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[20016] 答え3. 現実は非情である。[完結]
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 00:56
こんばんわ、他に書いてるものが絶賛放置中にもかかわらず、新しいのを書いてしまいました。
取りあえず、完結まで書き終わっているので途中で止まることは無いと思います。
ちょこちょこ、推敲と修正をしながら投稿していきたいと思います。

恐れ多くもハンターハンターを題材にするわけですが、原作の魅力溢れるキャラクターたちを私の未熟な腕で書ききれるとは思えないので一切出てきません。
完全にオリキャラのみです。つまり、念能力の設定を使っただけです。ご注意ください。

一応鬱話を目指して書いたのですがそうなってるかは疑問です。
少なくとも後半に入らないとその気配も無いので苦手な人も大丈夫じゃないでしょうか?

あと、作者はポルナレフも大好きです。

7/4
全話投稿しました。
鬱っぽいのが嫌いな人は、"男"編を丸々飛ばしていただければたぶん話は繋がると思います。


7/6
鬱っぽくないとの意見が多かったので開き直って、エピローグifおよびif afterを追加。
本筋の終わり方に特に不満のない方は、読まないほうがいいかもしれません。
if afterは思いついたら書いていきたいと思います。
本筋のほうはあれで終わるんで続くことはありません。

7/8
全体的に散在していた誤字等を修正しました。報告ありがとうございます。
練を錬と今までずっと勘違いしていました…。
ということで、信者がどうこうとか書いていたのを削除。恥ずかしい…

7/12
新しい話のアウトラインは考えたけどいまいち筆が進まないので、投稿分の修正を慣行。
時間がたって読み返してみると荒が出るわ出るわ。ひどいもんですね…。

8/7
ようやく書き終わったので投稿開始。
Ep1とかなってるけど2以降の予定はまったく立っておりません。
長くなるつもりはなかったのにいざ書き終わったら100KBに迫りそうな量に…

8/15
Ep.1の投稿終了。
次の話なんかの構想もたってないので次の更新は未定です。

8/16
Ep.1 epilogueで終わると、投げっぱなし感があったのでif after 6を追加しました。

8/18
いろいろ考えたのですけど、私的にちょうど切りがいいところだと思うので、このお話はこれで終わりたいと思います。
本筋の話をああいう終わりにして変えるつもりが無い以上、ずるずると続けるのも良くないと思いますので。

最後に、この話を読んで下さり付き合っていただけた皆様に最大限の感謝を。



[20016] プロローグ 彼女の答え
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2011/08/15 11:09
「近寄らないでください!それ以上近づくと舌を噛み切って死んでやるんだから!」
「ふひひ、嬢ちゃん、いいこと教えてやるよ。人間、舌を噛み切ってもちゃんと死ねるとは限らないだぜ?」

そこは狭い部屋だった。
その部屋にあるのは、質素な寝台と一組の机と椅子のみ。それだけで部屋の半分の空間が占められてしまっている。
今その部屋の中で動いているのは寝台の上にある、大小2つの影だけだ。

大きい影は明らかに堅気ではない面構えをした大男であり、小さい影は見目麗しい少女だった。
安っぽいランプの光を受けてさえ輝く金糸の如き髪は寝台の上に広がり乱れてなお美しく、その透き通るように深く蒼い瞳は涙を湛えて煌めいている。
見るからに危機的な状況ではあるが、いまだ少女の心は折れてはいなかった。

「私は人質なのでしょう!?ならば、傷つけるのは控えるべきではないのですか!?」
「まぁ、確かに身代金をもらった後は返さなけりゃいけないんだが……。なに、命さえあれば問題ないだろ?」

その言葉に少女は顔を青くする。これから先に訪れる事態が不可避のものであると理解したからだ。
その様をみて大男は鼻息を荒くする。どうやら、そういった様子が好きな特殊嗜好の持ち主であるらしい。大男は豚のような醜い声を上げながら少女ににじり寄る。

「ふひひ、なに、痛いのは最初だけだ、すぐ気持ちよくしてやるよ」
「何を馬鹿なことを言っているのですか!」

気丈に言い返す少女だったが、その言葉に先ほどまでの力は無かった。
手を伸ばしてくる男に観念したように目をつぶる少女。
ついに、その少女の服に男の手がかかり……


3択-一つだけ選びなさい
 1.かわいい少女は突如として逃げ出す方法を思いつく。
 2.誰かが助けに来てくれる。
 3.逃げられない。現実は非情である。













□□□□□□□□□□□□□□□□


まさに危機的状況のなか、その小さい部屋と外界をつなぐ扉が開かれた。
それに気づいた少女と大男は入ってきた人間を見り、同時に体を竦ませた。
少女は敵の増援が来たと思ったために、そして大男は上司である男であったために。
中に入った男は寝台の上に居る少女と大男を見やり、ため息を一つついた。

「またやってるのか……、相変わらずその年頃が好きなんだな……」
「へ、へい。いや、アニキ、壊さないようにしますし、問題ないでしょう?」
「まぁ、確かに禁止はされてない」

そう言いつつ、男が大男を見る視線には多大な侮蔑がこもっていた。
入ってきた男はいたって平凡な様子だった。黒目黒髪であり、中肉中背である。
すくなくとも、今まで少女に迫っていた大男がその男に従っている姿は滑稽ですらあった。
唯一つ特徴を挙げるなら左腕が無いことだろう。
その男の身を包む服の左袖は何も入っていないのが分かるように垂れ下がっているだけだった。

「禁止はされてないが、推奨もされていない。ほかに仕事があればそちらを優先するべきだな」
「へ、へい、それは確かに……、しかし俺の仕事はこいつの監視のはずですが……」
「そうか、それは運が悪かったな。ボスがお呼びだよ。俺が変わりに監視しとけと言われたんでな」
「そうですか……」

大男は明らかに名残惜しそうに少女を見る。
少女はその視線に小さく悲鳴をあげ後退った。もっとも、すでに壁を背にしているので意味が無かったが。
大男は入ってきた男に羨ましそうな視線を向け、脇を通って部屋の外へと出て行った。
男は視線を部屋に残った少女に向ける。
その視線を受け少女はまたも意味の無い後退りをする。
男はその様子に舌打ちを一つすると部屋に置いてある椅子に座った。

「心配するな、俺にそういう趣味はない。あと5年後だったら危なかったかもな」

そう声をかけるが少女は脅えたままだ。
男は少し疑問に思う。男は先も言ったとおり人畜無害な外見をしているのである。
先ほどまで強面の大男に乱暴されそうになりながら言い返していた少女とはとても思えない有様ではないだろうか?
少なくとも、初対面でこれほど脅えられたことははじめてであった。

しばらく、男は机を指で叩きながら考えていたようだったがどうやら思いつくものが有ったらしい。
男は少女に視線を向ける。コツコツコツと机を叩く音だけが部屋に響く。

その視線にかすかに脅える少女だったが、しばらくして少女は一層脅えだした。
男は何もしていない。ただ少女に視線を向けているだけだ。

それを確認した男は顔を歪ませて笑い声を上げた。

「ははは!これはとんだ逸材だな!これで念願の計画が……」

男は唐突に喜色を納めると、ぶつぶつとつぶやき出す。

 …制限…回避…自分にも…眠…を…

やがて考えがまとまったのか、机の上に落としていた視線を少女に向け、笑顔で少女に話しかけた。

「心配するな、俺はさっきまで居た奴と違って少女趣味は無い。
 お前の親が身代金を払ってくれるなら身の安全を保障してやるぞ。
 お前は家族に愛されているのだろう?なに、きっと払ってくれて無事に帰れるさ。
 そもそも、そういったことを調査して攫ってくる奴を決めるのだからな。そう脅えなくても大丈夫だよ」

男の言葉に安心したのか、少女はだいぶ落ち着いたようである。
少なくとも、すでに目の中には恐怖の色は見られない。
男は尚も言葉を重ねる。

「俺はこの組織の中でそれなりの地位に居るからな。さっきみたいな奴が来ても追い返してやるさ。
 ふむ、どうも俺が喋ってばかりだな。どうだい、君のことも教えてくれないか?
 なに、別に強制じゃない、気に入らなければ喋らなくても問題は……」

小さい部屋の中には、少女に話かける男の声と机を叩く指の音が響いていた……



[20016] 1話 ヴィヴィアン=ヴァートリーという少女
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2011/08/15 11:26
私こと、ヴィヴィアン=ヴァートリーは腕っ節には自信がある。

私は裕福な家庭に育ち、昔は箱入り娘だった。
そんな私がなぜ体を鍛えるに至ったかといえば、12歳の時に誘拐されたことがあるのだ。
理由は単純な身代金目的で、要求された金額は父がお金をかき集めて払えるまさにギリギリだったらしい。
父は後のことを考えず取りあえず真っ先でお金を集めて身代金を払った。
それは期限の時間に十分に余裕を持って払われたという話だ。

何でそんなに急いだのかと父に聞くと、言葉を濁してから「本当に無事でよかった」と涙を浮かべて私を抱きしめてくるだけで答えを返してくれなかった。
しょうがないので、家に来ていたお手伝いさんに聞いてみると「早ければ早いほどお嬢様がきれいなままで戻って来てくださる可能性が高まるからですよ」と教えてくれた。
正直、そのときには意味が分からなかったのだけど、もう14歳になった今なら分かる。
まぁ、つまりは……「そういうこと」なのだろう。我ながらよく無事でいたものだと思う。

誘拐されていたときのことはさっぱり覚えていない。
医者の見立てによると誘拐犯が顔を残さないように薬でも使ったのではないかとのことだった。
こういう場合では「そういうこと」のせいで私が意図的に記憶を封印しているということも考えられたのだけど、体が無事だったのだからその可能性は低いだろうということらしい。

……なんで無事だったって分かるかって?
それはまぁ……、まだ私の「証」が無事なのだから間違いは無いと思うわよ……?

それはさて置き、一度誘拐された私を心配した両親は護身術のために、と私を道場に通わせることにしたのだ。
もっともそれは私が自分で身を守れるようになりたいといったことが原因だったらしいのだけど……例によって私は覚えていない。
うちの家が裕福だといっても常に護衛を貼り付けることができるほどじゃない。せいぜい街の社長さん程度なのだ。
父は娘がそんなことをするのに抵抗を感じていたようだったけど、そのときの私はよほど熱心だったらしく最終的には認めてくれたという話らしい。

そして、そろそろ道場に通い始めて2年になる、ということで最初の言葉に繋がるわけだ。
ただ、私の腕っ節が強いのは道場に通い武術を習っているだけではない。
もちろんそれも重要なことであるのだけど、もっと大きなことがあるのよ!

これは秘密なのだけど、私は不思議な力が使えるのだ!
なんていったらいいのか分からないけど、人がそれぞれ気づかずに持っている力を扱えるというか……
私は自分から出るその力を留めて自由に使うことが出来るって感じかな。
これが出来るようになったときみんなの持ってる力も見えるようになったのだけれども、全員が垂れ流しにしているようで勿体無い限りだと思う。

昔から人から流れ出ている力というものを感じることがあったのだけれど、道場に通うようになってからそれがはっきり感じるようになってきたの。
その内、自分もそれを持っているんだってのに気づいたら一気にいろいろなことが見えてきて……
そして、自分から流れ出ているその力が勿体無いから体の回りに留めるように意識するようにしたの。

それが自然に出来るようになったのが道場に通いはじめて半年ぐらいの時だったかな?
そこから、この力を使っていろいろなことが出来ると気づいたの。
ただ、流れ出ているのを止めただけで、スタミナや体の頑丈さがぜんぜん違うものになるのだから、うまく使うことが出来ればもっと凄いことが出来るに違いないってね。

そうやって一年ほどの間いろいろ試してみたことで分かったことがいくつかあるのよ。
均一に広がってる"力"をいろんなところに移動させて偏らせることが出来るってこと。
形が結構自由に変えることが出来るってこと。
すぐ消えちゃうけど体から放すことも出来ること。
体から出ている"力"を止めることでどうも他人に気づかれにくくなるらしいってこと。
逆に体から出ている"力"をいっぱい出して普通にしているよりも"力"を多く出すことが出来るってこと。

大体、大きなところではこれぐらいかしらね?
この"力"を使ったときは比べ物にならないほど力が出るから道場の組み手なんかでは使わないことにしてる。
力を入れすぎちゃって怪我をさせちゃったら申し訳ないもの。

どれもやってみるととても面白いのだけど、一番得意なのは力を移動させることね。
もともと視力はいいほうだったのだけど、"力"を目に集めて物を見るととてもよく見えるようになるってことに気づいたの。
ついつい使ってしまうようになっちゃって今ではよく見ようとすると無意識に"力"を使って"視"ちゃうようになっちゃった。
もっとも、この使い方ならほかから見たときには分からないだろうから別に気にしてないのだけど。

さて、長くなったけれど私はそろそろ朝のランニングの時間。
もともとは護身ではじめた運動だけれども最近ではそれが楽しみになってきてる。
朝の静謐な空気の中、公園の木々の間を走るのはとても気持ちがいい。

私はいつも通りパジャマから運動服に着替え、ランニングシューズをはいて出発する。
昔は、父が一人でランニングなど危ないといって出してくれなかったのだけど、道場の先生から太鼓判をもらったときから許してくれるようになった。
ま、それまでも週一ぐらいで朝に抜け出して走っていたのだけどね。
私も暴漢程度なら撃退できるし、強そうな人でも逃げるぐらいは出来る自信が有るのだ。
それにいざとなったら"力"を使えばいいしね。

いつもどおりのランニングコースをなかなかのスピードで走る。
そうそう、いつもこのときは"力"を外に出さないようにして走ってる。
どうも"力"を出してるとそれに頼っちゃって体自体はあんまり鍛えられないような気がするのよね。
あとは、犬が居る家の前を通ってもほえられないのが犬が苦手な私には便利だったり。
それでもたまに気づかれて吠えられることがあるんだけどね……
この状態で休んでると回復が早い気もするし一石二鳥よね。

ランニングの折り返し地点である公園に到着すると、ベンチに座ってすこし休憩。
背中合わせにされたベンチの向こう側に座っている人が居るようだけど、私はいま"力"を出していないから気づいていないのでしょう。
特にこちらを気づいた様子も無いことだしね。

しばらくして、はっと目を覚ます。どうやらまたちょっとうとうとしてしまったよう……
私はいつもこのベンチで休憩してるのだけど、朝が弱いのはとうとう直らなかったのか、たまにうとうとしてしまうことがあるのよ……
今日もやっちゃったみたいね。外で意識を逸らすなんて危ないことは分かってるのに……
まぁ、次からは気をつけることにしましょう!
……この決意も一体何回目だったかな……

私は空のベンチを後にすると自宅への道を走りだす。
風を切って頬をなでる感覚はとても気持ちがいい。
しばらく走れば自宅に到着。
正直走り足らないのだけど、あんまり遅いと両親が心配するのでしょうがない。
心配かけないために体を鍛えているのに、そのせいで心配をさせていたら意味がないわよね。

帰った私は、シャワーで汗を流して制服に着替え、食堂に向かう。
中で朝食の準備をしている母に挨拶をして席に座る。
朝食は一日の重要なエネルギー源!しっかり食べないとね。

「おはようございます、お母さん」
「あら、おはよう、ヴィヴィ。
 朝食はもうすぐ出来るから、お父さん呼んで来てくれないかしら?」

母さんは笑顔を向けて私にそう言うと、かき回している鍋に視線を戻した。
私はそのまま父を呼びに行くことにする。
私は父の部屋の前までくると、ノックをして声をかける。

「お父さん、お母さんが朝食の準備が出来たから来てくださいって」
「ああ、ありがとうヴィヴィ。今向かうよ」

その言葉とともにパリッとしたスーツ姿のお父さんが部屋から出てくる。私はお父さんと一緒に食堂に向かう。
いつも思うのだけど、スーツ姿のお父さんは格好いい。美人のお母さんと並んでいるととても絵になると思う。

家族3人で朝食の席に着き、談笑をしながら食事を終えると私は学校へと向かう。
私が通っているのは、それなりに遠いところにある私立の女子校だ。
私は電車で通えばいいと思っているのだけど、過保護な父はわざわざ運転手つきの送迎車を雇ってくれている。
正直、私は送り迎えされるのは少しだけ恥ずかしかったりするのだ。
私の通っている私立女子校ではあまり珍しいことではないからまだいいけど……

車で一時間ほどかけて学校へ向かう。
多分、私が"力"を使って全力で走れば半分ぐらいの時間ですむんじゃないかな?
もっとも、そんな目立つことをしようなんて思わないけどね。

送迎の車の中では正直暇をもてあましている。
高級車だから乗り心地は決して悪くは無いのだけど、どうも体を動かせないというのが窮屈なの。
テレビなんかをみることも出来るのだけど、この時間にはあまり面白い番組もないし、一年ぐらいで見たい映画を見尽くしてしまったし……
しょうがないので最近の私は"力"で遊んでいる。
といっても派手なことは出来ないので"力"を思ったところに移動させて遊ぶぐらいしかできないのだけれど。
始めたころはじんわりといった感じでしか移動させられなかったのだけれど、最近ではなかなか早く動かすことが出来るようになったの。
ほんとうは力をすべて一箇所に集めるなんてこともやりたいのだけど、一度それをやったら運転手さんが動揺してしまってごまかすのに苦労しちゃったのよね。

そんなことをしていると案外すぐに学校に着く。
学校での生活は特に変わったことは無い。人と違うのは暇なときに"力"を動かして遊んでるぐらいかな。
成績に関しては……、聞かないでほしい。
一応、誤解の無いように言っておくと赤点を取ったことは無いわよ。毎度ギリギリだけどね……
そんな私を、無駄にできのいい私の友人たちは「土俵際の魔術師」なんて言って来る。
ところで……、土俵際って何のことだろう?


学校が終われば、迎えに来ている車に乗って家に帰るだけ。
家に帰れば、両親と一緒に夕食をとって、体を鍛えたり、"力"で遊んだり、苦手だけど勉強したりして私の一日は終わりを告げる。

日によっては帰り道で通っている道場に行ったり、友達と遊ぶために迎えに来てもらう時間を遅らせたりもしてもらうわね。
そして今日もそんな風に友達と遊ぶに行く予定だった。
適当に友人と街に繰り出し、おしゃべりをしながらウィンドウショッピングを楽しみ、遅くなった帰宅をお父さんに注意され、いつもどおりの訓練メニューをこなしてベットに横になる。

そう、そんな風な予定だったの……



[20016] 2話 ある日、町の中、熊さんとであった。
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2011/08/15 11:45
その日、私は友人と2人で街を練り歩いていた。友人のルルは私と違ってとても勉強が出来る子だ。
私はテスト前にはいつもお世話になっている。もっとも、彼女は教えている私が赤点ギリギリなのは気に入らないようであるのだけど。
私たちはブティックが立ち並ぶ通りを陳列してある服に対してあれこれと批評をしながら歩いていた。
お互いそれなりのお小遣いをもらっているため別に買ってもいいのだけれど、こうやって見回っているのがいちばん楽しい。

「ねぇ、ルル、あの服のデザインいいと思わない?」
「んー、私としてはいまいち惹かれないなー。まぁ、アンは頭に花が咲いてる感じだから似合うと思うよ?」
「え、それどういうこと?私、今日は花の髪飾りなんてしないけど?」
「まぁ、そういうところが、かな。いや、いつまでもアンにはそんな感じで居てもらいたいね」
「よく分からないけど、取りあえず褒めているわけじゃないってのは流石に私でも分かるよ?」
「え、そんなことないよ。最近、アンみたいなタイプがもてはやされてるらしいじゃない。
 きっと男の子にもてもてよ。うちの学校じゃ出会いなんてないけどね」
「え!そ、そうかな……」

ルルがいきなりそんなことを言うものだから顔が熱くなってしまった。
そんな私をルルは生暖かい目で見ているのだけど、その視線に邪気があるのかないのかよく分からない。
私はそういうのを感じ取るのは得意なはずなんだけどな。

そんな会話をしながら歩いていると通りの向こうがにわかに騒がしい。
何かあったのかと好奇心を押さえられない私たちはそちらに向かうことにした。
果たして、そのざわめきの中心に居たのはこの場にとても似つかわしくない存在だった。

ここは女性向けのブティックが立ち並ぶ一角で、男性が居ないわけではないけど一人で歩いてるのは相当珍しい。
大抵は女性に連れられてくる人たちばかりだから。
そんなところで、とても大きい男の人が周りを気にせず歩いているのだ。

「うわ、なにあれ。何であんなのがこんなところに居るんだろ?
 なんか、雰囲気が明らかに堅気じゃないんだけど……」

横でルルが周りの人々の心を代弁していたけど私はまったく違うところに目を惹かれていた。
そう、彼はなんと"力"を垂れ流しにして居なかったのだ!
私以外でそんなことをしている存在を見たのは初めてだった。私の興味は高まるばかり。
もしかしたら、彼は私の知らない"力"の使い方を知っているのかもしれない。そう思うと居てもたってもいられない。
そのまま突撃して行きたいぐらいだったけど、横に居るルルの存在がそれを思いとどまらせる。

なぜなら、彼はルルの言うとおり明らかに暴力を生業にしているような雰囲気をしているから。
私は人を見ることには聡いと自分で思っている。
横に居るルルだって、一見冷たそうな皮肉屋だけど本当は優しい性格をしていることははじめてあったときに気づいていた。
そして、それは間違っていなく今では大切な親友だ。

そういう私のカンからすればどう考えても彼は危険人物だと思える。
少なくとも関わりあいになっちゃいけない人種だと思う。
私一人なら何とかする自信はあるけれどルルが居るのではそうも言っていられない。
私はルルを促してこの場を離れることにする。

「ルル、すぐ移動しよう。あんまり関わっちゃいけない類の人だよ」
「へぇ、アンがそういうならそうなんだろうね。しょうがない、今日は帰るとしますか」
「うん、私もすぐ迎えを呼ぶよ。ルルは電車だっけ?良かったら乗っていく?」
「いや、平気。別にあいつも私たちを追ってくるわけじゃないでしょ」
「それもそうだね。なら、駅に向かおうか」

そういって私たちは5分もせずにある最寄の駅に向かって歩き出す。
私は最後に彼に視線を向けると、彼も私のことを見ていたようだった。
彼は私と目が合うと、口を歪ませて哂ったように見えた。
私はその表情に寒気を覚えると、顔を背けて視線を切り、そそくさと移動するのだった。


幸いにして、ルルが乗る方面の電車はちょうど良く出発するところだった。
私は彼女を見送った後、駅で迎えの車を待っていた。
私は駅のロータリーに置いてあるベンチに腰掛けていたのだけど、通りの向こうから先ほどと同じ様なざわめきが近づいてくるのに気がついた。
どうやら、件の彼もこの駅の方面に用事があったみたいだ。
群集から頭一つ飛び出している彼の姿が視認できる。

迎えが到着するのにはまだ時間がかかる。彼がこの駅に用事があるならニアミスするのはしょうがないだろう。
すでにこの場に迎えを呼んでいるのだからいまさら移動するのも申し訳ない。
まぁ、彼が何をするというわけでもないだろう。現に今の彼はただ歩いているだけなのだから。

私と男の距離は縮まり、そのまま後ろに歩いていくのだろうと思っていた私は目の前で立ち止まった男を思わず見上げた。
ただでさえ身長の差が激しい上に私は座っているのだ。彼の顔を見るには少々首が痛かった。

「よう、お嬢ちゃんかい?ここらに居る天然物の念能力者ってのは。」

ネンノウリョクシャ……、その単語に聞き覚えは無いが、彼がいわんとしていることはなんとなく分かった。
この場で彼と私が共通しているのは"力"が使えるかどうかだけだろうから。

「あの、そのネンノウリョクシャってのは何のことですか?」
「ん?ああ、そうか、天然なんだったな。言葉を知らないのもしょうがないか。
 そうだな……、嬢ちゃんはたぶん普通の人には使えない不思議な力が使えるだろう?
 それが念能力だ。念じるの念、念仏の念だな。つまりは思い通りに使える力ってことだ。」

やはり私の予想は間違っていなかったよう。ふむふむ、この"力"は一般的に念と呼ばれるのね……
しかし、思い通りに使えるというのは言いすぎじゃないかな?
確かに自由に動かしたり出来るけど。
さて、ここで私は素直に答えるかどうかだけれど、私のカンは否といっている。そして私はそのカンに従うことにする。
見る限りでもこういう人は持っている力を平和に使おうとは思わないタイプだと思うし。

「えっと、何のことを言っているのか分からないのですけど……」
「ん、嬢ちゃん、ごまかそうったってそうは行かないぜ。念を使えるなら念を使える奴を見分けるのは簡単だ。
 現に嬢ちゃんも俺のことを見てすぐ使える奴だって気がついただろう?」

確かに彼の言葉は正しい。だけど、それは彼が"力"を体に留めていたから。
私は普段"力"で遊ぶとき以外は垂れ流しの状態にしている。現に今もそう。
少なくともその状態で私は見分けることが出来る自信は無いのだけれど……
もしかしたら、私が知らないだけで見分け方があるのかも知れない。
けど、取りあえず関わりあいにならないように知らない振りをすることにする。
もうすぐ迎えの車も来ることだろうしね。

「申し訳ありません。貴方が何を言っているのか本当に分からないのです……」
「ふん、あくまでシラを切るつもりか……、我ながら俺は気が長いほうじゃないんだよ。
 あー、もうまどろっこしいな。めんどくせぇ、直接確かめるか」

男はそういうと唐突に握り締めた拳に"力"を集めて殴りかかってきた!
私は咄嗟に全身から"力"を噴出し全力で横に転がって回避する。
私の代わりに男の拳を受けたベンチはまさに粉々といった感じで粉砕された。
あれが私の体に当たっていたと思うと大怪我どころではすまなかっただろう。
私は思わず男に怒鳴っていた。

「何をするのですか!危ないじゃありませんか!」
「おう、見事なレンだな。なんだ、やっぱり使えるんじゃないか。手間をかけさせるなよ」
「そんなことはどうでもいいのです!当たっていたらどうなったと思うんですか!」
「なんだよ、当たってないんだからいいじゃねーか」
「そんなことを言っているのではないのです!もし私が使えなかったらどうしたと聞いているのです!」
「別にそんときゃお前が死んだだけだろ。なに言ってんだ?」
「っ!貴方は!」

そこで周りが大変な騒ぎになっているのに気づく。
いきなり乱闘が起こってベンチが粉砕されたのだから、そうならないほうが不思議なのだけど。
男もそれに気づいたようでめんどくさそうに頭をかきながら私に向かって言葉を投げる。

「しまったな。なるべく騒ぎにするなって言われてたんだが……
 今からでもいいか、おい、お前、場所を変えるからついて来い」
「なぜ私があなたの言葉にしたがわなくてはならないのですか!」
「そうだな、なら従わないならそこら辺にいつ奴を殴るぞ。もちろん念をこめてな。
 俺はそいつがどうなろうとしったことじゃないが。お前さんはいやなんだろ?」
「卑怯な!貴方には人の心というものが無いのですか!」

私はその男の言葉が信じられなかった。
何も関係の無い人を無差別に攻撃するということを意味すると理解するまでに少し時間がかかったほどだ。

「ははは、そんなもんは昔死にかけたときにあの世に忘れてきちまったな。今じゃただの引きこもりの操り人形さ」
「貴方は一体何を言っているのですか!」
「なに、お前もすぐ分かるさ。あと、そう叫ぶんじゃない。うるさいだろ。
 とりあえず、これ以上は場所を移してからだな。行くぞ」

男は私の返答も聞かずに歩き出す。
これに従わないと男は本気で無差別に攻撃をするだろう。
さっき私を顔色一つ変えずに殺そうとしたのだから……
私は仕方なく男の後について歩いていくことにしたのだった。
私のカンは全力で引き返せと告げていたのだけど。


□□□□□□□□□□□□□□□□


男と私が辿りついたのは人気の無い公園だった。
それなりに長い距離を歩いたためすでに周りは暗くなっている。
迎えに来てくれている運転手や、知らせを聞いた両親に心配させているだろうな……

「よし、ここら辺でいいだろ。さて、話の続きを……といいたいところだが、まあ、話すことはそう無い。
 端的に言うなら、うちのボスのものになれってことだ」
「なんなんですかそれは。さっぱり話がみえないんですが」
「まぁ、そうだな……。だが正直そうとしか言いようが無いんだよな。どういったもんか……
 んー、まぁいいか。どうせお前に拒否権は無いんだし。面倒だから連れて行くぞ」
「ちょっと、ちゃんと分かるように話してください!」
「うるせぇ、叫ぶんじゃねーよ。簡単に言えば今から俺はお前を張り倒して連れて行くってことだ。わかったか?」
「分かるわけ無いでしょうが!」
「うるせぇっていってるだろうが。話は終わりだ!」

男はそういうと"力"を噴出してこちらに突進してきた!
私もあわてて"力"を噴出し対応する。
男のタックルは早いには早いが対応できないほどではない、道場で習った足捌きを駆使して横に避ける。
男は避けられると思っていなかったのか、そのままつんのめって止まった。

「あん?嬢ちゃんまったくの素人ってわけじゃないのか?」
「えっと、まぁ、一応護身術程度には…」
「そうか、めんどくさいしちょっと本気を出すか。
 怪我しても恨むなよ。まぁ、ボスのところに連れて行った後のことはうらまれてもしょうがないと思うが」
「一体なにをされるのですか……」
「なにって……、そりゃ"なに"だな。
 まぁ、一生縛られることになると思うが恨むんなら才能と見目を持って生まれたことを恨むんだな。
 正直、同情はするが俺も逆らえないんでな」

そういうと、男は両手、両足に"力"を集める。
するとどうだろう、男の手足は黒い剛毛が生え明らかに人の手でない形に変形する。

「ちょっと!なんなんですかその手は!」
「なに、これが念能力ってやつさ」
「なに言ってるんですか!そんなの反則でしょう!」
「うるさいから叫ぶなってさっきから言ってるだろう。行くぞ」

私はありえない事態に混乱する。一体あの手はなんなのか!
念能力というからにはあの"力"を使ってやっているんだろうがどうなっているのかがさっぱり分からない。
だけど、考える間も無く男は突進してくる。
さっきとは比べ物にならない速さ。私は命からがら地面を転がり男の攻撃を避ける。

私の居た場所に男の熊のような手が突き刺さる。
大きな音と共に突き刺さった地面は爆砕し、直径1mほどのクレーターが出来た。

「ちょっと!そんなの当たったら"力"使って防いでも死んじゃうじゃないですか!」
「俺の見立てだと死にはしないさ。ま、捕まえようとしてる俺が言うのもなんだがここで死んでたほうが幸せかもな」

何気ない彼の言葉に私は戦慄する。
死んだ方が幸せという言葉にひどく重みがあったのだ。
その言葉自体は物語などでよく聞く物ではあるが、私にはとても想像が出来ない。
少なくとも彼に捕まるのがとてもまずい事態になるのは確実だろう。

男はまたもこちらに突進してくる。
動きは直線で読みやすいのだけど、その速度はとても速い。
今度は逃げ切れないと悟った私は手に噴出した"力"を集めて大きな熊の手を受け止める。
全身に衝撃が走り、受け止めた左腕は痺れて当分は使い物にならないだろう。
私はそのままバックステップで距離をとり痺れた左腕を押さえて男をにらみつけた。

「おう、死にはしないと思ってたがまさか普通に受けきられるとは思わなかったな。
 見事なレン、そしてギョウだな。リュウの速度もすばらしい。
 これがすべて独学だというのは正直信じられん」
「だから、分かるように話してくださいとさっきから言っているでしょう」
「なに、お前のオーラを扱う技術に驚いていただけだ。本当に師はいないのか?」
「よく分かりませんが、私以外で"力"を使うのを見たのは貴方が初めてですよ」
「そうなのか……、末恐ろしいな。これからしっかりした師がつけばどれだけ化けることか……
 うちのボスの人形になるのは勿体無いが、それもまた運命だろう。
 確かにお前のオーラを扱う技量は一人前だが、いかんせん実戦経験が無さ過ぎる。
 今のお前では俺に勝てないのは分かるだろ」
「だからといって素直にうなずくわけには行かないでしょう!」
「そりゃそうだ。くそったれな人生を送ることになるのは自信を持って保障してやるぞ」

そういって男は私に向かってくるように構えた。
先ほどの一撃を受けたおかげで左腕は当分使い物にならない。
同じように受け止めることはとてもではないが無理だと思う。
右腕で止めることは出来るだろうが、それではただのジリ貧だし……
取りあえずここから逃げ出すのが第一目標ではあるのだけど、あの突進の早さでは背中を向けた途端に攻撃されてしまいそうだ。
まさに危機的な状況である。


 ここで問題だ! この圧倒的不利な状況でどうやってあいつから逃げ出すか?

 3択-一つだけ選びなさい
  1.かわいいヴィヴィアンは突如反撃のアイデアがひらめく。
  2.だれかがきて助けてくれる。
  3.逃げられない。 現実は非情である。



[20016] 3話 ヒルダさんと念講義
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2011/08/15 12:11
私は男の突進を間一髪避けることに成功する。
だけど、男はそれを予期していたのか直ぐに地面を削って停止し、体勢を崩している私に向かって来ようとしているのが見て取れた。
私の心に諦めが広がる。この状態では右腕で受け止めようとしても踏ん張りが利かず吹き飛ばされるだけ。
どちらにしろすでに詰んでいる状況なのだ。

しかし、男は私に向かって突進しようと構えていた場所から唐突に後ろに跳び退る。
次の瞬間、男が居た場所を何か細長いものが叩きつけられ地面が抉られた。

「へぇ、あれを避けるなんて突進するだけの猪じゃないようね」

そういいながら現れたのは後ろで紫色の長い髪を束ねた20台前半ほどの女性だった。

「何者だ。なぜ邪魔をする」
「あら、かわいい女の子を助けるのに理由なんて要らないでしょ。
 かわいい女の子とそれを襲う大男なんてどちらが悪役か一目で分かるじゃない。
 私の散歩コースでそういうことしようなんて馬鹿じゃないの?」
「チッ、流石に2対1では分が悪いな、今日は引くが……。
 嬢ちゃん、うちのボスはしつこい。せいぜい気をつけるんだな」

男はそういい残すと公園から猛スピードで走り去っていった。
後に残ったのは私と多分助けてくれたであろう女性だけ。

「あらあら、逃げ足も速いのね……
 さて、お嬢さん、怪我は無いかしら?」
「あ、はい、大丈夫です」
「それは良かったわ。間に合わなかったら目覚めが悪いものね」
「あ、あの!助けてくれてありがとうございます!」
「別に礼なんていいわよ。さっきも言ったように散歩の途中で見かけたから割って入っただけだしね。
 それで、一体彼はなんだったの?」
「それが私にもさっぱり分からないんです。帰り道にいきなり話しかけられて、ついてこないと周りの人を殺すって……
 あと、天然物がどうたらこうたらとか……」
「それでのこのこついて来たわけね……
 流石に危機感が無さ過ぎするわね。貴方は念を教えてくれた人に何を教わっていたのよ」
「えっと、その念ってのを人に教わったことは無いんですけど……」
「は?いや、貴方は纏をしてるじゃない。それはどうしたのよ」
「これですか?これはなんかいつの間にかできていたと言うか、体から出ているのが勿体無かったから留めるようにしてみただけというか……」
「え?なに?もしかして、天然物ってそういう意味?うわー、わたしはじめて見たわ。
 ん、でも貴方さっき、練、凝、流とか使ってたわよね?」
「さっきの人にも言われたんですけどそのレン、ギョウ、リュウって何のことですか?」
「ちょ、ちょっとまって!まさかそれも自分で編み出したっていうの!?
 ありえないわ!貴方、そんなこと言って私を騙そうとしてるんでしょう!?」
「そんなこといわれても……ほんとに分からないのに……」

私は今日わけの分からないことが続いた挙句、助けてくれた人も信じてくれないことに涙が出てくる。
きっと、今日は一生の中で一番の厄日だ。

「ちょっと、泣かないでよ!私が悪者みたいじゃない!」
「すみません……ちょっとわけの分からないことが続いて、取りあえず助かったと思ったらなんだか涙が……」
「ああ、もう!ほらこれで涙を拭いて!」

そういって女性は私にハンカチを渡してくれる。
そのやさしさに緩くなった涙腺は水分を放出する量が増すだけだった。
しかし、それも次の一言で吹き飛んだ。

「そういえば、もういい時間だけど家の人が心配してるんじゃないの?」
「そうだ!両親が心配してる!」

私はあわてて携帯電話を取り出すと、そこには家からの着信がたくさん並んでいた。
それもそうだ、私が駅前から移動したあと直ぐに迎えの車が来たはずでそこには私が居なく粉砕されたベンチがあるだけなのだから。
周りの人に聞けば私が大男に連れて行かれたことも直ぐ分かるだろうし……
うちのような過保護気味な家庭でなくても心配で気が気でなくなる状況じゃないだろうか。

私がかけた電話はワンコールもしないうちに取られた。

「はい、ヴァートリーですが。どちら様でしょうか?」

電話に出たお手伝いさんのマリアさんも心なしか元気がない気がする。

「あ、私ヴィヴィアンだけど……」

そう伝えた途端、電話の向こうでマリアさんの叫び声が聞こえる。

「奥様!奥様!お嬢様から電話がかかってきました!!」
「本当なの!マリア、直ぐ代わって頂戴!」

私が一言も言うまもなく激しい物音と共に荒い息をつくお母さんが電話口に出た。

「ヴィヴィ貴方無事なの!?怪我はしてない!?一体今どこにいるの!?」
「お母さん私は大丈夫だよ、怪我もしてない、場所はちょっとわかんないけど直ぐ家に帰るよ」
「ああ、良かった!本当に心配したのよ。運転手のセバスが集めた話だと男につれてかれたなんて話も有って……」
「ああ、それは間違ってないんだけど……」

私がポロリとそう口にすると、収まりかけた母の炎は再び燃え上がる。

「ちょっと!それはどういうことなの!?本当に無事なんでしょうね!?」
「うん、通りがかった人に助けてもらったの」
「ああ、何てことでしょう。その方は今もそちらに居らっしゃるのかしら?」
「え、うん、隣に居るよ」
「なら、その方に代わってくれないかしら、ぜひともお礼を言いたいの」
「私は構わないけど……ちょっとまってね」

私は電話を放すと女性に視線を向けた。

「ん、どうしたの?ずいぶん騒がしい電話のようだったけど」
「お母さんがお礼を言いたいから代わってくれないかって」
「ああ、なるほど。別に構わないわよ」

女性の了承を得たのでお母さんに代わることを告げて、女性に電話を渡す。
しばらく、女性がお母さんと話しているのを見つめる。
内容自体は聞こえないが、大体想像はつく。お母さんがお礼を言うのに対して、女性は気にするなとかそんな会話に違いない。

しばらくの後電話を返してもらいお母さんと会話を再開すると、どうやら女性を家に招くということになっているらしい。
私としてもうれしいことだ、ぜひとも念とやらのことで聞きたいことがたくさんあるのだから。
さっきの熊男と違ってこの女性ならちゃんと教えてくれそうだ。

そうだ!動転していたため今まで大事なことを忘れていた!

「あの、私ヴィヴィアン・ヴァートリーというのですけど、よろしければ貴女のお名前を教えていただけませんか?」
「念能力者を相手に簡単に名前を教えるのは問題があるのだけど……
 まぁ、貴女ならその心配も無いか。
 私の名前はヒルダ=ライリーよ。ヒルダとでも呼んで頂戴。私もあなたのことヴィヴィって呼ぶけどいいわよね?」
「ええ、構いませんよヒルダさん。あの、あと一つお願いがあるのですけど……」
「ん、改まってなに?」
「私に念のこと教えてくれませんか?
 私それなりに強いつもりでいたのですけど今日のことでぜんぜんだって思い知らされました。
 今私に足らないのは知識だと思うんです。教えてもらえないでしょうか?」
「ああ、貴方ほんとうに天然なのね……
 まぁ、私も人に教えられるほど修めているわけじゃないけど、基本的なことぐらいなら教えてあげられるわ。
 それでもいいならね」
「ありがとうございます!最近、あんまり新しいことを思いつかなくてちょっとつまらなかったんです。
 これでまた面白くなります!」
「念の修行が面白いなんてなかなか変わってるわね……
 まぁ、それぐらいじゃなきゃ、独学であそこまで出来るようにならないか。
 私もちょっと見習わないといけないわね……」

そうしてしばらくヒルダさんと話をしているうちに迎えの車が来た。
どうやらヒルダさんがこの場所を伝えてくれていたようだ。
私は車に揺られ長い放課後に漸く別れを告げることが出来たのだった。


家に帰った私はお母さんと仕事から飛んできたお父さんにもみくちゃにされた。
いつもより3時間ほど遅れただけでこの有様はやはり少々大げさではないかと思うのだけど…
ヒルダさんはそんな私たちをほほえましそうに見ているようだった。

その後、両親はヒルダさんに盛大に感謝の言葉を並べた後、ぜひともということで夕食を一緒に食べることになった。
大男の相手をしてとてもおなかが減っていた私は、父とヒルダさんの会話を横で聞きながら夕食に集中する。

「なるほど、ライリー殿はハンターでいらっしゃるのか」
「ええ、まだ若輩の身ですけど、先人の名に負けないようにがんばっておりますわ」
「それはすばらしい心構えでありますな。この街にはお仕事で?」
「いえ、その帰り道にたまたま寄っただけですわ」
「なるほど、それなら今はフリーの状態というわけですな。それでしたら一つお仕事を頼みたいことがあるのですが……」
「ふふ、みなまで言わなくても分かりますわ。お宅のお嬢様は少々見ていてはらはらさせられますものね」
「ええ、まったくもってこいつは昔から危機感が足らないというか好奇心旺盛というか……
 貴女のような人に近くに居てもらえればそういったことも改善してくれるのではないかと思いまして」
「私としても願ったりですわ。お嬢さんはなかなか豊富な才能を持っているようで。
 私も彼女に少々教えたいことがあるのですよ」
「それはすばらしい。護衛としてお願いしようかと思っていたのですが、ぜひとも娘にあるというものを伸ばしてやってください。
 その分お礼にも色をつけさせていただきましょう。ほら、ヴィヴィも改めて挨拶しなさい」

なんだか、話が急展開過ぎてついていけなかったが取りあえず私がわかったのはヒルダさんが私に念を教えてくれるということ。

「ヒルダさん、よろしくお願いしますね!」

このときの私は会心の笑みを浮かべていただろうと思う。




□□□□□□□□□□


ヒルダさんが護衛兼家庭教師となって翌日の夜、本来なら道場に行く日なのだけど私はヒルダさんの話を聞くことにしてお休みした。
これから、"力"、いや正しくは念だったっけ……、新しい念の使い方を教えてもらえるのだ!

「それじゃ、ヴィヴィ、貴女が今何が出来るかやって見せて頂戴」
「わかりました!」

私は今日一日浮かれっぱなしだった。
ルルに"今日のヴィヴィの浮かれっぷりは花じゃなくて花畑って感じだね"とよく分からないことも言われたほどだ。
それも仕方ないだろう、念願だった念という力についてようやく詳しく知っている人に出会えたのだから!

私はいつも念で遊んでいることをヒルダさんの前でやってみる。
初めは、浮かれている私をほほえましそうに見ていたのだけど何だか途中から表情が硬くなってきたみたい……
なんだろう?なにか、変なことをやってしまったのだろうか?

「相変わらず、貴女が独学だというのは信じられないわね……
でも、この家に貴女以外の念使いは居ないようだし。やっぱり本当なのかしら……」
「あの、私何か変なことしましたか?」
「いえ、特に問題ないわよ。あえて言うなら変なことしてないのが変というか……」
「はぁ、よくわらから無いですが……」
「まぁ、いいわ。この件に関しては考えてもしょうがないし、次に行きましょう。
 さて、特に貴女は意識せずにやってるみたいだけど、念の操作技術にはそれぞれ名前がついてるわ。
 別に今貴女が使えているように名前なんて適当でもいいのだけど、これが案外馬鹿に出来なかったりするの。
 念というのは使う人の心持によって大きく性能を変えるのよ。
 だから、この動作はこういうものなんだと定義して名前という形をつけてやると習得率が上がるのよね。
 漠然と"こんな感じ"というよりも名前があったほうがしっかりとしたイメージがしやすいでしょう?」
「ふむふむ、なるほど……。ヒーローが必殺技の前に名前を叫ぶような感じですね!」
「……いや、間違ってないけどそういわれるとなんか力が抜けるわね……
 ともかく、貴女は大半の基本技は出来ているようね。
 もっとも基本となるのが纏、練、絶、発の四体行。発は取りあえずおいておいて他は出来るようね。
 それに加えてオーラを一部分に集める凝、そのオーラを動かす流が貴女が今出来ることかしら。
 貴女の流は見事だわ。一般的なハンターよりもうまいって私が太鼓判を押してあげる。
 そうね、後は……、この指の上に何か見える?」

ヒルダさんにそういわれ、指のところを"視"てみる。

「数字の0が見えます!凄い!"力"でそんな形も作れるんですね!」
「……見るほうの凝は完璧と、あと"力"じゃなくて念よ。
 反射的に凝で見るなんてベテランでも怪しいのに、なんで普通の生活してた貴方が出来るのよ……」
「これですか?昔から目は良かったんですけど"力"…じゃなくて念を使ってみるともっとよく見えるようになるのに気づいて……
 よく見ようとすると勝手にやっちゃうようになっちゃったんです」
「責めてるわけじゃないのよ。それはとてもすばらしいことだわ。
 ただそれが本当に感覚的に出来る人がどれだけいるかとなるとね……
 さて、取りあえず総評だけど、纏は完璧、練は力不足、絶はお粗末、凝は人並み、流は見事、見るほうの凝も完璧ね。
 さて、ここまでで質問は?」
「えっと、溜めておくのが纏で、一気に出すのが練、出さなくするのが絶、偏らせるのが凝、動かすのが流で、よく見るのが……なんでしたっけ?」
「それも凝よ。様は目にオーラを集めるって意味では同じでしょ?」
「ふむふむ、なるほど」
「大丈夫みたいね。取りあえず、ほかにある応用技を全部紹介しておきましょうか」
「お待ちしてました!」

とうとう話がほかの使い方に来た。名前の話も面白かったけど私が待ち望んでいたのはこれだ。

「もう、ちょっと、落ち着きなさいよ……
 まず、物の周りにオーラを纏わせたり、物自体にオーラをこめたりするのが周。
 練の状態をずっと維持して全体的な攻防力を上げるのが堅。
 凝の発展版で全身のオーラをすべて一箇所に集めるのが硬。
 体の周りにあるオーラを広げてその中にあるものを正確に把握するのが円。
 オーラを見えにくくするための隠。
 とりあえずはこんなところかしら?」
「あの…、硬ってこんな感じですか?」

私は拳に"力"じゃなくてオーラを集めてみる。

「……貴女は本当に……、なんだか頭が痛くなってきたわ……
 でも、あえて言うなら硬とまでは行かないわね。貴女の絶はお粗末だからそこかしこでオーラが漏れているわ。
 それを完全に止めて、本当に一点に集めるのが硬というわけ」

ヒルダさんの説明に思わず納得してしまう。
説明と共にヒルダさんの実演を交えていたのだけどどれも凄くきれいだった。
特に絶なんて本当に気配がまったく無くなってしまったのだ!
それに比べれば私は雨漏りのする天井のようなものね……

「さて、最後になった発の説明ね。
 これが念の一番面白くて奥が深い部分よ。もちろんそれ以外をないがしろにしていいわけじゃないから勘違いしないで。
 この発というのにはいろんな意味があるのだけど……
 そうね、取りあえず水見式でもやってみましょうか。
 そこのコップと水差しを取ってくれる?」

私にそう頼むとヒルダさんは部屋の角に置いてある観葉植物の葉を一枚ちぎって戻ってきた。
そして、コップになみなみと水を注ぐとその上に葉を浮かべる。

「それじゃ、このコップを手で包み込むようにして練をしてみなさい」

私はヒルダさんの言うとおりに手を置き、練をしてオーラを噴出す。
するとどうだろう、コップの水が淵からこぼれてきたではないか!

