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[3639] 改造人間にされたくない (憑依物) 【完結】
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/06/04 17:21
 プロローグ

 眼前に広がっているのは一面の炎に焼け崩れる家々だった。しかも、炎はまだおさまる気配さえ見せずにこれからが本番だと猛り狂っている。煙と共に焦げた臭いが嗅覚を刺激し、鼻の奥にツンと響いた。
 ――どういう事だ? 俺は自分の部屋で寝てたはずなのに――
 頭の奥で何かがうねり急速に意識が寝ぼけた状態から覚醒していく。
 呆然と立ち尽くしている頬に火の粉が吹きかかった。
 ――熱っ! てことは夢じゃないのか!?

 慌てて周囲を見回すが、人影の代わりに見つかるのはなぜか精巧に作られた石像だけだった。その間にも火の勢いは強まる一方だ。
 まずはこの場からの脱出が先決だと判断し、まだ炎に囲まれていない方向へと走り出そうとしたが、

「うお!?」

 いきなり一歩目でつまづき顔面を地面で強打した。『ズルッベタッ』と擬音語が似合うような我ながら見事な転び方だった。
 
「痛……、くそ、鼻血が出なかっただけマシか……」
 
 涙目になりつつうずく鼻を右手で押さえる。小さな掌には血の跡はなく、ついているのは泥だけだ。

「あれ? 俺の手ってこんなにぷくぷくしてったけ?」

 幼児の掌のように小さくって丸くってぷにぷにしている。
 不審の念をおぼえたが、崩壊音が背後から響くと同時に熱風が吹き付けてきた。
 顔を引きつらせて、思うように動かない体で転げるようにダッシュする。こんなところで丸焼きになるのはまっぴらだ。

 息をきらせてひたすら走り続けると少しは安全そうな湖のほとりにたどりついた。ある程度炎からも離れているし、ようやくほっと一息つける。安堵感からか下半身の力が抜けて水辺にへたり込んだ。
 服がびしょびしょに濡れるがそんなこと気にならないほど疲れていた。
 全力疾走したせいと煙を吸い込んだせいで、つばも出ないほど喉が渇いている。咳き込みながらも、慎重に少しだけ湖の水をすくって口にした。うん、ちょっと砂でジャリジャリするがおかしな味はしなかった。飲むのに問題はなさそうだ。
 水をむさぼるように飲み、何べんかうがいをすませ、顔の汚れをを落としながらようやく水面に映っているのが俺の姿ではなく赤毛の少年だと気づいた。
 
「な、何で……」

 つぶやいて水面に映った自分の変わり果てた姿を見ていたが、それどころではないと慌てて今の体をチェックしてみた。
 俺は二十歳の身長・体重共に平均的な日本人だったが、今はおよそ四・五歳ほどの男の子になっている。掌が小さくなっているのも、体が自由に動かなかったのも、いきなり幼児の体に変化したなら当たり前だと思い当たった。
 夢かとも考えたが、炎の熱さ・鼻を打った痛み・喉の渇きまで感じている現状では否定するしかない。
 自分でも驚くほど冷静にこれらの情報を分析すると、ようやく一つの結論にたどりついた。

「ショッカーのような秘密組織に改造されたんだな」

 きしむほどに強く奥歯を噛み締めた。脳移植をしたのかクローン技術を使ったのか知らないが、ショッカー(仮名)はこの少年のボディに俺の脳を乗っけやがったんだ。
 ――すまない少年よ。
 おそらく本来の体の持ち主であろう赤毛の少年に、心の中だけで謝罪の言葉をかけることしかできなかった。

 俺がじっと水面に映る新たな自分の姿を見つめていると、背後から足音が響いた。誰かいたのか!? 喜んで振り向いて目にしたのは、人間の倍近い巨躯で無理に二足歩行している異形の姿だった。野牛より大きな角が狼をさらに凶暴にした顔面の上についている。手足が合わせて六本あるのに加えて、蝙蝠の皮膜じみた翼まで背に生えているのが明らかに自然界の動物でないことを物語っている。つまりは――怪物だ。
 その怪物の迫力に押されるように体が勝手に後ろへ下がる。
 甘かった。改造実験された俺が、脳改造や洗脳をされずに一人でこんな所にいたってことは、改造した組織で何らかのアクシデント――おそらくはバイオハザードが起こったのだろう。
 だとすればゾンビやこんな怪物が出てくるのはお約束じゃないか! 一秒でも早くこの場から逃走するべきだったんだ。

 自分の判断の遅さに舌打ちしながら、少しでも怪物から間合いを離そうと震える足で後ずさる。その後退も靴底が水につかった時点で止めざるえなかった。そういえば後ろにあるのは湖、文字通り背水の陣ってやつだ。
 俺が動きを止めたのを見て怪物は目を細めた。まるで嗤っているような表情に、こいつには知性があるとわかり背筋が寒くなる。一歩間違えれば俺もこいつらの同類に改造されていたのかもしれない。
 こっちには逃げ場がないのが判るのか、ゆっくりと怪物は近づいてきた。その大きさとプレッシャーは圧倒的だ。くそ、改造手術されたなら変身やパワーアップぐらいできないのか!? 生命の危機にパニックを起こしかけたが、タイミングを見計らったような助けが天からやってきた。

 轟音と閃光。

 俺をさっきまで命の瀬戸際まで追い込んでいた怪物は、理解不能なただの一撃によって粉砕された。
 空から舞い降りたローブの男が、欠片も残らないほど完全に打ち倒したのだ。

 ――今の攻撃は何だ? バズーカ砲並みの威力だったが、こいつは杖しか手にしていない。どこに武器を隠しているんだ? しかも、こいつは上空からパラシュートも無しで現れた。超低空のヘリか近くの木から降下したのか?
 いずれにせよ、この男が怪物以上の戦闘力を持った脅威であることには間違いない。
 警戒しながらも戦慄している俺に向き直り、ローブ姿の男は何やら話しかけてきた。
 しばらく耳を傾けた後で、俺はなぜだか杖を押し付けてくる男に対して答えた。

「あい きゃんと すぴーく いんぐりっしゅ」

 男はその返答に戸惑ったような表情を浮かべると、杖を握りなおしてまたしても何やらつぶやいた。

「これで通じるか?」

 今度ははっきりと日本語で聞こえた。しかし、吹き替えの映画のみたいに口元と言葉がずれているような微妙な違和感がある。

「はい、ちゃんと判ります。それと、助けていただき本当にありがとうございます」
 
 深く頭を下げて感謝を表す。これほどの戦力を持っている人物に礼を失することがあってはならない。
 だが俺のかしこまった態度に、彼はさらに困惑を深めたようだった。頭のローブを後ろに払って赤毛と整った顔をあらわにした青年は、眉を寄せていぶかしげな視線を俺から外さない。

「英語を喋れず、俺のこともおぼえてないってことは……完全に記憶を失っているってことか? それにしちゃ日本語で会話できるのが妙だが……」

 ぶつぶつと苦い口調でつぶやくと、杖を俺に向かって差し出した。

「ネギ、せめてこの杖を受け取ってくれ」

 ネギ? 杖? 何の話だ? 軽く混乱しかけたが次に男が口にしたことで一気にそんな疑問は吹っ飛び、感情が沸騰した。

「この村がこんな目にあったのも全部俺と『紅き翼』のせいだ」
「お前のせいかーー!!」
 
 男の言葉が耳に入ると同時に思い切り右の拳を振りぬいた。我ながら会心の一撃は、不思議な事に雷を帯びて男の顔面を貫いた。

「あぶろぱ~」

 なかなかに愉快な悲鳴を上げて男は湖の真ん中まで吹き飛び、派手な音をたてて水没した。本来なら追撃してマウントポジションからタコ殴りにいくところだが、湖に入っていくのは諦めてとにかくここから離れようと走り出した。
 逃げ出しながらあの男から渡された杖を持っているのに気がつき、慌てて炎の中へと放り投げる。
 あんなの盗聴器か発信機が付いているに決まってるじゃないか。こんな事件を引き起こした奴のよこした物を信用できるはずがない。

 ここまでの限られた情報から推測すると、おそらくこのような事態がおこったのではないだろうか。
 まずは俺が改造手術を受けていただろう研究所でバイオハザードが発生。この時点で俺や怪物が外に出たのだろう。その後、怪物たちによる近隣の村が破壊され――事件をもみ消すための始末屋がやってくる。
 思えば村には石像ばかりで人影は無く、火の回りも異常に早かった。証拠を消すために村ごと消滅させやがったんだ。

 さっきのローブの男も始末屋の一員だろう。いや、あの実力といい自分に責任があると言っていた口ぶりからするとあいつが責任者だったのかもしれない。
 男が呼びかけた言葉を思い返す。
 ――ネギだと? この組織は改造手術を受ける人間を野菜の名で呼ぶのか? もしかしたら、ニンジンやキャベツと呼ばれていた奴らもいたのかもしれない。「カボチャの成長はどうだ?」とか「ジャガイモは処分だな」などと非情な会話が交わされていたのだろう。
 ちらりと目をやるが炎はさらに勢いを増し、村がどこにあったかさえわからなくなっていた。

 今の俺にできるのは全力で逃走することだけだった。自分の無力さに唇を噛み締め、炎に消えたであろう同じ野菜の名を持つだろう仲間に対し心に誓った。

「『紅き翼』だったか……必ずつぶしてやる」
 



[3639] 一話 出現! 怪人デスメガネ!
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/07/30 17:18
 タカミチside

 ネギ君が保護された。その報告がもたらされたのは悪魔の襲撃によって村が壊滅してから三日後のことだった。僕が最初に保護されている警察署に到着したようだが、これはネギ君が敵に狙われることも考えて一人でも戦える僕に白羽の矢が立ったからだ。
 そして、未確認情報だがネギ君が日本語で会話しているのも僕が選ばれた要因らしい。もちろん魔法を使えば日本語を話すことなど魔法使いなら簡単だが、それには時間制限があるために僕が適任とされたらしい。もちろん僕のほうにも否やはない。ナギの忘れ形見であるネギ君が心配でウェールズまで来たのだから。
 
「こちらでお待ちですよ」
「ああ、ありがとう」

 ネギ君のいる部屋まで案内してくれた婦警に笑顔で答えると、ゆらゆらと椅子から転げ落ちそうに船を漕いでいた少年がこちらを見上げた。
 ああよく似ている。くすんだ赤毛や幼いながらも端正な顔立ちなどあの英雄とそっくりだ。
 慌てたように立ち上がったネギ君は、口元のよだれをふき取ってピシッと音がしそうな九十度の角度でお辞儀をした。

「わざわざお呼び立てして申し訳ありません。ただ今は記憶を失っているので、お目にかかった事があったか存じ上げませんが、私の身元引受人でしたらお名前をうかがえますか?」

 ――ネギ君、その小さな姿形から流暢な日本語がでてくるのはかなりシュールだよ。僕がとまどっていると

「自分から名乗らないのは失礼ですが、自分の名にさえ確信が持てませんので……」

 捨てられた子犬のような瞳で見上げてくる。確かまだ四歳になってないはずなのに、これだけ気を使う子になるなんて村の人々はあの英雄の息子をどう育てたのだろう。
 むりやり笑顔をつくりネギ君に話しかける。教師をしているだけに子供の相手は結構得意だ。

「僕の名前は高畑・T・タカミチだよ。タカミチと呼んでくれればいい。そして、君の名前は間違いなく『ネギ・スプリングフィールド』だよ。初対面だけど君の父親のナギさんとは親しくさせてもらっていた。そのナギさんとそっくりだ」

 それを聞いて口を大きく開けて「父を知っているんですか?」と尋ねてきた。

「勿論だよ。同じ『紅き翼』の一員としてナギさんには助けてもらってばかりだった」

 目を細めて当時を思い返す。まだ未熟だった僕のことを『紅き翼』の全員が可愛がり、鍛えてくれた。あの歳月は一生の思い出だ。
 ふと気づくとネギ君の体が小刻みに震え、顔色も悪化している。しまった、彼はこの事件で姉のネカネ君や知り合いの村人を全員石化されて失ってしまったんだ。その上、もういなくなった父親の話をするなんて無神経だったかもしれない。
 ネギ君の様子に気づかないふりをして今回の事件から話をそらしていく。

「今、僕は日本という国で教師をしているんだけど、そこでは『デスメガネ』とかいった変な異名をつけられて大変だよ……」

 職場である学校でのおかしなエピソードなどをのんびりと語っていると、次第にネギ君から緊張がぬけていくのが手に取るようにわかる。こんな小さな子供がいったいどれだけの試練を受けてきたのだろう。考えるだけで胸がいたくなる。ネギ君といい前に知り合ったアスナ君といい僕の知り合いの子供に幸運が訪れることを願わずにはいられない。
 ネギ君の悲しいほど細い肩に手をのせ、勇気づけようとギュッと握り締める。

「ネギ君、これだけは忘れないでくれ。君はもう一人ぼっちじゃないんだ」


 ネギside

 逃走開始からはや三日。俺はご飯を食べさせてくれるなら実験体になるのも仕方がないというところまで追い詰められていた。スタート地点である湖から走りだしたが、全く方向がわからない。仕方なく朝日を待ち東を確認して歩き出したが、この辺の地理もわからない。よく考えればどこに向かえばいいのかさえわからない。最後にここはどうやら日本ではなく旅行したこともない外国らしい。……これって迷子ってより遭難というんじゃないだろうか?

 ようやく町にたどりつき、つたない英語を使用して警察署に行けたのは僥倖というべきだろう。この時ばかりは改造された体のスペックに感謝した。子供の体で成人の身体能力を超えているのではないか? 改めて『紅き翼』の技術力には舌を巻く。
 
 警察署でもまた一苦労だ。なにしろ日本語の通訳できる人材が一人もいなかったらしく、俺がカタコトの英語で何か喋るたび「OK、OK」としか答えてくれないんだ。
 日本国の大使館へ連絡をしてくれと頼んだのだが、なぜか迷子として処理されたらしい。すると捜索願いを出されていたらしく、すぐに身元引受人の日本人がやってくることになってしまった。

「もうすぐ日本人の身元引受人がくるって連絡があったわよ」

 おそらくはそんな意味の説明をされて奥の部屋で待たされた。なんか幼児に対する扱いじゃないような気もするが、かえってこのぐらいのドライさが心地よかった。「これでも食べなさい」と出された食事はなぜかカツ丼だった。ここ確かウェールズとか言ってなかったっけ? 警察ではカツ丼しか出してはいけない鉄の掟でもあるのだろうか?
 もぐもぐと口を動かしていると三日間の疲労がでたのか、俺の意識はしだいにうすれていった。

 微かに漂うマルボロの香りに目を覚ますと、長身に眼鏡をかけた優しげな青年が俺を眺めていた。いや、俺を通して誰かの面影を追っているようなぼんやりとした眼差しだ。
 よだれを出来るだけさりげなくふき取り、自分でも正しいか判らない怪しげな敬語を使って精一杯礼儀正しくお辞儀をすると、青年はくわえたタバコを落しかけながら自分は「タカミチ」だと自己紹介をした。それで気になったのは、この『ネギ』と呼ばれていた体には父親がいたのか? という疑問だ。もしそうならどう謝罪すればいいのか……
 俺の「父を知っているんですか?」という質問は最悪の答えを引き出した。

 このタカミチという男も『紅き翼』の一員だったのだ! 改めて彼を観察してみると身のこなしに全く隙がない。体は細身に見えるほど引き締まり、鍛え抜かれた兵士としても通用しそうだ。
 保護されてからほとんどタイムラグ無しで追っ手が来るとは、警察内まで組織は浸透しているらしい。
 『紅き翼』の規模の大きさに慄然としていると、タカミチはどうでもいいような雑談をはじめた。

 落ち着け、落ち着くんだと自分に言い聞かせる。ここはまだ警察という公共機関の中だ、あまり派手な行動はできないはずだ。少なくとも無理やり拉致するのは難しいだろうと僅かに緊張を解いた。
 情報を少しでも得ようとタカミチの話を耳にすると、彼のあだ名は『デスメガネ』というらしい。……おそらく怪人デスメガネとして活動しているのだろう。
 どんな怪人なんだよ!!  と内心で突っ込んでいると彼がいきなり肩に指を食い込ませた。うめき声を押し殺した俺にタカミチは耳元で囁いた。

「ネギ君、これだけは忘れないでくれ。君はもう一人ぼっちじゃないんだ」

 ――何てこった。もう俺に監視がついたのか! 『紅き翼』のあまりの手回しの良さに鳥肌が立つのを押さえ切れなかった。
 これ以上敵が増える前にここから逃げ出さねばならない。だとしたら当面の敵はこのタカミチだ。出来る限り早く排除する必要がある。
 敵を知り、己を知れば百戦危うからずだと自分とタカミチについて分析する。

 このタカミチは日本で教師をしているというが、おそらくそれは仮の姿で本来は『怪人デスメガネ』として活動しているのだろう。武装は……見たところ皆無だが、怪人に変身すると武器が出てくるのかそれとも眼鏡からビームでも撃ってくるのかもしれない。油断することはできない。
 そしてこの俺の体について追加されたデータは『ナギ』と呼ばれる父親がいること。この『ナギ』が俺を生み出した博士なのだろう。アトムにおける天馬博士、アンパンマンにおけるジャムおじさんだ。母親のことに触れないところからも自然な生まれ方をしてないのは想像した通りらしい。
 さらに『スプリングフィールド』という姓をもっているのにも何か意味があるはずだ。組織が改造人間に無意味な姓をつけるはずが無い。とすると『スプリング』は春だよな、『フィールド』は場所とか野原だったっけ? だとすると――俺はどうやら『春野菜』に分類されているらしい。
 
 い、いやそれどころか他にも『夏野菜研究所』とか『冬野菜グルメ倶楽部』などの改造人間を作る支部があってもおかしくない。
 自分の想像に背筋を寒くしながら改めて一刻も早く『紅き翼』を倒さねばならないと決心した。そのためにもこの場は脱出しなければならないのだが……
 『怪人デスメガネ(特技 眼鏡ビーム?)』VS『ネギ怪人(特技? 春野菜?)』とてもじゃないが正面から戦っては勝算ゼロだ。
 何とかならないか作戦を考えていると長所と短所は紙一重でもあることに気づいた。

 ――眼鏡、眼鏡だよ!! デスメガネの異名をとるということは眼鏡からビームを撃つか眼鏡をスイッチに怪人に変化するに決まってるじゃないか!
 だとすれば不意を突いて眼鏡を奪い取れば無力化できるということだ。タカミチを横目で窺うが、相変わらずタバコを燻らせリラックスしているわりに一切隙が見つからない。
 おそらく眼鏡を奪取できるチャンスは一度だけだな。俺はつばを飲み込み、慎重にタイミングを計り始めた。




[3639] 二話 署内の中心で「テロ」だと叫んだだけの者
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/08/02 16:48
タカミチside

 僕の激励がいくらかでも救いになったのか、ネギ君の表情には力強さが戻っていた。折れない意思を感じさせる視線が僕の目、いやどちらかというと眼鏡を貫いている。
 汚れでもついているのかとつるに触れると、彼が「かっこいい眼鏡ですね、よくお似合いですよ」とお世辞を言ってきた。正直声変わりもしていないボーイソプラノで褒められても、どう返していいかわからない。

「ああ、ネギ君も掛けてみるかい」

 照れ隠しに眼鏡を手渡そうとすると

「いいんですか!?」

 なぜか驚いたように裏返った声を出して、差し出された眼鏡に手を伸ばした。まるでスリを行っているかのように慎重に眼鏡に触れると、かっさらうように僕の手から奪い取った。
 あまりに乱暴な挙動に苦笑しながら注意する。

「おいおい、壊さないでくれよ。スペアは持ってきてないんだから」

 それを聞いたネギ君はなぜか顔を輝かせると、「くくく」と含み笑いを始めた。ネ、ネギ君? 

「何かおかしな雰囲気だけどどうしたんだい?」

 無意識のうちに両手をポケットに差込みながら彼にむかって尋ねた。

「怪人デスメガネ敗れたり!」
 
 ビシッ!! と僕を指差してネギ君が高らかに宣言した。
 ――は?

「ネギ君、いったい何の事を言ってるのかわからないよ」
「うるさいぞ怪人デスメガネ、この眼鏡の命が惜しければそこから一歩も動くんじゃないぞ!」

 ――眼鏡の命って何? それと怪人デスメガネって僕のことなんだろうなぁと、ため息をつきつつできるだけ弱めた居合拳を撃った。ナギの息子ならこのぐらいで怪我をするような可愛げはないだろうし、何より脈絡の無い彼の行動に少しお灸をすえたかったのが一番の理由だ。
 手加減した通りネギ君は傷一つ無く吹き飛ばされた。荒事には慣れている僕にとってこのぐらいのコントロールは楽なものだ。

 この攻撃にただ一つの誤算があったとしたら、ネギ君を吹き飛ばした時にちょうど担当の警官が部屋に入ってきたというタイミングの悪さだけだった。


 ネギside

 くくく、油断したなタカミチ。変身や攻撃のキーアイテムである眼鏡を渡し、しかもスペアがないことまで明かすとは怪人としての自覚が足らんぞ。
 眼鏡をなくしたお前など、もはや『怪人デスメガネ』ではなく『怪人デス』にすぎん! ――あれ? なんかパワーアップした印象が……
 と、とにかくこの千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。

「怪人デスメガネ敗れたり!」

 俺が眼鏡を片手にタカミチに迫っても、ポケットに手を突っ込んでふて腐れた様子だ。確かに変身する小道具を奪うなんてあまり正々堂々としたやり方ではないが、秘密組織の怪人にフェアプレーを説かれたくないぞ。
 しらばっくれるタカミチに動くなと重ねて命じた瞬間に、いきなり衝撃を受けて二メートルも後方にダウンした。

 な、何だ? 気がついたら顔面にダメージを受けて倒れていた。メガネビームは出せないはずなのに! 混乱しながら顔を上げると、いまだマルボロをくわえているタカミチとすぐ横から心配そうに覗き込むがっしりした警官が揺れる視界に映った。
 確か、俺にカツ丼をプレゼントしてくれた担当の警官だ。思わずその足にすがりつく。

「助けてください。あいつ知り合いなんかじゃありませんでした。秘密組織の殺し屋で俺を殺しにきたんです!」

 怪人とか細かい事情はわりびいて簡潔に説明し、タカミチに注意を向けさせる。あまりにも突然な告発にとまどいながらも、タカミチに対して一応「動くな」警官が命じた。
 二人の間が硬直したとみるや、俺は出来る限りのスピードでドアからこの部屋を脱出した。そのとたん隣を警官が「ぷぺらぺ~~」と叫びながら宙を舞っていく。
 やはり普通の警官一人じゃ時間稼ぎにもならないのかよ。
 
「助けてくれ! テロリストだ!」

 今もっとも警察官の危機感を刺激するであろう単語を大声でわめく。とにかく頭数が必要だ。
 俺の絶叫に飛び出してきた警官達は、傍らで倒れている同僚を発見すると慌てて救助する人間とテロリストと呼ばれた男――タカミチを包囲する部隊に分かれた。
 彼らの表情は真剣そのもの、相手が武器を手にしていないにもかかわらず拳銃の照準をタカミチに合わせている。

「フリーズ!」

 静止の声がかかった瞬間に包囲網の一部が爆破されたように吹き飛んだ。
 全員唖然としてそちらを見つめ、あわててタカミチに狙いを合わせ直すが、困惑の色は隠せない。何しろ彼は身動き一つしてないのだから。
 今のは俺がやられたのと同じ攻撃だ。武器を必要とせずノーモーションで相手を倒す技。そんなものを必要とする場面は一つしか思いつかない。
 警備された場所でボディチェックをされた上に、不審な動きがないか絶えず監視されている状況下でターゲットを攻撃する為だけに練り上げられた技。つまり――暗殺専用ってことだ。

 『デスメガネ』という異名から眼鏡だけを注意していたが、本来は『デス』という言葉どうり彼に狙われたら死神が寿命を告げるがごとく、どんな場所にいても命を絶たれるのだろう。
 こんなやつがごろごろしてるのか『紅き翼』ってのは。
 
 タカミチが何をしているのかわからない包囲網は、彼に対しどうしていいのか判断できず固まっていた。その中で俺を背にかばっていた警官が覚悟を決めたように手帳にはさんでいた家族の写真を見せた。ヒアリングが正確なら奥さんは今妊娠中らしい。なぜ俺にそんな事を告げるのか不明だが、親指を俺に向けて立てるとタカミチに銃を構えて突進していく。

「フリー……ぷぺら!」

 やはり即座に迎撃され撃墜された。

 次は優しげな童顔の警官にコーラを渡された。後で一緒に飲もうって? うん、いいよ。がんばってね 「ぺぷし!」 コーラの商品名のような悲鳴を上げダウンする。
 今度の青年は指輪を見せて「この事件が終わったらプロポーズするんだ」そうかファイトだ! 「あぱ~~」
 十年ぶりの帰郷を控えた婦警や、初孫に会いに行く予定の初老の刑事もなぜか俺に一言掛けてから突撃をしていく。
 ウェールズの警察にはフラグを立ててからじゃないと危険な任務につけないのだろうか? 異国の風習はわからんと首をかしげながら騒動の中心地から逃げ出した。

 それにしても『デスメガネ』め眼鏡を奪われても影響なしとは、自分の異名まで使ったフェイクなど怪人の風上にも置けんな。それにまんまと引っかかった俺も青いが……。
 チラッと不吉な想像が脳裏をかすめた。――もしやタカミチが暴れだしたのは眼鏡を取られたからでは? 眼鏡が怪人化へのスイッチという考察はそれほど外れてなかったんだ。例えば眼鏡を外して一分経過すると凶暴化するとか……。
 俺は慌てて周囲を見回した。サイレンが鳴り響く中で警官たちは忙しく走り回り、パトカーが続々と到着している。

 こ、これは、まずいかもしれん。額の汗が流れ落ちるのを感じながら、できるかぎり自然な態度で足早にこの警察署から遠ざかった。
 俺はこの事件について何も知らんし、今日はこの警察署にも来なかった!

 ますます騒然してくる現場から逃れながら、今回俺はなぜタカミチに殺されなかったのか不思議に思った。だってそうだろ? タカミチの技は原理は不明だが明らかに暗殺用の技だ。それを見せた以上目撃者は消すのが鉄則のはずだ。

 その時一つの思い付きが生まれた。確かにこの仮説ならローブの男が俺を怪物から救ったこと、タカミチが殺害目的ではなかったこと、何よりなぜ俺がこの『ネギ』の体に入っているのかが説明できる。
 ――『紅き翼』は脳に人格の上書きが出来るんだ。
 まだ実験段階なのだろうが、高いポテンシャルを持った子供の体に幹部クラスの人格をインストールするのだ。実験段階で下手に強烈なパーソナリティを上書きし暴れられたら目も当てられない。そのためにごく平凡な俺の人格が上書きされ経過をみる予定だったのだろう。
 偶然その観察期間中に事故が起こり俺をロストしたのだ。大事な実験の試験体だから必死で俺を捜索し、発見したら損傷を与えることなく捕獲するつもりだったんだ。

 だとすれば『紅き翼』に捕まることは絶対にできない。それは死よりも完全に俺の人格が消滅することを意味するだけでなく、新たに強力なエリート怪人を生み出すことになるのだから。
 

 タカミチside

 さすがにここまで敵が多いと疲れる。そうつぶやきながら新しいマルボロに火をつけた。ウェールズ警察の採用している程度の銃ならば傷つけられる恐れはないが、面倒なのは彼らが怪我しないように手加減することだ。ネギ君の姿も見失ってしまったし、今回のネギ君を保護する任務は一時中断したほうがいいな。
 そう判断すると瞬動を数回使い、警察所内から脱出した。さっそく後始末を頼むことにする。僕は呪文詠唱ができないので、事後の隠蔽工作や記憶操作の類はバックアップに頼るしかない。
 盗聴避けの魔法がしこんである携帯でこの地区の魔法協会に連絡をとる。

「タカミチです。ええ、ネギ君を保護するのに失敗してちょっとした騒ぎになってしまったんですが……。テレビに現場が映ってる? そこまで大事になってますか。後片付けおねがいします。ええ、すいませんこのお返しはきっと」

 一息ついていると、折り返しかかってきた通話で冷ややかなほど事務的にネギ君の確保を命じられた。

「それは、わかってます。今日はなぜか話がおかしくなりましたが、すぐに協会に連れていきますよ。え? 確保したらネギ君に村が壊滅した事件について尋問しろって、何ですかそれは! 彼に不審な点でも? 
 確かに村で石化してないのはネギ君だけですし、事件後姿を隠したのは確かですが……。まだ四歳なんですよ、潜在的な魔力は規格外ですがあれほどの召喚をすれば自殺と同じです。……だから貴重なマジックアイテムを破壊してそのエネルギーを利用したって言っても、そんな物見つかったんですか? 
 は? ナギの杖が黒焦げになって発見された? ……いえ、僕もあの杖がどこにいったのか知りませんでした。ええ、息子のネギ君が受け取っていても不思議じゃないですね。……判りました、とにかくネギ君を保護したら迅速にそちらに移送しますのでそちらで尋問なり何なりしてください」

 通話を止めると同時に携帯にひびが入った。無意識のうちに握りつぶすほど力がこもっていたらしい。馬鹿馬鹿しい、ネギ君が今度の事件について疑われるだと? あのマギステル・マギの息子がそんな事するはずないだろう!
 疑り深い協会の上層部にも腹が立つが、それを間違っていると断言できない自分に一番腹が立った。

 ネギ君は僕の眼鏡を握り締めて動くなと命令した。――あれは眼鏡を介して僕のことを操ろうとしたんじゃないか? 身の回りのものを使って呪いをかけるというのは一般にも知られた方法だ。髪の毛を使ってわら人形で呪うのが最も有名な手法だろう。勿論これが髪の毛ではなく愛用の眼鏡でも似たようなことは可能だ。
 そう言えば警官達も彼と言葉を交わしてから襲い掛かってきた。あれもそうなのだろうか?

 ――ネギ君、君はいったい――
 サウザンドマスターとまで称された、最強の魔法使いの才能を受け継いだサラブレッドがダークサイドに堕ちていく未来を想像し、かつて無い恐怖を覚えた。



[3639] 三話 お色直しした怪人と若白髪の少年
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/08/07 17:10

 ネギside

 今の俺はやつれたというよりすさんだ顔をしているだろう。前回の警察署におけるテロ事件からさらに三日過ぎ、ようやく俺はインターポールのウェールズ支局にたどりついた。
 その間組織に見つからぬよう、人目をしのんでいたのだ。もちろんご飯など食べられない、カツ丼以来絶食中だ。

 さまよっている間に色々考えたのだが、やはり俺一人ではどうしようもない。秘密組織に対抗するには公的機関が一番だが、警察は頼りにならないことがわかっている。そこで、思いついたのがインターポール(国際刑事警察機構)だ。
 世界中に対するネットワークは警察以上だし、『紅き翼』に対する情報漏洩は証人保護プログラムで対抗することにする。

 FBIで有名なこのシステムだが、インターポールでも似たような証言者を犯罪組織のお礼参りから守るためのシステムがあるらしい。その一番の要点は証言者がどこにいるかわからなくすることだ。秘密組織に追われる俺のためにつくられたようなシステムだ。

 もちろん、この証人保護プログラムを受けるためにはそれなりの価値を持った情報を示さねばならない。俺は取調べ官に話すべきことと、口外できないことを頭の中で選別しはじめた。

 さすがに自分が改造人間らしいということは秘密にしておかねばならない。へたしたらここでも人体実験されてしまう。したがって、話すべきなのは最初の村と研究所が焼き払われたことと三日前の警察署のテロ事件だ。どちらも俺は巻き込まれただけで、タカミチが悪いんだとアピールしておこう。
 取調べ室に入ってきた大柄な白人男性を立ち上がって迎えながらそう整理していた。

「……なるほど、君はこの一週間以内に二つの重大事件に巻き込まれたというんだね」

 礼儀正しく許可を求めてからタバコを吸い出した取調べ官――ジョンと呼んでくれと名乗った男は背伸びをした。表面上はひょろっとした長身でありながらあまり頼りになりそうに無いタイプだが、俺の話しに時折挟み込まれた質問は全て的確なポイントを突いていて、隙をみせたら俺の秘密まで暴かれそうな鋭さをもっている。

「本来なら『失せろ』って放り出さなきゃいけない立場なんだよなぁ」

 と続けてぼやく。なぜだ? と訝しげな視線に気づいたのか、タバコを灰皿にねじりつぶして説明した。

「君の言っている、火災にあった村とテロにあった警察署のどちらも公式には確認できないんだ。ちなみに電話で聞いてみたが三日前の事件はガス管の老朽化による事故で決着しているし、その日は迷子も眼鏡を掛けた東洋人も記録上はゼロになってるね。つまり、僕からしたら君が嘘つきになるわけだよ」

 顔色を変える俺に対して苦笑して「待て」と掌をあげた。

「本来ならって言ってるだろ、僕が担当官になってネギ君は運がよかったんだよ。他の職員じゃ信用してもらえなかっただろうけど、僕の個人的な情報網はそれらしき事件があったことをキャッチしている。まあ、表ざたには出来ない程度の信憑性しかないけど信じるよ。何しろ僕は……」

 意味ありげに言葉を区切ると、前髪をかき上げて微妙にポーズをとりながら宣言した。

「Xーファイルの元メンバーだったからね」
「……あの、X-ファイルってなんですか?」

 俺の質問に「知らないの!」と心外そうにジョンは応じた。彼の説明によると、FBIの中にある課の一つで超常現象を対象に捜査する部署だったらしい。そんな経歴をもっているのなら、俺の話しを真面目に受け取ってくれるかもしれない。だが、全てを相談する前に彼の言葉は続いた。

「最近は一日に何十回もUFOをみつけられるようになったんだけど、なぜかFBIから外部にでるように進められてね……」

 ちょっとさびしそうにうつむく。――やっぱり相談はやめとこう。

「友達と一緒に、ほうきに乗った美少女型のUFOを見たのが最初だったんだけど、僕以外はみんなその記憶をなくしていたんだ。僕自身その後の事ははっきりしないんだけど、あれは絶対UFOを見たから記憶を消されたんだよ」

 そう言えば、UFOの秘密を守る組織でメン・イン・ブラックっていうのがあるって噂を聞いたことがあるな。でも、ほうきに乗った女の子なんて非常識すぎるぞ、まるで魔女っ子じゃあるまいし見間違いだろう。やはり、身元の保証をしてもらう以外のことは期待しないほうが良さそうだ。
 そんなこちらの内心を読み取ったのか、唇の端に皮肉な笑みをのぞかせる。

「ま、そんなに露骨に失望しなさんなって。信憑性を問わなければ流れてくる情報もあるんだから……例えば『紅き翼』の事とか」

 ジョンはウィンクした。俺は驚きのあまり体が硬直する。まだ『紅き翼』のことは一言も喋ってないぞ! なんでジョンはその名前を口に出したんだ?

「ふふ、君の反応で確信できた。『紅き翼』がさっき言っていた事件やその後始末に関わっているらしいが、確証がなかったんでかまをかけさせてもらったよ」

 そういうことか、内心で舌打ちする。ポーカーフェイスの技術を磨かねばいけないな。そんな俺に少し居住いを正してジョンが語りかける。

「この『紅き翼』などに関する情報は正直な話、噂と誇張が多すぎるんだ。やれ一人で山を崩したとか数人で一国の軍を壊滅させたとか、とても信用できない情報が多すぎる。比較的信用できそうなのは百万ドルの賞金がかかった連続殺人犯を捕まえたとか、国際的な犯罪組織をつぶしたとかだな」
「意外ですね……まるで、正義の味方みたいじゃないですか……」

 ジョンの説明に少し『紅き翼』に対する認識が変化した。俺が自分の考えを修正しようかと迷うより先に、きっぱりと否定された。

「いいや」

 ジョンが断言した。

「こいつらはあくまでも凄腕の始末屋にすぎない。いくつもの組織をつぶしているが、なぜ彼らがその犯罪組織を知っていたと思う? トカゲの尻尾きりだよ。『紅い翼』が通った後はぺんぺん草も生えないほど破壊されている。廃墟になったアジトを捜査しても彼らとのつながりを示す証拠はおろか、やられたはずの組織のボス達までまるで魔法でも使われたように記憶を失っている。――ちょうど今回の警察署テロ事件のようにな」

 俺は頷いた。記憶の上書きは実験段階だが、短期的記憶を消すのはすでに実用段階に入っているらしい。おそらくジョンさんも空飛ぶ怪人か何かを見て記憶を消されたんだろう。
 とにかく相手は大きすぎる。遠回りに見えるが、情報を蓄えて証拠固めをじっくりするべきだろう。

 しかし、それはジョン達の仕事だ。俺はまず日本に帰り、自分の故郷がどうなったかを確かめねばならない。俺は家族のいない一人ぐらしだ――おそらくそれが拉致するのに都合がよかったんだろう――が、友達はいたし、遠縁の親戚や借りていたアパートなどどうなっているか気になる。
 俺がそう告げると、ジョンはちょっと力なく同意した。

「そうだね。君が日本へ行きたいと言うなら証人保護プログラムの規定に従って、適当な戸籍とパスポートを用意して日本へ出国させるよ。本来ならここに残ってほしいけど、四歳の子供にそこまで無理はいえないよ……ところで君本当に四歳?」

 苦笑しながらもすぐに手配しようと確約した。


 タカミチside


 ネギ君を警察署で見失ってから四日後、僕は空港の喫煙室でマルボロをくゆらせていた。結局ネギ君は見つからず、僕もその任を解かれ帰国するように促されたのだ。
 本来なら僕はまだ捜索を続けたかったのだが、警察署の一件で僕をウェールズに置いておくと厄介なことになると思われたらしく、言外に「邪魔だからはよ帰れ」と追い出されたようなものだ。この国を出るまでは魔法による監視までつき、これ以上の面倒ごと起こすならオコジョ妖精への変身の罰も要請されかねない。

 身の回りの物にしても、いつもは白いスーツだからと黒いスーツに眼鏡ではなく度入りのサングラスを渡された。前回あまり大規模に人目にさらされたので、少しでも印象を変えてくれということらしい。全く面倒なことだ。そう思いつつ甘い煙を肺に吸い込んでいると、さんざん探した後諦めたばかりの探し人を目の前に発見し咳き込んだ。

「ネ、ネギ君?」

 咳の音を耳にしていたのか、ネギ君とその傍らに立つ白人男性がすばやく向き直る。二人はこちらを確認すると顔を引きつらせた。

「怪人デスメ……いや、怪人デスサングラス!」
「こんなとこにもメン・イン・ブラックが!」

 ……二人とも何を言っているんだろう。頭痛を感じるがこのチャンスを逃すわけにはいかない。獲物が自分からやってきてくれたんだ。思わず実力行使をして捕まえたくなるが、騒ぎを起こさないよう監視されていることを思い出して出来るだけ友好的に話しかけた。

「ネギ君、何か誤解があるようだね。少し落ち着いて話し合いをしないかい?」

 ネギ君はちょっと迷うそぶりを見せたが、隣の男をちらりと見上げてうなずいた。

「フライトの時間が迫ってるのであまり長くは出来ませんが」

 フライト? ネギ君はウェールズから出国するのか? そんな情報初耳だぞ。焦りが胸中をよぎった。そんな僕の先手を取るようにネギ君が尋ねてきた。

「『紅き翼』の目的はなんですか? やはり秘密結社らしく世界征服をめざしてらっしゃるので?」
「馬鹿なことを聞かないでくれ! 『紅き翼』は立派な魔法使いとして世界が平和になるように活動してるんだ!」

 ネギ君がうさんくさそうに「世界平和? 魔法使い?」とつぶやいている。僕が「信じてくれ」と力説すると、

「では、魔法を使ってもらえますか?」
 
 と言ってきた。僕のコンプレックスにジャストミートだよ。

「すまないが、僕は魔法を使えないんだよ」
「……へぇ、そうなんですか」

 ネギ君の視線が氷点下までさがっている。マルボロからニコチンを補給し話題を逸らすために気になっていたことを尋ねる。悪魔を召喚し村を破壊したのがネギ君か否かだ。

「ネギ君一つだけ確認しておきたいことがある。君はあの村が壊滅した日に罪をおかしたのかい?」

 違うと言ってくれ。僕の願いもむなしく彼はかえって不思議そうに返事をした。

「あんなのも罪って呼ぶ気ですか? 何度でもやってやりますよ」

 あの悲劇を繰り返す気なのか!? 彼が正気なのか疑ってしまう。

「村の人々がどうなったか知ってるのかい? 心が痛まないのか!」
「悪いのは救助しなかったそっちでしょう。私が手を下したみたいな言いがかりをつけないでください」

 あくまでもネギ君は自分の非を認めようとはしなかった。

「確かに直接手を下したのは呼び出された悪魔達だが、ネカネ君まで犠牲になってるんだぞ!」
「だれです、それ?」

 唯一の肉親のはずのネカネ君までも切り捨てているのか……。もはや肉体言語――拳で語るしかないだろう。指に挟んでいたマルボロを唇に移し、両手を勢いよくポケットに突っ込んだ。


 ネギside

 ジョンに連れられて空港へと出かけた。ここまで彼と出会ってからたった一日しか経過していないことを考えると、想像以上にションはやり手なのかもしれない。日本へ帰りたいと言ったらパスポートに新しい戸籍など即座に準備されていた。まるで、未来の猫型ロボットのようだ。

 スムーズに物事が進行すると鼻歌も出ようってもんだ。俺がコブシを効かせた「津軽海峡冬景色」をがなっていると、なんとなく気になる咳の音がした。
 無意識の内に振り返り咳の主を確認すると、そこには黒一色に服装をチェンジしたタカミチがタバコを手に咳き込んでいた。デスメガネからデスサングラスへレベルアップしたらしい。

「こんなとこにもメン・イン・ブラックが!」

 あんまり馬鹿なことを言うジョンにかるく目配せをし、応援を至急呼べとアイコンタクトをとった。そして素直にタカミチの要求どおり話合いをすることにした。この空港内ではさすがに一般人が多すぎて、出来れば大惨事になりかねない戦いは避けたい。

 そんな思惑もありタカミチの話に乗ったのだが、彼が言うには『紅き翼』は世界の平和を守るために戦う正義の集団らしい……人体実験はするけど。そして彼らは怪人ではなく魔法使いらしい……彼は魔法がつかえないそうだが。
 
 こんなヨタ話で俺を納得させるつもりなのか? 表情に呆れの色が表れたのか、逆切れ気味に村がつぶれた日に罪をおかしたのかと問い詰めてくる。罪って何だ? もしかして脱走したことが罪に当たるとでも言う気かよ。

「あんなのも罪って呼ぶ気ですか? 何度でもやってやりますよ」

 脱走しなければ死か洗脳かロクでもない未来しかない。それぐらいなら何回でも逃げてやる。俺が宣言するとタカミチの顔色が変わった。

「村の人々がどうなったか知ってるのかい!? 心が痛まないのか!」

 なんてこった。やっぱり研究所付近の村は、逃げ出した怪人や始末屋によって処分されたらしい。人事ながら可哀相でしかたがない。でも、それを俺のせいにするかぁ。

「悪いのは救助しなかったそっちでしょう。私が手を下したみたいな言いがかりをつけないでください」

 俺に逃げられた見せしめに全滅させたのかもしれない――その想像はしたくなかった。

「ネカネ君まで犠牲になってるんだぞ!」
「だれです、それ?」

 ふんふん、『紅き翼』では下級怪人を悪魔と呼んでるんだなと話を聞いていたら、いきなり知らない人名を出されて眉を寄せた。いや、ホントに『ネカネ君』ってだれ?

 俺が尋ね返すと、タカミチは表情を消して両手をポケットに突っ込んだ。間違いない前回見たこいつのファイティングポーズだ。
 応援はまだかと横目で眺めると、ジョンが微かに首をふった。もう少しかかるらしい。
 舌打ちした俺の横目に、白髪の学生服を着た少年が映った。


 空気を読まないでやってきた少年side

 タカミチとおそらくサウザント・マスターの子供であるネギが口喧嘩をしてるのを発見できたのは運が良かっただけだ。
 この人形のプロトタイプができたので、試運転がてらデータ採取もかねて『紅い翼』に所属していた戦力評価でAAのタカミチを観察にきたのだが……なんだろうこのカオス状態は。
 タカミチもネギも僕の接近に気がついたのかこちらに注意を向けてくる。

「「誰だ?」」

 二人の声が重なって僕に誰何をしてきた。まあ、ここはちゃんと名乗って僕の名を覚えてもらうのも悪くはない。

「僕の名はフェイト。フェイト・アーウェルンクスだ」

 口上とともに丁寧に一礼する。それを見た彼らはなぜかお互いに指差して叫んだ。

「「こいつの味方か!?」」

 ……だから何なんだろうこのカオス状態、誰か説明してくれないかな。出来立てのボディの中で一人つぶやいた。




[3639] 四話 空振り! 死刑囚譲りの必殺技!
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/10/18 13:12
 タカミチside


 僕とネギ君と新たに登場したフェイトと名乗る少年によって、奇妙なトライアングルが描かれていた。
 ネギ君の戦闘力はこの前で見切っている。儀式による召喚魔法はどうかしらないが、実戦においては僕の問題にはならないレベルだ。

 だが、このフェイトという少年は侮れない。戦闘態勢に入り咸掛法を使用した僕が殺気を放っても、力みも緊張もみられない。ネギ君とそのつきそいは騒いでいるのに、フェイト君は殺気に反応できないのではなく完全に受け流しているのだ。
 僕がフェイト君に探りを入れているを理解したのか、ネギ君が口を開いた。

「その白い髪に年齢にそぐわない落ち着き、まさかフェイト君の体も実験で作られたものなのか?」

 フェイト君はその質問に過敏に反応した。

「ああ、これはプロトタイプでこれからバージョンアップしていく予定だが、なぜその事を……」

 ため息をついてネギ君が僕を睨みつける。

「やっぱり、そうか。もう試作品はできてるってわけか、くそ『紅き翼』めいったい何人犠牲者をだすつもりだ」
「待ってくれ、僕達『紅き翼』はそんなことしてないぞ」

 慌ててネギ君に無実をアピールする。彼は『紅き翼』に良いイメージを持ってないようだ。ここはしっかり否定しておかないといけない。ネギ君は疑惑のまなざしのまま、フェイト君に尋ねる。

「フェイト君だったよな。君はどうしてそんな体にされたんだ?」
「え、それは『紅き翼』のために……」
「ほれみろ!」

 ネギ君僕達はそんなことしてないって、信じてくれよ。僕の注意がネギ君との議論に移った隙をのがさず、フェイト君がいきなり攻撃を放ってきた。
 呪文の詠唱も速く、光線が放たれる前につぶすことが出来なかった。ここで避けたりしたら一般人に被害がでるかもしれない。居合い拳のほとんど全力の一撃によって敵の光線ごと叩き返した。弾いた右拳がしびれるほど鋭い攻撃でこの少年に油断することなど出来ない。

 その時、フェイト君の攻撃で一瞬死角に入っていたネギ君が、右腕を振りかぶり襲い掛かってきた。
 フェイト君の攻撃に比べてあまりにもスローモーだ。おしおきの意を込めてカウンターの居合い拳をみぞおちに軽く打ち込んだ。

 ネギ君は「げぼっ」とうめきながら口元を左手で押さえる。しかし間に合わなかったのか、一拍遅れて口元からおかしな物が飛び出した。


 フェイトside


 タカミチの戦闘力の高さは事前に承知していたから、咸掛法とやらを目の当たりにしても何も驚きは無かった。しかし、ネギにこの体が作られた物だと指摘されたのには、ショックのあまり『紅き翼』を倒すためだけに作られた戦闘特化型の人形だと口走りそうになった。
 さすがに途中で口をつぐんだが、なぜネギは一目でこの体が人形だと見破れたのだろう。タカミチに比べ、明らかにネギは隙だらけで未熟なのだが……。あれ? タカミチにも隙があるぞ。僕そっちのけでネギと口論している。

 このカオス的状況を打破するためにも、とにかく全力でタカミチに対して石化光線を放った。
 タカミチは不意を突かれたにもかかわらず、すばらしい反応でバックステップで距離をとると居合い拳を放った。
 さすがは元『紅き翼』のメンバーだ。僕の魔法をかわすどころか、正面から押し返してくるとは! おかげで弾き返された余波だけで左腕一本もっていかれてしまったよ。

 このボディは魔法行使に支障はないが、耐衝撃に難があるな。痛覚は最初から接続されていないため、冷静にダメージの分析をしていると、なぜかネギがタカミチに飛び掛った。撃墜された。吐き出した。
 ん? あれは吐寫物ではない?
 不審をおぼえた刹那、視覚を司るセンサーが光量に耐え切れずブラックアウトした。


 ネギside

 
 ジョンは無視し、俺達三人はバミューダトライアングルのような余人の入れない空間を作っていた。
 この中で俺がもっとも警戒すべきはタカミチだ。タカミチは敵の怪人だと判明しているが、フェイト君のほうはまだどんな立場かわからない。
 硬直した雰囲気の中、左手に秘密兵器を握り締める。これを使えるチャンスは一回きりだ。
 そう思案していると、いきなりタカミチの体が光りだして風が吹き付けてきた。
 こ、これはまさしく……

「スーパー野菜人」
「メン・イン・ブラックの必殺技」

 後ろから余計な声が届く。

「……ジョンお願いだから緊迫感を壊さないでください。あれはメン・イン・ブラックとは無関係でしょう。それに、やっと気づいたんです『紅き翼』が野菜にこだわっていたのは『スーパー野菜人』をつくるためだったんだとね」
「でも、メン・イン・ブラックも空を飛んだり、銃弾をのけぞってかわしたりするんですよ!」
「それは別の映画です」

 僕らがそんな会話を交わしているのも眼中に無い様子で、タカミチとフェイト君は睨みあっている。そう言えば……

「その白い髪に年齢にそぐわない落ち着き、まさかフェイト君の体も実験で作られたものなのか?」

 僕の問いかけに素直に肯定してくるフェイト君。オーケーわかったよ。

「やっぱり、そうか。もう試作品はできてるってわけか、くそ『紅き翼』めいったい何人犠牲者をだすつもりだ」

 タカミチがなにやら冤罪だと騒いでいるが、新たな証人と証言の前では空しかった。こちらも言い返そうとタカミチを見れば残像を置いていくほどの速度で、彼ががバックステップしてまた見えない攻撃を繰り出してくるところだった。
 まずい! と戦慄するがその一撃はフェイト君によって防御されたようだった。だが、その代償も大きく彼は左腕を失っているようだ。

 ここしかない! 覚悟を決めてタカミチの懐へとダッシュする。フェイト君が片腕を犠牲にしてまでつくったチャンスだ、ここで奥の手を使わずしていつ使うんだ。
 右拳を振り上げ間合いにはいる。その時ちょうどみぞおちに凄い衝撃が走った。腹筋ごと貫かれるような打撃だ。
 俺は口元を左手で覆い、そして吐き出した。
 左手に隠し持っていた閃光弾を。

 一瞬の間をおいて、強烈な光が空港内を照らした。腕の影で閃光を遮った俺は口の端をを吊り上げた。予想してなければこれは防げない。隙をつくるのにこれほど適した奇襲技もないだろう。

「ドリアンさんありがとー!」 

 電波な叫びを上げてタカミチの顔へパンチを叩き込もうとした。思い切り体重を乗せた大振りのパンチだ。
 その拳が彼の掌によってキャッチされた。
 
「な、なぜ? 目が見えているはずないのに!?」

 絶対の自信を持った攻撃が受け止められ、俺は動揺した。機械のセンサーでさえしばらくコントロール不能になるほどの閃光だぞ。
 俺の疑問はタカミチの顔を見て氷解した。

「し、しまった~。こいつサングラスしてるなんて!」

 サングラスが光を緩和してしまったのだろう。俺の奇襲攻撃がバッチリ目撃されていたのだ。

「ま、まずい」
「ネギ君。君にはちょっとおしおきが必要なようだね」

 青ざめた俺に対しタカミチは引きつった笑顔を浮かべている。
 これはピンチだ。どうすべきかとっさに判断できずにいると、意外な所から助け舟がでた。

「ネギ君から手を放すんだ」

 ジョンが銃を手にタカミチに命令した。ありがたいけど、そんな拳銃じゃ彼に傷もつけられないよ。
 タカミチもそう思ったのか馬鹿にするように肩をすくめ、ジョンの命令など気にも止めていないようだった。
 それはわかっていたのか、ジョンは新たな命令を下した。

「ネギ君を放せ、放さないとネギ君を撃つぞ!」

 ジョンの構えた銃口はきっちり俺の眉間をポイントしている。さすがのタカミチも彼のこの行動には驚いたのかどうしていいかわからないようだ。
 ……ジョン絶対的に戦力が足りない状態で、君の判断は間違ってないのかもしれない。でも、お前の仕事は何だ? 小一時間は説教してやりたくなった。



[3639] 五話 男達の挽歌~友よ静かにねむれ……いびきをかくな
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/08/12 09:09

 タカミチside

 はっきり言ってこんな展開は予想外だった。襲い掛かってきたネギ君をようやく捕まえたと思ったら、ネギ君の仲間らしき男が「ネギ君を放さないとネギ君を撃つ」と意味不明の脅迫をしてくるのだ。
 腕を固めているネギ君まで、

「撃たれたくない、放してください」

 とうるんだ瞳で見上げてくる。
 さすがにネギ君が撃たれるのは寝覚めが悪いが、ネギ君の眉間に照準を合わせている人間に返すのも危険な予感がする。
 躊躇していると膨大な魔力が一点に集中する気配がした。

 しまった、またフェイト君への注意を怠っていた。ネギ君関係があまりに奇天烈な行動をとるものだから、最も戦闘能力の高い彼へのマークが甘くなってしまった。これが彼らのコンビネーションというなら、みごとにネギ君達はおとりとしての役目を果たしている。

 すでにフェイト君の周りの床から石の槍が何十本も飛び出している。これはさっきの光線以上の魔力がこもっていて、ただの居合拳じゃ相殺できそうにない。さらに恐ろしいのは標的が僕だけじゃなく、ネギ君達も攻撃範囲に入っていることだ。ネギ君に銃を向けたことといい、彼らにチームワークという言葉は存在しないようだ。
 とっさにネギ君を白人の男の方へ放り投げ、ポケットに手を突っ込むと、そのポケットが破れるのも厭わず豪殺居合い拳を全力で打ち出した。
 念話で『騒ぎを起こすな!』と魔法協会の連絡員がやかましく伝えてくるが、これほどの破壊魔法を見過ごすことなどできるわけない。
 
 全力で放った右拳に鈍い痛みを感じる。指の骨がどこか折れたかもしれないな。直接拳をぶつけたわけではないが、あれほどの力を持った魔法を打ち返したのだから反動がないほうがおかしい。感覚的には新幹線が最高速で走って来たのを正面からパンチで後退させるのに等しかった。
 しかし、手応えは充分だ。石の槍だけでなくその術者――フェイト君まで撃ち抜いた感触がある。間違いなく彼を無力化できたはずだ。

 痛みをこらえ、爆心地のような有様の少年達のところへ行こうとすると、フルボリュームの念話が入った。

『今すぐに帰還せよ。そこにはフォローの部隊がもうすぐ到着する。とにかく早く戻って来い!』
『しかし、ネギ君が……』
『後は任せて、タカミチは早く帰ってきてくれ。これ以上お前が命令違反をしたらかばいきれない。お前冗談抜きにオコジョになるぞ』

 僕の抗弁もあえなく切り捨てられる。さすがにここまで言われては無理もできない。ほこりの舞い上がる中、空港を後に歩き出した。
 頭の中は、敵対する組織の一員になったであろうネギ君に対しどうすればいいか混乱中だ。
 戦闘中にスムーズに連携がとれていたことから推察すると、もっと以前から彼らと接触していたのだろう。だとすると、信じたくないが村が壊滅した時点では彼らの一員になっていたと考えるほうが自然だ。
 もし、そうだとするとやはり村を消滅させたのは……。

 嫌な想像を振り払おうとマルボロを一本とりだし、口に咥えようとした。その瞬間ネギ君の言葉がリフレインした。「何度でもやってやりますよ」
 思わずマルボロの箱を握り潰してしまった。

「ネギ君。次に見つけたらマギステル・マギを目指すものとして、またサウザント・マスターの仲間として君を討たせてもらおう」

 ナギさんすまない。そう心の中で付け加えた。


 フェイトside

 ようやく視覚センサーが戻ってきた時には、不思議なことにタカミチがネギを盾に白人男性と対峙している場面だった。
 なぜこんなシチュエーションになったのかさっぱりわからない。この白人はタカミチが人質をとらなくてはいけないほどの凄腕なのだろうか? 
 とてもそうは見えないのだが、一応今後はマークすべき人物かもしれない。

 ネギは氷雨に濡れる子犬のように震えながら「撃たれたくない」と訴えていた。
 この場合、僕としてはどんな行動が適切だろうか?
 タカミチに助力するのは論外だ。『紅き翼』と共闘できるはずもない。
 では、ネギ・あるいは白人男性の味方をするか? そう考えるとなぜか思考に不快なノイズが混じった。
 具体的な証拠はないが、この二人がカオス的状況の元凶だと断言できる。味方にするぐらいなら敵にまわすべき。いや、できうればここで始末できれば最上だ。
 というより、僕をさっきから無視しているお前らなんて消えてしまえ。

「ト・ティコス・……」

 もてる限りの魔力で呪文を唱えだすと、失った左腕の切断面が光の粒子になって拡散・消滅していく。この体も長くはもたなそうだ、どうせならあの三人も連れていこう。
 僕はさらに魔力を搾り出し『石の槍(ドリュ・ぺトラス)』の魔法を放った。
 周りの床を突き破り、数十本に及ぶ石の槍が三人を目がけて襲い掛かった。
 タカミチがネギを投げ飛ばして迎撃体制をとっているが、さきほどの居合い拳の威力では止められんぞ。
 
 自信を持った魔法だったが、タカミチの「豪殺居合い拳!」の叫びと共に全ての槍をへし折られた。
 それどころかこの人形の核にまでダメージを与えられたようだ。機能停止まであとわずか、もうどんな魔法も使用不可能だ。体のいたるところから光の粒子に還元されていく。
 完全にノックアウトされ真っ白な灰になったボクサーの心境で横たわっていると、現れたのは止めを刺しに来たタカミチではなくネギプラス一名だった。

 結局この二人はなんだったんだろう? タカミチと敵対するのもネギの立場上変だし、そのタカミチを子供を盾にする状況にまで追い込んだこの白人男性も正体不明だ。
 僕の体を見下ろした二人は顔を曇らせた。

「改造人間は死体すら残さないのか、徹底した情報管理ですね……」
「いや、血が出ない種族なんてグレイしかいませんよ。しかし、宇宙人の死体が消滅するとはあの解剖フィルムは捏造だったんでしょうか……まさかそんなはずは」

 本当にこの二人は何者だ? さまざまな疑問が頭をよぎるがそれを解決するだけの時間の余裕は残されていない。
 普通ならば未練が残るのかもしれないが、幸いなことにこの体は人形でありデータ採取のため試作機だ。この経験は新たな体に引き継がれる。
 今回のハプニングによって、タカミチの戦闘能力が魔法界の格付けよりはるかに上回っていることや、このボディの問題点も洗い出せた。
 これも全部ネギがタカミチと戦ってくれたおかげだよ。これで、次の人形はもっと強力なボディを開発できる。くっくっく。

「ネギ、君に会えて本当に良かったよ」

 そう告げると緩やかに全ての機能が停止した。


 ネギside

 腕の関節を極められ身動きのできない状態で、別の人物に銃を突きつけられるのはあまり愉快な経験ではない。
 出来る限り穏便にこの窮状を逃れようと、タカミチに頼んだが彼は拒否するようにさらに極めた関節をねじると、いきなりジョンの方へと投げつけた。

「まずい、ジョン受け止めてください! いや、まず銃を下ろして!!」

 悲鳴とともに飛んできた俺の体を、ジョンは何とか抱きとめてくれた。ちなみに彼の右手は銃を持ったままだ。

「よく暴発しなかったなぁ」

 俺が胸を撫で下ろすと、

「これ、弾が入ってないんです」
 
 とばつが悪そうにジョンが答える。

「何で弾の入っていない銃を? あ、ごめんなさい。以前に人を撃ったせいでトラウマになってしまったとか……」
「いえ、UFOを見つけ次第ぶっ放していたら銃弾の支給が止められまして」

 俺たちが馬鹿話をしているうちに、タカミチの攻撃によって新たな被害がでたようだ。床にぽこぽこ穴が開き、槍のような石柱が何十本も折れている。この空港崩壊しないよね。
 心配してあたりを見回すと、土煙の中倒れている人影があった。タカミチがどこにいるのか用心しつつ救助にむかうと、倒れていたのはフェイト君だった。
 彼の体は見るも無残にタカミチによって痛めつけられていた。俺達をかばって失った左腕は勿論、胸部や頭部にも深い裂傷がある。だが不思議なことにそこから血は流れずに、光の粒子となって宙へと消えていった。
 
「改造人間は死体すら残さないのか、徹底した情報管理ですね……」

 俺はフェイトの容態を見ながらつぶやいた。組織は俺達を人間扱いする気はまったくないらしいな。

「いや、血が出ない種族なんてグレイしかいませんよ。しかし、宇宙人の死体が消滅するとはあの解剖フィルムは捏造だったんでしょうか……まさかそんなはずは」

 ミステル・ヤオイのような事を言うジョンを肘で突く。同じ改造人間としてせめて尊厳をもって送り出してあげたい。いつ俺がその立場になるのかわからないのだから。
 彼が助からないのはフェイト君自身を含めた全員がわかっていた。一般人なら即死しているのを改造された強靭な肉体がここまでもたせていたのだ。

 人間の本性はその死に様に表れると聞いたことがある。それが本当なら、彼ほど散り際のいい人間はどれほど豊かな人格を有していたのだろう。
 フェイト君は体が分解しつつあるという想像を絶する苦痛の中で、健気にも微笑を浮かべると口を開いた。

「ネギ、君に会えて本当に良かったよ」
「フェイトくーーん!!」

 抱き上げた俺の腕の中で、塵すら残すことができずに光へ還った亡骸に改めて『紅き翼』の冷酷さを感じる。
 タカミチもいくら俺たちをかばったとしても、自分達の仲間のはずのフェイト君も処分するとは血も涙もない。

「ネギ君そろそろ」

 その場にたたずむ俺に対し、ジョンが遠慮がちに声をかけてきた。ここに留まっていると、また警察の捜査に巻き込まれてしまう。前回の事件から考えると俺達がいてもいなくても事故でかたがつけられるんだろう。ならば、付き合う意味はない。
 頷いてジョンに従いその場を後にした。

 ウェールズの人々は図太いのかこんな事件があっても、フライトの中止はおろか時間の遅れもなかった。すぐに俺が乗る便がやってきた。
 ジョンに向かって右手を差し伸べる。

「ジョンさんありがとうございました。いろいろとお世話になりました」

 ジョンもしっかりと握り返した。

「こちらこそ。ネギ君のように若く、かしこく、エキサイティングな客人は初めてだったよ」

 ジョンには本当に世話になった。戸籍やパスポートの手配に当座の資金。UFOの薀蓄講座やさっき銃で狙われたりもした。

「あ、あの、ネギ君。手が痛いんだけど」
「これは失礼」

 無意識のうちに握りつぶしかけていた。彼は必死に右手に息を吹きかけている。まぁ、このぐらいで勘弁してやろう。

「それでは」

 きびすを返そうとすると、ジョンが大声で「グッド・ラック!」と親指を立ててきた。
 自然に微笑みが浮かび俺も同様に親指を立てて叫び返す。

「グッド・ラック!!」

 もう振り返ることなく日本行きの飛行機へ、そしてその先にある新しい戸籍の地――京都と未来へ続く一歩を踏み出した。

 
 ウェールズ編 完



[3639] 六話 京都編 ヒーローの資質は幸運の高さだよね
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/08/31 17:59

 知らないうちに名前が変わっていた少年side

 俺が名前を変えられていたのに気がついたのは、うかつにもパスポートを開いてからのことだった。
 確かに組織の目を逃れるために『ネギ・スプリングフィールド』という名前を変える必要があるし、以前の日本の名前でもすぐ組織の網にかかってしまうだろう。
 それで、新しい名前の手配も全てジョンに任せていたのだが……。

「鬼切 葱丸(おにぎり ねぎまる)かぁ、微妙においしそうでかつ強そうでもあり、ちょっと時代錯誤でもあると。いや~ジョンの奴何を考えていたんでしょうねぇ」

 どっかの美食家か骨董屋のようなつぶやきがもれ、額に青筋がはしるのが自覚できる。あいつ今度あったら絶対殴る。何も考えず適当に命名したに決まってる。
 でもまぁ、と肩の力を抜いてリラックスしようと心がけた。
 いくら『紅き翼』でも俺を捜索する時には、ネギと似たこんな名前は予想してないだろう。というか予想してないってことにしておこう。そうでないと俺の神経がもたない。
 まだ入国もしてないのに、日本での生活に暗雲がたちこめてくるような気がしてきた。

 俺が日本で生活する場になったのは、京都にある孤児院だった。木の葉を隠すなら森の中というか、子供を目立たないよう隠すにはこういった場所がいいらしい。
 幸いこの孤児院はいい意味でルーズなので、あまり子供達に無理にかまおうとせずに勝手を許してくれた。秘密裏に行動するには実に都合がよくできているのは、おそらくジョンからそういった通達がきているのだろう。

 ただ気になるのは、時折職員の女性が「こんなに小さい子供を残してUFOにさらわれるなんて……」という声を聞くとジョンがどんな説明をしたのか激しく不安になる。
 しかし「UFOは関係ありません、僕はただ改造人間にされかけただけです」と申し開きができるわけもなく、院内での俺の立場はローンウルフだった。
 それが気に入らない子もいたが、歓迎会で俺が「隠し芸」と称したビール瓶のチョップ切りをしてみせたら(いや、自分でもビックリだができたんだって)全て問題はなくなった。

 日本に落ち着いてからまず購入したのは、髪染めとカラーコンタクトで二つともブラックだ。孤児院の職員は反対したそうだったが、俺がうつむきがちに

「みんなと違うのは嫌だから……」

 とつぶやくと、いじめられていると誤解したのかすぐに納得してくれた。これでぱっと目には日本の子供に見えるはずだ。

 すっかり日本人の子供っぽい格好になって、俺が暮らしていたアパートの部屋を偵察にいったが、なぜかそこは大きな公園になっていた。
 どうやら俺が住んでいたアパートごと豪快に処分したらしい。もしかしたら、隣の部屋の同級生なども実験されたのかもしれないな、畜生。

 次に通っていた大学で俺の名前が学生名簿に載ってないのを確認した時点で、以前の俺の痕跡を探すのはやめた。
 友達を見つけたとしても、俺と接触があったことを『紅き翼』に知られれば良い結果が生まれるとは思えない。
 自分の感傷に他人を巻き込んではいけないよな。

「ヒーローは孤独なもんさ」

 強がりを口にのせるのが精一杯だった。

 そこで俺は自分を鍛えることにした。一人の力では組織に対抗することができないのは理解しているが、せっかく高スペックの体を手にしたんだからその可能性を極めてみたい。シミュレーションで強いキャラクターをゲットしたらとことん成長させるタイプなんだよ俺は。

 最初は何か格闘技――例えば空手などを習おうかと考えたんだが、具合が悪いことにこの体の基本性能がまだ俺にも把握しきれていない。下手に弟子入りなんかすると正拳突きの練習のさいに、ローブ姿の敵幹部を倒したイカヅチを帯びたパンチを放ってしまう。一般人に見せるのは不味すぎるよな。
 効率は悪いが、信用できる師匠ができるまでは自己流でトレーニングするしかない。

 かといってちまちま基礎的な訓練をするのは俺の柄じゃない。そこで参考にしたのが漫画の特訓だ。改造人間なら漫画の鍛錬法でも大丈夫だろうと、過去の人気漫画の理論を実証することにした。『スーパー野菜人』は体に強い負荷をかけた後に命の危機に陥れば、超回復してパワーアップできるらしい。

 俺は手足に付けられるだけパワーアンクルなどのウェイトをつけ、リュックに缶詰や百科事典など重いものだけを詰め込んで背負った。……いや合計二・三十キロはあるはずなんだが、そのまま誰にも気づかれずに孤児院から脱け出せるんだからこの体も凄いよな。
 目指すのは、近場なのに昼でも人気の無い山の頂だ。並みの四・五歳児には荷物なしでも山頂までは不可能、成人でも一苦労しそうな登山道だ。その険しい山道を、夜明け前の薄明かりの中歩みだした。

 さて、登山家の皆さんには色々と突っ込みどころはあるだろうが、昼前には山頂にたどりついてしまった。

「ずいぶん山を甘くみてたんだが、それでも登山成功か」

 もちろんこのぐらいで終わるわけがない、今回の目的は己の限界を知り、なおかつそれを乗り越えることなのだ。深呼吸で息を整えると下山するのではなく、森の中へと全力で疾走しはじめた。

 ――十分後地面にへたり込み、息を荒げて雑草の上に汚れた頬をのせていた。確かにスタミナとスピードはアスリートクラスであることは確認できたが、こんな風に走りこむだけで鍛錬になるのか不安だ。
 地道に努力するという選択肢はすでに頭の中から消え、急成長するためには生命のピンチに陥らねばならないのかと危険な思考がよぎる――例えばそう、こんな疲労した状態でこちらを窺っているクマさんに襲われるとか……。

