがない真理。


 勝った者が支配者となる。



 「故に我々は勝利する! まずは連合軍に突っ込む! ガリアの陸軍が上陸するには多少の時間がかかる故、その間に全軍でもって3万の連合軍を粉砕する! そして取って返しガリア軍と対峙する! 敵艦隊の援護があるかもしれんがボーウッドとカナンの艦隊は未だ無傷、既にこちらに向かっている! 彼らが到着し次第一気に敵を蹴散らしサウスゴータへと撤退する! 我が国土は未だに無傷なのだ!!」


 オオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 5万の兵が瞬く間に戦意を取り戻した。

 今の彼らはつい先程までの敵に怯える羊の群れではない。


 『軍神』に率いられた狼の群れと化している。


 なんという凄まじさ、なんという統率力。


 「これより連合軍に突撃する! ホーキンス! お前は1万5千を率い右翼を担え! ボアロー! お前も1万5千を率い左翼だ! 率いる連隊はトリステイン侵攻用の割り振りのままで良い! 残りは全て俺に続け!!」


 「「 はは!! 」」

 私とボアローは同時に答える。


 勝った方がアルビオンの支配者となる。そして我々は勝者に従うだろう。


 無論、ガスパール総司令官が負けるとは思えんが。














■■■   side:ハインツ   ■■■


 さっきの名演説は『影の騎士団』が全員で額を寄せ合って考えだした渾身作である。


 俺のゲイルノート・ガスパールとしての役割も最後なので、きめるとこはきめる。


 俺は“呪怨”を引き抜くと同時に周囲に風を発生させ、その間に“ラドン”を注射する。


 この“ラドン”は“ヒュドラ”の発展型、ランクを二つ上げることが可能な上、反射神経や動体視力などの向上も“ヒュドラ”を上回る。

 しかし、一度打ったが最後、死ぬまで暴走は止まることなく何もしなくても三日くらいで死ぬが、戦闘を行えばその猶予はさらに少なくなっていく。


 つまり今の俺はガソリンをしみ込ませたロウソクのようなもの、火の勢いはもの凄いがロウはあっというまに溶けていく。ロウとは即ち俺の命だ。


 「戦線をこじ開ける! 我に続け!!」

 俺は「風」・「風」・「風」・「水」・「水」・「水」のヘクサゴンスペルを唱える。


 これ一発で残り時間が6時間くらいは減るだろうが気にしない、ゲイルノート・ガスパールは今日この戦いで戦死することが決まっていた存在だ。


 巨大な水の竜巻が発生し、さながら凝縮された台風のような勢いで連合軍目掛けて進んでいく。かつてアンリエッタ女王とウェールズクローンが唱えたものと同じものだ。


 そうして開いた穴に俺は“呪怨”を持って突っ込んでいき、その後には2万の軍が続く。既にホーキンスとボアローの両将軍も左右に展開し包囲網の構築を開始している。


 最後の戦いが始まった。












■■■   side:フェルディナン   ■■■



 「いやー、とんでもねえなハインツの奴は、最初の一撃だけで数百は軽く吹っ飛んだろ」

 隣でアドルフが呆れているが俺も同じ心境だ。


 「あれが“ラドン”の力か、元々スクウェアであったハインツが使えば、ヘクサゴンスペルを単体で唱えることも可能となる。ただし寿命はどんどん減っていくがな」

 もっとも、あれは『デミウルゴス』という分身体だそうなのでハインツ本人が死ぬわけではない。


 俺達は現在ガリア陸軍を率いて上陸を開始し、部隊の展開を行っている。軍港に効率よく軍を上陸させるには、定められた手順に従い一糸乱れず行動する必要がある。

 そのための訓練をガリア両用艦隊は半年近くも行っており、その訓練の教官としてアルビオン空軍の力を借りたらしい。


 何しろ両用艦隊は基本的に海の港に停泊しているため、ロサイスのような空の港への対応が苦手だ。通常の寄港ならば問題ないが、速度が命の電撃作戦においては致命的な欠点となる。


 「連合軍が敗走するのも時間の問題だなありゃ、連合軍を蹴散らせば間違いなくアルビオン軍はこっちに突っ込んでくる。果たして間に追うかね?」

 アドルフの読みは正しい、そして恐らく間に合わない。


 「無理だろうな、アルフォンスとクロードが全力で上陸指揮にあたっているがそれでも間に合わん。せいぜい3万5千が限界だろう」

 あの二人の能力をもってしても5万の大軍を短時間で軍港に上陸させるのは容易ではない。


 「3万5千対5万か、各個撃破されるな。敵としちゃあ最初の部隊を撃滅すりゃあとは順次降りてくる部隊を包囲殲滅すりゃいいだけだ。となると、それを防ぐにはただ一つ」

 当然一つしかなく、そういった状況を作り出すために『影の騎士団』全員で作戦を練った。

 
 「敵の先頭に立って突っ込んでくる総司令官ゲイルノート・ガスパールを討ち取るしかない、もっとも、全軍を倒すより困難そうではあるが」

 あの『軍神』は俺達の集合体であり、俺達が造り出したものだ。

 陸戦指揮能力は俺とアドルフ、空軍指揮能力はアルフォンスとクロード、補給や戦略にかけてはエミールとアラン先輩、そして政略や粛清などを行いアルビオンの害虫駆除を担当したのがハインツ。


 簡単に言えば、ガリアで北花壇騎士団や九大卿が長期的に行ってきたことを、“戦争”という特殊な状況を利用することで、短期的に行うために造り出された存在だ。

 そして王の帰還が成された今、『軍神』はその役目を終えようとしている。


 「だなあ、実に分かりやすくていいぜ。実力で国を奪ったゲイルノート・ガスパールがウェールズ・テューダーによって実力で倒される。これ以上に分かりやすい筋書きはねえよ、子供だって次のアルビオンの支配者が誰か分かるぜ」


 「この作戦の総司令官であるウェールズは直接戦わないがな、ああいう化け物じみた戦鬼を倒すのは、前戦の軍人と相場が決まっている。総司令官は後方で悠然と構えていればいい」

 もっとも、この役を別の者に譲る気は無いが。

 アルフォンスとクロードには悪いが、これも役得というものだ。


 「だなあ、ま、連合軍にとっちゃ災難だがな、いきなり『軍神』率いるアルビオン全軍と戦う羽目になってんだから」

 同情するような内容を言っているが、笑いながら言ったのでは説得力がまるでないぞアドルフ。


 「それは仕方あるまい、俺達が侵攻せざるを得ない状況に追い込んだせいではあるが、何にせよ彼らは兵士であり、侵攻軍としてこのアルビオンに攻めてきたのだ。ならばアルビオン軍に殺されても文句は言えん、その覚悟が無いのならばそもそも戦場に来るべきではない」

 これが戦争に巻き込まれた民間人なら話は変わるが、彼らは兵士なのだ。


 「確かに、そして俺らがガリア軍の将校である限りは、部下の被害は最小限に抑える。そのためには『軍神』を殺すのが一番効率的ってわけだ」

 そしてアドルフは“ヒュドラ”を取り出す。


 「そして、やるからには全力でだ。敵も“ラドン”を使っているのだからこれで互角だな、こちらは“ヒュドラ”が二つだ」

 俺も“ヒュドラ”を取り出す。


 「俺達は今まで散々殺し合いに近い訓練や決闘はやってきたけどよ、どの時もルールは“先に相手を戦闘不能にした方が勝ち”だったよな。だけど、今回ばかりは違うぜ」

 アドルフの声が弾んでいる。心底嬉しくて仕方がないのだろう。


 「ああ、“生き残った方が勝ち”だ。ハインツとて俺達の息の根を止めるつもりで来るだろう。何せ今のあいつは『軍神』なのだからな、俺達が造り上げた『軍神』ならば滅ぼすのもまた俺達であるべきだ」

 『影の騎士団』面子は最強の布陣だと信じる。しかしそれ故に互いに戦うことがありえない。

 一度でいいから命を懸けて戦いたかった。


 もっとも、『毒錬金』は無しだ。あれを使われては勝負にならん。


 「その役が俺達に回ってよかったぜ、アルフォンスとクロードは上陸指揮があるから前戦にはこれねえし、エミールとアラン先輩は補給担当だから、そもそもアルビオンに来てねえ、俺らだけだ」

 アドルフが“ヒュドラ”を打つ。


 「ああ、ハインツの周りには直属部隊がいるだろうが、それらはアヒレス殿とゲルリッツ殿に任せよう。何せ天下の花壇騎士団の団長二人だ。何の心配もいらん」

 俺も“ヒュドラ”を打ちつつ応じる。


 花壇騎士は全員が少佐以上の軍籍を持ち、戦時にはそれぞれ中隊や大隊を指揮する権限を持つ。


ガリア陸軍は分隊8~15人の指揮は伍長、軍曹、 小隊40~70人の指揮は曹長、少尉、 中隊150~250の指揮は中尉、大尉、 大隊450~800の指揮は少佐、中佐、 連隊2000~3000の指揮は大佐、准将、 師団は3~5の連隊で構成され少将、中将が率いて数はおよそ1万から1万5千、 軍団が数個師団で構成され率いるは大将、数は決まっていないが大体15万の軍を5万ずつに分け3人の大将がそれぞれ率いている。

もっとも現在は元帥が一人で、大将が不在となっている。3年前のサルマーンの反乱で大将二人が戦死し、その後元帥が高齢によって引退したため残った大将が元帥となった。

そうなると今度は大将が空位となるので、中将を大将に昇進させることになる。

しかし、中将を大将へ昇進させると必然少将も中将へ上げる必要が出てくる。そうなると、当時大きな武功があった若輩の俺達二人を中将に任命せざるを得なくなるので、大将はそのまま空位とされ、その後反乱などが無く誰も武功がないため、変わらずにその状態が続いていきた。

 この作戦においては少将である俺とアドルフがそれぞれ一個師団1万を率い、司令官である中将が1万5千を率いている。


 そして残りの1万5千はアヒレス殿とゲルリッツ殿が率いており、花壇騎士団の隊長は連隊長、団長である彼らは師団長扱いというわけだ。


 「俺の師団の1万、お前の師団の1万、そしてあの人達の1万5千、こいつが上陸出来てるわけだからな。その指揮官達が一気に敵の総司令官に殺到する。一瞬で勝敗は決まるってわけだ」


 「部下に無駄な被害が出ない分その方がいい、中将殿には後方で引っ込んでもらうとしよう」

 それほど有能な人物ではなく、家柄のみで地位にいる奴だ。あれが来る前に片づけるに限る。有能な敵よりも無能な味方の方が戦場では厄介だからな。


 「さーて、準備完了、行きますか!」

 アドルフが愛用の槍を構える。

 鉄製の杖をベースに改良を加えダイアモンド並の強度を持った槍となっており、魔力の通りも良く、これで放たれる『炎槍(ジャベリン)』は一撃でスクウェアクラスのゴーレムをもぶち抜く。

 “烈火”のアドルフに相応しい武器だ。


 「いざ戦場へ、俺達の本分を全うするとしよう」

 俺も愛用の大剣を構える。

 アドルフの武器と同様の改良が加えてあるが、奴とやや異なり放出形に特化している。


 アドルフの槍は『ブレイド』などの纏わせるタイプに特化しており、それゆえに本来放出形である『炎槍(ジャベリン)』を纏わせたまま投擲することなどが可能となる。

 俺の大剣は斬撃に『炎の刃』を重ねて放ったり、突きに『炎の槍』を載せて撃ち出すことが出来る。


 別にこれらの武器でなくても同様のことは可能ではあるが、効率は桁違いとなる。その理由は、俺達の武器には最高純度の炎赤石(ルビー)が埋め込まれているため、「火」の魔法との相性が非常にいいからである。

 トリステイン王家で使用されているという水晶の杖は「水」と相性がいいが、炎赤石(ルビー)の杖は「火」と相性がよく、ヴァランス領で多く産出されている。


 つまり、『影の騎士団』面子の杖には、ハインツの“骨杖”を除けばそれぞれの属性と最も相性がいい宝石が組み込まれており、どれも数万エキューもする逸品だ。当然金を出したのはハインツで、宝石もハインツ保有の鉱山から産出されたものだ。


 持つべきものは金と権力とコネを持つ友人である。


 もっとも、これらを使いこなすには相当な訓練が必要となり、クロードの仕掛けボウガンなどは複雑すぎて、一種のパズルとも言えるものになっているが。(当然それには「風」と相性がいいエメラルドが使用されており、「土」はダイアモンドである)



 「我が師団総員に告ぐ! これより我等はアルビオン軍へ突撃を開始する! 狙うはゲイルノート・ガスパールの首一つ! この“烈火”のアドルフに続け! 憶する者は切り殺す!!」


 「「「「「「「「「「「 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! 」」」」」」」」」」


 アドルフの号礼により師団が前進を開始する。


 「我が師団も突撃するぞ! アドルフ師団に手柄を独占させることは無い! 奴らを追い越す勢いで進め! 逃げ出す者はこの“炎獄”の怒りを買うと知れ! 許されるのは前進のみだ!!」


 「「「「「「「「「「「 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! 」」」」」」」」」」


 俺の師団も前進を開始する。

 俺とアドルフの師団は最も好戦的だ。互いの師団は笑いながら殴り合いをする仲であり、宴会では必ず乱闘騒ぎに発展する。つまり、互いに認め合いながら切磋琢磨している。


 アラン先輩曰く、「お前らに似たんだろう」とのことだが。


 アヒレス殿とゲルリッツ殿も同様に突撃を開始した模様。


 さあ、戦の始まりだ。














■■■   side:ハインツ   ■■■


 「『ライト二ング・ストーム』!!」

 「風」・「風」・「風」・「水」・「水」のペンタゴンスペルを連合軍に叩き込む。

 既に連合軍は散り散りになって逃げ始めており、これは最後の止めというものだ。


 「よし、ここまで叩けば連合軍の立て直しは不可能だ。ホーキンス、ボアローに全軍反転を指示しろ。これよりガリア軍へ突っ込むぞ」

 俺は傍らの通信士官へ言う。

 彼らは使い魔ネットワークを用いて、ホーキンスやボアローの傍に控える通信士官と連絡を取り合うのである。

 これによりハルケギニアの軍隊は迅速な意思疎通が可能となっている。

 もっとも、これを有効に使えている将軍は少ないのだが。


 「我が隊に告ぐ! これよりガリア軍へ突撃する! 敵はまだ上陸が完了しておらぬ故、我等が数で勝る! この戦い、勝機は我等にあり!!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 士気が一気に上がる。


 そして俺達はガリア軍へ突撃する。









 そして両軍がぶつかることとなったが、その激突は回避された。


 俺が放った「風」・「風」・「風」・「水」・「水」・「水」のヘクサゴンスペル『ハリケーン』と、アドルフ、フェルディナン、ゲルリッツ団長の三人が張った火炎陣がその前に激突した。

 その激突に際し俺の直属軍も援護に「風」、「水」の魔法を放ち、アドルフ、フェルディナンの部下と南薔薇花壇騎士団の面々も「火」、「風」で援護した結果。地面に大断層が出来上がり進軍が一時的に不可能となったためだ。


 そして、激突の際に出番がなかった両軍の「土」メイジがその大断層を塞ぎ、前進の勢いは無い状態で互いに白兵戦へと移った。


 そして俺とアドルフ、フェルディナンの二人との正面対決が始まった。












■■■   side:アドルフ   ■■■


 俺の気分は今までに無いくらい昂揚している。

 “ヒュドラ”の効果もあるんだろうが、それが無くても今ならスクウェアスペルを連発できる気がする。

 何せ。


 「オラアアアアアアアアア!!」

 「火」・「火」・「火」・「火」・「火」の5乗の『炎球(フレイム・ボール)』、こんなもんが撃てるんだからな!


 だが。


 「ハアアアアアアアアアア!」

 ハインツの『氷壁(アイス・ウォール)』がそれを防ぐ、全くとんでもねえ野郎だ。


 「アドルフ! 合わせろ!」

 そう言いながらフェルディナンが『炎槍(ジャベリン)』を連発する。

 こっちもこっちで「トライアングル」クラスの槍が十数本飛んでやがる。


 あいつも俺と同じ気分のようだな。


 「言われるまでもねえ!」

 その槍の合間を縫いながら俺はハインツに突撃する。


 俺とフェルディナンが組んで戦う時は、俺が前衛であいつが後衛と決まってる。

 と見せかけてあいつも突っ込んだり、俺とあいつで大砲をぶっ放したりと臨機応変でいくらでも変わる。


 その辺の塩梅はツーとカーってやつだ。何も言わなくても大体分かるが、さっきみたいに叫ばれりゃ完全に意図が分かる。

 伊達に10年近くも決闘をやり続けていねえ、あいつの戦う時の癖や傾向は全部知ってる。


 だから俺はあいつを信頼して突っ込める。“炎獄”であるあいつの壁は他の誰にも突破できねえ、突破できるのは“烈火”であり“切り込み隊長”の俺だけだ。


 「は、ははは!」

 面白え、実に面白え!

 なんかこうよくわかんねえけど自然と笑いがこぼれる。


 楽しい。


 ただそれだけだ。他のことは気にならねえ、まるで世界に俺とフェルディナンとハインツしかいなくなったみてえだ。

 だけどハインツを倒すための思考だけは、とんでもない速度で展開されてる。


 互いにいつ死んでもおかしくねえような攻防をやってるが、この程度じゃ絶対死なねえという確信がある。

 ハインツを倒すにはこの程度じゃ足りねえ、もっともっと強く激しく攻める必要がある!


 俺とあいつの属性は「火」、押して押して押しまくるのが本領だ。



 「いくぜハインツ!」













■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は今戦いながら確信していることがある。


 それは俺が絶対に負けるということだ。


 アラン先輩曰く、「子供達と遊んでる時の笑顔と、人間をバラバラにしてる時の笑顔が同じ」なのが俺らしく、“どんな時でも冷静に”が俺の座右の銘の一つなのは確かだ。

 それはつまりこういった殺し合いの真っ最中でも仲間と談笑しているような気分でいられること、外見上は激昂したり高揚してたりするが、中身ではどっか変わらない部分がある。


 陛下曰く。

「お前は外界からの干渉によって内的世界が一切揺るがん、故にお前の天秤が揺らぐことは無い。何しろその基準を決めるのはお前だけで、そこに他の要素が介在する余地が無いのだからな、それこそが“輝く闇”であるお前の最大の異常性だ」

 らしい。


 異常者の極致である陛下に言われるのは釈然としないものがあるが、内容は納得できる。そう言われてみるとドル爺が殺された時ですら俺は外見上激昂していた、いや、あの時の俺は自分が怒り狂っていると思っていた。

 しかし、その中でも冷静な思考能力が損なわれることは無かった。人間は大きな怒りを感じると逆に冷静になるというが、それとは違う感じだった。

 怒りを感じる機能が無い訳ではなく、他人とは似ているようで異なるといったところか。


 「『ライト二ング・ストーム』!!」

 命を削りながら殺し合いをしている真っ最中に、こんなことを考えてるのがその証だな。


 俺の『ライト二ング・ストーム』は完全に防がれており、驚いたことに電撃を炎の鎧で防いでいた。多分その内側に熱を遮断する真空の層でも作ってあって自分が焼かれない工夫でもしてるんだろう。


 まあつまり、俺の異常性はそういうところにあるわけで、この特性は暗殺や粛清には最適となる。しかし戦場で敵を倒すこととなると、無慈悲に容赦なく敵を殺せる、という点では適してはいるが、最適ではない。


 戦場における最適の特性を持つのはあいつらだ。一度敵と会えば全ての機能を殺すことのみに費やし、余分なことを一切考えず、感情をどこまでも昂ぶらせ全てを燃やし尽くすが如くに猛り続ける。


 「どうやったら殺し合いの最中にあんな心底楽しそうな笑顔ができるんだか」

 二人共揃って同じ顔をしている。


 この時の為に生きている。いやむしろこの為に生まれたとでも言わんばかりの笑顔で戦場を駆け抜ける。


 だからこいつらは戦争の天才であり戦場の申し子。時代の変革期に現れる逸材であり、平時であれば異端として排斥される存在。

 完全に平和な社会では全く存在意義が無い連中であり、自らの野望によってハルケギニアを征服しようとしたゲイルノート・ガスパールはこいつらの集合体。『影の騎士団』の危うい部分の象徴であり、未来の可能性でもある。

 だから『デミウルゴス』で魂を削ってまであえてこの戦いは実行した。


 こいつらに生きた意味を与えるために、これ以上はあり得ない戦いを経験させるために。


 アラン先輩やエミールも戦争の天才だがこういった側面は弱い、アルフォンスは強いが傍らにクロードがいるので相殺される。

 しかしこいつら二人は互いに共振するからどこまでも強くなっていく危険がある。俺の『心眼』で視る限りではいつか自らを焼き尽くしかねない危うさを感じた。



 俺はこいつらが好きだから親友の為に魂を削るくらいはどうということはない。


 まあ、トリステインのお姫様の暴走で“ピュトン”を使う羽目になり、寿命が削られるよりは余程ましな理由だろう。

 それに、元々ゲイルノート・ガスパールはここで死ぬ予定である、新型スキルニルを使うにせよ、俺本人が自作自演で大爆発でも起こして死んだことにするにせよ、かなり派手な死に方をしなきゃいけなかったのは変わらない。どうせなら大道具に凝りまくって最大の演出をしたいと思うのが人情というもの。


 「しかし、全く勝てる気がせんな」

 上空のランドローバルの視界によれば周囲は完全に戦いを止めている。

 あれだ、三国志とかで張飛と呂布が戦ってる時に互いの兵士が戦うのを止めて見ていたみたいな感じ。


 ヘクサゴンメイジの『軍神』と、ペンタゴンメイジの“烈火”と“炎獄”の戦い。


 “ヒュドラ”はその人物の属性や性格によって効果の幅が異なり、「火」、「風」、「土」、「水」の順で相性がいい傾向がある。同じ「火」でもキュルケは相性がよく、コルベールさんみたいなタイプは相性が良くない。

 逆に「水」でもモンモランシーみたいなタイプは結構相性がよく、性格と属性の組み合わせが良いと最大の効果を発揮する。俺は可もなく不可もなくといったところで、特別相性がいいわけではないが肉体改造によって別の方向から性能を上げている。


 そして、“ヒュドラ”と最も相性がいいのがこの二人。キュルケですらこの二人に比べたら圧倒的に下だ、彼女の情熱は様々な方向に発揮されるものだが、こいつら二人には戦いしかない。

 故に、感情の昂りも加わった結果、血統的には「トライアングル」が限界の下級貴族出身のこいつらが「ペンタゴン」となっている。


 そしてアヒレス団長やゲルリッツ団長ですら戦いを止めて見守っている。いや、彼らだからこそかもしれない。

 今周囲にいるのは互いの軍の中でも最強の精鋭部隊、それ故にこの戦いから目を逸らすことはできないのか。


 「演出家としては観客の総立ちは喜ぶべきかな?」

 しかしそろそろ限界が近い、ペンタゴンスペルやヘクサゴンスペルを何度も撃ってるので既に命の残量が僅かになっている。


 「最後だ、全てを搾り出す」

 俺が作り出すのは『毒錬金』以外では最も得意とする『氷の矢』。


 火竜のブレスを突き抜けて、さらに串刺しにできそうな巨大な氷柱を5本作り出し渾身の力でぶつける。


 「ハアアアアアアアアアア!!!」

 しかしフェルディナン渾身の『炎壁(ファイヤー・ウォール)』がそれを防ぐ。

 “炎獄”の異名が示すようにフェルディナンの最も得意とする魔法がこれなのだ。


 そして!


 「ラアアアアアアアアアアア!!」

 “烈火”のアドルフがその“炎獄”を突き抜けてくる。どうやら『フライ』を使ったようだ。


 アドルフは『フライ』が大の苦手で、常に限界速度で暴走するという危険極まりないものだ。しかし、それを逆に利用したアドルフの『フライ・アタック』は一か八かの特攻技ではあるがその効果は凄まじい。


 それが“炎獄”を突き抜けての奇襲ならば尚更だ。


 「ハア!」

 俺は“呪怨”を投擲し、アドルフが槍に纏わせている『炎槍(ジャベリン)』を切り裂くが槍本体は止まらない。


 「ウオオオオオオオオオオオオ!」

 叫ぶアドルフ。

 そのまま顔面目がけて進んできた槍を『ブレイド』で強化した右腕で受け止める。骨は杖となっているのでこういた真似も可能となるがそれでも右腕が千切れ飛んだ。


 が、アドルフも腰から予備の杖(剣でもある)を引き抜き『ブレイド』を発生させる。『ブレイド』の強度に関してはアドルフが『影の騎士団』一位である。


 「もらったぜハインツ!!」

 本名で呼ぶな馬鹿。


 そう思いつつも残った左腕に『ブレイド』を発生させ迎え撃つが俺の『ブレイド』は騎士団中六位、とても敵わない。



 俺の左腕を切り裂いたアドルフの『ブレイド』はそのまま首に走り、俺の首を切り落とした。


 「ゲイルノート・ガスパール! 討ち取った!!」

 アドルフの雄たけびを聞きながら俺の意識は遠く離れた本体へと向かっていった。









■■■   side:ホーキンス   ■■■


 私が主戦場に駆けつけた時、なぜか両軍は互いに停止していた。


 その原因はすぐに分かった。アルビオン軍総司令官であるゲイルノート・ガスパール元帥とガリア将校二人が壮絶な戦いを繰り広げていたからだ。

 私もまたその戦いを一目見た後、その戦いを食い入るように見ていた。


 その戦いは“英雄の戦い”というよりは“魔人の戦い”というべきものであり、人間の戦いとはとても思えぬほど凄まじいものだった。


 一体どれほどその戦いが続いたかは分からない。一瞬だったかもしれないし数時間戦っていたようにも感じた。


 しかし決着はついた。


 「ゲイルノート・ガスパール! 討ち取った!!」


 その声と同時にガスパール総司令官の首が飛ぶのが確認できた。




 私も含めて両軍はしばし呆然としていたが、やがて私は自分がすべきことを思い出した。


 「終わったな」

 同時に自然とそのような呟きが漏れた。


 『レコン・キスタ』はオリヴァー・クロムウェルとゲイルノート・ガスパール、この二名によって作られた組織であった。

 この二人がいる限り『レコン・キスタ』に敗北は無いと言われていたが、その二人が死んだ今『レコン・キスタ』は終わる。


 そしてガスパール総司令官はこうも言っていた。

 「もし俺が戦いに果てることがあれば、ホーキンス、お前が総司令官となり残りの軍を指揮しろ。その後どう行動するかはお前に任せる。戦いを続けるもよし、降伏するもよし、お前自身の正義に従い最良だと思う選択をしろ。その時俺はいないのだから上官の意向を尊重する必要は無い」

 それは私、ボアロー、ボーウッド、カナンを始めとする軍高官が集っている会議の場にて宣言されたことであり、ガスパール総司令官亡き後は、私が指揮を引き継ぎ全軍がそれに従うことは定められていた。


 そして今、その務めを果たす時がきた。

 私はアルビオンの軍人である。故にアルビオンにとって最良だと思う道を選択する。



 「アルビオン軍総員に告げる! ガスパール総司令官は討ち死にされた! よってホーキンスがその指揮を引き継ぎ司令官として全軍に命ずる! 総員武器を捨てよ! アルビオン貴族連合『レコン・キスタ』は敗北し、我々は王軍に降る! ここに内戦は終結したのだ!」

 私はあえて内戦と言った。他国の軍勢に降伏することは心理的に抵抗があるかもしれんが、ウェールズ王子率いる王軍に降伏するならば否やはあるまい。


 ウェールズ王子率いる王軍がガスパール総司令官を討ち取った以上、ここに勝敗は決した。


 “勝者がアルビオンの支配者となる”


 ガスパール総司令官の言葉は果たされることとなるだろう。









■■■   side:ハインツ   ■■■



 「おぐええええええええええ」

 俺は現在激痛に苦しんでいる。


 『デミウルゴス』で削られた魂の痛みと、才人を助けるために使った“ヒュドラ”の副作用、ついでに『デミウルゴス』からフィードバックされた“ラドン”の副作用がトリプルで叩き込まれた結果だ。


 『アムリットの指輪』で何とか激痛をやわらげようにもその為の精神集中がそもそも不可能である。


 「ぎゅべるああああああArrrrrrrrrrr」

 訳の分からない奇声を上げながらのたうち回る俺。こんな時でも冷静に自分を観察する“輝く闇”たる自分の特性が憎い。


 「何アホな声出してんだい?」

 そこに救いの女神マチルダ降臨。


 「で、でっぶあぼじょんでぐで」

 しかし言葉にならない。(テファを呼んでくれ)


 「うーん、とりあえずあの子を呼んでくるわね」

 意味は分からずとも惨状からその解に至ってくれた模様。



 そしてしばらく後。



 「いや、助かったよテファ」

 テファにお礼を言う俺、現在ベッドの上である。


 彼女は母からもらったという水の精霊力の結晶がついた指輪を持っており、それの力で俺を治療してくれた。

 『アンドバリの指輪』と同じようなものだが、エルフの高位の精霊の使い手が作り出したものと考えられる。

 同じ要領で「風石」や「土石」も作り出せるのがエルフの凄まじさである。


 「いいえ、気にしないでください、ハインツさんにはいつもあの子達がお世話になってますから」

 微笑むテファ。

 しかしよくこの境遇でこういった性格が形成されたものだと思う。母を人間に目の前で殺され、エルフの血が混じっているという理由だけで人間から恐れられ迫害される身なのだ、まさに奇蹟。


……俺が言えたことではないかもしれん。


 完全にベクトルが逆だが、俺や陛下もある意味奇蹟だ。例えどんな環境に生まれていても、こういう風にしか成り得なかったような気がする。

 俺は“輝く闇”で陛下は“虚無の王”、どっちも負の極限だしなあ。


 「しかしあんたがあそこまで苦しむとはねえ、一体今度はどんな無茶をやらかしたんだい?」

 そう訊いてくるマチルダ。


 「ま、それはおいおい話しますけど、今はとりあえずゆっくり休みたいですね。何しろ死ぬ寸前だったもので」

 実は一回死んだのだが。


 「それもそうね、怪我人が二人に増えたけどあんたの方はすぐ治るんでしょ?」

 一人目は当然才人だ、彼を運んだ後俺はすぐにここで『デミウルゴス』の操作を開始したのであった。


 「そりゃ当然、15時間もあれば完治します、完治し次第また仕事に行くんで」

 後始末が山ほどある。それはもう嫌になるほど。


 「あんたもたまには休みゃあいいでしょ」

 呆れるように言うマチルダ。


 「そうですよハインツさん、無理は身体によくありません」

 テファは真面目な表情で言う。


 「とはいえね、こればっかりはどうしようもないさ、何せここで俺がサボると不幸になるどころか人生が終わる人間が大勢出てくるから」

 それが事実、戦後処理は上手くやらないといけない、下手すると戦争続行すらあり得るのだ。

 ガルア内部はイザベラに任せてあるが、アルビオンは俺の担当だ。


 今後は北花壇騎士団副団長としてアルビオンで動くことになるし、外務卿のイザークやウェールズと協力してやることがたくさんある。


 「特に治安の確保が最優先、戦争が終わったのはいいけどその後に略奪が増えたんじゃ話にならないから」

 ゲイルノート・ガスパールが抑えていた傭兵とかが暴走するのが一番怖い、早急に新たな鎖を用意する必要がある。

 それに散り散りになった連合軍の傭兵が盗賊になる可能性もある。


 その辺の裏側の暗躍は俺が担っている部分だからここで休むわけにはいかない。


 「? 戦争は終わったんですか?」

 首を傾げるテファ。彼女は詳しい事情を知らないから当然だ。


 「ああ、ここみたいな村にはまだ伝わってないだろうけど、そのうち行商人の人達も、戦争が終わって良かったって言うようになるさ」

 実はアルビオンで最も早く伝わってるのがここだが、確かめる術は無い。

 ちなみに事情を知ってるマチルダは軽く頷いている。


 「ま、一段落したら休暇でもとってここに来るよ、才人も目覚めるだろうし、ここのところあいつらとあんまり遊んでやってないからな」

 ここの子供達はいい子達ばかりだ、マチルダとテファの教育方針がいいんだろう。


 「そうしてくれるとありがたいよ、最近はあの子達も体力ついてきたからね」

 やや年齢を感じさせる台詞を言うマチルダ、頑張れ24歳。


 「何か言った?」

 負のオーラが漂う。


 「いえ、なんでも」

 この人も心を読めるんだろうか?


 「でも、せめて今くらいはゆっくりしてくださいね」

 そう言ってくれるテファ、本当に良い子である。


 「あいよ、でも子供達に本を読んでやることくらいはできるさ」

 そして俺は『イーヴァルディの勇者』を本棚から『レビテーション』で引き出す。



 とまあ、こんな感じでアルビオン戦役は終了した。


 戦争の中心地で死闘を繰り広げた一時間後に、子供達に本を読んでやっているというわけわからん状況だが、これはこれで実に俺らしいとも言える。




 そうして束の間の休息をとりながら俺は今後の国際情勢の変化に思いを馳せていた。














[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十五話  アルビオン戦役終結
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/12/05 23:40
 神聖アルビオン共和国皇帝オリヴァー・クロムウェル、アルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパール。


 この両名の死によってアルビオン戦役は終結した。


 それを成したのは8か月にも渡り戦い続けてきたトリステイン・ゲルマニア連合軍ではなく中立を保ってきたガリア軍であり、それを率いていたのはアルビオン王国第一王子ウェールズであった。


 ここにハルケギニアの国際情勢は大きな転換を迎える。






第二十五話    アルビオン戦役終結







■■■   side:アンリエッタ   ■■■


 私はここ数日一睡もしていなかった。

 降臨祭の集結と共に連合軍はロンディニウムへと進撃し決戦を挑む予定となっていた。


 しかし、降臨祭の最終日に起こった半数もの軍の反乱と、それによる総司令官ド・ポワチエ将軍とゲルマニア軍司令官ハイデンベルグ侯爵の戦死、そして全軍の壊走。なんとか半数の兵を本土へ撤退させることには成功したものの、アルビオン艦隊は無傷であり追撃を開始、そしてあの男、ゲイルノート・ガスパールが全軍を率いてトリステインへ侵攻を開始しようとしていた。


 アルビオン侵攻の敗退で半数を失い、さらに軍需物資の大半も失った連合軍は最早軍の体裁を成していなかった。もしそのままゲイルノート・ガスパールの侵攻が開始されていればトリステインは数日で滅ぼされていただろう。

 それでも残りの兵をまとめ国土防衛戦を展開するために、私と枢機卿は出来る限りの手段を講じようとしていた。兵站輜重に回していた諸侯軍に命令を下し、国内に残存する全兵力をトリスタニアへ集結させるため、それこそ寝る暇もなかった。


 しかし、敗走から三日後、ロサイスから予想もしなかった知らせを持ってガリアの大使が訪れた。

 応対した枢機卿が私の執務室に来たのはそのすぐ後のことだった。



 「そうですか…あの男が死んだのですね」

 枢機卿からの報告に私はかろうじてそう答えた。


 「はい、ガリア軍師団長のアドルフ・ティエール少将、フェルディナン・レセップス少将、その二名が激闘の果てにゲイルノート・ガスパールの首を挙げたそうにございます」

 枢機卿はいつもと変わらない様子で答える。動揺している私とは大違いですね。


 「それで、アルビオンは降伏したのですか?」

 皇帝クロムウェルもガリア両用艦隊の砲撃によって爆死したらしく、アルビオンは一気に指導者を失ったことになる。もっとも、あの男に比べればクロムウェルはいてもいなくても変わらないような存在でしたけど。


 「はい、ホーキンス将軍がその指揮を引き継ぎ、司令官として全軍に降伏を命じたそうです。残念ながらアルビオンに残っていた連合軍はゲイルノート・ガスパールによって蹴散らされ、散り散りとなっておるそうですが」

 枢機卿はそう答える。


 「たった一人によってですか?」


 「いえ、アルビオン全軍で蹂躙したそうではありますが、実質あの男一人にやられたと言っても過言ではなかったそうでございます。まあ、ガリアの大使の言葉ですので話し半分に聞くのが妥当ではありますが、あの男ならばその程度は簡単にやりそうでもあります。いえ、ありました」

 言いなおす枢機卿。そう、その男はもういないのだ。


 私はしばらく思考が纏まらなかったけれど、出てきた答えは結局一つだけだった。


 「何はともあれ、あの男は死にました。私の民はこれで救われたということでしょうか」

 私が気になるのはその一点のみ。


 「はい、我がトリステインを狙う『軍神』は死にました。陛下の民を脅かす存在は最早おりません。例えガリアが全てを片付けたにせよ、我々の勝利です。国と民を守れたのですから」

 枢機卿の言葉に力が籠る。彼もまた私と同じ心境なのだろうか。












 そしてこれからの予定や調停の会議への出席などについて、触れる程度に話した後枢機卿は退出した。細かい調整については明日行うこととなった。


 一人執務室に残った私は物思いに耽っていた。


 「あの男が死んだ。私の全てだったものを奪った男が死んだ」

 けれど、あの男がいたことによって私が得たものはそれ以上に大きいものだった。



 私は18年前トリステイン国王ヘンリーと大后マリアンヌの第一子として生まれた。

 父も母も私にとても優しく、幼い頃私は何も苦労も知らずに育った。ルイズという親友もいて、この世には幸せしかないのだと思えるくらい夢のような日々だった。

 だけど、私が10歳の頃父が亡くなった。父はアルビオンからの入り婿であり前アルビオン王ジェームズの弟、そしてそのジェームズ王の嫡男がウェールズ様だった。

 つまりトリステイン王家の血筋は母にあり、母が女王となることに何の問題も無かったが、母は父の喪に服し続け王となることはなく、この国の舵取りは枢機卿が一人で行っていた。


 今の私だったら母に文句を言うどころではなく、蹴り飛ばしているかもしれませんけど、当時の私は母が王位に就かないことがトリステインに何をもたらすかも一切知らず、ただ大好きだった父が死んでしまったことが悲しくて、同じように悲しんでいるお母様に仕事を押し付けようとするなんて、なんて酷い人達だろうと見当違いな怒りを抱いていた。


 そうして私は箱庭の王女として育った。


 言ってみれば鳥籠で飼われる鳥、ただ求められる時に奇麗な声で鳴くことが仕事。そんな状況に私は不満を持っていたはずなのに、現状を変えようとする努力をしようとすらしなかった。何もしないくせにただ文句と我が儘を言うばかり。


 「今思えば、なぜウェールズ様はそんな我が儘な娘を愛してくれたのかしら?」


 まあ、私がウェールズ様を愛したことにも理由なんてないのだからそういうものなのかもしれませんけど。


 そうして時が過ぎ、アルビオン王家はあの男、ゲイルノート・ガスパールの手によって滅びる寸前となり、枢機卿はトリステインを守るために私とゲルマニア皇帝との婚姻を結んだ。

 その時も私は何もしなかった。ただ流されるままに漂っていただけ、“王女様”としての役割を果たすだけ、果たそうとする意思すらないのに。


 「本当、あの時の私は生きてすらいなかった。ただ存在していただけ、ただのガーゴイルでも同じことができたでしょうに」


 だけど、親友のルイズが私を救ってくれた。

 私が書いたウェールズ様への恋文を回収し、攻めてきたアルビオン艦隊をも“虚無”の力で吹き飛ばし、トリステインは勝利した。そして私は“聖女”と崇められ女王となった。


 「なのに私は変わらなかった。愛しい人が亡くなったのに何もせずただ漂うだけ、過去の思い出ばかりに縋って現実を見ていなかった。箱庭の王女が箱庭の女王に変わっただけ、流されるだけの人形であることは変わらない」

 人畜無害な分、人形の方がましかもしれませんね、私達王族は“何もしない”ということが時に最大の罪となる。私はそんなことも分かってなかった。

 ……お母様の血かしら?


 「けれど、そんな空想の箱庭はあの男によって容赦なく破壊され、愚かな女王は現実に突き落とされた」

 あの事件。私にとっては思い出すのも憚られる事件ですけれど、今の私の原点はあそこにある。


 私はあの時初めて現実を知った。何もしなければこの男に殺されると。


 『俺はゲイルノート・ガスパール、この無能な王子の国を滅ぼした男だ』


 『こんな作戦ともいえん茶番など使わずとも我が『レコン・キスタ』は実力で持ってこの国を落とす、せいぜいその日を待っているがいい、無能な王家がまた一つ潰える瞬間をな』


 『我が『レコン・キスタ』に敗北は無い、戦利品としてその女はくれてやる、次は国ごと滅ぼしてやると伝えておけ』




 私が初めて現実で知ったものは“恐怖”だった。

 朦朧とする意識の中であの男の声が呪いのように私の中に残った。


 「薄情な女よね、愛する人を殺されたのに、自分が殺されることへの恐怖しか心になかったのだから」


 だけどそれは逃れられない現実だった。

 アルビオン王国を滅ぼし、ジェームズ王を殺し、ウェールズ様をも殺したあの男が、今度はトリステインと私を滅ぼしにくる。


 逃げることは出来なかったし逃げられる場所もなかった。

 私が逃げてもトリステインは滅ぼされ、次はゲルマニア、その次はガリア。あの男はハルケギニアの国家全てを滅ぼすまで進み続ける。始祖ブリミルの直系である私は絶対に逃れられない。


 私は生きるために戦うしか道が残されていなかった。そしてウェールズ様を殺した相手への復讐心が戦うことを後押ししたのは皮肉な話だった。


 「けれど、箱庭育ちの小娘が復讐心を滾らせたところでどうにかできる相手ではありませんでした」


 学院が夏期休暇に入った頃、ルイズに頼んで情報収集に当たってもらうと同時に私はアルビオンへの侵攻を提案した。全ては復讐心に駆られてのことだったが、枢機卿や大臣達は反対のようだった。


 ≪アルビオンに攻め込むのは得策ではない、空から封鎖すべきである≫


 それが枢機卿を筆頭とする反対派の意見だった。ルイズの父君のヴァリエール公爵もわざわざ王宮まで参内して同様の意見を述べていった。

 しかし、私の復讐心も枢機卿達の提案も、その全てを嘲笑うかのようにあの男の侵攻が開始された。


 初めはゲルマニア東方、次にトリステイン北方、後はもう数え切れぬほど、次々と軍需物資集積場が襲われ大量の物資がアルビオンに奪われた。

 タルブでの戦いで痛手を負い、しばらく動けないと予想していたアルビオン艦隊は恐るべき速度で再編を終え、まだ戦列艦の建造が始まったばかりのトリステインを容赦なく蹂躙していった。

 もともと兵の数が足りず、さらに制空権を奪われてはなす術がなく、一方的にやられるだけの状況が続いた。ゲイルノート・ガスパールのみならず、その配下のホーキンス、ボアロー、ボーウッド、カナンの4将軍の名もトリスタニアでは知らぬ者はいないほどになった。


 「だけど、その状況が私を変えたのです」


 最早復讐どころではなく、私は自分の身を守るだけで精一杯だった。

 すぐにでもあの男の艦隊がトリスタニアに現れるかもしれない、あの男が単身で乗り込んできて私の首を飛ばすかもしれない。

 私はそんな恐怖にさらされていた。ジェームズ王はそうしてあの男に殺されたのだ。復讐心は刃どころか心を守る鎧にするのが限界だった。


 そんな時、ルイズから様々な報告が来た。

 トリステイン各地でアルビオンの戦列艦が目撃され民の間に動揺が広がっている。このままでは地方から混乱が広がっていく可能性があると。


 そして私はトリステイン各地を行幸して回ることなり、私は初めて自国の民と直接触れ合うこととなった。

 それまでは馬車から手を振るばかりで直接話すことなどなかった。しかし、恐怖に怯える民を元気づけるには直接言葉をかけるのが一番効果的であり、宮廷の貴族からも反対意見はなかった。古来より外敵から国を守る際に歴代の王達が行ってきた伝統の一つであったから。


 それまで民といえばトリスタニアの市民しか知らなかった私にとって、辺境の農村に住む者は未知の存在と言ってよかった。

 彼らは私の名前はおろか、私の父の名も、名君と謳われたフィリップ三世の名前も知らなかった。いえ、覚える意味がなかったのでしょうね、彼らにとって私は“今の王様”であり父は“前の王様”であり祖父は“前の前の王様”それで十分なのだから。


 「皮肉なものですね、トリスタニアの市民にとって私は頼りない小娘、世間知らずの小娘で、私自身もそう思っていたのに、国民の多数派である農民にとっては自分達を守ってくれる“王様”以外の何者でもなかったのだから」

 トリスタニアの市民は知っている。私が小娘であることを、政治の経験に乏しいことを、アルビオンとの戦の状況を。


 だけど、多くの民は知らないのだ。私が若いことも、敵が強大であることも、日々の生活を守ることで手一杯で、そんなことに気を回す余裕などなかったのだ。


 そして彼らは怯えていた。他国の艦隊に、見たこともない恐怖に。

ゲイルノート・ガスパールに初めて会った時、怯えるしか出来なかった私のように。


 「あの時の私はルイズに救われた。ならば今度は私が彼らを守らないと」

 それが、“王”として初めて私が抱いた感情だった。


 ゲイルノート・ガスパールは恐ろしい、これ以上なく恐ろしい、でも、戦わなければ殺される。私だけじゃない。私を王だと信じてくれている、王の助けを待っている彼らも蹂躙されることになる。


 『皆様、何も心配はいりません。この国を脅かす男をこの私が必ずや打倒して見せます! 私はトリステイン女王、アンリエッタ・ド・トリステイン! 私がいる限り我が民が蹂躙されることも、この国が滅ぶこともあり得ません!』

 精一杯の虚勢を張って言いきった言葉。

 誰に指示されたわけでもなく、初めて私の意思で、私の民へ向けて言い放った言葉だった。



 そうして、私の人生が始まった。

 それまでの私は記号に過ぎなかった。“アンリエッタ”ですらなかった。ただの“王女様”、“女王様”という存在に過ぎなかった。

 だけど今は違う。


 アンリエッタ・ド・トリステイン


 それが私の名前。

 トリステインは私の姓。

 トリステインは私の国。

 トリステインは私の誇り。


 断じて、あの男に奪われてなるものか、私の民を蹂躙させてなるものか!


 その意志こそが、恐怖に怯えるばかりだった私に生きる力を与えてくれた。


 「それからはほとんど休まず各地を巡った。移動の合間に書類に目を通して決済して、また別の村へ」

 国の仕事は私が女王になる前から枢機卿が一人でやっていた。だから私がいなくても動かすことはできる。

 だけど民を励ますのは私にしか出来ないことだった。こればかりは枢機卿では代行が出来ない、私しかいないのだ。


 それを誇りに私は突き進んだ。だけど現実はどこまでも厳しかった。


 「何とか艦隊の建設は済んだけど。それまでに受けた被害は大きく、民の不安も未だ根強い、そして敵の侵攻は止むことが無く哨戒網の隙をつき襲撃を繰り返している」


 その状況に対処するには最早敵の拠点を潰すしか方法が無かった。

けれど浮遊大陸アルビオンに軍をいつまでも駐屯させておけるわけもなく、あっという間に奪回されてお終い、兵を送り込むとしたら一か八かの決戦しか道は無かった。


 「そして私は決断した。以前とは逆、枢機卿を筆頭に軍高官、各大臣、揃ってアルビオンに侵攻するしか道はないと判断し、私の言葉を待っていた」

 それでも反対な者もいたようだけど、あのトリスタニア襲撃以来は皆無となった。

 そして侵攻が決定した。襲撃してくるアルビオン軍を迎え撃つために既に2万近い兵の準備は進めてあったのでそれに兵站輜重用の諸侯軍を加え、遠征用の物資と士官を確保することとなった。

 だけど数が足りず学生までも動員することとなった。


 「全ては私達の無能故、それを彼らに押し付けることになってしまいました」

 これは王家の過ち、王が不在でロマリアから出向してきた宰相が一人で国を支えている状態で、まともな人材が育つはずがない。

 その頃の私はそのくらいのことは理解できるようになっていた。


 「だから私はルイズに願った、“虚無”の担い手として遠征軍に加わって欲しいと、少しでも彼らへの負担を減らして欲しいと。王とは罪の塊ですね、民を守るために親友を戦場へ送り込むのだから」

 ルイズは快く引き受けてくれた。クロムウェルが操る『アンドバリの指輪』への対抗策がルイズの『解除(ディスペル)』しかなかったのもあるけれど。


 『気にしないでください姫様、ゲイルノート・ガスパールにトリステインが滅ぼされれば私も姫様も生きられませんわ。王家は当然として、その傍流であり最大の封建貴族たるヴァリエール家も皆殺しにされるでしょう』

 『そうね、私達、死ぬ時は一緒ね』

 そうして私達は笑い合った。私とルイズはどこまでいっても同じ立場でいられた。

 片や“女王”、片や“虚無の担い手”。どちらも人々の期待を背負い、走り続ける定めにある。


 「もっとも、ルイズはそんな定めすら破壊しそうな勢いでしたけど」

 私にはそこまでは無理、これは持って生まれた気質なのでしょうね。



 そうして侵攻作戦は開始されたけど、私の心から不安が消えさることはなかった。


 ゲイルノート・ガスパール


 あの男に勝てるのか? その不安だけは決して消えることはなく、侵攻軍を見守った後、私は執務が無い時はひたすら神に祈り続けた。

 どうかルイズが無事でありますように、兵士が無事に帰ってこれますように、そしてあの男を倒せますように。


 しかし戦況は芳しくなく、ロサイスとシティオブサウスゴータの占領には成功したものの、敵艦隊は無傷、敵は全軍がロンディニウムに集結。我が軍の食糧は無くなり、追加で補給することとなったけれど、その補給船までもが敵の襲撃を受け数隻が拿捕された。


 戦略ではあらゆる面で敵が上回っていた。


 「最早決戦を行うしか道はなく、降臨祭の終わりと共に決着がつくはずでした」

 けれど、クロムウェルの力を甘く見ていた。まさか都市全体を支配下に置くことが可能であるとは。


 「ゲイルノート・ガスパールに集中するあまり、もう一人の盟主の力を見誤っていたよう」

 そして連合軍は壊滅し、本国へ撤退することとなってしまった。


 「ですけど、そこにガリア軍が突如参戦し、クロムウェルは爆死、そしてあの男も討ち取られた」

 本当に、神ならぬ身には何が起こるか予測することなど不可能。

 だけど。


 「勝利は勝利、私にとって勝利とは敵を打ち負かすことではなく、国と民を守ることにあるのですから」


 それが私の在り方、私の王道。

 あの男がいたからこそそれを得た、というのはもの凄く皮肉ではあるけれど。


 コン コン


 そこにドアをノックする音が響く。

 「誰かしら?」

 「私です、申し訳ありませんが、いくつか言い忘れていたことがありまして」

 枢機卿だった。彼が言い忘れるとは思えない、恐らく私に心の整理をつける時間をくれたのでしょう。

 ということは、これから聞かされる話は私にとって重要なことなのでしょうね。


 「構いません、入ってください」


 「失礼します」

 枢機卿は書類を持って現われた。


 「その書類は?」


 「このたびの戦争において戦死した者の数をまとめました。まだ個人名は記載されておらず、それには今しばらくの時間がかかると思われます」

 そうして枢機卿は書類を私に渡す。

 私はその書類をじっと見つめる。


 「大勢、亡くなられたのですね、この国を守るために」


 「全てがそうではないでしょう、金の為に戦う者、名誉の為に戦う者、家族の為に戦う者、友の為に戦う者、戦う理由は皆それぞれでありましょう。ですが、彼らがトリステインを守るために殉じたのは間違いありませぬ、戦わなければあの男によってトリステインは滅ぼされておりました」

 感謝してもしきれない、私は女王であるけれど戦う力は無い。

 私に出来ることは戦場で戦う彼らの心の支えとなることくらいしかない。


 「私は、彼らの王であれたことを、誇りに思います」

 心の底からそう思える。


 「陛下がそう思われ、国の為に生きられるのであらば、彼らの死は決して無駄にはなりませぬ。その心、お忘れにならぬよう、生き残った者は死者ではなく生者の為に働かねばなりません」

 彼の言葉が心に響く、だからこそ彼は枢機卿なのだろう。ロマリアの人々が彼を教皇に推薦した理由がよく分かる。


 「はい、決して忘れません」

 私はもう迷わない、揺るがない、王として生きると誓ったのだから。

 まだまだ未熟ではあるけれど、それでも民の為に出来ることはある。


 「それで、もう一つ報告があるのですが、決してお取り乱しになられぬようお願いします」

 そう言う枢機卿。


 「既に今の状況があり得ないようなものです、最早驚くことなどありませんわ」

 私はそう答える。


 「左様ですか、では報告致します。このたびガリア軍を率いていた司令官が当然おるわけですが」


 それは当然でしょう、軍である限り司令官がいないなどありえませんわ。

 内心そう思う私。


 「その司令官なのですが、ウェールズ王子であったということなのです」


 「は?」

 前言も虚しく私の思考は完全に停止したのだった。










■■■   side:ハインツ   ■■■


 『デミウルゴス』、“ヒュドラ”、“ラドン”のトリプルアタックを喰らい重傷を負った俺はテファのおかげで何とか復帰し、アルビオン戦役の後始末を開始した。

 そして『ゲート』を利用して何度もヴェルサルテイル、ロンディニウム、シティオブサウスゴータ、ロサイス、レキシントン、ダータルネスを駆け回り、アルビオンの状況を逐一宰相のイザベラと九大卿に報告し、あちこちに指示を出していた。

 そして現在それらの対応に一区切りをつけて“円卓の間”での会議を終了し、俺とイザベラは本部に戻って裏側の対応について相談を始めた。


 「表側はとりあえず問題ないようだな、ウェールズがロンディニウムに入ったことで混乱も収まりつつある」


 「それにガリア軍の統制がしっかりとれているのもあるわね、流石はあの4人ってとこかしら」

 イザベラはそう答える。


 「今回の戦いでは司令官にいいとこなかったからな、両用艦隊は実質アルフォンスとクロードが、陸軍はアドルフとフェルディナンが指揮を執ってるみたいだ」

 そうなるように計画を練ったのだから当然ではあるが。


 「そっちは軍に任せて大丈夫ね、調停の会議には既にイザークが出発したし、ゲルマニアやロマリアへの外交対策もあいつなら大丈夫でしょ」


 「あいつなら問題ない、ロスタン軍務卿の支援もあるしな、金のことはカルコピノ財務卿に任せれば問題ないだろうし、国内のことはビアンシォッティ内務卿、ロアン国土卿、ミュッセ保安卿が担当してる」

 九大卿はそれぞれの専門分野にかけては超一流の面子だ。俺達が心配せずともやってくれる。


 「そうなると後は裏ね、トリステインとゲルマニアの今後の動きを監視するためにそっちに人員を派遣するのは当然として、アルビオンの治安維持が最大の焦点ね」


 「だな、都市部は軍に任せりゃ問題ないが辺境はそうはいかんだろう。アルビオン軍はウェールズと共にロンディニウムに集結しているから現在は治安維持に回れない、傭兵やゴロツキは俺が根こそぎ刈っておいたけど一気に増加しただろうからな」

 もと連合軍の傭兵達、軍籍を持つ者達はともかく今回の遠征用に集めれた者達は戦争終結と同時に野盗と化す可能性が高い。まして司令官が存在せず散り散りになったのならなおさらだ。


 「フェンサーだけじゃ足りないわね、ガリア本土用に半分は残す必要があるから派遣できるのは150人くらいが限界、下部組織も動員するべきかしら?」

 現在フェンサーの数は300人近くに達している。

 この増員も最終作戦のために必要なことであり、そのうち200人近くはメイジではなく“身体強化系”、“他者感能系”、“解析操作系”のルーンを刻まれたルーンマスターで構成されている。

 
 “精神系”だけは別だ、“忠誠”や“狂信”のルーンを刻まれた者は陛下の直属部隊として“ある任務”の要として動いている。


 「いや、『ルシフェル』や『ベルゼバブ』を他国に派遣するのは問題があるな、万一ばれたら最終作戦に大きな影響が出かねん」

 『ルシフェル』はマルコとヨアヒムが率いているガリア最大の盗賊団。専門はブリミル教寺院のみで私腹を肥やす神官共が溜めこんだ富を根こそぎ奪うのを生業としている。

 それが北花壇騎士団の下部組織であり、暗黒街の八輝星の協力によって編成された部隊だ。現在は保安省の部隊と壮絶な戦いを展開している。


 『ベルゼバブ』も同様だがこっちは悪徳官吏や人買いなど非合法な商売をやる連中専門の盗賊団、暗黒街の八輝星は違法すれすれの商売をやっているが、彼らの統制を離れ好き勝手やっている連中の粛清役としての側面も持つ。


 『ルシフェル』や『ベルゼバブ』が罪のない国民への被害が出ない形でテロ行為を行い、ミュッセ保安卿率いる保安隊がその鎮圧に当たる。

 平和になると今度は保安隊が民に危害を加えたり横暴な振る舞いを始めるので、こういった適度な緊張と強力な敵というのはしっかりと制御するならば有益な存在となるのだ。


 「確かに、ちょっとリスクが大き過ぎるかもしれないわね、でもどうするの?流石に150人じゃ人員が足りないと思うけど」

 そしてイザベラはそういった部分も掌握している。実戦指揮の責任者は副団長である俺だが、軍務卿や保安卿との調整があるので、宰相であり団長でもあるイザベラの存在はかかせないのだ


 「実はアルビオンにはゲイルノート・ガスパールの私設部隊がいてな、主に国家にいらない奴らの排除にあたっていたんだが、ゲイルノート・ガスパールが死んだ今彼らの立場は危うくなる。そいつらを北花壇騎士団アルビオン担当下部組織にすればいい、地元民で構成されてるから地理にも明るいしな。しかもそいつらの司令官クラスは俺の“影”だったりする」

 布石はちゃんと打ってある。“影”は本来北花壇騎士団内部粛清部隊だが、こういった俺個人で進めている任務も担当している。全員ホムンクルスなので裏切る心配も無い。


 「相変わらず抜け目ないわねあんたは、確かに、利用できるものは何でも利用すべきね」

 呆れながらも頷くイザベラ。


 「まあな、とはいえこのアルビオン戦役は最終作戦の前哨戦で、アルビオンは共和制の実験場、神聖アルビオン共和国はその旗頭であり同時に害虫駆除役でもあったからな」

 陛下の悪魔的頭脳が産み出した一切の無駄が無い壮大なる計画。


 「いきなりこのハルケギニアに共和制、貴族が支配階級ではない政体を作り出すのは不可能、そのためには幾つか段階を踏む必要があり、失敗例も必要。そのためにアルビオンを共和制の実験場とし、聖地奪還を目指してハルケギニアに喧嘩を売らせておいてから滅ぼす。よくもまあこんな計画を思いつくわよねあの青髭悪魔も」

 俺も同じ気分である。

 「とはいえアルビオンの共和制は完全なものじゃない、貴族達の寄せ集めに過ぎないからあっという間に利権目当てで内部抗争を始める。要は衆愚政治の見本だな」


 「だからそれを防ぐために強力なカリスマを持つ指導者を作り上げたわけね。それがゲイルノート・ガスパール」


 「そう、彼によって腐った貴族は悉く抹殺され、有能な者は身分を問わず重用される社会が短期間で出来あがった。だけどこれは共和制というよりは独裁そのもの、要は血筋や家柄じゃなくて実力があるものが支配階級として君臨する機構ってわけだな。しかしこれには最大の欠点がある」

 国家制度ってのは一長一短ありなのだ。
 

 「君主には常に非凡な能力が求められる。実力者達を抑えつけ、無能な者を排除し、自分の指導力によって国を動かし続ける必要がある。そして停滞は許されない、停滞した時こそ組織の崩壊が始まることとなる」

 実力主義の最大の弊害、常に目標を高く持ち、国外に目を向けさせなければ有力者達が次々に内部抗争を開始する。かつてのガリアはそれに近かったが実力主義ではなく、高い家柄の貴族が延々と内部抗争を続けるというどうしようもない国家体制だった


 「まあ、だからこそある程度の試験統治が済んだら安定期に移す必要があった。それには6000年続いた王制の復古が一番手っ取り早いっつーわけだ」


 「王制から共和制に移行しても農民からの不満は上がらなかった。つまり大半の平民にとってはどっちでもいいってことね、後はより治安が良くてより税が安い方がいい。ガリアで共和制に移行しても、少なくとも一部の特権階級が財産を溜めこむ社会よりは賛同が得られそうね」


 「だな、それにガリアで貴族制を終わらせることはハルケギニアの変革を意味する。トリステインが約180万、アルビオンが約150万、ゲルマニアが約1000万、ロマリアが200~300万、これは難民が多すぎて実数が測れないからだな、そしてガリアが約1520万、総数およそ3100万」

 俺はハルケギニアの人口分布を簡易的に述べる。

 古代ローマ帝国の人口がおよそ6000万で、中世に入ってヨーロッパの人口は減少したそうだからその頃の地球と比べて極端に少ないわけではない。むしろ亜人や幻獣が跋扈していることを考えれば妥当といったところか。


 「アルビオンが共和制になったところでそれは全体の5%程度に過ぎない、だけどガリアが共和制となれば全体の半数近くになるわね」


 「そう、それにロマリアも滅ぼす予定だからロマリアの人口も加わる、つまり6割、半分以上が変わるわけだから共和制がハルケギニアの最大勢力となる。ゲルマニアは元々共和制と専制の中間みたいな国だしな」


 「となると残るはアルビオンとトリステイン。ガリアが共和制へ移行することを妨害してくるとしたらその2国だけど、今回のアルビオン戦役でアルビオンはガリアに巨大な借りがあるからそれは不可能。トリステインも今回の戦役でガリアに多額の借金をしているから強くは出られない、というかそもそも国力が違い過ぎる。アルビオンの空の優位も、両用艦隊がアルビオンの航空技術を吸収したことで失われているわけね」

 つまりガリアに対抗できるのはゲルマニアくらいになるが、そもそも始祖の直系ではなく、ロマリア宗教庁との関係も薄いゲルマニアには反対する理由が無い。


 「よくまあここまで考えるもんだよあの人も、ついでに聖地奪還=『レコン・キスタ』=ゲイルノート・ガスパールっていう図式もハルケギニアの諸国に染み込ませたからな、ロマリアが聖戦を主導しても他国を引き込むのは難しくなる」

 まさに悪魔の頭脳。


 「となるとロマリアはどこかの国の王を自分の傀儡にする必要がでてくる。それを最も行いやすいのは弟を殺して王位を簒奪したと噂され、無能王と内外から嘲られるガリア王。彼を廃位させ自分達に都合が良い人物を王に据えるってことになるわね」

 その人物は当然一人。


 「だがそれは最大の悪手、なにせ“悪魔公”と“百眼”の大切な妹に手を出すんだからな、国ごと滅ぼされるくらいは覚悟してもらわんとなあ、くっくっく」

 「そうね、それは言えてるわ。ふふふふふ」

 笑い合う腹黒従兄妹二人。


 やっぱガリア王家は暗黒の血だなあ、せめてシャルロットだけは無縁でいてもらいたい。


 「まあとにかく、最終作戦への大きな布石はこれで打たれた訳だ。あとは細かい調整をやってやれば地獄の門が開く」

 当然開けるのは“ロキ”たる俺の役目。


 「準備は着々と進行中、開幕まであと半年ないでしょうね、もっとも、その前に膨大な仕事地獄が待っているけど」


 「まあなあ、今回のアルビオン戦役の事後処理だけで相当な量になる。本番がどのくらいになるかはあまり考えたくないなあ」

 過労死寸前で済めば良いが。


 「あの青髭は絶対手伝わないでしょうからね、“未来を担う若者達に経験を積ませるのだ”とか言って」


 「だろうなあ」

 溜息をつく俺ら。


 「とはいえやるしかない、俺達がやらない限りこの地獄がシャルロットに降りかかることになるからな、兄として姉としてそれだけは許容できん」

 「そうね、私達の夢は温かい家庭のガリア家族、そのためには絶対にあの子にこの地獄を背負わせるわけにはいかないわ」


 そして俺達は気合いを入れ、膨大な仕事地獄に立ち向かうのだった。







[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十六話  それぞれの終戦
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/12/05 23:48
 神聖アルビオン共和国の降伏から2週間後、ヤラの月の第3週、正式に連合軍は解散となり学生士官として参戦していた魔法学院の生徒達も帰還を開始。


 ロンディニウムに入城したウェールズは略式の戴冠式を挙げ、新王としてアルビオンの秩序の回復に取り組んでおり、次の月であるハガルの月の第一週にトリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア、ガリアの首脳陣がロンディニウムに集結し諸国会議を開き国際的な戦後処理にあたることが決定されている


 しかし、多くの者にとっては既に戦争は終わったものであり、それぞれの終戦を迎えていた。






第二十六話    それぞれの終戦







■■■   side:ハインツ   ■■■

 およそ2週間をかけて仕事地獄もなんとか消化。

 “ヒュドラ”を使う事態は何とか避けられたが、“働け、休暇が来るその日まで”は百本近く消費した気がする。

 そして俺はイザベラを手伝うために本部に向かい、彼女の執務室へ入ったのだが。


 「返事が無い、ただのしかばねのようだ」

 そんな光景が展開されていた。


 詳しい状況は語る必要も無い、あえて言うならば大人気の週刊誌の漫画家の部屋を数倍混沌にさせた様子である。

 普段は補佐官のヒルダが片づけを行っているのだが、彼女は仮眠室で天国へ旅立っていた。おそらく2日はもどってくるまい。


 「おーい、イザベラ、起きろーーーー」

 反応があるとは思えないがとりあえず呼びかけることに。


・・・・・・・・・

 反応無し。


 「こらー、そのままじゃ風邪ひくどころか何かやばいものを呼び出しそうな雰囲気だぞー、起きろー」

 『レビテーション』を使用して揺さぶる。直接手を触れないのは今のイザベラに近づくといきなり起き上がって噛みついてきそうだからである。


 「う、ううん」

 反応あり。


 「お、起きたか」

 『レビテーション』を解除する。


 「あら、奇麗な花畑」

 また例の場所へ旅立っているようだ。


 「来るたびに奇麗になっているわ、何か変わった花も咲いてるかしら?」

 実に恐ろしい台詞である。何回そこに行っているのか。


 「あら、シャルロットじゃない」

 俺の方を見て言うイザベラ。どうやら今の俺はシャルロットらしい。


 「今のオルレアン公夫人より酷いな、148サントのシャルロットと190サントの俺を間違えるとは」

 ちなみに去年は142サントだったシャルロット、マルグリット様が回復傾向を見せてからは確実に成長しているのだ。


 「かわいいわよシャルロット、その冠は誰に作ってもらったのかしら?」

 そう言いながら近づいてくるイザベラ。


 「母様に作ってもらったんです。お姉さま」

 悪ノリする俺。


 「ふふ、よく似会ってるわよ、流石は叔母上ね」

 俺の胸辺りをさすりながら言う、おそらくシャルロットの頭をなでているのだろう。こいつの脳がどういう変換を行っているのか医者として非常に興味がある


 「そうですか?」

 あくまで続ける俺。


 「そうよ、だってこんなにかわいいんですもの」

 そういって俺の胸を抱きしめる。身長差を考えるとシャルロットに覆いかぶさるような感じかな?


 「とはいえそろそろ目覚めてもらわんと」

 せーの

 「オラア!」 


 「んぎゃ!」

 俺のヘッドロックが炸裂。

 さらに追撃で“氷の矢”を矢ではなくただの塊として放ち、ついでに“錬水”で水も作って0℃近い冷水を叩き込む。


 「はぶるるるべ」

 うむ、何語か最早分からん。


 「乾燥機オン」

 「火」・「風」を重ねて熱風を作り吹きつける。


 「あああああああああああーーーー」

 むう、あれだ、扇風機の前で言う声にそっくり。


 「この度もハインツ目覚ましサービスをご利用いただきありがとうございます、今回はBコースでしたので20スゥ(2000円)となります」


 「ぼったくりもいいとこね」

 イザベラ復帰。


 「おう、爽やかなお目覚めだな。どんな夢だった?」


 「また例の花畑に行ってたわ、今回はシャルロットもいたけど」

 “例の”のあたりに哀愁を感じるな。

 「だけど突然隕石が降ってきて私は吹き飛ばされて、さらに大寒波が襲って来て花は全部枯死したわ」

 間違いなく俺のせいだな。


 「で、私寝ぼけて何かやった?」


 「ああ、俺に愛の抱擁をした後、濃厚なディープキスをしてくれたが」

 あることないこと言う俺。

 「あっそ」

 こいつの受け流しもそろそろ神域に達しつつあるな。


 「ところでだ、お前が死体になってたってことは、仕事は全部終わったんだな」

 こいつは基本的に仕事が終わるまでは動き続ける。そして仕事が終わると糸が切れたように死体と化す。


 「ええ、イザークから回って来た報告書全般の決裁が終わったところから記憶が無いわ、確かそれが最後の書類だったから後は例の如くね」

 そのまま意識を失ったわけだ。


 「あのなあ、寝室に行くか、せめて仮眠室に行くくらいの気力は残しておけ、隣の部屋だろ」


 「大丈夫、あんたが来てくれるって信じてたから」

 微笑みながら言うイザベラ。


 「はは、これは一本とられたか、そうだな、お前のフォローは俺の役目だったな」

 俺も笑う。


 「で、あんたが来たってことは、そっちも終了したのね」


 「まあな、軽く報告といきますか」

 そしていつものごとく会議開始。


 もっとも、互いに風呂に入って着替えてからになったが。






■■■   side:イザベラ   ■■■


 「それで、アルビオンの首脳部はどうなったの?」

 地方の治安維持が最優先だったのでそっちの報告は聞いてるけど、国家の重鎮達をどのように起用したかはまだ聞いていなかった。

 「大体そのまんまだな、俺とクロさんが使ってた官吏連中は全員アルビオン人で地元採用みたいな感じだったから特に問題は無い、トップだけがそのまま挿げ変わった感じだ」

 なるほど、末端から中堅まではそのまんまで、上位陣だけが入れ替わったわけか。


 「確か円卓にいた貴族会議議員は全員吹っ飛ばしたのよね、そうなるとそこにはウェールズがガリアで率いていた連中が入ることになる」


 「正解、そこには忠臣を据える必要があるからな、そして軍部は基本そのまんまで総司令官が王であるウェールズ、普段は代理人としてパリーさんが務めることになる」

 パリーの名前が出た時ハインツの表情が微妙に変化する。


 「パリーさん、ね、確かあんたの育ての親に似ているんだったかしら?」

 確かドルフェ・レングラント。彼とハインツの関係はまさにパリーとウェールズの関係と同じみたいだ。


 「まあな、三代に渡って仕えてくれたところも、誰よりも忠誠心が高いところもそっくりだった。だからこそかな、俺があそこまでアルビオン組に肩入れしたのは」

 『ロイヤル・ソヴリン』号の建造の為にこいつは無償で彼らに多額の資金を出している。それにはそういった理由もあったようだ。

 「でも、ジェームズ王を殺したのはあんたなのよね」

 「そこはそれ、これはこれだな」

 そこをあっさりと割り切るからこそハインツであり、“輝く闇”なのだ。


 「でも、ゲイルノート・ガスパールの手足といってよかったあの4人が、よくそのまま受け入れられたわね」

 ホーキンス将軍、ボアロー将軍、ボーウッド提督、カナン提督、彼ら4人がゲイルノート・ガスパールの手足となり軍を統率していたのだから。


 「そこも事情があってな、実は王党派は彼らに恨みがほとんどないんだ」


 「恨みが無い?」


 「ああ、『レコン・キスタ』内部で彼らが軍の実権を握ったのは、ニューカッスル城の攻防戦の後のことでな、あの戦いでの王党派の突撃によって無能な指揮官連中が大量に死んだ。その後を引き継いだのがホーキンスで、その頃ボアローなんかは一介の大隊長、ボーウッドとカナンも副長程度に過ぎなかった」

 そういえばそうだった。ボーウッドが提督となったのはタルブの戦いが最初だったはず。

 「で、サー・ジョンストンとかいったかな、そういった馬鹿連中も次々にゲイルノート・ガスパールに殺された。そして、タルブの戦いの後の軍の再編成で活躍したのがボーウッド、カナン、ボアローの3人。そして既に武名が高かったホーキンスが加わり、トリステイン・ゲルマニア急襲作戦を展開した。つまり彼らが戦った相手は他国の軍勢であって内戦中はほとんど活躍の場がなかったんだ」

 その後、彼らはあらゆる局地戦で勝利し、さらにアルビオン戦役においてもボーウッドの艦隊迎撃戦、ホーキンスのロサイス撤収作戦、カナンの補給部隊襲撃、ボアローのサウスゴータ撤収作戦と大活躍を続けたけど、それは全部アルビオンの為に戦った結果なわけか。


 「だから、ウェールズが彼らをアルビオン王国の将軍としてそのまま起用することに、何の問題もない」

 私は答えを言う。


 「そういうことだ、それにな、もしあいつらが内戦当初から軍を率いていたら内戦は2か月で終わってる。無能な司令官ばっかだったから2年もかかったんだ。ま、今は全員この世にいないけどな」

 殺したのは全部こいつ。


 「なるほど、王党派の怒りや敵意は全てゲイルノート・ガスパールに集中していた。クロムウェルにですら彼らの中で敵対心が少なかったものね、ま、ジェームズ王の首を持ってニューカッスル城の城壁の上に現われて、残った王党派を皆殺しにしたんだから当然と言えば当然だけど」

 負のイメージは全部ハインツ(ゲイルノート・ガスパール)が持っていった。

 「だからアルビオンは今一つに纏まっている。国家の害虫は全部焼き尽くしたからウェールズにとっても統治はやりやすいはずだ。ゲイルノート・ガスパールは民から嫌われてはいなかったが恐れられていた。相手が悪代官やゴミ貴族とはいえ、串刺し、火あぶり、さらし首と、市街地でなんでもやったからなあ」

 確かに、治安が良くて物資の流通などが整備されていても、それじゃあ慕うよりも恐れる。


 「で、その一つに纏まったアルビオンをどうするかが諸国会議のポイントになるわ。けれどトリステインとゲルマニアは立場が弱い、なにせ」


 「アルビオン王国にとってはあくまで内戦終結だからな、『レコン・キスタ』と8ヶ月間戦い続けてくれたことへのお礼として、いくつかの港を譲るくらいはあってもそれ以上はない。しかしガリアは話が違う」

 そこがガリアの他国の最大の違い。

 「ガリアはずっと中立を守り一切の外交を行わなかった。つまり神聖アルビオン共和国を正統な政府と認めていない。トリステインとゲルマニアは不可侵条約を結んだ経緯があるから、アルビオン王国は滅んだことになっていたけど、ガリアにとってはアルビオン政府とは未だに王党派を指していた。そしてオリヴァー・クロムウェルと、ゲイルノート・ガスパールを討ち取ったのがガリア軍である以上、アルビオンはガリアに逆らえないってことよね」

 現在も治安維持のために5万の軍が駐屯中だ。


 「ま、領土2割くらいの割譲かな、そもそもサウスゴータあたりは何度も支配者が変わってるからアルビオン王国にとっても治めにくい、反乱が最初に起こった場所だしな。そういった曰くありの土地をガリアに寄こす、ってところだろ」


 「ロマリアはそもそも発言権ないわ、トリステインとゲルマニアは文句があっても何も言えない、仮に文句を言ったところで圧倒的軍事力の差に手も足も出ない」

 それが現実。

 「現在アルビオンにはガリア軍5万、アルビオン軍5万、ガリア両用艦隊100隻、アルビオン王国艦隊45隻がいる。つまり10万の兵に145隻の艦隊だ。半減した連合軍じゃ逆立ちしても勝てん。つーかアルビオン軍だけでも勝てなかったわけだしな」


 「挑む阿保はいないでしょ、そうなると諸国会議は特に問題なさそうね、軍の方も統制取れてるし」

 ついさっき正式な辞令が下ったはず。

 「オリヴァー・クロムウェルと貴族会議議員を討ち取った戦功によってアルフォンス・ドウコウ少将とクロード・ストロース少将は中将に昇進。ゲイルノート・ガスパールを討ち取った戦功によってアドルフ・ティエール少将とフェルディナン・レセップス少将も中将に昇進」

 後方勤務の二人はそのまま、アランは既に中将だった(彼が侯爵家の四男であることも理由)し、エミールも後方勤務としては准将というのは非常に高い。彼らが昇進するのはかなり困難だろう。


 「アルビオン派遣軍の指揮は彼らが執ることになる。ようやく軍を掌握することが可能になったわね」

 ここまで本当に長かった。

 「だな、ロスタン軍務卿がどんなに頑張っても軍人のトップが古い堅物じゃあ改革はできないからな、それに、最終作戦の手駒もこれで確保できる」

 今陸軍に大将はいないから、元帥にちょっと病気になってもらえば彼らを最高司令官にすることができる。空海軍には現在2名の大将がいるけどそっちは問題ない。元帥も含めて彼らは謀叛人となることになってるから。つまり結局あの二人が艦隊司令官となる。


 「ガリア内部の調整も大詰めね、諸国会議が終われば後はロマリアのみ」

 いよいよ本番が始まる。


 「だな、エルフとの交渉もまとまりそうだから、そうなれば宗教庁は黙っちゃいない。エルフ(異教徒)と手を組むガリアの異端者を滅ぼすために行動を開始する。ま、それにはあと数か月はかかりそうだが」

 でも確実に近づいてる。そしてそのために彼らが必要なのだから。


 「で、その主演達は今何してるの?」


 「色々だよ」











■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「どうだい、これが杖付剛毛精霊勲章さ」

 勲章を見せびらかす僕。周囲からは感嘆のため息が漏れる。


 「剛毛じゃなくて白毛じゃないのか?」

 突っ込まれる。しかし、僕はこの程度では挫けない!


 「はっはっは! いやいや全く持ってその通り、しかし僕は学問をほこるために戦場に行ったのではない、戦場で必要なのは勇気と実力さ!」


 周囲から「おおおおーーーー」という声が上がる。


 「凄いな、お前が指揮した中隊がシティオブサウスゴータへの一番槍を果たしたんだろ?」


 「まあね」

 その後も自慢話を続ける僕。何せこんな機会は一生に一度あるかどうかだ、ここで威張らずいつ威張る!




 「そこで僕の指揮する鉄砲隊が一斉に撃った。オーク鬼は次々に倒れていったわけさ」

 まあ、僕がやったのは“アース・ハンド”で敵の足を止めただけなんだが。


 「すげえなギーシュ、見なおしたぜ!」

 しかし、この程度の話でよく皆熱狂できるもんだなあ。

 とそこへ。

 ぼんっ! とワルキューレが吹っ飛ばされた。


 「誰だい?」


 「このぐらいの風の魔法で吹っ飛んでしまう君のゴーレムが、よくオーク鬼の一撃に耐えられたな」

 嫌味ったらしく笑みを浮かべながら出てくるのは・・・


 「誰だっけ?」

 ずっこける誰か。


 「僕はヴィリエ・ド・ロレーヌだ! 君のような「ドット」の屑とは違う風の「ライン」メイジだ!」

 ああ、そう言えばそんなのもいたような気がするなぁ。


 「悪いねヴィレーヌ君。何せ僕が興味あるのは女の子だけだから、男の名前なんていちいち覚えてられないんだ」


 「微妙に略すな! たかがドットの分際で!」

 ふむ、どうやら彼はドットメイジに過ぎない僕が勲章をもらい、ラインの自分がなにも無いのが我慢ならないみたいだ。


 「しかしだね君、部下を指揮するのにドットもラインも関係ないだろう。魔法衛士隊の隊長だとでもいうのならともかく、僕が率いたのは平民の傭兵部隊なんだから」


 「ふん、そんなのは詭弁だ、さっきから聞いてれば活躍したのは銃兵みたいだな、お前の魔法は転ばせただけ?大した活躍だな! ギーシュ!」

 やれやれ、彼は駄目だな。


 「一応言っとくが僕が率いたのは銃兵だけじゃない、50人の第一銃兵小隊、同じく50人の第二銃兵小隊、そして50人の短槍小隊が一つ、他にメイジがいないんだから、独り前戦で魔法を唱えてても無駄死にが落ちだろう」

 その程度は子供でも分かりそうだけど。


 「う、だけどな、お前がちゃんと指揮できたのか? 大方副官に任せっぱなしだったんじゃないのか?」


 「いいや、他の戦場だったらどうなってたか分からないけれど、僕は幸運にもオーク鬼の効率的な殺し方には熟知しててね、特に困ることはなかったよ」

 これは事実、それに僕の中隊は不良軍人の集まりだったから高圧的な態度で命令しても意味がない。皆自分が生き残ることには長けていたから、僕は効率よくオーク鬼を罠に嵌める方法さえ考えればよかった。


 「それにだね、えーと、ヴィラン君。中隊長の役割は前戦で戦うことじゃなくて部下をいかに割り振るかだろう。銃兵は銃兵、砲兵は砲兵、槍兵は槍兵のそれぞれ適した戦場や戦い方ってもんがある。それを効率よく編成して臨機応変に対応するのが、指揮官の腕の見せどころだろう、要は仲間と呼吸を合わせるってことさ、他人の行動を理解しようともしないで突っ走るだけじゃ、最悪部下に後ろから撃たれるぞ」

 というか現実にそういう部隊も存在した。何せ学生士官の僕を中隊長にするほど王軍は士官不足だったのだ。これまで戦場はおろか戦ったことすらないのに、プライドばっかりが高い貴族は部下に散々怒鳴り散らした挙句、“流れ弾”に当たって死んでいった。

 「だから僕がやったのは部下の調整役と、次にどこに向かうのかの指示、それから僕は「土」メイジだから、その特性を利用して如何ににオーク鬼を罠に嵌めるかだね。幸い使い魔のヴェルダンデがいたから、落とし穴を掘るには苦労しなかった。後はどうやってそこに落とすかの算段さえ立てればいい」

 僕がやったのはその程度、中隊長には分相応の役目がある。手柄欲しさに暴走するやつからオーク鬼に潰されていたからなあ。

 まあ、サウスゴータ撤退戦ではそうもいかなかったけど、こっちは軍の恥部にも関わるんであまり口外はできないが。

 話せるとしたら『ルイズ隊』の面子くらいかな?


 「すごい、かっこいいわギーシュ!」

 「頼もしいですわギーシュ様!」

 「かっこいいですわギーシュ様!」


 と、気付いたら女の子に囲まれてた。


 「え、あれ?」

 困惑してると周りの女の子達はどんどんヒートアップしていく。

 「流石は中隊長!」

 「だって勲章持ちの英雄ですわよ!」

 「あんな後方で遊んでただけの連中とはわけが違いますわ!」


 「はっはっは、君達、美しい薔薇に群がりたい気持ちも分かるが、あいにくだが僕には既に彼女がいてだね」

 ここはもう、もてもて気分満喫しよう。どうせいつか覚める夢なんだからせめて浸っていたい。


 しかし、その終わりは予想より早くやってきた。


 「やーあ、ギーーシューーうううう、女の子に囲まれてうーらやましいーなああああーーーーー」

 地獄の怨霊を思わせる声で近付いてくる幽鬼が一人。


 「マ、マリコルヌ?」


 「そうだよ、君の大親友マリコルヌさ、戦場では共に戦い、苦労を分かち合った戦友だよ」

 口調は穏やかだが邪悪なオーラは微塵も衰えていない。


 「そ、そうともマリコルヌ、僕と君は親友さ!」


 「だよなあ、そうだよねえ、だけどギーシュ、僕は美しい薔薇を友達に持った覚えはないんだ。この僕には寄ってくる蝶はおろか、こっちから近付いたら逃げられる始末だからねえ、くっくっく」

 気付くと女の子達は全員逃げている。うむ、実に素晴しい状況判断力だ。彼女等なら戦場でも生き残れそうだ。


 「だけど、君は僕を裏切った。モンモランシーといちゃいちゃするのはいいさ、呪ってやりたい気分にはなるがまあいいさ、だけどねえギーシュ、これはないんじゃないかなあ?」

 そして杖を引き抜くマリコルヌ、その杖が帯電している。

 確か『ライト二ング・クラウド』はトライアングル・スペルだったはず。しかし今の彼はそれを確かに使っている。

 ちなみに今の僕とマリコルヌはそれぞれ「土のライン」と「風のライン」、ラインの中でも並といったところだ。夏季休暇からずっと亜人と戦い続けていれば自然とそのくらいにはなる。

 しかしトライアングルでも上位のキュルケやタバサには到底及ばないし、サイトやルイズは論外だ。

 結果、僕、モンモランシー、マリコルヌのライン3人は『ルイズ隊』の中では後方支援や工兵として戦うんだが。


 「お、お、落ち着けマルコルヌ、てゆーか何で君がその魔法を使えるんだ!?」

 今のマリコルヌなら普通に前衛で戦えそうだ。


 「ふふふふふ、嫉妬の神が今僕に力を与えている。それだけではない、全世界のもてない男達の祈りが今の僕には宿っているのさ、すなわち、“もて野郎をぶっ殺せ”と」

 そして凄まじい形相を浮かべるマリコルヌ。


 「待っ」


 「死ね」


 僕は逃げた。一目散に逃げた。 サウスゴータでもこれ以上はなかったと思うくらいに逃げた。












■■■   side:マリコルヌ   ■■■


 「くくくく、はーはっはっは! 甘いぞギーシュ、「土」の貴様が「風」の俺に機動力で勝てると思ったか!」

 僕は『フライ』を唱えギーシュを追う。

 厄介なのは地中に逃げられることだがここは学院の三階、その心配は無い。


「な、なぜだ!? 『フライ』を唱えながら他の魔法を使うのはスクウェアでも困難のはず!?」

 何か言っているが気にしない、今はただ奴の抹殺に全力を注ぐのみ。


 「死ねえ!」

 電撃を放つ。


 「く、“ワルキューレ”!」

 しかし青銅のゴーレムを咄嗟に『錬金』して避雷針にするギーシュ。


 「ち、電撃では“青銅”たる貴様には勝てんか」

 ならば次の手だ。


 「集え我が同胞の怨念よ、今こそ結集し奴を滅ぼす槍と化せ」

 風が渦巻き巨大な槍と化す。


 「そ、それは『エア・スピアー』!! ていうか今ルーンを唱えなかったろ! 言葉での詠唱は先住魔法を扱う者にしかできないはず!!」

 ふ、小虫が何か喚いておるわ。


 「愚か者めが、今の我は神の鉄鎚なり、たかがこの程度不可能でも何でもないわ」

 そして槍を放つ。

 ゴウ!

 「『錬金』!」

 しかし『錬金』で床を砂に変え階下に逃れるギーシュ、本当に往生際が悪い。


 「ふむ、奴は己のテリトリーに向かっているな、ならば先回りすれば良いだけのこと」

 そして僕は全魔力を『フライ』に注ぎ込む。








 ヴェストリ広場。

 「火」と「風」の塔の中間にあり、西側の広場であるため日中でもそれほど日が差さず、普段ヴェルダンデはここにいる。

 つまり、ここがギーシュの拠点であり最大の力を発揮できる場所である。


 僕は『フライ』によって先回りし、やってくるであろうギーシュを木の上で待ち構えている。

 そして。

 「ふう、何とか辿り着いたか、マリコルヌは地下トンネルを熟知しているから意味は無い、そうなれば後はヴェルダンデが頼りだ」

 そう、それしか道がなかったのだよ貴様には。

 「ヴェルダンデ! 出てきてくれ!」

 地面から顔を出すヴェルダンデ、そう、その瞬間を待っていた。


 ギーシュが地面に意識を集中させる瞬間をな!


 我が二つ名は“風上”、風の方向によって使い魔に悟られるような愚は犯さぬ。


 「『エア・ハンマー』!!」


 「ぐはっ!」

 我の『エア・ハンマー』によって吹っ飛ぶギーシュ。

 ヴェルダンデは相手が僕なためかいつもの訓練と誤解している様子。

 ここにギーシュの命運は尽きた。


 「さあ、これで終わりだギーシュ、我が憎しみの糧となるがよい」


 「ま、待ってくれ! 僕には愛する人が、帰りを待ってくれている人がいるんだ!」


 「くくく、そう、それだよギーシュ、俺にはいないのさ! そんな人はね!」


 「マ、マリコルヌ・・・」


 「さらばだ、我が親友よ、ヴァルハラで会おう」


 「マリコルヌううううううう!」

 しかし魔法が発動しない。



 「ありゃ、精神力が切れたかい?」

 普通に聞いてくるギーシュ。


 「どうもそうみたいだ」

 僕も普通に返す。


 「ふう、あー疲れた。しかし君のあのモードは何なんだね?」


 「さあね、僕にも分からないよ、全く、不思議なことこの上ないな」

 ま、何かの偶然とか色々合わさってのことなんだろう。


 「しかし発動条件にまず嫉妬、それから怒り、そして何よりしょーもないこと、この3つがあるのは間違いないみたいだね」

 ギーシュの考察はそうらしいが僕も似た考えだ。


 「やれやれだ、サウスゴータとかでもこのモードが発揮されればよかったんだが、世の中上手くいかないもんだよなあ」

 やっぱルイズの言うとおり、世の中に御都合主義は無いみたいだ。「風のライン」、それが今の僕の現実、それに合った力で生き抜かなくちゃいけない。


 「確かにな、しかし君の立場には本当に同情するよ」

 そう言ってくれるギーシュ。


 「なあギーシュ、僕と君の違いは何なんだろうな? くぐった修羅場の数なら大差ないと思うんだが」


 「そうだね、君はアルビオン上陸後は補給部隊にいたからサウスゴータ攻略には参加していないが、あの空中戦に参加していたんだもんな」


 「ああ、僕が最初に乗っていたのは『レドウタブール』号だった。だけど敵の焼き討ち船の攻撃でひどい損傷を負って戦闘続行が不可能になった。とはいえまだ戦える士官は別の船に移って戦うことになった。なにせ士官不足だったからね、少しでも多く、学生の士官候補生だろうと数が必要だった」

 『レドウタブール』号に乗っていたメイジは何人かごとで別の戦艦に移った。


 「だけど、君が移った船も攻撃を受けて空中で四散したんだったかな?」

 「敵の攻撃は激しさを増す一方だった。何せ30隻もの焼き討ち船というとんでもない艦隊だ。しかもそれは戦列艦クラスの大きさの船に限った話で、他にもいくつもの小型船が次々に突っ込んできた。最初に喰らったのは運良くその小型船だったんだが、それ以降は大型船が突っ込んできた」

 同等の大きさの船が火薬を満載して突っ込んでくるんだ。どうなるかは考えるまでもない。


 「で、君は直撃寸前に決死のダイブを実行したわけだ、敵前逃亡とかそういう話じゃないねもう」


 「そ、で、死にもの狂いで逃げ回って何とか別の戦列艦に辿り着いたんだけど、結局その艦も爆砕した。そしてまた空中遊泳の開始というわけだ」

 死ななかったのが奇蹟だと思う。


 「ほんとによく生きてたなあ」


 「運良く乗り手が砲弾で吹っ飛ばされたグリフォンがいてね、それに乗って脱出したんだ。反撃しようにも、焼き討ち船に個人で反撃ってのは、死にたいと言ってるのと同じだからね。連合軍の艦隊も、至近距離まで来られたらなす術なしって感じだった。焼き討ち船が時間切れで自爆するまで逃げ回るしか出来なかったからね」

 僕が風メイジで本当に良かった。土メイジのギーシュだったら死んでただろう。


 「うん、間違いなくサウスゴータ攻略戦以上の激戦だね」


 「だろう、そしてあとはあの撤退戦だ。友軍がどんどん逃げていく中、残って戦うってのは凄い大変だったもんな。まあ、逃げてった連中の重装備を使い放題だったのが救いだったけど」

 あれがなかったら全滅してたかもしれない。


 「だなあ、ルイズとサイトが必死に戦ってるってのに、僕達だけさっさと退くわけにもいかなかったからね。まあ、僕の中隊の連中は火事場泥棒をやってたけど」

 あいつらは凄かった。よくまああの状況でそんなことができるもんだ。流石は不良軍人。
 

 「そうだよ、勲章をもらった君に劣らないほど僕は戦ったはずなんだ。だけど結果だけみればどっちの戦場でも逃げ回ってただけ。本土で食糧集めの手伝いをやってただけの連中と同じか、それ以下の扱いってのはどうかと思うんだよ」

 ついでにサウスゴータに補給物資を運ぶ途中も、アルビオンの名将オーウェン・カナン提督率いる部隊に襲われて、なんとか逃げ切った。僚艦が2隻程拿捕されてたけど。

 一体僕はどういう星の下に生まれたんだろう?


 「ううむ、不運だったとしか言いようがないな」


 「ああ、僕がもてる日は一体いつ来るんだろう。 ん、待てよ、もてる奴を全員殺してしまえば僕にチャンスが回ってくるってことじゃないか?」

 そうだ、何でこんな簡単なことに気付かなかった。


 「マ、マリコルヌ?」


 「そう、そうだよ、全員殺せばいいんだ。女の子に囲まれるようなモテモテ君を」

 再び力が漲ってくる。ああ、怨念が見えるぞ。


 「まずは貴様だあ!」


 「ヒイイイイイイ!」

 その瞬間。


 べちゃ!


 という音がしたと思うと僕の意識は遠のき始める。


 ふと向こうを見ると金髪縦ロールの女性が見えた。











■■■   side:モンモランシー   ■■■


 「うん、まあまあの出来ね」

 私は『レビテーション』で投げつけた魔法薬の効果を検証する。


 「モンモランシー!」

 ギーシュが驚きの声を上げながら振り返る。


 「お帰りギーシュ、一応心配してたわよ、まあ、あなたとマリコルヌは絶対に死なないと思ってたけど」

 それは本当。


 「それは、僕達の実力なら生き残れると思ってくれてたってことかい?」

 ギーシュが気取りながら答える。


 「いいえ、貴方達は笑い担当でしょ、そういうキャラは死なないのが世界の法則よ」


 「ぐはあ!」

 崩れ落ちるギーシュ、相変わらず全開ね。


 「ま、とりあえずマリコルヌを運びましょう。私の薬の効果は一日くらいもつから」

 まあ初めて使ったから確証はないけど、こいつはちょうどいいサンプルになりそう。


 「なあ、モンモランシー、異性に熱視戦を送るのは恋人としてはやめて欲しいところなんだが、その視線が標本や実験動物を見る目だったら、僕はどういう反応をすればいいんだろう?」


 「あるがままを受け止めなさい、女は包容力がある男性に惹かれるものよ」


 そして私達はコルベール先生の研究室に歩きだす。


 …自分の行動が隊長であるルイズに似てきた気がする。









 「成程ね、キュルケとタバサがいないのはそういうわけだったのか」

 現在研究室の隣の休憩室で、学院襲撃の時の話を終えたところ。隣ではマリコルヌが眠ってる。


 「そうよ、コルベール先生の治療はなんとかなったからね、その点はハインツに感謝かしら、秘薬がなかったらちょっと厳しかったもの」

 ハインツの資金援助によって大量の秘薬があったから銃士隊の怪我人も癒すことができたのよね、もっとも、死んだ人は無理だけど。


 「なるほどね、ルイズから学院が無事ってのは聞いたけど、詳しい内容はルイズも知らなかったみたいだからね」

 それは私がルイズに連絡用ガーゴイル“リンダーナ”を飛ばして知らせたからね。


 「ま、とりあえずこっちはそんな感じかしら、女生徒の親から金もふんだくったから言うこと無しだわ」

 学院襲撃の後は終戦まで休校だったから、その間に金を巻き上げて回ったわ。


 「相変わらず凄いなあ君は」


 「女は度胸よ」

 ていうか『ルイズ隊』に度胸が無い女はいないわね。ヘタレは二人いるけど。


 「で、そっちはどうだったの? ルイズとサイトがいないのが気になるんだけど」

 あの二人を見かけてない。


 「うん、それなんだけど、ちょっと長くなるよ」

 そしてギーシュが話し始める。







 「なるほど、それでサイトは7万に一人で突っ込んだのね」

 なんとも無茶するわ。


 「そのおかげで僕達は帰ってこれたんだ。感謝してもしきれないよ」

 ギーシュは嬉しそうに話す。一番サイトと仲良いのはこいつだからかしら。


 タバサは別、あの子は仲が良いんじゃなくて好きなんだから。

 「でも、サイトはどうなったの?」


 「分からない、でも、生きてるのは間違いないよ」

 断言するギーシュ。


 「どうして?」

 「帰りの船の中で目覚めたルイズが、すぐに『サモン・サーヴァント』を唱えたんだけどゲートは現れなかった。つまり使い魔であるサイトは死んでないってことさ」

 なるほど、それなら間違いないわ。

 「じゃあルイズは今何やってるの?」

 この状況でアルビオンでサイトを探してるとは思えないけど。


 「今は実家に戻ってる。何でも家族に内緒で戦争に参加したそうだから、1か月くらいは家族サービスしてくるそうだよ。“サイトのことは私が何とかするからあんたらはいちゃいちゃしてなさい”ってさ」

 なんともルイズらしい話ね。


 「ルイズ、家族に黙って戦争に参加してたのね」

 そこまでやるとは。


 「まあ、ルイズは僕達とは違うからねえ。なあモンモランシー、仮にガリアが参戦していなくてトリステインがゲイルノート・ガスパールに攻め滅ぼされていたら、君はどうしていた?」

 唐突にギーシュがそう訊いてくる。


 「そうね、モンモランシ家はとり潰される可能性が高いから自立するしかない。多分アルビオン軍の治療師(ヒーリショナー)になっていたと思うわ、ゲイルノート・ガスパールが率いる軍事国家のアルビオンではそれが最良の選択でしょうし」

 ま、もともとどこかの貴族に嫁ぐか自立するかしか道はないんだけど。


 「うん、僕の多分似たような感じだ。グラモン家は軍人の家系だからアルビオンではそのまま家ごと軍に引き取られると思う。軍の士官の一人として仕えることになってたかな、まったく、貧乏貴族はどこまでいっても貧乏貴族だね」

 ギーシュは四男で、私にも兄がいる。どっちも家を継げるわけがないから自分の実力で生きていくしか道が無いのよね。


 「だけど、ルイズはそうはいかないのよね、ヴァリエール家は没落どころか一族皆殺しにされる」


 「ルイズの家はトリステイン王家の傍流、つまりルイズにすら王位継承権はある。そんな存在を『レコン・キスタ』が生かしておく訳は無い、今回の戦争でルイズが必死だったのはそういう理由何だろうね」

 自分と家族の命が懸ってればそうでしょうね。


 「それでももう戦争は終わったわけだし、私達は私達の未来の為に頑張りましょう」

 何事も前進しながら考える。それが『ルイズ隊』の指標の一つ。


 「さっきのアレもその頑張りの結果なのかい?」


 「そうよ、例の『眠り煙』はコストが高すぎたからね、もうちょっと安価で使いやすいのを開発してるのよ」

 あれはその試作品。


 「どういう感じなんだい?」


 「簡単に言えば、煙は効率が悪いのよ。大量に散布できるけど相手が吸い込むのはその一部だけ、残りは空気中に拡散してしまうわ。逆に飲み薬は無駄が一切ないけど飲ませるのが大変。液体を布に染み込ませて相手の顔に押し付けるって方法もあるけど、実戦でそんな真似する馬鹿はいないでしょ?」


 「だろうね、そんな暇があるなら気絶させた方が手っ取り早い」


 「だから、粘性を持たせて相手の顔に付着させるの。『レビテーション』で飛ばせば自分の手にくっつく心配も無いしね。「風」の魔法と組み合わせればかなり効果を発揮すると思うわ」

 例えばタバサの風でその粘性眠り薬を的確に相手に飛ばしてもらえば、殺さずに相手を無力化できる。煙に比べて効果が強いからそう簡単には目覚めないし。
 

 「なるほど、だけどそれなら泥に含ませて即興で作る手もあるかもしれないな、まずは僕が「土」を操作してだね・・・」


 そんな感じで私達の日常は戻って来た。














■■■   side:才人   ■■■



 「う、ここは」

 俺は目覚めた。


 しばらく自分がどういう状況なのかわかってなかったが、時間が経つにつれて思い出してきた。


 「確か俺、7万の軍に突っ込んだんだよな」

 でもってまず前陣を突破して、その最後にとんでもねえ指揮官がいた。

 「多分あれが“岩石”のニコラ、ボアロー将軍ってやつか」

 ルイズがやたらと警戒してた4将軍の一人。


 「で、その後の中軍は簡単に突破できたんだよな」

 そこは反乱軍だったからほとんど何の障害も無く突破できた。けど、ボアロー将軍に付けられた傷はどんどん悪化していった。


 「あんときは寒いって感想しかなかったけど、間違いなく相当の血が流れてたってことだよな」

 んでもって後陣に突入して、そこからは速度が徐々に鈍りだして。


 「最後もまたやたらと強そうなおっさんにやられたんだよな、電撃を使ってたから多分あれが“雷鳴”のウィリアム。ゲイルノート・ガスパールに次ぐ指揮官のホーキンス将軍か」

 やっぱ世の中は広いなあ、あんなのがごろごろいるんだ。

しかも、ゲイルノート・ガスパールの強さはそんなもんじゃねえ、あの時は手も足も出なかった。


 

 「ん、じゃあなんで俺は生きてんだ?」

 思いっきり力尽きた気がするんだが。


 自分の体を確認すると傷はほとんどねえ、火傷もねえし体中にあった裂傷もなくなってる。あちこちに包帯は巻いてあるけど特に必要もなさそうだ。

 周りを見るこぢんまりとした部屋だった。ベッドの脇に窓が一つ、反対側にドアがあった。部屋の真ん中には小さな丸いテーブルが置かれて木の椅子が二脚添えられてる。

 全く見たことねえ場所だ。


 「誰かに助けられてここに運ばれたってことか?」

 でも一体誰が?


 とそこにドアが開いて誰かが入って来た。


 「あ、目が覚めたのね」

 金色の妖精が現れた。





 しばらく思考停止してた。

 それほどびっくりした。


 なんつーか、ありえないくらい綺麗だった。美しいて言葉が霞むくらい凄かった。もう何と表現すればいいのか分からん。

 あまりにも美しいっつうか、神々しいまでの美貌を纏っていた。

 長いブロンドの髪は波打つ金の海のごとく輝く。粗末で丈の短い草色のワンピースから延びる四肢は細くしなやか。素朴な白いサンダルまでもが可憐に少女を彩っている。


 俺に文才なんざあるわけないんだが、こんな文章が頭に浮かぶくらい凄まじかった。


 「えーと、君は?」

 かろうじてそう訊く


 「あ、私はティファニアっていうの、呼びにくかったらテファと呼んでくれていいわ、マチルダ姉さんもそう呼んでくれるし」

 ティファニアか、いい名前だな。ん、マチルダ?


 「マチルダって、ひょっとして、魔法学院で秘書やってるマチルダさん?」

 あの爺さんの秘書で、『ルイズ隊』の面子は結構世話になってる。


 「ええそうよ、呼んできた方がいいかしら?」

 頷くテファ。


 「え、いや、別にいいけど」

 えーと、どうなってんだ?

 俺はマチルダさんに助けられたってことか?

 でも何でマチルダさんが?


 んなことを考えてると、またドアが開いた。


 「おう才人、目覚めたみたいだな、結構結構!」

 元気に言いながらハインツさんが入ってきた。


 「ハインツさん!」


 「何だかんだで久しぶりだなあ才人。元気か、っていうのも変か、2週間も眠ってたわけだしな」

 え、2週間?


 「あの、俺は2週間も寝てたんですか?」


 「まあな、傷自体は俺が全部直したんだが、問題はエネルギー切れの方だった。“ヒュドラ”で暴走した“ガンダールヴ”のルーンが限界以上にエネルギーを消費したようでな、自然回復に任せるしかなかったんだ」

 よどみなく答えてくれるハインツさん。


 「てことは、俺を助けてくれたのはハインツさんですか」

 この人ならそのくらいは出来そうだし。


 「応よ、任務のついでに見かけた程度なんだが、俺の祖国のガリアが急遽参戦してな。それで斥候として俺がアルビオン軍の偵察を行ってたんだが、そこに突っ込んでいくお前を見かけてさ、ランドローバルで急降下して回収したんだ。詳しい状況はデルフに訊くと良い」

 一気に色んな情報を言うハインツさん。正直ついていけない。


 「あの、ガリアが参戦したって、本当ですか?」


 「まあな、ついでにいうとオリヴァー・クロムウェルとゲイルノート・ガスパールは死んで、アルビオンは降伏した。今はウェールズ王の時代になってる」


 「は?」

 俺の思考は完全に停止。


 「まあ、いきなり言われても分からないだろうな、ゆっくり話してやりたいのは山々なんだが、まだ少し仕事があってな、残りはマチルダさんに訊いてくれ」


 そしてドアの方に向かっていくハインツさん。


 「ほんじゃなテファ、また明日来るから。それに、近いうちにアイーシャとヨシアが来ると思うぞ」


 「本当ですか!」

 目を輝かせるテファ。


 「ああ、ワイバーンを貸してやったから簡単に着けるはずだ。確か桃りんごが好きだったはずだから用意しておいてやってくれ」

 「はい!」

 元気よく答えるテファ、意外と活発な子なんだな。


 「おーーい! マッチルダーサーン!」

 微妙に区切りがおかしい呼び方をするハインツさん。


 しばらくして。

 「変な呼び方すんじゃないよ、で、一体何のようだい?」


 「いやさ、俺はこれからまた仕事なんで、目覚めた才人に現状の説明をお願いします」


 「あ、坊やじゃない、目覚めたのね」

 こっちに顔を向けてくるマチルダさん。


 「マチルダさん、御無沙汰してます」

 とりあえず返事をする。


 「OK、了解したよ、あんたもせいぜい頑張りな」


 「ええ、マチルダさんも婚活を頑張ってください」


 「しばくよ」


 「さようなら」

 凄まじい速度で逃げるハインツさん。あの人も楽しそうな人生を送ってるなあ。



 「さーて、どっから話せばいいのかねえ」

 そうして俺はマチルダさんから眠ってた間の出来事を教えてもらうことになった。











■■■   side:ルイズ   ■■■


 私は今ヴァリエールの屋敷というか城にいる。

 ほとんど騙すような形で実家を飛び出して戦争に参加したのでお父様、お母様、エレオノール姉様の怒りは相当なものだった。

 だから私はあえて隠さず全てのことを語った。


 虚無のことも、『アンドバリの指輪』のことも、そしてゲイルノート・ガスパールのことも。

 姫様の為、祖国の為、そして何より家族の為に参戦したことを全部余さず語った。


 結果、なんとか許してもらえたし、お父様も私の判断は間違ったものではなかったと言ってくれた。

 けど。


 「しかし、父としては心臓に悪いぞ、わしもそろそろ年だからな、あまり心配させんでくれ」

 と言われた時は頭が下がる思いだった。

 やっぱり私はまだまだ未熟なのだと再認識した。



 そして今私はちいねえさまの部屋で一緒にお話をしている。

 「相変わらず凄い部屋よね、また動物が増えたんじゃ」

 周りには各種の動物がいる。けど皆ちいねえさまに懐いているから危険なことはない。


 「ついつい拾ってしまうのよ、こればっかりは性分かしら」

 笑いながら小鳥の羽を撫でている。本当に一枚の絵みたい。

 タイトルは『慈愛の女神』、もしくは『緑の聖女』といった感じかしら。


 ちいねえさまは荘厳な雰囲気の教会とかにいそうな“聖女”って感じじゃない、むしろ緑あふれる農村とかにいそうな感じがする。

 建物に依存するような紛い物の光じゃなくて、例えどんなところにいてもちいねえさまの輝きは損なわれないと思う。


 「ふふふ、考え事かしらルイズ?」

 穏やかに微笑みながら問いかけてくるちいねえさま。


 「まあちょっとね、だけど、ちいねえさまは怒ってないの?」

 私は戦場に行ったのだ、ちいねえさまが心配しないわけがない。


 「心配ではあったけど怒ってはいないわ、だって貴女が自分で決めたことなのでしょう。だったらそれを私が止めることはできないわ。どんなに危険なことであっても、貴女が自分で望んで進む道ならそれを祝福してあげたいと、私は思うの」


 本当に、ちいねえさまには勝てない。

 なんでこの人は一番かけて欲しい言葉をそのまま口にしてくれるのだろう。

 だからちいねえさまは私の憧れ。私の理想。もっとも、私じゃあ絶対にちいねえさまのようにはなれないけど。


 「それに、頼りになりそうな騎士様も一緒だったようだしね」

 そういえば一度帰って来たとき、サイトとタバサがちいねえさまに会ったって言ってたわね。


 「あれは私の騎士じゃないわよ」


 「そうだったわね、最初は貴女の恋人さんかと思ったけど、すぐに違うと分かったわ。もっとも、誰でもすぐに分かりそうだったけど」

 コロコロ笑うちいねえさま。そういえばあの二人の部屋を同じにしてわざわざベッドを一つにしたんだった。


 「サイトはタバサの騎士だから、私の騎士には出来ないわ。それに、もう使い魔でもないし」

 私はもうサイトを使い魔とは認識していない。

 メイジと使い魔は一心同体と言われているけど、私は戦争についてこなくてもいいといった。その時点でサイトはもう私の使い魔ではない。彼は自分の意思で戦場に来たのだから、頼りになる戦友ではあっても使い魔ではない。


 「ふふふ、貴女は本当に変わったわね、私の小さなルイズがこんなに大きくなるなんて」

 ちいねえさまが近づいてきて私の頭を撫でてくれる。

 「そうかしら、そんなに成長してないけど」

 特に胸、私の髪はちいねえさまと同じだけど、胸は思いっきりエレオノール姉様に似てしまった。

……性格かしら?


 「大丈夫、ちゃんと成長してるわ、見違えるほどになったもの。昔の貴女は少し危うい感じがしていたけれど、今の貴女ならなんの心配も無く見守れるわ」

 そう言ってくれるけど、私はちいねえさまに見守って欲しくはないのだ。


 「ねえちいねえさま、私はちいねえさまに見守って欲しくはないわ、元気に幸せに過ごしてほしい」

 ちいねえさまが見守るのは、それしかできないから。

 ちいねえさまの病気の原因は分からない、どんな水のメイジに診せたところで結果は変わらなかった。

 体の芯からよくないようで、一部を治すために魔法をかけると他の部分が悲鳴をあげる。つまりメイジの系統魔法ではどうしようもないのだ。


 「そうね、そうできれば貴女と一緒に歩けるのだけど」

 “歩く”とは多分“生きる”ことと同義なのだろう。多分、このままじゃちいねえさまはそんなに長くはない。

 ちいねえさまは学校にも行ってないし婚約者もいない。それ以前にヴァリエールの土地から出たことも無い。


 そんなの私は嫌だ。私の大切な人がそんな境遇にいることを許容できるほど、私の心はおおらかではない。そこが私がちいねえさまのようにはなれない点であり、今の私にとっては誇りでもある。


 「ねえ、ちいねえさま、私がその病気を治すために進み続けるとしたら、それを祝福してくれる?」

 だからこれはただの確認、例え否定されても私が進む道が変わることはないのだから。


 「そうね、私の為に貴女の人生が狭められてしまうのは心苦しいわ。だけど、貴女はもう決めてしまったのでしょう」

 流石ちいねえさま、私のことは何でも解ってしまうのね。


 「だから私は願うだけ、貴女が無理をしないように、決して自分に負けないように、貴女が進む道に誇りをもてるように」


 ここに誓いは成された。

 ちいねえさまがそう願ってくれるなら、私は絶対に諦めない。どこまでも進み続ける。


 「大丈夫、絶対に治してみせるわ。それに、心当たりもあるの」


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。


 彼は言っていた。ガリアには技術開発局があり、そこでは異端とされている先住魔法の研究を行っていると。そしてその講師として様々な先住種族の代表を招いており、“知恵持つ種族の大同盟”という議会がある。ハインツはそこの議長なのだという。

 本来国家機密のはずのそれを、あえて私に話すことには何らかの意味があるはず。


 あの男は一切無駄なことをしない。それに常に私達を導くように行動していた。まるで私達にさせたい役目があるかのように。

 しかもそれを私にあえて気付かせようとしている節もある。いや、私がこういうことに気付くようになるように導いたのは他ならぬあの男だ。


 謎だらけの男ではあるけれど、一つ間違いないのはタバサをとても大切にしているということ。


 ・・・いつかサイトは“タバサをください”ってハインツに言いに行くかもしれないわね。


 「そうなの? 随分頼りになる人がいるのね」

 頼りになるのは間違いない。それに先住魔法ならちいねえさまを治せるかもしれないし、ハインツ自身が別の技術を持っている。

 それはサイトの世界の医療技術。

 異なる複数の技術を組み合わせれば可能性は無限に広がる。諦めるには早すぎるのだ。


 故に私は“博識”であろうとするのだ。あらゆる知識を集めてそこから新しいものを見つけ出す、という希望を込めて。


 「ええ、だけどやるのは私よ、私の手でやらないと意味がないから。それを邪魔するんだったら神だろうとブリミルだろうとなぎ倒すわ」

 先住魔法の研究はロマリア宗教庁から異端とされている。

 ちいねえさまを救える可能性がある技術を異端として排除しようというなら、こっちがブリミル教を排除してくれる。


 このくそふざけた“虚無”の力もそのために使うなら皮肉が効いてていいわ。

 大体、伝説の力のくせに生産性が無さすぎるのよ。

 『爆発』、『解除』、『幻影』


 どれもこれも壊したり無に帰したりばっかで残るものが何も無い。まさに“虚無”。


 「火」のようにものを温めたり、「風」のようにものを運んだり、「水」のように人を癒したり、「土」のようにものを作ったりできない。せいぜい戦争に利用するのが関の山。


 私の目的においてこれほどいらない力は無い。



 とはいえ、それもまだ先の話。今の私はまだ系統魔法に関する知識すら完全じゃない。

 まずは基礎を固めてから。それに他の心配事もあるし、そっちも並行して片付けないといけない。


 「全てはこれからよ」

 それはちいねえさまに対する宣誓であると同時に、自分に向けた戦闘開始の合図でもあった。









[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十七話  諸国会議
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/19 22:04
 終戦からほぼ一月後のハガルの月の第一週。トリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア、ガリアの首脳陣がロンディニウムに集結した。

 ロンディニウムには続々と貴人が到着し、これから1週間近い諸国会議の開催に臨む。

 本来は2週間を予定されていたが、「長い、短くしろ」というガリア王の要求によってこうなった。

 アルビオンの空軍、陸軍共に健在であり、それがガリア軍と強力な連携体制をとっている今、逆らえる国は存在しなかった。

 もっとも、ウェールズ王にとってもこの重要な時期に諸外国との交渉にそれほど時間を費やしたくはなく、国内の安定化に集中したいという思惑もあった。




第二十七話    諸国会議







■■■   side:マザリーニ   ■■■


 アルビオン王国首都ロンディニウムにあるハヴィランド宮殿。そこにあるホワイトホールの円卓に私は今腰かけている。

 元々はアルビオン王国の大臣などが会議を開く為に用いられていた場所であり、『レコン・キスタ』の台頭時には各有力貴族が集まり議会を構成していた。

 もっとも、その大半はゲイルノート・ガスパールによって粛清され、軍人がおよそ半数を占めるようになったそうだが。


 円卓の数は12、それを5カ国が分けることとなり、アルビオン・ガリアが3ずつ、トリステイン・ゲルマニア・ロマリアが2ずつとなっている。

 これは正にこの会議における発言力の高さを示しており、ロマリアには2つの席が用意されてはいるが実際に派遣される大使は一人であるという。また、ガリアも二人で来るらしい。


 「ふむ、やはり我々が一番乗りですか」

 このホワイトホールに入る順はロンディニウムに集結した順でもある。

 最初にトリステイン、次にゲルマニア、その次にロマリア、そして開催国であるアルビオン、最後にガリア。


 我々は最も早くに着いたのだが、それにはウェールズ王から会議に先んじて内々に話したいことがある、という書簡が届いたことが原因だった。

 まあ、話の内容は考えるまでもないのだが。陛下は戴冠よりずっとあのゲイルノート・ガスパールと戦い続けてこられた。

 若干17歳で戴冠し、あれほどの強敵を相手に国を守りきったのだから、既に名君と称されておかしくないほどの業績である。


 ならばせめてそのぐらいは許されるだろう。言ってみれば私事の為に国の業務を休んだようなものだが、そもそも18歳の陛下に背負わせるものではない仕事も多いのだ。そのあたりは私が担えば良い。


 「しかし陛下、一つ確認しておきたいことがあるのですが」


 「何でしょうか枢機卿」

 現在は私達しかいないので他国を気にして話す必要はない。


 「先だってウェールズ王と極秘裏に話されたましたな、その内容は聞くつもりはありません」


 「ええ、私も話すつもりはありません」

 泰然と答える陛下。その様子は正に王者のものであり、これからトリステインを背負っていくに相応しい御姿ではある。しかし、私にはそれが必死の虚勢に見えるのだ。


 「ですが、話された内容はともかく成された行為に問題がある場合がございます」


 「な、成された行為、ですか?」

 顔が引きつる陛下、やはりまだまだお若い。


 「はい、確認いたしますが、これより10か月ほど先に陛下の第一子が誕生するといった可能性はないでしょうな?」

 そこは確認しておかなければならない。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・多分」

 やったなこれは。

 まあ、気持は分からなくもないのだが。


 「陛下、私は枢機卿ですので赦免を与えることも可能であります。何か告解したいことはおありですか?」


 「いいえ、後悔など微塵もございません、トリステイン国女王、アンリエッタ・ド・トリステインは恥ずべき行為など一切行ってはおりません」

 言いきった! しかも王の名に懸けて!

 うむ、これも一つの覚悟といえるのか、ただのやけくそなのか判断に迷うところだ。

 しかし、考えようによっては渡りに船ではある。陛下に一切の後悔が無いのならばむしろ好都合。


 「ですが陛下、これは思わぬ幸運となるやもしれませぬぞ」


 「どういうことですか?」


 「簡単に言えばですな、私は現在トリステイン・アルビオン連合王国の構想を練っておるのです」

 まだまだ問題点は多いが、現実となれば両国にとってとてもよい結果となる。


 「連合王国、ですか?」


 「はい、我がトリステインは豊かなれど弱く、アルビオンは精強ではありますが資源にやや問題を抱えます、ですが、この二国が連合すればゲルマニアやガリアにも対抗出来ましょう。元々始祖ブリミルに由来する王権を持つ国家同士であり、陛下とウェールズ王は従兄妹同士であらせられます。今ならばそれも可能ではないかと思うのです」

 アルビオンがゲイルノート・ガスパールに一度滅ぼされた状況ならば尚更だ、こういった歴史の転換期とは大規模な変革を行う絶好の機会でもある。


 「つまりそれは、私とウェールズ王が結婚し、その子を連合王国の後継者とする。というわけですか?」


 「はい、トリステイン王家、テューダー王家、両国の血が完全に混じり合い一つとなります。先王ヘンリー陛下とマリアンヌ大后にも言えることでしたが、今回は王同士であるゆえそれとは比較になりませぬ」

 王と女王が結婚するといった事態は前例がない。

 過去のハルケギニアにおいて数度女王の即位があったが、他国の王と結婚した例は無いのだ。


 「私とウェールズ様が幸せな家庭を築いて、その子が次の王に・・・」

 陛下は何やら微妙に異なりそうな想像を始めている。いや、妄想というべきか。


 「陛下、戻ってきてください。まあ、現段階では構想の一つに過ぎませんので、話し半分に聞いておいて下さい」


 「いいえ!! それがトリステインの民、ひいてはアルビオンの民の為にもなるならばそれは絶対に実現させねばなりませぬ! そのためならば私はどんな苦労も厭いません!!」

 恐ろしい程に気合が入っている陛下。どうやらいい効果を生んだようだ。


 「左様ですか。そういうことならば、この会議で欲張って領土権を主張する必要はありませんな。どちらのものになろうとも最終的には一つになるのですから。トリステインもアルビオンも、互いにガリアに負債を抱える身ですから、むしろここは友好関係を深めておくべきでしょう。反発する国内の貴族はウェールズ王の軍事力を借りて黙らせることと致しましょう」


 「それもそうですわね」


 「ですが、ロサイスは別です。彼の地をトリステイン・アルビオン共同管轄とし、商業的な権利はトリステインが有してラ・ロシェールとの交易を活発化させ、軍港機能はアルビオンに属することとすればよろしいかと。トリステインとアルビオンが互いの長所を出し合い協力しながら発展していくという、良き見本となるかと存じます」


 「なるほど、流石ですわ枢機卿。私も全力で取り組むことと致しましょう」


 そして我々の戦いは始まる。













■■■   side:アルブレヒト三世   ■■■



 「ふむ、二番手か、ごきげんようアンリエッタ女王陛下」


 「ごきげんよう皇帝陛下、久方ぶりですわね」

 ほう、俺をあえて閣下ではなく陛下と呼ぶか、この小娘も成長したものだ。王女時代とは完全に別人だな。


 「壮健そうで何より、しかし、戦争がようやく終結したというのにまだまだ我々の仕事は続くようですな」


 「ですが、民の為に働くことこそが我々支配者の責務。それは王であろうとも皇帝であろうとも変わりはわりませんわ」

 民の為か、その言葉をよもやこの小娘から聞くことになるとはな。

 最早小娘とは言えんな、油断すればこちらがあっさりと喰われよう。

 「確かにそうですな、ならば、私もゲルマニアの民の為に会議に臨むと致しましょう」

 そして俺は9時の席に座る。

 その向かいの3時の席にアンリエッタ女王。

 俺の腹心であるジギスムント宰相は10時の席に座り、その向かいの4時にはマザリーニ枢機卿。


 会議の主催者たるウェールズ王は当然12時。11時と1時にそれぞれ重鎮が座るのだろう。

 ロマリアの大使は5時、枢機卿の隣なのは当然の帰結ということか。

 そして6時の席にガリア王ジョゼフが座り、その隣、7時の席にあの小僧が座る。


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス


 半年以上前にウィンドボナに突如現れアルビオンの奇襲と敗北を予言し、俺にアンリエッタ女王を妻に迎えぬようにと忠告した男。


 「確かにあの男の言葉通りではあった」

 まさかあの小娘がここまで化けるとはな、俺の後宮にいたのではああはならなかっただろう。

 今のトリステインには侵略する価値も無いが、あの女王に率いられるのならばかつてのフィリップ三世の治世の活気を取り戻せるやもしれん。


 「いや、ことによるとアルビオンとの連合もありうるか」

 その可能性もある。普通に考えればあり得そうにないことだが、あの枢機卿ならばやりかねん。聖職者のくせに政治家よりも現実的な男だ、効率が良いならばどんな方法でもとるだろう。


 「陛下、それは少々厄介では」

 隣のジギスムントがそう言うが、むしろ逆だ。


 「それは違うぞ、ゲルマニアは敵が強大であればあるほど燃え盛る。戦うに値せぬ敵よりは余程良い」

 この度の戦争で失ったものも多かったが得たものも大きかった。

 8カ月もの長きに渡って戦争が続き、しかもあのゲイルノート・ガスパールがたびたび我が国土へ侵略したことにより、ゲルマニアはその体制の変換に迫られた。

 各地の諸侯の寄せ集め国家であるため、援軍を出そうにもそう簡単にそれぞれの領地へ派遣できず、常にアルビオン軍の後手に回る結果となった。

 それを防ぐために皇帝直属軍が有事の際に各領土を無条件で通過することを認めさせ、さらにアルビオンに対抗するため大規模な艦隊の建設も始まった。


 これにより皇帝の権限はこれまでになく強大になり、これまで戦時中に限定されていた権限を平時でも振るうことが可能となった。


 「今のゲルマニアならば敵は多いほど良い。それでこそ結束は強まり、本当の帝政となる。実力があるものは次々に登用し野心を育む。これまではバラバラであった故に限界があったからな、そのくびきが無くなればゲルマニアは新たな力を得ることとなる」
  

 皇帝の権限が強まり権力の集中が成れば、これまで不可能であった帝国内の製品の規格化や法制度の整備が可能となる。これまでは、ある領土では合法なものがある領土では違法である、などということがあり、それ故に雑多な中を生き抜く逞しい商人が育まれたという側面もあるが、国家全体で考えればマイナスが大きかった。

 しかしこれからは違う。本当の意味で“ゲルマニア”は一つの国家となり、ガリアやトリステイン・アルビオン連合に対抗していくこととなる。

 ゲルマニアは新進の国。故に勝負はこれから、如何に国を富ませることができるかが重要となる。


 「全てはこれからだ」

 俺の王道はこれから始まる。領邦貴族共の支持によってなる皇帝ではなく、真の意味で1000万を超える民衆の頂点に立つ存在となること、それが俺の野望だ。


 「我々も全力を尽くします」

 ジギスムントは下級貴族ですらない商人の子に過ぎなかったが、金で持って貴族の名と領土を手に入れ、才覚があった故に宰相に登用した。

 こういった者達に支えられる皇帝こそが、ゲルマニアの頂点に君臨するのに相応しい。


 「まずはアルビオンだが、ここで欲張っても意味がない。せいぜい港をいくつか頂くくらいとしておこう」

 今アルビオンの国土を手に入れても意味はない。

 何せゲルマニアとガリアは同等の国土を誇るが、ガリアの人口は約1500万、ゲルマニアの人口は約1000万。つまり未開拓の土地が他国に比べ圧倒的に多いのだ。

 ガリアですらまだまだ開拓できる土地はあるというのに、ゲルマニアでは街があってしかるべき場所に何も無い場合すらある。


 まずはそれらを開拓し、国土を完全に整備してからだ。それも済まぬうちに飛び地の領土を持ったところで役に立たぬ。

 「確かに、港を手に入れればアルビオンの造船技術や港湾設計技術を学ぶことが可能となります。我がゲルマニアもこれからは空の航路の開拓に力を入れねばなりませんからな」

 しかし港は役に立つ、流石にダータルネスは無理であろうが、地方の港程度ならば手に入れることは可能だ。

 我等が欲するのは出来上がった軍港ではなく、港を作る技術そのもの。ならば未だ拡張を続ける新進の港こそが望ましい。


 「これもまた一つの戦争だ」


 そして我々は会議に臨む。













■■■   side:パリー   ■■■


 わしは現在ウェールズ陛下とホーキンス将軍と共にホワイトホールへと向かっている。


 つい2週間程前にウェールズ陛下は王となられた。幼少の頃より見守ってきた殿下を陛下とお呼びできる日が来ようとは。


 「陛下、わしは既に感無量ですわい。陛下が王となられ諸国会議の主催者として各国の王を招いておられる。このような日が来ようとは夢にも思いませんでしたぞ、その前に寿命が尽きると思っておりました故な」

 アルビオンの王家三代に仕えることが出来た。それだけで最早十分過ぎるほど。


 「何を言っているんだパリー、お前にはまだまだこれから働いてもらわねば困る。なあ、そう思うだろうホーキンス」


 「確かに、パリー卿はこのアルビオンに必要不可欠な存在でございましょう」

 そう答えるのは『レコン・キスタ』の降伏を命令したホーキンス。


 彼を筆頭とする4将軍はアルビオン王家に杖を向けたわけではあるが、その行動は全てアルビオンの民の為のものであった。

 彼が指揮する軍が、我々がガリアへ亡命した後のニューカッスル城を攻略したのは間違いない。しかし、アルビオン全体のことを考えれば、それは最良の選択ではあったのだ。

 我々は戦わねばならなかった。王家が滅ぶならばそれに相応しい最期を遂げる必要があり、それがなければ民が納得せぬ。現在の支配者を打ち倒した者をこそ、民は新たなる支配者と認めるが故に。


 彼らは軍人として、内戦による被害を最少にするために尽力したに過ぎず、もし立場が異なればわしとてそうしていたであろう。

 そして我々が先王陛下を殺して支配者となったゲイルノート・ガスパールを討ち取った以上、彼が戦う理由は無くなったのだ。そして今もアルビオンの将軍として治安維持の為に精力的な活動を行っておる。

 ボアロー、カナン、ボーウッドらも同じく。彼らを殺さずに済み、アルビオン王国の重鎮として起用できたことは僥倖であろう。


 「ありがとうございます陛下。そうですな、老骨の身でありますが命が続く限りはアルビオンの為に尽くさねば、それに、どうせならばもう一つくらい野望を持っても悪くはありませんな」

 わしには今新たなる望みがあり、しかもその達成は案外近いかもしれぬ。


 「ほう、新たな野望か、一体何だそれは?」


 「無論、陛下の御嫡男の養育係となり、次代のアルビオンの王に相応しく育てることにございます。流石にその子が王となるのはあと30年以上は先でありましょうから四代に仕えることは不可能そうですが」

 それ以上の望みは無い。


 「そうか、確かに僕に子が出来たらパリーに教育をお願いしたいな。それなら僕も時代の後継者を誰にするかで悩まずに済む」

 うむ、陛下も成長なされた。反乱軍と戦っている当時から既に王者の自覚を身に着けておられたが、ガリアに亡命して以降はそれ以外のもの、“ウェールズ”という個人の意思を強くお持ちになられている。

 王たる者、民の為に尽くすことは当然として、それと同じくらい我を強く持たねばならない。そうでなければあのゲイルノート・ガスパールのような強力な敵対者が現れたとき国を守ることは敵わぬ。


 先王陛下も我が強い御方ではあられたが、モード大公の事件以降はその覇気に陰りが見えた。

 強力な指導力で臣下を引っ張っていくタイプの王者が自らに疑問を持った時、その王道は大きく揺れる。わしはあの時陛下を止めることが出来なかった。あの決断が陛下自身を追いつめるものになると分かっており、何度も説得は試みたが王としての義務を果たそうとする陛下の決意は堅かった。


 ならばウェールズ陛下を決してその道を進ませてはならぬ。わしにはその義務がある。しかし年には勝てぬ故どこかでその役を誰かに託さねばならぬが、今隣におる男はそれが可能であると見ておる。


 「しかし陛下、案外その日は近いやもしれませぬな」

 それはそれとして、めでたいことはまだある。


 「ど、どういうことだい?」

 陛下、この程度の揺さぶりで動じるようではまだまだですぞ。


 「先だってトリステイン女王アンリエッタ陛下と極秘裏に会談を行っておられましたな」


 「まあな、彼女とは話せねばならないことがあった」

 ふむ、確かにそれは間違いないのだろう。


 「ですがその会談の場がなぜ賓客との会談用の“遠雷の間”ではなく、“夕月の間”だったのですか?」

 “夕月の間”は身内との団欒用に主に使われる。先王陛下の御代においてもモード大公やその他の王族がたまに訪れる際、そこでのんびりと談笑していたものである。


 「アンリエッタは僕の従兄妹だ。緊張せずに腹を割って話すには丁度良いと考えたまでだ」

 それは確かに理屈が通ってはいる。


 「確かにそれはいえるかもしれませぬな、ですが陛下、大型ソファーに使われているクッションなどが全て取り換えられていたのは何故でありましょう?」

 これもまたアルビオン王家の伝統の一つでもある。ジェームズ陛下もあの部屋で王妃様と最初の関係を持たれた。どういうわけか歴代の王の中でもその割合は多いようなのだ。


 あの大型ソファーは違和感が無いように置かれているが、使用する機会はほとんどなく、ここ20年程はまだ幼い殿下がそこで跳ねて遊んでいたくらいであった。

 つまり、成人の場合そういうことにしか使い道がないのだ。


 「そ、それは・・・」

 言い淀む陛下。ホーキンスは含み笑いを漏らしておる。確か妻帯者であったな。


 「陛下、はっきりと問いましょう。アンリエッタ様となさったのですね?」


 「ああしたさ! したとも! 最高だったさ! この世にこれ以上の幸福は無いと思えるほどだったさ!」

 別にそこまで言えとは言ってないのですが。


 「とういうことは陛下、彼女を妃に迎えるおつもりですな」


 「ああ、困難な道ではあるだろう。だが僕は決して諦めない。そのためならどんな苦労もどんな難題も突破して見せるさ、そして彼女を迎えに行く」

 凄まじい意思の力を感じる。ゲイルノート・ガスパールめからアルビオンの奪還する時と同じくらい気合いが籠っておられるようだ。


 「ならばこの老骨も最大限のお手伝いをさせていただきましょう。それに、向こうも同じようなことを考えておられるやもしれませんぞ」


 「ですが陛下、パリー卿、それよりもまずはこの会議を乗り切ることに全力を注ぐべきなのでは?」

 冷静なホーキンスの突っ込みが入る。


 「それもそうだったな、とはいえ、トリステインとガリアは既に決まっているようなものだから。注意すべきはゲルマニアだな」


 「左様ですな、トリステインが要求するとすればロサイスしかあり得ませぬし、ガリアの方はハインツ殿より既に知らされております故な」


 三日ほど前に彼が直接現れ、この会議をどう進めるかについて我等3人で協議した。


 そして、反乱の始まった地であり、未だに王家への恨みが燻っている可能性が高い南部地方、つまりはモード大公の旧領とその家臣達の土地を一旦ガリアの領土とし、ある程度段階を踏んでから買い戻すという方針に決まった。

 トリステインはラ・ロシェールから最も近いロサイスしかあり得ぬし、厄介なのは狙いが明らかではないゲルマニア。

 ロマリアは論外である。あの国は今回の会議において発言権が無い。


 「しかし、彼が最後に残した言葉だけは気になるな」

 そう呟く陛下。


 「陛下、それはいったい?」

 ホーキンスが尋ねる。彼にはハインツ殿との会議の内容を話してあるが、最後の部分は話していなかった。


 「わしから話そう。彼の御仁はな、退出する前にある言葉を残して行った。その言葉はこうじゃ、『諸国会議では我々に全ての意識が集まるでしょうから、その隙をついてどんどん進めちゃって下さい、絶対びっくりするはずですから』とな」


 「絶対びっくりする?」

 怪訝な顔をするホーキンス。


 「彼は型にとらわれない破天荒な人物だからね、この会議の場でなにかをやらかすつもりなんだろう」

 陛下は笑っている。まあ、『影の騎士団』の団長である彼なら何をやってもおかしくはない。アルフォンスやクロードも常識はずれな者達である。


 「はあ」

 彼を知らぬホーキンスは首を傾げる。


 「まあ、楽しみにしておこう。耐性がついている分だけ我々が有利なのだ。彼の言うとおりその隙をつくことにしようではないか」

 そして我々もホワイトホールへ入る。



 しかし、その後に起こった惨劇は我々の予想を遙かに上回るものであった。

















■■■   side:ハインツ   ■■■


 トリステイン、ゲルマニア、ロマリア、アルビオン。

 全ての国家の代表達は既にホワイトホールに入っており、後は俺と陛下を残すのみ。


 「陛下、いよいよですね」

 俺と陛下が国際的な場で共に行動するのはこれが初めてでもある。


 「ああ、この世の理を変える時がきた」

 そう、俺達は今この瞬間から秩序の破壊者となる。異なる常識が現在の常識を木っ端微塵に粉砕するのだ。


 「闇の公爵と虚無の王の唯一の共演です。せいぜい思いっきりはっちゃけましょう」


 「ふ、言われるまでもない」


 そして俺達はホワイトホールに歩き出す。




 自分でドアを開く、これはハルケギニアの国際会議の場では通例であり、それと同時に呼び出しの衛士が叫ぶ。今回の場合衛士がつくのはウェールズの入室以降となるから呼ばれるのはガリア勢のみ。

 ここにも今回の会議において最も発言権があるのは誰かということが表れているわけだ。


 「ガリア国王陛、かああ!!」

 呼び出しの衛士がとんでもない声を上げる。まあ無理もないが。



 ホールに入るなり一気に場が静まり返り、ホワイトホールにいた面子は誰も彼もが呆然としている。


 それもそのはず、現在の俺達の格好は正装である。


 生地には最高級の逸品がふんだんに使用され、俺達に合うように仕立て屋が知恵を絞って作り上げ、完成には1年もかかったという代物である。


 それを纏った俺達はまさに威風堂々。その姿を見ただけで俺達が高貴な身分であるということが一発で分かる。


 いや、服だけであっても、これを纏うことが許されるのは余程高貴な人物のみであろう、と誰もが瞬時に理解できる程の威厳を放っている。


 そう、正にガリアの王族にのみに許された至高の衣装。王位継承権第二位である俺はこれを纏う権利を有しており、イザベラもまた専用の衣装を持っている。



「jdtkwrgbfvw! んkhtぃbvxjgdjhsy! fdぐぁyしなkdがfcjづbfv、jdgtづえんbvgかgんbhvg! んdsyんj! んcjbtくんscjys!!」

 陛下が親しげな様子で話しかけるがそれに応える者はいない。てゆーか理解できていない様子。


 「陛下、神聖語で話されては皆様が理解できませぬ、ここはハルケギニアの標準語をお使い下さい」

 そうフォローする俺。


 「おお、そういえばそうであったか。いやいやすまぬな皆の衆! 近頃我がガリアでは古代研究が盛んでな、発見された古代の神聖語の解読を進めておるのだが、ついうっかりそっちで話してしまうのだよ!」

 標準語に戻す陛下。しかし全員上の空。

トリステイン女王アンリエッタ、トリステイン宰相マザリーニ枢機卿、ゲルマニア皇帝アルビレヒト三世、ゲルマニア宰相ジギスムント、アルビオン王ウェールズ、アルビオン宰相パリー、アルビオン軍総司令官ホーキンス、それからロマリアの大使が一人。

 全員呆然としたまま俺達を凝視している。



 しばらく沈黙が続いたが、なんとかウェールズが口を開く。


 「あ、あの、ガリア王殿? その格好はいったい?」

 もの凄い動揺してる。


 「これか、ガリアの正装だ」

 堂々と言い張る陛下、これが出来るのは俺か陛下ぐらいだろう。


 「せ、正装?」


 「左様ですウェールズ陛下、我等が衣装はガリアの正装にございます。これを作るために巨額の費用を投じ、何十人もの仕立て屋を動員したのでございます。これに敵う衣装はハルケギニア広しといえど存在しないと自負しております」

 俺も堂々と言い放つ。これに匹敵する衣装が無いのは間違いない。


 陛下の格好は天皇の衣装に、頭に日本式の冠。

 俺の格好は羽織袴に腰には刀(呪怨)、そして頭にはちょんまげのカツラ。

 “呪怨”はゲイルノート・ガスパールからの戦利品という設定で、ガリアが討ち取ったという証拠でもある。


 大河ドラマに登場する天皇役の俳優と、将軍役の俳優を思い浮かべると分かりやすい。


 紛れもなく高貴な衣装であり、王族(日本では皇族)やそれに次ぐ臣下の最上位(要は征夷大将軍)にしか許されない至高の衣装である。


 ガリアの威を示し、迫力を醸し出すのにこれ以上の衣装は存在しない。


 ちなみにさっき陛下が言った“神聖語”とは“日本語”のことであり、イザベラやシャルロットは日本語の読み書きができるが、陛下は話すことすら可能にした。

 故に俺と陛下の秘密の会話は盗聴不可能、正確には理解不能。

 さっきの言葉は俺にはこう聞こえた。


「これはこれは! おそろいではないか! このようにハルケギニアの王が一堂に会するなど、絶えてないことではないか! めでたい日だ! めでたい日である!!」


 なのだが、生粋のハルケギニア人には完全に理解不能言語である。


 「そ、そうですか、正装でございますか」

 ウェールズがどう対応すればいいやら困惑している。


 「いやいや、これは見事な服でございますな! アルビオンではこのような服はとても作れませんわい! 流石はガリア、その力たるや侮れませんな!」

 しかしパリーさんが反応する。どうやら俺の事前の言葉の意味を思い出したようだ。


 「確かにその通りだ。さあ、おかけになってくださいジョゼフ陛下、ヴァランス公。全員揃ったことですし会議を開催いたしましょう」

 ウェールズも復帰して会議の開始を宣言する。(他の面子は未だ呆然としている)



 こうして、諸国会議が始まった。











■■■   side:イザベラ   ■■■


 「で、あんたらはガリアの恥を晒してきたわけね」

 諸国会議の報告を現在ハインツから聞いている私は思いっきり頭を抱えている。つーか現実逃避したい。


 「恥ってことはないぞ、こんなに立派な衣装なんだから」

 あくまでそう言い張るハインツ。今も件の“将軍様”の格好だ。


 「あのね、そのふざけたカツラをつけた状態が恥以外のなんだっていうのよ」

 いくらなんでもそれはないでしょ。


 「そんなことはないぞ、威厳が出まくってたからな俺達。驚きのあまり全員声が出なかったんだから。あれだ、雰囲気にのまれたってやつ」


 「混沌に引きずり込まれたの間違いね」

 そりゃ声も出なくなるわよ。


 「流石のマザリーニ枢機卿やアルブレヒト三世も、どう対応すりゃいいやら訳が分からず右往左往」


 「そりゃそうでしょ」

 心底彼らに同情するわ。この最悪馬鹿二人、“二柱の悪魔”の暗黒空間に巻き込まれたんだから。


 「そんな訳で会議は終始こっちのペースで進んだ。途中で“異議あり!”って日本語で何度も叫んだのが効いたな」


 「相手にとっちゃ悪夢以外の何ものでもないわね」

 要は“#$(&%)(‘%#!”って感じで叫ばれるのと同じなんだから。


 「それに余興も効果あったな」


 「余興?」

 またなんかやらかしたのかこいつらは。


 「ああ、タイトルは“切腹”。俺が腹を切って陛下に最期の言葉を伝えるんだ」


 「そのまま死になさいあんたは」

 なんつーしょうもない余興かしら。


 「いや、本気で死ぬ寸前だったんだ。何せ会議場に杖の持ち込みは禁止されてたし、骨杖を使うわけにもいかなかったからな。食事用のナイフを密かに『硬化』で強度を増して、それで“切腹”を実行したわけだが、治療がしばらく出来なかったもんでな」

 正真正銘の阿呆ねこいつらは。


 「しゅあないから針と糸で縫ったんだ。針は料理の調味料を取り出すためのやつ、糸は衣装の裏側の一部分を予め簡単にほどけるようにしておいた問題なし、天才外科医ハインツの腕の見せ所ってわけだ。僅か数十秒の早業だ」

 誇らしげに言うハインツ。なんていう技術の無駄遣いかしら。


 「で、そのまま会議に臨んだわけね」


 「応よ、しかもそれだけじゃない、三日目には今度は別の衣装で行った」


 「今度は何やったの?」

 これ以上が存在したのかしら。


 「いや、その時は本物の“正装”だ。陛下はガリア王として、俺はヴァランス公として、口調も真面目そのまんまで威厳を思いっきり叩きつけてやったわけだ」


 「最悪ね」

 こいつらは黙ってれば美形なのだ。しかもガリア中で比較しても最上位に君臨するくらい。

 それにこいつは190サント、あの青髭も187サントの長身、どっちも無駄な贅肉は一切なく引き締まっていて、ハインツはしなやかさ、青髭は力強さが主張される見事な体格なのよね。


 一言で言えば理想の男性像。だけど中身が最悪。

 美しい花には棘があるなんて言葉もあるけど、こいつらは棘どころではなく、その花の周りに猛毒の沼が広がってるようなものだ。


 だけど、外見だけなら完璧だし、演技力もとんでもないから本当に“王と公爵”として振舞うとつけ込む隙が一切ない。

 正に“完璧な王”と“完璧な臣下”となるからね。


 「で、その次の日にはまた日本衣装に戻ったわけだ。当然言葉も日本語でな、その結果、会議は俺達の予定通りの結末となった。トリステインはロサイスをアルビオンと共同管轄、ゲルマニアは中規模の港を3個、ガリアは南部の領土、ロマリアは何もなし」


 「とんでもないギャップね」

 その後にまた“謎の変人二人組”で来られたんじゃ対応できないでしょうね。

 本当、その場の人達に同情するわ。


 こいつらは会議の場でそれが正装だと言いきったそうだけど、厄介極まりないのはそれが事実だということ。


 今年の降臨祭の三日目。ガリアのヴェルサルテイルで宴会が開かれた際、馬鹿二人がその格好で登場し、これを以後王族専用の正装とすると宣言しやがったのだ。

 纏うことが許されるのは王位継承権第二位まで、とんでもないことに私まで含まれるのだ。


 「おいどうしたイザベラ、浮かない顔して」


 「あんたらのせいに決まってるでしょ、そんな馬鹿に巻き込まれる私の身にもなりなさいよ、あんたらと同類と思われるだけで眩暈がするわ」


 「ちゃんとお前の分も作ってやっただろう?」


 「それが余計な御世話なのよ、つーか何あの服? あり得ないでしょ、鎧より重いってどういうことよ?」

 この馬鹿が私の為に特注で作ったという十二単(じゅうにひとえ)。

 嫌がらせ以外の何ものでもなかったわ。


 「さあな、そればっかり平安貴族に訊いてくれ、俺が生きてた時代の千年以上前のことだから」


 「だったらそんなもん作るんじゃないわよ、あれにどんだけ費用かけたのよ」


 「平気だ。俺が稼いだ金を使ってるから」


 「阿保かあんたは!?」

 何考えてんだかこいつは、そりゃ国家の金を使われるよりはましだけど。


 「俺が作った地球の医術を応用した特殊魔法薬、こいつらは高値で売れるからな。あれを作るための金を稼ぐのには苦労しなかったぞ。喜べ、俺がお前の服を仕立てるために汗水流して働いた結果だ」


 「なんでよりによってその金であれを作るのよ?」

 どういう思考回路をしてるんだかこいつは。


 「気に入らなかったか?」


 「気にいる奴がいたら見てみたいわね」

 本気でそう思う。もしいたら尊敬する。


 「しゃあないな、よし、今度はお前のリクエストに応えてやろう」


 「は?」

 いきなり何を言い出すのこいつ。


 「だからさ、お前がこういう服を欲しいって俺に言え、買うなり作らせるなり自分で作るなりするから」


 「何でそこに自分で作るが入るのよ」


 「“将軍様”の衣装はな、大体は仕立て屋の連中に作らせたんだが、どうしてもしっくりこない部分がいくつかあってな。そこで仕立て屋に弟子入りして技術を習得して仕上げは自分でやったんだ」

 そこまでするかこいつは。


 「そんな時間あったのあんたに?」


 「ただでさえ少ない睡眠時間を少し削る羽目にはなったけどな。人間の皮膚をメスで切るのも人間が着る服を生地を切るのも大差はないし、血管や神経を縫うのも生地を縫うのもそんなに違いはない。手先は器用だしな俺」

 確かに。切る、縫う、に関してはこいつの右に出るものはいないわね

 何十人どころかもう千人単位で切ってるこいつなら経験は問題ないわけね。


 「じゃあ、何でもいいのね」


 「応よ、売ってなかったら俺が作ってやるから」


 そう言われて私は少し考えるけど、特に欲しい服なんてない。

 だから。

 「あんたが私に似会うと思う服を作って」

 そういう注文にしてみた。


 「俺がおまえに似会うと思う服か?」

 ハインツは少し意表を突かれた様子。


 「そうよ、それと、シャルロットの分も作りなさい。できる限り私とシャルロットで関連性があるのがいいわ」

 欲しいと言えばそういう服ね。


 「なるほど、確かにその服は両方をよーく知ってる俺にしか作れんな。よし、任された。完成がいつになるかは分からないけど、楽しみに待ってろ」


 「期待してるわよ」



 そんなこんなで馬鹿げた服にまつわる話は終わったのだった。
























[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十八話  エルフ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/18 06:07
 諸国会議も終了し、ハルケギニアは平時に戻った。

 この物語(英雄譚)の中盤の山場であったアルビオン戦役はここに完全に終結し、新たなる幕が上がる。

 トリステインの担い手はアルビオンの担い手と出会い、物語は徐々に終盤へと向かっていく。


 そしてそれに備え俺達の準備も進んでいた。





第二十八話    エルフ





■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は現在技術開発局にいる。


 シェフィールドが開発している新型兵器の状況を確かめ、今後のスケジュールを調整する必要があったからなのだが、その兵器の凄まじさは俺の予想を超えていた。


 「凄いですね、これが“ヨルムンガント”ですか」

 そこにあったのは全長25メイルもある巨大な騎士人形。鉄でできた鎧を着込み恐ろしく滑らか、かつ迅速に動く。

 20メイルもある土ゴーレムを瞬く間にバラバラにしていた。


 「いいえ、これはまだ“ヨルムンガント”ではないわ、その試作型の“ガルガンチュア”よ」


 どうやらこれでもまだ完成ではないらしい。


 「何か問題でもあるんですか?」


 「耐久性と敏捷性は問題ないわ、だけど少し考えてみなさい、そもそもこの質量の物体が二足歩行が可能だと思う?」

 ふむ、言われてみればそうか、自重が重すぎると行動ができないばかりか崩壊する危険があり得る。

 だからマチルダが作るような巨大ゴーレムは土製が多く、実は内部は空洞が多くて密度は低い。

 そうでもしないと自重で倒壊してしまうからであり、土メイジが得意とする『硬化』の力にも限界はあるのだ。


 「確かにそうですね、それが可能ならスクウェアメイジは鋼鉄製の巨大ゴーレムをつくってますか。

となると、これには“着地”と同じ技術が使用されているということですか?」


 「正解よ、『レビテーション』を発生させる装置を内部に仕込んで自重を軽減させてるのよ、さらに原動力に「風石」を用いることで敏捷性も確保している。耐久性は『硬化』をかけた鉄の鎧で問題はないわ」

 なるほど、ということは“着地”と同じ欠点が存在するわけだ。


 「つまり燃費がすこぶる悪いんですね、ただ突っ立っているだけで「風石」を湯水の如く消費していく。確かにそれじゃあコストが悪すぎて兵器とは呼べませんね」

 兵器としては最低の欠陥品ということか。


 「それに部品の摩耗もあるわね、『レビテーション』で対処できるのは重力だけだから、関節部にかかるねじれの力や外力には対処できない。ここでも鋼鉄製であるが故の欠点が出てるわ、重すぎて負担がかかるのよ」

 うむ、なかなか苦労しているみたいだ。

 ちなみに地球から流れてきた本の中に物理に関する資料もあったらしく、陛下とシェフィールドが解読していた。

 一体どういう頭脳をしてるんだか二人共。


 「対処法はあるんですか?」


 「エルフが使う“反射”ね、あれを使えばほぼ全ての問題が解決できるわ」

 なるほど、確かにあれは反則だ。過去の“聖戦”の資料を見てもあれに対抗するのは容易ではなかったという。


 「そうですか、そうなるとビダーシャルさん待ちですか、もうしばらくすれば“ネフテス”から十数名ほど講師として派遣されるはずですから」

 “知恵持つ種族の大同盟”はエルフとの交渉を少しずつ進めてきたが、“虚無”の目覚めを感じたエルフの評議会の方からこっちに積極的に接触してきた。

 何でも彼らが守る“シャイターンの門”の活動が最近活発になっているとのこと、その門ってのは十中八九異界から兵器を呼び寄せるための『ゲート』だろう。


 ブリミル教徒にとっては神の力ともいえる“虚無”だが、エルフにとってはかつて世界を破滅させかけた悪魔の力だそうだ。

 彼らにとってブリミル教徒とは悪魔の力を信奉する狂信者であり、その認識には心の底から共感できる。


 そして、虚無が悪魔の力であるのは間違いない。そうでもなければ“ハインツをいたぶって楽しみたい”、そんな願望に応えて力を与えるわけがない。絶対に虚無は悪魔の力で陛下はその担い手だ。


 「確かそうだったわね、彼らが到着すれば一気に開発は進むと思うわ、既に理論の構築は済んでるし設計図もあるからそれに従って組み上げるだけでいい」

 流石。


 「エルフも俺達に協力は惜しまないといってくれましたよ。数年前はそうでもなかったですけど、“物語”が始まって虚無の力の胎動が始まって以来はエルフの意思統一もスムーズになったようで」


 エルフは現在完全な共和制をとっており、いくつかの部族があるそうでハルケギニア側の“ネフテス”と東方(ロバ・アル・カリイエ)側の“エンリス”という種族が二大巨頭といった感じらしい。

 ハルケギニアの王達が聖戦を仕掛けた相手はいつも“ネフテス”だった。現在はテュリューク総領によって治められており、彼が言ってみれば首相で、老評議会議員のビダーシャルは外務大臣といったところか。

 直接民主制に近い形が取られており、民衆の意思の代弁者というよりも厄介事の調停人という意味合いが強いらしい。争いごとを好まないエルフだからこそそのようなシステムでも機能するのだろう。

 人間だったらそんな機構はあっというまに崩壊する。誰かが権力を求め争いを開始し、後は延々と戦争の繰り返し。エルフと人間はそういった社会的な意味で根本的に異なる種族だ。


 だからこそ意思決定に時間がかかるという弊害もあるが、寿命が長く、しかも強力な精霊の力が使えるため、死の危険も少ないエルフにとってはそれで十分。彼らにとっては俺達人間は“せっかち”らしい。

 そんな彼らにとっても“悪魔の復活”だけは例外らしく、迅速に対応してくれた。(エルフにとって)


 「そうね、いよいよ物語はガリアに移る。私の役目も増えそうね」

 アルビオンは終結し、次なる舞台はガリアに移る。そうなれば虚無の使い魔“ミョズニト二ルン”たる彼女の役目は多くなる。

 確か近いうちにルイズと接触する予定があったはず。


 「俺は従来通りですかね。ロマリアへの仕込みと国内の暗躍、後はエルフとの交渉といったところですか」

 トリステイン、アルビオン、ゲルマニアにはこれ以上の干渉は必要ない。あとはガリアとロマリアだけで片がつく。


 「さて、そうなるかしら?」

 妖艶に微笑むシェフィールド。


 「どういうことですか?」

 その笑みはもの凄い不吉な予感がする。


 「いいえ、ただ、世の中予定通りにはいかないものよ?」

 そう言って立ち去るシェフィールド。


 「うーん、絶対何かありそうだな」

 あの悪魔のことだから何かやらかすつもりなのかもしれない。


 「いざというときの覚悟だけはしておこう」


 しかし、俺であの悪魔の謀略に対抗できるだろうか?











■■■   side:マチルダ   ■■■


 私は今、坊やとテーブルを挟んで話している。

 内容は私はテファに関すること。


 私がなぜ北花壇騎士団のフェンサーをやっているのか、ハインツとどこで知りあったのか。それらのことはあの子の出自に関わることだから、そうおいそれと話すわけにはいかない。

 だから坊やが目覚めた後、アルビオンでの出来事は教えてあげたし、その他色々なことは話したけど、肝心な部分は話していなかった。


 まあ、この子が“ガンダールヴ”である以上、テファと無関係ではいられないってのは分かってたから話す機会を待っていたようなものなんだけど、今日数年ぶりに野盗が現れた。

 どうやら諸国会議の終結に伴ってガリア軍が撤退したことで少し数が増えてるみたい。


 まあ、直ぐにウェールズ率いるアルビオン軍に退治されるんだろうけど、うちみたいな辺境の村がそれまでにいくつか犠牲になるのは避けられないだろうね。

 ま、私と坊やで瞬殺した後、テファの『忘却』で記憶を奪って街道に捨ててきたから問題はないんだけど。


 「とまあ、そういうわけさ、それであの子は“虚無”とやらの力で助かって私と一緒にここに逃げてきたんだ」


 そしてデルフリンガーという剣がテファが“虚無”の担い手であることに気づき、こうして今あの子の出自を話している。


 「そうなんですか、っていうことは、テファのお母さんとお父さんはウェールズ王子の父親に殺されたんですね」

 坊やは深刻そうな表情をしてる。まあ、聞いてて気持ちのいい話じゃないからね。


 「今は王だけどね、そしてそのウェールズはあの子の従兄でもある。家族同士での殺し合いは王家の宿業みたいなもんなんだろうね」

 もっとも、ガリアには到底かなわないけどさ。


 「家族で殺し合う、なんでそんなことをするんですか?」

 実に真っ直ぐな問いだねえ。


 「さあね、私が聞きたいくらいさ、明解な答えなんて世の中にないんじゃないかと思うよ」

 本当に、あの子やその母が殺されなくちゃいけない理由なんて私には分からない。


 「話を続けるけど、テファの母さんはエルフだって理由だけで殺された。つまりあの子もエルフの血を引いているという理由だけで殺されかねなかったわけさ、だからあの子はこの森の中のウェストウッッド村に住んでる。ここならそう簡単に見つかることも無いし、子供達は素直ないい子だからね」

 あの子達はテファを怖がらないし忌み嫌わない。

 テファはあの子達の世話を一人でしてるけど、救われてるのはあの子の方なんだろう。

 「もともとここは私の父が出資していた森の中の孤児院だったのさ。でも、貴族の称号が剥奪されたことでそれも不可能になり、私が金を稼ぐしかなくなった。それもかなりの大金さ、正直貴族専門の盗賊でもやるしか道はなかったね」

 まあ、実はトリステインで一時期やってたんだけどね。


 「でも、やってないってことは、なんとかなったんですか?」


 「そうさ、捨てる神がいれば拾う神ありってやつかね、そんな私達に接触してきた男がいたのさ」

 そう、ちょうどそんな時にあいつは現われた。どう考えても「神」の反対の存在だけど。


 「ハインツさんですか」

 ま、話の流れ上それしかありえないだろうね。


 「そうさ、当時すでに彼は北花壇騎士団の副団長だった。そして、モード大公が死んだことを疑問に思って調査にきたのよ、そこに必ずアルビオン王家が隠したい秘密があると睨んでね。そして私とテファに行き着いたってわけさ」

 最も、その時間稼ぎにジェームズ王とウェールズの暗殺未遂をやったそうで、その時の姿がゲイルノート・ガスパール。

 「ガリアにとっちゃ、自国の北花壇騎士団だけが私達の居場所を知っていて、当のアルビオン王家が知らない、という状況があれば最高だった。だから私は北花壇騎士団のフェンサーになったのさ、担当はアルビオン王家への交渉の切り札であるテファの護衛と、テファを探す王家の密偵の排除ってことでね」

 つまりはテファを守る騎士としてガリアに仕えることになったっていうこと。


 「あれ? でも、ガリアってその後ウェールズ王子も亡命してるんですよね?」

 なかなか鋭いね。

 「そうさ、要はどっちに転んでもいいようにカードを出来る限り多く持っておくのが外交の基本なのさ。テファとウェールズ、この二人を両方抑えてしまえばアルビオン王家はガリアの傀儡も同然だからね」

 まあ実際今はその通りの状況になっているんだけどさ。


 「うーん、よく分かりません」

 流石に許容量を超えてきたみたいね。


 「ま、とりあえずそこは難しい政治の話だから置いておきな、で、そうして私達は過ごしてきた。私もテファも、アルビオンじゃ表だって歩ける存在じゃないし、あの子に至ってはどこだろうと普通に歩けやしないから。このウェストウッド村でずっといたんだ。どこに行っても隠れ住むしかないんじゃ、せめて故郷に近いここにいた方がいいからね」

 耳を隠せばいいんだけど、もしばれたらとんでもないことになる。


 「そうだったんですか……」

 また深刻そうな顔になってる。いい子だねやっぱり。

 「そんなに気にするもんじゃないよ、このハルケギニアでは生まれてからほとんど村を出ることなく生涯を終える奴も多いんだ。特に農民にとっちゃ自分の村が世界の大半と言ってもいいんだから」

 坊やは異世界出身らしいから、その辺の認識はちょっとちがうのかもね。


 「でも、自分で自由に外を歩けないのはおかしいですよ、だってマチルダさんもテファも何もやってないじゃないですか!」

 ホントに真っ直ぐな子だね、ハインツが英雄だっていうのもよく分かるよ。


 「確かにそうだね。だけど、これがこの世界の現実なのさ」

 まあ、それをぶっ壊そうとしてる奴等がいるんだけどさ。


 「絶対におかしいですよ」

 坊やには絶対納得できることじゃないだろうね、私だって納得なんかしているわけじゃない。


 「気持はもらっておくよ、それでしばらく経ったんだけど、状況が変わって私がここを動けるようになった。それで他国に移って北花壇騎士として活動するようになったのさ」


 「状況の変化って、『レコン・キスタ』ですか?」


 「そうさ、あのゲイルノート・ガスパールがそこら中の傭兵は盗賊なんかを一まとめにして、強力な軍隊を組織しアルビオン王家に反乱を起こした。その結果、王家はテファ捜索に力を使う余力がなくなって、盗賊なんかもごっそりゲイルノート・ガスパールが持ってったから、私がいなくても大丈夫になったのさ」

 その張本人はハインツなんだけど。


 「因果な話ですね」

 客観的に聞くとそういう感想になるだろうね。


 「でまあ、色々活動してたんだけど、坊やが召喚される一年くらい前からトリステイン魔法学院に秘書として務めてる。これにも一応理由はあって、ハインツの妹が留学するからその見守り役を頼むってお願いされたのさ」

 本当は“破壊の杖”を奪うためだったんだけど、そこはバラすわけにいかないからそう言っとく。


 「なるほど、って言うことは、フーケ退治の時にマチルダさんが一緒に来たのって」


 「察しが良いね、あの子の護衛役さ、あの子は強いから大丈夫そうではあるけど万が一ってこともあるからね。私も「土のトライアングル」の上位だから並大抵の奴には負けはしないさ」

 その“フーケ”は本当は私で、坊やが倒したのはハインツが用意した偽物なんだけどね。


 「あのときのマチルダさんかっこよかったですもんね」


 「もっとも、あんときゃまだ“ロングビル”だったけどね、“マチルダ”って名乗るわけにはいかなかったからさ」

 あの当時はまだ“マチルダ”は危険があったからね。


 「でも、いつからだったか普通にマチルダって名乗ってますよね」


 「それはハインツのおかげさ、ウェールズをガリアに亡命させたのはほかならぬあいつでね、その際に頑張ってくれたんだよ」

 全く、あいつも本当に無茶するからね。そりゃ私達にとっちゃ嬉しいけどさ、いつか過労死するんじゃないかと不安になるね。


 「ハインツさんがですか?」

 あんまり驚いてはいない様子、薄々感づいてたのかもしれない。


 「そうさ、私が坊やたちがニューカッスル城に行ったってのを知ったのは学院長からだったから、私は何にもしてないけどさ。もっとも、一緒に行けたとは思えないよ、何せ私が暗殺者になりそうだからね



 ジェームズと面を会わせていたら、間違いなく殺してる自信がある。


 「ですよね、マチルダさんにとっては家族の仇なんですもんね」

 坊やにとっちゃ複雑な心境だろう。ウェールズやトリステインの女王様とも面識があるんだから。


 「ま、今の私にはそんなに関係ないことさ、私にとっちゃ復讐よりもテファの将来の方が何倍も大事だからね。それで、坊やたちがニューカッスル城を離れたあたりでハインツが到着して、ウェールズをガリアに亡命させた。そしてその際にジェームズ王からある書類をもらってきたのさ」

 私はその書類を見せる。


 「字、読めるんだったよね」


 「はい、シャルロットに習いました」

 そういや坊やはあの子と恋仲だって話だったか。


 しばらく黙って読む坊や。


 「これってつまり、マチルダさんとテファはもう大丈夫ってことですか?」


 「そういうこと、もっともゲイルノート・ガスパールがアルビオンを支配してる状況じゃ大して意味はなかったけどね。聖地奪還を目指す『レコン・キスタ』の大義の下ではエルフは敵対者にしかならない。テファの立場が危険だってことには変わりはなかったのさ」

 それに、ロマリア宗教庁がある限りその危険は絶対に無くならない。


 「で、そのまま時が過ぎて、アルビオン侵攻が始まる頃、万が一に備えて私は一旦帰って来たのさ。学院長も許可してくれたからね」

 あの学院長は単なる色ボケ爺じゃない、そう思わせる天才ではあるけど、なかなかの喰わせ者でもある。


 「それで現在に至るってことですか」


 「ところどころはしょったけど、大体そんな感じだね」

 ゲイルノート・ガスパールの正体を除けば大体話した気がするしね。


 「でも、テファが外に出れないのは変わらないんですね」

 坊やがやりきれないような顔になる。


 「一度ね、あの子が街に出かけたことがあるんだよ、今から二年前くらいかな」

 それは最大の失敗だったけど。


 「あったんですか」

 坊やも以外そうだね。


 「普段はメッセンジャーをやってる行商人が品物を運んでくれるんだけどね、ある時子供が病気になって薬が必要になった。テファの指輪は大抵の傷を治せるけど、治せない病気もあるんだ」

 ハインツが言うには内的要因の病気は治せても、外的要因の病気には効果が無い場合があるとかなんとか。

 要は先住魔法も系統魔法も適材適所ってことだね。


 「で、テファは最寄りの街に出かけたのさ、正体を隠すために大きめの帽子を被ってね」

 ハインツも失敗だったと後悔してた。万が一街に行く場合に備えて『フェイス・チェンジ』を付与したネックレスを渡しておくべきだったと。


 「だけど正体がばれてしまってね。周り全てから敵意と恐怖が混じった視線を向けられた上に酷い言葉を言われて、異端審問にかけられる可能性すらあったみたいだった。何とか『忘却』で記憶を消して逃げたそうだけど。噂は既に広がっていたようで、街かもしくは近くにエルフが潜んでいるなんていう話が、どんどん広がっていったのさ」

 まあ、それに対処してくれたのがハインツなんだけど。


 「それで、どうなったんですか?」


 「ちょうどそのとき内戦のごたごたがその街に降りかかってね、それどころじゃなくなったのさ。見知らぬエルフなんかよりも、自分達の生活を守る方が何倍も大事だからね」

 実はゲイルノート・ガスパールが不正を行っていたその街の行政官を切り殺し、彼と共謀していた者、もしくはその恩恵を受けていた者を、悉く串刺しにして晒すという宣告があった。

 その結果、街の住民は恐怖に怯た。その後間髪入れずにゲイルノート・ガスパールの直属部隊がやってきて、10人位をしょっぴいて串刺しの刑に処した。その死体は一ヶ月間放置された。ご丁寧に腐敗防止の『固定化』をしっかりかけた上で。

 ハインツ曰く。

 「元々殺すつもりの男でしたからちょっと予定が前倒しになっただけですよ。それに死体を放置したんじゃ衛生上よくありませんし、疫病の原因になりかねませんからね、ちゃんと処置はしておきました」

 それを平然と言えるあいつはやっぱどこかおかしいんだろうね。


 「で、それを知った私は飛んで帰ったんだけど、テファはかなりショックを受けて落ち込んでたのさ」

 北花壇騎士団の情報網はアルビオンにもあるのでそこから本部へ、本部からハインツ経由で私にその日のうちに連絡がきた。

 特別に『ゲート』とやらを使わせてもらって一気にトリスタニアからロサイスにとんで速攻でウェストウッド村に戻った。


 「やっぱそうですか」


 「よく言うでしょ、物語の英雄なんかは罪も無い善良な人々の為、大切な家族の為に戦うんだって。でも、あの子にとってはそんな罪も無い善良な人々が最大の脅威なのさ。何せ悪魔はテファの方で、悪魔を罵倒することも、悪魔を怖がることも、悪魔に石を投げることも罪でも何でもない。むしろ人々に幸せの為の正義の行いなのさ」

 そんなのが正義だっていうんなら私は悪魔で構わない。いや、ハインツに協力している以上、私も悪魔の仲間なんだけど。


 「そんなひでえ事の、どこが正義なんですか」

 怒りを堪えながら言う坊や。


 「そう言ってくれて嬉しいよ。だけど、この世界はあの子に優しくないんだ。エルフの血を引いている。それだけであの子は大勢の人々の幸せの為に排除される側の存在なんだよ」

 私はそれだけは絶対に我慢ならない。


 「そんなの絶対間違ってる!」


 「そうさ、絶対私は認めない。そして、そう考えるのは私達だけじゃないのさ。落ち込んでたあの子を慰めてくれたのもハインツでね」

 まあ、前代未聞の方法だったけど。


 「どうやったんですか?」

 坊やも興味あるみたいね。


 「友達を連れて来てくれたのさ、あの子を怖がらないし差別もしない友達をね」


 「友達ですか?」

 私はてっきりあいつの副官でも連れてくるのかと思ってたんだけど。


 「その面子がもの凄くてね、翼人、リザードマン、水中人、そしてケンタウルス」


 「は?」

 呆然とする坊や。


 「笑えるだろ、そしてハインツが言うには、『いいかテファ、世界は広い、人間世界だけが全てじゃないんだ。この程度で諦めるには早すぎる。人間世界がお前を認めるまで当たって砕けろだ。そしてもし砕けたら別の世界に移れば良い』だよ」

 それを聞いた時は私も呆然としたもんだけど。


 「………」

 坊やも絶句。


 「でもさ、確かにその通りなんだよ、彼らにとっちゃテファがエルフだろうが人間だろうがハーフだろうが関係ないんだ。だってどれも自分達とは違う種族なんだから。これまでテファは人間かエルフしか知らなかったからね、そういった世界もあるってのはあの子にとって驚きであり、希望になったのさ」

 というか普通は考えない。人間社会から拒絶された子を慰めるために、人間にも認めてくれる人がいることを示すんじゃなくて、人間以外の社会の代表者を連れてくるなんて。


 『大丈夫ですよティファニアさん、人間とは絶対に分かり合えます。だって私もそうでしたから』

 そう言ってくれたのは翼人のアイーシャ。彼女は人間のヨシアって青年と結婚してて、今は“知恵持つ種族の大同盟”の翼人代表のシーリアという女性の補佐もやってるみたい。


 『確かに人間と共存するのは難しい。しかし、だからといって諦めてはいけないよ。その努力をしなくなれば、ロマリア宗教庁のように狂った存在となり果てる。どんなに辛くても頑張っていくんだ。そのための手助けなら僕達全員でやろう』

 そう言ってくれたのはリザードマンのガラさん。何でも以前“忌み子”として捨てられていた人間の子供を拾って育てたことがあるらしい。“知恵持つ種族の大同盟”に真っ先に賛同して協力してくれたのはこの人だという。


 『何事も流れる水のごとし、どんなものであろうといつかは流転するものじゃ。それは人間世界であろうと例外ではない。いつか君が世界から認められる日が必ず来る。その時を楽しみにしておればよい』

 そう言ってくれたのは水中人のマリードさん。何でも数百年は生きているらしい。知識に関しては凄いもので、この人もガラさんと同じく同盟の代表の一人でもある。


 『森の愛し児よ、我にはそなたの苦しみを完全には理解できん。だが、そなたを脅かす存在の方こそが異形なる存在であるとは断言できる。“大いなる意思”は意味無き差別、意味無き迫害を認めはせぬ。どんな種族であってもそれぞれの理があり、その上で共存できるはすなのだ。肉食の獣と草食の獣の間ですら秩序は保たれておる。それを壊そうとする一部の人間の方にこそ問題がある。しかし全ての人間がそうではない、分かり合うことは可能だ』

 そう言ってくれたのはケンタウルスのフォルンさん。彼は代表じゃなくてアイーシャと同じくその補佐をしてる。ケンタウルスというのは争いを好まないことに関してはエルフと同等だけど、精霊を操る力よりも身体能力に特化してるという点が大きく異なる。


 そうして彼らはそれぞれの価値観でテファを励ましてくれた。特にアイーシャはテファと仲良くなって今でも時々遊びにくる。ヨシアとの夫婦生活も良好の模様。


 ………別に羨ましくなんかないけど。


 「凄いことをやりますね、ハインツさんは。らしいっちゃらしいいけど」

 坊やも呆れてる。


 「だろ、それにテファがトリステイン魔法学院に入学できるよう、色々やってくれてもいるのさ。だからこそ私が未だに秘書をやっているんだけどね」

 その日は近い。ウェールズとの交渉も、もう少しでとりかかるらしいし、最大の障害であるロマリア宗教庁も黙らせる勢いで行く。


 『レコン・キスタ』が滅んだ今のアルビオンでは、ロマリア宗教庁の影響力は非常に弱い。何せゲイルノート・ガスパールは“聖地奪還は我々の手で行う。無能な坊主に任せておけるか”の一言で神官の権力を全部取り上げた。

 ウェールズにとってもわざわざそいつらの地位回復を図ってやる義理はない。何せ今回の戦いでロマリアだけは何もやってないも同然なんだから。

 あとはトリステインの協力が得られれば完璧、あの子の存在はブリミル教の存在意義に真っ向から喧嘩売ってるから、それぐらい慎重にいく必要がある。


 何せエルフとのハーフが“虚無”の担い手なんだから。


 「それはいいですね」

 坊やも歓迎してくれてるみたいね。


 「その時はテファのフォローをよろしくね、何せあの子は同年代と接したことがほとんど無いからね」


 「うーん、俺よりもそういったフォローはルイズやキュルケの方が向いてると思いますけど」


 「そういや坊やはタバサ担当だったわね、忘れてたわ」


 「ぶっ」

 噴き出す坊や。


 「い、いきなり何言うんですか!」


 「あら、私の目から見てもそういう風にしか見えなかったんだけど?」


 「そ、それは・・・」

 否定しないのは好きだってことの裏返しね。


 ……羨ましいわけじゃないわよ、断じて。


 「ま、いいわ、そろそろ寝た方がいいかしら、結構長く話してたし」


 「そ、そうですね、そうしましょう」

 そして逃げるように帰っていく坊や、まだまだ青いわね。




 「さて、テファが表を堂々と歩ける日は近いのかしら?」


 ハインツから計画の概要は聞いてるし、そのために坊やたちの協力が必要なのも確か。


 そしてその時は私も坊や達と一緒に戦うことになる。


 「まったく、よくもまあこんな大がかりでとんでもない計画を考え付くもんだわ」


 その日はもうすぐ。具体的な日付は決まってないけど、迫ってるのは間違いない。



 テファのために私は神を滅ぼす軍勢に加わる。私だけではない、そのために多くの人間が水面下で何年も活動を続けている。



 「モード大公、貴方の望みは人間とエルフの共存でした。それはきっと果たされます」


 私は二つの月を窓から見上げながら、遠い日々の追憶に浸っていた。












[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第二十九話  担い手と使い魔
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/19 08:02
 ハガルの月の第四週、才人が目覚めてからおよそ一月。


 ようやく本調子に戻った才人は強くなるために特訓を開始した模様で俺もそれに付き合っている。


 ルイズの方も家族サービスを終えてそろそろこっちに向かう模様。


 新章開幕である。






第二十九話    担い手と使い魔





■■■   side:ハインツ   ■■■


 「せえい!」

 才人が繰り出してくる斬撃をブレイドを付与した剣で受け止める。


 今の才人に手を抜くことなど出来るはずも無く、俺の最強の杖である骨杖で『ブレイド』を発生させて同時に可能な限り『フライ』を自分にかけて速度の向上を図る。


 流石に『毒錬金』を使うわけにもいかず、しかしその他の魔法ではデルフリンガーに悉く吸い込まれるので完全な接近戦となる。

 下手に魔法を組み合わせようとすれば逆に一瞬で倒されるのが落ちだ。


 「ふん!」

 才人の剣を弾き返す、才人の斬撃は恐ろしいほど速いがアドルフやフェルディナンのように重くはないので、一度鍔迫り合いにもちこめばこちらに分がある。


 体勢を崩した才人に一気に詰め寄り突きを放つ。


 しかし空振り、凄まじい速度だ。さらに速くなっている。


 「らあ!」


 「甘い!」

 結果、才人が攻め、俺が守るという展開がいつまでも続くこととなる。












 そして訓練終了。

 才人はスタミナ切れで現在大の字で草っ原に横たわっている。


 「す、凄いですねハインツさん。一回も入れられなかった」

 
 「そうは言うがな才人、一回でも決められたらその瞬間勝負は決まるんだ。それは欲張りってもんだぞ」

 俺はあちこちに切り傷があり、逆に才人は無傷。

 しかし今立っているのは俺。

 もしルールが“先に一撃を入れたほうが勝ち”だったら十回中十回才人が勝つのだが、“先に相手を戦闘不能にした方が勝ち”のルールなのでこっちの勝ちだ。

 傷の多寡では圧倒的に才人が優勢なのだが、これが実戦なら死んでいるのは才人の方になる。


 「でも結局スタミナ切れでぶっ倒れちゃいましたからね。あーあ、俺って弱いなあ」

 「そんなことはねえぜ相棒、お前さんは十分強ええよ、ただハインツの兄ちゃんがそれ以上の化け物だってことさ」

 慰めになってるのかよくわからないフォローをするデルフ。


 「なあデルフ、それは慰めになってるのか? というか化け物扱いは酷いぞ、これでも仲間内じゃあ6番目なんだから」

 こういった純粋な白兵戦では最強はアラン先輩だし、アドルフ、フェルディナン、アルフォンス、クロードも俺よりは強い。

 ま、あいつらと比較するのはどうかと思うが。

 この結果には相性も大きく関係している。才人は先の先、とにかく速攻で切り込んで一瞬で勝負を決めるタイプ。

 俺は後の先、ですらなく後の後。つまり毒を空気中に散布してあとはひたすら守勢に回るのだ。

 俺本来の戦い方ならば俺は『影の騎士団』最強なのだが、全員から“反則だ”の声を頂いた。


 俺達七人の中では、俺とエミールは守勢で、アラン先輩とクロードは攻守同じくらい。アドルフ、フェルディナン、アルフォンスの三人が攻勢。才人の戦い方は一番アドルフに似ているからその戦い方で俺に勝とうと思うならアドルフ並の攻撃力が必要になる。

 それでは才人に勝ち目がない。“勝つつもり”で戦う才人と“殺すつもり”で戦うアドルフでは殺気が違う。相手を冗談抜きで殺す覚悟で挑まないのでは『影の騎士団』に勝つのは難しい。


 そういうわけで俺は才人の猛攻をひたすら凌ぎ続け、ガンダールヴの力は持続性がないので先に才人がぶっ倒れた。


 「うへえ、ハインツさんで6番目なんですか」


 「だが才人、戦い方を工夫すればお前はあっという間に俺を追い抜くと思うぞ」

 “ガンダールヴ”は最上級のルーンであり、なおかつ身体強化系の頂点だ。人間が持つ特殊チャンネルとでもいうべきものを“魔法”に合わせている俺達メイジが肉弾戦で“身体強化”にチャンネルを合わせている才人達に敵う道理はない。

 つまり才人にはまだ無駄が多いということ。


 「そうですか!」

 目を輝かせる才人。


 「ああ、簡単に言えばお前はまだ無駄が多いんだ。動きに無駄は無いんだが、その他の部分で無駄がある」

 普通の人間にはあり得ない無駄なんだが。


 「その他の部分?」

 首を傾げる才人。

 「お前の筋力はかなり高くなってる。剣のふり方も見事だし重心移動なんかも一切問題ない。つまり普通に動く限りでは理想的と言っていいんだが、ルーンマスターの真骨頂は普通じゃない戦い方にある」


 「普通じゃない戦い方、ですか」


 「お前は“ヒュドラ”を使ってガンダールヴの力を最大限に引き出したろ、その反作用として2週間近く寝込んでさらに3週間くらいは全力の戦闘が不可能だったわけだが」


 「はい」


 「つまりそこがガンダールヴの容量の限界ってことだ。底なしのように見えてやっぱり人間だからな、どっかに限界はあるもんだ。エネルギー保存の法則は容易に揺るがない」

 もっとも、担い手の方はそれを突破することも可能である。あの悪魔なんか物理法則を片っ端から無視してるし。

 『レビテーション』や『フライ』も思いっきりニュートンに喧嘩売ってるわけだが、その持続時間などはやはり限界があり、等価交換の原則は揺るがない。精霊の力を借りる先住魔法も効率は系統魔法と比較にならないがやはり消費するものは消費する。

 だが、“虚無”だけは別、あれは本人の精神力を直接使っているのではないらしい。エルフの言葉を借りれば精霊の力そのものを消滅させているとか。

 つまりは核分裂のようなものだ。

 核分裂が僅かな質量からとてつもない程膨大なエネルギーを引き出すように、この世界にある系統魔法や先住魔法の源となる何か(先住の種族にとっては精霊)、それそのものを消滅させる代わりに極大のエネルギーを取り出す。


 効率は最大と言っていいが、回復が不可能で世界全体でみれば力は減っていく一方。系統魔法も先住魔法も結局は水の如く世界を循環するわけだが、“虚無”だけはその名の通り消滅させる。

 エルフにとっては世界を破滅させる“悪魔の業”に他ならないわけだ。


 とまあ、この辺が陛下の虚無研究で導き出された結論らしい。


 「だから、それをいかに効率よく運用するかがポイントだ。例を言えば、相手に近づくときには下半身に集中してルーンの力を発動させる。相手に切りかかる時は上半身に集中、てな感じでな。もっとも剣を振る時は全身の筋肉を使うからそう簡単にはいかないが、ルーンの強弱をつけることでこれまで以上の動きができるはずだ」


 実は北花壇騎士団フェンサー第三位の男がそれを実現している。

 彼は身体強化系のルーンのエキスパートで、“魔銃使い”と呼ばれており、才人と同じく武器を持つことで身体能力が強化される特性を持つが、その武器は銃器に限られ、武器の特性を解析する力も無い。


 しかし、身体強化を“目”、“肘”、“腰”、“肩”などに集中させることで狙撃に特化したり、“脚”に集中させて高速で動きながら撃ったりと、ルーンの力を自由自在に操っている。

 それが“ガンダールヴ”で可能になればおそらく才人は白兵戦最強の存在になる。


 「なるほど」

 感心している才人。

 「そうなれば普通の人間には不可能な動きも可能になる。走りながらいきなり直角に曲がったり、地に伏せながら高速で突進したり、果ては空中で二段ジャンプしたりな。そういう戦い方が出来れば一気に戦術の幅も広がる」

 今の才人の動きはあくまで人間の延長。全身を等しく強化してるから“速い人間の動き”になる。しかし、身体強化を自在に操れば四足の獣のような動きも出来る。現にフェンサーの何人かはそれを行っている。


 「だからまずは武器を握ってもルーンを発動させないように特訓してみるといい、簡単に言えば悟空が瞬間的に戦闘力を上げて、スカウターに悟らせなかったのと同じ感じだな」


 「凄い分かりやすい例えですね」


 「そして瞬間的に上げた戦闘力をさらに、ピッコロの魔貫光殺砲みたいに一点に集中させる。これならラディッツにも勝てるわけだ」


 「ってことはハインツさんがラディッツですか?」


 「いや、そこまでは離れていないな、お前がドドリアで俺はザーボンくらいだと思うぞ。やり方を上手く工夫すれば勝ち目もあるって感じだ」

 我ながらもの凄い例えな気がするが。


 「うーん、もうちょいましな例えはないですかね?」

 才人も不満があるようだ。


 「そうだなあ、うーん、悟天とトランクスみたいなもんかな。一応トランクスの方が強いけど実際はほとんど変わらないって感じか?」


 「あ、それなら分かります。戦い方次第で悟天はトランクスに勝てるわけですね」

 分かってもらえたようでなにより。


 「んじゃま、訓練はこのくらいにして、俺達にはやることがあるぞ」

 子供達の相手をしてやらねば。


 「俺はしばらく動けそうにないですけど」

 確かに力を使い果たしたからな。


 「じゃあお前はテファの手伝いに回れ、悪がきどもは俺が相手しよう」


 「了解しました」



 さて、今日は何で遊んでやるかな?










■■■   side:才人   ■■■



 「しかし、ハインツさんは凄いよな、俺、あんな考え方したことなかったぜ」

 俺は歩きながら背中のデルフに言う。

 「確かに、ああいう考え方は初めてだねえ。武器を使うためにあえて人間が使い魔だってんのに、それに人間外の動きをさせるってのは逆転の発想だな」

 だけど、効果的ではありそうだ。


 「しかし相棒、最近やたらと気合入ってるねえ」


 「そう見えるか?」


 「ああ、目覚めてからずっと頑張ってる感じがするぜ、なんかこう、“強くなりたい”って感じがビンビン伝わってくんだよ」

 剣のくせにそういうところが鋭いんだよなあこいつ。


 「やっぱあれかい、7万への突撃か?」


 「まあな、結局失敗してハインツさんに助けられたわけだろ、だったらこのままじゃ終われねえよ」

 次こそはってやつだ。


 「つってもな、もう7万に突撃することなんざねえだろ、つーか、5万を突破しただけでもものすげえと思うがね」

 まあそうかもしんねえけどさ。


 「でもやっぱ悔しいんだよ、目標が達成できなかったことには変わりねえからな。もし次に何かと戦う機会があったら今度が絶対に負けねえ、これはもう男の本能ってやつだ」


 「なるほどねえ、だけど今はもう一つの本能を抑える方に全力を尽くすべきだと俺は思うけどねえ」


 「? どういうこと」


 「きゃっ」

 「おわっ」


 デルフに問いかけようとしたら誰かにぶつかった。そういや前見てなかった。テファとぶつかっちまったみたいだ。




…………つーかこの体勢って、もの凄いまずいんじゃ。


 当たってる。当たっているのです神様。テファが持つ最終殲滅兵器が俺の腕にあたっているんです。引き離さないとまずいとは思っているんですけど、俺の意思に反して腕が動いてくれないんですよハイ。


 「サ、サイト、大丈夫? ごめんなさい前見てなくて」


 うん、テファは本当に優しいなあ、この状況でも俺に気遣ってくれるなんて。

 だけどもしこの光景をマチルダさんに見られたら…………


 「うわあああああああああああああああああああああ!!」

 咄嗟に飛び退く俺。


 「きゃっ!」

 驚くテファ、本当にごめん。


 「はあ、はあ、はあ」

 何とか呼吸を整える。今俺の頭に浮かんだ光景はあまりにも恐ろし過ぎるものだった。


 「おおー、すげえ、すげえぞ相棒。やっぱあれかね? 性欲よりも生存本能の方が人間は強いもんなんかね?」

 うっせえこの駄剣。


 「だ、大丈夫サイト?」

 やっぱり心配そうな表情をするテファ。うん、テファじゃなくても今の俺の様子を見たら心配してくれそうな気がする。


 「だ、大丈夫。もの凄く恐ろしい怪物を想像してしまっただけだから」

 駄目だ、勝てる気がしない。

 あれに挑むくらいなら7万に突っ込む方が百倍ましだ。

 何せあのハインツさんがなす術なく蹂躙されたのだ。



 ある時。

 「しっかし、これでマチルダさんはいかず後家決定ですかね、頑張れ生涯独身」

 と、うっかり口を滑らせたハインツさんに大魔神の怒りが炸裂した。


 そこには全長40メイルはありそうでしかも表面が金属光沢を放っている怪物ゴーレムが君臨していた。

 そしてそれを操る大魔神の顔は名状し難きものであった。


 ハインツさん曰く。

「巨大ゴーレムは重すぎて自重で崩壊してしまうから、密度は軽くて案外もろいものなんだ」

らしいんだけど、その怪物はそんな常識を問答無用で超越していた。


 圧倒的な暴力の前にハインツさんになす術はなく、全身の骨が砕かれる大怪我を負った。

 テファの治療がなければ死んでいたと思う。


 その日から、俺は決してマチルダさんを怒らせる事だけはすまいと心に誓った。自分が生き残るために。



 「お、恐ろしい怪物?」


 「い、いや、気にしなくていいから。あ、そうだ。今日は俺が年少組の相手することになったから」


 「本当? 助かるわ。実はさっきマチルダ姉さんから連絡がきてね、今日の夜頃には帰れそうだって言ってたの。だからおいしい料理を作ってあげようと思って」

 マチルダさんは一週間くらいいなかった。何でもウェールズ王子、いや、ウェールズ王と重大な話があるとかでロンディニウムに出かけて行った。

 どうやら話は済んだみたいだ。

 「そりゃ楽しみだ。わかった。子供の相手は俺がやるから、テファは料理に専念してくれ」

 悪いが俺は料理なんか手伝えない。そう考えても足手まといになるだけだ。だったら出来ることをやるほうがいい。

 それに、テファの料理はもの凄く上手で、魔法学院のマルトー料理長と戦っても甲乙つけがたい接戦になりそうなのだ。


 「お願いするわね」

 そしてテファは森の方に歩いていく、多分料理に使う香草か果物を採りに行くんだろう。


 「さて、俺も俺の仕事をするか」

 俺は家の方に歩いていく。
















 俺は現在固まっている。

 年少組が本を読んで欲しいというので本を手に取ったのだが、その内容が俺の想像の斜め上を行っていた。

 ちなみに8~10歳くらいの元気な連中はハインツさんが外で相手をしている。あの人は散々仕事をしてたまに暇になったときにやってきて俺の訓練の相手をしてくれて、さらに腕白なガキ共と思いっきり遊びまわっている。

 …………一体いつ寝てるんだろ?


 でまあ、まだ小さい4~6歳くらいの相手は普段テファがしてて、今はマチルダさんのお迎え用の料理を作ってるから俺が代わりをやってるんだが、その本が問題だった。


 『三匹の子豚   (狼殺しの秘策)』


 タイトルは問題ないのだが副題がとんでもなかった。

 つーかこんな本を作る存在を俺は一人しか知らない。このハルケギ二アにハルケギニア語で書かれた地球の童話なんてもんがあるわけなく、絶対あの人が作ったに違いない。


 「待てよ、ってことは」

 本棚を見るとやはりあった。


 『白雪姫   (その智謀と覇道)』

 『シンデレラ   (国取物語)』


 この二冊はシャルロットの部屋にもあった。シルフィードはかなり気にいっているようだが、元ネタを知っている俺にとってはとんでもない話だった。

 ちなみにシルフィードが韻竜であることは『ルイズ隊』の面子は知っている。


 「しかもこれ、表紙がものすげえし」

 『三匹の子豚』の表紙は、巨大な鍋を三匹の子豚が囲み狼を煮殺しているシーンだ。どう見ても魔女の暗黒サバトにしか見えない。


 『白雪姫』の表紙は甲冑を着込み、右手に剣を掲げた勇ましい女王が祖国の旗を左手に持ち、丘の上に立っている絵だ。いってみれば風の谷のナウシカのクシャナ殿下のイメージ。


 『シンデレラ』は王子様(王様かもしれない)が玉座に座り、その後ろに宮廷魔術師のごとく灰色のフードを被ったシンデレラが控えている。どうみても王子を裏で操る陰謀家にしか見えず、『シンデレラ(灰被りの娘)』の意味が絶対違う。


 「『三匹の子豚』が1巻、『シンデレラ』が2巻、『白雪姫』が3巻ってことは、まだあんのか?」

 もの凄く嫌な予感がするが、せめて子供達に読んでやれそうな本を探すため他の棚も探す。


 すると。


 第4巻 『桃太郎   (略奪者の最期)』

 表紙は鬼の子供が数人がかりで桃太郎を槍で串刺しにしているところ。
 

 「完全に桃太郎が略奪者で復讐される側になってるし」




 第5巻 『狼と七匹の子ヤギ   (母の復讐果てしなく)』

 表紙は母さんヤギが包丁を握りしめながら血の涙を流しているところ。その周りには子ヤギ達の体の一部が散乱している。


 「普通に子ヤギは狼に喰い殺されて、その復讐に母が暴走する話になってるな」




 第6巻 『醜いアヒルの子   (狂気が産んだ異形の落とし仔)』

 表紙はどっかの実験室っぽい空間、大鍋やら標本やらがあちこちにある。


 「完全にキメラ(合成獣)だよなこれ」




 第7巻 『浦島太郎   (老いてなお気高きその魂)』

 表紙は浦島太郎らしい老騎士が、乙姫と思われる女王の前で臣下の礼をとっているシーン。


 「浦島太郎は王国にずっと仕え続けた重臣なんだな、これから戦争にでも行くのか?」




 第8巻 『サルカニ合戦   (種の生存をかけた最後の闘争)』

 表紙はまさに最終戦争。両軍が正面からぶつかり合う名場面。


 「個人レベルの合戦じゃねえんだな、国家どころか種族の命運がかかってる」




 第9巻 『親指姫   (未熟児を救った奇蹟の医療)』

 表紙には妊婦さんとお医者さんと産婆さんがいる。


 「もう完全に別物だよなこれ、最新の医療で未熟児が救われた話になってるし」




 第10巻 『ジャックと豆の木   (農業改革への道)』

 表紙には広大な農地と実り豊かな作物が描かれている。


 「農業技術者の成功譚だな、プロジェクトXのテーマが聞こえてきそうだ」




 第11巻 『赤ずきん   (鮮血淑女)』

 表紙には狼とその腹を内部からぶち破って出てくる真っ赤な手が描かれている。(やたらとリアルに)


 「これはやべえだろ! どう考えてもR15指定だぞ! つーか何でこんなに内臓がリアルなんだよ!」


 これまでの本はあくまで絵本だから血の描写とかは詳細ではなかった。しかしなぜかこれだけは写真の如くリアルだ。


 どう考えても子供の教育に悪い。つーか最悪。


 「これで全部か、まともな絵本が一つもねえな」

 でも、テファはこれまでこれを子供達に読んでやってたってことか?

 つーかハインツさんはなに考えて作ったんだ?


 「『親指姫』と『ジャックと豆の木』はともかく、他はやべえだろ、特に『赤ずきん』」

 絶対に猟師は出てこないと思う、だって自力で出てきてるし。



 俺は絵本を読んでやるのは諦め、別の手段を探すことにした。












■■■   side:ティファニア   ■■■


 「お帰りなさいマチルダ姉さん」


 「ただいまテファ、お、随分豪勢な料理だね」

 マチルダ姉さんは微笑んでくれる。頑張ったかいがあったわ。


 「姉さんが帰ってくるって聞いてから一生懸命作ったの、その間はサイトに子供達の世話はお願いしたんだけど」

 そういえばサイトから変な話を聞いた。


 「ねえマチルダ姉さん、サイトが言ってたんだけど。ハインツさんが持ってきてくれたあの絵本は問題あるのかしら?」

 ちょっと過激な部分もあるけど、基本的に皆いい話よね。


 「うーん、少なくとも副題と表紙には問題があるね。中身は案外まともなんだけど、あの二つがやたらと不気味だからね」

 確かにそうかも、子供達はもう慣れてるけど初めてみた人なら驚くかもしれない。
 

 「ま、それより私達も食べようじゃないか、このままだとあの子達に全部食べられそうだよ」

 マチルダ姉さんが帰って来たと同時に子供達が凄い勢いで食べ始めてる。


 「こらー! 貴方達! ちゃんとお祈りをしてから食べなさい!」

 私達は神様じゃなくて自然や精霊に祈ってる。

 神様はあの子達もマチルダ姉さんも私も救ってくれなかった。だからハインツさんが、祈るならこっちの方が断然いいってことで始めたところ、いつの間にか定着していた。


 「ま、大目に見てやりなよ。しかし、“いただきます”に“ごちそうさまでした”か、もの凄いシンプルだけど分かりやすくていいね」

 マチルダ姉さんもそう思っているみたい。私もこっちの方が好き、だって色んなものに感謝の気持ちを表すことが出来るから。


 「そうね、それにサイトももう食べてるし」

 子供達と一緒にサイトも勢いよく食べてる。


 サイトは私がエルフの血を引いてるからという理由で怖がらなかった。

 初対面のときから普通に接してくれた。それが私にとっては何よりも嬉しかった。


 「相変わらず元気だね、でも、あの坊やはいい子だよね」


 「ハインツさんのおかげで色々な人が友達になってくれたけど、初対面で怖がらなかった人間はサイトが最初だったわ」

 アイーシャさんは大切なお友達だけど、ヨシアさんは最初に少しだけ私を恐れていた。すぐに親しく接してくれるようになったけど、やっぱり人間にとってエルフというのは無条件に恐れてしまうものなのだろうか。


 「あんた、ハインツのこと忘れてる。まあ、あいつを人間ってカテゴリーにいれていいかどうかは微妙だけどね」

 笑いながら言うマチルダ姉さん。そういえばハインツさんも人間だった。


 「私、すっかり忘れてたわ。だってハインツさんはハインツさんなんだもの」

 ハインツさんはどういう人かと聞かれても、ハインツさんだとしか答えられないと思う。


 「確かに、あいつはあいつだね、それ以上でも以下でもない。だけど、どこいったんだいあいつ?」

 そういえば見当たらない、さっきまではいたはずなのに。


 「料理の追加だーー! 思いっきり食えーーー!!」

 そう言いながらハインツさんが台所からやってきた。大皿に料理が山盛りになってる。

 子供達は目をキラキラさせて喜んでるわ。


 「また随分でっかいねありゃ、つーかあんなのどこで覚えたんだか」


 「確か、“暗黒街”っていう場所で酒場のマスターをやってる時に覚えたっていってたわ」

 私にはよく分からない場所だけど、ハインツさんは10歳くらいの時からそこで色んな仕事をしてたって言ってた。


 「またもの凄いねそりゃ、まあ、あいつは何でもありだから今更驚かないけどね。さ、私達も食べようか」

 そして私達も席について皆と一緒に食べる。




 私は今幸せだって心から言える。けど、この子達もいつまでも子供のままではいられないし、広い世界を見せてあげたいと思う。

 それに私自身も見てみたい、そしていつか、ハインツさんやマチルダ姉さんのように色んな人達の手助けをするために働きたい。


 私はエルフと人間のハーフとして生まれたけど、だからこそ出来ることもあるはず。

 母の故郷である東の土地を見てみたいし、エルフの人達とも話してみたい。


 今はまだ守られることしかできないけど、いつかは私も守る立場になりたい。そしてあの子達もまたそうなってくれると嬉しいと思う。


 私はこの揺り籠の森の中で過ごしながら、いつかそういう未来が来てくれることを祈っていた。














■■■   side:ルイズ   ■■■


 私は現在ロサイスの街にいる。


 ここに来る前にトリスタニアに寄って姫様にアルビオンにサイトを迎えに行くということを話したら、それ専用に船を出してくれた。


 どうやら諸国会議の際にホーキンス将軍からサイトのことを聞いたらしく、サイトを『シュヴァリエ』に叙勲する予定だという。

 「ま、それに相応しい活躍をしたのは間違いないわけだし」

 サイトはこの世界の人間じゃないけど帰るための方法はハインツが調べる、というか研究しているらしい。

 何でも古代のマジックアイテム中には“虚無”を封じたアイテムもいくつかあって、その中に『門の鏡』というものがあったそうだ。

 その解析が済めば、あとは私の協力次第でサイトを向こうに送ることも、またこっちに呼び寄せることも可能になるとか。

 「呼び出したのが私なんだから、私が送り返せるのも道理」


 そういうわけでサイトが帰る方法の探求も確実に進んでいるよう。サイトも最短2年、最長5年はかかるって言われてたそうだから特に意見はなさそう。

 それに、私が虚無に目覚めたことで実践段階に進むのが容易になり、おそらくあと半年もあれば十分だろうと言っていた。


 「ま、タバサがこっちにいる以上、一旦里帰りしたらまた戻ってくるでしょうけど」

 だから『シュヴァリエ』になることも問題ない。そういう風に実力がある者はどんどん登用しないと組織が腐るしね。


 ちなみにその腐った組織の代表といえたウェインプフェンはしっかり地獄に送っておいた。今頃家財を全部失って路頭に迷ってるころでしょうね。

 あいつの保身の為にサウスゴータ撤退戦で死んだ者の命が無駄になったんだから、当然の報いだわ。


 「さて、目指すはウェストウッド村ね」

 私はハインツからサイトのことは聞いている。

 7万の大軍に突っ込んだサイトがどうなったのか、その後どうしていたのかもしっかりと聞き出した。

 あいつもそのへん律義というか、細かく教えてくれたし。


 「ま、それはそれとして、網にかかるかしらね?」


 確率は3割くらいか、だけど張るには十分な確率。こっちには賭けても減るものがないんだからどんどん張るべき。


 そして私は街道を馬で駆けだした。













■■■   side:シェフィールド   ■■■


 ロサイスから25リーグほど離れた場所にあるミレルドの街。

 今ここにトリステインの担い手がいる。


 使い魔を迎えに行くためにウェストウッド村へ向かうなら、必ずここで一泊するはずだと思ってたけどその読みは正しかったようね。


 「さて、どの程度成長してるかしら?」

 私が彼女を見たのはサウスゴータの撤退戦の時。

 その時に既に相当な使い手に成長していたけど、あれから2か月近く経っているからさらに成長していてもおかしくない。


 「いえ、虚無魔法そのものはそれほど優れているわけではないわね、だけどその運用が桁外れに上手い」

 今は“虚無(ゼロ)”ではなく“博識”と名乗ってるそうだけど、“虚無”の方が余程戦いやすい相手ではあるわ。


 「だけど、私とて神の頭脳“ミョズニト二ルン”。そう簡単に破れると思わないことね」


 私はガーゴイルを起動させる。

 最初はアルヴィーやスキルニル程度で済まそうかと思っていたけど、相手はあの“博識”。侮ることは危険と考え“カレドウィヒ”や“ボイグナード”も動員することにした。


 「虚無は強力なれど詠唱に時間がかかる。そんな暇があるかしらね?」

 旦那様の『加速』が使えるなら話は別だけど、現在彼女が使えるのは『爆発』、『解除』、『幻影』のみ。
 

 「どこまで戦えるか楽しみね」









■■■   side:ルイズ   ■■■


 ウェストウッド村へ行く途中立ち寄ったミレルドの街で私は一泊し、明日の朝出発することにした。


 アルビオンの街は街道からやや離れた地点にあることが多く、支道がそれらを繋いでいる。


 で、夜になって妙な空気を感じて、待つのも相に合わないのでこっちから向かうことにした。



 「こんばんはお嬢さん、夜道の一人歩きは感心しないわね」

 黒いフードを被ったいかにも怪しい人物がいた。


 「あら、女性なのは貴女も同じでしょう? もっとも、貴女のように美しければ逆に気後れして手を出せないかもしれないけど」

 世辞じゃなくて本当にそう思う。なんかこいつ、エレオノール姉様と似た雰囲気を感じるし。


 「嬉しいことを言ってくれるわね、それで、用件は何かしら?」


 「先に話しかけてきたのはそっちでしょう、もうボケが始まったの?それとも見かけによらず歳くったおばさんなのかしら?」


 ブチッ、という音がした。聞こえるはずはないんだけどそういう確信がある。


 「そう、死にたいようね小娘」


 「あらあら、近頃のおばさんは短気で嫌ねえ、そんなんだといき遅れるわよ?」

 エレオノール姉様のように。


 しかし、相手は一転、冷静になる。

 「ふ、ふふふ、甘いわよ小娘。真実の愛の前にはそんなものは微塵の障害にもならないのよ」


 もの凄い誇りに満ちた言葉ね、だけど悪役っぽい格好で言われても説得力が無いわ。


 「あっそ、じゃあ話を戻すわ。貴女確か、この街の入り口あたりでアルヴィーを使った大道芸をやってたわよね。なんで神の頭脳“ミョズニト二ルン”たる貴女がそんなことをやっているのかしら?」

 顔が引きつってる。どうやら少しは動揺したみたいね。


 「貴女、随分と物知りなのね」


 「“博識”と言ってほしいわね、てゆーか貴女、隠す気ないでしょ」

 思いっきり額にそのまま書いてあるもの、見破ってくださいと言ってるようなものだわ。


 「そう、私が虚無の使い魔と知っているのなら、私の目的も分かるんじゃなくて?」


 「想像はつくけどあくまで想像でしかないわ。それに、事実ってのはいつだって物語よりありえないことが多いもの。自分の中で勝手に真実を固定して思考を硬化させることは悪手もいいところよ」
 
 常に心は冷静に、心の天秤は常に真中に置いておかないと正確に測ることなんてできやしない。


 「ふ、ふふふふふふふふふふふふ。素晴らしいわ貴女、合格よ。ご褒美に少し遊んであげるわ」

 合格、ね。随分ふざけた言い草だけど、ここはのるのが一番かしら。


 「イサ・ウンジュー」


 『爆発』で吹っ飛ばすけどそこにあるのはアルヴィーのみ。


 「神の頭脳ミョズニト二ルン、能力は魔法具を自在に操ること。厄介ね」

 こういう手合いは奇襲を受けた時点で退却するに限る。


 「そうよ、降参でもするかしら、“水のルビー”と“始祖の祈祷書”を差し出せば見逃してあげてもよくてよ?」


 「燃やしたわよ」


 「は?」


 「だから燃やしたの、あんなの存在する方が毒だわ。あんなもんがあったせいで偽物の始祖の祈祷書が何冊も出て権力者にいいように利用される結果になったんだから。まったく、始祖ブリミルは阿呆だったのかしらね?」

 さて、どうでるかしら。


 「ふふふふ、貴女は本当に面白いわね。でも、そうなると貴女の命の代替えになるものはないわね」


 「いいの? 私が死んだら虚無の担い手が一人減るけど」

 それでも躊躇わず殺せるなら答えは一つ。


 「構わないわ、貴女が死んでも代わりはいるもの」

 なるほど、大体想像ついたわ。


 「『幻影(イリュージョン)』!!」

 数体の自分の幻影を作り出しその隙に逃げる!


 「な!」

 まさかいきなり逃げるとは思ってなかったみたいね。


 宿屋の裏手に繋いでおいた馬の所まで戻り、あとは一気に街を駆け抜ける。




 しかし、それは阻まれた。


 「随分手の込んだ真似をするわね」

 街を出たすぐには数十体ものガーゴイルがいた。


 槍や剣を持っているのが半分、もう半分は弓や銃を持っている。


 「ふふふ、そう簡単に逃げられると思っていたのかしら?」

 そしてそいつらを率いるのもミョズニト二ルン。


 「貴女、双子だったのかしら?」

 答えは分かりきっているけどあえて問う。


 「まさか、答えは分かりきっているでしょう」


 「スキルニル。血を吸わせることで本人の姿、記憶、能力をそのまま継承できる古代に作られた魔法人形。だけどメイジの血を吸わせても魔法を再現することはできず、古代の王達は平民の剣闘士などの血を吸わせ戦争ごっこを楽しんだと言われてるわね」

 そのくらいは誰でも知ってる。


 「流石に“博識”を名乗るだけはあるわね、そう、ミョズニト二ルンである私はスキルニルに自分の能力を再現させることが出来る。つまり、私が何人もいるのと同じことね」

 自慢げに言うミョズニト二ルン。

 「嘘はいけないわよ。使い魔のルーンの力には限りがあるわ。“自分の能力をコピーできるようにスキルニルを操る”という行動をとれるのは本体のみでしょう。つまり、本体が一度に操れる限界数しか分身を作り出すことは不可能よ」

 こっちも“ガンダールヴ”を召喚した身。ルーンの限界くらいは熟知してる。


 「本当、厄介ね貴女。やっぱりここで死んでもらおうかしら」

 そして周囲のガーゴイルが起動する。


 「随分強そうなガーゴイルね」

 私は銃をとりだしながら言う。


 「ええ、近接戦闘型の“カレドウィヒ”に遠距離戦闘型の“ボイグナード”。どちらも本来の戦闘能力はそれほどでもないけど、ミョズニト二ルンが操れば強力な手駒と化すわ。そんな旧式の銃一つではどうにもならないわよ」

 なるほどね、量産型でもこいつが操れば強力な兵器に早変わりするわけね。

 つまり、主人に権力や財力がなければ無力な使い魔。何せマジックアイテムは高いから。

 けど、主人が権力、財力を共に備えていた場合、最も厄介な使い魔となる。


 「おあいにく様、どんな兵器でも使い方次第で最強の武器になるのよ」

 私は“ガンダールヴ”の上官なんだからその運用を考えるのは私の役目。


 私は銃を空に向けて撃つ。


 「信号弾? 無駄よ、今この街の付近に治安維持用の部隊は存在しない、夜盗が出ようが幻獣がでようが誰も助けにはこれない」

 そりゃそうでしょうね、襲いやすいようにあえてそういう場所に来たんだから。


 「これはただの景気づけよ、私が貴女をぶっ飛ばした後は片付け役が必要だもの」

 そして『爆発』の詠唱を始める。


 「間に合うとでも思ってるの、やりなさいガーゴイル」

 周囲から一斉にガーゴイルが襲ってくる。

 私は粉々にするんじゃなくて遠くへ吹き飛ばす程度の『爆発』を連続して放つ。


 「あら、粋がってた割にはもう防戦一方ね」

 ミョズニト二ルンには余裕がある。この状況を続けていれば先に体力が尽きるのはこっちの方だからね。

 こいつらはそんなに上等なガーゴイルじゃないから操るのには苦労しないはず。つまりあいつにとってはただ観戦してるに等しい。



 「くっ」

 徐々に包囲の輪が縮まっていく、四方から一斉に襲いかかられたら防ぎきれないわ。


 「さて、割と粘ったけどここまでのようね」

 敵も飽きてきたみたいね。だけど、準備が整ったのはこちらも同じこと。


 だって反応してるもの、“共振の指輪”が。


 「いいえ、負けるのはそっちのほうよ」

 私は堂々と言い放つ。


 「どうしてかしら?」


 「そりゃあ当然、あんたが私を舐め過ぎたからよ!」

 その瞬間、『神速』が吹き抜けた。


 あっという間に十体近いガーゴイルが腰から両断される。

 「な、ガンダールヴ! なぜここに!」

 私は即座に『解除(ディスペル)』の詠唱を始める。


 「なーに言ってやがる! 俺は『ルイズ隊』の切り込み隊長だぜ! 司令官が大砲をぶっ放すまで前戦で敵を食い止めるのが役目なんだよ!」

 堂々と言い切るサイト。だけど、そろそろ『ルイズ隊』っていう仮の名前じゃなくて正式名称を決めた方が良さそうね。


 「く!」

 “ボイグナード”が一斉に撃つけどサイトには当たらない。馬鹿ね、狙うなら動かない私でしょうに。ま、冷静な判断力を奪うためにサイトが奇襲をかけたんだから、そうなってもらわないと困るんだけど。


 ミョズニト二ルンは咄嗟に周囲に“カレドヴィヒ”を集結させてサイトから身を守ろうとするけど、それは意味のないこと。

 既に詠唱は完了した。


 「今だルイズ! ぶっぱなせ!」

 この連携はサウスゴータで嫌になるほどやったからね、タイミングを完璧に合わせることなど造作も無いわ。


 「『解除』!!」

 司令塔であったスキルニルの起動が解除され、それに伴って周囲のガーゴイルも機能を停止していく。
 

 ここに勝敗は決した。













■■■   side:才人   ■■■


 「で、あいつは一体何だったんだ?」

 ウェストウッド村に馬で向かいながら俺は隣を並走するルイズに尋ねる。


 「虚無の担い手を狙う輩の一人よ、もっとも、予想以上の大物がかかったようだけど」


 「どういうこった?」

 俺がルイズから手紙を受け取ったのはつい半日前。

 そこにはこう書かれていた。


≪女王直属特殊護衛隊隊長“ゼロ”より通達。汝はただちにロサイスとウェストウッド村中間に位置するミレルドの街に可能な限り迅速に向かうこと。その地に着いてよりは“ゼロ”との合流を第一とし、その為のアイテムを同封する≫


 とまあ、受け取った時はまた戦争が始まったのかと思った。


 「要はね、私達はアルビオン戦役で散々暴れたでしょ、あんたなんか一人で7万を止めたわけだし。だから私達の力を利用しようとして何者かが接触してくる可能性も考えられた。そしてもし接触してくるとしたらこのアルビオンで接触してくる可能性が高かった。流石に魔法学院に戻られたら手だしはしにくいからね」


 「それでわざわざお前が一人で来たのか?」

 相変わらず無茶する奴だ。


 「そうよ、ロサイスまでは軍艦で来たけど、その後は一人で馬に乗ってきたわ。ま、あんたと合流できるように策は打っておいたから問題なかったし」


 「それそれ、どうやって俺に手紙を送ったんだ?」

 いきなり手紙が届いてマジでびっくりした。


 「伝令用ガーゴイル“リンダーナ”よ、コルベール先生の研究室にはそのために『ルイズ隊』全員の血液が保管してあったでしょ。それを仕込んであんたのもとに届けさせたのよ」


 「そういやそうだったけか、だけど、よく時間ぴったりに届いたな」

 まさに完璧なタイミングだった。


 「当然よ、出したのはロサイスからだもの」


 「は?」


 「私がラ・ロシェールからロサイスに出発する際に学院にいるモンモランシーに伝書フクロウを飛ばしたの。直ちに私宛に“リンダーナ”を飛ばせって、血を仕込むのは水メイジのモンモランシーが一番得意だからね」

 なるほど、ん、それでも問題ないか?


