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[29849] Rance 戦国アフター -if もう一つの鬼畜王ルート-(鬼畜王ランスを含むランスシリーズ)
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/12/07 20:32
Rance 戦国アフター/if もう一つの鬼畜王ルート

・まえがき
 もしもランスくんが王様になったらというIF話が鬼畜王ランスの世界になるわけですが、この作品も同じくランスくんが王様になるお話です。
 ただ、ゲームの鬼畜王ランスは歴史上4.XのあとのIFルートとなっていますが、この作品は戦国ランスの後、通常ランスクエストの物語に進むところをランスがリーザス王になることで別の展開を見せていくそんなIFルートの話です。
 そのため1~戦国までの正史ルートをある程度知っている上で読んで頂ければと思います。(シリーズのネタばれが非常に多いですし、知らないとわけわからない部分も非常に多いです)
 完結までの流れは基本的には鬼畜王を参考とします。(あくまで鬼畜王ランスの二次創作です)
 もともとが18禁ゲームなので当然話の都合上一部暴力的や性的な描写が普通に出てくることもありますが、基本的にはそこまで多くならないと思います。一部を除きエロシーンはわりと淡白なものに済ましてしまいますので、残念ながらそれ目的の方にはたぶん期待はずれだと思います。

 ちなみにご存じの方はいくらもいらっしゃらないと思いますが、この作品は四年ほど前に別の場所で途中まで連載されていたものです。そのサイトがいつのまにか繋がらなくなってしまったので、改訂しつつこちらで始めから書こうと思います(あちらの規約では二重投稿も可)
 また、この作品のプロットは戦国ランスプレイ後に書いたものです。その時はランスクロニクル++の連載もランス・クエストの発売もありませんでしたので、当然それらの設定は全く考慮されてない内容になってます。なので新しく出てきた設定等は完全に加えていくと筋が歪んで修正が面倒くさくなるので、歪まない程度に加えられそうな部分のみ加えると言うスタンスでいきます。多少違和感を感じる部分があるかもしれませんが、ご了承ください(追記。マグナムが発売することが発表されたみたいですが、それに関しても同様の扱いとします)
 作者はランスクエストに関しては最終クエストを一度のみクリアしましたが、未だ全イベントを完全制覇していない状態です。なので8の割合はどうしても少なくせざるをえないでしょうし、現在最新作をプレイしている方にとっては大したネタばれもないはずです。(一応注意として、まだクリアしてないよと言う方は感想欄に関してはネタばれも出たりしますのでそこだけは気をつけてください)





・こことは別の公開場所
seesaaブログ 「Ranceファンのブログ」(こちらの小説をPDF形式にしたファイルで保管している場所です)





更新履歴


 第一章
 1-1(9/20)  1-2(9/21)  1-3(9/22)  1-4(9/24)  1-5(9/25)
 全五話


 第二章
 
 2-1(9/27)  2-2(10/1)  2-3(10/3)  2-4(10/8)  2-5(10/18)
 2-6(12/20)  2-7(12/26)  2-8(1/20)  2-9(1/31)  2-10(2/14)
 全十話

 第三章

 3-1(2/28) 3-2(3/13) 3-3(6/5) 3-4(7/10) 3-5(9/27)
 3-6(11/15) 3-7(12/7)






 以下は、だいたいのあらまし。
(基本的には一度読んだけど内容忘れて読み直すのが大変な方用のもの。初めて読まれる方に関しては、読む前にどんなお話か簡単にチェックしておきたい場合などは多少のネタばれ覚悟の上でご利用ください)


 『まず前提となる戦国ランスの話』

 主人公ランスは美姫とやりたいという目的の為にルドラサウム大陸の極東に位置するJAPANに訪れ、ひょんな成り行きから織田家の影番となった。
 各地の美女とセックスする傍ら全国統一し、復活した魔人を倒したりしたのだが、その過程の中で、奴隷のシィルが魔王の少女に永久氷の呪いをかけられてしまう。それを解くためにランスは呪いを操る種族カラーが住む森を目指してヘルマン帝国に向かうことになった。
 
 『もう一つの鬼畜王ルート第一章』

 ランスはいつものごとくあてな2号に留守番を任せると、ヘルマン帝国に向けて旅立った。途中襲いかかって来た盗賊団を壊滅させ、生き残りの兄妹をお供にカラーの村を目指そうとするが、最初に訪れた町でヘルマン軍から反乱勢力の構成員と疑いをかけられ、襲撃を受ける。
 抵抗もむなしくランスの身柄は捕縛され、牢獄都市ボルゴZに収監されてしまう。それらは、リーザス王国の筆頭侍女マリスによって影で仕組まれたことだった。彼女はリーザス忍者かなみから持ちかえられた情報の一つ、シィル不在の事実を知ると、その好機につけこんで、ランスとリーザス女王リアをくっつけようと画策した。
 ランスはすぐにかなみによって牢獄から救出されると、リーザスまで連れてこられた。そこでヘルマンへの報復と、カラーの森へ何としてでも至るためにリーザスに助力を願いでるも、マリスからはリアとの結婚という交換条件が出される。ランスは苦しみながらも結局は受け入れざるを得ず、リーザスの王となることを決意した。

 『もう一つの鬼畜王ルート第二章』

 リーザス王国ではランスの結婚と王位就任の儀が盛大に行われていた。一方その頃大陸の西部に位置する魔人領のケイブリス派ではついに魔人カミーラがゼス侵攻に失敗し、行方不明になった事実が知る所になる。ケイブリスは捜索の為に人間領にレイを派遣する。同時、ホーネット派でも魔王の警護の為にサテラ、ラ・ハウゼルが人間領に送られたところだった。
 リーザス王となったランスはさっそくヘルマン帝国へと侵攻しようとする。しかし、リーザス第一軍の将バレスとマリスの忠告もあり、先に自由都市地帯の攻略に着手する流れになる。
 ランスは簡単に終わると楽観視していたのだが、コパ帝国のコパンドンから思わぬ妨害を受けてしまう。国では対抗策を考えるも、結局ランスは直接交渉により、決着をつけようと考えるに至る。コパンドンとの会談で自分も王妃にするよう条件を提示され、ランスはそれを受けることでコパ帝国の併呑をなすことに成功した。そのまま自由都市支配はスムーズにいくはずだったが、魔人らの事情に巻き込まれてしまい、領内に新たな問題が発生してしまう。カミーラ捜索の任を受けたはずの魔人レイは不治の病を患う恋人のためにリーザスに入り浸り、さらに都合の悪いことに魔王リトルプリンセス一行も丁度リーザスに訪れており、両勢力のぶつかりから魔王が力の暴走を起こす。
 リーザスは国内の平和の為リトルプリンセス一行を城で保護することを決め、併せて魔人レイの退治を優先する。すぐさま討伐隊を結成し、聖刀日光の力を借りて、レイを討ちにでた。しかし、レイは既に逃げており、姿を消していた。代わりに魔王護衛のために来た魔人サテラとランスは接触する。過去の因縁もあって二人は衝突を起こすが、ランスは持ち前の悪運を発揮しサテラを負かすと、後からやってきたハウゼルも口八丁でおさえこむ。
 魔人騒動が一応の落ち着きを見せると、リーザスは自由都市攻略の仕上げに取り掛かった。大砲、砲兵と圧倒的な武力を見せ、ポルトガルを下し、自由都市地域の全ての勢力をついに治める。そしてヘルマンとの戦争の下準備が完了するが、しかし、ヘルマンでもリーザスとの戦争に対抗する準備は進められていたのだった。




 登場キャラ一覧

 ―第一章―
 ランス(1-1、1-2、1-3、1-4、1-5)
 魔剣カオス(1-1、1-2、1-3、1-4)
 見当かなみ(1-1、1-2、1-5)
 マリス・アマリリス(1-1、1-5)
 メナド・シセイ(1-1、1-2)
 バウンド・レス(1-3、1-4)
 ソウル・レス(1-3、1-4)
 あてな2号(1-1)
 イオ・イシュタル(1-4)
 ルーベラン・ツェール(1-4)
 アーヤ・藤ノ宮(1-5)
 
 ―第二章―
 ランス(2-1、2-2、2-4、2-5、2-6、2-7、2-8、2-9、2-10)
 見当かなみ(2-1、2-2、2-5、2-6、2-8、2-9、2-10)
 マリス・アマリリス(2-1、2-2、2-4、2-6、2-7、2-8、2-9)
 リア・パラパラ・リーザス(2-1、2-2、2-4、2-6、2-7、2-9)
 マリア・カスタード(2-1、2-5、2-6、2-10)
 バレス・プロヴァンス(2-1、2-4、2-6、2-7)
 リック・アディスン(2-1、2-6、2-7、2-8)
 チルディ・シャープ(2-1、2-5、2-6、2-10)
 レイラ・グレクニー(2-6、2-7、2-10)
 魔想志津香(2-1、2-5、2-10)
 サチコ・センターズ(2-5、2-6、2-8)
 ラ・ハウゼル(2-3、2-8、2-9)
 サテラ(2-3、2-8)
 シーザー(2-3、2-8)
 戦姫(2-5、2-10)
 コパンドン・ドット(2-1、2-6)
 エクス・バンケット(2-1、2-7)
 メナド・シセイ(2-1、2-7)
 キンケード・ブランブラ(2-1、2-7)
 コルドバ・バーン(2-7)
 ハウレーン・プロヴァンス(2-7)
 ジュリア・リンダム(2-2)
 メルフェイス・プロムナード(2-2)
 バウンド・レス(2-4、2-10)
 ソウル・レス(2-4)
 セスナ・ベンビール(2-1、2-10)
 プリマ・ホノノマン(2-10)
 聖刀日光(2-6、2-8)
 来水美樹(2-6)
 小川健太郎(2-6)
 レイ(2-6、2-7)
 メアリー・アン(2-6、2-7)
 ホーネット(2-3)
 シルキィ・リトルレーズン(2-3)
 メガラス(2-3)
 ケイブリス(2-3)
 ケッセルリンク(2-3)
 メディウサ(2-3)
 マジック・ザ・ガンジー(2-1)
 カオル・クインシー・神楽(2-1)
 ウィチタ・スケート(2-1)
 ウルザ・プラナアイス(2-1)
 リズナ・ランフビット(2-1)
 パパイア・サーバー(2-1)
 山田千鶴子(2-1)
 ロッキー・バンク(2-1)
 パメラ・ヘルマン(2-10)
 ステッセル・ロマノフ(2-10)
 レリューコフ・バーコフ(2-10)
 アリストレス・カーム(2-10)
 ミネバ・マーガレット(2-10)
 ネロ・チャペット7世(2-10)
 ロレックス・ガドラス(2-10)
 織田香(2-1)
 鈴女(2-1)
 上杉謙信(2-1)
 直江愛(2-1)
 北条早雲(2-1)
 キサラ・コプリ(2-10)
 レベッカ・コプリ(2-10)
 プルーペット(2-9)
 セル・カーチゴルフ(2-1)
 はるまき(2-4)
 ウィリス(2-5)
 サカナク・テンカ(2-7)
 ジブル・マクトミ(2-7)
 ドッヂ・エバンス(2-7)
 





