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[34688] 二週目人生【GPM二次】
Name: 鶏ガラ◆f61e2f27 ID:af55ab2f
Date: 2012/08/18 19:05
この作品は、オリジナル転生キャラクターを主人公に据えた、ガンパレードマーチの二次創作になります。
ゲーム設定をメインで進める予定ではあるものの、所々でアニメ(新たなる行軍歌)、漫画(アナザープリンセス)、小説、裏設定が入り乱れることになる予定ですが、ご了承ください。

Q:なんで入り乱れるんですか?

A:小説メインでいくと、作者のミリタリー知識不足が露呈するから。
  裏設定は電波すぎてついていけないし、そもそも随分昔に追うのを止めた。裏設定を作者が全部把握できてないから。
  アニメを加えるのは作者の趣味。士魂号も好きだけど、HWTのデザインも好きなのです。

また、公式カップリングを無視することが度々起きることになると思いますが、そちらもご了承ください。仕様です。
○○と○○はくっつかなきゃいけない! という方は申し訳ありませんが、この作品は肌に合わないと思いますので、閲覧の際は注意のほどをよろしくお願いします。
速水と舞のカップリングは崩れないがな。

以上のことをご理解頂けた方は、どうぞこの作品をお楽しみください。
感想、要望などお待ちしています。



[34688] 一話
Name: 鶏ガラ◆f61e2f27 ID:af55ab2f
Date: 2013/01/03 22:43
「……ええっと、あれでしょうか。
 話をまとめると――俺は別の世界に行くことと、この世界に残ることの選択権を与えられた、と」

「そうなります。
 話が早くて助かりますよ、永岡青葉さん」

目の前の男から聞かされた話の内容を脳内で整理する。
零した言葉に対し、笑みと共に返事がきた。
肯定……か。何がなんだか、と頭をガシガシかきながら、俺は溜息をついた。

どうしてこんな話が始まったのやら――きっかけと云えるようなものは何もなく、本当、この話は唐突に始まった。
いつものように仕事を終えて帰宅し、いつものようにネットサーフィンをして、いつものように腹を空かせた俺はいつものように夕食の準備を始めようとして――そうして、なんの前触れもなくこの男が訪ねてきたのだ。
初めは宗教か何かの勧誘かと思い速攻でドアを閉じようとしたのだけれど、どういうわけかドアを閉じることができず、それを良いことにこの男はずかずかと上がり込んできたのである。
ドアを閉じることができなかったのは、超スピードとか催眠術とかチャチなもんじゃない力ってやつだろうか。

そんなふざけたことを考え、辟易しつつ俺は彼の相手をする羽目になった。
そうして始まったのが、この世界の危機に関する話――で、ある。

この世界というものは、いわゆる神様というやつが治めていて、日々陰日向から人々を助けているのだそうな。
奇跡と云われるもので人を助けたり、人の手では救いようのないものを救済したり。
誰に知られるわけでもなくこの星に住むものたちを育み続け、いずれは他の神様たちが治めている星の生物たちと交わることでうんたらかんたら。
しかしこの地球という惑星を治めている神様はまだまだ若いという。
実力は未熟。だというのに最近、地球に住む人間の数があまりにも多くなりすぎて、このままでは神様としての役目を果たせなくなってしまうと思ったらしい。
この問題への対策として神様が考えついた手段は、他の世界への転生だという。
天変地異なり戦争を意図的に発生させて間引きする手段もあるにはあるらしいのだけれど、主人はそれを嫌っておられる、とこの男は困った風に笑っていた。

どうしてそんな話を俺に、と男に聞いてみれば、俺という人間は転生の対象にちょうど良いからとのこと。
まず一つ。姿を消すことで大きな影響がでないという点。
……まぁ確かに、そうだ。何か大きな責任を課せられた地位にいるというわけでもない。結婚しているわけでもないし、だから子供もいない。
両親は既に死んでいるため迷惑はかからないだろう。
兄弟たちはもう大人だから、俺が面倒を見る必要もない。もし面倒を見るような事態になったとしたら、まぁいい加減に自業自得だ。自分自身でケリをつけてもらいたい。
他には――友人連中が悲しいんでくれるかもしれないが、それは男の云う条件とは関係がないことだろう。
なるほど。俺という人間がいなくなっても世界というものは関係なく回ってしまうな。

二つ目の条件。それは俺が人畜無害な人格をしているということ……らしい。
もし仮に俺が転生するとして、その転生先――俺を受け入れてくれた先にも、神様は存在しているのだ。
地球を治める神様からすれば、自分の不始末に付き合ってくれる神というわけで……そんな人に悪徳を好むような人間を任せたりはできないという。
それもそうか。不手際の処理に協力してくれるだけでもありがたいだろうに、その上面倒な人間を押しつけるなんてことはできない、と。
……まぁ、戦争なりなんなりを起こさず、異世界転生なんて手段で人間の数を減らそうと考える神様だ。お人好しなんだろう、きっと。
……しっかし人畜無害か、俺。
まぁ確かにそう……か? 悪人ではないと思うけど、ううむ。腑に落ちない。

そして三つ目の条件。厳密には条件というわけではないのだが――
転生の誘いは、神様の不手際で不幸を被った人間に対して、優先的に行われているという。
……あぁ、なるほど。少し合点が行った。自慢するようなことじゃないから何があったのかは省くが……そうかい。神様の不手際だったわけかい。
なぁに。親がバンバン子供作った癖に早死にしやがったから、長男が後続の面倒を見る羽目になっただけ。よくある美談ってやつだ。
その美談の中心人物である俺は、自分のために人生を送れなかったわけだけど。
周りの同年代が遊んでいるような年頃はバイトに勤しみ、社会人になって収入が増えたはずなのに同僚ほど遊べず、兄弟たちが残らず一人前になる頃にはもう三十半ばだ。
まぁこの歳になればいい加減諦めもしたが……そうか。

人間、やり直しはいつだってできる。間に合わないことなんてない――なんて綺麗事が世の中にはあるけど、あれは嘘だ。
時間を巻き戻すことなんてできない。失ったものは戻らない。
気付いたときには手遅れだったものを取り戻すことなんて叶わない。
壊れたものを直したところで、ひび割れを隠すことなどできはしない。
そして気付けば詰んでる状態に追い込まれていた俺の人生は、相応にクソだった――と、思っていたんだけどな。

「やります」

気付けば、俺は目の前の男にそう答えていた。
男は苦笑しながらも、どこか分かっていたように口を開く。

「ありがとうございます。
 こちらとしても助かります、が――」

そこまで云って、男は小さく頭を下げた。

「後出しになってしまうようで申し訳ありません。
 一つ、注意を。
 もし仮に永岡さんが転生される場合なのですが……転生先の世界に、高確率で命の危機があると思われます。
 それでもやり直しを望まれますか?」

「命の危機、ですか?」

「ええ。先ほど話した通り、転生の誘いは主人の不手際によって不幸を被った人間に対し、優先的に行っています。
 そのため、平穏無事なこの地球と似た世界に転生できる席は、すでに埋まってしまっているのですよ」

「あー……まぁ、そりゃあ、ねぇ」

人類全体で見るならば、日本に生まれただけで勝ち組って話だしなぁ。
それに俺より不幸な奴なんて、それこそ山のようにいるだろうし。
まぁだからと云って、俺の人生が勝ち組と云われたら鼻で笑う自信があるが。
アレだ。ウンコと比べて臭くないと云われたところで、臭いことに変わりはなく、そして俺は臭いことが嫌だと叫んでいる。
だというのに他よりマシと云うのは、なんの慰めにもならないってやつだ。
クソなもんはクソでしかなく、クソであることを嘆いているのに他の者も我慢してるんだから――なんて論法で不満を押さえつけるのは大嫌いだ。

まぁともあれ……命の危機、ねぇ。

「命の危機っていうと、どんなもんでしょう。
 戦時下に生まれるとか? それとも、石器時代のような、文明の庇護がないような状況ですか?」

「おそらくは前者、ですね。
 転生される場合、当たり前のことですが今までの人生で得た記憶はすべて持ち越されます。
 そうでなければ転生する価値もなし。
 ……今のあなたに、原始時代の生活を耐えることができますか?」

「いや、無理です」

「ですよねぇ」

生憎と俺はインドア派。
おっ死んだクソ親父はキャンプが好きで何度も連れていかれた覚えがあるが、いまいちつまらなかった思い出しかない。
太陽の出ている間は良いのだけれど、日が暮れれば外で遊べない。だというのにテレビもない。ランプには虫がよってきて不愉快。翌日になれば虫刺されで不快。
空気の美味さや星空の美しさなんて、日々を忙殺されてる社会人ぐらいの年齢にならなきゃその価値を理解できないんじゃなかろうか。
というかガキの頃に住んでいた地域がド田舎だったから、キャンプに行ったところで自然の有り難みなんざ微塵も感じなかったな。コンクリートジャングル万歳。
そんな俺が原始時代に行くなんて無理な話。まぁ行ったら行ったで慣れるんだろうけど。

「今の人格や記憶を引き継ぐわけですから、あまりにこの地球とかけ離れた価値観や環境の世界に転生するのは、間違いなく苦痛でしょう。
 我々の主人は、自分の都合でこの世界を去ってもらうわけなのだから、せめて転生先の文明も近いものを、と願っています。
 ……本当に我々の主人は甘い。その甘さが良いところではあるし、仕え甲斐もあるというものなのですが」

「ええっと……じゃあつまり、今の文明と同じ程度に発展していて、かつ、命の危機がある世界へ転生……ということで良いですか?」

「そうなりますね。
 少し危険な博打です。そのため、永岡さんが危険を冒したくないと思われるのであれば、この話を断ることもできますよ。
 失礼とは思いますが、その場合はこの話を聞いたという記憶を消させていただきます。
 救済のための転生であるというのに、苦痛を感じさせてしまうようでは本末転倒。
 もっとも、あなたを命の危機が存在する世界に転生させようとしている時点で、そんなことを云っても説得力がないわけですが。
 ……さあ、改めてどうされますか?
 この話を聞いてもなお、あなたは見知らぬ世界に転生したいと思いますか?
 もし望むと云うならば、私たちは全力であなたの新たな人生へ助力を行いますけれども」

「はい、お願いします」

念を押すように投げかけられた言葉に対し、俺は即答する。
何も考えずに返事をしているわけじゃない。
そういうデメリットがあると分かった上で、俺は自分の人生を自分のためだけに歩むチャンスをもう一度手にしたいと思っている。

そんな俺の様子に何を思ったのか、男はどこか呆れたように――しかしどこか納得したように頷くと、それでは、と立ち上がった。

「良いでしょう、永岡青葉さん。
 あなたの願いは聞き届けました。
 心に染み着いたその無念、ああ、胸に迫る。
 それではこれより――」

どこか芝居がかった口調で男が唄いあげると同時、男の背後に、ぼう、と光が灯った。
後光のような――いや、違う。輪郭こそ曖昧だが、それは翼のようだった。
二対四枚の翼が光を放つと同時、魔法陣のようなものが足下へと発生する。

「それでは最後に――青葉さん。あなたに贈り物を与えましょう。
 あなたが望むもの。もっとも悔いていること。
 それを元に、異能を授けてあげましょう」

「……異能?」

「ええ。重ねて云いますが、我が主はこの行いを悔いている。
 出来るならばあなたたちを自分の手で救いたかったと。
 他の世界に追放してしまうような形になってしまったことを悲しんでいる。
 この力は、そんな主からのせめてもの気持ちであり、私からの餞別です」

男の言葉が区切られると同時、じわり、と胸の中に熱のようなものが広がった。
同時に、眠気とよく似た感覚が急に頭を襲う。
気を抜けばすぐにでも地面に倒れ込みそうになるが、歯を食いしばりながら、男の言葉に耳を傾けた。

「一つ。あなたにはあらゆることがらに対しての才能を与えましょう。
 天より与えられた才、というほどではありませんが、先天的に苦手、不可能、といったものがなくなるように。
 二つ。あなたは一度身につけた力を失ったりはしなくなる。
 知識であれ、肉体であれ、鍛錬によって手にした力は、決してあなたを裏切ったりはしなくなる。
 ……これですべて。これが私たちにできることの限界です」

男の言葉は耳の中に入ってはくるものの、霞がかった頭ではその意味を理解することができない。
俺がそういった状態であることを、男もまた分かっているのだろう。
困った風に笑いながらも、彼は俺の額に人差し指を当てた。

「それでは、良い旅を」

まるで射抜かれたように、ずん、と衝撃が頭を揺さぶった。
辛うじて保っていた意識は、一気に形を失って――



[34688] 二話
Name: 鶏ガラ◆f61e2f27 ID:af55ab2f
Date: 2013/01/03 22:43
自分の意識というものが再び芽生えたのは、新しい体が五歳ほどになってからだった。
まるで眠りから覚めるよう、当然のこととして俺は新たな人生を受け入れる。
前の人生の記憶は――大丈夫、覚えている。
そんな風に確かめると同時に、覚えのない記憶が脳裏をちらついて、思わず顔をしかめた。

――俺の名前は、永岡"蒼"葉。永岡家の長男。家族構成は両親がいるだけ。
  祖父と祖母はいるものの、同居はしておらず。父親はサラリーマン。母は専業主婦――ここまで思い出し、ああ、これは新しい体の記憶かと気付いた。

それもそうだ。何もないところからこの新しい体が自然発生したのならばともかく、人の子として生まれたのならば当然のように親がいるだろう。

しっかし、新しい家族、か……。上手いこと付き合えるかね。悪い人たちじゃない――それも前の人生で当たった親と比べたらずっといい人たち――というのは分かるのだけど、それはそれとして俺が上手く付き合えるかどうかはまた別の話だ。
転生する直前まで曲がりなりにも俺は社会人として働いていたわけで。そこまで精神が成熟した人間がまた子供として普通に過ごせるかと云われると、かなり微妙。
まぁ、やれるだけやってみようとは思うけれど。

ため息を吐きつつ、俺は頭を振った。……こんな動作すら子供らしくはない。おおう、本当に心配になってきたぞ。

そして更に、心配ごとはそれだけではない。
この世界へと送り込まれる前に会っていた男――こう云ってしまうと陳腐だが――自称神の使いが口にしていたことを思い出す。

どうやら俺が生まれ落ちる新しい世界には、当たり前のように命の危険があるらしい。
それがなんなのか早いうちに把握しておく必要があるだろう。
せっかく新しい人生を送ることができるのだ。俺はこの二度目のチャンスを無為に過ごすつもりはないし、ましてや不幸になりたくもない。
再スタートというならば、今度こそやってみたいことだって色々とあるんだ。

そうと決まれば話は早い。
気が付いてからずっと座り込んでいた俺は立ち上がると、部屋の中を見回す。そしてすぐに目的のものが見つかった。テレビだ。
前の世界ならば情報収集=PCで、というぐらいにネットに依存していた俺だが、記憶を辿ってみてもどうやらこの家にPCはないらしく――あったとしても場所を知らない――仕方がないのでテレビで、となったのだ。

おもむろに電源を入れると、ニュースがやっていないかとチャンネルを次々に回す。
そうしている内に目的の番組をを見つけ、黙って画面を見続けた。

芸能ニュース、スポーツ、事件――そうやって目に入ってくる情報を頭に入れても、いまいちピンとこない。
これはあれか。命の危機とやらはまだ発生していなくて、これから始まるのだろうか。
長野の遺跡から謎の怪物が出てきたりとか、新人類が生まれだしたりとか、鏡の中に怪物が生まれてしまったりとか、渋谷に隕石が降ってきたりとか、未来から怪物がやってきたりとか。
だとしたら面倒だ――なんて思っていると、だ。

今まではごくごく普通に続いていたニュースの雰囲気ががらりと変わる。
キャスターが年輩の人に代わり、どこか緊迫感が増した。

そうして始まったのは、大陸で行われている戦争は――という内容だった。あまりにも突然な話題の転換に一瞬頭がついてゆけなかったぐらいだ。
そうして、キャスターが一つの単語を口にする。

"幻獣"――

「……マジか」

嫌な汗が頬を伝う。
脳裏をよぎるのは、ガンパレードマーチというとあるゲームのタイトルだった。
第二次世界大戦中、突如出現した人類の天敵。
圧倒的な物量で押し寄せてくる怪物に対して人類は抵抗を続けるも有効な対抗手段を打つことができずに敗北を重ね、遂に少年少女が銃を手にして人類の存亡を賭けた戦いに身を投じる羽目になる――ざっくばらんに説明するならそんな内容のゲーム。
学生時代の俺がはまりにはまった作品で、大好きではあるのだが――いざその世界で生きるとなると、目の前が真っ暗になる気分だ。

「え、マジ? マジか?」

誰にともなく呟いて周りを見回し、テレビの上に置かれた新聞に気付いた。
一縷の望みを賭けてちらっと見てみたら、残念ながら俺の嫌な予感を肯定するような内容しか書かれていない。

日付を見てみる。これが今日の新聞かどうかは関係なしに、今年は何年かを確かめるために。

西暦1987年――ああ、詰んだかも。

大陸が落ち、幻獣の日本侵攻が始まり、熊本要塞で学兵が絶望的な戦いに身を投じるのが1999年。その年だと俺は17歳になってるか。うん、学兵だな。徴兵された場合の配属先が絶対熊本になるというわけじゃないだろうけど、十中八九間違いはないだろう。
一応、熊本ではなく他の地方に配属される学兵もいるにはいた気がするが、それは授業を前倒しで中学を卒業になった、最悪の最悪の最悪な状況で使い捨てられる立場の学兵だった気がする。
俺の年齢じゃまず間違いなく、そういったカテゴリーには入らない。

自衛軍に入る? ……いや、どうだろう。
熊本に配属されることはないだろう。むしろ熊本で戦ってる学兵を盾にする立場になる。けれど運が最悪に悪ければ八代でご臨終となる気もする。
あまりミリタリーに詳しくないから、新兵が八代のような修羅場に投入されるかどうか分からない。もしかしたら八代に行かず済むかもしれない。が、断言できない以上、自衛軍に入りたいとは思わない。マジで。

……まぁ、気の早い悩みかもしれないけどさ。まだ五歳だし。けどこうも露骨に世紀末な世界となると、正直どう生きてゆけば良いのか分からなくなる。
先のことを気にしてしまうのは大人の癖みたいなものだ。

「……まぁ、なんとかして上手くやってくしかないよな」

また一つ溜息を吐いて、けれども俺は頬を緩ませる。
ああまったく最悪な状況だ。本当に最悪で仕方がない、が――
それでも望んだ二度目の人生を手に出来たのだ。俺はもう、決して不幸じゃない。
ここから不幸になるかどうかは、完全に俺自身の腕にかかってる。

良いさ。やってやる。
以前の人生では、自分の力じゃどうにもならない事柄があまりに多すぎる人生を恨んでいた。
けれど今は違う。
俺は再び白紙の画用紙を手渡されて、再び思うがままに絵を描くチャンスを与えられたのだ。
このチャンスを、決して無為にはしない。
思う存分、生きたいままに生きてやろう。






†††






彼女――永岡蒼葉の母は、息子のことで少しだけ悩んでいた。
いつからだろうか。蒼葉が戦争のことに興味を持ち始めたのは。
その興味の持ち方が、戦車が格好いいとか、そういう方向ならまだ理解できた。男の子だし、そういうものが好きというのはまだ分かったから。
けれど違う。蒼葉が気にしているのは、いつかくる戦争に対しての不安のようだった。
誤魔化しだと分かっていても、自衛軍がなんとかしてくれるから大丈夫、と口にしたことがある。その時の蒼葉の反応を、彼女はよく覚えていた。

本当なの? と疑うわけではなく。
嘘だ、と癇癪を起こすわけでもなく。
良かった、と安心するわけでもなく、蒼葉は諦めたように苦笑したのだ。
その笑い方がどうにも子供らしくなくて、彼女は心苦しかった。

いつか幻獣が大陸を食いつぶし、日本に攻めてくるかもしれない――その不安はこの日本に生きている者であれば当たり前のように抱いている不安だ。

そんな心配ごとを自分の息子が覚えていることが、どうにも心苦しい。

――息子の様子が子供らしくない、という疑念がないわけではないが、ある理由から、彼女はそれを強く考えてはいなかった。

息子を家族に迎え入れる前に受けた役所での説明の内容を、彼女は思い出す。

第六世代。そう呼ばれるクローンのグループに属する者たちは、第四世代と呼ばれる彼女らと比べてずっと優秀だと知っているからだ。

幻獣によって生存圏を奪われ続けた人類は、狂気とも云える手段を取ることで未知の怪物へ抵抗する手段を生み出した。
その手段というのが、身体能力を強化したクローン人間の製造である。
第一世代とよばれるのがいわゆる普通の人間。殴れば倒れ、撃てば死ぬ普通の人間。それをベースに改良を続け、第六世代と呼ばれる息子たちのグループが完成した。

ポテンシャルをフルに発揮できれば、第一世代と比べて十倍の身体能力を叩き出せるというのは嘘か誠か。
それに付け加えてIQや三次元知覚能力も桁違いにも高いという。

同じ人ではあるけれど、まったく別の存在――それが第六世代というものだ。
化け物、などとは思わない。自分たちとは多少違うところがあっても、愛しい息子であることに変わりはないから。

けれども自分たちと違うのは純然たる事実であり、蒼葉がどこか大人びているのもそういった理由からだろうと彼女は思っていた。

息子が戦うことになるなんて未来、こなければ良い――彼女がいつも胸の中に抱いている願いだ。けれども幻獣の侵攻は今も続き、風の噂では大陸が落ちるのも時間の問題と云われていた。






†††






タッタッ、と規則的なリズムで地面を蹴り付け、息を弾ませながら、俺はランニングを続けていた。

1991年――時間が経つのは早いもので、俺は小学四年生になっていた。
子供の生活に馴染むのはなんとも難しく、小学生になったばかりの頃は周りの調子に合わせることが本当に大変だったが、人間なんでも慣れるものだ。
それなりに友達付き合いをしつつ毎日を送り――その間、俺は肉体作りに精を出していた。

とは云っても学校サボってステータスカンストを目指す、という風ではなく、時間の合間を縫うようにちょくちょく体を鍛えるといった具合にだが。
なんだかんだで学生生活をやっていれば六時間ぶっ続けで体を鍛えるような時間は取れないもんだ。大体、一日の内でトレーニングに費やせる時間は四時間程度。

朝起きて学校に行き、授業を受けて帰宅。誘いがあれば友達と遊んで、夕飯までの空いた時間を使って――と。
それでも日が暮れれば外には出れない――子供であることの辛い部分だ――ので、体を鍛えるのは二時間、勉強で二時間、といったところか。

牛乳飲んで紅茶飲んでコーラ飲んでトレーニング効果アップアイテム持って正しいトレーニング方法でちまちまと。
能力値――左手に埋め込まれた多目的結晶で確認できるパーソナルデータ――は、まぁまぁといったところだろう。
そう悪い数値ではないと自分では思っている。が、決して高くもないだろう。
高い、と断言できない理由は、そのパーソナルデータを自分で閲覧できないせいだった。
これはもう、仕様、の一言で済ませるしかない。閲覧できるのは学校の担任教師のみ。
何故なのかと聞いてみたら、「そんなこと気にせず子供はのびのび過ごして良いのよ」だそうな。
きっとあれだろう。ステータスを閲覧出来るようにしてしまったら、数値の低い子供と高い子供で軋轢が生まれてしまう――なんて理由なのだろう。
些細なことでも、子供はそういったことで喧嘩するもんで、劣等感からコンプレックスを抱いたりもする。
そういう意味じゃ、確かにパーソナルデータの確認はさせない方が良いのかもしれない。

そういった理由でステータスを確認できない俺は、楽ではないがハードでもない、といった案配のトレーニングを続けていた。
あと気を付けていることと云ったら、体の成長ぐらいか。

ガタイの良さは大事。
ゲーム的な言い方をするなら、体格の良い人物であればステータスの限界値が高い、といった感じだ。
かなりあやふやな記憶だが、速水じゃアイテムブーストなどに頼らず普通に体を鍛えたら体力は1900ぐらいで頭打ちだった気がするけれど、来須は2400ぐらいまで伸びた覚えがある。

それと同じように、今の俺ではどう頑張っても一定の数値でステータスが頭打ちになっているはずだ。こればっかりは体の成長を待つしかない。
そこら辺を気にして夜更かしせず夜十時には寝るようにしてるけど、どこまで身長伸びるかなぁ。

あ、ちなみに寝る子は育つ、という言葉は個人的にはガチだと思う。
同じ兄弟なのに暇さえあれば寝てばかりいた奴とそうでない奴じゃ全然身長が違っていた、というのは前世でよく見たし。

前世じゃそんなこと全然気にせず、夜更かししてたからなぁ。
むしろ子供の頃は、夜更かしできることはステータスですらあった気がする。や、実際、この世界の子供たちもそんな感じではあるし。

夜更かしして深夜番組を見てる奴ななんとなく大人びて見えたものだったなぁ。だから自分も親の目を盗んでコッソリとテレビを見たりしてた。
思えば、無理して深夜番組を見ても、ガキのセンスじゃ面白さを理解できてなかったな。
それでも"これは面白いものなんだ"なんて風に思い込んで友達に自慢したりしてた気がする。

そんな微笑ましいやりとりはやっぱりこの人生でも行われていて、若いな若造、とかついつい云いそうになる。

……うん。こんな風に考えてる俺は、やっぱり同年代の子供たちと同じ視線で物事を見ることはできてないな。
心の底から楽しそうに毎日を過ごしている彼らを違って、やっぱりどこか一歩引いてしまってるし。
クラスでの立ち位置だって、子供らしくはしゃいでるグループ、背伸びして大人びようとしてるグループ――その大きく分けた二つの内、どちらにも所属していないようなものだし。

や、別に仲が悪い訳じゃないんだけどね。
どっちにも所属していないけど、どっちとも関わってるし。

……なんてことを云ってみたものの、結局、多分学校で一番仲がいいのは同じクラスの子たちではなく担任の先生かもしれない。
最初はちょっと変わった子、ぐらいに見られてた気がするのに、今じゃ俺の立ち位置のせいなのか性格が大人びてると見られたからなのか、
生徒同士で喧嘩とも云えないような口喧嘩が始まると、丸く納めてくれないかなーみたいな視線をチラチラ送られるようになってしまったし。

まぁ、子供のじゃれ合いに大人が入り込むと、途端に面倒なことになるしね。
先生も教師経験からそこら辺を分かっているんだろう。
ちゃんと自分が口を出すべき時には、しっかりと向き合っているし。
けど生徒に頼っちゃったりするのって、それで良いんですか、芳野先生。

……うん、そう。俺たちの担任は芳野先生なのだ。
髪型や名前が若干違ったりするが、5121小隊で国語を教えていた彼女と同じタイプのクローン。
台無しな言い方をするなら、あのタイプの年齢固定型クローンは、こういった使われ方が正しいんだろうな。
実際、小学生の教師としてはすごく向いてると思う。
優しいし、子供の悩みにも真剣に向き合ってくれる。情緒豊かで、子供の様子に一喜一憂できる性格から生徒たちにも愛されてる。

それらの良いところが全部反転させると、まぁ、"ああなって"しまうんだろう。

だがそんな悪い面も、俺たちの担任として日々を生きている彼女からは感じられない。
あの先生には、いつまでもあのままでいて欲しいものだけど――

――なんて風に、5121のことを考えていたからなのか。
いや、きっと関係のないことだとは思うけれども、このとき、視界の隅に映った小柄な姿に、俺は偶然じゃ済まされないものを感じた。

考えごとから意識をすくい上げられたのは、子供特有の甲高い大声が耳に届いたからだった。
その方向を見てれば、通り過ぎようとしていた公園の中で少年たち――俺よりも年下だ――が騒いでいた。
サッカーか何かをやっていた、というならばそのまま無視しただろうけど、彼らに囲まれるようにして、女の子がおろおろとしている目にした瞬間、足を止める。

弾む息を整えつつ、汗を手の甲で拭いながら公園の中へと入る。
近付くにつれて少年たちの声が形をもって聞こえ始める。
いじめ……というほどにエスカレートしてるわけじゃないにしろ、女の子をからっているみたいだ。
ただ珍しいと思ったのは、女の子の方がずっと背が高かった点。あれか。デカ女、とかからかっているのだろうか。

……まぁ、なんていうか、あれだ。
経験がある奴にはあるだろう。面白いリアクションを返してくれる女の子をからかって遊んだ覚えがある奴は多いはずだ。俺も前世で経験がある。

ただまぁ、"その面白い反応"っていうのが問題なわけだけど。
からかって怒った女の子のリアクションが面白い、というのもあれば、泣かせるのが楽しい、というタイプもあるわけで。
もちろん、気になる女の子の気を引きたい、というのもあるだろうけど、生憎と目の前で行われているのは泣かせる方向だ。

……仕方がない。見つけちゃったもんはしょうがない。
このまま無視して立ち去るのは気分が悪いし、何よりからかわれてる女の子が可哀想だ。

後々のことを考えたらちょっと躊躇うけど――これもまた先のことを考える大人の癖と云うべきか――なぁ。
ここで俺が助けたところで、注意されたことが面白くなかったガキ共があとで女の子に八つ当たりするかもしれない。
けどまぁ、そこら辺はあれか。芳野先生を通して、ガキ共の担任に何かしら注意してもらおう。学区的に同じ学校の生徒だろうしねコイツら。女の子の方も然り。背が高いと云っても、中学生ってことはないだろう。中学生を虐める小学生とか何それ怖い。
とまれ、先生に注意されれば、少なくとも表立ってからかったりはしなくなるはず。そのぐらいに、子供にとって大人に怒られるということは恐ろしい。
というか子供にとって最も分かりやすい恐怖って、大人に怒られることじゃないだろうか。

そんなことを考えながら俺は近付くと、一番甲高い声を上げているガキの肩に手をかけぐいっと引っ張った。

「はーいそこまでー。
 いじめも度が過ぎると笑えないからなー」

「な、なんだよ!」

声をかけつつもガキ共の様子を一切見ずに、俺は女の子へと視線を向けた。
その子の第一印象は、人形みたいな子、といったものだった。
日本人形ではなく西洋人形というか。
黒髪ではあるものの、ウェーブのかかったセミロング。
線の細さと整った顔立ち。
そして不謹慎ではあると思いつつも、涙ぐんだ瞳が輝いているように見えて可憐に映った。

「大丈夫?」

声をかけると、女の子はどこか驚いたように俺を見た。
まさか助けが入るとは思っていなかったのだろう。

「おい、無視するなよ!」

「……はいはい」

流石にガン無視されるのは気に障ったのか、甲高い声が苛立たしげにぶつけられる。
女の子を背に庇いつつ、俺はガキ共の方を向いた。

「お前ら、この子が可愛いのは分かるけど気を引くなら別の方法でだな」

「はぁ? お前何云ってるわけ?
 こいつ気持ち悪いじゃん。手見て見ろよ手!」

何云ってんだこいつ、と思いつつも俺はちらっと視線を背後に向けた。
瞬間、ビクリと少女は体を震わせる。
とっさに手を隠そうとしたものの、俺はガキ共が気持ち悪がる原因を目にした。

彼女の両手。それは身長が高いこととは関係なく、不釣り合いに大きかった。
例えるなら、子供が無理して大人用の手袋をはめているような。

ああ、と思い出す。
こういった症状は希ではあるものの、クローン特有の障害として、こうなることがあるとは知っていた。
製造途中の遺伝子操作時に発生したエラーが原因、とかなんとか。
見たのはこれが初めてだけど――

「別に良いじゃん」

「はぁ?」

ふと口をついた言葉に、ガキ共は意味分からねぇ何コイツ、といった声を上げた。
けれどかまわず、俺は先を続ける。

「別にお前らがこの子の手を気持ち悪がるのは良いよ。
 そういった感性があるのは否定しないさ。
 けど、それとこの子を虐めるのは話が別だろ。
 本人がどうにもできないことを馬鹿にするのは間違ってる」

「はぁ?」

意味が分からない、と再びガキ共が声をあげる。

「気味が悪いと思うなら近寄らなきゃ良いだろ。
 アホかお前ら」

「なっ!?」

……多分、今のは最後のアホに反応しただけなんだろうな。
まあ、ムキになって子供にはちょっと難しい注意の仕方をしたって自覚はあるししょうがないっちゃしょうがないだろうけど。

なんてことを思っていると、おもむろにガキ共の一人が俺の肩を突き飛ばした。
別にそれで転ぶような鍛え方はしてないから、どうってこともない。

俺は再びガキ共に背中を向けると、行こう、と女の子に声をかけた。
急な展開についてゆけないのか、女の子はパチパチと目を瞬く。
仕方がないので俺は彼女の手を取ると、一気に駆け出した。

こんなことで喧嘩をするつもりはないのさ。大人げないしね。

「あ、おい!」

背中に怒鳴り声がぶつけられるも無視してそのまま公園を走り去る。
そうして住宅街を走り抜け、土手の方に出ると、俺は足を止めた。

「大丈夫?」

声をかけると、女の子は肩で息をしながらこくりと頷く。
あまり運動が得意じゃないのかもしれない。
まぁ第六世代って云っても、生まれた瞬間から超人ってわけじゃない。
第一世代とは比較にならない身体能力を発揮できるとは云っても、鍛えてなければ多少――いや、かなりか――頑丈な人間に他ならないわけで。

「いつもあいつらに虐められてるの?」

再び首肯。
どうやらあんまり話したりするのは得意じゃないみたいだ。

「そっか。
 でも、あいつらの云ってることなんて気にしなくても良いよ。
 君が悪い訳じゃないもんな」

こくこく、と頷かれる。
その仕草がなんだか小動物のようで、微笑ましかった。

「喉乾いてない?
 ジュースでも飲もうよ。自販機、この近くにあるし」

「……お金」

「大丈夫。ジュースぐらい別に良いよ。
 さ、行こう?」

云いながら、俺は再び手を差し伸べた。
少女はおずおずと、本当に良いのかといった様子で手を握り返してくる。
……彼女のコンプレックスであろう手。
心細そうに重ねられた、少し大きな手を、俺はしっかりと握り返した。

「大丈夫。俺は気持ち悪いなんて思わないよ。
 そう云う奴らはどうしたっていると思うけど、俺は違うから。
 信じてくれる?」

「……うん」

「よし。じゃあ、出発。
 ね、名前はなんて云うの?
 俺は永岡蒼葉。四年生」

「……石津、萌。
 ……学校、行ってないの」

「え?」

「……私、その、年齢固定型クローンで」

マジ? と思わず見返してしまう。
彼女は慌てたように言葉を紡ごうとするも、やっぱり話すのが苦手なのか上手く話すことができていない。
そんな風に焦るのは、奇形とも云える手と、年齢固定型クローンであること――その二点だけで自分が敬遠される人間だと、思ってしまっているのだろう。
だが違う。俺が思わず声を上げてしまった理由なんて、彼女には分かるわけもない。

石津萌――5121小隊にいずれ所属することになるはずの少女。
そんなキーパーソンと、こんな出会い方をするなんて、なぁ。

「……えっと、あの」

名前を聞いて固まった俺に、彼女は何を思ったのか。
悲しげに目を伏せた石津の様子に、なんでもないよ、と苦笑すると、再びしっかりと手を握りしめた。







†††







「せい!」

気合いの乗った声が、ぬるい空気の中に木霊する。
頬を伝う汗、背中に張り付く胴着の感触を覚えつつも、俺は意識を組み手相手へと集中させた。

日々のトレーニングの他にも、俺は習い事として古武術を習っている。
両親に習い事をしたいとおねだりするのはとても気が引けたものの、小学生だから仕方なし。

習い事をする上で何を習うかは色々考えたのだけれど、最終的に出た結論は古武術だった。
空手や剣道。そういったスポーツ性のあるものは嫌いじゃないものの、いつか戦うときになった場合、古武術を習っていた方が役に立つと思ったからだ。

まぁ、二線級の部隊に配属される可能性はあるとはいえ、年齢的に熊本行きが濃厚なのだ。
一応、戦場に出ずに済む手段をいくつか考えてはいるし実行するつもりではあるものの、戦況が悪化すれば事務員だろうとなんだろうとドンパチやらなきゃならなくなるのが熊本の悲惨なところ。
その最悪に対する備えは、一応しておきたいわけで。

銃器の扱いを学ぶのが一番だとは思うけど、民間人の、それも小学生じゃそんな教育を受けることなんてできないわけで。
だったら少しでも白兵技能を上げておきたいと思うのは自然な流れだろう。

体を動かしながら考えごとをしていたからか、僅かに動きが鈍ってしまう。
それを隙と見たのか、組み手相手はすっと腕を伸ばしてきた。俺を投げ飛ばそうとし――
けれど、遅い。
後から反応しても、俺は相手より先に行動へと移せる。
反射速度、体捌き、共に前世の体を圧倒している。
日々鍛えていると云っても、年齢を考えれば異常な速度で。

そのまま腕を取ると投げの体勢に移行。
相手の重心は完全に崩れているわけではないが、それを腕力で強引にごり押しし――投げ飛ばす。

「……相変わらず酷ぇな」

「すみません、大丈夫ですか?」

「これぐらいでどうにかなるほど柔じゃねぇよ。
 しっかしどんな馬鹿力だ。
 このトレーニングマニアめ」

悪態を吐きながら先輩が立ち上がると、俺たちはそのまま道場の隅へと移動した。
置いといたボトルで水分補給をしつつ、どっかりと床に座り込む。

彼は俺の通う道場の先輩だ。年齢は二十歳を少し過ぎたぐらい。
基本的にこの道場は閑古鳥が鳴いており、そのせいで同年代の組み手相手がいないのだ。
普段は師範の指導されながら。そして休日は社会人であるこの人に相手をしてもらっている。

「お前、やっぱり前に云ってたトレーニングを今も続けてるのか?」

「ええまぁ、一応」

「だったら納得……できねぇなやっぱ。
 打てば響くというかなんというか。
 同じように鍛えても、俺たちじゃお前ほど伸びないだろうし。
 流石というか、なんというか」

先輩が口にしていることは、つまるところ第四世代と第六世代のスペック差ということだろう。
まだまだ子供である俺たち第六世代だが、やはり一部の子供たちは上の世代を上回る力を発揮することがあるらしい。
それをやっかむ者たちがいたりもするが、まぁ、それは別の話。

それに俺の場合に限っちゃ、同じ第六世代と比べてズルをしているようなものだし。
この二度目の人生をスタートする際に自称神の遣いから与えられた異能。その恩恵も少なからずあるだろう。

彼から与えられた力は二つ。
すべての物事に対する最低限の才能。
そして、決して劣化しないという特性。
この二つの内後者の効果が、はっきりと出てきているのだろう。

スポーツをしたことのある人なら、誰でも見に覚えがあるはずだ。
例えば学生であるなら、日常的に部活で鍛えていても、テスト明けには感が鈍って鍛え直し。運が悪ければスランプにすらなる、ということが。
三歩進んで二歩下がる。積み上げたものは時間と共に風化する。それを厭うならば、常に修練を続けなければならない。

だが俺の場合はそれがない。
一度身につけたものは――例えそれが知識であろうとも――決して時間の経過で風化したりはしないのだ。

地味ではあるものの、これがどれだけぶっ飛んだものであるか分かる人には分かるだろう。

何か一つに打ち込んで、別の分野に手を出して――いざ本来の分野に戻ったらまたやり直し、ということがなくなるのはものすごい強みだ。

避けようのない命の危機がすぐそこまで迫ってきているということを除けば、本当にこの力を与えてくれた男に感謝してもしきれない。

……まぁ、この力があっても生き残れることが確定しないところが悲しいが。
この体と同じように、いくら劣化しないという特性を保持していても、結局は鍛えなければ意味がないわけで。
けれども先輩の軽口ではないが、体を鍛えることは趣味の一つになりつつあるし、それほど苦痛ではない。
確実に努力の成果が現れるというのは、やはり楽しいし達成感がある。

とまれ、小学生という時間に余裕がある今だからこそ、俺は鍛錬に精を出せる。
だから後々後悔しないよう、こつこつと力を高めておかないと。

「やっぱりお前、自衛軍に入るつもりなのか?」

「え、なんでですか?」

唐突な先輩の言葉に、思わず聞き返してしまった。
先輩も先輩で、不思議そうに首を傾げる。

「そりゃこのご時世だし、不思議でもなんでもないだろ。
 それに勿体ないじゃないか。
 まだガキなのにそれだけ鍛えてるんだから――」

まぁそういう風に見られていても仕方がない……か。
確かに、死にたくないから今から鍛えている、というのは子供の発想じゃない。
将来なりたい職業があるから鍛えている、って方が健全だし、俺の様子を見れば普通はそう捉えるだろう。
けど、実際の所は全然違う。職業軍人になるつもりは毛頭ない。

すごくどうでも良いことだろうけど、俺の将来ビジョンはひたすら地味な代物だ。
自分で云うのもなんだが、とにかく夢がない。

職種は一般事務が良い。それでいてそれなりの給料と安定した就業時間、充実した福利厚生も欲しいので地方公務員とか憧れる。
可愛い奥さんを捕まえて、いちゃいちゃしつつ暮らしたい。マンション住まいでも良いが、夢は庭付き一戸建てで自家用車所持。
一年に一度は旅行へ行きたい。ペットを飼うのもいいかもしれない。親の要望もあるだろうが、俺としちゃ子供は夫婦生活を満喫し切ってからで良いだろうと思っている。

……こんな将来の展望を抱いているあたり、同年代と価値観のギャップができる原因の一つなんだろうなぁ。
決して馬鹿にしているわけじゃないのだけれど、将来の夢はプロのスポーツ選手、と同級生が云っているのを聞く度に微笑ましい気持ちになるのだ。
幸せの形は人それぞれで、何を望み、何を大事にし、何を無価値と思うかなんて本当に個人個人で違いがある。

そしてまだ人生を数年しか生きていない子供は、何が大事で何になりたいのか、全力で自分の欲求そのままを口にする。
そんな様子が眩しくて、一度人生に嫌気が差してしまった俺には絶対に真似できない。

俺はぼんやりと口にされる"普通の幸せ"と呼ばれるものが、どれほど貴重で得難いものなのか知っている。
だからこそそれに憧れるし、そうなりたいと思っている。

……まぁ、そんな俺の希望なんて、徴兵が始まれば意味のないものになるけれどな。

「まぁ、そうですね。
 でも自衛軍に入るより先に、多分徴兵されますよ俺」

「え、そうなのか?」

「自衛軍が幻獣に壊滅させられて、時間稼ぎのために学生を兵士として投入……なんて未来がきそうだな、って」

「なんだ、ただの想像か。
 大丈夫だろ。大体お前、学兵って。
 どこまで追いつめられたらそんな最悪なことが起きるんだよ」

あくまで世間話の冗談として先輩は話に乗ってきた。
まぁ、そうだよな。
どんなに真面目な顔で話しても、誰だって本気にはしない。
そんな話が現実になってたまるか、ってところだろう。

でも、しょうがない。
もし何かの偶然で学兵の投入が見送られるようなことになったら、今度は瀕死の自衛軍が幻獣と戦うことになってしまう。
そんな未来の方が、俺は怖い。
未だ戦場に立ったことのない人間ではあるけれど、民間人として、何の備えもないままただ幻獣に蹂躙されるのだったら、学兵として身を守る手段を手にした上で戦いたい。
そんな願いが胸の中に根付いている。

この辺はきっと、5121小隊の速水と似たような考え方なんだろうな、と勝手に思う。
どうせ戦うなら歩兵よりも戦車兵の方が生き延びられると思って、という彼の考え方は良く分かる。

まぁ、俺なんかと一緒にされたら彼に失礼か。
こうして体を鍛えていても、なるべく戦場には立ちたくないと未だに俺は思ってるし。

学兵になることが決まった上で、戦場に立たずに済む方法。
その方法は――

「っと、おい蒼葉。彼女がきてるぞ」

「へ?」

云われ、思わず開けっ放しになっている道場の入り口に目を向けた。
見れば、そこには萌の姿があった。
どこか申し訳なさそうに、扉の隅に立ちながら中の様子を伺っている。
もうそんな時間か、と時計を見るも、待ち合わせの時間より少し早い。

うーむ、と多目的結晶のメールを確認してみるも、特に連絡があったわけでもなく。
首を傾げつつ、すぐに着替えるから待ってて、と萌にメールを送った。
すると慌てた様子ですぐに返信があった。

『ごめんなさい。ちょっと練習の様子を見てみたかっただけなの。気にしないで』

とのこと。
なるほど。じゃあ突撃隣の晩ご飯みたいな感じで、サプライズとして俺の練習風景を見に来たのか。

組み手はもう終わらせたし、あとはストレッチでもして過ごそうと思っていたけど、そう云われちゃ大人しくしているわけにはいかないよな。

「先輩。もう一回組み手をお願いできますか?」

「ん? ああ、いいぞ。
 なんだ。彼女に良いところを見せたいのか?
 ははは、残念だったな。全身全霊で邪魔をしてやろう!」


「大人げないにもほどがあるでしょう……」

「うるさい。俺より先に彼女を作るとか絶対に許さん」

「そういう物言いだから彼女ができないんですよ。
 ちっちぇえな」

「ちっちゃくないもん!」

男が云っても全然可愛くありません。






†††





「痛ってぇ……」

『大丈夫?』

俺の呟きに、多目的チャットを通して心配そうな言葉が返ってきた。
平気、と笑いかけてみるも、萌はどこか心配そうだ。

最後の組み手は先輩が変なド根性を発揮して、酷い泥仕合になった。執念足りてて大変よろしいんだけど、その動機が不純極まりないので全然すごいと思わない。

『でも、格好良かったよ』

「そうかな。結局、勝負つかずに終わったし」

最終的には見るに見かねた師範が口出しをして終了となった。
師範からも大人げないと説教を受けていたが、多分これからも萌が顔を出したらあるんだろうなこういうこと。

『でも、すごいと思う。
 年上の人と引き分けなんだもん』

そんなに良い試合といえるような内容じゃなかったのに、萌は俺を持ち上げてくれる。
嬉しくもあると同時にこそばゆくもあった。

……ただまぁ、チャットだからこういうことを云えるわけで、言葉にできるかどうかという話になったら、きっと無理だろう。

萌は口べただ。普段から話すのが苦手で、焦ったりすれば話ができなくなるほどに。
俺は別に気にしないのだが、上手く会話できないことは彼女にとってコンプレックスになっていた。

そんな彼女と上手いことコミュニケーションを取るにはどうすれば良いかと考え、思いついた手段が、多目的結晶のチャット機能を用いた筆談だった。
この機能、戦時下であれば小隊ごとにチャットのグループが設定され、出撃命令を伝えるための代物である。
多分学兵として徴兵が行われた時点で専用のプログラムセルが配られるのだろう。今の時点でチャット機能は実装されていなかったから。

実装されていないのなら何故その機能を使えているのか。
そんなのは単純な話。ないのならば作れば良い、というだけだ。

軍の命令体系に沿う形で大規模なチャット機能を作るのはかなりの手間だろうが、個人間のチャットを行う程度のプログラムなら少し勉強すれば作れなくはない。
まぁこのチャット機能を作るよりも、ネットワークセルを作るのに酷く手間がかかったのだが。
体と比べて情報技能は全然だ。きっとレベル1に毛が生えた程度だろう。
結局完全なネットワークセルを作ることはできず、機能と回線を限定――俺と萌の間だけ――した代物だし。
いや、一応今使っているものの他に完全な物も試しに作ってはみたものの、セキュリティ周りがどうにも心配で使う気が起きない。

俺たち第六世代の人間にとって、多目的結晶は感覚器官の一つという認識だ。
安全が保証されていないプログラムセルを多目的結晶に使用するということは、前世で例えるなら、自分の体に効果の分からない薬を打ち込むようなもの。
そんな危なっかしいものを自分の体で試す気は、どうにも起きない。
そのため、萌とのみ意思の疎通が可能という、機能を限定されつつも安全なネットワークセルを使うことに落ち着いた。

多目的結晶を用いた技術が確立されたのは最近で、多目的結晶を利用したネットワーク技術も現在は発展途上。
そもそも多目的結晶は、第六世代とのセット運用が前提であるもの。つまるところ、多目的結晶を人の体に埋め込んで使う、という発想はここ十年で確立されたものなのだろう。
きっと1999年ぐらいになればプログラムセルを用いた多目的結晶の機能拡張もそれなりに形になるのだろうけど、今はまだまだ未熟。
ゲームセルなんてものはまだ世に出てきてないし。世に出ているセルの中でメジャーなのは、前世で云うところのエクセルみたいな表計算ソフトが精々だ。

話が逸れた。
とにかく、ネットワークセル(セーフモード)によって俺と萌は言葉以外の手段でコミュニケーションが取れるようになっていた。

『蒼葉くん、習い事を始めてからどれぐらいなんだっけ』

「もうすぐで二年になるよ」

『そうなんだ。すごいね。私だったらそんなに長続きしないと思う。
 お母さんが云っていたんだけど、私は元々軍用として作られたクローンだったんだって。
 だから体を動かしたりとか得意らしいんだけど、きっと無理だな。痛いのとか、苦手だもん。蒼葉くんみたいにはできないよ』

「そんなことないって。慣れだよ慣れ」

『違うよ。蒼葉くんがすごいんだよ。
 いつも走り込みとか頑張ってるもん。
 この間の運動会だって、百メートル走で一番だったじゃない』

「……あんまり誉めないで」

こう、背中がむずむずする。
誉められるのは慣れてない上に、俺はズルをしてる部分があるんだから。
だっていうのにどこか嬉しそうな表情で持ち上げれまくると、本当に困ってしまう。

しっかし、口べたであることの反動なのか、チャットを使っている時の萌はいやにおしゃべりだ。
やっぱり元々の性格は明るいのだろう。

そんな風に話し続けていると、俺たちはいつの間にか目的地に到着していた。
目の前にある表札には石津と書いてある。そう。ここは彼女の自宅だ。

見上げれば、品の良い二階建ての家がじっと佇んでいる。
外壁のタイルは煉瓦を模していて、どこか海外の住居を連想させた。
庭もよく手入れされている。草花には疎いから種類は分からないが、色とりどりの花がデザインの凝った花壇から顔を覗かせていた。

「……こっちよ」

ぽつりと呟いて、萌は先導するように歩き始めた。
鍵を回して家に入ると、ただいま、と声を上げる。
それと同時に中から一人の女性が顔を見せた。

「おかえりなさい、萌ちゃん――あら?」

彼女は不思議そうに、同時に驚いたような表情を浮かべる。
彼女と萌は当たり前のように顔が似ていたりはしない。
が、髪型は雰囲気などはどこか近いものがあった。

萌に明るさとおっとり成分を加えたような人。
それが俺の抱いた第一印象だった。

「……お友達、なの?」

こくり、と萌は頷く。
すると彼女は花が開くような笑みを浮かべて、頷いた。

「はじめまして。永岡蒼葉といいます」

「はじめまして。いらっしゃい。
 先にお部屋に行っててね。今、ジュースとお菓子を持っていくから」

パタパタと忙しなく玄関を後にした母親を後目に、萌は俺をつれて二階に上がった。
階段を上ってすぐのところに彼女の部屋はあった。
遮光カーテンのせいか、昼間だというのに中は暗い。
そして、彼女の趣味なのだろう。
部屋の所々にオカルトグッズが置かれていた。
本棚にも少女マンガに混じってハードカバーのオカルト本が収まっている。ちょっとしたカオスだ。

こう、なんていうか……The女の子の部屋! というのを想像していたわけじゃなかったけど、やっぱり萌は俺の知ってる萌らしい。
や、ぬいぐるみがたくさんあって――とかそういうものを期待していたわけじゃないけど。

「……座って」

「あ、うん」

すすめられたクッションに腰を下ろし、ふと、テーブルの上にあったカードケースに気付く。

「これ、タロットカード?」

「……そうよ。知ってるの?」

「それぞれのカードに意味があって、占いに使う……ってのを知ってる程度だよ」

そのアルカナは示した……アーアーアーアー。ようこそ、ベルベットルームへ。ペルソナ知識である。つまるところ、まったく知らないようなもんだ。

そんな俺の胸中を知ってか知らずか。
萌はケースを開くと、ペタペタとカードをテーブルに並べ始めた。

「占いとか、得意なんだっけ?」

「……嗜む程度。好きだけど、得意ってほどじゃないの」

「謙遜しちゃってー」

ちょっとからかうと、萌は照れたように頬を赤らめた。

『本当、得意じゃないから……』

そして言葉にできないのか、チャットが返ってくる。
可愛いなぁ。

そういえば、ガンパレには同調って技能がある。
平たく云えば超能力だ。テレポートはPCのような例外中の例外しか使えない技能だったはずだが、それ以外は割と当たり前の力として浸透していたはず。
鍛え方がまったく分からないから俺の同調技能はゼロで間違いないと思うけど、萌はどうなんだろう。

「俺、あんまりこういうの詳しくないんだけど……萌は何か同調技能を使えたりするの?」

聞いてみると、こくり、と萌は頷いた。
俺に背中を向けると、引き出しの中をごそごそと漁り出す。
そうして花の種を一つ取り出すと――

「……見てて」

萌の手の中で、それは変化を見せた。
種はすぐに芽を出して、一気に成長を始める。双葉が延び、蕾を付けて、赤い花を咲かせた。小振りな、瑞々しく、棘のない深紅の薔薇だ。

「おお、すげぇ!
 魔法使いみたいだ!」

「……すごくないわ。
 上手い人は、触媒なしで花を出す」

と云いつつもどこか誇らしげ。
だがすぐに彼女は肩を落としてもじもじちらちらと俺に視線を向けてくる。
そして控えめに薔薇を俺へと差し出した。

『あげる。プレゼント』

「え、良いの?
 ありがと。すげー嬉しいよ!」

差し出された薔薇を手にとって、お礼を云う。
大したことじゃない、とばかりにふるふると頭を振るが、嬉しげに目尻は垂れていた。

その時、不意にドアがノックされる。

「萌ちゃん、入るからね。
 はい、お待たせ」

「ありがとうございます」

「礼儀正しいわね。
 蒼葉くんは何歳だったかしら」

「九歳。小学四年生です」

「そう。しっかりしてるわね。
 ゆっくりくつろいで行ってね。ジュースのおかわりとか……他に何か欲しいものがあれば、云ってちょうだい」

「や、大丈夫ですよ。
 ご丁寧にありがとうございます」

「良いの。気にしないで。
 それじゃあね」

萌の母親はにっこり笑うと、部屋を後にした。
扉が閉まると、萌はほっと息を吐く。
友達と自分の母親が話していると、なんかやりづらい気分になるのは良く分かる。

「それじゃあ、何しようか。
 オセロとかある?」

「……ないわ」

「んー、そっか」

テレビゲームがあるって雰囲気じゃないしな。
そもそも萌の部屋にはテレビがないし。

ちょっと本棚のオカルト本に興味があるから、それを読んだりしてダラダラ過ごすってのもアリなんだろうけど――それは小学生のする友人との過ごし方じゃない。

「……ヴィジャ板ならある」

「二人でコックリさんしてどうするのさ。
 というか、なんでヴィジャ板なんて持ってるのさ!」

「……キューピットさんよ」

「ああ、そうだったっけ……じゃなくて!
 んー、じゃあ、そうだな。
 トランプは?」

「……ある」

「うし。じゃあそれで遊ぼう」

「……七並べ?」

「いやいや、他にも色々遊び方あるからね」

「……七並べ」

「……分かった。七並べもしよう。
 あとはポーカーとかやろうよ。なんだったらトランプタワーを作っても良いし」

こくり、と萌は頷く。
そうして、俺たちはしばらくトランプを使って遊び始めた。
大富豪や大貧民。ポーカーやブラックジャック、と遊んで、交代でトランプタワーを作ったり。
萌はやっぱり口べたで、部屋の中が騒がしくなったりはしなかった。
けれど遊んでいる彼女の表情は豊かだし、チャットでは一喜一憂してみせる。
萌と過ごす時間は、決してつまらないものじゃなかった。

一通りトランプ遊びをして、完成したトランプタワーをじゃんけんで勝った萌が指で突き崩すと、ひと段落つく。
ちょっとトイレ、と席を立つと、俺は部屋を出た。

トイレは一階。階段を降りると、萌に教えてもらった通りにトイレへと向かう。
用を足した俺は再び萌の部屋へ戻ろうとして、

「あら?」

彼女の母親と顔を合わせた。

「あ、すみません。トイレ借りました」

「気にしないで良いのに」

「いいえ」

「……ありがとね、蒼葉くん」

「え?」

「あの子、今まで友達を家に呼んだりしたことなかったから。
 遊びにきた友達は、蒼葉くんが初めてなのよ」

……まぁ、そんな気はしてた。
わざわざ聞く必要はないと思って、萌に質問したりもしなかったが。
同年代の友達を作る場としての学校に、彼女は行っていない。ならば友達を作る機会は、同年代と比べてずっと少ないはずだ。
彼女に友達がいないことは、別に不思議でもなんでもない。

加えて、コンプレックスである大きな手と、年齢固定型クローンであるという二点。
他人と違う、ということを異端と捉えがちな年代の子供に混じるのは、酷い苦痛だろう。
それは俺と萌が出会った件を見ても明らかだ。
母親に買い物を頼まれて外出しただけの萌を、珍しいものとしてはやし立てたガキ共。
いつも苛められていると云っていた彼女は、どんな気分で日々を過ごしていたのだろうか。

「……あの」

「何?」

「萌ちゃんは学校に通わないんですか?」

「……それは」

立ち入ったことだとは思ったが、今しかないと思い聞くことにした。

「……年齢固定型クローンってこともあって、あの子は心が繊細なの。
 定期的に病院にも通って可能かどうか聞いてはいるんだけど、ストレスに耐えられる保証はないって云われててね」

「そう、ですか」

僅かな悔しさを覚えながら、けれども反論をせず、俺は息を吐いた。
萌と同じ境遇の子たちが通うような学校はないのだろうか。いや、ないのかもしれない。
あったらこの優しい母親のことだ。きっと萌に通学を勧めるだろう。
ないのだとしたら、じゃあ、俺と同じ学校に通うことはできないのだろうか。
同じクラスに入ることができたのなら、あの子を守るぐらいやってのける。
それで俺まで孤立したって構わない――そんな気持ちが胸の中にあるものの、あまりに無責任な話だ。
もし何かあったら困るのは萌であり、萌の家族。
いくら中身が歳をくっていたところで、今の俺は小学生のガキでしかない。責任なんて取れるわけもない。

「優しいのね」

「……そんなこと、ないですよ」






「ううん。萌が気に入る理由が分かった気がしたわ。
 ほら、部屋に戻ってあげて。
 あの子も待ちわびてると思うから」

「……はい」

小さく頭を下げて、俺は階段を上った。
母親と交わした会話の名残を顔に出さないようにしつつ、再び彼女との楽しい時間を送れるように。

「お待たせ」

萌の部屋に戻ると、彼女は俺がいない間にテーブルの上へタロットカードを並べていた。
最初に俺が興味を示したからなのか、どこか真剣な表情で、彼女はカードに視線を注いでいる。

「……占うわ。座って」

「うん」

「……か、簡単な占いだから、緊張しないで。
 何か占いたいことはある?」

緊張するなと云っておきながら、緊張した感じの声を上げる萌。
そんな様子に気付かないふりをしつつ、うーん、と首を傾げた。

「恋愛……とか……」

「れ、恋愛……!?」

「いや、いまいちピンとこないな。
 未来を占って欲しい」

「……恋愛運でも、いいのよ」

「いや、未来のことで良いよ」

「……でもオススメは恋愛なの」

「何を占うかは俺に任せるんじゃなかったのか!?」

「……そうだったわね」

なんで恋愛に固執するんだこの子。
……んー、まぁ、気持ちは分からなくもないけれど。
それでもせっかく占ってもらうんだし……あー、でも、どうなんだろ。
占い自体はいつでも出来るけど、初めて萌の家に遊びにきたっていうシチュエーションってのは今だけなわけで。
だったら……そうだな。

「うん、ごめん。やっぱり恋愛運で良いや。
 頼める?」

「……分かった、わ」

萌は小さく頷くと、小さな握り拳を作って、ぐりぐりと頭に当てた。

「……何やってるの?」

「……先入観を、消してるのよ」

『占いを行う者は、先入観を持っていてはいけないの。
 でないと、占いの結果を主観によって歪めてしまうことになるから。
 ニュートラルな状態で、その結果を分析する必要があるのよ』

言葉と平行して行われたチャットには、そんな返答が。
なんだか本格的だ。好きなだけあって、中途半端な真似事はしたくないのだろう、きっと。

「よろしく頼むよ、可愛い占い師さん」

『集中してるから、黙って』

すみません。

しばらくぐりぐりを続けた萌は、溜息を一つ吐くと顔を上げる。
伏し目がちな瞳をじっと俺に向けると、おもむろにタロットカードをぐしゃぐしゃとかき混ぜ始めた。

「……占いたい事柄を強く念じて」

「了解」

強く念じて……か。
恋愛か。まだまだ体がガキってこともあって、あんまり意識してなかったんだよなー、転生してから。
無論、興味がないわけじゃない。
けど同年代の――この体基準――女の子と惚れた腫れたという関係になれるかと聞かれたら、かなり微妙。
惚れるにはまだちょっと子供っぽさが目立つ。仮に恋人同士となったならば、恋愛を楽しむというより、恋愛という形で恋人の人間的成長をリードする、という付き合いになる気がする。
そういう意味じゃ、目の前にいる少女――萌は例外で、恋愛対象に入るかな。
年齢固定型クローンなだけあって、子供っぽさは同年代の子たちほど感じない。
時折見せる幼さは、経験が伴っていない故のアンバランスさ。そこがどうにも守ってあげたいという保護欲をかき立てる。

気付けば、俺は萌へと視線を向けていた。
彼女は無表情のままだったが、顔は可哀想なぐらいに赤くなっている。

「……恋愛に関することで、何を知りたいの?」

「ええっと、そうだな……これからの人生で、どんな出会いがあるのか……かな」

「……分かった、わ。一枚捲って」

急かされ、俺は手元にあったカードを捲り上げた。
ⅩⅦ。宝瓶宮。星の瞬く天の下で、水浴びをしている女の絵柄が描いてあるアルカナ――星、だったか。

「……正位置の、星。
 意味は希望や解放。自由。
 素敵な女性と出会えるかどうか……という意味なら、きっと、出会いは多い……わ」

言い切ると、どこか残念そうに萌は唇を尖らせた。

「出会いが多い、か。
 付き合うチャンスが多いってことで良いのかな?」

「……それをものにできるかどうかは、あなた次第だけど。
 ……そして、その、個人的な、忠告だけど……」

そこまで云うと、萌はどこか恨めしそうにじっと俺を見つめた。

『恋愛が成功することと、出会いが多いことはまた別だから。
 輝く星々にはそれぞれの魅力があるだろうけど、ふらふらするのは、良くない』

なんだか釘を刺されたような気がするのは、俺の被害妄想だろうか。
んー、これなら恋愛運以外を占った方が良かったのかもしれない。失敗だったかなぁ。

「んー、じゃあ、今度はさ。萌が自分で自分の恋愛運を占ってみてよ」

「え!?」

『な、何を云うのよ!』

彼女らしからぬ大声が飛び出した。
続いて入力されたチャットの言葉もどこか慌てている気がする。

「ほら、俺ばっかり占われるのはあれだしさ。
 良いじゃん、別に」

「……私は、いいわ」

「良いんだね?」

「……けっこう、よ」

「結構なんですね?」

「……どうしてそんなに噛み付くの。
 ……そんなに私の恋愛運が知りたい……の……?」

「え……あ、いや……」

引っ張るだけ引っ張っておいてあれだが、別にそれほど、と云ったらなんだか怒られそうな雰囲気。
ついつい頷いてしまうと、萌は仕方がなさそうにばらけたカードをまとめ、シャッフルし直し、再びテーブルの上へと広げた。

「ちなみに恋愛に関する、どんな事柄を調べるの?」

「……秘密」

「教えてくれないならカードの絵柄から勝手に憶測するぞー?」

「……別に良いわ」

あ、なんだろう。軽くいなされた。
多分、付け焼き刃の知識じゃ正確には読み取れないとか思われたのだろう。失礼な。
アルカナの意味ぐらい分かるぞ。……説明書を読めば。
ケースに入っていた説明書をガサゴソと広げていると、不意に萌が一枚のカードを引く。
示されたアルカナは――

「逆位置の太陽?」

「……私から見たら、正位置」

「ああそうか。
 それにしても正位置の太陽ねぇ。なんだか悪い意味はまったく感じないな。
 結果はどうだった?」

「……悪くない……わ」

「ほうほう。で、何を占ったの?」

「……秘密」

ですよねー。
まぁ、女の子の恋占いに首突っ込んだら大変なことになる気がするし、深追いはしないでおこう。
タロット占いを終えるとお喋りを始め、気付けば帰宅時間になっていた。
また遊ぼうと約束をして、この日はお開きとなった。



[34688] 三話【エロ有】
Name: 鶏ガラ◆f61e2f27 ID:af55ab2f
Date: 2013/01/03 22:44
1992年――大陸の陥落と幻獣の日本侵攻が近づいている中、俺はこれといった変化のない日々を過ごし小学五年生となっていた。
日々平穏……と、云っていいのだろうか。少なくとも後四年で確実に大陸は落ちるわけで。
着々と戦場に立つ時期が近付いてきているものの、今の俺に出来ることなんて勉強、トレーニング……そんなものだった。

焦りを感じないこともないが、焦って何かをしたところで変わるものがあるわけでもなし。
世界全体の流れからして、一人の人間でしかない俺という存在はあまりにもちっぽけだった。
まぁ、だからと云って何をしても無意味、と悲観したりはしないけれども。
流石に人生経験はそれなりの量を積んでいるんだ。一人の人間としての分をわきまえてはいる。
泣き喚いてそれで世界が救われるならそうするが、何も起きないのならする必要はない。そんな理屈。
だったら焦ったりする分無駄なのだから、その日がくるまで好きなように過ごすさ――というのが、俺の考えだった。
人によっては諦観に満ちていると取られるかもしれない考えだが、これでも一応、個人的には随分と前向きなつもりなんだけどなぁ。

なんてことをつらつら考えていると、軽いインターフォンの音が鳴り響いた。
はいはい、と自室を後にし玄関にたどり着くと、ドアを開く。
訪ねてきたのは萌だった。俺たちは基本的に彼女の家で遊ぶのだが、今日は珍しく、彼女が俺の部屋で遊びたいと言い出したのだ。

「いらっしゃい。無事に着けた?」

こくり、と首肯。
ゆるくウェーブのかかった髪が、ふわりと揺れる。

ちょっと待ってて、と彼女を待たせると、俺はリビングへと向かい準備していたお茶請けを手に持ち、再び彼女の元へと戻る。
今日は町内会の集まり――という名の主婦仲間の集まりに母さんが出ているため、家にいるのは俺だけだった。
なのでお茶請けなりなんなりを自分で準備する羽目になったのだが――まぁ別にこんなのは労力の内に入らない。

萌はあまり炭酸系が好きじゃないようなので、飲み物のチョイスは午後ティー。
俺も別に紅茶は嫌いじゃないので構わない。どちらかと云えばコーヒー党ではあるのだけれど、缶コーヒーも缶紅茶も、味にこだわるような代物じゃないしな。

「そういえば萌ってさ」

「……うん」

「好きな飲み物ってなんなの?」

「……砂糖がいっぱい入った紅茶が、好き。
 けど、ジュースも好きよ。
 ……牛乳は、大嫌い」

「ああ、牛乳は俺も嫌い。
 あれ、すげぇ不味いからな」

「……あり得ないぐらい、不味いわ」

第六世代の骨格は強化プラスチックで出来ており、それを成長させるためにはプラスチックが混入したクソ不味い牛乳を飲むしかないのだ。
いやもう本当、前世のまともな牛乳を知っている分、シャレにならないレベルで不味く感じるんだけど、それでも背を伸ばすためには仕方がないので毎日飲んでる。
その甲斐あってか、ようやく俺の身長は萌のそれに近づき始めた。
とは云ってもまだ十センチ近く足りないのだけれど。彼女の身長は160㎝だ。上の学校に上がれば、その内追い抜けると思う。

「さ、行こうか」

お盆を手に持って、トントンと階段を上がる。
そうして初めて俺の部屋に萌を上げたわけなんだが――

「初めて男の子の部屋に上がった感想は?」

「……想像していたより、綺麗」

さいですか。

「もっとゴミゴミしてると思った?」

「……ええ。
 でも……あなたの部屋、綺麗というより、物が少ないって方が正しいかも」

それはあるかもしれない。
本棚はあるものの、そこに入っているのは参考書やら使い終わった学校の教科書やらばかりだ。
コミックスはあまり集めていない。小学生の少ない小遣いでコミックスとか買ったら買い食いも外出も何もできなくなってしまうし。
まぁ、小学生の癖に買い食いやら外出やらでお金を使うって発想自体が珍しいんだろうけど。

他に部屋にあるものと云えば机にベッド、タンス。あとはテレビか。
ゲームも一応あるにはあるけど、クラスメイトたちとの話題作りに買ったものばかりで、ソフトの本数は両手で数えられるほどしかない。

学校から持ち帰った、もう二度と使わないであろう教材やプリントなんかは、一切のためらいもなく捨てている。
工作で作ったものなんかは、母さんが勿体ないと玄関に飾ったりしているが。
思うに、汚い部屋というのは不必要な物が多いから雑多に見えるせいじゃないだろうか。

「確かに、萌の部屋と比べたら全然華やかさがないとは思うけどさ」

別にこれは嫌味じゃない。
萌の部屋は雑多ではあるものの、コレクターの部屋として非常に華やかだし、清潔だ。
まぁその華やかさは常人の感性から微妙に外れているけれど。

「……じゃあ今度ここにくるとき、タペストリーを持ってくるわ。
 絵柄、何が……良い?
 セフィロト、ヘキサグラム……ハーケンクロイツとか、どうかしら?」

「最後のは何か違くねぇ!?
 っていうかこの部屋にいきなり劇薬じみたインテリアを飾ったら、カオスになるわ!」

「……残念」

まぁ、冗談だっていうのは分かっているけど。
萌と知り合ってから、もう一年が経とうとしている。
流石にそれだけ付き合っていれば、冗談の一つも云い合えるようにもなる。
たとえ彼女が口べたなのだとしても、だ。

「それで、何して遊ぶ?
 対戦ゲームがあるけど、どうする?」

「……私、あまりゲームやったことないの」

「大丈夫。教えてあげるって。
 このゲームぐらいなら見たことあるだろ?」

云いながら、ゲームのケースを萌に見せる。
他にも格闘ゲームがあるにはあるけど、萌には向かない気がする。

「……そのパズルゲームなら、知ってる。やったことはないけど。
 他にどんなゲームが……ある、の?」

「んー、他はそうだな。格闘ゲームが一つと、RPGが三つ。あとアクション」

「……RPG?」

「うん、対戦車ミサイルのことだな」

「……」

「ごめん嘘。いや、嘘じゃないけど。
 RPGはロールプレイングゲームの略だよ。
 主人公になりきって、冒険して……って感じの内容」

このまま前世と同じ調子でゲームが発売され続けたら、その内なりきりでプレイじゃなくて、プレイヤーが操作しながらストーリーを追うスタイルが主流になる気がするけど、それより先に幻獣の日本上陸が始まるからなぁ。
まぁ蛇足か。

「やってみたい?」

こくり、と首肯。
んー、二人でプレイできるようなRPGは持ってないからなぁ。

まぁ、ものは試しか。
せっかく俺の家にきたのだし、萌の部屋ではできないことをやった方が、彼女としても楽しいはずだ。

テレビの電源を入れると、少し迷いながらもゲームをチョイスする。
RPG初心者でも遊べる、システムがシンプルなのを選んだ。

じょーん、とハードのロゴが表示されたあと、ディスクの読み込みが始まる。
するとゲームのOPアニメが始まって、萌はちょっと驚いたように目を瞬いた。

「……これ、アニメ?」

「OPをアニメで作るゲームも珍しくはないんだよ」

作中にアニメーションを使うゲームもあるにはあるけど……まぁ、当たりを引く確率はお察しくださいって感じ。
物珍しそうにOPアニメを見終わると、萌は遠慮がちにコントローラーのボタンをポチポチと押し始めた。
そしてプロローグが始まる。まぁプロローグで詰まるってことはないだろうし、好きにやらせてみよう。

……しっかし、萌がゲームを始めてしまったとなると、俺は何をして過ごそうか。
適当に本棚からプログラミングに関する本を抜き出すと、視線を落とす。
本を流し読みしながら、萌が困っていそうだと思ったら横から口を出して。
やっぱりゲームにあまり触れたことがなかったからなのか、萌は真剣な表情を画面に向けながらボタンを押している。
ゲーム機ごと貸してあげるのも悪くないかもしれない――と思っていると、不意に電話の着信音が鳴り響いた。

「ごめん、ちょっと電話に出てくる」

「……うん」

画面に顔を向けたまま返事をした萌を尻目に、俺を急いで階段を下りた。
いちいち一階まで降りるのが嫌だから子機が欲しいと云うのだけれど、両親は別になくても良い、と云って買ってくれない。
まぁ確かに普段は基本的に専業主婦の母さんが一階にいるから、不便ってことはないだろうけど……二階で過ごしている俺が電話に出るとなると、途端に面倒くさくなるのだ。

「はい、もしもし」

『もしもし、蒼葉? お母さんよ』

「何?」

『今日はちょっと帰るのが遅くなりそうだから、そのことを伝えようと思ってね。
 晩ご飯、外食で良いかしら』

「良いんじゃないかな。俺は構わないけど」

さては主婦仲間との会話が弾んで、買い物行くのが面倒になったな。
その後、二、三受け答えをして電話を切ると、トイレで用を足す。
そして更に飲み物のおかわりでも持って行こうとキッチンに行き、二階へと戻ろうとする。

その時、ふと悪戯心が沸いてしまった。
萌が今やっているRPGの難易度はそれほど高くないのだが、オープニングボスに限っては弱点攻撃を行わないと、よっぽどレベル上げをしておかない限り倒せないようになっている。
そして、RPGに慣れてない萌では、きっと苦戦しているだろう。
右往左往している様子を見てみたい――と思って、俺は足音を殺しながら階段を上り始めた。

我が家はそれほど古い家じゃないため、少し乱暴に登りでもしない限り階段が軋みを上げたりはしない。
加えて、俺の体は子供のそれだ。足音らしい足音は立っていないはず。
そっと二階に上がり、ゆっくりと自分の部屋へ。
慎重にドアノブを回して部屋の中をのぞき込むと――

……んん?