 「なあルイズ、“リンダーナ”って一度血を記憶したら忘れるまでかなり時間がかかるんじゃなかったけ?」

 確か一か月くらいは。

 「簡単よ、私の『解除』で初期化したの。そして、“リンダーナ”が私に持って来たのがあんたの血液で、それを新たに仕込んで“共振の指輪”を持たせたのよ」

 流石はルイズ、計画に無駄が無い。

 “共振の指輪”ってのは対になってて、遠く離れてると青くなって、近くなると赤くなっていくという指輪で、戦場で仲間と合流するときなんかに使う。幻獣退治を二人一組でやってるときは大抵これを使っていた。

 もっとも、アルビオン戦役では俺とルイズは一緒に行動してたから使ってなかったけど。

 この指輪はその名の通り近くにあると振えるので常に持っていたい品じゃない。


 「なるほどな、それで信号弾を撃った訳か、あの信号弾の意味は」


 「パターン2。司令官を囮にして敵をおびき寄せ、その敵を殲滅する。よく覚えてたわね」


 「当然だろ、嫌になるほど叩き込まれたからな。今となっちゃあルネ達とのいい思い出だけどさ」

 ルイズによって俺達は信号弾の種類を叩き込まれた。間違えたら『爆発』で吹っ飛ばされるというオマケつきで。


 「私の厳しい指導も役に立ったようで何より」


 「厳しいって自覚はあったのかよ」

 それであえて続行するとは、恐ろしいやつだ。


 「当然よ、さて、あんたには言っておくことがあるわ」

 そしてルイズは悠然と構えて言う。



 「街道の死守命令を見事果たしたその功、見事だったわ、よく生きて戻ったわね」


 「お褒めにあずかり光栄です。隊長殿」


 そして俺達は再会したのだった。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十話  シュヴァリエ叙勲
Name: イル=ド=ガリア◆1e502aca ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/20 10:49
 トリステインの担い手はミョズニト二ルンの襲撃を退け、無事ガンダールヴとの再会とアルビオンの担い手との邂逅を果たした。


 虚無と、エルフと、そしてブリミル教。


 それらがどういう関係にあるか、“博識”ならばそれを洞察するのは容易だろう。


 そして俺もまた世界を破壊する計画のために活動を続けている。






第三十話    シュヴァリエ叙勲





■■■   side:ハインツ   ■■■


 「お久しぶりですビダーシャルさん、到着を心待ちにしてましたよ」

 俺は今“知恵持つ種族の大同盟”の会議場にもなっている技術開発局の大ホールにいる。

 巨人族の方達も入れるように地下何階分も掘り、巨大な空間を確保している。

 ここの隣では“ガルガンチュア”や“ヨルムンガント”の実験を行っていたりもする。


 「それは我も同じだ。再会に感謝を」

 そしてしばし祈りを捧げるビダーシャルさん。この人もう千年以上は生きてるらしい。


 なにしろ“ネフテス”の“老”評議会の議員なのだ。しかしテュリューク統領はそれ以上だという。


 「ところでビダーシャルさん、エルフと人間の混血を見たことはありますか?」

 これは結構重要なことだ。

 6000年の闇の中では、強制的にエルフの女性に人間の子を産ませたことも幾度かあったが、その寿命は人間と同じものであったという。

 普通に考えればエルフと人間の中間くらいの寿命になりそうなものだが、どうも先住種族の寿命を比較すると、精霊の力の扱いに長けている種族ほど長生きみたいだ。

 オーク鬼、トロール鬼、ミノタウルスは人間より寿命が短い、竜は長いがこれは竜が体内に強力な精霊の力を秘めてるからだろう。


 「我が知る限りでは三度ほどか、もっとも、ハルケギニア人との混血は見たことが無いな。“エンリス”へ使者として出向いた際に、東方の民との間に出来た混血の子が幾人かいた」

 最初は俺達のことを“蛮人”と呼んでたビダーシャルさんだけど、最近では“ハルケギニア人”と呼ぶようになってる。

 これも交流の成果と言えるのだろう。


 「なるほど、その子達の寿命がどれほどであったかはわかりますか?」


 「我々純粋なエルフほどではないが、200年以上は生きたそうだ」

 む、長生き。ということは。

 「その混血の人間の親は東方(ロバ・アル・カリイエ)の西部に住み、火の精霊を信仰している“炎の民”ですか?」

 「うむ、それと“風の民”との混血もいたか。彼の種族も精霊と友であり。精霊の声を聞くことが可能だった。一度見せてもらったが火の精霊に関してならば大抵のエルフよりも対話が上手かったな」

 エルフは基本的に「火」をそれほど好まない。“炎の民”はシェフィールドの話によればハルケギニアのリザードマンに近い存在らしい。

 遙か昔に火の精霊の恩恵を受けた爬虫類がリザードマン。哺乳類が“炎の民”となったという。

 エルフを含めてみんな二足歩行になったのにも何か関連性があるのかもしれない。

 “風の民”も同じく、ハルケギニアとエルフの“サハラ”の中間の砂漠に住む『フリーゼン族』も似た性質を持つ。


 要は系統魔法を使うハルケギニアはこの世界に置いて独自の文化圏を形成しているといってよい。そういう意味では始祖ブリミルは確かに偉業を成した大人物であるといえる。

 おそらくだが、彼自身は人々の為に生きた偉大な研究者だったのだろう。しかし、その後に続いた者達はその恩恵を自分達が特権階級に君臨するために利用し、ロマリア宗教庁をも造り上げた。

 一番怪しいのはブリミルの弟子あったというフォルサテという男。デルフリンガーの話によればいけ好かない野郎だったということだ。

 彼が自らの権力を得るためにあえてブリミルに近づき、ブリミルの死後墓守としてロマリアを建国した可能性が高い。


 なぜなら普通に考えれば始祖の墓守は長男のガリア王か、そうでなくとも次男のアルビオン王か三男のトリステイン王が担うべき、先祖代々の墓を造るならば必ずそこに始祖の廟が必要になるのだから。


 だが墓守はブリミルの娘の夫になったというフォルサテだった。そこにこの腐った世界が形成された最大の原因があるのだと考えられる。

 始祖ブリミルの聖地を奪還せよという言葉にも怪しい点がある。なぜなら虚無を受け継いだフォルサテならば、始祖の秘宝に込められた遺言を変えることすら可能であった可能性がある。

 もっとも、真実は既に歴史の闇の中で、今となってはどうでもいい話。ロマリア宗教庁は俺達の手で破壊されるのだから。


 「なるほど、では、ハルケギニア人との混血ならば精霊の力を使えない可能性が高いわけですが。もしそういう存在がいたとすれば、“ネフテス”は歓迎してくれますかね」


 「ふむ、おそらく大丈夫だろう。その者がシャイターンを信奉する狂信者だというのなら、不可能どころか向こうからこちらに牙をむくだろうが、我々エルフは意味も無く迫害はしない。それは“大いなる意思”に反することだ」

 ケンタウルスのフォルンさんも同じことを言っていたな、先住種族は基本的に他の種族を排斥しようとする傾向が薄い。

 自分達の種族の安全と誇りを守ることを第一とはするが、そのために他者を排斥するという方向には向かわないそうだ。外敵がいなければ仲間同士で纏まることすらできない人間とは大違いである。


 「なるほど、安心しました。実はその混血の子がいるんですよ。もっとも、母は“エンリス”の方だそうですが」

 “ネフテス”は6000年間ハルケギニアと対立してきたが、“エンリス”はそうではない。だからモード大公は聖地を始祖ブリミルから奪った異端者を妾にしたわけではないのだ。

 もっとも、ハルケギニア人にとっては“ネフテス”も“エンリス”も一くくりなのだが。


 「なるほど、それは興味があるな。我もぜひ会ってみたいものだ」

 興味を持ってくれた様子。

 「ええ、今はまだ動けそうにないですけど、そのうち連れて来ようと思ってるので会ってやって下さい。それから、彼女の母の故郷である“エンリス”の方々との交渉もお願いしたいんですけど」

 ビダーシャルさんは“ネフテス”の外交担当だ。だから“エンリス”とは最も関係が深い。


 「よかろう、より多くの種族が手を取り合えるならそれに越したことはないからな。それにしても皮肉なものだ。我々が“蛮人”と呼んで蔑んでいたお前達が、精霊と友である全種族をまとめた大同盟を作り上げたのだから。それも精霊の声を聞けぬお前がだ」

 ビダーシャルさんは苦笑いをしながら言う。確かに予想もしなかったことではあったのだろう。


 「お前が唱えた“人間最低説”は傾聴に値したぞ。よもや人間は最悪のゴミで自分達だけじゃ延々と殺し合いを続けるあげく、自然を悉く喰い潰し、この世界そのものを破壊しかねないどうしようもない種族だ。と言い張る者がいるとは夢にも思わなかったぞ」

 あれは俺の本心なのだが。個人レベルはともかく種族として見ると人間とはそういう生き物だ。国家単位になるとしょうもない考え方しか出来なくなるし。

 まあ、俺や陛下みたいのを生み出す種族なんだし。


 「だから今のうちに皆で連合して人間の暴走を抑えましょう。というのが“知恵持つ種族の大同盟”が発足された理由だったな。その議長が人間のお前なのだから、とんでもない話だな」


 「でも、エルフの協力は必要不可欠ですよ。東方の民の大半も元々ハルケギニア人と同じだったそうですから、それらを抑えるのはどうしても“ネフテス”と“エンリス”の力が必要です」

 “炎の民”や“風の民”やハルケギニアにも少数いる精霊信仰の種族は、見た目は似てるが基礎から違う種族なのだ。精霊の力が有るのと無いのとは大きな隔たりで、それ故にオーク鬼やトロール鬼は彼ら先住種族とは微妙に異なる。

 つまり、俺達はオーク鬼と同類。精霊信仰の民はエルフと同類ということ。どっちがまともな種族かは考えるまでもない。


 「うむ、その先駆けとして我等はここにきたのだからな。“ネフテス”より派遣されし精霊講師15名、ガリアへの協力を約束しよう」


 「ありがとうございます」

 俺は深くお辞儀する。


 「我等にとってもこれは偉大な前進なのだ。それに、ここに来たいと志願する者も多かった。翼人、水中人、リザードマン、コボルト、土小人、レプラコーン、ホビット、妖精、ケンタウロス、獣人(ライカン)、巨人(ジャイアント)と、それに吸血鬼もいるのだったか。他の種族と交流できる機会など滅多にないからな」

 確かに、サハラに住むエルフには機会が少ないだろう。

 ちなみに妖精というのは羽を持つ小人の総称であり物語上のものとは異なる。土小人、レプラコーン、ホビットは「土」の恩恵を受ける種族だが、空を飛ぶ小人は「風」の恩恵を受ける。しかし結構多様で多数派の種族がいないのでひと纏めにした。


 つまり、「風」は翼人と妖精。「火」はリザードマン。「水」は水中人。「土」はコボルト、土小人、レプラコーン、ホビット。土が多いのはガリアが「土の国」故だ。

 そしてケンタウルス、獣人(ライカン)、巨人(ジャイアント)は精霊の力を身体能力に発揮していて、その力は竜に近い。

 身体能力では人間と同等かそれ以下なのが前者、人間を圧倒的に上回るのが後者。しかし後者も精霊の声を聞けないわけではない。

 巨人族の上位者には火を操る者や、風を操る者もいる。さながら『エンシェント・ジャイアント』といったところか。

 ケンタウルスや獣人も同様で。フォルンさんは森の木を自在に操ったり、風を吹かせることができる。

 吸血鬼は「水」の前者に含まれる。そう考えるとやはり「火」は珍しい。ガラさんの協力に感謝である。


 「エルフが精霊の力の使い手としては最上位ですけど、それでも興味はあるものなんですね」


 「当然だ。要はいかにして精霊と対話していくかということだからな。そこに本来優劣はない、友情の多寡は競うものではないだろう」

 なるほど、人間の系統魔法と違って精霊魔法はそういう考え方になるのか。


 「特に我々は「火」の精霊との対話をやや苦手としている。「火」と仲が良い種族の話から対話のこつを学べるやもしれん」

 とはいえこの人は高位の使い手で「火石」の精製も可能だったはず。だけど、それとこれとは話が別なんだろう。どんなに強力な力を持っていても強制的に精霊を従えるのなら、それは誇れることじゃないみたいだし。


 「そうですか、ま、皆仲良くやりましょう」


 「うむ、それが良い」


 そして技術開発局のメンバーは揃った。

 将来的には“エンリス”のエルフや東方の民も招きたいが、それはもうちょっと先の話だろう。









■■■   side:ルイズ   ■■■


 「それでマチルダ、もうすぐ新学期が始まるけど、ティファニアの入学は間に合いそうなの?」


 私は今ウェストウッド村でマチルダと話してる。

 サイトは外で年長組の相手、ティファニアは年少組の相手をしている。

 ここに来たのは一週間くらい前、私もしばらく休みたかったから、ここはいい安らぎ空間だわ。

 何せ一か月間罰として、公爵家の三女として社交界に引っ張り出された。戦勝記念とやらで結構な数のパーティーがあちこちで開かれたのだ。


 確かガリアに多額の借金があるはずなんだけど、その辺大丈夫なのかしら?


 「うーん、入学には間に合いそうも無いね。というのもあの学院は貴族の学び舎だから入るには相応の地位がいる。だからティファニア・オブ・サウスゴータとしてウェールズが今その処理に当たってるんだけど、正式な手続きを踏んでるから時間がかかるんだよ」


 「サウスゴータね、ていうことは貴方達がシティオブサウスゴータの太守ってこと?」


 「一応名前だけはそうなるね。とはいえ街は議会が治めてるし、それ以前に今はガリアの領土だからね」

 そういえばそうだったわね。


 「てことは貴方達はガリアの貴族ってことになるのね」


 「そうなるわ。一旦アルビオンの貴族になって、その後ガリアの貴族になるってことだから時間がかかるわけだね。ハインツがいなかったらもっとかかってただろうさ」

 確かに、ガリアにはハインツがいるからそっちの心配はなさそうね。


 「それにしても複雑な立場なのね、アルビオン王ウェールズの従兄妹であるあの子が、ガリアの貴族としてトリステイン魔法学院に通うわけでしょ。何かあったら国際問題どころか戦争になりかねないわ」

 そこに“虚無”と“エルフの血”という二つの秘密が加わるんだから。


 「本当にね、なんであの子は学院に通うだけでこんなに苦労しなくちゃいけないんだろうね」


 「別に学院に通う必要はないんじゃない?」

 あそこがそれほどいいところとはあんまし思えないし。

 私にとって良い仲間は多いけど、教師陣が良くない。コルベール先生くらいかしらね、優秀なのは。

 トリステインの人材不足はそういうところにも吹き出ている。


 「でも、一度は見せておきたいのよ、貴族ってものをね。その上であの子がどう生きるかは自分で考えればいい。もっとも、テファが貴族として生きられるとは思えないけどね」

 なるほど、確かにティファニアは貴族とは無縁では生きられない。貴族がどういうものかを学ぶには確かに最適の場所ではあるわ。


 「だけどもう少し時間がかかるのよね、私達は新学期が始まるまでに戻るけど。マチルダはどうするの?」


 「私も秘書としての仕事があるから戻るよ。こっちは問題ない、引越しの準備を始めるために応援が来てくれることになってるから」

 子供達は一旦トリスタニアの修道院に預けられる。かと思いきやハインツが引き取ることになった。


 「ヴァランスの人間かしら?」


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。

 ガリア最大の貴族であり、ヴァランス領の総督。言ってみればトリステインのクルデンホルフ大公国とは真逆なところ。

 クルデンホルフ大公国は建前独立国だけど、結局軍事及び外交は他の封建貴族と同じようにトリステイン王家に依存している。いわば建前上の独立。

 逆にヴァランス領は建前上ガリアの王領で、ヴァランス公は王国の土地を預かっていることになっているけど。領地の多くは鉱山地帯で大量の鉱物資源を抱え、大量の私兵も持っている。

 つまり経済的に一切ガリア王政府に依存していないから、実質的な独立国でもある。総督が王位継承権第二位である以上、王家直轄領の側面も持つから、王であってもヴァランス領の統治にはあまり口を出せない。


 そんな実は大人物なハインツなら、ここの子供達を引き取るくらいまさに造作も無い。何せ財力ではトリステイン王家を上回るし、トリステイン王家はヴァランス家にも多額の借金をしてる。ガリア王政府に申し込んだ借金の一部はガリア一の金持ち貴族が負担したのだ。


 「いえ、ホビットの人達よ、ハインツの友人に頼んだって言ってたけど」


 「また凄い友人ね」

 予想外な人材を持ってくるわね。


 「ヴァランス領にはホビットや土小人やレプラコーンの村が普通にあるどころか、コボルトの村まであるそうよ。一体どういう統治をしてるのかしらね?」


 ヴァランス領の人口は確か27.1万人。私のヴァリエール家とは比較にならない。

 トリステイン最大の封建貴族とはいっても、ガリア最大の貴族とじゃ天と地の差。トリステインとガリアの国力差がそのまま反映されてる。

 ガリアの人口は1500万だったから、2%近い民はハインツの領民ということになる。

 封建貴族じゃないから領民という表現はおかしいけど、めんどいからそれでいい。


 「それは多分考えないほうが良さそうよ、つーかよくそんな立場にある奴が北花壇騎士団の副団長とかやってるわね」

 まあ、タバサにも言えることだけど、あの子のオルレアン家は既に没落してる。

 だけどヴァランス家は違う。諸国会議の場で堂々と発言できる男なのだあいつは。


 「まあね、しかもこのウェストウッド村で子供達の相手したりもしてるんだから、なに考えて生きてるのかしら?」

 それは多分一生かかっても解けない最大の命題でしょうね。


 あいつはとにかく謎が多い、立場が分かれば分かるほど、逆に訳分かんなくなるという稀有な奴だ。


 最初に会ったときはタバサの保護者くらいの認識でしかなかったけど、長く付き合うにつれてあいつの立場が分かるほど、何者なのかよく分かんなくなった。


 私達に接触したことに何らかの意図があるとは思うんだけど、あいつのことだから特に何の考えもないのかもしれない。

 少なくとも、ここの子達の為にやってることはただハインツがしたいからやってるだけでしょうし。


 「ま、そこは考えても仕方がないわ。マチルダだってあいつがやってることを全部知ってるわけじゃないんでしょ?」


 「まあね。逆に私が知らなくてあんたが知ってることもあるだろうさ、だけど突き合わせて考えない方がいいね。絶対余計混乱するだけだろうから」


 「確かに、言えてるわ」

 あいつのことを探ったところで意味はない。ハインツはハインツでしかないのだから。

 あいつを一般的に考えること自体がそもそもの間違いなのよ。


 「けどま、いつ頃出発するんだい?」


 「三日後くらいかしら、姫様がロサイスに迎えをよこしてくれるって言ってたから」

 まあ、もし途中で襲われたら応戦するにも軍船のほうが便利だし。


 「あんたらも出世したんだねえ」


 「極秘扱いではあるけどね」

 一応私達の存在は極秘ということになっている。

 半ば公然の秘密だけど、それを隠れ蓑に最も重要な事実を隠す。これが狙い。

 私も変わったけど姫様も同じくらい変わったと思うわ。


 「虚無の担い手はどこもそんな感じだね」


 そうして私の休暇は過ぎていった。













■■■   side:イザベラ   ■■■



 「報告御苦労さまクロムウェル、仕事はなれたかしら?」


 私は現在本部でビアンシォッティ内務卿の次席補佐官から報告を受けている。

 私は一応“プチ・トロワ”で遊び呆けてることになっているので、九大卿からの報告をそこに持ってくるわけにもいかない。

 だけど私が宰相として活動していることを知る人間は王政府のなかでもごく限られてるから、九大卿とその補佐官達くらいなのよね。


 「宰相殿、今の私はクロムウェルじゃありません、クロスビルですよ」

 そう言えばそうだった。だけどほとんど変わってないわよそれ。

 「ごめんなさいね、いっつもハインツと話す時に“クロムウェル”って言ってたからまだ癖が抜けきってないようだわ。それとも、あいつみたいに“クロさん”って呼んだ方がいいかしら?」


 「ははは、それは少々遠慮ねがいたいですな、その呼び方はハインツ君だけで十分ですよ」

 ”ハインツ君”か、あいつをそう呼ぶ人も珍しいわね。


 「まあそれはともかく、はい、仕事の方も大体慣れてきました。しかし、ガリアの制度はもの凄く発達してますな。アルビオンとは比較になりません」


 「ま、人口の違いや国土の大きさの違いも大きいかね。とはいえあの悪魔の考えた制度だから、穴はないようよ」

 これを考えたのはハインツではなくあの青髭のほう。

 ハインツが得意とするのは暗殺と粛清、そして適切な人材を見つけて的確に配置すること。

 つまり制度は青髭が考えて、ハインツが人材を確保する。そして私と九大卿で運営する。


 国家の運営を行う面子として、これ以上はありえない布陣ね。

 そしてハインツが見つけてきた優秀な人材の一人がこの男性。


 「確かに、あの御方が考えたのなら穴はないでしょうね。ですが、いくら制度が完璧でも実際にそれを運営するのはまた別物でしょう。そこはやはり宰相殿の手腕のおかげだと思いますよ」


 「だけど、そのためには貴方みたいな人材が必要なのよ。貴方の記憶力は他に例を見ないし、しかもそれを自在に引き出して机仕事に応用できてる」

 書類整理や事務的な手続きをやらせたら、こいつの右に出る者はいない。まさに内政型。


 「そうおだてないでください。ですが、任された仕事はこなして見せますよ。そうしないと申し訳ありませんからな」

 有能なくせに腰が低いのよね、もうちょっと覇気があってもいいと思うんだけど。


 「ま、頑張ってね。最終作戦にはとんでもない仕事量が回ってくると思うから」


 「はい、覚悟しておきます。ところで、話は変わるのですが、近頃公衆浴場が公開されましたな」


 「ええ、国土卿と内務卿が協力して当たってたわね」

 これまで平民が入れる浴場というものは存在せず、焼いた石が詰められた暖炉の隣に腰掛け、それに水をかけて蒸気を発し、汗を流し、十分に体が温まったら外に出て水を浴びて汗を流すものだった。


 ちゃんと浴場があってお湯を張り、体を伸ばせるのは貴族の屋敷くらいにしかなく、平民が入れるものではなかった。

 だけど、平民でも入れる公衆浴場を王政府が整備し、しっかりと管理をすれば平民達も風呂に入れるようになる。

 料金はまだ20スゥ(2000円)もするから平民が入るにはちょっと高いけど、1週間か2週間に一度は問題なくいける。


 一週間程前にリュティスで最初の公衆浴場が30箇所同時にスタートし、他の都市でも順次スタートしていく予定。

 最終的には人口1000人の街程度ならどこにでもあるくらいに普及させるのを目標にしている。

 客入りは良好どころか大人気。リュティスではまだ数十の浴場が建設されてるのでそっちに急遽人員を派遣し工事を急がせている。

 「はい、民の評判もよろしいようで。宰相殿も視察に行かれてはどうかと、内務卿がおっしゃってました」


 「ていうことは内務卿も行ったのね」

 あれで以外に行動力あるからねあの人。
 

 「はい、公開初日に行ったそうですが、人ばかりで浴場がとんでもないことになっていたそうです。それ以来、一度に入る人数を制限する方針となったそうですが」

 ありゃ、ちょっと予想が甘かったわ。


 「てことは私が行っても入れないんじゃない?」


 「いえいえ、流石は内務卿、ちゃんと手を打っておりました」

 そうして紙を取り出すクロムウェル、もといクロスビル。


 「整理券?」


 「はい、ある程度の数が揃うまでは前日に券を購入し、決められた時間内で入ることとなりました。浴場の数が増えればそういったことをしなくて済むようになると思いますが」

 確かに、建設が済むまではそうするしかないわね。


 「分かったわ、えーと、明後日の午後2時ね。どんな状況かはしっかり見ておくから、4日後の円卓会議には必ず出席するよう、内務卿に伝えておきなさい」


 「了解しました」

 そして退出するクロスビル。

 うん、本当に拾いもんだったわねあいつ。仕事にそつがないわ。














 で、今私はその浴場にいるわけなんだけど。

 ちなみに『フェイス・チェンジ』が付与されたネックレスは着けてない。風呂場で着けるのも変だし。

 だけど。


 「・・・・・・・・姉様?」

 今目の前にシャルロットがいたりする。


 こんなことを仕込む野郎はこのガリアに二人しかいない。あの“二柱の悪魔”に決まってる。

 そしてこの手口は間違いなくハインツ。クロスビルを使った時点で怪しいし、多分彼は何も知らされていない。

 あの青髭の手口だったら必ずなんらかの実害が私に出る。そこがハインツの陰謀とあの糞の陰謀の最大の違い。


 「シャルロット、聞くまでもないと思うんだけど、ここの入場券は誰にもらったの?」

 それでもあえて聞いておく。


 「ハインツ、今回の任務はリュティス近郊だったから仕事が終わったら入ってくると良いって言ってた」

 やっぱりかあの野郎。


 そして一緒にお風呂に入ることになった私達。








 浴場の混乱は見られない。整理券はしっかりと効果を発揮しているようで、一度に入れる限りの人数がいるけど特に問題はなさそう。

 壁や床にも問題はなし、お湯もしっかりと品質管理がなされてる。確か定期的に循環する仕組みになってたのよね。

 この水の循環の仕組みには、技術開発局の水中人の方達に全面的な協力をお願いした。そして完成したシステムは見事な効果を発揮している。

 そして湯を温めるシステムにはリザードマンの方達に協力してもらった。彼らは火を恒久的に燃やし続ける技術に長けており、驚くほど効率が良い。


 その結果、平民でも手が届くほどの料金で運営をすることが出来るようになった。風呂というのは燃費がそれほど良くなかったから、どうしても貴族のものにならざるを得なかったのよね。

 浴室の管理や衛生問題、それに燃料や水の確保と、課題は山積みでこれまでの技術では赤字になってしまう。


 「本当、技術開発局はよくやってくれてるわ」

 そしてそれを運営するために努力するのは私達の役目。清掃員を雇ったり、燃料をどこから購入するかとか、そういった部分では暗黒街“八輝星”の協力や助言ももらった。

 そしてなにより覗き対策。

 メイジが魔法で覗きを行う可能性が高いので、ミュッセ保安卿の下、覗きの取り締まり態勢は整えてある。

 この一週間で既に10人以上が御用となったらしい。


 とまあ、そんなことを考えていたのだけど、気になることがある。


 「ねえシャルロット、何で自分の胸と私の胸をそんなに見比べてるのかしら?」

 さっきから自分の胸を見て、そして私の胸を見て、溜息をついてるシャルロット。かなりラヴリー。


 「別に、見てない」

 顔を伏せながら言っても説得力がまるでないわね。

 だけど、この子これまで容姿に全然気にしてなかったわよね、ということは。


 「好きな男の子でも出来たのかしら?」


 「!!」

 これまた分かりやすい反応をするシャルロット。こういう話題に関する免疫がないんでしょうね。


 私の方は逆の意味で問題がある。

 北花壇騎士団本部の“参謀”達はほぼ全員暗黒街出身だから、そういったことに対しては百戦錬磨というか価値観が少し違う。

 女性職員もいるけど日常会話で「今日は5エキューで」、「いや、俺は10エキュー出す」、「一回抜くだけでいいんで」とか言いまくってるし。女の方も普通に「じゃあ今日は貴方で」て感じだし。


 ヒルダは唯一の例外だけど、あの子も逞しいから「私を買いたいなら一万エキューは積んでください」って普通に対応してる。男達も日々女性の値段づけに余念がない。


 悲しいことだけど、12歳の頃からそこにいる私にとってはもう耐性が出来たいうか、完全に毒されてしまった。

 そんなことを気にしていたらあそこで仕事なんか出来るはずがない。


 だけど、そのトップがハインツというのは一体何の皮肉なのかしらね。

 私にとって一番年が近い異性はマルコとヨアヒムになるけどあいつらも論外、ハインツ毒を完全に受けている。

 以前私が寝ぼけて本部の男湯に入ってしまったときも。


 『あれ、団長じゃないですか』

 『寝ぼけてるんすか? 女湯はあっちですよー!』

 とまあ、逆に女のプライドが砕かれるような反応をしてくれた。


 見事なまでに両極端なのしか本部にはいない。普通に学院で恋してるシャルロットが少し羨ましい。


 「好きな男の子が自分の身体に興味を持っているかが気になるのね」

 本部の男連中は誰にでも寄ってくし、副団長と補佐官は誰にも寄ってかない。


 「………………………………………………………………はい」

 うーん、思わず抱きしめたくなるわ。


 「大丈夫よ、最近は成長してるんでしょ、まだまだこれから」

 身長も結構伸びてるし、まあ、170サントの私よりは小さいけど。


 「だけど、胸は成長してない」

 そこが気になってるみたいね。

 確かハインツの報告によればサイトって子がそろそろ学院に戻るとか、そういうことね。


 「ねえ、姉様はどうやってそんあに大きくなったの?」

 また直球に訊いてくる。


 「さて、何でかしらねえ」

 と言うけど心当たりは一つしかない。


 「多分、ハインツが原因よ」

 私はかなり身体に悪い生活を送っているはず、にも関わらず全然病気にならないし、発育も阻害されてない。


 12歳頃までは同年代に比べてそれほど背が高かったわけじゃないんだけど、参謀長になってからは何か健康的になった。

 ちょうど身体が作り替わる時期にあいつがしっかりと食事メニューとか睡眠時間とかに手を回してたみたいで、気付けばこうなってた。

 何でも前世で死に向って一直線だった頃、そういった栄養関係の知識を詰め込みまくったとか何とか。


 ……………………その気配りを何で自分の身体にしないのかしら?


 「ハインツ? ハインツに揉んでもらったらそうなるの?」

 もの凄い発想をするわねこの子。


 「とんでもない想像しないの、ちゃんとバランスよく食事をとって、日々の健康に気を使うことよ」

 とはいっても、フェンサーであるこの子じゃそれは難しいんだけど。


 「バランスよく………」

 そう言えばこの子、ハシバミ草が大好きでちょっとした偏食家だったわね。


 「そうすればきっと成長するわよ、具体的な相談はハインツにするといいわ」

 つっても胸を大きくしたいっていう相談を男にするのはどうかと思うけど。


 「わかった」

 相手がハインツじゃあそんな気はなくなるでしょうね。

 そういう相談を決して笑わず、真摯に取り組むのがあいつなのよね。

 本当、特殊極まりない奴だわ。


 「それからねシャルロット、貴女のお母さんを治すことは、近いうちにできそうよ」


 「本当!!」

 身を乗り出して詰め寄ってくる。


 「ええ、ハインツがエルフと交渉して協力を頼んでたから。それほど遠くない内に解毒剤はできあがるはずよ」

 ようやくエルフとの交渉が纏まって、先日技術開発局にエルフの講師団が到着した。

 後は彼らに解毒剤を作ってもらえばそれで済む。


 「よかった」

 涙ぐむシャルロット、浴場で抱きしめるのもどうかと思うので頭を撫でてあげる。


 「大丈夫、もうこれまでみたいに不規則な生活をしなくても済むわ、そうしたら好きな子と一緒にいれる時間も増えるわよ」

 最終作戦が終わればフェンサーの仕事も減るし、そもそもシャルロットが所属し続ける必要も無い。

 今はまだオルレアン公の遺児という政治的な利用価値があるから、シャルロットを狙ってくる輩がいる可能性がある。特にロマリア。

 だけど宗教庁をぶっ壊せばそんな心配もなくなる。シャルロットは自分の人生を歩むことが出来るようになる。



 その日が一日でも早く来ることを私は願い続けていた。












■■■   side:才人   ■■■


 俺達は女王様との謁見を終えて、今竜籠で魔法学院に向かっている。


 「しっかし、近衛騎士隊の隊長ねえ、随分いきなりな話だなあ」


 「いいえ、想定内よ。今のトリステインに使い物になる貴族は少ないからね。アルビオンとの連合王国を目指すにしても、しばらくは一国で頑張らないといけないんだから」

 想定内か、こいつの頭の中はどうなってんだろうな。


 「しかも隊員は全員魔法学院の生徒、当然ギーシュやマリコルヌは入るとして、女生徒の参加は認められるのか?」


 「留学生のキュルケとタバサは無理あるわね。だけど外部顧問とか客員騎士とかなら使えるし、公式に入れる必要はないわ。その方が伏兵として使えるし」


 「モンモランシーは?」


 「私とモンモランシーは参謀をやるわ。ギーシュが隊長、あんたとマリコルヌが副隊長。後はアルビオン戦役に参加した生徒を集めればいい、もっとも、3年生は卒業だから除外ね」

 なかなか面白そうな布陣だ。

 「つっても3年に使いもんになりそうなのいたっけ?」


 「キュルケの話じゃほぼゼロ、ちょっとはましなのも居るらしいけど、惜しむほどじゃないわ。今の2年と1年には、それなりに使えそうなのはいるみたいだけど。ま、波ってのがあるからね、3つも学年があればどっかに不作な年があるもんよ」

 そこは地球と変わんないのか。

 「新入生はどうすんだ?」


 「少なくとも半年はだめね、志願者がいたら騎士見習いの扱いにしてしばらく鍛える。タバサやキュルケみたいに1年からトライアングルで実戦経験があるなら即採用してもいいけど、そんなのは稀よ」

 だろうなあ。

 「ま、そんなとこか、だけど『ルイズ隊』の下部組織みたいな感じだな」


 「間違いじゃないわ、私は女王陛下の女官で特殊護衛官だから、有事の際には各騎士隊を指揮下に置く権利があるの。マンティコア隊、銃士隊、そして新生の学生騎士隊」


 「そうだったな、あのアニエスさんもお前の指揮下に入るんだもんな」

 これもついさっき決まったこと。戦争の為の仮の役職をマジで作ることにしたらしい。

 
 「それであんたら6人は特殊護衛官直属の部下だから、これは人種を問わず私の権限で任命できる。だからタバサやキュルケがいても問題ないわ」

 完全に俺達はルイズの配下ってことか。


 「しかもお前、トリステインの王位継承権第二位なんだっけ?」

 その辺はよくわかんねえんだけど。


 「一応ね、だけどそれは方便みたいものよ、要は“虚無”の隠れ蓑。ま、姫様には兄弟がいないし、親戚はウェールズ王子になるから、私に高い王位継承権が存在してもそれほど問題はないのよ」


 「ふーん」

 やっぱその辺はあんましわかんねえな。


 「それよりも他の担い手に注意すべきね、あんたにとってはちょっとした選択を迫られるかもしれないわよ」


 「選択?」

 なんじゃそりゃ。


 「いずれ話すわ。それより、帰ったらタバサに告白するの?」


 「ぶっ!」

 いきなり何言うんだこいつは!


 「だって言ってたでしょ、タバサが好きだって」


 「いや、それは……………」

 そりゃ確かに言ったけど。


 「だったら男のほうから行きなさい、そうじゃないと騎士失格よ」


 「シュヴァリエってそういうもんなのか?」

 何か違う気がするんだが。


 「そういうもんよ、昔から騎士が命を張る理由は女の為って決まってるの。童話の『イーヴァルディの勇者』ですらそうなんだから」


 「いや、俺が最近読んだ童話だとその限りじゃなかったんだが」

 結局あれらを読む羽目になったのだが、(赤ずきんだけはやめておいた)『シンデレラ』も『白雪姫』も王子様を利用するだけ利用して最後はあっさり捨てたからなあ。

 『浦島太郎』もある意味女の為といえなくないかもしれんが、あれは絶対違う。最後まで祖国への忠誠のために殉じた気高い騎士の話だったし。


 「まあとにかく、告白しなさい。そして抱きなさい」


 「なんでそんなストレートなんだよ」


 「だってほら、そこにいるじゃない」


 「は?」


 言われて横にある窓を見ると、そこにシルフィードに乗ったシャルロットがいた。もの凄い顔を真っ赤にしてる。


 「お、おかえり、サイト」

 もの凄い恥ずかしそうに言うシャルロット。だめだ、もの凄くかわいい。


 「お、おう、ただいま」

 なんかもうそんな言葉しか出てこない。


 「く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくく、駄目、駄目、笑える。くくく」

 腹を抱えて笑う小悪魔が一人。


 「ルイズてめえええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 「あっはははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 俺の絶叫とルイズの笑い声とシャルロットの沈黙がずっと続いた。



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あとがき


 ものすごいひさしぶりのあとがきです。

 感想掲示板にも書いたのですが、しばらく、というかこの物語の流れとして、ガリア主導のもとに話が進みます。理由は作品内で書いていきますが、それに納得されない方も居られると思います。どうか、そのあたりは寛容な目で見てください。



 あと、28話で登場した(2章でも一回でてます。19話です)リザードマンのガラさんですが、エルフやオークの親友はいませんし、体も赤くなりません。ただ、コートと帽子がトレードマークで、辛いものが好きなだけです。

……ごめんなさい、大好きなキャラだったので、どうしても出したい誘惑に勝てませんでした。

 気がついた人も大勢いらっしゃることと思いますが、作品内の多くに、別の作品(商業作品)の私のお気に入りのキャラを、名前だけだったりキャラそのものだったりですが出してます。メインキャラにはしていないつもりですが…

 ちなみに今回も出てます。元ネタはポピュラーなファンタジー大作です。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十一話  スレイプニィルの舞踏会
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/20 10:41
 トリステインにおいて新たな騎士隊が創設されることとなった。


 その名は水精霊騎士隊(オンディーヌ)。


 入隊条件は“魔法学院の生徒であること”のみ。


 しかも一年の魔法学院在籍中を訓練期間として、卒業後は王宮仕えとなることが決定している。


 嫡男ではなく家督を継げない生徒にとっては、またとない大チャンスであった。





第三十一話    スレイプニィルの舞踏会





■■■   side:ルイズ   ■■■


 学院に戻って来てから2週間。

 私達は現在学院から少し離れた森にいる。

 というもの水精霊騎士隊の入隊試験を行うため。


 「ルイズ、準備OKだぜ」


 「こっちも配置完了だよ」


 「問題なーし」

 サイト、ギーシュ、マリコルヌの順で答えが返ってくる。


 帰ってすぐに魔法学院の生徒で新たな騎士隊が作られることをオスマン学院長に告知してもらったところ、嫡男じゃない男子生徒のほぼ全員が志願した。

 彼らは自力で軍人になるか、官吏になるかで生計を立てる法衣貴族になるしかないので、このチャンスを逃す訳はない。

 トリステイン魔法学院の生徒数は一学年およそ90人の3クラス構成。

 男女比は2:1、そして3年生は卒業だから、120人の男子学生がいるわけで、そのうちおよそ90人の学生が集まった。


 で、流石に多すぎるので入隊試験を行うことにした。(私の権限で)


 「了解。モンモランシー、頼むわ」


 「了解よ」

 モンモランシーがある秘薬をあたりに散布し始める。


 ここには今その90人が集結していて、ここにこれから敵役がやってくることになっている。

 その敵役を倒せないにしても、ちゃんと戦えれば合格と事前に伝えてある。


 「しかしルイズ、これは少々やばくないかね? 下手すると死人が出かねないよ」

 ギーシュはちょっと不安そうね。


 「うーん確かに、ここで生徒が死んだらオスマン学院長の首が飛びそうだね」

 マリコルヌも似た感じかしら。


 「大丈夫だろ、相手はあれだし」

 サイトは自信ありげね。


 「平気」

 これはタバサ、彼女も緊急用に待機してもらってる。


 隊長のギーシュ・ド・グラモン。副隊長のサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、及びマリコルヌ・ド・グランドプレ。この3人は既に決定事項。(私の権限で)

 で、参謀長が私で、その補佐がモンモランシー。参謀長が隊長に指示するという訳分かんない組織だけどそこは気にしない。

 タバサとキュルケは私の個人的な部下で、時に水精霊騎士隊を手伝う形になるわね。


 水精霊騎士隊自体が女王の個人的な護衛隊というか、入隊条件とかも公式文書になっているわけじゃない組織だから。騎士隊ごっこと見られてもしかたないけど、その分融通が利く。


 ま、ハインツの北花壇騎士団には到底及ばないけど。


 「準備OKよ、後数分くらいで目覚めるわ」


 「よーし皆、配置について」

 モンモランシーの報告を受けて指示を出す。


 「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 「鬼が出るんだろう」

 ギーシュとマリコルヌも落ち着いてるわ、本番型なのよねこいつら。


 「行こうぜ、タバサ」


 「うん」

 こっちの二人は相変わらず仲良いわ。


 「さて、治療要員の私は傍観してるわよ」


 「それでいいわ、多分私もやることないし」

 今回は私の“虚無”をぶっ放す必要はないし。





 そして数分後。


 「うわああああああああああああああああああああああああ!」


 「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」


 「お、オーク鬼だあああああああああああああああああああ!」


 「た、助けてえええええええええええええええええええええ!」


 という絶叫があちこちから響き渡る。


 「情けないわねえ、たかがオーク鬼くらいで」


 「それは貴女が異常なのよ、私だっていきなり目の前に出てこられたら叫ぶわ」

 モンモランシーから突っ込みが入る。


 こいつらが今回の敵役。

 この2週間でトリステイン中を巡り、オーク鬼を殺さずにモンモランシーの新薬の実験も兼ねて捕らえた。その数全部で10匹。


 そしてシルフィードでここに運んで、ギーシュとヴェルダンデが掘った穴の中に埋めておいた。空気穴を作ったのは当然マリコルヌ。

 さっきモンモランシーが散布してたのはそいつらを目覚めさせる薬。失敗してたら永眠だけど相手がオーク鬼だから問題なし。そして目覚めたオーク鬼がいきなり彼らの前に出現したわけね。


 「大半が逃げたわね、あいつらは失格と」


 「普通逃げると思うけど、騎士隊の入隊試験で逃げるようじゃ駄目ね」

 モンモランシーの評価も結構厳しいわね。


 「でも、残ってるのもいる。あれは多分サウスゴータ攻略戦に参加した組か、もしくは艦隊戦に参加した組ね」

 アルビオン戦役に参加したといっても、大半の生徒は後方の輜重部隊だったから、実戦経験があるのは少ない。

 だけど、2年生の中にはギーシュとマリコルヌのように戦った連中もいる。流石にあいつらみたいにサウスゴータ撤退戦を経験したのはいないでしょうけど。


 「結構やるわね、20対10って感じになってる。これなら大丈夫そう」

 モンモランシーの評価も的確ね。大半がドットだとしてもオーク鬼相手ならそうそう負ける戦力差じゃないわ。


 それに。


 「オラアアア!」

 「『ウィンディ・アイシクル』!」

 「ワルキューレ!」

 「『エア・カッター』!」


 オーク鬼退治の専門家もいるしね。








 そして学院に戻って来た。

 逃げた連中は不合格にして、残った連中は現在中庭に集合してる。

 人数は20人で全員2年生。ま、丁度いい数ね。


 「一年生は全員逃げたか」


 「ま、仕方ないだろうさ、一年生は誰も前戦にいかなかったからね」


 「てゆーか僕達が異常なんだと思うよ」

 特にマリコルヌは呪われてるとしか思えない戦況だったしね。


 「ほらギーシュ、挨拶」

 私はギーシュをうながす。


 「おっと、いけないいけない」

 前に進み出るギーシュ。


 「えーと、皆、これから僕達は女王陛下の近衛騎士として活動することになる。だけどまあ戦争に比べれば楽なもんだ、死ぬ危険は少ない」

 何人かは頷いてるわね。


 「そして我等のモットーだが、“名誉を捨てろ、命の為に。 命を懸けろ、仲間の為に”だ。要は名誉よりも生き残ることを第一にする」


 「騎士隊は女王陛下の為に戦うんじゃないのか?」

 誰かがそう発言する。


 「それはただの前提だ、モットーじゃない。僕達貴族が王国や女王や民の為に戦うのは大前提だ。その先の方針としてモットーがある。というわけで、ここは名誉を求めて華々しく戦う場所じゃない、基本的に地道な裏方作業が多くなると思う。それに不満があるなら今のうちに去ってくれて構わない」

 特に異論がありそうなのはいないわね、流石は実戦経験組。


 「よし、じゃあ後はルイズに任せる」

 そこで一気に放り出すのもギーシュらしいわ。


 そして私は細かい訓練の日程やその他の注意事項もろもろを述べていく。


 集団行動、指揮系統の確立、個人の魔法の訓練、そして実践的な戦い方。

 まずはその辺から始めて、徐々に集団戦闘の訓練や高度な戦術展開、指示一つで散開して各員の判断で動く、などの段階へ到る予定。


 それに、近いうちに何か大事が起こりそうな予感がするから、出来る限り連携は強めておきたい。


 さて、例の敵はどう出てくるかしらね?











■■■   side:才人   ■■■



 「スレイプ二ィルの舞踏会?」

 現在ギーシュとマリコルヌと一緒に昼食を摂ってる。

 前はルイズの隣で食べてたけど、最近は水精霊騎士隊の連中と一緒に食べてる。

 とゆーか戻ってからはルイズとは別の部屋になって、シュヴァリエの年給で学院の部屋を借りている。


 ルイズ曰く。

 『私と同じ部屋だったらタバサを抱けないでしょ?』

 だそうだ。あの野郎。


 そんで今、ギーシュとマリコルヌと話してるわけなんだが。


 「そうさ、簡単に言えば新入生歓迎会、でも、ただの舞踏会じゃなくて『真実の鏡』ってアイテムを使用する」

 ギーシュがそう説明する。


 「『真実の鏡』?」


 「その人の憧れの人物、なってみたい人物の姿をとることが出来る鏡だよ。例年では偉人とか王様とか有名な将軍とか、魔法衛士隊の隊長なんかが多いな」

 こっちはマリコルヌ。


 「なるほど、如何にも魔法学院っぽい舞踏会だな」


 「でだ、君は何に変身する?」

 これはマリコルヌ。


 「俺は生徒じゃねえぞ」


 「何を言ってるんだい! 天下の水精霊騎士隊の副隊長殿だぜ! そこらの生徒が一人二人いなくても何の問題も無いが、君がいなくちゃ問題だろう。それに、タバサの相手は君しかいないんだし」


 今の俺は一応貴族なわけなんだが、そういった実感はない。

 まあ、最初は水精霊騎士隊の連中以外からは平民風情が図に乗るなとかいってきたけど、容赦なくぼこった。

 また、好意的に見てくれる教師も少なく、せいぜいオスマン学院長とシュヴルーズ先生くらいで、すれ違いざまに“成り上がりが”と呟く奴までいた。

 そこでルイズから『教師連中の腐った性根を叩き直すいい機会よ、思いっきり潰しなさい』というお墨付きが出たのでこれまた容赦なくぼこった。

 “疾風”のギトーとやらは「風のスクウェア」のはずなんだがすげー弱かった。あれだ、才能の無駄ってやつ。
 

 “岩石”のニコラことボアロー将軍や、“雷鳴”のウィリアムことホーキンス将軍と比べたらライオンとネズミくらい違った。


 「お前ら最近ルイズに脅されてんのか?」

 最近妙にそれ関係で絡んでくる。


 「賭けをしてるだけだよ、君等がいつくっつくか、ってね。もっとも、マリコルヌだけは破局に賭けたが」


 「そーうだよサイトくーーん。君も早くこっちにおいでよーー。我々はいつだって歓迎するよーー、げっへっへ」

 マリコルヌの背後でとてつもないオーラが迸る。


 「マリコルヌ、戻ってきたまえ。まあそういうわけでだ、折角の舞踏会なんだから思いっきり楽しもうってことさ」


 「舞踏会か」

 別に踊り方なんざ知らねえけど、一緒に踊るならそりゃシャルロットと踊りたい。


 そこに。


 「サイト、探したわ。ちょっと話すことがあるから顔貸して」

 そこにルイズ登場。最近はモンモランシーと一緒になんかの研究をやってることが多い。

 ちなみにキュルケはまだ戻ってない、コルベール先生と一緒にゲルマニアの実家で新型船を造ってるとかなんとか。


 「すぐ返せよ」


 「前と後ろを逆にして返すわ」


 「死ぬだろ!」


 「いや、顔だけを貸した時点でもう死んでると思うんだが」

 ギーシュから突っ込まれる。鬱だ。


 「ギーシュに突っ込まれるようじゃおしまいだなサイト」

 戻って来たマリコルヌにもそう言われる。


 「うっせえやい」


 「いいからとっとと来なさい」

 ルイズから催促がかかる。


 「へいへい」

 俺はルイズの方に向かって歩き出した。











■■■   side:シャルロット   ■■■


 私の下に伝令用ガーゴイルが届いた。

 しかし、“リンダーナ”ではなく見たことも無いタイプであり、いきなり左右に割れて中から手紙が出てきた。


 その手紙には王印が押されていた。これはつまりあの男の勅令であることを示している。


 そこに指示されている通り、私はトリスタニアのチクトンネ街に向かった。








 「初めまして、北花壇騎士団フェンサー第七位“雪風”のタバサ殿」

 指定された場所にいたのはフードを被った女だった。ルイズを襲撃した人物の特徴と合致する。


 「貴女は誰?」


 「私はシェフィールド。偉大なる陛下に仕える忠実な僕。そして虚無の使い魔である神の頭脳ミョズニト二ルン」

 相手はそう名乗る。それが示す事実はあの男こそが。


 「そうよ、陛下こそがガリアの虚無の担い手。まあ、あの“博識”ならいずれ気付くでしょうからどうでもいい情報ではあるけれど」

 確かに、ルイズだったらすぐに気付くに違いない。

 だけど、父様を殺したあの男が虚無の担い手だなんて。


 「それほど彼女らは鋭い、つまり邪魔なのよ。使えるかと思っていたけど、少々飼いならすには手こずりそうだからね、消えてもらうことにしたの」

 彼女“ら”、それはつまり。


 「それが貴女に課せられた任務、ガンダールヴを始末しなさい。それが出来れば貴女の母を治す薬を与えるわ」

 サイトも狙われているということ!


 私は瞬時に『エア・カッター』を唱えミョズニト二ルンの首を切り落とす。


 しかし。


 「あら、いきなり乱暴ね、母が治らなくてもいいのかしら?」

 声はなおも聞こえる。これはスキルニル。


 「大丈夫」

 平気、だって母様は治るんだから。


 「ふ、ふふふふふふふふ、所詮は小娘の浅知恵ね。あの男の暗躍に気付かない我々だと思った? そう、貴女の従兄君のね」


 「!!」

 まさか!


 「いいえ、まだ殺してはいないわよ。忌々しいことだけど今のガリアの暗部はあの男と奴が引き込んだ王女によって統括されてる。それにあちこちに同士がいるみたいだし、軍部にも奴の協力者はいるみたいでね」

 恐らく、『影の騎士団』。ハインツが兵学校にいた頃からの親友だという。


 「本当に厄介よあの男は。何せ陛下と共に諸国会議に出席するくらいだもの。しかも反逆を企むのではなく、あくまで正統な後継者に国を継がせようとしてるから始末が悪い」

 イザベラ姉様。

 このままだとイザベラ姉様か、もしくは姉様と結婚したハインツが次のガリアの王になる。それは当然の帰結であり、それを支持することは王家への反逆でも何でもない。だってイザベラ姉様はあの男の実子なんだから。


 「そのくせ、じわりじわりと王の権力を削ごうとしてる。だけど反逆者ではない、それに近衛騎士団長でもある」

 それがハインツと姉様、あえて権力の中枢に喰い込むことで排除するのを不可能にしてる。


 「だけどね、ガリアは専制国家なの、いざとなれば排除できないわけじゃないのよ。それに、反逆者の家族を庇うことは問題よね」

 それはつまり、私が命に背いたらあの人達を………


 「貴女は奴の唯一と言っていい弱点だからね、そこを突くのは当然でしょう」

 私が、ハインツの弱点……


 「だから、命に背けば貴女の母の命は保証しないわ、それを止めるためにあの男が動けば一網打尽に出来る」

 でも、それは。


 「別に構わないでしょう? 母の命が懸っているのだから、たかが他人を殺すくらいどうってことないでしょ」

 私がサイトを殺すということ。



 私の……………………………………好きな人を。



 「決行の日はスレイプニィルの舞踏会よ、それまでせいぜい悩みなさい。もっとも、道は一つしかないと思うけど」











■■■   side:シェフィールド   ■■■


 今日はスレイプニィルの舞踏会当日。

 トリステインの女王陛下も来賓として訪れており、その分警備は厳重なはずだけど私にとっては意味のないもの。

 ところどころに監視用のガーゴイル“アーリマン”が置かれているようだけど、あれを設計したのはそもそも私。すり抜けるのは造作も無い。


 そしてこの舞踏会では“真実の鏡”を使って誰が誰だか分からなくなっており、一度入り込んでしまえば後は自由に行動できる。


 どうせだから少し観覧しようと思って早めに来たのだけれど、舞踏会の開始を宣言した学院長の爺が、退出した後今度はきわどい恰好の女性の姿で出てきて、教師達が無言でそれを引きずって行った。


 「よくあんな爺に学院長をやらせているわね」

 他国のことではあるけど、トリステインという国は何を考えているのか?


 ま、遊びはその程度にして仕事に入る。何せ顔が分からないのでは仕事のしようがない。

 “真実の鏡”に直接触れれば全ての効果を解くことが可能。後は担い手を探せばいい。


 「さて、第二幕の始まりね、今度は前回のようにはいかないわよ」

 前回はこちらの負けだった。けれど今回は違う。

 何せ自慢の騎士様はこちらの騎士に止められているのだから。










 しかし、解除したけど担い手の姿は見当たらない。


 つまり舞踏会の会場にはいないということ、そこで学院に配置されていた“アーリマン”に介入し探索を開始する。

 その結果発見は出来たけど、予想外の場所にいた。







 「こんばんはお嬢様、せっかくの舞踏会だというのになぜこんなところにいらっしゃるのかしら?」

 担い手は研究室と思われる建物にいた。

 まさか舞踏会の日にこんな場所にいるとは思わなかった。


 「あいにくと最近パーティーに出席することが多くてね、嫌気がさしてたのよ。ま、自業自得とも言えるんだけどね」

 確か、ハインツの報告では一か月近くあちこちの戦勝パーティーに引っ張り出されたらしいわね。確かに無理はないかも。


 「随分と余裕があるわね、今の自分の状況は分かっているのかしら?」


 「そっちこそ、ここはメイジの巣よ。この前の街とは違うわよ?」

 なるほど、でもね、私にとっては逆にやりやすいのよ。


 「ここの宝物庫にある秘宝は便利でね、“眠りの鐘”は役に立ってくれたわ。今頃メイジの大半は眠っているでしょうね」

 普通だったらそこまでの効果は無いけどミョズニト二ルンが使えば話は別。この建物程度の規模なら、大半を眠らせることも可能。


 「相変わらず厄介な力ね。それに、今回もスキルニルというわけかしら? たまには本体で来なさいよ」


 「かよわい女性にそのような無茶を言うものではないわ、そういった仕事は殿方の役目よ」

 今回は万全を期すため本体も学院内部におり、そこから今の“私”に意識を飛ばしている。


 本体からの距離が近ければその能力を遜色なく発揮できるようになる。

 ま、前回も街の中に本体がいたのだけど。


 「ふうん、それで今日はどういったご用件かしら?」


 「まあ、この間のお礼といったところかしら。我が主が貴女を招待したいそうなのよ」

 さて、どう反応を返すかしら?


 「あいにくだけど、その招待には応えられそうも無いわね」

 やはり余裕があるわね、いえ、あえてそう見せているのかしら? とにかく、そういった駆け引きに関してはこの“博識”は相当なものね。


 「となると後は力づくしかないわね」

 元よりそれしかないわけだけど。


 「相変わらず短気ねえ、少しは私を見習ったらどう?」


 「お得意の時間稼ぎかしら? 貴女の騎士様が来るまでの」

 それは無意味よ。


 「いいえ、私の騎士はヘタレなのよ」


 「それは酷いわね、貴女の為に7万の大軍に突撃したのではなかったのかしら?」


 「そのくらいかっこよければ少しは見直すのだけどね」

 溜息をつく“博識”。


 「そう、じゃあ貴女がピンチになって騎士様の見せ場を作ってあげるとよいわ」

 私はアルヴィーを起動させる。まずは小手調べといきましょう。


 「あら、でもね、そろそろ幕が降りる時間みたいよ」

 彼女は何らかのアイテムを持っている。何かしら?


 「最後に一つ言っておくわ、マジックアイテムを自在に操るのはいいけど、メイジの技はそれだけじゃないのよ」

 あれは、魔法薬?


 「こんな感じでね」

 そして彼女は蓋を開けてそれを飲む。すると。



 そこには金髪縦ロールの少女がいた。


 「貴女!」


 「どうだったかしら? 私の演技も相当なものでしょ。私とルイズって案外体格が同じなのよね、もっとも胸は私の方が上だけど」

 変身薬。確かにミョズニト二ルンの力では直接触れない限りそれの解析はできない。そういうのはハインツの担当なのよ。


 「“真実の鏡”は囮よ、本命はこっち。さて、ここで質問。本物のルイズはどこにいるでしょう?」


 「!!」

 その瞬間私の意識が引き戻される。それは本体の精神集中が途切れたことを意味していた。














■■■   side:才人   ■■■


 「始まったみたいだな」


 「…………………」


 俺とシャルロットは舞踏会に出席せず平民用の区画で待機していた。

 というのもルイズが事前にミョズニト二ルンの襲撃を察知していたからだ。




≪回想≫


 俺がルイズに呼ばれた後、コルベール先生の研究室にて。

 「で、話ってのは?」


 「今度のスレイプニィルの舞踏会よ、内容は聞いてる?」


 「ああ、魔法の鏡を使って仮装パーティーをやるんだろ」

 ついさっき聞いたばかりだ。


 「そうよ、だから誰が誰だか分からない、しかも“マジックアイテム”で姿を変えてる。これってもの凄い好都合だと思わない?」


 「そうか! ミョズニト二ルン!」

 あの女の能力は確か“魔法具”を自在に操ること、“武器”を自在に操る俺と同じように。


 「そう、それに姫様もいらっしゃるそうだから、狙いやすくはあるでしょうね」

 普通は警備が厳重になるから相手にとっちゃ不都合のはずだけど、あいつにとっちゃ逆にやりやすそうだな。


 「で、どうすんだ?」
 

 「対策は練ってあるわ。水精霊騎士隊はまだまだ訓練不足だから、私達で迎え撃つ」

 ルイズの中じゃ敵は来るものと確信してるみたいだな。


 「相手は絶対来るのか?」


 「多分ね、来なければそれに越したことはないけど警戒はしておくべきよ。備えあらば憂いなし」

 確かにな。


 「俺はどうすりゃいいんだ?」


 「前に一度言ったわよね、選択することになるかもしれないって、その時がスレイプニィルの舞踏会よ」

 そしてルイズは作戦の内容を語り出す。




 ≪回想終了≫



 しばらく一緒にいたけど、シャルロットの様子はどこかおかしい。


 「おい、シャルロット、どうした?」


 「なんでもない」

 そうは言うけど声に力が籠ってない。


 「どうしたんだよ、何でもないようには見えないぜ、お前は休んでた方がいいんじゃないか?」


 「平気」

 こいつは結構強情なんだよな。


 「そっか、じゃあルイズと合流しようぜ、あのミョズニト二ルンの野郎をとっつかまえる」

 殺しても新たな使い魔を呼ばれるだけだそうだから今回の迎撃作戦は捕獲を目指している。


 「うん」

 そして俺達は本塔方面に向かう。













■■■   side:ルイズ   ■■■


 「こんばんはミョズニト二ルン。今度はこっちから挨拶させてもらうわ」

 火の塔の近くに身を潜めていたミョズニト二ルンの本体に向けて私は言い放つ。

 私が近づくと護衛用と思われるガーゴイル(例の“カレドウィヒ”)が迎撃に来たので『爆発』で吹き飛ばした。
 

 「まったく、随分と悪知恵が働く小娘ね」

 ミョズニト二ルンは呆れたような顔で振り返る。


 「そりゃあね、“真実の鏡”はあんたにとっちゃ最高の襲撃チャンスを作り出す、だったらそれを逆に利用しない手はないでしょ。マジックアイテムには詳しくても魔法薬には詳しくなさそうだし」

 こいつはあくまで“魔法具使い”であって、“調合屋”じゃないはず。


 「確かにそうだけど。貴女、どうやってここが分かったのかしら? “アーリマン”は役に立たないはずだけど」


 「多分モンモランシーも言ってなかったかしら? メイジの技は魔法だけじゃないのよ。そしてここはトリステイン魔法学院。メイジの巣窟よ」

 何も魔法だけが全てじゃない。


 「まさか」

 気付いたみたいね。


 「なまじ自分が使い魔だと、その辺を忘れがちになるものなのかしらね。そう、ここにいる2年生は全員使い魔を持ってる。それを利用すれば貴女を探すくらい造作も無いわ」

 しかも空中、水中、地中全てをカバーできる。


 「だけど、それは自分の使い魔との間に限るんじゃないかしら?」


 「普通そうなんだけど、そういった技術に長けている人物がいてね。オスマン学院長がわざわざふざけた真似をして舞踏会の会場から退出したのは、何のためだと思ってるの?」

 学院長はぼけ老人の皮を被った偉大な賢人、侮るのは危険よ。


 「あの色ボケ爺がね」

 まあ、普段の姿からじゃ想像もつかないけど。


 「学院長の使い魔のモートソグ二ルは鼠だけど、ちょっと変わった力を持ってるの。それは他の使い魔との共感能力。そしてそれを学院長は“遠見の鏡”に映し出すことが出来る。私もさっきまで学院長室にいたのよ、そして貴女の頭上にいたカラスがあんたを見ていた」

 ま、場所が案外近かったのは僥倖だったわね。

 ちなみにマチルダは学院外の警戒に当たってる。外部から敵の増援がこないとも限らないし。


 「なるほどね、“博識”じゃなくて“謀略”に二つ名を変えた方がいいんじゃないかしら?」


 「そうね、考えておくわ」

 そして杖を突きつける。


 「今度は逃がさないわよ」


 「面白いわね、だけど、私を侮らないことね!」

 その瞬間、20体近いガーゴイルが現れる。


 「あらやだ、そんなのどこに隠していたのかしら?」


 「答える義理はないわね、さあ、第二戦といきましょうか。“神の頭脳”と“博識”、どちらが上かを競おうじゃないの」










■■■   side:オスマン   ■■■


 「わしに出来るのはここまでじゃな」


 “遠見の鏡”が映す先ではミス・ヴァリエールとミョズニト二ルンが戦っておる。

 本来ならば教師が生徒を守るために戦うべきなのじゃが、そのような気概がある教師はコルベール君くらいしかおらん。


 「まったく、困ったことじゃて。今の水精霊騎士隊の彼ら、次代を担う若者達に期待するしかないのう」

 そのためにも、彼らに出来る限りの便宜を図ってやらねばなるまい。このトリステインは伝統に縋る国じゃから、何事を行うにも宮廷の貴族共が文句を言ってきおる。

 女王陛下や枢機卿の力を持ってしても、今の段階ではそれらを完全に抑えることはできまい。ならばせめてこの老人くらいはその手伝いはせねば。


 「せめてそのくらいはせんとな。若者が歩きやすいよう道を整えるのが、老人の役割というものじゃろうて」

 そしてわしは資料の作成に入る。今回の襲撃によって、また宮廷の馬鹿共が文句を言ってくるじゃろうから先手を打っておかねばならん。


 「まったく、真に厄介なのは強大な敵より愚鈍な身内じゃな」
 
 これもトリステインという国家そのものの膿といったところかのう。


 「異世界から吹く風はどこまでこの国、いや、この世界を変えれるのじゃろうか」

 そしてもう一人の人物に“遠見の鏡”を合わせる。


 サイト・ヒラガ


 わしの命の恩人と同じ世界から来たという異界の少年。


 「しかし、なぜじゃろうな? 彼とヴァランス公に近いものを感じるのは」

 あの者はガリア王家に連なる貴族のはず、彼とは何の関係もないはずなのじゃが。


 「何か、とてつもなく大きなものが動いておるのやもしれぬな」












■■■   side:シェフィールド   ■■■


 「なかなか粘るわね、相変わらず逃げ回るのは得意のようね」

 現在戦いは広場に移っているけど辺りに人影はない。

 周囲に人がいなさそうな場所に身を潜めていたのだから当然だけど。


 「失敗したわね、一人で来ずに教師なりなんなりを連れてこればよかったものを」

 所詮担い手一人では恐るるに足りない。もっとも、この相手は虚無よりもその智謀の方が厄介なんだけど。


 「それは無理ね、周りで死人が出ないように気にしながら戦う方がよっぽど危険だもの」

 あくまで悠然と構える“博識”。


 「そう、強力な敵より無能な味方の方が厄介ということかしら。人間の手駒って不便ね、ガーゴイルならいくらでも使い捨てがきくのに」

 もっとも、ハインツだったら人間でも容赦なく使い捨ての駒にするけど。

 いえ、死んでも駒にするの間違いね。あいつの感性は時々私でもついていけなくなるわ。


 「有能な手駒を育てたいんだけどね。そっちはまだ時間がかかりそうだから、それまでは自分で何とかするしかないでしょ」

 『爆発』でガーゴイルの一体が吹き飛ぶ。だけどまだまだ数はいる。

 彼女にとって厄介なのは“カレドウィヒ”より“ボイグナード”の方でしょうね。身体能力が優れているわけでもない彼女は、向かってくる矢を『爆発』で迎撃するしかない。もっとも、矢弾には限りがあるけど。


 「そろそろ限界かしら? 時間稼ぎはここまでよ」

 私は残りのガーゴイルを呼び寄せる。後は一気に押せばいい。


 「時間稼ぎって分かってるのに乗ってくれるのはありがたいわね」


 「そうよ、だって時間稼ぎに何の意味も無いんだから」

 ガンダールヴはここには来れない。


 「意味がない?」


 「貴女の騎士は来られないわよ、だって私の手駒が止めているもの」

 それに、ガンダールヴがシャルロット姫を殺せるとも思えないしね。










■■■   side:才人   ■■■


 俺は突如『エア・ハンマー』で吹っ飛ばされた。


 周囲には敵はいない、つーことは。


 「シャルロット!」


 「…………………ごめんなさい」

 なんて泣きそうな顔してやがる。


 その後は無言で次々に魔法を放ってくる。

 「喰らい尽くせデルフ!」

 「応よ!」

 だけどデルフがそれを飲み込んでいく、「風」、「火」、「電撃」はデルフには一切効かねえ。通じるのは質量がある「水」と「土」だ。

 だけど「水」と「土」はガンダールヴである俺と相性がいい、純粋なぶつかり合いになるからな。


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 今度は『ウィンディ・アイシクル』を数十本放ってくるが、悉く叩き落とす。


 ハインツさんの助言で得た例のルーンの力の制御。まだまだ完全じゃねえけど、腕に集中させて速度をさらに高めるくらいは出来るようになった。


 「甘いぜシャルロット、そんな程度じゃ俺には勝てねえ」

 何より今俺の心は震えてる。この状態なら負けやしない。


 「どうして………」

 不安そうにするシャルロット。あれか? 俺がシャルロットのことを何とも思ってないって思われてんのかな。

 自惚れかもしんねえけど、そう考えたいんだからしょうがない。


 「ルイズが事前に言ってたんだよ、ミョズニト二ルンはガリアの担い手の使い魔。だからお前に接触して俺にぶつけてくる可能性があるって」


 「!!」

 驚くシャルロット。まあ、俺も最初に聞いた時は驚いた。


 「でさ、ルイズの奴がなんていったと思う? 『好きな女に襲われたんなら、力づくで組み伏せてものにしちゃいなさい』だぜ」


 「!?」

 今度は赤くなるシャルロット。ああ、ホントにかわいい。


 「だからさ、そうさせてもらうぜ。俺はお前が好きだ!」

 何かとんでもねえシチュエーションでの告白だけど、俺達にはこんな感じがちょうどいい。













■■■   side:ルイズ   ■■■


 「甘いのはそっちの方ね、あんたがガリアの虚無の使い魔だって分かった時から、その可能性は考慮してたわ」

 その逆、サイトがタバサを止めているのよ。


 「あら、意外ね」


 「簡単よ、私がトリステイン。アルビオンの担い手には心当たりがあってね、残りはロマリアとガリア。だけどロマリアの気障な神官で、メイジじゃないくせにやたら竜の扱いが上手い奴がいるのよ。そうなれば後は一つしかないでしょ?」

 あのジュリオは恐らくヴィンダールヴ、担い手は完璧とは言えないけど大体想像つく。

 だってあの若さで教皇に就くなんて普通ありえないものね。


 「本当、どこまで読むのかしら貴女は。だけど、それを知ってなお、私に一人で立ち向かう気かしら?」


 「当然よ、貴女くらい私一人で十分だわ」

 そんなわけないけどね。そのための時間稼ぎだもの。

 私は『解除(ディスペル)』の詠唱を始める。


 「そう、じゃあ死になさい」

 そしてガーゴイルが一斉に突撃してくる。だけど問題ない。


 地面から一斉に突き出た腕がガーゴイルを悉く捕まえる。


 「なに!?」


 「『ルイズ隊』が工兵部隊長! ギーシュ・ド・グラモンただいま参上!!」


 地面からギーシュが飛び出してくる。

 私が待っていたのはサイトじゃなくてギーシュ。敵がどこに出るかは分からなかったから、ギーシュは地下トンネルで待機していた。

 しかし、戦場は運良く「火」と「風」の塔の中間のヴェストリ広場、ギーシュとヴェルダンデの領域。

 ここでなら彼らはトライアングル以上の働きが出来る。


 「くっ!」

 しかし空から数体ガーゴイルが飛んでくる。空戦タイプもいたのね。


 「ワルキューレ!」

 だけどギーシュのワルキューレがそれを迎撃する。こういった対集団防衛に関してならギーシュはサイトより優れている。

 自軍の戦力の特徴を理解し、最適な布陣を組むことこそが司令官の役目。それが“博識”たる私の戦い方。


 「『解除』!!」

 そしてもうひとつの役割が大砲。周囲のガーゴイルの制御を初期化する。


 「さて、どうするのかしら?」

 私はミョズニト二ルンに問う。


 「ここでの敗北は仕方ない、ここは引かせてもらうとするわ」

 その瞬間、上空から巨大な影が降って来た。


 でかい、羽の差し渡しは30メイル近くある。

 その着地の際に巻き起こる風で私とギーシュは吹き飛ばされる。


 「またね」

 その一言を残してミョズニト二ルンは空に舞い上がった。


 「やれやれ、次から次へととんでもないものを持ち出してくるねえ」

 ギーシュが呆れるように呟く。


 「追うわ、例のものを撃って」


 「了解」

 ギーシュは銃を取り出し上空に信号弾を放つ。


 同時にワイバーンに乗ったマリコルヌが上空から降りてくる。

 彼は学院の屋上で待機していた。


 「ルイズ、ばかでかいガーゴイルっぽいのが飛んでったけど、あれがそうかい?」


 「ええ、方角は分かる?」


 「君の予想通りガリア方面だ。多分ラグドリアン湖に向かってるんだと思う。その後は分からないけど」

 やっぱりね。


 「よし、追撃するわよ」

 私はマリコルヌの後ろに乗る。


 「ギーシュ、あんたの役目はここまで、後はモンモランシーといちゃいちゃしてていいわよ」


 「そうさせてもらうよ。空中戦じゃ僕に出来ることはないからね。それに、せっかくの舞踏会なんだから恋人と一緒に踊りたいからね」

 モンモランシーの仕事も終わってるから問題ないわね。


 「おいルイズ、僕は?」


 「あんたは踊る相手いないでしょ」


 「ああそうだよコンチクショー!!」

 泣きながら叫ぶマリコルヌ、哀れね。


 「出しなさい、多分こっちが速いけどあまり遠くに逃げられたら厄介よ」

 そして追撃開始。










■■■   side:シャルロット   ■■■


 私の頭の中は真っ白になってた。


 サイトが言ってくれた言葉が嬉しいはずなのに、それを認めることが上手く出来ない。


 時間にしたら一瞬のはずだけど、私にとっては何時間にも感じられた。



 そして確信する。私にサイトを殺すのは無理だと。

 仮に実行しようとしたところで絶対にサイトには勝てない。迷いが無い彼と私ではそもそも勝負にすらならない。


 だから、私に出来ることは一つしかなかった。


≪来て、シルフィード≫


 ≪了解なのね≫


 上空からシルフィードが降りてくる。


 「シルフィード!」

 サイトが驚いてる。でも、私の驚きはそれ以上だよ。


 私はシルフィードに跨って最後に心からの言葉を残す。


 「サイト、大好き」

 シルフィードは上昇する。


 私の好きな人はそれを見送るしかなかった。





 「お姉さま、これからどうするのね?」


 「ガリアへ、母様を助けに行く」


 私の裏切りはすぐにばれるだろうし、ハインツやイザベラ姉様にも危険がある以上あの人達と接触することはできない。

 後は時間との戦い、何としても母様をあの屋敷から連れ出して、ペルスランを始めとする使用人達にも逃げてもらわないと。


 やらねばならない、大切な人達を守るために。


 「お姉さま、サイトやルイズには手伝ってもらわないのね?」


 それも考えられる。けど、あの男の本当の狙いは彼ら。それは敵の思うつぼになる。


 トリステイン内部ならまだしも、ガリアで戦うことになれば北花壇騎士団どころか、最悪正規軍が動員されることもありうる。

 トリステイン人である彼らはガリアでは自由に活動できず、危険が大き過ぎる。


 「ガリアで動けるのは私だけ、だから一人で行く」

 もっとも、私も反逆者の身だから似たようなものだけど。

 要は、私はサイトを巻き込みたくないんだ。


 …………………大好きな人だから。


 私はシルフィードと共に一路オルレアン公邸へ向かった。










■■■   side:ルイズ   ■■■


 「見えたぞルイズ」

 『遠見』を使ってガーゴイルを探っていたマリコルヌが声を上げる。


 「流石は“風上”、いい仕事ね」

 もっとも、“空気穴”の方でも役に立つけど。


 「ところでルイズ、サイトとタバサはどうしたんだ? シルフィードならもっと速く追いついてんじゃないか」


 「二人で踊ってるわ、愛し合う二人を動員するのは野暮ってものよ」


 「どいつもこいつも羨ましいなあおい!」

 もっとも、剣舞でしょうけどね。


 「ま、ここは独り者の役目よ。それに夜空を私達二人で飛ぶってのもいいものよ、月がきれいだわ」


 「前方になにやらガーゴイルの大群らしきものが見えなければ、そう思えるんだけどなあ」

 確かに、巨大ガーゴイルを中心にしてたくさんの飛行型ガーゴイルがいるわね。


 「何かこっちにむかってきてるし」


 「平気よ、こっちには勝利の女神がついてるもの」


 「なるほど、そりゃ心強い」

 後はそれまで持ち堪えるだけ。


 「マリコルヌ、撃ちなさい」


 「了解」

 マリコルヌが信号弾を打ち上げる。これで準備は完了。

 接触まであと1分弱、私は『爆発』の詠唱を始める。




 そして接敵。


 「『エア・ハンマー』!」

 マリコルヌが可能な限りガーゴイルを寄せ付けないよう魔法を放つ。


 「『爆発(エクスプロージョン)!』

 私も『爆発』を放つけど展開している相手には効果が薄い。

 かといって高速で飛びまわる空中戦では『解除』は難しい、あれは空間固定で範囲を決めるから。

 相手が唱えた魔法だったらそれを対象にすれば済むんだけど、ガーゴイルは一体一体が異なるメイジが放つ魔法のようなものだからやりにくい。


 「こりゃ厳しいぞ」


 「問題ないわ」


 その瞬間、隣に風竜が現れ、ガーゴイルを弾き飛ばす。


 その後にも次々に竜騎士が現れてガーゴイルをなぎ倒していく。


 「ルイズ! 第二竜騎士中隊ただいま到着!」


 「ナイスタイミングよ、ルネ!」

 そこにいるのはトリステイン第二竜騎士中隊隊長のルネ・フォンク。


 彼らを姫様の護衛として付けるように進言したのは私。彼らはスレイプニィルの舞踏会の間、学院周辺に散って警戒していた。

 どういう仕掛けを使ったのかは分からないけど、あのミョズニト二ルンの巨大ガーゴイルはその警戒網をすり抜けてきた。けど、ギーシュが撃った信号弾は彼らを呼び寄せるためのもの、そしてギーシュから話を聞いた彼らは速度でワイバーンに勝る風竜を駆って今到着した。

 マリコルヌが撃ったのは具体的な作戦を示すもの。


 パターン4、司令官の下に集合せよ。


 「ルイズ、僕達で食い止める。例のアレをかましてやれ!」


 彼らもサウスゴータ撤退戦を経験してるから正体はともかく、私の『解除』の効果は知ってる。


 十分な詠唱時間があれば敵をまとめて解除することもできる。


 「問題はあのでかぶつか」

 マリコルヌが呟くけどそっちも問題ない。


 「勝利の女神の降臨よ」

 そのさらに上空には羽の全長が150メイルはある船がある。あれが『オストラント』号ね。

 キュルケとコルベール先生もまた、スレイプニィルの舞踏会も合わせて帰ってくる手筈になっていた。全ては予定調和。


 『オストラント』号から巨大な火球が出現して巨大ガーゴイルに襲いかかる。「火」のトライアングルが二人もいるんだからその火力は相当なもの。しかも、“空飛ぶヘビ君”のオマケつき。


 「これにて『ルイズ隊』全員集合か、ルイズ、決めてくれ」


 「『解除』!!」

 周囲の通常型のガーゴイルは全部失速し墜落していく。この高さから落ちたら粉々ね。


 「はあいルイズ♪ 元気だった?」

 おそらく『拡声』を付与してるアイテムの効果でしょうけど、キュルケの声が聞こえる。


 「マリコルヌ、『拡声』をお願い」

 『拡声』は風系統の魔法、だけど私に系統魔法は使えない。
 

 「OK、いつでもいいよ」


 「キュルケ、ミョズニト二ルンはどうなった?」


 「多分あれもスキルニルね、貴女達が追ってる最中に入れ替わったんじゃないかしら?」

 そうか、途中で本体は降りていたのね。


 「だったら仕方ないわ、魔法学院に帰還しましょう」


 「りょうかーい♪」

 キュルケからの声が途絶える。


 「ルネ、引き上げるわよ。これから報告書の作成とかがあるでしょうけど頑張って」


 「まったく、君の人使いの荒さは相変わらずだなあ」


 そして私達は撤退を開始する。目標は果たせなかったけど、戦果としては十分。


 「はあ、とりあえず帰ったらギーシュとサイトを呪おう」

 マリコルヌの怨念も相当なものね。


 私達は竜騎士隊とワイバーンと『オストラント』号という異色の組み合わせで魔法学院へ帰還した。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十二話  悪魔の陰謀
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/20 14:37

 ミョズニト二ルンによる襲撃は“博識”とその仲間達によって防がれた。


 しかし、陰謀はそこで終わりではなくさらに大きな局面へと動いていく。


 “博識”の動きを読んだ上で、“虚無の王”はさらにその上をいっていた。


 悪魔の策略がここに始まる。







第三十二話    悪魔の陰謀







■■■   side:シャルロット   ■■■


 私とシルフィードはオルレアン公邸に到着した。


 だけど、人の気配が無い。この屋敷には多くの使用人がいるはずなのに。


 「先手を打たれた?」

 だけどそれはおかしい、私が寝返ってからまだ半日も経っていない。

 ここにいる人達を殺すか、あるいは別の場所に投獄するにしても、軍や騎士を動員するには最低1日はかかるは
ず。


 つまりこれは、スレイプニィルの舞踏会が始まる前に既にここに兵が送り込まれたということ。私が裏切ることを前提に計画が練られていたとしか思えない。


 「許さない」

 私がサイトを殺せないことを分かった上であえてあの命令を下した。そしてもともと母様を見逃す気も無かった。


 私の心は急速に冷えていく、そして、ハインツの言葉を思い出す。


 『どんな時でも冷静さを失うな、熱さと冷たさは必ずしも矛盾しない。怒りに任せて突撃するだけでは獣と変わらない。人間が最も強く、そしておぞましいのはその殺意や悪意にある。殺意でもって怒りを制御しろ。怒りとは発散するものではなく収束するものだ。そうすれば鋭利なる刃となる』

 そういうハインツ自身が殺意とはある意味最も縁遠い人物かもしれない。


 あの人は殺意が無くても人を殺せる。と同時に究極の殺意を持ちながら人を愛せる。

 彼の行動原理は私にはよく解らない。でも、イザベラ姉様は解っているみたい。

 二人が結婚してくれたら嬉しいと思う。


 だけど、そのためには邪魔者がいる。


 絶対にあの男は許さない。


 そう思うと同時に、私は自分の魔力が上がっていくのを感じた。

 『ランクが変わる最後の一歩は段差みたいなもんだ。ある時気付いたら超えてたケースもあるし、何か大きな精神的なショックがあって覚醒することもある。俺は前者だったが、お前は多分後者だな』


 つまり、今の私はスクウェアということ。ようやくハインツと同じ位階に達した。


 「待ってて、すぐに済ませるから」

 私はシルフィードにそう告げて中に向かう。

 恐らくこの中には敵が潜んでいる。それも北花壇騎士団フェンサー第七位を仕留めるために用意された。


 花壇騎士団の団長クラスの精鋭か、ひょっとしたら北花壇騎士団フェンサーの小隊長3人の誰かかもしれない。

 王の勅命ならばどんな者であっても動員は可能だ。ハインツを除いて。


 「お姉さま、危険なのね!」


 「大丈夫、私は負けない。あなたはいつもの通り、空で待ってて」

 心配してくれるのは嬉しいけど、ここで引く訳にはいかない。

 中で待ち構えている敵から情報を引き出さないといけないのだから。

 「でも!」


 「あなたが待っているから、私は戦える。帰る場所があるから、私は戦える」

 それがあるのはとても大きい、待ってくれている者がいるだけで力はいくらでも湧いてくる。


 そして私は中に入る。










 屋敷の内部そのものは変わらないのに雰囲気がまるで違う。

 ここは戦場、気を抜けばあっという間に死ぬ。


 廊下の左右に並んだ扉が一斉に開き矢が飛んでくる。しかし。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」
 
 私の『ウィンディ・アイシクル』はそれらを貫き、敵を一気に破壊する。


 「ボイグナード」

 ボウガンや銃で戦う遠距離戦闘型ガーゴイル“ボイグナード”、照準を定めたり弾込めなどの動作も必要になるため敏捷性が犠牲になる。

 例のミョズニト二ルンに代表される“解析操作系”のルーンマスターが使えばそうはならないだろうけど、彼女がいないのならそれほど脅威ではない。


 その後も近接戦闘型の“カレドウィヒ”が数体出てきたが難なく破壊する。室内戦で飛行型の“スプリガン”と“ガエブルグ”を使ってくるわけはない。


 そして私は母様の一番奥の部屋に入る。



 そこには一人の男がいた。

 薄い茶色のローブを着た長身で痩せた男、体格はハインツに似ている。

 つばの広い異国の帽子を被り、帽子の隙間から金色の髪の毛が垂れている。

 そして本を読んでいる。敵に背中を向けて本を読む刺客など聞いたことも無い。


 いえ、ハインツだったらやりそうだけど。


 「母をどこへやったの?」

 その言葉に男が振り向く。


 「残念だがその問いに答えることはできぬ、そういう約束をしているのでな」

 その男が読んでいた本を見て一瞬力が抜ける。


 『赤ずきん  (鮮血淑女)』だった。


 「この“物語”というものは素晴らしいな。我々にはこういう文化が無い。我等エルフにとって“本”とは正確に事象や歴史、研究内容を記したものに限られる。歴史に独自の解釈を加えて娯楽として変化させ、読み手に感情を喚起させ己の主張を滑り込ませる。面白いものだ」

 この男はエルフ!


 「しかし、この『赤ずきん』はいささかどうかと思うのだがな、先程読んだ“イーヴァルディの勇者”と同じ本棚にあったのだが内容が恐ろしく異なる。この本を作った者は一体何を考えて作ったのだ?」

 それはハインツにしか分からない。


 「老婆と少女が狼に喰われ、狼の体内で少女はまだ生きていた老婆を生贄に捧げることで悪魔の力を得、狼の腹を自力で裂き壮絶な復活を遂げる。この展開は意表を突くどころではなかったが、どう考えても赤ずきんこそが悪魔の手先だ。彼女を放置していては世の人々の為にはならんと思うのだが?」


 「その物語には続編があるらしい。狼と心を通わせる力を持った少年がいて、その殺された狼の息子と力を合わせて闇の支配者となりつつある“赤ずきん”いえ、血を浴び過ぎたがために今や“黒ずきん”と化した彼女に決戦を挑む。森の精霊は狼を殺した彼女を許さず、彼らに力を貸してくれる」

 という内容らしい。


 「なるほどな」


 「母をどこへやったのか言わないのならば、力ずくで聞き出す」

 話を戻す。


 「それは止めておいた方が良い、ここの精霊と我は既に契約している。お前に勝ち目はない」


 「問題ない」

 私は『ウィンディ・アイシクル』を放つが、途中で失速して落ちる。


 「無駄だ、私は“ネフテス”のビダーシャル。老評議会の議員を務めている。荒事には一応慣れているほうだ」

 そうは言っても所詮はエルフ、荒事に向いているわけではない。

 私は『氷槍(ジャベリン)』を放つがやはり途中で止められる。


 『いいかシャルロット、人間と先住種族の最大の違いはその好戦性にある。例えばエルフだが、彼らは戦いを好まない。どんなに強い精霊の力を持とうが殺し合いに特化していない以上、戦闘技能者としては下の下だ。ま、平和に暮らす上では無い方がいい技能だからな』

 ハインツはそう言っていた。

 『だから人間は頭を使う。身体能力で勝る獣に、魔法で勝る先住種族に勝つためにあらゆる手段を講じる。それが人間の戦い方だ。自然への影響を考えたら褒められたもんじゃないが、事実は事実。後はどう工夫するかだ』


 その人間の力を最大限に発揮する。足りないなら別のものを利用する。

 私は“ヒュドラ”を取り出し腕に打つ。

 そして腰から魔銃“イグニス”を引き抜き発射する。


 弾丸はやはり失速するが、彼の目前で爆発する。


 「むっ」

 ビダーシャルにやや動揺が走る。

 私の“精霊の目”は確かに捉えている、彼の周囲に張り巡らされる結界を。

 あれが“反射(カウンター)”、あらゆるものを弾き返し、エルフのみが使用できるという究極の守り。


 だけど、その結界の強さは加えられる力に比例すると見られる。

 『氷の矢』と『氷槍』では“反射”の密度が違った。つまり加えられる力に応じて変化するということ。

 確かにその方が効率はいい、流石にエルフといえど常に全開にしていれば魔力が持たないはず。系統魔法に比べ遙かに効率はいいけど、先住魔法といえど魔力を一切消費しないわけではない。


 だけど、“イグニス”のように二段構えの衝撃には少し対処が遅れた。それならば勝機はある。

 私は頭の中で勝つための戦術を組み上げ、それを実行に移す。それが北花壇騎士団フェンサー第七位“雪風”のタバサの戦い方。







■■■   side:ビダーシャル   ■■■


 我は今少し困惑している。

 予想に反し戦闘は長引いており、少女は未だに戦意が衰えない。


 「どういうことだ?」

 しかも彼女には精霊の力が見えており、我が放つ攻撃を悉くかわしこちらに反撃を加えてくる。

 それらは“反射”によって弾かれるが、先程の銃には警戒が必要だ。


 確か、ハインツが技術開発局で作っていた物の中にあれと同じものがあった。様々な種族が共同で研究し作りあげた物だという。

 ガリアの騎士であるこの少女がそれを持っているのはおかしくはない。しかし私が驚いたのはそこではなくその魔力と運動能力。

 先程までの彼女とは完全に別人の動き、さらに魔法を途切れることなく放ち続けているのに衰えを見せない。

 系統魔法というものは我々の精霊魔法と異なり燃費が悪く、それほど長時間戦えるものではないと聞いているのだが、彼女はそのような理を完全に無視している。


 「ならば、一気に決める」

 これ以上長引かせても意味はない。


 「我と契約せし風よ、我は古い制約に基づき命令する。刃となりて我に仇なす敵を討て」







■■■   side:シャルロット   ■■■


 「来た」

 “精霊の目”が捉える。間違いなく強力な魔法が来る。

 しかも“反射”は一切の衰えも見せず、それどころか強度を増している。


 だけどこれは千載一遇の機会、エルフは防衛に特化した種族、守りに入られている限り勝ち目はない。

 こちらの精神力も“ヒュドラ”の効果があるとはいえ既に半分を切っている。時間との戦いといえたけど、やはりあのエルフは戦い慣れしていない。


 優れた戦闘技能者ならばここで戦術を変えたりしない、優性を保ったまま詰めてくる。

 だけど彼は攻勢に転じた、勝機があるとしたらその攻撃が終わった瞬間のみ。


 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース………」

 「風」・「風」・「風」・「水」・「水」のペンタゴンスペル『アイス・トルネード』。

 この威力の魔法とエルフの魔法がぶつかれば、屋敷が壊れるのは免れないけど構わない。

 ここにあるのはただの思い出、私は母様と未来を生きるのだから。

 私達はどこでだって生きられる!


 「『アイス・トルネード』!!」

 エルフが放った強力な暴風を私の竜巻が呑み込んでいく。

 同時に私は杖を前方上空に放り投げ、駆ける。
 

 「何!」

 驚愕するエルフ、チャンスは今しかない。


 右手に「風」の魔弾「スライサー」を込めた魔銃、左手に「雷」の魔弾「ヴァジュラ」を込めた魔銃を持ち同時に撃つ。“ヒュドラ”が効いている今の私なら走りながら撃っても外すことはありえない。


 「結界よ!」

 咄嗟に彼は“反射”を前面に強く展開、魔弾の炸裂前に押し戻してくる。だけど、それこそが狙い。


 私は『フライ』で後方に回り込み、さっき投げた杖をキャッチし『ブレイド』を唱える。

 今、彼の背面の“反射”は薄くなっている。そこを一点突破する!



 だけど、届かない。薄くなった“反射”とはいえ刃が途中で止められている。

 「残念だったな」

 
 「解放!」

 私は最期の策、杖に予め込めた遅延呪文を発動させる。

 『エア・ニードル』、貫通性に特化した風の魔法。


 「なっ!」

 彼の首に『エア・ニードル』が命中する。

しかし。


 皮膚は裂いたけどそこで止まっている。まさか、自分の身体そのものに“反射”をかけられるとは。


 「この者の身体に流れる水よ、安らぎの眠りへといざないたまえ」

 接近したのが仇となった。身体の内側に直接魔法がかけられる。

 “ヒュドラ”で暴走状態になっている私の身体は、それ以上の力で急速に鎮静していく。

 そして私は意識を失った。















■■■   side:ハインツ   ■■■


 「陛下、今何とおっしゃいました?」

 俺は今現在グラン・トロワで進行中の最終作戦準備の進行具合の報告を行っていた。


 もっとも、その前に『ライト二ング・プラズマ』の洗礼を受け、何とか反撃した魔法は『クリスタル・ウォール』で跳ね返された。

 早くも“反射”を付与したアイテムが完成した模様。


 そしてその後にガリア内部の進行状況について説明していたのだが、それが終わった後陛下がとんでもないことをのたまった。


 「シャルロットにガンダールヴを殺すよう命を下し、さらにミューズに担い手を襲撃させた。当然シャルロットは命に背くだろうからな、予めオルレアン公邸に俺の親衛隊を派遣し使用人と公夫人の身柄を押さえ、代わりにビダーシャルを配置しておいたのだ」

 平然と言い放つ陛下。


 「どういうことですか! 聞いてませんよ俺!!」


 「当然だ、言っていないのだからな」

 そうして凄まじく嬉しそうな顔をする陛下。

 なんつう笑い顔だ。なんかこう、ファウストの“メフィストフェレス”もかくやだ。


 「ちょっと待ってください。陛下の親衛隊を動員したんですか?」


 「ああ、やつらは俺の手駒だからな」

 陛下の親衛隊、それは“精神系”のルーンを刻まれた者達。

“忠誠”や“狂信”のルーンを刻まれた彼らは絶対に陛下の命に背くことはない。問題なのはメイジに刻むことが出来ない点だが、“魔銃”で武装している彼らには何の問題も無い。


 「ですが彼らには“聖地”周辺に出没するロマリア聖堂騎士団の密偵の排除と、“流出品”の回収の任があったのでは?」

 それらに関しては北花壇騎士団フェンサーは使えない。サハラ近くでの行動になるので俺の“影”の目が届かず、絶対に裏切りが許されない任務なので親衛隊こそが適任。


 「そっちも継続中だ。主にガリア国内の回収の任に当たっていた者達を動員したに過ぎん。それに、シャルロットの母以外は最寄りの“プリズン”に送っただけだからな。リュシーなどは父親と感動の再会をしていることだろう」

 オルレアン家に仕える料理長ドナルドの息子トーマスは、リュシーという女性と3カ月くらい前に結婚した。

 彼女は裁縫屋の見習いだったそうだが今はトーマスと一緒に料理人の修行に励んでるとか、夫婦で仕事継ぐ気満々である。


 「てゆーか陛下、そんなことまで確認していたんですか」

 
 「当然だ」

 短く答える陛下。やはりオルレアン公に関することは陛下の中でも特別なのだろう。マルグリット様をシャルルの妻、ではなく、シャルロットの母と呼んだのがその証拠。


 「だったら何でこんな真似するんですか?」

 一体何考えてるんだこの人は。


 「非常に高度で複雑な理由があってのことだ」

 真面目な顔で言うけどこの人が真面目な顔になるときは、大抵しょーもないことを言う。


 「その理由とは?」

 限りなく嫌な予感はするが聞かねばならない。


 「せっかくの“英雄譚(ヴォルスング・サガ)”だからな、お姫様救出作戦がなくてはつまらんだろう?」

 凄え、言い切ったこの人。


 「そんな理由ですか?」

 声が震える。そろそろ切れていいんじゃないだろうか俺は。


 「当然それだけではない」


 「それは」


 「その顔だ、その顔が見たかったのだよ」

 陛下に切りかかるが、そこにあったのは残像だった。


 「残像拳!!」


 「がはっ」

 『加速』で移動し、さらに元いた場所に『幻影』で自分を作り上げる残像拳。

 俺は思いっきり蹴りをくらう。


 「遊んでいる場合ではないぞハインツ、何せ時間が無いのだ」

 また真面目な口調で言ってるけど、この人にだけは言われたくない。


 「時間が無い?」

 それは一体。


 「ビダーシャルにシャルロットを捕えるよう命令したのだがな、韻竜には危害を加えないように言っておいた。あの韻竜は主人を救うために助けを求めるだろうな、つまり、お前か主演達だ。しかしお前がどこにいるのかを常に把握しているものなど俺くらいしかいない、従って主演達に助けを求めるしかなくなる」

 最悪だこの人! だがちょっと待て。


 「何で陛下が俺の現在地を知っているんですか?」


 「さあ、なぜだろうな?」

 悪寒が走る。一体どういうことだ?


 「ともかくだ。その話を聞いた主演達、特にガンダールヴがどういう行動に出るかは考えるまでもないだろう。恐らく無断で国境侵犯しガリアに潜入するはず、何せ俺が相手ではトリステインという国では手も足もでんからな」

 確かに、ガリアに多額の借金を抱える今のトリステインではガリアに逆らえない。女王アンリエッタは凄まじく成長したが、“虚無の王”に比べれば遙かに格下。


 いや、この人は6000年に一度の逸材だ。始祖ブリミルがこのハルケギニア世界を作った偉人ならば、この人はその世界を壊す者。虚無によって作られた世界は虚無によって壊される。

 そんな時代が生んだような異端に敵う者などいやしまい、数百年に一度の逸材と言われたオルレアン公ですら陛下にどの部分においても勝つことが出来なかったのだから。


 「では、彼らがこのガリアに侵入すると?」


 「そうなれば事は単純ではなくなる。何せミュッセ保安卿は優秀だ。かつてのガリアとはわけが違う。それに彼の配下から逃れたとしても、ロアン国土卿やロスタン軍務卿と協力すれば容易く追いつめることが出来る。九大卿の連携の強固さはお前とイザベラが一番よく知っていよう」

 確かに、ガリアへの潜入が上手くいくわけがない。

 しかし、何で陛下は彼らの優秀さを熟知しているんだ? 一度も“円卓の間”に来たことはないのに。


 「虚無に不可能は無い」


 「だから心を読まないで下さい」

 何か対策は無いものか。


 「まあそういうわけだ、つまり、お前が手引きするしかない。もし遅れれば罪も無いガリアの民がひょっとしたら巻き込まれるやもしれんなあ、それに、主演達にとってガリア軍は俺の手先だ。彼らは何も知らないまま死んでいく可能性もある」

 悪魔だ。悪魔がここにいる。


 「つまり、俺が何とかしろと?」


 「そうだ、ちなみにシャルロットがどこに幽閉されるかなどの情報もお前が集めろ、俺は教えん。そしてそこにどのような戦力を配置するかも教えん。お前がガリア内部の動きを洞察し予想しろ。失敗すれば当然無意味な死者が出る。ついでに言えば時間は無い」

 俺を殺す気か?


 「九大卿との連絡はほとんど意味がないぞ、彼らも知らぬのだからな。それに、あくまでガリア王政府にばれないように行動することだ。何せ王への反逆者であるシャルロットを奪還するのだ、王政府の人間を巻き込むわけにもいくまい?」

 つまり、俺個人で出来る限りのことをやって、彼らにシャルロットを救出させろと。


 「ぶっ殺していいですか?」


 「出来るものならな。それにそんな時間も無い、先程ビダーシャルから連絡があってな、無事任務を終えたそうだ。既に韻竜は魔法学院に向かっていよう」

 時間がねえ!


 「当然だが『ゲート』の使用も禁止だ。今回の演目ではお前と俺は敵同士なのだからな」


 俺は駆けだす、こうなったら一分一秒が惜しい。


 「はっはっは! どこに行こうというのかね!」

 最後に死ぬほどむかつくムスカ笑いが聞こえた。


 ………………まさか『加速』を使った早歩きで追ってこないよな?



 こうして悪魔の陰謀が開始された。












■■■   side:才人   ■■■


 俺達は今シルフィードから話を聞いている。

 場所はコルベール先生の研究室、面子は『ルイズ隊』全員とコルベール先生。

 シルフィードが韻竜だってことを知ってるのは今のところ俺達だけだから必然こうなる。


 昨日ミョズニト二ルンの襲撃があったばかりで、女王様は王宮に戻って事後処理に当たってるそうだ。


 そして、シルフィードがもたらした話は深刻なものだった。


 「シャルロットが捕まったって!」

 俺は思わず叫んでいた。


 「サイト、少しは落ち着きなさい。この面子ならそれでもいいけど皆の前じゃタバサと呼ばないと駄目だからね」

 しかしルイズに指摘される。


 「これが落ち着いてられっかよ!」


 「そこを落ち着かせるのよ。ことは重大、なればこそ冷静になること。私達が取り乱してどうすんのよ、タバサを助けられるのは私達しかいないんだから」

 悔しいけどルイズの言う通りだ。ここで叫んでも何にもなんねえ。


 「悪りい、取り乱した」


 「構わないわ、誰か一人が混乱するとね、他の面子は逆に落ち着けるから」

 ふと周りを見ると確かに皆落ち着いてる。


 「さて、確認するわ。敵はガリア王、これは間違いない」

 ガリア王、このハルケギニア最大国家の王。

 そしてシャルロットの伯父でもある。


 「あのミョズニト二ルンはガリアの担い手の使い魔。そしてそれがタバサを操ってたってことは、その主人は当然ガリア王政府内で強い権力を持っている。だけど大臣とかじゃ無理、北花壇騎士団は裏の組織だから」

 俺達はガリアの内情は知らないけど、ルイズなら限られた情報から様々なことを引き出せる。


 「しかも、北花壇騎士団の副団長はあのハインツ。それを通り越してタバサに命令出来るとしたらその人物は一人しかしない」


 「ガリア王、ってわけか」

 他の皆は基本的に黙って聞いてる。


 「キュルケ、あの子はガリアの王族で、あの子の父はオルレアン公よね」


 「ええそうよ。現ガリア王ジョゼフの弟であり、兄に殺された人物。ハインツがいなければあの子もどうなっていたか分からないそうだわ」

 ハインツさんがシャルロットを守っていた。それは間違いない。


 「そして今、タバサは囚われている。理由は明白、今回の襲撃で王政府の命に反した。つまりは反逆罪ね。それを覆すことなんてどうやったって不可能なんだから、直接乗りこんで奪還するしか方法は無いわ」

 要は実力行使ってやつだな。分かりやすくていい。


 「だけど、私達は動けないわ。何せ相手はガリア、トリステイン王国じゃ立場が弱い。国境を越えることは出来ても王政府の機関に出入りできるわけじゃないし、逆に騎士隊の立場じゃ国境を越えることすら出来ない」


 「じゃあどうすんだよ、このまま諦められるわけねえだろ」

 そんなの知ったことか、俺は絶対助けに行く。


 「当然よ、私達だけじゃ不可能。相手はガリア王なんだからそれ相応の協力者が絶対に必要になるわ。だから今は待つだけよ」


 「待つ?」


 「それほど長く待つ必要はないと思うわ、何せあいつときたら行動派だし、耳が早いしね」


 そしてルイズがそう言った瞬間に研究室の外に竜が降り立った。


 「噂をすれば影って言うけど、まさにその通りね」


 「あの竜は」

 知ってる。風竜でも火竜でもない、“無色の竜”。


 「才人、ルイズ、いたか、折り入って頼みたいことがある」


 「ハインツさん!」

 やって来たのはシャルロットの従兄妹、ハインツさんだった。











■■■   side:ハインツ   ■■■


 ちょうどよく『ルイズ隊』の面子は全員集合していた。

 ここに来る前にリュティス魔法学院に寄って、ある資料を取って来たので間に合わない可能性もあったが杞憂だったようだ。
 

 「シルフィードがいるということは、皆大体の情報は知っているのか?」

 ここにいるのは全員顔見知り。コルベールさんだけは年上だが、他は全員年下なのでくだけた話し方でいく。


 「はい、シャルロットが捕まったんですよね」

 才人が答える。


 「ああ、それで、誰が捕まえたかは解ってるか?」


 「ガリア王ジョゼフでしょ、それしか考えられないわ」

 ルイズが答える。そうか、やはりその答えに至っていたか。


 「そうか、お前達はそれを知った上でシャルロットを助けに行ってくれるのか?」


 「当然です! 相手が誰だろうが絶対に助けに行きます」

 勢いよく答える才人。


 「そう言ってくれるのは嬉しいが、奴は並大抵の敵じゃない。もう一度よく考えてみてくれ」


 「ハインツ、あんた、ガリア王について何を知ってるの?」

 そう訊いてくるのはルイズ。


 「これから話すのは他言無用で頼む、ガリア王政府に仕える者でもこれを知ったら粛清される内容だからな」


 そして俺は語り始める。

 ガリア王ジョゼフが虚無の担い手であること、ミョズニト二ルンがその使い魔であること、その技術を使って様々な魔法具を開発していること。

 ガリア技術開発局の局長は他ならぬミョズニト二ルンであること等など。


 「あの“魔銃”や“アーリマン”などのガーゴイル、あれは全部ミョズニト二ルンが設計したものなんだ。そしてルーンマスター、これはガリア王が開発、いや、復活させた技術。そういった代物をあいつらは大量に保有している」

 これは事実。


 「だから、北花壇騎士団で採用しているのはそこから漏れてきた技術に過ぎない。俺とてあいつらに操られる奴隷と大差ないわけだ」

 実に悲しいことだがこれも事実だったりする。


 「そして、あの『レコン・キスタ』。証拠は無いが、あれも奴らが作ったものである可能性がある」

 俺が作ったんだけどな。


 「それ、本当ですか!」

 才人が驚きの声を上げる。


 「ああ、ラグドリアン湖の水の精霊から『アンドバリの指輪』を奪うのは容易なことじゃない。それこそミョズニト二ルンでもなければな、それに、皇帝オリヴァー・クロムウェルの秘書の名前はシェフィールドといったそうだ」

 実は俺も一緒に行ったんだが。


 「つまり、クロムウェルはガリア王の傀儡に過ぎなかった。そういうことね」


 「ああ、つまりはアルビオンそのものを裏から操る予定だったんだろう。しかし、唯一の想定外があったみたいだ」

 これは嘘なのだが、実に理に適った説明になる。


 「ゲイルノート・ガスパールね」


 「ああ、あの男こそが『レコン・キスタ』の実質的な指導者になり、クロムウェルは貴族の調整役に過ぎなかった。そしてあの男はいずれトリステイン、ゲルマニアを下し、ガリアに攻め込むつもりだっただろうからな」

 事実ではあるが、ゲイルノート・ガスパールは俺だ。

 「だから奴は俺に命じた。ウェールズ王子をガリアに亡命させろとな、そして戦争が長く続いた段階で両用艦隊とガリア軍をウェールズ王子を指揮官として送り込み、クロムウェルとゲイルノート・ガスパールを討ち取った。結果、アルビオン王国はガリアに逆らえない傀儡国家となっている」

 その辺では俺は駆けまわったからなあ。
 

 「あのサウスゴータの事件も恐らくミョズニト二ルンが起こしたものだろう。あらゆる魔法具を操る能力ならば、『アンドバリの指輪』の力も最大限に引き出せる」

 実は東方(ロバ・アル・カリイエ)の皇室から奪って来たものなんだけど。


 「だから、ガリア王はそれほど恐ろしい相手だ。しかも虚無の担い手でもあるから敵対するには相当の覚悟がいる」

 俺はそう締めくくる。


 「今更よハインツ、どっちにしろ向こうの方から私達を狙ってくるんだから逃げられやしないわ。それに、あんたが私達に接触してきたのもそのためでしょ?」

 流石はルイズ、そこに気付いていたか。

 「どういうことだ?」
 
 才人はまだ気付いていない模様。


 「要はね、ハインツだけでは虚無の担い手であるガリア王には対抗出来なかった。だからそれに対抗できる存在を見つける必要があった。それが私達、もっとも、その中にはガリア王の命もあったんでしょうけど」


 「ああそうだ。ガリア王はお前達に試練を与え、乗り切れないようなら殺して新たな担い手を探す。もし乗り切れれば懐柔するなり操るなりして手駒にするつもりだった。だから、俺が採るべき方法は一つしかなかった」

 ちょっと違うがおおよそ合ってる。


 「それが、私達を彼らの想像以上に強くすることね。あんたが才人に色んな助言をしたのも、私を導いたのもそういうことね。で、ガリア王はティファニアの存在は知らない、いえ、あんたとマチルダが隠してる」

 流石鋭い。でも実は違うんだけどな。


 「お前は公爵家の三女で魔法が使えなかった。虚無について知ってるものならその時点で担い手だってわかる。だがティファニアは存在自体が秘匿されていた。奴の目を欺くのは大変だが、今のところは見つかっていない。しかし、それもそろそろ限界だ」


 「だから私達がいるトリステイン魔法学院に移すのね、担い手を集めるために」


 「一人一人じゃ絶対に太刀打ち出来ない。奴はそれほど厄介な存在だ」

 ま、現段階ではそういう認識で十分。そしてあの悪魔が厄介な存在なのは事実。


 「だけど、ここまで来たらとことんやるしかないでしょ、敵は粉砕するのが私の流儀だもの。皆はどう?」


 「俺は絶対にシャルロットを助けに行く、そいつが元凶ならぶっ倒すまでだ」


 「あの子は私の親友だもの、助けに行かなきゃ“微熱”の名が泣くわ」


 「何せ水精霊騎士隊のモットーは“名誉を捨てろ、命の為に。 命を懸けろ、仲間の為に”だからね、隊長としては規範を示さないと」


 「ギーシュに同じく、それに女の子を助けるためなら僕は行く。それがサイトの彼女であってもだ、ちくしょうめ」


 「私も参加させてもらうわよ、もっとも、報酬はしっかり頂くけど」


 「ミス・タバサは私の教え子だ。ならば助ける。絶対に」


 全員から是の答えが返ってくる。


 「皆、ありがとう」

 俺は本心から深く頭を下げる。


 陰謀がどうのこうのではなく、俺は純粋に嬉しかった。


 シャルロットがいい仲間に恵まれたことが



 ここに、対“青髭の悪魔”共同戦線が誕生した。







■■■   side:ルイズ   ■■■


 今は私とハインツだけで具体的な行動案を練っていて、他の皆は旅支度をしている。

 司令官である私さえ作戦の内容を知ってれば、後は私が皆に話せばいい。


 「それでハインツ、ガリアにはどうやって入るの?」

 まずはそこからだ。


 「そのためにオスマン学院長の力を借りる。こいつを使ってな」

 ハインツは何か資料を取り出す。


 「これは・・・・・・・・・リュティス魔法学院授業体験?」


 「簡単に言えば、トリステイン魔法学院とリュティス魔法学院で交流しませんかって誘いだ。その第一歩として、何人かの生徒をリュティス魔法学院に送って、向こうの授業を体験してもらうか。もしくはガリア研修旅行みたいのを組む」

 なるほど、よく考えてるわね。


 「それで、人数は?」


 「引率の教師が一人と生徒6,7人ってとこだな」

 実に分かりやすい数ね。


 「よくまあこんな短期間でこんなの出来たわね」


 「なーに、リュティス魔法学院の学院長と教師陣と経営陣の弱みは握ってあってな。あそこは俺の言いなりだ」

 平然と言うハインツ。うん、やっぱりこいつ外道だわ。


 「それで、その旅行の道程は?」


 「まずグリフォン街道からラグドリアン湖方面へ向かって、ラグドリアン湖東側の国境にあるアンボワーズで一泊、それからブルテール地方圏府のランスの街で一泊。そしてイル=ド=ガリア北方の建築都市レンヌで一泊して、ガリア王国首都リュティスに入る。ここまでで約4日だな」

 流石、ガリアの地理には詳しいわね。


 「リュティスには八方から大陸公路が集中してるから、そこに行けばガリアのどこにでも最短距離で行ける。その間に俺がシャルロットがどこに幽閉されたのかを突き止める。おそらく、中央にはいないだろう。オート=ルマン地方やアルデンヌ地方、もしくはシャラント地方だと思う」

 なるほど、それまでは流動的ね。

 「で、敵にエルフがいるのよね」


 「ああ、だからお前達に協力を頼みに来た。エルフの先住魔法に勝てるとしたら“虚無”くらいだろうからな」

 確かに。

 「そこはデルフリンガーの出番ね、あいつなら何か知ってるかもしれない。それで、私達が救出する際の身分はどうするの?」


 「それについても考えがある。まずはだな・・・・・・」


 そうして、私達の作戦会議は続いた。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十三話  アーハンブラ城
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/21 22:50
 “闇の処刑人”と『ルイズ隊』の共同戦線が開始された。


 シャルロット救出の本命を担うのが『ルイズ隊』であり、様々な情報を集め、部下を配置し、そのサポートに回るのが“闇の処刑人”の役目となった。


 こうした役割分担によって、“虚無の王”の陰謀を粉砕するために全員が力を合わせたのだった。







第三十三話    アーハンブラ城








■■■   side:シャルロット   ■■■


 私が目を覚ますと、そこは夢の国だった。


 広い寝室の中央に置かれた天蓋つきベッドに自分は横たわっており、公女時代にさえ一度も袖を通したことの無いような豪華な寝巻に自分は身を包んでいる。


 見渡すとベッドや小物に限らず周りの調度品も豪華だった。

 前カーペー時代の作品。芸術的に軍事的にガリアが最大の栄華を極めた時代のものだ。


 「目が覚めたか?」

 声がした方を見ると、あのエルフがいて本を読んでいた。


 タイトルは、『シンデレラ  (国取物語)』。


 …………………………なぜよりによってそれを読むのだろう?


 「貴方は何者」


 「ネフテス老評議会議員のビダーシャル、今は“知恵持つ種族の大同盟”のエルフ代表も務めている。知っているか?」

 それは確か、ハインツが創設したという先住種族の連合組織。


 「あなたが、ハインツが交渉したというエルフ?」


 「うむ、そうだ。もっとも、お前を捕えろという命はジョゼフから受けたものだがな」
 
 あの男。


 「母はどこ?」


 「隣の部屋にいる。今は眠ってもらっているが」

 隣の部屋を確認すると、母様は静かに眠っていた。最近では症状も大分緩和されていて、人形を私だと思うこと以外はほとんど昔の母様と同じだった。


 「私達をどうするつもり?」


 「うむ、それなのだがな、どうしたものかと思っている」


 「それは一体?」


 「その答えには二つあってな、まず、お前の母に関してはただ“守れ”と命じられただけだ。そしてお前の心を失わせ、その後は“守れ”と命じられたのだが」

 そこで彼は一旦言葉を区切る。


 「我々エルフは一度した約束は破らぬことを信条とする。しかし、水の精霊の力でお前の心を狂わせるようジョゼフは我に命じた。ネフテスとの交渉条件では我は可能な限り奴の命に従うこととなっているのだ。しかし、我はハインツと友として約束しているのだ。お前の母の心を治す薬を調合することを、そして可能な限りハインツの願いを叶えると」

 イザベラ姉様が言っていたエルフは彼だったのか。
 

 「ハインツの願い?」


 「うむ、『あの腐れ青髭が無理難題を言ってきたら可能な限り抵抗してくれ、そうじゃなきゃあの野郎は何をやらかすか分からない。特にイザベラとシャルロットの二人を守ってくれると嬉しい』とな、“ネフテス”から出向してきた身としては可能な限りジョゼフに仕える必要があるが、同時に可能な限り友との約束は果たさねばならぬ」


 エルフというのは何とも融通が効かない。いや、単にこのビダーシャルが真面目なのか。


 「お前を無傷で捕らえることはハインツとの約束にそれほど背くことではなかった。しかし心を狂わせるとしたら話は別だ。とりあえず薬の調合は進めているが、どうしたものかとな」

 彼も彼で悩んでいる。というよりも苦労人気質のよう。


 「一度私の心を狂わせて、それからまた治せば問題ないと思う」

 論理的に考えればそうなる。


 「やはりそうか、うむ、そうするとしよう」

 案外単純なのかも、でも、この様子じゃあ散々利用されそうな感じがする。


 あの男が彼だけに私達の監視を任せるとは思えない。彼には彼の考え方と信条があって、それに沿って行動している。

 ならば必ず自分の手駒を私達の監視役かもしくは処刑役に用意するはず、ハインツが母様を治療するために動いていたことは恐らくあの男は知っているのだから。


 「薬の調合にはあと7日近くはかかる。元々ハインツとの約束で作り始めてはいたからな、途中までは調合過程が変わらぬのでそのまま利用することにした。その間退屈ならば本を読むといい、いくつか持って来た」


 ビダーシャルが指さす先にはオルレアン公邸から持って来たらしい本が数冊並んでいる。


 もの凄く嫌な予感がしたけど一応確かめてみる。


 『白雪姫 (その智謀と覇道)』、『桃太郎 (略奪者の最期)』、『三匹の子豚 (狼殺しの秘策)』、『狼と七匹の子ヤギ (母の復讐果てしなく)』、『醜いアヒルの子 (狂気が産んだ異形の落とし仔)』、『浦島太郎 (老いてなお気高きその魂)』、『サルカニ合戦 (種の生存をかけた最後の闘争)』。



 何でよりによってこのシリーズを選んでしまったのだろう?

 『親指姫 (未熟児を救った奇蹟の医療)』と『ジャックと豆の木 (農業改革への道)』と『赤ずきん (鮮血淑女)』が無いのは既に彼が読んだからだろうか?


 私は囚われに身であることとは全く別の理由で強い脱力感を感じていた。










■■■   side:ハインツ   ■■■


 「マルコ、そっちの準備はどうだ?」

 俺は“デンワ”を使って別動隊を率いているマルコと連絡を取る。

 この“デンワ”は北花壇騎士団本部の“解析操作系”のルーンを持つ“テレパスメイジ”達を通して使用するものだから今回使用を禁止されていない。


 しかし、『ゲート』の使用は禁止されてるので俺とランドローバルは久々にガリア中を飛び回ることになった。


 「こっちはもうすぐ完了します。あと半日といったところでしょうか」


 「十分だ。結構は今日の夜だから、それに合わせて行動してくれ」


 「了解です」

 マルコは現在『ベルゼバブ』を率いて動いている。

 本来マルコとヨアヒムが率いるのは『ルシフェル』なのだが、今回は手が足りないのでこっちも動員した。『ルシフェル』の方はヨアヒムが担当し、こっちもこっちで準備してる。


 5日程前にシャルロットが幽閉されたのは“アーハンブラ城”であることが俺の“影”によって分かった。

 そして、『ルイズ隊』はリュティスから“ガリアの食糧庫”と呼ばれるコルス地方圏府ロン=ル=ソーニエ、フランシュ=コンテ地方圏府エヴリー、そしてオート=ルマン地方圏府バル=ル=デュックを経由し“アーハンブラ城”へと向かった。


 建前はアーハンブラ城見学で、歴史を学ぶという名目である。

 アーハンブラ城はガリアとサハラの国境に位置し、元はエルフが建造した城塞であったが、1000年前に聖地回復軍が占領し、その後奪い奪われを繰り返し、500年前の聖戦を最後に人間の土地となり、現在に至っている。


 ガリアの東端であるオート=ルマン地方自体が元々ガリアの土地ではなく、アーハンブラ城を奪った際にガリアの領土に組み込まれた土地なので、ここらいったいは最も王政府の影響力が弱い土地であり、様々な異国情緒が漂う土地柄なので、研修旅行の先としては申し分ない場所である。

 東方(ロバ=アル=カリイエ)からの交易品も、このオート=ルマン地方を経由してガリアに入ってくるので、将来的には大規模な東方交易の拠点になる可能性が高く、イザベラや九大卿は既にその準備を始めている。



 「ヨアヒム、そっちの方はどうだ?」

 今度はヨアヒムに繋ぐ。


 「こっちは準備万全です、ただ、相手の方に情報が少し漏れている可能性がありますね。流石はミュッセ保安卿が育てた部隊。もっとも、この作戦に関しては特に問題ないですけど」


 「確かにな、そっちに警備を割いてくれるに越したことはないんだが、死人を出すわけにもいかんからなあ」

 そこが悩みどころだ。


 「ま、そこは何とかします。最終作戦の予行演習だと思って頑張りますわ」


 「そうだな、これを圧倒的な規模でやるのと等しいからな。まあ、本番は王政府が敵ではなく味方という点が異なるが」


 「ですね。んじゃ、これで」


 「任せた。健闘を祈る」

 そして通話を終える。



 「さて、国境監視部隊、パルスク駐屯部隊、ミテネ駐屯部隊、これらを叩けば問題はない。あとはアーハンブラ城の部隊がどう動くか」

 そこは“博識”に任せるしかない。俺は俺に出来ることをやらねば。


 「まったく、アルビオンを思い出すなあ」

 『レコン・キスタ』の初期もこんな感じだった。色んな場所に兵を配置してゲリラ戦を展開しつつ敵の糧道を絶つ作戦を実行したのだ。

 何せ初期は指揮官が無能なもんで、余計な死者を出さないためにはゲイルノート・ガスパール自身が動き回る必要があった。ホーキンス、ボーウッド、カナン、ボアローが使えれば随分楽だったろうが。

 「ま、いつもの通りか」

 俺の人生はこんな感じだ。むしろ簡単な任務の方が少ない。


 全部あの糞青髭が原因なのだが。


 「この任務が終わったら一度思いっきり文句を言ってやる」


 俺はそれを心に誓うのだった。










■■■   side:ルイズ   ■■■


 「皆、作戦を説明するから集合して」

 私は全員を呼び集める。


 私達は現在アーハンブラ城の宿場町に来ている。

 ハインツがタバサの幽閉場所がアーハンブラ城であることを突き止めた後、研修旅行の名目でここまで来た。

 正式な手形と、リュティス魔法学院長の認可状、そして全員が学院の服で、サイトはシュヴァリエのマント、コルベール先生は教員の服を着てたことで一切怪しまれずにここまで来た。


 そして全員が集合する。


 「じゃあ、作戦を説明するわよ」

 今回の作戦はハインツの方にも準備があり、そっちの準備が終わるまでは皆に作戦を説明しないことになっていた。

 準備が終わらないうちに説明して、後で変更があった場合、混乱する危険があったからね。


 「まず、アーハンブラ城にいる守備兵はおよそ300らしいけど、マリコルヌ、間違いない?」

 『遠見』で城の監視を行ってきたマリコルヌに尋ねる。


 「ああ、間違いない、大体二個中隊くらい。貴族の士官は10人くらいかな」

 こいつの哨戒能力は確か、こういう下調べをやらせれば天下逸品ね。


 「そしてエルフ、これが最大の問題よ、だからこれの排除が最大の勝利条件。これは私とサイトで当たる」

 サイトが頷く。


 「それで、他の皆には露払いを務めてもらうわ」


 「ちょっと質問、思いっきりガリア軍に喧嘩売るのかね?」

 ギーシュがそう訊いてくる。


 「そうよ、夜襲をかけてアーハンブラ城を焼き打ちにするの」


 「焼き打ちい!」

 これはマリコルヌ。


 「いい、ただタバサを奪還するだけじゃ駄目なのよ。アーハンブラ城から罪人を救いだした犯人がトリステインの学生ではいけないからね。だって、私達が研修旅行でアーハンブラ城のにやってきた直後にトリステイン魔法学院に留学しているタバサが奪還されたんじゃ、犯人が誰か宣言してるようなもんよ」


 「確かにそうね」

 これはキュルケ。


 「そこで、これの出番となるわけだ」

 そしてコルベール先生が衣装を広げていく。


 「何ですかこれ?」

 サイトが尋ねる。


 「ハインツ君が率いている裏組織、『ルシフェル』の仕事用の衣装らしい。ほら、背中に砕かれた始祖像の絵があるだろう」

 その衣装の背中にはそういった絵が描かれている。


 「簡単に言えば、ブリミル教寺院専門の盗賊集団みたいね。どこにでも信徒から不当に税金を取る悪徳坊主ってのはいるから、そいつらを専門に狙う連中なのよ。それで、今回の襲撃はそいつらの仕業だってことにするの」

 とはいえ、ハインツが率いている組織で、私達はハインツと協力しているんだからもう構成員になってるようなものだけど。


 「つまり、俺達がこれを着て襲撃をかけて、その『ルシフェル』って組織の仕業にするんだな。だけどこれ、完全に迷彩服だな」

 サイトが確認するように言う。


 「完全に実用性重視で作ったらしいわ、これから小規模な戦争始める身としてはこういう服の方が動きやすいわ」

 アルビオンでも私は普段着なんて着てなかった。サイトは元々動きやすい服だったけど、戦場で学院の制服を着る阿保はいないわ。


 「だけど、いきなり王軍を襲うってのは怪しくない?」

 これはモンモランシー。


 「大丈夫、そのためにハインツは動いてる。実際にそいつらを動員して、アーハンブラ城周辺の街の駐屯所に襲撃をかける手筈になってるわ」

 つまり私達は大襲撃計画の一部ということになる。


 「それは、どこどこなの?」

 キュルケが訊いてくる。


 「ここに来る前に通ったパルスク、アーハンブラ城北に位置するミテネ、そしてアーハンブラ城の先にいる国境警備隊、この3つね。順番的にはこの3箇所を同時に襲撃して、アーハンブラ城の守備兵を出来る限り救援に向かわせる。そして本命である私達がタバサを奪還するのよ」

 これが私とハインツで立てた作戦の概要。

 オート=ルマン地方は砂漠の土地だから村というものが無く、オアシスとオアシスを結ぶように交易用の街が点在する。川沿いでも街が作れる程条件が良い土地は限られるから、その街さえ押さえれば他の地方から援軍が来ることも無い。

 アーハンブラ城に続く街道は西と北の二つのみ。その両方の最寄りの街に襲撃をかけ、東にいる国境警備隊も叩くから余所から援軍が来ることはない。逆にアーハンブラ城から余所に援軍を出すことになる。


 「なるほど、それで、そのくらいの兵がいなくなるんだい?」

 今度はギーシュが訪ねてくる。


 「多分半分くらいね、で、残りの半分は私達で叩く。私達も襲撃者なんだからそうじゃないと逆に怪しまれるわ」


 「それならなんとかなりそうだね」


 「で、実際の編成だけど。まずはモンモランシー、眠り薬は全部持ってきたわよね」


 「もちろん、煙タイプ、粘着タイプ、飲用タイプ、全部持ってきてあるわ」

 流石は“香水”のモンモランシーね。


 「でもってギーシュ、トンネルは出来てるわね?」


 「ああ、砂地だからいつもと勝手が違ったけどね、僕とヴェルダンデに掘れないトンネルはないよ」

 流石は“穴掘り”ね。


 「マリコルヌ、例の仕込みは出来てる?」


 「当然。眠り煙用の噴き出し穴。ギーシュが掘った穴に例の薬を放り込めばあちこちから『眠りの雲』が噴き出すよ」

 そして“空気穴”、この3人が連携するともの凄い効果を発揮する。一人ひとりは並のラインメイジに過ぎないけど、3人合わさればスクウェア以上の威力を発揮する。


 「まずはその穴を使ってあちこちに『眠りの雲』を発生させてちょうだい、だけど屋外だから効果は完璧じゃない。そこで二段構え、モンモランシーの粘着タイプをマリコルヌが風で飛ばす。そしてギーシュ、あんたは潜入用のトンネルで兵舎に向かいなさい」

 アーハンブラ城は石造りの城だけど、そこには木造の兵舎が連結して増築されてる。

 「兵舎にかい?」


 「ええ、周辺の街から援軍要請がきて半数がいなくなった状態なら残った警備兵も全員夜を徹しての警戒にあたるわ、だから逆に兵舎はもぬけの空になる。そこで内部から可能な限り『錬金』で可燃性の油を作ってばら撒いて、『着火』で火を付けなさい」

 「了解」


 「その後は空気が通りぬけるようにあちこちの壁に『錬金』で穴を開けて、石造りの城だからその辺はやりやすいはずよ。そして、モンモランシーも眠り薬が尽きたらギーシュを手伝って。マリコルヌは事前に作ってあった油を風でばら撒きなさい」


 「わかったわ」


 「任されたよ」

 ここに到着してから2日、ギーシュ、モンモランシー、コルベール先生の3人は『錬金』で油を可能な限り作っていた。

 メイジの精神力は休息をとれば回復するから、戦う前に時間をかけて準備すれば魔法を効率よく運用できる。

 “魔銃”はその究極型といえるけど、今回は『ルシフェル』という設定だから使えない。盗賊団が技術開発局のアイテムを持ってるのはどう考えたっておかしいし。


 「そして、コルベール先生。貴方はマリコルヌが散布した油に火を付けると共に、残った敵の無力化をお願いします。多分50人近くが残ると思いますが、出来ますか?」


 「可能だ。この周辺の地形は熟知したし、ギーシュ君が掘ってくれたトンネルによる地の利もある。それに、私は元々夜襲を得意としているからね」

 コルベール先生が普段よりも真剣な顔になっている。“炎蛇”の本領発揮といったところかしら。


 「ここまでが露払い組。そしてキュルケ、あんたは城内にいる司令官ミスコール男爵とその副官達を片付けて。司令官がいなくなれば城外の部隊の指揮は混乱するからギーシュ達の仕事がやりやすくなる。それが終わった後コルベール先生の援護に回るか、私達の援護に回るかはあんたが判断して」


 「任せなさい」

 キュルケは『ルイズ隊』面子の中ではタバサに次いで状況判断が的確、事前に指示されたことは当然こなすし、臨機応変の対応が出来る。

 だからこそ“移動砲台”なんだけど。


 「後は私達の役割よサイト。エルフを突破して、タバサを助け出す」


 「応よ!」

 気合入ってるわねサイト。


 「デルフリンガー、エルフの“反射”を突破するための魔法は『解除(ディスペル)』で間違いないのね?」


 「おう、間違いねえぜ。だけどよう貴族の娘っ子、多分エルフは城中の精霊と契約してると思うぜ、それを解除するにはとんでもねえ精神力が必要になるぜ?」

 確かにその疑念はもっともだけど、手は打ってある。


 「平気よ、エルフの力は半減してるから」


 「どういうことだ?」

首を傾げるサイト。ま、そりゃわかんないわよね。


 「いい、エルフに限らず先住種族の魔法の大半は土地の精霊の力を借りて行使するの。これはシルフィードにも確認したから間違いないわ。つまり土地に依存するから防衛には長けていても侵略には向かない。それが先住魔法の特徴よ」


 「だけど今回は敵は防衛役なんじゃないのか?」


 「確かにそうだけど、要は土地の環境を変えてやればいいのよ、敵はおそらくアーハンブラ城の全ての石に宿る「土の精霊」や、砂漠の強い風に宿る「風の精霊」と契約する。だけど城を焼き打ちにすればそこには「火の精霊」が荒れ狂う。つまり、自然のバランスが崩れるのよ」

 自然の理を捻じ曲げるのが系統魔法。理に沿うのが先住魔法。当然効率は後者が圧倒的に上だけど、戦闘時には長所が短所になることもある。


 「なるほど、つまり契約してた精霊とは違う精霊が多くなるから力が半減するってことか」


 「まあ、それでも恐ろしい敵なのは間違いないわ。だけど、やりようはいくらでもあるもんよ」

 そして最後の締めに入る。


 「これが作戦内容よ、決行は深夜2時、敵は警戒態勢を続けてて気が緩み始めてる頃だろうから、そこを狙う。それまで仮眠をとっておきましょう」


 後は決行するのみ。明日の朝までに勝負が決まる。












■■■   side:ビダーシャル   ■■■


 我は今もの凄く困惑している。

 ジョゼフの命には“ネフテス”意に背かぬ限りは可能な限り従うことにはなっている。

 しかし。あの少女、シャルロットの心を狂わせる薬を調合し、心を失わせよ。という命令の理由は何とも理解し難いものであった。


 『なあに、お姫様救出作戦だ』

 その一言だけだった。

 意味が全くわからぬ。


 とりあえず“守れ”と言われたのだが、期間の指定もなければ細かい指示は一切なかった。

 しかし、“知恵持つ種族の大同盟”の会合もあるのでずっとここにいるわけにもいかない。

 薬の調合が済めば一旦リュティスに戻ってその辺の確認をせねばならぬのだが、その間彼女等は無防備になる。


 「やはり、ハインツを待つしかないか」

 彼なら恐らくいずれ事情を知ってここに訪ねて来るだろう。

 別に彼を攻撃せよと命令を受けているわけでもなし、“守り”さえすればいいのだからそれが私でなくとも問題はないはず。


 それまで私は本を読みながら待つことにした。







■■■   side:シャルロット   ■■■


 私は今、母様に物語を読んでいる。

 目が覚めた母様はとても穏やかで、一言も話さずただじっと話を聞いてくれている。

 だけど、こっちが問えば頷きを返してくれるし、首を横に振ることもあるので意思がないわけではない。


 杖は無いけど私は決して諦めない。

 姉様もハインツもこの程度で諦めたりは決してしない。特にハインツなんか魔法が無くても何でもやりそうな気がする。


 とはいえ、ビダーシャル以外の敵が誰か分からない状況では下手に動くのは危険。監視されている危険がある以上は状況の変化があるまでは動かない方が良い。

 それに、母様に心配をかけたくはない。私が傍にいないととても不安そうな顔をしているのだ。


 母様は“シャルロットを失うことを恐れる”という行動を増幅したような症状を持っていた。

 けど、ここに人形は無い。どうやら私とビダーシャルとの魔法のぶつかり合いで粉々になった模様。


 だけど私が傍にいると母様は落ち着いてくれる。今の私は“シャルロット”であれているのだろうか?


 だから私は出来ることが無い間は本を読み続けている。




 鬼と人間の戦いは長く続き、数では遙かに人間が勝ってしましたが、個体の能力では圧倒的に鬼が上回り、人間達は繰り返される鬼の略奪に怯えていました。

 そこで、ある計画が実行に移されることとなりました。それは優生学、優れた人間同士を掛け合わせ、鬼に対抗できる人間を作り出そうという試みでした。


 しかし、所詮人間を強化したところでその力には限界があり、更なる力が必要でした。

 そして見つけ出されたのが“宝樹”と呼ばれる木でした。

 この木の樹液や果実には強力な毒が含まれており。通常、動物が食べると死に至る劇毒でした。


 ですが、人間は研究の果てにこの果実の有効的な使用方法を発見しました。


 それは、妊婦に希釈した樹液などを定期的に飲ませ、胎児に生まれながらにその毒への耐性を着けさせるという狂気の試みでありました。

 その過程で何百、何千という人間が犠牲となりました。その毒は、人間の身体にとてつもない力を与えるが故にその力に耐えきれす死んでしまう毒だったのです。


 ですが、その果てについに完成形が誕生しました。


 生まれてから乳の代わりに樹液を飲み、その木の化身ともいえる存在となった一人の少年が誕生したのです。

 その少年はその木の果実を食すことで爆発的な身体能力を発揮する異能を生まれながらに備えていました。

 そしてその果実の形は桃に似ていたことから、人々は畏敬の念を込めてこう呼びました。


 桃太郎、と。






 …………………………………やっぱり、童話としては致命的な欠陥品だと思う。
 










■■■   side:ハインツ   ■■■


 「時間だ、作戦を開始する」

 今は夜九時、このタイミングで襲撃を行えばアーハンブラ城に援軍要請が届くのはおよそ夜11時、それから兵を叩き起こして援軍を派遣するならこちらに到着するのはおよそ2時。

 つまり、『ルイズ隊』がアーハンブラ城に襲撃をかける時となる。


 俺が率いる部隊は暗黒街の奴らおよそ200人。

 八輝星の連中を収集して、使える人員を集め、即席の軍隊を作った。

 メイジの比重は少ないが今回の任務は陽動がメインなので問題はない。


 俺の担当は国境警備隊。ここの奴ら襲撃しアーハンブラ城へ向かわせないことと、逆にアーハンブラ城から援軍を呼ぶようにすることだ。


 「第一隊は北側の物資集積場を狙え。第二隊は南の水場を抑えて消火活動を阻害しろ。第三隊は広く展開して敵の動向を把握して逐一各部隊に報告。本隊は俺と共に敵主力を叩く。死者は出さず重傷に止めるよう注意しろ。その方が敵が治療に回るため有利になる」

 要は、スナイパーがあえて敵を殺さず足を撃ち抜くのと同じ原理。仲間を救うため人員を割かざるを得なくなる。


 「ランドローバル、上空で待機していてくれ」


 ≪承知≫

 俺は感覚共有を用いて全体を俯瞰する。これなら各隊の状況を把握できる。


 「作戦開始、いくぞ!」














■■■   side:マルコ   ■■■



 「時間です、各員攻撃準備」

 僕の担当はアーハンブラ城の西にあるパルスクの街の駐屯部隊強襲。


 率いるは『ベルゼバブ』、悪徳官吏や人買いなど非合法な商売をやる連中専門の盗賊団であり、一応北花壇騎士団の下部組織だけど八輝星の命に叛いた連中の粛清も担う組織だ。


 僕とヨアヒムは暗黒街出身であり、暗黒街の戦いにも『影の騎士団』のお手伝いとして参加していた。


 だから彼らの中には顔見知りもいるし、今や暗黒街の支配者であり“黒の王子”と呼ばれるハインツ様の補佐官であることは暗黒街の連中ならば大体知っている。


 「この任務は“悪魔公”直下の大任。しくじることは許しませんし、万が一途中で逃げたりした者は“虫蔵の刑”を覚悟することです」

 全員の顔に緊張が走る。


 「我等は悪魔の尖兵です。例え相手が何であろうとも課せられた任務は遂行する。それが『ベルゼバブ』たる我等が在り方。光を歩く者達に闇の深さを思い知らせてあげましょう」

 我等は闇、王国の暗部なり。


 「ですが、今回の任務では殺人は禁止です。しかし恐怖を刻みこむことは許されている。我等の本領を発揮しようではありませんか」

 そして僕等は出陣する。









■■■   side:ヨアヒム   ■■■


 「よーし、お前ら、準備はいいか!」


 俺は配下の『ルシフェル』の連中に号礼をかける。


 「今回の相手は腐った神官や狂った聖堂騎士団の連中じゃねえ、ガリアの保安部隊だ。これまでのように一方的はいかねえから油断すんなよ」

 こいつらは普段それほど対等な敵と戦ってきたわけじゃねえ、しかし、全員が俺やマルコと同じように“穢れた血”やそれと同じような境遇のもので構成されている。

 だからロマリアの糞を殺すことには容赦は一切なく、こうした戦場であっても一度殺すと決めたら躊躇はしない。その辺の感性は軍人に近いものがある。


 故に統率力は抜群、それにずっと俺とマルコが率いて戦ってきたから連携にも問題はない。


 俺の任務はアーハンブラ城北方のミテネの街の駐屯部隊強襲。

 こっちは本命の連中の退路にもなるから最も統制がとれている俺の部隊が担当することになった。

 もっとも、彼らは竜で帰るそうだが、備えあれば憂いなしだ。


 マルコが率いるのは普段別に動いている『ベルゼバブ』、ハインツ様にいたっては急遽集めた即席部隊。

 それに比べりゃ俺はよっぽどやりやすい。


 「ま、緊張する必要はねえ。普段の訓練の成果を発揮すりゃ問題はない。いつも通りにさくっと片付けるぞ!」

 全員の意思が統一される。


 「さあ、出撃だ!」


 神を滅ぼす軍勢が一翼、『ルシフェル』の出陣だ。














■■■   side:才人   ■■■



 アーハンブラ城焼き打ち作戦は実行に移された。

 ハインツさん達の陽動は上手くいったみたいで敵の半分近くは11時頃に出動していった。


 そして、2時にギーシュ、マリコルヌ、モンモランシー、コルベール先生の4人が残った兵に襲撃をしかけ。

 俺、ルイズ、キュルケの3人はギーシュのトンネルを通って城内に侵入した。


 「事前に捕らえて拷問した兵士の話によると、ミスコール男爵は二階、タバサは多分最上階かそれに近いフロアよ」

 ルイズがそう言うが、聞き捨てならない言葉があった。


 「おいルイズ、拷問ってなんだ」


 「尋問の間違いだったわ」

 平然と言うルイズ、一体何やったんだこいつ。


 「簡単よ、宿場町の酒場の女性に乱暴をしようとした兵士がいたの。だからちょっと睾丸を切り落としてやっただけよ」

 キュルケが答えた。


 「ま、盛りがついた犬には当然の報いね」

 こいつら怖え。


 「さて、私は司令官の排除に向かうわ、シャルロットの救出は任せたわよ」


 「ああ、キュルケも気をつけてくれよ」


 「心配無用♪ 勝利の女神は負けないのよ」

 いつものように微笑んでキュルケは二階に向かった。


 「凄いな、よくまあいつも通りでいられるもんだ」


 「あれがキュルケの特性の一つね、彼女は天才型だから」

 生まれついて持ってる人、ってのはいるもんなんだな。


 「私は努力型だけど、そこに優劣はないわ、逆に劣等感を持った時こそが敗北ね」

 今のこいつが劣等感を持つところが想像できねえ。


 「駆け抜けるわよサイト、私は『レビテーション』で行くからあんたも全速力で走っていいわ」

 虚無の担い手は系統魔法が使えない代わりにコモン・マジックを得意とする。

 だからルイズの『レビテーション』は『フライ』並みに速い。


 「了解!」


 そして俺達は最上階を目指す。








■■■   side:ビダーシャル   ■■■


 「侵入者か」

 契約を交わした精霊が教えてくれる。敵意を持った者が近づいていると。

 しかし、火が放たれたようで「火の精霊」が荒れ狂っており、我が契約した「土」と「風」は混乱している。

 特に「風」の混乱がひどい、なだめるには時間がかかろう。


 「やはり、ガラ殿にもう少し教えを請うべきであったか」


 「火」の扱いに関してはリザードマンの方々は我等エルフの上をいった。

 我々が「火」を従わせることしか出来ないのと異なり、彼らは完全に対話することを可能としており、自在に体内に宿している。

 我々は破壊を好まぬので「火」の暴力的な力をやや嫌う傾向があることが「火の精霊」との対等な関係における対話を妨げる要因になるのだろう。


 「我もまだまだだな、従わせるだけでは意味がない。“大いなる意思”はそのような力を決して認めはしないだろう」

 しかし“守る”と約束したからには守らねばならぬ。


 我は迎撃に向かうことにした。





■■■   side:シャルロット   ■■■


 「爆発?」


 外から燃え盛る炎と怒号が聞こえてくる。

 何者かがこのアーハンブラ城に襲撃をかけたのだ。


 考えられるのは三つしかない、ハインツか、サイト達か、両方か。


 あの男が張った罠に彼らはあえて足を踏み入れてきた。私ですら気付けるのにハインツやルイズが気付かない訳はない。

 彼らに危険を冒させたことが申し訳ないけど、同時に納得も出来る。

 もし私が彼らと同じ立場だったら絶対に同じ行動をとるに決まっている。『ルイズ隊』とはそういう人達の集まりなのだ。

 きっとコルベール先生も来ている。彼が教え子の危機にじっとしているわけがない。


 「結局、私達は皆似た者同士」

 だから、私は彼らを信じて待つ。

 そして今度は私が彼らの力になればいい、だって私達は親友なのだから。



 「でも、サイトに来て欲しい」

 どうしてもそれを願ってしまう。彼だけは親友としては見れないから。


 「シャルロット?」

 母様がそう呼びかける。私に対してじゃなくて、探すように。


 「母様、シャルロットはここにいます」

 私は窓際から母様の傍に戻る。彼らが来てくれることを信じて母様と一緒に待っていよう。


 そして私は物語の続きを読み始める。








 「なぜだ桃太郎! 俺の故郷、鬼が島の鬼は一度も人間を襲っていない、なぜ貴様は我が故郷を滅ぼした!」

 彼はそう問いました。


 「俺は鬼を殲滅するために作られた。だからだ。と、言ってやりたいところだがそんな理由ではない」

 桃太郎は傲然と答えます。


 「奪いたかったから奪った。殺したかったから殺した。それだけだ。他に理由などいるか?」

 その答えに彼は怒りに震えました。

 「ふざけるな! 貴様の欲望の為にどれほどの命が犠牲になったと思っている!」

 しかしそれでも桃太郎は揺るぎません。

 「何を今更、俺を生み出すためにすら何千もの人間を生贄としたのだ。その俺が今更何を惜しむ必要がある? 人間だろうが鬼だろうが俺にとっては変わらずゴミに過ぎん。あの畜生共は考えるまでもない」

 その答えに彼はさらに怒ります。

 「貴様、仲間を殺したのか!」

 桃太郎は笑い出します。

 「くくく、はーはっはっは! あんな畜生共が俺の仲間なわけがあるか、あんなものは使い捨てのゴミだ。そもそも俺に仲間など必要ない。全ては俺のものだ。俺だけのものだ。せっかく奪った財宝をなぜあんな屑にくれてやる必要がある?」

 彼は最早桃太郎と会話を続ける気にはなれませんでした。

 「殺す。貴様はあってはならない命だ」

 そして彼は槍を構えます。

 「殺せるものなら殺してみるがいい、鬼が島の生き残りよ」

 桃太郎も刀を構えます。


 そして、戦いが始まりました。




 ………………………本当、なんでこんな本しかないんだろう?







■■■   side:ルイズ   ■■■


 私達とビダーシャルと名乗ったエルフは現在交戦中。

 元々こうなるしかありえなかったから問題ない。


 エルフを相手にするならば長期戦は避ける。そもそも“反射”を突破できる程の『解除』を唱えるなら無駄な消費は許されない。初撃で全てを決める。


 そして、私が詠唱を続ける間、サイトは一人で戦い続けている。


 「はあああああああああああああああ!!」


 「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討て」

 次々に石の礫が散弾のような勢いで飛んでくる。メイジの魔法なら間違いなくスクウェアスペル。


 しかし、サイトはそれを悉く切り落としていく。凄まじい速さ。とんでもない動体視力。

 今の彼に敵う存在はこのビダーシャルのように限られた存在だけだろう。

 まあ、心が死ぬほど震えてるのもあるんでしょうけど、何せ好きな女の子を助ける為に戦っているんだから。


 だけど、ビダーシャルはその上を行く規格外。

 “反射”を維持しながら周りの石壁が粘土の如く変形し巨大な石の拳を作り出す。

 あれは、スクウェアメイジにも不可能。密度が比較にならない。


 だけどサイトはそれをデルフリンガーで受け止める。

 ぶつかる瞬間にサイトの全身をオーラが包み込んでいた。


 あれがガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾。


 だけど、守るべきは私じゃなくてタバサの方ね。

 「かはっ」

 吹っ飛ばされたサイトが石壁に叩きつけられるけど、その瞬間私の詠唱は完了した。


 「俺にその『解除』をかけろ!」

 デルフリンガーが叫び、それに応じて私は『解除』をかける。


 「相棒! 今だ!」

 サイトが突進する。先程の衝撃のダメージをまるで感じさせない速度で。


 私の『解除』がビダーシャルの“反射”を切り裂き消滅させていく。まるで精霊の力そのものを無に帰すかのように。


 「これは“シャイターン”! 世界を汚した悪魔の力か!」

 ビダーシャルが左手で右手を握りしめて飛びあがる。


 「悪魔の末裔よ! 警告する! 決して“シャイターンの門”へは近づくな! その時は我等が全力で持ってお前達を打ち滅ぼすことになる!」

 そして彼は去って行った。


 「サイト、無事?」


 「左手が折れてる。だが他は大したことねえ」

 怪我に慣れたものね、一年前だったら大騒ぎしてたでしょうに。


 「そっちはどうよ?」


 「私は何ともないわ、ちょっと精神力は尽きかけてるけど」

 ま、最強の敵は倒したわけだし。


 しかし。


 ドンッ!


 「ぐっ!」

 サイトが突如吹っ飛ばされた。


 「サイト! くっ!」

 気付けば私は敵の腕で抑えつけられて杖を奪われていた。


 「やれやれ、まさかエルフを倒すとはねえ」

 そこには長身だけど病的に痩せた男がいた。










■■■   side:才人   ■■■


 今俺が吹っ飛ばされたのは『エア・ハンマー』だ。

 かなり喰らったことがある魔法だからいい加減身体で覚えた。

 「相棒、無事かい」


 「ああ、何ともねえよ」

 傷がついたわけじゃあねえ、左腕はもとから折れてるから変わんねえし。


 「手前、何もんだ」

 俺は胸糞悪い笑みを浮かべた野郎に問いかける。


 「私ですか、貴方方の始末を命じられたものですよ、貴方方がここにくることは陛下が予想されてましたから」

 ガリア王ジョゼフ。奴の手駒か。


 「そして、動かないことですね、動けば貴方の主人の命は保証しませんよ」

 向こうでルイズが別の男に羽がい絞めにされている。そしてその間にももう一人いやがる。

 両方共杖を持ってるってことはメイジか。
 

 「そう、おとなしくすることです。もっとも、そうしたところで運命は一つしかありませんが」

 こいつは腐った野郎だな。目を見るだけでそう思う。


 「実に身事な手際ではありましたよ。城兵を片付け、そしてあのエルフすら破るとは、流石は虚無の担い手、流石はガンダールヴ。ですが、一人倒した程度で気を抜くようではいけませんねえ、それでは北花壇騎士には到底敵いませんよ」

 北花壇騎士!


 「そう、私は北花壇騎士団フェンサー第十位、“凶風”のヴォラム、あの忌まわしい副団長の部下を務めるものであり、裏切り者の同僚といったところですか、ちなみに後の二人は私の部下の十五位と十八位です」


 「忌まわしい副団長、だと?」

 それってハインツさんのことだろ。


 「そう、貴方方をここまで引き込んだのはあの男しかあり得ない。でなければトリステインの学生である貴方方がこれほど緻密な計画を立てられるわけがない。しかし、甘かった。陛下はそれを見こして私を派遣なされたのです」

 つくづくむかつく笑い方をする野郎だな。


 「そう、そしてこの任務を遂行すればあの男も反逆者として処分できる。そしてその功によって私が副団長となるのですよ。この日をどんなに待ったことか」


 「手前、ハインツさんが怖いのか?」

 この男の言葉を聞く限りそうとしか思えない。


 「そう思わぬ者は北花壇騎士団にはおりませんよ、“闇の処刑人”、“悪魔公”、“死神”、“粛清”、“毒殺”、あらゆる負の称号で呼ばれる処刑人。彼の手にかかった団員は十人程度では利きません。あの者が副団長になって以降、北花壇騎士団は別物となってしまった。あんな若造一人によって!」

 こいつはどうみても30は超えてる。ひょっとしたら40代かもしれない。


 「陛下の信任が厚いことを利用し、さらには陛下の娘をも誑かし、地位を盤石なものとした。そしていずれはガリアの王になるつもりなのでしょうね。なにせイザベラ殿下と結婚すればそれは容易に可能になる。しかも彼自身が既に王位継承権第二位でもある。実に小賢しい限りでした」

 なんつーか、こいつは小物だな。


 「ですが、ついに尻尾を出した。王家に逆らった反逆者を庇ったのですからもう言い逃れは出来ません。そして私が貴方方を仕留めればもう奴に手駒は無い。チェックメイトですよ」

 俺はほとんど何も言ってないのに自分で勝手にしゃべってやがる。うん、どことなくワルドに似てるかも。

 ルイズの方を見ると、準備してる。こりゃまずいな。


 「陛下は直接私にお命じになられた。担い手とガンダールヴを始末せよと。副団長を介さずに! これはつまりあの者は既に反逆者ということです。貴方方はどっちにせよもう助かる道はないのですよ、ガリアを敵に回したのですから」


 その瞬間、『炎球』が飛んできた。

 ルイズを捕らえていた男は直撃を受けて消し炭になる。

 身構えていたルイズはその瞬間にその男を盾にして爆風から逃れる。


 だが、俺は逃げる。既にもうルイズが発動体制に入っているからだ。


 「『爆発(エクスプロージョン)』!!」


 そして、残りの二人も吹っ飛んだ。











■■■   side:ルイズ   ■■■



 「サイト! タバサを探しなさい! さっきの奴はユビキタスよ!」


 恐らく奴は風のスクウェア、魔法学院のギトーと同じ才能の無駄。


 「分かった!」

 サイトは直ぐに上階を目指す。やっぱ最後は騎士様がお姫様を迎えにいかないとね。


 「ルイズ、無事?」

 反対側からはキュルケが来る。いいタイミングだったわ。


 「大丈夫よ、ところで、そっちの首尾は?」


 「あいつらは全員髪を燃やしてハゲにしておいたし、杖も燃やしておいたわよ」


 「そう、それなら問題ないわね」

 私は落ちてた自分の杖を拾い上げる。


 「ねえ貴女、さっき、例の杖使ったのね」


 「ええ、その為にわざわざ髪を束ねたんだもの」

 私は今回の作戦の為に敢えて髪を束ねておいた。そしてそこに小型の予備杖を仕込んでおいたのだ。


 「北花壇騎士の割には三流だったわね、本当にフェンサーなのかしら?」

 確かに、タバサやハインツに比べたら格下どころじゃなかったわね。


 「ま、これに聞いてみましょう」

 私は転がってた残りの男を蹴り飛ばす。


 「ぐぼっ」

 「これからいくつか質問するわ、正直に答えなさい。さもないと二つ目の焼死体が出来上がるわよ」

 私はさっきキュルケが燃やした男の死体を指しながら言う。


 必死に首を上下させる男。情けないわね。


 「貴方方は北花壇騎士団のフェンサー、これは間違いない?」


 「あ、ああ」

 ふむ、そこは間違いないのね。


 「次、貴方方に命令を下したのは誰?」


 「そ、それは陛下の勅命だと聞いている。少なくとも十位殿はそう言っていた」

 なるほど、ただの木偶の坊なのね。だけど、あのハインツがこんなのをフェンサーにするかしら?


 「で、さっきの男が言っていた内容は全部本当?」


 「た、多分、俺が知る限りでは間違いない」

 つまり、ガリア王がハインツを通さず直接こいつらを派遣したのは間違いない。

 ハインツ直属の部下は皆優秀でしょうから、こんなのしか残ってなかった。てことかしら?

 だけど、それなら正規の花壇騎士を動員すればいいはず、いくら密命に近いとしても動員出来ないわけじゃない。


 つまりこれは。


 「最後の質問、私達をどうするように命令されていたの?」


 「に、担い手とガンダールヴを殺せと」

 ただの遊びってわけね、だってこんなゴミにそんな重要事項を教えるわけがない。


 「『爆発』」

 私はその男の首を吹き飛ばす。


 「あらあら、酷いわね」

 キュルケが肩を竦めるけど、分かっててやってるわね。


 「慈悲深いと言って欲しいわね。秘密を知ったこいつをガリア王が生かしておくわけがない、つーか完全に棄て駒のつもりで投入したんでしょうね」

 要は、死んでも構わない連中でちょっとした遊びを思い付いたってことね。


 「ま、そんなとこでしょうね。私はモンモランシーを呼んでくるわ、サイト、怪我してたでしょ」


 「任せるわ、私は一応サイトを追うわね」


 そして私達は再び別れる。












■■■   side:才人   ■■■


 「相棒、分かるか?」

 「ああ、わざわざご丁寧なこった」


 俺とデルフは最上階にたどり着いたが、奴の本体がどこにいるかを探るまでもなかった。

 何しろわざわざ足跡がついてる。どう考えてもわざとだなこりゃ。


 「敵は間違いなく青い娘っ子を人質にする気だねえ」


 「それしか能がねえんだろうな」

 あいつはゴミだ。多分、ガリア王もそのつもりで寄越したんだろう。


 「相棒、集中しろ、そうすりゃなんとかなる。今の相棒なら絶対いける」

 デルフの言葉が頼もしい。こいつはガンダールヴの心の震えが分かるらしい。


 「そんぐらいいけてるか?」


 「応よ、だって相棒、折れてる腕の痛みを感じてねえだろ」

 そういや左腕折れてたんだったな。


 「そういやそうだ」


 「だろ、今の相棒は7万に突っ込んだ時に匹敵するぜ」

 そして俺達はあるドアの前にたどり着く。


 「行くぜ!」

 「突撃!」


 二人で叫んでドアを蹴破る。


 そこには、さっきのルイズと同じように抱えられるシャルロットと、あの糞野郎がいた。

 「動くな、ガン」

 俺はその瞬間思いっきりデルフを投げた。


 デルフは奴の右腕を切り裂き壁に突き刺さる。


 「がっ!」


 「俺の女に触るんじゃねえ!!」

 思いっきり加速をつけて渾身の右ストレートを叩き込む!


 糞野郎は窓を突き破って落ちて行った。


 「シャルロット!」


 「サイト!」










■■■   side:ハインツ   ■■■



 俺は今歴史的瞬間を記録している。


 というのも“不可視のマント”を着けてアーハンブラ城の壁に張り付き、シャルロットがいる部屋をシェフィールド作成のマジックアイテム“ビデオカメラ”(命名俺)で撮影しているからである。

 これはウェールズ王子がヒゲ子爵にやられた時に使用したものの発展版で、映像と共に音声も残せる優れもの。

 しかしコストが相変わらず高く、5分で1000エキューはする。

 前回の3分で1万エキューに比べれば安いのだが、それでも1000エキュー(1000万円)は高い。


 しかし、これはイザベラ最大の希望なので叶えてやりたいことである。

 シャルロットの初恋成就の瞬間を一番願ってたのはあいつだからな。


 「お、抱きしめた。やるね才人」

 多分つり橋効果もここでは発揮されているのかな?


 ちなみに部隊の指揮は俺の遍在(ユビキタス)がやっている。今回の作戦では同時に複数の事柄を実行する必要があったので、“ピュトン”を使用しクラスを長期間上げておいた。

 また寿命が削られることになるがそこは気にしない。『デミウルゴス』に削られる分よりは少ないはずだ。


 また、“影”も置いてきたので戦力的には十分。マルコとヨアヒムもこれに賛同してくれた。


 「お、キスした。しかも母親の前で」

 才人にとってはファーストキスじゃないが、シャルロットにとってはそうだろう。


 その後しばらく完全に二人の空間を形成していたが、ルイズの到着によって離れる二人。

 俺も撮影はここで切り上げ、ランドローバルを呼び寄せることにする。


 あくまで彼らは襲撃に偶然居合わせ、偶然同級生を発見し保護したことになる。だってトリステインの学生である彼らがガリアの内情を知るわけがないのだから。


 そして、シルフィードとランドローバルに分かれて乗り、9人は北方に向かう。目指すはゲルマニアのフォン・ツェルプストー。

 そこで一旦休んだ後、魔法学院に帰還する計画である。


 そして、俺には最後の後始末がある。




 這いつくばっている者を見下しながら俺は淡々と告げる。


 「やれやれ、随分と無様な姿だな、第十位」

 そこにいるのは右腕を失い、全身に打撲を負いながらもなお生きている第十位。


 「ふ、副団長!」

 驚愕の声を上げる。


 「“闇の処刑人”たる俺が来た以上用件は一つしかない、分かるな?」


 「わ、私は、裏切ってなどおりません!」

 必死だな。


 「ふむ、まあそうだろうな。しかしだ。これは陛下の命なのだよ」


 「!?」

 驚愕する。


 「以前といっても割と最近なのだが、陛下に問われたことがあってな。北花壇騎士団フェンサーの中で棄て駒に丁度いい者はいないかと」

 よく考えればその時点で陛下が何か企んでることを見抜くべきだったな。


 「そして俺はお前の名を挙げた。何せ、お前はそのための存在だったからな」


 「あ、あああ」

 思い当たる節でもあったか。


 「どんな組織でもいつかは腐る。それは避けられん。ならばその治療をどうするか? どれだけ効率よく治療するか? そこが問題なのだが、一番効率が良いのは“腐った林檎”をあえて残して置くことだ。するとな、“腐るかもしれない林檎”を腐敗させてくれる。あとは丸ごと刈りとればいい」

 今回こいつが動員した二人がそう、十二位~六位は部下を率いて任務を行う班長としての権限がある。

 そうして俺の“影”は増えていったのだ。


 キュルケが燃やしてしまった奴と、ルイズが吹き飛ばした奴は回収不可能となったが。確かに、ルイズの処置は慈悲深い。死後まで働かされることはなくなったのだから。

 その点こいつは運が悪い、生きぎたないというのも時には考えものだ。


 「安心しろ、スクウェアメイジの才能はそのまま利用される。死にはするがこれからも北花壇騎士団に仕えることができるのだ。光栄だろう」

 闇の技術の結晶の一つ、ホムンクルス。

 要は『アンドバリの指輪』と同じだが、特徴は時間制限や水の結晶のすり減りがないことか。


 「タ、タスケ」


 「『毒錬金』」

 体に出来る限り損傷を与えず、眠るように殺すのがベスト。これなら加工しやすくなる。



 「さて、任務は完了。残りは九大卿と打ち合わせての後始末か」

 フェンサー統括としての仕事は終わったが、まだまだ他にも仕事がある。



 「まったく、陛下は人使いが荒い」


俺は移動用のワイバーンを呼び寄せながらマルコとヨアヒムと連絡を取るため“デンワ”を起動し、今後の打ち合わせを開始した。











[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十四話  ガリアの家族
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:b601d01c
Date: 2009/09/21 08:21
 




 俺は今、アーハンブラ城での経過を報告するために陛下の元へ向かっているが、ひとつの決意を胸に抱いていた。今回、事前に作戦の説明が無かった件については、どうしても文句を言ってやらないと気がすまない。

 たとえ、その後何を言われようと絶対に言ってやるぞ、という不退転の決意をしながら俺は謁見の間に入った。



■■■   side:ハインツ   ■■■




 いつものように妙な仕掛けが無いのものか、と思いながら謁見の間に入ると、今までとは雰囲気がまるで異なる空間が広がっていた。

 謁見の間には違いない。しかし全体的に薄暗く、調度品もいつもより豪華になっている。しかもそれらの調度品からは煌びやかな美しさは感じられず、変わりに重々しい威圧感を放っている。

 そして何より、玉座に座る人物がいつもと異なり、王としての正装をしている。豪華ではあるがやはり暗い雰囲気を漂わせる装いで、威圧感、いや、王の威厳が隠しようも無く放たれている。まさに「虚無の王」と呼ぶにふさわしい威厳だ。

 いつもとまったく違う様子に少し気おされながらも、報告を行うため俺は陛下の眼前へと進んでいく。進めば進むほど陛下から放たれるプレッシャーが強くなる。


 いったい今日の陛下はどうしたのだろうか?


 陛下の前まで到達した俺は、周囲の重々しい雰囲気に呑まれたかのように格式ばった挨拶をする。


 「ハインツ・ギュスター・ヴァランス、ただいま帰還いたしました」

 すると陛下はやはり重々しい口調と声色で答える。


 「良くぞ戻った。忠勇なる我が僕よ」


 いつに無く真面目な態度の陛下。もしかしたらこれも何かのネタなのだろうか? とはいえ、今はいつものように軽いノリで話せる状態ではない。

 そう思っていると陛下は続けて話を始める。


 「して、アーハンブラ城での作戦の首尾はどうなった、まずは報告を聞こうか」

 やはり真面目な陛下、やや調子が狂うが報告をするこちらとしては、いつもの馬鹿騒ぎよりはずっとやりやすい。


 「はい、作戦は成功です。主演たちは虚無の担い手であるルイズの指揮の下、己の能力を最大限に活用し、さらに仲間同士連携を取り合うことで、自分たちの力を何倍にも引き出していました。詳しい経過は……」

 そうして俺は細かなことまで報告していく。






 「以上です。今回の作戦により、主演たちはこれより先ガリア王を明確な”敵”とみなして行動するようになるでしょう。また、彼らの力もさらに上昇しましたし、同時に北花壇騎士団の不穏分子を排除することが出来ました」

 そうして長い報告を終える。それを黙って聞いていた陛下は、やはり厳かに話し始める。


 「そうか、よくやったすばらしい。ことは全て我らの思惑通りに進んでおるな、ロキ卿」


 ロキ卿? 確かに俺は公爵だから”卿”と呼ばれてもおかしくは無いが、それなら『ヴァランス公』って言うのが普通だろう。なぜ裏の名前の”ロキ””に卿付けなんだ?

 とはいえ、返事は返さなければなるまい。


 「はい、事は順調に進んでおります」


 「主演たちの力はどうだ、彼らの能力は最終作戦の前哨戦たる、余の軍団との戦いを切り抜けられる程成長したか?」

 彼らの成長率は凄まじい。俺の予測を大きく超えるほどだ。特に才人とルイズ、この2人は特に顕著だ。


 「はい、今の彼らなら個人としても、集団としても、最高峰の錬度で戦術展開が可能です。特にガンダールヴの青年と、虚無の担い手の少女は素晴らしいの一言です。次の作戦に進んでも問題ないかと」


 「ふむ、後ひとつふたつは試練は必要かとも思ったが、予想以上だな。ロキ卿よ、其方から見てどうだ、今のガンダールヴと其方が戦えばどちらが勝つ?」

 今の才人と俺か、”毒錬金”を使わずに純粋な戦闘力を競い合うなら――――


 「ガンダールヴの少年でしょう。私では今の彼の速度に対応できません。”ヒュドラ”を使ってようやく五分というところでしょうか」


 「ならば虚無の娘はどうだ。かの者の頭脳は余と比肩できる領域に達したと思うか」

 今やルイズの周りには彼女の頭脳は並び立つものは居ない、しかし陛下と比較するとまだ―――


 「今の彼女の頭脳に匹敵するものは、それこそ世界の中でも、片手の指で数えるほどしか居ないでしょう。方向性はやや異なりますが、イザベラ宰相と同じ領域にいます。しかし、陛下と比較すると、まだその域には達していません。だがそれでも十分すぎるほどの成長をしています」


 「ふむ、そうか」

 そういって黙り込む陛下。何か考えているのか。




 しばし沈黙が続く。この雰囲気の中での沈黙は寒々しさすら感じる。今回の陛下は真面目さは何なんだろう、やはり何かのネタなのだろうか。でもだとしたら一体何だ?

 俺は謁見の間に入る前の決意を思い出し、思い切って陛下に切り出す。口調はこの雰囲気にあわせたままで。


 「陛下。失礼ながら、陛下にひとつ聞かせていただきたい事が御座います」


 「分かっておる。其方の心に怒りを感じるからな、此度の作戦を事前に説明しなかった件であろう。違うか?」


 「はい、左様です」


 「そして、そなたはその原因について大体は理解している。それでもなお、余に問うか」


 「無礼は承知で御座います」


 「よい、咎めている訳ではない。では話そう、其方は此度の作戦を始める前に既に、虚無の娘の成長が目覚ましいものだと言っていたな。それであえて、作戦について其方に話さなかったのだ。なぜならばそこまで成長した娘ならば、作戦中にわれらが裏で糸を引いていることに気づくやも知れん。その段階で知られては、脚本全体を大幅に修正しなければならなくなるからな」

 確かにそのことは俺も考えた。今のルイズならばいつ気づいてもおかしくない。


 「其方に事前に説明すれば、虚無の娘は其方の態度のわずかな違和感も察知するかも知れん。そう考えたゆえに事前の説明をしなかった。そうすれば其方も必死になって事にあたるため、気取られることはまず無い」

 そうだったのか。てっきり俺を慌てさせるためだけかと思っていたのだが、陛下に対する先入観でそこに気づかなかった。少し反省しければ。


 「だがロキ卿よ、其方には辛抱が足りんぞ。これしきの事で怒りを表面に出すのは修行が足りん。闇の継承者を自負するのであれば、忍耐を持たんとな。闇は寛大だ。しかも辛抱強い。そしていつも勝利する」

 ん? どっかで聞いたなそれ。


 「申し訳ありません、陛下」

 しかし、ここは素直に謝っておこう。今日の陛下は真面目で言ってることも結構正しいし。


 「其方の力は強大だが、まだまだ余の導きが必要のようだな」

 あれ?このフレーズもなんかどっかで聞いたことあるな。これはもしかして……


 「それではロキ卿よ、次の作戦の準備に移るがよい。期待しておるぞ」


 「畏まりました。国王陛下」

 俺はそう答える。俺の予想が正しければきっと次の台詞は……


 「ダークサイドのフォースは常に其方の下にある。我が弟子よ」



 やっぱりそうか!!! 


 俺は一気に脱力する。


 「”スターウォーズ”だったんですね。今回は」

 シスの師弟の会話、という状況設定だろう。


 「まったく最後まで気づかんとは、本当に修行が足りんぞハインツ」

 口調が元に戻る陛下。銀河皇帝プレイは終わったらしい。


 「そりゃ気づきませんよ。ダース・ヴェイダーに銀河皇帝、暗黒の主従って、俺と陛下にそのまま適応されるじゃないですか。役にはまりすぎですよ」


 「そうだ、だからチョイスしたのだからな。しかし、俺がこれをやろうと思ったのは、お前とダース・ヴェイダーの特徴に類似点が多かったためでもあるのだぞ」
 
 確かに。190もの長身で、全身黒尽くめ。エピソード3のアナキンヴェイダーはまさに今の俺のような感じだ。


 「だから、あとはお前を火口に放り込めば完璧だ。安心しろ、既に火竜山脈を調査して、よさそうな火口をいくつか候補にしてある。好きなのを選べ」

 なにふざけた調査してんだこの人。大体そんな暇無いだろあんた。


 「ミューズのガーゴイルは優秀だ」


 「ああそうですか、後相変わらず人の心を読むのやめてください」


 「まあそういうな、それでどうだ、この火口なんか実際にヴェイダーが落ちた感じに近くていいと思うが」

 ちなみに陛下は『スターウォーズ』の映画を見たわけではなく、文庫本全巻と、映画雑誌(写真あり)を読んでいたらしい。


 「やめてください。死にますよ俺」


 「虚無の使い魔をなめるな。ミューズならば持ち主の思い通りに動く義手と義足を作るなどは、造作も無いことだ」

 本気か、本気で俺は火口に落とされるのだろうか。


 「まあいい。冗談はこれくらいにして、これは私事だが、お前に言っておきたいことがあるのだ」

 よかった、冗談か。


 「俺に言いたいこと? それも私事とは珍しいですね」

 陛下が作戦以外で俺に話とはなんだろうか。


 「と、その前にだ、今回の作戦変更についての話は本当だぞ、主演たちの成長速度は当初の予測を軽く超えていたからな。そこで思ったのだが、俺とお前はまさにピッタリの主従だ」


 「は? どういうことです、それ」

 私事はどうした。それになんかヤだな、それ。


 「ああ、大幅な計画の修正をしたのは今回で2度目だが、最初のトリステインの王女――今は女王だが――の暴走のときも、今回の主演の予想以上の成長のときも、どちらもお前が奔走することによって解決している」

 いや、ちょっと待て、やらせたのはアンタだろ。


 「はあ、でも陛下なら別の方法でも何とかできたんじゃないですか」

 できるだろ、その何が詰まってんだか知れない脳みそなら。


 「相変わらず無礼な奴だな。しかしだ、確かに出来ることは出来る、が費用も時間も人手も比べ物にならんくらい掛かっただろうな。単独でお前ほど場を引っ掻き回せる者を、俺は他に知らん」

 褒められているようには聞こえないが、陛下の顔は結構真面目だ。しかも、さりげなく心を読んでる。


 「だからお前と俺、という組み合わせは実にうまく出来ているものだ、と思ったのだ」

 言われてみればそうか、陛下も声も顔も真剣だし、これは納得できるものがある。


 「それに今回の件で被害を受けたのは、お前だけではない、俺もだ」


 「陛下も!?」

 一体なぜ?


 「それで、さっき私事の話に戻るわけだが」

 ここで戻るのか、しかし、陛下の私事と陛下が受けた被害に何の関係があるのだろうか。




 「イザベラの躾はしっかりしておけ」











 「―――は?」

 いったい何を言い出すのかこの人は。


 「だからイザベラをしっかり調教しておけといったのだ。おかげで俺は酷い目にあったのだぞ」

 調教てあんた。


 「というか、話がぜんぜん見えません。何があったんですか一体」

 陛下をして酷い目とは、イザベラは一体何をやったんだ?


 「まあそうだな、教えてやろう。お前が来る前に、イザベラの奴もここに来たのだ」


 「イザベラが? 珍しいですねあいつがここに来るなんて。一体どんな用件だったんですか」

 本当に珍しい。今のガリアの国事は国王の採決を必要としない。王印は宰相であるイザベラが持っている(俺が盗ってきたやつ)ので、最終決定はイザベラの元で決まるのだ。だからあいつがここに来ることは滅多に無い。


 「お前と同じようなものだ、早い話が今回の作戦に文句があったのだな。だが、その方法は我が娘ながら見事だった」


 「何をしたんですか、あいつ」


 「ああ、無言でここに入ってくるなり体中から殺気、というより殺意を放っていたからな。危険を感じたのでとりあえず”加速”でその場を離れようと、杖に手を伸ばしたのだが」

 さすがに陛下といえども自分の娘に手は上げないか。これが俺だったら”爆発”で吹き飛ばされてるな。


 「俺が詠唱に入る刹那のタイミングで、イザベラが唱えた”レビテーション”によって杖が俺の手から離れた。さすがの俺も驚いたぞ。あれが魔法を使うところなど初めて見たからな、一瞬呆然とした」

 確かに、あいつが魔法を唱えるとは珍しい。一緒に居ることが多かった俺でさえ、あいつが魔法を使うのを見るのは稀だ。せいぜい書類の束を移動させることぐらいしか使わないし、そもそも普段から杖を持たないからなあいつ。

 ていうか初めて見たって、あんたどんだけ育児放棄してたんだ。

 というか陛下の”加速”を止めるとは、イザベラに一体何があったんだ。


 「そしてその一瞬のうちに、ガンダールヴもかくや、というスピードで俺の目の前に迫ってきて、俺の首を掴んだ。予備の杖の指輪があっても声が出せんのでは意味が無い。そうしてあいつは全く感情が篭らない眼と声でこう言った。

 『今回の作戦でシャルロットの心を傷つけて、しかも危険な目にあわせたようですね。そしてそのことを事前に私に知らせてなかった。父上、私は貴方が居なければこの世に生まれてませんでした。だからそのことは感謝してます。けれど、それとこれとは話は別。今回のことは私の忍耐の許容範囲を超えました。だから、さようなら、父上。』

 そういって、一瞬言葉をため、絶対零度の冷たさであいつは。

 『死ね』

 と言って俺の首を絞める力を強めた。アヒレスやゲルリッツにも匹敵しそうな力だったな。俺の危険を感知したミューズが来るのが2秒遅ければ、俺は志半ばで倒れてたぞ」

 陛下を圧倒したのはシャルロットへの愛か。素晴らしきシスタ-パワー、姉の愛は偉大だ。


 「そういうわけだ、これもおまえがしっかり躾けてないからだ」


 「いや、娘の躾けは親である貴方の責任でしょう。育児放棄の責任を俺に押し付けないでください」


 「何を言う、6年前からあいつはお前の管轄だろう」
 
 は? 6年前、一体何のことだ。


 「なんだ、6年前お前が俺に”イザベラが欲しい”と言ったのを忘れたか」

 それってひょっとして、あいつを参謀長として引き抜いたときの事を言ってるのだろうか。まあ、確かに言ったなあ、イザベラが(北花壇騎士団に)欲しいって。


 「あの時俺は感心したのだぞ。男親に面と向かって”娘さんを、僕にください”という気骨ある若者が現代にいたとは、とな。そして”ああ、この若者になら娘を任せられる”と思ったものだ」

 嘘付け、その日本の価値観知ったの最近でしょ。当時のあんたはそんなこと知るはず無いだろうに。すごいなこの人、屁理屈こねて育児放棄を正当化しようとしてる。


 「というわけで、あいつのことは万事をお前に任せてるのだ。それともあいつの面倒を見るのは嫌か?」


 「まさか、そんなことありません。あいつの面倒を見るのは俺にとって楽しいですし、あいつが嫌じゃなければこの先ずっと側にいようと思ってますよ。でも、今回の件は事前に説明しなかった陛下が悪いでしょう、あいつに秘密にする必要な無かったはずです。説明さえされてれば、あいつも聞き分けますよ。そこを公私混同させる奴じゃないんですから」


 「まあ、確かにそうだな。さすがに今回は俺の落ち度ではあるか。しかし、それはそれとして、俺は本当にあれの事はお前に任せているからな」


 「はい、それは構いません」


 「そうか」

 そういいながら陛下はなんとも表現しづらい笑いを浮かべた。

 

 



 そうして俺が退出しようとすると。


 「ああそうだ、ハインツ。俺は今回気づいたことがある」

 と、陛下が話しかけてきた。


 「何に気づいたんですか」


 「今回の趣向は少々おとなしすぎた。やはりお前で遊ぶには、ドラゴンボールか聖闘士星矢のほうがいい」

 まだやるつもりなのか、あれを。


 「いい加減にしてくださいよ、さすがの俺も相手するの疲れてきました」


 「何を言う。何のために俺が、貴重な虚無研究の時間を割いてまで、漫画などを熟読してやってると思ってる」

 頼んでねえよ。


 「俺をおちょくるため、ですか」


 「そうだ。そうでなければこんな事するか」

 そう言いながら嘲笑う悪魔。

 だが、俺の忍耐にも限界と言うものがある。ここらでこの悪魔に、目の前にいるのは従順な家畜では無く、牙を持つ獣だということを教えてやらねば。


 「陛下。たった今をもって俺の沸点が臨界点を超えました。俺、ひいてはイザベラやシャルロットのためにも貴方をここで打倒します」


 「ほう、来るか。そうだな、一度くらいは真剣に相手してやるのもいいかも知れん」


 「余裕ですね。この”毒殺のロキ”を相手に笑えるのは貴方くらいです」


 「当然だ、お前程度なら何人がかりでも俺の敵ではない」

 そして俺と陛下は対峙する。


 「秘薬漬けにして、研究室の標本として飾ってあげますよ!!」


 「おもしろい、”精神支配”のルーンの実験台にしてやろう」


 そうして闇の公爵と虚無の王がぶつかり合う。限りなくしょーもない理由で。
















■■■   side:イザベラ   ■■■



馬鹿親父に文句を言いに(本当は殺しに)行った後、私は執務室の戻っていつもどおりに仕事を処理していた。

 まあ、あれだけやればさすがにあの青髭も少しは懲りたでしょ。多分、きっと、おそらく。

 仕事がひと段落ついたかな、と思ったときにヒルダが声をかけてきた。


 「イザベラ様、そろそろ少し休憩にしませんか。ちょうど、良い葉が手に入ったのでお茶にしましょう」


 「そう、いいわね。準備してくれる?」


 「はい、畏まりました」

 そう言って、執務室に隣接してある仮眠室に入っていくヒルダ。この仮眠室は休憩所も兼ねてるので、テーブルとか戸棚とかもある。ちなみにふたつの部屋の間に扉は無い。

 さすがに元お嬢様と言うべきか、紅茶の淹れ方や葉の目利きにかけてはヒルダは一流だ。私はその足元にも及ばない、王女なのに。

 私は書類を読みながらヒルダの準備が終わるのを待ってると、ヒルダが戻ってきた。


 「いま、お湯を沸かしてますのでもう少しかかります。そういえば、ハインツ様がお戻りになってるそうですよ」

 へえ、帰ってたのねあいつ。


 「となると、今は謁見の間かしらね。だとすればもうじきここに来るわね」


 「そうですね、休憩中にいらっしゃるかもしれません」

 何て事をいってると、執務室の扉が開きハインツが入ってきた。噂をすれば影、ね。


 「おかえり、ハインツ。今回は災難だったってね」

 私はそう声をかけるが、なんだか様子がおかしい。いつものハインツなら扉を開けるなり挨拶をしてくるはずだけど、今回はそれも無かった。何かあったのだろうか?

 いぶかしんだ私は、立ち上がってハインツの元へ向かう。ふと見ると、ハインツのいつもの黒尽くめの服の胸元が開いていて、白い肌の上に何かが記されてる。

 一体何? と思ってると、完全に予想外のことが起きた。


 ハインツが私を抱きしめたのだ。






 な!?な!?な!?

 一体何が起こったのか分からなかった。

 しかし、間違いなく私はハインツに抱きしめられている。服を通して、ハインツの体温が嫌というほど感じられる。自分顔が真っ赤になってるのがわかる。

 頭に血が上り、思考がヒートして止まりそうになるが、私は何とか理性の尻尾を掴むことが出来た。

 そう、私は北花壇騎士団団長、”百眼”のイザベラ。例えどんな事だろうと冷静に対処しなくては!!

 そう思ってヒルダのほうへ顔を向ける。私は荒々しく抱き付かれているのではなく、優しく抱きしめられてる状態なので、何とかヒルダのほうを見ることが出来た。

 うん、ヒルダも驚いてる。口に両手を当てて固まってるわね。いつも冷静なヒルダだけど、さすがに”ハインツが私を抱きしめる”という状況は、彼女の脳の処理能力を超えてしまったらしい。


 そういう他人が固まってる様子を見て、私は頭のクールダウンを成功させることが出来た。

 やはり私も年頃の娘だったか、と、どこかほっとする自分が居るのが若干悲しいが。


 状況はいまだ抱きしめられてる状態だけど、もがくとか、突き飛ばすとかの選択肢は思いつかなかった。というのも、私はハインツに抱きしめられてることを不快に思ってない。逆に妙に安心した気分になれる。

 そういう効果もあって、私は普段の冷静さをとり戻す。

 たぶんハインツがこうなってるのは胸の印――おそらくは何かのルーン――の所為だろうから、諸悪の根源はあの青髭ね。

 でも原因が分かっても対処法が分からなければしょうがないか、と思ってるとハインツが私から離れた。



 と思ったら私の肩に手を乗せて顔を近づけてきた。


 このままだとどうなるか、そう考えた瞬間再び脳がヒートしてしまい、私は動けなくなる。”ああ、やっぱ美形だわこいつ”という客観的評価を下すことによって何とか冷静になろうとするも―――


 ハインツにキスされたことによって完全に理性は飛んでいった。











 ――――――は!?


 あまりの事態に私の意識もしばらくトンでしまったようだ。しかし、飛んでいった理性が一周して戻ったのか、何とか思考を再開させる。

 現在の状況。私はハインツとキスの真っ最中。しかも濃厚に舌を絡ませるディープキス。


「ん、んん、ん」

 私の口から声が漏れる。マズイわ、何がマズイって私がハインツとキスしてるこの状態に、まるで嫌悪感や不快感を感じてないことがマズイ。

 このまま流されてしまいそうになる。けれど無意識にハインツの背中に回そうとしていた腕を何とか止める。

 これはハインツの意思じゃなく間違いなくルーンの所為。だからこのまま流されるのは、ハインツにも私にも失礼だ。

 そうして使命感に燃えることによってなんとか冷静になろうとする。とりあえず体格の違いから私からハインツを離すのは無理、というか足にまるで力が入ってない。ハインツじゃこの先の行為は出来ないだろうから、とりあえずキスが終わるのを待つしかない。うん、大丈夫、私は冷静、北花壇騎士団団長は伊達じゃないわ、さすが”百眼”グッジョブ私。
 
 しかしふと気づくと、ハインツが絡めてくる舌に自分の舌も応じている。


……ヤバイ、やっぱり流されそうになる。そういえばコレ、私のファーストキスよね。

 何て、私が冷静に錯乱してるとハインツの唇が離れた。

 とたんに今まで呼吸してなかったことに気づき、空気を求めて荒い呼吸をする。鼻で息すれば良かったんだろうけど、そんな余裕は無かった。

 私が呼吸を整えていると、ハインツが口を開く。が、その言葉の内容は別の人間からのものだった。


 『どうだった、我が娘よ、愛しの従兄弟君との熱い愛の抱擁の時間は。お前のことだ、冷静さを保とうとしながら錯乱していたんじゃないのか? ふ、やはりやられっぱなしは趣味に合わないが、娘に酷な事をするのも大人気ないと思い、反逆者への罰も兼ねてこういう趣向にしてみた』

 やっぱ、あの青髭の仕業か。あの時殺さなかったことが悔やまれる。なぜ私は千載一遇のチャンスを逃したのかしら?


 『なお、このルーンは自動的に消滅する。というのもな、メイジの体にルーンを刻んでも効果が続かんのだ。何とかできぬかと研究を進めたが、この法則は揺るがなかった。”精神系”だけならあるいは、とも思ったがまだまだ研究の余地があるな』

 なんで後半の内容は真面目なものなのよ、と思いながら、私は世の中の理不尽について考えていた。

 なんであんなのが私の父親なのかしら。

 と思っているとハインツが倒れこむ、胸のルーンが消えてるから大丈夫だと思うけどやっぱり少し心配ね。


とりあえず仮眠室のベッドに運ぼうとするけど、私1人じゃ無理。ヒルダに手伝ってもらわなきゃ、と思ってヒルダのほうを見ると、あの娘は同じ姿勢で固まったままだった。


 「ほらヒルダ、還ってきなさい。ほらほら」 

 と、ペチペチと頬を叩いてみると、ハッ!とした表情になってヒルダは還ってきた。


 「申し訳ありませんイザベラ様。つい取り乱しました」


 「安心して、私も似たようなモンだったから」


 「ですが安心してください。画的には大変美しい光景でした。美男美女ディープキスなんて、滅多に見られるものじゃありませんから。眼福です、目の保養です。心が洗われます」

 うん、いまだ錯乱中、と。

 ていうか、衆目の面前でディープキスする美男美女がいたら嫌だわ。


 「はい、ヒルダ、深呼吸。3分くらい続けてクールダウンしなさい」

 そして深呼吸すること5分。ヒルダは今度こそ還ってきたみたいね。


 「本当に申し訳ありません。ですがこれで普段どおりの私に戻りました」

 心の底からそれを願うわ。


 「とりあえずハインツを運ぶわ、床に倒れたままだから」


 「分かりました。私が腕を持つのでイザベラ様は足のほうをお願いします」


 「ん、了解」

 そうして私とヒルダはハインツを仮眠室へと運び出した。



 


 




 私たちは休憩をせずに仕事を再開した。正直、起きた出来事のインパクトが強烈過ぎて、休憩などしてられる状態じゃなかった。

 だから、仕事に没頭することで、受けた衝撃を緩和させようとした。主にヒルダが。

 そうして仕事を再開していると、3時間くらい経った頃にハインツが起き上がってきた。

 若干顔色は良くないけど大丈夫そうね、足元もしっかりしてるし。


 「おはよう、なんか災難だったわね」

 と、私が話しかけるとハインツは何やら考え込むような顔をした後、私に言った。


 「ああ、おはよう。ところでイザベラ、俺ここに来て何かとんでもない事しでかさなかったか?」

 どうやら自分がここに居る理由や、今まで寝てた理由なんかは把握してるみたい。そういうところは流石と言うべきかしらね。


 「別にたいしたことは無いわよ。ただアンタが私にキスしただけ」

 私がそう言うとハインツは少し驚いた顔になった。こいつのこういう顔は珍しいわね。だけどすぐに真剣な顔をして私に聞いてきた。


 「嫌じゃなかったか?」


 「あんた以外の奴だったら不快や嫌悪を感じただろうけど、別に嫌じゃなかったわよ」

 コレは本心。なんか自然に受け入れることが出来たのよね。


 「そっか、よかった」

 ほっとするハインツ。こういうところの気配りがこまかいのよねえ、こいつ。


 「そう言えば、聞いたわよ。あの青髭に勝負を挑んだけどやられて、”精神支配”のルーンを刻まれたんだって? どうしてそんな無謀をしたのさ」

 ちなみに情報源はシェフィールド。あの人は私が尋ねることはたいてい答えてくれる、まあ先刻のことがあったらデンワの声の感じも警戒気味だったけど。


 「いや、このまま毎回のように玩具にされてたら体が保たんし、何よりお前やシャルロットに飛び火する前に、一度ガツンとヤってやろうと思ったんだが返り討ちにあった。迷惑かけてすまん」


 「別に迷惑って程の事されてないわよ」


 「そうだ、聞いたぞ、あの蒼き悪魔王相手に脅迫した挙句、殺害未遂したんだって? いやまさかアレに対抗できうる者がこんな身近にいるとは思わなかった」

 ずいぶん物騒な言い草ね、まあ純然たる事実だから仕方ないけど。


「私がそれを成しえたのはあの子への愛の強さゆえよ、あんたも前に言ってたでしょ、愛の力は偉大だって」

 我ながらすごい恥ずかしい事言ってるけど、こういうのは勢いよ。言ったモン勝ちよ。


 「だな、愛こそが最強だ。となると俺もお前をダシにされた場合はあの人に勝てるかもな」


 「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない。でもシャルロットは? あの子の場合だと違うわけ?」


 「いや、シャルロット担当はお前、んでお前担当が俺だ」


 「じゃああんた担当は誰よ」


 「俺は年長者だぞ、自分のことは自分でやるさ、自己責任ってやつだ」

 こいつらしいわね、まったく。


 「そんなんだからこき使われるのよ」


 「まあ、そうなんだけどな。でもこればっかは変わらないさ。それにしても陛下の意趣返しにしては穏便な内容だったな今回」

 ま、確かに普段なら地獄の仕事量を送ってくるからね。


 「流石に今回は自分に非があるってわかってるからでしょ。だからこんな幼稚な真似しかけてきたのよ」

 曲がりなりにも人間らしいところがあったようね、それにしたって父親が娘にするようなことじゃなかったけど。


 「だな、まあ何にしても大きな被害が出るようなことじゃなくてよかった」


 「そうね、強いて被害を上げるとしたら、私のファーストキスとヒルダのポットくらいだもの」

 沸かしっぱなしにしてたポットはえらいことになってた。


 「ファーストキス……」

 なんかハインツが怪訝そうな顔してる。


 「何よ、悪い?」

 私がそういう経験が無いのは間違いなくこいつのせいだ。


 「いいや、ただ俺もだ、って思ってな」

 意外な答えを言うハインツ。


 「え、そうなの?」

 いや意外でもないか、こいつは普通の男子が思春期に入るころは、兵学校で『影の騎士団』の連中と馬鹿やってたし、それから後も、やっぱり『影の騎士団』の連中と馬鹿やりながら、北花壇騎士として飛び回ってたんだから。でも。


 「へえ、何回かは経験してると思ってたわ」

 貴族の礼儀的に。


 「いや、唇を重ねる、という行為自体はあるんだが、人工呼吸だったり、気管に入った血を吸い出したとかだったから、それは医療行為だ。キスをしようとしてキスしたことは一度も無い」

 よく考えなくてもハインツが貴族の社交界に出たりするわけないわよね。第一、こいつは恋愛とは最も縁遠い男だった。


 「寂しくて血なまぐさい青春送ってるわねぇ」

 私も人のこと言えないけど。ちくしょう。

 なんて思ってると、ハインツが私のほうを黙って見ているのに気づいた。私の顔、何かついてる?


 「なあイザベラ」

 普段どおりの口調のハインツ。


 「何?」

 だから次の言葉は予想してなかった。




 「もう一回キスしていいか?」




 その言葉に私はドキッとする。でもそれも一瞬で、すぐに落ち着きを取り戻して考える。

 こいつとキスするのは嫌じゃないから、かまわないんだけど。


 「別にいいけど、どうして?」

 一応理由は訊いておかないとね。


 「俺は今までずっと俺の意思で行動し、その結果を負う責任も俺であった。でも今回は違う。お前にキスしたのに、そこに俺の意思が無かった。陛下の所為だって言って責任を持たないこともできる状態だ。それは俺の流儀に反するからな、それにおまえだってファーストキスの相手が間接的に父親だってのは嫌だろ」


 「確かに最悪ね」


 父親じゃ無くても御免だわ。考えただけでもおぞましい。


 「だから俺の意思で、俺の責任で、キスしたいんだ」

 実にこいつらしい理由ね。


 「あんたらしいわね、でも私でいいの?」

 一応訊いてみると、ハインツはキョトンとした顔になった。こいつのこういう顔、新鮮だわ、なんかかわいい。


 「お前以外はありえないだろ、というかお前以外のやつとキスしたくない」

 それは私も同感、こいつ以外とはしたいと思わない。


 「そ、わかったわ」


 「ああ、悪いけど上向いてくれるか」


 「うん」



 
 そうして私とハインツは再びキスをする。

 お互い2回目だけど、本当の意味でのファーストキス。

 さっきみたいな深いキスじゃなくて唇が触れ合うだけのもの、だけどとても暖かい気持ちになれる、心が安らかになってるのがわかる。

 多分こいつじゃなきゃこんな気持ちにはならないだろう。

 10秒ほどして私たちは離れる。お互い顔を見つめあって、フッと笑う。きっとハインツも同じ気持ちだったんだろう。


 「よし、今、此処でしたのが俺のファーストキス! 相手はイザベラ、これでバッチリ」

 子供っぽく喜んでるハインツ、ていうか子供なのよね基本的に。こいつは。


 「喜んでもらえて何よりね。ところで私これから休憩するんだけど、あんたも一緒にいてよ、アーハンブラ城のこと、詳しく聞きたいわ」


 「ああ、それならいい土産があるぞ、前言ってたやつ。今もってくるからちょっと待ってろ」

 そういって走り出すハインツ、せわしないわね、ったく。


 「そうだ、ヒルダに謝っておきなよ、今回のごたごたでお気に入りのポットダメにしたんだから」


 「りょーかーい」

 

 そんなこんなで、いつもと同じ私たちの時間が過ぎていった。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十五話  ロマリアの教皇
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/21 23:06
 ルイズ達はフォン・ツェルプストーからラ・ヴァリエールを経てトリステイン魔法学院に帰りつき日常に戻った。


 無断で国境を侵犯したわけでもなく、ただ研修旅行から帰って来ただけなので何の問題もなかった模様。


 コルベールさんがいたのが大きいのだろう。彼はフォン・ツェルプストーで『オストラント』号を製造したからその縁があり、そこを経由して帰ってくるのになんの違和感もないのだから。


 そして、俺もまたその他の事後処理に当たっていた。







第三十五話    ロマリアの教皇







■■■   side:ハインツ   ■■■


 現在北花壇騎士団本部のイザベラの執務室。


 「それで、叔母上は治ったのね?」


 「ああ、ビダーシャルさんが作ってくれた薬は完璧だった。流石は“ネフテス”の代表だけはある」

 あの後、アーハンブラ城から撤退したビダーシャルさんはリュティスに帰還し、あの腐れ青鬚に任務を失敗したことを報告したらしい。

 そこで、今回の真相をあの悪魔から聞かされ、怒りを通り越して呆れかえっていた。


 「そう、よかったわ。だけど、あのエルフは完全に苦労症ね」

 イザベラもそう思ってるみたいだ。


 「あの人みたいな真面目なタイプはあの悪魔と相性が最悪だ。絶対にこれから利用されまくって弄られる羽目になるだろうな」

 哀れなるビダーシャルさんに幸あれ。


 「確かエルフは虚無の担い手を悪魔の末裔と呼んでいるんだったわね、思いっきりそのままじゃない」

 あれは悪魔以外の表現のしようがない。もっとも、イザベラに言わせれば俺も悪魔で“二柱の悪魔”らしいが。


 「だな、あれが悪魔の末裔と聞かされても絶対驚かないだろうさ」

 仮にそうじゃなくても悪魔なんだから。


 「まあそれはいいとして、叔母上はその後どうしたの?」


 「ゲルマニアでも完全に安全とは言い難い。しかし立場上、王政府が保護するのも違和感があり過ぎる。そこで最も安全な場所に移した。ついでにペルスランやトーマス、リュシーとかも皆一緒にな」

 少なくとも、そこが最も安全だと自負している。


 「どこ?」


 「ヴァランスの本邸さ、あそこには優秀な護衛が大勢いる。何せ使用人は全員ルーンマスターだからな」

 メイジであるカーセとアンリはともかく、ダイオンを筆頭とした残りの皆は全員“身体強化系”、“他者感応系”、“解析操作系”のルーンを持ち、“魔銃”で武装し、“カレドヴィヒ”、“ボイグナード”なども配備され、ついでに俺の“影”も常に控えている。


 「あそこはもう一種の要塞よね、メイドが一斉にスカートの中から“魔銃”を引き抜いて撃ってくる魔窟だもの」

 カーセ率いるメイド戦闘部隊はヴァランスの街の守護神とも言われている。

 何で屋敷に仕えるメイドが街中を哨戒しているかについては考えない方が良い。俺が指示したわけではなく彼らが自発的に始めたのだ。

 メイド達には“解析操作系”が多く、“魔銃”の性能を最大限に引き出すのはそのルーンだ。ダイオン率いる男の使用人や料理人は“身体強化系”、包丁でオーク鬼を倒すとんでもないやつらだ。

 アンリは“他者感応系”を率いて使い魔ネットワークを構築している。動物と共感できる能力が多いのでそう言った真似が可能。これは北花壇騎士団のファインダーも採用している。


 彼らもまた時代が生んだ異端児の一員なのだろう。ルイズの傍に『ルイズ隊』の面子が自然と集まったように、俺が引き寄せた可能性が高い。異端は異端を引き寄せるものだ。

 俺が異端だってのは考えるまでもないことだし。


 「ま、彼らは“ファースト”だからな、年季が違う」

 要は陛下のルーンが完成した際に最初に刻んだ者達。別に俺が勧めたわけではないのだが、全員志願してきた。

 全員『影の騎士団』と似た気質を持ってるから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。


 「だけど、その領土の統治システムを考えたのは、あの青髭なのよね」

 俺が総督になる前は王家直轄領であり、当時第一王子だった陛下が治めていた。

 そして、俺はそれを引き継いで、王政府に持ってかれた人材の穴埋めをしただけで後は特に何もやってない。

 既に完成形ともいえる統治機構が存在していたから手を加える必要がなかったのだ。


 「ああ、ヴァランス領はアルビオンとは別の意味で実験場だからな。既にトップが世襲ではなく、地元の有能な者達の合議制に近い形で運営されているし。鉱山開発を“ホビット”、“コボルト”、“土小人”、“レプラコーン”と共同して行ってる。それも、採掘するだけじゃなくて育てる鉱山開発をな」

 陛下から俺へと、“二柱の悪魔”の庭とも言えるヴァランス領では、将来のガリアが目指す統治体制を一足早く実践している。

 その中で出てきた問題点を改善して、ガリア全体に適用していくのだ。例の公衆浴場も実はリュティス以前にヴァランスの街で試験的に行われていた。もっとも、温泉が主流ではあったが。

 火竜山脈付近では温泉が出るので、これも将来的にはもっと大規模な産業に発展させたいところではある。


 「あいつが統治システムを考えて、あんたが人材を見つけて、私と九大卿で実際に運営する。ヴァランス領はその実験段階だったわけね。まあ、領民が栄えるんだったらなんでもいいけど」

 そう、要はそこさえ守れていればいい。税金が安く、治安が良く、裁判が公正なら特に文句を言わないのが民衆というものだ。そこに威張り腐った貴族や坊主がいなくなれば言うこと無しだろう。


 「ところでさ、ウェストウッド村の子供達もそっちに行くのよね?」


 「ああ、マルグリット様は育児が得意でな。あいつらの教育もお願いすることにした」

 何せシャルロットの母だ。


 「ここもまた奇妙な縁ね、引越し準備は済んでるの?」


 「大体な、それが得意なホビットの人達に頼んだ。彼らならテファを怖がらないし」

 後はルイズ達が迎えにいくちょっと前あたりに、マチルダに行ってもらえばいい。


 「で、そこで最後の試練を与えるんだったかしら」


 「ああ、前回のアーハンブラ城の件は予定外だったからな。本当はこっちに備えて俺は準備してたんだけど」

 あの糞青髭の謀略に嵌められてしまった。


 「ヨルムンガントね、完成したの?」


 「もうちょいだな、実際にはヨルムンガントじゃなくて、試作型のガルガンチュアを使うらしい。何せ運用コストが高いから今のうちに使ってしまいたいらしい」

 その辺のコスト計算をシェフィールドはしっかりしている。

 なのに、あの青髭の遊びの為なら構わず高価な材料を使いまくる欠点がある。

 世の中ままならない。


 「確か、ロマリアの教皇が近いうちにトリステインを訪問するのだったかしら?」


 「とはいってもいきなりの訪問のはずなんだけどな」

 イザークの情報網は甘くはない。ロマリアはあいつが担当している。

 俺はアルビオンに当たってたし、イザベラはマルコとヨアヒムを使ってガリア国内を担当していたから、外務卿でもあるあいつがロマリア担当となった。


 こと外交や情報収集ならば、あいつは俺はおろかイザベラすら上回る。

 イザベラの本領は内政、そして情報の解析にある。情報収集も一流だが、あいつは超一流といったところだ。

 暗黒街の八輝星の調整役、“灰の君”はそういう存在なのだ。


 「虚無の担い手である教皇自らの訪問、内容は考えるまでもないわね」


 「いよいよ理想である聖戦を実現させるために動き出した。っていうよりも、これ以上後手に回る気はないってとこか」

 俺達はあらゆる手段でロマリアを妨害している。

 陛下の親衛隊は聖地付近に派遣される聖堂騎士団の密偵を悉く排除してるし、ガリア内部のブリミル教寺院とロマリア宗教庁との連絡は未だに断たれたまま。

 ガリア宮廷における“悪魔公”の坊主嫌いとロマリア排斥運動はかなり有名になってきてる。

 このままでは聖地奪還どころか下手すればロマリアが“悪魔公”によって滅ぼされる可能性すらある。


 「かえって情報があるから追い詰められた気分になるのかしらね。ガリアの狂王は“悪魔公”を片腕に、信仰そのもの潰そうとしてるようにしか見えない。ま、実際その通りなんだけど」


 「だけど陛下の方はロマリアを敵とすら見なしていないんだよなあ。つーかあれの敵になり得る存在はいない気がするな」

 あれは天才というより天災だ。歴史という流れから通り過ぎるのを待つのが一番無難。わざわざ台風の中心に飛び込むことはないのだから。


 「気の毒、の一言に尽きるわね。もっとも、私達も容赦しないけどね」

 そろそろ最終作戦が近い。

 今はフェオの月(4月)の第三週。才人が召喚されてから既に一年が経っている。


 「嵐が近いな」

 ロマリアの教皇はその最後の鍵となる。














■■■   side:キュルケ   ■■■


 私達が魔法学院に帰ってからおよそ二週間。

 スレイプニィルの舞踏会からまだ三週間くらいしか経ってないなずなんだけど、随分昔に感じるほどの密度が濃い期間だったわ。

 それでも、今はいつも通りの日常が戻ってきている。


 ギーシュ、サイト、マリコルヌの3人は水精霊騎士隊の連中と一緒に馬鹿騒ぎを繰り広げてるし、モンモランシーは相変わらず研究成果をトリスタニアの裏町に流して儲けているみたい。

 あの子、意外と商才があるのよね。


 ジャンもジャンで『オストラント』の整備や、より効率よくするために余念がない。


 私とシャルロットは色々。

 時に水精霊騎士隊の連中の敵役を務めたり、男に貢がせたり、新入生を手籠にしたり。

 この前相手にしたのは中々だったわ、また遊んであげようかしら。


 だけど、シャルロットには変化があった。

 というのもサイトと正式に付き合いだしたからね。アーハンブラ城で熱ーい愛の抱擁と、あの子のお母さんの前でのキスはかなり衝撃的だったみたい。

 オルレアン公夫人は今ヴァランス本邸にいるらしい。ハインツが守ってるなら一番安心できるわ。


 だけど、一番変化があったのはルイズね。

 研究に精を出してるのは相変わらずだけど、学院に帰ってきて以来、たびたびトリスタニアの王宮に呼ばれてる。


 あの子の“博識”は魔法研究だけじゃなくて、軍事、政治、医療とか色んな分野に及ぶから、女王陛下の懐刀としては申し分ない。

 しかも幼馴染で、絶対に裏切らない存在で、ウェールズ王とも面識があって、なおかつ“虚無”の担い手とあっては色々相談したくなっても当然よね。

 もっとも、あの子と話し込んでる時間はマザリーニ枢機卿の方が長いらしいんだけど。


 あの人は“鳥の骨”なんて呼ばれてるけど、心ある者は“白髪(はくはつ)の賢者”と呼んでいるらしい。

 “白髪の賢者”と“博識”の会談の内容は一体どんなものなのかしらね?


 そんなわけで。水精霊騎士隊の上役のような立場にあって、なおかつ王宮に呼ばれることが多い“博識”のルイズは、今やこの学院の最大の有名人になっている。



 そんなある日。

 私がやることも無いから部屋に戻ろうか、と思って廊下を歩いていると、中庭でなにやら話し合っているサイトとシャルロットを見かけた。最近2人でいる事がより多くなってるような気がする。

 2人で何話してるのかしら、あの2人のことだから愛を語り合うって事は無いでしょうけど。でもまあ、なんにしても2人でいるのはいいことよね。なんて思いながらも私は興味本位で中庭のほうへ足を向けた。




 「はあい、2人とも。相変わらず一緒でお熱いことね」

 私がからかい混じりの挨拶をすると、サイトが勢いよく答えた。


 「あ! キュルケ、ちょうどいいところに!」

 ちょうどいい? 私に何か用があったのかしら。


 「貴女の見解が知りたい」

 シャルロットもそう言うけれど、全く話が見えない。


 「ちょっと待って、一から説明してもらえる?」

 そうして2人から何を話していたかの説明を受ける。何でも遠距離攻撃を得意とする相手に対しての最適のコンビネーションについて話し合っていたとか。それで私の意見を聞きたい、という事らしい。

 ったくそんなの両思いの男女が昼下がりの中庭ですることじゃないでしょうに。でもまあ、この2人らしいと言えばらしいのかもね。

 そうして私も加わって戦術談義に花を咲かせる。そして火力重視の相手には、サイトが正面から突っ込んで、相手の意表をついた隙にシャルロットが”エア・ハンマー”で追撃するか、シャルロットの”ウィンディ・アイシクル”でかく乱した後、2人が両側面から切り込むか、いったいどっちが有効だろうか。なんていう色気も何もあったものじゃない会話をしてると、


 「おい、”ゼロ”のルイズ!!」

 なんていう声が聞こえてきた。

 声がした方へ向くと、中庭に面している廊下のほうに、本を何冊か抱えたルイズと、上級生っぽい男がいる。今の大声はどうやらあいつがルイズに対して言ったみたいね。


 「なんだあれ?」


 「さあ」

 サイトとシャルロットも、会話をやめてルイズたちのほうを見る。
 
 それにしても”ゼロ”のルイズってフレーズを聞いたのも久しぶりね。私たちにとっては既に”博識”がディフォルトだから、何だか懐かしく感じるわ。

 そう思いながらルイズ達の様子を見てると、ルイズが相手に言い返したようだけど、ルイズの声は小さくて聞こえない。でも、あの娘ぜんぜん相手にする気はなさそう、見るからに煩わしそうだもの。でもあの男、どっかで見たことあるような気がするのよね。

 そんなルイズに対して、相手の空気をまるで読んでない男はなおも大声で言う。


 「は! 僕が言ったのは魔法のことじゃないさ、いくら女王陛下の覚えがめでたくても、君の体は貧相で、特に胸は”ゼロ”のままだろう」

 あらら、ずいぶんイタイわね、あいつ。そういえば思い出した。あいつ前もああやってルイズに絡んでた奴じゃない。

 大方ルイズに気があるんだけれど、面と向かって告白する勇気が無いから、ああやって気を引こうとしてるんでしょうね。全く、トリステイン貴族には幼稚でヘタレた男が多いけど、あいつはその中でも突出したヘタレだわ。


 「うわ、命知らずだなあいつ」


 「………」


 半ば呆れたように言うサイトと、なにやら怒ってる様子のシャルロット。まあ、この娘にとっては他人事じゃない問題だものね。

 恋愛経験二等兵の2人は、あの男がどうしてあんな事言ってるか分からないでしょうから、そっちの方面の先輩たる私がひとつ教えてあげましょう。


 「みっともないわねえ、焦った男の暴走は」


 「焦る?」


 「?」

 疑問符を浮かべる2人。小首をかしげるシャルロットがラヴリーだわ。


 「そうよ、あの男は前からルイズに気があったの。前の”ゼロ”って呼ばれてた頃のツンデレなルイズなら、自分にも手が届く、って思ってたんでしょうけど、今は“博識”と宮廷ですら呼ばれる女王陛下の懐刀。しかもクールビューティーにクラスチェンジしてるから、完璧に手の届かない高嶺の花になったのよ。だからああやって貶して怒らせることで何とか自分のことを見て欲しいんでしょうね」


 「なんだか情けねえな、それ」


 「低俗」

 辛辣な感想の2人。まあ、私も同意見だけど、若干同情もするわ。2人には持てるものの余裕があるからそういう意見になるのよね。マリコルヌあたりだったら、共感くらいはするんじゃないかしら。


 「しかも観察力不足だわ。今のあの娘の胸、確実に成長してるわよ。この前お風呂で揉みしだいたときに確認したけど、半年前より3サントは大きくなってるわ」

 たぶん以前は心に鬱屈するものがあったから、それが体の成長を阻害してたのね。だから以前の遅れを取り戻すように、あの娘の体は成長してる。背も少し伸びたしね。まあ、あの娘の家系と性格を見る限り、私やマチルダみたいな体型にはならないと思うけど。でも、スレンダーなクールビューティーっていうのも、女として魅力あるかもね。


 「揉みしだいたって……なにやってんだよお前ら」

 少し顔を赤くしながら呆れるサイト。前まではこういう話題に食いついてきた彼だけど、やっぱり彼女が出来ると変わるわね。


 「………そんな」

 一方なにやら気落ちしてるシャルロット。同じ境遇だと思ってたルイズに一歩先に行かれた事にショックを受けてるんでしょうね。自分の胸元を見ながら落ち込んでる。かわいいわ。


 「そんなに気にしてるんなら、サイトに揉んでもらえばいいじゃない」

 とは思っても口に出さない。出したら多分無言で攻撃してくるでしょうから。

 

 何て話してると、ルイズがこっちのほうを見ていた。どうやら私たちが居ることに気づいたみたい。

 そうしたらあの娘は

 ニヤリ

 と、ほんの一瞬だけ口元に笑みを浮かべた。あれはあの娘が人の悪い考えを思いついたときの笑みね。

 横の2人は見逃したようだけど私は見逃さなかった。するとルイズが。


 「確かに私の体は、異性に対する魅力が少ないかもしれないわね。でも、それでも20歳近くなってもいまだ童貞の男よりは、異性の気を惹けると思うけど」

 なんてことを大きな声で言った。あれはわざとね。横の2人はルイズの声が急に大きくなったのと、言葉の内容にびっくりしてる。


 「なななな、何でおまえがそんな事知ってるんだ!!」

 どもりながら言う男。馬鹿ねえ、墓穴掘ってるわよそれ。


 「あら、やっぱりそうだったの? まあ、理由は簡単よ。あんたみたいな駄犬に応える女なんて、この世界のどこ探しても居ないわよ。貴族の威を笠に着て、平民の子を手篭めにしようにも、あんたなんかにそんな度胸あるわけ無いものね」

 さすがルイズ、言葉の鋭利さが半端じゃないわ。


 「相変わらずすげえな、あいつ」


 「お見事」

 横の2人も感心してる。


 「ななな何だとおお!そそそそれに、そ、そうだ!! お、お前の周りの奴だって僕と同じようなものだろ!!」

 ルイズの(言葉による)氷の一撃を受けた男は。その矛先を自分から逸らそうとしてそんなことを言う。何と言うか、無様だわ。


 「馬鹿ね」

 そう言って、フッ と見下すように笑うルイズ。その瞬間私にはルイズの

 ”かかった”

 という心の声が聞こえた気がした。

 それにしても、長いピンクブロンドをかき揚げながら目を細めて嘲笑うその仕草は、女の私から見ても妖しい色気を感じる。マリコルヌあたりが見たら悶絶するんじゃないかしら?