「うわ、なにこれ!凄い!」
「ああ、やっぱり貴女は強化系だったわね……」
「強化系?ですか?」
「そう、念能力には大別して6つの系統があるのよ。それが強化系、変化系、具現化系、放出系、操作系、特質系ね」

ヒルダさんは脇にあったペンで紙に六角形を書きながら説明してくれる。

「大体、自分の系統から近いほど得意で離れるほど苦手になるわ。」
「じゃあ、私は特質系がだめだめってことですか?」
「あー、特質系は特殊でね。使える人は使えるけど使えない人はまったく使えないという感じ。
 具現化系や操作系が特質系の能力を使えるってわけじゃないのよ。
 私は他の5つで五角形にしてその真ん中にでも特質を入れておけばいいと思うのだけど。
 一般的にはこの六角形で説明されるからね。一応これで説明するわ。
 水見式は自分がどの系統にいるかを判別するのに使う方法よ。あなたの場合は水の量が増えたから強化系。
 ちなみに私は変化系。水見式では水の味が変わるわね。」
「そのほかの系統はどうなんです?」
「ま、その話は追々ね。今は次へ行くわ。
 強化系は自分のオーラをいろいろなものに込めたり纏わせたりしてその物の威力や強度を上げることが出来る系統よ。
 オーラを拳に集めて殴ってればそれが立派に必殺技になる系統ね。単純な貴女には分かり易いでしょ?
 あと、強化系の貴女は自分の強化系の能力のほかに放出系と変化系に相性がいいわ。
 変化系で一番分かりやすい例はさっき私がやったみたいにオーラで特定の形を作ることかしらね」

そういって、ヒルダさんは指をピッと立てる。私は何気なくそれを"視"て驚く。

「え、それ私の似顔絵ですか!凄い!」
「驚くのはこっちよ、なにその反応の速さ……、自信なくしちゃうわ……
 まぁ、貴女もこれぐらい出来るはずだから練習しなさい。取りあえず初めは0~9までの数字を作ることね。
 その後が文字。これが出来るようになるとハンター同士で簡単に筆談が出来るようになるから地味に便利よ。
 私の似顔絵は……まぁ、宴会芸の類ね。
 次は放出系だけど、これはオーラを自分の体から放すことが出来るわ。
 他の系統でも出来ないことは無いのだけど、往々にして体から離れてしまうと念の強度が格段に落ちるわね。
 強化と操作はそれほど劣化はひどくないのだけど、変化や具現化だと相当な熟練者じゃないとまともに使えないぐらいになっちゃうわね。
 まぁ、放出系は念の塊を飛ばして遠距離攻撃が得意な系統ってこと。
 ついでに全部説明しちゃうと、操作系はオーラを物に込めて動きなんかを操作するのが得意な系統。
 具現化系はオーラの変化をもう一段進めて実際に物質として生み出しちゃう系統ね。
 特質系はその名の通り特殊すぎて決まった形というものが無いからなんともいえないわ」

その説明を聞いて私は昨日合った男の人を思い出す。

「あ、なら、昨日の男の人の手と足が熊みたいになっちゃったのも具現化系なんですか?」
「おそらくそうでしょうね。具現化系の怖いところは生み出したものに特殊な効果をつけることが出来ることよ。
 そういえば貴女、昨日殴られたところはなんとも無いの?」

そういってヒルダさんは私の左腕を見る。

「えっと特に違和感は無いですよ?」
「そう、それならいいのだけど……
 さて、取りあえずこれで大方の説明は終わりよ。何か質問はあるかしら?」
「たぶん、大丈夫だと思います、……たぶん」
「……まぁ、分からなくなったら聞きなさい。
 とりあえず、貴女を今後、鍛えるわけだけど、さし当たってやらないといけないのが練の改善かしらね。
 ちょっと、練をやってみなさい」

ヒルダさんに言われるままに"力"を一気に噴出させる。

「やっぱり、そんなやり方でそれだけの出力が出ているのが凄いというべきなのかしら……?
 練というのはね、ただ一気に出せばいいわけではないのよ。ちょっと言葉にするのは難しいのだけど体の中でタメを作るというか……
 んー、一度からだの中で圧力をあげてから蓋をあけるとかそんな感じね。そのほうが出てくる勢いが強くなるのは分かるでしょ?」
「ふむふむ、なるほどー。んと、こうかな?えい!
 ……うーん、なんか違うなぁ」
「一夕一朝で出来るようになったら他の念使いの立場が無いわよ……
 タダでさえ貴女は変な癖がついちゃってる状態なんだし。
 さらに言うなら、その練で噴出したオーラをちゃんと体の周りに留め続けるのが堅よ。
 貴女の練は無駄に散っていくオーラが多くて堅をしているとはとてもいえないわ。
 堅は念使い同士の戦いではもっとも基本になる技術だから死ぬ気で覚えなさい。
 それが出来るようになったら私と念を使った組み手ね。
 貴女の流は見事だけど、体の動作とあってなくては意味が無いわ。
 道場に通って武術を習っているようだけど、その動きと流が噛み合ってなければ意味が無いわよ。
 それをかみ合わせるのも貴女の大きな課題ね。
 あと、道場にはちゃんと通いなさい。あなた、今日サボったらしいじゃない。
 基本的な体の動かし方を覚えるのは大切なことよ。」
「あ、はい、分かりました。」

道場をお休みしたのがばれてしまっていた……
だって話を聞くのがたのしみだったんだもの……
でも、いっぱい話を聞いてとてもためになった。
これからやることも明確になったし、なんとなく遊んでたころとは格段に上手になれるだろう。

「ヴィヴィアン、私が教えるからには、出来る限りやるから覚悟してなさいよ」
「はい!よろしくお願いしますヒルダ先生!」



[20016] 4話 戦う理由、私の決意
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2011/08/15 12:34
ヒルダさんに念を教えてもらうようになってから半年が過ぎた。
変な癖がついているといわれた練は上手に出来るようになったし、ちゃんとした堅も出来るようになった。
円の半径は大体10mぐらいだろうか。ヒルダさんになかなか優秀だとほめられた。
もっともヒルダさんは円が苦手らしく1mも広げられないのだとか。
凄い人になると100mも広げることが出来ると聞いたけど、正直想像もつかない世界だ。世の中は広いと思う。
周に関しても特に問題なく出来るようになった。
私は強化系だから物にオーラを込めて強化するのが本分なのだし出来ないようでは話しにならないとしごかれた。
もっとも、私の戦闘スタイルは基本的に素手でのことを想定しているのであまり使う場面は無いのだけど。
ヒルダさんは武器を持ったほうがいいと言うのだけれど、学校に通っている身でそんな物騒なものを四六時中身につけていることは出来ない。
なので、仕方なく素手での戦闘訓練を中心にすることになったのだ。

お粗末だった絶は結局お粗末なままだった。
どれだけオーラを抑えようとしてもどうしても漏れてしまうのだ。
それに伴って硬もどちらかといえば極端な凝という感じでしかなく、これにはヒルダさんも苦笑いしていた。
まぁ、大抵一つぐらい苦手なものがあるものらしいので、それをしっかり認識していることが大切なんだそうだ。

この半年間で大変だった訓練はなんと言ってもヒルダさんとの組み手と練の時間を延ばす訓練だと思う。
ヒルダさんとの組み手は遠慮なくオーラを込めて殴ってくるのをオーラを使って防御しないといけなかったりと容赦が無いのだ!
練の持続時間を延ばす訓練は、ひたすらへとへとに疲れてしまう。
初日の訓練の最後に練の時間を計ったら30分ほどで限界が来て倒れるように眠ってしまった。
しっかり寝て8時間後に起きたときは何とか回復していたのだけど、あの疲労感はとても大変。
ヒルダさんの話によると最低でも3時間ぐらいは連続でできるようにならないと話しにならないらしい。
翌日の訓練でその話を聞いたときは、思わずめまいがして倒れかけたぐらいだ。
あのころの私の心の支えは朝のランニングぐらいだった。

でも、日を追うごとに時間が延びていき、努力した結果が直ぐ見えるのは楽しい。
もともと、ヒルダさんと出会う前に念で遊んでいたころはそれが楽しくて続けていたのだから。

練の持続時間は最初のほうは伸び悩んでいたのだけれど、ちゃんとした練、堅が出来るようになったら飛躍的に伸びるようになった。
そう考えるとやはり私は無駄に使っていたオーラがとても多かったのだなと思わされた。

そして、最近になって目標であった3時間をとうとう達成出来た。これからもどんどん伸ばせるようにがんばりたいと思う。

ヒルダさんいわく、「あんたの成長で驚くのが馬鹿らしくなってきた」だそうだ。
多分、ほめてくれているんだと思う。

長くできるようになってくると練をしている間ただ突っ立っているだけでは暇に感じてくるようになった。
なので、何か別の訓練も一緒にしようとしたらヒルダさんにおとなしくして置けと怒られた。
しょうがないので机に向かって学校の勉強をすることにしたのだけど、毎日2時間ほど勉強するようになったおかげかなんと成績も上がったのです!
すばらしい!赤点ギリギリだったのが何とか平均点に見合う程度まで上がりました!
それをみたルルは喜んでくれましたが、どこかしら寂しそうな感じもしました。なんだったのでしょうね?

結局、念の本領発揮というべき特殊能力は作っていません。
ピンとくるものが思いつかなかったのもあるし、ヒルダさんも強化系なら基本技だけで十分すぎるほど戦えるからあせる必要はないと言ってくれています。むしろ、一生ものになるのだから安易に決めてはダメだとも。

学校に行っている間はあまりおおっぴらに訓練できないので、念で文字を作ったり、小さい玉を作って飛ばしたりといった訓練をしてた。
本当は堅状態での攻防力の移動訓練なんかをしたかった(椅子に座っていても出来るから)のだけども、教室で堅をするととても目立つからやめなさいとヒルダさんに呆れられながら止められて……
どうやら、練などでオーラを普段よりも多く出すと普通の人に威圧感を与えてしまうらしいです。
纏程度ではそんなこともないらしいのだけど……
確かに熊男が私のことを探しているとなると目立つことは避けたほうがいいし、クラスの友達を怖がらせるのもいやなので諦めました。

そう、そういえば、私を襲った熊男のことをヒルダさんが調べてきてくれたのだ!
それによると熊男は隣町に本拠地を抱えるマフィアの一員なんだって。
何人かの念使いを抱えるそれなりに武闘派の組織で、ここのボスがまったく外に出てこないのだけど、どうも操作系の念使いらしくとても強力な念能力を持っているって話。
私が熊男に襲われたとき"一生縛られる"とか何とか言っていたがそれが能力なのかな?
取りあえず、ハンター専用サイトの情報は凄いと思う。いつか私もライセンスを取りに試験を受けてみようかな。
でも、その代わりにとても財布が軽くなったけどね……

私は、あれから学校帰りに寄り道をすることなくまっすぐ帰る日々が続いています。
またルルと一緒にショッピングにいきたいのだけど、ヒルダさんによると熊男以外にも何人か私のことを探しているらしくて出歩くのは危険だと言われました。
いい加減私のことは諦めてくれないかな……


□□□□□□□□□□□□□□□□


ある日、私が訓練に使っている部屋で練をしながら机に向かって勉強していると、苦い顔をしたヒルダさんが入ってきました。

「ヴィヴィ、ちょっとまずいことになったわね。奴らがとうとうこの街も探し始めたわ」
「そんな!この家も見つかってしまうのですか?」
「流石に直ぐじゃないでしょうけど、時間の問題でしょうね…。どうしましょうかね?」
「……やり過ごすことは出来ないんでしょうか?」
「難しいわね。そしてリスクが高すぎるわ。万が一ばれた場合、ご両親にも手が伸びるかもしれない。
 私も流石に体は一つしかないのだから全員を守るのは無理だわ」
「そうですか……、どうすればいいと思います?」
「一番確実なのは両親を説得してこの街を離れることでしょうね。
 両親の仕事の都合なんかも有るから難しいかもしれないけど、ヴィヴィが変なのに狙われてるって私が言えばたぶん了承してくれるでしょう」
「そうですか、そうすると今の学校も転校しないといけないですね……」
「そうね、万全を期すならそうしたほうが確実でしょうね」
「そうするとルルとも、この家ともお別れになっちゃうんですね……」

私はゆっくりと部屋を見回す。
この家はまさに生まれたときから住んでいる。まさに思い出の詰まった家だ。
ルルともせっかく親友ともいえるほど仲良くなれたのに別れないといけないなんて……
なぜ理不尽に狙われているばっかりにそんなことにならなければならないのか。
私は何も悪いことなどしていないというのに!

「ねぇ、ヒルダさん、もし、この街から離れたく無いといったら他にどんな方法があります?」
「へ!?そ、そうねぇ……。まぁ、探してる奴らを全員倒してしまうとかかしらね?」
「やっぱりそうですよね、それって出来ると思いますか?」
「まぁ、あんたもそれなりに一人前になってそこらの念使いには負けないと思うけど……」
「そういうことになったらヒルダさんも手伝ってくれますよね?」
「そりゃ、手伝うのは構わないけどね、って、ちょっとまちなさい!」
「いえ!私決めました!探してる人たちを逆にやっつけてやります!」
「ヴィヴィ!なにをいってるのよ!そんな危ないマネ……」
「ヒルダさんが今出来るって言ったじゃないですか。
 私はこの思い出の詰まった家も学校の友達とも離れたくはありません!」
「そうは言ってもね…。どうしたのよ、そういうことをいうタイプじゃないでしょう?」
「む、私だって譲れないものの一つや二つはありますよ。
 それにヒルダさんが教えてくれたじゃないですか、念は心の持ちようで性能が大きく変わるって。
 私の心はいま燃えに燃えてます!何がきたって殴り飛ばしてあげます!
 それに逃げるだけならいつでも出来るじゃないですか?」
「ああ、もう、なんだか止められそうにないわね……。しょうがない、私が危ないと思ったら直ぐ逃げるのよ?」
「もちろんです、頼りにしてますよ、ヒルダさん!」
「これは報酬に上乗せしてもらわないと割に合わないわね……」
「あ、お父さんに言うと止められるでしょうから私のお小遣いから払いますよ」
「はいはい、しっかりしたお嬢さんですこと……」

そうして、私は探している敵と戦うことを決心したのだった!
その後ヒルダさんと具体的な作戦を話し合う。

「さて、戦うにしても方針を決めないとね。といってももう決まったようなものだけど」
「もうですか!さすがヒルダさんです!」
「別に凄くはないわよ。誰でも思いつくわ。
 せっかくあちらがばらけて貴女を探しているのだから、そこに私たち2人でぶつかって各個撃破ってところね。
 一人目を倒した時点で次から2人で行動するようになるかも知れないけれど、それでも2対2の同数で不利とまでは行かないわ。
 ボスは基本的に引きこもってるようだから数に入れなくても大丈夫でしょう」
「なるほど……、それならこちらも別れて探しますか?」
「馬鹿ね、それじゃ意味が無いでしょうに。探してる間の貴女を向こうが見つけたらどうするのよ」
「ああ、そうですね……。じゃあ、こちらが先に見つけたら私が囮になって戦いやすい場所まで誘導するのはどうでしょう?」
「それもダメね。連絡を取り合って集まられると厄介だわ」
「なら結局私とヒルダさんで一緒に探すしかないわけですか……」

考えた案をすべて却下されてしまい少し落ち込む。
早くしないと家族が危ないかもしれないのに……

「そんなに心配しなくても私と貴女の2人でだったらそうそうな敵には負けないわよ。
 あせらずゆっくり行きましょう。一人倒せば向こうの探索効率は激減するわ。
 この家にたどり着くまでの猶予も長くなるでしょうし」
「……そうですね!よし、それじゃ、がんばりましょうヒルダさん!」
「気合が入ってるところ悪いけど、探索は明日からね。今日はもう遅いわ。しっかり寝て明日に備えなさい」
「はーい」

私はヒルダさんに挨拶をすると部屋に戻ってベッドに横になる。
明日からはとうとう戦いが始まるのだ。正直戦うのは好きではないけど、家の平穏のためならしょうがないとも思う。
平和な生活に向けて気合を入れなおす私だった。



[20016] 5話 獣の心
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/25 02:05
次の日学校から戻った私は、ヒルダさんと隣町との外延部に来ていた。
ヒルダさんが言うには、私を探していた男たちがいたのがこの辺りだったのと、万が一逃がしたときの対策らしい。
敵の人たちが私を見つけた場所の周辺を重点に探索することは間違いないから、そうなると自分の家の周りで見つかることは避けたほうがいいのだそうだ。
ということで、学校から一旦家に帰ってきた後、別の車を拾ってここまで戻ってきたのだった。

「敵は見つかりますかね?」
「流石に初日で見つけられると思うのは虫が良すぎると思うわよ。
 確かに見つかってくれたほうが早くことが進んで助かるのは確かだけど。」

久しぶりのまともな外出で街を歩くのも懐かしいはずなのだけどそんなことを考えている余裕は私には無かった。
会話をしながらも私は内心の恐怖を押し殺していたのだ。
昨日はあれだけ威勢のいいことをいっておいて情けないと思うけど、今まで私はまともに人と争ったこともない。
せいぜいが、半年前の熊男に襲われた件ぐらい。
一応、表に出してないつもりではあるのだけど、多分ヒルダさんには気づかれてしまっているような気がする…。
だけど、いまさら引き返すことも出来ない。私は平穏のために戦うと決めたのだから。

その後一時間ほど町をぶらついていると、心のほうも落ち着いてきた。
正直、探索を始めたころに敵と出会っていたらまともに戦えたかは怪しかったのだけど今ならきっと大丈夫。

そして、とうとう敵を見つけた。
探索しはじめて初日に敵を見つけるとはとても運がいいと思う。
だけど、これは案外運だけではない気もする。なぜなら、見つけた彼はとても目立っていたから。

そう、見つけたのは因縁のある相手、あの熊男だった。
彼の2mを超える大柄な体躯は離れていても直ぐ分かる存在感を放っている。
目がいい私がニアミスで見逃すことなどありえなかった。

「ヒルダさん見つけました。相手はあの熊男です。」
「私も確認したわ。流石にあんなに人の居るところで襲撃するわけには行かないわね…。
 どうしようかしら?」
「えっと、私が囮になるとか…」
「それは昨日だめだって言ったでしょうに。」
「それなら尾行して人気の無いところまで移動するのを待つとか…」
「それが一番なんでしょうけどね…」

ヒルダさんは私を見ながらため息をついた。

「何か問題があるんですか?」
「何が問題ってあんたの絶がへたくそだってことよ。
 あんたが尾行なんてしたら直ぐさま気づかれちゃうでしょ。」

容赦ない言葉に私の心はえぐられる。
確かに私の絶は一向に改善の余地が見られなかったへっぽこだけどさ…

「しょうがないわね、ちょっと危ないけど、別れて二重尾行にしましょう。」
「二重尾行?ですか?」
「簡単に言えば、私はあの熊男を尾行するから、あんたはその私を尾行しなさいってこと。
 あ、すでに私は気づいてるんだから尾行とは言わないか…。
 まあ、いいわ。取りあえず離れてついてきなさいってことよ。」
「なるほど。私はヒルダさんを見失わないように離れて移動すればいいんですね。」
「そうよ、それぐらい距離があれば貴女のへたくそな絶でも気づかれないでしょう?」

確かに私の絶はへたくそだけどそんなに連呼しなくてもいいんじゃないかな…。

「…それならいっそ、ヒルダさんがいい場所に来たと思ったときに連絡してもらってそれから私が移動するのはどうでしょうか?」
「私が直ぐに駆けつけられる場所に居ないと、あなたが他の敵に見つかったときに対処できないでしょう?
 というわけで、その案は却下よ。私を追いかけている間に敵に見つかったなら直ぐに知らせなさいよ。
 他に何か質問はある?」
「いえ、大丈夫です。」
「そう、それなら移動を開始するわよ。
 仕掛けるときには携帯電話にワンコールするから、マナーモードにしておきなさいよ。
 それじゃ、行くわよ。」

そういい残してヒルダさんは気配を消し、するすると人ごみにまぎれてしまった。
それはもう見事な絶でお粗末な私は感心するばかりだ。
しかし、いつまでも感心しているわけにもいかない、直ぐに追いかけないと私がヒルダさんを見失ってしまいそうだった。

持ち前の目のよさのおかげで何とかヒルダさんを見失わずに追いかけることが出来たけど、追いかけるのは大変だった。
彼女の絶を私は感じることが出来ないのでひたすら視覚情報に頼るしかない。
物陰に隠れて見えなくなったときなど何度冷や汗をかいたことか。
もしヒルダさんを見失っていたとしたら、明日からの訓練メニューが激増することは保障できるからね…。

しばらく神経を削りながら追いかけていると不意に携帯電話が振動した。
どうやら、仕掛けるのにいい場所に来たらしい。ヒルダさんが進んでいる先を見ると、ちょっとした木々が生えているのが見える。
多分、街の中の公園なのだろう。どうやら、そこで仕掛けることにしたようだ。
私はヒルダさんを追うことをやめ、公園に向かって急いだ。


□□□□□□□□□□□□□□□□


私が公園についた時すでにヒルダさんと熊男の戦いは始まっていた。
ヒルダさんの能力「第三の手(フィアー・タッチ)」が公園の中を縦横無人に打ち据えている。

「第三の手(フィアー・タッチ)」は単純な能力で念を鞭のように変化させる能力だそうだ。
本来、鞭というものは扱いが難しい武器であるらしいのだけど、自分の念を変化させたものであるなら文字通り自分の一部のように扱えるらしい。
また、ロングレンジからクロスレンジまで、その鞭の長さを変えることによって対応することが出来るとかなんとか。
他にもなんだかいろいろなことが出来たりするらしいのだけど流石にそこまでは教えてもらえなかった。

一方の熊男はすでに手足を変化させている。その強化された手足でそのすべてを避け、時にはいなして渡り合っていた。
フィアータッチの動きはなんだか不規則でとても私では避けきれないし、捌くことも出来きそうにない。
遠距離から一方的に打ち据えられて終わってしまう気がする。
それを受けきっている熊男の実力はやはり高いものなのだと思う。

「なかなかの猛攻だが、捌けないほどではないな。」
「あら、私のフィアー・タッチがこの程度とは見くびらないでほしい物ね。」
「ふん、こういった能力は一旦懐に入れば脆いものだ。」

熊男は吠えると同時に、多少の被弾は無視してヒルダさんに突っ込んでいった!
その速度は、とても早くあっという間にヒルダさんに迫る。
ヒルダさんは被弾覚悟の突進をみて、手数よりも威力を重視したのか、先ほどよりも大幅に太くなった鞭で熊男を打ち据える。
熊男はその一撃に溜まらず足を止めかけるけど、再び咆哮をしたと思うとより一層の速度を持って突進した。
あの突進に当たってしまうといかに念で強化していたとしても無事では居られなさそう。
ヒルダさんはそのまま突進してくると思っていなかったのか若干驚いた表情をしている。

熊男はそのままタックルを仕掛けヒルダさんの背後にあった太い木をなぎ倒して止まった。
私は最悪の事態を考えてしまったのだけど、すぐ側あった枝に鞭をまき付けぶら下がるヒルダさんを見つけて胸をなでおろした。

「まさかあれで止まらないとはね。呆れるほどタフね、あなた。」
「俺も今のタックルを避けられるとは思わなかったぞ。存外器用だなその長いのは。」
「だから見くびらないでって言ったでしょう?」
「違いない。」

熊男は喉の奥で低く笑う。

「あの打撃で止まらないとなると、方法を変えないとね。」
「ふん、貴様の攻撃など蚊にさされたようなものだ。どれだけ食らおうが効かん。」
「刺激が強いから、これはあまり使いたくなかったのだけどね。」

そういって枝にまきつけていた鞭を解き、地面に降り立つと共に鞭を地面にたたきつけた。
叩きつけられた地面は弾け飛び、そこに見えるのは先ほどまでと同じ様な鞭であるが、決定的に違うところがあった。
その鞭には無数の棘がついていて、あの鞭の一撃を食らえば如何にタフであろうと肉が削れてしまう。
私はその様を想像してしまい顔の血の気が引くのが分かった。

ついさきほどまで立っていた地面が無残にえぐられる様子を見た熊男は静かに頷く。

「なるほどな、流石にそれを生身に食らっては俺でも無事ではいられないだろう。
 だが、なに、生身に食らわねば問題は無い。」
「なに?全部避けるって言うの?避けているだけじゃ私は倒せないわよ?」
「なに、そんな無粋な方法じゃない。我が「獣の心(ライカンスロープ)」の真価を見せてやろう!」

熊男は咆哮と共にその輪郭が崩れていく。
私はそのありえない事態に呆然としてしまった。
その変化にヒルダさんは何かを感じ取ったのか容赦なく鞭を振るう。
だけど、その鞭は空を切り地面を削るだけに終わった。

「おいおい、変身中のヒーローに攻撃するなんて常識が無いんじゃないか?」
「貴方はヒーローって柄じゃないでしょうが、問題ないでしょう?」
「違いない。」

聞き取りづらくなった声と共に、くつくつとのどの奥で笑う熊男。
いや、もはや熊男とはいえないだろう、その外見は全身が黒い剛毛に覆われ全長は2m50にも届く。
…その姿はまさに熊そのものだ。

「この体は我が念で作られた念獣の様なもの。表皮を削るだけでは俺まで届かんぞ!」

咆哮のようなその言葉と共に、その熊はヒルダさんに向かって突進する。
ヒルダさんは鞭をしならせ攻撃すると共にその場から離脱を試みる。
その、行きがけの鞭は棘も相まって熊の体を削って肉を弾き飛ばした。
だけど、熊はそのことになんら痛痒を見せずに、ヒルダさんが避けた方向へ軌道を修正して突撃する。

ヒルダさんはその突進を避けきれず弾き飛ばされた!
直撃こそ避けたが、ヒルダさんが受けたダメージは馬鹿に出来ない。
直ぐに立ち上がって構えたヒルダさんをみて熊は言う。

「ふん、芯は外したか。」
「ええ、痛み分けってところね…。」

ヒルダさんは鞭で削った傷を見る。

「何が、痛みわけだ。言っただろう念獣の様なものだと。」

そういうと、熊の傷は瞬く間に元通りになってしまった。

「俺の念が尽きるまで、この体が止まることはありえん。」
「ふん、なら回復させる間もなく削りきればいいのでしょう!」
「出来るものならやってみるがいい!」

2人は、その言葉と共に高速で移動を開始する。

熊は愚直なまでにひたすら最短距離を直進し、ヒルダさんは鞭を駆使し、周りの木をも使って変幻自在に飛び回る。
時折、ヒルダさんの鞭が熊に当たって肉を削り、そしてそれはすぐさま元通りになる。

その姿はまるで猛獣とそれを従えようとする猛獣使いのようだった。
一見ヒルダさんが一方的にダメージを与えているかのように見え、優勢かとも思えるけど、熊の突進を一撃でも食らえばすぐさま形勢は逆転してしまう。
その熊も、受けた傷をすぐさま治してはいるがそれがいつまでも続くとは思えない。いつかは限界が訪れる。

そしてそんな極限の舞踏に、唐突に終わりが訪れた。
棘で熊の体を削っていたその鞭の動きが変わり、先端を鋭く変化させたその鞭は熊の体を突きぬいて地面に縫いとめたのだ!

「ヴィヴィ!全力で殴りなさい!」

私は、ヒルダさんの声に従い隠れていた茂みから飛び出すと、全力で熊に向かって走る!
そして走りながら拳にありったけのオーラを込める。
熊は刺さった鞭を外そうと動いているが鞭はそのしなやかさをもって脱出を許さない。

私は走った勢いもそのままに全力で拳をその熊のお腹に叩き付けた!
熊はその勢いに溜まらず血を吐きながら吹き飛び、その後ろにあった木を圧し折って止まった。
拳を振り切ったままの姿勢で荒い息をついている私の横にヒルダさんが歩いてくる。

「よくやったわ、見事な一撃だったわね。
 流石にいくらタフとは言え、強化系の全力の一撃を貰っては流石に耐え切れないでしょう。」

そういって、私の肩を叩き、熊が吹き飛んでいった方向へ足を進めた。
私は息を整えながらその背中を追う。

熊はその輪郭を元に戻し、人間に戻った状態で倒れていた。

「そうか…。俺は負けたのか…。」
「ええ、そうね。…一つ聞きたいのだけど、この娘の下手糞な絶に気づいていなかったわけではないのでしょう?」
「ふん、存外お前のとの戦いが楽しくてな。ただ、それだけだ。」

男は無愛想に血を流す口を億劫そうに動かしながら答えた。

「…そう、まぁ、そういうことにしておきましょう。それで、出来れば貴方のボスについて聞きたいのだけど?」
「…そうだな。一言で言うなら引きこもりの糞野郎だ。
 強力な操作能力を持っているが、発動条件は相当に厳しい。戦闘中に操られるなんてことは無いだろう。
 ボスの戦闘用の能力は非常に強力だが引きこもっている部屋の中でしか使えない。
 どうにかして外に引っ張り出せれば雑魚に過ぎん。」

熊男がボスのことを話す言葉には憎しみ以外の何も感じなかった。
それを聞いて私は思わず質問をしてしまう。

「あの…、どうしてそんな人に貴方が従っているのですか?」
「ふん、その操作能力に囚われているからさ…。
 自由意志を保持したまま命令の絶対服従と敵対行動が取れなくなる枷を付けられる。
 まったく持って忌々しい能力だ…。
 本来ならこうやって情報を喋るのも無理なはずなんだが…。死に際に根性を振り絞れば案外いけるもんなんだな…。」

そういって男はさらに血を吐く。

「そう…か…。糞みたいなことを散々させられて来たが、俺はやっと自由になれるんだな…。
 なぁ、嬢ちゃん…、最後に頼みがあるんだが…いいか?」
「はい…。なんですか…?」
「あの変態のところには何人かあんた位の年の娘が囚われて居る…。
 攫ってきた俺が言うことじゃないのは分かっているんだが…、出来れば助けてやってくれないか…?」
「はい、出来る限り頑張ります。」
「ああ…。頼む…、せいぜい地獄であの糞野郎を待つとするか…。
 嬢ちゃん…。お前はあいつに囚われるんじゃないぞ…。
 
 …
 ああ…、やっと…楽になれる……」

熊男さんはそういって息をしなくなった。

私の頬をなにか冷たいものが伝う。
握り締めたままだった私の拳にはさっき殴った時の感触がはっきりと残っている。
私はこの手で人を殺してしまったことに今更ながらに気づき、足元が崩れるかの様に世界が歪む。

熊男さんも決して望んでやっていたわけではないというのに…
私は熊男さんのその悲しみも相成り、足から力がぬけ倒れかける。

ヒルダさんはそんな私を抱きしめて支えてくれ、泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていたのだった。



[20016] 6話 出会いは突然に
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 00:21
しばらく泣き続けた私は、熊男さんの遺体を丁重に葬ると家へと戻った。
家に帰った私たちは今後の方針を話し合う。

「さて、これでこの家が発見されるまでの時間的猶予はだいぶ出来たと思うけど、これからどうするの?」
「…熊男さんとの約束どおり、囚われている娘たちを助けないと!」
「貴女ならそういうと思ったけどね…。
 まあ、私もその意見には賛成よ。同じ女として食い物にされてるのは見過ごせないわ。
 取りあえず、当初の予定通り探しに出ているもう2人を倒しましょう。
 ボスを倒すには部屋から出さないといけないらしいし…。
 引きこもった相手を引きずり出すには手足をつぶすのが一番よ。」
「はい!それならまた明日も探索ですね!」
「そうね。でも、今度はそう簡単には見つからないでしょうね…。
 今日の彼は私たちが見たことがあったし、目立つ外見だったからね。」
「でも、それしかないんですからそうしないと!」
「ええ、その通りね。今日は疲れたでしょう。もう寝なさい。」

ヒルダさんにそう促され私はベッドに横になる。
だけど、とてもではないが寝付けそうには無かった。
まだ、私の拳には熊男さんを殴った感触が残っている。
殴ったときのことを思い出し、思わす胃の中の物を戻しそうになるが必死に堪える。
自然にあふれて来た涙が枕を濡らす。さっきあれだけ泣いたのにまだ出てくるなんで我ながら不思議だ。
私は枕に顔を押し付けて声を殺して泣いていた。
もし、両親に気づかれると心配をかけてしまうだろう。
そうして泣いているうちに私はいつしか眠りについていたのだった。


朝、目が覚めると泣きはらした目が真っ赤になってひどい顔になっていた。
冷たい水で顔を洗って多少マシになったものの一緒に朝食を食べた両親に心配させてしまった。
怖い夢を見たとごまかしたが、案外間違いでもないだろう。昨日のことは当分悪夢として出てきそうだもの。

学校でも普通にしていたつもりだったのだけどルルに心配されてしまった。
やはりどうも私は隠し事をするのは苦手である様だ。
怖い夢を見たとルルにも言ったが、明らかに納得していない顔で引き下がってくれた。
追求されると喋ってしまいそうだったので正直助かったとも思う。

家に帰ると、ヒルダさんと一緒に探索に向かった。
ヒルダさんも今日は休んでいいのじゃないかといったけれど、こうしてる間も女の子たちがひどい目にあっていると思うと休んでいる気分には慣れなかった。
そのこと自体はヒルダさんも同じ気持ちだったらしく、最終的には折れてくれたのだ。
だけど、結局その日は見つけることが出来なかった。

それはそうだろう何せ私たちは探している対象の顔すら知らないのだから。
ハンター専用の情報サイトでもあまりにマイナーなせいか顔写真すら載っていなかったのだ。
ヨークシンあたりに根をはる組織なら新しく入った組員ですら即座に写真が乗るというのに…。
まぁ、嘆いていても仕方ない。
私たちが彼らを判別する方法は念使いかどうかだけだ。
そうそう、昔不思議だった、纏をしてないのに熊男さんが私が念を使えるのに気づいた理由だけど、ヒルダさんに教えてもらうことが出来た。
何でも、念を使える人は垂れ流し状態でも立ち上るオーラの流れが違って見えるらしい。
確かにヒルダさんのオーラとそこら辺に歩いている人たちから流れているオーラは圧倒的にヒルダさんのほうがきれいだった。

一応私たちはばれ難いように纏をせずに探しているのだけど、向こうもそうだとするとぱっと見で分からないため一層探すのが困難になってしまう。
出来る限り早く女の子たちを助けたい私たちのあせりは募るばかりだ。


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そうやって、一週間ほど空振りの日が続いたころ、とうとう私たちは念を使えるであろう2人組の男を発見した。
探索に疲れた私たちが近くにあった喫茶店に入って休憩していた時に偶然にもその2人組みも入ってきたのだ。
何で直ぐに分かったのかといえば、その2人組みがとても目立っていたからだ。
なにせ、その喫茶店は思いっきり女の子向けで、お菓子の類がおいしく店内の飾りつけもファンシーな感じのところなのだ。
実は、ここに入るときにヒルダさんが若干の抵抗を見せたぐらいで、その店内で男2人は非常に目立つ。
ちなみに、抵抗するヒルダさんを押し切ったのは私だ。

ということで私たちは男たちのことに直ぐ気づいたし、男たちは風景と同化している私たちに気づいてなかった。
男は2人とも20台前半ぐらいの優男で慎重も170cm程の平均的な感じだ。正直こんな偶然でもないと発見できなかった気がする。
片方の男は女ばかりの店内に非常に居心地の悪そうだったが、もう片方は幸せそうにお菓子を食べていた。
多分、彼が無理やりつれてきたのだろう。
正直、店内中の視線を集めているので、私が多少覗き見たところで気づかれたりはしなさそうだ。
絶をしていては逆に不自然だということで気配も隠してないことだし。
決して、私の絶が下手糞だから開き直ってるわけでは、決して無い。

「ヒルダさん。思いがけず発見しましたけどこれからどうします?」
「そうねぇ…。取りあえず、尾行して本拠地を突き止めましょうか。当然、貴方は家に帰りなさいよ?
 私も本拠地が分かったら今日のところは直ぐに戻るわ。いずれボスに相対するために場所は知らなければならないしね。
 それに本拠地が分かっていたらまたこの2人組みを見つけるのも簡単になるでしょ。」
「ん、分かりました。それなら、2人が出て行ったらヒルダさんだけあとを追いかけるってことですね。
 私はしばらくこの店で時間を潰してから家に帰ります。」
「ちゃんとまっすぐ帰るのよ?久しぶりに一人で街を歩くからってはしゃぐんじゃないわよ?」
「私はそこまで子供じゃないんですけど…」
「ヴィヴィって、目を離すとふらふら何処か行きそうで心配なんだもの。」

その言葉を否定しきれないところが辛いところではある…。
そんな話をしているとお菓子を食べていた男は満足したのか笑顔でお茶を飲んでいた。
そして、連れの男はそそくさと食べ終わった男を促して店を出ようとする。
まぁ、一般的な感覚の男の人がこの店に長居するのは辛いだろう。

「てことで、ちゃんとまっすぐ帰ること。分かったわね。」
「はーい。」

ヒルダさんはそういい残して男たちの後を追って外に出て行った。
私も後一杯お茶を飲んだら帰ることにしよう。
帰るときに気づいたのだけど、ヒルダさんの分まで私が払うことになっていた…
私のお小遣いからも報酬も出してるのに…、まぁ、別にいいけどさ…


家に帰った私は念の訓練をしながらヒルダさんが戻るのを待っていた。
いつも寝る時間になっても連絡なく、何かあったのかと心配になって電話をかけたくなったのだけど、もし尾行途中であれば邪魔をしてしまうと我慢する。
そろそろ私の我慢が限界に達しそうになったとき、向こうから連絡が来た。

「アジトの場所が分かったわ。今から帰るから、あんたはもう寝なさい。
 どうせずっとやきもきして待ってたんでしょ?」
「もう、ヒルダさん、遅いから心配しましたよ。そんなに遠いところにあったんですか?」
「いえ、対象がなかなか慎重でね。だいぶ遠回りさせられただけよ。
 なんにしろまた話は明日にね。」
「はーい、おやすみなさい。」
「ええ、おやすみ。」

安心した私はその後直ぐにベッドに横になりすぐ眠りについたのだった。


翌日、学校へ行く車の中で今後の方針を聞かされた。

「私はこの後から、敵のアジトの監視をするわ。
 2人組が貴女を探しに出てきたらそれを追って、監視を継続。
 貴女の学校が終わったら合流して適当なところで戦闘ね。
 何か質問はある?」
「ヒルダさんはずっと動きっぱなしで大丈夫なんですか?」
「ふふ、職業ハンターをなめないで貰いたいわね。ハンターに一番大切な要素は強さなんかじゃなくて忍耐力よ。
 一晩や、二晩の徹夜なんて余裕なのよ。ましてや昨日はちゃんと寝たしね。」
「そうですか…、私は学校が終わったら連絡しますね。」
「ええ、一度コールをしてくれればいいわ。私が適当なところで折り返し連絡するから、それまでは家で待機してなさい。」
「はい、分かりました。」

私はそのまま学校で授業を受けるが、このあとに戦闘があると思うととてもではないが授業に身は入らなかった。
ルルに心配されながらも何とかごまかした私は家に帰ってヒルダさんの携帯電話にコールする。
一度コールすると電話を切り、後は自分の携帯電話の前に座り込み、連絡をじっと待っていた。
暇だったので念の訓練をしようかとも思ったけれど、戦闘前に無駄なオーラを消費するのも馬鹿らしい。
やっぱり私は携帯電話の前でおとなしくしているしかなかった。

しばらくして漸く電話がかかってくる。

「ヴィヴィ、今は家に居るのかしら?」
「はい、言われたとおり待機してます。」
「そう、なら私に合流して頂戴。場所は…、今の位置を行っても移動しそうだからしょうがないわね…。
 あ、そうだ、貴女の携帯電話のナビで私の携帯電話の位置って把握できるんじゃなかったかしら?」
「あ、そういえばそんなサービスに入ってましたね。あんまり使わないんで忘れてましたけど…。
 というか、これ前の二重尾行のときに使ってればよかったんじゃ…」
「終わったことを言ってもしょうがないでしょ。いい訓練だったと思いなさい。
 貴女が私を視認出来る位置まで着たらまたワンコールしなさい。そのあと、私からのワンコールで仕掛けるわ。
 今回は2対2だから貴女も最初から戦ってもらうわよ。すぐ来なさいよね。」
「分かりました!」

私がそう返事をするとヒルダさんは通話を切った。
その後、私は急いでヒルダさんの元へ向かうのだった。



[20016] 7話 粘着質な俺(スティッキング・ライフ)
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 00:23
私は通りに出て車を拾うと大まかな位置まで来たところで車を降りた。
後は、徒歩でヒルダさんを探さないと…

携帯電話のナビを見ながらヒルダさんを探すと、遠くのほうに紫色の長い髪を見つける。
私は目を凝らして確認し、ヒルダさんだと確信して、手に持ったままの携帯電話でワンコールした。
あとは、ヒルダさんを見失わないように追いかけるだけ。
どんどんとヒルダさんは郊外の方へ進んでいく。私は必死にそれを追いかけた。
そして、なんだか廃工場のようなところに入ったときにヒルダさんから連絡が来た。
私は急いで廃工場の中に入っていく。
私がそこにたどり着いたとき、ヒルダさんと男2人はなんだか向かい合って会話をしているようだった。

「よう、ねーちゃん、俺たちを尾行するなんてなんか用事でもあるのか?」
「ええ、そうね。ちょっとお相手してほしくてね。」
「ははは、ねーちゃんみたいな美人さんなら大歓迎だな。盛大にもてなさせてもらうぜ。」
「ふふ、私を満足させてくれるといいのだけど…、見た感じ物足りなさそうよね。」
「おいおい、尾行に気づかれる程度でなにいってんだ。」
「馬鹿ね、気づかせてあげたのよ。私、人前で、なんて趣味は無いのよ。
 案の定、静かなところにつれて来てくれたでしょう?」
「いうじゃねーか。せいぜい楽しませて貰おうじゃねーか。」
「ちょっと待ちなさいよ、もう一人くるんだから。がっつく男は嫌われるわよ。
 若い子だから貴方たちもうれしいでしょ?」

そういってヒルダさんは入ってきた私に視線を向ける。
その視線に釣られて私を見た男たちは驚いているようだった。

「なんだ、ターゲットの女じゃねーか。わざわざ向こうから来てくれるたぁやさしいね。」
「油断するな。あれがターゲットだとすると彼女らに熊の旦那がやられたってことだ。」
「ああ、あの脳筋倒したのはこいつらか。なら、確かに歯ごたえはありそうだな。」

今までずっと喋っていた軽薄そうな男に対して、むっつりと黙っていたロングコートを着た男が注意を促す。
ちなみにどうでもいいが甘党なのはロングコートのほうだ。

ボスとやらの部下であろう人たちを前にして、私は聞かなければと思っていたことを質問する。

「あの!貴方たちもボスって人に操られているんですか!?」
「ん?なんだ嬢ちゃん、そんなことしってんのか?」
「熊の人が死に際にそのようなことを言っていたので…」
「なるほどね。まぁ、答えはYESだな。俺たちは2人ともボスの能力で縛られている。」
「それならここは引いていただけませんか!?私はその人に用があるだけなんです!」
「悪いがそいつは出来ない相談だな。残念ながらボスの命令には背けないんだ。
 そう、非常に残念だがお嬢ちゃんを痛めつけてボスの下に引きずっていくのはやめられないのさ!」

ひゃはは、と甲高い気味の悪い笑い声を上げながら命令には逆らえないと男はいう。
だけど、その様子は命令対して仕方なくしたがっているというようでは決してなかった。

「そう、俺たちは哀れな操り人形。ボスが殺れといえば殺るし、犯れといえば犯るただの人形!
 ひゃは!俺もその命令に従うのは心苦しいんだが、哀れな人形は命令には逆らえない。だからしょうがない!
 俺は決して悪くない。だって言われた通りにヤルだけの人形だからな!」
「…最悪ね、あなた…、熊の男はあれだけ苦しんでいたというのに。」
「ああ、熊の旦那か。確かにあいつはそんなくだらないことを気にしてたな。
 どうせ逃げられないんだから諦めれば楽になれたものを。」

ヒルダさんに言葉を返したのはロングコートの着た男だった。

「もういいでしょうこれ以上喋ってるとゲスがうつりそうだわ。
 貴女も分かったでしょう、こいつらが熊の男とは違うのは。話し合いなんて不可能だわ。」
「はい…、そうですね…。」
「それじゃ私はあのロングコートとやりましょうか、どうやら懐に銃を持ってるようだし十中八九、遠距離系でしょう。
 貴女とは相性が悪そうだわ。あの、気持ち悪い笑い声を上げてるほうは頼んだわよ。心で負けるんじゃないわよ。」
「はい!」

私はヒルダさんの言葉に勇気付けられて強く返事をする。

「お、なんだ嬢ちゃんが相手してくれるのか?
 俺はどっちかといえばあっちのねーちゃんみたいにボインな方がすきなんだが…
 ま、たまには青い果実を齧るのも乙なもんだな。」

その、軽薄そうな男が向けてくる邪なものが入った視線に嫌悪感が走る。

「あーでも、やりすぎるとボスに怒られそうだなー。ボスは嬢ちゃんぐらいのが好きだからなー。
 なぁ、嬢ちゃん、あんまり簡単に壊れてくれるなよ?」

男はそういうと、堅をしてこちらに向かって走ってきた。
私も堅をしてそれを迎え撃つ。

男は走ってくると同時に地面の土を拾ってこちらに投げてきた。
ただの目くらましかとも思ったが、いやな予感がして咄嗟に"視"る。
すると、土に混じって念の塊がこっちに飛んできていた。
土だけであるなら出て払ってしまったほうが状況がいいのだけど、私はカンにしたがってそれを避けた。
それらの土と念の塊はそのまま地面に落ちる。
男は避けられたのが意外だったのか足を止めてこちらを見ていた。

「ありゃ、嬢ちゃん、見た感じど素人だと思ったんだけどな、案外戦いなれてるじゃん。
 こりゃそれなりに楽しめそうだな!」

土でのカモフラージュが意味が無いことを悟ったのか、男はどんどんと念の塊を投げてきた。
当たるのがまずそうだと思った私はそれを避けながら男に近づく。
私の攻撃手段は念を込めてぶん殴るだけだ。近づかないと話しにならない。
男は私近づかせないように念の塊を投げつつ移動する。

「ま、こんなもんかな。嬢ちゃん行くぜ。」

そんな台詞と共に、逃げ続けていた男は一転してこちらに攻撃を仕掛けてきた!
だけど、その攻撃はヒルダさんの第三の手(フィアー・タッチ)を使った模擬戦に比べれば避けるのは簡単。
私は余裕をもって足捌きをし…、足が思い通り動かなかったせいで男の攻撃に当たってしまう。

男の攻撃はさして威力が無かったにも関わらず体の芯にダメージを残すような打撃だった。
私は思わず、蹈鞴を踏みそうになって…、またも足が動かずバランスを崩すだけで終わる。
そこに男の追撃が迫る。
足が動かない以上、この攻撃を食らえば地面に倒れてしまうだろう。

だけど、私のカンはそれだけはだめだと叫んでいた。

私は、がむしゃらに手にオーラを集めると向かってきた男に反撃する。
無茶な体勢からであったため拳自体の攻撃力はさほど無いだろうが、その込められたオーラは馬鹿にならない。
無防備に当たればタダではすまないだろう。
それを悟った男は、追撃を諦め私の側から離れるように攻撃を避けた。
それを確認した私は、両足に全力でオーラをこめ動かない足を無理やり動かそうとする。
すると、足元でベリッ!という音と共に足が動くようになり、その足をついて倒れるのを堪えた。

私は、殴られた痛みに顔をしかめながら男をにらみつける。
その男は軽薄そうな笑みを浮かべたまま、驚いたように私に話しかける。

「嬢ちゃん、とんでもないオーラ量だな!俺の必勝パターンが力押しだけで破られるとはね!」

男はそういいながら、またも殴りかかってきた。
私の足はまたも地面に張り付いたように動かない。
避けることは出来ないし、受けたとしてもあの芯に残るような打撃はダメージを残す。
私は意識的に凝を行い足元を"視"た。
すると、地面にはまだら模様のようにあの男のオーラが散らばっており私の足はその一つを踏んでいるようだった。
つまり、あの男のオーラは接着剤の様なものなのだろう。
あのまま倒れていたら全身が地面にくっついて何も出来ないまま終わるところだったのだ。
やはりカンを信じていて正解だった。

原理が分かれば対処は簡単だ。
物がくっつくというのは2つの物体があって成り立つことだ。
つまりは―

私は、拳に全力でオーラを集めると、そのまま足元の地面に叩き付ける。

―私の足が地面にくっついているのなら地面が無くなれば問題ない。

私が地面を粉砕して散らばったコンクリートの破片がこちらに向かってきていた男を襲う。
オーラがこもった攻撃でもないので堅をした状態の男にさしたるダメージは無いだろう。
だけど、私はこれで自由に動けるようになった。
そして、男は破片にさえぎられ私を見失っている。

私は飛び散る破片を目くらましに男に近づいて拳をたたきつけた。

男は合えなく吹き飛んでいき、木の箱を破壊して止まる。
うーむ、我ながら相変わらず凄い威力だ。

しばらくして男は木箱の破片から立ち上がってきたが、その姿はぼろぼろだった。

「くそが!むちゃくちゃだろうが、あんな力の入らん体勢の攻撃で地面を粉砕するってどういうことだ!」
「そういわれましても…、出来たものは出来たとしか…」
「うるせぇ!お前は俺を馬鹿にしてるのか!」

そういうと男はまわりに有ったものをオーラで覆って投げてきた。
あれに当たれば体にくっついて行動が阻害されることだろう。当然防御をしてもだめ。
だけど、すでに原理は分かっている。ひたすらよければいいだけだ。
幸いさっき地面を壊したせいで周りにあったオーラは一掃されている。
また、投げるのに念能力を使っているわけでもなく、普通に投げているだけだったので避けるのは簡単だった。

「避けるんじゃねぇ!」
「いやですよ、当たったらくっつくじゃないですか!」
「何で俺の能力がそんなに早々ばれてるんだよ!」
「あれだけあからさまに地面に撒いて踏んだらはがれなくなるんじゃばればれじゃないですか?」
「な!おまえ、あれが見えたのか!?俺は隠には相当自信があるんだぞ!」
「そういわれましても…、見えたものは見えたとしか…」
「くそ、その答え、やっぱり俺を馬鹿にしているだろ!」

男は逆上したのか物を投げるのをやめこちらに突進してきた。
接近戦は望むところなのだけど、回りには先ほど男が投げてきたもので溢れており回避するスペースがなかった。
流石に考えなしに投げていたわけではないらしい。

私は腰を落として構え、迎撃することにする。
息を整えて練をし、纏を駆使してオーラを留め、堅の力を増強させる。

男の拳にも念の接着剤がくっついているのだろう。
インパクトの瞬間に対象がくっつく事によって衝撃を余すところなく対象に伝え大きなダメージを与えるのがその技だと思う。
だけど、やはりわかって居れば対処はさして難しくない。

殴ってくるのを左腕で受け、勢いを殺さずにそのまま左腕を引く。
腕と拳がくっついても、こちらが腕ごと引いてしまえば意味が無い。
そして、その引く動作を生み出した腰の回転をそのまま右腕に伝え、右の拳を男に向かって繰り出す!