 え!? クマさん!? クマがいるよ! 
 大木の陰から星飛雄馬の姉のようにこちらを見つめているクマと視線がぶつかった。ざっと見で体長三メートルはある大物だ。月の輪がないのでヒグマだろうかと思ったときに違和感を感じた。
 なんか腕の数が多いですよ? 六本もあるっておかしくない? それにサーベルタイガー並みの牙って、あなた様はほんとにクマさんでしょうか?
 クマ(不確定名称)は人間くさくにやりと牙をのぞかせると

「オレサマ、オマエ、マルカジリ」

 いただきますと掌を合わせて宣言してきた。クマじゃなかった! しかも喋る! おまけに食前のマナーまで守ってる! ということはこいつも怪物だが話し合いができそうな雰囲気ではない。あくまでも暴力反対、対話による解決をというガンジーの後継者の方、よだれを垂らしたクマに似た怪物の前に横たわっている俺と交代してください。

 なぜこんなところに昼間から怪物がいるのか激しく疑問を感じながらも、俺は無抵抗主義者ではないので抵抗しようと立ち上がろうとしたが、妙に体が重い。今頃になって体力が限界なのを自覚できるとは……。
 しかたなくこの怪物に対しベジタリアンの心得を伝授しようと決意したが、こういう時にヒーローには助けがやってくるのだ。

「さがっていてください!」

 高い声で俺に呼びかけると、まだ幼さの残る少女が現れて身の丈以上の大きな刀を振りかざした。

「斬岩剣!!」

 気合と共に振り落とす。その刀から衝撃波が生まれ――怪物の防御に弾かれた。

「そんな!? 防がれた!?」
「あれは……マ・ワ・シ・ウ・ケなんてみごとな」

 少女の焦りの叫びと俺の感嘆の声が交差する。いや、そんな解説してる場合じゃないのはわかっているんだが。
 少女はサイドポニーに少しつり目の顔をしかめて、俺に撤退を要求した。

「危険ですから、できるだけ遠くに逃げてください!」
「いや、そうしたいのは山々なんだが、もう走るのは無理」

 疲れをにじませた俺の返答に少女は唇をかんだ。なにか決意した瞳でチラリとこちらを見てから怪物に向き直った。

「こっちを見ないでください」

 そう背中越しに告げると、再び怪物に向かって「斬岩剣」と斬りかかる。さっきと違うのは少女の背中に鬼の面ではなく、白い翼が生えていたことだ。
 それを確認できたのは勿論おれは目をそらさなかったからだ。今度の一撃はさっきのとは桁違いの破壊力で、円を描く防御を貫き怪物を消滅させた。
 振り返った少女と思いっきり視線が合った。怪物と相対したときにも見せなかった怯えの色が、少女の青くなった顔に浮かんだ。

「み、見んといって言ったやんか!」
「待ってくれ!」

 いきなり京都弁になり逃げ出そうとした少女を慌てて呼び止める。正体がばれた途端消えるってリアル鶴の恩返しかよ! と内心つっこみながらもここで、彼女と分かれるわけにはいかないと判断していた。
 この状況を考えれば、間違いなくこの少女も改造人間――しかも、逃げようとしたってことは俺が組織から追われているという立場を知らないらしい。
 情報を得るためには、なんとしても接触しなければならない。
 全身の力を込めて少女に呼びかけた。

「待ってくれ!! 怪人シロサギ、怪人ハト女、怪人デコツルン、怪人ハクビジン!」

 とりあえず当てはまりそうな怪人名をあがられるだけあげてみた。鳥名が入ってないのもあるが気にしないでくれ。
 少女は飛び立ちながらこちらをキッと睨みつけた。

「怪人って、デコツルンってなんやの! 助けてあげたのに、このいけずー!」

 涙目になりながらも、あっかんべをしようとした体勢のまま木に激突した。……いや、飛行中は前方に気をつけようね。
 うまい具合に目をナルトにして気絶した少女にむかって、リュックからなぜか赤いロウソクとセットになっていたロープを取り出しておそるおそる接近した。
 

 このままでは怪人デコツルンになってしまいそうな少女side

 ――ゴツン。
 きゅう。 
 



[3639] 七話 驚愕! 勘違いしてたことに気づき震える少年
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/09/07 15:19

 不確定名称 怪人デコツルンside

 激しい頭痛を感じ薄れていた意識が戻った。額の真ん中が鼓動に合わせてズキンズキンとうずく。おそらく大きなたんこぶが出来ているのではないかと、手で触れようとしてまったく腕が動かないことに気がついた。
 というか、うち縛られてるやん。
 慌てて上体を起こして自分がどういった状況下にあるか確認した。
 細いロープで手首と足首をぐるぐる巻きにしてある。お世辞にもプロらしい縛り方ではない。
 ほっと微かな安堵の息をつくと、その気配を感じたのかうちに声がかけられた。

「あ、気がつきましたか。なかなか目を覚まさないので心配しましたよ」

 無邪気な笑顔でこちらを覗き込むのは、確か先ほどうちが助けようとした少年やった。なんか最後の方はよう覚えてへんけど、間違いなくこの総本山に近づいた式神は退治したはずや。
 この子が危機を救った恩人の手当てをするのは、別におかしくない……うちが縛られてる点を除けば。
 
「なんで、うち縛られてるん?」

 あ、あかん。いつこのちゃんとこ行っても大丈夫なように、京都言葉を使わないようにしてたのに喋り方が昔に戻っているやん。やり直しや。

「こほん、どうして私は縛られているんでしょうか?」
「僕が縛ったからです」

 間髪入れずに答えた少年は、見かけこそただの子供だが内に秘めた魔力の量は尋常ではない。うちが過去に見た中で匹敵するのはこのちゃんぐらいだ。
 なるほど一般人とは思えない。やはり先刻の式神と同じように総本山に浸入しようとしたのだろうか? もしそうなら、気が進まないが捕らえるしかない。

 この辺りはもっとも結界の弱くなる鬼門の方角で、誰もが嫌がる担当区域だからうちに任された。妖魔とのハーフが一番危険な仕事をするのが当然やと誰一人反対することなく……。
 暗くなりはじめた思考を無理矢理止める。あかん、落ち込むのは後や。

「このロープをほどきなさい。あなたも大変な目に会いますよ」
 
 ほとんど命令口調だが本音も混じっている。こんな小さな子供には手を掛けたくない。うちの真剣な言葉を聞いた少年は整った眉根を寄せて、

「すいませんが、もうちょっとだけそのままでいて下さい。僕としても女性を縛ったりしたくないんですが、さすがにクマを屠るような達人に日本刀を持って暴れられたくないんで」

 と意外にまともなことを言ってきた。確かに神鳴流の破壊力を実感したら危険人物と思われても仕方ないと納得する一方で、やはり一応は女の子の身としては不愉快だった。そのため声が少し尖ってしまったかもしれない。

「あなたはここが関西呪術協会の総本山だと知っていてほどかないの!?」
「え! ここ私有地だったんですか!?」

 愕然とした面持ちで少年が問い返す。どうやらこの子は何も知らない登山客だったらしい。うちは肩の力を抜いて、慌ててロープをほどき出す少年の顔を観察した。これって……

「左右の瞳の色が違う……、金目銀目といいましたか?」

 うちの問いに彼は手を止めて、黒い方の目へ指で触れた。

「ああ、さっきのドタバタで片方が外れちゃったみたいですね。これはカラーコンタクトですよ」

 そう笑顔で答える少年の瞳は両方とも澄んだブラウンだった。どうしてこんなに綺麗な瞳を隠すのかと疑問が浮かんだ瞬間に、うちのもっと隠さねばならない秘密である白い翼が出しっぱなしなことに気がついた。
 何てうかつなんや! 一瞬にして視界が暗くなるほど血の気が引く。翼を急いで消そうとするが、後ろ手に縛られているのが邪魔なのかなかなか消せない。

「は、早く放して! そして見んといて……」

 語尾に嗚咽が混じる。この翼のせいで今まで何度いじめられたことか、この子もうちのことを「化け物!」と罵るんやろうか――。

「もったいない。こんなに綺麗な真っ白な翼なのに……」

 彼のつぶやきに嬉しさより怒りが湧き出す。他人事だと思うて気楽にゆうてくれる。

「あんたに何がわかるんや!」
「わかりますよ」

 うちに怒鳴られたことに動揺を見せずに、彼は穏やかに掌に乗せたコンタクトレンズを示して肩をすくめた。

「自衛の為に、見た目を偽って特徴を隠すことは僕もやってますから」

 あ……。

「こんな体なのは僕たちの責任じゃないのに、お互い苦労させられてますね」
「その通りや、あいつらときたら……」

 子供のくせに大人っぽく苦笑いしてうちを押しとどめた。

「話し合いは後ほどゆっくりと……、よし、ちょうどほどけましたね。名乗るタイミングが遅れましたが『鬼切 葱丸』です。どうぞ、よろしく」

 と右手を差し出してくる。

「うちは『桜咲 刹那』や、よろしゅう」

 しっかりと葱丸の手を握り返す。うちの手より小さくて柔らかい。この感触じゃ修行などしたことがないだろう。手を繋いだまま彼が口を開いた。

「あの、それで刹那さん、ここはその関西呪術協会といいましたっけ? そこの私有地なんですか?」
「いえ、ここはまだ正確には範囲外や。ほんの十メートルもいけば私有地なんやけど。あれが目印や」

 と十メートル先に刺さっている赤く塗られた杭を指差す。ほんとに良かった。中に入られていたら上に報告をしなければならないが、ここならうちの裁量ですませられる。

「あの中に入ったら侵入者ありって感知されるから、うちも上に連絡せなあかんのよ」
「そうですか、知らぬこととはいえ危ないとこでしたね。その協会のトップはどのような方なんですしょうか、やはり厳しい方なんですか?」

 その問いには自信を持って答えられる。本来のうちの立場であれば、なかなか目通りもかなわないはずだがこのちゃんつながりで顔を会わせた回数も多い。

「『近衛 詠春』という立派な方やよ。うちみたいな下のもんにも優しゅうしてくれはるし。なんと『紅き翼』にいたこともあるバリバリの武闘派や」

 なんか顔色を悪くした葱丸を安心させようと、このちゃんと長との大切な思い出を喋り続けた。日頃誰にもこんな話できへんから嬉しくてつい口が止まらなかった。
 こんなにリラックスして話ができたのはこのちゃん以来や。葱丸とも友達になれたらええのにな。
 ふと気になっていたことを思い出した。

「そういえば、気絶する前に葱丸はうちに向かってなんて呼びかけてたん? 確かえーと怪人とか鶴とか……」
「聞き違いですね。僕は刹那さんが白くて綺麗でしたから、思わず白美人と呼んじゃいましたよ」
「え!? もういややわぁ」


 葱丸side

 ここが私有地だと聞き、急いでロウソクを隠してロープをほどき始めた。つまりここは敵の領土内、不審な動き一つで非常ベルが鳴り響くだろう。そうなれば、この程度のカモフラージュではあっさり俺の素性までバレてしまう。
 幸いにもこの娘は俺のことを知らないようだから、できればここだけで話を収めておきたい。結構いい値段のしたコンタクトを落としたのも笑い話ですまそうとした。

 なのにこの少女は急に暴れだしやがった。まったく何が不満なんだ? 
 ああ、翼を見られて改造人間だと見破られたのがマズイのか。
 おろおろしている少女の翼を綺麗だと褒めて、外したばかりのコンタクトを示す。

「自衛の為に、見た目を偽って特徴を隠すことは僕もやってますから」

 まあ、俺の場合はたぶんあんたの所属する組織から身を守るためなんだが。それでも同じ改造人間として微かにシンパシーを感じ、瞳を輝かせて『桜咲 刹那』と自己紹介をする彼女から情報を探ろうとするのに良心が疼きをおぼえた。

 だいぶ警戒を解いてくれた刹那さんから、不自然にならないよう彼女の所属する『関西呪術協会』とやらのデータを集めだした。トップは誰か? 規模はどれくらいか? それらの情報は予想の最悪を極めていた。
 なにしろリーダーが元『紅き翼』という時点でもうアウト。その影響力は西日本のほぼ全てに及ぶというのだからただごとではない。

 俺が鳥肌をたてていると、刹那さんは自分を初めて認めてくれた大切な『木乃香お嬢様』の話をし始めたが、それもまた頬を染めて語る刹那嬢の思惑と違い恐ろしい物語だった。

 刹那さんと『このちゃん』のノロケ話を聞きながら胸中が暗く冷たく沈んでいく。刹那さんは気がついていないようだが、これは明らかに一種の洗脳だ。
 身寄りのない子供に周囲の人間がいじめ・虐待し、その後に本命が現れて優しく手を差し伸べる。弱りきった子供はその優しさに感動して、その人物に対して絶対の忠誠を誓う。
 アニメなどでは「エヴァンゲリオン」の綾波 レイがいい具体例だろう。
 そう色眼鏡で見ると、『桜咲 刹那』という名前もいかにもはやく散ってしまえ! と言わんばかりの命名だ。
 やはり『紅き翼』に捕まっている限り、改造人間に明るい未来はなさそうだ。

 俺がアレコレ思いをめぐらせていると、刹那さんが今更気絶する前になんて呼びかけたか尋ねてきた。
 どうでもいいじゃないかと思う半面、素直に『怪人デコツルン』と答えると神鳴流の斬岩剣とやらが飛んできそうだ。

「聞き違いですね。僕は刹那さんが白くて綺麗でしたから、思わず白美人と呼んじゃいましたよ」

 ……歯が浮きそうだ。

「え!? もういややわぁ」

 照れてうつむく刹那は、俺の目から見てもかわいらしい。これで改造人間でさえなければパーフェクトな美少女だろう。
 リュックに入っていたスポーツドリンクとフルーツの缶詰を刹那さんの刀で開けてもらい、半分こにわけあった。
 穏やかなまま昼は過ぎて、俺はそろそろ帰らねば孤児院の先生にアイアンクローを頂戴する時刻になった。痛いんだよな、あれ。仮にも改造人間の俺にもダメージを与えるとはどういった握力をしてるんだろう。
 お互い携帯を持ってないので、ここでの再開を固く約束して下山することになった。

 手を振り刹那さんとの別れを惜しむと、自然に厳しく顔の筋肉がひきしまる。
 彼女から聞き出した情報によるとまだまだ俺は『紅き翼』を甘くみていたらしい。西日本を支配する『関西呪術協会』のトップでさえ『紅き翼』から天下りした人物だという。

 ウェールズの警察から京都の山奥にまで支配力を及ぼし、刹那さんの言う通りならNGO として世界各地の紛争地域でも活動しているそうだ。困っている人々への援助として世界中のどこでもネットワークを張り巡らしているらしい。
 さすがにここまで説明されれば俺だって『紅き翼』について思い違いをしていたことに気づくさ。

 世界征服をたくらむ秘密組織『赤き翼』だなんてなんて子供っぽい想像だったのだろう。

「まさか『紅き翼』が今現在世界を裏から『支配している』秘密組織だったとは……!」

 己の敵の巨大さに身震いを禁じえなかった。


 小猿の式神を抱いた女性side

 ――ん? なんや騒がし思うてこっち来たけど、あいつら何仲良うお茶してるん?
 確かあの剣道着の方はうちとこの半端もんで、もう一人の方は……何や、どっかで……あ、この前連絡されてたネギゆうぼんか。
 とゆうことはあの半端もん、ついにうちとこに歯ぁ向けるつもりになったゆうことかいな。

 あの半端もん――やるやないか!
 おもろなってきたわ。
 



[3639] 八話 流されやす過ぎなネゴシエーター
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/09/13 16:18

 千草side

 あれから半端もんの監視をしても何も尻尾をださへん。せいぜいいつもより浮わついとるぐらいで、うち以外にはだれも変わっているとは思ってへんな。
 機密情報を探るとか、誰かの尾行をするとか怪しい行動を一切せぇへんのや。
 うちもあんまり気の長い方やないから、しびれ切らして直接半端もんに当たってみることにした。

「桜咲、ちょっとええか」
「何でしょう」

 不思議そうな表情でうちの手招きに答える半端もんに、単刀直入に尋ねる。

「この前の日曜に、結界のすぐ外であんたとお茶飲んでた子供はどういう関係や?」
「え? ああ、おにぎり君のことですね。道に迷っていたのを助けてあげただけです」

 ……おにぎり? この半端もんもおかしなニックネームつけるもんやな。それに、やはりあの子がネギで自分とどういう関係かは簡単に口を割らんやろな。

「それで、次に会うのはいつや?」
「多分ですが、今度の日曜になると思いますが」
「ならその日は、うちがあん子の相手するわ。お前は修行でもしてきぃな」

 不満げな半端もんを気にせず言い捨てる。この総本山ではうちの方が立場が上やから文句も言えへんやろ。
 この半端もんは顔に感情が表れすぎる、とても内密な話をできる相手じゃあらへん。
 そのおにぎり君とやらと直接、相対して利用できるかどうかの判断をせなあかんな。
 少なくとも交渉のしがいがある子やとええけどな。

 週末になるのが待ち遠しかった。こんなにわくわくするのは久しぶりやな。日曜になると朝から待ち合わせの場所に敷物を敷いて座っていた。
 昼前になってやっと人の気配が近づいてくるのを感じ取った。

 気配を殺そうとか、足音は立てずにとか、目立たない色の服でとかいった潜入工作のイロハも知らない様子にちょっと呆れてしまう。
 どこから見ても街中によくいる極普通の少年で、変わっているのは首にクマ避けなのか大きな鈴をつけているぐらいやった。
 ……このぼん、ホンマにネギ・スプリングフィールドやろか? 自分が追われているとゆう自覚がないんちゃう?

「ようおこしやす」
「うわ!」

 うちの歓迎の言葉に驚いたのかおにぎり君は叫び声を上げた。……うちはお茶をたてる準備までしてるのに、気づいていないなんていくらなんでも油断しすぎや。
 あまり、長く付き合う相手でもないかもしれへんな。ま、使い捨ての道具の一つとしてとりこんでおきまひょか。
 
「うちは天ヶ崎 千草いいます。それで、あんさんは『ネギ・スプリングフィールド』と『鬼切 葱丸』とどっちで呼ばれたいんや?」
「何をおっしゃっているのかよく判りませんが、僕の名前は葱丸ですよ」

 柔らかな笑みを作って葱丸は答えた。へえ、思ったよりも冷静やな。評価を星一個ぶん上げとこか。

「それで、千草さんはいったい何の御用で僕をお呼び止めたんでしょうか? 関西呪術協会に弓引こうとしているお姉さんが」
「こふっ」

 飲みかけたお茶が気管に入ってむせた。鼻からの噴出だけは、京女の意地にかけて防ぎきったんやけど、ちょ、ちょう待ちぃな! なんでそんなんわかるんや。うちの表情から言いたい事を読んだのか、葱丸は淡々と続けた。

「僕が『ネギ・スプリングフィールド』であることを知り、なおかつここで一人で待ち受けていた事実からの演繹です。ここで待っていたということは、あなたが関西呪術協会の一員であることに間違いはない。そうでない人間は排除されますから。
 次に呪術協会に忠誠を誓っているならば、協会に連絡を入れて多人数で捕獲しようとするでしょう。僕が怪人デスメガネの手から逃れたことも承知しているでしょうし、絶対に一対一になることは避けるはずです」

 葱丸はうちが用意した茶碗を手に取り、口を湿らす。その行動一つにも、たとえ毒が入っていても自分には効かないという圧倒的な自信を表している。

「したがって、あなたは協会に知られては拙い、個人的な用件で僕に会いに来たことになります。それが協会に対しあまりよろしくないを企みだろうと推察しました」

 ……なんちゅうガキや。子供と思て甘く見たらあかんな。うちと対等なレベルの相手やとおもわんと。

「で、うちの計画を見抜いた名探偵はんはどうするつもりなんや?」
「そうですね……」

 葱丸はあごに指をあてて数秒間動きを止めると、

「とりあえず、関西呪術協会にクーデターでもおこしてお姉さんの物にしませんか? 応援しますよ」

 と事も無げに告げてきた。……あんさんマジか? 家族を大戦で失ったうちも協会の弱腰にいらついとったけど、そこまでは考えてへんかったわ。裏切るとかそんなんやなしに一気にクーデターかいな!
 茶飲み話に、これほどの大事を相談するようなガキに深入りするのは危険な気がする。でもここで手ぇ引いても、こん子が捕まったらうちも足引っ張られるちゃうんか。ガキやと侮っていたら、いつの間にかチキンレースにつき合わされとるみたいや。
 ええい! うちも女や、一発賭けてみよか。

「だったら契約成立や。役に立ってもらうで」

 葱丸の小さな手と握手をした、うちの内心にうかんだのは……まるで悪魔との契約やな、と。


 葱丸side

 首からクマ避けの鈴を提げ、汗をたらしてようやく刹那さんとの待ち合わせ場所にたどりついた。

「ようおこしやす」

 うわ! なぜ和服の眼鏡美女がこんな所で茶席を開いているんだ!?

「それで、あんさんは『ネギ・スプリングフィールド』と『鬼切 葱丸』とどっちで呼ばれたいんや?」

 まずいな、初っ端からペースを握られっぱなしだ。少しは巻き返さねば、このまま脳改造へご招待されてしまう。お茶を勧めてくる千草さんに対し冷静な顔を取り繕い、はったりを効かせるために思い付きをべらべらと並べ立てる。

「それで、千草さんはいったい何の御用で僕をお呼びしたんでしょうか? 関西呪術協会に弓引こうとしているお姉さんが」

 俺のいきなりな爆弾発言に千草さんは咳き込んだ。そりゃそうだろう、いつの間にか自分が反逆者にされているのだから驚いて当然だ。しかし、ここで引いては駄目だ。この会話が録音されているだろうとを考えて千草さんもグルのように話をもっていけば、彼女も証拠として今の会話を録音したものを提出しにくいはずだ。むせているうちにたたみこむんだ!
 緊張でかすれた喉をお茶で潤して最後に駄目を押しておく。

「したがって、あなたは協会に知られては拙い、個人的な用件で僕に会いに来たことになります。それが協会に対しあまりよろしくないを企みだろうと推察しました」

 ふう、これだけ吹いておけばさすがに俺を上層部に引き渡すのは、自分の身の危険にもつながると判断してくれるだろう。後は彼女がここで俺を始末しておこうと決意しないのを祈るだけだ。
 
「で、うちの計画を見抜いた名探偵はんはどうするつもりなんや?」

 え? 何? 俺のでたらめが当たっちゃた? もしかして本当に千草さんはそうゆう人なの? い、いかんもっとインパクトのある発言をして彼女をひかせなくては。

「とりあえず、関西呪術協会にクーデターでもおこしてお姉さんの物にしませんか? 応援しますよ」

 精神的応援、つまり「がんばれ~」と声をかけるだけならいくらでも。

「だったら契約成立や。役に立ってもらうで」

 目を据わらせた千草さんが右手を差し出した。反射的に握りかえして……え? ちょっと待てよ握手したってことは契約成立したってこと? 応援だけのつもりが、役に立ってもらうってどういうことだ。
 相手は西日本を支配している巨大組織だよ、クーデター起こすのならもっとこう悩むとかないの? そんなに簡単に決めちゃ駄目だろう。「考えさせて」とか返答してくれたら、さりげなくフェードアウトしていったのに。

 かといって今更「僕ホントはこんなキャラじゃないんです」と泣きをいれても通用しないだろう。このまま演じ続けるしかない、がんばれ俺! 葱丸はやればできる子のはずだ。
 軽く咳払いをして動揺を静める。

「では、関西呪術協会の内部情報をできる限り詳細に教えてください」
「せやな」

 と千草さんから得た情報はなかなか豊富かつ具体的だった。なるほど日本の裏社会では東と西に二分され、東がやや優勢ってとこなのか。西のトップが『赤き翼』からの天下りなのは承知しているが、東にも元メンバーの「怪人デスメガネ」がいる。コネという点ではほぼ五分だが、積極的に海外からの受け入れに力をいれている東が力を増しているらしい。

 西の頭の娘――「木乃香お嬢様」――は東へと人質として送られているそうだ。まるで江戸時代だな、ひでーもんだ。
 俺が憤慨していると千草さんが「そやない」と手を振った。なんと木乃香お嬢さん以外では、『大機神 リョウメンスクナ』とやらを動かせないらしい。危機管理の一環としての東行きらしい。
 なぜに日本の技術者は特定の少年・少女しか操作できないロボットを開発したがるのだろうか。古くはジャイアントロボからエヴァンゲリオンまで巨大ロボットを子供に扱わせるのは、自爆ボタンや「こんなこともあろうかと」に並ぶ科学者のロマンなんだろう。

 そのために、千草さんは木乃香お嬢さんを救出し、大機神スクナで東を制圧したいと熱く語った。しかし、この計画のネックは木乃香お嬢さんの確保が難しい点にあると言う。
 彼女は東でもっともガードの固い『麻帆良学園』で厳重に警備されているそうだ。その麻帆良学園の守りは天下一品、今までにスパイが潜り込めたためしがないというまさに要塞と呼ぶべき学園らしいのだが……ん? 麻帆良?

「偶然ですが、僕の入学する小学校が決まったんですよ。奨学金をもらえるペーパーテストもクリアしましたし、小学一年から寮に住み込める好条件です。さすがに身寄りのない子供を今までも多数引き取っているマンモス校――麻帆良学園だと思いませんか」

 そう、今日俺は刹那さんに麻帆良に行くことを報告しにきたのだ。まさか入学する小学校がそんな裏の世界の激戦地だとは想像もしていなかったのだが。

「なんや、葱丸はそこまで準備してから、うちに接触したっちゅうことかいな」

 まさかそんなわけねーよ。はめられたのかと凝視する千草さんにポーカーフェイスで答える。

「当たり前でしょう。事前の準備が遠足でも交渉でも大事なんですから」

 ああ、自分が二重人格になっていきそうだ。

「ふふ、あんさんにとっては遠足も麻帆良でのスパイも同じ扱いなんやな」

 千草さんがまた訳がわからないことをのたまっている。下手したらデスメガネよりたちが悪いんじゃないか? 胃が痛いぞ、とにかくこんな危険人物とは早く縁を切りたい。

「これから、末長うよろしゅう頼むで」
「……こちらこそ」

 こうしてなし崩しに天ヶ崎・葱丸同盟が組まれた。これから数年間に渡りこの同盟は続いていくことになる。



[3639] 九話 作詞・作曲はアルビレオ・イマです
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/09/20 14:02

 葱丸side


 俺は麻帆良に引っ越す準備を進めていた。とはいっても、まだ京都には来たばかり、持って行くような貴重品などほとんどゼロだ。
 最低限の必需品だけ用意しておけば、後は向こうで揃えれば問題ない。
 支度金はできるだけ使わないでとっておかねばならない。怪人達と戦うことになったら、武装するだけでいくらかかるかわかったもんじゃないからな。

 敵地に侵入するにあたって重要なのは、情報とダンボールだ。あ、ごめん。ダンボールはなし。
 とにかく優先されるのは情報収集だ。奨学金を受けるテストの際にもらったパンフレットにも念入りに目を通し直してみたら、一般的な学園とは規模が違いすぎる。表向きだけでも一筋縄でいく所ではないようだ。
 ネットで検索してみると、さすがに千草さん経由の裏の情報は隠されているが、データを確認して常識からかけ離れた巨大学園だと思い知らされる。
 なぜ葱丸になる以前は、この学園を知らなかったのか不思議なくらいだ。

 千草さんにも、あの後一回だけ別れの挨拶をするために顔を出した。

「あんさんが来なくなって、うちとこの半端もんがうるそーてしょうがないわ」
「半……ああ、刹那さんのことですね。彼女はべったりと長の派閥ですから、さすがに距離をおいたほうがいいでしょう」

 万一俺が関西呪術協会のクーデター計画にかかわっていると知られたら、その場で三枚に下ろされてしまう。

「へえ、あんさんのことだから、てっきり利用すると思うていたんやけど」

 目を糸のように細め千草さんが小首をかしげる。いや、俺だってできるものならそうしたいよ。しかし、木乃香お嬢様の身柄を巨大ロボに乗せようとしてるのを知られても刀の錆びが確定だ。

「とりあえず、僕は麻帆良に行くのですから彼女のことはおいておきましょう。それより千草さんはこちらに残るんですから、上層部へのコネと活動資金を出させるスポンサーを探しておいてください。しばらくは地道な活動になりますが頼みますよ」
「わかっとるわ……それから餞別や」

 と懐にしまっていた三枚のお札を渡された。なにやら流麗な草書体で書かれており、まったく読むことができない。怪訝な顔を見せた俺に彼女が解説を加えてくれた。

「短期記憶消却の符――つまり、直前の五分間の記憶をなくすもんや。記憶を消したい相手の額に貼れば、それでうまくいくはずや」
「そんなもんが実用化されてるんですか」

 さすがに驚きの色を隠せない。隠蔽工作の見事さからみて『紅き翼』が記憶操作の技術をもっていることは予測していたが、こんなに薄い紙と変わらないサイズまで小型化が進んでいたとは!
 これを使えばカメラやビデオなどの記録媒体がないところでは、犯罪がやりたいほうだいだ。なんて……うらやましい。あ、いかん。本音が。

「ゴホン、ありがたく使わせていただきます」
「礼は情報でかえしておくれやす。麻帆良の内部情報は西ではかなり貴重なんやから」

 頭を下げようとする俺を千草さんが制した。まあ、確かにギブ&テイクの関係だよな。

 後は緊急時の連絡用に携帯の番号を教えてもらったが、これは「着信があったら即ずらかれのサインやと思うてる」とのことで、普段は手紙を書けと言われた。
 どうやらテクノロジーは原始的な方が秘密は守りやすいらしい。
 お互いの無事と幸運を祈り合い、別れを告げた。

 麻帆良に到着したのは入学式の三日前だった。想像以上の人波に押されながら駅を通りぬけ、まずは寮へと足を運ぶ。新入生は相部屋が普通なのだが、個室がいいと強硬に主張したおかげでなんとか一人部屋を取れた。
 手荷物を下ろして、一息をいれる。この部屋は、手足を伸ばせば壁にぶつかる程度の広さだがとりあえず悪くはない。はてさて、これから麻帆良でどんな生活が始まるのか。
 散歩がてら、制服を受け取りに出かけることにした。できるだけ早く周りの地形も把握しておきたい。ここは『紅き翼』の領地内のようなものだ、どれほど注意をしても警戒のしすぎにはならないだろう。

 さて、外に出てまずは大通りから観察をはじめたが、これといっておかしな点は見当たらない。学園都市らしく人と活気があふれているのと、西洋風な町造りを除けば普通の都市だろう。
 唯一、気になるものは都市の中央にそびえる『世界樹』ぐらいだ。俺は服屋からサイズを測って注文していた制服を受け取ると、近寄ってその微かに甘酸っぱい匂いを漂わせる巨大な幹を見上げた。でか過ぎだろ、コレ。

 この大きさなら間違いなくギネス級のはずなのに、なぜか検索すると『世界最大の木』はこれより明らかに小さい木が表示されていた。
 ――ということはつまり、

「この世界樹は植物ではなく、人工的な建造物ということになる」

 それならギネスブックに載らないのも当然だ。「木がちがっていてはしかたがない」と獄門島の住職のようなつぶやきがもれる。
 だが、なぜわざわざ樹に偽装する必要があるのだろう?
 周りの人間達にもこれを樹だと故意に誤解させているようだし、ろくな使い方はされていないようだ。
 都市のど真ん中で、一番大きくて偽装された秘密の建造物の使用法として考えられるのは……夜な夜な怪しい電波を飛ばしているとか――まさかね。 

 自分の発想に苦笑がうかぶ、不審なものを発見すると即『紅き翼』に結びつけるのは悪い癖だな。軽くノイローゼになりかけてるかもしれんと頭を振った。

 数ヶ月後の学園祭においてこの世界樹が怪しげな光を発し、近くでデート中のカップルの多くが倒れたり、軽度の記憶障害を受けるなどの事件が起こった。その事件からちょっとやそっとじゃ動じないこの学園都市の住人のほとんどが、電波で操られている『電波系』だと俺が気づくのはこれよりまだ先の話だ。
 
 いよいよ入学式当日になり、俺は警戒心と緊張感をマックスに引き上げていた。フル武装して周囲に目を光らせて臨む、俺の内心はさておき周りの雰囲気は祝賀ムード一色だ。
 入学式は何事も無く開始され、滞りなく進行していく。在校生と新入生の数がやたらと多いことを除けば、おおむね普通でおかしなことなど一つもない。
 もしかしたら、平穏な日々がこの麻帆良で営めるかもしれない。俺の胸に微かな希望が生まれた。
 そりゃ改造人間になった時点で、そういうのが望めないのは判っているが、期待するぐらいはかまわないだろう?

「麻帆良小学校、校歌斉唱」

 そのアナウンスに従い起立する。興味がなかったから今まで校歌なんて調べなかったため、慌てて開いた生徒手帳を睨みながら声を張り上げる。
 在校生も合わせると数千人にのぼる少年少女の澄んだ歌声が、高らかにメロディをかなでサビへと差し掛かる。

「♪ああ~ 麻帆良小学校 死して 屍拾うものなし~♪」

 ……あれ? この歌詞間違ってない? なぜ父兄席から拍手がおこる? 俺のセンスがおかしいのか?
 やはり、入学する学校を間違えたかと後悔する俺の脳裏に、恐ろしい光景がよぎった。

「ま、まさか、『紅き翼』の奴ら、死して屍拾うものなしって歌を改造人間にみんな歌わせてるなんてことはないよな」

 任務に旅立つ前にデスメガネやデコツルンなどの怪人が、直立不動で「♪死して屍拾うものなし♪」と合唱して出撃する。ああ、なんてシュールな組織だ。
 
「『紅き翼』、なんて恐ろしい組織なんだ」

 心底そう思う。怖いと言うよりも近づきたくない団体だ。
 こうなってしまうともう嫌な妄想が止まらない。今まで目をつぶっていた不都合なピースが次々と組み合わされていく。
 なぜ多数の孤児をひきとるのか――家族がいない子供の方が改造人間にしても面倒がないから。
 どうして学校を経営してるのか――改造した子供の成長を長期間、かつ身体測定などで定期的に検査できるから。
 高校・大学まで一貫教育なのは――幹部候補生を選抜し、鍛え上げるため。
 俺の想像の中で組み合わされたピースは、邪悪な全体像として組みあがった。

 この麻帆良学園は『紅き翼』の構成員を補給するために存在するのではないか。
 長期間に渡り、寮などで過ごすことによって外界から遮断する。そして教師達が六年間をかけてじっくりと『紅き翼』の思想を叩き込む――これも洗脳の一種だな。
 だとすると教師や在校生はもちろん、手帳を見ずに歌っていた新入生や拍手していた父兄と母姉も――。
 俺は万雷の拍手の中、アウェイに一人ぼっちだったことを実感し背中に冷たい汗を感じていた。



[3639] 十話 紅き翼は紅い海を望む
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/09/28 17:22
 葱丸side


 俺が小学校で過ごした三年間では『紅き翼』がらみのあやしい出来事は何一つなかった。
 そりゃ学園祭など参加するたびに「大丈夫かこの学園?」と首をひねる事は多々あったが、生死に関わる事態には遭遇せずにすんだ。やはり、世界樹と距離をとっていたのが勝因だろう。
 
 そんな穏やかな俺の日常は、ある圧倒的な存在によって物理的に破壊されるとこだった。ここ笑うトコね。
 世界一ため息の似合う男の真似をしたくなるほど、自分の思考が逃避してく。いかん。気持ちを切り替えて最初から思い出そう。
 世界を支配している『紅き翼』への対抗策を考えていたのだが、彼らがそれどころか人類を絶滅させるつもりだったとは――。
 そのことに気がついたのは、桜が散りはじめた四月のことだった。

 月明りの中、俺はうつむきかげんで石を蹴りながら帰路をたどっていた。木乃香お嬢さんを観察にいったのだが、ガードが固い。と言うより、刹那さんが刀の柄に手をかけながらお嬢さんを見張っているので、正直近寄りたくない。

 中学に入って刹那さんが麻帆良に来てから、お嬢さんの警備はますます厳しくなっていた。そもそもお嬢さんがめったに麻帆良から外出しない上に、外に出る時は黒服のSPがもれなくついてくる。その上刹那さんが加わるのだ。ちょっと手が出せないな。
 刹那さんと接触することも考えたのだが、俺の正体がバレる可能性と天秤にかけて自重することにした。
 だからと言って、活動費を減らすことないよね千草さん?

「バイトでもしないと、今月は苦しいな」

 舌打ちする俺の耳に微かな悲鳴が飛び込んできた。これが男の声なら聞かなかったことにするのだが、女性の高いソプラノボイスによる助けを呼ぶ声だ。
 とりあえず偵察に行って、危険があるようならそのまま引っ込んでおこう。懐から護身用の用具を取り出して、チェックする。よしOKだ。
 俺は月の青い光の中、足音を殺しながら走り出した。

 木陰から俺が発見したのは、幼い金髪の少女がもう一人の制服の少女の首筋に牙をつきたてている光景だった。桜が舞い落ちる中、抱き合う二人の少女の姿は幻想的でさえあった。
 襲われているのが少女なのは判っていたが、襲っているほうがもっと小さな女の子なのは予想していなかったな。

 単純な暴漢ならば助けに入るが、血を吸うってことはやはり彼女も改造人間なのだろう。うかつに俺が出るわけにはいかない。
 それにしても、血を吸う怪人とはいったい何と合成されたのだろう。蚊か? それとも蝙蝠か? たぶん蝙蝠だろうな、その方が語呂がいい。

「あの少女が吸血怪人コウモリンか」

 激しく地面を叩く音が響いた。見直すと怪人コウモリンが後頭部を押さえている。なぜか判らないが、すべって頭を打ち付けたらしい。
 金髪でロリでドジッ子とはさすが『紅き翼』だ! ポイントを押さえてる。

「誰がロリでドジっ子で怪人コウモリンだ!」

 あれ? 俺声に出してた? いや、それよりも怪人コウモリンに見つかってるじゃないか。

「だから私は怪人コウモリンなどではない!」
「え、すまない。気になったなら謝るが、それよりもそこの少女は大丈夫なのかね?」

 俺の謝罪と疑問にフンと鼻息で返した。

「ちょっと血を分けてもらっただけだ。軽い貧血にしかならん」
「え!? でもまだ血が止まってないぞ」

 俺の指摘に吸血少女は顔色を変えて、地面に横たわる少女を振り返る。

「嘘だろ!?」
「ああ、嘘さ」

 答えて全力で右手に隠していた球を吸血少女に投げつけた。
 距離は短い。敵はよそ見をしている。外しようの無い投擲だったが、相手に刺激物を詰めこんだカラーボールは当たらなかった。
 もし命中していれば、目や鼻などの粘膜にかなりのダメージを与えられたのだが……。そんな愚痴がこぼれてしまう。

 俺だって一通りは格闘技をかじってはみた。こっちの攻撃をかわされるのはいい。ブロックされるのもわかる。カウンターで反撃されるのも有りだろう。
 でもバリアーで防ぐのは反則だよね?
 俺の投げた球は少女に届くことなく、その前方で見えない障壁にぶつかり破裂していた。

「くくく、貴様いい度胸をしているな」

 金髪の少女が改めてこちらを睨み付けた。まずい、文字通り目の色が違う。瞳が血の色に染まり、小柄で起伏の無い体が何倍にも膨れ上がって見える。彼女から皮膚に痛みを感じさせるほどの殺気が押し寄せる。

「この私が『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと知って喧嘩を売っているのだろうな?」

 ――この改造人間の名前はエヴァというのか。その名を耳にした瞬間、俺の頭が高速で回転し始めた。


 エヴァside


 ほんの僅かに威圧を込めて視線を投げかけると、その子供は体を震えさせた。いきなり奇襲技をかけてくるのには、実戦慣れしてると感心したが、攻撃方法をみても所詮は一般人か。できれば子供に手を出したくない、さっさと記憶を消して放り出そう。
 そう決意して足を踏み出すと、震える声が届いた。

「エヴァだと!?」

 驚愕と恐怖がそのつぶやきには込められていた。こんな小僧でも私の名を知っているとは、やれやれ、魔法界だけでなくこっちでも恐怖の対象になってしまったようだな。仕方が無い、元とはいえ六百万ドルの賞金首などそうは――。

「エヴァは確かお嬢様と同じ三年A組のはず……ということは十四歳……紅い目……俺の攻撃を防いだバリアー……同じ十四歳の木乃香お嬢さんにしか動かせない巨大ロボット……」

 乱入した少年はなにやら意味不明な言葉を並べ立て、ブツブツとつぶやき続けている。なんだこいつは?

「お前達は世界を支配するだけじゃあきたらずに、人類を絶滅させるつもりか!」

 ――はあ? 何を言っているんだ、こいつは? 私も今まで「人殺し」とか「魔王」とか呼ばれたことはあるが、『人類絶滅』など企んだことは一切ないぞ。

「おい、貴様……」
「サードインパクトは防いでみせる!」

 決意を秘めた目で私を正面から見据えてくる、その表情にどこか懐かしさを感じた。訳のわからないことを言っているが、こいつとどこかで会ったことが有るのか?
 少年はボクシングのサウスポースタイルをとった。右手を前にした拳を主体にとした構えだ。その右手にパチパチと音をたてて雷が集まっていく。

 ほう、どうやら素人ではなかったらしい。随分とタメに時間がかかってはいるが、集められた魔力は中々のものだ。さて、これからどういった攻撃をしてくる?
 少年はそのまま単純に右の拳を引き絞り、左手の中から何かを地面に叩きつけた。

「必殺 ブラックカーテンアタック!」

 その叫びとともに足元から黒煙が立ち込める。おそらく視界を閉ざしてあの右を打つという計画だろうが、わざわざ叫んでから攻撃してくるならカウンターで迎え撃ってやろう。一歩後退し、煙から身を遠ざける。
 
 ……来ないな。煙の中からいつ飛び出してきてもいいように迎撃態勢をとっていたのだが、なかなか攻撃がない。あれほどの魔力のこもった一撃だ、私でも念のための注意は必要なのだが。
 ――まさか! はっとして背後を振り向く。前方に注意を向けておいて、後ろのまき絵を奪還する作戦だったのか!?
 ……考え過ぎだった。まき絵はすやすやとおやすみだ。

 煙が晴れるとそこに少年の姿はすでに無い。どうやら完全に撤退したらしい。
 必殺という掛け声も、あれほど光らせた右拳も、倒れている少女でさえも己が逃げるためのフェイントに使うとは!
 これほど虚仮にされたのは、あのサウザンドマスター以来だな……ん? あの顔、あの表情、あの魔力、あいつは、

「ふはは、ネギ・スプリングフィールドめ親子共々亡くなったかと思っていたが、こんな所にいたのか! 喜べネギよサウザンドマスターの代わりに、心ゆくまで血を吸わせてもらうぞ!」

 満月に向かい、久方振りの腹の底からの哄笑を放った。


 葱丸side

 
 ヤバイ、ヤバイよあいつ。生身でATフィールドを張れるなんて無茶苦茶だよ。
 俺は全力で駆け出して、少しでもキリング・フィールドから離れようとしていた。
 後ろからはエヴァの高笑いが響いてくる。なんで獲物に逃げられたのにあんなに楽しそうなんだよ!?
 
 くそ、悔しいがまったく彼女に勝てる気がしない。だが、エヴァにはこの髪と瞳を黒くした姿を晒してしまっている。
 このままでは間違いなく『紅き翼』による包囲網が敷かれてしまうだろう。ここまできたら俺一人の手に余る。信頼できる人間に相談し、協力してもらうしかない。
 幸いな事に、頼りになるかはわからないが、こんな物騒な問題を持ちかけられる心当たりが二つほどある。両方に助けを乞おう。

 まずは、最近に日本へやって来たインターポールのジョン。彼なら相談に乗ってくれるはずだ。
 そして、もう一つは以前からさがしていた「正義の味方」ってやつだ。改造人間と秘密組織があるなら、正義の味方もいるだろうと探し回ってようやく見つけた戦隊だ。
 こっちはまだ調査中でどんな連中かよくわからないが、緊急事態の発生だ早く連絡をつけなければ。
 確かええと『麻帆良戦隊バカレンジャー』という奴らだったよな。話のわかる奴らだといいのだが。

 打てるだけの手を打ち、己の命を守り『人類補完計画』を止めなければ。俺の双肩に人類の未来がかかっているのかもしれない。そのプレッシャーに身の引き締まる思いだった。




[3639] 外伝 ウェールズからやってくる男
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/09/25 17:09

 
 ※この外伝にはネギま! のキャラクターは出てきません。
 ※この外伝を読まないでも「改造人間にされたくない」はお楽しみいただけます。


 ジョンside 


 僕は野次馬から現場を守ろうと奮闘している警官に、インターポールの手帳を掲げた。急ぎ足で通路を進み、すばやく黄色いテープをくぐり抜けると事件のあった部屋へと入った。出た。
 いかん、僕は血の臭いに敏感なのだ。ちょっと深呼吸して心を落ち着けよう。フッフッハー。フッフッハー。
 先ほど通った警官が妙な目でこちらを見つめてくる。野次馬の中からも「生まれそうなのかしら」と意味不明の言葉が交わされている。

 よし、リフレッシュ完了。改めて現場の扉を開いた。同時に固形化しそうなほど濃い血臭が漂ってくる。
 玄関から一歩も踏み出さずに死体が見える。男女一体ずつ、仰向けになり胸部を大きく切り開かれている。

「おやおや、インターポールのお偉方が、わざわざこんな現場にまで足を運ぶってのはどういう風の吹き回しで?」

 皮肉っぽい声を遺体の側からかけてきたのは、僕とも顔見知りの所轄の警部補だった。たたき上げのせいか外様であるインターポールは彼に嫌われているらしい。

「内臓を抜き取られた死体が発見されたと報告があったので、僕の追跡している組織と関係があるのではないかと現場に伺いました」

 警部補は眉を跳ね上げ、タバコをくわえたまま薄い唇を吊り上げた。

「ほう、もしよろしければ追っている組織とやらを教えていただけますかな? それとも天下のインターポールのエリート様は我々警察によこす情報などありませんかな?」
「もちろんOKですよ」

 僕は穏やかに了承する。手柄の一人占めなんて柄じゃない。

「僕の追っているのも、この事件の犯人もおそらく同一犯だと思われます。この発見現場と死体の状況からしてこの事件がキャトル・ミューティレーション(動物の一部が鋭い刃物で切り取られている現象)であることは明白です。したがって当然犯人も宇宙人ということになります!」

 僕の断言に警部補はくわえていたタバコをポロリと落とした。周りで作業を続けていた鑑識の職員も、呆然と僕の顔を見つめた後に同僚とひそひそと賞賛の言葉を交わしているようだ。
 ふふふ、単純な推理ですがここまで感心されるとさすがに照れますね。サービスにこれからの捜査方針もアドバイスしておこう。

「宇宙人が犯人なのですから、UFOを片っ端から調査していけば容疑者の特定は容易でしょう」
 
 僕の指示を受け、感に堪えたように首を振りながら警部補は僕を部屋から追い出した。おそらく手柄を取られるのを嫌ったのだろう。
 まあ、いい。犯行現場を離れても、空を見上げればUFOが、野次馬の中にはメン・イン・ブラックがすぐにみつかる。
 どれでもたどっていけば犯人は捕まえられるさ。

 とりあえず僕は目に付いた、ダークスーツにサングラスのメン・イン・ブラックを監視することにした。男は僕の尾行などまったく気づいてもいないようで、背後に注意することなどなく自然に歩き出して目的地だろう倉庫にたどりついた。
 ま、確かに自分が尾行されるなど想像もしていないだろうな。僕がこの男を選んだのも『野次馬の中で一番服が黒かったから』なんだから。

 男の後をつけて、僕も倉庫の中の気配を窺う。やばい。こういうのは楽しい。鼓動がスピードアップしてテンションが高まる。
 重い扉を体重をかけて開き、中へと滑り込む。室内ではグッドタイミングと言うべきか、意識を失っている男女にさっきの黒服の男がナイフをふりかざしている場面だった。よし、現行犯だ!

「武器を捨てて投降しろ! インターポールだ!」

 銃を構えて決め台詞を口にした。くー決まったな! 
 今までさんざん鏡の前で見得を切る練習をしたかいがあった。銃口を黒服の男にポイントしたまま感激に身を震わせていると、後頭部に冷たく固いものが押し付けられた。

「武器を捨てるのはお前だ」

 背後から現れた男は僕の銃を奪うと、自分の銃から僕の銃へと持ち替えて得意げに喋り始めた。

「インターポールの旦那とはごくろうさんだ。あの二人と旦那を始末するのにありがたくこの銃は使わせてもらうぜ。明日の朝刊を『錯乱したインターポール捜査員、二人を射殺して自殺』のニュースが飾るようにしてやるよ」

 なぜ、犯人は己の有利を確信すると口が軽くなるんだろう。疑問をおぼえながらも、振り返りつつ右フックで殴ろうとした。その僕の額に男は銃口を突きつけた。防弾チョッキを考慮して、警官を撃つ時は頭を狙えという暗黒街の掟を守っている。僕の右拳が当たる前に、押し付けられた銃の引き金が二度三度と引かれる。
 勝利を信じ口の端を吊り上げたままのおしゃべりな男は後ろに吹き飛んだ。

 うむ、会心の手応え。顎にひびぐらいは入っただろう。上半身は弛緩しているのに、下半身はピクピクと小刻みに痙攣している。
 完全にKOされた男の懐からそいつの銃を奪い取る。そして、僕の銃もきちんとホルスターに戻した。

「僕の銃に弾丸は入ってないんだよ」

 そうウインクして告げると、どさくさにまぎれて逃げようとしていた黒服の男へ、仲間の銃で狙いをつけた。

「ホールドアップだ。今度の銃には弾丸が入っているよ」

 僕のにこやかな勧告に、男は素直に従った。

 
「ジョン捜査官、今回はお手柄でした」
「事件が発見されたその日の内に解決するなんて、凄いスピード解決ですね」

 記者から浴びせられるフラッシュと質問に頬が緩む。別にこういった風に注目されるために捜査したわけじゃないが、やはり評価されるのは悪い気がしないものだ。

「いえ、今回の事件を早期に解決できたのも、所轄の警察とスムーズに連携がとれていたおかげです」

 このぐらいは、警察に対してリップサービスしておいても罰は当たらない。警部補は苦い顔をしているが、まさかこう言われて文句も付けられまい。
 胸を張って記者達に対して宣言した。

「インターポールと警察がある限り、どのようなUFOや宇宙人が侵略に来たとしても何の心配もいりません!」

 
 インターポール・ウェールズ支局長side


 あの馬鹿! マスコミの前でインターポールや警察がUFOの捜査してるなんてカミングアウトする奴がいるか!?
 こめかみの血管がはち切れんばかりに膨張しているのに、へその裏辺りが石でも詰まっているように重く痛む。

「さっさとジョンの奴を左遷しろ!」
「しかし、今回の事件を解決したのは間違いなくジョンで、マスコミからの注目度も高いです。左遷なんかさせたら、マスコミに痛くも無い腹を探られますよ」

 胃の痛みがさらに増す。なんて扱いに困る奴なんだ!

「じゃあ、栄転でも何でもいい! とにかくこのウェールズからできるだけ遠い所へ赴任させるんだ。北極か南極でもかまわんぞ!」

 顔色を青く染め、各地のインターポールのデータを参照していた秘書が答えた。

「欠員補充を求めている中で、ウェールズから直線距離にして最も離れているのは、日本の麻帆良にあるインターポール支局です」
「じゃ、そこ」
「いいんですか、こんな決め方して……」

 深呼吸して呼吸のリズムを整える。ホルスターの銃を抜き、弾丸が入っているのを確認するといつでも撃てるように安全装置を解除し、その銃を握り締め秘書を睨みつける。大丈夫、俺は冷静だ。冷静だって言ってるだろ!

「確かに急な赴任というのは色々と面倒があるだろう。だがこの場合最も重要なのは、あいつが俺の目の前からいなくなることなんだよ! 判ったら、とにかく麻帆良に放り出せ!」
「サー・イエッサー!!」

 秘書だけでなく部屋にいた全員が敬礼して答えた。
 ふう、これで胃薬の数を減らせるな。


 ジョンside


 日本行きの辞令を受け取ったのは、ようやく取材の波が落ち着いたころだった。
 その辞令の内容を要約すると「日本の麻帆良支部へ赴任して、後は好きにしろ」というものだ。
 ふふ、とうとう僕もフリーで動くのを公式に認められるようになったか。出世には興味がないが自分の興味がある事件にだけ集中できるのは嬉しい。

 麻帆良という地名にも覚えがある。超常現象のよく起きる土地として、オカルト雑誌に何度も特集が組まれていた場所のはずだ。ぜひ一度は訪れてみたかった土地の一つだった。趣味と実益の幸運な一致だな。
 僕は荷物をまとめて、スーツケースに放り込みながら、ちょっとした違和感を感じていた。
 奥歯に食べかすが挟まったようなおさまりの悪さだ。日本について何か大切なことを忘れているような……。

 手を休めることなく考え続けていると、脳裏にいくつかの単語がうかんできた。日本・京都・野菜・子供・葱……連想ゲームのようにいくつかのキーワードから答えが導きだされた。
 何で忘れていたんだろう。ぴしゃりと平手で額を叩いた。

 日本料理の真髄を味わわせてくれる京都の料亭を教わっていたんだった。そこは子供はお断りという格式の高い店で、精進料理は天下一品だそうだ。
 京野菜かぁ、美味しいんだろうな。実に楽しみだ。
 気がかりがなくなり、僕は鼻歌を歌いながら引越しの準備に専念し始めた。




[3639] 十一話  麻帆良節電計画推進中
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/09/28 17:27

 ジョンside

 
 僕は朝早くから葱丸君の部屋に御呼ばれして、インスタントコーヒーをご馳走になっていた。昨夜遅くいきなり彼から電話をもらうまですっかり葱丸君のことを忘れていたが、切迫した彼の声音にすぐ駆けつけることをOKしたのだ。
 それで昨夜からの彼の災難について教えてもらっていた。
 サードインパクトとか人類補完計画だとかは正直あまり信じられないが、葱丸君が『紅き翼』の一員に目を付けられたのは間違いないらしい。

「それで、僕に何をしてほしいんだい?」
「エヴァンジェリンという生徒とバカレンジャーという戦隊の情報と、あとこれからどうしたらいいかアドバイスをください」

 なるほど、腕組みをして椅子の背もたれに体重をかける。敵に見つかった場合にはいくつかセオリーがある。

「わかった、エヴァという少女とバカレンジャーについての調査は引き受けよう。そして、君のこれからの行動についての助言だが、こんな時の鉄則は『軽挙妄動するな』だ。
 周りが敵ばかりの時はどうしても焦って動きたくなるが、動きがみつかったらその時点で終わりになる。まだ君の身元は割れてないんだろう? 潜伏していれば敵の方が先にミスを犯す」

 僕の忠告をすんなりと彼も受け入れたようだった。

「なるほど、下手に動くなってことですね。了解です」

 葱丸君は頷いて大きく息を吐く。プレッシャーが抜けたのか、肩からも力みがとれてさっきまでとは違う柔らかな微笑みをうかべている。

「ま、一ヶ月ほど静かにしてれば、ほとぼりも冷めるだろ。その間に頼まれた調査をしておくよ」

 僕の言葉はドアをノックする音に遮られた。

「友達かい?」
「いいえ、今日約束しているのはジョンさんだけですけど」

 軽く首をひねって葱丸君は誰何をした。

「どなたですか?」
「絡操 茶々丸と申します。マスターからの言伝をお伝えに参りました」

 ドアの向こうから届いたのは、美しくも無感情な声だった。


 茶々丸side 


 ドアを開けてもらいようやく中へと通された。とはいっても狭い室内にはデーブルと椅子しか置いていない。マスターの別荘と比較すると、トイレより小さいかもしれない。
 中にいた二名を視覚センサーからスキャンする。小柄な少年は昨夜マスターが会った鬼切 葱丸さんだ。もう一人のほうはアンノウン。日本人ではないようだが、今後に備えて身長百八十前後のアングロサクソン系の外国人と登録し、顔をデータに保存しておく。
 葱丸さんに椅子を勧められたが固辞し、丁重に一礼する。

「鬼切 葱丸さん、またはネギ・スプリングフィールドさん。昨夜はマスターがご迷惑をおかけし大変失礼をしました。
 つきましては、そのおわびと決着をつけるための決闘の申し入れに参上いたしました」

 私の口上を葱丸さんが右手を上げて止める。

「その、茶々丸さんのマスターってどなたですか?」
「ああ、申し遅れました。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様の従者をしております」

 葱丸さんが凄い目つきでもう一人を見つめ「話が違うぞ」と言っているが、私はかまわずにマスターからの口伝を続ける。

「昨夜のおもてなし不足には謝罪するが、葱丸さんもパーティーを途中退場されるとは失礼だと憤慨しておりました。
 それで、お互いに制限のかからない次の満月の大停電の日に決着をつけようと申しております。
 もし葱丸さんが同意なされない場合には、葱丸さんの正体を学園長に暴露し、他の生徒にも被害が及ぶだろうとのことです」

 もちろんこれはブラフだ。表情はデフォルトに固定したまま私はそう確信していた。あの「誇り高い悪」を標榜するマスターがこんな駄々っ子じみた行動をするわけがない。
 全てはこの葱丸さんを決戦のフィールドに引き出すための駆け引きだ。
 葱丸さんは私の申し出を聞くと、うつむいて顎に手をあてた。しばらくその姿勢のままだったが、顔を上げると強い光の宿った視線で私を見つめた。

「――いくつか質問をさせてください」
「承知いたしました」


 葱丸side


 俺はメイド姿の少女――茶々丸さんに対して口を開いた。まず彼女の耳の辺りについている機械のパーツが気になってしかたがない。

「茶々丸さん、あなたはロボットなんですか?」
「正確には私はガイノイドです。ロボットよりは生命体に近いですが、おおむねロボットと思われても間違いではありません」

 俺は一つ頷いた。じゃ、ロボットと思っとこ。

「次に、エヴァさんはサードインパクトを起こして、人類の絶滅または人類を勝手に進化や補完をしようとしているんですか?」
「そのような計画はマスターから一切聞いたことはございません」

 無表情のまま茶々丸さんは返答する。むう、ロボットである彼女からは真偽の判別ができんな。

「では茶々丸さんはエヴァさんの事を悪人だと思いますか?」
「マスターは御自分を『誇りある悪』と称しています」

 くそ、確信犯ってやつか。話し合いでは止められそうに無いな。

「なぜ停電の日に決着をつけようと?」
「停電の夜は警備が手薄になるため、学園の警備員はほとんどが学園の敷地の周辺部に散る事になります。したがって邪魔が入る心配もありませんし、マスターがフルパワーでお相手できますので」
「え? フルパワーって、じゃあ昨夜のエヴァさんは?」
「マスターは昨夜程度が自分の実力だと思わないようにと警告してました。それと、あまりに手応えがないと興が削がれるそうです。葱丸さんがパートナーを伴ってもかまわないとおっしゃいました」

 凄ぇ自信だな。まあATフィールドがある上に、昨夜以上にパワーアップしてるなら正面からの決闘に絶対の自信を持っていて当然か。
 ここは向こうの要求をのむしかないな。そうして時間をかせぎ戦略を練らなくては。

「とりあえず了解しました。後日また打ち合わせにエヴァさんのお宅に伺わせていただくかもしれませんが、決着をつけるための戦いは受けてたつとお伝えください」

 俺とジョンに優雅に一礼し茶々丸さんが辞去した。

 しっかりと扉に施錠し直して、ジョンに向けて肩をすくめる。

「せっかくのアドバイスでしたが、じっとしていてもあちらさんはほっといてくれませんでしたね」
「そのようだね」

 ジョンもいつものおだやかな表情を崩し眉根を寄せている。

「で、決闘がきまったわけだけどどうするつもりだい?」
「ええ、まずはジョンに頼んでいた情報収集はそのままでお願いします。それと今の茶々丸さんの話にいくつか不審な点があったんで、分析を手伝ってください」
「そりゃお安い御用だ」

 ジョンの快諾を得て、眠気覚ましのコーヒーをあおる。冷えて味も落ちていたが、なにカフェインで目が覚めりゃいいんだ。

「まず、エヴァさんの言うとおりにこの決闘を受ければ、僕が『ネギ・スプリングフィールド』であることを学園に内密にしておけますかね」
「勿論。彼女が学園側にバラすつもりなら、この部屋はもう包囲されて僕達は拘束されてるね」

 ジョンが歯切れ良く太鼓判を押す。ふむ、だとすれば『対紅き翼』ではなく『対エヴァ』の戦略を練るべきだ。

「次の満月は結構先なんですが、なんでその日時を指定したんでしょうか?」
「そりゃ彼女の言ったように、停電のおかげで人目もなく、エヴァ君も全力をだせるからだろう」
「そこがおかしいんですよ。何でわざわざ敵に教えるんでしょう……」

 エヴァさんサイドから情報を漏らすメリットはないはずなんだが。こういうときは漫画の主人公のように、逆に考えてみよう……。
 ん? 逆に? そうか! 頭の奥で歯車の噛み合う音が響いた。

「ジョン、逆に考えるべきなんです! 『停電になりエヴァが全力を出す』んじゃなくて『エヴァが全力を出すと停電になる』んですよ!」

 興奮して喋るのが速くなる。この推測が正しければ対エヴァ戦でも勝算が見込める。ジョンが何か言いかけるのにかぶせるように推論を語った。

「エヴァさんが全力で稼動するのに莫大な電力を消費するロボット――おそらく汎用改造人間型決戦兵器だと想定すればつじつまが合うんですよ。
 なぜ茶々丸さんがマスターと呼ぶのか――エヴァさんの方が上級機種だから。
 なぜ停電の日に戦うのか――別の日にエヴァさんが戦うと、麻帆良が電力不足で停電してしまうからです」
「まあ、エヴァ君がロボットだとして、それが僕達に関係あるのか?」
「大有りですよ!」

 半信半疑のジョンに今の一瞬で作り上げた作戦を伝える。

「次の満月になる前に、一度エヴァさんに会いに行きます。茶々丸さんにもお宅に伺うと言っていたので断られはしないでしょう。
 その時に、ジョンは麻帆良の送電施設を止めて停電を起こしてください。電力不足で動けなくなったエヴァさんを僕が倒します」


 エヴァside


「くしゅん」

 むう、どうしてもくしゃみと鼻水がとまらん。まったく今年の花粉症は特に性質が悪いぞ。

「花粉症は罹患してから年を追うごとに症状が悪化するといいますから、マスターの年齢を考慮すれば仕方がないかと」

 私の心を読み、さらにえぐる言葉を吐く茶々丸。ふはは、巻いてやる。思いっきりゼンマイを巻いてやるぞ!