いつの間にやら萌はゲームをやめていたようだ。テレビにはゲームオーバーの文字が浮かんでいる。
俺の予想は当たったようだが、くるのが遅かったか。
ちょっと残念――なんてことを思いつつ萌を見ると、俺は思わず眉根を寄せた。

彼女は何かの本を床に広げているようだった。
隙間からのぞき込んでいるため角度が悪く、本の内容は分からない。
何を見ているのだろう。

「ただいまー」

「…………ッ!?」

ドアを開けてみると、萌は驚いたようにバタバタと本を隠してしまった。
咄嗟のことに慌てたのだろう。閉じたりせずに本をお尻の下敷きにしてしまっている。

「何を読んでたの?」

「……何も、読んでない……わ」

云いながら、顔を真っ赤にする萌。
またまたご冗談を。そんな見え透いた嘘なんざバレバレなんだって。

「じゃあそのお尻の下に隠している本は何さ。
 っていうか変な風に折り目がつくからやめなさい」

「……あっち、向いてて」

「なんで?」

「……向いてて」

「りょーかい」

持っていたジュースの追加を床に置くと、俺は両手を挙げて背中を向ける。
けど残念。そんなあっさりと見逃してやるはずがない!

バッ、と振り向くと、萌がお尻の下敷きにした本を閉じようとしているところだった。

「……保健体育の教科書?」

「……な……ッ!」

閉じられる寸前、なんとかギリギリ彼女が見ていたページがどこなのか気付く。
そこは全裸の男女がイラストとして書かれているページだった。
まぁ、あれだ。小学生であればこっ恥ずかしくてなかなか直視できないであろうページだ。

なんでわざわざ教科書を、とも思ったが、そういえば萌は保健体育に関することをあまり知らないのかもしれない。
普通の教科に関して、彼女が自宅で学習していることを知っている。
が、保健体育となると話はまた別なのか――

「み、見ないでって云ったのに……!」

「あー、いや、その……ごめん」

「……うぅ……っ!」

頬に朱が差す、なんてレベルじゃない。
顔を真っ赤にして汗さえ浮かべ、瞳には涙をにじませて、萌は黙り込んでしまった。
なんて声をかけるべきか。そんなことを考えている内に、息をのむような声――萌は嗚咽を堪え始め、鼻を鳴らす。
……やばい、泣かせた。

慌てて萌に近付くと、背中をゆっくりなで上げながら声をかけた。

「え、えっと、泣くことないって!
 別に悪いことしたわけじゃないんだから!」

まぁ案の定というか、そんな声をかけて萌が泣き止んだりはしなかった。
大声で泣き叫んではいないものの、これは彼女なりのマジ泣きに違いない。
こうなったらもう泣き止むまで付き合うしかないだろう。
ハンドタオルで涙を拭ったり、背中を撫でたりしつつ何度も謝って。
そうして十分ほど経った頃だろうか。ようやく泣き止んだ。

「……別に、悪いことじゃないし、気にしなくて良いって」

じっと俺のことを見る萌。
涙の浮かぶ透き通るような瞳。見つめられることに居心地の悪さを覚えながらも、ここで目を逸らしちゃ駄目だと思い、視線を絡ませた。

『……後ろ向いててって云ったのに』

「ごめんって」

『嘘つき』

「ごめんってば! この通り!」

ぽつりぽつりと萌は言葉を紡ぎ出す。
言葉ではなくチャットでの会話であるのは、やはり恥ずかしさがあるからなのか。

両手を合わせて拝むように頭を下げる。
それで少しは溜飲が下がったのか、萌は指先で目尻を拭った。

『……別に、良い』

これは完全にへそを曲げてしまったか。
どうやって機嫌を取ろう。何か萌の好きなお菓子でもパシってくれば良いのだろうか。

そんなことを考えていると、ちらちらと萌が俺を見ていることに気付いた。

「……何?」

「……う……あ……」

言葉になっていない。
さっきまでの赤面とはまた方向が違い、今度はどこかよそよそしささえ感じる。
一体なんのつもりなんだろう。

俺は萌を安心されるように微笑み、首を傾げた。

「えっと、どうしたの?」

「……その……」

「大丈夫。萌が何を云ったって変な風に思ったりしないよ」

俺の言葉に対する反応は、言葉ではなく、視線として返された。
本当に? いじめない? そんな声が聞こえてくるような。
……ああもう、この子は。

もう俺と出会ってから一年経つんだ。だっていうのにまだ信用してくれないのか。
いくら俺だって、そりゃちょっと傷つくぞ。

「親友だろ、俺たち。
 そりゃ、冗談を云われたら笑うさ。
 けど萌が真面目な話をするんだったら、それを馬鹿にしたりなんて、しないよ。
 なんなら賭けても良い。嘘ついたら針千本、だ」

云いつつ、俺はそっと小指を持ち上げた。
さっきまでの不安はどこへ行ったのか、萌は差し出された指と俺の顔を交互に見る。

「……親友」

くすぐったそうに、小さく、彼女は笑った。
そして俺と同じように手を持ち上げると、小指を突き出す。

歳相応の俺の指と、彼女の大きな指が重ねられた。
夏でもないのに萌の指が汗ばんでいて、彼女の緊張を伝えてくる。

「……指切りげんまん」

「嘘ついたら針千本のーます」

「「指きった」」

何をしてるんだか、という気がしないでもない。
友達かどうかなんてわざわざ確認するようなことでもない気がする。
けれどそれはあくまで俺の基準であって、きっと萌からすれば、こうした約束として友達という関係を確立することが必要だったのだろう。
でなければきっと、自分がどう思われているのか分からず不安で仕方がなかったのかもしれない。
もしかしたら、俺の知らないところで彼女は俺との関係に悩んでいたりしたんだろうか――なんてことを、考えてしまう。

けれどそんな悩みも、今日で終わってくれると良い。

「……ありが、と」

ともすれば聞き逃してしまいそうな声色で、彼女は呟いた。
恥ずかしかっただろうに、それでもチャットではなく言葉で俺に気持ちを伝えてくれたところに、彼女の優しさを感じる。

……本当、良い子だよなぁ。
繊細故の純粋さに、優しさ。そういった心を持っている人間は、意外と希有だ。
それなりに神経が図太くないと生きてゆけないように、社会はできているし。

萌の長所とも云える部分がずっと残って欲しい――なんて考えていると、いつの間にか話を脱線してたことに気付いた。

「で、さ」

「……何?」

「さっきは何を云おうとしてたの?」

そもそも萌が何かを云いたくても言えないといった様子を見せていたから、あんなこっ恥ずかしい約束を改めてすることになったわけで。
なら彼女が何を云いたかったのかくらい、聞いておきたい。

「……その」

「うん」

「えっと……」

「うんうん」

『……私、えっちじゃないから』

「……ん?」

何故そういう話になったし。
なんでそんなことを? と聞こうと思っても、またまた萌は頬を真っ赤にしてしまっている。
はてさてなんで彼女はそんなことを言い出したのか――ああ、そういうことか。
深く考えなくてもすぐ分かった。というかなんだかんだで、年齢固定型と云ったところで萌もそういう年頃だもんな。

「……くっく」

「……笑わないって、云った」

「や、ごめんごめん。
 でも気にすることないよ。
 っていうか別に、えっちであることは悪いわけじゃないと俺は思ってるしさ。
 それなのに気にしてる萌が、なんだか可愛くて」

「……むー」

可愛いなんて云っても騙されません。
そんな風にジト目を向けられるも、俺は軽く視線を受け流した。

「や、本当にさ。嘘でも冗談でもなくて……そうだな。せっかくだし、ちょっと真面目に話そうか。
 萌はさ……こう、好きな人と手を繋いだりとか、したいと思う?」

「……思う」

「そうだね。気になる人に近付きたい。側にいたい。触れ合いたい。
 すべてをさらけ出したいし、さらけ出して欲しい。
 出来ることなら一つになって融けあってしまいたい。
 そういう欲求は、全然不思議な気持ちでもなんでもない。
 まぁあくまで俺の主観で云うものだから、全部を鵜呑みにしちゃいけないけどね。
 俺とはまた違った考え方をする人だっているだろうし、それを否定するつもりは俺にはないから。
 それで、どう? 萌は俺と同じ、もしくは似た考え方をしてる?」

こくり、と頷き一つ。

「なら、難しい話でもなんでもないよ。
 好きな人と触れ合いたい……けど、その方法が分からない。分からないのなら、学べばいい。学びたい。
 だから萌は保健体育の教科書を見たんだよね?
 まぁ、そこまで切羽詰まった理由じゃなくて、単純な好奇心なのかもしれないけど」

萌にとって性的なものは、気になっても関わることの出来ないもの、という代物だったのかもしれない。
2000年より前の時代と云ったら、家庭にPCが置いてある方が珍しい時期だ。
インターネットでエロ知識を学ぶにしたって、そもそもネット環境がないので話にならない。
実際、萌も俺の家にもPCは置いてないし。俺がプログラムの作成をしているのだって、学校のマシンを使わせてもらっているからだ。

じゃあどこからエロ知識を手に入れるかと云ったら……例えば俺の前世だったら、父親が隠し持っていたエロ本とか、不法投棄された青年雑誌とか。
ちょっと濡れ場の濃い洋画だったりとか。人によっては仲の良い先輩からのお下がりとか。そういったものを仲間内で共有していた気がする。
そしてそれは、この世界でも変わらない。同じクラスの男連中の中にも、子供らしい娯楽よりエロの方へ興味を向け出した連中はいる。

性に関する正しい知識は学校で学んで、あとは勝手に……といった具合に性的な知識は増えてゆくものだった。

だが萌のように学校に行く機会がないとなると、なかなか難しいはずだ。
まさか萌の方から母親に性教育の教材が欲しい、なんて言えるはずがないだろうし。
そして漫画なんかを通して知るにしても――萌の部屋に置いてあったものは、俺の知る限りそこまで過激じゃない――流石に少女漫画だけあって直接的な描写は避けるだろうから、肝心な部分を知ることはできないだろう。

「……変なことじゃ、ない?」

「ん……? ああ、えっちなことに興味を持つことが?
 うん、全然当たり前のことだよ」

「……そう、なのね」

うんうん、と萌は頷いた。
そしてまるで当たり前なことのように、

「じゃあ、見せて」

こちらの頭が一瞬で凍り付くよな一言を、放った。

「……ごめん、聞こえなかった」

「……教科書のイラストじゃ、よく分からなかった……の。
 だから、その……男の子のを、見せて欲しい……わ」

「いきなり何を言い出すのさ!?」

「……駄目なの?」

「え、あ、いや、そう云われると……」

性的なことに興味を持つのは普通のことで、まったく悪いことじゃない――って云ったのは俺だからなぁ。
すごい。ここまで見事な言葉のブーメランを体験したのは初めてだよ、ハハハハハ……。

なんて若干現実逃避気味に考えてみるものの、萌は興味津々とった風に視線を向けてくる。

「お、俺をいじめて楽しいか……?」

「……私は真面目よ」

「なお悪い!」

ああもう、と頭をガシガシかきむしり、しゃーない、と諦めた。
萌にとってこういうことを頼めるのは、きっと俺しかいないだろうし。断るのは可愛そうだ。
だからと云って、萌が興味津々なものを見せることに抵抗がないわけじゃないのですが。というか抵抗ありまくりなのですが。どんな羞恥プレイだよ!

……ふぅ。オーケー、落ち着け。
こういう時こそクールになるべきだ。

まず状況を整理しよう。
さっきまでのやりとりで、萌は俺に嫌われることはないと思うようになった。
だからこんなえっちぃというかなんというか不思議な展開になっているわけだが……そうだ。ひらめいたぞ。

「俺ばっかり見せるのは嫌だから、萌も見せてよ」

これだ……! 逆転ホームラン……ッ!

「……え?」

咄嗟に考えた言葉に、萌は首を傾げた。

「俺ばっかり見せるのは嫌だよ。恥ずかしいし。
 けど萌が見せてくれるなら、良いよ」

「……分かった、わ。
 私も見せて……あげ、る」

「そうか。なら仕方ない。
 まぁどうしても男女の営みが知りたいって云うなら、ちょっとえっちなビデオでも貸して……あ……げ……?」

「……貸してくれるなら、見るわ」

え、ちょっと待って。
この子、今なんて云った?
貸して云々じゃなくて、その前――

半ば頭がフリーズしかける俺。
だがすぐ様に再びフル稼働を開始することとなる。
その原因は、萌がおもむろに着ていたシャツのボタンを外し始めたからだ。

思わず目を瞬くと、

「……脱がない……の?
 ……あなただけ、ずるい、わ」

不思議そうな声が返ってきた。
……ああ、もうなんていうか、後手後手に回って酷いことになってる。
思わず天を仰ぎ、ため息を一つ。

……まぁ、良いか。
萌はどうやら男の裸に興味津々みたいだし。
まぁ減るもんじゃないんだ。うん。なんていうか、子供状態の裸をみられるのはすごく抵抗があるんだけどさ。
これがまた、母親とかの大人に見られるんだったら別に良い。
悲しい上に空しいけれど、完全に子供扱いされて異性の裸とすら思われないから、こっちだって気にしない。

けどこれから晒そうとしているのは同年代の女の子なわけで。
彼女は俺の裸を異性のそれとして見ようとしている。俺からしたらずっと年下の子が、だ。
そのアンバランスさというかミスマッチ加減が、どうにも俺を変な気分にさせる。

けど気にするな。気にせず過ごせば良いんだ。
もぞもぞと服を脱いで畳むとベッドの上へ。続いて肌着も。
一気に脱いでボクサーパンツだけになると、俺は萌へと視線を向ける。

いきなり俺が服を脱いだせいなのか、彼女は急いでボタンを外そうとしていた。
けれど緊張しているのか、大きな手は上手くボタンを外せていない。

俺はベッドに腰掛けながら、彼女が脱ぎ終わるのを待つ。
すでに外れているボタンは、首もとからお腹まで。開いた胸元からはブラが見えていた。
あまり意識したことはなかったけれど、萌はそれなりに胸がある。俺と同年代、と思いがちだが、それはあくまで心や精神といった面であり、年齢固定型クローンなだけあって体は高校生ほどに発育している。
だからブラをしていても別に不思議じゃないわけだ。

「あ、あまり見ない……で……」

「早く早くー」

注意されつつも俺はガン見を決してやめない。
ぎこちないストリップというのもまた乙なものだ。

ここにきて、羞恥や罪悪感みたいなものは薄れてきた。
変なスイッチ――というかエロいことするスイッチが入ってしまったから。
今までずっと眠っていたんだけどなぁ。

萌は耳まで顔を真っ赤にしながらスカートに手をかける。
ホックを外すと同時に、シャツとは違ってスムーズに外れた。
ストン、と床に落ちたそれとシャツを畳むと、下着姿になった萌は、腕で自分の体を抱きしめた。

「……恥ずかしい」

「俺も恥ずかしい」

「……絶対嘘だ、わ」

「本当だってば」

余裕ぶっこいて色々考えごとしてリビドー抑えているだけで。
そもそもこの子は、どうして俺がベッドに座り、若干前のめりの姿勢になっているのかきっと分かっていない。

「……筋肉、すごい」

「そんなことない」

萌の視線がまず向けられたのは、筋肉のようだった。
珍しいものを見るようにまじまじとした視線が向けられる。

「……触って良い、かしら」

「良いよ」

萌はベッドに座っている俺に近づくと、その場に膝をついた。
ブラをしているっていうのに片手で胸元を隠しながら、すっと立てた人差し指を俺の腹に添える。

「……んっ」

思わず声が出た。鳥肌が立つのに似た感覚が、ぞわりと背筋を駆け上がる。

「……固い、わ」

人差し指が腹筋を上から下まで横断すると、今度は手の平でぺたぺたと触れられた。
そうして触れている内に好奇心が恥じらいを上回ったのか、胸を隠していた手が二の腕へと延びてくる。

「……すごく固い」

上腕二頭筋のあたりをぐにぐに揉まれ、今度は比べるように自分の腕をぷにぷにと。
見ているだけで柔らかそうだと分かる。日に全く焼けていない白磁のような肌。そこに指が沈み込むのを見ていると、俺も触れたくなってきてしまった。

――ぞくっ。

「うあ……!」

萌の二の腕を凝視していたせいで注意がそれていた。
いつの間にか腹筋をいじっていた手がふとももに動いていて、不意打ちをくらった俺はついつい声を上げてしまった。

「……くすぐったかった?」

してやったり、と笑う萌の顔はやっぱり赤い。
けれど興奮してきたからなのか、羞恥の色はどんどん薄れてるようだ。

けれどそう思った次の瞬間、萌の表情は固まった。

「……これを、テントが張ってるって云うの……ね」

「そうだよ。
 萌の裸を見て興奮したから。綺麗だし」

云うと、萌は度を超えた羞恥心のせいか泣きそうな顔になった。
それでも彼女は俺の体に触れる手を止めたりはしない。
すりすりペタペタ。腹筋からふとももへ。そしておずおずと、こちらの様子を伺いって、パンツの上から俺の性器に触れた。

ぞわ、と背筋が震える。それは興奮と、他人に敏感な部分を触れられたから。
自分で自分の体に触れても快感が走ったりはしない。まぁ、性器を直接擦れば別だけど。
しかし他人の手によって触れられると、くすぐったさと同時に快感を覚えてしまう。

「……固い、のね」

「ん……」

特に意味もなく頷くと、ずっとされるがままになっていた俺は手を持ち上げて、萌の頬に触れた。
ビク、と小さな震え。
他人との触れ合いに慣れてなかったであろうことは、簡単に察することができた。

頬から首筋へ。手のひらで、指先で、手を返した爪でなぞりながら。
くすぐったいのか萌の体は時々震えた。
けれども俺の性器を弄る手は止めず、むしろ大胆になってゆく。

指先で触れていただけだったのに、今では掌全体ででふにふにと感触を確かめている。
徐々に興奮が溜まってきて、思わず俺は熱のこもった溜息を吐いた。

「……ベッドに上がって。
 下着も脱ごう」

「……わ、分かった……わ」

俺は微かなためらいと共にベッドから立ち上がると、下着を脱いだ。
ずっと閉じ込められていたチンポが、ようやく外に出られ背伸びをするように震える。

「……ッ」

ずっと布越しに触っていたものを目にして、萌は息を呑んだ。
それもそうだろう。体の他の部分と比べて、人間の性器は少し異質な形をしているし。

自分の股間に目を落とす。
皮が完全にむけたそれは、ビクビクと脈動をしながら何かを待ち望んでいるように見えた。
サイズは、まぁ、年相応。決して大きくないものの、それは仕方がない。
皮がむけているのは、自分でしたからだ。
亀頭から皮をはがす作業は痛みを伴ったものの、元大人の見栄というか、まぁ男としてガキのチンポのままでは微妙な気分だから、ついやってしまった。

「触ってみる?」

「――……っ!」

完全にフリーズしていた萌は、俺のかけた言葉で我に返ったようだった。
けれども、いざ触ってみるとなるとなかなか勇気が必要なものだろう、これは。

けれどもベッドに座った萌は、まるで誘われるように近付いてくると、おっかなびっくりといった様子で、手を伸ばしてくる。
亀頭に触れて、なぞるように下へ降りるとカリ首を――瞬間、息が詰まるほどに強烈な感覚が襲ってきて、思わず体が震えた。

「だ、大丈夫?
 痛かった……の?」

「い、いや、気持ちよくて」

思った以上の衝撃に、思わずそう口にした。
本当にビックリだ。けど、当たり前の話かもしれない。
まだ快感に全然慣れていないこの体にとって、直接性器を触られる快感は強すぎる。

前世でのことがあるから快感だろうと分かりはするものの、そうでなければこの感じがなんなのか分からなかっただろう。

「気持ちいい……の?」

「うん。ただ、そこは敏感すぎるから、乾いたまま触ると痛いんだ。
 竿の方を触って、上下してみて」

「……分かった、わ。
 こうで、良いの?」

萌の大きな手によって、今度はチンポの竿が包まれた。
ぎこちなく上下し、手のひらの端がカリを刺激する。
ぶわ、と汗が吹き出す。萌への性教育だということが一気に頭から吹っ飛んで、快楽に頭が沸騰した。
それでも一応正気でいられたのは、いわゆる男の見栄――こんな簡単に射精してたまるか、と思ったからに過ぎない。

「……も、萌。射精って、分かる?」

「……精子を、出すこと……?」

「当たり。もうすぐ、出そうだから、離して」

鼻の頭にぶわっと汗が浮かぶ。
快感に耐えながらそう云ったものの、萌は興味津々といった様子で、チンポを擦り上げる手を止めなかった。

「ちょ、萌、本当に限界だから、やめろって……!」

あまり刺激の受けたことのない部分への集中的に行われる手淫に、限界がやってくる。
それでも萌は決して手を止めようとはしなかった。
そして俺も、力尽くで彼女を振りほどいたりしなかった。

萌が大きめに手をスライドさせると、手のはしがカリ首に今までで一番の刺激を送り込む。

びゅくびゅくびゅく!

そんな音が聞こえた気がしたような錯覚と共に、尿道をザーメンが勢いよく駆け抜ける。
吐き出されたそれは、チンポいじりに熱中していつの間にか顔を近づけていた萌の顔を直撃した。

「ふぇ……!?」

想像していた以上に勢いがよかったからなのか、白濁で顔を汚した萌は、普段の様子からは考えられないほど大きな声を出して驚いた。
べっとりと頬を汚したそれを指に絡め、感触を確かめるようにネトネトと広げている。
性的なことをしているというのにその様が幼く見え、ギャップに吐精したばかりのチンポに再び力がこもった。

「……これが、射精で……精子、なのね」

どこか惚けている萌を尻目に、俺はウェットティッシュを二枚ほど手に取ると、彼女の顔についたザーメンを拭った。

顔を拭いて次は手を――を思った途端、不意に萌が手に着いたザーメンを口に運ぶ。

「……苦いのね」

「ちょ、汚いからやめなって」

「……どうして?」

「そりゃ、だって……」

不思議そうにされると、逆にこっちがおかしいのかと思ってしまう。
萌の言葉に答えないまま、俺は彼女の汚れた手もふき取った。

そうして、溜息を一つ吐く。

チンポは更なる刺激を期待して脈打ってるし、今ので俺のリビドーも更に勢いを増しているものの……まぁ、ここまでで良いだろう。
賢者タイムと一緒に押し寄せてくる忘れていた罪悪感で、なんとも微妙な気分になってしまった――というのに、だ。

またもや彼女は俺の考えと真逆の行動を起こす。
もそもそと背中に手をやると、ブラのホックを外した。
そしてパンツに手をかけて、するりと脱ぎ去る。

服を脱いだときの羞恥心は、さっきまでの俺と同じように麻痺してしまっているのかもしれない。

「……今度は、私の番……」

止めるとか、諭すとか、そういった考えはその一言で頭の中から吹き飛んでしまった。

まったく日に焼けてない、真っ白で華奢な体。その中にある桃色のアクセントを目にして、ずっとされるがままだった体が動く。

ふと、ベッドサイドにある鏡が目に入った。
そういえばこれは性教育だったか――口の端がつり上がったのに気づきながらも、俺は止めようだなんて思わず、それをベッドの上に置く。
そして萌の背後に回ると、彼女を抱きしめた。

鏡は、彼女の目の前にくるよう置いてある。

「……萌は、自分の体を鏡とかで見たことはある?」

「……ある、わ」

「へぇ、そうなんだ」

云いながら、俺は後ろから回した手を萌の体に這わせた。
わき腹をくすぐるように触れて、そのまま胸へ。
ボリュームはそれほどでもないが、女性としての柔らかさはちゃんとあるそれを、乳首に触れないようにしつつ下から揉み上げる。

「脱衣所の鏡とか?」

「……そう、よ。
 ね、ねぇ、蒼葉……」

「ん?」

「……私の体。
 変なところ、ない、かしら……」

遠慮がちに、しかしどうしても気になるといったニュアンスが言葉にはこもっていた。
ああ、なるほど。
手のこともあって、おそらくは、自分の体でおかしいところがないかどうか気になるのだろう。

もし俺が年相応の人間であったなら、そんなことは分からなかったはずだ。
何せ、比較対象を知らないのだから。母親やエロ雑誌を見たことがあったとしても、それだって見ることの出来ない部分はどうしてもある。
いや、一部のマセた子供ならまた話は違うのだろうけど、それは置いておこう。

「どうだろね。確かめようか」

嗜虐心がうずうずと次の行動を急かす。
それを宥めながら、ゆっくりと萌の胸を揉み続けた。

「ほら、鏡を見て。
 萌のおっぱい、白くて綺麗だ。
 ここは全然変じゃないよ。
 でも、なんだか桜色になってる場所があるね。
 ここがなんだか知ってる?」

手のひらで胸をこねながら、指先で乳輪をコシコシと擦った。
ぞく、と萌の体に鳥肌が浮かぶ。

「……ちく、び?」

「正解。敏感なところだ。
 気持ち良い?」

乳輪から今度は乳首の表面をくすぐるように指先でいじる。
んぅ、と艶っぽい声を上げ、彼女は身じろいだ。

「……分からない」

「そう。じゃあしばらくこうしてようか。
 鏡を見なくても良いよ。
 目を閉じて、気持ちのいい感じを探ってみて」

云いながら、俺は萌の首筋に舌を這わせる。耳の裏へ、耳たぶへ。彼女の体を抱きしめながら、腕を交差させておっぱいを揉み続けつつ。

徐々に萌の息が上がってゆく。俺も一緒に。
動かし続けていた指を、彼女の口へと運んだ。
舐めて、と一言呟くと、萌は素直に舌で指先を愛撫する。

人差し指をチンポに見立てて、俺は萌の口腔をねぶる。
舌を追いかけて、歯茎を擦り、頬の裏を弱く引っかいて。

どんどん萌の体温が上がってゆくのが、密着した肌から伝わってきた。
もう良いか――

「萌、目を開けて」

「……ん?」

「今度はこっち」

左手で乳首をいじり続けながら、俺はふとももに手を置いた。
ぐっと力を込めて脚を開かせようとするが、当たり前というか、軽く抵抗される。

「ここも見せてくれないと、変かどうかなんて分からないよ。
 見なくても良いの?」

「……それ、は」

「恥ずかしいのは分かるけど――」

「でもっ」

当たり前と云えば当たり前だ。
誰だって自分の、それも小さい頃から常識として隠すべき場所と教えられてきた部分を、他人に見せるのは抵抗がある。

「……汚い、わ」

けれど萌が気にしていたのは、俺の予想と若干違ったらしい。
思い上がっていいのならば――気になる男の子に、汚い場所を見せたくないと。

なんだこの可愛い子は!

「汚くないよ。萌だってさっき、俺のチンポを触ってくれただろ?
 今度は俺の番、ってだけ。
 俺はみたいな。萌のおまんこ」

「――……っ!」

直接的な単語のせいか、萌の体温が一気に上がる。
このまま爆発してしまうんじゃないかと錯覚してしまうほどに、首筋は真っ赤になった。
見れば、鏡の向こうで彼女の表情は泣きそうになってる。
けれどその表情が、ブレーキの壊れた嗜虐心に更なる燃料を投下したと、この子は気づいていない。

腕に力を込めて、少し強引に彼女の股を開かせた。
抵抗はさっきと比べて弱い。ゆっくりと、けれど決して脚を閉じさせず、萌の秘部を暴く。

果たして、ようやく萌のそこが鏡に映された。
体毛が薄かったから予想はしていたが、彼女のそこはあまり陰毛が生えていなかった。
性器の形も慎ましく、大陰唇といえるものは存在しない。陰裂という言葉そのままのように、白い肌の中で亀裂のようにピンクの肉が花咲いていた。

腕から力を抜いても、萌は脚を閉じたりしなかった。
俺はふとももから性器へ手を移し、手の表面のみで優しく萌の性器に触れる。

「……ほら、萌。ちゃんと鏡を見て」

「……いや」

「そう。なら、仕方がないかな」

そう、仕方がない。
ゆっくりと、俺は萌のそこに触れる。
全体を手のひらで覆うようにして、ゆっくりと、擦るとすらいえない速度でゆっくり手を動かした。
下からゆっくり上へ。膣口はすでにたっぷりと蜜で濡れていたものの、敢えて指摘しなかった。
窪みから蜜をすくい上げて尿道に触れ、そしてクリトリスへ。
愛液をまぶすと、俺は慎重にそれを指先でいじる。
ビクリ、と萌の体が震えた。
胸をいじっていた時よりも激しく息を弾ませている。

「ここはクリトリスって云うんだ。
 男でいうところのチンポ。女の子の一番敏感な部分。
 気持ちいいかな?」

「……ピリピリする、わ」

さっきの俺と同じだ。
俺はそれを快楽だと分かったものの、それは前世でのことがあったから。
彼女はきっと、これが気持ちのいいことかすらよく分かっていない。
なら俺がそれを教えてあげよう。

くるくると円を描くように外周に触れ、刺激に少しだけ慣れた萌が体から力を抜いた瞬間、上から少しクリトリスを押す。
大して力を込めていないのに、再び萌はビクリと。

潤滑油が足りなくなればまた膣口から蜜をすくい上げてまぶし、クリトリスを執拗にいじめる。
ぴくりぴくりと体を震わせる萌の様子を肴に、淡々と、しかし単調にならないよう愛撫を続けた。
どれぐらいそうしていただろうか。
萌の吐息はどんどん強くなっていって、これ以上荒くなったりはしない――そう思えるほどになった瞬間、

ぐちゅ、と俺は蜜のたっぷりついた指で、萌のクリトリスを弾いた。

「――……~~~っ!?」

びくびくと萌の体が俺の腕の中で震える。
手は握りしめられて、ずっと開いていた股は、俺の手を逃がさないとでも云うように閉じられた。

「……イッた?」

「……え?」

何がなんだか、と目を白黒させている萌の耳元で囁く。

「俺が気持ちよくなって射精したみたいに、萌も気持ちいいのが限界にくると、そうなるんだ。
 気持ちよかったろ?」

「…………っ」

男の手で初めての絶頂に至った女の気持ちがどんなものかは分からないが、萌はとんでもなく恥ずかしかったようだ。
そっぽを向いてしまうと、知らない、とでも云うように鼻を鳴らした。

……可愛いなぁ。

もう萌は鏡を見たりしてくれないだろうし、手コキをしてくれたこととこれでおあいこ――でも、もう俺はここで止まろうなんて思えなかった。

もし萌が少しでも嫌がったら、そこで止めよう。
本気で抵抗されたら、謝ってそれで終わり。

そんな決まりを勝手に自分の中に作り上げて、俺は鏡を床に落とすと、萌の背後から正面に回る。
ベッドに横たわった萌は、息を荒げながら身をシーツに投げ出していた。
体が桜色に染まった彼女の姿は妖艶で、雄を誘う色香に満ちている。

ドクドクと心臓の鼓動が聞こえる。
なんだかんだで俺の興奮もとっくに限界を超えているんだ。
もう性教育のごっこ遊びは終わりで良い。

「……あお、ば?」

不安げな声がかけられるも、俺は無視して萌の両膝に手をかける。
力の抜けた彼女の股を開くのは簡単で、さっきまで鏡に映っていた秘部が目の前に現れた。

桜色の秘裂。絶頂に至ったことで膣口からはいっそう愛液が溢れていた。涎のように垂れたそれは、アナルの方にまで伝っている。
けれど俺の興味が向いているのはそっちじゃない。

萌の太股を外側から両腕で抱きかかえると、俺は誘われるように彼女の秘部へと口を付けた。

「……な!? あ、あおば!?」

何やら萌が云っているが、耳に入らない。
鼻にまず届いたのは汗の臭いだった。次いで、石鹸の香り。遊びに来る前にシャワーでも浴びたのかもしれない。

話に聞く子供特有の手入れを怠ったような臭いや、商売女のすえたようなものではない。
なんの抵抗もなく、俺は舌を伸ばして萌のまんこに口を付けた。

挨拶のように舌で膣口を舐めあげると、そのまま中に舌を侵入させる。
一方で鼻はクリトリスを刺激して、貪るように愛液を啜り、舌で膣を刺激し続けた。

「くふっ、はぁ、んぅ……!」

ビクリ、とまた萌の体が震える。
またイッたのかもしれない。そう思うと更に興奮が加速した。
女が感じている姿に俺は興奮する性癖がある。
そのせいでもっと萌が乱れる姿が見たいという欲求が加速した。
奉仕している立場であるというのに、嗜虐的な欲求が満たされ、満たされた端から次から次へとリビドーが沸き上がってくる。

「くひ、ひっ、うぅぅ……!」

もう無理矢理に開いていた足に力はこもっていない。
脚に回していた右腕を解くと、人差し指と中指で膣口を撫でる。
その最中、俺は舌をそのままなめ上げて、クリトリスをべろりと刺激した。

「ひぅ、ふ、ふぅう……!」

鼻を押しつけることで得られていた単調な刺激とはまた違う快楽に、萌の腰がびくびくと震える。
それだけではなく、膣口をいじっている指にも、ねっとりとした感触が絡みついた。

「あっ、うっ、くひっ……!」

ちらりと視線を流せば、萌は手で口元を抑えながら快感に翻弄されている。
恥じらい、乱れることを悪いことと思っているような――けれども両足は俺と快楽を受け入れるように開かれている。
この矛盾した感じが、たまらない。

「はぅ、くふ、ふぅ……!」

人差し指の第一関節までを、膣口で出し入れする。たっぷりと愛液に濡れたそこは、チュッチュと音を立てる。
その擬音と共に、俺はわざと音を立てながらクリトリスを短く吸った。
とは云っても、上がった音の大きさほど強くはなく、むしろ弱く。

「あっ……!」

それでも萌はギクリと体を一瞬だけ強ばらせ、

「ヒッ――くふぅぅぅううっ!?」

腰を跳ね上げ、ビクリビクリと震える。押し殺した声が響いた。
肩で息をし、忙しなく胸を上下させる。

可愛い。もっと悦ばせたい。
どれくらい興奮させたら、口を押さえる手を自分から解いて乱れるのだろう。
そんなことを考えながら、再び俺はクンニを再開させた。

そうして集中的に萌のおまんこを苛めてから出してから、三十分か四十分ほど経った頃だろうか。
いくら身体を鍛えているとは云っても、いかんせん普段使わない筋肉は鍛えようがない。
顎と舌が思うように動かなくなったため、俺はクンニを中断した。
まんこを弄る手はそのままに、体を起こす。
気付けば、萌の全身はじっとりと汗に濡れていた。汗に濡れた髪の毛はベッドに広がっている。
身体は桜色に上気して、快楽の余韻に震えていた。
ふと、俺の視線に気付いたのか、手で覆われていた萌と目が合う。

「……終わった、の?」

「……ああ。気持ちよかった?」

「……………………」

プイッ、と視線を外されてしまうが、小さな頷きは返してくれた。
……もう充分、かもしれない。ここまでで良いかもしれない。区切りとしては丁度良い。
そんな言葉が脳裏に浮かんでくる。
萌の望んだ性教育。それになんだかんだと理由をつけてここまでやっちまったが、流石にこれ以上は――

そう、頭では思っている。
けれども、萌の痴態に興奮しきってチンポは限界まで張り詰め、鈴口からはだらだらと涎を垂らしている。
とてもじゃないが一度や二度のオナニーでこれを沈めることはできない。
俺の性癖である快楽責め。それを思う存分試せた上に、萌にも満足してもらえたという結果に、俺の興奮は臨界に達している。
多少なりとも冷静に考えごとができるのは、理性が最後の一線――表面張力のように張り詰めているからだ。
もし少しでも背中を押すようなことがあったら――もう、今度は俺が満足するまで止まらないだろう。

愛液に濡れた口元を、左手で拭う。
そして溜息と共に身体へと充満した熱を吐き出して、ゆっくりと萌の隣に寝そべった。
彼女の髪の毛を下敷きにしないよう気を付けながら。

いきなり横に倒れてきたから不思議に思ったのだろう。
彼女は顔を覆っていた手をどけて、未だに艶の残った瞳で視線を向けてくる。

俺は彼女の手を取ると、そのまま指を絡める。
空いた方の手で、髪の毛先を弄った。

「今更だけど……こうやってお互いの身体を触り合うのが、ペッティングって云うんだ」

「……男の人が、女の人に、触ること……を?」

「あー……まぁ、今のは8:2ぐらいで俺ばっかりが触っていたけど……。
 まぁ、カップル毎に差はあるだろうし……平均的なところなら、やってくれたら返す、って感じかな。
 俺はほら。萌の可愛い仕草が好きだから、つい頑張っちゃっただけだ」

「……じゃあ、私、も」

「良いんだよ。別にやったらやり返すのが決まりってわけじゃないんだ」

身を起こそうとした萌にそう云ってみるものの、彼女はふるふると頭を振った。

「……して、あげたい、の。
 だって、蒼葉の……」

ちら、と萌は視線を投げる。
徐々に朱色が抜けてきた頬は、それで再び赤くなった。
彼女の視線の先には、まぁ、未だにチンポがあるわけで。しかもギンギンの。

「……ありがと。
 気持ちだけ――」

受け取っておくよ、と云おうとしたら、チンポに萌の手が再び伸ばされた。
だが手コキをしてくれた時のとは違い、今度はどこか咎めるようにぎゅっと握りしめてくる。

「……して、あげたい、の」

「……気持ちは嬉しいし、本心ではやって欲しいって思ってるんだ。
 けど……なんていうかな。多分、そろそろ我慢できなくなるんだ」

何が我慢できなくなるのか――それは勿論、決まってる。
あえてぼかした言い方をしたのに、萌は理解したようだった。
戸惑うようにチンポを握る手から力が抜ける。
ただしそれは一瞬だけだった。

「……いい、わ。
 蒼葉がしたいのなら、しても、いい」

「……あのさ、萌。
 こういうのは、好きな――」

「私は、蒼葉が好き……よ?」

心外な、とばかりに萌はすぐ反論してきた。
そこにきてようやく、嗚呼――なんつうか酷い馬鹿だな俺は、と自分のアホさ加減に頭が痛くなってくる思いになる。
こういう状況になったのは、多分偶然なのだろう。性教育云々も知的好奇心が半分ぐらいはあったと思う。
それでもお互いの性器を弄くり回すなんてことを彼女が許してくれたのは、性への興味なんかではなく、俺への好意があったから。
あー、なんだろう。ちょっと自分が汚れた大人だったってことを思い出した気分だ。

別に好きじゃない人とだって身体を重ねることは出来る。
つまりセックスは好きな人とだけやる行為というわけじゃない。
別に特別な行為というわけじゃない。

知っているようでいて、分かっているようでいて、痛感してしまうと割とショックを受ける事実。というか若かりし頃の俺がショックを受けたってだけだが。
だっていうのにいつの間にかその考え方が普通に思えてきて、こうして萌のようなまっすぐな好意を向けられてしまうと、どうにも胸が痛くなる。

……ごめん。

胸中でそう呟くと、俺は絡ませていた指を解き、そのまま萌の頬に手を添える。
パチパチと目を瞬く萌。彼女の様子を尻目に、俺はそっと彼女の唇に口吻をした。

ディープキスとかではない、ただの触れるだけなキス。
至近距離まで顔を近付けている状態で、舌でそっと唇を舐める。
何か味がするわけでもないと分かっているはずなのに、味わうように。

そしてもう一度、俺は萌にキスをした。

顔を離す。至近距離で見つめ合う。
萌は頬を朱に染め、驚きを表情に浮かべていた。

「……前言撤回。
 俺と萌は親友とかじゃない。
 恋人……で、良いよな?」

「あ……うん……!」

喜びを示すように、萌の両手が背中に回され、ぎゅっと抱きしめられる。彼女らしからぬ強い力で。
ベッドに寝そべっている状態でそんなことをされれば、自然と俺が彼女を下にする形になってしまう。
そのため肘を立ててみるも、それで生じる隙間が萌には面白くないようだった。
なので、力を抜いてみる。
案の定俺の体重はそのまま萌へとのし掛かってしまった。微かに重そうな声がもれる。
それでも彼女は嬉しそうに、このまま一つになれば良いと云わんばかりに、抱きしめる腕に力を込めた。

お返しをするように、俺も萌の身体を抱きしめる。
少しでも腕に力を込めたら折れるのではないかと錯覚する、華奢な身体。
今までは保護欲が掻き立てられた弱々しさが、今は愛おしい。

そして再び唇を重ね合わせる。

「んぅっ……ちゅ、はっ……キス、気持ちいい……の、ね。
 身体、あつい……くちゅ」

唇を重ねるだけの軽いキスを数度繰り返し、俺は舌で萌の唇をちろりと舐めた。
彼女はされるがままだ。舌同士を絡めるとか、唇で甘噛みするとか、そういった行動には出てこない。
単純にそういう知識がないせいなのだろう。
さっきまでのペッティングと同じように、俺がリードしよう。

「んぅ……んっ!? し、舌、しはを……ちゅくっ……ちゅっ、はふっ」

舌を入れた瞬間、怯えたように縮こまった萌の舌をほじり起こす。

「んっ、んんっ……ちゅぷ、ちゅっ、らめ、やっ……ちゅっ!
 吸っちゃ、や……ぢゅぅぅっ!」

萌の苦情もお構いなしに、俺は彼女のよだれを吸い上げる。
わざと喉ならして飲み込めば、戸惑うように舌の動きがまた止まった。

「やっ、ちゅりゅっ、ふっ、ちゅっ……!」

キスを続けていると、一度は沈静化した萌の火照りに、再び火が点いたことに気付く。
背中に回していた手を萌のおまんこに回せば、なめ回した俺の唾液ではなく、萌の愛液によって再びびしょびしょになっていた。
そろそろ良いかな。というか俺が我慢できない。

頭をひと撫でしてキスを中断すると、俺は萌の瞳と視線を合わせた。

「萌、そろそろ良いかな」

俺のいわんとしていることを理解し、萌はコクリと頷いた。
許可を得ることができた。
俺は萌の両足を割って入ると、彼女の両膝に手を置きながら、萌を見下ろす。
無防備に身体を開いている萌。顔を僅かに背けて、手を口元に置き表情を無意識のうちに隠そうとしているようだった。
彼女はちらちらと俺に――正確には、萌の脚の間で自己主張している俺のチンポに視線を送る。
萌のまんこを前にして、俺のは限界まで勃起していた。

亀頭を膣口に触れさせると、ぬるりと愛液がまとわりつく。
手でチンポの根本を固定しつつ、俺はそのまま腰を進めた。

「くっ、ひ……!」

亀頭が少しずつ埋まるごとに、萌は身じろぎをする。
散々クンニをしたせいか、萌の中はそれほどの抵抗を感じない。
それでも全く使われていない肉チューブは、きゅうきゅうと俺のチンポを締め付けてきた。

「萌、痛いか?」

「……思ったほどじゃ、ない。
 一気にして、欲しい」

「良いの?」

「……そっちの方が痛くないって」

どうやら思ったよりも萌は耳年増だったようだ。
けど今そんなことをわざわざ指摘して雰囲気をぶち壊しにする必要もないだろう。
それじゃあ、と俺は萌の両膝を肩で抱えると、彼女の腰をベッドから少しだけ浮かせる。
そして腰をしっかり入れると、ズブリ、と奥まで萌のまんこを貫いた。

「ひっ、くあ、っあぁぁぁぁ――――!」

ペチと玉袋が萌の尻を叩く。それと同時にチンポは根本まで、彼女の中に埋没した。
痛みによる震えが、びくびくとチンポを締め付ける。
今すぐにでもザーメンを吐き出しそうになりながらも、唇を咬んでなんとか我慢した。
猛烈なまでの射精感に耐えることができたのは、一重に萌のいじらしい姿が俺の胸を打ったからだ。
彼女が痛みに耐えているのに俺ばかりが気持ちよくなるのはどうなんだ――そんな男の意地とでもいうような。

ペニスを根本まで打ち込んだまま、俺は浮いている腰をベッドに置いた。
そして萌の背中に手を回し、抱き起こす。
膣中に痛みが走ったのか、彼女は微かに顔をしかめる。それでも痛いと云わないのは、彼女なりの優しさなのだろう。

胡座をかいて、その中に萌のお尻が落ちるように。
対面座位の格好になると、急な体位変更に戸惑う萌にキスをした。

「ちゅ、ちゅく……ん、これ……」

「萌の中が俺のに慣れるまで、この格好でいよう」

「んっ……私、この格好、なんだか好き……。
 ひっついてられて、良い……わ……」

良いながら、萌はまた俺を抱きしめる。そしてキスを。
まだ身長は彼女の方が上であるせいで、俺が見上げる格好になってしまう。
萌の首が疲れたりしないか――そんな風に思うものの、彼女はまるで飽きというものを知らないように、抱擁とキスを繰り返した。

唇を吸い、舌を絡めて、汗ばむお互いの身体を抱きしめ合う。
時間を忘れて二人で身体を温め続けていると、不意に萌が言葉を零した。

「……そろそろ、大丈夫だと、思う」

「分かった」

何が、とは云わない。
おそらく萌は、俺の我慢が限界に近付いていることに気付いたのだろう。
抱きしめ合ってキスを続ける。それだけでも満足はしていたつもりだったけれど、反面、チンポは時間が経つ毎に固く張り詰めていった。
ともすれば勝手に腰が動き出してしまうんじゃないかと思うほど、下半身と頭で動きが違う。
いや――萌とずっと抱きしめ合っていたいと思う反面、やっぱり腰を振りたくりたいという強烈な欲求が確かにある、か。
それでも素直にその行動に移らなかったのは、萌とずっとこうしていたいと思ったから。

精液を早く吐き出したいのに、吐き出せばそこでセックスが終わってしまうから、ザーメンを噴き出さないよう堪える。
酷い矛盾だ。けれどその矛盾も、萌の好意によって終わろうとしている。

ぐち、ぐちゅ……。

腰をゆっくりと前後させる。萌の顔を見ても痛みに耐えているような様子はない。良かった。
そんな風に萌の身を案じるのはこれが限界だった。
痺れるような快感がチンポを通して腰を震わせ、脱力してしまうそうになる。
それでもこの快楽を逃してたまるかと、腰の動きを止めたりはしない。

「き、気持ちいい……」

「……うれしい、わ。
 もっと気持ちよくなって……あお、ば」

ついつい漏れた声に、蕩けたような声色で返事がくる。
耳朶を打つ音色に脳を犯された気分だった。
許可が降りた、と思った瞬間、理性という理性が引きちぎれた。

「ふっ、う、んっ……!
 私、も、きもちい……の……はっあ!
 もっと、私を……求めて……!
 もっと、もっと……!」

ギシギシとベッドが悲鳴を上げ、肌がぶつかり合う音が響く。
すっかりぬかるんだ萌のおまんこは愛液をだらだらと流しつつも、きゅうきゅうと処女特有の締め付けでちんぽを離さない。
興奮する。
萌の両足を肩に担いだまま、身体を前に倒す。
萌を折りたたみ、押し潰すような姿勢。
チンポは更に萌の奥をえぐり、彼女の熱をより近くに感じる。

「くひっ! ひっ、あっ! ああっ……!
 固いの、ごりごり、あうっ……!
 あぁっ、んっ、ひぅっ……はぁっ!!」

限界まで勃起したチンポで、萌の中を掘削し続ける。
雪原を汚らしく踏みならす満足感、独占欲。それらが情欲を更に加速させる。

「こすって、る……ひっ、あっ、あっ、あっ……!
 こすって、ごりって、私の中、きてるぅ……!
 ふっ、あっ、奥まで、入って……! あひっ!」

身体が燃えるように熱い。そしてもう、限界が近かった。
よく保ったと自分で自分を褒めたいほどだ。ともすれば萌のまんこに突っ込んだ時点で射精しててもおかしくないほど興奮していたから。

「ひ、くひっ、ひぅ、ひぃっ、くっ……!
 つよ、つよい、つよいぃ……!」

カリがぶわっと広がり、一層萌の中をゴリゴリと蹂躙し尽くす。
俺の轍を萌の中に残そうとするように。

ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、と粘液を撹拌し、肉を叩きつける音が強くなる。
ビクビクと、チンポだけではなく全身が震え出す。
快感に慣れていない身体が、脳に叩きつけられる刺激に耐えられなくなったからなのか。
けれども俺は、腰の動きを止めたりしなかった。

「つよいっ、つよひっ……!
 らめ、あおば、もっと、つよくしてっ、あおばっ!
 あお、ばっ……!
 きもちいいっ、から! あおばも気持ちよくなって、あおばっ!
 ひっ、ひん、くひ、あっ、あぁっ!
 あっ、ひっ、あぁぁぁぁっ……!」

ドビュッ! ビュブッルルルル――!

一際高く萌の声が上がると同時、俺はザーメンを萌の子宮へとぶちまけていた。 
腰から一気に力が抜け、視界が一瞬暗転したような錯覚を抱く。
気付けば、俺は壊れたエンジンのような息を上げていた。
ゼィゼィと熱っぽい空気を胸に取り込みながら、額に浮かんだ汗をポトポトと萌の肌に落とす。

萌も同じように汗だくになっていた。
俺の視線に気付くと、彼女はすっと手を伸ばしてくる。
後頭部に回された手。それが何を求めてなのかにすぐ気付くと、俺は萌とキスをする。

「ちゅっ、んちゅ、ちゅっ……。
 ……気持ちよかった、わ……」

照れくさそうに萌はそう云った。
今まで萌の表情をいくつも見てきたというのに、今の彼女はそのどれよりも艶めかしくて、美しい。
今度は俺からキスをすると、そのまま舌を絡め合って――

「……あ、ら?
 蒼葉、なんだか、私の中で、また……」

半笑いで萌がそんなことを云ってくる。
苦笑とも違うか。どこか怯えているような感じがあるかもしれない。

けれども残念。あれだけの興奮が、一回の射精で消えるなんてあり得ない。

「ひう、ひっ、あお、ば……!?」

半起ちのペニスを動かすと、さっきまでのピストンとはまた違った刺激に背筋が泡だった。
それでも歯を食いしばって強引に動かす。更なる快感に腰が止まりそうになる。
ほどよい快感は情欲を加速させるが、強烈すぎるそれは人を止めるものだ。
特に、性的快感にまったく慣れていないこの身体では、セックスなんて強烈すぎるだろう。

けれど肉体が悲鳴を上げているにも関わらず、俺の心というか魂は、もっともっとと叫んでいる。
強引に急かされて、幼い肉体は再び萌の身体を俺専用に躾けるべく動き出した。

「……もう、仕方ない、わね」

くす、と仕方がないといった風に微笑み、再び萌にも情欲のスイッチが入ったようだ。

「んっ、おっきくなって、るっ、ふっ、また、あおばの、おっきく、ゴリって……!
 あん、きもち、いいっ」

「俺も、俺も気持ちいい」

「いっしょ、いっしょっ。
 ちゅっ、くちゅ、んっ、ちゅっちゅっ、んんっ、わたしも、きもちいいからっ、あおば……!
 すきっ、だいすき、あおばっ……!」

「俺も、ぐっ、好きだからな……!」

「ひっ、くひっ、あっ、ありが、と……ひん、くひっ、ひぅ、あぅぅっ……!
 もっと、こすって……! 白いの、ザーメン、だしてっ!
 きもちよくなって、いいの、よっ、あおば……!」

キスをし、告白を重ね、さっきと同じかそれ以上にヒートアップしてゆく。
俺はずっと倒していた上体を上げると、今度は萌の腰を鷲掴みにする。
肉付きの薄い、けれどもしっとりとした肌に指が埋まる。いや、埋まるほど強く掴んでいるのだ。力の加減を忘れるほど。
手を離せば鬱血しているだろう。もし普段ならばすぐに離して謝るだろうが、今は違う。
俺の痕跡を萌の身体に残すこことに、この上ない興奮を覚える。

「ひっ、くっ、あぁぁぁぁあ…………ッ!」

限界までチンポを引き抜き、力の限りに叩きつける。
このまま一つになってしまえといわんばかりに、腰を押しつけた。
すると、だ。さっきまでは触れることのなかった何かが、チンポの先端をくすぐり出す。
鈴口に押しつけられる何か。ここにきて現れた新たな刺激に、俺は夢中になった。

「ううっ、ひっ、らめ、あおばっ、そこっ、おくっ……!
 奥っ、おくをコンコン、らめっ、ひっ、くひっ……!」

思いっきりチンポを叩きつけると、そのままグリグリと腰を押しつけ続ける。
ざわざわと膣襞がまとわりつき、押し潰すようにきゅうきゅうと押し寄せる感触に腰が震える。

「ぐりぐりって、だめ、だめよ、あおばっ……!
 こんな、きもちいっ、ひっ、くひっ、はぅ……!
 ゴリゴリ、グリグリ、らめらからぁ……!」

押し付けた股間を動かすと同時に、萌のクリトリスも擦られる。
俺のチンポと同じように勃起しきった萌のクリトリス。まんこへの刺激に加えて敏感な豆が擦られることで、ぐっ、と息の詰まったような声を萌は上げた。

「んひっ、ぐっ、ひっ……だめ、だめよっ!
 グリグリと一緒に、それ、らめっ!
 だめ、あおば、だめっ!」

顔を見られたくないのか、萌は手で表情を隠そうとした。
俺は咄嗟に彼女の両手をそれぞれの手でベッドに押さえつける。
腰は尚も執拗に萌のまんこを広げ続けながら、彼女の羞恥心を煽る。

「や、やだっ、みないで、あ! ひっ、やだ、やだぁっ!」

「なんで? もっと可愛い顔、俺に見せてよ」

「ひくっ、ひっ、いじわる、いじわるぅ……!
 すきって云ったのに、いじわる、しないで……!
 ひっ、やっ、やらっ……!」

「好きだから、萌の顔が見たいんだろ?
 全部見せて。萌の感じてる顔」

「でもっ、やっ、やあっ! ひくっ、ひぅ、ひっ!
 ばか、ばかっ、ひどいっ、ひっ、あぅ……!」

「気持ちよくない?」

「きもち、ひっ、ひぅ、いいっ、からぁ……!
 だから、もう、やめて……!」

「仕方ないなぁ、分かったよ」

そう云って、俺は萌の両手を解放する。
彼女はすぐに両手で顔を覆おうとしたが、俺はそれを許さない。
顔を近付け一気に唇を奪うと、彼女の背中に腕を回して拘束し、猛烈なピストンを行う。

「ちゅ、んぢゅ、ぢゅうううう!?
 ちゅっ、んぱっ、ひどい、あおば、ばかっ、ばかぁっ……!
 ひっ、ちゅっ、あっ、あぁっ……!
 や、らめっ、ざわざわ、きてる……!
 また、イクっ、らめっ、あおば……!」

ガツガツと腰を叩きつけていると、萌の身体が小刻みに震えだした。
初めてでイクのか……とも思ったけれど、多分クリトリスへの刺激だろう。絶頂へのスイッチとなったのは。
腰の動きにクリトリスへの刺激を意識して、ガツガツと掘削を続ける。

「ひ、あ! あぁっ、ひぃぃい!」

彷徨っていた萌の両手が俺の背中に回される。
踊っていた脚は逃すまいとでも云うように、腰をがっちり掴んだ。
僅かにピストンがし辛くなったものの、より萌の身体を強く抱きしめると、脚を解くように強引な動きでガツガツと萌を貪る。

「イク、イクッまたイクッ!
 あおば、あおばっ、あおばぁっ!」

「俺も出す、出すから!」

ビュブ、ビューッ、ビュブブブブ――!

「ひ、あっ! くひぃっ! あっ! あぁぁぁぁぁぁあぁああ……!」

もう何度目かの射精だというのに、チンポを熱い精液が駆け巡る。
がっつりと萌の膣内に押し込んだそれは、彼女の子宮へとザーメンをぶちまけた。
それがスイッチとなったのか、萌の身体がビクン、と大きく震えた。

……もう完全に燃え尽きた。
今まで興奮しまくっていた反動か、とてつもない脱力感と賢者タイムが襲ってくる。
このまま眠りに落ちてしまいたい気分になりながらも、俺は身体を起こして、下敷きになってしまっている萌を見た。

瞳は虚ろで、身体は力なく投げ出されている。
絶頂の余韻に浸っているのか、桜色に染まった身体は、ひくひくと痙攣していた。

ずっとハメたままだったチンポを、萌のまんこから引き抜いてみる。
萎え始めているそれを外に出そうとするものの、萌の膣襞は名残惜しそうに、ぞりぞりとチンポのカリ首を刺激してきた。
ちゅぽ、とチンポが抜けると同時、膣口からはドロリと精液が流れ落ちてきた。
こんなに自分が出したのかと、驚くほどの量だ。
精液の色は若干ピンクがかっていた。おそらく、破瓜の血がシェイクされたからなのだろう。
シーツにはあまり血の跡が残っていない辺り、萌はあまり派手に血が出ない体質だったか――もしくは感じてくれたから、出血が少なく済んだのだろう。
後者だったら良いな、と思いつつ、俺はティッシュを手にとって汚れた萌の身体を拭き始めた。







†††







やっちまった――。

萌を家に送り届けて自宅に戻り、緊張のせいなのか泥のように眠って起床。
寝起きの俺を襲ったのは、自己嫌悪というかなんというか、とてつもないやっちまった感だった。

いやお前だって、いくらそういう雰囲気になったとしても相手は何歳年下だと思ってるのよええまぁ今の俺の年齢を基準に考えたら別にそう年の差はないというかむしろ年齢固定型であることを考えたらむしろ向こうの方が年上なのかもしれないけどそれはあんまり関係ないっていうかそもそもあそこは手を出すんじゃなくて彼女に恥をかかせないようにしつつやんわりと宥めるのが大人の対応ってやつじゃなかったのかうあああああああああ!