[29849] 1-1
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/11/15 20:34

 彼女は例えるなら、花であろう。広大な大地の上に堂々と君臨し、その可憐に美しく咲くさまはこの渇いた世界に潤いを与える存在だ。
 すると私は彼女を支えるその根なのだろう。体を支持する栄養機関のような存在だ。花の下に在る大地からただ只管栄養を奪い続けて花の為だけにそれを与え注ぐ。
 そして彼は言うならばきっと太陽なのだろう。
 花には陽の光が必要だ。その花は太陽の持つ力により大輪の花を咲かすことが出来る。
 花は――彼女は、太陽を――彼を欲している。
 ならば私は、その花の笑顔のため、周りに在る他の植物をどれだけ枯らすことになろうとも……いや、枯らすことでその花だけに……彼女の為だけに太陽の光を注がせてみせよう。





 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第一話 ~motive~





「やっとリーザスに帰ってこられたわね」

 およそ一年ぶりの本国への帰還だった。疲れと安堵の入り混じった溜め息が見当かなみの口から零れおちる。身に着けている赤い忍び装束は少し草臥れて見えた。
 リーザス王国女王直属の忍び。それが、かなみが身を置いている立場だ。国の暗部として諜報や謀略、工作活動といった任務を引きうける隠密と言えば格好がつくが、実際のところは女王の私的な都合に使われる使いっ走りといった面が強くある。
 忍者のフットワークの軽さなどはとかく利用しやすいらしく、好きに振りまわされる。今回も女王の個人的な命令一つで遠く極東のJAPANくんだりへと遣いとしていきなり出向かされた。相変わらず国益とほぼ無関係な仕事を主たる目的とした長期の任務であったが、仕事は仕事としてきちんとこなし、なんとか目的そのものは無事終えることが出来た。
 残りは上司に報告を済ませるのみで仕事は完了する。簡潔にまとめ、それでもなお分厚い書類を携えたかなみは上司が待つリーザス城の執務室を目指した。
 リーザス城は王国首都の中心部に聳立している。大国を象徴する白亜の美しき巨大建造物。広大にして豊かな緑に囲まれた上でリーザス自慢の大地が生んだ水や土木、石、砂といった自然の素材を用いて築かれたものだ。自然と人工的な美による外面的な壮麗さを保ちつつも、魔法による加工や複雑な作りにより軍事的な機能も決して劣ることはない。むしろLP2年に魔人・ヘルマンの襲撃を受けた後、リアが女王に即位してからは大改修が行われ、以降の細かい改築もあって、要塞としての側面はずっと強化がなされている。外部からの攻撃には堅牢。暗殺者やスパイといった内部への侵入者も要所には簡単には辿りつけないような構造となっていた。
 長くリーザスに召し抱えられてるが故に勝手知ったるかなみは、長い廊下を迷いのない足取りで進んでいった。すれ違う常駐の侍女や兵士に挨拶をかわしていると、
 
「かなみちゃん! 戻って来てたんだね」

 明るくさっぱりと弾けた声が、足音と共に聞こえてきた。かなみが視線を声の方へと向けてみれば、青い短髪を揺らしながら駆けてくる女性の姿があった。リーザス赤の軍が副将、メナド・シセイだった。
 
「メナド。うん、ただいま」

 親友が見せる晴れやかな笑顔に応えるようにかなみの口元も自然に綻んだ。
 忍びと騎士。地位が全く違う朋輩ではあったが、同年、同姓で気が合うことも多いため二人は非常に近しい間柄で実に気安く接せられる仲だった。かなみにとっては久しぶりに顔が見れて一番うれしい相手である。

「あ、これからマリス様のところへ行くの?」

 メナドが紙の束に注目した。かなみはそれを軽く振ってみせ、頷きを返す。

「まずJAPANでのことを報告しなきゃいけないからね」

「そっか。じゃあさ、それが終わったら一緒にぼくの部屋でお茶の時間にしない? ぼくもJAPANでのこといろいろ聞いてみたいしさ」

「それはいいけど、そっちの仕事は大丈夫なの?」

「こっちはようやく一段落ついてそろそろ休憩に入るところなんだ」

「わかったわ。それじゃまた後で」

「うん、クッキー焼いて待ってるから」

 メナドは約束を取り付けると、手を振り駆け去っていった。

(ふふ、メナドのクッキーか。結構久しぶりよね。そうと決まればちゃっちゃと終わらせよっと)

 思いがけないご褒美の登場にかなみの頬は緩み、その歩む具合も速まっていった。


 -執務室-


「失礼します。見当かなみ、只今戻りました」

 かなみは一声かけそっと扉を開けた。目の前に広がったのは無機質で素っ気無い空間。城の豪奢さから切り離されたような場所であった。
 天井も高くない室内には簡素な書棚と事務用机がただ配置されているだけ。その机に着く形で、一人の女性が座っていた。
 一見、ひどく冷たい印象を受ける。だが、かなりの美人の部類に属していると誰しもが感じるであろう容貌。理知的にして硬質な美しさというものがそこにはあった。そして顔の造作のみにとどまらず、そのスタイルさえも一切の無駄を排除したかのように整って緩みない。
 その女性は机の上で行っていた作業の手を止めると、静かに顔を扉の方へ向けてきた。艶めく深緑の長い髪が、椅子の背もたれから流され、僅かに揺れる。そんな些細な動きさえ淑やかで優美な所作が見られ、かなみは一瞬飲まれかけた。表情と姿勢を正して彼女の前へと立つ。

「マリス様、無事JAPANでの任務を終えました。こちらが詳細をまとめた報告書です」

 かなみは紙の束を差し出した。それらの文書には隠密として探ったJAPANでの情報全てが一切の漏れなく記録されている。

「そう、ご苦労でした」

 清流を思わせる透明感のある涼やかな声。
 上司マリス・アマリリスは労いの言葉をかけると、すぐさま受け取った報告書に目を通し始めた。
 実のところマリスの公での役職は、ただの筆頭侍女にすぎないものだ。それでも先ずこうして彼女に報告するのは、リーザスの中のおよそナンバー2、それこそ女王に最も近い側近であり、女王に次ぐ力を握っているからだった。
 マリスはリーザス女王リア・パラパラ・リーザスの付き人として幼少の頃より身の回りの世話をする傍ら、政のサポートすらも行ってきた。そのため誰よりも国や政治に精通しており、その上で知識も情報も生かす智謀の才を備えていた彼女はリーザスの内政から外交に至るまで深く関わっている。リーザスが正常に舵取りされ、それ以上に発展している現状が政治的手腕の高さと実績を何より物語る。最高権力者の厚い信任を得た上で政務の補佐や事務を統一、管理する権限すらもつことを許されているのだ。
 リーザス忍軍もまたマリスの管轄する機関とされている。女王直属という地位であるはずのかなみもその女王がマリスに任せるというのだから、実質彼女の部下という扱いでもあった。
 かなみ自身、そのことに対する不平不満はなかった。たかが侍女風情の下にという類の侮りも疑念も一点たりと抱いてはいない。むしろ、忍びとして、部下として側で接していく中で、湧いて出てくるのは畏怖の念ばかりであった。
 マリスはありとあらゆることをこなせるだろう能力、そして地位を手にしている。それにも拘わらずそこに野心を欠片も抱いているふしが全く見られない。ただ女王のために自己の全てを尽くす動きしかなさないのだ。従者の鑑と言えばそうだが、それが異常に徹しすぎているために人間的でない。力にしろ、思考にしろかなみの理解の範疇を超えており、近くで見ていれば見ているほどとても同じ人間であると思えず、まるで別種の生き物であるように感じてしまうことが多々あった。
 かなみが微かな恐れをもって静かに見つめるその先では、やはり並でないスピードで報告書が読み進められ消化されていく。
 
「……大名である織田家の当主に気に入られて影番となったかと思えば、そこからあの戦乱状態のJAPANを実力で一つに纏め上げた上、復活した魔人と使徒も撃破……おまけに聖獣を退治? 相変わらずランス殿は何処へ行ってもとんでもないことをしていますね」

 まるで子供が幼稚な妄想を好き勝手綴ったのかと疑ってしまいそうな突飛な内容の羅列。それを目にしたマリスはやや呆れたような息を漏らしていた。
 非常識で信じられないような内容というのは報告者のかなみですら大いに理解出来るところだったが、当事者側の人間としてはそれが事実としか言いようがなかった。
 しかし、マリスは唖然とした表情はしていても、そこに疑いの色は僅かも含まれてはいなかった。それはやはりこれらの事件の中心人物のことをよく知っていたからだろう。

「……それと、魔王リトルプリンセスですか……これは……?」

 マリスの目がすうっと細まった。一つの文面が彼女の興味を引いたようだった。
 その目に留まっていたのは当世の魔王たるリトルプリンセスがJAPANにいたという情報だった。
 かなみは彼女が引き起こした一つの事件の記録もそこに添えていた。それはボーイフレンドの少年を心ならずも魔人にしてしまった罪悪感から来水美樹が失踪してしまったという事柄。だが、マリスは魔王のことにはさして注目していない。その捜索時に被害を受けた側の情報を食い入るように見ていた。

