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[29096] 魔砲少年サブカルネギま! (ネギま!×リリカルなのは)【改訂版
Name: みゅう◆777da626 ID:a01146fe
Date: 2012/08/17 01:15
※概要※

・オリ主とネギたちが序盤から全力全開で裏世界の問題(魔法世界救済を含む)解決に向け動く話です。オリ主の動きにより、多くのキャラの立ち位置や組織の勢力図が原作と乖離しています。

・「リリカルなのは」とのクロスですが、アニメがネギま!世界で放映されている設定です(放送年はご容赦を)。それを見た主人公やネギたち魔法使いの性格面、技術面への大きな影響があります。

・主人公及び式神はオリジナル能力がありますが、チートではなく悪い意味でのバグです。物語の核心部分を担うものなので少しずつ出していきます。

・主人公及び式神除き、メインにはオリキャラは極力出しません。しかし関西関係(各派閥、青山家、近衛家など)でオリジナル設定が多いです。

・政略・開発・日常・恋愛(非ハーレム・√固定)の話が主です。

・原作イベントが起こらない、オリジナルイベントの突発があります。

・2011年7月からこちらにも第2部序盤まで掲載させて頂いていましたが、2012年3月より、にじファン撤退のため少しずつこちらに移転中です。以前の文章・構成が拙かったため、文章・構成共に大きな修正を加えています。現在ほぼ新たにゼロから書いている状況です。

・ご意見やご指摘は真摯に受け入れる主義なので、どうぞよろしくお願いします。

・現在全体のプロットを再構成中です。過去話(留学編)による補足を思案中。テンポが悪くなりますが、どうかお時間を下さい。

・活動報告
2012.3.15.第一部の話を全て纏め、大幅に修正しました。
2012.3.16.0:26 下げのつもりが間違えて上げてしまいました。申し訳ないです。以降こちらに掲載していた分が追いつくまでは下げ投稿しておこうと思います。
2012.3.20. 4話下げ更新。話の流れはそのままに、本文はほぼ全て新たに書き直しました。
2012.3.24. 5話下げ更新。
2012.3.25. 以前掲載していた分をこえたので6話上げ投稿。
2012.4.7. 7話上げ投稿。すべて新たに書き下ろしました。
2012.4.15. 8話投稿。ほぼ全て新たに書きなおしました。これ以降にじファンのときと展開や設定が多少変わっています。
2012.4.28. 9話投稿。新規の話です。
2012.5.20. 10話投稿。新規の話です。
2012.5.30. 「新旧世界革命記 魔砲少年サブカルネギま! 」→「魔砲少年サブカルネギま!」へとタイトル短縮。誤字修正も。
2012.6.5.  11話投稿。新規の話です。魔改造してます。
2012.6.29.  12話投稿。新規の話です。
2012.7.09.  13話投稿。新章開始です。
2012.8.02. 個人ブログ「みゅうのss保管庫」開設。設定やらオマケの置き場にしようと思います。



[29096] 第1話  狐との契約【幼少編】
Name: みゅう◆777da626 ID:a01146fe
Date: 2012/07/09 17:57
しんしんと雪の降る山の中。
3歳ほどに見える小さな男の子が一人彷徨っていた。
 
長袖パジャマに裸足で歩くその姿はどう考えても尋常ではない。
足の皮は擦り剥け、小さな赤い斑点が雪の中に残っている。
しかし、男の子はただ歩いた。
ここにいては死ぬと本能的に気付いているのだろう。
 
声もあげず、泣くこともなくただ歩いた。
泣いたところで誰も助けに来ないことを、幼いながらもおそらく理解していた。

枯れ枝が足裏に刺さっても、耳や指先の感覚がなくなっても、ただひたすら歩き続け――――男の子はやっと石造りの鳥井を見つけた。
その見つめる奥には小さな社らしきものが見えた。

助かるかもしれない――そう思ったとき。
男の子の張りつめ続けた心の糸が遂に切れ、意識は闇に落ちた……



彼が再び目を開けたときに見えたのは、白く無情な空ではなく、温かな光で照らされた板張りの天井だった。
凍てついた体を包み込む暖かさに安堵してしまったのか、いつの間にか男の子は布団で寝ていた。
まだ意識は霞みがかったようにはっきりしない。

男の子は布団に潜った。
寒さに怯えることのない喜びを全身で感じていた。
もう少しこのまま寝ようと思ったが、先ほどまでのことは夢だったのだろうか、そういえば全然痛みも感じないし、こっちの方が夢だろうか。
そう考えながらも、布団のなかで暖かさを噛みしめながら、やっぱり寝ようと布団の中でモゾモゾとしていた。
状況把握よりもまだまだ小さな男の子にはこっちの方が大切なのだ。

「あっ、もう起きたんだぁ!」

甲高い声。知らない女の人のもの。
しかし性格なのか、疲れているからなのか、男の子は布団から出なかった。そしてすぐに安らかな寝息が布団の中で響いた。

「う~無視しないでよぉ! もうこうなったら突撃ぃいいい!!!」

自分の呼びかけに全く反応しない彼にムスッとしたのか、彼女も布団の中に飛び込んだ。そしてじゃれつくようにして首元や脇腹に手をあててくすぐる。

「うわぁあああ!くすぐったい!あああああっやめてええええええ!!」

思わぬ攻撃に耐えかねた男の子はすぐに布団から飛び出した。

「なんでこんなことするん?」

目に涙を浮かべながらも笑顔の男の子は訊ねる。

「それはお姉ちゃんの言うことを無視して寝ちゃうからだよ」

年上ながらも大人げなく男の子を叩き起した少女は、ピョコっと布団から顔を出して、笑いながら答えた。

少女も布団から出て男の子の前に立つ。
容姿から察するに少女は10歳ぐらいだろうか……人ならば。
明らかに少女の容姿は普通ではなかった。

銀色と言っても良いほどに輝く白髪。
前髪は切りそろえられ、後ろは腰まで届くまっすぐな髪であった。
瞳は赤く。肌は透き通るように白い。
服は薄い白い和服を1枚着ているだけであった。
その姿はまるで雪女を想像させた。

しかし、男の子の驚いた顔には恐れの色は全くない。
その瞳はきらきらと輝き、彼女に見入っているようだった。

「おねえちゃんきれいやなあ。まっしろやし、めぇもまっかでかっこええわぁ」

その言葉に逆に少女は驚かされた。
まだ恐れを知らない純粋な子供で良かったと思った。

「ありがとう。きれいって言ってもらえたのは久しぶりだな。僕はいい子だね」

少ししゃがんで、少女はぎゅうううっと男の子を小さな胸に抱きしめる。

男の子もぎゅっと腰に手をまわして抱きしめ返す。
久しぶりの温もり、人の温もりを二人は感じていた。

「ねぇおねえちゃん?」
「なぁに?」
「おねえちゃんがぼくをたすけてくれたの?」

 少し体を少女から離して見上げる男の子。

「そうだよ。いつも人が来ない神社に僕が倒れてるの見つけて吃驚しちゃった」
「おねえちゃん。ありがとう」
「どういたしまして。お礼をいえるなんて偉いね。いい子だ」

わしわしと頭を撫でた後、抱きしめた腕を解放し顔を向き合わせる。

「それで僕のお名前はなんていうの?まだ聞いてなかったよね」
「このえかずは(近衛和葉)」

 覚えのあるその苗字に、何の因果かと少女は少し顔をしかめた。

「おねえちゃんは?」

 当然の疑問を和葉は口にした。

「…おねえちゃん?」

 ふっ、と一瞬口元が歪んだ後、

「ふっ、ふっ、ふっ。聞いたら驚いちゃうよお!おめめが飛び出しちゃうよお! お姉ちゃんはねぇ、実はお狐様なのだぁああ!!!」

いきなり叫ぶ少女。
両手は頭に当てて耳に見立てたようにしていた。

「おねえちゃんって、『どろろんぱ』できるんやぁ! すごおい!!」

和葉の言う『どろろんぱ』とはおそらく変化のことを指すのだろう。
驚くといっても恐れの方ではなく、無邪気な瞳には尊敬のまなざしが籠っていた。

少女には先ほどの神妙な顔つきはもう見えない。
無邪気な幼児に合わせる表情は、既に母親のソレであった。

「お姉ちゃんはすごいから、葉っぱがなくてもできるんだよお!」

和葉のきらきらと期待した瞳は一瞬も見逃すまいとしていた。

「じゃあ、いくよお『どろろんぱ』!!」

少し霞がかかり、足元から出てきたのは白い狐だった。
毛並みは美しく、月の光に照らされて輝いていた。

「ほんまもんやぁあああ」

今度は和葉が狐の背中ををなでなでする。

「あのね」

美しい白狐の口から暖かい声がした。

「うん」
「私のこと怖くない?」
「ぜんぜん」
「そう。あのね。和葉はお家に帰りたい?それともお姉ちゃんと一緒にここで暮らす方がいい?」

二つの選択肢を狐は提示する。
また捨てられるかもしれない、いや二度と帰って来れないようにされるかもしれない家に帰るか、得体の知れない狐とここでひっそりと暮らすか。

まだまだ小さい子供に選ばせるのは酷だ。
しかし選ばせないわけにはいかなかった。

「かえりたい。でも……おねえちゃんといっしょがええ」

 母親にすがるように、和葉は狐を抱きしめた。

「ねぇ和葉」
「なあに?」
「お願いがあるの」
「どんな?」
「……私に名前を頂戴。そうしたらずっと一緒にいれるから」
「そうなん? おねえちゃん、なまえないん?」
「ずうっと昔はあったけど忘れちゃった」
「う~ん。ぼくがつけてええの? せやったら、『ユキ』や」

 和葉は即答した。

「ユキ?」

 狐は聞き返す。

「おねえちゃんのなまえ『ユキ』がええとおもう」

 もう一度はっきりと答える。

「……『ユキ』かわいい名前ね。ありがとう和葉」

『ユキ』と名付けられた狐はいつの間にか少女の姿に戻り、再び和葉を抱きしめていた。

雪みたいに私が白かったから付けたのだろう。
安直だけど可愛い名前でよかったとユキは思う。

「あんな。きょうはゆきがいっぱいやったから『ユキ』ってしたんやで」
「そうなんだ。私もね雪が大好きよ」
「どうして好きなん?」
「私の一番大事な人がね。雪が大好きだったの。だからこの名前とても気に入ったわ」
「ふうん。そうなんや」

なんとなく過ぎてしまう日々の中で、この大切な日を忘れてしまわないように。この雪の日を二人は絆として魂に刻みこんだのだった。


その後二人はユキがどこからか持ってきたおむすびを食べた。
下山するには日が暮れかかっていたので、とりあえず一夜を明かし翌朝下山することになった。

二人は色々と話したが、なぜ和葉はあそこにいたのか、なぜユキはここに住んでいるのか。自然とそういう話は二人ともしなかった。

好きな食べ物の話の他には、妹の「このちゃん」や、従姉妹の「もとこねえちゃん」、「つるこねえちゃん」の話はよく出ていた。
和葉の信頼する人のようだ。

「ユキねえちゃんみたいにぼくもへんしんできるようになるんかなぁ?」
「できるよ~。こんどやり方教えてあげるね」
「やったあ!じゃあおんなのこになるぅ」

 どうして女の子になりたいの?と聞く前に和葉は無邪気に口を開く。

「おおきくなってもおんなのこやったら、みこのおねえちゃんたちといっしょにおふろにはいってもええんやろ?」

3歳にして立派な男の発想力。
ユキは一瞬教えることをためらった。しかしまだ3歳でもある。
その辺りはきちんと教育していけば、きっと大丈夫だろう。
その見通しが甘かったことを知るのはもう少し先のこと。



夜が明けておむすびを食べた後二人は出発した。
和葉は裸足だった上、目的地まで遠いので雪はおんぶして行くことにした。履物も用意できるが、あえて用意しなかった。服もそのままで行かせることで、この子の置かれた状況を糾弾してやりたいとユキは思っていたのだ。



「ユキねえちゃんさむいよお」

扉をあけるとまずそれを口にした。

「あったかくな~れ~」

ユキが軽く人差し指を振ると二人の体はほんのり白く輝いた。

「うわあ。あったかあい」
「すごいでしょ? 言霊っていうんだよ」
「ぼくにもおしえてぇ」

そんなやりとりを交わした後、ユキは和葉をおぶって人ではありえない速度で山の中を駆けていた。
10歳ぐらいの女の子が3歳の男の子を連れてきても威厳が足りなさそうだったので、ユキは成人の姿に変化していた。
和葉はどうもこちらの姿の方が気に入っているようだった。


随分山の中を走ったが、昼ごろには目的地に着いていた。
長い石造りの階段の入口でユキは立ち止まった。

「結界は相変わらずか。まぁ都合がいいわ」

やっぱり裸足だとかわいそうだと思ったユキは、脇に生えている樹の葉っぱを2枚ちぎると、一瞬で雪駄に変化した。
階段はゆっくりと和葉を降ろして、手をつなぎ二人は階段を上って行った。

「白狐殿はどうやってこの結界をくぐり抜けたのですかな」

よりによって第一声がそれだった。
二人の目の前には齢50ほどの男が正面に立ちふさがっていた。

ユキを狐と一目で看破できるあたり、それなりに高位の術者なのだろう。
警戒するのは当然かもしれないが、1日以上疾走していた当主の息子が帰ってきたのにも関わらずこの態度はなんだというのだ。

まず和葉の方に声をかけるのが人というものではないのかと、ユキはムッとしていた。 
両脇には多数の巫女服姿の侍女たちが並び、多くのものは喜んでいるような雰囲気であったが、警戒や困惑をしている者もいたが、明らかに不快な顔をした者も幾人か見られた。

彼らの心中を察するのは技を使うまでもなかった。
ユキは瞳孔を細め、今まで和葉には見せなかった鋭い表情を彼らに向ける。

「口を慎め下賤。妾は白狐ではない。天狐じゃ。この姿を見てわからぬか?」


ユキの頭から耳と、尻尾が……4本生えていた。
そう、天狐。それは1000年以上生きた狐。

善狐の中でも特に上の霊格を有し、尾は4つ。神格化され、占いの力に優れていると一般には伝われている。

白狐も善狐の代表的な霊格だがあくまでも神の使いレベル。
しかし天狐は神格化されているといっても過言ではない。

周りの様子が変わった。
警戒心よりも畏怖の方が表情に表れていた。
男は何も言えない。
無礼な口を聞いたことに対する謝罪ですら怖れのあまりでなかった。

「近衛のことは平安の世からの縁じゃ。知り尽くしておるが故、破るのも容易いが、そもそも妾に結界自体が作用しておらぬ」

衝撃的な言葉だった。

おそらくこの狐は近衛家に仕えていた元・式神で結界の対象から外れているか、そうでないとしたら狐としての能力で結界を騙せるほど高い力を持っていることになる。

それくらいのことはこの場にいた誰もが容易に想像できた。

「通せ。妾たちは当主に用がある」

 耳と尻尾を元に戻した後そう言い放つ。

奥へ進もうとすると、細身の長身にオールバック気味の短髪でメガネをかけた男がこちらへ近づいていた。
和葉と同じ歳ぐらいの女の子の手を引いている。

「かずくうううん!!」

てててっ、と赤い着物を着た日本人形のような女の子は和葉に駆けよりダイビングする。

「こ、このちゃっ!うわああああ!?」
「きゃああああ」

女の子を受け止められなかった和葉は地面に叩きつけられた。

「かずくん、おかえりやんな。うちも、とおさまもめっちゃしんぱいしたえ?」
「うん、ただいま。このちゃん」

崩れそうな顔で和葉は彼女の頭をなで、えへへっ、と少女も嬉しそうに表情を緩ませる。

こちらはもう大丈夫だろう。ユキは二人を見て微笑んだ。

「妾は近衛和葉が式、天狐『ユキ』。主のことについて汝に用がある」

 関西呪術協会の長であり、近衛和葉と近衛木乃香の実の父でもある近衛詠春を眼差しで見つめた。「妾に嘘は通じぬぞ」と言わんばかりだ。



ユキと近衛詠春の二人は、とある部屋に移り会談を行った。和葉は木乃香と一緒に他の部屋で遊ばせている。

「で、何者かが和葉と木乃香を連れ去り、和葉は雪山に放置、木乃香は追撃部隊によって奪還した。そういうことでいいのじゃな?」

ユキは今までの情報を整理して確認をとった。

実は和葉と出会う前に現当主の子供2人が誘拐されるという非常事態が起きていたというのだ。

先ほどの陰陽師や巫女たちが敵意をあらわにしてきたのも無理はない。しかしこの状態はあまりにも……

「ええ、このような事態を呼んでしまったわが身が不甲斐ないものです」

正座で相対していたが、土下座の形をとって詠春は感謝の意を表す。丁寧や誠実と言えば聞こえは良いが、当主としては情けない構図でもある。だが、それでも頭を下げるのはやはり人の親だからか。

「天狐様には和葉を助けていただきどれだけ感謝してもしきれないほどです」
「当主よ、あの子が妾の所まで辿りついけたのは一重に加護によるものじゃ。覚えはあろう?」
「そうですか……が和葉を守ってくれたんですね」
「だから面を上げるが良い。それから妾のことはユキと呼べ。あの子がくれた名だ」

詠春は土下座を解いた。
その顔には驚嘆の表情が浮かぶ。

「和葉が名を? それではユキ様は」
「和葉の式と申しておるだろうに。今はあの子の力で顕現できておるのだ。たとえ 幼子相手とて主に仕えて何がおかしい」
「いえ」
「よい。本題に戻るぞ。木乃香をさらったのはあの子の莫大な力を悪用しようとか、旗印にして体制をかえようとかいう輩であろう?」
「犯人達は恥ずかしながら我が協会内の反体制の一派でして、誘拐後に要求を聞いたのではありませんがおそらくはユキ様の仰るとおりでしょう。ですが……」
「和葉が帰ってきたとき明らかに不味そうな顔をしている輩がおったが、お主の口から聞かせてもらおうか」



「――――和葉の『本質』はどれだけの人間が気付いておる?」

今までで最も小さな声で、しかし明確に聞き取れる声で呟く。

「私と彼女、そして三人の側近だけのはずです」 
「ならばその問題は置いておいても良いか。ということは木乃香より力が低いからとはいえ、現当主の長男。利用価値の有無の問題ではあるまい」
「あの子たちは双子というのはご存知でしょうが、実は男女の双子のうち男子は忌み子として近衛家には伝わっておりまして……」

申し訳なさそうな顔から、しかめ面に変わる詠春。
親として当然の反応にある意味ユキは安堵した。
しかし双子の伝えなどユキは知らなかったのか額に皺を寄せる。

「大方占いの結果でも凶兆が出たと誰かがほざいたのであろう」
「ええ。真偽や可能性の大きさはともかくとして、妻を亡くした頃から、あの子を排除すべきだと唱える一派も出てきてしまったのです。我が子のことですから当然跳ね付けたのですが、まさかこのような強硬策に出るとは……」
「占いとはそもそも神からの助言であって、絶対の言葉ではない。稲荷のおみくじが最も身近な例であろう?しかし、奴らの言う占いとは、考えることを放棄した者が未来の可能性のごく一部を都合よく曲解したものにすぎん。人が扱う占いなぞ、いつの時代もただの政治の道具。実に不快じゃ」
「天狐ユキ様の、そのありがたいお言葉をウチのもの達に是非聞かせたいものです」

目を伏せながら詠春は苦笑した。
天狐は狐の中でも占いに優れ、神に近しい存在だからだ。

「して和葉を殺すこともなく山へ放置したのは、子供ゆえに手を下すのをためらったか、報復を恐れたか、その占いとやらを本気で信じて呪いが降りかかるのを恐れたか。そんな所は簡単に思いつくが、どう考えてもこの件は汝らを失脚させようとしているようにしか思えぬ」

一息ついて、ユキは続ける。

「おそらく、狙いは追手を二手に分散させること。そしてワザと放置した和葉を助けることができねば、出て来ぬ犯人の誘拐した責よりも救助できなかった責が表立った問題になる。捕まったとしても直接手を下さなかった犯人も、結果として間に合わず見殺してしまった協会を道連れにできる」

ユキの推論は止まらない。
それを聞いていた詠春の顔色が見る見る内に青くなる。

「仮に木乃香だけが助かった場合、長は木乃香を助けたのにもかかわらず、ワザと和葉を放置したのではないのか?とほざく輩が出る。最悪なら実は長の周りが手に掛けたのではないかなどとな。事の真偽はともかく我が子を見殺しにした長、という噂は失脚に十分であろう。しかも後継者第一候補である長男もおらず、妻も故人。となれば長女である木乃香に取りいれば体制を覆すのは容易い」

一気に可能性を列挙した後、ユキは付け加える。

「まぁあくまで事情をよく知らぬものの推論に過ぎぬが、な。あとは利害関係や派閥を洗い出すがよい。黒幕は確実に中におる。弱体化や勢力拡大を狙った外部からの工作にしろ内通者はいるはずじゃ」

詠春は何も返せなかった。

ユキが連ねる言葉の一つ一つに自分の力のなさを痛感した。
ユキが挙げた推測はどれも突飛なものではない。
冷静に第三者的視点から考えればごく当たり前のものであった。

しかし、どちらかが助かっても助からなくても相手の策にはまってしまう可能性には二人の親である詠春には気付くことはできなかった。
ただ漠然と、犯人たちは体制に不満があるのだということしか考えていなかった。

元々は一剣士であって、政治が得意だとはお世辞にも言えない。真面目すぎるとか、詰めが甘いとか紅き翼時代の頃からよく言われていたものだ。

だが、それを言い訳にしたこのままの自分ではいけない。
力のなさは罪だ。それを今、認識することができた。

変わらなければならない。組織も、自身も。それが組織の長として、二人の父としての務めだ。
口にはせずとも彼女の前で誓う詠春。そして改めて引き締まった顔でユキを見て口を開こうとするが、

「いい目をするようになったではないか。さっきまでの情けない男はどこへ行ったかの」

 和葉もこんな男前になるのじゃろうかと笑いながら言う。

「言わぬともわかっておる。この天狐『ユキ』は和葉の式じゃ。ならばその役目無事に果たそうぞ。無論、和葉の傍にいる限り木乃香のことも任されよ。汝は汝がなさねばならぬことを果たすがよい。それがあの子たちのためであろう」

そう言って右手を差し出す。
そのどこまでも真っ直ぐな紅き瞳に詠春は応える。

「二人をよろしくお願いします。私はあの子たちが無事に過ごせるように尽力しましょう」
 


こうして物語は大きく狂い始めた。

生き残った英雄の息子。

彼と天狐との契約。






それが大きな変化を生み、

12年後には誰も予想し得なかった物語が始まる。



[29096] 第2話  「とくべつ」な式神【準備編】
Name: みゅう◆777da626 ID:a01146fe
Date: 2012/07/09 17:57
第2部 政争準備編 


2003年1月。
とある休日の朝、麻帆良学園女子寮の一室。

左側をサイドテールにした小柄な少女が真剣に鏡を見つめている。
5分ほどじっと見つめ悩む彼女。
何度も横顔を確かめたり、上目使いをしてみたり、眼を細めたりとせわしない。

「まだ少し子供っぽいかな」

髪を降ろして左側だけシンプルな白の髪留めで留める。

「うん。やっぱりこっちの方がいい」
 
これで髪は整えた。次は顔色を確認する。

目元の隈は一晩で解消しているようだ。
実のところこの1週間ずっと緊張のあまり眠れず昨日まではくっきりと隈ができていた。
しかしハカセと超による特製の快眠薬により、昨夜は十分に睡眠をとれた。
何かお礼をしなくてはと少女は思う。
 
服は年始のバーゲンで友人たちに選んでもらったので、あまり心配はいらなかった。
少なくとも一般的に見ておかしいということはない……はずだ。
 
下はワインレッドのミニスカートとタイツに少しだけ底の高い黒のブーツ。
上は黒色のタートルネックセーターの上に輝くシルバーのハート型のネックレス。
これはこの前のクリスマスプレゼントに送られてきたものだ。
付けるべきかどうか迷ったが、今日付けずにいつ付けるのだと木乃香に言われた。

彼はこのネックレスを見て喜んでくれるだろうか? 

あとは適当に白のピーコートを羽織れば大丈夫だろう。
もう一度彼女は鏡の中の顔を見つめる。

子供っぽくないだろうか? 