 「あんたなんかと私の仲間を一緒にしないでくれる? ギーシュはモンモランシーと、サイトはタバサとそれぞれ経験済みよ」

 ルイズが爆弾発言する。なるほど、あの娘の考えが読めたわ。


 「ぶっ!!」

 ルイズの言葉に吹き出すサイト。


 「!?」

 目を丸くして驚くシャルロット。まあ、免疫ないものね2人は。



 「そ、そんな、ギーシュはともかく、あの使い魔までなんて!」

 たじろぐ男、それに追い打ちをかけるように続けるルイズ。


 「いいえ、むしろサイト達の方が進んでるわ。あの2人は毎晩のように激しく互いを求め合ってるもの。だって、そのために私とサイトの部屋は別にしたんだから」

 ノッてるわねルイズ。最高に楽しそうな顔してるもの。 

 ちなみに横の2人は


 「あ、あ、あいつ」

 口をパクパクさせながらルイズに文句を言おうとしてるサイトと。


 「~~~~!」

 顔を真っ赤にするシャルロット。初心ねえ、2人とも、可愛いったらありゃしない。

 


 「そ、そうだ、マリコルヌはどうだ! あいつに彼女がいる話は聞いてないぞ!!」

 一縷の望みに縋ろうと必死な男。最早哀れみしか感じないわ。


 「残念ね、マリコルヌは軍に己の人生を捧げてるわ。”一人前の軍人となるまで一切の女色を断つ”、”武勲を立て大成した後には貞淑な女性を妻として生涯の愛を捧げる”って言う崇高な信念を持ってるの、それを聞いたときはあいつを見直したわ」

 すごい美化されたわね、マリコルヌ。本人が聞いたら何ていうかしら?


 「わかった? 私の仲間はあんたのような盛りのついた犬とは違うのよ、この早漏」

 なんか今のあの娘の後ろに銀髪のシスターの幻が見えるわね、目の錯覚かしら?


 「う、ううう」


 「分かったのなら去勢されない内に私の目の前から消えなさい、発情犬」


 「うわああああああ!!!!!」

 泣きながら走り去っていくヘタレ男。女性恐怖症になるんじゃないかしら? まあどうでもいいけど。

 


 ルイズのほうは片がついたようだから、ここからは私の仕事ね。

 私はいまだ固まったままの2人に話しかける。

 「2人共、私が知らない内にもうそんな深い仲になってたのね、やるじゃない。初めてはいつごろ?サイトがアルビオンから帰って来た頃かしら?」

 私の言葉に2人は弾けたように答える。


 「ば、バカ! 俺とシャルロットはまだやってねえよ!」 
 
 直ね、サイト。まあ貴方らしいけど。


 「そう、私とサイトはまだそんな仲じゃない」

 言葉は冷静だけど、未だ真っ赤な顔のシャルロット。2人とも否定してるけど、見事にドツボに嵌ってるわよ。


 「へえ、”まだ”なのね。じゃあいずれはそういうことする、ってことかしら?」


 「ぐ」


 「う」

 反論できない2人。心でそうしたいって思ってなきゃ”まだ”って言葉は出てこないからね。

 互いを見合って、すぐに視線を逸らす2人、顔は真っ赤。ああもう、微笑ましいわねえ。

 ふとルイズのほうを見ると、満足そうな笑みを浮かべてる。”我がことは成功したり”っていうとこかしら。

 ”グッジョブ、キュルケ”

 ”ええ、貴女こそ”

 アイコンタクトで会話する私たち。

 

 さて、もう一押ししようかしら、と2人に追撃を加えようとすると。


 「やあ、ここにいたのかサイト。なにやらコック長が君のこと探してたよ」


 「何でも、この前貴方が言ってた料理が出来たから試食してくれって」

 ギーシュとモンモランシーの金髪カップル登場。


 「そ、そうか!それならすぐ行かないとな! 待たせたら悪いもんな!! 迅速に向かうべきだよな!!!」

 すごい勢いでギーシュに話しかけるサイト、この雰囲気から逃れようと必死ね。


 「い、いや、別に急ぎとは言ってなかったが…」

 サイトの剣幕に気おされるギーシュ。彼にとっては何でサイトがこんなに必死か分からないでしょうね。


 「わ、わりいなシャルロット、俺行ってくるわ。んじゃ、気をつけてな!」

 今さらっと本名言ったわね。


 「う、うん。無茶はしないで」

 なんか微妙に錯乱したやり取りをする2人。ってしてるうちにサイトはもう見えなくなった。速いわね、武器持ってないのに。

 その様子を見てたルイズは、あらあら、って感じに苦笑した後廊下の奥へ消えていった。

 
 
 「もう、せっかくいいところだったのに」

 私はギーシュたちに文句を言う。別に本気じゃないから口調は軽めで。

 すると2人は、私、未だ顔が赤いシャルロット、光のような速さで去っていったサイト、を順に見てなにやら悟った模様。


 「もしかして、タイミング悪かったかしら?」

 そう澄ました表情で言うモンモランシーと、


 「なにやら野暮なことをしてしまったようだね」

 と、気取って言うギーシュ。この2人も割りと似たもの夫婦よね。


 「まあ、そういうところかしらね」

 私は肩をすくめる感じで言う。サイト×シャルロット関連の話題は、私たちのルイズ隊の内では阿吽の呼吸で分かってる。……マリコルヌを除いて。


 「……謀った?」

 私を睨みながらそう言うシャルロットに対して。


 「あぁら、どうかしらねぇ」

 と返す。物的証拠は何もないからこれ以上の言及は出来ないわ。さすがルイズ、あの男が絡んできた事を利用してこういう状況を作るなんて、まさに小悪魔。


 「…むう」

 釈然としない様子のシャルロット。少しなだめたほうがいいかしら、と思ってると。


 「お~い皆、今サイトがすごい勢いで走りながら”くそー、ルイズとキュルケめー”って言ってたけど、何かあったかい?」

 マリコルヌ登場。これでメンバー集合ね、まあルイズとサイトは抜けたけど。


 「ああちょうどいいわ、いつもの面子も揃ったことだし、今何があったか話してあげる」


 「ああ、僕も聞きたいと思ってたんだ」


 「右に同じね、興味あるわ」


 「ん? 何か大事だったのかい?」


 「……」

 さて、じゃあシャルロットが怒らない程度に纏めて話をしないとね。




 そうして話をしながら私たちの昼下がりの時間が過ぎていった















■■■   side:アンリエッタ   ■■■


 私は現在宮廷の応接間にある客を迎えている。


 聖エイジス三十二世。三年程前に教皇となったロマリアの若き指導者。

 先代の教皇が亡くなられて後、マザリーニ枢機卿が次期教皇に推薦されたものの、彼が断ったため教皇選出会議はかなりの長い間揉めることとなったという。

 どの人物も互いに牽制し合い、醜い権力闘争を重ねた末、いつまでたっても次期教皇が定まらず、ロマリアの市民が徐々に不満を募らせた。

 そして、ロマリアの市民の絶大な支持を受けていた当時からまだ20歳を少し過ぎた程度の若者が教皇となった。


 ハルケギニアの将来を憂いている善良な人物として知られ。様々な施政を行っているという。


 代表的なものに、主だった各宗派の荘園を取り上げ、大聖堂の直轄としたこと。それぞれの寺院には救貧院の設置を義務付け、一定の貧民を受け入れるようにしたこと。免税の自由市を作り、安い値段でパンが手に入るようにしたことなどが知られる。

 その結果、新教徒教皇と揶揄されることもあるという。


 市民の為に尽くす教皇として知られているが、それが故に欲深な枢機卿達との対立も根深く、ロマリア宗教庁内部ですら既に彼を密かに降ろそうとする働きもあるとか。

 こういった話が私の耳に入ってくるのは、彼を退位させた後、マザリーニ枢機卿を次期教皇に推す輩が後を絶たないから。

 まったく、“光溢れる国”が聞いて呆れるわね。


 そして、しばしの対話を重ねた後、彼は切り出した。


 「アンリエッタ殿は、先の戦役をどうお考えか?」

 その問いに対する私の答えは一つ。


 「悲しい戦でありました。ですが、国土と民を守るために戦ったことは後悔しておりません」

 あのゲイルノート・ガスパールの攻勢は苛烈を極め、侵攻して敵の本土を抑えるしか方法はなかった。

 しかし、それでも結局は敗走。ウェールズ様が率いるガリア軍の参戦がなければトリステインは滅ぼされていただろう。


 「恐ろしい程の野心と戦才を持ったあの男は死にました。もう二度と、あのような戦を繰り返したくはありません」

 しかし、人の欲望には果てがない。第二のゲイルノート・ガスパールが出てこない確証はどこにもないのだ。


 「どうやら、アンリエッタ殿は私の友であるようだ」


 「どういう意味でしょうか?」


 「言葉通りの意味です。私もあの戦争では心を痛めました。義勇軍の参加を決意したのもそのためです。もっとも、余り役には立たなかったようですが。それでも、無益な戦は終わらせたかったのです」

 その返事からは心の底からそう思っているということが感じられた。

 「ですが、この世に有益な戦などというものはあるのでしょうか?」

 結局は不毛な争いに過ぎない。手を取り合えればそれに越したことはないのだけれど。


 「アンリエッタ殿のおっしゃる通りです。益ある戦などあるはずがない。結局は奪い合いに過ぎないのです。誰かが得をするというのは誰かが損をするということ。常々私はこう悩んでおります。神と始祖ブリミルの敬遠なる僕であるはずの私達が、どうして互いに争わねばならぬのかと」

 それは、決して出ない答えでしょうね。

 「人の心に欲がある限り、戦がなくなることはない。私はそう思いますわ。あのアルビオン戦役も、たった一人の男の野心から全てが始まりました。人の欲とは、それほど凄まじいものです」

 それを止めたのは別の欲。結局、どこまでいっても人間世界とはそういうものなのでしょう。


 「始祖ブリミルも、欲の存在は肯定しております。欲、それこそが人を人たらしめている。なればこそ自制が美しいのだと。それを失った時、人は最悪の生物となり果てましょう」

 だけど、自制がない存在に惹かれる人間が多いこともまた事実。人間は多種多様過ぎる。


 「全ての人間が聖下のように自制出来れば、この世から争いごとはなくなるでしょうに」

 心の底からそう思う。けど、仮にそれが実現できたとして、その世界は幸せなのだろうか?

 不幸を知らない存在が幸せを実感できるものなのでしょうか?

 幼い頃の私は不幸を知らず、それ故に生きていなかった。不幸を知った後はその幸せな箱庭がまだあるものと信じ込むだけの日々だった。


 だけど、そんな私を現実に引きずり出し、“生きる”という意味を教えたのは戦争の具現とも言えるあの男だった。

 聖下では決して私を生かすことは出来なかったでしょう。優しい言葉では、幸せな箱庭は決して崩せない。

 私は自分の幸せを自分の手で掴み取りたい。けど、生きる為のその欲を与えたのはあの男だった。

 そして、私が幸せを求める以上、必ずどこかに犠牲が存在するのでしょうね。


 「ですが、ハルケギニアの民にそれほどの信仰を求めることは不可能でしょう。人間の心とは弱いものです。どうしても楽な方向に流されてしまう。それを回避することこそが我々神官に求められますが、それを出来ているものは神官ですら極僅か、この世の信仰は地に沈んでおります」

 彼は悲しそうにそう言う、

 「ですが、私は教皇です。そのような状態を看過するわけには参りませんし、信徒の幸せを守る為に戦うこともあります。そのために聖堂騎士団は存在しておるのです。ただ祈るだけでは救われない世界ならば、それ相応の対策をとる必要があります」

 彼は空を仰ぐようにして呟く。


 「この国は美しい国です。春に色づく田園、豊かな森、水の国の名に恥じぬ美しい河川。ロマリアは水に乏しい、そして資源も無い、実に羨ましい限りです。ですが、豊かであってもそれが故に狙う者もまた存在する」


 「その平和を守ることこそが、私の使命であると考えております」


 「はい、そのアンリエッタ殿の使命を果たすためのお手伝いをしに、今日は参ったのです」


 そして、彼は本題を語り出す。

















 彼がアニエスに伴われて退出した後、私はじっと考えていた。


 『要は力なのです。平和を維持するためには巨大な力が必要なのです。相争うこと者達を仲裁出来るほどの強力な力が』

 それこそが“虚無”の力。

 『神がお与えになった力です。白になるも黒になるも人次第です』

 私は言った。過ぎたる力は人を狂わせると、そっとしておいた方がよいのではないかと。


 『その状態で何千年、我等は無益な争いを続けてきたのでしょうか?』

 『強い力にはそれに見合う行き先が必要です。我等はそれを、既に持っているではありませんか』

 その言葉には納得出来るものがあった。

 あのアルビオン戦役において、私が“虚無”という強大な力に狂わずに済んだのは、それを持ってしても勝てないのではないか、と思うほどの強敵がいたからだった。


 『聖地です。聖地はただの聖なる土地ではありません。そこは我等の心の拠り所なのです。拠り所なくして、真の平和はありえません』

 トリステインと私にとってのゲイルノート・ガスパールを、彼はハルケギニアにとってのエルフとしようとしている。

 皮肉なことに、彼が掲げた大義も聖地奪還ではあったけど。


 『エルフは強大な先住魔法を操ります。ハルケギニアの王達は何度も敗北しました。しかし、彼らは“始祖の虚無”を持ってはおりませんでした』

 しかし、それでは今度はエルフとの戦争となる。

 『強い力は争うことの愚をエルフ達にも見せつけてくれるでしょう。強い力は使うものではありません。“見せる”ためのものです』

 『我等はエルフと平和的に“交渉”するのです。そのためにはなんとしてでも強大な力………“始祖の虚無”が必要なのです』


 私は即答を避けた。これはトリステインはおろかハルケギニア全体を巻き込みかねない問題、軽々しく答えをだしてよいものではない。


 『おっしゃることはごもっともです。しかし、あまり猶予はありません』


 その答えはガリアだった。


 『彼の地は信仰なき男によって治められております。民の幸せより、己の欲望を是とする狂王が支配しております。あの、ゲイルノート・ガスパールのような。そして、その腹心の“悪魔公”、彼もまた信仰そのものを破壊するために暗躍を続けております。アンリエッタ殿、私達にはお互い真の味方が必要なのです』

 しかし、その二人とは“あの二人”だ。

 どうしても危険なイメージができない。だって、余興のために死にかけたのですのよ?

 ハルケギニアで前例がない馬鹿ではあったと思うけど、とてもそんな感じではなかった。

 ルイズの報告では、ガリア王ジョゼフは恐ろしい男だそうですけど、どうしてもあの“衣装”のイメージが邪魔する。


 『神と始祖のしもべたるハルケギニアの民のしもべである教皇として、私は貴女に命じます。お手持ちの“虚無”を一つところに集め、信仰なき者どもよりお守りくださいますよう』


 そうして彼は去って行った。







[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十六話  ヨルムンガント
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/22 23:13
 ロマリアの教皇がトリステインを訪問。


そして、虚無の担い手は集結を開始し、物語は最終局面へと向かい始める。


 トリステインの担い手はアルビオンの担い手を迎えるためにウェストウッド村へ向かった。








第三十六話    ヨルムンガント







■■■   side:ルイズ   ■■■


 私達は現在ロサイスに来ている。

 メンバーは私、サイト、キュルケ、タバサ、ギーシュの5人。

 というのもシルフィードで来たのでこれ以上多くは来れなかったからだ。


 ハインツから借りたワイバーンは最近ではマリコルヌ愛用になってるけど、やっぱり風竜の速度には勝てないので今回は来ていない。

 ま、今回はティファニアを迎えにいくだけだから、そんなに大人数で行っても意味がないとうこともある。


 これに先立って私はトリスタニアに呼ばれ、マザリーニ枢機卿と共に姫様と話していた。



 ≪回想≫


 「以上が、教皇聖下がおっしゃった内容です。貴方方はどう思われますか?」

 教皇が提示した話の内容を私と枢機卿に話した後。姫様はそう訊ねた。


 「私は、危険が大き過ぎると思います。確かにそれが成ればハルケギニアに平和が訪れるやもしれません。しかし、エルフが拒否した場合は何と致します? 結局は戦争となりましょう。そして“始祖の虚無”があったとしても、そもそも始祖ブリミルはエルフに勝てなかったわけですから。勝機があるとは思えませんな」

 教皇は自分を現実主義者だと言っていたそうだけど、枢機卿は比較にならないほど現実的だわ。


 「それに、サハラに軍を送り込むことはアルビオンへ遠征軍を送り込む以上に厄介なことです。虚無の担い手がいても彼らを守るために相応の防衛力が必要になります。それがなければ暗殺されて終わりです。しかし、今の我々にそのような金はありませんし、民にこれ以上の負担はかけられません。聖地を得ても資源も金も食糧も手に入りませんからな」

 確かに、ただ理想に縋るんじゃなくて、具体的な方針を示し、祈るだけでは救われないという意思を持ってことに臨むのは現実的といえるかもしれない。

 だけど、枢機卿は国庫のこと、食糧のこと、そして民意をまず第一に考える生粋の政治家。なんでこの人が枢機卿なんてやってるのかしら?

 「ルイズ、貴女はどう思いますか?」


 「私は教皇に直接あったわけではないので、彼がどういう人物であるかに関しては断言できません。しかし、賛同は出来ません。仮に聖地を奪還したところで、姫様が勇気づけて回った民は喜ぶでしょうか? そのためにまた重税がかかることを歓迎するでしょうか? 私はそうは思いません」

 ゲイルノート・ガスパールの侵攻があった際、辺境の民は恐怖に怯えていた。そして姫様は彼らを励まし続け、トリステインを守るためにあの男を打倒することを誓った。

 しかし、彼らに再び無理を強いて、聖地を奪還しても彼らは喜ばない。何せ辺境の農民は魔法の恩恵も神の加護も受けてはいない。それがなくても生きられる土地だから。


 それがロマリアとトリステインの最大の違い、トリステインは水が豊かで作物が豊富。ゲルマニアやアルビオンに輸出出来るくらいの生産力がある。

 都市国家連合だったゲルマニアはちょっとそこが弱かった。しかし、元々は一都市国家だったゲルマニアが出来たのは1000年近く前、そして連合して帝政ゲルマニアとなったのは300年近く前。その頃からツェルプストーとヴァリエールは争ってるけど、徐々にゲルマニアがトリステインを圧倒し始める。

 都市国家から領邦国家に変化するにつれて、そういった弱点が克服され、魔法にあまり頼らない技術によって進歩していった。

 アルビオンもやや鉱物資源に乏しいけど、農耕や林業は割と盛んで、自給は出来ている。


 ガリアは別の意味で論外、「土の国」であり広大な国土を持つあの国はハルケギニア最大の食糧生産を誇り、人口比だけで考えてもハルケギニアの半分の食糧はガリアで生産されている。

 ぶっちゃけ、この国が無くなればトリステイン以外の国の食糧はかなりきつくなる。自給は出来ても緊急用の備蓄が出来ないのだ。


 そして、ロマリア連合皇国、この国は水に乏しく食糧生産が低い。というよりも目立った産業が無い。

 元々人間に限らず先住種族すらあまり住んでいなかった土地で、そこで生きるには人々は魔法の恩恵に頼り、より集まって生きるしかなかった。

 結果、水場の近くに都市国家ができてそれらが群立する体制となり、それをロマリア宗教庁が信仰の下にそれをまとめ、ロマリア連合皇国となった。

 だから人々は神に縋る。神がもたらした魔法の恩恵に縋るのだ。そうしなければ生きられなかったから。

 結果、神官は絶対的な存在となり、彼らを侮辱するものは神と始祖ブリミルを侮辱するだのという、非常にふざけた理論が成り立つまでになってしまった。


 だから、ロマリア以外の土地では“聖地”は別に必要な存在でもなければ、心の拠り所でもない。

 誰もが夢は見るけど、夢と現実は違うということを誰でも知っている。


 だけど、ロマリアの現実は厳しい。

 ロマリアの街は貧民窟の見本市であり、ハルケギニア各地から難民が“光溢れる国”におしかけるも仕事は無く、その日の食糧さえ手に入らない隣で、着飾った神官が談笑しながら歩いていくという。だから夢に縋りたくなる。


 それに比べたらガリアは天国だったわね。

 ハインツの組んだ旅程でガリア各地都市を通って来たけど、治安の良さがトリステインとですら比較にならなかった。保安隊という治安維持専門の軍から独立した機関があり、護民官という制度があり、駅馬車や行商人は護衛を格安料金で依頼することが出来る。

 税金も安く、悪徳官吏も少なく、大陸公路という大街道が整備され交易は盛ん。農業生産も豊か、工業、林業、水産業も問題なく鉱山開発も進んでる。そして街は清潔。さらには驚いたことに公衆浴場まで存在した。

 ハインツに聞いたところ。“知恵持つ種族の大同盟”の人達の協力によって先住魔法を組み込むことで実現したらしく、あのミョズニト二ルンもそのための技術開発をしたという。

 だからハインツはガリア王に反旗を翻さないのでしょうね。他国にとってはともかく、ガリアの国民にとってジョゼフ王は名君でしかないのだから。


 だけど、気になることもあった。ガリア王政府の税金が安いことと反比例するように寺院税が高いらしく、どこの街でもブリミル教寺院に対する不満の声が聞かれた。それに、ガリア全体で新教徒の数が増大しているらしい。

 彼の“悪魔公”はブリミル教嫌いで知られているそうだけど、ハインツが何かやってるのかしらね?


 「確かに、教皇の言うことが実現できれば救われるものはいるかもしれません。でもそれが全てではありません。少なくとも私は聖地なんかあっても嬉しくありませんし、そう思う人は他にもいるでしょう。そういった人達を異端とみなして排斥するロマリア宗教庁こそが、人々が争う原因の一つを担っていると思います」

 本当に平和を目指すならば、異端などという言葉を使うようでは話にならない。

 自分以外の者を全て“始祖の虚無”によって排斥する理想なんて、ただの災厄でしかないのだから。

 それに、彼らが異端とみなす先住魔法によってガリアは発展を続けている。ロマリアは自分で自分の首を絞めているようなもの。新たな魔法に頼らない技術が出来れば、それを異端として排除する。そうしなければ自分達の特権を維持できないから。

 結果、ロマリアはハルケギニアで最も難民が多い国となっている。一部の特権階級の豪華な生活の為に。

 ま、トリステインもあんまり他国のことを言えないんだけど。


 「ルイズ、貴女はそう思うのですね。しかし、争いを無くすにはどうすればよいのでしょうか?」

 姫様は迷ってるのね。教皇の考え自体にはそれほど賛同していないようだけど、反対するなら対案を出すのが政治家の役目。その対案が見つからないのでしょうね。

 少なくとも教皇は自分が信じる正義とそのための道を示してきた。それを拒否するというのならこちらが目指す道を示す必要がある。


 「無くす必要はないと、私は思います」

 それが私の考え。


 「争いを無くす。それはつまり完璧を目指すということ。それは集結点であり、そこの先が存在しません。だから私はより良い世界を目指したいです。今よりは次の代が幸せであるように、そのさらに次の代はもっと幸せであるように。だから私は至高を目指し、神の世界を実現するための“虚無”ではなく、自分で育て、次に伝えていく知識と技術を選んだんです」

 “虚無”は6000年間存在しなかった力。つまりは偶発的な天災と同じ、火山の噴火のようなもの。

 だけど、あらゆる知識は伝えることが出来る。選ばれた誰かだけの力ではなく、皆が共有し、さらに高めることが出来る。

 “虚無”の力は私やティファニアにしか分からない。けど“博識”として、戦術のことでサイトと話す事も出来るし、秘薬のことでモンモランシーと話すことも出来る。政治のことでマザリーニ枢機卿と話すこともできる。


 私は孤独でいられるほど強くはない。選ばれた聖人は寂しいのよ。

 それよりは知識に縋るだけの凡人でいい、凡人だって皆で集まれば伝説以上のことだって出来る。私はそれを証明してみせる。

 だから私は“博識”なのだ。


 「“博識”のルイズ殿の言う通りですな。陛下、我々の代では不可能でも、陛下とウェールズ王との間に出来る子供の代に希望を託すことが出来ます。しかし、神の力に縋るだけではそれは不可能です。失敗すればまた救世主が現れるまで6000年待ち続けることになるのですから」

 枢機卿もそう言ってくれる。

 そう、結局は教皇の理想は虚無が現れた、という偶然に縋ったものでしかない。彼らにとっては神の祝福であり、与えられた使命なんでしょうけど、残念ながら私はそうは思えない。

 例え純粋な善意であっても、意見が食い違うこともあるのだから。


 「そうですか、そうですね。確かに教皇聖下は人々の為に全てを捧げている方です。ですが、彼に全てを押し付けて成り立つ世界が良いものであるはずがありませんね」

 彼は全てを背負うつもりなのかもしれないし、その理想は気高いものだ。

 でも、私は自分で背負いたい。それに親しい人を支えるくらいは出来る。それで十分だと思うのだ。

 皆がそれを出来ればいつか平和が来るかもしれない。多分来ないでしょうけど、それでも諦めず目指し続ければいい。


 というか、たった6000年で諦めるのは根性なさすぎよ。60000リーグを歩いて旅するつもりで、最初の6000リーグでへばって竜に乗ろうとするのと変わんないわ。

 「ですが姫様、ガリア王に注意が必要なのは間違いありません」

 ガリア王に対して防衛策を練るのは悪いことじゃないわ。


 「そうね、アルビオンの担い手は魔法学院に通わせる手筈だったわね」

 これは元々決まっていたこと、そのためにハインツとマチルダは活動してたんだから。


 「ええ、それで姫様、私達で迎えにいこうと思ってます。例のミョズニト二ルンの襲撃がある可能性がありますから」


 「気をつけてください、貴女は大切な友人なんですから」


 「分かりました。それと枢機卿、この前提案した治水工事の件ですけど」


 「おお、そういえばそうでしたな。適役が見つかりましたぞ、後は資金面ですがそれは財務卿に任せれば問題ないでしょう」

 別の議題について話し出す私達。


 「あの? 二人共? 女王を介さずに勝手に国政を進めないで欲しいんですけど」

 姫様から突っ込みが入るけど気にしない。最近姫様はちょっと働きすぎなのよね。




≪回想終了≫






 「ところでルイズ、お前大丈夫なのか? 今“虚無”が使えないんだろ?」

 サイトから心配そうな声がかかる。


 「まあね、ビダーシャルと戦う時にかなりの力を消費したから、しばらく戦闘は困難ね」

 それは事実。虚無の精神力が溜まるには相応の時間が必要。


 ……………………………そういうことにしておきたい。


 もの凄く嫌な仮説があるんだけど、それが現実だったら私は自分を抑えられる自信が無い。


 「そんなんでミョズニト二ルンに襲われたらどうすんだよ」


 「問題ないわ、“大砲”としての役割が果たせなくても“指令塔”としての役割は果たせるわ。私の最大の武器は魔法じゃなくてこの頭脳なのよ。敵の弱点を見抜くことも出来るし、味方に的確な指示を出すことも出来る。それに敵が虚無を使ってきたら、見抜けるのは私しかいないんだから」

 虚無に縋るのは良くないけど、事実は事実として認めなきゃいけない。

 敵に回したら厄介極まりない系統なんだから、備える必要はあるわけよ。


 「うーん、それもそうか」

 サイトも戦術的な思考が得意になったわね。


 「役割は変わらないわ、あんたは“切り込み隊長”、キュルケは“移動砲台”、ギーシュは“工兵”、タバサは“遊撃兵”、そして私は“司令塔”。この布陣で行くわ」


 「貴女が狙われたらどうするの?」


 「ギーシュの穴に隠れるわ、その為にヴェルダンデを連れてきたんだから」

 シルフィードに咥えられてきたヴェルダンデ。


 「確か最初は咥えられる位置にマリコルヌが入る予定だったんだったね」

 そう、その予定だったけどあまりに哀れだったからヴェルダンデになった。


 「いくらなんでもそりゃひでえだろ、マリコルヌにだって人権はあるんだからよ」


 「鬼畜」

 このカップルの息はピッタリね。


 「だからやめてあげたんだから問題ないでしょ?」


 「あのね、私達が説得しなかったら実行してたでしょ貴女」

 まあそうだけど。


 「とりあえず、こっからは馬で行くわよ、シルフィードも疲れてるでしょうし」

 ロサイスからは馬で行く予定だった。

 ちなみにマチルダは子供達の引っ越しのために三日前に出発してる。


 そして私達はウェストウッド村に向かった。











■■■   side:シェフィールド   ■■■


 私は今“ヨルムンガント”と共にアルビオンに来ている。


 任務は担い手達への最期の試練といったところと、ヨルムンガントの試験運転。

 普通に考えればアルビオンの担い手と合流した後に襲うべきなのだけど、ハインツの進言で取りやめになった。

 曰く

 『絶対にそれだけはいけません、触らぬ大魔神に祟りなしです。あの大魔神にはヨルムンガントですら勝てません。あれは世の理が通じない存在なんです』

 らしい。

 要はアルビオンの担い手には、あのマチルダがいるから手を出すな、と言いたいようだけど。たかがメイジ一人でこのヨルムンガントに勝てるとは思えなかったのだけど。


 『いいですか、愛の力は偉大です。あの陛下ですらイザベラに殺されかけたんですから。ティファニアに手を出すとはそう言うことです。仮に手を出すにしても、絶対にあの人の目が届かない場所でないといけません』

 と力説するハインツには鬼気迫るものがあったので合流前での襲撃に切り替えた。


 「しかし、なんであいつが関わると悉く茶番劇になるのかしらね?」

 アーハンブラ城にしてもそう。後で詳細を聞いた感じではビダーシャルとシャルロット姫の間には、なんか微妙にほのぼのとした空間が形成されていたとか。


 間違いなくハインツのあの本のせいね。


 「ま、その辺はあいつらしいと言えばらしいし、それに」

 恐怖劇(グランギニョル)が始まればそんなことは言っていられない。ハインツは“悪魔公”としての本領を発揮するでしょう。


 「“あれら”を作れる感性はどうなっているのかしらね?」

 よくまあ、あんなおぞましいものを平然と作れるものだわ。

 ガリアの6000年の闇の研究の中の一部は技術開発局に応用されているけど、大半はハインツ一人が管理している。


 私も少し見たけど、とても耐えられないようなものだった。

 『デミウルゴス』はその知識の結集なのだ。聖人研究所とやらはあの技術を完成させるためにどれだけの屍を積み上げたのか?


 「“輝く闇”ね」

 それを操るハインツという男の異常性。あれを見ながら日向で微笑むことが出来る。


 「まあ、私には私の役割がある」

 私はミョズニト二ルン。あらゆる魔道具を操る。


 「さあ、ヨルムンガントの出撃よ」

 とはいっても完成品ではない。

 ガルガンチュアは『レビテーション』で自重を軽減していたけど、ヨルムンガントは“反射”でそれを行う。


 これならば「風石」の消費は移動用にだけ使えばいいので燃費が大幅に良くなり、さらに耐久性も向上した。


 しかし、関節のねじれなどに対処するには、組み上げる段階で“反射”をかける必要があるので、ガルガンチュアをベースにしたのではそれに対処できない。

 だから、現在数十体のヨルムンガントを全力で組み上げているけど、そっちにはもう少し時間がかかる。


 「だけど、試すならこれで十分」

 私はヨルムンガント(試作型)を操り、担い手の下へ差し向けた。












■■■   side:才人   ■■■


 アルビオンに入って二日目。

 一度ルイズと一緒にミョズニト二ルンと戦ったミレルドの街で一泊し、ウェストウッド村に向かう。


 ややゆっくりペースなのは、合流前に襲って欲しいからだそうだ。


 「なあルイズ、敵はやっぱし来るのか?」


 「可能性は高いわ、せっかく守りが堅い魔法学院を離れてくれたんだから、襲いたいのが人情でしょ」

 平然と言うなあこいつは。

 まあ確かに、ルイズやモンモランシー、そしてコルベール先生で色んな罠を張ってるらしい。俺達水精霊騎士隊の面子もそのために穴掘ったり壁になんか細工したりさせられてる。

 今の魔法学院はなんかもう一種の要塞じみた感じになってるし。


 「あんただってそうでしょ、タバサが部屋で服着てなかったら襲いたくなるでしょ?」


 「ぶっ!」

 何つー例えするんだこいつは!


 「確かにそうだね、モンモランシーが裸でいたら絶対押し倒すよ僕は」

 こいつもこいつで答えてんじゃねえよ。


 「あーら、いいのサイト? このままじゃギーシュに先越されるわよ?」

 キュルケもからかってくるし。


 「………………………………」

 シャルロット、頼むから恥ずかしさと期待が混じったような眼で見ないでくれ。俺の理性が持ちそうにない。


 「私は“虚無”の担い手、つまり神の代弁者よ。そして昨日、神のお告げを聞いたの。『やっちゃえやっちゃえ』、だって」

 んな腐れた神がいてたまるか。


 「お前らもう少し緊張感持てよ」


 「何を言ってるんだねサイト? 僕にそんなこと出来るわけないじゃないか。30分も持ちやしないよ」

 威張るなギーシュ。


 「そうよ、気楽に行ったほうがいいわ。メリハリは大事よ」

 今はその中の緊張すべき時だと思うんだが。


 「私が警戒する」

 ありがとうシャルロット。

 「ああーシャルロットはかわいいなあ、今日の夜ベッドに連れこんで、あんなことやこんなことをしたいなあ。今日から俺のものだぜ、げっへっへ」

 「何言ってやがる手前は!」

 「あんたの心を代弁しただけよ」

 この野郎。


 「あらあら、サイトったら鬼畜ねえ」

 「うむ、流石の僕でもそこまではできないなあ」

 こいつら、いつかしめる。


 「………………………………」

 だから頼むから恥ずかしそうにするなシャルロット。


 「シャルロット、好きだ。抱きたい」

 この野郎いいかげんに。


 「えっ?」

 そこにいたのは、俺?


 「スキルニル!」

 キュルケが叫ぶ。


 「総員! 戦闘態勢! パターン3!」

 ルイズの号礼がかかる。

 一度合図があれば俺達はこれまでの馬鹿な会話は一切忘れる。それが『ルイズ隊』だ。


 「シャルロット!」

 「うん!」

 俺とシャルロットは左右に分かれ、ルイズの護衛はギーシュに任せる。ヴェルダンデが地中を進んでるはずだからギーシュの指示次第ですぐに隠れることは出来るはず。

 移動砲台のキュルケは後方に下がる。


 「あらあら、相変わらず統制がとれてるのね。“博識”の直属部隊は」

 俺の人形から女の声が出てくる。ものすげえキモイ。


 「ミョズニト二ルンね、久しぶりじゃない」

 ルイズが応じる。


 「なかなか面白そうな会話をしてたから、混ざらせてもらおうかと思ったのだけど」

 だったらあんな台詞言うんじゃねえよ。


 「サイトのスキルニル。大方アーハンブラ城で血液を回収したのかしら? サイトだけが血を流すほどの怪我をしたからね」

 そういやそうだった。ビダーシャルの放った石礫で額が切れたんだった。


 「鋭くて何より、シャルロット姫を奪還された屈辱の地ではあったけどね。あの忌々しいハインツにも逃げられたし」

 ハインツさん、今もガリアで普通に活動してるらしい。


 「貴方達も微妙な関係よね、国内のことに関しては協力する関係だし。アルビオンへの工作とかでも協力関係にあったわけでしょ。なのに私達に関することでは敵対してる」


 「国家間の関係に近いのよ、私達とハインツ達はね。ある部分では協力するけど、ある部分では敵対する。互いに利用し合う関係でもあり、互いに殺し合う関係でもある。だけど、相手が生きていてくれた方が互いに都合が良い。そして互いに自分の利益を最大にするために策を練って実行に移す。厄介な関係であることは否定しないわ」

 そういうわけか、言ってみれば国家間の石油の奪い合いみたいなもんか? 俺達が石油で。


 「まあとにかく、あいつのせいでずっとアルビオンの担い手に接触出来なかったからね。貴方達の後をつけさせてもらったのよ。まあ、ここまでくれば後は道案内もいらないし」

 やっぱりこいつはテファも狙ってやがるのか。


 「あいにく、それは出来そうにないわよ」

 ルイズが平然と答える。


 「あら、どうしてかしら?」


 「純粋な戦力の問題よ、私とサイトだけにすら勝てなかったあんたが私達に勝てるかしら?」


 「確かに、ちょっときついわね。けど、これを見てもそう言えるかしら?」

 すると、森の奥から何かが出てきた。

 いや、出てくると言うよりも。木々をなぎ倒して迫ってくる。


 「な、なんだねあれは!」

 「なーんかとんでもないのが来たわねえ」

 「騎士人形?」

 皆それぞれの反応をしてる。


 「でけえ、なんだこりゃ」

 現われたのは、全長20メイル以上はある巨大な騎士人形。

 鋼鉄の鎧を着込んでる上、身長と同じくらいはありそうな巨大な剣を持ってやがる。


 「これはね、ヨルムンガントと言うのよ。先住魔法と虚無の技術、その二つが合わさることで生まれた奇蹟の産物よ」

 今度はその騎士人形のほうから声が聞こえてくる。よかった。正直、気が気じゃなかった。


 「また変なもんつくるわねあんたは、こんなん作るくらいなら公衆浴場でも作ってなさいよ」


 「あれもあれで作るのには苦労したのよ。もっとも、働かせたのは主にハインツだけどね」

 ハインツさん、こいつにもこき使われてんのか。

 つーか、これと公衆浴場が同じ技術で作られてるのって、やだな。

 俺達みんなで入って来たけど、結構気持ち良かったし。


 「さて、これに勝てるかしら?」


 「温泉人形如きに負けはしないわよ」

 そして、戦いは始まった。








■■■   side:シャルロット   ■■■


 「『エア・ストーム』!」

 「『フレイム・ボール』!!」

 私とキュルケが同時に「風」と「火」を放ち、巨大な炎壁を作り出しヨルムンガントを包み込む。

 事前にギーシュが『錬金』で大量の油を浴びせていたのだけど。


 無傷。

 「ありゃ頑丈なんてもんじゃないわね」

 「厄介」

 私はトライアングルスペル、キュルケも炎の3乗で放ったはずだけど一切効果が無い。トライアングルの土ゴーレムだったら黒焦げになって倒壊してるのに。


 「直接『錬金』をかけることも出来やしない、正直お手上げだなあ」

 ギーシュも呆れてる。


 ちなみにサイトは一人で切り込んでる。あのヨルムンガントはあれだけの巨体にも関わらず凄まじく敏捷な動きをするのでまともに戦えるのは速度に特化したサイトか私だけ。

 「シャルロット、貴女も行った方がいいわ。火力で押すのが不可能な以上、私はサポートに徹する。ギーシュ、あんたはルイズの護衛に徹しなさい」

 「ありがとう、キュルケ」

 そして、私も『フライ』でヨルムンガントに挑みかかる。



 「シャルロット!」

 「加勢する」

 私とサイトは二人でヨルムンガントを引き付ける。

 「注意しろ、とんでもなく堅いぞ」

 「こりゃあ、あれだね、エルフの“反射”がかかってんだな」

 デルフリンガーがそう答える。

 「本当?」

 「間違いねえな、だが、大量に使ってるからか、鎧には刃は届いてる」

 「実際に切れねえんじゃ話になんねえけどな」


 私は『拡声』を唱える。

 「ルイズ、このヨルムンガントには“反射”が使われている」

 多分ルイズならこれだけで対処法を見つけ出す。


 すると、ヨルムンガントが投げナイフを放って来た。

 「シャルロット!」

 「うん!」

 私達は互いに足を合わせて蹴り出す。

 そして私は『フライ』で、サイトはガンダールヴのルーンを足に集中させることで一気に距離を放す。


 「なかなか粘るわね、だけど、いつまでもつかしら?」

 ミョズニト二ルンの声が響いていた。









■■■   side:ルイズ   ■■■


 「ルイズ、このヨルムンガントには“反射”が使われている」

 その情報があれば十分、大体の原理は把握できた。


 あれは“反射”を自重の軽減に用いている。そうでもなきゃ鋼鉄製の巨大人形なんて作れるわけがない。

 『レビテーション』を発生させる装置を仕込んでる可能性もあるけど、それではあそこまでの柔軟な動きは不可能なはず。特に、横移動は。


 となれば、手段は一つ。


 私は詠唱を開始した。










■■■   side:才人   ■■■


 「ちっ、なんて動きだ!」

 このヨルムンガントは動きの敏捷性が半端じゃねえ、しかも歩幅が大きいから間合いを放すこともできやしねえし。

 キュルケとギーシュが『レビテーション』でそこらに足場になる石を浮かべてくれなかったら、今頃俺は潰されてるかあの巨大な剣で粉々にされてる。


 シャルロットは自由自在に飛び回れるが、その間は強力な魔法は使えない。

 「やばいな、相棒」

 このままじゃジリ貧だ。


 そこに。


 「『解除(ディスペル)』!!」

 ルイズの魔法が炸裂した。


 ヨルムンガントの動きが突然鈍くなる。

 「ルイズ! お前、魔法使えたのか!」


 「敵を欺くには先ず味方から! とはいえ、あんまりないのは確かよ!」

 何つう野郎だ。


 「いい! あいつは“反射”で自重を軽減してる! だから右膝の関節部分を集中的に解除したわ! それだけで敵の機動力は半減する!」

 なるほど、流石は“博識”。


 「で! 左足はいけんのか!」


 「分かんない! この虚無ってのはふざけたことに残りの精神力が正確に把握出来ないのよ! 何て使い勝手が悪い能力かしら!」

 そこで文句を言われても。

 「なんとか方法を考えるわ! それまで粘りなさい!」


 「応よ! 行くぜシャルロット!」

 「待って」

 すると、シャルロットに止められた。


 「どうした?」

 「目をつぶって」

 「は?」

 いったい何を言って。


 と思ってたら、キスされてた。





 「ん、んん、ん、んちゅ」

 しかも舌を絡めての濃厚なキス。舌が吸い上げられてる。


 シャルロットが首に腕を回して強く抱きしめてくる。身体が密着して体温を感じる。


 今はこんなことをしてる場合じゃねえ!


 とは頭では分かっているんだが、俺は無意識にシャルロットを抱きしめて、自分から舌を絡めてた。

 だって仕方ないじゃん、好きなんだから。


 目の前にヨルムンガントがいるんだけど、なんかこう、どうしようもなかった。



 「貴様らああああああああああああ!! 人が必死に対処法を考えている時に何をやっているrrrrrrrrrrrrrrrr!!! 司令官を舐めてんのかあああああああああああああああああああああああああああaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 しかし、大魔神の怒りによって我に帰った。


 「ルイズの『爆発(エクスプロージョン)』が来る。逃げよう」

 口調は冷静だけど、顔が真っ赤なシャルロット。かわいいな。


 「だな、そうすっか」

 俺はシャルロットを抱えたまま離脱する。離す時間がもったいなかった。ていうのは建前で、離したくなかったからだ。

 今の俺は誰よりも速く動ける自信がある。だって背後には怒れる大魔人がいて、腕の中には好きな女の子がいる。

 これ以上速く走れるシチュエーションはねえ。


 「くたばれえええええええええええええええええええええええええええええええ!!! ブリミルうううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」


 なぜか最後に始祖ブリミルに怒りが向けられ、ルイズの極大の『爆発』が炸裂した。












■■■   side:ルイズ   ■■■


 ヨルムンガントを吹っ飛ばした後、私達はウェストウッド村に向かったけど、その間、私のはらわたは煮えくりかえっていた。


 「まったく、なんてふざけた魔法かしら! 私に喧嘩売ってるとしか思えないわ!」

 怒りが全然収まんない。


 「ま、まあルイズ落ち着いて、敵を倒せたんだから結果オーライじゃないか」

 私はギーシュを思いっきりぶん殴る。

 「ぎゃぼっ!」

 要はただのやつあたり。だってギーシュだし。


 「全然良くないわ、何なのアレ! 怒ればその分魔力が増すとかふざけてんの! そりゃあある程度は感情で威力が増減するのは当たり前だけど、それでも一度に出力できる量が変わるだけで容量は変化しないはずでしょう!」

 それが理、精神力の容量自体が変化するわけじゃない。


 「なのに! 精神状態によってどこまでも無制限に威力が上がるとかあり得ないでしょ! どこの御都合主義よ! 研究者を舐めてんの!」

 ああもういらつく、論理ってのは一足す一が二になるから成り立つってのに、それがなきゃただの混沌じゃないの。


 「だ、だけどねルイズ、もうそれは仕方ないんじゃ」

 キュルケが言うのはもっともだけど、納得出来るもんじゃない。


 「私が一番ムカつくのわね、そのことに対してムカついてるとまた精神力が溜まっていくことなのよ! 何なのこれ、完全な悪循環じゃない! 虚無を撃つためにずっとこの精神状態でいろって言うの! 私に!」

 虚無がふざけた魔法であることにムカつき、それによって精神力が溜まることにムカつき、そのムカつきによって更に力が上がることにムカつき、どこまでも続く負のスパイラル。

 ブリミルってのはよっぽどいい根性してんのね、たった今を持ってして、奴を滅ぼすことを心に決めたわ私。


 「る、ルイズ、とりあえず落ち着け」


 「何、盛り犬? 恋人との熱いキスはさぞかし嬉しかったでしょうね、喧嘩売ってるのかしら? たっぷりと調教してあげるわよ、私の犬」


 「ヒイ!」

 怯えるサイト、うん、しばらくはこいつらを弄って気を静めるとしよう。


 「シャルロット、貴女もよ。私は貴女が大好きよ、今度一緒にベッドで寝ないかしら? サイトよりも早くにね、ふふふ」

 「!?」

 これまた怯えるシャルロット。あえて本名で呼んだのが恐怖感を与えるようね。


 「ルイズ、それはまずいわ。昔の貴女ならともかく、今の貴女が犬って言うのは洒落になってないわ」

 キュルケですら引いてるわね、ようやく落ち着いてきたわ。


 そして放置されるギーシュ、これはもう運命ね。


 私はウェストウッド村に着くまで、怯えるかわいい小動物二人を弄りながら怒りを発散することにした。




 




[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十七話  編入生と大魔神
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/22 10:47
 アルビオンの担い手はトリステイン魔法学院に一年生として編入。


 『ルイズ隊』の面子も帰還し、日常に戻る。


 しかし、物語は確実に終盤へと向けて動いており、裏方であった悪魔もいよいよ表に出てくる。


 役者達は束の間の休息をとり、最後の大演目に備えるのだった。








第三十七話    編入生と大魔神







■■■   side:才人   ■■■


 俺達がアルビオンのから帰ってきてから早一週間。

 テファは魔法学院の一年生に編入し、ティファニア・オブ・サウスゴータと名乗っている。

 だけど、アルビオンのサウスゴータ地方は現在ガリアの領土になっているので、ガリアの貴族であり、その辺のことは全部ハインツさんがやったらしい。

 ウェストウッド村の子供達もハインツさんの本邸に引き取られ、なんとシャルロットの母さんが面倒見てるとか。


 流石はハインツさん、交友関係が広いというかなんと言うか。


 で、マチルダさんも戻ってきて、色々とテファをフォローしてやってくれてる。

 最初は不安そうだったテファもマチルダさんが到着してからはかなり落ち着いてる。それにテファの部屋はマチルダさんの部屋の隣にあるらしい。

 普通は女子塔に入るんだけど、もう一杯一杯で、部屋が余ってなかった。というよりそうなるようにマチルダさんが仕向けた。

 なんかこう古そうな部屋を取り壊したり、もしくはルイズが実験用に確保しちゃったり、果ては水精霊騎士隊の武器格納庫とかにしたり。

 学院の支配者は実はマチルダさんなのかもしれない。


 そんな感じでこの一週間は過ぎて行った。



 「しかし、あれだね、彼女は凄い人気だな」

 そう言うのはギーシュ。いつもの如く水精霊騎士隊の連中で昼食を摂ってる。

 今はもう全員3年だから机は以前とは違う。


 「あいつらは、一体何を考えてるんだ? まるで姫様と家来だ」

 そう言うのは眼鏡をかけたレイナール。水精霊騎士隊の中ではルイズの副官的な立場に居る。

けっこう冷静で、論理的な思考が出来る。血の気が多い水精霊騎士隊の中では珍しいタイプだ。


 確かにレイナール言うとおり、テファの周りには何人もの男が群がってる。さながら飴玉に群れる蟻の如く。

 気持ちは分からなくも無い、なにせテファはもの凄い奇麗なのだ。しかも胸にとんでもない秘密兵器を持っているもんだから、取り巻きの全員の視線が顔と胸を交互に行き来してる。


 こうして冷静に見ることが出来るのは、俺が現在彼女持ちだからだと思いたいのだが、その原因はアルビオンのからの帰り道でルイズに散々弄られたことが原因だ。


 「あら? この胸を見ても反応しなくなったわね。よかったわねシャルロット。サイトは貧乳趣味に目覚めたみたいよ。愛する女の為に自分の趣味を変えるなんてなかなか出来ることじゃないわ」

 とか。

 「愛する男に抱かれれば貴女の胸も大きくなるかもしれないわよ。それに、サイトが貴女の為にあえて自分の本当の望みを封じているとしたら、早く大きくなってあげないと」

 などと弄られ。


 「俺はシャルロットの胸が好きだ!」

 といつの間にか叫ばされていた。

 “博識”の智謀策略は俺なんかが敵うものじゃなかったのだ。



 「僕はね、アルビオンからこっち、ずっと深く考えていたんだ。そして結論に達した」

 ギーシュがニヒルな笑みを浮かべる。


 「ギーシュ、お前の結論をこの“風上”に聞かせてくれたまえよ」

 マリコルヌが応じる。

 「よかろう、僕の結論だ。あのティファニア嬢の胸部についている二つの鞠状の物体は、世の中の半数の人間を狂わせる。魔法兵器だ」


 「つまり、その世の中の半分の人間と言うのは……」


 「男性だよ、きみ」

 マリコルヌはしばし考え込む。


 「兵器というのは、つまり性的な意味において?」


 「もちろん、性的な意味においてだ」

 二人の低脳は頷き合う。


 「君は天才だな、ギーシュ」


 「それはちと性急な結論だな。僕の仮説はまだ半分も検証を経ていない」

 ギーシュはコップのワインを一気にあおる。


 「さて、行くぞ」

 二人の低脳は頷き合うとゆっくりと一年生のテーブルに向かう。その背中には死相が見えた。


 「俺、お前らのこと、忘れないぜ、いい戦友だった」

 俺は黙祷を捧げる。


 「あいつら、何をする気なんだ?」

 レイナールが聞いてくる。


 「大魔神に会って来るんだよ、お前も逃げた方がいいかもな。下手すると精神が破壊されるぞ」

 あれは究極の怪物だ。


 あいつらは群がった一年生を押しのける。近衛隊の隊長と副隊長で三年であるこいつらに文句を言える一年はいないだろう。

 テファに横に立ったギーシュは緊張で縮こまるテファに深々と一礼する。


 次の瞬間、“それ”は起こった。


 ギーシュとマルコルヌはそれぞれテファの猛烈な二つの魔法兵器……、胸に手を伸ばす。テファの顔がえぐっ、て感じに歪む。一瞬で食堂の空気が凍りついた。


 しかし、次の瞬間ギーシュは一瞬で水柱に包まれた。その背後にモンモランシーが無表情で立っている。

 そして、『レビテーション』で物体Xを引っ張っていき、奴も奴で大物ぶりを発揮し、こっちに向けて笑顔でサムズアップしている。自分の運命を受け入れた死刑囚と同じ心境なのかもしれないが。


 俺もサムズアップを返す。


 そして。


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 人間の肺活量の限界に挑むかのような悲鳴が聞こえてきた。


 「い、今の悲鳴は?」

 恐怖に引き攣った顔でレイナールが聞いてくる。


 「モンモランシーの新薬、“拷問薬”だ。考えられる限りの苦痛を直接脳に与えるとんでもない薬だよ、しかも開発はルイズと共同でやってた」

 あの二人は最近共同で研究してることが多い。ルイズはモンモランシーとキュルケを足して2をかけたような奴だからな。


 うん、俺はシャルロットを好きになって本当によかったと思う。


 そして、気付くとマリコルヌがいない。

 恐らく彼に向けられた極大の殺気を察して逃走を図ったのだろうが、あの大魔神から逃げられるわけがない。


 ややあって。


 「ぎにゅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA&$$$%&’&’%&$$#$##$#%$&’’&(&’&%$$%#$#”#$”#”#”$#%&’&’ %&$$#$##$#%$&’’&(&’&%$$%#$#%&$$#$##$#%$&’’&(&’&%$$%#$#!!!)」


 かなり遠くからのはずなのに、まるで耳元で叫んでいるかのような悲鳴が響いてきた。

 マリコルヌ、お前のことは忘れない。

 俺はそう心に誓った。






■■■   side:シャルロット   ■■■


 今、私とサイト、それからギーシュで歩いている。

 モンモランシーはいつものように研究室、キュルケはコルベール先生となにか「火」の研究をやってる。何でも火薬に関することで、ツェルプストー商会の力を使って何か材料を集めてる。

 ルイズは今学院を留守にしている。トリスタニアではなく、どこかに行くと言ってたけど、行先は明かさなかった。


 そして、マリコルヌは今医務室で昏睡している。今日で3日目、そろそろ目覚めなければ本格的にヤバそう。
 

 「いやー、モンモランシーは僕の女神だ。彼女のおかげで僕は今生きている」

 ギーシュはモンモランシーの“拷問薬”によって1日昏睡していたので大魔神の怒りに触れなかった。

 だけど、そのモンモランシーを女神と呼べる彼は凄い。


 「お前すげえよ、どこまでプラス思考なんだ」

 サイトも呆れてる。

 「いやあ、あの魔法兵器は恐ろしい。男どもを強力な引力で次々に引き込んでは、大魔神がそれを喰らい尽くす。完璧なコンビーネーションだとは思わないかね」

 何か絶賛してるギーシュ。


 「つってもな、引き込まれる方が馬鹿だと思うけどな」


 「ふーむ、君にはあの胸の偉大さ、そして恐ろしさが分からないのか。いやいや、純粋なことで結構、よかったねタバサ、彼は君にぞっこんのようだ。こいつは絶対浮気しないよ」


 「!?」

 そう言われて顔が赤くなるのが自覚できる。


 「お、おい!」

 サイトも赤くなってる。


 「やれやれ、君達は進歩がないねえ、それじゃあ身が持たないだろう。ルイズじゃないが、いっそ思いきって一線を越えたらどうかね? そうすればもうちょっと冷静に対応できるかもしれないよ」


 「~~~~~~~~~~!!」

 言葉にならない。

 「い、いや、だけどさ」

 サイトが否定しないのが嬉しいけど、心の準備が…………


 しかし、突如として話の方向は変わることになった。

 「あれ? あれはマリコルヌかい?」

 ギーシュがそう言って、私とサイトも振り向く。


 そこには確かにマリコルヌがいた。

 だけど、なにかいつもと違う。まるで、大切なものを置き忘れてしまったかのように。


 「おーい! マリコルヌ! 大丈夫か!」

 サイトが大声で呼びかける。サイトも彼の異常に気付いたみたい。


 虚ろな目で振り返る

 「やあ、サイトにギーシュ、そしてタバサ、今日もいい天気だねえ」

 笑顔なはずなんだけど、笑顔じゃない。


 「マ、マリコルヌ?」

 サイトの顔が引きつる。


 「ああ、素晴らしい青空だ。まるで今の僕の心を象徴するかの様に。そう、僕はこの世の真理を知った」

 達観しているというよりは、もう別の次元に旅立ってるみたい。


 「ど、どうしたんだねマリコルヌ、何があったんだい?」

 ギーシュも困惑しながら尋ねる。


 「そう、真理さ、僕はこれから軍に自分の全てを捧げ、そして力ない者達のために戦わないといけない。人間は弱い生き物だ。誰かが守ってあげないと、そして、あの大魔神から逃がしてあげないと」

 それはいつかルイズが言っていたような言葉だった。


 「そのためにはね、自分の愛する女性は一人に絞らないといけない。あの魔法兵器を見ても動じないくらいに心を鍛えねば。だけど、今の僕にはまだ無理だ。サイトのように貧乳趣味として堂々と生きる勇気はない」


 「おい!!」

 何かさりげなく凄いことを言ってる。私の胸、そんなに魅力がないのかな……


 「だからこれから僕は修行を開始する。己との戦いだ。これに負けるようではいずれ僕はあの大魔神に喰らい尽くされる。逃げることは出来ない。そう、立ち向かうしかないんだ」

 そしてマリコルヌは水精霊騎士隊が訓練用に使ってる区画に歩き始める。


 「ま、マリコルヌ!」


 「ギーシュ、君も来たくなったらいつでも来たまえ。僕は予言する。君も決してあの魔法兵器からは逃れられない。そして、あの大魔神と対峙する時が来る。その時、君の精神が崩壊せずに済むことを神に祈ろう。いや、意味がないか、あの大魔神の前では神とて無力。運命に任せるしかないのだから」

 そうして彼は去って行った。


 「な、何があったんだ。いったい」

 サイトが恐れおののいている。


 「うむ、予想するしかないな。しかし、確信できることは一つだけある」

 ギーシュの表情も恐怖に満ちている。


 「絶対、テファに手を出してはいけないってことだな。もしそんな奴を見かけたら俺達で止めよう。マリコルヌの死を犠牲にしちゃいけない」

 まだ死んだわけじゃないけど、確かにかつてのマリコルヌは死んだのだ。


 「ああ、僕達は戦友だ。友の死を無駄にして何が水精霊騎士隊か!」

 奮い立つギーシュ、そうでもしないと心の均衡が保てないんだろう。


 「ああ、俺はシャルロット一筋だ。大魔神の魔の手からは逃れられるはずだから、可能な限りの人達を助けるぜ」

 サイト………


 「これから、共に戦おう、戦友よ、これからは弔い合戦だ」


 「マリコルヌ、見ててくれ」

 そうして彼らの決意は固まった。










■■■   side:ティファ二ア   ■■■


 私がここに来てからそろそろ十日。

 見るもの聞くもの全てが新しく、毎日がこれまでの一年分の密度を持っていた。


 最初は不安だったし、慣れないことも多かった。けど、マチルダ姉さんがいてくれて、とても心強かった。

 子供達と森の動物しかなかったウェストウッド村と違って、ここには私と同年代の人が何百人もいて、それだけで目がまわりそうだった。

 私としては、もっと静かな学院生活を送りたかったのだけど、なんかそういうわけにもいかないみたい。


 以前サイトが言っていたように、私の胸はどこかおかしいのかもしれない。だって、男の子は皆見てくるんだもの。


 「ハインツさんは、そんなことなかったのだけど」

 別に彼は私の胸を特に見なかったし、何か特別な感じもなかった。

 そのことをサイトに話してみたら。


 『そ、そうか。うーん、多分、まあ、そういう人もいるのかな? けど、それはもう男として終わってるような……』

 凄く困惑した表情をしていた。


 それに、ハインツさんが用意してくれたマジックアイテムのおかげで私の耳は隠すことが出来ている。

 『フェイス・チェンジ』が付与されているネックレスと、二段構えで右手の指に着けている指輪がそう。

 母の形見である指輪は左手の指に着けてるから特に違和感はない。


 お風呂場で着けていても、母の形見だと言えば、誰もそれ以上追及してこなかった。

 それに、左の指輪は本当だし、いつも着けていたいのも本当。だから嘘を言っているわけじゃない。


 この学院には私と同じように魔法が付与された装飾品を着けてる子がたくさんいるから、『ディティクト・マジック』の探査装置は設置されていないとか。

 もしそんなことしたら、あちこちで光りっぱなしで生活してらんないって、ルイズが言っていた。


 「それに、あの子達とも話せるし」

 マチルダ姉さんの部屋にある“デンワ”を使えば、ハインツさんの家にいるあの子達と話すことが出来る。

 タバサさんのお母さんはとてもあの子達に優しくしてくれるそうで、皆元気そうだった。


 『再会もそう遠いことじゃないさ。それに、学院生活もあんまし長くないかもしんないから、思いっきり楽しんどけ』

 理由は分からなかったけど、そういうことを言っていた。

 ここに来てまだそれほど経っていない。けど、私にはやっぱり静かな生活の方が合っているような気がする。

 ここが嫌な訳じゃないんだけど、やっぱり気疲れしてしまう。


 その原因が。

 「白の国から来られたレディ、貴女の肌は、そのお国の名前のように白く透き通るようで……、あまりにも眩しくて目が焼けてしましそうです!さて、何かお飲みものでもお持ちしましょうか? 何なりとこのシャルロにお申し付けくださいませ!」


 なんでか分からないけど、私の周りに寄ってくるこの人達なのだ。










■■■   side:才人   ■■■


 「なんだありゃ?」


 何か今度はテファの周りに数人の女子生徒がいる。

 ついさっきテファに言い寄ってた男共を、俺とシャルロットとギーシュでぼこっておいたところだ。

 ちょっと可哀そうだったが、これも彼らの為、一年生ではあの大魔神に抗えない。多分精神が破壊される。


 「んー、あれは、クルデンホルフ大公国のベアトリス殿下だね」

 ギーシュが答える。

 「殿下?」

 「そう、建前上は独立国なんだよ、あそこは。何でもトリステイン王家と血縁関係らしい。だからそこの娘は確かに殿下と呼ばれてもおかしくない。もっとも、軍事や外交は王政府に依存してるそうだが」

 よどみなく答えるギーシュ、こいつがこんなに知ってるのは珍しい。


 「よく知ってるな、お前」

 「実は貧乏な僕の家はあそこから金を借りていた。クルデンホルフ大公国はなにせ一国構える程の金持ちだからね、モンモランシーの家も似たようなもんさ」

 随分世知辛い理由何だな。

 けど、過去系?

 「過去系ってことは、もう返し終わったのか?」


 「返したわけじゃあないんだが、クルデンホルフ大公国はゲルマニアとも縁があってね。財産はあってもルイズのヴァリエールとかと比べたら格式で劣る。それに金はあるんだけど、ゲルマニアらしく少々ずるい。要は利子が高いんだよ、だから皆本当は借りたくないんだが、金が無いものは仕方なかった」


 「駄目じゃん」

 貴族も厳しいんだな。

 「しかし、そこにあのアルビオン戦役があった。王政府すら随分な金を使ったが、クルデンホルフは金こそ出したけど参戦はしなかった。ま、そこはヴァリエールも一緒だが、事情が違う。王軍のバランスを考慮した上でのヴァリエールと違い、あっち完全に打算だったからね。で、僕の家も含めてさらに借金をしなくちゃいけなくなったところに、とある大金持ちが現れて金を貸してくれるばかりか、クルデンホルフへの借金を全部肩代わりしてくれて、ほぼ無利子にしてくれた」

 なるほどなあ。

 「それって、王家じゃないんだよな?」


 「ああ、王家も金が無かったからね。だけど、その王家を上回る金持ちだ。そして君もよく知ってる」

 それってまさか。

 「そう、ヴァランス家だよ。トリステイン王家はガリア王家に、トリステインの貴族の大半はヴァランス家に借金してるんだ。だからまあ、今のトリステインはガリアに逆らえないわけなんだ」

 そりゃそうだろうな。


 「それで、話を戻すけど。彼女はティファニアが来るまで一年の人気を独占していた。しかしティファニアが来たことでその天下は儚く消えた。要は嫉妬してるんだね。しかも、ティファニアはアルビオン出身ではあるがガリアの貴族。あのヴァランスと同じガリアの貴族なのさ」

 なるほどな、ハインツさんの家のせいで、借金が全部返済されちまったってことか。

 「ま、そのヴァランス家当主の庇護の下にあるなんてことまでは知らないだろうけどね、というか公式にはそうなってないからね」

 それを知ってるのは俺達くらいだからな。


 「このままじゃ、あの子が危ないと思う」

 そこで、今まで口を開かなかったシャルロットが言う。


 「確かに、いじめにしか見えない。このままでは大魔神が降臨するな。流石に女の子が踏み潰される光景は見たくないなあ」

 ギーシュも頷く。


 「しゃあねえ、助けに行くか」

 つってもテファじゃなくて、そっちの子だが。









 「おーい、イジメはいかんぞイジメは」

 俺は話しかける。


 「なんですの貴方は、無礼な!」

 お、なんか如何にもな感じだな。


 「無礼も何も、イジメは駄目だろう、貴族的に」


 「あなた、こちらの方を御存知?」


 「いや、全然」

 どうでもよかったから名前を覚えてねえ。


 「この方はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ殿下にあらせられるわ、頭が高くてよ!」

 そうは言われてもな。

 アンリエッタ女王、ウェールズ王、ハインツさん、それにルイズだって公爵家の三女だし、今更という感じがするんだが。

 なによりガリア王に喧嘩売ってる身だしな。


 「だって、下げる意味分かんねえし、学院生に頭下げる必要ねえだろ」

 俺は学院生じゃないし、こいつら年下だし。

 「サイト、それじゃあ火に油を注いでるだけだ」

 ギーシュからも突っ込みが入った。


 「なんて無礼な、クルデンホルフ大公国はれっきとした独立国ですのよ! しかもトリステイン王家と血縁関係なのよ!」

 なんか頭痛くなってきた。

 「うっせえなあ、だから何だってんだよ、お前らがイジメしていい理由にはなんねえだろ。貴族なら寛容な精神と目下の者を慈しむ心を持ちやがれ、ちっとは女王陛下を見習えよ」


 「きー! 何ですって、平民風情が!」

 そういや、今マント着けてなかったな。ま、どっちでもいいけど。


 「何でシュヴァリエのマントを着けてないんだね?」


 「洗濯中なんだよ」

 一応予備あるけどめんどかった。


 「空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)! 来なさい!」

 ガキ(めんどいのでそう呼ぶ)がそう叫ぶと何か飛んできた。


 「ありゃあ何だ?」

 「クルデンホルフ大公国親衛隊の竜騎士団、空中装甲騎士団だ、二十騎はいるなあ」

 風竜が二十騎ばかりこっちに飛んで来る。


 「何でそんなもんが?」

 「彼女の護衛だよ、金持ち貴族ってのはとにかく見栄を張りたがるからね。ハインツみたいのは例外だよ」

 そんなもんかねえ。

 「強いのか?」

 「アルビオン竜騎士団には遙かに劣るだろうね、それに次ぐなんていわれてるけど、眉唾もんだなあ。なにせガリアの竜騎士団は火竜山脈の火竜で構成されてるって話だし。それに最大の欠点がある」

 「欠点?」

 「実戦経験が無いんだよ、さっきもいったけど、クルデンホルフ大公国はアルビオン戦役に参加していない。内戦における激戦、さらにはタルブでの戦い、さらにはトリステイン・ゲルマニアへの奇襲作戦。そういったものを潜り抜けたアルビオン竜騎士団に比べようがないさ。特にあの奇襲作戦はアルビオン竜騎士団があってのことだったしね。君だってあのサウスゴータ撤退戦でその威容を見ただろう?」

 確かに、二百を超える竜騎士が隊列を組んで一糸乱れず進んできたからなあ。そういや、最近ルネ達に会ってねえな。


 「どうする、やるか?」

 「それしかなさそうだね、水精霊騎士隊に集合をかけよう。丁度いい実践訓練になりそうだし、何よりこのままじゃ大魔神の封印が解かれる。君もある程度全力でやってくれ」


 「了解、隊長殿。シャルロット、例のコンビネーションを試して見ようぜ」

 「うん」

 そしてギーシュは集合の合図を出す。


 「流石に敵は竜を使うわけにはいかないだろう。ま、戦況が怪しくなったら使うかもしれないが、その時はその時だ」

 こいつも大者だよなあ。


 そして、模擬戦が始まる。










■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「うん、なかなか善戦してるな」

 現在戦いの真っ最中。

 水精霊騎士隊にとって集団戦は初めてだけど、意外と皆良く動けている。流石はルイズが鍛えているだけのことはあるな。


 「レイナール! 君は左翼の援護に入れ! ギムリ!アルセーヌ!ガストン! 君達はそのまま戦線を維持しろ! 陣形を崩すな!」

 サイトとタバサは既に遊撃隊として動いていて、敵を3人戦闘不能にしている。流石に容赦がない。


 「ヴァランタン!ヴィクトル!ポール!エルネスト!オスカル! 虎の陣形に切り替えて右翼に攻撃集中!」 

 僕は周囲にワルキューレを配置して防備を固めた後は指揮に徹する。

 ルイズがいない場合は僕が指揮を執ることになっているからだ。


 サウスゴータで率いた中隊に比べたら普段一緒に訓練してる彼らは扱いやすい。

 総勢20名で、皆の癖や得意戦法も知ってるから、戦術の構築がやりやすい。


 「ま、ルイズだったらもっと適切な指示をしてるんだけど」

 相手の動きが鈍いのに助けられてる。竜騎士は重鎧を着てるから、竜に乗ってないと動きにくい。


 そこを鎧を着てない僕達は速度で引っかき回しているんだけど。

 「凄いなマリコルヌ、今の彼はトライアングルクラスだな」

 特にマリコルヌの働きが凄まじい。

 ついさっきも『ライト二ング・クラウド』を放っていた。


 まるで、何に急き立てられるかのように……


 「ま、まずい、彼が怯えているということは!」

 あの大魔神の降臨は近いということ。


 ≪ヴェルダンデ! 準備は済んだかい!≫


 ≪モグモグ!≫

 ヴェルダンデは緊急用の塹壕を掘ってる。サイトとタバサはともかく、水精霊騎士隊の連中じゃ巻き込まれる可能性がある。


 「ギーシュ! 竜が来たぞ!」

 サイトが叫ぶ、どうやらこのままでは形勢不利と見た彼らが竜を使う決心を固めた模様。

 しかし、手遅れだ。


 「サイト! 大魔神が来る! 撤退しよう!」

 「!? 分かった!」

 そして僕達は一目散に逃げる。水精霊騎士隊の連中は逃げ足の速さにこそ特化している。

 なにせ名誉を捨てて逃げることがモットーだ。


 「おーほっほっほ! 無様ね!」

 高笑いするベアトリス殿下。うん、確かに竜から逃げてるようにしか見えないだろう。


 「さようなら、ベアトリス殿下、お救い出来ず申し訳ありません。生きていたらまた会いましょう」

 僕は彼女の冥福を祈った。


 そして、大魔神が降臨する。










■■■   side:才人   ■■■


 俺は今、神話の世界にいる。

 全長50メイル近い鋼鉄の巨人が、竜を次々に踏み潰し、握り潰していく。


 その姿はまさに終幕の巨人。


 圧倒的な力を持つはずの竜が成す術なく蹂躙されていく。

 あのヨルムンガントといえど、これに比べれば子供に見える。

 逃げようにも地面から生えた腕が彼らの足を掴んでおり、飛び立つことが出来ない。


 水精霊騎士隊の連中は何とかギーシュの塹壕に逃げ込んだが、地上の惨状を見て狂乱している。

 唯一理性を保っているのは“あれ”を見たことがあるギーシュとマリコルヌのみ。


 シャルロットは俺の腕の中で震えてる。俺も、彼女の体温を感じていないと心が折れそうだ。


 周囲には水精霊騎士隊と空中装甲騎士団との戦いを見に、学院中の生徒が集まっていたが、彼らは全員気絶している。多分記憶に残らないだろう。


 そして、巨人を従える大魔神がそこに君臨していた。


 「あ、あ、あああ」

 例の彼女は絶望をこの時知った。
 


 そして、惨劇は終わる。

 ちなみにテファも気絶しており、大魔神の正体を知らない。その方が幸運だろう。


 「ベアトリスさん、お願いがあります」

 大魔神がマチルダさんに戻り、親しげに話しかける。


 「は、はい! 何でありましょうか!!」

 敬礼するベアトリス、そうしなきゃ死ぬな。


 「ティファ二アはこれまで世間のことを知らずに育ってきました。ですから慣れないことも多いと思います。どうか、あの子と友達になってあげてください。そして、あの子を支えてあげてください」


 「そ、そ、そ、それはもちろん! いえいえ、もう既に私達は親友ですわ! 例え神であっても切れないくらいの絆で結ばれております!!」


 「そうですか、ありがとうございます」

 そして頭を深く下げるマチルダさん。


 「は、はい! このベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフに何事もお任せ下さいませ!」


 そうして、大魔神の惨劇は終了した。



 竜はかろうじて生かされていたものの、どの竜も骨を折られ、全治数か月だという。


 この後、空中装甲騎士団が魔法学院を訪れることは二度と無かった。












■■■   side:ヒルダ   ■■■


 イザベラ様とハインツ様が仲良く話されている。

 別の人にはそうは見えないかもしれないが、長年御二人の近くにいる私には、そこに流れる空気がとても穏やかなものであることが分かる。

 身長190サントの美青年と、170サントの美少女――それも共に美しい深い蒼の髪を持った――が並んで話し合っている。このまま一枚の絵にして飾りたい、と思ってしまう程の光景。本当にお似合いのお2人だ。

 …会話の内容はこの際無視することにしましょう。

 
 私は6年以上、イザベラ様の側にお仕えしている。うぬぼれでは無く、彼女に一番近いものだという自負がある。無論、同姓としてだけれど。


 彼女に一番近く、一番理解しているのはハインツ様。私が言うのだから間違いないでしょう。


 イザベラ様がシャルロット様を妹として思っているように、私も年上の同姓として、彼女のことを妹のように思っている。不遜かしら、と思わないでもないけれど、一度彼女にそう言ってみたら、『頼りにしてるわよ、姉さん』と冗談交じりではあったが、そう返事を返してくれた。

 だから私は姉として、心の底から彼女には幸せになって欲しいと願う。その幸せの中には、当然女性としての幸せも含まれる。


 今のイザベラ様につりあう男性といったら、能力、容姿、性格、それらを全て揃えているのは、誰がどう見てもハインツ様しかいない。というか私はハインツ様しか認めません。

 イザベラ様はことある毎に、”他の同年代の娘たちのような青春を送ってみたい”とか、”たまには恋のひとつやふたつ、してみたい”とは仰っているが(主に仕事量が増えたとき)、実際に出会いを探しに行かれたことは無い。そもそも自分がそれを行う姿を想像できないでしょうね。私もできません。

 彼女が男性を求めない理由は明白。少なくとも、私、ヨアヒム、マルコは理解している。


 ”既に足りているから、必要ない”。


 といったところでしょう。6年も前からすぐ側に、誰よりも自分を理解してくれて、誰よりも自分に優しく、そして絶対に自分を裏切らずに守ってくれる男性がいたら、他の人には目が移らないのは当然。私でもそういう兄がいたら、他の男性には見向きもしないと思う。


 でも、ハインツ様から”男性”を感じたことは無い。それがあの方の特殊なところ。しかしだからこそ、イザベラ様の心の中深く深くに住むことが出来ているのかもしれない。


 …不能であるから、と思いたくないだけかもしれませんけど…


 そんな御二人が互いを深く想い合っていることは明白だけれど、それは異性として意識しあっている訳ではない。かといって。家族の愛情ともまた違う。

 うまく言葉にはできないけれど、きっと御二人は互いのことを、ひとりの人間として愛しているのだと思う。イザベラ様は”ハインツ”という人間の全てを、ハインツ様は”イザベラ”という人間の全てを、理解し、愛しているのだろう。


 だから、その愛情の形が、友人としてでも、家族としてでも、そして男と女のものになっても、御二人の関係は変わらない。互いに対する感情に変化が無い。現に、私が錯乱してしまったあの出来事の後でも、イザベラ様の態度はなんら変わるところが無かった。

 普通、幼い頃からの友人を、異性として感じるようになると、態度がギクシャクする、というけれど、イザベラ様達は全くそんな感じはしなかった。通常は、徐々に段階を踏んでいくことなのだが、気づけば既に頂点だった、というのが御二人の関係。

 きっと、今夜からベッドを共にすることになっても、ほとんど慌てることなく、自然な感じで結ばれるのだろう。


 …ハインツ様が不能でなければの話ですけど、おのれ。


 技術開発局や、”大同盟”の方々には是非頑張って貰わねば、イザベラ様のために。

 …ふと気がついたのだけど、もしハインツ様が男性としての機能と、平均的な性欲があれば、今頃イザベラ様は御懐妊、いや既に1児の母になっているのではないだろうか。

 そうなったらガリアとしては大変、数ヶ月も宰相不在になったら、国家が破綻してしまう。

 まさか、それを回避するために、不能になったわけではないでしょうけど。




 誰がどう見てもお似合いの二人だけれど、私には大きな不安がある。

 それはハインツ様の生き方、あの方は止まるという事を知らない。常に全速で走り続けている、命を削り、それを動力に変えてでも走り続けるその姿は、とても危ういものに感じる。

 イザベラ様は、”そうじゃなきゃアイツじゃないわよ”といって苦笑されていたが、私は笑うことが出来ない。このままでは、そう遠くない内にハインツ様は力尽きてしまうような気がする。

 今はまだいい。今、世の中は揺れている、いわば激動の時代。その急先鋒であるハインツ様は、その生き方が必要なのだと、理解することは出来る。



 けれど、その後は?

 激動が終わって、安定の時期が来たら、あの方は走ることをやめてくれるだろうか? イザベラ様の歩調に合わせてくださるだろうか?


 今、果てしなく走る続けるハインツ様を制御しているのは、間違いなく陛下。

 陛下だけがハインツ様の手綱を握れる。ハインツ様の疾走に方向を示し、暴走しないように出来るのは陛下だけ。そして、陛下の考えについていけるのもハインツ様だけ。

 残念ながら、ハインツ様と最も深く関わっているのは、イザベラ様ではなく陛下。でも、この作戦が終わったとき、陛下とハインツ様は今のような関係ではなくなる。そうなったらどうなるのだろう?



 私にはそれが心配なのです、イザベラ様。貴女の未来を想う者として、貴女の伴侶となる方が壊れてしまわないかが……







 私がそんな思いに囚われているうちに、ハインツ様が部屋から出て行こうとしていた。どうやら”大同盟”の方々の所へ行く模様。

 そんなハインツ様をイザベラ様が呼び止める。


 「あ、ハインツ、ちょっと待って」

 む、これはもしかして。

 私は自分の女の勘に従い、準備をする。


 「どうした?」

 振り向くハインツ様。そんな彼にイザベラ様が一言。


 「キスして」


 「ん? ああ、いいぞ」

 直球すぎるイザベラ様の要求に、当たり前のように応えるハインツ様。あらかじめ心の準備をしてなければ、呆気に取られていただろう。やりますね、イザベラ様。


 「「んん、」」

 2回目になる御二人のキスシーン(キス自体は3回目らしいけれど)を、私はしっかりと撮影する。このために、ハインツ様が帰還したと聞いてすぐに、服をゆったりした物に着替えて、その中に”ビデオカメラ”を仕込んだ。

 大変高価なマジックアイテムですが、かまいません。私、実家は大貴族ですから。

 30秒間のキスシーン、ばっちり撮影しました。相変わらず美しい光景です。うんうん、その表情大変イイですよイザベラ様、私が男なら即ベッドへGO! です。


 だというのに、この不能ときたら……


 は!、いけない、心を落ち着かせなければ。ミシミシという音と共に、”ビデオカメラ”が悲鳴を上げていた。危ない危ない。

 ”ビデオカメラ”を机にしまい、お二人に目を向けると、ハインツ様がイザベラ様に質問していた。

  
 「ところで、何でいきなり?」

 まあ、自然な疑問かもしれませんが、普通やる前に言いませんか? 

 
 「嫌だった?」

 少し拗ねた感じの表情。反則です、その顔は反則ですイザベラ様。


 「嫌なわけ無いだろ」

 そう言って微笑むハインツ様。うん、反則2号です。


 「単に純粋な疑問」

 そういって聞くハインツ様に、イザベラ様が答える。 

 
 「理由はね、シャルロットよ。あの娘から来た手紙にね、”自分には恋人が出来てとても幸せだから、姉さまもハインツとそうなって欲しい”っていうような事が書いてたのよ。で、具体的にどうすればいいかをヒルダに相談したところ」
 

 「やはり、行動で示されるのよろしいかと、と申した次第です」

 間髪いれずに言う私。


 「へえ、そうだったのか。何だアイツ、よっぽど才人の奴とうまくいってんだな」

 我がことの様に喜び、笑みを浮かべるハインツ様。

  
 「そのようね、そんなあの娘のお願いだもの、聞かないわけにはいかないわ」


 「当然だな」


 


 ふふふふふふふふふふふふふふふ。


 計画通り。


 御二人だけだと、絶対にこの先、男女の仲として進展することは望めない。互いに今の関係に満足しているから。

 仲が進んで、今の関係が壊れるのが怖いから。ではなく、別に敢えて変える必要も無いし、と思っているから厄介なのだ。

 だから、二人に恋人らしいことをさせるには、第3者が必要。そしてそれは私やヨアヒムたちでは無理、陛下では逆効果、ならば後はひとり。そう、他ならぬ御二人の最愛の妹シャルロット様。


 シャルロット様が頼めば、この兄バカ&姉バカ(不敬は承知です)は、NOと言わない。


 だから私はシャルロットさまに手紙を出した。この前あったことを若干誇張気味に書き、こういう感じで文面で手紙を出せば、きっと2人の仲は深まる。という指示を添えておいた。

 指示通り内容の手紙を受け取ったイザベラ様は、そうした経験が無いから私に相談するだろうことを見越して。

 ハインツ様とイザベラ様の未来は不安がありますが、それとこれとは別。今私に出来ることは可能な限り全部やっておかなければ。

 全てはお二人のためです。単に私が見たいからやってるわけではありません。



 今回は万事うまくいきました。この映像は家宝にします。シャルロット様、貴女にも映像を送りますね。協力、ありがとうございました。

 御二人共、特にハインツ様。陰謀は貴方や陛下だけの専売特許ではないんですよ。

 なにせ、北花壇騎士団は己の欲望に忠実な者の集まりですから、ね。








[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十八話  楽園の探求者
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/22 23:32
 “大魔神の惨劇”は終了した。

 あれを完全に記憶に留めているのは俺、シャルロット、ギーシュ、マリコルヌ、そして犠牲者のベアトリスのみ。

 どうも犠牲者が記憶を失うことは無いらしく、彼女は哀れにも恐怖の記憶を刷り込まれた。

 そして、水精霊騎士隊の連中や応援してた生徒達は、空中装甲騎士団との戦いのあたりまでは覚えているようで、その後の記憶はない模様。

 多分、思い出そうとしても本能が拒否するんだろう。


 そして、日常?が戻って来た。







第三十八話    楽園の探究者







■■■   side:才人   ■■■


 「おいギーシュ! 凄い花束だな!」

 そういうのは水精霊騎士隊随一、身体が大きいギムリ。


 「いやぁ、考えものだな! モテ過ぎるってもの!」

 そう言って笑うギーシュの前には女生徒からのプレゼントで溢れている。

 もともとギーシュは美形で、黙ってればモテる。その上かっこいい啖呵を切って空中装甲騎士団との戦闘を開始したもんだから人気を博していた。

 他の20人の隊員もプレゼントを受け取っていない連中はいない。

 それだけ、著名な騎士団と互角以上の戦いをした水精霊騎士隊の人気は高まっている。


 ま、俺だけは何ももらっちゃいないが。

 「やあサイト、どうだい、似会うかい!」

 そうして話しかけてくるのはマリコルヌ。こいつの人気も高い。

 今まで、何でこいつが副隊長なんだ?ていう声すらあったが、あの戦いぶりは見事に一言に尽きた。


 トライアングルスペルを自在に操り、『エア・ストーム』や『ライト二ング・クラウド』を放ち空中装甲騎士団の隊員を2名独力で仕留めた。

 その姿と、冷静な指揮ぶりを発揮したギーシュの二人はまさに人気の絶頂にいるわけだ。


 「似合うぞ、うん、多分」

 本心は違うがそう言っておく。何せようやくマリコルヌの天下が来たのだ、水を差すのもかわいそうだ。


 「はっはっは、マリコルヌ、君も中々のものじゃないか。それに、“フリッグの舞踏会”の申し込みを既に数人から受けているんだろう?」


 「そうさ! そうなんだよ! ああ、こんなことは初めてだ! 僕は遂にやり遂げたのだ!」

 感極まって泣き出すマリコルヌ、まあ、苦労してたしな。

 ちなみに、大魔神によって負った精神的ショックはもう一度ショックを受けることで元に戻ったらしい。どういう精神構造してんだろうなこいつ?


 「はっはっは、しかしサイト! 君は一切もらっていないようだな!」


 「ああ、まあな」

 俺はプレゼントを一切もらっちゃいない。

 あのときはシュヴァリエのマントを着けてなかったから、俺がいたと認識してる奴がいたかどうかも怪しい。


 「なんだサイト、元気がないな! 落ち込むな! 僕が女の子の扱い方ってのを教えてあげるぜ!」


 「ああ、頼むわ」

 悪いが、今は他のことを考える余裕は無いんだ。


 「サ、サイト、君、本当に大丈夫かい?」

 そう言ってくれるのはレイナール。

 「平気だ」

 そして俺はその場を後にする。










■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「やれやれ、サイトのやつ相当の重症じゃないか?」

 そう言うのはガストン、今はサイトを除く全員が溜まり場に集合している。


 「うーん、僕達ちょっと浮かれ過ぎたかな? 一番戦ったはずのサイトがあれじゃあ、いくらなんでも可哀想だ」

 これはレイナール。


 「どうにかして彼に元気になってもらいたいな、そうじゃなきゃ僕達も騒げない」

 これはヴァランタン。

 うーん、どうやら皆勘違いしているな。別にサイトは一人だけプレゼントをもらえないばかりか、空気扱いだから落ち込んでいるんじゃない。

 とゆーか落ち込んでもいない、あれは悩んでいるんだ。

 考えるまでもなく、タバサとのことだろう。おそらく彼は本心では抱きたいと望んでいる。しかし、今それを実行してよいものかと考え込んでいるんだろう。


 何せタバサはあの体格だ。年齢を考えればまだまだ成長する可能性は十分あるが、今、ことに及べばロリコン、幼女趣味の称号を贈与されるのは避けられないだろう。

 しかし、彼女の方でもサイトを望んでる。それは丸分かりだ。

 故に彼は悩む。ロリコンの称号を負うことを覚悟で今抱くか、それともせめて卒業するくらいまでは待つか。


 抱きたい。しかし、それをすると凄まじい負の称号を負うことになる。しかし、彼女が愛しい、自分の名誉くらいがなんだ! だけど、もし彼女まで変な眼で見られたら?


 そんな感じの思考がぐるぐる回ってるんだろうなあ。


 「どうしよう皆? どうやったらサイトを元気づけてやれるかな?」

 事情を知らない皆は議論を続けている。

 実はサイトとタバサが恋仲であることは『ルイズ隊』では周知の事実だが、水精霊騎士隊では知られていない。


 というのも、あの二人は二人きりでいることが以外と少ない。

 大体『ルイズ隊』の面子と一緒にいるし、特にキュルケと一緒にいることが多い。

 二人きりよりも、むしろキュルケがいた方が会話が弾み、しかもキュルケは二人をくっつけようと画策するものだから、恋人らしいやり取りもかえって増える。


 そんな感じで二人の仲は徐々に接近しつつあるのだけど。『ルイズ隊』以外の人物から見れば、二人が恋仲だと気付くのは案外難しい。

 それも水精霊騎士隊のような連中ならば尚更、キュルケみたいのだったら一発で気付くんだろうけど。


 「ま、二人の会話内容にも原因があるんだろうな」

 あの二人は生粋の戦闘技能者タイプで、戦闘スタイルも似てる。

 それに二人共いつかハインツに勝つという目標を持ってるみたいで、サイトにルーンマスターとしての高度な戦い方を教えたのはハインツ。タバサにメイジとしての戦い方を教えたのもハインツ。

 だから、師匠を越えようと二人で日々頑張ってる。


 「あの二人が同時にかかれば、ハインツにも勝てそうではあるけど」

 『ルイズ隊』の面子はハインツの強さをあの夏期休暇の頃から知っている。

 あれは強い。僕なんかじゃ測りきれない程強い。

 無駄が一切ない戦いというのは、ああいうものを言うのだという見本だった。


 『槍兵は遠距離では弓兵に勝てない、しかし、一旦接近すれば容易に勝てる』

 それが簡単な例えだった。

 僕は「土」、マリコルヌは「風」、モンモランシーは「水」、キュルケは「火」。


 あの二人以外の面子も、それぞれの特徴を生かした戦術を模索し出した。全ては彼の言葉によって。

 最後にルイズ、彼女の戦闘スタイルだけはハインツは一切関与していない。“虚無”とはそれだけ異色なのだ。


 そして“博識”のルイズがそれぞれの技能を特化させた僕達を指揮することで『ルイズ隊』は完成した。


 僕は“工兵”、マリコルヌは“哨戒兵”、モンモランシーは“治療者”、キュルケは“移動砲台”、タバサは“遊撃兵”、サイトは“切り込み隊長”、そしてルイズは“司令塔”兼“大砲”。

 もっとも、僕が作ったトンネルにマリコルヌが空気穴を開けたりと、臨機応変で色々変わるが、基本的な役目は決まってる。

 それはハインツの『影の騎士団』に似ているともいう。

 何でも、あのゲイルノート・ガスパールを倒したのはその『影の騎士団』の二人だっていうんだから驚きだ。


 サイトとタバサはそのハインツに勝とうとしてる。何とも凄いことだよ。


 「なあ隊長殿、俺にいい考えがあるんだが」

 そんなことを考えていると、ギムリから提案があった。

 「君がか?」

 彼は“いい考え”が浮かぶタイプではない、真っ先に突撃していくタイプだ。

 「女で傷ついた男を慰める一番いい方法は何だと思う?」

 「女」

 僕は即答した。この真理は揺るがない。


 「その通りだ、女で傷ついた男を慰めるのは女…………、なんとも我々男は悲しい生き物だね」

 「何が言いたいんだね?」


 「女子用の風呂を、劇場として機能させるのはどうかな、これ以上男を奮い立たせるものはあるまい、だろう?」

 「女子風呂を覗こうというのか!」

 僕の発言に全員の視線が集中する。


 「いかん、いかんよ、君、女子風呂は魔法で厳重に守られている!」

 「へえ、そうかな」

 しかし、ギムリは余裕で答える。

 「いいかい、僕はこの学院に入学したとき、真っ先に調べたのだ。女子風呂はまるで要塞の如き鉄壁の布陣をしている。半地下の構造で接近するには陸路しかないのだが、接近するにはまず周囲を守る五体のゴーレムを突破しなくていけない、そして、それらをクリアーしてもまだ難関がある! 魔法のかかったガラスの窓だ! これがもう、手のつけられない代物だ! 向こうからはこっちが見えるがこちらからは決して覗けない! おまけに強力な『固定化』がかかってるから『錬金』ではどうにもならない! その上魔法探査装置までついてるから魔法ははなから使えない!」

 今、全員の思考が一つになった。

 すなわち。

 “本当に覗けるのか?”

 「お手上げだよギーシュ、メイジにはどうにもならないのさ」

 「くそっ」

 僕は膝をつく。

 周囲からも「そんな!」、「なんてことだ!」、「余計なところに大金かけやがって!」などと悔しそうな舌打ちが漏れた。


 「さて、そんな風呂がある本塔の図面を、運良く拝見出来る栄誉に恵まれた貴族がいるとしたら?」

 「ま、まさか君は…………」

 「その幸運な貴族だよ」


 「「「「「「「「「「 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」

 周囲から割れんばかりの歓声が巻き起こる。


 「先日、図書室に赴いた時のことだ。僕は学院の歴史を調べていたんだ。長い歴史を持つ学院だ。ひょっとしたら昔の資料が見つかるかもしれないと思ってね。そしてこんな一枚の写しを見つけた。この紙だ」

 全員が固唾をのんでギムリが差し出した紙を見つめた。

 「どうだい?本塔にかけられた『固定化』の場所が余すことなく記されている。おそらく、設計にあたった技師の誰かが控え用に写したものだろう。しかし、僕達の計画には十分なのさ!」

 僕は天啓を受けた。


 「僕が将軍だったら…………、君に勲章を贈与しているところだ」

 他の全員の意思は、今、統一された。


 「行こうぜ、僕達の戦場へ」

 そしてマリコルヌが号礼をかけた。


 そう、タバサの裸を見ればサイトの決心も固まるはず、これは彼のためになる。

 そして、他の隊員は絶対にタバサに関心を払わない。なぜなら、あの魔法兵器を持つティファニア嬢がいるのだから!

 僕はサイトと己の悲願のため、全力を尽くすことを心に誓った。






■■■   side:才人   ■■■


 俺は今よくわからない状況にいる。

 なにやら“いいものを見せてやる”と言われて連れてこられたのだ。

 ヴェルダンデが掘る穴をギーシュが手際よく固定していく。もうプロだなこりゃ。


 「なあマリコルヌ、要はトンネル訓練なのか?」

 これもルイズのメニューにある。

 ギーシュが作ったトンネルを利用してゲリラ戦を展開するための訓練だ。

 狭いトンネルを高速で移動するには相当の訓練が必要になる。また、地中では『フライ』は使いにくいから尚更だ。

 ギーシュとマリコルヌはこれのエキスパートだ。そこにモンモランシーが加われば、あのアーハンブラ城で見せたような究極のコンビネーションを発揮する。


 「まあ、それも兼ねてはいるが、目的は他にある」

 マリコルヌの目が血走ってる。どうやら憑依モードになってるようだ。

 このモードのマリコルヌに逆らってはいけない。勝てるのはあの大魔神だけだろう。


 そしてトンネルを進んでしばらくして。


 「諸君、目的地についたぞ」

 ギーシュがそう言う。


 「静かなもんだな」

 「どうやら、地上のゴーレムも地下には反応しないようだな」

 何やらわからん会話を続けている。

 「さあ、ここからだ諸君、気合いを入れろ」

 ギーシュが号礼をかけて、全員が壁にとりつく。

 そして『錬金』をかけ始めた。









■■■   side:マリコルヌ   ■■■


 この作業は辛い、しかし、諦めるわけにはいかない。

 上の壁には『ディティクト・マジック』がかかっているから、威力を弱めないと引っ掛かる可能性がある。

 かといって、弱すぎては20サントもある大理石に穴を開けられない。しかも、直径1サントの穴を開けねばならない。

 これは精神力を著しく消耗する。特に「風」の僕達は「土」とは対極属性なだけに難しい。

 水精霊騎士隊20名は7名が「風」、7名が「火」、4名が「土」、2名が「水」だ。

 そして隊長のギーシュが「土」で、副隊長の僕は「風」、サイトは魔法を使えない。


 この割合は軍そのまんまだ。やはり好戦的な人物は「火」や「風」になりやすく、逆が「水」で、中間が「土」ってとこだ。

 だからギーシュはこういう場面においては最強。もうすでに5つもの穴を開けている。


 しかし。

 「ぼ、僕はもうダメだ、限界だ。こんな繊細な詠唱には耐えられない」

 脱落者が出始める。

 「何を言うんだ! 僕達の栄光はすぐそこだぞ! お前はこんなとこで負けてもいいのか!」

 僕はそんな奴らを叱咤する。


 「想像しろっ! お前のその勇敢な頭脳で想像するんだ! この壁の向こうにある桃源郷を! 戦士達が癒されるべきヴァルハラを! 数々の聖女たちが、伝説の妖精たちが! この壁の向こうで僕達を待っている! 栄光はすぐそこだあ! 諦めるな!!」


 「ぐ、ぐうううおおおおおおおお!!」

 彼は力を取り戻す!


 「「「「「「「「「「「 僕達はヴァルハラを想像する!! 」」」」」」」」」」」

 全員が一斉に叫んだ。

 さあ、聖女達よ、待っていてくれ!!












 そして、ついに全ての穴が貫通した。



 「出来たぞ。皆」

 僕は感無量だ。


 「うむ、なあ皆、僕はこの偉大なる穴を“ギムリ砦”と名付けようと思う。難攻不落の要塞を陥落させた素晴らしい砦だ」

 全員が賛同する。(サイトだけは未だに状況がわかっていない)


 「隊長、栄えある一番槍は?」

 そのギムリが尋ねる。

 「当然サイトだ。彼の為に作ったのだから」

 全員から小さい拍手が送られる。穴が通った今、大きな音は立てられない。


 「は? 俺?」

 サイトは未だ困惑している。


 「さあ皆、今こそ栄光の勇者がヴァルハラに到着する。聖女はその光でもって我等を癒すだろう」

 そして、サイトが穴に近づいたその瞬間。


 壁が消滅した。


 「え?」

 「は?」

 「なに?」

 僕も含め全員が一瞬呆然とした。何せ壁が一瞬にして消えたのだ。


 そして、その先にあるはずの桃源郷には。


 「あらあら、お早い到着ねえ」

 妖艶な笑みを浮かべた魔女がいた。








■■■   side:才人   ■■■


 「る、ルイズ? お前、出かけてたんじゃ?」

 いきなり目の前の壁がなくなって、そこにはルイズがいた。


 「帰って来たのよ。それで、ギーシュに命じておいたトンネル訓練の成果を把握しておこう思ってね」

 なるほど、目的地にはルイズがいたわけか。


 「で、何であんたがここにいるの? この訓練であんたに出来ることはないでしょ」

 「いや、そんなこと言われても、訳分からん内にいきなり連れてこられて」

 何が何やら。


 「ふうん、なるほど、無罪と、よかったわねタバサ。やっぱりこいつはあんたにぞっこんみたいよ」

 そしたらルイズの後ろからシャルロットが出てきた。

 「シャルロット!」

 今まで考えてたことがことだけに気恥ずかしい。


 「サイト、一緒に来て」

 そしたらシャルロットに引っ張られた。


 「お、おい、どこに」

 
 「どこでもいい」

 なんか嬉しそうなんであえて尋ねず、俺はシャルロットの後に続いた。










■■■   side:ルイズ   ■■■


 「さて、貴方達、懺悔はすませたかしら?」

 サイトとタバサが去った後、私は哀れな生贄達に微笑む。


 「る、ルイズ、な、なぜここに?」

 ギーシュが引きつった声で聞いてくる。


 「簡単よ、あの紙を最初に発見したのは私なの。図書室は私の領域よ」


 「!!」

 驚くのはギムリ、そう、網にかかったのはこいつだったのね。


 「そして、あえて発見しやすいところに残すと同時に、持ち出された際にそれが分かるような仕掛けをしておいたの。まあ、それはマチルダに頼んだのだけど」

 今回の協力者はマチルダ。今も既に彼らが掘って来たトンネルを塞いでいる。

 つまり、彼らに退路は無い。

 「そして、それが作動した。後は簡単よ、女子風呂が開いている時間に水精霊騎士隊が全員いなくなればその時こそが網にかかる時。何せ他の生徒じゃそんな度胸はないでしょうからね」

 こいつらは馬鹿だけど度胸はある。

 「まあ、とりあえず褒めておくわ、訓練の成果も出ているようで何より。だけど、これがばれたら貴方達はどうなるかしらねえ?」

 全員の顔から血の気が引いていく。自分の運命を悟ったようね。


 このことを『ルイズ隊』の女性陣に話した際、一番動揺したのがタバサ。

 そりゃあそうね、もしサイトが自分の意思で来たとしたら、彼女の体では満足できないってことになるもの。

 モンモランシーは動じなかった。むしろ、いいゆするネタが出来たと喜んでいた。

 キュルケはそんなタバサを見て喜んでた。『近いうちにきっと二人とも私のところに来るわね』と言っていた。


 確かに、本番に対する予備知識を得るならば百戦錬磨のキュルケに相談するのが一番。もっとも、タバサはともかく、女性にそれを聞きに行く男ってのもどうかと思うけど。

 ま、キュルケが相手なら余裕でありね。


 「さて、選択肢をあげるわ、このまま捕まって変態騎士隊の汚名を被るか。それとも、二ヶ月間私の奴隷になるか。当然、今私が吹っ飛ばした壁の再建費は将来のあんたらの年給から引いていくわよ」

 あえて期間は短くする。

 変態騎士隊の汚名が続くのはせいぜいそのくらいだから、それ以上の奴隷期間だと、汚名を選ぶ奴がいるかもしれない。


 「さあ、答えを聞かせてくれるかしら?」


 ここに、我が謀は完成せり。









■■■   side:ハインツ   ■■■


 「まったく、陛下みたいな人が、どうしてこの世に生まれたんですかね?」

 俺はそうぼやくように言う。今日もまた報告に上がる際に、陛下に散々遊ばれたのだ。

 まったくこの人ときたら、俺がどう答えるか、どういう行動を取るか、どんな感情を持つか、それら全てを予測、理解したうえで俺をからかっているのだ。敵うわけが無い。
 
 まさに数千年に一度の才能。1を聞いて100を知る、何てもんじゃない。数字という概念を知っただけで1から100までを予測し、実際そのとおり。なんていうレベルだ。

 俺がそんなことを考えてると、普通なら何か皮肉めいたことを言い返す陛下が、何も言ってこない。何かを考えているように黙っている。

 そして急に思い出し笑いのような、薄い笑いをうかべる陛下。


 「どうかしましたか?」

 率直に聞いてみる。


 「いや、何。以前、今お前が言ったことを俺も考えたことがあってな、その結論がなかなかに面白いものだったのを思い出したのだ」

 へえ、珍しいこともあったものだ。いや案外そうでもないか、このひとなら自己分析くらいは、して当然かもしれない。


 「その結論を聞いてもいいですか?」


 「知りたいか」


 「ええ、ぜひ」

 本当に知りたい。


 「いいだろう、”何かの間違い”だ」







 しばし沈黙。


 「は?」 

 ようやく出た言葉がそれだった。


 「今なんと仰いました?」


 「聞こえなかったか? 俺という存在は”何かの間違いだ”と言ったのだ」


 「それはまた」

 なんとも斬新な自己分析だ。


 「他人事のような顔をするな。この評価はな、俺だけではなく、お前に対しても同じ結論に達したのだ」


 「俺もですか!?」

 びっくりだ。そして欝だ。よりにもよってこの人と同じ存在だと認識されていたとは。確かにイザベラによく『二柱の悪魔』といわれてるが、本人にもそう思われていたか。


 「不満そうだな、俺と同じと言われたのがそんなに嫌か」


 「そりゃ嫌ですよ。この世で最も邪悪な存在だ、といわれたんですから」


 「正直だな、お前らしい。だが、俺に対してそう言えることが、すでに俺と対等、同質の存在だと言う証拠だ」


 「む」

 確かにそういわれると言い返せない。畜生、やっぱ俺も同じなのか。



 だが少し気になることが。


 「陛下、なぜ貴方の自己分析なのに、一緒に俺のことの結論も出たんですか?」


 「ああ、そもそも自己分析を始めたきっかけは、以前お前が俺に”シャルルが俺を数千年に一度の才能と言っていた”という話をしただろう。それだ」

 ああ、あれか。確か陛下が『世界ぶっ壊し計画』の大筋を決めたときあたりだったかな。


 「その話を聞いて思ったのだ。”シャルルがそう言うならば、俺はそうした存在なのだろう。ならばなぜ、そうした存在が生まれたのだ?”とな」

 陛下の表情と声が真剣なものになる。ことオルレアン公のことになると、陛下はいつも真摯だ。


 「そして、ひとつの仮説が思いついた。お前のことは、その中で結論づいた一つだな」

 陛下が考えた仮説か、いったいどんなものなのか。


 「その仮説を聞かせてもらっていいですか?」


 「知りたいか」


 「お願いします」


 「まあ、別にかまわんが。あくまで仮説だ。しかも仮定ばかりで根拠は皆無、戯言でありたわ言だと思い、話半分に聞け。ただ少し長くなるぞ」


 「いいです、かまいません」


 「ふむ、では話すか」

 そうして陛下は語りだした。しかし仮説と言ったそれは、世界の根源の在り方ともいえることだった。





 「まず仮定として、世界に自浄作用があるものと考えろ」


 「自浄作用、ですか」


 「ああ、動物にも植物にも傷ができればそれを治す力があるだろう。それと同じものが、世界という概念にもあると考えろ」

 つまり世界にも自分を癒す力があると。


 「だが、この場合『世界』というのはこの大地、この空間のことではない。人間世界、しかもハルケギニアに特定した常識。いや、ハルケギニアの人間の[普遍無意識]と言ったほうがいいか、お前の世界から来た本に、そんなことが書かれていたからな」

 さすが陛下だ。そういった日本人でも敬遠しがちな、思想書の類などを読み、しかも理解している。異界の知識をすんなり取り込めるもの、この人の異常性の一つだろう。まあたしかに、この人が漫画読んで馬鹿ばっかりやってるわけないか。

 そのために、“精神系”のルーンを刻まれた親衛隊に、聖地周辺に派遣される聖堂騎士団の抹殺と、“流出物”の蒐集を命じているのだから。


 「つまり、6000年前に作られて、現在まで続いているこのハルケギニアの秩序。それが崩され、大きな破壊や、大量の人死が出るのを回避するために起こる作用だ」

 無意識下の防衛、ということか。


 「といっても所詮は、事なかれ主義の過大拡張板に過ぎん。ようは、”危険なことはいやだから、今までとおりでいいじゃないか”という怠惰の象徴だ。変革を求めず、前進を嫌うブリミル教の蔓延った人間世界ならば、無理はないといったところか」

 心の底まで、ブリミル教を軸とする常識が浸透してる世界の人々の集合無意識ならばそうなるか。

 まあ農村とかにはそれほどブリミル教は浸透していないが、変革が少ないという点では変わらない。


 「そんな中に俺が現れた。おそらく、偶然が幾重にも重なれば、ごく小さな確率で生まれる。そんな存在なのだろう、俺は。だが、世界にとって問題はそこじゃない」
 
 流石は陛下。自分の才能の高さを、単なる事実として客観的にとらえている。


 「問題は、俺の本質と才能が合わさることだ。俺の本質は”正か負か”で言えば、もちろん”負”だ。この場合、”正”の性質とは秩序を守るもの。”負”の性質は秩序を乱すものだ」

 となると、俺も当然”負”になるな。なにせ「世界ぶっ壊し計画」の陣頭に立ってるからな。


 「数千年に一度の才能を持った”負”の性質を持ったもの。そんなもの、世界にとっては何かの間違いと思いたくもなるだろう」

 それで『何かの間違い』か、なるほどなるほど。


 「当然、世界は秩序を乱されまいと、自浄作用を働かせる。ブリミル教の異端審問、あれが例として一番だな。そうした者たちが生まれたら、それを消そうとする。まあ、純粋に狂った権力者などの虐殺や、東方からの侵略者などがきた場合も、英雄は現れて秩序を守ろうとするんだろう」

 そうして6000年が過ぎていったということか。


 「当然、俺に対してもそれが現れる。それが……シャルルだ」

 陛下の声と表情が、少し沈んだものになる。仮定の中とはいえ、オルレアン公をそういう存在とするのは苦痛なのだろう。


 「俺が人としての負の極致なら、シャルルは正の極致。それが王家の兄弟として生まれた。以前お前は言っていたな、俺とシャルルは兄弟として生まれた時点で悲劇だったと。だが、ガリア王家の常で考えるならば、俺とシャルルは互いに王座をめぐって争ったのだ」

 言われてみればそうかもしれない。もし2人が不仲だったら、陛下は自分の魔法以外の才能を武器に、オルレアン公はその逆で、互いにガリアの貴族を引き込んでの血みどろの争いになったのだ。仲が悪ければ悪いほど、互いの欠点が見え、自分が持つ、相手より優れた点が分かるものだがら。


 「その場合、才能を秩序への干渉度として数値化し、正の性質をプラス、負の性質にマイナスの符号をつけろ。これはお前の世界の算術だったな」

 数学までとは、どこまで凄いんだこの人。ひょっとしたらフェルマーの最終定理すら分かるんじゃないのか?


 「互いにぶつかった場合、適応する算術は加法だ。問一、プラスの数値とマイナスの数値を足すとどうなる?」


 「符号は大きい数値のほうになりますが、数値自体は小さくなります」


 「正解だ。そして数値は小さくなると、秩序への干渉力がなくなることを意味する。シャルルという強敵を倒して手に入れた玉座だ、いくら俺でも愛着というか執着して、世界の常識を崩そうとはしなかっただろう。または、シャルル派の残党と戦いを続けて、それ以外に気を取られてる暇は無い。といった具合か」

 でも、陛下だとそうしながらも秩序を壊す気がするなあ。


 「だから仮説だと言っているだろう」

 心を読まないでください。


 「だがな、実際はこの自浄作用の意図とはかけ離れたことが起きる。原因は闇、人の心に溜まった闇だ。6000年の間に溜まり続けた、な。世界の常識によって排斥されている者たち、迫害されている者たち、それらの意識もさっき言った”普遍無意識”の中に混じっている。それが6000年の間に、自浄作用を狂わせるほど、大きなものになった」

 人の心の闇 か、闇の継承者である俺には共感できるものがある。


 「俺とシャルルは兄弟として深く交じり合った。互いのことを慈しみあった。そうした場合、適応される算術は乗法。では第2問、プラスの数値にマイナスの数値を掛けるとどうなる?」

 ああ、そういうことか。


 「より大きなマイナスの数値になります」


 「正解。まさにそうなった。シャルルを殺したときの俺は、シャルルが愛したものすべてを壊そうとした。つまりこのガリアの全てだ。そしてやがては世界そのものを。”負”の性質は秩序を乱すものだが、その極限にもなれば秩序そのものを壊せる。」

 確かにあのときの陛下のままなら、全てを壊すまで暴走し続けただろう。いつか誰かが止めるまで。


 「そのことに自浄作用も気づいたのか、ある存在をこの世に生み出そうとした。それは俺と同質のものだ。しかしな、さっきも言ったとおり俺という存在は、微小の可能性で生まれた数千年に一度のもの、そんなものを同世代に0から生み出すこと難しい」

 陛下の表情が悪戯っぽいものに変わる。そして、その言い方だとつまり。


 「無論お前だ。0から作れないなら、よそから持ってくればいい。そうしてこの世界に引っ張って来られたのがお前だ。俺と同じ、その世界にいながら秩序を破壊しえる者」


 「待ってください陛下。おれは地球の秩序を破壊しようなんて思ってなかったし、そんな力は持ってませんでしたよ」


 「力は問題ではない。ようは秩序を乱すこと、すなわち今までの常識を根底から覆すことをすればいいのだ。自分にそういう要素が無かったといえるか? それとな、俺がいう世界とは、一つの秩序体系で治められてるものを言う。このハルケギニアには国はいくつか在るが、治まる理は共通している。魔法第一、王族、貴族、平民の身分制」

 なるほど、確かに地球は一つの秩序体系では治まってない。国ごとに常識が異なり、地域ごとに宗教が違う。ならば俺の『世界』は日本ということになるか。平和な日本で、今の俺のようなことをやれば大混乱だ。


 「そう考えるとゲルマニア、この国の存在自体が、世界の自浄作用が崩れている証拠といえるかもしれん」

 陛下は続ける。だがその前に一言。


 「やはり待ってください。俺は日本で生まれて死ぬまで、誰にも深刻な迷惑を掛けていませんでしたよ」


 「ならば聞こうハインツ。かつてのお前の側には、お前という存在をありのまま受け止め、受け入れてくれる存在は居なかったか?居ただろう」


 「な!?」

 なぜ陛下が彼女のことを? 陛下に向こうの世界のことを話したとき、俺自身のことは興味がなさそうで、あまり聞いてこなかったはずなのに。
  

 「その様子ではやはり居たようだな。いないはずが無いと思っていたのだ」


 「なぜ……分かったのですか?」


 「簡単なことだ。在るがままを全て受け入れる、そうした人間はな、世界の秩序に干渉する力は無いのだ。どんな凡庸な人間もわずかにはある。しかし、それらの者にはそれが無い、0だ。さて、第3問だ、大きなマイナスの数値に0を掛けるとどうなる?」


 ああ、そうか。そうだな、俺があそこで平穏で安らかな人生を送れたのは、全て彼女のおかげだった。

 彼女以外に親しい人は少なかった。そういえば周囲の人間はよく「お前は天才じゃない、暴走してるだけだ」といっていたような気がする。当時はわからなかったが、今にしてみれば良くわかる。今考えれば平凡、じゃなかったのかもしれない。


 「……0です」


 「そうだ、そういうことだ。では話を戻すが、そうしてお前はこの世界に呼び出された。俺はな、その役を担った者がどこかに居たのではないか、と思っているが、まあそれはいい」


 俺を呼び出した者、か。居たのだろうか。

 俺にはなぜかあの屋敷が頭に浮かんだ。


 「あの時、シャルルを殺した俺の前にお前は現れ、俺に深い闇を見せ、俺を立ち直らせた。思えば、あの時初めて俺たちは真の意味で交じり合ったのだ。さて、第4問だ。大きなマイナスの数値に同じく大きなマイナスの数値を掛けると?」


 「巨大なプラスになります」

 それもオルレオン公と掛け合い、その後さらに俺と掛け合ったのだ、膨大な数値になるだろう。 


 「正解、全問正解だな。それを狙って、世界の自浄作用は俺とお前が出会うようにしたのだ」

 ん?それって変だぞ。


 「陛下、それおかしいです。だって俺たち現在、世界をぶち壊すために邁進中ですよ。しかも全速前進」


 「くくく、そこがこの仮説の何より面白いところなのだ。なあハインツ、何事も『過ぎたるは及ばざるが如し』というだろう、これもそうだ、”負”の極限は秩序を壊す。では”正”の極限は?」


 ! そうか!


 「秩序をより良いものにしようとする。突き詰めれば、新たな秩序を作ることになる!」


 「そうだ、そのとおりだ。まさに俺たちがやらんとしてることだ。面白いだろう、人が作り出した常識を覆すもととなったのは、同じく人が生み出した闇なのだからな。そうだろう『輝く闇』よ」

 そう言った後、ふむ、といって考える陛下。


 「ああ、この仮説で考えると、英雄譚(ウォルスング・サガ)の主演たちを後押しする”物語”。あれも自浄作用と考えていいかもしれんな」

 そうきたか。よくまあ、次から次へ考えが浮かぶものだ。さすが6000年に一人。


 「でも何に対してです?俺たちはプラスになったと世界はみなしてるのでしょう?」


 「しかしやってることは破壊の準備だ。世界は、俺たちを掛け合わせられず、それぞれ単体の”負”の存在とみなしてるかもしれん。そして、そんな俺たちを消すために彼らの後押しをする。だが…」

 陛下の言わんとすることは分かる。つまりは。


 「しかし実際には、俺たちは掛け合わさっていて、巨大なプラスになっている。そこに彼らがぶつかってきても、”正”に”正”が足ささって、プラスの数値が上がるだけ。そうなれば、より世界の新生に近づく」


 「というわけだ。まさに茶番劇(バーレスク)だな。さて、ブリミル(神)を基礎として存在しているこのハルケギニアという世界そのものを、意思あるものと考えたこの仮説。これを基に考えるなら、最終作戦の名はやはりこれしかないという気がするな」


 「そうですね。これまでの神という偶像にすがり、責任を転嫁させた世界、すなわち『堕ちた神世界』を破壊し、人の人による人のための世界『人世界』を作るための作戦。すなわち」


 ここで2人声は合わさる。






「「神世界の終わり(ラグナロク)」」







[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第三十九話  我ら無敵のルイズ隊
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/21 21:23
 ロマリアの教皇聖エイジス三十二世、ヴィットーリオ・セレヴァレの即位三週年記念式典がロマリア連合皇国にあるアクイレイアの街にて開かれる。


 それに先立ちトリステイン女王アンリエッタはロマリアの街に入り、教皇と秘密に会談を行う。


 そして、即位三週年記念式典を囮にし、ガリアの虚無の担い手の使い魔ミョズニト二ルンをおびき寄せるというロマリアの教皇の提案にあえて乗り、虚無の担い手をロマリアへ集結させた。







第三十九話    我ら無敵のルイズ隊







■■■   side:才人   ■■■


 年始から数えて五番目のウルの月の第三週。

 女王陛下から指令書を持ってルネが学院に訪ねてきた。

 その指示によると、虚無の担い手であるルイズとテファをロマリアの街まで水精霊騎士隊で護衛して連れてくるようとのことだった。

 そして俺達は現在、『オストラント』に乗ってロマリアに向かっている。

 『オストラント』号の甲板の上、水精霊騎士隊と『ルイズ隊』の面々が集まっている。


 「さて、奴隷達、私の話を聞きなさい」

 そう言ってルイズが切り出す。

 後で知ったことだが、例の穴は女子風呂を除く為のもので、そこを見事にルイズに嵌められた水精霊騎士隊の連中は二ヶ月間ルイズの奴隷となったらしい。

 俺はシャルロットに救われた。シャルロットがいなければ俺も同じ運命を辿っていた可能性が高い。


 「これからロマリアに向かうんだけど、かなりきつい任務になりそう、ぶっちゃけ死ぬ可能性があるわ。そこのところはまず覚悟しておきなさい」

 その言葉に全員の表情が引き締まる。


 「もっとも、覚悟が無くても私の奴隷であるあんたらは戦場に駆り出されることになるんだけど」

 そうして妖艶に笑うルイズ、怖すぎる。


 「今回の件は私と女王陛下と枢機卿で話し合った結果決めたことだから、間違いなくトリステインの将来がかかっている任務と言えるわ。敵はいまだ不明、ガリアの可能性が高いけど、ロマリアが敵になることもあり得るし、両方が敵に回ることもあり得る」

 平然と言うが、言ってる内容はとんでもねえことだ。


 「もう少ししたら行われる教皇聖下の即位三週年記念式典が絡んでるのは間違いないわ。そもそも女王陛下がロマリアに向かったのも教皇聖下が内々に相談したいことがあるとの話でね、アルビオンのウェールズ王、ゲルマニアのアルブレヒト三世は呼ばれていない。つまり、トリステイン、ガリア、ロマリア、この三国間で事は起こるのだけど、どのように利害関係が変化するかは未だに不明。今日まではロマリアと共に戦ってても、明日にはガリアと共同戦線を張る可能性もあるわ」

 隊員全員の顔が曇る。まさかそこまでの任務だとは思ってなかったんだろう。

 ギーシュとマリコルヌはあらかじめルイズの話を聞いてたから驚いてないが。


 「今回は陰謀が主流になる。これまでにようにただ敵目がけて突撃するだけじゃ味方から刺されて終わりよ。特に聖堂騎士団には注意すること、狂信者ってのは始末に負えないから」

 思いっきり狂信者って言い切ったよこいつ。


 「敵は異端が相手なら死ぬまで戦い続けることで有名な聖堂騎士団。戦う時は必殺の覚悟で挑みなさい、首を刎ねて心臓を潰すの、そうすれば「水」の先住魔法でもない限りは死ぬわ」

 だけどその言い方だとロマリアに喧嘩売りに行くみたいだな。


 「えーと、ルイズ? 僕達はロマリアに戦争仕掛けに行くのかい?」

 ギーシュがそう尋ねる。


 「その可能性もあるのよ、ガリアと組んでロマリアを滅ぼすことも選択肢には含まれるわ。貧乏なロマリア、金持ちなガリア、どっちに着いた方がいいかなんて明白でしょ」

 さらっと言ってのけるルイズ。

 「だけど、トリステインはガリアに借金もあるしね、ここはいっそロマリアと組んでガリアを牽制する手もあるわ。そして借金を踏み倒す。アルビオンやゲルマニアを引き込めばそれも不可能じゃないかもね」

 完全に悪役のセリフを吐くルイズ。似合いすぎて怖い。


 「要は臨機応変、その場で考えるのよ。そしてあんたらの使命は上官の命を忠実に実行すること、それが出来ない者から戦場では死んでいくわ」

 完全にこれから戦場へ向かう兵士達への注意事項になってる。


 「国家の方針は女王陛下が決定する。それに沿う作戦は私が考える。あんたらはそれを実行する。この役割は決まってるから、後はそれぞれが己の領分をしっかりと全うするのよ。そうすればあんたらは故郷に生きて帰れるわ」

 まるで俺達がこれから死にに行くような感じだな。


 「それじゃあ、話はここまでよ、目的地に着くまでは各自自由にしてていいわよ」

 そして解散となる。










 その後、『ルイズ隊』の面子が会議室に集合した。

 この『オストラント』号は東方探検のために設計した船らしいので長期の航海を想定して船室が多い。

 そしてその中には会議用のやや広い部屋もあり、そこを使って現在俺達は話している。


 「やれやれ、どんでもない説明だったねえ」

 ギーシュがそうぼやく。


 「別に、嘘は言ってないわよ。ああなる可能性もあるって話で、実際キナ臭いのは確かだしね」

 ルイズが答える。


 「で、貴女とティファニアをロマリアに連れてくのが任務なのよね?」

 キュルケが確認する。


 「ええ、だけど本題はそこからでしょうね。教皇が何を企んでるのかも分かってないし、戦力が多いに越したことはないわ、だからあんた達も連れて来たんだし」

 俺、ギーシュ、マルコルヌは水精霊騎士隊の隊長と副隊長だから当然。

 ルイズとテファは虚無の担い手だが、シャルロット、キュルケ、モンモランシーの3人は今回特に来る必要があったわけじゃない。というかキュルケはゲルマ二ア人だし、シャルロットはガリア人だ。

 コルベール先生は『オストラント』号を操縦するには不可欠だし、テファが来るならマチルダさんが来ないはずがない。

 でも、結局皆来てる。


 「なんか面倒なことになりそうねえ、もっとも、その方が面白そうだけど」

 キュルケは笑う。本当にこいつは厄介事が好きだよなあ。


 「新薬は全部持ってきたわよ、ルイズ。それと、例の“アレ”もね。ちょっと危険だけど何かの役には立つかもね」

 モンモランシーも研究成果を存分に発揮する気みたいだ。つーか“アレ”ってなんだ?


 「私は、サイトと一緒に行く」

 シャルロットがそう言うけど、危険なんだけどなあ。


 「諦めることだねサイト、危険なのは君だけじゃない。それに、君がアーハンブラ城に行ったってのに、タバサが危険だからっておとなしくしてるわけがないだろう?」

 ギーシュに完全に読まれてるし。


 「くくくくく、羨ましいねえサイト。少しはわけてくれてもいいと思うんだけどねえ。僕達は代償としてルイズの奴隷と化したのだから」

 ちょっと危なくなってるマリコルヌ。

 空中装甲騎士団との一件以来、水精霊騎士隊には春が来たようなもんだが、例の女子風呂覗き事件以降はルイズの奴隷となっているので、まともに女の子と付き合える状態じゃないらしい。

 悪魔かあいつは。


 「誰が悪魔よ」

 心が読めるのかこいつは。


 …………………なんだ? 今ハインツさんと心が通じた気がしたんだが?


 「え、えーと、私はどうすればいいの?」

 ちょっと困惑気味のテファ。


 「貴女は何もしなくていいわ、やるのは私達だから。もしロマリアの糞神官共が貴女を利用しようものなら、ロマリアを滅ぼしてでも守るから」

 すげえ勇ましいなルイズ。つーか、糞神官って。


 「そ、それはやり過ぎじゃ……」

 優しいテファは逆に心配な様子。うん、ルイズはやると言ったらやるからなあ。


 「まあ、ロマリアを滅ぼすかどうかはともかくとして。私がついてるから大丈夫よテファ」

 そういって励ますマチルダさん。

 確かに、ロマリアの神官がそんなことをしようものなら、大魔神によって全ては灰燼に帰すだろう。


 「私は私の教え子を守る。この身では全てを救うことなど出来はしないからね、せめて自分が守ると決めた者だけでも救わねば」

 そう言うコルベール先生はかっこいい、俺もこういう風になりたいなあ。


 「俺はシャルロットを守る。そして邪魔するものは全部排除し、愛と肉欲の日々を過ごすんだ」

 て、待て。


 「てめえええ! どさくさに紛れて何言ってやがる!」


 「あんたの心を代弁しただけよ」

 しれっと返すルイズ、いつか殺そう。


 「返り討ちにしてやるわ」

 だから何で心を読めるんだよ。


 …………………なんでだ? またハインツさんと心が通じた気がしたんだが?


 「ま、今は焦ってもしょうがないわよ。勝負はロマリアについてから、それまでは優雅な空の旅を楽しみましょう。ちなみにあんたとタバサは同じ部屋よ」

 「おい!」


 「大丈夫さ、サイト、僕とモンモランシーも同じ部屋なんだ」

 何でお前は誇らしげなんだ?


 「一回50エキューよ」

 それは何の値段だおい。


 「モンモランシー、30エキューにならないかな?」

 お前も値切るな。


 「いいや、僕なら100エキュー出す!」

 張り合うなマリコルヌ。


 「あんただったら1万エキューよ」

 冷静に返すモンモランシー。崩れ落ちるマリコルヌ。


 「ふふふ、貴女はサイトにいくらでやらせてあげるのかしら? もちろん無料よね」

 「~~~~~~~!!」

 微笑むキュルケと顔を真っ赤にするシャルロット。


 「君達、それはいかんぞ」

 教育者として一応止めるコルベール先生。


 「あら、いいじゃないですか、本人達の意思を尊重しましょう」

 あおるマチルダさん。


 「あうう……………」

 耐性がないテファは困惑してる。


 「ふふふ、私と一緒に寝るかしら?」

 そんなテファに詰め寄るルイズ。こいつ、百合っ気があるんじゃなかろうか?


 そんな感じで『オストラント』号の航空は続いた。









■■■   side:モンモランシー   ■■■


 『オストラント』号での旅も二日目。

 明日の夕方頃にはロマリア南部の港チッタディラ着く予定。

 その間、私達は集まって色々と話していた。


 今いるのは『ルイズ隊』のメンバーとティファニア。コルベール先生とマチルダは入国後の手続きの書類の準備や、その後のスケジュールの確認をしてる。引率の教師と学院長秘書は大変だわ。


 「ねえ、いいかげん『ルイズ隊』って名称はなんとかならないかしら?」

 ルイズがそう切り出す。確かに、呼ばれる方は大変かもしれないわね。


 「別に問題ねえと思うけどな、だってお前が指揮官だし」

 サイトが言うことももっともではある。


 「それにしてもよ。そろそろ私達も有名になってきたし、今回はロマリアで戦うわけだしね。もっとましな名前の方がいいでしょ」


 「確かにそれはいえるね、水精霊騎士隊の上に存在する組織が『ルイズ隊』じゃちょっと格好つかないなあ」

 ギーシュらしい意見がでた。


 「そうよ、それで、ちょっと時間をあげるから皆で考えて頂戴。各自がそれぞれ考えた案を比較検討して、一つにまとめましょう」

 なるほど、いい考えね。


 そして私達8人はしばしの間考え込む。









 そして。

 「そろそろいいかしら?」

 ルイズの確認に皆が頷く。


 「じゃあ、まずギーシュ」


 「いいとも、 『巨乳信奉隊』、 これでどうかな!」

 その瞬間、私が水で馬鹿を包み、タバサが凍らせ、ルイズが『レビテーション』で室外に放り出した後、粉々に吹き飛ばした。

 まったく、私達に喧嘩売ってるのかしら?


 「次、マリコルヌ」

 何事もなかったかのように進めるルイズ、流石。


 「ふ、僕のはギーシュのように低俗なものじゃない。 その名も『性の奴隷軍団』!!」



 馬鹿二号の運命は語るまでも無い。



 「次、キュルケ」


 「ええ、『美の女神とその下僕たち』でどうかしら?」

 完全に自分主体のネーミングよね、それ。


 「却下。大体それあんたが自己主張し過ぎよ、『ルイズ隊』と大差ないわ。次、タバサ」


 「『勇者と従者達』」

 実にタバサらしいわ。


 「うーん、まあ悪くはないわね。問題は誰が勇者かだけど」

 確かに、それほど悪いわけじゃない。


 「次、モンモランシー」

 私の番か。


 「トリステインの水にあやかって、『秘薬の戦士達』でどうかしら?」


 「うーん、ちょっと水精霊騎士隊と被るわね。悪くはないけど」

 言われて見ればそうね。


 「次、サイト」


 「応、『七人の侍』でどうだ?」

 侍? 何かしらそれ?


 「ちょっとマイナー過ぎるわね、とういうか特殊な人間にしか分からないわ。でも、発想自体は悪くないわ」

 応用は利きそうね、タバサと合わせて『七人の勇者』ならいけそう。


 「ラスト、ティファニア」


 「えーと、『妖精騎士団』でどうかしら? 水精霊騎士隊と対比して」

 なるほど、いい案だと思う。

 「団と名乗れるかどうかは別にして、なかなか良いわね」


 「貴女の案はどうなの?」

 キュルケが確認する。


 「私の案は『自由隊』ね、これまでの慣習にとらわれず、広い視野をもって行動できるようにとの願いを込めたわ」

 これも悪くない、私達にはピッタリだわ。


 「となると、『自由隊』、『妖精騎士団』、『秘薬の戦士達』、『勇者と従者達』、『七人の侍』をどう組み合わせるかだね」

 ギーシュ復帰、どういう体をしてるのかしら?


 「サイトとタバサは混ぜて『七人の勇者』で問題ないわね。後は“妖精”と“秘薬”をどう合わせるかだけど」


 「“自由”はどこにでも付けれるものね」

 これはキュルケ。


 「『七人の勇者』は『勇者隊』でもいけるんじゃないか?」

 サイトがそう提案する。

 「それはいけそうね、となると」


 「『自由なる妖精秘薬勇者隊』、になる」

 タバサが繋げた名前を言うけど、ちょっと長いし変ね。


 「うーん、あと一歩ね、もう一捻り欲しいわ」

 皆で考え込む。


 「となると、“秘薬”を泉とかに置き換えて、“妖精”を“翼”とかに置き換えてみる?」

 私はそう提案する。


 「そうなると、『自由な翼の勇者の泉』になりそうだけど」

 もう一歩。


 「『自由な翼』って響きはいいね」

 マリコルヌも復帰、しぶといわ。


 「じゃあこれでどうかしら、『自由なる青き翼の勇者達』」

 キュルケの提案。


 「まあ、そんなとこかしら、普段は『ルイズ隊』でいい訳だし。何かこう、公式っぽい場ではそれで行きましょう。皆、意義は無い?」

 私を含めて特に無いみたい。まあ、結局は『ルイズ隊』なわけだし。


 「それはそれでいいとして、『巨乳信奉隊』と『性の奴隷軍団』は舐めてるとしか思えないわね」

 私はそう言う、もう少し厳しい罰が必要そうだ。


 「そうかね?これでも知恵を絞ったつもりなんだが」

 知恵を絞ってそれだったらあんたの頭は腐ってるわ。

 すると、キュルケが二ヤリと笑って立ち上がる。

 「そうね、『自由なる青き翼の勇者達』の青はタバサ、勇者はサイトを象徴してるわ、それに『性の奴隷軍団』を組み合わせれば、『サイトとタバサの愛の巣』、になるかしら?」

 なんて言い出した。

 「なっ!」

 「~!」

 この二人の反応も本当分かりやすいわ。


 「ふうん、となると、こんな感じかしらね」

 そしてルイズも二ヤリという笑みを浮かべながら立ち上がる。


 「シャルロット、俺はお前が好きだ。その身体が欲しい(キュルケ)」


 「だ、駄目よサイト、私達はまだ学生なのよ。それに、私の身体じゃ………(ルイズ)」


 「そんなことはないさ、君の身体は魅力的だ。ほら、俺のモノはもうこんなになってしまっている(キュルケ)」


 「サイト……私の身体で欲情してくれるのね。嬉しい(ルイズ)」


 「ほら、君のここだって、もうこんなになってるじゃないか(キュルケ)」


 「あ、ああん、そ、そこは駄目よサイト、ま、まだ、心の準備が………(ルイズ)」


 「大丈夫だよ、優しくしてあげるから。さあ、俺達の愛の巣へ行こう。そして、あの快楽の世界へと!(キュルケ)」


 「あ、ああ、ん、んんん、サ、サイト、私を連れて行って!(ルイズ)」


 「その辺にしておきなさい」

 私は冷静に突っ込みを入れる。


 「あら、無粋ね」

 「横槍はいけないわよ」

 あっさりと元に戻る二人。


 「だからといって、スカートの中に手を入れるのはやり過ぎでしょ。それにルイズもキュルケの胸のボタンをはずさないの」

 ギーシュは鼻血を噴いて昏倒してるし、マリコルヌは別の世界に旅立ってる。


 「役者たる者、役にはまりきることが大切よ」

 「それが出来なければ一流とは言えないわね」

 これまた息ピッタリの二人、最近仲良いわね。


 ちなみに、サイトとタバサは完全に固まってる。ちょっと刺激が強かったみたいね。


 「は、はううう~~~~」

 テファも脱落、この子も免疫ないわ。


 「ま、こうなる日も遠くないわよ」

 「そう、近ければ明日にでもね」

 この二人の暗躍は続きそう、だって、最高に楽しそうな顔してるもの。


 私はとりあえず馬鹿二人を水で固めて室内から放り出した後。掃除を始めることにした。









■■■   side:ルイズ   ■■■


 ロマリア南部の港チッタディラに到着。

 チッタディラは大きな湖に面した城塞都市。船を浮かべるのに都合が良いということで湖がそのまま港となった。

 逆に言うと、水に乏しいロマリアではこういった条件の場所にしか都市が建設されることはない。

 平野部ではどうしても水がないから食糧の確保が困難、それに平野と言っても荒地と言ったほうがしっくりくる土地が圧倒的に多く、国土自体はトリステインの倍近くあるけど、豊かさは比較にならない。


 しかも、サイクロプスや地竜など、そういった荒れ地に住むこの地方特有の怪物も存在するから危険度は他の地方とそれほど変わらない。

 ガリアやトリステイン、そしてアルビオンには豊かな土地があり、森があり、そこにはオーク鬼やグリフォン、マンティコア、ヒポグリフなどの幻獣、それに巨大な狼など、かなり危険な者達が跋扈してるけど、切り開かれた道にはそれほど多く出没するわけじゃない。

 特に今のガリアの安全性は他国とは比較にならない。王政府が整備する大陸公路には盗賊も幻獣も一切存在しないといっていい。


 安全の確保に金を使わないで済む交易品は安価になって産業を活発にする。あらゆるものがあちこちで取引され、国家全体が活気を帯びていく。

 まあ、あのアルビオン戦役の戦争景気がそれを後押ししたんでしょうけど。


 北方のゲルマニアの状況も今のロマリアと大差があるわけじゃなく、危険が多いのも確か。

 元々は同じ都市国家連合体であったこともあって、結構類似点もあるけど、都市があるのは水場に限られず国土は広大。

 そしてなにより、停滞を続けるロマリアと違って進歩し続けている。


 ゲルマニアはこの100年だけでもいくつもの都市が建設され、多くの街が出来、大量の開拓村が作られている。

 だけど、それに比例するように荒廃する都市や、放棄される村なども多い。しかし、そんなものは知ったことか、ならばまた作ればよい、といわんばかりにどんどん建てていくのがゲルマニアという国家。

 国家体制の精密さでは圧倒的にガリアが上だけど、発展を目指す心はゲルマニアが上回る。それに負けじとガリアの魔法技術も発展し、ここ数百年のハルケギニアを引っ張って来た。


 それに比べたらトリステインとアルビオンは保守的と言ってよく、大きな制度の改変も無く、旧来通りの統治が続いていた。

 けど、両大国と接するトリステインはその影響を避けられず、金がある平民はゲルマニアへ、力がある平民や下級貴族はガリアへ流れて行った。トリステインの人材不足の最大の要因はそこにある。


 浮遊大陸アルビオンはそうではなく、安定した統治が続いていたけど、やはり腐敗の温床はあったようで、民衆の中のどこかに革新を望む気風が潜んでいたのだろう。

 それを利用したのが、あのゲイルノート・ガスパール。彼の手によりアルビオンの秩序は一度破壊され、有能ならばメイジ、平民を問わず登用するシステムが作られた。

 ウェールズ王も保守よりは革新を好む人柄だから、その制度は現在のアルビオンでも継続されており。さらに腐った国家の膿は、ゲイルノート・ガスパールが焼き払ったから今のアルビオンは発展の時代に入りつつある。

 マザリーニ枢機卿がそんなアルビオンとトリステインの連合を計画しているのも、そう言った気風を伝統に縋るトリステインに自然な形で取り入れるため。その為には姫様とウェールズ王が結婚することが最も都合がよく、本人達の望みにも合致するから私もそれを支持している。


 だけど、ロマリアは違う。

 この数百年、全く都市に変化が無い。

 100年前のロマリア人が今の時代に跳んだとしても、まったく違和感なく生活することが出来るだろう。

 ハルケギニア各地から難民は流れてくるけど、ここ数年はガリアからの難民は皆無。ゲルマニアは元々聖戦に反対した人達が作り上げた国家だから神には縋らない。あのアルビオン戦役以降はトリステインとアルビオンから難民が流れてきているという。

 でも、そう言った人達が新たな開拓村を築くようなこともなく。ただ都市の貧民層を構築し、配給のスープでその日を過ごすような状態。


 そしてそれに反対した者達が新たに唱えたのが実戦教義で、彼らは新教徒と呼ばれる。

 当然ロマリア宗教庁はそれを異端としており、コルベール先生が過去に行わされた虐殺もロマリアが主導する新教徒狩りによるものだった。

 もし、ハルケギニアを腐らせているものがあるとすれば、ロマリア宗教庁こそがその温床のように思える。

 教皇聖下はそれを何とか打破しようと様々な改革を行い。その結果、新教徒教皇なんて呼ばれているそうだけど、その力には限界がある。

 彼は、そのために新たな力として“虚無”を利用しようとしているのだろうか?


 そんなことを考えながら、私はロマリアに降り立った。






 私達の名目は『学生旅行』となっており、タバサを救いに行く際にガリアに潜入したのと同じ感じね。


 だけど。


 「学生旅行?それにしては変なフネに乗っておるな? 何だこれは?」

 いかにも融通がきかなそうなロマリアの官吏がいて、激しく揉めている。

 コルベール先生とマチルダが説得にあたってるけど、もう少し時間がかかりそう。


 「蒸気の力を利用して推進力に変える装置です。わたくしは“水蒸気機関”と呼んでおります」


 「神の御業たる魔法を用いずに、そんな怪しい装置で空を飛ぶとは……、異端ではないのか?」

 まったく、呆れかえる低能ね。
 「サイト、よく見ておきなさい。あれがこの世界の腐った温床そのものよ。あんたがこの世界に召喚されたとき、この世界の文化にいきなり馴染めなかったでしょうけど、あれがその根本的原因」

 私は隣にいるサイトに囁く。(当然反対側にはタバサがいる)


 「なんつーか、アホだな。技術を発展させる気が無いのか?」

 その感想はもっともね。


 「ないのよ。そうしないと神の威光が地に落ちるからね。それを利用して私腹を肥やすのが大半だけど、嘘も数千年続ければ本人達すら信じ始める始末。神の為っていう免罪符の下、彼らは正義と信じる行動を行うの」

 サイトの世界にも“免罪符”は存在したらしい。

 この世界にも“聖戦”の狂気が蔓延していた頃はロマリア宗教庁によって発行されていた。それが終わったのはそれに反対した人々がゲルマニアを作った頃かしらね。


 「どの世界も神様が絡むとやることは同じなんだな」


 「そういうことね、人間が人間である以上、考えることは大差ないんでしょう」

 だからエルフは人間と違うのでしょうね。肉体的じゃなくて精神的に。

 テファを見てるとつくづくそう思う。


 「ま、入国許可証は問題ないんだからいけるでしょ、終わり次第さっさとロマリアに向かいましょう」


 そして、入国を済ませた私達は、一路駅馬車でロマリアへ向かう。





 だけど、私はある情報を掴んでいた。それから考えると一悶着あるのは容易に想像できたし、それを企画しているであろう、あのいけ好かない野郎をどう料理したものかと、私は駅馬車の中で思考を重ねていた。





 そして、ロマリア到着。

 この街では杖や武器の携帯が原則として認められず、それを認可されているのは聖堂騎士団のみとなる。

 そんなことを知らない(あえて知らせなかった)サイトは何気なくデルフリンガーを背負ったまま門をくぐろうとして、衛士に呼び止められる。

 「おい、そこの貴様!」

 もう少し丁寧な言い方ができないものなのかしらね?


 「どこの田舎者だ! この街では武器をそのまま持ち歩くことは許されん!」

 自分達の街の文化を知らない者は皆“田舎者”ね、呆れ果てるわ。ここなんてリュティスに比べたら田舎でしょうに。

 その衛士は尊大な態度でサイトに近づくと、デルフリンガーをサイトの背中から引き抜いて地面に投げ捨てる。

 「な、なにすんだよ!」

 「なんだ貴様。貴族だったのか。それにしても剣など持ち歩くのはどういう了見だ?北のほうの国では平民が貴族になれるらしいが、それか? なんとまあ、神への冒涜も甚だしい!」

 本当、腐りきってるわね。トリステインにこういう貴族は未だ多いけど、ここまで酷くはないわ。


 「やいてめえ! 人、いや、剣を地面に放り出すたあどういう了見だ!」

 文句を言おうとしたサイトよりも先にデルフリンガーが文句を言う。


 「なんだ、インテリジェンスソードか。どっちにしろ携帯はいかん。袋に詰めるか、馬に積むかするんだな。…………とにかく貴様、こっちに来い。怪しい奴だ」

 「うるせえ! ボンクラ! この罰当たりの祈り屋風情が!」

 あら、なかなかいい啖呵ね、見事よデルフ。


 「…………祈り屋風情だと?」

 顔を引きつらせる三下。


 「おう、何度でも言ってやらあ! 祈り屋風情が気に入らねえってんなら、別の呼び方を考えてやってもいいぜ」


 「…………剣の分際で!ロマリアの騎士を侮辱するということは、ひいては神と始祖ブリミルに侮辱をくわえるということだぞ!」

 はあ、出たわね、ゴミの理論。やっぱり、一度滅ぼした方が良さそうね。


 「うるせえ若造! おめえにブリミルの何が分かるっていうんでぇ。いいから早いとこ俺に謝って、得意のお祈りでも唱えやがれ」

 デルフの気持ちが分かるわ。仮に私が剣だったとして、数千年後の馬鹿が『開祖アンリエッタ様を侮辱することだ!』とか言い出したら。絶対ぶっ殺すもの。


 「こいつめ!炉にくべてドロドロの塊にしてくれる!」

 「おもしれえ! やれるもんならやってみやがれ!」

 「やめろよ!」

 押し合いへしあいになる。うん、実に良い展開ね。


 「あ、わりい」

 突き飛ばしたサイトがそう言う。


 「悪いで済むと思うのか! 始祖と神に仕えるこの身を突き飛ばすとはっ! 不敬もここに極まれり! やはり貴様ら…………。おのおの方! 怪しい上に、不敬の輩がおりますぞ! 出ませい!」

 すると。

 「不敬とな!」

 「例の件に関係しておるやもしれん! 取り押さえろ!」

 聖堂騎士が次々に出てくる。


 「私達はトリステイン王政府の者よ、今現在この国に滞在しているアンリエッタ女王陛下の御許へ向かう途中ですの。私達に手を出したらとんでもない外交問題になりますわよ?」

 私はサイトの前に進み出る。


 「…………アンリエッタ女王陛下?」

 「そんな報告は受けてないぞ?」

 顔を見合わせる三下達。


 「そりゃあそうでしょ、お忍びなんだから。あんた達みたいな下っ端の出来そこない風情が知っていたらそれこそ問題よ」


 「貴様! 我々を侮辱するか! しかもトリステイン女王の名前まで持ち出しおって! ますます怪しい奴だ!」

 「まとめてたっぷりと宗教裁判にかけてやる!」


 「あらあら、何を言うかと思えば。あんたら、自分が神と同格だとでも思ってるの? そんなブサイクの分際で。教皇聖下のように美しいならともかく、あんたらなんかに銅貨一枚分の価値もないのよ。ロマリアの騎士を侮辱するということは、ひいては神と始祖ブリミルに侮辱をくわえるということ? はっ! 神があんたらブサイクを気にかけるはずがないでしょ、分際を知りなさい」

 サイトの隣にいるタバサが私に『拡声』をかけているので私の声はそこら中に響き渡る。

 「おのれ! この異端者めが!」

 「覚悟しろこの魔女め!」


 「サイト、やりなさい」

 「りょーかい」

 そいつらはサイトが瞬殺する。


 「デルフ、さっきの啖呵は見事だったわよ、褒めて遣わすわ」

 「ありがとよ、だけどなあ、俺はそもそもこの国が大きれえなんだよ。この国を作ったフォルサテって男がそりゃあもういけすかないヤツで」

 それは以前にも聞いたわね、何か怪しいのよねその男。

 「で、ルイズ、どうすんだよ?」


 「私に任せなさい、あんたらは見物してればいいわ」

 このブサイク程度が相手なら私一人で十分、それに、ちょうどいいモルモットになりそうだし。


 「しかし、相手は聖堂騎士団だろう」

 心配そうに言うコルベール先生、だけど問題はない。


 「いいえ、全く心配はありません。今回のことに関してはこちらに有利な条件が揃ってますから。教皇は私達の協力を必要としている。だったら、その優位を最大限に利用しましょう」

 これも駆け引きの一つよ。


 「ルイズ、例のアレはどうするの?」

 タバサがそう訊いてくる。


 「補足しておいて、位置がわかったらさり気無く合図を送って頂戴。あとは私がやるわ、キュルケとモンモランシーにもそう伝えて」

 「了解」


 「ギーシュ、マリコルヌ。あんたらは水精霊騎士隊をしっかりまとめてなさい。サイト、あんたはタバサに愛を囁きなさい」

 「関係ねえだろそれ!」


 「ティファ二アは後ろに下がってて、ちょっと荒事になるから」

 「は、はい」


 「マチルダ、土でバリケードを作って、簡易的な砦を構築するの。ギーシュ、部下の配置はあんたに任せるわ」

 「分かったわ」

 「了解だよ」

 ティファニアは引いて後ろに下がり、マチルダが防壁の構築を開始する。流石は「土」のスクウェア。

 去年までは「トライアングル」だったそうだけど、今はもう「スクウェア」らしい。もっとも、それはタバサも同じだけど。

 水精霊騎士隊の配置も完了、市街地の一角にいきなり異端の牙城が出来上がったわけね。


 「さて、そろそろお出ましね」


 聖堂騎士の一団が現れて、私達の砦を包囲する。この砦は壁を背にしてるから前面からしか攻撃できないようになっている。


 「アリエステ修道会付き聖堂騎士隊隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロボンティーノです。さて、砦に立てこもった諸君、君たちは完全に包囲されています。神と始祖との卑しきしもべである我々は無駄な争いを好みません。申し訳ありませんが、おとなしく投降していただけないでしょうか?」

 口調は穏やかだけど、人の神経を逆なでする才能がありそうね、ま、あの野郎も同じだけど。

 同じような口上ではあったけど、あのビダーシャルは心の底から争いを望んでいないということが感じられた。それと対立する聖堂騎士団がこれなんだから、狂信者ってのは救いようがないわ。


 「あたしたちの身の安全を保証してくれるっていうんなら、そうしてもいいわよ?」

 これはキュルケ、まずは彼女達が交渉に当たる。


 「そうしたいのはやまやまなんですが…………。我々はとある事件を抱えていましてね、怪しい奴はかたっぱしから捕らえて宗教裁判にかけろ、との命令を受けておるのです。従って、貴方方の無罪が神によって証明されたのち、そうさせていただきましょう」

 随分な言い草だわ、宗教裁判なんて名前を変えた処刑と同じ、要は異端審問なんだから。


 「僕達は異端じゃないぞ!」

 「れっきとしたトリステイン貴族だ!」

 水精霊騎士隊の隊員が抗議する。ま、当然ね。


 「トリステイン貴族というのなら、貴族らしくきちんと裁判を受け、身を持って証明すればいいだけの話ではありませんか。それが出来ぬ、と言うならば、君達は忌まわしき異端ということになってしまいますが…………」

 「教皇聖下に問い合わせろ! 俺達はロマリアの客だぞ!」

 サイトが怒鳴る。けど、それって無理なのよね。


 「それほど聖下にこだわるとは…………。やはりあなたがたを何としても取り調べねばならないようだ。しかたありません。流れずに済む血が流れ、振るう必要のない御業を振るわねばならぬ…………。ああ、これも神が与えた試練なのでしょう…………」

 だとしたら神は無能な屑ね、そんなの存在する価値すらないわ。


 「神と始祖の敬虔なしもべたる聖堂騎士諸君。可及的速やかに異端共を叩き潰せ」

 一気に聖堂騎士から魔力のオーラが立ち上る。

 「“第一楽章”始祖の目覚め」

 一斉に聖堂騎士は詠唱を始める。


 「なんだありゃ?」

 「讃美歌詠唱ね、聖堂騎士団が得意とする呪文、要はヘクサゴン・スペルと同じく連携して威力を上げるわけだけど、効率は圧倒的に低いわ。それに、対処法は簡単」

 ここからは私の出番。


 「聖堂騎士団! ちょっと待ちなさい! 私達の指揮官がそっちに行くわ!」

 キュルケがそう叫ぶ。


 「行くわよ、『ルイズ隊』」

 『自由なる青き翼の勇者達』は長くて言いにくい。公式文書に書くならこっちの方がいいんだけどね。


 私、サイト、タバサ、キュルケ、ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーの7人が砦から出る。残りの23人は砦に残る。


 「投降する気ですか?」

 カルロと名乗った隊長がそう言うけど、そんなわけないじゃない。


 「まさか、あんたたちみたいな“童貞の傷のなめ合い騎士団”に投降するわけないでしょ」


 「な、なんだと!」


 「あら、女にもてないから諦めて神官になったんでしょ? だってそんなブサイクじゃ女が寄ってくるわけないもの。情けないわね、もてないことを神のせいにするなんて、このマリコルヌですら同時に複数の女子生徒から舞踏会の誘いを受けてるっていうのに」

 もっとも、隊長のカルロは美男子といっていい。しかし、配下の騎士は全員がそうではない。

 「き、貴様!」


 「なあに童貞、女の味も知らない坊ちゃん風情が説教しようだなんて100年早いのよ。このサイトを見習いなさい。ロリコン、幼女趣味の汚名を一切恐れずこのタバサを抱いたのよ。貴方にその度胸があるかしら?」

 当然、私の声は『拡声』によって大きくなってるから、聖堂騎士団のみならず、周囲の市民にも声は届いている。

 「ぶっ!」

 「~!」

 反応する二人、だけど、カルロはそれに気付けない。


 「ば、馬鹿な、その幼女を抱いただと」

 呆然とするカルロ。まあ、聖堂騎士団には免疫がないものね。


 「こっちのキュルケはゲルマニア人で、まさに百戦錬磨、ギーシュとモンモランシーもなかなかに激しいわよ。もっとも、やっぱりサイトとタバサが一番だけど。さて、貴方なんかが敵うのかしらねえ、未だ童貞の早漏野郎が」


 「な、舐めるな! 僕にだって彼女くらいいる!」

 かかったわね。そう、美男子のあんたをほっとく女ばっかりなわけないもの。


 「あらあ、聖堂騎士隊の隊長様とは思えない発言ね。部下の皆さん! そして市民の皆様! 聞かれましたか! 隊長殿の素晴らしい告白を!」


 「はっ、み、皆、違う! 違うんだ! 僕は教義に反してなんかいない! 彼女とはたまに話すくらいで恋人では断じてない!」

 そうは言っても、隊員の中には疑いの目で見てるのがいるわね、特にブサイクなのが。


 「くくくくく、甘いのねえ、所詮人間は性欲から逃れることなんて出来はしないのよ。さあ、貴方も楽になるといいわ、我々の同志になりなさい。そうすればあらゆる快楽は思いのままよ?」

 もっとも、ハインツみたいな例外もいるけどね。人間は本当に多種多様だわ。


 「ふ、ふざけるな、我々は聖堂騎士だぞ、そのような穢れた欲に染まるものか!」


 「あらそう、だったらその神の力とやらを見せてみなさい。こっちは欲望の力の強さを見せつけてあげるわ」

 そして私は杖を抜く。


 「諸君! あの異端の魔女を叩き潰すぞ! “第一楽章”始祖の目覚め!」

 そしてもう一度讃美歌詠唱を始める。だけど、遅いのよね。

 私も小声で詠唱を開始する。


 聖堂騎士のそれぞれの聖杖から炎が伸び、絡み合い、巨大な竜の形をとる。

 情けないわ、コルベール先生なら一人で同等の大きさ炎蛇を作れるでしょうに。


 「喰らえ!」

 「異端魔法その1」

 私の『解除』がそれをあっさりと打ち消す。


 「な、何だと!?」


 「異端魔法その2」

 今度は『爆発』、小規模なそれを全員の聖杖にそれぞれ叩き込む。


 「つ、杖が!」


 “糞坊主  杖が無ければ  ただの雑魚”   作、ルイズ。


 「異端魔法その3」


 「「「「「「「「「「 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 」」」」」」」」」」

 もだえ苦しむ聖堂騎士達。


 「お、おいルイズ、その魔法は何だ?」

 怯えた様子でサイトが聞いてくる。


 「『幻影(イリュージョン)』よ」

 答える私。

 「『幻影』? あんな効果だったっけ?」


 「その発展版かしらね、いい、これまでの『幻影』は全員が同じ幻を見てたわよね。だけど、それは別に本物の映像を作り出してるわけじゃない。言ってみれば、脳を錯覚させているのよ」

 集団催眠の一種かしらね。

 こういう知識はハインツから教わった。彼の知識を応用すれば、魔法はより効率が良くなる。


 「で、例えばダータルネスの場合。あの周辺にいる人間全員に“艦隊”の幻影を見せるように魔法がかかったの、あんたと私やルネ達も含めてね。けど、竜はその影響を受けてなかったでしょ」

 竜と人間じゃ脳の作りが違うからね。“不可視のマント”が動物に効きにくいのも同じ理由。
 

 「そういや、そうだったな」


 「で、その無差別だった範囲を聖堂騎士に限定する代わりに、より強力な幻影を脳に叩き込んだの。前にあんたが言ってたわよね、人間の痛覚は神経で感じて、脊髄を通って、脳に達することで初めて知覚するって」


 「あ、ああ」


 「これはその逆。まず脳に強力な情報を“虚無”の力で叩き込んで、そこから神経に誤認させる。原理的にはティファニアの『忘却』に似てるわ。強制的に相手の脳に干渉するという点では同じだし」

 虚無はそういったことに特化している。防御を一切無視して干渉するという規格外。

 これを上手く応用すると、相手の思考を読むというか、誘導することができる。ま、難し過ぎて私には無理だけど。

 「じゃあ、こいつらは?」


 「うわああああああああ!」

 「気持悪い、うひゃああああああああ!」

 「うひ、うひいいいいいいいいい!」

 とか言いながら転げ回っている聖堂騎士を指してサイトが問う。


 「大量の蛆虫に纏わりつかれてる幻覚を見てるのよ、傍から見たら滑稽以外の何ものでもないけどね」

 別に危害を加えたわけじゃない。自分で勝手に転げ回ってるだけ。


 「で、なんでこいつらこんなに殺気立ってたんだ?」


 「それはね、教皇聖下が何者かにかどわかされたって情報があったからよ。要は茶番のために用意された道化ね、そしてそれを仕組んだ馬鹿もいる。多分余興のつもり何でしょうね、チッタディラからずっとつけてたみたいだし。そうでしょ、そこのジュリオ・チェザーレ!」

私が叫んだ方向にサイトが振り向く。ま、見つけたのはシルフィードと視界を共有してたタバサなんだけど。


 「はっはっは、相変わらず凄い洞察力だね。感服したよ」

 気障な神官が現れる。


 「異端魔法その3」


 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 私は容赦なく『幻影』を叩き込む。


 「お、おいルイズ、やり過ぎじゃ……」


 「当然の報いよ、入国早々ふざけた歓迎をしてくれたね。それに、こいつが流した偽の情報によって無実の罪で聖堂騎士団に捕まった人が何人かいるはず。その人達の恨みだと思いなさい」

 あのカルロが言っていた。『怪しい奴はかたっぱしから捕らえて宗教裁判にかけろ、との命令を受けている』と、私達がチッタディラに着いたのは昨日だから、一日間その命令は執行され続けた。

 北花壇騎士団のような機構が存在しないロマリアでは、聖堂騎士の暴走を止めたり、フォローに回ることが出来る人材がいない。後で解放されるにしても、不当な拘束を受けるのは間違いない。下手をすると怪我をしてる可能性もある。


 「自分の都合だけで民に無用な害を与える存在を私は決して許さない、そこが例え外国であってもね」

 それが私の貴族としての誇り、それを踏みにじるなら相応の報いを覚悟することね。

 この陰謀が行われたところで、民にプラスになることが何も無いどころか、マイナスでしかないんだから。


 「そっか、そうだよな、ところで、何の幻影?」


 「電撃拷問よ、威力は強めに設定してあるわ、ショック死しない程度に」

 まあ、死んだらそれはそれで構わないけど。
 

 「そ、そうか」

 なんか怯えたように言うサイト。


 「さーて、懺悔の時間よ、ジュリオ・チェザーレ? この電撃は天罰だと思いなさい。そして、許して欲しければ私の靴の裏を舐めて、『私は貴女の奴隷です』、と言うことね。さもないと、どんどん電撃を強くするわよ?」

 私はジュリオの顔を足で踏みながら選択させる。

 うん、このセリフ、一度は言ってみたかったのよね。


 「あら、気絶してるわ、案外根性無しねこいつ」

 ジュリオの顔を蹴って意識があるかどうかを確認する。

 ちょっと電撃が強すぎたかしら。


 「まあいいわ。モンモランシーの薬で目を覚ましたら、たっぷりと調教してあげる。ふふふ」

 さて、どんな内容がいいかしらね?


 「サイト、いちゃつきたいのはわかるけど、公衆の面前でタバサを抱きしめるのは良くないわよ。タバサもタバサでサイトにしがみつかないの、マナーくらいはわきまえなさい。部屋に着いたらキスするなり、やるなりして構わないから」

 サイトとタバサが互いに抱き合ってる。悪いことではないけどね。


 「大丈夫、大丈夫だシャルロット。俺が絶対に守るから」

 「サイト」


 なんか完全に二人の世界に入ってるわね。



 「ルイズ、こっちは終わったわよ」

 キュルケが声をかけてくる。他の4人で転げ回ってる聖堂騎士を捕縛してたのよね。


 「御苦労さま」


 「あら、随分ラブラブ空間が形成されてるわね」


 「ま、いいことではあるわ、それより、モンモランシーを呼んできて。これが目を覚まさないと先に進めないから」

 ジュリオの顔を足で踏みながら言う。


 「そう、だけど、女王様プレイはもう少し自重した方がいいわよ。似合い過ぎて怖いわ」

 そしてキュルケはモンモランシーの方へ向かう。


 「うーん、ま、モルモット相手にはこのくらいで十分かしら」

 調教はまた次の機会にしよう。



 「さて、いよいよ教皇聖下とご対面ね。私の予想通りなら、彼はもう終わってる。悲しいことだけど」

 そう、完結している。

 それはもう人間の在り方じゃない。


 「そう言う意味では、ハインツも同類かしら?」

 人間というカテゴリーに入らないという点では同じだけど、ベクトルが完全に逆。


 「片や、何もかも神によるもの、神の世界の代弁者。片や、どんなことでも自分の責任、己だけで全ての価値を決定する神の如き傲慢」

 近いようで決定的に異なる。共存することはありえない。


 「ロマリアとガリア、喰らい合う光と闇。だけど闇が強い、圧倒的に」

 なにせガリアにはあのガリア王ジョセフがいる。

 単純な国力差で考えれば30倍くらい離れているんじゃないだろうか?


 「あのイザベラが治めてる。さらには九大卿。そしてハインツの北花壇騎士団」

 国家としてこれ以上はありえそうにない。

 “知恵持つ種族の大同盟”もあるし。


 「トリステインはどうするべきかしらね?」

 現段階では出るはずがない答えではあるけど、考えずにはいられない事柄だった。




[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第四十話  舞台準備完了
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/23 22:42
 トリステインの担い手とアルビオンの担い手はロマリアに到着。


 ここにロマリアにガリアの担い手以外の全てが集結することとなる。


 そして、最終作戦(ラグナロク)発動は秒読み段階となり、ガリア勢の準備も佳境を迎える。


 ハルケギニアを舞台とした巨大な物語はいよいよ最終段階へと突入する。






第四十話    舞台準備完了







■■■   side:ハインツ   ■■■


 いよいよ最終作戦も目前となった今日この頃。

 俺は各方面の準備が整っているかどうかを確認して回ることにした。


 といっても九大卿達が進める王国の表側はイザベラの管轄なので、俺が回るのは裏側、それと『影の騎士団』が動かす軍部になる。

 それでまずは技術開発局にいるビダーシャルさんの下を訪ねた訳である。



 「やあ、ビダーシャルさん、調子はどうですか?」


 「ハインツか、うむ、ノルマは完了したぞ」

 ビダーシャルさんが答えるけど、顔に若干の疲労が見られる。


 「ちょっと疲れてません? とゆーかもう終わったんですか?」

 俺達としては完成まであと一週間はかかると見ていたのだが。


 「うむ、総員徹夜で取り組んだ。何しろ例の作戦とやらを始めるまでに仕上げると約束したからな。我々エルフは約束を破らぬことを信条とする、この程度の疲労で音を上げてはいられん」

 うん、間違いない。苦労症だこの人。そして超真面目だから絶対過労死するタイプだ。

 ………………………………俺が言えることじゃないか。


 「でも、休憩は必要ですよ。それにビダーシャルさんにはまだ例の“火石”の精製があるんですから、もう少し身体を労らないと」

 ヨルムンガントの装甲に“反射”を施す作業は、“ネフテス”から出向してきたエルフの方々全員で手分けしてあたったけど、この人しか“火石”の精製は不可能だから仕事量が当然一番多くなる。

 「それもそうか、では、少し休憩することにしよう」

 それで俺達は休憩室に向かう。





 「どうぞ」

 「すまないな」

 俺が淹れた特殊疲労回復薬、“頑張れ、ヴァルハラはすぐそこだ”を勧める。

 これは“働け、休暇が来るその日まで”と対になっている薬で、あっちが無理する為の薬なら、こっちはゆっくり休む為の薬だ。


 「うむ、旨いな。この薬は我々エルフの薬とは根本から異なるな、実に面白いものだ」

 これは俺の地球の医学を基にして作った薬だからこの世界の薬とは根底から異なる。

 ビダーシャルさん程の人になればそれが一発で分かるのだろう。


 「喜んでいただけてなによりですが、他の方々はどうしているのですか?」

 他の15人のエルフの人達の姿が見えない。


 「全員仮眠室で撃沈している。最後まで生き残ったのは我だけだ」

 どんだけ無理したんだこの人達。


 「あんまり部下に無理をさせるのはよろしくないと思いますが?」

 人のことを言えた立場ではないが、一応忠告しておく。


 「いや、我は途中で休めといったのだかな、全員ここで仲間を見捨てるわけにはいかないと言って働き続けたのだ。エルフの中でも情熱的な連中を連れてきたのが失敗だったかもしれん」

 エルフは基本的に穏やかな人が多く、“知恵持つ種族の大同盟”に参加して、その先遣隊に志願するような人は少数派だという。結果、ビダーシャルさんが連れてきたのはそういった珍しい情熱的なタイプばっかだったから見事に暴走したわけだ。


 「彼らもこのように“反射”を鎧にかけるといったことは初めてだったからな、わくわくして眠れんとか言っていた。まあ、実践的な研究者とは得てしてそう言うものだ。そこは人間もエルフも変わらんのだろう」

 子供か彼らは、俺の中のエルフのイメージが少し崩壊していく。

 うむ、コルベールさんのエルフバージョンといったところか。


 「しかし、あのヨルムンガントは凄まじいものだな。あれならば余程のことがなければ壊れはせんと思うが、あれを使う必要はあるのか?」

 普通、作る前にその疑問を言うべきだと思うんだけど。


 「まあ、あれは演劇の大道具みたいなもんです。頑張ってくれた貴方達には申し訳ないんですけど、この作戦が終わると同時に全部破壊される運命ですね。強力すぎる兵器なんて動乱の時代が過ぎれば厄介者でしかなくなりますから」

 これは仕方ない。こんなものがずっとあったら人間が戦争せずにいられるわけがないからな。

 ま、これがなくてもするだろうけど、火種が少ないに越したことはない。


 「まあそれでいいのではないか、舞台の大道具を作るために徹夜したと思えばいい。彼らも文句は言わんだろう。それ以上に得るものが多いからな」

 ビダーシャルさんは微笑んでる。やっぱりエルフは戦争を好まない種族なんだな。


 「それは、他の種族との交流ですか?」

 エルフ達はそれを楽しみに同盟に加わってくれた感じもある。

 「うむ、我等はずっとサハラでのみ暮らしていたからな、他の種族の文化と直に接するということがなかった。他の文化というものは実に面白い。例えば、公衆浴場、あれもそうだな」


 「入って来たんですか」

 もの凄く意外だ。


 「“変化”の魔法で姿を変えてな、我々には沐浴の文化はあるが、熱した湯につかるという文化は無い。沐浴は水の精霊を感じるために行うものだからな。そこの「火」の要素を取り入れるということがないのだ」

 そういえばサハラには温泉はないんだった。というか火山活動そのものがない。だから「火」の精霊力は乾いた砂漠に吹きつける風には宿るけど、そっちも「風」の精霊がメインだから純粋な「火」と接する機会はそんなにないらしい。

 ミディ=ピレネー地方や、ノール=ド=カレー地方の火竜山脈の南方に住むリザードマンとは、そこが大きく違う点だ。


 「どうでした。新鮮だったと思いますが」

 あれは技術開発局渾身の作品でもある。


 「うむ、実に心地よかったぞ。もしあれが不自然な力によって行われていたものであれば、我々エルフにとって不快なものであったであろうが、実に自然な精霊の力が感じられた」

 公衆浴場の水は水中人。建物の土台はコボルト、ホビット、土小人、レプラコーン。水を温める火はリザードマンの人達の協力で作られている。改良に改良を重ね、自然の温泉に近づけるよう全力を挙げたのだ。


 「異文化交流ってのはいいものですね、近々、東方の“エンリス”やロバ=アル=カリイエとの交易や交流を行うための、あらたな庁が設置される予定みたいですからもっと活発になると思いますよ」

 その頃にはロマリア宗教庁は滅んでるから障害は無い。

 もっとも、交流が本格的に開始されるのはかなり後になってからのことになるだろう。何事もあせらずじっくりやったほうがいい。

 今は時代が大きく動いているが、最終作戦が終わればその速度も緩やかになるはず。それに合わせて政策を進めないと逆に混乱が広がっていく。


 「そうだ。東方と言えば、伝えていないことがあった」

 と、ビダーシャルさんが思い出したように言う。


 「何です?」


 「例のアーハンブラ城の件の後、我は“帰還の指輪”の力でサハラに戻ったのだが」

 ルイズの『解除』で精霊との契約を無効化されたビダーシャルさんは、「風」の力が込められた指輪の力で逃れた。

 しかし、予め指定された場所に向かうものだそうで、一気にサハラまで戻ることになったとか。彼がリュティスに戻るのに時間がかかったのはそのためだ。

 もっとも、その後はそれを埋め合わせるように働いていた。実に苦労症である。


 「そこで“エンリス”のエルネスタ殿にお会いしたのだ。彼女が来たのはかれこれ100年ぶりのことになるから、私としても非常に懐かしかった」


 「エルネスタさん、ですか?」

 初めて聞く名前だ。

 「ああ、お前には話したことがなかったな。我は“ネフテス”の外交官だが、彼女は“エンリス”の外交官を務めている。もっとも、私の精霊魔法など彼女の足元にも及ばんが」

 
 「そんなにもの凄い人がいるんですか」

 どういう化け物だその人は。ビダーシャルさんは精霊の使い手としては最上位と言っていい人のはずなのだが。


 「ああ、既に数千年は生きている。私が生まれる前から既に生きた伝説であった人だ。何しろ、“古の竜”をたった一人で打倒した御方だ」


 「“古の竜”? 何ですかそれ?」

 これまた初めて聞く言葉だ。


 「お前達には馴染みがない言葉かもしれんな、韻竜を知っているだろう。その頂点に君臨する竜を我々はそう呼ぶ。何しろ例外なく数千年以上の時を生きた竜なのだからな」

 つまりは韻竜の王というわけか。シルフィードは200年を生きているが未だに幼竜だ。


 「古代より生き続ける韻竜種、その頂点に君臨する“古の竜”の力は我々エルフを圧倒する。世界最強の存在といっても過言ではないだろう。我々は土地の精霊と契約することで魔法を行使するが、彼らは体内に宿した精霊の力のみでそれに匹敵する。さらに外界の精霊をも支配下におくのだからな、太刀打ちできる存在ではない」

 うーん。聞けば聞くほどとんでもない存在だ。

 だけど、シルフィードからそういった話を聞いたことはないんだけど。

 「このハルケギニアにもいるんですか?」


 「いや、彼の種族は主に東方に住んでいる。ハルケギニアに住む韻竜は少数部族と言っていい。“古の竜”は絶対個体数が圧倒的に少ないからな、ハルケギニアで存在を知る者は古代の種族であっても少ないだろう。我々“ネフテス”とて“エンリス”との交流がなければ知ることがなかったかもしれん」

 なるほど、それでシルフィードは知らないのか、シルフィードの一族は竜の巣に籠って修道僧のような生活をしているらしい。強大な王が君臨するといったイメージではない。

 「どのくらい大きいんですか?」


 「通常の竜ならば全長の平均が10~12メイル程だ。成熟した韻竜ならば20メイルから大きいもので30メイルに達する。そしてその頂点に君臨する“古の竜”は40メイル近く、最大のもので50メイルに達するという」

 そりゃあもう完全に怪獣だ。初代ゴジラと同じ大きさってあり得ないだろう。


 「そんなのに勝ったんですか、そのエルネスタさんは、つーか何で戦う羽目になったんですか?」

 エルフは争いを好まないし。韻竜もそういった傾向があるらしいと聞いているんだが。


 「約二千年前、東方(ロバ・アル・カリイエ)のある国家が戦争を始めたらしい。ある巨大国家からの独立するための戦争であったそうだが、その為に“古の竜”の力を利用しようとした」

 なるほど、いかにも人間が考えそうなことだ。“炎の民”や“風の民”はエルフと起源が近いが、大半の部族はハルケギニア人と同じらしいからな。

 「そのために、ある火韻竜の幼竜を攫い、相手の国に送り込んだ。しかし、韻竜は人間より高度な知性を持つ種族、ましてその頂点である“古の竜”は尚更だ。結果、“古の竜”の怒りをかい、その国は消滅した」


 「しょ、消滅! たった一頭によってですか!」

 そこまでのものなのか。


 「ああ、彼は火韻竜の“古の竜”。それが吐く炎のブレスは正にあらゆるものを焼き尽くす。言ってみれば“火石”を体内に宿しているようなものだからな、攻撃力に関してはこの世界で右に出るものはいないだろう。あのヨルムンガントとて一瞬で焼き尽くされるだろうな」

 何つう化け物だ。完全にゴジラだな。


 「しかし、彼の怒りは収まらなかった。いや、暴走したと言ってよいらしい。火韻竜は全竜種の中で最強の存在。それ故に攻撃性も最も高く、それを抑えるために普段は穏やかな暮らしをしていたらしいのだが。強大すぎる力は一度暴走するともはや止められん」

 やばいな、東方が焦土と化すぞそれは。

 「そして、暴走した彼が次に襲ったのはその消滅した国の相手国。そしてそこには攫われた彼の娘もいたのだが、最早彼には見境が無かった。しかし、そこにいたのがエルネスタ殿だ。彼女は“エンリス”の大使としてそちらの国に赴いていた。戦争を止めるためにな。二千年前の東方では人間の戦争を“エンリス”が調停することは決して珍しいことではなかったそうだ。最近ではあまり行われないが」


 「それで戦うことになったんですね。しかし、よく勝てましたね」

 どういう戦いを繰り広げたのだか。


 「うむ、私もそう思うのだが。正確に言うと引き分けだったそうだな。彼女はその国中の「水」、「風」、「土」と契約し対抗したそうだが、「火」の化身とも言える彼はそれと互角に戦った。そして、力を使い果たすほどの攻撃を加えた結果、彼は正気に戻ったそうだ。そしてその後エルネスタ殿は“大賢者”と呼ばれている。もっとも、本人は毛嫌いしているそうだが」

 なるほど、戦略目標が果たされたのなら、それは勝利と言えるだろう。


 「その後、彼の種族は人間とは交わらず穏やかに暮らしているらしい。今後人間との交流を持つことは決してないだろう。しかし、“知恵持つ種族の大同盟”に加わる可能性はあるな、何しろ人間の暴走を防ぐための同盟なのだから、彼らの望みとも一致しよう。その辺の交渉はエルネスタ殿に任せるしかないが」

 おや、そういうことは。

 「“エンリス”は同盟への参加を確約してくれたのですか?」


 「狂信者の一団が滅び、“ネフテス”がハルケギニアとの友好的な交流を開始出来ればとの話だ。まあ、妥当な条件だろう」

 確かに、分かりやすい。

 「そのために、その人は“ネフテス”を訪れていたんですね」


 「うむ、そして最初の話に戻るのだが、以前お前が話していたハーフエルフの娘。その母親は“エンリス”出身だと言っていたな」


 「ええ、名前はファイナというそうですが」

 これはテファから聞いた話だ。

 「彼女はな、エルネスタ殿と旧知であり、言ってみれば一番弟子のような存在だったらしい」


 「マジですか!」

 そんなに凄い人だったのか。


 「彼女は「水」の秘薬作りが得意であり、特に水の結晶を作り出す技術に関しては、歴代最高と呼ばれていたらしい。エルネスタ殿もその技術においては敵わなかったと言っておられた」

 そう言えば、テファの指輪は水の精霊の結晶だった。あれは彼女の母が作ったものだったのか。

 「ビダーシャルさんも作れるんですよね」


 「確かに作れるが、彼女の作品に比べれば圧倒的に劣るな。彼女は昔から人間が好きで、東方の民とも良く交流していたらしい。彼女の作品のいくつかは未だに残されているそうだ」

 あれ、ちょっと待て。


 「すいません、シェフィールドさんから聞いた話なんですけど。今の東方最大国家の皇室には、最大純度の水の結晶が保管されているというそうですが、ひょっとしてそれは…………」


 「彼女の作品だろうな、エルネスタ殿の話では千年程前に、東方の王女に友好の証として渡したことがあるらしい。それも、彼女の作品の中でも最高傑作と呼べるものだという」

 御免なさい! 思いっきり使っちゃいましたそれ!

 まさか、テファのお母さんの作品だったとは。世間は驚くほど狭い。


 「そして、60年ほど前に、ハルケギニアに旅すると言って出かけて行ったらしい。東方に旅するのは何度もあったそうだが、ハルケギニアに旅するのは初めてであったらしいな。エルネスタ殿も心配していたそうだ」

 そして、アルビオンでモード大公と出会い、ティファニアが産まれた訳か。年上女房どころの話じゃないな。


 「しかし、そんな方が人間に殺されたわけですよね。なんででしょう」

 あの“反射”を張れば問題なかったと思うのだが。


 「彼女は生粋の研究者であり、エルネスタ殿のような戦闘者ではなかったそうだ。それに、“反射”は“ネフテス”固有の技術でな、“エンリス”で使えるものは少ない。エルネスタ殿は当然使えるが、彼女は恐らく使えなかったのだろう」

 なるほど、優れた研究者が優れた戦闘者とは限らない。それに「水」が得意だったのなら尚更戦いを好まない性格だったんだろう。なにせテファの母なのだ。


 「まあそういうわけだ。エルネスタ殿もそのティファニアという子と会いたがっていた。彼女にとっては一番弟子の忘れ形見だからな」


 「テファも多分喜びますよ。少なくとも、“エンリス”は彼女を祝福してくれるんですね」


 「ああ、元々彼女に限らず人間とのハーフは幾人かいる。彼女は魔法が使えず、精霊の声も聞けないとは言うが、ひょっとすれば秘薬や結晶作りに特化しているのかもしれん。何せ伝説の細工師ファイナの娘なのだからな」

 細工師か、案外テファに合ってるかもしれないな。


 「なるほど、いいお話しでした。ありがとうございます」


 「いや、もっと早くに話すべきであった。ノルマに気を取られすっかり忘れていた」

 やっぱ苦労症だなこの人。


 「まあとにかく、ヨルムンガント30体は完成したわけですよね。しばらく仕事も無いでしょうし、異文化交流を楽しまれるといいですよ」


 「そうさせてもらおう。もっとも、我にはまだ仕事があるが」

 この人だけはあるんだよなあ。

 「“火石”は、最後の花火だったか、どういう演劇なのだか」


 「そこは楽しみにしておいて下さい。何せ、6000年に一度のお祭りですから、盛大に盛り上げたいですので」

 俺も結構楽しみにしているのだ。

 「そうか、では楽しみにしておこう」


 そうして、俺はビダーシャルさんとの話を終え、次の場所に向かった。











■■■   side:クロムウェル(クロスビル)   ■■■


 「お久しぶりですクロさん、調子はどうですか?」

 私が執務室で仕事をしていると、ハインツ君が訪れた。


 「ハインツ君! 久しぶりだね! うん、調子はいいよ。ようやく区切りがついたところだ」

 私は書類を指しながら言う。


 「うーん、凄い量ですねえ。お願いしておいてなんですけど、あまり身体は壊さないようにしてくださいね」


 「はっはっは、心配してくれてありがとう。だけどまだまだ大丈夫だ。年下の君や宰相殿が頑張ってるのに、年上の私が先に音を上げるわけにもいかないだろう」

 私から見ても彼は働き過ぎだ。彼の身体の方がよっぽど心配になる。

 「そうですか、でもくれぐれも気をつけて下さいね。クロさんがいないと最終作戦(ラグナロク)は実行できないですから」


 「そこまでではないと思うがね、私がいなくても実行は出来ると思うが」

 確かに重要な役目ではあるが。

 「実行は出来ますけど、その場合混乱が大きくなりそうですから、民に余計な負担がかかります。残念ながら犠牲が出るのは避けられませんが、その数は最小にしないと」

 ふむ、確かにその通りだ。


 「そうだね、確かに、我々が頑張らないといけないな。そのためにもここで倒れるわけにはいかない、君達にも迷惑がかかる」


 「別に俺はいいですよ。そもそもクロさんを引き込んだのは俺なんですから」


 「いいや、一介の落ちぶれ司教に過ぎなかった私を救ってくれたのは君達だろう。それに私に生きがいを与えてくれた。感謝してもしきれんよ。ならば、君達が愛するガリアの民の為に精一杯働かねば、そうでなければ恩知らずというものだ」

 受けた恩は返す。人間として当たり前のことだ。


 「本当にクロさんはお人好しですね、まあ、気持はありがたく受けとっておきますね。それに、クロさんだってもうガリアになくてはならない存在何ですから。内務卿の首席補佐官殿」


 「とはいえ、前任者が異動になっただけだからねえ」

 ガリアの行政府において、東方との交流を始める為の新たな庁が作られることとなった。

 本来なら外務省からそのトップが選ばれるはずなのだが、現在の外務省は一部を除くと人材の出来がよくないらしい。

 なんでも、最終作戦が終わるまでは外交官が無能な方が都合が良いとかなんとか。

 そしてイザーク・ド・バンスラード外務卿を頂点とした数人が本命の交渉人として活動しているらしく、他の省に比べて良い人材が少ない。

 結果、一番人材が多い内務省の人間を起用することとなり、前首席補佐官のアレクシス・ド・トクヴィル殿がその任に就くこととなった。


 そして次席補佐官であった私が、首席補佐官となったわけなのだが。

 「補佐官には実質的な権限はほとんど無いですから、彼にとっては嬉しいでしょうね。もともと上昇志向が強い人でしたから。クロさんなら首席補佐官を任せても問題が無いわけですし」


 「まあ、人事に関しては私が口出し出来ることじゃないからね。選ばれた以上は頑張るよ」

 やることは結局それほど変わらない。


 「お願いします。そろそろ最終作戦が始まりますから、とんでもない忙しさになります。全員一丸となって乗り切りましょう」


 「そうだね、そして、学務卿が育てている若者がより良い未来を切り開けるよう。全力を尽くそう」

 私に出来ることは少ない。けど、出来ることはある。

 ならば、それをやり遂げよう。それが彼らに対する私の恩返しだ


 「それでは、クロさん、また会いましょう」

 「忙しそうだね、他にもいくところがあるのかい?」


 「ま、色々回るつもりなんで。お仕事、頑張ってください」


 そして彼は風のように駆けて行った。




 「やれやれ、本当に風のような子だ」

 ハインツ君はいつも全力で走っている。それも、常人を遙かに上回る速度で。


 「君も、身体に気をつけるんだぞ」

 私は彼がいつか倒れてしまうのではないかと心配になるが、そうならないように願った。








■■■   side:ヨアヒム   ■■■


 「どうだ、準備は進んでるかヨアヒム?」


 「ハインツ様!」

 いきなりハインツ様が現れる。まあ、いつものことなんだが。

 「フェンサーの動員は大体完了してますよ、ただ、以前と違ってルーンマスターが多いですから、『フライ』を使えない分少し勝手が違うってとこですか。まあ、“他者感応系”が幻獣でフォローすれば問題ないんすけど」

 俺はハインツ様の代理でフェンサーの統括を行う。ハインツ様にはもっと重要な任務があるからな。


 「そうか、ガリアの国民の被害をどれだけ抑えられるかはお前にかかってる。三騎士団長はその方面では協力出来んからな、ここは裏方の俺達しか出来ん」

 確かに、王国の表側の彼らが出張るわけにもいかねえよな。


 「でも、やっぱ被害は出るんですよね」

 しゃあねえんだけどな。


 「まあな、そこは避けられんだろう。理想を言えば死者ゼロが当然好ましい。だが、それを目指して逆に多くの犠牲者を出すこともあり得るからな。古の昔から為政者とか軍の指揮官とかが突き付けられる命題だな。“全部を救おうとして大きな危険を冒す”か、“一部を切り捨てて大半を確実に生かす”か、答えはこの世にないだろうな」

 ハインツ様の表情が少し陰る。最善を尽くしてもどうにもならねえこともある。


 「ま、そもそも俺達がこんな大騒動を起こさなければそんな死者は出ないという話なんだが。それでも結局は一部の人間が生贄にされることには変わりない。まあ、後は俺達の心次第だ」

 ハインツ様は責任転嫁って言葉と一番無縁な人間だ。

 どんな事でも全部自分で決める。そして何人殺そうともそれは全部自分で背負う。

 今回のことでは数万人規模の人間が死ぬだろうが、そのことで気に病むことはないだろう。自分で決めたことなんだから。

 俺とマルコはそんな悪魔に憧れた。

 神とやらに“穢れた血”にされて、あの貧民街で生きてきた。そしてあっさりと俺達の母さんは犯された末に殺されたが。そいつらを皆殺しにしたのはハインツ様だった。


 当時たった9歳のガキがだ。あり得ねえにも程があった。

 そしてあの笑い。あれが俺とマルコには刻まれてる。

 人間を殺す時に笑ってた。ものすげえ無邪気に笑ってた。悪魔にしか見えなかった。


 だけど、そんな悪魔は凄く優しい、そして厳しい。

 ハインツ様は助けるだけでは終わらない、そいつが自分の足で生きていくように強制する。

 なんでかというと、ハインツ様がそうしたいから。ああ、悪魔そのまんまだ。


 究極的に傲慢、どこまでも自分中心、やることは全部自分の為。

 まあ、北花壇騎士団本部の人間は全員そんなのばっかだが、その中でもハインツ様の異常性は飛びぬけてる。

 俺やマルコはハインツ様の部下として生きることを心の底から願った。自分達で選んだ結果だからハインツ様は否定しない。


 だけど、及ばない。元から違うもんにはそうじゃねえ奴は絶対に届かねえと知った。

 『影の騎士団』の人達もそっち側だ。ハインツ様と同じ領域にいる。

 だが、ハインツ様に言わせると。

 『俺達は異常者だ。こんなのがたくさんいたらヤバいだろ。お前達はそれでいいんだ。異常者は数少ないくらいでちょうどいい』

 らしい。


 ま、俺達にも役割はある。凡人かもしれねえが、役割もこなせないんじゃそれ以下だ。

 羨ましい、そういう思いはある。マルコも同じ気持ちだろう。

 だけど、届いちゃいけねえ気もする。いつまでも追っていたい。人間の俺達じゃ届かねえかもしれねえがそれでも追いかけ続ける。


 俺の望みはそれだ。人間らしくあがいてあがいてあがき続けるのが俺なんだ。


 「了解でっせ、絶対死者は出さない、そういう気構えで行きます。無茶だというなら不可能を可能にするまでです」


 「なんか俺に似てきたなあ」

 そりゃそうだ。だって目標なんだから。


 「ロマリアの糞野郎共にはガリアの民に指一本触れさせません。任せておいて下さい」


 「ああ、任せた。お前になら任せられる」


 ……………その言葉が俺にとってどんなに嬉しいか、貴方にはわからないでしょうね。


 俺達は影だ。

 ハインツ様が闇なら俺達は影。例え王家が滅んでも、国家がある限り、常に傍にあり続ける。


 ラグナロクは俺達の悲願。

 ただ、“平民との間の子だった”そんな理由で欠陥品とされるこの世界の理。

 それを許容する神という存在。

 それを正面から叩き壊す。


 だから敵はロマリア宗教庁じゃねえ、あいつらはあくまで象徴に過ぎない。

 俺達はこのハルケギニア世界そのものに戦いを挑む、俺らみてえのがもう生まれないように。


 ハインツ様を見送りながら、俺は戦う理由を思い返していた。












■■■   side:マルコ   ■■■


 「こっちの様子はどうだ、マルコ?」


 「あ、ハインツ様」

 僕が仕事をしてると突然ハインツ様が現れた。これはもう日常だ。


 「『ルシフェル』の皆の準備は順調ですよ、“デンワ”で各司令官を繋いでますから、一斉に指示を出すことが出来ます」

 僕の役目は『ルシフェル』を率いること、『ベルゼバブ』はヨアヒムがフェンサーと一緒に率いることになってる。


 実戦指揮は僕よりヨアヒムの方が上、逆に書類仕事や情報の整理は僕の方が得意。

 この役割分担は至極当然の結果だと思う。


 「ま、任務が任務だからな、張り切るのも当然か」


 「でしょうね、皆それを望んで戦ってきたわけですから。でも、保護はちゃんとしますよ。それをしないとあいつらと変わりませんから」

 僕達が叩き壊すのはあくまで偶像。

 この世界の見えない鎖とも言うべき、人間の行動観念を縛ってるものだ。

 それを叩き壊すのがラグナロク。別に今のままでいいという人もいるかもしれないけど、そんなことは知ったことじゃない。


 僕達が叩き壊したいから壊すんだ。それが悪魔の分身である僕の在り方。


 「まあそうだな。俺達があおった感もあるが、あいつらがガリアの民にやってきたことはガリアの民とっていいことじゃない。ま、誰でも税金を上げられるのは嫌だろうが」


 「でしょうね、好きな人がいたら見てみたいですよ僕」

 僕達はこれまで、ガリアの民がブリミル教寺院に不満感を持つように散々工作を重ねてきた。


 とはいっても方法は実に単純。ロマリア宗教庁との連携を絶って、上からの監視の目を無くしただけ。

 元々腐ってた神官達はこれ幸いにと、ガリア国内におけるそれぞれの寺院税を引き上げ、私腹を肥やし始めた。

 当然農民とかの反発はあったけど、“異端審問”の一言で彼らは黙らざるを得ない。


 しかし、それと反比例するように王国からの税金を安くした。当然、国庫に負担がかかるから財源が必要になるんだけど、そのための『ルシフェル』。

 要は富を不当に蓄えるブリミル教寺院を襲撃してその財を奪い、国庫に納める。


 これまで民の税が全部で10だったとして、国家が5、寺院が5だったとする。

 だけど、国家が3、寺院が7にして、僕達が2を寺院から奪って国家に納める。

 これによって、民が貧しくなることもなく、寺院への不満だけが高まっていくことになる。

 宗教庁を滅ぼした後は、国家は5に戻すけど、寺院へ納める税が無くなれば民の負担は軽くなる。


 ロマリアという国家はその寺院税を各地から集めることで成り立っている国家だ。

 碌な産業が無いあの国は宗教でしか金を得ることが出来ない。

 その国をガリアが滅ぼして、領土をガリアのものにすれば、難民もガリアの民になるから、寺院税がなくなることで死んでいく者達はいなくなる。


 ただガリアから寺院を無くすだけでは、1500万人が納めていた寺院税がなくなるから、ロマリアにいる難民は皆餓死してしまう。

 もっとも、半分は一部の特権階級の贅沢な生活に使われてるんだけど、それでも半分は難民や一般市民の為に使われている。

 その辺のことで今の教皇聖下が頑張っているのは事実。そのまま頑張ればいいのに、何で“虚無”なんて集めて聖戦を起こそうとするんだろうか?


 まあそれはともかく、ハルケギニアの人口は約3100万くらいで、その寺院税の半分でロマリアの民は生活している。

 だから、残り半分を浪費してる宗教庁を滅ぼしてやれば、人口1500万人を誇るガリアがロマリアの難民を抱えることが出来る。

 言ってみれば、これまでトリステイン、アルビオン、ゲルマニア、ガリアの4カ国で支えていたものをガリア一国が背負うことになるけど、ガリアの人口は一国で全体の約半分で、宗教庁が浪費してる寺院税も半分だから特に変わるわけではない。

 トリステイン、アルビオン、ゲルマ二ア(元々寺院税は少なかった)も、余分な金を使う必要はなくなるから国民にゆとりができるはず。

 まあ。代わりに貴族がその分を奪ったりするかもしれないけど、そこは内政干渉になるから知らない。


 つまり、ロマリア宗教庁はあること自体が無駄しかない組織だ。ガリアが難民を自国の民とすれば存在価値が一切なくなるわけだし。


 それがラグナロク、神の世界を滅ぼし、人の世界を作り上げる計画。


 「税金が高くて、しかも払う側で喜ぶ奴か、確かに、いたら怖いな」

 ハインツ様が同意する。そんな存在は物語の中でもいないと思う。


 「ところでマルコ、さっきヨアヒムにも確認したが、やはりこの作戦で犠牲をなくすことは難しい。その時お前はどうする?」

 なるほど、確かにヨアヒムの立場なら難しい選択だ。だけど僕の任務は違う。


 「不正を行ってる奴を犠牲にします。殺される程の罪ではないかもしれませんが、罪がない人が死ぬよりはいいんで」

 ヨアヒムの担当は不特定多数だけど、僕の方は絶対数が決まってる。

 それに2年近く前からそのために準備してるから、その辺の調査も済んでる。


 「これまた俺に似てるな。ヨアヒムも俺に似てたが」

 やっぱりそうか。まあ、当然だけど。


 僕とヨアヒムは精神的な双子みたいなものだ。

 二人とも同じ境遇で、そして同じ悪魔に救われた。

 そして、僕達ではハインツ様に届かないことは僕も分かってる。

 双子だから分かるのだ、互いに考えてることが。


 だけど、微妙に異なる部分もある。

 ヨアヒムはハインツ様を追い続ける。どこまでもどこまでも追い続ける。

 僕は見続ける。いつまでもいつまでも見続ける。


 要は、ヨアヒムはハインツ様の足跡を追い続け、僕はその姿を見続ける。


 僕達は一人では到底及ばない、でも二人なら代わりくらいは務まる。

 僕は内の作業、ヨアヒムは外の作業。

 そうして二人で目指し続ける。役割は違うけど、目指す場所がおんなじなんだから常に隣にいる。


 でも、隣にいるからこそ、その道が交わることは決してない。

 僕とヨアヒムは究極的に似てるけど、絶対的に他人なのだ。


 限りなく近いけど、絶対に同じにはならない。


 だけどやることはそんなに変わんない、この世界を壊すために進み続ける。

 他人にとっては僕達は同じような存在だろう、ハインツ様にとってすらそうかもしれない。


 でも違う。意味のない違いだけど、それでも違うのだ。


 「ハインツ様に似てるんなら嬉しいですね、ハインツ様は僕達の憧れですから」


 「俺なんかに憧れるのはどうかと思うがな」


 「いいんです。僕達が憧れたいんですから。北花壇騎士団はそういう連中の集まりです。だって、ハインツ様が集めたんですよ」


 「そうか、まあそうだな、だが、この作戦が終われば今まで通りの運営は出来なくなる。今の俺の役割はお前達に担ってもらうことになるだろうから、俺の後釜は任せるぞ」


 ………………それだ、その言葉が欲しくて、僕はこれまで走ってきた。


 「はい、僕とヨアヒムに任せて下さい」

 これが僕の誇りだ。

 この人の代わりは僕達にしか務まらない。他の誰にも譲らない。


 まあ、そんな物好きも僕達しかいないだろうけど。



 ハインツ様が扉の影に消えるまで、僕は憧れの人の背中を眼で追い続けていた。








■■■   side:フェルディナン   ■■■


 「よーう、お前ら! 相変わらず殺し合ってるな!」


 俺とアドルフが訓練をしていると、いきなりハインツが乱入してきた。


 「おう!ハインツじゃねえか! ひっさしぶりだなあ!」

 ハインツ方に向くアドルフ。


 「『ジャベリン(炎槍)』」

 その隙にジャベリンを叩き込む。


 「どわああ!」

 ちっ、間一髪で『ブレイド』で逸らしたか。


 「何しやがるフェルディナン! つーか魔法を使うんじゃねよ!」

 確かに、これまでは肉弾戦で戦っていたが。


 「甘いぞアドルフ、ハインツがいるならば、殺傷能力が高い魔法をいつでも使って奇襲を仕掛けても構わないというのが俺達のルールだ。それは訓練の最中にも適用される」

 それが『影の騎士団』の鉄則。いついかなるときでも襲撃に対する警戒を怠るな。


 「う、た、確かにそうだけどよ……」

 納得はいってないようだが、反論も出来ないようだな。


 「なあフェルディナン、なんでそのルールが治療役のはずの俺にまで適応されるのかが今でも疑問なんだ。俺が奇襲でやられたら治療役がいなくなるだろ」

 ハインツが疑問を呈する。


 「愚問だなハインツ、俺達は専業軍人だ。そしてお前は暗殺者。こと奇襲にかけてはお前に一日の長がある。ならば問題はないだろう」

 「そうだぜハインツ、それにお前は『心眼』で殺気を感知できるんだろ? 俺達は殺気を極大にするのは得意だが、消すことなんざできやしねえんだから」

 こいつと同レベルとされるのは真に遺憾だが、事実でもある。


 「はあ、やっぱお前らには敵わんなあ。流石は戦争の申し子」


 「褒め言葉として受けとっておこう」

 「応よ、俺達は無敵だぜ」

 戦争にかけては譲れんな、もっとも、そろそろ平和な時代が来そうだが。


 「で、お前ら、準備は済んでるのか?」


 「当然だ、出なければこんなところで実戦訓練をしてる訳がないだろう」

 「あったえりまえだぜ、全軍いつでも出動可能だ。それも、秘密裏にな」

 俺達は現在中将だが、大将がいないので元帥に次ぐ地位である。

 そしてその元帥には少々病気になってもらっているので、俺が司令官代行、アドルフが副司令官代行(元々空席だった)となっている。


 「早いな」


 「動員速度が遅いようでは司令官は務まらん。“兵は神速を尊ぶ”だったか?」

 「そうそう、“急がば回れ”、だぜ」

 それは違うような気がするが。


 「アドルフ、それは違う、多分“善は急げ”だと思うが。それにしてもこの場面ではそぐわない」


 「ふ、相変わらず低能だなアドルフ」

 「ぐ、ぐうう」

 ハインツの前世の故郷の格言は用法が難しい。


 「まあいいぜ、要はよ、進撃してくるロマリア軍を迎えうちゃあいいんだろ」


 「簡単に言えばな、他にも色々要素はあるが」

 少々はしょり過ぎな気もするが、アドルフ相手にはこのくらいがいい。


 まったく、これで軍の中身に関する話題になれば、士官学校陸軍の三席の成績なのだから驚きだ。

 首席はアラン先輩、次席は俺だったが。

 空海軍の方は首席がクロード、次席がエミール、三席がアルフォンスだったか。


 「つまりは戦争、敵を倒す、分かりやすくていいな」

 そう思うのはお前だけだアドルフ。


 「まあそれでいいよ、難しく考えるのは裏方に任せろ。何せお前らは戦場の華だ。思いっきりやってくれればいい。もっとも、そんな機会はないだろうけどな」


 「うーん、まあいいぜ、アルビオンで散々暴れたからな」

 「確かに、その点は同意できる」

 アルビオンでの戦いはこれ以上がないものだった。

 正直、あそこで人生が終わっていても、悔いはなかっただろうな。


 「お前らは本当に生粋の軍人だな、数万人が死ぬことで心を痛めてる人もいるってのに」


 「それは愚問だぞハインツ、俺達軍人は殺し殺されるのが日常だ。その世界に一般人を巻き込まぬために軍人は存在する。ならば敵軍を何十万殺そうとも何も変わらん」

 「そうそう、その覚悟がねえ奴は軍人になるなってな」

 それが俺達の在り方だ。


 「お前らは変わんないな、恐ろしいことに兵学校時代からそうだった。11歳の兵学校のガキと、21歳の歴戦の中将が同じことを言ってんだから、異常ここに極まれりだな」

 ふむ、確かにそうか。


 「お前に言わせれば、俺達はお前という特異点に引き寄せられた異端の塊なのだろう。ならば必然と言うべきだ」

 「だな、どうあろうと、俺達は俺達だ」

 別にどうあろうと構わん。


 「そうだな、よし、これまで通り陸軍関係は任せた。それから、例の作戦の準備も忘れずに」


 「当然だ」

 「まっかせろい」


 そしてハインツは去っていった。恐らく次は空軍の二人の所に行くのだろう。


 「さて、再開といこうかアドルフ。我が剣にて貴様の首を飛ばしてくれる」

 「上等だ手前、俺の槍で心臓をぶち抜いてやらあ」

 そして俺達は訓練を再開する。


 もっとも、ハインツに言わせれば殺し合いらしいが。














■■■   side:アルフォンス   ■■■


 「どうよ、元気かい?」


 「ハインツ! 久しぶりだな!」

 俺とクロードで艦隊の編成を練ってるところにハインツが現れた。


 「久しいと言うほどでもないな、一週間程前に会っている」

 と思いきやこいつは相変わらず突っ込んできやがる。

 「うっせえなクロード、一週間も会ってなきゃ久しぶりでいいだろうが」


 「まあまあアルフォンス、落ち着いて、そのペースだといつまで経っても本題に入れない」

 そこにハインツが入ってくる。俺とクロードの間に割って入るのはいつもこいつだな。


 「本題、ということは、ラグナロクに関することだな?」

 「準備なら出来てるぜ、つーかあんましやることないし」

 今回はただ単に艦隊を維持してればいいんだからな。


 「まあね、今回は陸軍が主体だから。ロマリアに侵攻する時はそのための準備期間があるし」

 ハインツがそう言う以上そうなんだろう。


 「しかし、クラヴィル卿は本当に寝返るのか?」

 クロードの疑問ももっともだ。俺もあの人がそんな大それたことを出来るとは思えねえし。


 「寝返るさ、いいや、寝返らせる。北花壇騎士団副団長を甘く見るな、なにせ“悪魔公”だぞ」

 自信満々のハインツ。確かに、そういうのはこいつの専門だ。


 「両用艦隊の120隻もの艦がガリアからロマリアに寝返る。そして残りの80隻は俺達が率いる。よくまあこんなことを考え付くものだ」


 「考えたのは俺じゃないがな、俺はあくまで実行者だし」

 こいつの上をいくんだよなあ陛下は。


 「なあハインツ、陛下ってそんなにすげえのか?」

 いまいち実感がないんだが。


 「ああ、あれは悪魔だ。本人曰く、“何かの間違い”で生まれた存在だ。人の世界にいて良い存在じゃない」

 そこまで言うか。


 「お前も似たようなものだと思うがな」

 クロードの突っ込みが入る。


 「そうそう、おめえも十分悪魔だ。ま、人の世界にいてもいい悪魔だけどな」

 俺も続ける。


 「うーん、お前らから見てもそう思うのか」

 やや悩んでるハインツ。陛下ってのはそんだけ凄いのか。


 「まあとにかくだ、依頼されたことは実行するぞ、虐殺だろうが殲滅だろうがな」

 「いや、そこは反対しろよ」

 ものすげえ物騒なことを言うクロードに注意する。


 「大丈夫、虐殺は俺の担当だから」

 「お前かよ、つーか虐殺はすんのか」

 普通に言うな。


 「ふむ、どのような方法でだ?」

 お前も普通に尋ねるな。


 「そこは秘密、本番のお楽しみってことで、まあ、とんでもなく残酷な殺し方なのは間違いない」

 すげえよハインツ、よくそこまで言い切れるな。


 「全く動じていないお前も同じだアルフォンス」

 「心を読むんじゃねえよ」

 「何年一緒に行動してきたと思っている?」

 「なんで手前何かと一緒に行動してきたんだろうな」

 「神のせいだな、故に潰す、そうしよう」

 「いや、それはありえねえだろ」


 「相変わらず仲良いなあお前らは、アドルフとフェルディナンも同じようなもんだけど」

 ハインツに呆れられた。鬱だ。


 「空海軍は問題ない、大変なのは後方支援の二人だろう」

 確かに、この作戦ではそこが一番大変だ。


 「そうだな、これから訪ねようと思ってる」

 「へえ、忙しいって追い出されるんじゃないのか?」

 まだ忙しいと思うが。


 「まあ、そんときゃそんときだ」

 こいつも結構いいかげんだな。


 「よろしく伝えてくれ、アラン先輩にはしばらく会っていないからな」

 「おいクロード、しばらくってのはどのくらいだ」

 「10日だ」

 「ちょっと待て! 一週間が久しぶりでなくて10日がしばらくってのはどういうこった!」

 「気分だ」

 ぜってえいつか殺すこいつ。


 「ははは、まあそっちは任せた。例の件の方も頼むよ」

 お、あの作戦か。


 「ロマリアに血の惨劇を、くくく、楽しみだな」

 「クロード、物騒なこと言ってんじゃねえ。まあ、そうかもしんねえけどよ」

 否定は出来ねえか。


 「じゃあね、また会おう」


 「さらばだ」

 「じゃあな」

 そしてハインツは去って行った。



 「さて、続きと行くかね」

 「そうだな、旗艦はお前の艦がいいだろう。俺の艦は後方の要にする」

 そんで俺らも相談を続ける。








■■■   side:エミール   ■■■


 「エミール、生きてるかあ」


 「ああ~、ハインツ先輩ですかあ、お久しぶりです~」

 僕の事務室にハインツ先輩が珍しく訪ねてきたけど、あんまり相手する余裕が無い。


 「死んでるなあ、これを飲め」

 そしてハインツ先輩は何かを取り出す。


 「何ですかこれ?」

 「“働け、休暇が来るその日まで”だ。効果は保証するぞ」


 とりあえずもらって飲む。

 すると。


 「お、おおお、何か元気になってきました!」

 「お前はまだ耐性がないからな、効果抜群だろ」

 ん、耐性?


 「これって、耐性つくんですか?」

 「ああ、最早俺には効き目が無いものだけどな」

 それってもう末期症状なんじゃ…………


 「で、そっちはどうだい?」


 「まあ順調ではありますよ、けど、絶対数がもの凄いですからね。流石に大変です」

 この数は流石に体験したこと無い。

 それに、アルビオンの時と違って戦時体制じゃないのが痛い。


 「まあ大変だろうが頑張ってくれ、食糧がないとどうにもならないからな」

 僕は今回食糧担当、他の物資はアラン先輩が担当している。


 「ですね、武器が無くても素手で戦えますけど、食糧が無いと死にますもんね」

 それが軍事行動においてはないより大事。あまりそれをわかってない指揮官もたまにいるけど。


 「だけど、こんな量本当に必要なんですか?」

 ちょっと多すぎるような気もするんだけど。


 「大丈夫だ、そこに届くまで頑張って俺が集める。絶対に必要になるから」

 あまり頑張って欲しくない。

 「ですけどね、イル=ド=ガリア、バス=ノルマン、クアドループ、コルスといった穀倉地帯は当然として、ブルテール、ローヌ=アルプ、ロレーヌ、マルティニーク、リムーザン、フランシュ=コンテからも集めてますから、これ以上は無理ですよ」


 「十分だ。国土卿には感謝だな、本来なら軍務卿も手伝って欲しいとこだろうが、あの人も忙しいからなあ」

 確かに、大編成の準備は並大抵じゃないだろう。


 「ま、ここは“調達屋”の本領発揮ということで頑張りますよ。食糧に関しては一切に心配はいりません」

 これは僕の担当だ。誇りにかけてやり遂げる。


 「心強いな、しかし、お前らは本当に縁の下の力持ちだなあ。脚光は浴びないが、必要不可欠」


 「でも、その分気楽ではありますよ。こっちで決めることはほとんどないですから。もっとも、こっちの事情も考えず無茶苦茶言ってきたらぶっ殺しますけど」

 何もいいなりになる必要はない。軍ってのは全部で一個の組織何だから。


 「そこは流石だな、例の計画の方も任せた」


 「はい、あっちの方はアラン先輩との共同作業ですから、楽なもんですよ」

 この食糧集めは収集とその後の管理を両方やる必要がある。

 けど、あっちは僕が収集、アラン先輩が管理に分担できるから効率が良い。


 「じゃあ、そのアラン先輩にも会ってくるな」


 「そうですか、よろしく伝えておいてください」

 そうしてハインツ先輩は去って行った。


 「さて、まだまだ仕事がある。頑張らないと」

 刻限も近い、さっさと終わらさないと。

 まあ、収集は終わってるから、後は配分くらいなんだけど。


 僕は気合いを入れつつ書類との格闘を再開した。








■■■   side:アラン   ■■■


 「アラン先輩、今大丈夫ですか?」


 「ハインツか、問題ないぞ」


 「失礼します」

 俺の執務室にハインツが入ってくる。結構珍しいことだな。


 「おおー、エミールを超える書類の量。凄まじいですね」

 「そっちは既に終えた方だ。未だ手をつけていない書類がその五倍の量は控えている」

 「マジですか?」

 「とはいえ、倉庫にはその十倍の終わった書類があるがな」

 「化け者ですかあんたは」

 「先輩に向かってあんたとはいい度胸だな」

 「御免なさい」

 謝るハインツ、鉄拳制裁は必要ないみたいだな。


 「つまり、もう大半は終わったってことですね」


 「そうだ、食糧以外の軍需物資は全て確保済みだ」

 もっとも、そこまでの苦労は並大抵ではなかったが。


 「凄いですね、その他全部ですか」


 「とはいえ、今回の作戦は少々特殊だからな。軍需物資が必要になる数と、食糧が必要な数がまるで一致しない。こんなのは前代未聞だぞ」

 これまでと勝手が違うからな、その点、エミールの方が気苦労は多いだろう


 「でしょうね、前代未聞の作戦をやるわけですから」

 しれっと言うが、そんなに単純なことではない。


 「しかし、最終作戦ラグナロクか、よくぞこんな作戦を企画し、実行しようと思ったものだ」

 つくづく呆れ果てる作戦だ。しかし、それはもう実現寸前となっている。


 「貴方達がいたからこそですよ、それに九大卿も。この時代には素晴らしい人材が集中している。この時代でなければ不可能でしょう」

 ふむ、例の歴史を俯瞰して見るというやつか。


 「そうなると、この時代が過ぎればどうなる?」

 そこに疑問が残る。


 「緩やかな発展の時代が訪れてくれるよう、努力するつもりですよ。もっとも、それは後代の連中に任せるしかないですけどね」

 まあそうか、俺達は自分の時代で出来ることをやるだけだ。後のことまでは面倒見切れん。


 「しかし、お前はどうするんだ?」

 「俺ですか?」

 「ああ、『影の騎士団』の中でお前だけは異色だ。他の奴らはいい、それぞれに役割があり、それを実行していくだろう。だが、お前にも役割はあると思うが、お前はそれを実行できるのか?」

 こいつが走る速度は俺ら7人の中で群を抜いている。まるで、いつ燃え尽きてもおかしくないくらいに。


 「さて、どうでしょうね、俺にも正直分からないんですよ」

 分からないか。それとも、考えようとしないのか。

 こいつは世界の未来を正確に予測している。だが、そこに自分の未来は含まれているのか?