「ぐあああああ!」

頭を抱えてベッドの上をゴロゴロするも、ふと、昨日の行為の残り香が鼻に届いたような気がして、微妙な気分になる。
ただまぁその微妙な気分っていうのは、決して悪い意味ではない。
……自分の気持ちに正直になるなら、だ。
別に萌とああいう関係になれたことを後悔しているかどうかと聞かれたら、全然、と答えるだろう。
可愛いは正義。萌の可愛さは反則的なほどであり、そういうキュートな子とエッチができたのは男としてすげぇ嬉しい。
そして彼女から向けられた好意も嬉しい。引っ込み思案な彼女がどれほどの勇気が必要だったのか――そんなにまで俺に告白したいと思ってくれたと考えると、際限なく頬が緩む。
けれど、なんだかこう、素直に喜べないのはなんでだろう。
いや、自分の気持ちのことだ。思い当たる節がないわけじゃない。

萌は俺に依存している部分がある。大きな二つのコンプレックスが奇異の視線を引き付けてしまい、そのせいで彼女の引っ込み思案が強くなる。
結果、萌は孤立してしまって、友達と云える者はいない。
そんな中で唯一仲良く遊ぶことができる異性の友達――そんな状況であれば、誰だって意識してしまうだろう。
ましてや、彼女は思春期の女の子だ。
恋に恋するような年頃なのだから、勘違いの一つでも――そう、彼女の気持ちは熱病じみた勘違いなんじゃないか、とどうしても思ってしまう。

……だからなんだ、って気もするけどな。
勘違いだからどうだって話。そもそも、他人の気持ちにケチつけることができるほど偉い人間になった覚えはない。
うん、そうだ。
始まりは彼女の方からだったんだ。そして俺は彼女の気持ちを受け入れた。
ならばたとえこれが熱病じみた一過性の恋であったとしても、その時は俺があの子を振り向かせて見せる。
それが勇気を振り絞って想いを伝えてくれた彼女に対する礼儀ってやつだろう。

「……それでもまだ気恥ずかしくはあるけどな」

それは何故か。今度は単純な話で、いい歳した大人が年下の子のケツ追っかける宣言とかどうなんだ、っていう自意識が邪魔をしてるのさ。ああもう、我ながら面倒くさい。

ため息を一つ吐いて、取りあえず萌にメールでも送ってみようと思い立つ。
多目的結晶のメーラーを起動。おはよー、という一文だけのメールを萌に送る。

そうして時間が経つこと十分ほど。おはよー、と俺と内容が一緒のメールが返ってきた。
この十分という時間の間に萌がどんな風にメールを返信しようか慌てた末に困り果てて結局同じ内容を返すことしかできなかった様子を幻視して萌えてみる。萌に萌える。ギャグにすらならん。

よいしょ、とベッドから起き上がると、俺はそのまま一階に降りて朝食を取った。
昨日の夕食は外食の予定だったはずなのに俺が寝ていたせいで流れてしまった、とわざとらしく嘆く父さんに、申し訳ないやら何やらで何も云えなかった。

その後、昨日風呂に入り損ねてしまったためシャワーを浴びて登校準備。
髪を乾かしてワックスで髪型を整えると――髪形をいじっているせいか近所のおばさま方に俺はマセガキ扱いされている――鞄を持って玄関を出ようとする。
その際、下駄箱の上に置いてある郵便物の中に、俺が頼んでいた書類があったことに気付く。

俺が取り寄せた書類。それは、この世界で上手いこと生き抜くために考えついたベターな手段の一つ。
それは――自衛軍整備学校の入学案内だった。







■■■■■

あとがき的なもの。
この作品が初めて書いたエロシーンになります。ちゃんと使えるものに仕上がったのかどうなのか超不安。
なんで今更ガンパレと云われると非常に返答に困るのですが、まぁ、あれだ。オーケストラを全部限定版で予約して購入→出来があの様→更に事件で傷心→最近になってアナプリを読み忘れていた情熱復活、みたいな流れです。

ここから先の展開はどうしましょ。一応おおまかな流れは決定しているのですが、幼少期の話をどこまで引っ張るか。

1.さっさと次の章へ。
2.もっと萌とセックス。
3.同級生たちとエロいことしてみる。

みたいな。
感想で意見を頂けると幸いです。
設定が見過ごせないレベルでおかしい、と思った方にも指摘して頂けると幸いです。
それでは、読んでいただきありがとうございました。





[34688] 四話【エロ有】
Name: 鶏ガラ◆f61e2f27 ID:725b2600
Date: 2013/01/03 22:44

「なぁ萌」

「……なに?」

「今度の日曜日、デートしない?」

トランプでスピードを行っていた最中に、俺はそんなことを口にした。
瞬間、さっきまで勢いよく動いていた萌の手がピタリと止まる。

「……えっと。
 デートって、その、あれ、かしら。
 ……あの、デート?」

唐突な俺の切り出し方に、萌は軽くテンパりながら返事をした。
というか、あのデートってどのデートだよ。

俺の家で初体験を終えてから、一週間が経った。
彼女とセックスをして何かが変わったか、と聞かれたら、実はそれほどでもない。
確かに初体験を済ませて次に顔を合わせた時は恥ずかしいやら何やらでギクシャクしたものの、それだって一過性のものだ。
こうして一週間経った今、俺と萌の距離感は以前のものに戻りつつある……の、だが。

それで良いのか、と思う俺もいるのだ。否、良くない。
距離感が元に戻るというのは、本当にいつも通りの関係に戻っているということである。すなわち、ただの友達だ。
恋人同士になったのだからもうちょっと甘えてくれたりとかしてくれれば良いのに、どうにも萌はそれを恥ずかしがっているようだった。
散歩中に手を繋いでも、手だけ繋がった状態で萌が逃げてしまい、犬の散歩みたいになる始末。
腕を組んでみたらその場で固まってしまい、腰に手を回したら初体験の時のことを思い出したのか可哀想なぐらい真っ赤になってしまった。
その様子から考えて、やはり萌は友人同士の日常から恋人同士の日常へのスイッチが、まだ出来ていないのだろう。
このまま時間をおいたら、やっぱり友達で良いよね? みたいになってしまいそうで実に心配だ。

そういうわけで、彼女をデートに誘ったみたのだが――

「……う、あ」

萌は顔を真っ赤にしながら、何かを云うべく口を開け、けれども諦めて閉める、という動作を繰り返してしまっている。

「ほらほら、落ち着いて。
 上手く喋れないのなら、チャットを使えば良いだろ?」

『う、うん、そうだったね。
 もう、いきなりデートとか云うから、困ったわ』

「そんな慌てなくても。
 恋人同士になったわけだし、デートぐらい普通普通」

『そうね。普通、よね。
 それで、どこへ行くの? 図書館、とかかしら。
 いつもみたいに』

「それデートって云わない」

図書館デートもあるにはあるだろうけど、それはちょっと上級者向けだろう。
ちなみに萌と遊ぶのは基本的に屋内だが、希に外に出たりはしていた。
とは云っても図書館に行ったり、彼女の気になる催し物を開催している博物館に行ったり、俺の古武術の他流試合を彼女が覗きにきたり、など。
デートとして過ごそうと思えば、できなくはないかもしれないかもしれない。けど、個人的には微妙だ。

今までの俺たちは友人として過ごしていたわけで、恋人特有の甘酸っぱさとかそういうのとはまったく無縁だった。
だから図書館なりなんなりで過ごしても、関係の変化から時間の過ごし方だって変わりはするしそれを楽しみたくもある――のだが、萌がもう一歩踏み出してくれないとそうも云ってられない。
そしてその一歩を踏み出す勇気が足りないのなら、俺が手を引くことで補ってあげたい。

そういう意味でも、友達として行ったことのある場所は、今回のデート候補地として除外。

「うーん、そうだなぁ。
 萌、電車には乗ったことある?」

『ないわ』

まぁ、そうか。

俺たちが住んでいる街は、決して小さくはないけれども、大きくだってないところだ。
栄えているか田舎か、となれば、後者の方に傾いているか。
そんなところだから電車やバスはそれなりに不便だったりする。
市の中心にある、各路線が集中するような駅なら、三十分に一本は電車が出ているだろう。けど、そこから二駅ほど離れれば無人駅しかなくなり、時刻表を見れば電車は一時間か一時間半に一本となる。
まぁ端的に云って、使いづらい。なので住民の主な移動手段は車になる。だから電車に乗ったことがないというのは、珍しいことじゃない。

が、今回はそれを使って少し遠出をしようと思っている。

「じゃあ、電車に乗って少し遠出しようよ。
 候補地は、色々と決めてきたんだ」

云いつつ、持ってきた鞄を漁る。
取り出したのは俺たちが住んでいる県の観光案内雑誌。
鞄の中で潰れてしまった栞が、よれよれと雑誌の隙間から伸びている。
子供が二人っきりで行っても怪しまれないような候補地を二十カ所ほど、既にピックアップしてあるのだ。

……まぁ今の俺と萌の身長差じゃ、高校生のお姉さんと弟、みたいに見られるかもしれないが。

『……えっと、その。
 遠出をするときは、お母さんに聞かないと駄目だと思う』

そんなことを考えていると、萌から申し訳なさそうなメッセージが届いた。
いや、実際に表情も申し訳なさそうだ。
けれどそんな彼女の不安を拭うように、俺は笑って見せた。

「平気だよ。
 遠出って行ったって、何も泊まりでどこかへ行こうってわけじゃないんだし」

『でも、私、電車にだって乗ったことがないわ』

「俺はある。だから大丈夫。
 路線バス、高速バス、新幹線、フェリー、飛行機。
 乗り方ならなんでも聞いてくれたまえ」

まぁ全部前世で乗ったわけですが。
パスポートを取って海外に出るのは多少面倒ではあるけれど、それ以外は別に難しいことでもなんでもない。

正直、自慢するほどのようなものじゃないと思うが、萌からしたら違うようだった。
どや、と得意げに胸を張ってみると、すごい、といった風に萌は目を輝かせた。
しかしすぐに顔を俯かせ、広げたままのトランプを片手で混ぜ始める。
興味を示してくれてはいるみたいだが、やはり踏ん切りがつかないのだろう。

『……たくさん人のいる場所で私と一緒にいたら、蒼葉まで変な目で見られるわ』

「そんなことを気にするなら、萌の恋人になったりしない」

『……私、歩くの遅いよ。体力だってないし。
 遠出なんかしたら疲れちゃって迷惑かけると思う』

「その時はタクシーを使おう。
 早々に疲れたのなら、近くの温泉とかで休むのも悪くないかな」

『……あんまりお金、ないよ?』

「お任せあれ。足りない分は俺が出すよ。
 ……全部出す、って云えない辺りは情けないけど」

小遣い以外にも、母親名義で受けてもらった内職をこなすことで小銭を稼がせてもらっています。
封筒を折るだけの簡単なお仕事です。根気が鍛えられます。
……もうちょっとガッツリ稼げたら、なぁ。子供であることが恨めしい。
なんて思ってると、

『そんなことないわ。
 蒼葉は格好良いもの』

「そ、そっか。ありがと」

急に強い口調のチャットが返ってきて、困ってしまった。

『……でも』

けれど再び、萌の口調は沈んだものになってしまう。

「……知らないところに行くのは、怖い?」

こくり、と首肯。

「俺がいても駄目?」

続く言葉に対する返事は、すぐ出ないようだった。
なんとなく、萌が何を考えているのか分かる。
というか俺が卑怯な聞き方をしてしまったから、萌は困っているんだ。

彼女が気にしているのは、漠然とした恐怖だ。
それはきっと、俺と出会うまでずっと外で受けていた苛めのせい。
だから彼女はきっと、外は怖いところで、自分が行ってはならない場所だと思ってしまっているのかもしれない。
……それは、悲しい。

世の中に楽しいことなんて、いくらでも溢れている。
その中で自分の好みに合うものを見つけ出し、それに没頭するのもまた良いだろう。
けれど萌の場合は違う。同年代の子供達に弾かれてしまった彼女は、自分の手元に残った趣味であるオカルトに、没頭せざるを得なかったんだ。寂しさを紛らわすために。
それは不幸と云って良いし、だからこそ俺は彼女に今一度、外は楽しい場所なのだと思って欲しい。

……好きな子に人生や青春を謳歌してもらいたい。そんな俺のエゴではあるけれど。

そっと、俺はトランプを混ぜている彼女の手に触れ、重ね合わせる。
少しだけ震えているけれど、拒否はされない。

「俺は萌とデートしたいんだけどな。
 行ったことのない場所へ萌と初めて、ってね。
 きっと楽しいと思うけど、どう?」

言葉を落とせば、萌は俺を見上げてくる。
じっと至近距離で俺と視線を絡ませる萌。
そうして、どんな答えが出たのか。
彼女は小さく、けれどしっかり、コクリと頷いた。







†††







そして、当日。
約束してからは早いもので、予定を立てたらあっという間に日曜日となってしまった。
歩いている内にズレたボディバッグのベルトを直しつつ、空を見上げる。
悪くない天気だ。五月の青空は、燦々と日差しを振りまいている。少し暑くなるかもしれないが、予定しているデートスポットは屋内だからあまり関係ないだろう。
移動もほとんど交通機関を使う予定だし、萌が暑さでバテる可能性は低いはずだ。

今俺が向かっているのは萌の家である。
デートの待ち合わせということで駅前集合という手も考えたものの、萌が一人でこれるか心配だったので迎えに行くことにした。
ちなみに萌は駅前集合でも良いと云っていた。云っていたのだが、

「駅まで出てこれる?」

「……お母さんに、送って……もら、う」

とのことなので却下。
デートへ出る前に萌ママと顔を合わせなきゃとかどんな羞恥プレイだ。

つらつらと考え事をしながら歩き続け、萌の家に到着した。
インターフォンを鳴らそうとした瞬間、ドアが内側から開いてゆく。
もしかしなくても、萌だ。彼女は俺の様子を伺うように、ドアの隙間からおずおずと出てくる。

デートだからだろうか。今日の彼女は、普段よりも服装に気を遣っている気がした。
胸元がフリルで飾られた黒い半袖のシャツに、デニム地のサロペットワンピース。頭にはグレーの、やや大きいベレー帽。彼女が帽子を被るのは珍しい。
首元には、細いチェーンに繋がれたアメジストのペンダントトップが揺れている。
趣味が趣味だからか、萌は天然石のアクセサリをいくつか持っている。これはその中でもお気に入りの紫水晶を使用したものだ。
足下は、動きやすさを考えたからか白いスニーカー。全体的に暗めの色合いの中、足下の明るさがアクセントになっている。
肩には、小さめのショルダーバッグがかけられていた。

「おはよ」

「……おは、よう」

「なんか、新鮮だね。
 普段にも増して可愛いよ……って、こら、家の中に戻らないの!」

スーッと音もなく戻ろうとした萌を慌てて引っ張り出す。
行こう、と萌を急かして――玄関から離れる瞬間、ドアの隙間から萌のお母さんが微笑ましそうに見送っていることに気付いてしまった。
あぁ……なんかもう色々とバレてる。

「……どうか、したの?」

「いや、なんでもないよ」

なんとも微妙な気分になりながら、石津家を出る。
そして最寄りのバス停から駅へ。バスでの精算や券売機の操作などをおっかなびっくりやっている萌の仕草が、非常に可愛かった。
にやにやして見ていたら、少しだけ拗ねられてしまったけれど。

日曜日の駅とは云っても、あまり人は多くない。
隣の市町村と比べ、この駅は新幹線が通っていることもあってそれなりに大きい。
それでも人が少ないのは、やはり主な交通手段が車だからなのだろう。

人がまばらにしかいないホームに降り、滑り込んできた電車へと乗り込む。
適当なボックス席へ座ることにすると、俺たちは向かい合わせで腰を下ろした。

「どう? 思ったよりも簡単に乗れたでしょ?」

「……そう、ね。思ったよりも。
 けど、一人だったら、買えなかったと思う……わ」

「あぁ、まぁ、路線図見上げてテンパったからね」

前世で電子マネーやネットでの経路検索の使用が普通になってからは気にも留めないことだったが、確かに俺も電車を使い始めた頃は、切符の金額を路線図の中から見つけるのに時間がかかった覚えがある。

加えて、前世の俺はおのぼりさんだったため、新宿駅とかのちょっとしたラビリンンスっぷりには頭を抱えたものだ。
切符を買う云々以前に改札口にたどり着くだけで一苦労ってどういうことだ。しかもJRと私鉄が入り乱れているし。
この世界の鉄道は未だに国鉄なので、そういった罠はなくなっている。
けれどもやはり、日常的に電車を使わない者からすると慣れるまでは一苦労だろう。

「その内、改札口にも多目的結晶の電子マネー機能を導入するようになると思う。
 そうしたらもっと楽に乗れるさ」

「……電子マネー?」

聞き慣れない単語だったのか、萌は不思議そうに首を傾げた。
当たり前のようにチャット機能を使いこなしている萌だが、機械方面に疎かったりする。

「そう。多目的結晶を改札口にかざすと、勝手に電車賃を精算してくれるってやつ」

「……便利」

「便利だね」

とは云っても、普及するのはまだ先のことだと思う。
今さっきも現金で切符を買ったように、多目的結晶の電子マネー機能はあまり普及していない。
おそらく1999年頃にもなれば当たり前の技術になっているのだろうけれど。
それとも、多目的結晶を当たり前のものとして扱うことのできる第六世代が集められるということで、熊本で大々的に導入されただけなのだろうか。
流石に俺も、そこら辺の事情まで知らないので断言はできないが。

そんな風に話をしている内に、電車が発進する。
徐々に加速する電車。ガタゴトと座席を揺れると、警戒する猫のように萌は身を固めた。

可愛いなぁ。

「そんな警戒しなくても脱線なんてしないって」

「……分かってる、わ」

ついつい考えていることが顔に出てしまったのか、萌は少しすねたようにそっぽを向いた。
視線の先には窓があり、ゆっくりと流れてゆく景色がどんどんと掠れてゆく。
その光景が萌には新鮮だったようで、体を窓際に向けながらパチパチと瞬きをした。

「……速いわ」

「信号で止まったりしない分、下手な車よりは速いと思うよ」

まぁ各駅停車だから――この路線に急行とかはない――所々で止まったりはするけれど。

「四十分もすれば目的地に着くよ。
 それまではのんびり過ごそう」

「……ええ、そうね」

萌は流れてゆく景色に夢中なのか、外を見ながら返事をする。
電車は普段俺たちが過ごしている街を抜け出して、隣町へと入った。

「……あっという間、なのね」

「ん?」

「……遠くに行くって、もっと大変なことなんだって、思っていた……の。
 大人になって、もっとしっかりしないと、私にはそんなことできないって、思っていた、わ。
 でも、違ったのね。
 ……こんなに簡単だなんて、知らなかった」

そう云い、萌は俺の方を見て、

「……ありがとう、蒼葉」

はにかんだ笑みを見せてくれた。

……別に俺は大したことなんてしていない。
こんなことでお礼を云われると、どうにも背筋がむずがゆくなる。

彼女をデートに誘って良かった。
まだ目的地に着いてすらいないのに、笑顔一つ、言葉一つでそう思ってしまえる辺り、俺も相当この子にやられてる。

「……デートはまだ始まったばかりなんだから。
 そういう言葉は、最後まで取っといてくれよ」

「……恥ずかしがってる、の?」

「そんなことありません。
 ……あ、ほら、外外。山の方でパラグライダー飛んでるよ」

「……どこ?」

萌の興味を外に反らすと、俺たちは景色を眺めながら雑談を始めた。
デート先を決めるために読んだガイドブック知識を動員して、次々に通り過ぎる街の話を萌に聞かせる。
見聞きするすべてが新鮮とでも云うように、萌は俺の話に耳を傾けながら、次はそこに行ってみたい、と興味を持ってくれる。

俺も俺で、次のデート先はどこにしようかと考え――封筒を折るだけの簡単な内職をもっと頑張ろうと思った。
……もっと割の良いバイトがしたい。








†††








電車に乗って、バスに乗って。そうしてようやくたどり着いた場所は、水族館だ。
駅から多少離れたところにあるここは、海のすぐ近くに建っている。歩けば五分もかからない場所に砂浜が広がっているだろう。

俺たちの街にも一応水族館はあるのだが、デート先としては少し物足りないのだ。
年季の入った施設のため綺麗とは云えず。それほど広くもなく、展示されている生物の種類なんかも多くはないので、ゆっくり見て回っても一時間かからず館内を一周してしまうだろう。
デートスポットとして楽しめる場所かと聞かれたら、微妙と云うしかない。

まぁ、そんな風に色々とケチをつけてみたが、決して最悪というわけじゃない。
広くないからこそ見回りやすくはあるし、アクセスだって簡単。何より入館料がここの半額近いというのも利点の一つ。
けど、まぁ、なんだ。折角の初デートなのだから、多少はゴージャスなところに行きたいと思ってしまうのも仕方がないだろう。

「……ここが、水族館なの……ね。
 ……なんだか不思議な匂いが……する、わ」

強く吹き付けた潮風に帽子を飛ばされないよう片手で押さえ、萌はぽつりと呟いた。

「潮の香りだよ。近くに海があるからね。
 もしかして萌、海にもきたことない?」

「ない……の」

云いながら、萌はふらふらと歩き出した。
何やら海を見てみたいようだけど、それは後でのお楽しみにしてもらおう。

「ストーップ。
 海は後で見に行こう。今はほら、先に水族館に入ろうよ」

「……そう、ね。
 楽しみ」

微かに聞こえてくるさざ波の音を気にしながらも、萌は頷いてくれた。
行こう、と萌を促し、俺たちは水族館の敷地内へと入る。
日曜日ということもあってか、チケット売り場には列が出来ている。十分ぐらいは待つかもしれない。列の最後尾に並びながら、そんなことを思った。
ふと、自動販売機が目に留まる。五月とは云っても日差しはそれなりに強い。ずっと日向にいれば汗が浮かんでくるぐらいだ。

「萌、何かジュースでも飲む?」

「……私は、大丈夫。
 ……喉、渇いた……の?」

「ちょっとね」

「……じゃあ、これ」

ゴソゴソと萌はバッグから250mlのペットボトルを取り出した。午後ティーだ。

「飲んで……いい、わ」

「じゃあ半分だけもらうよ。
 ありがと」

案の定というか、受け取った紅茶はぬるかった。けれど、お茶系ならキンキンに冷えてなくても十分飲める。これがスポーツ飲料や炭酸系だったら最悪だろうけど。
半分だけ飲んだ後、俺はペットボトルを萌に返した。

さあ、その残った紅茶をどうするのか。
ジーッと萌の挙動を観察してみる。彼女は何やら視線を飲み口に注いでいる。そして微かに頬を赤らめた。
手をキャップにかけて開けようかどうしようか迷ったようだが、残念なながらそのままペットボトルは鞄の中へ。

そこまでしてようやく、萌はずっと観察されていたことに気付いた。
頬を赤らめたまま顔を上げると、恨めしそうに唇を尖らせる。

「……いじわる」

「はは、何をいきなり。
別に苛めたりしてないだろ?」

「……呪う……わ」

頬の朱色が引いてない状態でそんなことを云っても、照れ隠しなのがバレバレだ。顔のにやけが止まらない。
間接キスを意識するだけでこうも赤くなる初心な感じが実に愛らしい。
間接キスなんて比較にならないことを既にやっているっていうのに――まぁ、それはそれ、ってことなのかもしれない。

「お次の方、どうぞー」

ん、呼ばれた。
受付窓口で子供二枚と云うと、係員は萌を見て首を傾げた。それもそうだろう。いくら精神年齢が幼かったとしても、萌の外見は高校生のそれなのだから。
じっと視線を注がれ、萌は怯えたように体を震わせる。不安げに彷徨った手を、俺はそっと握り締めた。

すぐに係員は萌を年齢固定型のクローンと気付いたのか、そのまま料金と引き換えにチケットを渡してくれる。
萌を年齢固定型クローンと気付いた上で何も云ってこない辺り、流石は大人といったところか。むしろそんなことより、奇形とも云える手の方に興味を示したかもしれない。だがそれだって、ほとんど表情には出ていなかった。

通常タイプのクローンだろうと、成体クローンだろうと、年齢固定型だろうと、職員にとってはただの客でしかない。
それもそうだろう。彼らにとって害か否かという物差しは、クローンの種類や体の形より、実際に仕事の妨げになるかどうかという点で決まるのだから。

『大丈夫。萌が思っているほど、皆、年齢固定型のことも、手のことも、気にしないよ。
 だからそんなに怖がらなくたって大丈夫。
 それにあんまり強張った顔してると、意地悪してほぐしたくなるだろ。
 それが嫌ならもっとリラックスするよーに』

『……馬鹿。でも、ありがと』

小さな返事と共に、きゅ、と繋いだ手を萌が握り返してきた。

受付を通り過ぎ館内へと入ると、一気に暗くなった。
薄暗い場所だとあまり人の目が気にならないのか、普段と違って手を繋いだまま萌が離れて行ったりはしない。
寄り添うことで萌の体温を身近に感じることができる。体温が普段よりも高い気がするのは、さっきまで日に当たっていたからか。それとも係員とのやりとりで感じた緊張が抜けていないのか。
もしくは、俺がそばにいることで、さっきとは違う種類の緊張をしているのか。そうだったら良いな。

『ねぇ、蒼葉』

萌がチャットでの会話を送ってくる。
すぐそばにいるのだし肉声で話せば良いとも思うが、流石にそれなりの客がいるだけあって騒がしい。
うるさいというほどではないものの、静かとはとても云えないぐらい。
そして萌の声は割と小さい方なので、おそらく、離そうとしても周りの話し声に飲まれてしまうだろう。

『ん、どうしたんだ?』

『やっぱり蒼葉、水族館にもきたことあるの?』

『うん。ただ、ここにきたのは初めてだよ。
 だから結構新鮮』

『そうなの?』

『そうなの。同じ水族館って云っても、やっぱり施設によって見所も違ってくるしね。
 例えばほら、ここだったら――』

云いながら、足元にある大水槽を指差す。
俺たちの進む順路は、徐々に地下へ進むように出来ている。今でこそ足元までの高さしかない水槽だが、先に進めば深い場所へ視点が進むようになっている。
海面から海底へ、海の断面図を眺めるようにと工夫されているのだ。最終的には水槽の底に通っているトンネルを通ることで、海底を散策する気分を味わえるようになっている。

飼育している生物たちを、どういった形で客に見せるのか。
この水族館のデザインを行った者がどんなコンセプトで作ったのか。
そういったことを考えながら見るのも、また一興だろう。

……まぁ、子供の楽しみ方じゃないな。

『……よく分からないけど、すごく考えて作ってあるのね』

『……そ、そうだね。
 まぁ、その頑張って作られたものを、楽しんで見るとしましょうか』

『うん』

ゆっくり、ゆっくりと俺たちは水槽に入れられた色とりどりの魚たちを見て進む。
萌の歩幅に合わせて、後続の客に追い抜かれながら。
驚いたり、不思議そうな顔をしたり、精一杯楽しんでいる萌の様子は、酷く幼い。

『知っていたつもりだったけど、魚って云っても、たくさんの種類がいるのね』

『そうだね。こういうのを研究してる人とかは、やっぱり一目でどんな種類なのか分かったりするんだろうな。
 俺には信じられない世界だよ』

『そうね……あっ』

大水槽を見上げていた萌が、不意に声を上げる。
見てみれば、ダイビングスーツを着た女性が水をかき分けながら魚たちに餌をやっている。
じっと見上げていたからだろうか。その女性は、俺たちに向かって手を振ってきた。
手を振り返せば、にっこりと笑みを返してくれた。

『すごい。ああやって餌をあげるんだ』

『や、これはパフォーマンスの一つだと思うよ』

『ぱふぉーまんす?』

『そ。ショーみたいな感じ。
 何? 萌もやってみたくなった?』

『……できないわ。だって私、泳げないもの』

『そんな難しいことじゃないよ、泳ぐのなんて。
 あの人みたいにフル装備で潜るなら尚のことさ。
 んー、そうだな。夏になったら、プールにでも行く?
 泳ぎ方、教えてあげるよ』

『……考えておくわ。
 でも蒼葉、泳げたのね。なんだか、すごいな。なんでもできるんだ』

『カナヅチだとでも思ってたのか?
 ちょっと心外』

『そういう意味じゃないの。
 私と違って、なんでもできるんだな、って……』

『……そういうわけでも、ないけどな。
 萌と違って占いなんかには疎いし。今知ってるオカルト知識だって、全部萌が教えてくれたことだし。
 料理とかも微妙だな。食えるものは作れるけど、他人に出せるレベルじゃない』

『料理……そっか。そう、なんだ』
 
『そうなんです。俺にだって出来ないことは山ほどあるよ。
 それに、出来ないことがあるからなんだって話。
 知らないなら覚えれば良いだけだろ。泳ぎ方だって、慣れればすぐだ。
 ……よーし、決めた。
 夏になったら絶対プールに行くからな。
 そんでもって水に慣れたら今度は海だ。覚悟しておくように』

『うぅ、藪蛇だった』

困ったように萌は俯いてしまう。
云ってから気付いたが、彼女をプールに誘ってしまっても良かったのだろうか。
……いや、そうか。肌を晒すことを嫌がる原因となる陰湿なイジメは、まだ起きてないからか。

思わずじっと萌を見つめてしまう。それをどう思ったのか、萌は顔を俯けたまま頬を赤く染めた。
……俺は小学校を卒業した後の進学先として、自衛軍の整備学校を選んでいる。
まだ合格云々を云うのは気が早いし、勿論落ちる可能性だって充分にあるだろうが――もし合格した場合、俺はこの子を置いてゆくことになる。
まだ彼女を友達と考えていた時は考え込むことすらなかったことだが……今はもう違う。萌は俺の大事な女だ。
その彼女がイジメを受けると分かっていて、そばから離れてしまっても良いのか。
どうするべきなのか、正直、分からない。

もし仮に萌の側に居続けたとして……1999年になれば徴兵が始まり、俺は学兵として熊本入り。
多少身体を鍛えていようが、レーザーの一発、トマホークの一本でも頭に直撃すりゃ即死する脆い人間であることに変わりはない。
夏期休戦期がくるまで生きていられる保証なんて、どこにもないだろう。

そしてそれは萌も同じだ。彼女はもう、5121小隊へ配属されることはないはずなのだから。

萌が5121小隊で衛生官をしていたのは、善行に保護されていたから。
ならば善行に保護されない限り、もう彼女が5121小隊に入ることはなくなる。
萌が善行に保護された出来事は、1996年のこと。おそらく俺が萌と知り合わなければ、彼女は……時期は断言できないが、差別に耐えきれず心を壊していたはずだ。

だが、心を壊していなければ、萌が絢爛舞踏――A――の器にされ、大陸で善行を救うこともなくなる。

……余談だが、ガンパレードマーチのゲームをさわりだけ説明すると、プレイヤーが5121小隊の一人に憑依してゲーム世界に干渉し、凄惨な世界を救うために足掻くという内容になる。
それと同じ要領で、現地の人間を器として活動している異世界人が、この世界にはいるのだ。
善行を救う行動を取る際に器とされたのが萌であり、憑依していたのがAと呼ばれる絢爛舞踏。

……話が逸れた。
善行のことは別に心配でもなんでもない。
極論、Aは介入するための道具として、心が死んでれば器がどれであれ気にしないだろうし、萌と似たような境遇の者は珍しくないと仄めかしていた覚えがあるから。
話が逸れた。ともあれ、萌が善行に保護されることはなくなったのだ。
つまるところ、彼女も普通の学兵として熊本入りが決定しているようなもの。

……俺は、余計なことをしてしまったのだろうか。
僅かに力を込める。応じて、萌も微かに握り替えしてくれた。
すぐ側にある彼女の顔を、じっと眺める。水槽を通した照明に浮かび上がる彼女は、儚くも愛おしい。
ああ、違う。余計なことなんかじゃない。
彼女と出会ったことは無駄じゃなかったし、間違いでもない。
未来のことはさっぱりと分からないし、どうするべきなのかもはっきりとしない。
けれど彼女と過ごすこの時が、過ちであるはずがない。
そしてこれから先の未来が光り輝くものであって欲しいと願う。

そのためにはまず第一に、死なないこと――俺が整備兵になろうと思ったのと同じように、熊本にいながらも戦場から遠い職へ就けるようにすべきだろう。
事務官、衛生官、参謀、整備、オペレーター。
簡単に挙げればこれだけの職が――

「……ねぇ……蒼、葉」

「……ん?」

いつの間にか思考に没頭していた俺の袖を、萌が引っ張る。
彼女は不安げな表情で、ぽつりと零す。

「……つまら、ない?」

「……なんで?」

「……だって、蒼葉、ぼーっとしてた。
 館内放送で、イルカショーやるって、云ってる……の。
 ……行くって聞いても……」

「あー……ごめんごめん」

やっちまった。
そもそもデート中にする考え事じゃなかったか。
俺は帽子の上から萌の頭を押さえつけると、ぐりぐり撫でつつ苦笑した。

「お昼どうしようかって、考えてたんだ。
 萌、何か食べたいものはある?」

「……ハンバーガー……食べて、みたいの」

「やっぱりそれも食べたことがない系?」

「……そう、ね」

萌って実は、世間知らずに加えてお嬢様属性でもあるんじゃなかろうか。
いや、無くもないか。石津家の家計簿がどんな具合かは知らないが、家は一目で平均以上には裕福って分かるし。
萌の今着ている服だって、決して安物なんかじゃないし。

「ハンバーガーって云うと、やっぱりマックかモスの二択か。
 この近くにあったかな」

「……モスバーガーが……高級だったかし、ら?」

「そうだね。高級かどうかはともかく、安くはないよ。
 チキンとバーガーとドリンクで七百円超えるし」

「……レストランで……ランチが食べられる値段だ……わ。
 ……ジャンクフードって、高い?」

「ドリンクを別で買ったり、チキンを諦めたりすれば多少は安くなるんだけど……」

「ど……?」

「なんか、モスに行ってチキンを買わないと負けた気がするんだ」

「……謎のこだわりが……あるの、ね」

「こだわる程に美味しいんだぞ、モスチキン」

「……そこまで蒼葉が云うなら……食べてみたくなる、わ」

「なら、お昼はモスで決定かなー」

雑談を行いながら、俺たちはイルカショーの会場へと移動を始めた。
周りも同じことを考えているのだろう。人波に押されながらも、俺たちは手を繋いだまま会場を目指す。
流されないよう、俺と萌はぴったり寄り添って進み続けた。








†††








イルカショーはどうやら萌に好評のようだった。
最前列で見たかったようでうずうずしていたものの、傘を持ってこなかったので必死に止めた。
見たことある人は知っているかもしれないが、盛大に水をぶっかけられるのである。

その後はペンギンやラッコなどのまだ回っていなかったところを見て、水族館を後にした。
時刻は一時半を回ったぐらいで、昼時を少しだけ過ぎてしまっている。
その後は二人で話していたようにファーストフードへと。
モスチキンは萌の口にあったようで、また食べに来よう、と誘われた。これは次のデートの誘いと思って良いのだろうか。

昼食をとったあと、少し早い気もしたが俺たちは電車に乗って自分たちの街へ戻ることにした。
やっぱり見知らぬ街にいることに慣れないのだろう。加えて、門限を気にしているのか。
そんなに焦らなくても大丈夫と云ってはみたものの、時間が気になってデートを楽しめないようじゃ本末転倒か。
予定より二本早い電車に乗って、俺たちは帰路へつくことに。
水族館の後に海を見に行こうと約束はしていたものの、それはまたの機会にと流れてしまった。

疲れてしまったのか、帰りの電車でうとうとしている萌に肩を貸し、電車は朝出たのと同じ駅に到着。
寝ぼけ眼の萌を引っ張りながら、俺たちは改札口を出た。

時計を見る。時刻はまだ三時を少し回ったばかりだ。
帰宅時というわけでもないので、駅構内はそれほど混んでいるわけじゃない。
人混みを避け、端の方を萌と二人でゆっくり歩く。

「どうする? まだ時間あるけど。
 駅ビルでも見て回る?」

「……えっ、と」

何が意図したところがあってそう云ったわけじゃなかったのだが、瞬間、萌の頬が若干赤らんだ。

「どこか行きたいところでもある?」

「……あ、う」

何やら希望があるようだけど、やはり恥ずかしさが先に立つのか教えてくれない。
辛抱強く待っていると、彼女は両手で俺の手を掴み、俯きながらチャットでメッセージを送ってきた。

『……今日はデートをしてるんだよね?』

「そうだね」

『私たちは、その、恋人同士なんだよね?』

「ああ」

『じゃあ、デートの最後にすることって、決まってるんじゃないかな』

……デートの最後にすること?
首を傾げながら、顔を俯けている萌をじっと見る。
するとみるみる内に彼女は耳まで真っ赤になってしまう。
今のが彼女の限界だったのか、それ以上何かを伝えてくれることはなかった。

が――この真っ赤になった萌の様子から、大体の予想はついた。
それがなんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで、こそばゆい。
そして更に、デートの締めは、なんて風に耳年増なところが愛らしい。
どこから仕入れた知識なのだろう。それもまた気になる。

けどそれらの追求はまた後日。
今したら萌の羞恥心がオーバーヒートして動けなくなるだろうし。

握りしめられた手をそっと解き、俺は萌の腰に手を回す。
すぐ側にお尻をなで回したい衝動に駆られながらも、なんとか我慢。
そして萌の耳元に口を寄せると、言葉を囁いた。

「……それじゃあ、二人きりになれる場所へ行こうか。
 萌も、そのつもりだったんだよな?」

「――……っ」

羞恥が限界に達しているのか、萌は頷くのが限界だったようだ。
……いや、彼女にしては本当に頑張ったことだろう、これは。
言葉にして云うことはできなかったものの、彼女の方から二度目のエッチを誘ってくるとは思わなかった。
というか、一度目だって彼女からみたいなものだったし……なんというか、恥をかかせているようで申し訳ない気分になる。
今日は目一杯サービスしよう、と心に決めた。

萌の腰に手を回した状態で歩き出す。どこへ行こうか、と考えながら。
セックスをする場所というならば、まず真っ先に浮かんでくるのはラブホテルだが……困ったことに俺の外見がこの様だ。補導されるとかそういうレベルじゃない。
フロントが無人タイプのラブホなら入ろうと思えば入れそうではある、が……それでも見付かってどうこう、となる可能性はゼロじゃない。
そしてそうなった時、相応に大人であればともかく、今の俺では萌の代わりに泥を被ることもできないわけで。
もしものことを考えたらラブホは却下だ。
お互いの家は、まぁ、親がいるから無理だろう。ウチは普通にいるだろうし、萌の家だってそのはずだ。仮に出かけていたとしても、そろそろ帰ってくる時間だろう。
車――は、当たり前だが持っていない。親は持っているが、親の車でカーセックスするほどの根性も座ってなければ常識外れでもないし。
なら他に適当な場所はとなると……カラオケ、か? いや、普通にカメラがあるだろう。ダミーが置いてある場合もあるだろうが、運頼みだ。
他だと漫画喫茶などが浮かんでくるが、確か今の時代じゃそこまでメジャーな存在じゃないから、この街にあるかどうか怪しい。その上、全席完全個室ってのも珍しいだろう。
もし仮に運良くそういった店を見付けたとしても、防音が最悪なところでセックスはちょっと御免被る。
あと俺たちでも入れる個室となると……障害者用のトイレ? ちょっと上級者向けすぎるから却下。
誘えば萌もついてきてくれるだろうが、だからこそ駄目だ。
俺を信頼してるからこそ、彼女から誘ってくれてからはこっちのリードに任せてくれてるんだ。
それを裏切るような真似、したくない。

けれども、さて困った……二人っきりになれるような場所で、まともな所が一つもない。
Hな雰囲気が出来上がっているのに、ごめん二人っきりになれない、なんてのはちょっと情けなさすぎる。
……いや、待てよ。一カ所、あるにはあったか。
いや、でもそれはちょっと頭おかしくないか……?

などと考えつつも、俺の足はその頭のおかしい場所へと向かっていた。
歩き続けて二十分ほど。
俺と萌の家の中間ほどにあるここは、公民館だ。そう。町内会の集まりがある時などに使う公民館。
足を止めると、萌は頬を上気させた顔で、首を傾げた。興奮しているのは、俺がお尻を撫で回していたからだ。

「……ここ?」

「……大変情けなくて申し訳ないんだけど、ここしか思いつかなかったんだ。」

「……私は、蒼葉と一緒なら、どこでも良い……よ?」

……うん、そう云ってくれると思ってたんだ。
だからこそ心にクるものがある。次デートする時はえっちする場所も考えておこう。
今回だけは本当に許してくださいマジで。

周りに人影がないことを確認すると、俺は萌と一緒に公民館の裏側へと回る。
じめっとした空気と苔の匂いが漂うそこを少し進むと、床のすぐ上に取り付けられている横長の窓が見えた。
記憶を頼りに、窓枠のレールから窓を持ち上げつつ浮かす。そしておもむろに横へ引けば、強引に鍵が外された音と共に窓が開いた。
内側に鉄格子がはめられたりはしていないため、子供ならばここから出入りすることが可能だ。

「……町内のガキ共の伝統。ここの鍵は開くようになってるんだ。
 開け方にはちょっとコツがいるんだけどね。
 休日だから他の連中がいることもないと思う。見張ってるから、先に入って」

「……なんだか、スパイみたいだ……わ」

云いながら、萌はもそもそと上半身を窓へと突っ込んだ。
そのまま下半身も入れようともがくが、上手くコツが掴めないようだ。
仕方がない、とお尻を持ち上げようとしたら、

「ひぅ……!?」

艶っぽい声が出て、ビクリと体を震わせた。

「あ、ごめん。驚かせた?」

「……不意打ち、禁止ぃ」

「悪気はなかったんだ」

なんとか萌を押し込むと、今度は俺の番。
馴れたことなのでさっさと入り込むと、手早く窓を閉めた。ついでにつっかえ棒を窓のレールに置いておく。
窓から入った先は倉庫になっている。
ここでするの? と萌はちらちら俺を見てくるが、こんな埃っぽいところで萌を押し倒したくはない。
こっち、と先導して倉庫を出た。
倉庫を出た先は小さな体育館となっている。そこを更に出ると正面玄関に。
正面玄関を横へ行けば集会場となっている和室がある。

襖を開けた瞬間、むっとした空気が押し寄せてきた。
萌と一緒に部屋に入ると、クーラーのスイッチを入れる。どうやらブレーカーまでは落としていないらしい。助かった。

「……公民館、初めて、入った……の」

「そうだっけ」

分かっていたが、敢えてとぼけた返事をした。
もし萌が子供会に顔を出していれば、出会う前に彼女に気付いたはずだし。
いや、どうだろう。そもそも俺と萌の子供会って同じ町内だったか?
少し微妙だ――そう思いつつも、思考とは裏腹に俺の手は萌を絡め取っていた。

頬に手を当て、もう片方は腰から背中、お尻をゆっくりと撫でる。
そして視線を合わせると、ゆっくりキスをした。一回、二回。服の上から彼女の体を堪能しつつも、直接肌に触れられないことにもどかしさを感じる。
キスを続け、徐々に唇だけでは物足りなくなり彼女の唇を舌で割り入る。

「んんっ……!? ちゅ、んっ、ちゅ……!」

驚く萌をそのままに、俺は彼女のスカートを釣り下げている肩紐を外側へと外した。もう片方も。
支えの無くなったスカートはそのまま畳の上へと落下する。同時に、ずっと隠れていた萌のショーツが露わになった。
けど立ったままキスを交わしている状態じゃ、萌の下着を直接見ることはできない。
ちらちらと視界の隅で踊るショーツに興奮が高まり、ディープキスに熱がこもる。

「んっ、やっ、蒼葉、ちゅ……!」

恥ずかしげに身をよじる萌。だが俺はそれを逃がさないとばかりに、頬に添えていた手を首筋へと回す。
それで萌がキスから逃れられないよう頭を固定すると、驚く彼女をよそに、酷く音を立てながら彼女の口腔をねぶった。

「ぢゅ、ちゅ、ぢゅううっ、やっ、じゅる、やぁ、んっ、んんんんっ……!」

言葉の上では萌は嫌がるものの、行動はというとそうでもない。
彼女はずっと所在なさげに揺らしていた両腕を、俺の首へと回した。
今さっきの俺と同じように頭を固定すると、もっともっととせがむように舌を絡めてくる。

「ふっ、ふぁ、んちゅ、んんっ、ちゅっ、んっ、あおばっ、ちゅっ」

彼女の積極さはそれだけじゃなかった。
まだブラをしたままの胸を、構って欲しいとばかりに俺の胸板へ擦りつけてくる。
意識してのことか、無意識にやっているのか。
前者だったら愉しいもとい嬉しいが、おそらく無意識の内にやっているのだろう。
だが、始まって間もないというのに、それだけ萌が夢中になっていることの証拠でもある。

「はっ、はぁっ、ちゅ、ちゅっ、はぷっ! んちゅ、ちゅぷっ! やっ、もうっ、あおばっ」

シャツの裾から手を入れて、ブラのホックをそっと外す。
手を前に回して、柔らかな乳房に触れた。一週間ぶりの感触に、思わずそのまま握りしめたくなるような衝動が沸いてくる。
大きすぎず、小さすぎず。やや控えめなところは本人と変わらない。
掌でおっぱいを持ち上げ、乳首を親指でくりくりと弄る。

「んんっ、ちゅ、ふぅ! ふぁ、ちゅっ、んんんっ」

ぞくぞくと体を震わせる萌。
ぞわ、と鳥肌が立ったことを、触れている肌で感じ取ることが出来た。
萌の乳首をゆっくりと弄びながら、強引に唇を萌から外す。
まだし足りないとばかりに萌は俺の頭を強く抱きしめたが、力で俺に勝てるわけもなく、諦めたようだった。

「思ったよりも激しいな。
 楽しみにしてたの?」

「……してた」

「どんなことを、楽しみにしてたの?」

「……っ」

「……またセックスしたいと思ってたんだ。
 結構えっちぃね、萌も」

「……ばかっ」

とろけた声で罵倒されたって、くすぐったいだけだ。
俺は愛撫を続けつつ萌の耳に舌を這わせる。
つつ、と縁をなぞると、細かな震えが萌の体を走った。

「ちゅ、大丈夫、ちゅっ。
 俺も、萌とセックスしたいと思ってたから。
 けど萌、恥ずかしがり屋だからこういうの苦手かな、って思って自重してた」

萌の耳朶を舐め上げ、吸い、甘噛みしながら問いかける。
声が鼓膜を震わせる毎に、萌の体はどんどん熱くなっていった。
セックスという単語一つを聞くだけで、萌は恥ずかしがってしまう。
それがまた可愛いから、更に苛めたくなってしまう。

「けど、萌がもっとしたいって云うなら、もう遠慮したりしないよ。
 ちゅ、んちゅ……ねぇ、萌。どっち?」

「……は、ぅ、あっ」

「どうしたい? どうして欲しい?
 云ってくれなきゃ分からないよ。
 ちゃんと聞かせて?」

「ふっ、はぁ、んっ、はっ……」

乳首を弄り倒し、耳をねぶって、答えを急かす。
徐々に萌の興奮は増しているのか、熱っぽい吐息は弾み、手に感じる心臓の鼓動は破裂するんじゃないかと思うほどだった。

「……たぃ、よぅ」

「え、何? 聞こえない」

本当は聞こえていた。萌の声を聞き逃すはずがない。
それでも俺はいじめっ子根性が迸りすぎていて、そんな意地悪と止めることが出来なかった。

「もう一度云って、萌。
 聞かせて欲しい」

そう囁いてから、俺はお互いの顔がはっきり見える程度に頭を離す。
萌が逃げないように頬に手を添え、乳首を弄る手は焦らすように勢いを弱めた。

「……ばか、いじわる。
 ……へんたいっ」

じわ、と萌の瞳に微かな涙が浮かんだ。
だが俺がそれに何かを思うよりも早く、彼女は次の言葉を紡いだ。

「……でも、好きっ。もっと、蒼葉……と、セックス、したぃよぅ……!」

「……ああもう、可愛すぎ。
 意地悪してごめんな。俺も大好きだよ」

胸が締め付けられるような気持ちに襲われながら、俺は萌を抱きしめる。
彼女の髪に顔を埋め、思いっきり匂いを嗅ぐ。今日一日歩いていたからか、汗の匂いが濃かった。
だがその中にも萌特有の、彼女が部屋で焚いているアロマの匂いを嗅ぎ取って――二つが混ざった香りは、ドクドクとマグマにも似た衝動を俺の中に宿らせる。

「ふっ、くひっ、はぅっ」

もぞもぞと胸をまさぐりながら、俺シャツの前面をたくし上げる。
持ってて、と萌に一言云うと、俺は露わになった可愛らしい胸に口をつける。

「ひやぁ……っ!?」

わざと啜り上げる音を立てながら、片手で乳首を弄り、もう片方をなめ回す。
乳輪を舌でなぞり、乳首を吸い上げ、細心の注意を払いながら甘噛みする。
いつまでもいじり続けていたい衝動に駆られながらも、俺は膝を付くように腰を落とした。

「そのまま立ってて」

応じて萌も座ろうとしたが、そのまま立っているように指示を出す。

両手で萌の体を愛撫し続けながら、舌は胸から臍へ、そしてショーツに到達する。
内股気味だった足を僅かに開いてみると、むわ、とした熱気が伝わってくるような錯覚を覚えた。
いや、実際は錯覚じゃなかったのかもしれない。
クーラーをつけてもまだ部屋が蒸れていることもあって、汗の匂いは徐々に強くなってきている。
加えて、一日中はいていた事実が重なり、萌の可憐な外見とのギャップが凄い。総じて興奮する。

「やっ、ひどぃ、シャワー浴びてないの……にぃっ……!」

萌が何やら云っているが聞こえない。
尻たぶを両手で大きく揉み上げながら、内ももに舌を這わせた。
すぐ側にある萌のまんこ。それをショーツの上から、鼻で弄る。舌は内股を舐め続けて。
するとどんどん鼻に届く匂いが濃くなってゆく。清楚さとは真逆にある、淫靡な臭い。

片手は尻をこね回したまま、もう片手を前に戻した。
人差し指を立てて、ショーツの上から萌の秘裂をなぞる。じっとりと水分を含んだそれは重く、早く解放されることを望んでいるようだった。

「……あお、ばっ。
 足が、ガクガクする……の。
 座らせて……?」

「駄目。そのままで。
 どこまで頑張れるか、チャレンジしてみようよ」

「……しなくて、いいのにぃ」

弱音を吐く萌をよそに、俺は彼女の脚からショーツを抜き取った。
瞬間、さっきまで感じていた臭いが一気に強くなる。
頭がくらくらする。男を誘うフェロモンでも出しているのか、俺の視界には萌のまんこしか映らなくなった。

「ひぅっ、ひっ、やっ、またぁっ……!」

顔を股の間に割り込ませて、萌のおまんこにかぶりつく。
唐突に与えられた快感に逃げた腰を片腕で抱き、もう片手で膣口を弄る。まずは入り口をなぞるように。
そして口は、包皮を内側から押し上げてるクリトリスへ向いていた。

「……あ、あしっ、ガクガクって、してるのにぃ。
 やっ、だめ、ふぅっ、やぁっ」

大きくクリトリスを舐め上げる。
舌の表面でざらりと。猫なんかと違って人のそれはざらつきがあるわけじゃないはずだが、ひん、と甲高い声を萌は上げた。
舌だけではなく顔全体も動かしながら、クリトリスを舐めてゆく。
唾液をまぶして、そろそろ良いかと判断すると、俺は膣口を弄っていた指をクリトリスに向けた。
こびりついた愛液をぬるぬると陰核に塗りつける。そしてゆっくり、押し潰してしまわないように注意しながら包皮を剝いて――

ふぅぅ、と息を吹きかけた。

「ひっ、くっ……!?」

ガク、と萌の両足から力が抜けた。
それを力尽くで支えながら、俺は愛撫を続ける。
やはりまだ刺激としては強すぎるのかもしれない。まだセックスは二度目だし、刺激が強すぎて苦痛の方が勝ってしまう気がする。
まぁ、良いさ。これで終わりってわけじゃない。萌を気持ちよくしたいとは思うものの、今回で気持ちよくなるための手段を全部を試す必要なんかない。
付き合っているのだし、これからもこういうことがしたいと彼女は望んでくれた。
ゆっくりとほぐして、いつか彼女を最高に気持ちよくしてあげよう。

剥いた包皮を元に戻して、再びクンニと指での刺激に戻る。
クリトリスを吸い、舌で転がし、指は少しずつおまんこの奥へと侵入させる。

「ひあっ、あっ! あんっ! やっ、ひっ、あぁっ」

じゅるじゅると音を立てながらクリトリスを苛め、膣に侵入させた指のピストンを徐々に早くしてゆく。

「んひっ、ひっ! ひぅっ! はぁっ、あっ!」

耳に届く嬌声が激しくなってゆくと共に、萌の膝はどんどん折り曲がってゆく。
けど座ることを許さないように、腰を押さえて強引に中腰の姿勢を取らせると、尚も愛撫を続ける。

「やだっ、これへんだよ、あお……ばっ!
 こし、ちからが、ぬけてっ……。
 ひあっ、だめ、らめぇっ、やっ、ひん、ひぃぅっ!」

力を入れた舌でクリトリスを押し潰しながら、その裏側を指で擦り挙げてみた。
前後から敏感な部分を弄られた萌は、一際大きく腰を震わせる。
彼女は前のめりの体制で俺の頭を抱え、支えにする。立ってる力がどんどん抜けてきているのだろう。それは知ってる。だからやってる。

萌が限界に近いと悟った俺は、一気に舌と指の動きを強くした。
今までのように変則的な動きではなく、彼女の感じるところを集中的に。
前後からクリトリスを弄り倒してやる。

「あひっ、ひっ、くひっ、あっ!
 だめ、だめだめだめだめぇっ!
 もう、らめ、だっ、あ、ひっ、くひっ――!」

しゃっくりのように弾む嬌声。
びりびりと走る快感に翻弄されてる様が目に浮かぶようだった。
そして十秒ほど集中的に陰核を苛め続けると、

「あっ、い、ひっ、くっ……!
 イクっ、いくの……!
 ひくぅぅうううう……!」

声は細く、けれども甲高い悲鳴と共に、萌は絶頂を迎えた。
萌の全身から力が抜けて、ずっしりと彼女の全体重が俺へとのし掛かってくる。
力の抜けた人間というものは意外と重い。華奢な萌だってそこに違いはない。
俺は注意を払いながら萌の腰を支えて畳に寝かせる。
絶頂を迎えた萌は、ひくひくと全身を震わせながら身を投げ出していた。
腰が抜けてしまったのだろう。立った状態で絶頂を迎え、馴れない脱力感と快楽に放心している様子だ。

そんな彼女の様子に、俺は酷く興奮する。
ズボンの上からでも分かるほどの、俺のチンポは自己主張を始めていた。
クーラーが利き始めたため涼しいはずなのに、頭は熱を持ってくらくらしている。
汗でびっしょり濡れたシャツを脱ぎ、下もボクサーパンツだけになると、畳に膝を付く。
俺が服を脱いだことに気付いたのか、萌は上気している顔を更に赤く染めた。

そんな彼女の脚を手に取り、再び俺は萌のおまんこに顔を近付ける。

「……蒼葉、その、あのっ」

「ん?」

「……っ」

真っ赤になった顔を、彼女は逸らす。
だがなんとなくだが、その様子と、さっきまで視線を注いでいたもので、彼女の云いたいことが分かった。
もうちんぽを入れても良いと云いたいのだろう、きっと。

でもまだもう少しだけ、準備をさせて欲しかった。
濡れてるし、感じてくれてるのは嬉しい。
それでも彼女にとってこのセックスはまだ二度目だ。
さっきまで弄っていた膣は当然のように硬かったし、彼女の体は快感をまだ完全に受け入れ切れていない。
前回はなんとか気持ちよくさせることができたものの、がっついて今回が失敗したら目も当てられない。
だから念入りに前戯を行い、ゆっくりじっとりねっとりと、萌を快楽に熔けさせてあげたいのだ。
……そこに俺の趣味が入っていることは、まぁ認めよう。

「気にしないで。
 今日はサービスさせてよ。
 萌の番は、また次ってことで」

「……いい、の?」

「その代わり、ちゃんとエロいことを予習しておくように」

「……いじわる」

拗ねたように唇を尖らせ、それでも次の行為に思いをはせたのか、萌の瞳がとろりと溶ける。
その普段は見せない表情により一層興奮を掻き立てられ、俺は飛びつくように萌の性器に顔を埋めた。

「……んっ、ふぁっ、あっ、ひっ!
 ひぐっ、あっ、ひぃぅ、あっ!
 やっ、そこ、きもちいいっ……あっ、はぁっ、くひっ!」

萌は、指を咬んで嬌声を堪えようとしている。
しかし彼女は一度絶頂に至った体を、休みなく責められているのだ。
敏感になった体の中で、更に快楽を生みやすい場所を攻撃されて、耐えられるわけがなかった。

「あっ、はぁっ、あっ、くひっ、ひん!
 やっ、やぁぁああっ!
 や、きちゃう、またきちゃう、からぁっ!」

一度は治まった震えが、再び萌の体を襲う。
立っていた時と違い、今度は素直にそれを受け入れることができたのか。
彼女はすぐに快楽に染まってしまうと、腰を俺の頭へ押し付けるように跳ね上げた。

「ひっ、くのっ!
 いくっ、いっ、ひぁっ!
 らめ、あっ、いく、いっくぅぅぅぅうううっ……!」

ざりざりと畳を爪で引っ掻きながら、体を走る快楽に翻弄される萌。






それを逃さず、腰を抱え込んで俺は萌のクリトリスを思いっきり啜り上げた。

「ひぐっ、やっ!?
 今いったのにひぃっ!
 や、だめ、いったのに、また……イ、くっ!
 ひっ、あぁぁぁああ……っ!」

ガクガクを跳ね上げられる腰を逃さず、けれども徐々に刺激を弱くする。
だが決してクンニを止めたりはしない。
打ち上げられた快楽を、そのままの水準で維持しようとしているのだ。

「ひっ、はっ、あっ……?
 あっ、くっ、ひっ……!」

ぱくぱくと口を開け、呼吸を荒くしながら、萌は全身を強ばらせる。
軽く混乱してしまっているのだろう。絶頂の快感から降りると思ったら、そのままビリビリとした刺激がずっと腰を襲っているのだから。
決して絶頂には至らない、けれども強い快感。

「はっ、はっ、はっ……!
 あっ、くぅ……んんっ……!」

鼻息荒く息を弾ませ、何かに耐えるように唇を噛みしめる。
不格好なダンスのように萌はギクシャクと体を動かし、俺はそれを追う形で執拗にまんこを刺激し続ける。
そうし続けてどれぐらい経った頃だろうか。
膣口がヒクヒクと何かを求めるよう蠢いた瞬間、再び俺は激しいクンニを再開した。

「あっ、ひっ、あぁぁぁあ……!?
 ひぐっ、あひっ、やぁぁぁあ……!
 何か、大きいのっ、くるのっ……!
 やだ、やっ、こわい、あおばっ、あおばっ、あおっ、いくっ……!
 いくっ、いくいく、いくぅぅぅううううう……!」

ぶしゅ、と膣口から濃い愛液が噴き出した。
腰はブリッジの格好のように持ち上げられると、処理しきれない快楽に翻弄されてガクガクと揺れる。

「……ッ! ひっ……! あっ、はっ……!」

顔は見たこともないほどに紅く染まり、首筋には血管が浮かび上がった。
そんな状態で、萌は何かを探すように手を彷徨わせる。
俺はすぐにその手を取ると、側にいることを示すように手の甲へキスをした。
まるで力の入っていない手を俺の首に回すと、萌は必死に起き上がろうとする。
彼女が何をしたいのか分かってる。俺は体を折ると、そのまま彼女の唇へキスをした。

とろとろに溶けた表情のまま、萌は俺とキスを重ねる。
交わす口吻は深くはない、唇をただ何度も重ねるだけの軽いものだ。
けれどもお互いたそこへいることを確かめるように、俺と萌は何度も何度もキスを交わした。

しばらくそうした後、俺は体を起こす。
畳の上に横になった萌をそのままにして、この部屋にある襖を開き、布団を一つ取り出した。
シーツはあとで洗って帰そう。そう思いながら、畳の上に広げる。

萌は気怠そうにしながらも、ごろりと転がって布団に乗った。
そして蕩けつつもどこか虚ろな表情で、微かな笑みを見せてくれる。

「……今度は、蒼葉の番。
 ……気持ちよく……なって」

蠱惑的であり、どこか退廃さすら感じさせる萌の表情に誘われ、俺はパンツを脱ぎ捨てて彼女の両足の間に体を割り込ませた。
ずっと押さえつけられていたちんぽが、解放されると同時、猛烈な性欲が沸いてくる。
さっきまでは萌に奉仕してるという意識が強かったから自分の性欲をそこまで意識しなかったが、それも今は違う。

どろどろに濡れた萌の秘裂を片手で割り開く。
てらてらと光り、愛液を垂れ流している膣口に狙いを定め、俺は腰を進めた。
前回のセックスとは違い、今度はじっくりと味わいたい。
亀頭を膣口に擦りつけ、愛液をまぶす。熱いとすら思える萌の体温を身近に感じた瞬間、暴発しそうになった。
歯を食いしばってそれを堪えると、俺は亀頭をゆっくり萌の秘部へ埋め込んだ。

「んんっ……」

充分に指でほぐしたのに、萌の入り口は狭いままだ。
あるいは、そういう性器の形をしているのかもしれない。
ちんぽの先が膣に飲み込まれると、きゅうきゅうとカリ首と竿の境目を締め付けてくる。
逃がさないと云われているような気がして、ぞくりと背中に鳥肌が走った。

萌の両膝に手をかけて、上へと傾ける。
腰の角度を変えて前後運動をし易くすると、俺は亀頭を出し入れし始めた。

「ふっ、んっ、やっ、おおきっ。
 指より、ずっと、くんっ」

にゅるにゅると亀頭がねぶられ、興奮が増す。
止まりそうになる腰を動かし続けながら、亀頭できゅっとしまった膣口を拡張する。
その作業が萌の穴を自分用に躾けているかのようで、薄ら笑いが口元に浮かびそうになった。

「くっ、んっ、あっ、ああっ。
 や、えっちな音、してるのっ、やっ」

腰のピストンをやや早めると、萌は羞恥の声を上げた。

ぢゅぷぢゅぷぢゅぷぢゅぷ。

愛液によって滑りを増した肌同士の触れ合いと、穴に空気が出し入れされることで生まれた音。
ただの音でしかないはずなのに、響き方がなんとも卑猥だ。
ちらちらと萌は結合部に視線を向けては、慌てて逸らすという行動を繰り返している。
どんな風になっているのか気になるのだろう。
生憎とこの和室に鏡はない。そういえば前回の鏡を使ったプレイも本番じゃやってなかったか。よし、今度やろう。

そんなことを考えつつも、俺は徐々に腰の動きを変化させていた。
徐々にちんぽを奥の方へと。
彼女が感じる場所を探すように、左右の壁を削り、上下を抉る。
萌の様子を観察し、彼女の白い肌にぽたぽたと汗を垂らしながら。

「あんっ、んんっ、ふっ、あっ。
 ひっ、あっ……ひあっ……!」

テンポ良く上がっていた萌の嬌声が、途端に乱れる。
どこか気に入ったポイントがあったのだろう。
それをもう一度再現するために、俺は腰の動きをやや弱めながら、じっくりと萌の様子を観察した。

「ひっ、くっ、あっ、ああっ!
 んっ、あふっ、あっ、ひぅ、ひん!」

どうやら萌が気に入ったのは、クリトリスの裏側辺りのようだ。
指で刺激していた時も重点的に愛撫した部分ということもあって、多少は性感を得られるのかもしれない。
今回探るのはこれぐらいで良いだろう。
まだセックスは二度目。この子の体を探索し、開発し尽くしたいという欲求は確かに存在するが、最初からすべてを乱暴になしたいとは思わない。

「ここ、気に入った?」

「……え、あっ、ひん……!?
 やっ、そこ、なんだか、びりびりする、わっ」

腰を動かしつつ、片手でゆるゆると萌のクリトリスを撫でる。
それだけで萌はきつく目をつむり、膣壁がきゅうきゅうと俺のちんぽを締め付けた。

「くっ、はっ……な、何? びっくりした?」

「――……っ、はっ、あっ……!
 やっ、そこ、はさんじゃだめ、だめっ。
 だめだめっ、やっ、やぁ、だめぇ……!」

きゅうきゅうと膣壁は俺のちんぽを締め付け、入り口はもっと竿を飲み込むべく突き込まれる度に大口を開ける。
再び萌の体は、愛撫で絶頂を彷徨っていたときと同じように赤く染まりだした。
そろそろいいか。そう判断し、俺はクリトリスから手を離す。

両肘を布団の上につき、上体を倒す。萌の乳首が口元までくるぐらいまでに。
腰はさっきのままの高さであり――それを一気に、打ち付けた。

「――え、あっ、ひっ!?
 やっ、いきなり、おくはっ、ひっ、ひん、やっ、やぁぁあ!」

長いストロークで、ちんぽの先を一気に萌の奥へと叩きつける。
すっかり感じて子宮が下がってきているのか、まだ成長しきっていない俺のちんぽでも彼女の子袋を小突くことができた。

「あうっ、やっ、ふか、ふかいっ、あおばっ、ふかいっ。
 ふかいところ、あたって、ひっ、ひぅっ!
 ずりずりって、ゆっくり抜いて、ぱんってするの、だめ、だめだめっ」

止めてと形の上では云っているものの、それはせがんでるようなものだ。
亀頭が抜ける限界まで引いて、一気に打ち付ける。
たまにさっき見付けた弱点をカリに引っかけるというフェイントを混ぜながら、俺は腰を力強く前後させ続ける。

「ひっ……あっ……あぁぁぁ!
 おく、またぐちゅって、したぁ……!
 やっ、ずんってくるの、だめっ」

「なんで駄目なの?」

「だめ、だめだめ――ひぐっ!
 だめって云ってるのに、ひっ……ひあっ!」

「なんで駄目なのか云ってくれないと、止めないよ」

抗議するかのように、萌は俺の背中に回した手で爪を立てた。
鋭い痛みが走るものの、大して気にはならない。興奮しているのもそうだし、きっと脳内麻薬がどばどば出ているからか。
もし本気で萌が嫌がっているのなら、勿論止める。
けれど今の彼女は違うだろう。ただ照れ隠しをしたいだけだ。

「ずりずり、だめ、だめっ。
 ひぐ……! やっ、おく、ごつんって、またぁ……!
 あっ、やぁ、そこやっ、お豆の裏、だめっ」

「お豆じゃなくて、他の言い方を前に教えただろ?
 ほら、ここはなんて云うんだっけ?」

「あっ、ひっ……!」

奥までちんぽを叩き込み、腰を密着させた状態で腰を回す。
そうして苛められるのは、子宮口と勃起して包皮を押し上げているクリトリスだ。
皮に包まれているものの、これで強烈な快感が叩き込まれることに違いはない。

「くひっ、いっ、やっ、ひっ……!
 あっ、ひくぅ、ひっ、あぁあああ……!」

びくびくと絶頂の予兆を見せる萌のまんこ。
それをねっぷりとこね回し、悶える萌の耳をなめ回しながら、囁く。

「ほら、ここはなんて云うんだっけ?」

「やっ、云えない、云わない、わ……!」

体を火照らせ、まんこはすぐそこまで迫った絶頂に期待していると云うのに、萌は首を横に振る。

俺はちんぽを奥までさし込んだ状態で腰を止めると、炉心融解でも起こしそうな心臓をなだめるべく深々と息を吐いた。
このまま腰を動かして、ザーメンを吐き出してしまいたい。
その欲求を堪えるのは、なかなかに辛い。

「そんなこと云わないでよ。
 俺は萌の口から聞きたいな。
 ほら、別にちんぽとかまんことか、卑猥な単語じゃないはずだしさ」

「――……っ」

俺が露骨な卑語を口にすると、反応して萌のまんこはひくひくと蠢いた。

「聞かせてよ。
 そうしたら、ほら」


密着させた腰をぐるりと動かし、クリトリスと子宮口を一度だけ刺激する。
それだけで絶頂へ至りそうになり――しかし刺激が僅かに足りなかったのか、恨めしそうに膣壁は俺のちんぽにまとわりつく。

「一緒にイこう」

今ので萌も我慢ができなくなったのか、真っ赤な顔で唇を噛みしめながら、こくりと頷いた。
その仕草が俺の欲情に燃料を注ぐことになる。
ぐつぐつと煮えたぎる衝動を必死に理性で押し留めながら、俺は萌の口にじっと視線を注いだ。

「……ここ、はっ」

唾液と汗で濡れてらてらと光る唇が、ゆっくりと形を変える。
その様子すら卑猥に見えて、まんこの中に入ったままのちんぽが一層固くなった。

「……ここは、その……クリトリス、なのっ」

消え入りそうな声でそう呟いた瞬間、ぞわ、と鳥肌が立つと同時に頭が沸騰した。
頬がちりちりとする感覚を覚えながら、ゆっくり、ゆっくり、自分自身を焦らすようにペニスを出し入れし始める。

「クリトリス?」

「ひっ、くっ、うん、そう、なのっ」

「触られるとどうなる?」

「……きもち、よく、なる……わっ」

「萌の大好きなところだよね。
 俺に舐められて、前も今回もたくさんイッたからな」

「それはっ、そう、だけど……でもっ」

真っ赤な顔のまま、涙さえ瞳に浮かべて、萌は言葉に詰まる。
髪の毛を頬に張り付かせ、彼女はまだ否定するか――そう俺は思ったのだが、

「クリトリスを弄られるのも、すき、だけどっ!
 でも、私は……わたしっ、あおばと、キスするほうが、すきっ、すきなのぉ!
 もう、もうだめっ、やっ、もっと気持ちよくして、あおばっ、あおばぁ!」

――そんな彼女の言葉に、これ以上ないと思っていた興奮は、あっさりと限界を突破して膨れあがった。
頭が真っ白になる。気付けば俺は萌の唇にしゃぶりつきながら、一切の遠慮がないピストンを開始していた。

「あぁぁあ……っ! ちゅ、ひっ、あっ、つよ、つよいっ……!
 ちゅっ、じゅ、ちゅううっ! ひっ、くひぅ、あぁっ……!」

突き込みの衝撃で上に逃れようとする萌を強引に両手で押し留め、キスを行い、ガツガツと腰を送り込む。

「はぐぅぅっ……! あっ、ひっ、あっ、あっ、あぁぁあ……!
 お、おおきい、ごりごり、これ、おっき……!
 ひぐっ、ひっ、あっ、ああっ!」

未だ固さは残るものの、愛撫と焦らしで完全に萌のまんこは溶けている。

ぐち、ぐち、ぐち、ぐち……。

ちんぽを叩きつける度に重い水音が響き、肌と肌がぶつかり合う。
引き抜かれるちんぽには、撹拌されて引き延ばされた本気汁が、どろどろとこびり付いている。

「はっ、ひっ、んっ、くひっ!
 ひん、ひん、ひん、ひん……!
 やっ、あっ、いく、いくいくいくっ――いくうううううう……!」

萌が体を縮こまらせ、応じるようにまんこも俺のものをがっちりと銜え込んだ。
だが俺はまだだ。絶頂にはあと一歩足りない。
まとわりつく媚肉を剥ぎ取って、俺は猛然と腰を振りたくった。

「ひっ、らめっ、らめらめらめっ……!
 いってる、いってるのにひぃ!
 ひっ、ひくっ、ひぃっ……!
 いって、いって、いってぇ!
 いっしょ、いっしょにぃ……!」

腰にずんとしたものが溜まりきる。
目の前がチカチカとした瞬間、俺は本能に任せてちんぽを最奥まで突っ込んだ。

ドビュ、ビュウウ、ドビュウウウ――!

「あっ、あ゛あ゛っ、いくっ、いっ、ひぅううううううう……!」

絶頂の中で更なる高みに昇ったのか、ちんぽが握られたと錯覚するほどに締め付けられながらも、ざわざわと膣壁が撫でつけてくる。
あまりの快楽に思わず歯を食いしばった。
下半身が無くなってしまうんじゃないかと錯覚するほどに強烈な刺激。
それが続いたのはどれほどだっただろうか。
十秒に満たなかった気もするが、十分ぐらい続いていた気もする。
ひょっとしていたら気絶していたのかもしれない。そう思ってしまうほどに、今の刺激は未知のものだった。

……だから、だろうか。
頭は焦げ付いたように上手く回らず、理性は上手く働いてくれない。
だというのに性欲は今の味を占めたかのように、萌の中で肥大したままだった。

結合部に視線を落とす。
少し腰を引けば、精液と愛液が混ざり合ってブレンドされたものが、ちんぽを汚していた。
とても綺麗とは云えないが、だからなのか、酷く興奮する。
ぶるり、と無意識の内に腰が震えた。

俺は絶頂の余韻に浸かって意識を朦朧とさせている萌に一度、キスをする。
それで彼女は僅かに意識を俺に向けた。

「……あお、ば?」

呼びかけには応えない。
ちんぽを入れたまま、俺は萌の片足を肩に担ぎ、そして首を通す。
何がなんだか分からないまま萌は体を回されて、俯せになった。腰は浮いてるが。

「……え、やっ、これ……」

体位を変えたことに萌はようやく気付いたようだった。
逃れようとする萌の腰を抱き込んで、四つん這いの彼女に腰を打ち付ける。

「ひ、ぐぅ、あっ、はぁっ、これ、やっ、やぁぁあ!
 こんなっ、ひっ、うしろからぁ……!
 ひっ!? や、やああ! お尻、ひらかないでっ」

腰を押さえながら、俺は尻たぶを開く。
その中にある窄まりを捉え、触れてみたい衝動に駆られながらも、我慢した。
まだ触らない。今は萌を気持ちよくし、自分が気持ちよくなる時間だ。
ここを征服するのは、まだ先のこと。

誘惑を強引に打ち切ったものの、それでも萌のアナルに触れたい欲求は消えない。
その鬱憤を晴らすように、忘れるかのように、俺は激しく腰を打ち付けた。

「ひっ! ひぃっ! ひくっ! ひぁ、あっ、あぁぁぁああ……!」

ガクガクと全身を震わせる萌を、強引に腰を持ち上げた状態で犯す。
今にも崩れ落ちそうな彼女は、シーツを握り締めながら押し寄せる快楽に耐えられないのか髪を振り乱していた。

「ひあっ! はっ! やっ! だ、らめっ! めぇっ!
 さっきよりも、ふっ、ふかいっ、いっ、ひっ!
 あぁぁぁあ!
 ごりごり、ごんごん、やぁっ!」

ざわざわとまとわりついてくる膣壁を削ぎ落とすような勢いで腰を突き込み、ぱんぱんと破裂音じみた音が響く。

「ひあっ……あっ、あぁっ!」

遂に限界に達したのか、萌は両腕を折って布団に突っ伏してしまう。
俺は後ろから彼女の両腕を取ると、それを引っ張り上げた。

「ひあっ――あぁぁぁぁんっ!」

まるで手綱のようだ、などと思う。
両手を後ろから引っ張った結果、萌はその可愛らしい胸を突き出し、上体を晒す。
下半身は引き寄せられたことで、今までにない強さで衝突した。

「ひぁぁぁぁっ! やぁっ!
 しらない、こんなっ、やっ、ああああっ!」

更に腕を引っ張って、ぐりぐりと腰を押し付ける。
腕から胸へ手を移動させ、おっぱいをぎゅっと握り締めながら、俺は二度目のスパートを開始した。

「ひあぁぁああっ! らめっ、らっ、ひっ、ぎ……!
 いく……いくうううっ!」

俺の射精が近いことを感じ取ったのか、違うのか。
萌はぜいぜいと大きく息を荒げながら、絶頂が近いことを教えてくれた。
いや、もしかしたらもうイってるのかもしれない。

「ひぐ、ひっ、あぁぁぁっ!
 あっ、あっ、あっ、あっ……!
 だして、あついの、だしてっ!
 もう、げんかいっ、だからぁ……!」

獣じみた嬌声の中に理性を感じさせる懇願が混じる。
ぐん、とちんぽに血液が送り込まれ、限界までカリが広がったのが分かった。

ビュブ、ビュウウ、ビュブブブブブブ……!