「ああ、そんなに乱暴に巻かれては」

 ふう、まあ次の満月までの辛抱だ。ちょうどその日は停電にもなるため、私を縛っている呪いも一時的に解呪される。
 魔力さえ戻れば、こんな花粉症など瞬時に治癒される。
 早く電気が止まり、我が全盛期の力が戻らないものか――。



[3639] 十二話  直感勝負に向かないコンビ
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/10/05 13:57


 ジョンside


「……でこれが麻帆良に送る電力の源ですか」
「ええ、このブレーカーが麻帆良への送電施設の生命線になります」

 僕と案内役の作業服の男は、低い駆動音の響く中で巨大なブレーカーの前で立ち話をしていた。葱丸君の依頼に応えるために、麻帆良学園への送電施設を見学していたのだ。
 こういった施設への対応にはインターポール捜査員という肩書きが物を言う。頼んだ翌日にはもう見学の許可が下りていた。
 簡単に重要な場所まで見せてくれるのはラッキーだが、悪戯防止なのか巨大なブレーカーの右に『触っちゃイヤン』左に『これに触れる者全ての望みを捨てよ』と張り紙があるのがここも麻帆良なんだなぁと思い知らされる。

「では、ここのブレーカーが落ちてしまうと麻帆良は大混乱になってしまいますね」
「ははは、大丈夫ですよ。病院などの一刻を争う重要施設には、バックアップ用の発電機があります。それに年一回はメンテナンスのために大停電を起こしているので、皆さん慣れたものですよ」
「そうですか」

 やや安堵して息を吐く。それなら頼まれた通りに電源を落としても、短時間ならばさほど市民生活に影響はないだろう。

「それでは、この施設の警備状況をチェックさせてください」
「ええ、うちの警備は厳重ですよぉ。ほら、目立たないように防犯カメラはあんな風に観葉植物の陰に隠してます。そして警備員の見回りは一時間に二回、わざと半端な七分過ぎと三十三分に巡回してます」

 いや……なんだか後日忍び込むのが、後ろめたくなるほど熱心に説明してくれる。潜入しやすいのはいいのだが、よく今まで事件が起こらなかったなこの施設。
 軽い罪悪感を無視して潜入の手筈を考えていた。

 僕は一通り見学させてもらい、潜入する目星をつけ停電させる計画を作り上げた。あれだけ丁寧に案内されたら失敗する方が難しそうだ。
 そして、葱丸君からのもう一つの依頼――情報収集に乗り出した。
 とは言っても、インターポール捜査員専用派パソコンの回線で検索をかけるだけだ。それだけで表の情報はほぼ全て、裏の情報もある程度は入手できるのだ。
 このインターポール用のサーバがハッキングされたらえらいことだな。
 と、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの結果がでたな。

「なになに……五百年以上前に生まれ、数十人以上のハンターを返り討ち……。
 元六百万ドルの賞金首で『闇の福音』と呼ばれる……これどこの都市伝説だよ」

 余りの荒唐無稽さに頭を抱えてしまう。これじゃこの写真では小学生並みの少女は怪物ってことになってしまうじゃないか。
 あ。本当に吸血鬼って書いてあるぞ、信憑性薄いなー。確か吸血鬼は鏡に映らないから、写真にも写らないってジョークがあったけど、彼女はしっかりとクラス名簿にも載ってるしなぁ。
 うわ、それに十五年前に死亡ってある。倒したのは――『紅き翼』ですか。

 これは葱丸君の言った通りのようだな。おそらくは暴走する彼女の行動をかばいきれなくなった『紅き翼』が、事態を沈静化させるために公式上は死亡扱いにしてもみ消したんだろう。
 ため息をつきつつエヴァ君と倒したハンターのナギという男の写真をプリントアウトする。葱丸君にも確認してもらおう。

 プリンターから二人の写真を取り、次に打ち込む検索ワードは『バカレンジャー』だ。
 今度はヒット数がやけに少ないな。

「ええと『ちうの部屋』内の雑談のところで話題になったことがあるんだな。ではポチッとな」

 とクリックする。期待を裏切られて、出てくる情報は断片的で、バカレンジャーの個人を特定するのはちょっと無理だった。しかし、このホームページの主人の長谷川 千雨と同じクラスであることだけは絞り込めた。
 三年A組かぁ、エヴァ君といいバカレンジャーといいまともなクラスとは言いがたいな。うん、ちょっと調べただけでもやっぱりこのクラスは中学の二年を通じて成績はほぼ最底辺。問題児ばかりを集めて隔離するクラスなのだとわかった。
 ごく一般人で、コスプレイヤーなだけらしい長谷川君には迷惑な話だな。

 個性的すぎるA組の生徒名簿をながめて、誰がバカレンジャーなのかを推理する。
 ……いや、ノーヒントじゃ無理だな。いっその事、勘に頼って当たってみるか。電話での聞き込みなら外れても冗談にすればすむし、僕の勘は鋭いと極一部では評判なんだ。
 クラス名簿を睨みつけ、怪しげな人物を特定しようと勘を働かせる。とりあえず、エヴァ君と絡操君と長谷川君は除外して、僕の第六勘が訴えるのは――こいつだ。
 携帯からその相手へとコールする。

「もしもし、そちらは超君ですか。こちらはインターポールの……」


 葱丸side

 
 今夜エヴァさんの家に出撃することにした。
 今日エヴァさんと絡操さんが欠席したと聞き、調子が悪い可能性があることと、ジョンからいつでも停電にできると頼もしい言葉でOKをもらったからだ。ただ続けて「火星人とバカレンジャーにつながる情報を入手できそうだ」と叫んでいたのがいささか不安材料だが。

 はやく計画を決行しなくては、あの男は火星人調査へ出発しかねない。
 エヴァさんについては不確定な情報が多く、実態はつかめなかったそうだ。数百年生きてるとか、数十人を殺したとかの噂を拾ってきたが、まあロボみたいなもんだしなぁ……。

 一つだけめぼしい情報といえば、十五年前にエヴァさんを倒したことになっているのが『ナギ・スプリングフィールド』だということだ。渡された写真で確かめたが、間違いなくこいつは俺の村を壊滅させたリーダーだ。

 エヴァさんといいこのナギといい都合が悪くなったら「死んだふり」をするのが『紅き翼』の得意技らしい。このナギも十年前に死亡と記録されているが、俺と会ったのがその後だから明らかにこの記録が偽装されたものだと判る。

 スプリングフィールドを名乗っているんだから、俺はおそらくこいつに製造されたんだろう。こいつ俺の改造手術や、証拠隠滅のため村一つを消滅させ、エヴァの死亡偽装による賞金詐取などどれほど後ろ暗いことをやっているんだろう。
 だいたい身にやましい事がなければ死んだふりして実は生きてる、とかする必要はないんだから。

 まあ、とにかく今はエヴァ戦だけに焦点を絞って考えよう。
 手持ちのカードは少ない。俺は結局、自分がどう改造されたかわからずに、オリンピック級の身体能力の他は『稲妻パンチ』以外に必殺技がない。

 ジョンが停電させてATフィールドを無効化しなければ勝算はゼロだ。しかし、こちらの策がうまくはまれば電力不足で動けないエヴァさんを『後は止めを刺すだけ』という状態に持ち込める。
 身動き一つできない少女に襲い掛かる完全武装の少年……完璧に悪役だな。
 勿論そうなるのが理想的だが、実戦ではどんなアクシデントがあるかわからない。
 とりあえず、対エヴァ戦よりも以前から、対デスメガネ戦を想定して吟味を重ねていた戦闘用具を身に着け始めた。

 まず染めていた髪を赤毛に戻し、帽子の中へたくし込む。コンタクトも外して元の『ネギ・スプリングフィールド』の容姿にした。これで目撃者がいても、エヴァさんを倒したのは『葱丸』ではなく『ネギ』ということに公式上はごまかされるはずだ。

 戦闘服としてシャツの上に防弾チョッキを着て、対刃素材のジャンバーをはおる。性能のわりに軽い・安い・暖かいの三拍子そろった優れものだ。こーゆーのをフリーマーケットで売っている、麻帆良大学の科学部は太っ腹だよな。
 そして、ジャンバーの袖口と襟元にカミソリの刃を縫い付けておく。漫画にあった小細工だが、襟をわしづかみにするような輩には効果絶大だ。チクチクするのが難点だが、用心するに越した事はない。
 できればヘルメットまで被れれば万全だが、さすがに不審に思われるだろうと断念した。

 防具はともかく武器の方は寂しい限りだ。大振りのサバイバルナイフに特殊警棒だけ。他には小道具として閃光手榴弾に発煙筒にカラーボール(中身は唐辛子やコショウ・杉花粉を混ぜたもの)と対デスメガネ用の小物をいくつか。
 最大の破壊力を持つのが『稲妻パンチ』なのが泣ける。ダメ元でジョンに銃を貸してくれと頼んだが「僕も弾をもってないし……」と落ち込まれた。

 いろいろと不安もあるが、今更後戻りはできない。作戦が上手くいくことを信じて見切り発車だ。
 目立たないヘッドセット型の無線でジョンに連絡を入れる。携帯は停電になると使えないかもしれないからと渡された物だ。
 
「ジョン、それでは出発しますが、そちらの準備はいかがですか?」
『OKだ。君の号令があり次第、麻帆良を闇に染めてあげるよ』

 まるで悪い魔法使いのような台詞をはく彼を信頼するしかない。

「頼みますよ、停電させるのが作戦の要なんですから」
『判ってるって、せっかく火星人の尻尾をつかめそうなんだ。こんな所でミスをしちゃいられないよ』
「はいはい、この件が終わったら祝杯を挙げた後で手伝いますよ」

 ふう、これ以上交信しているといらん死亡フラグを立てそうだな。そんな弱気になりかかる自分を叱咤する。大丈夫だって! 俺の直感はゴーサインをだしている。
 春とはいえ、夜になると涼しさより風は冷たさを感じさせる。その冷えた夜気を胸一杯に吸い込んで、肺が空になるまで息吹として吐き出す。
 ――よし、出陣だ。




[3639] 十三話  直接戦闘にも向かない少年
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/10/09 17:22

 葱丸side


 まだ満ちてはいない月明りの中、森の奥深くにあるログハウスに赴いた。
 エヴァさんの住所は全く人気のない辺鄙な場所にあった。これは好材料の一つだ。少々騒がせても通報する者はいないだろう。
 一枚板の扉をノックすると待つ程もなく扉が開き、メイド姿の茶々丸さんが出迎えた。

「こんばんは。夜分遅く申し訳ありませんが、人目につくと拙いかと思いましてこんな時間にお邪魔しました」
「いいえ、マスターは普段は夜の方が機嫌がいいぐらいです。ようこそいらっしゃいました、葱丸さん」

 アポイントメント無しの訪問にも、驚きの表情を出すことなく俺を迎え入れた。
 これから戦おうって相手を前にしても、警戒心も動揺もまったく表れない。こういうノーリアクションの相手は読みで戦う俺には相性が悪いな。

「お茶をお持ちしますので、こちらへ」

 そう言って、ソファを勧められた。あ、凄いフカフカしている。柔らかなクッションで上下に揺れながら、横目で内部を観察する。
 想像以上に女の子っぽいインテリアというのが第一印象だった。周囲の壁が覆われるほど人形がたくさん飾られている。

「粗茶ですが」
「あ、ども」

 渡されたのは、鼻から緑の風が吹き抜ける錯覚さえ起こさせるほどの緑茶だった。いや、結構なお手前で。
 俺が舌鼓を打っていると、階段を下りてくる乱れた足音の後にフリフリレースのパジャマ姿でエヴァさんが姿を現した。
 なぜか息が荒く、頬は上気して目の焦点もどこか怪しい。

「くくく、貴様からやってくるとはいい度胸だ。その度胸に免じて……」

 そこまで偉そうに宣言して倒れかかる。慌てて茶々丸さんが受け止めたが、すでにエヴァさんは意識を失っていた。

「現在のマスターは十歳ていどの体力しかありません。風邪と花粉症を患って熱を出しているのに、これほど興奮されては起きているのは無理でしょう」

 茶々丸さんが主人の容態を解説してくれる。……風邪に花粉症と熱だと? それはコンピュータウイルスに感染して熱暴走してるってことか?
 まあ、そっちの事情はともかくコンディションが悪いなら願ったり叶ったりだ。後は茶々丸さんの隙をついて、エヴァさんを倒す――いや、はっきり言えば殺せれば俺の勝ちだ。
 本当に人間型で、意思の疎通ができるものを殺せるのか? という疑問は棚上げだ。だって俺には他に方法を思いつかねーんだよ。
 
 エヴァさんに戦闘能力が無いなら問題は茶々丸さんだけだ。どうにかしてエヴァさんと二人きりになるチャンスがあればいいのだが……はい? 茶々丸さんなんと仰いましたか。

「ですから、葱丸さんはマスターのご様子を見ていていただけますか。私はつてのある病院で薬を受け取りにいってきますので」
「え? もう夜中ですけど」
「私は今日はマスターに付きっ切りでしたので病院へ薬をもらいに行く事もできませんでした。客人に対し失礼ですが、マスターの付き添いをお願いします」
「そりゃもう喜んで! ぜひともやらせていただきます!」

 茶々丸さんの頼みにブンブンと頭を上下させて承知する。これはもう神様が『殺れ』とチャンスを与えているようなものだ。

「では、マスターのベッドは二階にありますので、私が帰ってくるまでの間お願いします」
「任されました」

 胸を叩いて応じる。心臓は踊っているが、余裕たっぷりに見せかけなければ茶々丸さんは出発しないかもしれない。
 もう一度頭を下げると茶々丸さんは、足からジェット噴射して空中へと舞い上がった。
 
 さてと、やっと二人きりになれたねエヴァさん。
 頬にそっと手で触れる。滑らかな感触と微かに高い体温が感じ取れる。
 意味もなく睦言をささやいたようで赤面してしまう。何考えているんだ、俺はこいつを殺しにきたんだろ? 触れるってことはATフィールドを張っていない絶好のチャンスなんだぞ。
 二階にも運ばずに居間のソファに横になっているエヴァさんを俺は見下ろしていた。本当に小さいよなこいつ。
 彼女の寝顔は熱のために安らかとは言えないが、まるでビスクドールのように可愛らしい。

 まぁ半分ロボみたいなもんだから、人形みたいに端正な作りなのは当然か。
 せめて眠っていて何も知らない内に、安らかに送ってやることだけしか俺にはできない。
 そっと懐からサバイバルナイフをとりだした。コアはやはり心臓のあたりだろうな。

 あれ、左胸に狙いを定めたナイフが小刻みに震えている。いや、震えているのは俺の腕だ。どんなに深呼吸しても震えが止まろうとしない。
 確かに風邪で寝込んでいる少女の命を奪うのは、人間的にそれはどうよ? と思わないではないが、かの剣豪宮本武蔵も試合に前に控え室で相手を殺し「試合が決まっているのに油断している方が悪いのです」と平然と言い放ったそうだ。
 だからこれもきっと卑怯じゃないんだ! よし、理論武装終了。いくぞ。

 震えたままでもエヴァさんの左胸に突き立てようと、ナイフを振りかぶった。
 その瞬間震えは止まった。同時に腕もナイフも停止する。
 そのナイフより鋭い目で少女が下から睨みつけていた。

「ゲスめ。コホン、寝入りを襲うとは罠は使ったが正面から向かい合った父親とは似ても似つかぬな」

 赤い瞳で睨んでいるエヴァさんの放つ殺気は恐ろしいが、俺の腕の動きを止めたのはもっと物理的な何かだ。
 中途半端な姿勢で固まってしまった腕に、照明が微かな影の線を映す。これは……糸か? 肉眼では確認しずらいほど細い糸で腕が拘束されているんだ。

「決闘であれば命にかかわるほど血を吸うつもりはなかったが、ここまで腐っていては殺されても文句はいえんだろ。
 スプリングフィールドの家系も、ナギで才能も誇りも使い切ったか」
「エヴァさん、僕がそれほど底の浅い男だと思ってるんですか」

 動揺を覆い隠し、いかにも失望したのはこっちだといわんばかりに可動部の少ない肩をすくめる。怖えぇ、でもまだこれからが俺達の作戦の始まりだ。

「まだ、パーティーはこれからですよ……ジョン!」
『ガッテンだ』

 ヘッドセットから頼もしい相棒の声が聞こえる。同時に窓の外に広がっていた夜景から光が消えていく。停電作戦はうまくいったらしい。
 エヴァさんもその光景に「何!?」と驚きを隠せない。
 その隙をついて、もがくように腕を捻り袖に仕込んだカミソリの刃で糸を切断することに成功した。右手が動くようになればこっちのものだ、ナイフを振り回して体に巻きついた糸を切る。
 俺の糸抜けに気づいたエヴァさんと視線が合った瞬間に、この家も闇に包まれた。

 よし、予定通りだ。すばやく暗視スコープをつけてエヴァさんに跳びかかる。さっきまでの躊躇は綺麗さっぱり無くなっている。目前にいるこの少女は倒すべき敵でしかない。
 ナイフが刺さる! 確信を抱いた瞬間に俺は吹き飛ばされていた。

 壁にぶつけた後頭部に走る激痛で意識がはっきりした。ほんの一秒にも満たない間気絶していたらしい。その俺を気絶するほどの衝撃で跳ね飛ばした少女は、こちらを気にするでもなく自分の体を見下ろし「呪縛が解けている……?」と不思議そうにつぶやいていた。
 どうもさっき俺を弾いたのは反射的なものだったようだ。こっちの行動に気がついていなかった可能性すらある。一体どれほどの戦力差だよ! 不公平にも程があるだろ。

 俺の内心のグチが聞こえたわけでもないだろうが、エヴァさんはゆっくりと俺に視線を送りソファの上に仁王立ちした。

「くっくっく、なろほどな。パーティーはこれからか! フェアな戦いのために私の魔力を戻すとは全くクレイジーな奴だな。さっきの言葉は撤回するぞ、貴様はあの馬鹿な父親そっくりだ!」
 
 喜色満面の彼女から皮膚が痛いほどのパワーが放射されている。具体例で言うと『○リリンのことかー!』と激昂したスーパー野菜人に匹敵するほどだ。
 停電により動けなくなるどころか、明らかにパワーアップしている……完璧なはずの作戦のどこかに間違いがあったのだろう。

 いや、そんな疑問を解決するよりも逃げるほうが先決だ。幸いこの居間には庭に面した大きな窓があった。このジャンバーならガラスの破片は防いでくれるはずだ。両手で頭を抱える格好でそっちにダッシュする。
 窓ガラスを突き破って外に脱出した俺は、後を追って笑い声と共に空に舞い上がった少女に対し恐怖をおぼえた。

 いつの間に大人の女性にまで巨大化したんだ!? さらにパジャマからアダルトな黒の下着みたいなドレスにお召し物まで変えている。
 お色直しする余裕まであったってのかよ。
 この状況において俺に唯一つわかるのは、作戦が瓦解したということだけだ。
 半ば四つん這いになりながらも、必死に悪魔の館から逃走しつつ作戦中止を呼びかける。

「ジョン、作戦失敗です! 早く停電を解除してあなたも逃げてください」
『アイアイサー、よっと……あれなんかブレーカーに引っかかって』
「ジョン早く!」


 タカミチside


 夜間のパトロールの最中に麻帆良から全ての明かりが消えた。同時に結界も消滅し、学園が無防備になってしまう。
 もう少しでメンテナンスを行うこの時期に、停電が起こるとは運が悪い。
 舌打ちして警備の応援に行こうとした。ここらへんの侵入者はもう僕が倒しつくした後なので、この場を離れても問題ない。
 どこが手薄か連絡を取ろうと携帯を使いかけてさらに舌打ちを重ねる。使用不可だ。こうなると魔法の使えない僕は向こうから働きかけがないと話のしようがない。

 仕方がないので、煙草でも吸いながら時間を潰そうとしていると、森の中から巨大な魔力の奔流が柱のように天まで立ち上るのが見えた。
 あれはエヴァの家の辺りだな。
 そこからガラスの割れる音とエヴァの高笑いに爆発音がここまで響いてくる。……不味くないか? 普段のエヴァなら加減をわきまえているはずだ。
 少なくとも、他の魔法先生に文句を言われるほど騒ぎを起こすはずもないのだが。

 ふと、想像もしたことのない可能性が脳裏に浮かぶ。
 エヴァはこの学園に結界によって縛られていると聞いている。ではもしその結界が消えればどうなる。いや、もっと積極的にエヴァが結界を消滅させるために停電を引き起こしたのだとしたら――。
 それ以上の想像を自らに禁じ、僕は瞬動によって轟音と高笑いの中心地へと走り出した。



[3639] 十四話  葱丸は逃げ出した しかし回り込まれた
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/10/18 13:11
 葱丸side


 走る。走る。全力で足を動かす。恐怖が肉体の限界を突破させる。今の俺の速度は間違いなく時速四十キロを超えて、オリンピックの短距離でも金メダルを獲得できるはずだ。
 しかし、そのスピードがまったく優位につながらない。なにしろ敵は空を飛んでいるのだから。

「カーチェイスをヘリで追跡するのって卑怯じゃないのかよ。FBIに追われる犯人の悲哀がわかるな」

 エヴァさんからの攻撃はまさに七面鳥撃ち、反撃を気にすることなくガンガン爆撃をしてくる。
 あの肌もあらわなドレス姿からは、とても信じられないほどの破壊力を持った砲撃が飛んでくるのだ。
 それでも必死の逃走が実を結んだのか、森の中でも特に木が密集している地点にたどり着いた。ここならば上空からでも見通しがつかず、狙撃するのは不可能だ。

「エヴァさんも標的を視認するために、高度を下げざるをえないはず……よし」

 ここらの低くまで茂っている木立に発煙筒で煙幕を張り、さらに見通しを悪くさせて突入をためらわせる。

「二番煎じが通じる相手じゃないだろうけど」

 前回は一目散に逃げたので、今度は煙を我慢して草むらに潜むと、カモフラージュされた布を頭から被り気配を殺す。前回の逃走を意識させて実はその場に隠れただけってことだ。この小細工に引っかかってくれれば……。

 目に映る物が全て白く染まった。
 轟音というより衝撃波が鼓膜を叩き、耳が一時的におかしくなったのか逆に無音の世界になる。
 体が何度もバウンドして雪原に打ち倒される。
 ――雪? そう、俺が隠れていた場所は、煙幕を張った範囲どころか遮蔽物である森ごと吹雪によって破壊されていたのだ。

「なんつー力業だ」

 まだ自分のつぶやきさえもうまく聞き取れない。寒さとダメージで舌もうまく回ってないようだが。
 それにしてもエヴァさんには参るぜ。煙幕のある場所を避けようとか、罠があるかもしれないから用心しようとかいった、通常の戦場の知恵とは全く次元の異なる『邪魔だから全部潰す』という強者の思考に思わず笑ってしまう。

『どうした葱丸君、凄い音がしたぞ』

 ヘッドセット越しのジョンの声もとびとびで聞きづらい。

「その騒音の元凶は全部エヴァさんです。彼女とはあんまり差がありすぎて、もう笑うしかないって状況ですね」
『……冷静になるんだ。自棄になっても事態は好転しないぞ。ほら、バスケットのコーチも言ってただろ『あきらめたら、そこでシュート練習二万本ですよ』って』
「そこまでスパルタじゃなかったぞー!」
 
 思わず突っ込んでしまった俺と、上空から探していたらしいエヴァさんの目が合う。黒一色の俺の服装は、闇に紛れるのには最適だがこの雪原では目立ちすぎだ。せめてもの抵抗をとポケットから閃光弾を出そうと手を突っ込んだ。
 そんな俺をなぜか不興げに睨むと指をパチンと鳴らした。
 また爆撃か!? と身構えたが、エヴァさんからはなにも発射されるものはない。今の合図はなんだったんだと疑問に答えるように空中の彼女が俺に対して今度は鼻を鳴らす。

「対等な条件にするために、わざわざ私の魔力を復活させたかと思えば……随分とまあなめられたもんだな。
 その程度で『闇の福音』に喧嘩を売ったのか? チャチャゼロに反応すらできんとはな」

 深々とため息をつく。気がつけば俺の喉元は血がべったりとこびりついていた。いつの間にか背後に忍び寄られていた人物にナイフを突きつけられていたのだ。
 エヴァさんに指摘されるまで、血を流していることにすら気取らせなかったとは、俺の後ろを取ったのは尋常な実力の持ち主ではない。

 首を動かさずに横目で窺うと、そこには身長三十センチほどの目つきの悪い人形が自分よりも大きそうなナイフを握っていた。
 俺が観察しているのに気づいたのか「ケケケ」と笑うと、さらに強くナイフを押し付ける。そこはもう、皮じゃなく肉に食い込んでます! と抗議することもできず、ポケットに入れた手の内から閃光弾が地面へ落ちた。
 
 ……これはまずいかもしれん。額に汗がにじみ、つばを飲み込む事さえ難しい。
 なんと命乞いをするべきか検討をはじめていると、救世主の声が響いた。

「そこまでだよ、エヴァ」

 よし、やっぱり主人公の危機には助けがやってくるものだよね。
 喉元の刃に触れないように、慎重にかつ満面の笑みをうかべてエヴァさんを制止した男へ振り向く。
 そこには、夜目にも鮮やかな白いスーツ姿の……

「怪人デスメガネ!?」
「ネギ君!?」

 ……白いスーツ姿の敵の援軍がいた。


 タカミチside


 瞬動により、僕は騒動の中心地付近にたどり着いた。そこはエヴァの家のそばの湖近くの深い森の中だ。いや、森の中だったと表現すべきだろうか、僕が到着したのは木々が全てなぎ倒された雪原だった。
 その真っ白な風景に黒衣の人影が空と地に現れている。

 空にいるのはエヴァだ。いつもの子供の姿ではなく、賞金首時代のすばらしいプロポーションを持った妙齢の金髪美女になっている。
 地に座り込んでいるのはまだ子供のようだ。すでにチャチャゼロにナイフで拘束されている。もしかして、この子供が侵入者でエヴァがそれを捕獲しようと攻撃魔法を大判振る舞いしただけなのだろうか。
 違和感はあるが、それだけなら大事にならずに済む。
 とにかく、この場で一番危険そうな彼女を止めなければ。

「そこまでだよ、エヴァ」

 落ち着かせようとする僕の声に、大人の姿のままで口をとがらす幼い表情を作りエヴァは動きを止めた。
 とりあえず、何があったのか把握しようとチャチャゼロに押さえつけられている少年を確認した。

「怪人デスメガネ!?」
「ネギ君!?」

 口をお互いに大きく開けて見つめ合う。なんで彼がこんな所にいるんだ? いや、それよりどうやってネギ君はこの学園内に侵入したんだろう。この麻帆良の結界を破るなんて、相当の術者でも不可能だ。ましてや彼はまだ十にもならない子供のはず。

 だとすると、内通者が停電させて結界を無効化して彼を招きいれたとしか考えられない。そんなことをして利益があるのは……。
 咸掛法を使い戦闘態勢になってエヴァを見つめる。
 停電により、エヴァは全盛期の力を取り戻した。また進入できないはずのネギ君が麻帆良の内部に入っている。

 そのネギ君を捕まえたのは――エヴァだ。ネギ君の血を吸って力を取り戻せるのは――エヴァだ。今回に限って派手な魔法を使いまくっていたのは――エヴァだ。
 つまり停電によって最大の利益を得たのは――。

「チャチャゼロはネギ君を放さなくてもいいけど、エヴァはちょっと質問に答えてもらえるかな」
「なぜだ」

 僕がファイティング・ポーズをとったのに対し細く形の良い眉がしかめられる。これはいつか見た表情だ、この麻帆良に来る前に『闇の福音』として周りを全て敵視していたころの彼女だ。

「なぜって、停電がおきて以降のエヴァの行動に納得がいかない事があるんでね。ちょと教えてもらおうかと」
「そんなに私が信用できんのか」

 急速にエヴァの雰囲気が冷たくなっていく。僕は学園長と並び、彼女からの信頼を得ていると思っていたが、そんなものは今のエヴァからは感じとれない。
 僕とエヴァとの間の空気が張り詰めていく。シンと冷たく静まり返った月明りの中、チャチャゼロの「ケケケ」という耳障りな笑いだけが響く。

 まずい、頭のどこかで声がささやく。こんな緊迫した空間はガスの充満した部屋と同じだ。ちょっとしたことで大爆発が起こってしまう。なんとか話し合わないと――。
 口を開こうとした瞬間に、その張り詰めた空気を閃光が破った。

 きっかけとなった光は何か判らないが、僕はエヴァとの戦闘に突入した。
 そしていったん戦闘になってしまえば、余計な思考をさせてくれる相手ではない。僕の持ちうる全てを費やして引き分けられるかどうかといったレベルの敵だ。
 まさか彼女と死力を尽くして戦う日が来るとは思いもしなかった。


 葱丸side


 俺の前で化け物二人が凄まじい戦いを繰り広げている。
 その実況を中継したいが、スピードがあり過ぎて肉眼で追うことができない。デスメガネとエヴァさんが睨み合っていたから、なんとなく足元の閃光弾をそちらに蹴り出したんだが、まさかこんな戦闘が行われるとは……。
 あの二人はお互いしか見えてないようだから、逃げ出したいんだがこのチャチャゼロって人形が離れてくれない。

 え? 戦闘には加わりたくないのかって? 
 もし散歩に出かけて、喧嘩している人間がいたら止めるよ。喧嘩しているのがクマでも今の俺なら止められるかもしれない。
 でも、散歩に出て空を見上げたらF-十五イーグルが二機ドッグファイトをしている最中だったらそれに加わろうって発想は出ないよね? そのぐらい俺とは差があるんだよ。
 
 ナイフを突き付けられ、ぼーっと見てるしかない俺にようやく転機が訪れたのは、チャチャゼロが痺れを切らしてからだった。

「ダーッ、御主人モ何シテンダヨ。アト一息デ殺レルジャネーカ。イイ加減二オレニモ戦ワセロー!」

 チャチャゼロが両手にナイフを振りかざし渦中へと飛び込んでいこうとしたのだ。
 ラッキー! 何ていう幸運だ。天は我を見捨てていなかった! このままこっそりと立ち去れば……。
 
 忍び足で一歩踏み出した途端に、周りが明るくなった。いや、そうじゃない、学園の照明が点灯しだしたんだ。
 同時にぷえん・ぷしゅう~。と気の抜ける音と共にエヴァが空から落ちてきた。なぜか慌ててデスメガネが受け止めている。さっきまで戦っていたのに、なんというジェントルマンぶりだ。
 チャチャゼロもうつ伏せに倒れている。どうやら走り出そうとした瞬間に動けなくなって転んでしまったらしい。
 ふっふっふ、人形ごときが俺に刃物で傷を付けるからこうなるのだよ。 

「ふっふっふ、けーけっけ」

 チャチャゼロを仰向けにして嘲笑を浴びせる。ストレスでどっか切れてしまったようだ。ひとしきり高笑いすると、レーザーが射出されそうな目つきのチャチャゼロを残して逃走を再開しようとした。

「ちょっとまってくれ、ネギ君」

 デスメガネの呼び止めに足がぴたりと止まる。あ、エヴァさんとの戦いが終わったのなら、こいつから俺が逃げる隙なんてないじゃん!
 ようやくそのことに気づき血の気の引いた俺の耳に、ジョンからの通信が入る。

『やっとブレーカーを戻して、施設から脱出したよ。そっちはどうだい? うまくいってるかい?』
「あなたのせいで死にそうです」
 
 これは掛け値なしの本音だ。ジョンがブレーカーを戻すのが早ければ、デスメガネが来る前に逃げ出せた。遅ければ、二人の怪物の戦ってる隙にフェードアウトもできた。
 最悪に近いタイミングで停電から復活させやがって、しかも脱出済みならもうブレーカー操作を頼む事もできやしない。

『ちょ、そんなに怒らないで、それに諦めちゃだめだよ。言い忘れてたけど、今夜の事をバカレンジャーのリーダーに伝えておいたから、うまくすれば助けてもらえるかも』

 その言葉と同時に、まるで出待ちをしてたかのように、まだ遠くの森の中から少女と女性掛け合いが聞こえてきた。その少女の声にデスメガネの動きが停止した。

「ちょっと、あなたは三年A組の神楽坂 明日菜さんでしたね。こんな夜中にどうして出歩いているんですか?」
「あ、シスター・シャークティ。その、インターポールから捜査協力の連絡があって……」
「インターポール? 明日菜さんあなた国際犯罪にでも関係してたんですか!?」
「そんなことないです! あ、あそこなぜか雪がふってる!? 気になりません!? 気になりますよね!? そーゆー訳で失礼します!」
「そーゆー訳って、どんな訳ですかぁー。待ちなさい、明日菜さん! 明日菜さん!?」

 ……頼りになる援軍、なのだろうか? ジョンが呼んだという一点だけでも信用しきれないが、デスメガネを相手にするのなら人手は多いに越した事はない。
 こんな化け物と戦いたくなどないが、懐にしまっていた対デスメガネ用の小道具がムダにならずにすんだとポジティブに考えるんだ。

 速戦を選ぶか、バカレンジャーを待つかの二択に思えるが、実は全く選択の余地のなく先手を打って攻撃をしかけるしかない。
 さっきのエヴァさんとの戦闘を観察する限り、彼の一番の脅威はそのスピードだ。
 もし彼に先に攻撃をされたら、訳もわからぬ内に眠らせられる。
 こちらがペースを握り、常に先手を取り続けてデスメガネに防御で忙殺させる以外に道はない。
 
 よし、戦闘だ! 気合をいれた俺は、まず地面からチャチャゼロを抱き上げた。
 



[3639] 十五話  逃げても駄目なら降参してみた
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/10/25 13:12
 葱丸side


 俺はチャチャゼロにチューブから特製のトリモチをたっぷりとなすり付け、全力でデスメガネへと放り投げた。「オボエテヤガレー」の叫びと共に剛速球のビーンボールの人形がデスメガネを襲う。
 彼ははまださっきの森の中の話し声を気にする素振りだったが、さすがに自分への攻撃に対する反応は速かった。 
 一瞬避けようとする動きをしかけたが、飛んでくるのがチャチャゼロだったために受け止めようと身構える。

 そうだろう。さっきエヴァさんを墜落から救う姿を見て、貴様ならそうすると予測していたよ! 
 だから、この強力なトリモチをべったりとチャチャゼロに付けておいたんだ。
 このトリモチの威力は中々のもので、急いだせいでちょっとだけかかった俺の手でさえ、拳が開かなくなるほどの粘着力だ。

 空気抵抗が大きく重い人形が百五十キロのスピードでぶつけられても、デスメガネは小揺るぎもせずがっちりとキャッチした。
 そしてすぐさま「む」と眉をひそめる。
 はは、チャチャゼロが手から離れねぇだろ。これが対デスメガネ用に立てていた作戦の一つだ。

 彼の見えない攻撃は、おそらく拳による衝撃波だろうと結論をだしていた。ポケットから拳を加速して抜く事で「居合い拳」とやらを実現させているのだろう。
 改造人間とはいえ、そんな人間離れした技を使える化け物がいるとは思わなかったがな。しかし、ポケットから加速して抜くのならその手に接着剤をくっつけちゃえばどう? という半ば冗談の嫌がらせから考え出した作戦だ。
 居合いを得意とする剣士に、試合前にそっと鞘に接着剤を流し込むようなものだ。

 ちなみに、なぜ俺が「居合い拳」という秘密に気がついたかというと――何の事はないウェールズの空港で、こいつ「豪殺居合い拳!」っって叫んでんだよな。
 せっかくの技を秘密にしようとかいう考えは『紅き翼』にはないらしい。

 ともあれ困惑するデスメガネに俺はダッシュで接近する。長距離攻撃の手段を持たない俺はクロスレンジでしか勝負にならない。
 しかし、相手の歴戦の兵がぼうっと突っ立っているわけがない。バックステップを踏み、距離をとると強引にチャチャゼロから手を引き剥がした。
 うわ、チャチャゼロの服はずたぼろに破れて、そこからは黒の下着まで覗いている。結構大人なお召し物ですね。
 
 デスメガネは両手に服と下着の一部をくっつけながらも、居合い拳のためにポケットに突っ込む。がそこで動きが停滞した。
 よし。俺がなぜ即効性では瞬間接着剤におとるトリモチをえらんだのかが判ったか。その答えは持続性にあるのだ。例えチャチャゼロから手を離しても、今度はポケットにくっつくぞ。

 デスメガネはその眼鏡を光らせて俺を一瞥すると、覚悟を決めた表情で僅かに腰を落とした。
 やばい、無理矢理撃つつもりかよ。俺が顔の前で腕を十字に組んで衝撃にそなえると、そのクロスアームブロックの中心点に恐ろしいまでのパワーを伴った衝撃波がぶつかってきた。
 防御ごと体を浮かされ、また体が雪の上で回転して叩きつけられる。これはもう人間の打撃ではなく交通事故や砲弾クラスの衝撃力だ。森の端の湖沿いにまで飛ばされている。

 うめき声を抑えつつ、体のダメージをチェックする。
 とくにブロックした両腕の損傷が激しい。プロテクターでは吸収しきれずに、右腕は打撲ですんだようだが左は骨にひびぐらい入っているのだろう。痛みより痺れて指先が動かせない。もし、こんな打撃をまともに顔に受けてたら死んでいても不思議ではなかったな。
 こりゃあ完全に戦闘不能、逃走さえもできない。早めにギブアップしてチャンスを待つ方がいい。
 諦めてデスメガネに降伏しようとすると、なぜか彼まで地面に倒れて、鼻血を流しながらこちらを睨んでいる。
 ひび割れたレンズの向こうから覗く眼光には、禍々しいものが混じっている。

「もう抵抗しませんから、攻撃しないでください」

 痛む両手を苦労して上げた時、ツインテールの少女とシスター装束の女性が視界に映った。


 タカミチside


 ネギ君の投げつけたチャチャゼロを胸で抱きとめた。避けようかともチラリと考えたが、かなりの速度で飛来するチャチャゼロは身動き一つできそうにないので、受け止めねば彼女のボディは破壊されてしまう。
 幸いこのぐらいならば僕の体術で柔らかく止められる。

「ケケケ、世話ニナッタナ」

 苦笑いでチャチャゼロに答え、接近するネギ君を迎撃しようとすると……手が動かない。
 両手がチャチャゼロに張り付いて外れようとしない。何やらべとつく物質で固められたようだ。
 舌打ちすると「オイ、乱暴スンナ」との文句も無視して、強引に両手を引っぺがした。服から手を剥がしているというより、チャチャゼロの服を引き裂いているようで少しだけ気が引けた。
 元は服であった布を掌にこびりつかせながらも、拳を入れてポケットが破れるのも構わずに居合い拳を撃つ。

 それと同時に僕も前につんのめった。ポケットを破いた分の運動エネルギーのあおりを受けてバランスを崩してしまったのだ。
 慌てて、左手をついて体を支えようとしたのだが、その手もポケットにくっついているのを忘れていた。
 結果的に転倒して顔面を強打することになったわけだ。冷たく凍った土で鼻を打ったせいか痛みも増幅されている。あ、眼鏡のレンズにひびまで入っている。

 なんで僕がこんな所で鼻血を垂らして、雪を噛んでなきゃいけないんだろう? 屈辱に顔が歪む。ふふふ、そうか、全部君のせいなんだよなぁ、ネギ君。
 視線に殺気を込めて倒れている彼を睨みつけると、視線を受けた彼が弱々しく両手を掲げた。

「もう抵抗しませんから、攻撃しないでください」

 なんだもう命乞いか、失望の澱が胸の底に沈む。彼の父親ならばそんな無様な真似はしなかっただろう。もちろんこれは自分勝手な感情だとは理解しているが、拍子抜けに肩が落ちるのは止められなかった。
 その時僕はやっと気にしていた少女がすぐそばにいることに気がついた。


 アスナside


 なんでシスター・シャークティが見回りをしてるのよ! こんな夜中に出歩いていたと学園長に報告されたら、停学とまではいかなくても、バイトの禁止ぐらいされちゃうかもしれないじゃないの。
 超のやつ、もしインターポールからの連絡が嘘だったら殴るわよ! たとえ本当でも肉まんぐらいは請求するけどね。
 あ、ここら辺から雪野原になってるって……ここはまだ森の中じゃなかった? 見渡す限りの銀世界になってるんですけど。
 それより、こんな雪の中で倒れている人たちがいるじゃない!
 息を切らせて追いついてきたシャークティに人影を指差す。

「シスター、怪我人みたいです! 助けないと!」
「え? ええ、そうですね」

 彼らの元へ急行しながらぺろっと舌を出す。これであたしを追いかけてきたことを忘れてくれるといいんだけど。
 現場へたどり着いたのは、ちょうど少年が両手を上げた時だった。
 痛々しい姿の彼が降参した相手は……高畑先生? 降伏した少年を親の敵のような目で見ていたのは、あたし達三年A組の担任の高畑先生だった。その周りにはエヴァちゃんと汚れた人形が転がっている。
 でもあんな目をした高畑先生は初めてだった。いつもは微笑を絶やさないナイスミドルなのに……。

「高畑先生、何をしているんですか?」

 ためらいがちに問いかける。あたし達に気づいたタ高畑先生は素早く立ち上がった。
 その拍子に赤く腫れた鼻から一筋の血が流れ出したのだが、それよりもあたしが凝視してしまったのは下半身だ。
 ズボンが裂けている。そりゃもうすっぱりと。高畑先生ってブリーフ派なのね……と心のメモ帳に記録できるぐらい。
 彼も視線が気になったのか、自分の股間を確認して挙動不審になっている。

 ……え? でもちょっと待って? 夜の人気のない森の中で、エヴァちゃんや男の子を相手に下半身を露出して鼻血を垂らしてたって事?

「た、高畑先生……何をしているんですか?」

 唾を飲み込み、さっきとは明らかに異なった声音で詰問する。その瞬間に、男の子の上で電球がついたような錯覚が見えた。瞬きすると消えていたからきっと幻よね。

「タカミチせんせー、ぼくはともかくエヴァさんにはらんぼうしないでくれー」

 棒読みにすら聞こえる口調で語られた、男の子の哀願の言葉にこの場の空気が固まった。
 ま、まさか高畑先生この子とエヴァちゃんに口に出しては言えないような事を――。思わずシスターであるシャークティと顔を見合わせる。
 彼女は聖職者で真面目な性格のためか、あたしよりも青い顔をしている。お互いの表情に浮かんでいたのは――これって現行犯よね。

「高畑先生って実はロリコンだったのー! は、もしかしてあたしが子供のころはよく遊んでくれたのに、最近は距離を置いてるのはあたしが成長して体形が趣味から外れたからなの!?」
「ああ、主よ。このロリペド野郎に神罰をー!」

「え? あれ明日菜君もシャークティも何か勘違いしてないかい?」

「何を勘違いしてるって言うんですか! そんな下着を握り締めたままで、説得力ないわよー!」
「その下着はそこのチャチャゼロって人形のものです。先生は僕だけじゃなくて、エヴァさんや人形まで……ぐすっ」
「そ、そんなロリペドだけでなくショタやマリオネット・コンプレックスまで。背徳の四冠王ではないですか!
 ああ、主よ。今すぐこの淫獣を御許へ、いえ地獄へとお送りしますー!」




[3639] 十六話  ある夜森の中クマさんに出会った
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/10/25 13:18

 タカミチside


 何か理不尽な会話が僕の前で交わされている。冤罪が着々と作り上げられていく過程をまさか目の当たりにしようとは。
 きっと痴漢と間違われて逮捕された男も、こんなふうな虚脱感にさいなまれているのだろう。
 などと落ち着いて分析している場合じゃない。

「ちょっと待ってくれ! 僕がそんな事をする男じゃないことはアスナ君もシスター・シャークティも良く知っているだろう!?
 そんなロリだのショタだの不名誉な噂をながさないでくれ!」

 魂からの訴えに二人は多少は落ち着いたようだった。

「あの……高畑先生。本当にそんな趣味じゃないんですよね」
「もちろんだよ。もしそうだったら女子中学の先生なんて任されるはずないだろう?」
「む……それもそうですね。『紅き翼』で有名なあなたが性犯罪者のわけありませんわね。すいません高畑先生ちょっと興奮してしまったようです」

 ああ、ようやくアスナ君とシャークティを納得させられたか。なんでこんな苦労をしなければならないのだろう。
 その原因は……ネギ君だ。元凶を睨むと彼は目を伏せるどころか挑発的に口を開いた。

「さすが『紅き翼』ですね。僕をこんなに怪我までさせたのも、エヴァさんと戦ったのも、チャチャゼロの服と下着を破ったのも全部もみ消すつもりですか」

 まるで吐き捨てるようなその態度に僕の血圧も上がるが、まず反応したのはアスナ君だった。

「あんた何言ってんのよ! 高畑先生がそんな事する訳ないじゃない! ねぇ先生?」

 と信頼に満ちた瞳で「嘘ですよね」と語りかけてくる。

「え、あ、その……確かにやったのは僕だけど、その……事情があったというか……」

 女性陣の雰囲気が再び冷えて絶対零度に近づいていく。とくにアスナ君の顔には『裏切ったんだ、父さんと同じで僕の気持ちを裏切ったんだ』と書いてある。君は父親の事を知らないはずだったよね? それにしてもアスナ君、君はポーカーだけはやらないほうがいいよ。
 しどろもどろの弁明に業を煮やしたのか、シャークティが詰問する。

「今この少年が言ったのは本当なんですか? イエスかノーかでお答えください」
「え? いやシスター・シャークティ法廷じゃないんですし、そこまで厳密にしなくても」

 困った事に、ネギ君の発言に嘘はないのがかえって問題なのだ。そこにまた、ネギ君が余計な差し出口を叩く。

「それに加えて、タカミチ先生は自分でズボンを破いてパンツを露出したあげく、勝手に鼻血を流し出したんです」
「ネギ君もういらんことを喋るなー!」

 僕の絶叫にネギ君は「はい、仰せのままに」と素直に引き下がった。ふう。
 しかし、この態度が女性陣には不評だったようだ。

「こんな小さくて怪我してる子供に怒鳴る事はないでしょう!」
「怒鳴って口止めするなんて本当に高畑先生はそんな破廉恥な事してないんですか!? イエスかノーかでお答えください。返答によっては主の御許へ近づけてさしあげます」

 うう、なんと答えるべきか僕が進退窮まっていると、またしてもネギ君が賢しげに口出しする。お前さっき黙ってるって約束したばかりだろうが。

「だったら、直接エヴァさんに聞いてみましょうか? エヴァさんタカミチ先生と戦ってましたよね?」
「コホン。え!? ああ」
「タカミチ先生がチャチャゼロの服を破いたのも、ご自分でズボンを破いて『フォー!』と叫んで鼻血を出したのも見てましたね?」
「いや、叫んではいなかったが……」
「他はどうです?」
「まあ、確かにタカミチが自分でやったのは確かだな……くしょん」
「以上で証人尋問を終わります。シスター・シャークティ」

 すっかりネギ君のペースで会話が進んでしまっている。エヴァなどは僕を弁護したさそうな素振りがあったのに、風邪と花粉症の影響もあって不利な証言しか話させてもらえていない。
 アスナ君とシャークティが顔を合わせてお互いに頷き合っている。

「有罪ですね」
「高畑先生、自首した方が罪は軽くてすみますよ」

 僕はこの時点で説得をしようという思考は放棄していた。どこから解けばいいのかわからない誤解の糸からまりすぎている。とにかくこの場を収めた後で、エヴァと戦った背景も含めじっくり話し合いをするしかない。
 そのためには、まずは魔法世界について知識のないアスナ君を排除しなければならない。

「すまないね、アスナ君」

 瞬動で彼女の前に移動すると、べたつく手で苦労しながらも額にお札をはった。この短期記憶消却の符は、僕のように魔法を使えない戦闘者には必須の携帯用具だ。魔法戦闘を生徒に見られたときなどに重宝している。
 これで残るは裏の世界に通じる者達だけ、取り繕うことなく話ができる。
 アスナ君の額に貼られたお札が光を発し、きれいに消却した。なぜか彼女の服だけを。

「……毛糸のクマさん……」

 あったかそうな下着姿になったアスナ君を見て思い出す。彼女は希少な魔力完全無効化能力者だったんだ。このぐらいのチープなお札に込められた程度の術じゃ、彼女の記憶を操作などできない。かえって跳ね返されたことによって服を裂いてしまったのだろう。

 そこまで思考を進めた時、僕を見る視線を感じ取った。ネギ君とエヴァやシャークティの凍てつきそうな視線と、アスナ君の瞳を潤ませながらも獲物を狙う猛禽類の鋭い視線だ。
 アスナ君はそのまま無言で右手を振りかぶった。まずいな、さっきのネギ君の一撃以上の破壊力がこもっていそうだ。

「このえろガッパ~!」
「ぷぺらっ!」

 彼女の右が僕の顎先に命中した。馬鹿な! 避けるつもりだったのに、まともにくらってしまった。特別な修行などしていないはずなのに、僕が避けきれないほどのパンチを打てるとはさすがはお姫様だ。持って生まれた才能が桁違いだ。
 おまけに威力も充分で、三半規管を揺らされたのか、立ち上がろうとする足が生まれたての子馬のように震えてしまう。こんなに千鳥足では、走りさるアスナ君を追うことさえ難しい……あれ? 今逃げられると僕の社会的立場が凄くまずいのでは?

「ア、アスナ君どこへ行くんだ!」
「きゃー、ついてこないでよこの露出狂!」

 記憶を失わせるのが無理ならば、せめて事情を説明しなければならないが、こちらを振り返りもせず駆けていく。

「頼む、話を聞いてくれ~!」


 アスナside


 ピンク色の妄想に染まりかけていたら、高畑先生の必死の自己弁護に頭へ昇っていた血が下りてきた。
 そうよね、今までだってあたしにも変な事しようとはしなかったんだし。この男の子の勘違いかも……。

「あの……高畑先生。本当にそんな趣味じゃないんですよね」
「もちろんだよ。もしそうだったら女子中の先生なんて任されるはずないだろう?」

 それもそうよね。そんな危ない性癖を持っていたら、さすがに学園長も孫の木乃香のクラス担任にはしないでしょうね。だけど、安堵する暇もなく男の子は高畑先生がエヴァちゃんと自分に襲い掛かった後で、自ら下半身を露出して鼻血を出したと言い出したのだ。
 そんなの嘘に決まってるじゃないの! ねえ高畑先生?

「え、あ、その……確かにやったのは僕だけどその……事情があったというか……」

 その歯切れの悪い答えはなんなの? 違うならはっきり違うと宣言すればいいのに。隣のシャークティもだんだんと同僚から犯罪者を見る目に変ってきている。
 高畑先生は更に都合の悪い事実を喋ろうとする男の子に対して怒鳴りつけた。あたし達のクラスでも高畑先生は、あんなに焦って怒った事は無かった。

 おまけに確認をとったエヴァちゃんまでもが、高畑先生と戦った事も人形の服を破かれた事も、先生が自分で下半身を見せ付けたことも事実だと証言したのだ。
 高畑先生がごちゃごちゃ弁解しているが、四捨五入すればこのネギ君と呼ばれる少年の言った通りらしい。
 シャークティと頷きあう。言葉に出さずともお互いの判決は一致しているのが判る。

「有罪ですね」
「高畑先生、自首した方が罪は軽くてすみますよ」

 ところが、彼は反省するどころかあたしに襲い掛かってきたのよ! 信じられる!? たぶん目撃者のあたしやシャークティまで乱暴して、写真かなんかで脅迫して口封じするつもりだったのかしらね。
 凄まじいスピードで距離を詰めると、あたしは一瞬にして下着姿にまでひん剥かれちゃったのよ。

 額に手を当てられたとこまでは判るんだけど、その後がさっぱり何されたのか判らない。あれはきっと血のにじむような修行が必要な技ね。女の子の服を脱がすって何の修行よ!
 なぜか驚いたように「……毛糸のクマさん……」とつぶやく。悪い!? 暖かいから気に入ってるのよ、文句ある?

「このえろガッパ~!」

 あたしの怒りの一撃は、われながら惚れ惚れするタイミングで高畑先生を吹き飛ばした。やりすぎたかしら!? あまりの手応えに救急車が必要かも、との思いは一瞬だけ浮かんでは消えた。
 立ち上がったのだ。あの会心のパンチをくらって。

「さすがは怪人デスメガネ……」

 少年のつぶやきも畏怖に満ちている。パンチの影響でさらに鼻からの出血は増し、視線は虚ろで足元はおぼつかない。
 そんな状態の高畑先生がブリーフを隠す素振りもなく「ア、アスナ君どこへ行くんだ!」と近づいてくる。

 全身の毛が逆立った。駄目。絶対。
 何が駄目か判らないけど、今の高畑先生に捕まったらお嫁にいけなくなってしまう。肌を少しでも隠そうと腕で影を作ろうとした。
 そんなあたしに対して彼は一歩また一歩と間を詰めてくる。あ、ズボンがずり落ちて、足首に引っかかったのかまた転んだ。
 それでもなお、不屈の闘志であたしを目指してやってくる。

「きゃー、ついてこないでよこの露出狂!」

 あたしの悲鳴にもかかわらず接近してくる高畑先生に対し、後ろを振り返ることなく逃げ出した。


 学園長side


 電話の呼び出し音に苛立ちがつのる。今夜はゆっくりできるかと思っとったんじゃが、いきなりの停電で休む暇が無くなってしもうた。
 老人をここまでこき使うとは、一種の虐待じゃぞ。早く後継者に責任を譲り渡す日が来るといいのじゃが――。
 と現実逃避はここまでにして、受話器を取った。

「た、大変です学園長!!」
「シスター・シャークティじゃな。落ち着いて報告するんじゃ」

 耳に届くシャークティの焦った声音に、ゆったりとしたリズムで答えて動揺を静める。彼女は優秀な魔法使いじゃが突発事件に弱いところがある。
 落ち着いてさえいれば大抵の事件は彼女に任せて大丈夫なはずじゃ。そう余裕を持てたのは彼女の次の言葉を聞くまでだった。

「は、はい。あの、今夜三年A組の『闇の福音』エヴァンジェリンと神楽坂 明日菜という女生徒が――」
「ふ、二人がどうしたんじゃ?」

 落ち着けと言ったワシの方が動揺してしまった。胸の奥に苦いものが滲む。あの二人の少女は両極端だが、共に魔法界に大きな影響力を持つ存在だ。
 それ以上に亡くした友であるナギから頼まれていた少女達なのだ。

「まさか二人の命が狙われたのか!?」
「いえ。エヴァンジェリンと明日菜を半裸に脱がした高畑先生が、自らもブリーフ姿になって襲い掛かっています!」
「……何じゃとー!」


 葱丸side


 俺達を半ばカヤの外にして駆け出したわけのわからない組み合わせ――半裸の少女にそれを追いかけるブリーフをむき出しにした男、さらにその後を追うシスターという謎の集団――を見送ると、そこに残されたのはボロボロになった三人組だけだった。

 両手を負傷した俺と、身動きのとれないチャチャゼロと、花粉症と風邪にさかんに鼻をすする金髪ちびっ子だけがこの森というか湖のほとりに残されているのだ。
 ……あれ? 今がエヴァさんを倒す絶好の機会なんじゃね?
 
  



[3639] 十七話  僕は君の手を離さない、というか離せない
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/11/02 15:53

 エヴァside

 寒空の下、くしゃみをしながら私はほとんど傍観者として繰り広げられた喜劇を観賞していた。あれよあれよと言う間にタカミチが変質者へと化し、アスナと二人で半裸になりながら鬼ごっこを始めだしたのだ。

 その後をシスター・シャークティの奴が追いかけている。教会に暮らす彼女とは折り合いが悪かったのだが、そんな私に気づかないほどヒートアップして駆けていく。

 私はこの道化達が走り去って行くのを呆然と眺めていた。アスナが騒々しいのは知っていたが、タカミチやシャークティまでもあんな風に早合点してドタバタ劇を繰り広げる人物だっただろうか?
 この少年を発見してから、世界がボケに侵食されていく気がするな。そう横目で見ると、ネギはいきなり奇声を上げて殴りかかってきた。

「残った危険はお前だけだー!」

 意味のわからない言葉と共に飛んできた右拳をキャッチした。例え身体能力が常人並みに落ちていたとしても、数百年の歳月を経て磨き上げた技術に力自慢の素人の一撃など通じんぞ。
 
「貴様、いきなり何を……」

 文句をつけながら威力だけは中々の右ストレートを掌でつかんだ瞬間に、足元が不確かになり自身の体が宙に浮いてた。見れば足元の地面が崩れ、湖へと崩落している。この少年はそれを察知して私を突き飛ばして助けようとしたのか!?
 それに私が抵抗したために間に合わなかったという事か。

 一瞬の内に、体は完全に宙に浮いてしまった。ここから落ちれば湖に沈んでしまうな、それは墜落の衝撃以上に水に弱い吸血鬼にとっては致命的だ。しかし、落下はそこで止まった。

 もちろん今の私の力では浮遊することなどできはしない。ネギが私の手をつかみ崖の上に腹ばいになって引っ張っているのだ。それで、ようやく落下を食い止めている状況だ。
 見れば私の腕をつかんでいるネギの右腕もおかしな風に折れて、肩まで脱臼しているようだ。それほど満身創痍になりながらも私を救助しようとしたのか!
 
「貴様……この私を助けようとするとは、情けをかけたつもりか!? さっさとその手を離せ!」

 プライドを傷つけられ、このお人よしに八つ当たりする。ところがネギから返ってきたのは逆切れ気味の叫びだった。

「僕だってそんなつもりはない……、だけど手が離れないんですよ!」

 ふふふ、なるほど、この馬鹿は頭では損だと判っていても、その損で困難な茨の道を進み続けるのだろう。あの破天荒かつ自分勝手でありながら、誰よりも人々に愛された父親のように。

「まだ力もないくせに私を救おうとするなんて、貴様は大馬鹿者だ……」

 だが気にいったぞ、とその細い首に腕を巻きつけ抱きしめた。
『茶々丸すぐにここへ迎えに来い』
『了解しました、マスター』
 念話をしていると、ネギが困り顔で苦情を述べてきた。

「できれば首から手を離してください」
「ふふふ、大丈夫だ。今更貴様の血を吸おうとは思わんよ。茶々丸がすぐここに着くそうだから、もう少しだけ我慢してろ」

 私が自ら抱きついた男なんて、サウザント・マスター以来なんだからおとなしくしていろ。
 茶々丸が到着するまでの僅かな間、不安定な場所ながら私達二人は静かに暖かさを分かち合っていた。


 葱丸side


 俺はおかしなトリオが嵐のごとくここを離れていったのを見て、改めてこの場に立つ意味を確認していた。

 俺は何の為に今夜やってきたんだ? それはこのエヴァさんを倒すため。はっきり言えば口封じをする為だ。
 それに変更はあるのか? いや、いささかハプニングはあったが目的の変更はない。
 他に予想外の事はあるか? 俺は首を巡らし、周囲に人影がないかチェックする。よし、誰もいないぞ。
 エヴァさんの様子は? くしゃみと鼻水に涙と大忙しだな、こちらを警戒する余裕はなさそうだ。
 では、ゴーだ。

「残った危険はお前だけだー!」

 叫び声と共に渾身の右パンチを叩きつける。これが最後の一撃と決めて、僅かに残った体力の全てを注ぎ込んだ攻撃だった。今までの通算打率は一割以下だが、俺にとっては最強の攻撃だ。
 だが、そのパンチでさえも少女の掌によって受け止められていた。

「貴様、いきなり何を……」

 エヴァさんが赤く腫れた目で睨みつけた時、彼女の足場が崩れて湖へと崩落したのだ。
 さっきまでの爆発でここらへんの地盤は相当ガタがきてたらしい。エヴァさんが踏ん張っただけで崩れるほどに。
 当然そこに立っていたエヴァさんも落ちていく。
 なぜか俺まで道連れにして。

「ぬおお、ファイト一発!」

 意味のない気合を上げて彼女を支える。今の俺達の体勢は俺が腹ばいになって、崖から上半身を差し出してエヴァさんの掌を握っている。よく映画や漫画でおなじみの格好だな。

 しかし、当事者になってみると尋常じゃなく辛いぞ。肩は脱臼しかけて、デスメガネの打撃で痛めていた右肘の辺りは変な方向に皮膚が突き出している。尺骨が折れているに違いない。
 こんなダメージを負ってまで、なぜ俺がエヴァさんを落さないようにしなければならないのか。

 この足場はまだ大丈夫だが、このままではいつ俺まで巻き添えになって落下してしまうかわからない。
 ここから見下ろす湖面は遠く、深い。落ちたらどうなるかなど考えるまでもない。おそらくは防水加工を施してあるロボでも故障しても保証は効かないはずだ。
 グッバイ、エヴァさん。俺は手を思い切り振り払った。

 ……離れない。どうも彼女が俺の拳にすがり付いているのではなく、右拳に着いていたトリモチがエヴァさんの掌とくっついてしまったらしい。

「貴様……この私を助けようとするとは、情けをかけたつもりか!? さっさとその手を離せ!」
「僕だってそんなつもりはない……、だけど手が離れないんですよ!」

 言葉通り、必死でエヴァさんの手を振り切ろうとするのだが、ぴたりと一体化したように手と手が密着してしまっている。くそ、このトリモチを剥がすためには専用の中和剤が必要だ。尻のポケットに入っているはずだが、今片手でも放したらその瞬間フリーフォールだ。

「ふふふ、理性と効率では離すべきだと判っている。それでもなお己の思うがままに行動するとはな……。そういう子供じみた我がままを強引に押し通せるだけの力を持った男達は『紅き翼』と呼ばれていたな」

 なんてこった、俺はいつの間にか悪の組織の幹部へとふさわしい性格になっているらしい。
 いや、まぁ、少女を崖から蹴落とそうとしている俺には反論の言葉はないわけだが……。

「まだ力もないくせに私を救おうとするなどなど、貴様は大馬鹿者だ……」

 はい。確かにあなたを救おうとしたら大馬鹿です。でも今はトリモチのせいで一蓮托生なんですよ。
 あれ? なんで俺の首に腕を巻きつけて抱きついてくるんですか? 離せってさっき叫んでたじゃないですか、できれば自力で落ちてもらえません?

「できれば首から手を離してください」
「ふふふ、大丈夫だ。今更貴様の血を吸おうとは思わんよ。茶々丸がすぐここに着くそうだから、もう少しだけ我慢してろ」

 連絡を取っていた様子はさっぱりなかったんですけど、連絡方法はやっぱ電波っすか?
 拷問並みの痛みと重さに耐えていた俺にとって、実際にすぐ救助にやってきた茶々丸が天使に見えた。


 学園長side


 じりじりしながら、シャークティからの連絡を待っていた。ワシが直々にタカミチに電話をいれても、あのアホウは電源を切っておる。結局のところ現場にいるシャークティに任せるしかない状況じゃった。
 ようやく鳴った電話を間髪入れずに耳に当てる。

「ワシじゃ」
「ああ、学園長、ようやく高畑先生の捕縛に成功しました。彼も大変興奮していたようですが、先にアスナさん達を保護しましたら、あっさりとこちらの言い分を聞いてくれました」

 事態を収拾できたのかとひとまずは安堵の息をつく。

「そうか、それはご苦労じゃったの。――ところで明日菜達とはどういう事じゃ?
 他の生徒が巻き込まれたのかの?」
「いいえ、彼は社会人のようですね。アスナさんを高畑先生から庇おうとしたらしくて――何ですって!?」

 受話器の向こう側から慌ただしい気配が漂ってくる。

「どうしたんじゃ?」
「ええ、ちょうど今話しに出ていた社会人の彼が、自分の事をインターポールの捜査員だと身分証を取り出しまして」
「……何じゃとー!」



[3639] 十八話  オーケー、クールに話し合おうぜ
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/11/08 17:33


  葱丸side


 騒乱の一夜が明けて、次の週末に俺とジョンとエヴァさんとアスナという少女が俺の部屋に集合した。
 四人でも俺の狭い個室では満員寸前で息苦しく感じるほどだった。
 集まった中で包帯を巻いてギブスを嵌めているのは俺一人で、他の人物は全くの無傷だった。……なんか不公平だ。

「それにしても、ジョンとアスナさんはあのデスメガネに襲われたのによくご無事でしたね。
 彼に追いかけられたのは見てましたが、まさかデスメガネを敵にまわしてジョンがアスナさんを保護できるとは思いませんでしたよ」

 アスナさんが椅子から立ち上がりジョンに向かい頭を下げる。

「あの時は本当に危ないところを助けてもらって、ありがとうございます」
「いや、僕はお礼を言われるようなことはしてないよ。市民を助けるのは職務の内だし、高畑氏の捕縛は学園の警備担当がしたしね」

 ジョンが照れくさそうに、顔の前で手を振った。それをアスナさんはうっとりと、エヴァさんは「ふん」と鼻で笑って見つめている。なんか初めてジョンがインターポールらしく見えるな。

「そう言えば、あの後どうなったんですか? ジョンもアスナさんも事情聴取されたそうですが」
「ああ、あれ。あたしは今回の高畑先生の不祥事を内々に済ませてくれって頼まれただけよ。
 ま、あんまり口にしたくもない話だし、奨学金があたしの成績でも不思議なことにアップすると聞いたからOKだしたわよ」

 意外にあっさりと奨学金での裏取引を暴露するアスナさん。この人に口止めができると思ったほうが悪いな。

「僕のほうはもう少し複雑でしたね。学園側もくさいものにふたをしたかったようでして、インターポールの上役から『学園の決定に従うように』との指令が来ました。
 でも少年・少女に対する性犯罪者をほっとくわけにはいかないので、高畑氏はこの学園からは依願退職ということにしてNGOの国際事業に協力させるそうです」
「それにしては、話合いに時間がかかってましたよね」
「ええ、あちらさんも何のつもりか額にお札を貼ろうとしたり、五円玉を紐で吊って揺らしたり。まるで催眠術まがいのことまでされましたよ」

 アスナさんがビシッと挙手をする。

「あ、それあたしもやられた」
「そうですか。あれって何の意味があるんでしょうね」
「まったくよね」

 二人が困惑して顔を見合わせているが、おそらくこの二人は洗脳が効きにくい体質なのだろう。アスナさんはデスメガネにお札を貼られても記憶は変化なかったし、ジョンは以前にUFOを見た時に一人だけ記憶を保持していると語っていた。
 珍しい体質の二人に苦慮してのデスメガネの学園追放だったのだろう。

「それで高畑先生ってどこにいったのかしらね?」
「確かNGOでも僻地の名前を覚えていないような、辺境の開発を手伝う事になったそうだよ。彼は素手で井戸を掘れるのでそこにとっては貴重な人材らしい」

 デスメガネの一撃なら、井戸だけじゃなく温泉なんかも一発だよ。人間削岩機としてこれからはがんばってもらおう。

「そこでは期待のルーキーってことですね。……しかし、遠い異国でまた同じような性犯罪をおこさなきゃいいですけど……」
「それは大丈夫。少なくても今回みたいな少女の服を脱がしたり、下半身を露出したりして問題になることは絶対にない」
「やけに力強く断言しますね。お目付け役でもいるんですか?」
「いや、彼が支援に行く部族の人々はみんな服を着る習慣がないんだ。だから脱がしようがないし、彼が全裸になったところでノープロブレムだ」

 彼の赴任先はどこなんだろう……俺が空を見上げると、青空をバックにジャングルの奥地でデスメガネの微笑んでる姿が浮かんだ。すぐ消えたが。

「……明日も晴れるといいですね」
「……そうね」

 同じようにアスナさんも遠い目をして頷いた。
 ここまで黙ってお茶を飲んでいたエヴァさんが仲間外れにされたと感じたのか、どこかすねたように唇をとがらせた。

「わ、私だって事情聴取を受けたんだぞ。それもお前達よりもずっと詳しくな」
「え? そうだったんですか。それは失礼しました。てっきりエヴァさんは風邪で寝込んでいるのかとばかり」
「ふん。あの爺が風邪ぐらいで休ませるものか。それはともかく、約束通りお前の事は黙っておいといたぞ。不意の停電に侵入者を撃退していたらタカミチに襲われたとだけ伝えておいた。
 おかげであやつは大変な目にあっているようだが、かえってNGOに専念できて良かったかもしれんな」

 ああ、エヴァさんは俺をかばってくれていたらしい。彼女が俺を葱丸じゃなく『ネギ・スプリングフィールド』だと告発すれば即お陀仏だ。
 彼女には当分頭が上がりそうにない。とりあえず「ありがとうございます」と感謝したのだが、また「ふん」と赤くなった顔を横に向けられた。これってツンデレ?
 生温かい視線で眺める二人を相手にしないで咳払いをする。

「ええと、エヴァさんとアスナさんにはまだ自己紹介をしてませんでしたね。鬼切 葱丸です、これからよろしくお願いします」
「あたしは神楽坂 明日菜よ。よろしくね!」
「ふん、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」
「僕はジョン。インターポールの麻帆良支局所属の捜査員です」

 まあ、ジョンやエヴァさんは大体知ってるんだが、このアスナさんはまだどんな少女なのか判断は保留だ。
 今回の騒ぎに乱入してきたと思ったら、即座に半裸になって退場では何がしたかったのか推測不能だ。一応はバカレンジャーという正義の味方のリーダーらしいから敵対せずに協力体制をとりたいんだが……。そういえばデスメガネの攻撃で下着姿になっていたが、あれはあいつの趣味なのか? それともこのアスナさんの下着が、あぶない水着並みの防御力で攻撃を防いだのだろうか? 謎は深まる一方だ。

 彼女の姿を上から下までチェックを入れる。エヴァさんが視線を鋭くし、アスナさんも「な、何よ」と引いているが身体的なデータは一通り押さえた。
 目鼻立ちのはっきりした端正な美少女だが、むしろ活気に溢れたくるくるかわる表情のほうが目を引くな。一番の特徴としては……

「アスナさんてオッドアイなんですね」
「ええ、子供のころはよくからかわれたわ。今では気に入ってるけどね」

 左右の瞳の色が違うなんて、いかにも改造人間にありそうな設定じゃないか! よく考えれば、彼女はあのデスメガネを殴り飛ばすだけの身体能力を持っているんだよな。
 彼女が本当に改造されたのか慎重に確かめなくては。

「ええと、アスナさんは今回の事件をご両親になんと説明しましたか?」
「あたしに両親はいないわよ。孤児なの、悪い!?」
「あ、すいません。僕も孤児なのでかえってアスナさんのご両親に心配をおかけしてはと、気を回しすぎました」

 ぺこりと頭を下げると「そ、そう……」と複雑な顔で口をつぐんだ。しかし、この学院で孤児でかつ異常な身体能力があれば改造人間確率が三十パーセントぐらいはある。

「失礼しましたね、じゃ現在の保護者はどなたになってるんです?」
「学園長がやってくれてるの」

 改造人間確率五十パーセントに急上昇だ。

「そうですか……、小さいころのご記憶はおありですか?」
「ないけど……何であんたがあたしの小さいころに興味があるのよ」

 小さいころの記憶も無し、と八十パーセントは改造されてるね。

「では、寮で生活されてるそうですが、どなたと同室で?」
「木乃香よ。学園長の孫の近衛 木乃香」

 ああ、刹那さんが守っているお嬢さんの『このちゃん』ね。そんな重要人物と一般人を同室にするわけがない。おめでとうアスナさんあなたは改造人間に認定されました。
 そういえば明日『菜』さんもきっと野菜シリーズで改造が施されているのだろう。もしかして俺と血縁関係があったりして。
 
 俺がアスナさんを観察していると、エヴァさんがイライラした声音で話しかけてきた。

「お前ら、無駄口ばかり叩いてないでこれからの方針を決めるため集まったんじゃないのか?」
「ええ、そうでしたね」

 アスナさんが改造人間であることは確定したので、これからどうしようかと考える。

「やはり、『紅き翼』が世界を征服してるのがネックなんですよねぇ。せめて支配しているのが日本だけなら国外脱出すればいいんですから」

 ウェールズから日本へ来てもまだ『紅き翼』の掌の上なんだよなぁ。しみじみと呟くと、なぜか皆が目を丸くしていた。特にエヴァさんの驚きの表情が著しい。

「き、貴様……、『紅き翼』がどんな組織だと思ってるんだ?」

 エヴァさんの質問に他の二人と顔を見合わせる。

「え? そりゃエイリアンが地球侵略のために作った機関だろう?」
「はあ? 高畑先生が所属してたんなら、国際的な性犯罪組織に決まってるでしょ!」
「何言ってるんですか。世界を裏から支配している秘密結社ですよ」

 全員が自信満々に答えると、ズドンと音を立ててエヴァさんの頭が机にめり込んだ。ぐりぐりと押し付けられた額の影からは「馬鹿だ…馬鹿ばっかりだ……」と心無い言葉が漏れる。
 しばらく机に埋まっていたが、エヴァさんはやにわに仁王立ちすると俺達に威圧感を込めて『紅き翼』について熱く語った。

「いいか、タカミチも参加していた『悠久の風』というのはNGOを隠れ蓑として働く魔法使いの組織だ。特に『紅き翼』は最も有名なパーティーの一つで、タカミチの他にネギの父であるナギや、木乃香の父の詠春も所属していた……な、なんだその生温かい視線は!」

 俺達は皆がかわいそうにと、優しさと痛ましさの混じった目で彼女を見つめていた。『魔法使い』だなんてエヴァさんも疲れがたまってるんだろうなぁ。

「大丈夫です。最近はインターポール本局でもいい薬が開発されてるって聞きますし、まだ若いんだからすぐに回復しますよ」
「ええ、エヴァちゃん。あなたはほんのちょっぴり疲れただけなのよ、静かな病院ででもリフレッシュすればすぐ三年A組に帰ってこれるわ。あたし達ずっと待ってるから」
「エヴァさん、風邪で熱が上がりすぎたんですよ。すぐ茶々丸さんを呼びますから、それまで、ほらこのホットミルクでも飲んで待っていてください」

 俺達が口々に気遣いの言葉をかけるが、エヴァさんは顔を朱に染めて「がおー!」と吼える。……かわいいなぁ。にやにやして心の中で『エヴァたん観察日記』に『エヴァたんをからかうと、ほえる』と記していると、ドアからノックが響いた。

 今日はここにいるメンバーにしか声をかけていない。さらに今回の集まりは秘密厳守のはずだ、一体誰がやってきたのかと体が自然と戦闘態勢に移行する。
 エヴァさんとアスナさんも俺の緊張を感じ取ったのか、警戒を隠さない。だが、一人ジョンだけが「しまった」と額に手を当てていた。

「すいません、招待していたのを伝えることを忘れていました。彼女がバカレンジャーのリーダーバカレッドを紹介してくれた――」
「ねえ、そのバカレンジャーもバカレッドもやめてよね」
「……明日菜さんを紹介してくれた超 鈴音嬢です」

 とドアを開き、二つのお団子に髪を結った少女を迎え入れた。
 にんまりとでも表現するしかない笑みを子供っぽい頬に浮かべ、どこか中華風の少女が元気よく狭い室内へと入ってきた。

「はじめまして、鬼切 葱丸です」

 と握手の手を差し伸べる。まったくジョンのやつ相談もなしに合流させるとは危機意識が足りないんじゃないか? それともこの超という少女がそれほど重要だと判断したのか? どちらにしろ注目すべき人物であることは確からしい。

「はじめましテ。ワタシは超 鈴音ネ。よろしく頼むヨ」

 手を握った超さんはアスナさんやエヴァさんにも軽く目礼をする。返礼する二人の内のエヴァさんなどは「ようやくまともな話のできる奴が来た!」とガッツポーズをしている。

「ええと、超さんはお二人をご存知で?」
「ええ、同じ三年A組のクラスメートだからネ。――今の質問は私をさりげなく探っているのカ?」

 この短い会話だけで気づかれたのか!? なんて頭の回転の速い少女だ。

「ふふふ、まあ不審がられるのも無理ないネ。あんな事件の直後に登場した謎の少女! 一見普通の女子中学生だがはたしてその正体ハ!?」

 ポーズをとって一拍の間を置く。俺の唾を飲む音が耳に障った。――こいつの正体はなんだ?