中学生にもなって、大事な日に化粧の一つもしない女は失格なのだろうか? 
今まで色気づく必要がなかったため化粧道具などを一切持っていなかった。
しかし今になってその事をかなり後悔していた。



そうして再び5分ほど鏡の前で悩み続ける。

「今日は一段と可愛いじゃないか刹那? ん? ついに男ができたか?」

声が後ろからするのと同時に、鏡に褐色の肌に黒い長髪の少女の顔が映った。

「たたたっ、龍宮!?」
 
鏡の前でずっと悩んでいた少女、桜咲刹那は後ろを振り返る。
女子寮のルームメイトの龍宮真名が不敵そうな顔で笑っていた。

「鏡の前で奮闘する姿はなかなかおもしろかったが、急に動かなくなったのでね。声をかけてみたくなった。で、それだけ可愛らしくして今日は男とデートなのかい?」

ふふふっと真名は笑う。
弄りがいのある獲物を見つけたという顔だ。

生真面目な刹那は冗談も生真面目に返すので、弄るのが好きな人間には格好の獲物だ。
真名にとって、刹那をからかって遊ぶのは密かな趣味の一つであった。

しかし帰ってきた反応は意外なものであった。

「私は……その……。龍宮。龍宮から見て、その……今日の私はかっ、可愛いと思うか?」

いつもの刹那なら絶対に考えられない。

たどたどしい言葉と、紅潮した頬から純粋さ故の恥じらいが感じられ、見上げる瞳はまさに必死の色だ。

「くっ!」

そんな光景に真名は耐えきれず息を漏らしてしまった。

「……な、なんだ!?」
「ははははっ!ムキになって否定する様を期待してたんだがそうきたか。ははっ、いや一本取られたよ。予想外だ。参った。今日の刹那は女の私から見ても十分可愛い」
「ほ、本当か?」
「あぁ自信を持て。2-Aで1番今の刹那は可愛いよ。それで他に何か困っていることでもあるのかい?」

少し目に涙を浮かべながら笑う真名を刹那は久々に見た。
クラスでも仕事でも、表面上ではない笑顔を見るのは珍しい光景。

笑われたことにムッとするよりも、自信を持てと言われたのは純粋に嬉しかった。
おしゃれなどほとんどしなかった刹那にとって、大人っぽい真名に言われたのは大きい。

「それで化粧をしたいんだが、今からでも買いに行くべきだろうか? 私はそういったものを全然持っていないんだ」

真剣な眼差しを受けて真名は参ったとばかりに手を上下に振る。

「刹那と私では肌の色が違うし、中学生なんだからある程度そのままの方がいいさ。控えめの色のグロスを貸してやるから今日はキスの一つでももらうといい」

さらりとすまし顔で告げる彼女は自分の机へグロスをとりに行った。

「……キス」

 冗談を真に受けて思考停止していた刹那だが、携帯のバイブレーションで我に返る。
 着信画面には大事な人の名前。

「もしもし?」
『あぁ刹那、もう起きてる?さっき空港に着いたけど、今からそっち向かうからまた後でな』
「うん。また後で」

10秒もない。たった一瞬のやりとり。
しかしこの短さこそが愛しく、距離の近さを感じさせた。

5年ぶりに愛しい主に会えるのだ。
今ここで、精一杯の努力をしようと再び彼女は鏡に向かった。






麻帆良学園の駅前。
予定よりも40分ほど早く、刹那は待ち合わせ場所に来ていた。
一番寒い季節。太陽もまだ十分に昇りきってはいない。
しかしそんな寒さすら気にならない程に彼女の体は火照っていた。
 
そういえば木乃香と一緒に来ればよかったなと思いつつ、自分がどれだけ焦っていたのかを思い知る。

きっと部屋に声をかけず寮を出ていったことを怒られるであろうことも、今の刹那にとってはほんの些細なことにすぎなかった。

洋服店のショーウィンドーの隣の壁に小さな背をもたれかける。
約束の時間までの僅かな間、もうすぐ会える愛しい主のことを思い浮かべた。

それは遠いけれども決して忘れられない10年前のこと。





烏族の里において、忌み嫌われる白い羽を持つ少女。
立派な妖怪でもなければ人でもない、半人半妖の存在。
同類と呼べる者どころか、親という存在すら物心ついたときには傍にはいなかった。

完全な孤立。

耐えきれなかった幼い彼女は里を出た。
助けを外部に求めるわけでなく、無自覚に死に場所を探して。

しかし彼女は幸運だった。
山で修業をしていた和葉とユキに出会うことができたからだ。

白い髪に紅い瞳、背中には枝が突き刺さりボロボロになった白い翼。
他にも体中は傷だらけで泥や血の色が滲んでいた。
幼き日の和葉はそんな彼女を見つけると、逃げることなくすぐに駆けよった。

「いたい、いたいの、とんでけ~!」

僅かな力の籠った言霊での左の掌の出血を止める和葉。
このとき刹那は暖かい手を生まれて初めて差し伸べられた。
こうして和葉と、その後を追いかけていたユキに刹那は保護された。



その後、神鳴流の門下生として刹那は預かられることになった。
同い年の木乃香とも出会い、小学生ほどの姿になったユキも含めて4人で稽古の合間によく一緒に遊んだ。



そして、ある日のこと。
ふとした弾みで木乃香が川で溺れ、それを助けようとした刹那も溺れてしまった。

半分ユキの力を借りたとはいえ、式神を使役した和葉に助けてもらうという出来事もあった。

しかしこれをきっかけに、現当主の子である和葉達と一緒に刹那を遊ばせているのは問題であるとの声が高まった。

以前の和葉と木乃香の誘拐事件のこともあり、長やユキに対して表立った言動は取れないものの、刹那に向けられるのは一部の大人たちの視線。
その冷たさは幼い子供たちですら感じとることができるものであった。

そんなある日、刹那は和葉に相談した。

「ウチ、みんなとちご~て、ちゃんとした『ようかい』やないから、『さと』におられんよ~になってもうたけど。ちゃんとした『にんげん』でもないから、かずくんといっしょにおったらあかんのかなぁ……」

自らの境遇に泣くこともなく、諦めのこもった瞳を浮かべて、ただ淡々と刹那は語った。

「おとなのいうことはよ~わからんけど、ぼくはせっちゃんといっしょがええ」

 特に考える間もなく、和葉はそれを自然と口にしていた。

「ウチはんぶんは『ようかい』やねんで? こわないん?」
「ユキねえちゃんはぜんぶ『ようかい』やけど、こわないで?」

笑いながら和葉は言う。
確かに怖いと思ったことなど一度もないだろう。

「せやけど、ユキねえさまはかずくんの『しきがみ』やから『とくべつ』やもん。ウチとはぜんぜんちゃう」

妖怪でありながらも和葉の隣にいることの許されたユキへの嫉妬。
刹那が子供ながら常に感じていたことを言葉にしただけだった。

しかし、その言葉が和葉から思わぬ一言を引き出してしまう。
二人の人生を変える一言を。



「せやったら、ぼくはせっちゃんを『しきがみ』にしたる」
「……えっ?!」

あまりにも突飛な発言に刹那は理解が追いつかない。

「『にんげん』とか『ようかい』とか、おとなのいうことはどうでもええ」

和葉は力強くその言葉を続ける。
決して同情ではない。
無責任な戯言でもない。
語るのは心からの決意。

「せっちゃんがいっしょにいたいんやったら、ぼくがせっちゃんを『しきがみ』にしたる。ぼくがせっちゃんを『とくべつ』にしたるから、だれにももんくはいわせへん」

考えるよりも先に言葉が漏れ出してしまった。
幼き日の心からの願い。

「……うん。ウチを『とくべつ』にしてください。ウチはかずくんとずっといっしょがええ」





このときから刹那は『にんげん』でもなく、『ようかい』でもなく……
ただ一人の主の『とくべつ』になった。



そしてその愛しい主がようやく戻って来る。
彼の式神としてようやく力になれる時が来たのだ。



[29096] 第3話  改革派設立
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/05/30 00:33
「調の奴、こんなに押し付けやがって。せめてもう少し簡潔にまとめてくれよ」

ロンドンから東京へ向かう旅客機の中。
A4サイズのノートパソコンを弄りながら、黒ぶち眼鏡を掛けた黒髪の少年は弱った声を出した。

「しばらくはあっちに戻れないんだから、和葉のために配慮したんだと思うよ。もうせっかくの空の旅なんだから、グチグチ言わないの」

その左隣りに座る白髪の美女が嗜めた。
膝元には4cm程の分厚い洋書を開かれている。

「はいはい、ユキ姉。調はよくやってるよ。一応有意義なデータは撮れてるみたいだ。まぁ検定しっかりしているあたりの几帳面さは助かるけどな――――って、マズイぞこれ!」

画面をスクロールさせていた手の動きがピタリと止まる。

「早いの?」
「龍山山脈でもプラス約0.716%みたいだ」

和葉の気まずそうな声に。ユキも眉をハの字に変える。

「ざっとこれの3乗に今の係数を掛けたら、この前までとの差は4年と9カ月と15日」
「5年、余裕を見て10年は前倒ししないと不味いか、こりゃ」
「……だねぇ」

しばしの沈黙。
想定より悪い事態に瞳を閉じたまま天井を仰ぐ2人。
幼い頃より共に過ごした姉弟は、頭を抱える仕草までもが見事にシンクロしていた。

「問題は資料が早く見つかるかどうかだよね。頑張ろうか和葉」
「それもだけど質的に適応できるかどうか検証実験を進めないと。それから今は確かニャンドマだっけ。次の報告次第でもだいぶん変わるし……こりゃ毎日退屈しそうにないな」

真上に両手を上げて間延びした後、眼鏡のズレを直してタスクバー上のアイコンを開く。
そんな様子を見てユキは質問を投げかけた。

「逆に気合い入った?」
「まぁね。爺さんへの挨拶に、明石教授たちとの打ち合わせ。鶴子姉に連絡とって西への様子見に。結構殺人的なスケジュールになってるけど、木乃香と刹那、それに――――――アキバが俺を待ってる!」
「じゃあ私良いお店探しとくね。あっ、ここのお洋服可愛いなぁ」

洋書を閉じて、カバンから取り出した東京の観光ガイドを開くユキ。

「ちょっと資料の要約手伝ってよユキ姉!」
「もう日本海の上だし、少しぐらい息抜きしても良いんじゃない? あっちに着いたら人でも増えるんだよ?」

単なるわがままにも聞こえるが、ユキがデコピンをするときは決まって和葉を嗜める時だ。
休めということなのだろう。

「確かに息抜きした方がいいかな。今すぐどうにかなる量じゃないし、わかった。全然寝れなかったし、もう少し寝とく」

パソコンを閉じて、眼鏡も外してユキに預ける。
ブランケットを頭から被るようにして掛け直し、その瞳を閉じた。
そして眠りに着くまで、これからのことを少しだけ考える。





目指すのは麻帆良学園。

大学から幼稚園まで様々な教育機関が集まる世界でも有数の学園都市。
その街は世界樹と呼ばれる樹を中心として広大な範囲で広がっている。
しかし、その樹は世界でも有数の霊樹である「神木・蟠桃」であり、この学園都市の実態はその調査のために作られた魔法使いの住む都市である。

そして和葉の祖父である近右衛門が経営し、木乃香と刹那が麻帆良学園女子中等部に通っているため、和葉とは縁が深い土地でもある。

きっと麻帆良では色々厄介事に巻き込まれるんだろうなと、和葉は覚悟していた。

和葉は関西呪術協会の次期当主なのだ。
敵対とは言わずとも険悪な中である関東魔法協会の本拠地でもある麻帆良学園都市。
そこへ乗り込むことで厄介事が巡ってくるのは必然。
あまり面識はないものの、様々な方面で悪名高い祖父が仕掛けてこないはずがない。
しかし一方でチャンスでもあると、和葉はそう考えていた。

西と東との軋轢の清算――――それは和葉が幼いころに誓ったこと。
幾つも抱えている目標の内でも、最も自身の根源に関わって来るものだ。



「西洋の先の魔法の国に行って、勉強がしたい。そんで帰ってきたら父様の跡を継ぐ。もっと賢くなって、絶対僕らのこと認めさせてやるんや」

アリアドネーへの留学の希望と次期当主への名乗りを神鳴流も交えた総会において、6歳の和葉は行なってしまったのだ。

和葉のこの一言で総会は大騒ぎになった。
二十年前の魔法世界での大戦に無理やり召集されたこともあり、関西呪術協会で西洋魔術を習いたいということは前代未聞の裏切り行為。

賛成する人間はもちろん皆無のはずだった。
詠春のポストを狙う人間は多い。
それだけに勝手な次期当主への名乗りをされて憤る面々もいたが、たった6歳児が反対派を説得する理由を提示してきたのだった。



①6歳にして和葉が関西の長を継ぐ決意を表明すること。

②陰陽術の師として既にユキという高位の術者が存在しており、他の者による指導の必要性が少ないこと。

③アリアドネーは魔法世界でも中立の立場であり、大戦に大きく関わった連合や帝国よりは批判的な感情が協会内でも小さいこと。

④関東魔法協会は連合の下部組織であり、関東および連合に対抗できる人脈づくりがアリアドネーでは望めること。

⑤関西呪術協会の魔法世界進出への足掛かりとして、西洋魔術中心の魔法世界には珍しい、東方呪術の導入や教導という学問からの進出が望める。またそれは平和的な手段でありながらも、他の組織には真似ができず、また勢力拡大において最も必要な要素の一つである人材を、広く学生や弟子という形で確保のできる長期的に見て堅実的な手段であること。



和葉はアリアドネーへの留学のメリットをこれだけ提示したのだ。
和葉が次期当主になる正当性については巧妙に議論がすり替えられていたが、関心はそれだけ真剣な発言をしてきた和葉の存在そのものに集まっていた。

アイディアの欠片は持っていても6歳児に流石にこれだけの理由を用意することはできるわけがない。
和葉はユキや周りの大人たちを上手く使ってここに至ったのだ。
事前に相談を受けていた詠春も全面的に賛成というわけではなかった。
しかし息子が自分で選んだことは尊重したいと、長としての立場とは別であったが、親としては相談に乗ってくれた。
またアリアドネーで最高クラスの権力を持つセラスを紹介したのも詠春だ。

そしてこれらの根拠と、そこに思い至った理由を和葉は語る。

「僕は戦争を知らへんけど、結局西はええように使われてもうたから巻き込まれたんやろ」

良いように使われて来た。
痛烈な言葉であったがまさに事実であった。
東に唆され、あるいは押し付けられたために、多くの術師が日本とは離れた土地で命を落としたのだ。

「『嫌や!』って言うとればこないなことにはならへんかったはずや。ちゃんと言いたいこと言えるように、昔と違うて『嫌なことは嫌や』ってと言えるように僕はしたい。今のままやったらただ拗ねてるだけやんか――――――僕らには『発言力』が必要なんや」

異例の決意表明に続いたのは、“西には力がない“という侮辱とも挑発ともとれる言葉。
現在は長やユキの強い保護があるものの、以前は忌み子と呼ばれていた子の言葉であり、癇に障るのは当然である。

しかしユキによる教育によって精神的に大きく成長した和葉の指摘は、あまりにも正論過ぎた。
それが派閥に関わらず、大人たちの胸を締め付けた。


そして和葉が提示した「発言力の向上」という着眼点。

ただ今の在り方を否定する穏健派とは異なり、この考え方は中立派や穏健派よりも、むしろ強硬派の者たちの心に響くものがあった。

関東とただ仲良くしようとしていた詠春とは決定的に違う。
たった6歳が色々な人間から話を聞いて自ら考えた、和葉なりの答えであった。


「復讐のため武力やない。今みたいにチマチマ東の下っ端叩いて、それでみんなのためになったんか? 先代たちは褒めてくれるんか? なぁ……ちゃうやろ?」

強硬派の取る東への工作を非難する和葉。
指摘された彼らの表情は憤りから、驚愕、反省の色へと変わる。
こんな子供に避難された彼らの立場はどこにもなかった。
しかもこの子供はもっと平和的でかつ、穏健派よりも明確なビジョンを持っている。

「東とすぐに仲良うなるんは無理やってことはわかっとる。東のじいちゃんたちはようわからへんけど、僕らを見下しとるやつらがおったからこんななんたんやろ。仲良うなるにしたって、ちゃんと西を見てもらえるようにならなアカンと僕は思う」

これは穏健派への向けてのメッセージ。
さらに和葉は自分の考えを語る。

「人が必要や。西は単純にまず人が少ない。みんなが凄いのは僕はよう知っとる。でも西以外の人はみんな知らへんのや。せやから他の組織に与える影響も少ないんは当たり前やろ。でも西には東と違って連合みたいな後ろ盾もあらへんし、人材も日本の大体半分からしか集まらへん」

西の各個人の技量を認めた上で、知名度の低さを指摘する。

「だから僕は魔法の国のアリアドネーって国へ行って勉強しながら、連合の奴らに文句言えるぐらいの人脈を作る。力がないならまずは取り込めばええ」

この場に居た者たちはそれぞれの立場や持っている意見に関わらず、この時点で既に呑まれていた。
誰もが和葉の意見に耳を傾けている。
子供の戯言だと思って聞いている人間はいない。
新たな指導者候補、やっかいな政敵、それぞれの受け取り方は違えども、たった数分で和葉は既に西の中心に立っていた。

一呼吸して胸を叩く和葉。
その動作にも一つにも一同の眼差しが集中する。

「そんで新しく人を育てればええねん。アリアドネーってところは学問の国や。いろんな魔法や技を勉強しとる。あっちで僕がこれ見よがしに陰陽術を使っとれば、絶対興味もって来るはずや。それに父様はあっちで有名やから僕に近づきたい人間はいっぱいいる。そんな人らに術を教えたり、弟子をとれば僕らの理解者は、味方は確実に増えていくはずや。上手くいったらいくつかの拠点をあっちの世界におけるかもしれへん。どやろか? こっちのほうがおもろいと思わへんか?」

長年の伝統による技術を餌に人脈を形成し、味方を増やす。
予想以上に練られていた内容に誰も言葉を発せない。



沈黙が続く。



「若様、お見事です」



意外にも初めに口を開いたのは、ユキが和葉を拾って連れ帰ってきた日、道を塞ぐように出迎えたあの男であった。
和葉の隣にいるユキに目を合わせて笑っている。

「もちろん若様だけが考えたわけではないでしょうが、その歳にしてその言葉確かに私の胸に響きましたぞ。これは先が楽しみですな。是非私は一族を代表して若様の留学だけではなくその理想のための全てを支援しましょう。いやはや、ユキ殿の教育の賜物ですかな」

小童にしてやられた――そんな顔をしながらも豪快な拍手をする男。
それに続き控えめに拍手をする者が数人現れた。

そして直接関西呪術協会には所属していなくとも、神鳴流若手の中で最強と名高い青山宗家の長女、鶴子が続いて賛成の意を示す。

「ウチが長から聞いた話やと、アリアドネーちゅー国やったら余計な干渉も多分せーへんやろし、ウチらの気に入らん東の後ろについとる連合とは独立しとる。しかもその国は学問の前ではあらゆる差別意識はないと聞いとります。犯罪者かて学ぶ人間を保護する変な国らしいどすなぁ。大事な弟分が遠くに行くんは心配やけどウチは応援しますえ」

そこからの流れは完全に和葉のものだった。
次々に賛成を唱えるものが出てき、反対を唱える声は上がらなくなった。

そしてこの日、大戦の遺族を中心とした強硬派、詠春をはじめとする穏健派、神鳴流が後ろ盾になる中立派に続き、各派閥から引き抜く形で和葉を中心とした改革派と呼ばれる派閥が始まったのだ。

また騒ぎが落ち着いた後、和葉に関西呪術協会を継ぐ意思があるのなら、尚更手元に和葉を置いておくべきだという声も再度上がったが、流れは完全に改革派よりになり認めざるを得ないということになった。

こういう経緯があって、本来なら和葉が小学校に上がる歳に、和葉とユキは魔法世界に渡り、アリアドネーの魔法学院の一つに入学したのだ。

こうして和葉はアリアドネーに渡ることが決まったが、問題は木乃香であった。
魔法を知らず、後継者にもなることのない木乃香はせめて普通の女の子として暮らしてほしいと詠春は考え、刹那と共に麻帆良に預けることになった。

そして和葉はアリアドネーに渡り、6年生の魔法学院を3年で卒業すると言う偉業を成し遂げた。
基本的な力や言霊の使い方を既に会得しており、精神的にもユキによって教育されていたため当然と言えば当然であった。

その後、和葉は嘱託講師としてユキと共に陰陽術の基礎を教えつつも、研究員としての活動を行った。
父のような英雄ではなく、学者としての道を選びながら、同時に西の次期当主としての下地を積み重ねていった。

専門は「魔力総論」という魔力そのものを取り巻く要素についての学問。
魔力に幼いころから触れて育ってきており、また気という魔法世界ではマイナーな概念も扱うために和葉はこの学問を選択した。

その中でも「魔力と肉体、精神および魂の相互関係について」という最も根源的で、古くより研究されているものの、非常にマイナーな分野の研究であった。
ユキによる指導によって本来狐しか持ち得ない、精神や魂に関わる能力を身に付けたことも相まって、馴染みの深かったこの分野を和葉は選んだ。

どういった仕組みで魔法が使えるのか?
そもそも魔力とは何か?
魔力と気はなぜ反発するのか?
魔力をどうやったら精神力で扱えるようになるのか?
その土地の力を行使するにはどういった契約が必要か?

どれも漠然としており誰もが経験的や感覚的に処理してしまうことを解明しようという学問なのだ。

現実世界であったらノーベル物理学賞に匹敵する魔力の基礎研究の論文を出しており、若き天才として研究者の間において、和葉は有名な存在になった。

研究のためユキと2人で、魔法世界や現実世界の各地を卒業後5年回った。
そして西の次期当主としてだけではない、自分の人生について考えるようになった。
この世界のだれもが憧れる父や偉大なる魔法使いたちのこと、国を治める政治家や王族などを知り、本当に自分がどうしたいのかを模索する旅でもあった。

魔法世界では紛争に遭遇したり、戦災跡を訪れることが多々あった。
戦いはこの世界において避けられないものであったが、きれいごとではなく殺さねば自分を含めた他の誰かが死ぬと痛感した時、実のところ臆病なだけかもしれないが、武力だけではダメだと思った。

和葉がサムライマスターの息子だと知れると、英雄や偉大な魔法使いにならないのかと聞かれるのは常であったがそんな気などサラサラなかった。
偉大な魔法使いの中には、戦いに秀でたものだけではなく、戦災者の治癒に尽力した人物などもいた。
尊敬はするものの自分が目指すものではないと感じていた。

着実に本来の目的である人脈を増やしつつも、そんなことを悩みながら研究していた和葉であったが、ある恐ろしい事実を掴んでしまった。

それを解決するための研究材料や資料がこれから向かう先にはある。
そのための帰郷であり、麻帆良への来訪だ。

回想を終えると同時に覚悟を新たに固めた和葉は、ブランケットの中で短い眠りについた。





木乃香と刹那とは学園の案内をしてもらうため駅前で待ち合わせていた。
いつの間にか駅に到着していた和葉はユキに左手を引っ張られてホームに出る。

「こら~難しいこと考えてぼお~っとしてたでしょ! ほら女の子を待たせてるんだからサッサと行くよっ!」

ユキは背中を叩いて走り出す。
引きずったスーツケースがガラガラとうるさい。

「あぁ。5年も待たせたんだ。もうこれ以上待たせらんないな!!」

追いかけるように和葉も走り出し改札を抜ける。
これからのことに不安はいっぱいあった。

しかしこれからは置き去りにする形で長い間離れることとなった、木乃香や刹那と一緒に過ごすことができるのだ。
置いて言ったことに恨みごと1つ言うどころか、いつまでも待ってくれていた大事な存在。
2人のことを考えると、自然と和葉の心は躍っていた。



さぁ行こう。
愛しい人たちが待っている。



[29096] 第4話  変わらないものと変わったもの
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/05/30 00:32
約束の時間。
少女は幼馴染と合流した後移動し、改札口を抜けた先の時計下で待つ。

今日は休日、駅にはいつも以上に多くの人が行きかっている。
気合いの入ったおしゃれをして東京まで繰り出していく学生たち。
子供を訪ねて来たであろう不慣れな様子の中年夫婦。
重そうな紙袋を両手一杯に抱えたOL。

雑多な人で溢れる駅舎に、懐かしい気配二つが急に近づいてきたのが感じられた。
どちらも巧妙に一般人と変わらないように気の大きさを抑え、質も変化させている。
流石は狐とその弟子、まず普通の術者では存在に気づかない。
しかし少女には間違えようがなかった。

僅かながら人間離れした凛と澄んだものが感じられる気配が姉代わりであり彼女。
そして普通の人間が持つ雑多な気配を一人に凝縮したような方が間違いなく彼だ。



高鳴る胸を抑えてしばらく待つ。



先ほど降車したであろう人の群れの奥に、シルバーブロンドの髪を背中まで棚引かせ、サングラスを掛けた女性がやって来た。
大物映画女優かと見間違うほどの風貌だが、両手でスーツケースを引き摺りながら急ごうとする仕草はどこか幼い。

グレーのダッフルコートに身を包んだ少年が彼女の直ぐ後ろに続く。
彼はまだこちらに気付いていないようだが、もう間違えようがない。
女性が改札をくぐり、彼も急ぎ足でくぐる。

「来たえ! せっちゃん行こう」
「うん、このちゃん!」

待ち人の存在に気付いた木乃香が、刹那の左手を引っ張りながら駆け出す。
向こうの二人もこちらの存在に気付いたようだ。

「ユキちゃんお帰りー!」
「ただいまっ、キャー木乃香ちゃん見ないうちにまた可愛くなったね。実は彼氏とかできちゃったりする?」
「ハハハッ、ウチはせっちゃん一筋や。それはないえ。かず君もおかえりなー」

飛び込んできた木乃香を、豊満な胸元で受け止め抱き締めるユキ。
気持ち良さそうに頭を撫でられている彼女は、抱きついたまま和葉に声を掛けた。

「おう、ただいま木乃香。それとただいま刹那」

五年ぶりの再会。
以前より男らしい声が返って来た。
感動の再会にしてはタイミングが悪く、ついでのように掛けられた声だった。

しかし目の前に彼が居る。
ただそれだけ涙腺が緩む理由は十分だった。

「おかえりなさい和君」

目に半分ほど涙を浮かべながら刹那は声をかける。
それを見た和葉は本当にすまなさそうに苦笑いをしながら答えた。

「もっと早く戻って来るつもりだったけど、色々勉強したいことがあって悪い。たくさん心配と迷惑かけたな」
「いえ、とんでもないです。私にも修行もありましたし、何よりこのちゃんのこともありましたので。それより、こちらにはどれくらい滞在の予定なのですか?」
「多分二年くらいは研究で居るかな。あちこち行ったり来たりするだろうけどこっちに居ることの方が多いと思うよ。今後の身の振り方はじっくり考えるさ」
「そうですか……」

二年という長くもあり、短くもある期間。
ただ彼の言から確実にわかるのは、彼がまたどこかへ旅立つということだった。
一緒にいられる安堵と共に、また再び置いていかれてしまう不安感に彼女は襲われた。

それを和葉は察したのか、右拳の甲で軽く彼女の左肩を叩く。

「今は刹那の実力もついたんだろ。俺も目的通りあっちで人脈や立場を得た。西の事をどうにかすれば木乃香を任せられる人間も選べるだろうし、木乃香が選択するなら一緒に連れて行くこともできるさ」

俯き加減だった彼女の顔が再び上がり、自然と視線が重なった。

「それにやっぱり、俺自身が一緒に居たいしな」

満面の笑みを刹那に向ける和葉。
言葉を受けた彼女は眼を見開き、唇を震わせながらも言葉を発そうとする。しかし、

「あーかず君がせっちゃん口説いとる」

今だユキと抱き合ったままの木乃香が指差して冷やかし、ユキは手を口元に当ててにやけていた。

「んだよ二人とも。悪いかよ」
「いやいや。良いことだと思うよー。むしろお姉ちゃんとしては安心したかな」
「せやな。かず君ならウチのせっちゃん上げてもええな」

和葉は二人をじと目で睨むが、完全に逆効果のようで更ににやけ顔になった。
刹那も慌てて背中を向けるが、三人の態度にため息を一つ。

「二人して何だよ。刹那も黙り込むなって。ここ寒いしどっかで場所移すぞ」
「もしかして照れてる?」
「もういいってユキ姉」

誰にも目線を合わせずぶっきらぼうに答えるが、その顔は耳元まで紅潮し満更でもなさそうだった。



先ほどの和葉の提案により、一行はケーキが手頃で美味しいと木乃香イチ押しのカフェに移動した。
もちろん提案者の和葉のおごりである。

テーブルや壁などがブラウンオークで統一された店内。
若干薄暗いが各テーブルにある暖色系の照明と、窓際に飾られた白バラを主とした花瓶が隠れ家的な雰囲気を醸し出していた。

「へぇ、落ち着いてて良い感じの店だな。木乃香もこんな店覚えるようになったか」
「お花も綺麗だし私も好きだよ」
「せやろー。最近友達に教えてもろたんよ」

ランチタイム前だからかまだ人は少ない。
デート中であろうカップルが二組が談笑し、カウンターには休憩中と思われる営業マンが書類の束を次々めくっては苦い顔をして格闘していた。

「いらっしゃいませ。四名様ですね。こちらの席へどうぞ」

初老の男性店員に窓際の席へと案内され、ユキが窓際の奥の席に腰掛ける。
その隣に和葉が腰掛け、ユキと対面するように木乃香、その隣に刹那が続いた。

「それでこのケーキセットが安いんよ。でな、せっかく四人おるし分け合いっこしよー」

窓際のメニューを開いてケーキセットを指差す木乃香。
ケーキ1つとコーヒーか紅茶がついて550円。
ケーキが10種にコーヒー6種、紅茶5種から選べるようになっているようだった。

「おう。このメンバーなら気兼ねしなくていいしな。じゃあ一番上のとダージリンで」
「早いよ和葉! みんなで食べるんだからそんな簡単に決めちゃダメ!」
「せや。季節限定メニューもあるんやし、ここはもっと慎重に決めな」

何も考えず即答する和葉に対し、ユキは身を乗り出して非難し、木乃香は頬を膨らませて顔をメニューに近づける。

「なら任せるよ。みんなでつつくんだろ?」
「ホンマにええの? ありがとう。ユキちゃん、これはウチらの選択がますます重要になって来たえ。ほらせっちゃんも選ばな」

木乃香の表情が膨れっ面から笑顔に変わり、また目を細めて真剣な表情に一変する。
三人が食い入るようにメニューを覗き込み、そのやりとりの様子を和葉は頬笑みながら見守る。



女性陣の葛藤は続き10分近く相談し合って悩んだ結果、クリームの乗ったプレーンのシフォン、イチゴのショート、ティラミス、ババロア入りのロールを注文することになった。

ずらりと並んだケーキに木乃香とユキは目を輝かせ、刹那もどのケーキにフォークを伸ばそうかと迷っている。

「うーん、美味しい! バニラビーンズがいっぱいだよこれ」
「せっちゃんコレ食べてみ! この染み込んだコーヒーが最高や」
「そうですか。では私も」

刹那が木乃香の正面にあるティラミスに手を伸ばそうとすると、皿ごと木乃香は手にとりフォークで一口分すくう。

「ウチがアーンしたる。ホラせっちゃん!」
「こ、このちゃん!? そんなええよウチ」

半ば強引ながらも律儀に口を開ける刹那。

「…………美味しいです」
「せやろ?」

目を見開いて刹那は呟き、木乃香もその言葉に満足したように微笑んだ。

「へへーっ。ウチとせっちゃんはラブラブやねんで。ええやろ」
「はいはい。仲がいいのはわかったから」

適当に受け流したが和葉はケーキに手を付けることなく、頬を緩ませる女性陣を見守る。
ウェッジウッドのイチゴ柄のカップに口を付け、ダージリンの芳醇な香りを味わう。



結局和葉はケーキを一口もつけることなかったが、それで満足のようだった。
飲み物は二杯目まで無料とのことで、それぞれおかわりをもらいながら話を弾ませる。

「木乃香の京都弁聞くとなんか落ち着くなぁ。帰って来たって感じがするや」

無糖のダージリンを一口含んだ後、和葉がふと漏らした。

「だねぇ。私も帰って来たなって感じがするよ」
「ゆきちゃんは元から標準語っぽかってんけど、かずくんは何で言葉普通になっとるん? 前会ったときはあんまり変わってへんかったんに」