 「それが分からないのにお前は走るのか、怖くはないのか?」


 「走れない方が怖いですね、俺は俺の思うままに生きたいので」

 そうだな、それがこいつの在り方だった。しかし。


 「お前と、共に歩きたい者がいたらどうする。その者の為に一緒に歩いてやることは出来んのか?」


 「歩く、ですか」


 「そうだ、お前の傍らを歩きたいと思う者などいるかどうかは分からん。何せ異常の塊のような男だからな。だが、もしいた場合、その時お前はどうするんだ」


 「そうですね……………」

 こいつが考え込むのは珍しい。どんな問いでも明確な答えを返す男なのだがな。


 「その時にならないと分かりませんね。俺は、自分の未来を想像したことがないので」


 「そうか」

 こいつは今を生きている。過去ではなく、未来でもなく、今を駆け抜ける。

 その瞬間を味わいつくすように密度が異常に濃い人生を送って来た男だ。普段一緒にいず、たまに会う身だからこそ見えてくることもある。


 こいつは異常だ。それは誰もが認めることだろうが、何がどう異常なのか誰も正確には把握できないところが最大の異常なのではないかと思う。

 そして、俺を含めた『影の騎士団』やその他多くの者が、こいつの本質を知りながらも嫌悪しない。

 普通、異常者は嫌悪されるものなのだがな。


 まあ、こいつの周囲にいる人間も特殊な人間ばかりであるが、こいつとは違うという点においては、他の通常の者達と変わらないはずなのだが。


 「まあ、今は最終作戦を無事に成功させることを考えましょう。何せガリアのみならず、ハルケギニア全体を巻き込むので、失敗は許されません」


 「確かにな、これだけの騒動を起こしておきながら失敗しましたでは、全世界から呪われそうだ」

 必ず成功させる。それはもう前提条件だな。


 「それに、例の作戦もです。あれは楽しみですからね」


 「確かに、あればかりは誰も想像できないだろうよ」

 それほどとんでもない作戦だ。


 「お互い頑張りましょう。それでは、これで」


 「ああ、お前も死なないようにな。以前は殺しても死なないと思っていたが。今はそれ故に、殺さなくても死ぬように思えてきた」


 「なんか、いい得て妙ですね」

 そしてハインツは笑いながら去って行った。




 「あいつはいつでも笑っているな」

 あいつから笑みが消えたことなど、俺が知る限りではない。

 もっと昔ならばあったのかもしれないが、俺らと知り合った頃にはもうそうなっていた。


 「“ロキ”か、確か、異世界の神話に登場する、善でも悪でもないトリックスター」

 まさにその通り、闇ではあるが悪ではない。


 「本当に、お前はどうするんだ、ハインツ」

 その答えはあいつにも分からないのだろう。


 ラグナロク、その神話にて行われる最終戦争。

 しかし、その戦いで“ロキ”は死ぬのではなかったか?


 俺はそんなことを考えながら書類の処理を進めていた。











■■■   side:イザベラ   ■■■


 夜もかなりふけた頃、ハインツが戻って来た。


 「おかえり、どうだった?」


 「OKだ。流石は専門家集団。皆抜かりなく準備を進めてる」

 ハインツはそれぞれ担当している責任者達を巡って、進行状況を確認してきたところ。


 「そう、じゃあいよいよ始まるのね」

 ラグナロク、この世界を根底から覆す最終作戦。


 「そうなるな、とは言っても開戦の合図はロマリアからだがな。それと、九大卿達の準備はどうなんだ?」

 ハインツは裏の統括。私は表を統括する。


 「問題ないわ、末端には知らせていないけど。そもそもそういう作戦だしね」

 この作戦の内容を知っているのは一部の人間に限られる。

 王政府に仕える人間であっても、大半は最終的な判断は自分で行うことになる。


 「ここまで約4年間か、こうしてみると感慨深いな」


 「そうね、本部の連中も最近は少し緊張気味だわ。お爺様の葬式以来ね」

 それはちょうどオルレアン公が亡くなられた時期でもある。

 思えば、あの時から全ては始まったのかしらね。


 「ねえハインツ、あんたは新世界になにを望む?」


 「俺か?」


 「あんた以外に誰がいるのよ」


 「そうだな、やっぱガリア王家の一家団欒。これだろ」

 全く躊躇なく答えたわね。


 「そのためだけに全世界をぶっ壊すんだから、とんでもないわね」


 「それは陛下も同じだろうさ、要は俺達が壊したいから壊すだけだし、気に入らないものはぶっ潰すのが信条だしな」

 そう、それがこいつだった。

 秩序を破壊する者。それがハインツ・ギュスター・ヴァランス。

 私を覆っていた闇を壊したのもこいつだった。ガリア王家という6000年の歴史を持つ家に蓄積された闇。


 それは、私に限らずあらゆる王族に纏わりつき、ガリア王家を政争と簒奪、そして粛清の家に変えていった。


 今のところその最後にあたるのが私とシャルロット。もしこいつがいなければ、私は闇に囚われて、シャルロットを憎悪していただろう。
 

 「ま、“イーヴァルディの勇者”が英雄譚の代表格だが、俺達が演出するのはあいにくと恐怖劇(グランギニョル)と茶番劇(バーレスク)。ここまで悪魔らしく準備を進めてきたんだし、最後はしっかり締めないとな」


 “イーヴァルディの勇者”


 囚われの少女を救うために、勇者が竜に挑む話だったかしら。


 だけどねハインツ、私にとってはその勇者は貴方だった。


 王家という牢獄から、憎悪を生みだし続ける闇の檻から、貴方が私を解き放ってくれた。


 もっとも、その方法は勇者とはほど遠く、悪魔といったほうがいいかもしれないけど。


 囚われの王女を救うんじゃなくて、自力で脱出するよう強制したようなものだもの。


 「そうね、そしてこの作戦が終われば王家はなくなる。私はただのイザベラになる。そんなこと、昔は考えたこともなかったわ」

 仮に修道院などに入ったとしても、王家の血というものはどこまでも付き纏う。

 この政争と簒奪の国ガリアならばなおのこと。

 王家に生まれた以上、肉親と殺し合う以外に生きる道がない宿業の血なのだから。


 「だけど、その闇もここで終わりだ。俺達で終わらせる。そして、王家の宿業もその時なくなる」


 「ええ、終わらせましょう」

 そして、ハインツが立ちあがる。


 「まだどこか行くの?」


 「ああ、各地のファインダーと連絡を取ってくる。今回は彼らが鍵だからな」


 「そう、頑張りなさい」


 「ありがとな」

 ハインツはそのまま、振り返らずに出て行った。





 「もう、こっちから呼びかけないと、絶対に止まらないのよね、あいつは」

 でも、そんな彼だから、闇を破壊することが出来るのだろう。


 彼は“輝く闇”、闇でありながら自分で輝き、闇そのものを破壊する。


 「そうして、闇を破壊した後には何が残るのかしら」

 彼は走り続ける。王家の闇を破壊するまで。


 そして私は隣にいる。闇が破壊されるその時を待ちながら。




 「頑張りなさい、私の勇者様」





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あとがき

 再び久しぶりのあとがきです。

 このシルバーウィークの間続けた連続更新も、今回が最後になりそうです。次からは通常更新に戻ります。この更新速度の維持を期待されている方には申し訳ありません。

 また、この作品をいつも読んでくださる方、感想を下さる方、誤字脱字その他の報告をしてくださる方々には、改めて感謝を申し上げます。

 さて、この話もそろそろ終盤になってきました。以前3章が最終章と書いたのですが、すみません、4章まで続きそうです。もっとも、4章はそれほど長くなりませんが。

 そもそも3章自体が25~26話ほどでまとめるはずだったのが、あれよあれよという内に40話まで来てしまいました。不思議です。

 その原因として一番大きいのがルイズです。私の作品のルイズは、原作の面影を一切、一欠けらも残してませんね、原作ルイズファンの皆様には重ね重ね申し訳ありません。また、ジョゼフやイザベラなどの、原作との変更が大きいキャラの原作ファンの皆様にも改めて謝罪を。

 この作品のルイズも、もともとの予定ではもっと大人しめな性格になってるハズだったんですが… いつの間にこんなことに。ジョゼフをそうなんですが。

 ルイズ主観のシーンになると予定に2倍くらいの量になってる、ってことが多かったです。

 4章にはいるとシリアス線が濃くなる予定なので、今までのノリを期待してくださっている方々には少しつまらなくなるかも、ですのでここ数話にはギャグパートを多くしていました。

 更新速度は遅くなりますが、完結に向けて頑張っていこうと思います。




[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第四十一話  光の虚無  闇の虚無
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/26 04:29

 宗教都市ロマリアに到着した俺達はいきなり聖堂騎士団と一悶着あったが、ルイズの活躍?によって切り抜けた。


 そして、なんとか誤解も解けて俺達はロマリア大聖堂へと向かった。


 そこで、今回俺達が呼ばれた理由が明かされ、今後の動きが決定されるらしい。






第四十一話    光の虚無  闇の虚無







■■■   side:才人   ■■■


 大聖堂に移動する前に、ルイズ起こした暴虐の嵐はテファの『忘却』によって消された。

 結果、意識を取り戻した聖堂騎士団に護衛されながら、ジュリオに案内され俺達は大聖堂に辿り着いた。

 もしあの記憶が残ったままだったらジュリオは一生ルイズに逆らえないと思う。


 「ここが大聖堂か、すげえ立派だな」


 「それより凄いのは、その立派な聖堂を難民を受け入れるために解放していることね、聖堂議会の反発も凄かったでしょうに」

 ルイズがそう言う。

 大聖堂に着いてからは、俺達は二種類に分かれた。

 俺、ルイズ、テファの虚無組と、それ以外に。


 「これから教皇聖下との晩餐ね、基本的に私は口を挟まないことにするわ」


 「口を挟まない? 何でだ?」


 「教皇聖下がどんな方かまだ分かってないからね。立派な人であるのは間違いないけど、ちょっと危うい感じがするのよ」

 そう言うルイズにはいつもよりちょっと元気がないみたいだ。


 「どうした? 元気ないぞ?」

 「まあね、考えすぎってこともあるんだけど、私のこういう考えってなぜか悪い方に当たるのよね」

 「?」

 俺にはよく分からなかった。


 「まあ、とりあえずあんたはあんたが思うようにしゃべりなさい。流石に異端審問にかけられることはないと思うし、向こうだってあんたが異世界から来たことくらい知ってるはずだから」


 「あの、私は?」


 「テファも同じく、今の自分が思う通りに話せばいいと思うわ。私が思ってる通りに話すと国家間の大問題になりかねないから、今回は自重しておくわ」

 「是非ともそうしてくれ」

 まさか教皇聖下の前でさっきのようなことを言われたんじゃ俺達の心臓がもたない。


 そして晩餐が始まった。







 教皇聖下はなんというか、美形というレベルじゃなかった。

 達観したどころじゃなくて、慈愛のオーラが滲み出てた。

 完全に私欲を捨てた人間だけが放てる、全てを包み込むような光。そんな風に感じた。

 そして、ルイズの予想通り、彼もまた虚無の担い手で、ジュリオはヴィンダールヴだった。


 晩餐がしばらく進んだ後、教皇さんは本題を切り出した。


 「つまり……………女王陛下がおっしゃりたいのは、私達の力を使って、エルフから聖地を取り返したいってことなのですか? それでは『レコン・キスタ』と大差ないと思うのですが」

 話を聞いた後ルイズがそう言う。

 だけど、女王陛下? 確かルイズは女王様のことを姫様って呼んでたよな。

 「違います。そうではないのよルイズ。“交渉”するのよ。戦うことの愚を、貴方達の力によって悟らせるのです」

 女王様の答えも何か違和感がある。こんな人だったっけ?


 「どうして、聖地を回復せねばならないのですか?」


 「聖地が我々の“心の拠り所”だからです。なぜ戦いが起こるのか? 我々は万物の霊長でありながら、どうして愚かにも同族で戦いを続けるのか? 簡単に言えば“心の拠り所”を失った状態であるからです」

 そんなもんかね? 地球だったらそんなもん関係なく戦争してるけどな。 

 「我々は聖地を失ってより幾千年、自身を喪失した状態であったのです。異人達に“心の拠り所”を占領されている…………。その状態が民族にとって健康であるはずがありません。自信を失った心は安易な代替品を求めます。くだらない見栄や、多少の土地の取り合いで、我々はどれだけ流さなくてもいい血を流してきたことでしょう」

 うーん、戦争がいけないってのは分かるんだけど、その原因が、聖地が無いことってのはどうなんだろう?

 俺はこっちの人間じゃないから断言できねえけど。


 「聖地を取り返す。伝説の力によって。そのときこそ、我々は真の自信に目覚めることでしょう。そして…………我々は栄光の時代を築くことでしょう。ハルケギニアはその時初めて“統一”されることになりましょう。そこにはもう争いはありません」

 なんかどっかで聞いたことあるような、漫画とかで世界征服を企むような悪者が、大抵そんなことを言ってるような気がするんだが。

 「始祖ブリミルを祖と抱く我々は、みな、神と始祖のもと兄弟なのです」


 「あの、いいですか?」

 俺は口を開く。

 「どうぞ」

 「それってつまり、剣で脅して土地を巻き上げる、ってことじゃないですか?」

 「はい、そうです。あまり変わりはありませんね」

 さらっと返す教皇さん。


 「エルフが相手だからって、そんなことしていいんですか?あまり良くないと思いますけど」

 つーか絶対に復讐される。そりゃあ、オーク鬼とかは俺達も退治したけどさ。相手と話し合えるなら、話しあって和解するに越したことはないと思うんだが。


 「私は、全ての者の幸せを祈ることは傲慢だと思っております」

 きっぱりと教皇さんは言った。

 「私の手のひらは小さい。神が私にくださったこの手は、全てのものに慈愛を与えるには小さすぎるのです。私はブリミル教徒だ。だからまず、ブリミル教徒の幸せを願う。私は間違っているでしょうか?」


 「うーん、どうなんでしょう? 間違っていると言いきれるほど俺は頭良くないんですけど、何か違和感というか、そういうのを感じるんです」

 俺は正直に言う。

 確かに、自分の民の幸せを第一に考えるのは当然だと思う。

 日本の首相だったら日本国民のことを第一に考えるだろうし、アメリカの大統領はアメリカ国民のことを第一に考えるだろう。この際、自分の選挙のことを考えるとかは置いておく。

 けど、自分の国民のことを第一に思って、やることが他国に戦争を仕掛けることだったら、それは国民にとって迷惑以外の何ものでもないと思うんだけど。

 ゲイルノート・ガスパールみたく、自分の欲で戦争を仕掛けようが。国民の為を思って戦争を仕掛けようが。結局、国民にとって大差はない気がする。


 「サイト殿、わたくしもよくよく考えていたのです。ですが、力によって、戦を防ぐことが出来るなら……、それも一つの正義だと思うのです」


 「反対です」

 俺はきっぱりと言うことにした。

 「やっぱり卑怯ですよ、それ、ここにいるティファニアはエルフの血が混じっています。彼女の母の同族を脅すような真似はしたくありません。向こうから攻めてきたっていうんなら話は別ですけど」


 「女王陛下、私の母の同胞と…………争うのですか?」

 テファが女王様に尋ねる。


 「そうではないの。きちんとお話しして、返していただくの。だって、あの土地は、本来我々のものなのですから。その歳の交渉に、貴女に流れる血が、またとない架け橋になってくれることを祈ります」

 うーん、こんな人だったっけ?

 この人、ルイズの幼馴染なんだよな、負けず劣らずの女傑だったような気がするんだが。


 「あの、女王様、ちょっと気になることがあるんですが」

 それでも気になることがあるので聞いておく。

 「はい、何でしょう」


 「その聖地って、6000年も前の土地なんですよね」

 「はい、始祖ブリミルの時代といわれております」

 「その土地が本当に始祖の土地だった。ていう証拠はあるんですか?」

 「え?」

 驚いた顔をされる。

 「確か、エルフとか、翼人とかが使う魔法を“先住魔法”っていうんですよね。先住ってことは、先に住んでいたってことですよね。それじゃあハルケギニアの先住種族はエルフとかそういった種族だってことじゃないんですか?」

 「そうです、始祖ブリミルは“虚無”の力をもってして、強力な先住魔法を操るエルフに立ち向かったのですから」

 教皇さんがそう答えてくれる。


 「じゃあ、始祖ブリミルがエルフから土地を奪ったってことですか?」


 「いいえ、始祖は魔法という神の御業によって、土地を切り開く力を民にお与えになったのです。それによって今まで人が住めなかった不毛な土地に、人が住めるようになったのですから」


 「だったら、別に聖地にこだわる必要はないんじゃないですか?」


 「聖地は始祖が最初に降臨したとされる聖なる土地です。神の御業である魔法と共に人々には神の教えが広められました。その神を信じる者にとっては正に“心の拠り所”なのです。それがエルフに占領されているということこそが全ての悲劇の始まりなのですから」


 なんか、永久に話が進まない気がしてきた。


 「はあ、異世界人の俺にはよく分かりません。ですけど、やっぱり協力は出来ません」

 とりあえずそう言っておく、この場ではこれ以上は無意味な気がする。


 「そうですか、まあ、いきなり答えを求めるのも性急でしょう。それ以前に貴方はブリミル教徒ではないのですから、ブリミル教徒のために命を懸けろと強要することは出来ません。ですが、それとは別の問題があるのです」


 「別の問題?」


 「ガリアです。彼らは虚無の担い手を狙っている。己の欲望の為だけに行動する狂王が支配する国です。ハルケギニアの民の為に、断固としてその野望を阻止せねばなりません」

 あのミョズニト二ルンと、ガリア王ジョゼフか。

 「どうやってですか?」


 「三日後に、私の即位三周年記念式典が行われます。ガリアとの国境の街アクイレイアにおいてです。もちろん、ガリア王にも招待状を送っております」


 「それはつまり」


 「ええ、誘いです。そして、ミス・ヴァリエール、ミス・サウスゴータ、貴女方にも出席願います。そして私が虚無の担い手であるという情報を事前にガリアに流します。担い手が3人揃ったとみれば、必ずや手を出してくるでしょう」

 つまり、スレイプニィルの舞踏会でルイズが使った手段をさらに大きくしてやるわけか。


 「迎撃するってことですね、具体的な作戦はどうするんですか?」

 そっちは賛成できる。このままじゃずっと受身だからな、ここらでけりをつけておきたい。
 

 「おそらく、彼は“使い魔”を繰り出してくるでしょう。貴方方が何度か戦ったというミョズニト二ルン…………。魔道具を自在に操る能力を持った使い魔です」


 「でしょうね」

 これまでもそうだったし、あのビダーシャルはエルフだから侵攻戦には向かないはず、どう考えてもあいつが来るだろう。


 「我々は全力でミョズニト二ルンを捕まえるのです。ただし殺さずにです」

 「殺したら、新たな使い魔を呼ばれるからですね」

 ルイズの作戦でもそうだった。


 「ええ、使い魔がいなくなれば、担い手の力も半減します。そうなれば好機、後は交渉に持ち込みジョゼフ王を廃位に追い込む。そうすればガリアの脅威はなくなります」


 「それは良いと思います。いつか決着をつけないといけない相手なんですから」

 それに、ハインツさんにずっと一人で戦わせるわけにもいかない。

 ジュリオや女王様、テファも頷いている。


 「それで構わないと思います。トリステインの担い手は、教皇聖下に協力することを約束致します」

 そして、ルイズのその言葉で計画の実行は決まった。








■■■   side:コルベール   ■■■


 私は現在アニエス殿と共に教皇聖下に拝謁している。

 どうしても、彼に伝えねばならないことがあるからだ。

 私は死ぬわけにはいかない、かつて犯した巨大な罪を償い続けねばならない。

 軍人であり、王家の命令であったからといって、私が任務に少しでも疑問を持っていればあの悲劇は避けられた可能性もある。


 今となってはただの可能性、この世にはそのような“もしも”が溢れていようが、それでも人は願わずにはおられない。

 アニエス殿は私に言われた。『殺した人間の数十倍以上の人間を救え』と。

 ダングルテールの唯一の生き残りである彼女がそう言う以上、私は生きて償い続けなばならない。

 彼らの鎮魂の為に私を殺せるのは彼女だけであったから。


 しかし、もう一人私に罰を与えることが出来る人物がいるはずなのだ。

 そして恐らく、それは彼しかあり得ない。


 「聖下に、お返しせねばいけないものがございます」

 私はそう切り出した。

 そしてアニエス殿が後を引き取る。

 「失礼の段、ひらにお赦し下さい。聖下は『ヴィットーリア』という女性をご存知ですか?二十年前、ダングルテールの新教徒たちの村に逃げ込んだ女性のことを…………」


 「知っていますよ、母です」

 彼は挨拶でもするかのように平然と答えた。


 「やはり、………聖下を一目見た時から気になっておりました。その御顔立ち、あまりにもかのヴィットーリア様に瓜二つ。聖下、私は貴方の母君に命を救われました。卑怯な陰謀で私の村が焼き払われた際、ヴィットーリア様私をお庇いになり、命を失われたのです」

 しかし、彼は笑顔を浮かべていた。

 「そうですか………、それはよかった。あの人も、最後は人のお役に立ったのですね」

 私は聖下の前に出て膝をつく。


 「聖下、どうかこの私にお裁きくださいませ」


 「なぜです?」


 「その女性を………、貴方のお母君を炎にて焼いたのは、ほかならぬこの私なのです。まさか、教皇聖下の御母君とは………、なんと残酷な運命でありましょうか。おそらく、私は聖下のお裁きを頂くためにこのロマリアに参ったのでしょう」

 しかし、アニエス殿がそれを否定する。


 「命令だったのだろう?罪は貴様には無い。あるとすれば、命令を下した連中だ。そして………。その連中はこの私が直々に裁きを下した」

 だが、私に罪があるのは確かなのだ。


 「聖下、ここに、御母君の指輪がございます。これをお受取りになり、私を罰して下さるよう、お願い申しあげます」

 しかし、彼は穏やかな表情でルビーを受け取ると、全く変わらぬ口調で告げた。


 「お礼を申し上げねばなりますまい。私の指にこの“炎のルビー”は戻るのは二十一年ぶりです」


 「お礼?」


 「そうです。貴方方は御存知ないかもしれませんが、我々はこのルビーを探しておりました。それがこのように指に戻った。今日はよき日です、真、よき日ではありませんか」


 「では聖下………、お裁きを」

 私は頭を下げる。


 「なぜ、貴方に裁きを与えねばならないのですか?祝福を授けこそすれ、裁きなど与えようはずがありません」


 「ですが、聖下、私は聖下のお母君を………」


 「あの人は弱い人でした。自分の息子に神より与えられた“力”を恐れるあまり、この指輪を持って逃げだしたのです」

 私は驚愕した。彼の目には自分の母を殺した男に対する怒りの色が一切見られなかったのだ。


 「彼女は異端の教えにかぶれ、信仰を誤りました。その上、“運命”からも逃げたのです。貴方の手にかかったのは、神の裁きといえましょう」


 「聖下…………」

 彼の目には慈愛がある。どこまでもある。しかし、それしかないのではないか?

 彼は、人が人であるために必要なものを削ぎ落としてしまったのでは?

 私はそんな疑念を抱いた。


 「………残された私は、人一倍努力しました。信仰を誤った母を持つ者と後ろ指をさされぬよう、朝も昼も夜も神学に打ち込みました。その甲斐あって、私は今の地位を許されるほどになったのです」

 彼は人の情を捨てて全てを神に捧げている。

 しかし、それは人の在り方として正しいものなのだろうか?

 「ですから、祝福を授けこそすれ、裁きなど与えようはずもないのです。ミスタ・コルベール。貴方に神と始祖の祝福があらんことを」


 そうして、彼は私の罪を赦した。










 聖下の下を退出した後、私は一人考え続けていた。

 彼は、教皇として最高の人格者であることは間違いない。

 しかし、一人の人間としては致命的な欠陥を抱えているのではないか?

 その原因が私にあるとしたら、私の罪は未だ赦されてはいない。



 そうして考えていると。



 「コルベール先生、教皇聖下についてのお話を聞かせていただけませんか?」

 目の前には、真剣な表情をしたミス・ヴァリエールがいた。
















■■■   side:ルイズ   ■■■


 現在夕方。明日にはガリアとの国境の街アクイレイアに出発する。


 私、サイト、キュルケ、タバサ、コルベール先生はとある宿屋に集まり今後の相談をすることにした。


 「さて、今後の予定を確認するわよ」

 まず私がそう切り出す。

 「ちょっと待った。なんでわざわざこんなところでやるんだ?」

 しかしいきなりサイトから待ったが出た。


 「間諜対策よ、大聖堂の中じゃ安心して相談なんて出来やしないわ」

 何しろ陰謀渦巻くロマリア宗教庁の本拠地なんだから、そんな場所で会議なんてしてたら盗聴して下さいと言ってるようのものよ。


 「それって、聖堂騎士団の野郎達が聞き耳立ててるってことか?」

 「そうよ、あいつらはあくまで私達を利用したいだけでしょうから、信用するなんて論外。いつ後ろから撃たれてもおかしくないぐらいの気持ちでいくべきよ」

 それほど狂信者ってのは厄介、自分が絶対的な正義だと思い込んでる奴ほど面倒な存在はないわ。


 「なるほどな、それで、どう動くんだ?」

 「大体ロマリアが組んだスケジュール通りに動くわ、というより私達虚無組はそれしかできない。私達が今回の計画の要だからね。だからポイントはそれ以外の面子になるわ、だからこそティファニアはここにいないんだけど」

 あの子は現在マチルダと一緒に晩御飯を作ってる。ロマリアの料理は精進料理ばかりなので食べても気合いが入らない。そこで、料理が得意な二人に押し付け……もとい、任せたのよね。


 「今日の晩御飯なんだろ?」

 「脱線しないのそこ、それで、タバサ、キュルケ、コルベール先生。3人で例の“槍”をアクイレイアに運んで頂戴、あれがないとヨルムンガントに対抗できないでしょうから」

 ロマリア大聖堂の地下墓地(カタコンベ)にはロマリア聖堂騎士団が聖地付近に密偵を送って回収してきた“場違いな工芸品”が大量に保管されていた。

 そこにあった兵器類は全て異世界出身であり、ガンダールヴであるサイトにしか扱えない品々で、それがすなわちガンダールヴが右手に掴んだ“長槍”らしい。


 「燃料となる“がそりん”の『錬金』は終わっているよ、後は運び込むだけだ。しかし、あれほど重いものを運ぶのは『オストラント』号であってもいささかきついと思うが」

 コルベール先生の言葉には若干の不安が見られる。

 「大丈夫よジャン、『オストラント』号ならあの程度の荷物で沈んだりはしないわよ。何せゲルマ二アの冶金技術の結晶でもあるんだから」

 『オストラント』号はいたるところにゲルマニアの技術で作られた鉄が使用され、強度は通常の船より遙かに高い。もっとも、一等戦列艦には敵わないでしょうけど。


 「それよりも気になるのは例の“長槍”、あれ、大丈夫?」

 タバサが疑問を呈する。ま、もっともな疑問ね。

 「確かになあ、絶対あるはずねえもんがあったからなあ」

 サイトも同意する。


 「ま、下手人はわかっているんだし、問題はないでしょ。あんな真似する馬鹿はハルケギニアに一人しかいないわ」

 サイトの世界の“たいがー戦車”とやらにはサイトの国の言葉である言葉が刻まれていた。


 『ルパン三世参上』

 と書かれていたらしい。


 どう考えてもあの馬鹿しかありえないわ。


 「しかし、ハインツさんはどうやって入ったんだろう?」


 「そこは本人に聞くしかないんじゃないかしら? だけど、これが示しているのは恐ろしい事実。ガリア北花壇騎士団はロマリア宗教庁の地下墓地にすら簡単に忍びこめるということ。つまり、ロマリアの陰謀は完全に筒抜けってことね」

 この事実は当然ロマリア側には伝えていない。トリステインが持つ情報面でのアドバンテージをわざわざ手放すことはないもの。


 「今回の作戦は全部向こうに知られてるってことだよな」

 「教皇聖下もそれは承知の上で仕掛けるみたいだから、そこはあまり意味無いんだけどね。問題はもう一つの陰謀の方よ」

 こっちも完全に知られているということ、何せ情報源が彼らなんだから。


 「もう一つの陰謀?」

 タバサが訊いてくる。


 「現在ロマリアの国境付近に聖堂騎士団に率いられた四個連隊9千が駐屯中、しかもその上にはロマリア皇国艦隊40隻も待機している。これに対抗するには両用艦隊を動員するしかないわ」


 「もう既に国境を兵で固めてるってことか、それって敵に進撃してくださいって言ってるようなもんなんじゃないのか?」

 流石にアルビオン戦役を戦い抜いただけはあるわねサイト。かなり戦略や政略に詳しくなってきたようね。


 「そうよ、完全な挑発行為ね。流石に国境が軍隊で固められていたらミョズニト二ルンといえど、あのヨルムンガントをロマリアに運び込むのは不可能よ。そうなると当然運ぶために船が必要になる。つまりは両用艦隊ね」

 ロマリアはそれを狙ってあえて軍を国境に集結させている。トリステインには気付かれていないつもりなんでしょうけど、甘いのよ。

 「なんで貴女がそんなこと知ってるの?」

 キュルケの疑問ももっともね。


 「アルビオンからティファニアを連れて来てから、馬鹿達が女子風呂を除くまで私は学院にいなかったでしょ。その間にハルケギニア諸国の情報をもらってきたのよ」


 「もらってきた?」

 コルベール先生が首を傾げる。


 「ええ、とある場所に赴いて情報を頂いてきたんです。代わりに向こうにもこっちの情報を渡しましたからギブアンドテイクの関係ですけど」

 もっとも、こっちが圧倒的に有利というか、あえてこっちに情報をくれたんでしょうけど。

 「そりゃいったいどこだ?」


 「リュティスにある北花壇騎士団本部よ」


 「はあ!」

 「!?」

 二人が一斉に反応する。キュルケとコルベール先生は割と落ち着いてるわね。


 「簡単に言えば上司への挨拶といったところかしら。一応ファインダーのトリステイン魔法学院担当になってるから、私」

 だから、学院内にいたメッセンジャーやシーカーは私が掌握している。例の女子風呂覗きを捕らえられたのもその情報網を駆使したからこそ。


 「ちょっちょ、ちょっと待て! 聞いてないぞ俺!」

 「言ってないもの。とはいえガリアに仕えているわけじゃないわよ。ガリア国内担当はガリア王政府から年給をもらってるけど、国外の支部はあくまで協力者。資金のやり取りはあるけど臣下ってわけじゃないから、要は取引よ」

 それが本国と他国の支部の違い。去年の夏季休暇の頃に既に、そういった関係であることは知っていた。


 「まあそういうわけで、貴女の姉上にも会って来たわよタバサ。流石に北花壇騎士団の団長だけはあったわ、あれはマザリーニ枢機卿を上回ってるもの」

 トリステインの国政をやらせれば一番優れているのは間違いなく彼。しかし、あのイザベラはその上をいっていた。そして実動部隊をまとめる副団長がハインツなんだから正に鉄壁の布陣ね。

 北花壇騎士団団長“百眼”のイザベラ。

 北花壇騎士団副団長“毒殺”のロキ(ハインツ)。

 団長だけは偽名じゃなくて本名をそのまま使ってるみたいだけど。

 それに、副団長の異名は“粛清”、“闇の処刑人”、“悪魔公”、“死神”。最近は“虐殺”と“神殺し”とかも加わったとか。何でも王政府に逆らう封建貴族やロマリアの神官とかを容赦なく表側で殺しまくっているらしい。


 「元気そうだった?」

 やっぱり姉のことが気になるみたいね。

 「忙しそうではあったけどね、元気かと問われれば、全開という答えが正しい感じだったわ。もの凄い書類に囲まれていたもの」

 あれを普通に処理しているんだから凄いわ、私も書類仕事は得意な方だけど流石にあれには勝てそうにない。

 ハインツ曰く。

 『お前は理論者だが、実践が出来ないわけじゃない。しかし、イザベラは実践が出来ない。そこの差は大きいな。何せお前が虚無に使ってる容量を、イザベラは全部内政や外交などの能力に充てているんだからな』

 らしいけど、実に分かりやすい理屈だわ。


 「ってことは、お前はガリアの手先ってことになるのか?」


 「やろうと思えばロマリアの情報をガリアに流すことも簡単に出来るわ。といっても相手はガリア王政府じゃなくて北花壇騎士団だけど。大して違いないようで結構違うのよね、公式に存在しない裏組織と表の政府じゃ。だけど、そんな必要も無いわ。だってガリアの情報網は既にロマリア全土を包んでいるそうだから」

 現在ガリアの外務卿を務めるイザーク・ド・バンスラード。

 彼が作り上げた対ロマリア情報網は全く隙が無い。私が今回得た情報も全て彼が入手したものだという。


 「だけど、そこまで分かっていながらあえてロマリアに協力するの?」

 キュルケの疑問も当然のものね。


 「そこまでは分かってもね、それがロマリア全体の考えなのか、それとも教皇の個人的な意思なのか、そこまでは判断がつかなかったのよ。それに、先だって教皇がトリステインに訪れてもいたしね。ここはあえて敵の本陣に乗り込んで実態を攫むってことになったの、トリステイン国内は枢機卿が固めてる。秘密裏だけど、数千単位の兵をいざとなれば動かせるようにしておくらしいわ」

 「そこまでやってたのかよ」


 「それにあんた。今回の姫様の態度、なんか疑問に思わなかった?」

 ティファニアはともかく、サイトなら違和感に気付いたと思うけど。


 「ああ、なんか変だったよな。あんな人じゃなかったと思うんだけど」


 「あれは姫様の演技よ、教皇の理想に共鳴して見事に騙されるトリステインの小娘の役ね。こと演技に関してなら姫様は凄いわ。何せ本人がそう思い込むくらいに完全に役になりきるんだもの」

 私と姫様は幼馴染だから昔からよくままごとはやったけど、その当時から姫様の演技力は凄かった。

 もし王家じゃなくて普通の街娘に生まれていたら、トリスタニアの劇場の主演になってたでしょうね。


 「あれが演技かよ」

 「当然よ、外交ってのは笑顔で握手を求めながら、逆の手には毒を塗ったナイフを握りしめているものだもの。トリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインはそういう駆け引きが上手いのよ。特に、無知で愚鈍な小娘の振りをして相手を騙すのがね」

 でも、マザリーニ枢機卿やゲルマニア皇帝アルブレヒト三世なども負けず劣らず老獪。

 教皇は陰謀には優れていても、他国人との対等な立場での外交経験が無い。宗教の権威である彼ではそういう状況があるわけがないし、それ以前はロマリアから出ることがなかったそうだから。


 「…………………女って、怖いんだな。特にお前の周りに奴らは」


 「そういった意味ではティファニアは純粋よ。簡単に手籠に出来るわ。もっとも、大魔神の報復を覚悟する必要があるけどね」


 「誰もいねえだろうな」

 「皆無」

 「いたら凄いわ」

 「だろうなあ」

 その辺の意見は満場一致みたいね。


 「まあそういうわけで、ロマリアの腹は読めたわ。あえて敵の艦隊を引き出して“聖戦”で片をつけるつもりでしょう。ガリアにエルフが協力してるのは間違いないから“聖敵”にする理由には事欠かないわ」

 皆が沈黙して少し考え込む。考えをまとめる時間は必要でしょうね。




 「それに、我々も参加するのかね?」

 コルベール先生が口を開く。


 「ええ、そうなります。というよりもロマリアがそうなるように仕組んでいます。ミョズニト二ルンの襲撃を迎え撃つところまでは確かに私達とロマリアの利害は一致する。しかし、その為に私とティファ二アは教皇の傍に控える巫女というかたちになりますから。その状態で“聖戦”が発動されれば従軍は避けられないでしょうね」

 実にロマリアが考えそうな策ではあるわ。

 「それを分かった上で協力すんのか?」

 「そうよ。いい? この戦いはロマリアとガリアの全面戦争。だからどっちが勝つにせよ国際関係の変化は免れない。だからそうなった時にトリステインにとって最良になるのはどういう場合か考えるべき。その上であえてロマリアについて戦うことにしたのよ」


 「あ、なるほどね」

 キュルケは分かったみたいね。こういう部分に意外と鋭い。


 「ってことは、どうなるんだ?」


 「もしロマリアが勝てば、虚無の担い手として協力したトリステインは相応の発言力を得る。だけど、多分ガリアが勝つわ。その場合に備えて私達は可能な限り前戦で暴れまくる。そうすれば向こうもトリステインは小国だけど強力な人材を保有していると認識する。ロマリアと違ってガリアは現実主義だからね、そういう国にわざわざ攻め込むことはせずこれまで通りの外交関係を保とうとするでしょうね。“窮鼠猫を噛む”なんてことになったら最悪だし」

 「なるほどなあ」

 「でも、ロマリアはそういう国じゃないから、やるんなら徹底的にやるわ。恐らく、ガリアはロマリアを滅ぼす。それも完全に。だから、私達はロマリアを生贄にしてトリステインを生き残らせるために戦うのよ」

 それが私、姫様、枢機卿で出した結論。

 この国に来た段階ではまだ決まってなかったけど、予めいくつかの行動パターンは決めておいて、ロマリアの反応次第でどう動くかは臨機応変ということになっていた。


 「それで全員連れて来たのか」

 サイトが納得するように頷く。


 「まあ、それが水精霊騎士隊にとっては大きな理由ね。だけど、私達にとってはある意味それ以上に大きな理由があるわ」


 「大きな理由?」

 タバサが首を傾げてる。ラブリーだわ。


 「ねえ皆、最近のハルケギニアをどう思う?」

 そして私は本題に入る。


 「俺にはわかんねえけど?」

 サイトが否定する。彼はハルケギニア人じゃないから当然なんだけど。


 「多分あんたには実感がないでしょうけどね、ちょうどあんたが召喚されたあたりから、ハルケギニアは大きく動いてる。アルビオン王家が一度は滅んだこと。共和制の国家が出来たこと。そして、浮遊大陸アルビオンがハルケギニアの軍に降伏したこと。どれもこれも6000年に一度もなかったことなのよ」

 「それは」

 「確かに」

 「そういえばそうね」

 3人の反応はそれぞれだけど、大体似たようなものね。


 「そして“虚無”。これも6000年間なかったこと。これまで何人かいたのかもしれないけど、いずれも歴史の表舞台に出てくることはなかった。だけど、ついにこの戦いでは担い手同士が表舞台でぶつかり合うことになる。歴史の大きな転換点と言っていいかもしれないわ」

 その確信を得たのはここに来てからだけど。

 「今は世界が動いてる。それもどんどん加速しながらね。だったら、どこかに収束点があってしかるべき。今回はその収束点だと思うの。4人の担い手が集結して、それぞれの思惑で動いている」

 まあ、ティファニアはちょっと別だけど。

 「だけど、何で分かるんだ?」


 「その布石があちこちにあったのよ。アルビオンの担い手であるティファニアの姉のマチルダが魔法学院で秘書として働いていた。ガリア王ジョゼフの姪であり、深い因縁を持つシャルロットもまた留学生として魔法学院にいた。そして、教皇と因縁があり、『炎のルビー』を持っていたコルベール先生も魔法学院にいた。トリステインの担い手である私がいる魔法学院にね。よく出来ていると思わない?」

 「出来すぎだな」

 「全部揃ってた」

 「まさかね」

 「だが、その通りだ」
 反応はそれぞれ、だけど否定できる要素はどこにもない。


 「つまり、私が担い手として覚醒すれば、他の担い手と接触するのは必然だった。そして今、マチルダ、シャルロット、コルベール先生、ティファニア、私、サイトと、その全てがここにいる」

 「私だけ仲間はずれね」

 「あんたはゲルマニア人だからね、だからこそ物事を伝説に捉われずに見れる利点もあるわ。要は純粋な利害関係だけで見れるということ。そういうのもいないとバランスが悪いもの」

 それがキュルケの役割。

 「確かにね、そう考えると、本当にフルメンバーなのね」


 「だからここで逃げても無駄なのよ。時代が進んでる以上、必ず担い手がぶつかる時が来る。だったら、早い方がいいわ。それに、逃げたら次の世代に押し付けることになるかもしれないしね」

 「次の世代?」

 これも話してなかったわね。


 「ミョズニト二ルンが言ってたんだけど、私が死んでも代わりはいる、というか出来るみたいなの。多分私に限らず全ての担い手に言えることなんでしょうけど、ここで私達の代で衝突が避けられてもいつか必ずぶつかるわ。それよりは私達でけりをつけたほうが気分いいでしょ」


 「そりゃそうだな、他人任せは性に合わねえ」

 「自分の手で掴み取ってこそ」

 「厄介事は好きよ、私は」

 「次代に生きる者達の未来を切り開くことが、私の務めだ」

 これまた満場一致、皆基本的に似た者同士だからね。


 「だから、私は逃げずに見届けようと思うの、“光の虚無”と“闇の虚無”の戦いをね」

 これは私の意思。

 これだけは私が見届けたいのだ。


 「“光の虚無”と“闇の虚無”?」


 「ねえサイト、あんたは教皇聖下に会ったけど、どういう印象を受けた?」

 これは結構重要よ。

 「あの人か、うーん、悪い人じゃあねえと思うんだけど。なんか歪っていうか、上手く表現できねえんだけど、人間らしくないのかな?」


 「うん、いい線いってるわ。あの人はね、究極の“善人”なのよ。混じり気の無い、純粋な“善”。言ってみれば、“理想の教皇”ね」

 だけど、それでしかない。

 「“理想の教皇”か、確かにそんな感じだな」


 「そうよ、けど、それだけ。確かに理想の教皇であるけど、そこにヴィットーリオ・セレヴァレという個人が無い。誰にでも優しい、慈愛の教皇、だけど、それは誰も愛さないことと同義。神からの愛しか求めていないあの人は、神様以外を愛せないのよ」

 最初はそうじゃなかったはず、人間なら誰だって誰かを好きになる。それが無い人もいるけどそういう人は代わりに憎悪を持つ。だけど彼にはそれすらない。この世でもっとも美しく優しい鏡。それが彼。

 「神以外愛せない………」

 コルベール先生が呟く、思うところがあるんでしょうね。


 「だから彼には決して人間は救えないわ。だって、人間が分からないんだから。善しか持ってない彼には善悪を持つ人間の心が分からない。仮に、悪しか持ってない人間がいても同じことでしょうけど。要は、神も悪魔も大差はないのよ、どこまでも人間とは違う異常性の具現でしかないんだから」

 その闇は恐らくガリア王。けど、今はそれとも違う存在になってるかもしれない。

 だって、ガリアにはあいつがいるんだから。

 「コルベール先生、教皇聖下は貴方を赦したのですよね?」


 「ああ、だが、あれは彼の心ではないのだな。今思えば、あれは正に理想の教皇の言葉だった。神の信仰に背き、虚無から逃げた母を彼は弱い人間と呼び、何の感情も持っていないようだった。しかし、彼女、ヴィットーリアは、息子がそのような存在になってしまうことをこそ、恐れていたのではないか?」


 「多分、そうだと思います。二十年前ならばそれはまだ教皇聖下が物心つく前のはず。彼は一番先に目覚めた虚無の担い手だったのでしょう。ロマリアの秘宝とあの『炎のルビー』によって。そして、息子を宗教の道具に利用されることを恐れた彼女は息子を連れて逃げようとした。けれど失敗して、何とか『炎のルビー』だけは持ってダングルテールに逃れた」

 「しかし、ロマリア宗教庁はそれを逃がさず、あのリッシュモンを使ってダングルテールごと焼き尽くさせた。後に知ったことだが、ロマリアの聖堂騎士が焼け跡に入って新教徒の証拠などを集めていたそうだ。その目的は間違いなく…………」

 「『炎のルビー』でしょうね、しかし、それはコルベール先生が持っていたから彼らの手に渡ることはなかった。そして、一人ロマリアに残されたヴィットーリオという少年は、信仰を誤った母を持つ者と後ろ指をさされぬよう、朝も昼も夜も神学に打ち込んだ。そして、“虚無”に飲まれ、人としての愛情を無くし、全てのブリミル教徒のために尽くす神の代行者が誕生した」


 「何という皮肉な話だ。彼をそういった存在にしない為に命を懸けた母の必死の行動が、彼をそういった存在にしてしまったとは……」

 コルベール先生の声に力が無い。


 「そうして、“光の虚無”は誕生したわけですね。人としての愛情を捨てて、神の世界を実現するためだけに生きる。顔のない青年。優しい鏡が」

 虚無とは、そういう宿業を持った者達に刻まれている呪いのようなもの。


 「ってことは、闇の虚無ってのは?」


 「当然ガリア王よ、聞きたい?」


 「いや、この流れでそっちを話さないとかありえないだろ」


 「そう、話してあげてもいいけど。その条件として、タバサを抱きしめてキスしなさい」

 「ぶはっ!」

 噴き出すサイト、いい加減慣れればいいのに。

 「なんでそこでそうなるんだ!」


 「キスは冗談としても、抱きしめるのはマジよ。最低でも手を握ってあげるくらいはしなさい、出来れば後ろから支えるように抱きしめてあげること。この話はシャルロットにとっても辛い話になるんだから」

 ここはシャルロットと言うべきね。

 「……」

 シャルロットは無言。知りたいけど、知るのが怖いんでしょうね。


 「大丈夫だシャルロット、俺がついてるから」

 そう言いながらしっかり抱きしめるサイト。うん、こいつはやるときはやる男だからね。

 本当に、いい男をつかまえたわね、シャルロット。


 「それじゃあ話すけど、これを私が知ったのはあの二人から。というより、これを聞く為に北花壇騎士団本部に行ったといっても過言ではないわ。シャルロット、この話を私からするのには大きな意味がある。なぜ彼らがこれまで貴女に話さなかったのか分かるかしら?」


 「…………」

 無言で首を横に振るシャルロット。

 「それはね、彼らにも分からなかったからよ。知ってはいても、理解することは誰にも出来ないものなのこれは。私だけは例外だけどね」

 ティファニアでも無理ね、あの子は特殊だから。

 「それは、お前が虚無の担い手だからか?」


 「そう、教皇の存在がどういうものかが分かったのもそれ故よ。あれは、私のなり得た可能性の一つ、だから分かる。そしてガリア王ジョゼフも同じ、彼も私がなり得た可能性なのよ」

 本当、悪い夢だわ、古い鏡を見せられているようなものだもの。

 しかも、そこにはそのまま成長した自分が映っている。


 そして私は語り出す。イザベラとハインツから託された。ある兄弟の物語。

 誰よりも愛し合いながら、結局は闇に飲まれた、宿業の家の物語を。


















 「私が知るのはそこまでね、そうして、虚無の王は完成したわけよ」

 兄が弟を殺し、その血塗られた冠を被ったその時に、“虚無”は目覚めた。

 おそらく間違ってはいない。ガリアの“始祖の香炉”は戴冠式の日くらいしか宝物庫から出されることがないらしい。

 それ以前に彼がそれに触れる機会があったとしても、『土のルビー』がなければ意味がないのだから。


 「誰よりも愛していたから、殺しちまったのか?」

 サイトが呆然としながら言う。彼でもそうなるほどこの話は重いものね。

 シャルロットはサイトの腕の中で震えてる。自分とイザベラもそうなっていた可能性が高いということを知ったのだしね。


 「ええ、その気持ちは痛いほど分かるわ。だって、私もそうだったもの」

 ここからは私の話になる。

 「お前も!?」

 サイトが驚く。まあ、今の私からは想像もつかないかもしれないけど。


 「あんたが最初に出会った頃の私を考えなさい、そうすれば少しは想像つくと思うわ」

 あの頃の私は酷かったからね。

 「うーん、そう言われてもな、今のお前のイメージが強すぎて………」

 想像するのが難しいと、ま、仕方ないかもね。


 「私も同じだったのよ、魔法が使えなくて、自分より遙かに上手く魔法が使えるエレオノール姉様に嫉妬してたわ。姉様だけじゃない、母様も父様も共にスクウェアメイジで、トリステイン中で比較しても並ぶ者がいないくらい立派な貴族だった。そんな二人の子供として生まれたのに、私は魔法が使えなかった。劣等感の塊だったわね」

 ハインツが言っていた。

 『お前の最大の不幸はラ・ヴァリエール家に生まれたことにあるだろう』

 正にその通りだったわね。


 「なんていうか、人間失格ね。他人はおろか家族すら疑いの目でしか見れないようになっていた。誰もかもが私を見下しているのだと、自分で勝手に檻を作って、そこでただ方向性もなしに暴走するだけ。まさに“ゼロ”のルイズだわ」

 我ながら呆れ果てる存在だったわ。

 けど、私はなりたくてそうなったわけじゃない。そこには恐ろしい罠があった。


 「母様も父様も姉様も、私を愛してくれていたのよ、私がそれに気付かなかっただけで。でも、気付くのは困難だった。それほど虚無の呪いは恐ろしいものよ」

 今だからこそ分かる。それがどれほど恐ろしいものか。


 「虚無の呪いだって?」

 サイトが問う。

 「ええ、父様も母様も娘として“ルイズ”を愛してくれた。姉様も妹として“ルイズ”を愛してくれた。けど、同時に“公爵家の三女”には厳しかったわ。ただ甘やかすだけじゃしょうもない貴族にしかならないから、それはとても良いことよ。だけど、歯車が僅かにずれていると、それは最悪の組み合わせになるのよ」


 「最悪の組み合わせ…………」

 シャルロットが考え込む。ついさっきそんな話があったばかりだものね。


 「彼らは甘やかすだけじゃなくて、貴族が必要とされることを教えた。礼儀作法や立ち居振る舞い、そして、最も重要とされる魔法。だけど、私はそれを使えなかった。どんなに頑張っても使える気配すらしなかった」

 今思い出しても、辛い日々だったわね。

 「でも、厳しいというのは愛情の裏返し。愛情がないならほっとくものね。彼らは私に期待してくれた。だからこそ厳しかった。私も大好きな家族の期待に応えようと必死に努力した。だけど、魔法は使えなかった」

 皆の表情が暗いわね、まあ、聞いてて笑える話じゃないし。

 「私はよく一人で泣いていたわ。でも、当然親はそんなことに気付いている。ある時ね、魔法が出来なくて泣いている私を母様が優しく抱きしめてくれたの。そして、泣き続ける私に言ってくれたわ。『大丈夫よルイズ、貴女ならきっと出来るわ。自信を持って、私の子供である貴女が出来ないわけはないわ』ってね」

 シャルロットの表情が変わる。気付いたわね、この言葉が含む恐ろしい罠に。


 「そして私は立ち直った。母の愛を受けてこれまで以上に努力した。私は母様と父様の娘なんだから出来ないはずはないってね。小さな体で一生懸命頑張り続けたわ。けど、魔法は使えない。そして、祝福の言葉は呪いの言葉になる。もし、このまま魔法が使えなかったら、私は母様と父様の娘じゃないんじゃないか? 愛してもらえなくなるんじゃないか? 当時の私はそのことを自覚していなかった。いえ、自覚することを無意識に避けていた。そう考えたら自分が壊れるから」

 優しい母の言葉は何よりも恐ろしい呪いに変わった。“魔法が使えない”たったそれだけのことなのに。

 何度心の中で叫んだかしら?

 『どうして!? どうして私は魔法を使えないの!? 母様の子供なのに! 父様の娘なのに! エレオノール姉様の妹なのに! どうして! どうして! どうして! 使えなきゃ駄目なのに! 愛してもらえなくなっちゃうのに! どうしてなの!?』


 「そうして私の中の闇はどんどん大きくなっていったわ。幸い、家族を殺すほどの決定的な出来ごとはなかったけれど、そのまま“始祖の祈祷書”と『水のルビー』によって覚醒していたら私はきっと教皇と同じ存在になっていたでしょうね。自分の苦しみはこのためにあったんだ。自分は選ばれた存在で、母や父ですら届かない至高の存在なんだ。自分は神に選ばれた偉大な虚無の担い手、だから人と違って当然、そしてこれからは聖女として皆から崇められる存在になる。もう誰も私を見下したりなんかしない。ってとこね」

 そうやって、“光の虚無”は生まれる。家族を殺していれば“闇の虚無”が生まれる。

 どっちも本質は変わらない。自分にとって最も価値がある存在だったものが、他のものと変わらない存在になり、特別なものがなくなる。

全てを愛するか、全てを憎むかの違いだけ。

 正に光と闇、表裏一体。


 「ねえサイト、アルビオンの艦隊を吹き飛ばした後の頃の私は少なからずそういったところがなかったかしら?今言ったくらいには酷くなかったにせよ、そういった要素はあったはずよ」


 「うーん。言われてみれば。皆から認めてもらいたがってたような感じがするな」


 「そんなところね、でも、それは誰でもが思うことでしょう? 大小の差こそあれ、誰かに認められたいというのは人間の純粋な望みよ。神さえ認めてくれればそれでいいというのとは違って、私は人間であれていたのよ。つまり、私を人間にしてくれた存在がいたの」

 それはあの人のおかげ、あの人がいてくれたから、今の私がここにいる。


 「それって」

 「ちいねえさまよ」

 私の憧れ、私の理想、そして、私のこの世で一番大切な人。


 「カトレアさん?」

 「あの人」

 サイトとシャルロットは面識あったわね。


 「そうよ、ちいねえさまだけはね、私に期待しなかった。ちょっと言い方が悪いけど、ちいねえさまは私に“貴族”らしくあることを一切求めなかった。ただ、“ルイズ”であればいい、ただの女の子として幸せに生きてくれればいい、それだけを願ってくれたの。ちいねえさまには、それすら出来なかったから」

 魔法の才能ならエレオノール姉様はおろか、母様よりあるだろう。

 何せ、普段まともに使えるほど体調がよくないのに、百メイル以上離れた場所の鎖を『錬金』で壊すほど。

 土のスクウェアメイジですら、そんなことをするのはかなりの精神集中が必要なのに。

 だけど、身体が弱く、ヴァリエールの土地を出たことすらない。あんなに優しい人なのに。


 「人間ってのはね、自分を必要としてくれる人間が一人でもいれば、それだけで生きていけるのよ。私を救ってくれたのはちいねえさまだった。ちいねえさまにとって私は“貴族”でも“公爵家の三女”でも“虚無の担い手”
でもなく、“小さなルイズ”だった。ただの妹だったのよ」

 それがどれだけ私を救ってくれてたのか、それすら昔の私は気付かなかった。ただちいねえさまの愛に甘えるしか出来なかった。


 「だから私は人間でいられたの。虚無に覚醒した時、私は人間であることにこだわった。要は、“聖女”よりも“ちいねえさまの妹”でありたかったのよ。その方が私にとって何倍も価値があるものだった。救ってくれない神様よりも、愛してくれるちいねえさまの方が大事だったの」

 無意識に私はそう思っていたのだ。ちいねえさまが私に与えてくれた愛は、虚無の侵食から私を守ってくれた。


 「でも、それからまた変わったのよね、貴女は」


 「そうよ、そんな光でも闇でもない宙ぶらりんな状態の私に、ちょうど、そんなどっちでもない混沌の具現のような訳分かんない男が接触してきたの。そいつと触れ合うことで私は完全に虚無とは違う存在になった。それが“博識”のルイズ。私の誇り、私の在り方。神に縋る虚無ではなく、私は人間であることを望んだ。人間の力で神様に打ち勝ってやろうと思った。だから私は“博識”なのよ」

 あれは“輝く闇”。

 ある意味、虚無の対極にいる存在ね。


 そうして今の私がある。

 偶像はいらない、憎悪もいらない。私は私であれば良い。

 私が私らしくあること、それがちいねえさまの願いであり、私の願いでもあるのだから。


 「そうして見ると、ティファニアは奇蹟よ」

 心の底からそう思う。


 「奇蹟?」

 「ええ、あの子もね、母を目の前で人間に殺されて、エルフの血を引いているという理由だけで存在そのものが否定された存在。十二分に闇を孕む要素はあったはずなんだけど、全くその影響がないわ。エルフの血がなせるのかもしれないけど、それ以上にティファニアの気質の問題でしょうね」

 あの子は自然体。

 誰をも愛するという点では教皇と似てるけど、絶対的に違う。

 あの子は人を嫌うこともあるし、怒ることもある。時には我が儘も言うし、泣きたい時には泣く。

 でも、憎むことをしない。拒絶しようとしない。あの子の方から人間を拒絶することはない。それは信じられないことだわ。


 「だから、私達担い手にとってあの子は希望よ。虚無の呪いは絶対的なものじゃない。人間の心次第で乗り越えることが出来る。私じゃあの子のように愛することは出来ないから、私は私のやり方で虚無を超えてみせる。もっとも、ある意味もう達成できてるけどね。私が“虚無”ではなく“博識”を名乗った時点で私は虚無に縛られることはなくなったから。ま、ハインツのおかげではあるけどね」

 あれはそういう特性を持っているのね。


 「すげえなあの人」


 「私に限らず、『ルイズ隊』の面子は少なからずハインツの影響を受けているわ。あんたに戦い方や心構えを教えたのはあいつ。シャルロットは言うまでもなし。キュルケだってあいつに会ってから奔放さが増してるし、ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーもそれぞれに。そして、コルベール先生もですね」


 「そうだな、私は彼に会って確かに変わった」


 「でも、皆、違和感がないのよね。ハインツの影響を受けてハインツらしくなるんじゃなくて、それぞれらしくなっている。私は私らしく、サイトはサイトらしく、シャルロットはシャルロットらしく、キュルケはキュルケらしく、ギーシュはギーシュだし、マリコルヌはマリコルヌ、モンモランシーもモンモランシーらしいわ。そしてコルベール先生もコルベール先生らしく、要は皆、本質に近づいたってことだと思うわ」

 あいつを恐れるのは見せつけられる鏡を恐れるということ。

 あいつは自分しかない、ハインツはハインツでしかない。そこに他の要素が一切ない究極の異常者。

 一体、どうやればあんなのが生まれるのかしらね?



 「まあつまり、今回はそんな光と闇、そして混沌がぶつかり合う大舞台よ。当然危険度はこれまでの比じゃないし、死ぬ危険も大きくなる。生半可な覚悟じゃ乗り切れないわよ」



 「愚問だぜルイズ、そんなのを怖がるような奴だったら、そもそも『ルイズ隊』に入ってねえ」


 「同意するわ、“微熱”の情熱の炎は誰にも消せないのよ」


 「私は戦う。これは私の家族の問題だし、私も戦いたい。いつまでも兄と姉の後ろにいるだけではいたくない」


 「私も戦うよ。たとえ微力であろうとも、教え子を守るのは教師の務め。戦って欲しくないのが本音だが、逃げられないならば、戦うしかないのだから」


 ま、聞くまでもなかったわね。


 「それじゃあ、会議はここまで、ティファニアとマチルダがおいしい晩御飯を作って待ってるわ。さっさと帰りましょう」

 「応よ!」

 「楽しみ」

 「十分金取れるわよね」

 「その発想はどうかと思うのだがね」


 そして、私達は戦場へ向かう。


 恐らく、これが虚無を巡る最後の戦いになる。いや、そうさせる。

 長くなりそうだけど、ここが正念場、全力を出し尽くす。


 今回は見届け役ではあるけど、見届け役が前戦で暴れ回るのもたまにはいいだろう。


 “光の虚無”と“闇の虚無”、そして混沌。

 ついに激突する時が来たのだ。







[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第四十二話 前編 神の名の下の戦争
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/09/29 20:27
 ロマリアの教皇聖エイジス三十二世、ヴィットーリオ・セレヴァレの即位三週年記念式典が開かれるアクイレイアの街に担い手が集結。

 アクイレイアの街はガリアとの国境にあり、その北方10リーグには火竜山脈を貫いてガリアに通じる虎街道が存在する。

 そこには既にロマリア連合皇国の軍と艦隊が集結しており、ガリア軍の侵攻を迎え撃つ備えを万全にしていた。

 そして、ガリアの侵攻準備もまた完了していた。






第四十二話  前編   神の名の下の戦争





■■■   side:ハインツ   ■■■

 「シェフィールドさん、いよいよですね」

 俺は技術開発局でこれから出撃するシェフィールドを見送る。

 既にヨルムンガントが10体、軍港サン・マロンにある実験農場に運び込まれており、あとは彼女が『ゲート』で向かえば出撃準備は完了する。


 「ええ、貴方も準備を怠らないことね。今回の軍団(レギオン)は私だけではないのだから」

 今回の侵攻の先陣はシェフィールド、後陣は俺となる。

 俺もまた独自の軍団(レギオン)を率いて出撃する。もっとも、ヨルムンガントのように巨大ではないので『インビジブル』があれば事足りる。


 「まあ、俺の方はそちらと違って軽量ですから問題ありません。しかし、よくぞまあ、あんな方法でサン・マロンまで運びこんだものですね」


 「陛下に不可能はないわ。なにせ、私の旦那様だもの」

 そこで惚気るな。


 ヨルムンガントをリュティスから約750リーグ離れたサン・マロンに運ぶために、陛下は直径30メイル近くある巨大な『ゲート』を作り出した。

 流石にそんなものを固定できる鏡はないので、10体のヨルムンガントがくぐるまでは陛下の魔力で固定し続ける必要があったのだが、陛下は息一つ乱さず平然とやってのけた。

 流石は“虚無の王”。数千年に一度の逸材は化け物でしかない。


 もし陛下がその気になれば数万の大軍を一瞬でロマリアに召喚することすら可能なはずだ。

 それをしないのはあくまで人の軍勢によってロマリア宗教庁を落とすため。

 虚無の力ではなく、人の力で破壊してこそ意味がある。


 「惚気はともかく、今回は開戦の号砲になります。ブリミル教世界を壊す最終戦争の始まりですから、万全を期して向かいましょう」


 「言われるまでもないわ。私は神の頭脳ミョズニト二ルン。その役目、見事果たしてみせましょう。“悪魔公”」

 そう呼ばれるのは久々だな。

 「“神の頭脳”と“悪魔公”の共同作戦ですか、面白いことになりそうです」

 どう展開するか、非常に興味深い。


 「貴方も遊ばないことね、貴方が舞台に上がる時には既に演目は切り替わっている。もう、英雄譚は終わってるのよ」

 「左様、これよりは我等が主役の恐怖劇(グランギニョル)。ようやく舞台に上がれるのですから、真面目にやりますよ」

 ここまでは裏方として動いてきたが、ここからは俺も表側になる。


 「では、出陣するわ。貴方も早く来ることね」


 「御武運を」

 そして彼女は『ゲート』をくぐってサン・マロンに向かう。


 俺もまたヴェルサルテイルに向かい、陛下の下に参内する。













 「陛下、ミョズニト二ルンがサン・マロンに出発しました。ヨルムンガントの軍団(レギオン)。いつでも出撃可能です」

 グラン・トロワにて真面目な顔で政務を行っている陛下に報告する。

 ガリアの政務は普段イザベラと九大卿が行っているが、現在はラグナロクの準備に専念しているので彼らの政務の大半を陛下が行っている。


 しかし恐るべきはその速度。

 たった一人でイザベラと九大卿の10人で運営する仕事を平然とやっている。

 しかし、これまで陛下は虚無研究や地球からの流出物の解析などを行ってきたので、政務に関しては事後報告を受けるだけだった。

 にもかかわらず、あの10人がやっと消化する仕事を一人でこなしている。あのオルレアン公が陛下にはどの面でも勝てず、嫉妬したというのがよく分かる。


 彼ならば恐らく九大卿の2,3人分の政務をこなすことが出来ただろう。しかし、陛下は宰相のイザベラも含めた10人分をこなしている。

 流石に表情は真剣だが、それでも余裕がないわけじゃない。


 「そうか、ついに出陣の時がきた。軍団(レギオン)を動かす」

 俺の声に普通に反応を返せるくらいほど、周りに気を配る余裕があるということ。


 俺は陛下に伝声管の改良型の“コードレス”を差し出す。“デンワ”ほど長距離の連絡は出来ないが、同じ建物内ならば普通に会話でき、最近は両用艦隊の通信用にも使用されている。

 これによって意思の伝達の速度を上げ、艦隊運用をより効率的に行えるようになった。


 俺から“コードレス”を受け取った陛下は専用の「風石」をはめ込み、宮殿にある両用艦隊の司令部に繋ぐ。


 相手はガリア両用艦隊の総督であり、空海軍の元帥であるクラヴィル卿。

 50歳を超え、士官候補生のころより30年以上も仕えている人物であり、元帥の地位にいるのもおかしくはない。しかし、能力的には優れている方ではなく、一艦長としては十分だが、提督以上の才能があるとは言いにくい。

 アルビオンのボーウッド提督やカナン提督に比べらればかなり劣ってしまうだろう。


 「両用艦隊(バイラテラル・フロッテ)、軍港サン・マロンにおいて軍団(レギオン)を搭載せよ。目標、ロマリア連合皇国」


 「ろ、ロマリアへ侵攻するのですか! 宣戦布告はどうするのです! それに作戦は!」


 「いらん。これは戦争などではない、一方的な蹂躙だ。害虫駆除だ。害虫を殺すのにわざわざ宣言する者はおるまい?」

 流石は“虚無の王”。そういう台詞を言わせれば天下一品だ。


 「は? し、しかし、ロマリアは同盟国ではありませんか! つい先だって、王権同盟が締結されたばかりでは……」

 あのアルビオン戦役の後、トリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア、ガリアの5カ国で同盟が結ばれ、共和制の勃興を封じ込めることとなった。

 もしいずれかの国で共和主義者が活動した場合は、他の国々がそれを叩き潰すために軍を派遣できるという同盟で、要は『レコン・キスタ』のような組織の台頭を防ぐための処置だ。


 「同盟? それがどうした。なんだというのだ。とにかく質問は許さぬ。ああそうだ、他国の干渉があっては面倒だ。貴様等は以後、反乱軍を名乗れ。国境を越えて亡命する述べた上で、その先で暴れまくれ。そうすれば、ガリアに責は及ばぬ」

 「そ、そんな! 意味が分かりませぬ!」

 まあ、混乱するのも当然だな。


 「いいから命令に従え。ああ、なんだ、これは高度に政治的な判断なのだ。そうそう、お前達の好きな陰謀だよ陰謀。うまくいったら、貴様にロマリアをくれてやる」


 さて、どう出るか、これでも拒否した場合は次の作戦を実行することとなるが、果たして。



 「……………了解しました」

 欲望が勝ったか。

 陛下はケチではない、やるといったらやる人だ。

 一度この人がやるといってやらないことはありえない。有言実行を素で行く人なのだ。


 「ほう、そうか、命拾いをしたな」

 心底嬉しそうに陛下が笑う。


 「は?」


 「まあ、直ぐにわかる」

 そして陛下は俺に“コードレス”をよこす。


 「やあ、クラヴィル卿。お久しぶりですね」


 「ヴァ、ヴァランス公!」

 驚いているようだな、何しろ、“無能王”を裏で操るとされる“悪魔公”が現れたのだから。

 「貴方も酔狂な人だ。陛下がせっかくあの腐った糞坊主の巣窟を焼き滅ぼす栄誉を与えてくださったというのに、それを拒否しようとするとは。私には貴方の考えが理解できませんよ」


 「そ、それは………」


 「もし貴方が拒否すれば、私が指揮をとりロマリアを灰にする予定だったのですが。まあそれは仕方ありません。貴方にロマリアをくれてやると陛下が断言なされた以上、その言葉は果たされなくてはいけません」

 絶句するクラヴィル卿に構わずそのまま言葉を続ける。


 「いいですか、まずは国境の街アクイレイアを襲いなさい。あそこには現在、愚かな教皇を信奉する狂信者共が即位三周年記念式典とやらで集まっている。それを皆殺しにするのです。そして、その後の各都市の攻略は貴方に一任します。蹂躙するもよし、略奪するもよし、殲滅するもよし、市民を全て奴隷にするもよし。好きになさるといい、これからは貴方のものになるのだから」


 「…………」

 最早言葉が紡げない模様。

 「ですが、ロマリア宗教庁だけは必ず破壊してください。あれは気にいりません。それさえ守れば後はどうなろうと構いません。善政を敷こうが、悪政を敷こうがお好きなように。別にガリアには何の影響もないので」

 まあ、そうはならない。そのために主演達がロマリアにいるのだから。


 「なお、逆らいたければいつでも逆らって結構。その場合私が代わりに実行しましょう。ロマリアを灰にし、神に縋るしか能がない愚民共に圧倒的な力というものを見せつけてあげましょう。くくくくくくく」

 “悪魔公”の言葉なだけに信憑性は抜群だ。


 「せいぜい気張ることですね、総督殿。これからは陛下と呼ばれることになるかもしれませんが、まあ、未来は分かりません」

 そして俺は“コードレス”を切る。




 「ふっ、お前も随分な役者だな。流石は“悪魔公”といったところか」

 そう言って笑う“虚無の王”。


 「陛下には敵いませんよ、ですがまあ、次点くらいはいけていると思いますが」

 俺もまた“悪魔公”として笑う。


 「ならば、悪魔に相応しい役割を果たすことだ。“フェンリル”は既に『インビジブル』に搭載したのか?」


 「はい。“ガルム”やその他の小道具も全て搭載は完了しています。流石に陛下の親衛隊だけあって有能ですよ」

 『インビジブル』を動かすのは“精神系”のルーンが刻まれた陛下の親衛隊。

 その中でも操船に長けた連中が今回動員されている。


 「そうか、お前の軍団(レギオン)もまたラグナロクの重要な要素だ。いささか特殊な趣向ではあるが、これもこれで面白かろう」


 「ですね、あれを如何に突破するか、興味が尽きません」

 あれは甘くはない。殺すのはほぼ不可能。

 それこそ陛下でもない限りはきついだろう。


 「では、お前も出陣しろ。“ギャラルホルン”の起動装置は決して忘れるなよ」


 「当然です。“ギャラルホルン”が鳴らなくては何の意味もありません」

 そして俺もグラン・トロワを後にする。




 クラヴィル卿は行動を起こす。そのために誘導したし、自分がやらなくても“悪魔公”がやるだけ、という免罪符も与えてやった。

 これにて全ての手は打たれた。あとは力の限り役割を果たすのみ。


 「さあ、主演達よ、どこまで戦える? そしていつか俺の首を取りに来い」

 俺はそう遠くない未来に思いを馳せつつ、ランドローバルを呼んで、既に上空で待機している『インビジブル』に向かった。









■■■   side:才人   ■■■


 「しっかし、女王様の演技はすげえな」

 俺達は現在アクイレイアの街にいる。

 教皇さんが到着した夜に、聖ルティア聖堂ってところで今後の会議が行われていた。

 で、ついさっき終わったところ。


 「言ったでしょ、演技にかけて姫様は一流だって。これまで面識がなかった奴に見抜くのは不可能よ」

 ルイズは少し誇らしげだ。やっぱ、親友何だな。


 「それに、ロマリアが国境に軍を集結させてたことをティファニアは本当に知らなかったしね。知らないティファニアと演技してる姫様。この二人のコンビなら気付くのは不可能。とゆーかあんたも騙されかけてたでしょ」


 「演技だって知ってはいたんだけどな、とてもそうは見えなかったぜ」

 テファがガリアは軍隊を派遣してくるのではないか? っていう疑問を投げかけて、その時にロマリアが国境に軍を配置していたことが明らかになった。

 けど、女王様の態度は正に、今知ったって感じで、違和感がまったくなかった。


 「まあなんにせよ、これで問題はなくなったわ。私は巫女としてロマリアに従うということになる。そして姫様にはそれを止める権限はないけど、承認したわけでもない。つまりは灰色。後は結果に応じて白にするも黒にするも自由よ」


 「ロマリアが勝てば、トリステインの近衛騎士隊が活躍したってことになる。ガリアが勝てば、学生の騎士見習い達が女王の制止を振り切って手柄欲しさに暴走したことになる。どっちに転んでもトリステインには被害は出ないってことか。だけど、俺達はものすげえ割を食うと思うんだが」

 ガリアが勝った場合は半分反逆者みたいなもんだよな。ま、俺は別に構わねえけど。トリステインって国家に忠誠を誓ってるわけじゃないし。

 「その辺の対応も考えてあるけど、今は戦いに専念しましょう。何しろ懸ってるのは私達の命だけだからね、気楽なもんよ。アルビオン戦役みたいに負けたらトリステインが滅ぶとか家族が皆殺しにされるとかじゃないんだから」

 確かに、勝てば生き残る。負ければ死ぬ。実に分かりやすい。


 「だけどお前、俺達は自分の意思で戦うけどさ、ギーシュやマリコルヌや水精霊騎士隊の連中はどうなんだ?」


 「あいつらは私の奴隷よ、そもそも拒否権がないの」

 ひでえ。

 つーか、女子風呂を除いた代償が、最戦線で戦うことってのは詐欺だろ。

 「別に殺す気はないわよ。あいつらには生き残ることを最優先にするように言ってあるし、“名誉を捨てろ、命の為に。命を懸けろ、仲間の為に”が水精霊騎士隊のモットーでしょ」

 ま、それもそうか。俺達が残って戦うのに自分達だけ帰れるような連中じゃないしな。


 「じゃあ、モンモランシーは?」


 「今回は金で雇ったわ、モンモランシーはしっかりとした報酬さえ払えば大抵のことは請け負ってくれるわよ」

 最早完全に傭兵と化してるな。


 「その金はどうしたんだ?」

 「色々よ、女王陛下の女官で特殊護衛官、ついでに相談役もやってるから結構もうかるのよ。それを元手にちょっとした工作してるし」

 一体何をやってるんだこいつは。


 「お前、女王様から金もらってたのかよ」

 「当然よ、普段魔法学院にいるとはいえ、宮廷に仕える貴族であるということに違いはないんだから」

 「いや、お前の家、金持ちだろ」

 そんな必要はないように思えるんだが。


 「何言ってるのよ。自分の研究や欲望の為に使う金を家族からもらってどうするのよ、そういう金は自分で稼いでこそ。だから何に使っても私の自由なんだし」

 欲望って。


 「まあとにかく、これでガリア軍相手に思いっきり暴れても問題ないってことだよな」


 「そうだけど、この処置は対ガリアっていうよりも、トリステインの馬鹿貴族に対してのものなんだけどね。ガリアにとっては私達が独断で動いてる部隊だろうと、女王の命で動いていようと大差ないし」

 「そうなのか?」

 それは知らなかった。


 「ええ、国家の重責を担う立場にありながら、国際関係やガリアの思惑を理解できてない低能が多いからね。戦後に多額の賠償責任取らされるだの、敗戦国の汚名を被るだの、馬鹿なことをほざいて女王様に文句言うでしょうから、それへの対策なのよ。最悪、吸収合併されてしまうとかわめき出すかもしれないし」

 トリステインにはまともな人が少ないらしいからなあ。


 「そもそも、トリステインはガリアに多額の借金があるんだから、この状態でさらに賠償金をとろうなんてすれば、完全に逆効果よ。追い詰められてガリアに喧嘩売るか、もしくはトリステイン王家を一旦滅ぼして名前を変えて、借金や賠償金を踏み倒そうとするわ。名誉を重んじる貴族だろうが追い詰められれば何でもする。そうなれば結局ガリアには借金すら返ってこなくなる。国際関係において、過度な要求をすることは決して良手じゃないのよ」

 なるほど、強欲は身を滅ぼすってわけか。

 「かといって、吸収合併してしまえばそれこそ借金がなくなるのと同義。個人の関係に置き換えてみて。ある豪商がとある個人経営の商店に大金を貸しました。しかし、その商店が借金を返し始めたあたりで商店ごと買い取りました。その場合、借金は返ってくるかしら?」


 「そりゃ無理だろ、もう全部自分のものなんだから。それだと金貸した意味がない」


 「だから、領土が増えても先に貸した金がパアになるの。その上、トリステインはガリアにとって侵略価値がない国なのよ」

 これまた初耳だ。


 「トリステインとガリアは文化も産業も似通っている。だから“双子の王冠”なんて呼ばれているわ。トリステインは農業生産と魔法が持ち味だけど、両方の面でガリアは凌駕してる。ようはガリアを小さくまとめたのがトリステインなんだから。風の国アルビオンや、火の国ゲルマニアはガリアには無い持ち味があるから侵略価値はある。だけどトリステインには無いのよ。しかも併呑してもトリステイン人はプライドが高いから統治がしにくい。だったら、独立させておいて普通に通商条約を結んでいたほうが余程ガリアにとっては都合がいいのよ」

 要はメリットとデメリットを計算すると、デメリットが大きくなるってことか。


 「だけど、アルビオンやゲルマニアにとっては自国が弱い部分の産業を持つ侵略価値がある国だった。流石にガリアも他国にとられるのは面白くない。そういった思惑が絡みあう中でトリステインは生き抜いてきた。小国ではあるけど、メイジの比率が最も高く、優秀な人材が揃っていて国が一つに纏まっていた。私の両親が仕えたフィリップ三世の時代までは侵略するなら相応の犠牲を覚悟しろ、という強い姿勢をとっていた。同じ文化や産業でも、ガリアは大国であるが故にまとまらなかった。トリステインは小国であるが故に一つにまとまっていたの」

 なるほどな、国土が欲しくても犠牲が大きいんじゃ問題がある。しかも、自分の国がトリステインを滅ぼしてしまえば今度はガリアに介入する隙を与えてしまう。トリステインを滅ぼしたのがガリアでなければ反発も少なくなるだろうし。


 「“聖戦”みたいな狂気を除けば、戦争ってのは利益を鑑みてするものよ。だからトリステインに全面的な攻勢をかける国家はなかった。だけど、先王が亡くなられてからしばらく空位になった。その間にトリステインの鉄の結束は崩れて、金があるものはゲルマニアに、力があるものはガリアに流れてしまった。結果、トリステインは唯一の持ち味といえた人材を失って、ゲイルノート・ガスパールの侵略を受けることになってしまったのよ。けど、今はまた王が戻ったから、徐々にではあるけどかつての繁栄を取り戻しつつあるわ」

 そうなると。

 「俺達がやることって、お前の父さんや母さんがやってきたことと同じってことか?」

 「そうよ、私の父は何度も小部隊を率いてゲルマニアの大軍を撃退した。母もたった一人で反乱を鎮圧したりして、“烈風カリン”とか呼ばれていたわ。そういった個人や小規模の精鋭部隊を抱え、王の名の下に一つに纏まることがトリステインの在り方、そこにアルビオンとの連合が成ればガリアやゲルマニアでも簡単には侵略出来ない。さっきも言ったけど、戦争は利益がなければおこさないのが鉄則なのよ」


 「でも、そんなとこまで考えず、戦争を仕掛ける馬鹿もいるんじゃないのか?」


 「いるわ。だから外交官は大切なの。相手の国の首脳陣が馬鹿か有能かで、そういった対応を変える必要がある。そういった面では、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世、そしてガリア王ジョゼフ、どちらも優れている。ガリアは現在宰相イザベラと九大卿が動かしているらしいけど、彼らも有能。だから、トリステインはそれに応じた対応をとるのよ。小国にとっては大国の首脳は有能であってくれた方が都合がいいの、持ちつ持たれつの関係が互いにとって一番良いということを理解してくれるから」

 相手が馬鹿か有能かで対応は変わるのか、難しいもんだな。

 だけどまだ疑問がある。

 「なら、なんでガリアはロマリアに侵攻するんだ?」

 ロマリアはトリステイン以上に侵略価値なさそうだが。


 「ロマリアに侵略価値があるから、しかも一番滅ぼしやすいからね」

 だけど、ルイズの答えはその逆だった。


 「簡単に言えば、民衆ってのは、一日に一杯のスープしか与えてくれない神様よりも、大量の食糧を配給してくれて、仕事も与えてくれる王様に従いたいものなのよ。ガリアの農業生産ならロマリアの難民を支えることは不可能じゃないわ。むしろ、大消費地が出来上がるから、国内の農家はより増産を目指して活気がつく。技術開発が進んで農業生産が増えても消費地がないんじゃ意味無いからね」


 「そういう考え方もあるな」

 意外な盲点だった。


 「それに、ロマリア地方にはペガサスやサイクロプスといったガリアにはいない固有の幻獣が住んでいる。あんたの世界ではそうじゃないかもしれないけど、幻獣ってのはその土地の精霊の恩恵を示す指標でもあるの。だから、ロマリアの土地にはガリアとは異なる資源が手つかずで眠っている。何しろロマリア宗教庁はそういった精霊資源の採掘を禁止してるからね」


 「地球には無い発想だな」

 こっちにはこっちの資源があるんだもんな。

 「トリステインはラグドリアン湖の「水」だけど、「土」も多いから農業が盛ん。ガリアは「土」が主体で鉱業が盛んな上に「水」もあるから農業も盛ん。水産業、工業、林業も盛んだけどね。アルビオンは当然「風」、ゲルマニアは「火」、多分ロマリアも「火」でしょうね、『炎のルビー』が伝わってるくらいだもの。だから、ロマリアは宗教庁が滅んでガリアの一部になれば将来性がある土地なのよ。食糧の確保さえ出来れば色んな産業が興せるわ。難民を格安の労働力として、大規模な公共事業に従事させることもできるし」


 「なんか、ロマリアが滅んだ方がいいような気がしてきた」

 聖堂騎士団の奴らはむかつくし、神官はそれ以上にむかつくし。


 「私もそう思うわ。だけど、トリステインの将来も考えると、ここで戦っておいた方が良い。それに、担い手が揃っているならここで決着をつけたいとも思うしね。国家間の争いをぬきにしても、私達はいつかぶつかる。もしくは次の世代が」

 「だな、分かりやすくていいぜ。勝てば生き残る。負ければ死ぬ。逃げても生き残る。背負ってるもんがないってのはいいもんだな」

 「背負うのは水精霊騎士隊の連中の命ね。上官として部下の命を背負うのは当然だけど」

 あ、あと一つあった。


 「テファは?」

 「あの子はマチルダと一緒にお留守番。危険なことはさせられないからね。戦場から帰ってきて、欠食児童と化してる私達の為に、おいしい晩御飯を作って待ってるという大役があるわ」

 ま、そりゃそうだ。戦いたいやつだけ戦えばいい。


 「結局、俺達は戦好きってことだな」

 「乱世の方が適してるのは間違いないわね、コルベール先生ですらそういった要素を持っているんだから。本人の気質とは関係なく、戦う才能を持っている」

 悲しいけど事実は事実か。多分コルベール先生もそれを受け入れた上で戦っているんだろう。


 「よし! じゃあ思いっきり暴れるか!」


 「そうしましょう。“長槍”は3人が運んでくるから、それまでに工兵部隊の作業状況を確認しておかなくちゃ。『蒼翼勇者隊』の出撃よ」


 「『蒼翼勇者隊(そうよくゆうしゃたい)』?」


 「ええ、『自由なる青き翼の勇者達』はやっぱ長いからそうしたの、別にいいでしょ。結局は『ルイズ隊』なんだし」

 まあ、そりゃそうだが。


 「何で青から蒼に変わったんだ?」

 そこが気になる。


 「青のままだと問題があるのよ、試しに言ってみなさい」


 「えーと…………『青翼勇者隊(せいよくゆうしゃたい)』? …………やばいな」

 どう考えても性犯罪集団にしか聞こえん。


 「そうよ、タバサに隊名変更を言ったら、アンタの国の言葉的に問題がありすぎるって言われたの、聞いた限りじゃ『巨乳信奉隊』や『性の奴隷軍団』と大差ないわ。そんな意味の名前は流石に御免よ私」

 ハルケギニア語的にはいいらしいが、俺が聞くと大問題だ。シャルロットは日本語がわかるから同じ。

 いつだったか、ドイツだかその辺に、『スケベニンゲン』って読み方ができる地名があるとか聞いたことがある。現地の人にはフツーの地名だが、日本人が聞くと思わず聞き返すとか。これも、それと同じだな。


 「誰でもそうだ。と言いたいが、ギーシュやマリコルヌはどうだろうな?」


 「さあね。なんにしても、アンタとタバサのイメージで決まった名前なのに、その二人が隊名聞くたびにコケてたんじゃ話にならないわ」

 確かに、敵に突っ込むときに「せいよく勇者隊!」とか言われたらコケる。


 「ところで、秘密工作員シルフィードから興味深い報告があったのよね」

 !?ま、まさか!!

 「私がガリア王家の闇に関する話をした日の夜、タバサは少し元気がなかったというか、不安定だったわ。まあ、無理も無いけど、次の日の朝っていうか今日の朝には立ち直っていたわ。だけど、妙なことに、シルフィードは彼女の身体からなぜか貴方の匂いを感じたらしいのよね。ねえ、なぜかしら?」

 や、やばい、完全に気付かれてる。

 「まあいいけど、これから激戦地に行くんだから。やっておくことはやっておいた方がいいから」

 しかし、意外にもルイズの追及はそれ以上なかった。


 そして、作戦の確認を始める俺達。

 緊張感がないのはいつものことだった。








■■■   side:シェフィールド   ■■■


 両用艦隊120隻はヨルムンガントを運び、虎街道にさしかかった。

 ここを越えればロマリアの領内。故に虎街道の上空にはロマリア皇国艦隊40隻が待機している。

 だけど、両用艦隊の士官達は不満が大きい。もともと現在のガリア王政府に不満を持っている者達を集めたのだから当然だけど。

 逆に新体制に馴染んでどんどん出世してる若い連中は、ハインツの仲間二人が率いて残りの80隻で国内を守っている。


 つまり彼らは完全な棄て駒。できる限り死者は出すなとのことだけど、死んだところでガリアにそれほど影響はない。


 私にとっては関係ない、あの方に不要な存在ならば生きようが死のうがどうでもいい。もっとも、逆らうようなら踏みつぶすけど。


 「接近中の国籍不明の艦隊に告ぐ。これより先はロマリア領なり。繰り返す。これより先はロマリア領なり」

 こちらは軍艦旗を掲げてないから当然の問いね。


 「我等は“ガリア義勇艦隊”なり。ガリア王政府の暴虐に耐えかね、正統な王を据えるべく立ちあがった義勇軍なり。ついてはロマリアの協力を仰ぐものなり。亡命許可を得られたし」

 どうやら、完全にハインツの傀儡になっているようね。

 あの男は人を唆し操ることに関してはズバ抜けている。この程度の男を思いのままに操るなど、正に造作もないのでしょうね。

 それに、正統な王とはシャルロット様のことかしら?

 そんな真似をしようものなら、イザベラ様とハインツによってガリア義勇軍とやらは悉く殺されるわね。


 「本国に問い合わせるゆえ、しばし待たれたし」

 しかし、ロマリア艦隊はさらに距離を縮めてくる。こちらの意図は完全に読んでるみたいね。

 もっとも、表側の意図だけだけど。


 「右砲戦開始! 目標! ロマリア艦隊!」

 通信士官が“コードレス”で各艦に高速で伝達していく。

 かつては旗流信号によって伝達するか、竜騎士を伝令に使っていたけど、速くなったものね。


 「砲甲板で反乱! 戦闘拒否です!」

 「どうやら、我々はやはり後世の劇作家のネタのために、ここにいるようですな。偽の反乱艦隊で本物の反乱が起こるなど、笑い話にしかなりませぬ」

 確か、艦隊参謀のリュジニャン子爵だったかしら? 中々良い感性をしてるわ。

 もっとも、劇作家がいるのは後世ではなく、現在。その笑い話は全て陛下が書いたシナリオ通りなのだから。


 「司令長官」

 私は仕事に取り掛かる。

 「こ、これはシェフィールド殿」


 「我々を降下させよ」


 「しかし…………、まだアクイレイア上空ではありません。ここはまだ国境線の上です。それでは“悪魔公”の命に背くことになるのでは?」

 随分恐れられているのね、あの男は。


 「構わぬ、要はアクイレイアを灰にすればよいだけのこと。我が軍団(レギオン)ならばその程度は造作も無い」


 「りょ、了解いたしました」


 そしてヨルムンガントが虎街道に降下される。

 もっとも、完成型はたったの二体で、残りはガルガンチュアに“反射”を施したものなのだけど。

 どうせすぐに破壊されるものならば使いきったほうがいい。あのビダーシャル率いるエルフ達が、過労死しかけながら仕上げたヨルムンガントをここで使い潰すのは流石に気が引けるし。


 そして、軍団(レギオン)は出陣する。











■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺はランドローバルと視界を共有しながら地上の戦いを眺めている。

 “迷彩”で姿を隠しながら『インビジブル』で難なく国境を越えた俺は虎街道の上空にいる。


 やや離れたところには睨み合う両用艦隊と皇国艦隊が見える。

 両用艦隊は120隻、皇国艦隊は40隻、戦えば瞬殺だが、どうやら両用艦隊の3分の1では反乱がおき戦闘を拒否している模様。

 ヨルムンガントが敗北すればおそらく全艦撤退し、ロマリアに寝返るだろう。


 そのヨルムンガントは虎街道でロマリアの連隊を次々に打ち破っていく。

 ティボーリ混成連隊を始めとし、“砲亀兵”の大隊などが次々に砲弾を叩き込んだがヨルムンガントは無傷。

 圧倒的な火力と機動力で敵を殲滅していく。


 その姿は正に悪魔の軍団。

 終末の軍団(レギオン)に相応しい。


 「さて、そろそろアクイレイアから援軍が来るはず。“聖女”の到着か」

 『ルイズ隊』と水精霊騎士隊が来ている筈だ。


 ≪しかし、あれに勝てるものなのか?≫

 ランドローバルから問いかけられる。


 「勝てるさ、今のあいつらは強い。まともに戦えば俺では勝てん。陛下くらいだろう、余裕で勝てるのは」

 あれは化け物だからな。


 「それに、伝説の“長槍”がある。ミョズニト二ルンの力の結晶たるヨルムンガントと、ガンダールヴの力の結晶ともいえるタイガー戦車のぶつかり合いだが、平地での戦いなら戦車に分がある」

 平地の戦いならば人型では戦車には勝てない。

 複雑な地形を踏破することが人型の利点。起伏に富んだ地形ならば戦車はまるで役に立たない。


 当然、シェフィールドもその辺は理解しているが、向こうにはあの“博識”がいる。

 戦車が最大限に効果を発揮できるよう。なんらかの策を打ってくるだろう。


 「それに、向こうの指揮官は優秀だ。どんな手を使ってくるか見当もつかない、よくぞまあこの短期間でここまで成長したもんだ」

 ルイズの成長は完全に俺の予想を超えていた。

 そのためにアーハンブラ城での戦いなど、計画に修正を加えることになったが、陛下にとっては予想内だったそうだ。

 まったく、どういう頭をしているんだか。


 ≪ふむ、それでは今回は、完全に敵役に回るということか≫

 「そうなるな、ここからは恐怖劇(グランギニョル)。“悪魔公”はその象徴だからな」

 英雄が戦うならば、それに見合った敵が必ず必要になる。“悪魔公”ならばそれに相応しい。


 「敵対するのは初めてだからな、張り切るとしよう」

 ≪そこで張り切るのか≫

 突っ込みが入るがあえて無視。


 最終作戦開始まであと僅か。









■■■   side:ルイズ   ■■■

 国境の部隊の戦闘状況が、次々にアクイレイアの聖ルティア聖堂に入ってくる。

 今ここにいるのは姫様と私だけ、他の皆は戦の準備をしてる。

 神官は怯えて隅で縮こまり、聖堂騎士の隊長達が郊外に駐屯した己の騎士隊に向かっていく。

 街には混乱が広まり、集まっていた信者は皆街から逃げだそうとして騒ぎを繰り広げている。

 しかし、その中にガリア人の割合は非常に少ない。

 ハルケギニアの半分近い人口がいるのに、教皇の即位三周年記念式典にやってくる人が驚くほど少ないということ。

 それが示すのはすなわち…………


 「遺憾に耐えませんぬ。このたびは我が国の叛徒共が貴国に多大なる迷惑をかけているとのこと。我が王も深い憂慮の意を示されております。つきましては…………」

 アクイレイア駐在のガリアの領事が尊大な態度で現われたけど、無能ねこりゃ。

 わざわざ無能な男を領事に選ぶんだから、徹底してるわ。


 「鎮圧の兵ならいらんぞ、さらに強盗の仲間を屋敷に引き入れる馬鹿がどこにいる。帰ったらジョゼフに伝えろ。信仰篤き我がロマリアの精兵は、ガリアの異端共を一人残らず叩き潰してくれるとな」

 出来るのかしらね? ガリア王政府軍は15万、しかもこれは諸侯軍を含めない数。

 ロマリアは全軍でも3万が限界。まさか市民や難民を戦わせるわけにもいかないでしょうし。


 そして、ほうほうの体で領事が逃げていった後、教皇が現れた。

 姫様が迫真の演技で詰め寄るけど、まったく意に介さない。

 「“我が同胞”を殺すためにジョゼフ王は軍を使った。それだけの話ではありませんか」


 「でも、でも………、何も戦になることは…………」


 「貴方は誤解しておられる。アンリエッタ殿。こたびの戦いは政争ではないのです。陰謀を暴いて失脚させる等の、宮廷のままごととは根本的に意を変えるのです。どちらが滅亡するのか。この世から消え去るのはどちらなのか。そういう種類の戦いなのです。陰謀を暴くのはその手段の一つに過ぎません。そしてそう、戦もまた……、その手段の一つなのですよ」

 確かに、トリステイン宮廷の陰謀はままごとのようなもの。だけど、ガリアはそうかしら?

 政争と簒奪の国を生き抜いてきたあの“虚無の王”と“悪魔公”は、本来そういった戦いこそを得意とするはず。

 ガリアの政争に敗れたものは、身内であっても悉く処刑されるのが通例なのだから。


 「交渉? 調停? そんなものはもはやこの戦いに存在していません。こうなったからには全力で相手を叩き潰す。同じ力を持つ以上、完全なる同盟か、完全なる敵対か。そのどちらかしかないのです。今回の件を、通常の外交と捉えられては私が困る。おそらく、ジョゼフ王もそうでしょう」

 教皇は光の虚無、ガリア王は闇の虚無、手を取り合うことはあり得ない。互いの全てが相手を否定しているのだから。


 「ガリアの異端共はエルフと手を組み、我等の殲滅を企図している。私は始祖と神のしもべとして、ここに“聖戦”を宣言します」

 聖堂が一瞬静まり返り、それから水が沸騰したかのように沸いた。


 「「「「「 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! 」」」」」


 ここに、“聖戦”が発動された。

 ハルケギニアの民にとってのるかそるかの大博打。

 この世で人のみが行える、果ての無い殺し合い。

 味方が死に絶えるか、敵を殲滅するかまで終わらない、落としどころのない狂気の戦が始まった。

 この戦を止めることは、誰にも出来ない。


 「“聖戦”の完遂は、エルフより“聖地”を奪回することにより為すものとします。全ての神の戦士達に祝福を」


 この瞬間、彼らは神と始祖ブリミルのために、死をも恐れぬ戦士となった。



 神の名の下、あらゆる罪悪が許される、狂気の戦争が始まったのだ。




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あとがき

予想よりも長くなったので前編後編に分けました。

この話で第三章は終了し、原作の流れは終了します。

最終章は完全にオリジナルの展開となります。

9/29 『蒼翼勇者隊』のくだり追加。




[10059] 史劇「虚無の使い魔」  第四十二話 後編 王の名の下の戦争
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/01 21:44
第四十二話  後編   王の名の下の戦争





■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「ふう、“聖戦”かあ、やれやれだな、よくまあロマリアもこんな真似する気になるなあ」

 これは僕。

 「というか、『虎街道に潜む敵部隊を殲滅せよ』だもんね、随分と簡単に言うよ」

 これはマリコルヌ。

 「だけど、全部ルイズの予想通り、そっちのほうが驚きだよ僕は」

 これはレイナール。

 「そのルイズは今や“アクイレイアの聖女”か、我等を奴隷とし、こき使う魔女殿とは思えないな」

 これはギムリ。

 「そうね、その通りだわ」

 これはルイズ、って。


 「ルイズ! 何で君がここにいるんだ!? 先頭を歩いている筈じゃ!」


 「“スキルニル”に任せて逃げてきたわ、だってまわりは聖堂騎士ばっかり。息が詰まって仕方ないもの」

 悪びれもせず言うルイズ。うん、巫女の格好が驚くほど似会わない。

いや、容姿的にはこの上ない程いいのだが、全身から発せられる”こんな服今すぐ脱ぎ捨てたい”的なオーラが問題だ。


 「あんた達の任務は『“アクイレイアの聖女”の詠唱を援護せよ』でしょ、だったら私がここにいて問題ないわ」


 「いや、確かにそうだけど、あの例のカルロが率いるアリエステ修道会付き聖堂騎士隊や、その後ろの連隊も君の護衛だろう。問題があると思うんだが」

 ルイズの『異端魔法』で完全な恥をかいた連中は、テファの『忘却』でその記憶は消されてる。

 そうじゃなきゃ流石に“アクイレイアの聖女”の護衛なんて出来たもんじゃないだろう。


 「問題ないわ、聖堂騎士団が何人死のうがどうでもいいことよ、彼らにとっては“聖戦”で死ぬことは祝福だそうだから。その意思を尊重してあげましょう」

 魔女の笑みを浮かべるルイズ。こんなのが“聖女”とは、世も末だ。


 「いや、しかし、流石に良心が痛むんだけど」

 マリコルヌもそう言う。


 「そう、だったら実際に見てみるといいわ。私はちょっと隠れるから、適当に話を合わせなさい」

 そしてルイズが身を隠し、先頭にいた偽ルイズがこっちにくる。


 「なんとも名誉なことだわ。あんたたちもそう思うでしょ?」

 うーん、違和感の塊だ。


 「名誉。名誉。ああ、名誉なことだね。なにせ“聖戦”まで発動されたからね」

 言われた通り、適当に話を合わせる。


 「そうよ! ああ、何て素晴らしいのかしら! 私達、聖なる国の、聖なる代表なのよ。驕り高ぶる異端共やエルフに、思い知らせてあげようじゃない」


 ガリアの国内の感じじゃあ、驕り高ぶってるのはどう考えても聖堂騎士団の方だよなあ。少なくともガリアの保安隊は民衆から好かれていたし、期待されていた。

 八百屋の店主と談笑しながら、『この地区は俺が守るぜ、任せな』と言えば、『不安があり過ぎるな、隊長さんに相談しよう』なんて返す感じだったし。

 個人差は結構あるみたいだけど、保安官は民衆を守るために存在し、民衆もそんな保安官に依存するんじゃなくて、一緒に自分達の生活を守っていこうって感じだった。

 特に、その上に存在する三花壇騎士団の団長達は民衆に好かれていた。

 東薔薇花壇騎士団団長のバッソ・カステルモール。

 南薔薇花壇騎士団団長のヴァルター・ゲルリッツ。

 西百合花壇騎士団団長のディルク・アヒレス。

 この3人はリュティスだけじゃなくて、あちこちの都市で有名だった。ガリアの民の為に戦う者達として尊敬されていた。

 「風のスクウェア」のカステルモール団長は風竜、グリフォン、マンティコア、ヒポグリフを駆る部下を率いてガリア中を飛び回り。

 「火のスクウェア」のゲルリッツ団長は、かの火竜騎士団を率いて、盗賊団が出たと聞けばそれを瞬く間に駆逐し。

 「土のスクウェア」のアヒレス団長は、自分の足で都市のあちこちを見回り、最も親しみがある騎士として知られている。

 全部を“ガリアの異端”としたら、彼らとも戦うことになるんだろう。

 ハインツ曰く、『この保安隊もいつかは腐る。民衆に尊大な態度であたり、権力をかさに横暴を働く時がいつかは来る。だが、その日を出来る限り来ないようにするために、為政者は努力するんだ』らしいけど、今のガリアはそういった腐敗とは無縁みたいだ。


 「随分と呑気だね」

 これはマリコルヌ。


 「何よ。浮かない顔ね」


 「今どき、“聖戦”なんて発動されて喜ぶのは、神官どもに聖堂騎士くらいのもんさ。神と始祖ブリミルのためと言えば聞こえはいいが、聖地を取り返すまでは終わらない。まったく、一銭の得にもなりゃしないよ。僕達の先祖がどれだけ“聖戦”で、命や有り金をすったか教えてやろうか」

 マリコルヌがそのまま続ける。

 だけど、ルイズ相手にこういうことを言うのは、もの凄く違和感がある。マリコルヌの顔にも当惑した感じがある。


 「なによなによ! 怖気づいたの? あんたたち、それでもトリステイン貴族なの!? ここで手柄を上げて、女王陛下と教皇聖下の御覚えをめでたくしようと思わないの?」

 生き残ることを最優先にする『ルイズ隊』の指揮官とは思えない言葉だ。


 「全滅したら、誰が僕達の名誉を保障してくれるんだい?」

 そこに件のカルロが登場。


 「神が保障して下さる。神は全ての行いを見ておられるのだよ。“聖戦”で死ねば、その魂はヴァルハラに送られる。そこで神の軍列に叙されるのだ。これ以上の名誉があるかい?」

 どうやら本気で言ってる模様。正気を疑うが、聖堂騎士ってのはそういうものなんだろう。

 
 「カルロ殿のおっしゃる通りだわ。私達はここで死すとも護国の神となりて、天上から聖なる戦を見守るのよ。いつしか、“聖地”を取り返すの日の為に………」

 「素晴らしい説教です。聖女殿」

 狂信者か、まさにそのまんまだな。


 「で、その偉大な聖女殿のご出陣なのに、教皇聖下はのんびり観戦かい? こないだは先頭に立って敵を粉砕するとかなんとか騒いでおられなかったか?」

 ギムリがそう言う。すると、カルロと偽ルイズに杖を突き付けられる。


 「不敬だぞ!」

 「不敬よ!」

 「そんなもんかね?」

 悪びれないギムリ。うん、水精霊騎士隊はこんなのばっかりだ。


 「聖下がその御身を危険にさらせるわけないじゃない! 聖下さえご健在なら、ハルケギニアは何度でも蘇る! そう、例えエルフに焼き尽くされてもね」

 そんなことを言いながらまた先頭に向かう二人。


 「どうだった? あれが聖堂騎士と“聖女様”よ」

 隠れていた本物のルイズが姿を現す。


 「うん、実にイカれてるな」

 率直な感想を言う僕。


 「確かに、弾よけにした方が良さそうだね」

 マリコルヌも続く。


 「ついでに身代りにもな、ヴァルハラに送られるんだからどんな死に方でも文句はないだろ」

 ギムリも頷く。


 「最初は民衆を操る為に作った宗教なんでしょうけど、嘘も数千年続けば本人達が一番信じる始末。元々の目的も褒められたものじゃないけど、それ以下があるんだから凄いものよ」

 流石は“魔女”、言うことに容赦がない。


 「ま、僕達は僕達のやり方で戦おう。皆、我等がモットーは!」


 「「「「「「「「「「 『名誉を捨てろ、命の為に。 命を懸けろ、仲間の為に』!! 」」」」」」」」」」

 全員が一斉に叫ぶ。

 聖堂騎士におもいっきり喧嘩売ってるモットーだが、構いやしない。


 「私達はそれでいいわ。無駄死には馬鹿がすることよ。生きて祖国に帰ることを第一にしなさい。そして、それ以前に、アクイレイアではティファニアがおいしい晩御飯を作って待ってるわ。そこに帰るのよ!」


 「「「「「「「「「「 おおーー! 」」」」」」」」」」

 これまた全員が賛同する。テファの料理はとてもおいしいのだ。


 「そしてさらに! 今回の戦いで活躍が著しかった者には特大の恩賞を与えるわ!!」


 「「「「「「「「「「 おおおおーー!!! 」」」」」」」」」」

 さらにボルテージが上がる。


 「その恩賞とは! ティファニアの胸にある魔法兵器を一度だけ思いっきり揉みしだいていい権利!! この私が確約するわ!!」


 「「「「「「「「「「 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!! 」」」」」」」」」」

 聖堂騎士よりも凄まじい雄たけびを上げる隊員達。

 うん、神の信仰に勝るのは、純粋なる欲望なんだね。


 「我等がヴァルハラはそこにあるわ! さあ、楽園の探究者達よ! 今こそその真価を発揮しなさい!!」


 「「「「「「「「「「 了解!! 司令官殿!! 」」」」」」」」」」

 そして号礼が下された。


 しかし、僕とマリコルヌだけは落ち着いている。なぜなら、ヴァルハラを守るあの大魔神を知っているから。


 「なあルイズ、どうするんだ? 死んじゃうよ彼ら」

 敵はあの大魔神、敵うわけがない。


 「平気よ、ティファニアの魔法は『忘却』なんだから」

 しれっというルイズ。うん、悪魔だ。 


 「“博識”と言いなさい。部下の士気を上げるために最善を尽くすのは司令官の務めよ」


 「何で心が読めるのかね?」

 不思議だがルイズなら出来そうだ。


 「例のトンネルは出来てるんでしょ」

 いきなり話題が変わる。


 「ああ、僕とマリコルヌとモンモランシーで二日かけて作ったからね」

 皆がアクイレイアに着く前から僕達はロマリアを密かに出発して、予想される主戦場にトンネルを作っておいた。


 「流石ね、教皇は貴方達を舐め過ぎよ。虚無とガンダールヴ関連には最大の注意を払っていたけど、あいにく、『ルイズ隊』に虚無に頼るだけの無能はいやしないわ」


 「実に嬉しいことを言ってくれるね」

 「やった甲斐があったな」

 マリコルヌも同意してくれる。


 「残りの5人は別に動いてるわ。今回は彼らが切り札で私達は囮。しっかりやるわよ」

 「任せたまえ、囮は僕らの専門さ」

 「そうそう、そこだけは譲れないね」





 そうして、虎街道の入り口に到着する。

 敵勢は未だに峡谷の中にいるらしく、ロマリア軍が入り口を包囲している。


 「敵はゴーレムらしき全長25メイルほどの甲冑人形共です。全てで10体程ですが、どうにもならない程強力でして。先遣隊は悉く全滅、詳しい状況を知るために斥候隊を出してはおりますが………」

 次の瞬間、“虎街道”の入り口から凄まじい轟音が連続して響く。おそらく榴弾が炸裂したんだろう。

 「全滅のようです」


 そして、ルイズ(偽)が先頭に立つ。


 「誰か、私の前まで敵を引っ張ってきてちょうだい。一撃で片をつけるわ」

 すると、さっきのカルロが顎で示す。


 「僕達に、ここに飛び込めっていうのかい?」

 「当たり前だ。我々は聖女殿を守らねばならん。君達では不可能な任務だ。だから可能な仕事を与えてやろうというのだ。感謝したまえ」

 その瞬間、全員が杖を抜く。


 「貴族に“死ね”というときは、それなりの作法があるんだぜ、糞坊主」

 ギムリが殺気を出して言う。

 「ちょっと、仲間割れをしてる場合じゃないでしょ!」

 ルイズ(偽)が叫ぶ。


 「諸君、杖を引っこめよう。ここで争ってても何にもならない」

 「わかったら早くいきたまえ」

 だけど、むかつく野郎には一言残しておかなければ。


 「任務に赴く前に、正直なところを言ってもよろしいか」

 「聞いてやろう」


 「でははっきりと申し上げるが、僕は君達のやり方が気に入らない。そりゃ僕達はブリミル教徒だ。ハルケギニアの貴族だ。教皇聖下が聖戦とおっしゃるならば、従うしかないさ。だけど、僕はアルビオンで多少だが地獄を見てきた。威勢のいいことばかり叫ぶ連中は、いざという時にはからっきしだった。最後まで残って戦ってたのは火事場泥棒の不良軍人だった。だから、いまいち君達にはついていけないのさ。なんというのかな、そういうのは芝居の中だけにしておいてくれ」

 「結構!」

 顔を真っ赤にしてるね、度量が狭いことだ。


 「よーし、皆、前進!」

 そして僕達は虎街道に飛び込む。

 中にはあのヨルムンガントが10体もいるという。


 だけど僕達は生き残る。それに特化したのが我等『水精霊騎士隊』だから。








■■■   side:マリコルヌ   ■■■


 虎街道に入った僕達は堂々と前進する。

 僕達はたったの22人だから隠れる必要はない。敵は小部隊には目もくれないだろう。


 「いたな、さて、どうやってひきつけようか?」

 ギーシュが考え込む。


 「しかし、凄いな、あのゴーレム。跳んで戦艦を叩き落としやがった」

向こうには例のヨルムンガントが10体程見える。見つけるのは簡単だった。何しろ二体が手を合わせてもう一体がそこに乗り、ジャンプして空中のロマリアの戦艦を掴んで叩き落としたところだった。

 あっという間に戦艦をバラバラにして、大砲や火薬を根こそぎ奪っているのだから、とんでもない性能だ。


 「船から「風石」を取り出して食べてる。やっぱルイズの予想通り、「風石」を動力にしてたんだな」


 「なあギーシュ、あれには魔法もなにも効かないんだろう?」

 この中であれとの戦闘経験があるのはギーシュだけ、その情報は貴重だ。


 「そう、あれにはエルフの“反射”がかかってる。どんな攻撃も弾き返してしまうんだ。通用したのはルイズの“虚無”だけさ」

 「ってことは、俺達が魔法をぶっ放しても、こっちに注意を向けてくれるかね?」

 ギムリが疑問を投げる。

 「どう思うレイナール?」

 ギーシュが隊長として、ルイズの副官役を務めるレイナールに問う。

 「どうも何も、とりあえず出来る限りの魔法をぶっ放して、後は『フライ』で逃げまくる。こっちに来てくれればお慰み。そんなとこしかないんじゃないか?」


 「まあ、そうか」

 しかし、そこで僕の出番となる。


 「皆、安心しろ。我等が司令官殿はそのために僕に秘策を授けてくれた。敵を100%誘導出来る秘策をだ」

 僕は胸を張って告げる。


 「本当か!」

 「そりゃすげえ!」

 周りから驚きの声が上がる。

 「流石はルイズだな、マリコルヌ、それでいってくれ」

 「了解」


 隊長の指示に応え。僕は秘策を開放する。

 風系統の『拡声』を使い、峡谷内に声を響かせる。


 「おーーい! ガリアの年増淫乱女が! 少しは自分の年を考えて自重しやがれ! 自分より若い愛人が旦那様の近くにはびこって不安なのも分かるけどな! 諦めが肝心なんだよこの野腐れ売女! 手前みたいのは場末の酒場で●●野郎に●●して●●してやがれ!! この●●持ちの●●崩れの●●●●め! お前みたいな●●●●がここにいること自体が間違い何だよ●●●●!!」

 これは全てルイズから教えられた内容だ。

 間違っても“アクイレイアの聖女”が口にする言葉じゃないと思う。


 結果、砲弾が一斉に飛んできた。

 「風魔法!!」

 僕と風メイジ7名が一斉に『エア・シールド』を張って、飛んでくる弾をそらす。


 「効果抜群だな! 全部こっちに来たぞ!」

 「つーか言い過ぎだろあれは! 敵さんものすげえ怒ってるぜ!」

 「なんかもの凄い速度で走ってる! 下手すりゃ追いつかれるぞ!」

 僕達はわめきながら『フライ』で逃げまくる。


 「はっはっは! 相変わらずルイズはやることが過激だなあ!」

 その中で笑ってるギーシュ、うん、大物だよなあ。

 「確かにそうだね、実に面白いや!」

 僕も僕でテンションが高まってる。


 「おわああああああああああああ!!」

 敵が葡萄弾を撃って来た。小さな弾を何発も吐き出す散弾の一種だ。


 「大丈夫か!」

 「あたってない! でもやばかった!」

 「流石、アルビオンの艦隊戦を生き抜いたのは伊達じゃないね」

 「悪運強いよなあ、僕ら」


 そんなこんなで逃げ続けるが、ギーシュは肩に散弾を一発喰らった。


 「平気か? ギーシュ」

 「問題ない。諸君! このまま飛ぶぞ! あの光に向かって飛べ!」

 向こうには虎街道の出口が見える。僕とギーシュはやや速度を緩め、殿を受け持つ。


 しかし、ヨルムンガントは徐々に距離を縮めてきてる。

 「このままじゃ追いつかれるな、マリコルヌ! やるぞ!」

 「了解!」

 僕達はモンモランシーの新薬を大量に投下する。

 早い話が煙幕で、なんの効果も無い普通の煙だが、吹き出る煙の量は半端じゃない。


 ヨルムンガントは大量の煙幕に包まれ、一時的にだが進軍が止まる。


 「今のうちだ! 駆け抜けるぞ!」

 「応!」

 殿だった僕達も当然煙幕の中にいる。これはあらゆる方向に凄まじい速度で広がる煙だから仕方ない。

だけど空中で展開したので地上にはまだ煙はきてないし、そもそも煙だから下にはあんまりいかない。

全長25メイルもあるヨルムンガントは視界を奪われるが、2メイルもない僕達はそれの影響を受けずに行ける。


 だが。

 「やっぱ最後に頼りになるのは自分の足だねえ!」

 「地獄のマラソン開始だ!」

 飛んでも周りが見えなくて危険だから走ることになる。低空飛行は精神力の消耗が激しいのだ。


 「走れマリコルヌ、豚の意地を見せろ!」

 「喧嘩売ってんだね君は!」

 悪態をつきながらひたすら走る。

 まあ、精神力を温存するって意味もあるんだけど。




 そして5分くらい走り続け。


 「ルイズゥウウウウウウウウウウ! 来たぞぉおおおおおおおおおおお!」

 「栄光のゴールは今ここに!」

 僕達はゴールにたどり着く。


 既にヨルムンガントは後方100メイル近くまで近づいている。全長25メイルの巨人の歩幅を考えれば一瞬の距離だ。人間で考えれば8メイルくらいなんだから。


 「『爆発(エクスプロージョン)!!』」


 先頭にいた二体がルイズの『爆発』に包まれる。


 「やったか?」

 あのカルロって野郎もいた。

 だけど、ヨルムンガントは無傷で立っていた。


 「くたばりなさい!! 青臭い小娘が!!」

 大魔神もかくやという怨念めいた声がヨルムンガントから発せられ、砲弾がルイズに叩き込まれる。

 粉々に吹っ飛ぶルイズ(のスキルニル)。

 やっぱあの言葉は言いすぎだったみたいだ。


 「甘いわねミョズニト二ルン、それはスキルニルよ」

 本物が爆炎を小規模な『爆発』で吹き飛ばして現れる。

 その姿は“アクイレイアの聖女”というよりも、“アクイレイアの戦乙女”と言った方がしっくりくるなあ。


 「お久しぶりねえ、トリステインの“虚無”。こうしてお会いできる時を楽しみにしてたわ。つい十分程前からねえ」

 どうやら、さっきの言葉はルイズの発案だということに気付いてるみたい。


 「残念ねえ、前回と違って装甲の内部や骨格系にも“反射”の“焼き入れ”を施してあるのよ。その強度はガルガンチュアとは比較にならない、表面の“反射”は“虚無”で消し飛ばせても下の装甲はどうにもならないのよ」


 「うわぁああああああああああああ!」

 カルロが逃げた。口ほどにもないなあいつ。

 隊長が逃げたから周りの聖堂騎士も遁走する。ルイズの周りにいるのは僕とギーシュだけ。


 「総員! ルイズを援護しろ!」

 あちこちの穴から水精霊騎士隊の隊員が顔を出して魔法を飛ばす。強力な相手には、変幻自在のゲリラ戦こそが有効。

 だから前もってここを主戦場にするためにトンネルを掘っておいたんだから。


 誰かが戦いだせば、それに呼応するのが軍隊というもの。周囲のロマリア軍も一斉に射撃を開始して、数十発の砲弾がヨルムンガントに叩き込まれる。


 だけど、無傷。

 僕とギーシュは砲弾の欠片からルイズを守るのに専念する。ルイズは既に本命の詠唱を開始している。


 あちこちから魔法がとぶ。しかし、氷の矢も、風の刃も、火球も、電撃の光も、ヨルムンガントには何の効果も無い。


 「うわあああああああああああああああ! 化け物だあああああああああああああああ」

 まずは兵が逃げて、それを止めるべき騎士や士官も逃げ出していく。


 「やれやれ、根性ないねえ。アルビオンでの連合軍もそうだったけど、威勢がいいことを言うやつから真っ先に逃げていくなあ」

 ギーシュが呆れてる。

 「まったくもってその通り、神の為に死を恐れず戦う神の戦士が聞いて呆れる。あんなんじゃあヴァルハラにはいけないなあ。神様から門前払いをくらうよ」

 今残ってるのは僕達と、トンネルでゲリラ戦を展開する水精霊騎士隊の隊員達だけ。あとは全員逃げた。


 「さあて、“博識”。随分と面白い挨拶をしてくれたわよねえ」

 ヨルムンガントから女性の声が響く、どうやら虫を蹴散らしたことで、少しは気が晴れたみたいだな。


 「あら、図星だったかしらこの淫売。もう結構な年なのは間違いないでしょ?アルビオンで最初に会った時に、“歳くったおばさん”って言葉に敏感に反応してたものねえ、この●●」


 ルイズ、頼むから“聖女”の格好でそういう言葉を言わないでくれ、歴代の“聖女”の人達にもの凄い申し訳ない気持ちになってくる。


 「ま、『爆発』が効かないのは想定済みよ。まさか、前回あっさりとやられた弱点を抱えたままくるわけないしね。もしそのまま来てたら逆に尊敬するわよ、私」


 「お褒めにあずかり光栄ねえ、だけど、前の言葉はどういう意味かしら?」

 声にまた怒りが宿る。うん、女って怖い。


 「言葉通りよ、この●●。あんたみたいなあばずれじゃあ私には勝てないってことよ。何せこっちは清らかなる処女(おとめ)なんだから。“アクイレイアの聖女”と、腐れ●●●の●●●●じゃあ勝負にならないでしょ?」

 いや、そういう意味じゃあないと思うんだけど。


 そういえば、『ルイズ隊』の処女ってもうルイズだけか。

 キュルケは学院に来る前からああだし、モンモランシーもギーシュと二、三回やってるそうだし、この度めでたく、タバサとサイトも卒業したらしいし。

 やれやれ、童貞は僕だけか。寂しいもんだなあ。

 ルイズも男に関しては処女のはずだけど、もう一つの方面の噂が広がってるし。なにせ、ルイズが纏うことを許されてるマントには、トリステイン王家の紋章が刻まれてるけど、“百合”なんだよなあ。


 「そう、踏み潰されたいようね小娘」


 「おあいにく様、やれるもんならやってみなさい!」

 ルイズが既に長期間の詠唱を終えて開放するだけだった魔法を解き放つ!


 「『幻影(イリュージョン)』!!」


 そして、『聖女隊』が降臨する。








■■■   side:モンモランシー   ■■■



 「やれやれ、前代未聞の光景ね」

 私は“長槍”の内部で呟く。

 今いるのは私、サイト、タバサ、キュルケ、コルベール先生。

 サイトは砲撃手、コルベール先生は操縦士、タバサはシルフィードと視界を共有して、3次元的に敵との距離を測る索敵役。


 私とキュルケで砲弾を込めたり、その他もろもろを担当している。

 もともとこの“長槍”は複数の人数がいないと動かせない代物だそうだから、人数的にはちょうどよかった。

 熟練なら4人でもいいそうだけど、私達は素人だしね。


 「いやー、ありえねえな、数百人の“聖女”かよ。しかもどんどん増えてるし」

 サイトも呆れてる。


 あれが今回のルイズの切り札、『聖女隊』。

 『幻影』で自分の分身を大量に作り出し、敵も味方も含めた広範囲の人間の脳に情報を叩き込む。


 結果、ヨルムンガントの周りには鼠のように“聖女”が纏わりつくのよね。


 「夢に出てきそうな光景ね、蟻の穴から“聖女”がわらわら出てくるんだから」

 キュルケですら呆れてる。

 ギーシュ、私、マリコルヌで掘ったトンネルは20を超える出入り口があり、そこから“聖女”が次々に湧き出してきてる。

 まさに蟻の如く。

 穴の中を覗けば“聖女”がぎっしり詰まってるはず。

 もっとも、ヨルムンガントと人間のスケールだと鼠でしょうけど。


 「だがまあ、これでミス・ヴァリエールは心配ない。彼女を潰すには敵も全てを動員しなければならないだろう」


 「殲滅の好機」


 この作戦は『潰せるものなら潰してみろ』が基本。

 二体じゃあ潰す数より増える数の方が多いから、残りを動員するしかない。

 そしてそこを、この“長槍”で叩き潰す。


 「よーし、やったろうぜ、皆」

 そして、サイトが一発目をぶち込む。












■■■   side:シェフィールド   ■■■


 「やれやれ、見事なものね」

 相変わらず予想もしない手段をとってくる。正直、相手にしてて飽きないから、何度でも戦ってみたくなるわね。

 だけど、油断すればあっさりとやられる。それほど“博識”は厄介な敵になっている。


 「それに、聖戦の旗印にもなってるわね」

 ヨルムンガントは広域の聴覚探知を行える。そして、敵の会話と思われる部分だけを拾うことが出来る。

 『援軍感謝、あの悪魔のような甲冑人形を破るとは………貴官の所属を述べられたし!』

 『トリステイン王国、水精霊騎士隊!』

 『了解! お頼み申す! 旗が無くては士気に関わる! これを掲げられよ!』


 そして、聖戦旗が“長槍”に掲げられる。その隣には『ルパン三世参上』って書かれてるそうだけど。


 『教皇聖下万歳! 連合皇国万歳!』

 『諸君! 注目! 我等が聖戦に、トリステイン王国より強力な援軍だ! 憶するな! 始祖の加護は我等にあり』


 「さて、これで私の戦略目標は達成できた。残りのヨルムンガントは6体。どうせだから、もう一つ試練を与えてみましょうか」

 私はヨルムンガントに指示を出す。


 「どう乗り切るかしらね?」






■■■   side:才人   ■■■


 「サイト、敵が飛んでる!」


 「何だって!」

 シャルロットからの報告はとんでもなかった。


 俺は照準器で確認するが、確かに飛んでる。しかも速い。


 「多分、体内の「風石」を砕いて風の力を一気に開放している。焼き討ち船もそういう手段で特攻する」


 「片道覚悟の玉砕戦法ってわけか、となると、敵の狙いは……」

 一個しかねえな。

 「ヨルムンガントを質量兵器として落とすつもり。この“長槍”といえどあの質量が空から降ってきたらひとたまりもない」


 「だろうな、コルベール先生、後退してください。敵が寄ってくる前に全部撃ち落とします」


 「了解だ」


 「キュルケ、モンモランシー、装填のペースを上げてくれ、撃ちまくる」

 「任せて」

 「了解よ」



 そして、後退しながら撃っていくが、あと二体になったところでかなり近くにまで接近された。

 「まずい、サイト」


 何とかもう一体は撃ち落としたが、残り一体に頭上の死角に入られた。


 「皆、脱出しよう。一体くらいならなんとかなる」

 ここでこだわっていても仕方ねえ。


 だけど。


 風竜が現れてヨルムンガントを射程内に放り投げる。

 「あれは、ジュリオの風竜か?」

 とんでもねえ力だ。


 「ヴィンダールヴの力で強化されてる。その上、今のヨルムンガントは限界まで『レビテーション』で軽量化されている。だからこそだと思う」


 「なるほどな、そうでもなきゃ無理か」

 そして、「風石」が尽きて落下したヨルムンガントに止めをぶち込む。




 そして、ヨルムンガントは全滅。俺達はルイズ、ギーシュ、マリコルヌと合流する。


 「見事だったよサイト、流石副隊長」

 「ああ、かっこよかったぜ」


 ギーシュとマリコルヌが祝ってくれるが、ルイズは沈黙してる。


 「どうしたルイズ?」

 「ちょっと気になることがあるの、あんたらも警戒は緩めないでおきなさい」

 ルイズの表情は険しい。


 「見よ! 驕り高ぶるガリアの異端共は殲滅したぞ! 始祖の加護は我にあり!」

 この前ルイズにやられてた奴が呑気に叫んではいるが。


 「あいつら、なんかしたっけ?」

 「さあね?」

 ギーシュとマリコルヌも呆れてる。


 「サイト?」

 シャルロットが声をかけてきた。

 「ルイズがまだ警戒は解くなってよ、あいつが言うんだから間違いねえだろ」

 「分かった」

 そして俺達はそのまま待機する。


 だけど、予感がする。

 俺の左腕がなんかざわめいている。

 能力を発揮している状態のヴィンダールヴやミョズニト二ルンに会った時にも、似たような感じがしたが、それとはケタ違いのざわめきだ。


 「一体、何が始まるってんだ?」

 俺は周囲を警戒しながら、妙な予感を抱いていた。











■■■   side:ハインツ   ■■■


 「見事だな」

 その一言に尽きる。

 ヨルムンガントを悉く撃退し、そこに至るまでの策も完璧と言っていい。


 「流石は“博識”、もはや、まともな手段では太刀打ちできんなあ」

 だが、個人ではどうにもならない力もある。最終作戦ラグナロクはまさにそれだ。


 「ふむ、聖戦で死んだ者はヴァルハラに召され、そこで神の軍団に加わるという。正に、オーディーンが率いる英霊達と同じ。ヴァルキュリアがいないのが欠点だが」

 彼らが神の軍勢ならば。


 「こっちは“ロキ”が“ヨルムンガント”と共に来たわけだ。少し役割は違うが、あの“長槍”はさしずめ、神の槍“グング二ル”といったところか」

 こちらは悪魔と巨人の軍勢。正にラグナロクそのままに。


 「そして、“グング二ル”では“フェンリル”には勝てん。あれを倒すには英雄が必要だ」


 さあ、どうなることやら。


 「さて、ヘイムダルの役割の合図を“ロキ”が送る訳か、ある意味流れ通りだな」

 俺は懐からあるマジックアイテムを取り出す。


 それはサイコロ、これに『錬金』をかけて振ることで、本部にある装置が作動する。


 「“ギャラルホルン”よ、今こそ鳴り響け」

 本部のイザベラの下にあるその装置が“ギャラルホルン”。

 “百眼”の下にあるのも演出の一環だな。


 俺がこのサイコロを振ることで、イザベラは“ギャラルホルン”を吹き鳴らす。

 まさしく、いつでも“ロキ”を見張る“ヘイムダル”の如く。


 「賽は投げられた」


 さあ、ラグナロクの始まりだ。









■■■   side:ジョゼフ   ■■■


 ギャラルホルンの角笛が高々とヴェルサルテイルに響き渡る。

 それはすなわち、ガリアが第一級厳戒態勢に入ったことを意味する。

 本来ならば大臣が集まり、情報を整理し、協議を重ねた末に戦時体制というものはとられ、その脅威の度合いによって警戒レベルは決定される。


 しかし、これだけは例外。

 これの発動が可能なのは王か、その代理人たる王太子。現在の状況ならばイザベラがそれにあたる。

 そして、それらがいないか、動けないときは、王族を除いた王位継承権の中で最上位の者がそれを代行する権限を持つ。すなわち、ハインツ・ギュスター・ヴァランス。

 今回の動員は王位継承権第一位と第二位の連名によるもの、一度これが発動された以上。何人足りとも異論は許されず、王の下に集う。


 既に、王政府に仕えるものは悉くヴェルサルテイルに向かっている。そして、武官の代表、文官の代表は皆、玉座の間に集う。


 文官の頂点である九大卿。

 エクトール・ビアンシォッティ内務卿。

 ニコラ・ジェディオン法務卿。 

 イザーク・ド・バンスラード外務卿。

 ジェローム・カルコピノ財務卿。

 アルマン・ド・ロアン国土卿

 ヴィクトリアン・サルドゥー職務卿

 アルベール・ド・ロスタン軍務卿

 アルフレッド・ド・ミュッセ保安卿

 ギヨーム・ボートリュー学務卿


 そしてその首席補佐官達、その中にはオリヴァー・クロムウェル(クロスビル)の姿もある。


 軍を現在統括する者達。

 陸軍副司令官代行、アドルフ・ティエール中将。

 陸軍総司令官代行、フェルディナン・レセップス中将。

 空海軍総司令官、アルフォンス・ドウコウ中将。

 空海軍副司令官、クロード・ストロース中将。

 後方勤務本部総長、アラン・ド・ラマルティーヌ大将。

 後方勤務本部副長、エミール・オジエ中将。


 アルビオン戦役と、両用艦隊の反乱を経て、この者らの役職にも変化が生じている。


 そして、ガリアの騎士団を統括する者達。

 東薔薇花壇騎士団団長、バッソ・カステルモール。

 南薔薇花壇騎士団団長、ヴァルター・ゲルリッツ。

 西百合花壇騎士団団長、ディルク・アヒレス。


 一応保安省に属すが、軍務省において軍籍を持つ身でもあり、半ば独立した機構として存在している。


 そして、最後に玉座に間に入ってきた者達。


 北花壇騎士団副団長補佐官、ヨアヒム・ブラウナー。

 北花壇騎士団副団長補佐官、マルコ・シュミット。

 北花壇騎士団団長補佐官、ヒルダ・アマリエット。


 こいつらが自分で決めた姓を名乗ることが許されるのは、ラグナロク以降のことだが、気の早いことだ。

 そして、その者らを従えて堂々と歩いてくる。


 ガリア王国宰相 兼 北花壇騎士団団長、イザベラ・ド・ガリア。


 ここに、ガリアの重鎮は全てが玉座の間に集結した。

 ロマリアで既に戦端を開いている。ハインツ・ギュスター・ヴァランスのみを例外として。



 「陛下、ハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵より、最終作戦の発動要請がまいりました」

 イザベラは臣下の礼をとり、宰相として俺に報告する。


 「そうか、いよいよ時がきたか」

 俺もまた王として応える。


 ここに集った者達は皆戦う理由を持っている。


 九大卿やその補佐官達の大半はガリアを動かす政治家であるが故に。


 三騎士団長は民を守り、民を脅かす外敵を撃ち滅ぼすことを信念としているが故に。シャルルの忠臣であったカステルモールも、“ガリアの民の為”に、俺に従っている。


 そして『影の騎士団』。こいつらは生粋の戦人であるが故に。時代に愛された戦場の申し子として、その本分を全うするだろう。


 最も強い理由を持つ者が、マルコ、ヨアヒム、イザークの3人。

 “穢れた血”として生まれ、ただそれだけで暗黒に突き落とされ、この世界の忌み子とされた者達。

 マルコとヨアヒムの家はその後、“悪魔公”によって滅ぼされたが、イザークは自らの手で父とその血縁を秘密裏に皆殺しとし、バンスラード侯爵家を断絶させた。

 そして、その協力を王家に依頼する代償として、外務卿として働いている。

 理由は異なるが、その立ち位置はハインツ・ギュスター・ヴァランスとよく似ている。

 彼らが戦うのはこの世界そのものを破壊するために、自分達のような者をこれ以上生み出させないために。


 ヒルダが戦うのは主人であるイザベラの為、クロムウェルが戦うのは恩義ある友人の為。


 そしてイザベラ。我が娘はガリア王家に巣食う闇を破壊するために、あの“輝く闇”と共に戦うのだろう。


 皆戦う理由はそれぞれなれど、全ての者に共通点がある。

 それは、王の名の下に、ガリア王の臣下として戦うということ。


 「皆の者、ついに時は満ちた。最終作戦ラグナロク。発動の時である」


 シャルルよ、ついにその時が来たぞ。俺達の悲願を果たす時がきた。

 お前はいつも言っていたな。『僕達でこの国よくしていこう』、『この国をよくしていかなくてはならない』と。まるで、希望を胸に秘めた“イーヴァルディの勇者”のように。


 自分のことしか考えることができず、虚無の闇に囚われていた俺と違い、お前は気付いていたのだろう。いや、気付かないはずがない。この国が腐っていたということを。この世界そのものが腐っていたということを。人々の暮らしは変わらず続いているというのに、肝心の土台が腐り果てていた。そしてお前はそれを変えようとしていた。


 お前が王を目指したのも、元々はそのためだったはずだ。当時の俺は外界に関心がなかったからな。仮に父が早くに病死して、無難に王になっていたところで、碌な王にはならなかっただろう。お前の判断は正しかった。


 だが、結局はお前も闇に飲まれ、俺と同じ場所に落ちてしまった。そして俺はお前を殺してしまった。


 ならば、俺が引き継ごう。たった二人の兄弟なのだからな。幼少の頃、まだ世界を知らない子供二人が夢見た理想を、俺の手で実現させてやる。


 しかし、俺はお前にはなれん。“ガリアの光”、“慈愛の君”と呼ばれたお前と違い、俺は民の為に戦うことは出来ん。そういう存在なのだ。


 故に、俺は俺だけの王道を示そう。お前を殺して得た血塗られた王道だ。“虚無の王”として、俺は俺のやり方で、このガリアを良き方向へ導こう。


 「これより我等は、墜ちた神世界を滅ぼす軍団(レギオン)となる。あらゆる罪も、あらゆる罰も、神ではなく己で背負うのだ。邪魔する者は悉く殺せ、罪なき民を生かしたくば、罪ある者をすべて殺せ。その判断は神ではない、俺がする。ガリアに仇なす罪人を裁くのは、神ではなくこの俺、ガリア王ジョゼフだ!」


 「「「「「「「「「「 ははっ!! 」」」」」」」」」」


 俺の王道は覇道ではなく、民の為の求道でもない。

 トリステインの小娘やアルビオンの小僧ならば、先祖から受け継ぎし己の国と、そこに生きる民の為に戦うだろう。

 ゲルマニアの皇帝ならば、民の率いる覇者として、人々の願望の象徴として君臨し、先頭に立って戦うだろう。


 しかし、俺は違う。俺の進む道は他者の影響によって変わることが無い。全ては俺が考え、俺の為に俺が成す。

 シャルル亡き今、俺の王道を変える存在はどこにもいない。全ては俺の意思によって成る。世界で最も傲慢なる絶対者。それが俺であり、それ故に神とは相容れぬ。


 己が渇望の為に神を滅ぼす。正に悪魔というわけだ。


 故に、ここに集う者は俺の臣下だが、唯一対等の立場で戦う者が存在する。


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。


 あいつもまた究極的に傲慢。世界の全てに対し、己の意思によって是非を定める。

 『二柱の悪魔』とは、我が娘ながらよく表現したものだな。


 「力ある者は武器をとれ! 知恵ある者は筆をとれ! 闘う意思のある者は、皆すべからく玉座の下に集うべし! 世界を滅ぼす軍団(レギオン)となり、我が分身となりて神を殺せ! ここに! 矢は放たれた!」



 「「「「「「「「「「 ヴィヴラ・ガリア!! ヴィヴラ・ジョゼフ!! 」」」」」」」」」」」


 さあ、いよいよ始まりだ。

 英雄達の活躍は終わり、これより始まるは“恐怖劇(グランギニョル)”。

 その開幕が切って落とされた。



 「出陣」


 ここに、ラグナロクは発動された。


自らの意思で王に従い、己の戦う理由に準じて戦い、あらゆる罪悪を己で背負う、人間の戦いだ。


王の名の下、神を滅ぼし世界を壊す、最終戦争が始まったのだ。



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あとがき

三章が終わり次は最終章となります。

ここよりは恐怖劇となり、"輝く闇"と"虚無の王"はその本領を発揮していきます。

かなり急な展開となりますが、もともとここから始まって、それに理由をつけるために
書いてきたssなので、当初の予定通りでいこうと思います。

それと、この話を読んでくれている方々、感想を下さる方々、ご指摘をくださる方々
に、この場を借りて感謝をいたします。



















[10059] 最終章 終幕 「神世界の終り」  第一話  悪魔の軍団
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/01 22:54
 ギャラルホルンが高々と響き渡り、ラグナロクは発動された。

 その合図を送ったのは“ロキ”である俺、それを受けたのは“百眼”たるイザベラ。

 世界を焼き尽くす存在である陛下の下に全ては集い、神を滅ぼす軍団(レギオン)の召集が開始された。

 そして、俺は現在ロマリアにあり、その先陣を務める。


 さあ、これより、恐怖劇(グランギニョル)を始めよう。






第一話   悪魔の軍団(レギオン)





■■■   side:才人   ■■■

 ルイズの指示に従って、俺達は警戒を続けていた。

 とはいっても周りに敵がいるわけじゃあないから、それとなく気を配る程度だったが、俺は何かとんでもないものが来る予感がしていた。

 ガンダールヴのルーンが振えている。まるで何かに共振するかのように。

 そして、多分ルイズも同じものを感じている。

 理屈じゃない何かが、危険を知らせているのだ。


 「教皇聖下万歳! 連合皇国万歳!」

 「始祖の加護は我等にあり! 驕り高ぶるガリアの異端共め、思い知ったか!」

 周囲で聖堂騎士が未だに騒いでいる。つーか、カルロの奴、隊長なんだから部下の統率くらいしとけよ。



 「やれやれ、ほんとに口だけはよく動くなあ」

 「それくらい身体も動けばいいんだけどね」

 ギーシュとマリコルヌは呆れてる。


 しかし。


 ヒュイン!


 独特の風切り音が聞こえ、次の瞬間。



 カルロの生首が転がっていた。


 「今のは!」

 「スライサー!」

 俺とシャルロットが同時に叫び、その瞬間。


 ドドドドドドドン!!

 何発もの弾丸が放たれる音が聞こえてきた。


 「ワルキューレ!」

 「『エア・シールド』!」


 ギーシュとマリコルヌは咄嗟に反応する、この辺は流石だ。

 が、弾丸は俺達じゃなくて周囲の聖堂騎士やロマリアの兵士に叩き込まれた。

 炎、氷の矢、電撃、風の刃が次々に降り注ぎ、一方的に蹂躙していく。

 “イグニス”に“セルシウス”、“ヴァジュラ”に“スライサー”。


 「魔銃! しかも、ご丁寧に全種類揃ってるわね!」

 ルイズが悪態付きながら、水精霊騎士隊の連中に指示を飛ばしていく。

 こういう場合、俺とシャルロットの役割は遊撃兵。砲台はキュルケとコルベール先生に任せ、その他もろもろはギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーに任せる。


 「行くぜシャルロット!」

 「うん!」

 俺達は射撃手目がけて突進する。既に弾丸が飛んでくる方向は分かってる。


 「て、敵だ! 敵の奇襲だ!!」

 「備えろ! 敵はどこだ!」

 「魔法が来る! メイジの大隊か!」

 今頃になって反応し出すロマリアの士官達、こいつら戦争に勝つ気あんのかね?


 俺達は虎街道の入り口を一望できる丘に向かう。この射撃はそこから行われている。

 突進する俺達に気付いて周囲の騎士達も後に続く、完全に俺達は切り込み隊長になってるな。


 だが。

 ドン! ドドドドン!

 さらなる“魔銃”の一斉射撃が行われる。


 「イグニス!」

 “精霊の目”を持つシャルロットがその正体を看破する。

 「避けろ!」

 そう叫びながら俺は“ガンダールヴ”の速度で、シャルロットは『フライ』で弾丸をかわすが、魔銃の脅威を知らない聖堂騎士は、通常の弾丸に対処するように『エア・シールド』を張る。


 ドゴオオォォォォン!!


 炸裂した「火」の魔弾“イグニス”が『エア・シールド』を難なく突破していく、メイジは黒焦げだろう。


 ジ、ジジ、ジジジ。

 さらに、嫌な音が聞こえる。これは、あれを撃つ時に発生する音だ。

 「この音は!」

 「ヴァジュラ!」

 さらに、数十発の“ヴァジュラ”が後方に炸裂し、電撃が降り注ぐ。


 「ち、好き放題やりやがって!」

 「だけど、“魔銃”を戦場で部隊が使用すれば、ここまでの脅威になる」

 確かに、“魔銃部隊”なんてもんがあればもの凄いだろうとは思っていたが、実際に相手にしたら、これほどやりにくいもんはねえ。

 何しろメイジの魔法と違って、魔銃がある限りいくらでも連射がきく。普通、強力な魔法や射程が長い魔法を撃てばインターバルが必要なものだが、魔銃にはそれがない。一人10丁持ってれば10連発できるわけだ。


 そして俺達はその部隊に肉迫するが、そこには予想もしなかった光景が広がっていた。


 「な、なんだこりゃ………」

 「首なし騎士(デュラハン)………」


 そこには確かに“魔銃”を装備した魔銃部隊が存在した。しかし、そいつらには全員首が無かった。

 ドドドドドドン!


 一瞬愕然としていた隙に“セルシウス”が飛んできた。


 「デルフ!」

 「ラナ・デル・ウィンデ!」

 俺達は何とか避けつつ迎撃するが、敵はそのままロマリア軍に突っ込んでいく。


 異形の怪物に乗って。


 「何なんだよありゃ………」


 その乗り物は異形だった。

 馬の胴体に狼の足がくっついていたり。熊と思われる上半身と虎と思われる下半身がくっついていたりした。


 「キメラ」

 シャルロットがそう呟く。


 「キメラ?」

 それって、合成獣ってやつだよな。


 「ガリアの魔法研究所が開発した異形の怪物。多分、『ファンガスの森』以外にも複数存在した」

 よくある生体実験の産物ってやつか。

 「だけど、なに考えてあんなもの作りやがったんだ」

 あいつらは確かに複数の動物が合成されてる。

 中にはグリフォンやマンティコアなども混じっていたし、サラマンダーらしきものもいた。

 だが、その全ての共通点が、人間の首を備えているということだ。

 そして、その全てが背に“首なし騎士”を乗せており、完璧な連携を見せている。

 正に、乗り手と乗せ手が“一心同体”だとでも言わんばかりに。


 「あの首はおそらく………」

 考えるまでもねえ、首なし騎士(デュラハン)の首だ。


 “魔銃”を構えた首なし騎士が、自分の首を持つキメラに乗って戦うなんて。どういう悪夢だ。


 「だけど、ぼうっとしてる場合じゃねえな」

 敵の数はおよそ30、全部ロマリア軍に突っ込みやがった。

 あんなのに突っ込んでこられたらヨルムンガントとは別の恐怖に竦みあがっちまう。


 「追わないと」

 俺達は全速力で異形の軍団を追った。











■■■   side:シャルロット   ■■■


 ロマリア軍は混乱していた。

 いきなり“魔銃”の掃射を受けた上、あんな“首なし騎士”のキメラ騎兵隊なんてものに突進されたのだから当然だ。


 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 私は『ウィンディ・アイシクル』を唱え、キメラの首を撃ち抜く。

 まるで4年前に戻ったような気分になるけど、あれこそが今の私の原点といえる。


 あの、キメラに満ちた森で、私は戦うということを知った。ジルからそれを教えてもらった。

 そして、『氷槍(ジャベリン)』であのキメラドラゴンを倒したのだ。


 だけど、こいつらはあの実験用のキメラとは違い、完全に戦闘用に調整されている。

 戦闘能力自体は大したことはない。けど、完全に戦術を知っている。

 キメラというよりもむしろ、ガーゴイルと言ったほうがしっくりくる。

 私が『ファンガスの森』で戦ったキメラ達は異形の怪物ではあったけど、それでも生物だった。

 けど、こいつらには生物らしさがない。姿かたちはそのままだけど、与えられた行動パターンを繰り返し実行するだけのような印象を受ける。

 隊列を整えて突撃し、至近距離から“魔銃”の一斉掃射。そして接近戦に持ち込み槍を振るう。


 その強さは普通の平民の戦士と変わらない。けれど、洗錬された部隊ならば話は別。しかも、“魔銃”で武装し、キメラを乗りこなすならなおのこと。

 その上、その姿の凄まじさは相手の士気をくじく効果を持っている。

 純粋に戦力として考えればかなり有効な兵種なのは間違いない。


 「『爆発(エクスプロージョン)』!」

 
 だけど多勢に無勢。向こうではルイズも戦っている。

 たった30ではロマリアの四個連隊には勝てない。

 ヨルムンガントの侵攻によって大きな被害を受けたとはいえ、それと同数以上の援軍がアクイレイアから来たはずだから、今ここには1万近い兵が集結している。


 「皆の者、ひるむな! 敵は小勢だ! 一気に殲滅せよ!」

 ロマリアの士官も全部が全部の無能なわけじゃない。

 神の威を借るだけの聖堂騎士はともかく、純粋な軍人にはそれなりの人物もいるみたい。


 「ポール!エルネスト!オスカル! トンネルを通ってハガルの出口に向かえ! そしてギムリ達と合流しろ!」

 「『エア・ハンマー』!」

 ギーシュとマリコルヌも善戦してる。


「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」

 「燃え尽きなさい」

 特にキュルケとコルベール先生は活躍してる。

 ああいうキメラや首なし騎士(デュラハン)とかには「火」で焼き尽くすのが最も効果的。

 どうやらあの首なし騎士は核を潰さない限りは動き続けるようだけど、焼き尽くしてしまえばそもそも関係ない。


 そして、ほどなくして異形の兵団は殲滅された。


 だけど、私はあることを考えていた。

 この軍団を率いていたのは誰か?

 キメラを保存し、錬度をさらに上げることができ、首なし騎士(デュラハン)との高度な連携をとらせることができる人物。

 そして、“魔銃”を大量に用意でき、ヨルムンガントが撃破されたばかりのこの状況を、狙ったように現れることが可能な人物。


 私が知る限りでは、それは一人しかいなかった。










■■■   side:ルイズ   ■■■




「皆の者! 異形の怪物共は殲滅した! ガリアの異端共恐るるに足らず! 始祖の加護は我にあり!」

 ロマリアの士官と思われる人物が高らかに宣言し、周囲の兵も勝ち鬨を上げる。


 だけど、これで終わりなはずがない。


 何しろ、これらを操っていたのは恐らくあいつ。

 ならば、かの“悪魔公”率いる軍団がこの程度なはずがない。


 戦闘が一旦終結し、『ルイズ隊』と水精霊騎士隊は一旦集結した。そして、その瞬間。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 『カッター・トルネード』と思われる竜巻が出現し、さっき叫んだ士官を中心にロマリア兵を細切れにしていく。


 そして。


 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 悪魔の高笑いが響き渡った。


 「く、くくくくくくく、神に縋るしか能がない虫けら風情が、我等に勝てるなどと、よくぞまあほざいたものだ。分際を知るのだな蛆虫が、貴様等ごときが何百万より集まろうとも、所詮は無駄なあがき。既に矢は放たれたのだ」


 死者を侮蔑する悪意に満ちた声が響く。


 虎街道を形成する峡谷。その上に一人の人物がいた。


 「な、何者だ!」

 恐らく連隊長と思われる人物が、ロマリア軍を代表するように叫ぶ。


 「くくく、貴様等ごときに名乗ってやる謂われはないのだがな。まあ、誰に殺されるのかくらいは知らせてやってもよい。我が名はハインツ・ギュスター・ヴァランス! ガリア王国王位継承権第二位にして、ガリア最大の貴族ヴァランス家の当主。“悪魔公”の異名を持つものなり!」

 蒼き髪の悪魔が高らかに宣言する。これから開始される殺戮を心待ちにするように。


 「“悪魔公”だと!」

 「あの、“処刑人”か!」

 「枢機卿を殺したあの大罪人だな!」

 ロマリア軍の兵士達がその名を聞いて反応する。まあ、やってることがやってることだし。ロマリアじゃあ忌み嫌われて当然ね。

 何せ、ガリア史上初、宮殿内でロマリアの枢機卿を殺した人物なのだから。しかも、それから約一年の時が過ぎ、その後任としてやってきた大司教を、蹴り飛ばしてロマリアに叩き返した。


 「ああ、あのゴミを殺したことを罪と呼ぶのか貴様等は。あれは単なる害虫駆除だ。我がガリアに寄生していた害虫を殺すことが、なぜ罪になるのだ? 神官だろうが司祭だろうが司教だろうが枢機卿だろうが、何人殺そうとも神は俺を裁かなかったぞ? では、それは罪ではないということではないのか? それとも、神は貴様等ごときが何人殺されようがどうでもいいのかな?」

 あくまで笑う“悪魔公”。
 
 「この悪魔めが!」

 「神に背く異端者め!」

 ロマリア軍の怒りがどんどん上がっていく。爆発寸前ね。


 「はっはっは! 落ち着け落ち着け。今回はまず捕虜を返そうと思うのだ。お前達の中には気にしていた者もいただろうからな」

 そして“悪魔公”は後ろから一人の男を引き出す。

 その男は両手を杭で貫かれており、さらに腕にも穴が開けられ、その間には鎖が通され、その鎖は足を貫通し、“悪魔公”がその鎖を握っていた。


 「バリべリ二枢機卿!」

 「やはり! ガリアの異端に捕まっていたのか!」

 ロマリアの将校達が叫ぶ。私達は知らされていなかったけど、そういうこともあったみたいね。


 「くくく、先に手を出してきたのはこいつの方だぞ。こちらは勝手に手を出してきた愚か者を捕え、ちょっとした拷問を与え、暇潰しの人体実験の材料にしただけだ。別に大したことはしていない」

 傲然と言い切る。その姿はまさしく悪魔。


 その瞬間、一頭の風竜が凄まじい速度で接近して“悪魔公”を弾き飛ばした。


 「枢機卿を助けろ!」

 その背に乗ったジュリオが叫ぶ。流石はヴィンダールヴね、機動力に関しては大したものだわ。


 何人かの聖堂騎士が、そのバリベリニ枢機卿とやらに『レビテーション』をかけ、彼の身体が宙に浮く。



 「はーっはっはっはっは! いやいや、ヴィンダールヴの力、見事なものだ! 咄嗟に『エア・シールド』で防がねば危なかったぞ! しかし、短気はいかんなあ。俺は捕虜を返しにきたといったのだぞ? ならばまず身代金の交渉から入るべきではないのか?」


 「異端の外道と話すことなど何もないな。そもそも返す気もないのだろう?」

 ジュリオもまた傲然と返す。


 「くくく、いや、いやいや。それは違う、それは違うぞ。俺は返すために来たのだ。“それ”をな」


 パン!


 という音と共に、バリベリニ枢機卿の身体が空中で弾ける。


 まるで、トマトが銃弾で打ち抜かれるように。空中で人間が弾け飛び、その血、肉片、内臓、骨、脳漿などが四方に飛び散り聖堂騎士に降り注ぐ。


 「う、うわ、うわああああああああああああああああああああああああ!」

 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 「ふははははははははははははははは!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 飛び交う悲鳴と、響く高笑い。

 周囲を見ると、水精霊騎士隊の連中も何人かおう吐してるわね。

 サイトとタバサは割と平気そう。ギーシュとマリコルヌは少し顔を青くしてるけど、戦闘に支障はなさそう。


 キュルケとモンモランシーは動じていない。肝の据わり方が半端じゃないわ。

 そして、全く影響が見られないのがコルベール先生。彼が昔見て、そしてその手で作った地獄はこの程度ではなかったのでしょうね。

 とはいえ、身体の内部から弾ける死体なんて、普通に生きてりゃ絶対お目にかかれない代物だわ。


 「どうだ! 確かに返してやっただろう! 俺は嘘など言っていないぞ! 五体満足で返すとは一言もいっていないからな! そいつの腹を裂いてな、内臓の代わりに硫黄などの火の秘薬を詰めておき、いつでも爆発できるようにしておいたのだ! ははははははは! いやいや! この花火はいつ見ても見飽きんなあ! 今回は中々の出来だ!」

 あれを花火と言い切るとは、凄い感性ね相変わらず。


 「貴様!」

 ジュリオの風竜、アズーロが炎のブレスを吐きだそうとする。


 しかし、息を吸い込んだ瞬間、アズーロは即死した。


 「なっ!?」


 「馬鹿め、貴様如き何人いようが俺には勝てん」

 さらに巨大な『氷槍(ジャベリン)』が現れ、アズーロの死体を地面に縫い付ける。

 とんでもない威力、多分“ヒュドラ”を使ってる。

 不思議と、呟くような声なのに“悪魔公”の声はこっちに届いている。『拡声』を改良したマジックアイテムでも使っているのかしらね?


 さっき風竜を仕留めたのはおそらく、ハインツの『毒錬金』。

 ハインツは生物に対して圧倒的な優位を持つ。故に、幻獣使いのヴィンダールヴでは彼には勝てない。


 ガンダールヴのサイトとは、相性がいい訳でも悪いわけでもない。


 そして、ミョズニト二ルンが彼の鬼門。ガーゴイルには一切毒が効かない。彼にはあのヨルムンガントをどうすることも出来ないでしょうね。

 しかし、彼とミョズニト二ルンは共にガリアに属している。故に、ハインツに鬼門は無い。



 「さて、それではそろそろ、血の惨劇を始めるとしよう。あの首なし騎士(デュラハン)やキメラ程度は流石に退けたようだが、こいつらはどうかな? 出でよ、“レスヴェルグ”。愚かな神の奴隷どもを皆殺しにするのだ」

 そして、虎街道から巨人の軍勢が現れる。

 とはいってもヨルムンガントに比べれば圧倒的に小さい、全長は精々3メイル程。人間とオーク鬼を足したくらいの大きさね。


 ………ひょっとしたら、本当にそういう存在かもしれないけど。


 しかし、通常のオーク鬼と異なり重厚な鎧を纏い、小型の大砲を抱えており、戦鎚や大剣や槍を背負っている。

 元々ロマリア軍は虎街道の出口を包囲するように布陣していたが、反対方向から現れた首なし騎士(デュラハン)とキメラの襲撃によって、そっちへの備えは甘くなっていた。


 そして、“レスヴェルグ”が構えた大砲が一斉に火を噴く。


 とてつもない大音声が響き渡り、ロマリア軍の前衛部隊が文字通り消し飛ぶ。


 「炎の魔砲“ウドゥン”だ。先程の首なし騎士(デュラハン)共が放っていた「火」の魔弾“イグニス”を大砲に改良したもので、火薬を込めた榴弾に、さらに炎を込めた魔法弾を詰め込み、一気に炸裂させる。くくく、お前達、神の軍勢を滅ぼすための悪魔の火だ」

 人間が次々に消し飛ぶ中、その中で笑い続ける悪魔公。

 “レスヴェルグ”達は背中の武器を手にさらに突撃してくる。その数およそ50程。


 「ロマリア軍! オーク鬼共を迎え撃て! 聖堂騎士団! あの悪魔を仕留めるぞ!」

 ジュリオが聖堂騎士に号礼をかける。

 ロマリア軍は“レズヴェルグ”を迎え撃ち、ペガサスに跨った聖堂騎士や、その他のメイジ達も『フライ』で“悪魔公”の下へと向かっていく。


 確かに、彼が司令官なのは間違いない。だから、彼を先に潰すというのは戦略上間違いじゃあないわね。

 けど、あの“悪魔公”がその程度を熟知していないわけがなく、ああも悠然と構えていられるのはそれ相応の理由があるはず。


 「殺せ、“ガルム”よ。神に背く異端共を蹂躙せよ」


 その声と同時に、彼を守るようにペガサスに乗った20人近い騎士が現れる。しかし、その姿は………


 「聖堂騎士だと!」

 「馬鹿な!」

 驚くロマリアの騎士達に、容赦なく魔法が叩き込まれる。


 「くくく、はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! どうだ! 気にいってくれたか! 中々に愉快な趣向だろう?」


 「貴様! 彼らに何をした!」

 死んだ風竜の代わりにペガサスに跨ったジュリオが叫ぶ。


 「なあに、少々薬品を打ち込み魔法の力を極限まで引き出しただけだ。もっとも、三日程で死ぬことになるがな。それと、少しばかり暗示をかけただけだよ。すなわち、“ブリミル教徒は神に背く異端者である”とな」

 心底面白そうに彼は告げた。

 「なっ!」


 「つまり、今の彼らは異端者、すなわちブリミル教徒を皆殺しにするまで戦い続ける狂戦士というわけだ。自分の肉体を死ぬまで酷使してな。自分達の鏡を見た気分はどうかね? 神の為の狂信的に戦い続ける。まさにお前達の姿そのものだなあ! くくく、はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 そして、“ガルム”と呼ばれた騎士達は一斉に叫ぶ。

 「神に逆らう異端、滅ぶべし!」

 「偉大なる神の御業たる魔法を喰らうがいい!」

 「神の代弁者を名乗るブリミルなどという詐欺師を狂信する邪教徒め!」 

 「殺せ殺せ! 異教徒を殺せ!」

 「異教徒を殺せばそれだけ神より恩寵を受けられる!」

 「神は偉大なり!」


 ここに、狂った聖堂騎士、“ガルム”と、聖堂騎士の戦いが開始される。

 けど、本当に狂ってるのはどちらかしらね? どっちも大差はないように感じるわ。


 そして、ロマリア軍の方でも戦闘は続いている。

 砲亀兵から砲弾が“レスヴェルグ”目がけて放たれるけど、頑強な鎧がそれを弾いていく。


 「無駄だ。そいつらが纏う鎧にも“反射”が込められている。もっとも、身体にはかかっていないから。狙うならば鎧の隙間を狙うことだな、上手くすれば倒せるやもしれんぞ。まあ、奴らの猛攻を耐えきれればの話だがな」

 重鎧を着込んでいるにも関わらず、オーク鬼とは比較にならない速度で動き回る“レスヴェルグ”。縮小版のヨルムンガントみたいなものね。


 「“アクイレイアの聖女”殿! 救援を!」

 「例の兵器をお願いいたす! あのオーク鬼共など簡単に倒せましょう!」


 だけど、私達は救援にいかない、否、いけない。


 予感がするのだ。ここで下手に動けば全滅する予感が。何かとんでもない絶望的な何かが現れる予感が。


 「やれやれ、流石は屑共の集まりだ。神の長槍、“グング二ル”や“聖女”に頼らねば戦うことすらできんとは」

 “グング二ル”、それは確か、サイトの世界の神話の一つに登場するという神の槍だったかしら?

 なるほど、あの“長槍”を表すには相応しいわ。


 「だが、“グング二ル”を破壊する適役がいる。この恐怖劇(グランギニョル)を飾るに相応しい怪物がな」

 ! 悪寒が走る。

 何かが来る。とても、とてもおぞましい何かが!


 「潰せ、“フェンリル”。その本性に従いて、神の世界を悉く飲みつくすが良い」


 そして、怪物が解き放たれた。











■■■   side:才人   ■■■


 ロマリア軍が異形の怪物にやられていくのを、俺は見ていた。


 首なし騎士(デュラハン)やキメラを倒せば、それ以上の怪物が現れ、容赦なくロマリア軍を殺していく。

 あの“レスヴェルグ”とかいう巨人達が持つ戦鎚や大剣は人間を容易く肉塊に変えていき、“ガルム”とかいう狂った聖堂騎士が放つ強力な魔法は人間を炎で消し済にし、氷柱で串刺し、電撃で黒焦げにし、風で切り裂き、土で潰していく。


 だが、そんなものは全く気にならなかった。

 俺の左腕が反応しているのはあいつらじゃない。あいつらも恐ろしい敵かもしれないが、あんなのとは比較にならない怪物がいる。

 俺はそれをなぜか悟っていた。


 そして、同時にもう一つ思い知ったことがある。

 ハインツ・ギュスター・ヴァランスを敵に回す。とはどういうことか、ということを。


 あれが、ハインツさんが“悪魔公”、“闇の処刑人”、“毒殺”、“粛清”、“死神”と呼ばれる由縁。


 味方だったら彼ほど頼りになる存在はいないけど、敵に回したら彼ほど恐ろしい存在はいないだろう。

 こうして、敵対する立場になると、彼の凄まじさがよくわかる。

 だが。

 「俺は、あの人を越えてみせる」

 それが俺の目標だ。俺にこの世界での生き方や、戦い方を教えてくれたのはあの人だった。

 だから、倒すんじゃなくて超えてみせる。


 「私は、彼を乗り越える」

 隣でシャルロットもそう呟く。その面で俺達は非常に似通っているのだ。


 だけど、そのためにはまず、この戦場を生き抜かないといけない。


 「潰せ、“フェンリル”。その本性に従いて、神の世界を悉く飲みつくすが良い」


 その言葉と同時に、俺の予感を具現化した存在が現れた。



 外見はさっきの“レスヴェルグ”とそれほど変わらないが、鎧を着ていない。

 全長は2メイル50サント程、そして巨大な鉄塊と称したほうがいいような鉄鎚を持っており、それを持つ腕はもの凄い太く、かつ、しなやかでもある。

 鎧を着ないのも頷ける。全身がもの凄い筋肉の鎧で覆われているからだ。

 そして、顔には一つ目の仮面を着けていた。どう見ても、鉄の杭が脳に食い込むように出来ている。

 まるで、何かを封じるか、もしくは、制御するかのように。


 そして、それを見たと途端、左腕のルーンが輝きだした。

 それは共振するというよりも、まるで怯えるかのように………


 「うそだろ………ま、まさか、ありゃあ…………ありえねえ………そんなはずはねえ」

 その時、背負ったデルフが呟いた。


 「どうした? デルフ?」

 俺はデルフを引き抜きながら尋ねる。


 「相棒! あいつは! あいつはやべえ! あいつと戦っちゃいけねえ!!」

 急にデルフが叫び出した。


 「デルフ、貴方、あれが何か知ってるの?」

 いつの間にか隣に来ていたルイズがデルフに尋ねる。


 「あ、ありゃあ、“ネームレス”だ!」

 “ネームレス”?


 「そ、それって、まさか…………」

 ルイズの顔に驚愕が走る。何か思い当たることでもあんのか?


 「ああ、記すことすらはばかれる“第4の使い魔”だ。あんまりにもやべえんで、ブリミルもあれは使おうとはしなかっし、名前も与えなかった。だからあれは“ネームレス(無名)”って呼ばれるようになったんだ」


 !? 第4の使い魔!


 「ちょっと待てよデルフ! 虚無の使い魔って4人だろ、俺、ジュリオ、そしてミョズニト二ルン。ガリア王の使い魔はミョズニト二ルンだ。だったら残るはテファだけのはずだろ、なんで二人も使い魔がいんだよ」


 「俺が知るかよ! 俺だって信じられねえんだから!」

 必死に叫ぶデルフ、それほどやばい相手ってことか。


 「いえ、あり得るわ」

 だが、ルイズは冷静だった。


 「ガリアにいるルーンマスターは、全員ガリア王ジョゼフが復活させたルーン技術によって刻まれているはず。だったら、“虚無の使い魔”のルーンを刻めてもおかしくはないわ」


 「ってことは、敵には何人も虚無の使い魔がいるってことか?」

 そんなの、どうにもなんねえぞ。


 「いえ、だったらガンダールヴやヴィンダールヴ、ミョズニト二ルンも量産できるはず。それをしないということはまだ完成ではないということよ。デルフ、あれがその“ネームレス”に由来するルーンなのは間違いないとして、本当にそれそのものかしら?」


 「うーん、確かに言われてみりゃあ、微妙に違うかもしんねえ。6000年も前のことなんで断言は出来ねえけど、何せヤバいってことしか覚えてねえんだ。何がどうヤバかったまでは分からねえ」


 「相変わらず頼りになんねえな」

 少しは覚えてろよ。

 「うっせえやい、相棒だって子供の時のこと全然覚えてねえだろ」

 「無駄話は無しよ、そんな時間はないわ。それで、デルフ、何か特徴とか覚えてる?」

 ルイズが真剣な表情で聞く。


 「一つだけあるぜ、“ネームレス”を刻まれた奴は死なねえんだ。いや、死んでも動き続けてた」


 「それって、『アンドバリの指輪』の動く死体と同じってことか?」

 聞いた感じだとそう思うが。


 「似てるけど多分違った気がするぜ、“ネームレス”からは生命の流れが感じなかった。本当に死体だったんだよ、なのに動いてやがった。「水」の先住魔法で動く奴らは本人の生命の流れに沿って動く、だけど、あれは違った」

 「死体が動く?」

 そりゃあ一体。


 「それは、戦いながら確かめるしかなさそうね、来るわよ」


 その瞬間、“フェンリル”は跳躍した。

 二十メイル以上の高さから跳んだはずだが、何の影響もなくロマリア軍のど真ん中に着地した。


 そして暴風が吹き荒れた。


 「な、なんだありゃあ」

 速い、速すぎる。馬なんてもんじゃねえ、チーターみてえな速さで動き回ってやがる。

 時速100kmを超えてるはずなのに、瞬間的に止まったり、いきなり曲がったりする。あんな真似をすりゃあ身体がねじ曲がって使い物にならなくなるはずなんだが。


 「死んでる、ってのは間違いないみたいね。肉体の負担を一切気にせず動き回ってるわ、あれ」

 ルイズは冷静に観察してる。


 「だけど、あんな速度と重量でこられたら人間なんて粉々ね」

 現にそうなってる。“フェンリル”が通過しただけで人間がただの肉塊になって吹っ飛んでる。

 その速度はヨルムンガントとは比較にならない。逃げられないという点ではあれより数段厄介だ。


 「タバサ、“精霊の目”では、どう見える? 精霊の力は働いているかしら?」


 「働いてはいる。だけど、あれはおかしい」

 シャルロットの声がやや震えてる。


 「おかしい?」


 「通常じゃあありえないほどの精霊力が“フェンリル”の体内に集中してる。それも「火」「水」「風」「土」全ての種類が。しかも、動くたびにそれが消費されて、同時に膨大な量が吸い込まれてる」


 「つまり、あれは精霊の力を燃料にして動いてるってことね。その点は「風石」を動力にしてたヨルムンガントと大差ないけど、回復するってのは厄介ね、つまり燃料切れはあり得ないということになる」

 それがヨルムンガントの弱点だった。

 巨大な力を誇るが、やはりあの巨体を動かすには相応の「風石」を消費するらしく、それが尽きたら動けなくなるらしかった。だから、ロマリアの戦艦をバラバラにして「風石」を奪ったんだろう。

 だが、あのフェンリルにはそれがないってことになる。どこまでも際限なく戦い続けるってことだ。


 しかも、それだけじゃない。

 「あれ、受けた傷が瞬く間に再生してるわね。皮膚も相当堅そうだけど、あれは「水」の力かしら?」


 「それは間違いない。けど、それを働かせてる力が違う。分からない」

 『アンドバリの指輪』は指輪の魔力で人間の体内の「水」を操り、足りない分は補給することで動いていて、何度でも再生した。だから、「火」で焼き尽くされたら「水」そのものがなくなるから死ぬんだが。


 「やれやれ、またとんでもない怪物が出てきたもんだねえ」

 「全く、次から次へと」

 気付くとギーシュとマリコルヌも来ていた。

 「あれじゃああの部隊が全滅するのも時間の問題ね」

 「その後は恐らく我々を狙って来るだろう」

 キュルケとコルベール先生も。


 「あれと戦うってのは、契約外じゃないかしら、ルイズ」

 モンモランシーも悪態をついてる。


 『ルイズ隊』はどんな時でもいつも通りだな。


 「とりあえず分かっているのは、あの“フェンリル”は第4の使い魔“ネームレス”の劣化版といったところ。殺しても死ななくて、先住の「水」の力で再生する。皮膚はミノタウルス並みかそれ以上に堅い。攻撃力はオーク鬼とは比較にならない。機動力もグリフォン以上。こんなとこね」


 「なんか、聞けば聞くほどとんでもない化け物だな」

 「じゃあ、倒すには焼き尽くすしかないってことね」

 「もしくはルイズの『解除』だね、先住の「水」対抗するならそんなとこだろう」


 「そうなるわ、だから二段構えで行く。サイト、タバサ、キュルケ、コルベール先生、その4人で“長槍”を動かして、可能なら“フェンリル”を主砲で粉々にして。多分無理でしょうけど」

 ヨルムンガントには戦車は有効だった。だが、“フェンリル”が相手となると。

 「難しいぜ、あの速度で動き回る2メイル50サントくらいの敵に中てれる程、戦車は素早く動けねえ。主砲の照準を合わせてる間に敵が逃げちまう」

 「おそらくね、そして、“フェンリル”の役割はおそらく“長槍”の破壊。だからそっちを囮にして、私が『解除(ディスペル)』を叩き込む。そうすれば通常の攻撃手段だけでも勝機は見えてくるわ」

 なるほど、今回は戦車が囮で“聖女”が切り札なわけか。敵に合わせて臨機応変ってことだな。


 「“長槍”が破壊される可能性もあるから、その後、前衛はサイトとタバサ、この二人以外じゃ絶対“フェンリル”殺させるわ。撹乱役はギーシュとマリコルヌと水精霊騎士隊全員。そして、隙を見てキュルケとコルベール先生で火魔法を叩き込む。モンモランシーは治療役に専念して、あいつが地面に鉄塊を叩きつけるだけで石が弾丸みたいに飛んでるから。多分怪我人は相当出るわ。そして、私は『爆発』を叩き込む。流石に動きが速いから小規模なものしか無理だけどね」



 「分かった」

 「了解」

 「僕達はいつも通りだね」

 「ま、今回は騎士隊全員だけどね」

 「私とジャンで砲台ね」

 「前衛の二人は特に気をつけてくれ」

 「水の秘薬はありったけ持って来たから、全員分は軽くあるわ」

 俺も含めて全員が答えを返す。


 「それじゃあ、“フェンリル”によってあの部隊が全滅し次第、作戦開始よ。まわりに余計な人間がいない方がやりやすいし、庇う必要もなくなるしね」

 確かに、周囲を気にしながら戦える相手じゃねえ。


 「それでは散開、布陣は各自に任せるわ。あの速度が相手じゃあ私の指示が届く前に敵が動いてしまうから」


 そして、『ルイズ隊』と水精霊騎士隊は“フェンリル”に戦いを挑む。








■■■   side:ハインツ   ■■■


 “フェンリル”は敵の一個大隊を丸ごと殲滅しつつあり、戦局は次の段階に移る。

 試運転は完了。いよいよ本番の開始だ。


 「さて、俺の軍団(レギオン)はなかなか善戦しているが、流石に多勢に無勢だろうな」


 俺が今回、軍団(レギオン)として用意したのは4種類。

 首なし騎士(デュラハン)、キメラ、“レスヴェルグ”、そして“ガルム”。


首なし騎士(デュラハン)とキメラは30体ずつ、“レスヴェルグ”が50体、そして“ガルム”が20騎。

 それらをステルス戦艦『インビジブル』で運んできたわけだ。


 首なし騎士(デュラハン)は俺の初期型の作品で、早い話が人間の死体を材料にしたガーゴイルだ。

 “カレドヴィヒ”や“ボイグナード”は、青銅や鉄といった金属で作った人形を「土石」の力で固定し、命令を仕込むことで出来あがる。

 「土石」の純度や製作者の腕によって錬度は変わるが、製作過程は大体変化ない。

 俺の首なし騎士(デュラハン)はその材料に人間の死体を利用したもので、腐敗防止に『固定化』をかけ、『硬化』で強度を上げている。

 流石に金属製のガーゴイルには強度で劣るが。機動力や柔軟性では勝る。しかし、当然ガーゴイルなので魔法は使えない。“ホムンクルス”が優れているのは魔法を使え、かつ、絶対服従な点にある。

 しかし、魔銃で武装させたので攻撃力は十分。しかも連携が取れる。

 そして、通常のガーゴイルと同様、本体の「土石」を砕かれるか、身体が行動不可能になるまでは戦い続ける。


 次にキメラ。こいつらはガリアにいくつかあった『キメラ研究所』に保管されていたものや、脱走したものを捕え、改造を加えた。

 首なし騎士(デュラハン)から切り取った首を接続し、司令ユニットとすることで、命令に従うガーゴイルと同じようにし、さらにその首の主の身体を乗せることで、連携をより効率よくした。

 何しろ自分の元の体なのだ。動き方の癖などは知り尽くしている。首なし騎士は人間の体をそのまま使ってるから、大体生前と似た感じで動くことになる。


 それから“レスヴェルグ”。

 こいつは“ホムンクルス”や『デミウルゴス』と同じく6000年の闇の結晶だ。

 人間とオーク鬼の掛け合わせであり、人間の死体とオークの死体を材料にし、それを培養することで培養槽の中で成長し、作られる。

 特性は無駄に図体がでかいオーク鬼を凝縮し機動力や攻撃力を上げ、さらに人間の知能を加えたもの。

 強力な鎧を着込んだまま動き、戦術を考えた行動をとれるので戦闘力は通常のオーク鬼とは比較にならない。

 存在的には、指輪物語に登場するウルク=ハイに近いが、大きさ的にはオログ=ハイといえ、作り方は“風の谷のナウシカ”の原作に登場していた“ヒドラ”に似てる。

 そして、着込んだ鎧には“反射”がかけられているので大抵の攻撃は弾く。ただし、鎧の隙間は無防備である。

 特殊な音を発するマジックアイテムを用いることで、命令の更新が可能となる。


 そして、“ガルム”。

 陛下の親衛隊が捕らえてきた聖堂騎士に地球産の精神系の薬品を投与し、暗示をかけたもの。

 さらに、陛下に“精神系ルーン”の初歩、“暗示”のルーンを刻んでもらった。このルーンの発展型とも言える“服従”や“忠誠”のルーンの効果は身を持って体験している。

 効果が弱い初歩的なルーンなのでメイジに刻んでも1週間程度は持つらしく、そうして洗脳した聖堂騎士に“ラドン”を打ち込み、戦闘能力を極限まで上昇させた。

 結果、ブリミル教徒を殲滅するまで、自分の肉体を削りながら戦い続ける狂戦士が出来上がった。



 「しかし、“フェンリル”は格が違うぞ。何万の兵がいようがこいつには勝てん」


 “フェンリル”は6000年の闇の技術が生み出した究極の怪物に、陛下が“ネームレス”を刻んだもの。

 “聖人研究所”で行われていた研究は、今の“技術開発局”とは異なり、生物系に特化していた。

 “技術開発局”では、“デンワ”や“コードレス”とか、公衆浴場とか、その他にも色々。戦争用の兵器から暮らしに役立つものまで幅広く研究している。


 だが、“聖人研究所”は元々“虚無”の担い手を意図的に作り出す研究だったはずが、やがて王族の不老不死の研究になり、さらには完全に方向性を失い、異形の怪物や“ホムンクルス”のような存在を作り出す魔の研究所となった。

 先住魔法の扱いについても、そういった生物関係の部分だけ異常発達しており、先住種族の配合は全て試されたといっていい。


 その結晶があの怪物であり、そこに陛下の“虚無”が加わることで、あの“フェンリル”は誕生した。


 ヨルムンガントとは完全に別系統の、先住と虚無の技術の結晶。“悪魔公”と“虚無の王”の共同して創り出した最高傑作。



 「さあ、どう出る担い手たち? 生半可な手段ではあれには勝てんぞ?」


 彼らがあの怪物をどのように迎え撃つか。

 新時代の担い手達は、6000年の闇の結晶を打ち破れるか?



 「今ここに、世界が試される。過去の怨念が勝利するか、未来を切り開く希望が勝利するか、その結末を見せてくれ」


 “ネームレス”もあの“怪物”も過去の遺物、焼却すべき負の遺産だ。

 それを打ち破ることが出来るか否か?



 怪物に立ち向かう英雄達の戦いが始まった。








[10059] 終幕「神世界の終り」 第二話 前編 フェンリル 第4の使い魔
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/04 08:05
 ヨルムンガントの軍団を破って勝利をおさめたロマリア軍を“悪魔公”の軍団が襲撃。

 首なし騎士(デュラハン)、キメラ、“レスヴェルグ”、“ガルム”などの異形の生物を次々と繰り出し、ロマリア軍の殲滅を開始した。

 そして、最強の怪物が戦線に投入され、英雄達はその怪物を迎え撃つ。

 貪りし凶獣、フェンリルと『ルイズ隊』ならびに水精霊騎士隊との戦いが始まった。






第二話 前編  フェンリル 第4の使い魔





■■■   side:コルベール   ■■■


 「なんという速さだ、とても逃げ切れんぞ」


 我々は現在“ティグレス”を動かしフェンリルに対する囮役を務めている。

 最初はミス・タバサとミス・ツェルプストーも乗っていたが、フェンリルの戦闘能力が予想以上だったため、水精霊騎士隊や『ルイズ隊』のメンバーですら迎撃が困難となり、応援に向かった。

 つまり、今戦車に乗っているのは操縦役の私と砲撃手のサイト君のみ。当然主砲を撃てば次弾の装填はサイト君がやらねばならないのだが。


「こっちの照準も無理です。フェンリルは速すぎる」

 そもそも発砲が不可能に近いので特に問題はないようだ。


 「もともとこいつは対人兵器じゃないですからね、バイク以上のスピードで動き回る奴を狙い打つようには出来ていません」

 つまりは、この戦車という兵器自体がフェンリルを迎え撃つには向かないということだ。

 故に、今回は我々が囮役を務めるわけだが。


 「敵は間違いなくこちらに向かってきている、この戦車を相当脅威に感じているようだね」

 敵はこちら目がけて突進してくる。しかも、蛇行しながらにも関わらずこちらより速い。


 「そうでしょうね、こいつがなければあのヨルムンガントを倒せなかったわけですから。でも、あのフェンリルにそういった知能があるもんなんでしょうか?」


 「確かに、見た目からはとてもそうは思えないね。そうなると、あの仮面が怪しいな」

 フェンリルが装備している唯一の防具があの鋼鉄の仮面だ。

 鉄の杭が脳に食い込むことで固定している。フェンリルが普通の生物ならばその時点で死んでいるだろう。


 「あれがあるからフェンリルは思考が出来るんですかね?」

 「そもそも、あれで操縦者が操っているのかもしれない。あのヨルムンガントもミョズニト二ルンが操っていたのだから」

 その可能性はある。だとすればあの仮面を砕ければ勝負は決まるのだが。


 「けど、あれを砕くとしたらフェンリルに接近戦を挑まなきゃなりませんね」

 あの怪物に正面から挑み、あの仮面を砕くというのは無謀というものだろう。


 「そうなるね、む、サイト君! 来たぞ!」

 フェンリルが蛇行を止め一気に突っ込んできた。


 「よし、ここがチャンス!」

 サイト君が照準を定め引き金を引く。


 轟音が戦車内に響く。


 しかし。


 「馬鹿な!」

 「跳びやがった!」

 フェンリルは弾丸が発射される直前、二十メイル近く跳躍していた。最早飛翔と言った方が適当だ。


 「まずい! 脱出しよう!」

 「ええ!」

 フェンリルは上空からまっすぐこちらに突っ込んでくる。戦車では避けることは出来ない。


 我々は何とか脱出するが。


 ガィイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 フェンリルが持っていた鉄槌が戦車に叩きこまれた。

 しかし、それが狙い。


 「『フレイム・ボール』!!」

 ミス・ツェルプストーの『炎球』が炸裂し。


 「『ジャベリン』!!」

 時間差でミス・タバサの『氷槍』がフェンリルを貫く!


 はずだった。


 「うそ!」

 「無傷………」

 フェンリルは無傷だった。そして、背に括りつけられていたものを引きちぎり、それを戦車の内部に放り込む。


 「まずい! 離れるんだ!」

 私は咄嗟に叫ぶ。

 しかし、サイト君もミス・ツェルプストーもミス・タバサも歴戦の強者。私が叫ぶ前に既に行動を起こし始めていた。


 そして、凄まじい轟音が響き、戦車は爆炎に飲み込まれる。


 「何つー奴だ、自爆しやがった」

 サイト君が呆れるように呟くが、おそらくは………


 「サイト君、油断しない方がいい」

 私は油断なく杖を構える。

 「そうだぜ相棒、“ネームレス”を甘く見ない方が良いぜ。なんせあのブリミルが封印したような代物なんだからよ」

 「それもそうか、それに、左腕のルーンの振えが収まらねえ」
 
 ミス・タバサとミス・ツェルプストーはシルフィード君に乗って上空に逃れている。彼女等も警戒を緩めてはいないようだ。


 そして、爆炎が晴れると。


 戦車の上に、フェンリルが無傷で君臨していた。


 「まったく、何つー化け物だよ」

 外見上戦車に影響は無いが、おそらく内部は深刻なダメージを受けているだろう。

 だが、疑問も残る。

 「しかし、不可解だね。ロマリア軍の兵士は僅かながらフェンリルに傷を与えていたはず。その傷はすぐに塞がったが、それでも傷を付けることが出来たのは間違いない。ならば、あれほどの爆発の中で無傷ということはありえないのだが」

 まあ、爆炎が晴れるまでの間に再生したという可能性もあるが、どこか腑に落ちない。


 「確かに、どういうことでしょう?」

 しかし、話している暇はなかった。


 フェンリルがこちらに向かって跳躍してきた。


 「上か!」

 「なんつう高さだ!」

 いや、あれは。


 「危ねえシャルロット!!」

 上空の彼女たちを狙っている!


「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」

 私は最も得意とする『炎蛇』を唱え、フェンリルに目がけて放つ。


 彼女達は紙一重で逃れ、私の『炎蛇』がフェンリルを飲み込む。

 だが、身体が燃えながらもフェンリルは何の反応もせず着地し、こちら目がけて突撃してくる。


 ドガアアアアアアン!


 しかし、突徐爆発がフェンリルを襲う。

 「ルイズ!」

 右前方のトンネルからミス・ヴァリエールが姿を現した。






■■■   side:才人   ■■■


 「サイト! コルベール先生! 一旦トンネルに退避して!」

 俺達はその言葉に頷き、一旦退く。


 トンネルの中に入ると、そこにはモンモランシーもいた。


 「フェンリルはどうすんだ?」


 「今は上空のタバサとキュルケが牽制しながら、水精霊騎士隊の連中が包囲してるわ。どうやら魔法はあいつに効かないみたいね」


 「魔法が効かないか。確かに、そう考えれば納得がいくね」

 コルベール先生が頷いている。

 「タバサ、フェンリルの体内にはもの凄い量の精霊の力が集中してるのよね?」

 ルイズが“コードレス”に話しかける。この前、北花壇騎士団本部に行った時に4つ程もらってきたそうで、ルイズ、シャルロット、ギーシュ、コルベール先生が現在持ってる。

 俺とシャルロット、ギーシュとマリコルヌ、キュルケとコルベール先生、そしてルイズとモンモランシー、の組み合わせが、役割的に一緒に戦うことが多くなることからこうなった。


 「間違いない、さっき、私とキュルケの魔法や、コルベール先生の『炎蛇』が命中した際、表面に精霊の力が集中していた」

 “コードレス”からシャルロットの声が聞こえてくる。今は広域モードにしているみたいだ。

 「つまりは対魔法用の“反射”みたいなものね、だから、ロマリア軍の兵士の槍なら傷つけることが出来たわけね」

 だけど、そう簡単にあの化け物が傷つくもんかな?

 「なあルイズ、あの化け物の皮膚は相当硬いよな。ただの兵士が槍を振るって傷つけれるもんなのか?」


 「いいえ、逆よ、ただ単に槍を構えてた兵士にフェンリルが猛スピードで突っ込んだのよ。当然その兵士は挽き肉になったでしょうけど、槍はフェンリルに刺さった、ってとこでしょうね」

 なるほど、高速で槍が振られたんじゃなくて、フェンリルが槍に高速で突っ込んだのか。

 「そして、さっきの爆発は多分、「イグ二ス」の魔弾を巨大にしたものでしょうね。そこからとんでもない熱量が出るけど、魔法である以上はフェンリルへの効果は薄い。でも、身体に焦げた跡はあったから、効かないわけじゃあないわ。要は魔法攻撃への耐性が強いのよ」

 「つまり、大砲などの物理的な衝撃ならばフェンリルに対して効果があるということだね」

 「ええ。ですが、物理的な攻撃では「水」の精霊の力で再生してしまう。それに対抗するための「火」は効果が薄い。つまり、まずはあの“反射”みたいな障壁を解除しないとどうにもならない」


 「つまりは『解除(ディスペル)』だな。だけどよルイズ、あの仮面が怪しくねえか? 多分制御装置かなんかだと思うんだが」

 フェンリルに炎の爆弾を放り込むなんてことが出来るとは思えねえ、やっぱり操ってるんだろう。

 「それならそれで好都合よ、『解除』でその装置ごと沈黙させるわ」

 それもそうか。

 「分かった。じゃあ俺は前衛だな」


 「ええ、なんとかあいつをティールの出口に引っ張って来て」


 「了解。コルベール先生、援護頼みます」

 「分かった。まずは煙幕を張ろう」


 そして俺達はもう一度フェンリルに向かう。









■■■   side:ギーシュ   ■■■


 「分かった。サイトを援護する」

 僕は“コードレス”でルイズから指示を受ける。


 「各隊員! これからサイトがあのフェンリルに挑む。だから僕達は可能な限り援護するぞ。あの怪物には魔法はほとんど通じない、特に実体が無い「火」、「風」、「雷」は鬼門だ。だから、「土」や「氷」をメインでいく。「火」と「風」のメイジは『レビテーション』や煙幕を張ったりして可能な限り援護するんだ。それと、各地との連絡役も頼む」


 「了解!」

 「任された!」

 「やったるぜ!」


 全員から勇ましい答えが返ってくる。うん、ロマリアの聖堂騎士とは大違いだ。

 マリコルヌは反対側の指揮をしてるからこの場にいない。サイトの援護に回るには時間がかかるな。

 「ここは、土メイジの僕の出番だな。フェンリルには一番相性がいいはずだ」

 僕の魔法は一度『錬金』してしまえばただの金属の塊だ。相手に直接『錬金』をかけるのは弾かれるんだろうけど、“ワルキューレ”なら問題ない。

 「けど、あれ相手には何の意味もないなあ、ここは、頭を使わないと」

 僕は限られた力を最大限に活用するために頭を働かせた。







■■■   side:才人   ■■■


 「らあ!」

 フェンリルの攻撃をかわしつつ、奴の胴体に切りかかるが。


 弾かれる。


 「くそ、鋼でも切ってる気分だぜ」

 「あながち間違いじゃあねえな、多分こいつの皮膚はミノタウルス以上に堅え。それに、今の相棒は攻撃をかわすのにガンダールヴの力をほとんど使ってるからな。攻撃の威力なんざ、無いようなもんだ」

 そう、俺はガンダールヴの力を下半身に集中している。そうでもしないとフェンリルの猛攻を凌ぐことなんか出来やしねえ。


 「………」

 フェンリルは一言もしゃべらず、まるでガーゴイルみたいにただひたすら攻撃を続ける。

 だけどその行動は単純そのもの。巨大な鉄塊を振り回して敵を粉砕するだけ。そこに戦闘技術なんか一切なく、ただ力と速さに任せて暴れ狂うだけだ。


 だが、この怪物にはそれで十分。つーかそんな小細工はこの怪物には必要ねえんだろう。

 普通だったらこういう本能に任せて突っ込んでくるだけの馬鹿はやりやすい相手なんだが。


 「おわっ!」

 こいつはとにかく速い、そして重い。

 かすっただけで俺の身体何か挽き肉になっちまう。ガンダールヴのルーンは防御力は強化されねえから、一発喰らえば即死だ。

 しかも、フェンリルには疲れるということがない。こっちはガンダールヴの力を最大限に発動させてるってのに、向こうは一切消耗していない。

 このままじゃ完全にジリ貧だ。


 「相棒、もうちょいだ! あと十歩くらいで位置に着くぜ!」


 「分かった!」

 俺は距離を離そうとするが、見逃すフェンリルではなく追おうとする。


 が。


 金属の腕がフェンリルの片足をつかむ。と同時に炎と風の刃が飛んできて即興の煙幕を作り出す。

 さらに、氷の矢、石の槍、さらには銃弾が飛んでくる。


 「サイト! そのまま退け!」


 「ギーシュ!」

 俺がこの怪物と戦ってこられたのも援護があったからだ。

 最初のところではマリコルヌ率いる隊員が、さっきまでいたところではシャルロット、キュルケ、コルベール先生の3人が、そしてここではギーシュと残りの隊員が。


 そして、目的の場所にたどり着く。


 「ルイズ!」

 「任せなさい!」

 そして、切り札であるルイズが姿を現す。これまでの間に長時間の詠唱を行っていたはずだ。


 「『解除(ディスペル)』!!」


 周囲から飛んでくる氷の矢や石の礫を鉄塊で弾き飛ばしてたフェンリルに、『解除』が炸裂する。


 そして、フェンリルは沈黙する。


 「『炎槍(ジャベリン)』!!」

 「『炎蛇』!」

 そして、キュルケとコルベール先生の火魔法が叩き込まれる。この瞬間のためにシルフィードで上空に待機していたんだ。


 轟火に包まれるフェンリル。動きは一切ない。


 「やったのか?」

 「だといいんだけどね」


 炎がやがて消えていき、そこには。


 ある程度の焦げ跡はあるものの、ほぼ無傷なフェンリルが立っていた。


 「GAaaaaaaaaaaaa」

 そして、今まで声一つ上げなかったフェンリルからうめき声のようなものが漏れると同時に、仮面が輝き出した。


 「来るぞ相棒!」

 そのデルフの叫びと同時に、フェンリルが再び動き出す。

 「ちっ!」

 「ワルキューレ!」

 ギーシュが咄嗟に3体のワルキューレを『錬金』し、盾にしてる間に一旦離れる。


 「どういうこった、『解除』が効かねえなんて」

 「“ネームレス”の力だったか? ………確か、そんな力が………いや、違ったか?」

 デルフも必死に思い出そうとしてるみたいだが、その正体は別方向から飛んできた。


 「ギーシュ! サイトはそこにいる!?」

 ギーシュが持つ“コードレス”からルイズの声が響いてきた。


 「聞こえてるぜ!」

 俺は大声で返す。フェンリルにはシャルロットが空中から『氷の矢』や『氷槍(ジャベリン)』で牽制してる。


 「今分かったけど、あいつに『解除』は通じないわ! あいつは精霊と契約してるんじゃなくて、体内に精霊の力の結晶を仕込んでるのでもなくて、純粋に体内に精霊の力を宿してるのよ!」

 「どういうこった!」

 違いが分からん!

 「いい、例えば竜よ。あいつらはあの巨体で飛んでるけど、普通に考えてあの重量をあの翼で飛ばせるわけがないでしょ。だから戦艦が「風石」の力で飛ぶように、竜は体内の「風」の精霊力で飛んでるの。だから風竜は最も飛行速度が速いのよ」


 「それは分かるぜ!」


 「あのフェンリルもそれと同じ、私の『解除』を竜にかけても空から叩き落とすことはできないわ。『解除』で食べ物を消化しようとしてるようなものだから。外部から加わってる精霊の力や、結晶になってる力は解除出来ても、そいつ本来の力は解除出来ないのよ」

 ってことはつまり。

 「あの怪物は全部自分の力で動いてるってことかよ!」


 「恐らくそうよ、周囲の精霊の力を飲み込んで己の力に変えてるんだと思う。一度あいつの力になってしまったら、それはもう解除は出来ないわ。あんたが食べた肉を消化したら、エネルギーに変わって吐き出すことが出来ないのと同じよ」

 そういや以前学校で習った消化の仕組みについて覚えてる限りで話したことがあったか。

 よくまあ覚えてるもんだこいつは。


 「それに、魔法への耐性があるのも納得できるわ。竜は精霊の力を体内に強く宿してるから魔法への耐性が強い。あのフェンリルはその数十倍もの精霊の力を体内に持ってるから魔法をほとんど弾くのよ。だけど、竜と同じように通常の攻撃や氷の矢、石の礫なんかには対応はできない」

 そういや竜もそんなんだった。エルフは外部の精霊と契約するから強力な魔法を使えるんであって、竜みたいに体内に強力な精霊の力を宿しているわけじゃないそうだが。


 「だけど、『解除』にあの仮面は反応したわ。つまり、あの仮面がフェンリルを制御してるのは間違いない。だから、あの仮面を叩き壊すわよ!」


 やっぱそうなるか。


 「どうやるんだ!」


 「ビダーシャルと戦った時と同じ要領でいくわ。デルフに『解除』を込めてあの仮面をたたき割るの。せめて切れこみを入れるくらいが出来れば、『解除』は間違いなくあの仮面を無力化する。さっきも一瞬無力化はできたけど、多分すぐに新たな命令が送られたんでしょうね」

 なるほど、外側から『解除』をかけても新たに命令を上書きされるだけってことか。

 間違いなく上書きしてるのはハインツさんなんだろうけど。

 戦うことは覚悟してたが、まさかここまでやってくるとは思わなかった。


 「だから、ウルの出口で合流しましょう。ギーシュ、あんたは引き続きフェンリルを撹乱しなさい」


 「任された。そういうのは得意中の得意さ」








■■■   side:キュルケ   ■■■


 「まったく、とんでもない怪物ね」

 私とシャルロットはシルフィードに乗りながらフェンリルを牽制している。

 普通に考えれば安全圏なんだけど、あのフェンリルは普通じゃない、このくらいの高さには簡単に跳躍してくる。

 というかこれまでに3回跳んできたし。


 「だけど、あの仮面さえ砕けば」

 そう、さっき“コードレス”でルイズから連絡があって、あの仮面をサイトが叩き壊すための作戦を展開するらしい。

 ジャンは一旦モンモランシーと合流。ルイズとサイトもマリコルヌと合流した模様。ギーシュは水精霊騎士隊の大半を率いてフェンリルの足止めにあたってる。


 「しかし、あの怪物は疲れを知らないのかしらね。こっちはまだ半分まではいってないけど、精神力が徐々に減ってきてるのも確か」

 皆まだ余力があるし、モンモランシーの秘薬を使えば、一気に回復することもできる。

 ただし、副作用はもの凄いきついんだけど。

 けど、フェンリルには消耗という概念がないみたい。その点ではヨルムンガントよりも厄介だわ。


 「キュルケ、合図が来た」

 「作戦開始ね」

 私達も所定の位置についている。準備は万端。











■■■   side:ルイズ   ■■■


 「ギーシュ、やりなさい」


 「了解!」

 私の合図に応えてギーシュがフェンリル目がけて突進する。

 フェンリルがそれに反応し、ギーシュの方に走りだす。その速度は時速100リーグを超えてそうね。

 ギーシュとの距離は120メイルくらい離れていたけど、フェンリルなら4秒くらいで接敵する。


 しかし、途中の地面が陥没する。そこら一帯はヴェルダンデがこの戦闘が始まってから新たに掘った穴があり脆くなっていた。そこにフェンリルの巨体が乗れば、陥没することは必至、しかも20メイル近い幅にかけて。


 しかし、フェンリルは跳躍する。数十メイルは跳べるこいつにとっては問題にもならない。

 だけど、空中ではいくらフェンリルといえど、俊敏には動けない。


 そこに、地上からコルベール先生の『炎蛇』が炸裂する。モンモランシーと合流して精神力は回復してるみたいね。

 さらに、キュルケとタバサが横から攻撃を加え、この瞬間、フェンリルの頭上はガラ空きになる。


 「行くわよ!」

 「「 了解!! 」」

 私の言葉にサイトとマリコルヌが応える。

 こいつらは今ペガサスに乗ってる。さっきの戦闘で乗り手を失ったのをマリコルヌが頂いてきた。

 マリコルヌには意外と幻獣を乗りこなす才能がある。アルビオンの空中戦でも、咄嗟にグリフォンに乗って助かったそうだし。

 空を飛べないサイトはその後ろに乗り、私はマリコルヌの『レビテーション』で浮いてる。


 そして、フェンリルに対し、真上から奇襲をかけ、サイトはガンダールヴの力を全て上半身に集中する。


 「『解除(ディスペル)』!!」

 私の『解除』がデルフに集中する。今のデルフはあらゆる魔法を解除する魔剣となった。


 「オラアアアアアアアア!!」


 フェンリルと交錯する瞬間、サイトがペガサスから跳躍し、フェンリルに切りかかる。

 当然フェンリルは鉄塊を振るって迎撃しようとするけど、タバサとマリコルヌの『エア・ハンマー』がその鉄塊に叩き込まれる。

 フェンリル自身には魔法が効かなくても、その武器は別。フェンリルは一瞬対応が遅れる。


 ガキイ!


 という音と共に、仮面にデルフリンガーが食い込む。


 「やべ! 抜けね!」

 サイトは焦るけど、フェンリルは停止しており、その隙にシルフィードがサイトを回収する。

 私はそのままマリコルヌに回収され、フェンリルは落下していく。


 そして、地面に着地すると同時に、仮面が砕けた。












■■■   side:ハインツ   ■■■



 「ふむ、“グレイプ二ル”を砕いたか」


 俺は『遠視』の魔法で戦況を窺いながらフェンリルを操作していた。

 ある程度の命令を与えればフェンリルは自動で動くのだが、戦車を破壊したときのように精密な動きが必要な時は俺が操作する必要がある。

 そのための制御ユニットがあの仮面であり、その名を“グレイプ二ル”。フェンリルを御する縛めであり、あれがあるからこそ俺はフェンリルを操作出来た。


 そもそも、本来ならばあれは操作できるような代物ではない。あれは、生粋の怪物なのだ。





■■  回想  ■■




 俺を呼び出すなり、陛下は、ラグナロクにはフェンリルも出そうと思っている、と切り出してきた。
  

 「フェンリル、ですか」


 「そうだ、ヨルムンガンドが居るのだ、フェンリルも居なくてはおかしいだろう」


 確かに陛下の言うとおりだ、あの2つの魔獣はセットみたいなものだからな。片方が居れば、もう片方も居なくてはおかしいか。


 「では、フェンリルはどういうものにするのです? 狼型のガーゴイルですか?」


 速度重視の新型ガーゴイルだろうか?


 「それではあまりにも芸がないだろう。フェンリルはルーンマスターにしようと考えている」


 確かに、両方とも同じものでは面白みがないか。


 「となると、ガンダールヴのルーンを刻んだルーンマスターですか、同じ属性同士の戦いとか」


 「いいや、まだ俺が刻むルーンでは、始祖のルーンの半分ほどしか効果を発揮させることができん。それでは結果が見えすぎる戦いになるだろう。北花壇騎士団の上位3人ですら、今のガンダールヴには到底及ぶまい」


 それもそうだ、完全なものとその劣化版、優劣を競うまでもない。と思っていると、陛下は続けて言う。


 「刻むルーンは”第4”のルーンだ」


 それを聞いて俺は軽く驚く、陛下の虚無研究も確実に進歩しているようだ。


 「”第4”というのは、例の記されていない使い間のことですよね。全貌がわかったのですか」


 「まあな、全部が全部というわけではないが、9割方は判明した」


 「では、フェンリルはそのルーンを刻んだマスターですか、しかし一体誰に刻むんです?」


 「そこだハインツ、ガーゴイルや通常のルーンマスターのことならば、お前を呼びだしたりはせん。ミューズと相談すればいいことだからな、しかし、俺はお前を呼んだのだ」


 陛下が笑う。あれは闇の笑いだ。話す相手がシェフィールドではなく、俺である理由、それは。


 「ガリアの闇の業を用いる、ということですね」


 「そのとおりだ。これには理由がある、闇の一部をあえて表に晒す事により、王家というのものが、どれほどおぞましく、業の深いものかという事を主演たちに悟らせることができる。士気も上がるだろし、後々のことを考えても必要なことだろう」


 確かに陛下の言うとおりだ。彼らは新世界を築く役割を担ってもらうことになるだろう、だから悪しき前例を見せることは正しい。しかし……


 「気が進まんか、シャルロットに王家の闇を見せることに抵抗を感じるようだな」


 「否定はしません。イザベラも同じように思っていますが、あいつにはあまり闇を見せたくないんです」


 「だが、そういう訳にもいかん。シャルロットとて王家の者。王家の闇からまったく無縁のままではいられんだろう」


 陛下は厳しい。俺もイザベラも基本的にシャルロットに甘いから、あえて厳しくしようとしているのだろう。今の陛下の顔は、滅多に見せることのない、ガリア王としての顔をしている。


 「わかりました。それで、一体何にルーンを刻むのですか?」


 「ああ、それだ。ハインツ、たしか、ヴィクトール候の屋敷の地下には、闇の外法を用いて造られた、異形のモノが保存されていただろう」


 「はい、そのとおりです」


 以前俺は、ジョルジー男爵の話を聞いた後、時間が空いた時にヴィクトール候の屋敷を調査しに行った。そして書斎の奥の隠し階段を下りていくと、そこは広い研究所だった。ジョルジー男爵の屋敷の地下の闇を「封印図書館」とするなら、そこはまさしく「魔の研究所」というにふさわしい場所だった。そして、そこには、いくつもの亜人の死体が『固定化』をかけられて保存されており、“レスヴェルグ”を生み出す培養槽が並び、主人はもういないのに人間とオーク鬼死体によって培養された物質から怪物を作り続けていた。


 俺がかの光景を思い出しているうちに、陛下が話を続ける。


 「俺も一度見たことがある。そして、その中には闇の結晶とでも言うべき、何種類もの種族を掛け合わせて造られた、異形の怪物が居たな。最深部に封じられていたあれだ。俺がルーンを刻もうとしているのはそいつだ」


 表側にもそういった研究施設はあった。シャルロットが最初に向かった『ファンガスの森』にあったキメラ研究所がそれだ。しかし、裏の研究はあれとは比較にならない。


 そこには確かに居た。研究所の資料によると数種類の種族、ミノタウルスとサイクロプス、この二つをベースに、「風」の翼人、「水」の水中人、「土」のコボルト、「火」のリザードマン、それらを掛け合わせた、まさに怪物というべきものだった。筋骨隆々の巨体で強力な再生力を持ち、魔法耐性も持っている。

 ミノタウルスは首を刎ねてもしばらくは動くことができるほどの生命力を持ち、さらに巨大ゴーレム並の怪力を誇り、その皮膚は刃や矢弾を受けつけないくらいに硬い。しかし、滅多に洞窟から出ることはない。つまり「土」の要素を強く持ち、生命力の強さは「水」に由来する。

 サイクロプスはロマリア地方に住み、凶暴であり、力も強い。そして何より俊敏性に優れ、グリフォンなどと同等の速度で動くことが出来る。つまりは「火」と「風」に由来する生物だ。

 そして、その二つの特性を合わせると、強靭な皮膚、強大な生命力、怪力、俊敏性、凶暴性、それらを全て備えた怪物が出来あがる。

 そこに、「風」の翼人、「水」の水中人、「土」のコボルト、「火」のリザードマンをも追加することで、魔法攻撃への耐性をもつけさせようとしたのだ。

 しかし。


 「陛下、あれは使えません。確かに生物としての力は地上最強でしょう。しかし、ひとつの肉体に何種もの特性を持たせたために、創造者さえ予期しなかった恐ろしい特性を持っています」

 あの怪物は「火」・「水」・「風」・「土」の全ての精霊力を備えている。

 通常、対極属性の精霊を宿せばそれは無色の力となる。ランドローバルがまさにそれだ。

 しかし、人間の考えることはどこまでも欲深い。それらを相殺させず、各属性への耐性を最大限に引き出そうとし、それは成功したが、とんでもない副産物をもたらした。


 「確かに精霊の力を大量に有する故に魔法への耐性も強く、肉体の性能も凄まじいものです。ですが、直ぐに崩壊してしまいます」


 今、あの怪物は10の精霊の力を体内に宿している。しかし、そのまま放っておくと周囲の精霊の力を喰らいその力は増大していく。

 その吸引力は現在に力に比例する。ちょうど恒星の子供が周囲のより小さな星を引き寄せて成長していくように、怪物の巨大な精霊力が大気中、地中、水中問わず、周囲に存在する力を吸い上げていく。

 次の日には12になり、その次の日は15、次に18、22、27、33、40と、加速度的に増大していく。

 だが、いくら強靭な肉体とはいえ限界はある。およそ50を超えると、肉体が体内で荒れ狂う精霊の力に耐えきれすに自壊する。

 つまり、生まれてしまえば後は際限なく力を増大させながら暴走し、やがては自壊する欠陥品。

 それがあの怪物なのだ。


 「ああ、知っているとも。何もしなくても体が持たず、戦闘行為などすればその寿命を加速度的に縮めていく。おそらく、主演達と戦えば数十分程で崩壊するだろうな。だが、そこで第4のルーンの出番なのだ」


 ルーンを刻めばあの怪物を動かせる、ということか。しかし一体どんな効果なんだ?


 「陛下、第4のルーン。いや、第4の使い魔とはどんなものなのですか」


 「慌てるな、これから言おうとしていたところだ。始祖の使い魔でありながら、誰にも知られていない”名前無き使い魔(ネームレス・サーヴァント)”。俺はこれを“精神系”の頂点であるいうことを前提に研究を進めた。そして、さすがの俺も驚くことが判明した」


 陛下ですら驚くとは、一体どれほど凄いものなのか。


 「このネームレスはな、簡単に言えば”真の使い魔”だ」


 「”真の使い魔”?」


 「ああ。このネームレスは意思を持たん、主の命令のみを行う自我無き傀儡。まさしく”使い魔”と呼ぶにふさわしいものだ」


 自我無き傀儡、か。ホムンクルスをイメージすればいいだろうか。


 「そこでハインツ、お前はこのネームレスには体のどこにルーンが刻まれるか、しっているか?」


 「ええ、たしか胸でしたね、以前シェフィールドさんから聞きました」


 惚気混じりに。


 「そうか。では話を変えるが、人間の魂はどこに宿ると言われている?」


 脳や体全体など、諸説いろいろあるが、もっとも有力な説はハート、すなわち心臓だ。そしてそれがある位置に刻まれるルーン………まさか!?