「あのシィルさんが魔王の呪いで氷漬けに……」

 シィル・プライン。ランスが所有している奴隷であり、また彼自身は認めないだろうが現在最も大切な女性の一人だ。そして、かなみにとってもそこそこ仲の良い知り合いである。
 シィルは、錯乱した魔王が仕掛けた攻撃に晒された主人を身を呈して庇ったことでその身に強力な魔力による呪いを受けた。それは永久氷の呪いというもので生きたまま溶けることのない氷の中に閉じ込められるという魔法だった。痛ましい姿へと変えられた彼女を見た時はひどい衝撃を受けたものだとかなみは思い返す。
 そうした事件の詳細の記述をマリスは先ほどからじっと目で追っていた。細部も拾い漏らすまいとするような深い集中がそこにあった。
 ――妙なほどの拘りぐあい。
 マリスもシィルとは知り合いではある。だが、それはほんとに互いに顔を見知っている程度で特別親しい関係ではない。また、一奴隷の不幸がリーザスの国益と関わりを持っているとも考え辛い。一個人のマリスとしてもリーザスのマリスとしても普通ここまで気にかけるような理由はないように思える。それらの行動は一見不可解にも映ったが、しかしかなみは自分のもつ情報から察しをつけることが出来た。
 マリスという人間は物事に対する独特の判断基準と価値観をもっている人間だ。中心に据えられているのはこの国のトップであり、マリスとそしてかなみも仕える女王リアの存在だ。
 侍女の鑑らしく主君を絶対のものと思っているマリスのあらゆる思考と行動は常にリアの幸福へと帰結している。つまりシィルが氷漬けになったことはマリスや国にとってでなくリアにとって有益な情報なのだ。
 片や女王、片や奴隷という社会的立場に差がありすぎる二人。その裏には一人の男を愛しているという共通点があり、いわゆる恋敵の関係にあった。より正確に言うのであれば女王は奴隷の主人に恋慕の情を抱いているが、その主人が一番近くに置いているのが女奴隷であるために嫉妬し、一方的に敵視している状態。それこそ隙あらば亡き者にしようと考えるぐらいには目障りな存在らしく、かなみもシィルの暗殺の指示を出されたことが過去にあった。
 そして現在、奇しくもその憎き恋敵は半ば死に近いような体だ。回復もまた簡単にはいかない。
 リアが事実を知れば間違いなく狂喜するだろう。この一人の少女の不幸は"ただの朗報"と捉えられるのだ。
 かなみとしては単純にそうと割り切れない気持ちが残るが、目の前の侍女はおそらく別だろう。
 マリスは無表情にじっと書面を見つめていた。その冷たい瞳の奥にどのような思惑が渦巻いているのかは窺い知れない。
 不気味な沈黙にかなみがえも言われぬ寒気を覚え始めた時、マリスは「なるほど」という言葉だけを呟いて残す。そして再び書類の束をパラパラとめくっていき、次の事柄に移っていった。
 後の方に載っているのはJAPANの兵数、城堡の詳細、鉄砲という新兵器のこと、鬼や妖怪の存在と陰陽術について、また国主の個人情報等々だ。
 さらには、リアが個人的に命令して探らせたランスの動き。特に夜伽のことまで記載されてある。そこには国の姫から村の娘まで名前を含め簡単なプロフィールもずらっと並んでいる。およそ300人ほどか。紙に記して改めて見てもその節操のなさがよくわかる。
 かなみが記録当時のことを思い出し、やや胃の痛い思いをしていると、そこでマリスの手がまた止まった。完全にぴたりとだ。
 それを成したページが何なのかに気付いたかなみは胃の痛みが限界を達した。大粒の汗が額から頬に伝っていく。
 マリスは何度か瞬きを繰り返していた。そしておもむろに宙を見上げると、自分の眉間をぐっと手で抑えるしぐさをとる。
 
「かなみ、この報告にウソはありませんね?」
 
「は、はい。全てが真実です」
 
「……そうですか。ではここに書いてあることは私の見間違えでなければ、事実だということですね」
 
「そ、そうなりますね」
 
 頬がひくひくと引き攣る。返答する声音もひどく弱弱しいものになる。
 マリスからは凍てつくような眼差しを浴びせられた。思わず視線を逸らしそうになるが、その前にかなみの眼前に報告書が音も鋭く突きつけられた。
 
「かなみ、このページの隅っこに申し訳程度に記載されている文字はなんですか?」
 
 問われてかなみは返答に窮した。単純だが、言葉に出しづらい事実がそこにあった。
 ――山本五十六、懐妊。
 それは、ランスの子を宿した人間の女性がいるということを端的に示していた。
 マリスが額に手を当てて重たい息を吐く。
 
「これは一体どういうことですか? 普段はシィルさんがランス殿に避妊魔法をかけているのは知っています。そして彼女が氷漬けになったことで更新が出来なくなったのもわかります。ですが、それでまさかそのまま放置するような真似をとっていたわけではありませんよね?」
 
「いっ、いえ。さすがにあいつの馬鹿みたいな性欲は皆わかってますから。同じくJAPANに来ていたゼスのマジック様とカスタムの志津香さんの協力で何ヶ月ももつような強力な避妊魔法をかけました」
 
「では、何故このような事態に?」
 
「それは……わからないと言いますか、私もJAPANに残っている時にそのことを耳にして信じられないと驚いたと言いますか」
 
「わからない?」
 
 マリスが片眉を吊り上げる。かなみはびくっとして、あわあわと答える。
 
「その、魔法のことは専門外ですが、考えられるのは新たな避妊魔法をかける前にすでに以前のものの効果が切れており、僅かとはいえ空白期間が出来ていたこと。もしくは、新しい避妊魔法そのものが失敗して効果が出ていなかったのではないかと思います。マジック様も志津香さんも優れた魔法使いとはいえ、避妊魔法なんて一度も学んだことも使ったこともない魔法だったそうですから。魔法の効果も成功か失敗かは見た目には出ませんし」
 
「……失敗、ですか。確かに最悪そのパターンの想定もしなければなりませんね」
 
 マリスは思案するように報告書をじっと見つめて、
 
「この山本五十六という方が妊娠しているというのは間違いないのですか? JAPANの妊娠判定の精度は?」
 
「大陸とは異なりますけど、検査薬の精度はそこまで差はありません」
 
「ランス殿の子であるという確証は? 場合によっては違う男のものであることはありませんか?」
 
「確証は、ないです。けれども他の男というのは考えられないと思います」
 
 かなみは山本五十六の人となりを思い出す。没落したものの名のある武家の娘。京の足利家によって唯一の男である跡取りを潰されるという苦境の中で自身が男児を産むことでお家の再興を目指した強い女性だ。
 確かに誰より子を欲してはいたが、ランス以外の男と関係をもってまで子種を望むような卑しい真似はとらないであろう実直さをもちあわせている。それに山本家の事情とは別の五十六個人の思いとして"ランスの子"というものを望んでた気持ちも窺えた。
 あえて有り得るとするなら、ランス以外の男に無理やりされたといった可能性もなくはない。だが、下手な男よりも強く、常に部下が侍っているような状態の五十六が手籠めにされることも考え辛かった。
 マリスは再び考え込むように瞑目した。
 
「……ランス殿の子である可能性は高いですか。やっかいですね」
 
 切実な嘆きだった。
 ランスには現在一人の子供が確認されている。それは前代未聞とも言える悪魔を孕ませて出来た子。
 ただ悪魔という存在は人間社会と深い関係を持たないためいっそ例外と無視することもできたが、今回は人間の女性だ。それもJAPANの大名というそこそこの地位にいる相手。我がリーザス女王にとってはあらゆる面でややこしく、著しく問題であろう。マリスの影がさした渋面が女王の未来の心情をそれこそ表していた。
 
「ところでランス殿はこのことを知っているのですか?」
 
「いえ、ランスがJAPANを出た後に妊娠が発覚したので。ただ、おそらく手紙か何かで本人に伝えるはずだと思うので知るのも時間の問題じゃないかと……」
 
「では、まずそれを抑える必要がありますね」
 
 とんと人差し指が机の上を軽快に叩いた。
 
「加えて山本五十六の今後の動向の監視。そしてシィルさんがいなくなってからのランス殿と閨を共にした女性全てに対して子を身ごもっていないか精査することもしなくてはなりません」
 
「あのう、最初はランスの避妊魔法が効いているかどうかを調べてみたほうが効率の面でいいのでは?」
 
「いいえ。安易に効いた効かないの判断で済ませられるほどことはそう単純ではありません。避妊魔法そのものは特にそこまで難しい魔法ではありませんが、慣れていないものを強力な形で施したことが仇になった可能性はあります。そしてその失敗の際にどのような結果を引き起こすかは予測不明です。もしかしたら遅効性のものになったのかもしれませんし、中途半端にかかっている状態だとする可能性も十分考えられます。その場合にちゃんと効いていたなどと判断してしまうのが一番危険なのです。ですから何か間違いがあってはならないのでこれらの調査は例えランス殿に避妊魔法が効いていることが確認できたとしても絶対に不可欠となります」
 
 そう言ってマリスはリストの女性の項だけ抜き出すと、かなみに差し出してきた。
 
「貴方はこれら調査に必要とされるJAPANの女性について個人ごとそれぞれを仔細にまとめて今夜までに私に提出なさい」
 
「夜までですか!?」
 
「別に明日でも明後日になろうとも構いませんが、それが終わった後で貴方にはJAPANを出た後のランス殿が接触した女性を漏れなく洗いだすという仕事をしてもらいます。こちらの仕事は開始が遅くなればなるほど情報収集がより困難になると思いますが」

「うぐっ。わ、わかりました。夕方には仕上げて提出してみせます」
 
「ええ。よろしく頼みましたよ。ここを出来るだけはやくはっきりとさせて対策をうっておかないと今後の支障になりかねないですからね」
 
(ぐ、うぅ……。ランスの馬鹿の所為で……)
 
 全ての元凶である無節操に色々な女に手を出す性欲馬鹿に胸中で悪態をつく。
 ランスという男は本当にどんな時でもあちらこちらに面倒の種をばらまいている。そして大抵不幸の憂き目にあわせられる。かなみは本当に頭の痛くなる思いがした。
 
「では、もう下がって構いませんよ。御苦労でした、かなみ」
 
 報告書を引き出しにしまってマリスが言う。
 かなみは一礼して踵を返した。そして執務室を後にしようと扉に手をかけたところで「そうそう」と呼びとめられた。
 かなみが振り向くと、マリスは思い出したように付け足した。
 
「貴方も分かってると思いますが、"自分の検査"のほうもしっかりと済ませておいてくださいね」
 
「…………はい」
 
 それを聞いたかなみはげんなりして首をがっくしと垂らした。
 
 
 
 
 
 
「ふぁ、ふぁっくしょんっ!!」
 
 ランスは自宅がある自由都市国家のアイスの町に戻って来ていた。
 世界的に有名な企業のハピネス製薬や冒険者ギルドなどもあるそこそこ都会的な地域。町の中央に伸びるメインストリートをのんびり歩いていたランスはくしゃみを撒き散らしていた。何故か先ほどから急に出てきだして、なかなか止まらないのだ。
 