ユキが和葉の意見に同調するが、逆に木乃香は素朴な疑問をぶつけてきた。

「何でって関西弁の帰国子女ってキャラが濃すぎるからなぁ」

軽いノリで和葉は言葉にするが、

「え?」
「キャラ、ですか?」

意味が理解できず固まる二人。
そして「やってしまった」という気まずい表情をする和葉。
しどろもどろになりながら左手を振って答える。

「あっちでも日本語教えてることが多くてさ。他の国の人に教えるのが関西弁だと困るから、自然と共通語になったって感じかな」
「なるほどですね」
「イギリスの人も日本語勉強するんやなー」

いかにもな理由に木乃香と刹那は感心して頷いている。

「まぁ主にアニメと漫画を使ってだけどな」

この一言が余計だった。

「は?」
「ふぇ?」

返って来たのは間の抜けた声。
一気に場の空気が気まずくなる。

「いやいやいや。何もそんなに呆けなくてもいいだろ。日本のアニメは世界に誇る文化だぞ」
「そうだよ。これは日本を出てから最大の発見だったね。和葉と二人で日本のアニメを見ていたらねー。子供も大人もテレビにみんな寄って来るの。だって向こうのアニメ全然面白くないんだもん。それに全然可愛くないし」

必死に横目で助け船を求めたところ、ユキは意図を組んでくれたようだ。

「それで皆で日本語の台詞の意味を教えてくれとか、逆に吹き替え版が放送されていたら日本語に翻訳しなおしてくれとか頼まれてな。でもおかげで皆と交流が持てたのは良かったよ」

和葉は人差し指で黒ぶち眼鏡の中心を持ちあげ、ズレをさりげなく直す。
良い話に纏めようとする和葉に、木乃香と刹那はうんうんと頷いた。

「そうそう。でもお友達はいっぱいできたけど、見事二人してオタクになっちゃった。流石クルトん策略家。やられたよ!」
「オチはつけなくていいから! いや確かに俺は日本のアニメを愛してることを誇りに思ってるけどな」

胸の前で手を叩いた後頭を掻きながら大笑いするユキと、突っ込みを入れながらも堂々と胸を張る和葉。
そんな様子に木乃香と刹那はクスッと笑みを漏らす。

「もうこの前から五年経つんやね。人って変わるもんやねんなぁ。声も大人らしゅうなったし、顔つきも父様に段々似てきたんちゃう?」
「それはよくユキ姉にも言われるなぁ。一応それは褒め言葉として受け取っておいていいのか?」
「もちろん褒め言葉やえ。せっちゃんの次に今のかず君ぐらいがタイプやもん」
「刹那の次かよ。おい兄として色々不安になって来たんだが。刹那、実際どうなんだ?」
「ウ、ウチ? いえっ、私とこのちゃんは確かに仲良くさせてもらっていますが。その誤解を招くような関係では決してですね!」
「もーせっちゃんのイケず―。ウチらクラス公認のラブラブやんか」

刹那の腕にしがみつき寄り添う木乃香。
刹那の視線は木乃香と和葉の両方に行ったり来たりして落ち着かない。

「ありゃりゃ。離れている間に強力なライバル登場だねぇ。ガンバレ」
「頑張ってな。かず君!」
「え、えっとその」

ガッツポーズをとる二人と、語尾が消えながらも首を縦に振る刹那。
負けましたとばかりに和葉は両手をテーブルに付けて頭を下げる。

「近衛和葉、妹に負けなよいう精進させて頂きます。ってどういう羞恥プレイだこれ」

頭を上げた後、カップを煽って残りを一気に飲み干す。
カップを置いて黒革ベルトの腕時計を確認した。

「あっ、こっちの時計まだ修正してなかった。木乃香、時計持ってる?」
「うん。これ見て合わせてな。って、そろそろええ時間やな。お爺ちゃんのところ案内せなアカンな。そろそろ出よか」

喫茶店内もランチタイムが近づいていつのまにか半分ほどの席が埋まっている。
和葉が時刻修正している間、木乃香は辺りを見回して退席を促した。

「爺さんのいる場所は遠いのか?」
「ここから10分くらいですね」
「あっ、一応ウチらの女子中学内やから他の女の子に手ぇ出したらアカンえ!」
「マジで? 女子中に入れるの?」

女子中という響きに口角が緩む和葉。
しかしユキの一言で一気に不安が増した。

「ふーん。女子中ね。まさかだけど女装して通わされたりしたら面白いよね」
「なんだよそれ。どんな生殺し? ユキ姉の占いと勘はシャレにならないから思っても口にしないでくれるかな。フラグは勘弁だって」
「かず君の女装、絶対似合わへんな。でも見てみたいかも」
「和君と一緒に? いやでもそれは。むしろ私がここは」

冗談を飛ばすユキだが、ユキは占いに優れた天狐だ。
あまりにも不吉なことを口にされ、軽口を返しながらも和葉の顔が青くなる。

木乃香も木乃香で悪ノリというわけでもなく空を仰ぐ仕草をとる。
そして何を想像したのか一人頷く。
隣の刹那はというと独り言を呟きつつ、頭を抱えて唸っている。

そんな様子を見て止めてくれとばかりに和葉は魂の叫びを喫茶店中に響かせた。

「誰得だよそれは。そんな需要どこにもないから! 俺は普通に男子中に行って、それぞれのお宝を交換しあったり、刀子さんに説教受けたり、普通の学生生活を送りたいんだ!!」

周囲の時が止まった。
むしろ空気が固まったと表現する方が適切かもしれない。

「はい?」
「へ?」
「馬鹿。うるさいって」






「すいませんでした。もう出ます」



[29096] 第5話  学園長
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/04/15 13:34
「おじいちゃん連れてきたえ」
「爺さん久しぶりっ!」
「失礼します」
「狸め。まだ生きておったか」

麻帆良学園女子中等部、学園長室の扉をくぐる。
手を挙げて笑顔を見せる孫二人と、丁寧に礼をする刹那。
一方、どこか蔑んだ表情のユキは不快感を顕わにしていた。
口調まで天狐としての素に戻っている。

迎えるのは近衛近右衛門。
仙人か宇宙人を連想させる長い後頭部、特に顎に蓄えた白髭、弱々しいながらも奥が見えない佇まい。
この学園都市を纏める最高権力者ということに、誰もを納得させる存在感を彼は持っていた。
学園長は窓際の席を立ち上がると、彼らに近づき歓迎の意を表す。

「よく戻って来たの。木乃香に刹那君もごくろうじゃて。それでユキ殿、酷くないじゃろか? 儂なんか悪いことした?」
「生理的なものじゃ。気にするな」

そんな学園長もユキの冷淡な口ぶりに一瞬肩をすぼめてしまう。
それなりにショックだったようだ。

「“男子三日会わざれば刮目せよ”とよく言うが、本当に逞しくなったのう。知らん間に儂より大きくなったか」
「まだ170は行ってないけどもうすぐだ。やっぱ親父と同じぐらいにはなりたいよな」

近右衛門は和葉の方に手を置き、彼の成長を祖父として喜ぶ。
そんな和葉の頭に木乃香が地面に対して水平にした手をかざし。自らと背を比べる素振りをした。

「この前はウチの方がちょっとだけ大きかったんになぁ。やっぱりかず君は父様似やな」
「そうじゃのう。しかしのう。惜しいのう。木乃香と同じ双子じゃと言うのに、何で木乃葉に似ず婿殿に似たんかのう」

左腕にさり気なく両手を回して、肩に顔をすりよせる木乃香。
和葉はその頭を軽く上から叩くように撫でるが、口元に手を当てて真剣に悩む祖父に対して、不満げな声を発した。

「なんだよその言い方。この顔じゃ爺さんは何か困るのかよ」
「いや、の。もう少し和葉が木乃葉に似ておったら、木乃香と同じクラスに通わせておったのにと思っての。いや、女装すれば行けんこともないかも知れんぞ。そうじゃ、アレの設定に追加条件を加えれば何とか行けんことは……」
「はぁ。気持ちはありがたいんだけどさ、普通に男子校でいいから」

喫茶店での冗談話に似た展開が、再びここでも繰り広げられる。
大きなため息をついて、自由な右手をヒラヒラと振る和葉。
そんな孫の様子に納得できない学園長は、細めがちな目を大きく見開いて詰め寄った。

「何故じゃっ!? 女装せんでも儂の権限なら共学化のモデルケースとしてネジ込むこともできるんじゃぞ? 31人の美少女に囲まれての学園生活、男なら一度は憧れるもんじゃろ?」
「確かにハーレムには憧れるけど……素子姉の話を聞いてると色々と思うことがあってさ」

和葉は何かを悟ったような遠い目で天井辺りを凝視する。
学園長は首をかしげるが、木乃香と刹那、ユキの3人は和葉の言葉に激しく頷いた。

「あのような不届き者など切り捨てればよいのです。婚約者がいるのにも関わらず女性を何人も侍らせるなど断じて許せません! それなのに師範は何故っ!!」
「あー確かにアレは不毛やなぁ。せっちゃん、落ち着きや。素子ちゃんもそのうち気付くはずやて。それにかず君はあんな悪い男にはならへんよ」

怒気と共に気を思わず拳に込めてしまう刹那だったが、それを木乃香が諌める。
左腕にしがみ付いたままの彼女は、やんわりとした口調でありながらもトドメとなる一言を放った。

「なぁ。かず君?」

腕にしがみ付く力が強くなる。
平然と接していながらも。内心では妹の柔らかさを堪能していた彼だった。
しかし一層押し付けられる未熟な胸の感触によって、その行為の意図に気付かされた。
彼女の頭を右手で軽く押し付けながら言った。

「木乃香。いくら兄妹でもちょっと近過ぎるぞ。ここでは良いけど、人前だと誤解されるからな。気をつけろよ」

ようやく腕を解く木乃香。
和葉の胸の中心を軽く叩くと彼女は言った。

「了解や。皆がおる前では気を付けとくわ。うん、かず君は合格やな。せっちゃん良かったなぁ」

木乃香の言葉に対して、完全に黙り込む刹那。
一瞬だけ和葉と視線を交わした彼女は慌てて俯いた。
雪のように白く透き通った肌が、瞬く間に紅色に染まってゆく。
今まで若干不機嫌そうだったユキも表情が緩み、肘で刹那の背中をつついている。

「ひ孫の顔が見れるのは案外早そうじゃの」
「爺さんまで冷やかさないでくれよ。俺はともかく、刹那そういうのに耐性ないっぽいから。それから爺さん俺の部屋のことなんだけど」

耳の先だけ赤らめながら、無理やり話題を変える和葉。

「荷物は一階の管理人室に届いておる。鍵もその時受け取る手はずじゃ。この後で整理するがよい」
「ああそうするよ」
「本当にスマンの。この時期は中々入れ替わりがないでの。職員寮しか確保できんかったわい」
「いや、むしろ好都合さ。明石教授に瀬流彦先生だっけ? 同じ棟なんだろ。これから一緒に仕事するんだし、近い方が何かと都合がいいって。サンキュ」

本来ならば中等部の生徒は同じ男子寮に住むことになっているが、突然の転校で空き部屋がなく、結果として単身男性の職員寮の部屋をあてがわれることになった。

「それなら良かったわい。それから事前に連絡しておいた通り、ユキ殿には女子寮の管理人を任せたい。今の管理人があと1カ月で退職するでの。その間にしっかり引き継ぎを頼んだぞい。これが雇用の契約書じゃ」
「承知した。これは後で良いな?」
「うむ。書けたら木乃香に頼むぞい」
「オッケーや。ウチが預かればええんやね。ユキちゃんが管理人さんなぁ。色々楽しくなりそうや」

胸の真ん中で手を合わせる木乃香。
そうですね、と刹那も同意した。

和葉はポケットから手帳を取り出して中身を確認した。
手帳を再びしまうと学園長に問う。

「あと何か用はあるか爺さん?」
「いや、儂からは特にないぞい」

その言葉の後に、一般人である木乃香には聞こえないよう念話で会話を続ける。

(本業の話はいつになるんだ爺さん?)
(今日の二十三時半、世界樹下の公園で待っておる。刹那君と来れば場所はわかろう。それとユキ殿も一緒にのう。こちらのメンバーと顔合わせをするつもりじゃが大丈夫かの?)
(あぁ大丈夫だ。よろしく頼む“理事長”)

一瞬でやり取りを終えると、和葉は腕時計を確認して告げる。

「じゃあ荷ほどきがあるからもう行くな。またな爺さん!」
「失礼しました」
「またの」
「おじいちゃん、ほなな」



四人が去ったのを見届けてから彼は机に戻る。
引き出しから二つの書類の束を取り出して、それぞれの表紙に張り付けられている写真に目を通した。

檀上に立って論文のプレゼンテーションを行う白衣姿の和葉。
そしてもう一枚、赤毛の幼い少年が卒業証書を受け取けとる姿。

「まずは我が孫ながら一体どう動くかの。“深淵の探究者ディープダイバー”よ」








世界樹前広場には関東魔法協会のメンバーの一部である、魔法先生および魔法生徒が半円状に並んで集合していた。

ちょうど時刻になる頃、遠くからゆっくりと歩いて近づいてくる白衣姿の和葉が見えた。
紅き翼の現役メンバーとして名高い高畑・T・タカミチは、その姿を瞳に強く焼き付けた。

「あれが和葉君か」
「婿殿に似てきたでじゃろう?」
「本当にそっくりですね。吃驚しましたよ」

こちらに近づいてくる少年は学園長の言うように、嘗ての戦友の面影を濃く覗かせていた。
最後に会ったのは十年近く前の事。
引き絞まった面構えが、やけに頼もしく感じられた。

「来月には彼も来るしの。色々と忙しくなるわい」
「ええ。何だか僕もワクワクしてきましたよ」

高畑は右手の中で転がしていたライターをしまい、邂逅を待った。




「あれが“深淵の探究者ディープダイバー”か。そう言えば桜咲さんや噂の天狐様の姿が見えないね。彼一人かな?」
「そうですね。」

白い太めの教員、弐集院は肌疑問を呈した。
狐目で細身の若手教師である瀬流彦もそれに頷く。

「あの弐集院先生。その天狐とはどのような存在なのですか? 東洋の魔物には詳しくないものでして」

シスター服を着た褐色肌の女性、シスターシャークティは自らの知識のなさに恥じらいを見せながらも質問する。

「シスター。魔物なんてとんでもないですよ! 天狐というのは神社に仕えるような善良な狐の中でも最高位の霊格の存在で、神に近しい存在、あるいは神として崇められるほどですって、あっ。その、シスターの信仰する神とはもちろん違いますが」

と言って最後はしどろもどろになる弐集院に、シスターシャークティは笑顔で返す。

「いえ気にしないでください。そのお方が崇高な存在でありることは理解でき、とても勉強になりました。清き存在で在り続けたそのお方とは是非お話してみたいものですね。信仰する神は違えど、神に仕えるそのお方には学ぶべきものが多いかもしれません」




「あっ、刀子さんだ」

和葉は神鳴流剣士の葛葉刀子を見つけた。
彼女は西から東の西洋魔術士の元へと嫁ぐ前に、鶴子の下で修業していたため幼いころの和葉とも勿論面識がある。
和葉の視線に気付いた刀子は深々と頭を下げる。
刀子は学園長の隣に位置していたため、現在は秘書的役割にいるようだ。
ちなみに刀子は嫁ぐ際の事情もあって元は穏健派に所属していた。

周りが和葉の噂をする中、和葉は刀子から学園長に視線を移すと口を開く。

「学園長ならびに麻帆良の皆様はじめまして。私はプロジェクト・レゾナンス主任の近衛和葉と申します。本日より麻帆良に参りましたのは、世界樹についての調査と図書館島での文献調査によるものです。皆さまにはご協力を依頼することがあることかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」

そう言って頭を下げると、学園長の元に歩み寄り世界樹の調査を認める書状を渡す。
学園長はその後見人の名前を見て予想外のメンバーに眉を上げた。

アリアドネー総長セラスの名前は予想していたが、ヘラスのテオドラ第3皇女の名前がそこには連ねてあり、そして何よりも目に付いたのはメガロメセンブリア元老院議員オスティア総督のクルト・ゲーテルの名前であった。

西を大戦に引き込んだ東の後ろ盾であるメガロメセンブリアを、和葉たちが快く思っていないことは、もちろん学園長は知っている。
故にこの人物と和葉の関係は腑に落ちないものがあった。
学園長は疑念と共に懐にソレをしまった後、歓迎の意を改めて告げる。

「良く来たの和葉。わしらが麻帆良学園の魔法先生及び、魔法生徒一同じゃ。こちらこそ世話になるじゃろうて。確かに許可証は受け取ったぞい」

2人はめったに幼少期も会うことがなかったが、ただの祖父と孫という関係においては、波長が合う良き関係であれただろう。
互いにそのことは理解していた。

しかし、2人の関係はそれぞれ組織を代表する人物である。
これからのやり取りは気を引き締めねばならない。
学園長が先に口を開き、先ほどまでの疑問を口にする。

「して和葉。何故主は一人かのう? ユキ殿と刹那君はどうしておる?」
「ああ。うちの式たちでしたら」

軽く頷いて思い出したように言うと、和葉の両脇に巫女装束のユキと、袖のついていない袴のような烏族の戦闘服を纏った刹那の姿が現れる。

「此処に」
「此処に」

次の瞬間に何の気配もなく現れた二人の姿に、集まっていた一同は驚いた。
一見ただの転移だったが、無詠唱かつ魔法陣や札を使った様子も見られなかったからだ。
転移や召喚には通常何らかの触媒が必要であり、喚び出してから完全に姿を現すまでにラグが生じる。
だからこそ、このさり気ない二人の登場は余りにも信じがたい光景だったのだ。

未熟な魔法生徒たちは見慣れない刹那の格好の方に興味が行っていたが、ある程度の熟練度に達している魔法先生たちの一部は警戒心をより強めた。

(桜咲にあれだけの技量はなかったはず。葛葉、お前はわかるか?)
(まずあの二人は若様の式神です。転移でなく召喚されたという方が正しいでしょう)

オールバックに髭を生やしたサングラスの男、神多羅木は紫煙を吐きながら刀子に念話で問う。
渋い顔をしながら刀子は答えた。

(なるほど召喚か。だがそれでは気配の方の説明が着かない)
(幻術によるものでしょうね。召喚の際に周りへ気を逸らしているか、召喚される空間への認識を歪めているのでしょう。最もこれは憶測ですが、私は若様が幻術に長けていることをよく知っていますので)
(天狐の弟子だからか。しかし、予想以上に上手いなこれは)
(えぇ。今のカラクリに気付けるのは龍宮と学園長ぐらいでしょう。高畑先生でも気付けるかどうか)

瞬間移動に近いレベルでの転移を見せつけるこの手法は、和葉の技量を理解させるのに有効だったようだ。
仮にカラクリを見破ったところで気付かされるのは、やはり彼の技量とその行為の意図だろう。

(刀子さん正解! 武力を見せびらかしたくはないけど、只のガキ扱いじゃ困るからね。ま、悪いようにはしないよ)

いつから傍受されていたのか、突然飛び込んできた念話に驚く刀子。
彼女が返事をする前に和葉は再び口を開いた。

「それから麻帆良の皆さまには、別の立場からもお話させて頂かなくてはなりません。この学園において関西呪術協会の強硬派の者たちが多大なご迷惑をおかけしていると、刹那から報告は聞いております。ただ関西呪術協会と申しましても思想の異なる四つの派閥に分かれております」

申し訳なさそうな声色でありながらも、決して頭は下げず淡々と述べる。
西の内情に疎い幾人かの者は、和葉の言葉に眉をひそめ、あるいは首をかしげた。

「現在の長は穏健派、つまり貴方がた東の人間と友好を結ぼうとしている派閥のトップであります。そして私は改革派、組織の立て直しと拡大路線を目指す派閥を治めている者です。従って貴方がたに対して直接武力に訴える強硬派の意思と、長および私の意思は全く異なるものであることを、まず誤解なきようお伝えしなければなりません」

刀子や刹那から以前話を聞いていた者たちは知っていたが、西全体の意思であると考えていた者たちも多かった。
ずっとそのことで困っていたという顔で、学園長も和葉の言葉に乗る。

「うむ。その辺りのことを誤解しておる者もここにはたくさんおるでの。ワシも西の長殿とは友好的を結びたいのじゃが、強硬派のイメージがどうしても強いからの。中々理解をえられんのじゃよ」
「ええ。実際今はかなり穏健派が強硬派の内でも過激なグループを粛清したりしていますからね。強硬派の人数自体は西の1割程度まで減り、派閥としての勢力はかなり衰えています。刹那、補足があれば加えてくれ。現場に居るお前の方が明るい部分もあるだろう」

話を振られた刹那は夕凪を両手で握り締めながら報告する。

「はい。確かに強硬派は人数も激減し、東への工作も数自体は減少しています。しかし逆に私怨の強い者や、力量が高い者が多く潜伏していると考えられています。潜む者が多い反面、自棄的になって危険な工作を試みる者や、便乗して力を誇示したいだけの者がそれぞれ勝手に活動しており、派閥としての統率が機能していないのが現状です」

それを聞いて高畑は顎に手を当てて考え込むように言った。

「そういうことか。確かにここ数年彼らの活動が減って来たと思えば、大規模な工作を仕掛けて来たりしてたけど、今の説明で納得が行ったよ」

高畑以外の多くの面々も頷き、和葉と刹那の報告に納得したようであった。

「しかし、我々が強硬派の者たちを抑えきれておらず皆さまにご迷惑をおかけしているのも事実です。改革派の代表として“未だ強硬派を抑えつけきれない不甲斐なさに関して”お詫び申し上げる次第であります」

そう言うと和葉は深々と……ではないが確かに頭を下げる。
さりげなく力を誇示した後だけに、逆に下手に出て謝罪を述べるとは誰も予想していなかった。

西との確執に関してはナイーブな問題であり、下手にこちらから話題にしてしまうと感情的な者たちが失言をする可能性が高かった。
そこを理解した上でのことなのかと高畑や刀子は勘繰る。
しかも西の代表として“迷惑をかけたこと”に関してではなく、あくまでも改革派として“まとめきれなかったことで迷惑につながった”と謝ったのだ。

本来なら統率力という点において謝ることは、強硬派でも西の長という立場でもない和葉には必要性などない。
改革派に対する印象を上げるためなのか、暗に和葉への支持を訴えているのか。

「確かに奴らに面倒は起こされておるが、少なくともそれは主に責任はあるまいて」
「いえ、実際こちらの組織が機能していないからでありまして、お恥ずかしい次第です。しかし、私とユキが麻帆良にいれば木乃香の周りも護衛の質は十分です。木乃香を取り戻すという大義名分のうちの一つは成り立ちません。そしてもし私の周りで騒ぎを起こせば、改革派も粛清に乗り出す可能性ぐらい流石に奴らも理解しておりましょう」

的確に返答してきた学園長に対して和葉は返す。

「ふむ。東と西の関係はそう簡単に解決できる問題ではないでの。次期当主殿とこれからゆっくりと実りある話を進めたいものじゃな」
「そうですね。我々の立場を御理解いただけたなら、この話は今夜はここまでにしましょう」
「何か質問はないか?」

声高に和葉を非難する者が現れず、西について誤解を少しでも解消できたのは二人にとって成功と呼べる出来事だった。
満足そうな様子で質問を促す学園長。

和葉は一度目を瞑り、大きく息を吐いた後に目を見開いた。




「答えて欲しいことが一つだけ…………この学園中を覆う結界には一体どういった意図が?」


口にした言葉は鬼門だった。



[29096] 第6話  墜ちる星光
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/05/30 00:23
「結界を張る意図とな? 学園の皆を守るために世界樹の魔力を利用して設置しておる。これで答えになるかの?」

長い顎髭を弄びながら、問いに対しておどけた声色で返す。
対する和葉は納得がいかないと、学園長に対して猜疑の目を向ける。

「いえ。これは研究に大きく関わることです。私と貴方の間の信頼関係の問題だけでに留まらないので、きちんとした回答を頂きたい。まずこれだけの世界樹の魔力がありながら、結界の強度が弱すぎます。本来なら本国の三大国の首都並みか、それ以上のものを作れるはずです」

両手を広げながら力強く訴えかける和葉。
その切実さは学園長にも伝わったようだ。
彼は髭を弄ぶのを止め、声のトーンを一つ落として答えた。

「全てを理解して欲しいなど言わぬ。じゃが、おぬしこそこの地の特異性に気がついておるはず。深い事情があるのじゃよ」
「生徒や世界樹の警備に気を使っていないわけではないんだ。だからこそ僕や刀子さんみたいな人材がここには投入されている。どうか僕らを信用してもらえないかな?」

フォローをするように、高畑が落ち着いた声で語りかける。
彼は遠くから右手を差し出すが、和葉は首を横に振った。

「学園長、高畑さん、貴方たちの事を人間的には信用したいです。しかし危機管理能力には疑わざるを得ません。今回のプロジェクトのこと、その必要性も誰よりもご存じのはずですよ? 万一があっては困るのです。それに刹那から聞きました。高畑さんは学園に常駐しているわけではないんでしょう? 不在の際はどう対処するおつもりで?」

表情は至って冷静さを覗かせながらも、声に必死さが段々とこもる。
まぁ落ち着けと言わんばかりに、手をひらひらと振ってなだめる学園長。

「大丈夫じゃよ。高畑君以外にも切り札はある」
「あぁ、“彼女”のことですか」

和葉の言う“彼女”が誰の事か理解できた人間たちは、また一層と顔色を悪くした。
誰も言葉を発せない。

「沈黙もまた答えですよ。なるほど。高位の霊格に対して、強力な弱体化の術式が織り込まれてるのはそういうわけだったのですね。確かにそれなら彼女を押さえ付けることが可能ですし、万が一は力を解放させればいい。それにそもそも強力な鬼は侵入したところで弱体化するので相手にはならない。そういうことですか?」

学園に来て初日にも関わらず、結界について深い考察を述べることができる和葉に、学園長を含めて誰もが驚く。
しかし学園長は自信満々な様子で答えた。

「そこまで理解できておるとは流石じゃのう。ならわかったじゃろ? 一見穴があるようじゃが、きちんと安全の事は考えておるのじゃよ」

場に居た半分くらいの者がその言葉に頷こうとしたが、突然のユキの言葉にそれは遮られた。

「東の長よ。何事にも例外はある。ならばお主らは今の妾を見てどう思う?」

先程まではただの巫女装束だったが、頭の上には狐の耳が現れ、背面には毛並みの良い大きな尾が四本棚引いていた。
それを見て彼女の言わんとすることに気付く一同。
皆の疑問を代表して刀子が口を開いた。

「ユキ様、そのお姿は!?」
「幻術の応用じゃな。それ以上はここで口にすると不味かろう」

首を右に傾け、さしたることではないかのように平然と彼女は言う。
しかし、彼女が変わったのは見た目だけではなかった。
纏う魔力の密度は控えめであれど、場における彼女の存在感そのものが増大している。

一言で形容するならば“神々しい”という言葉がまさに相応しい。
手練の戦士になるほどにソレを痛感させられ、熱風に肌が晒されるような感覚を覚えた。

「なっ、馬鹿な! そんな手段があるわけが」
「落ち着いて。目の前の彼女がソレを証明しているんだ。でも、この事実を“彼女”に知られては大変なことになるね」

黒人で眼鏡を掛けた男性教師、ガンドルフィーニは急に取り乱し、上体と共に右足を一歩前に踏み出す。
しかし高畑の言葉によって制されたことで、再び彼は後ずさった。

「そうじゃのう。ユキ殿、いかにしてこの結界の効力を逃れているかは問わぬがくれぐれも他言無用で頼めるかの?」
「結界の術式を一から強固なものに作り直せば、色々と解決すると思うが?」

事態の重さを理解した学園長はユキに懇願したが、一言で拒絶される。

「しかしそれはじゃの……」
「つまり何か事情があって難しいんですね。話が進みそうにありませんから、今はもういいでしょう。それから最後にもう一つ気になったことが。認識阻害魔法が結界に付与されているのは当然の措置だと思いますが、あまりにも強力過ぎではありませんか?」
「世界樹の存在を隠さねばならんからの。多少仕方ないのじゃよ」