「未来からやってきた火星人ネ!」

 どこからとりだしたのかタコの着ぐるみをつけた少女と拍手するジョン。それにまた机に突っ伏し「こいつまで汚染されているとは……」とぶつぶつ呟きだしたエヴァさんと「タコ焼き食べたい」とお腹を鳴らす改造少女。
 自分を取り囲む愉快な仲間の全員を観察し思ったことは――この世界で常識的なのは俺だけなんじゃ? という疑問だった。


 



[3639] 十九話  葱丸殿、その策は無茶にございます
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/11/15 13:11

 超side


 とりあえず掴みはOKネ。この葱丸と名乗る少年を呆然とさせ、イニシアチブをとることができタ。この葱丸の扱いに失敗する事はできないヨ。
 なにしろ二年がかり、いやこの世界にくるまでを合わせれば更に数年を加えて計画してきた悲願があるのダ。
 今更イレギュラーに邪魔されたくはないネ。できることなら、黙殺して関わらないのが正解だったかもしれないヨ。

 しかし、それを選択することができなかったのは、この『鬼切 葱丸』が『ネギ・スプリングフィールド』である確率が高いからダ。
 私の学んだ歴史では、十歳にして我がクラスの担任先生になるはずだった。それが三年に進級しても現れない。初めは私が過去に戻ったバタフライ効果のせいかと思ったネ。
 返って計画の妨げにならず良かったかもと楽観してたヨ。
 なのになぜ、名を変え、生徒になり、エヴァンジェリンと戦ってる? 理解不能ネ。
 
 そして一番厄介な点が、この私がネギ坊主の直系の子孫だという点ネ。
 映画のターミネーターで未来のコンピュータが採用した作戦が、息子が敵だから産む前の親を殺そうという作戦だったネ。産む前に親が死んだら子供も当然存在できないヨ。
 つまり、万一ネギ坊主が子供を作る前に不慮の死を遂げたりしたら、下手したらその瞬間私まで消えかねないということネ!

 だとすれば、私の手で殺す事など論外、敵から私が庇護しなきゃいけない存在なのだヨ。エヴァンジェリンと戦うと聞いた時は、彼女を説得してでも殺すのだけは勘弁してもらうつもりだったヨ。結局その心配は取り越し苦労に終わったガ……。
 
 そうして、ネギ坊主の敵を調べてみると出るわ出るわ。なぜ今まで捕まってなかったのか首を傾げたくなるほど賞金とそれを懸けている組織の一覧表ができたヨ。ご先祖様、なぜにこんなに狙われてるネ? 大きなところでは『悠久の風』から『完全なる世界』までどこでもあなたを探してるヨ。
 ほっといたら作戦決行の麻帆良祭まで彼の命がもつか心配で仕方ないアル。それぐらいなら、手を組んでこちらでコントロールしたほうがベターネ。

 幸い今回の事件で学園側の最大戦力の一人、高畑先生がいなくなったためにこっちに少し余裕ができたヨ。彼を守るぐらいの戦力はさけるネ。
 ついでにエヴァンジェリンもこちらに取り込めれば万全だが、彼女は敵に回らないだけでラッキーとしておいたほうがいいネ。下手な手出しはやぶ蛇になりかねないヨ。

 そして、どうすべきか方針を決めかねているのが明日菜サンとジョンだヨ。明日菜サンはクラスメートでできれば傷つけたくない対象ネ。本来一般人のクラスメートを巻き込むつもりはなかったので、このまま何も知らず帰ってほしかったのだガ……。

 それにどこか得体の知れないインターポール捜査官のジョン。彼は身元調査してもその内容は薄かったネ。『インターポール一の変人』だの『黒服とサングラスの天敵』だの精度の低い情報が多すぎるんダ。
 しかし、この麻帆良に着任してまだ日も浅いのに、すでに私にたどり着いている事だけでもただものじゃないアル。警戒を緩めることはできないネ。
 この二人もできればネギ坊主同様に取り込めれば一番いいのだガ……。
 とりあえず、私の計画している作戦についてさわりを話す事にした。

「さて、皆に真面目な話があるネ。今のこの世界で隠されている事実をもっと民衆にも開放するべきだと思わないカ?
 裏の世界の秘密主義のおかげで、一般人は魔法について無知なままネ。そのことによって世界中で不幸に苦しむ人々が絶えないヨ。未来の火星ではもっと酷い事になってるアルヨ。
 その不公平をいくらメディアを使って情報を発信しても、今までは全て潰されてしまっていたネ。」
 
 唇を噛み締めた。この時点までの魔法を一般人に漏洩した人々のたどった過酷な運命をくやしく思い出す。魔法使いだと少数に知られただけならば、オコジョになり数年を過ごすだけで済むヨ。でもそれが大衆に向けた確信犯となるといっきに罪が重くなってしまうヨ。
 私はそうはならないネ。あなた達の失敗を無駄にはしないヨ。
 
「でもこの学園にある世界樹を使うことで、世界中に一瞬で伝達できるヨ。具体的にどうするかはまだ秘密だが、これなら魔法使い達もどうにもできないはずだネ。
 そして、この宣言による混乱の責任は全て私が持つネ。悪を行い、結果として善を為すネ。エヴァンジェリンの誇る『誇り高き悪』にも合致している行為だと思うヨ」
 
 長い演説を終え、静まり返った室内を見渡す。エヴァンジェリンは面白くなさそうな表情で頬杖をつき、明日菜の頭からは黒煙が立ち昇っている。し、しまったバカレッドには難しすぎたカ。
 問題の二人の内ジョンは顎に手を添えて考え込んでいるヨ。ネギ坊主は……私の手を取り瞳を輝かせて叫んだネ。

「是非ともご協力させてください!」

 な、なぜにそんなに興奮しているのネ? 


 葱丸side


 タコの着ぐるみを素早く脱ぎ捨てた少女はこちらを値踏みを終えたのか、長々と演説を始めた。
 さわりを耳にしただけで、俺が賛成すべきところが見当たらない。一般人のためにわざわざ身を危険に晒すなど、とても今の俺には想像できない。

 というか、未来の危機を救うために全世界に電波ジャックして真実を流すってのは、はっきり言ってテロだぞ。なんかマンダムの種にでてきた歌姫のような行為だが、力の裏付けが無ければ単なる愉快犯に過ぎなくなる。
 これだから中国人は……と嘆息して、彼女を切り捨てて自らの身の振り方を考える。

 このままじっとしていて嵐をやり過ごすという作戦は甘すぎる。今回の事件で俺=ネギだと相当数に暴露されてしまった。口止めはしてあるが、明日菜さんなどはうっかり口を滑らせそうだ。
 それにエヴァさんにこの超さんも学園側にいつ俺の正体をもらしてもおかしくない。いやまだバレていないほうが幸運なんだ。

 こんなときこそ考え方を転換しなきゃいけないんだが、ポジティブシンキングもジョジョ的思考法もなかなか上手く……ん? ちょっと待てよ。無理矢理でも逆に考えるんだ。
 『俺の敵は世界を支配している巨大組織』と捉えるんじゃなくて、『世界を支配してる敵に勝てば、当然世界は俺の物』だと。

 う……さすがに無理があり過ぎるか……いや、一つ抜け道があるじゃないか! それは『紅き翼』が洗脳を多用する組織だということだ。その洗脳機械を利用できれば……って超さんがさっき同じ様なことを言っていたな。世界樹を使って効果を拡大し、『世界の真の姿を世界中に知らせる』のが目的だと。

 それに上乗せして『紅き翼の首領は葱丸だ!』と宣言することができれば、普段から洗脳電波を受信している改造人間には効果バッチリだろう。その後は世界樹を破壊してしまえばいい。その時点で最後の指令が『葱丸が首領だ』となるはずだ。
 一般人に対しても上手く作用するとしたら世界中にこんな電波が流れるはずだ――

『みんな目をさますネ! この世界は裏から操られているヨ! その名は『紅き翼』ネ! みんなそれを忘れずに新しい世界を作るネ!! ……え~『紅き翼』の首領、鬼切 葱丸。鬼切 葱丸でございます! この放送をお聞きの皆様、僕を『紅き翼』の首領として敬い、命令には服従する事! 反論は受け付けない! 以上!』

 もし、超の言うように世界中にその洗脳電波が流すのに成功したら――俺は新世界の神になる。にやり。某警察官僚の息子のような笑みが漏れる。

 よし、さっきの中華人民を馬鹿にした発言は撤回だ。俺、中国人の味方アルね。

「是非ともご協力させてください!」

 訝しげな超さんの手を固く握り締めた。あっけにとられた表情の周りの三人は無視して叫ぶ。

「より良い未来のためには、この葱丸は骨身を惜しみません!」

 もちろんベストな未来とは俺によって支配が完成した世界のことだ。「おお、さすがご先祖ネ! 話が早いヨ!」と意味不明の台詞で超さんは喜んでいる。さっきまで欠伸を噛み殺していたエヴァさんが、なぜか俺をじっと見つめているのが気にかかるが、もう息を潜めた生活はうんざりだ。
 今度はこちらが攻撃する番で『紅き翼』を乗っ取ってやる! 

 ちょっと超さんが信用できないとか、少し計画を聞いてなかったとか、洗脳電波の上乗せは技術的にかなり難しいんじゃ? とか、思いつきだけで行動していいのか? といった疑問は全て些細なものさ!

 結局この日の打ち合わせは、エヴァさんが「ここに居たら頭痛が酷くなる」とさっさと帰宅することでお開きになった。まだ風邪が治りきっていないのだろう、お大事に。ジョンはアスナさんと一緒にタコ焼きの屋台へ寄るそうだ。
 俺と超さんの同盟が組まれた以外には、『みんな、とにかくなんかがんばろう』という、いったい誰が何に頑張ればいいかさえ判らないスローガンが決定しただけだ。
 ずいぶんとグダグダ感の強い集会だったが、俺にとっては京都の千草さんに次ぐ同盟を組めた貴重な時間になった。

 あ、そだ。千草さんに今週の報告を送らなきゃいけないんだった。いそいそと特別製の封筒を取り出す。
 いくら他人が開封できない仕掛けになっているといっても、内容は出来る限り簡略化して書かねばならない。
 ええと、今週は結構大変だったよなぁ。ぼやき混じりに筆を走らせる。

『前略 千草さま

 お元気ですか? 僕はそうでもありません。今週はイベントが盛りだくさんで、腕を骨折してしまったからです。
 しかしそれに見合う結果が得られました。まず、少女型ロボットとの戦闘中にデスメガネを変質者として学園から追放する事に成功。
 今後は似非中華風の未来型火星人と共に、計画を推進していく予定です。
 それでは、千草さんもお体に気をつけて。
  
 草々 葱丸より』

 速達で折り返しに呼び出しがかかった。何でだろう?

『あんさん、ちょっとこっち来ぃや』

 短い文なのに嫌なオーラが手紙から漂ってくる。不幸の手紙を超える禍々しさをこの一文から感じ取ってしまう。
 仕方ない。なぜ機嫌が悪いのか判らないが、一遍京都に行って彼女とも打ち合わせしてこよう。




[3639] 二十話  千草殿もその策に乗るのは無茶にございますって
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/11/21 17:09


 千草side

 
 嫌味なほど約束の時間ぴったりに喫茶店向かいの席に座った葱丸を見据え、人払いの結界を起動させると今週届いたふざけた手紙を指で示す。
 
「で、これはどういう意味やのん?」

 うちなんか、お嬢さんの修学旅行に照準をしぼった襲撃の準備でてんてこ舞いやのに、こんな訳わからん報告よこしよって。
 まさか、この子遊んでるとちゃうやろな?

「今週の報告ですけれど」

 眉を寄せて落ち着いて答える葱丸に対し、さらに苛立ちがつのる。うち、馬鹿にされとるんか?

「へえ、ほな、あんさんは美少女型のロボットと戦っとる最中に『紅き翼』のメンバーで『デスメガネ』の高畑はんを身ぐるみ剥いで学園から追い出したと。
 そして、今現在は未来から来た火星人と共同して学園と戦っとると、そう言うんか?」
「ええ、まあ、事情を四捨五入するとそうなりますね。ただし、未来の火星人というのは彼女の自称ですから確かめる術はありませんが」

 うちが信じてない雰囲気をさすがに察したのか「詳しい報告書です」とファイルを差し出した。なぜか一枚目に「インターポール日本支局麻帆良支部」と赤く大書してあり、「アイズ・オンリー」と判子が押してある。これ、そんなにヤバイ書類なん? それとも葱丸が自分にはこんなコネもあると間接的にプレッシャーをかけてるんやろか。

 ざっと目を通してみるが、彼の話との矛盾点はないようや。高畑はんが学園を首になったのも事実らしい。
 ま、高畑はんほどの大物が異動になったら、すぐに関西呪術協会の方でもチェックが入るはずや。
 そんなに簡単にばれる嘘を吐く意味があらへんな、だとするとこの葱丸は実力であの戦力評価AAプラスの高畑はんを退けたいうんか!

 対面してコーラを飲んでいる弱冠十歳の化け物から視線を逸らすと鳥肌を立てながら、さらに報告書を読み進める。高畑はんは戦闘に巻き込まれた二人の少女と葱丸との暴行容疑で麻帆良学園を追われたらしい。その少女も大方このイケズの仕込みやろ、ほんま性根がまがっとるわ。

 しかし、これで高畑はんを敵の戦力として計算しなくて済みそうや。A組の担任はシスター・シャークティとやらに代わってはるが、うちが知らんいうことは、さほど名が売れてへんいうことや。高畑はんよりは数段落ちるやろ。
 他に気になる点は、
 
「この火星人というタワケモンは信用できるんか?」
「正体は不明だが、協力する価値はあると僕は判断しました」

 なるほど、この少年には敵味方の判断を間違うような可愛らしいとこはない。そのぐらいの甘さがあればずいぶんとうちも楽やのに。
 あのフェイトとかいうガキもそうやし、最近の子供っちゅうのはほんま末恐ろしいわ。
 けど、うちも負けられへん。そんな子らをどう使いこなすかが腕の見せ所や。
 
「なるほど、あんさんの行動についてはよう判った。でもほんまは手紙のことを問いただすだけとちゃう。今日来てもらったんは……今度の修学旅行での戦争準備や」
 
 葱丸にまずはうちが立案した襲撃計画を説明した。この計画には目的が二つある。
 東から西への親書を奪取する事と、木乃香お嬢さんを誘拐する事だ。
 その為に、初日と二日目は嫌がらせじみた威力偵察を行い、三日目の自由行動の日に決行する。

 そう説明したうちの立案に対する葱丸の対応はなぜか喧嘩腰だった。

「なんなんですか、それは!?」

 彼の発する怒気に思わず身を引いていた。膝がテーブルに当たり、グラスが高い音をたてる。

「……すいません、興奮してしまって」

 葱丸はしかめっ面を崩さずに形ばかりの謝罪をすると、うちの作戦の全てを否定した。

「この京都での襲撃は意味が無いですね。全てキャンセルです」
「な、なんでや!?」

 うちが寝ずに金策に駆け回り、仲間を集めて、ようやっと喧嘩を売れそうな所まできたんやで! ちょっとやそっとじゃ納得できへん。

「まずは親書についてですが、これは周りに内容がばらされて困る性質のものではありませんでしたよね?
 極言すれば『仲良くしよう』と書いてあるだけのセレモニーの色彩が濃い親書です」
「それはそうや。だからこそ食い止めなあかんとちゃう?」

「だとしたら別に親書が一通しかないとは限らないわけですよね? 例えば――何十通も用意しておいて、一番最初に西の長が受け取ったものが『本物の親書』となる――といった可能性も考えられます。
 この場合、僕らが何通親書を奪ったとしても、公式には『ダミーに引っかかった』ことにされてしまいます」

 ……それは考えてへんかったわ。もし高畑はんが旅行に同行するなら、十中八・九は彼が所持してたんやろうけど、先生陣が小粒になったさかい余計にわからんくなってしもうた。

「次に、木乃香お嬢さんの誘拐についてです」

 そっちも駄目出しすんの? これほど重要な話なのに焦る表情を見せることなく、葱丸はコーラをすすってから口を開く。

「まずは前提条件に疑問があります。僕は木乃香お嬢さんは麻帆良にはいない。つまり、麻帆良に在学中なのは替え玉だと確信しています」
「な、何やて!」

「常識的に考えておかしな点が多すぎるんですよ。今時人質ってのはまあいいとしましょう。
 しかし、麻帆良にいる木乃香お嬢さんは裏の世界について何一つ知らないそうですね」
「ああ、そない聞いてるけど……」

「日本を二分する巨大組織の宗家の一人娘。しかも、千草さんのお話によると素質は最高レベルだとか。そんな女の子に裏の技術を全く教えないという事があるでしょうか?
 僕にはとても信じる事ができません。
 それに警備にしても、呪術協会からついてきたのは脱退した刹那さんだけでしょう?
 いくら麻帆良の警備に信を置くにしても警戒心が薄すぎます。しかも、その刹那さんでさえも同室ではなく教室でさえ距離をとっているという始末。
 これはもう、囮としか考えられません」
「どういう事や?」

「つまり、本物の木乃香お嬢さんは京都に匿って置いて、麻帆良には顔を同じ様に整形して偽りの記憶を載せた少女を『近衛 木乃香』として入学させる。
 この時わざと西は警備に手を貸さないのがポイントでしょう。せいぜいがいつでも使い潰せる刹那さんが自らついていったぐらい。彼女は西でも有名な『木乃香お嬢さんびいき』ですから、彼女が従えば誰も疑わないでしょう。」
「それはそうやけど……」

 実際にうちもあの半端もんが、お嬢さんの後をカルガモの子供のようについていくのを当然やと思っていた。

「そして刹那さんには『お前みたいなモンがお嬢さんに近づくな』と無言のプレッシャーをかけているのでしょう。それは木乃香お嬢さんが替え玉だと刹那さんにばれない為の策であると共に、木乃香お嬢さんの単独行動が多くなり囮として一層役に立ちます。
 刺客が木乃香お嬢さんを襲っても、警備の責任は麻帆良にある。それを突破されても刹那さんがいる。それさえ超えて木乃香お嬢さんに危害を加えても、本人じゃないんだから見殺しにするでしょう。いや、ことによったら死んでくれた方が都合がいいかもしれません。
 西の損失は替え玉と脱退者だけで、東に対しての交渉で大いに優位に立てるでしょうね。おまけに、宗家に対して叛意を持つ実行者を特定できる。
 もしかしたら、木乃香お嬢さんが襲われるのを今か今かと待ち構えているかもしれませんね」

 恐ろしい。人の命を将棋の駒程度にしか思っていない呪術協会の上の方も恐ろしいが、この幼さでその思考に完全に馴染んでいるこの子の方が寒気がする。

「……うちは掌の上で踊らされてたいうんか……」
 
 つい力なくこぼれた問いに葱丸が冷静に答える。

「正確には、千草さんではなくスポンサーになった方々が標的でしょう。はっきり言って西の現状では、長がこんな策を巡らして数を減らそうとするほどに抵抗勢力が多いのでは?」

 無言で頷く。はっきり言って長の方が少数派や。うちがみつけたスポンサーも対東強硬派とはっきりしてたお人やもん。

「では、千草さんも京都の作戦を中止して、僕達の計画に一口乗りませんか?」

 急に子供っぽく誘ってきた。一体どんな計画やねん。
 長年温めていた計画を実行まえに叩き潰されたショックで力の抜けた体に、葱丸の計画が沁み込んでいく度に力が湧いてきた。
 確かに麻帆良蔡の時ならば、結界も薄くなるはず。集めたメンバーと葱丸を加えれば麻帆良に侵攻するのも不可能ではないかも――。
 べ、別に葱丸にびびって賛成したんやないで! 勘違いしたらあきませんえ!


 葱丸side

 ふう、ギリギリで待ち合わせの時間に間に合った。この喫茶店はわかり辛くて遅れそうだったから必死に走って到着したんだ。
 なのになぜ千草さんは時計を見て舌打ちしますかね? 「遅れたんだから、あんたのおごりよ!」とどっかの団長みたいなこと言うつもりじゃないっすよね。
 俺が注文したコーラが来ると、千草さんは黒いオーラを滲ませながら手紙を人差し指でつつく。
 
「で、これはどういう意味やのん?」
「今週の報告ですけれど」

 そうとしか答えようが無いんだが。あ、千草さん疲れてるんだろうな、目の下には隈があるし肌につやも無い。湯治でも勧めてみようか。
 俺が彼女の健康に気を使っているのに、なぜかグチグチと報告書に文句をつけだした。
 面倒なのでジョンから無断で借りたレポートを渡す。受け取った千草さんは何度も頷きながら最後まで読み通した。
 ちらっと俺を見て慌てて目をそらしたのは、たぶん疲労のせいで八つ当たりしたのが恥ずかしかったからだろう。いや、全然気にしてませんって。

 ようやく納得してくれてたのか、彼女は呼び出した本当の理由を口に出した。

「今度の修学旅行での戦争準備や」

 は? 何を仰ってるんですか? 呆然としてるうちに説明はどんどん進み、いつの間にか俺も襲撃のメンバーに数えられているのが判明した。
 
「なんなんですか、それは!?」

 思わず怒りの叫びが飛び出した。超さんと協力してやっと『紅き翼』から逃れるどころか、世界を支配できそうにすらなっているのに、なぜ京都の局地戦で命を張らねばならない! 断固として拒否するぞ。

「……すいません、興奮してしまって」

 頭を下げつつもフル回転させる。とにかくこの作戦を止める口実が必要だ。不安材料を探せ、無ければでっち上げろ!

「この京都での襲撃は意味が無いですね。全てキャンセルです」
「な、なんでや!?」

 なんででしょう? 理由があったら教えてほしいです。俺もどこにたどり着くかわからないまま、千草さんの作戦反対キャンペーンをとにかく喋りだした。

「まずは親書についてですが……」

 とにかく思いつくまま話し出す。

「別に親書が一通しかないとは限らないわけですよね? 例えば――何十通も用意しておいて、一番最初に西の長が受け取ったものが『本物の親書』となる――といった可能性も考えられます。
 この場合、僕らが何通親書を奪ったとしても、公式には『ダミーに引っかかった』ことにされてしまいます」

 うん、親書が何個もあるかはおいといて囮を使うぐらはやるだろう。それよりも強奪に成功なんかしたら――犯罪者になってしまうじゃないか!
 俺が何とか隠れていられるのも、賞金がかかっているのが裏の世界だけだからだ。万一強盗として指名手配なんかされたら、こんな変装ぐらいじゃ誤魔化せない。

 警察はとにかく人数が多い上、インターポールともつながりがあるためにジョンも頼れない。『紅き翼』ともつながりがあるために逮捕即洗脳開始だろう。
 俺は警察を敵にまわす訳にはいかないんだ、今はまだ。

「次に、木乃香お嬢さんの誘拐についてです」

 これに反対する理由あったっけ? 僅かでも思考する間を取るためにコーラに手を伸ばす。炭酸でゲップが出そうになるが表面上はクールでいなければ。

「まずは前提条件に疑問があります。僕は木乃香お嬢さんは麻帆良にはいない。つまり、麻帆良に在学中なのは替え玉だと確信しています」
「な、何やて!」

 あ、彼女さんが驚くと反対に落ち着くな。それに「何やて」は負けフラグが立つ台詞ですよ千草さん。
 つい口からこぼれた『木乃香お嬢様替え玉説』を喋りながら大急ぎで構築せねばならない俺にとって、相手が動揺して自分は落ち着いている事しか有利な点はない。
 ここぞとばかり、木乃香お嬢さんについての不審な点を上げ連ねていった。警備が薄すぎるとか、刹那さんとの距離がありすぎるとかだ。

 そうすると、いつの間にか話の流れで、学園内にいる『木乃香お嬢様』は顔を整形され記憶まで植えつけられた可哀相な少女ということになってしまった。
 くそ……関西呪術協会め、『紅き翼』に協力する組織ってのはみんな腐ってやがる! ……あ、いかん。俺まで自分で作ったでまかせに酔ってしまいそうになったじゃないか。

「もしかしたら、木乃香お嬢さんが襲われるのを今か今かと待ち構えているかもしれませんね」

 次第に千草さんの肩のこわばりが抜け、うつむきがちになっていった。信じられないが説得に成功したらしい。俺は詐欺師としても食っていけるんじゃないかな。

「……うちは掌の上で踊らされてたいうんか……」

 ええ、今もまさに俺の掌で踊ってくれてます。ついでにもう少し手伝ってくれると有り難いんですが。

「では、千草さんも京都の作戦を中止して、僕達の計画に一口乗りませんか?」

 暗い顔をした彼女が小首を傾げると、今度は俺の方から麻帆良蔡に襲撃時期と場所を移そうと提案した。

「麻帆良蔡の時期がベストの選択です。学園外からのお客が多いためにチェックが甘くなる上、戦闘が始まれば学園側はお客の保護に人手をとられます。
 こっちは周りの迷惑を考えずに攻撃に専念できます。内部の僕達と外からは千草さん達で理想的な挟撃ができますよ」

 まだ、こちらの真の目的が世界樹による全世界への洗脳放送であることは秘密にしておこう。
 瞳に力強さと輝きを取り戻した千草さんに、再び同盟の手を差し伸べた。陽動に使える手駒は多いに越した事はないし、千草さんが木乃香お嬢さんを捕まえようが、学園長の暗殺に動こうがこっちの作戦に悪影響はない。
 ぎゅっと柔らかな掌に握り返されて、俺以外からもつくづく彼女は『都合のいい女』扱いされているのだろうと思う。
 もし作戦が順調に成功して俺が世界の支配者になったら、西日本は千草さんに上げるから恨まないでね。

 この勧誘時点では、彼女の仲間がフェイト君や狗族のヤンチャ坊主に神鳴流の切り裂き魔といった交渉のできない面々で、メリット以上にデメリットが大きくなるのは想定していなかった。
 



[3639] 二十一話  「このへんで勘弁してやるわ」と悪魔は言った
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/11/28 17:18

 
 葱丸side


 雨の中、傘を差してのんびりとエヴァさんの家に向かう。俺は雨が嫌いじゃない。辺りが静かになるし、クラスメートも外に遊びいこうとに誘ってこなくなる。
 インドア派のためスポーツに誘わないでほしいのだが、俺の人間離れした身体能力に気づいた運動部の連中が「一緒に全国を目指そう」とやかましい。
 もし、俺が入部したら試合には勝てるかもしれないけど、ドーピング検査には引っかかっちゃうんだよな。なにしろ改造手術には禁止薬物の投与がてんこ盛りのはずだ。
 当然入部する事など問題外だ。断固として拒み続けるとようやくあきらめたのか勧誘もまばらになってきた。

 その結果、俺にも安息の時間が与えられるわけだ。最近はちょっと忙し過ぎだよな。京都まで行って千草さんと打ち合わせとか、超さんからの指示の雑用をこなすので毎日精一杯だ。
 もうじき世界の支配者になる、葱丸様をもっといたわれって言いたいね。

 今日はエヴァさんと茶々丸さんが夕食までご馳走してくれるそうだ。寮の食事も悪くはないんだが、久しぶりの豪華な食べ物の予感に昼食は抜いてきました。
 
「お、ここだったな」

 ようやくたどりつき、扉をノックする。この前の俺との戦闘の爪あとは完全に消去されている。エヴァさんの家の窓ガラスが新しくなっているぐらいは驚くまでもないが、爆撃とブリザードで荒野になっていた森が、次の日には完全に復元されていたのには開いた口がふさがらなかった。

 この学園にはまともな樹木が存在しないのか? それとも荒事の後始末をする始末屋ががんばったのか? あるいは一晩で森をつくれるシシガミ様でもいるんでしょうかね? 
 もしいるんならこんな学園よりも砂漠か焼畑の跡地で活動してもらいたいものだ、地球の温暖化と砂漠化が次代の支配者としては心配です。

 人に厳しく・地球に優しい独裁者を目指そうと決意を固めていると、扉が開き茶々丸さんに招き入れられた。

「葱丸様、ようこそいらっしゃいました。マスターと明日菜様もお待ちかねです」
「茶々丸さん、こんにちは。ああ、明日菜さんも同席してるんですね」

 居間ではエヴァさんと明日菜さんが面白くなさそうな顔で、お菓子を口に運んでいた。
 この独特の薬っぽい香りからして、お茶うけは八橋だな。
 二人のいる居間に溢れる人形の群れの中から、一体だけチャッキー人形以上の殺気をまきちらしている投げ覚えのあるヤツが混じっているが、視線を合わせてはいけない。

「こんにちは、エヴァさんに明日菜さん。そういえば修学旅行に京都へいかれたんでしたね、お土産ですか?」

 俺の挨拶に明日菜さんは「よ!」と手を上げたが、この家の主は視線をよこして「ふん」と鼻息で答えやがった。
 そんなエヴァさんを横目で見て、明日菜さんは「気にするな」とばかり上げた手をひらひらと振った。

「こら、エヴァちゃん。いくら一緒に京都に行けなかったのが悔しかったからって、葱丸君にまで八つ当たりすることないでしょ」

 と人差し指で彼女の頬を突っつく。子供扱いされたと思ったのか「うがー!」とエヴァさんが吼える。

「だ、誰が悔しいと言った!? 金閣寺も銀閣寺も奈良の大仏も写真で何度も見たことがある! 京都の料亭の懐石料理だって茶々丸に旅行期間中ずっと作ってもらっていた!
 まだ紅葉の時期には早いし、鱧と京野菜も旬にはなってないはずだ! 餌を食べる鹿なんてまるで家畜じゃないか! ちっとも羨ましくなんかない!」

 旅行コースを完全に把握しているようだ。俺と明日菜さんと茶々丸さんは顔を見合わせた。

「あの、ごめんね。まさかそんなに気にしてたとは思わなくて、これ鹿煎餅だけど食べない?」
「あ、僕も京都に行ってたんですよ。お土産はこちらも八橋ですけど召し上がって、修学旅行のことなんて忘れてしまいましょう」
「すいませんマスター。毎日修学旅行のしおりと地図を読んで『今、あいつらはここらへんか……』と呟かれてましたが、それほどまでに寂しがられていたとは予測不能でした」

 茶々丸さんの言葉を聞き、気の毒そうにエヴァさんを見つめると、顔を真っ赤に染めてソプラノボイスで怒鳴りだした。

「お前ら出て行けー!」
「そんな!? 寮の夕食をキャンセルしてきたんですよ。エヴァさんは僕を飢え死にさするつもりですか」
「あたしはいいわよ。木乃香が料理して待ってるしね。それじゃ、またね」

 あっさりと裏切って明日菜さんは帰る用意をしてしまう。恨めしそうに見つめる俺に対して面倒そうにため息をつくと、

「エヴァちゃん、あたしは帰るけど葱丸君にはちゃんとご飯食べさせてあげなさいよ」

 とフォローをいれてくれた。それでもまだエヴァさんは不満げに口をへの字形にしている。

「葱丸君はまだ小学生で、子供なんだから大目に見てやんなさいよ」
「私からすれば、お前らみんな子供みたいなもんだがな」

 ぼそりとつぶやくと、俺に顎をしゃくって椅子を示した。どうやら着席を許されたようだ。
 明日菜さんとこっそり笑みを交わしあい、ようやく椅子にすわる事ができた。

「じゃ、あたしはもう帰るわね」

 明日菜さんは入れ替わるように立ち上がると、見送ろうとする俺達を押し留めて「またね」と玄関から出て……行けなかった。
 ちょうど扉を開けて、こちらに手を振ろうとした体勢から首を顔を右に向ける。
 居間にいる俺達からは、扉の影になる場所にうさんくさそうな顔を向け、

「あんた誰よ?」

 その問いかけと同時に、突然浴びせかけられた透明な液体に彼女は包まれていた。一言で表現すると『明日菜さんinゼリー』状態だ。

「何事だ!」

 俺よりも素早くエヴァさんと茶々丸さんが異変に反応して、玄関にダッシュする。三歩ほどの間合いをおいて俺も続く。金魚のフンと笑うな、用心するのは当然だろ。
 外に出た時は、すでに明日菜さんは十メートルは離れている場所で男に抱えられていた。
 全身を包んでいたはずの液体は、今は手枷・足枷のように一部分だけになっている。
 彼女を小脇に抱えた男は、その黒尽くめの姿からうやうやしく帽子をとり胸に当てて礼をする。

 現れた銀髪と彫りの深い顔立ちに走るしわから、かなりのご年配のようだ。
 黒いコートを雨と風になびかせて、少女を誘拐しようとしているその姿は映画でよく見るマフィアのボスのイメージそのままだ。

「おや? この家はエヴァンジェリン殿のご自宅でしたか。カグラザカ・アスナとネギ・スプリングフィールドが一緒にいたので、つい手出しをしてしまいましたが、まさかハイデイライト・ウォーカーのあなたまでいらっしゃるとは調査不足でしたな」

 誘拐の現行犯であるにも関わらず、屈託の無い礼儀正しい口調で話しかけてくる。
 名前をだされたエヴァさんは腕組みをして胸を張ってみせる。そんな格好してもバストサイズは大きく見えないよ。

「うむ、それでこの『闇の福音』を前にしてどうするつもりだ?」

 揶揄するように甘い声音で尋ねる。俺にはわかる。猫なで声だが一皮向けばでてくるのは人食い虎だ、こんな時の彼女の相手にはなりたくない。
 男もそれを敏感に察知したのか首を振って否定する。

「私の頼まれた仕事は、このアスナ君と君の後ろで震えているネギ君がどれほどの力を秘めているのか調べることで、エヴァンジェリン殿のお相手はいたしかねますな」
「ほう、私の客人をさらっておいてぬけぬけとぬかすものだ」

 後方へと距離をとりつつ、男は俺に向けて眼光を光らせた。

「ネギ君。私の仕事は君に対してのものだと言ったはず。邪魔の入らないこの先にあるステージで君を待つ事にするよ。
 勿論だが、警察や学園側に連絡を入れたりすると、彼女の身に好ましくない影響があるかもしないね」

 優しく礼儀正しく脅迫するとその場から雨に紛れるように消えてしまった。
 横ではエヴァさんが「気配で判ったが、あいつ伯爵級だぞ……」と難しい顔で考え込んでいる。
 うん。とにかく強そうな雰囲気はあったよね。

 それにしても明日菜さん、あなた出落ちが多くありませんか? 俺と顔を合わせたと思ったら、怒涛のように喋った後にデスメガネなり今の誘拐犯なりと去って行く。まるで嵐のような少女ですね。
 しかし、学園側に連絡するなと言うからには『紅き翼』とは誘拐犯は無関係なのか? だとしたら、わざわざ俺がでしゃばる必要はないな。
 さて、茶でも飲みなおすか。玄関から中へ戻りながら、茶々丸さんに頼んだ。

「茶々丸さん。一杯あったかい紅茶をいただけますか。それと警察と学園側とジョンにも明日菜さんがさらわれたと連絡を」
「はい。かしこまりました」

 ログハウスに入り紅茶をリクエストする俺と淡々と受け答えする茶々丸さんに、エヴァさんが訝しげな視線を投げかける。

「おい、あんなのでも一応仲間だろう? 助けにいかんのか?」
「仲間? 誰がです?」

 肩をすくめた。手早く用意されて渡されたティーカップからは柔らかな香りが立ち上る。うーん、やっぱいい葉をつかってるわ。
 エヴァさんは勘違いをしてるようだ、俺には仲間などいない。明日菜さんにしたって同じ野菜シリーズらしいがまだ顔見知り以上の関係ではない。というより彼女も改造人間の一人なら自力で脱出できるんじゃないかな。
 紅茶の味をを楽しんでいると熱い飲み物を飲んでいるのに背筋に冷たいものが走った。まずい。エヴァさんの機嫌が急速に悪化している。
 なぜだ? まさか明日菜さんを見捨てるつもりなのがお気に召しませんか?
 まさか『闇の福音』と呼ばれ、元六百万ドルの賞金首がそんなに甘いはずないのだが。

 頭が高速回転して思考が巡る。大前提として俺達は仲間じゃない。従って俺と明日菜さんは仲間じゃない。だから俺が明日菜さんを見捨てても問題ない。うん、三段論法にも適っている。
 しかし、エヴァさん視点からしてみると、俺達は仲間じゃない。従って俺と明日菜さんもエヴァさんも仲間じゃない。だからエヴァさんが俺を見捨てて『紅き翼』側についてもなんら裏切りではない。……嫌な結論が出てしまった。
 こういう時は大前提を覆すしかない。

「HAHAHA、ジョークはこれまでにしてさあ行きましょう! なにしろ僕と明日菜さんとエヴァさん達は固い絆で結ばれた大切な仲間なんですから!」

 俺は勢いよく紅茶を飲み干すと、豹変した俺のノリについてこれないのか口を開けたままのエヴァさんに力強く断言した。

「エヴァさん、俺達は仲間です!」

 エヴァさんは目をそらし「ま、まあそこまで言うならしかたないか……」と赤く色づいた顔で納得してくれた。
 ……よかった。俺の演技がワンピースのナミ編のゴム人間のパクリだとばれたら素直に頷いてくれなかったかもしれない。
 このまま熱血のノリで押し通そう。そう決意し、エヴァさんの細く小さな手を引っ張る。

「さあ! 仲間を助けにレッツ・ゴーです!」


 エヴァside


 ……仲間か。私の手を握り駆け出した少年に思いを馳せる。
 この私に面と向かって「仲間だ」と言ったのはこいつが初めてだな。
 あのサウザント・マスターでさえも、保護者ぶった事はあっても仲間に受け入れてくれた事はなかった。ヤツの仲間とは『紅き翼』のメンバーだけで、他の人間は救うべき対象でしかなかったのだろう。
 ふん、この『闇の福音』がずいぶんと見くびられていたものだな。

 だがこのネギは、いや葱丸は私を仲間と呼んでもう一人の仲間である明日菜を助けようと走りだしている。
 くくく、まるでオママゴトのようじゃないか。元賞金首と現賞金首のすることかね?
 でもまあ、そんなに悪い気もしないし付き合ってやるか……。
 その、まあ『固い絆で結ばれた大切な仲間』とまで信頼されたらしょうがないよな。女・子供である明日菜を見殺しにするのも信条に反して寝覚めが悪そうだしな、うむ。

 別に葱丸が頼んだから一緒に行くんじゃないからな! そこのところだけははっきりしておくぞ。
 ……だから茶々丸「マスターがあんなに楽しそうに」見えるのは絶対にバグだからな。録画するのはよせ。


 



[3639] 二十二話  発表!? 『紅き翼』の新メンバーは……
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/12/12 17:03
 明日菜side


「う、うーん。……木乃香ぁ、洗面器一杯のゼリーはムリだよぉ……」

 ……ん? あたしは自分の寝ぼけた声で目が覚めた。夢の中では、木乃香にお化けのような大きさのゼリーをワンコ蕎麦のように何杯もおかわりを勧められたけど、どうしてあんな悪夢を見たのかしら。
 眠気が覚めるのと同時に、夜気を含んだ風に吹かれブルッと身震いをする。あ、寒く感じる理由は一目瞭然ね、下着だけで外にいたら震えたり鳥肌が立つのも当たり前じゃないの。春とはいえさすがに夜は気温が下がるんだから。
 そこまで考えて気がついた。――え? なんであたしが両手を縛られてセミヌードになってるの?

「お目覚めですかな、お姫様?」
「このエロガッパー!」

 うやうやしく話しかけてきた黒尽くめの男の人に、反射的に唯一自由に動かせる足で渾身の力を込めた蹴りを放つ。

「おぶぅ!」

 快心の手応え(いえ、足応えかしら)に愉快な悲鳴上げ鼻血を垂らしながらも、その老人はダウンをせずに踏みとどまった。

「な、なかなか元気なお姫様だね」

 ――そんな!? あたしの必殺バカレッドキックは古菲のお墨付きなのに、それをまともにくらって倒れないなんて、こいつプロレスラーかなにかかしら。
 戦慄するあたしの脳裏に失神前の光景がフラッシュバックする。そう、あたしはエヴァちゃんの家の前でこの男に気絶させられたんだ――。
 
 体の震えは止まらないのに脂汗が滲み出る。さっきは何が何だか判らないうちにやられてしまった、今のあたしじゃこの男には勝てる気がしない。

「い、一体あたしをこんな格好にしてどうするつもりよ!」

 精一杯強がって叫んでも語尾がかすれてしまう。それに相対する老人は憎らしいほど礼儀正しかった。

「いや、明日菜姫は調査するだけだったので、もう済ませたよ。
 それと制服は姫様にあまり似つかわしくないかと、その下着姿に変えさせてもらった。
 後は、しばらくの間餌になってもらうだけで明日菜姫には手荒な事をしようとは思わんよ」

 ……エサってあたしを使って誰を釣り上げるつもりなのかしら? 
 何もできずに足を引っ張るだけの悔しさに歯を食いしばる。こんなに気障で嫌味なヤツに下着にまで剥かれて縛られるなんて……。
 あ、おまけにこの下着、あたしがつけてた物じゃなくて新品じゃない! あたしのはいてたのはどこよ! というかあんたが着替えさせたの!?

「なにが似合わないから下着にしたよ! 言い訳になってないじゃない。素直に『私の趣味だよ』と告白すればまだ可愛げがあるのに、ほんとにムッツリスケベね!」
「い、いや本当に私の趣味ではないのだよ。ただ『美少女を捕らえたら脱がしべし』というこの世界を統べる法則がそうさせたのだ。
 だいたい、私のストライクゾーンまでには明日菜姫はちとボリュームが足りないため、着せ替え人形にしてもあまり楽しくはなかったな」
「やっぱり着替えさせたのはあんたかー! それにわけ判んない言い訳しないでよ!」

 屈辱と怒りに頭に血を昇らせていると、なぜかちょっと前に似た状況に陥った事を思い出した。服を脱がされた上にそうした相手は鼻血を垂らしている……。
 謎は全て解けたわ! 真実はいつも一つ!

「わかったわ! あんた高畑先生の一味ね!」
「「な、何ですとー!」」

 驚きの声は黒衣の男ではなく、頼もしい仲間の響きをしていた。
 顔を上げれば子供のように――あ、葱丸君はまだ子供か――お手々をつないで走ってくる葱丸君とエヴァちゃんの姿があった。
 
「まったくもう、遅いわよ二人とも!」

 たぶん照れ隠しだと、自分を含めた誰にでも判る弾んだ文句が口をついてでる。こーゆー所が木乃香に「明日菜はツンデレやね~」と指摘されちゃうとこなんだろな。
 心強い援軍に、目の前の脅威も忘れてそんな風に思う余裕さえ生まれてきた。


 葱丸side


 俺とエヴァさんが手と手を取り合ってステージにたどり着いたのは、誘拐犯と明日菜さんが姿を消してから十分も経過していないだろう。
 しかし、彼らの間ではどんな未成年者お断りのドラマが展開されたのか、明日菜さんは拘束され下着姿になり口を極めて男を罵っている。
 そんな彼女の口からついに決定的な一言がこぼれだした。

「わかったわ! あんた高畑先生の一味ね!」
「「な、何ですとー!」」

 隣のエヴァさんと異口同音に驚愕の叫びを上げてしまう。え? こいつは俺の推理によると学園側ではないはずなのだが。いや、『紅き翼』と学園側がつながりが切れたと考えれば辻褄が合うのか?
 確かに『紅き翼』の幹部であるタカミチを切り捨てたとすれば麻帆良が独立しようとしたと考えてもおかしくはない……かな。いずれにしよデータ不足は否めない、この誘拐犯から情報を得なくては。そう言えばまだこの男の名前さえ知らないぞ。

 顔を輝かせて遅刻だと責める明日菜さんよりも、その前に立つこちらを振り返った黒尽くめの誘拐犯に神経を傾ける。

「ゆっくりなご到着だね、ネギ・スプリングフィールド君。それにエヴァンジェリン嬢、君を招待した覚えはないのだがね」
「あいにくと招待が突然すぎるので、時間や招待客への抗議は却下です。
 大体ホストが名前すら告げずに強引に誘うってのはマナー違反じゃないんですか?」

 皮肉を滲ませながら探りを入れた。こいつに対する情報が乏しすぎる、せめて名前か所属が判明すればいいのだが。
 潜入工作員が名乗るはず無いだろうという予測は見事なまでに外れた。この男は「それはご無礼を」と朗々と名乗りを上げたのだ。

「我が名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。没落したとはいえ伯爵位を授かっている貴族の一員である。
 マナーに適っていないとの仰せは当世風に慣れないためとご容赦を」

 えー、ヘルマンさん。なんで貴族の方が俺や明日菜さんに用があるのかってやっぱ改造人間だからですかね? それ以外彼女と共通点ないもんなぁ。
 そんな風に思ってると、隣でエヴァさんが眉をしかめる。あ、まだ手を繋いだままだったな。かすかに汗ばんでいるが彼女から離そうとするそぶりはない。

「貴族か……爵位を受けたといっても何年前のものだ? 貴様は人間じゃないだろうが。伯爵級の魔族が戯言をぬかすな」
「まあまあ、エヴァさんもそんな喧嘩腰にならないで」

 ドウドウと彼女をいさめる。ここで少しでも彼のことについて知るのは無益じゃない。

「どこから僕や明日菜さんの事を聞いたんですかね? 冥途の土産って事で話しててくれませんか」
「ふふふ、ネギ君の命を奪うつもりはないし、明日菜姫はもう解放してもいいぐらいだよ。
 でもどこから君達の情報を聞いたかは教えられないな。これでも契約は遵守する方でね。
 だが、ネギ君については何も知らなくても今日会えば判ったかもしれないなぁ。覚えてないかね君は私に会った事があるのだよ」

 そう告げて帽子を外した時には彼の顔はすでに人間のものではなかった。やっぱりこいつも改造されて怪人になってしまっているようだ。
 肌が刺されたように痛くなるほどの殺気とあらわになった異様な形相に明日菜さんが「嘘……」とつぶやきエヴァさんは舌打ちする。
 俺もごくりと音をたてて唾を飲み込み彼の異相を観察するが……。

「あの? やっぱり記憶にないんですがどちらさまですか? あ、もしかしてハロウィンの時あめ玉をくれたお菓子屋のおじさんじゃ」
「違う! 覚えていないのかね。ほら、六年前君の住んでいた村を滅ぼした――」
「あ、あの時の!?」

 戦慄と共に六年前の炎と煙に彩られた惨劇を思い出す。あの時村を滅ぼしていたんならこいつは――。

「ナギの仲間で『紅き翼』の一味かー!」
「「はあ?」」
 
 なぜかヘルマンとエヴァさんの二人から怪訝な表情をされた。ヘルマンなどは明らかに人間とは違う顔なのに、ポカンと呆けていると判るところからして想像以上にコミュニケーション能力が高いようだ。

「なんで不思議な顔をするんですか? 明日菜さんはこのへルマンを『高畑先生の仲間』だと断言した。へルマンは六年前に俺がいた村を壊滅させたと白状した。ナギは『この村の破壊は自分の責任』だと謝罪していた。
 つまりタカミチ=ナギ=ヘルマン=『紅き翼』=俺の村を破壊した犯人って事は明白でしょう」

 うむ、この論理展開に矛盾はないはずだ。実際に明日菜さんなどは「そうだったのね」と何度も頷いている。やはり学園側と『紅き翼』は分離し、こいつがこそこそと偵察に来たって事か。
 自分の推論に納得していると、エヴァさんがつないだ手を離して額にあてるとへルマンから俺に向き直った。

「貴様は自分の父親をどう思ってるんだ? あのナギがこんなのと仲間のわけがないだろう。大体十年も昔に死んだあいつについて、実の子供とはいえ何が判ると言うんだ!」

 理由は不明だが物凄くエキサイトしている。彼女はナギ・スプリングフィールドに何がしかの思いを寄せていたのだろうか。だが、事実誤認も多いぞ。『こんなの』呼ばわりされて心なしかしょんぼりしているヘルマンに、『もう少し待ってて』とアイコンタクトを送る。

「ナギとヘルマンが仲間なのはさっき立証しましたし、ナギが十年前に死んだというのも事実ではありません。
 なにしろ六年前のヘルマンが言った村落崩壊の現場で、俺自身がナギと顔を合わせてますから」

 エヴァさんのただでさえ大きな目がさらに見開かれる。

「ナギが……生きてる……」
「ええ、ヤツは生きてます」

 重々しく俺が頷き返す。その時、忘れられて所在無げにしていたヘルマンが、角をカギ爪でぼりぼり掻きながら遠慮がちに声をかけてきた。

「ゴホン、その、もういいかね?」

 ……意外と律儀な怪人だなぁ。 
  



[3639] 二十三話  「は、外れたのはわざとだからね!」と彼女は言った
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/12/12 17:08


 エヴァside


「ナギが……生きてる……」

 葱丸からのその知らせは衝撃的だった。今が戦闘の直前だとか、もっと早く教えてほしかったとか些細な事は忘れて、ナギとの思い出が脳裏にプレイバックされる。
 本当に生きているのだろうか? あの大戦を終結させた英雄が。あの誰をも惹きつける魅力を持ったカリスマが。あの私を落とし穴の罠にかけニンニク責めにしたあいつが。そして、十五年もの間真祖たる私をこの学園に縛り付けた男が。
 ……あれ? なんであんな目にあわされて、これほど待たしている相手を気にかけなければいけないのだろう?

「ゴホン、その、もういいかね?」

 こちらが悩んでいるのに空気を読まずに声をかけてくる馬鹿がいる。潰すぞ。チラリと視線をやるだけで石仮面じみた顔が一瞬で青白く変化し、腰が引けて口をつぐむ。どこを潰されるか本能的に察知したようだ。
 ふん。分をわきまえて最初からそうしていろ。
 
「それにしても、ナギの奴が生きていたとしたら十五年もの間、私を学園に縛りつけて放置しておいたというのか……。
 そんな事あるわけない! それはナギや『紅き翼』が光の当たる場所ではなく、闇の組織というお前の前提にたっている仮説にすぎん。
 あいつらは……まあ、一時期『平和の敵』と疑われたこともあったが、立派なマギステル・マギのはずだ!」

 無意識の内に手が固く握り締められて、爪が肉にまで食い込むが痛みなど感じない。葱丸の話を受け入れたら私の十五年は無駄だった事になる。
 あの男は戻ってこれないのではなく、単に私の元へ来なかっただけということなのか。だとしたらそれは私を裏切ったという事に他ならない。
 ナギ……お前は……、

「しっかりして下さい、エヴァさん!」

 体を葱丸に揺さぶられた。この少年の父親ゆずりのいつもの人を食った態度が消えて、真剣な表情で私の瞳を覗き込んでいる。

「エヴァさんよく考えて下さい、あなたの知っているナギという人物はあなたを放っておいて十五年も過ごしているような男でしたか?
 僕の知っているあの男はそんな事はしません。おそらくは想定外の事件に巻き込まれたのだと思いますが、エヴァさん自身がどうお考えしてるかが一番大切なんです」

 はっと我に返る。この『闇の福音』がなにを動揺しているのだ、他人の意見に左右されるのが『誇りある悪』のあるべき姿なのか。握り締めた拳に更に力を込めて、自分に対する喝とする。
 地にしたたるほど血が流れるが、この程度で自分を取り戻せるなら安いものだ。

「いいや。私の知るナギ・スプリングフィールドという男は、十五年もの歳月を待たせるような薄情な男ではなかったな」

 いかにも同感と言わんばかりに葱丸が頷いた。

「その通りです。あいつがそれほどの時間を与えるとは思えません」

 おい、微妙に話が噛み合ってないぞ。

「エヴァさんのような貴重な人材を学園で長年飼い殺しにするはずないでしょう。さっさと洗脳して支配下においておくはずです!」

 ……貴様らスプリングフィールド一族は私を一体どうするつもりだ? 一遍きちんと話し合わなければならんな。

「さあ、落ち着いたらさっさとそこのヘルマンって奴を倒しましょう。
 汎用人型決戦兵器エヴァ出撃です!」
「いや、葱丸よ。お前には後で話があるからな」 

 こめかみの血管がひくついているのが自覚できる。いかん、ストレスが爆発しそうだ。誰かいい八つ当たりの対象は……すぐ目の前にいるな。

「歓迎するよ。ヘルマンだったか? 貴様とは面識はないはずだが、よくぞ今宵は私のサンドバックになるためにわざわざ来訪してくれたな、感謝するぞ」
「む、あれ? 私の相手はネギ君のはずだが、君は明日菜姫の身が心配じゃないのかね?」
「くくく、豚のような悲鳴をあげろ」

 ヘルマンとかいうサンドバックがなにやらあたふたと言い訳しているが、聞かなければいけない義理は私にはない。

「茶々丸、超に連絡しろ。『プランA実行』だ」

 間をおかず学園の明かりが全て暗闇に塗りつぶされ、私の全力が出せる闇の世界へ移行した。モニターしていたにしろさすがに超は仕事が速い。張り巡らされた封印が解け、体中に力と魔力が巡りだす。
 この感覚を人間で解説すると、凍死しかかった人物が温泉に入れられて体温を回復して生命を取り戻していく過程のようだ……とそんな体験をした奴はあまり多くはいないだろうが。
 極上のワインを飲み干した以上の高揚感が満ち溢れてくる。湧き上がる力と共に空へ舞い上がり、踏み潰されるのを待つ虫を見下ろした。
 
「くっくっく、この私に喧嘩を売るとは愚か者が。仲間のナギの分まで愚行の報いをうけるがいい!
 リク・ラク……ええい、省略……
 『終わる世界』!」
「いきなり超必殺技かね!?」

 驚いたサンドバックの叫びと「ちょ、僕達まで攻撃範囲に入ってます!」とそれ以上に切羽詰った葱丸の悲鳴が響いた。
 そして彼の後ろにはなぜかクラスメートが二人もいる。それに気がついたのは呪文を解き放った後のことだった。

 
 葱丸side


 エヴァさんの様子がナギの名前が出ると共に明らかに変化した。やはり、自分をハントしこの学園に軟禁している相手に無関心ではいられないだろう。虚ろな目をしてぶつぶつと口の中でつぶやいている。
 だが敵を前にしていつまでも呆けているわけにもいかない。俺はやや乱暴に彼女の体を揺さぶった。

「しっかりして下さい。エヴァさん!」

 光を無くした瞳に語りかける。

「エヴァさんよく考えて下さい、あなたの知っているナギという人物はあなたを放っておいて十五年も過ごしているような男でしたか?
 僕の知っているあの男はそんな事はしません。おそらくは想定外の事件に巻き込まれたのだと思いますが、エヴァさん自身がどうお考えしてるかが一番大切なんです」
 
 弾かれたように彼女は俺を見上げると、力強く反論した。 

「いいや。私の知るナギ・スプリングフィールドという男は、十五年もの歳月を待たせるような薄情な男ではなかったな」

 うん。あいつはそんなに甘いタマじゃない。 
 
「その通りです。あいつがそれほどの時間を与えるとは思えません」

 俺があの村から抜け出したときには、三日後にはウェールズ中の警察署に手配が回っていたんだ。

「エヴァさんのような貴重な人材を学園で長年飼い殺しにするはずないでしょう。さっさと洗脳して支配下においておくはずです!」

 これほど戦闘能力に優れた人物を、中学生にして長年の間戦いに使わないなんて宝の持ち腐れだ。兵器ってのは戦場で使ってナンボだろ。
 もし『紅き翼』が持て余しているのなら、代わりに俺が使い潰してみせましょう!

「さあ、落ち着いたらさっさとそこのヘルマンって奴を倒しましょう。
 汎用人型決戦兵器エヴァ出撃です!」
「いや、葱丸よ。お前には後で話があるからな」 

 エヴァさんが唇を吊り上げて牙をのぞかせると、ヘルマンへ正対した。よし、これだけ焚きつけておけば戦意は充分だろう。
 エヴァさんとヘルマンが会話している最中に、超さんと白衣に三つ編みにした少女の二人組みがそっとやって来た。
 軽く目礼を交わすと、超さんが俺に「この子が茶々丸の生みの親の一人で葉加瀬 聡美ネ」と紹介してくれた。なんの為にここに居るのかと尋ねたら、
 
「この時代の最高レベルの実力者であるエヴァの戦いを見に来たに決まってるネ」

 とのことだった。すると何らかの合図があったのか「お、さっそくプランAの発動ネ」とボタンを押した。
 同時に周囲から光が消えた。街灯までつくことなく夜の闇を照らすのは、半月の月と星明りのみだ。超さんは「これを今使うと、本番の麻帆良祭では別の手を考えないと駄目ネ」とため息を吐く。おそらくは前回のジョンと同様に送電施設にちょっかいをかけたんだろう。

 その暗闇と静寂の中を破り、エヴァさんの体から金属的な高い破壊音が響き、大きく矮躯をのけぞらせていた。
 次の瞬間に爆発するかのように彼女の体が――いや実体ではなく存在感が拡大した。サイズは変化していないにもかかわらず、明らかに一回り大きく感じさせる体で、顔を天に向け哄笑する。

「くっくっく、この私に喧嘩を売るとは愚か者が。仲間のナギの分まで愚行の報いをうけるがいい!」

 ……まるで満月に吠える狼だな。俺が呆然としていると、葉加瀬さんと超さんががん首を揃えてエヴァさんを観察していた。

「あれがエヴァの本当の姿……」
「もう誰にもエヴァは止められないネ……」

 あんたらどこの特務機関の職員だよ。などと俺がつっこんでいると、戦況はエヴァの先手必勝で終わりそうな雲行きになった。
 膨大なエネルギーがその手に集中していくのが素人目にも判る。あれならヘルマンを倒すのは当然として、半径一キロはクレーターができるのではないかと思えるほどの迫力だ。
 ……ん? 半径一キロ? 

「ちょ、僕達まで攻撃範囲に入ってます!」

 エヴァさんの手から爆音と共に圧縮されたエネルギーが放たれた。勿論俺にはなすすべがない。核ミサイルが落ちてくるのを一般人が発見したとして、どんな迎撃ができるというんだよ。
 観念して固くまぶたを閉じようとした耳に、焦ったヘルマンの声が届いた。

「あ、悪魔のいや『バカレッドのバリアー』!」

 彼も必死のそぶりで腕をかかげてエヴァさんから放たれた怖ろしいほどの力の奔流を受け止めていた。ヘルマンの叫びからもしや明日菜さんの身を盾に使ったんじゃないかと心配したが、そこまで外道ではなかったようだ。
 がんばれヘルマン! 君のバリアーで俺達も守ってくれ! 隣の理系少女達は自分達の危険もかえりみずに「凄いデータです!」「この時代の達人たちはみんな無茶苦茶ネ」と喜んでいて役に立ちそうにない。

 待つほども無く光と音の乱舞は終了した。『バカレッドのバリアー』が守ってくれたのか俺達やヘルマンを中心にしたステージ辺りは無事だったが、周りはブリザードにあったように破壊されつくしている。
 空中に浮いたままのエヴァさんは目を丸くして「なぜ生きてる!?」と驚いているが、あんた俺達まで始末する気だったのか?
 それに全員が無傷とはいかなかったようで、うめき声がする方向を探ると明日菜さんの口からもれていた。気遣わしげな視線を送ると、「平気よ」と縛られたまま明らかにカラ元気を張っっていた。

「ペンダントがちょっと熱くなっただけでもう心配いらないわ。
 それよりも! バカレッドって何なのよ~! ヘルマンが知ってるってことは学園外にまでそれ広がってるの!?」

 さすがレッド、突っ込むところはそこですか。殺されかかった事や謎のペンダントの究明よりも自分の異名を気にするあたりが実にバカレッドらしい。
 場違いな感心をしていると、背筋に冷たいものが走った。いや、そんな可愛いものじゃない、下品だがドライアイスの剣でグサリと浣腸されたらこうも感じるだろう。上空から小柄な鬼に睨みつけられていた。
 金髪が逆立ち、瞳はサーチライト以上に赤く輝いている。

「葱丸よ、その明日菜のペンダントが邪魔だ。次の攻撃は当てないでやるから貴様が奪い取れ」
「サー・イエス・サー!」

 エヴァの命令を反射的に敬礼と共に受諾していた。今の彼女に抵抗するのは得策ではないと判断したからで、べ、別に怖かったからじゃないんだからね! と無意味に一人ツンデレってみる。まあ、明日菜さんも縛られているだけで他に敵はいないみたいだし、エヴァさんがヘルマンの相手をしてくれてたら簡単だな。
 ……この時点では、明日菜さんを拘束しているゼリー状の物質がスライムという敵であることに、まだ俺は気がついていなかった。
 だから三秒後にスライムに丸呑みされたのは、俺の責任ではない事を強く主張しておきたい。

 



[3639] 二十四話  「ほな、さいなら」と悪魔は消えた
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/12/29 13:56

 葱丸side


 パクリンチョ。

 あれ? 俺は一瞬自分の身に何が起きたのか把握できなかった。いきなり俺を飲み込んで絡み付いてきた液体に、ゴボゴボと泡を吐きじたばた手足を振り回しながら、明日菜さんにどんな事態が我が身に降りかかったのか視線で説明を求めた。

「スライムよ! ス・ラ・イ・ム! あたしがエヴァちゃんの家の玄関で化け物みたいなゼリーに襲われてたじゃない。そいつにあんたも食べられちゃったのよ!」

 そ、そうだったのか、とりあえず現状は理解したと指でOKサインを作る。しかし、それよりもまず優先すべきはヘルプ・ミー。
 縛られている明日菜さんよりは頼りになりそうな、上空のエヴァさんへパントマイムでSOSを送る。

「葱丸、貴様は一体何を遊んでいるのだ!?」

 俺に対して怒鳴りながらも、片手間でヘルマンの『悪魔パンチ』などの猛攻を捌いている。ほとんど体術と糸を使った技しか使っていないのに、全く危なげがない。どんだけ強ぇえんだよこの幼女は。

「私はペンダントを奪えと命じたのだぞ! 踊ってないで早くやれ!」

 彼女に救助してくれる気はなさそうだ。……まずい、このままでは殺されてしまうぞ、エヴァさんに。
 
 ゴボリとまた口から泡がこぼれ出す。くそ、もう呼吸があんまりもたねぇぞ。酸素不足に頭痛がして焦りが加速していく。
 いや、こんなピンチの時にこそ冷静になって逆に考えるんだ。
 敵に丸呑みにされたと思うんじゃなくて、ふところに飛び込んだと考えるんだ。敵のふところに潜り込んで――どうしよう? 攻撃方法がなかったら意味無いじゃん。

 必死でジャケットの秘密の内ポケットを探った。素手でこのスライムを撃破するのは不可能だ。しかし、友人に『青狸の腹ポケット』と呼ばれた俺のポケットになら何か有効な道具があるはずだ。
 まず指先に触れたのはサバイバルナイフ……だめだ、こんな半液体の敵に刃物は通用しない。
 次に掴んだのは閃光弾だった――これもおそらくは視覚に頼っていないスライムには効果がない。もし目潰しが成功したとしても、すでに捕獲されている俺の脱出の助けにはならない。
 ちい、もう息が続かないぞ。そんな俺が最後に見つけたのは――よし、これならもしかして――。

 俺はポケットからカラーボールを取り出すと、躊躇なく握りつぶした。


 超side


 ネギ坊主がスライムに飲み込まれたときは、さすがに少々慌てたヨ。でもすぐに救助を実行しなかったのには訳があるネ。
 エヴァと戦っている悪魔――ヘルマンとか言ってたネ――はネギ坊主を「殺すつもりはない」と明言していたネ。ならば、わざわざ私が動いて手の内をさらすわけにはいかないヨ。
 
 ネギ坊主が怪我はするかもしれないが、それぐらいならば許容範囲内。いや、よけいな行動を制限できる分好都合かもしれないヨ。
 最近は独自の行動をさせないように、こまごまとした雑用でネギ坊主の時間を使わせていたのに、ちょっと目を放している間になぜ悪魔やスライムと戦うのかネ、ご先祖ハ? 少しは子孫の苦労も考えて欲しいヨ。

 一応は生命の危機に陥ったら助ける準備だけは整えておくと、いきなりネギ坊主がスライムの中心から飛び出してきたヨ。
 いや、それとも吐き出されたのカ? ネギ坊主が失神していない点からして自力で脱出したのだろうが、私の観察眼を持ってしても理解できない手段であの状況から生還したのいうのカ?
 どうやらネギ坊主はまだこちらに完全に信をおいていないようネ。私にも秘密の技術をこの窮地に出さざる得なかったということカ。

 簡単に倒したようだが、このスライムはスピード・パワー共に軽視できる相手ではなかったはずネ。なによりスライムが厄介なのは、物理攻撃に高い耐性を持っている事ネ。殴る・蹴るは勿論、刃物や銃弾でもそれが単なる物理攻撃ならば倒すのは不可能に近いヨ。
 つまり、ネギ坊主が『気』か『魔法』のどちらかを使える事は確定したヨ。
 そしてやられたスライムは不定形に姿を歪ませて苦悶しているようネ。即効性のみならず持続性も併せ持つノーモーションの攻撃……かなり危険な技ネ。

「どうやって脱出したネ?」
「ふっ、そいつはどうやら甘党のようですが、僕はそれほど甘くないってことですよ」
「な、何を言ってるのカ?」
「名づけて『インド人もビックリ! 頑張れハバロネ君!』とでもしましょうか」

 駄目ネ。このネギ坊主は今の技を明かすつもりは全くないようだネ。エヴァ戦やその後の生活を監視して、彼の戦力評価をせいぜいが一般の魔法生徒クラスと想定していたけど見事に欺かれていたヨ。
 しかも、今まで実力を偽装していたとすると本当に計画に賛成なのかも疑わしいネ。協力するつもりならば自分のできる事を教えてくれるはずだかラ……。

 今のネギ坊主の行動から頭の中で幾つものシュミレーションを繰り返す。
 スライムに包まれてから約二分間もドタバタとあがいて見せたのは、私達に救助させる為にぎりぎりまでねばっていたせいネ。そして助けが来ないと判断すると、第三者には観測できないほど僅かな動きで抜け出しタ。
 それはこのネギ坊主がその気になればいつでも自力で窮地から脱する事ができ――なおかつそれを傍観者である私達に隠しておきたかったとしか考えられないネ。つまりネギ坊主はこのスライムだけでなく私達ですらも仮想敵として捉えているのダ。
 
 考えすぎとも思ったネ。くしゃみをしているネギ坊主はまだ十歳の子供に過ぎないネ。私やエヴァと会ってからの素人っぽい言動の全てが偽装で、短時間の内にスライムを倒すだけの実力が本性だとすると、どれほどの謀略と武力の天才だというのか。
 ――天才? それはいつも私が言われていた言葉ではなかったカ? そして、ネギ坊主はその私のご先祖ネ。さらに彼は魔法の天才と謳われ『サウザンド・マスター』とまでよばれた男の息子でもあるヨ。
 もしも、この少年が私以上の頭脳とサウザンド・マスター以上の魔法の才能を兼ね備えている存在だとしたら――。
 体が震えているのは、夜の風が冷たくなってきたせいネ。自分に必死で言い聞かせたヨ。
 やはり、この少年を完全に信用するわけにはいかないという事ネ。
 目の前で親指を立てたポーズをとったネギ坊主は、私の射殺す視線を柳に風と受け流していた。


 葱丸side


 俺がカラーボールを破裂させた刹那、体を包み込んでいたゼリー状の膜が大きく震えた。そして次の瞬間に俺は外へと勢いよく吐き出されて、新鮮な空気を大きく吸い込んでいた。
 ぜぇぜぇと荒い呼吸を続けて酸素を貪る。ああ、生きてるって素晴らしい。命って偉大だ。
 俺が生命への賛歌を奉げていると、超さんがビックリ眼で尋ねてきた。

「どうやって脱出したネ?」
「ふっ、そいつはどうやら甘党のようですが、僕はそれほど甘くないってことですよ」

 どうやら超さんにはばれなかったようだが、手品の種はこうだ。俺はサバイバルナイフや閃光弾といった武器と一緒に殺傷能力のない道具も用意してあった。
 その一つが今回使った『特製香辛料』をたっぷり使用したカラーボールだ。中はとにかく『赤くて辛い』らしい。製作を頼んだ料理部の友人曰く「絶対口に入れるな、やりすぎたかも」という劇物指定のお墨付きだ。その台詞は料理人としてどうよ? とも思ったが、それがいい方向に転がったようだ。
 以前にこれを投げつけたエヴァさんにはバリアーで防がれてしまったが、今回みたいに敵の腹の中では外しっこない。
 くくく、思う存分味わうがいい。

「な、何を言ってるのカ?」
「名づけて『インド人もビックリ! 頑張れハバロネ君!』とでもしましょうか」

 そうだぞ、頑張るんだハバロネ君! 俺を窒息させようとした奴に火を吐かせてやれ。のたうつようにプルプルと体を痙攣させるスライムに、余裕をもって見下す。

「ふっふっふ、僕はまだ甘口カレーしか食べられないんですが、心中お察しします。お大事に」

 一息ついてなぜかこわばった表情の超さんに笑顔を送る。いや、ドラクエでは最弱の敵にこんなに苦戦してお見苦しいとこお見せしました。
 まあ、これでスライムと互角と認識してくれるとドラクエではパーティーから外されるが、超さんの麻帆良祭の計画では端役に回されるだけですむなら願ったり叶ったりだ。

 相変わらず厳しい顔の超さんに親指を立てる。きっと自分が助けにならなかったと気に病んでいるのだろうが、ドンマイだ! 知能指数は天才級と聞くが、戦闘では普通の女の子に戦力としての期待はしてないよ。
 ビッと格好をつけた俺の姿に、一層彼女の眉の間のしわが濃くなる。
 あ、このポーズお気に召しませんか? そそくさと親指をしまう。

 しかし俺はスライムの体内から出た割には、意外にも肌に粘つくような不快感はない。髪や服もほとんど湿った様子もなく、さらっとしておかしな臭いもしなかった。
 ずいぶんとエチケットやデオドランドにうるさいスライムだったのかもしれん。 

 いまだに七転八倒するスライムをさけて、かなりアダルトな下着の明日菜さんへ赴く。

「すいません、遅くなりまして」
「本当に遅いわよ! でも、今の戦いを見てたらあんまり文句も言えないわね。……来てくれてありがと」

 まずは首にかけられたペンダントを外し、すぐ明日菜さんに上着をかける。次に縛られていた手首の縄をほどきながら、エヴァさんに「獲ったどー!」と伝える。
 返ってきたのは「うむ、ご苦労」の一言だけ。エヴァさんには褒めて伸ばす教育法を習ってほしいもんだね。
 ようやく縄をほどいた俺は、明日菜さんが礼を述べずに視線を固定して固まっているのに気がついた。
 何があるんだ? 当然疑問を持った俺も振り返ったが、見なきゃよかった。そこにあったのは――

 虐殺だった。
 エヴァさんは強かった。

 余りにも酷いので音声のみでお伝えします。どぞ。

「はっはっはー! あんなペンダントが無ければまともに戦う事もできんか! そら『終わる世界』」
「ぐはっ!」

 ズドン。バキッ。ぐちょ。ミチミチ。「ふはははー!」「……あ……ぐ……」
 ボキッ。べコン。もけもけー。

「だ、大丈夫です。私は科学に魂を売った女。こんな所見たぐらいで……うぷっ」
「駄目ネ。直接目にしたらトラウマになるヨ。画像じゃなくて数字のデータに集中するネ!」

 パキン。ぐりゅ。ゴツン。めりめりめー。「ふっふっはーはっは!」「……ぁ……」

 ……明日菜さんと手を取り合ってガタガタ震えていると、赤い鬼がこっちにむかって手招きをした。

「おい、葱丸よ。こやつが貴様に話したい事があるそうだぞ」
「イエス・マム!」

 俺を呼びつけるエヴァさんの瞳は真紅に輝き、金髪と白皙は返り血で真っ赤に染まっている。
 思わず敬礼してガクガクする足で駆けつけたのも無理はないと思う。
 出来る限りエヴァさんから目をそらしつつ、地面に横たわっているヘルマンらしき塊の傍らに膝をつく。
 ――えっと、生きてるのか、これ?