 「まさか、魂に直接ルーンが刻まれる?」


 「さすがに察しがいいな、そのとおりだ。ほかの3体と違い、ネームレスは肉体ではなく魂にルーンが刻まれる。胸のものはただ記されているだけで、実際に効果を発揮するルーンは魂に直接刻まれる。使い魔としてのルーンをな。そのため、自我を持たぬのだ。魂を扱う技術自体はインテリジェンスウェポンなどにも応用されている。ルーンをそのように改造することもブリミルならば不可能ではあるまい」


 まさかそんなものだったとは、ブリミルのやつもいい性格していたんだな。

 だが、言われてみればデルフリンガーの能力にもそれに近いものがある。

 吸い込んだ魔法の力を利用し、使い手を動かす。その能力は“ネームレス”のそれに通じる。


 「そしてさらに付属効果がある。ほかの3体の使い魔の特性を、ある程度発揮できるのだ。ガンダールヴ程ではないが肉体が強化される。ミョズニト二ルンのように魔道具を解析はできないが、扱うことができる。ヴィンダールヴのように幻獣と同調はできないが、屈服させることができる。といった具合だな」


 「その話だと、オールマイティの使い魔のようですが、器用貧乏ともいえますよね。経験豊富のスクウェアクラスをホムンクルスにするのとあまり違いが無いように感じますが」


 「いいや、そうではない。今言ったのはあくまで付属効果、いわばサブ機能だ。このネームレスのメイン機能とも言うべきものは、先ほど言った魂にルーンが刻まれたところにある」


 ”精神系”の頂点であるならそうなるか。だが、一体どんな効果があるのか。


 「こいつの特性は実に面白い。他の3体は、肉体が死ねばルーンは消え去り、主は新しく使い魔を呼ばなくてはならなくなるが、こいつはその必要が無い。なにせ魂に直接ルーンが刻まれているのだ」


 「そうか!その肉体を動かしているのは、そいつの生命力ではなく刻まれたルーン。つまり生命活動が止まっても動き続ける、不死の戦士となるのですね。なにせルーンが刻まれた時点、でもう死んでいるようなものなのだから」


 「そういうことだ、しかもそれだけではない。ネームレスの真価はむしろ死んでからだ、何せ死体なのだ、そのままだと朽ちるだけだが、生きている間は掛けられない『固定化』や『硬化』を掛けることができる。つまり不滅だ。さらに言えば先住の”水”の力をを使えば肉体の損傷も修復できる」


 「ホムンクルスのように、人間だったころの技術は残るのですか?」


 「残る。だから歴戦の傭兵などがこのルーンを刻まれればまさに”不滅の戦士”の誕生だ」


 すでに死んでいるから、もう死ぬことは無い不死、不滅の戦士か。


 「だが、限界もある。宿主が生きているうちは他の3つと同じように本人の生命力でルーンの力は発揮される。しかし、死んでからはそのルーン駆動させるための動力源はどうなる?」


 それはつまり。


 「魂が削られていく、ということですね」


 「然りだ。本来生物が死ねばその魂は肉体から離れ、その魂は精霊の力のようなものに分解され、新たに世界を循環する力になるという。エルフ達が信仰する“大いなる意思”とやらはその集合体のようなものらしいが、まあそこは関係ないな。だが、“ネームレス”のルーンはその魂を肉体に縛り付けるのだ」


 なんとも、おぞましいルーンだ。


 「本来の形とは異なるが、魂が肉体に縛り付けられている以上、その肉体を動かすことは可能になる。しかし肉体的には死んでいる。だが、本人の魂を削って駆動させる故に生前の技術はそのまま発揮できる。つまりは、水の先住とも別系統の力で“生きているように”肉体を動かし続けるのだ。故に、こいつを滅ぼすには、肉体の原型がなくなるまで損傷させるしかない。そうすればルーンは消え、こいつは解放されるということだ」


 例えば、完全に焼き尽くしたりなどか。ブリミルも随分えげつない。王家の闇の外法と遜色が無いな。


 「ゆえに、闇の異形の怪物にこのルーンを刻めば問題は無くなる。肉体の生体活動が停止しても、ルーンが動かし続けるからな」


 だが、それは恐ろしい事実を意味する。


 「陛下、それではつまり、あの怪物が自壊して死んだ後、“ネームレス”がその魂を肉体に縛り付ける。つまり体内の精霊の力もそのまま残るということですか?」


 「そうだ、“ネームレス”はその死体を“生きているように”駆動させるのだ。50の次は60、その次は72、86、103と増大を続ける。とはいえ、“ネームレス”が抑えておける量にも限界はある。せいぜい150といったところだろう」


 それでも本来の限界の3倍だ。

 ふつう、人間が60℃の温度の空間に長時間いれば、脱水症状を起こして死ぬが、身体そのものは欠損はない(放って置けば腐るが)。だが、180℃の高温、というか炎に入れば焼けて骨になる。

 生命としての耐久度と、肉体そのものの耐久度の差、というわけか。


 「そこを越えたらやはり自壊する。ということですか?」


 「いいや、“虚無”の特性を忘れたか? 他の魔法と異なり“虚無”だけは精霊の力そのものを完全に消滅させる悪魔の力だ。この世界全体で見れば循環せずに減っていくのだからな。そして、“ネームレス”はその結晶。つまり。150を超えてなおも吸い上げようとする力は、自壊を防ぐために“ネームレス”が消滅させるだろう、魂を削ってな。このルーンはな、宿主を最大限に活用するためには何でもするのだ」


 まさに悪魔のルーン、“記すことさえはばかれる”のも頷ける。


 「”ネームレス”のルーンは、宿主の肉体を維持する機能があるのですか」

 
 「そうだ、普通の人間に刻んだ場合では、死んだ肉体の腐敗を抑制、いや死んだ状態でとどめておく。腐った体では生前の能力は発揮できんからな。もっとも、外的要因で欠損したときは復元などはできん」

 ”フェンリル”の再生能力は、ルーンの効果ではなく、宿主である怪物が持つ水の精霊力によりものだ。だが、それでは『固定化』は不要ではないだろうか。


 「しかし、肉体の保持をするのもルーンの効果だから、その度に魂が削られていく。それでは活動時間が短くなるから、『固定化』は欠かせん。まあ、その場合は命令が無ければ、本当にただの腐らない死体になるがな」

 あいかわらず、人の心を読んだような答えだ。


 「というと、生きている時や、死体に『固定化』をかけずに”ネームレス”のルーンが活動してる時は、命令が無くても自動で動けるのですか?」


 「いや、少々違う。その場合自動で対応するのは、受動的な動作だけだ。つまり、一流の戦士に”ネームレス”を刻んだのならば、不意の攻撃を受けても防御、もしくは回避や反撃をする、という感じだな、受身ならば宿主の肉体、ないし魂に染み込んだ行動であればできるが、能動的な動きはできん」

 つまりは宿主の生命活動が行われている時は、受動的な行動であれば、命令が無くてもでき、死んだ後も、魂を削ってルーンが活動していれば同じ。しかし、死後、ルーンの活動―命令や肉体維持―がされない時は、完全に死体と同じというわけか。

 料理人だと、食材と調理道具を渡せば、料理をはじめるのだろうか? 限りなく不気味だ。


 「しかし、担い手が『肉体保持の機能を止めろ』といえば、止める。”ネームレス”は絶対に主には逆らわんからな、クククク」


 陛下の恐ろしげに笑う。まさに”真の使い魔”だな。

 
 「ではフェンリルは、常に150の力を使って戦い続けるわけですね。その状態では一日に30もの力を吸収するわけですから消耗することはあり得ない。なにせ、怪物本来の力は1なんですから。それに「火」が高まれば攻撃力が、「土」が高まれば防御力が、「風」が高まれば機動力が、「水」が高まれば再生力がそれぞれ増大していく。そこにさらに他の3つの特性が加わるわけですか」


 「いや、俺のルーンの効果では付属効果である他3体の能力を発揮させることはできん。ゆえに あの怪物本来の力のみで戦うことになる。まあ、それでも十分すぎる程の脅威だがな」


 それはそうだ。魔法は効かず、ミノタウルスやサイクロプスの何倍も強く、無限に再生する怪物。そんなのがいるだけで十分悪夢だ。


 「しかし陛下、それほどの酷使を続けては、魂が持たないのではないですか?」

 精霊の力は無限循環しても、それを体内に縛り付ける“ネームレス”の力は有限なのだ。通常の人間の死体なら、行動をさせる度に魂を削るが、フェンリルは制御のために魂を削る。


 「察しがいいな。普通の人間のように動かせば十数年は持つだろう。『固定化』を施して蔵にしまっておけば数千年は持つな。だが、戦闘を続けさせれば肉体は『硬化』と『固定化』で持ったとしても、それを動かす魂がもたん。1年ほどで魂が焼き切れる。そして、この“フェンリル”のように膨大な量の精霊力を抑え続けるとすれば、おそらく1週間程度しか持つまい」

 1週間か、しかしそれでは。


 「陛下、今あの怪物が宿している力は10程です。主演達にぶつける時間も考えるならば猶予は5日程しかありません。それでは27程にしかなりませんが」

 それでも十分脅威だろうが、陛下がそんな中途半端な状態で投入するとは考えにくい。


 「簡単だ、なければ与えれば良い。なにせフェンリルは“貪りし凶獣”、“全てを飲み込む狼”だ。「風」の力が足りねば「風石」を喰わせればよい。「土」の力が足りねば「土石」を喰わせればよい。「水」の力が足りねば『アムリットの指輪』のような水の結晶を喰わせればよい。そして、「火」の力が足りなければ」


 「『火石』を喰わせればよい」

 俺はその答えを言う。


 「そうだ。ビダーシャルがちょうど『火石』を作成している。あれを喰わせれば一気に100以上の力が加わろう。そうなれば後は2日もあれば十分だ」

 現在2つの『火石』が完成している。

 片方は直径5サント程、もう片方は直径10サント程。現在製作中の本番用は直径20サントになる予定。


 「陛下、小さい方ですよね?」


 「当然だ、大きい方では肉体が持たん。“ネームレス”といえど限界はある」


 つまり、フェンリルを起動させる条件は整っているというわけか。

 だが、最後の問題がある。


 「ですが、どうやってルーンを刻むんですか? あの怪物は目覚めると同時に間違いなく我々に牙をむいてきます。何せ人間を殺す以外に機能を持たない生き物ですし、創造主すら誕生を恐れて封印したくらいですから」


 あの怪物はおよそ二千年程前に、既に作られていた究極の作品だ。

 そして、残されていた資料を頼りに、ヴィクトール候が再現させようとしたらしい。

 材料に様々な亜人の死体が必要になるため、彼は手駒と試作を兼ねて“レスヴェルグ”を作成し。それを使ってミノタウルスやサイクロプスなどの材料を集めた。

 そして、そのさらに地下に巨大な培養槽を作り、その怪物を作り始めた。




 しかし、その材料に問題がある。

 ミノタウルスもサイクロプスも、本能で人間を襲う怪物だ。それを混ぜた挙句、さらに4種の異なる

精霊の力を宿す生命を融合させるため、その怪物には理性が無い。

 通常、ミノタウルスであっても、人間を襲うことと、自分の生命危機を秤にかければ自分の命を選ぶ



 だが、その怪物にはそんなものすらない。自分の身体が壊れようが、危険があろうが、戦い続け、人

間を殺し続ける。

 にも関わらず、自分に対する脅威を敏感に察知する能力をも備えている。複数の生物を混ぜて作った

故か、そのような矛盾性を持っている。そんな機能があっても、結局は人間を殺すために暴れるしかし

ないのだから、何の意味も無い。

 故に、脳に制御用のマジックアイテムを仕込む予定だったそうなのだが。



 当初は順調だったと彼の手記は記している。

 胎児のように徐々に成長していく怪物は次第に禍々しさを増していき、その皮膚に銃弾を叩き込んでも弾く程になり、炎球、氷の矢、電撃などにも強い抵抗力を持っていた。


 しかし、彼は徐々に変異に気付く、最初は1だったはずの精霊力が予想を超えて増大していく。このままでは制御用のマジックアイテムをも弾く程の精霊力を宿してしまう可能性があった。

 過ぎたるは及ばざるがごとし、制御できない怪物はただの災いでしかない。

 彼はいくつかの対策を試みたがいずれも効果なく、ちょうどリュティスでやることができたこともあり、一旦培養を中断し、凍結することにした。

 しかし、一週間後、リュティスから戻った彼は驚くべきものを目撃する。

 養分が一切送られていないにも関わらず、その怪物は成長を続けていた。その時点で既に全長は2メイルに達し、精霊力も5近くなっていた。このままではいずれ自力で完成し、培養槽から這い出てくるのも時間の問題だった。


 そして彼は気付いた。なぜ究極の怪物の構想と作り方は残されていたのに、その製作過程や実践の記録が無かった理由を。

 古代にこの怪物を初めて作った者達は、自分達が創り出した怪物に殺され、このままでは自分もその運命をたどるということを。


 しかし、既にここまで育ってしまった怪物を殺す手段は無い。殺そうとすれば不完全なままでも目覚め、暴れ出すのは目に見えていた。

 そこで、彼はそのさらに地下に、人口子宮を造り上げた。

 「水」と「土」の力で作ったその子宮で怪物を包み込み、冬眠させた。いや、まだ生まれてもいないのだからその表現は適切ではないか。


 当然怪物はその子宮の精霊力を喰い尽したが。その結果、周囲が精霊の力が無い壁に囲まれることになり、それ以上の成長は不可能になった。

 そして、封印されたまま現在に至る。全長は既に2メイル50サントになり体格は完成。精霊力は10の状態で停止し続けている。


 「あの子宮を破れば怪物は絶対に襲ってきます。陛下ならば難なく倒せるでしょうが、『爆発』で殺してしまってはルーンは刻めません」

 ルーンを刻んでからなら死んでも問題ないが、刻む前に死んでは意味がない。


 「そこは問題ない、そのためにお前がいるのだ」


 「俺ですか」

 まあ、そんな気はしたが。


 「例えどんな怪物であれ、“ネームレス”を刻むまでは生物だ。生物である以上お前の敵ではあるまい。俺の『爆発』と異なり、殺さずに無力化するくらい造作もないだろう」


 「ですが、あの怪物の運動能力は洒落になりません。下手すればあっという間に引き裂かれますよ」


 「そこは俺が『加速』で補助する。足を切り裂く程度なら問題はないからな」

 こともなげに言う陛下。この人の戦闘能力はもう人間じゃないな。


 「それにだ、6000年の闇の結晶を引きずりだし、“フェンリル”を誕生させるのだ。ならばそれは“ロキ”の役割だろう」

 確かに、最凶の怪物“フェンリル”を産み出すのは闇の後継者であり、“ロキ”たる俺の役割だ。


 「分かりました。俺があの子宮を切り裂き、“フェンリル”をこの世に生み出します。陛下はそれに“グレイプ二ル”を嵌めてください」

 フェンリルは際限なく喰らい続ける凶獣、故にそれを制御するためには“グレイプ二ル”が必要になる。

 「無論だ。だが、皮肉なものだな。片や、始祖ブリミルから虚無の使い魔の一柱とされながらも、そのおぞましさ故に名前を与えられなかった無銘の使い魔。片や創造者を殺し誕生し、際限無く暴れ回る凶獣故に名前が無い怪物。その二つが合わさることで初めて“フェンリル”は誕生するのだ。まさに、“虚無”と“先住”の外法の集大成、旧世界の怪物というわけだ」

 共に無銘、しかし、合わさることで最凶の怪物“フェンリル”となる。

 「確かにその通りです。それゆえに新時代を担う彼らと戦うわけですが」

 一つ疑問が残る。


 「どうした、まだ疑問があるのか」


 「ええ、とても単純なことなのですが」






■■  回想終了  ■■



 「そうしてフェンリルは誕生した。旧世界の怪物として」

 そして今、その戒めが解かれた。


 「“ネームレス”はあくまで担い手の命令に従う。故に担い手が傍にいなくては、その魂に染み込まれた行動を続ける。あれを制御するためには陛下が傍にいる必要がある」

 その権利を代行するために用意したのがあの仮面、“グレイプ二ル”。俺の命令を陛下のものと認識させるもの。

 さらに、暴れ狂う精霊の力を押さえ、特に凶暴性に関連する「火」の精霊を抑える働きがある。その辺は“知恵持つ種族の大同盟”の力を借りた。

 “グレイプ二ル”によってフェンリルは抑制されていた。それが解き放たれた今、俺にはもうなす術は無い。


 フェンリルは際限なく暴走を始める。


 「さあ、貪りし凶獣、フェンリルの本領はここからだ。英雄達よ、如何に立ち向かう?」



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 あとがき

 まずはじめに謝罪から。

 申し訳ありませんが、第4~5話くらいまで、独自設定祭りになります。苦手な方はすみません。

 あと、第4の使い魔についてですが、私の中では最初(原作読んだとき)から死体でした。”『記すことすらはばかれる』理由は、きっと強さや凄まじさではなく、おぞましさ故だ”っていう考えがもとです(この時点で私の思考回路はマズイかもしれません)。

 それで、死体を動かす設定を考えていくうちに、完全に某騎士団の第2位に近くなったので、それまで二転三転していた外見も、開き直って同じにしよう。となって怪物のほうの設定も変わっていきました。ただ、ガリア王家の裏の研究の集大成という設定は変わってません。これは個人的にどうしても出したかったので。

 あまりの急展開についてこれない方もいらっしゃることと思いますが、もうしばらくお付き合いいただければありがたいです。



 あと、ガンダールヴとハインツの相性のことですが、ガンダールヴは遠距離用の武器―ボウガンや大砲―も使えますから(多分対戦車ライフル持たせれば2Km先からの狙撃も可能かと)、なおかつ高速で動けるので、毒連金の狙いが定めづらい場合や、瞬時にクロスレンジに詰められれば、自分のすぐ側に致死毒撒くわけにもいかず、後手に回る。という感じで考えてます。

 ウィンダールヴの幻獣より、射程が長く、動きが速いガンダールヴだと毒連金はかけづらい、って感じですね。








[10059] 終幕「神世界の終り」 第二話 中編 フェンリル 貪りし凶獣
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/04 08:06


第二話 中編    フェンリル 貪りし凶獣





■■■   side:マリコルヌ   ■■■



 ルイズの『解除』を込めたサイトの一撃によってフェンリルの仮面は砕かれた。


 僕は『遠視』でその様子を観察するが、その顔も異形だった。


 顔が無かった。


 あるのは牙を生やした巨大な口だけで、目も耳も鼻も何も存在していなかった。

 あの怪物は“ネームレス”だけじゃなくて、顔が無い“フェイスレス”でもあった。


 そして。


 「GAaaaaaaaaaaaa」

 その口から唸り声が響き始める。


 「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

 それはやがて絶叫に変わる。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 そして、もはや人語の域にない魔性の雄叫びに変化する。

 今までのガーゴイルのような生命が感じられない状態も不気味だったけど、これはそれとは比較にならない。

 らしいといえば怪物らしいのに、それを直視してはいけないと感じるほどの禍々しさを放っている。


 「お、おいルイズ、あれは何だ?」

 僕は思わず訊いていた。


 「怪物よ。信じられないことだけど、今までが封印されていた状態だったみたいね」


 そして、その怪物が咆哮し、その身体が赤く発光し始める。

 その光はどんどん輝きを増し、口に収束していく。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルの口から赤く輝く何かが撃ち出される。


 その先には“レスヴェルグ”と戦うロマリア軍の二個大隊が存在したが。


 その全てが一瞬で燃え尽きた。










 「な、何だよあれ………」

 僕は呆然と呟く。


 「圧縮した炎弾ね、火竜のブレスを数十頭分凝縮して放ったようなものだわ。たかが人間数百人を焼き尽くすなんて、まさに造作もないわね」

 ルイズは一切動じず冷静に分析を続けている。僕もそれで冷静になることができた。


 「ってことは、火の精霊力を一気に放出したってことだよな?」

 「そうなるわね、タバサ! “精霊の目”ではどう見える!」

 ルイズが“コードレス”に話しかける。


 「フェンリルの体内の精霊の力が集中して撃ちだされた。けど、もう回復してる。あれですら総量のほんの一部に過ぎないみたい」

 何て怪物だ。


 「でも、流石に連射は出来ないようね、僅かに準備期間を必要にする」

 と、ルイズが冷静に分析を続けていると。フェンリルがさらにとんでもない行動に出た。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 「飛んだ! こっちに来るぞ!」

 「そうか! 解放されたのは「火」だけじゃない! 「風」の力もこれまでとは比較にならない!」


 僕はペガサスを駆って逃げるが、フェンリルは空中を自在に飛んで追ってくる。


 「まずいぞ! 向こうの方が速い!」

 ペガサスだって遅いわけじゃない、グリフォンと同じくらいには飛べる。

 しかしフェンリルの飛行速度はそれを凌駕してる。火竜並の速度だ。


 「『幻影(イリュージョン)』!!」

 ルイズが僕達の幻影を作り出す。

 けど、フェンリルはこちらだけを追ってくる。


 「やっぱ効果無いわね。あいつは多分脳が機能していない、だから『幻影』は通じないわ」


 「どうすんだよ! このままじゃ追いつかれるぞ!」


 「それ以前の問題みたいよ」

 その言葉に振り返ると、フェンリルが再び赤く発光していた。


 「やばっ!」

 「マリコルヌ! 歯を食い縛りなさい!」

 その瞬間、ルイズが僕を抱えペガサスから飛び降りる。


 「『爆発(エクスプロージョン)』!!」

 「ぶへあ!」


 さらにペガサスに『爆発』を放ち、僕達はその反動で遠くに吹っ飛ぶ。

 担い手のルイズには影響はほとんど無いが、僕にはかなりの衝撃が来る。


 しかし、さっきまでいた空間をフェンリルの圧縮炎弾が通過していき………
 

 その先に存在したロマリア軍に命中、さらに数百人以上の人間が燃え尽きた。














■■■   side:シャルロット   ■■■


 暴走したフェンリルの攻撃力はこれまでとは比較にならず、フェンリル一人によって、既にロマリア軍の兵士は1千人以上が消し飛んでいる。

 さらに凶暴性、再生力、防御力も向上しているようで、これまでとは完全に別物になっている。


 「怪物にも程があるわよ、ヨルムンガントの方が何倍もましね・・・」

 キュルケの声も引きつっている。

 確かに、ヨルムンガント10体が一斉に大砲を撃つよりも、フェンリル一人の火力の方が凄まじい。

 しかも、弾切れが無い。


 「そんなのに追われるこっちは、もっとたまったもんじゃないけどね」

 「きゅいきゅい、あれはやばすぎるのね!」

 「頑張って、シルフィード」


 私達は今フェンリルに追いかけまわされている。

 流石に風韻竜のシルフィードが機動力で勝るけど、向こうには疲れというものがない。

 先程マリコルヌのペガサスが消し飛ばされ、ルイズが『爆発』で脱出した模様。彼女等はモンモランシーと合流したみたい。


 そして、ルイズから新たな指令が来て、私達はそれを実行中。

 あれにはもう生半可な攻撃は効果がないから、ひたすら逃げ回るだけになる。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、フェンリルの咆哮が轟く。


 「来たわよシャルロット! 撃ってくる!」

 「シルフィード! 避けて!」

 「いわれなくてもそうするのね!」

 シルフィードが右に急旋回すると同時に、キュルケが『ファイヤー・ストーム』を放ち、私も『エア・ストーム』を放つ。

 「風」の私と「火」のキュルケの二人が協力すれば、強力な推進力を任意の方向に発生させることが出来る。


 フェンリルの圧縮炎弾は私達には当たらず、向こうのロマリアの連隊を直撃する。


 「何で必ずロマリア軍に当たるのかしら?」

 「フェンリルがそうなるように位置関係を誘導してる。あの凶獣は人間を効率良く殺すことに関してだけは愚鈍じゃない。最小の動きで大量の人間が殺せるような暴れ方をしている」

 つまり、本能的に私達を追いかけまわす一方で、同時に大量の人間を殺すために動いている。

 要は大量の人間さえ殺せればいいのだ。だけど、自分に攻撃を加えるものは容赦なく迎撃する。

 そして多分、理性に依らず理解しているのだろう。

 自分に対して脅威になり得るのは、一万に近いロマリア軍ではなく、私達だということを。

 それがあの怪物の本能なのか、“ネームレス”の力なのかは分からないけど。


 「シルフィード、急降下」

 「きゅいきゅい、了解なのね」

 私達は地上に降りる。囮役を終えたのもあるし、シルフィードの疲労もかなりのものになってる。


 圧縮炎弾を撃ち終えたフェンリルには『炎蛇』が絡みついている。

 すぐにフェンリルによってかき消されたけど、別方向からの脅威にフェンリルが気付いた。


 そして、そちら目がけて急降下していく。

 その先には、“長槍”の上に立つコルベール先生がいた。










■■■   side:コルベール   ■■■


 フェンリルはこちらに真っ直ぐ向かって飛んでくる。

 その速度は地上を走りまわる速度と大差ない。よくぞまあ、このような怪物を生み出せたものだ。



 「まだだ、サイト君、まだ早い」

 私はフェンリルに杖を向け戦車の上に立つ。

 私がここにいる限り、フェンリルは間違いなく一直線に突っ込んでくるはず。

 確かに性能は上がったが、知能は落ちている。以前のように戦車に狙われぬよう蛇行しながら迫るようなことはない。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、先ほど圧縮炎弾を撃ったばかりなのでこちらに撃ってくることはない。これも全てミス・ヴァリエールの指示によるものだ。

 まったく、よくぞまああの子はこの短期間でフェンリルの特徴を見抜き、対抗するための作戦を立てれるものだ。

 教師としては、優秀な教え子に恵まれたことを喜ぶべきなのだろうな。


 そして、フェンリルがあと100メイル程まで接近する。


 「今だサイト君!」


 戦車から88㎜鉄鋼弾が放たれた。











■■■   side:才人   ■■■


 100メイルもの至近距離で88㎜鉄鋼弾を喰らったフェンリルがバラバラに弾け飛ぶ。


 フェンリルが内部に爆弾を放り込んだことで戦車の駆動系は完全にやられていたが、幸運なことに砲座は生きていた。

 だが、中で砲身が歪んでる可能性もあったし、砲弾が暴発する可能性もあった。

 
 けど、もうこれに懸けるしかなく、ガンダールヴのルーンはまだ撃てるということを教えてくれた。


 今のフェンリルは真っ直ぐに突っ込んでくるだけだから、あの圧縮炎弾さえ無ければ、ぶち込むのは難しいことじゃない。

 そして、コルベール先生が囮になって、フェンリルの胸に88㎜鉄鋼弾を叩き込んだ。


 ルイズ曰く。

 『いい、最悪でも“ネームレス”のルーンさえ破壊できればあいつは倒せるわ。ガンダールヴなら左腕を切り落とせばいい、ヴィンダールヴなら右腕を、ミョズニト二ルンなら首を切り落とせばいい。本体と切り離されればルーンの効果がなくなることは実証されているの』

 首を切り落とせばその時点で死んでる気もしたが、フェンリルみたいな例外もいる。

 『だから、“ネームレス”さえ破壊すればあいつの力は無力化される。精霊の力を抑えつけているであろう“ネームレス”がなくなれば、フェンリルは自壊するわ』


 「ま、それ以前にまるごと吹っ飛んだけどな」

 確かに胸のルーンは消し飛んだだろうが、それ以前に五体がバラバラになって吹きとんだ。


 「やったなサイト君!」

 コルベール先生が話しかけてくる。


 「ええ! フェンリルの野郎も、これには敵いませんでしたね!」

 俺達はルイズ達の下に駆けていく。




 「ルイズ! やったぜ!」

 「御苦労さま!」

 「見事だったよサイト!」

 そこにはルイズとギーシュがいた。


 「マリコルヌは?」

 「今はモンモランシーが治療してるわ、直ぐに完治するでしょうけど」

 さっきの爆発はルイズ以外にはきついもんだったろうな。


 「サイト~♪ ルイズ~♪」

 「サイト!」

 シルフィードから降りたシャルロットとキュルケも駆けつけてくる。

 それに、水精霊騎士隊の連中も続々こっちにやってきてる。


 「しかし、とんでもない怪物だったね」

 皆を代表するようにギーシュが言う。


 「確かに、あれとはもうやりあいたくないものだ」

 コルベール先生も同意する。


 「サイト、無事で良かった」

 微笑むシャルロット。


 「あらあら、危険なのはサイトだけじゃなかったはずだけど?」

 「そうよねえ、私だってあの圧縮炎弾を喰らいかけたんだから」

 そして悪魔が二人。


 「いや、まあ、全員で勝った訳だしな」

 とりあえずそう言っておく。


 「駄目ねサイト、そこは“お前らブスが何人集まったよりも、俺はシャルロット一人の方が千倍大切だ”くらいは言わないと」

 「そうね、“俺は青髪で、かわいくて、背が割と低くて、幼女体型の子にしか欲情出来ないんだ”くらいは言ってあげないと」

 好き勝手言うなこいつらは。


 「………」

 そして顔を真っ赤にするシャルロット。うん、かわいいな。


 「皆、割と無事みたいね」

 「やれやれ、急いで治してもらったんだけど、必要無かったね」

 そこにモンモランシーとマリコルヌも到着。


 これで全員がそろ









 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」








 だが、ありえない咆哮が響き渡る。



 「そんあ!」

 「馬鹿な!」

 「うそでしょ!」

 全員が困惑の声を上げるが、その咆哮の中心には、フェンリルの首と僅かな肉片が存在していた。


 そしてフェンリルが大きく口を開けると、いきなり突風が吹いた。


 「なんだこりゃ!」

 「吸い込ま!」

 「『エア・シールド』!!」

 咄嗟にシャルロットが『エア・シールド』を張るが、あたり一帯から何かがフェンリルに集中していく。


 それは、細切れになったフェンリルの肉片だった。


 「まさか………」


 瞬く間に全部の肉片が集い、もの凄い勢いで組みあがっていく。

 そして、最後にあの鉄塊もフェンリルの下に引き寄せられ、それを持ったフェンリルの身体が赤く発光する。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 お返しとばかりに、戦車目がけて圧縮炎弾が叩き込まれた。











■■■   side:ハインツ   ■■■



 「“グング二ル”では“フェンリル”には勝てない」

 フェンリルが放った圧縮炎弾は完全に戦車を破壊した。

 今のフェンリルは精霊の力を吸引する巨大な磁石のようなもの、バラバラになったところで、磁石は互いに引き合い元に戻る。

 それこそが、“核”というものが存在しないフェンリルの最大の利点。

 “ネームレス”は肉体ではなく魂に刻まれているので、いくら肉体を壊したところで意味は無い。


 「通常の死体なら、バラバラにした時点で終わるのだが、フェンリルは違う」

 肉体が存在する限りは“ネームレス”が消えることはない。


 「しかし、あの鉄塊はまさにフェンリルに相応しい武器だな」

 あれは東方(ロバ=アル=カリイエ)で発見された未知の金属だそうで、この世の何よりも硬い。

 しかし、それ故に加工法がなく、見つかった姿のままで現在にいたる。

 権力者の財宝にするには無骨すぎ、研究材料にするにも加工出来ないのでは意味がない。


 結果、役立たずの荷物として、金属に名も与えられず、ハルケギニアに流れてきた。

 こっちでも、結局あれが何なのかは分からなかった。


 だが、ひたすら硬く、唯一フェンリルが振るうことが可能な武器である。

 『硬化』をかけた武器では、ルイズの『解除』を受けた時点で役立たずになってしまう。


 「名前無き怪物、名前無きルーン、名前無き鉄塊」

 だが、それらが合わさった時、不死の怪物“フェンリル”が誕生した。


 「故に、フェンリルを倒すには、完全に消滅させるより方法は無い」

 『爆発』ならそれも可能だろうが、フェンリルを消滅させる程になると、相当の威力が必要になる。

 そして、“ネームレス”に秘められた恐るべき最後の特性。


 「さあ、どうする“博識”」











■■■   side:キュルケ   ■■■



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルは荒れ狂う。まるでそれしか知らないように。



 「あんな怪物、どうやって倒せってのよ・・・」


 「今はチャンスでもあるわ、流石に影響が無いわけじゃない。本来ならこっちに突っ込んできてるはずなのに見境なく暴れてる。つまりは僅かにでも戦略を練る時間がある」

 だけどルイズはあくまで冷静だった。流石は指揮官。


 「デルフ、確かに砲弾は“ネームレス”を破壊したはず、にも関わらずあれは動いてる。その理由は分かる?」


 「ああ、思い出したぜ、何でおれはいっつも後になって思い出すんだろうな?」


 「記憶なんてそんなもんよ、試験の解答だって、終わってから話を聞くと思いだすのよ。それで、理由は?」

 とても分かりやすい例えね。

 「あの“ネームレス”は身体じゃなくて、魂に刻まれるんだ。だから肉体のルーンを消しても意味はねえ。普通は肉体を完全に破壊すりゃルーンも効果を失うはず何だがな………」


 「フェンリルはバラバラになってもなお、精霊の力を維持してるから“ネームレス”は稼働を続けるわけね。そうなると、もう手段は完全に消滅させるしかないわ」

 そうなると、手段は一つくらいしかないわ。


 「皆、私の『爆発(エクスプロージョン)』で片をつけるわ、残り全員であいつの足止めをお願い」

 やはり、あの『爆発』以外ありえない。

 「けどよルイズ、あいつを倒すほどの『爆発』じゃあ巻き添えが出るぞ。お前の『爆発』なら対象を任意に選ぶことも出来るけどよ、そんなことに余力を裂いた状態で吹っ飛ばせる怪物じゃないだろ」


 そう、それがこれまでルイズが大規模な『爆発』を使わなかった理由。

 『爆発』は威力が上がるほど範囲を抑えることが難しくなり、対象を選ぶことも難しくなるという。

 あのフェンリルはヨルムンガント並の耐久力を誇るから、ヨルムンガントを“反射”ごと吹っ飛ばすつもりで撃たないと多分倒せない。

 けど、『爆発』は球状に広がるから、地上にいる私達はおろか、地下トンネルにいる水精霊騎士隊の連中も巻き添えになってしまう。


 「そうだったけど、状況が変わったわ。今のフェンリルは空を飛ぶ、つまりは空中戦に引き込むことが可能なのよ。だから、フェンリルが空中にいるならば、タルブの再現をすればいいだけのことよ」


 なるほど、でも、危険も大きいわね。


 「だから、まずはサイトがフェンリルを地上で相手にして、ギーシュとマリコルヌは水精霊騎士隊を率いてそれを援護する。私の詠唱が終了に近づいたら、シルフィードがタバサとキュルケとコルベール先生を乗せて飛び立つ。そしてフェンリルを空中に引き出すのよ」

 「私も乗るのかね?」

 「はい、やや重量は重くなりますが、シルフィードが全力で飛べば特に問題はありません。逆に推進力が上がるから瞬間的には高速で飛行することが出来ます。先生の“コードレス”は一旦モンモランシーに預けてください。シルフィードが飛ぶ時間は、可能な限り短くします。全力飛行が可能なのはせいぜい1分が限界ですから」

 その辺は竜も人間も変わらない。

 ある程度の速度なら長時間走れるけど、全力疾走だったらせいぜい1分が限界。


 「つまり、貴女の詠唱が終わりかけたら、モンモランシーがこっちに連絡をいれて私達は飛び立つ。そして、『爆発』の直前に、私の「火」、ジャンの「火」、シャルロットの「風」を最大限に発射して『爆発』の範囲から離れるってことね」


 「ええ、対象を固定する力や、範囲を絞る力は、全部フェンリルを消滅させるのにつぎ込むわ。そうでもしなきゃあの怪物は多分倒せない」


 まさに、一か八かの大勝負ってわけね。


 「分かった、俺はあの野郎を地上で引きつけりゃいいんだな」


 「そうだけど、生き残ることを最優先にしなさい。間違ってもあの圧縮炎弾を喰らうんじゃないわよ」


 「了解だ。あんなもん喰らったら骨も残らねえよ」

 「僕とマリコルヌは援護と、いつも通りだね」

 「治療してもらった甲斐があったな」

 囮組は気合いを入れる。


 「そろそろフェンリルが再起動しそうよ、作戦開始!」

 指揮官の号礼の下、私達はそれぞれの持ち場に散っていく。











■■■   side:才人   ■■■


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルが振り回す巨大鉄塊をなんとか避ける。


 が。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルの猛攻は仮面があった時とは比較にならねえ!

 「相棒! 上に跳べ!」

 デルフの指示に従って垂直に4メイル位ジャンプする。

 その下をフェンリルが猛スピードで通過していく、フェンリルはそのまま数十メイルは一気に暴走した。


 「なんつう速さだ!」

 「足に「風」の精霊の力を集中させて一気に解き放ちやがった! 原理的にはあの圧縮炎弾の風バージョンだ!」

 そんなことも出来んのかよ。


 そしてとんでもない速度でまたこちらに向かってくる。

 「野郎!」

 フェンリルの鉄塊を低く屈みながら避け、すれ違いざまにその足をデルフで切るが。


 完全に弾かれた。今回は腕にも相当のガンダールヴの力を込めてたんだが。


 「頑丈さも上がってやがるな、「土」の精霊力が増したことでさらに硬くなってるんだ。しかも、「水」で再生しやがるしな」

 デルフが呆れ混じりに言うが、そんな暇も無かった。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 咆哮と共にフェンリルの身体が赤く発光していく。


 「来るぜ相棒! 死ぬ気で避けろ! タイミングが命だ!」

 「分かってる!」

 俺はガンダールヴの力を“目”と“脚”に全て集中させ、極限まで心を震えさせる。


 見きれ! 見きれ! 見きれ!


 自己暗示をかけるように、外界からの情報を遮断し、フェンリルの口を見ることに全神経を集中させる!



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、圧縮炎弾が放たれた。


 その刹那、俺は空中に跳躍していた。


 圧縮炎弾は恐れをなして戦場から逃げてる最中のロマリア軍に直撃。また、何百人も消し飛んだ。



 「どんな射程だよ」

 「戦車の砲弾は2リーグ離れてても届いたけどよ、あれに多分射程なんて概念はねえな、フェンリルの分身が飛んでってるみてえなもんだ。敵を焼き尽くすまでは、どこまでも追うだろうよ、流石に方向転換は出来ねえだろうけどな」


 「つーことは、ここからアクイレイアの街を焼き尽くすことすらできるのか?」

 だとしたら、ロマリア軍が全滅したら今度はそっちに放たれる。


 「多分な、「風」の力は探知能力に優れる。フェンリルなら半径数十リーグに以内にいる人間は残らず探知できるはずだ。だからあれだけ正確に、ロマリア軍の一番密集してるところに圧縮炎弾を叩きこめるんだよ。アクイレイアに集まってる人間ももう捕捉してるだろうさ」

 つまり、ロマリア軍は市民の身代わり地蔵ってことか。

 俺は着地する。フェンリルは圧縮炎弾を放つ直前は動きを止めるが、放った後はすぐに動き出す。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 その大きく開いた口に青銅の大槍がぶち込まれる。


 「ギーシュ! マリコルヌ!」

 多分ギーシュが『錬金』した槍を、マリコルヌが『エア・ハンマー』で飛ばしたんだろう。


 だが。


 バギン!

 という音と共に、噛み砕かれた。


 「化け物! こっちだ!」

 「水精霊騎士隊! 続け!」

 トンネルを使って回り込んだ奴らが一斉に魔法を放つ、相変わらず見事な連携だ。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、フェンリルがその炎球や風の刃を飲みこんでいく。


 「野郎! 俺の真似しやがって!」

 「そういやお前の能力に似てるよな」

 俺はフェンリルとの距離を離しながら呟く。

 フェンリルが相手じゃあ数十メイルの距離なんてないようなもんだが、ガンダールヴの俺なら安全圏といえる。

 魔法を吸い込んだ分だけ、“使い手”を動かすことが出来る。それがデルフの能力、精霊の力を吸い込んでフェンリルを動かしてる“ネームレス”とよく似ている。


 「ああ、認めたくねえが、俺も“ネームレス”も同じ技術で作られてる。どっちもブリミルが開発したものなんだ。だけど、あの魔法吸収は元々そういう効果があったんじゃなくて、付属効果だな」

 「付属効果?」

 「大量の精霊を吸い込み続けてるから、そのついでに系統魔法も吸っちまうんだろ。系統魔法は自然の流れを歪める力。先住魔法は自然の流れに沿う力。だが、結局は大元の力は同じだ。それの使い方が違うだけなのさ」

 なるほどな、川から大量の水を汲んでたら小魚も混じってました。ってことか。


 そしてフェンリルはこっちに突っ込んできた。


 「来たぜ!」

 「応!」

 そしてまた白兵戦の開始だ。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 だが、フェンリルは少しもその動きが衰えない。

 こっちは元々ぎりぎりだったってのに、体力が少なくなればそのまま押し切られる。

 しかも、あの巨大鉄塊の一撃がかすりでもしたら、その瞬間に終わりなんだから厄介だ。


 「はあっ、はあっ」

 ガンダールヴの力はまだもってるが、肝心の俺の体力がそろそろやべえ。常に全力で動いてりゃあっという間に底をつく。


 ジャララララララ!

 しかし、鎖がフェンリルに絡みつく。


 「引っ張れー!!」

 「「「「「「「「「「 せーの!! 」」」」」」」」」」

 綱引きの要領でフェンリルを引っ張る水精霊騎士隊。馬鹿かあいつらは!


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 「「「「「「「「「「  ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!  」」」」」」」」」」

 案の定、逆に引っ張られる。というか宙に舞って吹っ飛んでく。


 「サイト! 奴の半径20メイル以内から離れろ!」


 「! 分かった!」

 やることが分かったぜ!

 「マリコルヌ!」

 ギーシュが叫ぶ。

 すると。


 フェンリルを中心とした地面が陥没した。

 当然フェンリルは飛び上がるが、その先にはシルフィードがいて、シャルロットの『ジャベリン』が叩き込まれる。

 フェンリルは鉄塊を投げ捨て、シルフィードを追っていく。空中戦では重荷にしかならないからだろう。


 「ヴェルダンデが新しく掘った穴に水精霊騎士隊の連中が火薬を仕掛けて回ったんだ。そしてマリコルヌが導火線に『着火』した」


 「だからあんな馬鹿な真似して、フェンリルをおびき寄せたのか」

 水精霊騎士隊の連中は全員が数十メイルは吹っ飛んだから、逆に陥没からは免れた。


 「僕らの役割はここまでだ。後は空中戦組とルイズに任せるしかない」











■■■   side:シャルロット   ■■■


 シルフィードが高速で飛行し、フェンリルがその後を追う。

 既にルイズの詠唱は完了している。あとはタイミングを合わせるだけ。


 「喰らいなさい!」

 「『炎蛇』!」

 キュルケとコルベール先生が「火」の魔法を放つけど、効かないどころか逆に吸収していく。


 「きゅいきゅい! 精霊を吸い込む力も増大してるのね!」

 風韻竜のシルフィードは精霊の力を感じることが出来る。

 だからフェンリルが今どういう状態なのか感覚で分かる。

 シルフィードの感覚と、私の“精霊の目”、この二つによってフェンリルに関する情報は引き出された。


 「効果あったわ! フェンリルが発光を始めてる!」

 「予想通りだ!」

 これもルイズの策略。

 フェンリルが系統魔法をも吸収するのなら、あえて「火」を喰わせることで、あの圧縮炎弾を撃たせることも出来るのではないかという理屈。


 「シルフィード、全力飛行準備」

 「了解なのね!」

 あのフェンリルはとんでもない速度で動き続けるが、あの圧縮炎弾を放つ直前だけは動きが止まる。

 精霊の力を集中させるのは「風」で飛行しながらでも行えるが、解放だけは他の能力を止める必要があるみたい。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 フェンリルの肉体が赤く発光し、その光が口に集中していく。

 私達はその瞬間に魔法を解き放つ!

 
 「『エア・ストーム』!!」

 「「 『ファイヤー・ストーム』!! 」

 3人が同時に放ち、全力飛行するシルフィードをさらに加速させる。

 進む方向はそのまま、ただひたすらフェンリルとの距離を離す。


 そして。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルの圧縮炎弾が放たれる直前。


 光の球が顕現した。











■■■   side:ギーシュ   ■■■


 フェンリルの咆哮が轟いた瞬間、極大の光球がフェンリルを包み込んだ。


 小型の太陽のような光を放ち、さらに拡大を続け、膨れ上がる。

 その膨れ上がる速度に競うように、シルフィードはとんでもない速度で爆走していた。


 「なんて光景だ。タルブでの戦いが“奇蹟の光”と言われるのも頷けるな」

 あれならヨルムンガントでも一瞬で消滅するだろう。

 戦車の砲弾を防げなかったように、“反射”にも限界はあるのだから。


 「けど、あんなもんを地上でぶっ放したら間違いなく味方が吹っ飛ぶな。味方を巻き込まず敵だけを消し飛ばす真似も出来るみたいだけど、そんなことに力を使ってたらあの威力は出ねえ」

 隣のサイトが言う。


 「何とも効率が悪く、使い勝手が悪い魔法だね。まあ、それを完全に使いこなしてるルイズが凄いけど」

 流石は“博識”。ただ虚無に振りまわされたり、虚無に与えられた力に縋るんじゃなくて、最大の戦果を上げれるように策を練ってる。


 「しかし、よくまあ、あんな精神力が溜まってたもんだね」

 あれほどの魔法にはとんでもない量の精神力を使うはずだ。


 「ああ、例の“負のスパイラル”を利用したらしい。意図的にストレスをかけて、敢えて発散せず、内側で溜めこみ続けたんだとさ」

 なんとも無茶をするなあ。

 「よく精神が崩壊しなかったね」

 「洒落じゃなく、何度も魔法学院やトリスタニアを吹っ飛ばしたくなったそうだ。ハインツさんからもらった地球産の精神安定剤で、かろうじて持ちこたえたそうだけど」

 最早、廃人寸前だな。


 「ルイズらしいというか何と言うか。“虚無”は嫌いなのに、“有力な魔法”を最大限に利用するための研究は怠らないんだなあ」

 そしてそのために自分を躊躇なく実験台にしてる。

 「ま、その結果があの大爆発だからな。ルイズに感謝しようぜ」



 そして、光球が音も無く晴れ。そこには最早何も存在していない。






 はずだった。





 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 フェンリルは健在だった。そして、赤い発光が収束する。



 「ルイズ!」


 ルイズがいる方角に、圧縮炎弾が撃ちだされた。










■■■   side:マリコルヌ   ■■■


 「危なかったああああああああ」

 導火線に着火した後、僕はルイズと合流した。

 しかし、『爆発』をくらってなおフェンリルは健在であり、こっちに圧縮炎弾を撃って来た。

 僕はルイズに咄嗟に『エア・ハンマー』を全力で叩き込み、自分も『フライ』で逃げた。



 そのすぐ後にフェンリルの圧縮炎弾が着弾し、大火炎が発生した。


 「助かったわマリコルヌ」

 そう言うルイズの格好は酷いことになってる。

 “アクイレイアの聖女”の巫女服は完全に焼け焦げ、肌もあちこちが焼きついてる。正直、普通だったら苦痛でのたうち回ってるはずだ。


 「ルイズ! 無事か!」

 「大丈夫かい!」

 サイトがギーシュを持って走ってきた。この表現が一番適当だ。


 「無事よ、どうやら、『爆発(エクスプロージョン)』も完全に無意味じゃなかったみたい。収束してた「火」の精霊の大半を消し飛ばすことは出来たみたいだわ。そうじゃなきゃこの辺一帯が巨大なクレーターになってるし」

 確かにそうだ。上空から地上に向けて撃たれたんだから、その破壊力は凄まじいはず。

 でも、僕の『フライ』で逃げ切れる程度だったということは、威力は5分の1以下だったということ。


 「だけど、あれは何の冗談だよ。まさか、あの『爆発』に耐えるなんて」

 サイトの言葉は僕達全員の代弁だった。


 「いや、あれは多分“ネームレス”の特性だと思うぜ。確証はねえが、さっきの光で思い出したことがある」

 しかし、デルフリンガーが否定した。


 「どういうこと、デルフ」

 「さっき、『爆発』に巻き込まれないように、囮になってた韻竜が爆走してただろ。あの役割はブリミルの時はいつも“ガンダールヴ”が担ってた。何せ、神の盾だからな。だから、下手すりゃ敵だけじゃなくてガンダールヴも巻き込んじまう可能性があった。敵だけを対象にするような調整も出来るけどよ、今回みたいに威力を重視しなきゃいけない場合もあった」

 言われてみればそうだ。『爆発』では味方も巻き込んでしまう。

 「“ガンダールヴ”はブリミルの最初期の使い魔だ。次に確か“ヴィンダールヴ”だったと思うんだが、その次の“ミョズニト二ルン”には攻撃性の虚無魔法に対する耐性が追加されてたはずだぜ」


 「ってことは、俺が“ガンダールヴ”じゃなかったら、ルイズの爆発で吹っ飛ばされることはなかったのか?」


 「“ヴィンダールヴ”も吹っ飛ばされるけどな。で、“ネームレス”は最後の使い魔だ。しかもその特性上、前戦で戦う方が多そうだろ。だから、『爆発(エクスプロージョン)』とかの攻撃系の虚無を無効化する機能を、ブリミルが付けてても不思議じゃねえ」

 そういうことだったのか。


 「成程ね、考えてみれば当然だったわ。本来は4の使い魔は全部、始祖ブリミルの使い魔だった。だから、虚無の使い魔と虚無の担い手が戦うなんてことは想定する必要が無かった。だとすれば、己の使い魔に“虚無”に対する耐性をつけるのはむしろ必然ね。味方を消し飛ばしてしまうんじゃ話にならないもの」

 ルイズがそう言うけど、状況は凄くヤバい。


 「しかし、そうしたらどうやってあの怪物を倒すんだい? 魔法は効かない、砲弾でも倒せない、そして“虚無”まで効かないんじゃ、もう倒しようがないよ」

 まるで対抗手段が思いつかない。


 「しかも時間がねえ、シルフィードの速度が鈍ってきてる」

 サイトの言うとおり、今もフェンリルを引き付けてるシルフィードの飛行速度が落ちてきてる。

 このままじゃあ、フェンリルに追いつかれる。そもそも、次の圧縮炎弾を避けれるかどうかも怪しい。


 「駄目だ、打つ手がない」

 「もうどうしようもないよ」

 僕達はつい弱音を吐いてしまう。


 「諦めるな!!」

 そこに、ルイズの大声が轟いた。


 「戦場では諦めた者から死んでいく! 本当の敵は怪物じゃなくて、容易く折れる自分の心よ! この世に無敵の存在なんて絶対にあり得ない! 必ず、倒す方法は存在するわ! この“博識”がそれを見つけ出す!」

 そう叫ぶルイズは輝いていた。


 格好は焼け焦げた巫女服。髪も焦げて、肌は焼け、重傷といっていい傷だ。


 だけど、その姿は神々しかった。まさにヴァルハラの戦乙女。


 “アクイレイアの戦乙女”


 そんな称号こそが彼女に相応しい。


ルイズは諦めていない。あの怪物に勝つつもりでいる。負けることなんか微塵も考えていない。


 だったら、指揮官が諦めていないのに、その部下である僕達が諦めてどうする!


 「分かった! 司令官! 作戦を言ってくれ! どんな困難な任務でも、絶対にやり遂げてみせる!」









■■■   side:ルイズ   ■■■


 私は脳をこれ以上ない速度で回転させていた。


 考えろ考えろ考えろ!

 私は“博識”、今ここでその真価を発揮せずにいつ発揮する!


 フェンリルは怪物。その身体は強靭で、通常の大砲如きじゃあびくともしない。

 その動力は精霊の力を吸収することによる永久機関。あれに燃料切れはあり得ない。

 しかも、“ネームレス”のルーンの効果で、身体をバラバラにしても死なず、再び蘇る。

 “ネームレス”は肉体ではなく魂に刻まれている。だから肉体のルーンはただの飾り、壊したところで意味は無い。

 それはつまり、“ネームレス”は魂を縛り付けることで、あの怪物を動かしているということ。魂を直接消滅させでもしないかぎり、フェンリルが死ぬことはない。


 だけど、魂を消滅させる方法なんて皆目見当もつかない。ひょっとしたら虚無魔法の上位には、そんな“魂砕き”の魔法も存在するかもしれないけど、無いものねだりをしていても仕方がない。

 となると、あとは肉体を跡形もなく消滅させるしかない。


 けど、それが可能な「火」の魔法はフェンリルの体内に宿る強大な精霊の力が弾いてしまう。

 それを圧倒的に上回る「火」を叩き込めば倒せるでしょうけど、そんな火力を持つ兵器は存在しない。

 何しろ、あのフェンリルが放つ圧縮炎弾ですら、フェンリルが内包する精霊力の一部に過ぎないのだから。

 仮にフェンリル自身の圧縮炎弾をフェンリルにぶつけても倒せない。その10倍以上の火力が必要になる。


 そして、『爆発(エクスプロージョン)』も通用しない。

 おそらく、始祖ブリミルが自分の使い魔を巻き込んでしまうのを恐れて、追加した機能。

 初期型の“ガンダールヴ”には無いけど、最終型の“ネームレス”にはその機能が存在する。

 ブリミルが使い魔を心配して追加した機能が、担い手に牙をむくんだから、皮肉なもんだわ。


 だけど、恐らく先住魔法の結晶と思われるあの怪物と、最凶の使い魔“ネームレス”が合わさることで、あのフェンリルは出来あがった。



 ………………………待て、今私は何を考えた?



 最強の怪物と、最凶の使い魔が合わさることで、あのフェンリルは出来あがった。


 最凶の使い魔?


 それはおかしい、なぜなら、あれを作り出したに違いない、ガリア王ジョゼフの使い魔は………


 そう、自分はそれに気付いていたはず。ならばその解答は?


 『全てのルーンマスターはガリア王ジョゼフが復活させた技術によって刻まれているはず。だったら、“虚無の使い魔”のルーンを刻めてもおかしくはない』


 そう、あれは“虚無の使い魔”ルーンの模造品。他のルーンマスターと本質的には変わらない。

 だとすれば………


 そして、一瞬でもその連結が絶たれれば………




 「勝てる! 一つだけあるわ! フェンリルを打倒する方法が!」

 私は叫んでいた。


 「よっしゃ! 流石だぜルイズ!」

 サイトが応えた。


 「けど、恐ろしいほど困難よ、『ルイズ隊』全員が死力を尽くす必要がある。一人でも失敗したらその瞬間に終わるわ」

 凄まじく困難、しかもチャンスは一度きり。

 けど、私達なら出来る。そう信じない限り、フェンリルを打倒することは出来ない。


 「ルイズ、全員集合するのはいいが、その間フェンリルはどうするんだ? あの化け物が僕達を見逃すはずがないぞ?」


 「これは全員の作戦よ、一人一人が役割を持っている。マリコルヌ、私に『拡声』をかけなさい」

 マリコルヌが私に『拡声』をかけるまでの間に、私は残りの『ルイズ隊』に収集をかける。


 「水精霊騎士隊! これからフェンリルを倒すための最後の作戦を開始するわ! あんた達の任務は一つ! これからフェンリルを3分間、死ぬ気で足止めしなさい!」

 どうしても時間が必要になる。その時間は誰かが稼ぐしかない。


 「絶対に命を無駄にしないこと! 死んだら殺すからね! 生き残るために戦うのよ! そもそもあいつから逃げられるはずもない! 戦って勝つことで道を切り開く! 唱えよ! 我等が信念は!」



 「「「「「「「「「「 名誉を捨てろ、命の為に! 命を懸けろ、仲間の為に! 」」」」」」」」」」



 そして、私達の最終作戦が始まる。













■■■   side:モンモランシー   ■■■


 「あのフェンリルに、貴女が接近戦を挑むですって!」

 私は今水の秘薬を使いながらルイズを治療している。

 この戦いだけで既に10人近い怪我人が出てるから、私の一人では結構きつい。


 「詳しく説明してる時間は無いわ。けど、それができれば必ずフェンリルは倒せる。だから、貴方達はそのためにあいつの動きを止める。役割はこうよ」


 そして、ルイズはフェンリルを文字通り止めるための作戦を手短に話す。


 「けどよルイズ、俺達の力でそれが可能なのか?」

 サイトの疑問ももっともだわ、純粋に力不足。


 「モンモランシー、“イーヴァルディの勇者”を使うわよ」


 「! 確かに、それならいけるかもしれないわ」

 私とルイズが共同で作り上げた新薬、“イーヴァルディの勇者”。


 基本的にはハインツの“ヒュドラ”や“ラドン”と変わらない。

 けど、あれが向こうの世界の薬品を使用し、どんな人間にでも必ず効果を発揮するのに対し、これは効果が不安定。

 瞬間的な爆発力なら“ラドン”をも上回るはずだけど、それを発動させることは難しい。

 別に薬を使わなくても、極度に感情が昂ぶってる時には魔法の効果は上昇する。これはそういう状態になった者をさらに補助する薬。

 だから、あくまで力を引き出すのは本人の心次第。そこにはランクは関係ない。


 例えば、学院の教師連中とか、以前学院を襲撃してきたワルドだのメンヌヴィルだの、ああいう連中はスクウェアメイジだろうが、この薬を使ってもなんの効果も無い。


 逆に、ただの平民の少年であっても。守りたいものがあり、戦う理由があり、恐怖に竦んでもそれを乗り越えられる小さな勇気があれば、誰よりも強くなれる。この薬は身体能力、魔法、ルーンを問わず、本人が望む力を強化する。


 故にその名は“イーヴァルディの勇者”。

 誰にでもあるはずの小さな勇気、それを持ち続けることさえ出来れば、誰でもが英雄になれるのだという希望を込めて。

 “虚無”だの“魔法の才能”だのという、与えられただけのものではなく、自分の意思で未来を切り開く為に。


 ハインツの薬は“凡人”を“達人”に、“達人”を“超人”に変える。

 だけどこの薬は、“人間”を“勇者”に変える薬。ほんの一時の夢に過ぎないけど、いつか自分の力だけでその高みに至れる日が来ると信じて。


 「あれを使うのか、ってことは、まさに最後の賭けだな」

 サイトも腹を決めたようね。


 この薬は精神状態に強く左右されるから、失うものが無い訓練では絶対にその真価を発揮できない。

 ガンダールヴのサイトだけが、その力を断片を引き出すことが出来た。

 けど、その結果、この薬は全生命力を一気に使い切ることが分かった。

 つまり、アルビオンで7万に突っ込んだ後のサイトと同じ状態になるということ。


 “イーヴァルディの勇者”を使って、その力を発揮できれば、自分の究極の一撃を叩き込むことが出来る。

 けど、二撃目はない。そんな余力は一切残さず、全ての力を込めるから。


 「やるしかないのよ、フェンリルをここで倒さない限り、全滅は免れない。今フェンリルを止めてる水精霊騎士隊の連中も全員死ぬことになる。絶対に失敗は許されないわ。皆、覚悟を決めて」


 全員が頷く。

 自分と皆の命が自分に懸っているという事実。それを重荷ではなく、自分を奮わせる力に変えることができるか否か、それこそが“イーヴァルディの勇者”を完全に発動できるかどうかの境目。



 そして、最後の戦いが始まった。







[10059] 終幕「神世界の終り」 第二話 後編 フェンリル 怪物と英雄
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/07 21:03

第二話 後編    フェンリル 怪物と英雄





■■■   side:キュルケ   ■■■



 サイトとマリコルヌがフェンリル目がけて突進していく。

 その上空にはシルフィードに乗ったシャルロットとギーシュがいる。


 フェンリルはサイトとマリコルヌに反応する。怪物の本能で、今の二人が脅威であると気付いたようね。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルが咆哮し、赤く発光していく。最強の攻撃で二人を消滅させる気ね。

 だけど、二人は全能力を攻撃に使うから、避けることなんか出来はしない。そして、そのために私とジャンがいる。


 私達の役割は、全力でもってあの圧縮炎弾を相殺すること。

 困難どころの話じゃないけど、やらなきゃ全員が焼き尽くされる。


 「ウル・カーノ・ハガラース………」

 私は詠唱しながら自己に埋没していく。

 “イーヴァルディの勇者”の力を発揮できるかどうかは己との戦い。ここで自分を見失うようではフェンリルに勝つことなど夢物語。





 私は“微熱”のキュルケ、私の生き方は、生まれた時から変わっていない。

 どんなことにでも興味を示し、一度夢中になったことはどこまでものめり込む性質だった。

 熱しやすく冷めやすい、それが周囲からの私の評価だったけど、それは完全に逆。


 私の情熱、私の“炎”はどんな時でも冷めることはなく、胸の奥で燃え盛り続ける。

 私は自分の情熱の赴くままに行動してきた。子供の頃から欲しいものがあれば力ずくで奪ってきたし、他人に文句を言われようものなら、炎で黙らせた。内に燃え盛る“炎”を静めるために。

 それは、自分の大切なものさえも焼き尽くしかねない諸刃の刃。明確な形が定まらないそれは、周囲を無差別に焼き尽くし、自由が信条とされるゲルマニアですら私は異端だった。


 それが故に、ウィンドボナ魔法学院を退学し、トリステイン魔法学院に留学することになった。

 それはある意味正解だった。私とは根本的に違う人種ばかりだったから、私の“炎”が反応することはなかった。

 そして、私は生涯で最初の親友を持つ。


 “雪風”のタバサ。


 私とは正反対でありながら、何かに集中してない限り、折れてしまいそうな危うさがあった。まったく逆の性質なのに、行きつく先は同じだった。


 私の“情熱”、私の“炎”はそこでようやく形を得た。自分以外の者の為に戦うという、生涯で初めての経験は、私に明確な形を与えた。

 ハインツ曰く、私は『影の騎士団』の者達と本質が非常に似ているという。

 だから、羊の群れでは生きられない。どうしても異端になってしまい、孤高な存在になってしまう。


 だけど、それでもやはり一人は寂しい。どんなに巨大な炎でも、照らすものがなければ意味がない。


 今の私にはそれがある。孤高になる必要が無い、心の底から対等と認められる仲間がいる。

 私は『ルイズ隊』を照らす“炎”であり、“勝利の女神”。


 私は仲間の為に戦い、その進む道を照らす灯台となり、燃え盛り続ける。


 “微熱”のキュルケ、その真価を今ここに!



 「 『永遠の炎』 」









■■■   side:コルベール   ■■■


 ミス・ツェルプストーが作り出した極大の火炎球は収束し、僅か直径10サント程の光球となる。

 あの“白炎”のメンヌヴィルが作り出す火球の10倍近い大きさの火球が、そこまでに圧縮されたのだ。


 そしてさらに輝きを増し続ける。正に彼女を象徴するように。


私の役割は、この光球を“炎蛇”にて咥え、私の炎と共に、あのフェンリルの圧縮炎弾にぶつけることにある。


「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ…………」

 私は己の分身とも言える“炎蛇”を生みだしながら、戦う理由について思いを馳せた。










 私は“炎蛇”のコルベール。

 かつて罪なき人々を焼き殺した罪人である。

 この“炎蛇”は私の罪の証であり、逃れられない罰そのもの。若かりし頃の私は愚かで、王国の為にこの炎を振るうことこそが正義なのだと信じ切っていた。


 私は“王国の杖”であった。“焼き尽くせ”と命令されれば何の疑いも持たず、それを実行した。


 だが、それこそが最大の過ちであった。私は自らの意思で人々を殺したのですらなかった。

 私は“王国の杖”である前に一人の人間なのだ。どのような理由があろうと、罪なき人々を焼いていいわけがない。それは未来永劫赦されることではない。


 故に、私は研究に打ち込んだ。一人でも多くの人々が幸せになれるよう、“炎”の平和的な利用法を模索した。

 リュティスにあった“公衆浴場”などは私の理想の姿だった。“炎”を争いに使うのではなく、民が安らかに笑えるようにするために利用されていた。


 そして、私が犯した罪によって、かつての“王国の杖”であった私のように、“理想の教皇”でしかあれなくなった青年がいる。

 彼はかつての私だ。あのままではいずれ、絶対に人として破綻する。


 私にはどうすれば彼を救えるのかわからない。しかし、ある青年がその道を示した。

 『貴方は貴方の在り方を貫けばいい、生徒の為に戦うこと、人々の為に研究を続けること、どちらも貴方が出した貴方だけの答えだ。彼を救うのは貴方の役割ではない、貴方の進む道と彼が進む道は、決して交わることがないのだから』


 私に出来ることには限りがある。全てを救おうとするのは傲慢というものだろう。

 今の私は教師であり、研究者なのだ。故に、生徒を守るために戦わねばならない。


 それが私の贖罪だ。“炎蛇”という過去の罪はどこまでいっても消えることはない。

 だが、それでも私は償い続けよう。未来を担う者達が、私のように道を誤らないように。既に道を誤ってしまった彼は、私には救えないが、なればこそ、これ以上増やすわけにはいかない。

 そして、生徒達の笑顔を見ることは私にとっての幸福なのだ。これ以上に自分が生きる意味を実感できることはない。


 だから、私は戦おう。過去の罪を戦う力に変え、未来へと繋げるために。



 「 『贖罪の炎蛇』 」








■■■   side:マリコルヌ   ■■■


 僕とサイトは真っ直ぐにフェンリルに向かって走る。

 僕もサイトも自分の力だけで走っている。魔法の力もルーンの力も、全てフェンリルに叩き込むために。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルが圧縮炎弾を撃ちだす。ここで炸裂すれば全員が燃え尽きる。


 だが。後方から飛んできた炎が、その炎弾を飲み込む


 炎と炎は互いに喰い合い、そして消滅した。

 魔法を消すには対極属性をぶつけるか、同じ属性をぶつけるか。

 対極属性なら仮に相殺が不可能でも、弱めることが出来る。しかし、同じ属性の場合、力負けしたら相手の魔法に上乗せしてしまう。

 だから、フェンリルの炎弾を炎で止めるということは、同等な威力が必要になる。


 「すげえぜキュルケ! コルベール先生!」

 「今がチャンスだ! フェンリルは飛べないはず!」

 「火」の精霊を撃ちだしたすぐ後なら、僅かに精霊の力が弱まる。飛ぶ可能性は低い。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 しかし、鉄塊を構えて突進してくる。こいつは純粋な身体能力だけで十分怪物なんだ。


 僕の役目は「風」であの鉄塊を弾き飛ばし、サイトに繋げること。できなければ挽き肉になる。


 伝説の使い魔“ガンダールヴ”と一緒に、僕があの怪物に突っ込むんだから凄いことだ。











 僕は“風上”のマリコルヌ。だけど、そんな渾名とは不釣り合いな存在だった。


 魔法が優秀どころか、むしろ劣等生と言った方がいいくらい。

容姿は壊滅的、生まれてから17年、一度だって詩の一節すら贈ってもらったことがない。というか目を合わせただけで笑われるくらいだった。

 運動神経も悪い、家柄も周囲と比較して高いわけでも低いわけでない。しかも次男だから家督は継げない。


 このままだと自分で法衣貴族として生きるしかないんだけど、そんなことが出来るとは誰も思ってなかったし、僕自身ですら思ってなかった。

 なのに、僕は何もせず漫然と時を過ごしていた。まさに豚と同じだ。いや、豚は食べられるから、僕は豚以下だったな。


 そんな風に意味が無いような人生を過ごしてきた僕だけど、ある時の夏季休暇を境に、その人生は大きく変わった。

 実家に帰ってもやることもなく、彼女もいない僕はただ何もせず寮に残っていた。そこをキュルケが引っ張り出して、それからとんでもない日々が始まった。

 何度も幻獣に喰われかけた。骨折なんかざら、命に関わる怪我を負ったこともある。

 けど、周りの皆は同じように傷を負いながら、それを当然のように笑っていた。僕とは違う存在なんだと思った。


 けれど、そう思っていたのは僕だけだった。ギーシュもサイトも、僕を見下すことなく、常に対等に接してくれた。

 だから、本当の意味での仲間になりたくて、僕は最初の一歩を踏み出した。


 僕には才能なんかない、彼らのように走れるわけじゃない。けど、だからこそ進み続ける。

 一歩一歩、確実に、今よりは自信が持てる自分になれるように、女の子にもてるような自分になれるように。


 だけど、そんな簡単にいくわけない。戦争に参加してですら、僕の評価は元のままだった。

 だがそれがどうした。一回で駄目ならまた挑めばいい、元々が元々だ。たった一回でものに出来るほど、僕は優れちゃいない。
 
 それでも、前に進み続ける。前に前に歩いていけば、凡人だって勇者と一緒に戦える。


 それが僕だ。風上に向かって一歩一歩、凡人の速度で進み続ける。

 だから、いつかは辿り着く。人間の容量なんて限界がある。頂上の高さは決まってるんだから、数年遅れになろうが、僕の友達は待っていてくれるだろう。

 彼らは、僕を対等な仲間だと認めてくれているのだから。


 そんな友の期待に応えることは、共に走ることじゃなくて、絶対に諦めず進み続けること。

 歩き続ける。進み続ける。高みを目指して。


 だから僕は「風」に自分の存在を懸けるのだ。



 「 『前進の風』 」









■■■   side:才人   ■■■


 マリコルヌが放った「風」が、フェンリルの巨大鉄塊を弾き飛ばした。


 そして俺は無防備になったフェンリルに走り込む。


 俺の役割は全力でこの怪物の首を叩き落とすこと。これが出来なきゃ後に続かねえ。


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 “ガンダールヴ”の力を全て上半身に、かつ、斬撃の瞬間に集中させる。











 俺はただの高校生だった。

 可もなく不可もなく、どこにでもいる存在。平和に普通に過ごしていたけど、俺は自分らしく生きていたかと思うと疑問が残る。


 俺は俺らしくじゃなくて、日本の一般的な高校生らしく生きていただけじゃねえのか?その前は中学生らしく、その前は小学生らしく、ただそういった風に生きてきた。

 このハルケギニアと違って日本の社会システムはもの凄く発達してる。だから、社会に守られていれば普通に過ごせるけど、逆にそこに馴染めないと爪弾きにあう。

 ここに来る前まではそんなこと考えたこともなかったけど、こっちに来て、俺は“生きる”という意味を知った。


 今、俺は俺らしく生きている。胸を張ってそう言える。

 水精霊騎士隊の連中や、『ルイズ隊』の皆と共に生きることは楽しい。日本が嫌いなわけじゃねえけど、向こうで生活するのは俺にはもう無理だ。

 向こうには危険が無い。冒険が無い。未知が無い。求める方がどうかしてるのかもしれねえけど、今の俺はそういう風に生きたいんだ。

 ま、たまには里帰りもしたいけどな。


 だから俺は仲間と共に生きる。『ルイズ隊』の切り込み隊長。それが俺だ。

 俺は仲間の為に戦う。世話になった人達の為に戦う。そして、大好きな人の為に戦う。


 俺は“ガンダールヴ”、勇猛果敢な神の盾。

だけど神はもういらない。俺は自分の意思で走る。どこまでもどこまでも疾走する。


 俺の持ち味は“速度”、アルビオンで7万に突っ込んだ時に戦ったボアロー将軍と後に会う機会があり、その時に異名を贈られた。

 “神速”のサイト。

 神に与えられた速さじゃなくて、神を超える速さで疾走する。


 今はまだそう名乗れる程じゃないが、胸を張って名乗れるように、俺はさらに速く、どこまでも疾走する。


 あの時の感覚を思い出せ。俺は7万に突っ込んだ時何を願った?

 “イーヴァルディの勇者”を最大限に発揮するには、己の戦う理由や求めるものを明確にしないといけない。


 俺は『ルイズ隊』の切り込み隊長。仲間の為に先陣を切って突撃する最初の刃!


 駆け抜けろ! 駆け抜けろ! 駆け抜けろ!


 余分なことは考えるな! そんな暇があれば走り抜けろ! どこまでも速く! 誰よりも速く!


 それが俺だ!




 「 『至高の疾走』!! 」











■■■   side:シャルロット   ■■■


 サイトの剣がフェンリルの首を切り落とす。

 そして、その瞬間、シルフィードに乗って上空で待機していた私は魔法を開放する。


 作り上げるは巨大な氷柱。

 あのフェンリルを上から串刺し、地面に完全に縫い付ける。

 フェンリルの皮膚はもの凄く硬く、大砲すらも弾くほど。

 だけど、刎ねられた首は別。そこに精密な制御で持って、氷柱を叩き込む。


 フェンリルの動きを止める。全てはそのために。












 私は“雪風”のタバサ。

 父を殺され、母の心を狂わされた私が、その心を取り戻すまで戦い続けることを誓った力の名。

 その時まで、私は冷静なる殺意であろう。心無き人形となり、母の傍に今もいる“シャルロット”の代わりに私が母の為に戦うのだ。

 だけど、それを溶かしてくれた人達がいた。母の為に戦ってくれる人は私だけじゃなかった。


 私は守られるだけだった。どんな危険な任務でも、あの人達は常に私を気にかけていた。


 だから、私は戦うのだ。大好きな人達の為に、もう失わないように、人形ではなく、“シャルロット”として戦うのだ。

 私を“シャルロット”と呼んで、好きだと言ってくれた。サイトの為にも。

 だから、私の中で荒れ狂っていた氷嵐は、私の意思でまとめられている。


 その力を持ってして、私は仲間と共に戦う。失った過去を取り戻すのではなく、目指すべき未来の為に。


 私は未来の為に戦う。過去の妄執は私達で終わらせる。もう闇は必要ない。



 その心は復讐に囚われ嵐の如く荒れ狂う。冷徹なる檻はそれを封じ、その氷嵐はどこまでも高まり続ける。我はただ冷静なる殺意であろう。

 されど、最愛なる人達がその氷を溶かしてくれた。故に、その水とその風は、我の意思の下に収束し、立ちはだかる壁を突破する、無敵の槍となる。


 「 『未来への白銀世界』 」












■■■   side:ギーシュ   ■■■


 タバサが放った氷柱は完全にフェンリルを串刺しにし、地面に縫い付けた。

 だが、これだけでは足りない。動きは封じたけどフェンリルの身体はまだ動く。

 このままルイズが近づけばあの腕一つでルイズは引き裂かれる。


 だから僕がいる。タバサの氷柱の芯には僕が『錬金』で作り出した鉄塊が使われていた。

 後はそれを解き放つのみ、フェンリルの身体を内部から貫き、関節を砕き、つっかえ棒とし、動きを完全に封じるために。











 僕は“青銅”のギーシュ。

 武門の名家、グラモン家の四男として生まれた。

 兄達は皆優秀で、ドットの僕とは大違い。長男は後継ぎ、次男は空軍の艦長、三男は王軍の陸軍士官。


 元帥であった父の七光ではなく、皆実力で持ってその座に就いた自慢の兄達だ。

 僕も戦う才能自体はそう捨てたものでもなかったが、兄達に比べれば大きく劣った。


 王軍士官である兄は巨大なゴーレムを作り出し自在に操るが、僕にはそんな真似は出来ない。

 だけど、唯一僕が兄達に勝る点があった。それは作り出すゴーレムの芸術性。

 僕が作るゴーレムはとても美しく、芸術品と言っても通用するような出来だった。

 ことゴーレムに関してなら、ラインだろうと負けはしないという自信が僕にはあった。


 だけど、そんな妄想は平民のサイトに簡単に砕かれた。

 芸術性なんて、戦場で戦う上で何の役にも立たないということを思い知った。“ワルキューレ”はそれしかなかった僕の具現だったのだ。何しろ、オーク鬼一匹すら仕留めることが出来ないんだから。


 芸術性のあるゴーレムなんか操ったところで、それは戦場を共に戦う仲間の為にはならなかった。

 必要なのは、美しさではなく生き汚なさ。穴を掘って敵を嵌め、土の腕で敵の足を攫む。そんな技術こそが仲間の為になったのだ。


 そして、僕は自分の名誉のためじゃなくて、仲間の為に、大好きなモンモランシーの為に戦うことにした。


 無様であってもいい、誇りが無くとも構わない、心から笑い合える友人達と、共に戦えるのならば。


 故に、“ワルキューレ”が導く僕のヴァルハラはそこにある。

 美しい箱庭ではなく、危険と冒険に満ちた、仲間と共に歩む道。


 「 『鋼の楽園』 」











■■■   side:モンモランシー   ■■■


 ギーシュの魔法が炸裂し、フェンリルは体内から無数の槍に貫かれる。

 ここに、フェンリルは完全にその動きを封じられた。首から地面まで貫く氷柱と、全身に広がる鋼の槍が抑えつけている。


 「今よ! モンモランシー!」

 私とルイズは地下トンネルを通って、フェンリルのすぐ傍で待機していた。

 サイトとマリコルヌが正面から突っ込んだおかげで、フェンリルがこちらに気づいてはいても、反応することはなかった。


 「了解!」

 私は渾身の作品を開放し、フェンリルに叩きつける。

 あまりにも強力すぎる故、その扱いには最新の注意が必要。だからこれを扱えるのは私だけ。


 私とルイズは“イーヴァルディの勇者”を使っていない。

 私は戦いの後に皆を治療しなくてはならない。治療者(ヒーリショナー)は死ぬことも意識を失うことも許されない。


 そしてルイズはその特殊性の為に、彼女の“虚無”だけはどんな薬をもってしても効果がない。ハインツの精神薬にしても、あくまで重要なのはルイズの意思であって、補助しか出来ないのだから。


 私の放った薬がフェンリルの胸に命中する。

 ルーンが刻まれている胸は、薬によって音を立てて溶解を始める。


 その薬の名を“王水”。

 ハインツが作り出す薬品の中でも最強の威力を誇り、『固定化』をかけられたもの以外はどんなものでも溶かす。

 それを私が再現した。しかも粘性を持って一定の形状を保ち、相手を溶かし尽すまでは離れない。


私は“香水”のモンモランシー。どんな秘薬だろうと、私に調合出来ないものはない!


 以下にフェンリルが硬い皮膚を持とうとも、これには抗えない。


 そうして、全ての布石は整い、ルイズがフェンリル目がけて突撃する。









■■■   side:ルイズ   ■■■


 水精霊騎士隊も『ルイズ隊』も、全員が己の務めを果たした。

 ならば後は私だけ、皆がまさに命懸けで繋いでくれたのだ。ここでしくじったらゴミ以下だ。
 

 「はああああああああああああああ!!」


 私は左手に杖を持ち、右手で思いっきりフェンリルの胸を殴りつける!


 ジュアアアアアアアアア!


 肉の溶ける音と臭いがする。

 フェンリルの胸には“王水”が一定の形を崩さずに付着している。この結果は必然。


 「溶けて混ざれ!!」

 激痛に耐えながら私は精神を集中する。これからおこなう術は『爆発(エクスプロージョン)』とは全く異なる精神力が試される。

 今、“王水”によって溶けたフェンリルの肉と私の肉は混じっている。つまり、それは一体化しているとも言える!


 そして、最後の詠唱を始める!


 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 五つの力を司るペンタゴン! この者に祝福を与え! 我が使い魔と成せ!!」


 唱えるのは『コンタラクト・サーヴァント』、“虚無”の中で最も簡単な魔法とも言える基礎中の基礎。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 フェンリルが咆哮する。信じられないけどもう首が再生している。

 フェンリルの身体が発光し、周囲に暴風が吹き荒れる!


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 凄まじい反発力が私に流れ込んで来る。“ネームレス”が私を拒絶している。


 これが最後の策。ガリア王ジョゼフによって“ネームレス”を刻まれたフェンリルに、私がさらにルーンを刻む。


 ルーンは一人に一つきり、複数のルーンを刻むことは出来ない。


 このルールは絶対、フェンリルは規格外の存在だけど、理に沿って存在している。故に、この法則には逆らえない。


 当然、既にルーンが刻まれている存在に、新たなルーンを刻むのは不可能。

 だけど、別の担い手ならばどうか?

 担い手がブリミル一人の時にはあり得なかったけど、今は複数の担い手がいる。そして、ガリア王ジョゼフに刻めたのならば、同じ虚無の担い手である私にもそれが可能なはず。

 “ミョズニト二ルン”を使い魔とするジョゼフが刻めたのだから、“ガンダールヴ”を使い魔とする私に刻めない道理はない!



 そして、フェンリルの肉と私の肉は今混じり合っている。“使い魔とメイジは一心同体”まさにその状況だ。

 通常のキスによる結合なんかとは比較にもならない。性行為ですらこれ以上の結合はあり得ない。まさに、一体化しているのだから。


 担い手が傍にいて、『そいつを受け入れるな』と命令するならともかく、今、フェンリルに命令を与えられる存在はいない。


 「ああああああああああああああああああああああああ!!!」

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 後は純粋な力比べ、“ネームレス”が勝つか、私が勝つか。

一つの肉体に二つのルーンを刻むのが不可能な以上、どちらかが消滅するか、もしくは両方共消滅する。


 凄まじい反発力、味わったことが無い苦痛。まるで、魂が削られているかのよう。

 だけど、ここで引いてたまるものか! 負けてなるものか!


 私は“博識”のルイズ! 6000年も前の骨董品如きに負けてなるものか!


 私は虚無を超えてみせる! 自分の知恵と力で生きていく! 虚無などその手段の一つに過ぎない!



 故に“ネームレス”、貴様はここで消え失せろ! この世界に貴様は必要ない!



 「フェンリルルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! あんたは今から! 私の奴隷よ!!」

 
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」



 フェンリルを中心として凄まじい衝撃が起こり、私はフェンリルと切り離され、吹き飛ばされた。















 そして、フェンリルは沈黙し、身動き一つしなくなった。


 身体は全て再生している。完全に元に戻っているが、動く気配がまるでない。


 だけど、唯一違う点がある。胸に刻まれていた“ネームレス”のルーンが存在しない。



 「GAaaaaaaaaaaaa」


 その口からうめき声が漏れる。


 そして、その肉体が崩壊していく。

 “ネームレス”によって縛り付けられていた魂が解放され、その肉体に宿っていた膨大な精霊の力に耐えきれず、自壊していく。



 時間にして1分も無く、フェンリルはこの世から消滅した。

 死体は残らず、塵に帰るかのように風に乗って吹き去って行った。

 あれほど暴れ狂った凶獣は、最後にはただ静かに消えていった。


 鉄塊だけが、フェンリルの墓標のように、地面に突き刺さっていた。















■■■   side:モンモランシー   ■■■


 「しっかし貴女も無理するわね、この手、使い物にならないわよ」

 ルイズの右手の肉は完全に溶け落ち、骨しか残ってなかった。

 “王水”で組織が脆くなった上に、最後の衝撃で弾かれた際にこそげ落ちたみたい。


 「仕方ないでしょ、フェンリルを打倒するにはあれしかなかったんだから。文句はあんな怪物を作った糞馬鹿に言いなさい」

 平然と答えるルイズ。この子には痛覚がないのかしらね?

 「痛いことは痛いわよ、けどね、魂を直接えぐられる痛みはこんなもんじゃなかったわよ。あの“ネームレス”はとんでもなかったわね」

 何で心を読めるのかしら?


 ちなみに、『ルイズ隊』の他の面子はシルフィードが回収して現在全員気絶中。

 “イーヴァルディの勇者”の反動がもろに出たわね。

 だから、まともに動けるのは私だけ、ま、治療士(ヒーリショナー)の宿命ね。

 これが私の在り方。絶対に死なず、仲間を死なせない。生きて生きて生き抜くこと。


 「ところで、水精霊騎士隊の連中の被害はどうなの?」


 「全20名中、軽傷で済んだのが2名、こいつらは「水」メイジね、一緒に治療してたけどダウンしたわ。それから裂傷や骨折などの重傷が12名、命に別状はないわね」

 思い出しながら告げる私。


 「残りは?」

 「腕が千切れたのが2名、腹を貫かれたのが2名、どっちもフェンリルが砕いて吹っ飛んできた岩盤にやられたみたいで、ちょっとした挽き肉だったわね」

 なかなかに壮絶だったわ。

 「後二人いるわね」


 「ええ、指揮官代行をしていたレイナールの足がもげたわ。どうやら、とんできた岩石から仲間を逃がす為に最後まで『レビテーション』で支えてたみたい」

 相当に無茶するわ。

 「最後の一人は?」


 「サイトの代わりに最前線で戦ってたギムリね。鉄塊は避けたみたいなんだけど、左手の爪が飛んできたらしく、めでたく腹を境に、上半身と下半身が泣き別れになったわ」

 一番のホラーだったそうね。


 「完全に死んでるわね」

 「まあそうなるはずだったんだけど、陽気な悪魔が現れて治していったみたいなのよ。てゆーか、戦闘続行が不可能になった隊員がいつの間にか戦線から離脱してたみたいよ」

 そんな真似する馬鹿は一人だけ。


 「あの糞馬鹿、そこまででしゃばるなら、そもそもあんなもん作るんじゃないわよ」


 「そういうわけもいかなくてな、旧世界の怪物のフェンリルと、新時代の担い手であるお前達のぶつかり合いは必須条件だったんだ」

 と、そこに例の悪魔が登場。

 「ハインツ、の遍在ね、また“ヒュドラ”を使ったわねあんた」


 「然り、そこは『カッター・トルネード』を使った段階で分かってただろ。本体は今ロマリア軍に演説してる真っ最中だ。フェンリルの死と共に引き上げるんでな」

 いつも通ねこの二人、フェンリルを作って、操ってた張本人と、それを倒した人物の会話とは思えないわ。

 まあ、ハインツは元々異常者だし、ルイズもそれに負けず劣らずだけど。


 「まあそれよりだ。これを受け取れ」

 そう言いながらハインツがルイズに何かを放り投げる。


 「これは?」


 「『アムリットの指輪』だ。純度は劣るが、テファが持ってる指輪と能力は同じだ。これなら大体の傷は治る。もっとも、完全に溶解した肉を再生させるには相当かかるぞ。一か月ではすまんな」

 まあ、そうでしょうね。先住魔法といえど限界はあるし。

 「問題ないわ、左手で杖さえ握れれば魔法は唱えられる。それに、腕がちぎれようが、足がもげようが、頭さえあれば私は戦えるわ」

 言い切ったわね、流石は“博識”。

 「それよりもハインツ、ロマリア軍はどうなってるの?」


 「半壊状態だな、フェンリルの圧縮炎弾で吹っ飛んだのが約3千、首なし騎士、キメラ、“レスヴェルグ”、“ガルム”にやられたのが約1千、合計4千は死んだからな。これだけ死んだらもう軍隊の形をなしてない。ついでにヴィンダールヴにも重傷を負わせた、硫酸を顔に浴びせてな。ハンサムな顔も台無しになったなあ。治るには3週間くらいかかるぞ」

 随分死んだわね、まあ、何人死のうが私達にはどうでもいいことだけど。


 「教皇の手駒の一つはしばらく動けないわけね。だけど、あくまで“聖戦”は続行される。何しろエルフから聖地を奪還するまでは終わらない」


 「わざわざ死にに御苦労なことだがな。しかし、お前達の判断は見事だったな。これならどっちに転んでもトリステインに害はない。しかも、お前達にとっては未来への布石になる」

 ああ、例の計画ね、知ってるのは私とキュルケだけだったわね、まだ。


 「ま、トリステインは私達にはちょっと狭いとは思ってたしね。自分の国に留まっていることが必ずしも祖国の為になるとも限らないし。それよりもあんた、なに考えてあんなもん作ったのよ。いくら闇を見せつけるって言っても限度があるでしょ」


 「フェンリルか、あれは6000年の闇の技術と虚無の結晶だ。つまりは、ブリミル教世界の象徴ともいえるな。元々あの怪物はエルフに対抗する手段の一つとして考えられたものだ。それに虚無が加わったわけだからな、本来ならあれを武器にして“聖戦”を行ってるところだ」

 どっちもどっちね。人間が考えるんだから当然だけど。


 「たく、何回死にかけたと思ってるのよ」


 「だが生きてた。フェンリルとの戦いはそういうものだ。全員が生き残るか、全員が死ぬか。お前達『ルイズ隊』は専門家の集団だから代わりがいない。ギーシュが死んでも、マリコルヌが死んでも、サイトが死んでも駄目だ。その欠けた穴から全面的に崩壊し、悉くフェンリルに殺される。あの怪物は自分の半径数10リーグにいる人間は全部殺そうとするからな」

 さらりと、とんでもないこと言うわね。

 「確かにね、誰かを犠牲にして勝利できる怪物じゃなかったわ。10を犠牲にして90を生かすのはありえない。0か100か、その二択しかなかったわね。で、もし私達が死んでたらどうするつもりだったのよ」

 そこは気になるわね。


 「だから、俺はお前達がフェンリルを倒す方に賭けたのさ。そこのところは感謝してるぞ。もし万一シャルロットを死なせようものなら、俺は間違いなくイザベラに殺される」


 「嘘言うんじゃないわよ。あんたが万が一に対する備えをしてないわけがないし、そもそもあの子を死なせるわけがないでしょ」

 確かに、ハインツがタバサを死なせるとは考えにくいわね。


 「鋭いな、万が一の時は“レーヴァテイン”を投下することになっていた」


 「レーヴァテイン?」

 何かしらね?


 「『火石』をミョズニト二ルンが操ることで時限爆弾に変えたものだ。フェンリルの圧縮炎弾と違って一回限りの代物だが、直径10サントの『火石』で直径10リーグの火炎球が出来あがる。流石のフェンリルといえどひとたまりもない」

 とんでもない代物ね。ていうか、そもそもロマリアに勝ち目はないわけね。


 「それって、どう考えても私達も巻き込まれるんだけど」


 「だから、俺が死ぬ羽目になる。“ラドン”を打って『遍在』を10体くらい作り出し、入れ替わりフェンリルに挑ませる。その間にお前達を回収して5リーグ以上離脱する。そのための竜は用意しておいたしな。あとはミョズニト二ルンが“レーヴァテイン”を投下すれば片が付く。そのためにヨルムンガントが破れたここを、戦場にしたんだ」

 普通にハインツが死ぬことが前提になってるわね。あの“ラドン”は一度打ったが最後、絶対に助からないそうだし。

 「自分が死ぬことを前提に、緊急対策を練ったのねあんたは」

 ルイズですら呆れてるわ、私もだけど。


 「当然だろ、俺はお前達に生きるか死ぬかの危険な橋を渡らせた。そして生き残る方に賭けた。もしそれが外れたんなら、俺が死なないと帳尻が合わん。賭けってのはそういうもんだ」

 間違いない、異常者ねこいつ。


 「で、自分の妹を含めた連中を怪物と戦わせて、もし失敗したら自分が死ぬわけね。なに考えたらそういう結論になるのよ」

 「俺にとっては当たり前の理屈何だがなあ。俺はお前達を死なせない為なら何でもするぞ」

 相変わらずハインツはハインツね。


 「でも、ロマリア軍は大量に消し飛んだけど?」

 「あれはいいんだよ。俺、あいつら嫌いだし」

 もの凄い自分勝手な考えね、流石は悪魔。こいつは自分が助けたい人間しか助けないからね。


 「“レーヴァテイン”を投下した場合でも、あいつらは全員消し飛んでたしな。どっちにしろフェンリルに殺されるのは間違いないし、大差はない」

 つまり、私達が勝たなかったら、私達はハインツが助けるとしても、ロマリア軍は全員死んでたってことね。


 「で、その生き残ったロマリア軍はどうなるのかしら?」


 「当然この先の戦いで全滅する。ここで生き残ったことを悔やむだろうな。今回はほんの序の口に過ぎん。恐怖劇(グランギニョル)の本番はここからだ。より残酷な、より無残な死に方になる。死者の数もどんどん増えるし、狂気は加速していく」

 これが序の口ね、一体何人殺すつもりなのかしら?


 「流石に今回みたいなのはもう御免よ」


 「大丈夫、お前達の役割はここで一旦終了だ。のんびり恐怖劇(グランギニョル)を観覧してればいい。何しろ、戦争というもののおぞましさ、人間の残酷さ、狂信者の残虐さ、世界の歪み、そして、国家の支配者が狂った時、どれほどの惨劇が展開されるか。一人の人間が絶対的な権力を持つとはどういうことか。そういった人間世界の負の要素が余すとこなく組み込まれてる。良い社会勉強になると思うぞ」

 何とも最悪な社会勉強だわ。


 「何人殺すつもりよあんたは、絶対呪われるわよ」


 「構わん、俺がやりたくてやってることだ」

 凄い、言い切ったわねこいつ。偽善がどこにもないから逆にすがすがしいわ。


 「はあ、普通は未来の為とか、この世界の為とか言うところなんじゃない?そこ」


 「自分を絶対の正義だと信じて進み続けるのは狂信者。悩みながらも国家の為や、家族の為、自分の大切なものの為に戦うのが普通の人間。で、自分がやりたいからやるのが俺や陛下だな」

 最悪の存在ね。


 「一番性質が悪いわよ、自覚しながら止まる気がないんじゃどうしようもないし。その癖、無関係の人間が被害を受けないようにあらゆる手を打つんだもんね。正直、あんたら以上に被害を出さずに聖戦を止めることはできないでしょうね」

 そう言えば、結局アクイレイアの市民の被害者はゼロ、死んだのは戦争を生業とする軍人だけね。

 死にたくないならそもそも軍人になんかならなきゃいいわけだし。その点は私達も同じだけど、こいつは自分が助けたかったら誰でも助けるからね。限りなく不平等に。


 「ま、私達はあくまで自分達とトリステインの為に戦ってるから、この戦争でロマリア人が何人死のうが構わないんだけど。ロマリア宗教庁を滅ぼした後、あんたはどうする気?」


 「察しが良いな、俺や陛下は秩序を壊す人間だ。今はいい、壊すべきものがあるからな。だが、それを壊した後、世界が再建と安定の時代に入れば、俺達は平和を脅かす異分子でしかなくなる。俺達は作る側の人間じゃないからな」

 よくまあ、平然と自分はそういう存在だって言えるわね。ま、そこがハインツがハインツたる由縁だけど。

 「で、そうなったらどうするの?」


 「まだ考えてない。俺は今を生きてるからな、未来のことはその時考える」

 未来が不定なのに、ハインツは今だけを生きている。よくまあ不安にならないもんだわ。普通だったら精神が崩壊してるわよ。


 「あんた、今回も相当な無茶したでしょ。近いうちに死ぬわよきっと」


 「性分だ、仕方ない」


 「そういうわけにもいかないの、タバサの兄なんだし。サイトの兄にもなるんだから、あんたは」

 あ、そう言えば二人は結ばれたんだったわね。


 「お、ついにやったか二人共。これはいいことを聞いたな、すぐにイザベラに知らせてやらねば」

 喜ぶハインツ、一体何の為に生きてるのかしらねこいつ。


 「とにかく、少しは自分の体のことも考えなさいあんたは。あんたのとこの技術なら対抗策の一つや二つあるでしょ」


 「多分な、お前の姉さんの病気に関する研究の準備も、実は水中人の人達に既にお願いしてある。お前が技術開発局に来れるようになる頃には、専用の研究設備は整っているだろう。後はお前次第だな、頑張って救え」


 「言われなくてもやってやるわよ」

 そうして、ハインツの身体が透け始める。


 「さてと、とりあえず今はこんなとこだな。引き際だけには注意しろよ。ま、フェンリルを倒したお前に今更言うことじゃないかもしれんが、念を押すに越したことはない。今度会うのは一段落ついてからになるだろうな」

 ハインツの遍在は消え去った。
 

 「ふう、相変わらずの異常者ね」

 ルイズがため息をつきながら言う。


 「私から見れば貴女も十分異常者よ、これから数万人を殺そうとしてる奴と普通に話してるんだから」

 ま、私も似たようなものだけど。


 「為政者なんてみんなそんなものよ。違うところは、普通の人間は国家とか色んなものに責任を分散してるけど、あいつは全部自分で背負ってる。何万人もの人間の死をね。しかも、自分がそうしたいからって理由だけで」

 教皇様とは正反対ね。


 「ま、私達の方針は変わらないわ。ひとまずは帰って、テファが作ってる晩御飯を食べましょう」


 「起きてるのは私達だけだけどね」

 そして、私達は何回かに分けて、シルフィードで全員をアクイレイアの街に運び込むのだった。














■■■   side:ハインツ   ■■■


 遍在との認識共有を終え、俺は意識を一つに纏める。

 ロマリア軍は一応勝利したわけだが、その被害は甚大だ。一旦アクイレイアの街に引き返すだろう。


 「しかし、あいつらは本当に強くなった。新しい時代はあいつらに任せれば問題ないな」

 俺は壊すことしか出来ない。

 北花壇騎士団副団長として、粛清や暗殺を司るが。国家を支え、人々を引っ張っていくのは別の人間の役割だ。

 俺がするのは、優秀な人材を見つけ出し、彼らが活躍しやすいように、それを阻害するゴミを掃除すること。

 当然、ゴミかどうかの判断は俺の主観に依るわけだが。


 「これからは国際的な人種が必要になる。あいつらならまさにそういう気質を持ってる。国家に属するんじゃなくて、自分に属することが出来る」

 だが、ただの犯罪集団では意味がない。必要なのは自由と自律を両方持ってる人材。


 自由・自律・自主・自尊。これを唱えたのは誰だったかな?


 「そして、あのフェンリルを倒した。勝ってくれると信じていたが、どう勝つかまでは分からなかったからなあ」

 “ネームレス”の特徴を逆手にとり、『コンタラクト・サーヴァント』で破るとは。


 あれを“ヴィンダールヴ”や“ミョズニト二ルン”にやっても意味はない。

 出来たとしてもせいぜい1分くらい、能力を消すのが関の山。


 だが、“ネームレス”がその真価を発揮している時、最大の弱点が存在する。

 魂を肉体に縛り付けることで動いているので、常に能力を発動していなければならず、それ故に魂は“ネームレス”に削られていく。

 だから、一瞬でもそれが途切れれば、魂は解放され、魂に刻まれている“ネームレス”は消え去る。

 フェンリルの場合は体内にあった精霊の力が肉体の限界を超えていたので、死体すら残らず塵に帰った。


 「あれが、テファが召喚する本物の“ネームレス”だったら何の意味もないんだろうが」




■■  回想  ■■


 「どうした、まだ疑問があるのか」


 「ええ、とても単純なことなのですが」


 どうしても気になることがある。


「このネームレスって、消去法でいってテファの使い魔になるんですよね。使い魔は主と似た性質のものが呼ばれるって言いますけど、どう考えてもテファには相応しくありませんよ」


 うん、絶対似合わない。


 「そうではないぞハインツ、あのハーフエルフの娘ほどネームレスに相応しいものはおらん。いや、あの娘でなくてはならんのだ」


 テファでなくてはならない?


 「というのはな、もし俺だったら『サモン・サーヴァント』をした時期を考えると、おそらくすべてを皆殺しにするような命令をしただろうし、トリステインの娘では気味悪がって嫌悪しただろう。ロマリアの教皇に強力な武力など与えたら、何をするかわからんぞ」


 確かに、陛下がサモン・サーヴァントをしたのは、オルレアン公を殺したすぐ後だから、まさに血の雨が降ったことだろう。
 

 「そこでだ、あのハーフエルフの性格から考えて『自分に逆らう人間を皆殺しにしろ』だの『気に入らないものを全て破壊しろ』などという命令をすると思うか」


 「絶対しません。テファがそんなこというなら、きっと俺は今頃敬虔なブリミル教徒でしょう」


 「だろうな、あの娘なら呼び出した使い魔が、微動だにしない人形のようになり、それがルーンのせいだとわかるとなんと言うと思う」


 テファならきっと


 「そうですね、泣きながら謝った後、『あなたの心を無くさないでください』とか『本当のあなたに戻ってください』とかですかね」


 「そうだ、そしてネームレスはかつての人格を取り戻す。それ以降も主の命令は聞く機能はあるが、命令にキーワードなどをつければ問題ないな」


 「キーワードということは、たとえば『我。忠勇なる僕に求め訴えん』などを言った後の言葉のみを命令として聞け、といった『命令』をすれば、それ以外の言葉は単なる『お願い』になるのですね」


 「正解だ、今お前が言ったのがいい例となるが、本人が絶対言わないような言葉をキーワードにすれば、『不滅の戦士』となるはずの使い魔は、『いざというとき頼りになる友達』になるというわけだ」



 さすがテファだ。彼女の慈愛はどこまでも深いからな。



 「それにしても陛下、よく会っていないテファのことがわかりますね」


 「いや、これはハーフエルフの娘を先に考えたのでなく、研究していくうちにネームレスのルーンの抜け道を見つけたからだ。それがあの娘につながったのだ」


 「抜け道を先に見つけたというのは、どういうことですか?」


 「今言ったルーンの無力化のことだ。おそらくなハインツ、ブリミルのやつにとって、第4ルーンは予想外のものだったのではないかと考えている」


 ブリミルはこのルーンを意図して創ったわけではなかったということか。
 

 「ブリミルが求めたのはサブ機能のほう、つまりオールマイティな使い魔のルーンを作ろうとしたのだろう。そのため、他の3つのルーンを掛け合わせて、新たなルーンを作った。しかし実際刻んでみてビックリ、使い魔は自我無き傀儡となった。当然だな、他の3つはそれぞれの特性のほかに、精神作用の効果もあるのだ、それが3つ重なり、さらに相乗効果で効果が大きくなった結果がそれだ。慌てたブリミルは、何とかするためにさっき言った”抜け道”をルーンに追加させた」


 ブリミルって、もしかしなくても間抜けか。まあ、サハラにゲートが残ってる時点で薄々思ってはいたが、


 「ブリミルって馬鹿だったんですかね」


 「研究者としては優秀だったのだろう。だが、人間としては間抜けだったに違いない」


 「そんなやつを神と崇めてるんですね。この世界は」


 「優秀で間抜けなやつほど、偶像に仕立て上げるのに便利だ、おそらく、ブリミルを担ぎ上げて現在のブリミル教を創った奴が他に居たのだろう。だがまあ、それは俺たちが論ずべきことではない、歴史家に任せればいいことだ」

 弟子であったフォルサテ、墓守としてロマリアを建国し。彼の地を“聖地”に次ぐ神聖なる土地とした。


 「そうですね、始祖が本当は間抜けだったという事がわかっても、それが現在の腐敗したブリミル教世界を破壊するのを止める理由にはなりません。6000年の間にたまった老廃物を除くことは揺るぎませんから」


 「その通りだな。俺達は俺達がやりたいようにやるだけだ。だが、実に名前は的を得ていると思うぞ。“ネームレス”。すなわち担い手の人格によって全てが決まるというわけだ」


 確かに言えてるな。


 「心優しいテファが使い魔にすれば『いざというとき頼りになる友達』となり、“悪魔公”と“虚無の王”がルーンを刻めば、“貪りし凶獣”フェンリルとなる。怪物を生み出すのは結局、人間の闇ということですか」


 「そうだ。そして、“怪物”である限り、“英雄”には勝てん。ロマリア軍が何万でかかろうとも“人間”では“怪物”には勝てんが、“怪物”は“英雄”に打倒されるのが宿命だ」


 有名なる三すくみ、“人間”、“英雄”、“怪物”か。


 「ですが、“英雄”は“人間”に勝てない。なぜなら“人間”から崇められる故の“英雄”であるから」


 「そうだ、“人間”から崇められなくなった“英雄”はただの殺人者となる。そして、殺した数が多ければ“怪物”にもされる。そして、それを殺すために新たな“英雄”が作り出される。世界とはそういうものだ」


 だからルイズ達は“神の恩寵を受けた英雄”ではなく。“人間の英雄”なのだ。

 民衆の意思の具現でもなく、神の意志の具現でもなく、あいつらは自分の意思で戦っている。


 「分かりました。それでは新時代の英雄達に期待しましょう。彼らならきっとフェンリルを打倒出来ます。そして、これまでとは異なる新たな英雄の在り方を作り出してくれるでしょう」


 「人の理想ではなく、あくまで人のままの英雄か。面白いことになりそうだ」



■■  回想終了  ■■



 「ま、新時代はあいつらに任せて、俺は俺がやりたいことをするとしよう」

 後を託せる者がいるというのは実にいい。

 遠慮なく思うがままに行動できる。


 「さあ、いよいよ恐怖劇(グランギニョル)は加速しながら進んでいく。流される血が、6000年の膿を流してくれるよう。悪魔の仕事を完遂せねば」


 全ては己が意思によって。

 それが、“輝く闇”たる俺の在り方だ。




 恐怖劇(グランギニョル)はまだ始まったばかり。








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あとがき

 いつもこの作品を読んでくださりありがとうございます。

 独自設定祭りはここで終わり?です。この先も独自設定は出てきますが、ここまで濃くはありません(多分)

 VSフェンリル戦ですが、犠牲が出ることを、期待されていた方々もいらっしゃったかもしれませんが、本文中にも書きましたが『一人でも欠ければ即全滅』となる戦いとして書いたので、こういう結果になりました。「オールorナッシング」です。期待に添えなかった方にはすみません。


 あと、自分で作ったはいいけど、『どうやって倒すんだよ、こんな怪物』と真剣に悩みました。当初の予定とはまったく異なる結果になった上、文章量が3倍になりました(1話で終わらせるはずだった)

 途中、煮詰まって「もういっそ赤くなったガラさん投入して、ガチで戦わせるか」とか「テファにベイル・・・もといデルフ持たせて消滅させるか」とか「マチ姐さんの50メイル金属ゴーレムに、断鎖術式1号と2号を使った次元湾曲キックをかまさせるか」とか馬鹿な考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えしていきました。













[10059] 終幕「神世界の終り」  第三話 侵略と謀略
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/08 18:23
まえがき

 今回登場するカルカソンヌの位置関係や街の規模が原作とは異なります。

 原作に登場する土地の位置関係や七巻にのっている地図からガリア内部の地図を起こしてみた結果そうなってしまいました。その辺は原作に沿うべきだと考える方も多いと思われますが、本作品での独自設定ということで大目にみてください。

 なお、詳しい地理関係は一応付録資料に記載してあります。

 付録資料は1,2章の方にあります。


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 貪りし凶獣“フェンリル”は“アクイレイアの戦乙女”と、共に戦った勇者達によって滅ぼされ、悪魔公率いる軍団(レギオン)はガリアに撤退した。

 ロマリア軍は痛手を負ったものの“聖戦”が止まるはずもなくそのまま続行された。

教皇ヴィットーリオが“聖戦”を発動したウルの月(5月)、ティワズの週(第4週)、イングの曜日より2週間。

ロマリア軍はガリアの中央部に位置するカルカソンヌまで進撃した。

 そして、ガリア王政府軍との対峙することとなる。





第三話    侵略と謀略





■■■   side:カステルモール   ■■■

 我々は現在、王政府軍の主力を率いてカルカソンヌに布陣している。

 “聖戦”を発動したロマリア軍はガリアの国境を侵犯し、進軍を開始した。

 我々はそれを迎え撃つためにリュティスを出陣し、リムーザン地方圏府のトゥールーズで対峙した後、ここカルカソンヌまで敵を吸引してきた。

 カルカソンヌはロレーヌ地方の圏府であり、大陸公路が交差する交易の要衝だ。リュティスとロマリア国境のベルフォールをつなぐ大陸公路の中継点にあり、ガリア南部の東西交易の中心地ともなっているガリア最大の交易都市である。

そのため『街道の街』とも呼ばれ、ここを落とされることはガリア主要都市との連絡を絶たれることを意味し、逆にロマリア軍がリュティスまで進撃するつもりならば、ここは何としても落とさねばならない。

だが、カルカソンヌは強固な城壁に囲まれた城塞都市であり、リュティスと並んで古い都市のため、発展するにつれ大きくなった結果、三重の城壁をもつ防衛都市となり純粋な防衛力ならばリュティスを上回る。

 彼の大王、ジュリオ・チェザーレがガリアの半分を征服した際も、リュティスとカルカソンヌの防衛戦を突破することは敵わなかった。

 ここに9万もの大軍が布陣している以上、決して落とされることはない。


 「アヒレス殿、東側の布陣は完了しましたが、やはり民に若干の不安が見られます。ここは一度攻勢をかけるのも手段の一つと考えてよろしいのでは?」

 「それは確かに言えてるな。俺達の任務は敵をここに釘づけにすることだが、戦うなと言われたわけじゃない。敵が動かないんならそれに越したことはないが、民の安寧が第一でもあるからな」

 西百合花壇騎士団団長ディルク・アヒレス殿が応える。

 今回9万の軍の司令官は我々花壇騎士団の団長が務めることとなった。


 アドルフ・ティエール中将、フェルディナン・レセップス中将らにはさらに重要な別の任務がある上、彼らは攻勢を得意とするため、防衛戦には我々の方が適任である。

 ガリア両用艦隊の司令官クラヴィル卿が120隻の艦隊を率いてロマリアに寝返った結果、残りの80隻の艦隊はアルフォンス・ドウコウ中将とクロード・ストロース中将が指揮している。

 彼らもまたカルカソンヌ防衛軍以外の陸軍と連携しながら“ラグナロク”を完遂するために行動している。

 「戦力的に考えましても、敵は6万、我が軍は9万。それに敵も一枚岩ではなく、ロマリア軍が2万、ガリア諸侯軍が4万という混成部隊です。錬度では我々が勝ります」

 たった2週間でロマリア軍が国境から400リーグも離れたカルカソンヌまで侵攻出来たには当然理由がある。


 “聖戦”が発動され、さらに両用艦隊が反乱を起こしたことで、かねてより王政府に対し不満を持っていた封建貴族が一斉に叛いた。

 最初はガリアとロマリアを繋ぐ二大街道の一つである“虎街道”の出口を治めるフォンサルダ―ニャ侯爵家。


 一昔前は六大公爵家に次ぐ領土を持つ名家であったが、4年前の王位継承権争い。そしてその後の粛清によって領土の大半を奪われ、代わりにラング=リション地方の城塞都市クレテイユの太守に任じられた。


 そのことに対しフォンサルダ―ニャ侯爵は王政府に強い憎悪をもっていたそうだが、私から見れば時代遅れの遺物である。

 元々フォンサルダ―ニャ侯爵領は資源にそれほど恵まれている訳でもなく、ただ広さと歴史、つまりは格式だけの領土だった。

 それに比べクレテイユの街は人口5万を誇り、ロマリア国境を守る要害。当然交易品も多く集まり、鉱山地帯が近いため工業なども盛ん。ここを任されることは王政府に仕える法衣貴族にとってはこれ以上ない出世と感じるだろう。


 だが、土地と格式と伝統に縋った古い価値観しか持たない彼にとっては、この上ない恥だったのだろう。彼と同様、領土を召し上げられ、代わりに都市の太守を任された封建貴族は多かったが、その者達は悉くガリアに反旗をひるがえした。

 彼らには、大陸公路上の都市を任されるということが、どのような意味を持つかすら分からなかったのだ。

 まあ、そうなるようにハインツ殿が仕組んだそうなのだが。


 結果、ガリアに存在する封建貴族はほぼ全て背き、完全に背いてはいない者も、王政府に協力する姿勢は見せていない。

 だが、それでもたった4万に過ぎない。

 彼らは王軍と異なり、自領を完全に空にするわけにはいかないため、動員出来る兵力に限りがある。彼らは簒奪者から王冠を取り上げ、正統な王を迎えるために戦う義勇軍を自称しているようだが。民の安寧を考えず、自分達の権力の為だけに反乱を起こした分際で、義勇軍をほざくなど片腹痛い。

 それに対してガリア王政府軍は総勢15万。

 六大公爵家が滅び(ヴァランス家だけは別だが、封建貴族ではない)、封建貴族が大半が粛清され、残った者も領土の多くを召し上げられた現在では、王政府と諸侯の力関係はそのようになっている。

 反乱を起こした者達は現実が見えていない理想主義者に過ぎず、狂信者共に協力するにはおあつらえ向きといったところか。

 だが、奴らがガリアの民にとって脅威であるのは確か。可及的速やかに侵略者と売国奴を殲滅する必要がある。


 故に私は“ラグナロク”に自らの意思で参加し、神を滅ぼす軍団(レギオン)の指揮官の一人となることを選んだ。

 オルレアン公が愛し、安寧を願ったガリアの民を脅かす者は、たとえ神であろうと殺す。

 それが、東薔薇花壇騎士団団長、バッソ・カステルモールの戦う理由だ。

 民を守るためならば、侵略者と売国奴共を悉く血に染めて見せよう。


 「いや、それには及ばんだろう。近いうちに敵から攻勢をかけてくる違いない。俺達はそれを迎え撃てばいい」

 カルカソンヌ防衛軍総司令官である、南薔薇花壇騎士団団長ヴァルター・ゲルリッツ殿は否定した。

 現在9万の兵は3万ずつに分け3人で指揮している。

 そして、3人の中で年長であるゲルリッツ殿が総指令官となり、アヒレス殿は副司令官、私は総参謀長という扱いとなる。軍で言えば彼ら二人は大将、私は中将の扱いとなる。

 花壇騎士は全員が少佐以上の軍籍を持つ。それ故に一応保安省の管轄となっているが、同時に軍務省とも深い繋がりがあり、半ば独立した機構となっている。


 「これまで静観に徹してきた敵が攻勢をかけてくるのですか?」

 いきなり戦術を変えるとなれば、考えられる理由はいくつかある。そしておそらくこの場合は。
 

 「ああ、先程入った情報だがな、ロマリア軍の総司令官であったアロンド・ピリッツィア・ベリー二卿が更迭されたそうだ。彼がこれまで攻勢を主張する馬鹿共を抑えていたそうだが、万事に対して慎重を期す彼に不満を持つ無能な将軍が多かったらしいからな。通常ならばそうはいかなったろうが、“聖戦”が災いしたわけだ」

 なるほど、あり得ることだ。


 「つまりは、ベリーニ卿は理解していた。このままではロマリアに勝ち目はないことを、無暗に侵略を続ければガリアの怒りを買うだけ。ここは食糧が尽きるまで睨みあいを続け、食糧の欠乏を理由に撤退すべきだとな」

 我がことのように語るゲルリッツ殿、強者は強者を知るということか。

 確かに、私が同じ立場に立たされ、あのような考えが足りず理想を語り、突撃するしか能がない狂信者共を指揮する羽目になったとしたら、似たような方策をとったかもしれん。


 「ロマリアにおいとくにはもったいねえ逸材だな。確か、“高潔なる騎士”とも呼ばれていたよな。異教徒を殺し尽す狂気の“聖戦”においては、“高潔なる騎士”は邪魔者でしかなかった、ってことか。大方、無益な殺戮や略奪を禁じた彼を“異教徒を庇う背信者”だとか、“神の教えをないがしろにするもの”だとか言って、無能な将軍達が突き上げたんだろ」

 アヒレス殿も同じ心境のようだ。

 「そうとしか考えれないですね、ロマリア軍にあってまともな指揮官は彼だけだった。その彼がいなくなった今、“聖軍”はどこまでも暴走するだけでしょう」


 「そのなるだろう。本来はそういったことを調整するための教皇の代理人として、助祭枢機卿がいたらしいが、ハインツに重傷を負わされて、復帰には今しばらくかかるみたいだ」

 その人物とは確か。

 「“神の右手ヴィンダールヴ”の、ジュリオ・チェザーレを名乗る者でしたか」

 その人物については“ラグナロク”の司令部全員が熟知している。

 この“聖戦”において警戒に値するのは教皇ヴィットーリオと、その使い魔であるヴィンダールヴのみであると。


 「ああ、結局“悪魔の軍団(レギオン)”を抑えきれず重傷を負ったそうだ。軍団を止めたのは“アクイレイアの戦乙女”と勇者達。その中にはシャルロット殿下もいたらしいが」

 彼らか、アーハンブラ城よりシャルロット様を救いだす際に会ったことがある。

 まあ、後にハインツ殿から実は大芝居であったと聞かされた時は脱力したものだが。

 しかし、あれはこの“ラグナロク”の予行演習となった。いや、それを狙ってわざわざそのような茶番を仕組んだのだろう。あの方は無駄なことをしない。彼の行動で一見無駄に思えることでも何らかの意味があるのだ。


 「しかしゲルリッツ、よくまあそこまで敵軍の内部情報が分かるな?」

 アヒレス殿、総司令官を呼び捨てにするのどうかと思うのですが。

 まあ、今は我等3人しかいないからな。他の高官達もいる時には、アヒレス殿も節度をわきまえてはいる。


 「イザーク外務卿の情報網は凄まじい。ロマリアのことは教皇以上に知っていそうだぞ、彼の御仁は」

 彼か、イザーク・ド・バンスラード外務卿。

 九大卿の中で最も謀略に長けているとされ、ハインツ殿とは王政府に仕官する前からの友人だそうだが。

 何でも、かつての暗黒街を共に切り抜けた同士だとか。

 一体彼らはどのような人生を送ってきたのだろうか?


 「情報、武器、食糧、そして兵の数と質、全部こっちが上だな。敵はこの状況で勝つつもりで攻勢をかけてくるのか? このカルカソンヌに」

 アヒレス殿が当惑するのも無理は無い、私も同じ心境だ。

 大王ジュリオ・チェザーレ率いる大軍の猛攻を寡兵で持って食い止めたこのカルカソンヌを、質、量、武器、食糧、全てで劣る軍で落とそうなど正気の沙汰ではない。

 しかし、そこまでくると逆に疑問が出てくる。彼らには何か、それを覆す秘策か切り札があるのではないか?


 「ゲルリッツ殿、圧倒的不利にも関わらず敵が攻めてくるのならば、何か勝算があるのでは?特に、教皇が使う“虚無”は未知数です」

 『爆発(エクスプロージョン)』という虚無魔法は城壁を容易く消し飛ばすという。流石に城壁を失えばカルカソンヌとはいえ危ういかもしれん。


 「俺もそれは考えたが、我等が“悪魔公”の言葉によればその心配はいらんそうだ」

 ハインツ殿か、彼はなんでも知っているな。

 「そりゃどうしてだ?」


 「主に3つの理由があるそうだ。一つ目、彼は全ブリミル教徒の頂点に立つ教皇だ。それ故に人民に対して強力な“虚無”を放つことは出来ん。聖職者の頂点が、自分の手で大量虐殺をやるのでは流石に体裁が悪い。それに、そんな真似をすればガリアの民は絶対に教皇になびかん。それが分からない教皇ではないだろうし、教皇自身が自分の“虚無”はエルフから“聖地”を取り戻すためにのみ使わねばならず、余分なことに費やすことは出来ない。と言っていたそうだ」

 それは頷ける。確かに、彼が王でも将軍でもなく、教皇である以上は不可能だ。

 しかし、どうやれば教皇の言葉まで把握できるのだ?


 「二つ目、“虚無”を会得するには“始祖の秘宝”と『ルビー』が必要になるそうだが、この20年間、ロマリアにそれがなかったそうだ。故に、覚えたとしてもそれはほんの数日前のこと。覚えたての“虚無”は効率が悪く、自在に扱えるようになるには時間を要するそうだ」

 「それって、ガリアだったら“始祖の香炉”と“土のルビー”か? 確か戴冠式の時だけ使用されるんだよな」

 こういう面に関しては、アヒレス殿は意外と博識である。


 「そうらしい。ロマリアには“炎のルビー”が伝わっていたそうだが、それが20年前から紛失していたそうだ」

 本当に、よくそこまで完全に把握できるな。


 「そして三つ目、教皇の“虚無”は移動系が主らしく、戦闘系ではないそうだ。今回新たに“虚無”を覚えたそうだが、その魔法も異世界との門を開くとかいう代物で、実戦の役には一切立たないらしい。つまり、こと戦争に関しては教皇は無能だ」

 移動系か、確かにそれでは出来ても補助が限界だ。使い魔がヴィンダールヴの時点で考えるべきだったか。


 「よくまあそこまで知ってるなあハインツは、一体何やってんだかあいつ」

 それを知るのは恐らく陛下くらいだろう。


 ………………そういえば、いつからだったか。私が王を自分で陛下と呼ぶようになったのは。


 ラグナロク発動に近づいてからは、私は幾度か陛下と会う機会があった。

 その時だったか、陛下にオルレアン公に近いものを感じたのは。

 全く違う印象を受けているはずなのに、どこかで感じたのだ。似てる、と。


 私が戦うのはひょっとしたらそれ故なのかもしれない。

 まあそれも構わん。騎士とは、民を守る為に王に仕えるものなのだからな。


 「まあ、情報の出所は聞かないほうが精神衛生上いいだろうな。俺達がやることは一つ、攻めてくるであろうロマリア軍を撃退することだ。それも、敵が諦めず、かつ、攻めきれず、こちらの被害は無く、だ」

 かなり無茶な条件ではあるが、それが出来ないようでは、ラグナロクの指揮官たる資格はない。


 「了解しました」

 「やってやろうぜ」

 そして、軍議は戦略から戦術へと移る。







■■■   side:マチルダ   ■■■


 「よっ、と、これでどうだい?」


 「うん、大丈夫、問題なく動くわ」

 ルイズが頷く。

 「やれやれよ、一時はどうなることかと思ったわ」

 これはモンモランシー、結構心配してたみたいだからね。


 「まあ、これも身から出た錆っていうのかしらね。とはいえ、あれをどうにかするにはこれしかなかったんだから仕方ないけど。本当に感謝してるわ、これには「水」と「土」のエキスパートは不可欠だから」

 例のフェンリルってのは、とんでもない怪物だったらしい。

 それに、これをつけるには確かに私達が必要だね、ギーシュはこういうことには向かないし。

 「ま、それもそうね、私は少し休ませてもらうわ。ここ3日間位、碌に寝てないし」


 「ありがとうモンモランシー、無理させてごめんなさいね」

 素直に感謝するルイズ、この子も本当に変わったわね。人間として当たり前のことを、当たり前にできるようになったわ。

 「いいってことよ、仲間の治療は治療士(ヒーリショナー)の役目なんだから」

 そしてモンモランシーは自分の宿舎に戻って行った。


 “聖戦”発動から3週間、私達は現在カルカソンヌ近郊の街にいる。

 カルカソンヌ北方には、リネン川という幅200メイルほどの川が流れており、その周辺にはカルカソンヌの周辺集落ともいうべき家屋が広がっている。

 カルカソンヌはシティオブサウスゴータと、どことなく似ているね。

 けど、その規模は比較にならない。シティオブサウスゴータは人口4万の都市だけど、カルカソンヌは人口21万を誇るガリアで3番目の都市。


 『街道の街』カルカソンヌ、『鋼の街』グルノーブル、『ガリアの食糧庫』ロン=ル=ソーニエ。

 この3つはガリアの三大都市と呼ばれ、それぞれが20万を超える人口を有している。


 そういった大都市だけに、それを囲むようにいくつもの街が形成されていて、私達がいるのもそういった街道沿いの街の一つ。

 カルカソンヌには6本もの大陸公路が集中しているから街道沿いの街が多く、それが『街道の街』の由来にもなってるとか。

 「しかし、この睨みあいはいつまで続くんだろうねえ」


 「ロマリアとしては続けるしかないんでしょうね、けど、ガリアには別の思惑があるはずよ」

 この街に着いたのは1週間前だけど、最初の戦い以降、睨み合いが続いている。

 カルカソンヌにはガリア王政府軍9万がいてリュティスへの道を完全に遮断してる。

 本来なら包囲したいところなんだろうけど、こっちは総勢で6万。包囲なんか出来るはずも無いね。


 「しっかし情けない話だよ。女の子一人に頼らないと何も出来ないってんだから」


 “アクイレイアの戦乙女”

 現在ルイズはそう呼ばれてる。そう呼んだのはハインツが最初みたいだけど。

 アクイレイア目がけて侵攻してきたヨルムンガントを撃滅したのはこの子達。けど、その後にすぐハインツ率いる異形の軍団が攻めよせた。

 首なし騎士(デュラハン)だの、キメラだの、オーク鬼と人間の掛け合わせだの、洗脳した聖堂騎士だの、とんでもないものばっかりで構成された、まさに“悪魔の軍団”だったらしい。

 けど、その中で一体、桁外れの怪物がいた。


 それが“フェンリル”。私は直接見たわけじゃないけど、話に聞いただけでとんでもない怪物だってのは分かる。


 何せ3000もの兵を一人であっという間に焼き尽くしたとか。

 私とテファはアクイレイアで留守番していて、アクイレイアは最初は混乱してたけれど、やがてペガサスに乗った伝令士がやってきて。

『“アクイレイアの聖女”が異端の軍勢を打ち破った! 始祖の恩寵は我等と共にあり!』

とまあ、実に勇ましい言葉を伝えて、アクイレイアは戦勝ムードみたいのに包まれた。


 だけど、それから間もなくして、必死の形相で一人の伝令士がやって来て。

『怪物だ! 怪物が来る! 皆逃げろ! このままじゃあ皆殺しにされる! 部隊は壊滅した!』

とまあ、完全に錯乱状態で叫んだ。


 アクイレイアは一転、大混乱に陥った。

 ま、無理もなかったね。伝令士の言葉を証明するように、必死の形相を浮かべたロマリア軍が、もう軍隊の体裁を成してない状態でまさに怪物から逃げるように次々と走ってきたんだから。


 もし教皇がアクイレイアにいて彼らを抑えなかったら、間違いなく混乱が広がって“聖戦”どころじゃなかっただろうね。

 で、約4000近い敗残兵が逃げてきてからしばらくは誰も来なかった。

 その間のテファの心配ぶりったら凄いものだったね。水精霊騎士隊も『ルイズ隊』も誰も帰って来てなかったから当然だったけど。


 正直私も不安だったけど、妹の手前、姉の私が不安そうな顔を見せるわけにもいかず、『大丈夫、あいつらが死ぬわけがないさ。それに、ハインツが来てるかもしれないしね』と言って励ましたんだけど。

 そのハインツが軍団(レギオン)を率いてる張本人だった。まあ、後で聞いた話じゃ、自分の命が無くなること前提の緊急対策を練ってたとかいう話だけど。


 相変わらず自分のことを考えない男だよ。


 で、フェンリルに吹っ飛ばされたのが3000、フェンリルから逃げてきたのが4000、そして、残りの3000弱はフェンリルが暴れてたところとからは、やや離れたところで“レスヴェルグ”とやらと戦っていたらしい。

 そして、『ルイズ隊』と水精霊騎士隊がフェンリルを倒した後、ハインツが生き残ってた2000人程に告げたらしい。

 『お前達の拠り所たる“アクイレイアの戦乙女”は凄まじいな、まさか我が最高傑作たるフェンリルを破るとは』

 敵の士気を上げるような情報をあえて告げる時点でおかしいんだけど、生き残ってた兵士達にはそこまで気が回らなかったそうだね。


 『まあいい、ここでの敗北は認めてやろう。だが、これで終わりではない。これは始まりに過ぎんのだ。もし俺の首が欲しければリュティスにある我等が魔城、ヴェルサルテイルに来るがよい。そこで、こんな遊びとは比較にならん最強の軍団(レギオン)を見せてやる』

 まさに、悪役全開の台詞だったそうだね。

 『さあ、“アクイレイアの戦乙女”よ! この屑共を率いて我が軍団(レギオン)を打ち敗れるかどうか見せて見よ! くくく、ははははは、はーはっはっはっは!!』

 そして、高笑いを残して悪魔公は消え去った。


 それでまあ、その残った2000と一緒にルイズ達も帰って来たんだけど。


 「お帰りなさい! 無事だったのね!」

 ルイズの姿を見かけて喜びながら走るテファに対し。


 「はあい♪ テファ。無事帰ってきたわよ」

 肉が溶け落ちて、骨だけになった右手をヒラヒラさせながら、笑顔で応じたルイズ。

 瞬間、テファは気絶した。というかあの年頃の娘だったら皆そうだろうね。


 ………………私とか『ルイズ隊』の女性に関しては考えない方針で。


 まあそんなわけで、帰ってきた軍の指揮官が。

 『怪物は“アクイレイアの戦乙女”が滅ぼしました! 悪魔公は撤退! 我々の勝利です!』

 と宣言したもんだから、ルイズの呼び名は“アクイレイアの戦乙女”で決定された。


 そして、“アクイレイアの戦乙女”と、共に戦う“虎街道の英雄達”は聖戦における主力であり、切り札になったんだけど、1週間前のカルカソンヌ攻城戦には参加しなかった。

 フェンリルとの戦いで全員が消耗しきっていて、指揮官であるルイズの怪我がまだ治ってなかったのが最大の理由。

 それに、フェンリルとの戦いで精神力を根こそぎ使いきったルイズは、精神力の補充にそれなりの時間を要する。

 怪我を治す最中に、精神に負担をかける“負のスパイラル”を実行するわけにもいかず、今もまだ精神力はそれほど溜まってはいないそう。


 そんなわけでロマリア軍はカルカソンヌに攻撃を仕掛けたんだけど、ものの見事に何もできず撃退された。

 ガリア軍司令官の三騎士団長は凄い軍才の持ち主みたいだね。


 「仕方ないわよ、ロマリア軍は基本的に無能だからね。質ではアルビオン戦役のトリステイン軍と似たようなもんよ。しかも、唯一名将と言えたアロンド・ピリッツィア・ベリー二卿が更迭されたんだから」

 その名は私でも知ってる。

 “高潔なる騎士”と呼ばれるロマリアの名将。

 「元々私達が最初にガリア軍と接敵したのはリムーザン地方圏府、トゥールーズを超えたころだったわ。だけど、ベリーニ卿は進軍を命じなかった。ここで無暗に進軍すれば糧道が伸び切るし、そもそも敵軍が数で勝るのに攻めるのは愚かなこと、ここはトゥールーズに引き返して、糧道を確保しつつ周辺の都市の攻略に力を注ぐべきだってね」、

 “アクイレイアの戦乙女”のルイズは軍議に参加できる権限を持つ。状況はアルビオン戦役とよく似ているね。この子は与えられた立場は最大限に利用する。今、ロマリアがこの子達を切り離すわけにはいかないことを分かってるから、次々と無茶な注文を叩きつけてる。

 「だけど、それ以外の無能な将軍達は前進を主張した。“聖戦が発動されているのだ、ここで止まっていては何にもならん。司令官は臆病者か?それとも裏でガリアと繋がる背信者か?”とか言ってね。それで、仕方なくベリーニ卿は一部の部隊に前進を命じたけど。ガリア軍は戦わずにゆっくりと後退していった。見事な誘いだったわね」

 つまりは、ガリア軍が意図的にここまでロマリア軍を引き込んだということだね。それに気付けない馬鹿が多いということかい。


 「本来そういった対立を調停するべき教皇は前戦にいなかった。悪魔公の襲撃によって本国の民に動揺が走ってるから、しばらく動けなかったわけね。それに、人の噂は神の力を持ってしても止められないからね。たった一体の怪物に3000が一瞬で焼き殺されたという噂がどんどん広がっていった。まるで、意図的に広めている者がいるみたいに」

 ルイズには確信があるみたいだね。

 「そいつの正体ってのは?」

 「おそらく、ガリア外務卿のイザーク・ド・バンスラード。彼の情報網を駆使して、悪魔公の軍団とフェンリルの暴走を広めて回ったんでしょうね。その状態を放置したまま教皇は国を空けられない、つまりは2週間くらい動けなくなる。その代理人のジュリオもハインツに深手を負わされた。ご丁寧なことに、「水」の魔法で回復させにくいように改良した特殊な毒でね」

 その“硫酸”ってのはハインツが向こうの毒に、さらにこっちの毒も混ぜて作ったものらしく、通常の治療を受けにくい。だったね。

 「だから、ベリーニ卿が指揮官として軍を進めていたんだけど。彼は唯一ロマリアの将軍の中でこの“聖戦”に反対していた人物。けど、教皇無しで数万の大軍を指揮できるのも彼しかいなかった。でも結局は指揮下の将軍達が突き上げて彼を更迭させた。そしてカルカソンヌに攻撃を仕掛けたけど、見事に撃退された」


 それでこの睨み合いが始まったわけだ。

 「けど、数で勝るガリア軍はなんでそのまま進軍してこなかったんだろうね?」


 「だから、ガリアにはガリアの思惑があるのよ。でまあ、教皇とジュリオが到着して、一旦は膠着状態にはいったわけね。教皇聖下は“理想の教皇”らしくベリーニ卿を許したそうだけど、彼は本国の守備を命じられて送還された。流石に“聖戦”に反対する将校は厄介だからね。しかも、兵士に人望がある」

 確か4日前くらいだったかしらね、そいつらが到着したのは。


 「ってことは、戦で勝利できない以上、ロマリアの狙いは………」


 「タバサでしょうね、あの子を神輿にしてガリアの貴族の切り崩しにかかる。何せ、次期国王と目されていたオルレアン公の遺児、神輿としてはこれ以上は無いわ。けど、それは甘すぎる。だってあの子は」


 「ハインツの妹なのよね」

 そんなことをしようものなら、間違いなくロマリアは灰になる。

 ハインツはそれくらい平気でやる。

 でも、ハインツ曰く

 『シャルロット関係では、俺より怖いやつがいる。神を滅ぼそうとする悪魔を打倒した、最強シスター(姉)だ」

 らしい。


 「まあ、その辺のことでちょっと気になってることがあるのよ。悪いけど、タバサと才人を呼んできてくれない?」


 「それは構わないよ。けど、どこにいるんだい?」

 場所が分からなきゃ探しようがないけど。


 「まずはシルフィードに声をかけて、彼女に探してもらえばいいわ。シルフィードはさっき、裏手で寝そべってたから」


 「了解、すぐに連れてくるよ」

 そして私はシルフィードの下に向かった。







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 あとがき


 いつもこの稚作を読んで下さってありがとうございます。

 感想を下さる人たちには大変ありがたく思ってます。

 
 これからの展開なのですが、犠牲者が出る壮絶な戦いを期待されている方々には、申し訳ないのですが、この先主だった犠牲者は出ません。変に期待させたまま、がっかりさせてしまうのは、もっと申し訳ないと思ったので、先に書きます。

 ジョゼフたちの目的は。ロマリアの殲滅ではなく、ブリミル教、魔法絶対、身分制の3本柱で成り立っている世界の”常識や理(ことわり)”を改変することなので、ゆうなれば、世界の土台を新しくするのが目標です。

 土台を新しくするためには、その上にあるものを除けないといけません。アルビオンとトリステインには、『アルビオン戦役』によってガリアに干渉できないようにしておいた、つまり土台からちょっとどいて貰っておき、ゲルマニアはそもそも、この土台がなくても成り立ちます。

 よって残りはロマリアとガリアの旧体制派で、これはアルビオンとトリステインのように、”ちょっとどいててもらう”わけには行かないので破壊しますが、それは土台を新しくするための過程であって、目的ではありません。

 なので、この先はガリア無双、というか詰め将棋のような展開になるかな。と思います。

 ジョゼフたちが回りくどいことをしているの理由は、これからおいおい書いていきます。3章でもいくつか書いていますが、私の文章力が足りないために、読んでいる方々に伝わっていないこともあると思うので、蛇足気味ですが、こうして長々と書きました。


 壮絶な死闘を期待されていた方にはもう一度謝ります。期待に沿えずにすみません。
 
 それでも付き合ってくださる方は、がんばって書きますので、続きをお楽しみくだされば幸いです。



 この先はただの戯言になってます。わかる人にしかわかりません。





…あと、前回の話の元ネタ、わかる方にはわかったようですね…

 あれは彼らの戦う理由です。創造位階ではありません。けっして。はい。

 才人君の”至高の疾走”の後に、”我が渇望こそが原初の荘厳”とは続きません、才人君の素体が賢者の石だったりもしません。
 

 …ごめんなさい。


 悪魔のレギオンの中に、吸血鬼も入れようかと、最後まで悩みました。

 もちろん、幼女や美少女ではなく、夜こそ我が世界な、薔薇の夜に無敵になる魔人な吸血鬼です。

 さすがに自重しました。(もう遅い)

 最後に一言

 中尉殿は最高です。



[10059] 終幕「神世界の終り」  第四話 狂信者
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/08 18:25
ロマリア軍はガリアの中央部に位置するカルカソンヌまで進撃するも、そこでガリア軍の反撃にあう。

 ガリア王政府軍9万を率いるはヴァルター・ゲルリッツ、ディルク・アヒレス、バッソ・カステルモール、の三花壇騎士団長。

 いかに“聖戦”の錦旗があるとはいえ、容易に突破できる精鋭ではなく、睨み合いが開始された。

 全ては悪魔の筋書き通りに。






第四話    狂信者





■■■   side:シャルロット   ■■■


 私は今、街道沿いに歩いている。

 このカルカソンヌにも何度か任務で来たことがある。というより、ガリアの主要都市で行ったことがない都市は無い。

 ハインツは間違いなく、そうなるように意図的に任務を与えていた。私がガリアについて知れるように。民の生活を自分の眼で見れるように。

 イザベラ姉様は、自分で見なくても資料だけで、それを理解することが出来るそうだ。

 ハインツ曰く、

 『イザベラの凄いところはそこだ。あいつの理論は実践を凌駕する。ルイズも同じように理論者だが、ルイズは実践が出来ないわけじゃない。だが、イザベラにはそれが出来ない。故に、内政や情報管理に関してはあいつは最強だ。情報収集や外交ならイザークが上回るけどな』

 本当に、今のガリア王政府の人材は凄まじい。そして、その頂点に君臨するあの男は、彼ら全てを兼ねることが出来るほどだという。


 …………父様が嫉妬したというのも頷ける。


 そんなことを考えながら歩いていると。


 「やあ、タバサ」

 教皇の使い魔、ヴィンダールヴのジュリオが話しかけてきた。恐らくここで待ち伏せしていたのだろう。


 彼も教皇と同じく顔が無い。

 彼は出来すぎている。誰でもが思い描けるような美しい少年、神官としては非の打ちどころがなく、それ故に彼自身が無い。“ジュリオ・チェザーレ”という記号に過ぎない存在。

 彼自身、それに気付いていないのか。それとも、気付いても彼にとってはどうでもいいことなのか。


 まあとにかく、私は無視して通り過ぎることにした。




 「失礼。呼び方を間違えたようだ。シャルロット姫殿下」

 そう言われて振り返る。


 「知っていたの?」

 「ええ、このハルケギニアのことで、我々ロマリアが知らぬことなど、何一つありませんから」

 よく言う。

 「そして、陰謀に長けた国」

 「と、申されますと?」

 「南部諸侯の寝返り。何か月も前から準備を進めねば、ここまで早い侵攻は不可能」

 ロマリアが何か月も前から、ガリアの封建貴族達を密かに懐柔していたのは間違いないだろう。

 けど、ハインツは4年前から、ガリアの封建貴族達をロマリアへ寝返らせるために、工作を続けていたという。


 「その通りです。ご慧眼であらせられますね。では、私が次にお願いする内容も、お見抜きになっているのでは?」

 「全てが貴方達の掌の上だと思ったら大間違い」

 脚本を書く悪魔はガリアにいる。

 「ですが、予想の範囲なんですよ。このカルカソンヌで足止めを食らうことも、そして、どのようにしてこの川向うの敵を突破し、リュティスに至る道が出来るのかも………」

 「貴方達の人形になれというの?」


 「いえ。由緒ある王国を、本来の持ち主にお返しするお手伝いがしたいだけです」

 愚か者が。私は正統な後継者ではない。父、オルレアン公は王に選ばれなかったのだから。

 それ故に命を落とすことになったのだ。ガリア王家のことを何もしらぬ下郎が、知った風な口をきくな。


 「私は冠を被りたいわけではない」

 そんなものはいらない。何の価値も無いのだから。

 「困ったな。どうして我々に復讐のお手伝いをさせてくれないのです?」


 「手を組むに値しない、無能なゴミだから」

 言葉はきついくらいでちょうどいい。こいつは触れてはならない、私達王家の闇に触れようとしたのだ。


 「ゴミですか、それは中々に過激な表現ですね」

 「ただの事実。貴方は先程、予想の範囲内と言ったけど、あのフェンリルに3000もの兵が一瞬で焼き尽くされたことも。貴方が悪魔公に深手を負わされたことも、全て予想の範囲内だったと?」

 分際を知れ。私の兄を甘く見るな。

 「そこは、厳しいところですね」

 「あと、このハルケギニアで知らないことなど、何一つないと言った」

 「確かに言いましたね」

 微笑みながら言うジュリオ、多分、あのことだろう。


 「それは、私に双子の妹がいることも含めて?」

 「!」

 動揺が走る。なんて脆い。北花壇騎士団本部に勤める“参謀”達ならこの程度で動じたりはしない。


 「そして、その妹はセント・マルガリタ修道院ごと、悪魔公によって焼き殺されたことも?」

 これは嘘、だけど、今のこいつに確かめる術はない。

 「まさか……」

 「彼は恐ろしい男。いずれ自分以外の全ての王族を殺すつもり、当然その中には私も含まれる。貴方達にとっては貴重な駒でも、彼のとってはただのゴミ。殺すことに何の躊躇いもないはず。何せ“悪魔公”なのだから」

 ハインツは間違ってもそういうことをしない。

 殺す必要がある人間はどこまでも無残に、無慈悲に殺すけど。そうじゃない人間は自分の寿命を削ってでも助けようとする。

 自分が助けたいから、ただそれだけの理由で。

同時に、自分が殺すと判断したから。それだけの理由で何万人もの人間を殺せる。

 だから、ロマリア軍にかける情けなんか少しももっていない。どこまでも無慈悲に殺すだろう。


 「だから私は貴方達に協力しない。すぐ沈むことがわかっている船に乗る馬鹿はどこにもいない。悪魔公の掌の上で踊る道化に従うのは道化以下」

 そして私はヴィンダールヴの前から歩み去った。


 ガリアは政争と簒奪の国。あの人達はその中を生き抜いてきたばかりか、その国を平和な新しい国に変えようとしている。

 過去に縋るしか能がない狂信者にどうにかできる存在じゃない。


 私達は私達の役割があるからここにいる。別にロマリアのためではない。


 「貴方はどう思う? アイン」

 私は誰もいない空間に対して呼びかける。


 ≪流石はシャルロット様、見抜かれましたか。私の隠形もまだまだですね≫

 すると、声が響いてきた。

 「風」のスクウェアスペル、『伝心』。

 『サイレント』は風の初歩と言えるけど、これは難しい。自分が定めた相手にのみ声を伝えるのだ。

 ハインツに言わせると、『相手の耳の傍にのみ、音声と同じ周波数を持った空気の振動を発生させる』とかなんとか。

 私達メイジは向こうで言う“科学現象”を無意識で行っているそうだ。原理を知っていても知らなくても、それほど変わりはないらしい。

 『魔法ってのは過程を通り越して結果を引き起こすものだ。だから下手な情報は逆効果になることもある。出来るはずがないなんて思っちまったら絶対に出来ない。これはルーンマスターにも言えることだけどな。人間は自分の意思で現実を侵食するんだ、そこが自然に沿う先住魔法との最大の違いだ』

 とまあ、そういうことを言っていた。

 要は、ハルケギニアに生まれてハルケギニアで育った私達は、下手に異界の知識なんか求めず、自分に合った方法で魔法を使った方がいいということらしい。



 ≪いいえ、貴方の隠形は完璧だった。だけど、私があのヴィンダールヴと会話したこのタイミングなら、必ず貴方は傍にいる。その確信があっただけ≫

 私も『伝心』に切り替えて話す。

 これは一方的に話すだけの魔法だから、「風」のスクウェア同士じゃないと対話にならない。


 ≪なるほど、確かにその通りです。流石はイザベラ様とハインツ様の妹君ですね。素晴らしい洞察力です≫

 アインの言葉には純粋に褒めている感じを受ける。少し気恥ずかしい。


 このアインはハインツの“影”。

 北花壇騎士団内部粛清用暗殺集団であり、同時に副団長ハインツ直属であり、闇の仕事を請け負っている。

 この“アイン”の任務は私の護衛。アーハンブラ城から助け出された後、「風」のスクウェアになった私は、初めて彼に気付くことが出来た。


 彼は「風のスクウェア」の死体を元に作られたホムンクルス。彼以外にもツヴァイ、ドライ、フィーア、フェンフ、ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン、エルフ、ツヴェルフ、ドライツェーンと続き、現在では40近くに達するとか。

 私がアインの存在に気付いた時は、可能な限り全ての情報を教えることを許されていたらしい。


 ≪それで、あの話は本当なの?≫

 以前、そのように言えばロマリアの愚者は動揺する。と教えられたけど。

 ≪いいえ。オルレアン公とマルグリット様の間に生まれたのは貴女一人です。闇の技術によってそのように作られた存在がいたのです。そうでなくては、心を病まれていた頃のマルグリット様は貴女以外の名前も叫んだはず≫

 確かに、母様はシャルロットの名前だけを呼んでいた。もし私に双子の妹がいるのならそれはおかしい。


 ≪それ以前に、それが事実だとすれば、あのオルレアン公がそのようなことを隠すわけがありません。王家の禁忌がなんであれ、隠すことは決してなさらない方です。そうであるが故に彼は“ガリアの光”だったのですから≫

 父様なら隠さない。それに、兄に相談しているだろう。二人が力を合わせれば出来ないことなんてなかったはず。


 ≪ですから、そのような役割を背負わされた哀れな少女がいたという話です。これもまたガリア王家が孕む闇の一つといえましょう≫

 でも、それをロマリアが知っていた。いや、知らされたのか。

 ≪その事実を知らず、純粋に私の妹であるとロマリアは信じ込んでいる≫

 ≪その通りです。この前、虎街道の出口にてハインツ様によってバラバラにされたバリべリ二枢機卿なる男。あの男が情報源です。そして、ヴァランス本邸にいるマルグリット様に干渉しようとしたそうです≫

 母様に!

 ≪ですが、それは生肉を抱えて火竜の巣に飛び込むようなもの。ヴァランス邸には我々“影”のみならず、“ファースト”のルーンマスター達、さらには先住種族と、あらゆる警戒網が存在しています。彼の者はあっさりと捕まりました≫

 ヴァランス邸はヴェルサルテイル並の防衛力を誇るという。一種の要塞といっていい。

≪ハインツ様は貴女やイザベラ様、そしてマルグリット様に手を出すものを決して許しません。奴は生まれたことを後悔するほどの拷問を受け、狂うことも許されず、生きたまま内臓を虫に喰われました。そして、代わりに火の秘薬を詰めて、あの場で爆散させたわけです≫

 流石はハインツ、とことん容赦がない。

 その枢機卿は別にどうでもいい、自分達の都合で私達に干渉しようとしたのなら、ハインツの都合で殺されても仕方ない。だけど、その少女が闇の犠牲者だというのなら。

 ≪その少女のことを知ったハインツはどうしたの?≫

 ≪特に何も。そもそも必要が無いのです。大元の闇を砕けばそれからこぼれたものも意味を失います。彼女は普通の少女として、己の人生を過ごすでしょう≫

 そうか、ロマリア宗教庁が滅び、王家というものがなくなるのなら、彼女は彼女の人生を歩めるようになる。


 ≪彼女のような存在は決して少なくありません。この世界の歪み、血にこだわる貴族制度、異端審問、あらゆるものが既に生活の一部に組み込まれています。ですが、生まれた時からそういうものであったが故に、平民の中にそれに疑問を持つ者は少ないでしょう≫

 確かにそうだ。そういうことに疑問を持つには知識が必要。情報が不可欠。

 だけど、今のガリアならそれが揃いつつある。

 ≪ですが、虐げられた者達は数多くおります。貴女もその一人と言えましょう。であるならば、ハインツ様が何をなさるかは考えるまでもないでしょう≫

 壊す。何もかも。そういう人だ。


 ≪後は、貴女が知る事実を“博識”様にお話しになれば、全ては明らかになるはずです。我が主が何を考え何のために行動しているか≫

 ルイズならきっとそれだけで分かる。いや、既に9割くらいは察しているだろう。そのために彼女はイザベラ姉様とハインツに会いに行ったんだろうから。


 それはいいとして、聞きたいことがあった。


 ≪ねえアイン、貴方達ホムンクルスは、なぜハインツに従うの?≫

 彼らがハインツに従い、共に戦う理由が分からない。


 ≪簡単です。我々がハインツ様の分身であるからです≫


 ≪分身?≫

 それはいったい。


 ≪そもそもホムンクルスに本来自我などありません。いえ、必要ではなかったのです。材料となったメイジの死体の能力を発揮し、主の言葉に従う人形。それが6000年の闇の技術によって作られたホムンクルスです≫

 まるで、“ネームレス”。人間が作るものは、結局そうなるのだろうか。


 ≪ですが、ハインツ様はそれにさらに魂を与えたのです。インテリジェンス・ウェポンに使用されている、魂を模写する技術。それを用いて我々に自我を与えたのです≫


 ≪魂の模写?≫


 ≪はい、デルフリンガーを考えると分かりやすいかと。彼は人間と同等の知能を持ちますが、剣である己を是としています。“我は剣なり、故に我なり”といったところでしょうか。我々も同じです。“我はホムンクルスなり、故に我なり”というわけです≫

 自分をホムンクルスと最初から認識していたということ。

 ≪でも、どうやって魂の模写を?≫


 ≪古代のマジックアイテムに『魂の鏡』というものがあったそうで、映したものの魂を模写するのです。ですが、それをさらに付与するには別の技術も必要になり、ハインツ様には半分ほどが限界だったそうです。そこで、二人分の魂を入れたのです≫

 それはまさか。

 ≪ひょっとして、貴方の魂は≫


 ≪はい、半分はハインツ様の模造品、半分はハインツ様の補佐官であるマルコ様の模造品です。性格などは受け継ぎますが、明確な記憶はありません。一般常識や知性などはありますが、マルコ様の母に関することなどは一切分かりません。残りの者達も“参謀”方々の魂を模写しており、フェンフやアハトなどは命令を受ける度にぶつぶつ文句を言っております。ですが、言われた仕事はきちんとこなします≫

 彼らの魂を模写したのならそうなるだろう。

 ≪ちなみに“ツヴァイ”はヨアヒム様の魂を模写してまして、どっちの魂が宿る方が“アイン(一番)”となるかでマルコ様と揉めに揉めました。『俺がハインツ様の影だ!』、『いいや! そこだけは譲れないね! 僕こそがハインツ様の一番の影だ!』と、結局はくじ引きで決まったのですが≫

 何て凄まじい言い争い。自分が日蔭者だと言い張り合うなんて。


 ≪そうして我々は存在するのです。なぜハインツ様と共に戦うのかと問われれば、あの方と共に戦いたいからだとしか答えられません。多分、ハインツ様が陛下のために戦うのも、似たような気持ちなのでしょう≫

 そう言われるとなんとなく分かる。だけど。


 ≪それは可能なの? 剣とかのように、元の人間からかけ離れたものならともかく、人間の死体を使ったホムンクルスでは矛盾が起きそう。自分に疑問を持ってしまえば、精神が崩壊してしまう≫


 ≪流石はシャルロット様。その通りです。人間の魂をホムンクルスに込めれば普通はそうなります。自分は人間だという自我が優先され、ホムンクルスであることを拒絶してしまうでしょう≫


 ≪普通は、ということは?≫


 ≪我々は普通ではないということです。考えてみて下さい、我々の半分はハインツ様の魂なのです。あの方が今日からホムンクルスとなり、あと1か月の命だと言われたところで、何か変わると思いますか?≫

 なるほど、そういうこと。

 ≪何も変わらない、ハインツはハインツ、人間であることにこだわるはずがない≫

 あの人はそういう人だ。いや、人じゃないのかもしれない。


 ≪ですから我々もそうなのです。人間の模造品ではなく、ハインツ様の模造品。であるが故にホムンクルスとして自我を持つことが出来ます。それに、残りも半分も北花壇騎士団本部の方達。ハインツ様には及ばずとも、十分変人です≫

 あの本部はイザベラ姉様とその補佐官のヒルダさん以外は、全員が暗黒街出身。

 ハインツは違うはずだけど、あれはもう別物。


 ≪故に我等は“影”なのです。人間ではなく、悪魔の影。シャルロット様にはシャルロット様の在り方があり、我々には我々の在り方があります。ですから、それでいいのです≫

 確かに、彼らはハインツの“影”だ。考え方が凄く似てる。

 けど、口調はマルコに似てる。ハインツに戦い方を教わる際、彼らも協力してくれた。


 ≪分かった。私は私が在りたいようにある≫


 ≪そうなさって下さい。サイト様とお幸せに≫

 なんでそういうところまで似ているのか。


 そして、私はアインとの対話を終了した。とはいっても彼は私の護衛を続けるから、傍に控えているのだろうけど、余程集中しないかぎりその存在を僅かに感じ取ることさえできない。

 フェンリルとの戦いでは彼はいなかったそうだ。曰く。

 『兄君がおられる以上、私の出番はありません』

 だそう。マルコは僕、ハインツは俺、なのにアインは私。これは混ざった結果なのかな?


 そんなことを考えつつ歩いていると。


 「あ、見つけたよ!」

 「きゅいきゅい! お姉さま発見なのね!」

 迎えがやってきた。







■■■   side:才人   ■■■


 俺とシャルロットはマチルダさんに発見されてルイズの宿舎にやってきた。

 「あら、意外と早かったわね」

 ルイズは少し意外そうだった。机の上には何枚もの資料が乱雑してる。

 こいつは致命的に片付けるのが下手だ。学院と違って片付けるメイドがいないから必然こうなる。

 だけど、そんなことより気になることがある。


 「おいルイズ、その腕どうしたんだ?」

 ルイズの右腕は肩の先からほぼ全部、金属製の義手になっていた。

 確か、フェンリルとの戦いの後でちょっと副作用が出てるとか言ってたけど。


 「ああ、これ? 切り落としたのよ。ちょっとやばいことになってね」

 平然と答えるけど、洒落になってねえだろそれ。


 「腕切り落とす事態って、一体何があったんだよ?」

 フェンリルを倒す際に右手の肉が溶けたとは聞いてるけど、腕全体じゃあなかったはずだ。

 「フェンリルの倒す際に使った“王水”、あれが原因よ。あれは元々ハインツが作ったものだけど、あんたの世界でいう“王水”をベースにはしてるけど完全に違うものなの」

 確か、金をも溶かす酸だったよな。

 「何がどう違うんだ?」

 「元々の“王水”は別に何でも溶かすものじゃなかったらしいけど、それをベースにこっちにあった複数の毒。特に強力な幻獣の消化液に含まれる成分を解析して作った毒とか、毒蠍の尾に含まれる毒とか、その他もろもろ。死ぬほどヤバいもんばっかを混ぜて合成したっていうとんでもない毒なの。だから冗談抜きに何でも溶かすわ、例外はそれと対になる解毒剤の成分を持った薬品をかけた上で『固定化』をバランスよくかけたものだけね」


 「何つー危険なもんを作るんだあの人は」

 「やり過ぎ」

 シャルロットも同意する。


 「あいつにとっちゃあ警告も兼ねてたらしいわね。あんたのところの“科学”とこっちの“魔法”が融合したらとんでもないものばっかが出来るっていうね。もしあんたの世界に『錬金』が伝わったら、“核燃料”だったかしら?そういうのが誰でも作れるようになるとか」

 「ヤバいなんてもんじゃねえな」

 高校生がインターネットで爆弾の作り方を見て、実際に作って爆発させたなんて事件もあったそうだけど、そんな感じで核爆弾が作れるかもしれねえってことだろ。


 「で、そういうことでハインツが作った代物だったんだけど、私とモンモランシーでさらに改良を加えたのがあの“粘着型”ね。だけど、予想以上に強力な代物になっちゃってね」

 「何でそんなのをさらに改造すんだよ」

 「狂魔法学者」

 シャルロットのつっこみは厳しい。


 「その効果が問題でね、付着した部分を溶かすのは従来通りなんだけど、そっからさらに毒が遅効性で拡大していくの。つまりは少しでも付着すれば後は勝手に侵食して敵を殺すわけね。毒というよりも、呪装兵器と呼んだ方がいい代物になってたわ」

 完全にスルーしやがったこいつ。しかも、呪装兵器っておい。

 「だから、あのフェンリルだったらそっちは問題ないわ。毒が進行する速度よりあいつの再生力の方が圧倒的に強い。だから直接効果の方しか意味がなかった。けど、私の肉体はただの人間だから、“王水”の毒に耐えられるわけもなかった。右手からどんどん浸食が進んでったわ」

 「何でそんな危険なもん自分ごと使うんだよ」

 「考えなし」


 「仕方ないでしょ、出来たばっかであんまり試してなかったし。それに、一次効果だけで実験用の生物は死んじゃってたから確かめようがなかったのよ。ハインツだったら手頃なので人体実験をやったでしょうけど」

 「人体実験……」

 「やる。絶対」

 もの凄い確信を込めて呟くシャルロット。うん、兄のことをよくわかってるんだなあ。


 「モンモランシーが色々手を尽くしてはくれたんだけど、現時点ではその毒の進行を抑えるのが手一杯で、根本的な治療は不可能だったの。だから腕を切り落とすしかなかったのよ。万が一毒が残ってたらそこからまた侵食が始まるから、ちょっと余分に肩までね。ま、フェンリルを倒す代償としては安いもんよ」

 「……」

 「……」

 俺達は絶句した。

 「で、私とモンモランシーでその義手をくっつけたって、わけさ」

 そこでマチルダさんが言う。

 「こういうのは「水」と「土」メイジの協力が不可欠だから。お願いしたのよ」


 「だけど、その義手はどこから?」

 シャルロットの疑問ももっともだな。一体どこから?


 「“アイン”が届けてくれたのよ。以前“デンワ”で何かいい品ないかって打診しておいたんだけど。2日前くらいに私の机の上に置いてあったわ。ちゃんと取扱い説明書付きでね。どうやらミョズニト二ルンの作品らしいわ」


 「あいつの作品を、お前が使うってのも変な感じだな」

 一応敵対してるって立場になってるわけだし。

 「前にも言ったけど国際関係なんてそんなものよ。ある部分では敵対して、ある部分では協力する。共通の外敵が出てきたら完全に手を組むことだってあるし。とはいっても、握手しながらもう片方に毒を塗ったナイフを持ちながらだけど」

 うーん、やっぱりルイズはすげえな。普通だったらここまで割り切れん。

 てゆーか、向こうが作ったフェンリルを倒すために腕を失って、その義手を向こうからもらうんだもんな。
 

 「義手自体はハルケギニアじゃそう珍しいものではないわ。当然貴族に限ってのことではあるけど。あんたがアルビオンで腕を切り落としたワルド。あいつも次に戦う時には義手を付けてたでしょ」

 「そういやそうだったな」

 「けど、“硫酸”を浴びて死んだ」

 シャルロットが学院の戦いで倒したんだったな。確かその“硫酸”も改造されてて治療しにくいとかなんとか。


 「あと、“王水”も一般に出回ることはないわ。何せあれだけの量で1万エキュー以上するんだから、コストかかり過ぎよ。人間を殺すにはナイフ一本どころか、素手で首締めれば事足りるんだから、そんなのは無駄以外の何物でもないわ。あくまでフェンリルみたいな異形の怪物を倒すための異形の毒ってことよ」

 そこで魔法じゃなくて、素手で相手を絞め殺すって発想が出るのがすげえ。

 「その義手は、ただの義手じゃない?」

 「正解よ、色々な機能が付いてるわ。ま、そこは実戦で使ってのお楽しみね」

 何か楽しそうにいうルイズ。うん、確かに狂魔法学者だ。


 「何か言った?」

 「いえ何も」

 何で心が読めるんだこいつは?


 「そろそろ本題に入るけど、いいかしら?」

 急に話題を変えるルイズ、そう言えばそもそもここに呼ばれた理由はそれじゃなかったな。


 「本題はこの戦争の意味というか、ガリアの思惑ね。ロマリアの方は分かりきってるから今更言うまでも無いんだけど」


 「丁度良かった、私の方でも話しておきたかったことがある」

 シャルロットにも何か話があったのか。

 「ルイズ、なんで俺が呼ばれたんだ?」

 しかし、俺が呼ばれる理由が分からん。


 「あんたにも聞きたいことがあったのよ、まあ、それはもう少し後でいいわ」

 そして、シャルロットが話し始めた。









 「成程ね、旧世界の秩序を破壊する。狙いはそこか。だとすれば、全てに意味ありき、ね」

 シャルロットの話を聞いてルイズが納得してる。よく分かるな。


 「全部分かったの?」

 「多分ね、ロマリアの真意は死ぬほど分かりやすいわ。何しろ聖地奪還って決まっているんだから。途中の道がどうあろうと結末が決まってるなら、逆に辿ってやればやってくることを予想するのは簡単。でも、ハインツやガリア王の真意がどこにあるかは正確には掴めなかった。大体予想はついても確証がなかったのよ。中途半端な予想を元に動くのが一番危険だからね」

 確かに、あの人がなに考えてるかなんてさっぱりわからん。

 分かるのは、シャルロットをとても大切にしてることくらいか。


 「彼らの目的はロマリアを滅ぼすことでもなく、宗教庁を滅ぼすことでもなく、この世界の価値観を変えること。しかも、強制的に全てを変えるんじゃなくて、古いものも残す。つまりは可能性をどんどん広げるってことね」

 「ルイズ、さっぱりわからないんだが」

 「難解」

 そういえばマチルダさんがいないな。テファのところにいったのかな?


 「まあ、そこは一旦置いておいていいわ。そのうち嫌でも分かるようになるでしょうし。とりあえずはこの“聖戦”のことだけを考えましょう」

 つまり、この“聖戦”もあくまで通過点ってことか。

 「まず、ロマリアに“聖戦”を発動させたことにはいくつもの理由があるんでしょうけど、大きな理由にガリアの封建貴族を寝返らせることがあるでしょうね。両用艦隊の謀反と合わせて、これまで王政府から冷遇されてきた諸侯は一斉に反旗を翻した」

 「それは分かるぜ、そうでもなきゃ国の半分が寝返るなんてありえねえもんな」

 「でも、計算づく」


 「そうね、ここに集まった貴族がどこどこ出身なのか、キュルケやギーシュ達に調べてもらったの。すると、確かに国の半分といっていい領土が反旗を翻していた」

 こいつはいつの間にそんなことを。

 「まず、両用艦隊の母港だった軍港サン・マロン。そこを圏府とするアキテーヌ地方。そこからオーヴェルニュ、プロヴァンス、ローヌ=アルプ、シャラント、ピカルディ、レユニオンなどの王都から離れた南西部。そしてミディ=ピレネー、リムーザン、ラング=リションのロマリアと国境を接する地方と、フランシュ=コンテ、オート=ルマン、といった東の辺境。全24州のうち12州が寝返ったといえるわ」

 「お前、よくそこまで正確に把握できるな」

 ガリアの州の特徴なんて全然わかんねえぞ俺。

 「いえ、私だけじゃ無いわよ、ねえタバサ」

 「うん」

 あ、それって。


 「この前言ってたやつか?」

 確か、シャルロットが姉のイザベラって人を手伝えるようになりたいって。

 「そうよ、この子はフェンサーとしての任務でガリア中を飛び回る一方で、各地の特徴や特産物、軍事的な価値、その他諸々、色んなことを学んでたのよ。ま、ハインツが学ばせたって言った方がいいかもしれないけど」

 本当に兄なんだなあの人は。

 「そのくらいのことは最低限知らないと、手伝うことすら出来ない」

 うーん、流石は大国の宰相だな。


 「で、一見半分が寝返ったように見えるけど、実は人口は500万くらい。州の数は半分でも人口密度が違うのよ。その上、反乱軍には物資が無い」

 そういや、重装備がそれほど見当たらない、メイジの数は多そうだけど、大砲とかが少ないんじゃ戦争にならないよな。

 「ここに来るまでいくつかの都市を通ったけど、どこも備蓄用の物資が無かった。しかも、それ以前に都市の太守が封建貴族ということが本来ならありえないわ。ねえサイト、私達がアーハンブラ城に行く際に通った都市は皆、王領だったでしょ」


 「そういやそうだったな」

 「大陸公路や主要な街道上に存在する都市は本来、王政府管轄。これによって地方の貴族が反乱を起こした場合でも他の貴族と連合することを抑え、なおかつ鎮圧用の王軍の進撃がやりやすくなる。サルマーン公爵家が反乱に至った時もそうだったはず」

 シャルロットが後を引き継いだ。

 「そう、なのに、ロマリア国境からカルカソンヌに至る都市の太守は全て封建貴族だった。まるで寝返ってくださいとでも言わんばかりにね。その代りに王都周辺の土地は全て王領になっている。けど、ロマリアはそれに気付けない。都市国家連合体である彼らにとっては領邦国家の特徴を理解できない。特に不思議なことじゃないのよ。その辺を唯一理解出来てたベリーニ卿は更迭されたし」

 「全部計算づくってことか」

 すげえな。

 「その上、各地の備蓄用の物資は悉く王政府が回収していた。エミール・オジエ中将とアラン・ド・ラマルティーヌ大将、その二人の仕業。二人ともハインツの友人で『影の騎士団』のメンバー。だから、諸侯が“聖戦”に呼応して反乱を起こしたけど、戦うための物資が不足している」

 シャルロットにとっては顔見知りだったか。

 「元々封建貴族にとっても計画してた反乱じゃないからね。本来は綿密に準備してから起こすものを、勢いに乗ってただ起こした。それから物資を集めようとしたら、それがなかった。もう反旗は翻したから今更戻れない、ってとこかしら」


 「よくそんなんでロマリアに協力してるな」

 俺だったら降伏してる。


 「だから、そのための私達なのよ。彼ら諸侯は王政府というよりも“悪魔公”を憎悪してる。彼らを左遷したのは他ならぬ悪魔公。それに、あいつを敵にすれば、“王を誑かす逆臣を討つ”っていう大義名分を立てることも可能になるわ。だからこそ、悪魔公の軍団を打ち破った“アクイレイアの戦乙女”と“虎街道の英雄達”は必須なわけね」

 「それで俺達がここにいるわけか」

 本当に、“全てに意味ありき”だな。あのフェンリルにも教皇を2週間くらいロマリアに足止めする意味があったらしいし。

 「両用艦隊120隻と軍港サン・マロンが寝返ったとはいえ、残りの80隻は“湖の街”ブレストを母港に健在。それを率いるのはアルフォンス・ドウコウ中将と、クロード・ストロース中将。彼らも『影の騎士団』のメンバー」

 ハインツさんの友人は凄い人ばかりだな。

 「つまりは、“湖の街”ブレストを圏府にするバス=ノルマン、“人形の街”ラヴァルを圏府にするクアドループ、“鋼の街”グルノーブルを圏府にするマルティニーク、“街道の街”カルカソンヌを圏府にするロレーヌ、“ガリアの食糧庫”ロン=ル=ソーニエを圏府とするコルス、そして、王都リュティスを中心とするイル=ド=ガリア。ガリア最大の穀倉地帯でもあるこれらに、国中の食糧、軍需物資、陸軍、空海軍が集結している。この状況、どこかに似てると思わない?」

 敵軍が侵攻してきて、けど、占領した都市はほぼ空っぽ。ガリアの戦力は食糧や軍需物資も含めて全て王都周辺に集中。これってまさか……


 「アルビオン戦役!」


 「そうよ、ロサイスはクレテイユ。シティオブサウスゴータはカルカソンヌ、そしてロンディニウムはリュティス。完全に符合している。つまり、アルビオンはこの為の巨大な実験場だったってことね。アルビオンでやったことを、このガリアでより大規模に行っている。皇帝クロムウェルの秘書は神の頭脳ミョズニト二ルンだったそうだしね」

 っていうことは。

 「あの戦いも全部ハインツさん達が仕組んでたってことか?」

 「でしょうね、そうでもなきゃ、あの結果にはならないわ。戦争が起きたのに、何もかも良くなったなんてありえないでしょ」

 何もかもが良くなった?

 「そりゃどういうことだ?」

 「確かに死人は出たわ、戦争なんだから。けど、タルブが襲われたのに村人に被害は出なかった。ゲイルノート・ガスパールがトリステインとゲルマニアを次々に襲ったけど、被害を受けたのは軍需物資集積場、一般国民には不安は広がっても死者は出なかった。ロサイス、シティオブサウスゴータも市民の被害はほぼゼロ。死んだのは軍人ばかりよ」

 言われてみればそうだ。不思議なほどに一般人の被害が出ていない。

 「それに、アルビオンに蔓延ってた膿はゲイルノート・ガスパールが全部焼き尽くし。今のウェールズ王の下、優秀な官吏と、ホーキンス、ボーウッド、ボアロー、カナンらの優秀な将軍らが協力してアルビオンを統治してる。ゲルマニアにしても、アルブレヒト三世の下に権力が集まり、これまでバラバラだったが故に出来なかった様々な政策が実行され始め、好景気になっているわ」

 確かに、戦後の方が、戦前よりも良くなっている。

 「そしてトリステイン、王が空位だった頃にあちこちの貴族が好き勝手やってたような状態で、リッシュモンのような汚職の塊みたいな貴族が蔓延してたわ。だけど、軍部の膿はあのアルビオン戦役で消えたし。戦争があったことで王政府の権限は強化され、そういった害虫の排除も可能になってきた。だから、トリステインはかつての姿をとりもどしつつある。それに、アルビオンの強力な艦隊も健在のままで、トリステイン王政府と友好関係にあるしね」

 トリステインもか。

 「その上、あのゲイルノート・ガスパールが掲げた大義は“聖地奪還”だったから、トリステインとアルビオンの民にはその言葉に対する不信感や拒絶感が強くある。それに、ゲルマニアは元々聖戦反対組だし、やっぱりアルビオン戦役以降はその傾向が強まってるわ。それに、トリステインとアルビオンはガリアに多大な恩があるから今は逆らえない」

 てことは、ロマリアは孤立無援?


 「だから、ハルケギニア諸国の膿を除き。かつ、ガリアには手を出せない状態にする。その上、“聖地奪還”という言葉に対する抵抗感を王政府ではなく国民に植え付け、さらにはこの戦いの前哨戦というか、実践をも兼ねていた。何事も一度やってみるのが確実。それで出てきた問題点を考慮して、次に生かせばいい。その次が、この“聖戦”なわけね」

 全部か、全部なのか。

 「全て、彼らの筋書き通り?」

 シャルロットも驚いてる。まさかそこまで壮大な計画だとは思ってなかったんだろう。


 「そういうことよ。私もさっぱり気付かなかったわ。さっきもいったけど、終点が見えればそこから逆に辿れば過程が見えてくる。あのアルビオン戦役がハルケギニア全体にもたらした効果を考えて、逆に辿っていくとそうなるのよ。全て、旧世界の秩序を破壊するための布石だったわけね」

 「……」

 「……」

 俺もシャルロットも絶句するしかなかった。


 「ガリアに始まり、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア。皆新しい流れが生まれて、いい方向に進み始めている。止まっていた歴史が動きだしたみたいに。なのに、ロマリアだけは過去に向かっている。何千年も前の“聖戦”なんてものを再現しようとしている。つまり、ここが最後よ、彼らの計画は全てここに収束するはず。その為に私達もここに招待されたんでしょうね。ハインツが言っていたわ、私達は新時代の担い手だと」


 「つまり、新時代の担い手として、旧世界の終りを見届ける?」


 「多分、ハインツはそれを望んでいるんだと思うわ。けど、強制はしないのがあいつなのよね。常に最後の選択は自分でやらせる。この時点で私達に全てを明かしたようなものなのは、知った上で私達がどう行動するかは、自分達で決めろということなのでしょうね」

 その辺はハインツさんらしいな。


 「まあ、正直話がでかすぎてよくわからねえけど、俺はここまできて途中で帰りたくはねえよ。死ぬほど後味悪いしな」

 「私も、自分の眼で見届けたい」

 まあ、他の皆も全員同じ答えだろう。そうでもなきゃ、あのフェンリルと戦ってやしない。


 「そう、それで、あんたを呼んだところに戻るんだけど。以前あんたが話してたわよね、十字軍ってのについて」

 十字軍? まあ、確かに話したことがあったかな。


 「それがどうかしたのか?」

 「それがこの“聖戦”に似てるって言ってたでしょ。それで聞きたいんだけど、その十字軍に参加していた者達は何を目的にしていたか」

 十字軍の目的か。


 「俺も歴史の教科書で習ったくらいだから詳しくは知らねえけど、お題目は“聖地奪還”だったはずだ。けど、実際はただの略奪集団で、飢えた農民とかも多く参加してて神の名の下に殺戮しまくったとかなんとか」

 ん? これってまさか……

 「もう一つ確認よ。当時の世界において、侵略した側とされた側。文化が進んでいた方、もしくは作物とかが豊かで民の暮らしが安定していたのはどっち?」

 今じゃあヨーロッパ=先進国のイメージがあるけど、当時は確か。

 「イスラム世界、あ、いや、侵略された側の方が進んでたはずだ。だから、十字軍は西の蛮族とか呼ばれていた。だったかな?」

 若干不安がある。

 「つまり、それがこの“聖戦”におけるガリアとロマリアの関係ね。しかも相手は狂信者、どこまでも暴走するでしょう」

 だけどな。

 「なあルイズ、ヨルムンガントやフェンリルから逃げ回ってたあいつらが狂信者なのか?」

 とてもそうは思えないんだが。

 「確かに、あれはただの腰ぬけ」

 シャルロットは厳しい。


 「そうね、あいつらはただのゴミよ。というのも、あいつらはロマリアの中でも特権階級にいる奴ら。市民がその日の食糧にも事欠く有り様なのに、神官は贅沢が出来る。だから、どんなに神を盲信しようが、現世での生活が快適なものである以上、未練がある。死を恐れぬ戦士に恐怖を与えるのは豊かで安全な生活なのよ」

 「だから腰ぬけなのか」

 「自分の為に仲間を見捨てる屑」


 「だけど、それとは比較にならない本物の狂信者はいる。ロマリア連合皇国に所属する都市国家の中でも辺境のほうにあったり、もしくは都市周辺の村落に住む者達。彼らはその日の生活もままならない挙句、配給されるスープも無い。だから、神に縋ることでしか生きられない。神に祈って、神に従って生きていれば、死後の世界や来世で幸せになれる。それだけを希望に生きている連中、だから、神の為に死ぬことに未練が無い」

 神の為にしか生きられない。根っこの理由は真逆だけど、教皇と似てるな。

 教皇は信徒の為、そいつらは自分の為。

 「彼らも今回の“聖戦”で動員されている。総力戦だから当然だけど、ただの農民に過ぎないから戦力にはそれほどならない。だから、兵站輜重や寝返った諸侯の領土の監視役などにまわされたわ」

 普通に考えりゃ当然だ。トリステインの諸侯軍も似たようなもんだった。戦うのは王軍で、彼らは後方支援。


 「けど、食糧が無いロマリアにはそもそも補給線が無い。だからガリアの都市に備蓄されてる物資を奪うつもりだったんでしょうけど、それもほとんど無かった。かといって、都市の生活用の食糧を奪えば諸侯はまた寝返ってしまう。結果、辺境までいって食糧を集める必要がある。そしてそこに、その狂信者達、約1万が派遣された」

 「それって、ヤバくねえか」

 「まずい」

 そんな奴らを手綱もつけずに解き放ったら、何をしでかすかなんて考えるまでもねえ。


 「ベリーニ卿が大軍をまとめてトゥールーズに留まっているうちはよかったわ。“高潔なる騎士”の指揮下でそんなことをすれば命は無い。下手をすれば神に逆らう異端になる。けど、ロマリア軍の士官は大半が聖堂騎士あがりなのよ。だから大局を見る力が無い。ベリーニ卿と一緒に生粋の軍人だった幕僚も一緒に更迭されたから、まとめることが出来る指揮官が存在しない」

 「どれだけ無能なんだ?」

「簡単に言えば、アルビオン戦役でのド・ポワチエやウィンプフェンを聖堂騎士にして、前進しか頭に無いようにした感じね。で、その連中が暴走して、カルカソンヌまで進撃し、広大な土地が軍隊の存在しない空白地帯となった。そんなところに狂信者1万だけがあちこちに散らばることになった」

 「教皇は、それを認めたのか?」

 「そうよ、彼は“理想の教皇”で、善しか持っていないから人間がどういう生き物か理解できない。神の戦士が私欲の為に、民を一方的に殺戮するなんて考えることが出来ない。いえ、それを考えてしまったら彼は彼じゃなくなる。それを考えれるようだったらそもそも“聖戦”なんて起こさない」

 そうか、致命的なところで壊れてるんだ。

 「そいつらは聖堂騎士とは比較にならない本物の狂信者、まさに何でもするし、異端が相手ならどこまでも暴走する。本質的にフェンリルと同じなのよ。あれも元々は“聖戦”で使用するための怪物だったそうだし」

 結局、怪物ってのは人間なのか。


 「だから、ガリアの辺境に狂乱が起こるわ。神の為の死を恐れない軍勢が暴走を始める。殺さない限り止まることはないでしょうね」









■■■   side:out とある辺境の村   ■■■


 ラング=リション地方の山間に存在に小さな村があった。

 そこは交通の便が悪く、他の村との距離も遠く、三方を山で囲まれた陸の孤島と言ってよい村だった。

 村の人口も100に満たず、ガリアでも最も小さい方の村といえる。

 それ故に情報が入ってくることも滅多になく、1か月に一度入ってくればいい方だった。

 この村伝統の工芸品は他の地方では珍重されるので、それを時折売りに行く以外は、完全に自給自足。

 言ってみれば自然の修道院みたいな生活をする村だったが、飢えることも無く、穏やかに過ごしていた。


 だから、ロマリアが“聖戦”を発動したことも、ガリアに攻め込んだことも知らない。それ以前に、自分達が住んでいる国がどういう国かさえよく知らなかった。

 そんなことを知らなくとも彼らは生活できたし、この地方は自然が豊かで、幻獣などがごく稀に出る程度。

 ブリミル教の寺院も近くにないため、彼らブリミル教を信じる以前に接する機会が少なかった。

 そして、たまに出る幻獣の退治を依頼する代償として、王国に税を納めているという認識でしかなかった。



 だが、そんな村はある日、唐突に消滅することとなる。 
 


 「焼け! 焼き払え! 殺し尽せ! 異端は元より、ブリミル教の信徒でありながらエルフと通じた背信者どもだ! 神の御意志に背き、異端共と誼を通じた悪魔共だ! 生かしておくな!」


 「殺せ! 殺せ! 異端を殺せ!」


 「神に仇なす悪魔を滅ぼせ! より多くの悪魔を殺した者に神は恩寵を与えられる!」


 「奪え! 奪え! 神の恵みを貪る異端共から、神の糧を取り返すのだ!」


 「始祖ブリミルが祝福を与えし、このハルケギニアを汚染する悪魔を殺せ!」


 神への狂信に囚われた兵士の一団が現れ、悪夢の刻が始まった。



 彼らは村に駆け込み、逃げ惑う人々を殺戮し始めた。

 老人も女も容赦なく、神に背く悪魔として殺された。

 血がしぶき、悲鳴が上がり、血に酔った侵略者達はさらに熱狂しながら殺戮を続けていく。


 赤子とて例外ではなかった。

 悪魔の子はいずれ神に逆らう悪魔となる。故に殺すべし。


 その教えに従って彼らは容赦なく、赤子をも槍で串刺しにした。


 神に逆らう者に対しては何をやっても、どんな残虐なことをしても許される。

 いや、殺せば殺すほど、神の恩寵を与えられる。

 彼らはそう教えられており、それを心から信じ切っていた。

 そうでもなければ、生きることへの意味が見いだせなかったから。


 家々には火が放たれ、炎に追われて逃げ出してくる者は全員殺された。


 そして、家畜や倉庫にあった食糧などはすべて奪い、彼らはさらなる異端と獲物を求めて進撃していく。


 これは神の名の下の“聖戦”。


 異端共を殺し尽すまでは終わらない。


 果てしない狂嵐が始まった。








[10059] 終幕「神世界の終り」  第五話 歴史が変わる日(あとがき追加)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/09 22:44
 ロマリア軍本隊はカルカソンヌでガリア軍と睨み合いを続けているが、辺境では際限ない殺戮が開始されようとしていた。

 神の名の下に殺戮を行う狂信者は止まることを知らず、暴走を始めた。

 それを唯一止められる教皇はその事実を知らず、また、その事態を考えることすら出来なかった。

 しかし、神に逆らう者は悪魔であると決まっている。

 神に逆らう悪魔に協力する者達もまた結集していた。





第五話    歴史が変わる日





■■■   side: out とあるフェンサー   ■■■

 「オラオラオラァ!」

 鎖がついた大鉄球を力の限り振り回す。


 俺のルーンは“双腕強化型”、“身体強化系”の中でも割とポピュラーな方だ。

 俺は現在北花壇騎士団フェンサー第十五位。

 ルーンの扱いにはそれなりに熟達してる方なんだが。


 「殺せ!殺せ! 異端を殺せ!」

 「悪魔を滅ぼせ! 生かすな!」

 狂信者ってのは仲間が挽き肉になろうが構わず突っ込んできやがるから始末が悪い。


 「“大鉄球”のジーンを舐めるんじゃねえ!!」

 俺はひたすら大鉄球を振り回す。ルーンの力は魔法と同じく精神力の強さで決まる。諦めたら終わりだ。

 それに、絶対に退けない理由がある。


 俺の任務は後方にある村の守護。

 王政府軍は9万がカルカソンヌに集結してるし、残りはラグナロクの本隊として行動してる。

 つーかそもそも、ここは封建貴族共の領地だから王軍がいるはずもない。

 だから、北花壇騎士団フェンサーと、その下部組織の『ベルゼバブ』がヨアヒム大隊長の指揮下で戦っている。

 『ルシフェル』も動員出来りゃ、もうちょい楽なんだろうが、そっちもマルコ大隊長の指揮下で別の任務があるから無理だ。


 俺はここを任された。北花壇騎士団フェンサーはプロフェッショナルの集まりだ。任されたからには絶対にやり遂げる。

 完全に実力主義、故に、己の力を示す。そして、仲間を裏切らない。自分より優れた者を妬むのではなく、越える為に己を高める。

 それがフェンサーだ。失敗は許されねえ。そうなったら後ろの村の住民は殺戮される。


 ファインダーが一応、避難を急がせてはいるが、彼らは軍人じゃない、緊急事態に迅速に動けるわけがない。

 村の中にメッセンジャーやシーカーがいれば、彼らも協力してくれる。大体の村には一人くらいはいるから、そいつらの存在も大きい。

 村ってのは一種の閉鎖空間だ。だから、よそ者の言葉にはそう簡単には従わない。

 だが、普段一緒に過ごす者の言葉なら素直に聞く、そして、ファインダーがそいつの知り合いならファインダーの指示にも従う。

 けど、それでも時間が足りねえ、だから俺が稼ぐ必要がある。


 「おらああああああああああああああ!!」

 振り回す! 振り回す! 振り回す!

 絶対にここは通さねえ。

 既に“ヒュドラ”は使ってるが、それでもきついな。


 「殺せ! 殺せえ!」

 「焼き滅ぼせ!」

 「射ち殺せ!」

 まずい! 銃兵がいやがったか!


 「がっ!」

 左肩に喰らった。急所じゃねえが、この位置はまずい。

 この状態じゃあ鉄球を振るえねえ、治療しようにも時間がねえ。

 ロマリアの正規軍はともかく、農民兵はせいぜい槍と弓くらいしか持ってねえんだけどな。


 敵はまだ50以上はいる。20人以上は潰したはずだが、どうやら80近くいたみたいだな。


 「こうなりゃ」

 俺は“ピュトン”を取り出す。

 既に“ヒュドラ”を打ってる状態でさらにこいつを使えば、最悪死ぬかもしれねえが構うもんか。

 死ぬかもしれねえってことは、死なないかもしれねえってことだ。だったら生きればいいだけのこと。


 だが。


 ドゴン!

 という轟音が炸裂し、狂信者が吹っ飛ぶ。


 「今のは、イグニス?」

 炎の魔弾「イグニス」、しかも、普通のやつより強力だ。


 「おーい、ジーン、手こずってるみたいじゃねえか、手え貸すぜ」


 「小隊長!」

 こっちに向けてとんでもない速度で走ってくるのは、北花壇騎士団第三位、小隊長、“魔銃使い”のフレッド。


 「とりあえず、くたばれやあ!」

 そういいながら、銃を持って殴りかかるフレッド小隊長。ちなみに銃身はやたらと長い、火縄銃よりも長え。

 この人は俺と同じ“身体強化系”を持つが、その錬度は俺なんかとは比較にならねえ。

 ルーンの強化を部分的、かつ、瞬間的に行うっていうのを最初に編み出したのもこの人だ。


 フレッド小隊長は“全身強化型”だが、どういうわけか、“銃”を持っている時に限られるらしい。

 銃を扱う才能は無いのに、銃をぶっ放すことが好きだったという性格が反映してんのかもな。

 だから、銃で殴りかかるという奇想天外な戦闘スタイルになる。“魔銃使い”が銃で殴りかかってくるなんて予想外もいいとこだ。


 つーか、北花壇騎士団も変わったよな、前だったら俺らみたいな平民はいなかったし、隊員同士が知り合うこともなかった。


 「弱えぞこらあ! 根性見せやがれえ!」

 小隊長は強い、俺なんかとは別格だ。

 だが、俺も傍観している場合じゃねえ。持ち合わせの秘薬と針と糸で手早く傷口を縫う。

 副団長直伝の応急処置、メイジでなくとも戦えるくらいに治療は出来る。


 「死ねやこらあ!」

 そして、俺も敵をぶっ潰すために走り出す。






 で、十分程で敵は全滅。

 「助かりました小隊長。けど、何でここに?」

 小隊長には小隊長の担当地区があったはずだが。

 「ロマリア軍が余程の無能ぞろいだったのか、狂信者共を全部兵站輜重に回しやがった。要はこいつらを扱い損ねたんだな。だから、1万もの狂信者が暴れ回ることになっちまった。こっちの予想の倍の数だ」

 1万か、確かに、本隊のロマリア軍が2万だってのに、1万を後方に回す馬鹿は普通いねえ。


 「だが、我等が副団長は、いつも俺らの予想の斜め上を行く。援軍が来てくれたんでな、俺の担当地区は任せて、やばそうなとこの援護にまわったわけだ」

 援軍?

 「一体どうやって? 王軍は来れるわけないし、『ルシフェル』にも任務があるんじゃ」


 「だ・か・ら、予想外の援軍だったんだよ」












■■■   side: ビダーシャル   ■■■


 「我と契約せし風よ、我は古い制約に基づき命令する。刃となりて我に仇なす敵を討て」

 巨大な竜巻が発生し、狂信者達を飲み込み粉々に砕いていく。


 「エルフだ! エルフがいたぞ!」

 「殺せ! 異端を殺せ!」

 しかし、狂信者達は全くひるまずこちらに迫り、一斉に矢を射かけてくる。


 だが、それは私に届かず、方向を逆に変え、彼らに襲いかかる。


 「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫となりて我に仇なす敵を討て」

 私は容赦なく攻撃を続ける。

 我々エルフは本来戦いを好まぬが、女子供まで容赦なく殺す狂信者にかける慈悲までは持ち合わせておらぬ。


 それに、ハインツとの約束がある。狂信者の脅威にさらされる民を守ってやってくれと。

 我々エルフに限らず、“知恵持つ種族の大同盟”に参加している者達は皆、彼の願いに応じた。

 この最終作戦“ラグナロク”は我々にとっても悲願なのだ。


 これまで我々は人間と戦って来た。

 人間とはこのような狂信者であるという認識があり、我々の方から歩み寄ることもなかった。言ったところで無駄だとしか思えなかった。

 “ネフテス”の統領と、ガリアの王が極秘に使者を交わすことはあったそうだが、あくまで駆け引きでしかなかった。


 しかし、ハインツが提案した“知恵持つ種族の大同盟”は、これまでとは根本的に違うものであった。


 “人間とは、種族としてみれば世界に害をあたえるだけの存在だ。だが、下手に滅ぼそうなどと考えれば、世界そのものすら道連れにしかねない生き物だ。故に、皆で協力して人間の暴走を止めよう”

 と、人間が提案して始まった。

 正直、彼が人間なのかどうか本気で疑ったものだ。しかし、彼は人間でしかなかった。精霊の声を聞けるわけでも、異なる種族の血が混じっているわけでもなかった。


 そして、我々エルフも協力することとなった。これまでの我々にも問題はあったのだ。人間を“蛮人”と見下し、自分達よりも劣る者だという傲慢があった。

 しかし、これからは対等の関係だ。友が進む道を誤りそうならば、正してやるのが友人の務めというもの。人間とエルフは互いにそのような存在になれれば良いと思う。

 人間が道を誤ればエルフが正す。エルフが道を誤れば人間が正す。そしてそれを、13の種族全体で行い、より広げていけばよい。

 価値観を一つにまとめる必要はない。人間は同じ種族ですら、異なるいくつのも考えや宗教を持つのだ。


 だが、ブリミル教はそういった異なる価値観を全て異端とし、排斥するものだ。純粋に人々の為に日々を過ごす純朴な神官も多いだろう。だが、それを遙かに上回る数の悲しみと憎しみが生みだされ続けてきた。

 ハインツが皆に示した、あの6000年の闇がその最たる例だろう。あれを生み出すものを残すわけにはいかない。あれは負の感情しか残さないものだ。


 「殺せ! 異端を殺せ!」

 「神に背く悪魔を殺せ!」

 彼らは正にその具現、純粋なる狂信者。

 ならば、苦しみを与えず殺すのが、せめてもの弔いか。


 「大気に満ちる風と水よ、我は古き盟約に基づき命令する。今こそ交わり火の意思を示せ、力を束ね極大なる光となるべし」

 アーハンブラ城では「水」の力が無かった故に使える力に限界があったが、ここで精霊達を契約すれば全ての精霊の力を扱える。


 発生する巨大な稲妻、それは次々に発生し、狂信者達を悉く打ち倒す。


 稲妻が止んだ後には、黒焦げとなった死体が数百体残された。


 「さて、残りの者達はどうしているか」

 私だけではなく、“ネフテス”から出向してきた15人も全員戦っている。

 元々活力に満ち、エルフの中でも血の気が多い連中だ。友人を助けるために全力を尽くすだろう。


 「しかし、やり過ぎないかが少し気になるな」

 まあ、狂信者が相手ならば問題ないとは思うが。







■■■   side: ヨアヒム   ■■■



 「オラオラァ!!」

 俺は“魔銃”を狂信者目掛けてぶっ放す。


 この戦いでは全員の持ち場は決めてあり、敵が現れる場所や、その数に合わせて臨機応変に変えていくことになっている。

 俺の役目はフェンサーと『ベルゼバブ』の統括。さっき第三位、第四位、第五位を苦戦してそうなところに応援に行かせたが、まだまだ敵の数は多い。

 1万って数は少々予想外だったが、ハインツ様は万が一に対しての備えを怠ってなかった。まさかあの人達を全部動員してたとは。


 「殺せ!殺せ! 異端を殺せ!」

 「神の怒りを見せつけろ! 滅びろ悪魔め!」


 まったく、馬鹿の一つ覚えみてえに同じことばっか叫びやがって。

 だが、数が多い、五百人はいやがるな。一番数が多そうなところを俺の担当にしたんだから当然なんだが。


 「来やがれ! まとめて相手してやらあ!」

 俺は次の魔銃を取り出して迎え撃つ。


 が。


 馬車が空を飛んできた。しかも燃えてるし。


 そして、とんでもない轟音を立てて狂信者のど真ん中で炸裂した。ありゃ、火の秘薬でも詰まってたのか?


 「ふう、即席で作ったものだったが、効果はあったようだね」


 「ガラさん!」

 現われたのは“知恵持つ種族の大同盟”リザードマン代表のガラさんだった。


 「いやなに、ハインツ君に頼まれてね。君のことだから一人で無茶する可能性が高い。だから一応補佐してやってくれとね」

 思いっきり読まれてるし、やっぱまだまだハインツ様には及ばねえな。


 「リザードマンの方々はどうしてるんですか?」

 「ヤラ、ソエグ、二ウェン地区に分散してる、彼らなら問題ない」

 ガラさんを隊長とするリザードマン部隊の戦闘力は高い。おそらくエルフに次ぐだろう。


 「協力、感謝します」

 「礼には及ばないさ、僕達は僕達の意思で戦うことを決めたのだから」

 あんまり話してる時間もなさそうだな。狂信者共がまた突っ込んできやがった。


 「とりあえず、あいつらを殲滅しましょう。ここからは俺も本気で行きます。ガラさんも使うんですか?」

 「まあ、そうなるだろうね。フェンリルと間違われそうではあるが」

 「あー、フェンリルが圧縮炎弾を撃ち出す時、赤く発光してたってのは、それですか」
 
 ハインツ様はフェンリルに使われている材料のことを“大同盟”の皆に話し、その上でフェンリルを使うことに同意してくれるかどうかを聞いたそうだ。


 「ああ、僕達の血だろう。火の精霊力を圧縮する際にその因子が強く出たんだろうね」

 「だけどよく、フェンリルを使うことに皆さんが賛同してくれましたね」

 普通は言わないもんだが。

 「ハインツ君は僕達に一度も隠しごとをしなかった。6000年の闇に関わることだろうと包み隠さず話し、その上で僕達の意思を聞いてきた。だから僕達は応じたんだ。信頼には信頼で応えるのが僕達の流儀だからね。他の種族達も似たような感じだろう」


 全部ぶちまけて、その上で相手に決めてもらう、ハインツ様の基本方針だな。

 全く、あの人はすげえ。つーか人間より、他の種族との方が仲良いんじゃねえか?


 まあそれはともかく、俺は“ヒュドラ”を使用し、ガラさんの身体も赤く輝いていく。


 「離れて戦った方が良さそうだね、僕達はどっちも火力重視だ。下手すると味方を巻き込みかねない」

 「了解、俺は右を、ガラさんは左をお願いします」


 そして俺達は一気に突っ込んだ。














 「異端者を殺せ!!」といって、目を血走らせながら向かってくる狂信者に対し、俺は”解析操作”系のルーンの力で魔銃をぶっ放す。


 「おらあ!!」

 火の魔弾が狂信者たちに命中するが、その威力はルーンが無い者が撃つのと変わらない。俺ではルーンの効果を十全に発揮させられない。

 

 俺とマルコは半端モンだ。

 貴族と平民の混血。“穢れた血”、忌み子とされてきた。貴族からは、平民の血が混ざってる故に蔑まれ、平民からは魔法が使えることで、親しみをもたれなかった。

 このラグナロクが終われば新しい時代が来る。貴族の特権支配は終わり、貴族は魔法が使える魔法族、平民はルーンマスターになれるルーン族として、世襲ではなく、己の力で身を立てていく事になるだろう。

 その中で俺たちのような混血は割を食う。魔法の力は弱いのに、ルーンは刻めない。

 けど、あの人たちのやる事に穴なんて無かった。ラグナロクが発動する少し前に、陛下が開発した新型ルーンは、俺たち混血でも刻めるように改良されたものだった。純血にはどうやっても無理だったらしいが。

 そうしたルーンを持つ俺達は“セカンド”と呼ばれる。やがては“サード”も出来るんだろう。

 ハインツ様が『よし、早速カーセやアンリに刻んでやろう』って飛んで行ったのを覚えてる。そんな暇ねえってのにあの人は。

 だけど、それにも限界がある。なんでも、混血にルーンを刻んだ場合、その血の割合によって発揮されるルーンの力の限界が変わるとか。その辺の細かいところは分からねえが、俺やマルコのような純血の貴族と、純血の平民の混血は。ルーンの限界はちょうど半分らしい。

 ハインツ様のような純血のメイジが魔法100、フツーの平民がルーン100だとすると、俺たちは魔法50、ルーン50。
 
 どんなに修行を積んでも、魔法はラインがせいぜいで、ルーンは半分の効果しか発揮できない。

 半端モンはどこまで行っても半端モンだが…

 そんな半端モンだからできるって事もある!!


 「オラオラオラオラァァァ!!」

 俺は魔銃を撃ちまくる。そう、撃ちまくっているのだ。

 通常、銃は単発。魔銃もそれは変わらない。

 熟達した”解析操作”のルーンマスターなら、魔弾の弾道を自在に操作したり、威力を拡散させたり増幅したり出来る。頂点のミョズニトニルンなら、魔弾”イグニス”を魔砲弾”ウドゥン”並の威力に出来るらしい。

 ま、その場合だと魔銃の銃身が吹っ飛ぶけどな。

 俺にそんな芸当は無理だ。俺に出来るのは弾込めと引き金をひくのを、手を使わずにやるくらい。

 けどそれで十分だ。

 俺は『レビテーション』で操れる限界数の魔銃を、自分の周囲に浮かせ、それを3つのグループに分ける。

 一つは弾込め、一つは待機、一つは発射。

 これを循環させれば、背中に背負った箱の中の魔弾が無くなるまで連射できる。その辺の『レビテーション』の操作は「風」のメイジたる俺は得意としてる。これは俺やマルコみたいに”両方使える”からこそ出来る芸当だ。

 ハインツ様は「おお、ノブナガ式か!」って言ってた。ノブナガって何だ?

 ま、用は本人のやり方しだい。半端って事は両方使えるってことだ、片方50づつなら足しゃあ100だ。組み合わせ次第でどうとでもなる。


 これからはそういう時代だ。下らねえ身分制や特権が無くなって、貴族だろうが平民だろうが混血だろうが、自分で道を切り開いていく事が出来るようになる。生きていく幅が広がるんだ。



 何はともあれ、俺は銃を撃ちまくる。

 当たるかどうかはどうでもいい、銃ってのは“弾を当てる”もんだが、俺のやり方は“弾に当たれ!”だ。


 「喰らいやがれエエエエエ!!! トリガアアアァァァァァハッピイイイィィィィ!!!!」

 絶叫しながら俺は撃つ。 叫ぶことで精神を高揚させる。つまり最高にノッてる状態を維持する。

 メイジもルーンマスターも基本は同じ。威力は本人の精神力に左右される。今の俺は”ヒュドラ”を使ってるからなおだな。

 本来ルーンの力で俺が使えるのは、15丁が限界だが、今はその3倍の45丁を使ってる。1回15丁の魔銃が火を噴くってわけだ。

 マルコに奴は、”身体強化”のルーンが刻まれてる。あいつは土メイジだから、剣、って言うより取っ手がついた刃(2メイル近い長さだ)を、”身体強化”の力に物を言わせてブン投げる。その『錬金』と投擲を繰り返すのがあいつの戦い方だ。

 俺は銃、アイツは刃、共に物量勝負ってところはそっくりだ。


 「砕!!!」

 俺は押し寄せる狂信者たちを片っ端から吹っ飛ばしていく。

 ここで、へまは出来ない。何せ最終作戦、しかも相手は狂信者、倒さなけりゃ女子供まで皆殺しにする奴らだ。

 こいつらは神官や聖堂騎士団みてえな、宗教の権威を盾に私欲を貪る奴らとは違う。貧しい生活の中を、信仰に縋ることで何とか生きているやつらだ。だから純粋にブリミル教を信じている。

 そんな奴らが、”聖戦”なんてもんが始まったばっかりに『神の名の下、異端者には何をしても許される』なんて免罪符を持たせちまったから、暴徒と化しちまった。自分たちの欲望を、神の名の下に発散する狂信者になった。狂気が果てるまで止まらないだろう。

 だから俺たちはぶっ壊すんだ。このクソくだらねえ世界の価値観って奴をな。









■■■   side: ガラ   ■■■



 右翼はヨアヒム君に任せ、僕は左翼に突っ込んだ。


 「怪物だ! 怪物が来たぞ!」

 「神に仇なす悪魔の申し子め!」

 怪物か、まあ、あながち間違っちゃあいないかもなあ。


 僕達リザードマンは火竜やサラマンダーと同じく、体内に強い「火」の精霊力を宿している。

 簡単に言えば直立二足歩行するサラマンダーだが、その肌は普段緑色だ。

 火竜やサラマンダーは炎を吐くが、僕達は吐かない。その代り身体能力の強化と、火を扱うことに特化している。


 つまりは身体能力としてではなく、精霊魔法として火を扱う。その点が他者との最大の違いと言える。


 だが、僕達と同じように精霊の力を身体能力の向上にむけているケンタウルスやライカン、巨人族の中には精霊魔法を使うものもいるように、リザードマンの中には、体内の「火」と、外部の「火」を融合させる技術を持つものもいる。

 まあ、僕もその一人なわけだが。


 体内の精霊力によって炎を吐く火竜。

 外部の火の精霊に呼びかけることで「火」を扱うリザードマン。


 これはその組み合わせ、外部の火の精霊を体内に取り込み、体内で循環させ力と変える。

 その際、火の精霊の力が高まるため、身体は赤く発光する。


 フェンリルの精霊力を吸収する特性は、これを全精霊に適用したものなのだろう。僕達はこれを行える時間に限りがあるが、あの怪物はそれがなかったというわけだ。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 これを発動させている間は身体能力はさらに強化される。人間ならば素手で引き裂くことは容易だ。

 だが、身体への負担も大きい。使うのは15分くらいにしておきたいところだ。


 「はああああああああああああああああああああああ!!」

 精霊をさらに吸収し、体内で圧縮、流石にフェンリルには及ばないが、圧縮炎弾を撃ち出す。


 百人くらいは消し飛んだか、フェンリルは五百人以上を消し飛ばしたというが。


 向こうではヨアヒム君が戦っている。ルーンの力と魔法の力を使って。


 この戦いは、これからのガリアを象徴している。

 平民、メイジ、先住種族。

 平民はルーンの力で、メイジは魔法の力で、我々は精霊の力で。

 その三者が対等な立場で力を合わせ、狂信者に襲われる民を守るために戦っている。

 メイジが平民を支配し、先住種族を異端として迫害する時代は終わる。


 だが、そう簡単にはいかないだろう。まだまだ様々な問題があるだろうし、新しい体制に馴染めない者を多く出てくるだろう。

 しかし、それを恐れて一歩も進まないのではこれまでと同じだ。焦って走る必要はない、一歩ずつ確実に進んでいけばいい。

 これはそのきっかけであり、最初の一歩だ。そして、彼らならそれが出来るだろうと僕は信じている。

 どんな種族でも、互いに分かりあおうとすれば、分かり合えるはず。それをしようとしなければ、ロマリア宗教庁のようになり果てる。


 故に、僕達は戦う。様々な種族が、共に笑い合いながら過ごせる未来の為に。









■■■   side: アイーシャ   ■■■


 ≪ヨシア、他の所は?≫


 ≪ええと、北の方でまだ避難出来てない人がいるみたいだ≫


 ≪ありがとう≫

 私はヨシアとの対話を一旦切る。


 「シーリア、北の方、まだ逃げ遅れてる人達がいるみたい」

 「分かったわ。あんた達、北に向かうよ、全力で飛ぶんだ」

 私達は妖精の方々と一緒に一斉に飛ぶ。


 私達翼人と、妖精の役割は、逃げ遅れた人達を助け出すこと。

 グリフォンやマンティコア、ヒポグリフなんかも使えればいいんだけど、村の人々には馴染みがないから逆に怖がってしまう可能性もあるし、人が乗っている途中で弓を射かけられたらまずいことになる。

 けれど、私達なら「風」の精霊の力を借りることでそれを防ぐことが出来る。そして、情報は“他者感応系”のルーンを刻んだヨシアが私に伝えてくれるし、他にも同じような能力をもったルーンマスターが何人かいる。


 …………ヨシアのルーンはちょっと特殊で、ある条件を満たした者としか感応できない。


 「何顔を赤くしてんだい?」

 「!?」

 気付いたらシーリアが横を飛んでいた。


 「まったく、最終作戦の真っ最中だってのに、昨日のベッドの上での出来事を思い出しているんじゃないよ」

 「そ、そんなことしてないわ!」

 してない、断じてしてない。


 「まあねえ、人間の男ってのは、翼人より性欲が旺盛だからねえ。あんたも気張るんだよ」

 「そんなことないわ! ヨシアはとっても優しいのよ!」

 「へえ、どんな風に?」

 「そ、それは…………」

 言い淀む私。


 「こらこらシーリア、あまりアイーシャをからかうな」

 そこで救世主降臨。妖精族代表のフェリスさん。ちなみに大きさは30サントほど。

 「何よフェリス、ドクシーの分際で意見する気?」

 「残念だが私はピクシーだ。というか、空飛ぶ小人族を全部妖精と呼んだ方が効率がいいだろう」

 彼らを“妖精”と、一くくりにするように提案したのは彼自身。

 自分達を分けるのがめんどうくさいとかの理由で、彼らの方から統一してくれと依頼したとか。


 「あんたらには、種族の誇りというものが無いんかい」

 「無い、そんなものよりは花の蜜を吸ってるほうが百倍有意義だな」

 凄い意見だわ、けど、このフェリスさんは人間代表のハインツさんと、もの凄く仲がいい。


 「まったく、ハインツみたいなこと言うんじゃないよ」

 「無礼な、我らはハインツ族ほど特殊ではない」

 「あの、ハインツさんは個人であって、部族じゃないんですけど」

 一応突っ込んでおく。


 「あれを人間と考えるのは間違いだと思うのだがな」

 「その点は同意するよ、あれを人間と呼んだら人間に失礼だよ」

 これまた凄い意見。まあ、誰もが自由に発言できるのが“知恵持つ種族の大同盟”ではあるけれど。

 でも、親しいからこそ悪口を言い合える関係もある。というか、ハインツさんの周りにはそういう人達が多いみたい。


 「ま、頼まれたことはしっかりやんなきゃね。それに、私の弟も十数年前にあいつら狂信者の仲間に殺されたもんでね、少しばかり腹立ってるのさ」


 「私には私怨は無いが、あいつらは存在していて気分がいいものではないな」

 結局、皆の意見は同じみたい。


 「そろそろ到着するよ! 片っ端から避難させるよ! ごちゃごちゃ抜かしたら眠らせて強引に連れてくんだ!」

 「「「「「「「「「「  了解!! 」」」」」」」」」」


 これが、私達が避難誘導要員になった理由。

 村の人達が慌ててたり、私達を見て怯えた場合は、妖精が問答無用で眠らせて翼人が連れていく。


 「完全に人攫いだな」

 私もそう思うけど、一番効率が良いのも確か。

 これを考えたハインツさんは、やっぱり普通じゃないんだろうな。








■■■   side: エルザ   ■■■


 「あー、ったく、何でこんなことまでやらされなきゃいけないのよ。吸血鬼にだって人権があってもいいと思うわ」


 「ははは、まあそう言わずに頑張ろう。他の皆も頑張っているのだから」

 答えるのはホビット族代表のエルロヒア。


 「ほっほ、若いんじゃからもっと働いてもいいくらいじゃ、ハインツを見習うと良い」

 そう言う爺さんはジャイアント代表のトゥルカス。


 「冗談じゃないわよ、あいつと同じくらい働いたら過労死するわよ私」

 あの悪魔と一緒にしないで欲しいわ。

 ………吸血鬼に恐れられる人間ってのが、この世の中にはいるのよね。


 「さて、嬢ちゃんや、敵はいつ来る?」

 ジャイアントの身長は10メイルくらいある。流石にヨルムンガントに比べたら子供だけど、十分脅威よね。

 つーか、この爺さんは20メイルもある。ジャイアントの中でも、炎を操るのや氷を操るのは大きいそうだけど、この爺さんは「土」らしくて、もの凄く大きい。

 何でも、東方(ロバ=アル=カリイエ)には古代巨人(エンシェント・ジャイアント)ってのがいて、全長40メイル以上あるとか。もう完全に化け物だわ。


 「ええと、あと五分くらいで来そうね」

 私はこの前血を吸って殺した聖堂騎士と意識を繋ぐ。

 そいつは「風」メイジだったから『遠見』が使えた。それを屍人鬼(グール)にすることで下僕にして索敵をさせている。

 ガリアの民を殺すと北花壇騎士に排除されるけど、相手が聖堂騎士ならいくらでも殺して血を吸って構わないとか。

 てゆーか、私はまだましな方。ハインツなんて数十人を“ガルム”っていう殺戮人形に変えたそうだし。

 本当、吸血鬼より100倍たち悪いわ。


 「いよいよですね」

 私達は戦闘要員、あいつらを叩きのめすのが仕事。

 私は索敵役だけど、ホビットとジャイアントは戦闘役。


 そして、きっかり五分後、狂信者達との戦いが始まった。


 とは言っても戦いにならなかった。

 ジャイアントが投げる巨大な岩に、ホビットが投げる精度抜群の石。

 巨大な岩を1リーグも遠くからぶん投げられたんじゃ話にならないし、ホビットの石も数百メイルくらいは軽く飛ぶ。

 もの凄く単純な連携だけど、それ故に破りにくい。しかもホビットはジャイアントの肩に乗ってるから上から狙える。石は先住魔法で勝手に手元にくるから不自由しないし。

 全長10メイルのジャイアントと、全長1メイルのホビットの連携は凄いものだった。


 「よおし、ここは終わりじゃな。お嬢ちゃん、次はどこじゃ?」


 「いや、わたしこれでも30年以上は生きてるんだけど………」


 「わしから見れば十分子供じゃよ、100分の1以下ではな」

 この爺さんはもう3000年以上生きてるとか。

 「ちなみに私は120歳程だね」

 こっちもこっちで相当ね。


 「うーん、西が一番近いかしら。『ベルゼバブ』の連中が食い止めてるけど、ちょっと厳しそう」

 「よおし、さっそく向かおう」

 「了解です」

 とは言っても歩くのはジャイアントだけで、ホビットは乗ってるだけ。

 というわけでもないわね、向こうではお手玉にされてるわ、失敗したら死にそうね。


 「ところで、あんたらがあの悪魔に協力する理由はなんなの?」

 まあ、ブリミル教徒は共通の敵だけどさ。

 「友人だからじゃ」

 「友達だからだね」

 何とも分かりやすい理由が返ってきた。


 「私達ホビットは今、ヴァランス領で普通に暮らしてる。みんなハインツのおかげさ。だから、恩がえしというのかな?」

 「わしんとこも似たようなもんじゃ、巨人族は場所をくうからな、あっさり見つかってあの罰当たり共がひっきりなしにやってくるんじゃ。特に魔法を使う奴らは厄介じゃて」

 本当に、あいつらは害悪でしかないのね。

 私は生きるために人間を殺して血を吸ってるけど、人間はそんな理由が無くても殺す。

 けど、あいつらはその責任を自分でとることさえしない。それなら、あの悪魔の方が百倍ましだわ。


 皆理由はそれぞれだけど、結局、狂信者を生み出すロマリア宗教庁は滅ぶべき、ということなんでしょうね。








■■■   side: カーセ   ■■■


 「はあ!」

 狂信者達に切り込み、『ブレイド』を振るう。


 「死ね! 異端者が!」

 敵はただ突っ込んでくるのみ、ならばいくらでもやりようはある。

 地面からメイド達が姿を現し、“魔銃”を一斉に撃つ。


 放たれるのは魔弾「ヴァジュラ」、この閃光を至近距離でくらえば、当たらなくとも戦闘能力をしばらく奪われる。

 地面に穴を掘ったのはレプラコーン、土小人、コボルトの方々。

 いずれもヴァランス領に住む同志達である。


 「総員! 剣を抜け! 一気に切り込む!」

 魔弾の弾数には限りがある。出来る限り温存しておくに越したことはない。

 彼女等は“解析操作系”ルーンを刻まれた“ファースト”だが、接近戦の訓練もしている。

 トリステインの銃士隊と近い存在ではあるけれど、持つ銃が“魔銃”であるところが大きく違う。

 というより、最近はメイドとしての仕事をしていない。完全に街の治安を守る保安隊になっている。


 私を先頭に狂信者達に切りかかる。「ヴァジュラ」の影響で敵はまだ立ち直っていない。

 今の私には“身体強化系”の“脚力強化”ルーンが刻まれている。

 血統の関係で「ライン」が限界だった私は“セカンド”のルーンを刻むことが可能だった。

 この脚力と、私の“炎刃”の相性は良い。さらに、距離を一気に離して砲台としても機能出来るから戦略の幅が広がる。


 ………時折考える。なぜ本来メイドの私が隊長をやっているのか。


 まあ、戦っているのは私だけではないからいいけど。


 「姐さん! 撤退完了でっせ!」

 「後は狂信者達を潰すだけです!」

 レプラコーン代表のラヴァッチと、土小人代表のルーシオが報告する。姐さんと呼ぶ理由は謎だけど。

 彼らの役割は戦闘の補助と、村人の避難。

 翼人と妖精の方々は空から避難を進めてるみたいだけど。彼らは地下から避難させている。


 それぞれの種族の特徴を生かせば、効率よく避難させることが出来る。


 「分かりました! 貴方達は次の村に向かってください!」


 「了解! もうサマルガンの旦那が向かってますわ!」

 「我々も直ちに向かいます!」

 コボルト代表であり、優秀な「土」の使い手であるコボルト・シャーマンのサマルガン殿。

 彼らはトンネル掘りに最も長けた種族で、それをレプラコーンと土小人が補うことで、その速度はさらに上がる。


 ついでに言えばレプラコーンは、人間が穴の中に入りたくなるようにする。という不思議な魔法を使う。

 彼らにとってはいたずら用の魔法みたいなものらしいけど、この場面では非常に役に立つ。

 トンネルの中に避難さえしてもらえれば、とりあえず村人に危険が及ぶことはなくなるのだから。


 「後は私達の役割。ハインツ様に仕える我等、その本領を発揮しましょう」

 「「「「「「「「「「  はい!  」」」」」」」」」」


 私達は残りの狂信者達を殲滅するため、前進を開始した。


 「私はハインツ様に仕える者。お爺さん、それは今でも変わりません」








■■■   side: アンリ   ■■■


 「誰か、テューズ地区で裂傷の患者がいるらしい。大至急向かってくれ!」


 「俺が行きます!」


 ≪アンリ、西部は大体治療は完了したぞい≫


 「分かりました。「土組」のトンネルで北に向かってください。そっちにも相当数の負傷者がいるはずです」


 ≪承知した≫

 そして、水中人代表のマリードさんとの対話を終える。


 私は現在薬師同盟を率いて、負傷者の救護に当たっている。そして、それにマリードさんを頂点にした水中人の方々も協力してくれている。

 ガリアに存在する薬師の中で、動ける者は現在ここに集まっているわけで、その数は500人に達する。

 水の秘薬は暗黒街の八輝星が一人、緑色卿が大量に確保してくれた。彼ら八輝星もまた、ハインツ様との盟約に従い、このラグナロクの為にあらゆる面で協力してくれている。

 まさに、ガリアの全体が一丸となって動いているのだ。

以下に水の秘薬があるとはいえ、流石に死んだ者は治せないが、重傷者ならば治すことが可能だ。私達の義務は人を一人でも多く死なせないことにある。

 そのための情報網は不可欠であり、“他者感応系”のルーンマスターが鳥や使い魔を通じて連絡をとりあっている。

 私もその一人、使い魔の鷹のイアロスを通して、多くの鷹に指示を出すことが出来る。

 そして、イアロスを通して彼らが得た情報は私に返ってくる。


 「アンリさん、秘薬がそろそろなくなりそうです」


 「東の集積場にまだ大量にあるはずだ。誰か取りに行ってくれ」


 「俺が行きます」

 この作戦に備えて、コボルト、レプラコーン、土小人の人々は、予め地下にいくつもの拠点を作っておいた。

 しかも、ガリアの南部一帯を効率よく把握出来るように計算した上でだ。

 全てはハインツ様の指示によるものだが、それに見事こたえてくれた彼らには感謝してもしきれない。


 「私達の戦いは恐らく最も長くなるだろう。だが、一人でも多くの人々を救うことが薬師の務めだ。皆、頑張ろう」

 「はい!」

 「当然です!」

 「了解!」

 そして、我々の戦いは続く。



 「ドルフェ殿、ハインツ様は今、貴方を殺したこの世界の理そのものに挑んでいらっしゃいます。ハインツ様ならばきっと成し遂げられることでしょう。私もそのために微力を尽くしましょう」






■■■   side: ダイオン   ■■■


 俺の担当は遊撃部隊。“身体強化系”のルーンを持つ奴らと、ケンタウルス、ライカン(獣人)と一緒に行動している。

 「ダイオン殿、このまま前進すればよいのだな?」

 そう言うのは俺が現在乗せてもらってるケンタウルス代表補佐のフォルン、代表のキレルっつう人は残り半分を率いて『ベルゼバブ』と一緒に行動してる。

 「応ともよ、“他者感応系”のルーン持ちで、空の幻獣を従えてるやつらからの情報だから間違いねえ」

 俺の持つ“デンワ”経由で来たからな。

 「よし、では急ごう」

 隣を二足歩行で爆走してるのがライカン代表のロドスタス。こいつらの身体能力はものすげえ。

 瞬間的になら俺達“身体強化系”のルーン持ちは彼ら以上に速く動けるのもいるが、ここまで持続的に走れるのはいねえ。

 それに俺のルーンは“力”に特化してる。だからこそライカンやケンタウルスと協力すると威力を発揮するんだが。


 そして、前方に移動中の狂信者の一団が見えた。


 「やるぜお前らあ! 一気に片をつけるぜ!」

 「皆の者! 往くぞ!」

 「速攻で切り込むぞ! 我等ライカンの本領を見せてやれ!」

 俺は牛解体用の巨大包丁を片手に敵に突っ込む。


 以前これでオーク鬼を縦に真っ二つにして以来、“鬼包丁”のダイオンなんて呼ばれるようになった。

 ま、気に入ってるけどな。


 俺達のコンビネーションは速さと力。

 ケンタウルスやライカンの機動力で一気に接近戦に持ち込み、後は俺達が重量武器を力の限り振り回す。

 全部打撃系の構成なのは、俺達の役目が防衛じゃなくて切り込み、つまりは攻勢のみだからだ。

 あちこちに出没する敵に対処する上で一番避けなきゃいけないのは布陣を間違えること。

 待ち構えていた場所に敵が来ず。備えが無かった場所に敵が来るのが最悪だ。だが、完全に均等に分けたんじゃ効率が悪い。

 だから、“他者感応系”組が情報を集めると同時に、俺たちみたいな遊撃部隊を別に作る。

 そうすりゃ、予想外の敵に対処することも可能になる。


 「ぶった斬れろおお!!」

 まあ、要するに俺達は暴れまわればいいってことだ。

 攻撃は最大の防御、村が襲われる前に敵を殺せば問題ねえ。


 「我と契約せし風の精霊よ、ここに集いて刃と化すべし」

 フォルンが自分に風を纏わせて一気に走り抜ける。小型の竜巻が疾走するようなもんだな。


 「我が盟友たる風達よ、今こそ共に戦うとき、開戦の合図を吹き鳴らせ」

 ロドスタスも同じように風を纏う。こいつらは完全に速度重視、だから、機動力では空の部隊に引けを取らねえ。



 「異端を殺せ! 焼き滅ぼせ!」

 「神に背く悪魔を殺せ!」

 だが、狂信者共は引かねえ。どこまでも向かってきやがる。


 けどな、こっちだって引けねえ理由があんだよ!