仕方ない。
その言葉が学園長の立場を表しているようであると、場に居る誰もが感じていた。
和葉の言の正しさを、学園長を含めほとんどの者は理解している。

「多少ですか? 精神系の術に長けた私ですら、完全に気を抜けば抵抗できない程ですよ? 気付かないうちに貴方たちも侵されていることでしょう」
「むう」
「私はまだ今日一日学園を回っただけですが、気に目覚めている一般人の多さ、オーバーテクノロジーのロボット、たびたび起こる非常識な乱痴気騒ぎ。思い当たる節はありませんか? この学園の異常性について認識が薄れて来ているのではないですか?」

とても聞き逃していいことではなかった。
どういうことだと、多くの者たちが動揺を隠せない。
ただし、学園長を始め何人かの人間の顔には、動揺と言っても疑念ではなく焦りの感情が見え隠れしていた。

「世界樹の存在に、切り札の“彼女”。それだけじゃないですね。初対面の人たちの前で質問攻めにするのは私も居心地が悪いのですが、あえて問いているのです。先ほどは最後と言いましたが質問を変えましょう」

右手の中指で眼鏡の鼻当て部分を持ちあげ、ズレかけていた眼鏡を直す。
両肩が上下するほど大きく呼吸した後、和葉は最大の疑問、核心点を突いた。




「一体貴方たちは“何”を怖れているのですか?」




再び流れる長い沈黙。

学園長や高畑などは堅く口をつむり、事態を理解できていない魔法生徒たちは気まずそうに辺りの様子を伺ったまま時が過ぎる。

「これ以上議論しても今日はもう進展しそうにないですね。最後にもう一度申し上げます。プロジェクト・レゾナンスの主任として、改めて貴方に学園結界の改善を要請します。もちろん私も本国の研究者として手を貸しましょう。前向きにぜひ検討して頂きたい」

結局、先に妥協したのは和葉の方だった。
ときどき険悪な雰囲気に陥ったためか、最期の言葉は努めて明るくしているようだ。

「うむ。お主の申すところは理解できた。じゃがもう少し考える時間が欲しい。検討しておこうぞ」

二人は更に一歩前に出て、固い握手を交わす。

「それではこの場は解散じゃ。皆、遅い時間に済まなかったの」

学園長が周りに呼びかけると、ホッと胸を撫でおろす者、その場で考え込む者、和葉たちの方に歩み寄る者など、反応は様々だった。

「和葉、後は個人同士で交流するがよい。人選はよく選んだつもりじゃが、特にスタッフとは仲良くしておくがようにな」
「ええ、是非そうさせて頂きます。ってもうこの口調はいいかい? 正直もう疲れた」

腰に両手を当てて間延びする和葉。

「アレだけビシバシされてはのう。お互い疲れるじゃろうて。頼むから老い先短い儂の命を縮めんでくれんか?」
「ははっ、でも爺さんもこれで多少やりやすくなっただろ?」
「さてのう? じゃがお主がこれだけ立派になって誇らしいわい」

先程見せてなかった汗を額に長いながら苦笑いする学園長と、二ヤついた笑みをこぼす和葉。
対峙していた時の緊迫感はほどけたようであった。

「あの奥の方に固まっているのが明石教授たちだろ? ちょっと挨拶してから帰るとするや。やりたいことが色々あるし」
「ふむ。何かあればすぐに頼るが良い。できる範囲で助力しよう」
「おう。サンキュ! じゃあな、爺さん!」

片手を挙げて学園長の元を立ち去ろうとする。
しかし学園長の奥から現れた高畑によってその足は止められた。

「待ってくれないかい?」
「お久ぶりです。高畑さん」
「クルトからよく噂は聞いてるよ、随分頑張っているそうじゃないか」
「うーん。本当はクルト先輩みたいな駆け引きとかは苦手なんですけどね。本業は研究者なんで」

気恥ずかしそうに頭を掻きながら笑う和葉。
高畑とのやり取りは当然ながら皆の視線を集めていた。

「やけに謙遜するじゃないか。魔法の方もかなりの腕前だと聞いてるけど、どうだい? ちょうどいい機会だ。ここで一つエキシビジョンマッチでもやってみないかい?」
「いえ。それはまたの機会に。ここでもし高畑さんと私のどちらが勝っても、強硬派が調子づく要因を与えてしまいますから」

自らの戦力差を冷静に分析して述べる。
高畑と同じレベルまで到達してはいるものの、それは違う次元においての強さだ。
そして彼が懸念しているのは、残念ながら負けた場合のことだ。
その情報が外に漏れれば、改革派の代表が弱いというイメージを持たれてしまう。
逆に紅き翼の高畑が破れるのは、学園として良いことではないだろう。

故に彼は迷った。
そんな彼に高畑は純粋な眼差しで無言の圧力を掛ける。
周りの好奇な視線も重くのしかかって来た。
振り向いて刹那と目を合わせると、彼女も無言で見つめて来た。
その決意に溢れる瞳の輝きに彼は降参した。

「はぁ……いいですよ。そっちの火消しを自分でしてもらえるんなら。でしたら三対三のチーム戦はどうですか? せっかくなら天狐の実力と刹那の本気も把握しておきたいでしょう?」

そう言って二人の式の肩に手を置く和葉。
周りは正気を疑った。
高畑は世界最高レベルの実力者だ。
三体一ならハンデとして理解できるが、普通に考えれば三対三にする必要はない。

和葉が三対三を選んだ理由。
それは至って単純だった。
高畑クラスが三人相手ならともかく、そうでないなら団体戦において絶対の自信があったからだ。

まだ勝利条件は設定されていないが、先に二人が倒れればという条件なら易いし、二人を排除できれば、またはしなくても三対一に持ち込めば良い。
強硬派に対する立場がなくなる可能性があるので、負けるわけにはいかない。

どんなにせこいと思われようと、受けて立つ以上、勝利という言葉が必要なのだ。
あちらに足手まといをつけたことで、高畑が負けても言い訳は立つはずだと考え、彼はこの案を提案した。

「いいねぇ。団体戦か、面白そうだ。で、僕は他の二人を指名していいのかな?」
「特に指名があるならいいですけれど。やりたそうにしているのは…………そこの黒人のダンディーな人と、黒子を連れたお姉さんみたいですね。どうします?」

指を胸の前で組んでボキボキと鳴らしながら、嬉しそうな顔をする高畑。
和葉は視線を送ると、ガンドルフィーニと高音が前に出てきた。

「こんな機会は滅多にないからね。つい興奮を抑えきれなかったみたいだ。ガンドルフィ-ニと言う。よろしく頼むよ」
「高音・D・グッドマンです。“深淵の探究者”、貴方の功績は色々と伺ってます。胸を借りるつもりで臨ませていただきます」
「こちらこそよろしくお願いします」

タラコ状の豊かな唇を横に広げて笑うガンドルフィーニと、長い金髪を揺らしながら礼をする高音。
二人に対して和葉は握手を求めた。




その後、和葉、刹那、ユキの三人と、高畑、ガンドルフィーニ、高音の三人が学園長を挟むようにして対峙した。

学園長が場を仕切る。

「では判定は気絶か降参した場合、わしが危険と判断した場合とする。3人とも負けた時点でチームの勝敗を決する。よいな?」

両陣営とも首を縦に振る。
和葉は飴玉大の紅い宝玉を手にして呟いた。

「それじゃせっかくのエキシビジョンだし、全力全開で行ってみようか」

―――― レイジングハート、セットアップ!! 

和葉は紅い宝玉を空へ放り投げる。
桜色の輝きが体を包み込み、収束していく光が衣服へと変化する。

白地に青線がアクセントになったコート、その下に着込んでいる朱色のスーツ、茶のパンツ姿、そしてさり気なく眼鏡も外れている。
そこまではまだ驚く人間は少ない。
しかし、その左手に携えているものが異常だった。

白と桃色を基調にした柄、その先に存在する三日月状に近い黄金の装飾と紅い宝玉が特徴的な杖。
あまりにも男性に似つかわしくない。
まるで典型的な魔法少女アニメに出て来るようなデザインの杖だ。

それを見て反応した人間は数人。
しかしその反応は様々だ。

「えっ、エリオ? いや魔王か?」
「すごいわ。アクセルモード、良い感じに再現できてるわね」
「おいおいレイハさんって、やばすぎるだろ!」
「うわっ痛い。コスプレ?」
「まさか……ネタだよね。いや、まさか万が一そうなら」

などと、賛否両論の声が囁かれる。




この場において最年少であり、褐色の肌をしたシスターのココネは、彼の姿に目が釘付けになっていた。
彼女はそれまでのやり取りでは常に無関心を装っていた。
しかしこの段階において、彼女と同じくシスターである春日に向かって話しかけた。

「ミソラ……あれってレイジングハート?」
「え、やっぱココネもそう思う? てか思いっきし、あの兄さんそう言ってたよね」

和葉を指差して尋ねるココネ。
まだ幼いココネに付き合って、魔砲少女アニメを欠かさず見ていた春日は冷や汗をかきながら答えた。

「あなたたちはあの装備を知っているのですか? ココネ、美空?」

シスターシャークティは問う。

「あの兄さんはヤバいっす。レイジングハート・エクセリオンとか冗談抜きでマジヤバいっす! 今すぐここから離脱しましょう、シスターシャークティ!」

気が動転している春日は早口で言葉を連ねる。
若干どころではなく、明らかにその顔は涙目だ。

しかしシスターシャークティーには彼女の訴えが理解できないのか首を傾げる。
ココネも春日に同意して彼女の腰に震えるように抱きついた。

「アレ……アニメのアイテム……本物だったら…………学区ごと消し飛ぶ、かも」
「はぁ、アニメのアイテムですか。でもそれはお話の中のことでしょう?」

ココネの訴えもむなしく、再び首をかしげるシスターシャークティ。

「いやぁ、シスター。僕も娘とそのアニメを見ているんですけどね。正直土下座してでも模擬戦を止めて欲しいですよ。いや本当に」

そこへ横で話を聞いていた弐重院が二人に同意を示した。
彼の顔色がかなり悪いことから、シスターシャークティ―も認識を改めると、二人に優しく笑顔で語りかけた。

「弐重院先生もそう仰るのでしたら、防御を少し上げておきましょう。ココネ。万が一のことがあっても、主が我らをきっと守って下さっていますから。きっと大丈夫ですよ」

シスターシャークティーはココネの頭に手を伸ばそうとする。
が、既にココネは春日の頭の上にいた。

「逃げるよココネ!! 高畑先生には悪いけど余波でも私らの命がないよ」

――――アデアット!! 

春日はアーティファクトの靴を装備し、高畑の居る方に向かって敬礼する。

「……シスター……お元気で」

ココネがボソッとシャークティーにそう告げた次の瞬間、大量の土埃を巻き上げた二人の姿は彼方へと消え去っていた。






戦いが始まってから約二十分。
学園と外との境界線上にある山の上まで、二人は無事に逃げ伸びた。
見晴らしの良い木の上から、彼らの戦いを任務用の双眼鏡で見守っていた。
これだけ離れた場所からでも真剣勝負の緊迫感を、真冬の凍てつく風が二人の下へ届けてくる。
無事に戦いが終わるの見届けていた二人。

しかし観測していた所とは別の地点に突如現れた強烈な魔力の気配が現れた。

疑問に思い、双眼鏡をそちらに向ける。
刹那たちの戦いが行われているところから約3km。
それを見た彼女たちの背に悪寒が走る。
師のものとは比較にならない絶望の足音。

レンズの先に映っていたのは、幾重にも展開された巨大な魔法陣。
しかも彼女にとって最悪な事に、丁度ここから対角線上にソレはあった。

「ちょっマジ!? 射線上とかありえないって!!」
「あっ……カートリッジ差してる。もう無理、ミソラ……間に合わない」

一点に収束されていく魔力が臨界まで達しようとするのは、未熟な彼女たちにも充分わかった。

「もう……ダメっ」

ココネは頭を押さえるようにしてしゃがみ、そんな彼女を庇うように春日は覚悟して抱きしめた。




――――そして閃光が走る。



目を瞑っていても感じられるほどの“白い”閃光。




しかし、いつまでたっても“桜色の”砲撃はやって来なかった。
二人は目を見開いて状況を確認する。

既に桜色の魔力球と魔方陣は跡形もなく消え去っていた。
しかし代わりに彼女たちが目にしたのは、三百m下の地面に向けて一直線に墜落する少年の影だった。

「ミソラ……あの人……」

安堵よりも彼への心配と疑問を向けるココネ。

「私たちのお祈りのせいじゃないよね? 一体、何が起きたんすか? ワケわかんね。ココネ、わかる?」
「……さぁ?」

二人は互いに見つめ合って、混乱する頭を整理しようと努めていた。

「ってか、木乃香の兄さんまだ墜ちていってるけど、大丈夫なの?」
「ミソラ。間に合う?」
「無理。遠いッス」



[29096] 第7話  重なる想い
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/05/30 00:32
「あの、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか?」
「高音さんでしたっけ? 何か気になることでも?」

おずおずと切り出した彼女に対して、和葉は質問を促す。

「先程から“アニメ”とか“魔王”といった単語が周りからチラホラと聞こえるのですが。その格好は、何と言ったら良いのでしょうか……ご趣味で?」

良い辛いそうに顔を赤らめる高音に対して、平然とした口調で和葉は返す。

「確かにこれはアニメに出て来る魔法少女のコスチュームを真似てますよ。女装趣味はないですから、男物にアレンジしてますけど。あくまで“エキシビジョン”ですから、盛り上げないとですね」

両肘を張って自信満々な様子の彼を見て、周囲の人間の反応は割れた。
冷めた目で見る者と、羨望の眼差しで見つめる者。

「西の人間としてではなく、“深淵の探究者ディープダイバー”として試合に挑む。こういう意思表示と捉えていいのかな?」
「そうとってもらえたらありがたいですね。コレを使った技は西洋魔術でも陰陽術でもありませんから」

意図を見事にくみ取った高畑の言葉にホッとした表情で返す和葉。
和葉の態度がふざけていると感じた者たちも、高畑とのやり取りから「なるほど」と頷いた。

「一見ふざけているようじゃが、“深淵”の一端を引き出すにはこの杖が最適という結論に辿りついたからの。かの英雄たちを超えてるやもしれんぞ?」
「詠春さんやナギさんに届くか。いいね。ますます楽しめそうで嬉しいよ」

ユキの思わせぶりな発言に、顔を綻ばせる高畑。
どうやらある程度本気になるらしいことは、場に居る全員にも伝わった。

(ハードルあげてどうすんだよ。ユキ姉……)
(いいじゃない。世界樹の魔力、実際に体感した方が早いでしょ。で和葉、作戦はどうする?)

外部に対する威厳のある声とは打って変わり、能天気な声が刹那と和葉の頭に響く。

(ユキ姉はお姉さんを、刹那は黒人の先生を頼む。その間、高畑さんは俺が足止めする。俺をご指名だからな。刹那、高畑さんについての情報は?)

あえて和葉は高畑の情報のみを刹那に求めた。
あくまでも目標は高畑であり、残りは任せるという和葉の意図を二人は理解する。
刹那はガンドルフィーニを、ユキは高音をそれぞれ眼前に見据えた。

(高畑先生は純粋な戦士です。格闘術に長けてらっしゃいます。それから以前、詠唱魔法は使えないという話を伺ったことがあります)
(完全に後衛な和葉には苦手な相手ね。私か刹那ちゃんが前衛として援護に向かうのが前提かな?)
(そうなるな。足止めと二人の援護に徹するから、早いとこ無力化を頼む)
(オッケー)
(了解です)

向こうの方も作戦会議のようなものをしていたが、もう終わったようだ。
高畑は伸脚などのストレッチ、ガンドルフィーニは銃の調整、高音は胸に手を当てて深呼吸を行っているようだ。

(そろそろか。まずは俺が打ち抜きのショートバスターで先制する。それに乗じて速攻だ。俺も陰から援護するからなるべく早く俺の前衛として戻ってきてくれ)
(ショートバスターとは一体どういった?)

聞きなれない名前に反応した刹那は疑問を返す。
管理局の白い悪魔が好んで使う技、要するにアニメの技だ。
全くアニメの知識がない刹那に対して、その説明で通じるわけがなかった。

(大丈夫だって刹那。“繋ぐ”からそれに合わせてくれればいい。久々にやるぞ。ユキ姉!)
(じゃあ行くよ)

和葉とユキはアイコンタクトを取って一度頷いた。
和葉は深く息を吸った後、目を閉じて呼吸を止める。



――――探索開始サーチスタート


探し物は直ぐに見つかった。
清廉な空気を纏いつつも、春の風のように暖かな光を放っているのがユキ。
純白と言っていいほど、真っ直ぐな色をした魂が刹那だ。

他の面々の魂も感じられたが、ひときわ大きい存在がこの麻帆良にはあった。

そう世界樹である。
煮詰めたシロップのように濃厚な甘い魔力と、高名な神殿に匹敵するほどに巨大な存在の塊。
自分の存在をしっかりと認識できていなければ、容易に呑みこまれそうなほどの碧色だ。
それは蒼穹のように広大で、深海のようにどこまでも潜れそうなほど深い。

ユキが実戦を勧めたのは、これを早期に理解させたいがためということを和葉はこのとき理解した

そんな思案にふける間もなく、和葉の方へユキの魂の気配が近づいてくる。
二人は魂の表層を少しだけ溶かして糸状に編んでいく。
そしてそれを螺旋状により合わせいき、魂と精神の表層を繋いだ。



同調シンクロ


パスを強固にする技法の一つであり、五感や六感だけに留まらず、精神と魂の表層までも繋ぐことができる。
魂と精神の遊離が得意な種である狐であり、その最上位の一柱であるユキとその弟子にあたる和葉だからこそ扱える技だ。

陰陽術でも西洋魔術でも似たような技がないわけではないが、この技は神仙術や妖術の類といった、人のみに在らざるものにしか到達できない領域に近しい。

その特異性を手に入れたからこそ、本来人の身では決して辿りつけない世界の領域に踏み入ることができ、彼は“深淵の探究者”と呼ばれるまでに至っている。



その特殊技法である“同調シンクロ”を二人は刹那に対しても行った。

次の瞬間、暖かい感覚に刹那は包まれる。
和葉が見ているもの、ユキが感じている風の匂い。
直接映像が浮かぶわけでも、鼻に感じるわけでもないが、刹那の全てを通してそういったものが理解できた。
数年ぶりの感覚だったため、繋がった瞬間は波のように押し寄せて来る情報量に酔いそうになったが、それも直ぐに安定してきた。

そして刹那は、彼がはチーム戦を選んだ意図を理解する。
思考、空間把握、タイミング、それが完璧に理解し合え、統率されたチーム。
それは間違いなく理想のチーム像であり、今の三人がまさしくその状態だ。

刹那は夕凪をしっかりと腰に携え、臨戦態勢を取った。

そんな両陣営の様子を傍から伺っていた学園長が声をかける。

「和葉。高畑君、準備はよいかの?」
「いいぜ爺さん」
「僕たちも大丈夫です」

和葉と高畑。
ユキと高音。
刹那とガンドルフィーニ。

それぞれが相手を確かめるように対峙する。
両陣営ともどうやら同じ組み合わせを選んできたらしい。

冬の夜風が場に更なる緊迫感を運んでくる。
学園長が静かに右手を掲げた後、誰もが息を呑んだ。

そして号令を待つ。





「では、はじめっ!」
「『ショートバッ!!?』―――っったああああ!!!」

開始と同時に前方へ飛翔、杖を振り抜き構えた和葉。
だが杖先に魔力が収束し始めた瞬間には、いきなり後方に弾き飛ばされていた。
防御障壁で高畑からの見えない攻撃に耐えたが、障壁ごとノックバックを受ける。
球状の障壁によって抉られた無残なタイルの跡がその威力を物語っている。

「和君!」

先制攻撃を失敗した和葉。
繋がっている感覚から無事を悟りつつも、彼の様子が気になる二人。

「『狐火!!』 今の内に距離とって!」

ユキは両手からそれぞれ蒼い焔を放つ。
右手の焔は三匹の狐状に形を変えて高音に襲いかかる。
もう一方の焔は和葉と高畑の間を遮るように壁状に展開し燃え盛った。

「サンキュ。 『アクセルシューター』」

ユキによる狐火の壁が吹き飛ばされる様にして消されたが、消失した瞬間に合わせ、一六に及ぶ桜色の弾丸が高畑に向かって飛翔する。
光弾一つ一つが意志を持つかのように舞い、でたらめな桜色の軌跡を描く。

アクセルシューターとは魔法の矢を独自に改良して、アニメの再現を試みた魔法の一つである。
操作に高い集中力を要するが、驚異的な誘導性能を誇り、不規則な軌道と緩急をからなる攻撃を読み取ることは非常に困難だ。

実際、先制攻撃に成功した高畑も今はバックステップで回避しつつ、時折ヒットしそうになる弾を拳で弾くので一杯のようだ。
しかし軽く弾いた程度では再び襲いかかり、纏わり付く光球に対して苦い顔をしていた。

独自呪文オリジナルスペル!? この速さと動きは厄介だな。受けとめるにも厳しいか」

場を動かず操作に徹していた和葉だったが、身に纏う魔力が増大したのを感知して次の一手を繰り出す。

「突っ込ませるか! 『魔法の射手サギタ・マギカ 連弾セリエス光の1001矢ルーキス!!』」

自らの正面に光の弾幕を新たに張り、進路を塞ぐ。
和葉の読み通り、高畑は被弾しながらも突っ込んできた。
しかし、高畑が一気に加速した方向は正面ではない。
何しろ目の前の少年は杖の形を槍状に変形させ、更に魔力を杖先に蓄えて構えているのだ。そんな所に飛びこむほど高畑は自惚れてはいない。
だから高畑が弾幕を突破したのは――――比較的弾幕の薄い上だ。

いくつかの弾と矢を被弾しながらも、和葉を見降ろせる位置をとった高畑。
和葉はとっさに魔力光が収束した杖を上に向けるがもう遅い。
初撃よりも遥かに強力な一撃を撃ち降ろす・

足元のタイルが突風と共に粉々に砕け、土埃が一陣に舞う。

「……手ごたえはあったはずだ」

和葉はまだ若いとはいえ、英雄の息子であり二つ名持ちの人間だ。
この程度ではまだ終わるとは思えないと判断した高畑は、油断せず足元からの攻撃に備える。

額から僅かな血が流れ、汗と混じり合って地面に落ちていくのを高畑は眺める。
仕掛けるとしたら視界が晴れるのと同時のはずと、高畑や周囲の観客は踏んでいた。

そして危惧していた通りに、和葉からの反撃はあった。
しかし視界が晴れるよりも早いタイミングで、それも足元からではない。
高畑の体よりも遥かに巨大な直径の砲撃が背後から襲いかかる。

高畑は振り向きざまに全力で迎撃するが、後手のため威力が乗らず砲撃に押し負ける。
そして高畑は桜色の閃光に呑みこまれていった。







和葉と高畑の探り合いの一方、ユキと高音の戦いはユキの圧倒的な優勢だった。

「行きなさい!『百の影槍ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ』」

高音の背後から無数の黒い槍が伸び、ユキに襲いかかる。
ユキは狐火を槍のような形状に変えて振るい、その全てを打ち払っていた。

元々胸を借りるつもりで挑んだとはいえ、天狐との実力差は明らか。
開始して1分も経たないうちに既に他の使い魔は潰されている。
それでも必死に食らいつく高音。
援護を求めようにもガンドルフィーニも防戦中だ。
たびたび向こうで交わされる剣劇の余波が彼女の傍を掠めていく。

事実ユキと刹那の連携は上手かった。

ガンドルフィーニと同一射線上に並ぶときはよく狙われ、逆に攻撃を仕掛けようとすれば味方が邪魔になるような位置取りをしている。
下手をすれば同士討ちだ。

高音とガンドルフィーニは普段からよく仕事で組んでいる。
そのため相性が悪いどころか、むしろかなり良い方だ。
集団戦の戦い方はもちろん心得ている。
しかしそんな二人も、感覚を共有しているユキと刹那のコンビ相手では、不利にならない位置取りに気を払うのが精いっぱいだ。
たまにガンドルフィーニの銃弾がユキの足を止めることがあるが、遥かに格上の相手をしている高音からはフォローを出せないままでいた。
そんなままならない状況に彼女は歯噛みする。

「ならっ、もう一度!『百の影槍ケントゥム・ランケアエ・ウンプラエ』」

放たれた槍がユキに襲いかかる。
しかし今度は払うまでもないとばかりに、前へ転がり込むようにして回避される。
ユキに接敵を許しつつも、巨大な黒衣仮面の使い魔『黒衣の夜想曲(ノクトウルナ・ニグレーディニス)』によって彼女の槍を薙ぎ払う。

横薙ぎの一閃がユキの腹部に命中し、華奢な体が水平に弾かれる。

「効いたっ!」

ようやく届いた一撃に顔を綻ばせる。

『リ・リック・トリック・リアライズ』

だが今の攻撃もそのまま位置取りに利用され、ユキはそのまま距離をあけて始動キーの詠唱に入っていた。
すぐに詠唱を止めるべく追撃を仕掛けようと右手を掲げる高音。

「させませっ……痛っ!!」

雷光のように突如、側頭部に強烈な衝撃が走った。
そして状況を認識しようと試みる前に、腹部にも桜色の光が着弾する。
和葉の放ったアクセルシューターが彼女の防御を貫いたのだ。
かなりの強度の物理防御を誇る黒衣の夜想曲だが、操作性に長けた光弾は自動防御の穴を抜け、純粋な魔力ダメージを高音に与えていた。

込み上げて来る激しいめまいと、嘔吐への欲求を噛みこらえて、崩れ落ちかけた膝を再び立て直す。
しかし高音が再びユキの姿を捉えたとき、既に呪文は最後の一節に入っていた。

駆け抜けよウェーリス 一陣の嵐テンペスタース 春の嵐フローレンス

今の季節に似つかわしくない暖かな風と花の香りが彼女に迫る。
後ろを振り向くが、最悪な事に射線上に彼もいた。
同じように桜色の光をまともに受けたのか既に片膝をついている。
もはや二人ともこの魔法からは逃れられないようだった。

「この続きが見れないのは残念ですね……」

無数の花びらに包まれて、彼女は安らかな眠りへと墜ちた。
ユキは彼女を抱きとめて、そっと地面に下ろす。
彼女の意識がなくなると同時に服が脱げかけるという事態が起きたが、ユキによる幻術で直ぐにフォローがなされた。






「くっ、やるね。和葉君。すっかり忘れていたよ。君は天狐の弟子だったね。幻術は得意というわけか」
「そういうことです。迎撃でかなり減衰したとはいえディバインバスターでピンピンしてるって。どういう身体構造してるんですか。クルト先輩といい、ラカンさんといい」

流石の高畑も軽く吐血して口元を拭う。
対する和葉も肩で息をしており、余裕には程遠かった。
奇襲に成功したにも関わらず、こめかみには冷や汗が流れている。

「ははっ。伊達に大戦を潜り抜けてはいないからね。でも和葉君が予想以上で嬉しかったよ」

先程までは苦痛に顔を歪めていた高畑も、再び元の爽やかな笑顔に戻る。

「なんか追い詰めた側なのに、そんな顔されたら複雑な心情なんですが。こっちは撃ちたい放題やってるのに、高畑さんは周りを気にして“その技”、あんまり出さなかったでしょう?」
「ゴメンゴメン。研究が君の本分ってのは勿論知ってるからね。いきなり全力と言うのは気が引けたんだよ。それで今の君の口ぶりはもう僕の技を見破ったみたいな言い方だったけどどうなんだい?」
「そりゃじっくり解析させてもらいましたよ。貴方の周りにまだ残っているソレで」

その言葉を受け、高畑は自身の周りにまだ光弾が残っていることに気付く。
アクセルシューターの全てを被弾しているわけではないのに、あの誘導弾は僅か三つを残すだけとなっていた。
残りの弾の行方はどうなったのか、気付いていなかったのは高畑だけだったようだ。

「これはさっきまでのとは質が違う!!?」

非常に似ているが、感じ取れる魔法の質が全く異なる。
攻撃性が微塵も感じられないのだ。
その疑問に対する答えは観客席で出されていた。




「エリアサーチですね」

瀬流彦が呟いた。
なるほどと納得した様子の弐集院が、明石やシスターシャークティーたちへ向けて解説を加えた。

「さっきまでのアクセルシューターの中に紛れ込ませていたんだね。それで高畑先生のことをずっと解析していたわけか。強行突破された時点で持て余したアクセルシューターはそのまま援護射撃に活用とは。器用だね。」