くっついた左腕を引かれたことによって逆に体勢を崩していた男はこの一撃を避けけられない。
腰の回転、腕の振り、ためたオーラと3拍子そろった一撃は、過たず男の腹に突き刺さり再び男を吹き飛ばした。

そのまま、張り付いた左腕が持っていかれるかと構えたのだけど、どうやらすでに男は気絶しており粘着効果は消えているよう。
男は再び木箱の中に突っ込んで止まり、そして今度は起き上がってくることは無かった。

私は右拳を突き出した残心の姿勢のままそのことを確認すると一つ息をついて構えをといた。
これでも2年半も拳法を習っているのだ、正しい姿勢での正拳突きぐらいは出来るのである。

だけど、初めて一対一での念使いとの戦いはとても疲れた…。
最初に私が倒れてしまって居ればそれで勝負は決まっていたのだから、紙一重といっても良かったと思う。

私が勝てる程度の相手だったのだから、ヒルダさんならば余裕で倒していると思ったのだけど…
どうやら、あちらの戦いは長引いているようだった。



[20016] 8話 S
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 00:25
ヒルダさんは、第三の手(フィアー・タッチ)の射程を最大限に延ばして打ち据えようとうするが、ロングコートの男は両手に持ったハンドガンから念弾を打ちつつそれを避ける。ヒルダさんはその念弾を鞭で打ち落としながら、敵に攻撃を仕掛ける。
その千日手のような状況がずっと続いている様だった。

「いい加減当たってくれないか?貴女の苦痛にゆがむ声が聞きたいんだけどな。」
「そんな豆鉄砲当たったところで蚊に刺されたもんでしょうが。」
「なら、当たって見てくれよ。」
「いやよ、わざわざそんなことしないといけないのよ。」
「しょうがないな、流石にこのまま続けるとオーラが尽きるのは俺のほうが先だろうしね。」

男はそういうと、懐からマガジンを取り出してリロードする。
そして先ほど変わらず、銃を打ち出した。
ヒルダさんは、先ほどと同じように鞭で打ち落とそうとして…、その鞭が弾け飛び、弾丸はそれを貫通してヒルダさんを襲った。
ヒルダさんは咄嗟によけ、直撃はしなかったようだけど、その弾丸は腕をかすってしまったようだ。
すると、ヒルダさんは悲鳴を上げてかすった腕を押さえ、蹲る。でも、目は男を睨んだままだ。
私は思わず飛び出しそうになるが、ヒルダさんの静止の声で踏みとどまった。

「あんたはそこで見てなさい!弟子が一人で勝ったのに師匠が手伝ってもらうんじゃ様にならないでしょう。」
「ふふ、どうしたんだ。豆鉄砲に掠っただけでずいぶん大げさじゃないか。
 どうだ?俺の「幻痛(ファントムペイン)」の味は?」
「…この程度たいしたこと無いわね。」

ヒルダさんは抑えた腕を放し、鞭を構えて男を睨んむ。
ここから見る限りでは、腕の傷はたいしたことはないのだけど…

「強がりはやめるんだな。今その腕は激痛に苛まれてる筈さ。
 俺の「幻痛(ファントムペイン)」は、ダメージを与えた敵の痛覚を"強化"する。
 掠っただけとはいえ直撃した以上の痛みを感じてるはずだ。
 さあ、もし直撃したときの痛みはどれぐらいになるんだろうな?
 そのときのお前の反応を見るのが楽しみだよ。」
「この変態が…。自分で能力の説明をするなんて、念使いとして三流以下よ。
 そんなことも分からないのかしら?」
「なに、この程度知られても特に問題ない。普通の人間なら一発打ち込めばその激痛で意識を失うのだからね。」
「つまりは当たらなければいいだけでしょう!」

ヒルダさんは手に持った鞭を操り縦横無尽に打ち据える。
だけど、敵との距離が遠いためにその攻撃の空間密度は下がらざるを得ない。
男はその隙間を縫って回避する。そして、回避しながらの射撃は的確にヒルダさんを狙っていた。

一方のヒルダさんは、先ほどまでのように安易に弾を打ち落とすことが出来なくなったため、回避に意識を多く割かざるを得ない。
また、掠っただけでも動きが鈍ることは間違いなく、そうなれば次の弾は避けられない。
その結果、男を狙う鞭の軌道は精度が落ち、代わりに余裕を持って撃てるようになった男がヒルダさんを狙う射撃は精度が上がっている。
先ほどまでは互角だった遠距離での打ち合いも、男が放ったたった一発の弾丸によって形勢は男に傾いていた。

男はここが勝負の決め時と見たのか回避の足を止めて、拳銃を連射して弾幕をはる。
避ける隙間もなく、打ち落とすことも出来ない弾丸の弾幕にヒルダさんは遠くにあった柱に鞭を巻きつけ、その伸縮を利用しながら横に跳ぶ。
何とか弾幕の範囲から逃れることが出来たが、まったくの無傷とはいかななったようで、ヒルダさんのうめく声が聞こえてきた。
どうやら何箇所か掠ってしまったようだ。

「ふふ、気の強い女が、痛みにのたうつ姿はいつ見てもいいものだ。」
「あんた…、この好機に追撃せずにのんびりお喋りだなんて戦闘者としても三流以下ね…。」
「強がりもそこまで行くと見事だな。もうその足では動けないだろう?」
「なにを馬鹿なことを言ってるのよ。あんたの攻撃は痛いだけ、ダメージ自体は少ないんだから動けなくなるわけが無いでしょう!」
「ならばその足で次の攻撃を避けて見るがいい!」

男は再び、ヒルダさんに向かって弾幕をはる。
私は思わず目を瞑ってしまった。
だけど、その後聞こえるであろうヒルダさんの悲鳴は一向に聞こえてこない。
私は恐る恐る目を開けると、果たしてそこには変わらずヒルダさんが立っていたのだ!

「はん、思った通りね。とんだペテンだわ。踊らされていた私が馬鹿みたい。」
「貴様全部打ち落とすとは、先ほどの打ち抜いたのを忘れたのか!」
「語るに落ちる…ね。そんなにあせったら肯定してるのと同じことよ。嘘つきとしても三流以下…救いようが無いわね。」
「くっ、黙れ!」

再び男はヒルダさんに向かって弾を連射する。
ヒルダさんはそれをすべて迎撃し…、二発だけ抜けてきたものがあったが、危うげなくそれを回避する。

「馬鹿ね…、そこは全部貫通弾で来るところでしょうに。それなら次からのブラフがまた生まれるのよ?」
「ええい、黙れ黙れ!」

男は叫びながらまたも弾を連射した。
ヒルダさんは、今度は打ち落とそうともせず鞭を使って大きく回避した。

「あらあら、狙いが雑になってきてるわよ?何をそんなに怒っているのかしら?
さて、今の弾に貫通弾はいくつ含まれてたのかしらね?まさか私が言ったからって全部貫通だったりしたのかしら?」
「黙れといっているだろう!」

ヒルダさんは次の連射をすべて鞭で叩き落す。

「もう、貴方分かりやす過ぎるわよ?お姉さんからの忠告だけどギャンブルに手を出すのはやめておいたほうがよさそうね。
 さて、貴方の拳銃に残ってる弾は後何発かしら。
 言っておくけど、リロードの隙を見逃すなんて甘いこと考えないで頂戴よ?」

ヒルダさんは微笑みならが悠然と男に歩いて近づく。
対する男の顔は強張り、もはや蒼白に近い。

「ねぇ貴方、鞭というのはどういう武器か知っているかしら?
 本来、鞭は武器じゃないのよ?そう、痛めつけることだけを考えられた道具なの。
 貴方、痛いのが好きなんでしょう?
 "恐怖"を冠する私の鞭の味をたっぷり教えて あ げ る。」
「い、いや、俺がすきなのは与えるのであって…、ぎゃぁああ!」

鞭が風を切る音がするたびに、男の悲鳴が上がる。
そこから先はとてもではないが私の口からは語れない。
もっとも、私は目と耳を塞いで見ない振りをしていたので、語ろうにも語れないのだけど。

しばらくして、塞いだ手をすり抜けてくる男の悲鳴が聞こえなくなったので目を開いて見ると、そこには満足そうな笑みを浮かべたヒルダさんと、ぼろ雑巾のようになって倒れているロングコートの男が見えた。
その姿はまさに…、いや、なんでもない。
私はその姿をみて、ヒルダさんだけは決して怒らせないようにしようと心に誓うのであった。

さて、木箱の破片から私が倒した男を引っ張り出してくると、ヒルダさんの餌食になった男の横に並べる。
どちらも取りあえずは息はあるようだけど、当分は目を覚まさないだろう。

「えっと、この人たちはどうするんですか?」
「流石に、この状態から止めを刺すのは後味が悪いわね…。
 念能力犯罪の担当者に来てもらって引き取ってもらいましょうか。」
「へー、そんなのが居るんですね。」
「なにいってるのよ、ブラックリストハンターって言ったらハンターの花形じゃないの。
 こんな懸賞金がかかってないような奴らでも協会まで持っていったらそれなり報酬がもらえるからね。
 多分引き取ってもらえるわ。
 私が持っていってもいいのだけど…、流石に今はそんなことしてる場合じゃないからね。
 誰か近くに居ないかしら?」

そう言ってヒルダさんは携帯電話を弄り始める。

「あの…、ヒルダさんはブラックリストハンターなんですか?」
「そうよ…って、言ってなかったかしら?」
「ええ、初めて聞きました。何でブラックリストハンターになったんですか?」
「え、だって、物を追うより人を追ったほうが楽しいじゃない?」

ヒルダさんは携帯電話を弄りながら何気なく答える。
私はその答えと先ほどの光景を重ねてしまう。やっぱりそれは、そういう意味なんだろうか…?

「よし、捕まえた!
 …なによ、変な顔して。どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです!」
「…相変わらず変な娘ね。とりあえず、明日の昼には引き取りに着てくれるそうだわ。
 貴女が学校に言ってる間に終わるでしょうから、気にしなくてもいいわよ。
 さて、私はこいつらを適当なところにおいてくるわ。貴女はもう帰りなさい。」
「はい、分かりました!」

なんだか、返事に必要以上に力が入ってしまったが、取りあえず私は帰ることにした。

家に帰った私はお風呂に入って汗を流す。
あったかいお湯に使って緊張がほぐれると共に、腕がかすかに震えているのに気づく。
初めてのまともな念での戦闘、一歩間違えば倒れていたのは私だったのだ…
そう考えると、腕の震えは強くなった。
だけど、敵はあと一人、ボスという奴さえ倒せは元の生活に戻ることが出来る。

私は震える腕をしっかりと揉んで解し、お風呂から上がって部屋に戻る。
部屋に戻るとヒルダさんも戻ってきていた。

「今日は大変だったわね。お疲れ様。
 たいした怪我がなくてよかったわ。戦わせた私が言うのも変だけどね…。」

そういって、ヒルダさんは私を抱きしめてくれた。
その体温に私は涙があふれてくる。せっかくお風呂で解した振るえが戻ってきてしまう気がした。

「後ちょっとで終わるわ。我慢せずに泣きなさい。」

ヒルダさんは私が泣きつかれて眠ってしまうまで抱きしめ続けてくれたのだった。



[20016] 9話 アジト襲撃
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 00:28
朝日が昇り、目が覚めた私は、起き抜けに鏡を見てやはり顔がひどいことになっているのを確認する。
これは、念入りに顔を洗わないと戻らないだろう。
そう思った私は洗面所への廊下を歩く。
だけど、前回のときと違って気分自体はすっきりしていた。
これなら、両親やルルに心配をかけることも無いだろう。

その後、学校へと向かう車の中で今後のことを話しあう。

「さあ、とうとう残るはボスだけになりましたね!」
「…ええ、そうね。そいつを倒せば終わるわね。」
「?なにか他にあるんですか?」
「まあ、ちょっとね。とりあえず今はボスを倒すことを考えましょう。」
「はい!引きこもってる部屋から出せって熊男さんが言ってましたけど…」
「そうね、楽に倒せるならそれに越したことは無いわ。
 手下が3人とも倒されたんですもの、ボスってやつもだいぶ焦っているでしょうね。」
「でも、引きこもってるって食事とかどうしてるんでしょうね?」
「誰か運んできてる人が居るんでしょうね。流石に部屋の中で自給自足は無理があるわ。」
「なら、その人たちを順々に捕まえていけばそのうちボスってひとが出てくるんじゃないでしょうか?」
「そうね…、それが一番かしら…?
 いえ、ダメね、そんな状況になったら、一緒に部屋に居るっていう子達がどんな目に合わされるか分かったものじゃないわ。
 最悪、カニバリズムに走ることも…」
「え、蟹がどうかしたんです?」
「貴女は知らなくて良いことよ。取りあえず、中で囚われている子達を最優先で作戦を考えましょう。」
「うーん、そう考えるといい方法って思いつかないですね…。
 ヒルダさん、何か思い浮かびます…?」
「流石に私も条件が厳しすぎて直ぐには思いつかないわね…。」

とりあえず、私たちは各自作戦を考えることにして、私は学校へ、ヒルダさんはアジトに監視に向かった。
ヒルダさんがアジトで答えを見つけて来てくれるかもしれないけど、私も精一杯考えよう。

学校で作戦を考えてうなってると見かねたルルが話しかけてきた。

「どうしたのアン。そんなに唸って、お通じでも来ないの?」
「な!違うよ!ちょっと考え事してただけだよ!」
「ふーん、で、どんなこと考えてたのよ?」
「えっとね、あの、私ことじゃなくて例えばの話なんだけどね。
 銀行強盗が人質を連れて立てこもった時に、人質が危なくないように犯人を外に出すにはどうすればいいと思う?」
「…なにそれ…、あんた一体どんな状況に居るのよ…。」
「ち、違うよ、私のことじゃないって言ったじゃない!例えばよ、例えば!」
「私がそんな嘘にだまされるほど馬鹿だと思われてたなんて心外だわ…。
 まぁ、最近付き合い悪いし、何やってるか知らないけど、そのせいなんでしょうね。
 しょうがないから、ごまかされてあげるわ。
 そうねぇ…、その銀行は警官に囲まれたりしてるの?」
「んー、囲まれてるかもしれないな。って感じかな?」
「なら、何か餌で釣るのが一番じゃない?つれる餌を準備できるかが問題だけどね。」
「餌かぁ…、他には何かある?」
「なぞなぞ的な答えで良いなら、銀行を壊すとか?
 建物が無くなれば相手が動いてなくてもそこは外でしょう?
 でも、これだと人質が危ないかもね。」
「なるほどー、建物を壊すってのはいけそうかも!ヒルダさんに相談してみよう!」
「で、それは例えばの話なのよね?」
「そ、そうだよ!当たり前じゃない!」

その日、私はニヤニヤ笑いながら追求してくるルルから必死に逃げる羽目になったのだった。

家に帰った私は、すでに監視からもどって居たヒルダさんに建物を壊すことを提案してみる。

「てことで、建物を壊したら外に居るのと変わらないんじゃないかって思うんだけど…」
「悪くない案ね。ただ、敵としてもそれに対する警戒をしてないはずが無いってことがネックねぇ。
 少なくとも、今日見た限りでは部屋の壁は念で強化されてたわよ。
 もっとも貴女の馬鹿力なら関係ないかもしれないけど。」
「私が壁を壊して、ヒルダさんがその穴から鞭を使って女の子を救出ってどうです?」
「そうね、それが一番確実そうね。
 そうそう、ついでにあんたは、壁を壊した後は念をこめたものでも敵に投げつけておきなさい。
 その隙に私が救助するわ。」
「はい!分かりました!」
「それで、監視してきた結果だけど、多分囚われてる女の子は5人で、その子達が食材を定期的に運び込んでいるみたい。
 だから、2人ぐらい外に出た子を捕まえてから作戦を決行しましょう。残り3人ならボスとやらも変なことはしないでしょうし。
 3人ぐらいなら直ぐに助け出せるわ。
 1人捕まえて、もう1人が出てきたところで作戦決行よ。」
「あの…、もし私の攻撃で壁が壊せなかったらどうしましょう?」
「ダメよ、そんなこと考えちゃ。そういう気持ちは念の効果に影響するんだって教えたでしょ?
 私の見立てでは大丈夫だと思うわよ。
 そもそも、いくら制約をつけているとは言っても所詮は操作系、強化系の王道を行く貴方の攻撃で壊せなくなるほど壁を強化できるわけがないわ。
 タダでさえ、いろいろな能力を持ってるみたいだし、そんなところに回してるメモリーも少ないでしょうしね。
 弱気になっちゃダメよ。わかった?」
「はい!私がんばります!」
「次の補給がいつなのかは分からないから、取りあえず1人目の子を捕まえたらあなたに連絡するわ。
 場所は明日一緒に来て確認しなさい。連絡したら直ぐ来るのよ?
 連絡が来るまでは休んで英気を養っておきなさい。」

ヒルダさんはそういって話をまとめると私たちは眠りについたのだった。

次の日の放課後に2人でボスのアジトへと行き場所を確認した後、ヒルダさんはそのまま監視作業に入った。
最長で一週間ぐらいここで見張ることも考えているといっていたけど、ヒルダさんは大丈夫なのだろうか?
その姿をみて、前に言っていた一番必要なのは忍耐力だという言葉を思い出したのだった。

ヒルダさんが見張っている間、私は普通に生活を送って居た。
なんだか申し訳ない気分になるのだけど、私の下手糞な絶では監視するのは無理だと、ヒルダさんに切って捨てられたのでどうしようもない。
たまに、物資をもって応援に行くぐらいしか出来ない自分が歯がゆい。
でも、もう、私を探している人が町に居るわけでもなく安心してすごせるのはすばらしい。
昨日も久しぶりにルルとショッピングに行くことが出来た。
最近は殺伐としたことが多かったのでいつもどおりに過ごす放課後に危うく涙腺が緩みそうになったが、涙を見せるとルルに心配をかけてしまうだろう。
何とか我慢できた私を自分で褒めて上げたいと思う。

そんな日常の学校での授業中。不意に携帯電話が鳴る。当然、マナーモードにしているので周りに気づかれては居ないが…。
電話の相手は果たしてヒルダさんだった。とうとう作戦決行のときが来たのだ。
私は前の黒板になんだかよく分からない暗号を書いていた教師に向かって手を上げて宣言する。

「先生!体調が悪いので早退します!」
「あ?ああ、しかしヴァートリーとてもそうは見えないが…。」
「急用なのです!それでは!」

私は先生の返答も聞かずに教室を飛び出す。
そのまま走って校舎の外に出て、大通りでタクシーを拾った。
タクシーの運転手は、こんな昼間に制服で堂々とサボっている私に怪訝な顔をしていたが、詮索はしてこなかった。
私の制服は有名私立なので後から何か問題があるかもしれないが、今はそれどころでないのでしょうがない。
そのまま、目的地のアジト付近で下ろしてもらって、ヒルダさんが監視に使っている部屋に急いで向かう。
ヒルダさんはすでに戻ってきて監視を続けており、部屋においてあったベッドには私と同じぐらい歳の綺麗な子が意識を失って倒れていた。

「ああ、ヴィヴィ来たのね。この子が戻らないのを不審に思って後1人くらい出てくるでしょう。
 そうなったら作戦決行ね。」
「あの…、この子大丈夫なんですか?」
「ん、気絶してるだけよ。
 操作系能力に囚われてるみたいだから、起きてると何をするか分かんないからね。寝ていてもらうのが一番早いのよ。
 ま、幸いにして肉体的に無茶なことはされてない様ね。他の4人もそうだと良いんだけど…」
「無茶なこと…ですか?」
「まぁ…、知らないならそれに越したことはないような知識よ、気にしないで。」
「はぁ…、あ、女の子が出てきましたね。」
「あら、そう?」

そういってヒルダさんは双眼鏡を覗き込む。

「よし、私はあの子を確保しにいってくるわ。ここに戻ってきたら2人でアジトに向かうわよ。
 貴女は投げるのにちょうどよさげなものを探しておきなさい。」
「はーい。」

私が周りでちょうどいい大きさの石を探しているうちにヒルダさんは気絶した女の子を担いで戻ってきた。
ヒルダさんはそのまま部屋に戻り、女の子を部屋に置いて再び外に出てきた。

「さて、それじゃ行きましょうか。準備はいい?」
「ばっちりです!」

私はポケットに入れた石にオーラを込めながら答える。
こうやっておけば壁を壊した後直ぐ投げることが出来るだろう。
アジトの外壁部分にたどり着いた私たちは破壊するポイントにつく。

「ここなら壊した後に、部屋の中を見渡せるでしょうし、どこに居ても私の鞭が届くわ。
 それじゃ、ヴィヴィやって頂戴。」
「はい、分かりました。」

確かに、見てみると壁にはオーラがこもっておりなんだか頑丈そうになっているが、私が殴って壊れないほど硬いとは思えない。
なにせ、オーラを込める時間はたっぷり有るし、敵の反撃も考えなくてもいい。まさに威力だけを考えて殴ればいいのだから。

私は腰を落としてゆっくりと呼吸を整える。
徐々に堅状態にある私の周りのオーラは力を増して行き、自分が出せる最高のオーラを搾り出す。
そしてそのオーラを右拳に集め、左手を前に出して右腕を引く。

「破!!」

短く息を切って声を出し、体のリミッターを緩めて全力以上の力を出す。
左腕をすばやく引き、その動きを生み出した腰の回転を余さず右腕に伝えて、拳を突き出す。

その拳は壁へと突き刺さり、爆音と共に大穴が開いた。

私は一瞬だけ残心を取ると、ポケットに入れてある石を握る。
そのまま、私は部屋の中に視線を飛ばし、部屋の真ん中にある巨大なベッドの上で醜悪な肉の塊が少女に覆いかぶさっているのが見えた。
私は思考する間もなくその肉の塊に向かって持っていた石を投げつけた。
弾丸もかくやという速度で飛んでいったその石は、ひとりでに動いたベッドのせいで避けられる。
でも、その隙にヒルダさんの鞭は下に居た少女に巻きつき、こちらへと引き寄せているところだった。

誤って当ててしまう心配がなくなった私は次々にポケットから石を取り出し、オーラを込めて投げ続ける。
やがて、石がなくなり、自分が壊した壁の破片にオーラを込めて投げはじめる。

投げた石は浮いたベッドに避けられ、勝手に動くクローゼットや机に射線を遮られて肉の塊まで届かない。
もっとちゃんとオーラを込めればあの程度貫通できそうだけど、今は威力よりも手数を重視すべき。
私はがむしゃらに投げ続ける。
しかし、私は部屋の角においてあった銃器類がひとりでに浮き上がってこちらに狙いをつけているのに気づく。

「ヒルダさん!鉄砲がこっちを狙ってます!」
「もうちょっとで全員連れ出せるわ!気合で耐えなさい!」
「ええっ!?」

無茶なことを言われるのは日常茶飯事ではあるけれど、流石にこれはないんじゃないかな!?
取りあえず、私は肉の塊に投げてた石をこちらを狙う銃器に狙いを変える。
だが、何丁もあるマシンガンはとても私の一本で打ち落とせる数ではない。

「ヒルダさん、無理ですって!」
「大丈夫、あんたの堅なら多少の銃器なら耐えられるから!
 自分を信じなさい!」
「そんなこといわれたってー!?」

そして、私を狙っていた銃器が火を噴いた。
もはや他に方法がない私は手で顔を庇い全力で練をし、堅の硬度を上げる。
その私に何発もの弾丸がぶつかった!

「…あれ?あんまり痛くない…?」
「だから大丈夫だって言ったでしょう!
 よし、最後の1人も吊り上げたわ!ここは一旦引くわよ!」

助け出した少女たちはあまりの急展開に気絶しているようだった。
もしくはヒルダさんが何かしたのかも知れないけど…。

ヒルダさんは2人を抱え、私は残った1人を抱えてその場を離脱する。
私たちが逃げる後ろを弾が地面を穿つ音が追いかけてくる。
だけど、その音もやがて遠ざかり聞こえなくなった。

「ふう、ここまでくれば大丈夫でしょう。とりあえず、この子達を部屋まで運ぶわよ。」
「分かりました。あの…さっきの銃なんですけど、なんで私が耐えられるって思ったんですか?」
「あんたの堅は普通の銃器ぐらいなら防いじゃうわよ?」
「でも、あの銃は念で動いてましたし…」
「そうね、でも、貴女が受けたのは部屋の外ででしょう?
 部屋の中でのみ効く能力であるなら、外で受ける分にはただの弾でしかないわ。」
「そうかもしれないですけど…、そうじゃなかったかもしれないですよね…?」
「…まぁ、いいじゃない、無事だったんだから。」
「良くないですよ!死ぬかと思ったんですから!」
「そんなネガティブなこと考えてても防げてるんだからあんたの堅もたいした硬さねぇ…。」
「話を逸らさないでください!」

そんなやり取りをしつつ私たちはアジトを監視していた部屋に戻り、すでに確保していた2人の女の子と共に3人を寝かせた。
そのうち1人はあられもない姿だったのでシーツを巻いて置いてあげた。



[20016] 10話 本当の私
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 00:33
「さて、これで気がねなくあの豚を潰せるわね。
 壁を一部分壊したぐらいじゃ、能力を潰すまでは行かなかったようだけど如何しようかしら?」
「んー、壁全部壊したらどうです?さっきのは念のために全力で殴りましたけど、あそこまでしなくても壊せそうな感触でしたし。」
「貴女もなかなか過激なこというようになったわね…。
 まぁ、他にいい案もないしそれで行きましょうか。部屋の外なら銃器に撃たれても大丈夫そうだしね。」
「撃たれるのはもういやなんですけど!」
「冗談よ、そっちの対処は私の「第三の手(フィアー・タッチ)」でするから、あんたは安心して破壊してなさい。」

なんだか破壊魔みたいなことを言われた私は微妙な気分になりながら、アジトへと向かう。
果たしてボスってひとはまだ中にいるようだった。

「あら、逃げてなかったのね。そっちから出てきてくれたら手間が減ったのに…」
「お前たちは一体何なんだ!なんで、俺の楽園を壊そうとする!」
「私はかわいい女の子の味方なのよ。それが、あんたみたいな豚にいいようにされてるなんて虫唾が走るわね。
 ほら、貴女は壁を壊す作業に向かいなさい。」
「あ、はい、分かりました。」

私はヒルダさんとボスって人の会話を背に壁に向かう。
念を込めて壁を殴る。単調作業の始まりだ。

「やめろ!何でそんなことするんだ!」

その言葉と共に部屋の中の銃器が私のほうを向く。
思わず堅に力を入れるが、その銃器はヒルダさんの鞭で一掃されていた。

「ちょっと、そんなもの私たちに向けないでよ。
 何で壊すかって決まってるでしょ、臆病な豚が出てこないから、しょうがないから豚小屋を壊すことにしたのよ。
 壁が全部なくなれば流石に"部屋"じゃないでしょう?」
「な!何でお前らが俺の能力を知っている!」
「ちょっとであった森の熊さんに教えてもらっただけよ。」
「ありえない!あいつは俺に不利になる行動は取れないはずだ!」
「そういわれてもね、聞いたものはは聞いたとしか言えないわよ。
 まぁ、死ぬ間際だったし、なにか不思議なことが起こったのかもね。それがありえるのが念だもの。」
「くそ!俺は楽園を作りたかっただけなのに!!」

男はそういって懲りずに銃器を操って攻撃しようとする。
もちろんそれはヒルダさんの鞭で無駄になるが…。
私は黙々と壁を壊していたのだけど、外周の半分ぐらいを壊したところで壁を強化していた念が消えたのに気づいた。

「ヒルダさーん!壁に込められてた念が消えましたよー!」
「っ!あの子…操作系能力者の前で名前を呼ぶなってあれほど言ったのに…!後でお仕置きね…。」

小声だったけど、ヒルダさんの恐ろしい言葉が聞こえてしまって私は固まる。
ヒルダさんは私の声にしたがって壁と部屋の中を確認した後、初めて部屋に踏み入った。
そのまま歩いてボスって人に近づいていく。

「さぁ、豚君、貴方は部屋の中じゃないと雑魚らしいわね。観念して今まで操っていた人の念を解きなさい。」
「む、無理だ!俺の念能力は永続的に効き続ける!たとえ俺を殺したって解除はされんぞ!」
「ふーん…、ところであんたの念ってあんたに対する命令服従と反抗禁止よね?」
「そ、そうだ。だから、俺を殺しても無駄だ!」
「あのねぇ、それなら、あんたが居なくなったら誰の命令に服従しなくちゃならなくて、誰に反抗しちゃダメなの?」
「え?い、いや、それは…」
「ほら、あなたが死ねば問題ないでしょう?それじゃ、さよなら。」

ヒルダさんの鞭かボスって人の頭を貫く。
その人は3回ほど痙攣した後、そのまま動かなくなった。
忌々しそうにその死体を眺めたあと、ヒルダさんは私に向かって歩いてくる。

「ヒルダさん!これで全部終わりましたね!」
「そうね…といいたいところだけど、残念ながらそうじゃないわ。」
「え?でも、敵は全部倒しましたよね?」
「いいえ、あと1人は残っているわ。そう、貴女を操っている人間がね。」


□□□□□□□□□□□□□□□□


私はその言葉になぜかひどく衝撃を受ける。
ぐらぐらと動く世界に、私は知らずのうちに頭に手をやって額を押さえる。

「え?そんな、私操られてなんか…。」
「いえ、操られているのよ。貴女本人も周りの人間も気づかないほど巧妙にね。
 考えてみればおかしなところはいくつもあるわ。何よりおかしいのが独学で覚えたって言う念ね。
 確かに、自然に念を覚える人が居ないわけじゃないわ。
 でも、大抵それは特殊能力が先に来るタイプが多くてオーラをそのまま操る技能に目覚めるなんて聞いたことがない。
 まぁ、それはもしかしたらありえるのかもしれない、念を使い出した最初の人がそうだったのかもしれないしね。
 でも、練、凝、流、硬、絶の応用技まで貴女が使えるのはおかしいわ。それも自然に覚えてからたった一年半でね。
 少なくとも、誰かの教え、あるいは示唆がなければそれは不可能よ。

 そして、今までの戦いにもおかしなことはいくつもあるわ。
 例えば、最初に私と貴女が出会ったことだけどあまりに都合が良すぎる。
 私は本当に散歩の途中で貴方たちを見つけたのだけど、その確率がどれほどのものか。
 探索一日目で熊の人を見つけることが出来たのもそう。あれを見つけたのはあなたが先だったわよね?
 次の敵を探していたとき、私を無理やりあの喫茶店に連れ込んだのも貴女だったわ。
 貴女は、甘いものがすきとはいえ一般的な範囲だし、探索で緊張している貴女はああいう店には入らないでしょう?
 それに、ああやって無理に私を誘うのは初めてだったわね。

 あとはね…、これは言いたくないのだけど…。
 貴女はなぜこの戦いを決意したの?
 別にこの戦いはあなたに必要なかったはず。両親を説得して街を移動すればよかったでしょう?」

ヒルダさんの言葉が頭の中をぐるぐる回る。
そう、私は、友達と別れたくなかったし、家からも離れたくなかった…。
うん、それが理由だったはず…。

「で、でもそれは家や友達と別れたくなくて…」
「そうね、その気持ちは確かにあるのでしょう。でも、それは命を危険にさらしてまですることかしら?
 今までただの女の子として過ごしてきたあなたが、その決断をするとはとても思えない。
 それは半年間一緒に居た私の正直な感想よ。
 そして、熊の人を殺した時、あなたは自分も死にそうなほどに精神的に落ち込んでいたわ。
 でも、たった数日で元に戻った。それはまるで専門家にカウンセリングを受けたみたいにね。
 少なくとも私はやってない。ならば誰が、貴女にカウンセリングを施したというの?」

そう、熊の人を殺してしまったとき、私は罪悪感でいっぱいだった。
向こうから襲ってきたとはいえ、人を殺すなんて…
でも、そう、あれはしょうがない。
だって、向こうから襲ってきたし、あれは私の幸せを壊す存在だったのだから…
いえ、私は人を殺して幸せになるなんて…!

「そ、それは…。」
「2人組との念での初戦闘。貴女は見事に乗り切ったわね。そして次の日にも後を引かなかった。
 そして今日、目の前で私が人を殺したところを見たというのに、何の痛痒も感じていない。
 貴女は精神的にとても早い速度で成長しているわ。
 でも、その速度は異常よ。まるで誰かに訓練を受けているみたいに、ね…。」
「そ、そんな…、わ、私…」

私はまるで世界が崩壊したかのように足元がぐらつく。
頭の奥でガンガンと鐘がなり、頭痛に呻く。
私は、今まで、誰かに操られていたというの?
それなら、熊の人と戦った後に誓った覚悟も借り物なの?
少女たちを助けなくちゃと願った思いも偽者なの?
周りのすべてが偽者に見え、世界のすべてが自分を偽者だと責めている。

そんな私をヒルダさんはいつも通りしっかりと抱きしめやさしく声をかけてきてくれた。
その暖かさだけが今の私が信じられる唯一のもので、私はすがりつくかのように抱きしめ返す。

「勘違いしないで、貴方の心は貴方のものよ。貴女が決めたこと、別の誰がではなくあなたがしっかりと決めたこと。
 これほど巧妙な操作ではせいぜい貴方の行動に少しばかしの影響を与える程度の効果しかないわ。
 貴女は貴女よ、しっかり自分の足で立ちなさい!」

ヒルダさんの叱責が心の奥に響く。
私はその言葉で目が覚めた。
そうだ、たとえ私の思考が誘導されていたとしてもそれを決めたのは私自身。
振り返ってみても私が恥じ入るような選択はなかったわ。
ならば、胸をはっていいじゃないの!

「ふふ、もう大丈夫そうね。本当に強くなったわ。私の役目もそろそろお払い箱ね。」
「そんな、まだヒルダさんには教えてもらいたいことがたくさん有ります!」
「そうね、さし当たって最後の敵を倒しにいきましょうか!」
「はい!」

私たちはその半壊した屋敷の探索を開始する。
しばらくして、地下へと続く階段を見つけ、私とヒルダさんはお互いを見合いその階段に足をかけたのだった。

to be continued



[20016] ”男” 0話 幸せな日に
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/04 14:59
俺の人生は振り返ってみれば悪くないものだっただろう。
仕事は小さい会社の事務員で、さして給料がいい訳でもない。でも、幸せではあった。

昔から口下手で、学校ではよくいじめられたものだ。理由なんかは覚えていない。多分なんでも良かったのだろう。
そのころはあまりに辛く自殺を考えたものの、親のことや死ぬことへの恐怖で実行すら出来なかった。
そのまま学校を卒業し、惰性のまま大学へ行き、そこをギリギリだが卒業することが出来た俺は何とか今の仕事に滑り込んだ。

単調な日々に俺は暇を持てあまし、学生時代から好きだったゲームや、漫画にいっそうのめり込んだ。
そんな俺は会社の同僚との会話も合わず、若干浮いた存在だったが、何とか折り合いをつけて日々をすごしていた。
そんな生活が10年も過ぎた頃だろうか?
あまりに、女っけのない俺に両親が見合いの話を持ってきた。
正直、知らない女性と話をするなんての高等技能を持ち合わせてない俺は非常に恐ろしい提案だったが、これを逃せば後はないと自分でも分かっていた。
一念発起してその話を受け、見合いの席についた俺の挙動不振っぷりは並ではなかっただろう。
後から聞けば、隣で座っていた両親もこれじゃあ無理だと思ってたらしい。

でも、相手方の女性は何が気に入ってくれたのか、はたまた向こうも後がないと思っていたのか所謂"結婚を前提に…"という話になり、その日は親と一緒に赤飯をかきこんで食べたのは今も忘れられない。
特に母親なんてマジ泣きしてたからな。

相手の女性も、そりゃ器量よしとはいえなかったけれど気立てが良くて一緒に居て楽しかった。
そのまま俺たちは問題なく結婚式をあげ入籍した。そこでまた母親は号泣していた。そのとき俺は34歳だった。

その後一年たって念願の子供が生まれ、それは目に入れても痛くないぐらいのかわいい女の子だった。

そして、今日、娘が4歳の誕生日を迎える。
もう立派に立ち上がって動き回りいろんなことに興味を持って妻を振り回している。
休みの日にそんな娘の姿を見るのが次の一週間をがんばるための特効薬だった。

今、俺は、バースディケーキとプレゼントを包んだ袋を持って家に帰る途中だ。
これを娘に見せたらきっと満面の笑みを浮かべてくれることだろう。
それを見るためなら、自分の小遣いが多少減るなどたいしたことではないと感じる。
そう、俺は確かに辛いこともあったが今はとても幸せだと思えるのだ。

「くそ、どいつもこいつも平和そうな顔しやがって!
 俺の不幸を思い知りやがれ!!」

不意に、後ろから声が聞こえたと思うと俺の腹には、なぜか包丁が生えていた。

その後、まさに熱いとも痛いとも分からない感覚が腹を中心に全身に走る。
俺は持っていたケーキとプレゼントの包みを取り落とし。
後ろから来た男はそれを踏みつけて走っていった。

俺はその場に倒れこみ、昼のコーヒー代をためて買ったケーキとプレゼントに手を伸ばす。
きっとこれを渡せば娘は笑ってくれるのだ。
だが、いつの間にか降り始めた雨が道を濡らす中、腹を中心に力が抜けていく。
俺の手は、届かない。

そのまま意識が途絶える間際に思ったことは、娘の花嫁姿が見れない悔しさだった。


そのとき…

 1.男は突如として助かる方法を思いつく。
 2.誰かが助けに来てくれる。
 3.助からない。現実は非情である。



[20016] ”男” 1話 前世という名の毒
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 00:42
俺は前世の記憶を持ってる。
だが、その記憶が俺を助けたことは一度もなく、むしろ害悪に過ぎなかった。

俺が前世のことを思い出したのは、確か3歳の頃だったと思う。
ただ思い出したといっても単に3歳児がちょっと記憶が多くなっただけだ。
もともと、両親の夫婦仲はあまりよくなかったのを覚えているが、やはり決定的なのは俺の存在だっただろう。
父親は、前世の記憶と今の記憶がごっちゃになった俺の支離滅裂な言動を気味悪がり、実際にお腹を痛めて生んだ母親との確執は深まるばかりだった。
俺もその頃ちゃんとわかって抑えていればよかったのだろうが、所詮は三歳児だ望むべくもないだろう。
その後、夫婦の溝か決定的になった2人は当然のこととして離婚することになった。
俺が4歳も半ばになったころだったはずだ。
子供心に2人が別れてしまうのがとても悲しかったのを覚えている。

離婚した結果、養育権というものは父親が持って行き、俺は大好きな母親と離れなければならなかった。
あのころは、なぜ父親なのだろうと疑問だったのだが、今考えれば経済状況が如何たらこうたらということだったのだろう。
その後の4年間はまさに地獄だった。いや、この後の人生を考えれば温いぐらいでは有るのだが。
父親から殴る蹴るの暴行をうけ、食事をまともに与えられず、いつも生死をさ迷っていたと思う。
だか、一応死なない程度には抑えていたようだし、たまに食事も与えられていた。
あの糞野郎にも俺が死んではめんどくさいことになると思うぐらいの知恵はあったのだろう。
だが、其れも、俺が10歳になる前に終わりを告げた。

簡単なことだ、父親が再婚すると共に俺は路上に捨てられたのだ。
そりゃあ、こんな瀕死のガリガリの餓鬼のこぶがついていたら、まとまるものもまとまらんだろう。
ならば、最初から俺を引き取るなといいたいところだが、その頃の俺はそんなことを言っている暇などなかった。

ストリートキッズとして、一年生になった俺は縄張りやおきてなど分からず荒らしてそのたびにリンチにされた。
ゴミ箱を漁って食料を得、縄張りを荒らしたと追いかける奴らから逃げる日々。
正直、そんなもんだと諦め切れればよかったのに、其れを前世の記憶が邪魔をする。
水と安全がタダだと思って生活できたあの国は今の生活と比較するとまさに天国だろう。
そんな対比をしてしまい、いっそう惨めになったものだ。

そんな生活を続け、本当に死ぬかと思ったとき、人生で初めて好意に出会い、命を拾う。
それは14歳ぐらいの女の子で、ストリートキッズの一団を率いる立派なボスだった。
正直彼女に拾われなければ、その年の冬に冷たくなって路地裏に転がっていたのは間違いない。
そこでの半年間は今世において一番幸せだっただろう。
彼女がいて、仲間がいて、危ない生活ではあったが少なくとも死が直ぐ隣にいるわけではなかった。

だが、その蜜月も長くは続かない。
ストリートに根を張る組織同士の抗争に巻き込まれた俺たちは、まるで枯葉のように翻弄される。
それはそうだろう。ストリートの中でも弱者が集まっているような組織だったのだから。
そして、密かに恋心をいだいていたうちのボスは、戦利品として持ち帰られ、うちのグループはあっさりつぶれた。

そのまま、身を寄せるところを持たず2度目の冬が来る。

寒さに凍えていると、今度は妙な雰囲気を持つ男に拾われた。
その男は今思えばあからさまに怪しかったのだが、生死の境目でそんなことを選んでいる余裕などなかったのだ。
男に言われるままついていき、食事を出されたときにはその怪しい男が神様かと思ったものだ。

その後、暖かい食事に暖かいベッドが与えられ、ここが天国かと思っていたときに、容易く奈落に落とされる。
それは食べるために太らせていたに過ぎないと気づかされたのだ。

ある日、ある部屋につれてこられた俺は、そこにいた丸々と太った男を見上げる。
そして、俺の周りには似たような境遇でありそうな子供が何人かいるようだった。

「よし、これで全部か。今からお前らに説明してやるからちゃんと聞いておけよ。
 今から、お前らには俺の奴隷になってもらう。ああ、拒否権はないぞ。
 「人形遊び(パーフェクト・コントロール)」をかけるから、その後に逃げるのも無理だ。分かったな?
 では説明だ。この念能力は、永続的にかけた者に対する絶対服従と反抗不可の効果を与える。
 簡単に言えば、命令にはどんなものでも逆らえないし、俺に反抗しようなんてことは出来ないってことだ。
 これをかける為にはいくつかの制限がある。
 一つ、体力が万全な対象に対して能力を説明しなければならない。
 だから、俺は面倒だが、こうして説明しているわけだ。お前らちゃんと飯も食っただろ?
 二つ、これをかける対象がオーラを纏った状態では成功しない。
 三つ、これをかける為には俺の自室の中である必要がある。
 四つ、これをかける対象に抵抗の意思があってはならない。
 五つ、これをかける為には一年のうちで一番能力が高まる日でなければならない。
 六つ、1日に1人までしかかける事が出来ない。
 まぁ、かけた奴がその日のうちに死ねば次にいけるってわけだな。
 以上の六つだ、まあ、分からなくてもいい、説明さえすればいいからな。
 それじゃ、次に選別に入る。飯代が無駄になるからなるべくなら死ぬなよ。」

俺はその説明を聞いて血の気が引いていた。
念能力だと?ここはハンターハンターの世界だっていうのか?
俺は初めて今生きているのが二次創作でよくある転生ってものであることを理解した。
だが、その事実を認識したところでまったく状況は良くならない。
選別ってのはあれか、念を込めて殴ることで念能力に目覚めさせるとか言う、あれか?
成功率が20人に1人とか言われているあれなのか!?
何なんだこれは!
一体俺が何をしたというんだ!