「……ネギ君よ、私を殺したいと思わんのかね?」
「ひぃ!」

 いきなりミンチが喋りだしたのでバランスを崩してしりもちをついてしまった。

「私は君の住んでいた村を破壊した当事者だ。自分の手で仇をとりたいと思うのは恥ずかしい事じゃない」

 今更そんな事言われても、その村の記憶なんてないし……。第一もうほとんど息の根が止まりかけてませんかあんた? エヴァさんの殺人罪を押し付けられるのはごめんです。

「僕はあなたを……殺しません」
「そうか……」

 目蓋を閉じてため息をついたヘルマンは、弱々しくなった眼光で俺を見上げた。

「正直な話、このままエヴァンジェリン嬢に嬲られるより君に止めを刺してほしかったのだが――」
「では楽にしてやろう」

 割り込んできたエヴァさんが指を振るとヘルマンの首と胴体が引き裂かれた。彼の言い草が気に入らなかったようだが、血に狂ってるのかなぁ手が早すぎるぞ。
 
 いきなりな出来事に俺が硬直していると、生首になったはずのヘルマンがしっかりとした口調で語りかけてきた。

「ネギ君、怯えるのも無理はないが、私くらいの爵位を持つ悪魔はこのぐらいじゃ消滅はしないよ。
 エヴァンジェリン嬢もその気はないようだしね。だが、君のおかげで拷問が短くなったのも確からしい……。
 ふむ、一つぐらいの忠告を与えておこうか」

 生首になった状態で何を言い残すんだ? ダイイング・メッセージですか? それなら必要ありません。あなたがエヴァさんに殺されたのははっきりしています。それにヘルマンの体から煙が出て消滅が始まってるんですが、フェイト君もそうでしたし改造人間は死体になったら消えるのがデフォルトですか。
 『なお、君の死体は自動的に消去される』って自爆装置とか死体消去装置とかいらんもんつけんなー!
 内心ブルーになりながらも、エヴァさんと並んで遺言を一応は聞き耳を立てておこうか。完全に消え去る前にヘルマンが口を開いた。

「君の父のサウザンド・マスターは村の襲撃には無関係だし、私と仲間だった事も一度もない」


「「え!?」」

 



[3639] 二十五話  「謎は解けた」と迷探偵は語った
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2008/12/29 14:02

 葱丸side


「え?」

 消滅寸前のヘルマンが最後に残した言葉に俺は首を捻った。
 サウザンド・マスターが村の襲撃に無関係だと? 何を言ってるんだろうか、あの男が現場で自白したのは俺が証人である。反論の余地などある筈が無いのだ。
 なのになぜこんなデタラメな話を去り際に置いておく必要が……あった。

 こいつだ。今の言葉は俺に対してのものじゃなく、袖をつかみ瞳を輝かせて「ほら、ナギはそんな奴じゃなかっただろう」と揺さぶってくる金髪のちびっ子に向けて喋っていたのだ。
 エヴァさんの動作は可愛いのだが、返り血で全身が赤く染まっているのがマイナスポイントとなりどうも萌えられない。
 しかし、その戦闘能力は悪魔型の改造人間を一蹴するほどのものだ。『紅き翼』陣営が取り戻そうとするのも判らないではない。

 それにしても……頭の中を整理しつつエヴァさんと目を合わせる。
 
「エヴァさんは怖くないんですか?」
「はあ? 何がだ?」

 俺の質問に揺さぶるのを止めて「急に話を変えるな」と口をとがらせる。

「いや、話を逸らしてるつもりはないんですが、エヴァさんは部下の死に際までも、自分に有利な遺言を残させるサウザンド・マスターの力が怖ろしくはないんですか?」
「……葱丸よ、どうしてそういう結論がでたのか教えてくれ。ヘルマンははっきりと自分が貴様の村を破壊した実行者で、ナギは無関係だと断言したではないか」
「異議あり!」

 人差し指を天に向けて伸ばす。彼女を指差すのは不味そうだからね。

「まず、そこが不自然だと思わないんですか? 彼はこのぐらいでは滅びない、いずれ復活すると言ってましたから、おそらくは再生怪人として蘇るんでしょうが……まあ、そこにも突っ込みたいですが重要なポイントは彼がまだ死んでないって事です。
 死ぬわけでもないのに敵に機密を教える? 筋が通らないでしょう。だとしたら彼の残した情報はフェイクだと考えた方が自然です。
 つまりサウザンド・マスターがあの事件の黒幕であり、かつヘルマンに対して強い影響力を持った人物であると推理できます」
「……考えすぎじゃないか?」

 反論するエヴァさんの表情に少しずつ影が差してゆく。胸中に不安が兆して、俺とサウザンド・マスターのどちらを信じればいいか迷っているのだろう。
 ならばここは押すべき場面だと、詐欺師の本能が訴える。かねてからの疑問をたてにサウザンド・マスターへの不審を述べた。

「だいたい彼を怪しい人物だと思わなかったんですか? エヴァさんから話を聞く限りでは、彼は学校を中退して攻撃手段も数個しかないそうですね。それなのにわざわざ『サウザンド・マスター』『千の呪文の男』という異名をもっているんでしょう?
 これってストレートしか投げられないピッチャーが『七色の変化球投手』と呼ばれるぐらい変です。
 おそらくは『サウザンド・マスター』というのは最初は自称だったんだと思います。
 千も攻撃手段がある技巧派と見せかけて本当は数少ない手札での速攻力押し。それを成功させる為にわざわざ自ら大仰な異名を名乗ったのでしょう。
 もし、他人が名づけるならそんな本性とかけ離れた二つ名がつくのは不自然です」
「む……確かに『千の呪文の男』というのはあいつに不似合いだな……。
 普通は私の『闇の福音』や『人形使い』といった名は体を表す異名がつくものだが」

 よし、のってきた。

「つまり彼が情報を使ったフェイクが得意であることは確実でしょう。
 その情報の扱いに長けたサウザンド・マスターが部下に『あの事件にはナギは無関係だ』と言わせたってことは……」
「逆説的にナギの関与が肯定されるわけか」

 エヴァさんの相槌に俺は頷いた。

「ここで気になるのはヘルマンがわざと消える寸前に喋ったというタイミングですね。さすがにあの後で拷も……ゲフンゲフン、尋問されればぼろがでると警戒したんでしょう」
「……そうだな」

 俺の説明に納得がいったのか、うつむきがちに小刻みに頷きながら情報を整理しているようだ。

「そして怖ろしいと言ったのは、これがヘルマンの死に際に吐いた台詞だという事です。つまり、いくら復活するとはいえ部下の死を織り込み済み、いや強制していたのかもしれません」
「まさか、そこまでは……」
「ええ、僕も信じたくありません」

 ため息がもれる。気がつくとエヴァさん以外にも明日菜さんや超さん葉加瀬さんが俺の言葉に注目している。

「もし、予想通りなら彼は部下に死ぬ事を事前に伝えて、なおかつそれでも作戦通りに遂行させたという事になります。
 まさしく悪のカリスマと呼ぶにふさわしい人物ですね」
 
 頭の中には「ウリィィー!」と叫ぶ某スタンド使いが映し出される。あんな奴と敵対したくはないのだが、俺の中のナギ像はほとんどディ○様とイコールで結ばれている。

「まあ、あの男は全方位にモテモテだったからな」

 とどことなくブスッとした顔のエヴァさん。彼女もかなり面白くなさそうな表情だが、それ以上に深刻に落ち込んでいるのが超さんだ。
 地面を見つめるとなにやら口の中だけでぶつぶつと呟いている。……かなり怪しいな。明日菜万引き事件……もとい誘拐事件は解決したんだから正直もうさっさと帰りたいんだが、そうもいかないようだ。
 エヴァさんと明日菜さんと葉加瀬さんが無言で「お前が様子を窺え」とプレッシャーをかけてくる。男の子だからって俺の扱いがぞんざい過ぎるよ。

「あの、超さんどうかしたんでしょうか?」
「……まさかネギ坊主だけじゃなくサウザンド・マスターにまでタイムトラベルの悪影響が? それに世界を支配してる『紅き翼』ってもしかして私の先祖が魔法を独占している元凶なのカ?
 それならいっそここでネギ坊主を始末したら……いや、そうしたらここで死ぬネギ坊主の生まれなかった子孫がネギ坊主を殺すというパラドックスがおこるネ。私にもその結果は予測不能ネ。もう少し時期をみて……」

 なんかもれ聞こえてくるだけで俺の死亡フラグがビシバシ乱立しそうな独り言をつぶやいてらっしゃる。

「超さん、本当に大丈夫ですか?」

 弾かれたように顔を上げた超さんはキョロキョロと首を巡らして、皆が引いてしまって側には俺しかいないのを確認した。

「い、今の聞いてたカ?」

 凄く真剣に尋ねてくる彼女に対して「全然聞こえませんでしたよ」としか答えられなかった。
 だってそうだろ? いくらなんでも「僕を殺そうかどうしようか迷ってるみたいですね」とか言えないよな。それこそ口封じも兼ねて殺しのターゲットになってしまう。

「そ、そうカ、いや何でもないアルヨ。ハハハ」

 うわ、凄ぇうさんくさい誤魔化し方だ。でも一応は空元気とはいえ調子が戻ったようで、エヴァさんも葉加瀬さんも安心したようだ。
 殺人の標的になりかけた俺としてはちょっとぐらいは追求してみたいが、そんな事を言い出せる雰囲気じゃなくなってきた。
 それに考えてみれば、世界を支配している悪の組織に狙われているのは昔からだし。今更また命を狙う者が現れたところでそれほど変わらない……あれ、何で涙が出てくるんだろう。

「こ、こらネギ坊主。どうして泣いているのカ?」
「いえ、ちょっと発作的に世界よ滅んでしまえと呪いたくなっただけです」
「あ、ああそれなら大丈夫……なのカ?」

 グダグダになりかけていた状況に業を煮やしたのかエヴァさんが「そろそろ帰るぞ!」と怒鳴った。
 確かにこんな所にいるよりエヴァさんの家の方がずっと居心地はいいだろう。超さんも「そうネ」と頷いた。
 葉加瀬さんも明日菜さんも異存はなさそうだ。それに長居をしては学園側にも騒ぎを捕捉されてしまう。いやまだ見つかってないのがおかしいぐらいだ。

 では、さっさとエヴァさんの家に移動しようとして、ようやくスライムがまだのたうっているのを思い出した。あのカラーボールのレシピは『インド人もビックリ』から『スライムでも悶絶』とネーミングを変更しよう。
 エヴァさんは指を弾くのと共に小声でなにか呟くと、スライムが一瞬で氷漬けになりそれが粉々になった。まるでその形のガラスを割るのと変わらない手軽さだ。
 スライムが砕けると同時にスパイスの香りが辺りに広がっていく、どうやらハバロネ君はまだ元気に頑張ってくれていたらしい。

「これは……カレースライムだったのか?」

 ?マークを頭上に浮かべた彼女の手際の良さとその敵に対する容赦のなさに内心ビビリながらも、エヴァさんだけは味方につけなければと心に誓った。
 
 もしエヴァさんを仲間にできれば、これほど信頼できる味方はいないだろう。もし、いるとすれば、かつて俺を守ってタカミチと敵対し命を落としたフェイト君ぐらいか……。彼の事を思い出すといまだに胸が痛む。
 いや、待てよ。フェイト君と言えばヘルマンと同じ様に死体が光の粒子状に分解されて消滅していたよな。だとすれば彼も復活できるんじゃないのか? 再生怪人としてフェイト君がカムバックしてくれればなによりなんだがな。
 しかし、さすがにタカミチと戦った後では『紅き翼』はフェイト君を復活させようとは思わんだろう。やはり期待薄か……。

 帰り道で「いいデータが集まった」と喜んでるのは葉加瀬さんだけで、他のメンバーは一つの事件が終わったのに浮かない顔をしている。
 エヴァさんは「ナギの奴……」とグチり、超さんは摘んだ花で「ヤル、ヤラナイ、……」と占いをしてるようだ。何を占っているのか知りたくないが生き残る可能性五十%のロシアン・ルーレットをしてる気分になる。超さん君は占いなんかに頼らない科学的な子のはずじゃなかったのか?
 常に元気な明日菜さんまで、寒そうに俺のジャケットで肩をすぼめて「今回といい高畑先生といい、渋い中年男に脱がされてるのに全然喜べないわね……」とため息を吐いている。
 本当にこの面子で『紅き翼』に対抗できるのか不安が残るなぁ。

 この不安は、約一ヶ月後の麻帆良祭襲撃計画にフェイト君が参加しているのを発見し狂喜するまで続くこととなる。





[3639] 二十六話  忘れられかけた男達 ~ごめんフラグ立て忘れてたよ~
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/01/04 13:18

 学園長side


「……それではお主が駆けつけた時にはすでに戦闘は終了していたわけじゃな。
 うむ、ならばしょうがない。エヴァンジェリンに直接事情を聞こう。ご苦労じゃった」

 通話を終えると高い椅子の背もたれにぐったりと寄りかかる。あれだけ大規模の魔力の衝突の現場にのこのこ今頃たどりついたとの報告とは、ワシもなかなか隠居させてもらえんようじゃ。
 苛立ちを電話越しにぶつけそうになったが、さすがにこの年になると少しは気も長くもなるし事情も察せる。
 おそらくは警備担当者がエヴァンジェリンの魔力と気配の大きさに怯え、危険が過ぎたと判断してから現場へ向かったのじゃろう。

 白髭に覆われた頬から自嘲気味の笑みがこぼれてくる。警備担当者だけが悪いのではない。むしろ、長である自分の責任ともいえるが今学園には手が足り無すぎるのだ。
 一番の戦力としておったタカミチは辺境に旅立ち、エヴァンジェリンはそのタカミチとの一件以来こちらの仕事へ非協力的になった。
 桜咲は木乃香の護衛として側から離せない。となると他の人員だけで広大なこの学園全域をカバーしなければならないのじゃ。

 少ない人材をどう活用しようかと頭を悩ますが、絶対数が足りないのではどうしようもない。魔法界でも募集をかけているがそうそう高い戦闘能力を持った人物が確保できるわけもない。
 ましてや、先の事件に絡んで男の部外者には厳しい視線が注がれるため『戦闘技能を所持した(できれば)女性で(できれば)中学生の年齢』といったかなりシビアな条件ついている。
 これで必要数が揃う方が不思議じゃな。

 リクルートの難問から頭を切り替え、今夜の事件におけるエヴァンジェリンとの交渉について思考を進める。
 彼女の責任を追及するのはむりじゃろう。最近は仕事を請け負っていないとはいえ警備員の肩書きをエヴァンジェリンは外しておらん。
 「侵入者を発見したから迎撃した」としらを切られれば追い詰める術がない。
 タイミングの良すぎる停電に関しても「偶然だ」と切り捨てられるじゃろう。

 とはいえこのまま不問に付すわけにもいくまい。事情聴取という手続きはとっておかんと、またぞろ頭の固い連中から『エヴァンジェリン排斥論』がおきかねん。
 数人の魔法先生を立ち合わせての事情聴取と通電施設への警備強化が妥当なところじゃろう。

 ナギよ、お主がここにおったらこんなくだらん雑事に煩わされないものを……。
 いかんな。どうしようもない繰り言が浮かぶのはやはり年をとったせいじゃろうか。
 これから麻帆良祭にむけてますます忙しくなってくるのに、老いを嘆く暇はないぞい。
 自身に喝を入れながら人材を確保する手段を講じ始めた。

 これから一ヶ月後の麻帆良祭において、そのナギの忘れ形見である少年に対し『殺害許可』を出す事になるとは流石のワシも思わなんだ。


 ジョンside


 東京にあるインターポールの日本本部に出向いていると茶々丸君から敵襲との緊急連絡を受けた。本来は使用してはいけないはずのサイレンまで使って可能な限り急いで麻帆良学園に駆けつけたのだが、ちょうど到着した時点ですでに騒ぎは収まった為にわざわざ来なくともいいとメールが届いた。
 ……せっかくフルスピードで帰ってきたのに冷たいよね。
 どこかのうっかり屋が僕の出番を書き忘れていたせいな気もするが、同時にそれはスルーしなければならない事だと理解していた。

 そんな邪念を振り払い、部屋の中へ戻って銃の手入れを一からやり始めた。
 インターポール史上最長だった僕の『十年間の銃使用禁止』が解けたのだ。
 その手続きの為に本部まで足を運ぶことになったのだ。あそこでは弾丸を渡す前に何枚もの誓約書を書かされた。
 なにしろ十年ぶりに実弾を支給されたのだ。今までは空砲すら込めていなかったためにこのままでは暴発する危険性がある。
 部品を完全に分解し、シーツの上に並べて一つ一つチェックした後でオイルを注していく。
 今までは弾を持ってないせいもあって銃を頼りにしてこなかったが、やはりこうして何時でも撃てる状態で携行すると安心感が違う。

 僕は所持するならリボルバーだと決めていた。同僚のオートマチック信者は「時代遅れ」だの「弾数が少ない」だのバカにしたが、「ロシアンルーレットの勝負をお前が先攻でやろう」ともちかけたらリボルバーの悪口もやめてくれた。
 この銃に全て頼るわけではないが、でき得る全ての準備を整えなければエイリアンの侵略は防げない。
 この僕の銃が狙うのは異星人だけ、弾丸が貫くのは攻撃してきた相手だけ。
 もちろん地球人でも犯罪者であれば取り締まらねばならないのだが、その時は願わくばこの銃を撃たずに済むように――。

 僕の思いが通じたのか、撃った弾丸が火星人の腹を穿ち、血を吐かせることになるのは一ヶ月後の麻帆良祭での事だった。


 フェイトside


 月明りさえ差し込まぬほど深い森の中、僕は一人歩を進めていた。
 じっくり考えるには座ったままなど動かないほうがよいが、新たな発想や違った視点を求める時には、度々作り物の体には無益なはずの散歩という行為をしたくなる。
 今夜のような千草から思いがけない提案を受けた時がそうだ。

 本来ならば、今夜はヘルマンが行う麻帆良学園に対する威力偵察を分析する予定だったのが、千草に呼ばれたためにスケジュールが狂ってしまったのだ。
 ヘルマンなどの仕込みは千草ら京都での仕事仲間には秘密の作業だ。
 だから仕方なく千草の呼び出しに応じるしかなかったのだが、そこで彼女から語られたのは『麻帆良学園祭に殴りこみをかける』という予想外の計画だった。

 正直首を傾げざる得ない。僕だけならばどんな窮地からでも脱出できるだけの自信はある上に、万一それすら叶わなかったとしてもこの人形の体を失うだけだ。
 しかし、他のメンバーにとっては命を賭けた、しかも分の悪いギャンブルになる。
 まあ、他の二人はバトルジャンキーというか戦う相手を選ばない狂犬じみたところのある連中だが、その彼らでさえ躊躇するほどの『死地』である。
 それでも千草は「大丈夫や。心強い味方が向こうにはおるんや」と豊かな胸を叩いて太鼓判を押した。

 一体どんな協力者が、あの東の西洋魔法使いの本拠地にいるというのだろう。
 直前まで情報を教えない千草の態度に苛立ちがつのる。レジスタンスのリーダーとしては正しい態度だが、以前の京都での襲撃計画を企てていた彼女の方がずっと扱いやすかったな。

 それにその京都での行動中止にも不審な点がある。お膳立ては全て整い、後はスタートするだけの計画をあっさりと破棄したのだ。
 そこから千草の行動が読みきれなくなってきたのだ。
 誰かブレーンを雇ったのだろうか……。もしそうなら、そいつは怖ろしく頭が切れ、それ以上に怖ろしく根性の曲がった人間に違いない。
 
 見せかけだけの胃がストレスで調子を崩しているような錯覚を感じる。さっきの根拠のないブレーンへの中傷も、慣れていない自分以外の誰かの策略に乗せられている不快感から生じたものらしい。
 精神面が人形の子供の外見に引きづられでもしただろうか。僕はあの大戦を生き残った『完全なる世界』の一員だぞ。動揺することなど何もないはずだ。僅かな乱れを見せていた歩調が一ミクロンの誤差も無くしていく。

 よし、これで精神の細波が治まった。これぐらいで散歩はいいだろう。深く静かに息を吸い、ゆっくりときびすを返す。
 ほとんど光の無い中でも僕がここまで歩んできた道がくっきりと色分けされている。
 視界に映るのはもはや森ではなく木の形をした石が並ぶ荒野だった。

 ――必要とあれば麻帆良の地もこうしてやれば済むことだ――

 僕がブレーンと推定していた人物と再会し、彼に対する評価が誹謗中傷に当たらなかったと気がつくのは一ヵ月後の麻帆良においてのことだった。
 

 タカミチside


 電子音に眉をひそめ、数秒後にそれが携帯の呼び出し音だとやっと思い出した。衛星経由の地球上どこでも繋がるはずなのだが、ここに赴任して以来初めての着信だ。

「――ええお久しぶりです。
 こちらも中々いい所ですよ。住めば都で現地の方々とも上手くやっています。
 ――いいえ。別に僕は脱ぐのが好きなわけでも、裸を見せるのが趣味なわけでもありません。あれは不幸な事故と妙なタイミングのせいだと説明しましたよね?
 確かにこちらの方達は全員が服という概念を理解していませんが……。
 ――は? 麻帆良学園に帰って来いと?」

 だらけていた会話に俄然と興味が湧く。まだ追放されて間もないのにもう帰還が叶うのだろうか。
 無意識に携帯を握りつぶしそうになり、慌てて力を緩める。これを壊してしまったら、僕でさえ買える町まで一日がかりだ。
 しかし、携帯越しの年経た狸爺からは望んだ答えは返ってこなかった。

「――ああ、帰還が許されたわけではなく、あくまでも一時帰国という事ですか。
 麻帆良学園への復職は認められないが、僕が一般人として麻帆良祭に訪れるのを拒否することはできないと。
 つまり、非公式の立場で祭りの期間中に警備として働けというわけですね?」

 なんと虫のいい話だ。こっちとしては公式の立場が無いためフォローを受ける事もできず、一般人としてならば敵を倒しても賞金稼ぎとして賞金を受け取るわけにもいかない。
 僕には何もメリットの無い依頼だが――。

「もし麻帆良祭の期間中に功績を挙げたとしたら、僕の名誉回復とあの事件の再捜査もしてもらいますよ。
 そう約束してくれさえすれば、『紅き翼』のメンバーの誇りにかけて全力をつくします」

 通話を終え、すっかり日に焼けてしまった頬をゆがめた。この地で眠りにつく度に麻帆良でのあの一夜を夢に見る。あれは避けられたはずの事故だった。
 明日菜君は仕方がない、彼女は巻き込まれただけで裏の事情は何も知らなかったのだ。
 エヴァも許そう。果たせなかったとはいえ彼女は僕を庇おうと努力はしてくれた。

 しかし、借りを返さねばならない人物もいる。
 搦め手で僕を学園から追い出す切欠を作ったネギ。彼の事はもうサウザンド・マスターの息子だからと容赦はしない。
 そしてもう一人、仲間のはずの僕を追放する決め手になった証言をした女性。

「シスター・シャークティ。あなたにもきちんと礼をしなければ」

 ――頭の中で仮想敵とした人物のうち一人に、この拳で致命傷を負わせるのは一ヵ月後の麻帆良での戦闘においてのことだった。


 
 葱丸side


 昨晩遅かったとはいえ春眠暁を覚えずってホントだよな。しかも俺って奨学生だから居眠りなんかしたら、成績では基準をクリアしても授業態度が悪いと奨学金が止められてしまう。
 眠い目をこすりながらの授業が終わり、ようやく寮に帰れると早足になっていた時だった。
 ぞくり。背筋に冷たい刺激が走った。
 普通の皮膚感覚ではなく今までに味わったことがないような冷気だ。
 昔に聞いた『将来自分のお墓になる土地を踏みつけられた』らこんな寒気を感じるのかもしれない。

 昨夜の明日菜さん誘拐事件で風邪を引いてしまったかとも思うが、そんな軽い悪寒ではない。
 自分の体は俺が一番よくわかる。これは風邪じゃない、狙撃手に照準を合わせられた、あるいはタカミチが俺を殺す覚悟を決めたかのような感覚これは――。

「新型インフルエンザか」

 そうだよな。俺がネギだと知っていたタカミチは外国に渡り、昨日の事件も俺の関与は皆で示し合わせて口を閉じてもらった。
 麻帆良祭での超さんの計画が実行されるまで、誰も俺の事を目の敵にする奴はいないだろ。
 そうなればまずは体調を管理するのが最優先だな。

 エヴァさん曰く「強くなりたかったら特別に別荘で修行をつけてやってもかまわんぞ」と申し出てくれたが、こうなっては、どこにあるのか教えてくれない別荘に行くのは麻帆良祭が終わってからでいいや。
 それより早くコタツに入って体を温めなくてはインフルエンザが酷くなってしまう。春を過ぎてもコタツをだしておいて本当によかった。
 休養も立派なトレーニングの一つなんだよ。けっして怠けているわけじゃない。
 あ、みかんが切れてたな。ついでに漫画も買ってごろ寝しながら読むとしよう。

 そんな小市民的な幸せを噛み締めていた俺が、自分が改造人間でなどなかった事を知るのは約一ヶ月のことだった。
 



[3639] 二十七話  麻帆良祭開幕!~カレー勝負の行方は?~
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/01/07 17:22

 葱丸side


 皆さんは学園祭をどういうものだとイメージしているだろうか?
 コンサート、模擬店、展示発表、どれも間違ってはいないだろう。
 だがこの麻帆良の地においてはそれらは一つの単語に集約される。すなわち――サバト(狂乱の宴)だ。

 俺が京都よりの来客を迎えることができたのは、麻帆良祭の二日目の夜になってからのことだった。
 それまでは超さんの計画以上にクラスの出し物に時間をとられてしまったのだ。世界規模のテロを計画中にクラスの喫茶店の準備なんてしてる場合じゃないとも思ったが、超さんの「目立つ行動は避けて、一般生徒に溶け込むネ」との指令に逆らえなかったのだ。
 おかげで準備を頑張りすぎた俺のあだ名が知らない内に「マスター」に決定されていた。

 ちなみに初日にその喫茶に訪れてくれた知り合いの感想は「まあまあ飲めるネ」「うん、おいしいじゃない。あとは渋いおじ様がいれば完璧ね!」「べ、べつに貴様の顔を見に来たわけではない!」というものだった。
 ……誰がどの意見かは勝手に想像してくれ。

 ちなみにうちのクラスの喫茶店は、客引きのために一時間ごとに料理勝負が開催されている。――うん、今俺に指を突きつけてきた左手にバラを摘んでいるこいつが今回のチャレンジャーだ。

「ふっふっふ、笑止! 喫茶店の看板メニューの一つでもあるカレーがこの程度の物で、我がクラスの喫茶店マスターを名乗るとは、インド人が許しても僕が許さない! 『マスター』の称号を賭けて勝負しろ!」
「……いや、お前に許してもらう必要はどこにもないんだが。
 しかし、お前には三日前のジュース代をまだ返してもらってないという用があったな」
「何ぃ!? あれはおごりでは?」

 俺達の小芝居にマイクを持った女生徒が割り込む。報道部に所属するアナウンサー志望の女生徒だ。ショートカットで眼鏡に小柄と姿だけは文科系なのに、この盛り上げ役を自分からかってでたツワモノだ。

「おーっと、なにやら揉め事発生ですね! 判ります、『なぜ僕ではなくあいつがマスターに?』、『あいつジュース代払わずに逃げやがった』そんな盗んだバイクで走り出したくなるような怒りはごもっともです。しかし、ここは喫茶店『巌流島』。
 遺恨の全てを料理勝負で決着させましょう! この喫茶でのモットー『勝った者が正しい』と学園の標語『死して屍拾うものなし』に従ってオール・オア・ナッシング。『マスター』の称号とジュース代は勝者の手に!」

 どうですかー! と観客を煽る。もちろん店内はおろか廊下や外の窓から覗き込んでいるギャラリーも、拍手と歓声でそれを後押しする。
 ……この学園のノリにも慣れてしまったが、やっぱり標語を選ぶセンスがどこかおかしいよね? そう感じる俺は少数派なのか、俺を置き去りにしてどんどんイベントが進行していく。

「それでは、チャレンジャーの希望により勝負のメニューはカレーに決定です!
 制限時間は五分! お互いに用意したカレーを相手に食べさせるだけで、お互いが勝ち負けを決めること。負けを認めないようなあまり見苦しいまねはしないでくださいよ! あ、絶対にお客さんはつまみ食いなどしないように、危険ですよ!」

 ざわ……ざわ……ざわ……「たった五分でカレーだと?」「客なのに食えないのか?」「……異端の感性……」
 何やら観客が盛り上がっているが、お前らホントに五分で作った料理を食いたいのか? これまでに数回の料理勝負をしてその度に覚える疑問を頭の中から消去する。今回はジュース代百二十円がかかってるんだ、ちょっとは真面目にやらないとな。――そこ、せこいって言うな。

「まあ、マスターの称号なんぞいらんと言うよりもプレゼントしたいぐらいだが、これだけの客の前で負けるわけにもいかないな。
 予告しよう、五分後にお前は『なんだとー!』と叫ぶこととなる」

 俺の挑発にカチンときたのか、チャレンジャーが鼻息を荒くする。イベントとして料理勝負の時間とメニューは決められているが、勝負は真剣にやるためにこういった心理戦も必要なのだ。
 
「貴様……、もし僕がそんな言葉を吐いたら負けを認めてやるが、そうでなかったらこっちの勝ちだぞ!」

 あれ? 五分五分なら俺の負けですか。返って不利になってしまったな。まあ、いい。我に秘策ありだ。

「では、双方用意はいいですね? じゃ、スタート!」

 開始の合図とともに、俺は懐からレトルトカレーを取り出すと沸騰した鍋に放り込んだ。
 観客からは「……レトルト?」との声も上がるが、小学生が五分でできる料理に幻想を持つなよ。俺はミスター味っ子じゃないぞ。
 しかし、その中でただ一人勝ち誇った笑顔をみせる人間がいた。

「ふっふっふ、やっぱりそれかね! 君がレトルトを使い勝ち抜いてきてると聞き、それは卑怯だと対策を練ってきたのだよ。見るがいい!」

 チャレンジャーは見得を切って突き出した手には――やはり同じメーカーのレトルトカレーが。いや、あれは……

「まさか、俺のカレーよりも一個で二百円は高いデラックスバージョン!」

 戦慄する俺に向かい「ふっふっふ、貧乏くさいカレーよりデラックスが美味いのは当然だろう。同じメーカーを使用する事によりそれが一層際立つ! 貴様には勝ちはない!」と高らかに哄笑を浴びせる。
 くそ、まずい。こいつは奥の手を出さねばならないか。唇をかみしめていると周りからは「卑怯とか言って結局あいつもレトルトかよ」との否定的意見ももれてくるが、このままでは確実に判定で負けてしまう。
 そうこうするうちに規定の時間が過ぎた。

「はい、そこまでです! ではまずチャレンジャーからのカレーをどうぞ」

 俺に差し出された皿には具沢山のカレーライスが乗っていた。香ばしいスパイスが食欲をそそる香りを立ち上らせている。
 うむ。目に見えるミスは無いか。そりゃレトルトを温めるのを失敗する奴はそんなにいないだろうしなぁ。スプーンにルーと白いご飯を乗せて味わった。

「スパイスの調合、野菜の柔らかさ、文句なしだ……」

 俺からの賞賛を当然とばかりに胸を張って受け取る。「おーっと高得点の模様です!」「あいつじゃなくメーカーの手柄だろ」と外野の声は耳に入ってないようだ。

「さあ、君のカレーを出したまえ。それとも諦めてギブアップするかね?」

 確かにお前はカレーよりも俺の料理を研究し対策を立ててきたようだ。仕方ない本気でお相手しよう。

「このぐらいで喜ばないでほしいですね。そりゃカレーは美味しかったですが、所詮はレトルト。想定内の味で驚きがない。
 僕は言いましたよね。君は『なんだと!』と叫ぶだろうと」
「え? 君もレトルトだろ。一体何をするつもりだ?」
「論より証拠! これが僕のカレーです」

 ナプキンを被せて隠していた皿をチャレンジャーに渡す。そこにはやはりレトルトから出されただけのカレーと……

「ご飯じゃなく『ナンだとー!』――ハッ!?」

 慌てたように己の口を押さえるチャレンジャー。そう、俺はレトルトカレーとナンを組み合わせて提出したのだ。

「『なんだとー』と言ったら僕の負け。そう宣言してたよな」
「く……だが、あれは反則ではないのか!」
「ああ、もしカレーライス勝負だったら危なかったな。だが今回の規定ではセーフのはずだ。――そうだな、審判?」

 と確認をとると大きく頷いて両手で丸をつくるアナウンサー。同時に崩れ落ちるチャレンジャー。 
 よしここで決め台詞だ。

「君の敗因はただ一つだ。君は僕をおごらせた……」

 人差し指を顔の前で左右に振って敗者を見下ろすと、実況から勝利のアナウンスがなされた。

「今回のカレー対決はまたしてもマスター葱丸君の勝利です!」

 大歓声と拍手が教室を揺るがす。「凄ぇ名勝負だったぞ!」「葱丸の連勝はどこまで続くんだ!?」「というか、葱丸のカレーは一口も食われてないぞ!」周囲の騒ぎは大きくなる一方だ。
 俺が尻餅をついているチャレンジャーに手を差し出すと、それらが一際大きくなる。
 紙一重の勝利だったが、勝ちは勝ちだ。

「ジュース代よこせ」

 そんな風にクラスの活動で忙しくしていたのが良かったらしい。この期間中に増員された警備からは特に目を付けられることもなく、二日目まで過ぎていた。
 しかしこれは俺個人に限っての話しらしく、エヴァさんのログハウスの近辺はガザ地区並みの監視がなされているそうだ。
 超さんも無数に配置していた機械の『目』と『耳』の大部分を潰されてしまったとぼやいていた。
 もちろんこの状況で二人と公然と会うことなど怖くできない。喫茶店での短い会話でしかやりとりはできなかった。

 いや、俺も先輩方の催し物は見たかったんですよ? しかし、刹那さんや木乃香さんもいるクラスの出し物は問題外として、特にマークの厳しいエヴァさんと超さんにも接触は避けた方が良さそうだった。
 そこで比較的心配のいらない先輩方二人を応援に行った。だが、そこでも俺は感性のズレを意識してしまう。
 明日菜さんの美術部のテーマ『芸術は爆発だ!』はいいとして、葉加瀬さんの大学のロボット工学研究会のテーマ『実験は爆発だ!』はマズイのでは……とドキドキしてしまう。

 展示してあるのも美術部は常識的な絵画などだったが、ロボット工学研究部は展示してある部品のほぼ全てにドリルと自爆装置が標準装備されていた。特に『ドリル&自爆装置付きのエアバッグ』とは本当に安全性を考えているんだろうか?
 しみじみとこの学園は何かに――おそらくは『紅き翼』に汚染されていると実感したね。

 これが祭りの二日目までの俺の行動だ。嵐がやってくるのはこれからだった。
 



[3639] 二十八話  集結! 子供だらけの特攻部隊
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/01/17 18:04

 
 フェイトside


 僕達は麻帆良市郊外の目立たないビジネスホテルに逗留している。
 本来ならもっと学園の近くに拠点を構えたいが、足でまといのいる現状ではこれ以上の接近はできない。僕一人ならば学園内でさえ侵入するのが苦ではないのだが……。
 とりあえず千草の指示に従いおとなしく連絡を待つ事にした。

 周りの空気は祭りに染まっている中、じりじりするだけの時間が過ぎてようやく麻帆良祭の二日目の夜がやって来た。
 ばらばらに行動していた各自が千草の部屋へと集まってくる。小太郎と月詠などはどこで買ったのか綿飴をなめてお面を斜めに被り観光気分のようだった。
 僕達が彼女の部屋へ入ったのは、千草が連絡員を迎えるちょうどその時だ。

 現れたのはあるていど僕が予想していた少年だ。ヘルマンからの報告から推測していたが、やはり君だったかネギ君。
 千草に会釈をした彼は、周りを見回して視線を僕に固定した。口と目を大きく開けた表情が満面の笑みへと移り、駆け寄ってくる。

「フェイト君! また逢えるなんて、思ってもみなかったよ!」

 歓声と共に抱きついてくる。
 無意識に避けてしまった。仮想敵の一人であるネギ君にここまで歓迎されるとは思案の外だった。
 抱きつきそこねた彼は、床に打ちつけた鼻を押さえて不思議そうに僕の顔を確認する。

「フェイト君……、だよね?」

 そのボーイソプラノには不安と疑問がてんこ盛りに感じ取れる。さて、この場合はどんな対応が相応しいだろうか。
 僕がデフォルトの無表情からどの表情を選ぶべきか躊躇していると、ネギ君は聞き捨てなら無い事を喋り始めた。

「は!? まさかフェイト君は三人目なのか? 前の二人の記憶をなくして『たぶん、三番目だから』とか『私が死んでも代わりはいるもの』とか言うつもりはないよね!?」
「ネギ君のことは覚えているが、僕を三番目などとよばないでくれないか」

 彼の言葉を反射的に強い語調で遮ってしまった。なぜ僕の本名や死んでも代わりがいるのを知っているのか、情報を集める観点からすれば喋らせるだけ喋らせたほうがいいのだが、『三番目』などと自分が呼ばれるのは我慢がならない。
 よほど嫌悪感がでていたのか、ネギ君も「あ、すまない」と頭を下げる。
 そこまで素直に謝罪されたら追及しづらいか……それにしても、なんでネギ君が僕の本名『テルティウム(ラテン語で「三番目」を意味する単語)』だと知ってるんだろう。

「ネギ君なんで「えーと、お取り込み中えろうすいませんが、お二人は知り合いなん?」……」

 千草が余計な口出しをしてきた。彼女は今まで麻帆良における協力者について頑として口を割らなかったのに、その協力者であるネギ君を僕が知っていたら面子が立たないのかもしれない。
 そういう目で彼女を観察すれば微妙にいつもより口調が速かったり、額に汗をかいているように見受けられる。
 まあ、ここで余り波風を立てるのもよくないだろう。

「ええ、以前にちょっとした事件でご縁がありまして」
「あの時はもうフェイト君とは会えないかと思いましたよ」

 とネギ君も大げさに胸を撫で下ろしている。僕の口ぶりに空港での事件はこの場で口外すべきでないと感じ取ったらしい。焦点をぼかした受け答えをしてくれている。
 さすがにこの時点で、僕が致命傷をおっても別の体で蘇る人形だということがばれるのは好ましくない。
 もしそれが千草などに暴露されれば、間違いなく一番危険な場所で使い捨ての役目になってしまう。そうなれば自由な行動時間など無きに等しい。

「そうか、あんさん達は知り合いやったんか。えろう世間は狭いどすな。
 それで三番目とかいうんはどういう意味や?」
「何の意味もありません」

 きっぱりと断言する。『完全なる世界』で名づけられた本名をここで明かすわけにはいかない。言下に切り捨てられた千草は訝しげな視線を僕からネギ君へと移す。
 ネギ君喋るな。なぜ君が僕の本名を知っているのかは置こう。しかし、ここでは口をつぐめ。そう殺気をこめて彼を睨む。
 さすがにあからさまな殺気に反応したのか、かれは了解したようだ。頬をかきながら子供だましの言い訳を始めた。

「えーと、なんて言うか、アニメでフェイト君と似た人物がいましてそれが三番目とか十七番目の使徒だとか……」
「はぁ、もうええわ」

 疲れを見せ付けるように溜め息を吐いて千草が遮る。まあ、余りに拙く即座に嘘だとばれる程度の話だが、これで意外とネギ君は作り話が苦手なのだと発見した。
 空港で一直線にタカミチに殴りかかった事といい、サウザンド・マスターに似ず、いや大戦で造物主に真正面から喧嘩を売っていたから彼に似たのか? 素直で熱血漢らしい。

「それならフェイトはんはともかく他の二人を紹介するわ。犬上 小太郎と月詠や二人とも若く見えるけど、あんさんやフェイトはんと同じく凄腕なのは保証するで。
 ほいでこちらがネギ……やのうて鬼切 葱丸はんや。『紅き翼』のタカミチはんを学園から叩き出したほどのお人や。
 年も近いようどすし、お互い仲良うしておくれやす」
「よろしく」

 とネギ、いや葱丸君が手を差し出すものの小太郎はうさんくさそうにその手を見つめ、月詠はぼーっと彼の立ち姿を観察している。
 所在無げに手を戻した葱丸君に月詠がおっとりと尋ねる。

「葱丸はんは魔法界と関東からも手配されとった、ネギ・スプリングフィールドとちゃいますか~?」
「違います!」
「ほんまに~?」
「ほんまにです~」

 吊りこまれておかしな返事になっていく葱丸君に小太郎が「ケッ」発達した犬歯を除かせ吐き捨てる。

「英雄の息子かそのそっくりさんかは知らんけど、魔法使いってのは前線に立たずに安全な後ろでこそこそするだけなんやろ。
 どっちにしろ気に食わんわ」

 不機嫌そうな少年に千草が気になる情報をもたらした。

「葱丸はんはそうでもなさそうや、今日も麻帆良祭で戦って十連勝もしはったんらしいどすな」

 全員から「へえ」という視線を向けられた彼は少し迷惑そうだった。

「まあ、そんなこともありましたが大した事でもありませんでしたしね。軽く料理しただけですよ。それより、よくそんな細かいイベントまで調べてますね」
「そりゃこれだけの祭りなら、情報源はいくらでもありますよって。
 大した事ないといながらも『無傷の十連勝』『何でもありで華麗に勝利』『マスターの称号は不動のもの』とけっこうな噂になってるようやで」

 へえ、流石に今日の葱丸君の動きは知らなかったがそんな事していたのか。犬上君も「何でもあり……バーリ・トゥードで無傷で十連勝か」と葱丸君を見る目が変わったようだ。侮りが消え、警戒が表に出てきている。
 同様に月詠も弛んだ雰囲気はそのままだが、瞳は潤みを増して薄い唇を舌がチロリとなめて興奮を表している。
 二人のバトル・ジャンキーは葱丸君をお気に召したようだった。

 確かに何でもありの戦いで傷一つ負わずに十連勝するのは至難の業だ。ましてや彼は麻帆良学園で身を潜めている立場だ、目立つ魔法など使えば即警備に捕らえられるだろう。
 さらに麻帆良では格闘のレベルが高いらしく、一般人にも『気』の使い手がいると聞き及んでいる。
 それらの悪条件にも関わらずに『目立たず』に『魔法を使わず』『相手を軽く料理した』とさらりと流せるのは、相応の実力の裏付けがなければ無理な話だ。

 葱丸君か……空港で出会った時は魔力が大きいだけの子供だったが、どれだけ過酷な修練と厳しい逃亡生活をしていたのかが窺えるよ。
 もしかしたら、僕の宿命のライバルとしてこれから何度も立ち会う事になるのかもしれないな。
 そんな予感が作り物のはずの胸をよぎった。


 葱丸side


 千草さんに連れられて彼女の仲間と顔を合わせた瞬間に、俺は自分の目を疑う事になった。
 まさか、彼が生きているとは!

「フェイト君! また逢えるなんて、思ってもみなかったよ!」

 突き上げる歓喜に身を任せて、力一杯フェイト君の細身の体を抱きしめようとした。
 それが――かわされた。しかもタックルをいなすような鋭いステップワークと体捌きで。
 ど、どうしてそこまで完璧な対応で俺との抱擁をさけるんだ?

「フェイト君……、だよね?」

 いくらなんでもそっくりさんじゃないよな。一卵性双生児でもここまで似せるのは不可能だろう。いや、それよりも空港で助けてくれた時から五年は過ぎているのに、なぜ彼は成長をしていないんだ?
 もしかしてここにいる彼はクローン人間なのか? ならばますます『綾波 レイ』と同じ境遇だ。

「は!? まさかフェイト君は三人目なのか? 前の二人の記憶をなくして『たぶん、三番目だから』とか『私が死んでも代わりはいるもの』とか言うつもりはないよね!?」

 そんな台詞聞いたら泣いちゃいそうだ。一つ間違えれば俺もその立場にされたんだからな。そんな俺の感傷は鋼の強さで断ち切られた。

「ネギ君のことは覚えているが、僕を三番目などとよばないでくれないか」

 死に臨んでも表情を変える事の無かったフェイト君が心底からの嫌悪感を表に出している。――そうか、そりゃそうだよな。人間を番号で識別するなんて扱いされれば怒るのは当たり前だよな。俺も自分が『ネギ』と名付けられていると知った時は、「俺って一束いくらで売れるんだ?」とグレそうになったもんな。
 すまないと心から頭を下げた。するとそこに千草さんが「知り合いやったの?」と口を挟んできた。
 むぅ、まさか『僕をかばってフェイト君は命を落としたんです』とはいえないしなぁ。じゃここにいる彼は何だよ? って話になってしまう。適当にお茶をにごして答えた。

 千草さんは俺の気のない返答に諦めたのか、溜め息まじりに仲間の紹介に戻った。

「それならフェイトはんはともかく他の二人を紹介するわ。犬上 小太郎と月詠や二人とも若く見えるけど、あんさんやフェイトはんと同じく凄腕なのは保証するで。
 ほいでこちらがネギ……やのうて鬼切 葱丸はんや。『紅き翼』のタカミチはんを学園から叩き出したほどのお人や。
 年も近いようどすし、お互い仲良うしておくれやす」
「よろしく」

 と握手をしようと手は差し出したものの内心は疑念が渦巻いている。小太郎君は学ランを着たいかにも腕白そうな少年で、月詠さんは眼鏡にゴスロリ調のドレスを身に纏った柔らかな雰囲気の少女だ。しかし、いくらなんでも若すぎやしないか? フェイト君の戦闘能力に疑問の余地はないが、この二人はどうみても小・中学生だ。
 というか、この部屋にいる人間で一般的に『子供』とみなされないのは千草さんだけだろう。彼女を抜けば平均年齢が一桁になりかねないグループが戦闘集団として機能するのだろうか。

 俺の手を握る者は誰も居ずに、なんだかバツが悪い思いをして引っ込める。
 うう、確かに疑いの眼差しで見たのけれどそんなに嫌わなくてもいいじゃないか。苦笑いで表面上は誤魔化して小太郎君と月詠さんの警戒心バリバリな態度に不満を持つ。

 これだからしつけの悪い子供は……え? 二人とも孤児なの? それじゃ仕方がない……って俺を含めてここにいる全員が親がいないのか。なんだか汎用人型決戦兵器を持つ某組織が仕組んだように胡散臭い状況だな。
 ピリピリとした小太郎君とぽやぽやした月詠さん。雰囲気は正反対だがお互いに苦労したんだろう、この年で親をなくした上に実戦をこなせるまで腕を上げるのは尋常な努力ではすまない。

 この作戦に乗るくらいだから『紅き翼』に恨みがあるのは想像できるのだが……もしかしたら、この子達みたいにかの組織を狙う野良の改造人間はけっこういるのかもしれない。なにしろ都市を丸ごと組織の拠点にしているんだ、そこからドロップアウトしていく者も少なくはないだろう。
 そんな思索を進めていると、月詠さんが「ネギ・スプリングフィールドとちゃいますか~?」などと尋ねてきた。
 もちろん肯定できるわけがないが、貼り付けたような笑みのまま何度も質問する彼女に冷や汗が止まらない。
 そんな窮地を見かねたのか千草さんが救いの手をくれた。

「……今日も麻帆良祭で戦って十連勝もしはったんらしいどすな」

 と麻帆良祭に話題をシフトしてくれたのだ。

「まあ、そんなこともありましたが大した事でもありませんでしたしね。軽く料理しただけですよ。それより、よくそんな細かいイベントまで調べてますね」

 俺もこんな事なら口が軽くなる。レトルトを温めるのが軽い料理に当たるのかわからないが、皆が「ほう」と感心した素振りなのがくすぐったい。

「……大した事ないといながらも『無傷の十連勝』『ナンでもありでカレーに勝利』『マスターの称号は不動のもの』とけっこうな噂になってるようやで」

 ホントに大した事ないんだけどなぁ。三人のちびっ子の俺を見る目が違っている。もしや、俺におさんどんをさせる気じゃないだろうな!? 
 かすかな困惑を隠して、俺は明日の計画について語り始めた。

 超さん曰く――「十二時の合図の後は好きにやるネ」とだけ。
 
 



[3639] 二十九話  カウントダウン! 心を一つにした仲間達!?
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/01/24 16:48


 葱丸side


 貧乏ゆすりをがまんして、腕時計で時間を確認する。十二時十分前だ、さっきから何度確認しても故障したのかと思うほど針が進んでいない。
 これってやっぱり緊張しているんだろうか? 周りはどうかと横目で窺っても、京都から千草さんが選び抜いたメンバーの誰一人として俺のようにそわそわしている者はいない。
 それどころか不敵な笑みを浮かべているようだ。平均年齢に突っ込みたい点はあるが、彼らが歴戦の兵との言葉に嘘はなさそうだな。

 今俺達は麻帆良学園の正門前で合図を待っているところだ。昨夜の打ち合わせが簡単すぎたのか、作戦が始まるまでは彼らに同伴することになったのだ。
 本来ならば、世界樹を使用しての世界中にアジテーションの準備にかかっている超さんにべったりと張り付いていたいのだが、千草さんが「本当に学園内に入れるか保障が欲しい」とのことでいわば人質にされたようなものだ。
 まあ、俺は学園の出入りに不自由したことはないし、警備の方もかく乱用に『田中さん』があれだけいればそっちで手一杯だろう。
 つまり侵入するのに問題はない……はずだ。
 一応念のため確認しておこう。

「最後の確認をしておきましょうか。あと……五分後に作戦開始の合図である爆発音が届くはずです。
 それと同時にこの正門の警備装置も無効化されますから、あなた達みたいな無許可の人間でも侵入が可能です。
 
 そして、内部に招き入れた時点で僕の仕事は終わり。あなた達はご自分達の作戦に専念してください。
 これから忠告とお願いをしますが、もし気に入らなければ従わなくても結構です。しかし、注意していただけるとより大きな収穫が見込まれるでしょう。
 
 まず、僕達の破壊活動は世界樹を中心としたもので、その多くはサングラスに黒服を着たロボット『田中さん』によるものです。これは無視していればあなた達に向かってはきません。
 そしてあなた達の目標が『木乃香お嬢様』か『学園長』かは知りませんが、できるだけ騒ぎを大きくして敵を引きつけていただきけると、こちらの作戦との相乗効果が期待できます」

 ずいぶんと虫がいい提案とも思うが、全員が俺の瞳を見つめ返してしっかりと頷いた。


 千草side


 葱丸はんがなんやら言うてはるけど、うちらには関係あらへんな。こっちはこっちで好きにやらせてもらうで。
 文句は言わせへん。葱丸はんの言葉を鵜呑みにしたらアカンとこの前思い知らされたばかりや。
 何が『麻帆良の木乃香お嬢はんは替え玉』や! 裏を取ろうと情報を集めても出てくるのは、この学園にいるお嬢はんが本物だという証拠ばかりや。
 そんな事している内に、修学旅行中の襲撃計画が間に合わなくなってしまったやんか!

 ま、そんな計画を立てていたと上から睨まれる事もなかったから密告はせえへんかったようやけど、全面的に信用するなんてできへんわ。
 その為に学園内に侵入するまで付き合わせたんや。
 この中にさえ入れれば後はこの子につきあう義理はあらへん。さっさとお嬢はんを連れて逃げさせてもらうで。

 この学園の結界はかなり厄介な代物やけど、それが解除されているならば符術による転移は可能や。
 つまりお嬢はんさえ捕捉できれば京都まで跳べるんや。その為に六百万もはたいて特別製の超長距離跳躍の符と誰も知らん着地点を用意しといたんや。
 ま、その符の定員は二名までやから他の者は捨てていかなあかんけど、しゃーないわ。
 葱丸もフェイトも小太郎も月詠もそれまでは役に立ってもらうで。
 頑張りぃやあんたら。うちらが脱出するまででええし、それから後は知らんけど。立派に捨石としての務めを全うせんとあかんで。
 真剣に手筈を確認する葱丸に「成仏しぃや」との内心を押し隠し頷き返した。


 フェイトside


 やれやれ、なぜ僕が葱丸君の作戦に従わなければいけないのかね? そんな理由なんてどこにもない。
 正直に言えばこの学園内に入ることすら、僕にとってはさほど難易度の高い作業ではない。
 しかし、無理に侵入すれば必ず警備に気づかれて騒ぎになってしまう。そんな状況ではうまく目的――明日菜姫を手に入れられるかは五分五分の賭けになる。
 ならばもうしばらくは大人しくしておこう。
 
 なに姫の確保に成功さえすれば後はどうなろうと関係ない。東と西が争いあって共倒れにでもなってくれようが結構だ。
 僕達『完全なる世界』の目指すものは、この日本の東西のいさかいなんて小さいものではなく世界を終わらせることなんだから。
 その為にも明日菜姫は是非とも必要だ。
 他にも月詠なんかもこちらの陣営にスカウトしたい人材だ。小太郎や千草は扱いづらそうだから今日で消えても惜しくは無いのだが……。

 そして問題なのが葱丸君だ、未だに彼という人物が把握しきれていない。
 あのサウザンド・マスターの血を引いているというだけでスカウトする価値は十二分にあるのだが、彼の目的がなにか理解できないため仲間に加えるには不安がある。
 やはり、姫を入手したら禍根を断つためにも、葱丸君には永眠してもらうのがいいだろう。

 タカミチを破り、ヘルマンの魔の手も退けたとなると尋常な実力ではないが、今の僕のボディを使い潰す覚悟で戦えば負ける要素はない。
 なにしろこちらは最悪でも相打ちでいいのだから。新しいボディができるまで多少の不便をかこつが、それだけだ。

 とりあえず、葱丸君や千草に協力するふりをして明日菜姫を探す。
 見付けたらすぐに眠らせて魔法界へと転移させる。それを終えてやっと後始末――葱丸君や千草に小太郎などの処理となる。
 葱丸君がこの麻帆良祭で何をするつもりだったか興味はあったのだが、どうせそれは遂行されることのない運命だったようだ。

 もうしばらくで、さようならだね葱丸君。そう一人ごちながら彼の瞳に笑い返し頷いた。


 小太郎side


 くっくっく、面白くなってきたで。こんどのヤマはごっつい危険な香りがするやんか。
 オレの経験で似たものを探すと、西洋魔法使いの賞金稼ぎグループに追い詰められた時とに感じた、血と火薬の混じったツンと鼻に突き刺さる臭いや。
 ただしあの時以上に危険を知らせる臭いは濃厚だった。――まだ敵陣に侵入さえしていないのに!

 体が小刻みに震えて乾燥した唇をなめて潤す。これはビビッてるんやない、興奮して武者震いしてるだけや。
 他のみんなは、ちらちら腕時計に目をやる葱丸以外はいつもとまったく変わりが無いな。
 特にフェイトと月詠の二人は神経が太いんじゃなくて、無神経で鈍いだけやないか? と眉に唾をつけたくなるほど無表情とにこにこ顔を崩さない。

 こんな奴ら正直苦手や、金に困らんかったら組みたくない奴らだけど、そんな贅沢言える身分でもないしな。それに、これまでもっと気に食わん奴らとも面白ない仕事をさせられた事も腐るほどあった。
 ま、こんな面白そうなヤマに呼んでくれただけでもラッキーや思う事にするわ。

 日本における西洋魔法使いの本拠地『麻帆良学園』か……ここで大暴れできるなんて自分の力を計る最高の機会や。
 本場の西洋の魔法使いがどんなもんか確かめさせてもらうで。オレがこれまで倒してきた魔法使いとやらは、接近してドツキ合いに持ち込めばすぐ「助けてくれ~」と泣き出す奴らばかりだった。
 ここには『マギステル・マギ』や『紅き翼』や『魔法先生・生徒』がぎょうさんおるらしい。あ、『紅き翼』のタカミチ言うんは葱丸にやられたんか。
 それでも戦う相手に不自由はせんやろう。

 いつのまにか震えが止まり、唇から自慢の牙(犬歯やない!)がのぞく。
 早くオレを戦わせろや! 我慢していないと勝手に獣化が進行しそうや。たらたらと続く葱丸の演説に耳が引くついた。
 やけに真面目になって念を押す葱丸に対して苛ただしげに首を上下させると、ふとこいつの戦闘能力に興味が湧いた。……『紅き翼』のタカミチよりも強い言うてたな、こいつ。

 オレ達の戦闘前の態度に満足げな葱丸を観察する。今はこいつの言う事を聞かなあかんけど、歳も同じくらいやしこれからもかち合うことは多いやろ、どっちが上かきちんと決めとかんとな。

「それじゃ、葱丸。今回のヤマが無事に終わったら一遍オレと試合をせぇへんか?」


 月詠side


 葱丸はんがごちゃごちゃ何やら言うてますな~。うちには関係あらへんけど、ちっこいのに頑張りやさんやな~。こんなちびっこいのに『紅き翼』のメンバーを倒した言うけどほんまかな~? ちょっと試してみたいわ~。
 でも、もうちょっとの間は我慢です~、この学園内に入ったら思う存分人を斬っていいんやから。
 最近は稽古ばかりで実際には人を斬ってへんから、腕がさび付いてきたようで嫌な感じやね~。妖怪なんぞを斬るのもええけど、やっぱり日本刀は人を斬る為の物やから長い間斬ってないとこっちもさび付いてしまうわ~。

 だから、今回のお仕事ではたくさん人を斬ってええみたいでうきうきや~。
 特に嬉しいんが、敵に神鳴流の剣士が二人もおることでそれが『桜咲 刹那』と『葛葉 刀子』のお二人や。
 他にも西洋魔法使いの獲物はようけおるみたいやけど、やっぱり『真剣勝負』は剣士同士でないとできへんし、この二人はうちが貰うて他はお任せにしよ~。
 みんなには迷惑かけるけど、うちがあの二人を斬れば結果オ~ライやな~。うんうん。

 一人で頷いていると、葱丸はんがこっちを見ているのに気づいてサービスにようけ頷いてあげた。こくこく。
 なんでか知らんけど、彼も首をこくこくとすると安心したように微笑んだ。やっぱ可愛らしいわ~。
 そこに、小太はんがこっちは可愛らしくない三白眼で葱丸はんを睨みつけた。

「それじゃ、葱丸。今回のヤマが無事に終わったら一遍オレと試合をせぇへんか?」

 ナイスアイデアや小太はん。

「それなら、うちも参加します~」
 
 葱丸はんは隠しているつもりかもしれんが、間違いのう『ネギ・スプリングフィールド』や。それでなくともタカミチはん以上の強さと聞き興味があったのに、英雄の息子とやらがどこまでやれるか楽しみやわ~。
 この戦いが終わってもまだお楽しみが残ってるんや。この作戦ははほんまにええお仕事やな~。


 葱丸side


 全員がしっかりと俺の目を見つめ返したのに口元が弛む。む、いかん、真面目な表情を作らなければ。しかし、これだけチームが一致団結していれば作戦の成功の可能性はかなり高いのではないか。
 それはおそらく木乃香お嬢さんの誘拐か東のトップだとかいうここの学園長の暗殺だろう。普通に考えれば無謀なミッションだが、超さん率いる『田中さん軍団』による混乱中ならば不可能ではない、ましてやこんなに心を一つにしているチームであればやってのけるかもしれない。
 物騒な事この上ないが、まあ他人事だしほおっておこう。

 それよりも俺は早く超さんのほうに合流しなければならないのだが……。
 また時計に視線を走らせるがあと二分だ。そんな時に犬耳をつけたコスプレ学ラン少年が空気を読まずに俺に牙をむき出して申し出た。

「それじゃ、葱丸。今回のヤマが無事に終わったら一遍オレと試合をせぇへんか?」
「え?」
「それなら、うちも参加します~」

 い、いや小太郎君よ「今回の事件が終わったら……」とか言ったら危険なフラグが立っちゃいそうじゃないか! 月詠さんもそんな目を輝かせて賛成しないでも。
 千草さんこのバトルマニア達どうにかしてください。冷や汗を流す俺から困惑の雰囲気を読み取った千草さんは、さすがに大人の女性らしく二人をたしなめた。

「こら作戦の直前に無茶いいなさんな。葱丸はんも弱ってるようやないか、な?」

 と苦笑いを見せる。

「そんな試合の申し込みなんか、作戦が終わった後の打ち上げででも頼んだらよろしおす」

 ……え? 打ち上げとかあるの? 要人誘拐の後に? 思わず間抜け面をさらした俺に、眼鏡を光らせて千草さんが追求する。

「何や、葱丸はんは打ち上げに参加せぇへんつもりかいな……それともこの作戦が失敗するとでも?」
「も、勿論参加しますですよ」

 と答えてしまった。まずい……死亡フラグに巻き込まれてしまった。こんな事ならお払いでも受けてくれば良かったかな。
 ……いや、俺にはまだこれがあった。備えあれば憂いなしってのは本当だな。
 リュックから取り出した『親父の形見』の幅広でチタン製の防弾性にまで優れたライターを左の胸ポケットにしまう。ちょうど心臓をカバーする位置だ。
 この『親父の形見』ってのは麻帆良のフリーマーケットにあるブランド名で、このライターを身につけておくと絶体絶命のピンチに陥っても「親父の形見のおかげで助かった」例が数多く報告されているらしい。
 凄いぜ、麻帆良のフリマは! 今日から傭兵になろうと決心しても銃火器以外は一通り揃えられるそうだ。

 俺も身につけたプロテクターなど他にも幾つか購入はしてあるが、願わくば使うような状況にならないことを……。
 ふうと吐息をつくとまた腕時計を確認する。む、あと十秒も無い。

「皆さん、突入の準備はいいですね。それではカウントダウンを始めます。
 五・四・三・二・一……」

 ズズンと地響きと重低音が腹に届いた。

「スタート」
 

   



[3639] 三十話   戦闘開始! それは禁句だよ葱丸くん
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/02/04 17:38
 葱丸side


 花火大会のクライマックスのような爆発音が響く中、麻帆良学園に一歩踏み入れて、いざ作戦行動開始だ! と拳を握り締めた。ここから俺の世界征服計画は幕を開けるのだ。
 掛け声でもかけようかと気合を入れて振り向いた先には、なぜか巫女姿の眼鏡美人とゴスロリドレスの少女しか存在しなかった。
 あれ? 男性陣のお二方は?
 慌てて左右に首を振ると、そこには右の通りに疾走する小柄な学ラン少年と、左の通りの影へと消えてゆく白髪のブレザー少年が視界に映った。

 ……え? 何? まさか一歩目でもうバラバラですか?
 救いを求めて千草さんに目をやると「あー」と艶やかな長髪をぼりぼり掻きながら「あいつら小学校中退やし、団体行動が苦手みたいやね」と何かを悟った表情で俺に対して首を振る。

「いや、団体行動が苦手ってレベルじゃないでしょう。ここまで早く作戦が崩壊するとは思いませんでしたよ。
 すぐに彼らを呼び戻してチームを組み直さなければいけませんね」

 すると不思議そうに目を見開いた月詠さんが、

「作戦が崩壊ってなんやの~、確かうちらはここに入ったら勝手にしてええんと違いましたか~?」
「……つまり、勝手にしろと言ったから彼らは勝手にしてると?」
「そうなんやない? ま、うちも勝手にするつもりでしたし~。ほな、またな~」

 フリルの付いたスカートを両手で摘み、ちょこんと膝を折る。そのまま「♪辻斬り 辻斬り 楽しいな~」と鼻歌に合わせて正面の道へスキップして進みだした。

 あああ、こいつら協調性がゼロだ。歩道にうずくまり、頭を抱え込みたくなったがそうもいかない。
 彼女には俺のボディガードをしてもらわねばならないのだ。
 なぜならば今俺はここの小学校の制服を着た『鬼斬 葱丸』ではなく、戦闘があっても耐えられるだけの装備を身に付け、髪や瞳の色も本来の姿に戻した『ネギ・スプリングフィールド』としてこの場に立っているのだから。
 この姿ならばたとえ超さんの作戦が失敗しても、『葱丸』の情報は隠しとおせるかもしれない。
 だが一方で、『ネギ・スプリングフィールド』は賞金首になっているために護衛役は必要不可欠なのだ。

 この月詠は神鳴流の剣士と聞いている、つまり木乃香お嬢さんを守っている刹那さんと同じだ。これほどボディガードに適した存在もいないだろう。
 スキップしながら猛スピードで遠ざかる月詠さんに追いつこうと、急いで後を追いながら千草さんに向かって叫ぶ。

「僕も月詠さんと行動を共にします! もし、木乃香お嬢さんか学園長を見つけたら連絡しますから、千草さんはどこかで他の二人と連携がとれないか試してください!」

 そして更に脚に力を込めて加速する。まずい、これ以上離されると見失いそうだ。ゴスロリ姿で日本刀をぶら下げている少女が、周りに比較すると地味に埋没しそうな光景がこの学園の異常さを物語っている。
 例えばこの大通りにも、まるでダー○・ベイ○ーに率いられた帝国兵の如く隊列を組んで田中さん達が行進している。それを遮るティラノザウルスが田中さんの大きく開かれた口から一斉に放たれるレーザーによって破壊された。
 そんな光景に拍手する観客達はすでに洗脳されつくして『家畜化』しているのだろう。ちくしょう『紅き翼』め。俺が彼らを救い出し、もっとまともに再洗脳しなけば。

 熱い決意を胸に秘め月詠さんの後を追うが、冗談みたいだが百メートル走で十秒のペースでも、スキップしたゴスロリドレスの少女に追いつけない。
 向こうはこっちを相手にしてないはずなのに、ここまで捕まらないとだんだんとむきになってくるな。
 もっともっとだ、もっと速く動け俺の体よ。光の速度を超えるんだ! と脳内麻薬がいい感じに分泌され、もうちょっとで『スピードの向こう側』に到達しようとしたときだった。

「あれ~? 葱丸はん? うちについてきはったんですか~」

 と背後から声をかけられた。む、いかん。速く走るのに夢中になって月詠さんを追い抜いていたらしい。慌てて踏ん張り急ブレーキをかけた。石畳とブーツからゴムの焦げた臭いと僅かに黒煙まで立ち昇っている。
 自分でも時速何キロでてたか気になるが、それよりもまずは追いつかれて小首を傾げている彼女を相手にしなければ。

「え、ええ。月詠さんはお嬢さんも学園長も居場所を知らないでしょう? 僕がサポートに付けば、効率良く標的をさがせますよ」

 俺の提案にますます傾けた首の角度が大きくなる。

「うちは別にそのお二人を探してどうこうしようって思ってませんよ~。それは千草はん達のお仕事でしょ~、うちはただ『神鳴流』相手に腕を振るいたいだけです~」

 ……いや、判ってたはずだろ。気を落すな、俺。こいつらが俺の指示に素直に従うと思ったほうが間違ってたんだ。それよりこいつらをどう動かして自分に都合のいい状況に持ち込めるかを考えなければ。
 
「――桜咲 刹那さん、でしたか?」
「なんや、葱丸はんも知っとったんですか~」
「ええ、京都でお会いした事があります。ちょうど月詠さんと同じくらいの年齢ですよね。
 本家からは嫌われているはずなのに、その剣の腕をかわれて木乃香お嬢さんの護衛を任されるまでになった神鳴流の若手では第一人者ですね。もし、月詠さんと剣を交えても結果は判らないんじゃないですか」

 彼女の足が止まった。柔らかな笑顔のまま表情筋は一ミリも動いていないだろうに、ストーブが熱を放射しているが如く怒りを物理的に体感できるほどに放っている。
 月詠さんは黒を基調に白いフリルをふんだんに使用したドレスだったが、今は身に纏っているのは黒一色にしか見えない。再び歩きだしたが、今度はスキップをしていない。棒立ちになっている俺に一瞥もくれることなく傍らを通り過ぎようとした。

「戦えば結果は判っとる。それを証明するだけや」

 余りに低い声に一瞬彼女の物だとは思わなかった。どうやら月詠さんは刹那さんに強烈なライバル心をもっているらしい。こいつは使えるぜ。

「刹那さんはお嬢さんの護衛でしたよね。ならばお嬢さんの元へ向かえば必然的に彼女とも出会うと思いませんか?」

 再び彼女の足が止まる。

「どこや?」
「木乃香お嬢さんのクラスはお化け屋敷をしていました。ご案内しましょう」

 三年A組のお化け屋敷は学園都市の奥にある女子中学校のエリアだ。そこまで行けば、世界樹までもう少し。月詠さんを案内するふりをしてちゃっかり護衛にしてしまおう。
 
「ただ馬鹿正直にお化け屋敷に突っ込んでいっても、お客や生徒が騒ぎだすでしょうからすぐに邪魔が入りますよ。
 お嬢さんが一人に――まあ護衛の刹那さんは付いているでしょうが――なるまで機会を窺いましょう」

 しばらくその場に佇み、暗黒のオーラを漂わせて考え込んでいた月詠さんがシュンと肩を落とした。

「なんでこないに手間がかかるんやろ? うちはただ先輩を斬りたいだけやのに……」

 えぐえぐと眼鏡を外して涙目を拭う。えーと、ここで俺はしょんぼりした月詠さん可愛い! と萌えるべきか、いや人を斬りたいだけっておかしいだろ! と突っ込むべきかどちらが正解だろう。どちらを選択してもバッド・エンドへご招待されそうな気がするが。
  
「と、とにかく田中さん軍団が学園の警備網を麻痺させるまで、もうしばらく待ちましょう。
 あ、ほらあそこに占いのお店がありますよ。時間潰しついでに今日の運勢でも占ってもらいましょうか」
「えぐえぐ……葱丸はんの奢り?」
「ええ、もちろん。なんなら月詠さんと僕の相性も占ってもらいましょうか」

 なんとか彼女をコントロールできそうだと安堵の息を吐いた。それはまさしくほんの一時の安心だったのだが。
 この『紅き翼』に指名手配されている俺の元の姿では、どこから見られているのか判らないオープン・カフェより、テント風の模擬店の方が都合がいい。
 模擬店舗のテント入り口のカーテンを開けて、まだ目を擦っている月詠さんの薄い背中を押して中へ入る。
 雰囲気をそれらしくするためか、室内の照明はロウソクのみで薄暗く、部屋の中央に置いてあるテーブル付近しか照らしていない。
 そこにはロウソクの揺れる炎を反射し玄妙に光る水晶玉と、ボーっと頬杖をついていた占い師が待っていた。お客が来たと気がついた彼女は、まだ幼子のように涙を流している月詠さんに退くこともなかった。
 
「ようこそ、占い研究部の占いの館へ~」

 そう歓迎する占い師の少女は黒く美しい長髪に、人を和ませる笑顔の白いローブを着た女子中学生だった。俺は彼女をよく知っていた。隣の月詠さんも知っていた。ぶっちゃけそこにいたのは近衛 木乃香さんだった。なんでここにいるんですかあんたって人は!