「ひっぎ――いっく、あぁぁぁぁぁあぁぁあああ!
 あつ、あつい……! おなか、あつくて、いく、いくのおお……!
 ひあああああっ! ひぁぁぁあぁああああ……っ!」

子宮口を抉って最後の一滴まで萌の中へと注ぎ込み、俺はようやく腰を止めた。
射精直後のちんぽを強引に引き抜く。腰が抜け、目の前が吹き飛ぶような鋭い刺激が走るものの、そのまま一気に引き抜いた。

俺から解放され、絶頂に至った萌は、上半身を布団に突っ伏している。
だが下半身を寝かせる余裕は残っていないのか、がくがくと震えながらも膝で支えられ立ったままだ。
その脚の合間から、どろりと精液がこぼれ落ちる。
いつの間にか愛液でどろどろになっていた内股を伝って白い轍を残す。
その光景に再びちんぽに力がこもる。半勃ちより多少大きい程度にしか膨らんでいないが、性欲はまだ鎮火しきれていない。
濃い女の臭いと青臭さが混じった、セックス臭さが鼻孔を刺激する。
それに駆り立てられるように、俺は萌の尻にちんぽを押し付けると腰を振る。さっきまでと比べて刺激はずっと弱い。
だが、自分が萌をこうしたという興奮が背中を押し、加えてもう我慢する必要もない。
射精直後で敏感なちんぽはすぐ刺激に負け、萌の尻から背中にかけ、ザーメンをぶちまけた。

ぜいぜいと荒い二つの吐息が和室に木霊する。
萌は布団に顔を半分だけ埋めながら、後ろを振り返る。
どこか恨めしそうな視線な気がするのは、まぁ、不思議なことでもなんでもないだろう。

「……へんたい。ばか」

「……馬鹿なのはなんとなく自覚してるけど、変態はないんじゃないかな」

「……そんなこと、ない、わ。
 ……まったく、もう」

限界、とばかりに萌は下半身を横倒しにした。
皺だらけになったシーツの上に、萌の髪が広がる。
ザーメンにまみれ、疲れ果てた様子で横になる彼女の姿は、酷く俺のツボにはまった。

「……でも」

「……ん?」

「……その。
 ………………きもち、よかった……わ」

蚊が鳴くような小ささで紡がれた声を、しかし俺は聞き漏らしたりしなかった。
その言葉が聞ければ満足だ。

「そっか。ありがとう。
 俺も気持ちよかったよ。それに、萌が感じてくれたみたいで嬉しかった」

「……でも」

「でも?」

「……次はもっと……優しく……」

「……頑張る」

なかなか守れるかどうか怪しい約束だ。
思わず苦笑。そして俺も布団へ横になろうとするが、この公民館にシャワーがないことを思い出す。
萌の体にぶっかけてしまった精液を乾く前に拭かなきゃならない。

「まずい。ティッシュはどこだ……!」

「……後は、よろし……く」

ふにゃ、と力尽きたように萌は俯せで大の字になる。
精液で染まった背中を上にしてくれているのが、せめてもの配慮なのだろう。
今すぐ横に行って萌といちゃいちゃしたい衝動に駆られながら、俺は部屋の隅までティッシュを取りに行った。








†††








あの後、萌をなんとか門限である六時までに家に送り届けることに成功した。
くたくたのままだったので、背負って町内をダッシュすることになってしまったが。

萌を先に送り届けたため、俺は俺で門限を完全オーバーし、親に怒られる始末。
とは云っても普段から優等生をやっているため、軽い注意で済んだのだけれど。

完全に平常心を取り戻した今の俺としては、どうしてあの時公民館という選択肢が頭に浮かんできたのかさっぱり分からない。
確かに部屋はあるし布団もあるしエアコンだってあるものの、ラブホ代わりにするにしたってちょっとエクストリームすぎる。
これこそが俗に言う出来心ってやつなのだろう。まともな頭で考えると、自分のことなのに意味が分からない。

「そういえば蒼葉」

「……え?」

ソファーで力尽きつつ天井を見て考え事をしていた俺に、テーブルで新聞を広げている父さんが声をかけてきた。
普段はそんなことないのに、新聞で顔を隠したまま独り言のように呟く。

「昨日の夜、乾燥機にシーツが放り込まれてたな。
 取り出してみたら、端の方にマジックで公民館と書いてあった」

「……ああうん。遊んでたらちょっと汚しちゃってさ。
 こっそり洗って、返そうと思って」

「そうか。まぁ何で汚したのかは聞かないが。
 ……やるならやるで、見付かるなよ?」

……これはきっと、あれだ。公民館の壊れた窓のことを云っているのだろう。
おそらくそうだ。そのはずだ。
ははは、驚かせやがる。
……気を付けよう。








■■■
●あとがき的なもの
そういうわけで『2.もっと萌とセックス。』な話をお送りいたしました。
懲りずにエロを書いてみたものの、どれぐらいのボリュームが丁度良いのかさっぱり分かりません。
そしてエロスを書くのは馴れてないから時間も手間もかかるよ……。
次はエロはないはず。というかエロ書いてたら話が進まないのであってはいけない。

五話では5121面子を一人出す予定です。

●内容的な部分
萌の出身地の地理と、電子マネー周りは捏造。
もうちょっと水族館での萌を書きたかったのだけれど、はしゃいでる萌というのが上手くイメージできずこんな感じに。
そしてエロがあんなノリなのは、作者が快楽責め好きだから。電マとか出すのを必死で我慢しました。

●修正
感想板で間違いを指摘してくれた方、ありがとうございます。修正させていただきました。
そして作者の勘違いで間違っていた蒼葉の生年月日周りも修正。蒼葉は原さんと同年代です。

●Q&A
Q:3は包丁フラグですよね?
A:そんなことはないですよ! 多分!

Q:萌に萌えるね?
A:萌りんと森さんはガンパレヒロインの個人的ツートップ。

Q:蒼葉はエロに流されて告白に応じたの?
A:そんなことないと思いたい。嘘です。ちゃんと萌のことは彼なりに愛しています。
  彼は萌に対して好意を抱いてはいたのですが、なんか幼い子に悪戯してるみたいで気が引ける、という心理的なストッパーがかかっていました。
  萌と接し続けていればいずれは彼も自分の気持ちを整理できたのですが、時間がかかりすぎてその頃には戦争が始まってるレベル。
  なので恋人同士ににるには、萌の方からHな雰囲気に任せて突っ走るのが一番の近道になります。
  ……それをHな雰囲気に流されていると云わないか?

Q:萌ママとのH……。
A:あいかわらず無茶を云う……少し待て、すぐには出来んぞ
 ※書きません

Q:2になったけど、仮に3になったら誰のエッチが書かれたの?
A:自動生成キャラになります。要するにオリキャラ。
  映とかでも良いかも、と思ったりしたものの、断念。Yesだね!

Q:オーケストラ事件……。
A:……へへ、時間ってのは残酷だな。
  あの頃の怒りも、今じゃすっかり思い出せねぇ。

Q:限定版資料集……。
A:MSVばりの栄光号光輝号光焔号の濃密な開発秘話が読めると思ってたんですよ……!

Q:ブレインハレルヤまだー?
A:とても使いたいんですけど純愛から陵辱へ大幅な路線変更が必要ですよ……!
  でもせっかくなんだしプログラムセル周りをエロに使いたいですね。

Q:ガタイが良くなったらパイロットになれないんじゃ?
A:身長178の荒波が問題なくエースパイロットやってて、185の若宮がコックピットが狭いと文句を云う。
  なのでおそらく、180超えなければ大丈夫なのでしょう。勿論、体の厚みとか筋肉の量も関係あるとは思いますけど。

以上になります。
感想で意見を頂けると幸いです。
設定が見過ごせないレベルでおかしい、と思った方にも指摘して頂けると幸いです。
それでは、読んでいただきありがとうございました。



[34688] 五話
Name: 鶏ガラ◆f61e2f27 ID:3ca73e93
Date: 2013/01/03 22:44
「なん……だと……」

手元にあるテスト用紙。その得点欄に赤ペンで記入された数字を目にし、俺は愕然としながら思わず呟いてしまった。
その数字は65。お世辞にも高いとは云えないこの点数を取るだなんて、一体何がどうしてこうなった。
100点を取るつもりはなかったものの、さりとて、ここまで微妙な点数を取るつもりだってなかったんだ。
有り得ねぇ――思わず頭を抱えて、ため息を吐く。

小学生時代をもう一度送ることになってから頭を悩ませたことの一つとして、テストの点数がある。
学校生活そのものはそれなりに楽しんでいるものの、授業内容は一度は学んだことであるわけで、正直に云えば退屈だった。
俺たちが第六世代だからか、授業内容は自分が過去受けたものより難しいとは思ったものの、それだけだ。ついていけない、なんてことはない。

そして更に、この世へ転生した際に付加された異能のこともある。
"一度習得した力は劣化しない"というこの力。
これは知識にも効果を発揮しているようで、暗記系の問題などは覚え間違いでもしない限り、ミスは有り得なくなった。
そして小学校の勉強と云えば、大半の内容が暗記系だ。算数だって公式さえ覚えておけばなんとかなるし、多少複雑な問題が出てきても、似たような問題を一度でも解いたことがあったのならば計算方法を応用することもできる。
加えて、第六世代になったことで俺のIQは前世と比較にならないほどに水増しされているため、授業についていけないということはほぼあり得ないのだろう。

そのためテストで百点を取ろうと思えばいくらでも取れるわけだが……まぁ、そこはそれ。
まだ低学年だった頃に百点を連続して取ったら同級生から微妙に距離を置かれそうになったため、それ以降はそれなりに手を抜いてテストをこなしていた。
レジミルの主人公みたく、テストの難易度からクラスの平均点を予測し、それピッタリの点数を取る……なんてことは流石にできないものの、おおまかな配点を計算して八十点台から百点の間をフラフラすることぐらいは容易かった――はず、なのに。

ざっとバツがつけられた部分に目を通す。通した後に、なんだか理不尽に対する怒りが沸いてきた。

「あの、先生」

「はい、蒼葉くん。どうかしましたか?」

「このテストの採点、厳しすぎやしませんか……?」

「そうね。蒼葉くんの採点、先生ちょっとだけ厳しくしちゃった」

「てへへぺろ、みたいなテンションで云われたって誤魔化されませんよ俺は!」

そう、赤でバツをつけられた問題を見てみたら、なんというか採点が厳しすぎる。
今回のテストは先生の専門分野とも云える国語だった。だからなのか、どこぞの出版社が刷っているだろうペーパーテストではなく、藁半紙の手作り。配点を読み取るのが難しい上に問題も普段よりやや意地悪なものが多かった気がする。
勿論、俺にとってその程度の難易度アップは問題でもなんでもない。この点数の原因となるのは、先生の採点の仕方がえげつないのだ。

「この文章問題、答えは間違ってないんじゃないですか?」

線①が示しているものとは文中の何を指すか、というタイプの問題だ。
自分で云ったように答えは合っている。合っているのに、バツがついている。
何故かと云えば、答えとして書いた文に使用した漢字の書き方が違ったから。その間違えというのも、

「ハネを一箇所忘れただけって……」

「惜しかったねっ」

「いやいやいや、これそういう問題じゃないでしょ!?
 肝心の答えは合ってるんだから正解でしょうよ常識的に考えて!」

「えー……でも先生的にはこれぐらい厳しいほうが、蒼葉くんには丁度良いと思ったんだけどな」

……あ、バレてるのか。手を抜いてるの。
俺より良いテストの点数を取る奴だって、クラスにはいる。
俺にそこまで厳しいハードルを課すならそいつにも、と思うが、俺みたいに騒いでないので、この芳野御流採点礼法を使われたのは俺だけなのだろう。

「お、おのれー……!」

「……やっぱりわざとだったのね」

「……あ、いや、そういう意味では」

芳野先生は小さくため息を吐く。
そして声を小さくすると、俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた。

「蒼葉くんは放課後職員室へくるように。
 怒ったりするわけじゃないから、逃げちゃだめだぞ。
 進路のことも含めてのお話ですからね」

そう云われて席へと追い返される。
俺は自分の席に座ると、テストを手に持ったままガックリと机に突っ伏した。

「蒼葉、残念だったねー」

言葉の割には少しも残念そうと思っていないような声色で声がかけられる。
声の主は俺の隣に座っている女子だ。髪をアップにして纏めていて、パチっと開いた目が特徴的な女の子。

「……ありえん。漢字のハネや払いをちゃんと書かないと、今後は点数が入らなくなるってのか」

「うわ、そんなの無理じゃん。
 蒼葉、何か先生怒らせるようなことやったの?」

「たとえ怒らせても、それでテストの採点に補正入れるとか駄目でしょ。
 まぁ、別に良いんだけどさ……」

手癖で書いているものを、一語一句確かめるように気を付ければ良い話。
大変面倒くさいけれど。

「そういえば私、蒼葉がそんな点数取るの初めて見た気がする」

「ああ、実際初めてだ。だからちょっとショック」

心境としてはドミノを準備中に倒してしまったものに近い。
もしくは砂の城を作ってる最中に波がぶっかかって崩れてしまうとか。
ずっと維持していた高得点が記録が崩れてしまったわけで。
大げさに騒ぐほどじゃないけど地味にダメージがくる類である。

「まぁまぁ、そんなに落ち込まないの。
 元気が出るようにナデナデしてあげよう」

「わーい超嬉しいー」

「なでなで……って、なんか手がべたつくんだけどー!」

「マジで撫でたよコイツ。
そりゃお前、見て分かる通りワックスつけてるんだから、当たり前だろ」

まさか本当に撫でるとは思わなかった。
そのつもりで超棒読みの反応したのに。

「蒼葉の髪型って寝癖がそのままになってるんじゃなかったの?
 っていうかワックスってあの床に伸ばすワックス?」

「どっちも違うし。というかそんな風に思われていたなんて地味にショックだぞ」

自然な感じで髪の毛浮かせていたつもりなのに寝癖扱いとはこれ如何に。

「どうせ髪の毛弄るなら染めたりとかすれば良いじゃん」

「んなことしたら親に怒られて先生に泣かれるわ」

「私は染めたいんだけどなー。もしくは脱色」

「まぁ脱色するのも悪くないと思うけど、日本人には黒髪が似合うだろやっぱり」

「黒ってなんか野暮ったくない?」

「その分明るめの服を着れば良いだけだろ。
 あと野暮ったく見えるのは、前髪を伸ばしっぱなしにしたり、耳が隠れてたりしてるからじゃないのか?
 まぁ野暮ったいのは野暮ったいなりに理由があるはずだし、そこを直せば良いだろう」

「なんか黒髪にこだわるんだね。好きなの?」

「まぁ、好きだな」

ふと、脳裏に萌の顔が浮かぶ。
ゆるいウェーブのかかったふわふわの黒髪。あれを他の色に変えるだなんて考えられない。

「ふ、ふーん。
 まぁでも、確かに髪染めたりしたら回りがうるさそうだしね。
 私もしばらく今のままでいいや」

「そうしとけ」

「じゃあ長さはどれぐらいが好きなの?」

「セミロングかな。パーマとかかかってると萌える」

「……何よ萌えって。
 でも、ふぅん、そっか。セミロングにパーマね。ふーん」

「なんか含みのある言い方だな」

「別に。そういうのが好きなんだなーって思っただけ」

「ほらそこ、二人とも! テストの解説始めるから静かにしなさい!」

うだうだと話し続けていたら芳野先生に怒られてしまった。
こうして怒鳴られたのも地味に久しぶり。なんつー厄日だ、今日は。








†††








「失礼しました」

ガラガラ、とスライド式の扉を閉めると、詰まっていた息を吐き出すべく深呼吸をした。
さっきまで教務室で芳野先生と話していたことの内容を一言で云うならば、進路相談。
先生としては整備学校へ俺を推薦したいらしいが、その場合だと成績があと一歩足りないとのこと。
だからテストで遊んでないで真面目にやりなさい、というお叱りを受けた。

まさか芳野先生が俺を整備学校へ推薦するつもりだったとは知らなかった。
整備学校の資料を取り寄せてもらう際、芳野先生には進学先の希望を伝えたことはあったけど……。
それになんだかんだで俺はまだ五年生なわけで、受験云々は来年になってから本格始動するつもりだったから、推薦の話は正に寝耳に水。
……俺の認識が甘いのか、芳野先生が過保護なのか、もしくはその両方なのか。

いや、俺が甘かったのだろう。まだ時間はあると思っていたけど、実際はそこまで余裕があったわけではないのかもしれない。
完全に俺の認識不足。目を覚まさせてくれた芳野先生には感謝しないといけないか。

教室に戻ってランドセルを背負うと、俺は一人で帰路についた。
下校時刻が三十分ほど過ぎたからか、もう校内は静かなものだ。教室に残っておしゃべりしている生徒や校庭で遊んでいる連中もいるだろうが、そんなに多くはない。
ひとけのない生徒玄関で靴をはきかえると、そのまま外へ。

今日は道場へ行く日なので、家に帰ると自転車を使って向かうことにした。
普段は走って通っているのだけれど、今日は普段よりも少し時間に余裕がない。
急ぎ気味にチャリを漕ぐと、普段通りの時間に到着。
胴着に着替えて準備運動をすると、いつものように基本の型を反復するところから練習を開始した。

しばらくそうして、背中が汗でびっしょりと濡れ始めた時だった。

「蒼葉。少し良いか?」

「はい、なんでしょう」

俺を呼び止めたのは師範代だ。歳はもうすぐ四十に届くぐらいで、普段は社会人として働いている。
師範がもうそれなりの歳で、多くの門下生を指導するのが難しい状態なので、実質道場を取り仕切っているのはこの人だ。

「少し手合わせをしようか」

「分かりました」

俺が頷くと、師範代は籠手と竹刀を俺に手渡してくる。
籠手に手を通し、握りを確かめながら、俺はカーボン製の竹刀にしっかりと力を込めた。

俺が学んでいる流派は体術だけではなく、武術全般――目立つところで云えば剣術や槍術、弓術など――も教えている。
そのため組み手以外にも、武器を使っての訓練をすることがある。
今までの俺は体術のみを教えられていたが、最近になってようやく他の分野も教えてもらえるようになった。
剣術も教えてもらえるようになったのは、おそらく体術の技量が一定以上になったと認められたからなのだろう。
この流派は――他の流派でもそれほど珍しいことではないが――対武器を想定した体術の型も存在するため、それの意味を学ばせるためにも武器の取り扱いを学ばせる。
あれだ。いくら車の交通誘導技術を学んだところで、車を運転したことがなければ効率的に指示を出すことができないようなものだ。

俺は竹刀を構えて師範と対峙する。基本的には体術ばかりを学んでいるため、俺の剣の腕はそれほどじゃない。
一方、師範代の腕は本物だ。先輩辺りならば身体能力のごり押しで技量差を埋めることはできるものの、師範代が相手じゃそういうわけにもいかない。

だから勝機は限りなく低い。が、だからと云って負けることを前提で戦うつもりはない。
練習だからと云って、負けることを当たり前のことと思うつもりはない。
正に天から与えられた異能で非常識な身体能力を手にしていると云っても、これは日々自分自身の手で鍛え続けた力だ。
自分なりに誇ってもいる。簡単には負けてやるものか。

「ふっ――!」

呼吸を整え、息を吐き出すと共に全力で打ち込む。
今自分の出せる最大限の鋭さで放った上段からの一撃は、しかし切っ先で軽く反らされる。
そのまま竹刀を絡め取られそうになるが、俺は咄嗟に反応し、腕力にものを云わせて腕を引くと、即座に横薙の一撃を放った。

それを軽く反らされる。最小限の動きで渾身の一撃は再び無効化された。
だがそれでも、俺は動き続ける。

技量で劣っているなら、その舞台で勝負するのは愚の骨頂。そのぐらいは未熟な俺でも分かる。
悔しいが、俺はまだ古武術を学び始めて日が浅い。
いや、確かに年単位の経験は積んでいるし、鍛錬に費やした日数自体は決して少なくはない。
いくら剣術に不慣れとは云え、体術のものを流用した間合いの取り方や体捌きには自信がある。

……だが、今目の前にいる人は数十年という経験を積んでいるのだ。
経験値というジャンルで比較してみれば、まるで話にならないのは一目瞭然だろう。
師範代だけではない。彼と同じように、ある程度経験を積んでいる者に対しては大体こんな感じだ。
先輩含め、若さからくる身体能力を武器にした者と戦えば大体勝てる自信はある。
それに人生経験という意味じゃ負けていない。タイミングを賭けた駆け引きも、有利に運んでみせよう。

けれどこの目の前にいる師範代のように、ある程度以上の技量を持ち、かつ、周りとは格が一つ抜きん出ている者に対しては、どうしても勝つことができない。
おそらく、達人というやつなのだろう。
格の違いという奴を明確に感じる。才能のある人間が努力を重ね、そうした中で一握りの者だけが辿り着ける格というか。

……まぁそんなことは十も承知だ。
師範代と云われるだけあって、俺もこの人からは色々な技術を学んだ。
そして学んだ技術は現状、彼の劣化コピーでしかない。その技術を己のものに昇華する域に俺は達していない。
だから技で対抗するのは本当に無意味。

ぜ、と重い息が喉から漏れる。
呼吸が微かに乱れた。その瞬間、まるで意識の隙間を縫うように師範代の竹刀が振るわれた。
反応が遅れる。もし前世の俺であったならば、為す術なく打ち抜かれていただろうが――

「――ッ!」

考えるよりも先に体が動く。瞬間、両足に力を込めて床を蹴って跳躍した。
加減を忘れた全力でのバックステップは、二人の距離を八メートルほど開かせる。
とてもじゃないが師範代に一息で詰められる間合いではないだろう。
その証拠とでも云うように、師範代は呆れたような笑みを浮かべながらも、俺に先手を譲るように竹刀を構え、出方を伺う。

「相変わらず出鱈目な動きをしますね」

「……ええまぁ。現状、これだけが売りなので」

「いや、誇って良いですよ、蒼葉くん。
 第六世代であることを差し引いても、そこまで体を鍛えたのは君の努力だ。
 そして、君の剣の腕は、同年代の平均水準から比べればかなり高い」

「まだ竹刀を握り始めて間もないですけどね、俺」

「ええ。ですが体術の時に学んだ体捌きや間合いの取り方を流用できているのは流石だ。
 学んだことを別の分野で流用するというのは、言葉で云うほど簡単ではないですし。
 ……まぁ、お喋りはこれぐらいにしましょうか。
 きなさい」

……云われなくても。
完全に待ちに徹している師範代と違って、俺は責める側だ。
竹刀を下段に構え、呼吸を整えつつ師範代との距離を測る。
ひぃ、ふぅ、みぃ。この間合いをどう詰める。
下半身をバネのように縮め、力を込める。筋力を最大限に発揮できるタイミングと呼吸を合わせ――
バックステップの時と同じように、俺は全力で床を蹴りつけ間合いを詰めた。

だが真っ直ぐに突っ込むだけじゃ打ち落とされるのが関の山だ。
なので俺は八メートルという距離の間に何度もステップを入れフェイントを混ぜる。
一歩、二歩。師範代に接近するには、あと数歩必要――と、向こうは思うはず。
あと五メートルほど残っている距離を、俺は一息に跳んで詰めた。低く低く、這うように。端から見れば地上すれすれを平行移動したように見えただろう。
通常は二歩や三歩を必要とする距離を一歩で詰め、相手の虚を突く歩法。縮地と云われるものだ。
通常であれば血の滲むような鍛錬の末に会得する奥義なのだろうが、第六世代の身体能力を使えば真似事ぐらいやってみせる。

竹刀を下段から跳ね上げる。そのまま師範代の得物をはじき飛ばそうとして――

「素晴らしい」

不意を打った。師範代の反応よりも先に竹刀を振った。
だというのに、だ。

師範代は俺の一撃を両手で構えた竹刀の腹で受け、勢いをそのまま完全に逸らす。
タイミングが最悪だった。師範代の反応が間に合っていないと読んだ瞬間、俺はカウンターのことを頭から消し去り一撃に神経を集中していたから。
結果、どうなるか。簡単な話だ。
斬撃を受け流した師範代は、そのまま流れるような動作で竹刀から片手を離す。
そして無防備に迫る俺の胸に掌底を打ち込んだ。
力は全然込められていなかったが、これは俺自身が突撃した際の勢いがそのまま跳ね返されたようなものだ。

「がっ……!」

衝撃が胸を中心に走り、呼吸が止まる。視界が一瞬ブラックアウトした。
が、ここで意識を手放すわけにはいかない。
吹き飛ばされて一度は平衡感覚を失ってしまったものの、すぐに取り戻す。
そして重力に導かれ落下している方向を直ぐさま知覚すると、床に落ちると同時、受け身を取った。

「がはっ……! げほっ、げほっ!」

床を転がり、大の字になりながら盛大に咳き込む。
体が軋むが、骨に異常があるような感じはしない。怪我をしたとしても精々が打撲といったところだろう。
運が悪ければ胸骨を折られていたかもしれない一撃だった。流石は第六世代の体といったところか。頑丈さの面でもぶっ飛んでる。

「大丈夫ですか?」

「げほ……今の、俺じゃなかったら大変なことになってたと思いますよ」

「ええ。うっかり手加減を忘れてしまいました。
 それだけ素晴らしい一撃だったということです」

「平然と云うことですか、それ」

大の字のまま横になった状態で、悪態を吐く。
動きを止めた瞬間、汗が一気に噴き出してきた。
集中に集中を重ねたせいか、どっと疲れが沸いてくる。
すぐに立ち上がる気は起きない。呼吸が落ち着くまでこうしていよう。

「蒼葉くん」

「なんですか?」

「今度の他流試合ですが、君と同年代の子も交えて行うことになりました」

「珍しいですね」

本当に珍しい。
そもそも俺と同年代の子が古武術をやっていること自体が珍しいし。
今まで他流試合を何度もしたことはあったが、対戦相手は全部が年上だった。

「ええ。たまには君にも楽しんでもらいたいと思いましてね」

「……楽しむ?」

「ええ。師範代である私が云うのもなんですが……蒼葉くん。
 君は鍛錬を作業か何かだと思っていませんか?
 体を作り、技術を学ぶ。君のその姿勢は非常に熱心で真面目ですが、どこかそう……仕事のようだと、思います。私はね」

「……たとえ仕事だとしても、楽しむことはできると思いますけど」

自分で口にしておきながら、師範代が云いたいことはそうじゃないと自覚していた。
要はこう云いたいのだろう。子供らしくない、と。
それもそうだ。萌と一緒にいるときや学校にいる時と違い、自分で云うのもなんだが、道場での俺は遊んでいない。
先輩と雑談したりはするが、訓練に打ち込む際には真面目に取り組んでる。
これは道場でのことではなく、日常的に行っているトレーニングについても同じだ。
最初の頃は辛かったものの、生活の一部に組み込むことに成功し、ノルマの一つと思えるようになれば問題ない。
それに鍛えれば鍛えるほど成果が出ると分かっている楽しさもある。ただこっちはスポーツの楽しさではなく、預金通帳を見てニヤつくような類だが。

話を戻そう。
師範代はつまり、俺に子供らしさを求めているわけだ。
まぁ確かに、道場での俺は無邪気さが足りないとは思うが。
そのせいで師範代には、俺が道場通いに退屈さを覚えていると誤解されたのかもしれない。

「まぁ……ウチは君のような子供の門下生が少ないですからね。
 礼儀作法から入るという伝統もあるせいか、それで早々に飽きてしまう子が出ますし。
 そして君と同年代の子らがいても、今度は実力差が凄まじく、試合にならない。
 君のストイックとも云える姿勢は、そこからきているのだと思いました。
 切磋琢磨できるようなライバルがいないからだ……と」

「ライバル……いるんですか?」

「ええ。師範の古い友人のお孫さんが、最近になって実力をつけてきたようでしてね。
 君の仕合内容を撮ったビデオを見せたら、相手をしてもらいたいとあちらからお誘いがあったんです」

「……そんな相手がいたんですね」

「ええ。いたんです。いたんですが……その子は、とても可愛いがられているようでしてね。
 俗に云う箱入り娘というかなんというか。外に出しても恥ずかしくない程度にまで鍛えてから、と考えていたのでしょう。
 前々から君とその子を、と思っていたのですが、色よい返事をもらうことができませんでした。
 それがようやく……おそらく、ある程度の実力がついたと考えるべきでしょうね」

「……ん? 箱入り娘ってことは、その子って、女の子なんですか?」

「そうですよ。ちなみに、なかなか可愛いそうです」

「そうですか。ちなみに、あまり興味はありません」

俺には萌がいるし。

床に寝そべり続けていたら、いい加減背中が冷えてきた。
俺は上体を起こすと、そのまま固くなりつつあった体を動かし始める。

「期待して良いと思いますよ、蒼葉くん。
 君は、初めて近い実力を持った第六世代と戦うことになる」

「それが何か?」

「全力に応えてくれる相手だということです。
 私たちを相手にしている際の君は、まるで詰め将棋をしているようなものだった。
 どうやって守勢に回る相手を切り崩すか。そればかりを考えていたはずだ。
 けれど今度の相手は違う。きっと、君の全力に応えてくれるはずだ。そして君も、彼女の全力に応えてあげることができるはずだ」

「それは――」

つい、言葉に詰まる。
それは確かに、楽しみだ。
今では当たり前のことになってしまったが、先の師範代との稽古のように、俺はいつしか他人と仕合う時、防御に徹する相手をどう倒すかばかりを考えるようになっていた。
当たり前の話だ。身体能力で俺に叶わないのならば、技量でもって隙を突く戦法に切り替えるのは。
体術でもそうだったが、最初の内は別にそんなこともなかった。
泥仕合というか、あまり頭を使わず体を動かして相手をどう圧倒するか考えるだけだった頃は、確かに全力でぶつかる楽しさはあったが……。

「……楽しみにしておきます」

「ええ、そうしておきなさい」








†††








「そういうわけで、今日は初めて同年代の子と戦えるかもしれないんだ」

「……良かったわ、ね」

「ああ。割と楽しみにしてる」

電車のボックス席に萌と隣り合って座りながら、俺たちは今日かれから行われる他流試合のことを考えていた。
会場は電車で三十分ほどいった街にある体育館。駅からさほど離れていないということで、電車での集合になったのだ。

萌は他流試合になるとマネージャーめいたことをしてくれる。飲み物の準備をしてくれたり、試合が始まったら濡れたタオルを準備してくれたりと。
もう何度目になるだろうか。道場の皆とも既に顔見知りになっているため、割と皆友好的に接してくれている。
中には俺との仲をからかってくる連中もいたりはするが、それだって悪意があるものじゃないし、もう俺も萌も馴れた。
道場の人たちは基本的に年齢が上ということもあり、それなりの分別もあるため彼女を差別したりもしない。だからなのか、萌も割と居心地が良いと感じてくれているようだ。

「ちなみに萌は、俺とその子、どっちが勝つと思う?」

「蒼葉」

「即答なんだ」

「……蒼葉は、負けない……わ。
 いつも……年上の人にだって、勝ってる、もの」

「そうかな。結構負けてると思うけど」

大体他流試合の時の勝ち負けは五分ぐらいに調整されてる気がする。
ある程度の相手までは勝てるが、一定水準を超えたら途端に勝てなくなる感じ。
そのせいで勝率は五割ぐらいに落ち着いているはずだ。

なんて考えてみると、萌はふるふると頭を振った。

「……蒼葉は強いわ。
 私、応援するから……頑張って」

「分かった。勝つよ」

そこまで云われちゃ勝たないわけにもいくまい。
そんなやりとりをしていると、周りの座席から何やら視線を感じる。
そんなに人が乗っていないはずなのに、何故だろう。あ、舌打ちが聞こえた。

「……ねぇ、蒼葉」

「ん?」

「……これ」

云いながら、萌はごそごそと小さめのショルダーバッグから包みを取り出した。
それがクッキーであることは、一目で分かる。

「ん、おやつ? もらっていい?」

「……自分で、作った」

マジか。俺の記憶が確かなら、それなりにお嬢様な萌は、台所にまったく近寄らない子だったはずだけど。
包みを受け取って開けてみれば、色んな種類のクッキーが入っている。
プレーンにチョコ、チョコチップもあればナッツ入りのも。
中々手間がかかってるな。

「……蒼葉、専用」

「ありがと。でも萌、お菓子とか作れたんだ」

「……練習した、の。
 ……蒼葉は、あまり料理ができないって、前に云ってた……から。
 だから……私が、料理、する」

えっへん、と少し誇らしげに萌は胸を張る。
……ああ、そういえばそんなことも云った気が。
ほんの軽い雑談のつもりだったのに、萌はしっかり覚えていたのか。

「じゃあお菓子のリクエストしてみても良い?」

「……まかせて」

「今度はカップケーキとか食べてみたいかな」

「……蒼葉は、カップケーキが好きなの?」

「うん、結構好きだな。コーヒーにも合うし、あれ。
 俺、割と甘党だからお菓子系はなんでもいけるかな」

辛いのもいけなくはないものの、ガチの辛党と比べたら霞むレベルなので甘党寄りか。
五十倍まで辛さを選べるカレーショップがあるとして、俺が平気で食えるのは十倍まで。
それ以降は舌がヤバイし、翌日の肛門が死ぬのでノーサンキュー。
そんな程度なので、まぁ甘党だろう俺は。

「……了解。甘いの、作る」

リクエストなんて厚かましいと思いつつも、萌は嫌がっていないようだ。良かった。
せっかく萌がやる気を出してくれたんだし、これっきりにしてしまうのは少し寂しいだろう。

「お礼に俺も何か作ろうかな」

「……大丈夫。
 蒼葉、いつもデートの時にご飯をご馳走してくれる、から。
 これはその、お礼……なの」

萌が今云ったように、何度か彼女とデートをするにつれ、そんな俺たちルールが出来上がっていた。
交通費や入館料などはそれぞれ自分が出して、ご飯は俺が奢る。
親の名義でせこせこ内職をしつつ小銭を稼いでいる身としては全部出したって良いのだが、萌がそれを嫌がったため今の形に落ち着いた。
それでも彼女からすれば納得できない部分があったのか、こうしてクッキーを作ってくれたわけだ。

「……お菓子は、そこそこ、作れるようになった……けど。
 ご飯は、まだ……なの。
 お弁当、上手くできたら、持ってくる……から、待ってて」

「そか。うん、楽しみにしてる」

「……あーん、してあげるから」

「それはしなくても良い」

「……どうして?」

「だってハードル高いだろ?
 ああまぁ、人の目のない、二人っきりの時なら別に良いけど」

「……いつも、私に恥ずかしいこと一杯してる……くせ、に。
 その仕返しがしたい、の」

「だからって公開処刑は何か違うと思うんですけど!」

「……残念」

なんてやっていると、だ。
さっきから感じていた周囲の視線が余計に強くなってくる。
特にデートとかお弁当とかそういう単語が出た瞬間は、軽い殺気すら感じるぐらい。
まぁそのプレッシャーの出所は考えるまでもないですけどね。

やれやれだぜ、と思っていると、萌は再びバッグを漁りだした。
そしてさっきの包みよりもやや大きいそれを取り出すと、両手で掲げる。
ちなみに包みには黒マジックででかでかと書かれていた。義理、と。

「……クッキー、いる人、いますか?」

「ヒャッハァー! 女の子の手作りクッキーだぁー!」

「でも義理だぁー!」

「明らかに蒼葉の奴の失敗作ばかりだぁー!」

「いらねぇなら寄越せぇー!」

「誰がそんなこと云ったコラァー!」

……ウチの道場、女っ気が皆無だからなぁ。
なおも上がる奇声をどこ吹く風といった感じでシートに座ると、萌は水筒の蓋を開ける。
香りからして、中身は紅茶だろうか。
二人分を用意すると、萌は片方を俺に差し出した。

「サンキュ」

「……ちなみに、これも、私がいれた……の」

「おお、頑張ったな。
 で、味の方は……」

二人してコップを傾ける。
そして同時に顔をしかめた。

「……苦い」

「こっちも練習しないとな」

「……そう、ね」

持ってきたスティックシュガーをどばどばカップに入れる萌。
ストレートも嫌いじゃないが、この紅茶は流石に苦い。

頑張るって云っているし、俺もコーヒーの入れ方でも学ぼうか。
そんな風に萌とお喋りしながら過ごしていると、あっという間に電車は目的地へと到着した。








†††








目的地である体育館に到着した俺たちは、着替えた後に挨拶を終わらせ交流戦を開始した。
あちらもこちらもそれほど規模の大きな道場というわけじゃないため、観客もほとんどいない。二階のアリーナ席はガラガラ。萌も上ではなく下で観戦しながら、師範代の奥さんたちに混じって手伝いを行っている。
なんだかんだで身内試合のようなものらしく、雰囲気もほどよく緊張しているものの険悪というわけではなし。

何か変わったことがあるわけでもなく、順調に練習試合は進行していった。
そうして午前の最後――練習試合は午前のみだが――最後の最後でようやく、俺の名前が呼ばれた。
普段は頻繁というほとではないにしろちょくちょく試合をさせてもらえるだけに、これだけ長時間待たされるのは流石に辛かった。
取りを飾るように仕組まれた試合順は、一体誰が考えたものなのだろう。
まぁ良い。さあ、この鬱憤を晴らせるだけの相手なのか――そう思いながら竹刀を持って腰を上げる。

その時、だった。俺と同じように呼ばれた名前が、耳に引っかかる。
普段の俺は対戦相手の名前を気にしたりはしない。流石に二度三度を耳にしたなら覚えもするが、一度目で気にするというのは稀だ。いや、厳密にはこの名前、初めて聞いたわけじゃない。

まだ試合が始まったわけでもないのに、背中を汗が伝う。
視線を向ける。その先にいた、俺よりも一つ年下であろう胴着姿の少女を見た瞬間、思わず手に持った竹刀を取り落としそうになった。

「……壬生屋、未央」

練習試合だからか、長い髪を彼女は後ろで束ねている。
可愛らしいと充分に云える顔は、仕合に臨む緊張からか、引き締められていた。

萌に引き続き、彼女とも顔を合わすことになるなんて、これは一体どういう偶然なのだろう。
それがなんだ、というわけじゃないものの、何か運命めいたものを感じてしまう。
まぁこの世界の運命は基本的にロクなものじゃないので、是非とも俺には関わらないで欲しいものだが。

そんなことを考えながら礼を交わしつつ彼女と対峙する。
この仕合のルールは極めて簡単。禁じ手は特になく、先に決定打を打ち込んだほうが勝ち。
半ばレクリエーションじみたものになっている。いや、実際そうなのかもしれない。これはきっと俺たちのために師範代が用意してくれた遊びなのだろう、きっと。

竹刀を構え、籠手をはめると、彼女と視線を絡ませる。強い意志のこもった青い瞳。落ち着いた佇まいと相まって、軽いプレッシャーを感じる。
それに気圧されたりはしないものの、この歳で対戦相手に威圧感を叩き付けてくるというのも末恐ろしい。
そしてこの時になり、ようやく納得する。きっとこの子も、近い実力を持った同年代の子に恵まれていなかったのだろう、と。

「――始め!」

審判の声が体育館に響き渡ると同時、俺は自分と対戦相手以外のすべてを意識から排除した。
さて、この子の実力はどんなものなのだろう。

牽制のつもりで、けれど決して鈍くはない一撃を打ち込む。
壬生屋はそれを竹刀で弾き軌道を逸らすと、即座に打ち込み返してきた。やられたらやり返す。彼女の気の強さをそのまま形にしたかのような行動だ。

速い――酷く鋭い打ち込みだ。一切の迷いがなく、この一撃で仕合を決めようという意思が感じられる。
並の人間ならば反応すらできずに打ち倒されてるであろう太刀筋。

だが俺は弾かれた竹刀をすぐ手元に引き戻し、彼女の竹刀を防いだ。
カーボン製の竹刀が盛大に衝突音を撒き散らし、軋みを上げる。

一瞬だが壬生屋の動きが止まる。その際、足を入れ替え一歩踏み込む。
ともすればお互いの吐息を感じるほどの距離にまで接近する。剣術ではなく体術の間合い。

更に一歩踏み込む。
彼女の軸足となっている右足。そのすぐ側に俺の右足を差し込んで、背中に腕を沿え、押す。次いで、差し込んだ右足を跳ね上げようとして――

重心が致命的なまでに崩れようとした刹那、壬生屋は左足一本で床を蹴り付け、俺との距離を開けた。
三メートルほどだろうか。そんな逃れ方をされるとは思ってもいなかったため、追撃という考えが浮かんでこなかった。

そう――そんな力ずくで逃れるだなんて方法、第六世代ぐらいにしかできやしない。
なんだ今のは。片足で跳んでいい距離じゃない。

驚いている俺と同じように、壬生屋もまた、呆れたように俺を見つめていた。
考えていることは、どうせ俺と同じようなものだろう。
有り得ない、どうかしている。こんな相手は初めてだ――

崩れた型を作り直すと、俺は竹刀を正眼に構えた。
そして呼吸を整えると同時、全力で床を蹴りつけ得物を打ち込む。
迎え撃つ壬生屋もまた竹刀を振り上げた。

今度は近付かせないとばかりに、猛烈な迎撃が行われる。
打ち込んだ竹刀のすべてを叩き返され、その反動でびりびりと空気が鳴動するような錯覚すら感じた。

切り込めないと分かったら一度距離を置き再度仕切り直し。
そうして幾度も切り結んで、綺麗に決められたら負けを認める――試合のセオリーはそういった形なのだが、俺も彼女も、仕切り直しなんてこと頭から抜け落ちていた。
ひたすらに竹刀を打ち付ける音が響き続ける。

やはり道場主の娘というだけあって、壬生屋の技量は俺を上回っている。
フェイント交じりに叩き付けられる斬撃のすべてを、彼女は正確に打ち払っていた。
その返し方も師範代のような最小限の動きで逸らし、カウンターを入れる類ではない。
全力で打ち払い、打ち負けた隙を狙ってトドメを入れる。そんな剛剣。

おそらく今まで、そのやり方で勝ってきたのだろう。
分からない話じゃない。竹刀から伝わる衝撃は、とても子供を相手にしているとは思えない力強さがある。

が、その力強さを俺は堪えることができる。
性別差や年齢。それに加えて――いや、ある意味これが一番大きいか――基本的な身体能力を上回っているからだ。
しかし技量は間違いなく壬生屋が上をいっている。単純に練習時間が違うのだろう。
加えて、彼女には剣術のセンスがある。
裂帛の気合いに乗せられた斬撃は、ただ言い付けられた通りに鍛えた以上のものを感じられた。
おそらく教授された技術を自分なりに消化し、自らの力として昇華したのだろう。今の俺にはできない領域の話だ。
そういう意味で壬生屋は剣術で俺の二歩も三歩も先を行っている。本物の天才とはこういう子のことを云うのだろう。
真っ向勝負ではとても勝てない。搦め手で勝負を決めるしかないだろう。

竹刀を打ち鳴らし、一つ、また一つと切り結びながら、防御に徹するスタイルにシフトし、頭の片隅で考える。
まず真っ先に浮かんできた勝ち筋は、長期戦に持ち込むこと。
壬生屋を見れば、今の段階でやや呼吸が上がってきている。それもそうだろう。この力強さで打ち込み、未だ切り伏せることのできなかった相手など今まで存在しなかっただろうし。
それでも尚太刀筋に曇りが見えないのは流石と云おう。体力で足りない分は気力で補っているのか。
だがそれでも、いつかは限界がやってくる。運動力、体力、気力はすべて俺が上回っているのだ。防御に徹して長期戦に持ち込めば、徐々に壬生屋の力は削がれてゆく。
そうして疲れ切ったところで勝ちを狙いに行けば良い。

現段階で最も妥当な案がこれだろう。変な冒険をせず確実に拾える勝負を勝ちに行くのが俺の主義だ。
が、それで良いのか、とも思う。
壬生屋との試合は、そういった詰め将棋じみたものではなく、全力全開でのぶつかり合いを楽しんで欲しい、という趣旨で計画されたものらしい。ここで普段通りに戦ってしまっては師範代の面子を――

「――っ!?」

瞬間、思考を打ち切って、俺は強引に真横へと跳躍した。
次いでさっきまで俺のいた空間を、竹刀が突き破る。突き――そう、咄嗟に俺が強引とも云える回避を行ったのは、手加減の一切ない突きを壬生屋が放ったからだった。
狙いはおそらく、胸だった。喉でなかっただけマシ……いや、そういう話じゃない。
もし直撃すればただじゃ済まなかっただろうに、それを分かってて彼女は放ったのか?

いかれてる。ありえない。

竹刀を構えつつ、じっと壬生屋の様子を観察する。
頬を上気させ、髪をいくつか頬に貼り付けた彼女。
体育館の床に汗を落としながら、空を薙いだ竹刀を引き戻しつつ彼女は俺へと向かい直す。
そうした彼女の顔に浮かんでいたのは、うっすらとした笑みだった。
薄ら笑い、とは違う。おそらく本人も気付いていないであろう、無意識下で形作ってしまった笑み。

なんで、そんな表情を――

「……何が、可笑しいのですか?」

「……何?」

「笑っているじゃないですか、あなたは」

云われ、思わず頬を籠手で撫でた。
しかしそうやっても自分が笑っていたかどうかなんて分かるはずもない。
俺が? 彼女と同じように笑ってただって?

「……一体どうして? 分かりません。ありえない。
 あの突きを避けられるだなんて」

俺に投げかけた言葉の答えも聞かず、彼女は独り言を零す。
ありえない? それはこっちの台詞だ。避けられるわけがないと思う強力無比な一撃を、ぶち込むような奴がいるか。
……ああ、そうか。
今のやりとりで、ようやく実感した。認めよう。俺はこの手合わせを楽しんでいる。
師範代が云っていた、全力に応えてくれる相手という言葉に嘘偽りはない。

ならば、と竹刀を握り直す。
今更いつも通りの詰め将棋風な戦い方をする必要はないだろう。
ただひたすらに全力を込め、この身体の限界性能を引き出して相手をしてやる。

「仕切り直しだ。守りに徹するなんて冷めたことして悪かったよ。
 そもそも、これはそういう仕合じゃなかったもんな」

「今までのは全力ではなかった、と……そうおっしゃりたいのですか?」

「三下みたいな台詞で恥ずかしいが、その通りだ。
 ここからは全力でやらせてもらう。
 行くぞ……!」

「来なさい……!」

そこから先の打ち合いは、酷く泥臭かった。
防御から攻勢へと俺が転じると、壬生屋と俺の戦いは、正に力と技の勝負となっていた。
逸らされようが防がれようが避けられようが、動体視力と筋力にものを云わせて執拗に壬生屋を追い詰める俺。
一方壬生屋は、俺ほどではないにしろ優れた身体能力で猛攻をしのぎきり、その技量で切り返しを狙ってくる。

ぶつかり合う竹刀はより一層悲鳴を上げ、握りしめる柄はギリギリと軋む。
だがそんなことになど一切頓着せず、俺と彼女は自らの限界を出し続けた。
否――限界以上の力を、発揮しているのかもしれない。

竹刀が虚空を横一文字に薙ぐ。もし防御が間に合わなければ刃がついていないと云えども大怪我を免れないであろう一撃。
しかし彼女と戦い始める前までの俺に、ここまでの威力と速さを兼ね揃えた斬撃を放つことができただろうか。いや、できなかっただろう。

一方、壬生屋。この一撃は、戦い始めた直後の彼女では防御が間に合わなかっただろう。
だが彼女はこれを凌いでみせる。更には、そこからカウンターの一撃を放ってみせる。

それを更に俺は防ぎ、返す。避わし、防ぎ、返される。
――ああ、すごい。素晴らしい。
今なら分かる。成熟した精神と目的意識で今までの鍛錬をこなしてきた俺だが、ああ、確かに退屈だった。
この全力を出しても打ち倒せない彼女とのやりとりと比べれば、どれほど物足りなく色褪せた日々だっただろう。

良いぞ。楽しい。簡単に終わってくれるな。
力の限り、時間の許す限りやり合おうじゃないか。

俺の全力を避けず流さず真っ向から受け止めてくれる奴なんて、今までいなかったんだ――

「お――おおおおおおおっ!」

「はぁぁぁぁあああああっ!」

気付けばいつからか、俺と壬生屋は互いに獣じみた声を上げていた。
威嚇するようなものとは違う。歓喜の声に近いだろう。
全身全霊、血の一滴からも力を振り絞り、この瞬間にすべてを出し切ろうとする。

――だが、その心地良い時間も永遠に続くというわけではなかった。

下段に構えた竹刀が走り、壬生屋の竹刀を打ち上げる。
さっきまで耐えていた彼女の防御がいきなり開いた。かすかな違和感を覚えながらも更に攻め続ければ、彼女は苦し紛れのカウンターを打つこともなく、防御に徹し始める。

これに違和感を覚えたのは俺だけじゃなかったようだ。
見れば、壬生屋の表情も困惑に染まっている――が、それと同時に俺は納得もしていた。

汗に濡れ、表情を強ばらせながらも防戦一方に転じてしまった流れを変えようとしている彼女。しかしその顔色は蒼白で、息の上がり方も明らかに普通じゃない。
簡単な話だ。体力はとうに限界を突破していて、遂に体が云うことを聞かないレベルにまで疲労が蓄積したのだろう。

……ここまで、か。

微かな寂しさが心に沸き上がってくるものの、仕方がないと苦笑する。
分かっていたことだ。性別差、年齢、身体能力で上を行っているのは俺の方なのだから。
皮肉なことに、一番最初に考えついた勝利条件を達成してしまったということ。

俺は打ち込み続けていた竹刀を止めると、バックステップで一気に彼女との距離を取る。間合いは五メートルほど。
急に退いた俺の様子に彼女は目を見開くが、俺はかまわず、竹刀を構えた。

「……なんのつもりですか?」

「このままじゃ決着が付かないだろ。
 だから次の一撃で決めよう。お互いに。
 どうだ?」

「……良いでしょう」

俺の意図を読んだのか、言葉通りに受け取ったのか。
彼女は重々しい息をつき呼吸を整えると、俺と同じように竹刀を構え直した。

「これで終わるのは残念だ。
 勝負の結果がどうあれ、またやろう。
 交流戦なんて関係なしに」

「ええ、是非。
 ……次は最後まで付き合えるよう、精進します」

どうやら俺の意図は筒抜けだったようだ。
まったく、そんな反応をされたら、もっと壬生屋のことを気に入ってしまうじゃないか。

正面に構えた竹刀を横に寝かせ、意識をただ正面の壬生屋だけに集中する。
他の何もかもを視界から排除して、ただ彼女の一挙手一投足にのみ注意を向けた。
そして下半身の筋肉を限界にまで練り上げ、全身の力が暴発すると錯覚するまでため込んだ瞬間――

「はぁぁぁぁぁぁ……っ!」

「やぁぁぁあああああ……!」

カウンターや防御、回避。そういった戦術の一切を忘却し、ただ一撃に現状の持ちうるすべてを乗せて、叩きつけた。

二人の距離が一瞬でゼロになり、流星の如き斬撃がそれぞれ衝突する。
果たして――

その結果、両者の竹刀が粉々に砕け散った。

「そこまで!」

仕合いの終了が告げられる。
その声は師範代のものだっのか、他の人のものだったのか。
白黒つかなかったのは少し残念だったが、まぁ次に持ち越しという風に考えれば悪くないかもしれない。

「……って、おい!」

礼をして握手でも――そう思って壬生屋を見た瞬間、ぐらりと彼女は身を崩した。
慌てて抱きとめると、彼女は困った風に笑う。

「……集中が、途切れてしまったようです。
 格好悪いところを、見せてしまいましたね」

「こっちだって年上なのに遠慮なくぶつかったんだ。
 それでおあいこだろ。気にするな」

手を貸して壬生屋は再び立ち上がると、俺と礼を交わして下がった。

俺を出迎える道場の皆の反応は、どうにも言葉にできないものだった。
賞賛の色がある一方で、困惑が。ほんの僅かに畏怖もあったかもしれない。
外から見た俺と壬生屋の試合はどんなものだったのだろう。こんな反応をされると、流石に少し気になる。

「どうでしたか?」

何を云えば良いのか考えあぐねていると、師範代が声をかけてきた。
彼の顔にもまた、困ったような笑みが浮かんでいる。
どうだったか。そんなこと、わざわざ言葉にする必要もないとは思いながらも、俺は笑みを浮かべて答えた。

「最高に楽しかったです。ありがとうございました」







†††







体育館のシャワールームを使わせてもらい汗を流して私服に着替えると、俺は廊下のベンチに座りながらぼんやりと天井を眺めていた。

脳裏には壬生屋と過ごした一時が再生されている。
思い返すだけでも口元がにやけてしまいそうだ。全力を出せるのがあんなに楽しいものだったとは思わなかった。
次に彼女とやり合えるのはいつになるのか。気が早いとは思いつつも、そんなことばかり考えてしまう。

知らない内に力がこもっていたのか、手に持っていたジュースの缶――スチール製の――に手の形がベッコリと残っていた。

「……蒼葉」

「……ん?」

気付けば、いつの間にか萌が俺の隣に立っていた。
座りなよ、と促すと、小さく頷いて彼女は腰を下ろす。

「……楽しかった、の?」

「……ああ、すごく。
 こんなに良いものだとは思ってなかった。
 そういえばそうだったな。誰かと競い合うことって、楽しいものだったんだ。すっかり忘れてたよ」

それは二度目の人生を始めてから、という意味ではない。
前世でも俺は、いつしか他人と競い合うことが面倒になって、自分なりに設定したハードルさえクリアできれば良い、という風に考えていたからというのもある。
人畜無害。マイペース。他人と自分の境遇を比べることに腹が立って仕方がなかったため、いつしか評価基準を外の誰かにゆだねるのではなく、自分自身で作り出してもので行っていた。
外に影響を及ばさず、影響を受けず。それはそれで完成した世界観の形だから気に入っていたし俺の性にもあっていたから満足していたが、こういうのも悪くないと少しだけ思えた。
まぁ、だからといって今更宗旨替えをするつもりはないが。

「……私、も」

「ん?」

「……私も、始めようかしら。
 ……古武術」

「どうしたのさ、いきなり」

「……馬鹿」

ぽつりとこぼされた言葉に首を傾げる。
一瞬どういう意味わからなかったものの、すぐに気付いて苦笑した。
そして萌の柔らかいほっぺたを、ぷにぷにとつまむ。

「萌は今のままで良いよ。無理に変わろうとする必要なんてないだろ。
 萌は萌だから俺は好きなんだし。
 そりゃ、俺のためにってのは嬉しいけどさ」

「……蒼葉って、結構、人を甘やかすタイプよね」

「そう?」

「……そう、だわ」

そんな風に云いながらも萌は俺の肩に体を預け、すりすりと額を擦りつけてきた。
ああもう可愛いなぁ。キスの一つでもしたくなってくる。
頬に手を添えて――と思った瞬間だった。
人の気配を感じて振り向くと、そこには壬生屋が立っていた。Hな雰囲気が終わる。おのれー。

「……おのれー」

どうやら萌も同じことを思ったらしく、壬生屋に聞こえないほど小さな声で呟いていた。

「あ、あの、お邪魔だったでしょうか」

「いや、別に。
 それよりもう大丈夫なのか?」

流石に人前でゼロ距離いちゃつきを続けるほど羞恥心を忘れ去っているわけではなかったため、腰を浮かせて萌との距離を少しだけ空けた。

「少し疲れただけだったので、もう大丈夫です。
 流石にあそこまで消耗したのは初めてだったので、わたくしも少し驚いてしまいましたけど。
 ……それでは、改めて。わたくし、壬生屋未央と申します」

「初めまして。俺は永岡蒼葉」

「……石津、萌です」

「はい、永岡さん。石津さん。よろしくお願いしますね。
 石津さんも古武術を学んでらっしゃるんですか?」

「いや、萌はマネージャーみたいなものだよ。
 な?」

「……そう、ね」

「そうなんですか。
 ……それにしても永岡さんは、すごいですね。
 同年代でわたくしと互角以上に打ち合える方がいるとは思いませんでした。少し、感動です」

「そんなことはないだろ。
 俺の方が一つ年上なんだし、剣の腕だって壬生屋の方が上だった。同い年だったら俺が負けてたと思うよ」

「謙遜を。最後の一撃、わざわざわたくしに気を遣って頂けたことには気付いています」

「まさか。俺も俺で限界が近かったから、より楽しめる締め方をさせてもらっただけだよ。
 またやろう。楽しみにしてる」

「……蒼葉さんは、変わった方ですね」

「そう?」

「……蒼葉は、変わってる……わ」

思いもよらない方向から壬生屋への援護射撃が飛び出した。
萌からもそんなことを云われるとは思わなかった。割と心外だ。
考えが顔に出ていたのか、萌と壬生屋は控えめな笑いを上げる。
それがまた俺にとっては心外で、年甲斐もなく眉根を寄せてしまった。

「いえ、すみません。悪い意味ではなかったんです。
 ……ええ、では、是非に。
 次の手合わせを楽しみにしておきます。
 ……あの、ところで」

「なんだ?」

急に壬生屋は言葉に詰まると、ちらちらと俺と萌を交互に見た。

「あの、その……お二人は……」

「うん」

「……先ほどの様子を見るに、大変仲がよろしいようだったのですが――」

「……彼女、よ」

壬生屋に最後まで云わせず、萌が小さな声で、それでもはっきりと言い切った。
すると壬生屋は顔を真っ赤にして、変な顔をする。

「……そっ、そうなのですか。
 ……あ、いえ、その、えっと…………す、進んでいらっしゃるんですね」

なんとも微妙な云われよう。ああ、そうか。事情を知らない人から見たら、俺と萌は軽い歳の差カップルだしなぁ。
俗に云うおねショタ。その単語が今の時代にあるかどうか分からないけど。そしてあったとしても壬生屋は知らないだろうけど。

……萌が年齢固定型クローンであることを今明かすのは、まだ早いだろう。

「し、失礼しました。
 ひょっとして、とは思ったのですが……同級生の中に、年上の女性と付き合っている殿方がいなかったものでして……」

「あぁ、いや、気にしないで良いよ。今度事情を話すから」

「じ、事情ですか!?」

何を想像したのだろうこのむっつりお嬢さんは。
更に顔を真っ赤にすると、口に手を当てて恐ろしいものを見るような視線を向けてきた。
なんだか色々と誤解を受けているような気がする。

「そうだ。多目的結晶のメールアドレス、教えてくれる?
 あとでメールするよ。せっかくこうして会ったんだし、古武術だけの繋がりってのも味気ないからね。今度、遊んだりもしよう」

「あ……はい、良いですよ。
 その……石津さんも、教えていただけますか?」

「……う、うん」

ぎこちない同意。一体どういうことかと思ったが、おそらく二人とも俗に言うアドレス交換に慣れてないのかもしれない。
萌はともかく、壬生屋もそうとは少し意外だった。
いや、壬生屋の場合は単純に男との接触があまりないからかもしれない。
道場に通っているから兄弟子ぐらいはいるだろうけど、それ以外、同年代の男友達ともなると、いないのだろう。

ともあれ、これで壬生屋へメールを送ることができるようになった。
萌の表情をこっそりと見てみれば、少しだけ嬉しそうにしている。
それもそうだろう。彼女にとって壬生屋は、初めての同性の友達になるかもしれないのだし。

解散時間が近いため、アドレスを交換したら壬生屋は行ってしまった。
彼女の後ろ姿が見えなくなると、俺は萌の肩を軽く叩いた。

「やったじゃん。早速壬生屋にメールしてみたら?」

「……えっ、と。でも……何をメールしたら良いのか、分からない……わ」

「そんなの、いつも俺にメール送ってるようなテンションで良いじゃないか」

「……恥ずかしい」

「そんなこと云わないの。この機会を逃したら後でメールを送り辛くなるだろ。
 ほら、ハリーハリー。たかがメールを送るだけだ」

「うう……」

萌は恨めしそうに俺を見たあと、左手に視線を落とした。
そして十秒ほどあと、送った、と小さく呟く。

「よし、よく出来ました。
 今度の日曜は壬生屋と遊んでみるか。
 その時まで少しはメールのやりとりをしておくように」

「……分かった、わ」

一度送ってみたら大したことがないと思えたのだろう。
それほど気負った風ではなく、萌は頷いた。

それじゃあ俺たちも行こうか、と道場の皆がいる場所へ戻るためソファーから腰を浮かす。
が、何かが引っ張られる感覚。見れば萌がシャツの裾を掴んでいた。恨めしそうにして。

「なんでしょうか、お嬢さん。どうやら不機嫌なようですが」

「……今度の日曜日、デートはしない……の?」

「……土曜日に自宅デートで。
 何か映画でも見よう。それで我慢してくれ。
 おやつにハーゲンダッツもつける」

「……それで良い、わ。
 ありがと、蒼葉」

そう云うと萌も立ち上がり、さっき壬生屋に邪魔された分までと云わんばかりに抱きついてきた。
腕に柔らかな膨らみが当たって、少しだけムラっとくる。さっきまで壬生屋と激しいやり合いをしていた興奮が残っているから、余計に。

「……今から帰ってもまだ時間はあるな。
 萌、ウチに寄っていかないか?」

「……いく」

答えると同時、萌は更に強く俺の腕を抱きしめる。
一見大人しそうでいて二人っきりになるとデレデレし始めるこれは、オトデレとかそこら辺に属するんだろうか。
そんなことを考えつつ、萌の身体に手を伸ばさないよう我慢して、俺たちはこの場を後にした。







■■■
●あとがき的なもの
5121面子で登場したのは、壬生屋でしたとさ。冒頭の同級生の少女は、アンケート3の名残です。
内容としては蒼葉の身体能力が現状でどれだけ人間離れしているのかと、萌の友達作り第一歩の二点。ついでに二人のバカップルっぷり。
古武術周りは作者の知識が全然足りてないので、おかしいにしても酷すぎるよココ! という場所に気付いたら指摘を頂けると助かります。

小学生編はあと二話を予定。エロはあと一回あるかないか、といった感じ。
エロシーンはあんな塩梅で頑張ります。

●内容的な部分
もっと蒼葉と壬生屋には跳んだりはねたりの超人バトルをさせたかったけれど、子供な上にウォードレスを着てないからこんなもんかな、と。
や、それでも割と超人的な動きをさせたつもりではあるのですけれども。
あと萌と蒼葉は四話と五話の間でそなりにデートとセックスの回数を重ねています。

●Q&A
Q:なんで森さん出なかったんですか?
A:出したかったんですけど、出したらきっと作者の趣味が暴走して幼少期が伸びまくる危険があったんです!

Q:これはおねショタ?
A:一見おねショタのようでも中身はおっさんとロリっていうマニアックな仕様です!

Q:二人で海……。
A:また今度にしよう、ってシーン入れ忘れましたすみません。
  修正します。

Q:地獄の香りが未来から漂ってきてむせる。
A:果たしてどうなるのか。や、一応大筋は決まっていますけれども。
  蒼葉の勇気が第五世界を救うと信じて……!

以上になります。
感想で意見を頂けると幸いです。
設定が見過ごせないレベルでおかしい、と思った方にも指摘して頂けると幸いです。
それでは、読んでいただきありがとうございました。



[34688] 六話
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:060ee8fc
Date: 2013/04/14 21:22
「あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」

なんて風にかしこまって挨拶をした後、俺と萌はなんだかおかしくなって笑い合った。
1993年正月――今日は一月二日。元旦から萌に会いたいとは思っていたのだけれど、お互いに親族が家にくるってことで、こうして顔を合わせるのは二日からになってしまった。

「さ、行こうか」

こくり、と頷き一つ。
ニット帽をかぶりマフラーを首に巻いた萌は、小柄な体を更に縮ませながら頷いた。
天気は良くて太陽は出ているものの、天気予報じゃ気温は三度と云っていた。
見栄えを気にしないほどに厚着をすれば寒くはない温度だろうけど、今日の萌はミニスカートだ。
可愛い姿は実に目の保養なわけだけど、寒いのなら無理をしなくても良いのに、と思いもする。

手を差し出すと、もう萌も慣れたもので、俺の手を握り返してくる。
最初の頃の初々しさというか、誰が見ているわけでもないのに恥ずかしがって顔真っ赤にしたり――というのが見れなくなってしまったのは少し残念ではあるものの、

「……寒い、わ」

云いつつ、萌は歩きながらも体を寄せてくる。
ニット帽とマフラーの間から覗く耳は、少しだけ赤い。
それはきっと寒さが原因というわけではないはずだ。

……こんな風に少しだけ大胆になって恥ずかしがるポイントが変わってきたのは、良い兆候なのかどうなのか。

萌に寄り添われて少し歩きづらいものの、それは決して嫌な感じではなかったため、俺たちはゆっくりと進み始めた。

目的地はこの辺り一番大きい神社だ。
そっちで壬生屋とも合流し、初詣に行く予定になっている。

「そういえば、すっごい勝手な偏見なんだけど」

「うん」

「壬生屋、なんとなく着物姿できそうな気がする」

「……そう、ね」

あいつの実家、なんとなくそこら変はきっちりやりそうだし。
俺の通ってる道場と違って門下生の数もぼちぼちいるから、道場で派手に新年会とかやってそう。

しっかし、壬生屋の着物姿か……。
大和撫子な外見を地でいってることだし、たぶん似合うんだろうな。
俺と同じブレードハッピー仲間ではあるものの、家が厳格だから礼儀作法も歳の割にはしっかりしてるし――だからこそ同年代の中では俺と同じように若干浮き気味なんだろうが――
前世じゃメイクと髪型がキメキメの派手派手な振り袖姿しか見たことない俺からすると、これからお目にかかれるであろう壬生屋の着物姿は少しだけ楽しみだった。

……なんだろう。
握られてる手にぎゅっと力が込められた気が。

「……着物、見たい……の?」

「萌は何着たって可愛いよ」

「誤魔化そうとしても……ダメ。
 浮気、ダメ、ゼッタイ。……呪う、わ」

何そのどこかで聞いたことがあるようなフレーズの類似品。
苦笑しつつ、俺はニット帽の上から萌の頭を撫でる。

「気にしすぎ。
 浮気者みたいに扱われるのは心外だなー。
 心配しなくても、俺はモテないから大丈夫だよ」

「……そんなことない、わ。
 蒼葉はかっこいいもの」

不機嫌そうな表情はそのままだけど、萌は繋いだ手をそのままにして腕を絡めてくる。
誉めてくれているんだか、責められてるのだか分からない。
まぁ実際はじゃれついてるだけであり、外から見ればノロケてるだけなんだろうけど。

「ま、仮に格好よくったって俺に自覚がないからしょうがないだろ。
 それよりも、俺が云った何着たって可愛いってのも嘘じゃないんだけどね。
 ……今度ゴスロリとか着てみない?」

「……持ってない、わ」

「プレゼントするから」

「……なんでそんなに、こだわる……の?」

「男のサガです」

着てもらえたらきっと俺はバーニングする。色んな意味で。

「……今年も相変わらず、蒼葉はスケベ」

「男の子だからね」

むしろ中身はおっさんで、だからこそスケベと云える。
同年代の子供が興味を示すゲームや漫画も確かに面白いし好きなのだけど、それ以外の遊びも知っているわけで……。
加えてこんなに可愛い彼女がいるんだから、我慢するのは無理というもの。

加えてこの体は育ち盛りのやりたい盛りであるからして。

「というか萌だって、なかなかスケベだろう」

「……そんなこと、ない……わ」

「だってゴスロリ着てくれって云っただけなのに、そういう方向に話が飛んだし」

「だって……それは……蒼葉、が」

「俺は着てくれって云っただけだし?
 そこから先を想像したのは萌だし?
 ……ちなみにどんなことを想像したのか教えてくれたら嬉しいな」

「……馬鹿」

知らない、とばかりに萌はそっぽを向いてしまう。
その様子をにやにやしながら見ていると、多目的チャットの方にメッセージが浮かんだ。

『ゴスロリって、首輪とかあって、ちょっと退廃的な感じだし。
 ……なんだか滅茶苦茶にされそう』

「ひでぇ。俺をなんだと思ってるんだ」

まぁ理性が薄まると嗜虐的な趣向が顔を覗かせる側面があったりするのは否定しないけど。
それでもそこまで酷いことはしないよ。
……してないよな?