「風邪か?」
 
 腰の位置から声が飛んできた。ランスが視線を落とす。
 そこにあったのは一本の大振りの剣だった。闇を溶かし込んだかのような漆黒であるが、それ以上に特徴的なのは目や眉のようなものがついているところだろう。
 世にも珍しい喋る剣。伝説の魔剣であり、インテリジェンスソードなどと大層にも呼ばれているが、所有者にしてみればただのうるさくて下品な剣という印象しかなかった。
 ランスは鼻を鳴らした。
 
「ふん。大方どこぞの美女が俺様の噂をしてるんだろう。やはりランス様は素敵ね。とっても美形で天才だわってとこか」
 
「ほーーん。そりゃ良かったの」
 
「おい! シィル! とっととティッシュを出せ! こういうのは主人に言われる前にだな……」
 
 洟をずるるとすすり、いつもの調子で、いつもそばにいた奴隷に向けて怒鳴りちらそうとしたランスであったが――
 自分のすぐ後ろ、いつもの位置でふらふらついてくる彼女の姿がないことを思い出し、咄嗟にその言葉をとめた。
 
「ちっ」
 
 自然と舌打ちが起きた。
 いないとわかってるはずなのに、頭は理解してるはずなのに、それでも何度も同じことを繰り返してしまう自分にたいしてランスは腹が立った。

(うがぁ! なんかムカつく)

 そしてランスの中のイライラが頂点を達すると、
 すっ――
 徐に腕を高くあげた。
 「?」と帯剣のカオスがその行動を疑問の眼差しを向けて間もなく
 ごちっ!
 思い切り振り下ろされた拳が剣の顔面部分に見事直撃した。

「っだ!? 突然なんだ! いきなり八つ当たりしおって」

「八つ当たり? 何馬鹿なこといってやがる、俺様はただ振り上げた拳を思い切り振り下ろしてみただけだから、ちっとも俺様は悪くない。むしろそんなとこにいやがったお前の方が全面的に悪いな。反省しろ」

 抗議してくるカオスに対しても特に悪びれることもなくランス流の理論をかざすことで見事なまでに自己の正当化を果たす。

「ひどっ!!」

 その後も自分に対する扱いを是正させるべく文句を言ってくるカオス。ランスはそのことごとくを無視し、そのまま家へと辿り着いた。


「ここに戻ってくるのもまた久しぶりだな」

 自身が所有する小さな一戸建てを眺めてランスはしみじみとそんなことを呟いた。
 赤のトタン屋根に鯉のぼりが高々と掲げられているのが特徴で、それ以外はごく一般的な二階建ての木造住宅だ。外のガレージにはうし車が止めてある。長くJAPANの地で過ごしていただけにこの我が家も本当にしばらくぶりという感じを受けた。
 カオスのほうは初めてランスの家を見たのだろうか、その目をぎょろりと動かして、「ほぉ、これがな」と特に面白みのないリアクションをみせていた。

「あてな! 帰ったぞ! ……いないのか? おい!」

 バンッと扉を押し開くことで、主の帰還を主張した。
 室内には留守番を任せたはずのものがいるはずだった。靴のまま上がり、真っすぐ自室に向かい戸を開くと、

「ご主人様、おかえりなさいれすっ」

 視界いっぱいにオレンジ色がひろがった。
 ランスはすかさず体を横にずらした。
 んべっと飛び込んできた物体が床に追突を起こした。
 それを一瞥はするが、特に気に留めることなくランスは跨いで自室に入る。
 飛来物――人工生命体のあてな2号がむくりと顔をあげた。

「うぅー。よけるなんて、ひどいれす」

「うるさい、アホ。そんなことよりちゃんと留守番はしてただろうな」

「ちゃんといいこにしてたれすよ?」

「ああ、そうか」

「しっかり言いつけどおり守ったれす。あてなえらい?」

「そうだな」

 ランスは自分の周りをくるくる回ったりピョンピョン飛び跳ねているあてなを適当にあしらいつつ、家捜しを始めていった。

「世色癌と……金はこんだけしかねぇか」

 箪笥の中にあったのはシィルが内職やらでこつこつ貯めていた生活費だった。当然自分のものなのでそれを何の躊躇もなく全て自分の財布につっこんでいく。
 他にもこれからの冒険に必要そうなものがないか適当に見繕う。

「くそ、ろくなもんがねえ。これだったらうんこの野郎からもう少し金を奪ってくりゃよかったな」

 物置状態になっている部屋を漁りながら一人ごちる。
 うんことはJAPANの大名、足利家の主の名だ。汚らしい名なのは元からという訳ではなく、ランスが無理やり改名して呼んだことで、何故かそれが定着したからだ。

「いや。あいつからは十分、金目のものは奪っていたと思うぞ」

 カオスが十分やったと言うが、ランスは「そうかあ?」と眉を寄せた。思い出すのはJAPANを出る際のこと――。
「お前には謝罪と賠償だかで随分と金払ったからその分きっちり返してもらうぞ」
「ぷぴーーーーーー!!」
 ――というやりとりの後、足利にあった様々のものをランスは頂いていった。ちなみにランスの織田家は足利家に対し、一度も金を払っていた事実などなかったのだがそんなことはランスにとって関係なかった。
 
「でも、もう手元にはほとんど有り金は残ってないではないか。これはどういうことだ」
 
「そりゃまあ、あれだけ帰る先々で派手に使えば当然ですし?」
 
「そうか?」
 
 首を大きく傾げる。ランスとしては普通の使い方をしていたら、いつの間にかほとんどなくなっていたという感じだった。

「まあいい。俺様ぐらいになればまたすぐに金のほうからがっぽり寄ってくる」

「ご主人様、またすぐ冒険いくれすか?」

「ああ、俺様はすぐにヘルマンに向かう」

「おー」

 あてなは元気よく拳を高く突き上げた。
 そして急いでリュックを持ってくると、同じく物を漁りだし、よくわからないもの(おそらくあてなにとっての大切なものだろう)を中につめこんでいく作業に入った。さらに「冒険ー♪ 冒険ー♪」と調子はずれな歌を口ずさんでなどいる。
 そんな彼女の様子をランスは冷たい眼差しで見やる。

「なにしとるんだ、お前は今回も出番なしだぞ」

「えーー!?」

 よほどのショックなのか愕然とした表情をあてなは見せた。
 泣きそうな瞳でランスの周りにきょろきょろと視線を巡らし、

「でも、よくわからないれすけどなんかシィルちゃんいないれす。なら、あてながご主人様についていくすてきな展開にならないんれすか?」

「ならんならん。というかお前まで連れて行ったら、家に誰もいなくなるだろ。だから大人しく留守番しとけ、いいな」

「くすん……そんなぁれす……しょんぼりれす」

 今回こそは自分も連れて行ってもらえるものとよほど期待していたのだろう。しかしいつものごとく一人でお留守番になってしまったことに悲しそうな目でランスに不満を訴えかける。
 やたらとしつこく上目遣いで縋りついてくるあてなに対してランスは面倒くさそうな顔を隠さないで適当な言葉を返した。

「わかった、わかった。今回は無理だが、次があれば連れていってやる」

「ほんとれすか!? 約束れすよ!? ハリセンボンれすよ!?」

「ああ (覚えてたらな)」

 密かに自分に都合のいい文句をランスは付け足した。そしてそそくさと玄関へと向かう。

「いってらっしゃ~いれすぅ」

 あてなはそれには気付かず、約束が取り付けられたのがよっぽど嬉しかったのか現金にも明るくなる。人を疑うことの知らない純粋な良い子なのか、単に考えが足りないのか、少しも主人の言葉を不審に思わず信じきっている様子だった。
 そんなあてなに見送られてランスはカオスをお供にヘルマンへと向かい自宅を後にした。





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Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:33

 何故だろう。
 予感……なのかな? 見えたんだ。
 ぼくがその男の人と肩を並べて戦っている姿が。
 その時は会ったこともなかったはずだし、勿論話したこともないのに。
 でも、別にその光景自体を不思議に思うことなんてなくって。
 むしろ、それがとても自然であることのように思えたんだ。






 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第二話 ~rest~








 見当かなみは上司に報告を終えた後、真っすぐ親友の私室を訪れていた。やらなければならないことは沢山あったのだが、英気を養うことは必要だろうと自身を納得させている。ぶっちゃけ現実逃避だった。
 こんこんこん。
 臙脂色に塗られた扉に軽く拳をぶつけてノックすると軽快な音が響いた。ほどなくして反応が中から返ってくる。

「はーい……あ、かなみちゃん。どうぞ、入って」

 開かれたドアの先、にこやかな顔をしていたメナドが迎える。そのまま部屋の奥へと招き入れられて、椅子を示し勧められた。
 かなみがその席につくとメナドがキッチンからティーセットを持ってきてテーブルへと並べた。ティーカップに紅茶が注ぎこまれる。こぽこぽと小気味の良い音とともにふんわりと湯気が立ち上っていく。

「クッキー丁度焼けたところだったよ、グッドタイミングだね」

 メナドは再びキッチンに向かうと少しして大きなバスケットを手に戻って来た。バスケットの中には、こんがりと良い感じに焼き色のついた様々な形のクッキーがところ狭しと並んでいる。
 軍人であり、見た目も少しボーイッシュが入っているメナドだが、その中身は実に女性的で裁縫や料理といったものが非常に得意だ。そんな友人の特技をよく知る立場のかなみとしてはテーブルの前に置かれた御馳走に当然多大の期待を寄せた。思わず瞳がキラキラして生唾を嚥下してしまうのも仕方ない。

「うわぁ、おいしそう……それじゃ、いただきまーす」

 かなみはクッキーを一つつまむと、小さく開いた口へと放り込んだ。
 ぱくっ。
 もぐもぐ。
 焼き立てのクッキーを頬張る。サクサクッとした食感。甘い香りが口内を満たす。味覚はすっかり蹂躙されて、舌の奥にまで何ともいえない快楽が訪れる。それはもう極上の心地に包みこまれた。