エリアサーチの魔法球もアクセルシューターと同じ桜色をしており、一見判別がつかない。
若干大きさが違ったはずだと、曖昧な記憶を呼び起こす瀬流彦。
だが、おそらくその位は容易に調整できるのだろうと結論付け、疑問を胸の内にしまい込み違う言葉を発する。

「僕等とは違うマルチタスクを確立してそうですね。これだけの魔法本当に再現するなんて、本当にファンの鑑というか。なんかここまでくると清々しいと言うか」
「そうだね。あとはレイジングハートきちんと喋ってくれたらいいけど、多分AIは搭載してないみたいだね。ってそう言えば、瀬流彦君もリリカルなのはを知ってるのかい?」

彼の背中に冷たいものが流れるがもう遅い。
残念ながら瀬流彦の隠れオタク疑惑は確定してしまったようだ。
彼は慌てて話題を逸らし上空を指差す。

「あっ、三人とも合流したみたいですよ。もしかしたら初めて高畑先生の本気が見れるかもしれないですね」
「これで三対一か。どちらが勝つか賭けてみるかい?」
「明石教授。教職の身に在らざる言動は控えて下さいね」

ジト目のシスターに咎められ、頭を掻く明石。
乗り気だったのか瀬流彦と弐集院の様子も挙動不審だ。

「いや、冗談ですってシスターシャークティ。ん、桜咲君の背中が……翼? あれもコスプレとかいうものですかね」
「さぁ、どうもそういうのではなさそうな気がするんですけれど」

眼鏡のズレを直して明石は彼女たちを見上げる。
零れ落ちて来る羽は夜空に映え、闇に新しい色を加えていた。
シスターシャークティはそのうちの一つを手に取ると、再び空を仰ぐ。

「白い羽――――まるで天の御使い様のようですね」



[29096] 第8話  領域を超えて
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/04/19 21:48
「それにしてもいつの間に3対1か。これでちょうどいいハンデかな?」
「悪いですけど、なりふり構わず勝ちに行かせてもらいますよ。これで負けたら格好がつかないんで」

自らの戦いに集中していたため、知らぬ間に足元での戦いが収束していたことを知る高畑。
だがその状況においても、彼の言葉に焦りの色は伺えない。
先程背面に強烈な一撃を浴びたにも拘らず呑気な笑顔を見せる高畑。
和葉は対照的に、目尻と口角を不自然に釣り上げた歪な笑みを見せ、周囲の人間に薄ら寒さを感じさせる。

高畑は再びポケットに手を突っ込み、月光が僅かに反射する眼鏡の奥で敵を見据えた。
対峙する和葉もレイジングハートの照準を合わせて牽制。
徐々に弓を引き絞っていくように、場の空気が張り詰めていく。

ここで下から急速に接近する二つの気配。
ユキは虚空を跳躍するように、刹那は異端の翼をはためかせ、和葉の盾となるような位置へ躍り出た。

「和君、お待たせしました」
「よっ、刹那。前衛は任せたぞ」

和葉の援護と、ユキのダメ押しもあり、刹那は無傷で空へ上がることができた。
二人は一言交わして頷くと、少しだけ先ほどよりも真顔になった高畑に視線を向ける。

当の高畑の視線は、笑顔のまま睨みあっていた和葉の方ではなく、刹那の方へ向けられている。
それも当然だ。いや高畑だけではない。
本来の姿と霊力を解放した刹那に皆の視線が集まっていた。

「刹那君、まさかそれだけの力を隠し持っていたとはね。和葉君が期待するはずだ。僕も驚いたよ。しかしその姿、これだけの人前で晒しても良かったのかい? その僕の我儘のせいでこういう……」
「高畑先生」

高畑の言葉を遮るようにして、刹那が呼びかける。

「私は確かに純粋な人ではありません。その中でも特に異端であった私は、里の皆から幾度も及ぶ迫害を受けました」

誰もが彼女の告白に耳を傾ける。
特に親しい龍宮と葛葉は彼女の言葉に目を細め、眉間に皺を寄せている。

「しかし、だからこそ私は今の主に巡り合うことができました。主が認め、必要としてくれる私自身を恥じる所などありません」

力強く言い切った。
主の信が全てであり、他者の言は意にしない。
人外であることも、異端であることさえも、主のためならば喜んで受け入れる。
刹那の言霊に宿る狂信とも呼べるほどの忠誠心を、この場の者たちは垣間見た。

「そうか。良い覚悟をした眼だ。刹那君。君が受け継いだ詠春さんの意志、改めて確かめさせてもらうよ」

先程まで和葉に向けられていた威圧感が、全て刹那に向けられる。
それに怯む様子は一切見せない彼女だったが、その隣にユキが寄り添う。

「刹那、久々に妾が“憑いて”やる。妾と二人で前衛じゃ」
「はい! ユキ姉様、よろしくお願いします」

威勢のよい返事の後、ユキが刹那の後ろから首に腕を回すように抱きつく。
徐々に透けていくユキの体が、刹那に吸い込まれるように重なっていく。

「“狐憑き”か」

歯噛みするように高畑は呟く。
月光を背に白い翼をはためかせる姿が、神々しささえも感じさせる存在感を放っていた。
自らの教え子であり、まだ幼いと侮っていた少女から掛けられる予想外の重圧感。
それが睦月の夜風よりも更に鋭く、彼の肌を刺激する。





高畑はポケットの中に入れた拳を、再び軽く握りしめた。
対する刹那も上段に夕凪を構えて滞空している。
張りつめた空気を引き裂いたのは、和葉の意味深な一言。

「俺は“潜る”。任せた!!」

その言葉と同時に和葉は離脱しつつ、今度は20に及ぶアクセルシューターを放つ。
高畑を取り囲むようにそれらが迫る。
同時に刹那も、純白の翼を闇夜に滑らせて接敵した。

一直線へ飛翔する刹那が刀の間合いへ入ろうとするが、対する高畑は何の反応もない。
一瞬攻撃を躊躇し、減速する刹那。
そのため側面から迫るアクセルシューターの着弾が一瞬早くなる。

ここで高畑を取り巻くように突如嵐が発生した。
否、嵐ではない。
気と魔力の奔流だ。
胸の前で合わされた掌を中心に莫大な力が溢れ出る。

「っ、咸卦法ですか!」
「言っただろ。僕は本気だって」

危険を感じた刹那は、とんぼ返りで一度後方へと距離をとる。

高畑が虚空を蹴った。
正眼へ構え直した刹那へと距離を詰めつつ、見えない無数の攻撃を繰り出す。

『秘剣 斬空閃!!』

横薙ぎの一閃で迎撃。
曲線状に放たれた気と衝撃波が高畑の遠当てとぶつかり合う。
相殺された地点を中心に新たな衝撃波が発生して、二人は後退する。


(なんとか合いました)
(俺のおかげだろ?)

再び高畑を観測し続けている情報を同調によるパスを通じて刹那に送る和葉。
タイムラグがないからこそ、技のタイミングを合わせることができた。

「休ませないよ!」

念話しつつも、再び始まった戦いに身を投じる刹那。
和葉が相対したときと比較にならない威力とスピードによる攻撃。
それを刹那は高畑の上空を取り、旋回しつつ高速でかわし続ける。
しかし、それもむなしく数発が刹那の翼を掠める。
白い羽を散らしながらも、刹那は速度を緩めない。
何度かタイミングを合わせて相殺に成功するが、翼を止められないために肝心の奥義がなかなか出せない。

そんな彼女を援護するように、再度解き放たれたアクセルシューターが高畑に纏わり付く。
光弾は彼の動きを妨害するような軌道を描き続ける。
しかし彼は意に介さず、数発ヒットしながらも刹那を狙い撃つ。
咸卦法を用いる前と比較して、ダメージが期待できないのは明白だった。
しっかりと彼女を追い詰めつつ、不敵に高畑は笑った。

「天狐の彼女が“憑いている”とはいえ、今の僕に付いて来れるとはね。本当に驚きだよ」
「ええ。これが私の全てです。この刀と翼にかけて負けるわけにはいきません」
「翼か。でもね刹那君、上を取るのは空中戦のセオリーだけど、それは間違いだったね。これで僕も下を気にせず撃てる。今は夜だ。太陽を背に出来るわけでもない。不慣れな空と生真面目さが災いしたかな?」
「それは……どうでしょうか?」
「まさかっ!!?」

珍しく挑発するような言葉を発した刹那に眉をひそめる。
しかし、意味を理解した時にはもう遅い。
上空に気を払い過ぎたための失策だった。

退避は間に合わない。
目の前に襲いかかって来るのは一面の桜色。
ただの遠距離射撃ではない、大口径の砲撃だ。
一直線に向かってくる砲撃はまさしく“面”。
逃げ場などあろうはずがない。

直ぐに体を捻って反転。
両腕を交差させ、防御の姿勢をとる。

敵を殲滅するために
眩いほどの桜色が闇夜を塗り替えた。
焼き払うように襲いかかる光が高畑の全身を包み込む。

「どうだ? ディバインバスターなら」

ディバインバスター、魔法少女リリカルなのはにおいて、高町なのはが得意とする直線型砲撃魔法の1つ。
本来なら狙撃と呼ぶべき距離から砲撃する魔法。
アニメでの彼女がそうした様に、かろうじて人影を視認できる距離から和葉もソレを放っていた。

煙幕が次第に晴れて来る。
だが高畑は予想通り健在だった。

多少ダメージが見受けられるも、体のどこかを抑えるような様子は見受けられず、致命的なダメージを与えたとは言い難いようだ。

高畑は遥か遠方に居る和葉を見据え、目を鋭く光らせる。
敵の実力を再認識した彼が反撃に出るつもりなのは、誰の目に見ても明らかだった。

しかし、高畑は甘かった。
否、甘かったのではない。
彼には単純に必要な知識が不足していた。
観客の幾人かはこれからの展開を予想できているのにも関わらず、高畑にはそれができない。

その一部の観客たちは「あぁ、ダメだ」、「逃げて高畑先生!」など必死で呼びかけるが、上空の彼に声は届かない。

高畑の左右にユキと刹那が現れ、体制を整えようとする高畑に手をかざす。

稲交尾籠いなつるびのかたま
魔法の射手サギタ・マギカ戒めの風矢アエール・カプトゥーラエ!!』

独鈷によって生じた結界と、風の矢による二重の拘束により高畑が捕えられた。

声にならない悲鳴が足元から湧きおこる。
容赦ない砲撃の後に、敵を拘束するのは彼らにとっては自然な流れなのだ。

当然その次に来るのはトドメの一撃に他ならない。




『ヴァイブ・ド・ライブ・ダイブ・アライブ……』

和葉は西洋魔法の始動キーを開始する。
通常は何の意味もなく、語感などで選ばれる
しかし彼の始動キーには、特別な意味が詰め込んであった。

世界に“共振し” 
世界の“流れに乗り”
世界の“深層へ潜り”
それでも“自己を確立する” 

これが彼にとっての全てであるからこそ、強い言霊を込めて言葉を紡ぐ。

和葉は巨大な魔方陣を生成し、その上に立っていた。
当然誰もが莫大すぎる魔力反応に気づいている。
白いバリアジャケットを夜風にはためかせる和葉の姿。
そして目にしたのは左手に杖を構えている。
いつの間にか杖の形状が変わっており、白い翼が生じていた。

レイジングハート、フルドライブのエクセリオンモード。

それをよく知る人々は一気に血の気が引いた。
魔法少女アニメの主人公が“悪魔”と称されるに至った元凶の一つ。
可愛らしい姿と裏腹に、幾人もの敵に絶望をの底へ葬って来た魔法の杖。
その中で最も悪名高い姿へと、レイジングハートは姿を変えていた。
本当に全力全開……否、全力全壊のつもりらしい。

「……非殺傷設定、タイプβの設定完了」

人々の不安を余所に和葉は魔力を収束していく。
槍のような杖先には、ミッドチルダ式を再現するかのような魔方陣が展開されている。
幾重もの環状の魔方陣が生成され、杖先の魔力球の直径は和葉の背丈よりも肥大化する。

それから放たれる魔法は一つしか考えられない――――スターライトブレイカー。

魔力を周囲からかき集め、収束させる大砲撃。
アニメの中とはいえ、核攻撃と比較されることすらある。
砲撃では考えられない程のレンジを有し、どんな防御も貫通して叩き落とす。
可憐な魔法少女が魔王の名で呼ばれるに至った技を、彼は現実世界において再現する。

「カートリッジリロード!!」

叫んだ後3発の弾が装填され、薬莢が地面に落ちていく。
先ほどの魔力球が数秒のうちに更に倍になった。

カートリッジ3発分。
これが和葉の単独で扱える全力だ。
広域殲滅魔法の合わせがけ以上の力を1点に収束し、彼は照準を合わせ直した。

既にユキと刹那は射線上から離脱している。
結界は既に破られ、半分以上の風の矢も破壊されている。
しかし未だ彼はその場を離れることは出来ない。
高畑の顔に一切の余裕はなかった。
そんな彼に向って終わりのときが近づく。



全ての力を収束させきろうとする和葉は、最期の言霊を告げる。

『スターライトーォォオオオオ ――――――――――!!!! 』

















しかし次の言葉が発されることなかった。

夜空を塗り替えたのは、絶望の桜色ではなく白色の閃光。
突如走った雷撃に打たれ、和葉は力なく崩れ墜ちた。

痛々しいバリアジャケットはいつの間にか白衣姿に戻っている。
同様に禍々しい杖もいつの間にか小さな宝玉に戻っており、和葉と共に足元の森へ向けて落下していた。
空中でレイジングハートを掴み取り、何かを呟くが何も起こらない。

突然の出来事に苦虫をつぶした顔をしながら、頭から落下していく和葉。
呪符を取り出すも何の反応もない。

「クソっ、これもダメか」




どんどん地面が近づいてくる。
目下には一面に広がるスギ林。
枝がクッションになることを期待できる高度ではない。

「完全に生身って、シャレになんねえぞ」

自分一人ではどうしようもない。
だが幸いにも、彼は一人ではなかった。

「和君!!」

必死の形相の刹那が漆黒を駆け抜け、主の危機の前に現れた。
木に激突する寸前に体を抱きとめられる。

「ピンチのときに颯爽と現れる騎士様か。カッコよすぎて涙が出るぜ……何で逆なんだろ」

か細い女の子にお姫様抱っこされる情けない様子を自虐し、口元だけ笑っている和葉。

「こんなとき、ふざけんといて! ホンマにウチら心配したんよ」

刹那が声を張り上げた。
涙こそ流さないものの、真っ赤に目を充血させている。

「そうそう。まさかこんな風になるなんてね。ゴメン、私には予測できたかもしれなかったのにね」

そして刹那の体から分離するように現れたユキ。
手を胸の前で合わせ、彼に謝罪する。

「ユキ姉。謝らなくて良いから、俺にもその幻術かけてくれないかな? この格好のままは恥ずかしすぎる」
「んー面白いから、みんなの所に降りるまでそのままね」
「面白がるなよ! 男には威厳ってものが」
「冗談だって。でもその様子を見せるのが状況を説明しやすいでしょ?」
「あっ、そうか」

ユキの主張を理解した和葉は諦めた様子でうなだれる。
生温かい視線を受けながら、彼らは広場へと舞い戻った。






「和葉よ。お主、今の状態はまさかじゃとは思うが」
「あぁ。ここの結界によって力が封じられたみたいだ」

学園長の問いにあっさり答えた和葉。
予想外の答えに、一同は驚きの声をあげた。

「自分の魔法の使い方は特殊だから。爺さんは知ってるだろう? あとは論文を読んでくれた人か」

その言葉に学園長、明石、弐集院、刀子、そして高畑が深刻な顔で頷いた。
学園長以外に頷いた人間に向けて視線を合わせ直す和葉。

「俺の場合 “場”から力を自分へと吸い上げるんじゃなくて、自分を“場”に“繋げて”力を使うんです。高畑先生なら良く知っていると思うんですけど、咸卦法近い感覚です。ただこのとき自分の魂も変質しまう欠点があって」
「それで若様が学園の結界から高位の霊格と認識されてしまった。そういうことでしょうか?」

刀子の言葉に和葉は頷く。

「それで力を封じられて、今の状態になったんだと思います。もう魂は元の状態のはずなんですけど、未だに結界から対象だと認識されているみたいですね。ユキ姉、もういいだろ?」
「いやダメじゃ。確かに今の妾のように幻術でこの結界から逃れることはできるが、その技が漏れるのは拙いのではないか?」
「そうじゃの。ユキ殿、ここは人目が多い。和葉には悪いが元に戻すのは後にしてもらえんかの?」
「だそうじゃ和葉」
「まぁ別に困らないけど。模擬戦は終わったし、爺さんそろそろ帰っていいかな?」

首をだるそうに回す和葉。
その言葉に同意して学園長が再び解散の言葉を告げた。




「和葉君、色々迷惑を掛けたね。でも本当に楽しかったよ」

さっきまで戦っていた相手、高畑が和葉に握手を求める。
差し出された手を取り、強く握り返す和葉。
二人は互いに謙遜し、称え合う。

「お疲れ様です。さすが紅き翼だなと思いましたよ。ディバインバスターで1~2割程度しか削れないなんて、ラカンさん以来の悪夢でしたよ」
「あのラカンさんと比べられてもね。それにしても連携と言い、独自魔法といい素晴らしかったよ」
「オタクの魔法使いが、アニメの魔法を使ってみたかっただけの話ですよ。良かったらDVD貸しましょうか? いろんな視点があって意外と勉強になりますよ」

笑い話の中で、さり気なく布教活動を行う和葉。

「うーん。時間がないからね。また今度にしておくよ。それで特に気になったんだけど最期の魔法、あれは咸卦法だね。一体どうやったんだい?」
「貴方には流石にバレましたか。タネはこれです」

和葉は弾丸状のカートリッジを高畑に見せる。

「外部からの魔力の補給か。それならあの出力も納得できる」
「いいえ、中に入っているのは“魔力”ではなくて、“気”です」

その言葉に目を丸くした高畑が手を叩く。

「なるほど。咸卦法のネックは魔力と気のバランス。そして二つの容量。大抵の場合、気が先に尽きてしまうからね。それを補充……いや違う。混ぜ込む気の量をブーストすることで、それに対する魔力もブーストできる。一発限り、本来ならありえない火力の咸卦法を創り出すのか」
「大正解です。たったこれだけのヒントで全てわかるなんて、驚きましたよ。咸卦法を誰よりも使いこなしているだけありますね」

拍手を送りながら高畑へ賛辞を送る和葉。
後ろに控えていた刹那もつられて拍手する。

「いや、年期が違うからね。でもその発想は今までなかったな。だからあの杖か」
「ええ。気を供給するシステムが必要だったので」

紅い宝玉へ戻ったレイジングハートのネックレスを、ワイシャツの奥へ仕舞いこむ。

「でも君の年齢で咸卦法をそこまで応用できるなんて、流石天才と呼ばれるだけあるね。僕なんか何年も魔法球で修行したのに」
「さっきも言ったように、自分の場合は魔法の使い方が特殊なんで、咸卦法のとき世界に繋がる感覚はそんなに難しくないんですよ。同じ出力ならむしろ魔法より安全な位ですし。適性の問題なだけです」
「一撃限定、チャージ中は移動不可能という制限付きの和葉よりお主の方が遥かに巧いし、強い。自信を持つが良い」

自虐気味に気落ちする高畑をユキがフォローした。

「でもさっきの非殺傷設定βで、その拳を封じる自信があったんですけどね」
「そういえば、僕の居合い拳の射程やタイミングをかなり正確に見抜いているみたいだったね。あの光球で見抜いたのはわかるけど、その設定というのは封印魔法の一種なのかい?」

高畑が問うと、待ってましたとばかりに身を乗り出す和葉。

「この魔法のアニメの特徴はですね。非殺傷設定と言って、肉体に物理ダメージを与えずに精神に直接働きかけてノックアウトさせる素晴らしい設定があるんですよ」
「それは凄いね。通常の攻撃を幻術や精神波に任意で置き換える、そういうことかい?」
「はい。俺のタイプαがそれに近いんですけど、今回使おうと思ったのは武装解除に変換するタイプなんです」

自信満々に述べる和葉。
対照的に高畑の顔は一気に青ざめた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして君は……僕を“脱がす”つもりだったとか言わないでくれよ」
「いや、そうだったみたいじゃが」
「一体何を考えているんだ君は!?」
「これでもかなり真面目に考えたんですけどね。居合い拳と言うんでしたよね。観察結果、ポケットに手を入れる動作が、何らかの儀式になって凄まじい拳圧を放てるようになるという推測を立てました。今その名前を聞く限り、儀式じゃなくて本当に居合いの効果みたいですけど」

恐ろしい推論が当たっていて、取り乱す高畑。
対するユキと和葉は平然とし、刹那は呆れ顔で見守っている。

「だったら、ポケットを使えなくすればその技を封じれると思ったわけです。あまりにも耐久力が高い相手とはいえ、非殺傷設定を使わなかったら結界やら色々まずいですよね? だから結構合理的判断だと思うんですが」
「αとか言うほうで良いよ! あれだけの威力の魔法が全て武装解除に回されたら、どうなるか位わかるだろ!?」

涙目で突っ込む高畑。
しかし、思わぬところから全力の突っ込みが入った。

「か、和君のアホーッ! 『紅蓮拳!!!』」
「ぐはっ! せ、せつ……」

何を想像したのか、刹那が顔を赤面させ、渾身の拳を振り抜く。
和葉の体は見事に宙を舞い、地面に叩きつけられる。
場の空気が凍る。

高畑は直ぐに駆け寄り、彼の首筋に手を当てた。
脈拍を測りながら高畑は言う。
目が全く笑っていない。

「なぁ刹那君。彼、今は生身じゃなかったのかな」








「だいぶん高く飛びましたねー。茶々丸、彼生きてる?」
「体温が僅かに低下、脈拍は著しく低下しています。瀕死に近いと思われますが、優秀な治癒師が多数いるので心配はないかと。ハカセ」

とある時計台の上。
世界樹広場をスコープで観察しているのは、ハカセと呼ばれた二つ結びで眼鏡の少女。
緑の髪とヘッドセットが特徴的な、茶々丸と呼ばれた長身の少女はスコープを使わず遥か彼方の魔法使いたちを観察していた。

「近衛和葉……カ。噂以上のイレギュラーのようネ」
「超さん、やっぱり彼の存在って不味いんですかねー?」
「いや、まだ何とも言えないヨ。確かに近衛木乃香に双子の兄なんて存在は知られていなかった。しかし彼の存在が歴史から抹消された可能性も考えられる。並行世界と考えるのは早計ネ」

お団子頭でいかにも中国人風の超と呼ばれた少女。
意味深な言葉を発しながら、顎に手を当て考え込む。

「しかし、色々と興味深い。魔法世界の崩壊を防ぐために大々的に動いている人物など、この時点では誰もいなかったはずヨ。もしこの世界が並行世界だとしても、彼の方法次第では悲劇の回避方法を知ることができるかもしれないネ」
「なるほど。超さんのいた世界の過去に飛ぶ方法さえあれば、それは理想的ですね。それでどうします? 計画に変更はありますか?」
「計画はこのまま進める線で行くヨ。ただし彼の観察は続行。もし彼の方法が我々の願いに値するものであれば助力は惜しまないネ。この計画はどう転んでもベター以上にはならない。なら多少の柔軟性は持たせるべきだと思うヨ」

リーダーとしてハッキリとした指針を打ち出す超。
その目にはいつもよりも真剣な輝きが宿っている。

「超、ここでのデータはマスターに全て報告しますが構いませんか?」
「うむ。あの狐の件は朗報だろう。構わんヨ。我々も今夜はここで解散するとしよう。茶々丸、彼女にコレを持って行くと良いネ。きっと風邪もよくなるはずヨ」
「ありがとうございます」

肉まん入りの紙袋を差し出された茶々丸は、超に深く礼をして受け取る。

「さて、これから忙しくなるネ。調べることが更に増えたヨ」

夜の寒空の下、肉まんを食む少女の顔には希望に満ち溢れた笑みが零れていた。



[29096] 第9話  英雄の息子を巡って
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/05/30 00:50
模擬戦の翌日、日曜日。

とある喫茶店内にて人を待つ、和葉と刹那の二人。
刹那は白のワイシャツとアーガイル柄の黒いセーターにGパンといった装いだ。

一方、左隣に座っている和葉は、昨晩と同じような白衣を着こんでいる。
目に痛いほど白い光沢が、ぬいぐるみやピンク色のカーテンで彩られた店の雰囲気に馴染まず、かなりの違和感を醸し出している。
そのためか待ち人の方も、すぐに彼らを発見することができたようだった。

「久しぶりだね。和葉、まだ殺されてなくて何よりだ」
「よっ、フェイト、焔。お先してるぜ」

チャック式の学ランを着こんだ白髪の少年は、彼を一瞥した後、抑揚のない声を投げかける。
隣の少女も目線を合わせただけだ。

「そう簡単に死ねるかって。とりあえず座って注文しろよ」

つれない態度に慣れているのか、白い歯を見せて屈託なく笑う和葉。
小学生高学年ぐらいにしか見えないその少年は「失礼するよ」と一言、和葉の向かい側に座る。
ツインテールの小柄な少女も刹那に会釈した後、その向かいの席に座った。

「ご主人様、お嬢様、お水とおしぼりをどうぞ。こちらがメニューになりますニャン」

猫耳付きのカチューシャとメイド服を着た女性店員が一礼した後、グラスとおしぼりを二人の前に置く。
彼女はテーブル端のメニュー表を指し示して二人に注文を促す。

「コーヒーを1つ」
「私も同じのを」

メニューを開きもせず注文する二人。
店員は二人の注文を復唱して確認した後、奥のキッチンへと戻って行った。

「せっかくだから何か食べていけばいいのに。オムライスはイマイチらしいけど、パフェは結構いけるぞ?」

零れそうなほどにチョコレートで装飾されたパフェを、半分ほど二人で食べ進んでいる。
アイスが乗せられたスプーンを小柄な少年に差し出すが、斜向かいの少女に一睨みされたため、和葉は目を逸らして自分で食べる。

おしぼりで手を拭いながら白髪の少年が口を開いた。

「甘いものは遠慮しておくよ。彼女が噂の式神かい?」
「はい、京都神鳴流剣士の桜咲刹那です。和くんがお世話になっています」
「フェイト・アーウェルンクス。完全なる世界に所属している。和葉とは懇意にさせて貰っているよ。それから彼女が……」

フェイトが名乗った途端、気の出力を上げて警戒態勢を取ろうとする刹那だったが、和葉に左手を掴まれて動きを止める。

「フェイト様の従者の焔だ」

刹那の変化にも関わらず、気にかけた様子がフェイトにはない。
しかし焔の方は鋭い眼光を光らせ、明らかな敵意を刹那に向けていた。
そんな彼女を刹那も睨み返す。

「刹那、そう殺気立つなって」
「君もだ。焔」

それぞれの主が彼女らを諌める。

「フェイトは俺の大事な連れだ。表だって仲良くはできないけどな。それに2度も命の借りがある」
「えっ、命の!? 大変無礼な態度をとってしまい申し訳ありません! その、完全なる世界と聞いて誤解してしまいました。何か色々と事情がおありなのですね?」

“命の借り”という予想外の言葉に、思わず動揺した刹那は何度も頭を下げる。

「僕らの組織が大戦を煽動したのは事実だからね。実際僕らも追われて仕方がないようなことをしている。だから君の認識が間違っていないから気にすることはないよ」
「何も伝えてなくて悪いな刹那、おいおい話してやるよ」

顔色を変えず淡々と述べるフェイトと、気まずそうに刹那に謝る和葉。

「それじゃフェイト。お互い時間もないことだし、そろそろ……」
「お待たせニャン。ご主人様、お嬢様、こちらがコーヒーになりますニャン。お砂糖とミルクは如何なさいますかニャン?」

切り出そうとしたところで先程のメイドが現れ、コーヒーを並べる。

「ブラックで構わないよ」
「私も」
「かしこまりましたニャン。それでは私のご主人さまとお嬢様への愛を込めますニャ。私の真似をして、リピートアフターミーですニャン!」