「で、何を占いましょうか~?」

 木乃香お嬢さんの質問に、俺達の硬直がとれた。隣の月詠さんと顔を見合したが、すでにそこにいたのは涙目の少女ではなくドレス姿の斬殺魔だった。

「うちが代わりに占ってあげるわ。あんさんの残りの寿命は一秒です~」
「へ?」
「あああ、まずいです月詠さん!」
「お嬢様に手をだすな!」

 混乱する場面に叫びと共にいきなり飛び込んできた少女に、月詠さんだけでなく彼女を押し留めようとした俺までがテントごと白刃に真っ二つにされるところだった。
 神鳴流の剣士はみんな見境がないのかよ! 神鳴流の師範代よ剣技より自制心を鍛えようよ。
 このままではまずい、なし崩しに戦いが始まってしまう。ここは一旦退いて――そこまで思考を進めた時、お嬢さんを背後に庇ったセーラー服の見覚えのある少女が呟いた。

「まさか……葱丸君?」

 ――バレた! 刹那さんが一目で何年も会っていない俺を見分けるとは予想外だ。せっかく葱丸とネギは別人と偽装していたのに、この赤毛にブラウンの瞳の姿が葱丸とばれてしまったら、身元が割れたも同然だ。
 ならば、不本意だがここで始末をつけるしかない。

「月詠さん! お嬢さんは俺が相手をしますから、あなたは刹那さんを処分してください!」

 ここに至り、ようやく俺も腹が決まった。大声で月詠さんに殺害命令を出すと、ヘッドセットの無線を千草さんに合わせて叫ぶ。

「千草さん。お嬢さんを発見しました! もう戦闘も開始されました。至急他の連中も連れて応援にきてください!」

 邪魔なテントの残骸を蹴飛ばし、刹那さんとお嬢さんが月詠さんに対峙してるのを距離をとって回り込む。その僅かな間に日本刀を武器とする少女達は、輪郭がぼやけて機関銃のような連続音が響くハイスピードの剣戟の応酬をしている。
 おそらく、俺の戦闘力では戦闘用改造人間同士の戦いに参加はできない。ならば、少しでも月詠さんの有利になるように動かねば。
 幾通りかの戦術を思い浮かべていると、ようやく千草さんからの返事がきた。

「わ、判った。今、二人と連絡をとって……なんやて!? ちょっと、あんたら一体何を……」

 ヘッドセットから届く焦った彼女に待ったをかける。

「落ち着いてください! 千草さんが慌てたら連携がとれないじゃないですか。それと、『なんやて』は負けフラグが立ちそうなので言わないでください。それで、どうなりました?」
「……フェイトはんは魔法生徒とインターポールの捜査員、小太郎はんはあんさんが倒したはずのタカミチと魔法先生達とそれぞれ戦闘中やそうや」
「なんやてー!!」




[3639] 三十一話  葱丸は逃げ出した  しかしトラブルからは逃げられない
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/02/04 17:52
 刹那side


 やりにくい。
 目の前の敵と刃を交えながら心の中で呻く。私の使っている野太刀は距離を置いての『攻め』の場面においてこそ真価を発揮する刀だ。
 こんなに接近した間合いで、しかも小回りの効く二刀流の小太刀を相手に防御に追われるなど、最も不得手とする所なのだ。
 かといって自ら退き距離をとることなど論外だ。私が必ず守ると誓った『お嬢様』を背にしているのだから。
 こんな時の為に私は修行をし、強くなったのではなかったか。

 矢継ぎ早に繰り出される軽くて回転の速い斬撃に、自分から体当たりをする勢いで踏み込んだ。
 ――退がれないならば、退がらせるのみ。
 相手の体ではなく、突いてきた左の小太刀に刃を叩きつける。勿論敵の刀も『気』を通わせているために切断は無理だが、バットをスイングするように強引に振り切り、相手の体ごと力ずくで吹き飛ばそうとする。
 
 その瞬間私の目に背筋の産毛が逆立つ光景が映った。敵の剣士は左で私の刀を受けつつ、右の小太刀は首を狙って薙ぎ払いを始動させているのだ。この相手は全て急所だけを攻撃してくる、この薙ぎ払いもなにもしなければ頚動脈どころか斬首されてしまうだろう。
 だが、この前足に重心を乗せた体勢では避けられない。ならば先に吹き飛ばすしかない!
 恐怖で上乗せされた力で思い切り刀を振り、同時にスウェーバックというよりも無様に身を反り返らせる。

 襟元を高速で死の刃がかすめた。刃風が過ぎてから空気を裂く音が耳に届く。ほんの一瞬反応が遅れていれば相手の刀は私の首をえぐっていただろう。
 横切った彼女の刀からは空気を裂く焦げた臭いではなく血臭が混じっている。

 間違いない。この軽いが速く狙いは急所のみという剣法は、妖怪を相手にするために修行を重ねたものではなく、人間を効率良く殺傷するために磨かれてきたものだ。
 これはもはや神鳴流ではなく、『気』を使うという点以外では軍用のナイフコンバットに近い。
 
「人を殺めるための技か……、神鳴流の風上にも置けんな」
「おや~、先輩はそんな事を気にしてはるんですか~。剣はどんなお題目をつけても結局は『相手を斬る』その為だけに存在するもんです~。
 弱いくせに『活人剣』だなんて、人を斬る覚悟が無いごまかしでしょ~」

 く、いちいち気に障る相手だ。戦い方といい、戦闘装束がドレスというセンスといい私との相性は最悪だ。
 そんな苛立つ私の神経をさらに逆撫でするように構えを解くと満面の笑みを浮かべ、ちょこんと膝を折る。

「月詠といいます~。先輩がお亡くなりになるまでほんの数分の間ですがよろしゅう~」
「お嬢様に刃を向ける神鳴流の剣士が自ら名乗るのか」
「ええ、先輩も誰に斬られたか判らないと化けて出られないでしょう」

 この月詠という少女は箍が外れている。人を斬る事に何の禁忌も持っていないようだ。
 対抗するためには私も彼女を斬る覚悟を持たねばならないが、お嬢様の目の前で人殺しができるのだろうか。
 胸の内で葛藤していると、目の前の相手への対処に忙殺され意識から外れていた少年が月詠に声をかけていた。

「月詠さん、刹那さんはまだ本気で戦ってません。彼女が本性を表す前に勝負をつけておきましょう」
「え~、先輩は手の内を隠してはるんですか~。そんなイケズせぇへんで、思い切り殺り合いましょ~」
「黙れ」
「刹那さんが本当の姿になれば数倍はパワーアップするんじゃないですかね。実際にアレを出してからクマに似た化け物を一蹴してました」
「アレって何ですか~?」
「黙れと言っている!」

 彼らの会話に我慢しきれずに飛び込んで斬りかかったが、あっさりと避けられる。自覚できるほどに剣が乱れている。私の意識は月詠との戦いよりも、葱丸君の言葉にお嬢様がどんな反応をするかの恐怖に向けられていた。
 
「月詠さんも、ひょっとしたら木乃香お嬢さんも知らないかもしれませんね。
 刹那さんは翼を生やした化け物なんですよ!」
「あああー!」

 彼の言葉は私の劣等感に突き刺さった。『化け物』と忌み嫌われた子供時代の悪夢がフラッシュバックし、さらにそれをお嬢様に知られてしまった絶望が加わる。
 お嬢様は一体どんな表情で『化け物』と呼ばれた私を見ているのか――。

「余所見したらあきまへんで~」

 月詠がいつの間にか懐に入り、二刀で左右からの斬撃を繰り出している。ほんの一瞬の隙に間合いを完全に盗まれた。左からの攻撃は大刀で防げるが、右からの攻撃は『気』で強化した掌で柄を叩き刃筋をずらすしかない。
 コンマ一秒の猶予もなく、ほとんど反射的に修練が体に刻み込んだ迎撃手段をとる。
 だが、両の手に衝撃は襲ってこない。――フェイントか!

 腹から背中まで貫通したかのような鋭い衝撃が走る。真後ろに弾き飛ばされ、宙に舞いながらようやく月詠がスカートを翻しての膝蹴りを放ったのだと気がついた。
 無意識に受身をとったが、地面にあったテントの残骸の細かい破片が刺さった。しかしそんな僅かな痛みより、落下と打撃の衝撃で呼吸が整わない方が不利だ。月詠の一撃は正確に水月を射抜いて、横隔膜を麻痺させていた。
 
「せっちゃん……大丈夫?」

 すぐ後ろからの震える声に、生命の危機なのに笑みが浮かんでしまう。ああ、『このちゃん』はこんな時でも葱丸君に何を言われても私の心配をしてくれている。
 守るべき主の優しさに触れ、気力は回復したがいかんせん絶望的な状況に変化はない。
 私が立ち上がるよりはやく月詠の追撃がきた。

「ざ~んが~んけ~ん」

 気合の一かけらも入ってない掛け声だが、打ち寄せてくる衝撃波は本物だ。厄介なことに二刀使いのために衝撃波まで二重になっているのが、防御のしずらさを増している。
 受けるのは? 無理だ、呼吸が乱れ『気』の練りが甘い現状ではこれは受けきれない。
 避けるのは? 瞬動を使えばこの崩れた体勢からでも、避けるだけならば可能だ。私一人ならという但し書きがつくが。背後のお嬢さんまで抱きかかえて移動するのは不可能だ。

 結局、私にできるのは後ろを向くとお嬢様を胸に抱えるように守ることだけだった。ごめんこのちゃん、私やっぱり昔と同じで大事な時には役に立たない駄目な護衛役だよ。
 せめて一言だけでも謝りたくて、このちゃんの顔を見ると――流れる涙を隠そうともせず、一緒に遊んでいた頃の無垢な笑顔で抱き返してくれた。

「やっとせっちゃんと仲直りできたんかな~?」

 この時、私を縛る全てから開放された。


 葱丸side


 ああ、死んだな。月詠さんの放った衝撃波が二人を襲うのを見てそう思った。
 あのタイミングでは逃れる術はないだろう。結局、俺のしたことといえば横からチャチャを入れて刹那さんの集中力を削いだだけだった。
 しかし俺が月詠さんに下した指令によって人間の命が二つ失われたのは、まぎれもない事実だ。
 今までは自分が死にそうな目にもあったし、ウェールズ空港みたいに周りで巻き込まれた人もいた。だが、俺が能動的に人の命を奪ったのは初めてだ。手を下したのは月詠さんだが、命令した俺の罪が軽くなる事はありえない。

 くそ、とりあえず心の棚に上げて置こう。少なくとも今回の計画が終わるまでは、いつもの自分でいるんだ。へらへら笑って精神の均衡を保ち、目的を達するのが死んでいった美少女コンビとベジタブル兄弟達に報いる道だ。
 よし、理論武装と自己暗示完了。

 ナンマンダ・ナンマンダ成仏しておくれ。もし化けてでるなら月詠さんの方へ。
 両手を合わせて遺体を拝もうとしたが、砂埃が晴れるとそこには白い繭のような物体が転がっていた。
 はて? あれはなんだろう。

 すると、その白い物体はしなやかに分裂すると、中からお嬢さんと刹那さんを現して刹那さんの背に従った。
 ああ、あれは翼だったのか。そー言えば彼女の翼ってあんな色だったよな。……ってヤバイよ、ああなった刹那さんは手が付けられないぞ。

「月詠さん、気をつけてください!」
「ほえ~、なんやて~?」
「ああ、その台詞を言うと危険なフラグが――」
「斬岩剣!」

 ああ、こっちに余所見をして首を傾げたりするからそんなに吹っ飛ばされるんですよ。地面と平行に空中を移動して建物に激突した少女に頭を抱える。
 月詠さんを「斬岩剣」の一撃で倒した翼を持つ少女は、月詠さんが起き上がるそぶりがないと判断したのか俺に向き直った。
 さっきまでの罵声におどおどした瞳ではない。これは確固たる目的を持った戦士のみが備える澄んだ瞳だ。おそらくその目的というのは、俺を倒すことだろう。
 
 刹那さんが刀を上段に構えるのがスローモーションに感じられた。まずい、人生の走馬灯の上映が頭の片隅で始まっている。このロードショーが終わる前になんとかしなければ。
 通常でも空回りの多い頭脳の回転を、極限まで引き上げる。どうする? どうすればこの場を逃れる事ができる?

「せめて安らかに眠りなさい! 斬岩――」
「作戦成功ですね! 刹那さん!」

 彼女が剣を振り下ろす直前に、グッジョブです! と親指を立てて笑顔で叫ぶ。当然ながら刹那さんは勿論、彼女の背後に庇われている木乃香お嬢さんも、戦闘の騒ぎに集まってきたギャラリー達も、頭の上にクエッションマークが浮かんでいる。

「一体何を言ってるんですか?」
「あれ、刹那さんは知らなかったんですか、木乃香お嬢さんをいじめて刹那さんに助けさせようとしたオペレーション『泣いた赤鬼』の成功です。
 刹那さんがいつまでたっても木乃香お嬢さんと打ち解けられないで落ち込んでいるようでしたので、よけいなお世話を焼いてみたんですが」
「そ、そんな!?」
「せっちゃん、そうやったんか~」
「ええ、刹那さんはご存知ないようですが、周囲の方たちはみんな気をもんでたんですよ」
「わ、私はこんなこと頼んではいないぞ!」
「せっちゃん、そないにうちと仲直りしたくなかったん……」
「いいえ! そ、そんな事はありません」

 思いがけない展開で刹那さんの頭をフリーズさせる作戦は成功だ。
 我に返られるとボロが出そうなので、さっさと退却させてもらおう。月詠さんは……まあ、ご自分で何とかされるでしょう。

「それでは、今回の『世界樹の中心で愛を叫んだら、告白成功率百%じゃね?』は見事に幼馴染の仲直りを成功させました。
 みなさんも片思いで告白したい人、仲直りしたい友人のいる人、ご応募待ってます。それではまた来週!」

 ギャラリーを意識して、あたかも東の空にカメラがあるように手を振り別れのポーズをとる。俺の演技が良かったのか皆が「カメラはあっちか?」「そんな番組あった?」「あの二人からラブ臭が……」と東の空に視線を外してくれた。
 今の内に逃走しなくてはならない。最後にちらりと目をやると、いつの間にか瓦礫に埋まっていたゴスロリ少女の姿も消えている。
 人波に紛れながらとにかくここから距離をとる事だけを考えて逃げ出した。どこかからか「こら逃げるなー!」「せっちゃん、またうちをおいていくのん」とか聞こえてくる気もするが、最近は空耳が多くて困るよなぁ。

 もう少し逃げるコースを考えるべきだったと後悔したのは、これだけ離れれば大丈夫だろうと安堵して別の大通りに曲がった時の事だった。
 今日の運勢は大凶だって判ってたはずだろう? せめて道を曲がるたびに斥候兵を出すぐらいの用心深さが必要だったんだ。
 
 俺が逃げこんだ通りには僅かしか人影がなかったが、どの一人をとっても厄介ごとの匂いがプンプンしていた。
 何人か例を挙げると、ズタボロに叩きのめされたのかいい具合に痙攣している学ラン犬耳少年の小太郎。それを庇っている気丈な美女。その肩にすがりついているそばかす少女。
 そして、おそらく小太郎を倒したであろうここにはいないはずの漢、怪人『デスメガネ』タカミチ。彼はどこにいたのか肌は日に焼けて、精悍さが増している。眼鏡もサングラスに変わり、白いスーツが定番だったのにブラックレザーの上下にコーディネートされている。
 要約するとヤツは黒くなってた。
 他にも半裸で眠っている少年・少女などが散らばっている。ここで何があったんだよ。あ、いえ説明はけっこうですが。 

 思わず回れ右をして帰ろうとした俺を誰も責められないと思う。幸い彼らは自分達のトラブルに手一杯で、こっちを見つける余裕はなさそうだ。
 あと三歩も進めば曲がり角で視界から外れる安全地帯に入る。では、抜き足・差し足・忍び……。

『学園内にネギ・スプリングフィールドらしき容姿の少年を発見。彼は近衛 木乃香嬢の誘拐事件に加わり、今回の襲撃事件に関する疑いも持たれている。なんとしても彼を捕まえよ! 必要とあれば致死性の魔法も許可する。死体からでも情報は引き出せる。
 繰り返す、生死を問わぬ! 警備員はネギ・スプリングフィールドを捕獲せよ!』
「なんじゃそらー!」

 あと一歩の所でいきなり頭に流れてきた電波に対し、思わず空に向かって絶叫してしまった。耳で音を捉えたのではなく、頭の中に直接言葉が伝わったのだ。おそらくこれも洗脳電波の一種なのだろうが、その余りにも非道な内容に抗議せずにはいられない。大体死んでも情報を引き出すって、俺の脳にはハードディスクでも埋め込んであるんだろうか。
 吠えてから気づく、えーと今の魂の叫びは誰もきいていないよね? おそるおそる振り返ると、互い戦闘態勢にあったはずの全員の視線が俺に注がれている。

「は、はろ~」
「「「ハロー」」」
「じゃ、そーゆーことで」
「「「ちょっと待て」」」
 
 ……逃げ出そうとはした。しかし、回り込まれた。こいつらからは逃げられない。

 



[3639] 三十二話  それでも僕はやってない、はずだ、たぶん。
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:edff88a1
Date: 2009/02/14 15:03

 学園長side


 モニター内ではワシの友人でもあった英雄の面影を持つ少年が、うちの孫の護衛役と会話を交わしている。
 未熟者めがさっさと捕えんか! そやつは現在この麻帆良を揺るがしている事件の最重要参考人なんじゃぞ。
 ああ、何を固まっているんじゃ、ワシらはそんな子供に孫の木乃香との仲介なんぞ頼んでおらんわ。机に拳を叩きつける。

 む、いかん。あの少年ネギ・スプリングフィールドはこっちの監視はお見通しだったようじゃな。ワシが観察していたのを見透かしたように、監視カメラ越しに視線が重なり合った。
 このカメラは東の空に視覚阻害の処理をしておった物じゃ。それに対して「また来週」じゃと? ふざけおって、超君と組んでの麻帆良祭でのテロと木乃香の誘拐未遂じゃ足らんとでも言うつもりなのかのう。
 あざ笑うが如く監視カメラの死角へと消えていく小柄な影に、ネギに対しての苛立ちを抑えこめなんだ。
 もはや手段を選んではおられん。あの小僧を捕まえるのが先決じゃ。

『生死は問わぬ! 警備員はネギ・スプリングフィールドを捕獲せよ!』

 学園内の全ての魔法関係者に響き渡るほどの広域念話を放つ。ここまで強力な念話だと侵入者や超君達にも伝わってしまうが、そちらへの牽制も込めての通信じゃ。先手を取られてばかりじゃったが、ネギを追い込むことで戦場を彼を中心としたこちらが設定した地点に誘導できるじゃろう。
 なんだかんだ言ってもここはワシらの本拠地、地の利はこちらが持っている。

 矢継ぎ早に指示を出して、ネギを囲い込むように人員を配置する。超君の襲撃の間隙を縫うように魔法先生・生徒を再編成するのは大変じゃが、そこんとこはしずな君にお任せじゃな。
 深く椅子の背もたれに体重をかける。微かに軋む音を耳にしながら、タカミチは何をしてるんじゃと不審に思う。しばらく前から連絡も取れんが、こんなアクシデントの為に呼び寄せたんじゃぞ、あやつは。
 どこで油を売っているのか知らんが、早いところネギにぶつけんといかんな。

 頭は忙しく働かせているが、椅子から身を起こす意思が中々おこらん。これが年齢をとったということかのう……。
 誰にも漏らす事のできない愚痴を胸に収め、熱く淹れられた煎茶に手を伸ばした瞬間にその念波が入った。

『タカミチ先生が学園内でまた暴走の模様! 魔法生徒数人を含む学生に脱衣・殴打などの暴行を加えています! 早く応援を!』
「ぶふぉっ! あ、熱ちち」

 モニターを切り替えると、全体的に黒くなったタカミチが魔法生徒らと大立ち回りをしている所が映った。
 あの男は何をやってるんじゃー!


 タカミチside


 祭りの喧騒にも邪魔されることなく、麻帆良の教会の鐘の澄んだ音が響く。
 腕時計に視線をやると、ちょうど正午だった。
 見回りは休憩してお昼にするか。久しぶりに『超苞子』に顔でも出して、美味しい食事と元生徒の元気な様子を覗いてこよう。

 足を世界樹付近にある屋台村の方面へ向けると、鐘の音だけではない爆発音と振動が届いた。
 同時に慌ただしく魔力と気のぶつかり合いが起こる。微かに火薬の臭いが漂うところからしても、これは紛れも無く襲撃だな。
 世界樹の魔力の最も高まるこの日を狙って襲ってきたのに違いない。

 舌打ちしながら周囲の気配を探る。学園長からの指示があるまでは、陽動だろうがとにかく目についた敵を倒す『サーチ・アンド・デストロイ』に専念しよう。一般人として麻帆良に来ているのに、あまり勝手な行動はまずい。
 サングラスの奥からいくら探しても見えるのは『田中さん』と呼ばれるロボットだけだ。
 僕の相手にはなり得ないが、こう数が多いと面倒になってくるな。作業的なロボット破壊に嫌気が差してくると、ちょうどいいところにあからさまに不審な少年が現れた。
 
 服装は一昔前の番長じみた学ラン姿だが、微笑ましいと言うにはその少年の纏っている『気』の量が尋常ではなかった。
 どうもネギ君を相手にしたトラウマか、このぐらいの年代の少年に対して苦手な感覚があるな。気を引き締めよう。
 瞬動を使ってその少年の前に立ちはだかる。
 ほう、ざんばらな髪の上には犬のような耳があるが、これは作り物ではないな。ということは獣人か、どうやらビンゴのようだ。

「すまないが、ちょっと話を聞かせてもらえないかな」
「なんや、あんたは?」

 いきなり目の前に現れた僕に対して、警戒はしても驚きはない。この子は間違いなく裏の住人だ。

「ここの警備の一員でタカミチだ。いや、君らにとっては『紅き翼』のタカミチの方が通りはいいかな」

 僕の名を聞いた少年の瞳に驚愕の色が混じる。

「あんたはセクハラでここを追放されたんやなかったんか?」
「一体どこでそんなデマを――いや、なんでそこまで事情に詳しいか侵入した理由共々話してもらおうか」
「あんたに話す義理はないな」

 なぜか嬉しそうに話し合いを拒むと、微笑というより牙をむき出しにすると小さいが固く鍛えられた拳を突き出した。

「けどコイツでの話し合いなら、望むところや」

 やれやれ、苦笑いを浮かべて首を軽く振りポケットに両手を入れる。

「なんや、やらへんのか? タカミチいうたら関東では屈指の実力者や聞いとったでぐぇ!」

 地獄車のように回転しながら後ろへ吹き飛ぶ。彼は勘違いしていたようだが、このポケットに手を入れるのが僕のファイティングポーズなんだよ。
 それにネギ君と会って以来、子供に対しても油断など一切するつもりはない。今の一撃にしても君から宣戦してきたんだから不意打ちが卑怯だとは言わせないよ。
 とっさに顎先だけはずらして受けられたが、ダメージは大きいだろう。まだ彼は地に伏せたまま立ち上がれない。念の為にもう二・三発追い討ちをかけておこう。ふん。
 
 おお、面白いぐらいにバウンドしている。ネギ君と戦った時もこのぐらい容赦せずに叩きのめしておくべきだったんだ。
 暗い考えを胸に秘めたまま土と血にまみれた少年へと歩み寄る。うつ伏せになった彼の体をつま先でひっくり返そうとして、思い直すと膝をついて手で仰向けにする。いかん思考がダークサイドに堕ちかけてるな。
 試合を終えたボクサー並に腫れた顔を見下ろす。

「手荒な歓迎だったかもしれないが、恨むのなら君をここに送り込んだ人達にしてくれ。では、まず……」
「俺は仲間を売ったりはせぇへん」

 ぺっと血の混じってピンクの唾を僕の靴に吐く。なるほど仕方がないな、これを吐かせるのはまた情報部門の仕事だ。そう自分に言い聞かせて彼を魔法教師の詰め所にでも運ぼうとした。

「何をしてるんです!」

 突然女性の悲鳴が届いた。声の主は僕の受け持っていた生徒で那波 千鶴だ。以前から勇気のある子供に優しい子だったが、こんな場面では会いたくなかった。中学生には見えない大人っぽい柔和な美貌の眉を吊り上げている。
 その肩にすがり付いている赤毛にそばかすの印象が残るのは村上 夏美で、こちらは血まみれの怪我人が怖いのか腰が引けている。必死に千鶴君の制服を摘んで「チズ姉、あの人クビになったはずのタカミチ先生だよ」と囁いている。
 
「彼はこの麻帆良で犯罪行為をしていたんだ。その容疑で補導しただけだよ」

 となんとか穏当な言い訳をひねり出したが、千鶴君には通用しなかった。

「タカミチ先生。あなたはセクハラでこの麻帆良からどこかへ赴任させられたそうですが、なぜこの学園で補導ができるのです?
 いえ、例えあなたの言葉が本当でもまだ幼いその子にそこまで暴力を振るう必要はなかったはずです」

 つかつかと僕に言い放つと、横になった学ラン少年の顔をハンカチで拭う。

「かわいそうに、こんなに顔を腫らして……。この子ぐらいの子供に酷いことをしますね。
 彼は一体どんな犯罪を犯したというのですか? その答えによっては民間人がこんな暴行を加えているのを黙認はできません。警察に連絡させていただきます」
「彼はこの真帆良の地に不法侵入したんだ、それに……」
「不法侵入!? 彼ぐらいの年齢の子供が、無断でお祭りに参加したのがそんなに悪いことですか!?
 それにって他に何かあるんですか。こんな小さな子供を痛めつける正当な理由があるなら言ってごらんなさい!」

 むう、千鶴君は魔法を全く知らない生徒のため説得材料が見つからない。魔法界の常識に照らせば、結界を破って敵の領地内に侵入するのは重罪なのだが彼女に理解を求めるのは酷だ。
 ましてや千鶴君は善意でやってるから更に始末が悪い。どうしたものかと首を捻ると、すぐそばまで助け舟が来ていた。

「ああ、そこのウルスラ学園のお嬢さん。ちょっと彼女を説得してもらえるかな。何か誤解しているみたいでね」

 と駆けつけてきた魔法生徒に千鶴君の相手を押し付ける。僕よりも適任だろう。
 しかし、二人組みの魔法少女は目を見交わすと高校生ぐらいの――ああ、ガンドルフィー二先生の指導下の高音君という生徒だった――が僕に厳しい目で「動かないで下さい」と制止した。相棒で年少の佐倉 愛衣君は千鶴君の話に頷きながら耳を傾けてはこちらを怖々と窺っている。
 どうも場の空気が不味いと口を出そうとしたが、高音君の余りに憤懣やるかたなしという表情にきっかけがつかめない。

「どうして高音君はそんなに怒っているのかね?」
「お分かりになりませんか? いえ、きっとあなたにはお分かりにならないのでしょうね。勝手な憧れとは承知していましたが、私も『紅き翼』のようなマギステル・マギになりたいと夢見ていました。
 その『紅き翼』のメンバーでもあるあなたが性犯罪で麻帆良から追放されるなんて……学園長は庇ってましたが、シスター・シャークティから話を聞いた人間は皆あなたに幻滅いたしましたわ」

 ここでもまたあの事件が足を引っ張るのか。頭痛を覚えながらまず高音君から誤解を解こうとするが、そこに愛衣君から鋭い声がかかった。

「お姉様、彼女の証言によるとタカミチ先生がその少年を暴行し、どこかへ連れ去ろうとしていたようです!」
「「な!?」」

 その場にいる全員が僕から身を遠ざけて、胸の前で手を組むなどの防御体勢をとっている。魔法生徒の少女二人はもちろん戦闘体制だ。
 
「タカミチ先生! あなたはこの少年をどうするおつもりでしたの?」
「どうするって……」

 高音君の詰問に口ごもる。千鶴君と夏美君のいるここで魔法界のことを話すわけにはいかない。

「前回の事件でも、少女二人の他に小学生の男児も犠牲になりかけたとか。もしや、あなたはこの子に対して口ではいえないような事を……」
「いや、まあ確かに一般人の前では口には出せないが」

 戦慄している互いの手を握り合っている魔法少女組は放っておいて、一般人の二人から片付けていこうと決めた。なに、彼女達は最悪でもこの場から立ち去ってもらえば、あとは魔法界の常識で事を運べる。
 できる限りフレンドリーな態度でお帰りを願おうとしたのだが、近づこうとする度に千鶴君と夏美君は子供を抱いて後退していく。そこまで怖がらなくてもいいのに。

「……姉ちゃん達ありがとな。でも、もうええ。あの男には通用せん」

 学ラン少年がかすれた声でストップをかけるが、千鶴君は毅然と胸を張って僕に向き合い譲る様子はない。まいったな、話し合いが通じそうな雰囲気ではない。
 嘆息し天を仰ぎかけたくなる。いや、まだだ。ここで説得を諦めたらまたジャングルの奥地へ逆戻りだ。「千鶴君、これは必要なことなんだ。僕には一切後ろ暗い所はない信じてくれ」と肩に手を優しく置き、瞳を合わせる。
 もう少しで心が通じそうになった時に、後ろからささやかだが殺気が襲ってきた。体の軸をずらすだけで避ける。

 魔法生徒の魔法だろうが、練度が低く気配も駄々漏れだった。奇襲のつもりだろうが、実戦ではまだ通用しないレベルだ。
 余裕をもって振り返ると、かわされるとは思ってなかったのか杖を振り下ろしたままで固まっている愛衣君と黒い影の使い魔らしき物を従えた高音君が突っ立っていた。これで力量の差を知ってくれただろう。
 よし、こうなったら彼女達に千鶴君達の記憶消去を頼もう。魔法の使えない上に、記憶消去の符も所持を許されなかった僕よりも適任だ。

「ほら遊んでないで、高音君は千鶴君達の記憶消去を頼むよ」

 その瞬間、比べ物にならない程の殺気が背後から吹き付けてきた。反射的にバックステップを踏み、魔法生徒達と攻撃をしてきた者が同時に視界に収まるポジションを占める。
 後ろから平手で叩こうとしていたのは千鶴君だった。不思議な事に下着姿になって全身を朱に染めている。
 何が起こったんだ? 愕然とする間もなく彼女が肌を隠す仕草をしながら僕を糾弾する。

「こんな小さい子だけでなく私まで毒牙にかけるつもりですか!」
「いや、そんなつもりは……」

 弁解する時にはすでに何が起こったかは把握できていた。愛衣君の放った『武装解除』の魔法が僕が身をかわした事によって千鶴君に命中し、その武装と服を消滅させる効果を発揮したのだ。
 だが、事態を理解したからといって、これからどうすればいいのかの方針はたたない。一般人の彼女達に「愛衣君が魔法で服を消してしまったんだ。あ、僕は無関係だよ」と言ってどれほどの信憑性があるだろう。
 せめてもの希望を託して高音君達にすがるような目で見つめる。だが返ってきたのは、

「記憶消去ですと……犠牲者の後始末を『マギステル・マギ』を目指す者にさせるおつもりですの?」
「お姉さま、先生方に連絡はとりました。ここは撤退しましょう」

 と敵意とおびえに満ちた答えだった。いけない、前回のネギ君との戦いと同じレールに乗ってしまったようだ。

「ま、待ってくれ」
「ひぃ!」
「今度は愛衣にまで手を出すつもりですか!?」

 引きとめようとする僕に、高音君から影の攻撃が伸びる。これぐらい避けるのは造作ない。一番興奮している高音君を眠らせれば愛衣君も協力するしかないと納得してくれるはずだ。それから彼女の魔法を使い事を収めよう。
 瞬動で高音君の後ろをとり、居合い拳ではなく軽い手刀で首を打ち気絶させる。いくらなんでもこれでレベルの差を思い知ったはずだ。
 僕の目論見通り、妹分である愛衣君は悲鳴を上げた。

「ああ、お姉様がまた裸に!」

 ……あれ? 予想した悲鳴と少し違うな。だがその言葉通り、倒れた高音君はなぜか見事なプロポーションのヌードを惜しげもなく晒している。

「タカミチ先生……あなたって人は本当に……」
「待ってくれ、これは何かの間違いだ。僕はそんなつもりじゃ」
「では、どんなおつもりだったら女の子の服を次々と脱がす理由になるんですか」

 千鶴君の鋭い追及につい及び腰になってしまう。

「いや、だから元々僕はその男の子を捕まえようとしただけでね」
「ああ、そうや。そいつの相手はこの俺や」
「えー! やっぱりタカミチ先生って男の子も女の子もイケたんだー!」

 額に汗して説明しようとする努力が、口を挟む少年と夏美君に台無しにされた。特に夏美君などは「やっぱパルの描いた本は実話だったんだ」と聞き捨てなら無い事を言っている。
 
 とにかくこの混乱しきった現場をどうにかしなければならない。珍しく神頼みをしかけたが、日頃の行いが良かったのか空気を変えるだけのインパクトのある念話が流された。

『生死は問わぬ! 警備員はネギ・スプリングフィールドを捕獲せよ!』
「なんじゃそらー!」

 魂からの突っ込みと思える悲痛な叫びが上げられた地点に、全員の視線が注がれる。
 そこにいたのは僕をこの学園から追放した元凶であり、自身の故郷の村を破壊した悪魔召喚士でもあり、木乃香君への誘拐未遂犯であるネギ・スプリングフィールド君だった。
 叫んだ後もぜいぜいと荒い呼吸をしていたが、こちらがじっと彼に注目しているのに気がつくと、しゅたっと右手を上げた。 

「は、はろ~」
「「「ハロー」」」
「じゃ、そーゆーことで」
「「「ちょっと待て」」」
 
 君を逃がすわけにはいかないんだ。主に現在の僕の立場の為に。

 



[3639] 三十三話  壊れた形見と彼が黒く染まった訳
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/03/07 16:31

 葱丸side


「「「ちょっと待て」」」

 ちぃ、作戦名『爽やかに微笑み、風の様に去っていく』は失敗か。内心の動揺を押し隠して、上げていた右手で頭を掻く。俺を呼び止めた人間はなぜか皆殺気立っている様子だ。
 こうなれば簡単にこの場からの撤退は難しいだろう。ならばどうするのが最善手かは、状況を把握してから考えねばならない。
 その為にもできる限り冷静に周囲を観察し情報を読み取っていく。

 人気のない裏通りであるここにいるのは、服装からサングラスまで黒に統一したデスメガネとそれに対峙するアダルトな下着の妙齢の美女。その背中に匿われているのは、ボロボロになった小太郎君とショートカットの少女だ。
 さらに地に伏せ惜しげもなく裸体を晒しているスタイルの良い少女に、その体をマントで覆おうと奮闘している杖を手にしたそれよりも年少の少女。
 なるほど、つまりここでは行われていたのは……ちっとも想像ができない。

「あの、ここで一体何をしてらっしゃったんですか?」
「き、君には関係ない!」

 焦ったようにデスメガネが質問を遮った。さっきまでは俺の登場を誰よりも喜んでいるように見えたが、この質問には裏返った声でどもっている。「そんな事聞くんじゃない!」と言わんばかりだ、ここで何をやらかしていたんだ? こいつは。
 その疑問が天に届いたのか、同調する者が現れた。

「あら、教えて頂けませんの? 何があったのか私も気になりますわ」

 とシスター装束を身に着けた美女が少女二人を伴って新たに出現したのだ。確かこのシスターには、以前エヴァさんとの戦いで出会った記憶があった。あの時に明日菜さんと共に乱入してきたシスター・シャークティだ。後ろに続くそばかすの少女とコーヒー色の肌のちびっ子のシスター見習いコンビは手持ちのデータにないが、おそらくは彼女の弟子と考えて良いだろう。
 とにかく敵か味方かと身構える俺にちらと横目をくれるただけで、シスターは澄んだ瞳を接近させてデスメガネのサングラス越しに瞳を覗き込もうとする。
 
「そこのネギ君をつかまえようと来てみれば、裸にされた高音さんや千鶴さんがいるなんて。これはいったい何事ですの? タカミチ先生にはきっちり説明していただきたいものですが。
 もしかしてネギ君、あなたが彼女達に乱暴したのかしら?」
「まさか! 僕もここに来たばかりで全く事情が判らないんです」

 俺の返答に「そう」と頷くと、シスター・シャークティは気遣わしげな視線を肌も露な少女達に向けた。

「では、誰が彼女達にあのような酷い事を?」

 俺とシスター達以外の全員がデスメガネを指し示す。わお、注目を一身に集めた奴の顔色が急速に赤から青へ塗り替えられていく。
 シスター見習い達は「先生、またやっちゃったんスかー」「美空、やっちゃたって何を?」と年齢的にはまだ早い会話をしている。シスター・シャークティだけはそんな話に加わらず、口元に当てた掌を震わせている。よっぽどショックだったのか「ココネちょっと手伝って」と幼いシスターを呼ぶ声まで震えている。
 何をするつもりなのか、全員がシスターにトコトコ近づくちびっ子を眺めていると『タカミチ先生が学園内でまた暴走の模様! 魔法生徒数人を含む学生に脱衣・殴打などの暴行を加えています! 早く応援を!』との電波が物理的な衝撃を与える程の大きさで頭に叩き込まれた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。その報告ではまるで僕が変態みたいじゃないか!」

 こめかみを押さえながら血相を変えて抗議するデスメガネに対し、ちびっ子シスターの頭からその手を離して胸元で十字を切ったシスター・シャークティは、あくまでも悲しげに顔を俯かせた。

「タカミチ先生には全く反省はないんですね。やっぱりあなたは……真性の……。主よ、このような者に粛罪の機会を与えることは無駄だったようです。このような者にも主の慈悲を与えるべきなのでしょうか。は!? 『ネジキレ』? 了解しました。ねじ切ります!」
「「どこを!?」」

 俺とデスメガネと小太郎君の声がハモった。男性陣は怪しげな電波を送受信しているシスターに対し心なしか腰が引けてしまっている。主と電波で会話していたはずなのに、「うふふ」と含み笑いを洩らし両手をワキワキさせる彼女からは、どす黒いオーラが発散されている。
 こんなのと戦いたくない。誰でも、特に男ならそう思うだろう。今このシスターと戦えば間違いなくねじ切られてしまう。
 デスメガネも同感だったのか、唇を舌で湿らせながら必死で顔を巡らし責任転嫁の標的を探した。

「ネ、ネギ君! そうだネギ君を捕まえるのが最優先だったはず。シスター・シャークティ、この件は彼を捕獲した後で話し合いましょう!」

 くそ、やっぱり俺にお鉢が回ってきたか。デスメガネとネジキリシスターの二人を相手にはできないぞ。彼の言葉にはっと顔を上げ黒い瘴気を収めたシスターに向かって叫ぶ。

「シスター・シャークティ! あなたは神に仕える聖職者じゃないんですか! 組織の言いなりになり、目の前で少女に暴行を働く男を無視するんですか!?
 それがシスターのやるべき事と胸を張れますか? 神はあなたになんと仰ったんですです」
「主は……確か『ネジキレ』と」
「では、それはダークサイドに堕ちて全身が黒く染まった男にやるべきでしょう」

 納得したのか、深く頷いたシスターは改めてデスメガネに向き直った。その鷹のように鋭い視線はなぜか彼の下半身をターゲットにしているようだが、そんな事俺は全然気がつかなかったな、うん。
 いきなり話を振られたデスメガネが傍からも判るほど冷や汗をかいている。

「ぼ、僕だってねじ切られたくないぞ。それに黒く染まったとかダークサイドに堕ちたとか勝手な事を言っているが、この服装にもちゃんとした理由がある!
 サングラスはネギ君の閃光弾対策だし、黒皮のパンツもトリモチでも破けない丈夫な特別製だ。肌が焼けるのも赤道直下にいれば当たり前だろう?
 ほら、何一つ不審な事はない。だから、シスター・シャークティも薄笑いはやめて、にじり寄るのは止めて、ねじ切るのも無しだ」

 じりじりとデスメガネが後退していく。おそらく力量ではデスメガネがシスターを圧倒しているはずだが、視線を合わせずに固まった笑みのままミリ単位で間合いを詰めてくる彼女に迫力負けしている。
 両手を前に突き出して、彼女の接近を阻もうとしているデスメガネがこちらを睨む。サングラス越しにも彼が狼狽しているのが丸わかりだ。

「……こうなったのも全ては君が原因か」
「いや、今日は僕何もしてませんが」
「ナギさんの息子とはいえ、君は許容範囲を超えてしまった。学園長の発した『殺害許可』を使用させてもらう。
 もし向こうでナギさんに会ったらタカミチが謝っていたと伝えてくれ」

 俺の言葉を華麗にスルーし、デスメガネは体の正面をシスターから俺へと向き直した。同時に出していた両拳をポケットにしまい、彼独特のファイティング・ポーズをとる。
 なんだか白目が黒く、瞳が白く変化しているシスターから現実逃避する矛先が俺になったような感じだが、その為だけに俺の命を奪おうとしているのだこの外道は。
 この時点では頭に血が昇り始めた俺はもちろん、固唾を飲んで見守る女生徒達に未だ手をニギニギしているシスターも誰一人として頭上に起こり始めていた異変に気がつかなかった。

 俺はデスメガネとは何回も遭遇しているために、こいつの攻撃方法は把握している。両手をポケットに入れているために始動は見分けづらいが、肩がピクリとでも動いたら奴の大砲並みの一撃が飛んでくる。
 その居合い拳の攻撃は、威力や射程距離は違うが基本的にはボクサーと同じだ。したがって、今肩がブレた一撃の狙いもボクシング同様に腹か頭かの二択になる。
 ――ならば頭を守る。プロテクターで固められた腕で抱え込むようにして頭部をガードする。気絶だけは避けなければならない。どこからか『ボクシングでは意識を失ったらそこで試合終了ですよ』といらない電波が飛んでくるが、言われんでもそれぐらい知ってるって。

 顎やテンプルなどの急所をガードした直後に衝撃があったのは、腹でも頭でもなく左胸だった。
 ハートブレイクショットかよ! 元日本フェザー級王者の得意なパンチだが、その真価は名前から想像されるような恋愛運を悪化させる呪いがかかるとかではない。心臓にショックを与える事で相手の動きを一瞬止める効果のあるパンチなのだ。その硬直した隙にタコ殴りにするのがこのパンチを使う場合の必勝パターンだ。
 つまり何が言いたいかというと――動けない俺に追撃がくるんだよ!

 身をよじるように必死で横へダイブし、デスメガネの追い討ちから逃れる。あいつも今のコンビネーションを避けられたのは意外だったのか、サングラス越しの目を見開いている。
 無理もない。デスメガネのハートブレイクショットは完璧だったのだから。

「これに助けられました」

 と尻餅をついたまま、左胸のポケットから潰れて変形したライターを取り出した。

「さすがはマグナム弾でも受け止めると豪語するだけはありますね」

 看板に偽りなしだな。それでもライターとしては二度と使用不可能なまでに壊されている、一体どれぐらいのパワーが襲ってきたのか想像するとぞっとするな。
 ひきつった表情で潰れたライターに感謝を奉げていると、すぐさまそのライターが俺の手から弾かれた。さらにくるくる回転しながら宙に舞ったライターが、次の不可視の攻撃で完全に粉砕される。

「君は小道具に頼った小細工しかできないのか」

 憎々しげなデスメガネの声に、僅かに失望が混じっているように思えたのはどうしてだろうか。だがそんな事よりも、

「親父の形見が……!」
「え!?」

 デスメガネとシスター・シャークティが『親父の形見』という単語に一瞬固まる。他の面々もはっとした表情になった。このブランドがどれほど高価かここにいる皆まで知れ渡っているとは驚きだな。

「ネギ君、君はナギの形見の杖を自分で壊したんじゃなかったのかい? 未だに形見を肌身離さずに大切にしているとは思わなかったよ」
「ええ、それにその英雄の形見を叩き壊す痴れ物がいるとも思いませんでしたわ。あなたにはもう『紅き翼』としての誇りは残ってないようですね」

 大人二人が醜い口論を繰り広げ始める。よし、ライターの弁償を求めたいところだが、そこをぐっと我慢してこの隙をエスケープに役立てねば。
 何か利用できる人か物がないものか、きょろきょろ首を振りながらヘッドセットに囁いた。

「こちらネギです。今、小太郎と一緒にデスメガネと遭遇して危機に陥ってます。誰か応援をよこしてください」
『……あー、千草やけどあんたに呼ばれた所まできたら、お嬢はんと半端もんが観客の前で抱き合うてなんやテレビ撮影してるそうやで。
 まずどうしてこうなったか言い訳を聞かせてくれんか』
「そうなった状況は説明し辛いですが、とにかくこっちも生命のピンチなんです。頼みますよ」
『応援をよこすのは無理やし、状況の説明もいらんわ』
「なぜです?」
『上を見ぃ』

 大きく雑音を立てて接続が切れる。ちぃ、役に立たねーな。ちょっとした手違いで俺達が撤退した後の戦場に突っ込ませかけただけじゃないか、あのぐらいで腹を立てるとは器の小さい女だ。
 援軍の望みが絶たれ、焦りが胸中を支配し始めた。くそ、何が上を見ろだよ『馬鹿が見る』とかじゃないだろうな。

「え?」

 天を仰いだ俺の口から無意識に疑問符がこぼれた。釣られたのか周りの人間も空を見上げる気配と息を呑む音がする。
 そこにはもう一人の俺がいた。
 ついでにここでの騒動の登場人物の全員が空からこちらを見返している。思わず手を振ると、向こうも同じタイミングで振り返す。

「これは……鏡じゃない。ってことは空に映し出された立体映像ですね!」

 最初に見つけただけあって、一番早く正解にたどり着いた俺が答えを出すと空に映し出された俺の映像も同じように叫んだ。同時に画像が切り替わり、マイクを持ったレポーターらしき赤毛をアップにまとめた少女が語りだす。

『あー、見つかっちゃいましたね。今回の『あの人は今? スペシャル編 「セクハラで首になったある教師を追跡取材!」』はライブでお届けしています。
 なぞの事件から僅か一ヶ月、数々の疑惑を抱えたまま奴は麻帆良に帰ってきた! どこへ行っていたのか!? なぜ黒くなっているのか!? 
 マークし続けた取材班が見つけた衝撃の事実とは! ようやく明かされる暴行洗脳教師の真実! やっぱり今現在も子供を殴り、親の形見を破壊しているぞ!

 実況は朝倉 和美と提供は「世界に平和と肉まんを」超包子でお送りいたします。
 なお、この放送の最後にスポンサーでもある超さんから全世界に向けたメッセージが送られます。
 彼女によると新たな世界が開けるほど衝撃的かつ刺激的な事実が明らかになるそうです、皆様もどうかお楽しみに』


 CMが入るとこの場にいた皆が口を開けて顔を見合わせた。どうやら俺達はいつのまにか空のスクリーンで視聴者に観賞されていたらしい。
 いつからだ? 全員の第一の疑問はまずそれだった。もし俺が来たあたりから中継が始まっていたなら……。

「タカミチ先生はその子を殴った暴行の現行犯で、麻帆良の住民みんなが証人っスね」

 代弁してくれたそばかすのシスターに大きく頷いた。デスメガネはぎょっとした表情でばね仕掛けのように発言の主を睨む。あらら、そばかすシスターは「ターゲットにするには、私はまだ青すぎる果実っスよ」とちびっ子シスターを彼に対する盾にした。
 あのちびっ子が完熟してるとでも言うのか、それとも彼の趣味はそっちだと推測したのだろうか。
 慌ててシスター・シャークティが間に入る。

「ココネにまで手を出すおつもりですか! 本当にねじ切りますよ!」
「僕にはそんな趣味はないと何度も言ってるだろう!」

 怒鳴るデスメガネにはもう余裕はなく、焦りが言動を荒っぽくしている。俺のほうもデスメガネとの遭遇や超さんがテレビで大々的に発表するなど想定外ばかりだが、新世界の神を目指す者としてはお約束は果たさねばなるまい。狼狽しているデスメガネにニヤリと唇を歪めてこの言葉を送った。

「計画通り」

 



[3639] 三十四話  蜘蛛の糸より茶々丸さん
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/03/14 17:01
 超side


 正午ちょうどから始まった計画はほぼ順調に進行しているネ。田中さんの配備にその運用、撹乱工作に結界の無効化と打つ手の全てが次の作戦をしやすくする好循環をもたらしているヨ。これならば余裕があればと後回しにしていた送電施設のハッキングも問題ないネ。
 学園側は短時間に余りの事件が起こっているのに対応しきれず、末端の警備員達はフリーズしかけているネ。一旦は戦力の再編成をしなければこのまま田中さんによる数の暴力で押し切ってしまうヨ?
 まあ、そこまで甘くはないだろうが先手を握れたのは間違いないネ。
 このまま事態が想定通りに進めば、念願である未来の改変も無理ではないかもしれないヨ。

 正直な話、未来にいた時の私は半ば絶望していたヨ。そうでもなければ『理論的には可能なはずネ』程度の完成度しかないロングタイム・ワープなどというギャンブルをしようとは思わなかったネ。
 だが、このギャンブルは万馬券となって返ってきたヨ。未来を変える為に都合の良い時間と土地に到着できたんだかラ。
 私は神を信じてはいないが、この時ばかりはあまりの幸運に洗礼を受けようかとも考えたネ。でも私がこの麻帆良の地にたどり着けたのは、むしろ未来の歴史が歪んだもので改変されるべきだという流れが自然なのかと思い至ったネ。
 つまり私がやるのは『歴史の必然』って事ネ! だからそれに伴う犠牲も目をつぶってもらうヨ。

 よし、理論武装と自己暗示は完了したネ! この自分を棚に上げるのは悪い癖と知ってるが、両親もその先祖もみんなこうだったみたいなんダヨ。
 どの代から続いてるのか判らないけれど嫌な伝統ネ。私はきっと『サウザンド・マスター』あたりが怪しいとにらんでいるヨ。

 とにかく現状は満足すべきもので、計画にイレギュラーは起こっていないネ。
 もっともここまで転がりだした事態が本当にストップしそうなトラブルなど、可能性としては僅かしかないヨ。さて、強制認識魔法の呪文詠唱時間までお茶でも飲んで、葉加瀬にも体を休めるよう言っておこうか……。ん?

「どうした。超、何か面倒ごとでもおきたか」

 エヴァンジェリンが面白そうなニヤニヤ笑いで、白磁のティーカップを置いた。彼女は私が招いたのではなく、自ら「特等席で見物させろ」とこの上空高くまでやってきたのだ。お供に茶々丸まで連れている真祖の姫を断れるはずもなく、エヴァンジェリンはここで優雅に下界を見下ろしてティータイムを楽しんでいるヨ。
 やはり、今回の計画に手を出さないよう素直に頼んだのは正解だったネ。どれほど策を施しても彼女を敵に回しては成功率が一桁落ちてしまうヨ。
 しかし、この情報は彼女にとっても予想外のはずだヨ。学園に放ってある監視カメラの一つからおかしな映像が送られているネ。
 
「葱坊主が木乃香の護衛の刹那とぶつかったネ」
「は? あいつは何をやってるんだ」
「私に聞かれても困るヨ」

 顔を見合わせてお互いに首を捻ると、モニターに映る少年に向かって声援を送る。

「コラ、何してるネ。『世界樹の中心で愛を叫んだら、告白成功率百%じゃね?』なんて番組撮影してないヨ!」
「くっ、刹那め何で葱丸の言葉で顔を赤らめておるんだ! む、いやあれは木乃香に抱きつかれたからか!?」
「あ、とっとと逃げ出したネ。もういいヨ、葱坊主は計画の邪魔にさえならなければ」
「お前もたいがい冷たいな。いくら葱丸が不甲斐ないとはいえ、そこまで邪険にしなくても……むう、奴の逃走方向の真正面でタカミチ達が騒動をおこしているぞ」
「あの坊主の進む道には必ずトラブルが転がっているネ。非科学的だがお祓い受けさせるか、手助けしたほうがいいヨ」
「平穏無事なガキなど面白くもないわ。まあ、トラブルとはいえここの魔法使いどもはかなりヌルい。せいぜいがオコジョにされるぐらいだろう。それならば私の力で人間に戻すのは可能だし、生温かく見守っておくだけでいいだろう」
「そうアルカ」

 エヴァンジェリンが言うなら信頼できる。葱坊主が死んでしまっては私がこの時代に存在できるか不確定だが、命があるならば放置してもいいネ。
 一息入れたら葉加瀬の手伝いでもしておこうか。ジャスミンティーを口に含んで柔らかな酸味と苦味を楽しもうとした。そこに全方向性の強力な念話が届いたヨ。

『生死を問わぬ! 警備員はネギ・スプリングフィールドを捕獲せよ!』
「「ブフォッ!」」

 隣のエヴァンジェリンとシンクロして口にしていた物を噴き出してしまったネ。いきなり殺害許可とは過激すぎるヨ! 葱坊主はこちらの予想を超えるほど学園側に恨まれているらしいネ。
 こうなれば距離的にタカミチとの接触は不可避、ならば命を失うことだけは防がねばならないヨ。いそいで手元の携帯を操作する。

「朝倉カ? 予定を繰り上げて今からライブで放送するネ。とりあえずリアルタイム映像を上空に映し出すから、そちらの準備が出来しだいレポーターとして登場してほしいネ」
『OK! ちょうど司会の仕事が終わったところだからそのままやれるって。ただあんたの計画が終わった後の独占インタビュー忘れないでよ』

 おお、葉加瀬も仕事が速いネ。通話が終わる前に、もう学園の上空であるこの飛行船の近くに、巨大な立体映像で葱坊主とタカミチ達による現場が映し出されている。
 よし、これでとりあえず即座に殺される事はないはずだヨ。いくら認識阻害魔法があっても、元先生が小学生の児童を撲殺したとなればいくらなんでもフォローしきれないネ。捜査のメスが麻帆良の外部から入れば、この学園都市の異常性が明らかになってしまう。
 それだけは彼らも避けたいはずだヨ。安堵のため息をつくと、エヴァンジェリンが頬杖をついて指で机を小刻みに叩いている姿が目に入った。

「何をイラついているのかなエヴァンジェリン?」
「うむ、まあ、貴様の策でおそらく葱丸の命は助かるだろうが、やはり危機であることは否めん。だから貴様がどうしてもと頼むのならば、その、葱丸を救出に行ってもかまわんぞ。
 ああ、礼なぞいらん。一応は弟子になる……はずの子供の尻拭いだ。助けに行かないのも少し不人情かもしれんしな」
「なるほどネ……」

 なにやら赤い顔で立ち上がり、両手を振り回して「別に葱丸の為じゃないぞ」と力説するエヴァンジェリンに合点した。さすが数百年も永らえただけはあるネ、これが古典的なツンデレってものカ。ならばご期待に沿おうかネ。

「私も行かなければならない所ができたし、葱坊主の救出を頼むネ――茶々丸」
「な!?」
「了解しました超様」
「うむ任せたヨ。アレでも一応死なれると困るから気をつけるネ」
「お気遣い感謝します」

 優雅に一礼する茶々丸に目を細める。ここまで滑らかに動かすには膨大なデータ収集と実験が必要だったヨ。私がこの時代に来た証の一つが彼女の存在だ。即座に命令に従って、脚部のブースターに点火し葱坊主達の下へと飛び去る。
 
「ふん。私は留守番か」

 ティーカップから紅茶をぐいとばかり荒っぽく飲み干して、エヴァンジェリンが鼻を鳴らす。どこかやさぐれてしまっているヨ。

「ええ、暇だったらこの飛行船と葉加瀬の守りをおねがいするヨ」
「そのぐらいなら造作もないが……ネギの助けは茶々丸が行くとして、貴様はどこへ行くんだ?」

 苦笑し葱坊主が映っているのと別のモニターを示す。そこにはクラスメートの少女と知り合いのインターポール捜査官が白い髪をしたブレザー姿の少年から逃げているネ。

「明日菜とジョンか……あいつらも葱丸と同じでトラブルメイカーの素質があるな」
「まあ、クラスメートを見殺しにするのも寝覚めが悪いネ。ちょっと行ってくるヨ」
「ああ、貴様ならば心配はいらんだろうが油断だけはするな」

 おざなりなエヴァの激励に苦笑しウインクした。

「心配無用ネ。このカシオペヤがある限り、私にダメージを与えられる存在は理論上はいないはずだヨ」

 とんと爪先で跳ねて空中に浮いた私は、次の瞬間に軽い浮遊感と共にそこから消滅した。タイムラグなしで愛すべきちょっと乱暴なクラスメートとインターポール捜査員、それに白髪の少年の前に出現したネ。

「待たせたネ、明日菜。それとジョンさん女の子はもっとしっかりエスコートしてあげないともてないヨ?」



 葱丸side


「何が計画通りなんだ!?」

 デスメガネがシスターとの口論を止め、俺の言葉尻を捉えていちゃもんを付けてくる。さすがに彼の表情にも余裕がない。
 空に映し出された立体映像はとてつもなく巨大で、おそらくは麻帆良の都市全てをカバーできたのではないだろうか。それほどの人数に犯罪者と後ろ指さされるのは大問題だろう。

「いや、すいません。馬鹿にするつもりはなかったんですが、こんな状況では『計画通り』と言うのがお約束だと」
「こんな状況……?」

 いぶかしげに周りを探ったデスメガネは何かに気がついたのか顔を強張らせる。シスター・シャークティまで彼への警戒を忘れ周辺から集まってくる足音に舌打ちしている。
 そう、物見高い麻帆良の学生達が祭りの最中のこんなイベントを逃すはずがない。立体映像をヒントにこの場所を特定したのか、我も我もと集結してくる。

「く、これほどギャラリーが集まってきては巻き添えにしてしまう。卑怯者め、こんな人質をとるような汚い作戦がネギ君の計画だというのか!?」
「確かにここで戦闘を行えば、一般生徒にまで被害がおよんでしまいますね」
「集まった人間を盾にして逃げられれば、TV中継もされている現状では手も足もだせない。ネギ君そこまでして逃げ続けるつもりかい」

 二人の大人は顔をくもらせるが、小太郎をかばっていた少女達は駆けつけてくるギャラリーに対して、まるでアパッチ族の襲撃から助けにやってきた騎兵隊のように手を振ってここだとアピールしている。
 それに気がついたのか土煙をあげてせまる群衆のスピードがさらにアップする。もう彼らが何を話しているかも聞き取れるほど迫ってきた。

「ほら、あそこあそこ。ね、ちゃんと立体映像に私達も映るでしょ」
「あ、高畑先生だ。本当に上から下まで真っ黒になってる~」
「タカミチの野郎にはずいぶんと世話になったんだ、ドサクサ紛れにやっちまおうぜ」
「うほっ、美少女二人のヌードシーンだ」

 ……こいつらを集めて超さんがどうするつもりかは知らないが、会話の内容から彼らは『紅き翼』の一員ではないと読み取れる。
 よし、これだけ人目がありなおかつ空中に生放送されている中で、無抵抗な人間をいきなり殺すのは彼らにとってもリスクが大きすぎるはずだ。
 今すぐに逃げようとして刺激するより、ここで話し合いにしたほうがいいかもしれない。

「僕は逃げ隠れもしません! お二人とも僕と話したいことがあるならそこで仰ってください」

 デスメガネとシスター・シャークティは俺の理性的な態度に安堵したのか上半身から力が抜け、柔らかなシルエットになる。交渉に入ろうとすると誰もいなかったはずの俺の後ろから声がかけられた。

「そうなんですか? 超様よりあなたを救出するよう言い付かってきたのですが」

 いつの間にか俺の背後に忍び込んでいた茶々丸が、無表情の内にもどこか残念そうに呟いた。ギャラリーに紛れて来たのだろうが、全く気配なんぞは感じられなかったぞ。あ、ロボットにも気配ってあるんだろーか?
 くだらない疑問を封じ込め、助けに来たと言う茶々丸を見ると足から噴出していた炎を抑えてホバーリング状態で俺の回答を待っている。
 ……ここにいるより、茶々丸に飛んでもらったほうがどう考えても安全だよな。

「それじゃ、また」
「「だから、ちょっと待てって」」

 むう、作戦名『爽やかに微笑み、風の様に去っていく、バージョンⅡ茶々丸さんも一緒編』も駄目だったか。

「五秒前に逃げないと約束したばかりじゃないか」
「そうです、嘘は主も戒められている罪の一つですよ」

 抗議された俺はデスメガネは無視してシスターを見つめる。

「シスター・シャークティ、確かに僕は嘘をつきました。しかし、考えてみてください、性犯罪者に襲われて殴られた上に親父の形見まで壊されて『逃げるな』『逃げません』と答えただけで、逃げ出すのも罪として主は許されないのですか!?」
「そ、それは……」

 痛い所を突かれたのか、シスターの生真面目な顔が歪む。かつての仲間の行為に対しては反論の余地がないのだろう。
 そうなると代わりに騒ぎ立てるのがデスメガネだ。

「待て! 何回も言ってるが、僕はネギ君や少女達にやましい感情を持ったことはない! 今までに起こったのは不幸な巡り合わせというか事故だ」
「僕も小太郎君も、殴られてお持ち帰りされそうになりましたが」
「ネギ君達にもそんな性犯罪をするつもりなどなかった! ただ学園長の命令通り殺そうとしただけだ!」

 彼の叫びの後の奇妙な沈黙こそが、空気にひびが入る音と表現するのだろう。この場にいる全員が一斉に息を呑み、唾を飲む無音の空気が揺れる感覚だ。発言した本人も自分の口を手で塞ぎ固まっている。
 デスメガネの言葉を素直に解釈すると、暗黙の了解として「学園長」の存在が黒幕となるのだ。
 この麻帆良がすでに『紅き翼』の手に落ちている事情を知る俺以外の生徒は、信じられないのかアイコンタクトを取り合っている。
「聞き間違いじゃないよな?」「うん、私も学園長の命令って聞こえた」「じゃあ、高畑先生がセクハラで追放されてもも、のこのこ帰れたのは学園長が手を回したから?」「それどころか殺人を命じる学園長に、実行しようとする先生って」「ふもっふ」

 一瞬の沈黙が解け、ギャラリーが騒然となる。真偽を確かめようとする生徒達に囲まれて、デスメガネもシスター・シャークティも目が泳いでいる。他のヌードになりかけた少女達は、ギャラリーが来るのにタイミングを合わせてこの場を離れている。小太郎の姿もないが、奴の事は知らん。
 とにかくこれは絶好の機会だ。

「とにかくそんな物騒な命令には従えません! 茶々丸さんお願いします」
「では失礼いたします」

 茶々丸さんが俺に抱きついてホバーリングから急上昇を始める。叩きつける風圧に顔を歪め、首を捻り頭で風を受けるようにすると自然に下界の様子が眺めることになる。
 見る見るうちに遠ざかる地上には人々が蟻のように群がり、離散集合を繰り返していた。デスメガネもシスターも逃げ出したのかすでに居場所がわからなくなっているな。だが、騒ぎは一向に収まろうとしない。それどころか行く手に浮かぶ立体映像では、もはや学園側に対する抗議のデモ隊が田中さんと肩を組んで行進している。
 ……麻帆良の人間は反応が早すぎるぞ。それにしても、

「虚しい……人々はなぜ争うんだろう」
「少なくとも今回はあなたのせいだと判断します」





[3639] 三十五話  ちびっ子だった理由は偏食でした
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/03/26 17:30

 葱丸side


 猛スピードで上昇を続けていた茶々丸さんがようやく速度を落とし、ゆっくりと世界樹の上に浮遊している巨大な飛行船に近づいていく。
 速度が落ちたおかげで肌を刺す冷たさと鼓膜を破りそうな轟音が、ほんの少しだけ和らいだ。
 ここまで空高く風を遮るものもない状態では、風邪を引いてしまいそうだったので早く目的地に着いてほしいものだ。
 小刻みに体が震えてくるが、抱きついている茶々丸さんからは体温がほとんど感じられない。こんな些細な点に人間とガイノイドとの違いを実感してしまう。

 降り立った飛行船のデッキには、エヴァさん達が腰に手を当てて仁王立ちしていた。ここでも風が吹き付けてくるが、彼女のきらびやかな金髪やふんだんにフリルで飾られているドレスの裾はなびかせるだけで、けして中は披露しようとはしない。そんな微妙に色っぽい幼女の傍らにいる、白衣をアレンジしたようなドレスのいかにも真面目そうな眼鏡少女――確か葉加瀬さんだったな――はペコっと会釈してきた。

「ふん、葱丸よ随分と遅かったな。そんな事では我が弟子としてはやっていけんぞ」

 俺は歓迎の言葉もなしで、いきなり弟子扱いで駄目だしをしてくる金髪ちびっ子を無視し、ここまで運んでくれた茶々丸さんと葉加瀬さんに頭を下げた。

「あなたの助力なしであの窮地を切り抜けるのは困難でしたよ。茶々丸さん本当に助かりました。それに葉加瀬さんも出迎えありがとうございます」
「別にお気になさらず」
「うん。こっちで勝手にしたことだから、気にしないで」

 折り目正しく礼を返す茶々丸とフランクな葉加瀬さんを尻目に、エヴァさんはすぐに「私を無視するなー!」と頭から湯気を出す。
 
「はいはい、判ってますよ。エヴァさんもお招きありがとうございます。で、寒いんで温かいコーヒーでも頂けませんか?」
「お前……私は茶々丸のマスターで、お前を迎えに行くよう命令したのも私だぞ。
 もっと、こう……『僕はエヴァンジェリン様の下僕です』とか『一生感謝し続けます!』とかないのか?」

 一生懸命自分好みの感謝の台詞を述べる彼女は、なんて言うかチワワが大型犬に頑張って吠えているみたいだ。自分でも背伸びして見上げる形では迫力不足だと感じたのか、腕組みするがすぐにぱっと顔を輝かせた。傍らにあった椅子にいそいそとハイヒールを脱いでから乗ると立ち上がる。
 ようやく俺よりも高くなった目線に満足げに「うむ」と頷き「えへん」と咳払いをした。

「貴様「葱丸様、コーヒーが入りました。特に指定されてませんでしたのでブルーマウンテンですがよろしかったでしょうか」……」
「ええ、結構です。僕はあまりコーヒーにこだわりはないので」

 給仕する茶々丸さんに微笑んでコーヒーカップを受け取る。こだわりはないが、香ばしいコーヒーの芳香は気持ちを穏やかにする効果があった。
 エヴァさんは無言で椅子から降りてハイヒールを履きなおし、デッキの隅までチャチャゼロを抱きしめて運んだ。そのままチャチャゼロを地面に横たえてそのほっぺを突っつき「寂しくなんかないもん。私は闇の福音だぞ、元賞金首だぞ、強いんだぞー」とたそがれているエヴァさんを気遣う余裕ができた。
 さすがにこのままではいじめているようで落ち着かない。それにチャチャゼロのほっぺを突くスピードがどんどん上がって、すでに残像で指の本数が増えているのが地味に怖い。身動きしないチャチャゼロからなぜか「ケケケ、すぐにご主人を止めるか死ぬか選べ」と選択を突きつけられている気がしてしょうがない。

「エヴァさん、すいません。体が温まって落ち着きました。せっかくのご招待に礼を失して申し訳ありません」
「むう……」

 恨みがましい目で俺を見ていたが、人形遊びはやめてトコトコと歩いてくると再び椅子の上へ立って胸を張る。心なしかチャチャゼロから感じられた黒い瘴気も消えたようだ。

「まあ、謝罪を受け取るのも師匠の度量というものか。
 とにかく、葱丸よよく来たな。超の奴が帰ってくるまで貴様も昼飯でも食べていろ」
「ご馳走になります」
「あ、私は超に頼まれた仕事があるから一緒には食べられないけど、葱丸君はゆっくりしていってね」
「ええ、葉加瀬さんもまた後で」

 と改めてパソコンでの作業に入る彼女を見送った。どうやら昼食よりも作業を優先するところが、葉加瀬さんがマッドサイエンティストたるゆえんらしい。
 しかし、冗談抜きで昼飯が食べられるのはありがたい。麻帆良侵入作戦が正午だったせいで、参加メンバーには軽食しか許されなかったんだ。作戦前に満腹なのは望ましくないと、千草さんが食事制限をしたのだ。しかし、俺や小太郎君はひもじそうな様子だったが、フェイト君なんかはまるでそんな風には見えなかった。きっと俺達に見つからないようにこっそりつまみ食いしていたんだろう。
 
 とにかく、体も温まり食事も出来るとなると少し周りの状況も気になってくるな。
 デッキの端に寄り、下に映る立体映像を眺めると、ちょうどCMが終わり新たなニュースが飛び込んでくるところだった。
 先程の放送で朝倉と名乗ったレポーターが、慌ただしく手元の紙からニュースを読み上げる。

『ただ今入ってきたニュースによりますと、元教諭に対する殺人教唆の疑いがかけられた学園長に不信任を求める署名活動が始まった模様です。
 この活動を発起した三年A組の委員長は「あのような美少年を傷つけるなど言語道断。命を狙われたネギ君は財閥の総力を挙げて保護し、私のお部屋へお持ち……ゴホン、とにかく助けますわ!」とのコメントを述べています。
 この署名活動に対する反応は様々で賛成派は「殺せなんて指示する学園長って、ぶっちゃけありえないっしょ。てかあの後頭部もありえないっしょ」とのご意見です。反対派は「学園長はこの混乱に関係ない。元教師の高畑氏が暴走し、学園長を巻き込んだだけ」とのスタンスです。中立派は「ふもっふ」とのこと、ふもっふですね。』

 ……とにかくご飯食べよう。
 余りの事態の進行速度に当事者のはずの俺がついていけてない。昼食をとりながら頭の中と情報を整理しなくては。
 今のニュースだけでも幾つもチェックすべき項目がある。三年A組の委員長とは誰だったか? 不信任が認められたとして、次の学園長もやはり『紅き翼』派閥なのか? そしてこの学園にボン太君は実在するのか?