 「上等だ手前らあ! 殺せるもんなら殺して見やがれ!」

 俺達は戦う。守るべきもんの為に。

 こっちだって譲れねえもんがある。そして、向こうが聞く耳もたねえなら、どっちが生き残るかをかけて殺し合うだけだ。


 俺は頭はよくねえから、細かい理屈は分からん。だが、こいつらがガリアにとって害にしかならねえっつうのは分かる。


 だから、俺は自分が思うように戦う。そして、ハインツの為に命を懸ける。

 ドル爺さんに誓ったからな。あいつの為に出来る限りのことをやってやるって。


 「あいつなら世界を変えることが出来る。俺はそれを手伝う。それで十分だ」





========================================

 あとがき

 いつも、この作品を読んでくださりありがとうございます。

 さて、いくつか謝らなくてはならないことがあります。

 まず一つ目。感想掲示板に書いた、私の考えですが、確かに本文中に入れるべきでした。考えが足りずに申し訳ありません。

 二つ目。独自選定祭りは終わった、とか言いながら今度は、オリキャラ祭りをやってしまいました。今回のサブタイトルは『脇役たちの活躍(たぶん最後)』です。1章のキャラも総動員しました。はじめからの構想だったもので・・・ かれらのこと、覚えてない方もいらっしゃるかと思います。

 三つ目。この作品のオリキャラ、アイテム、独自設定も増えてきたので、用語集があったほうがいいともご感想をいただきましたが、今は予定していません。完結目指して突っ走ろうと思うので。ですが、やはりあった方がいい、というご意見が増えれば、作ろうかと思います。

 四つ目。はい、もちろんガラさんのことです。
 あとヨアヒムの台詞。本当はエルザもいることですし、中尉殿を出したかったのですけど、敵味方かまわず枯らしてしまうので、泣く泣くやめました。
 かわりに、魔法とルーンの合わせ技を使わせる事は考えていたので、ヨアヒムにあれをやらせました。マルコの方はちょっと違いますけど、もちろん元ネタは兄貴のほうです。

 ちなみに、ヨアヒム→忌子、畜生児→ベイ中尉→杉崎ヴォイス→トリガアアアァァァァァハッピイイイィィィィ!!!!

 となりました。



[10059] 終幕「神世界の終り」  第六話 立ち上がる者達
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/09 22:45

 堕ちた神世界を滅ぼすための最終作戦、ラグナロクは着実に進行中。

 ガリアに侵略した狂信者達は平民、メイジ、そして先住種族の連合部隊によって壊滅していった。

 しかし、同時にもう一つの布石が打たれていた。

 ラグナロクにおいては誰もが役割を持ち、終幕へ向けて走り続けていた。





第六話    立ち上がる者達





■■■   side: out とあるファインダー   ■■■


 ここはイル=ド=ガリアの北方に位置するウェリン地方、そのはずれに位置する辺境の村。

 林業によって糧を得る普通の村であり、人口はおよそ400人。

 そこに、俺はある知らせを持って来た。


 「おい、大変だ! ロマリアの教皇が“聖戦”を発動しやがった! しかもガリアを“聖敵”としてだ!」

 俺はこの村では、情報通ってことで知られてる。

 王都や最寄りの都市の事情に詳しく、この村に色んな情報を持ってくるのは自然と俺の役目になってたからだ。


 「なんだって! どういうこったそりゃ!」

 「俺達が何したってんだ!」

 「ふざけんな! これまで坊主共が俺達にどんな仕打ちをしてきたと思ってんだ!」

 「そうだそうだ! あのふざけた額の寺院税を取りやがって! しかも文句を言おうものなら『異端とみなす』だった! それを必死に払って来たってのに、この上“聖敵”だって? ふざけんのも大概にしやがれ!」


 話を聞くやいなや、村人の怒りが爆発した。普段から高い寺院税を搾り取ってきた上に、傲慢な態度をとる坊主共への不満が溜まっていたんだから当然だ。


 「聞いた話によるとだ。ロマリアの糞野郎共は“聖地”を奪還するとか抜かして戦争を始めるつもりだったそうだ。だが、俺達の王様はそれを拒否した。エルフと戦争なんかしても何の意味もねえってな。だが、それを聞いた教皇の糞野郎がガリアを丸ごと“エルフと通じる異端”だとか抜かして一方的に“聖敵”にしやがったんだ」

 この村の住人はブリミル教が言う聖地奪還だのについて結構知ってる。

 何しろ、そういったことを理由に税金を搾り取られてきたんだ。自分の生活に大きく関係することには関心を持って当然。そして、それらに対する知識を民衆レベルに広めることも、俺達北花壇騎士団情報部の大きな役割だった。

 まあ、あまりにも辺境にある小さな村とかまでは流石に手が回らねえと思うが、人口が150人以上の村なら一人はメッセンジャーがいるはずだ。そして、そいつらがその辺一帯を管轄する、俺みたいなファインダーから情報を受け取り、代わりにその地方の情報を伝えていた。

 そうして、北花壇騎士団の情報網は構築されていて、全ての情報は本部に集う。


 「どこまでふざけやがるんだ! 糞坊主共は!」

 「散々税金を取っておきながら、戦争に反対したら“異端”だと! ざけんじゃねえ!」

 村人の怒りはどんどん高まって、人もどんどん集まってくる。最早、決起集会みたいな様相だ。


 「しかもだ。“聖敵”でなくなるために“聖戦”に協力したら、今度はそのための費用だとかいって馬鹿高い税金が、また取られることになる。それだけじゃあねえ、“聖地”を取り返すための軍隊、“聖地回復軍”とやらに若い男は皆、徴兵されることになる。そして、死ぬまでエルフと戦争をさせられるんだ」


 「おい、マジかそれ?」

 「冗談だよな?」

 「嘘だろ?」

 雰囲気が一転、落ち着いたものになる。あまりにも怒りが溜まると逆に冷静になるってやつか。いや、嵐の前の静けさってやつか。


 「冗談でこんなこと言えるかよ。しかも、もう被害は出てるんだ。ロマリアの国境に近い地方では狂信者共が好き放題に略奪してるって話だ。村は皆殺し、女も子供も、赤ん坊まで皆殺しだ。そして、作物とか家畜とかは全部奪っていったそうだ。王政府の騎士さん達が何とか食い止めてるそうだが、狂信者はどこまでも暴走してるらしい」

 これは事実だ。フェンサー達がそのために動いているんだからな。

 「ってことは、俺達もこのままじゃそうなるのか?」

 「何もしてねえのに、いきなり皆殺しにされたのか?」

 「なあ、王様はどうしてるんだ?」

 その疑問を待っていた。


 「俺達の王様は断固として侵略者と戦う姿勢をとってるそうだ。既に、何万もの軍隊が侵略者を倒すために動員されているらしい」

 「そうか! 王様は俺達を見捨ててないんだな!」

 「それなら安心だ! 何せ今の王様は良い王様だ! きっと俺達を守ってくれるさ!」

 「そうだぜ! 俺達が生きてこられたのも王様が税を引き下げてくれたからだもんな!」

 また一斉に叫ぶ皆、正直不安で仕方ないんだろう。

 そして、ここからが本番だ。


 「そうだ! そうなんだよ! 王様は俺達の為に戦ってくれてるんだ! だけど、貴族の糞野郎共がロマリアに寝返りやがったんだ! しかも、自分の為だけにだ! 自分の領地の平民が狂信者に襲われてもロマリアに協力してやがる! 俺達を金と権力の為に売りやがったんだ!」

 「何だって!」

 「おい、嘘だろ!」

 「そんな真似しやがったのか!」

 完全に今や沸騰してる。


 「ああ、だからもう坊主共も、狂信者も、教皇も、貴族も、全部俺達の敵だ。俺達を守ってくれてる王様は頑張ってるけど、このままじゃきつい。だから、今こそ俺達が恩を返す時だ。平民による義勇軍ってのがあちこちで出来てるらしい。俺達もそれに参加しよう!」

 これは嘘であり本当。

 義勇軍はちょうど今出来ている。もしかしたら、先に別のファインダーが作ってるかもしれねえし、ここが最初かもしれねえ。


 「義勇軍か、つまり、俺達が戦うんだな?」


 「そうだ! 貴族なんかに任せてても何も解決しやしない!その貴族が俺達を裏切りやがったんだからな!ロマリアの侵略者達から俺達でガリアを守るんだ! そして、王様と一緒に戦うんだ!」


 「そうだ! 俺達だけじゃ無理でも、王様と一緒に戦うことは出来るぜ!」

 「ああ! やろうぜ! もう糞坊主共に遠慮することはねえ! 俺達の手で叩き潰してやろう!」

 「威張り腐った貴族や坊主共に、平民の意地を見せてやろう!」

 「そうだ!俺達は魔法なんざ使えねえが、戦うことは出来るぜ!」

 「どうせこのままじゃ殺されるか、何もかも奪われるかだ! だったらこっちからやってやろう!」

 「そうだ! そうだ!」

 「ガリアの為に!」

 「侵略者を倒せ!」

 「教皇を殺せ!」

 「裏切り者を許すな!」


 そして、ここに義勇軍の一つが誕生した。これと同じものがガリアのあちこちで作られているはす、後は王の下の集うだけだ。


 「よーし皆! リュティスまでは俺が案内するぜ! つっても迷うことはねえ! 途中でたくさんの仲間に会う!彼らが進む方向に行けばいいだけだ! 何か武器になりそうな物と、食べ物と水を持てるだけ持って王様の下に行こう!」

 「おおー!」

 「王様の下へ!」

 「ガリアの為に!」


 そして、俺の言葉は現実になった。

 村を出たのは50人程だが、僅か半日で別の村から出た義勇軍に合流した。

 そして、最寄りの街に着く頃には10倍になっていて。都市に着く頃にはさらに数倍に増えていた。

 俺達はどんどん大きくなりながら、一路リュティスを目指した。





■■■   side: ハインツ   ■■■


 俺は現在火竜騎士団を率いてガリア中を飛び回っている。

 ガリアの火竜騎士団は150近い数を誇り、それらが並んで飛行する姿は圧倒的な威容を誇る。

 本来は南薔薇花壇騎士団長のヴァルター・ゲルリッツの指揮下にあるが、近衛騎士団長である俺はこれを代わりに動かす権限を持つ。


 そして、俺の役割は街や都市まで来た義勇軍を鼓舞し、リュティスに集うよう呼びかけることにある。


 「よくぞ立ちあがった! ガリアの勇者達よ! 諸君らこそ英雄である! ロマリアの教皇は己の欲の為に“聖戦”を起こし我々を“聖敵”としたのだ! 決して許してはならん! 狂信者をも皆殺しにしろ! 侵略者を殺せ!売国奴を殺せ!」

 そのような感じで各地で呼びかけて回っている。


 「殺して殺して殺し尽せ! 一人として生かすな! ガリアに仇なすもの全てだ! 王家に逆らう者全てだ!」

 ここが重要、“悪魔公”はあくまで民の為ではなく自分の為、ロマリア軍を殺す為に煽っている。

 後に彼らが振り返った時、そう思うようにしなければならない。


 「さあ勇者達よ! リュティスへ向かえ! そこで王と共に戦う軍団(レギオン)に加わるのだ! 我らこそがハルケギニア最大国家! ロマリアのゴミなど恐るるに足らん!」

 そうして、ガリア義勇軍はリュティスへと進んでいく。


当然、休む場所や食糧なども必要となるが、最終作戦ラグナロクに穴は無い。全ての者が動いている。


ロアン国土卿が街道の整備にあたり。そのための人員確保にミュッセ保安卿が協力した。

そして、サルドゥー職務卿、ボートリュー学務卿らが宿泊施設の確保などに動いており、ビアンシォッティ内務卿はその統括。カルコピノ財務卿はそのための資金確保と、必要となる経費の計算に余念がない。

ジェディオン法務卿もまた、各地の役人に迅速な指示を飛ばし、義勇軍が足止めされることがないように務め、義勇軍にはこの瞬間、どんなところへも無許可で行ける特権が与えられたも同然になっている。

そして、ロスタン軍務卿と、あいつらによってその行先は誘導され、全てはリュティスに集う。

 だが、イザークだけは別。

 外務卿であるあいつの役割はロマリアへの仕込み。国内はあいつの担当ではない。


 そして、全ての準備は整えられ、民衆は義勇軍として決起。

 その数はどんどん膨れ上がり続けている。









■■■   side: マルコ   ■■■


 「撃て!」

 僕の合図と共に炎の魔弾「イグニス」が教会に叩き込まれる。

 元々『錬金』によって油が捲かれていた教会は勢いよく燃え広がり、あっという間に燃え尽きる。


 既に、『ルシフェル』の部隊は同時に展開し、ガリア中にあるブリミル教寺院を焼き打ちにしている。

 僕の役割はその総指揮。ブリミル教寺院をこのガリアから一掃することが僕の任務だ。


 これには大きく二つの目的がある。

 一つは、義勇軍の方向性を一つに束ねるため。

 下手にブリミル教の象徴である寺院が存在してしまうと、彼らの怒りがそちらに向けられる可能性がある。故に、先手を取って焼き滅ぼし、彼らの怒りの向け先を“聖軍”と教皇に限定させた。


 そしてもう一つ、こちらがそれ以上に重要な理由。

 それは、罪も無い普通の善良な神官やシスターが、怒り狂った民によって虐殺されるのを防ぐために、僕らの手で保護するためだ。

 まあ、その先が“プリズン”ってのはちょっと問題があるけど、元々プリズンは大きな修道院みたいなものだから、普通の神官やシスターだったら違和感なく普通どおりの生活が出来るはず。

 民の熱狂が冷めるまでは、安全な場所に彼らを匿う必要がある。


 何があろうとも絶対に、神官であるという理由だけで殺させてはいけないのだ。

 それでは僕達と変わらない。平民の血が混じっているという理由だけで“穢れた血”とされた僕達と。


 だからこそ、貴重な戦力を割いてまで彼らの為に動きまわる必要がある。僕達がそういう理由で戦う以上。そういう犠牲だけは絶対に許容できない。

 まあ、当然のことだけど、神官の大半は寺院税を搾り取って贅沢三昧をしてる奴らだから、そんなのは容赦なく殺している。

 僕の任務が『ルシフェル』だけで足りるのは、予めどのような人物か時間をかけて調査し、民から搾取してるような奴は地獄に叩き落とすことが決定していた。要は、怒り狂った民衆の好きにさせたのだ。


 だから僕達は善良な人々の救出と、焼き打ちだけに集中すればいい。ヨアヒムの任務に比べれば地味で淡々とした任務だけど、重要度では大差はない。

 これは世界の価値観を変える為の作戦なんだ。だから、ここでの犠牲者を出すことは絶対に許されない。


 「さあ、次に行きましょう。休むことは許されません。南部で狂信者を相手にしてる者達も休んではいないはずですから」

 これは最終作戦ラグナロク。

 この日の為に僕達はこれまで戦ってきたのだ。

 ここでは無理して当たり前。死ななければそれでいい。


 でも、一つだけ不安はある。

 ハインツ様はこれまでも常に無理に無理を重ねてきた。

 あの方の身体には、これ以上の無理に耐えられる力が残されているのだろうか?

 最終作戦ラグナロクを終えると同時に、燃え尽きてしまうのではないだろうか?


 そんな一抹の不安を振り払うように、僕は不眠不休で働き続けた。








■■■   side: アドルフ   ■■■


 「よーし! 全体止まれ! ここで休憩だ!」

 サントル地方圏府、二オールに集った義勇軍に指示を与える。

 カルカソンヌ防衛軍以外の王軍6万の任務は、この義勇軍の統制をとりつつリュティスに導くことにある。

 辺境の村から街に集まるまではいい。

 そこから都市に来るにもまあ問題はない。

 しかし、既に数万規模にまでなると、そこからが問題だ。下手すると行進するだけで死人が出かねねえ。

 大軍が動くってのはそれだけで訓練が必要になるもんだ。今回は進む速度はゆっくりとしたものだとはいえ、専業軍人の指示なしに動ける規模じゃねえ。

 だけど、今ここにいる奴らをリュティスに送っても、またここに後続が詰めかけてくるはずだ。

 だから、そいつらが先行する連中とぶつからないように調整しなけりゃいけないし、南からも別の義勇軍がやって来るだろう。


 当然、保安隊の協力もあるが、街道の整備と宿泊所の確保だけで手一杯だろう。しかも、集った連中はどんどん増加しているっていうわけだしな。


 「各連隊長は一旦集合しろ! 軍議を始める!」

 これも一種の戦いだ。間違ってもここで死者なんて出すわけにもいかねえし、必要以上に足止めさせるわけにもいかねえ。

 俺の担当はリュティスの東側だが、西側はフェルディナンが担当してる。向こうも向こうで必死だろうから、こちはこっちで何とかするしかねえ。

 だが、俺の担当はここだけじゃない。コルスやウェリンの義勇軍も同じように誘導しなきゃならねえ。だから、ここを一時誰かに任せて、向こうの指示に移動しなきゃならねえんだが、その人選を誰にするかも問題だ。

 俺の部下は基本的に血の気の多い奴ばっかだからこういうことに向いてそうな奴がいない。


 となると、つい最近まで同格だったやつらになるんだが、こっちの指示通りに動くかどうかには疑問が残る。

 「ま、いざとなったら一人燃やすか。軍人が死ぬのは構わねえだろ」

 要は民に被害が出なきゃいいんだ。下手なプライドにこだわって上官の指示に従わないような奴を、一人焼き殺すことで民の被害を抑えられるんなら問題なし。

 とりあえず手加減はしておく、そして、将官でありながらそのくらいも避けれないようじゃそもそも軍に必要ねえからな。


 「やれやれ、敵を思いっきりぶっ潰す方がよっぽど楽だぜ」

 敵がいないってのも厄介なもんだ。

 「だけど、ここで弱音を吐いていられねえ。俺はラグナロクの指揮官だ。これくらい軽く乗り切れないでどうする」

 俺は決意を新たに、何万もの義勇軍を混乱なしにリュティスまで進軍させるための指示を部下に与えた。









■■■   side: クロード   ■■■


 俺は今、旗艦である『ヴィカリアート』に乗ってアルデンヌ地方に向かっている。

 サントル、ウェリン、コルスなどの、リュティスから東にあり、かつ比較的近い地域の義勇軍はアドルフが先導することとなっているが、さらに遠隔地ではそうはいかない。

 結果、俺は東側の遠隔地、アルフォンスは西側の遠隔地を担当することとなった。当然フェルディナンが西側の近郊だ。

 ロマリアに寝返った120隻は通常艦だが、残った80隻はそれ以前から俺達の独立的な指揮下にあった。これはアルビオン戦役での戦功があったのと。パリー卿ら、アルビオン軍の講師達の教えを受けた連中と上手く連携を取り、指揮できるのが俺達しかいなかったためでもある。

 つまり、クラヴィル卿が率いた120隻は従来型の艦隊に、従来の艦隊運用。

 俺とアルフォンスが率いる80隻は、新型の機能が搭載された艦隊に、アルビオンの航空技術を取り入れた艦隊運用。

 寝返ったほうではまだ“コードレス”を最大限に利用した艦隊運用を実現できてはいないようだが、こちらは既に一斉砲火や、散開、再集結、楔形陣形への変換、紡錘型、球型への変換など、様々な艦隊運用を行っている。

 そして、“迷彩”が付いているのは俺とアルフォンスの旗艦だけだが、他の艦にも“着地”機能は搭載されている。

 つまり、遠隔地に存在する都市に赴き、そこに集っている義勇軍を乗せ、そのままリュティスに運ぶことが可能となる。

 最も、大量の「風石」を消費することとなるが、これは最終作戦、ケチっている場合ではない。

 だが、それでも大量の兵を“着地”で運ぶのは効率がいい訳ではないのであくまで非常手段だ。

 リュティスからカルカソンヌまでどう移動させるかについてはハインツからなにも聞いていない。何やらとんでもないことを企んでいるようだが、そこを気にしても始まらん。あいつのことを深く考えるほど無益なことはない。


 「提督、間もなくエピナル上空に着きます」

 「分かった。竜騎士隊を先遣隊として送り込み、しかる後に“着地”を行え。可能な限りの人員を搭載し次第、リュティスへ向かうぞ」

 「了解」

 この最終作戦ラグナロクの鍵となるのはあくまで彼ら義勇軍。

 民衆が自分の意思で立ち上がり、国と家族の為に狂信者や裏切り者の封建貴族と戦う道を選択したという事実こそが最大の意味を持つ。

 例えそれが最初の一歩であれ、その一歩があれば次を踏み出せない道理はない。

 後はゆっくり、確実に進んでいけばよい。時間が限られているわけではないのだから。


 「さて、いよいよラグナロクも山場に差し掛かるか。ハインツはどのような恐怖劇(グランギニョル)を考えているのだろうな」

 あいつは『楽しみにしていろ』とは言っていたが、あいつがそう言う以上は碌なものではないのは確かだ。

 「人間が死ぬのは間違いない、それも大量に。後はどのように、どこまで残酷に殺すかだが、果たして……」

 予想の斜め上を行かれることはよくあるが、今回は殊更読みにくいな。

 アルフォンスなら深い所は考えず突っ走るのだろうがな。奴の脳天気さが時折羨ましくもなる。


 そしてエピナル上空に到着。義勇軍を搭載した我々は一路リュティスを目指す。

 そこでこの部隊を降ろした後は、フランシュ=コンテ地方北部の農業都市カストルに向かう。

 フランシュ=コンテの南部は寝返ったが、北部は王領となっている。


 忙しくなりそうだ。








■■■   side: エミール   ■■■


 僕は今、冗談抜きで死にかけている。

 何しろガリア中から義勇軍が集結してきており、彼らに食べさせる食糧を確保するのは僕の役目なのだ。

 一応確保自体は終了しているものの、今度はそれを効率よく配分する必要がある。しかも、各地の義勇軍の集まり具合を計算しながら、各都市に的確な量を輸送しなきゃならない。

 こういうのは本来アラン先輩の方が得意なんだけど、アラン先輩も忙しいから僕がやることになる。


 「副総長、アジャンから報告です。2千人分の食糧を至急送ってくれとのことです」

 「ラヴァルから報告です。予想より早く義勇軍が通過したそうで、食糧が余ったとか。どうすればよいかとの打診が来ています」

 「グルノーブルから報告。5万もの義勇軍が集結しているとのことで、1万人分ほど足りないそうです。あと三日しかもちそうにないと」

 「ブレストから報告、空海軍に依頼していた輸送は完了しました。それで、次の指令を求めています」

 「エピナルから報告、クロード・ストロース中将が義勇軍を率いてリュティスへ出発したそうです。近いうちにリュティスに到着するので食糧の準備を求むと」

 「ランスから報告、フェルディナン・レセップス中将の部隊が義勇軍を出発させた模様。さらにモン=ド=サルマンに向かう予定だそうです」

 「レンヌ、ネンシー、アラス、アヌシーのリュティス衛星都市より連絡。食糧集積場がそろそろ空になるそうです」

 とまあ、そんな感じの報告が実にひっきりなしに届く。

 何しろ義勇軍は移動する。しかも人数を変化させながら。増えることはあっても減らないというオマケつきで。

 しかし、これが出来るのは僕しかいないという自負もある。

 アラン先輩ならもっと効率よく出来るだろうけど、アラン先輩はこっちを手伝える余裕はないだろう。


 「さて、問題はロン=ル=ソーニエの食糧を如何に移動させるかだけど」

 “ガリアの食糧庫”の別名を持つあの街には大食糧庫が存在して、数十万人が数か月は暮らせるだけの食糧が保管されている。

 クアドループやバス=ノルマンも穀倉地帯ではあるけど、備蓄は各都市に分散してる。ここまで1箇所に集まっている都市は無い。

 「陸路は義勇軍で埋まってるから無理。となると空だけど、民間船を利用するかな」

 大都市はほとんどが大河の傍にある。水があればそこを港にして船を発着させることが可能となるからだ。

 ロン=ル=ソーニエも例に漏れず、東側がザーレ川に面している。

 “着地”を備えてるのは、まだ両用艦隊の戦艦くらいだから、ガレオン船にはその機能が無い。そして、両用艦隊はほぼ全てが出動しているから余裕がない。


 「そうだ、例の大花火用の船が確保してあったはず。あれを使えば…………」

 僕は“デンワ”を取り出してハインツ先輩に繋ぐ。


 「あ、ハインツ先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど。例の大花火用のガレオン船は使えますか?」


 「ああ、陛下の親衛隊が整備してるはずだ。悪魔の軍団(レギオン)を動員した時も彼らに協力してもらったしな、『インビジブル』や『スルト』も含めて一緒に整備しているはずだ。確か場所はアラスだな。ソーヌ川とルトニ川が合流してる場所だから水量が多いからな。それに工業都市のアラスなら職人の数にも事欠かない」


 「分かりました。じゃあ、それらを食糧輸送用に利用しますね。ロン=ル=ソーニエからリュティスへ一気に運びます」


 「分かった。陛下とイザベラには俺から話しとく」


 「お願いします」


 ふう、これで大丈夫、後は通常の輸送体制で問題はない。要は“約束の日”まで持たせればいいんだから。

 その後は各地に分散してある食糧をまとめればいい、その頃には王軍の動員が可能になってるはずだ。


 「絶対に義勇軍は飢えさせない。それが“調達屋”たる僕の誇りだ」

 自分を叱咤しつつ、“働け、休暇が来るその日まで”を服用する。

 このままじゃいずれ“ヒュドラ”を眠気覚ましに使う羽目になるかもな。












■■■   side: アラン   ■■■


 エミールの奴は今頃死にかけてるだろうが、俺も俺で結構忙しい。


 「総長、燃料の確保は済みました。後は輸送するだけです」

 「ブレストの街でテントが足りてないとか、直ちに補給してくれだそうです」

 「総長、カルカソンヌから連絡です。弾薬をもう少し送ってくれだそうです。なんでも敵の攻撃があって相当量を消費したとか」

 「アジャンから連絡、木材の搬入にはもう少し時間がかかるとか、ですが、三日後までには間に合わせるとのことです」

 「ラヴァルから連絡、靴、服、鎧などの装備類の配布は完了したとのことです」

 「レンヌから連絡、馬の飼料が足りてないそうで、至急送ってくれとのことです」

 エミールの担当は食糧。これにはガリアの分だけではなく、ロマリアの民に配給する分もあるからとてつもない量になる。

 俺の担当はその他の物資。量自体はそれほどでもないが、種類が多種多様なので、確保する場所、輸送手段、必要とされる場所、その全てが異なるので忙しさでは大差ない。


 だが、俺の方は少しばかり遅れようがそれほど問題はないが、食糧はそうはいかん。腹が減っては戦は出来ぬというが、食糧が無いと何も出来ん。

 このガリアでは水に困ることはない。どの都市でも水の確保は容易だし、上水道がある都市も数多くある。その辺の川の水もだいたいが飲める。しかし、食糧は別だ。流石にその辺の草を食べるのはお勧めできん。中には毒を持つものもあるはずだからな。

 義勇軍が飢えて毒草を食べて死にましたでは、笑い話にもならん。


 そういうわけで、深刻なのはやはり向こうの方になるか。

 すると。“デンワ”で連絡がきた。


 「俺だ」


 「アラン先輩、さっきエミールから連絡がありまして、大花火用のガレオン船を輸送用に使用することにしたそうです。ついでですから、そっちも何か運びますか?」

 ふむ、そうなると。

 「出発場所はどこだ?」

 ロン=ル=ソーニエからリュティスに食糧を運ぶのは分かりきっている。問題はその出発点だな。


 「アラスです。あそこからロン=ル=ソーニエへ向かいます」


 「そうか、では、そこから何隻かカルカソンヌへ派遣できるか? 弾薬や砲弾を届けてやってくれると助かるが」


 「大丈夫ですね、それから、頼んでおいた木材はありますか?」


 「ああ、シュヴァルツヴァルトからアジャン経由で確保してある。三日後にはリュティスに着くだろう」


 「分かりました。ありがとうございます」


 「しかし、あれを何に使うんだ? 燃料ならば他にもっとましなものがあるだろう」


 「ちょっとした大道具です。金属だと重いのでここは木材にしました」

 大道具か、こいつのことだ、何か企んでいるな。

 「まあいい、注文されたものは確保する。他に要望はあるか? 今のエミールに追加注文するのは酷だからな。何か必要なら俺に言え」


 「うーん、他は大丈夫でしょう。何といっても今回の最重要は食糧ですから。強いて言うなら水ですね。ロマリアは水に乏しいので」


 「水か、軍隊の進軍中にでも調達できそうではあるが、まあ、確保はしておこう」


 「お願いします。後方支援は先輩とエミールが頼りです」


 「もう少しこっち方面の人材育成にも力を注ぐべきだな。士官学校に専門の兵科を設けるべきだと思うが」


 「そうですね、軍務卿や学務卿、それと職務卿にも相談してみましょう。イザベラにも伝えておきます」


 「頼むぞ」

 そして、ハインツとの通信は切れた。


 「結局、ガリアの人材を全て把握しているのは、陛下と、宰相殿と、あいつだけか。ものの見事に王と王位継承権第一位、第二位になっているな」

 専制国家なのだから当然といえば当然なのだが。実力的にそうなるというのが凄まじい。

 九大卿とて有能な者達の集まりなのだがな。

 「ガリア王家には特殊な血でも混じっているのか?」

 そう思えるほどだが、それ故に身内で相争ってきたのかもしれんな。


 「まあ、最終作戦ラグナロクが終わればそれも意味が無くなる。全ては本人の意思次第となるか」

 その方が面白そうなのは確かだ。自由度は高いほうがいい。

 俺達みたいのは、どんな社会制度だろうがそれほど変わらないような気もするがな。


 「異端はどこまでいっても異端か、そんなのが7人も集まっているのだ。だからこそ“血と肉の饗宴”作戦を実行出来るというのものか」

 あれは俺達の作戦だ。ロマリア宗教庁をこの世から完全に消滅させるための。

 被害者は大量に出るだろうが構うものか。6000年の終わりにはあれほど相応しいものはない。

 そのための準備も俺とエミールで行っている。そしてそれは間もなく完了する。


 「さて、いよいよか。世界はどう変わるのか、非常に楽しみだな」







[10059] 終幕「神世界の終り」  第七話 人が神を捨てる時
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/20 17:21
 ロマリアの“聖戦”によって怒りを爆発させたガリアの民は決起し、続々とリュティスへと集結していく。

 その数はどんどん膨れ上がり、ガリア全体を巻き込む巨大なうねりへと成長していった。

 それは、6000年の歴史において一度も無いことであった。

 新教徒という実戦教義を唱える者達も存在してはいたが、大規模な決起へと至ったことは一度もなかった。

 しかし、民衆達は自分達の意思で“聖軍”を滅ぼすために立ち上がった。





第七話    人が神を捨てる時





■■■   side: イザベラ   ■■■


 ガリア王国王都リュティス。

 人口30万人を誇るガリア最大の都市でると同時に、ハルケギニア最大の都市。

 王政府が整備し管理を行っている主要街道、通称「大陸公路」の出発地であり、終着地となっており、シレ川、ルトニ川、エルベ川の3つの大河が合流するガリア最大の交易地。

 だけど、今ここに、都市人口を遙かに超える数の民衆が集まってきている。


 「ヒルダ、現在でどれくらいかしら?」


 「既に40万を超えています。予想は30万でしたから、かなり超えそうですね」

 私の補佐官であるヒルダはよどみなく答える。

 私は今、宰相としての仕事と北花壇騎士団団長としての仕事を同時に行っている。

 九大卿が義勇軍のための道路の整備や、宿泊場の確保、ついでに保安隊は暴発の抑制にも回ってる。

アドルフ、フェルディナンの二名は進行の指揮。彼らも民衆が暴発するのを抑え、押し合いへしあいの挙句、死者が出るようなことがないように務めている。魔法を空に撃ったり、空砲をぶっ放す程度は許可してある。

 アルフォンス、クロードの二名は遠隔地からの義勇軍を輸送し、エミールは義勇軍全体の食糧の確保と配給を行っている。

 アランはその他物資全般の確保と運営。それらを軍務卿がまとめ、その物資調達には暗黒街の八輝星も協力している。

軍需品を取り扱う“白筆公”、秘薬を扱う緑色卿、運送屋を営む橙色卿は特に大規模な協力をしてくれているし、その他の者も人脈や資金力を駆使して最大限の協力をしてくれている。

ま、ロマリアを併合した際の新規開拓などにおいて優先的に権利を得るという条件の下ではあるけど、こいつらが有能な商人で、王政府と深い協力関係にあるのも確かだから、別にここでの取引が無くても彼らに新規開発を依頼していたでしょうけど。

 「確か、既に近郊からは全部到着していたわよね。となると、全部で大体60万くらいかしら」

 60万の義勇軍がリュティスに集結することになるわね。未曽有の大軍団だわ。


 「はい、北花壇騎士団情報部も全力で情報収集に当たってはおりますが、何しろ南部での狂信者対策にも相当の人員を割いてますから」


 「確かにね、狂信者に殺される被害者は最小限に抑える必要があるわ。だからこそ、ハインツが“知恵持つ種族の大同盟”に協力を依頼したわけだし」

 けど、そこにはそれ以上の意味がある。

 ロマリアの狂信者の侵略と殺戮、それを止めたのが平民、メイジ、そして先住種族の混成部隊だったという事実。

 つまり、ガリアにとって敵はエルフではなくロマリア宗教庁。その意識が民衆レベルで浸透することになる。


 「既に、ファインダー、シーカー、メッセンジャーを通してその噂も流してあるのよね?」

 「はい、実際にはいるわけがありませんが、狂信者達に襲われたフランシュ=コンテ地方、リムーザン地方から駆けつけた義勇軍がいます。当然全員が情報部の者達ですが、彼らが狂信者から俺達を守ってくれたのはエルフだった。翼人だった。妖精だった。といった話をどんどん広めています」

 皆、指示通りに動いているわね。この状況下で、完全に指示が行き渡っているのはいいことだ。

 つまり、今のリュティスにはそういう噂が流れている。しかも数年かけてブリミル教や宗教庁に対する不満や不信感を広めてきたからその効果は絶大。

 エルフは悪魔なんかじゃなくて、教皇こそが悪魔。民から寺院税を搾り取るために、エルフを悪魔に仕立てあげている。という認識が広まっている。

 ま、教皇はそんなつもりじゃないんでしょうけど、実際に彼らがやられたことは重税を取られたことだけ。神の恩恵とやらは何も無かった。


 そして“聖戦”が起こった。民からさらに税金を搾り上げ、戦える者を“聖地”に送り込む狂気の戦。

 二千年近く前のガリアはそれの繰り返しで多大な国力を消費した。当然、ロマリアはそれ以上に。

 その結果、“聖戦”に反対した人々が作り上げたのがゲルマニアだってのに、ロマリアはまたそれを起こしてしまったというわけ。

 “虚無”なんてものが復活しなければそんなことはなかったのでしょうけど、復活したのもは仕方ない。“聖地奪還”の野望ごと叩き潰すだけ。

 「つまり、集った義勇軍にとって、先住種族は味方。狂信者が敵。という認識になっているのね」


 「はい、それと、ガリアを裏切った貴族達も同様です。義勇軍の方達は“侵略者を殺せ”、“売国奴を殺せ”、“教皇を殺せ”と叫んでますから。同時に、“王の為に”、“国の為に”、“仲間の為に”という声も上がっています」

 ロマリアとは別種の狂気というべきね、熱狂と言い換えてもいいけど。


 「そのために情報部は数年がかりで下地を整えてきたわけだけどね。効果は予想以上ね」

 まさか60万も集まるとは、それだけ、この世界の秩序に対する潜在的な不満は高かったということでしょう。


 「はい、ですが、彼らが自らの意思で立ち上がった結果です。多少、私達が後押しした部分もありますが、民衆というのは基本的に変化を好みません。今のガリアのように税金が安く、治安がいいなら尚更です。ですけど、それ故に、それを壊そうとする者に対する拒絶感は大きくなります」

 この子も大貴族出身なんだけど、家出した上に自力でしっかり生きてきた逞しい子だからね。金持ちなのも、ヒルダが自分で稼いだ結果だし。


 「そうね、アルビオン戦役の時なんかはトリスタニアの民衆の意見の中に、アルビオンが統治してくれた方が良くなるんじゃないか、という意見もあったそうね。戦争のために戦時特別税がかかってたから無理も無いけど。だけど、ロマリアが統治してくれた方がいいなんていう者は皆無。“聖戦”の為に重税をとられる挙句、息子達を“聖地”という名の“死地”に送り込まれることを望む者なんているわけがない」

 その辺はちょっと誇大広告にしてあるけど、現実と大差はないでしょう。

 過去の“聖戦”はそういうものであったと歴史が伝えている。それを学んだはずなのに、千年も経てば教訓を忘れてしまうものなのかしら。


 「大義の為でも、神の為でもなく、自分達の生活を守るために義勇軍は集いました。つまり、民は自分達のために神と戦う道を選んだわけです。まあ、何も与えず、奪うだけの神では信じる気持ちも失せるでしょうが」


 「確かに、そんなのを信じ続けるのはいないでしょうね」

 これまではそれ以外の生き方や、違う価値観が存在するということが知られていなかった。そして、そういった考えはロマリア宗教庁によって異端とされ、特権を失うことを恐れる貴族と強力に癒着していた。

 だけど、北花壇騎士団情報部の働きによって、少しずつ民衆レベルでそういった考えを広めていった。その為にハインツがロマリアの枢機卿を殺してロマリアとの連携を絶った。さらに、イザークの包囲網が完全にそれを抑え込んだ。

 そして、聖堂騎士から送り込まれる密偵は、“精神系”のルーンが刻まれた、あの青髭の親衛隊が悉く捕縛。そいつらは“ガルム”として再利用された。

 まったく、まさしく悪魔の手口だわ。


 「ですが、ここからが始まりですね。一筋縄ではいかないでしょうが、頑張りましょう」


 「確かにね、そこは私達の役目だから」

 これはあくまで最初の一歩。これから時間をかけてゆっくりと変えていく必要がある。

 多分、30年は軽くかかるでしょう。ラグナロクの後に生まれた子供達が、働き盛りになる頃になってようやく新しい世界に変わるくらいかしら?

 その頃、私は48歳。うん、まだまだ生きてる。


 「ところで、本当に狂信者に襲われた人達も、義勇軍としてではないけど来てるのよね」

 「はい、ハインツ様がお連れになられているはずです」

 それも大きな布石、狂信者を見た人々、そして、それらから守ってくれた先住種族を見た人々の言葉は最後の一手となる。


 彼らもまたリュティス中で演説してくれている。


 『俺の妹は狂信者達に殺された! 悪魔はあいつらだ! 俺達を守ってくれたのはエルフだった!』


 『皆さん! お願いです! 僕の父さんの仇をとってください!』


 『王様が俺達と一緒に戦ってくれる! 王様の家来さん達は狂信者と戦って死んでいった! だから、俺達も戦おう!』


 南部の民を守るためにフェンサーや『ベルゼバブ』に死人が出たのも事実。

 1万を相手にした結果が100人程度の犠牲で済んだのは奇蹟的といえるけど、それでも犠牲は出た。

 けれど、そのおかげで多くの民が救われたわ。

 当然、家族を殺された人や、家や村を失った人々は王政府が全面的に援助する。そのための財源確保は2年前からカルコピノ財務卿がやってるし、内務卿もその方面を処理する部署を作ってるし、法務卿もそのために一部の法を改善してる。


 まったく、あの青髭はよくここまで綿密に考えられるもんだわ。

 ま、あいつは大局を考えるけど。実際に行うのは私達。実働部隊の総指揮はハインツだし。支援部隊の総指揮は私が執っている。
 

 「さあ、仕事を進めましょうか。休んでる暇なんかありゃしないわ」

 私の仕事量は過去最大になっている。最終作戦なのだから当然だけど。


 「そうですね、ここばかりはお止めしません。私達も走り続けましょう」

 ヒルダも笑みを浮かべらながら頷く。


 間違いなく、ここからの短い期間が私達の人生にとって最大の意味を持つ時間になる。

 ラグナロクに参加しており、指揮官となっている者達も、それを肌で感じているでしょう。

 だから、ここは遠慮なし、ブレーキなしで突っ走る。

 ただし、ハインツだけはいつもと変わらない。あいつは常にそうだから。


 まったく、少しは私の為の時間も作りなさい、あの鈍感。










■■■   side: クロムウェル(クロスビル)   ■■■


 私は今リュティスを囲む城壁の門にいる。

 「名前と出身地と職業をおっしゃってください」

 「ロルテール出身のアルバンだ。樵をやってる」

 このやり取りをもう何回繰り返したか。


 このラグナロクの為に各地から義勇軍が集まってきている。しかし、その全てが一般の民なので、つまりは働き手が減っているということも意味している。

 だから、どの地方からどのくらいの数が来たのか、彼らはその後どうしたのか、そういったことを把握しないと。ラグナロク後の統治に支障をきたす可能性が高い。

 故に、集まった義勇軍の人々の名前と出身地と職業を記録しておく必要があり、後と比較して照合出来るようにしておくのだけど。

 ここで最大の問題がある。集まった人達の大半は字を書けないのだ。


 字を書ける人達には用紙を配って記入事項を書いてもらえばいい。しかし、それが出来ない者には口で聞いて、答えを記録するしかない。


 そのために、ガリア各地の都市、街、村の名前が書いてあるリストが作られており、それに名前と職業を記入していくことになるのだが。

 祈祷書以上に分厚いそれに答えを聞きながら記入していくのでは時間がかかり過ぎる。いつまで経っても行列は進まないという事態になってしまう。

 かといって、答えをそのまま無地の紙に記入していくのも時間がかかる。


 そこで、ハインツ君が提案したのが、私が全て記憶すること。

 とりあえず名前と出身地と職業を述べてもらったらすぐ通ってもらう。そして次の人が来て、同じように言っていく。

 ただ覚えるだけならば時間はかからない。私は記憶力しか取り柄が無い男だが。それに関してなら自信がある。

 そして、後で全て記入すればいい。


 しかし、流石に数十万は無理だし、対応するのが私一人では効率が悪すぎる。


 故に、今、私は200人いる。

 私のスキル二ルが200体作られ、リュティスを中で受付を行っている。

 ハインツ君命名、『クロムウェル分身大作戦』だそうだが、効果的ではありそうだ。


 スキルニルは血を吸うことで本人の分身を作り出し、その記憶、能力をコピーする。ただし、魔法を再現することは出来ないらしい。

 けど、私はそもそも魔法を使えないので問題ない。そして、必要なのは記憶力、これはスキルニルにも受け継がれる。

 これによって、集まった義勇軍の情報を個人単位でまとめることが可能になるわけだ。


 もっとも、数は、それぞれにカードを配ることで把握し、どの地方からどのくらい来たのかは大体は分かっているそうだ。

 私の役目はラグナロクの後に効果を発揮する。

 これもハインツ君に言わせると、『縁の下の力持ち』だそうだ。


 しかし、私の取り柄を生かして彼らの手伝いが出来るなら、それは喜ばしいことだ。

 私だけではない、宰相殿も、九大卿の方々も、軍部の方々も皆一丸となって働いている。


 彼らと共に働けることだけでも、私にとっては誇りに思える。そして、新しい時代を築くことに僅かでも協力できるのなら、これ以上は無い。


 「頑張ってくれ、ハインツ君、宰相殿、私も頑張るよ」








■■■   side: ハインツ   ■■■


 そして、リュティスに義勇軍が全て集結した。

 その数は約60万、ガリアの総人口は約1500万だから、25人に1人はここに来たということになる。

 とはいっても総人口は女性、子供、年寄りも含めた数だ。だから、壮年の男性や、若者など、動ける者はほぼ全てがここに集ったと言える。


 「何とも壮観なものだな」

 俺は今も火竜騎士団を率いてリュティス上空に待機している。あちこちを扇動して回ったから、他の竜には疲れが見られる。

 だが、俺が乗るランドローバルは“無色の竜”、火竜を上回る飛行速度を持ちながら、体力では地竜に匹敵する。


 ≪確かに、凄まじい数だ。これらを全て主達が集めたのか≫

 「そうだな、苦労したぞ、ここまでやるのは。4年がかりの大作戦だったからな。まあ、まだ終わっちゃいないが」

 集めるだけでももの凄く苦労したが、これを有効に利用しないと意味がない。まさに金と食糧の無駄になる。


 ≪しかし、たった10日で集結するとは、どんな英雄にも出来ぬ偉業と言うべきか≫

 「そうだな、どんな英雄だろうと、一人の力じゃこれは出来ん。万に達する人間が力を合わせたからこそ出来る、人間の奇蹟だな」

 義勇軍の決起から、総軍集結までに要した時間は僅かに10日。

 国土卿らが大陸公路を整備していたこと、宿場が用意されていたので義勇軍に進軍の疲れがさほど無かったこと。アドルフ、フェルディナンが統率していたこと、遠隔地は空海軍の船でアルフォンスとクロードが運んできたこと。

 そして何より、食糧や水、テント、燃料、飼料、ついでにビールやワインにいたるまで、これらをエミールとアラン先輩が用意したことが最大の要因。

 ほぼ一日中歩き続けて、たらふく食って、ビールやワインを飲めて、寝る為の指定されたテントなどがあるんなら、士気はどんどん上がっていく。兵站輜重というのはそれ故に最重要なんだ。


 このために費やした金は相当のものだが、これには封建貴族を大量に粛清した際に接収した、莫大な財産とかを充てている。

 元々封建貴族共が民衆から搾りとったものだったから、民に還元するのは当然とも言える。

 ついでに、寺院税がなくなるからその辺の無駄もなくなる。要は、今までのシステムが一部の特権階級のためだけのシステムで、国家全体を効率よく運営するためのものじゃなかっただけの話し。

 陛下が考案し、イザベラと九大卿で進めてきた改革や政策は一部の権力者に、金が溜まり過ぎないようにするシステムだ。

 金が溜まろうが、そいつらがしっかりと社会に還元すればいいんだが、欲の皮が突っ張った貴族にそんな気があるわけもなく。見栄のためとかのしょうも無いことに費やしてきた。

 しかも、それで潤う連中が貴族と癒着し、さらには坊主とも結びついて、それを非難する者は“異端”とするなんていう実にふざけた機構がまかり通っていた。


 が、貴族の方の大半は、先に悪魔の炎によって焼き尽くされた。暗殺や粛清は俺の役割だ。

 そして、そこからの金で、最終作戦は行われる。腐った貴族や腐敗した宗教庁に止めを刺すために。この世界の歪んだ価値観を変える為に。

 ある人間にとっては世界は歪んでいるのではなく、今までこそが正しい在り方なんだろうが、そんなものは知ったことか。

 気に入らないものはぶっ飛ばす。それだけだ。


 ≪彼らもまた、この世界に不満があったわけだな。そうでもなければこれほどの数が集まることはあるまい≫


 「確かに、60万だからな。潜在的な不満はずっとあったんだろう。しかし、“魔法”や“神”という存在によってずっと抑えつけられていた。一度その蓋をはずしてやればこうなる、ということなんだろう」

 気に入らなかったのは俺達だけではなかったようだ。

 まあ、どちらにしても俺のやることに変わりはないが、これによって勇気づけられる者もいるだろう。普通の人間は、皆と違うということに拒否感を持つからな。

 『影の騎士団』とかの異常者集団は別としてだが。当然、陛下も。


 ≪それで、これからどうするのだ?≫


 「当然、彼らの力のよってカルカソンヌにいる侵略者を撃ち滅ぼす。民衆の力によってだ。神を滅ぼせるのは人だけだからな。悪魔が滅ぼしても意味は無い、別の神が据えられるだけだ」

 彼ら民衆による義勇軍こそが、“神を滅ぼす軍団(レギオン)”の本隊。神を滅ぼすための人間の軍勢だ。


 まあ、いずれは似たような宗教がまた出来るだろうが、それはその時に生きる奴らがなんとかすればいい。

 それに、エルフのビダーシャルさんとか、ジャイアントのトゥルカスさんならまだ生きてるかもしれないし。そうならないように彼らが手を貸してくれることを願おう。


 ≪そのために、ここまで回りくどいことをしたわけか≫


 「その通り、ただロマリアに大軍を送って全てを破壊するのでは何も変わらない。ただ侵略者が出来上がるだけ。それは過去の焼き増しだ。その上、他国から非難を受けることにもなるな。陸軍の中にはそれが分からず、すぐにロマリアに兵をだそうなんていう馬鹿もいたが、そいつらはアドルフとフェルディナンが黙らせた」

 陸軍の改革も完全に済んだわけじゃないからな、ここで一気に篩にかけるチャンスでもある。

 ≪そんな馬鹿は他にもいたのか?≫


 「ああ、王政府の法衣貴族もまだ完璧というわけじゃない。時代遅れの遺物も少しばかり残ってる。大半は抹殺したんだけどな。ロマリアに侵略させることはない、先に教皇を殺すべきだなんてほざく馬鹿もいたんだ。まったく、暗殺では時代が進むことはない、ということくらい解れと言いたかったな」


 ≪暗殺と粛清を司る主殿が言うと、説得力があるな≫


 「そう、俺が何人殺そうが時代は進まない。新しい時代を作るのは国を動かしていくイザベラや九大卿だ。今、ロマリアの教皇を暗殺したところで何が変わる? ただ混乱が起こるだけだ、それも全く意味が無い混乱だ。民衆が立ち上がって、ロマリア宗教庁を否定しないと意味がない」

 まあ、考えが古く、貴族が特権階級、そして魔法が全て、なんていう価値観しか持たないやつには分からないだろうが。


 かといって、そいつらとも分かり合えないわけじゃない。ビアンシォッティ内務卿なんか普通に名門貴族の出だが、“穢れた血”であり、暗黒街出身でもある外務卿のイザークと完璧な連携をとっている。

 内務卿と外務卿、全く正反対の出身なのに、驚くほど息があっている。

 つまり、生まれに全てが縛られることなんてことはあり得ないってことだ。“虚無”ですら、テファみたいな奇蹟の存在がいる。

 マルコ、ヨアヒム、ヒルダの3人もいい例だ。“穢れた血”と大貴族の令嬢が一緒に仲良く仕事してる。


 要は、そいつ自身の目が濁ってるかどうかだ。しかも、他人と言葉を交わすことでその濁りを取り除くことなんて結構簡単に出来る。


 水精霊騎士隊の連中や、ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシー、そしてルイズもそうだろう。

 才人達と関わることで、あいつらは自分らしく生きている。生き生きしてる。

 だが、そういう機会がありながらも、あえて自分を古き価値観に押し込め続ける奴もいる。トリステインの貴族にはそういうのが多いし、魔法学院の教師陣にも多い。


 ま、そこは時間が解決してくれる。馴染もうとしない奴は窓際族になっていくだけだろう。


 ≪しかし、新しい時代が来た時、主殿はどうするのだ?≫


 「さあな、まだ考えてないよ」

 人間世界から闇が無くなることはない。北花壇騎士団は続いていくことだろう。国家を支える上でこういった機構は必須とも言えるからな。

 だが、そこに俺がいる必要もないだろう。あいつらなら十分やっていけるはずだ。


 さて、どうするか。と言いたいところではあるが、それ以前の問題な気もする。


 その時、俺は生きてるかねえ。


 ≪何か、主殿がとんでもないことを考えている気がしたのだが?≫


 「気のせいということにしておけ、それより、そろそろ陛下の演説が始まる」


 リュティスの中央部に作られた大広場に60万の義勇軍と、それを整理するための6万の王政府軍が集っている。

 30万ものリュティスの市民も、“コードレス”によって陛下の声を聞けるようになっている。要は、リュティスの中に陛下の声は響き渡るのだ。

 保安隊はガリア各地に散っている。守る者がいないと民が不安になるからな。

 そして、30体のヨルムンガントもまた整列している。それはまさに、神を滅ぼす終末の巨人というべきか。

 ヴェルサルテイルは中央から離れているから、民衆を集めるのには向かない。そのために中央に巨大な広場が作られた。これは町奉行みたいな感じで、都市に関する庁を新設して作らせた。


 『よくぞ集ってくれた、ガリアの勇者達よ。祖国を想い、家族の安寧を願う気高き諸君が昼夜を問わず歩き続け、侵略者からガリアを守るために馳せ参じてくれたこと、真に嬉しく思う。まずは礼を言わせてほしい』

 王が民に礼を言うということも、これまで非常に少なかったことだな。


 『ロマリアの教皇は我等を“聖敵”として“聖戦”を発動した。そして、この“聖戦”はエルフより聖地を奪還するまで決して終わらぬ。奴は己の野望の為に、ハルケギニア全ての民を犠牲にしようとしている』

 野望うんぬんはともかく、他は事実だな。

 「「「「「「「「「「  ふざけるなあ!!  」」」」」」」」」」

 「「「「「「「「「「  教皇を許すなあ!! 」」」」」」」」」」

 数十万の民が一斉に叫ぶ、陛下は一旦演説を止め、熱狂が収まるまで待つ。


 『俺はそれに断固として反対した。ガリアの民をそのような暴挙に巻き込むわけにはいかぬ。だが、奴はそれに納得せず、このガリアそのものを“異端”としたのだ。そして、神の名の下の侵略と殺戮を開始した』


 「「「「「「「「「「  神だと! 神が何をしてくれた!  」」」」」」」」」」

 「「「「「「「「「「  俺達から奪うばかりの神のくせに!! 」」」」」」」」」」

 また熱狂が起こる。

 ちなみに、最初に叫んでるのはファインダーである。こういう場面で数百人が一斉に叫ぶと、それは瞬く間に全体に広がる。大衆扇動の基本だ。


 『悲しいことに、既に被害は出ている。狂信者が殺戮を開始し、我が民は殺された。我が軍は敵をカルカソンヌにて止めているが、それより南に存在する地方では狂信者が暴れ回っている。ガリアを裏切り、諸君らをロマリアに売った封建貴族と共にな』


 「「「「「「「「「「  裏切り者を許すなあ!  」」」」」」」」」」

 「「「「「「「「「「  売国奴を殺せ!! 」」」」」」」」」」

 そろそろ、ボルテージが上がってきたな。


 『だが! これ以上の犠牲は出さん! 我が民をこれ以上殺させはせん! そのために俺は精鋭部隊を民達を救うために送り出した! そして、教皇が語るエルフは悪魔であり、それを倒すことこそが神の意志などというものは、奴らが己の欲の為に作り上げた偶像に過ぎん! なぜなら! 狂信者達からガリアの民を救うために協力してくれた者こそが、他ならぬエルフなのだ!』


 そして、陛下の『幻影(イリュージョン)』が上空に展開される。

 空に巨大な映像が作り出される。

 範囲はリュティス全域、そこに存在する人間はその映像を見ることが出来る。

 そこには確かに映っていた。村に襲いかかる狂信者達、そして、それを打ち破る者達が。


 狂信者に切り込むルーンマスター。

 村を風の壁で守りつつ、魔法を飛ばすメイジ。

 “反射”にて全てを弾き返し、圧倒的な自然の力で狂信者を倒すエルフ。

 炎を自在に操り、狂信者を焼き払うリザードマン。

 村の住民を逃がすために飛び回る翼人と妖精。

 土の壁を作成し狂信者を防ぎつつ、人々を避難させる土小人、レプラコーン、コボルト。

 巨大な岩と小さな石で狂信者を撃ち倒すジャイアントとホビット。

 疾風の如く駆け抜け、狂信者を切り裂くケンタウルス、ライカン。

 人間の薬師と協力しながら、「水」で人々を治し続ける水中人。


 しかも、シェフィールド開発の“テープレコーダー”によってその音声まで聞こえている。

 ちなみに、例に漏れずコストは馬鹿高い。しかし、この映像にはそれが不可欠であり。それだけの金をかける価値がある。

 これらの映像や音声はシェフィールドが“アーリマン”などを用いて集めたものだ。


 狂信者は叫んでいる。

 「殺せ!殺せ! 全てを殺せ!」

 「悪魔を滅ぼせ! 生かすな!」

 「焼け! 焼き払え! 殺し尽せ! 異端は元より、ブリミル教の信徒でありながらエルフと通じた背信者どもだ! 神の御意志に背き、異端共と誼を通じた悪魔共だ! 生かしておくな!」

 「殺せ! 殺せ! 異端を殺せ!」

 「神に仇なす悪魔を滅ぼせ! より多くの悪魔を殺した者に神は恩寵を与えられる!」

 「奪え! 奪え! 神の恵みを貪る異端共から、神の糧を取り返すのだ!」

 「始祖ブリミルが祝福を与えし、このハルケギニアを汚染する悪魔を殺せ!」


 それに立ち向かう者達も叫ぶ。

 「ここは通さねえ!」

 「絶対に死守しろ! 突破されるな!」

 「怪我人がいる! 早く!」

 「早く避難して下さい!」

 「行くんだ! ここは僕達で防ぐ!」

 「狂信者を通すな! 命がけで食い止めろ!」

 「行くぞ! 狂信者をぶちのめせ!」



 これらは当然全てではなく、一部に過ぎない。が、リュティスに集った民に“聖戦”を知らしめるには十分すぎる。


 『神というものは、狂信者達が己の為に作り上げた偶像に過ぎん! 確かに、我が祖に当たる始祖ブリミルは、このハルケギニアに魔法をもたらした。しかし! それは神の恩寵ではない! 始祖ブリミルが研究を重ね、己が手で作り出したものだ! それを神のものだと偽称する奴らこそがハルケギニアに災いをもたらす敵である! その証拠に! 俺は神など欠片も信じていないが、この“虚無”の力を扱うことが出来る! “虚無”も魔法も、神の力ではない、人間の力だ!』


 「「「「「「「「「「  おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!  」」」」」」」」」」

 熱狂が爆発した。


 『故に、我等はエルフやその他の種族と共に戦うことが出来る。共に生きることが出来る。始祖ブリミルは彼らを異端などとは言っていない。奴らが勝手に捻じ曲げ、祭り上げたに過ぎん!』

 これは仮説に過ぎないが、その可能性は高い。

 何しろ、6000年前の剣も、それに近いようなことを言っていたのだから。


 『俺はここに宣言する! ガリアは神を信じ、神の為にある国ではなく、民の為にある国となる! 異なる種族とも共存し、互いに助け合い、交流しながら生きていく。古き偽りの神の教えを捨て、新しい国家となるのだ!』


 「「「「「「「「「「  おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!  」」」」」」」」」」


 共和制ローマが、初代皇帝アウグストゥスの下で帝政ローマとなった時も、こんな感じだったのだろうか?

 時代が動いているというのをリュティスにいる全員が感じているだろう。




 『ガリアの民を守るため、新しい国家を築くため、ロマリアの侵略者を滅ぼすのだ! そして、その為の道を今ここに示す!』

 そして、陛下が詠唱を開始する。


 その詠唱が始まると共に、熱狂がどんどん収まっていく。

 これまで叫んでいた者達は、皆、沈まりかえり、集中して陛下の詠唱を聞いている。


 それは、異様な空間だった。

 60万のもの人間が身じろぎ一つせず、一人の人間の詠唱を聞き続けている。

 恐ろしい程に静かだ。その中を虚無のルーンを響きだけが流れていく。


 そして、詠唱が完成した。


 現われたのは光り輝く巨大な門。

 確かに光ってはいるが、目を焼くような眩しさは無い。

 高さは50メイル近くあり、幅は500メイルもあろうか。


 そしてそこに、大量の影が飛んでいく。


 それらは鏡を抱えた飛行用ガーゴイル、“スプリガン”と“ガエブルグ”だ。

 総数3000ものガーゴイルが、その巨大な『ゲート』を取り巻いていく。

 そして、それらは連携し、一斉に鏡を起動させる。


 あれは、俺が各地の移動に使う『ゲート』を固定している鏡と同じもの。

 それをガーゴイルに持たせ、神の頭脳“ミョズニト二ルン”の力によって一斉に起動させたのだ。


 いかに陛下とはいえ、あれだけ巨大な『ゲート』では数分が限界だろう。

 だが、それをミョズニト二ルンが補完することで、1時間近く維持することが可能となる。


 これが、ガリアの虚無の担い手と、その使い魔の力。

 担い手と使い魔の力が完全に融合した時、これほどの現象を可能にする。


 『ゲート』が開く先はカルカソンヌ北方10リーグ。60万の大軍が一気に敵の前に出現することになる。

 これほどの大軍が隊列を整えるにはそれなりの時間と距離が必要なので、この位置となったわけだ。



 『皆の者、あの門を超えた先はカルカソンヌである。そこにはガリアの民を殺し尽す狂気の軍隊が展開している。そして、ガリアの民を狂信者に売った売国奴もそこにいる』

 陛下の声が静かに響き渡る。


 『だが、あの門をくぐるかどうかは自分の意思で判断せよ。あの門をくぐれば戦いは避けられん。死ぬ危険性もある。戦うのは軍人の役割だ、ここにいる6万の兵士だけでも侵略者を撃ち滅ぼすのは不可能ではない』


 熱狂は冷めている。義勇軍は今、考えている。自分がどうするべきかを。


 『進めとは言わん。退けとも言わん。自分の意思で決めるのだ。ここで進まずともとがめはせん。本来諸君らの役割はガリアという国家そのものを支えることにある。田畑を耕し、家を建て、魚を獲り、商品を売ること、それらも国を支えることなのだから』


 義勇軍は自分の意思で決める。戦うか、退くか。

 軍人が戦うのは当然。彼らはそのために王政府に仕え、特権をもっているのだから。


 故に、民衆が自らの意思でどう選択するか、それこそが重要になる。


 んだけど。



 「一番乗りりりりりいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

と叫びながら『ゲート』に向かって爆走する馬鹿が一人。




 ………………アドルフだった。



 「あの馬鹿! 軍人が行っても意味無いだろ!」


 ≪いや、事前に説明しておかなかった主殿が悪い、あれの気質を考えればこれは当然だ≫


 「う、確かに…………」

 アドルフには釘を刺しておくべきだったか。


 が、馬鹿は一人だけじゃなかった。


 「師団長に続けえええええええええええ!!」

 「遅れをとるなあああああああああああ!!」

 「進めえええええええええええええええ!!」

 と叫びながら同じく突っ込む馬鹿達。

 間違いなくアドルフの直属隊だ。


 つーか、未だに師団長って呼ばれてるのか、一応副司令官のはずなんだが。


 だが。


 「俺達も行こうぜ! 軍人の人達が俺達の為に戦ってくれてるんだ! ここで手伝わないでいつ手伝うんだ!」

 「そうだな、俺達じゃ大したことは出来ねえが、何か出来るはずだ!」

 「これまで守ってくれてた人達に恩を返そう!」

 「行こうぜ!」

 「おお!」


 特に若くて元気そうな連中が『ゲート』に向かって駆けだした。


 「若者に後れをとるな! 死ぬんだったら年配の役目だ!」

 「そうだ! あいつらには新しい時代を生きてもらわないとな!」

 「よーし! 行こう!」


 それに続いて、やや年齢が高い中年連中も続く。


 後は、言うまでも無い、全員が『ゲート』に向かって駆けだした。



 「ま、結果オーライかな?」


 ≪相変わらず詰めが甘いな、主殿は。そして、その後始末の為に、過労死寸前まで駆け回ることとなる≫


 「やかましいわ」

 全部当たってるだけに悔しい。














■■■   side: シェフィールド   ■■■


 私が目を覚ますと、陛下に抱き止められていた。


 「御苦労だったな、ミューズ、お前のおかげで全軍は『ゲート』を通過したぞ」

 それは、私にとってこの上ない言葉だった。

 この方に必要とされること、この方の唯一無二の存在となることこそが、私の願いなのだから。


 「私は、気絶してしまったのですね」


 「ああ、『ゲート』の維持時間が50分を超えたあたりでな、その頃には、数万を残すのみとなっていたが」

 あの巨大『ゲート』を維持するには私と陛下、両方の力が不可欠だった。

 陛下が『ゲート』を作り出し、私のガーゴイルがそれを留める。

 だけど、そこで私が力尽きてしまったということは。


 「陛下、御無理をなさったのですか?」

 陛下に相当の負担がかかったということになってしまう。


 「まあ、流石の俺もいささかきつかったな、この後はしばらく休ませてもらおう。だが、妻が倒れるまで働いていたのだ、夫が根性を見せんわけにもいくまい」


 「!?」

 顔が真っ赤になるのが分かる。

 面と向って妻と呼ばれたのは、初めてではないだろうか。


 「それに、負けず劣らずの無理をした馬鹿もいる」

 無理と言えばあいつね。


 「ハインツですね」


 「ああ、お前が作った“解析操作系”のルーンと同等の威力を発揮する魔法装置があっただろう」


 「はい、私がヨルムンガントを制御する際に用いていたものです。あれならば、それ以外の人間でもヨルムンガントを制御することが可能ですが」

 今回の作戦では私が『ゲート』を維持するだけで限界となることが分かっていたので、ヨルムンガントの制御はハインツが受け持つこととなっていた。

 “反射”こそ発揮できるものの、ヨルムンガントの持ち味である、複雑で素早い動きはおそらく不可能。踏み潰す、握りつぶすといった単純な動作が限界になる。

 つまりは、“反射”付きゴーレムとなる。


 「あれをな、鏡を持つガーゴイル達に向けて使ったのだ。あいつは、残りの数分間をな。そして、なおも最後にはヨルムンガントを動かし、『ゲート』をくぐって行った。俺が一人で維持していたのはヨルムンガントが通過する間だけだ」


 「なんという無茶をするのですか…………」

 もはや自殺願望があるとしか思えない。


 「俺も、無茶をするということに関してはあいつに敵わん。流石は“輝く闇”といったところか。っと」

 一瞬、陛下の身体がふらつく。


 「陛下!」


 「問題ない、ふう、流石にきついようだな」

 そして、陛下は座り込む。


 辺りはとても静か、66万もの人間がいなくなったのだから当然ではあるけれど。


 「すぐにイザベラが来るだろう。カルカソンヌには、あいつも共に行くこととなっているからな」

 あの方もかなり無理をなされているはず、まあ、ハインツ程ではないにしろ。


 「それでな、ミューズ、一つ頼みたいことがあるのだ。かわいい娘のために、一度くらいは父親らしいプレゼントでも贈ろうと思ってな。そこで、お前の力を借りたいのだ」


 「はい、何でございましょう」

 私は陛下に必要とされる喜びを噛みしめながら、陛下の“頼み”を聞いていた。
 




[10059] 終幕「神世界の終り」  第八話 串刺しの丘
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/18 02:40
 ガリアの民衆達は自分達の意思で“聖軍”を滅ぼすために立ち上がり、義勇軍としてリュティスへと集結。

 その数は60万に達し、リュティスでのガリア王ジョゼフの演説を受け、それを統制した6万の王政府軍と共に巨大な『ゲート』を通過し、カルカソンヌ北方10リーグ地点へと転移した。

 カルカソンヌにて対峙を続ける王政府軍9万とロマリア軍・ガリア反乱軍によってなる“聖軍”の傍に、突徐として66万もの大軍が出現したのである。

 そして、神を滅ぼす軍団(レギオン)は“聖軍”へ向けて進軍を開始した。





第八話    串刺しの丘





■■■   side: フェルディナン   ■■■


 「アドルフ! この馬鹿が! 軍人が真っ先に突っ込んでどうする!」


ようやく追いついた俺は、先走った馬鹿を怒鳴りつける。


 「まあいいじゃねえか。それによ、民の為に盾となり、矛となるのが俺ら軍人だろ。だったら先頭切って突撃しても問題ねえだろ」


 「小賢しい理屈を言うな、単に一番先に走りたかっただけだろう」


 「応よ、その通り」

 この馬鹿は、反省する気はないようだな。


 「あのな、どう考えてもあのまま義勇軍が走り出していたら混乱していただろう。ならば、それを統制し、整然と進ませるのが俺達の役目だ。そのために6万もの軍隊がリュティスにいたんだぞ。なのに、いきなり突っ走ってどうするのだ」


 「いやまあ、悪かったとは思ってるよ。それに、ちゃんと『ゲート』のこっち側で義勇軍の統制はとってたぞ、俺」


 「当たり前だ、それすらしていなかったら、お前を殺している」

 まったく、60万を統制するのは並大抵ではなかったぞ。


 「だけどまあ、よく死人がでなかったよな」


 「ガーゴイルの存在が大きかったな。あれがなければ流石にきつかった。その辺の用意は怠りないのがハインツという男だ」

 彼ら義勇軍が隊列とまではいかなくとも、列を成して『ゲート』をくぐれたのは、ガーゴイルが道を作ったからだった。

 合計1万にも及ぶ“カレドヴィヒ”と“ボイグナード”が木の杭で何本もの長い列を作ったため、その間を義勇軍が通るという道が出来上がったわけだ。

 「けどよ、なんででっかい杭なんだろうな? 普通はロープとか使うと思うんだが」

 確かに。


 「普通に考えればそうということは、普通ではない理由があるのだろうな」


 「ああ、あれは本来別の用途で用意したんだけど、丁度良かったから道作りにも利用したんだ」

 と、そこにハインツ到着。


 「お、ハインツ。手前、何で俺達に事前に伝えてなかったんだよ。俺が自制なんて出来るわけねえだろ」

 開き直るな馬鹿、暴走したのはお前だけだ。


 「まあ、確かに。そこは俺が悪かったと思ってる」

 ハインツも失敗だったと思ってるみたいだな。


 「ところで、随分早かったな。確かお前は、最後に『ゲート』をくぐったのではなかったか?」


 「ヨルムンガントの歩幅は人間とは比べ物になんないからな、追いつくのは簡単さ」

 2メイルもない人間と25メイルのヨルムンガントでは大きさが違いすぎる。

 ちなみに、60万の軍勢は今ひたすら前進中だ。速度は小走りといったところだが、とりあえず進ませれば、足の速い奴は自然に前に来る。足の遅い奴は後ろに来る。そうやって、自然と隊列らしきものになった後に整えた方が効率はいい。


 「だけどよお、アルフォンスとクロードは事前に知ってたんだろ?」


 「ああ、3日前くらいに教えたかな。何しろ、“バージ”を用意してもらう必要があったからな」


 「確かに、あれがなければ1時間で60万、いや、王軍も含めれば66万か。この数が『ゲート』をくぐるのは無理だったな」

 “バージ”は本来、両用艦隊が陸軍を運ぶために考案したものだ。

 戦列艦が2隻1組で、巨大な縁つきの筏を頑丈なザイルで宙づりにし、そこに兵士を乗せて運ぶ。本来、兵士を運ぶのはガレオン船の役目だが、これを使用すれば戦列艦も簡単に輸送船として使用することが可能になる。

 積載重量なども問題もあるが、“着地”機能を備えている新型戦艦ならば、1000人の兵士を一度に運ぶことが可能だ。

 「しかし、流石はアルフォンスとクロードだよな。ちょっと制御に失敗すりゃ、1000人が上空から降ってくることになるんだもんな」


 寝返った両用艦隊120隻は、2隻1組でヨルムンガントを運んでいたようだが、それは別に揺れようが構わないから技術的に困難ではない。

 だが、“バージ”は揺れて傾かないように細心の注意が必要になり、二つの戦艦の完璧な連携と、素早い連絡が不可欠となる。

 そのために、“コードレス”による高速通信が利用され、アルビオンの航空技術を導入し、あいつらは精密な艦隊運用の訓練に励んできたのだ。

 それがこの場面で役に立ったわけだから、世の中分からんものだ。いや、これを見越して、陛下はアルビオンの航空技術を取り入れたのか。

 「80隻が2隻1組で1000人を運んで、それが大体5往復くらいしてたから、およそ20万人は“バージ”で移動したことになるかな? そのために『ゲート』は高さが50メイルもあったんだしな。まあ、ヨルムンガントが通れる大きさという意味もあるけど」

 人間が通るだけならあの高さは必要ない。高さを抑えればもっと長時間展開することも出来たのだろう。

 しかし、戦艦が通過できる程に上に広げることで、移動効率そのものを上げれば、短い時間で済むわけだ。

 「よくまあ1時間で5往復も出来るな。流石に、輸送にかけちゃあ空海軍は随一だな。進軍ばっかの俺達とはわけが違うな」

 アドルフですら感心している。まあ、それが空軍の存在意義ともいえるからな。


 「だが、結局は戦艦は向こう側に残ったのだな」

 「ああ、何しろ“バージ”に出来るだけ積めるように、戦艦自体は「風石」以外空っぽだったからな。今頃食糧やその他の物資を積み込んでる頃だろう。それに、輸送用のガレオン船も動員されるだろうし」

 『ゲート』の幅に限りがあるため、ガレオン船は使わなかったからな。あれほどの高速運用は“着地”があってこその芸当だ。乗せて、運んで、降ろす。戦艦自体は空にいたまま、人間だけが移動していく。

 言ってみれば、“空の道”を人間が歩いているようなものか、物資運搬だったらこうはいかん。


 「まあ何にせよ、無事全軍が転移出来たわけだ。ロマリア軍はぶったまげただろうな」

 いきなり10リーグ先に巨大な光り輝く門が現れ、そこから66万の大軍が出てきたら悪夢だろうな。


 「普通なら全部出てくる前に各個撃破するのがセオリーだろうけど、この状況でそんな判断が出来るのがロマリア軍にいるとも思えないし、それ以前の問題として」


 「カルカソンヌ防衛軍との挟撃にされる。9万もの大軍がいるわけだからな。そんな真似が出来るのなら、奴らはとっくにリュティスに向かってるだろうな」

 ここで突撃でもしてきたら、そいつらには“真正の間抜け”の称号を贈ろう。まあ、どちらにせよ全滅は免れんがな。


 「ま、後は敵をぶちのめすだけだ。大分列も伸びてきたし、編成も出来そうにはなってきたか?」

 「6万の王政府軍は左右に展開しつつ並走している。道路ではないからやや進軍は遅いが、道路を進む義勇軍よりやや速いだろう」

 行進は軍人の必須技能だ。単純だが意外と重要なのだ。

 「OK。もう3リーグ位は来てるよな、残り5リーグになったら一旦停止させて隊列を組ませてくれ。このまま突撃したら大混乱になること間違いないから」


 「だろうな、その辺は任せろ」

 部隊の統率をとるのは得意分野だ。その点に関しては、『影の騎士団』の中でも俺が一番だな。

 だが、アドルフは許さん。いくら得意とはいえ、60万の統率を一人で任される覚えはない。

 まあ、有能な士官達がいたから助かったが、副司令官が突撃したのでは話にならん。


 「だけどよおハインツ、確かに5リーグも走ってりゃあ、一旦停止して隊列を整えることもできるだろうさ。疲れてきて休憩したくなるだろうからな。けど、そんなん関係無しに突撃しそうな、体力有り余ってそうなのが結構いるぜ」

 確かに、先頭集団の速度は速い。軍人と比較して遜色ないな。

 おそらく、鉱山で働いている者や、山で動き回っている樵、そして狩りを行う猟師など、普段から身体を動かすことで生計を立てている連中だろう。

 商人や職人と比べたらかなり体力が余ってそうな連中だ。


 「分かってる。だから、6万の王政府軍をフェルディナンが指揮して隊列を整える。そして、先頭を突っ走ってる連中はアドルフが率いてそのまま突撃してくれ。あいつらなら十分戦力としていけそうだからな」


 「おお! いいなそれ! 確かに、戦には勢いってもんがある。それを実現させる体力がなきゃ話になんねえが、それがあるなら休ませず突っ込ませたほうがいい」

 アドルフが言うことは正論だな。走りたがっている馬を無理やり抑えつけても意味はない。まずは疲れるまで走らせた方がいい。

 それに、“聖軍”が混乱しているうちに、一気に滅ぼした方がいいのも確かだ。

 だが。


 「危険が大きいぞ、敵は混成軍とはいえ6万だ。この具合だと、そのまま突っ込むことになる数もおよそ6万くらいだろう。武器は揃っているとはいえ、軍人ではないのだから被害が大きくなりかねん」

 義勇軍の武器は槍、弓、そして“魔銃”と、下手したら敵よりの充実している。

 アラン先輩が集積した武器を、リュティスに集った際に配ったのだ。力がありそうな者には重武装を、それほど力がなさそうな者には軽武装をさせた。

 武器というのは高いようだが、量産品を大量に購入すれば案外安くあがる。

 工業は進んでいるマルティニーク、ロレーヌ地方などで、武器を大量に注文したわけだ。普通なら砲弾などを注文するところを、接近戦用の武器や原始的な武器を注文したらしい。義勇軍に大砲を扱えるわけがないからな

 まあ、大砲などがあったところで、“バージ”に積める時間もなかったから、結局は自分で持てる武装に限られるのだが。


 そして、“魔銃”。数はそれほどでもないが、これの最大の利点は安全装置があることで、それを解除しない限り魔弾は発動せず、弾も飛ばない。

 つまり、今間違って引き金を引いても暴発する危険はないわけだ。


 だが、それでも義勇軍では厳しいことになるだろう。


 「その点は問題ない。まず、俺がヨルムンガント30体で攻めよせる。そして、『拡声装置』を使って呼びかける。こんな風にな」

 そして、ハインツは演説の内容を語る。


 「なるほどな、確かにそれなら被害は最小限で済む。いや、敵は抵抗することも出来んだろうな」


 「だな、血気盛んな連中なら、敵の都合なんざお構いなしに突っ込むだろうぜ。例の“侵略者を殺せ”、“売国奴を殺せ”コールも再発してるみたいだしな」

 ああいうのは、一人が言いだすとあっという間に全体に広まるからな。

 軍隊では命令が伝わりにくくなるから禁止されているが、義勇軍では士気を上げるためにも必要なことだろう。


 などと話しているうちに、さらに1リーグほど進んでいる。後は6リーグか。


 「お、もうカルカソンヌが普通に見えてきたな」

 まだ遠くにうっすらとだが、目がいい者には見えてきてるだろう。


 「5リーグ地点なら誰でも見えると思う。士気を維持しながら隊列を組むには最適なところだと思うんけど、どうだ?」

 ハインツが聞いてくる。こいつは常に専門家に意見を聞いて、それを採用する。


 「ああ、丁度いいところだろう。近すぎず、遠すぎず、陛下が『ゲート』を開いた位置はまさに絶妙と言えるな」

 軍人ではなく、一般人の寄せ集めであることを考慮してあの位置になったのだろう。


 「よし、じゃあ後は任せた。アドルフ、そっちも頼むぞ。俺はヨルムンガントで先行する」


 「任しとけ! “切り込み隊長”、“烈火”のアドルフの本領を見せてやる!」


 「ああ、俺も“将軍”として、“炎獄”のフェルディナンの本領を見せよう」

 アドルフが“切り込み隊長”、俺が“将軍”、アルフォンスが“提督”、クロードが“参謀”、エミールが“調達屋”、アラン先輩が“管理者”、そしてハインツが“軍医”。

 懐かしき、暗黒街での戦いの日々だな。


 まあ、今でもその配分はほとんど変わらん。唯一違うのはハインツが“処刑人”になったことくらいだろう。


アドルフが“烈火”、俺が“炎獄”、アルフォンスが“暴風”、クロードが“風喰い”、エミールが“鉄壁”、アラン先輩が“鉄拳”、ここまではメイジの異名として普通なのだが。

 ハインツは“闇の処刑人”、“死神”、“悪魔公”、“粛清”、“毒殺”ときてる。一人だけ完全に毛色が違う。

 ま、ハインツの本領は粛清と暗殺にあるから仕方ないのだが。


 「OK、じゃあ俺も、“悪魔公”としての本領を発揮することにしよう。ようやく観客が揃ったんだ。恐怖劇(グランギニョル)を本格的に始めるための舞台は整った」

 66万、これにカルカソンヌ防衛軍9万が加わる。

 さらにカルカソンヌの人口は21万だから足せば96万、そして4万加われば100万となる。


 「一体何をする気だお前は?」

 100万もの人間にこいつは何を見せるつもりなのか。


 「狂気だよ、“聖戦”の狂気を終わらせるために、民衆の狂気を利用している。ならば、それを覚ますには、さらに上位の狂気を見せるのが一番だ」

 ハインツの笑顔は、まさに悪魔の笑みだった。











■■■   side: ルイズ   ■■■


 ガリアの大軍が突如出現して、それを知ったロマリア軍は大混乱に陥った。

 誰もかもがどうすればいいかも分からず右往左往し、トリステイン組を気にする者は一人もいなかった。

 ま、それを利用してこっちも好き勝手やってるんだけど。


 「マリコルヌ、確認は済んだ?」


 「ああ、間違いないよ、ヨルムンガントが30体程こっちに向かってきてる。しかも、その後ろにはとんでもない数の大軍がいるよ」

 マリコルヌには周辺の情報を集めるように指示しておいたけど、そうするまでもなく、いきなりカルカソンヌ北方10リーグに大軍団が現れた。

 どうやらガリアは南部への情報を完全に遮断していたようで、義勇軍が編成されつつある、くらいの情報はリマリア軍にも入って来てたけど、どの位の規模なのかは一切不明だった。


 「ギーシュ、準備は出来てるわね?」

 「ああ、何だかシティオブサウスゴータを思い出すねえ」

 「確かに、あん時とよく似てるよな」

 ギーシュとサイトは思い出しているようね。


 「そりゃあそうでしょ、あの戦いはこれの予行演習みたいなもんだったんだし」

 もっとも、あの時ロンディニウムから来たのは5万だったけど、今回はその10倍近いみたい。


 「偵察してきた」

 「もの凄い数だったわよ」

 そこに、キュルケとタバサが帰還。


 「どうだった?」

 「ガリア中の平民が立ちあがったみたい。“侵略者を殺せ”、“売国奴を殺せ”、“教皇を殺せ”と叫びながらこっちに向かって進軍中」

 「数は、多分50万以上。いえ、60万くらいかしらね? 軍人じゃないから断言は出来ないけど」


 「いいえ、そういうことに対するあんたの直感は結構優れてる。60万強と見ていいでしょうね」

 しかし、とんでもない数だわ。


 「60万かあ」

 「ありえないねえ」

 「7万でも凄かったのになあ」

 男3人も呆れ顔になってる。ここまで大軍だったらもう笑うしかないもの。


 「ま、とにかく、もう勝ち目とかそういうレベルじゃないわ。どれくらいで全滅するか、そういう話ね」


 「でも、それに私達が付き合う必要もないわよね」

 そこにモンモランシー登場。


 「モンモランシー、準備出来た?」

 「水、食糧、ついでにワインとか、その辺は万端。コルベール先生が服とかマントとか、その他も集めてるわ。あと、テファとマチルダで野営用の準備もしてるし」

 水精霊騎士隊の連中もその辺の手伝いに動員したから問題なさそう。


 「じゃあ皆、私達も撤退の準備を始めわ。必要なものを持ってギーシュのトンネルに運び込む。まだ少しは時間があるから焦らずいきましょう」

 「りょうかーい」

 「任せろい」

 「いっつもこんな感じだねえ」

 「私達らしいわ」

 「楽しそう」

 「完全に傭兵集団よね」

 確かに、戦う時は協力して、旗色が悪くなればすたこら逃げだす。完全に傭兵集団だわ。

 でも、私達がロマリアの為に死ぬ義理もなければ義務も無い。別に教皇の臣下ってわけでもないし。


 「なんか文句言ってくるロマリアの奴らがいたら問答無用でぶっ飛ばして構わないわ。どうせガリア軍が皆殺しにするでしょうから、怪我させようが問題ないわ。明日までには死体になってるんだから」


 「魔女だ」

 「ひでえ」

 「女は恐ろしいねえ」

 「貴女らしいわ」

 「効率的」

 「ついでに金品も奪いましょう」

 モンモランシーは私に負けず劣らずね。


 「でも、時間が有り余ってるわけでもないからね。いざとなったらアルビオンの撤退戦みたいに、ロマリアの指揮官は私達を捨て駒にしようとするでしょうから、それまでに逃げるわよ」



 そして、撤退の準備を始める私達。












■■■   side: シャルロット   ■■■


 他の皆はギーシュのトンネルから物資を持って撤退を開始した。

 あのトンネルは数リーグほど続いていて、しかも、南のロマリア国境にあるベルフォールへ向かうのではなく、南東のトゥールーズを経由して、フォンサルダ―ニャ侯爵家が治めるクレテイユに進むのでもなく、南西にあるミディ=ピレネー地方の圏府、ディジョンに向かっている。


 ロマリア軍は最初、虎街道の出口であるクレテイユから侵攻を開始し、各地の諸侯がガリア王政府に反旗を翻してからは、後続の軍(つまりは辺境で暴れ回った狂信者)は虎街道よりもさらに大きな主要街道である火竜街道を通ってきた。

 そこを守護する城塞都市がベルフォールであり、かつては六大公爵家に一角、ベルフォール家が周辺の土地ごと支配していた。けど、反乱を起こそうとした罪によって断絶、領土は没収され、ベルフォールは別の封建貴族の管轄となった。


 「なあルイズ、主要街道は固められてるんだよな?」

 「間違いなくね。狂信者達を殲滅する部隊がいたはずだから、彼らが大陸公路を遮断しているはずよ。ロマリア軍の首脳陣は真っ先に逃げ出すでしょうけど、どのみち逃げ場はないのよ。それ以前にヨルムンガントに追いつかれそうだし」

 今、私、サイト、ルイズの3人だけで、シルフィードに乗っている。

 風韻竜のシルフィードなら、どんな敵が相手でも逃げ切れる。流石にフェンリルみたいな化け物はもういないだろうから。

 私達は出来る限り見届けるために上空にいる。重量の関係上3人くらいが限界だったからこうなった。


 指揮官であるルイズは当然。私も、ガリアの民衆達が立ち上がった結果を見たかった。

 すると。

 『じゃあサイトも必要よね、後ろから抱き締めるチャンスだし』

 ルイズの言葉でサイトも一緒になることが決まった。


 「だから、ミディ=ピレネー地方の山道で火竜山脈を越えれば、後は陸路でロマリアに行ける」

 ディジョンから、ボース、ラルハイ、モンテス、ラ・サルトの鉱山都市を経由していけば火竜山脈を越えることが出来る。あまり知られていないルートだけど。


 「ロマリアに戻ったらどうするんだ? 確かにこのままガリアを縦断してトリステインに帰るのは無理だろうけど」

 「まずはアクイレイアに向かうわ。あそこには『オストラント』号があるから、あれさえ確保すればいつでも帰れるし。でも、その前に宗教都市ロマリアに向かうわよ。多分、結構とんでもない事態になるから」

 大体予想できる。“聖軍”が壊滅すれば、ロマリアがどうなるか。


 「色々あるなあ、俺達が進む先には」


 「ま、自分達から飛び込んでるようなものだけどね」


 「でも、自分で決めた道」

 だから後悔なんか微塵も無い。私達が考えて、自分の意思で決めた道なんだから。


 「そろそろガリア軍が到着しそうね、いえ、義勇軍と言ったほうがいいかしら?」

 カルカソンヌ北方1リーグ以内に既に迫っている。


 「あれで一部なんだろ。うーん、6万くらいはいるよな」

 「相棒、また突っ込むかい?」

 「馬鹿言うな、60万を突破できるわけねえだろ」

 流石にサイトでも無理がある。


 「私も無理ね、あれを吹き飛ばすのは。フェンリル戦で消耗した分はまだ回復出来てないし」

 普通に言ってるけど、よく考えると凄い会話だ。


 「お前、無茶したもんなあ」

 「“アクイレイアの戦乙女”」

 この響きは実にルイズに合っていると思う。とてもかっこいい。




 そして、上空にまで叫び声が聞こえ始めた。

 私は「風」の魔法、『集音』で声を拾う。『サイレント』の逆の魔法。


 「ガリアの為に!」

 「侵略者を倒せ!」

 「教皇を殺せ!」

 「裏切り者を許すな!」

 「売国奴を殺せ!」

 「神を滅ぼせ!」


 といった声が聞こえてくる。サイトとルイズにも聞こえているはず。


 「“聖戦”とは違った意味で狂気の軍勢ね」

 「すげえな」

 「民が、自分達の意思で神を捨てた」

 ブリミル教徒なら絶対に“教皇を殺せ”とも、“神を滅ぼせ”とも言わない。

 例え扇動された結果であったとしても、そこに自分の意思もあったのなら、彼らの行動は自分の責任だ。

 自分で戦うことを選んだんだ。


 「だけど、あの狂気が続けば、ロマリアの民は皆殺しにされそうね」

 「うーん、その辺どうするんだろ?」

 「多分、何か考えてる」

 あの狂気を収める手段を何か用意しているはず。


 「まあ、それ以前にまずは“聖軍”が殲滅されるわね。裏切り者も皆殺しみたいだけど、このままじゃ義勇軍にも相当な被害が出るでしょうね」

 「だけど、ハインツさんがそれを良しとするかな?」

 確かに、まだ何かあるのかも。


 と思ってると、その答えが出てきた。


 『カルカソンヌ南部に展開するガリア諸侯軍に告げる。我はハインツ・ギュスター・ヴァランス。お前達を動かした封建貴族共からは“悪魔公”と呼ばれているものだ』


 ハインツの声が響き渡る。多分、「風」の力を込めたマジックアイテムを使用している。

 けど、ここまで広範囲に伝えるには高純度の「風」の結晶が必要なはず。

 例の“知恵持つ種族の大同盟”の人達で作ったのかも。


 『ロマリアの侵略者に加担し、ガリアの民の殺戮に協力したお前達は売国奴であり、それを皆殺しにするために、66万もの大軍が迫っている。しかも、そのうち60万は義勇軍。王政府に仕える者ではなく、国を愛するが故に立ち上がった者達だ』

 それを裏付けるように、一斉に義勇軍が叫ぶ。

 最早言葉として聞こえないけど、意味は考えるまでもない。


 『だが、最後の機会を与えてやる。ただちにロマリア軍に反旗を翻し、侵略者を皆殺しにせよ。それから、お前達を動員した封建貴族共もだ。それらの死体の五体を切り離し、高く掲げた者は、ガリアへの忠誠を果たしたとみなそう。そうしない者は、悉く殺し、ヨルムンガントにて焼き尽くしてくれる』

 ヨルムンガントが一斉に大砲を放つ。多分、あれは魔砲“ウドゥン”。

 ロマリア軍の一部隊が消し飛んだ。


 『よく考えることだ。いや、考えるまでもないか。このままロマリア軍に協力していれば、お前達は売国奴として殺される。当然、お前達の家族も売国奴と見なされる。ガリアには住めなくなるだろう。最悪、虐殺されかねんな』

 その言葉は、正に“悪魔公”に相応しいものだった。


 『まあ、それ以前に俺が全て殺してやってもよい。売国奴の家族を探し出して、殺していくというのも中々に面白そうだ。酒の肴には丁度いい』


 もう、彼らが選べる道はただ一つ。


 『後は行動で示せ、時間はないぞ。後2分程で神を滅ぼす軍団(レギオン)が到着する。さあ、答えを示すがいい』

 そうして、彼の言葉は途切れた。


 ヨルムンガントはその先駆けとして前進を開始する。飛び道具は持っていない。素手で進軍している。


 「これで、“聖軍”は滅ぶわね、内部から4万、外部から6万に挟撃されたんじゃどうしようもない。しかも、4万は死に物狂い、6万は狂気に満ちている。皆殺し以外の結果はありえないわ」

 確かに、諸侯軍が生き残るためには、ロマリア軍を全滅させるしかない。


 「さて、そろそろ逃げましょうか。火竜騎士団が来るかもしれないし、もうここにいても、虐殺しか見るものはないわ」

 「だな」

 「シルフィード、出発して」

 「きゅいきゅい、了解なのね!」


 私達はトンネルの出口に向けて出発した。



 「けどよルイズ、教皇はここで死ぬのか?」

 「いえ、ヴィンダールヴがいるから助かるでしょう。最後の最後まで諦めないでしょうから、一旦ロマリアに引き返すでしょうね。ま、絶望しか待ってなさそうだけど」

 神の右手ヴィンダールヴは機動力に特化してる。

 歌の中でも、“我を運ぶは地海空”とされている。


 「だけど、空を飛べない者、そして、ヴィンダールヴ程の機動力を持っていないものは助からないわ。ガリアにも風竜騎士団はいるし。東薔薇花壇騎士団団長、バッソ・カステルモールが率いているはずよ」

 「彼はカルカソンヌ防衛軍の指揮官だった。風竜騎士団がここにいる可能性は高い」

 「それに、南薔薇花壇騎士団長のヴァルター・ゲルリッツって人が、火竜騎士団を率いてたよな。ペガサスなんかじゃあ逃げ切れねえな」

 ロマリアの指揮官達は逃げようとするだろうけど、逃げることすら出来ない。


 「ま、私達もここからは行軍の開始よ。山越えもあるし、厳しくなるわ」

 「これまでにない経験だよな」

 「私もない」

 シルフィードが使い魔になる前は、ハインツが用意してくれたワイバーンで飛んでたから。




 そして、トンネル組と私達は合流し。ロマリアのアクイレイア向かって、旅を開始した。









■■■   side: カステルモール   ■■■


 ガリア義勇軍の猛攻とガリア諸侯軍の寝返りによって、“聖軍”は壊滅した。


 我々カルカソンヌ防衛軍はこの戦いには参加せず、民を落ち着かせることに専念せよという指令を受けていた。

 ただし、ロマリア軍の指揮官達が逃走することが考えられたため、私の風竜騎士団と、ゲルリッツ殿の火竜騎士団は追撃を行った。

 カルカソンヌはアヒレス殿に任せることとなるが、民にはアヒレス殿が一番信頼されているので問題はないだろう。

 ゲルリッツ殿の火竜騎士団はハインツ殿が率いていたそうだが、例の『ゲート』を通ってからは、ハインツ殿はヨルムンガントの操作に専念するらしく、ゲルリッツ殿の指揮下に戻った。


 「『エア・スピアー』!!」

 私は愛竜である風竜のメネルドールの乗り、ペガサスで逃げるロマリア軍指揮官を串刺しにする。

 風竜は速度に特化しているが、ブレスは強力ではないので、魔法を放つほうがいい。


 「焼き払え! グラウルング!」

 向こうではゲルリッツ殿の愛竜グラウルングが巨大な炎のブレスを吐きだしている。


 火竜は風竜に比べて速度で劣るが炎のブレスの威力は凄まじく、体格も大柄である。

 風竜の全長の平均は10メイル程度、私のメネルドールは全長11メイルほどだが、火竜の平均は13メイル程でありゲルリッツ殿のグラウルングは18メイルもある


 すると、メネルドールが遠くに何かを発見した。


 私は使い魔との感覚共有を用いてそれを確認する。


 「あれは、シャルロット様と、ルイズ殿、そしてサイト殿か」

 アーハンブラ城からゲルマニアへ向かう彼らと会ったことがある。どうやら無事に脱出されたようだ。

 他にも仲間がいたはずだが、彼らがあそこにいるということは、既に脱出しているのだろう。


 「流石は“博識”殿だ。先を読むことにかけては凄まじいな」

 ハインツ殿も凄いが、彼女も負けず劣らずといったところか。


 「カステルモール、何ぼさっとしてるんだ?」

 ふと気付くとゲルリッツ殿が隣にいた。


 「シャルロット様を見送っておりました。無事に脱出されたようですので」


 「そうか、流石と言うべきか、それともハインツが手引きでもしたのか、まあ、どちらでも変わらんか」


 「恐らく彼らは自分の力で脱出したのでしょう。ハインツ殿は以前、もう彼らは一人前だ、自分で何でもやれると、おっしゃってましたから」

 そうは言っても、万が一に備えて準備しておくのがあの方だが。


 「そうか、まあ、俺達の任務は完了だ。逃げた敵は全滅したみたいだな。下の方も早くも片が付いている」


 地上はもはや惨劇。

 戦いではなく一方的な蹂躙といったほうが適当だろう。

 2万対10万ではそもそも戦いにならない上、4万は内部から、6万は外部から襲いかかってくる。しかも、30体のヨルムンガント付きで。

 さらに、敵の数は増え続けるのだ。

 向こうにはさらに6万近い軍が前進してくる。どうやら全軍を10に分け、6万ずつくらいで前進しているようだ。

 その後ろにも延々と軍勢が続いており、勝負することを考えること自体が間違っている。


 「これで、“聖軍”は全滅だな。教皇がどうなったか知らんが、おそらく逃げ延びただろうな」


 「教皇の使い魔は神の右手ヴィンダールヴでしたね、確かに、逃げることは可能でしょう」

 彼が聞いた通りの男ならば、ここで死ぬことを良しとはするまい。命ある限り、出来ることをしようとするだろう。

 その心意気は立派なのだが、進む方向を致命的に間違えている。

 最初の進む道だけを間違え、後はひたすら真っ直ぐ進み続けたのだろう。


 「しかし、問題はむしろ義勇軍のほうか、血に酔った者はそう簡単には止まらん。下手をするとロマリアの民を虐殺するまで暴走しかねんな」


 「確かに、その懸念はあります。しかし、ハインツ殿はそれを抑える策があるとおっしゃってました」

 彼は言っていた。狂気は短く終わらせる。そして、彼らは新しい国家を作ることに全力を尽くしてほしいと。


 「そうか、しかし、どうやるのだか」

 一度沸騰したものを覚ますのは難しいことも確かか。一体彼はどうするのだろう?

 彼らの計画に穴があるとは思えんが、気になるな。



 しかし、すぐにそれは示された。



 次の義勇軍の前に、ある部隊が到着した。

 それは、ガーゴイルの軍勢。陸戦型のガーゴイル、“カレドヴィヒ”と“ボイグナード”であった。

 だが、あのタイプは確か旧型だったはず。

 その数はおよそ1万。欠点として、初期型であるため耐用時間が短いことと、単純な命令しか受け付けないことがあるそうだ。

 最新の“カレドヴィヒ”と“ボイグナード”は主に拠点防衛などに使われ、城壁の守護などには最大の効果を発揮する。平原で展開しても大砲で吹き飛ばされたり、騎兵に蹂躙されるからな。そして、改良も加えられているので燃費も良く、実戦で十分使えるレベルになっている。


 だが、旧型は実戦に使えるレベルではないが、利点もある。

 非常に作りやすく、大量生産が可能で、一体一体が安い。

 すぐに壊れるから総合的には改良型の方が数段優れるが、場合によってはこちらの方がいい場合もあるとか。

 クアドループ地方圏府、“人形の街”ラヴァルはガーゴイル生産が盛んであり、そこで2年かけてこれら1万と、飛行型の3千を生産したそうだが。


 「ガーゴイルか、しかし、何かを運んでいるな?」


 「あれは……木の杭でしょうか?」

 槍というには太すぎる。破城鎚のような大きさだが、鋼鉄でなければ破城鎚にはならない。

 どちらかというと、刑場の十字架に似ているな。


 1万のガーゴイルがそれらを運んでくる。あれらも『ゲート』とやらを通って来たのだろう。

 しかし、凄い量だ。数体で台に載せたものを運んでいるから、数万本はありそうだ。



 『ガリア諸侯軍に告げる。これより、ガリアへの忠誠を測る審査を行う。ガーゴイルが木の杭を運んでいくので、それを使ってロマリアの侵略者と裏切った売国奴を全員串刺しにして晒すのだ。当然、行わない者はヨルムンガントで踏み潰すこととなる』


 そこに、とてつもない指令が下された。


 それはつまり、地獄を作り出せという命令だった。



 『場所はカルカソンヌ南方の丘だ。そこならばカルカソンヌの城壁の上から一望できる。ガリアに逆らった愚か者には良い報いであり、これは見せしめなのだ。王家に逆らった者はこうなる。よく覚えておくがいい。従わぬ者は同じく串刺しとなるが良い、家族もろともな』






 そして、地獄が作られ始めた。

 ガーゴイルが運んできた杭に、諸侯軍の兵士達がロマリア兵のバラバラ死体を串刺しにしていく。

 それだけではない、血に酔った義勇軍の兵士達も叫びながらそれを行っていく。


 丘は赤く染まった。

 流れ出る血は小川となり、大地は吸い込みきれないと叫ぶように血を流す。

 凄まじい血の匂いが充満する。本来戦場跡の死体は腐敗が始まる前に荼毘にふすものだが、それを行われない死体は急速に腐っていく。

 このまま放置されれば、まさに地獄の具現となろう。





 「恐怖劇(グランギニョル)」

 ハインツ殿が言っていた言葉が頭によぎる。

 2万もの人間の串刺し死体が、延々と続く屍の丘。その死体は徐々に腐敗し、凄まじい光景を作り出す。

 まさに、その名の通りだ。


 私は空から、作られていく地獄を眺めていた。









■■■   side: ハインツ   ■■■


 ロマリア軍を殲滅した次の日の夜。俺達『影の騎士団』が久々に勢ぞろいした。


 「どーよ、俺の恐怖劇(グランギニョル)の出し物は」


「酷すぎます」

 「鬼」

 「悪魔」

 「鬼畜」

 「腐れ外道」

 「人間失格」

 なんか懐かしい返事が来た。


 「そこまで言うことあるだろ」


 「自覚してんじゃねえか」

 アドルフに突っ込まれた。


 「いくらなんでもあれはやり過ぎだと思うんですけど、僕の補佐官が思いっきり吐いてましたよ」

 エミールの補佐官はまともな神経の持ち主みたいだな。


 「というか、カルカソンヌ市民が可哀想だろ。あんなもんが街のすぐ傍にあったんじゃ呪われそうだ」

 うん、フェルディナンが言うことももっともだ。


 「俺とクロードがやってきたら、いきなり赤く染まった串刺しの丘だったからな。どこの地獄に迷い込んだのかと思ったぜ」

 「あえてそこに“着地”しようとしたお前もお前だ」

 「いや、一番降りやすそうだったからな」

 「乗組員の精神的ショックも考慮しろ、最悪、立ち直れんのが出かねなかったぞ」

 アルフォンスも中々にぶっ飛んでる。まあ、『影の騎士団』にまともなのはいないが。


 ちなみに、陸軍は陛下の『ゲート』を通って来たが、アルフォンスとクロードは食糧や物資を運ぶために船で来た。

 カルカソンヌもリネン川があるので船が降りるのには苦労しない。両用艦隊は現在80隻だが、それは戦列艦に限っての話で、他にも1千隻近いガレオン船がある。

 アルビオン戦役においても、トリステイン・ゲルマニア連合軍の戦列艦は60隻だったが、6万の兵や軍需物資を運ぶために大小合わせて500隻もの船が動員されてたわけだ。

 で、こいつらは運搬用のガレオン船で、食糧と物資を大量に運んできたわけなんだが。


 「だがまあ、効果的ではあるな。60万の義勇軍の熱狂も完全に冷めている。あんなものを見せられては当然だが、狂気を覚ますにはより強い狂気を見せるのが一番ではあるからな。“聖戦”の狂気よりも、義勇軍の狂気よりも、お前一人の狂気の方が凄まじかったというわけだ」

 流石はアラン先輩、よく分かってる。

 「それに、王族の醜さや、権力者が狂った時にどうなるか、ということを民衆に示す狙いもあるな。全てに意味ありき。あの惨劇も全て計算ずくなのだろう?」


 「まあそうですね、まさかイザベラにその役を負わせるわけにはいきませんし、陛下には別の役割があるので無理です。となると、王位継承権第二位で、しかも、“悪魔公”。さらに、これまでにも散々粛清してきた俺は最適なわけです」


 「何だかんだ言っても。愛しの従姉妹に嫌われ役をやらせたくないだけだろ?」

 「ああそうだ」

 それは大きい。アドルフの言う通りだ。

 恐怖と嫌悪の視線がイザベラに向けられるなど、考えたくも無い。


 「凄い、言い切りました。しかも至極当然のように」

 「これで不能なんだから、すげえよなこいつは」

 「世にも珍しい存在だ」

 こいつらは……、本当に好き勝手言いやがるな。


 「最終作戦ラグナロクで壊すのは、神に関する価値観だけではないからな。そちらの布石も同時に打ってるわけか」

 フェルディナンが軌道修正してくれる。

「それに、義勇軍の意義は歴史の流れの証人を大量に作ることでしたよね。神への価値観が国家全体で変わらないと意味ありませんし。だから、戦ったのは若くて体力のある6万くらいで、残りは見届け役なんですね。まあ、そもそも戦闘に参加する民が少ないに越したことはありませんし。大軍の意義は、その威圧感で敵の戦意をくじくこと、ですもんね」

 エミールが続く。

 「そういうこと、それで、ここからは結構重要になる。“悪魔公”は独裁者を目指して徐々に暴走することになるから。当然、それと敵対する者も必要になってくる」


 「王家の闇を全部背負うわけか、闇そのもののお前に相応しい役割ではあるな」

 クロードは常に冷静だが、こういうことに関しては特に鋭い。


 「んー、てことは、お前をぶん殴ればいいのか?」

 アドルフは単純、けど、なぜか本質を突く。

 「実はそうだ。殴るのが一番手っ取り早い。だけど、間違ってもここで殴るなよ。その拳を引っ込めろ」


 「ちっ」


 「代わりに、俺がアドルフを殴ろう」

 「それおかしいだろ! 相手が変わってんじゃねえか!」

 こいつらはいつもこうだな。


 「それでハインツ、義勇軍60万、王政府軍15万、カルカソンヌ市民21万、そして諸侯軍4万、合計100万がここに集結しているわけだが、まだ恐怖劇(グランギニョル)は続くのか?」

 アラン先輩が訊いてきた。


 「はい、せっかく観客が満員御礼になったんです。思いっきりやりますよ。この血の丘の惨劇をさらに上回るインパクトで」


 「どんだけだよ」

 「よく考え付くな」

 「流石はハインツ」

 「人でなしだな」

 「慈悲の心も必要ですよ」

 「悪魔公全開だな」

 息ピッタリだな。


 「ま、細かい打ち合わせはおいおいやってくとして、先に、“血と肉の饗宴”作戦の方を話し合おう」

 ロマリア宗教庁を終わらせる最後の作戦。

 ロマリアの街に血の雨が降ることになる。


 「こっちの準備は済んでますよ、遠征軍の派遣と連動しながらでもいけます」

 「俺の方も万全だ。やはり、エミールとの共同作業は効率がいい」

 それにはやはり彼ら二人が最大のポイントとなる。


 「ガーゴイルは俺達で運ぶぞ」

 「120隻もその頃には俺らの指揮下に入ってる。ゆとりはあるな」

 空軍の力も必須。ガーゴイルが大量に必要になるからな。


 「俺らは本番のみか」

 「まあ、それまでに別の仕事が多いからな」

 陸軍はロマリア侵攻の大任がある。準備の方は出来ないだろう。


 「それぞれ、作業を進めてくれ。その他全般は俺が引き受ける。それに、宗教都市ロマリア攻略に関しては俺らに一任してくれると、陛下が約束してくれた。何をやってもいいと」


 これで、思いっきりやれるわけだ。


 「まあ、まずは明日の惨劇を成功させる。その後で細かい打ち合わせをやろう」


 「おっしゃ」

 「了解した」

 「OK」

 「ああ」

 「わかりました」

 「問題ない」




 そして、惨劇へと至る。









[10059] 終幕「神世界の終り」  第九話 悪魔公 地獄の具現者
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/20 17:26
 ガリア義勇軍60万によってロマリアの“聖軍”は全滅し、ガリアから侵略者は一掃された。

 その死体は“悪魔公”の命令によって串刺しにされ、血の丘が出来上がった。

 2万人に及ぶ串刺し死体が延々と続く丘は腐臭を放ち始め、まさに地獄と化していた。

 だが、“悪魔公”の惨劇はそこで終わらず、更なる地獄が作り出された。






第九話    悪魔公 地獄の具現者





■■■   side: アラン   ■■■



 『ガリア全土より集まった義勇軍、王家への忠誠篤き王政府軍、カルカソンヌ市民、そしてガリアへの忠誠を示した諸侯軍に告げる。これより数時間後に陛下が到着なされる。総員で持って出迎えるため、皆、串刺しの丘へ集うべし』


 ハインツからとんでもない命令が飛んだ。

 あの血と臓物の腐臭に満ちた、串刺しの丘に100万もの人間を集めるというのだ。


 何でも、腐敗を早めるための薬も撒いたらしく、すでに串刺しの丘は正視できない地獄と化している。


 『カルカソンヌ市民のうち、病人の介護などを行う者、怪我人、赤子の世話をするもの。そのような動けない理由がある者は参列せずともよい。しかし、王政府軍、義勇軍、諸侯軍は全て参加せよ。逆らう者は王家への反逆者と見なす』

 実に上手いな、その口上はロマリアの狂信者達と同じものだ。

 “我等に逆らう者は異端とみなす”

 それが奴らだった。悪魔公の下では、それが“王家”に変わるだけで、本質的には変わらないということだ。

 今の民衆ならばそれに気付ける者も多いはず、布石は確実に打たれている。



 そして、90万近い人々が“串刺しの丘”へと集った。


 そこはまさに地獄、自分達が何を行ったかを見せるものでもあり、このまま狂気が進んでいれば、ロマリアで何が起こったのかを簡単に理解できるものでもある。


 だが、何よりも恐ろしいのはそれを平然と指示した“悪魔公”。

 軍人ですら直視できない地獄だ。元々一般人だった義勇軍や、カルカソンヌ市民にはきついどころではない。トラウマになるものもいそうだ。



 『さて、よくぞ集った。これから陛下をお出迎えするわけだが、陛下がご到着なさるというのに、このようなゴミが散乱したままでは不敬というもの。そこで、掃除をすることとした。同時にちょっとした余興も兼ねている。これまで諸君らはよく働いてくれたからな、まあ、娯楽の一環だと思ってくれ』


 これを“娯楽”と言い切るか。


 そして、“掃除”が始まった。


 ヨルムンガントが30体現れた。これらへの「風石」の補給はアルフォンスとクロードが運んできた物資から昨日済ませたらしいが。


 そして、その一つにハインツが乗り、ヨルムンガント達は、串刺し死体を踏みつぶし始めた。


 それは、人が蟻を踏み潰す光景に似ていた。

 いや、大きさ的にはもう少し大きいか、害虫と言った方がいいかもしれん。

 “悪魔公”は、駆除した害虫の死体を踏み潰しているというわけだ。



 臓物がブチまかれ、骨が砕かれ、脳漿が飛び散る。

 腐臭はさらに増し、あたりを包んでいく。

 周囲を見渡すと、失神した者も多いな。まあ、全て悪い夢だったと思って忘れた方が良いとは思うが。


 1万のガーゴイルも現れ、ヨルムンガントが踏み潰した死体や杭を1箇所に集めていく。

 腐肉と骨と、臓物と血を材料とした。大きな山が築かれていく。


 『はは、ははは、あはははははははははははははは』

 “悪魔公”の笑い声と、人間が潰される音だけが、惨劇の丘に響き渡る。


 『あはは、あはははは、あははははははははは』

 その笑い声は、とても無邪気なものだった。

 憎しみなどは一切なく、嘲笑ですらなかった。

 ただ楽しいから笑う。純粋な笑い声。“娯楽”を楽しんでいるだけの。


 子供は時に残酷だ。

 虫の死骸を集めて、踏み潰したりもする。

 この笑い声はまさにそれと同じ。自分と同じ人間を殺しているのではなく、下等な生き物をちょっとした楽しみとして潰しているだけ。


 これが出来るのは、この世にハインツくらいだろう。

 ハインツは、子供達と無邪気に遊び回っている時の顔と、人間をバラバラにする時の笑顔が同じという、先天的な異常者だ。

 壮絶な過去や、憎しみ、復讐といったものでは、これは不可能だ。無邪気に笑うことは出来ない。


 そして、それ故になによりもおぞましい。

 恐怖劇(グランギニョル)とは、よく言ったものだ。




 そして、しばらくの時間が過ぎた。

 長かったような気もするが、短かったような気もする。

 だが、全ての串刺し死体は残さず踏み潰され、その肉片と杭は1箇所に集められ、巨大な山を築いている。


 血の丘に君臨する死骸で出来た山。まさに地獄の光景だ。


 『さて、掃除は大体完了した。最後に、ゴミをまとめて焼かねばならんなあ』


 そして、空から一体のガーゴイルが降りてくる。


 それは何かをハインツに手渡した。

 「土」メイジの俺は『遠見』を使えないので、それが何かは確認できない。


 「クロード、あれは何だ?」

 故に、傍らにいたクロードに尋ねる。


 「短剣ですね、柄の部分に赤い宝石が埋め込まれています。およそ、直径1サントほどの」

 間違いなく、例の「火石」だな。


 『皆の者、一旦ここから離れよ。ゴミの山から半径500メイル以内にいるものはこの“レーヴァテイン”によって悉く焼き尽くされよう』


 その言葉に従い、観客は離れていく。失神した者は担がれていく。

 というより、この丘から逃げたいというのが本音だろう。


 そして、血と腐肉の山から皆が離れ、“悪魔公”が空から“レーヴァテイン”とやらを死骸の山目がけて投下する。





 火焔地獄が出現した。





 「凄まじい威力だな」


 「ええ、たった1サントの「火石」で直径1リーグを灰に出来るそうですが、本当にそのままですね」

 大火球は死骸の山のみならず、血の丘も全て焼き尽くす。

 炎が全てを包み込み、血も腐臭も何もかもを無に帰していく。


 そして、炎が消えた時、そこには何も残っていなかった。

 2万人の人間の死体は、一瞬でこの世から消え去ったのだった。



 そして、そこに大艦隊が現れる。

 サン・マロンで寝返っていた両用艦隊は“聖軍”の全滅の報を受けて全て降伏。

 総旗艦『シャルル・オルレアン』号に陛下を乗せて。120隻の大艦隊が到着した。


 極大の炎によって、地上の地獄は消え去り、そこに空の大艦隊が現れる。

 演出としては最高の出来なのだろうな。



 炎によって浄化された丘にジョゼフ陛下が竜に乗って降り立ち。その傍らには宰相にして第一王女であるイザベラ殿下もいる。


 それを、臣下の礼をとったハインツ・ギュスター・ヴァランスが出迎えた。



 そして、3人の王族によって、“聖敵”の全滅と、ガリアの勝利が宣言された。












■■■   side: ハインツ   ■■■


 さて、惨劇は終了したが、まだまだやることはある。

 俺、陛下、イザベラの3人はカルカソンヌの行政府のある部屋にいた。


 「とりあえず、山場の一つは終わりましたね、陛下」


 「ああ、御苦労だった」


 「あんたはやり過ぎよ、カルカソンヌの市民は蒼白になってたわよ」

 まあ、そこは仕方ない。


 「大丈夫、水中人の人達なら心の傷に良く効く薬を知ってるから」

 「そう言う問題じゃないでしょ」

 「まあ、後始末はお前が全部やれ」

 陛下は相変わらず全部押しつける気のようだ。


 「ですがまあ、この3人が揃うことってあるようでないですよね」


 「言われてみればそうだな。お前を介してしか、俺とイザベラの間で言葉が交わされることは滅多にない」


 「家族としては問題ありね」


 「王族とはそういうものだ」


 「ま、それもあと少しで終わりですけど」

 ラグナロクもそろそろ中盤。


 「だとしても、これの娘ってのは悪夢でしかないわよ」


 「それは酷いぞ、我が娘よ。お前には愛を込めて大量の仕事を贈っているではないか」


 「あたしを過労死させる気かい」


 「いや、過労死させるのはハインツだ」


 「俺ですか!」

 まあ、近そうではあるが。


 「それはそうと、これからが問題だ。裏切った封建貴族は全滅した。当然その領土は全て没収となる。ここにガリア貴族領は消滅するわけだ」


 「その辺の管理は私の管轄ね」


 「生き残りや、血縁者の処置は俺にお任せを」

 適材適所だな。大体は“プリズン”にぶち込むが、殺すのも相当数に上るだろう。


 「これから1か月あまりはそれに費やす。と同時に、義勇軍を解体し、ロマリア侵攻軍と地方巡視隊に再統合する。ティエール、レセップス、ドウコウ、ストロースの4名は前者、カステルモール、アヒレス、ゲルリッツには後者を編成させる。1月もあれば十分だろう」

 流石陛下、全員の能力を完全に把握した上で、その下の者達がどれくらい動けるかまで計算している。


 「地方巡視隊の主な役目は、安全の確保というよりも、“知恵持つ種族の大同盟”の方々をその目で確認することですか?」


 「そうだ。こっちはさっさと出発させ、分散して南部を通らせる。各地の村に派遣させれば、彼らと触れ合うことになる。と同時に、帰り道も兼ねる。そのためにクロムウェルが記録をとっていたのだからな。それによって、ガリア各地に彼ら先住種族の生の姿が伝わることになる。民衆によってな」

 なるほど、一切の無駄がない。クロさんの苦労も実るわけだ。

 義勇軍の食糧を確保するのも一苦労だからな、エミールが頑張ってはいるが。それに、ロマリアの民に配る分もあるし。

 「ってことは、そっちが大体9割くらいね。志願制になるから、ロマリア侵攻にいくのは6万くらいかしら?」

 まあ、そんなとこかな。


 「だろうな。先陣を切って突撃した奴ら。あいつらがロマリア侵攻軍になるだろう。最も、名前は解放軍となるがな」

 解放軍、確かにそうなるな。


 「それでは、王軍は3つに分かれますね。義勇軍6万と共にロマリアへ行く部隊、狂信者の襲撃を受けた地方を巡視しつつ解散する義勇軍を統率する部隊、そして、各地の貴族領にいって、屋敷とか財産を接収する部隊」


 「最後の部隊には目付も必要ね、フェンサーはそっちに回しましょう。ヨアヒムとマルコに任せれば問題ないわ」


 「そこは北花壇騎士団に任せる。それが専門だからな。後は流動的だな、ここで決めても状況によっていくらでも変わるだろう」

 ま、大局は動かないだろうけど、細かい部分はいくらでも変わるか。


 「当然、各部隊の補給はアラン先輩と、エミールですね」


 「軍務卿もそろそろ動けると思うわ。少しはゆとりが出来るでしょう」

 九大卿は優秀だからなあ。

 ガリア全体が大きく動いたから、通常体制に戻るには、やはり1か月は必要だ。イザベラと九大卿なら問題ないだろうが。


 「ロマリアの仕込みはイザークに任せればいい。ある意味、お前と最も近い人種かもしれんな」

 まあ、基本は違えど、やってることはあんまし変わんないな、俺とあいつは。


 「あと、もう一つある。これがお前達を集めた最大の理由だ」


 そして、陛下は俺とイザベラにある指示を与えた。











■■■   side: ギーシュ   ■■■


 僕達は現在、火竜山脈を越えている真っ最中。

 かなり厳しい山道だ。


 「しかし、急な道だねえ。よくこんなところに作ったなあ」


 ディジョン、ボース、ラルハイ、モンテス、ラ・クロットと各鉱山都市を経由してここまで来たわけだけど。ガリアは驚くほどに治安が良かった。もうちょっと東ではロマリアの狂信者が暴れ回ったとかいう話だけど、そいつらも瞬く間に全滅したとか。

 ガリアの盗賊達は王政府がどれだけ強大かを骨身にしみて理解しているようで、ロマリアの敗北を誰よりも先に悟っていたのか、これを機に暴れることもなかったみたいだ。

 そんなことをすれば殲滅が待ってるだろうし、このガリアでは犯罪なんかしなくても、生きるのに不自由はしないみたいだし。

 「火竜山脈以南にも民は住んでいる。文化は少しガリアと異なるけど、一応ガリアの国民になっている。アーハンブラ城があったオート=ルマン地方も似たようなものだけど」

 タバサが解説してくれた。流石にガリアのことには詳しいなあ。


 「でも、これならそんなに知られていないルートってのも頷けるな。普通だったら火竜街道や虎街道を使うよな」

 確かにサイトの言うとおり、わざわざロマリアに行くのにこっちを使う奴はいないだろう。


 「この先には特に都市や街があるわけじゃないんだろう。だったら尚更だね」

 マリコルヌも同意する。この坂道を歩きながら平然としてる。うん、体力ついたよなあ僕ら。


 「でも、ここよりちょっと南に住む人達は傭兵としてベルフォールに行くのも多いらしいから、交流がないわけじゃないのよ。それに、そこには特殊な精霊石があるらしいし、これもあんまり知られてないけど」

 だけど、一番驚きなのはルイズだ。彼女、普通に歩いてる。

 ずっと北花壇騎士として戦ってきたタバサはともかく、ルイズはつい最近まで公爵家の三女だったはずなんだけど。
 
 ちなみにシルフィードは大量の荷物を持ってるから人は乗せてない。山道で馬車は使えないし。数頭の馬に荷物を乗せて、皆歩くことになるんだけど。


 「貴女は元気ねえ、私はちょっときついわよ」

 キュルケですらちょっと疲れ気味。

 「胸に余分なものはついてるからよ」

 「いや、その理屈で行くと私はどうなるのよ?」

 モンモランシーが反論。彼女もちょっと疲れ気味だな。


 「モンモランシー、疲れたら僕が背負ってあげるよ」


 「却下、あんたじゃすぐに潰れるでしょ」

 「ぐはっ」

 崩れ落ちる僕。


 「タバサはサイトにおぶってもらいなさい。サイトとヤッて以来、少し成長した胸を押し付けるのよ。サイトは興奮して今夜貴女を押し倒すわ」


 「ぶはっ!」

 「何で知って!」

 反応する二人、相変わらずだなあ。


 「いやあー、羨ましいねえ、彼女持ちは、げっへっへ」

 そしてマリコルヌが狂い出す。

 「止めろ、皆」

 「「 了解 」」

 ギムリとレイナールが後ろから殴る。メイジなのに肉体行動だなあ。

 この二人はフェンリルとの戦いでまさに死にかけた組だ、ギムリなんて真っ二つだったし。

 水精霊騎士隊も逞しくなったなあ。


 「テファ、疲れたら言うんだよ」

 「ま、まだ大丈夫よ」

 テファは森の中で育った方だから意外と体力はあるけど、やっぱり小柄で細身だからきついものがある。

 胸だけはなぜか爆発してるけど。


 「疲れたら僕が背負おう!」

 「いいや! 僕にお任せを!」

 「何を言っている、貴様らには無理だ!」

 「俺なら何百リーグでも歩けるぜ!」

 「俺なら走れる!」

 「俺は飛べる!」

 水精霊騎士隊の連中が一斉に詰め寄る。うん、下心が爆発だ。


 「そう、死にたいようね、貴方達?」

 まずい、大魔神が降臨する!


 「異端魔法その3」

 「あんぎゃあああああああああああああああ!」

 「ぐるわああああああああああああああああ!」

 「ぷるぎゃあああああああああああああああ!」

 「ぎええええええええええええええええええ!」


 しかし、その前に魔女の鉄槌が落とされた。

 よく見るとギムリとマリコルヌも混ざってるな。


 「全く、馬鹿やってんじゃないわよ」

 惨劇を起こして平然としてるルイズ。


 「ミス・ヴァリエール、少しは加減した方が良いと思うのだが」

 良識派のコルベール先生が諌める。


 「平気です。軽く岩に潰されただけですから」

 彼らの脳内では圧死してるわけか。


 「いやー、ルイズは恐ろしいな」

 サイトの言葉は全員の想いだろう。


 「ところでサイト、僕は思ったことがあるんだが」


 「何だ?」


 「タバサの胸は本当に大きくなったのかね?」


 「ぶはっ!」

 噴き出すサイト。


 「何で俺に聞くんだよ! つーかそんなこと聞くんじゃねえよ!」


 「タバサ以外で、それを一番知ってるのは君だろう」


 「い、いや、あれ以来やってねえよ」

 うん、何とも分かりやすい回答だ。単純だな。


 「意外だね、君の欲望に従って貪りつくしていると思ったのだが、そう、あえて未熟な果実を好む君の性癖の赴くままに」


 「お前、俺を何だと思ってやがる」


 「という冗談は置いておいてだ」

 これ以上続けるとタバサに串刺しにされかねない。

 「冗談かよ」


 「いや、僕やマリコルヌの戦いって、いつもこんなんばっかだと思ってね」

 実に不思議なことだが。

 「こんなんばっか?」


 「化け物と戦う。逃げ回る。最後に撤退。この流れさ」


 「あー、そういやそうだな」


 「アルビオンでは戦争だってのにオーク鬼と戦った。そして今回はヨルムンガントに加えて、あのフェンリルだ。いきなりグレードがとんでもなく上がったけどね」

 本当、生きてるのが奇蹟なくらいだ。

 「で、最後にトンネルで撤退と、宿命なのかな?」


 「君は7万に突っ込んだり、戦車でヨルムンガントを撃破したりもしたが、僕達はなぜか化け物オンリーだ。普通に軍隊や騎士っぽく戦ったのは、ルイズの地獄の特訓くらいだよ」
 

 「あれか、確かに」

 水精霊騎士隊が出来てから、ルイズが考えた内容で訓練を始めたんだけど、その内容は鬼だった。

 金属鎧を着て学院5周とか、あり得なかったと思う。当然『フライ』や『レビテーション』はなしで。

 メイジがやることじゃないだろう。


 「何、あの軽い訓練のこと?」

 「あれを軽いと抜かすかお前は」

 「鬼教官、ここにありだね」

 ま、そのおかげで僕達はフェンリルと戦って生き残ることが出来たんだろうけど。

 ちなみに、その鬼教官も一緒に訓練してた。信じられない光景だったけど。

 とゆーか、この一年くらいでルイズも成長してる。身長は160サントくらいになってるよね。

 遅れてきた成長期、ってやつなのかな?


 「必要なのは、いざという時の度胸と根性よ。フェンリルとの戦いでは、魔法が上手く使えようが意味無かったでしょ」

 「まあ確かに、何の意味もないねえ」

 「あれをデフォルトに考えるのもどうかと思うけどな」

 水精霊騎士隊として最初に経験した実戦、本格的な戦いの、最初の敵がフェンリルってのはもの凄いな。

 まあ、全員がアルビオン戦役で実戦経験がある連中だったから、殺し合い自体は初めてじゃなかったけど。


 「だけど、アクイレイアに着いた後も、まだ戦いはあるのかい?」


 「多分ね、もっとも、相手は人間よ」

 怪物相手じゃないのか。


 「身体が縦に真っ二つにされなきゃ何でもいいぜ、横だから助かったからな」

 そこにギムリが復帰。凄いブラックユーモアだ、

 「そうだね、足がもげるくらいなら平気さ」

 レイナールもぶっ飛んでる。あの体験は特殊だったからなあ。


 「まあ、とにかく、まずはこの山が敵よ。皆で乗り越えましょう」


 「うーす」

 「了解」

 「分かった」

 「OKさ」

 そして、僕達の山越えは続く。










■■■   side: outとある士官   ■■■



 僕は両用艦隊に所属する『ヴィラ』号の甲板長を務めるヴィレール少佐。現在はストロース中将の指揮下にある。


 この“聖敵”を撃滅した戦いは“ラグナロク”と呼ばれるものだそうだけど、その戦いによって恐らくストロース中将は大将に昇進するだろう。

 艦隊司令官であった元帥のクラヴィル卿はロマリアに寝返り、ガリアの民をロマリアに売ったという。

 だけど、そこには疑問が残る。彼は王政府に忠実な人物であったはず。それにガリアに30年以上仕えてきた人物だ。

 僕だって愛国心では負けるつもりはないが、やはり、王国の為に戦ってきた年月は僕みたいな若い士官とは比較にならない。


 だから、何か理由があったのではないかと思う。

 確かに最近の空海軍は若い僕達と、古い人達が対立してきた。

 クラヴィル卿を筆頭にする保守派と、ドウコウ中将、ストロース中将を中心とする革新派といえばいいのか。

 僕たちみたいな若いのは皆ドウコウ・ストロース組についていた。まあ、だからこそこの若さにも関わらず少佐になれているんだけど。


 けど、それを理由に彼らがガリアを裏切るとは考えにくい。国を裏切ってしまったら、彼らの家族はどうなるというのか。

 そのくらい考えていたはずだし、ジョゼフ陛下は彼らに特別な罰を与えるつもりはないとか。

 中将達も、クラヴィル卿に対して何か思うところがあるわけじゃないみたいだ。もっとも、反乱を起こしたのは確かだから、軍籍を剝脱されるのは避けられないだろうけど。それでも、投獄された上に一家離散みたいな状況にはならないだろう。


だから、何よりも怪しい人物がいる。


 「皆の者、ロマリアの侵略者共は全滅した。しかし、これで終わりではない。ロマリア宗教庁がある限り、何度でも“聖戦”は繰り返される。その根を絶つために、ロマリアを灰燼と化すのだ」


 今現在、王政府軍と義勇軍の前で演説を行っているヴァランス公。この人物だ。

 彼の言ってることは筋が通っているようにも聞こえるけど、そこまでする必要はないように思える。

 自分達と違うからって、皆殺しにするんじゃあ、“聖戦”と変わらないじゃないか。


 ジョゼフ陛下は言ったはずだ。これからは皆が協力して平和に生きていく時代が来るって。ガリアはそういう国家になるって。民の為の国家になるんだって。


 確かに、ガリアの民の為になるかもしれない。けど、その為にロマリアの民を皆殺しにしていいわけがないだろう。


 「ここに集った者達は“神を滅ぼす軍勢”だ。我々の力をもってすれば、ロマリア宗教庁など容易く破壊できる。そして、いずれは全てが統一され、平和が訪れる」


 それは、ゲルマニアやトリステインやアルビオンも、併合するということじゃないか?


 そんな必要はないだろう。彼らがガリアに戦争を仕掛けてきたわけじゃないんだから。


 「驕った神ではなく、これからは人間の時代だ。我らこそが世界の中心になる。そして、永遠の平和をもたらすのだ。その第一歩として、神を信じるあの国を焼き尽くすのだ」


 それは教皇の考えとどう違うんだ?

 ブリミル教徒がガリア国民に変わっただけで、何も違わないんじゃないのか?


 「待ちなさいヴァランス公。それには及ばないわ」

 そこに、ヴァランス公を止める人物が現れた。


 ガリア王国第一王女であり、宰相を務めるという、イザベラ殿下だ。


 彼女に関する話は不思議なほどに伝わってこないけど、あの陛下の娘で、宰相を任されているんだ。凄い人物なんだろう。


 「イザベラ殿下、それには及ばないとは、どういう意味ですか?」


 「言葉通りの意味よ。確かに、ロマリア宗教庁がこの世界にとってよくない存在である。それは間違いないでしょう。しかし、それとロマリアの民を殺すことは別です。彼らを虐殺することは許しません」


 殿下は言い切った。ヴァランス公、いや、“悪魔公”の暴虐を認めないと。


 「それは、我がガリアを侵略した狂信者共を許すということですか、それでは奴らに殺された者の無念はどうなるのです?」


 「狂信者は許すべきではありません。しかし、彼の大半は既に滅びました。ロマリアに残っているのは難民や罪のない一般市民ばかりです。ブリミル教を信仰している。ただそれだけです。それだけの理由で殺すなどもってのほかです」

 そうだ、彼らには罪はないだろう。


 「だが、あの偽りの神を信じる者達が第二の狂信者にならないという保証は無い。ここは将来の災いの芽を刈り取るべきでしょう」


 「狂信者になるという保証もありません。そもそも、狂信者を作り出したのはロマリア宗教庁。そこさえ無くなれば狂信者が生まれる道理はありません。貴方がやろうとしていることは、ただ無用な血を流そうとしているだけです」


 「ならば、ガリアの民が流した血は、何によって贖われるのです。我々がロマリアの民のために働く義理などどこにもない」


 「血を血によって贖い続けるのならば、古い世界と何ら変わりません。このガリアは新しい国家へと変わっていくのです。異なる種族との共存ができるのならば、異なる宗教との共存も出来ます。そもそも、ブリミル教自体は邪悪でも何でもないのです。それを利用した者達がいただけで、宗教自体を否定する理由にはなりません。ですから、そこに困窮している者達がいるならば、手を差し伸べるべきでしょう」


 イザベラ殿下は凄い、流石は陛下の娘だ。


 「むう」


 悪魔公には反論できないみたいだ。


 「ですが、ロマリアをこのまま放置できないのは確かでしょう」


 「それはそうです。軍隊を派遣する必要はあるでしょう。ですが、それは侵略軍としてではなく、解放軍としてです。恐らく、ロマリアにいる飢えた者達は暴走し、自国の民をも襲いだすでしょう。我々は、力無き民を救うために駆けつけるのです。決して、皆殺しにするためではありません」


 「陛下が、それをお認めになると?」


 「逆に問いましょう、陛下が虐殺をお認めになるとお思いですか?」


 悪魔公は沈黙する。そうだ、陛下が認めるはずがない。

 そもそもこの集会にしたって、陛下が認めているかどうかも怪しい。


 「まあいいでしょう。そこまで言うならば、貴女のやり方で行くとよい、宰相は貴女なのだ、私はそれに従うとしましょう」

 悪魔公が折れた。


 「ええ、私はガリアの民のために最善と思うことをします。その方法は貴方とは異なるかもしれませんが」


 イザベラ殿下は、ガリアの民の為に。


 「ですが、ロマリア宗教庁を滅ぼすことは、私にやらせていただく。これは、既に陛下から許しをいただいている」


 「相手が狂信者ならば、止めるつもりはありません。しかし、その為に空海軍を貴方の指揮下に置くことは許しませんし、陸軍にしても、軍の運用は司令官に任せることです」


 「なぜ、私が指揮官では何か問題でも?」


 「貴方がクラヴィル卿をロマリアに侵攻させた、という話があるのですよ。無論、噂に過ぎませんが、王政府内で若干の動揺が見られます。ここは、無用な混乱を抑えるために、貴方は無用な干渉をせず、それぞれの司令官に任せるべきでしょう」


 悪魔公がクラヴィル卿にそんな命令をしたのか!?


 「そうですか。まあ、いいでしょう。ですが、教皇の首は、私が上げますよ」


 「どうぞ、彼がガリアの民を蹂躙したのは事実ですから」


 そして、悪魔公は去っていった。


 「ガリアの国民の皆さん! これより、ロマリア解放軍の編成と、ガリアの地方巡視隊の編成を行います! 説明は各軍の司令官によって受け、自分の意思で行動してください! 殺戮も戦争もするべきではありません! 話し合いで解決するに越したことはないのですから!」

 そして、イザベラ殿下の言葉が、集まった全員に伝えられた。











■■■   side: イザベラ   ■■■



 「お疲れイザベラ、俺の名演技はどうだった?」


 「30点」

 私は評価を下す。


 「随分酷いな」


 「最初の方はまあよかったけどね、私が登場してからがちょっと甘かったわよ。もうちょっと悪魔公っぽさを出さないとダメよ」

 悪いわけじゃないけど、ちょっと負の感情が足りない感じがしたわね。


 「うーむ、役者の道は長く険しいな」


 「いつから役者を目指したのよあんたは」


 「今」


 「あっそ」

 こいつはいつも、思いつきで行動するから。


 「だけどね、素直に引きすぎたというか、年下の小娘に反論されて、自分の考えを否定されたわけでしょう。もうちょっと殺意というか、憎しみというか、そういうものがあってしかるべきよ」

 “悪魔公”なんだから。

 「ああ、そりゃあ無理だ」


 「何でよ」


 「俺が守りたいのはお前だからな。殺意とか憎しみとか向けるのは無理だし」


 !? こいつは、なんでそういうことをさらりと言うのよ!


 「そうは言ってもあんた、色んなものを守ろうとしてるでしょ、過労死寸前まで」

 平静を保ちつつ言う。まったく、あの腐れ青鬚の陰謀を思い出すわ。


 「あれは守ろうとしてるだけだ。守りたいわけじゃない。守りたいってのは、俺がそうしたいってことだろ。相手が別に助けて欲しくないなら、俺は別の奴を助けに行くが、お前やシャルロットは別だ。何が何でも助ける」


 うん、そこでシャルロットの名前も出てくるのはいいことだわ。


 「じゃあ聞くけど、私とシャルロット、どっちかしか助けられなかったらどっちを助ける?」

 私なんて言ったらぶっ殺す。


 「聞くまでも無いだろ、シャルロット、それしかない」


 「その理由は?」


 「お前がそう望むからだ。シャルロットも同じように望むだろうが、そこは姉の特権。妹は守られなければならない」

 流石、私のことをよく分かってる。


 「そうよ。けど、あんただったらその選択もしないでしょうね」

 こいつだったら、当然やることは一つ。


 「ああ、絶対に両方助ける。どんな法則でも捻じ曲げる。神だろうが悪魔だろうが邪魔するならぶっ殺す。何を犠牲にしてもな」

 真っ先に自分を犠牲にしそうだけど。


 「相変わらず自分勝手ね」


 「まあそうだが、悪魔じゃあないな。今の俺は人間よりなのかな?」

 あら、こいつが自分を人間だって言うなんて珍しい。


 「そこが疑問形なのが気になるけど、あの惨劇をやった後に、自分は悪魔じゃないっていうのはどういうこと?」


 「ああ、あれとは完全に無関係。つーかあれは人間なら誰でも出来る。人間が狂えばあんなのは朝飯前だ」

 人間の狂気には果てがない、6000年の闇を作り出すくらいに。


 「確かにそうかもね、それが人間の恐ろしいところだって、あんたはよく言ってるし」

 じゃあ、別の意味ってことね。


 「ああ、以前お前が言ったよな。『あんたは誰よりも冷静に人間の命を天秤にかけれるくせに、天秤の片側に載るものが命以外になれば誰よりも馬鹿になるのよ』って」


 「確かに言ったわね」

 こいつはそういう奴。


 「それは今も変わらんが、秤に乗せるのが、人間の命になる場合が変わったんだ」


 「それはつまり」


 「お前やシャルロットの場合、天秤が壊れる。要するに、代わりがないってことだ。人間ってのはそういうもんだろ。本当に大切なものなら、世界と引き換えにしてでも助けたいって」

 まあ、そうでしょうね。


 「だけど、実際にそうなったら、大切な者を選ぶ人間はいないわよね。だって、世界がなくなったら結局皆死ぬんだし」

 だからこそ仮定なんだけど。


 「それでもだ。例え仮定の話でも、俺がそうしたいって、思うんなら、天秤は機能しない。俺にとっては、世界よりお前らの方が大事だってことだからな」


 「そうね、あんただったら、仮定でも冷静に秤にかけてたものね。どんなに大事な宝石でも、その価値は決まっていた」

 だから、人間よりなのね。相変わらずとんでもない価値観だけど、悪魔とは違う。

 だって、神と悪魔は全ての人間に対して平等だから。


 「あんたでも、変わることがあるのね」


 「俺自身驚きだよ、本当に、愛の力は偉大だなあ」

 だから真顔で言うんじゃないわよ。こっちは内心恥ずかしいってのに。


 だから、こっちからも言ってやることにした。


 「ねえあんた。このラグナロクが終わったら、特に何をするか決めてないのよね」


 「まあな、今は走ってるけど。その後どうするかは決めてないな」

 こいつは現在にしか生きられないし、走り続けることしかできない。だから、自分の未来を考えないのね。


 「じゃあ、終わった後は、私のために生きなさい」

 だから、私と一緒に歩きなさい。



 「ああ、それはいいな」

 即答したわね、考える時間なし。

 まあ、私も思いつきで言ったようなものだからいいけど、これって、普通に考えて結婚の申し込みのようなものよね。

 もしこれが散々考えて悩んだ挙句の告白だったら、こいつを張っ倒してるわ。


 「随分あっさり答えるわね」

 こいつらしいけど。


 「俺はお前が好きだぞ」

 だから! 普通に言うな! 恥ずかしいのよこっちは!


 思わず顔を伏せる。


 「イザベラ」

 すると、声を掛けられた。


 「なに、んっ」

 気付くと、キスされてた。


 とても優しい、そんな感じのキス。

 長いのか、短いのか、よく分からなかったけど、とても幸せな気分なのだけは分かった。

 そういえば、こいつからされたのは初めてかしら?


 そうして、気付くと互いに離れていた。


 「一緒にいような」


 「そう思うんだったら、不能は治しなさいね」

 一生処女は嫌よ、私。


 「うーん、どの技術が一番適してるかな?」

 やっぱ普通にあったのか。


 「ま、そこは急がなくていいわよ。10年は子供作れないし」

 流石に忙し過ぎて、子育てなんてできっこないし。


 「それもそっか、とりあえずは、ラグナロク完遂に向けて頑張ろう」


 「そうね、やることはまだまだ山積みだわ」

 あの青鬚が、『新時代を担う者達がやるべきだ』とかほざいて、大量の仕事を回してきたから。


 私達はいつものように、揃って仕事地獄に立ち向かうのだった。



 働け! 休暇(子供)が来るその日まで!






























■■■   side: ヒルダ   ■■■


 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

 私は歓喜の笑い声を上げる。



 「ついに! ついに! ついに! この時が来た! どれほど待ちわびたことか! イザベラ様にお仕えして早5年! どれほど、どれほど待ち望んだか! 来ました! ついに来ました! 我が悲願ここに成就せり!!」 


 ああ、何て素晴らしい日でしょう! この日のために、私はこれまで生きてきた!


 「シェフィールド様! 貴女が作りし、完全隠密型ガーゴイル“ニンジャ”(陛下命名)は素晴らしい!あのハインツ様ですら全く気付かないのですから! この輝かしき瞬間を! この目で見届けることが出来ました! ああ! 感謝してもしきれません!」


 この“ニンジャ”にはあらゆる隠密機能が搭載されている。

 “不可視のマント”のような迷彩機能は当然として、完全消音、熱遮断、さらには『加速』を逆に行うことで『減速』を行い、周囲との時間軸をずらすことさえ可能とするとか。


 素晴らしい! 素晴らしいです陛下! 貴方は素晴らしい! 掛け値なしに素晴らしい!


 まあ、当然それらの機能を発揮するには訓練が必要であり、“解析操作系”のルーンは必須となりますが、それも問題ありませんでした。


 私の家は元々ガーゴイル作りを得意とする家でした。このガリアは魔法先進国であり、特にガーゴイルの開発には力を入れており、多くの貴族の家が伝統の技を保有してまいりました。まあ、シェフィールド様の技術に比べれば大幅に劣るものではありましたが。

 当然魔法本位の考えであり、“ガーゴイルを作れねば人にあらず”といった実に馬鹿げた考えにとりつかれた愚かな家でしたし、私の興味は経営や、情報管理などにあったので思いっきり肌に合わず、家出することにしましたが。

 ですが、私の魔法の才能はそっち方面であったことは確か、その点だけは感謝していますよ。


 それに、金こそありましたが、魔法の血は徐々に薄れている家でしたし、ハインツ様が言うには、遺伝学上、近親相姦を繰り返しでもしない限りは、魔法の血は薄れていくものだとか。それ故に、純血を保持する王家は君臨してこられたわけです。

 故に、私も“セカンド”のルーンを刻むことが出来た。魔法の血は70%くらいで(ハインツ様が診断した)、トライアングル相当ですので、マルコやヨアヒムには劣りますが、“解析操作系”のルーンマスターが登場するまでは、ガーゴイルの操作はメイジの専売特許だったわけですので、その部分と組み合わせれば十分力を発揮します。あの二人も己の魔法とルーンの力を組み合わせることで、戦っているわけですし。


 当然、イザベラ様は王家の血を持っており、その血は100%魔法の力。ですが、“虚無”の予備であったためか、系統魔法がほとんど使えません。

 しかし、何かが無いということは、何かがあるということ、イザベラ様は陛下に次ぐ優秀な『ルーン・エンチャスター』。北花壇騎士団フェンサーのルーンは全て、イザベラ様によって刻まれたものなのです。


 ルーン技術自体は陛下が作り、“精神系”が刻まれた親衛隊や“ネームレス”など、陛下でなければ刻めない高度なものも存在しますが、“ファースト”も、“セカンド”も、イザベラ様に刻めないものはありません。将来的には魔法装置で刻めることを目指すそうですが、流石にそれはまだまだ先のこと。

 故に、イザベラ様は北花壇騎士団団長。今やほとんどの騎士がイザベラ様の叙勲を受け、誓いのルーンを刻んでいるのです。今の北花壇騎士団には80%以上の純度を持ち、「スクウェア」に至れる魔法の血を持つ者はハインツ様くらいしかおりませんし。


 ですので、私はこの“ニンジャ”を扱える。私の能力はガーゴイルを用いた諜報に特化しており、“アーリマン”などの監視型などは手足のように操れます。

 
 そう、全てはこの時の為に!


 どれほどこの日を待ち望んだか! イザベラ様とハインツ様が結ばれるこの日を!

 流石に今のハインツ様では肉体的に結ばれることは不可能ですが、話を聞く限りでは不能を治すことも不可能ではない模様。ああ、今からその時が楽しみです。その為の準備も進めねば!


 私の役目はリュティスにイザベラ様がご帰還なさるまでの、代行可能な仕事を処理することですが、これだけは並行して進めねば、ええ、例え、“ヒュドラ”を使うことになろうとも。


 しかし、私の読みは当たりました。イザベラ様とハインツ様の仲が進展するとすれば、このラグナロクしかあり得ないと確信しておりましたとも。


 神よ、やはり貴様がイザベラ様とハインツ様の仲を邪魔していたのですね。貴様が滅んだ今、お二人が結ばれたことが何よりの証拠。

 まあ、ハインツ様が悪魔である以上、それもいたしかたなかったのかもしれませんが。


 ですが、神よ、貴様が邪魔だったのは間違いありません。貴様が存在する限り、ハインツ様の意思は貴様を滅ぼすことに向けられ、イザベラ様だけに向かうことはなかったでしょうから。

 それこそが、私が神を滅ぼす軍団(レギオン)に加わった理由。

 イザベラ様の恋路を邪魔する者は、この私が決して許しません。どんなものでも排除します。ええ、それが神であろうと王であろうと。

 まあ、陛下と私はその点において、同志といえる間柄なのですが。


 だが、神は滅んだ。最早、お二人を邪魔する者は存在しない。


 後は、ロマリア宗教庁を滅ぼすだけみたいですが、神が滅んだ今、最早意味がないもの。


 イザベラ様とハインツ様の結婚記念です。華々しく散るのがよいでしょう。


 そう、滅びるなら、せいぜい華麗に滅びればいいのです。









[10059] 終幕「神世界の終り」  第十話 アクイレイアの聖女
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/21 21:07
 “聖軍”は滅び。ガリアは戦後処理の段階に入った。

 集まった義勇軍は、南部の先住種族達に守られた土地を巡視しつつ解散し、集まった者達には恩賞が与えられた。(裏切った封建貴族の財産が財源)

 一部の者達、およそ6万はロマリア解放軍に志願し、遠征軍に加わることとなった。

 同時に、貴族領は完全に解体され、法的な特権を持つ貴族はいなくなり。貴族=法衣貴族、つまりは国家公務員のような体制に移り変わっていく。

 当然、魔法が使えない者も既に大量に法衣貴族となっており、徐々に、ガリアの貴族制度は変化していった。

 ラグナロクは、その大きなきっかけとなったのである。




第十話    アクイレイアの聖女





■■■   side: ハインツ   ■■■


 「この糞馬鹿、ちったあ加減しろ」


 「無理言うなハインツ、俺にそんなこと出来るわけねえだろ」


 「まあ、当然の帰結だな」

 やはり、アドルフはアドルフだった。


 現在、ロマリア解放軍の編成中。俺の方も貴族の後処理があるので、長くこっちにいれるわけではないのだが。

 「確かに軍の前で殴れとは言った。しかし、拳に炎を纏わせろとは言ってない」

 こいつは正に思いっきり殴ってきた。


 「しゃあねえだろ、思いっきり殴る時は無意識にそうなるんだよ」

 何という危険人物だ。高速詠唱で炎を追加するのが無意識とは。


 公式の場で、遠征軍を指揮することを宰相イザベラに禁止された“悪魔公”は、ロマリア解放軍を編成してるアドルフ・ティエール大将と、フェルディナン・レセップス大将のところにやって来て。色々注文をつけた。

 カルカソンヌの戦いの功績で、二人は大将に昇進していた。


 だが、その場で思いっきりアドルフが“悪魔公”を殴りつけた。


 『いいか、お前が誰だろうが、軍の編成は俺達の管轄だ。指示には従う。軍人は政治家の指示に従って、戦うかどうかが決まるからな。だが、細かい所まで文句を言われる筋合いはねえ。戦いは俺達の領分だ、戦略と政略を履き違えるんじゃねえ』

 といった感じだ。

 つまり、彼らなら“悪魔公”に対抗できるということを示す必要があった。

 “悪魔公”は今のガリアで唯一、固有の戦力と、大量の財産と領土を抱える貴族だ。

 一応王政府から派遣された総督という扱いになってはいるが、ヴァランス領は実質的に自治領も同然なのだ。


 宰相イザベラは戦力の点でやや弱い。

 宮廷内ならば、九大卿を纏める彼女が上位であり、公式の場では“悪魔公”は彼女に逆らえないことになる。

 しかし、軍事になれば、彼女の権限は弱くなる。軍務卿は実際に戦力を動かすわけではないからな。


 故に、こいつらの協力が不可欠。“悪魔公”に対抗できる戦力が必要なのだ。


 「だが、茶番劇の側面は否めんな。何しろ、俺達の直属の部下、つまり、高級士官多くはの兵学校で共に卒業した連中だ。あの第八次大戦までを戦い抜き、暗黒街で共に戦ったこともある連中だからな、お前の正体など10年前から知っている」

 だが、フェルディナンから突っ込みが入る。

 確かに、そいつらは『影の騎士団』のことをよく知っている。大体想像ついてるだろう。


 「まあ、分かった上で色々誤魔化してくれる協力者が多いことはいいことだな、ガリアがいい方向にさえいけば、仮定は問わない」

 別に茶番だろうが、“悪魔公”の正体が知れようがどっちでもいい。


 「まあとにかく、遠征軍の編成は大体決まった。6万の義勇軍、4万の諸侯軍、そして、俺とアドルフの直属軍1万ずつ。計12万だ。これに、空海軍が1万5千ほど加わるか」


 ま、大体いいとこだな。


 「今回は戦闘はねえだろ。向こうにはもう戦力はねえんだし、戦わずに降伏するだろ。だから、あえて大軍を連れてく。降伏しやすくなるし、治安維持用にたくさん置いてけるしな」

 アドルフも戦略のことになれば優秀だ。


 「王軍の残り13万には貴族領の解体や、地方巡視隊の統括があるからな。連れていけるのは2万が限界だろう。カステルモール殿、アヒレス殿、ゲルリッツ殿の三騎士団長に任せれば問題はないだろうしな」

 確かに、国内の治安維持なら彼らの方が得意だ。こいつらは遠征に向いている。


 「だけど、軍紀の引き締めは徹底してくれよ。解放軍が民に暴行を働きました、じゃ論外だ」

 特に、10万が義勇軍と諸侯軍なわけだし。


 「は、誰に言ってやがる。1か月もありゃあ、その辺は骨まで叩きこめる。当然、見せしめに何人か燃やす」

 「確かに、教育するには十分だ」

 何とも凄まじい教育になりそうだ。


 「まあ、そっちは頼んだ」


 俺は次に空海軍に向かう。









 「アルフォンス、クロード、どうだい?」


 「こっちは陸軍ほど手間取らねえな、何しろ専門家集団だから、義勇軍が入り込む余地が無い、120隻の編成が完了して、物資の積み込みが済めば準備完了だ」


 「もっとも、半数は国内の貴族領を効率よく制圧するのに使うから。動員出来るのは100隻ほどか」


 こっちは順調な様子。ちなみに、この二人も大将。アルフォンスは艦隊司令官。クロードは副司令官。


 クラヴィル卿は引退した。元々野心がある人物ではなく、引退して領地で狩りでもしながら暮らそうと考えてたらしいので、その望みを叶えてやった。

 要するに、実はこういう陰謀だったんです。とぶっちゃけた訳だが、完全に毒気を抜かれた様子で。

 『そうか……………………まあ、後のことは若い奴らに任せる』

 という言葉を残し、引退していった。

 今頃のんびりと過ごしていることだろう。


 「もういっそ、ロマリアに派遣するのは80隻でいいんじゃないか?」

 特に戦力が必要なわけじゃないし。


 「そのつもりだぜ、今回必要なのは輸送船の方だからな。120隻の戦列艦は国内に留めておく。結構無理してるから、そろそろ一旦ドックに入れたいしな」

 確かに、80隻はラグナロクが始まる前に全部本格的に整備し、さらに“着地”を搭載し、新品同様だった。しかし、120隻の方は“悪魔公”の陰謀でいきなり動員されたわけだから、少し無理があったみたいだ。それに、旧型艦も多数存在してるし。


 「例の“着地”と“バージ”の組み合わせ。あれを利用して、大量の水と食糧をロマリアの市民に配給する方法を考えている。陸から配るより、分散できるから混乱が少なくなると思うぞ」

 クロードが新しい構想を説明する。


 「確かにな、配給する際に一番問題になるのは、食糧を求めた人達が押し合いへしあいをすることだからな。空から配ればそれも回避できそうだな」

 相変わらずよく考えているな。


 「ま、それの訓練もあるから、1か月ってのは丁度いいな。ほんと、陛下はすげえな」

 どこまでも読み通すな、あの人は。


 「まあ、その調子で進めてくれ、ついでに“血と肉の饗宴”の準備もよろしく」

 「応よ」

 「任せろ」


 次に、後方支援本部に向かう。












 「どうですか?」

 「主語をつけろ、と言いたいところだが、まあ問題はない」

 「この場面じゃ食糧以外あり得ないですもんね」

 “管理者”と“調達屋”のコンビに聞くと言えばそれくらいだなあ。


 「義勇軍が解散しつつ帰ってるからな、そっちの負担が減ったのが大きい。まあ、まだ色々と彼らの為に用意するものもあるが、それらはロスタン軍務卿が引き受けてくれた」


 「おかげで僕達は、ロマリアの民に配る食糧の確保と運営に集中できます」

 この二人が協力すれば効率は3倍になる。一人一人でも凄いんだが。


 「けど、ロマリアの方から救援要請が来ない限り、結局は侵略軍ですよね?」


 「まあ、そうなるなあ」


 「だから、1か月の期間を置く訳だな。まあ、ガリア国内の調整をしなければならんというのもあるが、同時に、ロマリアが限界を迎えるわけだ」

 “聖軍”の全滅は大きな影響を本国に与える。最早、国家の体裁を成していないだろう。

 そもそも、難民の巣窟みたいな国家だしな。


 「その辺の情報はイザークに任せれば問題はありません。イザベラには内政がありますから、国内は俺が担当します」


 「忙しいのは相変わらずか、貴族領派遣軍の監視もやるのだろう?」

 「無茶しますねえ」

 監視にはマルコとヨアヒムがいるからな。それに、『ルシフェル』や『ベルゼバブ』も使える。


 「まあ、ガリア国内は問題ありません。大混乱なのはロマリアでしょう。以前の暗黒街並の状況になってるはずですから」

 そうなるしかあり得ない。


 「それに対して、何か手を打っているのか?」


 「うーん、信じてるってとこですかね。彼らなら多分、やってくれるんじゃないかと」

 あいつらなら、きっとやってくれる。自分の考えで。


 「例の“アクイレイアの戦乙女”達ですか?」


 「まあそうだけど、今回の鍵は多分“聖女”の方だな」

 この戦いは、“光の虚無”と“闇の虚無”のぶつかり合いだった。

 そして、闇が勝ち、神は滅んだ。


 ロマリアの民は拠り所を失って迷走しているだろう。どこに行けばいいのかもわからず。

 それを支えられるとしたら、“虚無”でありながら、慈愛の心を持ち続ける。あの少女しかいないだろう。












■■■   side: ティファ二ア   ■■■


 私達は、火竜山脈を越えてロマリアに入り、アクイレイアの街に戻った。


 けど、人々の顔は一様に暗く。不安が隠しきれないようだった。


 そして、『オストラント』号に乗ってロマリアに向かったけれど、そこも似たような感じだった。

 皆が何かに怯えているようで、残りの聖堂騎士がまとめてはいたけれど、希望というものが感じられなかった。

 神に縋って生きてきた人達が、神に見捨てられた時、こうなってしまうものなんだろう。


 でも、そんな中で、ルイズはいつも通りに情報を集めて、状況を把握してたみたい。本当に、彼女は凄いと思う。



 「さて、皆、状況の整理と、これからの方針を定めるわよ」

 そして、皆で会議が始まった。

 いるのは私、ルイズ、サイト、タバサ、キュルケ、ギーシュの6人。

 マチルダ姉さんとコルベール先生は、これからの行動に必要なものを集めている。

 モンモランシーは秘薬を中心に、マリコルヌは足になる幻獣の確保に。

 そして、水精霊騎士隊の人達が、それぞれの人員に分散してる。


 ルイズ曰く、『意思決定機関と行動準備機関は別の方が効率がいい』とか。


 「まず、今のロマリアの状況については、言うまでもないわね」


 「簡単に言えば、無気力空間ってとこかしら?正直、暴動がおこってないのが不思議なくらいね」

 キュルケの言葉はとても分かりやすいと思う。


 「暴動を起こすほどの元気もない、ってのが理由かしらね。そもそも難民の巣窟だし、結局は教皇聖下の威光にすがるしかないわけだから。この宗教都市ロマリアは」

 「でも、周辺の都市では暴動が起きている」

 タバサの言葉通り、周りの街ではここよりももっとひどい状況みたい。


 「ええ、理由は実に簡単。ロマリア連合皇国はそもそも水と資源に乏しい国。だから、寺院税が財源のほとんどだったけど、“聖戦”以来、ガリアからのそれが途絶えている。それまでも宗教庁との綿密な連絡は出来なかったみたいだけど、一定の額の寺院税は来ていた。けど、それがなくなれば、食糧を買うことも出来なくなる。僅かにあった備蓄も、“聖戦”で使ってしまったしね」

 本当に、“聖戦”というのは、ロマリアにとって一か八かの賭けだったんだ。


 「しかも、その食糧を買う先って、主にガリアだったんだろ?」

 サイトが尋ねる。


 「ええ、ゲルマニアは遠過ぎるし、アルビオンは輸出出来るほどの生産量はない。トリステインにしてもガリアを経由せずに送ろうとしたら、輸送費が高くなるしね。ロマリアと国境を接するのはガリアだけだから。どうしても輸入する先はガリアになる。ガリアはハルケギニア最大の農業生産を誇るから。虎街道と火竜街道を通って運ばれて来てたわけね」

 私達が通ってきた道は山道だから、使われないでしょうね。


 「やれやれ、ガリアからの寺院税、ガリアからの食糧で成り立ってたというのに、そのガリアに戦争を仕掛けた訳かい。教皇様の理由は“聖敵”を滅ぼすことでも、それ以外の連中の目的は、食糧や富を求めてのことだったんじゃないのかな?」


 「そんなとこでしょ、前もいったけど、ブリミル教を純粋に信じてるのは末端の方、丁度今苦しんでる人達ね。そして、欲に塗れた連中は、自分の本心すら騙して“聖戦”に参加してたわけ。彼らにとっては神のための戦だと思い込んでいたんでしょうけど、本当にそうだったら命を惜しんで逃げないから。ま、そうなったら狂信者だけどね」

 結局、一部の人達が始めた戦争で、多くの民が傷つくのは変わらない。なんて悲しいことだろう。

 「ねえルイズ、このままだとロマリアの人達はどうなるの?」

 彼らに罪はないはずなのに。


 「そこが最大の問題点かしら。“聖戦”は結局失敗に終わったわ。つまり一か八かの賭けに負けたわけだから、そのつけが一気に噴出してる。残された民は、僅かな食糧を巡って互いに争っているわ。宗教庁の権威が地に落ちて、聖堂騎士という戦力も大半が死んだ今、それを止められる存在はロマリアに存在しない。何せ、治安維持用の戦力すら“聖戦”に動員してしまったから」

 「そう言われると、ここはまだ平和ね」


 「宗教都市ロマリア、水の街アクイレイア、港湾都市チッタディラ、私達がこれまでに見た都市はどれもロマリア連合国の中でも一番水が豊かな都市よ。だからまだ余裕があるほうでしょうけど、辺境の方はもう地獄でしょうね。狂信者のなりそこないみたいのが自分の欲望に任せて暴れ回ってるみたいよ」

 それは、何としても止めないと。


 「その情報はどこから来たんだ?」


 「北花壇騎士団本部からよ、そこにはイザーク外務卿からの情報が集まってるそうだから。ロマリアの情報なのに、ガリアの方がよく知ってるのよ。今のロマリアはもう国家として機能してないから、連絡をとるのは簡単よ。“デンワ”一本で済むわ」

 そういえば、もう監視の聖堂騎士がいない。そんなことをやっている余裕がないのね。


 「その情報によると、もう連合皇国は実質解体している。元々ロマリアの都市国家群は大王ジュリオ・チェザーレ以来、何度も独立、併合を繰り返してきた。そして、都市国家ロマリアを頂点とする連合制となった。だから、それぞれの都市国家は独歩の気風が強く、特に外交戦略に関しては必ずしもロマリアの意向に沿うわけじゃなかったわ。その点ではゲルマニアに似てるのよね」


 「今のゲルマニアはそうでもないけどね。アルビオン戦役以来、中央集権が進んでるみたいだから。ゲルマニアは変化してるのに、この国は変わんないわ」

 ロマリアだけが、そのままなんだ。


 「だから、それぞれの都市国家はロマリア宗教庁の権威と、聖堂騎士という戦力によってロマリアを頂点とする連合皇国に参加していた。その両方がなくなった今、もうロマリアにくっつく意義がないのよね。それにアクイレイアみたく水が豊かだと、それを狙った他の国家が襲ってきかねない。だから、とるべき道は一つになる」


 「ロマリア連合皇国から離反して、ガリアに降伏する。そうなれば、ガリアはこの地に大軍を送り込む恰好の口実を得る。“解放軍”として」

 タバサが答えた。

 神様が、今や民衆を苦しめる存在になっている。


 「“聖軍”が滅んでから、そろそろ二週間近くになるのかな? 降伏する都市が出てきてもいい頃だねえ」


 「けど、なかなか踏ん切りはつかないでしょう。何しろ何千年も変化がなかったような国家だから。それに、ガリアも国内のごたごたを片付ける必要があるから、あと数週間は動けないと思うわ。その間に民の心の荒廃はどんどん進むでしょうし、略奪も際限なく増えるでしょうね」


 「罪が無い人々が、罪がない人々を襲うの?」


 「ええ、要は不安の裏返しでもあるんでしょうけど。これまで信じてきたことが、もう自分達を守ってくれないと知って、どうしたらいいのか分からなくなってる。被害者のまま加害者になるって言えばいいのかしら」


 そうか、あの時の私と同じなんだ。

エルフだってことがばれて、周り全てから拒絶された私と。


 あの時、私はどうすればいいのか分からなかった。ただ悲しくて、途方にくれるだけだった。

 世界に自分がいる理由が分からなくなってしまって、生きる意味がなんなのか、どうして私はここにいるのか、そんなことすら見えなくなってしまった。

 けど、私にはマチルダ姉さんがいてくれた。あの子達がいてくれた。

 それに、ハインツさんが異なる道もあると教えてくれた。世界は一つだけじゃない。私を拒絶しない世界もあるということを。

 その人達は、きっと知らないんだ。世界はとても優しいということを、何もかも拒絶したりしないってことを。

 だから、その人達のために、私が出来ることは………


 「そんなのほっとけるかよ。出来ることは少ねえかもしれねえけど、俺達にも何か出来るだろ」


 「そうだね、相変わらずただ働きみたいな感じになりそうだけど、ここで見捨ててトリステインに帰る方がよっぽど後悔しそうだね」


 「暴れ回ってる連中を、片っ端から潰して回るってとこかしら?」


 「狂信者や略奪者相手はそれでいいとして、問題は混乱してる民。どうにかしないと」


 「本来なら教皇様の役目なんだけどね、彼がここを離れたら、今度はここが大混乱になる。ロマリアがまだ存在してることは、かろうじてだけど他への抑止力になってるわ。ベリーニ卿がその為に頑張ってるみたいだし」

 ルイズが言っていた、ロマリアで唯一“聖戦”に反対していた人。


 「ついでに言うと、象徴は教皇様だけど、実質今のロマリアをまとめてるのは彼ね。そして、ベリーニ卿から辺境治安維持活動の許可は頂いてあるわ。出来ることは少ないけど、最大限の支援はすると約束してくれたし。建前としては、ロマリアは未だに各都市国家に対する、治安維持用の部隊を送り込む権限を持ってるのよ」

 「準備が良いな」

 「流石ね」

 「彼は何と言っていた?」


 「『力及ばず申し訳ない、貴女方に頼むことは筋違いであることは重々承知です。しかし、ロマリアの民に罪はないのです。どうか、彼らをよろしく頼みます』とのことよ、自分の子供くらいの小娘に頭を下げれるのは凄いことね。トリステインの馬鹿貴族に少しは見習わせたいわ」

 「流石、“高潔なる騎士”だね」

 「まだ、ロマリアの民を想って頑張ってる人達もいるのね」

 なら、私達も頑張らないと。


 「ええ、けど、戦うだけじゃ無理よ。だから、ティファニア」


 「は、はい!」

 急に名前を呼ばれてびっくりした。


 「貴女の力が頼りになるわ、貴女の『忘却』なら、彼らの不安だけを取り除くことが出来るはず。制御は難しいかもしれないけど、出来るかしら?」


 『忘却』で、人々の心を静める。それは、多分出来るはず。

 私がエルフとのハーフであるということや、盗賊達から“略奪の理由”を無くすこともできたのだから。

 問題は数、私の精神力で都市全ての人々の不安を取り除くことが出来るだろうか?

 それも、都市は一つだけじゃない。

 けど。

 『ティファ二ア、辛い思いをさせてすまない。だが、いつか、人間とエルフは分かり合えるはずだ。決して、世界はお前を見捨てたりはしない』


 『貴女が精霊の声を聞けないことには、なんらかの意味があるはずよ。大いなる意思はいつでも貴女を見守っているわ。貴女にしか出来ない、貴女がしたいこと、それがきっとあるはず。だから、貴女は心を自由に持ちなさい』

 私は母様からもらった指輪を見つめる。そして、もう一方の手にある。父様が管理していた“風のルビー”も。

 私が父様の娘なのに、系統魔法を使えない理由。母様の娘なのに、精霊魔法を使えない理由。


 私に出来ること、私が望むこと、それは。


 「出来る。いいえ、やってみせる。皆の不安を、私が払ってみせるから」


 皆が仲良く、平和に暮らせたら、きっと楽しい毎日になるはずだから。











■■■   side: キュルケ   ■■■


 私達が最初に向かったのはアクイレイア。

 水の都市と呼ばれるあの街には、現在防衛力が存在しない。

 つまり、盗賊とか、狂信者くずれの略奪集団にとっては一番狙いやすい都市ね。

 アクイレイアは石と土砂を使って埋め立てられたいくつもの人工島が組み合わさって出来た水上都市だから、城壁が存在しない。


 水が巨大な掘になっているとはいえ、防衛力の点では非常に心もとない。

 まあ、元々ガリアへの友好の証として作られた歴史があるらしいから、当然だけど。


 ベリーニ卿の話では、ここに略奪集団が詰めかける可能性があるらしかった。

 だけど、ここは宗教都市ロマリアから北北東に300リーグも離れているから、彼が来るわけにもいかない。

 そんなことしたら今度はロマリア周辺がとんでもないことになりそうだし。

 要は、自由に動けるのは私達くらいしかいないということ。“聖戦”での全滅はロマリアの兵力を根こそぎ奪ってしまったわけか。

 ベリーニ卿が率いる部隊も、千に満たないそうだし。国家の戦力としては末期ね。


 「ま、竜を貸してくれただけでも感謝しないと」

 彼は風竜を三頭貸してくれた。

 ロマリアには竜騎士隊がいなくて、聖堂騎士の空中戦力はペガサスがメインになる。

 だから、貴重な竜を貸してくれたのには感謝。まあ、周辺の治安維持にはそんなに必要ないかもしれないけど。

 三頭の風竜にシルフィード、8、8、8、6の組み合わせで飛んできたから、荷物はほとんど持ってない。


 教皇聖下が来れれば話は早いんだけど、そんなことしたら、彼がロマリアに戻ると、そこは瓦礫の山でした。ってことになりそうだし。

 それほど、今のロマリアには大量の難民が流れ込んでいる。ティファニアが不安を取り除いても、次から次へと不安の種が入ってくるんじゃどうしようもないし。


 で、現在目の前には大体500人くらいの略奪集団がいる。

 元々こんなに多くなかったんでしょうけど、目的を同じくする連中が合流したんでしょうね。

 あれが今のアクイレイアになだれ込んだら、とんでもないことになるわ。


 「で、ルイズ、戦闘方針は?」


 「殺して殺してぶっ殺せ、以上」

 何とも分かりやすいわ。


 「もうちょいましな表現にしろよ」

 流石にサイトが突っ込んでる、人としては当然だけど。


 「殲滅、皆殺し、一兵たりとも生かすな」

 全然変化ないわよ。


 「だけど、それしかない」

 ま、シャルロットの言う通りか。

 ちなみにティファニアは巫女服でシルフィードに乗って上空で待機してる。今から精神を集中させてるみたい。

 水精霊騎士隊の「風」メイジ7人、「火」メイジ7人、それとマリコルヌとジャンは風竜にのって空から魔法を打ち下ろす手筈。

 地上は「土」メイジの壁で防ぎつつ、サイト、シャルロット、私、ルイズが突っ込む。

 まあ、マチルダがいるから、突破されることはないでしょう。


 「キュルケ、開戦の花火を打ち上げなさい」


 「了解」


 そして、私の炎で火蓋は切られる。












■■■   side: シャルロット   ■■■



 敵の数は多いけど、訓練されてるわけでもなし、魔銃を持ってるわけでもなし、ヨルムンガントがいるわけでもなし、フェンリルがいるわけでもなかった。


 というより、メイジ自体がほとんどいないみたい。


 最近は魔銃で武装した首なし騎士(デュラハン)とか、キメラとか、“反射”がかかった鎧を着た“レズヴェルグ”とか、ラドンを打ちこまれた聖堂騎士“ガルム”とか、ヨルムンガントとか、極めつけにフェンリルとか、そんなのばっかりだったから、何か新鮮な感じがする。


 ぶっちゃけ弱い。


 『エア・カッター』一発で、敵は死ぬものだということを久しぶりに思い出した。

 何せ、その前はアルビオンでヨルムンガントが相手、その前はエルフだったし。

 ガーゴイルも壊すまでは動き続けるから、首を切れば死ぬ相手なんて本当に久しぶり。


 けど、慢心こそが最大の敵、容赦せず、殺せる時に殺す。

 それが、北花壇騎士団フェンサーの戦い方。
 
 それに、彼らはもう止まらない。今目の前にいるのは、狂信者以上に狂った、己の欲望、いや人間が持つ獣の本能とも言うべきものをむき出しにした男たち。

 だから、私たちが止めないと。自己弁護的で、偽善だと思うけど、誰かがやらなくちゃいけないなら、私たちが自分の意思で行う。そしてその責を負うのも自分。


 サイトは既に敵の中央に切り込んで一回突破して、また引き返して来てる。

 マチルダのゴーレムも容赦なく敵を潰してるし、キュルケの炎も次々に叩き込まれる。

 さらに、空から風竜に乗った者達が魔法を撃っていく。


 けど、何より信じられないのが。


 「はあっ!」

 右腕の義手から飛び出た刃で、敵を切り裂いていくルイズだった。


 「イグニス!」

 さらに、腕から魔弾が発射された。遠距離攻撃も可能みたい。


 敵が一斉にルイズに突っ込むけど、今度は『爆発』で吹き飛ばされる。左手に握った杖に気付いてなかった模様。


 小規模な『爆発』と接近戦のコンビネーションは凄い威力を発揮していた。


 「スライサー!」

 さらに、爪から風の刃が飛ぶ、中距離攻撃も可能。穴が無い。

 だけど、ルイズにあれほどの身体能力はなかったはず。不思議。


 なんて思ってたら、敵は全滅してた。











■■■   side: 才人   ■■■



 「なあルイズ、そのとんでもない腕は何なんだ?」

 とんでも機能が満載だったようだが。


 「これ? 名前は“アーガトラム”、“銀の腕”の意みたいね」

 確かに、銀みたいに輝いてるな。


 「ハインツの説明書によると、『最悪青鬚が趣味に走ってミョズニト二ルンに作らせた義手だ。何でも俺を火口に突き落とした後、両手両足にこれを着けさせるつもりだったとか、その際には黒く塗装する予定だったらしいが』と書かれていたわ」

 ダース・ヴェイダーだ。間違いない。

 ………まさか、ライト・セイバーまで出てこないよな?


 「掌からは「イグニス」が撃てるし、爪からは「スライサー」が発生するわ。さらに、掴んだ相手に「ヴァジュラ」の電撃を叩き込むことも出来るし、金属の刃も飛び出るわ。接近戦(クロスレンジ)、短距離(ショートレンジ)、中距離(ミドルレンジ)、遠距離(ロングレンジ)全てをカバーできる優れものよ。それに、タバサとキュルケがいればいくらでも魔法は補充できるし」

 なんつう反則武装だ。いったいいくらかかってんだか。

 「魔法を込める方法は“魔弾”に込めるのと変わらないそうよ。ただ、あれは純度が低い屑みたいな石の欠片を破壊することで発動させるけど、こっちは高純度の結晶を使ってるから何回でも補充がきくの。もっとも、許容量を超えるとすり減っていくから慎重な制御が必要ね」

 “鬼に金棒”とはいうが、“ルイズに銀の腕”だな。

 これに『爆発』や『幻影』や『解除』が加わるんだから。


 しかしだ。


 「お前、何であんな速く動けたんだ?」

 それが不可解。


 「あれでもまだまだ遅い方よ。『加速』ってのは扱いが難しいなんてもんじゃないわ。私にはあれが限界よ」


 「加速?」


 「虚無の一つよ、時空制御の類だから、とんでもなく難しいの。だけど、効率は最高ね。今の私は精神力がそれほどないから、こういうのを応用しないとね。『爆発』で一気に殲滅するのは無理だから」

 『爆発』は効率悪いからなあ。


 「けど、どうやって? 始祖の祈祷書って、焼いたんじゃ」


 「あれは嘘よ、ロマリアの教皇との交渉材料になりそうなものを手放すわけないでしょ。それに、あれを教皇に見せることと引き換えに、ロマリア軍内部における自由行動権を頂いたんだから」

 こいつ、そんなことまでしてたのか。


 「何て言ったんだ?」

 「これは、アンリエッタ女王陛下が、アルビオン戦役の戦功によってヴァリエール家に下賜なされたもの。ヴァリエール家の家宝にございます。いくら教皇聖下が相手とはいえ、そう簡単にお見せすることはできません。これは、トリステイン貴族全体の名誉に関わることなのです。ヴァリエール家はトリステイン封建貴族の代表なのですから。ってね」

 すげえ、自分にとってどうでもいいものばかりを、平然と並べたてやがった。


 「まあ、利用できるものは何でも利用するのが、“博識”たる私の在り方よ」


 「そろそろ“悪魔的頭脳”に変えた方がいいんじゃないか?」

 絶対そっちの方が似合う。


 「嫌よ、だって長くて言いにくいし」


 「そっちかよ!」


 「そんなことより、これからが本番よ。アクイレイアの内部でも暴動みたいなのは頻発してるそうだから。それを止めないことには、外敵を防いでも何の意味も無いわ」

 いきなり深刻な話になったな。

 「テファが頼りか」

 「そうね、私じゃあ敵は倒せても、人々の心を癒すことは出来ないし」

 そりゃそうだ。破壊の化身なんだから。


 うーん、テファも同じ“虚無の担い手”というのが信じられん。









■■■   side: マルコルヌ   ■■■



 僕、サイト、ギーシュは、並んでその奇蹟を眺めていた。


 アクイレイアのマルティアーゴ広場で、巫女服を着たテファが朗々と詠唱を開始した。


 その響きは、聞いてて戦意が沸き起こってくるルイズのそれとは異なり、とても、穏やかな気分になれるものだった。

 僕達はついさっきまで戦っていた。つまりは人間を殺していたわけだ。

 死体はキュルケとコルベール先生、そして水精霊騎士隊の「火」メイジが火葬にした後、ギーシュとマチルダが埋めたけど、戦闘後の精神状態ってのは、得てして昂揚してるというか、落ち着いてはいない。


 だけど、テファの歌声を聴いていると、そんな心が洗い流されるようだった。

 彼女の詠唱は歌声のように聞こえる。賛美歌のような荘厳な歌じゃなくて、もっと温かい、包み込んでくれる大自然のような。

 まるで、彼女そのものを象徴するかのようだった。


 そして、そんな気持ちになったのは僕達だけじゃあないみたいだ。


 “聖戦”のあおりを受け、食糧が乏しくなり、さらには略奪者の襲撃に怯えていた人達は、彼女の歌声に惹かれるように広場に集まってきた。

 そんなに遠くまで聞こえるはずはないんだけど、なにかを感じ取ったのかもしれない。


 テファの歌声はどこまでも透明で、心に響く。


 時間を忘れて聞き入っていたけど、気付くと、歌声は止んでいた。

 集まった人々の顔は穏やかだけど、これで解決したわけじゃない。

 不安ってのは厄介だ。すぐまた噴き出して彼らの心を覆うだろう。

 だから、これは時間稼ぎくらいにしかならない。後は、ガリア軍が早く来てくれることを祈るしかない。


 けれど。


 「皆さん! 話を聞いて下さい!」

 テファが、集まった人々に呼びかけた。


 「皆さんが不安な気持なのは分かります。私もそうでした。この“聖戦”が始まってから、ずっと不安でした」

 彼女の言葉が響き渡る。


 「戦争は怖かったです。私には何も出来ませんでした。大切な人達が戦いに行って、無事に帰って来てくれるのを待つことしか出来ませんでした」

 テファはずっと心配してたんだ。僕達が死ぬんじゃないかって。


 「ですから、皆さんが今不安なのはわかります。信じていたものがなくなって、どうしたらいいのか分からなくて、怖くて、悲しくて、世界が恐ろしくなります。何も信じられなくなってしまいます」


 その言葉には、思い出すような響きがあった。

 多分、彼女もかつてそういったことがあったんだろう。何せ、ハーフエルフなんだ。


 「それでも! 諦めないでください! 自分から助けを求める手を、失わないでください! 絶対に、誰かが手を差し伸べてくれます。その手を取る勇気を捨てないでください! 拒まれることは怖いです。裏切られることは恐ろしいです。ですが、自分から世界を閉ざしたら、本当に大切なものも見えなくなってしまいます」


 テファは、被っている巫女のフードを外した。そこにはエルフの特徴的な耳があった。


 「私は人間とエルフのハーフです。どちらにもなれないできそこないでした。メイジの父と、エルフの母から生まれましたが、人間の魔法も、エルフの魔法も使えず、生きている意味すらわかりませんでした、世界は、とても恐ろしいものでした」


 彼女は涙を流してる。両親を思い出してるのだろうか。


 「それでも!こんな私ですら、愛してくれる人がいました! 命懸けで守ってくれた人がいました! ですから、絶対に分かり合えないことはありません。世界は本当は優しいんです。全てを拒絶することはありません。皆さんが困っていれば、ガリアの人達は絶対に手を差し伸べてくれます! 信じる神が違っても、種族が違っても、助け合うことは出来ます!」


 それが、彼女の心からの願いなのだと分かった。

 皆が助け合って生きるような世界を、彼女が夢見ていることが。


 「だから、それまで皆で助け合って頑張ってください! 少ない食べ物でも、皆で分け合えば飢えることはありません! なくなるまでに、きっとガリアの人達が助けに来てくれます! 困ってる人がいるのなら、助けにきてくれます! 諦めないでください! 勇気を出して、互いに手を差しのべて!」



 僕らには、ティファニアが光輝いているように見えた。

 「天使だ」

 「聖女だ」

 「慈愛の女神だ」

 僕達は呟いていた。


 “アクイレイアの聖女”


 そのようにしか見えなかった。

 巫女服に身を包み、フードを脱いで、ありのままの自分を出しながら、人々に懸命に呼び掛ける姿は、聖女そのものだった。


 そして、僕等は同時にある方向を見る。



 そこにはいた。

 ピンクブロンドの髪を短くまとめ、纏うのは、ところどころが板金で保護された鎖帷子。

 左腰には杖と短剣があり、右腰には“魔銃”がある。

 はおるマントには白百合の紋章が刻まれ、されどそのマントはところどころが破れ、戦場を潜り抜けたことが一目で分かる。

 その姿勢は直立不動。集まる民衆を見下ろすかのように、鋭い視線を持つ。


 そして何よりも目を引くのはその右腕。

 その腕は金属光沢を放ち、人間のものではありえず、戦うために用意された力の具現。

 その銀の腕は返り血を浴び、ところどころが赤くなっているが、それこそが彼女の化粧に相応しい。
 

 “アクイレイアの戦乙女”


 まさに、その名が相応しい、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがそこにいた。



 「なあ、元聖女、そして現戦乙女」

 サイトが話しかけた。

 「何?」


 「お前、自分の格好に違和感はないのか?」

 普通ならそうだ。


 「何か変?」


 「いや、似合ってるけどさ」

 うん、確かに似合ってる。どんな服より似合ってる。ルイズにこれ以上に合う服はないだろう。


 「ありがと」


 「うん、ならいいんだ」

 サイトは最早諦めた模様。賢明な判断だ。










■■■   side: ルイズ   ■■■



 アクイレイアを始めとして、私達はロマリア各地を巡った。


 何しろ国土だけならトリステインよりも広く、各都市国家は結構離れているのでかなり駆けまわることになる。


 しかも、どこに都市も食糧がほとんどないから、私達が活動するだけの食糧すらない。


 なので。


 「いや、しかしだよ、まさか、サイクロプスの肉を食べることになるとは思わなかったよ僕は」

 自力の調達が基本になるわけね。


 「しかし、意外とおいしいよなこれ」

 これが意外な発見だったわ。


 「文句言うんじゃないの、皆で食糧を分け合ってくださいって説得して回ってる私達が、たらふく食べてたんじゃ本末転倒でしょ」


 「いや、お前は説得してないだろ。ただ暴れてるだけで」

 まあ、説得はテファの役目だから。


 「テファ、見事な説得だったわよ。心が洗われたわ」


 「あ、あれはただ、必死で…………」

 慌てるテファ、うん、この子も可愛いわ。じゅるり。


 む、マチルダ、気配を察知したわね。流石に鋭いわ。

 ふ、いつかテファは頂くわ。その時こそ、決着をつけましょう。


 「それでいいのよ、作った言葉なんかじゃなくて、貴女の心からの言葉だったから皆の心の伝わったのよ」

 教皇の言葉じゃあ、ああはならない。

 彼は心の底から言ってるのだろうけど、それは“理想の教皇”の言葉であって、ヴィットーリオ・セレヴァレの言葉じゃない。

 だから、その言葉では、人の心の支えになることは出来ない。偶像は簡単に砕けた。



 だけど、ティファニア。貴女は私達にとって奇蹟であり、希望そのものよ。

 私は闇に囚われかけた。ガリア王は闇に囚われた。教皇は光に囚われた。


 だけど、貴女は違った。自分の心を持っていた。“虚無”の呪いを受け付けなかった。


 本当に人に愛されて、人を愛せば、虚無の呪いだって打ち破れる。

 私にはちい姉さまがいたから助かった。それでも、囚われかけた。


 貴女にはマチルダがいたでしょうけど、最後はやっぱり貴女の心。諦めず、手を伸ばし続けることが大切だったのね。


 拒まれることが怖くても、裏切られることが恐ろしくても。勇気を出して、歩み寄り続ければ、虚無の闇も打ち破れたはず。


 要は、心が弱かったのね、私やガリア王や教皇は。

 貴女のように、人を信じ続ける強い心が持てなかった。


 ティファニアの虚無は、破壊を一切行わないけど、そのかわり、消費することもほとんどない。

 都市全体の人間の不安を取り除いたのは、憎しみなどの負の感情じゃなくて、彼女の慈愛。


 破壊系の虚無は、負の感情が増せば増すほど威力を上げる。

 けど、『忘却』のような魔法なら、負の感情は必要ない。

 要は、本人の特性しだいなわけね、つくづくふざけた力だわ。


 傾向なんて建前で、状況や感情次第でいくらでも変化するなんて、研究者に喧嘩売ってるとしか思えない。


 ま、私は怪物をふっ飛ばしたり、略奪者を殲滅するのが役目。なにせ“アクイレイアの戦乙女”だし。


 テファは人々の心を癒し、説得するのが役目、なにせ“アクイレイアの聖女”


 もしこの状況じゃなければ、テファはエルフの血をひく悪魔としてロマリアの市民から弾圧されていたはず。

 でも、既に全ての市民が、神に縋ってもどうにもならないことを悟っている。逆に、神を盲信していれば、ガリアに滅ぼされることも。

 だから、テファの説得に応じる。そういった打算もあるのでしょうけど、やっぱり、テファの人徳が決め手ね。


 ま、せいぜい頑張るとしましょうか。









■■■   side: イザベラ   ■■■


 「“アクイレイアの聖女”に“アクイレイアの戦乙女”。凄い大活躍ね」

 私はイザークからの報告書を読んでいる。

 場所は当然北花壇騎士団本部。


 「凄いな、あいつらは、まさか、ロマリアの民をほとんど救うとは」

 ハインツも驚いてる。


 ガリア国内の後始末はこの4週間で大体完了。後は通常状態にシフトしていく。


 まあ、軍隊を各地に分散するのはもう少し続くでしょうけど、治安はこれまでになく良くなってる。

 先住種族の協力によって、幻獣の被害が減ったことが大きいわ。


 「これなら“解放軍”の派遣は問題ないし、というかもうアクイレイアはガリア領になったのよね」

 彼ら、“蒼翼勇者隊”と“水精霊騎士隊”が最初に活躍したのがアクイレイア。


 ガリアに投降するかどうか迷っていた市長と市議会は、すぐにガリアに連名の書類を持ってやってきた。


 それはとんでもない量の書類で、名前を書ける市民全員が書いたものだった。

 そして、政治的な駆け引きではなく、純粋に民が困窮していることを訴えて、救いを求めてきた。

 だから、ガリアは解放軍として、治安維持用の兵力と、食糧を運ぶための空海軍が予定より早く出発した。

 まったく、“聖女”の説得は凄い効果だわ。


 「ああ、到着したガリア軍は熱烈な歓迎を受けたそうだ。しかし、市民が叫んだのは、“アクイレイアの聖女”の名だったそうだな。彼女の言ったことは本当になったってな」


 普通だったら、ガリア王とかの名前を叫ぶものだけど、呼ばれたのは”聖女”の名前。彼女の存在が、彼らにとってどれほど大きいかが分かる。


 「ってことは、何の障害もなく、他の都市も攻略できるわね」


 「ああ、戦いはあり得ないな。略奪を行っている奴らはまだいるみたいだから、そいつらへの対応の為に、部隊を残しつつ前進すればいい。残す部隊の軍紀の引き締めは徹底してるそうだ」

 やっぱり、見せしめに何人か燃やしたみたいだけど。


 「流石はあいつらね。じゃあ、残すはロマリア攻略のみか」

 そこで、“悪魔公”が登場する予定だったはず。


 「ルイズ達も最後にはロマリアに戻るだろう。建前上は、ベリーニ卿の依頼を受けた治安維持部隊だからな」

 彼がいるのなら、彼女達に危険はないでしょうね。


 「ロスタン軍務卿が、何としてもベリーニ卿を殺すな、丁重にお迎えしろって叫んでたわね」

 まあ、彼はロマリアの統治を進める上で絶対に必要な人物。言われるまでもないけれど。


 「そこは当然だな、それに、“栄光の英雄達”もな。もっとも、あいつらは自力で脱出するだろうが」

 そういえば、そんな風に伝わっていのだっけ。


 「イザークだったかしら、彼らの噂を広めて回ったのは」

 そういうことに関したら、あいつは本当に徹底してるし。


 「ああ、“慈愛の聖女”、“銀の腕の戦乙女”、“イーヴァルディの勇者”、“赤き炎の女神”、“蒼き風の姫君”だったな」

 うん、ピッタリなネーミング。意外とセンスあるわあいつ。


 「その五人が象徴的というわけね」


 「ああ、アルビオン人とエルフの混血のティファニア、トリステイン人のルイズ、東方(ロバ=アル=カリイエ)出身の才人、ゲルマニア人のキュルケ、そしてガリア人のシャルロット、まさに、ハルケギニアを超えた連合だ」

 サイトという子は、東方出身ということになっていたっけ。


 「全員、本名が知られているのだったかしら?」


 「ああ、ティファニア・オブ・サウスゴータ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、サイト・ヒラガ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、そして、シャルロット・エレーヌ・オルレアン、全員本名が知られてる。才人は東方の名前はこんな感じってことでいいしな」


 東方人の彼は別として、サウスゴータ、ヴァリエール、ツェルプストー、オルレアン。

 アルビオン、トリステイン、ゲルマニア、ガリアという特徴が姓だけで分かるわ。


 「まさに、これからのハルケギニアを象徴してるわけだ。エルフや東方まで広がる世界。皆が協力して手をつなぐ世界」

 「そんな彼女らが、神を失ったロマリアの為に戦ったんだから、凄いわね」

 これはあの青髭の企画にはない。彼女等が起こしたこと。


 「本当に、予想以上に成長してくれた。ついでに言うと、才人とシャルロットが恋仲でありことすら広まってるみたいだな」


 「なに考えてるのかしら?」

 単なる遊びのような気もするけど、その辺までこいつと似てるわね、イザークは。


 「まあ、後は俺達の役目だ。ロマリアに最後の鉄槌を下す」


 「いよいよ滅ぶわけね。でも、どうするつもりなの?」

 その最後の作戦だけは『影の騎士団』のみで進めていて、私はおろかあの青髭ですら知らない。


 「楽しみにしていろ。これ以上になく、壮絶な終わり方にするさ。名付けて、“血と肉の饗宴”作戦」


 そして、ハインツはヴェルサルテイルの『ゲート』に向かった。ベルフォールまで飛ぶ気ね。


 「本当、どうする気かしら?」

 まともな方法じゃないのは確か、けど、民に被害を出すとも考えにくい。

 残りの聖堂騎士は全滅しそうだけど。


 「聖堂騎士の死体をバラバラにして、空中から撒く気かしら?」

 そのくらい平気でやりそうだし。ついでに教皇の死体も。












■■■   side: ハインツ   ■■■


 俺達はいよいよ宗教都市ロマリアに近づいた。

 既に、それ以外のロマリアの都市国家は全てガリアに降伏し、ガリア領となった。


 「しかし、予想外に早く来れたな、“聖女”の導きか」

 フェルディナンも驚いているな。

 「確かになあ、戦闘はゼロ。あちこちに部隊を残して来たから、残るは4万」

 8万が各地に治安維持軍として残っているわけだ。


 「でも、このロマリアだけは、“聖女”の恩恵を受けられないんですね」

 そう、形骸化したとはいえ、未だにロマリア宗教庁は存在する。


 流石にここではティファニアの身に危険が及びかねないから、彼らも活動していない。

 宗教庁とエルフは、結局、相容れることはなかった。


 神の恩恵が最も強いはずの土地が、最も人から見放された土地となったのだ。


 「しかし、教皇は何を考えている? ことここに至って、まだ教義を捨てん気なのか」

 アラン先輩は不可解そうに言う。


 「教皇は馬鹿じゃありません。もう、どうしようもないことくらい、わかっているはずです。ですが、彼にはそれしかないのでしょう。それに、ここで彼が降伏するよりも、敵のままであった方が、今後を考えれば民の為には都合がいい。それを分かっているのかもしれませんね」


 彼は民の為にある存在だからな。


 「だが、信仰に狂った教皇にそんな判断が出来るものかな? そんなことが出来ていれば、“聖戦”など起こさなかったと思うが」

 クロードも鋭い。

 「ああ、だから、これはヴィットーリオという青年の想いなのかもしれない。ロマリアの民の為に、自分が何をすることが一番いいのかという。神が力を失い、宗教庁が滅びるこの時だからこそ」


 「なるほどねえ、だとしたら、この作戦ほど、終わりに相応しいものはねえな」

 アルフォンスが気合いを入れる。


 「全ての準備は整った。“血と肉の饗宴”作戦、発動できるぞ」

 アラン先輩が告げる。


 「分かりました。これは俺達の作戦です。どんなことが起ころうとも、責任は俺達だけでとりましょう」

 「応よ、部下には何も背負わせねえ、これは俺達だけだ」

 「ああ、その通り、俺達の意思でやるのだからな」

 アドルフとフェルディナンも了承済み。


 「じゃあ、始めるか、ロマリア宗教庁の終焉を。血と肉と狂気の惨劇を」

 ここに、“血と肉の饗宴”作戦が発動される。



 「ガーゴイルの起動に入るか、とはいえ、この作戦は歴史に残るのかねえ」


 「抹消される可能性が高いな。間違いなく歴史の汚点に入るものだ。後世の者達にとっては消し去りたいだろう」


 「ってことは、世界が試されますね。こういった惨劇を残すことが出来るのか。それとも、自分達に都合がいいように捻じ曲げるのか」


 「捻じ曲げられてきた歴史は多いだろうな。だが、神は滅び、世界は変わりつつある。教訓も兼ねて、残されるかもしれん」


 「どっちでもいいさ、俺達は俺達の意思を貫きとおす。それだけだ」


 「そうだな。ハインツ、毒の準備は出来てるな」


 「ああ、万全だ。これが要だからな、抜かりはない」




 そして、血と肉の饗宴は開始された。








[10059] 終幕「神世界の終り」  第十一話 パイを投げろ!
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/21 21:12
 ロマリア連合皇国は解体し、各都市国家は悉くガリアに併呑され、残すは宗教都市ロマリアのみ。

 解放軍12万は各地に分散して治安維持にあたり、4万の軍がロマリアに進軍。

 それを迎え撃つ戦力は残されておらず、戦わずして降伏することは明らかと思われた。

 しかし、1000を超えるガーゴイルがロマリア上空に現れ、電撃的な奇襲を展開。

 ロマリアに血の雨が降った。






第十一話    パイを投げろ!





■■■   side: シャルロット   ■■■


 ロマリア各地を巡った私達は、最後に宗教都市ロマリアに戻ってきた。

 その活動の途中から“慈愛の聖女”、“銀の腕の戦乙女”、“イーヴァルディの勇者”、“赤き炎の女神”、“蒼き風の姫君”といった異名が付いていたのは間違いなくガリアの情報操作によるものだと思う。


 …………………だって、私とサイトが恋仲だってことまで広まっていたから。

 絶対にあの人達の仕業に違いない。


 そして今、私とサイトとルイズはロマリア上空にいる。

 ベリーニ卿に借りた風竜は返したので、今飛べるのはシルフィードだけ。彼は私達に頭を下げて礼を述べた。


 『真にかたじけない。貴女方のおかげで、ロマリアの民は無駄な犠牲者を出さずに済みました』

 彼も、ロマリア周辺に存在した略奪集団を退治するために、何度も出撃したそうだった。

 けど、ロマリアを遠く離れることは出来ず、範囲が限定されていまい。彼の手が届かない部分を私達が巡っていった。


 『貴女の姉君、イザベラ王女は素晴らしい方です。ロマリアの民に、救いの手を差し伸べてくださいました。ロマリアを代表し、是非ともお礼を述べさせてくだされ』

 なぜか、彼は私がイザベラ姉様の妹であることを知っていた。


 『一度、非公式にですが、ロマリア近郊の都市、サルーカマイに私が出陣した際に、イザーク外務卿が私に接触してきたのです。そして、ロマリアのこれからのこと、貴女方のことを伺いました』

 どうやら、ハインツやイザベラ姉様の計画に穴はないみたい。


 『このロマリア攻略には貴女の兄君、ハインツ殿が当たられるとか。民の血は流さず、かつ、平和的でもなく攻め落とすとのことですが』

 その言葉は謎だった。

 だけど、彼にはもう待つことしか出来ないので、配下の者にロマリアの治安維持活動だけを命じ、私達は自由に行動してくれて構わないと言ってくれた。

 もし、ロマリア軍が彼のような人間ばかりだったら、“聖戦”なんてものは起きなかっただろう。


 「さて、そろそろ作戦開始の時間だけど」

 ルイズがそう言った。


 「間違いないんだよな?」

 サイトが確認する。


 「ハインツが嘘ついてなきゃね、“デンワ”で確認はしたけど、あの馬鹿、正気であんなことやる気かしら?」

 ルイズはハインツの計画が何かを知ってるみたい。


 「どんな計画?」


 「口にするのも難しいわ。まず、見た方が早いと思う」

 まあ、ルイズが傍観に徹するということは、危険なことじゃないんだろう。


 「撤退準備は済んでるんだよな?」


 「ええ、コルベール先生とキュルケで『オストラント』号の整備は終えたみたいだし。三日もあればトリステインに着くから、その分の食糧はベリーニ卿が用意してくれたわ」

 本当に、あの人には世話になってる。


 「ま、ガリア軍が到着すれば、ロマリアの民が飢えることもなくなるしね」

 それは確かにそうだ。


 「あ、あれ、ガーゴイルじゃねえか?」

 私は『遠目』で確認する。


 「確かにガーゴイル、けど、何か背負ってる」

 あれは……………樽?

 それに、手にも何か持ってる。あれは………………何だろう?


 「ねえタバサ、ひょっとして、ガーゴイルがパイを持ってたりしない?」


 パイ?

 言われてみると、あの薄い物体はパイに見える。


 「確かにそう、だけど、何でガーゴイルがパイを?」

 まったく意味が分からない。


 「そう、始まるのね、“血と肉の饗宴”が」


 そのルイズの言葉と同時に、饗宴が始まった。












■■■   side: outあるロマリア軍士官   ■■■


 私は、ベリーニ卿直属部隊にいる士官である。

 この部隊は全員が生粋の軍人であり、ロマリア軍の武官は大半が聖堂騎士上がりなので、少数派である。


 何しろロマリア軍は軍人としての技能よりも、神への信仰の強さなどが求められる軍隊だ。

 異端と見れば、どこまでも徹底的に排除すること。不敬な者の拘束すること、そういったことが必須技能とされる。

 空軍などではそれほどでもないが、やはり聖堂騎士の影響は根強く、統制こそ取れているが、指揮官も聖堂騎士上がりでは、統制を取る意味がない。


 だが、それも過去のこと。


 “聖戦”によって聖堂騎士団はほとんど全滅し。遠征軍で生き残ったのは更迭されていた我々のみ。

 そして、ロマリア連合皇国は解体し、各都市はガリアに併呑され、今、ロマリアも落ちようとしている。

 それも、ガリア軍の手によってではなく、民衆の手のよって。


 「投げろ投げろお!」

 「ワインはあるかあ!」

 「おらおらあ!」

 「いやあっほーーーーーーーーーい!!」

 「歌え歌えええ!!」

 「はっはーーい!」


 民は皆、陽気に歌って騒いでいる。誰かれ構わずパイを投げつけながら。

 辺りにはワインが散乱し、パイがあちこちにぶちまかれている。

 顔面にパイを喰らったものは、辺りにあるパイを拾い、投げ返す。

 やられたものはまた、投げ返す。


 後はそれの繰り返し、混乱は無限に拡大し、あちこちから陽気な騒ぎ声が聞こえてくる。

 僅かに残った聖堂騎士が止めようとして、容赦なくパイの一撃をくらっていた。

 そして、くらった聖堂騎士も騒ぎながらパイを投げつけ始める。


 もはや、神の土地は、お祭り騒ぎの馬鹿の宴会場と化していた。

 聖堂にも容赦なく乱入し、神像にワインをぶっかける始末。しかも、聖堂騎士がだ。


 「神がなんぼのもんじゃーい!」

 「彼女が欲しいいいいいいい!」

 「腹減ったあああああああああ!」

 「何でもてねええんんだよおおおお!」

 「ジュリオの野郎、うらやましいいんんだよおおおおお!」

 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 号泣しながらパイを頬張りつつワインで押し込む。

 そしてまた暴走を始める。


 その他でも。


 「隣の奥さんは浮気してたぞおオオオオオオ!!」

 「俺のアレは最高だああああああああああ!」

 「●●ーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 「教皇の●●野郎ーーーーーーーーーーー!」

 「ブリミルの●●●●ーーーーーーーーー!!」

 「この●●ーーーーーーーーーーーーーー!!」


 徐々に表現が過激になって来ている。


 どうやらこれが都市中に広がっている模様。混乱の収束は最早不可能だろう。


 なんかもう考えるのも面倒になってきたので、私もパイを片手に、馬鹿騒ぎに加わることにした。






■■■   side: 才人   ■■■


 それはまさしく、饗宴だった。


 あちこちでパイとワインが宙を舞い、馬鹿騒ぎはどこまでも広がっていった。


 「!?」

 すると、シャルロットがいきなり杖を放り出して抱きついてきた。


 「ど、どうした!?」

 う、柔らかい、確かに大きくなってるのかも。


 「で、でっかいお化けが…………」

 お化け?


 「こ、股間に…………」

 ま、まさか。


 「あれね、中々のサイズではあるわね」

 隣でルイズが『遠見』の機能が付いてるメガネをかけながら論評を下す。


 「うーん、いい子はそんなにいないわね。あ、あの子、食べ応えがありそう」


 「こら! 何の話をしてるんだよ!」

 なんつう言葉だ。


 「やっぱり男は駄目ね、美しくないわ。あんなでかいだけの●●を振り回すなんて、最低ね。小さくてかわいい子が理想なんだけど………あ、あの子なんてよさそう」


 「おーうい! 話を聞けえ!」


 「組み敷くのはよくないから、『幻影』で脳に直接快感を与えて…………いえ、“アーガトラム”で微弱な電撃を与えるのも良さそうね、快感を与える程度に調節すれば………」


 「やめろ! それ以上はやめろ!」

 似合い過ぎて怖い!


 「何よ」


 「何よじゃねえ! なんなんだよあれ!」


 「馬鹿騒ぎよ」


 「んなこたあ解る!」

 舐めとんのかこいつは!


 「ん、んん」

 あれ?


 「サイト、熱い抱擁はいいけど、タバサが窒息しそうよ」

 抱きしめたままだった!
 

 「ご、ごめんシャルロット!」

 すぐに放す。

 「だ、大丈夫」

 「サイトの熱い股間を感じることが出来たから、私のあそこももう限界で、はあはあ」


 「だー! 何言ってんだお前は!」


 「シャルロットの胸は大きくなってたなあ、今夜はベッドに連れ込んで思いっきり揉みしだこう。げっへっへ」


 そ、そんなことは思ってない! 断じて思ってない!


 「少し反応が遅れたわよ?」


 「そんなことない!」


 「よかったわねタバサ、貴女の努力は確実に実ってるわ」

 「…………♪」

 いや、そこで幸せそうに顔を赤らめないでくれ、シャルロット。俺の理性が持たないから。


 「ま、冗談はここまでにして」

 嘘だ。特に女の子に関しては絶対に本気だ。


 「人の趣味に口出すのは野暮よ」


 「だから何で心を読むんだよ」


 「虚無に不可能はないわ」

 何でだ? 何でハインツさんと心が通じた気がするんだ?


 「あれは、ハインツが起こした馬鹿騒ぎね、しかも、とんでもなく馬鹿な」


 「馬鹿が重なってる」

 シャルロットが突っ込む。


 「それくらいしょうもないってことよ。よくまあ、あんなの正気でやる気になったわ」


 「あれをやったのか………」

 下は惨劇。

 暴走する馬鹿軍団は何でもやり出してる。

 俺も『遠見』が付いたメガネで見てみる。


パンを尻に挟んで、右手の指を鼻に入れて、左手でボクシングをしながら叫んでる馬鹿がいる。

多分『命を大事に』と叫んでる。


 自分の股間の●●と、山羊の髭をロープで結んで、引っ張り合いを始める馬鹿がいる。


 全裸で頭にズボンを被って、コサックダンス風に走る回る馬鹿がいる。


 恐らく、肥え桶らしきものを、神像の代わりに据えて拝んでる馬鹿がいる。


 どういうわけか、ギニュー特選隊のポーズをとってる馬鹿がいる。なんでだ?