『そういうこと云うなら良い機会だ。
 俺の趣向云々はいったん置いといて、萌はどういうのが好みなのさ』

いつも俺が攻めてばっかりな気がする。
無論、萌がマグロ女ってわけじゃない。
彼女が何かするより先に俺がそれを封殺して弄ぶ……もとい貪る……もとい可愛がっているだけで。

い、いや、自分本位ってわけじゃないはずだ。
ちゃんと萌も悦んでいるはず。そのはずだよな?

ともあれ、そんな風に基本パターンが決まってしまっているせいか、萌の趣向がどんなものなのかはいまいちよく分からない。

『……朝からする話題じゃないよね、これ』

『そうだね。で、萌はどういうのが好みなの?』

『話を逸らせない……』

むー、と萌は唇を尖らせる。
そして恨めしげに俺を見ると、

「……また今度」

そんな風に話を打ち切った。
まぁあんまりしつこく聞くのもあれだし、ここまでにするか。
そんな風に思いながら、ふと腕時計に視線を落とすと――

「あ、ヤバい。待ち合わせ時間まで余裕がない」

「……余裕を持って出たはず……なの、に」

「まぁいちゃいちゃしながら歩いてればこうなるわな」

なんてぼやきながら、俺と萌は壬生屋との待ち合わせ場所まで駆け足で向かった。







†††







「あけましておめでとうございます」

「こ、ことしも……よろしく……おねがい、します……」

「……お二人とも、どうしてそんなに息切れを」

「……ふぅ、いや、気にしないでくれ」

額に薄く滲んだ汗を手の甲でぬぐいつつ、ため息を一つ。
あまり息の乱れていない俺と違って、萌はぐったりしながら呼吸を整えている。

新年早々待ち合わせに遅刻なんて、流石に待たせる方も待たされる方も面白くないだろう、ということで、俺たちは割と全力ダッシュで待ち合わせ場所の神社に向かった。

しかしそんなことをすれば早々に萌が俺についてこれなくなるのは比を見るよりも明らかだ。
結局、途中から萌の手を引っ張りながら走り続けることになった。

まぁ、もしパーソナルデータを確認できるならば、俺と萌の体力値は、比べるのが馬鹿馬鹿しいほどの差が開いているだろう。
だというのに同時に全力で駆け出せば、こうなるのは当たり前って話。

それでも最初の数分は追いつけていたし、力尽きても転ばずについてこれたのだから、なんだかんだで萌の運動神経は良い。
体力がないから持久力がまるでないのだけれど。

……しっかし、折角おめかししてきてくれたのに、汗だくにしちゃったのは申し訳ないな。
今更になって少し後悔。壬生屋に待ってもらうなり、タクシー捕まえるなりに色々と手があったのに。

ポケットからハンドタオルを取り出し、ごめんな、と萌に差し出す。
萌はそれで汗を拭いつつ、ふるふると頭を横に振った。

「相変わらず、お二人は仲がよろしいんですね」

「まぁな」

「……堂々とそういったことを云える蒼葉さんが、わたくしには大物なのか違うのか、計りかねます」

どこか呆れたように壬生屋は云った。
馬鹿かどうか、ってことだろうか。失礼な大和撫子だ。
まぁ歳食うと恥じらいもなくなってくるもの……というか、恥ずかしさを感じるポイントが変わってくるものだろう。

手を繋ぐだけで真っ赤になるとか、そういった甘酸っぱい経験も今は昔。
若返ったところで中身はあれなままなので、初々しさなど戻ってこない。

……萌や壬生屋みたいな同年代からは大人びてると思われるかもしれないけれど、多分、年上から見た俺は、生意気、もしくは面白味がない奴と映るのかもしれない。
実際のところがどうなのかは分からないけれど。

まぁ、そんなことはどうでも良い。

「あ、そうだ壬生屋。
 着物、似合ってるよ。いつにも増して大人っぽい」

今更だが、壬生屋は俺の予想通りに着物を着てきた。
和服の柄などには疎いので上手く感想をまとめることはできない。
小紋、だっただろうか。今壬生屋が着ているのは割とカジュアルなタイプの着物だった気がする。
白地に飛び柄が入っていて、振り袖ほど派手ではないにしろ、地味でもない。

着物に合わせて、髪型も普段とは違う。
背中が隠れるほどに長い黒髪をアップにし、かんざしでまとめてある。

「ふふ、ありがとうございます。
 本当は、動きづらいから洋服できたかったのですけれど、そう云っていただけると着てきた甲斐がありますね」

「髪型違うのもなんだか新鮮だよな。
 お家の人の方針だから仕方ないとは思うんだけど、せっかく髪が長いんだし、もっと髪型で遊んでも良いんじゃないかなぁ。
 や、勿論、普段の黒髪ロングはよく似合ってるんだけどさ」

「あ、ありがとうございます」

素直に感想を口にすると、壬生屋は困った風に笑った。
気のせいか、頬に少し朱が差しているような気がする。

「その……あまり普段はこういったことを云われ馴れていないので……ええっと、こ、困ってしまいますね!」

「そうなんだ。
 お家の人とかにも云われたりしない?」

「家族に云われるのとはまた違います!
 それに、出がけにお兄様ったら、まるで七五三だ、なんて云うし……!」

「そりゃ災難だったね。
 でもまぁ、よく似合ってると思うよ。あと五年もすれば、もっと魅力が出てくると思う。
 な、萌?」

「……むぅ」

「あ、あの、蒼葉さん?」

「……むぅぅぅ」

「拗ねてるだけだから気にしなくて良いよ。
 じゃ、参拝しようか」

ぺしぺし、と背中を軽く叩かれるのを気にせず、俺たちは石畳の階段を登り始めた。

元旦ほどではないにしろやっぱり参拝客は多い。
待たずに進めたのはほんの少しで、すぐに列に並ぶ羽目になってしまった。

身を縮ませながら待っていると、白い湯気と共にどこからか食欲を誘う匂いが漂ってくる。
待ち続けてるのもなんだし、何か買ってこようかな。

「二人とも何か食べるか?」

「歩き食いはいけませんよ」

お堅い。まさかそんな返事があるとは思わなかった。

「まぁそう云うなって。
 ほら、他の人たちだって食べてるし」

「他の人がやっているからと云って、私たちがやって良いと理由にはならないでしょう?」

「道理だな。けど考えて欲しい。
 なぁ壬生屋。なんで歩き食いはやっちゃいけないんだ?」

「えっ、と、それは……」

まさかそんな返答をされるとは思っていなかったのだろう。
壬生屋は戸惑った風に表情を曇らせた。

そして十秒ほど待ってみても返事はない。
えっと、と何かを云おうとして口を開きはするものの、答えらしい答えは出てこなかった。
まぁ別にこれはおかしなことでもなんでもない。多少壬生屋の頭が堅いのだとしても、同じような質問を小学生にすれば似たような反応があるはずだ。

○○をするな、と教えられたから、しちゃいけない。
なんで駄目なのかを考えず、とにかく駄目、という風に教えられたから。

駄目だから駄目。そこに理由はない。端的に云えばそんなところ。
別にその教え方が悪いとは云わない。
小難しい理由をつけて、これこれこういう理由でこれは駄目だからしちゃいけません、なんて教え方をしても子供は覚えられない。
だから一度覚えさせて、その後は、何故駄目なのかを子供がおいおい自分自身で理解してゆくもんだ。

ただ壬生屋のように厳格な家で育てられ、家長の云うことは絶対、みたいな方針が存在する場合、何故駄目なのかという方向に考えが及ばないこともあるだろう。
別にそれが駄目とは云わない。融通が利かないという負の面がある一方で、一度正しいと思ったものは信じ抜けるという良い面も存在するのだし。
彼女が萌のことをなんの差別もなく受け入れてくれたこともそうだ。
差別は良くない。弱者は守るべし。そういった壬生屋家の教えがあったからこそ、なんの偏見もなく壬生屋は萌を受け入れてくれたはずだから。

……けどまぁ、それはそれとして、だ。
あんまりカッチリとルールを決めて生きてゆくってのも、面白いものじゃないだろう。
自分でそう決めたのならばともかく、他人の決めたルールに縛られて思うように生きられないのは、不幸以外の何ものでもない。
例え本人が不幸と思っていなくとも、俺にはそう見えてしまう。

そう、これはいわば俺の余計なお節介。
誰もが誰も、自分の好きなように生きればいい。
俺のように思うがままに生きたいと思う奴もいれば、何かの指針をもらわなければ落ち着いて生きてゆけないって奴もいるだろう。

「……こういうところで歩き食いをしたら、他の人の服を汚してしまうかもしれない」

「そうだね。
 それに食べこぼしだってするから、それが汚いってのもある。
 ま、そんなところかな。
 翻せば、そのどちらもしないのなら問題ないと思わないか?」

「……なんだか煙に巻かれた気がします」

「まぁまぁ。で、どうする?
 人形焼きを買ってこようと思うんだけど、どう?
 あれなら一口で食べられるし。紙袋でもらうからぶつかったって誰かの服を汚したりしないと思うけど」

「……きっと今の蒼葉さんみたいな人のことを、小賢しいとか、胡散臭いと云うのでしょうね」

「手厳しいな」

まったく、と呆れたように壬生屋は溜息を吐いた。
が、すぐに困った風に笑いを浮かべ、仕方がないですね、と前置きし、

「今回は騙されましょう。
 わたしくも新年早々に和を乱したくはありませんから」

「ご了承頂けたようで何より。
 んじゃ、ここは俺のおごりにさせてもらうよ。
 すぐ戻ってくるからなー!」

云いつつ、俺は列から外れて出店の方歩き始める。
漂ってくる匂いは人形焼きの他に……定番のたこ焼きと、綿菓子か。
チョコバナナはどうだろう。お好み焼きはあるのだろうか。

人形焼きの列に並びながらも屋台を眺める。
こうして見るとまだまだ活気があるように見える。
けれど――

萌たちから離れたからだろうか。それとも年が明け、暦がまた一つ進んだからだろうか。
俺の脳裏には、大陸での戦争のことがどうしてもちらついてしまった。
大陸陥落まであと三年。日本上陸まであと五年。徴兵まで六年。

目と鼻の先、というほどではないにしろ、地獄はそう遠くない内にやってくる。
……こうして平穏な日々を過ごせるのも、きっとあと数年だ。
大陸が落ちれば絶対に社会は不安に揺れ殺伐とする。
そうした中で今まで通りの生活なんぞ、絶対にできないだろう。

その時がくるまでに、できることをやっておく――なんて云っても、子供の身で何ができるって云うんだ。
推薦が通るかどうかはまだ先の話。秋頃には結果が分かると聞いてはいるし、八割方通るはず、と芳野先生からは云われている。
けど、それからどうする。
熊本じゃ整備学校で専門知識や技術を学んだ整備兵は貴重だから、早々使い潰されたりはしないと予想はできる。
それは良い。問題は俺のことではなく――萌の方だ。

俺が整備学校に入学するつもりであることは、彼女にも伝えてある。
実家から離れた場所に学校があるため、おそらくは寮住まいになるだろう、ということも。
萌はそのことにショックを受けていたようだが、最終的には不承不承ではあるが頷いてくれた。
そして彼女は俺と同じように整備学校を、第二志望として看護学校に進むと決めたようだ。

学力に関してはほぼ問題がないだろう。生体クローンの年齢固定型である萌は、ある程度の知識や記憶を持っている。
無論、それらを補強するために日々の学習は欠かせないし、知らないことも勿論あるから、まぁ、その、なんだ。萌と俺が恋人同士になる切欠である事故が起きたわけだが……。

ともあれ、出席日数のこともそう関係はしてこないはずだ。
勿論、受験の際にその点が他の受験生と比べればハンデになる部分はあるだろうが。

それであわよくば萌が俺と同じ学校、もしくは前線に出ないような兵科の技能を得られる学校に進んだとして――
けれども結局、俺たち二人が生き延びる保証はどこにもないわけだ。

配属先が同じになる可能性なんて万に一つだ。期待はできない。
仮に一緒になったとしよう。お互いに前線に出ない兵科に就けたとしよう。
だが、それでもまだ駄目だ。
前線に出ている者たちが戦死して、人員の補充が間に合わない状態で出撃命令が下れば、今度は俺たちの番。
身体能力には自信があるものの、戦場に出て絶対に萌を守りきれる保証なんてどこにもない。

一人で生き延びることを考えるのなら、やってやれないことはないと思えた。
けど、萌と一緒に、という条件を加えただけで、難易度が一気に跳ね上がる。
同じ部隊に配属され、二人が前線に出ず、と偶然を二つ加えてもまだこの様だ。
どうにもらない。ほぼお手上げに近いだろう、これは。

それぞれが夏期休戦期まで頑張る、という手もあるにはあるが……熊本で萌を一人になど、させたくない。何が起こるかも分からないんだ。
敵は幻獣だけじゃない。追い詰められた人間が同類に何もしないなんてことはあり得ない。
それを避けるためには――

……考え得る手段は、いくつか、ある。
だがそれは決して名手とは云えず、限りなく悪手に近いものだ。
その手というのは実に簡単で――どこかしらの派閥に所属すること。

本来であれば学兵として生徒会に属さない限り権力闘争や派閥になど縁はないだろう。
けどこれから俺が入ろうとしている整備学校は、軍という組織の中に存在する教育機関だ。
何かしらのコネを作っておくのも不可能ではないだろう。

……正直、俺個人の趣味で云うならば、あまり好きな手段ではない。
自分で云うのもなんだが、俺はそれなりに我の強い性格をしているとは思う。
そんな人間が腹の内を探り合っているような場所へ行き長生きできるかと問われれば……どうだろう。

無論、今まで社会人としてやってきた経験はあるし協調性は大事だと理解しているから、それなりにやっていけるとは思う。
歯車の一つとして動くぐらいはやってのけるが……歯車は換えが効くからこそ部品としての価値があるのであり、不要であれば打ち捨てられる。
そして文字通りの世紀末である熊本で打ち捨てられると云うことは、それそのままに死を意味するだろう。

……それを厭うのであれば、俺が価値のある歯車であることを示さなければならない。
そして価値ある歯車と思われば多少は便宜を図ってもらえるかもしれない。人事を多少弄る程度には。

……まぁ、現時点ではどれもこれも絵空事だ。
先延ばしというわけではないにしろ、細かいところを詰めるのは最低でも整備学校に入ってからとなるだろう。

まったく、嫌な話だ――

ようやく俺の番がきたため、財布を取り出しつつ思考を打ち切る。
少し時間がかかったな。二人とも、待っているかもしれない。急がないと。

店員に注文を伝えながら、俺はカウンターに硬貨を置いた。








†††







蒼葉が人形焼きを買いに行っている最中、二人っきりになった萌と未央は、雑談を続けていた。
どんな偶然か、その内容は蒼葉の考え事と近いものだ。

「……そう、ですか。
 お二人とも、もう進路のことを考えているのですね」

「……そう、なの。
 ……でも私は、蒼葉から聞いて決めたばかり……だか、ら。
 私自身がなりたいと思ったわけじゃない……の」

「いえ、それでも立派だと思いますよ。
 ……わたくしなんて、全然決まっていませんから。
 将来は何がしたいのかなんて、未だぼんやりとしか。いえ、何も決まってないと云って良いかもしれませんね。
 それにしても、自衛軍の高等整備学校ですか。
 蒼葉さんなら軍の幼年学校にも入れそうだと思いますけれど……少し、惜しい気がしますね」

嫌味でもなんでもなく、心底からそう思っているのだろう。
曇った表情で、未央はそう口にした。

彼女が口にした幼年学校とは、士官学校の前段階となるエリート養成を目的とした教育機関のことだ。
確かに、と萌は頷く。だがそのことに関して、萌は蒼葉から既に話を聞いていた。

『ん? 俺ならエリートになれるんじゃないかって?
 軍でエリートって云うと……ああ、士官か。
 そうだなー……。よし、萌にも分かるよう、少しかみ砕いて説明してみるか。
 萌の云っているエリートっていうのは多分、士官のことを云ってると思うんだよね。
 士官とは、ってのを大雑把に説明すると、上司から下された命令をどうこなすべきか。
 そして、どういう命令を出したら部下に上手く命令できるのかを学んだ人のことだ。
 基本的に命令を出す人……つまり指揮官は奥に引っ込んでるわけで、そういう意味じゃ確かに、士官になれば確かに死ににくくはあるだろうけど……さ。
 死ににくいのはつまりのところ、部下に守られてるからだろ?
 基本中の基本として、指揮官は手足を捨ててでも生き延びなきゃならないってのがある。
 軍隊を一人の人間に例えた場合、手足……つまり命令される側である兵隊に代わりはあるけれど、頭である指揮官、命令する側は育成に時間がかかるから貴重。
 戦場なんて経験したことないから、まぁ、あくまで想像で、間違ってる部分もあるかもしれないけど……。
 まぁとくかく、だ。そんな風に、指揮官は最後の最後まで立ってなきゃならない。
 場合によっては手足を切り離してでも。手足を盾にしてでも。 
 ……それはちょっと、俺にはできないし向いてないよ。
 まぁ軍隊ってのは戦争を上手く回すために考えられたシステムなわけで、結局の所は経済活動の一種だ。
 如何に効率よく結果を出すかに腐心しているわけで、そこに人の想いやら何やらは介在する余地がない。
 ……そこら辺が、どうにも俺に向いてるとは思えなくてね』

そう、蒼葉が云っていたことを思い出す。
端から聞くとそれはただの責任逃れをしたいだけのように聞こえるかもしれないが――決してそんなことはないと、萌は知っている。
蒼葉は優しい。誰がなんと云おうと、本人である蒼葉が否定しようとも、萌は断言してみせる。
蒼葉本人が士官に向いてない理由としたように、彼は人の気持ちという、目に見えないものを重点を置く傾向がある。

あくまで萌の考えで、けれども彼女は確信している事柄だが――
蒼葉が萌を初めて助けてくれたとき、きっと彼は、萌を苛めている子供に対して義憤を覚えたわけではなく、誰も助けてくれない萌を哀れんだから手を差し伸べてくれた。
哀れみ。同情。あまり良い意味で使われない言葉だが、それでも萌は自分を助けてくれた蒼葉を心の底から信じてる。

可哀想。そんな言葉は数えられないぐらいかけられたし、もう顔すら思い出せない学校の担任は、飽きるほど萌に励ましの言葉を投げかけてくれた。
けれど実際に手を差し伸べてくれて、隣に立ち、自分を人として扱ってくれたのは……家族と、蒼葉だけ。
そしてこんな自分を女の子として扱ってくれて、愛してくれたのは、彼だけだった。

……もし、彼と出会うことがなかった。
そんな想像をしてすぐに頭を振り妄想を打ち切ることが、希にある。
きっとその未来は酷く残酷で、そんな状況には絶対に耐えることなどできないだろう。
ただでさえ蒼葉と出会うまでの毎日は、辛かった。それがずっと続く――それはまさしく地獄だ。
死んで本物の地獄に落ちた方がいくらか楽なんじゃないかと思ってしまうほどの。

そんな日々からすくい上げてくれた蒼葉が優しくないとするなら、誰を優しいと云うのだろう。
萌に慰めの言葉だけを投げかけた自称常識人だろうか。悟ったようなことを云う、絵物語の聖者だろうか。
それらに世間がどれほどの価値を見い出していようと、萌としてはどうだって良いしなんだって良い。
萌にとって、もう蒼葉はなくてはならない存在で――

……そんな蒼葉が整備学校に行ってしまうことで離ればなれになるのは、正直寂しいけれど。
それでも、彼が整備学校という進路を選んだのは、二人の未来を考えてくれたからだと知っているから、萌は悲観に暮れたりしない。
……とても、寂しいけれど。本当は、置いて行って欲しくはなかったけれど。

「……お兄様も、高校を卒業後に自衛軍に入ると云っていました。
 わたくしも何か、できることがないかと思ってはいるのですけれど、駄目ですね。
 剣を振ることしか能のない身ですし」

「……そんなこと、ない……わ」

「え?」

「……私だって、何も、できない……もの。
 けど、それに気付けたから……違う自分になろうって、思えた。
 後は、頑張るだけだって……思う、の」

もっとも、それは未央のように国のため、誰かのため……というものではない。
蒼葉はしっかりした人だけれど、それでも完璧というわけじゃない。
腕っ節は強いし勉強もできる。けど料理とかは下手みたい……だから萌は彼のできないことこそを上手くなり、蒼葉の助けになろうと思えた。
今回のだってそれと同じ。

未央も自分も。
力が足りないと思えたのなら、何が必要なのかを考えて、努力すれば良いだけ。

……もっとも、蒼葉にこんなことを云ったら、きっと笑われるだろうけれど。
そう、萌は考える。頭に浮かんでくるのだ。萌はそのままで良いよ、とありのままの自分を抱きしめてくれる蒼葉の姿が。
自分には厳しい癖に、萌にはとことん甘い。あるいはそういう甘さがあるからこそ――萌は何も悪くないと肯定してくれた蒼葉だからこそ、救えたのかもしれない。
そして、そんな彼のそばにいるからこそ――格好いいと信じる彼のそばにいるからこそ、萌はいつまでもへっぽこのままではいられないと思えた。

「だから……頑張る」

小さく握り拳を作る萌に、未央は目を瞬いた。
そして小さく笑うと、ごめんなさい、と前置きをする。

「……ええ、ごめんなさい。
 わたしく、今まであなたを侮ってました」

「……侮ってた?」

何やら物騒な言い方、と思いつつ萌は首を傾げる。

「まだ石津さんとは、それほど一緒に遊んだわけではありませんが……。
 失礼ながらわたくしは、石津さんのことを、蒼葉さんの影に隠れて自己主張を一切しない方だと思っていました。
 けれど、違うのですね。
 影ながら彼を支えたいと願い、そうありたいと想っている。……そんな生き方を選んだ方。
 ……なんだか、少し、妬けてしまいます」

「……妬ける?」

「ええ。んー、この機会を逃したら次はなさそうですから云っちゃいましょう。
 わたくし、蒼葉さんのことが少しだけ気になっていました。
 もっとも、それは恋ですらなくて、単なる興味と云っていいものですけど」

初めて出会えた、同じ剣の腕を持つ少年。
武に対し、自分と同じ悩みを持っていた異性。
そんな彼を意識するなという方が無理な話――ということだろうか。

頭で分かってはいても、萌としてはそんなことを云われて面白くはなかった。
胸の辺りがもやもやする。
ついさっき、蒼葉が未央の着物を褒めたときに覚えた、嫌な感じが。

「でも、石津さんの言葉を聞いて……彼にどんな気持ちを抱いているのか教えてもらったあとでは、ね。
 とても蒼葉さんに興味があるなんて云えません。
 これからはお二人のこと、応援させて頂きます!」

何かを吹っ切ったように、未央は笑みを浮かべる。
失恋のような重さがあるものではなく、小さな未練を断ち切ったような。

対して萌は、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。

「……別に、良い……わ。
 蒼葉が私のことを好きでいてくれてるのは、分かってる。
 でも、私じゃ蒼葉の武術の相手なんて、できない……もの。
 だから……蒼葉が、壬生屋さんと打ち合うのを楽しみにしてるのは……悔しいけど」

だからこれからも蒼葉の相手をお願い――
そう続けようとした瞬間、ガシッ、っと萌の手を壬生屋が握り締めてくる。

「そんな風に落ち込む必要はありません。
 今ほど、萌さん自信がおっしゃったではありませんか。
 違う自分になりたいと思えたのなら、あとは頑張るだけだ、って。
 それなら、わたくしに蒼葉さんを任せるのではなく、自分で彼の相手をできるようになれば良いのではありませんか?」

目から鱗とは、きっとこういうことを云うのだろう。
未央の言葉を聞いた瞬間、あ、と萌は思わず声を漏らしてしまった。
なまじ蒼葉のことをプラス方面に大きく評価しているからだろうか。
彼が得意としているものはきっと難しくて、自分にはとても真似できることじゃない――なんて思っていたのかもしれない。

「……そう、ね」

自分が蒼葉や未央と同じように武術を学ぶ。
今の自分ではとてもじゃないが、上手くやれる自信がない。
それでも――蒼葉や、そして未央と共通の話題ができるのは楽しいし、嬉しい。
何より、蒼葉を未央に取られるような、嫌な感じが少しは遠ざけられるかもしれない。

萌にとって、あまりこの慣れない感覚は好きじゃなかった。いや、はっきりと嫌いと云って良いだろう。
今までずっと萌と蒼葉の関係は、二人だけの閉じたものだった。
しかし共通の友人である未央ができたことで閉じていた関係が徐々に変わり始め、他人が蒼葉をどう見ているのか――それがどうしても気になるようになってしまった。

だから――

「……頑張ってみよう、かしら」

何になりたいのかはまだぼんやりとしか決まっていないけれど。
変わりたい、という気持ちだけが先行して、どうなりたいのかは未だはっきりと分からないけれど。
料理だけじゃなく、そのための努力を色々としてみよう。
そう、萌は決めた。

「ええ。では、早速……今週末にでもわたくしの道場に通い始めませんか?」

「……え?」

「何事も早いほうが良いですし……それに、こういうのって隠れてやった方が面白くないですか?」

「……意外とお茶目なの、ね」

「ふふ、実はそうなんですよ。
 何やら蒼葉さんには堅物と思われてる節がありますし、まぁ、そう思われても仕方ないかな、って思う部分がないわけじゃありませんが……。
 萌さんは彼みたいに変な誤解をしないでくださいね?」

「あ……うん」

そして、今更に気付いた。
楽しげに話す未央は、いつの間にか萌のことを名字ではなく名前で呼んでいる。
自分も、名前で呼んだ方が――

「あ、あの……」

「はい?」

「……う」

良いのかな、と怯えが僅かに滲む。
そういえばを名前で呼んだときはどうしたのだったか。
いや、最初から名前で呼び合ってた?

初めての同性、友達。蒼葉がそうだったとも云えるものの、今は違う。
そんな彼女との付き合い方がよく分からなくて、どうしても足踏みしてしまう。
けど、

……変わらないと。

その一言を胸に抱いて、小さく深呼吸をした。

「……あのっ、その……未央ちゃん、って、呼んでも……いい?」

「えっ……と……はい、良いですよ」

わざわざ聞くようなことじゃなかったのかもしれない。
変な子だと思われたかもしれない。

つい数秒前のことだというのに早速後悔がぐるぐると頭の中を回り始める。
そんな萌をどう思ったのか、未央は苦笑した。

「……その、ええっと……はい。
 実は私も、名前で呼び合うのとか、あまり慣れてなくて」

「……?」

「萌さんを名前で呼んだのだって、もう、どさくさ紛れにやっちゃえー、と思ってしまった次第で。
 ええっと……正々堂々とはかけ離れたことですし、馴れ馴れしく思われたら嫌だなー、なんて、思っちゃったりもしていて……」

「……壬生屋さん?」

「とにかくっ、名前で呼んでもらってもかまいません!
 今後ともよろしくお願いしますね、萌さん!」

「あ、はい……」

……もしかして、と思う。
ひょっとしたら未央も自分みたいに――蒼葉以外に人との繋がりがない自分と一緒にしちゃ駄目だろうが――あまり友達が多くないのかもしれない。
それがなんだか以外で、くすり、と萌が笑みを零した。

「む、なんですか萌さん。
 云いたいことがあったらおっしゃってください」

「……なんでも、ない……わ。
 うん、よろしく、未央ちゃん」

そんな風に返事をして、ああ、と胸中で萌は呟いた。
まだぎこちなくて、蒼葉のようにいつまでに一緒にいたいと思えるほどじゃない。
けれども、人との繋がりが新たに――こんな自分でも――生まれたことが、とても嬉しい。
蒼葉さえいれば良いと少し前までは思っていたけれど……悪くない。そう、思うことができた。

もっと仲良くなりたい。
古武術の稽古だけじゃなく、今度は未央と二人きりで遊ぶのも良いかもしれない。
そうして仲が深くなり、蒼葉のように大事に思える人が増えるのは、きっと良いこと。
そう、思えた。

「二人ともお待たせ-!
 悪いね、時間かかっちゃって。
 思ったよりも混んでたよ」

ふと、声がかけられる。
見てみれば、蒼葉が駆け足で萌たちの元へ帰ってきていた。
腕に抱えられた紙袋から立ち上る匂いは、冷え切った空気に混じって鼻孔をくすぐる。

……そういえば、と思い出す。
お祭りに蒼葉が連れ出してくれたことがあるため、人形焼きの屋台を知ってはいた。
けれど食べるのはこれが初めてだ。どんな味なんだろう――

そんなことを思っていると、おもむろに蒼葉が紙袋から人形焼きを一つまみして――

「はい、あーん」

「……っ」

普段やってることとはいえ、こんなに人がたくさんいる場所でやることじゃない。
一瞬で顔が真っ赤になるのを自覚し、馬鹿、と呟いた。
そして蒼葉は萌の反応を予想していたのだろう。
にやにや笑いながら、それは残念、と肩をすくめる。そしてその様子を見た未央は、呆れたようなジト目をしている。

「……破廉恥ですよ蒼葉さん」

「そんなことないって。それにこれは、いつぞやの仕返しなのさ。
 あ、そうか。壬生屋もあーんして欲しいのか?」

「結構です! まったく!」

やれやれ、と頭を振ると、彼は人形焼きを自分の口に放り込んだ。
そして、どうぞと云わんばかりに紙袋を二人の方に差し出してくる。

「……いただきます」

「……もらう、わ」

むっとしていた二人だが、甘い香りは逆らえなかったため、憮然とした表情のまま人形焼をもらう。
ぱくりと一口。おいしい。カステラの中に入っているのは、キャラメルソースだろうか。
料理の練習も兼ねてお菓子の練習もしているため、萌はすぐ気付けた。

「……美味しいですね」

「美味しい」

「出店の食べ物って、家で食べるのとはまた違った美味しさがあるしな。
 どうよ壬生屋。悪くないだろ? こういうのも」

「……売り物なんですから、美味しいに決まっているでしょう。
 それと、味の善し悪しと立ち食いの善し悪しはまた別の話です」

「それもそうか。もう一ついるか?」

「……いただきます」

そんな風に未央が宥め賺されている光景を見て、なんだか身に覚えがある光景のような、と萌は苦笑する。
本人がギリギリ納得できるような屁理屈を並べて妥協させるのは蒼葉のよくやる手だ。
けれどもそれを不快に思わないのは、彼が悪意を少しも抱いていないから。

未央もそれを分かっているから、こんな風にしぶしぶ妥協してくれたのだと思う。

「二人とも、初詣終わったらどうする?
 飯でも食べに行くか?」

「外食……ですか。
 あの、ウチにきていただければきっと昼食を用意してもらえると思いますけど」

「……私も」

「んー、昼食をご馳走になるのも悪くはないんだけど、なぁ。
 三人で集まったんだし、どうせだったら普段いかないような場所へメシ食べに行かないか?
 ついでに買い物とかどうだ? もう二日だし福袋は売り切れてるだろうけど、正月のセールはまだやってるだろ。
 壬生屋、昨日は買い物に出たりはしなかったんだろ? 行きたくない?」

「……心惹かれるものはありますが、その、無駄遣いは良くありません」

耳の痛い言葉だ、と萌は思った。
自分も蒼葉も、デートやら何やらで、きっと同年代の子らと比べればずっと金遣いが荒い方だから。
その分、蒼葉は内職でちまちまとお金を稼いでいるし、萌は家事の手伝いをして小遣いの底上げをしてもらっているため、金欠というわけではないが。

「そう云うなよ。
 お年玉ぐらいは使っても良いだろう」

「いけません。貯めておくべきです」

「まぁまぁ。
 ほら、考えてもみろよ。別に外食ぐらい良いだろう? 高いところに入るにしたって、千円かそこらだ。
 もらったお年玉の何分の一だ? 散在って云うほどのものなのか?」

「……それは」

「買い物だって、何も金を浪費しろって云ってるわけじゃない。
 ウィンドウショッピングって言葉もあるんだ。見て回るだけでも楽しいだろ?」

「むぅ……」

眉根を寄せた壬生屋は、困った風に考え込む。
そしてしばらく黙り込むと、分かりました、とつぶやき顔を上げた。

「わたくしも、その、洋服とか見たくはあったので……買い物には賛成です。
 ですが、家で食べられるものをわざわざ外で、というのは勿体ないでしょう」

「そうだね。じゃあ、昼食は壬生屋の家でお世話になろうか……っと。
 今更だけど良いのか?」

「ええ、かまいませんよ。もともとそのつもりでしたから」

「そか。悪いね。
 萌もそれで良いか?」

「……うん」

なんだろう。実は蒼葉と未央の相性は良いのかもしれない。
今度のやりとりは別に胸がもやもやしたりもせず、呆れた目で蒼葉を見たくなるようなやりとりだ。
実は未央も口に出した手前引っ込みがつかないから、蒼葉に――それは考え過ぎか。

……この三人で、ずっと仲良くできたら良いな。
ぽつりと、萌はそんなことを思った。








†††








血液が頭に昇る感覚。
普通に過ごしていれば滅多に味わうものじゃないそれに違和感を抱きつつも、
俺は両腕に力を込めた。

今の体勢は逆立ち状態だ。
更にここから――

「ふっ……んっ……!」

腕立てに移行。
日常生活から考えればあり得ない負荷がかかった関節がギシギシと文句を云い、筋肉が張り詰める。
が、そのどれもが危険を表す信号というわけじゃない。

額がくっつくほどに顔を近付け、再び腕を伸ばす。
なんだ、意外とできるもんだな。そんなことを考えながら、逆立ち腕立て伏せを続ける。
汗がぼたぼたと道場の床に落ちてゆくのを尻目に、呼吸を整えながら体を上下させる。
そうして回数が五十を超えた頃だろうか。
そろそろ掌を離して指を立ててみようか、と思っていると、何やらぶしつけな視線がバシバシぶつけられてる気がし、バク転の要領で直立姿勢に戻る。
頭に集まっていた血液が一気に下がる。貧血になるほどじゃないが、あまり気持ちが良いものじゃないなこれ。

「……まぁなんつーか、お前が割と出鱈目なのは知ってたがよ」

「出鱈目とは失礼な」

案の定と云うべきか、俺を見ていたのは先輩だったようだ。
彼は腕を組みながら呆れたような顔で首を傾げている。

「いやお前、だってなぁ?
 小学生で逆立ち腕立てとか……いやでも第六世代だし……けどそれにしたって、なぁ……」

「普通の筋トレだと、どうしても筋肉に負荷かかるまで時間かかっちゃって。
 一日の大半をトレーニングに費やせるならそれでも良いんですけど、時間も限られてますからね」

「だからキツいのを短時間で一気にやろうってか?
 キツいにしたって限度があるだろ。危ねーぞ」

「そう、ですね……」

そうは云うものの、他に効果的と云える練習が、最近は少なくなってきているのだ。
筋トレが不必要なほどの練習密度で師範代や先輩が俺の相手をしてくれれば良いのだが、俺の体力は既に大人のそれを上回っている。
いや、これも今更だ。体力を追い抜いたのは、もう随分前のような気がする。
それでも師範代たちが俺と同じように動けていたのは、動きに無駄がないからだ。
未だ武の道に入って日が浅い俺の動きには、まだまだ無駄がある。その差が体力差を埋めていた。
が、才能があるとは決して云えない俺でも、生まれ持った異能によって日進月歩の進歩を見せる。
徐々に減らされる無駄と、増え続ける体力。その結果、師範代たちは俺の相手をするのが辛くなってきたようだ。
まだ若い、と云っても師範代は三十を超え、四十がもう目の前に見えている。おまけに働いているため、次の日に影響の残るような稽古を取るのは苦痛のはずだ。
結果、以前は息を上げていた稽古を終えても俺は体力を持て余し、不完全燃焼な気分と持ち前の貧乏性から、疲れ切るまで体を苛めよう、という考えに至ったのである。

「不完全燃焼が続くようなら、適度にあの子のところ行ってガス抜きしたら良いんじゃねぇか?」

「あの子?」

「あの剣術少女。お前と良い勝負してた」

「ああ、壬生屋ですね。
 それも悪くないかもなぁ。
 動きを見て勉強になるのも、指導してもらうのも師範代の下でやってもらった方がためにはなると思うんですけど……。
 それでもやっぱり、ね」

面白味が――なんて風に考えてしまうのは、やっぱり俺が壬生屋と出会ってしまったからなのだろう。
もし壬生屋と出会わなければ、俺は不満を抱きながらも淡々とトレーニングを続けていたような気がする。
いや、今でも淡々とトレーニングを続けてはいる。
その結果、本人の前では決して云えないが、剣術、体術の技量はすでに先輩を上回っているだろう。
そこに鍛え続けた身体能力を加えると、俺の全力に応えてくれるのは師範代か師範ぐらいしか残っていない。
……ただ、そうやって鍛え続けた力を試す機会がないのいうのは、どうしてもフラストレーションが溜まってしまうのだ。
壬生屋という、全力を発揮できる相手を知っているが故に。

「じゃあほら。彼女にガス抜きしてもらうとか」

「いつも搾り取ってもらってるから大丈夫です。 
 って、ははは。何を云わせるんですか恥ずかしい」

「てめぇこら今に見てろ。お前の女より可愛い彼女を絶対見付けてやるからな」

「つまり無理ってことじゃないですか」

「良い度胸だクソガキ……!」

毎度じゃれ合いだ。
俺と先輩は竹刀を持って距離を開ける。
そして一気に打ち合って――と行くはずが、視界の隅に珍しい人物を見付けたため、動きを止めた。

「……師範?」

俺たちの様子を眺めていたのは、滅多に道場へ顔を出さない師範だった。
年齢は確か七十を超えていたはず。最近は体の具合があまり良くないため、師範代に道場を任せっきりにしていた、と記憶している。

「こんばんは、師範。
 お体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫。気にすることはねぇて」

本人が云うように、どうやら調子は悪くないらしい。
顔色も良いし、足取りもしっかりしてる。
七十という歳を考えれば、まだまだ元気な方だろう。
訛りがかなりキツいため言葉の聞き取りに少し苦労するものの、発音自体はしっかりしてるから聞こえないわけではないし。

「……蒼葉」

「はい」

「これ使ってみ」

つ、と差し出されたものは長細い布包みだ。
何の気なしに受け取って、ずっしりとしたその重さに驚く。
これは――

すぐに封をしていた紐を解いて、布袋の中身を取り出す。
予想していた通り、中に入っていたのは日本刀だった。
正直、古武術をやっていても骨董の方面はまったく教養がないため、この日本刀がいったいどういうものなのか分からない。
手に持ってみた感想としては、重く、そして思ったよりも長くない、といったところだ。

鞘から抜いて良いものか――ちら、と師範を見ると、小さく頷いてくれた。
少し気後れしながらもゆっくりと刀を抜いてゆく。
引き抜かれた銀の刃は電灯の明かりを反射し、眩く光った。

「振ってみても良いですか?」

「ああ」

許可を得られたので、鞘を布袋の上に置くと両手で刀を握る。
正眼に構え振り下ろし、切り上げ、横薙ぎ。
鞘から抜いたことで重量は竹刀のそれへ近付いたと思ったが、振り回してみるとその重量の違いが分かる。
それ以上に、重心の微妙な違いが気になった。

手元に重心がある点は同じだが、普段使っているものとの微妙な違いがどうしても気になる。
……しっかし、こうして本物の日本刀に触れるのも、振り回すのもこれが初めてだ。
だから、というべきか。
それとも、刀というある一つの目的を持って作られた武器を手にしたからなのか、ある一つの欲求が胸の中に渦巻き始めた。

「庭に巻いた畳表を用意してある。
 斬ってみぃて」

「あ、はい」

……準備が良いな。
思わず先輩の方を見てみれば、あの人は何がなんだかといった風に肩をすくめた。

鞘を片手に、勧められるまま俺は庭に出る。
するとそこには師範が云ったように、巻かれた畳表が突き立てられていた。夕日の中で、まるで案山子のように。
こういうのは巻き藁が代表的な的だと思ったけど、そうでもないのか?
ともあれ、俺は裸足の畳表の前に進むと、鞘を胴衣の帯にさし込んでゆっくり刀を構える。

呼吸と共に体の動作を確認。間合い、重量。それらがいつもと違う得物を持っている今、普段と同じ動作ではきっとこの的を斬ることなんてできない。
そもそもこれが初めてなのだから、失敗しても良いとは思うが……そこはそれ。初めては誰だって一度なわけで、どうせなら良い思い出にしたいじゃないか。

重心を低く、全身の筋肉を絞るようにし、しっかりと刀を握り締める。
そして――息を吐き切った瞬間、全力で袈裟に刃を走らせた。

刹那の内に銀光が迸り、斜めから打ち下ろされた刃はそのまま畳表を両断――
ぎゃり、と嫌な手応えを感じ、刹那の中で蒼葉は眉根を寄せる。
踏み込みが足りなかった。あと一歩進んでいれば――いや、それだけじゃない。竹刀と違って真剣で何かを両断する場合、刃筋が立っていなければならない。だが今の斬撃には微妙なブレがあった。
故に刃は畳表を両断することができず――

「……だっさ」

「ちょっと黙ってもらえませんかねぇ」

余計な一言が先輩から飛んできたので、ついつい反論。
溜息一つ吐いて鞘を帯から引き抜き、納刀。チン、と綺麗な音はしなかった。何かコツがあるのだろうか。
抜刀の仕方も、納刀の仕方も、時代劇のように格好良く決めたいもんだ。

「駄目でした、師範」

「やろうと思えば切れたんでねぇの?」

「……はい、多分」

師範に指摘された通り、多分、斬ることはできた。
失敗したことに気付いた瞬間、手首を基点に押し切るよう、体重と筋力を一気に乗せれば両断することは可能だった。
が――多分、そんなことをしたら刀がへし折れるか、曲がっていたはずだ。
この日本刀はあくまで第一世代から第四世代の人類が使うことを前提に作られた武器のはず。

それを人外と言っても過言ではない俺の膂力を持って振るえば、間違いなく想定外の力が加わり破損するだろう。
……ああ、だから超硬度カトラスなんてものが生み出されたのか。

勿論、絶妙な力加減と絶え間ない修練を積めば扱えないわけではないだろう。
それでも今の俺には無理だ。日本刀より、柄のついた鈍器でも振り回した方が強いんじゃないだろうか俺。
……古武術学んでおいてそれはどうなんだろう。

「まぁ、最初だから仕方ねぇろ。練習せぇて」

「……練習?
 あ、ってちょ、師範!?」

どういうこと、と考えていたら、師範はさっさと踵を返して道場の奥へと戻ってしまった。
裸足で外に出たということもあり、足を拭いている内に師範は道場の隣にある自宅へと戻ってしまう。
一体何が何やら――

軽く途方に暮れながら、俺は手の中の日本刀にじっと視線を落とした。







■■■
●あとがき的なもの
お久しぶりです。更新が滞って申し訳ありません。
仕事が忙しいのを理由に執筆をサボっていたら忌々しい雪が降り始めたため完全に詰んだ状態に。
年末休みを利用してなんとか書いてあった話を継ぎ接ぎ状態にして投稿してみました。
序盤のHな雰囲気はエロシーン突入予定だったパートの名残になります。ごめんなさい。

更新速度を二週間に一度に戻せるのは雪が溶けてからになると思います。
それでも最悪ひと月に一度は必ず更新したいと思いますのでご容赦ください。

●内容的な部分
流石に壬生屋と萌が仲良くなるの早すぎだろう、と思ってはいるので、いずれ加筆したいと思います。
あとエロももう一回……!

●Q&A
Q:壬生屋のイメージ……
A:学生やってた頃は正直ウザく思う部分があったものの、大人になってみるとあの世間知らずっぷりが微笑ましくてしょうがないっすよ壬生屋。
  あと不潔不潔云う割に恋愛モードになったら嫁にもらってと云ってくるムッツリさ加減も実にまロい。総じて可愛い!

Q:寄り道ない?
A:寄り道したら主人公がいつまでも進学できなくなるので無理です。すみません。

Q:クッキーを配ったのは誰のアイディア?
A:母親になります。あの時点での萌にとって、親と蒼葉以外の他人はまだ限りなく敵に近いものです。
  なので気遣いも蒼葉と親に対してのみ向けられているため、他人の目や付き合いといったものをまるで意識していません。

Q:激励の靴下はどこへ送れば?
A:いりません……!

Q:壬生屋は銃を持つの?
A:どうでしょう。持つかもしれませんけれど、まぁ、適正がないのは変わらないと思います。

Q:イワッチ!
A:あんな裏設定の塊をどう扱えっていうんですか……!



[34688] 七話
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:5cb21011
Date: 2013/07/06 01:11
電車を降りてまず真っ先に感じたものは、むっとする緑の臭いだった。
涼しい車内の空気はすぐに熱気と混ざってしまう。
耳へ痛いぐらいに木霊する蝉の鳴き声と、照りつける陽光。
屋根なんてものはなく、太陽に焦がされたホームからはじりじりと熱が伝わってきた。

「予め調べておいたからどんな場所なのか分かってはいたけど、実際に見てみると、これは……」

「……なかなかの田舎」

俺の言葉に続き、ぽつり、となかなかの毒舌がこぼれ落ちる。

どうやら萌も同じ感想を抱いたらしい。
高台に建っている駅のホームからはこの町が一望できるようになっていた。
駅周辺には多少の商店が並んでいるようだが、少し離れると見えるのは緑ばかり。
主な産業はおそらく農業なのだろう。広い国道を囲むように水田がこれでもかと広がっていた。

何故俺たちがこんなところにきているかと云えば、話は一月ほど前に遡る。

どういうことか、萌は今年の一月から壬生屋の家がやっている道場に通い始めた。……俺の通っている道場ではなく。
まぁそれは良いとして――壬生屋の家は毎年夏になると祖父の実家へ避暑に行くらしく、その際に萌も一緒にどうかと誘われたのだそうだ。道場を開いている神社は壬生屋の祖母の実家になるらしい。

祖父の実家は既に人が住んでいないため、毎年一度は管理のために赴く必要がある。
が、家族のそれに付いていくのはいいものの、田舎の方に友達がいるわけでもないため、あまり面白くはないと壬生屋は愚痴っていた。
彼女の両親もそれを気にしていたのだろう。道場で娘と仲のよい萌を誘えば、と考えたのかもしれない。
俺は単なる萌のおまけだ。
一応、交流戦で何度か顔を合わせたことはあるため壬生屋の両親を見たことはあるものの、それほど親しくはない。だというのにこの場にいるのは、壬生屋の親父さんたちのご厚意だ。

小学生最後の夏ということで、萌とは日帰り旅行をしようかな、とこっそり計画していたものの今回は親父さんのご厚意に甘えさせてもらうことにした。
浮いた資金はまた別の何かに回そう。

自分と萌の荷物を持って無人の改札口を通って表に出ると、一台のバンが止まっていた。
見れば壬生屋が助手席に座っていて――運転しているのはお兄さんか?

「いらっしゃい。お疲れさまでした」

俺たちに気づくと、壬生屋がバンから降りてくる。
さっきまで掃除の手伝いをしていたのかもしれない。彼女の服装はシャツにジャージのズボンと、珍しくラフだった。

「田舎とは聞いてたけど、すごいなここ」

「ふふ、そうでしょう? でも、遊ぶところは色々とあるんですよ。
 去年までは一人で退屈でしたけど、今年はお二人がきてくださったから……ご案内しますね! 遊んで回りましょう!」

「……楽しみ」

「ええ、本当に!
 さ、行きましょう。お兄さまも待ってますから」

促され、俺たちは車の後部座席に乗り込む。

「お邪魔します。よろしくお願いします」

「いらっしゃい。萌ちゃんに、蒼葉くんだったか?
 ようこそド田舎へ。ここから家まで二十分ぐらいかかるから、ジュースでも飲んでくつろいでてくれ」

返ってきた言葉がかなり砕けた感じだったので、少し意外だった。
壬生屋の兄ってぐらいだから、もっとガッチガチに固い人だと思ったけど……いや、お兄さんがこんな風にフランクだから、壬生屋がああも固い感じに育てられたのかもしれない。

「それにしても、ありがとうございました。
 萌はともかく、あんまり面識のない俺まで呼んでいただいて」

「子供がそんなこと気にしなくて良いって。
 まぁ親父が多少厳しいこと云うかもしれないけど、歓迎しているよ」

「お兄さま!」

「そう怒鳴るな。実際そうだろ?
 まぁでも、親父だって君を悪くは思ってないさ。
 交流戦で君の活躍はいつも見てるよ。いやー、未央とまともに打ち合える子がいるなんて思ってもみなかったからなぁ。
 萌ちゃんも驚くぐらいに上達が早いし、君らの世代は本当にすごいよ」

「恐縮です」

「……萌さん。なんだか蒼葉さんの腰がいやに低くて不気味なんですけれど」

「……蒼葉は、年上の人と話すとこんな感じ……なの」

お前、俺のことをどんな風に見てたんだよ壬生屋。

「まぁ、未央は堅物だからしゃーない」

「お兄さまっ!」

「おお怖い。でもまぁ、こんな堅物に友達ができて何よりだよ。仲良くしてやってくれ」

「もうっ……すみません、お二人とも。
 お兄さまはいつもこんな調子なので……いつもお父様がもっと真面目になれと云っているのですけど……」

「失礼な妹だよ。俺だってそれなりに真面目なんだぞ?
 そうだ、蒼葉くん。
 未央から聞いたんだが、もう上の学校の推薦受かったんだって? おめでとう」

「ありがとうございます」

お兄さんが云う通り、つい最近芳野先生から俺の推薦が通ったことを知らされていた。
少し通知が出るのが早い気がするものの、こんなものかもいれない。
前世で推薦入学をしたことはないため、どの時期に合格が決まるのかよく分からないし、そもそも前世とこの世界じゃ入試のシステムが微妙に違うかもしれない。
わざわざ芳野先生が嘘を云うとも思えないので、不思議に思うこともないだろう。

「しかし、その歳でもう将来のことを考えているのはすごいよなぁ。
 親に云われて決めたわけでもないんだろう?」

「ええ。……あまり大きな声では云えないんですが、このご時世ですから。
 知識も技術も、専門的なものをより早く学んでおいた方が良いと思って」

「なるほど、確かに。立派だねぇ。
 しかし、そのまま学校を出たら俺の同僚……いや、高等学校なら、出れば士官か。なら上司になることもあるのかな?」

「え?」

「俺も来年から自衛軍に入ることが決まっててな。
 お互い軍人の卵ってわけだ。いや、まだ教育も始まってないんだから、胤ってところか?」

さらっと下ネタを混ぜたぞこの人。本当に砕けてる。
ちなみに萌は苦笑し、壬生屋は分からなかったのか不思議そうに首を傾げていた。

……しかし、そうか。そういえばそうだったな。
壬生屋のお兄さんには悲惨な末路が待っている。
忘れていたわけじゃないんだが、実際にそうなる前兆とも云えるものを聞かされると、どんな顔をして良いのか分からなくなる。

「……あの」

「ん?」

「……いえ、なんでもありません」

……今云うようなことじゃないか。
口元まで出かかった言葉を飲み込んで、俺は頭を振った。
今自衛軍に入るのは止めた方が良い――そんなことを。
新兵を大陸へ派遣するかどうかは分からない。だがもし大陸へ行くようなことになったら、彼を待つのは悲惨な撤退戦だ。
それを逃れても、今度は八代が待っている。
とても未来が明るいとは思えない。いや、彼の待ち受ける運命は、確定していると云って良い。

それを黙って見過ごすことは、どうにも後味が悪い。
受け入れてもらえるとは思わないが、それでも……嫌われることを覚悟で、しつこく説得してみよう。

知り合って間もないものの、それでも顔見知りが――そして友達の兄が死ぬのをただ見送るなんてことができるほど、まだ俺は達観していない。

その後も軽く会話を交わしていると、車はお兄さんが云っていたように二十分ほどで到着した。

車から降りてまず思ったのは、でかい、ということだ。
仰々しい門に、長い塀。もしかして壬生屋のご先祖は、この辺り一帯の地主だったりするんじゃないのか?

「壬生屋」

「なんですか?」

「もしかしてお前って、良いところのお嬢様?」

「まさか。いくら大きいと云ったって、この家も、ただ古いだけですよ」

「歴史だけはあるけど、なぁ。ここら辺の山もじいさんの持ち物らしいが、価値なんざあってないようなものだし」

「これだけの資産があるのに、よく土地から離れられましたね」

「じいさんがばあさんに誑かされただけさ。
 それに、道場開いてたってじいさんの代でも既に門下生がほとんどいなかったって聞いてる。
 生活できないんじゃあ、外に出るしかないだろ」

それでもここまで立派な家を捨てて他の土地に移り住むってのは、なかなか勇気のいることだと思う。
その家特有の歴史に終止符を打つようなものだし――まぁ、部外者がわざわざ云うようなことでもないか。

その後、俺たちは壬生屋の両親とおじいさんおばあさんに挨拶に。
俺が小学生ということもあるんだろうが、それほど堅苦しい顔合わせということもなく、そのまま掃除へ。
力仕事ということで、俺とお兄さんは蔵の整理に狩り出された。

一年に一度しか作業をしないということで、未だに蔵の整理は終わっていないらしい。整理を始めたのは最近なのだろうか。

……しかし蔵とはね。
や、ここまで広い屋敷じゃなくても、古い家なら蔵があっても不思議じゃないけど。
半ばさび付いた鍵を開け、分厚い扉を開けると、俺たちは薄暗い蔵の中へと入った。

「一年に一度の作業な上に、親父たちは挨拶周りなりなんなりで手伝ってくれないから、毎年俺がやらされてたんだよな。
 いや、助かるよ本当に」

「……なんだか、あんまり片づいてないような気がするんですけど」

「今までサボってたからな」

やっぱりか。威張って云うようなことでもないでしょう。

「量が量だから楽じゃねーけど、割と面白いぞこの蔵。
 去年はさび付いた日本刀がでてきたし。ちょっとした宝探し気分だ」

宝探しなんて始めたら、整理どころではなくむしろ散らかす羽目になるのでは。

「小遣い稼ぎにもなる」

「……どうして小遣い稼ぎになるのかは、聞かないことにしましょう」

「古い掛け軸とか、近所のじいさまたちが買ってくれるんだよ」

「俺は何も聞いてない」

「そう云うなって。そんじゃあ、取りあえず入り口近くにあるのを全部外に出してから選別するべ」

作業開始。
お兄さんの云うとおり入り口近くにあったものをえっちらおっちらと外に運ぶ。
外壁補修用に使うつもりだったのであろう腐った木材や瓦、壊れた家具。家具は直して使うつもりだったのかもしれない。

「これどうするんですか?」

「まぁ粗大ゴミだな。業者に取りにきてもらうんだ。
 町内会費払ってないから集積所に持ってくわけにもいかないんだと」

「気を遣うんですね」

「別にいい気もするんだけどなぁ。
 量が量だし分からなくもないけどよ。
 あ、なんかの記録っつーか、資料っぽいのがあったら教えてくれ。図書館に寄付するんだと。
 どうせ虫に食われて読めない状態だろうになぁ。寄付された方が困るっつーの。
 ……お、出た出た。蒼葉くん、これ見てみ」

埃まみれの農機具を持ち上げようとしていた俺は、お兄さんの言葉に振り返る。
見れば彼は、錆の浮いた何かを手の中でくるくると回していた。

「……拳銃ですか?」

「みたいだな。あんま詳しくないから名前とか知らないけど」

銃口を俺に向け、ばーん、と撃つ仕草を見せる。
スクラップと呼ぶのもおこがましいレベルで使い物にならないであろうことは、一目で分かる。
仮に銃弾を込めても暴発するのがオチだろう、あれは。

「五百円ぐらいで買い取ってくれそうだな、これなら」

「安い……のかなぁ」

「どうせゴミだし、十分だろう。
 二次大戦の頃のかねぇ。日露戦争のか?」

「掛け軸とかじゃなくて、そういうのも見つかるものなんですか?」

「拳銃はこれが初めてだなぁ。あ、でも火縄銃は前にあったな。あと弾丸もいくつか。
 聞いてみたら、じいさんの代でも既に骨董品扱いだったらしいけど。
 鎧とかは大事なもんだってんで、今住んでる家に持っていったみいだ」

「本当になんでもあるんですねぇ」

「使い道なんてどこにもないけどな」

その後も、あれこれ発見しながら蔵の掃除は続いた。
今までサボっていたというのは本当らしく、奥の方はまったくの手つかず状態。
今日一日で片づけるのは無理と判断し、簡単に動かせるものだけを外に運び出す。
その作業が終わるころになると、もう太陽が橙色に変わり出すような時間になっていた。

「こんなもんか。
 今年はすごい進んだな。成果もぼちぼち。山分けにしよう」

「あはは……」

「一番風呂は俺たちでもらうか。もう沸いてるだろうし。
 一緒に入るか?」

「え、あ、はい。良いですよ」

「よしよし。……いやー、良いもんだ」

「え?」

「未央が悪い子ってわけじゃないんだが、俺は一緒にバカできる弟が欲しくてさ。
 ただの掃除だけど、それでも楽しかったよ」

どこか照れくさそうに、お兄さんは笑みを浮かべる。
それを見て――ずっと言い出すタイミングを見つけられなかった言葉を、俺は口に出した。

「あの、お兄さん」

「なんだ?」

「自衛軍に入るの……考え直しませんか?」

「……どうした、いきなり」

急な話題に彼は戸惑いつつも、神妙な顔で応じてくれた。
俺が冗談で云っているわけではないと分かっているのだろう。
声のトーンからはさっきまでの陽気な感じが抜けている。

「大陸は今、激戦区になってます。
 自衛軍に入ったら、そこへ行かされる可能性がないわけじゃない。
 仮に行かずに済んだとしても、今度は本土での大きな防衛戦が待っています」

「死ぬかもしれないからやめとけって?」

「はい」

「はっきり云うな」

困った、と彼は笑う。

「……ま、分かっちゃいるさ。
 でもなぁ。そうやって危ないから戦わないなんてことを言い出したら、誰も戦わなくなっちゃうだろ。
 それじゃ駄目だ。誰かがやらなきゃならない。
 貧乏くじを引くしかないって分かっていてもだ」

「でも――」

「云っておくけど、俺なんかよりよっぽど蒼葉くんたちの世代の方がキツいんだぞ?
 第六世代は戦うために生まれてきたって云っても過言じゃない。
 君らが戦えるようになったら、きっと問答無用で戦場に出る羽目になるだろう。
 ……遅すぎたんだよ。あと十年きみたちが早く生まれてきていれば、あるいは本土で楽々生きるって選択肢を選べる時代だったかもしれないけど」

「……話をすり替えないでください。
 仕方がない、なんて話をしているんじゃない」

「賢いのも考えもんだなぁ。そこは黙って年長者の――いや、その理屈は俺も嫌いなやつだな。
 ……どうしたもんかね」

彼は肩をすくめ、額に手を当てる。
そして深呼吸を一つすると、

「……俺はこれでも、真面目に生きてるつもりだ。
 俺個人の役目って奴も、分かってる。
 何を期待されているのかも。
 そして、それに納得もしている。
 俺一人が戦いに出たところで、何かが変わるわけでもないってことも気づいちゃいるさ」

「じゃあ……!」

「それでも、だ。
 少し話してみて分かったよ。なんとなくだけど、君は俺と同じような価値観を持ってる気がするな。
 ……俺は、戦いたいから戦う。
 どこかの誰かが決めたことに納得のできないまま従うほど、俺は人間ができちゃいない。きっと君もそのはずだ」

「……はい」

彼の云うとおりだった。
自分の人生は自分だけのものだ。
誰かの決めたレールに沿って進むことを悪いとは云わない。けどその決まりに納得できないまま従うことは絶対に御免。
どうしても進める道が決まっているのだとしたら、せめてその中で自分の望む道を往きたい――

……それだけの話か。
この人は、きっと俺と同じなんだ。彼の云うように。

それが俺の場合は整備学校で、彼の場合は自衛軍だってだけ。

「俺はこの通りドラ息子なのさ。
 親父の云う堅苦しい生き方を強要されても従おうとは思えなかったし、道場を継げって話も蹴っとばして自衛軍に入ろうとしている。
 親不孝ここに極まれり。それでも後悔はないよ。今のところはな。俺は俺の望むまま自由であった。自分の人生に悲観だってしちゃいない」

「なら、最後に一つ聞かせてください」

「なんだ?」

「何故、自衛軍に入ろうと思ったんですか?」

「そんなに難しい話じゃないさ」

そこで一度言葉を区切り、

「俺は親不幸者で駄目兄貴だが、それでも家族を愛しているのさ。
 道場の後継者惜しさに息子を戦場に出さなければ、ウチは後ろ指をさされるようになるだろう。
 俺が兵役に就かなければ、未央が戦場に出ることを強要されるかもしれない。
 それは、悲しいじゃないか」

それだけなのさ、とお兄さんは笑った。






†††






「すごい偏見なんですけど、浴槽は薪風呂なんじゃないかって思ってました」

「まぁこの家の外観を考えれば、不思議でもないけどな。
 さっきまで整理していた蔵の中身だってあんなんだったし、仕方ねぇよ」

僅かに声の反響する風呂場の中、俺とお兄さんは一緒に浴槽へと浸かっていた。
古い家の風呂はあまり広くないものだと思っていたが、この家は違うらしい。
前世の祖父の家で入った風呂は、浴槽は大人一人が入れば限界といった具合で、お世辞にも広いとはいえない代物だった。

が、今俺たちが入っている浴槽は、おそらく大人二人が入ってもスペースに余裕が残るだろう。ちょっとした温泉気分だ。

ここだけではなくトイレなどは、引っ越す直前に改装したのかもしれない。
やや古くはあるものの、屋敷の古さを考えれば新しいといえる設備が整っていた。

……やっぱり萌と温泉旅行には行きたいもんだ。
あー、でもどうなんだろう。
一度は大人であった俺は、温泉に入って酒を飲み、とくに何かをするわけでもなくのんびりすることの楽しさを知ってはいるが、萌が楽しめるかどうかは分からない。
温泉街でしっぽり、なんてのはまだ早い気もする。

萌のことだから、楽しいかどうかと聞けばどんな答えを返してくれるか――考えなくても分かりきってる。
照れくさいが、俺と一緒にいるなら、と云ってくれるだろう。

それは嬉しいし、本心でもあると分かってはいるけれど、どうせなら思う存分に楽しんでほしいし喜んでほしいわけで。

だったら旅行に行く場所は、もっと遊ぶことに目的を置いた場所にした方が良いだろう。

子供目線で見た温泉街の娯楽といえば、型落ち箇体のゲームや卓球ぐらいじゃないだろうか。
街をぶらぶら歩いたり、お土産屋をぶらついたり、その街の郷土資料館を覗いてみたりなんてのは、とてもじゃないが子供が楽しめるものじゃなし。

さて、どうしたもんかな……。

「なぁ、蒼葉くん」

「なんですか?」

ゆだった頭でこれでもないあれでもないと考えていると、お兄さんが声をかけてきた。
さっき話した将来のこと云々で少し話しづらい気分だったが、彼はそうでもないようだ。
そこがまた、彼の良いところでもあるのだろう。

「萌ちゃんとはどこまで進んでるんだ?」

「いきなりですね」

「良いじゃないかよ。男同士だ、気にするな」

「まぁそうなんですけど……」

「で、どこまでいってるんだ?」

「えっ……と」

「未央に聞いたけど、もう付き合いだして結構経ってるんだって? 流石に手ぐらいはつないだか?」

「ええまぁ」

「良いねぇ。あー、俺もガキの頃からもっとマセてりゃよかったなぁ。
 ほら、小学生の頃って、なんか女子と遊ぶことが恥ずかしいみたいなノリがなかったか?」

「ありますね」

前世でもそうだったし、今回の人生でも。
あれは一体なんなのかね。女の子は恋愛の話題を早いうちから話題の一つとして扱い始めるけど、男は全然。
中学生になればそういった恥ずかしさも多少は薄れるものの、完全に異性と遊ぶことの楽しさを覚え始めるのは高校生ぐらいからな気がする。

まぁ俺がそうだったってだけで、思春期の子供全員に当てはめることじゃないとは思うが。

だが少なくとも、お兄さんもそういったことを後悔しているようだ。

「まぁウチの場合はほら。親が堅物だからな。
 なんだかんだで、俺もガキの頃は女の子と積極的に遊ぶのは良くないことだー、みたいに云われてそれを信じていたし。
 軟派なのが悪いわけでもないのになぁ」

「甘酢っぱい思いの一つや二つ、誰にだってあるでしょうよ。
 小学生ぐらいの頃を思い出せば」

「君はその年頃ど真ん中だろうに。
 で、どうなんだ?」

にやにやと追求してくるお兄さん。
どう答えたもんかな。

うーん……あんまり自慢すうようなことでもないとは思うが、なぁ。
それでも云いたくないのかと云われると、困る。
萌とどんな具合に仲が良いかなんて、同級生に教えたことがないし。まぁ要するに俺も誰かに自慢したいってわけだ。

まぁ、この際、云ってみるのも良いか。

「萌と知り合って一年……かな。
 それぐらいの頃に、あの子と付き合い始めました。
 恋人になってからは一年と少しってところですね」

「思ったよりも長いんだな。
 それで?」

「まぁ恋人同士になったんだから、することしてますよ」

「……え?」

「親が出かけてるタイミングで俺の家でやったりってのが多いですね。
 基本的に萌の家にはお母さんがいるし、事後の片づけが上手いことできないので」

「……えっ」

「どこまで進んでるのか、でしたっけ。
 そうですね……基本的に俺が萌を責めてるので、どこまでってのは形容しづらいかなぁ。
 萌にさせる、ってのはほとんどないし。
 あ、興味がないわけじゃないんですよ?
 ただ、俺の趣味として、女の子が感じてる姿見るのが好きだから――」

「待てやマセガキ」

「なんですか」

「まさかお前……」

「ええ」

ふっ、と小さく笑う。

「非童貞ですが何か?」

「お、おのれー」

想像通りの反応をしてくれてありがとう。
マジかー、とお兄さんはため息をつくと、体育座りをして小さくなってしまった。
まぁ気持ちは分かる。すみません。

「……最近の小学生はそんなに進んでるのか?」

「いや、そんなことはないですよ。
 同級生は同性と遊ぶのが普通な感じですし。
 カップルがいないわけでもないでしょうけど、俺たちほど進んでるかどうかとなると、どうでしょ」

「そうか。少し安心した。
 いやー、ジェレネーションギャップで死ぬかと思ったわ」

「それジェネレーションギャップって云うんですかね」

「さぁな。
 まぁ良い。で、どんなことを普段はしてるんだ?」

「んー、そんな特別なことはしてないはずですけど。
 いずれは色々試してみたいけれど、今は色んな体位を試してるだけで満足してるし」

「ほ、ほう?」

「一番好きなのは対面座位でいちゃついてから、興奮しきった萌を正常位でがっつんがっつん突くことかなぁ。
 頑張って声を殺そうとしてる萌が我慢できなくなってひんひん鳴くとすごく燃えます」

バックからガツガツ腰を使うのも好きだが、やっぱり萌の可愛い顔を見ながらが一番だ。

体力と筋力には自信があるので、よっぽど変な体位じゃなければ動きづらいってこともない。
慣れない姿勢だと動き方が分からないこともあるものの、それだって回数こなして萌と一緒にステップアップするのが楽しいし。

「後ろとかにも興味はあるけど、ローションやらスティックやら開発用の道具を手に入れることがなぁ。親の名義で通販も見つかったら気まずいし。
 代用品で済ましちゃうのも萌に申し訳がないからやりたくないし。
 ヤヴァネットが早く普及すれば良いのに」

「うん、悪かった。もう良い。
 俺には少し刺激が強いみたいだ」

「そうなんです?」

「ああ。このまま聞き続けてたら、恥ずかしながら勃ちそうだ」

「それは困る。男に興味はないもんで」

「奇遇だな。俺もだ
 ……上がるか」

「……そうですね」

「ふっ、なんだろうな、この敗北感は。
 今の俺は情けない敗残兵さ……」

茹だったのか違うのか、お兄さんは風呂から上がってふらふらと脱衣所へ消えていった。

「……空しい勝利だ」








†††








「蒼葉くんに萌ちゃん、今日はどうもありがとう。
 僅かながらの礼だ。好きなように飲み食いしてくれ」

「いえ、こちらこそ。
 お招きいただいてありがとうございました」

「蒼葉くんはしっかりしてるわね。
 遠慮しなくて良いから、たくさん食べて」

「はい。では……いただきます」

「……いただきます」

壬生屋のお父さんに軽く頭を下げながら、箸を手に取る。
テーブルに並んでいるのは刺身に山菜を使った料理、天ぷらに煮物。
和風の料理が並んでいるのは、らしいと云うかなんと云うか。
歳が歳なので駄目だが、日本酒がちょっと呑みたい。

「蒼葉さん。煮物は、私と萌さんが作ったんですよ」

「そうなんだ」

うん、形が微妙にいびつな野菜は、きっと壬生屋が切ったやつだな。
萌の料理スキルは少しずつだがステップアップしてるから、今じゃ多少時間はかかってもレシピ通りに作るぐらいはやってのける。

小皿にとった煮物を口に運ぶ。
味は染みてるし、固さもほどよく解れていた。

「うん、美味いよ」

「やった」

「……良かった、わ」

「萌ちゃんはお料理上手なのよね。
 少し驚いたわ。いつもお母さんのお手伝いをしてるのかしら?」

「……はい」

人見知りをする萌は、少し控え目に返事をした。
だが壬生屋のお母さんはそれを気にした風もなく、笑顔で頷く。

「そうよね。手慣れてたもの。
 今から鍛えてるんだから、きっと良いお嫁さんになれるわ」

「二人はそういう関係なのか?」

「はい、そうです」

「そうか。悪いとは云わないが、節度のある付き合いを――」

「余所様のことなんだから説教するなよ親父」

「お前は……」

助け船なのか違うのか、さらっと割り込みをかけてくるお兄さん。
いつものことなのだろう。壬生屋のお父さんは呆れたように眉根を寄せる。
が、お兄さんもまた慣れたもので、気にせず料理に箸を伸ばしていた。

「あ、そうだ。お父さん、すみません。
 明日、少しお時間いただけませんか?」

「なんだい?