 ここまで混乱が広がったのも、俺にとってプラスかマイナスかじっくり評価しなければ……と考えていたがふと気がついた。俺って超さんの全世界洗脳作戦に乗っかってるだけだったよな。それが済めば世界を支配してるはずだ。
 だったら、ここで超さんの計画が終わるまで待っていればいいんだから、下の混乱とは関係がないんじゃないか? 

 そう考えると急に緊張が解け出した。それに応じてお腹が大きく鳴ってしまった。今日はここまでアクシデントの連続で気を抜く間が無かったんだと、体の方が判っていたみたいで心身共にリラックスできる贅沢さがしみじみ身に沁みた。
 エヴァさんはそんな肩の荷を降ろした俺を、まるで珍獣を見る目で観察していた。

「エヴァさん、何か気に障りましたか?」
「いや、私より茶々丸を優先しているようなのは気に入らんが……そうじゃなくて、真祖の姫の食事に招待されて、腹を鳴らすほどとぼけた豪胆な男はそうはおらんぞ。
 大抵の奴は、私の食事と聞くと必死に逃げ出すものだがな」

 そんなものかねぇ。首を捻らざるを得ないが、他の男に言及する時に曇りの差した表情の招待主を元気付けるのも義務だよな。

「深窓の姫君と食事できるなんて男のロマンの一つですけどねぇ。あ、もしかしてマナーに自信がないから怖気づいたんじゃないですか?」
「ふん、私はそれほどマナーに神経質ではないわ。普通にしてたら何も危害を加えようとはせん」

 いくらか活気が戻ったエヴァさんと、綺麗にナイフとフォークが何本も並べられたテーブルに着く。
 本当に良かったな、エヴァさんがマナーに煩い人じゃなくて。もし、ナイフやフォークの順番がどうこう指図されたら「割り箸ください」と返してしまうぞ。
 椅子に座ると、茶々丸さんがまずグラスに飲み物を注いでくれた。俺のは年齢を考慮してかミネラルウォーターだが、エヴァさんはグラスに注がれた赤い液体の香りを楽しんでいた。

「ん? やはり貴様も私が飲んでる物が気になるか?」
「ええ、そりゃまあ」

 こっちは水なのに、なぜ彼女だけが違う飲み物なのか気にならないはずがない。俺が頷いたのに「貴様も他の奴らと一緒か……」と横を向いたエヴァさんに確認しておかねば。
 
「も、もしかしてその液体はLCLですか?」
「はあ? なんだそれは?」

 唾を飲み込んで尋ねた俺の質問に、ふて腐れたようにそっぽを向いていた彼女が眉をひそめて聞き返してきた。良かったどうやら俺の勘違いらしい、どうもアニメの影響かエヴァで赤い液体といわれるとそれ以外思いつかないんだが。

「いえ、エヴァさんの栄養源といえばてっきりLCLかと思いまして。まあ僕はもちろん飲んだ事はありませんが、それだけで生きていける完全食品という設定だったような……」
「貴様……何を考えているのかしらんが、ここは私が血を飲んでいるんじゃないかと恐れおののく場面だろう!」

 なぜか涙目になって「ちょっとは怖がれー」とグラスを前に突き出してくる彼女に、なんとなく罪悪感が湧いてくる。

「はあ、それじゃやり直します。コホン。『エ、エヴァさんまさかあなたが今口にしている飲み物は……!?』
 これでいかがでしょうか?」
「もういい。……これワインだしな」

 悪戯が失敗してしょんぼりしている彼女に駄目出しをする。綾波 レイからエヴァさんを類推して推理してでてきた結論だ。

「僕の反応をどう予測していたのか判りませんが、エヴァさんが飲むワインを血と間違えるはずがないでしょう。
 エヴァさんは血を飲むなんて嫌いなはずです。それこそ、ラーメンを注文するときに血の臭いを消すためにニンニクラーメンでチャーシュー抜きにするぐらいに」

 肩を落としていたエヴァさんは、また俺が不思議な物であるようにじっと瞳を逸らさなかった。
 そのままの体勢でいること数秒、ようやく彼女が吐息を洩らし低く笑い声を上げた。

「くっくく、貴様にはあっさりと見抜かれるか! ああそうさ、私は血なんて好きじゃない。生きるために仕方がないから口にしているだけで、本当はちっとも好きじゃないんだ!」

 始めは苦いとはいえ笑みを浮かべていたのに、最後はまるで悲鳴みたいに響いた。
 よっぽど好き嫌いを口うるさく注意されているのだろう、毎日のように偏食をなおそうと嫌いなメニューが出てくるのかもしれない。血が嫌いなのに食べさせられるとは、もしや重度の貧血持ちなのだろうか。
 幸いなことに俺には嫌いな食べ物はない。昔嫌いだった緑黄色野菜も、今ではバリバリとサラダで食べられる。大丈夫、成長すればきっと好き嫌いなんてなくなるさ! あるいは、他の食材で栄養を補うようになるのが大人ってものさ。

「エヴァさん、大丈夫です。時間が全てを解決してくれますよ。いつかきっとエヴァさんがそんなに嫌いな物を口にしなくてよくなりますって!」
「そうか……そうなるといいな。……葱丸はその為に協力してくれるか?」

 すがるような表情でおずおずとこちらを伺うエヴァさんに力強く頷く。偏食をなおすのに付き合うぐらいだったら楽勝だね。レバニラ定食の美味しいお店に連れて行ってあげよう。

「もちろんです。一緒に頑張りましょう!」
「……うん」

 俺が右手を差し出したが、彼女は身を硬く強張らせて自分の手は伸ばそうとはしなかった。やがて、その手が引っ込められるのではないかと怯えているような仕草で、躊躇いがちにそっと握り返してきた。俺が握るのを止めても、しばらくはそのまま手を繋いだままで離そうとしない。ようやく握手を終えると、信じられないように自分の右手を見つめてはニギニギを繰り返している。
 そこへ会話が途切れたのを見計らったのか、茶々丸さんが料理をワゴンに載せて運んできた。エヴァさんは気づいていないようだが、茶々丸さんが主人に向ける顔は無表情ながらどこか機械的ではない自然な微笑みが浮かんでいた。

「それでは、葱丸様ご堪能ください」
「いただきます」
「ん……ああ、ふはは、たくさん食らえ! 献血に協力できるように豚のように食らうのだ!」

 俺が手を合わせると、エヴァさんは我に返って上機嫌で食事を勧めてくれた。言葉は悪いが『たんとお食べ』と言いたいんだろうな。彼女は口の悪さで随分と損をしているんじゃないかな、食事を断られたという男性達もこの毒舌に辟易して辞退したのかもしれんぞ。
 さっそく並べられた料理を片っ端から詰め込んでいく。うん、美味い。茶々丸さんが料理しているんだから、もっと基本に忠実なレシピかと想像していたがいい意味で裏切られた。
 プロのテクニックに家庭料理の温かさがミックスされている。

「ふはは、驚いたか? 茶々丸料理は超の店の料理人である四葉直伝の腕前だ。その……貴様もこれから食べる事になるんだから嬉しいだろう?
 うんうん、優しい私に感謝しながら食べるがいい」

 旺盛な食欲を見せる俺の姿に満足げなエヴァさんの言葉に、ふと忘れていた人を思い出した。

「あ、そういえば超さんはどうしたんですか? てっきりここでエヴァさんとご一緒かと思ってましたよ」
「超の奴は明日菜とジョンを助けに行ったぞ。あの二人が不審者に襲われていたようでな」
 
 それでここにいなかったのか。納得すると同時に不安が生じる。彼女がいなければ、俺が『紅き翼』のボスになる計画の全てがパーになってしまう。

「大丈夫でしょうか? こう言っては何ですが、武闘派のエヴァさんが救出に赴いた方が適切だったんじゃないですか?」
「なんだ葱丸、貴様は超の事が心配で私はどうなってもいいとでも思っているのか」

 ちょっとすねた口調になるエヴァさんだったが「まあ心配はいらんだろ」と太鼓判を押した。

「超は中々の実力者だぞ。戦闘が達者というわけではないが、この学園祭期間中に限ればそうそう太刀打ちできる相手はおらんよ」
「へえ、意外ですね。てっきり超さんは研究畑の方かと思ってましたよ。それがこの学園最強レベルですか、そりゃエヴァさんよりも救出には向いているかもしれませんね」

 エヴァさんは眉をしかめてワイングラスをテーブルに荒っぽく置いた。何が気に入らなかったのかムキになって言い募る。

「まあ、超は強いとはいってもアイテムがあっての話で、しかも期間限定だぞ。素の戦闘力ならば『闇の福音』たる私の足元にも及ばん」
「はいはい。エヴァさんの実力は殺されかけた僕は良く存じてますよ」

 また椅子の上に立ち上がり「私の方が強いんだぞー、がおー!」と吠えるエヴァさんの肩を叩きドウドウと落ち着かせる。実際にデスメガネとの激闘を目の当たりにした者としては、彼女を軽視することなどできない。

「超だって私の力は認めているぞ、ここの守りと貴様のお守りを頼まれたからな。
 特に貴様には余計な行動はさせるなと念を押していたが、よほど信頼されてないようだな」
「ええ、まあ」

 ナイフを置き、頭をかく。超さんの前では格好良い所なんて見せられなかったからなぁ。強いて言えばスライムを退治したぐらいだが、レベル一の戦士の成長する為の栄養源のようなモンスターに、スパイスをふりかけただけなのは活躍と言って良いんだろうか? ここは話題を変えた方が無難だな。

「それにしても、エヴァさんは超さんにこの飛行船の守りを任されたと言ってましたが随分と隙が多くないですか? この飛行船上は田中さんもいないみたいですし」

 俺が警戒が薄過ぎやしないかと忠告したが、エヴァさんは馬鹿にしたように鼻で笑う。

「ふん。こんな空の上まで来られる者など限られておるし、何よりもここの留守番をしているのが誰だと思っている? 隙など存在せん」
「そうですか、エヴァさんが守ってくれているなら安心できますね」

 ホッとして心の底から微笑がうかんで来る。確かに汎用人型決戦兵器エヴァさんが守っているならば、そう簡単に攻め込まれたりはしないはずだ。
 もうしばらくすれば超さんも戻ってくる。エヴァさんが保証するぐらいだから傷一つ付いていないだろう。
 彼女が「強い」とまで断言したんだから信用できる。俺は準備が整うまでここで待っていればいいだけだな。よし、デザートは杏仁豆腐にするか。
 この時の俺は計画の成功を信じてすっかり油断していた。

 それが甘かったと実感したのは十秒後の事だ。
 俺の頭上に、腹から血を流して半死半生になった超さんが降ってきた。
 




[3639] 三十六話  バリアーは使用上の注意を読んで使いましょう
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/04/10 18:02

 明日菜side


 正午を告げる鐘の音の中、あたしが待ちわびていた人が歩いてきた。

「こ、今日はジョンさん! 時間ぴったりですね!」
「ああ、今日は。学園祭にお招きありがとう。それにしても、明日菜さんの方が早かったんですか、女性は待ち合わせに遅れるのが普通だと思ってましたよ。お待たせしたんじゃなければいいんですが」
「いえ、ちょっと目が早く覚めたんでほんの三時間ぐらいしか待ってませんから!」
「さ、三時間……、ごほん。お待たせしたお詫びといってはなんですが、行きたいところがあればどこでもつきあいますよ」
「ええー、そうですか! ありがとうございます」

 抑えきれない嬉しさで「てへへ」と照れ笑いをしながら、内心でガッツポーズをした。よし、今日は一日デートよ! このためにしっかり上から下までさらに下着までお洒落をして、木乃香にデートコースの占いまでしてもらったんだから。
 まあ、その占いでは死神っぽいのとか壊れた塔っぽいカードが出たけど、結果を聞く前に逃げ出したからきっとセーフよね! 

「じゃ、じゃあお昼ご飯を食べにいきましょうか。ちょうどこの近くにうちのクラスの子がやっている屋台があって……」
「へえ、それは楽しみだね」

 っていうストロベリーな雰囲気に浸っていると、空気を読まない乱入者が現れたのよ! 
 あたしとジョンさんの待ち合わせ場所は駅前広場で、そこの中央の噴水の所で話をしていたのよ。そこにいきなり横から白髪の子供があたしに声をかけてきたの。

「神楽坂 明日菜さんだね?」
「ん? そうだけど、あなた何よ」

 対応が冷たかったのには訳がある。もちろんあたしが子供が嫌いって事もあるけど、その子はさっきまでは誰もいなかったはずの場所から声をかけてきたのが不気味だったのよ。
 その異常性に気がついたのか、いつの間にかジョンさんがあたしをかばうようにその子との間に体を割り込ませている。こういうレディを気遣う態度をさりげなくできるのが、渋い大人の男性って感じよね。
 だけど子供はジョンさんに一瞥をくれただけで、あたしにむかって手を差し伸べた。

「一緒にきてもらおうか」
「嫌。駄目。ノー」

 速攻で相手の申し出を断った。

「あたしは今忙しいの、あんたが何の用だか知らないけどまた今度にしてね。それと、もしかしてデートのお誘いなら年下は対象外だから他をあたってちょうだい」

 そう言い放つとジョンさんに腕を絡め「じゃ、行きましょう」と引っ張った。うん、ハプニングを利用して自然に腕を組むなんて、抜け目なくチャンスを物にしたと自画自賛する。
 しかし、引っ張った腕はびくともしない。硬直した感触にジョンさんの顔を見上げると、まるで死人にでも会ったような驚きで蒼白に歪んでいた。

「君は……空港で会った少年だよね。間違いなくタカミチ君に殺されたはずなのに……」

 え? もしかしてジョンさんのお知り合いなのかしら。それにしては穏やかじゃない単語が混じっていたみたいだけど……。
 念の為に確認しておかなきゃいけないわね。

「ジョンさんはこの子とお知り合いなんですか?」
「いや……知り合いというか、最後を看取ったというか……」

 歯切れの悪いジョンの返答に、当の少年から無愛想な訂正が入った。

「簡単に説明すると殺し合いをした仲ってとこだね。まあ、最終的に僕の息の根を止めたのはタカミチだったけれど」


 こ、殺し合いって……そりゃジョンさんはインターポールの捜査員だから、銃の撃ち合いになることだってあると頭では理解していた。しかし、実際に殺し合いをしたとその現場で殺された本人から直接告げられるのは衝撃だった。
 ……ん? 何か変じゃない? この男の子の言葉を頭の中で再生して理不尽な部分を発見した。

「ちょっと、化けて出てくるなら殺した高畑せ、ゴホン。タカミチのとこに行きなさいよ!」
「あれ? 意味ありげに『僕が息の根を止められた』とか言ったところはスルーかい。さすがは姫様だね」

 なぜか感心したように頷く男の子に薄ら寒いものを感じてしまう。自分が死んだとかお姫様だとか、この子の言っていることは全く理解できない。
 あたしがバカレンジャーだからかしら? でもジョンさんに目をやると『ジブンモ、アイドントノウデス』とアイコンタクトで答えてくる。外人さんってアイコンタクトでもカタカナで答えるのは凄いわね。何が凄いのか良く判らないけど。
 つまり結論としては、あたし達はこんな子とは会わなかったてことでジョンさんもどうかしら。『ラジャーデス』

「さ、ジョンさん急がないと超包子の席が埋まっちゃうわよ」
「ああ、そこが明日菜さんのお勧めのお店ですか。凄く楽しみですね」

 ここまでのゴタゴタを華麗にスルーして仲良く食事に出かけようとした。
 さ、おかしな茶々が入った事なんかすっぱり忘れて、スイートでピンクなデートのやり直しよ!

 あたし達がその子に背を向けて歩き出すと、不意に視界が揺れた。ジョンさんが組んでいた腕を腰に回して一気にジャンプしたのよ。
 抱きすくめられたあたしが、駄目よそんなの、まだ早いわ! と口に出すのが止まったのは、ジャンプする前の場所に変な石の槍みたいなのが突き刺さっているのを発見したからだった。
 綺麗な女神像の彫刻の飾ってあった噴水とその周りが地割れでも起こしたような惨状を呈している。

「どうも君達は人の話を聞かないという欠点があるようだね。力ずくでも姫は貰っていくよ」

 無表情なのにかすかに怒りを滲ませた口調で少年が宣言した。今の破壊力からして、こんな駅前の人が多い場所で誘拐すると豪語するだけの実力はあるみたいね。
 でも、ちょっとやりすぎでしょ、これは。

「あんたはあたしを連れて行くとか言ってるけど、今の攻撃が当たってたら死んじゃうじゃない! 
 本当はあたしを殺すつもりじゃないの!?」
「今のは単なる威嚇攻撃にすぎない。もし僕が本気だったらこんなものじゃすまないよ」

 完全に噴水を破壊され、間欠的に水を飛び散らせている広場で周りの状況を一顧だにしない子供が嫌な保障をした。

「こらこら、僕の前で余り物騒な発言はしないでくれ。そして……フェイト君だったよね、君は知らないかもしれないけど僕はインターポールの捜査員なんだ。
 ここまで派手なテロ事件を目の前で起こされては、さすがに見て見ぬ振りはできない。大人しく自首してもらえないかい?」
「面白い提案だね。これまで僕に『自首しろ』と言った人間はいなかったよ。だけど、その通り大人しく捕まったとしてもどんな利益があるのかな?」

 ジョンさんに対し僅かに愉快気に尋ねる少年は、びしょ濡れになったあたし達と違って水滴の一つも跳ねてないようだった。
 濡れ鼠のあたし達に向かって皮肉気に尋ねるその姿は実に嫌みったらしい。しかし、ジョンさんは全く動じなかった。

「君が自首してくれると僕は楽ができるし威張れる」
「……それだけかい」
「他には必要ないだろう?」

 心底不思議そうなジョンさんと微かに眉を寄せている少年。あたしは思わずジョンさんに声をかけた。

「それだけじゃないわよ! あたしとデートする時間が取れるじゃないの!」
「ああ、ごめんそうだった」

 バツが悪そうに頭を掻いて、ジョンさんは改めて少年に向き直った。

「僕が彼女とのデートを堪能できる。じゃ、そーゆー訳で駅前の交番まで勝手に自首してくれないか?」

 ジョンさんの言葉は柔らかいが力強い、多分少年課の刑事と比べてもその説得力は遜色なかったと思う。もしあたしがあんなに渋い声で交渉されたら、やってなくても「あたしが犯人です」って交番に自首しちゃうわ。
 なのにあのガキはまた不思議な石の槍で攻撃してきたのよ! なんて不良かしら、これだけ手が早くグレきっていて更生は無理なんじゃないかしらね。

「彼は何でいきなり怒り出したんだ!?」
「あたしも知りたいわよ!」

 二人してその場から飛び退きながら首を傾げる。なぜかは知らないけれど、この少年の放つ槍っぽいの――あーメンドイから槍でいいわね!――はあたしの方にはあんまり来なくて、ジョンさんには沢山やってくるのよ。
 だから、彼があたしの方へひょいと身をかわせば結構簡単に避けられるの。しかも、あたしを殺すつもりは無いと言った言葉に嘘は無いのか、こっちに向かって来た数少ない槍も目の前まで到達すると弾けるように消滅したのよ。
 これっておどしのつもりなのかしらね。

 改めて少年を観察しても、冷静な顔で逆にこっちのデータを計測してるみたいだった。幼いくせにやたらと渋い口調で「流石は姫の無効化能力だ」と呟いているこのガキはハードボイルドでも気取っているのかしら?
 でもそんな渋い仕草が似合うのは中年をすぎてからよ! 思い切り舌を出してやると少年の人形じみた眉間にしわが寄る。ついでに中指を立てて突き出してやろうかと考えたけれど、さすがにジョンさんのいるここでは実行できない。
 少しでも無表情を崩せたことに満足してこの場は去るべきかしらね。あたしはそれが最善と思ったんだけどジョンさんの考えは違うようだった。

 ほんの僅かにだけ顔をしかめると、スーツのポケットから銃をとりだしたのよ! 種類はよく判らないけれど、大きくてロシアンルーレットに使われそうな回転式の奴ね。
 少年の槍投げ攻撃も怖かったけれど、銃の威圧感はまた独特なものがある。黒光りする鋼鉄の凶器を向けてジョンは抵抗をやめるように告げた。

「フェイト君だったよね。抵抗は止めて素直に逮捕されなさい。日本ではそう……『大人しくお縄につけ』だよね。
 もしも、無駄な抵抗をするならば不本意だが発砲せざる得ない」

 しっかりと銃口は少年――フェイト君ね――をマークしている。映画などでなく実際にそんな銃を構えている姿なんて見たことがなかった。
 だのにフェイト君は表情筋を一ミリも動かすことなく、面白くなさそうに佇んでいる。この子はピンチって事を理解してないのかしら?
 同じ疑問を抱いたのかジョンさんは銃口を天に向けて引き金を引いた。銃弾は青空に吸い込まれ、轟音と共に火薬の臭いが鼻を突く。

「もう一度だけ警告するぞ。直ちに抵抗は止めるんだ。そうでなければ今度は君に向かって撃つ」
「ト・ティコス……」

 フェイト君の返答は意味不明な単語だった。でもそれに応じて槍が飛んできたんだから槍投げのキーワードなのかしらね。
 この攻撃もいい加減にしてほしいものだと思うが、ジョンさんも同感だったのかついに銃をフェイト君の小柄な体に照準を合わせて撃った。
 いくらなんでも血は見たくない。反射的に目をそらしてしまったけれど、ジョンさんのうめき声に顔を上げた。

「まさか……バリアーだと? く、エイリアンめそこまで科学が進化しているのか!? どうやら侵略している異星人とは映画のエイリアンではなくプレデターっぽい方だったのか」

 銃を持っていない左手の拳を握り締めた彼の言葉通り、銃弾はフェイト君の前一メートル程の空間に浮かぶ半球状の模様に受け止められていた。さすがにこのバリアーにはあたしも驚いたけど、

「ジョンさん、いくらなんでもバリアーだけでエイリアンと断定するのもどうかと思うわよ」
「何を寝ぼけた事を言うんだ明日菜ちゃん。ここの学園長からしてエイリアンに寄生されてるのがビジュアル面からして明らかじゃないか!」
「う……それは否定できないわね」

 異常に後頭部が発達している親友の祖父が脳裏に映し出され、反論の根拠が無くなってしまう。もしかして、学園の生徒とかは知らない内に地球侵略の手先とかにされてないわよね!?

「君達は……本当に人の事を無視するのが得意だね。いくら冷静な僕でも最後には怒るよ」

 あ、ごめん。ついフェイト君の事を忘れちゃった。どうも考え事が二つ以上あるとどっちか無かった事にしちゃうのよね。
 ジョンさんと二人で手を合わせて「スルーしてすまん」と謝ると、なぜかフェイト君はたじろいだ。

「ふむ、これ以上君達と付き合っていると、僕まで理不尽な展開に巻き込まれそうだ。
 悪いが、多少は手荒にでもさらわせてもらおう」

 頭を振って気を取り直した風のフェイト君は頭上に手をかざした。その掲げた右手に向かって空気が流れ込んでくるような気配を感じる。
 このままじゃマズイ。本能的に後退しかけたあたしの腰にしっかりと腕が回された。
 もちろんその主はジョンさんだ。彼の余裕に満ちた表情につられて、あたしも何とか強張った笑みを浮かべた。

「大丈夫かしら?」
「ああ、僕も伊達にこの麻帆良で捜査している訳じゃない。葱丸君達から情報を集めて分析している。
 こんな状況に陥った場合も想定してマニュアルまで作成しているんだ」

 と懐からホッチキスで止められた紙の束を取り出した。あの、今にもフェイト君が襲ってきそうな雰囲気なんだけど、ジョンさんは落ち着いて「えーと、こんな場合は二十七ページの『ヘルマン(仮)の使った作戦より』参照だと……」と呟きながら紙をめくっている。

「よし、こんな場合の対策は……」
「どうするの!?」
「『明日菜さんバリアーを使用すべし』だと!?」

 あたしとジョンさんの目が合った。あたしが首を左右に振る。彼はもっと強く首を振った。どうしても? と上目づかいでみても、ジョンは両手を広げ大げさに肩をすくめただけだった。
 うなだれるあたしの襟首に彼の手がかかる。手を上げたまま、律儀にこっちのターンが終わるのを待っていたフェイト君の瞳に微かな同情が伺えた。
 壊れた女神像の代わりに『麗しき乙女の盾の像』をあたしをモデルにしてここに建立してね。
 そこまで覚悟を決めた時、フラッシュのような光の後に救いの女神が現れた。

「待たせたネ、明日菜。それとジョンさん女の子はもっとしっかりエスコートしてあげないともてないヨ?」

 ああ、超ってばタイミング良過ぎよ! 愛しているわ! と感謝しても勝手に体がいつもの憎まれ口を叩いてしまう。

「超ってば遅いわよ! 待ちくたびれたじゃないの!」
「誰だ? この異質な魔力反応は? 普通の魔法生徒ではなさそうだね」
「このオカルトかSFっぽい登場の仕方。もしや……超君はフェイクじゃなく本当に火星人だったのか!」

 感激しているあたしをよそに、男達は動揺しているようだった。特にジョンさん、あんたは超と知り合いでしょうが。この天才超人が瞬間移動したぐらいなら、うちのクラスメートはみんな納得しても驚かないはずよ。やっぱり、麻帆良以外の土地の人って神経質よね。
 超も彼らの警戒態勢にイタヅラ心を刺激されたのか、ニンマリとしか表現しようのない猫っぽい笑みを見せる。

「明日菜とジョンさんはともかく、そちらの少年は初対面ネ。私は超 ? 未来から来た猫型ロボット……じゃなくて、未来から来た火星人ネ!」

 ああ、また余計な冗談を……、首を傾げるフェイト君はともかく、嫌な予感がしてそっと隣を伺うとジョンさんが「や、やはり」と鳥肌をたてていた。
 この癖さえなければいい人なんだけどなぁ……。あたしの脳裏をほとんどが理想通りだったけれど唯一の欠点が『人間として駄目なくらい変態』だったかつての担任がよぎっていた。ジョンさんのオカルトマニアぶりも笑って済ませられるぐらいのレベルならいいんだけれど。

 噂をすれば影なのか、いつのまにやら気がつかない内に空にタカミチ達の映像が映し出されていた。
 そこから男達に嘆息するあたしに元担任の必死の叫びが届く。

『ネギ君達にもそんな性犯罪をするつもりなどなかった! ただ学園長の命令通り殺そうとしただけだ!』

 まさか彼が殺し屋にまで身を落としているとは想像もしていなかった。衝撃的な自白だったが、もうあの人が何をしても驚かないわよ。
 学園長は……まあ、いつかやらかすだろうとは思っていたわ。それに木乃香、あなたが犯罪者の孫でもあたし達の友情は変わらないわよ! 覚悟を決めたあたしを尻目に、空から降ってきた情報に周りの三人は騒然としていた。

「さすがは『紅き翼』のメンバーネ。ここまで堂々と計画殺人をカミングアウトするとは大胆ネ。これで私の動きを制限するつもりカ」
「インターポールとしても、ここまではっきり組織的に殺人宣言をされては動かないわけにはいかない。しかし、目の前のエイリアン達を放置するわけにも」
「葱君への接触はやめたほうが無難か。ならば、せめて明日菜姫だけでも確実に手に入れないと……」

 ……木乃香よりも、まずこの場をどうにかするのが先決かしら。





[3639] 三十七話  くらえ! 超必殺のバカレッドアタック!
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/04/17 17:40

 超side


 タカミチの問題発言の後、明らかにこの場の空気が変わったネ。それまでは余裕を持った牽制のし合いだったのが、殺伐とした雰囲気へと硬化したヨ。
 その殺気の発生源は小柄な白髪の少年だったネ。
 他の明日菜やジョンの二人はふざけた身体能力は別として明らかに表の人間だが、この子は違うヨ。私とよりも深い闇の社会の住人だネ。

 まずはこの少年を始末することが先決ネ。その後に葱丸の安否を確かめなければならないヨ。万一あのはた迷惑なご先祖がこんな時点で息絶えたら、私の存在が不確かになってしまう。私の為だけにでも長生きするんだヨ、ご先祖様。

 そこまで予定を立てると、すぐに思考を切り替えて少年を排除する行動に移る。彼のデータはほとんどないが、私の攻撃に躊躇いはない。こんな場合に頼りになる時空跳躍弾があるからダヨ。
 仮にこの少年が後の世界に重大な影響を与える人物であったとしても、この弾による攻撃ならばほんの数時間だけ未来に跳ばすだけで私の計画から除外することができる。更に、彼の命を奪うわけでもないので歴史に与える影響も最小限で済むヨ。
 非殺傷武器としてこれほど優れているのもそうはないネ。

 カシオペアを起動させ、少年の背後をとった。この擬似瞬間移動の利点は、瞬動などと違い『気』や『魔力』の変動がない為に、相手から読まれることがない点だヨ。
 今も無警戒のバックから時空跳躍弾を撃ち込んでも、少年は反応することさえできないようだネ。カシオペアを使った攻撃を防御できないのはともかく、反応すらできないとはちょっと拍子抜けだヨ。

 これで一人目は片付いたと思ったが、そうは問屋が卸さなかったネ。
 指弾のように背を狙って指で時空跳躍弾を弾いたのだが、その弾丸が彼の防御障壁に激突したのだヨ。まあ、そこまでは予想の範囲内ネ、魔法使いはほぼ全員が防御の魔法障壁を常時展開しているヨ。そのために魔法障壁ごと強制的に転移させる時空跳躍弾を開発したのだかラ。
 しかし、この少年の場合は弾丸が障壁にぶつかった瞬間に更に幾つもの障壁が次々と出現したのだヨ。私の自慢の弾もさすがに全ての障壁まで取り込むことはできず、何枚かの障壁を消しただけに終わったヨ。

 これまで、このカシオペアと時空跳躍弾を使えばどんな魔法使いが相手でもあっさり勝てたネ。
 だから油断もあったかも知れないヨ、こんな異常な程の密度と数の魔法障壁の結界を持った魔法使いなんて想定していなかったネ。しかも、私の攻撃を受けて少年が振り返るまでの間に削ったはずの魔法障壁の数が回復しているんだヨ!

 これから推測すると、彼は魔法障壁を何重にも纏っている。しかも、その障壁を使い捨てのようにダメージを受ける度に切り捨てることによって、本体まで攻撃が伝わることを防ぐわけカ。そして、消滅した障壁は短時間で復活するということだネ。
 なんて厄介な相手ネ! 後ろへとバックステップで距離をとりながらも舌打ち隠せない。
 せっかく麻帆良の魔法先生達との戦闘を最小限に抑えられたのに、こんなところで伏兵に出くわすとは考えていなかったヨ。

 ゆっくりと振り返るその姿に苛立ちを感じる。よほど防御力に自信があるのかガードは甘かったが、こちらの手の内を垣間見せたこれからは、さっき程簡単には一撃を当てる事はできないだろウ。
 
 仕方ない、明日菜達と手を組むか。
 独力で難しいなら数で押すのが一番ネ。幸いここにいる二人はクラスメートと知り合いだし……、こらジョン、何で君は私に銃口を向けているのカ?

「ジョンよ、銃を向ける相手を間違っていないカ? 君はその子を逮捕しようとしていたんだろウ?」
「ええ、それはそうですが……」

 ジョンの返答は歯切れが悪いが、銃を構える手に一切のぶれはない。

「いきなり喧嘩を始めたのはあなたですし、ちょっと伺いたいこともあるもので」
「何カナ?」
「超さんが火星人というのは本当ですか?」
「ああ、そうだヨ」
「何の為にわざわざ地球にいらっしゃったんです?」
「よりよい未来を作る為ネ!」
「……それは火星人にとってより良い未来なのでは? 地球のことは私達地球人に任せてもらえませんか」
「ジョンは火星の状況を知らないからそんな事が言えるネ! 私は例え皆に悪だと認識されようが、悪を行い善をなすヨ!」
「あの、お取り込み中悪いんだけど……」

 議論が白熱しだしたころ、申し訳なさそうに明日菜が声をかけてきた。ああ、すまないネ。どうしても譲れない点だったので、君達を無視して盛り上げってしまったヨ。それで、何アルカ? え、ちょっと待つネ。それよりなぜ明日菜は十字に架けられた格好で縛られてるのかネ?

「もうあたしは捕まっちゃたんだけど、本当に気がつかなかったの!? 特にジョンさん、あたしを生贄にするつもりで、さりげなくこのフェイト君の行動スルーしてなかった!?」
「ハハハ、ソンナコトナイデスヨ」
「君達……特に明日菜姫はこんな状況でも余裕だね。だが、君達につきあっていると僕までおかしくなりそうだからここで失礼するよ。
 ジョンとそこの女性は好きなだけお互い議論を続けていればいい」

 呆れたように少年は肩をすくめ、石らしき質感の触手に後ろ手に縛られた明日菜へ寄り添った。その一瞬の油断したタイミングを逃さず、バカレッドのハイキックが少年の側頭部に炸裂したヨ。
 おお、縛られた上半身は動かせないため不自然な動きのはずなのに、蹴られた彼は宙を舞っているヨ。どれだけのパワーの持ち主なのかネバカレッドは?
 
 見事に蹴られた当人である少年も、受身は取ったとはいえ十メートル以上も吹き飛ばされたネ。にもかかわらず無表情を保ったままとは茶々丸より人間味が足りないヨ。だが、その鉄面皮に唯一色をつけているのが鼻から流れる一筋の紅の血だヨ。
 精巧な人形じみた少年が流す鼻血とのギャップは面白いが、それよりも注目に値する事実があるヨ。
 それは『明日菜の攻撃は少年に当たる』という事ネ。

 ならばそれを利用しない手はないネ。幸い今の蹴りで彼女と少年の距離が開いた、これなら余裕で明日菜を確保できるヨ。
 私は、カシオペアを連続使用して彼女に接近すると、強引に触手を引きちぎり囚われの姫を奪い返して少年との間合いを離す。
 明日菜にしつこくまとわり付いている石を振り払い、固められていた両腕を開放したヨ。彼女は「この服は買ったばかりなのにー」と涙目になっているが、とりあえずは無傷なようネ。
 これなら戦力になってくれそうだヨ。

「明日菜、ちょっとあの子を退治するのを手伝ってもらうヨ。さっきまでの私の攻撃は体に当たる前に全部防がれてしまったヨ。でも明日菜は多分、誘拐しようという都合上だけどあの子に触れるみたいだネ。
 だから、私が注意を引き付けてこの弾丸で明日菜に止めを刺してもらうヨ」
「と、止めって……しかも、銃の弾なんて渡されてもあたし困るわよ。
 本当にあの子を殺す気なの?」
「ああ、その心配してたのカ。大丈夫その弾の安全性はバッチリネ。撃たれた相手の健康に影響がないのは証明済みネ。それに明日菜に渡した分は、銃で撃ってほしいわけじゃなくて……」

 と手早く作戦を伝達したヨ。こういう即興で作戦を立てるのが得意なのもまた超家代々の伝統ネ。過去の時代に思いつきで行動してはすぐに作戦の修正を迫られていた当主からの遺伝だそうだが、この才能の元祖も戦歴から考えてサウザンド・マスターが有力ネ。全く色んな物を子孫に押し付ける厄介なご先祖ネ。
 内心でサウザンド・マスターに対する愚痴をこぼしながらも、明日菜に対する作戦の説明に遅滞はないヨ。簡潔に彼女にしてほしいことだけを伝える。明日菜は「ほ、本気?」と信じたくなさそうだったが、急に耳が遠くなって聞こえなかった事にするヨ。
 さて、ではロックンロールネ!
 
 私の瞬間移動に用心したのか、自分からは距離を詰めようとしてこない少年にまたカシオペアを使って真上に出現したヨ。
 そのまま頭頂部に蹴りを入れようとしたが、すぐに足が鉄でも蹴ってしまったような痺れと金属音が響き打撃が進まなくなったネ。
 少年の頭まで約一メートル。つまりここが、あいつの魔法障壁の一番外側って事ネ。
 私は少年の真上の障壁に立つ格好で、両手に持った武器を振り下ろした。

「食らうネ! 必殺のバカレッドアタッーク!」
「せめて名前で呼んでー!」

 足首を私に掴まれてあられもない姿の明日菜が、ハンマーの如く振り回されながらも涙目で抗議した。
 おお、この状況で文句が言えるとは思ったよりも冷静なのカ? 流石の神経の太さに感じ入ってしまうヨ。
 その潤んだ瞳の懇願ポーズのまま、明日菜は猛スピードで奴の魔法障壁をすり抜けた。足を掴んでいた私の手は勢い余って障壁に打ち付けてしまったのに、予想通り彼女は一切影響を受けていないようだネ。

 標的の少年は、いきなり瞬間移動で現れた私にも動じなかったが、明日菜の体が私によってフルスイングされて自分に迫ってきたのには目を見開いたヨ。
 だが、もう遅いネ。明日菜の拳からは渡した弾丸が突き出している、それに触れただけで勝負は決まってしまうヨ。
 確かにこの少年の防御力は類を見ないほど高いが、それに頼っていたのかよけるスキルはあまり洗練されていない。それが短時間ながら交戦した観察から出した結論だヨ。
 だから――この一撃は当たるはずネ!

 見本になるほど綺麗なパンチが入った。
 明日菜の顔面に。
 おや? どこで計算を間違えたカ?

 俊敏な動きでカウンターを入れた少年は、落ちてきた明日菜の体を抱きとめた。彼の腕の中の明日菜は完全に失神しているのか、時折手足がひくりと痙攣しているだけだヨ。
 アイヤー、ここまで接近戦も優れているとは想定外ネ。
 カシオペアによる奇襲と、明日菜の特殊能力を組み合わせれば失敗しないはずだったのに。

 計画がものの見事に失敗に終わった瞬間、自分が集中力を失っていた事に気がついたヨ。真下にいる少年は前髪の影で薄笑いを浮かべているネ。
 つまりこれは隙と見せかけた罠だったのカ? 自分を装甲が厚いだけの亀と思わせて、私が接近させるよう誘導したというのカ?
 知能戦では誰にも負けるつもりはないが、これが実戦経験の差って奴かネ。だとしたらここに留まっているのはマズイ。ほらやっぱり槍がもうそこまで――。

 そこまでで止まったネ。
 そう認識した瞬間、硬直した体が勝手にジャンプをしたヨ。
 それにしても今のは危なかったヨ。いくらスペックが上とはいえ私はまだ机上論で考える癖があるネ、虚を突かれて思考が停止してしまったヨ。実戦では何が起こっても動きを止めたら駄目だといい教訓になったヨ。
 でも、なんで槍がストップしたのカ?

 その疑問はすぐに解けたヨ。
 少年の目の前には魔法障壁が発生し、銃弾を受け止めていたネ。その銃弾と少年の距離は前回よりはるかに接近しているヨ。これはたぶん明日菜効果だネ。
 おそらくはその銃撃によって集中が乱され、私への攻撃が中断されてしまったのだろう。
 彼は私を仕留めそこなったのが気に入らないのか、その邪魔をした男――ジョンに不機嫌な顔で睨み付けたヨ。

「君も無駄な事を止めて逃げ出せば、別に見逃してやっても良かったのに」
「いやー、流石に現場に居合わせて殺人を止めようとしないと、インターポールとしても面子が立たないよ」
「なるほど、彼女を助けるためには僕を殺してもしょうがないという事かな? 銃を撃つからには殺す決意を持ったという事だね」
「いや、そんなつもりはない。今のは峰打ちでござる」
「……銃撃に峰打ちなんてないヨ」

 義務感にかられ仕方なくつっこんだが、この男が絡んでくると一気に緊迫感が薄れていってしまうヨ。
 と、その時少年に抱えられた明日菜が「ん……」と身じろぎをした。少年がジョンの銃弾に無意識に反応してしまったせいで、彼女を抱えたバランスが崩れたらしいネ。
 それぐらいなら別に大勢に影響はなかったのだが、明日菜の手から弾がゆるやかにこぼれ落ちた。
 銃弾はそのまま少年の爪先にコロンてな感じでぶつかったネ。

「「「あ」」」

 三人の口がOの字になったヨ。えーと、足を中心として少年だけに時空跳躍弾の効果が発揮されたようネ。彼の体が漆黒の球状に覆われているヨ。
 こうなってしまえば捕らわれた人間はもう三時間後へ運ばれるしかないネ。抱いていたはずの明日菜はいつの間にか地面へと横たわり、少年からはもう触れることも出来ないようだネ。
 少年もそれを悟ったのか、無表情を崩してジョンに呼びかける。

「この借りは返させてもらうよ」
「ああ、インターポールの留置所はいつでもフェイト君を待っているでござるよ」
「いや、二人だけの世界を作らないで私も頑張ったアルヨ。それにジョンはどこの国の人カ?」

 急に男達でハードボイルドな雰囲気を作り出した為に、念のために自分もアピールしておいたが黙殺されたヨ。
 私の活躍の場がつぶされたり、明日菜が出落ち担当だったり、ジョンに見せ場を取られたりもしたが皆が無事なら無問題ネ。
 暗黒のフィールドに包まれこの場から消えていく少年を見つめながら、まあ結果オーライだと自分を慰めたヨ。

 なのにジョンよ、なぜ私にまた銃を向けるのかネ?

「超君、火星人についてもう少し詳しく情報を貰いたい。優等生の君は大人しく付いて来てくれるよな?」
「今日は忙しいので後日でいいかネ?」
「いや、是非とも今日は付き合ってもらおう」

 もうこいつ相手にしないで帰ろうカナ。侵入者は撃退したし、誰も文句は言わないよネ? 溜め息と頭痛をこらえていると、ふいに明日菜が目を覚ましていきなり叫んだ。

「そんなジョンさん! あたしより超の方がタイプなの!?」

 ……いや本当に帰っていいカ? 



[3639] 三十八話  超さんもある意味『出落ち』ですね
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/04/29 17:07
  超side


 このところ葱丸と関わりがある連中と会うとなぜか偏頭痛が起こるような気がするネ。
 ジョンに「あたしとは遊びだったの?」と食って掛かる明日菜に、それに対して「え? 今日は遊びのはずだっただろう?」と私に銃口を向けたままのインターポール捜査員が答える。
 その標的となっている私は額に手を当てて頭痛をこらえているヨ。
 これは傍から見たらかなり修羅場の三角関係だと誤解されるのではないかネ。その嫌な予感を裏付けるように周りからのざわついた声が耳に入ってくるヨ。

「おい見ろよ。あそこで拳銃まで使った地獄の恋愛関係のもつれをやってるぞ」
「うん、あの男が中華娘に乗り換えようとしたのを、もう一人の少女が涙ながらに引き止めているんだ」
「じゃ何で男が中華娘に銃を構えてるんだ?」
「そりゃ……たぶん中華娘のほうが汚い手を使って男を絡め獲ろうとしたんじゃないか?」

 ああ……そりゃ白髪少年と派手にやりあった後の事件現場に、ギャラリーが来るのは当然かもしれないがもう少しタイミングを見計らってくれないかネ。
 このままでは私は魔法界を暴露した世紀の悪役よりも、お昼のドラマ並みにどろどろとした三角関係の当事者として記憶されてしまうヨ。
 酷くなる一方の頭痛をこらえ、もうさっさとこの混乱の元凶であるジョンを排除することに決めたヨ。

 彼は拳銃で私に照準を合わせているが、カシオペアを使えば命中する心配は無用ネ。
 そして時空跳躍弾で跳ばしてしまえば、明日菜やギャラリーがどう騒ごうともう作戦の進行を妨げることは出来ないヨ。しかも、その数時間後にひょっこりジョンが戻ってきてしまえば「誘拐だ」と主張することも難しいはずだネ。
 まあ、その時にはすでに魔法界が世界中に告知されている大混乱の最中なので、訴えるとは考えずらいがネ。
 ならばジョンを即座に攻撃するべきだヨ。そのちょっと冷たい決意を後押しするかのような要求がジョンからだされたネ。

「超さん大人しく事情聴取に応じてください。さもないと……」
「何だネ?」
「うら若い女性に対して不本意ですが銃を撃たせてもらいます」
「ご自由にどうゾ」

 口元を嘲笑で歪めるとタイムラグ無しでジョンの頭上へと移動する。レディに対して鉛弾で出迎える不届き者に、このまま時空跳躍弾を当てればそれでこの場の騒動はお仕舞いネ。
 さよならネ。また数時間後に会いましょう。そして弾丸を飛ばそうとした時に、銃声とジョンが不自然に上向けてこちらを狙っている銃口に気がついた。
 ジョンの目がこっちを確認していないということは勘だけで発砲したのカ? それよりこれだけ銃と距離が近いと避けるのは難しい。いや、それ以前にこの至近距離では銃弾は音速を超えているはず。つまり銃声が耳に届いたって事はすでに銃弾も――そこまで思い至った瞬間に、神経はようやく腹部を貫通する衝撃と灼熱する苦痛を伝達したヨ。

「グハッ」

 こらえる暇も無くうめき声と血が口からこぼれるヨ。その吐血と同じ速度で地面へと叩きつけられたネ。
 受身も取れずにまともに頭を打ちつけたはずだが、痛みは腹部に集中して体の他の部分はダメージが有るか無いかも判断できないネ。だがまだ分析できない落下のダメージで一番深刻なのは視界がゆれて状況が確認できないことネ。
 おそらく軽い脳震盪だとは思うが、このグラつく頭ではカシオペアを使った瞬間移動もできやしないヨ。
 流血しすぎたせいか暗くなっていく視界の中、嘲るような笑みを浮かべたジョンが映ったネ。

「計画通りってとこか」

 ……この男まさかここまで読んでいたというのカ!? いやそんな筈がないヨ! 他の事はともかくカシオペアを使った擬似瞬間移動の出現場所を予想できるはずも無いのダヨ。
 しかし、ジョンは頭上という死角に移動した私を苦も無く初撃で命中させたことは事実ネ。
 その時私の頭に否定しがたい恐ろしい仮説が浮上してきた。
 このジョンというインターポール捜査官は短期間なら未来視あるいは未来予知ができるのではないカと。

 思えば不審な点は幾つもあったネ。
 インターポールにおける経歴にも、不自然なほど数多くジョンによって犯人逮捕が行われている。検挙された犯人曰く「たまたま運が悪かった」らしいが、そんな事が続くだろうカ?
 現につい先刻の白髪少年との戦いにおいても同様だネ。あの少年は間違いなく強敵であったヨ。私のカシオペアと明日菜の無効化能力を使っても易々とは倒せなかったのがその証左ネ。
 その苦境ををこの男はたった一発の銃弾でひっくり返したネ。それも時空跳躍弾のように特別に調整した弾ではなく、本来ならばあの少年にはかすり傷さえ負わせられないはずのごく普通の弾でだヨ。

 ジョンという男の真価は特別な武装にあるのではなく、その貧弱な武器を使用する絶妙なタイミングにあるのだと悟らずにはいられなかったヨ。
 これほどの使い手を見逃していたとは……我ながら呆れるようなうかつさネ。自嘲に唇が歪むのを止められなかったネ。
 それが気に入らなかったのか、ジョンは冷然と黒光りする銃を突きつけてきたヨ。

「無駄な抵抗は止めてじっとしていてください」

 ああ、ジョンよもし未来が見えるのなら私の行動は全てが無駄な足掻きに思えるかもしれない。だが私も『マギステル・マギ』よりも『誇りある悪』を目指した人間ネ。最後まで諦めはしないネ。
 彼の注意がほんの僅かに逸れた瞬間に、座標設定もままならぬまま瞬間移動を実施したネ。

「ジャンプ」

 
 ――到着したのは、またもや誰かの頭上だったヨ。私が「危ないネ!」と警告を上げるより早く、その誰かを下敷きにして地面にキスするはめになったヨ。ん? これは地面ではなくデッキか? だとするとここは……。
 度重なる落下のダメージをこらえて顔をあげると、そこには口をあんぐりあけたエヴァと「残念ながら着地は零点です」と冷静に採点する茶々丸が居たヨ。
 ということは私の下でクッション役をはたしているのは葱坊主のようだネ。
 
 移動先でもまたご先祖の頭上に墜落するとは予想外だったが、なんとか逃げ切った……のかナ?
 

 
  ジョンside


「うら若い女性に対して不本意ですが銃を撃たせてもらいます」
「ご自由にどうゾ」

 残念ながら僕の最後の説得は、超君に鼻で笑われてしまった。
 しかし、拳銃を構えたとはいっても、簡単に命中させるわけにもいかない。超君は貴重な火星人の生きたサンプルであり情報源なのだ。なんとしても生きて捕まえる必要がある。
 
 彼女がニヤリと唇を吊り上げた瞬間に空に向けて威嚇射撃を一発撃った。
 周りのギャラリーや明日菜さんの体がビクッと震えるほどの効果的な威圧だ。ただでさえ日本人は銃声に慣れていないんだ、これで火星人の超君も戦闘意欲が無くなってくれればいいんだが……。

 あれ? 超君はどこだ? 
 威嚇射撃に気をとられた一瞬に、彼女は姿を消していた。
 まずい! ほんの僅かな隙を突かれて被疑者を見失うなんて捜査官としてあってはならないミスだ。
 でもほんの一秒に満たない間に完全に身をくらますとは、やはり彼女は地球人とは思えない。先程のフェイト君との戦いといい、エイリアンは超高速移動ができるらしい。こんな奴らを野放しにしていたら、それこそ世界は侵略されること火のごとく速攻で征服されてしまうぞ。
 
 戦慄に肌を粟立てながら左右に首を振るがどこにも確認できない。まずいぞ、エイリアンの正体が判明した後で逃げられると、大抵のフィクションでは逆襲されてしまうんだ。
 どこに消えやがった? 逃がす訳にはいかないと血眼になりかけた僕の目前に超君が落下してきた。

 はあ? 超君あなた様はどこからここに墜落なされているんですか? そんな疑問をよそに、彼女はいい感じで地面に頭から突き刺さっている。鈍い音と血の甘ったるい香りから尋常じゃないダメージを負っていることが伺えるのだが、なぜか緊急事態だというリアリティが持てないほどの見事な三点倒立だ。
 第一消えたはずの容疑者が銃声の合図と共に、空中から「今日は」というのはどこのマジックショーの演出だよと突っ込みをいれたくなる。
 しかも、着地失敗で大怪我ってのは冗談ではすまない。ほら、周りのよく事情がわかってない人たちが拳銃を持った僕と血だらけの超君を指差してひそひそ話しをし始めているじゃないか。
 もしかして、この血だらけの姿をギャラリーに見せ付ける事によって僕のやり方が違法捜査だと印象つけるつもりなのか?
 だとしたら、同情を引こうとするならいかにも痛々しいこの負傷した格好も――。

「計画通りってとこか」
 
 なんて卑劣なエイリアンだろう。情に訴えて人間側の攻撃を牽制するとは汚いにもほどがある。
 とにかく一旦この少女の身柄を安全な場所に確保して――大地に横たわる超君から照準を外すことなく忙しく頭を巡らせていると、どこからかサイレンの音が近づいてきた。
 ギャラリーの誰かが通報したのだろう。しかし、これは僕にとって有利なのか不利なのか判断が難しいな。
 もし警察機構ならばインターポールのお墨付きで強権が発動できる。しかし、日本の医療機関にはどこまで通用するか判らない。ましてや、傷ついた少女に偽装したエイリアンを手当てはいいから引き渡せと言って大人しく従ってくれるのだろうか?

 そんな僕の葛藤を見抜いたのか、ターゲットとなっている少女は己の吐いた血に紅に染まった唇を妖艶に吊り上げた。ギャラリーが僕を責めるのが面白くてしかたないといった表情だ。もしかして、他にも邪悪な手段を隠し持っているのだろうか。
 何をするつもりだ? 警戒を強めより一層手にある凶器を誇示して警告する。

「無駄な抵抗は止めてじっとしていてください」

 捜査官が被疑者に対して話すには返って丁寧すぎるぐらいだったが、周りの反応は芳しいものではなかった。

「血だらけの女の子に動くなって……酷くね?」
「それにあの怪我もあの男がやったらしいぞ」
「マジかよ、警察は何をしているんだ」
「この麻帆良は治外法権に近いからなぁ……普段取り締まりをしている警備員はデスメガネの捜索に人手をさかれてるらしいし」
「うるさいぞ黙れ!」

 ついに耐えかねて僕が大声でギャラリーを静めようとした時だった。その僅かな隙を窺っていたこのように超君が呟いた。

「ジャンプ」


 ――そして、そこには拳銃を構えた僕と明日菜君にそれを見守るギャラリーと鮮やかな血痕だけが残された。
 こんな状況で置いてきぼりとは酷いだろ火星人。



  学園中から後ろ指を指されて逃亡中の青年side


 瞬動を数え切れないほど連続使用し、ようやく追っ手を振り切る事ができた。一般生徒だけならともかく魔法先生・生徒達までが徒党を組んで追跡してくるために、スピードだけで逃げるのは大変だった。
 しかし、大変だからと追ってくる相手を攻撃するわけにもいかない。そんな事をすれば僕に貼られた犯罪者というレッテルを払拭することは不可能になってしまう。

 何が悪かったのだろう……。
 人の気配がないのを確認し、マルボロを懐から取り出し唇に咥える。こればっかりはジャングルの奥地でも切らす事ができなかったささやかな習慣だ。
 肺に甘い煙を迎え入れ、脳にニコチンが巡り出すとさきの疑問に次々と答えがよぎってゆく。
 運が悪かった。タイミングが悪かった。学園長からの依頼を放送されたのが悪かった……。

 色々なのが浮かんでくるが、最終的にコレしかないという答えが一つだけ残された。
 それは――『ネギが悪かった』だ。
 別に薬味が嫌いなわけではない。それに彼だけが悪いのではないのかもしれない。しかし、ネギ君によって僕の運命が尊敬をうける魔法教師から遠い彼方へと変更された事も間違いない。
 やはりナギと僕の『紅き翼』での関係は抜きにして、ネギ君には借りを返さねばならないな。

 雲一つ見えない青空に向かい、静かに紫煙を吐き出す。ついてない状況でここまで天気がいいと癇にさわるな。
 ぼんやりと自分の生み出した煙の輪を眺めていると、その澄み渡った空ににおかしな物が上昇していくのに気がついた。

「あれは、茶々丸君か? だとしたら胸に抱えている子供は……」

 慌てて彼女の飛行方向とスピードから目的地を割り出す。うん、あの飛空船に間違いない。

「くくく、待っていてくれよネギ君」

 自分でも驚くほど冷たい声だった。即座に乗り込もうかと思ったが、出撃前に大事な事を忘れる所だった。
 携帯を操作し、彼女の家の電話にかける。こんなのは直接相手の携帯にかけると、電源を切られていたりすると盛り下がるから留守電に吹き込んでおくのが基本だ。

「しずなくん、高畑だ。これからちょっと冒険をしてくるよ。そして……帰ってきたら君に伝えたい言葉と渡したいものがあるんだ。この麻帆良祭が終わったら、また連絡するよ」

 とりとめのない伝言になったが、これが僕の素直な気持ちだ。大切な人に言葉を紡ぐ度に自身の心が引き締まっていく。あの飛空船はネギ君と茶々丸がいるってことは当然だがエヴァも待っているという事になる。
 そしてこの状況では僕に手を貸してくれる魔法使いサイドの人間はいないだろう。必然的に数で劣る厳しい戦いになるのは覚悟の上だ。
 それにしても……、この『緊急事態がおこったら、まずは親しい人間に伝言を残した後に事に当たるべし』という麻帆良学園の掟は誰が定めたんだろうか? 今更ながら気になった。なんだかセンスが『紅き翼』の悪戯好きな魔法使いと似通っているんだが……。

 戦う前に考える事でもないか。もう一度深く紫煙を吸い込み雑念を振り払うと、改めて空中に浮かぶ巨大な飛空船を睨みつける。これからは戦争だ。



  有能で美貌の女教師side


「しずな君どうかしたかのう? そんなに眉間にしわをよせておっては美人がもったいないぞ」
「この状況で微笑んでいろと仰る学園長の器の大きさには感服しますが、別にこの混乱には関わり無いプライベートなことです。
 家の留守電におかしな伝言が残っていてるみたいで……消去っと。はい、すいません。お待たせいたしました」




[3639] 三十九話  初めまして、世界の支配者の葱丸と申します
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/05/05 17:49


  超side

「えっと、僕の上に乗っかっているのは超さんなんですか? とにかく早くどいてください」
「ああ、すまないネ」

 下敷きにした葱坊主の呻きに立ち上がろうとするが、意思に反して手足は震えるだけで力が入らないヨ。ハハハ、ここまで弱っているとは参ったネ。
 そんな私の無様な姿をいぶかしげに覗きこんだエヴァが血相を変えた。どうやらすでに送電施設の破壊は終わり、彼女は全盛期の力を取り戻しているようだネ。だが、その彼女の幼い美貌が青ざめているヨ。 

「ちょっと超、貴様かなり出血しているぞ! 茶々丸急いで手当てをするんだ!」

 おお仮にも吸血鬼の真祖、流石に血の匂いには敏感ネ。いや、これだけべっとりと紅に染まっていては誰にでも気づかれるカ。
 茶々丸が「超様、失礼します」と私を抱え上げ、改めて長椅子の上に横たえる。この飛空船のデッキにはベットがないので、ここで簡易手当てするのが精一杯だヨ。
 ようやく私という重石から解放された葱坊主が「助かった」と呟いているが、失礼ネ、そんなに重くないはずヨ。
 
 その間にも茶々丸の手により、ボディスーツを開かれて応急処置をされていた。ここまで意識が持ったのだから、自己診断では致命傷ではないと踏んでいるのだが……。 
 エヴァ曰く「私を含めここに居るメンバーで治癒術の扱える者は一人もおらん。少数精鋭、言い換えれば層の薄いという弱点がまともにでたな」とのことだヨ。
 その通りだネ。返す言葉も御座いません。たそがれた私の姿に慌てたように彼女は言葉を続ける。

「ま、まあ、貴様の計画に従う覚悟のある人間なんぞここの坊やぐらいしかおらんだろうしな。仕方がないことではあるんだろうが……、下手をしたらここで貴様の野望は終わりだぞ。
 それで茶々丸、こいつの傷の具合はどうだ?」
「軽度の打撲の他は、腹部への貫通銃創が認められます。幸いな事に臓器と動脈は逸れていますが、出血が多く楽観はできません。できれば即時入院して安静をお勧めします」

 治療の手を止めることなく淡々と私の体について説明する。うん、戦闘から炊事に治療まで全部フォローできるガイノイドは今まで無かったはずネ。今治療できるだけでも茶々丸を作った甲斐があったってものダヨ。この分なら『おはようからおやすみまで暮らしを見つめる茶々丸さん』と宣伝すれば大ヒット商品になるのは間違いなしネ! いや、このキャッチコピーは全自動ストーカー型ロボットと間違われそうカ……。出血のせいか馬鹿な発想が浮かんでしまう、そんな事考えている場合じゃないヨ。

「なあに、すぐ死ぬって訳じゃなきゃOKネ。とりあえず止血だけでもしてくれればいいヨ」

 と茶々丸に頼むと、心配気にこちらへやってきた葉加瀬を手の平を向けて押しとどめた。

「葉加瀬、予定よりも随分と早いが呪文詠唱を今すぐに始めてくれないカ」
「まだ世界樹の魔力はピークになっていませんが……」
「この段階の魔力なら全世界は無理でも、世界の九十パーセントはカバーできるネ。それだけの人間が魔法の存在を信じたら、それで目的は達成できるネ」
「しかし、超の今の状態じゃ……」
「頼むヨ、葉加瀬」

 まだ食い下がりそうな葉加瀬をじっと見つめると、彼女は眼鏡の奥の目を徐々に伏せていき唇を噛み締めながらも頷いてくれたヨ。

「茶々丸にエヴァさん、超をお願いします」

 と頭を下げるとすぐにパソコンに向かい必要なプログラムを起動させる。このへんの切り替えの見事さは流石理系だネ。
 頼もしい友の姿に胸の底から熱い塊がこみ上げてくるヨ。

 私は良い友達を持ったネ。
 この時代に生きる者にとって、私は混乱を巻き起こすだけの存在でしかないヨ。しかし、その迷惑なはずの私の計画を手伝ってくれる葉加瀬も、手当てをしてくれる茶々丸も、心配気に眉を寄せ腕組をしているエヴァも、ついでになんとなくそこにいるご先祖も、皆私にはもったいないほどの素晴らしい友だネ。
 この時代のこの場所にやってきたのは彼女達と知り合えただけでも成功だったネ。だが、それだけで満足するわけにもいかないんだヨ。

「エヴァ、そこの引き出しの中の箱をとってくれないカ?」
「ああ、これだな」

 と手渡された小箱から錠剤とアンプルを取り出した。横たわった姿勢のまま水も含まずに錠剤を噛み砕き、アンプルを左腕の静脈に注射したネ。うう、血で鉄の味しかしなかった口中を苦味が刺すヨ。
 腕から注入された液体が全身を巡るのもリアルに体感できるネ。まるで氷片でなぞられているように血管を走るその流れと一緒に熱と痛みが消えていく。
 増血剤と魔法覚醒剤のダブルパンチだ、これはヤバイと自覚できるほど即効性があるネ。本来は後遺症が残るほどの危険な組み合わせだが、効果が切れるまでは無類の効果を発揮するヨ。
 そして、今は健康の事など考えている場合ではないヨ。

 その私の額にひんやりとする掌を触れさせて、茶々丸はフラットながら懸念を込めてドクターストップをかける。

「超様の体温は三十八度九分、ドーピングで誤魔化したとしても普段の行動は無理です」
「……だそうだぞ、本気ですぐに強制認識を開始するつもりか?」

 エヴァも茶々丸の診断を受けて私に計画の確認をする。ふふ、こういう所がかわいいのダヨこのクラスメートは。自分には関係ないと割り切っているはずなのに、親しくなるとついお節介を焼いてしまう、いわゆる『ツンデレ』というやつネ。
 私の時代にはもうすでに絶滅している『ツンデレ』を存続させるためにも、今回の計画を止める事はできないネ。

「ああ、葉加瀬の作業が終わり次第?と全世界に向けてメッセージを送るヨ」
「そうか……しかし、強制認識によって魔法の存在を認識させるだけで充分じゃないのか? それだけなら貴様はここで寝ていて、経過を見守っているだけでいいのだろう?」

 エヴァは自分ではクールに振舞っているつもりだろうが、言動の端々から私の事を気遣ってくれているのが汲み取れるヨ。本当にこんなお人よしの賞金首がよく生き抜いてこれたものだネ。でも、今回に関しては心配されても困ってしまうヨ。

「やれやれ、本当はエヴァも判っているだろう? これから魔法界の存在を全世界に明かせば、間違いなく世界中が大混乱に見舞われるネ。だからこそ、セットでその情報を公開したのが私だと宣言する事が重要になるのダヨ。
 そうすれば魔法使い側の暴露に賛成派も反対派も、そして一般人側の過激派なども私の存在を無視できないヨ。利用するにせよ抹殺しようとするにせよ標的は私になるネ。そうなれば他の地域での戦闘行為は減少するはずだヨ。
 リスクはあるが、これが一番一般人に対する影響は少ない方法だネ。
 渦の中心にいるほうが流れを把握しやすいし、他への迷惑も最小限に収められるはずだヨ。
 エヴァの言う『誇り有る悪』ならば自分の罪から目を背けずに全て引き受けるんじゃないカ? だとしたら私を止めるはず無いネ」
「むう……」

 不満げに頬を膨らませるエヴァに身を起こし微笑みかける。よし、さすが禁止薬物のスペシャルブレンドネ、ひとまず眩暈おきないぐらいには回復したヨ。
 手際よく包帯を巻き終えた茶々丸も、痛みを与えないギリギリまで強く締め付けてくれたおかげで割と楽に体が動かせるネ。これならしばらく見栄を張る間は持つヨ。

「さて、それでは呪文詠唱の中心地で勝利宣言をさせてもらうヨ」

 立ち上がろうとすると、目の前に自分よりも小さな掌が差し出された。葱坊主、これはなにかナ?