木製の丸いトレーをテーブルに置き、メイドは手を組んでハートの形を胸の前で作る。

「えっと、こうか?」
「せーのっ、萌え・萌え・ニャン!」
「もえ、もえ、にゃん?」
「お嬢様お上手ですニャン。それではごゆっくりなさいませニャン」

戸惑いながらも律儀にメイドの真似をして、ハート型の手をコーヒーの上で回転させる焔。
フェイトは既にコーヒーに口を付けている。
和葉と刹那の生温い目線に耐えられず、彼女は一気に半分ほどコーヒーを煽った。

「……近衛」
「なんだ焔?」
「なんでこんな場所なんだ? こんなやりとりは必要あったのか? もっと他に良い場所はなかったのか!?」

声量は抑えつつも、力強く抗議する焔。
秋葉原でも指折り人気のメイドカフェ、わざわざそこで落ち合うことの意義を彼女は問う。

「ここなら外国人も多いし、多少変な格好でも目立たない。俺が出向いても自然な場所だ。
こっそり落ち合うには最適だろ?」
「実に合理的な建前だ。本音はともかくね」

皮肉を交えながらも和葉の主張を認めるフェイト。
主が認めたなら仕方ないと、焔も諦めてコーヒーを啜る。
フェイトがコーヒーカップをソーサーに戻し、テーブルの上で手を組み、和葉に問いかける。

「そろそろ話を進めよう。君たちの状況はどうなんだい?」
「結論から言うぞ。更に時間がなくなった」
「どの位?」

パフェを突いていたスプーンを戻して、和葉もフェイトと同じように手を組む。
眉間に皺を寄せ、深刻そうな顔で彼は続けた。

「落ち着いて聞けよ。存在が辛うじて維持できるのが消失率50%時点。ただ実際このレベルになると他の問題で完全にアウト。せいぜい20%を限界ラインとすると……後42年だ」
「バカなっ! よ、42年だと!? この前より悪化してるなんて、そんなっ!?」
「落ち着いて焔。和葉、君の顔色から察するに、もっと早まる可能性が高い。そう捉えて良いのかな?」

席を立ちあがって声を荒げる焔。
結界によって周りが違和感を抱かないようにしてあるが、落ち着くようにフェイトが促す。

「頭が痛いがその通りだ。これが調からのレポートの要約だ。とりあえず表紙を読んでくれ」

事情が分からない刹那であったが、他の三人の顔色が明らかに悪いことぐらいは察することができた。
特に和葉が差し出した英語の書類を読んでからは顕著だ。
感情がないと思えるような印象だったフェイトでさえ、下唇を噛みしめている。



一分ほど無言の時間が続く。
必死でレポートの字面を追っているようだ。

「私たちの出番が早まるかもしれない……そういうことか、近衛?」

概要を掴んだらしい彼女が口を開き、か細い声を出した。

「あぁ。だからそっちの準備も頼んだ。もちろん俺たちも最善を尽くす。が、万が一のために“リライト”は必要だ。二つでも三つでも保険は多い方がいい」

若干トーンが落ちた声で、しかしハッキリとした口調で言葉を発する。
それに頷いてフェイトも続けた。

「実はその事だけど、ある程度の準備はもうほとんど整った。後は戦力の増強と、他の組織の動向に注意しておくことぐらいかな。図書館島といったかい? あそこの禁書で役に立ちそうな内容のものがあったら教えて欲しいかな」
「もうそんな言い切れる段階まで来てるのか。仕事が早いな。禁書については任せておいてくれ。今日はユキ姉が先に様子見に入ってもらっている。明日からチームを本格的に立ち上げて、世界樹の調査と禁書の捜索にあたる予定だ」

フェイトの言葉に少し顔を綻ばせ、安堵の表情を見せる和葉。

「そうか。期待しているよ。僕に協力できることは少ないけれど、そうだね。また死にかけたら呼ぶと良い」
「あのときトドメを刺しかけたくせに」
「それぐらいしないと周りを欺けないだろう? マスターの悲願のためだ。僕は手段を選ばないよ。君ほどの逸材は稀だ。最悪でも無駄死にだけはさせないさ」

何かを思い出したのか、肩を落として不貞腐れる和葉。
刹那も突然出だ不謹慎な言葉に目を見開いて皆の顔を見渡す。
そんな二人の様子を焔は鼻で笑い、フェイトも表情こそ澄ましたままだが、声には愉悦の色が僅かに覗いている。

「最悪でもって何だよ。もっと手段を選べ」
「だったらもっと強くなることだね」
「このチート野郎。嫌味な奴め」
「近衛、お前がそれを言うか?」

舌打ちする和葉に対し、焔は半眼で冷めた視線を送る。

「ところで話が変わるけど、このタイミングで麻帆良に来たんだ。“彼”の来日については当然知っているよね?」

コーヒーをもう一口付けた後、フェイトが話を切り出す。
和葉も真剣な表情に再び戻って答える。

「ネギ君のことか。当然だ。ウェールズの校長とウチの爺さんが随分頑張ったみたいだな」
「らしいね。メガロメセンブリアの息がかかっていながらも、いざというとき守れるのは麻帆良ぐらいだろう。君みたいにアリアドネーというわけにもいかないし、帝国は論外だ。上手くやったものだよ。それで君はどう動くつもりだい?」

三人の視線が和葉に集まる。
言葉を選ぶように、少し間を置いてから和葉は答えた。

「俺たちが彼を護る。いや、違うな。育てる」
「やはり境遇が似た者同士、彼を放っておけないのかい?」
「そりゃな。俺だってユキ姉がいなかったら、状況に流されるままに生きていただろうし」

視線をテーブルの上に落として和葉は語る。

「確かに研究において、麻帆良の世界樹と図書館島を調べる必要性があったけれど、別に調たちに任せても良かったんだ。でもまぁこっちに来た理由の一割ぐらいはネギ君のことが心配だったってのがある」
「君がユキの代わりになるつもりなのかい?」
「彼が望むならな」
「こいつの事だ。望むように誘導するんだろう?」

焔はジト目で非難交じりに口を尖らせる。

「君のプロジェクトの中に彼を引き入れるつもりなのかい?」
「あぁ。すぐに、とは行かないけれど協力を要請するつもりだ。幸いにもサウザンドマスターと違って成績優秀らしいからな」
「飛び級で卒業とあったな。近衛と同じくらいできるのか?」
「同じくらいじゃダメだね。それより上を行ってもらわないと」
「そうだな。学園に元老院、はてや完全なる世界にまでモテモテとは。凄いなネギ君は。俺が一人占めしたら世界中から嫉妬で殺されそうだ」

フェイトに苦笑交じりの相槌を返す和葉。
頬を掻きながら苦労を語る。

「とにかく彼が敵に回らないように、それだけは頼んでおくよ。何せあの男の息子だ。潜在能力は確かだろうからね。君の報告通りだと、今度邪魔をされたら後がない。それと厄介なのはクルト派や旧マクギル派だけじゃない。帝国やアリアドネー、消える可能性のある彼らの方が必死だよ。勿論麻帆良の動きにも気を配っておくことだね」
「忠告どうも。加えて、実家の奴等が何をやらかすか分からないからな。どれだけ俺に仕事をさせる気なんだよ。神って奴は」

和葉は付かれたような顔をした後、溶けかけたパフェを再びつつく。

「自分で勝手に請け負っているように見えるけどね。あちこち顔色を伺うからそんなに大変なのさ」
「はいはい。志の高いテロリストさんは言うことが違いますね」
「それで和葉。ネギ少年に関して何か手を打ったのかい?」
「贈り物を少々しといた。あと実家に帰るときにもう一つ用意するつもりだ」
「モノで釣れるのか近衛? 調べた限りだとコイツ、父親以外は全く興味なさそうだぞ」

大丈夫かと焔は呆れ顔で問う。

「甘いな。だからこそ彼には色々と飢えているものがあるんだよ。その欲求を満たしてやればいいのさ」
「焔、彼はそれで何人も口説き落として来たんだ。やり方は任せるよ」
「おい、人聞きの悪い言い方をするな。刹那!? 違うからな。人脈的な意味でだぞ」

ずっと壁の花と化していた刹那であったが、一瞬だけ和葉を視線で威圧する。
コーンフレークと溶けたクリームだけになった残りのパフェをすくうと、和葉は無理やり彼女の口に押し入れた。

誤魔化す和葉と、動揺する刹那。
挙動不審な二人を差し置いて、フェイトはどこからか書類の束を一冊取り出すとそれをテーブルの上に置いた。

「京都には直ぐに帰るのかい? 後で読んでおくと良い。栞からだ。きっと役に立つだろう」
「ん、栞から? げっ、1ページ目から色々ヤバいんだけどマジで。ウチの情報と結構違うぞ」

スプーンを空になったパフェの容器に突っ込んで、書類を手に取る和葉。
その次の瞬間には顔色が曇る。

「そんなにかい? ならもっと気を付けるといい」
「助かった。栞にも礼を伝えてくれ」
「今も潜入中だからね。こちらからは連絡が取れないけれど、そのときは伝えておくよ」
「ありがとな。あと何か用件あるか? 俺からはこんなものだが」
「僕も特にないよ。僕からも彼女たちによろしく伝えておいてくれ」

感謝の言葉を述べる二人。
彼らは互いに交換した書類を仕舞いこんだ。

「オッケー。あっ、フェイト。悪いけど最期に一つ頼みがあるんだけど・・・・・・頼めるか?」
「何だい、その目は。一応聞いておこうか?」
「京都あたりまで転送してくれないか? コーヒー奢るから」

ゴメン、と気軽に手を合わせて頼み込む和葉に対して、焔が遺憾の意を示す。

「貴様、フェイト様を一体何だと思っている!?」
「何って、俺らダチだろ?」
「そうだね。君がそう言うのならそうなんだろう」

平然と答える和葉と、それに同調するフェイト。

「くっ、フェイト様までこの男の毒牙に。もういい、メニューを貸せ」

焔は悔しそうに歯噛みした後、ヤケクソ気味に和葉の手からメニューをひったくった。
デザートのページを見開きながら、値段を指先で追っている。

「この際です。フェイト様、今までの分も奢らせてやりましょう!」

一番高いフルーツパフェの所で指を止める彼女を見て、フェイトはため息を洩らす。
残りのコーヒーを一口で飲み干して、彼は通路を通りかかったメイドを呼び止めた。

「この薄い味もたまには悪くない。おかわりをもらうとするよ」



[29096] 第10話 大戦の予兆
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/05/30 00:50
「この河は……これだけの距離を一瞬で転送するなんて。西洋魔法も凄いですね」
「陰陽術でも似たようなのあるけどな。ただアイツが最強クラスってだけだ」

人気のない田舎町の河原。
二人は辺りを見渡して、京都に無事帰って来たことを確かめる。

流れは穏やかで、漂う枯れ葉は沈むことなく悠々と船のように進んでいく。
幼少期、和葉と木乃香、刹那の三人がユキによく連れて行ってもらった思い出の河。
日はもうすぐ一番高くなる頃だ。

「最強って、そんなに凄い人だったんですか!? しかしわざわざフェイトさんに頼まなくても、和君やユキ姉様ならこれくらいできたのでは?」

風景を懐かしんでいた刹那だったが、想像以上の言葉に驚きを示す。

「そんなに万能じゃないぞ。俺もユキ姉も基本的に土地に依存するからな。長距離転移はノイズの影響が大きすぎて厳しいんだよ」
「和君にも苦手な事あったんですね。意外です」
「俺がかけっこで刹那に勝った試しがあったか? そういうこった」

バツの悪そうな顔をする和葉の言葉を受け、刹那もしまったとばかりに申し訳なさそうにする。

「すみませんでした。それともう一つだけ質問をして構いませんか?」
「何だ?」
「なぜあの場にユキ姉様ではなく私を連れて行ったのですか? 三人とも真剣に話し合っていたのに、ほとんどわからないことばかりで役に立てませんでした」
「気まずい思いをさせて悪いな刹那。でも今までは木乃香の護衛に専念してもらったけど、俺が帰って来た以上色々と知ってもらわないと困るから。だからあえて何も知らない状態で連れて来たんだ。実際、昨日帰ってきて真っ先にするような話じゃないしな」

俯く彼女の頭を軽く叩いて謝罪する和葉。

「いえ、私があまりにも物事を知らなかっただけなので。でも……」
「本当悪いと思ってるよ。だからそんな泣きそうな目で見るなよ。ほらっ、着替えて早く戻るぞ。会議と宴会が待ってる」

懐から呪符を出して刹那に渡す。
和葉はもう一枚の呪符で狩衣姿になる。
表は白地に裏は萌黄がかった柳色。
邪魔そうにして烏帽子を脇に抱えている。
刹那も渡された呪符を用いて、袖のない烏族の戦闘服に着替えると、和葉と共に本山へと向かった。







本山の寝殿に会する関西呪術協会の幹部たち。
参加しているのは派閥に関わらず、各方面の博士以上、又はそれに比肩する地位の者たちとなっている。
条件に満たないのは和葉の式として特例の刹那のみだ。

陰陽権助おんようごんのすけ、近衛和葉。魔法世界の視察と渉外の任を終え、ただいま帰還致しました」

和葉は刹那と共に、詠春の前で膝を付いて報告を行う。

長である陰陽頭おんようのかみを補佐する次官が陰陽助おんようのすけであり、それの定員外の官人である陰陽権助おんようごんのすけ
これが彼の立場であり、上から三番目の地位にあたる。
和葉は離れた地で生活していたために、このような地位があてがわれていた。
だが名前だけの官職という捉え方もできなくないことが、彼の立場を不安定にさせている。

「和葉、良くぞ帰ってきました。それから刹那君は正月以来ですね」

関西呪術協会の長、近衛詠春が和葉と刹那の下へ歩み寄り、二人に言葉を掛けてきた。
年相応に頬がこけてきたものの、気の流れには淀みがなく、一挙一動が卓越した武人のそれである。
青山家からの婿養子の詠春がこの地位に座り続けることができているのは、真摯さや政治手腕よりも卓越した武芸によるものが大きかった。

和葉の眼からしても、前回の帰郷のときと比べても衰えている雰囲気は微塵も感じられない。
むしろ和葉の実力が詠春に近づいたからこそ、その超えるべき壁の大きさに思わず息を呑んでしまう。
隣の刹那は同じ神鳴流であるため、和葉以上に実力差というものを理解しているらしい。
さらに緊張が増したのか、若干上擦った声で詠春に報告を上げる。

「はい。お嬢様も元気にしておられます。本日はご学友の皆さんと共にユキ様を図書館へご案内に行ってらっしゃいます」

和葉の麻帆良来訪の理由の一つである図書館島の禁書の捜索。
なるべく早いタイミングで関西に戻らなければならない和葉に代わって、ユキが一足先に図書館島の視察を行う手筈になっている。
都合のよいことに木乃香がクラブ活動で図書館島に精通しているため、彼女に案内役を引き受けてもらうことになった。
そのため刹那とユキが護衛を交替することができたのだ。

「そうですか。いつも護衛をありがとうございます。ユキ殿が一緒なら問題ないですね。二人とも、今日は半日ですがゆっくり羽を伸ばして下さい」
「ですが、長。その前に皆へ挨拶と、簡易な報告をいくつかよろしいでしょうか?」
「うむ。聞かせてもらおうではないか権助殿よ」
「こちらのことを放置したまま、またあちらに戻ったのです。納得できる成果を聞かせてもらいたいものですな」

報告を上げようとする和葉に対し、強行派と中立派の幹部から鋭い声が上がる。
彼らが不服そうな眼をしているのは当然のことであり、それを和葉も刹那も理解していた。
斜に構えた者たちへの苛立ちを抑えながらも和葉は言葉を続ける。

「はい。魔法学校を卒業してからの5年間の報告をさせて頂きます。一度帰国し再びアチラに渡った目的ですが、魔法世界各国の情勢を把握するためにあります。ユキと共に主な都市や、遺跡、霊地を旅してきました。前の大戦から20年も経っていますが、未だに大きな爪痕が残っております。政府に恨みを持つテロリスト、奴隷に身を落としたままの者もいれば、貧困や民族間の禍根による紛争も絶えません。実際私自身戦火に巻き込まれ危うく命を落としかけたことも少なくありませんでした」
「この時代に奴隷とは、人を何だと思っとる!?」
「おい、それは前の報告でもあったはずや。落ち着け近藤」
「せや、そんなんやからウチの人たちにも平気で戦争に行って来いなんて言えるんや」
「ヨネ婆も落ち着け」

和葉の熱弁に驚きや賞賛の目を向ける者ばかりではない。
大戦での仕打ちに対して怒りや悲しみの感情が先走る者へ、改革派の幹部がフォローを試みるが効果は乏しい。
和葉の言葉に露骨に眉をひそめ舌打ちする者が多いのは強硬派と中立派の一部。
場を荒らした者たちへまたか、と呆れた顔をする者が多いのは穏健派。
どこへも組せず静観しているのが中立派と言った具合である。

次期当主を名乗りながらも、彼はまだ若い。
そして何より関西に在籍した期間が幼少期のみという大きなハンデ。
遠方から組織していた改革派の部下はともかく、他の派閥で彼に理解のある者はごく僅かだった。

「あいつらには人の血が通ってへんのや。ウチの人はそんな人の面した化け物に騙されたんや」
「お婆の言うとおりや。それに俺は知ってるで、向こうでは化け物が普通に歩いとるらしいやんか。ホンマ信じられんわ。せやから」

ゆえに彼らが激昂するのも無理はなかった。
一人が口を開くと、それに追随して罵詈雑言が飛び交う。
しかし、

「黙って聞きなさい!」

あの温和な詠春が吠えた。

憤っていた面々は鋭い目線を彼に送るが、気圧されたのか直ぐに肩を落として俯いた。
初めて見るかもしれない父の姿を、和葉は目を丸くして眺める。
詠春に促され報告を続けた。

「議論は後で時間を設けます。まずは報告が先です和葉、続けて下さい」
「私の不用意な発言で場が乱れ、申し訳ありません。まず誤解なきように申し上げますと、奴隷と言っても、ある程度の身分と人権は保証されています。各国政府が保有を認めているので制度はしっかりしています。逆を言えば皆さんが指摘されたような利己的な考えを持つ者が多いのも事実でしょう。私も同じことを感じることが多々ありました」
「和葉」
「はっ」
「貴方も含め、ここに集まった皆には時間がありません。要点を絞ってお願いできるでしょうか? 皆も同じ想いでしょう」

長々と話す和葉に対し、核心部分に入るよう詠春に指示される。
その言葉を受け、和葉は周りを一度見渡した。
誰もが真剣な眼差しを彼に向けている。
和葉は覚悟を決めたのか、彼らに向かって頷き返すと詠春へ願い出た。

「大変申し訳ありませんがこれから私がする話は、今は他言無用。誓約を付けさせて頂きたいのですがどうかこの非礼を許して頂けないでしょうか?」
「それほどに重大なことなのですか?」

物々しく言う和葉に対し、低い声を更に落として詠春が問う。

「はい。過去の大戦について判明した真実と、新たな大戦の兆しについて。」
「なっ、黒幕がわかったんか!?」
「それよりも新たな大戦についてや。あれだけの戦がまた起きるんか?」
「おい、若様それはいくらなんでも……」
「事実です。もっと大きな戦になる可能性があります。それも今度は表をも巻き込むほどの」
「何だと!」

“真実”そして“大戦の兆し”という言葉に再び場が騒然となるが、静かに響く声で詠春が場を治めた。

「静粛に。和葉、誓約を認めます。続きを」
「ありがとうございます、長。それでは」

和葉は懐から取り出した呪符を頭上へ投げる。
呪符はそれぞれ飛翔して床に配置され、二重の五芒星を基調にした陣が生成された。
和葉と詠春の両名で真言が唱えられ、陣が起動する。
碧色の光が場に居る者全てを包み込み、それぞれの体に吸収されるようにして消えていった。

「これでこの場での出来事は他言無用となります。和葉、続けて下さい。大戦の予兆とはどういうことですか?」
「まず、過去の大戦が起こった理由から離さなければなりません。長はご存知でしょうが少しお待ちください。以前報告させて頂いたように、前の大戦は一見、ヘラス帝国とメガロメセンブリアの経済問題、民族問題が発端とされていましたが、この大戦には黒幕がいたとされます。それが『完全なる世界』という組織です」
「しかし若、長が所属していた紅き翼が奴らを倒したことでその戦は終わったということは聞いたえ。でも問題は『何で大戦を起こしたのか』、そこが問題なんやろ?」

前回の帰郷の際の和葉の報告もあってか、西洋嫌いの面々も西洋や魔法世界についての情報について基本的な部分は理解するようになっていた。

確認を取るように言うのは強硬派の若手幹部。
長い黒髪を後ろで束ねた彼女からの鋭い目線が、互いの眼鏡越しに和葉へと向けられる。
煽情的と言ってもいいほどに胸元が開いた着物を纏った彼女は、和葉を除けば最も若い幹部だ。

「はい。彼らの暗躍によって各国の政府が煽動され、大戦が起こったとされます。しかし問題なのは先程指摘頂いたように、何故彼らがそのような事をしたのかという点です。彼らが黒幕であることが向こうの教科書にも載っていますが、彼らの目的は不明とされています」
「でも若様には分かっとるんやな?」
「ええ。そのためには魔法世界の成り立ちから説明しなければなりません。魔法世界はもともと存在していたわけではありません。遥か昔に創造主と呼ばれる術者により、高度な結界術を用いて作られた人造の異界なのです。この事実は各国元首クラスの一握りの人間のみが知っています」
「社の神域と同じようなものか」

中立派幹部の的確なフォローに和葉は頷く。
他の面々も頷いていることから、イメージを掴むことができているようだった。

「そして問題となるのが二点。一つは魔法世界人と呼ばれる原住の人々は魔法世界と同じく作られた人間であるということ。式神ようなエネルギー体であると認識して下さい。亜人が多い傾向がありますが、基本的にはこちらの人間となんら変わりがありません。しかし彼らの肉体と魂は魔法世界と同じエネルギーから成り立っているという一点のみが異なります」

彼の言葉が理解できるが故に、周りの者たちの表情は段々と険しくなっていった。
理解力に乏しい刹那でさえ、その異様な空気に当てられて首筋に汗を流す。
全ての事情を知っている詠春に至っては、堅く拳を握りしめたまま次の言葉を待った。

「そしてもう一つ。その魔法世界そのものが崩壊の予兆を見せていること。先ほど申し上げたように魔法世界は高度な結界術によって作られた異界です。異界が崩れれば当然魔法世界人はその存在を保てません。そこで二十年前に動いたのが『完全なる世界』。魔法世界人の魂を魔法世界に還元することで世界の延命措置を行い、戦争の混乱に乗じて大規模儀式魔法を完成させ、新たな異界へ魔法世界に住む者たちを転送するというものでした」

さらなる衝撃の事実を突き付けられ、呆然とする一同。
ただ詠春だけが口惜しそうに下唇を噛んでいる。

「和君、それでは紅き翼のやっていたことは一体?」

他の者が黙っていたためなのか、最初に口を開いたのは刹那だった。
本来発言を許される立場ではないが、同じ想いを抱いた者が多かったのかそれを咎めることはされなかった。

「まるで道化だと笑いますか?」

それに答えたのはかつてその一員として称えられた詠春だった。
伏目がちなその顔に満ちているのは自嘲の感情であろう。
しかしそんな詠春に対して和葉は首を横に振った。

「紅き翼の活躍で大戦は終わりました。それで多くの人々が救われたのですから、そのことに意味はあったのでしょう。手法に問題があったとはいえ、完全なる世界の救済策を妨害したことについて、その行為が正しかったのかどうかは、もう少し先の未来で評価されるべき問題だと私は思います」
「貴方は責めないのですね」
「責められるべきは各国政府も同じでしょう。これだけの重大なことを公表するのは確かに危険ですが、まともな対策を立てて動いている人間がほとんどいなかったのですから」
「そうですね」

我ながら情けない、と項垂れる詠春。
対する和葉も眉をハの字にして、申し訳なさそうにしている。

「和坊、これだけのことよう調べてくれた。わし等だけやったらここまで辿りつけんかったわ」
「しかし若、これではメガロやヘラスどころか、完全なる世界も憎むに憎めへん。我らのこの行き場のない感情はどこへ向ければええ?」

多くの人間が和葉からもたらされた情報の重大さに考え込む素振りを見せていたが、恰幅の良い中立派の壮年術師が口を開き、強硬派の白眉の翁が続く。

「大戦の兆し」

大胆な着物を着た強硬派の若手幹部が呟いた。

「その感情を大戦阻止へ向ける。要はウチらに協力せえ言うんやろ?」
「察しが良くて助かります。仰るとおりです。何故、そのような事態が懸念されるか? ですよね。先ほど申し上げたように魔法世界は徐々に崩壊の兆しを見せています。そしてもしこのまま何の対策も討てず崩壊を迎えたらどうでしょう。魔法世界人が消えるだけでなく、魔法世界人以外の者は異界の外に投げ出されます」
「そして当然行き場を失くした人間はこちらに押し寄せて来るということやな?」
「そういうことです」
「何となく事情が呑み込めて来たわ。千草嬢の言うとおりなら次は魔法世界での内戦どころか。こちらへの侵略戦争やないかい」
「侵略戦争 !? そんなわけが」

馬鹿なと言いかけた詠春。
それを遮るようにして和葉が可能性を示唆する。

「充分にあり得ます。特にメガロメセンブリアには地球から移住した人間が多いです。元老院の旧マクギル派及びクルト派はスタンスこそ違えども、近年旧世界への求心力をうたっています。ヘラスやアリアドネーも魔法世界人の比率が多いとはいえ油断はできません」
「若、魔法世界からの移民の予想数は?」
「六千万人以上、程度の差はあれ魔法を使うことができる人間が大半です」
「今の人口増加のペースから言ったら食糧とかヤバいんちゃうか?」
「それもあるが裏社会の均衡が崩れる!」
「いやいや、あっちの人間が何も知らんとこっち来て、社会に適応できるんか? 民族問題どころちゃうで」
「地球、いや表をも巻き込むか。これは我々だけでどうにかできる問題か?」
「食糧問題、裏世界の抗争、新たな民族戦争……これでもかという位に火種があるわな」

その嘆きは場に居る全員の共通した思いだった。






和葉の報告の後、積極的な議論が幹部間で交わされた。

魔法世界が崩壊しているということに関しての具体的な情報源を求められたりもした。
和葉自身がアリアドネーでの研究で偶々その実験データとしてその事実を発見してしまう。
それによって魔法世界から退くに退けなくなり、卒業後も魔法世界で研究を続け、いつの間にかその分野の第一人者となってしまったこと。

それらの経緯を話した上で、今回の麻帆良来訪の意義を話した。
その甲斐あって、西に戻れない理由などもある程度理解されたようだ。
誓約もあって詳しい内容は他言できないが、各派閥とも議論を持ちかえるとの事になり解散となる。
本来は宴が用意されていたのだが、それどころではないということで中止となった。






「で、君は何でここで正座してるんだい?」

寝殿を出たのは和葉たちが最後。
刹那の他に三人の幹部を引き連れている。
戸を開けて直ぐのところに、十歳位に見える少年が正座させられていた。
周りが正装しているためか、身に包んだ学ランが場に浮いている。
そして何よりも目を惹くのがボサボサの長髪から飛び出た犬耳と背中で揺れている尻尾。

「聞いて下さいよ若。このガキいつの間にか庭に侵入してましてね。俺たち慌てて捕まえたんすよ」
「そうそう。捕まえたら捕まえたでコイツ、生意気にも坊ちゃんの式や言うんですわ。坊ちゃんの式は天狐の姉さんと桜咲の嬢ちゃんってのは常識でしょ? 何か企んでそうな感じもないし、若に聞くのが一番かと思うて、とりあえず正座させといたんやけど」

槍と脇差を携えた二人の若い衛兵が困ったように和葉に言う。
彼らの言葉に眉をひそめる和葉であったが、後方の刹那と幹部の青年が反応した。

「小太郎君!?」
「何しとるんや小太郎!!」
「よぉ、刹那姉ちゃん久しぶりや。あまりに帰りが遅いから、ちょっと気になって覗こうと思ってんけど……まぁ見ての通りやわ」

正座させられてバツが悪いからか、耳を少し地面へと傾けて少年が挨拶をした。

「君が噂の小太郎君か。随分元気がいいようだな」

会議のときに封印していた満面の笑みを向ける和葉。
少し屈んで顔を近づけると、鋭い風斬り音とともに手刀を繰り出した。

「痛っ! 兄ちゃん気ぃ込め過ぎや!」
「ははっ、俺なんかでそんな言ってたらこれからもっと大変だぞ。今のは俺に恥をかかせた罰だな。俺の式になるんだ。しつけは厳しく行くぞ?」
「ゴメンなさい和君。……推薦したのに何だか不安になって来ました」