「はぁ~、しあわせ~」

 ほわんと恍惚とした表情が自然に出来あがってしまう。全てのストレスから解放される思いがした。

「もう。おおげさだよ、かなみちゃん」

「そんなことないわよ。ほんとおいしいし、仕事の疲れも飛ぶって。最高よ、メナドのクッキーは」

「あはは、ありがとう」

 メナドは少し照れくさそうにほっぺをかいた。

「たくさん焼いたからどんどん食べて」

「うん、うん」

 遠慮なくクッキーをどんどん頬張るかなみ。

「ふふ、それでどうだった?」

「ふ? ほうはっはっへ?」

「かなみちゃん、口に物入れながら喋るのは行儀悪いよ」

 物を含みながら話そうとするかなみに苦笑いを浮かべるメナド。自分の卑しさにようやく気付かされ、かなみは羞恥に頬が熱くなった。

「ごめんごめん、それで何がどうって?」

「ほら、JAPANのことだよ」

「ああ……JAPANの話ね」

「うん、かなみちゃんの故郷なんだよね。久しぶりに帰ってみてどうだった?」

「どうって……」

 かなみは先の任務で訪れたJAPANのことを思い出そうと口許に指をあてながら物思いにふけった。

(向こうであったことといえば――)
 
 首切り刀が盗まれる。伊賀忍頭領によってきつくシゴかれる。くのいちに圧倒的な差で負けて自信喪失する。猿にぶっかけられる。はさみで大事なところを切られそうになったり、あげくランスの前で失き……。
 一人であれやこれやと思い出してみて、散々足る内容しかないことに気付くに至り、段々その顔を青ざめさせていった。
 メナドはそんなかなみの様子を見て怪訝そうに首を傾げると、「かなみちゃん?」と呼びかけてきた。
 かなみはそれにはっとして、どのように答えるか迷った挙句、

「あ、あーと……………………………………ま、まぁまぁだった、……かな……?」

 視線を泳がせながら、ひどく曖昧で抽象的な答えを返す事しか出来なかった。
 メナドはさらに首を傾げ、それでもそのまま話を続けた。

「そう? ……でもさ、大変だったんでしょ? 何でも魔人も出たって話だし。驚きだよ、まさかJAPANでも魔人騒ぎがあったなんて」

 魔人騒ぎ。JAPANで封印されていた魔人ザビエルが復活した事件だ。
 先のゼスでも魔人に攻め込まれるという似たような事件があったが、それと異なりJAPANはもっとも魔人領から離れているため魔軍から侵略される事態になるなど誰も予想していなかった。

「もしかしてリア様はこれを見越してリーザス全軍で出るなんて言ったのかな?」

 メナドの口からぽつりと疑問が零れた。
 リーザス女王リアは都合三度JAPANに派兵している。
 まず一度目はリーザス忍者部隊。その目的はJAPANの軍事偵察であった。
 そして二度目は砲兵。こちらは新しく出来た兵種であるため戦乱のJAPANにて実戦下の動きの確認と戦闘経験を積ますことが大きな目的となっていた。
 しかし最後の三度目が問題であった。いきなり国の全軍出撃という王からの無茶な命令が飛んだのだ。軍はその理由も王の意図も理解できず、各将軍たちが説得して何とか騒ぎをおさめたため全軍が動くような事態にはならなかったのであるが、それでもリーザスの誇る精鋭、王の親衛隊が出兵することとなった。
 JAPANという小国相手に軍を動かすという事態。聡明な女王のこと何か理由があるのではといろいろな憶測が軍内にとびかった。そして部隊が現地に到着して僅か数日の後、魔人及び魔軍がJAPANに現れたとの情報が国内に入ってきたのだ。
 少ない規模とはいえ、魔軍からの侵略は人類にとって一番の脅威で国の存続の危機にも関わる。しかし、幸いリーザスとゼスからの援軍の力もあって完全にJAPANで抑えられたため、自由都市国家やリーザスまで被害が拡大することはなかった。結果からみれば女王の行動は魔軍の侵略から未然に国を守るためにとったものと捉えることが出来る。

「……あー」

 紅茶に伸ばしていたかなみの手が止まる。確かに理屈は通ってはいるのだが……。

「ど、どうだろう? (……本当は男の所為で正常な判断が出来てなかっただけなんていえないわね)」

 王室直属という主君に近い立場から表の面も裏の面もかなりの事情を把握していたかなみだが、まさか正直に話して貶めたりするわけにもいかず、適当な言葉で場を凌ぐことにした。

「でも結局復活した魔人と使徒は全部倒されたんだよね? JAPANの戦乱も終わったみたいだし」

「まぁねえ、ものすごく運のいいことに魔人を倒せる武器が二つもあったから」

「ゼスの時もそうだけど、魔人が倒されるなんて凄いよね。そんなことを現実に可能のものとする人が世の中にいるなんて信じられないや」

 メナドは拳をぐっと握る。やや興奮気味に声が張りあがった。

「リック将軍から聞いたんだけど、知り合いなんだって。その方は剣の才能が素晴らしく優れて、判断力もすばらしくあるって言ってたんだよ。あのリック将軍が尊敬してるんだって!」

 メナドの瞳が純粋な憧れから力強く光った。溜息交じりの言葉からは尊敬の念がよせられ、その人物への興味で満ち溢れていることが窺えた。
 だが、対照的にかなみは瞳をどよんと濁らせていく。そして嘆きの溜め息を吐き、苦々しげな表情で顔がいっぱいになった。しかし、メナドはそれには気付いていないのかどんどんと楽しげな表情でこの話題を続ける。

「かなみちゃんはその人と一緒に戦ったことが何度もあるんだよね? どういう人なの? 詳しく教えてくれないかな」

 ずばり訊ねてきた。
 本来であれば、これほど大それた事件が起こってそれを解決に導いた重要人物のことなら誰でも知ってそうなものだが、実のところその正体はほとんど知られていないのが現状だった。
 かなみは原因をよく知っている。それを成しているのが主君であり、自分もまたそれを手伝っている張本人だから当然といえば当然だ。リアが愛しい人の重要情報を意図的に封じるためにこれらの件は情報操作されているのだから。故に例えそれがリーザス一軍の副将という地位であろうと、極々一部の情報しかまず手に入らない。
 隠密として最前線で働いているかなみであればより情報に明るいとふんだのか、詳細を話してもらえるかもという思いと期待をありありと見せてメナドが少しテーブルから身を乗り出してきた。
 確かに自分が詳しいとする判断は正しいとかなみは思う。正しいとは思うが、
 
「………………」

 屈託のない期待の眼差しを正面から受けたかなみは手にしていたティーカップをゆっくりとおろすと、出来うる限りの真剣な顔でメナドを見据えた。

「メナド」

「ん?」

「あのね……世の中にはね、知らなくていいことってのがあるのよ、うん」

「???」

 答えた言葉の意味がメナドにはよくわからなかったようだが、かなみはそれでかまわなかった。それ以上何も語らず、何も聞くなとばかりにただただ紅茶をじっと見つめ続けていた。それがかなみの出来る親友の為の最大の行動だった。




 -リーザス領マウネス-


 ランスはリーザス王国の西部に位置するマウネスの町筋を歩いていた。荷物は背に負った背嚢のみという格好で、唯一のお伴は腰にぶら下がる魔剣カオス。
 アイスの町からうし車をつかい急ぎこの町にやって来たランスであったが、今は町の中を一人ぶらぶらと散策などしていた。歩いている本人にしてみればしたくもないのにさせられているというものだったが。

「まさかヘルマンに行くにはあの山を越えなきゃならんとは、面倒だな」

 リーザスとヘルマンの国境線として聳え立つ山脈を睨め付ける。険しく広範囲に伸びる障害。なんでも複数の連なる山地から構成されており、大陸一の延長を誇るらしい。広大な面積を持つ両国を完全に懸け隔てていた。

「他に道はないみたいだしな」

 腰に佩いたカオスが言う。

「ちっ。余計なところに国を作りやがって」

 普段であれば「面倒だからやだ」とか、「行っても寒いだけの貧相な国は俺様に似合わない」と適当な理由をつけて簡単に終わらせることはできる。しかし、今回はどうしても行かないという選択肢がとれない。なんであろうと山越えをしなくてはならない事情がランスにはある。
 とはいえ、やはり今すぐに、とはイマイチ気が乗り切らなかった。

「う~む。とりあえず腹ごしらえするかな」

 塞いだ気分をはらすことを食事に求める。
 ふと、ちょうど目に付いた看板の店へとランスは入っていった。

「いらっしゃいませ~」

 ドアを開けると恭しくお辞儀した給仕人に常套句で迎えられた。

「一名様でよろしいでしょうか?」

 にっこりと素敵な笑顔で問われるが、ランスはそれに答えず徐にウェイトレスの姿を頭の先からつま先まで眺めてただ一言。

「75点」

「は?」

 ウェイトレスはきょとんとして目を瞬かせる。発言に対する理解が及ばなかったようだが、それがわかった存在がいた。

「おいおい、ちょいと厳しくないか? 丹波の時もそうだったがランス、お前さん最近ちょっと選り好みがはげしくなってるぞ? 儂だったらもちっと上つけちゃいますよ?」

「うるさい。俺様をお前のように見境いのない節操なしと一緒にするな」

「いやい……もがっ」

「というか貴様は勝手に喋るんじゃない」

 ランスは話しかけてきたカオスを力ずくで黙らせると、剣の顔の部分を布でぐるぐる巻きにして袋の中に突っ込んだ。

「これでよしと」

 ぱんぱんと手を払っていると、そのまま置いておかれていたウェイトレスが恐る恐るといった感じで声をかけていた。

「……あ、あの……お客様?」

「ん? ああ、気にするな。俺様はイカカレーとピンクウニューンな。イカカレーは大盛りだぞ」

「は、はぁ……かしこまりました……」

 ウェイトレスは首を傾げつつも、とりあえずその場でオーダーをとるとそそくさと厨房の方へと向かった。
 ランスが卓についてほどなくすると、注文のイカカレーとピンクウニューンが運ばれてきた。
 テーブルの上に置かれたイカカレーからほんのりとスパイスのきいたいい匂いが広がる。
 ランスはうむと満足げに頷き、カレーを一口スプーンですくうと口に運び咀嚼。

「むぐむぐ……。お、なかなかいけるな。これはいいイカマンをつかってる」

 ぷりぷりした食感と後を引く独特の味わいに舌鼓を打ち、その後ももくもくと食べ続けるランス。綺麗にたいらげると冷たく冷やされたピンクウニューンに手を伸ばし、それを一気に飲み干す。
 胃も喉も十分な満足感が得られた。

「よし。とりあえず腹も満たされたしな、ぼちぼちヘルマンへと向かうとするか」

「おや、お客さんヘルマンへ向かうんですか?」

 ランスの独り言を耳ざとく聞いたのか、たまたま接客のためホールに出ていた店長が物珍しそうな表情で(といっても店長はハニーなのでいまいちわからないが)話しかけてきた。