「剣術のことで、少し教えていただきたいことがありまして。
 や、教えて欲しいというほどのことではないのですが、駄目なところを指摘していただけたら助かります」

「私で良ければ。
 ただ、そういった指摘は君の師範代にしてもらった方が良いんじゃないかな?」

「僕もそう思うのですけど、師範の方針なのか、しばらくは自力で刀の扱いを学べと云われて、相手をしてもらえないんです」

「……そういうことなら、私が口を出すわけにもいかない」

「はい。重々承知しています。
 ですが、僕は来年から地元から離れた学校に通うので、今の内に学べるだけのことは学んでおきたいんです。
 師範の云いたいことも分からなくはないのですが、そこまで時間に余裕があるわけでもないですし。
 ……駄目でしょうか?」

この人の前で嘘を云っても良いことなんてないだろう。
そう思った俺は、云ったところでマイナスにしかならないであろう事情まで口にする。

春先に師範から日本刀を譲ってもらってから、体術はともかく、剣術の稽古はほとんどつけてもらっていない。
流石に刀の扱いや竹刀との違いはレクチャーを受けたが、それ以外はほとんど自主訓練。

時折師範や師範代に見てもらってはいるのだが、精進しなさい、と云われるばかりで指導らしい指導は何もしてもらえていないのが現状だ。

自力でやれるところまで、と本を読むなり動画を見たりと勉強しつつ動きを取り入れてはいるのだが、それでも指導らしい指導を何一つされないのはいい加減に辛い。

だからこの機会にと壬生屋のお父さんに打診してみたのだが――

「……とりあえず、見るだけ見てみよう。
 指導するかどうかは、それからだ」

「ありがとうございます」

「……あ、あの、今さらっと流しましたけど……。
 刀、とおっしゃいましたよね? もしかして荷物の中にあった包みは、真剣だったのですか?」

「ああ、そうだよ」

「そんなに驚くことでもないぞ、未央。
 俺だって親父に真剣の扱いはたたき込まれたしな。
 中学に上がればお前も教えてもらえると思うぜ?」

「余計なことを云うな」

「へいへい」

釘を差され、再び肩をすくめるお兄さん。
壬生屋の刀といえば、迷刀鬼しばきが思い浮かぶが……俺の記憶が正しければ、あれ、名前がダミーなだけで実際は有名な刀だったはずだ。
それこそ、博物館に飾られたり、コレクターが欲しがったりするほどの。

俺の刀は……まぁ、多分無銘。
壊したら嫌だから保管は師範代が、と云ったら、そんなに貴重なものじゃないから別に良いと云われたし。

「しかし、そうか。蒼葉くんは未央よりも一歩先を行っているんだな」

「まぁ、年長者ですから。
 それに彼女ほどの才能は、僕にはありません。
 第六世代ということで、他の門下生より多少上達が早いだけですよ」

「謙遜をしなくても良い。
 たとえ技術や体を鍛えても、心の強さが伴っていなければ刀の扱いを教えられたりはしない。誇って良いことだ」

「ありがとうございます」

心の強さ――か。実際どうなのだろう。
確かに俺の精神は同年代、いや、十代の子供や社会にでる前の青年と比べればそれなりに成熟しているだろう。
しかし俺は、元の人生に見切りをつけて新世界に逃げ出したような人間だ。そう立派な心を持っているわけじゃない。
別に卑屈になってるわけじゃないが――まぁ、なんだ。
こういったことを云われるのには慣れてないから、反応に困る。

ともあれ、明日は壬生屋のお父さんに剣術の稽古をつけてもらえるようで一安心。場合によってはお流れになるかもしれないけれど。
稽古をつけてもらえなかったらいつも通りに自主練習を行って、その後は萌たちと遊びに――

そんなことを考えていた時だった。

軽いインターフォンの音が響く。
壬生屋のお母さんは素早く腰を上げると、玄関に向かった。

そのまま食事を続けようとするが、何やら騒がしくなっていることに気付く。
玄関からここまでそれなりに距離があるというのに――もしかして、何かを言い争っているのか?

俺と同じ疑問を抱いたのだろう。
壬生屋のお父さんは訝しげな表情を浮かべると腰を上げる。お兄さんも一緒に。

……なんだ?
あまり良くない空気が流れている気がする。
見れば、萌も戸惑いを浮かべて俺へ不安げな視線を送ってきていた。
そっと彼女の手を握って、様子を覗き見しようかと腰を浮かせた瞬間――

「なんのつもりだ貴様ら!」

空気が縮み上がるような怒声が、屋敷に響き渡った。
……何が起こっているんだ?
決して良いことではなく、むしろ悪いことが起ころうとしているのは確かだろう。

壬生屋と萌に目配せをして、俺たちも玄関へと向かう。
言い争う声が徐々に耳に届いてくる。その内容は形となって聞こえてくるほど明瞭ではなかったが、壬生屋のお父さんが怒っていることだけは嫌でも伝わってきた。

角を曲がり、玄関へと出る。
瞬間、聞き覚えのある台詞がいきなり飛び出てきた。

「こんな時間にいきなり大勢で押し掛けて……挨拶もなしに!
 なんのつもりだ!」

「覚えておけ。芝村に挨拶はない」

その、言葉は――いや、芝村だって?

思わず目を瞬いて言葉の主へと視線を投げる。
ボディーガードなのだろうか。黒いスーツを着た男たちを背に、一人の青年――いや、少年が立っている。
美形と云えばそうなのだろう。だが最悪なまでの目つきの悪さがプラスの印象を欠片も残さず粉砕していた。
口元に浮かべた皮肉げな笑みもまた、印象悪化に拍車をかける。
行き過ぎた誇りは傲慢さとも見え、まとった雰囲気はまるで鎧のよう。身長はそう高くないというのに巨人のような錯覚を抱いてしまう。

彼は壬生屋のお父さん、お兄さん、母親。
そして未央を順番に眺めると、ため息を吐いた。落胆を少しも隠すつもりがない。

「予想を遙かに下回る有様だ。血が薄いどころの話ではないな。使いものにならん」

「……何だと?」

「多少戦う術に長けた一族など珍しくもない。よって、価値もない。邪魔をしたな」

それだけ口にし、彼――芝村は即座にきびすを返した。
瞬間、我慢が限界に達したかのように壬生屋のお父さんは少年の肩へと手を伸ばし――

危ない、と思った瞬間、体が勝手に動いていた。
彼が何をするつもりかなんて分からなかったが、絶対にロクなことは起きないと嫌な予感があったから。

お父さんの手が芝村の肩に届くかと思えた瞬間、まるで虫でも払うように腕が振るわれる。
肩に振れようとした手を避け、延びきった腕を取り、そのまま体重を遠心力に乗せて投げ飛ばす――

タイミングは最悪だった。壬生屋のお父さんは、まさか投げられるなどと思わなかったのだろう。
受け身は取ってくれるだろうが――投げ飛ばされた先には戸がある。ぶつかればガラスが飛び散り軽くない怪我をするだろう。

ゼロから一気に全開へ。騒々しい音と共に床板を蹴り付け、次いで壁を蹴り飛ばし二人の隙間を縫うように疾走。
そして隙間を縫うように二人を追い抜くと、投げ飛ばされた壬生屋のお父さんを抱き止めた。

無論、ウェイトの差がありそのまま抱き止めるなんてことはできない。
吹き飛ばされながら玄関の戸に背中をぶつけ――しかしそのまま倒れ込まないよう、戸の枠へとっさに手を伸ばし、掴む。

掴んだ木の枠が砕ける感触。慣性に逆らった重みが腕へと一気にのし掛かる。
が、そこまでだ。
ほっと息を吐きながら壬生屋のお父さんを下ろし、顔を上げ――芝村と目があった。

瞬間、本当に刹那――ともすれば見間違いだったのかもしれないが――彼の瞳に驚きの色が浮かび、次いで、興味が滲む。

だが彼が俺に声をかけてくることはなかった。
薄ら笑いを張り付けたまま芝村は去ってゆく。
その背中を、俺は見送ることしかできなかった。








†††








「昨日はすまなかったな。
 無様なところを見せてしまった」

「いえ、気にしてません」

「それでも、私の油断から君に怪我をさせてしまったことに違いはない。
 その礼と云うわけではないが……稽古はしっかりとつけさせてもらおう」

「ありがとうございます」

小さく頭を下げつつ、俺は鈍い痛みを発する指先に目を向けた。
包帯の巻かれた指。昨日、無我夢中で枠と掴んだ際に爪が割れてしまったのだ。それもヒビが入るようなものではなく、剥がれる一歩寸前といったところまで。

あの時は無我夢中で気がつかなかったとは云え、時間が経つとなかなかに痛い。
が、この機会を逃せば次はいつ壬生屋のお父さんに稽古をつけてもらえるか分からないため、包帯を巻きつつ約束通り刀の扱いを見てもらうことにした。

抜刀し、正眼に構える。呼吸を整え、意識を集中。
力を込めると指先の傷がよりズキズキと痛みを訴えたが、集中している今、その感覚は遠い。

呼吸が整った瞬間、刀を振りかぶり――突き立てられた巻き藁を袈裟に両断。
初めて刀を握った時には出来なかったこれも、今では楽にこなせるようになった。
が、ここからだ。

振り抜いた刀を返し、横一文字に。軽い手応えと共に巻き藁が更に分割される――が、まだ。まだ巻き藁はバラバラにならない。
次の一閃。そして次の。計四回の斬撃をたたき込み終えた瞬間、重力に負け、裁断された巻き藁は崩れ落ちた。

「どうでしょう。
 駄目なところはありましたか?」

「いや……そうだな。
 なんとなくだが、師範が口を出さなかったのも頷ける」

「どういうことですか?」

「教えることがないのだろう。今の段階では。
 教えられずとも、君は基礎を疎かにしていない。
 自分の思うままに剣を振るうのではなく、型というものを大事にし、それを忠実に守っている。
 で、あるならば、口出しする必要はないということだ」

「……それならそうと云ってくれれば良いのに」

「もし蒼葉くんがなんらかの壁にぶつかった時は、惜しみなく次のステップへ進むための教えを授けてくれるはずだ。
 心配せず、今まで通り鍛錬に励むと良い」

……壬生屋のお父さんがそう云うなら、間違いではないのだろう。
でもなんだか納得がいかない。便りがないのは元気な証拠――というのとはまた違うのだろうが、そうならそうと云ってくれれば良いのに。

「だが、それだけで終わらせてしまうのは少し君に申し訳ない。
 一つ、壬生屋の技を見せてあげよう」

そう云うと、壬生屋のお父さんは縁側に立てかけてあった布包みを手に取り、結んであった紐を解く。
取り出されたのは日本刀。だが俺が持っているものよりもいくらか長い。

彼はそれを抜き放つと、数度素振りを行った。
そして、見ていると良い、と口にして――そうして、始まる。

端から見ればそれは剣舞にしか見えなかっただろう。神楽舞を見たことはないが、きっとそれに近い。
ゆっくりと足を運びながら、鋭い太刀筋で剣を振るう。
一体何を――数秒の間、俺は彼が何を考えてこの剣舞を見せているのか分からなかった。

だが太刀筋を目で追い、ようやく気付く。
一見儀礼的に見えるこれは、しかし、違う。
剣を振るい、足の運びで死角を常にずらし、全方位に目を向けながら剣が空を薙ぐ。
舞踏のようなそれは、しかし、間違いなく技の一つだ。

「君は、すごいな」

「え?」

言葉をもらすと同時、壬生屋のお父さんは剣舞を止めた。

「今のがなんなのか理解できたのだろう?」

「はい。……今のは?」

「壬生屋の始祖とも云える一人の男が行っていた戦い方だ。
 踊るように舞い、一対多の状況で幾度も勝利を収めた戦技。
 通常の剣技や鍛錬は、これをより高い精度で行うための下準備に過ぎない。
 ……これ以外にも代々伝えられた技はいくつもあったのだが、我々に扱える技は、もうこれだけになってしまった。
 薄れた血……クローン技術によってしか増えることのできなくなった我々では、血によって技能を伝えるということができない。
 故、我が一族が生まれたから今日までの間に、多くの力が欠落してしまった。
 おそらく……あの男が求めていた力は、失われた力の方だったのだろう」

云いながら、色濃い屈辱を彼は表情に浮かべる。

「……蒼葉くん。君は芝村一族のことを知っているか?」

「……はい。一応は」

裏の事情はともかくとして――表向きの芝村は、ここ数年で急速に力を伸ばしてきた一族のことを指す。
この国が生まれた頃から存在する、とのことなので出自自体はかなり古いものの、表舞台に出てきたのは最近のため政界などでは新参者扱いされている。

血の繋がりなどになんら価値を認めず、芝村"らしさ"を何よりも重要視するため、一族の人間は基本的に養子。
たとえ実子であろうとも一度は親子の縁を切り、芝村を名乗る資格があると認められれば養子として迎え入れるという徹底ぶりだ。

彼らは元々、人類の歴史をただ記録するだけの一族だった。
ただそれだけの一族だったが、ある人物と接触したことにより宗旨替えを行い、自分たちの知識を駆使して人類の危機に立ち向かうべく立ち上がったのだ。

その存在理由ゆえに、善か悪かで云えば彼らは善と云えるだろう。
ただ、目的のためには手段を選ばないという色があまりにも濃い上に、
蓄積した知識を元にした行動がケチを付けられないほどに結果を出してしまうため、既存の有力者たちから目の敵にされている。

あまりにも強烈な個性と独自の価値観を持つ彼らは、とにかく敵を作る。
その上秘密主義であるため、彼らの目的がなんであるのか誰も知らず――世間一般では世界征服をもくろんでいるなんて冗談が信じられている――戦争を糧に肥太る悪魔のような認識をされている。

既存のルールをあざ笑い、自分たちの信じる道を突き進む者たち。
一般常識などを知らないわけではないが、それはそれとして自分たちの価値観を何においても優先するため、調和や礼節を重要視する壬生屋とは相性が悪い。

俺個人としての彼らの印象は、まぁ、関わらないでくれるのなら悪くは思わない、というものだ。
彼らがいなければウォードレスや人型戦車、NEPやレーザライフルといったオーバーテクノロジーの数々が生まれることはなく、人類は既に地球上から駆逐されていただろう。

非人道的な行いの数々も、自ら率先して泥を被ってくれていると考えれば、納得はできないものの非難しようとは思わない。

が、そんな表に出ていない事情を一般人が知っているわけがない。
少し悪い気はするが、ここは世間一般で云われている芝村への印象を口にするべきなのだろう。

「あんまりいい噂は聞きませんね。
 世界征服をするだとか……それに、自分たちに逆らう奴は片っ端から消してるなんてことも。
 ……それにしても、どうして芝村がここへきたんでしょう。
 失われた技って、なんなんですか?」

「それは――まぁ、そうだな。
 よた話だ。君が気にするようなことじゃない」

「そう云われると、気になってしまうんですけど……」

「……壬生屋の伝承の中には、超能力を扱うようなものがあってな。
 おそらく、それが本当なのかどうか確かめにきたのだと思う」

「超能力?」

精霊手などの絶技を指しているのだろう。
だが、これもまた俺が知ってていいことじゃない。
ここは、とぼけるしかない。
もっとも、同調能力などを始めとした異能はそれほど珍しいことでもないため、与太話と切って捨ててしまえるほどのものでもないが。

「蒼葉くんは、幻獣がここ五十年で初めて出てきた怪物だと思うかい?」

「はい。違うんですか?」

「ああ。伝承に伝わる鬼などの妖怪は、幻獣だったのだと伝えられている。
 その鬼を討伐する際に使われた刀は今も遺っているし、超常の技によってそれらを討ち滅ぼしたことも、な」

しかしそれらはもう失われている。
そもそも壬生屋の力は血で伝えられるような代物ではないのだ。
絢爛舞踏は特定の血筋から生まれるようなものではないし、絶技の会得だって才能がいる。
"別の"壬生屋では、才能のある子供を幼少の頃から鍛え、世間から隔離し、伝承される絶技のすべてを叩き込んで人工的に人類の決戦存在を生み出しているが、ここの壬生屋はそこまでしていない。

だから芝村も壬生屋に大した期待は抱いていなかったのだろう。
だから一瞥しただけで力がないと断じてしまったのだ。

「……芝村の行いはとても許容できるわけではないが、しかし、これで良かったのかもしれない」

「……何故ですか?」

「人ならざる力を持つということは、すなわち人でなくなるということだ。
 決して、幸せなことではない。
 この国にとっては喜ばしいことなのだろうが……」

そう云いながら、壬生屋のお父さんは俺の頭をくしゃりと撫でた。

「子の親としては、な」

彼の顔に浮かんでいるのは、小さな悲しみだった。
その悲しみとは、一体なんなのか――思い当たる節はあるものの、おそらくはどれも外れだろう。

「さあ、もう行きなさい。未央たちが待っているんだろう?」

「あ、はい。
 ありがとうございました。
 また機会があったら、ご指導よろしくお願いします」

そう云って頭を下げると、俺は刀を布袋に戻し、庭を後にした。








†††








未央と萌の二人は、屋敷の軒下で日光を避けながら蒼葉
を待っていた。

壬生屋未央にとって石津萌という少女は、間違いなく友達、あるいは親友と云えるかもしれない存在だ。
もともと未央に友達が少ない――というか皆無であることも理由の一つではあるが、
それ以上に、世間で云うところの"普通"からズレた彼女を許容できる者が同年代にはいなかったという部分が大きい。

子供というのは残酷で、そして強かだ。
萌が手の奇形を――普通でないことを理由に虐められていたように、未央もまた普通から外れていたため、彼らとは馴染めずにいた。

大人であれば人それぞれに個性があることを理解し、ある程度の折り合いをつけて付き合うことも出来ただろう。
だが子供というものは自分たちの世界が絶対であると信じ込む傾向があり、理解できないものからは距離を取るか、あるいは攻撃する。

萌と同じように未央にもそういった経験があった。
もっとも彼女の場合は道場の娘ということもあったし、
実際にちょっかいを出してきた子に痛烈な仕返しをしたため、距離を置かれる方の扱いを受けていたのだが。

そんな彼女にとって萌と蒼葉の二人は、自分を決して特別視しない大事な友達だった。
蒼葉は蒼葉で大人びているし――事情はどうあれ未央から見れば、だ――萌は自分と似たような境遇ということで。

口数の少なさからどんな風に接して良いのか分からない部分もあったものの、それだって何度も会っていれば自然と仲良くなってゆく。
正月から壬生屋の道場に通い始めたこともあり、今では大の仲良しと云っても良い仲だと未央は自負している。

「遅いですね、蒼葉さん。
 お父様も、私たちが遊ぶつもりと分かってるはずなのに」

「……仕方ない、わ。
 なんだか蒼葉、最近悩んでたみたいだから。
 だから未央ちゃんのお父さんに稽古をつけてもらえて、はりきってる……の」

「かもしれませんけど、もう少しタイミングというものをですね……。
 ああもう、先に行ってしまいましょうか」

「……置いてけぼりは、可哀想」

「ふふ、冗談ですよ」

苦笑しつつも、仕方ない、と未央は胸中で呟いた。
萌が云ったように、蒼葉が焦っていたことは知っている。
整備学校に入学すれば、今までのように師範たちから稽古をつけてもらえなくなるだろう。
だから今のうちに、というのは分かっているが――もう少し、自分たちとの時間も大事にしてくれたって良いのではないか。

自分の家の手伝いが原因とはいえ、昨日は全然遊べなかった。
夜だって芝村のことで空気が悪くなったため、早々に寝てしまった。
だから今日は思う存分、と思っていたのに。

「……ねぇ、未央ちゃん」

「なんですか?」

「これから川遊びに行くって話だけど……未央ちゃんって、泳げるの?」

「クロールで25メートルぐらいは大丈夫です」

「……そう」

何故だか少し肩を落としてしまう萌。
おそらく彼女は泳げないことを気にしているのだろう。
多分蒼葉は泳げるはずだし、だから自分だけ、と。

「大丈夫ですよ。
 川遊びって云っても泳いだりはしません」

「……そう、なの?」

「ええ。川の流れは急だし、水も冷たいし。
 それに深くて足が底に届きませんから、泳いで何かあったら危ないとお父様たちに釘を刺されています」

「……そう」

「ええ。ですから……そうですね。
 魚を取ったり、散歩したり。まぁ到着してから何をするかを考えましょう」

「……魚取りなら、蒼葉から必殺技を教えてもらった……わ」

「どんな?」

「……こう、大きい岩を持ち上げて」

「ガチンコ漁は禁止されてるから駄目です!」

「……残念」

あの人は平気な顔をして何を吹き込んでいるんだろう。
冗談だと分かってはいるものの、常識がある一方でいたずらな部分もあるから、注意されなければ本気でやっていたのではと勘ぐってしまう。

「しかし蒼葉さんも変なことを知ってますね」

「……山で遭難した時の最終手段って云ってた」

「それはまぁ、確かに……場合によっては仕方ないかもしれませんが」

山で遭難し食料に困ったなら、その場合は仕方ない。
山は食物が豊富とは云っても、食べられる山菜の見分けなんて素人にはつかないし。
生憎と未央も育ったのはこの土地ではないため、山で生活するための知識などは少ない。

「……っと、噂をすれば」

どたどたと慌ただしい足音。
見れば、慌てて支度をしてきたであろう蒼葉が息を切らせて顔を見せた。

「いや、悪い悪い。
 急いではいたんだけど時間くっちゃって」

「もう、待たせすぎですよ蒼葉さん!」

「……女の子二人を待たせるなんて、贅沢」

「いや、悪かったって。
 壬生屋、川に行く途中に商店とかある?」

「ありますけど……」

「じゃあそこでアイスなりジュースなりおごるから、それで勘弁ってことで」

「……ハーゲン」

「そこは遠慮してガリガリくんとかにしとこうぜ。
 じゃあ行くか」

「はい、行きましょう!」

ようやく蒼葉がやってきたことで出発できる。
荷物を持って歩き出すと、ふと、疑問に思ったのか蒼葉が口を開いた。

「……ところでさ」

「なんですか?」

「このパーティー、比率としちゃ女の子の方が多いわけだけど」

「ええ、そうですね」

「……両手に花」

「川遊びとかって男がするもんじゃないのか?」

「あ、差別ですよそれ。
 楽しい遊びなら女の子だってやります」

「まぁ、そりゃそうかもしれないが」

そこで一旦言葉を句切り、蒼葉はじろじろと未央たちを見てくる。
何か失礼なことを思われてる、と未央は直感で気付いた。

「萌はともかくとして壬生屋はアクティブだからな。
 そう不思議なことじゃないか」

「あ、案の定失礼なことを!」

「案の定ってなんだよおい。
 まるで俺が、失礼なことばっかり云ってるような言い草じゃないか」

「……蒼葉。未央ちゃんは、ちゃんと女の子らしい……わ」

そう云いつつ、未央の後ろに回る萌。
何やら背中をペタペタと触られてるが――

「いやまぁそりゃあ、そうだろうさ。
 男っぽいって云ってるわけじゃないよ。
 ただ、インドアな萌と比べてアクティブだな、ってだけで――」

「……こんな感じ……で」

「ちょ……!?」

蒼葉の言葉を遮るように、なんの前触れもなく、ずりっと――未央が着ていたワンピースがずり下げられる。
背中をペタペタと触っていたのはボタンを外していたからなのか、と今更に気付くも、時すでに遅し。
胸の半ばまで一気にワンピースがずり下げられる――

「ちょ、萌何して――!
 ……って下にスク水着てたんかい」

「え、なんですかその残念そうな反応!?
 ガッカリ、って言葉が口に出さなくても聞こえてくるようです!」

「いや、ガッカリってほどのサイズじゃないだろ。
 その歳でそれだけあれば充分というか」

「誰がバストサイズの話をしましたか!
 まったく、萌さんも!」

「……ガッカリ」

「ガッカリって云わないで下さい!
 もう、まったく! 二人とも!」

ずり下げられたワンピースを引き上げながら、むー、と二人を睨んでしまう。
萌の今みたいな行動は未央からしても珍しいと思えたが、きっと彼女もこの旅行で開放的になっているせいなのだろう。

「いや、壬生屋気にするな。
 マジでそんなに小さくないんだ。
 きっと将来は萌以上になるはず」

「……今の一言、ちくりと心に刺さった……わ」

「ああいや、萌のが小さいってわけじゃなくて……!」

あ、なんだか惚気られそうな雰囲気。
人をダシに使っておいていちゃつき始める気なのだろうかこの二人。
じとーっとした視線を向けていると、慌てたように萌が手を振った。

「……少し、はしゃぎすぎたかし……ら?」

「……いえ、そんなことはないんですけども。
 ……むぅ、ああもう! 蒼葉さん!」

「はい、なんでしょうか」

「途中で立ち寄る商店で、きっちりご馳走して下さいね!?」

「反応に困って俺にぶん投げたな」

「……何か?」

「いえ、何も。
 おごらせて頂きます、サー!」

「よろしい!」

これでこの話は終わり、とばかりに未央はやや大きめの声を出した。
別に川辺で水着になるから良いだろ、と蒼葉の言葉が聞こえるも、視線を流せば彼は肩を竦めるだけだった。
まったくもう――口には出さず、溜息一つ吐いて未央は腕を組む。
萌のこの調子は、きっと蒼葉の悪戯な感じに染まってしまったからに違いない。

まったくもう――そう胸中で呟きながらも、しかし、この気安い仲は決して嫌いではなかった。
思えば、こんな風に悪ふざけができる友達は――固い空気をまとっていたせいで、自分に悪ふざけをしようとする者なんて、いなかった。例外があるとすれば兄ぐらいだ。
そして兄のやってくることも、二人と過ごすこの時間も決して嫌いじゃ――否、そんな言い方は強がりだ。
二人といるのは、楽しかった。

そう認めた途端、一つの不安が浮かび上がってくる。

こんなやりとりが出来るのはあと何度なのか――
ふと脳裏に浮かんだ考えを、未央は意図して忘れることにする。
まだ夏だ。蒼葉が自分たちの元から離れてしまうまで、まだ時間がある。
だから――お別れのことなんて、まだ考えなくていいはず。

考えを振り切るように、未央はようやく見えてきた商店に向かい、駆け出した。

「二人とも、あのお店です!」

「ちょ、いきなり走り出すなよ!」

「……競争」

「萌まで!?
 ……オーケー。
 伊達に鍛えてないんだ。俺に単純な身体能力で勝てると思うなよ!」

騒がしい足音と笑い声を上げながら、未央たちは田園の中にまっすぐ通る道路を走ってゆく。
この場にいる三人は、誰もがそれぞれ歳不相応な事情を抱えていて――しかし今だけは子供のように、はしゃいでいる。
こうした景色を当たり前のものとして受け止め続けられるのはあと何年か。

それを知っているのは――









†††








広大な執務室。
光源は机上のスタンドのみであり、ぼんやりと室内の輪郭が浮かび上がる中に、一組の男女がいた。

机の上には写真の貼付された書類がいくつも散らばっており、記されている事項は素行にパーソナルデータ。別紙には簡単な身辺調査の結果が。
それを眺める男の口元には皮肉げな笑みだけが浮かんでいる。

「……どうかなされましたか?」

男の様子を黙って眺めていることができなかったのか、冷たくすら聞こえる声色で、女は問いかけた。

それを気にすることもなく、男は口を開く。

「……いや、な。
 運命とやらはあまり信じない質なのだが、それ故にこういったことがあると驚かされる」

彼の手元にある書類――それは、来年度から整備学校へ入学する生徒の一覧だ。
普段ならば男にとって関係のないそれは、しかし、芝村の進めている一つの計画が山場を越え次の段階へと進んだため、彼の元に届けられたのだ。

その計画とは、人型戦車の実用化だ。
人型戦車とは、読んで字のごとく人の形をした戦車である。
遙か昔に現人類によって滅ぼされた巨人、ホモギガンテス。
それをクローン技術によって蘇らせ、脳と内蔵を摘出し、
代わりに駆動系や電子機器を組み込んで、多目的結晶を介した神経接続により操作する、血と狂気の生み出した化け物。

人型戦車は現段階である程度の形になっており、大陸への派兵に紛れ試作機の"X"が戦闘データの収集を行っている。
が、そのデータ収集によって予想を上回る劣悪な整備性が浮き彫りとなり、人型戦車の実戦投入には大量の整備兵が必要と報告があった。

しかし、はいそうですかと簡単に整備兵を増やす分けにはいかない事情が芝村にはあった。

人型戦車――特にブラックボックス化されている制御中枢は国際法に抵触するような代物で、
多くの整備兵が人型戦車に触れれば、当然、違法行為が明るみにされる可能性も高くなる。

故に、ただ整備兵を増やせば良いというわけにはいかないのだ。
芝村には敵が多い。もし人型戦車のブラックボックスがなんであるのか政敵に知られれば、それを武器に、彼らは喜々として芝村を蹴落としにかかるだろう。

人型戦車が優秀な兵器であると知らしめることができれば、"その程度"のことは目を瞑り本格的な量産が始まるだろうが――今はまだ、その域に達していない。

そのため、今は優秀な人材を秘密裏に囲い込み育て上げ、整備兵の頭数を揃える必要があったのだ。
そして、その準備は既に終わっている。
芝村の息がかかった整備学校では来年度から人型戦車の整備が授業に導入される手はずが整っていた。

机の上に広がっているのは、その学校に来年度から入学する生徒のデータだった。
人型戦車の整備は酷く難しい。
人工筋肉の基本的な知識に加え、デリケートな電子機器の扱いに、神経接続を介した制御系。癖のある駆動系の把握。専用火器の運用。
半端な者ではこれらを把握できるわけがない。
そのため、コネクションを最大限に生かし優秀な人材を集める必要があった。

そして、その中に――

「永岡蒼葉。これは偶然か、それとも我々の知らない必然であるのか……」

主席、というわけではなかったが、上位の成績を納めた者の中に彼の名前はあった。

「……まぁ、良い」

そこまで口にし、男は下品な笑い声を高らかに上げた。
運命など踏みつけ乗り越え笑いものにするものでしかない。少なくとも彼にとっては。
そして興味を失ったのか、書類をまとめ机の隅に追いやった。
取るに足らない偶然――少なくとも今の彼にとって、蒼葉との出会いはその程度のものであった。






■■■
●あとがき的なもの
お久しぶりです。またも更新が滞って申し訳ありません。
早く投下をしたいとは思っているのですが、なかなか書き上げることができずに遅くなってしまいました。
次はもっと早く……できると良いなぁ。
ちなみに予告していた割にエロは一切なかったのですが、それは今回の分を次回にしたということで。
次回はエロの塊みたいになると思います。

●内容的な部分
蒼葉たち、壬生屋の実家へ行く。
山奥にラボがあってー、とか、小神族がー、とか色々考えていたものの、お蔵入り。
裏設定をどこまで出すかのさじ加減が難しい。


●Q&A
Q:北斗七星……
A:良くも悪くもターニングポイントにしか現れない連中なので、今のところ蒼葉とは無関係。
  蒼葉は式神も絢爛舞踏祭もプレイ済み。ただ、ガンパレ以外のものだと年号などはかなりうろ覚えです。

Q:ソックスハンター……
A:裏設定の塊な連中。というかソックスハンターになる連中は大なり小なりなんらかの事情を抱えてて扱いづらいよ! 滝川ですら家庭の事情が複雑!

Q:クッキーを配ったのは誰のアイディア?
A:母親になります。あの時点での萌にとって、親と蒼葉以外の他人はまだ限りなく敵に近いものです。
  なので気遣いも蒼葉と親に対してのみ向けられているため、他人の目や付き合いといったものをまるで意識していません。

Q:エロエロ!
A:次こそエロエロ!



[34688] 八話【エロ有】
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:5cb21011
Date: 2013/06/09 18:07
1994年2月――時間が経つのは早いもので、整備学校の入学まで、もう二ヶ月を切ってしまっていた。
じきに故郷を離れ、新しい生活環境に移る……そう頭では分かっているものの、未だその実感が湧いてこない。
自分で決めた道だというのに、入学が決まってからこっち、整備学校へ入れることへの喜びはどうにも薄かった。

……まぁ、当たり前と云えばそうなのかもしれないが。
そもそも俺が整備学校に入ろうと思ったのは、何かしらの夢があってとか、そういった前向きなものではない。
いずれ起こる幻獣との本土決戦の際、極力命を失うリスクを減らしたいという、ただそれだけの理由だ。
いや、前向きか後ろ向きかと聞かれれば、どちらかと云うと前向きな発想ではあるのかもしれない。
が、どちらかと云えば、なんて枕詞がつく時点でモチベーションが低いのは分かりきっているだろう。

「……我ながら女々しいというか、なんというか」

そも原因というかなんというか、俺の気分が重くなる理由とは……実に単純な話だ。
この土地を離れると云うことは、つまりここに住んでいる萌とも離れるということ。
今生の別れというわけではないし、電車に三時間も揺られれば帰ってこれる距離ではある。
しかしそれでも、出会ってから今日までほぼ週3、4、あるいは毎日のように会っていたのだから、寂しさを覚えてしまうのも無理はないだろう。

そんなに嫌なら整備学校に入らなければ良い、と云われるかもしれないが、生憎とそういうわけにもいかないだろう。
萌と一緒にいたい。その気持ちは確かに大事だろうが、それに振り回されて致命的な間違いを犯してしまっては元も子もない。
幻獣は四年後に日本へ上陸する。そして五年後には、大人の兵士が育つまでの時間稼ぎに学兵が熊本要塞に投入される。
もしここで整備学校へ入っておけば――学兵になるという点は同じでありながら、命を危険に晒す機会は比較にならないほど少なく済む。

萌と一緒にいたい。側にいて守ってあげたい。
そんな言葉は生きてこそ口にできるもの。
同情。憐憫。萌との付き合いが始まった当初、そういった感情がなかったわけじゃない。
しかし彼女に対する愛情だって本物で、だからこそ決定づけられた運命をどう迎えるかを真剣に考えている。
そして整備兵になるという目標は考えつく限り最もベターな選択で、入学が決定した今、ようやく目標へのスタートが切れたと云っても良い。
目標への整備学校への入学を喜ぶべきだ。そのはずなのに――

その実感が沸かないのは、やはり今の生活から離れたくないからなのだろう。

「……っと、きたかな?」

不意にインターフォンが鳴ったため、俺は腰を浮かせて玄関へ。
さっきまでの未練たらたらな考えを顔に出さないよう笑顔を作ると、扉を開けた。

「おはよ。
 いらっしゃい。待ってたよ」

「……おはよう、蒼葉。
 ……お邪魔、します」

ドアの向こうにいたのは、萌だった。
ダッフルコートに飾りのついたニット帽。儚い彼女の印象に柔らかさが加味されて、別に云うまでく当然のことだが、可愛い。
彼女の肩には大きめの鞄が下がっている。中に入っているのはお泊まりセット――そう、彼女は今日、ここへ泊まりにきたのだ。

彼女が泊まりにくるということで、母さんは盛大に出迎える準備を――なんてことはなく、今日と明日、この家に両親はいない。
どうしてこんなに状況が整っているのか――ことの始まりは、二ヶ月ほど前まで遡る。

12月。クリスマスなどのカップル向けなイベントが揃っているこの月は、俺と萌も例にもれずイチャついていた。
クリスマスパーティーはそれぞれの家族で行うため一緒に行うことはできなかったものの、その代わりに少し金を使って小学生らしくない贅沢なデートをやったりした。
その際に、クリスマスプレゼントとは別に、俺が整備学校へ行く前に何かワガママを一つ叶えてあげると約束した。
いつもワガママを叶えてもらってるから大丈夫、と一度は断られたものの、萌と何か思い出作りがしたい、と食い下がり――
そして彼女は、一つのお願いを口にしたのだ。
二人っきりで一日中過ごしてみたい、と。
朝から夜までデート、という意味ではない。同じベッドで眠って、起きて一緒に朝ご飯を食べ、そのまま一日を過ごし、また眠る。
そんな一日を過ごしてみたいと、彼女は云った。

そのぐらい任せろ、と二つ返事で了承したものの、実はこれ、それなりに条件が難しい。
二人っきりで旅行へ行くとしても、子供二人で泊まりがけの旅行はハードルが高い。
親の許可もそうだし、もし何かあった時に責任を取れるわけじゃないからだ。
じゃあ俺か萌のどちらかの家で、となると、今度はお互いに両親がいるため二人っきりというのが難しい。
まさか『萌と二人っきりで過ごしたいから旅行にでも行ってきてくれ』なんて頭のおかしなことは口にできるはずもなし。

じゃあ他の方法は――と考えたところで良い案が浮かんでくる訳もなく、案その2である両親に外へ出てもらう、という計画を実行することにした。
名目上は、これから家の外に出ることになるからその前に親孝行、ということで二泊三日の旅行をプレゼント。
しかしその場合でも問題はある。金だ。
日頃から内職をしているため遊ぶ分の小銭を持ってはいるが、旅費なんてまとまった資金となると、小学生にはそう簡単に用意できるものではない。
貯金を切り崩すという手もあるが、あくまで最終手段。
これから始まるインフレに対する備えは、残しておきたかった。
物価が上がるのは勿論として、戦争税も同じように跳ね上がる。
戦況が落ち着いていても本体価格の15%が課税され、劣勢になればそれ以上だ。
日常生活を今の水準で送ることすら困難になるだろう。
そのため、今の内に出来るだけの生活費を貯めておきたかった。

無論、萌のワガママを聞いてあげたいし、俺も俺で一日中一緒にいたいという気持ちはあったから、用意が出来ないようなら貯金を切り崩すしかないと思ってはいたが。

しかし、金をなんとか稼ぐ必要があるものの、小学生でバイトとなると、前世でもこの世界でも雇った側が違法となる。
今やっている内職だって、名義そのものは母さんのを借りて行っているわけで。
となるとどうすれば良いのか――何かを売る、というのがまず真っ先に頭に浮かんできた。
とは云っても売るものなんてあまり無いのだ。本なんて売ったところで二束三文。ゲームもそれほど持っていないため、全部処分したところで五千円になれば良い方だろう。
他に金目のものとなると、困ったことに何もない。
いずれアホほど高騰するのが分かっている砂糖や香辛料などをこっそり溜め込んでいるのだが、これを今売ったところで大した金にはならない。
その程度じゃ全然駄目だ。どうしたものか――そんな風に考えていると、ふと、市が発行しているイベント情報の冊子が目に入った。
小遣い稼ぎのできるボランティアでもないだろうか。そんなつもりで冊子を手に入り、一つのイベントが目に止まる。
ガレージセール――季節が季節なので自治体が保有する体育館でのイベントだった。
それを見た瞬間、これだ、と呟いた。

勿論、今売れるようなものは一切手元にはない。
だが、ないのなら作れば良いんだ。
冊子の案内には、自作の家具やアクセサリーなども売っていると記載してあった。
自作して良いのなら――そう、自作という発想が頭から抜けていた。
勉強や日々の鍛錬、そして内職の合間を縫って情報技能の勉強は続けていた。
いつまでも機能が限定されたネットワークセルを使っていたくはなかったし、電子妖精はハードルが高いものの、自動情報収集セルぐらいは作れるようになっておきたかったからだ。

そう――俺に作れて高く売れるもの。
それはプログラムセルだ。

そうと決まれば話は簡単。
取りあえず一つ作ってみて中古PCの買い取りなどを行っているショップへ持ち込んだところ、査定された結果、ジャンク品扱いで三千円になった。
足下見やがって、と思いつつも小学生の作った自作のネットワークセルなんて、怖くて売り物にできないだろう。
そういう意味じゃジャンク品を集めて改造しているような、知識のある人しか手に取らない品物として扱うしかないというのも納得できる。

ネットワークセル一つで三千円。ぼったくり価格ではあるものの、今の俺が売れる物の中では最も金になるものだ。
冬休みを潰し、暇を見付けては作り続け、なんとか一月中旬には旅費+αを稼ぎ出すことができたので、両親に旅行をプレゼント。

両親は喜んでくれた一方で、そんな無理をしなくても良いのに、と少し怒られてしまった。
……まぁ、当たり前か。当然のように両親は家族三人で旅行に行きたかったようだ。
その点はものすごく申し訳なく思ったのだが、今回ばかりは萌のため、と一緒に行くのは断らせてもらった。

次の準備として、萌ママから萌を泊めることの許可を貰う必要があった。
二月に両親が旅行に行き一人で留守番をしなければならないため、と建前を口にして許可を貰おうとしたのだ。
が、一人が寂しいならウチにきても良いのよ? と返答され、萌と一緒に過ごしたいんです申し訳ない、と正直に云う羽目になった。
流石に萌ママも少しは思う所があったようだが、

『これっきり。大人になるまではね』

と苦笑されつつも許しが出た。
そうして準備を終え、今日という日を迎えることが出来たのである。

「さて、何する?」

「……ビデオ、借りてきたの」

「用意が良いね。
 どんなのがある?」

どうやら萌が借りてきたものは恋愛ものが多いようだった。
まぁ仕方ない。映画とは云っても、戦意を高揚させるようなプロパガンダ映画が最近は多い。
となれば自然と、少し古めの恋愛映画が多くなってしまうのも仕方がないだろう。

「……蒼葉。これ」

「ん?」

萌は鞄からタッパーを取り出し、手渡してきた。

「……お母さんから。
 ちゃんと、ご飯……食べてって」

「お、ありがと。
 お泊まりを許してもらったことと云い、面倒かけてばっかりだ。
 今度何か持っていかないとなぁ」

「……気にしないで良いって、云ってた。
 子供なんだから、って」

まぁ、そうなんだけどさ。
一度は社会人だったこともあり、何かしてもらったらそのお礼をしなければって感覚がどうにも抜けきらない。
その辺含めて俺は子供らしくないと云われるんだろう。

「晩ご飯はこれと……あと、どうする?
 後で買い物行こうか?」

「……作る」

「愛妻料理ってやつですな」

「……まだ結婚して……ない」

「いずれするから問題なし、ってね」

からかい半分でそう云うと、何云ってるのこのバカ、とばかりにペシペシと叩かれた。
そんな照れなくても。

「え……もしかしてそう思ってるのは俺だけ……?」

「うっ……」

「悲しいな……」

「……本当に、バカ。
 分かってて……云うんだから、本当に蒼葉は……いじわる」

「ありがと」

耳を朱に染める萌を軽く抱きしめ、行こう、と促し俺の部屋へ。
お菓子を用意し、ペットボトルの紅茶をコップに注ぎ、映画鑑賞を開始した。
まだ昼間で外は明るい。日光の照り返しで画面が見づらいため、カーテンを締め切り部屋を真っ暗に。
ベッドを背もたれ代わりにして二人で床に座ると、ビデオを再生する。

あまり映画も作られていないため、冒頭の新作映画紹介はすぐに終わってしまった。
製作会社のロゴが派手に出て、本編が始まる。

映画の内容は、とある化け物が人間に恋をし、人間の味方となって化け物と対峙する、という恋愛ものでありながらアクション要素も含んだものだった。
見てる途中からなんとなくそんな気はしてたんだが、スタッフロールを見て納得する。これ、脚本がエヅタカヒロだ。
絵本だけじゃなくて映画の脚本までやってたのかあの人。
いや、そういえばロボットアニメのゴージャスタンゴとかもあの人の脚本だったっけ。

「結構面白かったね」

「……ええ」

と云いながらも萌の表情は少し暗い。
なんとなく原因は分かるものの、どうしたの? と聞いてみる。

「……エンディングが、あまり好きじゃなかった」

やっぱり、で胸中で呟きつつ、俺は頷きを返した。
映画の締めは、人間であるヒロインが寿命を迎えてしまい、化け物よりも先に逝く、というものだった。
化け物はヒロインとの思い出を胸に人間の味方として生き続けるというもので、俺が知っている話と比べれば若干オチがマイルドだったが――それでも萌からすると気に入らなかったようだ。

「そうだね」

種族を越えた恋愛をテーマにするならば避けて通れないテーマであって、妥当なオチだとは思うけど……。
まぁ、話の構成に正当性があるのと、感情論を元にした感想はまた違う。
萌の云いたいことも十分に分かるため、変に理屈を口にしようとは思わない。

「……やっぱり、二人はいつまでも幸せに暮らしました……そんな終わり方で……いい、わ」

「だね。でもほら」

云いながら、俺はスタッフロールが終わった後に出てきた画面を指さす。
そこには姿を人に変えた化け物が、ヒロインそっくりの女の子と再会して幕を閉じていた。

「これで、めでたしめでたし」

「……?」

「生まれ変わりってことだと思うよ。
 何度別れても、二人は一緒、ってね」

「……良かった」

安心したように、萌はほっと息を吐く。
そしてそっと、床に投げ出していた俺の手に触れてきた。
最近は萌も体を鍛え始めたため、うっすらとしなやかな筋肉が全身につき始めた。
それでも尚、彼女の体は華奢だ。細く、思いっきり抱きしめてしまえば折れてしまいそうなほどの。

そんな彼女のイメージとは似合わない、大きな手。
それがおずおずと、遠慮がちに重なってくる。

「……こういう終わり方なら、満足。
 せっかく出会ったのに、離れ離れなんて、酷いから」

「だね」

彼女の手を握り返しながら、笑いかけた。
……こうした萌の一途で純粋な気持ちに触れる度、なんともむずがゆい気持ちになってしまう。
それはきっと、俺が悪い意味で大人だからだ。
誰かを好きになって、その気持ちを永遠と思ったとしても、ちょっとした弾みで別れてしまうことはある。
別に特別なことではなく……そう、よくある男女の事情だろう、そんなものは。
であるものの、萌は俺との関係が永遠に続くと信じて疑わない。

それをおかしいとは云わない。
萌の気持ちはすごく尊いし、大事にするべきものだ。
綺麗で儚い。それこそが真実であると、信じたくなるほどの。

だというのに多くの人は、そんなものただの幻想だと諦めてしまっている。
前世での人生経験から、俺だって例外じゃなくそう思う部分もあるわけで――だから、萌の硝子細工のような愛情に触れる度、目が覚めるような気持ちになる。

ずっと一緒にいたい。俺もその気持ちを大事にしよう、と。

暖房が入った室内は別に寒いわけじゃない。
だというのに俺と萌はぴったりと寄り添い、お互いの体温を感じながら、二本目の映画を見始める。
けれどスイッチが入ってしまったのか、映画をそっっちのけで、撫でるようにお互いの体に触れ合った。
気付けば萌の顔がすぐ側にあって――言葉もなく、どちらともなく、キスを交わした。

触れるように唇を重ねて、お互いの吐息を間近に感じながら、ゆっくりと一度、二度、とキスを続けた。
萌とキスをしながら、リモコンを手に取り音量を一気に下げる。
チカチカと瞬くテレビ画面を照明代わりに、薄暗い部屋の中で萌の温もりをすぐ側に感じた。

「ちゅ、んぅ……こんなに早く、する、つもりなんて……なかったのに……」

ちなみに、こんなに早い時間から、という意味ではない。
門限の関係で夜にセックスをしたり出来ることは非常に希なため、昼間から体を重ねることは珍しくもない。
まぁ、昼飯前からってのは、希ではあるかもしれないが。

「俺もだよ。
 でも、お互い我慢できないみたいだし、さ。
 映画はまた後で見よう」

「……んっ」

返事の代わりにキスを返してくれた。
そのまま続行。

「じゅっ、ちゅ、ちゅぅっ……んっ、ちゅぱ」

より顔を密着させ、舌を絡ませる。
手持ちぶさたになった手を萌の後頭部に回して髪を撫でれば、甘く、しかしどこか刺激的な匂いが鼻をくすぐった。
香水ではない。シャンプーの香りもいくかは混じっているのだろうが、これはきっと萌特有の体臭だろう。

「んちゅ、ちゅっ、はぁ、んっ……じゅる……んんっ……。
 や、蒼葉、匂い嗅がないで……!」

どうやら鼻息の荒さでバレてしまったらしい。

「ちゅ、んむっ……別に気にすることないだろ。
 朝シャワー浴びてきたんだろ? 汗臭くもないって」

「……なんで、そういうこと……言い当てる、の?」

「勘」

実際の所は、髪に触れたら少し湿った感触があったから。
根拠とするには全然薄い。半分ぐらいは適当だったんだが、当たったみたいだ。

「……変態の勘は、すごい……わ」

「失礼な」

「……なんで、嗅ぐの?」

俺は背中から回した手で萌の胸をやわやわと。
萌はおっかなびっくりといった様子でズボンの上から俺の股間に触れつつ、小休止のように会話を挟む。

「なんでって云われてもなぁ。
 嗅ぎたいからとしか云いようがないんだけど。
 萌は嫌なの?」

「……別に……嫌じゃ、ない……わ。
 でも、本当に……なんで、嗅ぐの?」

「んー、分かりやすい所で云うと、まぁ興奮するからかな。
 ぴったりくっついてる時特有の香りってのが、あるんだよ。
 それを嗅げると、あぁ幸せだなーって思えてさ」

興奮したことで上がった体温により、むせるような濃い香りに代わるわけだ。
けどそんなことをそのまま口に出したら、もれなく叩かれそうなのにオブラートに包んでみた。

「萌は俺の匂いとか、嗅いだりしないかな?」

「……それ、は」

「それは?」

「……そんなわけ、ない……わ」

気まずそうに目を逸らした時点で、答えを口にしているようなものだ。
まぁ萌はともかく、俺の匂いなんて嗅いだところで何が良いのかさっぱり分からないが。
……あぁ、そうか。俺と同じように、萌も自分の匂いを嗅いだって、なんて風に思っているのだろう。

「好きな子の匂いは、近くにいる時にしか感じられないものだろ?
 それが実感できるだけで、幸せだし、興奮するんだ」

「……そ、そう」

目を逸らしたまま、ぽつりと萌は返事をした。
……何やら面白いネタを掴んだ気がする。
頬がつり上がるのを自覚しながら、俺は服の裾から手を入れて、萌の乳房に触れる。
空いているもう片方の手でブラのホックを外すと、乳首を避けるように柔らかな肌をこね回す。

「ところで気になったんだけどさ」

「な、何?」

「今まではあんまり聞いたことなかったけどさ。
 萌はそういうフェチみたいなのって……じゅる、ないの?」

耳たぶの淵を舌でなぞりながら、囁くように呟く。
ぶるりと腕の中で萌は身動ぎし、俺のシャツの裾を握り締めた。

「……ない、わ」

「ふぅん、そうなんだ」

「んっ、ふっ、くぅ……」

言葉を交わしながら太ももをゆっくりと撫で、スカートの中へ手をもぐり込ませた。
床に座っていたからだろうか。空気のこもり、少し蒸した空気がいやに生々しい。
ショーツの上から萌の秘部を、撫でるとさえ云えないほどに弱いタッチで触れた。

微かに湿った感触。すぐにでもそこへ入り一緒になりたい。そんな衝動が腰を中心に渦巻くも、ゆっくりと息を吐いて我慢する。
焦らすように手を動かして、ゆっくりと愛撫を続ける。
ねちっこいと自分でも思うものの、腕の中で快感を覚えている萌の姿を見ることが、俺の興奮を最も加速させるわけで。
自分も萌の性感も共に高めてから本番に移った方が、より燃えるし気持ちが良いだろう。

「ふっ、くっ、んっ……んんっ!
 やっ、なんだか、いつもと……!」

普段よりじれったい。そう、萌は云いたいのだろう。
それもそうだ。普段の萌とのセックスは、門限などを気にする必要があったたので自然と愛撫に避ける時間も少なくなってしまっていた。
だが今日と明日は違う。思う存分、気の向くままに体を重ねることができるだろう。

「んっあ……あぁ、ひっく、んっ……。
 ふぅんっ……そこ、あぅっ」

表情を見れば、萌はその白い肌を桃色に染めながら息を一生懸命押し殺していた。
いつまで経っても恥じらいが消えないのは実に良いことだ。いじめ甲斐がある。
ショーツの上から不意に、今まで避けていたクリトリスに触れ、グリグリと撫でる。

「やっ、やぁっ……!
 指で転がしちゃ、ひくっ、ひっ……!」

不意の刺激にビクビクと萌は体を震わせた。
が、絶頂まではできなかったはずだ。クリトリスを撫でる刺激を徐々に弱くし、高まった性感をそのままに尚も萌を弄ぶ。
快感に翻弄される彼女の姿に俺のチンポへ一層血が送り込まれるが、まだ我慢だ。

体から力の抜けた萌をそのまま抱き上げ、ベッドに寝かせる。
片手でゆるゆるとオマンコを弄りながら、萌の服を一枚一枚剥いでいった。

着衣のままやるのも悪くはないと思う一方で、どうしても服にしわが出来るのが気になってしまう。
だから服を着たままだとあんまり集中できない――とは萌の意見なので、基本的に萌とのセックスは全裸で行っている。
コスプレの場合はどうなのだろう、という疑問はあるにしても、未だにやったことはないため判断がつかないままだ。

気怠げにしながら萌も抜くを脱がす度に体を浮かせ、手伝ってくれる。
そうして萌を生まれたままの姿にすると、今度は俺も服を脱ぎ始めた。
シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ。特に外出していたわけでもないため、それで終わりだ。
あとは窮屈なボクサーパンツを脱ぎ捨てようとし――ふと、萌の視線が俺の体に注がれていることに気付いた。

「……どうしたの?」

「……な、なんでもない……わ」

その反応は何かありましたと云ってるようなもんだ。
特に目新しいものがあるとは思わない……というか、しょっちゅう見てるじゃないか。
いやまぁ、俺だって萌の裸をいつも見てるけど、毎度のように見とれてはいるからお相子かもしれないけど。

気を取り直してボクサーパンツを脱ぐと、ずっと押さえつけられていたものが自己主張を行う。
年の割には使い込んでいるせいか、違うのか。サイズは多少大きい気がする。
だが同年代のそれと大きく違うのは、色だろう。黒ずみ、息を荒げるように脈動するチンポの姿は、少々どころじゃないグロテスクさだ。

お互い裸になったことで、肌の触れあいを再開させる。
仰向けに寝転がった萌に覆い被さり、キスを。
まだ挿入はしない。チンポを秘部の上から擦りつけながらも、我慢する。
ともすれば暴発しかねない快楽がじくじくと腰に溜まってゆくが、萌の乳房を揉み、舌を絡ませ、気を紛らわす。

くすぐったがるように体を震わせながら、ゾクゾクと鳥肌を立てる萌。
舌から伝わる仄かなしょっぱさ、肌のなめらかさ。
そのどれもが俺の興奮を煽るスパイスだ。

「……あっ、あぅ! んぅう、ひっ、あっ……!
 やっ、おっぱい、駄目、だっ、ひっ……!」

乳首を指先で転がしつつ、もう片方を細心の注意を払いつつ甘噛み。
敏感な部分をピンポイントで責められ、萌の腰が浮く。
唾液をまぶし、徐々に責め手を激しくしつつ、次々と萌の性感を暴いてゆく。

「んっ、ひっ、はっ……! そこ、弄っちゃ、ひぅ……!
 んっ、くふっ、あっ……!
 やっ、やだっ、あおば……!
 あくうううっ……!」

一際大きな嬌声は、再びクリトリスに触れたから上がったものだ。
だがさっきと違い、そのまま熱を下げたりはしない。
手首でぐりぐりとクリトリスの周辺を大雑把に刺激しながら、指は膣の中へと。
どろどろに潤ったそこを、慣れた手つきで刺激する。

「あっ、だっ、だめぇ!
 あお、あおばっ……!
 ひっ、くぅ、ひぅ、あっ、はっ、だっ……!
 いく、ひっ、ひっく、いっくぅぅぅぅうううっ……!」

萌もずっと限界が近かったのか、いっそ呆気ないほどに絶頂を迎えた。
もう少し愛撫を続けるつもりだったので、これは俺も予想外だ。
俺だけではなく、萌も普段より興奮してくれてたのかもしれない。

ふー、ふー、と細くも荒い息を吐く萌。
そんな彼女の体に触れると、弱々しいタッチと比べれば過剰なまでに体を震わせる。
目を合わせれば、どろりと蕩けた視線を向けつつ、ちいさく萌は口を開く。
何を求めているのか。それをすぐに察知して、唇を合わせた。

「んんっ、ぅんんっ!
 じゅ、じゅる、ちゅっ、ふぅん……!」

お互いに伸ばした舌を絡ませ、そのせいでぼたぼたと俺の唾液が萌の顔に落ちる。
だが彼女は一向に構わない様子でキスを続けると、俺の頭を両腕で抱きかかえた。
貪るように、啄み合いながらディープキスを続け、俺も細い萌の肩を両手で掴む。

「じゅ、ちゅ、ぢゅ、んっ……!」

唾液をすすって、送り込んで。
とても綺麗な行為ではないものの、だからこそ興奮する。
普段の可愛らしい、可憐とすら云って良い萌がこんな痴態を晒している。
愛らしく俺への好意を囁いてくれたその口で、こうも欲情にまみれた交わりをし、幼気ですらある笑みになっていた表情は、俺への劣情と更なる行為への期待で蕩けきっている。
その事実を認識する度に、無垢だった彼女をこの手で好きな色に染めた実感が湧いて、背筋がゾクゾクと震える。
カッと体が熱くなったような感覚と共に、俺のチンポにはより一層力がこもってた。

「……駄目だ。もっとじっくりやるつもりだったけど、限界」

「……これ以上じっくりやられたら、私が困る……わ」

むっとした様子で言い返すも、彼女の瞳は情欲に濡れている。
仕草こそ落ち着いているものの、早く早くと行為の続きを急かすようだ。
俺の唾液でべたべたになった頬。舌でそれを舐め取りながら、彼女の両足を割り開いて体を入れる。
胸を擦り合わせながら、ビクビクと暴れるチンポを片手で抑え、ゆっくりと萌の中へと進ませた。

「ひっ……くっ、はぁ……!」

ぞくぞくと体を震わせ、体を縮ませ、快感に耐えるよう目をきつく瞑る彼女。
それに連動するように、きゅうきゅうと俺の怒張を萌は締め付けてくる。

「……っ」

やばい。危うく暴発する所だった。
膣襞の一枚一枚がチンポを舐めしゃぶるようで、ただ挿れただけだというのに凄まじい快感が襲ってくる。
が、ここで出したら俺も萌も不完全燃焼になってしまう。
ガツガツと腰を動かしたい衝動を必死に堪え、深く息を吐くと共にゆっくりとチンポを萌の中にねじ込んでいった。

「はっ……あぁ……!
 ひっ、く……」

押し殺した声が萌の口から漏れる。
彼女もまた、俺と同じように押し寄せる快楽を受け流そうとしているらしい。

「何? 入れただけでイキそうになった?」

「……イッてない……わ。
 蒼葉だって、びくびくって、して……る」

「萌の中がすげー気持ちいいからね。
 チンポ入れたら、奥まで誘い込むみたいにぞわぞわ動いて。
 引こうとしたら、カリにまとわりついて離そうとしないし」

そう口にした瞬間、ただでさえきゅうきゅうを締め付けてくる膣が、ぎゅっと強烈に。
俺を暴発させる気――というわけではなく、わざわざ膣の様子を云われて恥ずかしかったからか。

「……っ、あんまり、ねっとりやられると……すぐ終わりそうになるから辛いんだけど」

「……べ、別にそんなこと……して、ない……わ」

「でもほら。
 萌の中、今もすげぇざわざわ動いてるし。
 まるで精液搾り取ろうとしてるみたい」

「……やだ。そんなえっちじゃ、ない」

照れながらも表情には拗ねたような様子が滲む。
これ以上苛めたらへそを曲げられかねないので、ここまでにしよう。今は。
ごめんごめん、と短いキスを数度行い、ゆっくりと腰を動かし始める。

短くとも少し会話を挟んだことで、射精感には余裕ができている。
勿論、猛烈に動き出したい気持ちはあるものの、それは萌を気持ちよくしてからだ。
彼氏彼女の関係になり、もう数え切れないだけ体を重ねたこともあり、萌の感じるところは抑えている。

「ちゅ、ちゅっ、はっ、はぁっ……。
 んんっ、んっ、くぅ、ひぅ、ひっ……」

両手をじっくりと萌の肌に這わせながら性感を暴き、たまらないとばかりに締め付けてくる膣壁にチンポを擦りつける。
そして奥まで竿を一気に押し込み、ぐりぐりと腰を押し付けクリトリスを刺激すれば、短い悲鳴が上がる。

「ひっ、く……!
 はぁ、はっ、くぅ、あおばっ、や、やぁっ!
 ぐりぐり、だめ、だめっ!」

不意打ち気味に強い快感を送り込まれた萌は、予想通り一気に昂ぶったようだ。
このまま絶頂寸前のまま可愛がり続けたくもあるが、今日は時間制限なんてあってないようなもの。
ここで一度絶頂させるのも良いだろう。

「ひぅ……!
 や、だめ、だめだめだめっ、やっ、だぇっ!」

きゅっ、と乳首をつまみ上げ、奥まで押し込んだチンポを引き抜き、長いストロークを意識しながら全力で動かす。
きゅんきゅんと締め付けてくる萌のオマンコをゴリゴリと雁首で掘削すると、鈴のような声に切羽詰まった響きが加わる。

「ゴンゴンって、しちゃ、だめ……!
 ごりごりって、ごんごんって、ひっ、あっ、ふぁ、うっ……!
 ひっ、くぅ! あっ、ひっ、だめ、だめだめ……!

両腕を萌の背中に回して肩を後ろから掴む。固定され、逃げられなくなった萌に猛然とピストン運動を叩き込む。
快感に翻弄されているのは萌だけじゃない。俺もびりびりと腰に響く快楽に負け、今にも腰を止めてしまいそうだ。
が、耳に届く情欲に濡れた声、汗と淫臭の混ざり合った空気、すぐ側にある体温、そのどれもが行為を加速させるカンフル剤として機能し、止めるなんて選択肢を選ばせない。

「いく、いくいくいく……!
 いっ……!」

ベッドシーツをくしゃりと握り潰し、歯を食いしばって、萌は体を強ばらせた。
絶頂に達した――んじゃない。ギリギリで耐えたんだ。

「ひっ、や、らっ、らめっ……!
 ま、まって! いきそ、いきそうだから!
 だからぁ!」

「イって良いよ。
 むしろイッてよ。萌が感じてるの見ると、興奮、するし……!」

汗をぼたぼたと垂らし、息を弾ませながら、途切れがちに返事をする。
すると萌はいやいやと頭を振って、ぎゅっとチンポを締め付けてきた。
ガツガツと腰を動かし続けていたため、目の前が明滅するほどの快感が頭に叩き込まれる。

が、それは萌だって同じだ。
ただでさえ絶頂寸前だというのにそんなことをすれば、

「ひっあ……!
 あ、いっ、く……! いく、いく、いっ……!
 あああああああぁぁぁっっ!!」

ビュルルルッ! ビュルルルルルッ!