目の前で説明していた男は逃げようとする子供たちを次々と殴り飛ばしている。
その表情はまさに醜悪だった。自分を絶対的強者と疑っていないその傲慢さと、弱者を踏みつける愉悦に染められている。
そしてとうとう俺の番になる。

男は拳を振り上げ…

 1.男は突如として逃げ出す方法を思いつく。
 2.誰かが助けに来てくれる。
 3.よけられない。現実は非情である。


□□□□□□□□□□□□□□□□


念を込めた拳で殴られた俺は、体がばらばらになるような痛みと共に体の中のエネルギーが凄い勢いで減っていくのが感じられた。
そうだ、これを留めないと俺は死んでしまうのだ!
ここで、俺は原作にあった言葉を思い出す。そう、オーラが体の周りを回るように…
そう意識するも殴られた痛みによって集中できずにうまく行かない。
その間にもどんどんとオーラは流れていっている。
俺は必死になってオーラを留めようとする。そして、意識を失う寸前なんとか纏をするのに成功したのだった。

次に目を覚ましたとき、俺はベッドの上に寝ていた。
正直寝る前までのことは夢だと思いたかったのだが、まったく感覚がなくなった左腕が実際に何もなくなっていることに気づき、やはりあれは現実だったのかと絶望する。
そうしていると、部屋に来た男に俺は連れ出され、選別をしたときの部屋につれてこられた。
そこに居たのはあの醜悪な肉の塊で、其れは醜くも裸で部屋の真ん中にあるでかいベッドにすわり、何人かの少女がその体を愛撫していた。
その少女たちの目は虚ろで決して望んでやっているわけではないことが分かる。
そして、そんな少女の1人に目を向けたとき、目の前が真っ赤に染まった。

そう、その1人は組織での抗争で連れ去れた、かつてのボスと呼んだ少女だったのだ。
俺はそのまま奇声を上げて肉の塊の殴りかかろうとした。

殴れば返り討ちになるのは俺だとか、そのあとにどうするのかとかそんなことは一切頭に無かった。

…だが、俺の体はまったく動かない。

どれだけ動かそうとしてもまったく動かなかった。
ままならない体に一層頭に血が上るが、肉の塊の一言で一気に血の気が下がる。

「お前はもう俺の人形だ。俺に逆らうことは許されん。危害を加えることも許されん。
 だが、それ以外ならお前の自由にしていい。せいぜい、役に立つ人形になれよ。」

そういった男は、もう俺に興味がなくなったように周りの少女に手を出し始める。
俺は連れてきた男に引きずられその部屋から出る。
かつてボスと呼んだ少女が今ボスと呼ばねばならない肉の塊にもてあそばれるのを見なくてすむと安堵してしまった自分を殺してやりたかった。

それからの生活はまさにくそったれなことをさんざんやらされた。主にあの肉の塊の欲望を満たすためだけに。
奴が贅沢をするための金を稼ぐために一般市民を恫喝し、奴が快楽を得るために少女をさらってくる。
年に一度は俺がやられた儀式のために、最悪の人生を送らせることになると分かっていてストリートチルドレンをかき集めるなど、まさに自分を殺してやりたかった。
だが、自殺すら禁じられて居る俺にはどうしようもない。

あの肉の塊に遊ばれていたかつてのボスはいつの間にか何処かへ消えており…
それに気づいたとき俺はすべてを諦めた。

それまでは努力をしていたのだ。自分が枷から外れるために、彼女をあの檻から助け出すために。
一番手っ取り早いのは念の訓練だろう。
左腕とくそったれな生活を対価に受け取った力だ。奴に対抗するためにはこれしかない。

だが、ここでも運命は残酷だった。俺にはまったく才能が無かったのだ。
それはそうだろう、本来であればあの選別で死ぬはずだった。
だが、原作を知っていたというだけで、ぎりぎり生き残ることが出来た程度なのだ。

そして俺は操作系で、まったく戦闘に使えなかった。
だた、そのときはまだ燃えていたのだ。自分が枷から外れるために、彼女をあの檻から助け出すために。

必死になって考えた、奴の能力は人を操るものだ。
ならば、俺も対抗するためにはそういった系統にしなければならないだろう。

だが、俺は人一人を操ることができるだけの念能力の才能などありはしなかった。
俺が出来たことは精々、多少感情の波を操る程度。
だか、それでも俺は諦めなかった。そして一つの結論にたどり着く。

念の才能がないのなら、念じゃない技術を使えばいいと。

そして俺は催眠術に出会ったのだ。

俺は必死に心理学を勉強し、巷にいる催眠術師とやらに会いに行き技術を盗んだ。
まともな弟子入りはマフィアの一員という身分では到底許されない。
学ぶだけでも多大な苦労をした。だが、今まで生きてきたことに比べればなんでもない。
肉の塊のくそったれな命令をこなす合間に必死になって勉強し、捕虜の尋問という名目で成果を試し、着実に実力を上げていった。

…だが、すべては間に合わなかった。
彼女はもはやどこに行ったかさえ俺にはつかめず。俺が努力する気概は打ち砕かれた。
だが、俺の念と催眠術を使った尋問は確実に成果を上げており組の中でも一目おかれるようになっていた。
その結果俺は、そういった仕事を中心にするようになる。
すべてはもう手遅れなのに、催眠術の腕前だけ上がっていく自分が憎かった。


□□□□□□□□□□□□□□□□


俺の念能力、「小人の祝砲(ホビット・クラッカー)」は操作系の能力だ。
自分が発した音を聞いたものに若干の感情操作を加えるだけの能力だ。
乗せられる感情は最も基本といわれる緊張、弛緩、快、不快の四つだけ。
一音だけではたいした操作は出来ず、感情が極度に振れている相手に逆の感情を押し付けることも出来ない。
また、念能力者相手では効果は落ちるし、操作していると気づかれただけで効果は無くなる。
本当にどうしようもない些細な能力だ。だが、これが俺の生命線でもある。
この能力から派生する2つの能力を使って催眠術をかけるのだから。
その一つが「小人の囁き(ファリーテール)」
自分が発する声に弛緩や快の感情操作を載せることで相手に敵意をもたれ難くなる。
もう一つが「小人の打楽器(ポビット・パーカッション)」
一定間隔の連続した音に細かく緊張と弛緩の効果を乗せることで相手の思考を鈍化、単純化させることが出来る。
これの二つを使って催眠誘導を行うのだ。

反抗を諦め、唯々諾々と命令に従う日々に心が磨耗するばかりの時が過ぎていたころ、一つの事件が起こった。
其れは組織にとっては良くあることで、だが俺に与えた影響は大きかった。

うちの組織は営利誘拐を大きなしのぎの一つにしている。
誘拐というのはある意味信用が必要で、身代金を払っても人が帰ってこないようでは誰も払わなくなってしまう。
だから、金を払った相手にはちゃんと人質を帰さないといけないのだ。
だが、金を用意することが出来なかった場合は、人質は凄惨な目にあうことになる。
なぜなら、金を払わない場合はこうなってしまうぞという見せしめもかねるのだ。

だが、そういう場合には早々ならない。
誘拐はリスクが高いのだ。ちゃんと払ってくれそうな家庭をあらかじめ調査してからやるものなのだから。

そのときさらされて来たのは30を過ぎたであろう女性だった。
これは珍しいことだった。誘拐とは圧倒的に子供が多いからだ。そのほうが親が金を払うし、抵抗されることも少ない。
そして、案の定女性の家族は彼女を見捨てた。
その後、彼女が辿った道は口にするのも憚られる。
結論だけ言うならば、ぼろ雑巾のようになった彼女は彼女の家の前に捨てられた。

其れは組織ではそう珍しくないことだ。
年増に興味はないといつもなら真っ先に食いついてくるあの肉の塊が興味を示さず部下たちの主導で行われたことを除けば。
そう、それは俺の目の前で為されたのだ。

そして…、彼女は前世で愛した妻に似ていた。

俺は其れを止めたかった。だが、命令に服従せねばならないこの身では其れはかなわなかった。
俺はまた絶望を感じた。我ながら底にいたと思っていたのだが、まだ掘る余地が有ったことに驚く。
そして、前世を意識した俺はあの肉の塊に弄ばれる少女たちに娘を重ねてしまったのだ。

そして、すべてを諦めていた俺は改めてあの肉の塊を滅ぼすことを決意する。
いや、諦め切れていなかったのだろう、前世に培った道徳観が俺を常に苛んでいたのだから。

だが、自分では奴に反抗することは出来ない。この身はあの能力に囚われた哀れな人形でしかないのだから。
だから俺は考えた。いかにして奴を葬るかを。
そして結論を出す。自分が出来ないなら他の人にやって貰えばいいのだということを。



[20016] ”男” 2話 ヴィヴィアン=ヴァートリーという少女
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 01:04
其れからは、表向きは変わらず命令に従いながら虎視眈々と機会を狙う。
そして、二年半前絶好の機会が訪れたのだ。

その日は、なんだか外が騒がしくアジトの中も何か殺伐とした空気を醸していた。
俺はそんなおり、ボスに呼び出され、誘拐してきた子供の監視に当たれと命じられた。
そして、今監視に当たっている男を呼び出せと。

多分小競り合いが起きているのだろう。
俺は念能力者ではあるが戦闘能力はまったく無い。念と催眠術による情報収集をを主な任務としているのだ。

俺がその部屋に着き中に入ると、まさに男が少女に襲い掛からんとしているところだった。
そのこは精々ローティーンに行くか行かないかという年で、流石の肉の塊でも守備範囲外だったはずだ。
つまりは、この男はそれ以上の変態ということだ。
俺がそれを見る視線がゴミを見るようなものであってもしょうがないだろう。
俺は一言二言男と言葉を交わして部屋から追い出す。

入る前に漏れ聞いていた会話では気丈な少女であったようだが、まさに襲われようとしたのは衝撃だったのかひどく怯えているようだった。
俺は「小人の囁き」を使いながら少女に話しかける。

「心配するな、俺にそういう趣味はない。あと5年後だったら危なかったかもな。」

だか、少女は怯えたままだった。俺は怪訝に思う。
俺の能力はちっぽけなものだが、一般人にまったく効果が無いほど弱くは無い。
先ほどまでの男に果敢に言い返していた少女とは思えない。
はっきり言って俺はこんな稼業だが外見的な押しの強さというものはまったく無い。
髪も瞳も黒いし、背格好も特徴が無い。それに比べ先ほどまでいた男はまさにその筋の人間だ。
俺は、あの男と自分の違いを思い浮かべ一つの仮説が思い浮かんだ。
俺は其れに伴って少しばかり練をしてオーラの量を上げてみる。
するとどうだろう、少女の怯えが強くなったではないか。
そして、元に戻せは其れは戻る。

なんということだろうか!
俺のようなちっぽけな念能力程度のオーラですら察知するとは呆れるほどの感受性だ。
きっと、オーラに対する感性、引いては才能に満ち溢れているに違いない!
まさに奴を殺す計画に最も適した人材ではないか!

「ははは!これはとんだ逸材だな!これで念願の計画が…」

思わず柄にも無く笑い声を上げてしまった。すぐさまその笑いを抑えて考え込む。
だが、そのまま少女にボスを倒してくれと言うことは出来ない。
人形の身である俺は間接的にでも害する行動を取ることが出来ないのだ。

だから、まず自分を誤魔化す必要がある。
なに、そのための準備はとっくに整えてあるのだ。
其れは簡単なこと、彼女を育てるのは組織のためだと思えばいい、組織の戦力を上げるために育てるのだ。
本来なら、このような誤魔化しは聞かないが我が身は催眠術師。自己暗示などお手の物だ。
小さく呟きながら、自分の認識を誤魔化していく。

やがて其れが完了し、準備はすべて整った。
後は少女に催眠術をかけ、うまく誘導して念能力を発現させて鍛えるだけだ。
さぁ、仕上げにかかろう!

先ほどから癖で机を叩いていた音に「小人の打楽器(ポビットパーカッション)」を発動する。
そして、全力で効果を乗せた「小人の囁き(フェアリーテール)」でもって少女に話しかける。

「心配するな、俺はさっきまで居た奴と違って少女趣味は無い。
 お前の親が身代金を払ってくれるなら身の安全を保障してやるぞ。
 お前は家族に愛されているのだろう?なに、きっと払ってくれて無事に帰れるさ。
 そもそも、そういったことを調査して攫ってくる奴を決めるのだからな。そう脅えなくても大丈夫だよ。」

これだけ言葉を重ねれば流石に少女にも効果があるようだ。
そもそも、言葉の内容に安堵したのもあるかもしれない。
だが、これだけでは終わらない。
2つの能力を発動させながら尚も少女に話しかける。

「俺はこの組織の中でそれなりの地位に居るからな。さっきみたいな奴が来ても追い返してやるさ。
 ふむ、どうも俺が喋ってばかりだな。どうだい、君のことも教えてくれないか?
 なに、別に強制じゃない、気に入らなければ喋らなくても問題は無いさ。
 む、どうも答えてくれないようだね。
 まぁ、其れはいいさ。なら、話を変えようか。」

少女の様子を見るとだいぶリラックスしている様に見える。
誘拐されて監禁された部屋の中でリラックスするなど本来は土台無理なことであるが、其れを可能にするのが俺の能力だ。
逆に言えば俺の能力はそれだけでしかない。これからかかる作業は純然たる技術なのだ。
俺は少女の目の前に指を出して言葉と共に下げていく。

「いま、君の前には階段が見えるよ。
 私が数を数えるたびに君はその階段を一段ずつ下りていく。
 さあ、いくよ。1、2、3、4、5、
 そう、下に下りていくのにしたがって、君はどんどん深いところに降りていく。
 6、そこは君にとってとても気持ちがいい場所だ。
 7、そうどんどん体がふわふわ浮いてきてとても気持ちがいい。
 8、まだまだ君は降りていく。
 9、ようやく下が見えてきたね。そこは君にとってとっても気持ちのいい場所だよ。
 さあ、最後の一歩を踏み出そう。
 10!」

10との声と共に目の前に出していた指を一気に下に振る。
少女はその声と指を追った視線によって、顎がかくりと下に落ちる。
催眠を誘導するときの声に迷いがあってはいけない。
さんざん仕事で繰り返してきたことだ。いまさら俺がとちることも無い。
また、感覚的にどうもこの子は被催眠性が高いようでもある。まったく持って好都合だ。

「さあ、私の声が聞こえるかい?」
「…はい。」
「今からいくつか質問するよ。質問に答えると君はとてもうれしい気分になる。」
「…うれしい気分になる…。」
「さあ行こう、君の名前は?」
「…ヴィヴィアン=ヴァートリー」
「どこに住んでるの?」
「…ヴェザックタウン、ハリスストリート」
「お父さんは何をしているの?」
「…会社の社長さん」
「お母さんは何をしているの?」
「…家でご飯を作ってくれる」
「今まで人から変な力を感じたことはある?」
「…ある。」
「其れはどんな感じ?」
「…なんだかこっちが押されるようなかんじ」
「今までで一番感じたのは?」
「…さっきへやにはいってきたひとから」

やはり、俺に怯えて居たのは念能力のことを感じていたからのようだ。
少女は答えるたびにうれしくなると暗示されているので、虚ろな表情ながら口の端が若干上がっていた。

「自分にもその力があるって思ったことはある?」
「…ない。」
「そんなことは無いよ。君にはとてもすばらしい才能がある。きっと感じたことがあるはずさ。よく思い出してごらん」
「…わからない。」
「ほら、自分の体を流れる力を感じてごらん。君の体の中をゆっくりと流れているはずだ。」

そういいながら俺は悪意を込めない念を指に集めて感覚を刺激する。

「こんな感じの力が君に中にも回っているだろう?」
「…はい。」

よし!自分の体に流れる念の存在を認識した!
正直これだけで相当な才能が有ることが分かる。
こんな方法じゃなくてちゃんとした師につけばどれだけ化けるか…

「その力は君にとってとても役に立つものだ。毎日、寝る前にその力があることを感じるんだ。
そうすればきっと強く成れる。」
「…強く?」

どうも反応が鈍い、"強く"という言葉は彼女にとってさして魅力的であるわけではないようだ…
ちょっと言い換えよう。

「そうだよ、強くなれば、お母さんやお父さんも安心してくれるよ。」
「…安心…」

これもいまいちか…
年頃の女の子が反応しそうなキーワードはなんなのか?
と考えながら言葉を捜す。

「そうさ、そうすれば家族で幸せに暮らせるよ。」
「…幸せ」

その言葉と共に再び少女の口の端が上がった。
どうやら正解を引いたようだ。

「そう、だから毎日寝る前にその力を感じ取るんだ。いいね?」
「…はい」

さて、これでそのうち念を発現するだろうが、この手の催眠は定期的にかけなおさないと直ぐに消えてしまう。
怪しまれずに会う場所を設定しておかないといけないだろう。

「君の家の近くに公園はあるかい?」
「…はい」
「名前は?」
「…ハリス中央公園」
「君は毎朝ジョギングがしたくなる。」
「…ジョギング?」
「そう、ジョギングだ。朝の静謐な風の中を走るのはとても気分がいい。」
「…気分がいい」
「そして体が強くなれば、両親も安心して、幸せになれる」
「…安心して、幸せに」
「そう、そうだ。だから、君は毎朝ハリス中央公園までジョギングしたい。」
「…ジョギングをしたい」
「そうさ、もう一度言ってごらん。」
「…私は、毎朝、ハリスちゅうおうこうえんまで、ジョギングしたい」
「そうだね。でも、走ってたら疲れちゃうだろう、そんなときはベンチに座って休むんだ。」
「…ベンチに座る」
「そう、君は毎朝ジョギングがしたくなって、ベンチで休むんだ。そうすると幸せになれる。分かったかい?
「…ジョギング、…ベンチ、幸せに…」

幸せという単語がキーになって彼女の頬は笑みを浮かべる。
うまくポジティブな感情と共に行動を刷り込むことが出来たようだ。
あとは、公園のベンチで待って彼女が来るのを祈るだけだな。
あとは、誘拐のことを忘れさせて、催眠誘導のキーワードを設定して終わろう。
一度に多くのことをやりすぎると誘導がうまく行かなくなるからな。
これ以外のことは、公園でやる事にすればいいだろう。

「さぁ、君は今なんでここにいるのだったかな?」
「…怖い大人の人に…」

そういうと少女の手が震えだした、これは良くない。

「ああ、思い出さなくても構わないよ。それは夢だ。」
「…ゆめ?」
「そう夢だ。怖い夢なんて忘れてしまおう。」
「…こわいゆめ…わすれる…」
「そう、そんなことは本当は無かったんだ。目が覚めたらいつもどおり部屋のベッドで寝てるだけ。」
「…部屋で寝てる…」
「だから、そんな怖いことは無かったんだ、分かったかい?」
「…はい」

さて、最後にキーワードの設定だな

「さぁ、今君が居るところはとても気持ちがいいね?」
「…はい」
「だから、君はずっとここにいたい。」
「…ここにいたい。」
「でもそうも行かない、だから秘密の言葉を教えよう。」
「…秘密の言葉…」
「そう、君がその言葉を聞いたら直ぐにここに帰ってこれる。」
「…かえってこれる」
「その言葉は…」



[20016] ”男” 3話 自由への道程
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/13 01:02
すべての作業を終えた俺は額に浮かぶ汗をぬぐう。
ただ喋っているように見えるが、催眠誘導は案外体力を使うものなのだ。
特に精神的なプレッシャーはかなりある。
一人一人に効くような文言は存在しない、人はそれぞれ優先しているものが違うのだ。
だから、それを見つけ出してうまく組み込まないといけない。
そして、其れを間違えば取り返しのつかないことにもなりかねない。

今の作業は一世一代の大仕事だった。
あとは、この少女が無事に家に帰った後、俺は公園で朝、少女が来るのを待つだけだ。
後催眠が効いてくれればきっと来てくれるはずである。
だが、もし来てくれなかったとすると、彼女の家に忍び込まないといけないかもしれない。
それは出来れば避けたかった。この身の能力は一般人とさして代わらないのだから。

こればかりは効いてくれるのを願うしかない。
催眠術とは万能な魔法ではない。
定期的に補強しないと直ぐに薄れてしまうし、本人がやりたがらないことを無理やりにやらせることなど出来ない。
本人が"やってもいいかも"と思うように言葉巧みに誘導するのが精一杯なのだ。

少女は眠ったまま親に引き渡され、目が覚めたのは家のベッドだろう。
俺が誘導した言葉と食い違わないため、誘拐されたことは夢だと思って忘れているに違いない。
周りから聞かされても、自分のこととは思わないはずだ。


□□□□□□□□□□□□□□□□


さて、その翌朝、俺はハリス中央公園へと来ていた。
朝としか指定していないので、少女が来るとしていつ来るかは分からない。
考えてみるに、誘拐された翌日に両親が外に出すとは思えないな…
くそ、しくじったか。だが、この身は信じて待つしかない。

結局この日は少女は来ず、待ち呆けることになる。
だが、取り合えず一週間ほどは待ってみないといけない。
それでもこないようならリスクを犯してでも家への侵入も考えねばならないだろう。

だが、俺の心配をよそに三日後の朝、少女は公園に来てくれた。
どうやらジョギングということでちゃんと走ってきたらしくだいぶ息が上がっている。
少女はきょろきょろとベンチを探した後、ふらふらと近寄ってきてベンチに腰を下ろす。
俺は、少女が休むベンチと背中合わせになっているベンチに座る。
さて、作業を開始しないとな。

俺はキーワードを唱え催眠状態に誘導すると、そのまま深度を深めるように誘導する。
その状態で、前回行った後催眠の補強を行い、またこの公園に来るように暗示を入れる。
今出来るのはこれぐらいだろう、後は自主的に体を鍛える様に誘導するぐらいだろうか。
あとは、少女が念に目覚めるのを待たねばならないだろう。

その後、俺は毎日のように件の公園へ出向いた。
催眠はかけ続ければ強度が上がるが、序盤では丁寧にかけ直さなければ何らかのきっかけで解けてしまうことも有り得る。
このジョギングによる邂逅がなくなってしまうと致命的であるため、出来る限り少女に接触せねばならなかった。

そうやって、半年もたったとき、少女はとうとう念に目覚めた。
もっとも、少女にその類の知識がないのだからその説明を理解するには苦労をしたのだが。

その後、纏の精度を上げる"点"や、其れが安定したら、練、絶、凝などの応用技を思いつくように誘導する。
ここでいきなり名前が浮かんできては不自然であり、催眠が解ける可能性があるため説明にはやはり苦労をさせられた。
また、これらの訓練がとても楽しいものであるように誘導しておいた。これで、習得の効率は上がるだろう。

それから幾らが時間がたち少女はついに練が出来るようになる。
練が出来るようになったため、水見式をやらせてみたら強化系であるようだった。
半ば予想してはいたが、これは僥倖だった。
何故なら、戦闘を行うなら強化系はもっともバランスがいい。
そして、さしたる特殊能力を開発せずとも十分な戦力になる。
他の系統であれば特殊能力が無ければどうしても戦闘は辛いだろう、流石に催眠状態の誘導で其れを発現させる自信は無かった。

そうそう、"強くなれば親は安心して幸せになれる"と刷り込んだのが効いたのか、少女は近所の道場に武術を習っているらしい。
こういった自主的な動きは歓迎すべきだ。

そんなこんなで少女に催眠をかけた時から2年ほど時間がたった。
その頃には少女は親に気がねなく外出できるようになっており、催眠も安定してきたため俺が公園に出向くのは週一ぐらいで済むようになってきた。
まぁ、ただでさえ、肉の塊から糞みたいな命令をこなさなければいけない身であったのでこれは正直助かった。

そして、ある日、組織の情報収集を担当する俺に一つの情報が入ってきた。

"凄腕のブラックリストハンターがこの町に滞在しているらしい。"

俺はこれは好機だと思った。少女とこのハンターを合わせればきっと少女は強くなるだろう。
もしかしたら、俺の計画にこのハンターを引き込むことも出来るかもしれない。

そして、当初の計画よりもだいぶ早かったのだが、あの忌々しい肉の塊に少女の存在を知らせたのだ。
あの汚らしい肉の塊は案の定食いついてきた。
それはそうだろう、念能力的に将来有望で現在未熟、美しい容姿をしたミドルティーンの少女。
この変態のストライクど真ん中だ。

当然、肉の塊はつれて来いと命令する。命令には逆らえないが多少の恣意ぐらいは加えられる。
つれてくる役になった熊は案の定、俺に情報を聞きに来た。
そして俺は少女が居るであろう場所と、目立つのは避けるように近くの公園で交渉したほうがいいという情報をわたしたのだ。
当然、その公園は件のハンターの散歩コースである。

正直綱渡りにもほどがある誘導だった。
熊が本当に指定した公園を舞台にするのか。
少女がそれについてくるのか。
戦闘が終わる前に件のハンターはそこを通るのか。
挙げてみれば幾らでも不安要素はある。

だが、無事に少女とハンターは邂逅を果たす。
そしてそのままそのハンターは少女の教師役として少女の家に収まった。

俺はその結果に狂喜する。予想以上の成果である。
きっと少女はハンターからの教えを受けて今までの比で無い速度で成長するだろう。
其れが速ければ速いほど、あの肉の塊の寿命が短くなるのだ。

俺は週一の少女との邂逅で念の習得状況を確認しつつ、肉の塊の癇癪を抑えつつ、熊、スティック、ペインの3人があの家の周辺を探索しないように情報を操作し続けた。
俺は念を使えない一般組員からの情報の吸い上げ、分析を担当していたのだからそれぐらいの操作は余裕である。
肉の癇癪を抑えるのは大変だったし、その犠牲になった少女たちには申し訳ないと心を痛めたが、計画はとめられない。

やがて少女の成長が十分だと判断した俺はとうとう計画を実行段階へ移したのだ。
若干少女たちの家の近くを3人に探索させると、案の定焦ったのか打って出ることにしたようだった。

俺は予め少女に対して、この町を離れるのではなく打倒する方向へ思考を誘導していたのだが、正直これは大変な作業だった。
親友の存在や、この町や家や、家庭なんかをすべて使って何とか誘導に成功したのだ。
とはいえ、実際に起こったときにどのような行動を取るかは少女しだい。私は祈るしかない。
果たして少女は対決を選び、そして熊との戦いが起こった。

後から聞くところによれば、戦ったのはほとんどハンターであるらしい。
正直、熊はうちの能力者で一番強いだろう。後の2人は能力がばれてしまえば一蹴されてしまう程度だ。
熊が死んだことに一抹の寂しさを感じる。
彼は、俺と同じくあの肉の塊に逆らえないことを嘆いていた同士だったのだから。
また、熊からあの肉の塊の念について聞いたらしい。

私は奴の能力に関して少女に伝えることは出来ない。能力で縛られているからだ。
あの熊がどうやってその楔を解き放ったのかは分からないが、安心して逝けたようだと思い少し羨ましく思ったりもした。
少女は熊を自分の拳で殺したことにひどく罪悪感を持っていてショックをうけて居るようだった。
私は催眠術と心理学の知識を駆使し、カウンセリングを行う。少女にここでリタイアしてもらっては困るからだ。

熊を下した少女たちは、次にスティックとペインを探すことにしたようだ。
作戦としては順当だろう。
次の邂逅で見つからないという事を聞いて一計案じることにする。
少女にとある喫茶店を教え、探索中に行くように誘導する。
そして、大の甘党であるスティックにその喫茶店の甘味が絶品であると伝えただけだ。
果たして少女たちはスティック、ペインと邂逅し、翌日には衝突した。
結果は少女たちが勝利する。
まぁ、熊を倒したのだから順当な結果ではあるのだが。

とうとう、少女たちはあの忌々しい肉の塊の所にまでたどり着いた。
俺はもう直ぐ自由になれるのだ!


□□□□□□□□□□□□□□□□


俺がアジトの地下で物資の整理をしていたとき、上の建物で爆音がとどろいた。
何がどうなっているのか分からないが、多分少女たちがアジトを襲撃したのだろう。

本来ならば俺も迎撃に向かわねばならないのだろうが、俺はあいにく戦闘員として認識されていない。
幸いにして、あの肉の塊に自分を守れといった命令は受けていないのだ。
このまま、地下で襲撃をやりすごせばいいだろう。
新たな命令が来る前に、片を付けてくれると助かるのだが…

しばらくの間、俺の頭の上では激しい物音が繰り返される。
なかなか壮絶な戦いをしているようだ。
しばらくして、不意に物音が止まる。
その直前から奴の攻撃手段である銃器が火を噴く音が鳴るようになっており、俺は其れゆえ不安でたまらなかった。
もしかして、少女たちは返り討ちにされてしまったのではないかと。

奴の能力「自室の警備(ホームセキュリティー)」は範囲を限定するならほぼ無敵だ。
自室と設定した空間に有る生物と他人のオーラに包まれたもの意外はほぼ無条件で操ることが可能になる。
当然、室内での攻撃の威力は強化され、ただの弾丸が強力な威力になりさえする。
そしてその弾丸を自由に操ることが出来るのだ。もし、不用意に足を踏み入れているならば即座に蜂の巣にされるだろう。
俺は不安でいっぱいになる。ここまで来て計画が頓挫するなど冗談じゃない。

俺は階段を上がって確認をしたくなるが、其れを堪える。
もし肉の塊が健在で新たな命令をされるなど真っ平だからだ。
呼ばれれば直ぐ行かなければならないが、自分から伺いに行く義理など欠片も無い。
現状の把握が終わるまではここでおとなしくしておくのが一番だろう。

果たして其れは正解だった。また頭上からは何かが壊される音が響いてくる。
そして、その音が途切れたとき、自分を縛っていたものが消えていくのを感じる。

そう、彼女たちはやってくれたのだ!

俺はとうとう自由になったのだ!

俺は狂喜し乱舞する。

あの忌々しい肉の塊が死んだことが何よりもうれしい。
むしろ自分の解放よりもそちらのほうが喜びが強いかも知れない。
奴の下でさんざん糞みたいなことをされて来たし、しても来た。それも今日で終わりなのだ!

俺にはこれから輝かしい未来が待っているに違いない。
弱いとはいえ、仮にも念能力をもつ身、生活していくだけなら困らないだろう。

そうだ、ハンター試験を受けるのもいいだろう。あのライセンスさえあれば一生安泰である。

俺は念願が叶って浮かれに浮かれていた。

そして、地下室の入り口が開かれたのに気づかなかった。



[20016] エピローグ 彼の答え
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:00
少女たちは、発見した地下への入り口を慎重に進んでいく。
その先にあった扉をくぐるとそこには1人の男がいた。

その姿は、いたって平凡な様子だった。黒目黒髪であり、中肉中背である。
唯一つ特徴を挙げるなら左腕が無いことだろう。
その男の身を包む服の左袖は何も入っていないのが分かるように垂れ下がっているだけだった。

その男は入り口に背を向け、新たな役者がこの舞台に上がったことに気づいていなかった。
ヴィヴィアンは鋭い詰問の声を男に向ける。

「貴方が私を操っていたのですか!?」

その声に男が振り向く。
そして詰問するヴィヴィアンの姿を見てその表情は驚愕に彩られた。
その表情は彼女の質問を肯定しているようにしか見えなかった。

「そうですか…、やはり私は他人に操られていたのですね…」

ヴィヴィアンが苦々しそうに男を睨む。
男は反論できなかった。
なぜなら、彼女を操っていたのは確かなのだから。

「私は!貴方を倒して自由になります!」

そう叫び、全力の堅をもってヴィヴィアンは男に走りよる。
戦闘にはまったく適正の無い男はその速度に反応できない。

そしてそのまま、ヴィヴィアンの拳は振り上げられ…

3択-一つだけ選びなさい
 1.惨めな男は突如として逃げ出す方法を思いつく。
 2.誰かが助けに来てくれる。
 3.よけられない。現実は非情である。



□□□□□□□□□□□□□□□□


すべての敵を倒した私たちは敵のアジトから家に帰る。

「ヒルダさん、とうとうこれで終わりましたね。」
「ええ、そうね、これで貴方を脅かすものはすべていなくなったわ。
 さっきも言ったけれど、私もこれでお払い箱ね。」
「そんな…、私はまだヒルダさんがいないと…」
「そんなことはないわ、貴方は立派に一人前よ。
 私も少し長居しすぎたのよ。そろそろ本業に戻らないとね。」
「…、わたし、今度のハンター試験を受けます!」
「そうね、其れもいいでしょう。貴方ならきっと受かるわ。
 でもひとまずは日常に戻りなさい。
 これまで貴方は十分がんばってきたのだから、多少休んでも誰もおこらないわ。」
「そう…、ですね…。ルルと一緒にお買い物して…、お父さんとお母さんと一緒に何処かに出かけて…」

私は、やっと終わった実感と、平穏が戻ってくることを確信して、知らず知らずのうちに張っていた気持ちが解けると同時に、涙がこぼれてきたのだった。

「ほら、もう、泣かないの。」

そういってヒルダさんは私にハンカチを渡してくる。
なんだか其れは最初に会った日のときのようで少し笑ってしまう。
其れを見たヒルダさんは困ったような顔をして苦笑する。

私は青い空を見上げ、まぶしい太陽を見やる。

そう、私はもう自由なのだ。

そうだ、ハンター試験を受けるのもいいだろう。きっとみんな応援してくれるに違いない。
ルルなんてきっと驚くだろう。でも、案外"運動だけは出来るもんね"なんていってくれるかもしれない。

私にはこれから輝かしい未来が待っているに違いないのだから!

FIN



[20016] あとがき
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/08 20:01
一気に書いたので一気に投稿しました。
多分こっちのほうが性に合ってる気がします。

作中でなんちゃって催眠術が出てきますが、決して信用しないでください。
私の独断と偏見が混じったものですので。

なんとなく鬱っぽい話が書きたいなと思ったので如何すればそうなるのかと考えたとき思いついたのが"対比"でした。
で、そのツールとして、かのポルナレフ先生の3択を使わせてもらいました。
表の主人公であるヴィヴィアンに対して選択肢が発生した場合、必ず3以外が選ばれて、真の主人公である"男"の場合は常に3しか選べません。
まぁ、そんな感じで作った話でした。
考えてたときは文章量が半々ぐらいで考えてたのに、"男"側はまったく戦闘がないため余裕で食われています。まぁ、其れも不遇っぷりの一つとしてまぁいいかなと

ちなみに、熊さんが最初はただの粗暴な人だったのに、なんか最後のほうはえらくいいキャラになってしまいました。
本来は、ガンナーがあんな感じの役回りだったのに…
思いっきり食べられました。まるで、熊が鮭を食べるかのように。
そのあおりで残り2人の扱いもなんだかひどく…

あと、HxHの鬱っぽい話はなんだか、グロが一緒についてくることが多い気がしたのでその方向はなるべくなしに。
てことで、囚われの少女たちはそこまでひどいことをされてません。
いや、拉致監禁でも十分ですけど…

もし、ここまで読んでくれた方がいたなら読了感謝です!

エピローグのif版追加。

一応男生存Var.
書こうか書かないか迷ったのですけど、まぁ、なんか鬱っぽくないって意見が多くて、ならまぁいいやって感じで。
でも、我ながらあんまりまとまってない感じもします…

本筋で矛盾のあるのを潰したつもりだけど多分新たな矛盾が発生していることでしょうw
刑期に関しては適当です。情状酌量はもうちょっとあるかもしれん。

催眠の話をヒルダがあんまり引っ張らなかったのは、変化系=嘘つき=大体わかるというあれで、ご容赦を。
あんまり引っ張るとギャグにしかならなかった…



[20016] 能力設定
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/07/10 19:56
○"男"
小人の祝砲(ホビット・クラッカー)[操作・放出]
 効果:
  自身の発した音に(緊張、弛緩、快、不快)の四つの感情操作の効果を載せる。
  効果範囲は音が聞こえるところまで。
 制約:
  念能力者相手では効果減。念と気取られると効果なし。

(派生)小人の囁き(フェアリーテール)
 声に弛緩、快を乗せることで交渉などを有利に。初対面で悪印象をもたれることは早々ない。
(派生)小人の打楽器(ホビット・パーカッション)
 弛緩効果を載せた一定間隔の小さい音を繰り返すことで相手の思考力低下。

この二つを用いて催眠誘導を行うのが能力の真価。
催眠に直接効果を与えられるような能力が欲しかったが才能が無いので祝砲だけでメモリいっぱい
後は、手を叩く、物を投げるなどで立てた音に緊張付加で注意を集める。など
戦闘状態などの極度緊張状態では効果はほぼ見込めない。
集中しているなどの音が聞こえていない状態も効果は無い。

○ヴィヴィアン=ヴァートリー
真実の瞳(トゥルー・シーイング)[強化]
 効果:
  凝の発展版、視覚自体を強化し、視野の上昇を図る
  また、観察力を強化し対象に隠されたものを見破る確立が上昇する。
  人に対したときにはその言葉が虚言かどうかを大まかに判別することが出来る。
  戦闘においては相手の念能力の看破、対策を立てるのが容易になる。

○ヒルダ=ライリー
第三の手(フィアー・タッチ)[変化]
 効果:
  オーラを鞭のように変化させる。
  オーラを纏ってない(垂れ流し、絶状態)人物に触ると気絶させる。

 鞭の打点部分を太くして打ち据えたり、細くして切り裂いたり、棘を出して削ったり、
 先っぽで突き刺したり、物を掴んで投げたり、柱を掴んで縮めることで移動したり。
 一般人気絶効果は職種柄市街地戦が多いので、何気に役立ちます。(名前の由来はここから)

○マフィアボス
自室の警備(ホームセキュリティー)[操作、放出]
 効果: 
  対象となる部屋を決める。この部屋を以下自室と呼ぶ。
  自室にあるものは全て自由に操作することが出来る。自室を囲む壁(床、天井も)の強度を上げる。
 制約:
  自室の大きさは10m四方以下で無ければならない。
  一週間連続で一日12時間以上居た部屋で無ければ自室に登録できない。
  自室に一日12時間以上居なければならない。居なかった場合登録が解除される。
  生物は操作できない。他人の念によって周されたものは操作できない。

人形遊び(パーフェクト・コントロール)[操作、放出]
 効果:
  対象一人を永続的に支配下に置く。
  対象者は自由意志は保持されるが主人に対する間接直接問わず敵対的行動を取ることが出来ない。
  意見を具申することは出来るが命令には服従しなければならない。
 制約:
  自室の中で行わなければならない。
  対象者の体力が豊富な状態で能力の説明をしなければならない。
  対象者が念を纏っていてはいけない(垂れ流し、絶で可)。
  対象者に抵抗の意思があってはならない。
  対象者の生命を握った状態でなければならない。
  年に一日の自身の能力がもっとも上がる日でなければ使用できない。
  一日に一人までしか作る事が出来ない。(その日のうちに先の対象が死ねばその限りでない。)

○熊
獣の魂(ライカンスロープ)[具現化]
 効果:
  自らの表皮を覆うように熊の念獣を具現化。
  タフネス、攻撃力、速度が上昇。
  念獣の傷をオーラを消費して回復可能。
  一部分だけ変化することも可能。(そのほうが消費が少ない)

 念獣って具現化なのにスタンドアローンで動くってことは放出、操作で相性悪いんじゃね?
 という疑問から生まれた念。つまり、自分が中に入ればいいんだよ!

○ペイン(ロングコートの男)
念弾(オーラバレット)[放出]
 効果:拳銃の先から念弾を打ち出す。
弾丸(バーストショット)[放出・強化]
 効果:拳銃の実弾を操作、強化して念弾よりも高い威力の遠距離攻撃を行う。
 制約:実弾がないと撃てない。
幻痛(ファントムペイン)[放出・強化]
 効果:上記、攻撃に当たった敵の痛覚を"強化"する。
    当たるととても痛い。非殺傷での無力化が可能な平和的?な能力。

○スティック(軽薄そうな男)
粘着質な俺(スティッキング・ライフ)[変化]
 効果:オーラを接着剤に変化させる。
    
 単機能に絞ったので手から離れてもなかなかの接着力。
 殴るときに発動させることで効率的に相手にダメージを与える。
 ヒソカのバンジーガムの超絶劣化版。
 多分、彼がヒソカを見たら絶望すること請け合い。
 ヴィヴィアンの真実の瞳(トゥルー・シーイング)のせいであっさりばれる。



[20016] Epilogue if  彼女の答え
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:00
「そうね、さし当たって最後の敵を倒しにいきましょうか!」
「はい!」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


勢いよく号令をかけたヒルダさんは、苦笑しながら手を下ろす。

「と、いっても、そいつがどこに居るのか分からないことにはね。振り出しに戻る、かしら…。」
「いいえ、きっと、あの人はこの近くに居ます。私、思い出したんです。」
「思い出したって?」
「二年半前に誘拐されたときのこと…、ううん、忘れていたわけじゃない。
 今までずっと夢だと思ってた。でも、今ならあれは現実にあったことだって分かります。
 閉じ込められたのは確かにこの建物だった。
 そこで私は…、大きな男の人に…。」

そのときのことを思い出した私は、言い知れぬ恐怖に勝手に体が震えてくる。
ヒルダさんは、そんな私の手を確りと握ってくれた。

「だいじょうぶ…、うん、大丈夫です。
 だって私は無事だったの。その時、助けてくれたのがあの人だった。」

私はとつとつと言葉を繋ぐ。
そうしないと大事な何かを見逃してしまいそうだったから。

「私はその人を最初に見たとき怖かった。でも、怖い男を追い出して、優しい言葉をかけてくれた。
 その後のことはあまり覚えてないけど、幸せな気分だったのはなんとなく覚えてる。
 多分、その時に私は操られて、怖い記憶も夢だと思うことが出来たんです。」

私は、その人のことを思い出してもぜんぜんいやな気分にならないのだ。
きっと其れは私はその人のことを嫌っていない証拠だと思う。

「…言いたくないけど、その感情も操られたものかも知れないわ。」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。
 だって、おかしいじゃないですか。
 ねぇ、ヒルダさん。あの人がこの組織の一員だったのなら私を操った理由は何なんでしょう?」
「…自分が上に行くために、ライバルを蹴落とすため…かしら?」

ヒルダさんの言葉には力がない。きっと自分でも信じてないのだろう。
私のためにあえてよくない予想を挙げてくれている。

「こんなにも取り返しのつかないほど壊してしまったのに?
 そうだとしても、やり方が遠回り過ぎますよね。二年半もかけて私みたいな小娘を育てるなんて。
 それなら、かのゾルディックにでも依頼したほうがよほど早いと思います。」
「…それは、確かにそうね…。
 でも、それ以外に思い浮かばないわ。」
「はい、私も分かりません。でも、だからその人に聞いてみたいと思うんです。」
「…そう、好きになさい。
 ええ、私は貴方の護衛だもの。危なくなったら私が助けてあげるわよ。」

ヒルダさんは笑顔で私の背中を押してくれた。

「それじゃ、まず、そいつが居るところに行かないとね。
 この半壊した建物の中を探すのは中々骨だわ。」
「えへへ、実はもう見つけてあるんです!
 ほら、あそこに地下への階段がありますよね?きっとあの下にいると思うんです!」

どうしてか分からないけど、私のカンがあの人はその下に居ると告げている。
こういうときの私のカンは当たるのだ!

「貴方…、その目…」
「?どうかしましたか?」
「…いいえ、ただ、前から疑問だったことが解けただけ。
 今はそんな場合じゃないでしょう?さぁ、行きましょうか。」
「はい!」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


私はその暗い階段を下りていく。
この先に私を操っていた男がいると思うと体がこわばって来るのが分かる。
でも、そんなときにいつも横に居てくれるヒルダさんの存在がくじけそうになる私を叱咤してくれる。
そう、でもあの人がいなければ、私とヒルダさんが出会うことも無かったのだろう。

やがて階段を下りきり扉の前へたどり着く。
この扉を開ければきっとあの人がいるのだろう。
はやる心を抑え私は扉に手をかけた。


扉をくぐり、私たちは部屋に入る。

そこには1人の男がいた。

その姿は、いたって平凡な様子だった。黒目黒髪であり、中肉中背である。
唯一つ特徴を挙げるなら左腕が無いことだろう。
その男の身を包む服の左袖は何も入っていないのが分かるように垂れ下がっているだけだった。

その垂れ下がる袖を見て、私はその男があの人であるのを確信する。
あの日、助けてくれたあの人は、同じように腕が無かった。

「貴方が私を操っていたのですか!?」

はやる心を抑えきれず、私はその人に声を上げる。
たずねる声が自然と強いものになるのも仕方ないだろう。
その人は恩人であると共に、その男は仇敵でもあるのだから。

私は否定して欲しかった。
あの不思議と落ち着くその声で「そんなことない」と否定して欲しかったのだ。
だが、私の声に振り向いく表情を見て、私の淡い希望は砕かれる。

その表情はただ驚いているだけに見える。だが、なぜだが私は分かってしまったのだ。
男の表情は私の言葉を肯定している、と。

「そうですか…、やはり私は他人に操られていたのですね…」

その言葉を吐いた時、私の心はぐちゃぐちゃだった。
憎しみと、悔しさと、悲しさと、情けなさと、もしかしたら喜びすらあったのかもしれない。
あらゆる感情が混ざり合い、濁流となって私のちっぽけな心を押し流す。
そして、全てが平らになった私の心に残っていたのは1つの言葉。

"あの男を殺せば自由になれる。"

真っ白になった私の心は、ただ、その言葉に染められた。

「私は!貴方を倒して自由になります!」

体は自然に堅をする。
私はそのままその人に走りより、念をこめた拳を振り上げる。

その時、私の心は私の体を何処か他人事のように眺めていた。

そのとき…

3択-一つだけ選びなさい
 1.かわいいヴィヴィアンは鍛えられた精神力で正気に戻る。
 2.誰かが止めてくれる。
 3.止められない。現実は非情である。














■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 「こんなのは違う!!」


その叫びと共に、私はギリギリ拳を止める。
そうだ、私は一体何をしているのか、私はこの人に話を聞きに来たのではなかったのか。

なぜ、私はこの人を殺そうとしているのだろう?