「あ?」

 膨れた腹をさすりながらランスは目だけを声の主に向けた。

「ご存知かと思いますが……ヘルマンは失政により以前から国家としてはひどい状態でしたが、最近は特に情勢が悪化してるみたいですよ」

 訳知り顔で店長は語る。
 ランスは「ふーん」と気がない返事を返す。

「それに治安もそうとうなものらしいですよ? 盗賊組織の犯罪が後を絶たないみたいですし。お客さんへルマンに向かうんでしたらパラオ山脈を通るんでしょ? ヘルマンの国境ですが、最近はあそこにも冒険者や行商を狙った野盗が出没するようになったみたいですし」

「……そんなもの俺様にとってはたいした問題じゃない」

「そうですか? それにテロ行為を平気で起こそうっていう不穏な連中も国にはいるって話みたいですからね。こんな時勢にわざわざヘルマンへ行く人は珍しかったもので」

「だからそんなことも英雄たるこのランス様にとってはなんら問題はない……。……しかしだなぁ」

「しかし?」

(そのランス様にさっきから埴輪ごときが馴れ馴れしく話しかけやがってんのがどうも気に食わん! 可愛い子ならまだしも女じゃないどころかハニー風情が……)

 ランスの眉間に縦ジワが数本現れる。

(ええいっ! なんで俺様がウェイトレスの女の子とかじゃなく埴輪なんかとおしゃべりせなならんのだ食後に、この邪魔ものめ! 不愉快だ!! )

 自身が被る理不尽さに憤りが爆発した。
 ランスは椅子を蹴って、勢いよく立ち上がる。

「おいっ!!」

「はい?」

「お前の所為でメシが不味くなったぞ! この責任とってもらおうか!」

「え、えー!? な、なんの言いがかりですか、それは?」

「だから貴様の登場でせっかくのメシが美味しく頂けなかったろってことだ!」

「そ、そんな……だいいち私が来る前にすでに完食していたじゃないですか」

「なんだと貴様ぁ!」

 ランスは激昂し、店長の胸倉を掴みあげる。宙に掲げられたハニワはぷるぷると震えた。

「ひ、ひぇー、ぼ、暴力はおやめ下さい、お客様」

「だったら勿論あの不味い料理で金をとるなんて真似はしないよな?」

「……は、はい……御代はいりませんから……」

「うむ、それと?」

「…………へ?」

 ランスの返答を聞いた店長の目が文字通り点になった。

「だからタダにするのは当然のことだ。金の払えるようなメシになんなかったんだからな。しかし俺様に無駄な時間を費やさせたことへの賠償と埴輪との会話につきあってやったことに対する謝礼がまだ足りないんじゃないのか?」

 さらにカオスをひっぱりだすと、切っ先を店長へと向けて凄みをきかせる。

「う、うぅ……わかりました! お金もいくらか支払いますから、け、剣をどうか下ろしてください」

 店長はがくがくと小刻みに首を縦に振って(埴輪なのでどこからどこまでが首か胴体か判別が難しいが)泣く泣くランスの要求を飲んだ。
 それを聞いたランスは満足げに口の端を上げる。そしてレジから全てのゴールドを取りだした。
 
「よし、この金は謝礼として受け取ってやろう。後はそうだな……貴様に受けた精神的苦痛を癒してもらおうかな、あの子に」

 騒動を遠巻きに眺めていた人の中にいたウェイトレスの一人を指差す。

「え? え? 私?」

「この店の従業員なんだから、店の不祥事は勿論君にも責任がある。よっておしおきだーー!」

 ランスはその場で硬直していたウェイトレスの手を引っ張ると抱きかかえた。

「ぐふふ、近くで見てみればよりかわいいじゃないか。よし、おまけでもう少し点数をプラスしてやろう」

 がははははと笑みを漏らす。
 ウェイトレスはじたばたと抵抗するが、そんなものランスの腕力からすればあってないようなものだった。
 
「店の奥借りるぞ。そこで教育的指導だ」

「相棒! 儂も! 儂も! ちこーっとだけ、な? な?」

 カオスが心のちん×んをわきわきと動かしながら、ランスについていこうとしていた。
 だが――

「お前はお預けだ」

「うおぉぉぉぉーーーー!?」

 ランスが投げ捨てるとカオスはぽいと遠くに飛んで行った。
 ランスの高笑い、ウェイトレスの絹を裂くような悲鳴、哀れな店長と剣が咽び泣く音の四重奏が店内のBGMとしてしばらくの間流れていた。
 
 



[29849] 1-3
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:34

 体が震える……これは間違いなく恐怖……。
 だけど、そんなことを感じている体がどこか遠くの出来事のように思えた。
 それがちっぽけなものだとわかるぐらいにより優ったものに心を震わせられていた。
 鮮やかな赤に塗りつぶされた世界で華麗に舞い踊る化生。
 あたしはその純粋な力に引き寄せられ、瞳は囚われ、ただ陶然とした表情を浮かべていた




 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第三話 ~submission~






 心身ともに満足した万全の体調状態でマウネスの町を出たランスはそのままパラオ山脈の山道を進んでいた。
 周りには鬱蒼と生い茂る森が広がっていて、木々や葉が光を遮り少しばかり薄暗い。急峻と言われるだけあり、とても大自然の中のハイキングといったような楽しさはない。
 現在踏みしめている道と同じくランスの表情自身もひどく険しいものになっていった。

「ええい、もっとこう広くて平らな道はないのか」

 イライラをぶつけるように近くに生える木を蹴飛ばす。
 いくつかのルートはあったのだが、モンスターが少なく、またマウネスからヘルマンに最短でいけるというルートを選んだ結果がこれだった。

「俺様がこんなことをしなきゃならないのもシィルの所為だ! 全く、たかが奴隷のくせに主人に迷惑ばかりかけやがって! あいつが戻ったらたっぷりおしおきしてやるぞ」

 忌々しげに呟いて、

「あれもやって……これも……それもいいかもな……ぐふ、ぐふふ」

 桃色の考えを頭にいくつも巡らしていると途端に顔がいやらしく崩れた。

「むぅ、ムラムラしてきたぞ」

 ランスは視線を真下に落とした。気づけば下半身にかかっている白い布の部分が雄雄しくそそり立っていた。
 こんもりと盛り上がるそれをランスが指差す。

「むおぉっ!? こんなとこに第二のパラオ山が現れたぞっ」

「………………」

 そよ吹く涼やかな谷風。頭上では木の葉が微かにそよぎ、さわさわと音をたてる。

「ふんっ!!」

 ごつっ!!
 拳と剣とが思いっきりぶつかりあって鈍い音が辺りに響いた。堪らずカオスが呻きをあげる。

「いだっ!?」

「ノーリアクションの罰だ」

 ランスとしては渾身のジョークのつもりだったが、それを全く理解しない駄剣に鉄拳制裁を加えた。
 不機嫌にふんふんと鼻息荒く山道を闊歩する。そしてその厳しい表情が難しい表情へと少しずつ変わりだした。

「しかしだな。こんな妄想ごときで俺様がここまで興奮してしまうとはおかしい……うぅむ、まさか最近女の子にサービスしとらんからか?」

「おいおい。昨日ウェイトレスの娘襲ってその前もその前の前も女を襲ってなかったか?」

「黙れ馬鹿剣! 俺様の無限のパワーを持つ無敵ハイパー兵器の前ではあの程度では足りないのだ」

 ごつっ!!

「だっ!? ……黙っても喋っても殴られるという理不尽に耐える、なんて健気な儂……」

「ふん、下らない事で余計な時間潰しちまった。さっさとこんな辛気臭いところから本気で出るとするか」

 気を取り直して、再び歩き出すランス。剣に八つ当りして少し気分が晴れたからか足取りがずっと軽やかだった。
 ランスは冒険家を生業にしてだいぶ長い。冒険家とはギルドからの依頼をこなして生計をたてる職業であり、一般人が手に負えないような問題の解決をはかる専門家。危険を冒すなんて文字の通り大抵その内容は物騒で苛酷なものだ。それこそダンジョン探索やモンスター退治はざらで、当然腕っ節が強く求められるし、体力がなければ話にならない。こうした重装備での登山をしてなお平然としていられるのも普段から鍛えられているため。健脚であることは冒険者の第一の条件なのだ。
 登り始めてからろくに休憩をとってはいなかったのだがまだまだ二本の足は元気なもの。舗装されてない赤土剥き出しの山道だろうと安定感を欠くことも無く、多少の勾配も苦にせずそのペースを落とすことはなかった。
 しかし――
 しばらくしてその歩みは止まった。

「……なんだ、てめぇら」

 ランスが目を向ける山道の先にはいくつかの人の影が先を進ませないように立ち塞がっていた。
 モンスターの姿ではない。明らかにならず者という言葉がふさわしいような風貌をした人間。彼らの手にはそれぞれ得物の刃が鈍く輝いていた。
 ちらりと肩越しに振り返って後方の確認する。同じくならず者たちが来た道を戻れないように立っていた。また、周りの林からもぞろぞろと人影が動くのを察した。不穏な空気が辺りを漂う。

「囲まれとるぞ」

「ちっ。汚ねぇ面ばかり並べやがって」

 心底不快げに吐き捨ててぐるりと囲む面々を睨みつける。
 ランスは荷物を足下に下ろし、カオスの柄を握ると即座に剣を構えて臨戦態勢へと移行した。

「なるほどな。お前らがあの噂の盗賊とやらか」

 昨日の店長の話を思い起こす。男たちがここパラオ山を根城としてる例の盗賊であろうことは見当がついていた。
 おそらく近くに彼らのアジトがあり、ランスがその縄張りの深くに踏み込んだから目を付けられたというところだろう。
 対し、ならず者たちは下卑た笑いを浮かべながらこたえる。

「ふへへ。ここからは通行止めだよ。運が悪かったな、ニイちゃん」

「おうおう、面白そうな剣も持ってんじゃねぇか、ちょっとそれ見せてくんねぇかな」

 ランスの握る魔剣カオスは真っすぐ伸びる鋭い刀身に枝葉の切れ間より漏れ出る陽の光を反射させ、妖しい輝きを見せている。それを一瞥して鼻を鳴らした。

「こんな下品な剣は俺様もいらんから、渡してやったところで別に構わんのだが……」

「こらこら、何を言うんじゃ!」

「まあ剣自体は心底どうでもいい。だがなぁ……貴様ら、勿論覚悟は出来てるんだろうな?」

 低い声を出し、ランスは凄みをきかせる。
 盗賊たちは皆、心底おかしそうに鼻で笑っていた。それは圧倒的な数の優位性が明らかであるための余裕の表情。ランスの態度を虚勢と捉えていた。