押し寄せる快楽に負けながら、俺はチンポを萌の子宮に叩きつけながら射精した。
強烈な快楽に耐えていた分、吐精による開放感と快感は格別だ。
汗と一緒によだれまで垂れていたかもしれない。

「はぁ、はぁ、はぁ……。
 んっ、ふっ、くひっ……」

肘でなんとか体を支えつつも、萌の体を下敷きにする形で体重をかけてしまう。
が、射精した直後に萌の中からチンポを急いで引き抜いたりしたら……あの気持ちよさとくすぎったさがミックスされた感じは苦手だ。
そのためもう少しこの体勢で――そう思っていると、気怠げに萌は俺の背に腕を回し、ゆるく抱きしめてきた。

「ごめん。重いだろ?」

「……うん。でもこれ、嫌いじゃない……の。
 蒼葉とぴったりくっついていられるし……蒼葉の重さを感じるの、好きだから」

そういうことなら、と少しだけ肘で支えてた体重をかけてみる。
重い、と文句を云われると思ったが、萌はどこか幸せそうに目を瞑って、俺の首筋に額を擦りつけていた。
なんだこれ。恥ずかしい。

「……すごく気持ち良かったよ」

「……うん……私、も」

「ただ、最後はもう何度か萌をイかせてから俺も、って思ってたんだけどなぁ」

「……それ、いつものパターン。
 気持ち良くしてくれるのは良いけど……私ばっかりだし。
 蒼葉も、気持ち良くなれば良いのに」

「女の子と違って男は何度もイけるってわけじゃないからさ。
 それに知っての通り、俺は萌が気持ち良くなってるのを見るのが好きだから、別に良いんだよ」

「……蒼葉が良くても、私が気にする……の」

「んー……萌ばっかりが楽しんでるってわけじゃないんだ。
 俺だって気持ち良くなってるしね。その証拠に、今もたっぷり萌の中に出したわけだし」

少し腰を動かせば、ぐちゅり、という生々しい音と共に、吐き出した精液が滲み出す。

「だから本当、気にしなくても良い……んだけど」

……ん、いや待てよ?
ここで大丈夫と声をかけるんじゃなくて、頑張ってもらう方向にするのはどうだろう。

「そうだな。じゃあ、たまには萌にお願いしてみようかな。
 良い?」

「……まかせて」

きました了承。
思わず頬が緩むのを隠しつつ、ゆっくりと腰を動かす。

「……えっ、んっ、ちゅ!?
 やっ、いきなり、んんっ、ちゅっ、ちゅうっ、ちゅっ、んんっ!」

唇を絡め、どろどろの膣内でチンポを動かす。
吐精して力を失っていたチンポはすぐに力を取り戻すと、全開というわけではないにしろ、ある程度の固さになった。

「ちょっと体勢変えるから」

「ちゅ、んっ、う、うん……」

不安げな萌を他所に、彼女の背中に手を回したまま、下半身は動かさず、俺は上体を起こす。
萌を抱き起こしながら、今度は仰向けに俺自身が倒れる――あっという間に騎乗位の完成だ。

「……えっ、あっ……これ、って……」

「気持ち良くしてくれるんだよね?」

「う、うん……頑張る……わ」

戸惑っている内に行為を促すと、困惑しながらも頷く萌。
支えになれば、と萌と指を絡ませつつ手を繋いで、下から支える。
動いて、と促せば、彼女は髪を揺らしつつ再び頷く。
しかしどうやって動けば良いのか分からないのか、小さく腰を上下させたり、腰を捻ったりと試行錯誤している。

「ふっ、くっ、ひぅ……。
 こう、かし……ら」

思い返せば、萌が主導のセックスをしたことは皆無と云って良いかもしれない。
愛撫の延長線上で手コキなどをしてくれたりもするが、それだって彼女が主導と云うには弱いだろう。
だから俺の上で踊る萌の腰つきは、酷くぎこちない。当然、チンポへの刺激も強くはない。

「ふっ、くっ、ふぅう……!
 んっ、ふっ、ふっ……!」

が、だからと云って興奮しないわけではない。
むしろ、あの萌が俺の上で俺のために、と考えると、それだけで燃えてくる。
固さを取り戻した程度にしか回復していなかったチンポは、そう時間を置かずに膨張し、更なる刺激を求めてビクビク震える。

「んっ、こんな……感じ、かしら?
 んっ、んんっ、ふっ、くっ!
 はぁっ、はっ、ひっ、んんっ……!」

徐々に萌も動きに慣れてきて刺激もゆっくりと強くなってゆく。
けど、射精まで持って行かれるかとなると否だ。
やはり初めてということもあり、上手くはできない。

そろそろ助け船を出すとしよう。
だがその前に。

「騎乗位、これが初めてだけど……もっと早くやってれば良かったな。
 すげーエロい」

「……え?」

「さっき萌の中で出した俺のが、どろどろに撹拌されて出てきてる。
 それに、俺のチンポを萌が銜え込んで上下してる図なんて――」

「や、やぁ! やめて、蒼葉!
 恥ずかしい!」

萌にしては中々の大声を出してきた。
どうやら本当に恥ずかしいようだ。今更ながらに、自分がどんな格好で男に跨がっているのか気付いたのだろう。そんな様子が実に可愛い。
結合部を隠すようにずっぽりと俺のチンポを銜え込むと、快楽に震えながらも、動きを止めてしまう。
とても俺と目を合わす気にはなれないようで、顔を真っ赤にしながら萌はそっぽを向いてしまった。

まぁ、それはそれとして、だ。

「萌、足を立ててみて」

「……え?」

今の萌は膝から下をベッドに寝かせている状態だ。
それじゃあ腰を前後左右に動かすことはできても、上下運動はやりづらいだろう。
なので足を立てて、言い方は悪いが用を足す時の姿勢で俺に跨がらせる。

未だに萌は顔を真っ赤にしたままだ。
わざわざ口にしたわけではないが、やはりこの格好が気になるのだろう。
もう何度もセックスをしているというのに、初々しさが抜けないのは実に良い。

「ほら。手は俺が支えてるから、あとは前傾姿勢で腰を上下に振るのを意識してみて」

「う、うん……あの」

「ん?」

「繋がってるとこ、見ちゃ、駄目だか……ら」

「努力するよ」

とてもそんなことは無理だ。
んっ、と艶声を上げながら、萌は腰を動かし始める。
腕へとかかる体重はさっきの比じゃない。それも当然だろう。
さっきまでは動きを支える補助程度にしか使われてなかったが、今は全体重を預けているようなものだろうし。
が、萌一人の重さで音を上げるほど柔な鍛え方なんてしていない。
彼女を支えながら、チンポへと送り込まれる快楽を味わいつつ、卑猥な結合部の様子を楽しんだ。

「やっ、もう、ばかっ!
 見ないで、って、いってる、の……に……!
 くっ、ふっ、んっ、んんっ……!」

羞恥心を高められ、更にさっきよりも摩擦の多くなる動きをし、萌も高まってきているようだ。
息を弾ませ、髪とおっぱいを揺らしながら、切なげに息を乱す。
時折心地よさそうな顔をするのは、気持ちの良い場所に当ててるからなのだろう。

「ふっ、んっ、んんっ……。
 あっ、ふぁっ、ふっ、くっ……。
 はぁ、はぁっ、くっ、あっ、うぅ……!」

普段は俺が萌の弱点を探って刺激をするわけだが、今は違う。
萌が自分の弱点に俺のチンポを擦りつけながら感じているのだ。

「あっ、あっ、はあああっ……。
 んんんっ、んっ、くふっ……。
 ひん、ひっ、くぅ……!」

正常位で行っていた時とは逆に、萌の汗がぽたぽたと垂れてくる、
だがそれだけじゃない。
俺が注いだ精液や、愛液がどろどろと結合部を濡らす。
萌のおまんこは逃がさないとばかりに俺のチンポを噛みしめ、そのまま上下する。

「ひっ、くっ、ひっ……!
 んっ、はぁっ、あぁっ……!
 あおばっ、あおばっ……!
 きもち、いい……? わたし、上手に、できてる……?」

顔を快楽に蕩けさせ、全身を桜色に上気させながら、囁くように問いかけてきた。
無言のまま頷き返せば、萌は微笑みを浮かべ、より強く膣を閉めながら腰を動かした。

「あう、ひっ、くっ、ひっ……!
 なんだか、これ、すごい、えっち……!
 これ、これっ、すごい、のっ……!」

腰の動きはどんどん早くなってゆく。普段の彼女からはとても想像できないほどに。
腰のひねりなどはなくなって、ひたすらに早く上下運動を繰り返す。
おそらく、工夫を凝らすほどの余裕が残ってないのだろう。

「す、すご……い……っ!
 腰、びりびりして、足、がくがくって……!
 あっ、はぁぁあっ、あっ、ひっ、くぅ……!」

快感によって云うことを聞かなくなり始めた足腰。
それに鞭打ち、萌は腰を動かし続ける。

「ひっ、ひっ、くっ、あっ、ひん!
 あぁっ、いっ、いいっのっ、いっ、ああぁぁっ」

俺に気持ち良くなって欲しいという気持ちはきっと本物だ。
が、その一方で強烈なまでの快感を、萌は噛みしめ、俺を気遣う余裕をなくしている。

汗に濡れた身体はカーテンの隙間からさし込む僅かな明かりに照らされ、艶めかしい。
髪が身体に張り付いた様は生々しく、エロティック。

「いいっ、きもちっ、いっ、ひっ……!
 はぁっ、ああぁあっ、あっ、あん、ひっく、ひっ!」

おそらく萌は、快楽への耐性があまりない。……いや、厳密には、耐性を無くしている、と云えば良いのか。

「きもち、いいとこ、ごりごりっ、て……!
 はっ、はっ、はっ、ひっ、あぁっ、あっ!」

今までのプレイに、快楽を耐えて何かさせる、なんてことは一切なかった。感じるままに感じさせて好きなだけ絶頂すれば良い、というものだったし。
そのせいで萌は伝えられる快感を貪欲に貪ってしまい、俺を気持ち良くさせるために始めた騎乗位も、今はひたすら自分の弱点にチンポを擦っている。

……えっちじゃない、と気にする原因もここら辺にあるのだろうか。
そんなことをつらつらと考えている内に、

「んひぃぃっ!?
 はぁぁっ、あっ、きちゃ……う……!
 ああっ、イクッ、イッ……! キャ!?」

絶頂寸前まで昂ぶった萌は、あと一歩、というところでガクリと力尽きた。
一気にかかる体重に耐えながら、バランスを崩す萌が倒れないようフォロー。
そして再び体勢を整えるが、また絶頂に至る一歩手前で力尽きてしまう。

そんなことを三度繰り返し、ぜぃぜぃと息を切らせながら萌は動きを止めてしまった。
いや、もう限界なのだろう。快楽はどんどん貯まってゆくのに、自分のせいで絶頂に至れないため、早くイかせて欲しい、と……。
彼女は荒い息を吐きつつ、不完全燃焼で終わってしまったからか、クリトリスを擦るよう、腰をゆるゆると動かしていた。
……これでえっちじゃないとか、嘘だろう。

「……こし、かってに、うごく……。
 ねぇ、あおばぁ……」

限界、とばかりに萌は俺の方へと倒れ込んでくる。
吐きかけられる吐息は熱っぽく、情欲まみれの声は言外に更なる行為を望んでいるようだった。
力を失いながらもずるずると絡みついてくる膣壁も、彼女が何を訴えているのか教えてくれる。
なら、それに応えるのが彼氏の役目ってもんだろう。

「あおば……ねぇ、あおばぁ……。
 わたし、その……えっ?」

じりじりと動く萌の小ぶりな尻を両手で掴む。
そしてゆっくりチンポを引き抜き、亀頭が抜けるかどうか――というところまで萌から離すと、

「ひあああっ!?」

どずん、と両手で萌のヒップをたぐり寄せると共に、腰を突き上げた。
瞬間、膣壁が一気に俺のチンポをきつきつに締め付ける。
愛液はどぷどぷと俺の下腹部を汚し、触れ合う肌には鳥肌が走った。

限界まで高まっていた萌は、今の一突で達したようだ。

「あっ、ぎっ、ひぃっ!
 やっ、ひっ、ら、らめっ、あおばっ、あっ、ひっ!?
 ああっ、ああああぁぁぁぁあっ!」

絶頂に至った萌の膣に、何度も何度もチンポを打ち付ける。

「おく、おくぅ!
 や、ごすって、やぁぁ!
 や、だめ、だめなの、にっ!
 ひっぐ、イク、イクのっ、イク……!」

下がりきった子宮に亀頭をぶつけ、まとわりついてくる膣壁を引き剥がし、いっそ暴力的ですらあるピストンで更に萌を追い詰める。

「イク、いっ、ひっくぅ……!
 ひぎ、あっ、ひぃ、あぁぁああ……!
 あっ、あっ、あっ、ひっ、あっ、あひっ、ひうっ……!」

逃げようとする尻はがっちりとホールドしてある。
ひたすら腰を打ち付けられるしかない萌は、獣じみた声を上げながら、快楽に翻弄されるしかない。

「イック、イクの……いって、る、のぉ……!
 ひっぐ、や、らめ、や、これ、すぐ、またぁ……!
 あっ、やっ……ぁああぁっ!」

ギシギシと悲鳴を上げるベッドの上で、ひたすらに萌の中へとチンポを突き込む。
体勢を崩してから弛緩していた腕に再び力がこもり、全身をぶるぶると震えさせた。

「ひあぁぁああっ! らめっ、らっ、ひっ、ぎ……!
 いく……いくうううっ!」

まるで寒さに堪えるよう、身を縮ませて押し寄せる快楽を耐えようとする。
だが耐えられてしまうようじゃ、こっちが面白くない。
萌には快楽に流され、気持ち良くなって欲しい。

高速のピストンを変化させ、今度は一回一回を重く。
どすどすと、頑なな扉をこじ開けるようにチンポを打ち付ける。

「あっ――あっ、ぎっひっ!
 あっ……あっ……あっ……ひっ、いっ……!
 いく、いく……! あぁぁぁあああ……!」

そしてビクリと身体を震わせ、萌が再び絶頂に達したことを確認。
腰の動きを元に戻すと、一度は大人しくなった萌は、再び嬌声を上げ出した。

そうして何度萌を絶頂へと押し上げただろうか。
流石に俺の射精感を限界になってきたため、堪えるのを止めて欲望のままに腰を送る。

「くっ、そろそろ俺も……!」

「イッて、あおば、あお、ばっ……!
 ひあっ、ひん、ひん、ひん……!
 あぁ、あっ、うっ、あっ、いっ……!
 あぁっ! あっ! イク、わたしも、いくから、いく、いく、いくっ、いっ……!」

ビュブ、ビュウウ、ビュブブブブブブ……!

「いく、いく、イックぅぅぅぅぅぅううう……!」

一回目を出してから間もないというのに、自分でも呆れるほどの量が出たのが分かった。
鈴口から吐き出された汚濁は一つあまさず萌の子宮へぶちまけられ、彼女の子宮もまた、貪欲に精子を啜る。

「……あおばの、たくさん」

びゅる、びゅ……。

最後の一滴まで萌に搾り取られると、俺はいつの間にか弾んでいた息を整え、体の力を抜きつつベッドに横たわる。
萌もまた、くたくたになった状態で俺の胸板に倒れてくる。
お互い肌に浮かんだ汗でぬるぬると滑る。柔らかな萌のおっぱい、そして乳首が肌をなぞり、くすぐったい。

二人で弾む息を整えながら、言葉もなくお互いの体温を感じる。
以心伝心とでも云えば良いのだろうか。小さく萌の唇が開けば、キスを求めていると分かる。
快楽の残滓を追いかけて、ゆるゆると腰を動かす仕草から、今のセックスに満足できたことが伝わってくる。
むせるほどに濃密な淫臭から、どれほど性交にのめり込めたか告白されているようだ。

……悦んでくれたのなら、良かった。
俺の性癖もそうだが、やっぱり男として、好きな女を満足させたってことは達成感を覚えるものだ。
こうして全身でその返事をしてくれるのは、何よりも嬉しい。
まぁ、口でも気持ち良かったと云って欲しいわけだが……。

「……萌」

「……ん、何?」

「気持ち良かった?」

「……」

こくり、と頷く萌。
云ってはくれないんだよなぁ。肯定的な反応は見せてくれるし、様子からも嘘じゃないって分かるんだけど。
どこかどういう風に良かったから、今度はこういう風にして欲しい……なんて風な要望も聞いてみたい、というのは贅沢か。
まぁ、萌との付き合いはこれからもずっと続くんだ。今じゃなくても、これから先機会なんていくらでもあるだろう。
それはそれとして。

「騎乗位をやってみた感想は?」

「……疲れた」

「でも気持ち良かっただろ?」

「……別に」

「またまた。すげぇ気持ちよさそうにしてたよ?
 顔真っ赤にして、よだれ垂らしながら」

「そ、そんなこと……!
 よだれなんて……垂らして、ない!」

「にゃにをする」

萌はほっぺを膨らませると、俺の頬を引っ張ってきた。猛烈な抗議を受けてしまう。
まぁ初めてのことだったし上手くできないのも仕方ない。
気持ちよさそうではあったが、まだ自分の快感をコントロールしつつ腰を動かすなんてこと、できなかったみたいだし。
なので萌的にはじれったかったのかもしれない。

「でも俺は気持ち良かったよ。
 またやってくれたら嬉しいな」

「……本当?」

「本当」

「……でも……最後、自分で、動いてた……から。
 気持ち良く……なかったのかな、って」

「気持ち良かったから我慢できなくなったんだって。
 まぁ、それは萌も同じだったみたいだけど……よせ、ほっぺ引っ張るなって。
 だからまぁ……今度は萌に最後まで気持ち良くしてもらいたいな」

「……ばか、えっち」

顔を真っ赤にしながら、萌は顔を伏せてしまう。
あんまりストレートな言い方をすると照れてしまうわけだが、遠回しな言い方をすれば不安になってしまうわけで。
実に手間のかかってしまうお嬢さんなわけだが、そこがまた可愛い。

「……ねぇ」

「ん?」

「………………………………まだ、する?」

たっぷり間を開けて、萌はぽつりと呟いた。
あまりに意外な一言だったため、思わず呆気にとられてしまう。
それをどう受け取ったのか、萌は――未だ俺のチンポが収まったままのまんこに、きゅ、と力がこもった。

「……まだ、ちょっと固い……わ」

「萌からそんな台詞が聞けるなんて……」

「……変?」

「いや、感動してた」

「……感動って言葉の使い方、間違ってる……の」

間違ってない。あの……"あの"萌がセックスのおかわりを聞いてくるとかどういうことだ。
俺が意図的に萌を感じさせつつ焦らして、彼女の口からセックスをしたいと云わせることはあっても、萌自身から云ってくるだなんて。

「……萌もえっちになったもんだなぁ」

「……何をしみじみと」

「まぁそれは置いとくとして」

軽く抱きしめると、鼻先で彼女の耳をくすぐりる。
未だ快楽の波が完全に引いてない萌は、それだけで熱っぽい吐息を俺の首筋に吹きかけた。

「そんなに焦らなくても良いよ。
 二人っきりの時間は、まだ始まったばかりなんだし」

「……うん」

そうは云いつつ、俺もやわやわと萌の尻を揉んだり、固さを徐々に失いつつあるチンポを動かしたり。
このだらだらとした退廃的な時間を、ゆっくり過ごしたい。
普段萌とセックスする時は、あまり時間がないため、裸になってゆっくり触れ合うような時間はあまり取ることができない。
弱火でじっくりと炙るような時間。でも今だけは、こんな過ごし方を許されている。

なら――

温い快楽に身を委ねつつ考えごとをしていたら、ふと、萌がゆっくりと俺の腹筋を撫でていることに気付いた。
愛撫とはまた違う。そこにある感触を確かめているような手つきだ。見れば、表情はどこか満足げ。
今の状況に合っているような、微妙にズレているような違和感。なんだろうか。

少しだけ考え込むと、それらしいものが頭に浮かんできた。

「……俺が服を脱いでたときもそうだったんだけどさ」

「……え?」

唐突な話に、萌は腹筋を撫でる手を止め、俺と視線を合わせる。
不思議そうに首を傾げる萌はやはり可愛い。いや、今はそうではなく。

「萌って、筋肉フェチ?」

「………………そんなこと、ない……わ」

いや、服を脱いでた時俺のことをガン見してただろう。
てっきり恥ずがっているとか勘違いしたが、今の反応を見た限り違う。
この娘、筋肉を見ては興奮し、筋肉に触れて悦に浸っていたぞ。

「てっきり萌は、細身で長身の分かりやすい美形が好きなんだって思ってたけど」

「……私が好きな男の子は、蒼葉だけよ」

どこか心外そうに返される。
非常に嬉しい一言なのだが、今はそういう話をしているのではなく。

「いや、好みの話。実際はどう、ってのを置いといてさ」

お世辞じゃないが俺はとても美形とは云えない。
不細工ってほどでもないが、まぁ、普通だ。服や髪に気を遣えば彼女がいても不思議じゃない程度になる、とは前世の友人の言。ひたすらに普通。
おまけに身体は鍛えに鍛えている上に毎日かかさず牛乳飲んで十分な睡眠も取っているため、肩はがっちりしているし胴には厚みが出てきたし、この歳で筋肉はボッコボコ。
萌の好みである細身の美形とは完全に正反対。それでも好きでいてくれるんだから向けられている好意は本物、と浮かれていたわけだが……。

「……少し前は、そうだったけど。
 蒼葉と付き合うようになって……変わった、わ。
 ……今は……たくましい方が、好き。汗の臭いも、嫌いじゃ……ない、わ。
 腕でぎゅっとされるのも、少し苦しくたって、なんだか、安心する……の」

恥ずかしそうにそう零す萌。
なんだか、酷くむず痒い。
……しかし、ショタ筋肉とは萌も業の深い趣味に目覚めてしまったものだ。
いや、ショタ部分は違うか。
しっかし、

「変わるもんだなぁ」

云いながら、俺は萌を抱きしめる腕に力を込める。
苦しいのか僅かに息を吐くものの、文句を云ってくることはない。

「……蒼葉に変えられたんだよ」

「……その一言は卑怯だ」

男の心を鷲掴みにする。俺も例外ではなく、嬉しさや愛しさ、征服感や独占欲が一気に満ちる。
萌を抱きしめたままごろりと横になり、彼女の髪に顔を埋めた。
華奢で柔らかな身体。女の子の匂い。それに混じった女の匂い。艶やかな髪に、鈴の音のような声。
この腕で萌のすべてを抱きしめていると実感でき、暖かな気持ちが胸に満ちる。

そのままセックスを再開するわけでもなく、午後を二人でずっとゴロゴロ過ごしていた。
流石に日が暮れ始めると腹が空いてきたため夕食を、ということになったのだが、そこでふと妙案を思いついてしまう。
せっかく萌と二人っきりでなんの邪魔も入らないんだから、普段できないことをしよう――

「……それで、裸エプロン?」

「うん」

シャツとハーフパンツという、ラフな部屋着である俺と違い、萌の格好は普通じゃない。

「……こんなの、どこが……良いんだか」

拗ねたような口調で文句を云いながらも、萌は俺の希望したエプロンを着けてくれていた。
無論、素肌の上に直で、だ。
ショート丈のエプロンなので、胸を張れば裾が持ち上がってしまい恥部が見えてしまう。
それを気にして、萌は裾を片手で押さえつつ頬を膨らませていた。
が、前傾姿勢で裾を引っ張れば、今度はエプロン全体が肌に押し付けられて身体のラインが浮き彫りになる。
そして押さえつけられた結果、サイドからは横乳が覗く有様。眼福である。

「ああ、そうそう。
 危ないから油とかは使わないで良いよ。
 米ももう炊いてあるし、スープの類はインスタントで良いんじゃないかな。
 萌のお母さんからもらったおかずもあるし、適当で」

「……ご飯の準備、終わってるようなもの……。
 けど……調理をしなくても良い、って方向にはしないの……ね」

「勿論」

呆れたように溜息を吐いた萌は、早速調理に取りかかる。
とは云っても主食は萌のお母さんが準備してくれたので、サラダのみを作るつもりのようだ。
冷蔵庫から野菜を取り出して水洗いを済ませると、包丁が軽快な音を立て始める。

その一方で――萌が少しでも身体を動かす度に、腰紐が揺れ尻の上で踊る。
小ぶりな白桃とも云うべきか。普段セックスする時にじっくりと愛撫をすることはあっても、ひたすら見続けるってことはこれが初めてだ。
染み一つ無い素肌はいやらしさと愛らしさが同居していて、すぐにでも揉みしだきたくなる――が、我慢。
我慢できなくなって後ろから襲いかかるってのも王道だろうが、流石に調理中は危ない。
じっと無言で、ひたすら萌を視姦し続けるしかないだろう。

そうしていると、だ。
軽快だったまな板を叩く音が鈍くなり、白かった萌の肌に朱色が差し始める。
あれれーおかしいなー。どうしたのかなー。
明らかに萌の様子はおかしくなっているのだが、敢えて放置。
そんな俺を気にしてか、萌はちらちらと振り返る。しかし言葉を交わすことはなく、俺は夕飯が出来るのを待ち続けるだけだ。

俺の方から声をかけることはなく、萌もまた、黙って調理を続ける。
しかし彼女の様子はおかしくなってゆく一方で、姿勢もどんどん崩れてゆく。
内股気味になり、何かを堪えるよう、腿を擦り合わせる。そうしている内に、内股を何かが伝い落ちていることに気付いた。
どろ、と……汗にしては粘着質なそれは、俺の部屋で身体を重ねていた時に注ぎ込んだ精液か。加えて、萌の愛液。

「……できた、わ」

「そか」

時間にしたら十分もかかっていないだろうに、萌は全身を朱色に染め、もじもじと身体をくねらせた。
恥じらいと艶めかしさが同居した姿に、いい加減俺の我慢も限界に達する。
彼女が手に持つサラダをテーブルに置いて、すぐさま唇を奪う。
室温が高いわけでもないのに、萌の身体は熱っぽく、汗さえ流している。

「……そんなに興奮した?」

「……後ろに何も着けてないのに、蒼葉にじっと見られてるって……そう、思う……と。
 すごく、恥ずかしかった」

「でも最後まで作れたね、料理。偉い偉い」

そう云って頭を撫でつつ、俺は萌の恥部へと手を滑らせた。

「ひん!?」

愛撫もしていないというのに、萌のそこは愛液によって潤っている。
大洪水、ってほどじゃないものの、触れずにこうなるとは思っていなかったため、軽く驚く。
キスを重ね、舌を絡め、意図して唾液や粘膜の吸い付く音を上げつつ、耳元で囁く。

「すごい濡れてる。
 すぐチンポ入れても良いぐらいに」

「……やぁ」

「どうして興奮したの?
 調理中に、俺が後ろから襲いかるとでも思った?」

「……うん」

「そんなことするわけないだろ。
 まぁ、ずっと萌のお尻に目が釘付けだったってだけなんだけど」

「……へんたいぃ」

「エロい萌のお尻が悪いって。
 無駄な肉が付いてないのに、貧相なわけでもなくて。
 こうして掴んだら、いつまでも揉んでたくなるような弾力があるし。
 そんなのが目の前で動いてるんだから、じっと見ちゃうのも仕方ないだろ」

尻たぶをやや乱暴に握り締め、ぐにぐにと掌の中で形を変える。
発情した萌にあてられたのか、さっきやったばかりだというのに、嗜虐心と情欲がふつふつとわき上がってくる。
が、このまま突き進んだら飯をそっちのけでセックスに突入してしまう。
それはそれで悪くないが、せっかく萌と萌ママが作ってくれたご飯があるんだし、無駄にしたくはない。

「それじゃあ、ご飯食べようか」

「……え?」

意外そうに目を丸くする萌。
それもそうだろう。雰囲気としてはやる気満々だったわけだし。
ただまぁ、俺もご飯のために雰囲気リセット、って気分にはならないので、ちょっと趣向を凝らしてみる。
とは云っても大したことはない。萌を膝の上に乗せるってだけだ。

裸エプロンのままの萌を膝に乗せると、俺たちは夕食を取ることに。
当たり前のように食べづらいわけだが、そんなことは分かりきってる。
俺の目標は自身の食欲を満たすことではなく、萌をいじ……もとい可愛がること。

なので萌の身体を弄りながら食事を取るということになったわけだ。
エプロンの上から乳首やクリトリスを刺激し、今のじれったい感覚を更に煽る。
キスがてら口移しで料理を食べつつ、エプロンの下へと手を這わせる。
箸も上手く動かせないほどに発情し切った萌に「ちゃんとご飯を食べないと」なんて白々しいことを云いながら愛撫を続ける。
そうしているといい加減萌の我慢も限界に達したのか、恨めしそうに、ズボンの上から俺のチンポに股を擦り合わせ始めた。
付き合いが長いこともあり、萌も萌で、俺がこの中途半端なタイミングで意地悪をやめるとは思っていないのだろう。
むしろ俺を煽ることで仕返しをしているつもりなのかもしれない。おのれ、ちょこざいな。

「……これで、完食」

「ご馳走様でした、っと」

「きゃ!?」

完食するや否や、俺は萌の腰を腕に抱えて立ち上がった。
萌はテーブルに手をついて四つん這いの格好になる。
突き出されたお尻に手を這わせつつ、自分と萌の汗で濡れたシャツを片手で脱ぎ捨てる。
下も即座に脱いで全裸になると、エプロンの脇から萌のおっぱいを揉みしだき、完全に勃起したチンポを尻の谷間に擦りつけた。

「……熱くて、固い。
 ……そんなに……我慢、できなかった……の?」

「それは萌もだろ。
 こんなにびしょびしょにしてさ」

萌の秘部に手を這わせば、もうそこは愛液にぬるぬるになっていた。
膣に指を入れれば、愛液と空気が混ざり合いぐちょぐちょと音が鳴る。
いやいやと萌は頭を振ってやめさせようとするが、背後から組み敷かれた今の状態じゃ何もできない。

ペニスを片手で持ちながら、俺は亀頭をゆっくりと萌の中に埋めてゆく。
後ろからの挿入は、前からとはまた違った光景で興奮する。
生々しさって意味じゃ、後ろからの方が数段上だろう。ずっぽりと銜え込まれる様子や、ひくひくと震えている窄まり。
そのどちらもが、快楽への期待に震えているようで。

ぶちゅ、と湿った音と共にチンポが萌の中へと侵入する。

「ひっ……あっ、はぁっ……!」

愛液の他に、さっき俺の出した精液が残っているのだろう。
膣内のぬねりは、俺の部屋でやった時以上だった。反面、萌が疲れているせいか、締め付けはやや弱まっている。
興奮している今の俺は、刺激に物足りなさを感じ、思わずチンポを一気に奥へと送り込んでしまった。

「ひぐ……っ!?
 ひあ、ひっ、い、いきなりぃ……」

急な刺激に萌はくたりと力を抜いてテーブルに突っ伏してしまう。
軽くイッたのかもしれない。ふるふると震える尻たぶを両手で掴むと、俺は抽送を開始した。
腰を動かす度に、腰で結ばれたエプロンの紐が揺れる。後ろから見たら、なんだかプレゼント包装のリボンのようだ、なんてことを思った。

「ひっ、あっ、ひんっ、ひっ、ああっ!
 あっ、ひっ、くぁ、ああぁぁぁ!」

ならば俺は、プレゼントの包装を乱暴に開けようとするガキだろうか。
そう受け取られても不思議じゃないほど、俺はガツガツと萌の身体を貪る。

「あっ、あぁっ、あっ!
 ひっ、ぐっ、あぁ、あっ、あっ!
 あひっ!?」

思いっきり腰を叩きつけ、降りてきている子宮に亀頭をぐりぐりと押し付ける。
今まで何度も俺とのセックスを重ねてきた萌は、そこが性感帯になりつつあった。

「ぎっ、ひぃっ、く、あっ!
 あっ、おくっ、おくっ、ごんごん、ひっ、あう!
 がっ、あっ、ひっく、あっ、あっあぁぁああ!
 いっ、ひっ、ひぃ、いく、イっ……!」

圧迫感と快感が二重に押し寄せ、苦しげでありながらも快楽の悲鳴を萌は上げる。
そして再び絶頂へ。派手なアクメ声を上げず、テーブルに突っ伏したまま全身を震わせ、静かにイッた。
特に足はガクガクと、生まれたての子鹿のようになっている。なんとか両足に力を込めているのだろうが、精一杯なのが見て取れた。
応じて、きゅうきゅうと萌のまんこも俺のチンポを全力で抱きしめられ、その快感についつい腰を動かしてしまう。

「ひっ……あっ……はぁぁ……」

息を詰まらせながらも、感じ入った艶声を零す萌。
ずりずりとチンポをゆっくり引き抜けば、離さないとばかりにおまんこが吸い付いてくる。
カリ首が顔を見せた所まで引くと、また俺は萌の中へとチンポを突き込んだ。ゆっくりと、味わうように。
チンポを送りながら、俺は萌の尻を割り開いて窄まりへと視線を落とす。
弄ろう弄ろうと思って、結局開発できず仕舞いだ。まぁ、普通にセックスするだけで満足していたからなんだが。

「ひっ!? あ、あおば、そこっ!」

愛液をたっぷりと指先に搦めてアナルに触れると、切羽詰まった悲鳴を萌が上げた。
俺はそれを黙らせるよう抽送を再開しつつ、粘膜を傷つけないよう指の腹をアナルにくりくりと滑らせる。

「や、やぁ! だめ、そこ、きた、なっ、あぁ……!
 だめ、だめぇ、あおっ、ひっあっ! やっ、やだぁ!」

流石に指を入れたりってわけにはいかないか。爪の手入れもそこまで完璧にしてるわけじゃない。
ふざけ半分でやって萌を傷付けた、なんて笑い話にもならないし。
後ろ髪を引かれつつ、テーブルに乗ってた台ふきんで指を拭い、萌を強引に振り替えらせてキスをした。

「んぶっ、じゅ、ちゅっ、ちゅうう……!?
 んっ、ふっ、あっ、ひっ、んっ、ちゅ、ちゅう」

お詫びのつもりで、腰の動きとは正反対に、丁寧なキスをする。
急な口付けに驚いた萌は、キスの意図を分かってくれたのか違うのか。
しょうがない、とばかりに舌を絡めてくれると、そのままセックスを続行した。

「んぶっ、ちゅっ、んんっ、あっ、ああぁぁぁぁ!
 ひん、ひっ、あっ、くひっ、ひっ、あっ、あぁ!」

徐々に射精までの余裕がなくなってきたため、抽送も激しさを増してゆく。
ガタガタとテーブルは大きく揺れて、乗っている皿や小物は散らばってゆく。
このままじゃ床に落ちてしまうだろう。興奮で熱っぽくなった頭が辛うじてそう判断すると、萌をテーブルから引き剥がし、床へ四つん這いにする。
だが、足は立てたままだ。ガクガクと震える足をそのままに、腰を抱えることで強引に立たせると、俺は抉るように腰を動かした。

「ひぐ! ひっ、ひっ、あっ、ひぃ!
 や、足、がくがくってしてゆのにぃ!
 やっ、らっ、ちから、はいらないのにぃ!
 下から、ぐちって、ひっ、あっ!」

力を失って腰が落ちそうになると、俺が抱きかかえて体勢を維持させる。
だが落ちた瞬間、チンポによって串刺しにされるよう子宮に突き刺さる。
不安定な姿勢で強制的な快楽を味わわされ、軽い絶頂を萌は次々に迎える。

そしてその度にきゅんきゅんと膣壁がチンポを締め付け、射精欲求が我慢できなくなり、腰の動きが激しくなる。
そして萌は更に絶頂を迎え……と萌にとっては完全な悪循環に陥っていた。

「ひっ、ひぁぁあ!」

またもや萌の足から力が抜け、ガクリと体勢が崩れる。
そしてチンポに突き上げられ、艶声を上げ……もうこれで何度目だろう。
フローリングの床には汗と、萌の垂れ流した愛液でぬるぬるだ。
それだけ感じているというわけで、もう何度絶頂に達したのか数えるのも馬鹿馬鹿しい。
……だというのに俺はまだ一度も射精できていないわけで。

「……このっ」

「ひっ、ぐぅ!
 ご、ごめんな、さっ、ひっ、あっ、あぁぁあ!」

何故そうなっているのか。
簡単な話だ。俺の抽送がスパートに差し掛かると、萌が先に達して姿勢が崩れる。
すると俺の高まりを一度キャンセルしつつ萌を助け起こして……まぁ自業自得ではあるんだが、先に萌が気持ち良くなってしまうため、射精まで辿り着けないのだ。
勿論、体位を正常位にでも変えればすぐにでもイケるだろうが……ここまできたら意地だ。
なんとしてもこの姿勢で、と思ってしまう。

ばちゅばちゅばちゅばちゅ……。

「ひっ、あっ……はあ、あっ……。
 はぁ、んくっ、ひっ、あっ、ひぃっ……」

チンポを突き込めば淫らな水音と共に愛液がまき散らされる。
流石に限界なのか、膣からも徐々に力が抜けてきた。
射精感はすぐそこまできているのに、萌から与えられる快楽は少なくなってゆく。
それに苛立ちがないと云えば嘘になるだろう。
だからだろうか。

「ひっ!?」

叩く、というほどの力を込めてはいない。
ただ、ペチリと普段触れるよりもやや強く萌のお尻に掌を叩きつけた。
それだけで萌のまんこは締まりを取り戻し、きゅうきゅうと精液を搾り取るべく蠢く。

驚いたように萌はこちらを振り返りながらも、真っ赤な顔で小さく頷いた。
良い……ってことなんだろうか。
内心で首を傾げながらも、俺はスパンキングと云うには弱い張り手をお尻に落としつつ、抽送を一気に加速させる。

ぱし、ぱし、ぐちゅ、ぐちゅ……。

「ひっ、やっ、やぁ!
 たたいちゃ、やっ、ひっ、あっ……!
 おく、おくっ、たたかれて、おしりも、ひっ、あっ、あぁぁあ!」

ぶるぶると身体を震え、絶頂に達しようとする萌。
それを追いかける形で、俺は猛然と腰を動かす。

「ひっ、ぎっ、あっ、あぁぁあああ!
 イっ、てる、ひっぐ……!
 イって、あおば、いっしょ、ひっ、しきゅう、ごんごんっ、ひぎ……!
 いっしょ、ひっ、いっしょ、にひぃ……!
 いく、いく、いく、いっ……!」

ビュブ、ビュウウ、ビュブブブブブブ……!

「いく! いっ! ああぁぁぁぁあああ――――っ!」

射精とぴったりのタイミングで、萌は絶頂に達した。
散々焦らされたこともあったのだろう。三度目の射精だというのに、自分でも信じられないぐらいの精液が次々に萌の中へと注ぎ込まれる。
流石に立っているのが辛くなってきたため、射精が落ち着くと、俺は萌の腰を抱えてその場に腰を下ろした。

俺も萌も息を切らし、肩を上下させつつ行為後の余韻に浸る。
かと云ってもフローリングの上じゃ身体が冷える。折角だし風呂にでも行くか。

「……萌。風呂、入ろうか」

「……うん。べとべとだし……ね」

気怠い身体に鞭打ちながらも萌を抱き起こす。
が、出すがに足が云うことを聞かないようで、結局萌はお姫様だっこで連れて行くことにした。
……それにしても、だ。

セックスをした直後は、もう満足……と思うのに。
少しでも時間が経てばまたしたくなるのは何故なんだろう。

結局、風呂場でもう一回。
二人ともくたくたになっているのに、俺の部屋で更に二回。
結局この日は一日中セックスをして過ごすという、非常に退廃的で劣情まみれでありつつ、思い出に残る一日になった。









†††








「さて。準備は終わった?」

萌はこくりと頷きを返す。
それじゃあ出発、と俺たちはデートを開始した。
とは云っても何か目的があってのものじゃない。
めぼしいイベントをチェックしたわけでもなく、ぶらっと外へと。

時刻は午後の二時を回ったところ。
流石に昨日は一日中体を動かしていたため、二人そろって昼近くまで眠っていた。
俺としては、少し体が重いかな、といった程度の疲れしか残っていないものの、萌は筋肉痛で動くのが億劫なようだ。
運動をするようになったと云っても、やはり俺と比べれば――そもそも比べること自体間違っている気もするが――体が丈夫というわけでもなし。

少なくとも今の俺は、マッスルボディの象徴である火の国の宝剣を授勲できる程度には鍛えられているはずだし。
……そのはずだよな? 異能に加えて何年も延々とハードなトレーニングを続けてたんだから、これで取れないようなら軽く凹む。

ともあれ、そんな俺と比べるのは酷だろう。
鍛え始めたと云っても、元々萌は根っからのインドア派だったから、体力だってようやく人並みってぐらいかもしれない。

そんな萌に合わせるよう、歩幅は小さく、ペースはゆっくりと。
次々と隣を歩く人に追い抜かれながら、散歩を続けた。

「良い天気だね」

「……そう、ね」

「晴れてくれて良かったよ。
 もし雨でも降ってれば散歩って気にもならなかった気がする」

「……良かった。もし晴れてなかったら、また蒼葉にいじめられてた」

「それはごめんって」

「……体が痛くて動くのが辛い……わ。
 気を抜いたら足がガクガクするし。お尻も少しヒリヒリ。
 ……これは……責任をもって私をおんぶするべき……よ」

ふざけながら萌は俺の背中に乗ってこようとする。
よせ、とじゃれ合いながら彼女の手を避けつつ、苦笑。

「良いのかー?
 もしおんぶでもしようもんなら、そのまま全力ダッシュで走り出すぞ」

「……本当にやりそうだから、困る」

「これは脅しじゃありません。
 それとも今から家に戻って、いちゃいちゃする?」

「結構よ」

つれない返事だ。
だがそうは云いつつも、軽く萌は照れているようだった。昨日のことを思い出しているのかもしれない。
ぴったり寄り添うと手を繋ぎ、俗に云う恋人繋ぎの要領で指を絡める。

歩き続けている内に住宅街から出ると、市街地に出た。
休日ということもあり、表通りは賑わいを見せている。
店先で販売している飲食物の匂いが食欲をそそる。
お昼は何にしようか――萌と言葉を交わしながらそんなことを考えていると、ふと、萌が上の空になっていることに気付いた。

「どうかした?」

「……うん。少し、思い出していた……の」

「何を?」

「……蒼葉と、色んなところに行ったな……って」

まるでこれが最後と云うかのように、言葉には寂しげな響きがこもっていた。
どうしてそんなことを云うのか――分からないわけではないものの、気付かないふりをし相槌を打つ。

「そうだね。一番最初のデート先は水族館だっけ」

「うん。楽しかった」

「他にも色々行ったなぁ。
 中学生まで上がったら、今度は県外まで足を伸ばしてみるのも良いかな」

「……そうね」

「今回は特別だったけど、まぁ、もう少し歳を食えば泊まりがけでどこかへ行くことも出来るようになるさ。
 今から考えてみるのも楽しいよな。
 萌はどこか泊まりで行きたい場所ってある?」

「……どう……だろ。
 すぐに浮かんでは……こない……わ」

盛り上げようと明るい調子で話しかけてみたものの、寂しげな様子はまるで消えなかった。
どうしたものか、と俺も言葉に詰まってしまう。

「……前の私は、こんな風に誰かと……彼氏が出来るなんて思っていなかったし、こうして頻繁に外に出るなんて思ってもなかった」

いつか――そう、初めて萌とデートに行った時に聞いたような話。

「そうだね。
 どこに連れて行っても萌は驚きっぱなしだ。
 それが見てて楽しくもあるんだけど」

軽くおどけるように云っても、萌の調子が明るくなるようなことはなかった。
二人でいる今の状況を楽しんでないわけじゃない。
しかし意識は、思い出の中に半分浸かっているような……そんな印象を受ける。

「……これが最後のデートってわけじゃないさ」

「……そう……ね」

「離れるって行っても、電車で帰ってこれる距離だ。
 そんな難しく考えるほど遠くに行く訳じゃない」

「……うん」

「ここと学校の中間ぐらいにある街で待ち合わせして、デートすることだって出来るよ」

「…………うん」

「……萌は一人になるわけじゃない。
 壬生屋だっているじゃないか」

「……でも」

そこで一度言葉を区切り、萌は俯いてしまった。
呼吸を整えるように肩を震わせると、細く、聞き逃してしまいそうなほど小さな声をこぼす。

「……でも、蒼葉はいなくなる」

その一言は、精一杯の勇気を込めたものだったのだろう。
……寂しい。行かないで欲しい。
そういったニュアンスを込めた言葉を聞くのは、整備学校へ入ると伝えてから、初めてのことだった。
態度でそれとなく伝えられたことは何度もあったが、それでも彼女が俺と引き留めようとすることはなかったのだ。

……それも、そうだような。
てっきり応援してくれるほどじゃないまでも、整備学校へ入学することに彼女も納得してくれているとばかり思っていた。

いや、納得はしてくれていたのかもしれない。
だがそれでも、やはり寂しさは感じてしまう……と。

少し考えれば……そう、彼女の性格がどんなものなのか分かっていたはずなのに、目に見える態度ばかり気にしていてた俺が馬鹿だったんだ。

大通りの中。雑踏の合間で俺たちは立ち止まり、視線を絡ませる。
責めるような、謝っているような。恨んでいるような、悲しんでいるような。
多くの感情がミックスされて深く沈んだ瞳が向けられる。
対する俺はどんな目を彼女に向けているのだろう。

かけるべき言葉が見つからず、みっともないことに言葉に詰まり、何も云うことができなかった。

「……ごめんなさい。いきなり、変なことを云って。
 デートの続き……しましょう」

「……ああ」

俺の態度に何を思ったのだろう。
先に視線を逸らしたのは萌の方で、彼女は俯きながら繋いでいた手を離し、歩き始める。

やはり、かけるべき言葉が見つからない。
どうして整備学校に入ろうとしているのか。そうすることで何をしようとしているのか。
それらの説明をすることは出来るが、それは萌の望んだ言葉じゃなはずだし、きっと言い訳のようになってしまうだろう。

そこから先のことはあまり記憶に残らなかった。
ウィンドウショッピングなんて今まで何度もやったことで、どれも楽しかった思い出として頭に残っているのに、今回ばかりはどうしても楽しむことができなかった。
会話だって弾まず、出会ったばかりの頃――いや、それ以上に話らしい話ができなかった。

そうして無為に時間を過ごし、気付けば太陽が茜色に変わるような時間になってしまっていた。

俺たちの足は自然と家に向き、影が長く映し出される道をゆっくりと戻る。
そうしてしばらく歩き――

「萌」

「……何?」

「少し寄って行かないか?」

そう云って俺が指さした先には、公園があった。
もう夕方だからだろう。昼間は子供の喧噪で溢れていたそこは今、黄昏た空気の中夕日に照らされている。

――そこは俺と萌が初めて出会った場所だった。
ガキに苛められていた萌を放っておくことができず、顔見知りというわけでもなかったのにお節介を焼いてしまって……そうして、俺たちは知り合った。

「……うん」

ざりざりと地面を踏みながら、俺たちは公園へと入った。
思えば、出会った時を除いてこの公園へときたのはこれが初めてかもしれない。

萌が立ち寄ろうとしないのは当然だし、俺は俺で、萌と公園で遊ぶってことを思い付かなかったし。
カップルとはいえ、子供だったら真っ先に思い付くような遊び場だろうに。
そういう意味じゃ、やっぱり俺には子供らしさが足りてなかった。
勿論、中身が中身だ。
子供らしく振る舞う、なんて考えている時点で、子供らしさなんて残ってないって話だろう。

遊具の側に置いてあるベンチに腰を下ろし、萌はその隣に座る。
普段ならピッタリとくっついてくるのに、今の彼女はほんの少しだけ距離を空けていた。
その隙間が俺と彼女の距離感を表しているようで――ああ、駄目だ。
こんな時になっても未だに俺は、萌にかけるべき言葉を思い付くことができない。

気の利いた言葉の一つでもかけるべきなのに、そのどれもが薄っぺらく思えてしまって、どうしても口を開くことができないでいた。

大丈夫、頑張れ。そんな気休めじみた言葉が欲しいんじゃない。
それが分かっているからこそ、俺は何も云えない。

「……ごめんなさい」

そんな俺をどう思ったのか。
しんと静まり返った公園の中に、謝罪の言葉が落ちた。

「……今更だって分かってる……の。
 云うなら……もっと、早く云うべき……だったっ、て。
 でも、四月が近付くごとに、どうしても、考えちゃって……。
 目的があって蒼葉が整備学校に行こうとしているのは……分かってる。
 でも、もっと早くに引き留めて……わがままを云っていれば……止めてくれたのかな」

一言一言が紡がれる度、萌の声は徐々に震え、小さくなってゆく。
言葉を詰まらせているのは、彼女の癖のせいではなく、しゃくり上げるのを無理矢理に押し殺しているせいだ。

「もっと……素直、に。
 ……側に……いて……欲しいって。
 蒼葉がいなきゃ、私、駄目……なんだ……って。
 でも……」

それでも、と区切り、

「……嫌われたくなかった。
 重荷に思われて、見捨てられたく、なかった……!」

「萌……!」

「だから、どうしても……云うことが、できなくて……!
 でも、云った方が良かったんじゃないかって、思って……!」

未だ彼女に応えるための言葉なんて分からなかった。
それでも必死に涙をこらえる萌を無視することなんてできず、気付けば俺は萌を力一杯抱きしめていた。

苦しげに息を漏らす彼女。
涙がついに決壊し、鼻をすすりながら、彼女は俺の肩へと額をこすりつける。

「俺が萌を見捨てるわけないだろ!
 重荷にだって思ったこともない!
 嫌いになんて、なれるわけがない!」

「分かって……る。
 そんな人だから、私、蒼葉のことが好きになった……から。
 甘えて、ばかりで……ごめん……なさい。
 でも、離れたくない……よぅ」

まともに彼女が言葉を紡げたのは、そこまでだった。
見た目に似つかわしくないほどに幼く、萌は大きな泣き声を上げる。
今まで堪えていたものを一気に吐き出すように、嗚咽にむせ、せき込みながら、純粋でひたむきな気持ちをぶつけられる。
こんなにも激しい感情が萌の中に渦巻いていたことが驚きで、気付いてあげられなかったことに酷い後悔が沸き上がる。

……そしてみっともないことに、そんな萌へと俺がぶつけるべき感情があるにもかかわらず、言葉にすることができなかった。
子供のようにみっともなく、思ったことの何もかもを吐き出してしまえば良い。
だというのに俺は、建前だとか照れだとか、そしてこんな時ですら萌の彼氏ぶろうとして、弱さを見せるべきではないのでは――なんて思ってしまっていた。

根拠もなく未来を語ることができるほどの幼さを、俺は前世に置いてきてしまった。
一度大人になってしまえば、未来がどれだけ不確かか思い知り、だからこそ果たせない約束なんてすべきじゃないと思ってしまう。

今こそそういった言葉を口にするべきなのに。
一つの約束として萌が未来への誓いを欲しがっていると分かっているのに、どうしても口にすることができない。

だから、

「……萌。手を出して」

そう云って俺は左手を持ち上げる。
手のひらに赤い宝石――普段は埋没している多目的結晶を、露出させて。
何をするつもりなのか萌も気付いたのだろう。
僅かに躊躇しながら、しかしそれでも彼女は手を差し出すと、同じように多目的結晶を露出させる。

そして俺は――そっと彼女の多目的結晶に、自分のそれを重ねた。

多目的結晶は中枢神経へと直接繋がっている代物で、第六世代の急所ともいえる部分だ。
傷つけば想像を絶するほどの激痛が走るデリケートな場所であるし、思考をデータとして直接やりとりをするための重要な器官であるため、必要がない限り決して露出はしない。

だが今、それを露わにし、俺は思考をネットワークセルを介し直接、萌へとアクセスする。
俺を受け入れるように防壁は萌の側から無力化され、お互いの脳が直結する。

瞬間――濁流のような情報が、衝撃を伴うような錯覚と共に俺の中へと流れ込んできた。
第六世代の脳は半端なコンピューターよりもよほど高い情報処理能力を持っている。そのため、例え他人と思考を共有しようと、オーバーフローを起こすようなことはない。

俺が衝撃を受けたのは、言葉で聞いたもの以上に強烈で熱烈な、そして強い悲しみを伴った萌の感情によるものだった。

『離れたくない。側にいて欲しい。見捨てないで欲しい。
 なんだってするし、蒼葉と一緒にいるならどうなっても良い。
 嫌わないで欲しい。一人ぼっちにしないで欲しい。
 私だけを見ていて欲しい』

『ありがとう。
 助けてくれて嬉しかった。
 一人ぼっちじゃないって信じさせてくれて。
 生きてても良いことがあるんだって教えてくれて』

『どうして離れてしまうの? 私と一緒にいることより大事なことがあるの?
 私のことが大事じゃなかったの? 愛してくれているんじゃなかったの?』

『離れたって大丈夫。たとえ遠くに行っても、蒼葉と私の心は繋がってる。
 何よりも私のことを大事にしてくれているって信じてる』

『きっと私のことを忘れてしまう。
 きっと私のことをどうでも良いと思ってしまう。
 きっと私から離れ、誰かの元へ行ってしまう』

『絶対に私のことを忘れたりなんかしない。
 絶対に私との思い出を抱きしめ続けてくれる。
 絶対に私から離れたりはしない』

『やっぱり誰も私を必要としてくれない。
 誰も側にいてくれない。
 こんな風に生まれてこなかったら、もっと普通に生きられたのに』

『蒼葉が私を必要としてくれるなら、それで良い。
 こんな風に生まれたことも、蒼葉と出会うために必要なことだったから、もう恨んでない』

『勝手に手を取って。勝手に離れて。
 未来がどんなことになったって構わないのに。
 ずっと一緒にいてくれるって信じてたのに。
 他の誰かに何を云われようと、蒼葉がいてくれればそれで良かったのに』

『誰もが嫌うこの手を取ってくれて嬉しかった。
 こんなつまらない私といてくれてありがとう。
 ずっと一緒にいよう。
 何があっても私は蒼葉の隣にいよう』

次々に押し寄せる、清濁合わせた彼女の思考。
それぞれ矛盾し、常に葛藤を続けていたであろう気持ちは、しかしどちらも声にされなかった萌の想いだ。

そしておそらく、俺の想いも萌へ筒抜けになっている。
どんな形で伝わっているのか怖くて仕方がない。剥き出しになった俺の思考や感情の中には、俺自身ですら醜いと思えるものも含まれている。
そんなものを萌に知られてしまうのは、当然のように嫌だった。
しかし萌だからこそ、普通ならば絶対に行わないようなこの行為も許してしまえる。

深く深く、表層から深淵へ。
記憶と共にそれへ付随した感情が次々と明かされてゆく。

いつまでも続くと思えた思考の奔流は、ついに終わりを迎えようとしていた。
様々な気持ちが押し寄せたその先、最後に残った強烈な思考が浮かび上がってきた。

『好き。大好き。
 蒼葉のためならなんだってできる。
 抱きしめてくれるだけで満足。
 触れてくれるだけで幸せ。
 キスをしてくれるだけで何も怖くない。
 だから、良いよ。出会ってから今日まで、いっぱい愛してもらったから。
 だから、怖いけど、待ってる。頑張ってみる。
 蒼葉がいなくなったら挫けるかもしれないし、泣き言だって云うと思う。
 でも私自身の気持ちよりも、蒼葉の方が大事だから。
 だから、いってらっしゃい。
 愛してる』

「……っ」

最後の一言を受け止めると同時、じわりと胸の中に暖かな火が灯ったような気がした。
そして意識が現実へと戻ってくる。
思考を共有していたのは一瞬だったのだろう。
萌の心の深い部分にまで踏み込んだが、時間にすれば十秒も経っていない。
その証拠に、萌は未だしゃくり上げているままだ。
しかし雰囲気から悲壮な様子がすっかり抜けて、どこか照れくさそうですらある。
肩に押しつけられた額も、甘えるような仕草に変わっていた。

……彼女は俺の中身を知って、どう思ったのだろう。
彼女がどんな風に俺を見ていたのか分かった今、その幻想を壊してしまったのではないかと気が気じゃない。
白馬の王子様みたいな、完全無欠でかっこいい存在なんかじゃない。
死ぬのが怖い小心者の、女の子一人守ることができない馬鹿野郎だ。

「……萌が思ってるほど、俺はかっこいい男じゃないんだ。
 失望した? ダサいだろ。整備学校に行くのだって、色々理由を並べても、結局は死にたくないからなんだ。
 皆が死にそうな目に遭うってのに、一人で安全な場所にいたいからさ。
 そんな最低な目的で、萌を悲しませてるんだ。
 萌を見捨てるなんてとんでもない。むしろ、俺が見捨てられないか怖くなってくるぐらいだ」

「全然」

鼻をすすりながら、しかしきっぱりとした言葉で萌は断言してくれた。

「それでも蒼葉が私のことを大事に想ってくれたことは、分かってるから。
 その気持ちは絶対に嘘じゃなかったって、今なら胸を張れるから。
 だからそんなに卑下しないで。蒼葉は私にとっての王子様よ。今までだって。きっと、これからも」

「……王子様って柄じゃないんだけどな」

「でも王子様でありたいって、思ってる」

うっ、と言葉に詰まってしまった。
当然のことだが、そんなところまでお見通しか。
……そりゃ、男だったら好きな女の前じゃ格好つけたいって思うだろ。

「……意地悪で格好付けで見栄っ張りの彼氏を持つと苦労するわ」

「……感情ため込んで爆発するのは良くないぞ」

「……でも、優しい。蒼葉と出会えて良かった」

「……可愛い彼女にここまで想われているなんて、俺は幸せだ」

好き勝手に言い合って、恥ずかしさから笑い合う。

「お互い様ってことで」

「うん」

そして額を触れ合わせ、重ねるだけの軽いキスをした。
昨日散々体を重ねて、数え切れないほどのキスをしたというのに、今のは過去のどれよりもお互いの好意を示す証のように思えた。

「……さ、帰ろうか。
 いつまでもひっついてたいけど、もう夜になる」

「うん」

手を繋いで立ち上がり、歩きづらさすら感じるほどに寄り添いながら、俺たちは公園への出口へ向かう。
さて今日の晩飯はどうするか――そんな平凡そのものの、しかし萌と一緒というだけで胸が躍ることを考えながら。

「……ねぇ、蒼葉」

「ん?」

「一つ、聞いても良い?」

「なんだ?

「蒼葉って、記憶転写型のクローンだったの?」

「……ああ。そうなんだよ」

やっぱりそこまで知られたか。
分かってたことだ。大して驚きもせず、俺は萌の言葉にうなずいた。

「萌と違って年齢固定型じゃないんだけどな。
 これ、秘密にしといてくれよ?」

「うん。二人だけの、秘密だね」

「ああ」

そこまで話し、ふと気付く。
萌の話し方が、今までのようなつっかえつっかえのものじゃなくなっている。

「……萌。なんか、喋り方が――」

「何?」

「……いや、なんでもない」

どうやら本人は気付いてないようだ。
だったら敢えて指摘する必要もないだろう。
なんとなく分かっていたことだ。彼女の喋り方が普通と少し違う原因は、おそらくクローニングの失敗などではなく、心因性のものだったのだと。

今なら分かる。萌は強い自己否定の感情を常に抱いていた。自分なんて消えてしまえば良い、という悲しい意識に苛まれていた。
だが今俺と繋がったことで――自分で云うのもなんだが、俺によって萌という人間が肯定され、自身への自己否定が和らいだのだろう。

だから無意識下で行われていた消え入るような喋り方が直った。ただそれだけのこと。
翻せば、今まで一緒にいたのに彼女のそういった感情を和らげることができていなかったわけだが――今は、考えるのをよそう。

今は彼女がようやく本当の意味で前向きになれたことを喜ぶべきだ。

「でも、少し驚いたわ。
 私、これでも年上のつもりだったのに」

「みたいだね」

お姉さんぶりたい、という気持ちがあったのは知っている。どれも不発に終わっていたようなので、今の今まで気づけないでいたが。

「実は蒼葉の方が年上……というかおじさんだったなんて」

「おじさん云うな。元の年齢は確かにそうだけど、今は若いつもりなんだから」

「ねちっこいのも、納得」

「なんで萌さんは、おじさんはねちっこい、なんていうことを知ってるんでしょうかねぇ」

「晩ご飯なんにする?」

「あ、話逸らしたな? 今逸らしただろう?」

「しーらないっ」

軽く頭をぶつけてくると、彼女はくすぐったそうに笑った。








■■■
●あとがき的なもの
お久しぶりです。またも遅くなって本当に申し訳ない。
しかし面倒なエロはしばらくなくなるので、今後は多少更新スピードが上がる……と思いたい。
今回やたらとエロエロしているのは、そのせいです。

●内容的な部分
ひたすらエロ。
多目的結晶を使ったネタはずっとやりたかったので、少しすっきり。
蒼葉の萌一筋っぷりが完全に固まったので、もうブレインハレルヤとか出番ないんじゃないかな……残念。

●Q&A
Q:エロが無くても許せる
A:ありがとうございます。これから二、三話はエロがなくなると思うので、作者も一安心。
  いやお前、なんでxxx板で始めたんだよ、っていう突っ込みはなしの方向でお願いします……。

Q:壬生屋兄
A:どうなるんでしょうね。や、一応決まってますけど。
  何かが干渉しない限り原作通りバラバラの串刺しでしょう、きっと。

Q:地味原さんに期待
A:おそらく次回で登場。あの背伸びした感じ、実に可愛い。

Q:芝村に目を付けられた!
A:とは云っても精々顔と名前が頭の隅っこに入ったぐらいで、特に気を引いてるわけではありません。
  ソックスハンターに……なるのか……!?



[34688] 九話
Name: 鶏ガラ◆81955ca4 ID:5879993c
Date: 2013/07/06 01:11
「忘れ物はありませんか?」

「大丈夫だって」

会う人会う人からかけられる言葉をまたも口にした壬生屋に、思わず苦笑してしまう。

肌を撫でる風はまだ冷たいが、降り注ぐ陽光は暖かい。
桜はまだ咲いていないものの、冬は終わり季節は春へと移っている。

萌と二人っきりで過ごしたあの日から時間が経ち、ついにこの街を離れる時がきた。
これから両親に車で寮へと送ってもらうのだが、その前に、と壬生屋と萌の二人が俺の見送りにきてくれたのだ。

「制服、良く似合ってますよ。
 ね?」

「うん、格好いいよ」

問いかけられ、以前と違い普通の声色で萌は言い返した。
彼女の声が元に戻ったのはあの日だけということはなく、あれからずっと、彼女は普通の女の子のように話ができるようになっていた。
一体どんな手を使ったのか、と萌ママも彼女の主治医も首を傾げていたのだが、壬生屋だけは、

『つまり、愛の力ですね!』

とこっ恥ずかしい上にメルヘンな納得の仕方をしたり。
……そんなことを臆面もなく言い放てるような奴だっただろうか。
不思議に思いはしたものの、よくよく考えてみれば目の前で散々いちゃつかせてもらった上に、萌からのろけ話を聞かされてただろうし。
そういう意味じゃ恋愛方面に耐性が出来ているのかもしれない。
あいつのトレードマークというか、口癖である「不潔です!」もあんまり聞かなくなったしな、最近。

ともあれ、だ。
俺は皺一つない制服へと視線を落とす。
これから俺が入学する整備学校の制服はブレザータイプだ。
胸元に校章のある薄茶色の上着に、同色のスラックス。紺のネクタイ。
サイズは少し大きく、腕を下げれば手の半ばまで袖がきてしまう。
が、まぁこれから成長期に入るんだし丁度いいだろう。
まだ着こなせてるとは言い難いが、折角の門出だ。謙遜するのも悪い。

「二人ともありがとう。
 来年は、二人のセーラー服姿を見させてもらいたいもんだ。
 今から楽しみにしてる」

「ええ、是非」

「届いたら、写真送るね」

「おう」

「蒼葉さん、ちゃんとメールだって出さないと駄目ですよ? あと電話も。
 遠距離恋愛をなめてると大変な目に遭うそうですから」

「お前の耳年増っぷりも相変わらずだな。
 早くそれを有効利用するための相手を見つけろよ」

「余計なお世話です!
 云われなくても素敵な殿方を……!」

「まったく、蒼葉も未央ちゃんのこと苛めないの」

「本当です。これから上の学校に上がるっていうのに相変わらずなんですから」

「はいはい。悪かったな落ち着きがなくて――っと」

ふと、車で待っている父さんがこちらを見ていることに気付いた。
どうやら、もう時間に余裕がないみたいだ。

「悪い、二人とも。そろそろ行かないと」

「そうですか……あ、そうだ。
 カメラを持ってきたんです。最後に写真を取りましょう!」

「……そうか。ありがとな」

おそらく親から借りてきたのだろう。
一目見て高価だと分かる年季の入ったカメラを受け取ると、父さんに写真の撮影を頼む。

萌と俺が腕を組んで並び、その隣に壬生屋が。
これで桜の木でもあれば絵になったんだろうけど、贅沢は無しだ。
両手に花の記念写真を撮れるだけで充分。

俺と萌が腕を組んでいる様子に父さんは苦笑している。
そういえば、両親の前でこうもあからさまに引っ付くのは初めてだったかもしれない。










†††








整備学校の学生寮は、校舎のすぐ近くに立つ木造三階建ての建物だった。
築20年ってところだろうか。飛び抜けて古いわけじゃなが、新しいわけでもない。
部屋割りは分かりやすく、一階が一年、二階が二年、三階が三年、となっている。
寮を利用する生徒数にもよるのだろうが、基本はそれだ。
部屋は基本的に二人で使用することになる。トイレ、風呂は共同。食事は食堂で。

入寮初日は風呂と食堂の利用時間、寮の決まりなどの説明を受け、両隣の住人に挨拶を済ませた後、新入生仲間と雑談をして終わった。

やはり俺と同じように、戦争が近付いているのを察し、整備学校への進学を選んだ者が多いようだ。
もっとも、自分でその道を選んだわけではなく、親に云われてというのが殆どだったが。

はっきりと聞いたわけではないものの、親が自衛軍の関係者である生徒が多いような気がする。
……やはり公言されてはいなくても、これから第六世代がどういう扱われ方をするのか察している大人もいるのだろう。

いずれ徴兵は必ず行われる。
どうしてもそれが避けれないのならば――という思考は、俺と一緒だ。
不思議でもなんでもない。

新生活の二日目は入学式だった。
両親はホテルに泊まっており、今日の式に出席してくれた。
「お前なら大丈夫だろう」と云ってくれた父さんと違い、母さんはどこか心配そうだった。
それも仕方がないかもしれない。今までずっと一緒に暮らしていた子供が、少し早い一人立ちをしてしまうのだし。

手のかからない子供だったとは思っているが、それとこれとは話が別だろう。
萌たちに出すメールとは別に、二人にも小まめに手紙を出そう。
そう決めて別れ、次は新入生のガイダンスが開かれる。

どうやら今年度から授業のカリキュラムに大幅な見直しがされたらしく、例年よりも授業内容が難しくなる旨を伝えられた。

これもまた戦争が近付いている足音の一つ、というわけだろうか。
なんとも運のない話だ。
一度身に付けたことは失わない、という異能がある俺からすると、最悪授業さえ真面目に受けていれば落ちこぼれることはないと思うが……。
まぁ、今まで内職や萌と過ごしていた時間が丸々浮いてしまうので、それを勉強に充てれば大丈夫だろう。

ガイダンスが終了し、新入生歓迎会の後、割り当てられたクラスでHRがあった。
一人一言の自己紹介で当たり障りのない挨拶を済ませ――やっていたスポーツ、ということでうっかり古武術と口にしてしまい注目を集めてしまったが――その日は解散となった。
後の時間は部活の見学ということになる。
どうやら部活動への参加は必須らしい。そういえば前世も中学生の頃はそうだったか。

「永岡、お前どの部活に入るんだ?
 やっぱ剣道?」

「剣道と古武術は別物なんだ。
 変な癖付けたくないから違うのに入るつもりだよ」

まだぎこちないクラスの雰囲気の中、俺に話しかけてきたのは、前の席に座る田中だ。
ガイダンスの時から暇そうにしていて、近くにいた俺が話し相手に選ばれた、というわけである。
人懐っこそうな笑みを浮かべた彼は、さっぱり分からん、と首を傾げた。

「ボクシングとキックボクシングみたいなもんか?」

「卓球とテニスみたいなもんだ」

「別もんじゃねぇか」

「似てるところがないわけじゃない。つまり別物なんだよ。
 そういうお前はなんに入るんだ?」

「可愛いマネージャーのいる運動部か、美人な先輩のいる文化系だな」

「基準は女か」

「女だ」

本当に気さくな奴だ。
初対面の人間にこうもフルスロットルでぶつかってこられると、逆にこっちも遠慮をしなくて良いからやりやすいのだが。

「でもお前、小学校じゃ野球やってたんだろ?」

「やってた。けどこの学校、あんまり強くないからなぁ。
 それに、野球部入ったら頭を坊主にしないとだし、練習キツそうだし。
 汗と涙の青春より、俺は桃色の学園生活を選ぶぜ」

「マネージャーが可愛かったらどうするんだよ」

「入部するわ」

現金な奴だ。

「あ、あの……」

田中としょうもない話を続けていると、声をかけてくる子がいた。
ブレザーに縫いつけられたプラスチックの名札には、佐藤と書かれている。

「二人とも、これから部活を見に行くの?」

「そのつもり。
 佐藤くんも一緒にくる?」

「あ、う、うん。良かったら」

大人しい性格なのかもしれない。
彼は、ほっとしたように笑みを浮かべると、少し大袈裟に頷いた。

「じゃー三人で行くかー。
 佐藤は運動系? 文化系? どっちに入るつもり?」

「文化系かな。
 あんまり運動、得意じゃないから」

「マジか。
 俺と永岡は運動系にするって話をしてたんだけど……」

「いや、何勝手に決めてるんだよ」

「え? 可愛いマネージャーがいるんじゃないのか?」

「云ってねぇよそんなこと」

「そういえばそうか。
 ……でもお前、そんだけ体格良いのに文化系ってガラか?」

「パソコン部に興味がある」

「え、そうなの?
 ちょっと意外」

少し驚いたような反応を佐藤くんが見せた。
……まぁ、確かにパッと見意外に思われるかもしれないけどさ。

「ネットワークセルはもう組めるんだ。
 だから在学中になんとか電子妖精の作成まで漕ぎ着けたいな、と思って。
 パソコン部なら参考書とかも揃ってるだろうし、都合が良い」

「なるほどなぁ。
 ってか、ネットワークセル組めるのマジかよ。俺にも作ってくれ」

「自分で作れ。
 市販のならともかく、他人の自作ネットワークセルを欲しがるなよ」

「買ったら高いじゃん。
 そこをなんとか」

「ウィルスセル仕込むぞ」

「人でなしめ!」

大袈裟な身振りで冗談半分に怒る田中。
そうか。忘れていたけど、ネットワークセルの作成が可能なことを言い触らせば欲しがる奴が増えるか。
まぁ実際、田中が云ったようにネットワークセルを買おうとすると少々値が張る。
値が張るものの、材料費なんて大してかからないため、値段の九割は手間賃と云って良い。
まぁ、それを知っていても気軽に寄越せと普通は云わないものだ。だからこれも冗談だと分かってはいる。

ともあれ、プログラム作成に関する話は今後自重しよう。

「いつまでも教室にいたって仕方ないし、外に出るか」

「なー、永岡ー」

「はいはい、時間があったらな」

「いよっし。持つべきものは新たな友だな」

「……永岡くん、良かったの?」

「うっかり口を滑らせたのが運の尽きってね。
 あ、佐藤くんのも作ろうか?」

「え、良いの?」

「おいこら。
 俺と扱いが違いすぎるんじゃないんですかねぇ……?」

恨み言をほざく田中を放って、俺たちは部活の見学を開始した。
新入生を呼び込むために、各部活はレクリエーションのような形でイベントを開催していた。
グラウンド、テニスコート、プール、体育館と周り、文化系が集まっている部室棟へ。
呼び止められる度に、全部回ってから決める、と断りを入れていたが、なんだか疲れてしまった。

早速制服を着崩してブレザーを脇に抱えている田中は、疲れた溜息を吐く。

「あんまりピンとくる部活がねぇなぁ」

「いや、何云ってるんだお前」

ついさっき水泳部を見に行ったら、パラダイスだ! 俺明日から通う! とかほざいてただろう。

「いや、ちゃんと明日から通うぞ。入部しないけど」

「……それって覗きってことだよね」

「そこまで素直な性格だと、羨ましくすらあるな」

「またまた。
 良い子ぶっちゃってますけど、お前らだって目の保養にはなっただろ?」

「えっと……」

鼻の下を伸ばしつつ悪巧みをしているような田中の顔は、精神的なブラクラである。
困ってる佐藤くんもまんざらではないようだが、まぁ、素直に頷けないだろう。
え、俺? 見てるだけで触れないんじゃあんまり興味はないかなぁ。
勿論、脳裏ではこう、萌が恥ずかしそうに水着姿を披露してくれてて……。

「おいムッツリ」

「お前、いくらノリが軽いったって佐藤くんにその云いようはねぇだろ」

「いや、お前だよムッツリ」

「黙ってろサル」

「ふ、二人とも落ち着いて!」

俺を指してムッツリとはどういうことだ。
オープンじゃないだろうがムッツリでもないぞ。

「いや、俺の勘はこいつがムッツリだって云ってるね。
 佐藤の反応なんてまだ初々しいけど、こいつ、私興味ありませーんみたいな顔しといて……。
 頭の中じゃ水着姿の水泳部員をねっとり視姦してるに決まってるぜ」

してねぇよ。対象は萌だよ。

「ひ、人を偏見で判断しちゃいけないよ……」

「佐藤くん良いこと云った。
 聞いたかサル」

「聞いたぞムッツリ。
 本当、人をサル呼ばわりしちゃいけねぇよ」

「……仲良いなぁ」

否定はしないが納得のできない言葉だ。
そんなやりとりをしていると、俺たちは目的地であるパソコン部の部室にたどり着いた。
囲碁や将棋、文芸などの部室もあるが、第一目標はここだ。

コンコン、とノックをし、

「失礼しまー……」

扉を開け、真っ先に目に入ったものを見てここがどういう部活なのかを理解。
コンマ一秒で扉を閉じる。

「さて、次行こうか」

「そうだね」

「え、寄ってかねぇの?」

お前、扉開けて真っ先に見えたのが二次元美少女の等身大ポスターって時点で分かれよ。
ここがどういうパソコン部なのか理解しろよ。

どういうわけか佐藤くんは理解したようだが。

「ち、ちょっと待つんだ君たち!
 独断と偏見で僕らの活動を分かった気になっては困る!」

「次は文芸部に行くか」

「そうだね。僕、ちょっと気になってたんだ」

「なー、体育館に戻って新体操部の活動見ねぇか?」

「話を聞くんだ!」

お断りします。
アニメやゲームも嫌いじゃないし、どっちかっていうと好きだが、入学早々道を踏み外したくはない。
あのポスター、明らかに18禁ゲームのだったじゃないか……!