 「あれを、ハインツとその仲間たち、『影の騎士団』でやったらしいの」


 「どうやったんだ?」

 何をすれば、あんな馬鹿が出来上がるんだ?


 「簡単、大量に用意したパイとワインに、ハインツ渾身の毒を混ぜたらしいわ。そして、それをガーゴイルに運ばせた」


 「ガーゴイルへの命令は?」

 シャルロットが尋ねる。


 「“ワインをぶちまけ、パイを投げろ”だそうよ、それ以外の命令は皆無」

 なんちゅう命令だ。


 「確か、あんたの世界じゃ、パンは神の肉で、ワインは神の血だったかしら?」


 「ああ、そういやそんなんだったかな?」

 確かキリスト教の聖体拝領だったか。


 「ブリミル教も似たようなもんよ、食前の祈りで、始祖ブリミルに糧を与えてくれたことを祈るのは、魔法の恩恵で授かった作物に対する感謝の表れ。特に自然の恵みが少ないロマリアじゃあ結構神聖な儀式にもなる」

 ふむふむ。

 「その際に使われるのは、やっぱりパンとワインなの。パンは食べ物の基本だし、ワインには浄化の意味もあるから」


 「てことは、始祖ブリミルの血がワインで、肉がパンってことか」


 「ま、ブリミル=魔法=糧、ていう繋がりね。トリステインですらそういう考えはもう半ば忘れられてるけど、このロマリアじゃあ今でも一般的よ」


 「だから、“血と肉の饗宴”」

 とんちだな、完全に。


 「で、ロマリアの難民がいきなりパイなんて投げられたら、間違いなく食べるでしょ」


 「だろうな、“聖戦”の前ですら一日スープ一杯みたいな感じだったし」

 御馳走だろう。


 「しかも、ワイン付き。まさに天からの恵み。おお神よ、貴方は我々をお見捨てにならなかったのですね。ところが、それを用意したのは悪魔だったわけよ」

 最悪だ。


 「ハインツらしい」

 実に皮肉が効いてるな。


 「で、肝心の効果だけど、簡単にいえば、抑圧開放薬ね。普段、心の奥底に秘めていることをやろうとするの」


 「それが、あれか?」

 あの馬鹿騒ぎになるのか。


 「ええ、例えば、日頃からむかつく神官や貴族の顔面にパイを叩きつける。頭にワインをぶっかける。平民なら一度はやりたいと思うでしょう。もしやったらどうなるかは分かりきってるけど」


 「それは分かる」

 あれだ、日本でも総理大臣とか政治家にそれをやってみたい気がする。


 「それをやってしまう薬なの、さらに、全裸で街中を走り回る。尻にねぎを刺したまま、犬の真似してわめきたてる。フォルサテ大聖堂のステンドグラスの下でう●こするとか。一度は心の奥底でやろうかと思うけど、もしやったら人間の尊厳を失うこと間違いなしのこととかね」


 「悪夢だな」

 「最悪」

 俺達の気持は一致した。


 「しかも、日頃から抑圧されてる人ほど効きやすい。私みたいに、日頃からやりたいことやって、唯我独尊な感じだったら効果は薄い。けど、ロマリアの難民みたいに、その日の食事にすらこと欠いて、しかも、糞ムカつく聖堂騎士が威張りながら、たらふく食っている状況だと、爆発するのよ」

 自分が横暴だって自覚はあったのかよ。


 「つまり、これまで、宗教庁の奴らがやってきたことで溜まってた不満が、爆発したのか」

 「因果応報」


 「だから、あそこまでの馬鹿が量産されるのよ。早い話が、“お祭り騒ぎの馬鹿”量産薬。ハインツ渾身の作品よ」


 何でそれを全力で作るんだろう?



 「人が人であるが故に自由に生きられない。これは原罪そのもの、それを破壊する悪魔の毒。故にその名を、“ハインツ”。この世で最悪の悪魔の名を冠した、最悪の毒よ」


 「それに自分の名前を付けるか普通?」

 「ハインツならやる」

 とんでもない人だな。


 「でも、大丈夫なのか、あのままじゃあ怪我人とか、建物の被害と出そうだけど」


 「まあ、怪我人は出るでしょうね、でも、死人は出ないと思うわ。何せ“ハインツ”なのよ。破壊衝動、性欲、殺人衝動、そういった普通の人間が暴走した時に巻き起こるものは全部抑えられる。代わりに、ある衝動が沸き起こる」


 「その衝動とは?」


 「上手く言えないけど、あえて言うなら“ハインツ衝動”。要は、馬鹿げたことばっかやりたくなるのよ。あの馬鹿も“切腹”なんてアホな隠し芸を諸国会議でやったとか」


 「“切腹”か。洒落になんないことを、洒落でやったんだな、あの人」

 「なんて恐ろしい毒」

 確かに、これほど怖い毒はねえ。


 「ま、“切腹”はハインツのスペックがあってこその隠し芸だから。あの毒にやられた人間は、あくまで人間範囲の馬鹿げたことをやるわ」


 うーん、なに考えてんだろあの人。


 「しかし、あのパイとワインはどこから持って来たんだろ?」










■■■   side: ハインツ   ■■■



 ロマリアから数リーグ離れた地点、ここで馬鹿7人が共同作業を行っていた。



 「焼け焼けえ! どんどん焼けえ!」


 「火力が弱いぞアドルフ! もっともっとだ!」


 「混ぜろ混ぜろお!!」


 「運べ運べえ!!」


 「練って練って練りまくる!」


 「潰せ潰せえ!」


 「ぶちまけろお!」


 俺達7人は、パイを焼き続けていた。


 役割分担は単純。

 エミールとアラン先輩は生地をこねる役。当然、強大な石の手を大量に使って。

 アルフォンスとクロードは生地を切って形にし、巨大窯まで運ぶ役。

 そして、アドルフとフェルディナンは言うまでもなく、焼きまくる。

 俺は毒を混ぜたり、 生地の材料を補充したりなどの、その他を担当している。


 ワインは用意したものに毒を混ぜるだけで終了。

 そして、出来上がったパイとワインは空中型ガーゴイルが持っていき、ロマリア中にばら撒く。

 空中からぶちまける場合もあれば、直接ぶっかける場合もある。

 そして、樽は置いてくる。パイも一緒に。


 当然、ワインとパイの材料を、大量に確保したのはエミールとアラン先輩。

 アルフォンスとクロードが、それとガーゴイルを運んできた。

 陸軍の二人は準備には参加していない。ロマリア侵攻で忙しかったからな。


 そして、俺の役割は、お祭り騒ぎの馬鹿量産薬“ハインツ”の準備。


 我等『影の騎士団』が力を合わせることで成し遂げた。奇蹟の作戦である。


 「焼き上がった! 持ってけー!」

 「了解した!」

 クロードの「風」がパイを吹き上げ、その先にはガーゴイルがいる。


 「どんどんこねろエミール! まだまだ焼けるぞ!」

 「わっかりましたあ!」


 「アラン先輩! もっと潰してください!」

 「任せろ!」


 うん、素晴らしい連携だ。

 俺はパイの材料に水とか牛乳とかを混ぜる。この辺の調合は俺の得意分野だ。


 ちなみに、残りの兵士はあいつらの副官とかが率いて、ゆっくりとロマリアに向けて前進中。

 この“血と肉の饗宴”作戦だけは、俺達だけで展開している。


 流石にあいつらといえど、この量のパイが相手では精神力が持たないので、全員が“ピュトン”を使用している。


 寿命を削ること間違いなしの劇薬だが。一人も躊躇しなかった。

 やはり、あいつらも真正のお祭り好きの馬鹿だったのである。



 「燃えてきたああああああああ!」

 「焼けろおおおおおおおおおお!」

 「吹きとべえええええええええ!」

 「切れろおおおおおおおおおお!」

 「混ざれええええええええええ!」

 「潰れろおおおおおおおおおお!」


 “ハインツ”の影響下にあるわけではないはずだが、テンションはどこまでも上がっていく。


 「いけいけえ! どんどんぶちまけろお!」

 とはいう俺も、絶賛おおはしゃぎの真っ最中である。


 饗宴は果てしなく続いた。









■■■   side: イザベラ   ■■■



 「あの馬鹿、いえ、あの馬鹿達は、正気でこれをやったのね」

 私は“アーリマン”を通して、ヒルダが見せてくれている映像を見ながら頭を抱えていた。


 「ええ、信じられないことですが、正気でやったようです」

 さすがにヒルダも呆れてる。


 「すげえすげえ! 流石はハインツ様だ! やることが違う!」


 「それに、『影の騎士団』の方々も流石です! あれは僕たちじゃあ無理ですね!」

 こっちの二人は目を輝かせてる。ハインツ2号と3号といっていいだろう。


 「これ、歴史にどう残るかしら?」

 お祭り騒ぎの馬鹿が大量発生して、ロマリア宗教庁は滅びました。と書けるのかしら?


 「多分、歴史の汚点として抹消されるのではないかと」

 うん、その方が良さそう。


 「いや、これは残すべきでしょう」


 「そうです、これこそは人類が神を捨てた証拠。輝かしい歴史の第一歩です」

 馬鹿二人、あんたらの脳はハインツと同じか。


 「まあ何あれ、ロマリア宗教庁は滅びましたね」


 「確かにね、これ以上なくとんでもない方法でね」


 「あ、すげえ聖堂の壁が剝されてる」

 「しかも、そこに小●をかけてますね」


 「おお、向こうでは聖像の上で、うん●してるぜ」

 「ワインがあちこちにぶちまけられてる。祈祷書も全部ワインまみれ」


 まさに惨劇。しかも滑稽。


 「あいつに脚本やらせたら、碌なことにならないわね」

 ラグナロクを含めて、脚本は全部あの青髭の役目。

 ハインツはあくまで演出家だった。


 「確かに、お祭り騒ぎにしかなりそうにありません。流石は“ロキ”ですね」

 善でも悪でもないトリックスターだったかしら。


 この場合、ただの馬鹿だけど。


 「神は、馬鹿によって滅んだのね」

 でも、神の世界の終わりにはちょうどいいかも。

 神を信じて、質素な生活、というか難民生活を続けるうちに溜まった不満は。馬鹿の囁きによって爆発した。


 「結局、神を滅ぼせるのは人だけなんですねえ」


 「おお、すげえ! パンを尻にはさんだまま、人間タワーが出来てる!」

 「大聖堂の塔よりも迫力ありますね! よく尻に力をいれたまま、あんなことが出来るものです! 人間に不可能はないんですね!」

 不可能なままの方が、よっぽどよかったわね。

 何てしょうもない不可能への挑戦かしら。



 私は頭を抱えたまま、馬鹿達の饗宴を眺めていた。










■■■   side: シェフィールド   ■■■


 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

 陛下がお腹を抱えて大笑いしている。


 「流石だ! 流石だハインツ! いやいや、俺もこれは思いつかなかったぞ! よくまあこれほど馬鹿げたことを考え付く! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!」

 私が操作する“アーリマン”からの映像では、ロマリアはお祭り騒ぎの馬鹿の巣窟と化していた。


 神の家は、馬鹿の宴会場になり果てた。


 「しかし、『影の騎士団』の流石というべきでしょうか。ラグナロクの準備をしながら、あんなことを計画しているとは」

 どこにそんな時間があったのやら。


 「くくく、あいつらは馬鹿騒ぎのためならなんでもする。それこそ“ヒュドラ”だろうが“ピュトン”だろうが使うだろう。何せ、ハインツと同類の連中なのだ。くくくく、よくまあ、あんなのが6人も同じ時代に生まれたものだ。これも、抑止力の結果なのか、だとしたら、完全に逆効果だったわけだな」


 陛下が見ているものは世界そのもの。

 人間社会の動きだけでなく、もっと大きなものの流れを見ることで、大局を探るのだとおっしゃっていたけど。私ではそれを理解するのが精一杯で、とても実行は出来なかった。



 「いやしかし、面白い出し物だ。これ以上はないな、恐怖劇(グランギニョル)もこれにて終焉。いよいよ最終幕、茶番劇(バーレスク)へと移るのだ。その先駆けとしては申し分ない」


 「確か、恐怖劇の先陣もハインツが担っていましたね」


 「そうだ、突っ走ることに関してはあいつに並ぶ者はいない。なればこそ、どの幕も序章はあいつが飾るのだ。英雄譚(ヴォルスング・サガ)も、恐怖劇(グランギニョル)も、茶番劇(バーレスク)もな」


 英雄達に最初に接触したのもあいつだったわ。つまり、そういうことなのね。


 「さあ、いよいよこのハルケギニアを舞台とした壮大な舞台劇も終幕だ。幕を飾るは全ての者を巻き込んでの茶番劇。トリステイン、アルビオン、そしてゲルマニア。全部だ」


 「そういえば、ゲルマニアにも動きがあるそうですね」

 北花壇騎士団情報部が察知したとか。


 「当然だ。あの国は変動を好む。ならば、歴史が大きく動いているこの時代に動かぬわけがない。動かずにはいられんのだ。アルブレヒト三世も、ただ傍観者でいられるほど貞淑な人物ではない。どちらかというと、ティエールやアヒレスなどに近い気質の持ち主だ」


 陸軍大将に、西百合花壇騎士団長。どちらも豪気で大雑把。けど、部下からは慕われる人物ね

 つまり、ゲルマニア国民からはそういう感じで慕われている指導者ということ。


 「あれもまた一つの王道だ。民を率い、その意思を束ね、己が意思の下で収束し、国を動かす。実力主義、千変万化、全力疾走、この3つが基本であるゲルマニアの君主に求められる在り方だな」

 陛下は絶対者。故に、並び立つものがいない。


 「さあ、ここから終点までは早いぞ、息をつく暇もない。どんどん歴史は加速していく。面白くなるな」

 そう言って笑う陛下は、子供のように楽しそうだった。













■■■   side: ルイズ   ■■■


 「さあ皆! トリステインに帰るわよ!」

 シルフィードで『オストラント』号に戻った私達は、いよいよトリステイン向けて出発する。


 「なあルイズ、ここは僕らも混ざるというのはどうだろう?」

 「そうだよ、あれを見て参加しないのは嘘だろう」

 ギーシュとマリコルヌの馬鹿二人組がそうほざいた。


 「却下。あれに参加したら三日三晩くらい戻れないじゃないの。もう私達の役目は終わったんだから、引き際が肝心よ。それ以前に、あんな馬鹿騒ぎに混ざろうとするんじゃないわよ」

 まあ、こいつらが我慢できるはずもないけど。


 「だがしかしだね! 血が騒ぐんだよ!」


 「そうとも! ここで引いては男がすたる!」


 「異端魔法その3」


 「ぎょるぐべばあああああああああああああ!!」


 「あんぎゃらあああすうううううううううう!!」

 馬鹿には制裁を。


 「ルイズ、やり過ぎじゃ………」

 テファがちょっと引いてるわね。


 「まあ、この辺にしときましょうか」

 制裁は完了。


 「お前、テファの言うことになら応じるのな」


 「前にも言ったけど、むっさい男の頼みより、かわいい女の子の頼みを聞きたくなるのが人情でしょ」


 「だから、それ女の台詞じゃねえと思うんだが」


 「うるさいわよ幼女趣味(ロリコン)」


 「俺はロリコンじゃねえ!」

 分かりやすい反応、そしてそれ故に操作しやすい

 「じゃあタバサは嫌いなの?」


 「シャルロットは大好きだ!」


 「………❤」

 うん、こっちもかわいい。


 「はっ!」

 今更気付いたみたいね、自分がなんて叫んだか。


 「相変わらずねえ、あの二人は」

 「初々しいわ」

 そこにキュルケとモンモランシーが登場。


 「準備OK?」


 「ええ、いつでもいけるわ」

 「食糧、水、いずれも問題なし、衛生管理は任せなさい」

 こういった点でもモンモランシーは優れてる。団体行動にはこういった才能がある者が不可欠。


 「そう、なら出発ね、それからモンモランシー。ギーシュが欲求不満のようだから、慰めてあげるといいわ」


 「あら? じゃあ200エキューくらいで」

 「惜しい、もう一声」

 なぜか、キュルケとの値段交渉が始まってる。


 向こうで見つめ合ってる二人は、シルフィードでいつでも追いつけるから置いとくとして。


 「誰か、馬鹿二人を運んで頂戴」

 倒れてる馬鹿二人をどうにかしないとね。












■■■   side: ハインツ   ■■■



 夜中になっても饗宴は続いたが、残りは『影の騎士団』に任せ、俺にはやることがあった。


 “不可視のマント”をはおり、俺はロマリア宗教庁内部を歩く。


 “ピュトン”の影響下にある俺は「遍在(ユビキタス)」を使えるので、何体か放ち、効率化を図る。

 それに“影”を15体程動員しているので問題ない。

 彼らの任務は宗教庁の高位聖職者の抹殺。

 大司教、枢機卿、そういった者達を血祭りに上げることである。


 そして、俺はある人物の下に向かう。


 「お久しぶりですね、アロンド・ピリッツィア・ベリー二卿」


 「ハインツ殿か、早い到着だな」

 ロマリア軍総司令官、“高潔なる騎士”と呼ばれる偉人がいた。

 俺は彼に、一度会ったことがある。


 「ロマリア宗教庁は滅びました。ここもガリアに併呑されることとなります」

 俺はただ事実を告げる。


 「構わんさ、こうなってはそれが最善だろう。そもそも、ロマリアには矛盾が多過ぎた。こうなるのは必然だったのだろうな」


 「幾度もの“聖戦”のたびに、ロマリアはこうなってきたと歴史は伝えていますね。しかし、多くの兵力を失っても、神の信仰だけは続いたが故に、これまでロマリアは存在してきた。多くのものを代償として」

 異端審問で殺された者は数知れず、新教徒狩りなどは最たる例だろう。


 「遅かれ早かれ、こうなっていたのだろう。ならば、早い方が良い。そして、民のことを慈しんでくれる者が統治してくれるのならば、なおよい」


 「そのために、貴方の力もお借りしたいのです。このロマリアを治めるには、貴方のような生粋のロマリア人でありながら、現実を見て、民の為に最善の方策を選ぶことが出来る人物が不可欠ですから」

 ガリア人だけでは不可能だ。絶対に、地元の人間の協力がいる。


 「ふむ、現実を見るか。マザリーニもよくそのようなことを言っていたな。民を治める者は、理想ではなく、現実を見るべきだと」


 「お知り合いだったのですか」

 そういえば、ベリーニ卿とマザリーニ枢機卿は年齢がほとんど同じだ。


 「まあ、古い馴染みではあるな。共にここロマリアでは異端紛いであったからな」

 国を想って行動できる人物が揃って異端紛いか。


 「まあ、それでも奴は教皇選出会議に推薦されるほどには人望を集めていた。その辺の駆け引きは私より数段上手かったよ。私は軍人故に、融通がきかなかったのだな」


 「ですが、それ故に貴方は“聖戦”を生き延びました。せっかくの命ですから。大事にしてください」

 いつでも真っすぐということが、彼の命を救ったのだ。


 「ふむ、そうさせてもらおうかな。私にもまだ、ロマリアの民の為に出来ることがあるならば」


 「いくらでもありますよ、というか、ガリアの宰相殿は厳しいですよ。それに、軍務卿も貴方を何としてもお迎えしろと叫んでましたし、期待されてますよ」


 「それは大変だ。若い者をこき使って、頑張るとしよう」

 若者が活躍できるのなら、それに越したことはないな。


 「では、俺はこれで」


 「ハインツ殿、最後に聞きたいことがある」

 俺は振り返る。


 「何でしょう?」


 「教皇聖下は、逝かれたのか?」

 流石、彼がもう助からないことは分かっているか。


 「恐らくはまだ、ですが、“悪魔公”が教皇を殺す。そして、その死体をリュティスまで掲げて持ち帰る。これは決定事項です。掲げる際には、聖戦旗と共に」


 「彼は悪人ではなかった。いや、究極的な善人であった。しかし、それは民のためにはならなかった。悲しいものだな」

 彼にも、やりきれない思いはあるのだろう。


 「彼の愛は、神の世界しか救いません。人間を救うことが出来なかったんです」


 「そうか」

 そうして、俺は彼と別れた。















 そして、ある部屋の前にたどり着く。


 ロマリア教皇、聖エイジス三十二世、ヴィットーリオ・セレヴァレの執務室。


 ここで彼はよく、街の子供達に文字と算学を教えているという。


 そして、その扉の前にはヴィンダールヴが立っていた。


 「教皇聖下とお話しがしたいのですが、取り次ぎをお願いできますか?」


 「いいえ、聖下は既にお休みになられています。お引き取り下さい」

 あくまで聖堂騎士らしく、優雅な礼で応えるヴィンダールヴ。


 「はて、国は消滅、街は大混乱、そして神は滅んだ。この状況で寝ているのですか、貴方の主は」

 「神は滅びません。人が神を信じる限り」

 それが答えか。


 「だが、滅びた。人が神を捨てることで」


 「そうさせたのはどこのどいつだ」

 敵意がむき出しにされる。


 「さあなあ、お前達じゃないか? 度重なる異端審問、高い寺院税、傲慢なる神官、驕り高ぶる聖堂騎士、決まり文句はいつもこう、“我等に逆らう者は異端とみなす”。これで不満が爆発しない方がどうかしてる」


 「聖下はそれを変えようとしておられた! どれだけ苦労なさったかお前は知っているのか!」


 「知っているとも、だがな、それが実を結ばねば意味がないのだ。為政者とはそういうものだ。民のことをまったく考えない者であっても、その政策が上手くいけば名君。どれほど民を慈しもうが、政策が失敗すれば暗君、戦争に失敗した教皇は暴君だな」


 「知ったような口を利くな! 聖地奪還の大義を知りもしない癖に!」


 「だから知っていると言っている。何せ、お前から散々聞かされたからな」

 そう、その口から。


 「何だと?」


 「なあ、不思議に思わなかったか? なぜ、我等ガリアはロマリアの動向を正確に察知できたのかを。確かに、ガリアの外務卿、イザークは優秀だ。ロマリアの高位聖職者達がどう考え、何をしようとしているかなど簡単に調べ上げる。だが、教皇はそうはいくまい。彼の考えを我等が正確に知ることが出来たのはなぜだ?」

 それを知っているのは限られた腹心くらい。しかし、それですら全てではない。


 「ま、まさか」


 「教皇が何もかも明かすとすれば、それはただ一人。自分の使い魔くらいだろう。何せ、使い魔とメイジは一心同体だからな。そして都合がいいことに、虚無の使い魔と主人の間に感覚共有を任意に発生させることは出来ない」

 故に、シェフィールドは魔法具を使って陛下と連絡をとっている。

 まあ、主人が危機に陥れば、使い魔はそれを察知することが出来るそうだが。


 「使い魔が危機に陥っても、主人がそれを察知することは出来ない。お前はガリアの修道院を不用意に渡り歩いた。あのセント・マルガリタ修道院に、俺が何の仕込みもしていなかったとでも思ったか?」

 例えばそう、ジョゼットという少女の服に、遅効性の睡眠薬を仕込んでおく。その少女を抱きしめた人間は、帰り道の途中で強力な睡魔に襲われる。など。


 「貴様!」


 「そして、面白い薬がある。ある記憶を任意に消すことが出来る薬だ。つまり、とっくの昔に拷問によって精神と記憶を破壊され、ある条件によってのみ、特定の場所にヴィンダールヴの能力を使って伝書フクロウを送り込むように仕組まれる。当然、内容は主についての全てを。そして、そうされた記憶を無くされているとしたら?」

 精神が破壊された記憶を奪われれば、一時的に元に戻る。裏の裏は表というわけだ。

 それこそが、俺達が教皇の考えを全て察知できた最大の理由。何もかもを知りつくす、最適のスパイがいたのだから。


 「ば、馬鹿な………」


 「そして、お前はもう用済みだ。消えろ」

 そして俺は呪いを発動させる。


 「“思い出せ、お前が誰かを”」


 「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 神の右手、ヴィンダールヴ。顔の無い神官、ジュリオ・チェザーレはここに終わった。









 俺は教皇の執務室の扉を開ける。


 「こんばんは、教皇聖下」


 「ええ、こんばんは、“悪魔公”殿」

 それでも、微笑みを絶やさない、“理想の教皇”がそこにいた。


 「貴方の理想は終わりだ。神の世界は滅びた」


 「そうですね、私は、神から託された使命を果たすことが出来なかった。教皇失格ですね。これでは」

 そう、彼にとっては、神から託され使命を果たせなかった。ただそれだけ。


 「全ては私の力が及ばなかった故。この上は、神の下に赴き、許しを請うしかないでしょう」

 この人は気付かない、そもそも、神だけを盲信したことが最大の過ちだったことを。

 神の為に生き、神の世界をこの世に具現させるだけの、顔の無い青年。それがこの人だ。

 それはとても純粋、だが、純粋であるからこそ、人と混じれない。

 この人に、どんな言葉をかけても無駄だ、鏡に何を言っても意味がないように。


 「教皇、貴方はここで死ね」

 俺は『毒錬金』を発動させる。


 そして、最後まで笑みを絶やさぬまま、教皇、聖エイジス三十二世は、“理想の教皇”として死んだ。


 「さて、これにて恐怖劇(グランギニョル)は終幕。いよいよ最終幕、茶番劇(バーレスク)に至る」

 古き偽りの神は滅び、その偶像は砕かれた。












 ガリア軍は宗教都市ロマリアを制圧。

 フェルディナン・レセップス大将。クロード・ストロース大将。アラン・ド・ラマルティーヌ大将はロマリアに残り、治安維持と秩序の回復に勤める。

 それには、アロンド・ピリッツィア・ベリー二卿が全面的に協力し、数日後に到着したロスタン軍務卿が総指揮にあたった。


 アドルフ・ティエール大将、アルフォンス・ドウコウ大将、エミール・オジエ大将は義勇軍を率いてガリアへ帰還し、諸侯軍は引き続きロマリアの各都市の治安維持を継続することとなる。


 そして、“悪魔公”、ハインツ・ギュスター・ヴァアンス公爵は、教皇、聖エイジス三十二世と、高位聖職者の死体を聖戦旗に掲げ、リュティスまで凱旋した。


 かつて、ヨルムンガントを打ち破った戦車に掲げられた、黒地に白抜きで聖具が描かれた聖戦旗は、血によって赤く染まっていた。



 ここに、ロマリア連合皇国は、完全に消滅したのである。









[10059] 終幕「神世界の終り」  第十二話 変動する時代
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/21 21:16
 ロマリア連合皇国は滅び、ロマリア宗教庁は消滅した。

 ガリアの国土は一気に増大し、人口も1800万近くに達した。

 当然、国際関係は大きく変化することとなり、5カ国で構成された王権同盟は、ロマリアがガリアに滅ぼされたことにより効力を失う。

 トリステイン、アルビオン、ゲルマニアの三国は、今や巨大な軍事力を持つ統一国家と化したガリアとどのような関係を築いていくか、選択を迫られることとなる。







第十二話    変動する時代






■■■   side:outある青年   ■■■


 僕は目を覚ました。


 見たことも無い場所だった。けど、僕はいったいなぜこんなところに?


 ベッドに寝かされていたようだけど、どうしてこうなっているのかがさっぱり分からない。


 「あら、目が覚めたようね」

 すると、とてもきれいな人が部屋に入ってきた。

 長くて蒼い髪を持つ、周りを華やかにさせるような、そんな笑顔をしていた。


 「貴女は?」


 「私はマルグリットといいます。そして、ここはヴァランス邸。私の妹の息子、つまり私の甥に当たる子の家ね」


 「マルグリットさん、ですか」

 聞いたことのない名前だ。


 「それで、貴方のお名前は、何て言うのかしら?」


 「僕は………」

 あれ、僕は誰だ?

 考える。いや、本来なら考えるまでもない、だって自分の名前だ。


 だけど、浮かんで来ない、それ以前に、僕についてのことが何も分からない。


 「分からないのかしら?」

 それでも、マルグリットさんは穏やかに尋ねてきた。


 「はい、どうやらそうみたいです。自分に関することなのに、全く思い出せません」

 そんな簡単に無くなってしまうほど、どうでもいいものだったのだろうか?


 「そう。だったら、自分にとって大切だと思えるもののことを、考えてみるとよいわ」


 「自分にとって大切なもの、ですか?」


 「ええ、私にも似たような経験があってね。その時私は、娘のことだけを考えていたの。娘が無事でありますように、娘が元気でありますように、他のことが何も考えられなくても、それだけはずっと残っていたのよ」

 娘………意外だ。もっと若そうに見えたけど。


 「どうかしたかしら?」


 「いえ、娘さんがいらっしゃるとは思わなかったもので。だって、とても若そうに見えましたから」

 
 「あら、でも娘はもう16になるのよ」


 「16ですか………」

 ということは、この人は最低でも32歳を超えているのか、僕より随分年上なんだな。


 ん、僕より年上?


 ということは。

 「僕は、多分若いです」


 「そう見えるわね、多分、20歳くらいじゃないかしら?」

 多分そんなものだろう。

 じゃあ、僕の母は…………



 記憶の片隅にある姿。

 とても優しい微笑み。

 そして、僕の名前を呼んでくれる。



 「リオ………、リオです、僕はリオです」


 「リオ? それが貴方の名前なのね」


 「はい、母がそう呼んでくれてました。母がリアで、僕はリオなんです」

 そう、確かにそうだ。


 『リオ、どうかしたの?』

 『リオ、ご飯が出来たわよ』

 『あらリオ、よく書けたわね』

 母は、僕をリオと呼んでくれていたはずだ。

 でも、父はいなかったはず。多分、病気か何かで亡くなったのだろう。父という言葉にとくに感慨は浮かばないから、僕が物心つく前に死んでしまったのだろう。


 「そう、貴方にとっては、大切なお母様なのね」


 「はい、自慢の母でした」

 …………でした?


 過去系ということは、それはつまり。


 記憶が、断続的に浮かんでくる。



 「貴方のお母様は、亡くなられたのかしら?」

 マルグリットさんが少し哀しげに聞いてくる。優しい人だ。


 「はい、そうです。でも、一人の少女を救って、亡くなったと聞いています。ですから、僕はそれを誇りに思います」

 そうだ。人の為に生きれる母だった。それは、とても素晴らしいことだと思う。


 「そう、素晴らしいお母様だったのね」


 「はい、よく言ってくれてました。『自分のためだけに生きるだけでは意味がない。誰かの為に生きれるようになりなさい』と」

 誰かの為に生きる。そう教えてくれた。


 「けど、逆のことも言えるわね」


 「逆、ですか?」


 「ええ、誰かの為に生きるだけでも意味はないわ。自分のためにも生きないと」

 それは、その通りだ。


 「そうですね、そこに僕の意思がなくては、何の意味もありませんね。僕が大切だと思える人のために生きないと」

 そうだ、僕は母が大事だから、その言葉を大事に思ってるんだ。


 だったら、僕は僕が大切だと思える人の為に生きないと。


 「でも、まずはしばらく休んだらどうかしら。ここがどこだか分かる?」


 「ヴァランス、ええっと…………ガリアの土地でしたか?」

 不思議なことに、自分以外のことに関する記憶はある。


 「そうよ、多分、貴方はロマリア人よね。この“聖戦”で生き倒れになっていたと聞いてるけど」

 それはまた、生きるか死ぬかだったんだなあ。


 「“聖戦”ですか、うーん…………記憶にありませんね」

 最近のことがよく分からない。


 「それなら、アルビオン戦役については分かるかしら?」


 「あ、はい、それなら分かります」

 半年くらい前の戦争だったはず。


 「じゃあ、自分の帰る場所は分かるかしら?」


 「帰る場所…………」

 それはつまり、自分の心の拠り所かな?


 「多分、なかったと思います。僕は、それを探していたんじゃないかと」

 帰るところを探すというのも変な話だけど、そんな気がする。


 「旅人だったのかしら、でもまあ、ここでしばらくゆっくりしていくといいわ。ここには色々な人達がいるから、誰も拒まれはしないわ」


 「色んな人達、ですか?」


 「ええ、人間だけじゃなく、ホビット、土小人、レプラコーンなどの人達も住んでるわ。それに、それよりもっと色んなお客様が訪ねてくるのよ」

 それは、何とも凄い所だな。


 「凄いところですね。でも、皆が仲良く暮らしていけるなんて、素晴らしい場所なんですね」

 世界が皆そんな感じだったら、きっと楽しいだろうな。


 「ええ、私もいいところだと思ってるわ。それで、どうかしら?」


 「それはありがたいんですけど、よろしいんですか?」

 あまり、迷惑はかけたくないけど。


 「ええ、その代り、子供達の世話を手伝ってもらえると助かるわ。ちょっと前にたくさんの子供達がきてね、皆元気一杯なのよ」


 子供の世話か。蘇ってくる記憶がある。


 「それなら大丈夫です。子供達に文字や算学を教えていた記憶があります。………そうなると、僕は孤児院の手伝いでもしていたんでしょうか?」

 なんか、そんなことをしていたような気がするな。


 「天職のような気もするわね、貴方、子供達に好かれそうな雰囲気を纏ってるもの」


 そんなものなのかな?


 「じゃあ、何か手伝えることはありますか?」


 「もう動く気なの?」

 ちょっとびっくりした表情になるマルグリットさん。


 「はい、じっとしていられない性分なんです。身体が動くなら、何か出来るはずですから」


 「あらあら、元気いっぱいなのね。じゃあ、お願いするわね。それに、貴方の他にももう一人行き倒れっぽい子が運びこまれてるわ」


 それで、僕はしばらくここで手伝うこととなった。














■■■   side:イザベラ   ■■■


 時は8月の第1週。

 現在私はヴェルサルテイルにいる。


 “聖戦”の発動はウルの月(5月)、ティワズの週(第4週)、イングの曜日。

 そして、“ラグナロク”によって“聖軍”が全滅したのがニューイの月(6月)の第2週。

 それから約1月でロマリア連合皇国は消滅し、2週間かけて全力で戦後処理にあたってきた。


 ちなみに、カルカソンヌで“悪魔公”と対立して以降は、公式の場で普通に仕事するようになった。


 とはいえ、このヴェルサルテイルはそんなに効率がいい建物じゃない。というより、無駄が多い。

 元々、私の曽祖父にあたる(ハインツの曽祖父でもある)ロベスピエール三世が、愛妾達のために作ったなんていう、曰くがある宮殿だし。

 だからまあ、仕事の効率だけで考えれば北花壇騎士団本部の方がいいんだけど、今の時期はこうするしかないのよね。


 「大体こんなとこか、これで、ロマリア遠征の後始末も終了と」

 だけど、そこに対立してるはずの“悪魔公”がいたりする。

 ちなみに、ハインツの方はスキルニルを代わりに置いてるみたい。立場が逆転したわね。


 「まったく、大変だったわよ。でもまあ、後はゆっくりやっていけばいいわ」

 ロマリアの都市は基本的には従来と変わらない。

 元々自治制度はあったんだから、そこにガリアの役人を派遣して、地元の議会と連携をとらせればいいだけ。

 以前はその役をロマリアの大司祭や司教なんかがやってたけど、そいつらにまともな政治感覚なんてあるわけがなく、各都市の現実的な政治家達からは嫌われていた。

 けど、宗教庁に逆らうわけにもいかないから、いいなりになるしかない。けど、外交戦略上では必ずしもその限りじゃない、というのがロマリア連合皇国だった。


 そういうわけで、ちょっと変えればガリアの都市とそんなに変わらない。

 ガリアもその都市の住民の代表でつくる議会と、王政府から派遣される太守や行政官によって都市は運営されている。


 ハインツの世界で言うなら、地方自治体に、中央の役人が派遣されている。といったところかしら。


 「まずは道路の整備が最優先か、都市と都市を繋ぐ道路が酷過ぎる。よく今までこれでやってきたな」

 駅馬車の数も少なかったし、危険も大きい。


 「そこはロアン国土卿の本領発揮ね。そういう工事をやらせたら右に出る者はいないわ。それに、労働力なら余ってるんだから、いくらでも可能だし」

 あれだけの難民を、働かせずに燻らせていたなんて、正気とは思えないわ。

 食糧の輸送体制は整ってるし。

 「確かにな、彼に任せれば問題ないか。治安維持の方はロスタン軍務卿がやってるし、ベリーニ卿の協力もある。ガリア本国はミュッセ保安卿に任せれば問題ない」

 現在ロマリアは一つの巨大な州になっているけど、まだ完全にガリアと区別されていないわけじゃないから、ガリアの24州とは少し別扱い。それに、アルビオン南部も領土になってるから、それと似たような扱い。

 ま、ガリアは周囲の国家を併合しながら大きくなった国家だから、そのうち馴染むでしょうけど。


 「情報網をイザークが既に構築してるのも大きいわね。あいつは外務卿だから、もうロマリア担当じゃないけど、残した成果は大きいわ」

 色々な布石は侵攻前から打たれていた。その後の統治がやりやすくなるように。


 「カルコピノ財務卿も大忙しだな、何せ新しい徴税システムをさっさと確立しないといけない。もっとも、今のロマリアからそんなに高い税金をとるわけにもいかないだろうな」


 「だから、新規開拓に参加してる者は、当分の間免税するわ。その辺の法の調整もジェディオン法務卿が進めてるし」

 ちゃんと法で保護しないと、植民地になりかねない。

 これからは法でしっかりと定める必要がある。為政者の意思で何もかも決めるのは、少々危険が大きいし。


 「そうか、ボートリュー学務卿やサルドゥー職務卿も忙しくなるな。新たな産業を起こすのは職務卿の管轄だし、学務卿にはロマリア各地にある神学校をうまくまとめて、平民用の学校に変革する大事業もあるしな」


 「皆大忙しね、そして、ロマリアに派遣する大量の官吏を統括する、ビアンシォッティ内務卿が一番大変ね」


 「いや、一番大変なのは彼ら九大卿をまとめるお前だろ」

 そういやそうね。


 「まあ、後は外国関係だな、王権同盟が破られたから、新たな条約を結ぶ必要がある」


 「トリステインとアルビオンは、イザークに任せれば問題ないわ。向こうは外交で済むから」

 それに、今のあの二国の状況じゃガリアに対抗できない。


 「後はゲルマ二アか、既にウィンドボナに6万近い軍勢が集結してるみたいだ。大義名分は、王権同盟を破って同盟国を併呑したガリアの専横を許さないとか、そんなとこか」


 「まあ、何にせよ、60万もの大軍を動員して“聖軍”を全滅させて、それからたった1月後に12万もの遠征軍を派遣して、あっさりとロマリアを滅ぼしたわけだからね。今度は自分達が狙われるんじゃないかと心配なんでしょ」

 だから、ゲルマニアは動いた。


 「やられる前にやれか。その考え方は好きだな」


 「確かに、分かりやすくていいわ。一戦で全部決める覚悟でしょうね」

 ゲルマニアらしいけど、自信と野心が混合したような国だから。


 「だが、チャンスでもあるからな。未だにロマリアには6万近い兵が駐屯してるわけだし。元貴族領に王軍は散らばってる。だから、今ゲルマニアが侵攻してきても、迎え撃てるのは少ないな」

 武器の性能は完全にこっちが上。

 魔銃や魔砲で武装した軍隊は、従来とは比較にならない攻撃力を持つから。


 「それに、空海軍の120隻も改装整備中だしね。実質動けるのは80隻だけ。確かに、今ならゲルマニアと互角の勝負になりそうね」

 ま、ヨルムンガントを動かせば、そもそも戦争にならないんだけど。

 あれは、あの青鬚が作り上げた“俺が考えた無敵の騎士人形”だし。とんでもない反則性能なのよアレは。


 「ま、そこは俺と陛下で何とかする。そのために“大花火”計画が進行中だからな」


 「青鬚の親衛隊とシェフィールドが進めてるあれか」

 盛大な茶番劇(バーレスク)にする予定。


 「最近は“知恵持つ種族の大同盟”の人達も参加してくれてる」


 「皆結構ノリノリねえ」

 ラグナロク発動以来、先住種族の対する偏見は薄れてきてる。

 何より、先住種族は税を取らない、この事実が大きいわ。

 自分達の生活に害を与えなければ、受け入れるのが民衆というもの。それに、公衆浴場とか、その他様々なところで彼らの技術が使用されていることも広まってるから、自分達の益になるという認識もある。


 要は、排斥するよりも互いに協力したほうが、生活が良くなるということを民が認識すればOK。

 別に先住種族の人達が、都市で暮らしたいと思ってるわけじゃないし、彼らの生活域を無用に侵さず、礼節を持ちながら付き合っていけばいいだけ。

 ま、たまには変わり者もいるでしょうけど、そこはケースバイケース。ジェディオン法務卿は色んな法を考える必要がある。

 特に、翼人の女性にはきれいな人が多いから、別に意味で心配だわ。

 シーリアみたいのだったら、ショートアッパーを喰らって返り討ちにされておしまいでしょうけど。大抵の翼人は穏やかだからナンパに弱そう。


 「じゃあ、ゲルマニア対策は任せたわ、こっちはガリアとロマリアに専念するから」


 「ああ、トリステイン、アルビオンはイザークに任せる。それ以前に、向こうから接触してくるだろ」

 まあ、彼女たちがいるわけだしね。


 「“栄光の英雄達”ね。そういえば、ロマリアで“ティファニア教”みたいのが出来そうよ」

 彼女の呼びかけは、神を失って心が彷徨ってた人々に希望の火を灯したみたいだから。


 「“ティファ二ア教”か、何とも平和そうな宗教だな」

 ま、何かに縋りたくなるのは当然なんでしょう。


 「だがまあ、ロマリア宗教庁は消滅したが、ブリミル教が無くなったわけじゃない。トリステイン宗教庁は普通にあるし、アルビオンも健在。ま、ここからがポイントなんだが」


 「そうね、“悪魔公”はブリミル教を根絶すべきだと主張。私は、排他的考えを改めれば、ブリミル教自体に害はない、人々の生活の規範として残すべきと主張。当然、政治とは切り離すけど」

 ここは重要。


 「政教分離だな。それさえ出来てれば宗教も悪いもんじゃない。というか良いのものだ。権力と結びつかない宗教は普通に人々の支えになるからな」


 「まあ、その辺の調整は長丁場になるわね」

 10年くらいはかかるでしょう。
 

 「そう考えると“ティファニア教”も結構良さそうだが。それや古いブリミル教、そして先住種族の精霊信仰。そういったたくさんの考えが合わさった、新しい宗教を作る人物がいるように思えるぞ」

 ああ、彼か。


 「あんたにしては意外だったわね、彼を生かすなんて」

 教皇聖エイジス三十二世は、“悪魔公”によって殺された。


 けど、その死体はこいつお得意の改造品。本人は信仰や虚無に関する記憶を無くしただけみたい。ついでにヴィンダールヴも。


 「ああ、あの人の本質は正、つまりは秩序を守り、維持する側だ。ラグナロク以前の世界、つまり、宗教庁の価値観を知らない状態で生きれば、新しい秩序を守ることに力を発揮してくれる。本人の意思がなくてもな。そういう稀有な人なんだよ」


 「そう聞くと、まさに聖人みたい」

 素晴らしい人間にしか聞こえないわ。


 「そう、聖人だ。あの人は根本を間違えなきゃ、世界をよりよいものに変えていける力を持ってる。“特性”と言った方がいいのかもしれないけどな。俺や陛下が力の大小に関わらず、秩序を壊すように、彼みたいのは、自分の力が及ぶ範囲で、秩序を守る。そして、彼は極大の正、つまり、ハルケギニア全体の秩序を守るくらいできるはず」


 「それが、過去の亡霊にとり憑かれると、ああなるのね」

 “聖戦”なんてものを起こし始める。

 「けど、それはそれとして、あんただったら罪に関する記憶を残してるかと思ったわ」

 けじめはつけそうだし。


 「普通ならそうなんだがな、あの人には罪の意識が必要ない」


 「それは、彼の意思がなかったからかしら?」

 あくまで“理想の教皇”がやったことで、そこに、ヴィットーリオ・セレヴァレの意思はなかったようなものだった。


 「いいや、それともちょっと違う。例えば、コルベールさんがいい例かな。コルベールさんは本来研究家タイプだ。けど、彼は今贖罪のために、人々の為に生きている。これは、彼が過去に犯した罪によるもの。それに準じた生き方だな」

 それが出来る人も案外少ないけど。


 「でも、あの人は違う。別に罪の意識なんかなくても、他人の為に生きる。まるで、贖罪のような人生だろう。彼にとってはそれが当たり前なんだろうな。俺が先天的な異常者なように、彼も逆のベクトルで異常者なんだろう」


 「確かに、人間の在り方とは少し違うわね」

 でも、こいつが普通に人間に混じって生きているように、共に生きれないわけじゃない。


 「俺の世界のキリストという聖人は、この世の全ての人間の罪を背負って死んだという。彼も似たようなものなのかもな。だから、彼に贖罪の念は必要ない。いや、逆効果になりかねない。彼は他の念に縛られるべきじゃない。自由な心を持ったまま、自分の目で世界を感じれば、自然にいい方向に世界を導いてくれるさ。それこそ、ティファニアのようにな」


 「彼は、今生まれたわけね。顔が無い青年は死んで。自分の足で歩いて、自分の目で世界を見る、一人の人間が生まれたわけか。随分な遠回りになったものね」


 「今はマルグリット様が一緒にいてくれている。でも、そのうち旅立つと思う。ちょっと寄って見に行こうとも思うけどな」

 じっとしてらんないのは、彼の性分なのかしら?


 「まあ、そこはあんたに任せるわ。こっちも忙しいし」

 しかし、それにしても。


 「今の時代は凄いわね」


 「歴史の進む速度のことか」


 「“聖戦”以来、どんどん加速してるわね。ロマリアが滅んだのに、それと並行するようにゲルマニアは動いていた。そして、それと並行しながら、“彼女達”も、トリステインで活動している。ハルケギニア中がお祭り騒ぎみたいよ」

 まるで、こいつの速度が溢れ出してるみたい。


 「何せ、6000年に一度のお祭りだからな。皆盛大にやりたいんだろ。そういう時代にはそういう人間が集まる。ウェールズ王も、アンリエッタ女王も、アルブレヒト三世も、新時代の担い手達だ」


 「面白くはなりそうね、活気があっていいことだわ」

 停滞をずっと続けてきた反動かしら。


 「そんじゃ、それをさらに加速させるために、俺は出陣するぜ」

 「少しは緩めなさい、あんたは」

 どこまでも暴走するから、それが少し心配。


 「いや、ここは走り抜けた方がいい。もうこれ以上走れないまで暴走すれば、お前と一緒に歩けるようになるさ」


 「まったく、前提条件が異常過ぎるわ」


 そして、ハインツは床の扉を開けて去って行く。

 当然ここも、本部直通。













■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は久しぶりにヴァランス本邸に戻った。

 とはいえ、カーセ、アンリ、ダイオンは現在ヴァランスの街や、その他の都市で活動中。


 要するに、留守をマルグリット様に押し付けてしまったのだが。


 「あらハインツ、お帰りなさい」


 「ただいまです、マルグリット様」

 彼女に任せれば安心なので、好意に甘えている。


 「シャルロットは元気ですよ」

 まずはそれを伝える。


 「知ってるわ、この前手紙が来たの。だけど、愛しの君とのキスした時の気持ちを書くなんて、あの子もやるわね」


 「あいつは意外とロマンチストですからね」

 そして、一途、もし才人が浮気なんかしても、どこまでも才人に尽くすだろう。

 それ故に、限界を超えると暴走しそうだが。

 ま、才人は浮気できる程器用じゃないが。


 「貴方も、イザベラと上手くいっているのかしら?」


 「はい、順調ですよ」


 「あの子達姉妹は幸せね、誰よりも自分のことを考えてくれる、素敵な男の子に出会えたんですから」

 そう言って微笑むマルグリット様は、まるで、過去の夢を見ているようだった。


 「貴女の夢だったのですか?」


 「ええ、家族仲良く。そして、あの子達が幸せに過ごせること。それだけが私の望みでした」

 だが、王族にはもっとも困難な夢だ。


 「これからはそれでいきましょう。もう、闇は必要ありません」


 「はい、夫もそう望んでいるでしょう」

 オルレアン公。今のガリアは、彼が願った姿に近づいているだろうか。


 「ところで、会っていきたい人物がいるんですが」


 「あの子達ね、片方は厩舎の方に、もう片方は子供達と一緒にいますよ」


 「ありがとうございます」


 俺は聞いた方向に駆けていく。










 「こらこら、そんなに慌てるな。ちゃんと皆の分はあるから。こらそこ、横入りしない」


 そこには、馬だけじゃなく、色んな生き物に囲まれて笑ってる少年がいた。


 「やあ、楽しそうだね」


 「うん、楽しいさ。ところで、君は誰だい?」


 「俺はハインツ。マルグリット様の甥に当たるな」

 これは誇れることだろう。

 陛下の甥にも当たるのは悲しいことだが。


 「へえ、確かに髪の色が同じだね。見る人が見れば、男に好かれそうだよ君」

 初対面の人間になんちゅうことを言う奴だ。


 「あいにくと、同性愛の趣味はないな」


 「それは結構、僕も御免だね」

 ま、特殊な趣味を持つ人間もこの世には多い。


 「で、そっちの名前は?」


 「僕はアルドという。もっとも、両親じゃなくて、孤児院の院長先生に付けられた名前だけど」

 アルド、それが彼の名前か。


 「いいんじゃないか、本人が気に入っていれば」


 「そりゃそうだ。はっはっは!」

 爽やかに笑うなあ。


 「ところで、君は動物と話せるのか?」


 「まあそうだけど、別に珍しくもないだろう」

 普通はそうじゃないが、ここならそうか。

 このヴァランス邸には“他者感応系”のルーンマスターが多くいる。

 ヴィンダールヴの力は、神から授かった偉大な力ではなく、皆と同じ力というわけだ。


 「“他者感応系”のルーン、だったかい。誰が開発したんだか知らないけど、便利なものだね」

 うん、あの青髭。


 「でもまあ、随分楽しそうだな」


 「ああ、色んな動物と話せるのは楽しいよ。それに、色んなことがわかる。誰が誰を好きだとか、そういったことが、動物は意外と耳がいいのさ」

 こういうところは、こいつの地だったのか。


 「まあそれはいいとして、リオさんはいるかい?」


 「ああ、あの人なら子供達と一緒にいるよ。何せ、あの人も子供みたいだからね」

 それは分かる。


 「でも、だからこそ慕われるんだろうね」


 「君も慕ってるのかい?」


 「男色の意味じゃないならそうだよ。以前ここのメイドさんが思いっきり誤解してくれてね」

 まあ、超美青年と、趙美少年のコンビだ。そういう妄想に走るのもいるだろう。


 「そうか、じゃあ会ってくるわ」


 「行ってらっしゃい。僕はこいつらと遊んでるよ」



 そして、もう一人の方に向かう。












 「あー! ハインツの兄ちゃんだ!」

 「久しぶり!」


 「おー! お前ら! 元気にしてたか!」

 ウェストウッド村の子供達は相変わらず元気だ。


 「元気元気!」

 「テファ姉ちゃんやマチルダ姉さんも元気!?」


 「ああ、元気もみたいだぞ、二人とも」


 うん、いい子達だ。

 そして、その向こうに、リオという青年がいた。


 「貴方が、ハインツ兄ちゃんですね。この子達がよく話していますよ」


 「初めまして、こいつらが世話になってるようで」

 俺は礼をする。


 「いえいえ、僕がやりたくてやってることですから」

 そう言って微笑むリオ。

 自然な笑みだ。教皇のような顔が無い微笑みじゃない。人間に対する笑みになっている。


 「とはいえ、こいつらの相手は大変でしょう」


 「まあ、元気一杯なのは確かですね。アルド君にもよく手伝ってもらってますよ」

 ああ、あいつも手伝ってたのか。


 「今は、字を教えてたんですか?」


 「ええ、僕はそういうことが得意なようなんですが、一つ、問題がありまして」

 問題?


 「問題とは?」


 「これです」

 そう言って彼はあるものを差し出す。


 『赤ずきん  (そして黒ずきんへ)』だった。


 「問題ありましたか?」


 「少々子供の教育によくないかと、狼と心を通わす少年の話はいいのですが………。アルド君がそのモデルになってくれたりもします」

 そういえば、能力は同じだな。


 「しかし、“闇の支配者”、黒ずきんのくだりは問題があります。特に、人間を解体し、その皮膚で服を作るあたりや、腸でネックレスを作るシーンは洒落になっていないかと。しかも、絵がやたらとリアルなんです」


 渾身の作品だったんだがな。



 「しかも、子供達がそれを楽しそうに読んでいるのが一番の問題です。なんとかしなければ…………」

 どうやら、使命感に燃えている模様。


 頑張れリオ! 子供達を悪魔の洗脳から救うのだ!


 いや、俺が悪魔なんだけど。


 「頑張ってください、あいつらの将来の為に」


 「はい、全力を尽くします」


 そんな感じで、俺は彼と別れ、ヴァランス邸を離れた。


 「近いうちにテファも連れてこれそうだし、説明しておいたほうがいいかな?」


 ≪そうしておけ、以前説明不足だったから、アドルフが暴走したのだから≫

 ランドローバルがツッこむ。確かにあれは失敗だったな。


 「しかし、いい人だよなあ。それが信仰に狂えばああなるのか」

 ≪ロマリア宗教庁は、本当に碌でもないものだったのだな≫


 良いところが一つもないという、素晴らしい機構だった。

 別に民の生活の規範になるためには、宗教庁も、寺院税も必要ないし。

 排他的なところを除けば、教義自体は無くす必要は無い。利用する権力者が居なくなれば、教義の改良に口を挟む輩も居ない。

 葬式やる際の費用や、結婚式の費用とかをやりくりするだけでも、結構生活できそうだしな。

 それに、神官が平民の数倍以上、豪華な生活をしてるというのが最大の問題だ。

 せめて平民と同じ水準で生活しろといいたい。


 ≪さて、いよいよ向かうのだな≫


 「ああ、ちょっとした寄り道だったからな。ゲルマニア軍はそろそろ全軍がウィンドボナに集結するはず。開戦は近い」

 だからこそ、この時期に彼と会わねば。


 ≪本当に、歴史が動いているな。ガリアが変わると同時に、ゲルマニアも動いている≫


 「ついでに、トリステインやアルビオンもな。トリスタニア支部の話だと、“博識”殿は大活躍中らしい。それに、“白髪の賢者”殿もな」

 ルイズとマザリーニ枢機卿のコンビネーション。

 うむ、凶悪だ。


 ≪主殿と同じことをトリステインでやるわけか≫


 「ま、方法はトリステイン方式だろうけどな、流石に火あぶり、串刺し、虫蔵の刑、はトリステインじゃまずい」


 ≪ガリアでもまずいとは思うが≫

 それもそうか。


 「ま、あいつらの活躍に期待しよう」


 ≪最近、他人任せになってきたな≫


 「その方がいいんだよ。俺の担当はあくまでガリアだからな」


 そして、俺達は向かう。


 ゲルマニアへと。






[10059] 終幕「神世界の終り」  第十三話 終戦の大花火
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/21 21:16
 ロマリアを併呑したガリアに対し、ゲルマニアは宣戦布告、大軍をガリアに送り込んだ。

 一見無謀なようにも見えるこの侵攻は、戦略的には最高に近い一手であった。

 今のガリアと、これまでとは異なる新たな条約を結ぶことは必須であり、その条件を出来る限り良いものにする為に、持てる軍事力を最大限に利用することは基本であり、同時に最も困難なことでもある。

 しかし、ゲルマニア皇帝はその賭けに踏み切り、国運をかけた作戦を展開。

 ガリア王もまたそれに応じたのであった。





第十三話    終戦の大花火






■■■   side:カステルモール   ■■■


 我々は現在、ウェリン地方の北方に広がる広大な大森林シュヴァルツヴァルト。ゲルマ二アとの国境であるその森のやや北に展開している。
 
 兵力は3万。

 ロマリアに6万が駐屯中であり、ガリア全体に王軍が散らばっているため。兵力はその程度となった。


 「しかし、これもまた、歴史上類を見ない展開ですかね」

 率いているのは私を含めた例の3人。

 東薔薇花壇騎士団団長のバッソ・カステルモール。

 南薔薇花壇騎士団団長のヴァルター・ゲルリッツ。

 西百合花壇騎士団団長のディルク・アヒレス。

 この3人が1万ずつ率いている。

 しかし、今回はジョゼフ陛下が出陣しており、王が最高司令官となっている。


 ガリア王が直々に出陣し、先頭に立って戦うのは何百年ぶりなのだろうか。


 「いや、昔はこういうのもあったはずだぜ、王同士の一騎打ちで片を付けるとかな」

 意外と歴史などに詳しいアヒレス殿が答えてくれた。


 「まあ、今回は一騎打ちはないが、それでも珍しいな、王と皇帝がそれぞれの軍勢を率い、真っ向からぶつかることは」

 ゲルリッツ殿もそういった経験はないらしい。まあ、当然か。


 「それにしても、ゲルマニアも思い切った作戦を展開したものですね」


 「分かりやすくていいけどな」


 「両国の民に負担と犠牲が出ない、いい方法ではあるな」


 ゲルマニア軍は8万の陸軍と、70隻の戦列艦で帝政ゲルマニア首都ヴィンドボナを出立した。

 しかし、ガリア国内には侵入せず、国境に部隊を展開、そして、ガリア王ジョゼフに書簡を送った。


 『お前が臆病者でないならば、王自ら出陣し、我等と雌雄を決すべし。もし断れば、末代まで臆病者として語り継がれよう』


 といった内容のものだったそうだ。


 古典的だが、効果的でもありそうだ。

 そして、陛下はあえてその誘いに乗り、3万の兵と80隻の戦列艦を率いて出陣、ここで、ゲルマニア軍と対峙した。


 「長期戦となればゲルマニアに勝ち目はない。そもそも総兵力と国力に差があるからな。ならば狙うは短期決戦。しかし、リュティスに攻め込むのは危険が大きい上、ガリアの民の反発を買う。ゲルマニアの戦略目標は、対等以上の条件で平和条約を結ぶことにあるだろうからな」


 「そうなると、王を前戦に引きすり出しての正面決戦が一番いいわけだ。どっちの民にも被害は出ない、正々堂々一発勝負。分かりやすいことこの上ないな」

 確かに、ゲルリッツ殿やアヒレス殿の言う通りなのだが。


 「これが、全て狂言なのですよね」

 真相を知らされてる身としては複雑だ。


 「まあな、何しろ、茶番劇(バーレスク)だそうだからな」

 「しっかしあいつも、よくまあこんなことばっか思いつくもんだ」

 ハインツ殿くらいだろう。こういうことを考え付くのは。


 「既にゲルマニア皇帝とは接触済みであり、講和条件も秘密裏に整えてあるとか」


 「ついでに通商条約もらしいな、対等な条件での交流を行い、互いに発展していこうというものだそうだ。ガリアは魔法技術、ゲルマニアは冶金技術などを提供し合うわけだ」

 冶金技術ならばゲルマニアはガリアの上を行く。

 こと、技術においてガリアを上回るのは、ゲルマニアの冶金技術と、アルビオンの航空技術。

 後者は両用艦隊には取り入れられているが、民間レベルではまだまだ及ばない。

 何しろ、向こうはそれがなくては国の物流が止まってしまうからな。


 「全部もう話は済んでるわけだ。だが、トップだけが話し合っても民が納得しねえ場合もある。だから、分かりやすくこうしたわけだ」

 確かに、分かりやすいほうがいいだろう。


 「各国の産業の特徴や、足りないものを全て把握している平民などいないからな。もしいたら、今頃ハインツにスカウトされて、九大卿の補佐官でもやってるだろう」


 「それもそうですね」

 平民にしておくにはもったいなさすぎる。


 「しかも、空に浮いてる80隻も張りぼてなんだろ?」


 「信じ難いことだがそうらしいな。何でも、集めた民間船に偽装を施したとか」


 「例の『幻影』を発生させる装置でしたか。もっとも、大砲だけのようですが」

 それでも十分だろう。

 ガレオン船に大砲をつければ戦列艦の出来上がり、のようなものだからな。

 まあ、そんなことを空海軍に言ったら、張っ倒されそうだが。


 「後は、“大花火”を打ち上げるだけと。ま、楽しみにしてようぜ」


 「そうだな、今回は整列する以外にやることがないからな」


 「死人が出ないに越したことはありませんしね」


 そんなこんなで、我々はのんびりと“大花火”を待っていた。


 当然、一般の兵士はそんなこと知らない。

 上空の艦隊がガーゴイルで動く無人艦隊ということは、知らされているが。







■■■   side:ハインツ   ■■■


 「シェフィールドさん、俺には今、もの凄い疑問があるんです」


 「あら、何かしら、ハインツ?」


 俺達は今、ガリア軍上空の艦隊にいる。

 しかし、ここにいる人間は俺とシェフィールドのみで、艦は全てガーゴイルが動かしている。

 合計80隻の艦隊を空に浮かべる為に、各艦につきおよそ100、つまり、8000ものガーゴイルを動員しているわけだ。

 当然、全部燃え尽きることになるが、もともとその予定だったから安価な旧型にしたのである。

 そして、俺達がいるのはガーゴイルの司令船である『スルト』。

 この船がある限り、それぞれのガーゴイルは艦隊を整列させるために、水兵のように働くことができる。


 陛下からの合図があり次第、特大の「火石」を爆発させる手筈になっている。

 その大きさは直径20サント。

 ビダーシャルさん渾身の作品である。

 だが。


 「何で俺はここにいるんでしょうか?」


 「当然、『スルト』の機能でガーゴイルを操作するためよ」

 しかし、俺がやらずとも『スルト』があれば、それほど苦労無く、ミョズニト二ルンの彼女なら指令を出せるはず。

 確かに彼女には「火石」を起動させる役目があるが。十分一人で両方出来る筈だ。

 しかも、起動後はすぐに『ゲート』で退避する必要があるので、いつ爆発するか分かっている彼女はともかく、他の人間は逃げ遅れる可能性がある。

 早い話が俺だ。


 「あの、タイミングを間違えると俺が死ぬんですけど」


 「構わないわ」


 「そこは構ってください! 何でなんの意味もなく、死ぬリスクだけを負わされなきゃいけないんですか!」


 「意味ならあるわ」

 何かあったか?


 「何でしょう?」


 「私の疲労が少しだけ軽減されるわ」

 正気かこの糞アマ。


 「殺すわよ?」


 「お願いです。心を読まないで下さい」

 8000ものガーゴイルに襲いかかられたら命はない。


 「旦那様がおっしゃったのよ。『ミューズ、あまり無理をするな、無理はハインツにさせろ』って」

 うーむ、あの悪魔なら言いかねん。


 「それに、今の貴方なら、別に大したことじゃないでしょ?」


 確かに、今の俺なら。
 
 「そうですね、8000のガーゴイルを操作するくらいなら、造作もありませんか」

 当然『スルト』があってこその話だが。


 「ルーンいらずね、元々ガーゴイルを操るのはメイジだったけど。今の貴方はミョズニト二ルンに匹敵する」


 「まあ、舞台劇が最後に差し掛かったことに対する、おまけみたいなもんですかね」

 ずるみたいなものだ。


 「『ゲート』に飛び込むタイミングはこっちから指示するわ。陛下から“レーヴァテイン”が来たら起動させるから」


 「了解です」

 今回陛下が持つ“レーヴァテイン”には「火石」は埋まっていない。


 それはただの合図で、実際に爆発させるのはこちらの方。


 それには、もう一つの理由がある。


 ただ「火石」を爆発させると、球状に広がってしまう。

 しかし、大きさが直径20リーグに達するので、上空で爆発させても、両軍を巻き込んでしまう。

 なので、改良を加え、爆発が広がる方向を限定する必要があり。そのための装置が『スルト』の「火石」には備わっている。


 だから、この「火石」は20サントの本体以外に、1メイル四方近いスペースを必要とし、でっかい起爆装置みたいな感じになっている。

 これを作るためにビダーシャルさんは相当の苦労をしたが、元々「火」の扱いに特化しているわけではなかったビダーシャルさんでは、どうしても無理な部分があり、はるばる“エンリス”のエルネスタさんに協力を依頼したらしい。


 つまり、この「火石」はビダーシャル・エルネスタ共同製作の逸品なのだ。


 エルネスタさん曰く。

 『“古の竜”が吐くブレスもこんな感じよ』だそうだ。
 
 どうやら「火石」並みの熱量を、指向性を乗せて放つらしい。

 フェンリルの圧縮炎弾とすら比較にならない威力だ。よくそんな怪物に勝ったなあ。



 「いよいよ、“大花火”が上がるわね」


 「準備にどれだけ苦労しても、一瞬で終わるからこその“花火”ですもんね」

 俺達はただ合図を待つ。














■■■   side:アルブレヒト三世   ■■■


 俺とジョゼフは互いに軍より離れ、一騎で対峙している。


 軍を背中に負っての王と皇帝による対峙か、舞台劇の中でしかありえんような展開だ。

 いや、今やこのハルケギニアそのものが、巨大な舞台劇と化している。

 そのように脚本した悪魔が目の前におり、それを実行した悪魔が上空にいる。


 いやいや、何とも滑稽な茶番劇(バーレスク)だな。


 「久しぶりだなアルブレヒト。諸国会議以来ではないか」


 「確かに、よもやこのような形で再会するとは、世の中わからんものだ」


 俺は火竜に跨り、奴もまた火竜に跨っている。

 互いに炎のブレスを打ち合えば、一瞬で燃え尽きるだろう。

 そして、互いの声も大きく響いている。『拡声』を付与したマジックアイテムによるものだ。


 これを提供したのもあの小僧なのだから、まさに笑い話だ。






 ≪回想≫



 「それでは陛下、明日はいよいよ出陣でございます。お体にはお気をつけて」


 「まだ心配される程、俺は年老いてはおらん」


 「左様でございますな」

 そして、宰相のジギスムントは退出していった。


 「いよいよ出陣か」

 このヴィンドボナの集った兵力は8万。さらに、空軍が70隻。


 ゲルマニアの歴史において、これほどの大部隊が遠征することはこれまでになかった。

 これも、皇帝の権限が強大化していることを示している。


 「しかし、まともにぶつかっては、今のガリアに勝ち目はない」

 我がゲルマニアの人口は約1000万。

 対するガリアの人口は約1800万。

 ロマリアを併呑したのはつい最近だが、その国威は留まることをしらない。


 「何でも、60万もの義勇軍を動員し、“聖軍”を一瞬で滅ぼしたのだからな。エルフですらそこまでは出来んだろう」

 しかも、エルフに限らず、あらゆる先住種族がガリアに協力したという。

 ロマリア宗教庁が“聖敵”としたのも頷けるが、圧倒的兵力差で蹂躙されただけでは、ただの間抜けだ。


 「まあ、あんなものに、元々存在する価値などなかったということだな」

 このゲルマニアは“聖戦”に反対した貴族と平民達が作り上げた国。

 割合は圧倒的に平民が多かったため、メイジの人口比率は各国で最も少ない。

 しかし、それ故に魔法に頼らぬ冶金技術などが発達している。ロマリア宗教庁は魔法に頼らぬ技術を異端としてきたので我がゲルマニアとはほとんど繋がりが無かった。


 「にもかかわらず、寺院税だけは取ろうというのだから、どこまで傲慢なのか」

 しかし、民の生活の一部になっている魔法を完全に否定することも出来ず、他国に比べれば割合は劣るものの、このゲルマニアからも宗教庁へ寺院税は送られていた。


 だが、“聖戦”の失敗と宗教庁の消滅によってその必要もなくなった。ゲルマニアにとってはいいことだ。


 「後は、ガリアと対等な条約さえ結べれば良い。そもそも、向こうにこちらに侵略する意志などあるまい」

 それが分からず、ガリアの攻め込むべきだというものが大半だったが。


 「流石は皇帝陛下。よくぞお見抜きになられました」

 そこに、予想通りの人物が現れた。


 「やはり来たか小僧。お前はどこにでも現れるな」


 「貴方こそ、まったく驚きになられないのですね」

 そこには、ハインツ・ギュスター・ヴァランス。“悪魔公”と渾名されるジョゼフの懐刀がいた。


 「当然だ、予想していた者が来たというのに、何を驚くことがある?」


 「俺が、貴方を暗殺しに来たとすれば?」

 ほう、そう切り返すか。


 「愚問だな、そうであれば俺はとっくに毒殺されていよう」

 「まあ、確かにそうですね。俺の異名を知ってましたか」


 「“悪魔公”、“闇の処刑人”、“暗殺”、“粛清”、そして“毒殺”。よくまあこれほど物騒な渾名ばかりついたものだ。それに、最近になって“串刺し公”、“虐殺の君”、“神殺し”なども追加されたらしいな」

 危険人物以外に想像しようがない渾名ばかりだ。


 「俺も有名になったものですね」


 「そして、お前達にとってはここで俺が死んでは都合が悪いのだろう?」


 「そこまで見抜かれてますか」

 微笑みながら返す小僧。


 「暗殺を防ぐ最も効果的な方法は、警備体制を強化することではない。現に、お前のようにあっさりと突破してくる者もいる。故に、政略的な手法によって、俺が死ぬことで相手に害のみが発生する状況を作り出す。まあ、馬鹿相手には通用せんがな」


 「確かに、それすら分からない馬鹿が暴走することがある。俺にも苦い経験がありますよ」

 どうやら、誰しも似たような経験はあるようだな。俺もそうだった。


 「では、我々が貴方に死んでもらいたくない理由。いえ、貴方を殺せない理由とは?」


 「お前達の目的は、ハルケギニアを統一することなどではなく、この世界を新しいものに変えることだろう。だからこそ、あそこまで回りくどい方法でロマリア宗教庁を滅ぼした。そうでもなければ、教皇を殺せば済むことだ」


 「なるほど」


 「暗殺では歴史は前に進まん。俺の代わりが出来るまで、ゲルマニアは分裂するだけだからな。そこをガリアが併呑したところで、同じことだ。民は納得せず、反乱を繰り返し、やがてはガリアそのものが分裂する。結局、同じ歴史を繰り返すわけだ」

 その程度、為政者ならば誰でも分かるだろう。あの枢機卿などもな。

 アルビオンの小僧とて油断はならん。一度全てを失ったことで、一皮剥けたようだからな。

 そして、成長したというならば、あの小娘。あの変わりようには一番驚いた。


 「流石、貴方も時代の寵児ですね。もし俺がゲルマニアに生まれていれば、その下で働いていたでしょう」


 「ふむ、それは面白そうだな。貴族共を監視する必要がなくなるな」

 粛清をやらせれば、こいつ程使えるものもおるまい。ジョゼフはいい部下を持っている。


 「では、俺の用件を伝えさせていただきたい」


 「構わん、言え」


 「簡単に言えば、このハルケギニアを舞台とした。盛大な茶番劇(バーレスク)に招待したいのです」


 そして、道化が語り出す。












 「くくくくく、面白い、実に面白いな、そんなことをお前達はやるつもりか」


 「はい、そのために準備を進めて来ましたから」


 なるほど、合点がいった。


 「共和制、ガリアをそこにもっていくか」


 「ええ、ついでに言えば、トリステインとアルビオンは近いうちに一つの国家となるでしょう。そうでもなければガリアとゲルマニアに対抗出来ません」


 まあ、そうだろうな。


 「つまりは、王制を敷く国家もまた一つに纏まるわけだ。国名がどうなるのかは知っているのか?」


 「枢機卿の案では、“ラグドリアン王国”とする予定だとか。古来より連合国は、その調印式が行われた場所の名前をとることが多いです。ロマリアもそうでありました」

 なるほど、誓約の水精霊に誓うわけか。確かに、調印式の場としてそこ以上はないな。


 「トリステインとアルビオンは一つとなり、ラグドリアン王国となる。既にロマリアがガリアに併呑された今、国家は3つとなるわけか」


 「王制ラグドリアン、帝政ゲルマニア、共和制ガリア。この3つが異なる統治体制を取りながら、互いに排斥するのではなく、手を取り合いながら共に発展していく世界をつくること。これが我々の計画、“ラグナロク”です」


 力関係は、3すくみか。


 「人口は350万、1000万、1800万。比率は11:32:57となる。しかし、ガリアの数はロマリアの民も含めたもの、しばらくは数えられんか」


 「ええ、それに、共和制が完成すれば、ガリアは他国への戦争は起こしにくくなります。戦争をやりやすいのは帝政ゲルマニアとなりましょう。それに、アルビオンの飛び地も面倒なので売る予定なので」

 賢明な判断だな。


 「残したところで将来の災いとしかなりえんことは、分かりきっているな。それで、その三国体制が安定する頃には、3すくみとなっているわけか」


 「400万、1200万、1800万という感じが理想ですか。12:35:53となり、大体いい感じになりそうですから」


 「あえて統一せずに、異なる価値観を残すか」


 「ええ、その方が面白い」

 実に分かりやすい理由だな。


 「統一は危険も伴う。一たび暴走した際、止める者がいなくなるからな」


 「ええ、それに、“ネフテス”や“エンリス”、さらには東方(ロバ=アル=カリイエ)とも交流していく予定です。世界は大きく広がります」


 「ははは、やがては、それら全てを征服しようとする馬鹿も現れるかもしれんな」


 「それもまた面白そうですね」

 可能性に満ちた世界というわけか。


 「面白い、ゲルマニアとしては拒む理由がないな。我々は変革を好む。ハルケギニアに留まらず、東の果てまで交易路を開拓しようとする者達はいくらでも出るだろう」


 「その辺の冒険心にかけてはゲルマニアが随一ですからね。そういった特色を持ったまま。色んな国家や種族が交流できれば、世界はもっと面白くなる。ぶっちゃけ、人間だけじゃつまらない」


 「ははははは! それが本音か!」


 「ま、これには個人的な理由もあるんですけどね」


 まったく、面白い小僧だ。

そのためにロマリア宗教庁を滅ぼしたか。


 「だが、聞きたいことがある」


 「何でしょう?」


 「ガリアは共和制に移行するという。だがそれ以前にロマリア宗教庁を滅ぼした。この二つを実現する上で、都合がいい組織があったな。“聖地奪還”を旗印に、ハルケギニアに戦いを挑み、さらには共和制を実現した一人の男がいた。その男はアルビオン訛りではなく、共通語に近い、つまりはガリア語を話していたと」

 つまり、その正体は。


 「ゲイルノート・ガスパール、俺の名前の一つでしたね」

 やはりそうか。


 「全ては舞台劇、そういうことか」


 「ええ、脚本はガリア王陛下ですが」

 奴か。恐ろしい男だ。


 「よかろう、お前達の茶番劇(バーレスク)とやらに、ゲルマニアは全面的に協力する」


 「ありがとうございます」


 「だが、一つ条件がある」

 これははずせんな。


 「なんなりと」


 「お前たちが進めてきた舞台劇、その内容を教えろ、興味がある」

 実に面白そうな話ではないか。それに、部分部分しか知らんというのは性に合わん。


 「いいですけど、朝までには終わりませんよ?」


 「構わん。どうせ明日には出陣だ、行軍の途中の暇つぶしには丁度いい」


 「分かりました。ですが、俺も結構忙しいので、『遍在(ユビキタス)』に任せましょう」


 小僧の分身が出来あがる。こやつ、杖も持たずに唱えたな。


 「お前は「風のスクウェア」だったか」


 「いいえ、本来なら「水のスクウェア」ですが、ある理由がありまして」

 ほう。


 「その辺も聞かせろ」


 「構いません」



 そして、長い舞台劇の舞台裏が語られた。







≪回想終了≫




 「しかし、皇帝よ、我等が争う理由はあるまい。ここは平和的に、話し合いで解決しようではないか」


 「そうしたいのは山々だがな、俺が率いる者達は血の気が多い、今ここでガリア軍を倒せればゲルマニアの勝利だと信じているのだ」

 これは事実だ。


 「ふむ、それはこちらも大差ない、ここで皇帝を倒せれば、ガリアの脅威はなくなると信じている奴らが多い」

 奴もおどけて答える。


 「そうか、どっちもどっちというわけだな」


 「故に、対等な条件で話し合いが出来るのだ」

 確かに、それは言えているな。


 「だが、どうやってだ?」


 「終戦の花火を打ち上げよう。きれいな花火でも見れば、互いの心も穏やかになる。争いを続ける気にはなれんさ」

 そして、ジョゼフは剣を取り出す。


 「ほう、面白いな、見せてもらおうか」


 「うむ、両軍の者ら! よく見るがよい! これこそが、戦の終わりを示す“大花火”である!!」


 そして、剣が凄まじい光を放つ。


 同時に、ジョゼフが空中にその剣を投擲する。


 剣は輝きながら旗艦と思われる巨大な艦に向かって行く。


 そして。




 極大の火炎が出現し、ガリアの艦隊を一瞬で焼き尽くした。










■■■   side:シェフィールド   ■■■


 「危なかったあー」


 「よく生きてたわね」

 作戦は大成功、『幻影』を発生させる装置によって戦艦に偽装していたガレオン船は悉く燃え尽きた。


 当然、内部にいた8000ものガーゴイルも。


 「『遍在』を使ってなかったら死んでました。ぎりぎりだったじゃないですか」


 「仕方ないでしょ。爆発に指向性を与えるために、時限装置になってる部分を犠牲にしたんだから」


 「そういうことは先に言って下さい、“レーヴァテイン”のつもりで考えてましたよ俺」


 そういえば言ってなかった。


 「それよりも、講和はまとまりそうね」


 「簡単に流さないでください」


 「どうでもいいわ、失敗しても死ぬのは貴方一人だけだったし」


 「俺の命って、何なんですかね?」


 「陛下のおもちゃよ」


 「最悪だ!」


 「うるわいわね、聞こえないでしょ」

 私は“ニンジャ”を起動させて、陛下と皇帝の会話を記録している。

 新たに開発した“テープレコーダー”も搭載してあるわ。


 『おお、見事な花火だ。確かに、これなら戦う気持ちもなくなろう』


 『そうだろう、それでは、講和会議といこうか』


 そして二人は両軍が呆然と見守る中、講和会議を始める。


 「流石は私の旦那様だわ」


 「そこは陛下と言いましょうよ」

 ハインツは徹底的に無視することにした。












■■■   side:才人   ■■■

 時はちょっと遡る。



 俺達がトリステインに帰ってきて二週間、何かこう、忙しかった。


 学院に帰るなり、王宮で俺達は表彰されることになった。


 ギーシュとマリコルヌは“シュヴァリエ”に。その他の隊員も『白毛精霊勲章』を授与した。


 ルイズとテファはトリステイン宗教庁から、“聖女”の称号を贈られた。当然、その頂点はマザリーニさんだ。

 何でも、この方が都合がいいとかでルイズと相談して決めたらしい。

 けど、テファはともかく、ルイズに“聖女”は絶対に似合わない。

 “戦乙女”か“魔女”にしておけよ。


 で、ゲルマニア人のキュルケと、ガリア人のシャルロットには何もなし。

 モンモランシーは王政府から大金をせしめていた。すげえ。


 教師のコルベール先生と、学院秘書のマチルダさんも礼金だけはもらったらしい。


 で、なぜか俺が。


 「トリスタニア防衛軍司令官、どういうこった?」


 「要は、トリスタニアの治安を守る部隊の司令官ということよ」

 ルイズが答えた。


 「だから、あんたは水精霊騎士隊の副隊長じゃなくなるわ。代わりに、水精霊騎士隊を有事の際に指揮下におくことができるけど」


 「それって、とんでもない特権じゃないのか?」

 一人の平民に与えるものじゃないと思う。いや、“シュヴァリエ”だけどさ。


 「そうよ、銃士隊 やマンティコア隊、それに衛士も同じくね、つまり、王宮を守る総責任者とも言えるわね」


 「そんなのがのんびり魔法学院にいていいのか?」

 今は7月だから、ちょうど夏期休暇の真っ最中。

 8月の終わりまでこの休暇は続くからな。

ま、だから叙勲が王宮で行われたんだけど。


 「とはいっても、固有の部隊をもってるわけでもなし。要は名誉職みたいなもんなのよ。これまでは退役した高級軍人とかに与えられてきた役職だから。元帥は終身制だから問題ないけど、そこまで後一歩だった人とかはこの職に就いてきたのよ。で、文官の名誉職は魔法学院長ね。違うのは、いざという時の実権があることね」


 「もの凄い嫉妬を受けそうなんだが」


 「当然よ、その為の餌なんだから。まあ、嫉妬さえ受けれればよかったから、土地持ちの封建貴族にしてもよかたんだけど、流石に領民を放っておくわけにもいかないから、法衣貴族の上級職にしたわけね」

 囮かよ。


 「それは、誰に対する?」


 「トリステインを腐らせてる害虫よ。私達がこの国にいれる時間も少ないし、それまでに出来る限りのことはしないと」

 そういやそうだったけ。


 「ガリアに行くんだったか?」


 「ええ、そうなるわね。何しろガリア領のロマリア州で絶大な人気がある、“蒼翼勇者隊”や“水精霊騎士隊”をガリアが放っておくわけないわ。それに、これはチャンスでもあるしね」


 「例の、人材の有用性を見せつけるって奴か」

 それがトリステインの在り方だったとかどうとか。


 「そうよ、アルビオンとの連合王国、“ラグドリアン王国”、が出来るのはもう少し先の話だから。それまでにトリステインの有用性を示さないと。イザベラや九大卿が理解していても、中堅の官吏達も理解できるくらいじゃないと意味無いわ」

 そこまで考えてロマリアで活動してたのか。


 「それに、そういった国際情勢が全くわかってない連中は、私達を厄病神だと考えてるわ。ロマリアに協力したから、それを理由にガリアがトリステインに攻めてくるんじゃないかって」


 「よくそこまで無能になれるな」

 少し考えれば、それがありえないことくらい、わかりそうだけど。


 「仕方ないわよ、いい? このトリステインじゃ、生まれてから一度も自分の領地に行ったことのない貴族すらいるの。領地の経営何かほったらかしで、トリスタニアに居座って、宮廷政治に夢中になっている貴族は山ほどいるわ。代官さえ置いておけば、後は年収だけが転がり込んでくるの」


 それって、最悪じゃねえのか?

 「なあ、それまじか?」

 「まじよ、そんな環境で育った子供が、まともに育つと思う? 領地のことなんか一切知らず、トリスタニアで優雅な生活をして、宮廷政治のことや豪華な食べ物や服や宝石の話ばっかりしてる。ついでに女とか。その癖、自分達こそが伝統あるトリステインを支えてると信じてるのよ」


 「なんつうか、ロマリアと大差ねえな」

 聖堂騎士と同じだあ。


 「ロマリアのベリーニ卿を覚えてるでしょ。彼とマザリーニ枢機卿は若い頃同期というか、友人だったそうよ。でも、紆余曲折があってマザリーニ枢機卿はトリステインの宰相になったけど、そこでも狂信者もどきの相手をする羽目になったのよ」


 「すげえ苦労人だな」


 「だから40代で髪が全部白くなるのよ、だからせめて、そいつらを排除する手伝いくらいはしないと」

 ま、確かにそれくらいはしないとな。


 「しかし、戦争が終わったら終わったで大変だな」


 「まあね、戦争中は敵がはっきりしてるけど、平和な時は誰が敵か分からない。なんていうのが定説ね」


 ん、ということは。


 「お前にとっては違うのか?」


 「当然よ、私は“博識”のルイズ。とんでもない怪物と戦う戦場よりも、こういう権謀術策が入り乱れる宮廷こそが、私の真価を発揮する場所なのよ」

 なんつう真価を発揮する場所だ。

 つーか、あのフェンリルとの戦いが本領じゃないってのが信じられねえ。


 「だから、既にマザリーニ枢機卿とは“デンワ”で連絡できるし。北花壇騎士団のトリスアニア支部と、枢機卿の情報網を融合させて、ある地下組織を編成してあるわ。“水底の魔性”、男を誘惑して引きずりこむ怪物の名を冠してるわ」

 いつの間にそんなことを。


 「一体どうやったんだ?」


 「あのね、帰って来てから二週間もあったのよ、確かに、“慈愛の聖女”、“銀の腕の戦乙女”、“イーヴァルディの勇者”の三人と水精霊騎士隊は動けなかったわ。けど、タバサ、キュルケは動けたし、何よりフェンサーのマチルダが自由に動けた。コルベール先生もアニエス隊長と協力して動いてたしね。そして何よりモンモランシー、彼女は私の代行として働いてくれたわ。当然報酬は払ったけど」

 皆動いてたのか。


 「なんで俺は知らされなかったんだ?」


 「あんたが囮だからよ。いい、今トリステイン貴族の目はあんたに集中してる。逆に言えばそれしか見えてない。罠を張るには絶好の機会なのよ、その為にあんたをトリスタニア防衛軍司令官にしたんだから。そのあんたが普通に過ごしていれば、その分だけ他の皆が自由に動けたのよ」


 そこまで考えてたのか、相変わらずとんでもない頭だ。


 「そういうわけで、ここからは狩りの時間よ。ゲルマニアとガリアがぶつかるのも時間の問題だから、それが一段落するまでに、害虫駆除を終わらせるわ」


 「全部やるのか?」


 「まさか、それが出来るのはガリアみたいに優秀な人材が揃ってる場合だけよ。やるのは腐った林檎だけ。腐りかけてるのはウェールズ王の協力で治していけばいい。連合が成れば、アルビオンから人材を確保できるしね」


 そうか、じゃあ。


 「俺は何をすればいいんだ?」


 「囮、トリスタニアをタバサと一緒にデートして回りなさい」


 「はあ!」


 「あんたとタバサが恋仲なのはイザークが広めてくれたから、利用しない手はないわ。“イーヴァルディの勇者”と“蒼き風の姫君”、この二人が街を歩いて民衆からきゃあきゃあ言われれば、絶対妬んだ馬鹿が動くから、そいつらを狩っていく。そっちで返り討ちにしてもいいわ」


 「うーん」


 「いいでしょ、ずっと戦ってばかりだったんだから。少しは彼女にサービスしてあげなさい」

 それを言われると弱い。


 「分かった。けど、水精霊騎士隊やギーシュとマリコルヌはどうすんだ?」


 「最終計画があるから、そっちの準備をさせるわ」


 まだなんかやんのか。


 「ま、あいつらはやりたいことが出来なかったから、やらせてあげようと思ってね」


 何か嫌な予感がするなあ。

 「とりあえずあんたは、これからしばらくトリスタニアに宿を取りなさい。当然タバサと一緒に、とりあえず部屋は別でもいいけど、ヤるのは自由よ」


 「やらねえよ」


 「あら以外」


 「お前な」


 それで、囮作戦が実行されることになった。










[10059] 終幕「神世界の終り」  第十四話 新時代の担い手たち(一部改訂)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/14 21:01
 ガリアに宣戦布告した皇帝アルブレヒト三世率いるゲルマニア軍は。国境にてジョゼフ王率いるガリア軍と対峙。

 しかし、両者はぶつかることなく、王と皇帝のよる対談によって講和が成立した。

 ここに、ゲルマニアとガリアの間に講和条約と友好的な通商条約が結ばれ、両国はこれまで通りの関係を維持していくこととなる。

 そして、時代はトリステインとアルビオンにおいても動いていた。






第十四話    新時代の担い手たち






■■■   side:キュルケ   ■■■


 私は現在トリスタニアで情報収集の真っ最中。

 といっても。大半はサイトとシャルロットに関することなんだけど。


 あの子達は有名人だし、しかも恋仲なのまで伝わってるから特に騒がれやすい。

 現に、もう何回も民衆が集まって騒いだみたいだし。


 それを観察して、周囲の状況と一緒にルイズに報告するのが私の役目。

 だけどそれは容易、何しろ。


 「サイトにデートスポットや、シャルロットの好きそうな場所を教えたのは、私なんだから」

 これまで彼女がいなかったサイトは、当然トリスタニアのデートスポットなんて知らない。

 けど、初めて彼女と色んなところに行ける機会が来たってのに、何も出来ない訳にはいかない。

 で、シャルロットの趣味嗜好を知っていて、かつ、デートを熟知してる私に教えを乞いに来たわけね。


 「ま、いい心がけではあるわ。シャルロットもいい男をつかまえたもんだわ」


 もっとも、サイトは一目ぼれっぽいところもあったけど。

 最初の頃から、あの子に対する態度は他の人とは違ったからね。

 あれは絶対に浮気しないわ、シャルロットも尽くすタイプだし、組み合わせとしては最高ね。


 「と、そろそろ定時報告の時間ね」


 私はメッセンジャーが経営している“光の翼”という店に入る。フェンサーカードを借りてるから。ただで入ることが可能。


 そして、個室に入った後、“デンワ”を起動させる。こうしないと、人形に話しかける変人が出来上がるからね。


 「はいはーい♪ こちらは“勝利の女神”、応答しなさーい」


 数秒後、声が返ってくる。


 「はいはーい♪ こちらはいつも御馴染現金払い。本日はどのようなご用件で?」


 相変わらず“参謀”の連中はノリがいいわ。


 「“銀の腕の戦乙女”に繋いで頂戴」


 「よしきた。十秒待ってな」


 そして、きっかり十秒後。


 「キュルケ、待たせたわね」


 我等が司令官と繋がった。


 「そうでもないわ。で、定時報告だけど」

 「大丈夫よ」


 「そう、動きがあったわ。今日の夕方頃、サイトとシャルロットが劇場から出てきて、通りを歩いていたんだけど」

 「ふむふむ」

 「それを尾行する男がいたわ。多分、貴族に雇われたんでしょうね。二人も当然気付いてたみたいだけど、気付かないふりをしてたわ」


 ま、あの二人に気付かれないように尾行するのは並大抵じゃないわ。私がやってるのは先回りであって、尾行は一切していない。ただ単に二人が来る場所に陣取ってるだけだから。



 「そう、ついに動きがあったか……………ちょうどいいタイミングね、こっちでもそろそろ狩りを始められそうよ」

 「ということは、枢機卿の方の準備も終わったのね?」


 「まあそうだけど、ゲルマニアとガリアの決着がついたのが大きいわ。徐々に貴族に焦りも出てきてるみたい」

 そうか、あいつらには妬みと一緒に、サイトを生贄にすることでガリアから逃れようとする思いもあるみたいだし。

 そのサイトの恋人が、イザベラとハインツの妹、シャルロット・エレーヌ・オルレアンということを、もう少し考慮すればいいのに。

 そんな真似しようものなら、マジでトリステインが消滅するかもね。


 「ゲルマニアとガリアの方はどうなったの?」


 「予想通りよ、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世と、ガリア王ジョゼフが軍を率いて対峙。そして、王と皇帝が一騎で会談を行ったの。ついでに“大花火”を上げたけど」


 「“大花火”?」


 「ええ、カルカソンヌで“悪魔公”がやった“地獄の業火”を20倍の規模でやったそうよ。ガリアの艦隊は一瞬で焼き尽くされたとか、もっとも、無人艦隊だったそうだけど」

 それは、戦争する気も無くなるわ。

 それに、無人艦隊を編成できる、ガリアの魔法技術はとんでもないわね。

 ま、ヨルムンガントやフェンリルを作れるくらいだし。


 「で、王と皇帝の話し合いで和平は成立。通商条約もその場で結ばれて、これまで通りの関係が維持されることが決定したわけね」


 「随分まわりくどい手順を経たものね、もう少し簡単にいかなかったのかしら?」

 結局、条約を結んだだけよね。それなら外交官に任せれば十分な気がするけど。


 「そういうわけにもいかないのよ、ゲルマニアの人間だって、全部が全部あんたみたいに大局を理解してるわけじゃないんだから」


 「? どういうことかしら?」


 「あんたは理解してる。今のガリアがどういう国家か、どういう世界を目指しているか。そのためにはどういう風にゲルマニアと付き合っていくか。けど、大半はそうじゃないでしょ。要するに、ガリアがハルケギニアを統一するために、ゲルマニアに攻めてくるんじゃないかと不安だったのよ。仮にそうでなくとも、トリステインと違って、ゲルマニアには侵略価値があるから」

 確かに、ゲルマニアの冶金技術はガリアを凌駕してる。だからこそ『オストラント』号を作れたわけだし。

 そうして考えれば、ゲルマニア人がガリアを警戒するのはしかたないわね。


 「だけど、ただ外交官が行き来して結んだ条約じゃあ、今一つ信用が出来ない。本気で攻め気む時は条約なんてあっさりと無視するからね。『レコン・キスタ』がいい例だけど」

 なるほど。

 「だから、ゲルマニアは8万もの軍勢を動員して、しかも皇帝が直々に率いて出陣した。ガリアもまた王を総司令官として堂々と進撃、国境で両軍は対峙したわけね」


 「確かに、それなら」


 「そう、そういった過程を経て、王と皇帝が直に話し合い、かつ、軍に挟まれた状態で結んだ条約。これならそう簡単には破りはしないだろうと、両国の民が安心できる。要は、末端が安心しないと意味がないから」


 「なるほど、よく考えられてるわね」


 「これで、ロマリアとゲルマニアは片付いた。残るはトリステインとアルビオンということになるわ。けど、アルビオンはやるまでもないけど」


 「ガリアに野心があれば、とっくに併呑されてるものね。現に今でも南部はガリアの領土だし」

 それで、ガリアに併呑されるんじゃないかと怯える馬鹿はいないわ。

 ガリアとアルビオンの関係は良好だし。特に、空軍同士が仲がいい、最近では合同演習もよくやってるとか。


 「だから後はトリステインだけ。条約を結ぶのは当然だけど、何か一つ保障があるといいわ」


 「つまりは、人質ね」

 そのための布石は打たれてる。


 「そう、トリステイン代表として、“蒼翼勇者隊”と“水精霊騎士隊”がガリアに行くことを条件として条約を結べば、民は安心感を得る。英雄達がガリアにいる以上。ガリアは同盟国だとね」


 「今やサイトとシャルロットは大人気だしね」

 劇場ですら、“イーヴァルディの勇者”が上演されている。しかも、ただ平民の剣士が暴れるだけの三文芝居劇じゃなくて、ラブロマンス風になっている。

 この前なんか、そこに本人達が現れたもんだから、大混乱になったものね。

 あれを貴族が見たら、そりゃあ嫉妬に狂うでしょうね。

 平民風情が貴族をどんどん打ち倒して、しかも国と民を救った英雄になって、王女様と結ばれる話なんて。


 当然王女はシャルロット、“蒼き風の姫君”と“イーヴァルディの勇者”のキスシーンは感動的で有名。

 しかも、アーハンブラ城での戦いがほぼ再現されてるのよね。もっとも、敵はエルフじゃないけど。

 情報源は考えるまでもないわ。何しろ、トリスタニアで上演される前に、ガリアの各地で上演されたそうだけど、その劇場の出資者が、ヴァランス公だったそうだし。

 てゆーか、脚色しなくても普通に物語になるわ、二人の恋愛は。


 ある場面では、“スレイプニィルの舞踏会”での二人が再現されている。


 陰謀によって母を人質にとられ、愛する勇者に魔法を放たなくてはいけなくなる王女。

 しかし、勇者はそれでも王女に好きだと言い切り、それが故に王女は戦えなくなる。

 そして、陰謀によって母と共に囚われた王女を救いに、勇者は仲間と共に敵地に向かう。

 最後に、強敵をやっつけて、王女様を救いだし、キスシーンを経て結ばれるという物語。


 うん、完璧だわ。


 これ以外にも、色んな要素が付け加えられて、最終的に救国の英雄になって、王女様と結ばれるのよね。


 「まあそういうわけよ。で、それまでの間に、害虫は叩き潰すわ。その後はマザリーニ枢機卿に任せるけど」


 「了解よ。だけど、ここにいるのもあと僅かね」


 「感慨深いかしら?」


 「うーん、そうでもないわね。どこだろうと生きていける自信はあるし」

 それが、仲間と一緒なら尚更ね。


 「多分、全員同じ気持ちよ。彼女持ちは諦めることになるけど」


 「とはいっても、シャルロットとモンモランシーも行くんだから。水精霊騎士隊の連中に彼女持ちがいたかしら」

 いなかった気がするわ。


 「好きな子程度はいても、将来を誓い合った中とか、ヤッて孕ませた子とかはいないはずよ」

 相変わらず過激な表現ね。


 「そう、じゃあ、引き続き任務にあたるわ。そろそろ舞台劇も終わりそうね」

 そう、これは、ハインツ達が脚本する巨大な舞台劇。


 「ええ、だけど、終わりだからこそ、はっちゃけましょう」


 「同感だわ」


 そして、通信を終え、私はチクトンネ街に向かう。











■■■   side:マチルダ   ■■■


 私がいるのは北花壇騎士団トリステイン支部。


 けど、今ここはトリステイン王国の裏組織、“水底の魔性”のアジトにもなっている。


 「支部長、情報は集まりました。やはり黒です」


 「枢機卿から連絡です。“モグラ”がかかったとか」


 そんな感じの会話がやり取りされている。

 私の役目は当然実行部隊。

 要は、怪しい貴族の屋敷に潜入して、証拠を奪ってくることね。


北花壇騎士団トリステイン支部がトリステイン王国の暗部と協力することは、団長イザベラ、副団長ハインツと、マザリーニ枢機卿が直に話して決定したとか。

その会談のセッティングをしたのが“博識”で、その際に未来のハルケギニアの大構想について話し合ったとか。


 「凄いもんだよ、あの子は」


 「そうね、そう思うわ」

 と、そこに現れたのは“水底の魔性”の司令官代行をしてる“香水”のモンモランシー。


 「王制ラグドリアン、帝政ゲルマニア、共和制ガリアの三国体制。よくまあそんな大規模な構想を実現させるものよ」

 この子もそれについてもう知っている。


 「知った時には、もう実現間近というのが凄かったね」

 私が知ってたのは、ロマリア宗教庁を滅ぼすとこまでで、その後の展開は知らなかったからね。


 「まあ、そのために邪魔な害虫がいるのは事実だから、それくらいは自分達で排除しないと駄目ね」

 そう言って笑うこの子の笑みは、ルイズとよく似ているわ。


 やっぱ、類は友を呼ぶもんなのかね。


 「だけど、貴女の経歴も複雑よね」


 「そういやそうだね」

 怪盗“土くれのフーケ”として貴族達から財宝を奪い、トリステイン王国のお尋ね者だった私が、今やトリステイン王国に害をなす貴族を捕えるための、裏組織に所属しているんだから。

 しかも、やってること自体は大差ないときてる。貴族の屋敷に押し入って奪う、それだけ。


 「世の中わからないもんだねえ」


 「それを言うなら私もそうよ。ほんの1年半前だったら、こんなことしてるなんて、思いもよらなかったわ」

 ただの魔法学院の生徒だったのが、今やトリステイン王国秘密諜報機関、“水底の魔性”の司令官代行。


 もっとも、司令官も魔法学院の生徒なんだけど。


 「けど、“水底の魔性”は戦闘部隊というよりも、毒で情報を吐かせたり、薬で記憶を操作したりが主流だから、私の領分ではあるのよね」

 それを平然とやるあんたが凄いよ。


 「まったく、『ルイズ隊』の女性でまともなのはタバサくらいだね」

 私とテファは『ルイズ隊』のメンバーというわけじゃないからね。


 「確かに、ルイズ、キュルケ、私と。皆腹黒だけど、あの子だけは純粋ね」

 自覚はあったんだね。

 というか、『ルイズ隊』は皆そう。自覚はあっても、今の自分が好きだから変えようとしない。


 凄く自由、そして心が強い。まったく、ハインツの影響を受けたのかねえ。


 「さあ、私達も行くわよ。今日の夜にお邪魔する屋敷は決まってるから」


 「あら、今回はあんたも行くのかい?」


 「ええ、シーカーにある薬を渡してあるから。彼女が行動を開始したら、貴女が行って。そのタイミングが分かるのは私だけだから」

 実に人材の使い方が上手いね。


 「了解、任せな」


 そして、私達は夜を駆ける。













■■■   side:ルイズ   ■■■


 「御苦労さまアニエス、準備はいい?」


 「ああ、完了している」

 アニエス隊長と銃士隊20名が頷く。


 今回は罠にハマった害虫を一斉に駆除するための作戦。これが済めば半分は掃除が完了する。


 私の方も準備は済んでる、“アーガトラム”の調整は済んでるし、精神力も結構溜まっている。

 もっとも、そんなに準備が必要な相手でもないんだけど。


 「じゃあ、作戦だけど、基本的に私とアニエス隊長で片を付ける。残りの隊員は、一般客が混乱しないように入口の警備と、万が一に備えて、各出口の封鎖をお願い」


 「了解」

 「「「「「「「「「「  はは! 」」」」」」」」」」


 そして、作戦は展開される。




 タニアリージュ・ロワイアル座。


 トリスタニアのある劇場であり、貴族も利用するけど、平民も多く利用する。

 当然、貴族席と平民席は区別されており、その中でも、“ボワット”と呼ばれる特別の観覧席が二階にある。

 そこには十席ほどが並び、そこを利用できるのは国内でも有数の大貴族のみ。


 けど、今ではその大貴族は皆ゴミばっかりなんだけど。


 で、今そこには害虫が集合している。一網打尽にするチャンスね。

 こいつらは臆病者だから、一人だと何もできはしない。

 だから、群れる。


 そこを一気に潰せば、残りの害虫も少しはおとなしくなるでしょう。


 「護衛がいるな、どうする?」


“ボワット”の入口は二階にあるから、そこには専用の大きな階段で向かう。

そして、そこは護衛の騎士達の駐屯場にもなっている。


 “ボワット”に入るのはいずれも大貴族ばかり、故に、お忍びとはいえ一定数の護衛は付けるもの。

 一人につきおよそ三人。合計30人がそこには存在していた。

 彼らの中には御前試合で優秀な成績を残した者さえいる。いずれも、名のある使い手で、あまたの決闘を潜り抜けた猛者ばかり。

 と、馬鹿貴族は思ってるわけね。


 一度も人を殺したことがない、一度も戦場に行ったことがない。

 あの地獄を知らない、血と狂乱の果てしない煉獄を経験していない。

 アルビオン戦役でも、大貴族の護衛の彼らが戦場にいったはずはなく、後方の安全圏にいたに過ぎない。

 そんな者達でも、家柄が全て。それさえあれば、名誉を与えられる。

 魔法学院のギトーという教師のように、完全な才能の無駄としか言いようのない男もいる。あんなのでも「風のスクウェア」なんだから。


 トリステインにはそんなのばっかり、だから、ニコラ・ボアロー将軍は『レコン・キスタ』に参加し、今ではアルビオンの四将軍の一人に数えられている。

 彼みたいな優秀な人材を登用せず、“決闘ごっこ”しかしたことがない奴が登用される。

 それが、トリステインが衰退した最大の原因。

 今回の掃除で、上にいる腐った連中を排除すれば、下にいる中級、下級の官吏や士官たちが、本領を発揮できるようになる。今迄家柄や身分が理由で発揮できなかった能力を、充分に生かすことが出来る。

 そうすれば、トリステインも以前の活気が戻るようになるだろう。


 「簡単よ、一人一人おびき寄せて片付ける」


 私は『幻影』の詠唱を始める。

 改良型で直接苦痛を刻んでもいいけど、声が響く。

 劇場の観覧席だから『サイレント』はかかってるでしょうけど、衝撃までは遮断できないし。


 まずは全体を軽い霧で包む。

 同時に、モンモランシー製作の忘我薬、早い話がボーッとする薬を投擲。

 そうすることで、思考能力をある程度奪う。


 さらに『幻影』で見せるのは上半身裸の美女。

 もの凄い古典的だけど、効果は抜群。

 まずは一人目。


 少し、きわどい感じでそれを見せる。

 馬鹿が階段を降りてくる。


 私は近づいて、“アーガトラム”の電撃を叩き込む。



 二人目。

 アニエスがひざ蹴りを叩き込む。



 三人目。


 刃で片足を切り落とす。



 四人目。


 片手を切り落とす。


 五人目。


 腹に銃弾を叩き込む。(消音機能付き)


 後はそれの繰り返し。






 「片付いたわね」


 「あ、ああ………そうだな」

 なんか、反応が鈍いわね。


 「どうかしたの?」


 「いや、一切容赦なくやったなと」

 周りには負傷者の山。死体はないけど、近いうちにそうなるかもね。


 「一応傷口は縛っておいたわよ、今後の処置が悪ければ化膿して死ぬかもしれないけど」

 そこは運命ね。


 「やりすぎではないのか?」


 「まさか、戦場はこんなもんじゃないわ。シティオブサウスゴータでも、虎街道でも、ロマリアの各都市でも、もっともっと厳しかったわ。躊躇することは最悪の手よ。油断なく、容赦なく、最善手を叩き込む」

 特に、フェンリルなんて洒落になんなかったし。


 「流石は、“銀の腕の戦乙女”だな」


 「そうかしら? 当たり前のような気もするけど」


 「しかし、その腕はもの凄いな、普段の腕とはまるで違う」

 ああ、普段は本物と遜色ない腕をつけてるからね。


 「ええ、これは戦闘用の義手だから、性能は段違いよ」


 「…………それを着けて、実家に戻ったのか?」
 

 「ええ、報告する必要があったからね。もっとも、もの凄いびっくりされたけど」


 ちい姉さまだけは、かっこいいと喜んでくれたけど。


 「それはそうだろう。娘がロマリアから帰ってきたら、右腕が金属になっていれば誰でも驚く」


 「ま、それはそうよね。そんなもんだから、ガリアに行くことに反対されてね」

 もう危険は無いと説得はしたんだけど。


 「だろうな、もう離したくはないだろう。何をしでかすか分からん」

 だけど、私にはやりたいことがある。


 「だから、条件をつけてもらったの」


 「条件?」


 「ええ、私と母様が一騎打ちで戦って、私が勝ったらガリアに行くのを認めるって」

 母様に勝てるのなら、どんな危険でもものともしない。ということね。


 「確か、貴女の母は、前マンティコア隊隊長“烈風”カリン殿ではなかったか?」


 「そうよ」


 「勝ったのか?」


 「勝ったわ」

 私は誇らしげに言う。


 私の『加速』じゃあ母様の速度に追いつけないけど、『幻影』で大量に分身を作り出せば話は別。


 後は、予想外のタイミングで「イグニス」を叩き込み、その隙に一気に間合いを詰め、「ヴァジュラ」を決めた。

 母様相手に『爆発』は意味がないから、それを囮に上手くたち回った結果ね。

 私の魔法は『爆発』という先入観が母様にはあった。だから、あえて接近戦を切り札にした。

 “虚無”ではなく、最適な戦術を構築する“博識”の勝利だったわ。


 ま、何よりも、いくら母様とはいえ、ヨルムンガントやフェンリルに比べたら、組みしやすい相手だったわ。

 “反射”で攻撃を弾いたりしないし、魔砲“ウドゥン”を撃ったりしないし、圧縮炎弾を撃ったりしないし、身体をバラバラにしても再生したりしないし。


 「勝ったのか……トリステインの生ける伝説に」


 「これからは過去よりも未来よ」


 それに、母様は私の憧れの形でもあったから、ガリアに出立する前に、越えたかった。


 「ま、そろそろ劇が始まるは、害虫駆除を始めましょう。こいつらは貴女の部下に命じて片付けておいて」


 「わかった」

 そして、害虫駆除開始。











■■■   side:アニエス   ■■■


 私とルイズは“ボワット”に忍び込んだ。

 この“不可視のマント”というアイテムは便利なものだ。

 そこには仮面を着けた大貴族が10人程いる。


 劇の内容は“イーヴァルディの勇者”。

 今は、剣士が次々にメイジを切り伏せていくシーンだ。


 「昨今は……………、歌劇もつまらなくなったものですな」


 「このようにくだらぬ剣劇が、伝統あるタニアリージュ・ロワイアルで上演されるとは………まこと、世も末ですな」


 伝統にすがるしかない能無しはお前達だろう。


 「つまらないのは歌劇だけではありません。昨今の陛下の治世…………。下賤な成り上がりを近衛に取り立てるばかりのみならず、王都防衛司令官などに任ずるとは」


 「私は先々代の頃を思い出しますよ。貴族が貴族らしかったあの時代………。良い時代でしたな! だが、最近では平民どもまでが調子に乗り始めているというではありませんか」


 「まことにさよう。我等がしっかりせねば、祖国の土台が揺らぐことにもなりかねません」


 まったく、能無しの極みというべきか。その祖国を腐らせているのはお前達だろう。

 それに、この会話は全てルイズが“テープレコーダー”とやらで保存している。自分達の破滅をわざわざ口にするとは。


 「だからこそ、私は皆さんにお集まりいただいたのです」


 灰色卿と呼ばれた男が語り出す。年はかなりいっている。まあ、大貴族を集めたのだから当然だが。


 「さて、こうして集まっていただいたのは他でもありません。それぞれが名のある。いえ、あり過ぎると言っても過言でない王国にとって重要な方々です。ハルケギニアでも有数の古く尊き祖国の、伝統と知性の守護者であるあなたがたに、是非とも私の話を聞いていただきたく、手紙をしたためた次第」


 その手紙とやらは、“水底の魔性”が回収し、奴らが持つのは複製品。

 公式文書ではないが故に、偽造を見破る方法も存在しない。


 「今現在…………。祖国の状況は目を覆わんばかりです。お若い陛下は、その衝動の赴くままに、全てを破壊しようとしている。祖国がこれまで培ってきたもの………、伝統、制度、そして名誉。そういったもの全てにつばを吐こうとしている」


 腐った伝統、老朽化した制度、そして、何の役にも立たない名誉。

 よくまあそんなものに縋る気になるな。


 「では、卿は陛下に諫言されるというのか?」

 灰色卿は首を振る。


 「まさか、我等に反乱をけしかけるつもりではあるまいな?それはあなた、大逆罪というものですぞ!」


 文句は言っても、諫言はせず。反乱を起こす度胸もない。まさに屑だな。


 「では、あなたがたに問いたい。我等貴族の名誉を保障してくださるのは誰か?」

 そのまま間をおかず続ける。

 「陛下です。この国の王たるあの方が、私たちの名誉を保障して下さるのです。陛下あってこその我等。そこに、いささかの曇りもない」


 集まったのもが安堵する。根性無しだな。


 「つまり、陛下の名誉にこそ、いささかの穢れも許されませぬ。それはひいては、我ら全体の曇りに繋がるのですからな」


 「では、灰色卿、貴方は………」


 「そうです、陛下の穢れを取り払って差し上げたい。この国の伝統を守るべき、旧い貴族の我々の手でそれを行ってこそ、忠義と申すものではありませんか?」


 「その穢れとは?」


 「御存知でしょう? あの平民の小僧です」


 ちょうど、“イーヴァルディの勇者”が佳境に入っている。

 その“平民の小僧”を主役とした演劇すら今では作られているのだから。


 「いいえ、その穢れとは、貴方達のことですわ」

 そこに、“銀の腕の戦乙女”が降臨する。


 “不可視のマント”を取り払い、光輝く右腕をもつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがそこにいた。


 「な、何やつ!」


 「この腕を見てわからないかしら? ゴンドラン卿?」

 ルイズがその名を呼ぶ。


 「な、なぜそれを!」


 「滑稽ね、呆れるほどに滑稽ね、あんたらの名誉? 誇り?そんなものあるわけないでしょ、この●●貴族が」

 
 凄まじい言葉を吐くルイズ。


 「大体ねえ、あんたらなんかいない方がトリステインのためなのよ。ここはそのための処刑場。国家を腐らせている害虫を排除するためのね」


 「貴様!我等が害虫だと!」


 「害虫以外の何だというの? そうね、あえて言うなら………ダニ、ゴミ、クズ、そんなところかしら。でも、あんたらと比較したら、ゴミに失礼ね」


 「小娘があ!」

 一人が杖を抜く。


 「イグニス」

 しかし、その前にルイズの銃から炎が飛んだ。

 あれが、魔弾「イグニス」か。


 「な、なんだそれは!」


 「銃から魔法が飛んだだと!」


 「これはねえ、平民でも撃てるのよ。つまり、あんたらなんかいなくても、治安を守るのにも、国家を守るにも苦労はしないの。もうあんたらは用無しなのよ、時代遅れを遺物が」

 ルイズがあらかじめ詠唱を終わらせていた呪文を放つ。

 「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 「た、たすけてくれええぇぇぇぇ!!!!」

 「ば、化け物だああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 「お、置いて行かないでくれ!!!!!」

 「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 その途端、我先に逃げ出そうとする貴族たち。しかし、足がもつれたり、座席につまずいて転んだりと、無様この上ない。

 「いったい何をしたんだ?」

 なんとなく予測は付くが、私はルイズに聞いてみる。

 「『幻影』よ、今回は本当に幻を見せてるだけ。」

 
 「どんなものを見せてるんだ?」


 「”レスヴェルグ”、ロマリアで私たちが戦った化け物のひとつよ。それがこの劇場内に入ってきて、暴れてる光景を見せてるの。こいつらが口だけでなく、本当に、己こそがトリステインを支えてる、っていう誇りがあれば、立ち向かえるはず。なにせ、こいつらが敵視してるサイトは立ち向かったんだから。でも結果はこれ」

 ほとんどが狂乱して逃げ出そうとしている。中には腰が抜けて立てない者や、あまつさえ失禁して気を失う者までいる。

 立ち向かうどころか、杖を抜こうとする者さえ居ない。

 「もともと、1%の期待もしてなかったけどね。ただ、せめて立ち向かう気概だけでも持ってる者がいれば、何らかの処遇を考えていたけど、予想通りになったわ。トリステイン人としては情けない予想通りだけど」

 確かに、考えの根底が間違っていても、民を守るという貴族の気概があれば、この先のトリステインでも、有用な人物になりうるかもしれない。

 しかし、そうした者はいなかった。もともとそういう者たちを集めたとはいえ、1人も居ないとは本当に情ない。

 
 「見るに耐えないわね。これ以上無様を晒させるのも哀れか」

 そして、次々に『爆発』が襲う。


 「さて、後はあんた一人ね、ゴンドラン卿?」


 「ひ、ひい!」

 今はもう、ただの怯えた老人か。


 「確かあんたは、エレオノール姉様の上司にあたるのだったかしら?」


 「そ、そう、そうだとも! ミス・ヴァリエールは、優秀な研究員だ!」

 哀れだな。自分の死を自分で決めるとは。


 「そう、だったら、貴方が死ねば、姉様はこれまで以上に、高い地位に就けるかもしれないということね?」


 「ひ、ひい!」


 「さようなら」


 「ま、待ってくれ! 私の口添えがあれば! 君の姉の地位を上げることがっ」


 「異端魔法その3」


 「ごぐぎゅるああらああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 凄まじい叫び声を上げるゴンドラン卿。


 「あらあら、軟弱ねえ、この程度で悲鳴を上げるなんて、くすくす」

 ルイズの笑顔は凄まじい、まさに、魔女の笑み。


 「あ、ああああ………」


 「さてと、次は、もう少し強くしようかしら?」


 「た、助け………」


 「許して欲しければ、靴の裏を舐めなさい」

 そう言いつつ、足を出すルイズ。似合いすぎる。


 「はあ、はあ」

 舌を出すゴンドラン卿、この上なく惨めだな。


 「汚れた舌で触るんじゃないわよ」

 しかし、その舌を踏みつける。


 「ぎゅび!」


 「全く、害虫の分際で私の靴を舐めようとするなんて、不敬罪ね」

そこまで言うか。

 「んん、んぐううう!」


 「『幻影』」


 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 そして、ゴンドラン卿は動かなくなった。

 一応生きてはいるようだが、いっそ死んだ方がましだっただろうな。

 まあ、自業自得だが。

 「ちなみに、コイツにも同じものをみせたのか? ”レスヴェルグ”だったか」


 「いいえ、こいつは一応の親玉だもの、こっちも親玉を見せてやったわ」

 化け物の親玉、もしかして彼らが死闘の末に倒したという…

 
 「”フェンリル”か」

 
 「正解、せっかくだから、貴女にも見せてあげる」

 そう言うと、ルイズは「えい♥」なんて可愛い声とともに、私に向って杖を振った。

 その途端、逃げる軍隊に向って、大砲とも言うべき火炎を吐出す、途方もない怪物の姿が視えた。

 
 「君達は、これに勝ったのか… なるほど『烈風』殿に勝つのもうなずけるな」

 十代の少年少女ばかりで、いや彼もいたか、しかしそれでもすさまじい。

  
 「ええ、で、こいつにはその怪物が、仲間を肉塊にしながら自分に向ってきてる光景が写ってるわけ」

 なるほど、この腑抜けではこうなるな。

  
 「アニエスは綺麗だから、サービスで他のやつらも見せてあげる」

 そう言って、再び私に杖を振るルイズ。今度は首なし騎士や合成獣が視えた。

 彼らの戦いの凄まじさがわかるのはいいが、それを私に視せた理由が”綺麗だから”というのが気になる。

 そういえば、ルイズに関する噂に、彼女は”あっち”の趣向がある、というのがあったような…

 まさか私を… い、いや、確か噂によると、彼女の好みは可憐な少女だったはず! ならば私は守備範囲外…


 「菜食主義者でも、たまには肉を食べたくなるのよ」

 そう言って妖艶に微笑み、身体を寄せてくるルイズ。この娘は私の心が読めるのか!?

 ま、マズイ! なにやら貞操の危機を感じる! いまの私ではこの娘には勝てない!


 「ふふ、冗談よ。さて、これで任務完了と、アニエス、後は任せていいかしら?」


 「あ、ああ、こいつらは地下牢にブチこんでおく、罪名は大逆罪でいいな」

 実際には違うかもしれんが、例の手紙がある以上、そうされても文句は言えん。

 というか、いきなり話を戻さないでくれ。


 「ええ、いざとなれば、手紙の内容を変えてもいいしね」

 うむ、“戦乙女”よりも“魔女”の方が似合いそうだ。「魔性の女」で魔女。ぴったりだ。


 「じゃあ、私は枢機卿に報告に行くわ、あとよろしく。それと、睦み合いは、また今度にしましょうね」

 そして、ルイズは詠唱を始める。


 詠唱が終わった時、そこには誰もいなかった。


 「確か、『瞬間移動(テレポート)』だったか。もう何でもありだな」

 私はため息をつきつつ、後始末を始めた。

 …私の隊の中に、彼女の毒牙にかかった者がいないか、急激に心配になってきた。









[10059] 終幕「神世界の終り」  第十五話 パイを投げろ!inトリスタニア
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/17 06:50
 トリステインの害虫駆除もあらかた終了。

 見せしめに何人か処刑したから。その他の連中も少しはおとなしくなった。

 そして、ガリアからイザーク・ド・バンスラード外務卿が訪れ、トリステインとの条約についての交渉に入った。

 その条件の中に、“蒼翼勇者隊”や“水精霊騎士隊”をガリアに招くことが盛り込まれていた。

 要は、ロマリアで活躍した人間全員なんだけど。




第十五話    パイを投げろ! inトリスタニア





■■■   side:シャルロット   ■■■


 私達のトリステインにおける活動もいよいよ最終段階。


 …………とはいっても、私とサイトはデートしてただけだけど。


 でも、幸せだった。だからいい。


 「さあ皆、いよいよ最終計画の実行に入るわよ」


 我等が司令官、ルイズが全員を魔法学院に収集していた。

 ルイズ、サイト、キュルケ、私、ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシー、ティファニア、マチルダ、コルベール先生。そして、水精霊騎士隊の20人。


 全員、ガリアから招かれた人員だ。


 「その前に最後の確認。この作戦以降、私達はガリアに行くことになるわ。別に二度とトリステインに来れないわけじゃないし、逆に国際的な活動も多くなる。“ネフテス”が住むサハラや、“エンリス”が住むエイジャ、そして、東方(ロバ=アル=カリイエ)にも派遣されたりするかもね」

 私達は国際的な集まりでもある。

 トリステイン人が多いけど、ゲルマニアのキュルケ、ガリアの私、アルビオンのマチルダ、エルフの血を持つティファニア、そして、東方のサイト(そういうことになってる)。

 実際、東方にある二ヴェン国は、サイトの国の文化に近いとかどうとか。


 「まあ、これはいっつも言ってるけど、最後は自分で行くかどうか決めて頂戴」

 だけど、聞くまでもなく、皆の答えは決まってる。


 「私はそもそもトリステイン人ですらないしね、ガリアだろうが変わらないわ」

 キュルケならそうだろう。


 「どうせ僕等は家督を継ぐわけでもないからねえ。トリステインの法衣貴族になろうが、ガリアの公務員になろうが、大して違いはないよ。結局は自分で稼ぐしかないんだから」

 確かギーシュは四男だった。



 「だねえ、だったら、ガリアの方が面白そうだ」

 マリコルヌは次男だったかな?


 「私は秘薬を開発出来て、さらに販路が広げれればどこでもいいわ。ま、ガリアが最適でしょうけど」

 既に独自の販路を持ってたはずだけど、まだ広げる気みたい。


 「私は、技術開発局に興味がある。あそこなら、私の夢が叶えられそうだからね」

 コルベール先生ならそうだろう。あそこには彼の求める「火」の平和的な利用法が数多くあるらしい。


 「私もガリアに行ってみたい。“知恵持つ種族の大同盟”の方々と、色んな交流がしたいから。それに、あの子達もいるし」

 彼女ならきっと、色んな種族と解り合えると思う。


 「テファが行くなら私も行くよ。あの子達の世話も、いつまでもハインツだけに押し付けるわけにもいかないしね」

 それはいいけど、彼女自身の結婚は大丈夫なんだろうか?


 「私にとってはそもそも故郷だから」

 ガリアは私の故郷。だから何の問題も無い。


 「俺は、シャルロットと一緒なら、どこまでも行くぜ」

 凄く嬉しいことを、サイトが言ってくれた。


 「やれやれ、相変わらずお熱いねえ、お二人さんは。ま、俺達にはそんな彼女もいないし、新たな出会いを求めていざ新天地へ」

 これはギムリ、豪気な彼はトリステイン貴族の女性とは、あまり相性がよくないみたい。


 …………ルイズやモンモランシーは別に考えた方がいい。逆に、付き合えてるギーシュが凄い。


 「だねえ、ここまで来て行かないのは嘘だろう。どうせなら色んなところに行ってみたい」

 レイナールも基本的に探究者タイプだから、興味があるみたい。

 この二人の共通点は、フェンリルに冗談抜きで殺されかけたこと。ハインツがいなければ死んでいた。

 …………もの凄い共通点。


 そして、他の皆の意見も同じだった。

 結局、この面子が生きるには、トリステインだけじゃ狭すぎるみたい。

 きっと、ガリアでも足りない。どこまでも探検していきそう。


 「そう、じゃあ全員了承ね。それじゃあ、最終計画の細かい打ち合わせに入るわよ」

 ルイズがガリアに行く理由はたくさんあって、語るまでもないみたい。


 「明後日、アルビオンのウェールズ王がトリスタニアを訪問するわ。これはお忍びじゃあないけど、私的訪問の色合いが強い。だから、大規模な歓迎式典とかはないわ」

 トリスタニアでは、彼が来るということは誰でも知ってる。


 「だけど、そこでとんでもない発表がされるわ」

 それを知ってるのは一握り、王政府に仕える大臣ですら知らされていない者もいる。

 つまり、そういう連中の未来は決まってる。すなわち左遷。


 「姫様のご懐妊と、トリステイン、アルビオン連合王国を立ち上げるために、近いうちにラグドリアン湖で調印式が行われるという発表よ」


 「「「「「「「「「「  おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? 」」」」」」」」」」


 水精霊騎士隊の隊員は、これまで知らされてなかった。


 「当然、姫様の相手はウェールズ王、アルビオン戦役後の諸国会議の際にヤッたらしくて、その時に出来たみたいね」

 もうちょっとましな表現はないんだろうか。


 「あれがハガルの月(2月)の半ばくらいだったから、もうかれこれ半年近く、そろそろ隠すのも限界よね。降臨祭の頃には、めでたく第一子誕生よ」


 「「「「「「「「「「  うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」」」」」」

 今度は歓声、基本的に皆お祭り好きだから。



 「だから、私達で盛大に祝うわ。トリスタニア市民全員を巻き込んで、大宴会を展開する」


 「「「「「「「「「「 おっしゃあああああああああああああああああああああああああああ!! 」」」」」」」」」」


 凄いノリ、よく見るとサイトも加わってるし。


 「さらに、私達がトリステインの厄病神だとか考える馬鹿に鉄鎚を下すわ。私達の家族は心情的にはガリアに私達をやりたくないはず、けど、国家の為を考えればそれが最善。とはいえ、厄病神のように追い出されるのは流石に了承できないでしょう。かなり深刻な対立に発展しかねない」


 確かに、害虫の半分くらいは排除したけど、まだまだ多い。


 「だから、私達の手でそういう連中をぶっ飛ばして、その上でガリアに行きましょう。最早亡命に近いけど、王政府に喧嘩売るわけじゃないから問題なし。仮にあっても意味ないし、一たびガリアに入ってしまえば文句は言えなくなるわ。それなら、私達の家族も納得出来るでしょう」

 あくまで、私達の意思でガリアに向かったことになる。

 確かに、反逆者の亡命に近い。


 「トリステイン最後の祭りよ、盛大にやろうじゃない」


 「「「「「「「「「「  まっかせろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」」」」」」


 そして、作戦は実行される。









■■■   side:モンモランシー   ■■■


 本日の正午、昨日のうちに到着していたウェールズ王がマザリーニ枢機卿と共にトリスタニアに現れ、大発表を行った。


 その発表には女王陛下は参加しなかった、身重の体だからね。


 そして、彼らが王宮に引き返し、トリスタニアが予想外の朗報によって沸き立ってる今こそが、作戦決行の時。


 作戦名、“大暴走”。


 要は、ハインツがロマリアでやらかした“アレ”の再現ね。

 水精霊騎士隊の連中は、あの時参加できなかったことを悔しがってたから、丁度いいわ。


 そして、私の役目は当然、“ハインツ”の再現。

 流石にあそこまでは無理だけど、平民が貴族にパイをぶん投げて、ワインをぶっかけるくらいは出来る。

 トリステインは農業生産が豊かだし、あらかじめ軍需物資集積場から、兵士の慰安用のワインを大量に頂き、ついでに食糧も頂いてきた。


 その辺は当然ギーシュ、マリコルヌ、マチルダが担当。

 トンネル掘りの技能を最大限に生かした結果ね。そのためにあいつらは活動を続けてきた。

 もうあいつらは立派な大盗賊だわ。


 そして、『影の騎士団』にならって、水精霊騎士隊で大量のパイを作り上げ、それにはタバサとキュルケも協力した。

 コルベール先生は脱出用の『オストラント』号を準備。

 テファはパイの味付け、どうせだから、おいしくしようということになったのよね。

 そして、ガンダールヴの能力を最大限に発揮し、サイトが走りまわってパイをあちこちに配る。

 ルイズも『瞬間移動(テレポート)』で配りつつ、『幻影』を都市全体に展開。

 “騒ぎまくる市民”を大量に作り出し、民衆の騒ぎを助長する。


 そして、トリスタニアは大混乱に包まれた。



 やや抑え気味ではあるものの、“血と肉の饗宴”はここに再現されたわけね。











■■■   side:ギーシュ   ■■■



 「はっはあ! 投げろ投げろお!」

 僕達は現在王宮に乱入、そこら辺にいる貴族に手当たり次第パイを投げる。


 本来食い止めるべき銃士隊や、マンティコア隊も実はグル。

 ルイズの指示によって、彼らも暴発してる。

 ま、彼らも日頃から糞貴族へのストレスは溜まってたということだね。

 衛士達も次々に反乱勢に加わっている。


 しかし、僕の望みはそんなところにはない!


 「何としても! 女王陛下に一番にお祝いを申し上げるのだ!」

 そして、僕は限界以上の力を発揮し、駆け抜ける。

 思い出せ! フェンリルと戦った時のあの感覚を!

 あの時の力を今ここに!


 「はあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」





■■■   side:マルコルヌ   ■■■



 「うおおおおお!! どけえええええええええ!!」

 なんかうざい貴族をとりあえず吹き飛ばす。

 僅かにギーシュに先を行かれている。なんとしても追い抜かねば。


 他の連中はまだ入り口付近。ギムリとレイナールは結構進んでいるみたいだが、まだまだ。


 「僕は“風上”のマリコルヌ! 負けてなるものか!」


 女王陛下の下へ!

 何としても、一番にお祝いを申し上げるのだ!


 あの時の感覚を思い出せ! フェンリルの巨大鉄塊を吹き飛ばしたあの感覚を!


 僕なら出来る! 僕なら出来る!


 「飛ばせ飛ばせ飛ばせええええええええええええええええええ!!」







■■■   side:才人   ■■■



 「シャルロット、そっちはどうだ?」


 「あらかた吹っ飛ばした」

 俺達は宮廷貴族を殲滅中。

 といっても、ワインをぶっかけて、パイを喰らわせて、ついでにふっとばすだけだけど。


 これはルイズも同じ役を担ってる。水精霊騎士隊の連中や、ギーシュ、マリコルヌに言ったところでお構いなしに暴走するのは目に見えてたからな。


 「ま、暴走してるのは俺達も同じか」


 「私達も行こう」

 大体片付けたからな。


 「そうだな、俺達も女王様の下へ、お祝いを言いに行くか!」


 「ええ!」


 そして、俺達も駆け抜ける!


 速度で俺達に勝てると思うな!









■■■   side:コルベール   ■■■


 「やれやれ、若者のパワーは凄い」


 「まあ、確かにねえ」


 私とミス・マチルダで『オストラント』号の発進準備中。

 ちなみに、ミス・ティファニアと混ざるので、ミス・サウスゴータとは呼んでいない。


 「どこまでも暴走しそうだね、ハインツの影響を受けたのかねえ」


 「いえ、これは彼らの本質だと思いますよ、基本的に騒ぐのが好き何でしょう」

 まあ、これからに時代を担うのならば、それくらい活気があったほうが良さそうではある。


 「ところで、パイは焼き終えたそうですが、ミス・ティファニアはどうしているんです?」

 水精霊騎士隊の諸君は、思いっきり王宮に突撃したそうだが。


 「あの子なら、厨房で料理してるよ。この作戦が終わったら、全員欠食児童になってるだろうからね」

 確かに、パイは全部投げるから腹は満たされない。
 

 「しかし、平民が貴族にパイを投げるとは、凄いものですなあ」


 「本来だったら処刑だね、でも、それをするための貴族も“ハインツ”の影響で騒ぎに加わってる。どうしようもないねありゃ」

 それが“ハインツ”の凄いところだ。


 止めに入る者もワインを浴びれば騒動に加わってしまう。

 魔法で鎮圧しようにも、パイとワインが相手では、そんな気も失せてしまうだろう。


 「まったく、彼はよく考える」


 ハインツ君は本当に自由な発想をする。だからこそ、彼らの先駆者たりえるのだろうが。


 「ガリアに着いたら、私も先住種族の方々と協力し、様々な技術を編み出したいものだ。「火」も、もっと平和的に様々な活用が出来るはず」


 公衆浴場だけに限らず、温めることに関して、色んな応用が利くはずだ。


 新しい時代が、すぐそこまで来ている。









■■■   side:マザリーニ   ■■■


 トリスタニアの街のみではなく、王宮も最早、大宴会場と化していた。


 「よかったですな陛下、貴女のご懐妊を皆が祝ってくれています」


 「というよりも、私をだしに騒ぎまくっているだけのような気もするのですが」

 まあ、そうだろう。


 陛下は妊娠したことで、最近は机仕事以外は行っていない。

 第一子誕生は、国家の最優先事項であるからだ。御身体を大切にせねば。

 まあ、外国の脅威があるわけでもなし、陛下が出かける必要もないのだが。

 それに。


 「でもまあ、僕達の婚約を祝ってくれているんだ。ここは素直に喜ぼう」

 これからは、ウェールズ王がそれを行うこととなる。


 「左様でございましょう、さて、誰が最初にたどり着くやら」

 “蒼翼勇者隊”と“水精霊騎士隊”は現在ここ目指して進撃中。

 誰が最初に陛下にお祝いを申し上げるかで、競争しているようだが。


 「うーん、僕としては、“イーヴァルディの勇者”殿かと思うんだが。ボアローやホーキンスが彼を絶賛しているからね」

 彼は7万に突っ込み、5万を突破したという話だったか。


 その際、彼に深手を与えたのがボアロー将軍、止めを刺したのがホーキンス将軍。

 流石の勇者も、有能なる指揮官が相手では分が悪かったようだ。


 「私は、ルイズに賭けましょうか。あの子は今や、トリステイン最強の戦士ですから」


 とんでもないことだが、事実でもある。

 何でもあの“烈風”カリン殿にも勝ったらしい。最早、トリステインで彼女に勝てる者はおるまい。


 しかし、彼女の本領は“博識”。その智謀にこそある。

 故に、トリステインに巣食う害虫の排除に貢献してくれたのだ。



 そうしてしばらく待っていると、廊下を走ってくる音がした。

 どうやら、一人目が到着した模様。


 「一番乗りイイイイイイイイイイ!!」

 そう叫びながら飛び込んで来たのは、ギーシュ・ド・グラモン。

 予想外の伏兵だったな。


 「女王陛下! ウェールズ王! ご結婚! おめでとうございます!!」

 まだ婚約なのだが、まあ、大差はないだろう。


 「そして陛下! ご懐妊、おめでとうございます! トリステイン国民として、これ以上の喜びは、モンモランシーに愛を囁かれた時くらいしかありません!!」


 そこに自分の彼女を挟むとは、大物だな。


 「ええ、ありがとうございます。ギーシュさん」

 あくまで、陛下は個人として礼を言っているのだな。

 本日は無礼講、そして彼らはガリアに行く、なればこそか。


 「ああ、陛下に名前を覚えてもらえるとは! 何という幸福! これに勝る幸福は、モンモランシーとヤッてるときくらいしかありません!」

 それを陛下の前で言い切る貴殿が凄まじいな。

 せめて、キスしている時くらいの表現にしておけないのだろうか。



 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 と、そこに窓から二番手が飛び込んできた。マリコルヌ・ド・グランドプレ、これまた予想外の人物だ。



 「女王陛下あ! ご結婚! おめでとうございます! ウェールズ王とお幸せに!」


 「はい、ありがとうございます!」

 笑顔で答える陛下、本当に嬉しいのだろう。


 「ウェールズう! 陛下を不幸にしやがったら承知しねえぞこらああ!!」

 うむ、完全な不敬罪だ。


 「ああ、この身にかけて、アンリエッタを幸せにしよう」

 ウェールズ王も誇らしげだ。


 「ウェールズ様………」

 顔を赤くする陛下。

 そこに。


 「きゅいきゅいきゅーい!」


 「それいけシルフィードお!」


 「『エア・シールド』!!」

 天井のステンドグラスを破って三番手が到着。どんどん登場が派手になるな。

 しかも、扉、窓、天井と、全員違う場所からだ。


 飛び散った破片で怪我をしないよう、『エア・シールド』も同時に張っている。素晴らしい連携だ。


 「あ! 女王様! ウェールズ王子!」


 「今は王だよ、サイト君。いや、“イーヴァルディの勇者”殿」

 ウェールズ王は親しげに話しかける。


 「女王陛下、ご結婚、おめでとうございます」


 「ありがとうございます。シャルロット殿」

 こちらも意外と仲がよさそうだ。相性がいいのかもな。


 「女王様と、お幸せに」

 「ああ、君も彼女とな」



 「同じ姫でも、私が一足先ですわね。“蒼き風の姫君”」

 「すぐに追いつく、待ってて」


 うむ、なんかこう、友人同士のカップルという感じだな。いっそ、同時に結婚式を挙げるのもいいかもしれん。


 さらにそこへ。


 「あんたら、早いわねえ」

 『瞬間移動(テレポート)』を用いて、“博識”殿が現れた。


 「ルイズ!」

 「姫様。幼馴染として、お祝いに駆けつけました。ウェールズ王とお幸せに」


 この二人は親友なのだな、いつまでも。


 「はい、幸せになりますわ」

 「ついでに、トリステインの民も一緒に幸せにして下さい」

 そこで王の責務も取り上げるか。


 「貴女らしい言葉ね」

 「そりゃあもう、王たるもの、自分の幸せを求めて民をないがしろにするようじゃあ、論外ですから」

 それを気楽に言える友人というのも、珍しい存在だな。


 「頑張るわ」

 「こっちも、出来る限り尽力します。トリステイン国内にいることだけが、国に尽くすことでもないので」

 確かに、ガリアの中枢にトリステイン人が食い込むことも、生き残り戦略の一つなのだから。



 「凄い会話だねえ」

 「ルイズらしいけど」

 「幼馴染へのお祝いとしてはどうなんだろうな」

 「まあ、アンリエッタは嬉しそうだよ」

 「親友」

 こっちも色々な感想があるようだ。



 そしてその後、どしどしと残りが詰めかけてきた。















 「それでは姫様、私達はガリアに向かいます」

 皆を代表して“博識”殿が言う。


 「ええ、お気をつけて」

 「近いうちにまた会えるだろう」


 ふむ、今の国際情勢ならば、そうなる可能性は高いな。


 「枢機卿、トリステイン国内の貴族の掌握はお願いします」


 「任された。貴女とその仲間で作り上げた組織、有効活用させていただく」

 “水底の魔性”は有力な手駒となる。


 「ええ、後は頼みます」


 そして、彼女等は『フライ』で、やってきた『オストラント』号へと乗り込んでいく。

 “イーヴァルディの勇者”殿は足で跳んだが。



 「「「「「「「「「「 女王陛下ああ!! 困ったことがあれば! いつでもご連絡を! 僕達! 地の果てからでも駆けつけまーーす!! 」」」」」」」」」」



 「皆さん! お元気で!」

 「皆! ありがとう!」

 そして、彼らは去って行った。まさに新時代の風の如く。





 「しかし、行動力の塊のような者達ですな」

 彼らが去った後、私はウェールズ王に話しかける。


 「そうだね、王という立場がなければ、僕も彼らと共に冒険してみたかったな」


 「ですが、それはお諦めを、貴方はこれより、このトリステインをも背負われるのですから」


 「やれやれ、パリーが二人に増えた気分だな」


 パリー卿か、彼とは気が合いそうな予感がするな。


 「私も手伝いますわ、ウェールズ様、二人で国を支えていきましょう」


 ウェールズ王と、アンリエッタ王妃。

 このお二人こそが、“ラグドリアン王国”の柱。

 そして、今、陛下に宿っている命が、その次の世代を担っていく。


 その時には私はいないだろうが、せめて、その道標を作れるよう、全霊をかけて国家に尽くそう。


 それが、先王陛下よりこの国を任された、私の誓いだ。






 ちなみに、余談ではあるが、この日の大騒動は記念日となり、平民も貴族も無礼講で騒ぐ祭日となる。

 太陽のように明るく朗らか笑う祭り、“太陽祭”と呼ばれるようになる。

 この日だけは、どんなことをしようとも不敬罪にならないため、平民にとってはよいストレス解消となろう。

 “太陽祭”は新しい国家ラグドリアンの象徴的な祭りの一つとなるのであった。










■■■   side:ルイズ   ■■■



 「皆! やり残したこと、置き忘れたものはないわね!」


 私は、まだ騒いでる皆に確認する。


 「ないよー!」

 「ばっちり!」

 「ふられてきたぜ!」

 「彼女が欲しい!」

 「サイトとギーシュが憎い!」


 うん、やり残しはなさそうね。


 「よし! では皆の者! 準備はいいな!」


 「「「「「「「「「「  いつでも!  」」」」」」」」」」


 「「「「「「「「「「  どこでも!  」」」」」」」」」」


 さあ、いざゆかん!



 「それじゃあ! 出発よ!」


 そして、『オストラント』号はガリア目指して出発した。


















 ガリア領内に入ると、馴染みの竜騎士隊が現れた。


 「タバサ、一応『遠見』で確認して」


 「了解」


 多分、彼らだと思うけど。


 「間違いない、カステルモールの東薔薇花壇騎士団」


 やっぱりね。


 「出迎えに彼らを寄こしてくれるなんて、粋なはからいね」


 「あ、カステルモールさんだ」

 サイトもガンダールヴの力を目に集中させたわね。

 消耗するから長時間の使用には向かないそうだけど。


 流石に風竜は速い、すぐに『オストラント』号と接触した。


 「トリステインの方々、お迎えにあがりました。私は東薔薇花壇騎士団長のバッソ・カステルモールといいます」


 「久しぶりね、カステルモール」

 アーハンブラ城を脱出した時以来かしら。


 「おお、これは“博識”殿、再会出来て光栄です」


 彼もまだ若いのよね。確か、23歳くらいだったかしら。


 マチルダとくっつけるのも、ありかもね。


 「カステルモールさん、お久しぶりです」

 「元気だった?」


 「サイト殿に、シャルロット様。お変わりないようで」


 この二人とは特に親しかったわね。


 「さて、これよりは我等が案内いたします。旅程はハインツ殿が組んだそうですので、退屈はしないかと」


 やっぱりあいつの差し金ね。



 そして、私達は国境の街、アンボワーズで降り、彼らの案内を受けつつ、リュティスへ向かった。













 リュティスに着くまでに、世界の色んな変化が実感できた。


 まず、貴族がいない。

 封建貴族が全滅した今、司法特権をもつ者がいない。全ての国民が王政府の法のみに従うことになる。

 これまでは自領ではなにをやっても許されるようなものだったけど(北花壇騎士団の粛清がなければ)、建前ですらもそれが不可能になった。


 だから、貴族=国家に仕える者、でしかなくなっている。しかも、貴族=メイジは既に成立していない。

 多くの平民が登用され、新聞の発行も始まったとか。

 これは、人や鳥を用いて、色んな場所に情報を書いた紙を配る制度で(有料)、“他者感応系”のルーンマスターが多くこれに従事してるとか。

 こういうのはメイジの魔法よりも、ルーンの方が向いている。つまり、役割に応じて、メイジとルーンマスターがそれぞれの領分で活躍している。


 サイト曰く。

 『ほんとに、地球とは違う方向を目指してんだな。どの方法もほとんど自然とか、生物の力を利用してる。すげえクリーンだ』

 らしい。


 向こうの世界はどうなのかと聞いてみると。


 『効率は、こっちよりも圧倒的にいいよ。世界の反対側にすぐに情報が届くくらいだからな。けど、なんかこう、不自然なくらいに発達してて、いつか自滅しそうなんだよな』


 過ぎたるは及ばざるがごとし、ってやつかしらね。


 それに、護民官や、保安隊にも“魔銃”の配布が始まったみたい。

 まだ“魔弾”の量産体制が全然なってないから、銃はあっても弾がないんだけど、脅しにはちょうどいいみたいね。

 政治や机仕事は、ルーン族(平民)にも出来るんだから、魔法族(貴族)はそういった産業を支える技術者になっていってるみたいね。魔弾の生産はメイジにしか出来ないし。


 混血だったらどっちの分野に進むかで、逆に選択の幅が広がる。

 発揮できる力には限界があるけど、戦争じゃないんだから、それほど強大な力は必要ない。


 要は、半分半分の血で、“他者感応系”のルーンを半分しか発揮できなくても、鳥と連絡をとりあって、新聞を配達することは出来るわけね。(この場合、人間の指示によって、鳥があちこちに配る)


 他にも、色んなところでそういったことが、試験的に始まってるみたい。

 私達がリュティスに至るまでに巡ってきたところは、そういった新しい試みの、最前線といえる場所だった。


 “身体強化系”は力仕事に向いてる。猟師、漁師、樵なんかには最適ね。他にも、荷物運びとか色々あるけど。案外力を使うから、料理人やメイドとかも向いてるのよね。


 “他者感応系”は動物との連携、つまり、畜産や酪農に向いてる。もっとも、食肉加工には死ぬほど向いてないけど。

だから、その辺は別の人間の役目で、彼らは動物が病気になったりとか、そういうことを察知する方に力を使う。馬や幻獣の世話をやらせるのが一番かしら。


 “解析操作系”は道具を扱うのが得意だから、製造、建築、さらには製本とか、そういう作業に向いてるわね。服とかを作る職人にもいいかもね。


 そして「火」の使い手は、とにかく工業部門で力を発揮する。燃料の割合とかを感覚的に理解できて、調合表が必要ない彼らの効率は他と比較にならない。目で見て正確な温度もわかるしね。


 「水」は当然医療分野、薬師、医者、その辺は水メイジなしには回らない。医療を支える重要な役割ね。


 「風」は運送全般を担当してる。特に、航空関係には彼らの力が不可欠。動物はルーンマスターの方が得意でも、船を操作するにはやはり「風」メイジの力が最適、『フライ』や『レビテーション』も得意だし。


 「土」は鉱業関係に多いし、材料関係にも多い。石、鉄、青銅など、作るのには「火」が必要だけど、仕上げは彼らの役割だから。建設関係でも、“解析操作系”と協力してるみたいね。


 これらはほんの一握り、サルドゥー職務卿が色んな活用法を実現させ、その人材育成に、ボートリュー学務卿が全力で取り組んでいるという。


 世界は、新しいものに変わりつつある。



 そして、リュティスに着いた私達は、その象徴といえる建物に向かった。


 技術開発局。


 私が目指すものはここにあり、同時に、世界を繋ぐ架け橋でもある。



 「よーうお前ら! 久しぶりだなあ! 来るのを待ってたぞお!」


 底抜けに明るい声で、ハインツが出迎えた。


 「ハインツさん!」

 サイトが笑顔で近寄ってく。


 「ふふ、こうして会える日がくるなんてね」

 技術開発局局長、シェフィールドもいた。


 「そうね、最初に会った頃は、思いもしなかったわ」

 完全に敵同士だったからね。

 そして、いるのはそれだけじゃない。


 「こうして、友人として会えることを嬉しく思う。この出会いを、大いなる意思に感謝する」

 ビダーシャルもいた。そして、各種族の代表の人達もいる。


 「うわー、凄い面子だなあ」

 「翼人、リザードマン、コボルト、水中人、レプラコーン、土小人、ホビット、ジャイアント、ライカン、妖精、ケンタウルス、そしてエルフかあ」

 ギーシュとマリコルヌも感心してるわね。


 「それだけじゃないわよ、吸血鬼までいるんだから」

 すると、小さな女の子が現れた。


 「エルザ」

 タバサとは顔見知りみたいね。


 「まったく、あんたの兄貴をどうにかしてよ。かよわい少女を一晩中こき使うのは、どうかと思うんだけど」


 「貴女は吸血鬼」


 「うん、そうなんだけどね、最近その自信が無くなってきたわ。やっぱ、一番怖いのは人間だわ」

 吸血鬼なのに随分くだけてるわね。




 「テファ、久しぶり」

 「アイーシャさん!」

 翼人のきれいな人がテファに呼びかける。



 「やあマチルダ、久しぶりだね」

 「あんたも元気そうだね、ガラ」

 こっちも顔馴染みの模様。



 「あ、マリード、この前の秘薬、出来たかしら?」


 「おお、モンモランシーか、せっかちじゃのう。まだ後1週間はかかるぞい」


 「もうちょっと急ぎなさいよ」


 「老人に無理を言うでないわ」

 こっちにも顔馴染みがいたわね。水中人代表のマリードは800歳の長老。

 “水底の魔性”で扱ってる秘薬を提供してくれたのも、実は彼。



 「やっほー♪ キュルケ、元気だったかい?」


 「あらシーリア、新しい男の味はどう?」


 「うーん、まあまあかね。性欲は高いけど、もうちょっとこう、品が必要だよ」


 「あの店じゃあ限界があるでしょう、今度、別の店にいってみましょうか」

 
 「賛成、こればっかは、ハインツは全くあてになんないからねえ」


 「そうねえ」

 こいつらがどこで出会ったのかは、考えない方が良さそうね。多分、タバサ救出の際でしょうけど。


 ま、そんな感じで皆和気あいあい、色んなことをしゃべっていると。


 「シャルロット!」

 また、一人の人物が現れた。


 「イザベラ姉様!」


 タバサを抱きしめるイザベラ、この二人を揃ってみるのは初めてね。


 確かに、姉妹だわ。こうして見ると、それがよくわかる。


 「お帰りなさい」

 「ただいまです」

 あの子にとっては、家族がいる場所が、帰る場所なのね。


 「彼氏が出来たんでしょ?」

 「………はい♥」

 頬を赤くしながら頷くタバサ、うーんラブリー。


 「サイト、だったわよね?」


 「あ、ああ」

 少し緊張気味のサイト。


 「シャルロットの姉のイザベラよ。この子を守ってくれて、ありがとう」


 「あ、いえいえ」

 こういう時に気の利いたことが言えないのが、サイトなのよね。


 「ちなみに、浮気したら殺すわよ♪」

 素晴らしい笑顔、そして究極の殺意。相反するはずの二つが、完全に融合していた。


 「は、はい! それはもう!」

 直立不動で答えるサイト、ま、するわけもないけど。


 「相変わらずの姉馬鹿だな」

 「あんたも同類よ、兄馬鹿」

 話しかけてきたハインツに切り返す。


 「ま、それはともかく、丁度いいタイミングだったぞお前ら。いよいよ、舞台劇の最終演目が始まるんだ」


 「例の、大集会だったかしら?」

 ガリアでは今、多くの民がリュティスに集まってる。

 これは強制じゃなくて、即位記念式典みたいに、来たい者は来い。っていうものだけど。

 戦の終結を祝うと共に、ガリア王から国民全体に重大発表があるとか。


 「ああ、1か月くらい前から既に各地に告知はしてたからな、続々と集まって来てる」


 一月前ということは、告知した時は、ロマリアとの戦争の終わりを祝う予定だったわけね。

 今回は、ゲルマニアとの友好条約を結べたことのお祝いも兼ねてるとか。


 「ここに来るまでにも、そういった人達がたくさんいたわね」

 結構な数だったわ。


 「ああ、“聖軍”を打ち破る義勇軍に参加した者には報酬が与えられたからな、それをパーっと使って来るのが多いみたいだ。今のガリアなら生活にゆとりがあるのが多いからな」


 「なるほど、それほど無理しなくてもリュティスに来れるわけね」

 それに、治安がいい、駅馬車が安い。大都市と大都市を繋ぐ、空の定期便も出てる。

 本当に、新しい国になってるわね。



 「そういうことだ。いよいよ最後の茶番劇(バーレスク)が始まる。当然、ここにいる皆はその参加者だ」


 「主催は、あんたとガリア王ね」

 それしか考えられないし。


 「ああ、ちょっくら危険もあるから、その辺の覚悟も済ませておいてくれ」


 「もうちょっと抑えなさいあんたらは」

 どこまで派手にやる気だか。


 「まあ、そこは6000年に一度祭りだ、大目に見てくれ。お前達は死者が出ないように、あらゆるバックアップを頼む。当然、『影の騎士団』率いる王軍や、三騎士団長が率いる花壇騎士団や保安隊も総動員。全員揃っての壮大な最終幕だ」


 「ま、最後だし、それもいいかもね」


 そして、役者はリュティスに勢ぞろい。


 いよいよ、ハルケギニアの舞台劇も、終幕が降りる時がきた。







[10059] 終幕「神世界の終り」  第十六話 王家の終焉
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/18 02:17
 ガリア、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア。

 ロマリアがガリアに併呑されたことにより、国際関係は大きく変動したが、それぞれの国との間に条約が結び直され、以前とほぼ変わらぬ体制が維持された。

 しかし、トリステインとアルビオン連合し、一つの王国となることは既に宣言され、さらに、アルビオンのウェールズ王と、トリステイン女王アンリエッタの間に子供が出来ていることも広まっている。

 ハルケギニアに存在する国家は3つとなり、互いに友好関係を維持しながら発展していくこととなる。




第十六話    王家の終焉






■■■   side:ハインツ   ■■■


 ガリア王国王都リュティス。

 人口30万人を誇るガリア最大の都市であると同時に、ハルケギニア最大の都市。


 今ここに、しかし、今ここに200万近い民が集結している。(リュティス市民含む)

 リュティスの東西南北には、首都に人口が集中することをさけるための4つの衛星都市、西の交易都市ネンシー、東の農業都市アヌシー、北の建築都市レンヌ、南の工業都市アラスが存在している。

 さらに、それらとの間にもいくつもの街が存在しており、ガリア各地や外国からも集まった人々は、リュティス周辺に宿を取り(中には集団で野宿する者もいるが)、リュティスの祭りに参加している。

 元々はロマリアとの戦争が終了したことを祝う、終戦記念の式典が開かれるという告知が1月半前にされたのだが、その間に国際関係が大きく変化したため。その題目は大きく変更された。

 すなわち、終戦記念と友好条約締結記念が混ぜられ、さらにトリステイン・アルビオン連合王国が出来ることでハルケギニアは新たな体制となる。その新時代の到来を祝う式典のような側面も持つこととなった。


 早い話が、色々混ざってよくわからず、とりあえず平和を祝おう、という感じになっている。

 結果、たくさんの人達が集まり、騒ぎまくっているのである。


 これまでのハルケギニアは、『レコン・キスタ』による反乱に始まり、アルビオン王家の消滅、神聖アルビオン共和国の樹立という出来事があり。

 トリステイン・ゲルマニアの軍事同盟、さらに、神聖アルビオン共和国との不可侵条約の締結。そして、それを破っての開戦。

 トリステイン・アルビオン・ゲルマニアの3国による“アルビオン戦役”の勃発、これは8か月にも及ぶ長期戦となる。

 降臨祭近くに、トリステイン・ゲルマニア連合軍によるアルビオン侵攻、その失敗と、ガリアの参戦。神聖アルビオン共和国の崩壊、そして、アルビオン王家の王政復古。


 これにより、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア、ロマリア、ガリアによる5カ国同盟、すなわち王権同盟が結ばれたものの。ロマリアが発動した“聖戦”によって、その平和は破られる。

 しかし、ロマリアの“聖軍”は全滅。宗教庁はその権威と戦力を失い、ロマリア連合皇国は解体。各都市は次々にガリアに併呑され、ついにロマリアは完全に滅んだ。

 そのため、この聖戦は“最後の聖戦”と呼ばれることとなる。


 その後、ゲルマニアのガリア侵攻と、国境における王と皇帝の対峙を経て、ガリアとゲルマニアの間に友好条約が結ばれる。

 さらに、トリステイン、アルビオンとも友好条約は結ばれ。トリステインからはその証として、ロマリアの民を救うために活動した。“蒼翼勇者隊”と“水精霊騎士隊”がガリアに派遣される。

 派遣というよりは、ガリアに贈られたといった表現の方が正しい。


 そして、トリステイン・アルビオン連合王国が宣言され、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世、ガリア王ジョゼフは共にそれに同意し、祝いの言葉を贈った。


 こうして、ハルケギニアには平和が到来し、これは、その平和を祝う式典、というか祭りとなっているわけだ。

 そのため、出席しているのは人間だけでなく、“知恵持つ種族の大同盟”の方々も参加し、“エンリス”からも大使としてエルネスタさんが来ている。


 「そういえば、テファと会ったんだったか」


 エルネスタさんは、テファのお母さん師匠に当たる方だそうで、テファの母さんが昔どんな人だったかを知る人だ。


 「これからは、テファが“大同盟”の中心になっていくだろうな」

 テファの慈愛はどこまでも深い。

 彼女が中心になれば、東方にいるという、さらに多くの“知恵持つ種族”とも同盟を結べるだろう。


 「しかし、ふと思うと、虚無の担い手は完全に二極化したなあ」

 陛下、ルイズの闇組。

 テファ、リオ君の光組。


 「片や、慈愛に満ち、人を愛し、他人のために尽くせる素晴らしい人達」

 テファとリオ君なら、世界をいい方向に導いていけるだろう。


 「片や、自らの欲望と快楽の為に“虚無”の力を使い、そのためなら何でもやり、他人に尽くさせこき使う最悪の人達」

 陛下は『ゲート』で人を馬車馬の如く働かせるし、『加速』で俺をおもちゃにするし、ルイズは『幻影』でめぼしい女の子を捕食しているとか。


 うん、まさに光と闇。

 特に後者は、この世にいない方がいいかもしれないなあ。


 「だが、その後者二名によって古き世界は崩された。そして、新しい世界の人々の心の支えになるのは前者の二人だろう」


 よくバランスがとれている。適材適所というやつか。


 「そして、世界を壊したことで、陛下の役割は終了した。後は最後の大仕事のみ」

 陛下はあれで46歳。

 ルイズ、テファ、リオ君に比べれば、一つ世代が前なのだ。


 「それを言うならアルブレヒト三世や、マザリーニ枢機卿も同じだけど、ガリアは既に王がいなくても機能する」

 そういう風に陛下が立案し、作って来たのだから。

 実際に作ったのはイザベラや九大卿だが、それらの総指揮、さらに、制度の作成にあたったのは陛下だった。

 しかもそれを、“ラグナロク”と並行しながら行ったわけだ。


 「本当に、6000年に一度の逸材だ。陛下みたいな人間が生まれるのは、また、世界の在り方が変わるときくらいだろう」

 6000年前、始祖ブリミルが生まれたことで、“ハルケギニア世界”は誕生した。

 それまで先住種族がとびとびに住んでいたそこに、人間の社会が出来あがった。

 そして今、始祖を神格化し、先住種族を排斥してきた宗教庁は消滅し、新しい世界となった。


 ブリミル教の最大の問題点は、基となる教えが存在しなかったことにある。

 地球の宗教なら開祖の教えを基に、時代を経て、人々考え方や暮らしに合うように変化して来たのだろうが(専門家じゃないから自信はないが)、ブリミル教には基がなかった。

 聖典にあたる“始祖の祈祷書”の原本が白紙というとんでもない代物なのだから、利用し放題、内容が異なる祈祷書だけで図書館を作れるくらいだったからな。

農村レベルでは、日々の暮らしの中での、儀礼的な部分に利用する程度の認識でしかなかった。現在の大半の日本人にとっての仏教や神道か、中国の儒教か、もしくはヒンドゥー教に近い性質をもっていたようだ。専門じゃないが、たぶんどれかがあてはまるはずだ。しかし、都市部や、貴族の認識では、宗教の最悪の部分だけを抽出した存在となっていた。

 自分達に逆らう者は“異端”、異なる者は“異端”、だから排除する。そのためには何をやっても神は許す。自分たちこそが正しい、貴族や神官に逆らう者は悉く死ねばいい。まさに、人間の負の部分の具現のような存在だ。


 故に、平民にとっての“ブリミル教”と、貴族、神官にとっての“ブリミル教”は似て非なるものどころか、完全に別物といえた。

しかし、その認識は薄かったようだ。ま、貴族が平民を虐げた結果、平民はより弱いものを虐げ、村社会における異端の迫害に使用されたりもしたからな。“貴族のブリミル教”はそういう形で平民に染み込んでいったわけだ。

 “貴族のブリミル教”は逆らう者を抹殺し、平民を虐げ、搾取する根幹であり。“平民のブリミル教”はあくまで暮らしの中での儀礼的な部分の指標だったのだから。

 要は、両者にとって、“自分達の為の宗教”だったわけで、“自分達の在り方を肯定する為の理由”とも言える。必然、社会で上位に位置する者達が、下位の者達に自分達の価値観を押し付けることとなってきた。


 ブリミル教は周囲に害悪しか与えない、存在そのものが終わってる宗教であり。同時に、平民が暮らす上では、特に問題がない宗教でもある。

 故に、根を絶つ必要がある。汚染源を取り除けば、治療は可能になる。

 だからこそ、ロマリア宗教庁と腐った封建貴族をまとめて片付ける必要があった。それさえ済めば、最も政教分離がやりやすい宗教になり、人々のために存在する無害なものに出来る。一般の平民が暮らす上で、先住種族を異端として排除する必要など、どこにもないのだ。それを嫌ったのは、“系統魔法”という奇蹟とは異なる“先住魔法”によって、自分達の優位性が奪われることを恐れた者達なのだから。


 “衣食満ちれば、礼節を知る”だったかな?

 自分達の生活に不安がなく、ゆとりがあれば、村社会というのも結構おおらかで、よそ者でも歓迎するものだ。

 逆に、ゆとりがないと、僅かな問題でも致命傷になりかねないので、問題を起こしそうな奴は徹底的に排除することになる。

 だから、腐った貴族や神官の排除と同時に、平民の生活水準の底上げも同時に行ってきた。


 ま、色々な部分で矛盾や軋轢は出るだろうが、価値観を変える以上、そこは避けられない。ティファニアやリオ君の活躍に期待したいところである。



 そして、ガリアという国がその方向に進む以上、貴族の権威を支えてきた王家も、その役割から解放される。

 今のガリアの平民にとっては、別に存在しても問題ないのだろうが、いいかげんこっちは疲れるのだ、そろそろ解放してほしい。

 かといって、これまで散々搾取して、6000年も支配しておきながら、いきなり放り出すのは無責任の極み。だから、王家が無くとも、民がそのまま生活していけるように、王家の代わりに神官や封建貴族が台頭して支配しないように、ここまで体制を整えてきた。

 ま、要は自分達にかけられた、ガリア王家という6000年の呪縛から解放されるために、ここまでやってきたのだ。


 俺達にだって、自由に生きる権利があってもいいだろう。


 要は選択すること、自由を代償に、王族として優雅で豪華な生活をするか。自由を得る代わりに、一個人として生きるか。


 政争(シャルル)、簒奪(ジョゼフ)、憎しみ(イザベラ)、身内殺し(ハインツ)、そして復讐(シャルロット)。

 それを義務付けられた、宿業の家だった。


 「いよいよその最後の仕上げ、ガリア王家が滅ぶ時がきた」

 宿業の血は、その呪いから解放される。


 「さあ、茶番劇(バーレスク)の始まりだ」











■■■   side:マルグリット   ■■■


 私は今、リュティスにいる。

 というのもハインツから、

『式典といっても、それまでにまずはお祭り騒ぎがあります。一週間に及ぶ祭りの最後に、陛下の演説と、重大発表があるわけですから、それまでに子供達に思いっきり遊ばせてやって欲しいんです。せっかくの大宴会ですからね』

ということで、皆でリュティスまでやってきた。


 確かに、リュティスはお祭り騒ぎで、子供達もおおはしゃぎだったわ。

 あちこちに様々な露店が立ち並び、ガリア中から行商人が集まり、さらにはゲルマニア、アルビオン、トリステインからも多くの人々がやってきている。

 リオ君とアルド君が見てくれていなかったら、何人かは間違いなく、迷子になっていたでしょうね。

 アルド君がたくさんの小鳥を子供達と一緒に行動させてくれていたから、一人もはぐれることがなかったけど。



 そして、先住種族の方々もたくさんいて、私を治療してくださったエルフの方も祭りに参加していた。

 私が礼を述べると、

『いえ、それには及びません。我はハインツとの約束を守っただけですので』

という答えが返ってきたわね。


 エルフの方々も色んな出し物を企画していて、風の力を利用した空中遊泳体験だとか、水の力を使って作った巨大プールだのがあったかしら。

 それには水中人の方々も協力なさっていたみたいだし、翼人やリザードマン、その他の種族もそれぞれの特性を生かした出し物を考えてきたみたいだったわ。

 特に、巨人族の肩に乗って歩き回る、“巨人体験”に子供達は夢中だったわね。


 「本当に、皆が笑い合える平和な国になりました」

 夫が夢見た、平和なガリアがそこにはあった。

 そして今、その大宴会もたけなわとなり、王の演説を残すのみ。

 子供達はティファニアさんとマチルダさんに預け、私は今、王族の特別観覧席にいる。


 今は私もシャルロットも、ここにいることが許されている。もっとも、あと数時間で意味がないものになるけれど。

 シャルロットはサイト君と一緒に、“蒼翼勇者隊”の皆さんと共にこの式典に参加しているから、ここにはいない。

 だから、ここにいるのは私とハインツだけとなる。イザベラは宰相としての場所にいるから。


 「だけど、貴方はここにいていいのかしら?」


 「大丈夫ですよ、俺の公式的な立場はヴァランス領総督、宮廷監督官、陛下の近衛騎士団団長、その他多数、そんな感じですから。どこにいればいいのか誰も分からないんです。ですから、どこにもいなくても大丈夫です」


 「だから、王族としてここにいるのね」


 「ええ、貴女もそうでしょう? この式典だけは、王族として参加する必要があった。未来に生きるイザベラと、シャルロットには必要ありませんが」

 流石ね、人の心情を察知することに優れているわ。


 「ええ、これだけは、果たさねばなりません」

 特に意味があるわけでもないけど、それでも、ここにいなければならないでしょう。


 「ですね。ガリア王家が消滅するこの日だからこそ。オルレアン公は、どう思っているでしょうか」


 「あの人なら、きっと微笑んでいるでしょう。だって、民が笑顔でいるんですから」

 あの人はそういう人だった。民の笑顔を見ることが何よりも好きで、いつも民のことを考えていた。そして、同じくらい、私とシャルロットを愛してくれた。


 「彼の犠牲は、決して無駄にはしません。その思いが一番強かったのは陛下でしょう」


 「ええ、そうでしょう。ジョゼフ殿はそういう方です」

 責任感が強い方だった。

 そして、誰よりも夫のことを理解していた。おそらく、妻の私よりも。

 私には、彼らの会話の内容が分からないことが多かった。両者共に卓越した知性と才能を持つが故に、対等に話せるものに会えること自体が珍しかったのでしょう。

 特に、陛下はその傾向が強かったはず、陛下を理解できるのは夫しかいなかった。

 だけど、魔法以外のどの面でも、陛下は夫の上をいかれた。そしてそのことに陛下自身が気付いていなかった。


 それが、最大の悲劇だったのでしょう。


 「王家の宿業は、ここで終わります。俺達で終わらせます。もう、イザベラやシャルロットが、身内で争うことはありません」


 「はい、それだけで十分です」

 たったそれだけのことが、6000年もかけないと実現できなかったなんて。

 本当に、宿業の家だったのですね。



 『よくぞ集まってくれた。この平和を祝う式典にこれほど多くの民が参加してくれたことを、心から嬉しく思う』


 そして、陛下の演説が始まった。










■■■   side:ハインツ   ■■■


 陛下の演説は、静かで、流れるように続いた。

 平和のために存在した犠牲、だからこそ、平和は尊いものであるということ。

 この“聖戦”から始まる戦争がなぜ起こったか、宗教というものが権力と融合した時、何をもたらすか。

 他者を排斥し、聞く耳を持たず、自分の価値観を他人に押し付け続けることが、以下に危険であるか。


 だが同時に、人は話し合うことが出来る。だからこそ、“知恵持つ種族の大同盟”の方々がガリアの民を狂信者から救うために協力してくれたこと。

 皆で話し合い、理解し合い、協力し合えば、世界をよりよくできること。

 その“世界”というのは、何もこのハルケギニアやより広大な世界を指すのではない。

 自分の生活、自分の家族、親しい友人、隣の家に住む人達。そういったものが“世界”であり、それが繋がることで、村、街、都市、国家、世界が出来あがっているということ。



 陛下の演説は素晴らしかった。

 これまで学問に触れたことがない者でも、家族や友人、隣人はいる。その例えなら、誰でも理解できるだろう。

 それを、誰もが理解できるように、その演説にはあらゆる工夫がされていた。

 陛下が地球の思想書や、精神理論、統合無意識や、大衆心理など、そういった本を収集し、全てをその頭脳に収めたのは、この日のための布石だったのだろう。


 俺以上に、陛下はこれまでずっと活動を続けてきた。

 虚無研究、ルーン開発は全てが陛下の管轄。“魔銃”やヨルムンガント、“着地”や“迷彩”なども、構想を練ったのは陛下だった。

 同時に、九大卿を頂点とする中央省庁の編成、新たな国家制度の確立。ロマリア宗教庁が崩壊した後のガリアにおけるブリミル教をどのように扱うか、トリステインやアルビオンの宗教庁とどのような関係を築くか、“平民のブリミル教”を、政教分離をしつつ、人々の生活の指標となるようにすること。そのための政策。

 トリステイン・アルビオン連合王国への対応、アルビオンの飛び地をどのように返還するか、ゲルマニアとの今後の関係、“ネフテス”、“エンリス”との交流、そして、“聖地”を今後どうするか。


 具体的には、人間とエルフだけだと揉め事になりそうなので、ここはあえて他の11種族に管理をお願いする。

 そして、6000年の歴史を持つ観光名所として、いつでもハルケギニア人も、エルフも、東方人も訪れることが出来るようにする。『シャイターンの門』なる危険区域には、先住種族の方々が協力して、亜硫酸ガスなどが吹き出るようにして、近づく者が出ないようにする。

 これからは、行きたい者はいつでも“聖地巡礼”に行けるようになるし、純粋に異国情緒を楽しむ観光ツアーとしても十分機能するし、さらには“エンリス”や東方との交易の中継地としても活用できる。


 色んな種族が協力すれば、戦争などせずとも、いくらでも平和的な落とし処は見つかるものだ。


 そういった新世界の構想を練ったのも全て陛下であり、そのために既にイザークが活動している。

 オルレアン公が亡くなってから、陛下はずっとこの国の為に働いてきた。まるで、彼の分も担うかのように。

 それをずっと支えてきたのはシェフィールドさんだ。そして、その手足となってきたのが俺なわけだが。

 “知恵持つ種族の大同盟”も、立ち上げたのは俺だが、それを考え、実行させたのは陛下。何か問題が起こった際、対応策を既に練ってあったのも陛下だった。

 他のどんな事でも、俺はあくまで実行者であり、演出家に過ぎなかった。脚本家は常に陛下だったのだ。


 まったく、あの人はどこまで凄いんだろう。


 そして、流れるように続いた演説も、いよいよ終わりを迎える。



 『今のガリアはそういった新しい国家を目指す。故に、もう王家は必要ない。これからは、民が選んだ指導者が国を導いていく、そして、貴族ではなく、国家に仕える者達がそれを支えていく。まあ、要は現在と変わらんということだ』

 最後の一言は重い。

 今のガリアは王がいなくとも機能出来る。貴族は既になく、法衣貴族は最近では“お役人さん”や“軍人さん”、もしくは保安官などとしか呼ばれていない。

 司法特権を持たない彼らは、自分の仕事に関する部分以外では、平民と同じ権利しか持っていないからだ。

 だから、王家がなくなっても、平民にとっては何も変わらない。意識は変わっても、実生活に影響が出なければ問題はない。


 日本でも、総理大臣が死んだり、天皇が崩御したりすることよりも、消費税の引き上げの方が一般国民にとっては余程大問題だろう。

 というより、日本ですら、今の首相の名前を知らない者はいるのだ。いくらでも知れる機会があるにもかかわらず、民主国家であるにもかかわらず。


 だから、そういった考えがまだ浸透していないハルケギニアならば尚更だ、才人には違和感があるかもしれないが、そんなものなのだ。


 『トリステイン・アルビオン連合王国は世襲によって指導者が定まる王制国家。ゲルマニアはその時代における最も有力な貴族が次の皇帝となる、実力主義の帝政国家。そして、ガリアは民が自分達の手で指導者を選出する共和制国家となる。もっとも、それが実際に機能し始めるのは後30年近くは先になろう。焦ることはない、少しずつ変わっていけばいい』

 まずはそんな感じだ。少しずつだ。


 『異なる制度の国家でも、共に繁栄することは出来る。なぜならば、異なる種族とでも協力出来るのだから。そして、世界は多様であるからこそ意味がある。そこには未知なるものが溢れ、様々な交流がある』

 人は分かり合える。それを示したのはティファニアだったか。


 『故に、ここに宣言する。本日をもって王制は廃止し、ガリアは共和制国家となる。ガリア王家は、ここに6000年間の歴史を終えることとなる。始祖ブリミルが願ったことは、民の安全と繁栄である。そのために自らの血を王家として残した。だが、今のガリア王家は、その役目を終えたのだ』

 そう、役目は終わった。民が安全に暮らせる機構が出来るのであれば、もう、王族が国に縛られる必要はない。


 『しかし、いきなり全てが変わったのでは、諸君らにも不安が残ろう。我々とて、民を見捨てるわけではない。故に、共和制の最初の指導者、すなわち執政官だけは俺が選ぶ。イザベラだ。今も宰相を務める我が娘を。次代の指導者となす』


 そして、王に最も近い席に座っていたイザベラが立ち上がり、王に向かって歩を進める。


 『これからは、己の権威を示すための王冠は必要ない。民を守る力、民を導く指標として、杖を持ちて統治せよ』

 そう言いながら、陛下は王冠を取り。杖をイザベラに投げ渡す。


 イザベラは杖を受け取り、高く掲げる。

 系統魔法が使えないイザベラが、杖をもって統治する。それこそが、次代のガリアを象徴する。

 ここに、指導者の交代は果たされた。


 『王として、最後に全ての民に命ずる。執政官を頂点とした共和制国家を実現し、幸せに暮らすのだ。もう、ガリアに王は必要ない』

 そして、陛下は腰に下げた剣でもって、王冠を真っ二つに切り裂いた。


 王が、王冠を捨てるのではなく、破壊した。


 ここに、ガリア王家は、終焉を迎えたのであった。












■■■   side:シャルロット   ■■■


 式典は終わり、リュティスは祭りの後の静けさに満ちている。


 私は今、グラン・トロワに居る。

 その理由はあの人に会うため。あの人に会って話をしなければ、私は前に進めない。これは私にとって必要不可欠な儀式。

 一年前の私なら、きっと杖を握り絞め、殺意を抱きながら、あの人の姿を探したに違いない。

 でも、今の私は違う。あの人がどういう思いで、どういう考えで、今まで生きてきたかを、全部じゃないけど知ることができた。

 だから私の心は静かなままで、あの人の許へ行く事ができている。

 そして、私の足はあの人が居る場所へと、たどり着いた。


 


 そこはグラン・トロワの西側にある庭園だった。

 この西側の庭園は、他の庭園と異なり、美しい花や噴水といったものは無い。ここは芝草がほとんどで、ところどころに木々が生えている、草原のような場所。この場所は、王族や貴族が、王宮内で屋外の遊戯――乗馬や魔法の模擬戦――をするための場所で、子供の、特に遊び盛りの少年たちの遊び場でもあった場所。

 だから、今から数十年前の日々に、ここで青い髪の少年が2人、とても仲良く遊んでいることもあった。

 自分たちの未来のことなど考えず、ただ無邪気に遊ぶ少年たち。いや兄弟。兄は弟を気遣いながらも引っ張りまわし、弟は一生懸命兄についていこうとする。兄弟は互いのことが誰よりも好きだった。

 この庭園に入った瞬間、私はそんな幻を見た。




 その人はそこにいた。

 彼はただ黙って芝草に立ち、庭園を眺めていた。その姿は神に贔屓されたように美しい。けれどこの人はその神を滅ぼした人。だけど、その姿は凪のように穏やか。
 今見た幻は、この人が、今心に想っていることかもしれない。馬鹿な考えかもしれないけど、私にはそう思えた。

 私はその人に近づいていく、彼も私に気づいた―いや、初めから気づいていただろう―ようにこっちを向いた。

 その人の顔はやはり穏やかだった。


 「来たか、シャルロット。来ると思っていた」

 声も穏やか。私がここにこの人が居るのがわかっていたように、この人も私がここに来ることがわかっていた。

 でも少し違う。この人がここに居ることがわかっていたのは私じゃない。別の誰かが私をここに連れてきた。それはきっと…

 
 「シャルルが… お前をここに、連れてきてくれたのだろうな」

 きっとそう。父様に導かれて私はここに来た。

 そして私は口を開く、以前の私なら、やはりすぐさま魔法を放っていたことだろう。でも今は違う。そんな真似はできないし、したくない。


 「貴方に、言っておきたい事がある」


 「聞こう」

 
 私は、少し息を吸って吐き出す。心の中は平静、大丈夫、ちゃんと言える。


 「私は、貴方のことを憎んでいた。父様を殺したこと、母様の心を狂わせたこと、そして何より父様を裏切ったことで」

 最後にひとつは、私自身もすぐには気づかなかった。でも、ハインツとイザベラ姉さまと接しているうちに、その憎しみの理由に気づいた。


 「裏切る、か」

 彼の声に少しだけ疑問の響きが混ざる。きっと、わかってはいるけど確信はできないのだろう。

 
 「そう、父様はよく私に『僕の兄さん、つまりシャルロットの伯父さんは、とってもすごい人なんだよ』、『兄さんならきっといい王になれる』、『僕は兄さんの横で支えていきたい』と言っていたから。私は貴方が、そんな父様の想いを裏切ったことが、父様の心がまるで通じてなかったことに怒りを覚えた」

 今思えば、あれは私じゃなくて、父様が自身に言い聞かせた言葉なんだ、ということがわかる。

 父様を支持していた貴族が、この人の悪口を言うたびに、いつもそれを窘め。時には厳しく注意していた。それもすべて、父様自身への訓戒だった。


 「でも、違った。裏切ったのは父様のほうだった」

 この人を廃嫡にし、王になろうとしてしまった。


 「そうだな、あいつもまた闇に心を囚われた。純粋なあいつはなおさら深く呑まれたのだろう。だがそれだけではない。あいつの立場では、そうとしかなれなかったのだ」

 確かにそう。あのときの私は、箱庭の中の幸福に浸かっていたから、外界のことは知らなかった。当然、父様の苦悩も知らなかった。でも今はわかる。

 父様は、自分を支持している人たちを見捨てることができなかった、自分の欲と権力のために動いてた大貴族たちではなく、純粋に父様の人柄を慕ってきている人たちを。その人たちへの責任と、子供のころからの“兄に勝ちたい”という思いが合わさり、ただ一度の、そして最大の過ちを犯してしまった。

 だから、二人は王族じゃなければ、そして“魔法絶対”なんて価値観が無ければ、兄が先頭に立ち、弟が後ろで支える、互いが足りない部分を補い合うという、理想的な形で国家を盛り立てることができたのに。

 なんて残酷な運命。互いは誰よりも深く愛しているのに、周囲と立場がそれを阻む。神なんてものがいたら、そいつの性格は最悪だ、許せない。だからこの人は滅ぼしたのだけど。

 
 「私は貴方を赦します。父様を失って、私は心を閉ざしたけれど、貴方は失ってしまったのだから」

 今の私はこの人を憎むことはできない。母様も治ったこともあるし、そのためにもっとも尽力したのは、実はこの人だったから、ハインツがそう教えてくれた。 

 失ったこの人の心を戻したのはハインツ。闇に呑まれて虚無に陥ったこの人を、闇の極光で虚無の底から弾き出す、みたいな方法だったけど。

 私に言葉に、彼は少しだけ驚いたような表情をした。


 「あいつから聞いたのか」

 “あいつ”とはきっとハインツ。いつも色々教えてくれたのはハインツだけど、今回は違う。


 「いいえ、私たちのリーダーのルイズから。ルイズはイザベラ姉さまから」

 
 「イザベラか、なるほどな」

 彼はフッ、っと笑った。

 
 「閉じていた私の心を開いてくれたのはハインツ。有無を言わさず強引に、だったけど。そして、その心を暖めてくれたのはイザベラ姉さま」

 いつも二人に守られてた。でも、そうするように見守ってたのはこの人。


 「ハインツは、そばに居ようとしても、いつの間にかいなくなってるような人だから、支えることができないと思う。だから、私はこれからイザベラ姉さまを支えていきたい。いままで、ずっと支えられてきたから」

 それが私の望む、これからの自分の生き方。それをこの人に告げなければいけないと思う。









■■■   side:ジョゼフ   ■■■


 「私はこれからイザベラ姉さまを支えていきたい」

 シャルロットのその言葉を聴いた瞬間、自分の中にひとつの情景が浮かんだ。

 過ぎた日の中で交わした幼い誓い。けれどそれは絶対だったもの。何者にも譲れなかった想い。

 場所はやはりこの場所、青い空の下、緑の芝草が風にふかれている中で、2人の子供が遊んでいる。

 自分と弟。まだ10を越えたばかりのころ。あのころは、自分たちの未来は明るいものだと理由も無く信じていれた。



 『ねえ、兄さん。兄さんが父さんの後を継いで、王様になったらさ。僕に兄さんの手伝いをさせてね』

 
 『何言ってるんだシャルル。俺は魔法が使えないんだぞ、王になれるわけ無いだろ』


 『そんなことないよ! 兄さんはとっても頭が良いじゃないか。それに、父さんだって”王たるもの、魔法だけが優れていては駄目だ。あらゆる…”え~と」


 『”あらゆる分野において長じていなければならない”、だろ』


 『そう、それ。だからさ、兄さんが魔法ができないなら僕がいるよ、2人がそろってれば問題なし、でしょ?』

 
 『そうだな、お前がいてくれれば心強い。そうか、それなら俺も王になれるか』


 『うんうん、それに、兄さん飽きっぽいところあるから、そういうところも僕がしっかりしないとね』


 『おいおい、さっき褒めたばかりなのに、もう貶すのか』

 
 『違うよ、事実さ。兄さんのことは僕が一番知ってるからね』


 『お前には敵わんな。だが、ガリアは簒奪の国で、兄弟は争うもの、なんて言われてるが、そんなものは俺たちでひっくり返してやろう』


 『もちろんさ、僕と兄さんで出来ないことなんか無いよ』

 

 『ああ、俺たちでガリアを良くしていこう。きっと出来る。俺と、お前、2人で作る新しいガリアだ』


 『きっと世界一の国にできるよ。だから頑張ろう、いつまでも、2人、一緒に……』







 シャルル……見てるか、俺たちが取り落としてしまった夢を、今、俺たちの子供が果たそうとしてくれている。

 なあ、シャルル。俺は今幸福だ。お前と遊んだあの頃と同じくらいにな。もう二度とこれほどの充足感を味わうことは無い、と思っていたんだが。

 今の俺を見てお前はどう思う? 祝福してくれるか? それとも『自分ばっかり』と文句を言うか?

 いや、シャルロットを連れて来てくれたのだから、お前も喜んでいるのか。

 だがこればかりは、本人に聞かないとわからんからなぁ。

 なあ… どうなんだ… シャルル……








■■■   side:シャルロット   ■■■


 私の言葉に、彼は少しの間、目を閉じて黙っていた。きっと父様との想い出を浮かべているのだと思う。理由は無いけどそう感じる。

 そして、目を開けて彼は言う。変わらず、穏やかな声のままで。

 「そうか、そうしてやってくれ。イザベラはしっかりしてるが、何でも背負い込もうとするからな、そのいくつかを持ってやってくれ」

 きっとハインツが姉さまの支えになってくれるだろうけど。私も姉さまを支えたい。これは私がしたいから。私の意志。

 だから、胸を張って言おう。この言葉を言うのは、少し勇気が要るけど大丈夫。今のこの人は父様と同じ雰囲気がするから。


 「はい、任せてください、伯父様」

 言った。言い切った。言ってからすこし、いやかなり緊張してきた。

 伯父様は、私の緊張よりも、はるかに大きな衝撃があったようで、かなり驚いている。この人でも読みきれないことはあったよう。

 そして、優しく笑い私に言う。この笑顔は父様と同じだ……

 
 「伯父、か。そう呼んでくれるか」


 「はい、父様の兄様だもの」


 「たしかにそうだな」


 伯父様はククっと笑い、そして真剣な表情になって言う。


 「シャルロット。俺はガリアの王として、お前に謝罪は出来なかった。してはいけなかった」

 それはわかる、今ならわかる。父様を殺したことを“過ち”として認めれば、ガリアは不安定になり、きっと内乱が起こる。ちょうどアルビオンモード大公の件の時のように。


 「だが、今の俺は王ではない。それは捨てた。だからお前の伯父、いや、一人の人間としてお前に謝ろう。すまなかったな、お前の家族の平穏を奪ってしまった」

 きっとこれはけじめ。私と伯父様の間のけじめだ。これをすることで、私たちはそれぞれの未来へ進める。

 「ありがとう。私は貴方の謝罪を受けます。それに、私はもう貴方を憎めません」


 「それは少し違うな、シャルロット。憎めない、では無く憎まないのだ。相手にどんな事情があろうと、復讐を完遂させる者もいる。お前がそれをしないのは、おまえ自身の優しさによるものだ。シャルルによく似ている…」

 私の言葉に、すぐさま返す伯父様。少しびっくりした、それとちょっと照れくさい。


 「ああ、すまん、俺の悪い癖だ。どうも理屈っぽくなっていかんな」

 これは伯父様の性分。きっと、この人の理屈や議論に付き合えるのは、ハインツだけなんだろうな、って少し思った。


 



 私から伝えるべきことは言ったし、伯父様から聞くべきことも聞いた。

 シャルロット・エレーヌ・オルレアンが、この場ですべきことは全てした。

 私たちは通過すべき儀礼を終えた。だから、聞きたいことは後ひとつだけ。


 「貴方はこれからどうするの?」

 私がそう問うと、彼はすこし悪戯っぽい顔をした。

 「まずはミューズ、ああ、ミョズニトニルンのことだ、の故郷へ行くことにした。まあ、4年遅れのハネムーンと言ったところか」


 「ガリアには戻らない?」


 「いや、戻る。だが、もう王ではないから、悠々自適の日々を送るな」

 むう、それはずるい。姉さまはきっと凄く忙しくなるのに。

 
 「まあ、理由は色々あるが… それは良いだろう。だが、連絡手段は伝えるから、何か困ったことがあれば言え。相談くらいは乗ろう」

 少し以外だった。でもすぐに納得。この人は一見無責任だけど、しっかりと責任は取る人だから。

 何せ父様の兄だもの。


 「わかりました。じゃあ、これで一度お別れを」


 「そうなるな、元気でな、シャルロット。いい子を産めよ、シャルルの孫の顔を早く見たい」

 !? な、なにをいきなり? どうして私とサイトのことを!?

 
 「お前のことを何でも知ってる陽気な道化が言ったのだ、近い将来そうなると」


 よし、殴ろう。サイトと一緒に。


 「まあ、なんにせよ良きことだ。幸せにな、シャルロット」

 
 最後にそういって伯父様は笑った。その言葉は伯父様一人のものではないと、私は感じた。






















 けど、その前にひとつ。


 「伯父様、最後にひとつ良いですか」


 「む、何だ」


 「いえ、これから私がする行為を、黙って受けてほしい」


 「まあ、かまわんが」


 と、伯父様が言った瞬間、私の左ストレートが炸裂していた。


 「…?」

 綺麗に入ったけど、ダメージはほとんど無し、きっと普段から鍛えてるんだ。侮れない。


 「これはシャルロットではなく、『ルイズ隊』の遊撃兵・タバサとして行動です。隊長の“いままで散々人の悪い脚本で、人を振り回した野郎の顔面に、思いっきり私たちの思いの結晶をぶつけてやってきなさい”という命令を実行しました」

 多少すっきり、“タバサ”としても文句はたくさんあったんだから。

 ルイズは「人数分殴って来い」って言ってたけど、タバサは良くても、シャルロットとしては、これ以上伯父様は殴れないので、みんなには申し訳ないけどやめておく。


 「ではこれで」

 ペコっとお辞儀をして私は庭園を去る。

 背後で、「これは予想してなかったな」という苦笑が聞こえた。








■■■   side:イザベラ   ■■■


 こうして、一つの幕が下り。最後の幕が上がる。


 式典から1週間が経過、ガリアは表向き平穏そのもの。


 「しかしまあ、あの青髭もよくこんなこと考えるわよね」

 逆転の発想というか、なんというか。


 「“絶対的な力を持つ専制君主による共和制の強制”か、確かにとんでもないな。俺の方の歴史でもそんな馬鹿げたことはなかったな。というか矛盾している」

 ハインツも同じ感想みたい。

 事前に知ってはいたし、あの杖を投げるシーンは何度も予行演習を繰り返したけど。


 「専制君主は、共和制に移行した時点でその力を失う。だから、元王の言葉に従う必要なんてないんだけど」


 「あにはからんや、“ガリア王”ではなくなっても、“虚無の担い手”であることは変わらない。彼の力はその権力ではなく、60万もの軍勢を一瞬で転移させたその奇蹟。圧倒的な力を持つ巨大騎士人形。そして、艦隊を一瞬で焼き尽くす直系20リーグもの巨大な炎。そういったものだ。故に、王でなくなっても、その気になればガリアを焼き尽くす程度は容易い」

 とんでもないことだけど、その通り。


 「だから、国民は彼の言葉に従わざるを得ない。まあ、それがなくともそうなるでしょうけど、なにせガリアの民にとっては“理想の王”だったからね」


 「俺らにとっては“最悪の悪魔”なんだけどな、世の中理不尽だ」

 そうなのよね。


 「まあ、民衆にとっては何も変わらないわ。実験はアルビオンで済ませてるし、指導者が変わろうが、共和制に移行しようが、実生活に影響がなく、治安が良くて税金が安ければ問題ない。ってのは実証されてるからね」


 「だな、それに、共和制の理念を肌でわかるのは、これから生まれてくる子供の世代が大人になった頃、後30年くらいは経ってからだ。それまでにゆっくりと変えていけばいいさ」

 確かに、焦っても意味はない。


 「ってことは、4代目執政官のあたりかしら?任期は10年だし」

 あまり短いと長期的な政策が実行できない。しかし、あまりに長いと、政治が淀む可能性もある。

 ま、その辺は状況をみながら、臨機応変に変更していくしかない、けど、変えるのは民意によって、この大前提を守りつつだけど。


 「ま、そんなとこかな。共和制ローマは何年だったかな? 近代国家の民主制よりも、むしろあれに近いからなあ」

 ああ、地球の政治体制だったかしら。


 「こっちとは大きく違うのかしら?」


 「そう変わんないかもしれないが、絶対的に違う部分がある」


 「それは?」


 「魔法はおろか、超常的な力が一般的じゃない。つまり、簡単に言えば人間の力が弱い。だから、向こうの人間には絶対にこっちの感覚を理解できない。ルーンを刻んでルーンマスターになりでもしない限りはな。才人がこっちの感覚を理解できたのは、彼自身が超常的な力を持ったからだ。だから分かる、メイジが威張る理由が。そして思う、これは間違ってると」


 確かに、ルーンの力を持たない平民しかいなくて、エルフやその他の先住種族が存在しない、グリフォンや竜といった幻獣も存在しない、精霊も存在しない。そういう世界を私が理解するのは不可能だわ。


 「ここはハルケギニアであって地球じゃない。ハルケギニアにはハルケギニアに合った政治体制が必要だ。だから、向こうの政治体制とかは参考にはなっても、こっちに合うように改造する必要がある。ま、そんなことが出来るのは陛下くらいだし、そんなとんでもないのは6000年に一度くらいだろう。何せ、今の俺よりも地球について理解してるぞ、あの人」


 「ほんと、よくあんなのが生まれたわね」

 我が父ながらそう思う。そして、どうしてあそこまで性質が悪いのか。


 「けど、そんなのは普通いない。特殊な力を持たない地球人にはこっちの世界は理解できない。向こうの世界の考えじゃあこっちの世界は計れない。同時に、こっちの世界の人間には向こうの世界は理解できない。何せ、“異界”だからな。何もかも自分の常識にあてはめて考えること自体が間違いだ」


 「あんたも十分異常だしね」


 「今となっては結構昔のことだからちょっと断言はできんが、地球人には個人で生き抜く能力を持つ奴はまれだ。国家や社会に守られていないと、生きることは難しい。だから、こっちよりも何倍も複雑な法で社会をがんじがらめにして生きている。今の才人が戻ったら、息苦しさを感じるだろうな」

 成程、力が無いが故に、集団で生きる。だから、その秩序を乱す者を許さないのか。


 「こっちの平民もそういう存在だった。が、メイジはそうじゃない。魔法一つあれば、どこでも生きることが出来る。つまり、生きることに自信があるんだな。それこそが、メイジと平民の決定的な違いであり、メイジが支配階級として君臨してきた理由だ。平民は互いに連合して、複雑な法で縛りあげる道ではなく、メイジに保護してもらう道を選んだ」


 「最初期はそれでよかった。貴族は平民を魔法で守り、平民はその代りに貴族に尽くす。それが、始祖ブリミルの時代のハルケギニア世界だった」

 もっとも、始祖ブリミルの子供の世代、と言うべきでしょうけど。


 「ああ、だがそれは時代を経て腐った。あのロマリア宗教庁や、ガリア王家の闇なんかがその象徴だな。“貴族のブリミル教”は最悪の存在になり果てた。だから、ぶっ壊したんだけどな」


 「今なら、平民はルーンマスターになれる。つまり、メイジと同じように、自分の能力で生き抜くことが出来る。つまり、生きることに自信が出来るわけね」

 それが、新しい世界。


 「ああ、他人に気を配ってやれるのは、自分のことを自分でこなせる奴だ。自分のことで手一杯の奴に、他の人のことも考えろってのは無茶だからな」

 それこそが、他者を排斥する価値観の根柢だった。まあ、力があるくせに他者を排斥する奴もいたし、先住魔法という、より大きな力に怯えて排斥してたのもいるんでしょうけど。


 「ものが豊かになることで、物質的なゆとりを。力を得ることで精神的なゆとりを。それぞれ得れば、自分自身を生きる拠り所に出来る。神に縋る必要はなくなる。『ルイズ隊』や水精霊騎士隊なんかがいい例だが、あそこまでは無理としても、それに近づければ、もうちょっと互いに歩み寄れるようになるんじゃないか?」


 「そこが確定的じゃないのね」


 「当たり前だ、それが分かったら神様になっちまうさ。人間がどう生きたら一番いいか何て、答えは永久にでないだろ。俺達に出来るのは、よりよい世界を目指してあがくことだけだろ」

 それもそうね。

 「確かに、私達が立ち上げたものも後2000年もすれば、ロマリア宗教庁みたいに腐り果てて、いいところがどこにもない害悪として排除されるかもしれないしね」


 「そればっかは歴史任せだな、次代に期待しよう」

 私達は、私達に出来ることをやるだけ。


 「で、その歴史の為の、最終演目があるわけね」


 「ああ、最終幕、“悪魔公反乱”だな」

 随分楽しそうに言うわま、こいつは全く。

 民にとっては王がいなくなっても特に変化はないけど、法衣貴族はそうはいかない。

 彼らはあくまで王に仕えていたから、私に仕えるかどうかは別問題。


 「王政府に仕える者は選択を迫られる。というより迫られた。私につくか、“悪魔公”につくか」


 「やっぱり王家があったほうがいいと考えるのも少なくないだろうからな。しかし、お前は共和制の旗頭。王が自ら王冠を破壊した今、その代りになれるのはただ一人」


 「よりにもよって、“悪魔公”しかいないわけね。そりゃあ、誰も従いたくないわ」

 こんな危険人物に自分の将来を懸けたい馬鹿はいないでしょう。


 「悪魔公が望むのは独裁制だから、必ず執政官とぶつかる。だから、どっちかにつかなきゃいけない。心情的には全員お前につきたいが」


 「それは、“悪魔公”を完全に敵に回すことを意味するわね。敵に対してはどこまでも容赦がない男を。だから、どっちが勝つか鮮明になるまではどっちつかずでいて、勝った方に忠誠を誓う」


 「なんていう腰ぬけは、今の王政府には一人もいねえ。全員、執政官についた」

 そう、それは既に過去系。たった5日程で、全員が私に忠誠を誓った。

 自分で考え、自分で行動する。そういう連中ばかりをハインツが集めたし、内務卿もそういう方針で人事をしていた。


 「だから、今や悪魔公は追い詰められている。つい1週間ほど前まで、王位継承権第二位であったというのにね」


 「“悪魔公”にとっては悪夢というわけだ。そして、三日後の執政官就任式、これが行われれば全てが終わる」

 ま、全ては茶番なんだけど。

 「そこに、最後の火の手が上がるわけね。古い王家の象徴、自分の欲の為に民を顧みず反乱を起こす。そして、用いるは闇の外法」


 「そして、執政官に従った王政府軍と民衆達、さらには先住種族によって“悪魔公”の異形の軍勢は破られる。要は、悪魔公は絶対君主としての恐怖政治の具現。執政官は、民の支持によって成り立つ共和政治の具現。その二人が次代のガリアの指導者の座を巡って争い、勝った方が残る。というわけだ」


 それが、舞台劇の最終幕。


 「まあ、分かりやすくていいわ」


 「勝った者が支配者になる。これは生き物の鉄則だからな。アルビオンでもそうだったけど、勝つことが指導者の最大の条件だ。最後の王ジョゼフから杖を引き継いだからガリアを治めるんじゃない。ガリアに仇なす存在である悪魔公を倒し、民を救ったから、ガリアを治めるんだ」


 「盛大な茶番劇(バーレスク)になりそうね」

 敵も味方も全部仕込み、予定調和。


 「ま。その為の役者は向こうで張り切ってるけど」

 実はこの場には全員集合していたりして、皆好き勝手に話してる。



 「ハインツをぶっ殺すのは俺の役目だろ、俺の槍で心臓をぶち抜いてやるぜ」

 アドルフ。

 「いいや、俺の大剣で首を切り落とす。これで決まりだ」

 フェルディナン。

 「それはねえな、だって、俺の双剣で、胴体と下半身が泣き別れになるのは決定事項だからな」

 アルフォンス。

 「何を言っているアルフォンス、特殊ボウガンで眉間を貫く。これがスマートというものだ」

 クロード。

 「まさか、僕の鋼糸で首を括った上になます切り。ここは譲れませんね」

 エミール。

 「まったく、何もわかっていないな。俺の拳で頭蓋骨を叩き潰す。これが運命だ」

 アラン。

 「さあて、今回は戦闘不能じゃなくて、息の根を止めた方が勝ちか」

 アヒレス。

 「うむ、なかなか無い機会だ。思いっきり燃やすとするか」

 ゲルリッツ。

 「あの、皆様? 今回我々の役割は市民を保護し、守ることにあって、戦うのは別の方々の役割ですが………」


 「「「「「「「「  任せた、る、ました、  カステルモール、殿、さん  」」」」」」」」

 全員同時に言った、常識人は哀れだわ。



 「もてもてね、ハインツ」


 「あのもて方だけは、したくないな」

 流石のハインツですら引いてる。



 「ここは、早い者勝ちよ、ハインツの首を上げるのは自由ってことでいいわね」


 「絶対俺がやるぜ」


 「私は、ハインツを超える」


 「うーん、私は遠慮しておこうかしら」


 「僕達じゃ無理だろう」


 「だろうね」


 「あの異常者に挑むことはないわ」


 『ルイズ隊』でも首を狙ってるのはいそうね。


 「もてもてね、ハインツ♪」

 「凄いことになってきたな、まあ、今の俺はそう簡単には倒せん。返り討ちにしてやるさ」


 「でも、総指揮は私よ」


 「それはそうだ。何せ、“ラグナロク”の終幕だからな。“ロキ”は“百眼(ヘイムダル)”によって討ち取られるのが宿命だ。ま、相打ちにはならないけどな」


 「頑張りなさい」


 「気張るぜ」



 そして、最後の幕が上がる。





 最終演目、“悪魔公反乱”。





 ハルケギニアの舞台劇もついに終わり、新しい歴史へと至る。








[10059] 終幕「神世界の終り」  第十七話 前編 終幕(エクソドス)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/10/17 06:43
 まえがき

 長くなってしまったので前編と後編に分けました。

 ちなみに、今回は茶番劇ですので全員はっちゃけてます。

 そして、戦争でも、反乱でもなく、あくまで茶番劇なので死者もでません。

 突っ込みどころ満載ではありますが、どうかご了承ください。

 後編は今日の夜頃に投稿する予定です。

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 共和制ガリアが宣言されてから10日後、初代執政官イザベラ・マルテルの就任式が、リュティスの中央大広場にて行われる。

 これが、新しい国家の正式な始まりであり、同時に、古い国家の終焉を示す儀式となる。

 そしてこの日、ガリア王家の闇は全て潰えることとなる。

 闇の管理者、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの、最後の役目を果たす時がきた。






第十七話    終章(エクソドス) 前編






■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は、闇の管理者としての務めを果たすため、ある場所を訪れた。

 リュティスに住む市民の多くは中央広場に出向いており、ここ周辺に人影はない。

 いや、平常時であっても、ここに気を払う者は皆無だったろう。


 ここは闇の胎盤。

 故に、もうそれは必要ない。

 あらゆる狂気を詰め込んだ闇の結晶であったそこは、炎によって無に帰っていく。

 既に、ヴィクトール候の屋敷の地下にあった。“フェンリル”となった怪物を作り上げた魔の研究所も、灰燼に帰している。

 そして、ガリア各地に散らばっていた闇の技術も、北花壇騎士団の情報網によって悉く見つけ出し、俺の手で無に帰した。

 “元素の兄弟”とかいう奴らも、その過程で殺しておいたのだったか。あれは確かベルフォール家を粛清した時だから、かれこれ3年前になるか。

 かなりの時間を費やし、闇を狩ってきた。


 そして、最後はその中心たるここだけ。

 俺は地下室が炎に包まれるのを、ただ静かに見守っていた。



 そして、しばし後、俺は炎に包まれてゆく闇の封印図書館を後にする。

 地下から階段を上り、闇の底であるこの場所への入り口である壁を通り抜けたその刹那。


 “それは此処に置いてゆけ”


 という声が頭の奥深くに響いた。その声は、少年の時に幾度か聞いたしわがれた低い声に似ていた。

 俺は壁を振り返る。しかし、そこには何も無い。かつてそこに在った怨念や妄執も消えていて、ただ、地下からの熱気が昇ってくるのを感じるだけだった。

 しかし、その声が響いた瞬間、俺の中から何かが抜け落ちたのが分かった。

 それが何なのか、はっきりとは言えないし分からない。ただ、それはきっと俺という人間を形成する上で大きな要因となっていたもの。

 それがはっきりと欠落した。だが、俺にはなぜかそれが、此処に残っていた闇からの祝福のような気がした。





 ジョルジー男爵邸が炎に包まれている。

 地下の炎は屋敷全体に広がり、その全てをその炎舌がなめている。

 6000年の闇が燃えていく。全て余さず灰燼と帰していく。

 これを見届けるのは俺の義務であり、俺以外に見届け人は必要ない。

 炎はますます盛んになるが、闇の断末魔のようなものはそこから聞こえなかった。闇もまた、己の消滅を望んでいたのだろうか。


 ついに門が焼け落ちた。

 最後に、その焼け落ちた門の中に、名状し難い笑みを浮かべる2人の老人の姿を幻視した。

 此処のかつての主ともう一人、あれは……







 そして、俺は振り返る。

 そこには、闇の結晶であり、俺の分身でもあるホムンクルス達が全員集合していた。


 「さあ行くぞ、ガリアの闇たちよ。もう闇は必要ない。闇の歴史は、ここで終わるのだ」


 ホムンクルス達は頷きを返し、それぞれの持ち場に散っていく。

 そして、俺は仕上げの作業を行うために、自らの分身を数体作り出す。


 「ユビキタス・デル・ウィンデ…………」

 風の『遍在』、本来は「風」のスクウェアスペルであるため、「水」のスクウェアである俺には使えない。

 しかし、今の俺にはそれが苦もなく行える。いや、正確には身体は悲鳴を上げているわけだが。



≪回想≫


 「ハインツ、貴方、自分の身体がどうなっているか、理解しているの?」

 ラグナロクが始まってより後、ロマリア宗教庁が滅んでから一週間ほど経過したある日、シェフィさんが技術開発局でそう尋ねてきた。


 「まあ、なんとなくは」

 俺自身、違和感というか、変調は感じていた。


 「それでなお、普段と全く変わらないのは流石というべきか異常というべきか判断に迷うわね」

 シェフィさんは呆れているようだ。


 「貴方の身体、もう長くないわよ、それは自分でも理解しているでしょう」


 「まあ、大体は、でも、何でシェフィールドさんに解るんですか?医療は貴女の専門ではなかったはずですが」

 彼女は神の頭脳ミョズニト二ルン。生体関連が本領ではない。それ故に、首なし騎士(デュラハン)やキメラ、“レスヴェルグ”などの生体兵器は俺の管轄だったのだから。


 「最近貴方、“スキルニル”を身代りに置いているでしょ、あれを調べたのよ。スキルニルは本人の血液を元に、その身体を再現する。だから、それに触れれば現在の状況が解るのよ」

 なるほど、ミョズニト二ルンにはそういう力もあったのか、流石は“解析操作系”の頂点。


 「それで、貴方の身体を調べたら、常に臨界稼働を続けているわね。ブレーキ何か存在せず、どこまでも加速だけを続けている。貴方の脳が限界を迎えるのも、そう遠い話ではないでしょう」


 そう、その兆候はあった。

 ラグナロクにて、巨大『ゲート』を起動させる際、彼女の代わりに数分間維持し、その後“ヨルムンガント”の軍団(レギオン)を操作したが、俺の魔力が尽きることはなかった。


 そして、“血と肉の饗宴”作戦で使用した“ピュトン”。

 本来3日程度の効力のはずが、いつまで経っても収まる気配が無かった。

 つまり、今の俺は常に“ヒュドラ”を使い続けているのと同じということ、やがてはこれが“ラドン”となり、俺の脳は破壊されるだろう。

 脳内麻薬が限界を超える速度と量で分泌され続けているのだ。終わるのはそう遠くない。


 「それしか考えられないですね」

 だから、俺は医者としてそう答える。そこは俺の専門だからな。


 「あんたね、少しはあわてなさい。その状態でいつも通りというのはありえないわよ」


 「まあ、それが俺ですから」

 先天的な異常者、それは分かりきっていることだ。


 「まあ、それはいいけど、貴方、そのまま進むつもり?」


 「ええ、どこまでも走り続ける。俺はそういう風にしか生きられませんから」

 走ってないと壊れてしまう。そして、壊れるまで走り続ける。



 「そう、それが貴方の在り方なのね」


 「ええ、変えようがありませんし、最後までそうあり続けるでしょう」




≪回想終了≫





 「“輝く闇”、それが俺」

 故に、やることは決まっている。



 「さあ、最後だ。道化の魔神、“ロキ”が主催する、盛大なる茶番劇(バーレスク)を始めよう」


 迎え撃つがいい、“百眼”よ。













■■■   side:ヒルダ   ■■■



 リュティスの中央広場、ここに、100万近い民が集結している。

 リュティスの人口は30万ですが、ガリアの首都圏であるイル=ド=ガリアの人口は約225万人。

 それに、人口15万の“湖の街”ブレストを圏府とする北西のバス=ノルマン。

 人口16万の“人形の街”ラヴァルを圏府とする西のクアドループ。

 人口22万の“鋼の街”グルノーブルを圏府とする南西のマルティニーク。

 人口21万の“街道の街”カルカソンヌを圏府とする南のロレーヌ。

 人口20万の“ガリアの食糧庫”ロン=ル=ソーニエを圏府とする東のコルス。


 ガリア最大の穀倉地帯であり、同時に、ガリアの中心といえるこれらからたくさんの人達が集まっているのですから、この人数も当然といえましょう。

 17日前に始まり、1週間続いた終戦記念祭には200万もの人間がガリア中から集まりましたから、それに比べれば半分です。


 そして今、イザベラ様が中央広場の壇上に立ち、集まった民に対して演説を行っています。

 その姿は凛々しさと美しさを兼ね備え、まさに、指導者に相応しいオーラを放っていらっしゃいます。

 天から愛されたとしか思えぬ美貌と肉体を持つ、陛下の娘なのですから、これも必然のこと。


 並の男ではイザベラ様の近くに寄ることすら敵いません。というか、私が許しません。

 イザベラ様の隣に立つのはハインツ様だけでよいのです。もし、色目を使う男でも現れようものならば、生まれてきたことを後悔させてあげましょう。

 ガリアの闇を受け継いでいるのはハインツ様だけではありません。私、マルコ、ヨアヒム、この3人もまた、ハインツ様ほどではないにせよ。闇の外法を保有しております。


 ハインツ様と共に、ガリアに散らばる闇を狩ったのは私達。これだけは、イザベラ様には知らせておりません。

 イザベラ様はガリアの将来を背負って立つ御方。影に徹するのは我等が使命。


 闇が滅ぶとも、国家が存続する限り、影は残ります。


 我等はガリアという国家の影、それが北花壇騎士団なのですから。



 そして今、最後の闇が解き放たれる。



 突如、怪物たちの喚声がリュティス中に響き渡る。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」


 そして、その声は徐々にですが、こちらに近づいてくる。


 集まった民は混乱する以前に呆然としていますね。


 「反乱です! 反乱が起こりました!!」

 そこに、声が響き渡る。


 声の主は、アルフォンス・ドウコウ大将。

 『拡声』を使わせればガリアはおろか、ハルケギニア随一でしょう。

 もっとも、普段はそれを“カラオケ大会”などに使用しているようですが。


 「何者ですか?」

 イザベラは、全く動じず、帯然として問われます。


 「“悪魔公”です。彼が、異形の怪物たちを率いて反乱を起こしました。執政官殿と、貴女を支えるここに集った民を殺し尽し、ガリア王として君臨するつもりのようです」


 一見筋が通ってますが、なぜ今来たばかりの彼がそんなことを知っているのかと、冷静に考えれば疑問が残ります。


 しかし、状況は民が冷静でいることを許しません。


 凄まじい轟音がリュティス中に響き渡ります。


 恐らく、炎の魔砲“ウドゥン”をヨルムンガントが一斉に放ったのでしょう。目標はヴェルサルテイル。


 東の空が、一瞬で赤く染まります。

 この時、宮殿には誰もいませんでした。王家が役目を終え、共和制が始まるこの式典の日に、王宮が空となるのは当然でありましたから。

 ちなみに、金目のもの、芸術作品、政府の資料などなど、そういった品は事前に全て移動させてあります。

 あそこはまさに、空、だったわけですね。


 「大変だ! ヴェルサルテイルが燃えている!」

 「悪魔公だ! あいつがやったんだ!」

 「ガリアをどうする気だ! 全部自分のものにする気か!」

 「そうはさせるか! ここは俺達皆の国だ!」

 「そうだ! 悪魔公一人の為の国じゃねえ!」

 「悪魔公を倒せ!」

 「ガリアを守るんだ!」


 これらは皆北花壇騎士団ファインダーの諸君ですね。相変らす扇動が上手い様子でなにより。


 民達は一気に沸き立ち、ヴェルサルテイル向けて駆けだそうとする者も現れますが。



 「皆の衆! 静まりなさい!!」

 イザベラ様の一喝が、それを静止させました。


 「まずは落ち着くのです! 私達が最優先になすべきことは、“悪魔公”を倒すことではありません! リュティスの市民をここに避難させることです! いくら敵を倒そうとも、民が犠牲となったのでは意味がありません!」


 その言葉は、沸騰していた民衆に理性の光を取り戻させたようです。


 「そして、戦うのは軍人の務め、民を守るのは保安官と騎士団の役目。皆さんの心意気はまことに嬉しく、感謝の言葉もありません。ですが、命を無駄にしてはいけません。貴方達、民こそが、このガリアを支える根幹なのですから」

 今のガリアはそうなのです。王族一人の為に何百人もの平民を犠牲にしても構わない、といった価値観ではありません。


 「ですが、家族が心配な人達もいるでしょう。そういった方々は、護民間や保安官と共に各家庭へ向かってください。しかし、行くことを許すのは20歳以上、50歳以下の男性に限ります。子供、老人、そして女性はここに留まり、決して市街に向かわないよう。兵士達はこれを堅く守らせるように」


 ですが、行動を起こす気概がある者達を抑えつけるのも逆効果、条件付きで許すべきでもあるのでしょう。


 「皆さん! 今こそ、ガリアは真価を問われています! たった一人の男の欲望によって、全ての民が巻き込まれることを許すべきではありません! 私は戦います! 国家と民と守るために! そして皆さんは、己の世界、自分の家族を守ってください! 新しい世代へ世界を託すために!」


 そして、大茶番劇の幕が上がりました。


 ちなみに、ヴェルサルテイルを燃やしたことにはいくつか理由があります。

 まず一つ目、王家の終わりを象徴すること。王宮こそが王家の象徴でしたから、それが破壊されることには大きな意味があります。


 二つ目、“悪魔公”の暴虐を分かりやすく示すこと。

 ハインツ様曰く、

 『阿房宮を焼き払った“西楚の覇王”にあやかろう。ここは盛大に燃やすべき』

 とのことです。


 三つ目、これが最大の理由なのですが。




≪回想≫


 ゲルマニア侵攻が目前に控えた頃、カルコピノ財務卿がイザベラ様の執務室を訪ねてきました。

 ちなみに、私は宰相としてのイザベラ様の補佐官も行っております。


 「宰相殿、例の件ですが、やはり、不可能です」


 「そう………まあ、予想はしてたけど」

 イザベラ様の表情はややすぐれませんね、これは王家の恥部とも言えますから仕方ありませんが。


 「そもそもヴェルサルテイルは王族、というよりも、ロベスピエール三世陛下の愛妾達のために建てられたような宮殿です。機能性というものがまるでありません。巨費をつぎ込んだ挙句、放置された区画すらたくさんあります。それを、美観を損ねるなどの理由で庭園にしたり、狩猟場にしたりと、まさに、王族の贅沢の象徴のようなものですから」

 財務卿の言葉には熱がはいってますね。


 「そうよ、だからこそ、教訓として残しておきたいところでもあるんだけど」


 「ですが、採算が合いません。一般に公開したり、空いているスペースを利用して博物館にしたり、その他、あらゆる利用法を考えました。あらかた取り壊し、一部を残す方法も考えました。ですが! どの方法を持ってしても、国庫に凄まじい負担がかかるのです! その額なんと200万エキュー!」

 恐ろしい大金です。六大公爵家が存在した頃のガリアの国内総生産が36億7000万エキュー程、現在ならば48億4000万エキュー程になっています。ちなみに、ヴァランス領は1億8000万エキュー程から、2億7000万エキュー程になったとか。流石は陛下が最初に統治なされた土地です。しかも、鉱物資源が半端じゃありませんし、最も早く先住種族と協力した産業が始まった土地ですし。

 とはいえ、総生産であって国家予算ではありませんから、たったそれだけのために費やせる金額ではありませんね。

 ちなみに、下級官吏の年給は500から800エキュー程です。

 大人一人が都市で一年過ごすのに費やす金が、大体100エキュー程ですから、一家を支えるには十分ですが。

 つまり、3000人近い下級官吏の年給に匹敵するのですね。

 「現在も!ここを維持するためだけに500万エキューもの費用が使われているのです! しかも! これですら陛下の代になってから、ガーゴイルなどを利用し、余分な部分を削った上でのことです! 先王陛下の時代で1800万エキュー! 先々代のロベスピエール三世の時代には、4900万エキューもの大金が維持費だけに使用されていたのです! 平民を舐めてんですかこの野郎!」 

 魂の叫びですね。財務卿は貴族の血こそ引きますが、大商人の出身であり、平民に近い方ですからね。

 それでも、暗黒街出身で、“穢れた血”であるイザークに比べれば、真っ当な存在と言えますが。まあ、あれが異端過ぎるのでしょうけど。

 ちなみに、九大卿ですら年給は大体5000エキュー程度、封建貴族の男爵よりもかなり少ないわけですね。

 もっとも、彼が動かせる国の金はそれこそ数億エキューに達するわけですが、個人ではそういうわけにはいきません。

 そう考えると、個人で数百万エキューを動かせるハインツ様はまさに別格なのですね。



 「少し落ち着きなさい、気持はわかるけど」


 「これが落ち着いていられますか! 我々財務省がどれだけ苦労しているか! そりゃあ、陛下の政策のおかげで予算には余裕がありますが、それでも! ラグナロクの運営費を組む上で我々が費やした時間と労力は並大抵ではありません! それ以上に無理をなされている宰相殿やハインツ殿に言うのは大人げないとは思いますが! 凡人には限界があるんです! 私は凡人ではありませんが!」

 最後のは自身の誇りであり信念ですね。そうでもなければ九大卿は務まりません。

 その分野にかけては己こそが最優である。この心なくして頂点に君臨することはかないませんから。


 「確かに、財政の無駄を少しでもなくそうと、睡眠時間を削って苦労してる貴方達に喧嘩売ってるわね、これは」

 その辺は共感できる部分が大いにあるんですね、実に悲しいことですが、イザベラ様はまだ18歳なのに。


 「というわけで、焼き払ってください。金目の物や美術品は全部回収し、後に売り払いましょう。特に、これから開始される東方交易に使用すれば丁度いいかと」

 流石、その後の展開までも考えているのですね。


 「そうね、そうでもするしかないか。無駄しかないんじゃ残す意味ないし」

 まあ、それしかありそうもないですね。


 「お願いします。でなければ、財務省の職員がいつか放火に及ぶでしょう。そうでなければ私が」

 血の涙が見えますね。


 「それだけは回避したいわね。まあ、ハインツと相談してみるわ」


 こうして、ヴェルサルテイル宮殿が焼き払われることは決定したのでした。





≪回想終了≫




 とまあ、何とも悲しい理由で焼き払われることとなったのですが、それはヴェルサルテイルに限りません。

 リュティスは歴史ある街ですので、結構無駄な区画や、不要な建物が多くあります。

 しかし、それらの所有者にとっては先祖から受け継いだものだったりするので、なかなか手放そうとはしません。

 そこで、少々外道ではありますが、“悪魔公”反乱の際にそういった建物などを焼き払うこととなりました。もちろん、失った方々に対する補償は万全。そこも、財務省の管轄ですが。

 ヴェルサルテイルの維持費がなくなるだけでも、その補償にあてるには十分でしょうし。そうでもしないと、都市の効率がいつまでたっても悪いままです。

 そして、多くの建物がなくなれば、必然、公共事業も増えますし、石工、大工などの仕事も増えます。そうなれば彼らが肉体労働を行うための食べ物を売りに来る商人も増え、足りない労働力を補うために失職してる者達を雇うことも出来ます。他にも、色んな要素が絡み合い、リュティスはより良い街になります。


 要は、イザベラ様とハインツ様、そして九大卿で立案した、大規模な行政案みたいなものなのですね、この反乱は。


 そういった行政的な思惑や、様々な事柄が絡み合いつつ、大茶番劇(バーレスク)は開幕となったわけです。







■■■   side:カステルモール   ■■■


 「いいかお前ら! 俺たちの役目は民の安全を確保することだ! 間違っても名誉のためだとか武勲のためでもねえ! どんなに強大な敵の首を上げようが、どれほどの大軍を打ち破ろうが、民を犠牲にしたら何の意味もねえぞ! 俺たちは騎士だ、軍人じゃない。軍籍は持つが、それでも軍人じゃないんだ。戦うことが本分ではあるが、それは民を守るためだ! いいか! 一人の犠牲者も出すな!」


 「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」」」」」」

 アヒレス殿の号令が響き渡り、花壇騎士団の騎士たちはそれぞれ持ち場につく。


 我等の任務は中央広場に集った民の安全を確保すること、そして、市街から避難してくる民を誘導し、混乱の抑制に務めることにある。

 もし怪物が接近してきたら、迎え撃つことも任務ではあるが、その可能性はほとんどないだろう。


 「しかし、我々はいつもこうですね」

 大体専守防衛、まあ、騎士たるものそうあるべきではあるのだが。


 「まあそうだよな、“聖軍”を倒すために集結した時も、俺らの役目はカルカソンヌ防衛軍の指揮と、民の混乱を抑えることだったな」

 号令をかけ終えたアヒレス殿が答える。

 「攻撃的な部分はアドルフとフェルディナンの担当だ。適材適所というやつか」

 ゲルリッツ殿も似た感想のようだな。

 中央広場に集った民衆にはそれほどの混乱は見られない、王軍や保安隊への信頼が大きいのだろう。それに、若者や壮年の男性は市民を避難させるために市街地へ出発した。当然、護民官や保安官と共にだが。


 「俺たちは騎士だからな、民を守ることが第一だ。敵を殲滅するのは軍人に任せて、やることをやろう」

 「そうですね、それに、他の方々にこれが出来るかどうか、不安が残ります」

 「確かにな、特にアドルフなどにやらせても絶対に途中で突撃するな。これはもう決まりきったことか」


 我々は自分達の役目を果たす。

 そして、他の者達もそれぞれの役割をこなす。

 これは茶番劇(バーレスク)なのだから、それも当然だな。








■■■   side:アラン   ■■■


 「アラン先輩! ダリハ地区、避難完了です!」


 「ドミノ地区もOKです! クロードのやつはさらにアルコン地区に向かってます!」


 それぞれから連絡が入ってくる。

 俺達の役割はリュティス市街に残る市民達を中央広場に避難させると同時に、その障害となる化け物を駆除することにある。

 特に避難はアルフォンス、クロード、エミールの3人が担当し、指揮は俺。そして。


 「おらああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 「師団長に続けええええええええええええええええええええええええ!!」


 「死ねこらああああああああああああああああああああああああああ!!」


 まあ、残りの担当は言うまでもないか。


 「アドルフ! 少しは範囲を考えろ! そこは燃やしていい建物ではないぞ!」

 フェルディナンが怒鳴っているようだな。まあ、あいつがいれば少しは暴走も収まるか。

 ちなみにこれらは“デンワ”ではなく“コードレス”で通信している。互いの部隊はそれほど離れていないので、これでも通信範囲内なのだ。


 今回の“悪魔公反乱”という最終演目。盛大なる茶番劇(バーレスク)では奇蹟的に死者が出ないことになっている。

 そのために、市民を避難させる順序、怪物が出現する場所、部下の配置をどうするかなどは『影の騎士団』と九大卿で散々話し合い、宰相やハインツ、それに“博識”の彼女も参加して、練りに練っている。そして、混乱した市民がどう行動するか、それを自然と操作するためにあちこちに道路工事の看板を立てたりなどなど、裏工作も北花壇騎士団の協力を得て行った。

 そして、破壊して構わない建物、絶対に残すべき建物の選定も済んでおり、市街担当の者達は全員それを頭に叩き込んだ。

 アドルフもこういうことを覚えさせれば、士官学校三席の真価を発揮するのだが、熱くなるとそんなことはお構いなしに暴走するから意味がない。


 「まったく、後始末にあたる俺やエミールの苦労も少しは考えろ」

 だがまあ、最後の祭りだ。少しくらいは大目に見てやるべきか。

 今のリュティスはまさに巨大な舞台となっており、あちこちに劇を効率よく進めるための仕掛けが施されている。


 「まさに茶番劇だな、しかし、最後なのだ。盛大にやろうではないか」













■■■   side:マルコ   ■■■


 「砕!!」

 「飛燕刀! 6連!」

 ヨアヒムの魔弾が次々に炸裂し、僕の刃が敵を切り裂いていく。


 今回の北花壇騎士団フェンサーの役目は遊撃部隊。全員が散って、それぞれで戦っている。

 市街地に残っている市民の多くは、実はファインダー、シーカー、メッセンジャーだったりする。

 どこに避難すればいいか、どの道を通ればいいか、予め分かっている者達を大量に配置することで、大勢の人間が逃げる方向に向かうという民衆心理を利用しているわけだ。

 これにより、千人程度の人員で、数万の誘導が可能になる。内側から誘導するというのも効果的な手段だ。
 
 ま、完璧じゃないけど、残りは『影の騎士団』率いる軍隊や、三騎士団長の騎士団や保安隊に任せればいい。特にそれには数が必要だから。



 それらに比べれば少数精鋭のフェンサーは、リュティスに散らばる怪物たちを狩りつくすのが役目となっている。特に、一番数が多い首なし騎士(デュラハン)の掃討が主な仕事になる。

 こいつらは“ラグナロク”で殺した狂信者や、私腹を肥やしてた聖職者、そして封建貴族の死体を使ってハインツ様が急ピッチで作り上げた死体人形。

 もっとも、2万人はカルカソンヌで串刺しにして、潰して、燃やしてしまったから使えなかったけど。


 「はっはあ! 弱い! 弱いぜ糞があ!」

 「元が元だ、仕方ないさ」

 僕達はリュティスに点在する北花壇騎士団のアジトを繋ぐトンネルを使用し、神出鬼没に暴れまわっている。

 ここは僕達の庭だ。たとえ目をつむっていてもどこに何があるのかなんてわかりきっている。

 こと、リュティスの市街戦において、僕達以上に素早く動けるものは存在しない。



 「だが、やっぱ背中を任せて戦うならお前だな、相性良すぎてびっくりするぜ」

 「確かに、何も言わなくても相手が次に何をするか分かるってのは便利だね」

 僕達の戦闘スタイルは異なるけど、根本的な戦術的思考がまったく同じ。

 当然だ、二人ともハインツ様に習い、ハインツ様の影たらんとして、独自の技術を発展させたのだから。


 「お、団体様が来やがったな」

 「結構な数だ、数百はいるなあ」

 首なし騎士の本隊とでもいうべき連中だろう。基本的にリュティス中に分散してるけど、塊は存在しているはずだ。


 「こっからは飛ばすぜ、マルコ、お前も使うのか?」

 「当然、“聖戦”の時は使わなかったからね」

 僕の担当は寺院襲撃だったから、指揮するのが大半で、戦うことはほとんどなかった。

 だから、全力での戦闘は久しぶりになる。


 「よっしゃ、全開放!」

 「“悪魔の腕”展開!」

 僕達は“ヒュドラ”を使い、背中に背負った箱を展開する。


 ヨアヒムの背中の箱には、大量の魔銃と魔弾が収納されている。

 けど、僕は『錬金』で刃を作り上げ、“身体強化系”の“上半身強化”ルーンの力で投擲するスタイルだから、武器を格納する必要はない。

 しかし、それだけでは魔銃を空中に展開し、連射するヨアヒムに連射性で劣る。二本の腕だけでは投げれる数に限界がある。


 ならば、腕を増やせばいい。

 “博識”のルイズが持つ銀の腕、“アーガトラム”のように、強力な腕を追加すればいいだけ。


 だけど、失った腕の代わりはともかく、増やすのは脳に膨大な負担がかかる。

 故に、“ヒュドラ”を使い、脳が暴走状態にあるこの時のみ展開できる奥義。当然、苦痛はとんでもないけど。

 しかし、ハインツ様の影たる者、この程度の無茶が出来なくてどうする。


 僕の背中の箱から8本の腕が飛び出す。ちなみに長さは左右対称で4組ごとに異なる。振りかぶるスペースは必要だから。

 同時に、骨針が背中に食い込む、これは、完全に肉体と融合することで力を発揮する。


 「おーおー、相変わらずとんでもねえ光景だな」

 「そっちこそ、魔銃が大量に空中に浮かんで、発射と装填を繰り返すなんて、悪夢だよ」

 僕達は互いに軽口を言い合う。

 悪魔の“影”たる僕ら、なら、悪魔らしく戦おう。


「喰らいやがれエエエエエ!!! トリガアアアア! ハッピイイイィィィィ!!!!」


 「飛燕刀! 32連! “千手羅刹”!!」


 魔弾の雨と、刃の雨が降り注ぐ。


 さあ、最後の大茶番劇(バーレスク)。盛大に盛り上げよう!