「あぁん!? 覚悟だぁ? 何いってんだこいつ、馬鹿か?」

「ぎゃーはっははは、これだけの数を目にした恐怖で頭おかしくなっ……――がはぁ!?」

 ヒュッと空気が鳴る音がし、それと同時に話していた盗賊の一人が口と首から血を噴出させた。そのままガクンと力なく地面にくずおれていく。まるで糸が切れたことで支えを失ってしまったマリオネットのようにひどくあっけなく。
 ほんの少し前まで生きていた人間は物言わぬ死体へとその姿を変え、男の眠る緑草の絨毯が赤く染め上げられた。
 盗賊たちがざわめく。

「なっ!?」

「てめえらのようなゴミみたいな男のために俺様の優雅な歩みが止められたんだ。ここでくたばる覚悟は当然出来てるんだろ?」

 ニヤァっと口の端をつり上げて不敵な笑みを浮かべるランス。握る剣からは、今しがた斬り捨てた盗賊の血がぼたぼたと滴り落ちていた。

「くっ、こいつ……おい! やっちまうぞ!!」

「がははははは! 愚か者め、死ねーー!」

 数の上ではどう考えても圧倒的に不利。それでもランスは余裕の表情を全く崩すことはなかった。
 臆することなく真正面から盗賊の群れに突っ込んでいく。スピード全開の突進。盗賊はあっけないほど接近を許してようやく武器を動かした。ランスからしてみればその反応はあまりに鈍すぎる。
 襲ってきた敵の斬撃のことごとくをカオスで軽く受け流すと、そのまま華麗に反撃に転じた。

「ラーンスアタタタターーック!」

 振り下ろしたカオスが地につく刹那、衝撃が迸る。視界が白く弾け飛んだ。
 地も抉れるランスの凶悪な一振りの威力に盗賊達は総崩れとなった。
 さらに残りの戦意も刈り取るように容赦なく、躊躇なくランスは追い討ちをかけるべく動く。

「さっさとくたばれ雑魚が! らーんすイナズマ回転切り!」

 ザシュ!
 高速の回転と同時に繰り出す鋭い斬撃にまた一人盗賊はその数を減らす。
 ランスは集団に対する戦いは十分心得ていた。複数による同時攻撃や背後からの攻撃、弓による遠距離からの攻撃をされても手近な盗賊の体を盾にすることで攻防を同時に済ます。
 ランスが見せつけた力や同士討ちに恐れて少しでも隙を作った者がいればそれを即座に狙い、胴体を切り裂き、喉元を突き刺し、数を確実に減らす。そしてまた一人、また一人と剣を振るう度、どんどんと盗賊の死体が山道に積みあがっていった。
 数十人はいたであろう盗賊団であったが既に見るも堪えない有様に変わっていた。
 対してランスは無傷。かすり傷どころか一筋の汗すらどこにもなかった。精々マントに土ぼこりがついたぐらいだろう。ランスは悠然とそれを翻すことで払う。
 まさに圧倒的なまでの次元の違いがある。その信じがたい光景に盗賊の頭と思われる男はひどく慄く。

「ば、馬鹿な……こんな……」

「馬鹿はてめぇだ。カスみたい実力の奴がいくらも集まったところで無敵の俺様が負けるわけがない。レベル差もわきまえずに歯向かったことを死んでから後悔するんだな」

 ランスはぽんぽんと剣の腹で手を叩きながら、ゆっくりと男との距離を詰めていく。

「ひぃ!? ……ま、待て、待ってくれ! わ、悪かった。み、見逃してくれねぇか? 金っ! 金もやるぞ?」

 盗賊の首領は情けなくも頭を垂れ、命乞いをしてきた。自分に迫り来るはっきりとした死の恐怖を理解し、怯え震えてその顔もすっかり青白くなっている。
 ランスはその醜態に失笑した。構わず剣を向けようとしたところで、

「そうだっ! お、女だってやるぞ、活きの良い若い女性だ!」

「……女だと?」

 ピクリとランスの眉が思わず大きくあがる。聞き捨てるには少々惜しいと剣を止め、話の先を促した。

「あ、あぁ……そ、そこにいる俺の娘なんだがな」

 頭目が集団の一人を震える指で差す。

「!!」

 その先では女が自分を売った頭目を強く睨みつけていた。

「ん? ああ、女もいたのか」

「ど、どうだい? 頼むよ、このとおりだ、旦那、見逃してくれよ」

「ふっ」

「へ、へへっ」

 ランスの零した笑顔にこれは好感触を得たと踏んだのか、愛想よく笑う頭目。
 だが、ランスはさらに笑みを深くすると剣を振り上げた。

「へはあっ!?」

 唖然とした顔が映った。それに狙いを定めて叩きつぶすように振り下ろす。
 その寸前で、

「がはっ!!」

 頭目が盛大に血を噴いた。
 ランスは思わず手を止める。眉根を寄せ、頭目の体を見ると、胸から刃物の切っ先が少し飛び出ていた。
 ずるり、と前のめりに倒れる頭目の後ろに先程の娘が血濡れの短剣を握っていた。

「ソ、ソウル……」

 誰かが茫然と呟いた。
 ランスは行き場がなくなった剣の切っ先を徐に死体に近づけるとごんごんとつっつく。

「うわ、こいつ娘に殺されてやーがんの」

 無様な最期に大笑いしていると、周囲にどよめきが波のように広がっていた。

「お頭が死んだぞー!!」

「もうおしまいだー! 死にたくないー!」

 叫びと悲鳴が上がり、わずかに残っていた盗賊達は蜘蛛の子をちらすようにわらわらと逃げていった。
 ランスはそうして逃走していく男たちにはかけらも気に留めなかった。一番重要な娘がまだその場で佇んだままだったからだ。
 
「君は逃げんでいいのか?」
 
「どうせ逃げてもムダだってわかってるからね……。頭は死んだ。団員はほとんど死傷。盗賊団をやって生きていくしか能がないのにその盗賊団が続けられないんだからどちにしろ早いか遅いかで結局死ぬだけだよ。あたし達はもう終わりなんだ」
 
 平静に言うが、足元に横たわる死体には憎々しげな視線を向けた。
 
「でもどうせ終わるんなら、その前にせめてあたしの嫌いなコイツくらいはあたしの手で殺して終わらしたかった」
 
「ふーーん」
 
 短剣を持った手をだらりと下げたまま抵抗するそぶりもない娘。その全身をランスはまじまじと眺めていた。
 少し華奢で肌にはいくつもの小さな傷が残っている。血色もあまり良くなく、健康的とはとても言いがたい。おそらくその育った環境のためだろう。
 髪はボサボサで着ている服もボロボロ。確かにぱっと見の見てくれはお世辞にも良いとは言い難い。だが、ランスはその顔に注目した。輪郭も造形も悪くはなく、むしろよく整っている部類。それもランスの美的感覚に十分叶うほどのものだった。
 死体になってさらに醜悪な顔を晒している頭目と比べて見ても血が繋がっているものとはとても思えない。娘というのはきっと何かの間違いだろう。
 
(まあ、野暮ったさはある。だが、この手の娘はもっと外見を気にさせればぜんぜんいけるはずだ)

 脳内会議で合格の判定が下される。
 ――となれば彼女をどうやっておいしくいただこうか。
 肝心要な議題に自動的にシフトし、思考を巡らしていると、
 
「ま、待ってください!」

 不意に呼びかけられた。目の前の娘の声ではない。一人の男がランスと娘の間に割って入る形で現れた。
 ランスはぎょっと目を見開く。ずっと娘にばかり気をとられていたので、いまだ他の盗賊が残っているとは思いもしなかった。
 思わずカオスを握り直すが、いきなり男は膝を折って、がばりと額を地につかんばかりに低くした。

 「あ、兄貴!?」
 
 (……兄貴?)

 娘の叫び声にカオスを持つ手を少し緩ます。
 男は足元で平伏したまま懇願してきた。
 
「お願い、です。ソウルだけは、どうか助けてやってくれませんか」

 その声はひどく震えたものだった。

「こんなこと、頼むのは筋違いだっていうのはわかってます。でも、ソウルは、妹は、親父や俺に巻き込まれてこんなことをしてるだけなんです。生きるため、なんて言い訳にもなりませんが、ともかく、本当に悪いのはこんな環境においやって、こんな生き方を強いた親父や俺で。だから、ソウルだけは何とか許してやってはくれませんか、何とか助けてやってはくれませんか。殺すのならこの俺を。俺が何でもします。俺ならどんな目にあってもかまいませんから」

 とにかく頭を低くして声をはり上げる。

「兄貴、あたしは……」

「頼みますっ! どうか! どうか……!!」

 ほとんど地面に顔をこすりつけていた。
 ランスは無言で、ただ無造作にそれを見下ろしていた。
 正直なところ今の言葉に心に響くようなところはほとんどなかった。そんな理屈がまかり通って許されることなんて甘いとすら思っている。
 ただ――。

(しかし、兄妹、か)

 一つの事実が頭に引っ掛かっていた。そのことから自然にJAPANで出会ったとある兄妹のことが脳裏に思い起こされた。
 団子作りが得意で最期まで妹を想い魔人と闘い続けた親友。
 その小さな背に国を背負い兄の想いに応えようとした妹分。
 改めて目の前の兄妹を見やる。
 妹はランスと男と交互に視線をやってはハラハラとした様子で、それでも固唾を飲んでじっと見守っていた。何か言おうとして、それでも噤んで。双眸は不安や動揺で激しく揺れていた。ここでもしもランスが男にじゃあさっさとお前が死ねと言ったら果たしてどう思うだろうか。
 兄の方は変わらず土下座を保っている。完全に見せる形となっているその背中からは覚悟と必死さが滲んできていた。ここまで身を呈するあたりよほど妹が大切なのだろう。

(……あの妹馬鹿もこんな感じになるんだろうな)

 妹を真に想う心。面影が重なって内心で苦笑が浮かぶ。
 もっとも、目の前のものは見当違いの行動であって、多少冷やかさも感じなくはなかった。そもそも美女認定したからには粗末な扱いをするつもりは毛頭ない。ましてはその命を奪うなんて勘違いも甚だしい。
 ランスは小さく息を吐くと、緩慢な動きで剣を鞘へと収めた。
 チンと金属音が立ち、男の肩がびくりと反応する。