「待ってくれ! 人手が足りないんだ!
 次のイベントまでに仕上げなければならない原稿が……!」

それ明らかにパソ部とは関係ない活動ですよね。
お断りしまーす、と早足に立ち去り、俺たちは再び部活動見学に戻った。
そして結局、この日は入部する部活を決めることができずに学校が終わってしまった。









†††








まぁ、なんだかんだで楽しい一日ではあったか。
一段一段石造りの階段を上りつつ、俺は一日を振り返っていた。

結局、田中はまた野球部に入るようだ。気乗りはしていないみたいだったので、おそらく消去法で選んだのだろう。
スッパリ辞めるほどの理由がないことに加え、未練が残っているのか。
女子マネがいるのも野球部を選ぶ後押しになってそうだが……個人的にもう彼氏がいる気がする。
経験則だが、中高生の男子が女の子に興味を抱かないってことはないだろう。
無論、異性を気にする以上にのめり込める趣味なんかがあれば話は別だろうが、そういうタイプは希だ。
そんな四六時中異性を意識して、しかも運動部だから体力を余らせてる連中の側にマネージャーなんて形で女の子がやってくれば……誰だって気にするし、告白しようとする輩も出てくるわけで。

しかしそれでも、絶対にいる、ってわけじゃない。
誰とも付き合っていない可能性だってないわけじゃないから、断言はしないさ。

が、その場合、その子の競争率は恐ろしく高いだろう。可愛いければなおさらのこと。性格が良ければ更に。
それを考えたら、田中は自ら汗と涙の青春に突っ込もうとしているようにしか見えない。
まぁそれとなく止めてやろうとは思うものの、最終的には本人次第ではある。

佐藤くんは俺と同じように、どこにするのか決まっていない状態だ。
ただ本人は文芸部が気になっているらしい。どうやら読書が趣味らしく、転じて、創作活動をやってみたいとも思っているようだ。
迷いつつも彼は文芸部に入りそうな気がする。
もし違う場所に入るとしたら、きっと俺が選ぶ部にするつもりだろう。
田中のような、自分のやりたいことを良くも悪くも優先するタイプではないようだし。

さて、俺はというと……困ったことに決まっていない。
気になっていたパソコン部があの様だったしなぁ……多分、あの様子じゃ情報技能を磨くような場所じゃないだろう。
一応、田中からは野球部、佐藤くんから文芸部に誘われてはいるものの、どうしたものか。
やりたいもの、というものが俺にはない。いや、それは言い方が悪いか。
やりたいことそのものはきっちりと決まっているが、それと部活動が噛み合わないんだ。

「古武術部なんて、あるわけないしなぁ」

階段を登り終えると、手に持った木刀を鳥居に立てかけ、ゆっくりと振り返る。
そこには周囲の地形を一望できる絶景が広がっていた。

小さな山の側面に建てられた古い神社。管理は近くの住人がやっているのか、それほど荒れてはいない。
部活の見学を終えて帰宅した俺は、運動着に着替えると寮の近くにあるここへと足を運んでいた。
いや、近く……というのは間違っているか。寮からこの神社までの距離は五キロほど。
その道のりを日課のランニングがてら走り、少なくない階段を昇ってようやくたどり着いた。
どうせなら階段も走って上がろうかと思ったものの、石造りの階段はかなり年期が入っている上に一つ一つの段が非常に狭いため、万が一のことを考えやめておいた。

景色を楽しんだ後、息を吐いて準備運動を開始。
こんな人気のない場所で何をするのか。それはただ一つ。
古武術の鍛錬だ。

最初は寮の庭で行うことも考えた。
けどまぁ、部活に入っているわけでもない奴が黙々と木刀振り回したり体術の型をしたり、なんて完全に変人だ。
それは嫌だ。入学早々に変人扱いなんて絶対に御免である。
だから多少面倒ではあったものの、こうして離れた場所を鍛錬の場として選んだのだ。

準備運動が終わると、俺は木刀を両手で持ち正眼に構えた。
寮には師範から頂いた刀を持ってきていない。
防犯上の観点から万が一のことを考えると、不特定多数の人間が出入りする学生寮に日本刀を持ち込むわけにはいかないだろう。
そのため、代わり、ということで入学祝いに送られたのがこの木刀だ。
重量やバランスをわざわざ刀と同じように調整してくれたそうなので、鍛錬にはこれを使うことにしている。

呼吸を整え、意識を集中。
振り上げ、足の動き、重心のバランス――幾度も繰り返し身体に刻み込まれたそれらの動作をトレースしながら、全力で木刀を振り下ろした。
間髪入れずに木刀を戻し、再び振り下ろす。息を吐く間もないほどの連続した動作に、ぎしりと筋肉が悲鳴を上げた。

一つ一つの動作を手抜きせずに行いながら、速く鋭く一刀を繰り出す。
今の一太刀よりも次はより鋭く。速く。限界をコンマ一秒でも超えるべく。僅かでも斬撃の威力が増すように。

師範たちからの指導が受けられない今、俺にできるのはひたすら基礎を固めることだけだ。
新しい技術を教わることができないのは残念だが、まぁ、これはこれで嫌いじゃない。
過去の自分を努力によって追い越すというのは気分が良い。
そして……こっちはあまり褒められた理由じゃないが、異能によって努力が必ず成果となって現れることが保証されている点が、やる気を掻き立てる。

……こうして身体を動かしていると、やっぱり、と実感できる。
今まで地道に続けてきたということもあり、日常的に行いたい活動となると、俺にとっては古武術が当てはまるのだ。
新しいことにチャレンジするのも決して悪いことじゃないと、分かっているんだけどなぁ……。

様々な型を織り交ぜながら一時間ほど木刀を振り続け、次は体術の型に移る。
ゆっくりとペースを上げつつ、こちらも剣術と同じように自分の限界に挑むよう、徐々に激しく。

身体の動きに意識を集めながらも、頭の片隅では未だ部活動のことを考えていた。
やりたいこと……か。
なまじパソコン部に入ろうと決めていただけに、これからのビジョンが浮かんでこない。

前世で入っていた部活は小学がバスケ、中学が卓球、高校がテニス、と見事にバラバラだ。
そしてそれら三つのスポーツにそれほど未練を覚えていないだけに、もう一度入る気は起きない。
正直、古武術を自主的に学んでいるせいもあり、運動系はお腹いっぱい。

じゃあ文化系となると……どうしたものか。
ブラスバンド部。合唱部。美術部。写真部。文芸部。書道部。科学部。こんなところだったか。
あ、忘れてた。それとパソコン部。

音楽は嫌いじゃない。楽器は全然だが、歌うのは好きだ。だから合唱部は悪くないかもしれない。
話に聞くと活動内容はかなりハードらしいが、半分運動部みたいなもんらしいしおかしくはない……のか?

美術部は……絵心が壊滅的だからなぁ、俺。
古武術のように練習してればいずれはマシになると分かっているのに、下手すぎる自分の絵を見ていると悲しくなってくるからパス。

写真部。これはなかなか興味がある。
専門的に写真を撮ったことはないため、どれほど奥の深い分野なのかさっぱり分かっていないが。

文芸部の方は、佐藤くんが入ろうとしているという点と、見学に行った際、部の雰囲気が良かった点が好印象。
興味のある部活がないのなら、友人がいる部活へ……というのも動機の一つになるだろう。

書道部。これは美術部と同じく、俺の美的感覚がさほど優れていない……というか壊滅的なため、あまり気が乗らない。
技術的に素晴らしい点などは勉強することで覚えることはできても、感性に訴えるもの、となるとどういうのがそれに該当するのかさっぱりだ。

科学部。これは中々にカオスな場所だ。
人数の少なくなったロボット部と生物部が元の科学部と合体したらしく、何をやっているのかさっぱり分からない。
科学部、と一つにまとめられていたのに、部長を名乗る人が三人いたし。

入ったら入ったできっと楽しいとは思う。
ロボット部の活動だったら、プログラミング技術も多少は生かせるだろうし。
けど……なぁ。いまいちピンとこない。
こうも優柔不断なのは、やっぱり自分のやりたいことをもう見付けて、ある程度満たされてしまっているからなのだろう。

参ったもんだ。
せっかくの二度目の人生だっていうのに、将来の展望も何もかもほとんど決めてしまったようなものだから、青春を謳歌するってことがあまり出来そうにない。
甘酸っぱい恋愛をしたりとか、将来やりたいことに悩んだりとか……もう通り過ぎちゃってるからな。
や、恋愛は現在進行形なわけだが。
将来の展望も……ああ、そういえば。
戦争をどういう形で乗り切るか、ってことばかりに目が行って、そこから先はどうするかを決めてなかったな。
折角整備学校に入ったんだし、これから学ぶ知識や技術を生かせる専門職に就くのも悪くはないかな。
そうして時間の合間に道場に通いつつ古武術も続けて、萌とイチャイチャ。
……仕事に就いているか否か、って点に違いがあるだけで、今と代わり映えしないな、これ。

勿論、社会人として働き出せば生活リズムがどうしても仕事中心になるから、今まで通りってわけにはいかないだろうけど。
それでも今と似たような状況が続くんじゃないかと思うのは……いや、願っているのは、今の人生に満足しているからだ。

だからなんとしてでもこれからの人生を生き抜いて、二度目の人生を納得のゆく形で完遂したいと、そう、強く思った。









†††







時間が経つのは早いもので、既に暦は六月の下旬へと差し掛かっていた。
一日が長く感じるようで、振り返ればあっという間。
入学してからの日々は慌ただしく過ぎて行った。

そうした新生活の中でも、萌や両親、ついでに壬生屋との交流も欠かしてはいない。
メールでは味気ないってことで、壬生屋からは手書きの手紙が届いている。
どうやら俺が進学してからも壬生屋と萌は仲良くやっているようだ。仕方がないと分かってはいるが、少し羨ましい。

萌とは頻繁に多目的結晶メールでのやりとりを。電話は週一の頻度で。
携帯電話なんて便利なものは全然普及していないため、頻繁に電話をかけることが出来ないのだ。
そのため、土日に百円玉を用意して近場の公衆電話を一時間ほど占拠するのが習慣になってしまっている。
寮にも公衆電話があるにはあるのだが、悲しいことに長時間の使用は禁止されている。
だが仮に使えたとしても、寮から電話をかけることはないだろう。
萌に電話しているときの俺は、きっと表情が崩れに崩れているだろうし。そんなキャラ崩壊している様を人様に見せるわけにはいかん。
まぁ声が聞けない分、メールのやりとりは頻繁にやっている。
……頻繁にやってはいるものの、やはり萌の声を生で聞けないのは辛い。
新生活には大して不満がないものの、萌がすぐ側にいないというのが辛すぎる。
ゴールデンウィークに一度戻ったばかりではあるものの、もう次の長期休暇である夏休みが待ち遠しくて仕方がない。

閑話休題。学校のことに話を戻そう。
既に入学してから二ヶ月が経過したものの、問題らしい問題は何も起こっていない。

入学式の日に知り合った田中と佐藤くんとは仲良くやっている。
結局部活は佐藤くんの所属する文芸部に入った。
文芸部の活動は文化祭で発行する冊子作りに焦点を置いているらしく、その時に何を出すか決めることで一年を通しての活動内容を決定しているらしい。
まだ入部して二ヶ月ということで、まだ俺は部の過去作品を読んだりしながら過ごしているものの、佐藤くんは早速創作活動を始めたようだ。

田中は田中で毎日毎日ダルいダルいと口にしつつ野球に精を出している。
マネージャーとの仲は進展したのかと聞いても不機嫌になるだけなので、まぁ、深くは突っ込まないでおいてやろう。

授業の方も順調にこなせている。
上の学校に上がったことで、授業内容が一気に難しくなった――ということはなかった。
中等部の一年生、その一学期ともなれば、基本的な科目は別として、新しい科目はまったくのゼロからスタートすることになる。
なので授業内容のハードルが最初から高い、なんてことはない。

おそらく本番は二学期から。一学期は何も知らない新入生へ基礎中の基礎をゆっくりと学ばせる段階だ。

一般的な科目は二度目の人生ということで、以前に学んだ内容と被る部分も多い。
なので俺にとっては退屈でもあったが、だからと云って手を抜く理由にもならないので、真面目にこなし。
今までと同じように異能によって獲得した記憶力により、授業内容をほぼ丸暗記しつつ知識を深めていた。

だが、授業のすべてが退屈というわけじゃない。
やはり今まで身近になかった新たなジャンルに触れれば――特に興味のある分野ともあれば、楽しくもなるというもの。

その科目とは――

「待ちに待ったこの日がやって参りました!」

「そうだな」

朝のSHRが終わった後、俺たちは教室から移動すべく席を立った。
これから行う授業は、午前を丸々使ってのものになる。
そんなに時間を使って何をするかと云うと――

「ウォードレスか。
 確か、最近になってメジャーになった装備なんだよね」

佐藤くんが教師の説明を思い出すように、その名を口にする。
ウォードレス。前世には存在していなかった、この世界固有の兵器。
これからウォードレスの整備方法を学ぶということで、実際に身に付け、どういうものなのかを学ぶというのがこれから行われる授業の内容だ。

「でも田中。お前が乗り気なんて意外だな。
 普段の授業もかったるそうに受けてるのに」

「お前らみたいな真面目ちゃんじゃないからな」

「……田中くん。
 今からその調子だと、今度の期末テストも中間の時みたいに……」

「ここで躓くと、後々エラいことになるぞ」

「大丈夫。安心しろ。
 前回の反省から、野球部の先輩たちに頼んで過去問を調達した。
 問題ないぜ!」

大ありだとは思うものの、口を酸っぱくして注意したところでコイツが耳を貸しそうもないことはここ三ヶ月近い付き合いでよーっく分かっている。
泣きついてきたら助けてやろう、と肩を竦めて、俺たちは移動を開始した。

「で? 不真面目な自覚のあるお前が、どうしてこの日を楽しみにしてたんだ?」

「そりゃお前、決まってるだろ。
 ……女子よ女子。
 ウォードレスって体のラインが浮き出るじゃん?
 いやー、資料写真を見た時から楽しみにしてたんだよ」

「……なんとなく分かってたよ」

「……うん」

「良い子ぶりやがって。
 クールな態度を取ったところで、お前らも楽しみにしてただろ? 素直になれよ」

「クールなんじゃねぇよ。呆れてるんだよ」

「はいはい、永岡さんは大人びてますなー。
 で、佐藤はどうよ?」

「そ、それは……」

どうやら彼も彼で気にはなっているようだ。
まぁ俺も全然興味がないってわけじゃないが、それ以上にウォードレスがどういう代物なのかって方に意識が向いてしまっているし。

ともあれ、だ。
馬鹿話をしながら俺たちは更衣室へ行くと、ウォードレスの装着作業に入る。

服を脱いで全裸になるとシャワーを浴び、トイレパックを装着する。
汚い話だが、ウォードレスは一度装着すると脱ぐことはできないため、どうしても必要になってくるのだ。
全身に誘導ゴムを吹き付けるという手順でアンダーウェアを形成するため、脱ぎたいときに脱ぐ、ということができないためトイレパックなしじゃ用も足せない。
もし脱ぐとすればそれは戦闘が終わった時か、負傷してやむを得ず破り捨てる時ぐらいになる。

トイレパックの装着後に誘導ゴムが吹き付けられると、ダイビングスーツを着たような姿になる。
その上から人工筋肉パックを装着してゆき、最後に装甲を被せる。訓練用のウォードレスということで、あまり装甲に厚みはない。
しかし、軍用のものでも装備していたのは10mmの強化プラスチックプレートだった気がするので、こんなものなのだろう。

10mm。こう書くと防御面に不安があると思えてしまうかもしれない。
しかし全身を覆うように装着された人工筋肉パックが十分な防護能力を持っているためこれで問題はないのだろう。
ウォードレスの防御は、人工筋肉の瞬間的な膨張と緊張によって行われるのだ。

洗浄、誘導ゴムの吹き付け、人工筋肉と装甲の装着。これにて装備は完了。
手順そのものは簡単なようだが、これだけでも一時間はかかってしまう。
慣れればもっと短時間で出来るんだろうが、それでも四十分前後は必要だろう。

戦車兵用のウォードレスは人工筋肉パックを装着しないため、三十分ぐらいで終えられるかもしれない。
それでも誘導ゴムの吹き付けは機械任せになるため、これ以上短くはできない。

そのため幻獣の奇襲を受けるなど、ウォードレスを装着する暇がないほどに切羽詰まった状況の場合、生身で戦うしかない。

便利なようでいて意外と融通の利かない兵器。
それが現場におけるウォードレスの一般的な評価のようだ。

……授業では、第六世代用の新兵器、という触れ込みで扱われており、今後続々と投入される兵器によって幻獣を駆逐する――といった、戦時下らしい説明を授業でされ、デメリット云々の説明はされていない。
俺の知る現場レベル云々の知識は、前世の記憶によるものだ。

ウォードレスはあまり融通が利かない。
一見便利なようであっても、欠点はいくつかある。

いくら第六世代とは云っても、増幅率が高いウォードレスを着るには相応に体を鍛えていなければならない。
それを無視して装着でもしようものなら、間接に負荷がかかって怪我をする。
それはまだ良い方で、最悪、全身の骨が粉々になるだろう。

ならば体を鍛えれば良いだけの話――という単純な話であれば良かったのだが、また別に問題もある。
人工筋肉が強力なウォードレスほど、稼働時間が短いのだ。
未だ実戦投入はまだ先だが、増幅率が十倍近いハウリングフォックスというウォードレスがある。
尖りに尖った性能は確かに非常に素晴らしいものの、それと引き替えに全力戦闘を一時間もすれば活動限界を迎えてしまう。

更に人工筋肉の稼働時間に加え、別の要素でも時間制限がある。

それは痒みだ。誘導ゴムを体に吹き付けているため、どうしても発生してしまう要素である。
薬物で緩和できるとしても、その持続時間は約八時間。
技術が発達することでより長時間の装着が可能になったとしても、今の限界はそれだ。

八時間しか使用できない代物ではとても万能兵器と呼べはしない。
平和ボケした国らしい発明、とはガンパレードマーチ外伝における善行の言葉だ。

……まぁ、色々と文句をつけはしたものの、それでもウォードレスが強力な兵器であることに代わりはない。
ロクに訓練を積んでいない学兵が熊本で持ちこたえられたのも、ウォードレスがあったから。
条件こそあるものの、ただ着るだけで訓練された軍人と同等かそれ以上の身体能力を。
そしてウォードレスが普及する以前と比べ一人の人間が装備可能な装甲強度は飛躍的に向上する。
この二点は、デメリットを差し引いても十分に魅力的だろう。
それに熊本では電車で移動できるほどまで近くに前線が迫っていたので、稼働時間には多少目を瞑ることはできたようだし。

善行もなんだかんだと文句を付けつつウォードレスを使ってはいたので、要は使いどころを見極めれば良いという話なのだろう。

ウォードレスの装着を終えると、俺たちは校庭へ出て整列した。
ウォードレスは以外と重量があるため、生徒たちの足取りは非常に重い。
訓練用であるこれでも二十キロ近い。軍用ならば三十キロを超えたはずだ。
俺は特に問題ないものの、体を鍛えてない者には軽い苦行。

田中などはクソ重いと文句を云いつつも普通に歩いているが、佐藤くんは少し辛そうだった。

整列を済ませて教師からの説明が終わると、合図がある毎に男女一組ずつが前に出て人工筋肉を活性化。
そして歩きだそうとし――なかなか愉快な光景が始まる。

「おい、そこの鼻の下を伸ばしてる奴」

「なんだよ。俺は今忙しいんだ」

俺の方には目もくれず、田中は視姦に没頭している。
ここまで露骨にやられるといっそ清々しいよ。
気持ちは分からなくもないけどさ。

男性用は装着された人工筋肉パックが多めなので体のラインが無骨。
それとは対照的に、女性用のウォードレスは腰から臀部にかけての滑らかな曲線がくっきりと浮かび上がっている。
加えて、装着されている装甲は最低限。

年齢が年齢だから女性として成熟していると決して言えないものの、丸みを帯びたシルエットはどうしても男の視線を引きつけてしまう。

ガン見している田中とは違い、佐藤くんはチラチラと探るように視線を向けている。
……俺も俺で萌と離れてから溜まってるし、どうしても気になってしまう。
偉そうなことは言えないな、これは。

なんとも居心地の悪さを覚えつつ待っていると、遂に俺の順番が回ってきた。
人工筋肉をクールからホットへ。
多目的結晶からの命令を受け、人工筋肉が活性化し、瞬間、全身を軽い圧迫感が襲った。

歩く――普段そうしているよう、当然のように一歩を踏み出した瞬間――習慣として体に根付いた感覚と、実際の動きが食い違い、体勢を崩した。

人工筋肉によって身体能力が増幅された結果、ただの"歩く"という行動は、生身で走る時と同等の速度を得る。

どの生徒もこの感覚を乗りこなせず、さっきから転んでしまう者が続出していた。
俺も例外ではなく、その場で派手にすっ転んでしまう。
なんとか受け身は取れたものの……くっそ、恥ずかしい。

「だっさ」

「うっさい。
 そういうお前も転んでるだろうが」

野次を飛ばしてきた田中も、同じようにすっ転んでいる。
まぁこいつは無視だ。

立ち上がると、俺は強化された身体能力を確かめるように体をゆっくり動かす。

武術の型をとって調子を確かめれば手っとり早いのだが、こんな所で披露すれば完全に変人なので自重。
それが一番体の調子を確かめるのに向いてるのだが、仕方ない。

しっかし、どうにもしっくりこない。
今まで体を鍛え続けてきたため、自分の体が思うように動かないことへの違和感が凄まじい。
本当に自分の体なのかと疑ってしまうほどに。

再び歩く。今度は転ばなかったものの、姿勢が不格好になってしまった。
その誤差を修正するようにもう一歩を。今度は成功。更に一歩。もう一度。

思うように動かない四肢を掌握して行く作業は、苛立たしい一方で段々楽しくなってきた。
他の生徒が動くことにも四苦八苦している中、俺はひたすら体を動かすことに没頭してゆく。

歩くことに慣れると、俺は徐々にそのスピードを上げていった。
毎日走り込みをしているからこそ、自分がどれだけの速度で走ることができるのは把握している。
だからこそ分かる。今感じる頬に触れた風を切る感触に、地面を蹴り付ける衝撃。
すべてが、普段のそれを凌駕するほどに強烈だと。

このウォードレスの増幅率は瞬間最大で二倍だったか。

まるで超人にでもなったかのよう。
ゲームのコマンドにあった、壁登りなんかも決して不可能ではないだろう。
訓練用でこれならば、軍用の正式装備は一体どれほどの性能なのだろうか。

日々限界を越えるべく体を鍛えているからこそ、限界の先にある力を手に入れた今の状態は面白くて仕方がない。笑い声を上げてしまいそうですらあった。

「……すげぇな」

「ん?」

トラックを五週ほどして集合場所に戻り、軽く弾む息を整えていると、田中が驚いたといった様子で目を瞬いていた。

「や、体育でお前がやたら運動得意なのは知ってたけどよ。
 そこまで動ける奴って見たことねぇよ」

「そうなのか?」

「ああ。授業中によくグラウンド見てるんだけど、新入生でウォードレス着てそこまで動けるのってお前ぐらいじゃね?
 他の連中はえっちらおっちら動くのがやっとって感じだったし」

……授業中に、って点には突っ込まないでおこう。

「お前くる学校間違ったんじゃねーの?
 軍の幼年学校とかの方が良かったんじゃね?」

「失礼な奴だな。
 それに軍の幼年学校は士官の養成をするところだろ。
 ウォードレスの扱いに長けてたってしょうがないだろうが」

「そーかもしれないけどさぁ。なんか勿体ないなぁ」

「勿体なくて良いんだよ。
 戦場でドンパチやるのは性に合わないんだ」

「それもそうか。
 でなけりゃこの学校にこないだろうしな。
 あーでも勿体ない。どうよ。今から野球部入らねーか?
 代走要員ですぐに試合出れるぜ、多分」

「考えとくよ」

とは云ってみたものの、おそらく入ることはない。
田中もそれは分かっているのだろう。
へいへい、と相槌を打つと、もう体を動かすことに飽きたのか再び視姦活動へと戻ってしまった。

グラウンドでの授業が終わると、今度はウォードレスを脱ぐ作業に移る。
装甲と人工筋肉パックを取り外すと、ボディスーツを脱ぎ捨てる。
次にサウナへ入り薬剤を汗と共に流しシャワーを浴びて、手順は終わり。

人工筋肉パックは破損していなければ人工血液を補充して再利用。
ボディースーツは溶かしてリサイクルされる。

更衣室から出ると、丁度昼食の時間になった。
今日の給食はなんだったか――そんなことを考えていると、何やら校内が騒がしいことに気付いた。

何かあったのだろうか。
佐藤くんに聞いてみると、どうやらこの間行われた中間テストの結果が張り出されたらしい。
前世ではテスト結果が張り出される、って光景を目にしたことはなかったものの、この世界では――あるいはこの学校では、当たり前のことのようだった。

「……別に見に行かなくて良いだろ。
 早く飯食おうぜ飯」

「お前は下から数えた方が早そうだからな。
 見たくないなら先に戻ってろよ」

「酷くね? 自分は上から数えた方が早いからって!」

「まぁまぁ、二人とも。
 でも永岡くん、何位なんだろうね。
 ちょっと楽しみ」

「なんで俺の順位を佐藤くんが楽しみにするんだ」

「だって学年トップかもしれないじゃない。
 友達が頑張った結果だよ? 楽しみに決まってるよ」

……笑顔で臆面もなくそう云えてしまう辺り、佐藤くんもなかなかに凄い。
眩しい、俺には眩しすぎる……とか田中は悶えている。
そう思うなら少しは……まぁ良いか。

行きたがらない田中を俺と佐藤くんの二人でエイリアンのように連行しつつ、順位の張り出された昇降口へたどり着く。

田中は……本当に下から数えた方が早かった。
追試決定なのはテストが返却された時点で分かっていたけど。
佐藤くんは上位三分の一に入っていた。
彼は十分に頭が良い部類に入ると思うものの、この整備学校はやたらと優秀な生徒が多いためこの順位だ。
多分、普通の学校であれば二十位台に入っても不思議じゃないのに。

そしては俺は――

「三位か」

「ざまぁ」

「残念だったね。でも、十分凄いよ。
 だって一位の点数、全教科満点じゃない。
 そんな点数取れる人、本当にいるんだ……」

佐藤くんが云うように、俺の順位は学年三位だった。
……内心では一位かも、と思っていたので少し悔しい。
確かに記憶力云々はズルをしている上に一度学んだ授業内容が大半ということで、トップを取れてもおかしくはなかったんだが……なぁ。

小学校の時とは違い、新たな環境で俺はテストでの手抜きを止めていた。
以前は周りから浮くことを気にしていたし、今も気にしてはいる部分もある。
だがそれ以上に、俺をここへ送り出してくれた両親や萌に胸を張りたいという気持ちの方が強かった。

離れている今、こうして学校の成績なんかで頑張っていることを伝えるのが親孝行になるだろう。
萌にも、離れていることが決して無駄ではないと伝えたい。
だから手抜きをやめて全力でテストを受けたわけだが――なんともままならないもんだ。

一位の生徒は中村信一。
なんだかどこかで見たことのあるような名前だが、思い出せない。
そこから視線を下に動かし――四位の生徒の名前を目にした瞬間、俺は気づかぬ内に息をするのも忘れ、固まった。

俺と一点差で四位になってしまった生徒の名前は、

「……原、素子?」

思わずその名を呟いてしまう。
何故ここに。一体どうして――偶然にもほどがある。
いや、待て。同姓同名の別人という可能性も――

「お、原さん四位か。
 すげぇなー、高嶺の花だわやっぱり。
 美人で勉強もできるとか、完璧超人にリーチかかってるじゃん」

「……知ってるのか?」

「ん? あ、ああ。
 どうしたお前。顔色悪いぞ?」

そう、なのだろうか。
田中が気にするほど、俺は酷い顔色をしているのだろうか。

「三組の原さん、有名だぞ?
 学年一……っつーかこの学校で一番可愛いんじゃないかって云われてるし。
 お前本当に女に興味ねぇのな。
 お、ほら。噂をすればってやつだ」

田中が顎で指し示した方を向く。
生徒でごった返す昇降口の中、そこには美少女と十分に形容できる子がいた。

髪は腰に届くほど長く、手入れを欠かせていないのか陽光を反射するほどに艶やかだ。
まだ幼さが残る顔立ちではあるものの、将来は間違いなく美人になると断言できるほどに整っている。

ぱっちりと開いた目は順位表に向けられており、不満げに唇を尖らせていた。
あざとくすらあるそんな様子も、彼女がすれば様になってしまう。

……原素子。
彼女と同年代だと分かってはいたが、まさか同じ学校に入学していただなんて。

今更と云えば今更だが、俺が驚いてしまうのも無理はないだろう。
整備学校と一言で云っても、ここしかないわけじゃない。
だというのに数多くある整備学校の中で彼女と同じ学校へ入ってしまうだなんて……偶然にしては出来すぎている。
いや、確かに確率はゼロじゃない。
けど、それにしたって――

考えがまとまらない。
目の前の光景が現実だと分かっているのに、本当に間違いはないのかと疑ってしまう。
だって、彼女がこの学校にいるということは。
この学校ではおそらく――"あの"兵器が開発されているはずなのだから。

「ちょっとごめーん。
 原さんで良いよね?」

「……あなた、誰?」

混乱している俺をよそに、田中は何を思ったのか原素子に声をかけた。
当たり前だが、初対面なのだろう。
だが怪しむ素振りを見せない辺り、彼女は男子から声をかけられることに慣れているのかもしれなかった。

「俺、六組の田中一郎ってんだけどさ。
 俺の友達がテストの順位三位だったんだ。
 で、原さんのこと知らないって云うから……おい、永岡」

「あ、ああ……初めまして」

「初めまして。ふーん、あなたが三位だったんだ。
 しかも一点差。ちょっと悔しいかも。
 次の期末テストは勝つからね!」

くるくると表情を変えつつ、明るい調子で彼女はそう云った。
見た目だけで云えば清楚そうだが、実際に話してみると元気な子という風に印象が変わる。
だがそれは決して魅力を損なうというわけではなく、また違った良さを見る者に気づかせる。

確かに可愛い。そして高嶺の花という田中の言葉も嘘ではないのだろう。
気軽に近付くには多少の勇気がいるほどだ。
現に多くの生徒が集まっている場所であるのに、俺たちの会話へ入り込もうとする生徒はいなかった。

……端から見れば、特に男子からすれば羨ましいシチュエーションかもしれない。
学校一の美少女と知り合える――それもその他大勢の一人ではなく、学力という分野で張り合えるという印象を与えることができたのだから。

だが俺はとてもじゃないが素直に喜ぶ気分にはなれない。
戦場から遠ざかるためこの学校へきたというのに、実際は自ら極大の地雷へ近付いてしまったことに、今更気づいたのだから。

――そして愕然とする俺を嘲笑うように。
新型戦車の整備実習が、七月にの授業に組み込まれた。









†††









他の所がどうかは知らないが、俺の通う整備学校には研究区画が存在する。
広さはグラウンド一つ分、といったところだろうか。
二百メートルトラック+α。機材搬入のためか駐車場が広く取られているため、それ以上かもしれない。

生徒がこの区画に入ることは原則禁止となっており、中で何を研究しているのか知っている者は少ない。
学校の七不思議などで、夜に研究区画から悲鳴が聞こえたやら、非道な人体実験を行っているやらといった噂が流れているが……。

俺の予想が正しければ、それは決して噂なんかじゃないはずだ。
噂となっているのは、情報操作の結果、真実が噂という冗談に書き換えられたからではないだろうか。
あくまで憶測にしか過ぎないものの、それぐらいのことは軽くやってのけるだろう。この研究施設を保有している者たちならば。

……気付くべきだった。
今更だが、この整備学校の校章は、青を背景色に五木瓜を変形させたエンブレムを描いている。
それが意味するところは簡単だ。実に露骨で分かり易い。
なのに察知できなかったのは、無意識の内に、この世界の深淵と自分は無関係だと思っていたからなのだろう。

確かに、変な偶然で俺はこの世界の運命を変える存在――5121小隊にいずれ所属するであろう三人と出会いはした。
しかし関わりはしたものの、それだけだ。
萌は俺と触れ合ったことで、おそらく5121小隊にする切欠を失った。
壬生屋と友達になりはしたが、彼女の家が保持している技術や技能、伝承にはほとんど触れていない。
原素子とだって出会いはしたが、彼女からすれば俺は少し印象に残った同級生その一、って程度のはずだ。

そしてもう一人――壬生屋の実家に遊びに行った時に邂逅した奴。
名前までは分からないが、その点にはあまり重要性を感じない。
この世界で真っ当に生きたいと願っている以上、彼が芝村だというだけで、俺にとっては忌避するに理由になるのだから。
だが、いくら芝村と云っても、俺との接点なぞあってないようなものだろう。
ただ目を合わせただけ。壬生屋家に顔を出したその時に居合わせただけ。
その偶然に何かを感じるなんてありえない。

俺もそれなりだが、芝村はそれ以上に現実主義だ。
仮に芝村の視界に入るようなことがあったとしても、俺個人に価値がなければ目をつけたりしない。

確かに出自を含めれば、俺という存在はかなり特殊な人間であるかもしれない。
だが、あのたった一度の、言葉すら交わしていない遭遇からそれを察知することなんて出来るはずがない。

もし万が一、利用価値をあの時い見出していたのだとしよう。
俺の理解が及ばない超常的な何かで、別の世界からやってきた来訪者なのだと気付いたと仮定しよう。
だが仮定したところで、何故整備学校に入学させて手元に置いたというのに、連中は何一つコンタクトを取ってこない?
用があって呼んだのならば、放置するはずがない。
目的があって自分の手元に呼んだのならば、なんの動きも見せないのはおかしい。

いや、目に見えない所から、俺の気付かぬ内に行動をそれとなく誘導してるという可能性がないわけじゃないが……今度はそこまで労力を費やす意味が分からない。
そこまでして何をさせたいのかも。
無論、芝村の思惑を俺が感知するのは難しいと分かってはいるが。

……溜息が出る。
いくら考えたところで答えらしい答えはやっぱり出てこない。

あまりにも出来すぎてるが――やはり偶然、なのだろうか。
偶然というには出来すぎていて、必然としか思えない。
だが必然と断言できるほどの判断材料が足りない。

居心地よく感じていた新しい学校生活は、断崖に立たされているような不安を抱く日々に変わった。
そうした毎日をなんとか過ごしている内に、夏休みに入る直前、遂に新型戦車の整備実習が行われる。

実習へ参加するに辺り、生徒は誓約書を書かされた。
内容はごく一般的で、秘密保持の誓約、秘密情報の帰属、卒業後の秘密保持の誓約、損害賠償の四点。
内容は簡単に教師が説明したため、生徒も文面をロクに確認せず誰もが気軽にサインをしていた。

俺は――迷った末に、結局、サインをしてしまった。

もしここでサインをしなければ、誓約書に同意しなかった理由を問われるだろう。
当然の疑問だ。傍から見れば、俺は誰もが気軽に同意するような約束ごとに頷かなかった変人になるわけだから。

手続きを済ませなければ授業を受けることはできない。
そうなれば当然、教師から首を縦に振らない理由を問い詰められる。

そうなった時、上手く言い訳をする自信が俺にはなかった。
下手に誤魔化して怪しまれた場合――邪推が過ぎると分かっていても、ロクな目に遭わないのでは、と考えてしまえばもう駄目だ。
逃げる気など完全に失せてしまう。

上手く逃れることで得られる自由。
それは確かに魅力的かもしれない。
だが、失敗したらどうなるか――すべてを失う恐怖。
家族や恋人、友人を残したまま消える罪悪感は、それを圧倒する。

だから愚かと分かっていながらも誓約書にサインをし、結局、新型戦車の整備実習に参加することになったのだ。
そんな俺に出来ることと云えば、もう目立たぬよう平凡に授業をこなすことぐらいだろう。

士魂号の開発主任が原素子を助手として扱っていたことを考えるに、優秀な生徒は士魂号の開発へ関わる羽目になるかもしれない。
そして自分の成績を考えるに、俺へと白羽の矢が立つ可能性はゼロじゃない。
それを回避するにはどうすれば良いか――というのは簡単な話だ。
優秀な者が登用されるなら、優秀じゃなくなれば良い。

入学してからこっち、優等生と云えるだけの評価と成績を上げてきたため、少し惜しくはある。
だが成績を保持することで、こんな爆弾そのものに関わる羽目になるぐらいなら、劣等生のふりぐらいこなしてみせるさ。

「新型戦車ってなんだろうな。
 あんまりこういうの詳しくないんだけど、最近、新しい戦車が出来たって報道されてなかったか? それか?」

「装輪式戦車の士魂号だね」

「そうそうそれそれ。流石は佐藤。
 あれ見てビックリしたわー。
 俺、てっきり戦車って、全部キャタピラ履いてるもんだと思ってたよ。
 タイヤのやつもあるんだなぁ」

「履帯が戦車の条件ってわけじゃないからね。
 ……それにしても、なんだか警備が物々しい気がするなぁ。
 監視カメラは多いし。いくつも分厚いドア通ってるし。
 何度もカードキー通さないとまともに通路を進めないのって、職員さんも大変じゃないのかな」

「云われてみればなんか厳重だな。
 なんでこんなに物騒なんだか」

「うーん……僕もあんまり詳しくないけど、ほら。
 幻獣共生派とか?
 最近、テロが結構酷いみたいだし、それを警戒してるんじゃないかな」

「あー、共生派なー。
 なら仕方ないかもなー。
 永岡はどう思うよ?」

「ん? ああ、そうだな」

唐突に話を振られ、つい空返事をしてしまう。
それに対して呆れたため息を田中は吐き、佐藤くんは心配そうな視線を向けてきた。

研究区画に踏み入り、俺たちは教師に先導されながら格納庫へと向かっていた。
退屈な道中、田中と佐藤くんは取り留めのない話をしていたのだが、俺は二人の会話をまったく聞いていなかった。

「最近、なんか調子悪いよなお前。
 ぼーっとしてるって云うか」

「うん。体調が悪いって感じじゃないよね。
 何か考えごと?」

「そう……だな。
 うん。ちょっと考えごと」

「で、何を悩んでんだ?」

「秘密でーす」

「こいつ、人がせっかく心配してやってるっつーのに」

「お前らに話しても無駄なのさ」

「中々に酷い言い草だな、おい」

「ん? じゃあ恋愛絡みの相談をお前らにしても良いのか?」

適当に話を合わせつつ、話を少しずつズラす。
こんな悩みを二人に相談するわけにはいかないため、悪いと思いつつ。
そして田中が不機嫌そうな素振りを見せたため更に話を別路線に持ってゆくと、何を考えたのか、奴は納得がいったという風に頷いた。

「成る程な。謎はすべて解けたぜ」

「そ、そうなの?」

「おうとも。俺に不可能はない。じっちゃんの名に賭けても良い」

自分でとんでもなくハードル上げてるけど、そこまで自信があるのかよコイツ。
適当な路線変更をしたのは俺の方からなので、この話がどこに落ち着くのかまったくの謎である。
だというのに田中は妙に自信ありげな様子で、不敵に笑いつつ肩をすくめた。

「佐藤くん。コイツの様子がおかしくなったのはいつからだと思うかね?」

「……先月の末ぐらいから、かなぁ」

「その頃にあったことと云えばなんだ?」

「えーっと……部活のネタは田中くんじゃ分からないだろうし。
 じゃあなんだろう。うーん……」

「正解はだな」

お前もうちょっと勿体ぶれよ。
自分から探偵じみた口上を始めた癖に、早々に飽きたんだろう。
ネタばらしをしたくてたまらない様子だ。

「コイツは今、恋をしているわけだ。
 それもこの俺のお陰で出会った高嶺の花にな」

「あ、そうだったんだ」

「違うわい」

「誤魔化すなよ。
 なんだ。そうならそうと相談してくれれば良いのに、水臭い奴だ。
 安心しろよ。俺を味方につけたのならば、もう安心。
 大船に乗ったつもりでいてくれ。
 梅雨みたいなジメジメした面をカラっと晴らしてやるとも」

バンバンバンと、田中は勢い良く人の背中をぶっ叩く。
が、逆に叩いた自分の手が痛かったのか悶絶した。

ああ、案の定見当外れな答えだったな。
まぁ正解されてもそれはそれで困るんだけど。

それにこの馬鹿は自信満々に云い切ったが、仮に恋愛相談に乗って貰ったとしても頼りにできるとは思えない。
まぁ、それは日頃の行いが悪いからだろう。

こいつは頭の中の大半が女のことで埋まってる割に、誰かと付き合ったりとかしない。
そういった面から、この男が何を求めてるのかなんて分かりきってる。

恋に恋する、なんて可愛いもんじゃない。
ただの性欲魔人だ。
だというのに人の恋愛相談へ首突っ込んでくる理由は単純な話――面白そうだからとか、そこら辺の理由に決まっている。

「でも、そっか。
 原さん美人だし、気になっても仕方ないよね」

「だから違うんだってば」

「そうなの?」

「騙されちゃ駄目だ佐藤!
 こいつはそんなこと云って適当に話を――」

「いや、だって俺もう彼女いるし」

「……はぁ?」

「えっ」

田中は胡散臭そうに眉根を寄せて、佐藤くんは素直に驚く。
今更と云えば今更だが、俺はまだ二人に萌という彼女がいることを伝えてなかったのだ。

「……ん、ようやく格納庫に到着か」

「ちょっと待てやコラ。
 詳しい話を聞かせてもらいたい!」

「僕もすごく気になるんだけど……」

「ほら、整列するぞ」

「そんなことはどうでも良いから話のつづ……き……を」

「えっ……何、これ」

分厚いドアを通り過ぎた瞬間、格納庫内の強烈な電灯に一瞬目が奪われる。
その直後――開けた視界に飛び込んできた"それ"へ、どの生徒も目を釘付けにされた。

おそらく、驚かなかったものは誰一人として存在していないだろう。
俺を除いて。

煌々と輝く電灯の下には、一つの巨大な影があった。
クレーンに吊るされた、全長八メートルの人型。
漆黒の耐熱ラバーの上に被せられた鈍色の装甲が光を反射し、その存在をより強調している。
これを見た者はまずこう思うだろう――巨大ロボット、と。

驚く生徒を他所に、教師の説明が始まる。
人型戦車、士魂号M型。それがこのロボットの名前だ。
文字通り人の形をした戦車。
タンパク燃料を元に人工筋肉を駆動させ、既存の陸戦兵器には不可能な三次元機動と、"手"というアタッチメントにより多種多様な兵装を運用可能とした、対中型幻獣用の新兵器。

熱の篭った――もしかしたら開発スタッフの一人かもしれない――教師の話を聞きながら、俺は士魂号へと視線を向ける。

宙吊りの様は、まるで処刑されている姿のよう。
レーダードームの上に被された装甲はのっぺりとしており、能面を連想させる。
力なく投げ出された四肢は不気味さを感じさせ、圧倒的な存在感と同時に違和感を放つ様は、亡霊そのもの。
そんな風に悪い印象ばかりを抱いてしまうが、それも仕方がないだろう。

もし何も知らず士魂号の姿を目にすれば……。
きっと俺も他の生徒のように目を輝かせただろうし、教師の話を喜んで聞いたさ。
しかし――

『おい、永岡。
 マジかよこれ。超すげぇ。
 ロボットだぞロボット』

苦々しさに顔を顰める俺とは違い、田中の声は興奮し切っていた。
さっきまでの会話すらどうでも良いのか、弾んだ調子で多目的結晶にメッセージが届く。
チャットモードで佐藤くんとも会話を繋げば、続いて彼からも言葉が届いた。

『ちょっとこれは予想外だよね。
 新兵器って云うから、てっきり戦車……いや、これも戦車なんだろうけど。
 それにしたって人型とはねぇ』

『……そうだな』

『なんだよ。反応薄いな』

『でも微妙って思う気持ちは分かるかも。
 だって人型ロボットって、色んな問題から実用性に欠ける兵器って云われてなかった?』

『そうなのか?
 だってビームとか撃てるんだろ?』

『田中くん、それロボットじゃなくてビーム砲がすごいんだってば』

『あー、そうか。
 じゃあ合体変形でパワーアップとか?』

『合体するなら最初から合体した状態で出撃しようよ。
 あと変形機構を盛り込むと機体強度に不安が出てくるよ』

『攻撃されても、「むっ、無傷だと!?」みたいな超すごい装甲とか』

『だからそれ、ロボットじゃなくて装甲がすごいんだよね?』

『腕は飛ぶのか?』

『見た感じ、飛ばないんじゃないかなぁ』

『謎の動力で動くとか』

『流石にそれはないでしょ』

『駄目ばっかじゃんさっきから。
 あれ? じゃあ弱いんじゃないの?
 ……人型の利点ってなんなんだ?』

『うーん……さっき先生の云った三次元機動や武器の換装なんかは創作物のロボットとかでもよく云われる利点だけど……。
 駄目なところなら、ネットで検索すればいくらでも出てくる。
 でも利点ってなると、難しいなぁ』

ズバズバと田中に言い返していた佐藤くんは、急に言葉に詰まってしまう。
M型が人型である理由、か。

ガンパレードマーチ本編で、坂上先生が五月蠅いぐらいにそれを説いていたっけか。
走る速度は車以下。的の大きさ、装甲強度は戦車以下。
使える武器の大きさは重量比でどんな車両にも劣る。
だが強い。たとえスペックじゃ他のどんな戦車に負けていても、扱える戦術の多彩さがずば抜けているため最強の陸戦兵器を名乗っている。
……まぁ、最強云々はこれからその士魂号に搭乗する生徒達を鼓舞するための言葉ではあるだろう。

だが士魂号が強力な兵器である点は事実だ。
事実だが、しかし――何故強力であると断言できるのか。何故人型であるのか。
人型をすることで得た利点、ではなく、そもそもなんで突飛な形にしたのか、という疑問。
その問いに答えられる者は存在しないだろう。
もし答えを知っている者がいたとしても、口を噤むはずだ。

既存のどんな兵器とも似ていない、あり得ない兵器。
強い弱いを判断する以前の問題だ。
戦車と銘打っているにも関わらず、強さのジャンルが違うため評価ができない。
だというのに、強力な兵器であるという確信を元に生み出された機体。

おかしな話だろう。
まだ生まれてもいない存在を、強いと信じて作り出すのだから。

……士魂号はどこからきたのか。
士魂号はなぜ強いと確信されていたのか。

その二つに対する答えは――既に一つの完成品として、ある兵器が存在していたから、となる。
士魂号にはルーツ……オリジナルと呼べる機体が存在する。
今目の前にある士魂号も、これから開発される機体も、すべてそのオリジナルを模倣し、目指す過程で生まれたものに過ぎない。

そのオリジナルを何故すぐに建造しないのかと云えば、単純にこの世界の技術がそこまで発達していないからである。
再現できない部分をこの世界特有の生命化学で補い、なんとか形にしたのが、この士魂号M型。

故に、人型云々の話に結論を出すとするならば、だ。
士魂号に限って云うなら、人型兵器が強いことを知っていたから真似た、となる。
もっとも、そのオリジナルがどういった兵器なのか知っているのは、芝村一族だけ。
士魂号の開発スタッフは、ただ設計思想を聞かされ、注文通りにこの世界の技術でオリジナルを再現しただけに過ぎないだろう。

ウォードレスを巨大化という方向で拡張した結果、生まれたものが人型戦車。
それが士魂号が開発された表向きの理由となっているものの、真実は違うのだ。

『それにしても佐藤、こういうの詳しいんだな』

『詳しいってわけじゃないよ。
 ネットで人型兵器のメリットデメリットみたいな話はよくあるから。
 今田中くんに云ったのも、そのサイトに載ってたことをそのまま口にしただけだし』

『はー、熱心なファンがいるもんなんだなぁ。
 デメリットねぇ。
 まぁでも、別に良いんじゃね? こういうのも。
 人型、ってだけでなんか強そうだし。分かり易いのは好きだよ、俺は。
 弱い兵器をわざわざ作ったりするはずもないだろうし、こいつ、強いんだろ?
 なんか先生だってハイテンションでさっきから説明してるじゃん』

『……強い、のかなぁ』

楽観的な田中と比べ、佐藤くんは人型戦車という新兵器の強さに懐疑的だ。
俺としてはどちらの気持ちも分かるので、コメントし辛い。

教師の説明がひとしきり終わると、今度はコックピット周りを見ることになった。
格納庫に収めてある士魂号は全部で五機。
クラスを五つに分けて、教師や研究員に先導されながら俺たちは可動式の階段を登る。
そして士魂号の背面へ。
メンテナンスハッチの隣に設置された整備用コンソールの前で、再び説明が行われる。

今度の説明内容は、士魂号の操縦に関してだ。
この機体は操縦系に生体部品を使用しているため、多目的結晶を介しての直接操作が可能となっている。
操縦形式はオート、セミオート、マニュアルの三種類。

まずセミオートから。
これは士魂号の一般的な操縦方法だ。
半覚醒状態の、夢を見ているような感覚の中で士魂号に指示を出し動かす。

次はマニュアル。
こちらはパイロットの全感覚を士魂号に投入し、士魂号と一体化する操縦方法。
文字通り、操縦者と機体を同化させる特殊な操縦方法だ。
パイロットの肉体は眠りに落ちた後、三半規管や運動神経を司る部品の一つとなり、意識は士魂号へと移って、機体を自らの体として動かすことができるようになる。

全感覚投入は、その特殊な操縦形態の副産物として、機体の挙動にパイロットの運動神経や経験、癖などが反映されてしまうという長短併せ持つ特徴がある。

全感覚投入中の士魂号の戦闘能力は、パイロットの戦闘能力に比例して変化するのだ。
優れた運動神経を持つ者が士魂号と一体化すれば高い性能を発揮する。
その反面、戦闘訓練を受けていない者には使いこなすことのできない仕様になっている。

鍛え上げられた兵士が完璧に整備された士魂号を駆って、複数の中型幻獣を駆逐する――
それが士魂号の理想的な運用方法なのだろう。
しかし皮肉なことに、士魂号が実戦投入される頃にはその理想を叶えられる状態ではなくなっているはずだ。

最後にオート。
これはセミオートやマニュアルと違い、操縦桿やフットペダルを用いた操縦方法である。
機体との同調率問題や神経接続の故障が頻発すると予想されたため設けられた機能らしい。

手動で動かすのにオートと呼ばれる点に違和感を覚えたが、説明を聞いている内に納得できた。
オート操縦とは、操縦桿やフットペダルの動きをコンピューターが感知して擬似信号を作成し、それを制御中枢に打ち込むことで士魂号を動かすというものなのだとか。

多目的結晶を介さないため、第六世代以外でも操縦可能――もっとも、三次元機動のGに耐えられないが――であることが特徴ではあるだろう。
だが機体に搭載されたCPUの性能が足りないため、反応速度や挙動精度はお粗末の一言に尽きる。

電子装備を機体に満載して処理能力を引き上げればオートやセミオートとなんら遜色のない動きをすることも可能かもしれないが、今の技術ではこれが限界のようだ。

ひとしきり説明を聞き、なるほど、と納得する。
ゲームで云うところの安全・自動操縦モードはオートで、危険・手動操縦はマニュアル……ということなのだろう。
手動というか自分自身が士魂号になっているんだが、そこら辺は細かい指摘か。

これで操縦方法の説明は終わり。
次は専用火器の説明でも始まるのだろうか――
そう思っていたら、だ。

「じゃあこれから、実際に機体へ乗り込んでみましょう」

その研究員が放った一言に、生徒たちが楽しげな声を上げる。
それもそうだろう。巨大ロボットの実物を見せられれば、誰だってコックピットへ乗ってみたくなるというもの。
俺だって例外じゃない。
確かに乗ってみたくはある。
あるが、この流れに嫌な予感をどうしても覚えてしまうのだ。
それを肯定するように、

「神経接続のサンプルデータがまだ揃ってないから、君たちには少し協力してもらうよ。
 起動の手順はこちらでやるから、機体との同調をお願いできるかな?」

楽しげな様子で、研究員はそう云った。
そしてその言葉が嘘ではないと、コンソールを操作して準備を進めてゆく。
実験への協力。それに対してなんの疑問も持たず、名前を呼ばれた生徒たちは士魂号に乗り込んで次々に機体との同調を開始し、失敗しては次の生徒が交代してゆく。
中には起動に成功する者もいるが、割合は十人に一人いるかどうか、といったところか。

同調が成功しないのは当たり前だ。
士魂号は専属パイロット用に調整を施して初めてまともに動く兵器。
そのため調整を行っていない状態で起動する可能性は低い。
成功した者は、調整なしでも同調が可能なほどに機体との相性が良かったか、単純に同調技能が高かったかのどちらかだろう。

そして、俺は――なんとか実験への協力を拒否する手段を必死に考える。
しかし結局名案が浮かぶことはなく、順番が回ってきてしまった。

「次は永岡蒼葉くんだね」

「……はい」

名前を呼ばれ、俺はゆっくりと前に進み出る。
が、深い闇のようなコックピットの入り口を前にして、足が止まってしまった。
せわしなくボードに何かを書き込んでいた研究員は、乗り込もうとしない俺の様子に手を止め、不思議そうに顔を上げる。

「どうかしたのかい?」

「あの……どうしても乗らないと駄目ですか?」

「乗ってくれると助かるなぁ。
 この授業は僕たちからすると実験の一環でもあるからね」

「研究に協力したいのは山々なんですけど……今、あまり気分が良くなくて。
 神経接続をするのに抵抗があるんです。コックピットを汚したら申し訳ないですし」

自分で云ってても苦しい良い訳だと分かってる。
けど、誰もが協力している実験を断る理由なんて思い付きはしない。

案の定研究員は困った風に頭を掻く。

「まぁここ、人工血液の臭いがキツいし仕方ないね。
 けど参ったな、どーも。
 まぁ一人ぐらいは良いかなぁ……あー、でも、きっちりデータ取らないと主任がキレるだろうしなぁ。
 んー、ごめんね。
 すぐ終わるから、協力してよ」

「あの、適当に結果を書いてもらっても良いので……」

「僕もそうしたいんだけどさぁ。
 ウチの主任おっかないんだ。ごめんね」

……やっぱり適当な理由じゃ無理だったか。
ああ、クソ。
こんなことになるなら、仮病なりなんなりで欠席するべきだった。
変に目立つことを嫌って授業に出た結果がこれだ。

狭いメンテナンスハッチをくぐってコックピットに乗り込むと、シートに身を沈ませる。
座り心地は悪くない。
あまりシートが硬いと、ただでさえ悪い乗り心地が最悪になるからかもしれない。

機体の中には生暖かい空気が漂い、息苦しかった。
入り口が狭く空気が入らないのも理由の一つではあるだろう。
だがそもそもの原因は、士魂号自体の体温が休眠状態であっても30度前後に保たれているからだ。

士魂号は生きている。
比喩でもなんでもなく、事実として。
動力源であるタンパク燃料は今の休眠状態であっても消費し続けている。
もしタンパク燃料が切れた状態で放置されれば、士魂号は死んでしまうだろう。
死ぬ。兵器に対して使うには不適当な言葉のようであるものの、士魂号には当てはまってしまうのだ。

濁った空気を吸い込みつつ、俺は操縦席を見回した。
スイッチの類レイアウトは、あまり気を使われていないようだ。
無造作に取って点けた様は最新の兵器である癖に古臭い。
配線が所々剥き出しになっているのも、それを助長している。

夏休み直前という中途半端な時期にこの授業をやったことから察するに……。
本来この整備実習はウォードレスの実習と同じ時期に行われる予定だったのではないだろうか。

しかし機体の納入が遅れに遅れてこの時期になり、結果、レイアウトにまで気を回す余裕がなかった。
……なんて邪推をしてしまう。

コックピットの狭さに比例するように、モニターの類も少ない。
戦術モニター、レーダー画面、外周モニターの三種。
これが操縦席に座っていて目の前にある画面のすべてだ。
が、この三つはどれも予備。
メインモニターは士魂号パイロット用のヘルメットと一体化している。
俗に云うヘッドマウントディスプレイという奴だ。
このヘルメットがなんらかの理由で故障した際に、予備モニターを使うことになる。

天井に取り付けられたフックからヘルメットを取り装着。
多目的結晶を露出させて左手を受容体に置くと、バイザーを右手で降ろし、神経接続を開始。

瞬間、ぐらり、と意識が遠のき――
真っ暗だった視界に光が灯ると、一気に世界が開ける。
意識の霞んだ中で、しかし格納庫の景色ははっきりと頭の中に入り込んでくる。
未だかつてない感覚だ。夢を見ているような気がするのに、思考ははっきりしているなんて。

これが、士魂号と同調するってことなのか。
……そうか。やっぱり同調に成功したんだな。

そう。俺には同調に成功するであろう予感があった。
その根拠とは、この世界に転生する際授けられた異能――あらゆる物事に対する最低限の才能が、士魂号との同調に発揮されるのではという気がしていたから。

俺と機体の同調率は、きっと固体によってまちまちだろう。
起動指数ギリギリのものもあれば、それなりの数値を出す機体だってあるかもしれない。
だが最低基準ライン――起動するか否か、というラインに異能が発揮されてしまうのだ。
遺伝子適正。先天的なセンス。
これは間違いなく才能の一種であり、だからこそこうして起動に成功してしまった。

……もし運命の分岐点が存在するのだとしたら、おそらくこの瞬間だったのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は薄暗いコックピットの中でため息を吐いた。









†††









研究区画には士魂号の格納庫以外にも複数の研究室が併設されている。
その中の一室――士魂号のブラックボックスを扱っている研究室には、一人の女がいた。

彼女の印象を一言で表すならば、枯れ木だろう。
やつれた頬に、折れそうなほど細い手足。
目には活力の一切が浮かんでおらず、色濃いくまが彼女の疲労を物語っている。
しっかりと見ればそんな歳ではないと分かるだろうが、一目だけであれば、老婆と見間違えても無理はない。

そんな女が、ロクに照明も点けず薄暗い部屋で研究をしている様は、幽鬼のようだった。
ロクに感情の一つも見せず、瞳はモニターに表示されたデータの羅列を流してゆく。

くたびれた白衣にはネームプレートが下げられており、そこには都綾子と書かれていた。
天才的な脳外科医にして、現在は士魂号の開発チームに所属している研究者。

「入るよ」

都が淡々と作業をこなし続けていると、一人の女が研究室へと入ってきた。
確認と同時に扉を開け、遠慮もなく踏み入こんできた彼女は、枯れ木のような女と対照的で活力に溢れている。

流暢な日本語を口にしつつも、彼女の顔立ちは日本人のそれではない。
肩に届かない長さで切り揃えられた金髪は一歩踏み出すごとに踊り、澄んだ碧眼はキッと前を見据えている。

カツカツとヒールを鳴らしながら彼女――フランソワーズ・茜は枯れ木の女に近寄り、持っていた決裁板を彼女の机に置く。

「同調実験の結果が出た。さっさとまとめな」

「……ええ」

搾り出された言葉には、やはり力が篭っていなかった。
だがフランソワーズは都の様子を一顧だにしない。いつものことだと割り切っているのだろう。

「そっちの進展具合はどうだ?」

「……芳しくないわ。
 第六世代の同調能力は、やっぱり第五世代ほど強力じゃない。
 だから士魂号との神経接続はどうしても遺伝子適正に依存するしかないけど……ロールアウトした機体と相性の良いパイロットを見付けるのは骨。
 誰でも同調できるように神経接続の最適化方法がないか模索してるけど、予想通り、固体によってパターンが違うから手間がかかる点に変わりはないわ。
 やっぱり機体に合うパイロットを探すんじゃなくて、パイロットを機体に合わせて……造るべき、かな」

造る。その単語を口にした瞬間、都の表情には初めて感情らしい感情が浮かんだ。
苦々しさと怒りと悲しみ。
自らの発言に自分自身で苛立ちを覚えているのだ。

だがフランソワーズは都の様子に、やはり頓着しない。
これもまたいつものことだと知っているからだった。
まったく難儀な性格だこと――呆れ交じりでフランソワーズは都を哀れむ。

都綾子は、フランソワーズの研究内容が比較にならないほど倫理を踏みにじった実験を繰り返し、数多の屍を踏み台にしてその道の天才と呼ばれるようになった女だ。
だというのに、実験の結果ゴミのように廃棄したサンプルたちへいちいち感情移入し苦しんでいるのだからおかしな話だろう。

これでウェンディ・システムの開発者だというのだから、世の中分からないものだ。
士魂号の基礎設計を行った者と同じか――あるいはそれ以上に人間を物として見ていなければ、あんな代物とてもじゃないが産み出せないだろうに。

解せない、と首をかしげながらも、しかしそれは、フランソワーズにとってどうでも良いことだった。
フランソワーズは士魂号の開発主任である。
そのため彼女にとって重要なのは、都が優秀な技術者としてプロジェクトの完遂に必要な成果を上げること。
そして今のままでも十分に結果は出ているため、本人がそれで満足しているのなら好きなだけ偽善者ぶれば良いと思っている。

「そんなあんたに朗報だ。
 今回のサンプルは、なかなかにレアだと思う」

机に置いた決裁板を指で叩けば、都の視線はゆっくりと移動した。
忙しなく瞳は動き、決して簡単な内容が書かれているわけでもないのに、大した時間も必要とせず納得した風に彼女は頷く。

「調整なしで五機の士魂号と神経接続に成功……計測ミスではなく?」

「ああ。確認はさせた。本物だ。
 同調率はまちまちだが、最低でも起動レベルまでは漕ぎ着けられるみたいだね」

「……興味深くはある、けど」

「分かってる。 安心しな。
 タイミングが良かったから、普段とは違う形で手に入れといたよ」

彼女たちが話しているのは、整備実習と偽り学校の生徒を使って行った起動実験について。
士魂号は機体に使用されている技術に後ろ暗いものを多々含んでいるため、開発を明るい場所ですることができない。
これはブラックボックス部分の生産などでプラスの方向に働く要素ではあったが、今回のように数多くの神経接続パターンが必要となる場合、マイナスとなる。
一人二人ならばともかく、数十人単位のデータが必要となった場合、これを秘密裏に行うには多大な労力を必要とする。
そのため整備実習と偽って生徒たちを使い、機体との同調に最適な神経接続の形式を模索する実験に役立てたのだ。

その実験中に、本来ならばあり得ない結果を叩き出す者がいた。
是非ともサンプルとして扱いたい――のだが、未だかつて前例のない素材だ。
いつものように収集して解析して使い潰して解体して標本にするには勿体ない。丁重に扱う必要がある。

故に、普段とは違う形で――と。

「永岡蒼葉。
 幸運なことにこの子なかなか優秀でな
 あんたの助手につけとくから、好きなように扱いなさい」

フランソワーズの言葉に、都は小さく唇を噛んだ。

話は変わるが、フランソワーズたち研究者たちは今、助手を必要としていた。
ラボ――正式名称は次世代人類研究所。人口管理所、疾病研究課とも――出身の研究者は確かに優秀だが、自分の研究に没頭してしまう悪癖がある。
加えて、横の連携をまったくと云って良いほど意識しない。
だからこそ一つの分野で天才的な成果を出せたのだろうが、それを開発主任としてまとめているフランソワーズからすれば頭痛の種でしかない。

そのため、カリキュラムに人型戦車の整備が組み込まれる今年度の新入生から助手を選出することにしたのだ。
通常の授業と平行して人型戦車の専門的な知識まで教えることになるので、優秀な生徒を選ぶ予定だったのだが――
その枠に蒼葉を入れることで、これからも士魂号の開発へ関与させようとフランソワーズは考えた。

まぁ、今回の件がなくとも永岡蒼葉は優秀な生徒であることに変わりはないため、助手に選抜されていただろう。
元々助手選抜の話はフランソワーズの上司が持ってきた話だ。
幻獣との本土決戦が近付いているため、それまでに士魂号を整備できる者を増やしたい、という意向を伝えられた。
だがフランソワーズたち研究者は自らの研究に没頭したいため、後進の育成などに微塵も興味がない。
そこで彼女は、助手という形で生徒に士魂号の整備方法を学ばせ、代用教員に仕立て上げれば、自分たちは今のまま研究を続けられると考えたのだ。

上司の意向も何もかも、二の次三の次。
後進の育成などに時間を割いてる暇など、フランソワーズには微塵も残っていないのだから。
彼女には一つの目標がある。
その目標を達成するまで、寄り道など一切したくはなかった。

「……ねぇ、フランソワーズ。
 人を物のように扱うその言い方は、辞めた方が良いわ」

「云われなくたって、人前じゃ口にしないよ。
 あんたみたいに馬鹿正直じゃないからね」

「そういうことを云っているんじゃないの!」

ヒステリックな声を上げる都に肩を竦め、怒声を背中に浴びながらフランソワーズは都の研究室を後にする。
これが始まると長くなるのは、短くない付き合いから知っていたのだ。

さてさて、これから忙しくなる。
取りあえずは選抜した生徒たちと顔を合わせて、夏休みを削り人型戦車の整備を手解くか。
面倒くさいと思いながらも、ここで面倒ごとを消化しておけばいずれ楽になると分かっているため、手は抜けない。

しばらく家に帰れないか――そう思った瞬間、自宅で待つ息子のことが脳裏をよぎったが、どうでも良いと一瞬で忘れた。










■■■
●あとがき的なもの
入学から一気に半年経過。
じっくり学園パートを描きたくもあるのですが、そうすると1999年に辿り着くのがいつになるのか分からないため、意識して駆け足。
何やらネームドキャラが増えてきました。でも森さん入学まであと一年かかるよ……!

●内容的な部分
新キャラの田中と佐藤はモブです。
蒼葉の一人語りだけで学校生活を進めようとしたら淡々とし過ぎたため急遽投入、という流れで生まれました。

本編じゃ勿体ぶりましたが、士魂号のオリジナルはお察しの通り絢爛舞踏祭のあれ。や、GPMにも出ますけどね。

士魂号の操縦方法について。
全感覚投入周りは、捏造させてもらいました。
士魂号の意識優先だと書いてて面白味がなさそうなためパイロットとの人機一体に変更を。
オートモードの電子装備満載云々は、アナザープリンセス2巻の電子戦仕様を指しています。
メット被ってないわ全天周モニターだわ操縦桿で細かく操作してるわ、あの電子戦仕様の操縦方法は既存の士魂号と違うのだと勝手に補完。

これは違うんじゃないの、という点などがありましたら指摘をお願いします。
そして面白いと思ってもらえたら、感想を頂けると小躍りして喜びます。


●Q&A
Q:恋愛を書く以上エロはなくてはならない成分なのでは?
A:作者もそう思っています。なので書くべくと思っているのですが、不慣れなためにどうしても時間がかかってしまう。
  早く慣れて書くスピードを上げたいものです。

Q:特殊な器官を使ったプレイっていいよね?
A:最高ですよね。具体的に云うとブレインハレルヤとか。
  僕はまだ諦めてないぞ……!

Q:川遊びが見たかった
A:申し訳ありません。一度書きはしたのですが、だらだらと山なし落ちなし意味なしな会話をずっと続ける形になってしまったので、カットしました。
  消さずに残してはあるので、それでも良ければ加筆します。

Q:準竜師が痩せてるってことはワールドオーダーを撃破した頃?
A:大体それぐらいの時期をイメージしてます。
  この頃は細目のイケメンだったのに、何故ああなったのか。

Q:芝村関連はよく分からない。
A:作者もよく分からないので、自己補完してゆこうと思っています。



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