私の速度に反応できていなかった男は、驚いた表情のままだった。
私が拳を止めたことを認識し、その後に現れたのは、能面のような無表情。

だけど、その目は確りと私の瞳を見据えている。

私たちの目が合い幾ばくか過ぎると、男が初めて口を開いた。

「…なぜ止めた。君には、俺を殺す権利がある。」
「…私は!貴方を殺したいなんて思っていない!」
「だが、俺は俺の目的のために、君の人生を好き勝手に弄くった。
 俺が憎いだろう?でなければ、あの行動は誘発されない。」
「確かに!私は貴方が憎い!私の心を操って戦いに巻き込んだのが許せない!
 でも、それでも私は貴方がなぜこんなことをしたかが知りたいの!」
「いまさら何を言っても俺のしたことに変わりはないさ。
 あの醜悪な肉の塊が死んだいま、今世にそう未練はない。
 俺は、お前になら殺されてもかまわないと思うんだ。」

その人は私の目を見ながらそんな事を言う。
その言葉に偽りはなく、その目の奥にある諦観に私は二の句を告げられなかった。

私たちは自然と黙り、地下室の中に沈黙が降りる。

そんな沈黙を破ったのは、後ろで私たちを見ていたヒルダさんだった。

「ちょっと、貴方、好き勝手言わないで頂戴。
 そんなに死にたいなら1人で勝手に死ねば良いでしょう?
 それこそ、貴方の自殺にヴィヴィを巻き込む権利なんて有りはしないわ。」

その言葉に、その人の瞳はかすかに揺れる。
そしてゆっくりとその黒い瞳は伏せられた。

「そうか…、確かにそうだな。死ぬなら勝手に死ね…か。
 ふふ、そうか、今の俺は自分で死を選ぶこともできるんだな…、そんなことも忘れていたとは。」

私はそんな彼を見て、先ほどは答えてくれなかった質問をぶつける。

「貴方は、どうしてこんなことをしたんですか?」
「…理由など簡単だ。あの醜悪な肉の塊を滅ぼしたかった。ただ、それだけだ。
 俺では奴の能力に囚われて反抗することが出来なかった。
 だから、他の人にやってもらおうと思った。」
「そのために私を?」
「そうだ。たまたま誘拐されていた君にあったときその才能に驚嘆させられた。
 計画にこれ以上ない逸材だと。だから、俺は、君の人生を曲げた。
 君は俺がいなければこんな血なまぐさい世界を知ることもなかっただろう。」

彼が語る声には途方もない苦汁が込められているように感じられた。
そう、それはきっと多分私が想像もつかないぐらいの。

「君は俺を恨んでいるだろう。だから、殺されてもいいかと思ったのだが…」
「私は別に貴方を恨んでなんていません。」

私は自然に声が出る。

「…だが、さっき俺が憎いと言っただろう?」
「確かに私は貴方が憎いとも思います。勝手にこんなことに巻き込んだのだから。
 でも、同じぐらい感謝もしているんです。
 だって、貴方のおかげでヒルダさんに出会えたんですから。
 それに、貴方のおかげで私はこんなに強くなれた、そして、あの誘拐された日、貴方は私を助けてくれたでしょう?
 きっとあの時あのまま汚されていたら、こんな平和な暮らしは出来なかったと思うもの。」

それを聞いた彼は目を見開く。
やがてその目は再び閉じられ、彼は搾り出すように声を出した。

「そう…か。君は強いな…。」

その言葉には多くの感情が込められていて、私にはとても把握しきれない。
その場にまたも沈黙が落ちる。
そして、それを破るのもやはりヒルダさんだった。

「で、貴方はいつまでヴィヴィを拘束しておく気なの?」
「どういうことだ?」
「…念能力よ、ヴィヴィを操っていたんでしょう?」
「…ああ、そのことか。俺の念ではたいしたことは出来ない。精々、人の感情の方向を少しばかし弄る程度だ。」

それはどういうことなんだろう。私は彼に操られていたのではなかったのか?
それを聞いたヒルダさんは全身に怒気を走らせる。

「くだらない嘘はやめなさい。」
「ただの催眠術だよ、彼女にかかっているのは。」
「さいみんじゅつ?」

私は思わず繰り返す。
催眠術ってのはあれかな、穴の開いたコインに紐を通して眠くなるって言う…

「なにそれ、信じられないわ。紐とコインでも使うって言うの?」

ヒルダさんも私と同じ想像をしたらしい。そして声が怖い。
くだらないことを言っているんじゃないと全身で威圧していた。

「信じられないかもしれないが事実だ。紐とコインってのはあながち間違ってないな。
 催眠誘導は純然たる技術だ。念は関係ない。
 時間が経てば自然と薄れるが、解いたほうがいいのは確かだ。
 この場では難しいが、しっかり解くと確約しよう。」

私にはそれが嘘で無いと分かる。だが、ヒルダさんはそうでもないようだ。
私はヒルダさんに声をかける。怒ったヒルダさんに声をかけるのは怖いのだけど…

「あの…、その人が言ってることは本当みたいですよ…?」
「貴方は黙ってなさい!この件に関しては操作されてる疑惑のある貴方の言葉は信用しちゃいけないのよ。」
「正直、これに関しては信じてくれとしか言いようが無いな…。」
「もう!埒が明かないわね!後からちゃんと解きなさいよ!
 それが嘘だったら縊り殺してやるから覚悟しなさい!」

私はヒルダさんの迫力に押されながら、気になっていたことを彼に聞く。

「あの…、それで貴方はこれから如何するんですか?」
「そうだな、さっきまでは自由になれると喜んでいたが、そんな権利は俺にはないと思わされた。
 ハンター協会に自首でもするよ。」
「そんな…、貴方は強制されていただけでしょう…?」
「だが、やったことには変わりない。
 なに、あいつの下にいるのに比べればどこにいようと天国みたいなもんだ。」

そう言って彼は笑顔を浮かべる。
でも、私はそんな彼が気に入らなかった。
だって、彼はきっと今まで散々苦しんだのだ。
そんな人がいまさら幸せになれないなんて私はいやだ。
私は後ろで見ていたヒルダさんを仰ぎ見る。
ヒルダさんは私が言いたいとこが分かったのかため息をついた。

「そいつの言うことは間違ってないわ。
 操られようがやったことは変わらない。強制されていようが多少の情状酌量がある程度ね。
 その罪は償わないといけないわ。
 何よりそいつがそうしたいって言ってるんだから良いじゃないの。」
「そんな…。」

私はヒルダさんの言葉に気を落とす。
そんな私を見てヒルダさんはもう一度ため息をついた。

「…ねぇ、貴方が罪に問われるとして刑期はどれぐらいだと思うの?」
「そうだな、法律には詳しくないが…、児童略取、誘拐、人身売買、暴行、殺人、殺人教唆が数知れずだ。
 おそらくだが、生きてるうちに出てくることは出来ないだろうな。」

それを聞いて私は悲しくなる。

「それらを自分の意思でやったことは?」
「無いな。」

私にはその簡潔な答えは決して嘘で無いことが分かってしまう…。

「そう…、で、貴方は何が出来るのかしら?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。何が得意なの?」
「よく分からんが…、戦闘以外のことは大抵出来る。
 主に情報収集なんかが得意ではあるが…」

それを聞いたヒルダさんの目が細まった。なんだか怖い。

「なるほど…ね。貴方は、多分、超長期刑囚になるでしょうね。」

やはり彼はそうするしかないのだろうか…
私の気分は沈むが、次の言葉でひっくり返った。

「そして、こんな話を知ってるかしら?
 そういった囚人をプロのハンターが絶対服従を条件に雇うことはままあることよ。
 貴方、私の下で働きなさい。情報収集が得意なのはブラックリストハンターとして有用な技能だわ。
 直接的な戦闘力も少なく、反抗の意思が薄くて、態度も従順。貸し出し審査も直ぐ終わるでしょう。」

それを聞いた男の人は呆けた顔をしている。
多分、私も同じ顔をしているだろう。

「よし、これで話は終わりね。さっさと貴方をハンター協会に連れて行きましょうか。」

そう言ったかと思うと、ヒルダさんは彼を「第三の手(フィアー・タッチ)」で簀巻きにして引きずりながら歩き出した。

「ちょ、ちょっとまて、俺はそんなこと!」
「なによ、ハンター協会に行くんでしょう?連れて行ってあげるんだから感謝しなさい。」
「いや、そうではなくてだな!」
「言っとくけど、囚人の貴方に拒否権なんて無いわよ。」
「だからといって…!」

彼とヒルダさんは何か言い合いをながら、地下室を出て行く。
私は呆然としたままそれを見送って…

…あわてて後を追いかけた。

きっと、このときの私は会心の笑みを浮かべていただろうと思う。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


俺は今、念の縄に巻かれて身動きがとれず。そのまま階段を引きずって上られている。

俺は少女に見つかったら死ぬと思っていた。なのに、いま俺は生きている。
俺はなぜ生きているのだろうか?
この人生に意味などあるのだろうか?
そんな事を考える。

だが、後ろについてきている少女の顔を見たときそれらの疑問はどうでも良くなった。
なぜならその少女は笑っていたのだから。

体をあちこちぶつけながら階段を上がりきると、さんさんと輝く太陽に目を焼かれる。

そうか、空はこんなにも広く、太陽はこんなにも眩しいものだったのか。

俺は今までそんな当たり前のことすら気づいていなかったのだ。

そんなことに気を取られていると、後ろから来た少女に話しかけられた。

「あの…、そういえば貴方のお名前を教えていただけませんか?」

…名前?
そんな事を聞かれたのはいつ以来だったか…、組織では番号みたいな名前で呼ばれていた。
ここでそれを名乗るのはやはり違うだろう。

まともに名前を呼ばれたのがいつだったのかが思い出せない。

ああ、そうだ、最初に名を呼んでくれたのは母親だった。
ここで名乗るべきなのはきっとその名前なのだろう。

ああ、俺の名は…



[20016] if after 1 太陽の下へ
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:03
空に浮かぶ船の中、客室の一つに一組の男女がいた。
それは紫の長い髪を後ろに束ねた女と、黒目黒髪の左腕がない男だった。

「ウォル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「どうかしたか?」
「貴方、その腕はどうしたの?」
「これか?あの豚に殴られただけだ。代わりに念を使える様になったけどな。」
「ああ…、なるほどね。よく生きていたわね。」
「まぁ…、悪運だけは強くてな。今思えば、あの時死んでいたほうが楽だっ…」

男の声は鋭い音に遮られ、そして顔は音と共に強制的に横を向く。
それを成した女は、手に1mほどの鞭のようなものを持ち、まさに振り切ったところだった。

「くだらないことを言わないで頂戴。不愉快だわ。
 貴方が何を思おうと勝手だけど、私の前で言うのはやめてくれない?
 殴るわよ。」
「…、ああ、すまない口が滑った。以後気をつけよう。」

男は微妙な表情をして顔を前に戻す。その頬にははっきりと赤い筋が残っている。

「しかし、どうしてそんな事を?」
「どうしてって、そのままにしておくわけに行かないでしょう。義手なりでも探さないとね。」
「別に必要ないだろう?今まで特に困ることもなかった。」

男は空の袖を右腕で触りながら言う。

「あんたねぇ…、私があんたに期待してるのは情報収集だって言ったでしょう。
 今までどんな密室にいたのか知らないけど、あんたその腕で聞き込みをするつもり?
 せっかく特徴のない容姿をしてるのに、そんな腕してたら台無しでしょう。」

男の顔がわずかに歪む。ややあって顔が戻ると一つ息を吐いてから男は答えた。

「…、確かに、その通りだな…。だが、義手などつけたことはないぞ。」
「なにいってんのよ。腐っても操作系でしょう?気合で何とかしなさい。」
「俺の念ではたいしたことは出来ないと知っているだろう?」
「そんなのたいしたことにも入らないでしょうが。念を込めれば勝手に動くわ。」
「だが…」
「うるさいわね。私は出来るかなんて聞いてないの、やれって言ってるの。
 貴方は私に絶対服従。つまり貴方の答えは?」
「…Yes, Ma'am.」
「よろしい。」

男は苦々しく答えるが、女はそんな男の様子など一顧だにしなかった。

「取りあえず、船から降りたら扱ってる店を探しましょうか。
 どうせなら、長く使えるほうがいいでしょうし…
 そもそも、念で操作するなら自作したほうがいいのかしら…」
「その場合、作るのは俺なんだが…」
「…何か言ったかしら?」
「…No, Ma'am.」
「そう、それならいいわ。
 うーん、作るとなると材質にもこだわりたいわね。
 なんか、霊験あらたかな木の枝とか…」
「…探すのは俺なんだろうな…」

いい加減学習したのか、男が呟いた言葉は女の耳に入らないほど小さかった。

しばらく黙っていた女はやがて考えをまとめたのか、男に向かって話し始める。

「よし、決めたわ。流石に材料にこだわるのは時間がかかりそうだからやめて置きましょう。
 一個目からそんな高級品を作るのもどうかと思うしね。
 というわけで、貴方、神字の勉強をなさい。市販品のものでも神字を刻めばだいぶマシになるでしょう。
 外観的にも素人が作ると荒が見えて義手ってすぐに気づかれそうだし。
 凝ったものは追々の課題としておきましょう。」

女は満足げに男に指示を出す。
だが、答える男は珍しくも少しばかり得意げだった。

「神字なら、いまさら勉強などしなくてもすでに使える。」
「貴方も、勉強なんてめんどうでしょうけど、これもあなたの…、…なんですって?」
「神字なら書けるといったんだ。念の才能がないと言っただろう。
 ならそれを補う技能を磨くのは当然だろうに。」
「あの、無駄に複雑で、無駄に文字が多くて、文法が語順に寄らないとか言う意味不明な形態をとる、あれを?」
「別に難しくはないだろう。ああいう言語体系はそれなりにある。
 あと形に無駄があるわけじゃない。ああいう形だから念が宿るんだぞ。」

女は男の答えに意表をつかれていたようだったがやがて正気を取り戻す。

「そ、そうなの…、…それは好都合だわ!」
「…、一応言っておくが、あれは自分で意味を理解して念じながら書かないと意味がないぞ。
 俺が書いたものをヒルダが使えるわけじゃない。」
「な、なにをいっているのかしら!私がそんな事を考えているわけないじゃない!」
「それならいいが。」

男は女を胡乱げな目で見るが、そんな男を女は強い声で遮った。

「それはともかく!
 貴方は、義手を探して、神字でも何でもいいから自然に動かせるようになりなさい!
 それが貴方の最初の仕事よ!」
「Yas, Ma'am.」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


話がひと段落し、幾ばくかの沈黙があったあと、今度は男が口を開いた。

「なぁヒルダ、俺からも一つ質問があるんだが。」
「なによ?」
「俺がヒルダに逮捕されてハンター協会に連れて行かれてからまだ一ヶ月しか経っていない。
 法律には詳しくないとは言っても流石に刑が確定するには速すぎるだろう?
 一体何をしたんだ。」
「あら、何で私がなにかをしたって思うのかしら?」
「それ以外に、理由が考えられないだろうが。」
「あらあら、疑い深いこと。別に裁判が一月で終わるのはそう珍しいことじゃないわよ?
 だって、あなた一度も否認しないんだもの。そりゃ、決着がつくのも速いわよ。」
「それにしたって速過ぎだといっているんだ、その上いつの間にか貸し出し申請まで通しているしな。」
「まあね、貴方、自覚してないけどなかなかお買い得なのよ?」

女は男に意味ありげな視線を送るが、男はそれを無視して言葉を繋ぐ。

「この俺が?話を逸らすにしてももう少しうまくやったらどうだ。」
「もう、本当に疑いぶかいわね…。まぁ、情報を扱うならそうあってもらわないと困るのだけど。
 そうね…、この際言っておきましょうか。
 貴方が得意な念の応用技は絶と隠だったかしら。
 まぁ、他の技は軒並み酷いものなのだけど。」
「その2つ以外全滅で悪かったな。それらも単にもともとの総量が少ないってだけだ。
 ヴィヴィアンほどオーラに恵まれていれば、そりゃ隠すのに苦労するだろう。」

男は吐き捨てるように女の言葉に反論する。
そんな男に女は呆れたようにため息を付いて言葉を続けた。

「もう、話の腰を折らないで頂戴。確かにその理由はあるでしょう。でも、それにしたって貴方の絶は見事だわ。
 それこそ、動物的な感覚を持つ人でなければ、円に触りでもしない限り潜んでいるのに気づくことはないでしょうね。
 現に私は、あの日地下にいた貴方をまったく察知することが出来なかったしね。
 そして、忍耐力にも優れるわ。張り込みをするのにこれほど適した人間もいないでしょう?」
 
「まぁ、それはそうだな…」

男は微妙な表情で肯定する。

「そして情報を集めるのに最適ともいえるそのスキルよ。
 相手に気づかれることなく心の箍を緩めて情報を引き出す話術。
 状況こそ限定されるけど、記憶の操作すら可能なその能力。
 聞き込みをしたところで、聞かれた人のことを直ぐに忘れてしまうであろうその容姿。
 それは情報収集員として得がたい資質だわ。」

ほめられるたびに心なしか少しずつ顔が上がっていった男だったが、最後の項目を聞いて一気に下に落ち、元に戻った。
もっとも女はそれに気づかなかったが。

「どう?分かったかしら?」
「…ああ、とりあえず期待されているのは分かったよ。
 期待に答えられるように努力するさ。
 で、そんな話をしてまで話を逸らしたかった理由はなんなんだ?」

そういって男は話を戻す。
女はその言葉にため息を一つ付いた。

「もう、しつこいわねぇ、ねぇ、そんなに知りたいの?」

女は男の目を見ながら質問で返す。
男はそんな女の目を見返しながら答えた。

「初めからそういってるだろう。」
「ふーん、知りたいんだ?」
「…ああ、自分のことだからな。」
「そんなに知りたいんだ?」

女の瞳は力を増す。それを受ける黒い瞳は揺れはじめた。

「…、ああ、知りたい。」
「へー、知りたいんだ。」

そして、とうとう黒い瞳は閉じられた。

「いや、もういい…。知らないほうがいいことなんだろう。」
「ま、それが賢明ね。」

女は薄く笑うと、顔を背けて窓の外を見る。
船はそろそろ目的地に着く、きっとそこには太陽みたいな少女が2人の帰りを待っているだろう。
そんな事を思い、女は言葉を紡ぐ。

「別に理由なんて、上層部に知り合いがいるだけだけどね。」

男はその言葉を聞いて遊ばれたと思い…

…一本しかない腕で頭を抑えて、低く呻いた。



[20016] if after 2 高いところにある部屋で
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:03
とあるビルの一室で2人の男女が話をしていた。
男は大きな樫の机につき、机に詰まれた書類と格闘しているところだった。

「で、あいつは如何なりそうなの?」
「あいつ…とは?」
「半月前に私が連れてきた男よ。」
「ああ、彼か…、彼の扱いは非常に難しいね…。
 なにせ、自由意志保存型の強制操作をあれだけ長期にわたってかけられ続けたなど前例がない。
 いくら彼が罪を犯したといってもその罰を単純に彼に課すのは違うだろう?」

男は、正面に置かれたソファーに座る紫の髪を束ねた女性に同意を求める。
だが、その言葉はあっさりと流された。

「その判断は私の仕事じゃないわ。で、あいつについて調べた経過はどうなってるの?」
「滞りなく進んでいる様だね、全員が彼ほど協力的ならどれだけ仕事が楽になることか。
 しかし、君が捕まえてきた犯人を気に掛けるなんて珍しいことがあったものだね。」

男は手元の書類を引っ張り出し、目を通しながら答える。

「引き渡すときにいったでしょう、私の弟子があいつに操作系の念を掛けられている可能性があるって。
 それで気にならないほうがおかしいでしょうが。」
「それは確かに。だが、問題は無さそうだ。
 確かに彼の念は直接人を操れるほど力の強いものではないようだね。その弟子の子とやらも安心だろう。」
「それが安心じゃないから困ってるんでしょうが…」

その言葉に男は手元の書類から目を離し、女を見た。

「それはどういう意味だい?」
「確かにヴィヴィはあいつに操作されていたのよ。」
「だが、彼にはその力はないのは確かだよ。」
「あいつも自分でそういったわよ。
 で、あいつが言うにはヴィヴィを操っていたのはなんと催眠術らしいのよ…。」

女は首を振りながら苦々しく告げる。
その言葉に男は虚をつかれたようだった。

「…催眠術ってあれかい?コインと紐を使って眠くなるって言う…」
「詳しくは知らないわよ。それこそあいつに聞いて頂戴。」
「なんともはや…、それは確かに眉唾な話だな。」
「でも、あいつにそれだけの念能力は無いのでしょう?だとすると信じざるを得ないわ。」
「そうだね、確定するには記憶探索系の能力者に確認してもらわないといけないから、後半月はかかるが…。
 十中八九間違いは無いだろう。
 尋問、探査の担当をした者の報告書、そのすべての詐称可能性の項目が"問題あるようには見受けられない"だ。」

男は書類を机の上の山に戻すと、首をすくめる。
それを見た女はため息を付く。

「となると、それをあいつ自身に解除してもらわないといけなくなるってわけ…」
「なるほど、それでわざわざこんな部屋まで来て経過の確認に来たというわけだ。
 しかし、それほど君が気に掛けるとは…、その弟子とは一体どれほどの子なんだろうね。」
「確実にトップクラスのハンターになれるでしょうね。経験を詰めば私なんて直ぐ追い越すわ。」

女は何処か嬉しそうにその少女のことについて話す。
男はそんな女が意外だったのかつい口が滑った。

「いやはや、君も丸くなったものだね。かつてはクイーンメイヴと呼ばれ…」

男の言葉は不自然に途切れる。
それを成したのは、女が男の首に巻きつけた念の鞭だった。

「わたし…、今、何か不愉快な単語が聞こえた気がしたのだけど?」
「い、いや、君の聞き間違いだろう?私は何も言ってないとも!」
「そう、それなら良いわ。」

その言葉と共に首に巻かれた鞭は解かれる。
男はこわばった顔でその首をさすりながら話を続けた。

「私はもうこの支部のトップなんだけどね…、君は相変わらずだね…。」
「貴方の肩書きがどうなろうと、貴方が貴方であることは変わらないでしょうが。」
「そういってくれるのが嬉しくもあり…、恐ろしくもあり…」
「そんな話はいいのよ。いい加減話を戻しなさい。私はあいつの調査の報告を聞きに来たのよ。」

女は男の話を遮り、話を本題へと戻す。
男はそれに逆らわず再び書類を拾って読み始めた。

「態度は従順、捜査にも協力的、倫理思考、人格的にも特に問題は見られない…と。
 すごいね。10数年望まぬ支配で悪事をさせられてたとはとても思えない。凄い精神力だね。
 これで支配されてたときの罪を問うのは流石に心苦しいな。」
「あんたの心情なんて判決にはどうでもいいことでしょうが。」
「何いってるんだ。ハンター協会は民間団体とは言え、国の裁判に意見書ぐらいは提出できるんだよ?」
「それで、個人的志向で奴の罪を軽くするの?笑えない冗談だわ。」

女は男に向かった馬鹿にしたような視線を向ける。
だが、受けた男はさして痛痒を感じたようにも見えない。

「さすがに個人的志向なんかじゃないさ。この来歴を見れば、ね…
 あと、操っていたボスという男の念能力の詳細が分かっているのも大きいね。」

そういって男は女に持っていた書類を渡す。
女はその書類に目を通し始めた。
やがて、読み終わった女はその書類を机に返す。

「なるほど…ね。で、結論としてはどうなるのよ。」
「流石に無罪放免とは行かない。保護観察処分というところかな。
 もっとも、それも記憶探索系の能力での裏づけと、社会常識、倫理意識あたりの更なる確認が必要となるけど。」
「…でもそれじゃ、あいつ本人が納得しないでしょうね。」
「なんだい?そういうタイプの人間なのかい?」
「ま、一見した程度だけどね。
 …まったく、知ってる世界が狭いからそういうことを考えるのよね。
 分かったわ。保護観察処分になったら私が連れて行きましょう。
 どうせ、一度はヴィヴィにかかってる操作を解きに連れて行かないといけないんだし、そのまま観察員を私がやれば問題ないでしょう?」

女はため息交じりに提案する。

「確かに、それ自体は問題ないだろうけどね。どうしてそれが彼が納得するのと話が繋がるのさ。」
「あいつには懲役が確定したら絶対服従で雇うって話になってるのよ。表面だけを見れば変わらないから気づかないでしょ。」
「…何だってまたそんな話になってるんだい?」
「…ちょっと、弟子のおねだりに負けてね…。」

その女の言葉に男は愕然とした。
やがて気を取り直したのか話を続ける。

「…、ほんとに丸くなったもんだね、君も。
 それはさて置き、流石に気づかないのは無いんじゃないか?
 ハンター協会は影響力が強いとはいえ民間団体に過ぎないんだ。
 それが単体で懲役刑を決めるなんて出来るはずが無いと分かるだろう?
 せめて一度は裁判所に連れて行くべきだと思うが…。」
「そんなことして、目の前で判決読まれたらそれこそ誤魔化しようが無いでしょうが。
 なんだか、相当な密室にいたらしくて変なところで世間知らずっぽいから多分誤魔化せるわ。」
「…まぁ、好きにしたまえ、保護観察なら裁判所と書類のやり取りで処理できるからね。
 しかし、なんだって君は彼をそんなに気に掛けるんだい?」

その質問に女は弟子が言っていた言葉を思い出す。

"…だってきっと、彼はきっと今まで散々苦しんだのだ。そんな人がいまさら幸せになれないなんて私はいやだ。"

女は自分の弟子が言った言葉を口の中で呟いた。

「ちょっと、弟子にほだされたのよ…
 …本当に私も丸くなったものね。」



[20016] if after 3 お帰りなさい
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:07
私はいま、飛行場へ来ている。
なぜかといえば、ヒルダさんを乗せた船がもう直ぐ戻ってくるからだ。
それと一緒にあの日そのままハンター協会に連れて行かれたあの人もいっしょに戻ってくるらしい。
まぁ、今回ヒルダさんが出向いたのが彼を迎えに行くためだったから当たり前ではあるのだけど。

もう、あの戦いから一ヶ月が経っている。
今思えばなんだが自分のことではないみたいに感じてしまう。
いろいろ辛いことや悲しいこともあった。
でも、私はあの戦いを通して強くなったしいろいろと成長したと思う。
それは素直に喜べることだと思うことにした。

あれから私は平穏な日常を過ごしている。
そう、あの戦いがあったからこんな何気ない平穏が尊いものだってのに気が付けたのだと思う。
学校でルルや他の友達と一緒に勉強したり、運動したり、お喋りしたり。
そして、一緒に町を自由に歩けるってことがとっても幸せなことなんだって。

結局、ヒルダさんに出会ってからの半年間のことは友達には話してない。
ヒルダさんも念のことは簡単に人に教えちゃダメって言ってたしね。

でも、なんだかルルはときどき私に意味ありげな視線を向けてくることがある。
ルルには私に何かあったってのがバレているのかも…
相変わらず、私のことを"花が咲いてる"っていってくるのは相変わらずだけどね。

そうそう、私がまだ念のことを知らなくて不思議な"力"だと思っていたとき、私は誰にも相談しなかった。

多分これも、あの人に何かされていたんだなって気づいてしまった。
だって、私は不思議に思ったことはすぐに誰かに聞いちゃうからね。
今考えて見れば、何であのことだけそれをしなかったんだろうって思っちゃったんだ。

この半月でいくつかそんなことがあって、私はやっぱり操作されてたんだなって実感したんだ。
でも、それに気づいたからって私があの人を恨む気持ちはやっぱり湧いてこなかった。
もしかしたら私は変なのかもしれないし、もしかしたら恨む気持ちが湧かないのも操作されているからなのかも。

でも、それでもいいやって思う自分が確かにいるんだ。

私があの人と出会ってから2年半で私がまっすぐ育つことが出来たのに、あの人の存在は大きかったってことにも気づいたから。

私が毎日楽しみにしている朝のジョギング。
そう、あの人が毎週あそこで私を待っていたのに気が付いたの。
だって、いつもどおりジョギングをしてベンチで休んでいたら気が付けば凄く時間が経っていたんだもの。
その日、私はあわてて帰って心配した親に怒られたんだけどそんな日もあるかなって程度にしか思わなかった。
でも2週目、3週目も同じ曜日にまったく同じことがあったら、流石に鈍い私でも何かあるんだなってぐらいは気づく。

そして、そのことを疑問に思ったとたんに記憶が溢れてきたの。
そこで彼は私に、念での訓練の方法を示したり、私がどれだけ出来るようになったかなんかを聞いていたわ。
それだけなら、ただ私を道具としてしか見ていないんだなって怒ることだと思うでしょう?

でも、彼は私に生活で悩みが無いかとか、困ってることがないかとかそんなことまで聞いていて、それに真摯に対応してくれていた。
確かに思い返してみると、私はあの二年半の間で大きな悩みにぶつかったというような記憶が無い。
いや、無いわけではないのだけど、あったとしても自然に解決策が思い浮かんだり、そうでなくてもそれで重く落ち込んだりはしなかった。
いつも元気いっぱいに前を向いて歩いていけていたと思う。
それはきっとあの人のおかげなんだ。

今はとっても仲良しなルルも初めのうちはあんまり仲良くしてくれなかった。
私は彼女を一目見たときにやさしい子だと思ったし、きっと仲良くなったら楽しいだろうって積極的に話掛けていたのだけど…。
逢ったばかりの頃のルルは、話しかけた私をうっとうしそうに見るだけだった。
でも、私は諦めずにずっと話しかけ続けて、半年ぐらいあとに「あんたには負けたわ」ってとうとう会話をしてくれるようになったの!
その半年間はきっと私は不安になったとこが有ったはずなんだ。どうして彼女は私に答えてくれないんだろう?って。
そんなときにそっと背中を押して応援してくれてたのもあの人だった。

そんなことにいくつか気づくと私の中に有ったあの人を憎いと思っていた心も何処かにスーッと消えていってしまった。
だから、私はあの人がこれから幸せになれればいいなと素直に思うのだ。

私がそんな事を飛行場のロビーに座って考えていると、ヒルダさんとあの人が乗ったと思しき船が下りてくる。
いろんなことを思い出したせいか、なんだか一月ぶりにあの人にあうことに緊張してしまいそうだった。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


船から地上に着陸して、ゴンドラから人が吐き出される。
その中に私は目的の二人を見つけることができた。
どうやら、向こうは私がここにいるのに気が付いていないようだ。

まぁ、私はヒルダさんにここまでくることなんて伝えてない。
ヒルダさんは私がここにいるなんて思ってもいないに違いない。
2人は私に気づかずこちらに向かって歩いてくる。

その姿は、なんだか言い争いをしているようにも見えるのだけど…

2人の表情を見るにどうやらその戦いはヒルダさんが優位に立っているようだ。
あの人はなんだか諦めが入ったようなそんな苦い顔をしながらヒルダさんに返事をしている。
でも、その表情は一月前のあの地下室で見たようないやな色が薄れているように感じた。
少なくとも私にはそう思える。

私にはそれが何かは分からないけど、決していいものではないのだろう。
それが薄れているのはいいことだとなんとなく私は感じる。

きっと、これからあの人がヒルダさんに引きずり回されるのは間違いない。
それはきっと大変なことだと確信できる。
なんたって私の修行にも容赦が無かった。
いまはだいぶ落ち着いてるけど初めのことなんてとっても大変だったのだ!
でも、その大変さはきっとあの人にプラスに働くにちがいない。
私は、薄く笑みを浮かべつつあの人に言葉を掛けるヒルダさんをみてそう思った。

「お帰りなさい。ヒルダさん、ウォーリーさん」

近づいてきた2人に私は声を掛ける。
案の定、私に気づいていなかった2人は驚いたようにこちらを見る。

「あら、ヴィヴィじゃない。貴方、何でこんなところにいるのよ。」
「…お帰り、か…。
 その言葉自体久しく聞いてなかったが…、まさか君に言われる日が来るとは思わなかったよ…」

別に出かけていた人が帰ってきたのだから、おかえりというのは別におかしいことではないと思うのだけど…?
ウォーリーさんの言葉に私は内心首をかしげる。

「なんでって、2人のお出迎えですよ?」
「あんた、私が出かけてたときにそんなことしたこと無いじゃないの。」
「なに言ってるんですか。最初の頃は来てましたよ!
 ただ、ヒルダさんがここを利用するのはしょっちゅうでしたし、そのうちに来なくなっただけです!
 今日はウォーリーさんがいらっしゃいますからね。久しぶりにここまで着ました!」

なんだか、ヒルダさんが変なことを言っているのを訂正して、2人を車まで先導する。

「でも、ウォーリーさんが戻ってくるのに結構時間がかかりましたね。」
「…なに言ってるんだ君は。これでも相当速いほうだと思うんだが…。
 ヒルダが裏で手を回したらしいから、これだけ速いんだぞ。」
「そうなんですか?
 でも、なんでまたヒルダさんはそんな事を?」

私は疑問に思ったことをヒルダさんに投げかける。
そんなにウォーリーさんを早く引き取りたかったのだろうか。
ひょっとして…、もしかして、それって…

私の言葉を聞いたヒルダさんは額に手を当ててため息をつく。

「…何を言ってるのよ…。あんたのためでしょうが。
 こいつにはあんたにかかってる操作を解除させないといけないんだから。
 それが早ければ早いに越したことは無いでしょうに。」
「ああ、なるほど…、そうでしたか…。」

なんだ、私の想像は見当違いだったみたいだ。
うーむ、そう考えるとヒルダさんってそういう人いないのかな?
綺麗だし、格好いいし、強いしでとっても凄いのに…
私はじっとヒルダさんの顔を見てしまう。

「なに、私がどうかした?
 というか、貴方のためだって言うのにそのがっかりした返事は一体なんなのよ。」
「あ、いや、私のためにしてくれたってのは嬉しいんですけど…。」

別方向でがっかりしたのは確かなので自然と答えが煮え切ら無いものになってしまった。
ヒルダさんはそれも不満だったようだが、やがて気にしないことにしたのか追求してくることは無かった。

一方の私は、頭の中でこの件をヒルダさんに直接聞いてみるか否かで会議中だ。

"ヒルダさんってお付き合いしてる男の人とかいないんですか?"

そう、口にするかどうかの議論は白熱し、結果はやめておくことに議決される。
ちなみに理由は、"なんとなくしないほうがいい気がしたから"というものだったが…。
うん、だって、私のカンはよく当たるのだから。

そうこうしているうちに停めてあった車にたどり着く。
ウォーリーさんが若干の躊躇を見せたもののヒルダさんに押し込まれ車のドアが閉められる。
私も車に乗り込んで、我が家へと帰るのだった。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


我が家へ着くとそのままリビングへ。
今日は、父も母もいないのだけど、ヒルダさんがいるからウォーリーさんを通しても問題ないと思う。
ウォーリーさんは家に入るときも躊躇していたのだけど、ヒルダさんに何か言われると右頬を押さえてしたがっていた。
そういえば、右頬が少し赤くなっていた部分が有ったけど、なにかにぶつけたのかな?

私は2人にお茶を出してリビングにあるソファーに座る。
すると、座ることもなくヒルダさんがウォーリーさんに声を掛けた。

「お茶なんて後回しにして、さっさと解除して頂戴。」
「少し落ち着つけ。出来るだけリラックスしていたほうがいいんだ。お茶ぐらい飲ませてやれ。」

その言葉を聞き、ヒルダさんは憮然とした表情でソファーに座る。
私は、お茶と一口のみ軽く息をつく。
お手伝いさんが入れてくれるお茶はいつもおいしい。
自分で入れてみることもあるのだけど、同じ葉っぱを使ってるはずなのになんでこんなに差が出るんだろう?
そんな事をつらつらと考えつつお茶を飲むと自分でも気分が落ち着くのが分かる。

そんな私を神経質そうに机を指で叩きつつ見ていたウォーリーさんが話しかける。

「うん、そろそろいいだろう。
 予め言っておくけど、ヒルダ、ヴィヴィアンの様子が変わってもおとなしくしておいてくれ。
 途中で止めるのは一番良くないんだ。頼むぞ。」
「…分かったわよ。でも、変なことしようとしたら容赦しないからわよ。」
「そんなことしないさ…。」

若干疲れたような声でヒルダさんに答えたウォーリーさんは私の前に一本の指を出す。

「それじゃ、ヴィヴィアン。この指を見て。」

私は、その声に不思議と逆らえず、目の前にある指を見る。
その指はふらふらと揺れ、私の目もその指を追って動く。
ウォーリーさんは何か私に話しかけて、その指が下に落ちる。
その指を視線が追うのと共に、私は何処か深い場所へ沈んでいった…





…私はどこか深い場所をゆっくりと漂う…
…漂う私はとても落ち着いていて心地よい…
…出来ればずっとそこにいたいぐらいだったけど…


…何処かで私を呼ぶ声がする…
…その声に引っ張られ、私の体が浮いていく…
…その心地よい場所から離れなければならないのが少し寂しかった…





「…さぁ、ヴィヴィアン。目が覚めたかい?」
「…はい。」
「よし、なら私が手を叩くとすっきりと目が覚めるよ。」

私は、ウォーリーさんが手を叩いた音を聞いてすっと目が覚める。

「気分はどうだい?」
「?別になんとも無いですけど…?」
「そうか、それは良かった。
 ということですべて終わったから、ヒルダ、これをどうにかしてくれないか?」

ウォーリーさんはヒルダさんに向かって話しかける。
でも、そのヒルダさんはウォーリーさんの声を無視して私に話しかけてきた。
私はその声にちょっと驚く。だって、ついさっきまで正面にいたと思ったのにその声は横から聞こえてきたのだから。

「ヴィヴィ…。ほんとに大丈夫なの?」
「なにがですか?というか、ヒルダさんさっきまで正面に座ってませんでしたっけ?」
「何を言ってるの!あれからだいぶ時間がたってるわ!」
「?ヒルダさんが何を言ってるのかよく分からないのですけど…」

時間も何も、ヒルダさんが正面にいたのはついさっきだったと思うのだけど…

「あー、ヒルダ。あんまり混乱させるようなことは言わないほうがいい。
 あと、いい加減この鞭を外してくれないか。
 まったく、おとなしくしておいてくれって言ったのに…。」

そういうウォーリーさんを見ると、その首にはヒルダさんの第三の手(フィアー・タッチ)が巻かれていた。
私には状況がまったく分からない。
一体何があったのだろう?

「うるさいわね。ヴィヴィに変なことしたら容赦しないとも言ったでしょうが。」
「変なことなんてしてないさ。
 なんにしろ、ヴィヴィアンにかかっていた操作は全部解除したよ。」
「え、私に何かあったんですか?
 別に何かかわったこともない気がしますけど…。」
「…、しょうがないわね。ヴィヴィアンも大丈夫そうだし信用しましょう。
 で、本当に変なことをしてないんでしょうね?」

ヒルダさんがウォーリーさんに詰め寄る。
たぶん、私のことを心配してくれてるってのは分かるんだけど…。
正直、何がなんだか分からなくて私は置いてきぼりになった気分だ。

「変なことってなんだ?」
「それは…、ヴィヴィに聞かせられないようなことよ!」
「ああ…、そういうことか。
 もちろんしてないとも。というかヒルダもここにいただろうが。」
「今はいいのよ。でも、今みたいなことを毎週のようにしてたんでしょう!?」
「だからしていないというのに。というか出来ない。
 そんな事をしようとしたものなら、ヴィヴィアンは即座に目が覚める。」
「それは本当でしょうね…?」
「嘘をついて如何する。
 基本的にヴィヴィアンがいやだと思うことを無理やりさせることは出来ないんだよ。
 ヴィヴィアンがやってもいいかなと思う程度のことぐらいしか無理だ。」
「でも、何も知らないヴィヴィアンだと誤魔化されてやりそうじゃない!」
「それは…。確かに、否定できないな…。
 それを言われると信用してくれとしか言えないが…。」

やっぱり何を話しているか分からない私はもはや蚊帳の外だ。
しょうがないので無理やり会話に参加することにする。

「えっと…、多分私のことを言ってると思うんですけど、何の話をしてるんですか?」

そんな質問をする私をヒルダさんは慈愛の視線で見てくる。なんだか気持ち悪い。

「…ヴィヴィアン、貴方にはまだ早いのよ。」
「いや、早いことは無いだろうが。もう15歳になるのだろう?
 流石に過保護すぎるぞ。むしろその手のことを知らないほうが危険だと思うが…」
「うるさいわね…。さっき気持ち悪い口調で話してたくせに口を出さないで頂戴。」
「な!あれは誘導のときに不安を抱かせないためにだな!」

ヒルダさんとウォーリーさんはぎゃーぎゃーと言い合いをはじめる。
やっぱり私は置いてきぼりだったけど、諦めた私は目の前に有った飲みかけのお茶を手に取った。
そのお茶が冷えていることに気づいた私は新しいお茶を貰いに部屋から出る。

多分戻ってきたときにはあの2人も落ち着いているだろうし。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


私が部屋に戻ると、もう2人は落ち着いたようだった。
ただ、どういう結論になったのか分からないけど、ウォーリーさんの顔に増えた傷は見なかったことにすることにする。
なんだかつつくと蛇どころじゃないものが出てきそうな気がしたから。
そんな2人は私が部屋に戻ったのに気づくとこちらに視線を向けてきた。

「ああ、ヴィヴィ戻ったのね。
 …ちょっと、あとで話があるわ。とても、大事なことだからしっかり聞きなさい。」

なんだか、ヒルダさんが重々しく私に話しかける。
ウォーリーさんはそんなヒルダさんの言葉をうなずきながら聞いていた。

「はぁ…、別に構いませんけど…。今じゃダメなんですか?」
「い、いまは、ちょっとね。その話はあとでね。
 それよりも話さないといけないことがあるのよ。」
「なんなんですか?」

私は新しく持ってきたお茶を机に並べながら答える。
私はそのままお茶に口をつけて、一口飲んだ。うん、おいしい。

「それはね、貴方の発のことよ。」
「発って念の必殺技の発ですか?」
「そう、それよ。あなた、今それをもってないと思ってるでしょ?」
「え?だって、私そんなの使ったこと無いですよ?」
「いいえ、貴方は使ってるわ。それも日常的に…ね。
 ちょっと、これを見て。」

そういって指を一本上げる。
私は反射的に"視"て、そこにデフォルメされた私の顔があった。
おお、ヒルダさんの久しぶりの…、宴会芸…だっけ?
とにかくそれをみる。

「あ、その似顔絵久しぶりですね。相変わらず上手ですねぇ。」
「それが貴方の能力よ。」
「え?」

これが私の能力っていうと…、似顔絵にされるのが?
…ぜんぜん意味が分からない…。

「ちょっと、意味が分からないんですけど…。」
「貴方のその凝だけどね。それはすでに能力の域よ。
 最近気づいたのだけど、貴方それで遠くが見えるようになるんでしょう?」
「え、確かにそうですけど…、みんなそうなんじゃないんですか?」
「違うわ。普通の凝って言うのは隠された念を見えるようになるだけよ。
 遠くが見えたりとかなんてしないわ。
 多分その能力によって、視界から得られる情報がだいぶ増えてるんでしょうね。」
「…はぁ、そうなんですか。」

なんだかいきなり言われたので頭がついていかない。
つまりは、私の凝は普通とは違ってそれが能力ってことなのかな。
うーん、必殺技ってもっとこう派手なものを想像していたからちょっと残念だ。

「たぶん、貴方のカンが良く当たるのもその能力でしょうね。
 カンって言うのは得られた情報から無意識下での答えを得るものよ。
 貴方の場合は前提となる情報量が普通よりも多いのだから良く当たるようでも不思議じゃないわ。
 …ところで、ウォル。なにあんたまで驚いてるのよ。
 あんたは知っていたんでしょう?」
「いや、知らなかった。
 俺が知ってる情報はすべてヴィヴィアンからの伝聞だぞ。
 本人が認識してないものなんて知りようが無いだろうが。」
「…、それもそうね。まぁいいわ。
 どう、ヴィヴィアン分かったかしら?」

そう聞かれて整理するが、さっき考えた通りなんだろう。
やっぱりちょっと残念。

「…ええ、まぁ、分かりましたけど…」
「なんだか不満げね…。
 何よ、凄い能力じゃない。これほど汎用性の高いのもなかなか無いわよ。
 しかも、無意識で作ったって事は自分との相性は最高クラスでしょうしね。」
「まぁ、そうなんですけど…。
 なんというか、必殺技ってもっとこう…、どかーん!って感じのものだと思ってたので…」
「何よ贅沢ね。
 まぁ、あんたならこれからそんな感じのを作るのことも出来ると思うわよ。
一層訓練に励みなさい。」
「はい!」

うん、そうだ。
別にもう持ってたって新しく作るのが無理なわけでは無いだろうし…。
よし、訓練をがんばろう!