頭を両手で押さえる少年と、ケラケラ笑う和葉の顔を見比べながら刹那はため息を付く。
周りの衛兵も首をかしげていたが、「もう大丈夫」と和葉が言うとそれぞれの持ち場に帰って行った。

「はじめましてだね。小太郎。俺が改革派代表の近衛和葉だ。公の場以外なら君の好きに呼ぶと良いよ。ほら、立てるか?」
「……どうも。せやったら和葉兄ちゃんて呼んでええんかな?」

和葉に手を差しだされ、足をふらつかせながらも少年は立ち上がった。

「あぁ。一緒にこれから生活するんだからな。今日から俺の弟だ。頼むぞ小太郎!」
「わかったわ。よろしく頼むで和葉兄ちゃん」
「おう。小太郎、お前ノリいいな」

胸を叩いて返事する小太郎。
再び和葉は手を差し出し、強く手を振って握手する。

「コイツにはそれしか取り柄がないですからな」
「こういう快活な子が必要だったからな。みんなの推薦は間違ってなかったよ」

豪快に笑いながら改革派の青年が小太郎の背を叩く。

「それで、今回の任務って和葉兄ちゃんの式神としてサポートすればええんやな? 詳しいこと聞いてへんかったけど、実際何をしたらええんや?」
「まずは俺の活動の手伝いだな、まぁお遣いとかだ」
「なんかただの便利屋みたいやな」

お遣いという言葉に落胆して、肩を落とす少年。
その反応にムッとした和葉が脅すような口調に切り替えて言う。

「おいおい、他の組織が狙ってくるような物も頼んだりするからな。結構危険なこともあるぞ」
「おおっ! 運び屋か。それなら俺の十八番やで」
「それと刹那と一緒に木乃香や俺の護衛をすることもあるからな。俺の師匠の特訓が待ってるからな。覚悟しておけよ!」
「護衛任務もか! それに噂の狐の姉ちゃんに鍛えてもらえるんか! ホンマ楽しみや」
「小太郎君、本当に生き生きしてますね」

任せられるのがかなり重要な任務と分かると、とたんに目が輝き始めた。
決意を込めているのか、両手に握り拳を作る小太郎。
そんな彼に刹那は微笑む。

「そりゃそうやで。和葉兄ちゃんが刹那姉ちゃんを護らんかったら、誰も塾を作ろうなんて思わんかったて聞いた。俺らみたいな半妖を拾ってくれた改革派に、それも和葉兄ちゃんに直接恩を返せるんや。漢として本望やないか」

小太郎の言う塾とは一種の孤児院であり、彼のような半妖の身よりのない子供などを引き取って預かる施設だ。
和葉に保護された刹那が神鳴流で頭角を示したことで、半妖への彼らの実力面での評価が高まった。
戦力の増強という打算もあってか、勢力を伸ばすことに力を入れていた改革派は小太郎のような子を保護し、教育するようになっていったのだ。

和葉本人が直接動いた結果ではないため、恩と呼ばれる覚えはない。
しかし和葉も面と向かって言われると照れくさいのか、耳の裏を掻きながら苦笑する。

「なんか美化されてんな。俺はともかく、塾を立ち上げたのは賀茂さんたちだからな。あと二週間、ちゃんと出て行く前に挨拶しておくんだぞ」
「改革派や学校のみんなとも一時お別れやしな。あっ、そうや。幹部会での宴は中止なんやろ? 鶴子姉ちゃんたちが御馳走用意してんねん。みんな待っとるから早よ行かな!」

そう言って駆け出す小太郎。
たびたび振り返って和葉たちに付いてくるように促す。

「実際会ってみて、小太郎君はどうですか?」

少し小太郎から離れたところで刹那が問いかける。

「刹那たちが推薦するだけあるよ。さっきの一撃があの程度で済むのなら実力は上々。それに彼のさっぱりとして人見知りしない性格は理想的だ」
「そうだといいですけどね。でも小太郎君まで式にするなんて。麻帆良を刺激しないようにというのはわかりますけど」
「ひょっとして、ジェラシー?」
「そんなことはないですが。でも……“とくべつ”は」

茶化したように言ってみる和葉。
しかし刹那が寂しそうな顔をするのを見て、しまったというように苦笑いする。

「心配すんなって。小太郎はネギ君の“とくべつライバル”になるんだから」



[29096] 第11話 母が遺したモノたち
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/06/05 21:06
季節外れな薄手の黒い着物を纏った女は、丘の上で一人、男を待っていた。
日も昇らないこの時間では一面に広がる薄闇と朝靄のせいで、丘の上からの見晴らしの良さを味わうにはまだ早い。

「天ヶ崎さん。おはようございます。昨日はどうも」

灰色の靄の中から、ようやく待ち人は現れた。
墨黒色の袴を羽織った少年は、両手一杯の花束を抱えている。

「おはようございます若様。こんな時間に呼び出して、すみまへんな」
「昨日はどうも天ヶ崎さん。こちらこそ女性を待たせるなんて申し訳ない」
「そういえば桜咲は?」
「元師範に稽古を付けられていましてね。ほら、あっちの山が」

彼の指が示す方角へ千草も目を向けた。
次の瞬間、強烈な閃光が空を走る。
靄で視界が限られていても視認できるほど雷光。
そして光に遅れて凄まじい轟音が、静まりきった山の空気を震わせた。

「随分と派手にやってはりますなぁ。あの娘も気の毒に。でも若様だけ逃げだすのはちょっと薄情ちゃいます?」

鶴子の凶刃から逃げまとう刹那の姿を想像したのか、千草は彼女に同情を寄せる。
そして和葉の他人事な態度に呆れ笑いの様子を見せた。

「刹那が自分で志願したから俺が居ても邪魔ですし。部下の意志を尊重しただけですよ――――ってこの気は親父も!?」
「若様、目が笑ってへんどすえ」
「現役を退いたなんて嘘ですよね。あの人たち」

父の気配を感じ取った和葉は、何かを諦めたように頭を抱える。
同じ青山の血が流れていながらも、全く異なる資質を継いだ和葉。
詠春や鶴子の規格外の力は、彼にとって未だに理解しがたい事象であった。
そして一言付け加える。

「だからこそ、一人でも来れたわけですけど」

それだけ巨大な力を持つ剣士たちが京都にいるのだ。
ここで和葉を襲撃するような馬鹿者はいないだろうと、笑いながらも釘を差す。

「見ての通りウチも一人や。この密会の事は誰にも言うてへん」
「確かに怪しいものはありませんね」

和葉の周囲に桜色の光球が数個集まって来る。
策敵と罠探知を充分に済ませた上で来ていることをアピールすると、再びエリアサーチの光を解き放ち周囲の警戒に当たらせる。
それを確認した千草も呪符を額に当て、他者が結界内にいないことを確認した。
二人は更に一歩、二歩と、互いの手の届く位置にまで歩み寄る。

「まず始めに確認しますけど、これは改革派と強硬派の幹部としてではなく、近衛和葉と天ヶ崎千草としての密会ということでいいんですね? 互いに他言無用の誓約を付けさせてもらいますよ」
「誓約は任せます。それにしても密会という響きはええどすな。秘密の早朝デートやと思ってくれたら嬉しいわ」
「すいません。俺は刹那一筋なんで、それはちょっと」
「玉の輿やと思たんに。残念やな。何年も遠距離恋愛とか、ホンマようやりますわ」

千草の冗談に対して、耳まで紅潮させながらもハッキリと断る和葉。
そんな一途な彼に千草は助言を与える。

「若様があの娘にベタ惚れなんは、小さい頃から見とったら誰にでもわかりますえ。でもそれを快く思ってへんもんもおります。桜咲の存在を認めへんのは、頭の固い爺様たちだけちゃいます。若い女衆の半分ぐらいに若様は狙われとりますから、色々気ぃ付けたがええどすえ」
「新しい奥さんでももらえば良いのに、親父が一途過ぎますからね。巫女さんたちが俺を狙うのも当然の流れと言えば当然なんですけど、流石にあそこまで露骨だと引きますよ」

千草の言動はまるで歳の離れた弟を見守る姉のようにも見える。
彼女の言葉に思い当たる節が多々あるようで、和葉は左側だけ引きつったように口角を歪めて苦笑した。

「そのストイックさは親子って感じどすな。せやからこそ木乃葉はんも安心やろけど」
「死ぬまで浮気は絶対しないですよあの人は」
「ふふっ、なんや下らん話で盛り上がってしもたなぁ。積もる話もあるやろけど、まずはそれを貸してくれはります? ウチがやりますえ」
「そうですね。やること先にやってしまいましょう。お願いします」

まるで赤子を抱えるような手つきで、千草は花束を受け取った。
澄んだ菊の香りと甘く芳醇な百合の香りが、冷え込んだ空気と共に彼女の胸元に吸い込まれる。

「ありがとうございます。もしかして、この榊もあなたが?」
「木乃葉はんにはホンマにお世話になりましたから」

彼女は眼を細め、穏やかな笑みを浮かべた。
懐かしむように遠い眼をする彼女の視線の先には、近衛家の墓と書かれた冷たく大きな石が建っている。

近衛木乃葉、享年二十五歳。
詠春の妻であり、和葉と木乃香の母であった女性。
彼女は二人を出産してすぐに亡くなってしまったという。
もともと体が丈夫ではなかったと聞くが、誰にも平等で優しく温和な人柄は多くの人間に支持されており、詠春が婿養子に来るまでは関西呪術協会の長として期待されていたらしい。

わざわざこの場所を待ち合わせ場所に指定したことと、千草の口ぶりからしても、彼女が木乃葉を慕っていた人間であることは疑いようがなかった。
和葉にとって千草との面識はあまりなかったが、幼少期に遊び相手になってもらったり、術を教えてもらった僅かな記憶が彼の脳裏に蘇る。

そんな和葉の眼の前で、千草は慣れた手つきで花を切り揃えていく。
二つに分けられて千草から渡された花束を、和葉も見よう見まねで墓に供えられた花瓶に挿していった。
彼が挿した花束を整えている間に、千草によって蝋燭と線香が用意される・
火のついた線香の束を半分渡された和葉は千草に促され、母の墓前に線香を上げた。

そして何も言葉を交わさないまま二人はしゃがみ込んで、ただ静かに手を合わせる。
風と共に揺らめく線香の煙が、辺りを包む淡い朝靄に溶けていった。



そうしてしばらくの時が過ぎた。
千草はゆっくりと、しかし力強い言葉で二人の間の沈黙を破った。

「――――単刀直入に聞きますえ」

千草はため息とも受け取れる息を一つ吐き、眼鏡の中央を持ちあげてズレを直す。
和葉は無表情にその仕草を見つめ、次の言葉を待った。

「若様は、もう長になる気は全然ないんちゃいます?」

出てきた言葉は疑念。
それも彼の今までの言動を揺るがすほどに大きなものだ。

「でもあれだけの事を言うてしもたんや。ただ単に引っ込みがつかへんだけなんちゃいますか? それだけやない。西のことが眼中にないとまでは言わへんけど、何かの目的に対する手段の一つぐらいにしか捉えてへんようにウチには見えた」

次々と出て来る千草の質問に対し、和葉の顔には動揺の色一つない。
ただ真っ直ぐな瞳を向けて、彼は言葉を受け止めた。
あまりにも無反応過ぎる態度に千草は驚くが、沈黙が答えであると解釈した上で次へ話を進める。

「ウチは木乃香お嬢様が適任やと思っとります」
「その根拠は?」

千草の迷いのない言葉に対し、直ぐに切り返す和葉。
彼の抑揚は疑問文のものではない。
彼女の発言を認めた上で続きを促すような、あくまでも淡々とした台詞だった。

「長が頑張ってはるんは、みんなわかっとります。でもあの人にあるんは剣と術の腕だけ、力ずくで抑え過ぎや。あの会議で感じたんちゃいます? 今の状況に不満を持ってるのは強硬派だけやない。中立派や穏健派内部でも反感を買っとるのが現状どす」

肘を外側に向けて腕組みする千草。
その仕草で豊満な胸元がさらに強調されているにも関わらず、和葉の視線は千草の瞳から微動だにしない。

「今の体勢にどの派閥も不満は持っとる。でも新しい長の座を目指そうとするもんはそうおらへんのです。長の力にビビって芋引いとる腰抜けか、当時六歳の子供の意見にも劣る夢見事並べる奴ばっかりや」

段々と口調が荒くなり、忌々しそうに吐き捨てる千草。

「木乃香様には絶対的な潜在能力がある。それに裏の事を知らずに育ったせいもあるかもしれへんけど、木乃葉様に似てホンマにええ子に育っとるみたいや。若様も西のことは信頼できる誰かに任せて、自分のやりたいことに集中したいですやろ? お嬢様を裏から遠ざけ続けるんは無理や。――――なぁ、何か言うてくれへんどすか?」

今にも泣きそうなほど悲しげな表情を見せる千草。
その言葉を受け、やっと和葉も重い口を開いた。

「何で強硬派にこんな人がいるのかなぁ」

ため息と共に漏れてきたのは弱々しく、情けない声。
彼はようやく焦りを彼女に垣間見せる。
彼の計画が上手く進んでないことは明白だった。
千草はそんな彼の様子を見て、逆に安心したかのように眼元と口元の緊張が解けていく。

「ウチのことそこまで買ってくれるなんて光栄やな。ウチは内心若様を支持しとりますえ。でも強硬派にいるからこそ変えられることもあります。綺麗ごといくら並べても、抑えきれへん感情があることはウチには痛いほどわかっとりますから」
「そうですか。そんな人が居てくれるのはありがたいですけど、なおさらあなたの力が欲しいと思いましたよ」
「そんなに疲れた顔を木乃葉はんに見せたらあかんですえ。若様、若様にとって西はもうただの重荷なんちゃいますか?」

母の墓前で疲労感をあらわにし、苦悩の表情を浮かべる和葉を心配する千草。
彼女の“重荷”という言葉に反応したのか、より重い表情で彼は心中を吐露した。

「――――そりゃ重いですよ。あくまでも自分は研究者であって、リーダーに向いているとは到底思えませんから。西も合わせて三つも組織を運営するなんて正直無茶だと思ってます。偶然とはいえ魔法世界の秘密に辿りついたからには、責任を投げ出すわけにはいかないですしね。それに西のことは自分の起源でもありますから。いくら重いからといって投げだせるものではないですよ」
「それが本音なんどすな。せやったら、なおさら木乃香お嬢様に出て来てもらうんがええんちゃいますか?」

和葉の諦観が混じった言葉に対し、憤りを感じたのか千草の眉間に皺が寄る。
感情が高ぶったためか、彼女は思わず語気を激しくしてしまった。

「俺個人はそう思います。ただ木乃香を舞台に上げるには、長に退いてもらわないと無理でしょうね。どうしても一度は俺がトップになる必要があるんですよ」
「若様が手一杯というのがわかりきったこの状況で、若様を新しい長にするんは全員が反対しとります。今は手詰まりというわけどすな」
「長が考えを改めれば別でしょうけど、あの人もかなり頑固ですから。きっと木乃香に母の面影を重ねているんでしょうね。また失うのを恐れているんですよ。あの人は」

これが和葉の失言だった。
すかさず千草は彼に新たな疑問を投げかける。

「どうして裏と木乃葉はんが亡くなったことが繋がるんどすか? ウチは木乃葉はんは出産に耐えられなかったと聞いとります」

“失うのを恐れている”という、傍から聞いていればなんら脈絡のない言葉が千草に隙を与えてしまった。
木乃香を舞台に上げるのを拒絶する理由として、木乃葉の面影を重ねていることは妥当なのかもしれない。
しかし、彼女が裏の世界に関わったために亡くなってしまったような言い方を和葉はしていたのだ。
それは千草の言うように、皆が共有している情報とは差異がある。

だが、千草の言い方もおかしかった。
確かに和葉の言葉は違和感を感じるものかもしれなかったが、特に指摘されるようなほどのものでもないはずなのだ。
指摘できる人物がいるとすれば、違和感の正体に気付いている者である可能性が高い。
その考えに至った和葉は誤魔化すことをせず、あえて千草に尋ね返した。

「その言い方だと母の事について、もう知っているんですね?」
「多分かなり真実に近い所におるとは思っとります。色々納得いかへんことがあったんで調べました。若様の論文に天狐様の存在、忌子の伝承と家系図を照らし合わせてみれば若様の特異性について、憶測が確信に変わったどす」
「多分考えてる通りだと思いますよ。近衛と青山の人間以外で自力で気付いたのはあなたで二人目ですよ。でも本当に参ったな。刹那にもまだ言ってないのに」

段々と早口になっていく和葉。
会議のときの堂々としていた彼の姿はもうどこにもなかった。

余程ショックが大きかったのか、両頬を強く叩き気をしっかり持とうとする。
そして二回ほど大きく胸を膨らませて深呼吸した後、悲痛な笑みを浮かべて彼は告げた。

「――――母を喰らったのは自分です」

沈みゆく月が彼と墓標を背後から蒼く照らす。
千草の眼に入り込んでくる冷たい光は、墓の静かさと彼の悲壮さを更に強調していた。

「贖罪のつもりどすか?」
「いいえ。それどころか罪を重ね続けてるんです。贖罪なんてものは、とうの昔に諦めましたよ」
「ならっ!」

諦観を滲ませる和葉に納得が行かなかったのか、千草は思わず声を荒げる。

「人生を勝手に謳歌しているだけです。できることならみんなにも人生を謳歌して欲しいから頑張っている。それでいいじゃないですか」
「そんな嘘はええ。一体何を考えてはるんどすか!?」

覇気もなく投げやりに答える和葉に対し、千草は益々苛立ちを顕わにする。
流石に気まずくなったのか、真剣な表情に戻った彼は唐突に言った。

「“魔導”を世界に広めます」
「なんやて!?」

千草は“魔導”という初めて聞くフレーズが気になったが、魔法のことであると予測を付ける。
それを広げるというのだから、彼が途方もなく恐ろしいことを言っているのは理解できた。

「いや冗談ですよ。流石にそんな大それたことやれません」
「全然冗談には聞こえへんどす。それに“祝福の風”あれは一体!?」
「もう時間です。東へ行かないといけないので失礼します。今日はあなたのような人と話ができて良かった。木乃香のことについては少し検討させてもらいますから」

唐突に話を一方的に打ち切る和葉。
結局はぐらかすように言い残して、彼は千草の横を通り過ぎる。
そしてそのまま彼は朝靄の向こうへと姿を消していった。

残された千草は墓の前で強く拳を握りしめたまま、何かを決意したかのように呟く。

「――――ウチが変えな」



[29096] 第12話 図書館島の秘密
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/06/29 01:33
「全く、転校初日から遅刻とは一体どういうことですか!?」

麻帆良学園男子中等部、職員室横の印刷室内。
壁のカレンダーを揺らすほどに鳴り響くのは刀子の剣幕だ。
壁際に詰め寄られた和葉はたじろいて半歩後ろに下がる。
彼女と視線を合わせていないのは、偉大なる双丘に目が釘付けになっているから――だけではない。

常に冷静沈着と一目置かれているはずの彼女が珍しく怒っているのも当然だ。
一限目の半ば頃に教室に勢いよく飛び込んで来ては、彼女の授業を台無しにする始末。
元上司の息子、現上司の孫とはいえ担任教師として見過ごすわけにはいかず、こうして呼び出しをしている。
対する和葉はうな垂れながら、覇気のない声を返した。

「それは父と鶴子姉さんに言って下さい。普通に転移してもらえたら間に合うはずだったのに、朝っぱらからあの最強の二人の本気の特訓ですよ!? 必死で逃げ伸びたことを褒めて欲しいぐらいですって」

千草との密会後、刹那の特訓に結局付き合わされた和葉。
よって協会の転移陣を利用できるわけもなく、空から京都を離脱する羽目になった。
その陰には部下たちの尊い犠牲があり、勿論のこと小太郎少年の屍も含まれている。
それを思い浮かべた和葉の顔からみるみる血の気が退いて行き、その様子を見た刀子も事態の重さを把握したのか同情の言葉を発した。

「それは、何ともご愁傷様です。若様」
「反転した鶴子姉さんが『ウチを倒すまで帰さへんえ~』って追って来たのはホラーでしたよ。本当に――――」
「しかし遅刻は遅刻ですよ。近衛君」

半ば涙目で訴える彼の言葉を遮り、印刷したてのプリントを渡す刀子。
“若様”から“近衛君”に呼称が変化したのは、教師としての彼女の立場は揺らがないという意思表示ということ。
和葉は無言でプリントを受け取ると、二つ穴のパンチングを施してファイルに通せるようにしていく。
華のない男子校とはいえ、転校して初めての休み時間をこうして罰に費やす彼の顔色は全く冴えない。
そして更なる追い打ちがかかった。

「近衛君。一応遅刻の理由は分かりました。それだけなら許したいところですが、“本人”がサボる理由にはなっていません。式神を出せる余力があるのでしょう!?」

笑って誤魔化す彼の目の前に、A4の山が無慈悲にも更に高く積み上げられた。

どうやら転校イベントは大失敗。
美人教師からの好感度は大幅に下方修正を受けたらしい。
ハーレムなどを望まずともそれでも健康な思春期の男子。
華のない男子校における唯一のオアシスがこのようになったことを、和葉は少なからず後悔していた。








「よーし全員集合したな」

式神が刀子に説教を受けている同時刻。
とある空き地に彼らは集合していた。

「準備オッケー!」

アキレス腱を伸ばしながら、陽気な声でサムズアップをしているのはユキだ。
上下ともピンク色のジャージに運動靴、髪はポニーテールに纏めて動きやすい格好をしている。

他にも「はい~」と、のんびりとした声が聞こえた。
声の主は刹那の式神である“ちびせつな”だ。
手のひらサイズまで刹那を小さくしたような彼女は、ユキの左肩に乗って、開いた右手を頭上に掲げている。
小さく愛くるしい小動物のような動きを見せながらも、袴を纏い剣も携えている彼女の姿は勇ましい神鳴流剣士そのものだ。

そして二人の主である和葉は相変わらずの白衣である。
いつもと違うのはリュックサックを背負っていることぐらいだ。
彼が周りから研究馬鹿と揶揄されるのは、こうした無精さも一因であった。

そんな三人が今回潜入するのは“図書館島”と呼ばれる学園都市の湖に浮かぶ小島である。

図書館島が建設されたのは明治の中ごろ、学園創立とともに建設された麻帆良でも最も古い施設の一つであり、世界でも最大規模を誇る巨大図書館だ。
また第一・第二次世界大戦中に、戦火を避けるべく世界各地から大量の貴重書が集められており、知る人ぞ知る本好きの聖地でもある。

しかし図書館島がただの巨大図書館であるのは地表部の話、図書館島の異常さは地下部にある。
あまりにも多くの蔵書が寄せられたために、本を納めるべく地下へと増改築が幾度となく繰り返され、さらに盗掘対策のための罠が多重に設置されているのだ。
島の全容を知る者は誰もいないと言われるほどに、広大かつ複雑な迷宮と化した図書館。
それを調査するための部活も存在し、木乃香もそこに所属する一人である。

また麻帆良は世界有数の霊地でだけあって、図書館島の深部には魔法関係の禁書が数多く眠ると言われており、それが和葉の麻帆良来訪の大きな理由の一つだ。
和葉と刹那が完全なる世界との密会や関西に帰省している間、ユキによって木乃香の案内の下に図書館島の事前調査を行われ、ついに今回本格調査に乗り出すことになったのだ。

今日は休館日である月曜日ため一般人は立ち入ることができない。
本来なら人目のある時間にでも、魔術的な見地による調査を調査を試みることができるのはそのためだ。

そして一般人対策も万全である。
昨日ユキが木乃香たちとの下見を行った際、人払いの呪符を図書館島全体に張り巡らせており閉館後から発動させてあった。

「それで昨日はどうだったんだユキ姉?」
「いやー凄かったよ。アリアドネーの中央図書館を倍にして、メグリスの迷宮を足したような感じかな」

虚空を見つめ顎を指先で叩きながら思案したユキは、できるだけ具体的な例を挙げて和葉に伝える。
彼女の言葉は巧く通じたようで、和葉は耳の裏を掻きながらそれに頷いた。

「メグリスって確か初見殺しのアレね。危険度は低いけど妙に手が込んでたよな。五段構えの落とし穴に、ダミーしかない足場に、って一般人も出入りするんだろココ。ちびせつな、木乃香はいつもこんな所に入り浸ってるのかよ!?」

冒険慣れした魔法使いからしたらユキの表現は適切であったが、表の世界からすれば明らかに異常だ。
和葉は違和感を覚えると、すかさず突っ込みを入れた。

「そうですよ。でもご安心ください。そのために私の本体がいつもこのちゃんのお傍にいるんですから絶対安全です」

ちびせつなは「エッヘン!」と声に出して堂々と胸を張る。
木乃香の護衛なのだから部活も当然同じらしく、常に帯同していると報告は受けていた。
寮の部屋以外、二人は何でも一緒とのこと。
逆にその一点が気にかかる和葉であったが、それが祖父の配慮なのか、それとも何らかの陰謀なのかは明日菜と直接の面識がない現段階では判断がつけられなかった。

「えらいねー、ちびちゃんも刹那ちゃんも真面目で本当に良い子。それと比べて和葉と来たら。式神ばかりに仕事させるなんてね」

ちびせつなの頭を撫でながらも、和葉の方を向くと残念そうな顔でため息を吐くユキ。
彼女のあからさまに落胆した態度に対して和葉は反論を述べる。

「俺は朝の傷を療養してるだけ。自分だってサボりじゃん。俺は見たぞユキ姉がレンタルショップの会員証申し込んでいるところ」
「私はちゃんと仕事したよ~。アレは式神、私は大浴場のお掃除も済ませて来たんだから。和葉が同じ店で“魔法少女まどか☆マギカ”と“大魔法峠”のDVDを漁っていたの、知ってるんだからね。本体は今頃アニメ観賞中でしょ?」
「式神に部屋で研究させてるし、授業にも出てて、本の捜索にも来てる。日本のアニメはアイディアの宝庫だし、立派な魔法研究だ。マルチタスクでちゃんと制御してるんだし、マルチタスク万歳! これは断じてサボりじゃない。ユキ姉だって同じようなもんだろ!?」

ユキの指摘に一瞬たじろぎながらも、和葉は吹っ切れたかのように主張を並べていく。

「私、一体どこで育て方間違ったのかな」
「新房監督にでも聞いてくれ」
「はぁ、感化された私に言う資格はないよね」

ちょっとした口喧嘩が始まったが、アニメ監督の名を出す彼には何を言っても無駄だと悟ったユキが直ぐに折れた。
そんな二人のやり取りを、ポカンと口を開けたまま静観するちびせつな。
彼女が疎い方面の話へと現在進行形で傾いていることだけは、その小さな頭でも理解できた。
会話に入りこむ余地のない彼女は二人を放っておくことに決め、次の作業にとりかかる。
どこからか自らの体と同じサイズの呪符を取り出すと、ボソボソと真言を唱え出した。
図書館島の裏庭にある瓦礫がどかされ、図書館探検部ご用達の隠し扉を開いていく。

「それと和葉一つ教えておいてあげる、肉体言語は魔法じゃ――いや、何でもないよ」
「え、肉体言語って何の話?」
「見てからのお楽しみ。そっちの方が面白そうだし」

ユキは何かを言いかけていたが、口元を指先で抑えて意味深げな視線を送る。
彼女の話が理解できなかった和葉は質問を投げ返すが、当のユキは答える素振りを見せない。

「あ、あのう。裏口の準備もできましたよー」

どんどん本筋から逸れていく会話にとうとうしびれを切らしたのか、ちびせつなが声をかけた。
侵入口、人払い、事前のマッピングと、充分過ぎるほどに準備は整っている。

「ありがとな。んじゃ早速行ってみますか」

和葉はちびせつなに礼を述べると、周囲に十個程の桜色の光球を生成する。
右肩からズレ落ちかけていたリュックサックを背負い直すした後、進むべき方を人差し指で指し示した。