■■■   side:モンモランシー   ■■■


 私、ギーシュ、マリコルヌの役目は“レスヴェルグ”の駆除。そのために既にマリコルヌが囮としてあいつらをおびき寄せている。


 「そろそろ来る頃かしら?」


 「多分ね、マリコルヌなら平気さ」

 私達は罠を張って待ち受ける。この布陣はもう御馴染ね。


 「しかし、僕達はいっつもこうだなあ、あの“レスヴェルグ”は人間とオーク鬼の混ざりものだろう? 因縁でもあるのかな?」


 「さあね、私達は3人とも前世でオーク鬼に喰い殺されたんじゃないかしら?」

 そうとしか考えられないくらい、オーク鬼退治ばっかりやってるわね。ま、ロマリアではサイクロプスも相手にしたけど。

 けど、だからこそやりやすい。既にオーク鬼が好む匂いを発する薬品は散布してあるし、これが“レスヴェルグ”にも有効なのは確認済み。


 「囮到着だよおー! 後はまっかせたー!」

 逃げて来たマリコルヌにも余裕があるわね。まあ、ヨルムンガントやフェンリル相手に囮を散々やってきたわけだしね。

 それに、今回の“レスヴェルグ”は飛び道具を持ってないし、鎧に“反射”もかかっていない。

 移動力や攻撃力が少し高いオーク鬼と思えばいいわ。


 「よし! 飛ぶんだ、“紅の豚”!」


 「飛ばない豚はただの豚よ!」


 「誰が豚だああああああああああああああああああああああああ!!!」

 と叫びつつも『フライ』を使って飛翔するマリコルヌ。流石は「風」メイジね。


 “レスヴェルグ”は体が大きく、しかもそんなのが大量にやってきたわけだから。


 当然、床が抜けて落とし穴にはまる。そして、その中には油が充満してる。『錬金』でこれを作るのも慣れたものね。


 「『着火』」

 ギーシュがとどめを放り込む。

 “レスヴェルグ”は一気に燃えて、哀れ焼き肉になりましたとさ。


 「サイクロプスは意外とおいしかったけど、流石にこれは食べる気になれないわね」


 「人間も混じってるからねえ、人喰いにはなりたくないなあ」

 しかし、市街に思いっきり穴を開けちゃったわね。


 「ここは大丈夫な地区よね?」


 「そのはずだよ、ヴェルダンデが掘るときに確認したから」

 ま、仮に問題あっても、後始末は私達の役割じゃないし。


 「次にいきましょうか」

 「そうだね」

 「今度はお前達が囮役をやれよ」


 私達は同時に答える。


 「「 嫌 」」







[10059] 終幕「神世界の終り」  第十七話 後編 終幕(エクソドス)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/11/15 03:19

第十七話    終章(エクソドス) 後編




 
■■■   side:キュルケ   ■■■


 「燃え尽きなさい!」

 「『炎蛇』」

 私とジャンの炎が“レスヴェルグ”を飲み込んでいく。

 “反射”がかかってないから楽でいいわ。


 「けど、数が結構いるわね」


 「ふむ、このままでは少々きつそうだね」

 二人ではちょっと厳しそう。


 けど。


 横から飛んできた大火球が“レスヴェルグ”に炸裂した

 さらに、竜巻が現れて次々に切り裂いていく。


 「はあい♪ キュルケ、援軍に来たわよ」

 「シーリア!」


 「ミスター・コルベール、無事かい?」

 「ガラ殿!」

 翼人のシーリアと、リザードマンのガラ。

 私達とはそれぞれ親しい人たちが来た。


 「貴方の炎は凄まじいですな」

 「そうでもないさ、破壊に使うだけでは意味がないからね。貴方のように、平和的な利用法を模索することこそが大切だろう。他の者達も、皆感心している」


 そういえば、ジャンとガラで共同研究を進めるんだったかしら。

 なんて思ってると。


 「ねえシーリア、あれ、何かしら?」

 空に異形の影が見える。


 「あれは、空戦型のキメラだね、グリフォンやマンティコアとかの掛け合わせ。それから、ロマリア軍が使ってたペガサスの死体を利用したのも混じってるかな」

 また、とんでもないのが混じってるわね。よくまあ、あんなのばっかり作るわ。


 「まあ、こっちは全員飛び道具もちだし、問題はなさそうね。数さえいなければ」

 100以上は軽くいるわね。本当に、全部今回の茶番劇で使い尽くす気なんだわ。


 「いいや、問題ないさ。何せ、こっちには最強の狙撃集団がついてるからね。そのために、邪魔になる火竜騎士団や風竜騎士団は出動してないんだから」

 そういえば、こっちの空戦部隊がいない。


 その瞬間。


 火炎弾と閃光弾(雷)が飛来して、空の怪物軍団を薙ぎ払った。


 「とんでもない威力ね」


 「流石は最強種族というべきかしら」










■■■   side:ビダーシャル   ■■■


 我は銃を置き、戦果を確認する。

 リュティスにある戦艦停泊用の塔。ここに今我々エルフは陣取っている。

 ここには『シャルル・オルレアン』号などの艦が停泊するスペースがあるが、今は狙撃部隊の陣地と化している。


 「しかし、すごい銃だな」

 我が撃ったのは“クトゥグア”(ハインツ命名)という新型の魔銃。

 恐ろしく長い銃身を持ち、ハインツの世界で言う、“対戦車ライフル”をイメージしているとか。


 しかし、人間には扱えない。使用する精霊の力が強力過ぎるため、十全の力を発揮できるのはエルフだけだろう。

 「風」の精霊の力を最大限に発揮し、4リーグもの射程を誇る。そして、「火」の魔弾を炸裂させる。

 着弾の瞬間を考慮し、精霊の力を解放するには高度の技術が必要とされる。“聖軍”が滅んでからというもの、我等エルフ15人はこの特訓をさせられたのだ。


 「ほらほら、とっとと撃ちな! 敵はまだまだいるよ!」

 この、エルネスタ殿によって。


 「エルネスタ殿、あまりそいつらを焚き付けないでください」

 元々エルフの中でも血の気が多い奴らだ。そのように叱咤激励しては………


 「はっはあ! 吹き飛べえ!」

 「まだまだあ!」

 「わが心眼に狂いはない!」

 こうなってしまう。



 このままではエルフに関して、間違った先入観を持たれてしまうのではないだろうか?

 エルフは銃器が大好きで、銃を握れば人格が変わり、狂ったように魔弾を撃ちまくる種族と認識されそうなのだが……



 「うん、“クトゥグア”は大体いいね、“イタクァ”の方はもう少しかな?」

 炎の魔弾を撃ち出すのが“クトゥグア”、雷の魔弾を撃ち出すのが“イタクァ”。


 どちらの威力も“イグニス”や“ヴァジュラ”を凌駕する。


 人間と友好関係になるのはいいのだが、その結果、エルフ専用の強力な兵器を人間(シェフィールド)が開発したというのもどうなのだろうか?

 人間の暴走を止めるにはいいのかもしれんが、下手するとエルフが暴走しそうで怖い。


 「平気さ、こんなのは所詮舞台劇の大道具だよ」

 心を読んだかのようにエルネスタ殿が告げる。


 「大道具ですか?」


 「そう、この魔弾一つ作るのに、エルフが一日は精霊魔法を使い続ける必要がある。しかも、特殊な加工が必要になるから集中力も使う。自然の精霊の結晶を使うよりも、最初からこれ専用に作った方が効率いいし、そうでもしないととんでもないコストになる。だけど、自然じゃない上に改造しまくってるから長期的な保存が利かない。要は花火と同じだね。祭りのために用意して、思いっきりぶっ放すだけさ」

 なるほど、確かに兵器としてはあまり使えないな。


 「それに、そのほうがいいもんさ。簡単に作れて、威力が大きくて、大量に人間を殺せる兵器なんかあってもいいことないさ。でも、それを求めちまうのが生き物だし、特に人間はその傾向が強い。だけど、そういう暴走を止めるために“知恵持つ種族の大同盟”はあるんだろ? だったら大丈夫、仲間を信じな」


 確かに、信じることも大切か。強大な力は平和を守るためにもなれば、壊すことにもなる。自制こそが重要だ。


 「何にせよ、ジョゼフの奴は化け物だね」

 まあ、そこは共感できるが。


 「あれと戦うくらいなら、“古の竜”とやりあう方がましってもんさ。強力だけど、暴走状態なら知性はないし。普段は戦闘を好まないから、戦闘技術が拙い」

 この人はエルフなのに卓越した戦闘技能者だからな。


 「ま、相性の問題でもあるんだけどさ。とにかく、お祭りなんだ。ここらで派手にやろうかねえ」

 そして、エルネスタ殿は“クトゥグア”と“イタクァ”を両手に持つ。


 ………そのように持てる長さではないはずだが、“反射”で重量を軽減しているのだろう。同時に、彼女の周囲に強力な障壁が張り巡らされる。


 「こうでもしなきゃ反動だけで死んじまうからね。さあ、喰らいな、ヨルムンガント!」


 強大な魔力が二丁の魔銃に集中していく、「火」と「風」・「水」の精霊が荒れ狂う。「土」は“反射”の維持にまわされている。


 そして、二つの砲弾が撃ち出される。もはやそのように表現したほうが適当だろう。


 それぞれの砲弾はヨルムンガントに命中し、我々が張った“反射”を簡単に突破し、一瞬で粉砕した。

 その距離、およそ3リーグ。なんという技だ。


 「あんたらの“反射”もまだまだだねえ」


 「貴女が異常に強いだけだと思いますが」


 私はため息をつきつつ、今度は“イタクァ”を構え、狙撃を続けた。


 “花火”は撃ちつくしたほうが良いだろう。







■■■   side:ティファニア   ■■■


 私とマチルダ姉さんはヨルムンガントと対峙している。

 本来のものとは少し違うみたいだから、私の『忘却』でも効果があるそう。


 「大丈夫かい、テファ?」

 「平気よ」

 私は詠唱を始める。


 「そうはさせるか、喰らえ!」

 でも、ヨルムンガントから声と同時に魔法が飛んできた。


 「甘いんだよ!」

 けど、マチルダ姉さんの土壁がそれを防ぐ。


 「なるほど、ヨルムンガントとホムンクルスを合体させたってのは、間違いないようだね」


 「その通り、ハインツ様はミョズニトニルンではない故、分割制御は行えぬ、しかし、我らが融合することで、魔法を放つことすら可能となったのだ」

 なんとなく芝居かかってる、本当に茶番劇(バーレスク)なんだ。


 「貴様らに勝ち目はない! 潰れるがいい!」


 「は、それはこっちの台詞だよ!」

 ヨルムンガントが振り上げた足を、土の壁で支える。その間に、私は詠唱を完成させる。


 『忘却』で彼にある、ヨルムンガントの操作方法に関する記憶を無くす。

 こうすれば、動かすことは出来なくなるはず。


 そして、ヨルムンガントは、全く動かなくなった。


 「よくやったね、テファ」

 「姉さんのおかげだよ」





 「油断したなあ!」

 「一体だけと思ったかあ!」


 「キャアアア!」

 そうしたら、後ろのほうから別の二体が現れた。

 私はびっくりして転んでしまう。

 そして、辺りに魔法が炸裂する。


 「甘い、甘いわあ、一人倒しただけで油断するとはのお」

 「くっくっく、さあ、その愚かさ、死をもって償うがよい!」

 なんか、ノリノリなのね、なにせ、ハインツさんの分身だそうだし。



 「貴様らああああああああああ!! テファに手を出すたあ! いい度胸だねえええええええええええ!!!」

 だけど、それより早くマチルダ姉さんが暴走した。


 「ね、姉さん! 落ち着いて!」

 突然、巨大な金属製ゴーレムが現れた。その高さはとてつもなく高い。


 「馬鹿な! 全長50メイル近くの巨大ロボット! デモンベインか!」

 「ま、まずい! 全長25メイル程の破壊ロボにすぎぬ我らでは勝ち目はないぞ!」

 いつから“ヨルムンガント”から“破壊ロボ”に名前が変わったのかしら?



 「潰れなあああああ!!」

 姉さんのゴーレムが大きく足を振り上げて、踵落としを叩き込んだ。


 ヨルムンガント、いや、破壊ロボなのかな?は、一瞬で潰されてしまった。


 「い、今のは、アトランティス・ストライク!!」

 残ったほうが叫んでる。けど、もの凄く嬉しそうなのはなぜなのだろう?

 この前、巨人の人達の肩に乗ってはしゃいでいたあの子達と、同じ感じがする。


 「し、しかあーし、これはどうかな!?」

 破壊ロボが魔砲を構える。確か、“ウドゥン”だったかしら?


 「喰らえ!」

 そして、発射。だけど。


 姉さんのゴーレムは、なんとジャンプして避けた。


 「だ、断鎖術式一号ティマイオスと、二号クリティアスか!!」

 凄い解説者風に聞こえる。


 着地と同時に凄い地響きがして、その衝撃で石造りの家が何個も壊れてしまった。


 「姉さん! ここはあんまり壊したらだめなんじゃ!」

 と叫ぶけど、私も落ちてくる瓦礫を避けるのに必死で、それ以上出来ることはなかった

 だけど、落ちてくる砕けた家の石材が、姉さんのゴーレムの手元に集まっていく。

 そして、大きな剣が形成された。


 「ば、バルザイの偃月刀だと!」

 また叫ぶ破壊ロボ。


 「ぶった切れな!!」

 そして、姉さんゴーレムがその破壊ロボを縦に真っ二つにした。


 「はーはっはっは! 残りも全部バラバラにしてあげるよお!!」

 私が『忘却』で止めたヨルムンガントも一瞬でバラバラにされる。

 完全に暴走してるわ。

 このままじゃ多分、姉さんによってリュティスの街は壊されてしまう。


 私は姉さんを止めるために、『忘却』を唱え始めた。







■■■   side:シェフィールド   ■■■


 「やれやれ、とんでもないわね」

 私はリュティス中に配置してある“アーリマン”によって全ての戦況を確認している。

 だけど、あの巨大ゴーレムはとんでもないわ。


 「ハインツの言うとおりだったわね。もしアルビオンで合流してから襲撃してたら、一瞬でバラバラにされてたわ」

 『絶対にそれだけはいけません、触らぬ大魔神に祟りなしです。あの大魔神にはヨルムンガントですら勝てません。あれは世の理が通じない存在なんです』


 『いいですか、愛の力は偉大です。あの陛下ですらイザベラに殺されかけたんですから。ティファニアに手を出すとはそう言うことです。仮に手を出すにしても、絶対にあの人の目が届かない場所でないといけません』

 と、ハインツは言ってたけど、本当にそうだった。

 なんかこう、勝てる気がまるでしないわ。


 各地の面子は予定通りに動いている。大体何人か、もしくは二人一組で動いてるよう。


 「けど、一人だけ単独行動がいる」

 そして、それは今、三体のヨルムンガントと対峙している。

 私は肉眼で見ようと思い、そこに向かった。






 「はっはあ、良くぞ来た、“博識”のルイズ! 今日こそ決着をつけるとき!」
 
 「我等三人に、たった一人で敵うかな?」

 「貴様のその腸(はらわた)を食い尽くしてくれるわ!」

 もう、完全にはっちゃけてるわ。

 というか、ハインツ本人はともかく、こいつらとルイズは初対面よね。


 「かかってきなさい」

 悠然と構え、軽く笑みを浮かべながらルイズは杖を構える。その右腕は銀に光輝いている。


 「小娘があ!」

 そう叫びつつ一体が切りかかる。


 けど、はずれ。


 「何! 消えただと!」

 『瞬間移動(テレポート)』で回避した、しかも。


 「おい、頭上にいるぞ!」

 そのヨルムンガントの頭上に現れた。


 そして、右腕から伸びた刃を振り下ろし、刃が内部に食い込む。

 装甲には“反射”がかかってるはずだけど、予め刃に『解除』をかけていたようね。

 ただの鋼鉄が相手なら、あの刃はたやすく切り裂く、そういう風に作ったから。


 「ヴァジュラ!」

 そして、電撃が叩き込まれる。あの位置には制御中枢ともいえる「土精魂」があったはず。

 「土」は「風」と「水」の組み合わせによって狂う。まあ、『錬金』で作ったゴーレムみたいに純粋な土や金属の塊なら意味ないんだけど。

 高度なガーゴイル相手には有効な手段になりえるわけね。もっとも、中枢をピンポイントで攻撃する必要があるけど。


 「おのれえ、よくも!」

 いかにも三下ふうに叫びながらもう一体が突っ込む。


 けど、また『瞬間移動』によって避けられる。

 転移先は……口の中。


 ヨルムンガントの口には「風石」を取り込むための穴が内部に続いている、そこを通った。


 そして、そのヨルムンガントも動かくなり、ルイズが出現する。


 「貴様! 何をした!」

 「腸(はらわた)を喰い尽くしてやっただけよ」

 『爆発』で「風石」を全部消滅させたわね。動力源がなくなれば動けなくなるのは道理ね。


 「おのれ喰らええ!」

 最後の一体が切りかかる。完全にやられ役な感じだわ。


 ルイズは避ける、今度は『加速』かしら?


 小さいルイズを補足するのはヨルムンガントにとっては難しい、私が使わない限りは対人兵器としてはあんまり向いてないから当然だけど。


 「『念殺』!」

 そして、ルイズの魔法が完成し。


 「ナチスドイツに栄光あれえええええええええええ!!」

 正体不明の叫びを上げつつ、ヨルムンガントは動かなくなった。


 しかし、一瞬で三体のヨルムンガントを倒すとは、とんでもない娘ね。


 「見事だったわ、“博識”殿」


 「ああ、局長、見てたのね」

 ルイズは技術開発局に来て以来、私をそう呼ぶ。


 「正確には元局長かしらね、これからは貴女が引継ぎなさい」

 「ジョゼフとハネムーンに行くんだったかしら? まあいいけど、こっちは私たちに任せなさい」

 うん、頼もしいわ。


 「しかし、ヨルムンガントを瞬殺するとはね」

 「逆ね、瞬殺するしかないのよ、あれ相手に長期戦をやるなんて愚行の極だわ。やるんなら最初から全力で一気に決める。怪物相手にはそれが一番いいんだから。それに、こっちもかなり消耗したしね」

 なるほど、まさに、“英雄”と“怪物”の戦いなのか。


 「最初のは制御中枢を狙ったわね。けど、よくわかったわね。あれの場所は個体ごとに違うはずだけど」

 「貴女の設計に穴はなかったわ。けど、それを仕上げたエルフは完璧とはいえなかった。あの部分だけ僅かに“反射”が強くかかってたわよ。“精霊の目”を持つ私には見破ってくれといってるようなものね」

 そう、なるほど。

 「けど、よくあれをこの短時間で理解したわね。それに、“精霊の目”も自分用に新たに作ったのね」

 「設計図があるなら、それを解析するのは造作もないわ。“博識”の名に懸けてね」

 ルイズの本質は理論者。ハインツがそう言っていた。


 「で、最後の『念殺』っていうのは、貴女独自のアレンジかしら?」

 「ま、簡単に言えば『幻影』の超強化版ね。相手の脳に膨大な情報を流し込むことで、脳細胞、ホムンクルスの場合は中枢かしらね、それを破壊するんだけど、同じ人間相手にしか使えないのが問題点だわ。これじゃあ暗殺魔法にしかならないし、力技だから効率も悪いし、テファの『忘却』はあんなにスマートなのにね」

 対人間用魔法、ね。


 「私が操るヨルムンガントには意味ないわね。ホムンクルスと融合してるあれだからこそか。貴女の本領はまさにそこにあるのね。相手の特徴を把握し、それに最も適した戦術を構築する。そのために膨大な知識を持ち、それを用いてあらゆる状況を打破する。故に“博識”」

 「今回は相手の設計図がわかってたからね、対処法は簡単に考え付くわよ。やっぱ、ヨルムンガントのほうがやりやすいわね、フェンリルはもう相手にしたくないわ」

 あれは、私には作れない、旦那様とハインツ渾身の力作だもの。


 「けど、ホムンクルスってあんな性格だったかしら? 少なくともアインはあんなんじゃなかったけど」


 「ああ、あれね。なんでもハインツが書いた台本を暗記したらしいわよ。最後の茶番劇(バーレスク)だからって、思いっきり劇っぽくしようとか言いながらはしゃいでたもの」

 旦那様も一緒に書いていたのは内緒。


 「ったく、しょうも無いとこばっかにこだわるんだから。そんな暇があったら少しは自分の将来についてでも考えればいのに」

 その感想だけは皆同じようね。


 「まあ、あれに何を言っても無駄よ。あれに影響を与えられるとしたら、イザベラ様かシャルロット様くらいね」

 ハインツが守りたいのはその二人だけだそうだから。

 もっとも、今では違うみたいだけど。姫君を守るのは勇者の役目だから。


 「まあそうでしょうね。ところで、あのフェンリルを作った馬鹿の片割れは、遊びまわってるようだけど?」


 「言葉を慎みなさい、リュティス市民の安全を確保するために働き続けているのよ。私が“アーリマン”によって得た情報を旦那様に送り、あの方は『瞬間移動』でリュティス中を巡り、怪物を倒しているのだから」

 あの方一人で、貴女方全員以上の働きが出来る。


 「まあ、確かにそうみたいね。私のほうにも色んな連絡は来るんだけど。何でも、北のほうで“タキシード仮面”を名乗る男が現れて、ヨルムンガントを二体撃破。南ブロックに“ダース・ヴェイダー”を名乗る黒い仮面、というか全身黒尽くめの男が現れて、“フォース”とかいう謎の力でヨルムンガント三体を潰したとか」


 「ああ、それは『重圧』ね。虚無魔法の一つで、対象空間の重力を自在に制御するとか。“ペガサス・ローリングクラッシュ”もこれを応用してるそうよ」

 「ふーん、“虚無”って、時空系が多いわよね。『瞬間移動』、『時空扉』、『世界扉』、『加速』、『重圧』。どれも時間や空間を操るのものだわ。『忘却』や『幻影』といった精神系もあるし、『解除』や『爆発』みたいな消滅系もあるけど」

 「確かに、結構系統だってきたわね」

 徐々にだけど、分かってきた部分もあるよう。

 「で、さらに、西ブロックには“グレート・サイヤマン”を名乗る、やっぱり仮面を被った男が現れて、ヨルムンガントを“かめはめ波”で倒したとか。そして極めつけ、最もヴェルサルテイルに近い東ブロックに“マスク・ザ・斎藤”を名乗る変態が現れて暴れまわったとか。これを遊んでる以外のどういう表現をしたらいいのかしら?」

 “かめはめ波”は『爆発』、“マスク・ザ・斎藤”については私も知らない。


 「ちなみに、次は“仮面ライダー”ね。“ハンティング・ホラー”という魔法兵器に乗って、ヨルムンガントを突き抜ける予定だそうよ。そして、最後は“アンパンマン”。究極の必殺技、“アンパンチ”を受けて吹き飛ばない相手はいないわ」


 「やり過ぎよ、あんたらは」


 「これでも抑えてるそうよ。その気になれば、私と同調してリュティス中の存在を把握して、生物だけを全て『爆発』で消滅させることも出来るとか。“セルの尻尾”とか、“クトゥルーの呼び声”とかいう技らしいけど」


 「…………………」

 流石に絶句してる様子。


 「あれについては深く考えない方が良さそうね。それで、死者は出てないのね?」


 「何人かやばそうなのもいたけど、『アンドバリの指輪』クラスの水の結晶で治したそうね。水中人に感謝しましょう」

 作ったのはエルフだそうだけど。


 「じゃあ、後は最後の戦いだけか。やっぱり、決着をつけるのはあの二人ね」

 「それはそうでしょう。あの二人こそが、最後の敵を倒すヒーローとヒロインなのだから。“悪魔公”を倒すのは“イーヴァルディの勇者”と“蒼き風の姫君”の役目よ」

 ハインツの脚本なのだから、そうとしかなりえない。


 「勝ちなさい。サイト、シャルロット。愛の力で兄馬鹿をぶっ飛ばしなさい」

 ルイズの応援が、リュティスの夜空に響いていた。


 …………そういえば、もう夜なのね、祭りが終わるのは早いものだわ。













■■■   side:ハインツ   ■■■


 ヴェルサルテイルが炎に包まれ、王家の象徴が燃え尽きていく。

 まあ、財務卿の魂の叫びの結果ともいえるわけだが。


 俺はここにいる。そして、あいつらを待っている。


 誰が来るかは事前に決めていない。誰が来るかは分からない、早い者勝ち。

 だが、俺はあいつらを待っている。他の奴らも粋な連中だから、その辺は解っているだろう。



 そして、待ち人はやって来た。


 「よく来たな、才人、シャルロット」


 「はい、来ました」

 「ここで、決着をつける」


 二人とも万全のようだな。戦士にとって万全とは、ある程度の敵と戦い、僅かに消耗した状態だ。

 車と同じ、最初からエンジンを全開にすることは出来ない。燃料は多少消費するが、その状態こそが万全なのだ。

 だが、今の俺は違う。常に全力疾走、機能は加速だけ。

 既に痛覚は機能していない。味覚も無い。内蔵も消化器官などの戦闘に不必要な部分は全て停止している。

 代わりに、心臓、肺、筋肉、神経、脳、それらは異常に発達しているようだが。



 正直、こいつらが間に合わない可能性すらあったからな。


 「そうか、では、約束を果たすとしようか」

 俺はわが分身たる“呪怨”を右手に構え、左手の骨の杖に魔力を込める。


 「私が貴方を倒したとき、一人前と認める」

 「そう、それが一つ、だが、もう一つある。なあ、才人」

 俺は才人の方に視線を向ける。


 「はい、今日こそ、それを果たします」

 「?」

 シャルロットは知らない、まあ、当然だ。


 「俺はこれでも、シャルロットの兄のつもりでな。果たせてきたかは微妙なところだが、それでも兄だった。だからこそだ、才人、俺より弱いやつに、妹はやらんぞ」


 「はい、ですから、貴方を倒して、シャルロットを貰います」

 「!?」

 シャルロットの顔が真っ赤になってるな。うむ、よきかなよきかな。



 「そういうわけだ、この茶番劇(バーレスク)もいよいよ終幕。だが、これはもう、国家も王家も関係ない、俺たちの戦いだ。兄と、妹と、その恋人と、これもまた、人間が人間である限り、逃れられない宿業かねえ」


 「俺はシャルロットが好きです」


 「私も、サイトが好き」


 よーし、舞台は整った。


 「では、始めるぞ、兄馬鹿を打ち破り、結婚して見せろ。さあ、わが弟子たちよ、今こそ師匠を超えられるか?」


 「超えます、シャルロットのために」


 「超える、サイトのために」



 そして、最後の戦いが始まる。











■■■   side:シャルロット   ■■■


 ハインツは、強い。

 私たちの戦いではトライアングル以上の魔法はありえない。そんな魔法を唱えている間に、切り殺される。

 人を殺すならばラインスペルで十分、だから、相手と戦いつつ、それを素早く唱えることが必要。


 今のハインツはおそらくヘクサゴン。

 右腕の骨の杖で、多分「ライン」分の『フライ』をかけて、サイトの速度に対抗している。

 それ以上にサイトは速いけど、ハインツの剣技は本来専守防衛、その守りを突破するのは容易じゃない。

 そして何より、ハインツはサイトの動きをよく知っている。どんなに速くても予測されては互角がせいぜい。


 だから、ハインツの体勢を崩すのは私の役目。


 しかし、ハインツは左腕から自在に魔法を放ち、私の魔法を迎撃する。

 私はスクウェア、ハインツの残りもスクウェア、そこは互角になる。


 ……………こうした、戦術的な思考方法を教えてくれたのも、ハインツ、貴方だった。



 『理解したか? これが俺とお前の力の差だ、たかが12歳の小娘が死線をくぐった程度で追いつけるほど北花壇騎士団副団長は甘くはない』

 『いいか、もし暗殺者としての戦い方を目指すなら殺気は消せ、そして先程のような軽い挑発に乗るようでは論外だ、どんな時でも冷静に、そして容赦なく躊躇なく一息で殺す、威嚇などはするな、攻撃するなら心臓か頭を狙え』

 それが、最初の教え。

 だけど、本当に色んなことを教えてくれた。


 『戦いにおいて相手の特性や強さを測ることは基本だ。これができないやつから死んでいく。特にフェンサーは単独任務がほとんどだから仲間の助けはない、自分の力で生き延びることになる』

 そう言いつつも、貴方は私に“アイン”をつけていた。

 『戦闘スタイルに関しては、お前は戦術を練ってそれに従って行動するタイプだな。アドルフとフェルディナンは知ってるよな? あいつらみたいのは直感で戦う。相手の都合なんかお構いなしで、自分の攻撃をひたすら叩き込む。あれも一つの究極形といえるな』

 ハインツの仲間も彼に劣らずもの凄かった。いや、純粋な戦闘能力ならハインツ以上だった。

 『クロードやエミールとお前は近い、特にクロードは「風」の使い手だから、一度教えを乞うのもいいだろう。あいつの“風喰い”はとんでもないがな』

 そうして、様々な戦闘技術を学んだ。


 貴方がいてくれたから、私の心は復讐に囚われることはなかった。強引にこじ開けるように、貴方は私の檻を破壊した。


 『父さま! 見て見て! 私、凄い技を覚えたのよ!』

 『では、父さんにその技を見せてごらん、シャルロット』

 父さまが生きていた頃、そんな風景が日常だった。


 『今からタバサが、父さまに素敵なダンスを披露するわ』

 私は“タバサ”という人形を魔法で動かしてダンスをさせていた。

 『お見事! お見事! たいしたものだねシャルロット! 父さんにだってそこまで繊細に、人形を操ることなんてできないよ』

 そんな、幸せな日々だった。


 その幸せな日々は終わってしまったけれど。


 『ハインツ、新しい魔法ができた』

 『早いな、もうか、この前教えたばっかりだったと思ったが』

 ハインツは、『ライトニング・クラウド』、『エア・ストーム』、『エア・スピアー』、『アイス・ストーム』などのトライアングルスペルを私に見せて、覚えるこつを教えてくれていた。


 「『エア・ストーム』」

 私は集中して魔法を放つ。

 『流石、たいしたもんだな。こと「風」の熟達度では俺より早いな。うむ、見事だぞ、わが妹にして一番弟子よ』

 私の頭を撫でながら、ハインツはほめてくれた。


 終わってしまったものもあったけど、私は、家族を全て失ったわけじゃなかった。


 『ねえハインツ? シャルロットは大丈夫、危険はない?』

 『あのな、賭博場を潰すなんて任務のどこに危険があるんだよ』

 『いや、逆にこう、陰謀があったりとか』

 『そんなのがあったら俺が排除してる。どんなイカサマだろうが“精霊の目”を持つあいつなら簡単に見破れる。つーか、もうそれは終わったぞ』

 『あれ? そうだった?』

 『忙しすぎて呆けたんじゃないか?』

 私は、ハインツの“不可視のマント”を被って隠れていた。



 『どーよ、愛されてるな、シャルロット』

 『……………』


 父さまは殺され、母さまは心を失ったけど、兄と姉が、私をいつも見守ってくれていた。


 けど、私はもうそれを卒業します。

 好きな男性(ひと)がいるんです。

 私を好きだと言ってくれた男性(ひと)がいるんです。

 ……………私を、優しく抱いてくれました。


 だから、私はサイトと一緒に生きていきます。私がサイトを支えて、サイトに私を支えてもらいます。


 貴方はイザベラ姉さまを支えてください。私も支えますし、出来る限り手伝います。

 けど、やっぱり、イザベラ姉さまを一番に支えるのは貴方しかいないと思います。


 だって、イザベラ姉さまが頼るのは、世界で貴方だけなんですから、ハインツ。


 私はサイトと一緒に貴方を超えます。貴方がイザベラ姉さまを全力で支えられるように。



 「はああああああああああああ!!」








■■■   side:才人   ■■■


 ハインツさんは強い。

 シャルロットの魔法を左腕で防ぎながら、右腕一本でデルフを防いでいる。

 「デルフ、我慢しろよ」

 「相棒、アレ前みたいに怨念を感じねえんだ。でも、代わりにその怨念を収束したっつか、支配したって言うか、とにかくより不気味なモンになってやがる、だが、ここで引いたらデルフリンガー様じゃねえ、任せな!」


 ハインツさんが俺に魔法を撃たないのは、デルフの能力を知ってるからだ。

 その代り、自分の身体能力の強化にだけ魔法を使ってる。だからこそ、俺は正面から切り込むことが出来る。

 だけど、破れない。

 ガンダールヴの力は最大限に発揮しているが、今のハインツさんもそれに劣らず暴走状態にある。


 ならば、もっと速く! もっと強く!

 それが俺だったはずだ!


 そうして戦っていると、分かったことがあった。


 どうして俺は強くなろうと思ったのか? どうして誰よりも速くなろうと思ったのか?


 答えは簡単だった。ハインツさんよりも強く、ハインツさんよりも速くなりたかったからだ。

 大好きな女の子の兄であるこの人に。


 『私はシャルロット、これから会う人の前ではそう呼んで、それ以外ではタバサと呼んで』

 『やあ、初めまして、俺はハインツ・ギュスター・ヴァランスだ、気軽にハインツと呼んでくれ』

 俺がこの世界に初めて来たとき、最初に会った人達はこの二人だった。

 それ以外の人間は、俺を人間と認識してなかったからな。


 いきなり訳分からない異世界に放り込まれて、使い魔にされて、どうしたらいいかも分からず、ただ流されようとしてた俺を、二人が導いてくれた。

 …………それに、最初に会った時のシャルロットの笑顔は反則だった。

 もう、あの時に俺はやられてたんだと思う。

 シャルロットの表情が豊かで、笑顔があんなに素敵だったのは、ハインツさんとイザベラさんのおかげなんだろう。


 シャルロットは一見無表情のようで、実に表情豊かなんだ。俺はそれをキュルケから教えてもらった。

 それに、とても純粋な心を持っていて、自分の容姿とかも実は結構気にしてるかわいい女の子だ。

 要は、ルイズとは正反対ということなんだが。


 あいつも、最初はああじゃなかったはずなんだが、いつの間にかおかしな進化を遂げて、今じゃあ最強の怪物になってる。


 『まあ、困ったことがあったらいつでも連絡してくれ、その時はシャルロットに言えば俺に繋いでくれるから』

 『ありがとうハインツさん、でも俺、なんのお礼もできませんよ?』

 『別にいいさ、そうだな、強いて言うならシャルロットの恋人にでもなってやってくれ、こいつ友達一人しかいないからな』

 ハインツさんには何気ない一言だったかもしれないけど、俺にとってはこの世界の一番の目標になったようなもんだ。もっとも、その時は気づいてなかったけど。


 だから、俺は強くなりたかった。

 『ハインツさん、自分より強い相手に勝つにはどうすればいいですかね?』


 『まず、相手が誰であれ基本的にデルフと協力して戦うこと、お前はまだ魔法使いとの戦いに慣れてないからどんな魔法がくるのか詠唱から予測できない、戦闘を生業にするメイジや傭兵には必須の技能なんだが、いきなりやれと言われても無理があるだろう』

 『そこで経験豊かなデルフの出番、デルフが相手の魔法の種類とか発動のタイミングとかを見きってくれるだろうから、お前はその声に従って動けばいい、疑わずに相棒を信じること、そして相棒の声を聞く余裕を常に持っておくこと』

 『あとは相手の虚を衝くことだな、簡単な手段としてコショウを小さい袋に詰めてそれに紐を通して簡易的なスリングにして投げる、それを武器と認識すればガンダールヴのルーンが発動するだろうから正確にしかも剛速球で投げれるはずだ、相手が咄嗟に弾いても中からコショウが炸裂して相手を苦しめる、メイジなんて連中は普段厨房に立たないからコショウに対する免疫はまるでない、一発で魔法が唱えられなくなる』

 『あとは小型のナイフとか包丁とかを隠し持って置いて、いきなりデルフを敵に全力で投げつける、相手はまさか主力の武器を投げてくるとは思わないからびっくりして対応が遅れる、そこでナイフを握って速力全開で回りこんで接近戦で切りつける、接近戦なら一番強いのはナイフだからな、相手が魔法を唱える前に勝負がつく』

 『いいか、メイジの最大の欠点は魔法が絶対だと盲信してるところだ、だからそれ以外の予想しない手段で来られると対応が遅れる、その一瞬の隙で勝負を決めるんだ、お前は速度に特化してるはずだから持久戦よりそういう一撃必殺の短期決戦のほうが向いてるはずだ』


 その教えを受けて、俺はあのヒゲ野郎を倒した。

 そして、強くなろうしながら、宝探しにいったり色々やった。

 アルビオンでは7万に突っ込んだけど、結局はハインツさんに助けられた。

 その後、ウェストウッド村でハインツさんと特訓したな。一回も勝てなかったけど。

 『だが才人、戦い方を工夫すればお前はあっという間に俺を追い抜くと思うぞ』

 『簡単に言えばお前はまだ無駄が多いんだ。動きに無駄は無いんだが、その他の部分で無駄がある』

 『お前の筋力はかなり高くなってる。剣のふり方も見事だし重心移動なんかも一切問題ない。つまり普通に動く限りでは理想的と言っていいんだが、ルーンマスターの真骨頂は普通じゃない戦い方にある』

 『だから、それをいかに効率よく運用するかがポイントだ。例を言えば、相手に近づくときには下半身に集中してルーンの力を発動させる。相手に切りかかる時は上半身に集中、てな感じでな。もっとも、剣を振る時は全身の筋肉を使うからそう簡単にはいかないが、ルーンの強弱をつけることでこれまで以上の動きができるはずだ』

 『そうなれば普通の人間には不可能な動きも可能になる。走りながらいきなり直角に曲がったり、地に伏せながら高速で突進したり、果ては空中で二段ジャンプしたりな。そういう戦い方が出来れば一気に戦術の幅も広がる』


 そうして、俺は新しい戦い方を模索した。それによって、アーハンブラ城ではシャルロットを助けることができた。


 本当に、この人は俺の目標であり、師匠だった。


 強くなろうとした理由は我ながら呆れるほど単純だ。シャルロットが好きだったから。好きな女の子の兄貴よりも強くなって、その人に認めて欲しかった、それだけだ。


 だから、俺は貴方を超えます。これからは俺がシャルロットを守ります。

 俺がシャルロットを世界で一番愛しています。それだけは、貴方にも負けません。


 だって、貴方の担当はイザベラさんですから。


 シャルロットは俺が支えます。だから、貴方はあの人と一緒に幸せになってください

 そうでないと、シャルロットも幸せにはなれません。あいつは優しいですから。


 俺とシャルロットは貴方を超えます。貴方が、シャルロットのことを心配しなくてもすむように。





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」










■■■   side:ハインツ   ■■■


 「はああああああああああああ!!」

 確かに、さばけるはずだった。

 シャルロットが放つ『エア・ハンマー』に、俺の『エア・ハンマー』をぶつけることで相殺する。

 これまで幾度となくやってきたことであり、今回もそうなるはずだった。

 才人とシャルロットが二人で最初に俺のところを訪ねてきた時も、そうした覚えがある。


 だが、シャルロットが放った『エア・ハンマー』はこれまでのどれよりも強力だった。

 俺の本領は「水」、シャルロットは「風」。しかし、ラインスペルならばそれほど差は出ない。

 本人の精神力などによって、そのくらいは簡単に変化する。その差こそが、俺とシャルロットの差だった。


 今、シャルロットは俺を超えた。ほんの僅かだが、それでも超えたのだ。


 そして、その僅かが、俺の反応を一瞬遅らせる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 才人の速度が上がる。これまでのどれよりも速く。


 俺は“呪怨”で迎撃する。出来るはずだった。


 シャルロットの魔法が僅かに俺の体勢を崩しておらず、才人がこれまでのどの時よりも速くなければ。



 ほんの刹那、間に合わなかった。

 脳が限界を超えて暴走している俺は、その光景を時が停滞しているかのように感じていた。

 陛下の『加速』の最中こういう世界にいるんだろうな、などと、そういったことを考えながら。



 そして、デルフリンガーが俺の胴体を斜めに切り裂いた。

 心臓から内臓にかけて、全部持っていかれるほどの、深い傷だ。


 だが、痛みは感じない。そもそも、この戦いが始まる前から俺に痛覚などありはしない。


 「見事だ」

 その感想しかなかった。

 それほど、美しい連携だった。

 以心伝心、二人の絆の強さがよくわかる。

 互いに心から信頼しあってなければ、これはありえないだろう。


 己の思うがままに突き進み、己の肉体を崩壊させながらも進み続けた“悪魔公”は“イーヴァルディの勇者”と“蒼き髪の姫君”の愛の絆によって敗れた。

 これからは、“ガリアの勇者”、“ガリアの姫君”とも呼ばれるだろう。



 「本当に、お前らは仲が良いな」


 そうして、これ以上ない満足感に包まれながら。




 ハインツ・ギュスター・ヴァランスの肉体は、その機能を停止した。








[10059] 終幕「神世界の終り」  最終話  そして、幕は下りる
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:c46f1b4b
Date: 2009/11/15 03:25
 悪魔公の反乱は、初代執政官イザベラ・マルテルが指揮する軍によって鎮圧された。

 しかし、悪魔公が率いた軍団は人間が存在しない異形の軍勢であり、殲滅といった表現が正しかった。

 その作戦には、軍、騎士団、保安隊、市民、そして、先住種族。全てが協力してあたり、共和制ガリアの象徴的な出発となった。

 己の欲望に従い、恐怖政治の独裁者になろうとした悪魔公は、支配しようとした民の力によって敗れたのである。




最終話    そして、幕は下りる






■■■   side:ハインツ   ■■■


 俺は、長い道を歩いていた。

 長い、とてつもなく長い道のりを歩いてきたような気もする。

 しかし、同時に一瞬であったような気もする。


 あたりは何なのかよくわからない。


 “混沌”


 そう表現するのが一番いい。

 まるで俺そのものだが、あながち間違いじゃないのかもな。


 その途中で、多くのものを捨ててきた。

 どうしても荷物が多すぎて、歩くことが困難だったからだ。

 俺が俺であるための、大切なものは捨てるわけにはいかない。

 だから、俺(ハインツ)にとっていらないものを捨てるしかない。



 俺が、かつて****であったという記憶。

 父が………いたかな?

 母が………これまた不明。

 弟の**は、どんなやつだったか?

 妹の**は、どんな子だったか?




 ………………………………………………………あれ?




 俺に家族なんかいたかな?


 前世らしきものはあった。それは間違いない。

 地球という世界、日本という国、科学が異常に発達した世界。

 そういったことはよく覚えている。


 ハルケギニアにおいて俺が異端であり、根底から違うということを認識する。つまり、俺がハインツであるためには、それはかかせないパーツだ。

 だから、なくすわけにはいかない。


 ということは、それはもういらないということか。

 無意識に捨てていたということは、そういうことなんだろう。


 前世はもう終わったもの。俺にとっては必要ない。

 異界の知識は必要であっても、俺(****)個人に関することはいらない。


 うむ、思い出せないが、俺がいても、周囲に悪影響しか与えなかった気がするなあ。


 何せ生粋の闇だ。秩序を壊す者、常識に縛られない者。

 そんな異物が、あの法と常識でがんじがらめにされた世界で、まともに生きていけたはずがない。


 多分、優生学研究でもやって、何人もの人間を生体実験して超人を作り出そうとかしてたのかな?

 それとも、革命軍でも組織して、人間を殺しまくっていたのだろうか。

 または、国際的な大犯罪組織でも立ち上げて、全世界に喧嘩を売ってたかもな。


 残っている荷物を確認してみると、医療に関する知識がやたらと多い。

 人間を効率よく解体する技術、人間の身体の隅々まで、何でも詰め込んできたようだ。


 やはり、人間を殺しまくってきたのだろう。

 戦場か、虐殺場か、研究所か、そこまでは定かではないが、俺(****)自身に関することはどうでもいい。



 しかし、そう考えると、ハルケギニアでも全く同じ人生を歩んでいるな。


 ガリアの暗部を担い、6000年の闇を継承し、北花壇騎士団を率いて、暗殺と粛清を司ってきた。

 そして、陛下と共に神を滅ぼした。


 そのために色んな奴らと協力したし、『影の騎士団』のような同類にも会えた。もっとも、俺が一番の異端だったが。

 “蒼翼勇者隊”や“水精霊騎士隊”もがんばってくれたしなあ。


 そのおかげもあって、ガリア王家の闇は粉砕できた。もう、イザベラやシャルロットが憎しみ合うようなことはない。

 俺が守りたいと思えるのはあいつらだ。あいつらは絶対に守らないといけない。


 だが、これからはシャルロットの担当はサイトになるな。

好きな女のためなら命を懸けれるいい奴だ。あいつならシャルロットを任せられる。


 だから、俺はイザベラが待つ場所に帰らねば、これからはあいつと共に歩いていくと決めたのだから。






 ………………………………………………………ちょっと待て?



 前世と同じような人生を歩んできた?


 だとしたら、何で俺はあいつらを大切に思える?


 俺の本質は闇だ、“輝く闇”だ。

 基本となるのは己のみ、そこに他者が入り込む余地はないはず。

 だから、俺は変われる存在じゃない。そういう機能はなかったはずだ。


 だけど、俺は違う。

 俺はイザベラやシャルロットが大切だ。世界とすら秤にかけられないくらいに。


 だが、それはどうして?

 前世が、俺の本質に従った殺戮や狂気に満ちたものだったとすれば、それと同じようにしか生きられないはずの俺が、あいつらを愛せるはずがない。



 ならば、考えられる理由は……………



 俺は、前世で誰かを愛していた?

 誰かに愛されていた?



 息子、兄、孫、そういった記号としてではなく、“輝く闇”たる存在そのものを。

 それを知ってなお、愛してくれた存在がいたのか?



 そんな存在が、いたのか?

 世界を壊すほどの闇を、包み込んでくれる存在が………




 ふと、周りを見ると、そこには光があった。

 これまで考え込んでいて気づかなかったが、周囲には光がたくさんあった。

 “混沌”としか表現できなかったそこに、光が存在している。


 これは…………………思い出か?

 それがどんな内容かは分からないが、家族と過ごした思い出、友人と過ごした思い出、そういったものであることは分かる。

 不思議だ。俺が、こんな普通の幸せに満ちたような思い出に囲まれているとは。


 “輝く闇”が、平凡な、誰でも得られるはずの幸せに浸って、生きてきたということか。


 どの光も輝いているが、どれも、単体では輝いていない。

 全て、一つの存在から幸せを分け与えられたかのように、光を放っている。


 その中心には、誰かがいた。


 顔は分からない、名前も思い出せない、けど、俺にはこの人が誰か分かった。



 これは…………………“彼女”だ。



 かつての俺にとって、最も大切だった人だ。


 「貴女が、俺を人間らしくしてくれたんですね」


 この人がいたから、俺はあいつらを愛することができた。

 人を愛して、人に愛されるということが、素晴らしいことであるということを知っていた。


 “愛は偉大なり”


 そんな言葉を無意識によく言っていた気がするが、それは、何よりも俺自身に向けられた言葉だったか。

 “虚無の闇”を打ち破るのも、結局は愛だった。


 「ありがとうございます。貴女のおかげで、俺はイザベラを愛することができました」

 シャルロットの名前は出てこなかった。これまでの“愛”とは違う意味なんだろう。


 その“愛”でシャルロットを包むのは、サイトの役割だ。


 彼女には感謝を、そして、別れを。


 「俺はこれから、ハインツとして生きていきます。前世のことは、ここに置いていきますから」

 それを、最後にこの人に伝えなくては。


 「貴女の顔も、名前も、声も、何も覚えていませんが、俺を人間にしてくれた存在がいたことだけは、忘れません」

 そう、それこそが、ハインツという存在にとって、基盤となるものだ。

 それを基に、今の俺はある。皆を愛して、皆と一緒に生きていくことを是とするのは、その優しい土台があるからこそ。



 これだけは、決して忘れてはいけない。俺がハインツであるために。



 「さようなら、………………………**」


 確かに、俺は最後にその名を告げたはずだ。

 だけど、言葉にすると同時に、それは分からないものになった。



 そして、俺は本当の意味で、ハインツになったのだ。











■■■   side:イザベラ   ■■■


 「目が覚めたかしら?」


 ここは北花壇騎士団本部。私は、目を開いたハインツに話しかける。


 「ああ、そうだけど、何でキスなんてしてたんだ? お前」

 まあ、その疑問はもっとも。


 「嫌だった?」

 でも、あえてそう聞く。


 「最高だった」

 そう答えるこいつも凄いわ。


 「その身体を作った人がね、目を覚まさせる条件はお姫様のキスだってぬかしたのよ」

 彼女なら本当にそういう機能をつけている。どこまでもロマンチストな人だから。


 「シェフィさんか、まあ、あの人がやりそうではあるけど、立場が逆じゃないか?」

 そう、本来なら王子様のキスで、お姫様は目覚めるそうだけど。


 「あんたの『白雪姫』はそうじゃないでしょ。死んだ王子様の死骸に白雪姫がキスして、実は『アンドバリの指輪』と同質の「水」の結晶を口移しで体内に入れて、王子様を傀儡にしたんだから」

 そして、白雪姫が軍の実権を握るという、とんでもない内容だもの。


 「そうだったな。当然モデルはウェールズだが、あいつには見せないほうが良さそうだ」

 そういった言葉が返ってくるということは、問題ないようね。


 「ハインツ、身体は問題ない?」


 「ああ、自分の本来の身体じゃないものを問題ないというのもどうかと思うが、普通に動く。流石はミョズニトニルンの最高傑作。父から娘への“プレゼント”」

 今のハインツの身体は『デミウルゴス』。

 アルビオンでゲイルノート・ガスパールが死んだときに使用した、あれの最終型。


 「もう終わってるあんたの身体を放棄して、魂の大半をこっちに移す。まさに、規格外の荒業ね」

 ハインツ自身の肉体は、ヴェルサルテイルで炎に包まれ燃え尽きた。

 この『デミウルゴス』は人間の身体を完全に再現している。だから、年もとるし、その他あらゆる機能が人間と変わらない。

 まさに、“デミウルゴス(偽りの創造主)”の名を冠するに相応しい。


 「まあな、だが、本来“聖人研究所”が目指していたのは不老不死、要は死なないことだ。これはその希望だったはずなんだが」

 6000年の闇の妄執ともいうべき代物だけど。


 「でも、駄目だったのね。まず第一に、老いた自分の身体から、作り上げた若い身体に移る際に、どうしても拒否反応が出る」

 それは、どうしようもないこと。


 「そう、だから、転移先は若い自分じゃなきゃいけない。だが、それは完全ではないにしろ、十分許容範囲内の代物が出来ていたそうだ。しかし、それでも駄目だった。上手くいっても、結局死んだ。人間の魂ってのは、どうしても100年くらいを過ぎると死にたがるもんらしいな」

 人間の寿命。それに抗うことは出来なった。


 「だから、異なる種族との掛け合わせを始めた。オーク、サイクロプス、翼人などなど、そして何よりエルフ。長命で人間と近いエルフとの掛け合わせは希望でもあったのね」


 「ま、結局は全部失敗。そのうち暴走して、“魂の双子”だの、“レスヴェルグ”だのの開発すら始めた。その果てが“フェンリル”になったあの怪物だな」

 ああ、シャルロットの分身にさせられた少女もいたんだった。


 「“魂の双子”の解除は出来るの?」


 「出来る。水中人、エルフ、そして虚無、この3つの技術が合わさればな。解毒自体は簡単なんだ、人間でも調合可能なんだが、一度秘密裏にビダーシャルさんに診てもらったところ、残った“へその緒”が何か悪影響を及ぼす可能性があるらしい。そこで、虚無の出番だ。あれなら対象だけを消滅させることができる。彼女の体内に今も存在するシャルロットの“へその緒”を消し飛ばし。その影響を水中人とエルフで抑える。これなら万全だ」


 ルイズなら簡単にやってのけそう。


 「まさに、今だからこそね。エルフと虚無の担い手が力を合わせるなんて、あり得なかったもの」

 本当に、世界は変わった。これまでだったら救えなかった者を救えるようになった。


 「ジョゼットという少女の顔はそのままがいいと思う。16年もそうだったんだから、今更変えると精神に異常が出る。仮に、ロマリアの傀儡になっていたら、自分というアイゼンティティを失って、何かに縋るだけの人形が出来上がっていただろうな。ま、ジュリオを妄信するというか、彼の意向に沿うだけの人形の出来上がりだな」


 「そのジュリオもあんたの拷問で精神を破壊されましたと。そして彼は、顔が無い神官ではなく、アルドという一人の少年に戻り、自分の意思で、自分の人生を歩むことになる。大団円のはずなのに、過程がとんでもないわよ」

 拷問で精神を破壊したんだから。


 「ジュリオはむかつく野郎だったからな、あれくらいでちょうどいい。アルドは普通にいいやつなんだが、それで、『デミウルゴス』の原型の話に戻るけど、これには最大の問題があった」


 「魂を移す際にどうしてもロスが出るのよね。つまり、魂が削られる。その苦痛で普通の人間なら死ぬか、心が壊れるのね、ジュリオのように」

 ハインツはそれを乗り越えた。


 「アルビオンでゲイルノート・ガスパールが死んだときも、とんでもない苦痛だったからな。あれの痛みを知るのはルイズくらいだろう。あいつも“ネームレス”が刻まれてるフェンリルにルーンを刻む際、魂を極一部だが、“ネームレス”に削られてるはずだ」

 よくまあ、彼女は正気でいられたわね。


 「だから、この方法でルイズの姉さんを治すわけにはいかないだろうな。この苦痛を知るものが、姉にこれをやらせるわけがない」


 「なるほどね、あんたは今回どうだったの?」


 「あったんだろうけど、そこは覚えてない。魂が削られる際に、いらないものと一緒に置いてきた」

 そう言うハインツの顔は、とても穏やかだった。


 「そう、何にせよ、あんたは今、普通の状態に戻ったわけね」


 「だな、お前にキスされて身体が反応してる。なんか違和感あるけどな」

 ようやく種無しと不感症も治ったわけか。まったく、随分待たされたわ。


 「そこに違和感を持つのがそもそもおかしいのよ。ともかくこれで、“悪魔公”は滅んだわけね。もっとも、北花壇騎士団副団長、“毒殺”のロキが死んだわけじゃないけど」

 主要な人物や、裏側の人物は大体真相を知ってる。


 「だが、ハインツ・ギュスター・ヴァランスは死んだ。今の俺はただのハインツだ。幼い頃の目標だった、ヴァランスの姓に縛られず生きるという家出計画は、ここに完遂されたわけだ。ずいぶん長い道のりだったが」

 ああ、そういえば以前、そんなことも言っていたわね。


 「だけど、それも駄目よ。あんたはこれからハインツ・マルテルとして生きるのだから。家の代わりに私に縛られなさい」

 私の夫になるんだから。


 「だな、俺はお前になら縛られたいぞ」

 うん、聞く人が聞くと、変態プレイに聞こえそう。こいつ美形だし。


 「でもまあ、ヴァランス領の総督は続けなさいね。誰でも務まるくらい統治システムが完成してると同時に、色んな先住種族が集まってる上、様々な政策の実験場にもなるから、あんたくらいしか最高責任者は務まらないわ」

 ただ単に統治するなら誰でも出来る。

 けど、今のヴァランス領の役割をそのまま続けるなら、こいつが必要だわ。


 「そうなるか、名前はヴァランス領じゃなくなるだろうけどな。もっとも、ヴァランス邸ですら俺のものじゃなくなってたからな。色んな先住種族や、ウェストウッド村の子供たちとか、そういう人達が住む場所にしたから、最早俺の部屋すら存在してなかった」


 「確かに、ヴァランス邸とは言えないわね」

 その当主のための屋敷だからこそ、その名前を持つんだもの。


 「だから、これからはオルレアン邸に変えよう。ビダーシャルさんとシャルロットの戦いで壊れちゃったから、あっちをオルレアン邸にすればいい。俺の母の姉であるマルグリット様が管理者になるのに何の問題もないし、現在でも使用人をまとめてるのはあの人で、執事がペルスランだからな。それに、様々な種族の交流の場であるあそこは、“ガリアの勇者”と“ガリアの姫君”の実家にちょうどいい」


 「それ以前からそうなってたわ。行政機能はヴァランスの街の中央に移ってたし」

 後は、“ヴァランス公”の代わりの総督を中央政府から派遣すればいいだけ。


 「新たに派遣する総督は、内務省の重鎮である、ハインツ・アーバレスト」

 「まあ、そのために用意した役割だしな。ハインツって名前自体はガリアにいくらでもいるし」

 ハインツ・アーバレストは、ゲイルノート・ガスパールと同じく、ハインツの顔の一つ。

 最終作戦後、ハインツ・ギュスター・ヴァランスが表側に現れるわけにはいかないから、そのために用意しておいた顔。

 最初はこいつが兼任してたそうだけど、アルビオンでゲイルノート・ガスパールが『レコン・キスタ』の活動を開始してからは時間がなくて、“スキルニル”にホムンクルスと同じ要領で『魂の鏡』でコピーした魂を付与していたとか。

 もっとも、一ヶ月程度しかもたないから、その都度作り直す必要があったんだけど。


 「でも、今思えば、あれもあんたの肉体を削っていたのね」

 「確かにな、一ヶ月に一度、別人の人生経験をまとめて脳に詰め込んでたようなもんだからな。そうしないと、話を合わせることが出来ないし、相当な負担になってなったんだろうな。自覚はまったく無かったが」

 そこで自覚が無いのがおかしいのよ。


 「というか、それ以前に自分が一ヶ月しか生きられない“ハインツコピー”に過ぎないって認識しながら普通に活動してたあれがもの凄いわ。まあ、ホムンクルス全員にも言えたけどさ」

 普通なら自死衝動に取り付かれるか、オリジナルを殺そうとしたりとかしそうだけど。


 「だが、俺のコピーだからな、そんな些細なことを気にするたまじゃない」

 オリジナルがこいつなのがポイントよね。何せ、本当に身体が崩壊するまで走り続ける馬鹿なんだから。(享年21歳、死因、自業自得の暴走)


 「まあとにかく、あんたは表向きハインツ・アーバレストとして活動しなさいね。顔が一個減るから、これまでよりは大部楽になるでしょ」


 「ま、周囲の人から見れば、ハインツの後釜がハインツで、雰囲気も似てるってことになるが、今回は総督の任務だけだから、“悪魔公”と違って中央政府との接点が無い。気にするのは少ないだろう。何せ、中央政府の人間以外は“悪魔公”を噂でしか知らないからな。カルカソンヌ市民は少し違うけど」


 そう、そして、最大の仕込みがある。


 「けど、あくまで“悪魔公”なのよね。やったことのインパクトが大き過ぎて、彼自身がどういう人間だったかについては全く伝わっていない。教皇と同じ、彼が光の仮面なら、“悪魔公”は闇の仮面、顔が無い悪魔。誰でもが思い描ける理想の悪役、自分達にとって都合が悪いこと、国家の負の側面、そういうものを全部押し付けることができる存在。まさに、悪魔ね」

 だから、ガリアにおいて、ハインツ・ギュスター・ヴァランスという存在は、実は知名度が低いとも言える。

 ロマリアの民が、ヴィットーリオ・セレヴァレという存在を知らなかったように。


 「“無貌の悪魔”ってとこか、トリックスターはそういった側面を持ってるからな、“ロキ”にはちょうどいい。俺の本当の顔、“ハインツ”を知っているのは一部の人間だけで十分さ」


 「国家において上位になるほどその割合は多くなるわ。マザリーニ枢機卿や、アルブレヒト三世も知ってる。ガリアにおいては九大卿を筆頭に、重要な役職にいる連中は知ってるし」

 だから、その辺は問題にならない。ハルケギニアの中枢が全員知っているんだから、秘密にならない。


 「これからはそれが一種のパラメータになりそうだな。大局を見て、“悪魔公”の正体に気づけるような奴は、国家の重責を負うに足る能力を備えている。それを中央政府で口にするものがいたら、北花壇騎士団に察知されて、内務卿に呼ばれるわけだ」


 「そして、真相を知らされて国家の重職に就くわけになる。本当に、あの青髭の計画には無駄が一切ないわね。どの部分も余さず利用してるわ」

 よくまあ、あんなに悪知恵が働くもんだわ。


 「まあ、これまでとそんなに変わらないってとこか。サイトやシャルロットも元気だろ?」


 「ええ、今はリュティス全体でお祭りをやってて、その中心にいるわ。“悪魔公打倒記念パーティー”。皆の力を合わせることで、一人の死者も出さなかったその奇蹟を祝ってね。悪魔公を倒したあの二人は、まさにガリアのヒーローとヒロインね。“ガリアの勇者”と“ガリアの姫君”を称える歌が街中に響いてるわ」 


 ここんとこ、お祭り騒ぎばっかりね。


 「当然、必要な物資を用意したのはアラン先輩とエミールだな。あの二人が何よりも得意とするのは宴会の準備だからな。その場合は空海軍の機動力や、陸軍の労働力も動員される。ことお祭りに関してなら、あいつらの右に出るものは存在しない」

 空海軍の馬鹿二人と、陸軍の馬鹿二人も手伝った。まさに”類は友を呼ぶ”の象徴みたいな奴らなんだから。


 「そろそろ私も戻らないと駄目かしらね。総軍を指揮した初代執政官が、いつまでも抜けているわけにもいかないし」

 私が指揮して、シャルロットが“悪魔公”を倒した。

 私達が王家を捨てた、何よりの証。


 「そうか、流石にその場に“悪魔公”が混ざるわけにもいかないからな。もう少したったら、『転身の指輪』でも着けて俺も行くよ」



 「そう、じゃあ、先に行って待ってるわね」

 
 「ああ、そういえば”呪怨”はどうした?」


 「アレなら、ウチの親父は回収したわ。後で返してもらえば?」

 
 「いや、アレは何かに使うかもって言ってたからそれでいい」


 「そ、ならいいわ」


 そして、私は中央広場に戻る。


 平民、貴族、先住種族。

 かつては分かたれ、差別され、殺し合う関係にあった。

 でも、今は平民と貴族の区別も無く、先住種族といがみ合うこともなく、皆一緒に騒いでいる。



 これからのガリアと、新しい世界の始まりを祝う祭りを楽しみながら。














■■■   side:ハインツ   ■■■


 新世界の到来を祝う祭りに向かう前に、俺はとある場所に向かった。


 ヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワ。


 今はもう全てが焼け落ち、何も残ってはいない。


 もう、王家は必要なく、全ての闇は払われたのだから。



 そして、そこでその人が待っていた。



 『初めまして、ハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵、ガリアの暗部を統括し、あらゆる者を抹殺する影の処刑人、闇の公爵よ』


 『初めまして、ジョゼフ・ド・ガリア陛下、ガリアの全てを支配し、そして全てを破壊し灰燼に帰す虚無の王よ』


 闇の公爵と虚無の王として、初めて邂逅したその場所で。



 『あの時と同じだ、お前はこれより俺の忠実な配下となり、俺の為に働け』


 『承りました。これより我が身は貴方の杖となり、この世界を破壊することに全てを捧げることを誓います』


 『大義、その忠誠ゆめゆめ損なうな』



世界を滅ぼす悪魔が二人、虚無と闇の主従が誕生したその場所で。









 「これで終わったな…」

 彼はそう切り出した。
 

 「ええ、終わりました。どうしました、やけにしんみりしてますね」


 「雰囲気と言うものを考えろ、全くお前と言うやつは、場の空気を読まんな」

 そりゃあ俺はいつも自分本位だからなあ。


 「性分なもんで、それは貴方も同じでしょう」

 そういって、まあそうだな、といって苦笑する陛下。


 「それで、お前はどうするのだ、ハインツ」

 いつに無く静かな口調で陛下が聞いてきた。いや、もう陛下ではないのか。

 彼の質問の意図はなんとなくわかるし、俺の中でその答えは出ているが、あえて俺は聞き返す。


 「そうですね、貴方はどうなさるんですか」


 「ふむ……」

 しばし目を閉じて考えるジョゼフ様。王ではなくなったが、俺はこの人個人に対しての敬意を込めて”様”をつける。


 「ハインツ、コレは以前にも言ったことだが、俺とお前は個々人としてだと、世界に悪影響しかもたらさん、言ってみれば害獣のようなものだ」

 俺とジョゼフ様は”負”の性質、すなわち世界の秩序を乱す者。それも強大な。


 「俺は周囲を自らの虚無に引きずり込み、お前は周囲のものを巻き込んで破滅させる、そういうものだ。互いが出会う前には、俺は近しい者がシャルルしかいなかったし、お前は周りの近しい者が幾人か死んでいただろう」

 確かに、父、母、ドル爺、彼らは関係上と精神上の違いはあるが、最も俺に近い者たちだった。


 「最も、その頃は互いに己の本質に気づいていなかったから、周囲の影響もまだ軽いものだったといえるか」

 カーセ、ダイオン、アンリ、それに『影の騎士団』までは影響が出なかった。

 俺と彼が互いの本質に気づいたのは、おそらくあの頃。俺はジョルジー男爵邸の地下で、彼は王座に就いたときに、自分が究極の異常性を持つものだと自覚した。
 
 闇と虚無、それを何の抵抗も感慨も無く受け入れた、という異常性を。


 「だが、そんな2人が交じり合うことによって、結果として世界に良い成果をもたらすことができた」


 「あくまで、俺たちの主観で、ですがね」

 俺は茶化すように言う。


 「まあ、それでも最大公約数的にはそう変わるまい」

 そう返すジョゼフ様、異世界の数学理論を混ぜるあたりは、彼の洒落っ気だろう。


 「そうですね、そうだといいです」


 「ああ、だがそれも終わった。共通の目的が果たされた以上、俺とお前が交わる必要は無い。なかなかに長かったお前との縁もここで切れる」

 そういって微笑むジョゼフ様。彼のこういう表情は初めてだ。


 「だから、俺はこの先ミューズと歩んでいこうと思うのだ」

 彼の考えは良く分かる、しかし俺は再びあえて聞き返す。


 「今までも、シェフィールドさんとは一緒にいたのではありませんか?」


 「主従として、な。あくまで上下関係だ、それでは交じり合うとはいえん。だが、これからは対等だ、夫婦とはそういうものだろう?」

 穏やかな瞳と穏やかな表情。それはいつか見たオルレアン公に良く似ていた。ああ、やはり2人は兄弟だったのだと、深く感じた。

 シェフィールドは彼の全てを受け入れる。彼女といれば、彼は無害。これは以前彼が俺に話したことだ、マイナスにゼロを掛ければゼロになると。


 「だから聞くのだ、お前はどうするのか、と。お前には俺にとってのミューズはいない」

 そう問う彼も、俺の答えはきっと分かっている。しかし俺の口から聞いておきたいのだろう。なにせ…


 「常に走り続けていないと壊れてしまう、という異常極まりない男だ。お前はこれからどこに向かって走る気なのだ?」

 彼の言うとおり、俺は常に立ち止まっていられない男だった。ドル爺が殺されて、復讐を果たすまでの間はその歩調を緩めていた。その間の俺は今思い起こすと、とても危うい存在に思える。暴走気味だった、といってもいい。

 けれど、今は前のように掻きたてられる様な感覚は無い。完全に無くなったわけではないが薄まった。体が変わったからか、それとも一度壊れるまで走り抜けたからだろうか。今の俺と以前の俺とでは、本質的にどこか違っている。

 俺の最大に異常性、常人の数倍の自滅因子(アポトーシス)、自らが壊れるまで走り続けるその生き方。それが変わった。

 そういった意味でいうなら、ハインツ・ギュスター・ヴァランスという男は、確かに死んだのだ。


 だから今の俺なら。


 「常に全力で走る気はありませんよ。俺はこれからイザベラと一緒に歩いていくつもりです。時には走りますけどね。というか、属性云々の問題はどうあれ、壊すだけ壊したから後は知らん、っていうのは、俺の流儀に反します。イザベラはこれからガリアを支える柱になるんですから、俺はあいつを公私共に支えてやれる柱になるつもりです」

 やりっぱなしで放置なんていうのは、問題外だ。俺が持ちうる全能力を以って、イザベラを支えたい。あいつは、俺にとって一番大事な存在なのだから。


 ……こうした感情も前の身体のときは薄かったような気がする。

 
 そう言うと、彼はフッっと笑う。 


 「そうか、まあそうだな。今の欠けたお前ならば、手綱を取ることが出来るだろう。何しろ、あいつは俺の娘だからな。それに、今のお前に以前の狂躁感は感じられん」

 その口調はあくまで穏やか、しかし少し自慢げな響きがある。そういえば、彼がイザベラを褒めたのは初めてかもしれない。

 すると、彼の顔が人の悪い笑みになる。
 
 「しかし、自分の流儀に反する、か。そういうところは変わらんな。やりたいことをやり、その後始末に走り回るのがお前という奴だったか」


 ひょっとすると、彼が俺に過労死寸前まで、働かせていたのは、狂躁する俺を抑えていてくれていたのだろうか。けど、1割くらいの理由だなきっと、残りの9割は純粋に楽しんでいたに違いない。まあ、なにはともあれ。

 「ええ、それが俺のやり方です。こればっかりは変わりませんよ。俺の答えは分かっていたのでしょう? やはりあいつが気がかりでしたか」

 彼があえて俺に言わせたのはそれが理由だろう。


 「まあな、無責任の塊のような俺でも、娘が片付くまでは離れるわけにはいかんさ」
 
 何て言って苦笑する彼。冗談めいていった言葉だが、本心と異なるわけではないだろう。


 「娘を頼んだ」


 「はい、お任せください」


 そうして、穏やかな沈黙が流れた。





 




 ややあって。


 「俺とお前はこの先また出会うことはあるかも知れんが、その道が合わさることは無い」


 「ええ、ではこれでお別れですね」


 「そうだな、明確な別離の形は示しておこう」


 「はい、さようなら、ジョゼフ様」


 「ああ、さらばだ、ハインツ」



 
 そうして、闇の公爵と虚無の王として道を交えた二人は、





 ただのハインツとジョゼフという、互いに一人の人間として別れを告げた。
















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あとがき

これにて、ハルケギニアの舞台劇は完結となります。

これまで読んでくださった方々、感想をくださった方々に深く御礼を申しあげます。

この後、登場人物のその後を箇条書きでまとめたエピローグや、小ネタを投稿する予定となっています。


しかし、これまで突っ走ってきた反動で、大学のレポートやテストが大分忙しくなっており、最悪単位を落としかねないので、しばらくは学業に専念する必要がありそうです。


ハインツを主人公とする本編は終了ですが、語られなかった部分や、原作の1~4巻にあたる部分のサイト視点などの話を、いつになるかはわかりませんが、書こうかとも思っております。(半年以上は先になりそうですが)


とりあえず、ここで一区切りはついたので、これからはのんびりと書いていこうと思います。


私の処女作であり、文章としては未熟な部分が多すぎた作品ではありますが、これまで読んでくださった方々に、もう一度御礼を申し上げます。


本当にありがとうございました。







[10059] エピローグ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/11/27 22:24

エピローグ



それぞれのその後



イザベラ・マルテル
 ガリア共和国初代執政官、10年の任期を満了した後はロマリア州総督(後に知事と呼ばれるようになる)となり、ロマリアの安定化と産業の発展などに貢献する。王制から共和制へと転換した際の最初の執政官であるためその権力は最も王に近いものであったが、決して乱用することなく執政官としての立場に徹し、民が己の考えによって政治に関かることができるような社会へ発展させるための最初の土台を築き上げ、“黎明の星”と呼ばれる。公式には知られていないがガリア北花壇騎士団団長も勤めており、副団長ハインツの奥さん。ハインツを知る人間全員から、「ハインツの奥さんが務まるのは貴女だけだ」と呼ばれ、ハインツは「あの人の旦那が務まるのはお前くらいだろうな」と呼ばれる。似たような言葉だが意味は大きく異なり、前者はハインツの手綱を握れるのは彼女だけという意味であり、後者はイザベラの日常会話についていけるのはハインツくらいしかいないという意味である。彼女の知性は非常に高く、プライベートな会話の中でも国政に関することが次々に飛び出すので、それに完全に対応できるのはガリアに3人しかいない。それが北花壇騎士団副団長ハインツ、参謀長イザーク、副参謀長ルイズの3名で、団長イザベラと合わせて、ハルケギニアを裏から操る四悪と呼ばれる。ハインツとの間には二卵性双生児の子供があり、男の子がミルディン・マルテル、女の子がルファ・マルテルと命名される。


エクトール・ビアンシォッティ
 ガリア共和国二代目執政官。元は内務卿であったが、イザベラの任期満了に伴い、官吏たちの推薦を受けて執政官となる。彼の代では新制度の導入よりも、イザベラの代に次々に取り入れられた制度の安定化に力が注がれ、ガリアは安定した土台を保ちつつ徐々に発展していくことになる。彼は“秩序の継承者”と呼ばれ、三代目執政官による技術発展の時代につながることとなる。



ルイズ・ヴァリエール・バンスラード
 ガリア王国三代目執政官。元はトリステインの名門貴族ヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであったが、ガリアが共和制へと移行する少し前にガリアに招かれ、技術開発局の二代目局長となる。3年かけて姉のカトレアの病気を完治させた後はビアンシォッティ内務卿の次席補佐官を勤め、彼が二代目執政官となった際、首席補佐官のオリヴァー・クロスビルの推薦もあり内務卿となる。その後、外務卿のイザーク・ド・バンスラードと結婚し、ルイズ・ヴァリエール・バンスラードとなり、二代目の任期満了に伴い、三代目執政官となる。彼女の時代にガリアの魔法技術は飛躍的に向上し、魔法族・ルーン族・先住種族の共存による社会構造の骨組みは彼女の代で出来上がった。同時に、北花壇騎士団副参謀長であり、ハルケギニアを裏から支配する四悪の一人。虚無の担い手でもあるが、その大半を“少女天国”や“百合の楽園”に費やすため、そのことは一般にはほとんど知られていない。ちなみにその二つは法にふれるグレーゾーンにあり、限りなく黒に近いが常に灰色であり続ける。さらに夫が“灰色の者”であることから“灰色夫妻”とも呼ばれる。身長は最終的に170サント近くまで伸び、かわいい女の子を抱きよせながら“銀の腕”を掲げる姿はまさしく“英雄”というに相応しい威容を誇っている。ただし、やることはその後ベッド直行である。夫であるイザークはその辺まったく無関心。




ニコラ・ジェディオン
 ガリア共和国法務卿。後のガリアでは閣僚も執政官の交代と同時に変化するようになるが、初期の共和制においては汚職による免職や、高齢による退職、本人の事情による辞職などを除けば基本終身制であった。これは王制時代の風習が継承されたもので、何もかもを急に変えるのはかえって混乱をまねき、社会の安定性を損なうという理由から法務省の主導によって旧制度の半分近くはそのまま残すことと定められたからである。これには当時のガリア王政府が完全な実力主義であり、彼ら九大卿よりも内政に優れていると自負できる人物が存在しなかったことも大きな理由となっている。結果、彼は70近くになるまでの35年間法務卿であり続け、“法の番人”と呼ばれる。



ジェローム・カルコピノ
 ガリア共和国財務卿。前者と同じ理由により、終身制に近い形で財務卿を務める。彼が財務協である間は一度たりともガリアの財政が貧窮したことはなく。また、公金をめぐる汚職もほとんど存在しなかったことから、“ガリアの金庫番”と呼ばれる。ヴェルサルテイル宮殿を燃やすよう進言した人物であり、費用の無駄は絶対に許さない。若奥様モードになっているシェフィールドが、ジョゼフの娯楽の為に高価な材料を使いまくるのを止めた唯一の人物である。その件で北花壇騎士団のトップ2人が、彼を”真の英雄”と称えた。



アルマン・ド・ロアン
 ガリア共和国国土卿。ガリア内部における陸上交通の要である『大陸公路』をさらに整備すると同時に、ネフテス、エンリス、そして東方(ロバ=アル=カリイエ)までをもおよそ30年かけて繋ぎ、最初の東西交易路を完成させるという偉業を成した。最初の道路はその一本だけだったが、それを主要幹線道路として四代目執政官の時代にはより整備され、活発な東西交易が行われることとなる。そのことから“街道の開拓者”と呼ばれる。



ヴィクトリアン・サルドゥー
 ガリア王国職務卿。メイジを支配階級ではなく産業を支える技術者として再編成し、他のルーンマスター、先住種族と協力しながら動かす新たな社会制度の実現に尽力した人物。初代・二代目・三代目の執政官の間、彼を中心にその方面の改革が進められ、ガリアは完全な新型国家へと変遷していくこととなり“三族体制の創始者”と呼ばれる。三族とは、魔法族、ルーン族、先住種族を指す。



アルベール・ド・ロスタン
 ガリア共和国軍務卿。従来の王を最高司令官とした王軍を一度完全に解体し、国家そのものに仕える軍隊として再編成すると同時に、革新的な軍制度改革をなした人物。専業軍人は戦争を前提とした存在であるためそれを廃止して軍を二分し、1年ごとのローテーションで片方が軍事教練をしている間はもう片方は東方の道路工事やガリア各地の鉱山開発などの労働力として集団で働くというシステムを作り上げ、事実的な軍縮を実現した。これは、治安維持活動が保安隊によってなされるようになったことも大きな要因となっていると共に、“魔銃”に代表される当時のガリアの兵器群が他国を圧倒していたので、強大な軍事力が必要無かったことも背景となっている。特に、“ヨルムンガント”、“フェンリル”、“レーヴァテイン”の伝説は戦争を抑止する絶好の材料となった。彼自身が率先して道路工事の指揮などもおこなったことから、“官吏軍人”と呼ばれる。



アルフレッド・ド・ミュッセ
 ガリア共和国保安卿。治安維持を専門とする新機構“保安隊”を創設した人物であり、この保安隊と軍隊との連携の強さは、彼の時代にロスタン軍務卿とともに築かれたものである。彼の指導の下、ガリアはハルケギニアで最も治安がよい国家と呼ばれ、彼は“ガリアの掃除屋”とも呼ばれている。また、新州であるロマリアの治安維持活動にも新総督イザベラと協力して当たっている。



ギヨーム・ボートリュー
 ガリア共和国学務卿。これまでは貴族が通う魔法学院か、軍人が通う兵学校、士官学校しか存在しなかったが、共和制に移行した後それらを解体し、メイジ学校、市民学校などを創設する。後にこれらは専門的要素が強い専門学校と、一般性が強い通常学校など特色によって分けられ、ガリア国民の識字率は飛躍的に向上することとなる。その結果“読み書きの父”と呼ばれる。また、メイジの素養を持つもののための魔法専攻課程と並列して、ルーン専攻課程をも作り上げた。



イザーク・ド・バンスラード
 ガリア共和国外務卿。元は“穢れた血”でありながら実力によって外務卿に上り詰め、九大卿の中で最も若く、同時にガリア共和国にもっとも長く仕え、24歳から85歳までのおよそ60年に渡り外務卿であり続けた怪物的な人物。ゲルマニア、ラグドリアンのみならず、ネフテス、エンリス、東方との外交を一手に引き受け、その全てと友好関係を成立させ、対等な条件における通商条約を結ぶという偉業を成しており、同時にガリア外務省の代表として“知恵持つ種族の大同盟”とも協力関係を築き上げた。ちなみに、後にルイズと結婚しているが、恋愛結婚などでは断じてなく、彼が外務卿、ルイズが内務卿として共和国政府の双壁と呼ばれている時代に、案件を処理するたびに互いの仕事場を行き来するのが面倒になったため、事務所を融合させる口実として利用しただけ。また、ルイズが三代目執政官となるには生粋のガリア人と結婚する必要もあったこともその一因となっている。夫婦仲が悪いわけではなくむしろ良好、しかし、サイト・シャルロット夫妻のように仲睦まじいとは口が裂けてもいえず、互いに信頼しあうビジネスパートナーという表現が最も的確である。また、北花壇騎士団の参謀長であり、ハルケギニアを裏から支配する四悪の一人であるため、裏側でも彼が参謀長、ルイズが副参謀長であり、この夫婦からどす黒い会話が絶えることはないと言われる。彼は女性に興味がなく、ルイズは百合のため当然男女の仲も存在しない。この“灰色夫妻”と、団長・副団長の“最強夫妻”によってハルケギニアの表側も裏側も全て掌握されている。



オリヴァー・クロスビル(クロムウェル)
 ガリア共和国内務卿首席補佐官。エクトール・ビアンシォッティ内務卿の首席補佐官であり、彼が執政官となってからは、ルイズの首席補佐官となる。そして、ルイズが執政官となった際エクトール・ビアンシォッティが再び内務卿となり、彼は首席補佐官であり続ける。記憶力に優れ、会議の内容を全て記憶することが出来、それを全て文章に書きおこすという凄まじい技能を持っていた。書類整理も得意とし、補佐官としては最高の人材と呼ばれた。故に、生涯首席補佐官であり続け、“ガリアの縁の下の力持ち”と呼ばれる。この異名を広めたのは当然ハインツである。普通に内務省に勤めていた女性職員と結婚し、普通の家庭を築いている。英雄達の活躍を影で支える一般人代表のような人物である。




サイト・ヒラガ・オルレアン
 ガリア共和国独立治安維持部隊“蒼翼勇者隊”のリーダー。元々は『ルイズ隊』の別名だったが、後に正式なガリアの機関となる。構成員は従来の7人に加えて、三花壇騎士団長や『影の騎士団』などもいるが、その全てが他の役職との兼任であり、“蒼翼勇者隊”のみに所属しているのはリーダーのサイトと副リーダーのシャルロットの2名のみとなっている。あくまでリーダーであって権力を持っているわけではない。仕事は対立の調停であり、子供の喧嘩から、個人商店のしまの取り合い、政府内部の組織の対立、国家間紛争、民族対立などなど、あらゆる対立を仲裁する役目を担い、彼ら二人の活動はガリア共和国執政官が全力で支援することが法で明記されている。(モデルは当然『ロードス島戦記』のパーンとディードリット、要は“ロードスの騎士”と同じ感じ)“ネフテス”や“エンリス”、東方(ロバ=アル=カリイエ)への特使としても幾度となく派遣されているが、イザベラとハインツのお願いを受け、外務卿のイザーク、そしてルイズと共に活動するという、実は仲間や身内を手伝っているだけだったりする。サイトの仲間や身内の大半は国家や民族、種族の重要人物だったりする(ウェールズ、アンリエッタ、ビダーシャルなどもその例)ため、仲間を手助けすることが民衆の為に駆け回る勇者的な活動となっているのである。シャルロットとの間には3人の子供があり、長男がルセト、長女がマリア、次女がメリエルという。ガリア共和国では、“最強夫妻”のように妻の姓に統一する場合、“灰色夫妻”のように夫の姓に統一する場合、そして、ここの“純愛夫妻”のように両方の姓を用いる場合の3通りがある。彼の渾名は“ガリアの勇者”もしくは“姫君の守り手”だったが、全然年をとらないので“永遠の騎士”とも呼ばれるようになる。



シャルロット・エレーヌ・ヒラガ・オルレアン
 ガリア共和国独立治安維持部隊“蒼翼勇者隊”の副リーダー。言わずと知れたサイトの奥さんである。この二人はガリアで一番仲が良い夫婦と呼ばれ、妊娠中以外は大抵共に行動している。同時に、子育てもやりながらなのでかなり忙しいことになるが、その辺は例の“青鬚”の協力もあり、東方(ロバ=アル=カリイエ)の“風の部族”の族長と会談した数分後に、子供を寝かしつけにオルレアン邸(旧ヴァランス邸)に帰ったりしている。彼らの時代は共和制の黎明期であると同時に黄金時代であり、そして“英雄の時代”でもあり、要は何でもありなのである。ジョゼフ、シェフィールド、マルグリット、イザベラ、ハインツ、サイト、シャルロット、ミルディン、ルファ、ルセト、マリア、メリエルと数も増え、仲が良い家族となったがそれぞれ個性が強く纏まりはない。しかし、なぜかシャルロットのお願いには皆応じる、それはジョゼフも例外ではない。そして年少組はハインツに言われたことは平気で無視するが、彼女の言いつけはしっかり守るのである。この辺は仁徳の差であろう。ハインツとイザベラがシャルロットに甘いのも相変わらずである。ちなみに身長は最終的に157サントくらいまで伸びた、ハインツの医療技術の賜物である。“ガリアの姫君”や“永遠の姫君”と呼ばれ、サイトとの恋愛は多くの舞台劇のモデルになっている。



キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー
 後にガリア最大の商会となるツェルプストー商会の創始者(ガリアにおける)。ゲルマニアとの実家との繋がりを持つと同時に、ガリア技術開発局との繋がりも深い。技術開発局で開発された新製品は、ガリアで一般的に普及するくらいになるまでは、ツェルプストー商会を通してしかゲルマニアに入らないため、完全に独占状態である。他の商会がルートを開発しようにも元となっているのは“蒼翼勇者隊”の繋がりなので、どうやっても真似できない。なぜなら“蒼翼勇者隊”に名を連ねているゲルマニア人は“赤き炎の女神”である彼女だけだからである。虎街道で“悪魔公”が投入した狂気の怪物“フェンリル”を打ち破った“栄光の勇者達”の伝説は、ハルケギニア全体に色んな尾ひれをつけながら広まっている。(当然広めたのはイザーク、外交に有利になる情報は何でも流す男である)フォン・ツェルプストーはアルブレヒト三世を擁立した選帝侯の一角でもあったため、ガリアとゲルマニアの友好関係の維持や、通商関係の変化などには、彼女の商会は大きな役割を持っている。若い頃は同時に10人以上を愛人にしていたことなどで有名だが、伴侶となる特定の人物はいない。彼女の情熱は全方向に発散されるため、一人の特定の男に収束することはなかった。その代り、かつてハインツが貧民街から助け出し、ギヨ-ム・ボートリュー学務卿が整備した学校の一期生達の多くをツェルプストー商会に勧誘し、彼らと共にゲルマ二アの孤児達を引き取る大規模な施設、“未来の家”を築きあげ、そこの子供達からは慕われている。




ギーシュ・ド・グラモン・モンモランシ
 ガリア共和国遊撃部隊水精霊騎士隊(オンディーヌ)隊長。同時に、“蒼翼勇者隊”のメンバーでもある。水精霊騎士隊は三花壇騎士団と同じく軍務省、保安省両方と繋がりをもつものの、独立機関となっている。花壇騎士団は治安維持を主任務とするが、緊急時には軍人と同じく前戦で戦うことが義務付けられており、その点が保安隊との大きな違いとなっている。しかし彼らはそれとも異なり、北花壇騎士団が裏の何でも屋ならば、彼らは表の何でも屋。要は一般市民の苦情聞き係りであり、夫婦喧嘩の仲裁だの、ゴミ屋敷の排除だの、町内会費の未払いの取り立てだの、保安隊(警察)が出ばるとかえってややこしくなりそうな揉め事の処理役、つまり便利屋である。サイト・シャルロットの活動はこれを国家規模でやっているようなものだが、彼らはそれを民間人規模で行うのであり、任務の大半を占めるのは祭りの手伝いとなる。各地域の村祭りなどが行われる際、喧嘩があったり資材が足りなくなったりと色々面倒事が起こるのでそういった際に彼らの協力を仰ぐ、早い話が文化祭時の生徒会役員みたいなものである。隊長のギーシュが最も得意とするは夫婦喧嘩の仲裁であり、千を超える喧嘩を仲裁したとして知られる。ただし、『“純愛夫妻”は夫婦喧嘩が一度もないし、逆に、“灰色夫妻”や“最強夫妻”が夫婦喧嘩をした日には僕なんかじゃ止められない』とは彼の言葉。そして、最も夫婦喧嘩というか、妻による一方的な断罪が多いのは他ならぬギーシュ・モンモランシー夫妻なのである。彼が若い女性に色目を使い、妻の新薬の被験体となった回数は100を超えると言われており、彼の夫婦喧嘩仲裁スキルは、己の経験によって磨き上げたもの。




マリコルヌ・ド・グランドプレ
 ガリア共和国遊撃部隊水精霊騎士隊(オンディーヌ)副隊長。同時に、“蒼翼勇者隊”のメンバーでもある。ギーシュの同僚であり、彼の担当は主に公衆浴場の覗き対策であると同時に“辿り着いた者”、“極めし者”という渾名を持つ。その由来は少々複雑であり、元々彼は覗きに関しては天才的な才能を持っていたがその彼をもってしても一箇所だけ突破できない難攻不落の要塞があった。それが技術開発局の浴場であり、そこにはルイズとモンモランシーが設計した凶悪極まりない罠が設置されており、挑んだ彼はあっさりと返り討ちにされた。そして、高等法院に突き出され、100以上の覗きを捕まえることで不問に処すという執行猶予をもらい、あっさりとそのノルマを達成する。覗きの達人である彼には下級の覗きがどういう思考でどのような物件をどのように狙うかなど手に取るように分かったからである。最強の盗賊こそが最高の防犯設備を考えつけるのと原理は同じであった。そして、自由の身となった彼はさらなる研鑽を積み、再び要塞に挑むがあえなく敗退、また100人の覗きを捕まえることなり、再三挑むが悉く敗退。そして、彼は邪念を持ったままではこの要塞を突破することは敵わぬということを悟り、自ら両目を抉り出し、聖人の如き力を発揮し、完全に風と同化した。そして、彼はついに要塞を突破しヴァルハラに辿り着いた。彼は語る、『そこには、至高の楽園があった』と、見えぬはずの彼の眼が何を見たかについては永遠の謎とされている。この武勇伝が知られて以降、世の中の覗きの質が変わり、“卑劣な犯罪者”というよりは“陽気な馬鹿”というべき存在と化していく、要は“タワー男”のようなものであり、『そこに壁があるから覗くんだ』と言わんばかりに阿保な方法で女湯に突撃し散っていく馬鹿が急増した。余談だが、ヴァルハラから帰還した彼は技術開発局が開発した義眼によって視力を回復するも、生涯独身を貫いた。





モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・グラモン・モンモランシ
 ガリア技術開発局三代目局長であり、ギーシュの奥さん。初代局長はシェフィールド、二代目局長はルイズであったが、初代は若奥様、二代目は内務卿と、それぞれの道に進んだため、彼女がその後を引き継いだ。ちなみに、ラグドリアン王国暗躍機関“水底の魔性”の最高幹部を務めてもいる(ルイズも同様)。ガリアが共和制に入ってからの時代は三国体制となるが、最初期は各国の為政者や暗躍機関は全て裏で繋がっており、ハルケギニア全体の利害関係を調整しながら発展していたのである(その中心はあの四悪)。水の秘薬に関してならばハインツと同等の腕前を誇り、フェンリルの肉体をも溶かした強毒“王水”を粘着性に改造したり、“イーヴァルディの勇者”や“睡眠薬”の煙タイプなどを開発している。局長となった後は水中人、エルフと協力し、水の秘薬を特権階級の独占物ではなく、一般市民でも手を出せる値段に出来るように様々な研究を行い、同時に、ハインツの家臣アンリが主導する薬師連盟と北花壇騎士団の情報網を駆使し、さらには共和国政府の力も借り、病院の原型となる設備を作り上げる。




ジャン・コルベール
 ガリア技術開発副局長。ルイズやモンモランシーが主に秘薬などの「水」関係を中心に研究していたため、彼はリザードマンと協力しつつ「火」の研究を進める。公衆浴場に使用されている「火」の技術をさらに進化させると共に、暖房設備など、これまで恒久的なものではなかった「火」の魔法を、永続的なものと出来るように研究を重ね、“ホッカイロ”や“温かコート”などの作品を作り上げる。さらに、水蒸気機関の改良にも着手し、これまでは大量の石炭を燃やして蒸気を発生させ、それで巨大なプロペラを回していたが、先住の「風」の技術によってプロペラを回すのに必要な蒸気の量を抑え、さらに、熱した石炭を再利用する循環システムなども造り上げた。これにはリザードマンの炎圧縮技術と、エルフの自然循環技術が両方使用されている。地球から流れてきた“ゼロ戦”などはあくまで資源を大量に消費し膨大な動力を得るだけであり、二酸化炭素も多く出すが、彼が先住種族と協力して作り上げた新動力は資源の循環を前提としており、自然の流れに沿う先住魔法を基幹とするため、環境へのダメージがほとんどないクリーンな動力となっている。言ってみれば、自然の川に水車を作って(当然ダムではない)水の力を利用するのを、鉱物資源である石炭の「土」、蒸気の「風」、熱する「火」などの分野で自然の流れに沿って行うものなのである。このように、自然に沿った動力の開発は彼以降も継続され、彼と共同研究者であったリザードマンのガラの名前を取り、“ジャン・ガラ研究”と呼ばれる。



ティファ二ア・オブ・サウスゴータ
 ガリア共和国外務省外交官、兼、“知恵持つ種族の大同盟”議長。元々はハインツが議長を務めていたが、彼の仕事が忙しく、以前のように続けるとまた過労死しかねないことから彼女がその役目を受け継いだ。ガリア共和国外交官としての肩書はそのための名刺のようなものである。アルビオン王家の血と“エンリス”のエルフの血をひく彼女はまさに同盟の象徴であり、異なる種族同士が手を取り合って平和を維持していこうという目的で作られた大同盟の調整役となっている。彼女の教えは同盟の基本となり、“アクイレイアの聖女”の他に“慈愛の聖女”、“平和の乙女”などの称号を持つ。多くの人間の男性が彼女に憧れ、告白しようとはしたそうだが、彼女があまりに奇麗な心を持つ故に、逆に自分の心の汚さが見えてしまうようで、ほぼ全ての男が身を引いて行った。結果、彼女と結婚したのは“ネフテス”の若いエルフで、ビダーシャルと共に派遣された精霊講師の一人である。ちなみにエルフには姓という文化がないので、苗字はそのまんまである。



マチルダ・オブ・サウスゴータ
 ガリア共和国外務省外交官、兼、“知恵持つ種族の大同盟”副議長。ティファニアは同盟の象徴だが、彼女は実務を取り行う。人間以外の種族の大半は書類仕事が苦手で頼りになるのはエルフくらいのため、彼女の仕事は結構多い。同盟の会議場は技術開発局かマルテル邸のどちらかと決まっているので場所の確保には苦労はしないが、参加数の把握や出席日程などを把握するのは彼女なので相変わらずの苦労人。また、ティファ二アの胸にある戦略兵器の誘惑に勝てず突っ込んだ馬鹿は悉く大魔神の洗礼を受け、生涯独身主義者に転向することとなった。同盟の中でもティファニアの言葉が皆に受け入れられるのは、逆らったら彼女に殺されるという根源的な恐怖があるからかもしれない。ティファニアは純粋そのものなのだが、後ろに核兵器が存在する状況なのは否めないのである。彼女が結婚できたかどうかについてはどこにも記されていない。ハインツ、イザークの両名が大魔神降臨の魔書として悉く回収し焼き尽くしたためである。



アンリエッタ・ド・ラグドリアン
 トリステイン王国最後の女王にして、ラグドリアン王国最初の王妃。若干17歳で他国との戦争中に戴冠したというトリステインの歴史の中でも珍しい経歴を持ち、アルビオン王国を一度は実力で滅ぼした男、ゲイルノート・ガスパールの侵攻を防ぎ切り、国土と国民を守りぬいた偉大な女王として知られる。そのため、“盾の聖女”と呼ばれることもある。その後、ガリアの援助を受けてゲイルノート・ガスパールを討ち取り、王政復古をなしたアルビオン王ウェールズと結婚しラグドリアン王国王妃となる。これにより始祖ブリミルから連なる三王権のうち、ガリアは共和制へと移行し、トリステイン・アルビオンは一つに纏まることとなった。彼女とウェールズ王の間には一男五女が授かるが、奇蹟的に王位を巡った権力争いは起きなかった。これには“水底の魔性”や“北花壇騎士団”の暗躍というか調整があったと言われている。



アニエス・ド・ミラン
 元トリステイン王国銃士隊隊長。後にラグドリアン王国近衛隊総隊長。トリステインの近衛隊はかなり幻獣の数も少なくなり、衛士の数も減っていたが、アルビオンと統合することにより一気に増加する。特に「風のアルビオン」には空の幻獣が多く生息しているのでラグドリアン王国にはグリフォン隊、ヒポグリフ隊、マンティコア隊、風竜隊、銃士隊の5つの近衛隊が存在しており、彼女はその総隊長である。ガリア共和国から輸入される“魔銃”が配備されているのは銃士隊のみであるため、幻獣をもたない銃士隊もその存在は大きいものとなっている。彼女もまた魔法が使えなかったが、後に“身体強化系”ルーンマスターとなり、“魔銃”と“剣”の両方を自在に使いこなす達人となる。ラグドリアン王国は二都体制をとっており、代ごとにロンディニウムとトリスタニアを首都として交代するという特異なシステムをとっているが、およそ100年後には首都機能の全てがロンディニウムに移ることとなる。しかし、それ以降もトリスタニアは副都として、ラグドリアン王国の最重要都市となって残る。余談だが、彼女の部下を確認したところ3名の隊員が“魔女”の餌食となっていた。その3名の特徴はいずれも背が低い方で、かわいく、やや幼さが残る顔立ちをしていたことであった。



スヴェン・ネイス・マザリーニ
 ラグドリアン宗教庁総大司教 兼 ラグドリアン王国宰相。元々ハルケギニアにはトリステイン宗教庁、アルビオン宗教庁、ゲルマニア宗教庁、ガリア宗教庁、ロマリア宗教庁の5つがあり、教皇がその頂点に君臨するためロマリア宗教庁は他国の上位にあった。しかし、ガリアが共和制となり、ガリア宗教庁、ロマリア宗教庁はその機能を全てガリア共和国教務庁に吸収され、さらにゲルマニア宗教庁もその機能の多くを帝国政府に抑えられたため、ラグドリアン宗教庁がハルケギニアにおける唯一の宗教庁となり、彼はそこの総責任者となる。そして、これまで神官が担ってきた住民の記録、登録などの仕事を宰相直下の国家機構とし、神官の役目を冠婚葬祭や宗教的行事の運営に限定し、その資金も王国財務庁の管轄下とし、実質的な宗教分離を推し進める。後に出来るセレス教が権力を持たないことを教義に掲げることも、既に権力を持つ宗教機構が存在していなかったことを起因とする。宰相としての仕事も同時しながら“水底の魔性”といった暗躍機関の責任者も務めており、苦労人気質は生涯抜けなかった。




ウェールズ・ド・ラグドリアン
 テューダー王家最後の王子であり、王政復古を成し遂げた王であり、ラグドリアン王国初代国王。かなり波乱に富んだ人生のため、彼とアンリエッタを題材とした物語はサイト・シャルロット夫婦を題材にした物語と双壁となっている。一人の野心家ゲイルノート・ガスパールの反乱によって王国は滅びに瀕し、愛する姫から亡命を勧められるも、愛するが故に応じることが出来ず勇敢に戦って死のうとした王子の下にガリアから思わぬ救いの手が現れる。そして、忠実なる部下と共に逃れ、異国の地で祖国を取り戻すための活動を続け、思い人である姫の国の軍隊がゲイルノート・ガスパールによって破られ、トリステインの運命が風前の灯となった瞬間、王子はガリア軍と共にアルビオンに帰還し、ゲイルノート・ガスパールを討ち取った。そして、王子様とお姫様は結ばれ、二つの王国は一つとなり平和な時代が訪れた。このように、ただ史実を述べただけで物語になるような存在なのである(脚本・演出は二柱の悪魔)。彼の治世の下、古き良き時代の貴族と平民の関係が復活した国家となり、帝政ゲルマニア、共和制ガリアと協力しながら発展していく。三国家において、変動を好み、他者を押しのけてでも成り上がりたい思う者はゲルマニア。逆に安定を好み、祖先から受け継いだものを守りつつ次代に伝えていこうという気風が強いのがラグドリアン。その中間がガリアという感じになっている。



パリー・ルウェリン
 ラグドリアン王国元帥。ウェールズ王最古参の重臣であり、第一王子ヘンリーの教育係でもある。最初は軍務卿を務めていたが、第一王子誕生と同時にそれを辞任し、王子の教育係という名誉職のみを務める。が、そんな風に楽できるわけもなく、あくまで個人的な友好ということでマザリーニの執務室でチェス盤を挟みながら政策について議論している。元帥のため王国軍司令官の地位にはいるが、実質的な権限はほぼすべて4将軍に与えており、彼は承認するのみとなっている。



ウィリアム・ホーキンス
 ラグドリアン王国陸軍大将 兼 軍務卿。陸軍といってもラグドリアン王国の領土は大きく二つに分かれているため、彼の担当はアルビオン地方である。最初の首都はロンディウムに置かれていたので軍務卿としての仕事がある彼は自然こっち担当となった。ガリア共和国と違って封建貴族が存在するラグドリアン王国では絶対的な軍権を有するわけではないが、現在の王軍と諸侯軍では錬度が比較にならない(旧アルビオンにはゲイルノート・ガスパールが軍の中央集権化を進めたため諸侯軍は存在しなかった)。パリーが亡くなった後は元帥となり、王国軍司令官となる。が、当然最高司令官はウェールズ王である。ちなみに彼は伯爵でもある。



ニコラ・ボアロー・ヴァリエール
 ラグドリアン王国陸軍大将。ホーキンスがアルビオン地方担当なので彼はトリステイン地方担当。生まれ故郷であるので気風や国土をよく知っているという理由も大きかった。彼ら4将軍は全員が領土を持つ封建貴族(伯爵)に叙されたのだが、彼の領土は何の因果か旧ワルド領を中心とした土地で、その他はルイズの“害虫駆除”で空いた土地だったりした。そういうわけでお隣さんのヴァリエールとも縁深くなる。そして紆余曲折があって、ガリア技術開発局局長となったルイズが病気を治したことで姓がヴァリエールに戻ったカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと結婚する。何気に同い年だったりするが、当然婿である。余談だが、エレオノール姉さまは生涯独身でありました。



ヘンリー・ボーウッド
 ラグドリアン王国空軍大将。彼はラ・ロシェールを母港とし、トリステイン方面を担当する艦隊を率いている。彼もまた伯爵となり、ルイズの“害虫駆除”で余った土地を任されることになる。ぶっちゃけ、大量の領土を運営できる程優秀な官吏がトリステインにはいないため王領には出来ず、アルビオンにもそんなに人材に余裕が無かっため、有能そうな軍人とかが押し付けられる羽目になったのである。ガリア空海軍と仲が良いので合同演習を行ったり、東方まで長期航空に出たりと、活発な交流も行っている。


オーウェン・カナン
 ラグドリアン王国空軍大将。彼はロサイスを母港とし、アルビオン・トリステイン中間空域とアルビオンの治安維持を主任務とする。残りの艦隊はダータルネスを母港にウェールズ王直属となっている。彼の領土もまた曰くある場所で、ガリアから割と安値で変換された旧モード大公領の南部を領土とすることになった。ちなみにホーキンスは北部を任された。理由はボーウッドと同じで、なまじ優秀だったがために領地経営まで押しつけられた苦労人。ゲイルノート・ガスパールに従っていた頃から変わらず、この4将軍はとにかく働きまくるのである。


リオ・セレス
 セレス教の開祖。アルド・チュルスと共に10年間ハルケギニア諸国各地を巡った後、およそ20年かけて“ネフテス”、“エンリス”、東方を巡り、各地に伝わる精霊信仰や、その他の教え、様々な文化などと直に接して学び、その後ハルケギニアに帰還する。政教分離が最も進んでいるガリア共和国を中心とし、人が目指すべき在り方や、融和の精神などを説いて回る。彼が生きている間にはセレス教は出来なかったが、彼の教えを受けた人々が彼の死後、それを宗教へと昇華させていく。セレス教は先住種族との共存を前提とした新しいハルケギニア世界における人間の生き方を説き、そして各国政府の方針と最も矛盾せず、かつ、開祖が素晴らしい人格者であり、人々の幸せのために尽くし続けた人物であることなどから、新しいハルケギニアの主要宗教となる。教義の中に、決して聖職者は権力を持たないことが掲げられ、人々の心の支えとして象徴としてあるべきであるということが謡われている。人々が彼を讃える言葉はいくつもあるが、最も有名なものが“新世界の光”である。



アルド・チュルス
 偉大なる聖人リオ・セレスの従者であり、彼が死ぬまで常に彼と共に行動し続け、“聖者の運び手”と呼ばれる。他者感応系のルーンマスターの中でも凄まじい能力を持っており、幻獣と共存しながら生活する種族との対話において大いに活躍したとされる。彼とリオが飛びまわり、かつ、歩いた距離は測ることが不可能と伝えられるほど各地を巡り続けたが、リオの死後は彼の墓所があるラグドリアン王国ダングルテール地方に留まり、彼の墓守となる。リオ・セレスがなぜそこを己の死に場所と定めたかについては知られていない。



アドルフ・ティエール
 ガリア陸軍大将。14歳で士官学校を卒業し少尉に任官、3年後の大粛清の時には少佐となっており大隊長を務め、その混乱に乗じて上官を始末すると共に治安維持活動に功績があり大佐へ。サルマーン家の反乱に際し、自らの連隊を率いて謀叛人エドモン・デュマ・サルマーンを討ち取り少将に昇進。アルビオン戦役においては一個師団を指揮しアルビオン軍総司令官ゲイルノート・ガスパールを討ち取り中将に昇進。そして、ラグナロクでは義勇軍60万の先鋒を務め“聖軍”を撃破、さらにロマリア攻略軍の副司令官としてロマリアを併呑する。最終的には陸軍大将となり、ガリア共和国陸軍副司令官となる。



フェルディナン・レセップス
 ガリア陸軍元帥。軍における経歴はアドルフとほとんど変わらず、大隊長としての大粛清、連隊長としての反乱鎮圧、師団長としてのアルビオン遠征、全てアドルフと共に行動した。ラグナロクの際には彼が陸軍司令官でありアドルフは副司令官だった。軍功自体もアドルフと変わらないが、軍組織においては明確な上下関係を決めておいた方が好ましいため、彼が元帥となり陸軍総司令官となる。下級貴族出身の一士官がたった21歳で陸軍最高司令官になるというのは当然前例がなく、彼らが生きた時代が歴史の一大転換期であったことが示される。




アルフォンス・ドウコウ
 ガリア空海軍元帥。14歳で士官学校卒業し砲術士官となる。17歳の時には少佐となり砲術長を務め、大粛清の際に治安維持方面で活躍し大佐となり、二等戦列艦の艦長となる。サルマーン家反乱の際に陸軍と連携して功績をあげ少将となり一等戦列艦の艦長に、アルビオン戦役においては神聖アルビオン共和国初代皇帝オリヴァー・クロムウェルと貴族評議会議員を吹き飛ばし、中将に昇進。ラグナロクの際には両用艦隊120隻がガリアから離反するも、クロードと共に残りの艦隊を指揮し、60万の義勇軍のうちおよそ20万を“バージ”を用いて『ゲート』通過させるという離れ業を行い、ロマリア攻略においても陸軍と連携しながら多大な功績を上げる。ラグナロク終結後元帥となり、空海軍総督、つまり空海軍総司令官となる。



クロード・ストロース
 ガリア空海軍大将。経歴はアルフォンスと同様であり、風竜警備隊の頃から共に昇進していく。しかし、アルフォンスがやらない書類仕事や、後方支援組や陸軍との連携のための連絡などは大抵彼の役目なのでアルフォンスよりも仕事量は多い。ラグナロクにおいて艦隊指揮はアルフォンスが担当したが、運ぶ物資の詰め込み作業などの部分は彼が担当し、完全な役割分担と、他部門との連携を見せた。そして、空海軍大将となり、総参謀長の地位に就く。名実共に空海軍のナンバー2.




エミール・オジエ
 ガリア軍司令部大将。13歳で士官学校を卒業し、何気に最年少卒業記録を持つ。上4人と異なり前戦での任務ではなく、後方の物資補給に専念していた。しかし、中佐の時のサルマーン家反乱の際には、反乱軍将校を討ち取っており、大佐に昇進。その頃からロスタン軍務卿の軍改革の効果が現れ、彼ら後方支援の役割は増加すると共に重要視され、ラグナロク発動時には中将となっており、合計200万人以上の食糧を確保するという大仕事をやり遂げる。ラグナロク終了後は大将となり、統帥本部副長となる。




アラン・ド・ラマルティーヌ
 ガリア軍司令部元帥。16歳で士官学校を卒業し、実家が侯爵家であったこともあり早くから重職を任される。サルマーン家反乱の際には大佐として参戦し、反乱軍諸侯を討ち取り準将に昇進。その後、ロスタン軍務卿と協力しながらガリア軍全体の軍制度改革に従事し、ラグナロク発動時には既に大将となっていた。ラグナロク終了後は元帥となり統帥本部総長となる。ガリア共和国には3名の元帥が存在することとなるが、その中で主座にあり、共和国軍総司令官となる 。



バッソ・カステルモール
 ガリア共和国東薔薇花壇騎士団団長。ガリアが共和制に移行してからは保安省と軍務省、双方から独立しつつも深く連携している機関となる。普段の仕事は保安隊と同じく治安維持だが、有事の際には軍人と同じく前戦で戦うこととなっている。ラグナロク以降、軍や保安隊のメインは“魔銃”で武装した平民となり、メイジは主に後方支援となるが、花壇騎士団はメイジのみの一級戦闘部隊として残っている。彼が率いる東薔薇花壇騎士団は特に「風」メイジの割合が多く、風竜、グリフォン、マンティコア、ヒポグリグなどの幻獣を操り、機動力に優れている。


ディルク・アヒレス
 ガリア共和国西百合花壇騎士団団長。西百合花壇騎士団は「土」メイジの割合が多く、拠点防衛に向いている。よって、他二つの騎士団は基本的に遊撃型でありガリア中を巡回するが、西百合花壇騎士団は地域密着型であり、それゆえに最も一般人との接点も多い。保安隊は“捕縛”を基本とするため、殺人は原則認められていないが、騎士団員は一般人に危険があると判断された場合、殺害が許可されている。


ヴァルター・ゲルリッツ
 ガリア共和国南薔薇花壇騎士団団長。南薔薇花壇騎士団は「火」メイジの割合が多く、特に“火竜騎士団”の竜騎士は全て「火」メイジである。騎士と軍人や保安隊員との最大の違いは法的な権限を持っているか否かであり、彼らには有事に限り、罪人をその場で断罪する権利が与えられている。そのため人選はかなり厳しくなり、各騎士団の定員は100名とされ、権力を乱用するような人物が騎士となることがないよう細心の注意が図られている。共和制初期ならば、権力を乱用するような花壇騎士は、フェンサーによって処理されることとなる。


ヨアヒム・ブラウナー
 北花壇騎士団副団長補佐官。大隊長。彼らは公的には存在しない役職であり、共和国政府の非常財源(マルテル家財産)からその年金が給付されている。ラグナロク後はフェンサーの主要任務は汚職官吏の始末などになるが、貴族領がなくなったため保安隊、軍、花壇騎士団がガリア全域に出動することが可能となったので、主にロマリアの治安維持に当たっている。ロマリアだけは表側の機構が整備されていないので彼らの力が必要となってくるからであり、副団長ハインツの代わりに彼がフェンサーを統括することが多い。


マルコ・シュミット
 北花壇騎士団副団長補佐官。大隊長。ヨアヒムと同じくハインツの代行として活動する。彼は主にデスクワークの方を担当し、フェンサーの位階を決定しているのは実質的には彼である。フェンサーは王国だった時の制度に合わせて創設されたものなので、四代目執政官の時代にはほとんどいなくなり、ファインダーが主流となる。粛清を司る裏の機関も、王家の終焉と共にその役目を徐々に変えていくこととなったのである。



ヒルダ・アマリエット
 北花壇騎士団団長補佐官。マルコ、ヨアヒムと異なり表側でもイザベラの補佐官を務めており、執政官補佐官の後は、ロマリア州総督補佐官となっている。その他に、マルテル家の財産管理なども兼任しており、北花壇騎士団員の給料は実は彼女によって握られているといっても過言ではない。イザベラとハインツをくっつけるためならあらゆる手段を取り、その結果ミルディンとルファが誕生した。



シェフィールド
 ジョゼフの奥さん、それ以外なし。彼女は完全に“ジョゼフ”という個人に仕えるものなので国家にも民族にも縛られない、よって姓もない。ラグナロク後はジョゼフと一緒に水戸黄門よろしく世界中を面白おかしく漫遊している。ただし、技術開発局アドバイザーとして手伝うこともあり、その際に彼女に連絡をとるのはルイズとなる。時には次元の挟間みたいな場所にいることもあるので、虚無の担い手であるルイズくらいしか捕捉が不可能というのが理由である。



ジョゼフ
 シェフィールドの旦那さん、それ以外なし。ガリアのことは娘とその夫に全部任せて諸国漫遊中。ただし、イザベラが妊娠している間だけは戻って来て執政官の仕事を代行していた。その際にジョゼフにお願いしたのは当然シャルロとである。虚無研究は相変わらず続けており、たびたびハインツを遊び相手にしている。複合ルーンの“サード”を開発し、当時まだ技術開発局にいたルイズに託したのも彼である。


ビダーシャル
 ネフテス老評議会議員 兼 “知恵持つ種族の大同盟”エルフ代表。苦労症は相変わらずで、技術開発局に協力しながら今日もルイズやモンモランシーにこき使われる(本人に自覚なし)。精霊魔法顧問として連れてきた人員のミスを嘆きつつ、エルフは銃器が大好きで、銃を握れば人格が変わり、狂ったように魔弾を撃ちまくる種族であるという先入観をなくすためにあちこちを駆けまわる。数百年くらい後に“ネフテス”の統領を務めたりもしている。



ハインツ・マルテル
 北花壇騎士団副団長、兼、ノール=ド=カレー州総督(旧ヴァランス領)、兼、暗黒街の首領。相変わらず多くの仕事を兼任しているが、これでも半分近くに減っている。副団長の仕事はマルコとヨアヒムに半分くらいは任せ、主に旧ヴァランス領総督として先住種族との折衝や、暗黒街八輝星を通した経済界の調整を行っている。現在の八輝星は昔と異なり裏側にも影響力があるほどの大商人の集まりとなっているので、それらを纏めるには純粋に財力で上回る必要があるため彼がその役目を担っており“財界の覇者”とも呼ばれる。何しろ、イザベラが保有していた“ガリア家”としての財産とハインツの“ヴァランス家”の財産が一つになったわけなので、問答無用でハルケギニア最大の金持ちとなっている。彼が住むマルテル邸はリュティスの旧市街にあり、“知恵持つ種族の大同盟”の各種族代表の逗留地ともなっており、とにかく色んな人種で溢れている。ハルケギニア各地への『ゲート』もジョゼフが作り直し、総合ターミナルをマルテル邸においてあるので世界中の情報がここに集まることとなり、当然オルレアン邸とも繋がっている。彼は相変わらず各地を飛び回りながら、今日も楽しく生きている。



ミルディン・マルテル
 ガリア共和国四代目&六代目執政官 兼 北花壇騎士団副団長。ハインツとイザベラの息子であり、イザークの弟子。ジョゼフから続く100年程は黄金時代と呼ばれるが、特に彼の時代に共和制ガリアは最盛期を迎えたと言われている。詳しい内容はこれから書く予定の外伝『マルテル家の日常』にて語る予定。


ルファ・マルテル
 ガリア技術開発局四代目局長 兼 北花壇騎士団団長 兼 八輝星統領。ハインツとイザベラの娘であり、ルイズの弟子。ハインツ、イザベラ、イザーク、ルイズ、この4人で分担していた仕事を、ミルディンとルファが受け継いだ。北花壇騎士団がフェンサーを有しており、ハルケギニアを裏でまとめる強力な機関であったのは彼らの時代までで、その後の時代は通常の国家の裏組織程度になっている。やっぱり詳しい部分は『マルテル家の日常』にて。



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 ダイジェスト式でちょっとあっさりしすぎたかもしれません。期待されてた方には、こんなんで御免なさい。

 この後は外伝はいくつか書こうと思ってます。本編で飛ばした原作1~5巻くらいまでの才人たち視点とか。

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 ジョゼフ・ド・ガリア

 虚無の王であり虚無の収束者。ヴェルサルテイルの主。観測者にして守護者。


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス

 虚無の王ジョゼフの唯一にして絶対の臣下。ヴェルサルテイルの道化にして番人。



[10059] A last episode  ”1000 years later”
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988
Date: 2009/11/29 09:37



ラスト・エピソード



 気付くと、全く見覚えのない場所にいた。


 おかしい、こんな場所は知らないし、こんなことが起こるなんて聞いたことがない。


 「ねえデルフ、僕は確かにロンディニウムからカルカソンヌ行きの『ゲート』をくぐったと思うんだけど」


 「ああ、確かにそうだと思うぜ」


 デルフが答えてくれる。デルフとは僕が生まれた頃からの付き合いだ。


 『ゲート』ってのは約1000年前の“虚無の担い手”という人達が残した遺産のことで、ハルケギニア各地に遺されている。

 これを通れば空間を越えて互いに行き来できるという、もの凄い便利な代物なんだけど、転送するのに膨大な精霊力を消費するらしく、稼働は一時間に一回くらいが限界らしい。

 精霊の力を蓄える装置と対になっていて、各国政府が一定数ずつを管理・保有してる。まあ、もしそういう制限がなくていくらでも作れたら戦争に利用されちゃいそうだけど。


 「確か僕達は『ゲート』でカルカソンヌからロサイスに行ったよね?」


 「それは間違いねえな、学校がテスト休みに入ったから、かねてから計画してたアルビオン旅行にいったわけだもんな」


 うん、確かにそのはず。


 「それでロサイスで観光した後、陸路でレキシントンを経由して、“ハヴィランド宮殿”を見学しに、ロンディニウムに行きました」


 「間違いねえ、その間に5日くらいかかってる」


 うん、僕の記憶違いじゃないみたいだ。


 「そして、ロンディニウムに着いたらどういうわけか大雨でした」


 「大雨っつうか嵐って言ったほうがよかったぞあれは、相棒はよっぽど運がねえんだなあ」


 何か、僕ってそういうのが多いんだよなあ。


 「その嵐はおよそ丸2日続き、もう見学する時間もありませんでした」


 「テスト休みは10日間しかねえからな」

 夏期休暇ならもっと長いんだけど、学期の合間のテスト休みはそんなに長くない。


 「我等がワーク・ヴィレッジ技術学院は、新学期が始まると同時に試験があり、これによりクラスわけがなされます」


 「相棒なら余裕だと思うがね。けどま、試験が受けられないんじゃそれ以前の問題だわな」

 褒めてくれるのは嬉しいけど、その通りなんだよね。


 「というわけで、何しにロンディニウムまで来たのかよくわからないまま、泣く泣く『ゲート』で帰ることにしました」


 「『ゲート』は高いからなあ、予約券を無駄にするわけにいかないもんなあ」


 『ゲート』は結構高い、予約なしじゃほとんど使えないし、特急用に使える『ゲート』もあるけど片道50エキューもするから流石に学生には痛すぎる。(何しろ半年分の生活費に近い)

 でも、かなり前から予約をとっておけば5エキューくらいですむ場合もある、今回は運良く往復アルビオン観光ツアーに申し込んで当たったから3エキューで済むことになったんだけど。


 「帰りの『ゲート』をくぐったら、カルカソンヌのゲート・ターミナルじゃなくて、見知らぬ場所にいました」


 「うーん、それなんだけど、ここ、何か見覚えがあるような気もするんだが……」


 すると、デルフはそんなことを言った。


 「ほんと?デルフ」


 「断言は出来ねえんだけど、多分俺ここに来たことがあるような気がするんだよ」


 周りは広い草っぱら、何かこう、金持ちのプライベート広場というか、個人所有の狩猟場みたいな印象を受ける。


 「そう言えば、どことなくうちに似てるかな?」


 「言われてみりゃそうかもな」


 子供を甘やかさない、が家訓の僕の家だから、旅行とかの資金も全部自分でやりくりしなきゃいけないんだけど、僕の家じたいは結構裕福、というか金持ちだったりする。

 まあ、それはともかく、ここは僕の両親が住むオルレアン本邸にどことなく近い印象を受ける。


 「遠くに見えるあれは………何だろ?」


 「うーん、青い建物か? 今時あんな建物なんてあるかねえ?」


 確かに、そんな建物滅多に聞かない。


 なんて考えてると、なにかがこっちにやってくるのが見えた。



 「デルフ、あれ何かな?」


 「まだ遠くてよくわからねえけど、オーク鬼だと思うなあ俺は」

 オーク鬼か、亜人のなかでも野蛮な種族だ。


 「なんか、武器もってない?」


 「持ってるねえ、ありゃ鉄製の棍棒だな、相棒をどうするつもりなのかもの凄いわかりやすいぜ」


 そりゃたしかに、鉄製の棍棒を持って親睦会を開くものはいないだろう。


 「まあ、やるしかないか。だけど、昔はオーク鬼とコボルトの人達が同じように扱われてたっていうんだから、驚きだよね」


 「この前歴史の授業で習った奴か。俺もちったあ覚えてるが、昔は怪物っつーか害獣扱いされてたよーなかんじだ」


 ほんと、現代人の僕には信じられない話だ。


 「おまけに、エルフの人達とずっと戦争してたとか」


 「戦争仕掛けたのはいっつも人間の方だがな、今でも戦争すんのは大半が人間だろ」


 それもそうか。


 「まあとにかく、ここは人間対オーク鬼の小規模戦争といこうか」


 「応よ!暴れるのは久々だぁ!」


 僕はデルフを鞘から抜いて左腕の“ルーン”を発動させる。

 僕の家はかなり複雑に魔法の血と“身体強化系”のルーンマスターの血が混ざってるらしく、その割合は完全にランダム。

 お父さんは70%が魔法、30%が“身体強化系”。

 お母さんは元々別の家の人で、30%が魔法、60%が“身体強化系”、10%が“他者感応系”だ。


 ま、この辺の割合はおおまかな法則こそあるけど、ケース・バイ・ケースらしく、結構いい加減みたい。

 僕の弟は60%が魔法、30%が“身体強化系”、10%が“他者感応系”。

 妹は80%が魔法、20%が“身体強化系”。

 ま、完全にランダムなんだよね。


 「おーし! 良い感じに心が震えてるぜ! やっぱこれだよなあ!」


 僕は100%“身体強化系”、まあ、本当の100%じゃないけど、限りなくそれに近い濃度らしい。

 現代では99%以上が混血だから僕みたいな“純血”は非常に珍しい、確率的には必ず生まれる存在ではあるんだけど。


 「よし、行こう!」

 僕のルーンは“ガンダールヴ”。現代じゃあほぼ絶滅危惧種なルーンだ。とはいっても昔の純血の人達のルーンには劣るだろうけど。


 それでも、オーク鬼なんかに負けやしない!

















 で、一分後。


 「弱かったね」


 「相棒が強いんだよ、15歳とは思えねえわ」


 周囲には5体のオーク鬼の首なし死体が転がってる。


 「だけど、ここ、ほんとにどこだろ?」


 「さあな、オーク鬼が出てくる市街地なんてありえねえし、地方の金持ちの屋敷かねえ」


 「だとしても、屋敷の敷地内でオーク鬼なんて飼うかなあ?」

 あれを見る限り、屋敷というより宮殿といったほうがいいかもしれないけど。



 なんて思ってると。


 「相棒、また何か来やがったぜ」


 今度は何かが飛んできた。


 「あれは……………………何?」

 よくわからない、変なのが飛んできた。

 グリフォンに似てるような気もするけど、グリフォンの首は間違っても人間じゃないはず。

 その隣にはマンティコアとヒポグリフもいるけど、そっちも同じく首が人間だ。

 そして……


 「人間が首の幻獣、しかも、その首の持ち主と思われる人間を背中に乗せてるってとこか?」

 乗ってる人間と思われる存在には首がなかった。


 「あんなの、僕見たことがないんだけど?」


 「俺もねえよ………………………………………いや、あったかな?」


 「あるの!?」


 「いや、待てよ………うーん、ちょっと待ってて」


 「そんな悠長な……」


 すると、地上からもまたオーク鬼が4体ほどやってくる。

 だけど、さっきのより大きい上にあれは……


 「鎧?」


 “視力強化”で見てみると、頑丈そうな鎧を着て、背中には大剣とか背負ってる。



 ガガガン!!



 その瞬間、上空のわけわかんないのから一斉に撃たれた。



 「相棒! 魔弾だ!」


 「! デルフ!」

 デルフの能力で魔弾を吸い込む。弾自体は破裂するから魔法さえ吸い込めば問題ない。



 「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 と同時に、鎧を着た大型オーク鬼達が一斉にこっちに切り込んできた。



 「走ってる! あんなに重そうな鎧を着てるのに!」


 「結構強そうだぜ! 気合い入れろ相棒!」


 僕は足に“ルーン”の力を集中させて一気に切り込む。


 「はあ!」

 相手は手甲で防ごうとするけど、あいにくデルフはそんなものじゃ防げない。


 と思ってたんだけど。


 「弾かれた!」


 「こりゃ、あれか」


 相手が振り回してくる大剣を避けて、一旦距離を置く。


 「デルフ、何あれ?」


 「ありゃあ多分“反射”だぜ、“ネフテス”のエルフが得意にしてるやつだよ」


 「? “反射”って、重量軽減とかに使われるんじゃなかったっけ?」


 「最近はほとんどそれだけどな。密度が濃い奴なら。大抵の攻撃を弾く最強の盾になる。とはいえ、鎧なんかに込める技術なんてあったか?」


 「僕に聞かれても………」


 「ま、とにかく、“反射”はどうにもなんねえ、鎧がないとこを狙うしかねえな」


 「また簡単に言うね」

 とはいえ、こいつらほぼ全身を鎧で覆ってるから隙間が全然ない。

 その上。


 ガガガン!


 上空にも敵がいるときた。


 僕はあえてオーク鬼の方に切り込んで同士討ちを狙うけど、鎧が魔弾を跳ね返していた。


 「なんて鎧だ!」


 「こりゃ、並じゃねえな」


 こうなったら首を狙うしか………



 ドドドドゴォォ!!


 その瞬間、上空の3騎が一瞬で燃え尽きた。


 「な!」


 「すげえな!」

 あれは、『炎槍(ジャベリン)』かな?にしたらとんでもない威力だ。


 「危ねえぞ! そこどきなあ!」

 すると、声が聞こえた。


 とっさに飛び退くと、もの凄い速度の何かが通過して行った。


 それは、槍を構えた男の人だった。


 「はっ、弱いな!」

 炎を纏ったその人の槍は、鎧ごとオーク鬼を串刺しにしていた。


 だけど、残った3体が一斉に襲い掛かる。


 「危ない!」


 だけど、まったく心配はなかった。

 オーク鬼三体を同時に相手するどころか、一瞬で片付けていた。



 「ま、こんなもんか。やっぱ“レスヴェルグ”程度じゃ運動程度にしかならねえな」


 息一つ乱さず、その人が言う。


 「レスヴェルグ、ですか?」


 「応よ、こいつらの名前、ハインツが作った悪趣味化け物の一つだ」


 「ハインツだと?」

 すると、デルフが困惑したような声を出す。


 「どうしたの?」


 「いや、その名前には聞き覚えがあるぜ。だけど……」


 「アドルフ! 漂流者の保護は済んだか!」


 そこに、もう一人男性が現れた。


 「ああ、もう終わってるぜフェルディナン!」


 「そうか、では戦闘再開だ。さっさと戻るぞ」


 「はっ、まあ、準備運動程度にはなったかな」


 すると、二人の姿は消えた。


 「消えた!」


 「『遍在(ユビキタス)』、っぽくはねえな」


 風の『遍在(ユビキタス)』、スクウェアスペルだから最近じゃあ使える人は人間国宝級に少ないはず。まあ、僕が言えることじゃないけど。


 「一体何が何やら………」



 「おっ、懐かしい顔がいるな。つっても、剣相手に顔ってのも変だが」


 と思ってると、上からまた声がした。


 そこには、背の高い男性がいた。


 「貴方は?」


 「俺か? 俺はハインツ・ギュスター・ヴァランスだ。歴史の授業で習ったことくらいはないか?」


 ハインツ・ギュスター・ヴァランス……………………………ヴァランス!!


 「ヴァランスって、あの“悪魔公”ですか!!」


 千年前くらい前の人じゃ!


 「おお、そうそう、で、デルフがいるってことは、お前はヒラガ・オルレアン家の人間だろ」


 そう、僕の名前は。



 「はい、僕は、シャルル・ヒラガ・オルレアンですけど」


 こうして僕は、本来あり得ない出会いを果たした。






















 状況をある程度整理した後、僕はハインツさんと向こうに見える青い建物に歩きながら話している。


 「ってことは、ここはハルケギニアじゃないんですか?」


 「ああ、正確に言うと世界のどこでもない、ちょっと次元がずれた挟間みたいな場所だな」


 「おでれーた、まさか”あの”ハインツの兄ちゃんが生きてるとはなあ。つーか、うろ覚えだけど、葬式やんなかった?」


 デルフが疑問をぶつける。


 「良い記憶してるな。そう、確かにハインツ・マルテルは死んだな。だから、ここにいるのはハインツ・ギュスター・ヴァランスなのさ」


 「どういうこった?」


 「話すと結構長くなる上、予備知識が大量に必要になる。お前なら話すうちに思い出すかもしれないけど、シャルルの方はそうはいかないからな、ここは一からじっくり話してやろう。シャルル、この話は面白いぞ、なにせお前の1000年前のご先祖様の話でもあるからな」


 そう言って、ハインツさんは語り始めた。

 ものすご――――く、なが――――――い昔話を。














 「とまあ、そんな感じで最後の大茶番劇は終わり、俺と陛下はヴェルサルテイルの焼け跡で別れたと、そして、イザベラを初代執政官とする共和制ガリアの時代になったわけだ」


 そして、話に一区切りついた。


 ここまでずっと歩きながら話してたはずなのに、なぜか全然疲れてない。


 「凄い話ですね。歴史で習ったことを、まさか実体験として聞けるとは思いませんでした」


 「そういやそうだったな、いやー、すっかり忘れてたぜ」

 そして、その当時の剣のはずなのに忘れてるのが一人。まあ、千年も前だから仕方ないかもしれないけど。


 「そして、その青鬚悪魔がここにいるわけだ」


 そう言いながらハインツさんが扉を開く。


 僕達が今いるのはヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワという建物らしい。


 扉の先には、これまた背が高く、ハインツさんと同じ蒼い髪を持つ男の人がいた。


 その瞬間。


 「ばっ!ばっ!」

 ハインツさんが両手を突き出して、その先から何かがもの凄い勢いで進んでいく。


 「くだらん、こんなものがかわせぬと思ったか!」

 すると、ジョゼフさん、という人は跳躍して避けた。

 だけど、それは曲がって追いかける。


 「何!」

 と言いつつ目から光線みたいのを出して迎撃するジョゼフさん。


 ………………どうやってるんだろ?


 そこにハインツさんが飛びかかって拳を叩き込む。


 その後、しばらく高速で移動しながら肉弾戦が続いたけど、ジョゼフさんの蹴りがハインツさんに叩き込まれてまた中央に。


 「ほう、中々やるな。では、このマジュ二ア様の実力を見せてやろう」

 と言いつつ腕を振り上げるジョゼフさん……………マジュ二ア?


 次の瞬間。


 「い!」


 「嘘お!!」


 ジョゼフさんの腕が伸びた!


 バキィ!


 伸びた腕がハインツさんの足を掴んで引きよせ、ハインツさんは思いっきり殴られ、壁にフッとばされる。


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 だけど、ハインツさんは逆に壁を蹴ってジョゼフさんに向かっていく。


 しかし、ジョゼフさんはそれを避けて、両足で上空へ蹴り上げる。



 あれ?いつの間にか天井がなくなってる。


 「しぶといやつめ!」

 と言いながらたぶん『フライ』で追いかけるジョゼフさん。


 「終わったぞ!」


 「波―――――――!!」


 しかし、ハインツさんの“かめはめ波”がジョゼフさんを迎撃する。


 あれ?なんで技名を知ってるんだ僕は?


 「残像拳!?」


 「おしかったな」

 けど、それはジョゼフさんの残像で、ハインツさんは地上にたたきつけられる。


 「ち、勢いあまって殺してしまった。ゲームを楽しむのもここまでか」


 降りてきたジョゼフさんが言う。


 「く、ぐぐ」

 だけど、ハインツさんは立ち上がる。


 「何!」


 だけど、足に限界が来たのか、座り込むハインツさん。


 「へへ、駄目だ、まいった」


 「おおーーと、クリリン選手降参です! マジュ二ア選手の勝利!!」


 どこからともなく声が響く。



 「あの、ハインツさん? 何ですかこれ?」


 「遊びだ」

 答えたのはジョゼフさんの方だった。



 「相変わらず洒落になってないです。しかも、なんで毎回俺はやられ役なんでしょうか?」


 「当然だ、そうでなければつまらん。せっかくのゲストだ、何か余興はやらんとな」


 文句を言いつつも自分に『治癒』をかけるハインツさん。凄いなこの人。


 「いやー、マジュ二ア対クリリンの戦いか、久々に見たぜ」

 何か感心してるデルフ。


 「見たことあるの?」


 「応よ、相棒の先祖にあたるサイトってのが読んでた漫画に登場するキャラでな。それをこの二人で再現してたのは覚えてるぜ、イザベラとシャルロットの二人は呆れてたけど」


 何か、“虚無の王”と“闇の公爵”のやることとは思えない。



 「ところで、お前はあの二人の子孫か」


 急に話を振られる。


 「あ、は、はい!」


 「ふむ、どこの『ゲート』からここに来た?」


 「ええっと、ロンディニウムからカルカソンヌに行こうとして『ゲート』をくぐったんですけど」


 「なるほど、ハインツ、俺は少々出てくる。ヴェルサルテイルは任せたぞ」


 「了解。ぱっぱと治して来て下さいね」


 すると、ジョゼフさんが着けてる指輪が光って、一瞬でジョゼフさんの姿が消えた。


 「今のは?」


 「瞬間移動(テレポート)だよ。まあ、それ以外にもちょっとした要素はあるんだけどな」


 そして、ハインツさんが手を掲げると、天井とか壁が元に戻っていく。


 「おお――、すげえ」


 「ま、俺の力じゃなくて、ただシステムを起動させただけなんだけどな。さて、話の続きと行くか」


 そして、僕達は座って話し始めた。




















 「さて、俺が人間として生きてた時代の話は大体したから、まずここが何かについて話すか」 


 そうハインツさんが切り出す。


 「簡単に言えば、ここは陛下が次元の挟間に“虚無”で作った“記憶の跡”だ」


 「“記憶の遺跡”ですか?」

 まったく聞いたことがない名前だ。


 「原理的には“記録(リコード)”に近い、対象物に込められた記憶、残留思念ともいうべきものを脳裏に映し出す魔法なんだが、それを現実世界に具現化する魔法があって、これを“再生”という」


 「何でも作りだすんですか?」


 「ああ、“幻影(イリュージョン)”っていう相手の脳に情報を叩き込んで幻覚を見せる魔法もあるが、“再生”はそれらのさらに上位魔法。自分が脳裏に思い描いたものを具現化するんだ、人間、幻獣、都市、魔法、何でもな」


 それは凄過ぎる、もう人間の業とは思えない。


 「とはいえな、本来この世にあっていいものじゃないから、自然の力、つまり精霊の力はこれを排除しようとする。だから、現実空間じゃ長時間の展開は出来ない、その場限りの複製品になる。いくら陛下でも数時間が限界だろうな。要は、『ゲート(時空扉)』を開き続けるのと変わんないわけだ」


 「あれ?『ゲート』って、精霊の力を動力にしてるんじゃないんですか?」


 だから使える回数に制限があるって聞いてるけど。


 「いいや、あれは嘘でな。元々『ゲート』は術者が展開していない限りは消えてしまうものなんだが、千年前のミョズニト二ルン、要は陛下の奥さんだった人だが。その人が開発した魔法装置によって、『ゲート』を現実空間に固定したもんなんだ。とはいえ、その技術自体も7000年前にはあって、それを再現したわけなんだが」


 「ってことは?」


 「ああ、本来なら自由にいつでも『ゲート』は使える。だけど、後で説明するけどある理由があってな、あんまし『ゲート』を頻繁に使うのは良くない。まあ、それ以前にそのまま一般的なものにすると、戦争とかに利用されちまうってのが一番大きいんだが、人間ってのは便利なものがあったらすぐに戦争に利用しようとするからな」


 それは、僕も思ったことだ。


 「だから、普段はその周辺装置の精霊の力で“封印”しているんだ。それを一時的に解除するために必要なエネルギーを溜めるのに必要な時間が、およそ1時間なんだ」


 「なるほど、そういうわけだったんですか」

 確か、あれを治せるのはエルフの技術者だけだったかな?


 「で、話を戻すけど、『ゲート』と違って『再生』で作ったものを永続的に固定するのは難しい、まあ、出来なくもないそうだが、もっと手っ取り早い方法があるし、そもそもここは人跡未踏の場所にしておきたいから、現実空間につくるわけにもいかなかった。だから、時空系の“虚無”と組み合わせて次元がちょっとずれた場所に“ここ”を作ったんだ。これなら精霊の力の修正力も受けないから永続的な展開がやりやすい。それでも複雑な駆動式は必要になるんだけど、陛下はなんでもありだからな」


 「なんか、とんでもない話ですね」


 「だから、ここは陛下と俺の記憶にあるヴェルサルテイルだ。時期的には最終作戦“ラグナロク”のちょっと前くらい、俺達“二柱の悪魔”が世界に喧嘩売る直前のヴェルサルテイル、悪魔の居城というわけだ」


 「あ!思い出した!あいつら、ハインツの兄ちゃんが作った軍団(レギオン)だな!」

 そこに、これまで黙ってたデルフが口を挟む。


 「正解、“首なし騎士(デュラハン)”、“キメラ”、“レスヴェルグ”、“ガルム”、そして“ヨルムンガント”、極めつけに“フェンリル”と、あの時期のヴェルサルテイルは怪物兵器のオンパレードだったからな。当然、“精神系”ルーンを刻んだ陛下の親衛隊もいる」


 「僕が戦ったあの化け物ですか?」

 確かに、凄い強そうだったけど。

 「相棒、あんなのは序の口よ、“ヨルムンガント”は悪夢みてえにつええし、“フェンリル”なんて冗談みてえなもんだ。今思えば、よくまあ勝てたもんだぜ」


 “ヨルムンガント”に“フェンリル”、どっちも伝説の兵器だ。もしその設計図とか製造方法がわかれば、その国は世界を支配できるなんて言われてる。


 「“フェンリル”は俺と陛下の最高傑作ともいえるからな、純粋な破壊兵器としては“レーヴァテイン”の方が上だけどな」

 そんなのを作ってた張本人と話してるなんて、凄い不思議だ。


 「あの『火石』か、虚無の担い手がいねえ現代じゃ、ただの暖房器具だぜ」


 「『火石』が兵器になるの?」


 「シャルルには実感がないだろう。元々『火石』はエルフの人達が恒久的に熱を取り出すために作ったものだ。自然のものは地中のマグマの奥深くとかで生成されるが、高位の精霊の使い手ならそれを作り出すことが出来る。この辺は一般常識だな」


 「はい」


 「だけどな、もしその精霊の結界を破壊することが出来れば蓄えられた「火」の力が一瞬で解放されることになる。そんなことは人間はおろか、エルフでも不可能だが、“虚無”の魔法ならそれが可能なんだ。もしくは、“神の頭脳”ミョズニト二ルンなら」


 「そんなことも出来るんですか……」

 ホントに、何でもありなんだな。


 あれ?


 「でも、ミョズニト二ルンなら現代にもいますよ?」

 数は少ないけど。


 「ああ、お前も“ガンダールヴ”だったな。けど、1000年前のものに比べれば性能は6割くらいだ。あの時代はまさに英雄の時代。おそらく始祖ブリミルの時代以上に、ルーンの力も虚無の力も発達していただろう」


 「そんなに違うんですか」

 つまり、現代のミョズニト二ルンじゃ『火石』を爆発させるのは無理ってことか。


 「まあ確かに、自分の使い魔でもねえのに“ネームレス”を刻めるくらいだもんな。それを破ったルイズもとんでもねえけど」


 「あれは凄かったな、“銀の腕の戦乙女”が戦った中でも最強の敵だっただろう」


 “銀の腕の戦乙女”

 1000年前の英雄の一人で、共和制ガリア3代目執政官でもある人だ。

 本当に、伝説的な人物ばっかりなんだなあ。


 「まあそういうわけで、ここは陛下の“再生”で作られた“記憶の遺跡”だ。ラグナロク当時のヴェルサルテイルがここには再現されている。そして、お前が会った二人も当時の二人だ」


 えっと、確か。


 「ハインツさんが言っていた、『影の騎士団』の人ですよね?」


 「ああ、アドルフとフェルディナン、あいつらの魂は複写して保管してあったんだ。当然他の面子や九大卿。マルコ、ヨアヒムとかもな」


 また凄い話が出た。


 「魂って、保管できるものなんですか?」


 「出来る。っつうか、デルフにも同じ技術が使われているんだぞ」


 「えええ!!」


 「応ともよ」

 驚く僕とは対照的に、誇らしげなデルフ。


 「デルフ、君ってそんなに凄い剣だったんだ」


 「あたぼうよ、何せ俺は伝説の剣だぜ。そこらのナマクラとはわけが違わあ」

 うーん、とても信じられない。


 「それでだ、魂を模写する技術は先住魔法の協力もいる高等技術なんだが、“知恵持つ種族の大同盟”の協力があれば簡単だったし、陛下ならそれにさらなる改造を加えることも出来た。“精神系”ルーンには魂に直接刻むタイプもいくつかあるしな」


 「そんな技術もあるんですか」

 まさに古代技術。


 「先に説明したが、“ラグナロク”は旧世界を破壊する最終作戦。その実現には九大卿、『影の騎士団』、三花壇騎士団長、そして北花壇騎士団。これらが完全な形で連携する必要があった。そして、激動の時代であり、歴史の大きな転換点であるが故にそれが可能な有能な人材が揃っていた。歴史がいうところの“黄金時代”ってやつだな」


 それは有名だ。ラグドリアン王国の前身であるトリステイン王国、アルビオン王国、そして帝政ゲルマニアにも有能な人材が揃っていたもの凄い時代だったという。だけど、ガリアはそれらとも比較にならないほど有能な人材を抱えていた。伝説の“虚無の王”の下に。


 「その中心になっていたのが、“虚無の王”ジョゼフと、“悪魔公”ハインツ・ギュスター・ヴァランスですよね。最後には“悪魔公”は反乱を起こしますけど、最近の説じゃあ全部計算づくでやったとされてますよ。そうでもなきゃ反乱で死人が0ってありえないですもんね」


 最終作戦ラグナロクは“悪魔公反乱”で終わるけど、その際に死者は出なかったという。普通だったらあり得ない。

 「茶番劇(バーレスク)だからな、死人が出たら笑えないだろ」

 ハインツさんは笑う。


 「それでだ。万が一にもそいつらが欠けたら困ることになる。だから、事前に魂を複写して保管しておいたんだ、そうしておけば、ホムンクルスに付与することで一時的にでも生前と同じ機能を発揮するからな、精々数か月しかもたないが、ラグナロクが終わるまでもてばいいわけだ。ま、結局必要なかったんだけどな」


 「用意周到なんですね」

 手段についてはもう考えない方が良さそうだ、この人達、ホントになんでもありだ。


 「で、その時に保管した魂達が現在はここにいる。要は、ヴァルハラにいる英霊ってとこだな」


 「確か、ロマリアの聖堂騎士の教義でしたっけ、“聖戦”で死んだ魂はヴァルハラに送られて、そこで神の軍団に叙される。ここで死すとも護国の神となりて、聖なる戦を見守るとかなんとか」

 歴史で習った“聖戦”の謳い文句。


 「そう、ただし、ヴァルハラではあるが、悪魔の居城だ。世界を滅ぼす悪魔の軍団(レギオン)の一員になるんだけどな。なにせここは“二柱の悪魔”が君臨するヴェルサルテイル」


 随分陽気な悪魔もいたもんだなあ。


 「とはいえ、自由に動けるのは限られる。俺や陛下の操作なしに自分で勝手に動けるのは『影の騎士団』の連中くらいなもんなんだけどな」


 「そうなんですか?」

 それは意外だ。


 「ああ、その他の魂は基本的に一箇所でじっとしてる。これは魂の強さというより属性の問題でな」


 「属性?」


 「ここで自由に動く為に必要になるのは自我の強さは最低条件として、人間である自分にこだわらないことだ。この点はイザーク、マルコ、ヨアヒムは正反対でな。あいつらは“穢れた血”である自分を強く意識してたし、だからこそ並はずれた向上心を持ってもいた」

 “穢れた血”か、現代人の僕にはどうもピンとこないな。なにせ今だったら国民の99%以上が“穢れた血”になっちゃう。


 「だけどあいつらは違う。あいつらの基本は人間であることじゃなくてそれぞれの長所、アドルフ、フェルディナンなら“戦うこと”、アルフォンス、クロードなら“空を駆けること”、エミール、アラン先輩なら“管理調達”って感じでな、それが自分だから人間であることにこだわらない。その辺があいつらが異常者集団たる由縁でもあるんだが」


 うん、それはもう半分くらい人間じゃない気がします。


 「そして俺だ。俺はそれよりもさらに特殊。実は本人そのまんまなんだ」


 「ってことは、複写じゃないんですか?」


 「複写といっても記憶できないわけじゃないから、あいつらも本人と変わらないんだが、デルフも物忘れはするけど記憶はできるだろ。しかし、あくまで陛下の“再生”で作られたここにしか存在できない。けど、俺だけはちょっと条件付きになるが、現実空間で活動することも出来るんだ」


 「だけど、お前、死ななかったっけ?」

 そういえば、さっきもデルフはそういってたかな?


 「いや、死んだのはハインツ・マルテルであって、俺は生きている。タネを明かすとだ、俺の本体は“再生”で複写の情報を元に作られたものじゃなくて、デルフと同じように無機物に込められた魂なんだ」


 「ええ!」

 「まじか!」


 「つまり、本体に宿った魂が俺を具現化しているわけだ。これも“虚無”の魔法でな、“現神”っていうそうだ。まるで神みたいに存在を作り出すことから名付けたらしい」


 「はあ」


 「とんでもねえな」

 呆れる僕達。


 「そして、俺の本体はこれ」

 そう言いながらハインツさんに手の中に剣が現れる。


 「こいつは!!」

 デルフがびっくりしてる。


 「“呪怨”だ、かつて俺が何千もの人間を直接切り殺した妖刀。たくさん殺し過ぎたんで、怨念がこもって魔法とか思念とかも切れるようになった代物、俺の愛刀だった」


 「よくそんなものを愛刀にしますね」

 凄い感性だ。


 「待てよ、ひょっとして……」


 「デルフが思っていることは正しい、俺はラグナロク以前に魂の一部を切り離して“呪怨”に込めていた。ラグナロクの最中に“ハインツ”という存在に変化があったのはこれが主な要因だろうな。それまでは外的要因で変化することがなかった異常者だったが、イザベラの愛を受けてほんの僅かだが変化していた。世界よりもイザベラやシャルロットの方が大切になっていた。その時点で悪魔とはやや異なる存在になっていたわけだ」

 もの凄いことを平然と言うハインツさん。


 「で、所詮は魂の一部でしかない俺は自我を持つには容量が足りてなかった。大きかろうが小さかろうが結晶は結晶であるように、ハインツはハインツなんだが、それが存在として力を持つには小さ過ぎた。だから、手頃なもんを喰って一個の存在になったわけだな」


 「それってまさか……」


 「御明察。“呪怨”に籠ってた怨念を喰ったんだ。ついでに言えば、炎上するヴェルサルテイルで才人とシャルロットに敗れた際、ハインツの肉体の方の魂は『デミウルゴス』に転移したが、どうしてもロスが出てしまうため、人間として生きる上でいらない部分を切り捨てた。しかし、“呪怨”に宿っていた俺がその部分は回収した。その結果、人間としてイザベラと共に歩くハインツ・マルテルと、悪魔として呪怨に宿るハインツ・ギュスター・ヴァランスに分離したわけだ」


 「やっぱりか、あん時感じた不気味な念はお前だったんかい」


 「そういうこと、それで“呪怨”は陛下が回収して、“現神”で具現化した。その後俺はヴェルサルテイルを完成させるために、せっせと働いていたわけだ」


 「じゃあ、ハインツさんと、ええと、ハインツ・マルテルは別人なんですか?」


 「いいや、同一人物だ。考え方、趣味、医療技術、強さ、好きなもの、何もかも同じ。ただし、たった一つだけ決定的に違う部分がある」


 「それは?」


 「悪魔か人間か、要は、自分のためだけに生きるか、他人のためにも生きるかだ。ハインツ・マルテルはイザベラと一緒に歩くために生きていた。つまり、一人だけじゃあその人生に意味がないんだ。お前もそうだろ、もし世界に生きているのがお前一人になってもお前は生きていけるか?」


 「無理です。寂しくて死んじゃいます」

 それは断言できる。


 「だろ、けど、俺は違う。何せ悪魔だからな、一人でも生きていけるのさ。そりゃまあ、たくさんいた方が楽しいに決まってるから多い方が俺は好きだが、それはあくまで好みの問題であって、生きるために必要な条件というわけじゃない。俺という存在は俺だけで決まる、外界の影響によって変化することはない。故に、“輝く闇”であり、ラグナロクが始まるまでは、ハインツ・ギュスター・ヴァランスとはそういう存在だったのだ。そして、その要素は陛下も持っていた」


 なるほど、それは、人間の在り方じゃない。


 「だから俺だけは完全に独立した魂だ。とはいえ、さっきも言ったようにここでならともかく、現実空間では精霊の力が異分子を修正しようとするからそんなに自由に動けない。そこで、それを逃れるための殻が必要になるのだよ」


 「殻、ですか?」


 「そう、“呪怨”は本体だが“呪怨”だけじゃ動けないからな、人型で動くことが出来る現実空間の物質に宿って動かす必要がある。そしてそれには最高の器があった、それがこれだ」


 ハインツさんがそう言うと同時に、目の前に何かが現れる。


 「これは………………ハインツさん?」


 「そう、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの肉体だ。限界までブレーキなしで走り続けてぶっ壊れたもんだけど、修理しながら使ってるんだ」


 修理って…………


 「あれ?それおかしくねえ?『デミウルゴス』に肉体の魂が転移したってことは、その身体は死んでるんじゃねえのか?」


 「いい着眼点だ。確かに、死体に宿っても無機物に宿るのとそんなに違わないからな。しかしだ、ホムンクルスに“魂の鏡”で写し取った魂を込めることで自我を与えたりと、その辺の細工は俺の得意分野でもある。とはいえ魔法はあくまで肉体の方だったから魂は性格に反映されるくらいだったし、自分自身の肉体とはいえ、どうしてもズレは避けられない。しかーし、思い出してみるがいい、そういうのに最適な技術があっただろ」


 「そういうのに最適な技術?」


 「“ネームレス”だよ。あれは魂に直接ルーンを刻むことで魂を死んだ肉体に閉じ込め、肉体を生きているように動かすという規格外のルーンだ。つまり、“呪怨”を本体とする俺の魂に“ネームレス”を刻み、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの肉体に宿った際に“ネームレス”の力を任意で発動させれば生前と同じように動かすことが出来る。最も、“フェンリル”のように肉体に再生機能なんてないから、帰ってきたら修繕しなきゃいけなんだけどな。その辺は「水」の先住の力を使う」


 「はあ、完全に自分の身体を道具扱いしてやがるな。やっぱお前は悪魔だわ」


 「だろ、だから俺は悪魔なんだよ」


 笑顔で言うハインツさん。


 「じゃあ、ジョゼフさんもそうなんですか?」


 「陛下はちょっと違うな。陛下は駆動式を組んだ張本人だから肉体が必要ない。ジョゼフという人間の人生はシェフィさんと一緒に歩んで終結したそうだから、その後に自分の魂を“土のルビー”に込めたらしい。要は本体が“土のルビー”なわけだ。そして、それ以前に組んでいた駆動式と一体化したんだ」


 「駆動式、ですか?」


 「このヴェルサルテイルを存在させるための大魔法陣ってとこか、世界に幾つかあって、それの力でここは維持されている。そうでもなきゃ永続的に展開することなんか出来んしな、そして、それの影響圏ならば陛下はどこにでも現れることが出来るわけだ。通常の魂はここだけ、俺は自分の肉体に宿ることで現実空間でも活動できて、陛下は世界のほぼ全てで自由に“現神”が可能なんだ」


 うわー、ハインツさん以上の化け物だあ。


 「そんで、その駆動式は主に4つある」


 「4つですか?」


 「ああ、かつては始祖ブリミルが遺した大駆動式が“聖地”にあったそうだが、それにならって作ったらしい、“ネフテス”首都テルぺリオンの中心部、“エンリス”首都ラウレリンの中心部、“古の竜”の聖域、そして“古代巨人(エンシェント・ジャイアント)”の聖域、この4箇所だな。駆動式を壊そうとしたら、この4箇所を同時に破壊する必要がある」


 「同時になんですか?」


 「ああ、互いに影響し合うシステムなもんで、どこかを破壊しても残りが治しちゃうんだ。だから一箇所でも無事だったら一日もあれば全部治ってしまうんだ。その上、地底とか湖の底とか、上空1万メイルとか、そう言う場所に駆動式修理用の予備の魔法陣もいくつかある」


 「じゃあ、その先住種族最強集団みたいのに挑まなきゃいけないんですね」

 エルフの高位の使い手、“古の竜”、“古代巨人”、人間じゃあ逆立ちしても勝てないのばっかりだ。


 「そりゃあ無理だろうなあ、それこそ、ここにいる悪魔でもなきゃあよ」

 デルフもそう言う。


 「だろ、それに俺達も“知恵持つ種族の大同盟”に加盟している。悪魔族としてな」


 「マジですか」


 「やっぱ争いを好まないエルフとかでも、種族全体の利害がかかってたら完全な中立を貫くのは難しい。しかし、総種族数二人の俺達なら完全に公平な立場から調停出来る。やかましい、これ以上文句言うならどっちも平等に根絶やしにするぞこの野郎ってな」


 「それって、脅迫なんじゃ……」


 「確かに、ハインツの兄ちゃんなら人間を贔屓する筈もねえもんな、何せ“人間最低説”を唱えた張本人だもんな」

 凄い主張だ。


 「まあな、それに現“ネフテス”統領のビダーシャルさんとはかれこれ1000年の付き合いだし、“古の竜”や“古代巨人”の代表も同じく、皆古い友人なんだよ。といっても、割と短命な種族は俺の存在は知らないんだけどな。そんなわけで、『ゲート』を管理してるのは人間国家だが、その技術を支えてる人達の頂点は密かに俺達と繋がってるのさ」


 凄い事実だ。


 「でも、何で残ったんですか?」

 素朴な疑問が思い浮かぶ。


 「楽しいから、って答えたいとこなんだが、実はこれには理由がある。“大同盟”の長寿種族が知っているのもそこと関わりがあるんだ。まず、始祖ブリミルについてなんだが、彼には最大の謎があった」


 「最大の謎?」


 「ああ、まず、現代でも考古学研究は結構進んでると思うが、俺は考古学の権威でな、俺以上にハルケギニアの歴史を知る人物はいないだろう。何せ暇だったし。とはいえ、“虚無”の担い手達の協力を得たカンニングみたいなもんだけどな」


 笑いながら言うハインツさん、この人、いっつも笑ってるな。


 「それで、お前の認識だとブリミルはどういう人物だ?」


 「偉大なる先駆者って聞いてます。“虚無”を開発したことよりも、“系統魔法”を技術体系として確立し、人々が亜人や幻獣が跋扈する古代のハルケギニアを生き抜くための“力”を生み出したことが評価されてますね。彼からいわゆる“ハルケギニア世界”は始まった。だけど、長い歴史のうちに彼の恩寵は薄まり、魔法は特権階級の独占物と化し、ロマリア宗教庁の“異端審問”に代表されるように他種族を徹底的に排除する文化に変わっていったとか」

 古代はもっとまともだったそうだけど。


 「そして、その“旧世界”を破壊して先住種族と共存して歩む新たな世界を作り出したのがかの“虚無の王”と英雄達、それを教えとして残したのが偉大なるリオ・セレスですよね」

 セレス教は現代でもハルケギニアの基本的な教えとして存在している。


 「まあそうだな、元々始祖ブリミルは“マギ族”という少数部族を率いる族長だったそうだが、亜人達が“先住種族”と呼ばれるように後発的な種族だった。だから、彼らが古代のハルケギニアで生きるのはかなり大変だったはずだ。少しでも判断を間違えれば民族ごと滅ぶことも日常茶飯事、つまり、“戦争”じゃなくて、“生存競争”だったらしい」

 “生存競争”か、“戦争”は利益のためにやるものだから、根本的に異なるな。


 「そして、当時の魔法も強力なものではなく、せいぜい「ライン」程度が限界だったそうだ。それを始祖ブリミルが“系統魔法”として確立し、「トライアングル」や「スクウェア」の魔法を編み出し、メイジが単体で竜などの幻獣にも対抗できるような強力な力を持つことが出来た。ハルケギニアの黎明期は先住種族との生きる場所の奪い合いだからな」


 「単純な時代だったんですね」

 まさに、人類の黎明期。そして単純なだけに壮絶でもある。


 「しかし、そこに謎が残る。なぜブリミルは“虚無”を封印したのかだ。虚無が強大な力をもつならば、子孫達が先住種族と戦う上で強力な助けになったはず。現代じゃあ彼が残した言葉とはされてないが、エルフから聖地奪還を目指すならなおさらだろ」


 「確かにそうですね、民族が生き抜くために“力”が必要だったから“系統魔法”を強力なものにしたというのに、ペンタゴンの一角であり、最強の系統たる“虚無”を封印するなんて、意味が分かりません。“虚無の王”のように先住種族と融和して平和に暮らすことを目指すなら、“ヨルムンガント”や“フェンリル”のような強力過ぎる力は、戦争しか呼ばないとして破棄したというのも分かるんですけど」


 古代は事情が違ったはず、そんなこと言ってたら民族ごと捻り潰されるだろう。


 「だろ、そこに最大の謎がある。で、ここからは陛下の虚無研究に基づいた仮説になるんだが、お前、“虚無”が何を動力にするか知っているか?」


 「知りません、そこは一切伝わってないんです」

 現代でも謎の力なんだよね。


 「先住魔法、系統魔法、自然の流れに沿う、自然を己の意思で歪めるという違いはあるが根本的な力は同じ、ルーンやその他も動力そのものは変わらんな。しかし、“虚無”は精霊の力そのものを消滅させて、それを対価に膨大なエネルギーを取り出す。効率はとんでもないが、世界全体で考えると総量は減っていく一方なんだ。故に“虚無”。言ってみれば世界を削ることで奇蹟を起こすのだよ」


 「それは…………」

 凄く恐ろしい力だ。


 「ここからはさらにとんでもない話になるが、お前の祖先であるヒラガ・サイト・オルレアンは元々この世界の人間じゃない。虚無の力でこっちに呼び出された人間だ。まあ、『世界扉(ワールド・ドア)』で年に2回くらいは里帰りはしてたし、両親の死に目にも立ち会ったし、葬式とかにも出席してきたけどな。ちなみにその際には”俺”もついてった。シャルロットの兄でもあるしな」


 「そうなんですか?」


 「ああ、才人が長期間行方不明だったのは間違いないから、ちょっとした国際的なテロ集団の紛争に巻き込まれたとか、それで外国に長くいたとか、その辺の事情を説明する第三者が必要だったから、それは地球の知識を持つ俺にしか出来なかった。まあ、陛下も観光しについてきたけど」


 「やっぱり」

 ちなみに、その伝説は僕の家に伝わってるし、“地球からの流出品”や“日本語の書物”も伝わってる。

 “ガリアの姫君”が着ていたという“浴衣(ゆかた)”なんかも保存されてるし。


 「ここで面白い事実がある。地球でもルーンの力は発揮されたし、魔法も使えたんだ。しかし、地球には幻獣もいなければ、亜人も、先住種族もいない。この差異はいったいどこから来るのか?」


 「そういえばそうです」

 確かに、“異世界だから”といえばそれまでだけど、この人達はさらにその先を考えてる。

 その差異は、一体なにから生じるのか?


 「そしてもう一つ、『世界扉』を開ける先は地球だけではなかった。他にもいくつもの世界が存在したのだ」


 「本当ですか!」


 「マジもマジ、で、そこから導き出された結論はこうだ。この世界と地球は“異なる可能性の世界”、歪んだ鏡で互いを映し合った世界だ。しかし、鏡で映し合えばその中には無限に映っていくだろ?」


 「それはそうです」

 そういえば、デルフはさっきから沈黙してる。多分、話が難し過ぎてついていけないんだろう。


 「だけど、“歪んだ鏡”だから移るたびに徐々にズレていく。“並行世界”ってのはそういうもんらしい。だから、地球と俺達の世界は一番近い“お隣さん”なんだ、故に根本的な部分が凄く似てる。中には生物が存在しない世界もあったし、魔法が全く使えない世界もあった。ただし、“虚無”だけは例外だが」


 「“虚無”は例外なんですか?」


 「世界の始まりは“虚無”だとされている。そこから全ては始まり、何らかの要素の違いによって無限に存在する世界が誕生していった。時間も空間も“虚無”から生まれたもの、つまり“虚無”ってのは物理法則とか魔法とか、そういうものの上位に君臨する法則なんだ」


 「それは………」

 もの凄い壮大な話になってきた。


 「だから、“虚無”を使う際にはこの世界を削ることになる。この世界の一部を“向こう側”に落とすことで、その奇蹟の力をこの世界に顕現させる技術、これが始祖ブリミルの系統、“虚無”だ」


 「だけど、彼はどうやってそれを得たんですか?」

 そこが疑問だ。


 「そこは仮説になるが、いいか、精霊の力はこの世界固有の力だが、時には竜巻や噴火、地震や洪水といった自然災害となるだろう」


 「はい」

 それはそうだ。


 「それと同じように、上位の概念である“虚無”にも自然災害があるんだ。“時空震”とでもいえばいいかな、おそらく、完全な偶然で時空震が古代のハルケギニアに起こった。始祖ブリミルはその地空震を観測した人間だと思う。“虚無”は全ての根源たる大元の力、それを偶然得ることになったのだから確かに彼は神に選ばれた人間であり、“神から授かった奇蹟の力”といえるのかもしれない。まあ、彼にとっちゃ“変わった系統”くらいの認識だったかもしれんが」


 「なるほど」

 昔のブリミル教もあながち間違いじゃないのか、偶然だろうけど。


 「しかし、彼は自在に“虚無”を使えるようになったことで、“時空震”を呼び寄せる磁石になってしまった。“虚無”は互いを引きよせ合うもんでな、それで、今からだと7000年以上昔に“大災厄”がこの世界を襲ったとエルフや他いくつかの長寿の種族は伝えている。そして、始祖ブリミルが“聖地”に遺した『ゲート』は“シャイターンの門”とされ、エルフはそこを災厄の源として、知恵ある者が触れることのない場所としてきた」


 「ってことは、先住種族にとっては“悪魔の力”だったんですね」


 「そうなる。なにしろ精霊を“向こう側”への生贄にして力を得るような技術だからな。その上“大災厄”の引き金にもなりうる力だ。これを“悪魔の力”とよばず何と言う。そして今は、“二柱の悪魔”が管理してる」


 うん、悪魔の力だ。


 「けどな、元々は自然的な災害だったわけだから、ブリミルはただ単にそれを早めただけだ。エルフにとっちゃブリミルが呼び込んだように感じただろうが、事実は少し異なる。そして、その“大災厄”を鎮めたのもまたブリミルだろう」


 「へーえ」


 「始祖ブリミルは磁石だった。しかし、磁石ってのは引き寄せもするが突き返しもする。つまり、“虚無”によってこの世界に引き寄せられた“時空震”を、この世界から追い出せるのもまた“虚無”だけってことだ。そして、ブリミルが追い返したから、“大災厄”で済んだんだと俺達は思ってる。そうでないならこの世界は終わってるだろうからな」


 「また、とんでもない話ですね」

 壮大すぎる。

 「エルフ曰く、一度は世界を滅ぼしかけた力だそうだからな。エルフは物事を正確に記録する種族だから、そこに虚偽はない。そして、だからこそブリミルは伝えるのでも、破棄するのでもなく“虚無”を封印したんだろう」


 「あ、そうか!」


 「分かったか?」


 「元々は自然災害だったんだから、追い返したとはいえまた来る可能性はある、それこそ嵐のように。けど“虚無”が一般的なものになってしまったら“嵐”が来る可能性をどんどん上げてしまう、だから封印した。けど、もしやって来てしまったら唯一の対抗手段になるから、破棄することも出来ない」


 「正解だ。だから、自分の子供達と弟子に分散して託したわけだ。もし、また“大災厄”があれば、“虚無”の封印を解き、4つの力を一つに束ねよと、『四の秘宝、四の指輪、四の使い魔、四の担い手………四つの四が集いし時、我の虚無は目覚めん』とな」


 「でも、ロマリアの教皇はその力を“聖地奪還”に使おうとしてたんですよね、究極的な道化ですね」


 そんなことをすれば、自分達から“時空震”を呼び寄せるようなものだ。エルフの人達が“悪魔の狂信者”と呼び、“聖軍”から“聖地”を守って来たのもよくわかる。


 「ま、権力者に利用されて伝承は書き換えられて、それを鵜呑みにした阿呆の末路ってやつだ。教皇とその使い魔は俺が殺したからな」


 「やりますね」

 流石は悪魔。


 「それで、聖地にあった『ゲート』、エルフのいうとこの“シャイターンの門”だが、これにも役目があったみたいでな。俺達はブリミルが閉じ忘れたのかと思ってたけど、ちゃんと意味があったんだ」


 「意味ですか?」


 「ああ、これまたエルフは言っている。かつて“悪魔の力”は揃いそうになったと、そして、それに連動するように“シャイターンの門”も活性化したとな。これが、始祖ブリミルが“聖地”に遺した駆動式だ。すなわち、『ゲート』は“時空震”に対するアンテナなのだよ」


 「アンテナ?」


 「あ、お前にはわからんか、簡単に言えば観測機か。“時空震”そのものを“本震”とするなら、“予震”を感じ取って対抗策を発動する。これによって、ブリミルの子孫の中から特に血が濃い者を“担い手候補”にするわけだ。その“担い手候補”が指輪と秘宝に触れることで“担い手”は目覚める。無駄なく実によく出来てるシステムだ」


 「すごいですね、そんな駆動式を残したんですか」


 「始祖と呼ばれるだけのことはあるな。そうでもなきゃ、数千年に一度“担い手”が目覚めるなんてあり得んしな、何事にも原因があって結果があるもんだ」


 「そうして、始祖ブリミルは対抗策を残したんですね」


 凄い人だ、流石は始祖。


 「だけど、ブリミルの祈りは長い年月と人間の心の闇に侵食され、逆の効果をもたらした。あのロマリア宗教庁は最たる例だし、希望となるはずの“担い手”は、魔法絶対の貴族の価値観に侵食されることで、心に闇を育む温床となった。もしくは、自分は神に選ばれたのだと狂信する光か。“虚無”ってのは精霊を消滅させて力を得るものだから、“攻撃系の虚無”はそういった“負の感情”を動力にする。この世界の理に沿わない“虚無”の力の源は己の意思によって世界を侵食する“感情”に起因するからな」


 「なるほど」


 「でもな、“感情”を源にするから、“アクイレイアの聖女”のように、慈愛の心を持てば人々に希望を与えることも出来るんだ。しかも、彼女の力はほとんど精霊の力を消滅させなかった。これは彼女がエルフの血をひくのも理由かもしれないが、本当にティファニアは奇蹟のような存在だった」


 「まさに、“慈愛の聖女”ですね」


 「とまあ、そういうわけで、現実空間に“虚無”が残り続けるのはいいことじゃないから、陛下は始祖ブリミルとは異なる対策を練ったわけだ」


 「それが………」


 「そう、分たれた“虚無”を陛下が収束し、保持し続ける。始祖ブリミルは人間として死に、希望を子孫に残す道を選んだが、俺達は悪魔なんでずっと残ることにしたんだ。まあ、破壊したのは俺達だから、それが原因で“時空震”に対する唯一の対抗策がなくなりましたじゃ、本末転倒だしな。その辺は“大同盟”の長寿種族の方々も了承済み、有事の際にはこの世界に生きる全種族が力を合わせようってことになってる。だから、今の“知恵持つ種族の大同盟”の裏の存在意義はそこにある」


 「壮大ですねえ、でも、人間がそれを知ったら自分達の権力とかのために利用するだけでしょうね」


 「その通り、だからエルフや“古の竜”、“古代巨人”とかの代表しか知らないんだよ。とまあ、そういうわけで、今日も“二柱の悪魔”はヴェルサルテイルで元気に遊んでますと」


 「でも、“時空震”は来なかったんですか?“英雄の時代”にはそれが近づいてるから“担い手”が揃ったんですよね?」


 「そこなんだがな、“向こう側”はこっちとは時間の流れも何もかもが異なる場所だ。だから、“予震”の幅が数百年単位なら、“本震”がくるまでに数千年かかっても不思議じゃない。流石のブリミルとはいえ、正確に予測するのは無理だろうから“次善の策”が限界だったんだろ」


 「なるほど、じゃあ明日来てもおかしくないんですね?」


 「そうなる。まあ、何事もその方が面白い、いつくるかわからない方が絶対にいい」


 その辺が人間とは違うから、彼らは悪魔なんだろう。


 「終わったぞ、ハインツ」


 と、そこにもう一人の悪魔が帰ってきた。



 「お帰りなさい、どうでした?」


 「いつものやつだ。いくらミューズが固定したものとはいえ、千年もすればメンテナンスも必要になる」


 あの『ゲート』も全部ここで管理されてるんだ。


 「ところでハインツさん、ジョゼフさん、退屈じゃないんですか?」


 「それはないな、何しろ陛下なんか異なる世界に冒険にいっては色んなものを持って帰って来るし。留守は俺に押し付けて」


 「当然だ。お前が自由に動けるのはあくまでこの世界のみだからな。所詮お前は俺に従う下級悪魔に過ぎん」


 なるほど、それは退屈しそうにないな、並行世界は無限にあるそうだし、全部探検するのに一体何億年かかるやら。


 「さて、お前はテスト休みなのだろう。ならばそろそろ帰らんとクラス分に間に合わんだろう」


 「あの、何で貴方がそれを知っているのでしょうか?」


 「ここは俺の城だ、どこで誰が話してるかなど眠っていても分かるし、内容を把握するなど造作もない」


 「あ、眠るんですか」


 「必要はないんだけどな、ま、気分次第だ。ちなみに俺は眠らん、いつでも全力疾走が“輝く闇”たる俺の在り方だからな」

 こっちの悪魔は眠らない模様。


 「ここの時間の流れそのものはハルケギニアと同じだ。ま、特別サービスで4分の1くらいに縮めてやる」


 何でもありだ! 流石“虚無の王”。


 「じゃあなデルフ、また会おうぜ」


 「はあ、長い付き合いになりそうだぜ」

 別れを告げる古い友人。


 「また会えますかね?」


 「多分な、俺が気が向いた時には現実空間に行くから、そん時に色々話そう」


 そうして、僕はお暇することにした。











 「よし、時間軸の調整は済んだ、後はくぐるだけでいい」


 「ありがとうございます」


 「何、弟の子孫へのサービスだ」

 そう言えば、僕の先祖のシャルルは、この人の弟だった。


 「おーいシャルル、ついでだからこれ持ってけ!」


 すると、ハインツさんが走ってきた。


 手に持ってるのはたくさんの本。


 「これは?」


 「俺がまとめた“黄金時代”の自叙伝だ。俺の主観が多いが、その他色んな人の感想や記憶を元に史実に沿って書いている。なかなかいい出来だぞ」


 「いいんですか?」


 「運良くここにこれた記念品だと思え、それに、現代ならその内容が公表されても問題ないしな」


 「分かりました。ありがたくもらいます」


 「ああ、あの時代は本当に面白い時代だったからな、俺達“二柱の悪魔”が世界を舞台に壮大な英雄譚(ヴォルスング・サガ)、恐怖劇(グランギ二ョル)、茶番劇(バーレスク)を脚本・演出した物語だ。だから、タイトルはこう名付けた」












“ハルケギニアの舞台劇”












[10059] あとがき
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:9c94e4c9
Date: 2009/12/02 20:49
 これは、“ハルケギニアの舞台劇”という話のあとがきであり、“外伝・英雄譚の舞台袖”のまえがきとなります。

 長いです。その辺注意してください。

 また、「おまえの考えなんざ知らねえよ! ヴォケ!!」という方はすぐさま「戻る」をクリックしましょう。私の考えや構想を書いているだけなので。


 私が“ゼロの使い魔”という作品に出会ったのは2次小説がきっかけであり、1年以上前、色んなサイトの2次小説を探しておりました。当時私は銀河英雄伝説にはまっており、“ゼロな提督”という作品に出会ったのが最初だったと記憶しています。私にとってはゼロ魔ss最大の名作であり、この作品に刺激され、色んなゼロ魔2次小説を読むようになり、同時に原作も購入し、ゼロの使い魔という作品にはまることとなりました。

 多くの作品を読みましたが、やはり原作がまだ完結していないので、完結させるのは難しいのだろうということは共通の認識であると思います。特に、原作の設定に忠実な作品、原作再構成の作品などは原作が完結しないかぎりは完結が不可能なのではないかと思います。それで、いくつかの作品にならい、オリジナル設定を多分に加え完結が可能な作品にしようという考えは初期からありました。

 それで、私個人としては銀河英雄伝説にはまっていたくらいですので、基本的に歴史っぽいものや、現実っぽいもの、でも、暗くはなり過ぎないものが好きです。なので、“ゼロの使い魔”という作品においても、政治的な場面や歴史考察などがある場面、そして、現実的な場面などが好きになってしまうので、“タバサの冒険”、“烈風の騎士姫”は大好きです。

 そういうわけで、本来ラブコメディである“ゼロの使い魔”ですが、私が好んで読むシーンはかなり限定され、その部分を担うキャラクターは自然とガリア勢となってしまったわけです。それに、コルベール、マザリーニ、ウェールズ、クロムウェル、ボーウッド、ホーキンス、カステルモール、ビダーシャルなどのキャラクターが担当する部分などが多くなります。特に『20年前の炎』や『炎の贖罪』、『花壇騎士の反乱』などは大好きです。

 それで、そういう部分を取り出して物語を再構成してみたらどうなるだろう、というのがそもそものきっかけなのですが、私の中では“ゼロの使い魔”という作品は15巻でクライマックスであり、16巻の『母と従姉』がエピローグみたいな位置づけになっております。原作者に喧嘩売っているような認識ですが、あくまで私個人の好みなので勘弁して下さい。私は原作好きです。本当です。それで、ラブコメ要素を可能な限り省いてまとめると、原作はこうなりました。

1巻 ゼロの使い魔
 才人がハルケギニアに召喚され、“ガンダールヴ”となる。ギーシュとの決闘、フーケ退治などの出来事があり、異世界冒険譚の序章。

2巻 風のアルビオン
 王女アンリエッタの依頼を受け、アルビオンのニューカッスル城に向かい手紙を回収する任務。ジョゼフの手先であるクロムウェルの手駒その一であるワルドと戦う。

3巻 始祖の祈祷書
 任務完了の報告、その後、宝探しと“ゼロ戦”の発見。さらに、神聖アルビオン共和国がトリステインに侵攻、巨艦『レキシントン』、竜騎士隊を率いるワルド、サー・ヘンリー・ボーウッドとの戦い。虚無の担い手が目覚める。

4巻 誓約の水精霊
 神聖アルビオン共和国盟主クロムウェルが『アンドバリの指輪』をラグドリアン湖の水の精霊から盗み出し、“虚無”と偽り利用していることが判明、そして、その力で操られるウェールズとの対決。

5巻 トリスタニアの休日
 夏期休暇における閑話的な話、キュルケとタバサの出会いも語られる。そして、アルビオンとトリステインの暗闘も行われる。

6巻 贖罪の炎赤石
 トリステイン・ゲルマ二ア連合軍がアルビオンへ侵攻、担い手と使い魔は戦争の切り札として参戦する。また、魔法学院が敵に急襲され、20年前の因縁がここに清算される。

7巻 銀の降臨祭
 クロムウェルが持つ『アンドバリの指輪』の力によって連合軍は半数が寝返り崩壊、担い手は殿軍を命じられ、使い魔がその代りに7万の大軍に突撃する。さらに、用済みとなったクロムウェルはガリア両用艦隊によって吹き飛ばされる。

8巻 望郷の小夜曲
 アルビオンの虚無の担い手との出会い、さらに、戦後を巡った諸国会議が開かれる。そして、虚無の担い手の前に、神の頭脳ミョズニト二ルンが現れ、戦いを挑んでくる。

9巻 双月の舞踏会
 使い魔はシュヴァリエに叙勲され、水精霊騎士隊の副隊長となり主人公パーティーが結成される。しかし、スレイプニィルの舞踏会にて神の頭脳ミョズニト二ルンが二度目の襲撃を仕掛ける。

10巻 イーヴァルディの勇者
 神の頭脳ミョズニト二ルンを有するガリアの担い手の背後にガリア王ジョゼフがおり、虚無の担い手を狙っていることが判明する。そして、その陰謀を砕く為ガリアの東の果てアーハンブラ城に乗り込むが、そこでエルフと対決することになる。

11巻 追憶の二重奏
 エルフを撃退し、主人公達は魔法学院に帰還。同時にロマリアの教皇がトリステインを訪問し、担い手をロマリアに集結させ始める。そして、主人公達はアルビオンの担い手を迎えにアルビオンへ出発するが、そこに虚無と先住の技術の結晶『ヨルムンガント』を操るミョズニト二ルンが3度目の襲撃を仕掛ける。

12巻 妖精達の休日
 最後の戦いに至る前の閑話的な話。時系列的には、この頃トリステイン女王がロマリアに到着し、担い手の収集を開始する。

13巻 聖国の世界扉
 虚無の担い手がロマリアに終結。これまで常に守勢に回らされてきたガリアに対し、教皇の即位三周年記念式典を囮にした作戦を展開する。同時に、ガリアにおいても『ヨルムンガント』10体が完成し、両用艦隊と共に軍団(レギオン)がロマリア目がけて出撃する。

14巻 水都市の聖女
 これまで幾度も対決してきた神の頭脳ミョズニト二ルン率いる『ヨルムンガント』と、神の左手ガンダールヴの『鋼鉄の虎』が虎街道にて激突、“聖戦”の発動とともに軍団(レギオン)を撃破する。そしてガリア本国への侵攻が開始される。

15巻 忘却の夢迷宮
 カルカソンヌにて9万のガリア軍と6万の聖軍が対峙、そこにガリア両用艦隊が現れるが、ジョゼフの「火石」によって一瞬で焼き尽くされる。そして、15万の軍目がけてさらなる「火石」が投下される間際、ジョゼフのフリゲート艦に担い手と使い魔が乗りこみ、ついに、主人公とガリアの虚無の主従が直接対峙し、最後の決着となる。


とまあ、このようになり、1巻~15巻まで非常にテンポいい話となるんです。2巻VSワルド、3巻VSボーウッド、4巻VSウェールズ、6巻VSメンヌヴィル、7巻VSクロムウェル、8巻VSシェフィールド(1回目)、9巻VSシェフィールド(2回目)、10巻VSビダーシャル、11巻VSシェフィールド(3回目)、13巻 担い手の集結と軍団の侵攻、14巻VSシェフィールド(ヨルムンガントの軍団)、15巻VSジョゼフ、という風に、徐々に敵が強くなり、ワルドといった手先から、クロムウェルという傀儡、ミョズニト二ルンという使い魔、そして、ラスボスのジョゼフとの対決、という王道の物語になるんですよね。

 これを基本に再構成をしようと試み、まずは世界観の構成から入りました。ハルケギニア世界をベースにし、指輪物語の中つ国、ロードス島戦記のフォーセリア世界、BBのゴルトロック、その他いくつかの世界を特徴を織り交ぜ、出来る限り矛盾のない舞台背景の作成を行い、同時に、原作で明らかになっている地名や(特にタバサの冒険など)、7巻の地図、そして、距離などから、主戦場となるガリアやアルビオンの地図を起こしたりという作業を行いました。

 そして、上記したように原作を進めていこうとすると、16巻『母と従姉』のイザベラとシャルロットのシーンで終わることになります。(少々異なりますが、ジョゼフとハインツの別れで終わったのはこれを元にしてるからです)ですが、ガリアは政争と簒奪の国のため、彼女等の時代はよくても、国家機構がそのままである限りはいずれまた骨肉の争いが繰り返される可能性が高いので、原作とは異なる終わり方、その世界そのものを変える要素を取り入れようと考え、その結果生まれたのが本作の主人公ハインツです。

 そのために物語の始まりから変えていこうと思いましたが、それがどこかを考え、最初に“虚無”に目覚めたのはヴィトーリオですが、彼がいなくても物語は展開が可能なので、絶対に不可欠な“最初のカギ”を探しました。そして、ちょうどその頃“タバサの冒険”の3巻が発売され、『タバサの誕生』を読んでここだと感じました。ジョゼフがシャルルを殺し、“始祖の香炉”と“土のルビー”を手にし、“虚無”に目覚めた瞬間がこの物語の始まりだと、これがなければ『レコン・キスタ』も存在せず、その後のガリアとの戦いも無いので、サイトとルイズはずっと学院生活をするだけの話になると思います。

 そこで、その部分を変え得るキャラクターを模索した結果、誕生したのが“北花壇騎士団副団長”です。感想掲示板で指摘してくれた方もいらっしゃいましたが、私の作品のオリキャラは全て“役割”から発生し、キャラはその後付けになっています。ハインツもまたしかりで、“副団長”という役割から彼は発生しました。そして、モデルとなったのは北欧神話のロキです。この神は純粋な好奇心でいたずらや殺戮を行っては、その後始末に奔走するというトリックスターで、“ラグナロク”の引き金にもなっています。“虚無”の“記録(リコード)”を用いずにシャルルの真実を知るにはかなり王家に近いこと、かつ、ガリアの暗部を知り尽くしていることなどが必須条件だったので、そこからヴァランス家などの六大公爵家の設定、そして、ジェルジ―男爵やヴィクトール候といったガリアの闇も決まっていきました。つまり、主人公ハインツは、たまたま前世の記憶を持ったままハルケギニアに転生した人間などではなく、世界の歪み、貴族社会によって虐げられた者達の怨念により、世界を破壊するために異世界から呼び出された悪魔なんです。

 そして、世界を壊すための要員として作られたのが九大卿と『影の騎士団』です。『影の騎士団』は元々“ラグナロク”の指揮官として登場するキャラで、主人公の幼馴染キャラではありません。ですので、“ガリアの影”の頃の彼らの方が後です。家康を書いた後、竹千代時代を書くような感覚でした。九大卿も同じくですがイザークのみは少々異なります。彼だけは暗黒街の裏の支配人として作成し、ハインツと共にガリアの裏側を担うキャラとして作りました。

 そういった感じで、“ガリアの闇”第15話、『闇の公爵 虚無の王』が『ハルケギニアの舞台劇』の始まりで、“神世界の終り”が最終章となり、この二つを最初に作りました。そして、始まりに至る物語として“ガリアの影”を作り、最後に主役達が登場する“史劇 虚無の使い魔”を作りました。

 そうして『ハルケギニアの舞台劇』という物語の構成は決まったため、ガリア王家の救済がメインテーマになっています。“ガリアの家族が仲良く暮らせるように”が、ハインツが旧世界を壊す主な理由ですから、この男は妹に死ぬほど甘いのです。その結果、ヒロインは自然とイザベラとシャルロットの二人になるわけです。私はキャラの好き嫌いよりも物語全体の構成に重きを置き、出来る限り設定に矛盾が出ないようにしたところ、自然と彼女達がヒロインになっていました。キャラを作る前に全体のプロットを作ったところ、このようにしかなり得なかったんです。

 そうして、フェンサー、ファインダー、シーカー、メッセンジャーからなる新生北花壇騎士団、それらを統括する本部の“参謀”、マルコ、ヨアヒム、ヒルダ、そして、『影の騎士団』、三花壇騎士団長、九大卿、イザーク、イザベラ、ハインツ、シェフィールド、ジョゼフというガリア組が結成され、その後で原作組の構成に入りました。基本的には原作の性格や役割は変えず、彼らがハインツという“悪魔”に出会い、自分を見つめ直したらどうなるかという感じで各キャラクターを構成していきました。しかし、二人程どういうわけかとんでもない方向に進化したキャラクターがいます。“博識の魔女”ルイズと、“大魔神”マチルダです。

 原作よりも成長させようと意識したのはアンリエッタです。彼女もまた“魔法国家”というものの被害者なわけですが、ハインツという悪魔は“被害者”を救うのではなく、自分の足で歩くことを強制します。それがゲイルノート・ガスパールであり、アンリエッタという存在は『軍神』と戦わない限り生きることが出来ない存在です。現にウェールズは『軍神』に殺されたわけですから。そうして、アンリエッタは成長しますし、『ルイズ隊』の面子もアルビオン戦役などを通してそれぞれ成長していきます。私は原作キャラは大体好きなので、死んだのはワルド、メンヌヴィル、バリベリニ枢機卿、聖堂騎士隊長のカルロなど、どうでもいいキャラばっかりです(ワルドはどうでもよくは無いかな? でも原作では放置プレイ継続中なので、せめて華々しく散らせてやろうと…)。そうなると、クロムウェル救済の物語かもしれません、彼のキャラと能力も結構好きなんです。ちなみに、ジュリオと教皇もどうでもいいキャラ、というか嫌いです。こいつらみたいに毒にも薬にもなりそうにない中途半端なキャラは好きじゃないんです。こいつら二人は完全にいいとこなしで死にましたし、特にジュリオなんて道化以外の何者でもありませんでしたね。自分の中ではリオ君やアルド君とは完全に別キャラクターになってます。

 ですが、ルイズの成長は私の予想を超えてました。“博識”としての設定はあったのですが、これが本当に予想外に成長し、“二柱の悪魔”の脚本に気付いてしまう可能性が出てきてしまい、それをなんとかするためにプロットに大きな修正を加え、その結果がアーハンブラ城焼き打ち作戦です。あの時、ハインツは必死に駆け回りますが、ハインツの想定外は作者の想定外だったりもします。“役割”からオリキャラは作ったので暴走することは滅多になく、アドルフの暴走くらいなんですが、ルイズはとんでもない成長を遂げてしまい、“聖戦”でも大いに問題となりました。彼女が無傷だったらカルカソンヌが攻略されてしまう可能性が出て来たんです。そこで、“博識”の力を削ぐために作りだされたのがトバルカ……、いえいえ“フェンリル”で、その役目は果たせたのですが、結局“銀の腕の戦乙女”としてより強力になってルイズは帰って来ました。
 ルイズがおかしくなった大半の原因は、くどいようですが、どこかの誰かが変なネタを送ってきたのが原因です。誰とは言いません。

 もう一人、とんでもない進化を遂げたのが“大魔神”ことマチルダです。当初はこういうキャラじゃなかったはずなんですが、ジョゼフが関わると暴走するシェフィールドと同様に、ティファ二アが関わると暴走し、最強モードに変化するようになってました。“神世界の終り”の第17話では全員はっちゃけてますが、特にルイズとマチルダはとんでもないことになっており、これに勝てるのはジョゼフだけです。
 マチ姐さんも、こうなってしまったのは、どっかの誰かが、ゴーレムを使ったデモンベインなんかを送ってくるから…… いや、採用した私が悪いんですけどね。

 まあ、そういうわけで、劇全体に関わらない部分は極力とばし、テンポよく進めようというコンセプトで作っていったわけです。“ガリアの影”は始まりに至る物語ですし、“ガリアの闇”は始まりから舞台劇開始まで、“神世界の終り”は原作を離れ、オリジナル展開に進む場面で、ここから『影の騎士団』や三花壇騎士団長の役目は多くなります。そして、原作組が活躍するのが“史劇 虚無の使い魔”で、これを区分するとこうなりました。

1話~2話   ……… 1巻 
3話    ……… タバサの冒険1巻
4話~5話   ……… 2巻 
6話~7話   ……… 3巻 
8話~9話   ……… 4巻 
10話~13話  ……… 5巻 
14話~18話  ……… 6巻 
19話~24話  ……… 7巻 
25話~29話  ……… 8巻 
30話~31話  ……… 9巻 
32話~34話  ……… 10巻 
35話~36話  ……… 11巻 
37話~38話  ……… 12巻 
39話~41話  ……… 13巻 
42話    ……… 14巻

 このように、基本的に2話で1巻分に相当し、アルビオン戦役となる5巻~8巻は長くなっています。私の物語は歴史、軍略、政略などの比重が多いので、どうしてもこうなってしまうのです。

 そして、この作品で一番割をくったのはシエスタだと思います。ラブコメ要素を可能な限り排除して物語をテンポよく進めるというのがコンセプトなので、ラブコメパートを担当する彼女は出番が無くなってしまうんです。(決して私はシエスタが嫌いではありません)本来メインヒロインのルイズは“博識”に進化しましたし、アンリエッタはウェールズがいますし、シャルロットはサイトとくっつきます。結果、彼女は空気になってしまいました。シエスタファンの方にはまことに申し訳ありません。

 もう一つ、出来る限り原作の設定は壊さないようにしたのですが、どうしても矛盾してしまうキャラがジョゼットです。“元素の兄弟”もそうですが、こっちはハインツが殺すことであっさりと退場しました。しかし、変なところをこだわって、現実くさくしてしまった私の舞台背景では、ジョゼットという少女は存在が矛盾になってしまうのです。まず、彼女はセント・マルガリタ修道院にいたわけですが、北花壇騎士程度が存在を知り、かつ、ロマリアの助祭枢機卿が簡単に訪れることが可能な場所、こんな場所でオルレアン公派の大粛清を逃れられるはずがないという点です。原作はラブコメが基本なので大丈夫だと思いますし、何か他に裏設定があるかもしれません。ですが“人界の闇と異界の闇”で示した通りがガリアの権力機構なので、その辺はかなり現実的になっています。『タバサと軍港』で語られているように、オルレアン邸の敷居を跨げなかったリュシーの父ですら処刑されたくらいですから、オルレアン公に連なる者を見つけ出す追及は並大抵のものではなく、冤罪も大量に存在したはずです。その中で、シャルロットを取り上げた産婆が生きていられるはずがないんです、絶対に殺されます。王家の秘密を知り得る平民など、いくらでも殺すでしょう。そして、オルレアン公夫人がシャルロットの名前しか呼ばないことや、それ以前に、生まれてすぐの娘を修道院に送ったとしたら、それをシャルルが許せるのかということ、さらに、そんな罪を持つ自分がジョゼフよりも王に相応しいとシャルルが考えるかということ、そして、貴族に知られてはならない秘密を持つシャルルと、弱みがないジョゼフ、どっちが王に選ばれるかなど考えるまでも無いということ。もう一つ、ガリア王家の暗部に関わる子供を、修道院といういわば他国の管轄にある場所に隠すことはあり得ないということなど、矛盾だらけになってしまうんです。

 なので、その“本来ならばあり得ない”という点を逆に利用し、6000年の闇の結晶という設定にしました。苦肉の策ではありましたが、存在をそもそもなかったことにするのも気が引けましたし、かといってまっとうな存在としてはあり得ないので、このようになりました。そうでもなければ多分ハインツに殺されてます。



 とまあ、かなり長くなってしまいましたが、『ハルケギニアの舞台劇』という作品はそのような過程で作りました。そして、テンポよく進めるためにはしょった部分を、これから『外伝・英雄譚の舞台袖』として書いていく予定です。
 主観はサイトで、その他の『ルイズ隊』面子がそれに続き、マザリーニ、ウェールズ、ホーキンス、ボーウッド、ボアロー、カナンなどのアルビオン戦役で活躍する者達も多くなりそうです。ギャグ要素も多くなりそうですが、アルビオン戦役のあたりからは結構真面目になると思います。
 大変申し訳ありませんが、シエスタの役は『ハルケギニアの舞台劇』に比べれば多くなるとは思いますが、やっぱり少なめになると思います。というのも、男女関係などについては基本的に田中芳樹作品のノリを踏襲しているので、基本的に大人っぽいです。なので、純粋ラブコメ担当の彼女は弾かれてしまうのです。(私はけっしてシエスタが嫌いではありません。嫌いなのは教皇とジュリオです)

 これからも引き続き書いていく予定なので、楽しみにしてくれている方々がいらっしゃれば幸いと思い、頑張って行こうと思います。また、この再構成が終了したら、短編連作の形で『マルテル家の日常』を書こうかなと思っております。



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