そう思っているとウォーリーさんが立ち上がる。
私は思わずそれを見上げた。

「…、話は終わったようだな。ヒルダはここに泊まるのだろう?
 私は町で宿でも探すからお暇させてもらうよ。決まったら連絡すればいいだろう?」
「ん、そうね。それでいいわ。あんたが問題起こすと私の責任になるんだからくれぐれも注意してよ。」
「心配するな。群衆にまぎれるのは得意だ。」

私はその言葉を聞いて疑問に思う。

「え、ウォーリーさんも泊まるんじゃないんですか?
 客室なら余ってますよ?」

それを聞いたウォーリーさんは額に手を当てため息をついた。

「ほらヒルダ、やっぱり教えておかないとダメだろう?」
「ええ、まったくね…。」

2人はまたも私に分からないやり取りをする。

「なんにしろだ、俺がここに泊まるのはいろいろと良くない。
 ちょうど、義手も探さないといけないしな。少し1人になりたいんだ。」
「それなら、分かりましたけど…。」

私はウォーリーさんの言葉にしぶしぶうなずく。
ウォーリーさんは一言挨拶をして部屋から出て行く。
もうちょっとあの人と話をしたかったので少し残念だ。

「さて、ヴィヴィアン。ちょっと貴方はお勉強の時間よ。」

部屋に残っているのは私とヒルダさんの2人だけ。
そう笑顔で話しかけてくるヒルダさんがなんだか私は怖かった。



[20016] if after 4 片腕
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:08
俺がこの町に戻ってきてから大体一ヶ月ほどがたった。

その間俺がやったとこは大まかに言って3つ、ヒルダのターゲットの情報を集め、義手の作成、ヴィヴィアンの催眠のアフターケアだ。

ヒルダのターゲットの情報を集めるのはさして難しくも無い。
「小人の囁き(フェアリーテール)」を使えば初対面でも口が滑りやすくなるし、多少頑固な相手でも「小人の打楽器(ホビット・パーカッション)」を併用すれば意外と喋る。
なに、喋らなくても悪印象を持たれることは無いのだから通っていればそのうち話してくれるのだ。
催眠まで誘導しなくても、この能力は対人において十分通用する。
まぁ、情報を集める者と実際に動く者が別なのもプラスに働いているようだ。

正直、ヒルダは目立つ。
念がどうこうという以前に、造詣が整っている女性はまず男の目を引くし、彼女が纏っている覇気とでも言うものはなかなか人に忘れられない。
実際、今までも情報を集める段階で、向こうに気づかれ逃亡されて面倒なことになったということがあるらしい。

まぁ、取りあえず、俺はヒルダの役に立っているようで何よりだ。
現在の俺の生活費はヒルダ持ちで有るからにして、役立たずの無駄飯ぐらいでは流石に申し訳ない。
あとは、ヒルダが面倒くさがる書類関係の処理なんかも引き受けることになった。
なに、もともとは事務屋だったのだ。
この程度の書類の処理など負担でもない。

次にやらねばならなかったのはヴィヴィアンのアフターケアだ。
催眠とは解除すればそこで終わりというものではない。
ヴィヴィアンの被催眠性は、もともとの素養に加え、長期にわたって定期的に行われていたため非常に高い。
また、無意識化でカウンセリングの真似事をしていたのだから、それがなくなったことの反動も考えられる。
ここに戻ってきたときに行ったのは、直接的な行動に結びつく条件誘発型の後催眠を解除しただけである。
というか、それぐらいしか出来ない。

俺がヴィヴィアンにかけた後催眠として一番大きいのが朝のジョギングだろう。
当然、それに思考が行くような誘導は解いたが、多分ヴィヴィアンは止めないだろう。
何故なら、それはすでに催眠の域を超えて習慣になってしまっているからだ。
むしろ、それでストレスの発散を行ってると思われるのを催眠によって誘発された行動だからと禁止しては逆に問題がおきかねない。

というわけでヴィヴィアンの催眠に関しては経過を見つつ対処療法的に当たるほか無く。
取りあえず、最低でも一年ほどは様子を見る必要がある。
ヒルダにそのことを話すと、案外あっさり了承し、その間はこの町を拠点とすることになった。
ヒルダも、あと一年ほどはヴィヴィアンの様子を見ていたいらしい。

すでに相当な実力を持っているヴィヴィアンだ。
あと一年、ヒルダの元で心構えなどを習いつつ研鑽に励めば立派なハンターになることが出来るだろう。
まぁ、彼女の場合その心構えが一番大きな問題である気はするのだが…。

そうそう、これは余談だが解除した日に発生したと思われるヒルダ先生の授業だが…

…あまり、結果は芳しくなかったらしい。

どういうことかといえば、別にそういった知識が無いわけでもないらしいのだ。
だが、実感というか危機感というか、そういったものが欠けているため、不用意な言動に繋がるとのこと。
目下、ヒルダ先生はそういった方面の情緒教育を母親を巻き込んで行っているらしい。
正直、干渉しすぎではと思わなくも無いがヴィヴィアンも別段いやそうではないので構わないだろう。

…実はその原因に心当たりが俺にはある。
誘拐のときの記憶の封印のために行った誘導が影響している気がしないでもないのだ。
男への恐怖をそのままにしていると、咄嗟のことで誘拐されたときの記憶が噴出しかねないためその対策を行ったのだ。
これをヒルダに言うと理不尽に怒られそうなので言ってはいないが…
今更あの記憶をリアルに思い出させるのもヴィヴィアンにとってもよくないことだろう。
うん、まぁ、ヒルダ先生にはがんばって貰いたい。

さて、最後に義手の作成だが…
この町に帰ってきてヴィヴィアンの邸宅にお邪魔した帰りにそのような店に寄ったのだが、どうやら基本はオーダーメイドであるようだ。
まぁ、考えてみれば手など個人差が大きいのだから既製品などでは不具合が大きくなるのだろう。
この金もヒルダ持ちであるからにして、その後会ったときに相談したのだが、「好きにしなさい」と一言で終わった。
流石にその一言で終わるほどの金額でもないのだが…
彼女の金銭感覚はちょっとおかしい。それほどハンター稼業とやらは儲かるのであろうか?
まぁ、取りあえず私は気にしないことにして、せっかくオーダーメイドなのだからと少し注文を付けてみた。
といっても、間接が普通の腕と変わらないように動くものをといっただけだが。

注文を受けた側に動力も無いのに関節をつけて如何するのかと首をひねられたのだが、そこは取りあえず誤魔化し押し切った。
流石に不思議な力で動かすんですというわけにもいかない。
その義手が先日完成し、俺の手元に来たのだがやはり請求書はなかなかの金額を示してあった。
それをヒルダに渡したのだが、そのときの答えは「そんなことでいちいち手を煩わせないで頂戴。」というものだった。
彼女の金銭感覚に諦めを覚える一件だったが、それに利を得ている俺が口を出す問題でもないだろう。

現在はその出来上がった腕に神字を刻んでいる最中である。
刻む文字自体はすでに別紙に概要を書き出してあり、後はそれを只管刻むだけだ。

作業も半ばを超え、基幹となる部分は刻み終えたため、後はこの義手にオーラが込めやすいように只管開いた場所に文字を刻んでいくだけだ。
基幹となる部分は歪みが有ればオーラの通りが悪くなるため気を使って刻んでいたが、この部分はそこまで神経を使わなくてもいい。
すでに夕方を過ぎ辺りが暗くなっている時間だが、今日中には書き終わるだろう。

俺が作業に入ろうと筆と彫刻刀を手元に寄せると、不意に玄関のチャイムが鳴る。
どうやら来客のようだ。

今俺が借りているこの部屋に来る客など片手で足りるほどもいないが、今夜会う予定など無かったはずだが…
いや、こちらの予定など気にしてこない相手が1人いるが、その場合は俺はもっぱら呼び出されるほうで、向こうから来ることなどないといえる。
取りあえず、心当たりの無い俺は引き寄せたばかり道具を再度脇に寄せ、玄関へと向い戸を開ける。
果たして、そこに立っていたのは、いつも俺が呼びつけられる相手であるところのヒルダだった。
その予想外の人物に俺は少し面食らう。

「こんばんわ、ウォル。」
「ああ、こんばんわ、ヒルダ。どうした、君がここに来るとは珍しいじゃないか。」
「別に、ちょっと話があるだけよ。」
「だが、いつもは俺を呼び出すだろう?」
「貴方が義手の請求書を持ってきたんじゃない。
 多分、作業してるんだろうって気を使ってあげたのに。その言い草とは酷いわね。」

俺はその言葉に若干のショックを受ける。
基本的にヒルダは俺のことなど気にも留めてないと思っていたのだから。
ヒルダはそんな俺を特に気にせず部屋に入ってくる。

「あ、ああ、それはすまないな。」
「まぁ、いいわ。…、相変わらず狭い部屋ね。」
「あいにくと貧乏性でね。あんまり広いと逆に落ち着かないんだ。」

一見嫌味とも取れるヒルダの言葉だが、彼女にその気が無いのは明白だ。
なぜなら、この部屋の家賃もヒルダが払っているのだから。
だから彼女は純粋にもっと大きいところにすればいいのにと思っているだけ。
実際、部屋を決めるときにもそういわれたしな。

「あっそ。貴方がいいならそれでいいけどね。
 あら、これが例の義手?もう結構書いてあるじゃない。
 …このミミズがのたくった様な字はなに?
 こんなの見たこと無いのだけど。」
「ああ、それか。それは筆記体で書いてるからだな。
 文字と文字が連なるからオーラを特定の方向に流したいときには重宝する。」

俺は一応説明するが、案の定ヒルダは聞き流した。

「ふーん、で、あとどれぐらいで出来るのよ?」
「そうだな。今日、明日というところかな。」
「そう、なら、今日中にやりなさい。明日からまた仕事が入ったわ。」
「それは構わないが…。話というのはそれか?」
「ええ、どうやらこの町に賞金首が入ったらしいわ。」
「そいつは珍しいな。その情報は協会から?」
「そうよ。私が動くほどの相手じゃないらしいけど、一番近くて今はフリーだから私に白羽の矢がたったって訳ね。」
「なら、俺はそいつの潜伏先なりの動向を調べればいいわけだな。」
「ええ、賞金首の詳細については自分で協会に問い合わせなさい。情報を回すようには言ってあるわ。」
「了解した。」

俺は短く言葉を返す。
そんな俺にヒルダは付け足すように声を掛ける。

「ああ、そうそう、直接的な危険度は低い相手のようだからそんなに急がなくてもいいわよ。」

そういってヒルダは部屋から出て行った。
明日までに腕を仕上げろといったり急がなくてもいいといったりどっちに従えばいいのやら…
まぁ、早く動くに越したことは無いだろう。

さし当たって義手の完成を急ぐことにして、俺は先ほど追いやった道具を再び引き寄せたのだった。



[20016] if after 5 ”気を絶つ”技
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:08
私はいま、家の庭の芝生に寝転び空を見上げている。
今日もとってもよく晴れていて、暑い一日になりそうだ。

最近、ヒルダさんはブラックリストハンターとしての仕事を再開したので、私との訓練もたまにやる程度になってしまった。
私はヒルダさんが居ないときも1人で必死に訓練しているのだけど、今まで一本も取れたことが無い…。
そろそろ私も念を覚えて結構経つのだし、本格的に訓練を始めて半年も過ぎのだ。
多少はいい勝負が出来てもいいんじゃないかと思うんだけどな…。

ヒルダさんが「第三の手(フィアー・タッチ)」を使わないで肉弾戦のみだったらそれなりにいい勝負になるのだけど、使われた場合は遠距離からの攻撃を捌くだけで精一杯。
熊さんがやったみたいにダメージ覚悟で突っ込もうにも、彼ほどのタフネスが無い私ではどうしようもない。
近づきさえすればどうにかなるのだけど…。

ちなみに、いまやっていたのは能力有りだったので、私が一方的に叩かれていただけだった。
くそー、いつか鞭を持ったヒルダさんに一撃を入れるのが私の目標だ!

というわけで、私は疲労で芝生の上に仰向けになって空を見上げ、荒い息をついているわけだ。
鞭を持ったまま近づいてきたヒルダさんを私は寝転がったまま仰ぎ見る。

「なかなかの時間耐えられるようになったわね。」
「でも、今回もヒルダさんに近づけもしませんでした…。」
「そりゃね、私も貴方に近づかれるのは嫌だもの。
 それに貴方の行動は読みやすいのよ。もう少し虚実を混ぜることを覚えたほうがいいわね。」
「虚実?ですか?」
「そうね…。簡単に言えばフェイントってところかしら。
 こちらに突っ込んでこようとする気配が分かりやすいのよ。待ち構えられてるところに奇襲じみた攻撃をするなんて自殺行為よ?」

うーん。ヒルダさんの言ってる意味は分かるけど、具体的にどうすればいいのかさっぱり分からない…。
言葉をそのまま受け取るなら、突っ込もうとして止めたりとかすればいいってことなのかな?

「えっと、突っ込む構えをしてやめたりすればいいんですか?」
「まぁ、それだけじゃないけど…。まぁ、貴方の場合は性格的にも向かないわよね…。
 そっか、そろそろそっちもちゃんと鍛えないといけないわね…。」

何気なく呟くヒルダさんの言葉に私は震え上がる。もしかして、訓練がさらに厳しくなるのだろうか…?
最近は自主訓練が多くなってきたのですこし楽にはなってきたのだけど、訓練を開始した直後辺りはとても厳しかった。
あの頃の悪夢が脳裏をよぎる。

そのままヒルダさんを見ている気力が無くなった私は首を横に向ける。

私の目に飛び込んできたのは綺麗に刈り揃えられている芝生の絨毯だ。
だけど、その綺麗な絨毯も先ほどの私とヒルダさんの訓練で見事に荒らされている。
きっと明日来る予定の庭師さんがいつもどおり肩を落とす姿が容易に想像できて申し訳ない気分になる。

芝生といえば、昨日は芝生が綺麗な公園をルルと一緒に新しい服を着て散歩したのだ。

昨日、ルルと行ったお買い物は楽しかったなぁ。
ルルはあんまり自分の服は買わないのだけど、昨日は私が連れまわしていろいろ着せて楽しんだのだ!
ルルは身長のことを言われると怒るぐらい小さいことを気にしているのだけど、それゆえかわいい。
それをいうともっと怒るので心の中にしまっておくのだけど。

「ちょっとヴィヴィ、聞いてるの?」

そんな、ヒルダさんの声で現実逃避から連れ戻された私は、再びヒルダさんの方に首を向ける。
ヒルダさんは手に持った鞭を垂れ下げて、腰に手をやり不機嫌そうな顔をしていた。

これは不味い、と私は直感で感じる。
なんだか、長いお説教が待ってそうな気配を感じるのだ!
確かに注意を逸らしていた私が悪いのだけど、疲れたからだで長いお説教を貰うのは出来れば逃げたい。
私は何とか話を逸らそうと、ヒルダさんのほうを見て、一つだけ話題を思いついた。

「あ!そうだ、ヒルダさん!私ヒルダさんに聞きたいことがあったんです!」
「どうしたのよ、いきなり。」

ヒルダさんは怪訝な顔をしているが、怒っては居なさそう。
私はこれ幸いと話を繋げる。

「前から思ってたんですけど、その「第三の手(フィアー・タッチ)」って人を気絶させることが出来るんですよね?」
「まぁ、念使いには効かないけどね。それがどうしたのよ?」
「いえ、何でそんな機能をつけたのかなって…」
「あら、失礼ね。結構重宝するのよ?
 賞金首なんかを追っているとね、市街地で戦うことや人質を取られることって少なくないのよ。
 そういうときに安全に一般人を排除できるのって助かるの。パニックを起こした人間ほど邪魔なものは無いわよ?」
「へー、じゃあ、どうやってるんですか?」
「また変の事を気にするのねぇ…。まぁ、そんな大した事じゃないし教えてあげましょう。」

そういってヒルダさんは目を細めて私を見てくる。
不味い。たぶん私の思惑はばれている…。

「簡単なことよ、鞭で巻いた人の体を操作して、脳にいく血液を制限してるのよ。
 もっとも、変化系の私ではその手の操作をするのは苦手でね。一般人相手にしか効かないって訳。」
「それって…、簡単に殺せちゃうんじゃないですか?」
「まぁ、そうね…。もともと、気絶と殺害は紙一重だしね。
 でも、私の能力で死ぬことはほぼありえないわ。ただの人間にもオーラは有るのよ。
 そんな命のかかった状態だと無意識の防御で私の操作程度じゃ抵抗されちゃうわ。
 それでも、正しく血流を阻害するとほぼ一瞬で気絶まで持っていけるからね。
 十分使い物になるって訳よ。」

ヒルダさんの説明を聞いていたけど、少し難しくて理解にてこずる。
とりあえず、あの効果で人を殺すことは不可能だってのは分かった。

「でも、何でわざわざそんな事をするんですか?」
「わざわざってあんたねぇ…。
 …そうね。じゃあ、逆に聞くけど貴方だったら人を安全に気絶させようとするなら如何するの?」
「え!私ですか!?えーとですね…。」

いきなり質問を返され私は四苦八苦する。
うーん、気絶させるために如何するか…。
私は取りあえず、よくテレビとかでやっている方法を挙げてみることにする。

「えーと、薬品を嗅がせるとか…。ほら良くあるじゃないですか、クロロ…何でしたっけ?」
「クロロホルム?」
「そう、それです!」
「ダウト。それじゃ人は気絶しないわ。
 相当量吸い込ませないと気絶しないから、しみこませたハンカチを口に当てるだけじゃとても無理。
 そもそも、あんな劇薬を気絶するほど吸い込んだら臓器に異常が出るわよ。
 ついでに言うなら、あの劇薬は肌につくと荒れてひどいことになるわよ。」

私がひねり出した案はあっさり却下される。

「スタンガンを使うとか…。」
「スタンガンじゃ人は気絶しないわ。強烈な痛みによって行動不能になるだけね。
 保護しようとする一般人にそんなこと出来ないでしょう?」
「えーと、じゃあ、頭や首筋を叩いたり、お腹を殴ったり?」
「確かにそれで気絶させることは不可能じゃないけど、貴方は絶対にやら無いようにね。」
「え、何でですか?」
「さっきいったでしょう、気絶と殺害は紙一重よ。相当うまくやらないと相手を殺しちゃうわ。
 頭や顎を叩くのは脳震盪をさせるんでしょうけど、長時間気絶するほどの重度の脳震盪なんて脳に障害が残りかねない。
 首筋を叩くのなんてもってのほか。素人が真似したら洒落にならないわよ。
 お腹を殴るのも、呼吸の隙間を狙って呼吸困難にさせるものだけど相当な苦痛を与えるわね。
 これもやっぱりうまくやらないと体にダメージが残るわ。」

なんだか話が凄く物騒なことになってきた気がする。
確かに、安全のために気絶させるのにそれで殺してしまったら意味が無いどころの話じゃないし…。

「相手にダメージを与えずに無力化するのって案外難しいものなのよ?
 その点、前戦った銃使いの男の能力は便利よね。私は痛いのは嫌だけど。」
「あの、銃弾に当たったらとっても痛いってあれですか?」
「そう、それよ。あれをゴム弾あたりで運用すればほぼ副作用無く無傷で鎮圧が出来るわね。
 ハンター協会で更生してきたら、案外活躍するかもね。」

へー、そういえばあの2人は今頃如何しているのだろうか?
少し気になったけど、私は取りあえず棚に上げる。

「なら、私が安全に人を気絶させようとするには如何したらいいんですか?」
「そうね、一番一般的なのが、柔術でいうところの絞め技ね。うまく絞めれば数十秒で落とせるわ。」
「え、でもヒルダさんはその方法で一瞬なんですよね?」
「私の場合は操作によるものだから椎骨動脈も阻害するからね。絞め技じゃ内頸動脈しか阻害できないのよ。」
「え、えーと?」
「別に名前なんてどうでもいいわ。取りあえず私のは普通に絞めるよりも効率がいいってこと。」
「は、はぁ…」

なんだか難しい単語が出てきてよく分からなかった…。
しかし、そもそも私が習っているのはフルコン系の格闘技なので絞め技は習っていないのだ。

「でも、私、絞め技なんて分からないんですけど…。」
「そうねぇ…。まぁ、これは裏技みたいなものだけど一ついいのがあるわ。」
「どんなのですか?」
「相手の首筋にオーラを纏った手を当ててね、相手のオーラの流れを阻害するのよ。
 まさに、文字通り”気を絶つ”って方法ね。もっとも、これも念使いには効かないけどね。」

なるほど、確かにそれなら私にも出来そう。
相手のオーラの流れを阻害するってのがいまいち分からないけど…。

「それは危なくないんですか?」
「そうね、物理的には何の障害も起こしてないのに意識だけが落ちる感じだから下手な打撃を与えるよりはいいでしょうね。
 ただし、気絶すると無意識に行う受身すらしなくなるから、そのまま倒れて怪我する可能性があるわ。
 貴方にそんな機会が来るとは思えないけど、やるならちゃんと支えなさいよ。」

確かに、ここまで聞いておいてなんだけど、私がこの知識を使うことは無さそうである。
まぁ、本来の目的であるヒルダさんの意識を逸らすことが出来たのだから…

「さて、話は終わったことだし。いろんなことに意識を飛ばしちゃう貴方は特別な訓練が必要みたいね。」

とてもいい笑顔でヒルダさんは私にそう宣告してくる。
うん、私の思惑はやっぱりばれていたようだった…。



[20016] if after Ep. prologue とある少女の決意
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:28
ある晩、なんとなく喉が渇いて目が覚める。
無駄に広い家の中、水を飲もうとキッチンへ私は向かう。

すでにみんな寝静まっている時間のはずなのに、キッチンへ向かう途中にあるリビングから光が漏れていた。
私が何かあるのかと近づくと、母と、祖父母の声がドアの隙間から漏れ聞こえる。

盗み聞きなんてよくないことだと分かっているけど、私は好奇心を抑えられずに耳を澄ませた。

「あの男がこの町に来ているとは本当なのか?」
「…ええ、本当ですわ。お父様。」

祖父の声にこたえる母の声は何かを堪えるようだった。
それを聞いた祖父は、まるで汚いものを見たかのように吐き捨てる。

「そうか…。あの恥知らずがよくもおめおめと顔を出せたものだ。
 まさか、逢っていたのではなかろうな?」
「…ええ、もちろんですわ。あの人のことは伝え聞いただけに過ぎません。」
「そうか、ならばよいのだが。もちろん、これから逢うような予定も無いのだろう?」
「…、勿論ですわ。お父様。」
「そうか…、お前の言葉を信じるとしよう。」

祖父の追及はそこで終わり、母の顔に安堵が浮かぶ。

「それと、これは言うまでも無いことだが…。
 くれぐれもあの男があの子と会うことがない様にしなさい。」
「ええ、分かっております。それにあの人もそれを望んではいないでしょう。」
「ふん、そうだと助かるのだが。
 まぁ、この話はこれでしまいだ。長話をしていてはあの子に気づかれかねん。
 あの子は聡いからな。くれぐれも内密にするようにな。」

祖父はそういって話を終わると、座っていたソファーから立ち、こちらに向かって歩いてくる。
私はあわてて自分の部屋に駆け戻った。

部屋に戻った私はそのままベッドに入り頭までシーツを被る。
私の心臓は早鐘のようになっていた。
勿論、走って戻ってきたことも影響しているのだろう。
でも、それ以上にさっき聞いた話が頭の中を回っている。

そう、祖父がいう"あの男"。それに私は思い当たる人がいる。
祖父が嫌っていて、母が会いに行きたくて、私に合わせたくなくて、今ここにいない人。
そんな人は1人しか思いつかない。

多分、母はすでにその人に逢ったのだろう。
私はそれが羨ましい。
そして、祖父や、母の言葉に従うなら、きっと私はこれからもあの人に逢うことが出来ないのだ。
母の言葉を信じるなら、その人自身も私に会いたくないらしい。

そのことに私の心は締め付けられる。
どうしてそんなことを思うのだろう。
私はこんなにもあの人に逢いたいのに。

私はしばらく布団の中で悶々と悩む。
私は会いたい。
そして、あの人は今この町にいるらしい。
でも、あの人は合いに来てくれない。

そこまで考えて私は不意に思いつく。

――そうだ、あの人が来てくれないなら、私から会いに行けばいいんだ。

私もそろそろ15歳になる。
別に親に庇ってもらわなくても一人で十分歩けるはずだ。
確かに一人で出歩くのは危ないだろうけど、この町は比較的治安がいいし危ない人が居たら逃げればいい。

そう考えた私は、あの人を探すことを決意した。



[20016] if after Ep. ”Walley” 1 探索の日々
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:28
俺は今、燦燦と照りつける太陽の下、街の大通りで車を走らせている。
俺の左手には出来上がったばかりの義手が装着されていた。

結局、ヒルダが帰った後、作業に取り掛かり完成した頃にはすでに日が高く上がろうとする頃だった。
思っていたよりも時間がかかってしまったが、その分良いものが出来たと思う。
いつもならそのまま寝てしまうところだが、今はヒルダに頼まれた仕事があるため下準備ぐらいはしておかないと不味いだろう。
なに、2、3日寝ないぐらいでガタがくるほど柔ではない。戦闘が苦手とはいえ、訓練自体はしているのだ。

それはともかく、現在その義手を付けてみているのだがやはり違和感が大きい。
何故なら、すでに俺の体は片手がないものとしてバランスを取る癖がついているためか、常に左に荷物を持っているように感じてしまう。
俺の腕は上腕の半ばから無くしている為、必然的に義手もそれなりの大きさであり重さもある。
ただ歩くだけでもバランスが悪いためふらふらしてしまう有様だ。

まぁ、それもなれるまでの辛抱だろう。
もともと戦闘など出来る性質ではないし、そういった方面は心配するだけ無駄である。

逆につけてよかったと思えるのは、やはり人目を集めないことだろうか。
腕が無かった時にはもはやそういうものだと思っていたようで気にも留めていなかったのだが、義肢をつけた今ではやはりこちらを見てくる人間が居たのだと思わされる。
腕を付けた今では俺を見てくる人間などまったくの皆無だ。
確かにヒルダの言うとおり情報を集めるのを主眼とするならばこちらのほうが断然有利であると思える。

さて、この腕であるが、筆記体で書かれた神字に沿ってオーラを流せばそれに対応する間接が動くようになっている。
この構成を考えるのはなかなか大変だったが、腕が出来上がる一ヶ月間で何とか設計することが出来た。
つまり、理論的には普通の腕と同じ動きが出来るはずである。

あくまで”理論的には”だ。
俺にそんな器用さを求めないでほしい。
少なくともつけて直ぐにそんな器用なオーラの運用が出来るわけが無い。
今は、この義手にオーラを込めて周を維持するので精一杯だ。
あれだけ神字を刻んで通しやすくしているというのに…。

なんにしろ、当分は付け続けて慣らして行くほか無いだろう。
なに、当面の目的である人目につかないということは達成しているのだ。
それで満足しておくべきである。

さて、新しい相棒を従えた俺が今どこに向かっているかといえば、この町ではちょっと名の知れたホテルである。
別に泊まりに行くわけでは無い。町で営業している宿泊施設をすべて回っているのだ。
この町はそれほど大きくは無いが宿泊施設すべてとなるとさすがにそれなりの数になる。
そのすべてを…となるとなかなか骨だ。
だが、これが俺の仕事なのでサボるわけにも行かない。
俺は、こういった宿発施設に対象が泊まっていないかの確認をしているのだ。

流石に首に賞金がかかっている身分でそのような場所に泊まっているはずが無いと思うだろう?
だが、案外居るものなのだ。
賞金首とはいえ常に気を張っているわけにも行かない。。
特に、こんな地方の町などでは特に気が緩みやすくなる。
となれば、久しぶりに暖かいベットを欲するのが人情というものだ。

もっとも、そうは言うものの俺自身も別に対象が居るとは思っていない。
何故なら、今回の対象は明確に目的を持ってこの町に居るらしいとの情報だからだ。
行きずりの人間ならそういった選択肢も十分考えられるが、明確な目的が有るとなると早々迂闊な行動は取らないだろう。
だが、こういった可能性を一つ一つ潰していくのが人探しでは重要なのだ。

目的のホテルへと到着した俺は印刷した手配書を持って、フロントに確認をするのと共に、もし見かけたら連絡をくれる様に頼む。
こういった頼みごとをするときには、ヒルダから預かっているハンターライセンスの効果は絶大である。
ほぼ間違いなく二つ返事で了承されるのだ。
俺がわざわざ能力で印象操作をするまでも無い。俺はほぼ機械的に施設を回ればいいだけだ。
そもそも、普通であれば俺が1人でこんなところに来ても客の情報は教えられないと突っぱねられるのが関の山である。
其れがカード一枚で事足りるのだ。まさにハンターライセンスさまさまである。

さて、このホテルが終り、残りは半分ほどになった。
日が落ちるころには何とかすべて回りきれるだろう。

次の目的地に向かおうとホテルのロビーを横切ると、不意に見知った姿を見つける。
なぜこんなところに居るのかは分からないが、取りあえず声ぐらいはかけておくことにしよう。
そう思い、俺はその人影に近づいていく。

「こんなところで何をやっているんだ?」
「ひゃい!」

後ろから声をかけたのが不味かったのか、どうやら驚かせてしまったらしい。

「ああ、すまん。驚かせてしまったようだな。」
「あ、ああ、ウォーリーさんじゃないですか!いきなり話しかけられたんでびっくりしちゃいました。」
「ああ、反省しているよ。だが、俺は気配を殺していたわけでもないから気づいていると思ったんだがな。」
「え!?え、えーと、其れは…」

なんだかヴィヴィアンは動揺している。
そして、俺はその理由に思い当たることがあった。

「ああ、心配しなくてもヒルダに言いつけたりしないさ。俺が理由でしごかれるのは少々忍びないからな。」
「え、ええ、そうなんです!ヒルダさんには内緒にしておいてくださいね!」

ヴィヴィアンは凄い勢いで俺の言葉に頷いている。
そんなにヒルダのしごきは辛いのだろうか…。

「まぁ、其れはいいが、こんなところで如何したんだ?このホテルに何か用事でもあったのか?」
「ええっと…、ええっとですね…。…あの、そういうウォーリーさんはなんでここに居るんですか!?」
「俺か?俺はただの仕事の人探しだな。」
「あ、あのですね!私もちょっと知り合いを探してて…」

何というか…、本当にうそのつけない子だな…。
まぁ、あまり干渉するものでもないだろう。

「そうか、其れは邪魔したな。俺はそろそろ移動しないといけない。あんまりヒルダに心配を掛けるなよ。」
「あ、はい、大丈夫です。直ぐ移動すると思うんで。」
「そうか、それならいいが…」

俺はヴィヴィアンに別れを告げ、車で次の目的に向かおうと思ったが、ポケットの中にあるものを思い出して足を止める。

「あ、そうだ、ヴィヴィアン。渡そうと思ってたものがあるんだった。」

俺はポケットから出した小さい紙の包みを幾つかヴィヴィアンの手に乗せる。

「え、これってなんですか?」
「簡単に言えば爆竹みたいなもの、かな。念を込めて少しすると破裂して大きい音を立てるんだ。」
「はぁ…、なんでまたそれを私に?」

確かに話が唐突過ぎたか…。
俺としてはいつか渡そうと思っていたものであるのだが。

「いや、いつも渡そうと思っていたけど、なかなかタイミングが無くてね。
 俺の能力は知っているだろう?その音には人の注意を引き付ける効果が大きいんだ。
 だから、困ったことがあったらそれで注意を逸らして逃げるといいよ。」
「へぇー、すごいですねぇ!」

この爆竹は俺の手製の特注品だ。
火薬を巻く紙に神字を書き込み、俺の念を込めて製作したものだ。
発火用に記した神字の効果によってオーラを込めるだけで発火し破裂する。
大きな音がなるため、「小人の祝砲(ホビットクラッカー)」による緊張効果の付与と相性がよく、初見であるならほぼ間違いなく注意をそらせる。
俺ではその一瞬もすぐさま過ぎ去ってしまうが、ヴィヴィアンなら戦闘から離脱することも可能だろう。
まぁ、念のために渡しておこうと思っていたのが今になってしまっただけのこと。

反応を見るに喜んでもらえたようで何よりだ。

「無くなったらまたあげるから来るといい。」
「はい、ありがとうございます!」
「それじゃ、俺は移動するよ。またな。」
「はい、さよならです。」

俺はその声を背に、改めて乗ってきた車へ向かうのだった。



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日か沈み始める頃、何とかすべての施設を回りきることが出来た。
これで対象が正規の宿を取ることは出来なくなったわけだ。
ないだろうと思っていても、しっかり足元から潰していくのが探し物のコツである。

さて、徹夜から動きまわっていたため少々疲れたが、今日はまだ寄るところがある。
俺は車を走らせ、とある郊外の廃ビルの前で停める。
そこで俺は車から降りた。

俺はその廃ビルに向かって歩き出す。
ビルの中からはこちらの様子をうかがういくつ物視線が投げかけられていた。

俺はその視線に構わず、ビルに入ると勝手知ったると階段を上り、奥まった一つの部屋に入った。

そこには数人の少年たちと、その中央でソファーに座る大柄な赤毛の少年がいた。

「よう、悪餓鬼ども、元気にやってるか?」
「ついさっきまでは元気だったさ。あんたが来たからそれもおしまいだな。」

俺は真ん中に座る赤毛の少年に話しかける。

「そいつはご愁傷様。気付け代わりにいい話を聞かせてやろうか?」
「ふん、いい話かどうかはこっちで決める。取りあえず話しな。」

この赤毛は見たところ18歳ほどだと思うが、俺が組織の一員だった頃からの付き合いだ。
何せ、人手を使って情報を集めるならこういったストリートチルドレンを使うのは最適なのだ。
俺自身がストリート出身であるし、肩書きは組織の幹部であったため、ここらの餓鬼どもには出世頭として一目置かれている。
もっともその組織もすでに壊滅してしまっているのだから、その肩書きは役には立たないのだが。
ちなみに、所属した組織が壊滅してから一ヶ月ほど音沙汰も無く死んだと思われていたらしい。
ひょっこり戻ってきた俺が顔を出したときはだいぶ驚かれた。そのときは、幽霊に対するような態度だったのだが…
だが、ヒルダの仕事を手伝う上ですでに何度が顔をあわせている。
もはや態度は昔に戻ってしまったな。

そう、俺を組織の幹部だと分かっていたときからこいつはこんな憎まれ口を叩いてくる。
なかなか肝が据わった奴だ。もっともそれぐらいで無いと餓鬼どもをまとめる頭にはなれないのかもしれないが。

「なに、いつもどおり人を探してほしいだけだ。対象の詳細はこの紙にある。」
「…ふん、報酬は?」
「それもいつもどおり…だな。他には何か?」

いつもはここで会話が終わり、あとは定期的に情報を聞きにくるだけなのだが…
珍しく赤毛が質問を返してきた。

「…その左腕はいつ生えたんだ?」
「あん?…ああ、これか。生えたのは今日だな。」
「折角のチャームポイントだったじゃないか。危うくカツアゲに向かうところだったぞ。」
「まぁ、俺も必要ないといったんだがな。上司の命令には逆らえんのが勤め仕事の辛いところだ。
 ”平凡なのが取り柄なのに、その腕のせいで台無しだ”だそうだ。
 まぁ、確かに車の運転はしやすかったが。」
「…まさか、本当に生えたのか?」

赤毛は疑わしそうに聞いてくる。
確かに、見た目重視の義手は本来そういった作業をするには向いてない。
それが両立しているのはなかなか考えづらいだろう。

「それこそまさかだ、義手だよ。ちょっと特別性ではあるがな。」
「ふん、金回りがよさそうで羨ましい限りだな。
 まぁいい、仕事のほうは分かった。急ぎか?」
「いや、案外そうでもないらしいが…。
 賞金首だしな。いつまでこの町に居るか分からんから出来るだけ早い方がいいのは確かだ。
 ああ、そうだ。今回は多少派手に探してくれても大丈夫だ。その分早く結果が出てくれると助かるな。」
「そうか、手の空いた奴にやらせて置こう。また聞きに来い。」
「ああ、また来る。それまでのたれ死ぬなよ。」
「そんときゃ、あんたみたいに化けて出るだけさ。」

俺は赤毛の声を背に、部屋を出る。
さて、これで今日のところの仕込みは終わりだ。

一般的な宿泊施設に泊まれないなら、路地裏、公園、或いは空き家などで寝るしかない。
だが、それらにもっとも詳しいのはストリートに生きる彼らだ。
たとえ絶があったとしても、長期間にわたり彼らのテイトリーでやり過ごすのは難しい。
これで彼らにも見当たらない様であるなら、郊外の廃墟の何処かに潜んでいるのだろうと見当がつく。

というか、宿屋回りや、少年たちへの根回しはむしろ鳴子の意味に近い。
これだけ街中で探されているのが分かれば、郊外の廃墟に移動しなければ発見されると気づくだろう。
そこまで探索範囲を限定できれば後は自分の足で稼いで捜索するだけだ。
本来、ストリートの彼らにはなるべくばれないように探してもらうのだが、今回の対象はこの町から離れないとの予測がある。
そのため、少々強引な手段を用いても大丈夫だと判断した。

ちなみに、ヒルダではストリートの子供たちの協力を得るのは難しいだろう。
何故なら基本的に彼らは公権を嫌う性質がある。
今の俺の仕事もそれに似たようなものであるのだが、これまでの関係が有るので相手をして貰えているのだ。
信頼というのは一夕一朝では得られないものなのだから。

俺は、廃ビルの前に停めた車に乗り込みエンジンを掛ける。
そのまま俺は自室への道を辿る。

後は、仕込んだ材料が煮詰まるのを様子を見ながら待つだけだ。
部屋に帰った俺は37時間ぶりでベッドと再会出来たのだった。



[20016] if after Ep. ”Walley” 2 思わぬ客
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:28
赤毛にダウンタウンでの調査を依頼した次の日から、俺は郊外にある廃屋の類を見て回る。
対象が潜んでいそうなものを選別するためだ。
俺の予想以上に隠れるのに適した建物が多く、こちらを自分の足でつぶすのはなかなか時間がかかりそうだ。
ヒルダにも協力を頼んだのだが、ほかに仕事が入っているようであまり乗り気ではなかった。
まぁ、空いた時間にやってくれるとは言っていたので期待せずにおくことにする。

赤毛にダウンタウン周辺の探索を頼んでから一日置いた夜、一度報告を聞こうと彼らの元に行くことにした。

俺は愛車を走らせて彼らがアジトにしている廃ビルに向かう。
唯でさえ退廃的な雰囲気を漂わせるダウンタウンの大通りをそれ、入り組んだ道をしばらく走る。

俺は窓を開け、車に入ってくる埃っぽい風を楽しみながらドライブをしていたのだが、不意に道の脇に何人かの少年が倒れているのを発見し、ブレーキを踏んだ。

俺は車を脇に止め、倒れている少年たちに近づく。
何人か疎らに通行人も居るが、みな見てみぬ振りでそそくさと移動していくばかりだ。
なんとも世知辛い世の中だなと嘆きながら彼らの近づくと、通行人が無視していた理由を理解する。

彼らは俺が頼んだグループに所属する少年たちだったのだ。
確かに、一般人からすれば関わりあいになるのは避けようとするはずである。
こういうところが裏家業の辛いところだ。

流石に顔を知っている俺がこのまま放置していくのも目覚めが悪い。
どうせ彼らのアジトに行くのだし、多少荷物が増えるぐらいかまわない。
あの赤毛にいい土産が出来たと思おう。
もっとも、俺の車は小さなワンボックスだ。
俺を合わせて6人乗るのは無茶にも程があったが、残りの道のりも少ないことだし彼らには我慢してもらおう。
まあ、全員意識を失っているから文句は言わないので問題はない。

5人を何とか車に詰め込んだ俺は、改めてアジトの廃ビルに向かう。
一気に重たくなった車は、動くにも止まるのにも危ない限りだったが、何とか事故にならずに目的地まで到着した。
俺は、そこで後部座席に積み重なった5人の男を車から下ろして、地面に寝かせる。
流石に中まで運ぶほどお人よしではない。
こうしておけば仲間なり何なりが運び込んで介抱するだろう。

そのまま車に鍵をかけ、廃ビルの中に入り、赤毛が居るであろう部屋へと向かった。
部屋に入ると、相変わらず赤毛はソファーに座ったまま俺を出迎える。
俺はいつもどおり気軽な調子で声をかけた。

「よ、生きてたようだな。」
「はん、3日ぐらい何も食わなくたって生きてるだろうが。」
「そりゃそうだな。ところで今日は面白い土産を持ってきたぞ。」
「あん?なんだそりゃ?」

俺が言った言葉に、赤毛は訝しげに返す。

「ここに来る途中に、何人か人が倒れてるのを見つけてな。
 好奇心で近づいてみたら、見たことある顔だったんでここに拾ってきた。」
「…またか。
 ああ、拾ってきたくれのたのは礼を言う。
 暢気に路上で寝てるところを敵対グループに見つかったら面倒なことになるからな。」
「まぁ、それなりの時間寝てたみたいだから、懐の中は寒いだろうがな。」
「それに関しちゃいつもと変わらんだけだ。暖かかったことなんざ無いからな。」
「それは重畳。で、またかってどういう意味なんだ?」

俺がそう聞くと赤毛は苦虫を噛み潰したかの様に顔をゆがめる。

「…ここ数日、似たようなことが幾つかあってな。
 それが原因で下っ端の餓鬼どもが、他のグループにつっかかってんのさ。
 ったく、無駄に喧嘩しても腹が減るだけだってのに…
 それを抑えるのが億劫なだけだ。」
「なんだ、その口ぶりじゃ良くある抗争が原因じゃないのか?」
「どうせ、あんたが拾ってきた奴らも顔は不細工なままだったんだろ?
 衝突して殴り倒されたんなら、顔はもっとかっこよくなってるだろうよ。」

思い返してみると、倒れていた少年たちは気絶しているだけでどこにも殴られたような跡が無かったことを思い出す。
確かに、抗争でぶつかったのであればあんなに綺麗な顔をしてのんびり寝こけては居ないだろう。

「ああ、確かにな…。それなら一体何が原因なんだ?」
「それが分からんからイラつくんだろうが…。
 取りあえず分かってんが、被害にあってんのが俺のグループだけじゃないらしいってことだ。」
「そりゃまた変な話だな、やられたやつは犯人を見てないのか?」
「寝てた奴らの話じゃ、見るからに育ちのいいちっこいお嬢がここらを歩いてたから声を掛けようとして、そこで記憶が途切れてるんだと。」
「なんだそりゃ、新手の美人局か?」
「んな、あほな。俺らみたいな貧乏人からかっぱいでどうすんだ。
 それをやるならあんたみたいなとっぽい兄ちゃんを狙うのがセオリーだろうが。」

まったく赤毛の言うとおりだろう。
美人局を狙うとして、ストリートの少年たちほどそのカモとして不味い的も早々無い。
成功しても見入りは少ないし、失敗したら何をされるか分からない。
まさにハイリスクローリターンもいいところである。
まぁ、不思議な話ではあるが、俺が今日ここに来たのはその話しをするためではない。

「なんというか…、話を聞けば聞くほど訳が分からんな。
 ふむ、そんなことがあったんなら、こっちの頼みごとは進んでなさそうだな。」
「はん、見くびるなよ。報酬を貰うからにはその分はしっかり働くさ。
 取りあえず、それっぽい女を見かけても絡まなければ平気みたいだからな。動く分には問題ない。
 たまに居る馬鹿が引っかかる程度だからな。」
「ほう、そいつはありがたいな。で、結果は?」
「えらそうに言っておいてなんだが、いまんところ話には挙がってきてないな。
 奴さんもあんたほどうまく気配を消せるんだろ?なら、流石に2日ばかしじゃ無理ってもんだ。」
「…それもそうか。ああ、言い忘れてたが、対象を見つけても色気を出して手を出すんじゃないぞ。」
「言われるまでもない。みんな金よりも自分の命のが惜しい奴らばっかりだからな。」
「そうか。それなら引き続き頼む。」

俺は最後にそう言葉を加えて、部屋を後にする。
残念ながら対象に関してたいした情報は拾えなかった。
確かに絶を駆使する念能力者をただの少年たちが捜索するには時間がかかるだろう。
むしろ、なぜ分かるのかと疑問ですらある。
前に不思議に思って話を聞いてみると、その本人そのものではなく生活している痕跡を探しているらしい。
それを聞いたときにはなるほどと思ったものだが、それが出来るのは普段からこのあたりを根城に歩き回っている彼らだから出来ることなのだろう。

俺は廃ビルから出て、車に乗り込む。
来るときにおいていた少年たちは仲間によって中に運ばれたのだろう。1人も居なくなっている。
車にエンジンを掛けると共に、不意に先ほどの赤毛との会話を思い出した。

ここら辺でも暢気な顔で歩き回りそうなお嬢様が一人思い浮かんだからだ。
だが、俺は直ぐにその考えを打ち消す。何故なら、彼らは"ちっこい"という表現を使っていたからだ。
俺が思いついたところである暢気なお嬢様のヴィヴィアンは成長期に運動を良くしていたおかげか、それなりに身長が有る方だ。
俺とヒルダが170ちょっとぐらいであるが、それより一回り低い程度である。
幾ら大柄な男が多いストリートの彼らの視点とはいっても、"ちっこい"という言葉は出てこないだろう。
そう考えれば、やはり俺には思い当たる人物は居なかった。

まぁ、それ自体は彼らの問題で俺には関係ないことだ。
俺は頭を振ってその考えを振り払うと、アクセルを踏んで発進する。
さて、次の予定は楽しい楽しい郊外の廃屋めぐりだ。


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それから何度か赤毛のところに尋ねてみるがやはり対象は見つからないようであった。

仕事の依頼したときから5日が経った深夜、この辺りの路地裏に潜んでいる可能性は低いのではないかとの結論になる。
ここで彼らが見つけてくれれば仕事が早く済んで助かったのだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。

だが、これで残る選択肢は郊外にある廃墟の何れかだ。
ここ数日、俺とヒルダは手分けをしてそれらを回っていて、それもそろそろ終わる。
これまでに見回った中に一つ怪しい建物があったのだ。

その郊外にある廃工場は、破棄されてからそれほど時間がたってないためか、まだ電気や水道などのライフラインが生きていた。
まさに潜むには絶好の場所だ。
長期的に見れば、直ぐに壊されることが確定しているため、浮浪者なども見当たらない。
一過性でこの町に潜む必要がある対象からすればまさに理想的である。

俺が最初に訪れたときには対象の姿を確認することはできなかったが、俺は十中八九ここに居るだろうと踏んでいる。

赤毛からの結論を貰った翌朝、ヒルダとのミーティングを行い、俺は怪しいと睨んでいる廃工場の監視に付くことにした。
一方のヒルダは残りの建物の確認に回る。
この配役は単純で、潜むことに関しては俺のほうがヒルダよりも得意であるからだ。
それと、廃墟回りにエンジン音を響かせて車で堂々と乗り付けるなど愚の骨頂。
車を使うわけには行かないため足での移動が基本となる。
なので、純粋に身体能力に勝るヒルダが回ったほうが効率がいい。
欠点としては、俺の戦力では敵を捕まえる事ができるか怪しいため、ヒルダの到着を待たねばならず、敵の確認から確保まで時間がかかることだろうか。



俺は工場に程近い背の高い建物の屋上に陣取り、廃工場を監視する。
監視作業はひたすら忍耐が必要な任務である。
最悪、数日間はひたすら同じ場所を監視し続けることもあるし、それまで何の代わり映えのない光景を見続ける必要がある。
だからといって、いつ何がおきるか分からないため不用意に目を離す事もできない。
ヒルダが俺に押し付ける気持ちも分かるというものだ。

廃工場の監視を始めてから十数時間たち、日も落ちかけたころだろうか。
とうとう外から廃工場の中へと入る対象を発見した。

監視を始めてその日のうちに目的を達する事ができるとはなかなかに運がいいほうである。
対象の捜索を始めて一週間。地道な作業が報われた瞬間だ。
即座に俺はヒルダに連絡を取る。

「対象を確認した。案の定、あの工場に根を張っているようだな。」
「そう、わかったわ。今からそっちに向かうわ。引き続き監視をお願い。」
「ああ、任せろ。」

ここで目を離して対象を見逃しては意味が無い。
幾ら拠点が分かっているとはいえ、いつそれを変更するかは分からないのだ。
俺はヒルダが到着するまで引き続き監視を行う。

その後暫く監視を続けると、廃工場の前に黒塗りの立派な車が止まった。
その車から降りてきたのは、なんともその場に似つかわしくない小柄な少女だった。
そして、その少女は迷うことなく廃工場に足を踏み入れる。

もう回りはすっかり暗くなっている。
幼い少女が歩き回っていい時間ではない。
ましてや、入っていった廃工場には指名手配されている男が居るのだ。
俺は予想外の事態にあわててヒルダに連絡する。

暫くコールが続いたあと、ヒルダが出る。
彼女は車を拾って移動しているのだろう。電話口の向こうで低くエンジン音が聞こえてくる。

「ヒルダ、不味いことになった。」
「ウォル、何かあったの?」
「ああ、対象が潜伏している廃工場に、少女が一名入っていった。」
「…不味いわね。その子の目的は予想できる?」
「さっぱり分からん。だが、無視するわけにはいかんだろう。」
「そうね。分かったわ、私も直ぐに向かうわ。貴方は工場に向かいなさい。
 直ぐ私も着くと思うけど、万が一の場合には対象の確保よりも少女の安全を優先させなさい。」
「了解した。」

俺が電話を切る直前、車のドアをあける音が聞こえた気がする。
おそらく適当なところに車を停めて走ってくるのだろう。
俺は、電話を切ると工場へ向かうべく移動を開始する。

絶状態で廃工場まで来ると、一層注意深く確認して工場内へと足を踏み入れる。
そのまま俺は工場内の探索に入った。
前、来たときに一通り中を探っていたため、人が居そうな場所には大体見当がつく。
少女が居る場所も直ぐに見つかることだろう。