「よっしゃ潜るぜ図書館島! ――――探索開始サーチスタート

サーチャーを先行させつつ、ユキとちびせつなが並んで進み、和葉はその後を追うようにして迷宮の奥へ潜って行った。






「一体こりゃ、どこの無限書庫だよ。設計した奴は相当アホだろ。ユーノ君も真っ青だって」
「昨日は普通の子たちもいたから奥は探れなかったけど、これは想像以上だねぇ」

口元だけ笑いながら和葉は文句を口にし、ユキもそれに同意する。
サーチャーを走らせるたびに新たな隠し通路などが発見され、噂で聞いていたよりも遥かに広いダンジョンということが判明したからだ。
下手なビルよりも遥かに高い本棚がざらに存在し、それが壁となって迷宮の様相となっている。
棚の配列も不規則であるため、目的の本を探すのにも検索魔法抜きでは到底無理だ。
本の捜索は現時点では放棄し、まずは図書館島の最深部を目指すことに専念している。
彼は再び溜め息をつきながらも、手元のノートにマッピングを施しながら進んでいく。

「これでも空を飛んでいますからショートカットしていますし、かなりのペースで進んでいると思いますよ。多分ここは探検部の大学生でも立ち入り禁止の区画じゃないでしょうか」

目の前の宝の山に目を輝かせるちびせつな、現在最も士気が高いのは彼女だ。
おそらく気になるタイトルが幾つもあるのだろう。
あちこち目移りしながらも首を横に振って誘惑を断ち切り、先行して和葉たちを次へと促す。

「魔力が段々濃くなっていってるね。そろそろ着いてもいい頃じゃないかな?」
「確かに上よりだいぶん濃厚だな。世界樹の地上部から地下部に魔力が流れているのは間違いないみたいだ」

ユキの問いに一瞬目線を険しくして和葉が答えた。
彼は上に向けた掌を胸の前で数回、空気中の何かを掴むように動かす。
その仕草を見たユキは普段細目がちな瞳を見開いて、和葉の額に手を当ててきた。

「和葉、体は大丈夫?」
「やっぱわかる? 軽く酔ってるみたいだ。ま、京都の怨念酔いより楽だって。でも結果オーライとはいえ、本体は家に居て正解だったかな」
「それなら大丈夫ね」

その言葉を受けてユキはホッと胸をなでおろす。
しかし、今度はちびせつなが和葉の下へ慌てて寄って来た。
しかも瞳にうっすらと涙を浮かべているから尋常な様子ではない。

「どうしたんだよ、ちびせつな? 」
「もしかして和君は昨日体調が悪かったんですか? そうだったら私――」

彼女の小さな唇に指を当てて、言葉を遮るユキ。

「和葉は他人より怨霊や怨念に耐性ないからね。結界の内部に籠ってしまってる京都なんか特に体に悪いの。だから私も中々和葉から離れられないんだけどね」

和葉が幼少期に京都を離れることを詠春が許した理由もそこにあった。
自らの存在を他者と、そして世界にまでリンクさせ、霊格までも変質させる謎の体質。
無敵でも、万能でもない。
酷く歪に偏ったその力は、主の存在を常に脅かす。

魔力酔い、怨霊酔いは代償の一端。
感度が高い知覚能力も、裏を返せば過度な負担を常に強いているということなのだ。

「刹那は神鳴流の気と霊格の恩恵もあるんだから、刹那の隣ほど落ち着く所はないんだぜ。おかげで昨日は京都って思えないぐらいすごく快適だったし。これからも頼りにしてるぜ」

和葉は感謝の言葉と共に、人差し指で小さな彼女のつむじ辺りを撫でまわす。
彼にとっての刹那の存在価値は、単なる前衛や木乃香の護衛だけではない。
刹那が手を差し伸べ必要としてくれる和葉に依存するように、和葉もまた戻るべき場所としての刹那に依存しているのだ。
幼き日の刹那にそれを告げるタイミングもなく、こうして今さらの告白になってしまっていた。

ちびせつなにとって和葉の言葉は予想外だったのか、耳元まで紅潮し視線が宙を泳ぐ。
そんなやりとりをしながら螺旋状に並ぶ本棚の中心、吹き抜け部分を舞空術で降下していると、間の抜けた声ながらもユキが手を叩いて注意を促した。

「はいはーい。いちゃつくのはそこまでだよー」
「わかってる。こっちもサーチャーで補足した、ってオイオイ。こんな所に翼竜かよ。もうイチイチ驚くのも疲れたけど、常識外れにも程があるだろ」

彼は眼を細め、吹き抜けの最下層に居座る竜の存在を再確認した。
数階分に相当するその巨躯の持ち主が、まだこちらの姿を捉えていないのは僥倖だろう。

「どうする和葉? 和葉の本体は家だから戦闘能力下がってるし、ちびちゃんも戦いは無理。私が突っ込んでもいいけど、ブレスから本を守りながらは骨が折れるよ?」
「私の本体が駆け付けるまで待ってもらうというのも手ですけど」

ユキの冷静な戦力分析に残りの二人も頷く。
和葉とユキの実力なら全く問題のない相手だったが、周りへの被害なしという条件は厳しい。
刹那が不本意ながらも授業を抜け出す提案をする。
が、それを和葉は左手を付き出して制止した。

「騙せばいいじゃんか。面倒だし」

あっさりとした一言に、「あっ」と二人の声が重なった。
幻術は言うまでもなく狐の十八番である。

翼竜の真横を彼らは問題なくくぐり抜け、その背が護る巨大な門に手をかけた。

立派な装飾が施されている如何にも重要そうなその扉には、意外な事に何の罠や障壁も掛けられていなかった。
先程の竜が門番なのだろうと彼らは予測する。
和葉とユキが力を合わせてその重い扉を開くと、三人の眼に眩い光が差し込む。
眼前には、まさに別世界と呼ぶべき光景が広がっていた。

地下水脈を利用した広大な滝と、その傍に面するテラス付きの洋館。
天井の見えない空から太陽を模した光が燦々と降り注ぎ、滝壺からは冷たい風が木々を揺らしている。

先程通りかかった場所にも似たような水場があったが、ここは本棚の見当たらない初めての区画。
ここが何らかの特別な意味を持った場所には間違いはなかった。
三人は異様な景色に圧倒されながらも、慎重に歩を進めていく。

「皆さん、ようこそいらっしゃいました。ここに客人が訪れるのは何年ぶりでしょうかね」
「なっ!」

穏やかな声と共にローブを羽織った男が彼らの眼前に突如現れた。
すぐに彼らは後方へ退き、正体不明の男との距離を取る。

「そんなに警戒しないで下さい。私は怪しいものではありません」
「いきなり目の前に瞬間移動されて、警戒するなって方が無理です。でもその口ぶりだとあなたはずっとここに?」

和葉は白衣のポケットに手を突っ込み何かを握り締める。
冷静を保ち相手の正体を探ろうとしていた。

「ずっと図書館島の奥に、貴方はまさか伝説の」

和葉の言葉に思い当たる節があったのか、ちびせつなは恐る恐る声をかけた。

「ええ、ここの司書をしていますクウネル・サンダースと申します。ですから決してあやしいものではないですよ」
「嘘やっ!」

あからさまな偽名に対し、ちびせつなは思わず地の言葉になる。
突っ込む気力もなかった和葉は額を手で押さえるが、男がローブを取り去ると目の色が変わった。

「ハハハッ、冗談ですよ。私はアルビレオ・イマ。はじめましてですね、近衛和葉。貴方の名声は風の噂で聞いていますよ」

紅き翼の英雄の一人、消息不明とされていた彼の姿はかつて見た写真と同じ顔。
気取られずに突如現れたことから、実力も和葉より格上と考えられる。
どういう事情で彼がここに居るかは分からないにせよ、本物である可能性がかなり高いのは間違いなかった。

「まさか貴方がここに居るだなんて全くの想定外ですよ。父やラカンさんからかねがね噂は伺っています。こちらこそ初めましてアルビレオさん」
「おや、ラカンとも面識がありましたか。それはそれは。ですが、私の事はどうぞクウネルとお呼び下さい。この名前が気に入っておりますので」

ようやく警戒を解いた和葉はクウネルと共に笑う。
一歩分前に出るようにしてちびせつながクウネルに礼をした。

「こんにちはちびせつなです。本体はこの方の式をしています。よろしくお願いします司書長様」
「妾は天狐ユキと申す。今は和葉の式じゃ。何かお主とは近しいものを感じるの――――って、まぁ堅っ苦しいのは抜きでいいか。よろしくねクウネル!」

続けてユキが挨拶をする。
天狐としての威厳のある口調で喋ったかと思えば、すぐに「お姉ちゃんモード」と和葉が呼ぶ元の喋り方に戻った。

「それでは奥へどうぞ。何かを探しにここへ訪れたのでしょう? お茶でもしながら話しましょう。私が力に慣れることもあるかもしれません」
「ぜひお願いします。どうしても探したいものがあるんです」

和葉は深く頭を下げ、偉大なる先輩に助力を要請した。










「――やれやれ、肝を冷やしましたよ。魔力溜まりと禁書で良かった。“コレ”を見つけられたらかないませんからね」

和葉たちを見送った後、クウネルは図書館島のとある場所へと足を運んでいた。
そこは図書館島の真の最深部、そこには世界樹の根に絡みつかれている巨大な結晶が中心に座している。

「戦うしか能のなかった私たちが考えもしなかったことを、詠春の息子は本気でやろうとしてますよ。しかし彼に“創造主”と“ゲート”を任せるにはまだ早いようですね。いつか託せる日が来るのでしょうか――ナギ」

結晶の中であの頃の姿のまま静かに眠る戦友ナギを見つめ、彼は独り呟いた。



[29096] 第13話 リリカルサブカル始まります【覚醒編】
Name: みゅう◆777da626 ID:667c48d9
Date: 2012/07/14 23:46
屋上で対峙するのはツインテールの少女とポニーテールの長身の女性。
二人の間を走る一陣の冬風が緊迫感を更に高める。
魔導鎌を構える小柄な少女に対し、自然体のまま女性剣士は問いかけた。

「更に装甲を薄くしたか」
「その分、早く動けますから」

少女が纏っているのはレオタード状の黒衣と手甲程度の装備。
肌の露出が多く、防御を捨てているのは一目瞭然だ。
しかしその問いに間髪を入れず少女は答えた。

「当たれば死ぬぞ。正気か? テスタロッサ」
「勝つためです。強いあなたに立ち向かうには、これしかない」

少し顎を引き、鋭い眼光を放つ少女。
対する女性剣士は奥歯を噛みしめ、苦悶の表情を浮かべた。
そして紫の魔力光が彼女の体を中心に渦巻き鎧の形を成していく――――





「ネギーお手紙が来たわよー」





玄関の方からする声によって少年は現実に引き戻された。

「うん、ちょっと待ってネカネお姉ちゃん!」

これからが彼にとって一番お気に入りのバトルシーンだが仕方ない。
ネギと呼ばれた赤髪の少年はリモコンでDVDの再生を止め、足早に玄関へと向かった。

「はい、これね」

ネカネと呼ばれたシスター服の少女から、小学生ほどの少年は国際便の封筒を受け取る。
その差出人の名を見て目を丸くした少年はすぐ封筒を開く。
封筒に入っていたのは一通の手紙と、一枚のチケット。
手紙は達筆な日本語で書かれていた。





ネギ君へ

こんにちは、元気ですか?
翻訳魔法なしでも日本語は大丈夫かな?
もうすぐ教師として新しい生活が始まりますね。
日本で君と会える日が待ち遠しいです。 

さて今回は航空チケットを同封させてもらいました。
着任日より一週間早いけど、もし君さえよかったら早めに日本に来てみませんか?
日本に少しでも慣れてからの方が仕事しやすいでしょうし、他の先生方が是非とも君に研修を施したいと言っています。

予定より一週間早いので学園もまだ部屋を用意できていませんが、それまでの間、君さえよければ僕の所に来ませんか?

部屋数は充分ありますし、君と同じ歳の男の子も一緒に来る予定です。

なお連絡先は――――




    

思わず笑みが零れ墜ちる。
待ちに待っていた日が早まったのだ。


接点は二カ月ほど前のこと。
名も知らぬ日本人からメルディアナを通して小包が送られて来た。
ネギやネカネはそれを怪しんだが、校長やドネットによって出所の確かさは保証された。

手紙の差出人の名は近衛和葉。
“深淵の探究者”の二つ名を持つ研究者で、若手で最も“立派な魔法使い”に近いと噂されている人物。
魔法世界において様々な分野で活躍し、名を知らぬ者はいない有名人らしい。
父と同じく“立派な魔法使い”を目指しているネギにとっては、大先輩にあたる人物からの贈り物に彼は心を躍らせた。

箱の中身は日本語の教科書と「リリカルなのはシリーズ」と呼ばれる日本製のアニメDVD、しかも全巻が揃えられていた。

そして同封の手紙にネギは目を通す。

送り主が自分と同じく麻帆良に行くらしく、ネギと是非仲良くなりたいとのこと。
互いの父親同士が友人関係であったこと。
このアニメを見て日本語を学びなさいということ。
この三点が要点として記されていた。

前の二点は裏付けも取れたため理解得来たが、アニメで日本語を学べという点だけが理解できなかった。

しかし彼はすぐに考えを改めることになる。

はまらないわけがなかった。
あまりにも熱中しすぎて何周も見てしまうほどの要素が、このアニメには詰まっていた。

父の背中を追うために魔法漬けの日々、そんなときに突然送られた魔法少女のアニメ。
娯楽というものを今までほとんど知らなかった彼にとって、このアニメは余りにも衝撃的だった。

ストーリーなど彼にとってどうでも良かった。
画面を埋め尽くすほどの大出力の魔法や、練られたコンビネーション技、全く知らない魔法体系に魔法理論。
彼の眼をテレビに釘付けにさせたのは圧倒的な力と、自分と同じくらいの年齢の少女たち。

特に雷光を操る同い年の少女に彼は心を奪われた。
雷を巧みに扱う技術に圧倒的な速度、そして友人のピンチに颯爽と駆け付ける姿。
それを見る度に六年前の雪の日に現れた偉大な英雄の背中を思い出す。

そしてようやく彼はこのアニメが送られてきた意図を自分なりに理解した。
まずはアニメを通して日本語の聞き取りや発音の勉強になった。
同時に日本の町並みや生活習慣なども少し理解できた。
また実際の魔法とは異なるが新たな発想を取り入れる機会になった。
それにアニメという接点を生徒たちと持てる可能性もあり、まさにメリット尽くしだ。

このような経緯があって、ネギはこのDVDを送ってくれた近衛和葉という人物に感謝し、日々期待を膨らませていたのだ。

そしてその彼からまさかの誘いが来た。
日本語は既に完璧に習得している。
断る理由など何処にもなかった。

手紙の内容をネカネに伝えると、少年は今にも飛び出す勢いで荷づくりを始める。

「やった秋葉原だ!」

ドア越しの言葉によってネカネは貧血で倒れ込んだ。






一方麻帆良学園の、とある平日の朝。
図書館島の最深部、世界樹の根が張り巡らされた空間にある魔力溜まりの遺跡にて。

石造りの堅い床に寝そべりながら、和葉は大学ノートに複雑な数式を書き込んでいた。
ときに「間違った」と独り言を呟く度、黒のボールペンで無造作に塗りつぶしてはページの端に新たな記号やコメントを連ねていく。

うつ伏せになっている彼の周囲には、試薬の入ったビーカーやボトル、数々の書物や書類、水晶や筆記具が散乱している。
刹那とユキを交えた早朝の修行後、刹那と自身の式神を学校に送り出してから“出勤”したのは二時間ほど前のこと。

「エントロピーの増大は宇宙の理だから仕方ないよな。うん」

皮肉がついつい小難しい用語になってしまうのは研究者の性。
最近レンタルした魔法少女アニメによる影響ではない。

要するに整理という選択肢を放棄した彼は、悲惨な現状から眼を背け天井を仰ぐ。
その見上げた先には六つの桜色の光球が飛翔していた。
一定の速度で環状の軌跡を描きながら、研究に必要なデータを収集していく。

静寂を切り裂かれたのはペンが止まってから十五分後。
靴底が床を叩く音が地下の空間に鳴り響いた。
硬い音が段々と大きくなり、彼は上体を起こしてそちらへ向き直る。
足の裏を合わせる様にして胡坐を組んだ。

「おはようございます」
「おはよう近衛君。こんな朝からご苦労様」

和葉の右隣に片膝を抱える様にして座りこむのはチョッキを羽織った男性。
細身ながらもそれなりに上背があり、肩幅も狭くはない。
ワイシャツの上からでもわかる鍛え上げられた胸筋も見てとれる。
自らの父とどことなく似た雰囲気を和葉は感じ取っていた。

「明石教授こそ、いつも貴重な時間を頂きありがとうございます」
「瀬流彦君や弐集院先生と比べたら大学講師の僕が一番暇だからね。空きコマぐらい協力させてくれ」

基本的に和葉が式神を活用して魔力溜まりに引きこもり、それをユキと刹那が木乃香の護衛などを交代しながら資料整理や禁書捜索などで補助していく形で研究を進めている。

しかし研究所における部下たちは主に魔法世界で忙しいため、現地の研究補助員として学園長により魔法先生を貸し出されていた。
電子精霊のエキスパートの弐集院、結界に長けた瀬流彦、そしてその両方の分野で名高い明石の三人だ。
勤務体制の違いもあり、三人の中では明石と作業をすることが最も多い。

「それを言ったら自分は常にサボりなんで頭が上がらないです」
「式神とリンクさせて授業も受けているんだろう? 刀子さんが納得するなら別にいいと思うけど、一体どんな魔法を使ったんだい?」
「それは禁則事項です」

和葉は口元に指を当て愛想笑いを浮かべる。
「合コンのセッティングで手を打ちました」とは口が裂けても言えない。
まして「ウチの部下相手ですけどね」とは死んでも言えるわけがない。
今の刀子を敵にするのは反転した鶴子より危険だということを、この数日で彼は正しく認識させられていた。

「それで研究の方はどうだい?」

明石は和葉の手元にあるノートを覗き込みながら問いかける。
新たな話題に切り替えてくれたことに安堵の息を漏らす和葉。

「こっちは中々良い感じですよ。“世界樹をこよなく愛する会”のおかげですね」
「それは良かった。大学のサークルに入りたいって言うから何事かと思ったけど、役に立ったなら何よりだ。僕も名前だけしか知らなかったけどね」

“世界樹をこよなく愛する会”とはその名の通り、世界樹を皆で愛で観察し続けるといった活動内容の大学サークルだ。
一般人の視点からとはいえ、長年の観察データの蓄積は和葉の研究にとって意味が大きい。

このサークルの存在を知ると、和葉は明石に頼みこんで所属を認めてもらえるようになった。
このとき用いた出席日数をチラつかせるという手段は、アリアドネーで講師をしていた彼だからこその発想であり、明石だからこそ実行できることだ。
小・中・高を受け持つ魔法先生ならあり得ないが、元臨時講師の少年と若くして大学教授になった二人からすればこういったことは日常茶飯事。
他の真面目な教師たちから非難を浴びるような秘密を既に共有していることもあって、二人の仲はかなり進展していた。

「毎年の生長量や発光量、開花日のデータは特に貴重ですよ。レイラインや魔力の影響が大きく出ますからね」
「今取っているデータから相関を出せば過去のデータも推測できるというわけだね」
「ええ」

明石はクリップで止められた書類の束をめくり、無数の点が並んでいるグラフを指先で示す。
和葉は頷きながらそのグラフに右肩上がりの直線と近似式を書き込んだ。

「ですから本格的な測定自体は発光量ピークと予測されている麻帆良祭あたりまでで充分そうですね」
「どうも今年は大発光が一年早いらしいけれど、まさか温暖化が影響しているのかな?」
「それが腑に落ちないんですよね。環境問題がレイラインを弱らせている影響なら考えられますけれど、それだと遅くなるはずですし」

一定周期で各地の世界樹は大発光と呼ばれる現象を起こすことが知られており、麻帆良の世界樹も例に漏れない。
そしてその発光は地脈から数年がかりで吸い上げ蓄積した膨大な魔力の解放に基づくものである。

よって、この周期の変化は非常に大きな問題であった。
世界樹をこよなく愛する会の緻密なデータを信じれば、発光のピークが一年早まるのはほぼ確定事項。
ならば世界樹か地脈のどちらかに大きな変化が生じていると考えるのは当然の流れである。

「近衛君、こういうのはどうだろう。確かに環境問題で地脈から力をくみ上げるべき森林や霊地が衰退しているけれど、その余剰分がここに集中していると考えられないだろうか?」
「なるほど。それなら辻褄が合いますね。旧世界規模でみたら最大の魔力溜まりで――ん、いやこれは逆に利用できないかな?」

手を合わせて納得の意を示した和葉。
しかし急にボールペンで頬を叩き出し、一人思案にふけ出した。

「何か思いついたのかい?」
「ええっとですね。力の汲み上げの機構の改善と並行して、レイラインの要所に弁を付けたら力の集中と分散を上手く扱えるんじゃないかと思ったんです」

ノートの新たなページに図を書き込みながら笑顔を見せる和葉。
早口になっていく言葉が彼の興奮度を示している。

「ふむ弁か。その目の付けどころはいいね――と言いたいけれど、君はアリアドネーで教鞭を執っていたんだろう?」

新たな提案を肯定しながらも、明石は和葉に問いかけた。
もちろん彼は首を縦に振る。

「さて、ここで一つ問題だ。西洋魔法において魔法陣は円形を基本とするのは何故だかわかるかい?」

人差し指を上に向けながら和葉に問題を投げかける。
その言葉に一瞬目を見開いた後、彼は深く目を瞑って静かに口を開いた。

「一つは術式を円の内側に閉じ込めて固定し、魔力を規定量まで満たすことで制御を容易にするため。またもう一つは輪に沿って力を循環させることで“全は一、一は全”を体現し、術者が精霊に働きかけるためですね」
「うん回答は満点だ。近衛君、その顔だと僕が言わんとすることに気付いたみたいだね」

ゆっくりとした拍手を送りながら笑顔を向ける明石。
気恥ずかしそうに頭を掻いて和葉は言う。

「ええ随分と応用ばかりに気を取られて基礎を疎かにしていたようです。一点集中による効率化を後回しにするなんてまだまだ精進が足りないですね」
「君は若い。そんなに生き急ぐことはないさ。たまには足を止めて今までの軌跡を振り返ることも重要だよ」
「はい」






午前の研究も一段落つき、二人で昼食を取っていた。
今日の弁当は木乃香の作だ。
新たな学校生活も落ち着き、基本的に和葉、刹那、ユキも合わせて四人の当番制ということになっている。
人数が増えても詰める手間ぐらいしか変わらないからということだが、自分が作ると主張し合った結果だ。

木乃香と同じ部屋の少女の分も含め、普段用意するのは五人分。
しかし温めないレトルトカレーを食する程の無精である明石が弁当など用意するはずがないため、今日のような日は彼の分も用意することになっていた。

「そういえば明石教授の娘さんは確か妹と同じ2-Aでしたよね。クラスの雰囲気なんかはどんな感じなんですか?」

ラップに包んだおにぎりを頬張りながら和葉は明石に質問する。

「とっても元気で明るいクラスみたいだよ。持ち上がりだから仲もいいしね」

明石もタッパーに入った卵焼きを素手で摘みながらそれに答えた。

「そうらしいですね。妹と同室の子たち数人と食事もしたんですけど、屈託のない良い子たちでしたよ。兄としてホッとしました」
「本当にのびのびして良いところだよここは。どうだいここの空気は気にいったかい?」
「これ程に住みやすい所は初めてですよ。これだけ人が多いのに負の感情が全然漂ってない。一つ言えば甘ったるい空気が難ですかね。ここの結界は心地良すぎて、いつ染まるかちょっと怖いです」

笑顔はそのまま絶やさない和葉だが、段々声色が曇り細くなっていく。

「最初の晩のやりとりは焦ったけど、君の言うとおり認識阻害に改善の余地があるのは確かだからね。管理チームでも最近議題に挙がっているよ」
「そうですか。いつもお世話になってます。今回の研修の件では特に」
「いやいや、お礼を言いたいのはこっちの方だよ。ネギ先生が赴任するなんて君が言いだすまでほとんど誰も知らなかったからね」

和葉の言う研修の件、話は数日前にさかのぼる。





“日本で教師をすること”が修行内容ということは以前から和葉も情報を得ていたが、高畑のクラスの担任をするとわかったのはつい最近の事。

明らかに異質なクラスへとネギ少年を放りこむ学園長の計画に、和葉は戦慄を覚えた。
刹那や木乃香、その他の筋を通してそのクラスの情報は知っていたが凄まじいメンツだった。
超天才科学者にロボット、忍者も傭兵、果ては和葉ですら未だに接触が躊躇われる吸血鬼と思しき少女まで。

メガロから引き離すためだけに祖父が尽力したとは思っていなかったが、これはあからさま過ぎる。
おそらくメガロと思想は違えども、祖父や高畑は次世代の英雄を育てるつもりなのだ。

冗談ではない。
ネギ少年には自分で道を選ぶ権利がある。
だがまだ幼い彼に導き手が必要なのも事実だ。
そしてそんな綺麗ごと抜きにして、和葉もネギを心から欲している。

「これだけの可能性の塊を――――英雄程度で終わらせるかよ」

危機感を覚えた和葉は自らの野心のために動き出す。
しっかりと選択肢を与えた上で必ず自分を選ばせてみせると意気込んだ。

まず助力を請うのは詠春と家庭事情が似ている明石だ。
ある日、明石にネギ少年の話題を何気なく出したが、彼も和葉と同じくどこのクラスに赴任するかまでは知らなかったようだった。

「ハハッ、ウチのゆーなをまだ十歳の子供に預けるだって? それはジョークだよね。本国ならまだしも、ここは日本だ。労働基準法的にも認められない」

彼は怒気を顕わにしてハッキリと言い切る。

「自分も卒業してからすぐ働いてたんで就労年齢は気にしないですけど、流石に担任は無茶ですよね」
「そうだよ。全く持ってその通りだ。僕らみたいに専門分野だけを教えるならいいさ。でも他のケアまで十歳の子供にやれるとは思うかい?」

和葉は無言で首を横に振る。
免許のいらない大学講師を除いて本当に教師の資格を持っているのは、学生時代から麻帆良で育った瀬流彦やその他数名程度のメンバーだ。
多くの教員はモグリとして、多くの失敗を重ねながら足りない知識と経験を補っていった。

大人たちでさえそうなのだ。
どう考えてもたった十歳の子供先生がクラスを治められるとは考えられない。
同じ考えに至った二人は学園に対して切り札を切る。
魔法使いとしてではなく父兄として学園長室に乗り込んだのだ。

二人の主張をかなり乱暴に纏めると「ウチの娘(妹)は魔法と切り離して育てる(と父が言っている)から2-A以外にしろ」という身勝手な親のクレームだった。
十歳児が中学教師をすることに対する問題提起よりも、まずは身内の安全確保に走る。

だが、どうしてもそこだけは譲れないと学園長も頑固だった。
そうなると裏で囁かれているネギのパートナー候補説がさらに真実味を帯びて来る。

そこでクラスが変えられないならネギを変えればいいと、二人は新たな作戦を立案する。
それがネギへの着任一週間前の来日チケット送付だ。
学園長の采配に疑念を持つ他の教師陣に相談したところ、授業練習や教育論の基礎についての研修時間に当てた方がいいのではとの声が寄せられた。
要するに見習い教師及び魔法使いとして、彼を一週間鍛え直すプランに行きついたのである。

既にネギと接点がある和葉が、友人として和葉の部屋に招くというのは名目上問題ない。
そしてもし着任後にも和葉の部屋に定着するなら、ネギ及び周囲の状況も掴みやすく親睦も深められる。

あのアニメを見ていれば新たな魔法への興味をきっと抑えきれないはず。
和葉はそう考えイギリスからの連絡を待つ。

だが彼の予測は角砂糖よりも、蜂蜜よりもずっと甘かった。
ネギ少年の本質を和葉は理解していなかったのだ。

稀に見る純粋ゆえの影響されやすさ、都合よく曲解する癖、復讐心に基づく力への欲求。
和葉のプラン以上にあのアニメは無垢な少年を染め上げてしまっていた。
現在そのことに気付いているのは姉と幼馴染だけ。

たった一本のアニメによるバタフライエフェクトに、未来人が頭を抱えるのはもう少し先の事。





罪状は世界の深淵よりも深く、そして重い。


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