「ではせめてそこまでエスコートさせてください。肩をかしますよ」

 ……ふふ、やはり私のご先祖様ネ。止めるどころか手助けをしてくれるとは、信念の強さがうちの一族は違うネ。しかし、いくら世界を敵に回す覚悟は決めていても自分の直系の祖先が己の行為を認めてくれるようで少しだけ報われた気がするヨ。

「ありがたく貸してもらうヨ。あの印が見えるかナ? そこまで頼むヨ」
「はい、了解です」

 差し伸べられた手を取り、ゆっくりと立ち上がる。うむ、腹筋に力を入れなければなんとか歩くぐらいの行動に支障はないヨ。
 私よりも低い位置にある肩にもたれかかりながら、二人三脚のようにリズムを合わせて歩を進める。魔方陣の中心となる円のそばにはすでに葉加瀬とエヴァに茶々丸と役者は揃っているヨ。
 さあて、では始めるとするかネ。葉加瀬は呪文詠唱で忙しそうなので茶々丸に確認する。

「茶々丸、呪文詠唱の進行は?」
「あと四十五秒で終了します。世界樹の魔力を使って魔法界について強制的に認識させると同時に、三十秒間だけ上乗せしてそこに立つ者の言葉を刷り込むのは予定通りです」
「よし、それで問題ないネ。そのままで進めてOKネ」

 強制認識魔法の中心点となる円の中に立ち、葱坊主の肩をから重心を己の足へと移す。よし、足元もしっかりしてふらつきも無いヨ、これなら全世界に向けたメッセージで恥ずかしい所を晒すのは回避できそうだネ。
 
「あと十秒、五秒、四・三・二……」

 茶々丸のカウントダウンに合わせて大きく息を吸い込んだ、こういうのは第一声が肝心ネ!
 キューに合わせて演説を始めようとしたが、口から出たのは「アイヤー」といううめき声だったヨ。
 なぜかというと、隣に立っていた少年に突き飛ばされたのだヨ! 何をするのかご先祖様! 床に倒れた衝撃でうめき声しか出せない私を尻目に、葱坊主は世界中に向けて語りだした。

「世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!」
 

  葱丸side


 いきなり俺にボディプレスをかけてきた超さんには驚いたが、それ以上に驚かされたのは彼女が血まみれで立ち上がれない程のダメージを受けている事実だった。
 エヴァさん、あんたは彼女が怪我をする危険性はほとんどゼロって保障したじゃないか! 彼女に文句を言おうか迷ったが、真剣な表情で超さんの治療を見つめている幼女に抗議するのははばかられた。
 まあ、問題はそれよりも中華娘の具合だよな。この子の体調いかんで世界征服の予定が狂ってしまう。

 血だらけで手当てを受けている少女よりも、自分の計画を心配しているのはまるっきり悪役の心理だけど、これから世界を支配している秘密結社のボスになる男に良心を求められても困るよなぁ。
 だって、悪の組織の首領に就任予定の人間がそんなのを大事にするのも変だしね。

 改造人間を使い捨てにする『紅き翼』を潰すために、己の良心を捨てて『紅き翼』の新首領になるってのはどっか根本的に間違っているような気もするが、そこはスルーしておこう。
 だって、ほらとりあえず俺の命の危険性はぐっと下がるし、火星人だ未来人だの地球は色んなのに狙われているそーだ。だから、今更野菜とのハイブリット改造人間を頂点とする秘密組織が増えたくらい無視してもいいよね?
 その秘密組織が現在世界を支配しているぐらい些細な問題さ! よし自己正当化の自己暗示は終了だ。この事は世界を俺の元に跪かせてから考えよう。……あれ、すでにラスボス風の思考になってるか?

 俺が葛藤に悩んでいる間(具体的に言うと世界征服しますか? イエス・ノー どちらかに丸をお付けください。といった悩み)にも超さんの治療は進んでいた。
 血の気が失せた顔で気丈にも微笑む彼女は腕を震わせながらも上半身を起こした。

「さて、それでは呪文詠唱の中心地で勝利宣言をさせてもらうヨ」

 うん、ここは手助けしつつ中心地の場所を特定するべきだな。では、お嬢さんお手をどうぞ。

「ではせめてそこまでエスコートさせてください。肩をかしますよ」

 俺が差し出した手を取り、どこかほっとした雰囲気を漂わせて超さんが立ち上がる。肩を貸すと言うよりもむしろ肩に乗っかられている感じだ。くそ、身長が低いのがこんな所で仇になるとはな。
 一歩一歩踏みしめながら、超さんが誘導する中心点であるポイントにたどり着いた。その周りにはエヴァさんに茶々丸さん葉加瀬さんと勢ぞろいしている。
 ちぇっ、こんなことなら汎用人型決戦兵器エヴァさんか汎用人型キッチン兵器茶々丸さんに運んでもらうべきだった。彼女達なら超さん程度の重量は苦にならなかったのに。
 まあいいだろう、目的である超さんの世界に向けた宣言の最前列をゲットできた。ここからならば一足でそのステージへ進入できる。

 だが、ここで予想外の事実が葉加瀬さんの口から明かされた。どうやら世界中に洗脳電波を放送できるのは僅か三十秒だけというのだ!
 たった三十秒では超さんの演説が終わるのを待つなんて悠長な事はやっていられない、合図と同時にステージとマイクを奪わねばならない。
 オリンピックの短距離でスタートを待つランナー並みの反応が必要だ。全身の神経を研ぎ澄まし、葉加瀬さんのカウントダウンのリズムを計る。

「あと十秒、五秒、四・三・二……」

 どきやがれ! 全力で超さんを突き飛ばす。うん、快心のショルダータックルに彼女は「アイヤー」と吹き飛んだ。そんな腹から血を噴出して、俺を見上げている少女と周りで固まっている少女達を無視してシャウトする。

「世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!
 そして人々よ我々『紅き翼』と改造人間に逆らう事は許さん――グハァ!」



  コスプレ大会で優勝したネットアイドルside


 今年の学園祭は例年にも増して派手っつーか非常識だった。特に超主催の武道大会に出場してたメンバーの奴らは、すぐにK-1なりUFCなりにオファーを出せ。
 リアルで映画のマトリックス並みのアクションができる奴らはどこでもチャンピオンになれるぞ。こんなトコで遊んでいる場合じゃねーだろ。
 ま、所詮人事だから関係ないはずなのに、うちのクラスメートを含めハイスペックの無駄遣いをしてるみたいで腹が立つな。

 
 眼鏡を曇らせて屋台でラーメンをすすりながら愚痴っていると、頭に妙な電波が沁み込んできた。
 ここは『日本で麻帆良である』。それと同じぐらいの自然さで『魔法界は存在する』『魔法使いは秘匿されている』といった知識が脳裏に刻み込まれる。

「え? ちょ、あれ? 何これ?」

 自然と「あー魔法があるなら、あの武道会も納得だ」と頷きかけて愕然とする。何だよこのどっかからか湧き出てきた知識は! 
 く、だが魔法が存在すれば今まで不審に思っていた事が氷解するんだ。しかし……、そこで周りの反応に気づく。ラーメンをすすっていた他の客も、麺を茹でていた店主も皆が呆然と顔を見合わせている。
 えっと、もしかして皆も電波を受信したのだろうか? 
 その疑問を解くよりも早く、電波の続きが飛び込んできた。


『世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!
 そして人々よ我々『紅き翼』と改造人間に逆らう事は許さん――グハァ!』
『ああ! 葱丸の腹に穴が!? 衛生兵、衛生兵!』
『葱坊主! もしかして私の代わりに悪役を買って出たのカ――』
『葱様を襲撃した相手は前担任教諭の高畑氏、東南東上空三十メートルです』
『タカミチー! 貴様ー!』
『うわ金髪幼女強い』

 ブツン。

 ……何これ?

 えっと、脳みそに飛び込んできた情報を総合すると。
 魔法界は存在するらしい。そして魔法使い達はそれを隠していたようだ。そして魔法使いと改造人間達の組織『紅き翼』は世界を支配しているそうだ。
 そこのボスであるネギとやらをうちの首になった元担任が暗殺しかけたらしい。まあ、立体映像でも「タマとったる!」と宣言してたしなぁ。
 そして金髪幼女は強い、と。

 よし、疲れているみたいだしカウンセラーに会いに行こう。
 私は現実逃避しこの日はホームページを更新しなかったのだが、混乱は麻帆良だけではすまなかったのだ。

 ……この日、ネットとリアルでも史上最も?マークが飛び交う一日となった。 



[3639] 四十話  告白と脅迫と口封じ
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/05/09 17:57

  エヴァside


 私の数百年にも達する生涯の中でも、ここまで阿呆面を晒した事は無かったかもしれん。
 この期に及んで葱丸が超の奴を突き飛ばすなど誰が想像しているものか! ガイノイドである茶々丸も含め、この飛空船に搭乗している者が唖然と固まって葱丸の演説を止められなかった。


『世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!
 そして人々よ我々『紅き翼』と改造人間に逆らう事は許さん――グハァ!』

 満面の笑みで口上を述べていた葱丸がいきなり吐血して、床に叩きつけられた。しかも、倒れた床には血溜まりが出来ていく。うつ伏せになった背中からも出血しているって事は――。

『ああ! 葱丸の腹に穴が!? 衛生兵、衛生兵!』

 葱丸を慌てて抱き上げると思わずパニックになりかけて、ここには存在しない衛生兵を呼んでしまう。そんな私の耳に、苦しげな超の声が届いた。

『葱坊主! もしかして私の代わりに悪役を買って出たのカ――』

 愕然と胸に抱きしめた少年の顔を見つめてしまう。まさか、この葱丸は超の代わりに世界に対して悪役を代行宣言したというのか! 確かにこの世界中を利用した宣言が使えるのはほんの短時間だけ、先に言った者勝ちであるが、葱丸は自らの子孫を名乗る娘の為に自分を犠牲にしたのか!
 く、何か面白くない! 面白くないぞ! そんなもやもやを吹き飛ばしたのは茶々丸の報告だ。

『葱様を襲撃した相手は前担任教諭の高畑氏、東南東上空三十メートルです』

 なんだと、性懲りも無くまたもこやつか。いい加減に空気を読め! 

『タカミチー! 貴様ー!』

 無詠唱で思い切り魔力を叩きつける。幸い魔力は解放されているので、本気になればこの程度は雑作もない。できればそのまま追撃して息の根まで止めておきたいところだが、こんな傷ついた葱丸を放って戦闘するわけにもいかない。同様の理由で茶々丸を行かせる訳にもいかない。

『うわ金髪幼女強い』

 なのにその気遣った少年は馬鹿な事を呟いている。……こいつは放り出してもいいかもしれんな。助けてやったくせに感謝していない風な葱丸にいらっとしてしまう。
 いかんいかん、こいつは怪我人だ少しぐらいは大目に見てやらないと。
 そんな風に考えていると、魔方陣から光が消えて我々の声に掛かっていた妙なエコーも無くなった。
 優先すべきは怪我人の処置だと、葱丸のシャツを広げて傷口を確認した。――これは予想以上に酷い。

 傷を負った場所的にはほとんど超と変わらないが、傷口の大きさが違いすぎる。超は銃弾一個分――つまり指先ぐらいの貫通跡だが、葱丸の場合は拳大の穴が腹部にあいている。むしろショック死しなかっただけでも、その肉体のポテンシャルの高さが窺えるほどだ。
 明らかな致命傷に絶句する私に、葱丸は抱きかかえられたまま瞳をそらさずに語りかけてきた。

「エヴァさん……僕はエヴァさんにちゃんと好きだって言いましたよね……」
「な……」

 葱丸の唐突な告白に一瞬頭の中が真っ白になる。なんでこんな時にいきなり言うんだよ。

「き、聞いてない。お前から好きだなんて言われた覚えはないぞ!」
「それに、葱丸様。現在そのような言葉を仰られると、死亡フラグになり『それが彼の最後の言葉だった』という確率が三十パーセントほど高くなります。お心の内に留めていた方が懸命かと」
「ええい、茶々丸もおかしな茶々をいれるな! 大体どこから三十パーセントとかいう率をはじきだしたんだ!」
「この麻帆良の魔法教員の職務規定に少々細工をしてデータ取りに協力していただきました。ですが、どの道葱丸様のそのお怪我の具合では関係なかったかもしれませんね。ではご自由に」
「そうですか、それじゃお言葉に甘えて」

 いや、茶々丸よ貴様は私の知らん所で何をしているんだ?
 茶々丸の突っ込みどころ満載の台詞にも微かに微笑して、葱丸は再び私の瞳を真っ直ぐに見つめる。ああ吸血鬼の真祖として魔眼を手に入れてから、ここまで正面から見つめられたのは久しぶりだ。

「聞いてない……ですか、エヴァさんは素直じゃないですね。そこが好きだってはっきり言ったつもりですがね……」

 こいつから言葉が発せられる度に頭が沸騰し、勝手に頬が紅に染まってゆく。ち、違うんだ。こいつの告白がどうのこうのじゃなくて、そうだ! こんな生死の賭かった場面で突然愛を囁くするこいつが悪いんだ!

「こんな緊急事態にそんな事言うな! 私は今は聞くつもりはないぞ!」
「でも……」

 とさらに喋りかけた葱丸が激しく咳き込む。まずいな、このままでは……。横目で茶々丸を窺うが、無表情で顔を横に振られた。
 かくなる上はこれしかないのか? 若干ためらいながらも、目の前の細く白い喉に手を伸ばす。一時的に操るならともかく、本格的な吸血鬼化など二度とするまいと思っていたが……。
 その伸ばした右腕は葱丸に弱々しく遮られた。手は震えながらも目は強い意思を保っている。その瞳の奥の光に一瞬そのまま魅入られたように動きが止まってしまう。

「エヴァさん……人間は自分のした事の責任は自分で取るべきだと思うんです……。だから、その手を引っ込めてください……」
「貴様……死ぬのが怖くないのか! このまま私の手を拒むなら待っているのは死だけだぞ!」

 私の声はヒステリックに高まり、ほとんど悲鳴だった。だが、それでも彼のかすれた途切れ途切れの台詞のほうが力強い。このままでは葱丸が失われてしまう。
 動揺する私に少年は蒼白な顔に微笑を乗せる。

「大丈夫です。改造人間はこのぐらいじゃ死なないんですよ……」
「何馬鹿な事を……、おい葱丸! おい!」

 私の手を止めていた葱丸の腕から力が抜け、今にも目蓋が落ちそうになっている。
 こいつは死の直前であろうとも吸血鬼への道を選ばずに、己の責任を全うしようとしている。私はどうだ? ここでは治療ができないと見守っているだけなのか? それが『闇の真祖』か?
 かまうものか! こいつがいなくなるのが嫌だから、私が私の都合で勝手に吸血鬼にしてやるんだ。
 ほとんど抵抗する力を失った少年に優しく牙を突き立てる。

 葱丸の血は今までの誰よりも甘く、そして苦かった。 


  葱丸side


『グハァ!』

 勝利宣言をした途端、腹を突き抜ける衝撃を感じた。目を下に移すと、自分の腹から向こう側が見えた。そのまま、すとんと膝がぬけて顔面から床に倒れこむ。
 自分の身に何をされたのかすら気にする余裕が無い。
 これはマズイ……。意識が朦朧とし始めた時に、グイとばかり首根っこを掴み上げられて、仰向けにされた。そこに映るのは金髪のまだ幼い白人少女だ。
 痛ましげに俺を一瞥くれると、すぐさま怒鳴り声をあげ右腕からビームを発射する。

『うわ金髪幼女強い』

 その強さに戦慄してしまう。俺はこんな奴に喧嘩売っていたのかよ、ちと無謀すぎたな。
 鳥肌を立てながらも、ふとなぜ彼女がこんなに苛立たしげな態度なのか察した。
 この幼女は超さんからここの警備を頼まれてたんだよな? だったらこの襲撃で俺が怪我したのも全部こいつのせいじゃね? それにこの飛空船に搭乗した際に警備の隙を指摘したはずだぞ。

「エヴァさん……僕はエヴァさんにちゃんと隙だって言いましたよね……」
「な……」

 と彼女は絶句し、顔を朱に染める。雇い主の超さんの前で失態を暴かれるのは屈辱だろうが、責任の所在ははっきりさせておかないと俺の治療費も出さないかもしれん。
 
「き、聞いてない。お前から隙だなんて言われた覚えはないぞ!」 

 それなのにエヴァさんは見苦しくもそう弁明した。何て往生際が悪いんだ! こいつしらばっくれて俺に治療費とかお詫びとか出さないつもりだな。そうはさせんぞ!
 だが俺の追及をかわすかのように茶々丸さんまでが口出しをしてくる。

「それに、葱丸様。現在そのような言葉を仰られると、死亡フラグになり『それが彼の最後の言葉だった』という確率が三十パーセントほど高くなります。お心の内に留めていた方が懸命かと」
「ええい、茶々丸もおかしな茶々をいれるな! 大体どこから三十パーセントとかいう率をはじきだしたんだ!」
「この麻帆良の魔法教員の職務規定に少々細工をしてデータ取りに協力していただきました。ですが、どの道そのお怪我の具合では関係なかったかもしれませんね。ではご自由に」
「そうですか、それじゃお言葉に甘えて」

 ええい! このぐらいの天然を装った妨害で話を逸れされるもんか。あくまで俺の怪我はエヴァさんのこの飛空船の管理注意義務を怠ったせいだと主張するぞ。それも俺からのアドバイスを無視しての怠慢だ。これはやっぱり許せない。


「聞いてない……ですか、エヴァさんは素直じゃないですね。そこが隙だってはっきり言ったつもりですがね……」

 俺の指摘にエヴァさんは真っ赤な顔をブンブンと左右に振って否定した。

「こんな緊急事態にそんな事言うな! 私は今は聞くつもりはないぞ!」

 凄ぇ、ここまで諦めが悪いとは想像していなかった。水戸黄門で印籠出されてもごねる悪代官並みの粘り強さだ。

「でも……」

 と畳み掛けようとしたところで喉が焼けるように熱くなり咳き込んでしまう。まずい、思ったよりダメージがあるのかまともに呼吸する事すらきつくなってきたぞ。
 もう責任追及はほどほどにして救急車でも何でも呼んでほしい。救急車が空の上まで来るのかは激しく疑問ではあるが。
 助けを求めて目を上げれと、空気が張り詰めるほど真剣な表情のエヴァさんが見下ろしていた。その凍りついた雰囲気のまま緩やかに俺の首へと手が伸びてくる。

 この女、殺る気だ……!
 自らの失敗を糊塗する為に、目撃者であり証言者になりうる俺の口封じをするつもりとは。さすが汎用人型決戦兵器だぜ、人の心を持っていない。
 思うように動かない体を必死に操り、幼い絞殺魔への説得を開始する。

「エヴァさん……人間は自分のした事の責任は自分で取るべきだと思うんです……。だから、その手を引っ込めてください……」

 俺に対抗する体力が残っていたのが意外だったのか、ヒステリックに己の殺人未遂を正当化する。

「貴様……死ぬのが怖くないのか! このまま私の手を拒むなら待っているのは死だけだぞ!」

 ほう、聞かないポーズも直接殺そうとしたのも失敗と見るや今度は脅迫かよ。『従わねば死ぬだけ』とは古典的な脅迫のメッセージだな。
 くっくっく、一般人ならば震え上がって尻尾を振るかもしれないが、俺のボディは特別製だぜ。

「大丈夫です。改造人間はこのぐらいじゃ死なないんですよ……」

 そう見得を切った後に、なぜか視界が暗くなってきた。腹の怪我も痛みというより痺れる感覚が強くなり、急に寒さが身に沁みこんで来る。エヴァさんが叫んでいるようだが耳鳴りが大きくて聞こえない。
 これは冗談抜きに生命の危機だ! 体は動かないくせに頭だけは高速で空回りを続ける。こうなったらどんな口裏合わせでもするから助けてくれと、エヴァさんを見つめるとそこには牙を光らせて大きく口を広げた少女の姿があった。
 信じられねぇ。絞殺が防がれたと判断すると、即座に喉笛を噛み千切ろうとするとはどこの暗殺者だよ!
 うわお、牙がもうほんの間近まで来てる……あー!!

 そこまでで俺の意識は闇に閉ざされた。
 



[3639] 四十一話  主人公はお休み中です
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/05/30 13:33

  某超大国コメリカの高官side


 手にした書類の内容の薄さにため息が漏れる。その内容も『金髪魔法少女のアニメ番組リスト』やら『世界は火星人に侵略されている』とかいったキワモノばかりだ。これで誤魔化せるとでも思われているなら、相当なめられているな。

「こんな趣味に走ったデータはどうでもいいんだ。『魔法界は存在するらしい』とか『魔法使いは秘匿されている』という情報は、あの電波放送以来皆が共有している。
 私が知りたいのはその中身の『魔法界があるならどこにあるのか』と『魔法使いとやらはどんな奴らか』そして『強い金髪幼女とは誰か』だ。
 こんな国防上重大な情報を今まで放置してきたのか? だとしたら責任追求は免れんぞ。
 誰でもいいから魔法について詳しい人材はおらんのか?」
 
 秘書官は緊張した面持ちを崩さずに望み薄だと語った。

「は、おそらくは言動から魔法使いの関係者ではと目星をつけていた者達は、皆行方がわからなくなっています。ほとんどが魔法界とやらに退散したのでしょう。他国の関係者らしき人物達はガードが厳重でして……」
「ではウチの協力者にその方面に精通している者はおらんのか?」

 その質問になぜか秘書官は目を泳がせる。ふむ、珍しいなこの冷徹なまでにクールな男が挙動不審になるとは。

「一応ウチからインターポールへ出向した者がおりますが……。私からしたらお勧めしかねる男です」
「とにかく情報が必要なんだ。使えるならどんな奴でもかまわんさ。
 それでそいつは今どこにいるんだ?」
「麻帆良です」
「ほう、あの電波放送のグラウンド・ゼロにいたのか。ますますいいな、そいつを呼び寄せて今回の説明と今後の対策を聞いてみようか。……そういえば、そいつの名前は?」
「ジョンです。その『火星人の侵略』のリポートを提出した男ですよ」


  シスター・シャークティside


「シスター・シャークティ。正直に答えてください。今回の麻帆良の地における事件についてあなたは関与していないのですね?」
「はい、私は何もしていません」

 震えそうになる声を何とか抑制し、枢機卿の質問に答える。
 ここで怯えてはならない。なぜ私が○チカンで異端審問にかけられているのか不安もあるが、何せ魔女狩りをした実績のある組織に付け入る隙は見せられない。
 主はきっと私をお見捨てにならないはず……。

「ほう、あなたの布教している麻帆良から異端とされる『魔法』とやらの情報が世界中を飛び回っているんですがね」

 どこかねっとりとした口調と視線で枢機卿が私をねめつけた。

「ま、いいでしょう。それについての話は後ほどで。それではあなたのその日の行動をもう一度お願いします」
「はい。あれは麻帆良祭の最終日でした……」

 とあの混乱した一日を語り終え、グラスに入った水を飲み干す。もうすっかり温くなってしまっているが、文句を言える立場ではない。
 その様子をじっと疑い深そうに睨んでいた枢機卿が鼻を鳴らす。

「そんなヨタ話を信じろと? とうてい信頼に値しませんな! 大体あんな日本などという極東の……」
「もうよい」

 枢機卿の非難は威厳に満ちた言葉によって制止された。止めたのはヨハネ・パ○ロ十三世、さすがにキリスト教圏で彼の言を無視できるものは存在しない。
 直ちに「はっ!」と畏まるが、枢機卿は不満げにこちらを棘を含んだ視線を投げかける。

「シスターの言葉を信じるならば、『世界に異端の教えが流された時』あなたは麻帆良では警備をしていて性犯罪者と対峙していたのみ、ということで魔法などについては何も知らないと、そうですね?」
「ええ、その通りです」

 主よ、お許しを。ですがこの嘘は大勢の命を救うためには必要な物なのです。もし魔法界が存在するのが公式に認められたりしたら、異端認定をまるごと魔法界が受けかねない。
 下手をして魔法界に対しての十字軍などを起こされたら、どれほどの被害がでるか想像もつかないのです。
 まだ老境にまでは入っていない法王は私の返答に微笑みながら頷いた。どうもこのお方は魔法界についてご存知ではないのかと思う。その上で私の嘘を許容してくれたのではないだろうか、それぐらいの器の大きなお方だ。

「なるほど、そうであれば仕方ありません。一旦落ち着くまでは今回の魔法についての異端審問は棚上げにしておきましょうか」
「しかし、法王様! これだけ世界に動揺が広がってしまっては、何も知らないでは済まされません!」

 悲鳴を上げる枢機卿にも理はある。この混乱する事態に対して声明の一つも出さないままでは、世界宗教としての鼎の軽重が問われてしまう。
 法王もその事に頭を悩ませているようだった。
 心労のせいか皺深くなった額に手を当てて俯いていたが、ふいと顔を上げた。

「シスターが追っていたのはタカミチと言う卑劣な犯罪者でしたかね。ではその方に罪を贖ってもらいましょうか。
 タカミチという者に破門を、え? 彼は洗礼を受けていない? では異端認定をしてここで宗教裁判を受けさせましょう。麻帆良での騒動の首謀者の一人として○チカンが処罰するとマスコミにリークしてください」

 そ、そんな! あの男が宗教裁判だなんて! 私の告発によってあの男が火あぶりにされるなんて事態だけは避けなければならない。
 タカミチの戦闘能力を考えればそう簡単に捕まるとは考えづらいが、そんな事になれば神に申し開きができない。

「待ってください!」
「今度は何ですか? シスター・シャークティ」

 枢機卿のうんざりしたような素振りにもめげずに、声を張り上げる。
 そう、タカミチを火刑などに処させる訳にはいかない。なぜなら――

「主は私にタカミチを『ネジキレ』と仰せになりました。是非とも彼への処罰は私にお任せを!」
「……判りました。シスター・シャークティ。その提案を許可しましょう。主と聖霊の名において、あなたへ祝福を。アーメン」

 全員で「アーメン」と唱和している中で、さっきまで私を嫌らしい目で眺めていた枢機卿が妙に内股になり、目を合わせまいとしているのが不思議だった。



  近衛 詠春side



「それで、麻帆良の世界樹が消えたというのはどういう事ですか!?」
「落ち着いてください。長がそのように取り乱しては下の者に示しが付きませんぞ」

 とたしなめる側仕えの襟首に掴み掛かりたいのを抑え、深呼吸して精神の安定を取り戻す。

「では詳細な報告をしてください」
「はい。では三日前の放送以来、在日コメリカ軍が出動準備をしていたのはご報告しておりましたが、今回は三機の戦闘機がスクランブル発進したようです。その内の一機のミサイルが誤作動を起こし、世界樹に直撃・炎上させたそうですな。
 ところが、世界樹の付近では偶然にガス漏れがあり住民が避難したところでした。その直後にミサイルが打ち込まれ、さらにタイミング良く近くで訓練していた自衛隊が封鎖と治療・搬送と大活躍したために死者は勿論、重傷者すらいません」

 報告を聞く内に腹を焼く憤怒は消え、力の無い笑いがこみ上げてくる。

「なるほど、全ては計画通りということですか……」
「ええ、日本政府も公式には事故で処理して抗議もしていませんし、二国間ではすでに通達済みだったのでしょうな」

 さすがに沈痛な面持ちで側仕えも頷く。もっともこの男も対東の強硬派であるためどこまで本心か判らないのだが……。

「木乃香と義父はどうしています?」
「は、木乃香お嬢様は護衛の桜咲と、こちらが派遣していた天ヶ崎 千草のグループがここへ護送してくるそうです。近衛翁も関東の拠点の一つで今度の不手際の後始末に追われているようです」
「そちらの心配はいりませんか」

 懸念の一つが解消され、ほっと安堵の息を吐く。それに、こちらから麻帆良に向かわせていた人物――天ヶ崎がいるなら信頼度の高い情報が得られるはずだ。すると、その隙を狙ったかのように新たなニュースを持って巫女の一人が飛び込んできた。

「長! コメリカ合衆国が魔法界に対して宣戦布告しました!」
「なんですと」

 どうしてそんな急展開になるんだ!

「は、コメリカ側はどうやら魔法界についてある程度情報を得たらしく『現代において奴隷制度が横行するなど言語道断! これは第二次奴隷解放戦争である!』と初の黒人大統領になった御仁が演説しています」

 全身から力が抜けていく。一体誰のせいでこんな事態に陥ってしまったのだろう。眩暈と頭痛に頭を抱えたくなるが、組織のトップとしての誇りがそれを許さない。
 とにかくコメリカへの対応をどうするか考えねば。関西は魔法界と繋がりが薄いために、これを期に魔法界を切り捨てろという一派も出てくるだろう。
 しかし元『紅き翼』としてそんな事は容認できない。だが、この元紅き翼という事実が、先だっての放送により疑惑の目で見られる原因にもなっている。
 八方塞がりだ。せめて麻帆良から木乃香達が帰ってきて、天ヶ崎の報告で事態がはっきりすれば――。

 その淡い期待を覆すかのように、また慌ただしい足音が近づいてくる。本来和風建築では廊下を走るなど礼儀にもとる行為だが、今はそんな細かい事を言っている場合ではない。
 また厄介事がおきたのだろうか。頭だけでなくシクシクと痛みだした胃の辺りをなでながら「入りなさい」と入室の許可を与える。

「どうしました」
「はい、木乃香お嬢様達をお迎えしに行ったんですが、怪我をした桜咲しか来ないんです! 彼女によると天ヶ崎達にお嬢様を誘拐されたとか……!」
「なんですとー!」




  葱丸side


「むにゃむにゃ、僕とオコジョで鴨葱鍋を作る? なぜオコジョなのに鴨なんですか、意味不明です……。
 ああ、エヴァさん僕の兄弟を切り刻み熱い油でいためつけて熱湯でゆでるなんて……ニンジン! 白菜! お前らの恨みは必ず晴らして……」

「……おいこいつはどんな夢を見てるんだ?」
「おそらく鴨と葱にニンジンと白菜などを炒めているところからすると、鴨南蛮のレシピでしょう」
「では、なぜ料理に恨みなどという単語が出てくるんだ?」
「さあ、葱丸様ですから」
「……ああ葱丸だからか」





[3639] 四十二話  本当の戦いはこれからだ! と拳を握り締めた
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/05/30 13:40



  超side


 私が目を覚ましたのは、薄明かりの中だったネ。
 ここはどこだったかナ……ぼんやりする頭で現在の状況を解析していったネ。寝ているのは見覚えの無い豪華なベッドで着ている寝巻きも自分の物ではないヨ。
 いつもはもう少し頭の回転が速いはずだが、なぜか今回はエンジンのかかりが遅いネ。
 せめて覚えがあるところまで記憶を遡ろうとした時、ようやく洪水のように全てが思い出されたネ。

 葱坊主が倒れてエヴァがその首筋に噛み付いた所までは、意識がはっきりしていたんだヨ。だが、その残っていた意識の半分以上を占めていたのは諦観の念だったネ。
 もうすでに強制認識魔法は放送されてしまって、目的は既に達したと言っても過言ではないヨ。
 唯一、世界の混乱を最小限にするための囮の役を、自分ではなく葱坊主と金髪幼女に取られてしまったのが減点だったネ。だが、それも私をかばって彼らがしてくれた事で文句を言うべき筋合いではなかったヨ。

 己が命を賭けてまでやるべき仕事を見つけた人間は幸せだネ。私はその仕事をやり抜いたヨ。この時代の人々にかける迷惑も顧みずに、私のわがままを貫き通したネ。
 それで命を失ったとしても、それは甘受すべきだネ。
 せめて笑顔でここに居る皆に別れを告げようと、辞世の句を組み立てている所に、なぜか唇を赤く染めたエヴァが顔を覗き込んで来たヨ。

「エヴァ……葉加瀬達にもよろしく伝えてくれないカ」
「うるさい、貴様もついでだ」

 どこか吹っ切れた口調で答えたエヴァは、牙を私の喉に突き立てた。記憶にあるのはそれが最後だヨ。
 どうもあのやりとりから推察すると『ついで』とやらで私も吸血鬼の眷属にされたのかナ?
 そう思い至ったら、ここには光源がまるで無いことにも気がついたネ。普通の感覚ならば完全な暗黒に感じられるはずだヨ、なのに私の視界は薄暗い程度で物の識別にも問題ないネ。
 ……どうやら間違いはないカ……、肩をすくめるだけでその運命を受け入れたヨ。どうせあのままならば失われたはずの命だ、儲け物とでも思っておこうカ。

 そんな時に、エヴァと茶々丸がノックもせずに部屋に入って来たヨ。
 まあ、ノックなど無くとも鋭敏になった聴覚は彼女達の接近を伝えていたのだが。そして、勿論彼女達もそのつもりだったのだろうネ。

「でも、レディの寝室に入る時はせめてノックするのが礼儀ではないかネ?」
「うるさい。私の眷属になったからには、プライバシー権が欲しいければ自力で結界でも作れるようになれ。だいたい、貴様が目を覚ました気配がしたからわざわざ顔を出してやったんだぞ、有難く思え」

 私の抗議にも一顧だにせず、傲岸で理不尽なエヴァだがそれが妙に様になっているヨ。元から女子中学生というには不釣合いな矮躯だったが、身体的には大きさは変化してないようだが放たれるプレッシャーは比較にならないほど増大している。
 これは……何度か見たエヴァの魔力がフルチャージされた状態に他ならないネ。

「エヴァの封印は解けてるのカ? いや、それ以前にここは何処だネ?」
「ああ、ここは麻帆良から少し離れた山の中だ。そこに私の別荘を設置しておいたから、とりあえずは安全だぞ」
「ここは麻帆良ではないのカ!? エヴァの呪いはどうなったのかネ!?」
「ん? 登校地獄のことだな。多分解けてはいないのかもしれないが、麻帆良学園そのものが消滅してしまっては呪いも効果を発揮できないようだな。
 前提条件である『麻帆良学園女子中等科に登校せよ』というのが、学園が廃校になれば不可能だからな。そのおかげで今は全盛期の力を取り戻しているぞ」

 とうれしそうに唇を歪めて牙を見せる。なんだか迷いが無くなったような前向きでワイルドな態度だネ。おそらくこの自信に満ち溢れた姿が本当の『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』なのだろう。
 学園でのどこか退屈したような憂愁の影が、彼女の白皙からは払拭されているヨ。
 
 クラスメートの一員としては、少しばかり悔しさもあるが素直に祝福してあげなければいけないネ。だが、それ以上に気に掛かる言葉が色々あったヨ。

「麻帆良が消滅した!? それは何故カ?」

 想定外の事態にエヴァの肩を掴み揺さぶってしまったネ。「落ち着いて下さい」と茶々丸が制止するまでシェイクするのを止められなかったヨ。

「ええい、鬱陶しい! 世界樹にミサイルがぶち込まれたんだ、学園閉鎖ぐらい当然だろう! ……と葱丸も目覚める気配がするな。
 説明を二度するのも面倒だ、貴様も来い。まとめて現在の状況を教えておこう」

 ……ミサイル? ドナドナに歌われる子牛のように二人に連れられながら頭の中は?マークが飛び交っていたヨ。



  葱丸side


 潜水から浮上するが如く、深い睡眠から目を覚ました。休憩をたっぷりとったとばかりに体にはエネルギーが漲っている。
 あれ、おかしくないか? 現状が理解しきれない。
 俺はエヴァに死人に口なしとばかり口封じに殺されたんじゃなかったのか? なんでこんな少女趣味な天蓋付きのベットに横たわっているのだろう?
 それに殺すのは思いとどまってくれたとしても、胸板に穴をあけられていた重傷だったはずなのだが……。

 清潔な薄いブルーの寝巻きの胸を開いて確かめる。まだ肌は青白いし傷跡は残っているが、痛みや出血などといった後遺症は一切ないようだ。
 この広い部屋は薄暗いためどれだけ時間が過ぎたのかは判らんが、これほど回復が早いとは流石は改造人間だな。

 俺が自分の体の神秘に感心していると、ドアを開きエヴァさんと茶々丸さんと超さんが連れ立って部屋に入って来た。

「うむ、目覚めの気配がしたがちょうどいいタイミングだったようだな」

 と挨拶も抜きに、尊大な言葉を投げかける殺人未遂の金髪幼女。茶々丸はメイド服に似つかわしいほど恭しく一礼し、超さんも「ヨ!」と手を上げて挨拶しただけに、エヴァさんの傍若無人さが目立つ。
 謝れとはいわんが、殺しかけた相手にせめて一言あってもいいんじゃないかな。

「はあ、どうも。生きているのが驚きですよ。てっきり僕はエヴァさんに殺されたのかと……」

 エヴァさんが「な」と言葉を詰まらせて顔を赤く染める。

「アホかー! 何故私が貴様を殺さねばならん! 貴様の命を救ったのは私だぞ、出血が多すぎて通常の手段では手遅れだった貴様をわざわざ我が眷属にしてやったんだ」
「眷属?」

 と俺は首を捻る。何の事だろうか、俺の知っている単語ではない。
 首を三十度ほど傾けたままの俺の体勢に同情したのか、超さんが解説してくれた。

「眷属とは吸血鬼の下僕の事、つまりこの場合はエヴァに血を吸われて葱坊主も吸血鬼化したという事ネ」

 吸血鬼だと? 現代にそんなオカルトが存在するかどうかはともかくとして……。

「僕は改造人間だったはずです! そう簡単に吸血鬼になるはずがありません!」
「お前、本気で言ってるのか……?」

 なぜだか、頭痛をこらえているような素振りでエヴァさんが尋ね返す。失礼な女の子だな、俺が何か一言喋る度にうめき声を上げているぞ。

「貴様は改造人間などではない! 血を吸った私が一番良く判っている。このエヴァンジェリンの誇りにかけて、貴様は改造などされていなかったと断言しよう」
「そ、そんな……本当ですか!? 茶々丸さん」

 驚愕の事実に思わずこの場で一番常識的な人物に確認をとる。

「おい、なぜ茶々丸に尋ねる」
「葱丸様、私も手当てをいたしましたが、間違いなく葱丸様のお体は改造手術などはなされていませんでした」
「完全にスルーか!」
「そうだったんですか……、ならば、今まで僕が『紅き翼』から逃げ回っていたのは」
「無駄でしたね」
「どんな改造されたのか悩んでいたのも」
「無駄でしたね」
「現全日本プロレス社長の武藤敬司は以前、グレート」
「ムタでしたね」
「な、何て事だ……」

 急激な脱力感にベッドから崩れ落ちる。がっくりと床に膝をつき、両手も絨毯を握り締める四つん這いの格好の僕に温かい言葉をかけてくれたのは茶々丸さんだけだった。他の二人は「最後のはちょっとおかしくないか!?」「ナンだと、日本プロレス界の至宝を馬鹿にするのカ!?」「超よ、貴様はキャラが変わってきてるぞ!」と騒いでいるだけだ。

「葱丸様、世の中には無駄な努力というものはほとんどが存在しません。全ての事象は行った者へ影響を与え、それを避けることは不可避です」

 茶々丸の言葉は複雑でよく判らないが、とにかく俺を励まそうとしていることだけは理解できた。せめて「ありがとう」と伝えるよりも早く彼女は続ける。

「それを人は自業自得と呼びます」
「……え?」

 励ましてくれてるんじゃなかったのか?

「例えば、世界樹を使用しての放送ですがあのおかげで葱丸様は世界中から『世界の征服を企む紅き翼の大首領』として認識されました。勿論詳しく事情を知る者はそんな事ないとお思いでしょうが、少なくとも一般の方からはそう思われておいでです。
 表の世界からはあれだけ広範囲にテレパシーを送れるのならば、本当に世界の支配してるのかも……と恐れられていますし。魔法界からは強制認識により魔法界を暴露した罪を追求する声が多いですが、葱丸様がご自分を『ネギ・スプリングフィールド』とカミングアウトした事が『紅き翼による世界支配』に一抹の真実味を帯びさせているようです。
 それにより、表からも裏からも幾つも『デッド・オア・アライブ』の賞金を懸けられその総額は一千万ドルを超えて今なお赤丸急上昇中です。
 これほどの影響を与えた努力をどうして無駄だと切り捨てられるでしょう。葱丸様の努力はゼロではなく激しくマイナスだったと断言できます」

 とうとうと述べられる茶々丸さんの演説に押しつぶされて、とうとう這い蹲り毛足の長い絨毯に『の』の字を書き始めた俺の頭ををエヴァさんがよしよしとばかりに撫でる。

「茶々丸よ、あまり葱丸を虐めるな。さすがのこやつもかなりへこんで……」
「そういえばご報告が遅れましたが、マスターも六百万ドルの賞金首として復帰なされました。カムバックおめでとうございます」
「ああ、ありが……え!? 何だと! なぜ今更私が賞金首にならんといかんのだ!」

 エヴァさんは俺を撫でる手を休める事なく、茶々丸さんに抗議する。動揺を隠そうとしているらしいが、俺の頭は円形脱毛症になりそうなほど高速で撫でられている。そんな彼女にも茶々丸さんは一切動じない。

「麻帆良学園が消滅した為に、魔法やそれに携わる人材についての情報が拡散しました。学園長も色々手を打ったらしいですが、ある程度の流出は避けられません。特に麻帆良在住の魔法使いなどは真っ先に狙われるデータでしょう。
 そして、マスターは学園内の全ての魔法教師・生徒から好意をもたれているとは言いがたいです。マスターの生存が明かされるのは時間の問題でした」
「そうか……」

 としょんぼり俺の隣にへたりこむエヴァさんだった。彼女も即座に密告されるほど白い目で見られていたとなれば、自覚はしていたとはいえきついのだろう、涙目になっている。

「ええ、時間の問題なので私が情報をリークし報奨金をいただきました」
「貴様か茶々丸ー!」

 猛スピードで立ち上がると、エヴァさんは茶々丸さんの後ろに回り「ふはは、ゼンマイが千切れるまで巻いてやるー!」と奇声を発する。
 そこに今まで空気だった超さんがエヴァさんを羽交い絞めにして止めにはいった。

「ここまで自律行動ができるなんて……茶々丸、立派になったネ」
「はい、ありがとうございます。あ、それと申し遅れましたが超様にも魔法界から今回の強制認識の主犯として賞金が懸けられています」
「……それは覚悟していたが、私の情報をリークしたのも茶々丸カ?」
「はい、マスターの立場が不安定ですので従者としても蓄財に力をいれませんと」
「本当にもう……茶々丸は立派になりすぎたネ」

 とエヴァさんと超さんと俺の『世界の敵三大巨頭』になった面々は顔を見合わせてため息を吐いた。これからどうすべきだろう……。
 ぼんやりと考えていると、エヴァさんが険悪な表情でさっきまでは撫でていた俺の頭をはたいた。

「そう辛気臭い顔をするな! 貴様は我が眷属に迎え入れた者だ、そう簡単に捨てたりはせん。それに……おい、超よ貴様は事後にお尋ね者になるのは織り込み済みだったはずだ。
 なにか奥の手でもあるんじゃないのか?」
「その通りだヨ! ふふふ、こんな事もあろうかと私は準備をしていたネ!」

 物凄く嬉しそうな笑顔で「こんな事もあろうかと」と声を張る超さんが頼もしく思える。

「ほう、どんな手を用意していたのだ? 貴様の策はさすがの私にも見当が付かんぞ」
「準備していたんのは確かネ……でも思い出せないヨ」
「「はあ!?」」

 俺とエヴァさんの声がシンクロした。

「いや、準備をしていたのは記憶にあるヨ。でもその知識が塗りつぶされたというか霞がかかっているというか……まるで違う記憶に変えられているような……過去が変化したせいなのカ? いや待つネ」
「そういえば貴様は、ちょっと前までの何事にも余裕を持った天才超人というキャラクターが崩れているな」
「そうネ。これは間違いなく――エヴァに吸血鬼に変えられたせいヨ!」
「なんて事するんですかエヴァさん!」
「え? え? わ、私が悪いのか?」

 おろおろと俺達二人の顔色を窺うエヴァさんだが、それでも抵抗を試みた。

「で、でもあの時は血を吸わなければ命は助からなかったんだ! しょうがないだろう!」
「やれやれ『誇りある悪』とやらは自らの罪から逃げようとしないんじゃなかったんですか」
「がっかりだネ。闇の福音が責任逃れをするなんて……」
「マスターいつの間にそんな言い訳ばかりをする子に……」

 畳み掛ける三人組に「私が悪いのかなぁ」と再び涙目になり始めたエヴァの頭を、今度は逆に俺が撫でる。癖の無いさらさらの金髪が掌に心地よい。
 
「まあ、エヴァを苛めるのはまた後にして、こうなったからには僕達が生き残る道は一つしかありませんね」

 そう言って周りの三人を見つめる。エヴァさんに茶々丸さんに超さんと俺、この四人ならやれないことはないはずだ。

「僕達の手で世界征服をするんです」


 
 ――こうして俺達は本格的に世界征服に乗り出した。




[3639] エピローグ  真っ白な灰にはなりたくない
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/06/04 17:13


  葱丸side


「確かに暗いのにはっきり見えるなぁ」

 思わず感心してしまう。今俺達はエヴァさんの別荘から出て森の中にいるわけだが、まだ朝日も差し込んでいないのに周囲の視認に不便は全く感じない。吸血鬼には天然の暗視スコープが付いているようだ。

「当然だろう、夜行性の吸血鬼が鳥目だったらどうしようもないだろうが」

 とエヴァさんも呆れた口調だ。他の超さんと茶々丸さんはごそごそと何やら作業をしている。俺達は超さんの「作戦を立てるには情報が必要ネ! そしてこの別荘は時間の流れが変だから外界と通信システムが繋がらないヨ。早急に出るのが得策ネ」とのアドバイスに従いあの別荘から顔を出したのだ。
 おそらく二人は情報を収集しているのだろう。その考えを裏付けるように歓喜に満ちた叫びが響いた。

「繋がったネ! これでなんとかなるヨ」

 と超さんが目を糸のように細めて胸を張る。そう言って指差したのはノートタイプのPCだった。確かこれはアンブレラ社のPC「バイオ」の後継機の「ハザード」だったかな? 性能は高いがあんまりウイルスにひっかかる率が高いのと、妙な機能がついているせいで生産中止になったはずだが、さすがにマニアでもある超さんは確保していたらしい。

「ほら、何処見ているネ。ネットでも盛り上がっているようだヨ」
「あ、すいません。どれどれ……」

 と画面を覗き込む。うん、今日検索されたキーワードランキングでは俺達の起こした騒動と関係ありそうな単語が上位を独占しているな。だが、『金髪幼女』と『魔法少女』が一位と二位なのはおかしくないか?
 エヴァさんも一目見て「この国には馬鹿ばっかりか」とうめき声を上げている。

「ま、まあこの金髪幼女がエヴァさんだとバレたわけでもありませんし、気にしない方向で」
「そ、そうだな」

 と気を取り直し、『金髪幼女』のキーワードをクリックする。
 すると「世界最強はどっちだ!?『殴ったら児童虐待だぞ!』金髪幼女VS『最強の格闘技は俺達だ!』UFC王者スレ」とか「金髪幼女はみんな俺の嫁パート二十三」といったスレッドが表示されている。

「本当に馬鹿ばっかりだ……」
「否定できないのが悲しいですね」
 
 頬を引きつらせ、他のキーワードである『魔法界』をクリックすると、今度は「三十四才で童貞だけど魔法界に行けますか?」や「『格安』リアル魔法少女に会いに行こう! 魔法界ツアー『皆で逝こうぜ』」といった表示で埋め尽くされた。

「……滅んでしまえこんな国」
「駄目ですよ、滅ぼすんじゃなくて支配しなきゃいけないんですから。お願いですから、機嫌をなおしてください」

 真顔で毒を吐くエヴァさんのご機嫌を必死で取り繕おうとする。しかし、この国を支配するんだから滅ぼさないでとは説得方法としてどこか妙だな。
 俺達が肩を寄せ合っていると、超さんが眉をしかめてPCの電源の横にあるボタンを押した。

「やっぱり、ネットだと信頼性の高い情報は得ずらいネ。いっそ、テレビでも見たほうが手っ取り早いヨ」

 と薄型テレビを組み立てる。その横で「ハザード」が爆発音と共に黒煙を上げつつ分解されていく。

「……この自爆ボタン付きのPCってどういうコンセプトで作られているんでしょうね」
「結構合理的だヨ? ボタン一つでデータは完全に消去され、部品はリサイクルしやすいよう分別されて吹き飛ぶようになっているネ。
 何より自爆ボタンとはロマンじゃないカ! それに『わが社の製品全てに地球に優しい自爆ボタンがついています』とはなんてクールな宣伝文句ネ! 思わずこのハザードも予約して買っちゃったヨ」

 科学者の趣味は一般人と百光年は隔たっているようだ。
 惚れ込んでアンブレラ社の大株主にまでなったという超さんの科学者のロマンを聞きいていると、おそらくこの場で一番冷静な人物が声をかけて来た。

「マスターに葱丸様に超様、チューナーの準備が出来ましたので受信を開始します。それと現在は午前四時、日本の放送局はまだ放送してないのでコメリカのニュース専門局からどうぞ」

 とまるでここにいない誰かに説明してるような丁寧な解説を入れてスイッチを入れる。ブツン、と軽い雑音の後すぐに画面は男女二人の政治家が討論しているスタジオを映し出した。

『では、あなたはこのまま魔法界の奴隷制度を放置しておけと言うの? 彼らの中には魔法が使えないだけで奴隷商人に誘拐された人間もいるわ。そんな風に人権を踏みにじっておいて「他国の事に口出しするな」と笑っているのよ!
 幸いにして魔法界はこちらの世界の国連や軍事同盟には加盟してないし、彼らの国に侵攻したとしてもそれを規制する条約はないわ。イクラやアフケガニスタンを攻めるよりずっと大義名分が立つわ!』

 とキツイ顔立ちの黒人女性が捲くし立てる。

『放置しろとは言っていない。ただ魔法界には人間に似た容姿の獣人とやらが居ると聞く。それらの人々の扱いをどうするのかという法整備まで考えてから……』

 太った白人男性の発言途中に、慌ただしくキャスターが割って入る。手にしたペーパーを早口で読み上げる。

『あ、ただ今緊急ニュースが飛び込んできました。日本の京都に怪獣が出現したもようです。私にも信じられませんが、これはジョークではないそうです。
 え、あ、繋がりましたか? はい、では京都からライブでお届けします』

 カメラが切り替わり、薄明かりの中ライトを浴びた女子レポーターが緊張した顔付きでこっちを見つめる。

『はい、こちらは日本の京都の山中からお届けしています。早速ですが、皆さんご覧になれるでしょうか?』

 と人差し指で真っ直ぐに指し示したそこには――巨大な怪物が猛り狂っていた。

『あれはキ○グ・コングでもゴジ○でも松井でもありません! 日本の昔話しにでてくる『鬼』です! 三センチボーイに倒されたとかピーチボーイに島ごと殲滅されたとかの逸話が残っていますが、本物はこれほど凶暴な怪物――いえ怪獣です!』

 実況する彼女の声は緊張と恐怖からか掠れている。
 薄明かりにうかぶ鬼はざっと身長(怪獣の場合は体長かな?)二十メートルを超えている。その怪獣の足元や空中でも和服姿の人々が何とかしようと頑張っているようだが、鬼からしたら豆粒の大きさの為に効果の程は皆無だ。これはもう軍隊で対処しなければならないレベルだろう。

『あの怪物に刀などで戦っている前近代的な集団は警察でも自衛隊でもラスト・サムライでもありません。『関西呪術協会』と『京都神鳴流』という団体らしいです。
 あ、入手した情報によるとこの『関西呪術協会』は元『紅き翼』のメンバーの一員がトップであり、この鬼も彼らが責任を持って封印・所有していたようです。しかし、鬼を起動させたのは元『紅き翼』の娘であるとのこと。
 おそらくはコメリカの魔法界へ宣戦布告に対する抗議としての暴動と思われます。
 ここからは未確認情報になりますが、トップの暴走を諌めようとした部下達がクーデターを起こしたとの噂も……』

 ……そう言えば京都でクーデターを起こすとかいう計画もあったなぁ。千草さんは元気でいるようどすな、頑張っておくれやすぅ。そんな感想を抱きつつ無言で画面を見入っていた俺が呟いた。

「チャンスですね」
「「「はあ?」」」

 訝しげな表情の三人に説明する。

「これはチャンスです。現状では僕達はどこからも敵視されていますが、この鬼を倒せればまず『関西呪術協会』と『京都神鳴流』に恩がうれます。
 そして、この局はコメリカから全世界へネットワーク中継されているのが重要です。この事態を上手く収めれば世界中に僕達は争いを望んでいるのではないと認識され、しかもまだ幼い子供だと思わせる事ができます。
 とりあえず僕達は外面は良いですから、テレビ画面に映りさえすればコメリカの子供に甘いお国柄を利用できます。絶対に「こんな子供達を賞金首にするのはやり過ぎだ」と人権団体が騒ぎ出しますよ。
 それと、もしできるならテレビを通じてエヴァさんの魔眼で視聴者に向けて僕らに好意と従属を刷り込めれば最高ですね」
「……黒いネ」
「私はこの幼い容姿を利用するのは好きではないのだが……」
「さすが葱丸様、素晴らしく汚い策です」

 三者三様の意見だが、どれもへこみそうなのばかりだ。まあ、こいつらから評価されているとは思わなかったここまでひどいとは。
 首をぶるぶると振り、嫌な感慨を吹き飛ばして話し合いを続ける。

「ですからエヴァさんはアダルトバージョンではなくそのままで出撃してください」
「判ったよ! 全く……父親とは大違いだな、あやつは光の道を進めと言ってくれたのに……」

 なぜか僕よりも落ち込んでいるようだったので発破をかけよう。なにしろこれから鬼退治にいくのに、一番の戦力である彼女がスランプだなんて危険すぎる。

「エヴァさん、これが光の道でしょう?」
「え?」

 しっかりと彼女の華奢な肩を掴み、瞳を覗き込む。こーゆーのは気迫が肝心なんだ。

「これまでのエヴァさんは表向きは死んだものとして扱われ、学園外に出ることもできず全力を振るうことなど許されなかった。
 ところが今のあなたは、自由に外を歩いても力を存分に使っても制止する者はいません。さらに今回テレビに映れば世界的な知名度もハリウッドスター以上に上がるでしょう。
 麻帆良での番犬生活と比較してみればどちらが光の道かは明らかです」
「……そうか?」

 まだ納得しかねているらしく可愛らしく小首を傾げているエヴァさんに、これはまずいと肩を抱き寄せ森の出口を一緒に眺める。

「ほら、天も僕達を祝福しているんでしょう。文字通りの光の道ですよ」

 ちょうどタイミング良く日の出になり、森から闇を駆逐していく。うっそうと木々が生い茂るここから先は、真っ直ぐな道がどこまでも伸びてそこに徐々に光が差し込んでゆく。
 隣の少女の肩を抱く手は離さずに、くさい台詞で誘いかけた。

「エヴァさん一緒に光の道を歩きましょう」
「……うん」

 こくりと頷いたエヴァさんと共に、俺達は光の道へ歩を進めた。
 焼けた。

「熱い! 熱いぞ、コンチクショー!」
「ああ! 葱丸よ、貴様の足が燃えているぞー!」

 踏み出した途端に朝日を浴びた俺の右足が炎を吹き上げる。木陰に引っ込みエヴァさんと二人で必死で消火活動に励んでいると、超さんと茶々丸さんの声が届いた。

「やっぱり、吸血鬼化したばかりでは朝日の中を歩くのは自殺行為ネ。葱丸に先行させて良かったヨ」
「マスターも御自分がハイ・デイライトウォーカーですから、うっかりしていたんでしょう。ああ、あんなに楽しそうに消火作業を」
「茶々丸よ、これが楽しそうに見えるなら貴様のカメラ・アイは分解洗浄するぞ!」

 てめえも予想してたならアドバイスぐらいしろー! 足の痛みと仲間の情けなさに涙が出て、俺の気力を削っていく。このまま死んだら恨むぞ、お前ら。

「ははは、燃えたよ、燃え尽きた。真っ白な灰になるんだ……」
「葱丸ー! そんな七十年代のボクシング漫画のような台詞を吐くなー!」
「そうです葱丸様。現状でその台詞を吐くと死亡フラグと認識され、実際にそのまま白い灰になる確率が……」
「茶々丸、そんな統計まで持っているのかネ!? どーやってデータを集めたんだヨ?」


 ――光の道を歩くのは一歩目で挫折した。どうやら俺達が光の道とやらを歩めるようになるのはまだまだ先の話しのようだ。
 そのころにはきっと世界を征服しているだろう。灰になっていなければだが。

 



[3639] 外伝  捻じ切れ! ネジキリシスター!
Name: 鋼鉄◆548ec9f3 ID:e058a40e
Date: 2009/06/13 14:59

  ※この話には多少下品な表現があります。
  ※タカミチファンの方には、不快と思われる展開のためお読みにならないほうがよろしいかと。


  タカミチside


 精緻な彫刻が施された扉を開けられて進み出ると、爆発のようなフラッシュに晒された。マスコミがどれほど集まっているのかちょっと想像がつかないほどだ。
 僕が一歩進み出ると潮が引くようにカメラマンが下がり、ようやく被告席への道が通じた。
 目が眩むほどフラッシュを浴びせられるのには閉口したが、それに文句を言うほど子供ではない。何より、これは今までネギ一味と戦ってきた中で、積みあがられてきた冤罪を解く唯一の機会なのだから。
 胸を張って右手を肩の高さまで上げ、左手を聖書の上に乗せる。己に恥じる所は無い。ただ事実を話せばいいだけだ。

「これから真実のみを述べる事を誓います」


 一通り自分の身に起きた「なぜ周りの少女が次々と裸になっていったのか」を話し終えたが、周囲を囲む聖職者達の犯罪者を見る目付きは変わらない。たしか、学園長を通して根回ししているはずなのだが。僕の濡れ衣を晴らすのは、この場が一番効果的だと諭されてこんな被告席にやってきたんだ。もし、話が通じていないと厄介な目にあうかもしれない。
 僕の周りの冷たい視線に居心地が悪くなる。それと中には悪意の気配ではなく、殺意を持った気配――いわゆる殺気が混じっている。
 いきなり僕がここで襲われる事はないだろうが……。テレビカメラに囲まれた宗教裁判の席で、殺人事件はさすがに起こさないだろう。

 そう楽観していたが、殺気の源を探り当てるとその緩んだ気持ちが吹き飛んだ。
 僕から見て右手に当たる傍聴席のカメラマンだったが、カメラはともかくその視線と殺気は明らかに法王を貫いている。
 法王の暗殺が試みられるのは、別に歴史上初めてではない。一説ではコメリカ大統領を超えるという影響力を持つ人物だ、彼を狙う者も多いだろう。しかも、これだけのマスコミの前で殺害が成功すると、神は法王を守護しなかったと全世界に喧伝され教会の権威は地に落ちる。
 
 ――まずい。背に冷や汗が滑り落ちていくのを感じる。僕が狙われるのは問題ない。咸掛法を使っていなくても銃弾ぐらいならば怪我をしないだけの防御力を備えている。
 しかし、法王が狙われているならば話は別である。被告の立場に居る僕がテロリストに先制攻撃をするのは不可能、彼らが武器を取り出した後に射線上に入り法王を庇いながら襲撃者を倒さねばならない。

 協力者が一人でもいれば簡単に彼らを押さえ込める。しかし、ここはバ○カンである、魔法使いは極少数しか存在せず、その数少ない一人は正面で目を爛々と輝かせているシスター・シャークティだ。
 彼女らは僕が妙な行動をしないか監視しているのだ。連携などとれるはずもない。

 どうするか裁判の流れに注意の半分をよこしつつ危険人物をチェックしていたが、心が決まるより早く彼らがそっとカバンから銃を取り出す姿が見えた。
 警備は何をやっているんだ! 舌打ちしつつ体は法王を守るために動き出す。

「法王を守れ!」

 叫び声を上げて警備に注意を呼びかけ、法王の前で壁となり銃撃に備える。本来なら先に暗殺者を倒せればモアベターなのだが、そこまでは障害物が多いのと傍聴席には他のマスコミ陣も多いので法王の保護を優先したのだ。
 頭をカバーした腕と胸部に軽いショックを感じる。うん、たかだか九ミリ弾ぐらいだな、このぐらいな傷一つないだろう。マガジン一つ分は撃ち尽くしたと、僕が銃弾を受け止めて安心しかけた瞬間に後ろから衝撃を感じた。

 ――しまった! 他にも暗殺者が居たのか! すばやく反転すると、そこには杖を構えたシスター・シャークティが法王との間に体を割り込ませていた。
 どうやら攻撃してきたのは彼女らしく、こちらを射殺さんばかりに睨んでいる。誤解だ! と叫ぼうとして違和感に気づく。
 僕の服がない。

 シスターが僕を背後から撃ったのは「武装解除」の呪文だったんだ。彼女の唇が僅かにつりあがり「ポケットがなければあなたの得意技は撃てないでしょう?」と冷たい言葉を吐く。
 さらに後ろからはファースト・アタックの失敗から立ち直った暗殺者が、次の攻撃をしようとマガジンを込め直す気配がする。

 八方ふさがりの中、自然に僕も笑みを浮かべている事に気がついた。ピンチだと? この程度で? どうも平和ボケをしていたようだ。あの大戦を思い出せ、このぐらいは日常茶飯事だったじゃないか。

「僕が『紅き翼』のメンバーから学んだ事は、最後まで諦めずにやれることをやる、だ」

 シスターは無視し、素早く反転するとマシンガンを構えた暗殺者が正面にいた。こんな大きな武器を見逃すとはここの警備員はやる気があるのだろうか。
 暗殺者は動揺もせずにマシンガンの引き金を引いた。僕が武器を持っていないのは一目瞭然だ、さっさと始末して本命の法王を狙うつもりだろうが、見くびりすぎだよ。
 右手をブリーフに突っ込み、そこから居合い拳を放つ。

 反撃されるなど想像もしていなかったのだろう、暗殺者は撃っていたマシンガンの弾共々後ろの壁にめり込んだ。
 衝撃のあまり建物が軋みを上げるほどの猛スピードで吹き飛ばしたが、命に別状がないといいな。
 頭の片隅だけで彼らへ気遣いを終え、再び身を翻してシスターと法王へ向き直る。

「近づかないで! このストリーキング!」

 シスター・シャークティの叫びに自分の下半身を見下ろした。
 ――ブリーフまで無くなっている。
 さっきの居合い拳はさすがにただの綿素材には耐え切れなかったようだ。でも、最初に『武装解除』で服を脱がせたのはあんたでしょうが。

 文句を言おうと一歩進み出ると「ひぃ」とシスターは身を強張らせる。これは説得不可能かと絶望し天を仰いだ時、僕達の上の繊細な絵画が描かれた天井にヒビが入っているのに気がついた。
 もしかして、さっきの暗殺者と今度の天井落下の暗殺計画は二段構えか! 瞬動を使い、法王とシスターを抱きかかえて避難させようとする。

「危ない!」
「キャー!」

 やけに女らしい悲鳴をあげて僕の腕を振り払ったシスター・シャークティは、頭上から落ちてくる瓦礫には反応できなかった。彼女の右手を残して完全に埋もれてしまった瓦礫の山に「主よシスター・シャークティの魂に安らぎを……」とどこか虚ろな声で祈りをささげる法王。
 天井の残骸に埋没した彼女は気の毒だが、仮にも魔法使いなら死にはしないはずだ。
 そう見切りをつけて、僕は法王の目を覗き込んだ。この混乱した一瞬以外に彼と差し向かいで話したとアピールする時間は無い。

「法王様、僕は無実です。誓って恥じるような事はしていません」

 法王も瞳を逸らさない。彼とは直接の面識はないが、彼が魔法界――いや、学園長からの要請で僕の冤罪を晴らすという筋書きになっているはずだ。
 法王が何か答えようとした瞬間、今までに経験のない苦痛が襲ってきた。



  枢機卿side


 異端審問の場へやってきた男は、マスコミの多さにも設備の荘厳さにもまるで動揺を見せていなかった。
 これだから田舎者は鈍いと言われるんだ。あの男――タカミチだったか? の余裕は鈍感なだけだと決め付ける。私でもこの豪華な場所に立ち入れた時は、その威厳に打たれて小さくなっていたものだ。東洋から来た性犯罪者が自分以上に堂々としているなど認められるか。
 本来ならばこんなチンケな犯罪者など、あの瘴気を漂わせるシスターに去勢させればそれですんでいたのに、なぜか自首してきたとかで公開裁判になってしまった。
 
 裁判の内容は論評に値しない物だった。タカミチは全てが誤解で、悪いのはネギという名の少年だと主張する。
 しかし、エヴァンジェリン・明日菜・高音という少女達は自分で脱がしたと認めているあたり、彼の中ではどう整合性がとられているのだろう。
 ましてや、そのネギ少年を自らの手で倒したと言うのを聞いて「それは口封じでは」と突っ込みを入れたくなった。

 おそらくタカミチにとって『紅き翼』の元メンバーというのがプライドの源泉であり、それに反するものは全て『悪』に思えるのだろう。
 とんでもない間違いだ。『悪』とはキリスト教の敵を意味する言葉だ、そして敵かどうかを判断するのはこの私だ。
 勿論、上司に法王様はいるが、実務的な仕事は全部私の管轄だ。つまり、私の敵は神の敵であり『悪』ということになる。
 うむ、間違いない。タカミチという名のこの悪魔め!

 私が一向に改悛の情を見せないタカミチに憤っていると、そばにいるシスター・シャークティがそっと小さな棒のような物をどこかへ向けるのに気がついた。できれば、彼女を視界に入れないようにしていたのだが、目に付いてしまったのは仕方がない。
 どこを指しているのか視線でたどると、そこには不審な動きをするカメラマンがいた。

 もしや、あれはテロリストか! そう思い至った瞬間、シスターの手からつむじ風のような表現しがたい何かが飛び出した。
 詳細は判らないがおそらく神をも恐れぬテロリストを制圧するための攻撃に違いない。
 今までの仲たがいはさておき、彼女のこの一撃で無力化が成功すればいいのだが。

 そんな私の願いははかなく消えてしまった。あの性犯罪者がシスターとテロリストの間に入り、シスターからの攻撃を自らの背中で受けたのだ。やはり書物で読んだ通り、日本人は強い攻撃は背中で受け止める伝統があるらしい、立派な『任侠立ち』だった。
 やはりこのタカミチという男はテロリストと共犯だったらしい。背中に浮き出す鬼の面のようなビルドアップされた背筋を見つめて舌打ちする。
 待て――背筋? なぜこの男はブリーフ一枚になっているんだ? いつの間に、何が目的で裸になっている?

 混乱しかけた頭脳がシスター・シャークティの言葉でまた動き出す。

「ポケットがなければあなたの得意技は撃てないでしょう?」

 そうだ! その通りだよシスター。彼がどんなつもりで服を脱いだのかは不明だが、ボディビルの大会に出場中のような格好では武器も隠し持っていないはずだ。甘かったがこの時点ではそう考えてしまった。
 だが、パンツいっちょのタカミチはこんな時でも不適な余裕は崩さない。

「僕が『紅き翼』のメンバーから学んだ事は、最後まで諦めずにやれることをやる、だ」

 そう言い捨てるとくるりとこちらに背を向けた。
 同時に破壊音が響き、彼の向いた方向から凄まじい砂埃が漂ってくる。
 私の目にははっきりと見えた。タカミチが背後を向く寸前にブリーフに手を突っ込んだのを。さらに、そのブリーフから飛び出した物がこの破壊をもたらしたのも。

 タ、タカミチ。君は何をどこから発射したのかね? 
 びびってしまった私をよそに、タカミチが再びこちらへ向き直る。その股間からはらりと落ちるブリーフが一枚。うん、ブリーフ君、破れたとしても君は悪くない。バズーカ並みの威力の攻撃をブリーフの中から撃つ、あの男が非常識なんだ。
 現実逃避気味に宙に舞うブリーフに哀悼の言葉を捧げていると、いつの間にかタカミチが法王を横抱きにしている。その隣には瓦礫の山と、そこから伸びるシスター服の右腕だけがじたばたと暴れている。

 マズイ! 法王を人質に捕られた! とっさに彼を食い止めようとしても、一瞬の躊躇が仇になり法王を無傷で取り戻すのは難しい。
 私に限らず警備の者にもタイムラグがあったのは、皆内心では――こんな裸人に近づきたくないという無意識下の硬直だろう。むしろ、裸の男に嬉々として突っ込む人間の方が少数派のはずだ。
 タカミチは法王を優しく床に降ろすと、胸を張って主張した。
 
「法王様、僕は無実です。誓って恥じるような事はしていません」

 ……駄目だこいつ、早く何とかしないと。
 この男は真性の変態でどんな羞恥プレイでも恥ずかしいと思わないに違いない。だからこそ「恥じることはしてない」とのうのうと言えるのだろう。
 想像してほしい――全世界に放送されるテレビカメラとキリスト教を代表する法王の前で、素っ裸のまま仁王立ちで「恥ずかしくない!」と断言する男を。
 
 この場に居る全員が、どうすべきか必死に頭を巡らせているといきなり露出狂のテロリストが「はうっ」とうずくまった。
 どうしたのか? 皆の視線とカメラがズームしていくその先には、地面から生えた手が彼の股間を握っていた。
 即座にその手に筋肉が盛り上がり、シスター・シャークティが「ぷはっ」と地上に顔を出す。同時に自分が何を手がかりにして浮上したのか理解したようだ。その硬質の美貌が嫌悪と驚愕に歪んでいく。
 それを離しては駄目だ! そのまま……

「「「捻じ切れ! ネジキリシスター!」」」

 おそらくこの神の家でここまで絶叫がハーモニーを奏でたことはないだろう。そして叫ぶ男の誰もが腰が引けているという情けないポーズがシンクロすることもこれからないだろう。
 私達の魂の叫びにシスターは頷いた……ようだった、だがその姿はタカミチと共に再び崩れ落ちてくる天井の砂煙に消えていった。


  学園長side


「ああ、タカミチか。テレビで中継を見ておったよ。よくあの場から脱出できたな。しかし……法王にテレビでお主を無実と宣言させる計画は、もはや完全に不可能じゃな。
 今までの罪がどうこういう問題じゃなく、貴様が『変態』じゃと世界中が思っとる。
 ……ああ、ああ、判っておる。シスター・シャークティに連絡が付けられなかったのは、こちらの落ち度じゃ。
 とにかく、今のお主を公の場で使う訳にはいかん。しばらくは前にNGOで居た場所でほとぼりを冷ましてくれ。あそこならテレビの前で裸体を晒したと聞いても受け入れてくれるはずじゃ。
 それと……前より声が高くなったようじゃが大丈夫か? ああ、すまん。そんなにムキにならんでもよかろう。それではな」

 受話器をおいてため息を吐く。まったくこのごろはままならぬ事ばかりじゃ。麻帆良は封鎖され、魔法先生・生徒をまとめるだけで手一杯。他の事にまわせる人材がいない。タカミチが冤罪と証明できれば助かったんじゃが……。
 椅子の背もたれに体重をかけ、そのまま目を閉じる。誰か代わってくれる者がおらんかのう……。
 それにしても、タカミチの奴。

「半分になったか」
 


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