だが、暫く探索を続けても少女を見つけることが出来ない。
俺は大いにあせる。残っている人が居そうな場所など対象が隠れていると思われる部屋だけだ。
もし、同じ部屋に居るのであれば最悪の事態すら想定しなければならないかもしれない。

だが、俺一人でそこに突入するのは愚かしい。自分の戦力のなさに歯噛みする。
すると、懐に忍ばせていた携帯電話が軽く震える。どうやらヒルダが到着したようだ。

俺は一旦、探索を切り上げ工場への入り口へと戻りヒルダと合流する。
俺たちは念を使った筆談で意思疎通を行う。
絶状態で指先からのみかすか出したオーラを使って行うこの方法は、こういった隠密時で非常に役に立つ。
一般的な方法であるハンドサインよりもばれ難く複雑な意思が伝えやすい。いいことずくめだ。

『入った少女は見つかった?』
『まだ。 対象と同じ場所 囚われ かも』

……ただ、非常に難しい。
ヒルダは難なくやっているのだが、操作系の俺はオーラの変化が非常に苦手だ。
ヒルダと組むようになって叩き込まれたのだが、未だこちらから示す分が片言になるのも仕方あるまい。
ヒルダは俺の報告を読み、眉間にしわを寄せる。
やがて方針を決めたのか、その指示を指に乗せる。

『対象の部屋に向かうわよ。』

俺は一つ頷いて了承の意を示す。

俺がヒルダを先導する形で工場の中を進む。
やがて、対象が居ると思われる部屋の扉が見えてきた。
そこは、かつては大きな機械類が並んでいたであろう大部屋から繋がる小部屋である。
おそらく管理をするための人員が詰めるところであったのだろう。

予想通り、その部屋の窓から光が漏れている。
中に数人の気配が感じられ、やはり対象と少女はその部屋に居るようだった。

俺は大いに焦る。隣に居るヒルダも同様だろう。
だが、俺たちは直ぐにその扉に突入することは出来なかった。

なぜなら…、よく見知った姿がその扉から出て来るばかりか、まるで守るように立ちはだかっていたからだ。

「なぜ、あなたがそこに居るの!?」

ヒルダの叫びは、まさに俺の心をも代弁するものだった。


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| To Be Continued...   >
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[20016] if after Ep. interlude とある少女の昔話
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:28
私、ルル=イーデンは我ながらちょっと意地っ張りだと思う。
だけど、そうなったのはそれなりに理由がある。

私は今、母の実家で何不自由なく暮らしている。
この家に来るまで知らなかったのだけど、祖父はいくつも会社を持っているようなお金持ちだった。
だから、私の今の生活はとても豊かだ。

ご飯は美味しいものがいっぱい食べられて、ひもじい思いをすることも無い。
暖かいベッドはいつも綺麗にメイキングされて、それに包まれれば冬の夜に隙間風で身を震わせるようなことも無い。
それはとても幸せなことだ。

でも、私が本当に欲しいものはそれじゃない。
ただ、私は父と一緒にいたかった。

少ないご飯も母と父と私の3人で笑いながら食べればとても美味しかったし、冬の寒い日は3人で寄り添って寝れば暖かかった。
昔はそうやって暮らしていたのだ。
確かに貧しい生活だったけど、私はちっとも嫌じゃなかった。
でも、私が10歳になったころ、貧しくも幸せだった生活が終わりを告げる。

ある日、突然父が居なくなった。

母が言うには、父は賞金首となってしまい、私たちを巻き込まないようにと姿を消すことにしたのだそうだ。
私は父が居なくなったことが寂しくてひどく泣いてしまったことを覚えている。
母は決して私たちが捨てられたわけじゃないと繰り返し言ってなだめるのだけど、私はただ一緒に居られないことが悲しかっただけだった。

あの低い声で褒めてもらえれば嬉しかったし、大きい手で頭を撫でてもらうのが大好きだったから。

生活の大黒柱を失った私たち母子は、母の実家に身を寄せることになる。
母は良家のお嬢様で、お父さんとの結婚は半ば駆け落ちに近いものだったらしい。
私はそれまで、母や父にも親が居ると言うことなどまったく想像もしていなかった。


母の実家に初めて行ったとき、その大きさに唖然とさせられた。
だって、私たちが暮らしていた部屋のあるアパートのその全体の数倍の大きさだったのだ。

そこに入ってみれば、まるでテレビの向こうで見るような世界だった。
家の中の部屋はすべて広く、明るく、そして綺麗だった。

そのうちの一つを自分の部屋にしていいといわれたけれど、その部屋ももともと3人ですんでいた部屋の倍ほどもあった。
そんな部屋に住むなんて自分がまるで物語のお姫様になったみたいで、思わずはしゃいでしまった。
その時ばかりは、父が居なくなってから泣いてばかりいた私も久しぶりに笑顔になったものだ。

でも、それも長くは続かなかった。
その夜、新しく自分の城となった部屋で寝ることになり、ベッドに潜り込んだものの広すぎる部屋に私は落ち着かなくなる。
ベッドはとてもやわらかく、暖かくて、大きかったけど、結局私は母の部屋に行ってそのベッドに潜り込んだ。
母はそんな私をやさしく抱きしめてくれたけど、私は親子3人で寄り添って寝たこと思い出してしまい、また泣いてしまった。

そんな風にはじまった私の新しい生活は、大きな事件もなく過ぎていく。
徐々に父が居ないことにも慣れてきて、時間が立つにつれて涙が出てくることも少なくなった。

でも、一つだけ譲れないことがあった。
私は、父に会いたくて祖父に父に会いたいと時折こぼしていたのだけど、それを聞くと祖父は顔を歪めて私に諭す。
あの男はお前を置いていったのだと、あの男は父親に相応しくないと、あの男のことは忘れなさいと。

祖父は私にとても優しかったけど、その父を悪し様に言うのが好きになれなかった。
そんな私と祖父のやり取りを母も見ているのだけど、母は父を庇うことなく祖父が言うことを黙って聞いているだけだった。

私には分からなかった。

父と母はあんなに仲がよかったのに、なんで父が悪く言われているのを黙ってみているだけなのか。
祖父は普段は優しいのに、どうして父の名前を出すと一気に恐ろしくなってしまうのか。

その頃の私はそんな人のことが理解できなくて、大人はみんな嘘つきだとしか思わなかった。
そう思いながら、2年ほど過ごすうちに私はすっかり捻くれてしまう。
なまじ私が勉強が出来たのもそれに拍車を掛けたのだと思う
能天気な顔をして走り回る周りの子供はみんな馬鹿に見えたし、そう思っていた。

そして、そのまま中等部に進学し…


私は、彼女に出会った。


私の彼女に対する第一印象は最悪だった。
だって、まさにそのころ私が見下していた馬鹿の典型だったのだから。

私が通う学校は裕福な家庭の子供が集まる学校だったから、能天気な子供が多かった。
そして、彼女はその最上級だった。
まさに、何も悩みが無いような笑顔で、何も不安が無いような雰囲気で、過保護ともいえるほどの親に甘える。
貧しい生活を知り、父と離れ離れになり、家族が信じられない私が一番嫌いな子供だ。

彼女はその笑顔と行動でいつの間にかクラスの中心に居るような女の子だった。
小等部の頃から他人と壁を作ってきた私は当然彼女に近づかず、教室の隅で1人で居ることが多かった。
そんな私をみんなは敬遠して近づいて来なかったけど…

…なぜだか彼女だけが別だった。

何も考えてないような頭の悪い笑顔を浮かべ、ことあるごとに私に話しかけてくる。
私は当然のように邪険に対応し、まともに声を返すことも無かった。

だけど、それでも彼女は飽きずに話しかけてくるのを止めなかった。

いつの頃か、私はいつまでも話かけてくる彼女に釣られて二言三言会話するようになる。
なんでもない言葉を返しただけなのに、それだけで彼女の笑みは深くなり不思議と私も嬉しくなってしまう。
でも、私は彼女が嫌いなのだ。だって、私に無いものをすべて持っていたから。

そんなやり取りを半年も続けたころだろうか。
そのときのことはよく覚えている。幾ら邪険に扱ってもめげずに話しかけてくる彼女に思わず聞いてしまったのだ。
なんでそんなに私に構うのよ?と。

それを聞いた彼女は、きょとんとした顔をした後、満面の笑顔で私に向かってこういったのだ。

「だって、あなたがお友達になってくれたらきっと楽しいと思うんだもん!」

多分私は、そのときの彼女の笑顔を忘れる事はないだろう。
その笑顔をみせられた私は自然と口が動いてしまう。

「あんたには…、負けたわ。」

そう、自分で口にしたのに、その言葉に自分自身が衝撃を受けた。
そして、心の中にあった蟠りが砕けた音が聞こえた気がした。

そして気づく。本当にくだらないのは自分だったんだって。

多分、その言葉を言ったとき、私は笑顔を浮かべていたのだと思う。
だって、私を見ているヴィヴィアン=ヴァートリーという少女が、今まで見た中で一番の笑顔をしていたのだから。


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それから、ヴィヴィアンとはよく一緒に遊ぶようになり、それに釣られるようにクラスのみんなとも仲良くなった。
そんな自分が少し信じられなかったけど、そのときの私は半年前の自分にこう言ってやりたかった。
「くだらない意地を張るのは止めたほうがいいよ」って。

今ではヴィヴィアンとは一番の友達だ。向こうがどう思っているのかは知らないけど、私は親友だとも思っている。
恥ずかしいから、確認なんてしないけどね。

あるとき、ヴィヴィアンを愛称で呼ぶことになったのだけど、普通はヴィヴィと呼ぶところを私はアンと呼ぶことにした。
だって、みんなと同じように呼ぶだけじゃつまらないじゃない。彼女は私の親友なのだから。

昔はアンが勉強が出来ないのを馬鹿にしていたものだけど、今は自分がアンに勉強を教えてあげれるのが嬉しい。
だって、私がアンにしてあげられるのはこれぐらいしかないのだもの。
でも、最近は自分でもがんばってる見たいで私が教えなくても大丈夫になってきちゃった。
それが親友として喜ばしくもあり、寂しくもある。複雑な気分ね。


今から半年ぐらい前だろうか、アンの様子が少しおかしくなった。
それまで放課後にたまにショッピングに出かけてたりしたのに、それにもまったく付き合ってくれなくなった。
もともと集中していたとは言えなかったけど、授業中に考え込んでいたりするようにもなった。
そして、なんだか学校に来た時点で妙に疲れているような印象を受けることがあるようになったのだ。
でも、私はそんなに気にはしなかった。
だって彼女は、楽しそうにしていたから。
多分、熱中できるものが見つかったのだろう。それが私よりも優先されるのが少し寂しかったけどね。

でも、一月ほど前に、なぜだかひどく落ち込んでいたことがあってから、私は一気に心配になる。
幾ら話しかけて聞き出そうとしてもぜんぜん話してくれなくて、私は悲しかった。
2~3日後にはけろっと普段通りになっていたから良かったのだけど…
結局、何でそんなに落ち込んでいたのかは私は知らずじまいだ。

それから暫くして、すっかり彼女は普段どおりに戻り、私は胸を撫で下ろす。
私とも遊んでくれるようになり、それから今までの一ヶ月間はそれまでを取り戻すようによく一緒に出かけたりした。

でも、それも昨夜、祖父と母の話を盗み聞いてしまいそれどころじゃなくなってしまった。
当分アンと遊ぶのはできないだろう。

そう、私は父を探すことに決めたのだから。



[20016] if after Ep. ”Vivian” 1 彼女はどこへ?
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:28
どうも、ルルの様子がなんだかおかしい。

昨日まではまったく普通だったのに、今日学校に来た時点でなんだかそわそわしているようだった。
それは本当にかすかな違いで、私以外の友達は特に気になっていないようだった。

私は念のため何があったかと思って聞いてみたけど、本当になんでもない風に返してきた。
それだけ見ると本当になんでもないようにも思えるのだけど、私のカンがどうも違うと違和感を訴える。

そう思って、意識してルルを観察してみるとやはり違う。
表面上は普段どおりだけど、いつも真面目に聞いている授業も何処か上の空だ。

もっとも、ずっとルルを見てたら先生にいきなり当てられてしまい、答えられなくて恥ずかしかったのだけど…

そんな私をルルは苦笑しながら見ていて、その笑顔が何処か引っかかる。
なんだろう、このもやもやとした気分。
魚の小骨が喉に引っかかったみたいというか…。

とりあえず、長くルルと一緒にいようと思って放課後に遊ぶことを提案してみた。

「ねぇ、ルル。今日の放課後何処か遊びに行かない?」
「ん、いきなりどうしたのよアン。それに昨日も一緒に買い物したばっかじゃん。何かやりたいことでもあんの?」
「え!えーと…、別にそういうわけじゃないんだけど…。」
「…相変わらず、変な子ね。ま、どっちにしろ今日はちょっと用事があるんだ。ちょっと無理かな。」
「そっか…。それならしょうがないね…。ちなみにその用事って何か聞いてもいい?」
「…、ん、別にただの家の用事だよ。お母さんが早く帰って来いってね。詳しくは私も聞いてないから分からないな。」

その返事はとても自然で特におかしなところは無いと思う。
でも、私にはそれが嘘だとなんとなく分かってしまった。

これで私の違和感は決定的になった。
ルルは意地悪なことをよく言うけれど、変な嘘をつくような子じゃない。
ましてや、今の質問に嘘をつくような必要なんてどこにも無いのに。
だけど、私がここで幾ら追求してもルルは喋ってくれないだろう。
ルルはちょっと意地っ張りなところがあるからね。

仲良くなってから、ルルが私に嘘を付くなんて初めてだ。
私はなんだか不安にかられる。

「どうしたの?なんか急ぎの用事でもあんの?」
「え?別にそういうわけじゃないけど…」
「なら、なんでそんな変な顔してんのよ。」

どうやら、また私は思っていたことが顔に出ていたらしい…
ルルは私のことを訝しげに見つめてくる。

「ううん、なんでもない。なら、ルルは今日まっすぐ帰るんだ。」
「そうだね。ま、また今度誘ってよ。次は付き合うからさ。」
「うん、分かった。また今度ね!」

そう、私が笑顔を作って言うとルルは安心したのかそこで話は終わったのだった。



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その日の放課後、私はルルと一緒に駅へと歩いていた。
お互いまっすぐ帰るときは、私は大抵学校まで迎えに来てもらうのだけど、今日は駅までルルとお話しすることにしたのだ。

ルルは珍しい私の行動に不思議そうな顔をしていたけど、特に気にしないことにしたようだ。
学校から最寄の駅までの道はそう遠くない。
ルルとおしゃべりしながら歩いていたら、直ぐに着いてしまう距離だ。
横を歩くルルはいつもどおりで、学校で感じた違和感は今では特に感じない。
うーむ、私の思い過ごしだったのかもしれない…。

駅についてルルが構内へと入るのを見送り、私はここで迎えの車を呼ぶことにする。
電話をしようと携帯電話を取り出し、番号を呼び出したところで、ふと横の線路を走っていく電車に目を向けた。

そして、私は目を疑う。
今走っていった電車にルルが乗っていたからだ。
見えたのは一瞬だけだったけど、決して見間違いなんかじゃなかった。
ルルの家に行く電車は反対側で、毎日通学に使っているルルが電車を間違えるなんて考えられない。
となると、やはりまっすぐ帰るというルルの言葉は嘘だったのだ。

でも、ルルが私に嘘をついたことは悲しいけど、そんなに気にすることじゃないのかもしれない。
誰でも一つ二つの秘密はあるものだし、それを興味本位で詮索するのはいい事じゃない。

それは分かっているのだけど、私はなぜだか気になってしょうがないのだ。
すっきりとしない気持ちを抱え、手に握ったままだった携帯電話を見る。

いま、ルルに電話をしてみれば、何か分かるのだろうか…?
それとも、単にはぐらかされるのだけだろうか…?

私は、その場で暫く悩んでいたけど…
結局、私が掛けた電話は迎えを呼ぶためのものだった。




その次の日にも、ルルを誘ってみたのだけどやはり用事があるからと断られる。
聞き出そうとがんばって見たのだけど結局はぐらかされるだけだった。

うん、私にはこういうことは苦手だって改めて思い知った。
そこまで隠そうとしてるのだから、わざわざ探るのなんてよくないって分かってるのに…
でも、心のもやは一向に晴れない。
なんだかいやな予感がする。

その日は一日、どうするかを悩み続けて逆にルルに心配されるぐらいだった。
そして放課後になり、私は吹っ切れた。

私はどうせ馬鹿なのだ!
考えてたってしょうがない。心の思うとおりに行動しようと!

今日の放課後は学校の校門で別れ、ルルが1人駅へと歩いていくのを私は見送る。
ほんとだったら直ぐに迎えの車が来て、そのまま家に帰るのだけど今日の私は一味違う。
そのままルルにばれない様に後ろを着いて歩いていく。。

幾ら私の絶がへたくそだからって、流石に念が使えない人にあっさりばれるほどじゃない。
案の定、ルルも私に気づくことなくてくてくと駅への道を歩いている。

直ぐに駅に着き…、ルルは昨日と同じく家とは反対方向のホームに向かう。
私もルルからつかず離れずで追っていく。
ホームで電車を待つルルは何処か思いつめた表情をしている。
学校では見せてくれないその表情に私の心はざわめいた。

やがて電車が到着し、人の波に乗って乗車する。
ルルは小柄なので、人がひしめく電車の中では直ぐ見失ってしまいそうになる。
だけど、何とか私が見失ってしまう前にルルは電車を下りてくれた。私もあわててそれに続く。

ルルは携帯電話を開き、何かを確認してから移動を始める。
改札を抜け、通りに出ると、ルルは時折携帯電話を見ながら歩いていく。
どうやら地図を確認しながら移動しているみたい。

ルルは道を探すのに一生懸命になっていて回りをあまり気にしていない。
私はだいぶ余裕をもってルルについていくことが出来るようになった。

そのまま暫く着いていくと、ルルはとある建物に入る。
どうやら、そこが探していた建物だったようだ。
私もルルを追ってその建物に入ると、そこはどうやらホテルのようだった。
先に中に入っていたルルはフロントの人と何か話しているようで、私はフロントに近づいて耳を澄ます。

微かではあるけど、何とか声を拾うことが出来た。
途切れ途切れに聞こえてくる内容を察するにどうもルルは人を探しているらしい。

だけど、私はそんな内容よりもほかの事に衝撃を受ける。

なんとルルははぐれた子供の振りをしてフロントに話しかけていたのだ!

ルルは正直なところ背が低い。たぶん、クラスで一番小さいとおもう。
なので、年を下に見られることが多いのだけどルルはそれが気に入らないらしい。
私もいつもお世話になっているぐらいで、ルルはクラスの中でもしっかりしているほう。
だからなのか、子供に間違えられるととても怒る。
私としては、その姿はかわいいと思うのだけど、それを言ったらもっと怒られた。

そんなわけで、ルルを子ども扱いするのは厳禁なのだけど、それを自分からやっているとは!

そんな事を思っている間にルルとフロントさんの会話は終わっていた。
どうも、がっかりした様子のルルから察するに探している人はここには居なかったみたい。
ルルは踵を返して、入り口のほうへと向かう。
ちょうど私の近くを通るルートだったので、私はあわててロビーの片隅に移動した。

ルルはそのまま別の場所に行くのかと思ったのだけど、不意に壁に貼ってある張り紙に眼を向けた。
その張り紙に何が書いてあるかはルルの頭が邪魔で見えないのだけど、震える肩から察するにあまりよくないことが書いてあるようだ。



「こんなところで何をやっているんだ?」
「ひゃい!」

いきなり後ろから声をかけられて私の心臓が跳ね上がる。
ついでになんだか変な声が出てしまった…。

「ああ、すまん。驚かせてしまったようだな。」

そういって話しかけてくるのはなんとウォーリーさんだった。

「あ、ああ、ウォーリーさんじゃないですか!いきなり話しかけられたんでびっくりしちゃいました。」
「ああ、反省しているよ。だが、俺は気配を殺していたわけでもないから気づいていると思ったんだがな。」
「え!?え、えーと、それは…」

私はその質問に咄嗟に言葉が返せなかった。
まさか、友達を監視するのに集中してたので気づきませんでしたなんていえないし…。
そうしてまごついている内にウォーリーさんは、なんだか勝手に納得したらしい。

「ああ、心配しなくてもヒルダに言いつけたりしないさ。俺が理由でしごかれるのは少々忍びないからな。」
「え、ええ、そうなんです!ヒルダさんには内緒にしておいてくださいね!」

これ幸いとばかりにその勘違いを肯定する。
まぁ、ヒルダさんのしごきを受けたくないのは紛れも無い事実なので、まったく嘘ではないけれど…。

「まぁ、それはいいが、こんなところで如何したんだ?このホテルに何か用事でもあったのか?」

何とか誤魔化せたと安堵の息をつこうとしたところで、さらに答えにくい質問が飛んできた。
やはり、私の頭では咄嗟に適当な言い訳など浮かばない。

「ええっと…、ええっとですね…。…あの、そういうウォーリーさんはなんでここに居るんですか!?」
「俺か?俺はただの仕事の人探しだな。」
「あ、あのですね!私もちょっと知り合いを探してて…」

時間稼ぎのつもりで質問を返したらウォーリーさんの答えは簡単なものだった。
思いつくまでの時間は稼げず、取りあえず私はまたもその言葉に乗っておくことにする。
そして、人探しと聞いてルルを思い出し、さっきまでいた張り紙のところに視線を送るとすでにルルは移動しようとしていた。

早く追いかけないと!

そう思う私の心が通じたのかウォーリーさんも仕事があるようで移動するそうだ。

「そうか、それは邪魔したな。俺はそろそろ移動しないといけない。あんまりヒルダに心配を掛けるなよ。」
「あ、はい、大丈夫です。直ぐ移動すると思うんで。」
「そうか、それならいいが…」

そういってウォーリーさんは立ち去ろうとする。
私もルルの後を追おうと移動しようとするのだけど、またもウォーリーさんに引き止められた。

「あ、そうだ、ヴィヴィアン。渡そうと思ってたものがあるんだった。」

もう!早くしないとルルを見失っちゃう!

そう思う私に構わず、ウォーリーさんは小さな紙包みを私の手に乗せてきた。
なんだろう、これ?

「え、これってなんですか?」
「簡単に言えば爆竹みたいなもの、かな。念を込めて少しすると破裂して大きい音を立てるんだ。」
「はぁ…、なんでまたそれを私に?」

なんだか、よく分からないものを渡され、私は反応に困る。
しかし、次の説明を聞いて驚いた。その音で人の注意を逸らすことが出来るらしい。
でも、ウォーリーさんの能力ってあんまり強くないんじゃなかったっけ?
何か秘密でもあるのだろうか?

ウォーリーさんは私が受け取ったことで満足だったのかそのまま次の場所に行くといっていってしまった。
そこで漸くルルのほうに意識を回す。
私はあわててホテルから出て回りを見渡すが、もはやルルの姿はどこにも無かった。

もはや見つける方法も無い私は、肩を落として帰路に着く。
手に持ったままだった爆竹を見る眼に恨みがましいものが混じっていたのはしょうがないことだと思う。



[20016] if after Ep. ”Vivian” 2 尾行の結果
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:28
その次の日の放課後も、私はルルの後を追う。
そして、この日もルルは通学で使うものとは違う電車に乗り込んだ。
当然、私のその後を追う。

私が乗り込んだときはたくさん人が乗っていたその電車は、住宅街を過ぎたあたりで一気に人が少なくなり、私はルルに見つからないかとひやひやさせられる。
でも、ルルはずっと電車の窓から外を睨む様に眺めていたため私には気づかなかったようだ。

やがて、ルルはとある駅で降りる。
私も後をおってそこで降りるが、そこは昨日来た場所とはまったく雰囲気が違う場所だった。
ぼろぼろの木のベンチだけがさして広くも無いホームにぽつんと一つたたずんでいる。
降りたホームの隣に立つ駅舎もガラスに罅が入ったままだし、その壁には大きく落書きがされていた。
なじみのないその景色にあっけに取られていた私は、駅舎の扉が開く大きな音で我に返る。

その耳障りな音は、ルルが扉を開けた音であり、私は目的を思い出し我に返ってルルの後を追った。
私が駅舎に入れば、すでにルルは改札を超えて通りに出ようとしているのが見える。
自動ではない改札に戸惑いながらも通った私は通りに出て、その寂れた町並みに息をのむ。

通りには古ぼけたレンガ作りの建物が立ち並び、まばらに人が行き交うのみ。
通りの横にはなんだかよく分からないものが転がっているし、タバコの吸殻なんかも落ちている。
私の家がある通りとはぜんぜん違うし、よく遊びに行く商店街ともぜんぜん違う。

その慣れない雰囲気にのまれかけるが、目的であるルルが構わず通りの向こうへと歩いていくのに気づき、私は慌てて尾行を再開する。

寂れた通りは人がまばらに通るだけで、人ごみのまぎれるなどとても無理。
へたくそなりにも絶が無ければすぐに見つかってしまっていただろう。

絶と言うものは本当に便利だ。
率直に言ってルルは、この通りの人たちの注目を一身に集めている。
本人は気づいていないのか、まったく気にしていないようだけどね…

後ろから着いていっている私にだって、周りを行きかう人とルルの違いはすぐに分かる。
簡単な話だけど、ルルが着ている制服は周りに比べて明らかにいいものなのだ。
もっともそれは私も同じものなのだけど、私は絶によって気配を薄くしているために余り意識を向けられない。
多分、特別注目を集めるようなことをしない限り、意識を向けられることが無いのだ。
ヒルダさんや、ウォーリーさんの絶はとても上手で、目の前に居てさえしても、存在の感覚が薄くなって分かり辛くなる。
なんといえばいいのかわからないけど…、まるでそこにいるのが普通であるように感じるというか…。

もし、絶が無かったらルルは私が尾行していることにすぐ気づいただろうと思う。
多分私も、注目を集めていたと思うから。

ルルが注目を集めているのは服だけじゃない。
ルルは背が低いので年齢を下に見られることがよくあるが、そんな小さな子が一人でここを歩いているのも珍しいのじゃないかと思う。
そして、ルルに向けられる多くの視線の中には、余りよくない類のものがそれなりに混じっている。
正直、私は今すぐにでもルルを引っ張ってでも帰りたいのだけど、多分ルルは抵抗するだろう。
力ずくでそれをするのは簡単だけど、多分ルルは怒ると思う。

結局、私はルルがなぜこんなことをしているかを知らないままなのだ。
もしかしたら、ルルはそんな危険を犯してもやりたい目的があるのかもしれない。
それを何も知らない私が無理やりつぶすのも間違っている気がする。

こうやって内緒でルルの後を着いてきてることも、もし気づかれたら嫌われてしまうかも知れない。
だけど、だからといってこんな場所にルルを一人置いていくなど出来もしないし…
もういっそ、怒られるのを覚悟して話しかけるべきか、それともこのまま着いていくだけにとどめるべきなのか…

私は、悩みながらルルの後をつける。
しかし、私のそんな悩みはルルが取った行動で吹き飛んでしまった。

なんと、ルルは比較的広い通りを曲がり、細い路地へと入っていったのだ!
私は慌ててその路地に向かうが、私がたどり着く前に嫌な笑みを浮かべた男が2人、ルルに続いてその路地に入っていく。
その2人の目的はどう考えても先に入っていったルルにあるとしか思えない。

私がその場にたどり着いたとき、案の定ルルはその2人に絡まれていた。

「ちょっと!放しなさいよ!」
「おー、元気なお嬢ちゃんだな。なに、ちょっと俺たちの遊びに付き合って欲しいだけさ。」
「ははは、そうだな。ついでにパパに電話してお小遣いを貰うぐらいだな。」
「…っ!私は用事があるの!とっととこの手を放しなさい!」
「おいおい、放せといわれて素直に放すわけが無いだろ?」
「まったくだな!しっかし、今日は運がいいな。こんなカモがのこのこ歩いてるなんてよ。
ん…?なんだ、ただのガキかと思ったら結構育ってるじゃん。これならそっちでも楽しめるか。」

二人の体が邪魔で小柄なルルの姿はこちらからは見えないが、どうやら一人がルルの手を取ってしまっているらしい。

その男たちの言葉を聞いて、…私は自分が誘拐されたときのことを思い出した。

自分より大きい男ににじり寄られる恐怖、その男が浮かべる醜い笑顔、その口から出てくる下卑た言葉。

それらが今私の大事な友達であるルルに向けられているのだ。
それを認識したとたん私の体は思考を離れて勝手に動く。

足にオーラを集めた蹴りだしで一瞬で男たちの背後に着くと、こちらに背を向けている男の膝裏を軽く蹴る。
立っていたところから強制的に足を曲げさせられた男は何の抵抗も出来ず無様に体勢を崩してしまう。
一人の膝裏を蹴った私はルルの手をつかんでいるもう一人の男の背後に回り、男のうなじに手を当てた。
そのまま自身のオーラを用いて、男のオーラの流れをせき止める。
一秒も立たず男の体からは力が抜け崩れ落ちた。

それを確認した私は、その男に頓着せず先ほど膝裏を蹴ったために無様に尻餅をついている男の背面に回り、同じようにその男の"気を絶つ"。
何が起こっているのかまったく分かっていないようすの男も、一人目と同様あっさりと意識を閉ざした。


そこまで来て漸く私の思考が行動に追いついた。
さすがに、立った状態から倒れた拍子に頭を打つのはいろいろと不味い。
そう考えた私は崩れ落ちつつある一人目を最低限受け止め地面に寝かせた。
まぁ、もう一人ははじめから座っていたし多分大丈夫…、だと思うことにする。
もっとも一人目も頭をかばっただけなので体に幾らかのダメージはあるだろうけど。

それはともかく問題はこの後だ。
とっさに体が動いてしまったため、後のことを何も考えていない。
もしかしたら、男の体が邪魔でルルからは私が見えてなかったかも知れないし…
オーラ使ったダッシュで逃げればばれない…かなぁ…?
でも、ここまで来たらもうばらしてしまったほうがいいのかも知れない。
この二人みたいなのがこれから居なくなるとはとても思えないし…
それなら堂々とルルの横に居るのは有利だと思う。
いや、そもそもルルにこんな危ないことはやめるように言うべきなのかな?

「で、何でアンがこんなところに居んのよ?」
「ひゃい!?」

そんな憮然としたような声で私の思考は中断。
思考に意識が飛んでいた私は思わず変な声出してしまう。
ああ、悩んでる間にルルが私のことに気づいてしまった!
ええっと…、とりあえず誤魔化さないと!

「えーと、す、すごい偶然だね。ルル!」
「相変わらずの寝ぼけたこと言うのは止めなさい。偶然な訳ないじゃんか。」
「いや!ほら、今日は天気がいいからたまには行かないところに遠出してみようかなって!」
「そうだね、空には雲がいっぱいでお日様なんてまったく見えないんだけどね。」

一生懸命ひねり出した言葉はルルの冷静な突っ込みで容赦なく粉砕されていく。

「え、えーっと…」
「もう、あんたは嘘つくのがへたくそなのは分かってるんだから、正直に言いなさい。」

そういうルルは何だか怒ってるわけでは無いようで…
私はしぶしぶ本当のことを口に出す。

「…ごめん、ルル。本当はルルを追ってきたんだ…。」
「そう、まぁ、そうとしか考えられないけどさ。何でそんなことしてんの?」
「だってルルの様子が最近おかしかったから、帰るって言って家じゃないほうに向かったりとかしたじゃない。」
「…気づかれてたのか。おかしいなぁ。私、外面を取り繕うのは得意だと思ってたのに…。」

そういってルルはため息をつく。
その様子を見て私は最大の懸念を口にした。

「…ルルはこんなことした私のこと怒ってる?」
「…そうね。まぁ、怒ってないといえばうそになるね。」

その言葉に私は唇を噛む。どんな理由があれ人の秘密を探るのは余り褒められたことじゃない。

「でも、まぁ、…隠していたのがばれたのにそれがアンだと思うと何だか嬉しいね。」
「え、なんで?」
「…別に何でもない。今の言葉は忘れて。」

その予想外の言葉に驚いて聞き返すと、ルルはそっぽを向いて黙ってしまった。
何だか横を向いたルルのほほが赤くなっている気もするけど…。
とりあえず、ルルがあんまり怒ってないことみたいなので私は胸をなでおろす。

「もうばれちゃったから聞くけど、ルルは何でこんなことをしてるの?この前はホテルにいったよね?」
「アン…、あんたそんなときから私を尾けてたの?」
「だって、正面から聞いてもルルは答えてくれなさそうだったから…。」
「まぁ、確かに適当に誤魔化していただろうけどさ。
 単に行方不明の父さんを探しているだけよ。この町に来てるって話を聞いたから。」
「お父さん?それがこんなところに居るの?前みたいにホテルでも回ったほうがいいんじゃない?」

そういえばルルの父親の話は聞いたことが無い。お母さんのことや、お爺さん、お婆さんの話ばっかりだ。
というか、普通に考えたらホテルにいると思うし、ルルもそう思っているから最初はホテルを見に行ったんじゃないかと思うんだけど…
そう聞くとルルは何だかつらそうな顔で地面を睨む。
そうして、1つ息を吐いてから話始めた。

「父さんは賞金首なんだ。前ホテルを見に行ったら手配書が張ってあった。他のホテルでもそうだった。
 多分、この市内の全部の施設に手が回っているんだと思う。
 となると、後はこういうところにあるの非正規の宿泊場ぐらいしか私には思い浮かばない。
 だから、今度はそれを調べようと思ってここに来たんだよ。」

賞金首と聞いて私は真っ先にヒルダさんを思い浮かべる。
でも、そうと言い切ることは出来ない。
だって、ヒルダさんが追うということは念能力者であるはずで、ルルのお父さんがそうだとは限らないから。

「えっと、お父さんが賞金首って何があったの?」
「分からない。ある日突然、父さんは消えたの。母さんが言うには賞金首になったから隠れたんだって。
 罪状なんて言いたくない。私は父さんがそんなことをしたなんて信じてないから。」

そういってルルは悔しそうに地面を睨む。
私はその姿をみて、改めてルルの手助けがしたいと思う。

「そっか、ルルはお父さんにあって本当のことが聞きたいんだね。うん、じゃ、私もルルがお父さんを探すのを手伝うよ!」
「でも…、そんなの悪いよ。」
「なに言ってるのよ!私とルルの仲じゃない!
 第一、ルルはこれからこんなところを歩き回るんでしょ?
 またさっき見たいなことがあったらどうするのよ。私、ルルがダメだって言っても心配で着いていっちゃうよ!」

私はそういってルルを見つめる。
ルルはそんな私を見て…、1つ息を吐く。

「そう…、それならお願いするかな。」
「ふふふ、任せてよ、ルル!
 さっきも見たでしょ?私って結構強いんだから!」

ルルが私を頼ってくれたのが嬉しくて、私は自然と気合が入る。
今の私なら、たとえヒルダさんの鞭の嵐の中にだって突っ込んでいけそうだ!

「結構強いというか…、アンはさっき何したの?
 2人が倒れるまでアンが居ることにも気づかなかったんだけど…。
 大の男2人を一瞬で倒すなんて、結構つよいなんて話じゃすまないよ?」
「うぇ!?い、いや、ほら、私道場通ってるじゃない!そのお陰だよ!?」
「そう?でも、それってただの町道場でしょ?」
「いやいや、後ろからの不意打ちなんだからあんなもんだって!」

私のさっきの動きは道場というよりもヒルダさんとの念の訓練によるものの方がよほど大きい。
でも、ヒルダさんから念が使えない人に対して簡単にそういうことを教えてはいけないと口をすっぱくして言われている。
もし、ほかの人に話したのがばれると何だか恐ろしい目に会いそうで、私は必死に誤魔化してみる。

「ほら、まえ、私の家にハンターの人が泊まっていろいろ教えてくれるようになったって言ったでしょ。
 さっきのもその人の教えてもらった技術を使っただけだよ!」
「…ふーん、まぁ、いいか。でも、それなら一緒に行動しないほうが良さそう。」

そういった荒事には縁のないルルは私の適当に取り繕った言い訳を信じてくれた。
私は胸を撫で下ろすけれど、その次の言葉が理解できない。

「え、なんで?折角だから2人で居ればいいじゃない?」
「え、だって、アンは不意打ちじゃないとうまく行かないんでしょ?
 私みたいなちんちくりんに絡んでくるようなのはいないと思ってたのにそうでもないようだし…
 無駄に背の高いアンが一緒に居たら余計に絡まれちゃうじゃん。」

無駄に背の高いって…、まぁいいけど…
別に不意打ちじゃなくてもあの程度の暴漢が5~6人来たところで平気だ。
でも、それを言うとさっきの誤魔化しがおかしくなってしまう…
どうしよう…

「ということで、今まで通りに私が先行するから貴方が隠れて着いてくればいいでしょ?
 それなら絡まれることも減るだろうし、絡まれてもアンが先手を打ちやすいじゃんか。」

その意見に反論できるところが無くて、ぐうの音も出ない。
なれない道をルルと2人で歩くほうが絶対楽しいのに…

「で、でもさ、ルルは一人でこんな道を歩いて怖くないの?」
「別に平気だけど?昔はこんな感じのところに住んでたし。」

理論で勝てないので、感情に訴えてみたのだけどあっさりと返された。
むぅ、しょうがない…、ルルの言う通り後ろからこそこそすることにするしかないようだ…
なんだかなぁ…

いざ移動を開始しようとしたところで私は少し離れたところで倒れたままの男たちを思い出す。
どうすればいいか迷った私はルルに相談する。

「ねぇ、この男の人たちどうしようか?」
「別にこのままにして置けばいいでしょ。そんな奴らのことなんて知ったことじゃないね。」
「え、でもこんなところで寝てると風邪引くよ?」
「風邪って…、もう、アンらしいなぁ。襲ってこようとした奴なんて風邪ぐらい引かせとけばいいじゃん。」
「そういうものなの?」
「そういうものなの。」

私が気絶させたので風邪を引いたらかわいそうではあるけど、ルルが断言するので、私もなんとなくそんなものなのかなと思う。
倒れたときに頭も打ってない様だし、オーラによる気絶は比較的安全だって話だったので私は心配を飲み込んだ。
とりあえず、道の脇に寄せて置いていくことにした。

私たちは移動を開始し、私はさっきまでと同じようにルルの後を気配を殺して着いて行く。
ただ1つ違いがあるのはルルが私の存在を知っているかどうかだけだ。


ルルは手元の携帯端末によるナビを未ながらしばらく移動し、とある平屋建ての建物の前で足を止めた。
ルルからの連絡で目的地に着いたことを知らされた私は、絶を解いてルルの横に進み出る。

「呆れた…、アンはいつからそんなにかくれんぼが上手くなったのよ。
 アンのことだから絶対着いてきてるとは思っていたけど、ぜんぜん分からなかった。」
「え?私なんてまだまだだよ。教えてくれてる人からへっぽこ呼ばわりされるし…。」

そう、結局今のところ絶に関してへっぽこという称号はいまだ外れないままなのだ…
ヒルダさんはともかく、ウォーリーさんの絶はおかしい。目の前に居るはずなのに何だか存在が虚ろに感じるぐらいなのだから。
昔、二重尾行でヒルダさんを追いかけたときは目視で何とか追えたけど、それがウォーリーさんだったとしたらあっさり見失っていたと思う。

「あっそう…。まったく、そいつらはどんな化け物なのよ…。」
「やっぱりすごいのかな?」
「まぁ、仮にも正規のハンターだってならすごくないわけは無いのでしょうけどね。」

ヒルダさんが褒められると何だが私も嬉しくなる。

「うん、やっぱりヒルダさんはすごい人だよね!」
「…、まぁいいわ。目的地についたんだからさっさと目的を果たすことにしようか。」

そういってルルは建物の扉をくぐる。
私はなぜかいきなり不機嫌そうになったルルの後をおって建物に入った。



[20016] if after Ep. ”Vivian” 3 母と娘
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Date: 2010/08/18 01:29
建物から出てきた私たちは今後の方針を話し合う。
建物の中では、ホテルで見たルルの子供の振りが功を奏し、望む情報を得られた。
まぁ、ここには居ないということだけど。

「残念ながらハズレね。」
「うん、残念だったね。」
「さすがに一軒目であたりを引けるなんて思ってないよ。
 でも、有益な情報も手に入った。やっぱりこういうことにまでは手配書が回ってないみたい。
 きっと、父さんはこういうところに居るんだわ!」

手がかりともいえないようなものだけど、お父さんに繋がる線が見えてルルは嬉しそう。
それと共に、先ほど幼い子供の振りをしているさまを思いだす。
ああ、かわいいなぁ…。

「ちょっとアン。視線が気持ち悪いんだけど、何考えてんの?」
「え、いや、ルルはかわいいなぁって…。」

その、ふだんの高めの声からは一オクターブはさかがった声での質問に、脳内でトリップしていた私は不用意に答えてしまう。

「ふーん、それは一体どういう意味なのかしら?」
「…え?」

そのドスの聞いた声に気づいた私は自分の失敗を悟った。
やばい、地雷を踏んだ。

「え、いや、深い意味はないよ!?ルルはとってもかわいい女の子だって思うもの!」
「ふーん、それは具体的にどこが?」
「え!?具体的にって言われると困るけど、全体の雰囲気的に…。」

ルルの気迫に押されて私の言葉は尻すぼみになる。
何だろう、何で念を使えるわけじゃないのにこんな圧迫感があるんだろう!?

「ふーん、全体的にねぇ…、それは何、し、身長が低いことを言いたいの…?」
「いえ、決してそんなことは無いであります!」
「ねぇ、アン。私が年を下に見られるのが、大嫌いだって知ってるよね?」
「はっ!知っているであります!」
「なら、さっきの視線はどういうことなのかしら?」
「いえ、その様な意図は決して無かったであります!」

ルルからのプレッシャーで私の口が勝手に動く。

「…そう。まぁ、そういうことにして置きましょう。」

その言葉と共にルルから感じる圧力が緩んでいく。
私は知らずに強張っていた体を弛緩させ、息を吐いた。

「次は怒るわよ。」

その言葉に吐いた息をそのまま飲み込みかけ、…私はカエルがつぶれた様な声を出した。



その後、私たちは幾つかの非公認の宿泊場を回った。
私もルルも余り遅いと家族に不審がられてしまう。
私の両親も過保護だけど、ルルのお母さんであるオルガさんもなかなかだと思う。
放課後という短い時間では一日でたくさんの場所を回ることは不可能だ。

その日、回れたのは結局数件だけ。
こういう場所がどれだけあるか分からないけど、それなりの数はあるのだろう。
休日を一日使ったとしても全部回りきるのにどれだけ日数がかかるか分からない。
ルルは意図的に考えない風にしているようだけど、そもそもこういうところに居るのかどうかも確定じゃないのだ。
私には今のままで到底見つかるとは思えなかった。

帰りの電車の中、隣に座るルルに質問をぶつける。

「ねぇ、ルルはどこでお父さんがこの町に着てるって知ったの?」
「…、この前の深夜に母さんとお爺さんが父さんについて話してるのをたまたま聞いたのよ。
 母さんはお爺さんの追及で否定してたけど、多分父さんに会ってたんだわ。
 なのに、父さんは私には会いには着てくれない。だから、こっちから会いにいってやることにしたのよ。」

ルルの言葉に迷いは無い。
二人の間に沈黙が下りる。聞こえてくるのは電車の走るガタンガタンという音だけだ。
暫くして、私はふと気づく。

「…それなら、オルガさんはお父さんの居る場所を知ってるんじゃないの?」
「そうね、知ってるかも。でも、きっと教えてくれないと思うよ。」
「そんな!なんで!?」
「そのとき母さんが言っていたから。父さんは私に会うつもりは無いって。」
「そんな…」

私はそのルルの言葉に言葉を失う。

「だから、私から会いに行ってやるのよ。そして言ってやるの。
 私のためだとか言って私の気持ちも考えずに勝手に決めるなってね。」
「そっか…、じゃ、そのためにもがんばらないとね!
 私も出来る限り協力するよ!」
「うん、ありがとう、アン。」

もう暗くなった窓の外。ルルはじっと外を見つめている。
いくつも見える家屋の明かりの中にルルのお父さんの姿を求めるように。



■■■■■■■■■■■■■■



私たちはそうやって4日間ほどダウンタウンを歩いて回った。
相変わらず、ルルが先行して私が後ろからついていく隊形は変わらなかったけど…。

ルルは私と一緒に居たほうが絡まれるといっていたけど、どう考えてもルルが一人で居たほうが危ないと思うんだけどな…
最初はルルに邪まな目的で話しかけてくる人間を例の技術で気絶させていったのだけど、その内話しかける前に倒してしまうようになった。多くてもせいぜい3人ぐらいの事であるし一気に倒してしまえばルルにもぜんぜん気づかれない
そういう人間は近づいてくる段階で分かるし、ルルに絡んでからだとルルの視線が気になってどうもやりにくい。
それなら、ルルが気づく前に倒してしまえばいいってことに気づいたのだ。
一気に倒してしまうからルルに遅れる事もほどんどない。

これで無駄な時間をとられることが少なくなったので若干の探索効率はあがったけど、結局焼け石に水。
休日だった昨日一日を丸々つかったけど、結局ルルのお父さんを見つけることは出来なかった。
さすがに当初は元気だったルルも不安そうに見える。
ルルのお父さんが何のためにここに居るのか分からないけど、追われているというならずっと同じ場所に居続けるとは思えない。
となれば、また手の届かない遠い場所に行ってしまうかも知れないのだ。

週末、休みの2日目となる日曜の朝、昨日と同じように私たちは駅に集まる。
そのままダウンタウンに向かおうとするルルを私は止めた。
ルルは足を止めて振り返るが、私の言いたいことを察しているのかも知れない。
その姿はいつもと比べ物にならないほど弱弱しく感じた。

「ルル、これ以上あそこで探してもきりが無いよ。他の方法を考えないと。」
「そんなこといったってほかに方法なんて!」
「あるよ。素直にオルガさんに聞いてみればいいじゃない!」
「…それは…、でも…。」
「何をそんなにためらうことがあるの?ちょっと聞いて見るだけじゃない。」

私の言葉にルルはうつむく。

「…母さんは、爺たちが父さんを悪く言うのを否定しなかった。
 3人で暮らしていたとき、あんなに幸せそうだったのに。
 そんな母さんに父さんのことを聞くのは、負けた気がして嫌なんだ…。」
「もう…、そんなこと言ってる場合じゃないって分かってるくせに。」
「…それは、そうだけど…、たとえ母さんが知っていたとしてもきっと教えてくれないよ…。」
「それはルルの心次第だよ。こうなったらルルがオルガさんを説き伏せるしか方法がないんだから!」

私はそういってルルを叱咤する。
しばらく睨むように地面を見つめていたルルを私は見守る。
やがてでルルはゆっくりと目を閉じ、息を吐いて顔を上げた。
前を向いて開かれた瞳には何時もどおりの、少し斜に構えたような生意気な光が戻っている。

「…そうね。いつまでも逃げてるわけにも行かないもんね。」
「うん、そうそう!そうやって皮肉っぽく偉そうにしてるほうがルルらしいよ!」
「へぇ…ヴィヴィアン、あんた今まで私のことそういう風に思っていたんだ。」
「うぇ!?い、いや、そんなことないよ!」
「…、まぁ、いいわ。それじゃ、目的地は変更ね。私の家に行きましょうか。」

そういってルルは踵を返して歩き出す。
私はその後を追おうとするが、その時ルルが小さくつぶやいた言葉がが聞こえてしまい足が止まる。

…ありがとう、アン。
そう言われた私は、相変わらず素直じゃないルルに笑ってしまう。
私がその場で笑ってる間に、ルルはどんどん先に歩いていく。

「ほら、アン、何してるのよ。早く行くわよ!」

着いてきてないことに気づいたルルに怒られた私は、

「うん!今行くよ!」

そう返事をして走り出した。



■■■■■■■■■■■■■■



電車を使いルルの家まできた私たちはそのまま玄関をくぐって中に入る。
私も何度も遊びに来たことのある家だ。いまさら迷うことなんてない。
私はルルについて歩いていく。

たどり着いたリビングではオルガさんがお茶を飲みながらゆっくりしている様だった。
その姿を見たルルはそこで立ち止まる。
オルガさんは私たちに気づきこちらを見た。

「あら、ヴィヴィアンちゃんいらっしゃい。
 ルルもさっき出かけたばかりだったと思うのだけど、何か忘れ物でもしたのかしら?」

その言葉を聞いてルルの体が強張る。
私はそっとルルの横まで進み、ルルの手を握る。
ルルはその手を握り返し、何度か息を整えてから口を開いた。

「ねぇ、母さん。父さんのことについて聞きたいことがあるの。」

その言葉を聞いたオルガさんは息を飲む。
だけど、その気配はすぐに消えもとのゆったりとした笑顔に戻る。

「また、いきなりね。どうかしたのかしら?」
「どうかしたじゃないわ!いま近くに父さんが居るんでしょう!?」
「…なんのことか分からないわ。あの人がどこにいるかなんて分かるはずがないでしょう?」
「誤魔化すのはやめて。私は一週間前の夜、ここでお爺さんと母さんが話しているのをこの耳で聞いたの。」

それを聞いたオルガさんは驚きに目を見開き、やがて何かに納得したかのように息をつく。

「…そう、通りで最近変なことをしていたのね。あの人を探していたの?」
「そうよ。でも、今日まで見つけられなかった。」
「仮にも本職に何年も追われて捕まらない人なのよ?素人の貴方が捕まえられるわけがないでしょうに。」
「そんなことは分かってるわ!でも、私は父さんに会いたいの!」

そう叫ぶルルの姿は、今まで見たことがないほど必死だ。
握っている手も痛いぐらいに力が入っている。

「あの人が会いたくないと思っていても?」
「そんなことは関係ない。ただ私が父さんに会いたいだけ!」
「そう…。そうね、そろそろあの人のことを話してもいい頃かしらね…。」

そういってルルのお母さんは、私にちらりと視線をよこす。
いくら私が鈍いほうだといっても、さすがにこの意味が分からないほど鈍くはない。
私はその視線にうなずき返して、ルルと繋いでいた手を離す。
そんなやり取りに気づいてなかったルルは、いきなり手を離した私を驚いた表情で見る。

「ルル、私はルルの部屋で待ってるよ。」
「え、そんなアンもここに居てよ…。」
「ううん、ここに部外者の私は居られないよ。ルルとお母さんだけでしっかり話しあわないと。」

私はそういって一歩下がる。ルルはそれに着いて来ようとするが、その足が動くことはなかった。
ルルは空になった手を握りそのままおろすと、私に向けていた視線を切って改めて前を向いてお母さんに向き直る。

「ごめんなさいね、ヴィヴィアンちゃん。」
「いえ、それじゃ私は行きますね。」

申し訳なさそうに声をかけて来たオルガさんにそう返すと私はリビングから出る。
何度も遊びに来てお邪魔している家だ。いまさらルルの部屋に行くのに迷うこともない。
リビングに背を向け、私は廊下を歩き出した。



[20016] if after Ep. ”Vivian” 4 父と娘
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Date: 2010/08/18 01:29
ルルの部屋には何度もきたことがあるけど、こうして長い時間一人で居るのは初めてだ。
自室を見れはその人のひととなりが分かるとはよく言ったもので、この部屋もルルの性格をよくあらわしていると思う。
全体的に無駄なものが少なく、シンプルな印象を受けるのだけどよく見るとところどころにファンシーな小物があったりする。
ついでに言うなら、ルルが好む服なんかもシンプルなものが多い。
私はもっとレースとかフリルなんかをふんだんに使ったものの方が似合うと思って薦めるのだけど、それが叶ったことはない。
いつかそんな服をルルにいっぱい着せるのが私の野望の一つだったりする。

…まぁ、何が言いたいかといえば、そんなことをつらつら考えているほど暇だということだ。
お手伝いさんが入れてくれたお茶は美味しいけど、やっぱり一人で飲むのは味気ない。
ルルたちの話は長引いている様で、あれから結構な時間が経っているのだけどいまだルルはこの部屋に来てくれなかった。
さすがに本人の居ないところで部屋のものを触るのも良くないだろうし…
私が出来るのはテーブルで味気ないお茶を飲みながらぼーっとしていること位なのだ。

そうしてまた暫く時間が経ったとき、漸くルルの気配が部屋に近づいてきた。
部屋の扉が開きルルが中に入ってくる。

「待たせたわね。」
「ううん、それよりちゃんと話は出来た?」
「ええ、おかげさまでね。」

そう答えるルルの瞳は若干赤い。
少し気になるけど部屋を出る時にも言ったように、私が口を出すような話じゃない。
とりあえず、聞かないといけないことを聞くだけにする。

「お父さんの居る場所は分かった?」
「うん、教えてくれたよ。郊外にある廃工場に居るんだって。
 アンのいう通り、あのまま探していても見つかることはなかったみたいだね。」
「そっか、じゃ、今から行くの?」
「今行っても居ないだろうって母さんが言ってた。夜なら居るだろうからそのときに行きなさいって。車も用意してくれるって。」
「そっか、郊外だと電車の移動じゃ大変だもんね。よかったね。」

そう話すルルは目は赤くなってるけど、なんだか雰囲気がやわらかくなっている気がする。

「そっか、じゃ、夜まで待機だね。」
「うん、私も心の整理をする時間が欲しかったし…」

ルルは実際に会えることが分かったためか、今まで何処かあったあせった様子は全くなくなっている。
いつもどおりのルルが戻ってきたみたいで私も嬉しかった。




私たちはそのままルルの家で時間を潰していた。
ルルは私が一緒に居るのを当たり前だと思っているようだったけど、私は本当に自分が行っていいのか疑問でもある。
だって、これはルルの家の問題で私が首を挟んでいいことではない様に感じるのだ。
でも、郊外の廃工場なんて危なそうな場所にルルを一人いかせるのも心配だし…。
この家の人を連れて行くぐらいなら私が一緒に行ったほうがいい気もする。

うーむ、一緒に行ってルルがお父さんと話しているときに離れていればいいかな?
ここまで来たら最後までルルの傍にいたいと思うしね。

時間になるまで、部屋でお喋りしたり、庭を散策したりといつもどおり過ごしたのだけど、ルルは何処か上の空だった。
まぁ、それもしょうがない。やっとお父さんと会える時間が近づいてきているのだから。
そうこうしているうちに次第に日は陰り、辺りが暗くなって来る。

私はそのままルルの家で夕食をお呼ばれすることになった。
ルルのお爺さんとお婆さんは仕事が忙しくて戻ってこれないらしく、夕食は3人で囲むことに。
ルルの家の夕食に呼ばれるのは初めてじゃないけど、何だか今日は今までとは雰囲気が変わった気がする。
ルルとオルガさんの間に流れる空気が柔らかいというか…
今までも仲が悪いなんてこともなく、普通に仲のいい親子だったと思っていたけど、さっきの話し合いはより近づく一因になったのかも。
もしそうであれば、本当にいいことだと思う。

リビングで食後のお茶を楽しみながら、ゆっくりと話していると時計を見たオルガさんがルルに声をかけた。

「そろそろいい時間ね。場所は運転手に伝えてあるわ。」

その言葉を聞いて私は手に持っていたカップを置き立ち上がった。
私の横に座っていたルルは、いまだ座ったまま机の上で薄く湯気を立てるカップを見つめている。
私はゆっくりとルルを待ち、幾ばくかの沈黙が降りる。

不意にルルはカップに手を伸ばし、中に残っていたお茶を一気に飲み干す。
そしてそのままの勢いで立ち上がった。

「よし!行くわよ、アン!」

ルルはそういうと、私を置いて一人でずんずんと歩いていく。
私はそれを追おうとするが、オルガさんに呼びかけられ足を止めた。

「ヴィヴィアンちゃん。素直じゃない子だけど、これからもよろしくね。」

そう言うオルガさんの声はとてもやわらかく、そして暖かかった。
もちろん、私が答える言葉なんて決まっている。

「もちろんです!ルルは私の親友ですから!」

私の言葉を聴いたオルガさんは、やわらかく微笑み先へ進んでいくルルの背中に視線を送る。

「引き止めてごめんなさいね。ほら、あの子がいっちゃうわ。早く追いかけてあげて頂戴。」
「はい、それじゃあ失礼します!」

私がルルの後を追い歩き始めてすぐ、ルルも私がついてきていない事に気づいたようだ。
ルルは振り返って私を呼ぶ。

「アン!何してんの!置いていくよ!」

そんなことをルルは言う。
まったく、ルルのうそつきだ。付いてくるまで待ってるくせに。
私はこみ上げる笑いと共に声を上げる。

「あはは、待ってよルル。今行くから!」

私はそう返して、ルルに向かって駆け出した。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



私たちはオルガさんが用意してくれた車に乗ってルルのお父さんがいるという廃工場へと到着した。
勢いよく家を出たルルだったけど、車の中で座っている時間が長ければその勢いも衰える。
車の中でそわそわとした様子を見せるルルは、期待と不安が混じったような複雑な表情をしていた。
そんなルルに私ができるとことはただそばにいてあげる事だけだ。

私たちを乗せた車は廃工場の正面で停車する。
そう、私はその時点で分かってしまった。ルルのお父さんは念能力者だったという事に。
なぜ分かったのかといえば答えは簡単。私はその人の円の中に入ってしまっている。

だけど、とても不思議な感覚。よく目を凝らしてみないと円の中に入ってるとは分からない。
ヒルダさんたちが言うには私の目は少々特別製らしいので、もしかしたら普通の人には円に入っている事に気づかないのかもしれない。
もしそうならすごい能力だ。そして、その円の広さも私とは比べ物になっていない。
私はせいぜい10mを超えたあたりで伸び悩んでいるんだけど、もしこの廃工場全部を覆っているのならその半径は100m以上あるはずで…
ヒルダさんの話でそんな事ができる人がいるなんて聞いていたけど、まさか本当にいるなんて!

私はぜひともそのコツをご教授願いたかったが、今優先させるべきはルルの事。
とりあえず、私たちの動向はすでにお父さんにはばれていると思う。
となると、念能力者の私がのこのことルルについて行くのは要らぬ警戒をされちゃうかもしれない。
いま、この円が動く様子はないのでルルのお父さんはきっとルルが近づいても逃げることはないと思う。
だけど、私が近くに居るとなると話は別だ。

指名手配されている人に、その娘と一緒に歩み寄る念能力者。
これで疑うなと言う方が無理なものである。

それなら、私はどうしようか。少し考えて私は結論を出す。

「ルル、ここから先は一人で行ったほうがいいよ。」
「え?いきなりどうしたの?」
「ちょっと詳しくは言えないけど、ルルのお父さんは確かにここに居るし、きっとこの中にその人以外には誰も居ないはず。」
「ちょっと!なんでアンにそんな事が分かんのよ!?」
「ごめんね。詳しくは言えないんだ。でも、私が言ったことは確かだよ。」

私の言葉にルルは驚いたように食って掛かかってきた。
でも、念の事をそう簡単に一般人に話すことはできない。たとえ、それが親友のルルだとしても。
私にできる事はルルが信じてくれるのを願うだけだ。私は精一杯の思いを込めてルルの瞳を見つめ返す。

「…、もう、分かったよ。私が一人で行けばいいんだね?」
「信じてくれるの!?」
「だって、アンが私にうそをついた事なんてないじゃんか。」

そんな事を言って私を信じてくれるルルはやっぱり本当は素直で優しい子なのだ。

「うん、ごめんね。でもね、ルルがお父さんと会うなら私はそこに居ちゃいけないと思うんだ。
 どっちにしても、そのときには席を外すつもりだったんだよ。」
「そう…。まぁ、いいよ。それじゃ、私はいってくる。」
「うん、がんばってね。」

私はルルにそう声をかけて車の中で見送る。
車から降りたルルはそのまま廃工場へと歩いていく。
その足取りはしっかりしていて私が心配する必要はなかったのかも知れない。
やがてルルが廃工場の中へと消えた。それでも周りに展開してある円に変化がないのを確認した私は息を吐いた。
きっと、ルルとそのお父さんの邂逅はうまくいくに違いない。

そこまで考えた私は、不意に走った思考に息を呑んだ。
ルルのお父さんは念能力者だった。なら、その追っ手も念能力者のはずである。
そして、私はそれを生業にしている強力な能力者を知っているではないか!

私は挙動不審だったルルを追ってホテルに行ったときのことを思い出す。
あの時たまたまウォーリーさんに会い、会話をしている間にルルを見失ってしまった。
あの時、ウォーリーさんはなんと言っていたか?
そう、人を探しているといっていたのだ!
あの人が珍しい場所で人探し、しかも偶然とはいえ同じような場所を探すような背景を持つ人間をだ。

私はそこまで思い浮かんだとたんとてもいやな予感がする。
どう考えても、ウォーリーさんが探しているのはルルのお父さんだということを肯定する要素しか出てこない。
そこまで考えた私は慌てて車外に降り立つ。
もしかしたら、あの人たちはこの場所にまだたどり着いていないのかもしれない。
でも、あの二人はそれが本職なのだ。私たちには分からない方法でもう特定していることを否定することはできなかった。

ここまで車を運転してくれたお手伝いさんに少しはなれた場所で待っているように頼む。
確かに、あの2人の可能性が高いけど、そうでなかった場合には逃げる足を真っ先につぶすのは当然のこと。
もし、ここに追っ手が迫っているならお手伝いさんを巻き込むのは申し訳ない。
それに、いざという時には逃げるときに運転してもらわないといけないしね。

車が離れていくのを確認した私は、ルルを追って廃工場の中へと急ぐ。
ルルのお父さんが居る部屋の場所は来るときに車の中でルルに聞いている。
私はすこしだけ迷ってしまったけど工場の中を走りぬけ、目的の部屋へとたどり着いた。中には2人の人間の気配がする。
私が扉に手をかけ、その扉を開こうとすると、力を入れる前に勝手に開く。
果たして、中から出てきたのはルルだった。

「うわ、ほんとに居た…」
「え、どうしたの?」
「父さんが一緒に来た子がすぐ外に居るって言うから半信半疑だったんだけど…」

そういってルルは私を見上げてくる。
その驚いた表情は、やがて何かを思いしたかのようにあせった様相に変化した。

「そうだ!父さんが言うには追っ手がすぐそこに居るから2人はすぐに逃げろって!」

私はその言葉に絶句する。
まさかこんないやな予感が当たるとは…

「そんな…、ルルのお父さんはどうするの?」
「このまま残って注意をひきつけるから、その間ににげろって…」
「それじゃ、捕まっちゃうじゃない!ルルはちゃんと話はできたの!?」
「え…、そんな暇もなかったから…」

なんてこと、ここまでがんばってきたのに最後の最後で茶々が入るなんて!

「分かった。私が時間を稼ぐよ。だから、ルルはその間にちゃんとお父さんとお話をして。」
「そんな!アン、正気なの!?そんなことできるわけないじゃないの!」
「ううん、大丈夫。多分、追って来てるのは私の知ってる人たちだし、それに言ったでしょ。私は結構強いんだって!」
「相手はハンターなのよ!そういう問題じゃないでしょう!」

なおも言いつつのるルルを私は強制的に部屋へと押し戻す。
部屋に入るとそこには、ひょろりとした痩身の男性が佇んでいた。
驚いた表情を浮かべたその男性が口を開こうとするのにかぶせて私は言う。

「追っ手は私が引き受けます。その間にルルとちゃんと話をしてやってください!」

私はそういってルルの背中を押して男性の方に押しやると、返答も聞かずに踵を返し部屋の外に向かう。

外へ出た私を迎えたのは…

…驚いた表情を浮かべるウォーリーさんとヒルダさんだった。



[20016] if after Ep. ”Vivian” 5 高き壁
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Date: 2010/08/18 01:29
相変わらずこの2人の絶は見事でルルのお父さんからの指摘がなかったら、ここまで近づかれても気づかなかったに違いない。
でも、二人は私が居る事がよほど意外だったのか、驚きで絶が乱れていた。さすがにこの状態なら私でも分かるのだ。

「なぜ、あなたがそこに居るの!?」

ヒルダさんが驚愕に塗れた声で私に詰問する。
むしろ、私のほうがなぜこのタイミングで来るのかと聞きたいぐらいのものだ。

「いくらヒルダさんでも、今はここを通す事はできません。」

私は、おなかのそこから力を込めて言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いたヒルダさんはさっきまであった驚愕を一瞬で沈め、鋭い視線を送ってくる。

「貴方、何を言っているか分かっているの?」
「はい、この奥に居る人が指名手配されてる人で、ヒルダさんがその人を捕まえにきたんだってことも分かります。」
「なら、そこをどきなさい。」
「いやです。今この中に居る2人を邪魔させるわけには行きません。」
「正気で言ってるの?その中に居るのは犯罪者なのよ?それを年端の行かない少女と二人きりにさせているなんて。」
「この人はルルのお父さんなんです!」

私は力いっぱい叫ぶ。きっとヒルダさんも分かってくれるはず。
ヒルダさんはルルのことも知っているし、会った事もある。きっとここは引いてくれる。
だけど、私の淡い願いは次の言葉で打ち砕かれる。

「そう…、いいたいことはそれだけかしら?なら、すぐそこをどきなさい。」
「え、でも…」
「ヴィヴィ、世の中、”父親”というだけで絶対的に信頼していい人間なんてことはないのよ。
 たとえ貴方がそう思っていたとしても、その危険を私は見逃すわけには行かないわ。」

私はヒルダさんの言葉に衝撃を受ける。
お父さんというのは私の中で守ってくれる人で、いつも厳しくも優しい人。
だけど、世の中にいる父親はそうでないのも居るというのだ。

「分かった?これが最後の通告よ。そこをどきなさい。」

その言葉に私は思い出す。少なくとも私はあの人がおかしな存在には見えなかった。
ルルを見つめる視線は慈愛の光を確実に含んでいたと確信できる。ならば、ここをどくわけには行かない。

「いえ、私はあの人のことを信じます。いま、ルルとあの人の時間を邪魔するならヒルダさんでも通すわけには行きません。」

私は、しっかりと声に出して通告する。自分で言った言葉でようやく自覚する。
今、私はヒルダさんに宣戦布告をしたのだ。

「そう、ならもう話すことはないわ。」

その言葉と共にヒルダさんのオーラが一気に膨れ上がり、手にはオーラが変化した鞭が形作られている。
私は、全力を持って堅を行い、全身に大量のオーラをいきわたらせる。
腰を落として受けの構え。私の勝利条件は時間を稼ぐ事、必ずしもヒルダさんを倒す事は必要ではない。
ならば実力の差もどうにかなるのかもしれない。

私は全力で堅をしているが、相対するヒルダさんからむけられるプレッシャーは普段行っている組み手とは比べ物にならない。
相対しているだけで、足が後ろに下がろうとすらする。だけど、私はそれを気合でねじ伏せ、構えを整える。

「行くわよ。」

そのヒルダさんの短い声と共に私の周りを縦横無尽に鞭が打ち据える。
私は必死に目を凝らし、私に当たるものだけを打ち払っていく。
凝でオーラを両手に配分し、迫り来る鞭を叩き落す。
無数に迫る鞭は恐怖以外の何者でもない。だけど、今の私はそれに飲まれるわけには行かない。
後ろでようやくお父さんと話すことができたルルのためにも。

そう、私は言ったんだ、"追っ手は私が引き受ける"と。
そして、ルルは"アンが私に嘘をついたことはない"と言ってくれたのだ。
なら、ここで引きヒルダさんを通してしまうなら、私のいった言葉はうそになってしまう。

――私はそれは我慢できない!

ひたすらにヒルダさんが鞭を操り、ひたすらに私がそれを受け流す。
ヒルダさんの鞭は無作為に、私を含めた景色を蹂躙する。本来ならそれは、鞭の軌道を見切るのを困難にさせるためなのだろう。
あえて無駄な攻撃を含めることによって対応するがの難しくなるし、精密な調整を放棄することで攻撃の回転数を限界まで上昇させる。
それを一方的な遠距離から加える、これがヒルダさんの必勝パターン。

本来の私程度の腕ではあっさりとその鞭にとらわれ勝負が決ってしまっている。
何とか私が耐えられているのは、きっとこの目のおかげなのだろう。
だけど、それは単に硬直状態に持って行っているのが精一杯だと言うこと。
そして、この先の結果など誰がどう考えてもひとつしかない。
受けに回ればしのぎきれるかもなんて考えは、見込みが甘いにも程があった。

ヒルダさんは片手を振って鞭を操り、その行動に何の危険もなく、疲労も少ない。
一方の私は全身を使いオーラを消費しながら、必死になってその鞭を捌いている。
もし、一発でも貰えばそこからの連撃でたちまち戦闘不能だ。

私の圧倒的不利な状況。組み手であれば、突進を用いた奇襲を考えてもよいのだけれど、私の役目はこの扉を守る事。だから、突撃などして、扉の前を空にするわけにもいかない。
これほどの悪条件の中で、この均衡を持たせていることができていること自体驚きだ。

そして、それは多分、ヒルダさんが大いに手加減をしてくれているからなのだろう。
鞭はあくまで普通のままで一番汎用性が高い代わりに、それほど攻撃力は高くない。
これがもし、トゲつきだったりするなら私へのプレッシャーも大きくなるし、何より捌くのにもより大きなオーラが必要になる。
オーラを消費する速度も段違いに増えると思う。

ヒルダさんは私を大きく傷つけるつもりはないのだろう。
私を気遣うその心が嬉しくもあるけど、今は寧ろ悔しいと思う気持ちが強い。
私とヒルダさんでは、いまだそれだけの実力の差があるということ。いつかは越えるべき壁として私の前に高くそびえる。

このまま受け続けるだけじゃ、そのうち私が落ちるのは見えている。それほど時間が稼げるとは思えなかった。
それ以上の時間を稼ぐためには、いちかばちかこっちから仕掛けないとダメだろう。
だけど、私はすでに詰んでいるといっても間違いじゃない。
扉を守ることを考えるならば、一度の突撃で確実にヒルダさんを無力化しなければならないわけで…

一瞬だけでも隙を突ければ…
それだけの間があれば、クロスレンジまで持っていけるのに!

そう考え歯噛みする私に天啓が走る。
私のポケットの中には、"詰み"を回避する取って置きの持ち駒があるのを思い出したのだ!

鞭を捌く間を突いて、私はポケットから小さな紙包みを幾つか取り出す。
それを握りオーラをこめる。そこまでしてから私は、被弾覚悟の勢いで突撃を敢行した!

私のいきなりの行動で少しは虚をつけたと思ったのに、ヒルダさんの対応は冷静かつ正確。
嘗て熊さんにしたように私の突撃を止めるべく、太くした鞭で打ち据えようと振るう。

私は、ヒルダさんがその鞭を振るうのを確認してから、足にオーラを集めて全力で急停止。
私の軌道を予測し狙ったその鞭は、急停止した私の目の前の地面を粉砕する。
ヒルダさんはさすがにこの行動は予想外の様で、若干目を見開いてこちらを見る。

ただ、その攻撃を避けることが出来たのはいいけど、無茶な制動で私の体勢は崩れているし、一回止まってしまったから再加速するにも時間がかかる。
つまり、今の私は詰んでいるどころか、死に体もいいところ。
だけど私がやりたいことは、体勢が崩れていようと、再加速が難しかろうと関係ない!

私は手に持った紙包みを、ヒルダさんに向かって投げつけた!

無茶な体勢で投げたその軌道はめちゃくちゃで、1つたりともヒルダさんに当たるものはないだろう。
ヒルダさんがはじめて判断に迷う。だけど、結局私を無視して投げられたものを打ち落とすことにしたようだ。
そしてそれは予想通り。今の私はその程度の隙を突けるだけの加速を得るのが不可能なのだから。
あからさまに念の篭った正体不明のアイテムを先に処分するのは当然の判断。

ヒルダさんがそれらを狙って鞭を振るう。
幾つかが打ち落とされたが、その鞭の餌食になる前に己の役目を全うしたものも幾つか居た。

それらは大きな乾いた音を立てて炸裂する。
しかし、ただそれだけ。だってそれは大きな音がするだけのものなのだから。

だけど、その音がヒルダさんにもたらした影響は甚大だ。
ヒルダさんはその音に気をとられ、私への意識が途切れている!

ヒルダさんが鞭で幾つかの紙包みを打ち落としている間に、体勢を立て直していた私はその隙を逃さずに再度突撃を敢行する。
私は両足にオーラを集めて全力で地面を蹴りだし、一瞬でトップスピードまで加速する。
そこで漸くヒルダさんは私の存在を思い出したようにこちらに意識を向けてきた。

正直、予想よりも大分早い。あの人が言うように念能力者には効きが悪いというのは本当のことなのだろう。
だけど、それでも十分な時間を作ってくれた。
私は速度にはちょっと自信があるのだ。
加速段階から認識されていたのならともかく、動き出してしまった私を後から認識するのはいくらヒルダさんとは言え困難なはず。
案の定、ヒルダさんは鞭での迎撃を諦め、堅の力を高めて受けに回る。

私はそこに馬鹿正直に突っ込むことしか出来やしない。
ここが私の最後の勝負、これで決め切れなければ私の戦いは負けたのと同じ。
私は加速のための踏み込みで足に回していたオーラを右手に集める。
ヒルダさんは手加減していたのかもしれない、だけど私が手加減をするなんておこがましい。
今の私がヒルダさんに勝つには全力で当たるしかありえないのだから!


私はその勢いのままヒルダさんに殴りかかり…

「やめろ!ヴィヴィアン!」

…その言葉に込められた力に体が自然に従おうとする。
だけど、既にその言葉だけで止まれる段階は過ぎており、私の拳はヒルダさんに突き刺さった。

多少力が抜けていたとは言え、会心ともいっていい私の拳に伝わる感覚は、何だが柔らかく分厚いゴムの殴ったような感触だった。
ヒルダさんは私の拳の受け、そのまま後ろに弾き飛ぶ。吹き飛んだヒルダさんは後ろにあった壁にぶつかり、崩れ落ちた。

突撃時に私が持っていたエネルギーはほぼ全てヒルダさんにぶつけたため、私は拳を振り切ったままの姿勢で止まっている。
そのまま残心して、倒れ伏すヒルダさんに視線を向ける。
きっとヒルダさんのことだから、すぐに立ち上がって怒りながら鞭を振るってくるに違いない。

私がその状態で警戒していると、ウォーリーさんが慌てた様にヒルダさんに駆け寄っていく。

…ヒルダさんは動かない。

私のほほに汗が一滴流れる。さっきまで動いていたときには熱かった汗がなぜか冷たい。


……あれ?もしかしてやりすぎた?


そのことに思い当たると、私も慌ててヒルダさんに走りよった。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



ウォーリーさんが様子を見ている横まできた私は、ヒルダさんを抱え起そうとするがウォーリーさんに止められる。

「ヴィヴィアン、頭を打っているなら動かさない方がいい。脈拍に異常はないから少し様子を見よう。」

私はその言葉に従い、ウォーリーさんの横でおとなしくしていることにする。
暫くして、小さなうめき声と共にヒルダさんが意識を取り戻した。
ヒルダさんは目を覚ましてすぐ周りを確認するように胡乱げに視線をめぐらせる。
そして、私に視線が向くと共にその視線に力が戻る。

「あの、ヒルダさん。大丈夫ですか?」
「…、ああ、もう、おかげさまで最悪の気分よ。」
「俺としてはあの一撃を受けて短時間で意識を取り戻すヒルダに驚きなんだが。」

私はその言葉に私は驚く。確かに全力で殴ったけど、そんなにいうほどでもないと思うんだけど。
そんな私の表情を見たヒルダさんは、ため息をつきながら立ち上がる。その姿は若干ふらついていて少し危ない。

「ヴィヴィアン、貴方ね、強化系馬鹿で馬鹿オーラ持ちの貴方がその馬鹿力で殴ったら大抵のものは壊れるわよ。」
「おい、危ないぞ。無理せず座っておけ。」

そういってウォーリーさんはヒルダさんを再び座らせる。
ヒルダさんも立っているのは辛かったのか、それに素直に従って座った。
というか、ヒルダさんに馬鹿って連呼されたんだけど…

「そうなんですか?」
「そうなのよ!次から全力で殴るときにはちょっとは考えなさい!」
「まぁ、そう興奮するな。とりあえず勝負はヴィヴィアンの勝ちだな。俺たちは大人しく中に居る2人を待つしかなさそうだ。」
「まったく…!一体あの音は何なのよ!あれがなければ負けなかったのに!」
「あ、あれはですね。ウォーリーさんがくれたんです。敵の注意を引くときに使えって。」

私がそういうと、ヒルダさんの視線はウォーリーさんに向けられる。
その視線はとても冷たい。その視線を向けられたウォーリーさんは大いにあせっていた。

「いや、俺は単に護身用の素材として渡しただけだぞ!まさか、あんな使い方をするなんて思ってなかったんだ!」
「でも、あれは貴方の仕業なんでしょう?あの音を聞いたら、そのことだけで頭がいっぱいになったんだけど、どういうことなの?」

慌てた様子で弁解するウォーリーさんと、低い声で詰問するヒルダさん。
そんな様子を見て、漸くヒルダさんになんともなかったのだと安堵する。
戦闘で興奮していたときならともかく、落ち着いたいまでは自分がやったことでヒルダさんが大きな怪我をするなんて堪らない。



何はともあれ、私はあの扉を守ることに成功したらしい。それはとてもいいことだ。
そんなことを考えていると、不意にヒルダさんから声をかけられる。

「まったく、最近貴方たちが変なところに行くようになったと思ったら、まさか同じ対象を探していたとはね。」

ヒルダさんの言葉に私は驚く。

「え、私たちがあの人を探していた事知ってたんですか?」
「いいえ、ただ私は貴方のお父様経由でルルちゃんのお母様から娘の様子を見てやって欲しいって頼まれただけ。
 だから、今週貴方たちが放課後や休日に出かけてたのについていってたのよ。
 そしたら、いつの間にか貴方が加わるわ、ダウンタウンなんかに繰り出すわで、一体何をしてるのかと思ってたのだけど。」

なんと、私たちの行動はヒルダさんに筒抜けだったらしい…
と言うか、尾行されていることにまったく気づかなかった。

「ん…、ダウンタウン…か?もしかして、あそこを根城にしてるガキどもの連続気絶事件はヴィヴィアンが犯人なのか?」
「えっと、多分そうかと…。ルルに声をかけてくる男のひとには気絶してもらっていたので…」
「なるほどな…。あとで赤毛に菓子折りでも持っていくか…。
 俺自身も5人まとめて拾ったこともあったし、もう少し配慮してやってくれると助かったんだが。」
「すみません…、私もルルも必死だったので…。でも、一度に5人なんてやったことないですよ?」

ウォーリーさんの注意に私は身を縮めて謝る。でも、さすがに5人いっぺんに気づかれずに倒すのは私には無理だ。

「となると…。」
「まぁ、確かに私がやった子達でしょうね。人数が多くて面倒そうなのは私が後ろからやってたから。」
「ヒルダ…、もういい大人だろうに。後始末ぐらいして置いてくれ…。」

ウォーリーさんからの視線を受け、ヒルダさんは何の気負いもなく答える。
その言葉にウォーリーさんは、ため息をつきながら注意をするのだった。



[20016] if after Ep. epilogue とある少女の想い
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:29
私は目の前の扉を開く。

今まで居たところとは違い、そこはとても広い部屋。そして、そこは寂しいところ。
私は今までいた狭く、暖かい場所から離れなければならないのがとても悲しい。
だけど、ずっとそこに居るわけに行かないのは今聞かされたばかりだ。

後ろ髪を引かれるけれど、それを振り切り私は扉の外へと足を踏み出す。

その部屋には、私が来たときと違っていつの間にやら人が増えていた。

一人は、私に付いて来てくれた大事な親友のアン。
もう一人は確か、アンがいろいろと教わっていると言っていたヒルダさん。
最後の一人の男の人ははじめてみる顔なので分からない。

私が出てきたことに気づいた彼らはこちらに向かって来る。
その中でもアンはまるでロケットの様なスピードで走ってくるのだった。

その顔はなぜか心配そうな表情をしており、私は疑問に思う。
だがすぐに理由に思い当たった。さっきまで中で父さんと話していたとき私はまた泣いてしまったのだ。
きっと今、私の顔はひどいことになっているのだろう。
でも、私は別に気にしない。だって、それ以上に今の私の心は晴れ上がっているから。

すごいスピードで走ってきたアンはすぐに私の下へたどり着く。
そして、心配そうな顔をして私を覗き込んでくる。

さっきこの広い部屋が寂しいと思ったけれど、アンがそば来て考えを改める。
うん、この広い場所は別に寂しい所じゃない。アンも居るし、母さんも居るし、家族や友達も居る。
父さんだってすぐに会えるわけではないかもしれないけど確かに何処かには居るのだから。

アンはそんな私の顔に何を見たのか、心配そうな顔を引っ込めて一転して笑顔になった。

「ルル、お父さんとはしっかり話せた?」
「ええ、アンのおかげでね。何だかすごい音がしてたけど大丈夫だったの?」
「ふふふ、聞いてよ。私、今日はじめてヒルダさんに勝てたんだよ!」

その姿は、まるで褒めてくれと全身でうったえる子供の様で私は思わず頭を撫ぜたくなる。
まぁ、手が届かないから無理なんだけど。

「それはすごいね。おめでとう。」
「うん、ありがとう!」

私は正直、ヒルダさんがどれほどの人か知らないのでそれに勝ったといわれても良く分からない。
でも、アンを見ていれば褒めないわけにも行かない雰囲気。
案の定、褒めてあげれば満面の笑みで返してくる。
うん、これが見れただけでも十分価値があるというものだ。

私とアンの横を残りの二人が通り過ぎ、父さんのいる部屋へと入っていった。
そうか、あの人たちが父さんの言っていた追っ手なのだろう。
となれば、父さんが彼らに捕まるのはもはや逃げようがないことだ。
父さんと話してそのことに納得はしたものの、心が面白く思わないのは止められない。
私の望みは家族3人で暮らすことなのだから。

部屋に入る彼らの背中を見送る私をアンは心配そうな目で見てくる。

「ルル、いいの?」
「ええ、お父さんももう逃げるつもりは無いんだって。それにここで私が駄々をこねてもしょうがないことでしょう?」
「それは…確かにそうだけど…。」

私の答えにアンは何だか不満そう。その様子に思わず笑ってしまう。
貴方がそんな顔をすること無いでしょうに。

「私だって止めれるなら止めたいよ。でも、お父さんがそれでいいって言うなら私が口を出すことじゃないでしょ。」
「んー、何だかルルにしては物分りが良すぎる気がするんだけど…」

本心を語る私にアンはそんなことを言ってくる。
私は文句を言おうと思って口を開くが、後ろの扉から父さんが出てきたのでそのまま閉じた。

部屋から出てきた3人は、先ほど入っていった2人とさっきまで話していた父さんだ。
父さんは私に目を向けるがすぐに前を向いて歩き出す。私はそれを寂しいとは思わなかった。

「ヴィヴィ、貴方たちは車で来たのよね?なら、私たちは先に帰るわ。」
「はい、分かりましたヒルダさん。」

ヒルダさんはアンとそんなことを少し話して、そのまま歩き出す。
お父さんともう一人の男の人もその後について歩きだした。

私はお父さんの背中が見えなくなるまでその場で見送る。
そんな私を隣で見守っていたアンに私は言った。

「それじゃ、私たちも帰りますか。お母さんにもお父さんと話したことを伝えたいしね。」
「…ねぇルル。本当に良かったの?」
「ほんと、アンは心配性だね。」

いつまでもそんなことを言ってくるアンに私は苦笑してしまう。
うん、私は大丈夫。だって父さんは私に約束してくれたもの。

次は向こうから会いに来てくれるってね!



[20016] if after Ending 祝砲が響くということ
Name: Ethmeld◆dc9bdb52 ID:ae2b5ac9
Date: 2010/08/18 01:31
とあるビルの一室で1人の男が大きな樫の机に詰まれた書類の波を捌いていた。
軽やかなノックの音と共に、返事を待たずして扉が開き、一人の女が入ってくる。
男は入ってきた女に目をやり、ため息を吐きつつ声をかける。

「ヒルダ、返事をする前に入ってきたらノックをする意味が無いだろう?」
「あら、心配しなくても中に一人なことは分かっていたんだからノックをしただけでも感謝して欲しいのだけど」
「……まあいいよ。所でどうしたんだい。見ての通り僕はなかなかに忙しいんだけどね」

男は机に詰まれた書類を恨めしげに見ながらそういった。

「それはご愁傷様。わざわざ仕事を増やしに来てあげたのよ。嬉しいでしょ?」
「……そいつはどうもありがとう。で、どんな厄介事なんだい?」

まったくうれしくなさそうな声で男は返す。
女は当然のようにそれを無視した。

「貴方、私にこの前仕事を振ったでしょ。その後始末が面倒だから貴方に丸投げしようかと思って」
「君に振った仕事?そんなのちょっと記憶に無いんだけど……」
「忘れたの?今私がいる街に賞金首が入ったって連絡したでしょう。今、対象を捕まえてここまでつれてきたところなのよ」
「んー、ちょっとまって……」

そういって男は机の上の書類を漁る。
その雑多な書類の海からどのように釣り上げたのか不明だが、やがて一枚の紙を引っ張り出した。

「お、あったあった。あー、なるほど、これか……。ふむ、良く彼を捕まえられたね。さすがはヒルダと言うべきなのかな」
「残念ながら今回の件は私は大して動いてないけどね。で、さすがってどういう意味なの?」
「懸賞金を掛けたのが大企業だから中々に額が大きくてね。手配された当初は結構な量の人間が彼を捕まえようとしたみたいだね。
 そんな中、彼は今まで4年以上も逃げ続けてた。結構有名なハンターが追ったこともあったし、逃亡者としては一級じゃないかな」
「あら、私のときは特に逃げずにあっさり捕まったのだけど……。まぁ、目的を達したからってことなのかしらね」
「目的?」
「そうそう、それが面倒な後始末なのよ」

そういって女は懐から一枚の光学ディスクを取り出した。
女は手に持っていた紙切れと共にそれを男に向かって放り投げる。危うげなくそれを受け取った男はいぶかしげにそのディスクを見た。

「こっちの報告書は分かるけど、このディスクは?」
「何でもとある企業の不正の証拠が詰まってるらしいわよ」
「……ああ、なるほど。それで企業からの懸賞金ってことなわけだ。至極分かりやすい構図だね。
 で、僕にこれをどうしろと?まさか、白日の下にさらして断罪せよとでもいいたいのかい?」
「さあね、彼がどういうつもりかなんて知らないわ。
 公開して欲しいとは言われたけど、そんなの私の仕事の守備範囲外だからね。面倒だから貴方に丸投げするわ」

女は勝手にソファーに座り、手をひらひらと振りながら男に向かってそういった。

「……まったく、君はいつも僕の仕事を増やしてくれるね。ありがたくて涙が出るよ。僕を便利屋か何かと勘違いしてるんじゃないのかい?」
「なに言ってるのよ。ハンターの親玉なんて便利屋以外のなにものでもないでしょう?」

女は何の気負いも無くそう返す。

「ほんとに君にはかなわないな……。
 なんにせよ、ハンター協会も別に法の守護者なんて気取ってるわけじゃない。公開しろといわれても困ってしまうな。
 まぁ、さすがに中身次第ではあるけれど、とりあえずはハンターサイトに情報買取と言う形でいいのかな?」
「何でもいいわ。貴方がそれでいいと思うならね」
「なら、買取額は彼と直接交渉しないといけないか……」

男はその言葉と共に、手に持っていた紙に幾らか文字を書き足していく。
それを終えて紙を山に戻すと、男は先ほど受け取った報告書に目を通し始める。

「一応言っておくけど、彼に賞金が掛かった罪状は不法侵入、機密漏洩だからこのデータがあっても彼の罪はかわらないよ」
「なにそれ。私がそんなのを望んでいる様に見えたのかしら。心外だわ」
「そういうわけでもないけど、一月前の例があるからね。気になるかなと思って」
「まったく、見くびらないで欲しいわ。私がここまでデータを運んだだけでも最大限譲歩してるのに」

女は苦虫を噛む潰したかの様に顔を歪める。

「そうかい?まぁ、そういうことにしておこうか。それよりこれは個人的な興味なんだけど、かの逃亡者を捕まえたのはどうやったんだい?」
「別に普通よ。アジトを見つけて、踏み込んで、捕まえた、それだけよ」
「それだけで終われないから4年以上も彼は逃げ延びたんだろうに」
「そうね、あえて言えば、アジトに踏み込んだとき対象の娘が一緒に居たわね。多分、それと話して心が決まったんじゃないの?」

女は顔を歪めたまま言葉を吐く。男は報告書から目を離し、そんな女を興味深そうに眺めていた。

「ふむ、さしもの逃亡者も人の子ということか。でも、君としても何か思うところがありそうだけど」
「そうね……、対象の妻にしてやられたのが悔しいかしらね」
「へぇ、それはどういうことなんだい?」
「彼女とはちょっとした知り合いでね。恩人経由で仕事を振られたのよ。今考えれば私が夫を探すのを嫌ったんだなってね。
 捜索自体は主にウォルが担当したから特に影響は無かったのだけど、まんまと乗せられたのは悔しいわね」
「なるほど、まぁ、それだけじゃなさそうだけど……」

男はそう続けようとしたが、女の鋭い眼光に睨まれ言葉を濁す。
その視線に屈した男は、話題を変えた。

「分かった。もう言わないよ。だから、そんなに睨まないで欲しいんだけど」
「別に睨んでなんか無いでしょう?」
「どう見ても……、いや、なんでもない。そういえばそのウォーリー君のその後はどうだい?」

そのあからさまな話題転換に女は睨むのを止めて話に乗った。

「どうもこうも無いわ。大人しいものよ。この前、報告書も送ったでしょう?」
「……この、海に等しい有様の書類を全ておぼえて置けと君はいうのかい?」
「そんなこと私には知ったことじゃないわ。私は送ったのだからそれを読めとしか言えないわよ」
「まぁ、問題ないなら構わないけどね。ただ、彼には気をつけたほうがいい」
「……それはどういうことかしら?」
「正確には彼の能力にはと言うべきだね。あの能力は些細に見えて非常に危険だよ」

男は手に持っていた報告書を机に置くと、それまでのからかいを含んだ声音では無く、真剣な様相で言葉を紡ぐ。
それに対する女も雰囲気が変わったことを敏感に感じ取り、姿勢を正した。

「へぇ……、その心は?」
「確かにあの能力は単発での威力は低いけれどね。真に恐るべきはその反復性だ。
 ただ日常の会話を交わすだけでほぼ強制的に自身に好意を抱かせる。
 彼の場合、その話術もそれを補強する。間の取り方、言葉の選び方、抑揚や仕草に至るまで多分全てが計算ずくなんだろうね。
 念が使えれば効果は低いといっても、それはただそこにいたるまでの会話の量が増えるというだけ。最終的な結果は変わらない。
 そういう意味で一番危険なのが、ヒルダ、君だ。
 彼も意識して行っているわけではないのがなお性質が悪いね。彼はもはや無意識下で行ってる」
「何を言うかと思えばそんなこととはね。そんなことは重々分かっているわ」

その言葉を女は笑い飛ばす。それはあの程度の能力に自分が動かされるはずが無いとの自信の表れだった。
その力強い言葉を聞いても男の心配そうな顔は変わらない。

「僕にはその言葉を信じていいかも分からないんだよ。本当にその影響を跳ね除けてると言えるかい?
 そもそも一月前の彼を引き取る件、あれは本当に君らしくない行動だった。
 弟子にほだされたと君は言っていたけど、本当にそれだけだと言えるのかい?
 今読んだ報告書によると、今回の件での調査の過程でライセンスを彼に預けたらしいね。
 一緒に行動し始めてまだ一月足らずの人間にしては信用しすぎてると僕は思えるのだけどね」

それを聞いて女は押し黙る。先ほど見せた自信の様子は既に何処かへ消えていた。
男はさらに言葉を連ねる。

「ここで彼を取り調べしてたときの結果を覚えているかい?
 "問題あるようには見受けられない"と全ての捜査官が判を押した。そう、全てのだ。これは異常なことだよ。全会一致など有り得ない。
 この世に完璧な聖人が存在するよりも、何らかの恣意が加わったと考えるほうがよほど自然だ」

男はまるで何かに恐れるように言葉を紡ぐ。

「たぶん、君のかわいい弟子の子は既に手遅れだろうね。
 彼が何をしても…とは言い過ぎだろうけど、大抵のことは好意的に捉えるんじゃないかな?
 多分、彼のお願いなら無理じゃない範囲で聞いてあげるだろう。
 そういう素振りに何か心当たりは?それを見てヒルダは止めようと思わなかったのかな?」

男の投げかける質問に女はうつむいたままで答えない。
男はそんな事に頓着せず、独白のように言葉を繋ぐ。

「僕は正直なところ彼の能力が恐ろしい。彼が嘗てとらわれていたという操作系能力なんかよりも余程に。
 それが彼の良心に従って無意識の発露だけでこれだという現状がね。もし、自覚して最大限に利用しようと思ったらどうなるのか。
 僕としては正直今のうちに殺してしまいたいところなんだけどね」

それを言葉を聞いて女は下に向いていた視線を戻し男を見やる。その視線には確かに非難の色が見えていた。

「さすがに能力が危険だから殺せとは暴論が過ぎると分かってるし、やらないけどね。
 ……昔の君なら言葉だけは同意してくれたと思うんだけどな」

男がため息交じりにそうつぶやく。女はそれを聞いてまた下の向いた。
それを最後に男は口を閉じ、その場を沈黙が支配する。

幾ばくかの時が経ち、今度は女が口を開いた。

「確かに、貴方の言うとおりね。私の認識が少し甘かったのは認めるわ。
 でも、私は彼に操られるほど柔じゃないわ。なめないで欲しいわね」

女はそう男に向かって宣言すると、話は終わったとばかりにソファーから立ち上がって部屋を出て行く。
扉は閉まり、部屋には男が一人取り残される。

「本当にそうであってくれればいいのだけど……」

男がつぶやいた言葉は、誰の耳にも届くことなく虚空へと消えていく。
男は持ったままだったディスクを手の中で弄びながら閉じられた扉をじっと見つめる。

「これを届けに来たのも彼の言葉があったから、なのかもしれないな……」


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