「おい、顔を上げろ」

 男は応じて、そろりと面を上げる。
 栗色の髪に青い瞳、そして荒くれにも関わらず目鼻も整った顔立ち。確かにどことなく妹に似ていた。

「別にお前ごときの命を奪ったところで弱っち過ぎて経験値の足しにもならねえし、なんの得もねえ」

 それに下手なことをして妹に臍を曲げられるのも不都合と言えば不都合。ランスは胸中でさらに付けくわえる。
 男の表情に漂っていた悲壮感が少し和らいだが、またすぐ引き締まる。

「い、妹は?」

「あほ。別に殺しゃしねえし、ひどい扱いもしないでやるよ。それぐらい察しとけ」

「あ……ありがとうございます!」

 まるで泣きそうな叫び。何度も礼を繰り返して男は低く頭を下げる。
 ランスはそれをどうでもよさげに見下ろした後、首を動かして、森、それから空に視線を巡らすと、

「そうだな、取りあえずはお前らが利用してる隠れ家に俺様を案内しろ」

「え? うちらのアジトですか?」

「てめえらに邪魔されたせいでこっちは予定が大いに遅れたんだ。これ以上日が落ちてくればモンスターどもが活発になってきやがって少々面倒になる。山で一夜すごす場所が必要だ。……いっとくが嘘や変な真似すれば即刻殺すからな。大人しく案内しろ」

「わ、わかりました。アジトはこっちです。足元に気をつけてくださいよ」

 男は慌てて立ちあがると、先導して森の中深くに入っていった。
 
 
 ランスが兄妹に案内されてたどり着いたのは木造りの山荘だった。おそらく規模と位置を考えればリーザスの貴人あたりが所有していた別荘だろう。
 その室内に入っていくと、前後左右もわからないほど視界が闇に覆われた。
 山の夜は早く、すでに日が沈みきっている。辺りはすっかり夜のとばりに包まれており、当然電灯もない山中は朧げな月の明かりが枝と葉の隙間を縫い、頼りなく照らすのみ。外からも光がろくに入らず、明かり一つついてない中は当然真っ暗な状態だ。
 
「カオス、さっさとぴかっと光れ」

「いや、儂、ただの魔剣ですからそんな機能ありませんよ?」

「ちっ、まったく使えん奴だ。おい、この家は電気つかんのか?」

「すいません。ここのはずっと切れたまんまなんです。少しばかり待っててください」
 
 夜目がきくのか、ただ住み慣れているのか男が暗闇の家の中をするすると歩いていく。次々と部屋の各所に設置された燭台に灯りがつけられていった。
 ようやく光が与えられ、闇が少し払われる。ぼんやりとであるが、各々の顔がわかるぐらいにはなっていた。
 ランスは空間をぐるりと見回して、呻いた。
 
「きったねえところだな、おい……」
 
「ほぼ男所帯で、掃除なんかもしないのばっかりですからね」
 
 壁は傷だらけで塗装もそこかしこがはげてしまっている。薄汚れた床にはいろんなものが散乱しており、おまけになんだかよくわからないムシまで這っていた。

「うげ、よくこんなとこに住んでられるな」

「俺達にとっちゃ、雨露と魔物をしのげればそれで天国ですし」

 いろんなものを端っこに寄せてスペースを作っていく。
 兄妹はそこに直に腰を下ろしたが、ランスには躊躇われた。正直ダンジョンの土の上のがまだ座れる。
 ボロッちいクッションもどきも提示されはしたのだが、あまりに饐えた臭いを発するので丁重に蹴飛ばす。結局立ったままとなった。

「そういや、お前らの名前まだ聞いとらんかったな」

「あたしはソウル。ソウル・レス」

「俺はバウンド・レスって言います。俺達二人ともヘルマンの寒村の生まれです」

「……大方食うに困ってあんなことしてたってところか。それにしたって、襲うヤツくらいはきちんと選ぶべきだったな。なんせお前らが身の程知らずにも襲い掛かった相手はリーザス、ゼス、JAPANの救国の英雄にして世界最強の名を天下に轟かせるエリート冒険者ランス様なんだからな」

 ランスは傲然と言い放つ。特に一番強調して、それこそ自慢げに訴えたのは『救国の英雄』や『世界最強』『エリート』というフレーズだったのだが、バウンドが聞きとめたのは一番後ろの部分だった。

「冒険者……」

 小さく呟くと突然がたりと身を乗り出してきた。

「あの! 俺らもお伴として一緒につれていってもらえませんか」

「はあ?」

「荷物持ちだろうが、なんだって言われればどんな雑用もこなしますから」

 どうも冒険そのものに興味関心があるわけではなく、下働きであろうとまともに生きられることを望んでいるようであった。確かにこのまま無力な兄妹二人だけで生きていくのは厳しく辛いはず。
 襲い掛かった相手に世話になろうと言うのは良い根性をしてるが、向こうにとっては生きるか死ぬかの問題でなりふりかまっていられないのだろう。
 しかし、ランスは素っ気なく首を振った。

「いらん。どうせ足手まといになるだけだ」

「決してそうならないよう頑張りますから」

「はっ、口だけじゃな。それに具体的に俺にメリットが見られん。そもそもお前らはなんか役立つ特技とかあんのか?」

 ランスがそう訊ねてみると、兄妹が顔を見合わせて

「スリとか、置引とか、ひったくりとか……」

 と言うもんだから、思わず呆れた溜め息が出てきた。

「そんなんのどこに冒険に役立つ要素があるんだ? コソコソ盗むんじゃなくて同業者をぶっ殺すことで経験値ごと金も荷物も奪うのが冒険の基本なんだ」

「いや、それぶっちゃけ心の友だけの常識でしょ――」

 剣が口を挟んだ瞬間、ランスの指が思わず滑った。図らずも、そう図らずも向かった先にカオスの両目があったために勢いよく突き刺さってしまった。
 ぐさり。生々しい音が響く。

「ぬぐうおぉおぉぉぉぉーーーー!? 目が! 目がぁっ!?」

 剣は断末魔の叫びのような悲鳴を上げ、のた打ち回った。それを無視してランスは話を続ける。

「まあともかく、俺様の下につきたいのなら最低でも、炊事洗濯はこなせて、冒険に必要なマッピングや回復魔法もでき、夜のお世話もぬかりないぐらいじゃないとなあ、最低でも」

「夜のお世話ぐらいなら……」

 ソウルのその呟きはグッとくるものがありはしたがそれだけだった。別にヤルだけならば、すぐ済ませることも出来るし、わざわざつれていく必要性はないのだ。
 進んで望みを聞きいれることもないし、捨て置いて特に困ることは無い。ただ、未だバウンドは食い下がろうとする意志を見せていた。何せ死活問題。おそらく言葉でどれだけ断っても、聞きいれようとはしないだろう。しぶとく請うてくるのは目に見えてる。
 ランスはゆっくりとした動きで密かにカオスの柄を握った。
「……お?」と興味深げな声が柄のほうから漏れでる。
 いい加減うっとうしく感じつつもあり別にここで切り捨ててしまっても良い。いちいちつきあってはいられないし、始末すればそれだけで終わる。これ以上面倒くさいことも無く一番てっとりばやく済む方法だ。単純にして明快な解答を頭は知っている。
 だがしかし、ランスは自然と手を緩め、そっと離した。
 ただ本能のまま動くこの体が妹の目の前で大切な兄を奪うという行為をとることをどうにも拒否していた。だから、頭にぱっと浮かんだ選択肢は次善とも呼べるものだった。悄然たる様子を見せる妹を眺めながら、自身の考えをまとめていく。

(生かすことは問題じゃないが、俺様に迷惑がかからないような形ならいい……例えばそう、いっそ別の誰かにこいつらの世話を押し付けてしまえばどうだ? そうすればなんら手間はかからず、損がないはずだ)

 自分が面倒を見るのは嫌だが、誰かが代わりにやってくれるなら助かる。候補を探って一人良さそうな人物に当たりがついた。
 
「おい。お前ら、なんでもやるっていったな」

「ええ、最底辺で泥を啜るようにして生きてきた俺らです。生きるためだったらどんなことだってやれますよ」

「だったら、リーザスに行って働くといい。あそこはヘルマンと違って豊かだし、職もいっぱいあるはずだろ」

「……それは、出来たらこんな苦労しませんよ。働く以前に俺らみたいなのはどこの雇用者もお断りでしょう」

「ま、盗みに手を染めるぐらいだから、芸も学もないのはわかる。さらに犯罪者のおまけまで付いてたら確かにどこも敬遠するわな。だから、コネだ。特別に俺様がとりなしてやる」

 背嚢の口を開けると中を弄る。そして取りだしたのは、紙とペン。殴り書きで認めるとそれをソウルに手渡した。
 
「これをリーザス城までもっていけ」

「これって?」

「リア宛の手紙だ。お前らに職の世話しろって書いてある」

 ランスが白羽の矢を立てたのは、リーザス女王のリア・パラパラ・リーザスだった。まず世話を押し付けても何とか出来るだけの力を持っているのは論ずるまでも無い。また、頼みを無碍に断る真似もしないはずで、むしろ最大に手を尽くしてくれるだろうという確信もあり、条件としてはまさに好適と言えた。
 破格と呼べるその計らいを受けて、しかしソウルの反応は薄かった。どうもリアという名がピンとこないのか、首を傾げていた。おそらく渡された紙の意味もまともにわかってない。
 代わりに声を上げたのはバウンド。リーザス女王の名やランスの言葉の意味も正確に理解したうえで愕然と手紙を凝視していた。

「リ、リアって確かリーザスのトップの名と同じじゃ……!?」

「ああ。あいつならお前ら二人ぐらい職につかすなんて大した問題じゃないだろ」

「いや、そうでしょうけど……でも……」

「何だ? 疑ってやがんのか」

「その……受け取ってもらえるんですか?」

「ふん。門番かなんかに俺様からの手紙を預かってるって言や、マリス辺りにまず渡る。そしたら必ずリアも目にする。あいつは俺様の言うことは何でもいうことを聞くから読んだ内容のとおりやる」

「女王が、何でもいうことを聞く……ですか?」

「……お前、今この俺様が適当なこと言ってさっきから下につこうとあまりにしつこいお前らをあしらおうとしてるだけとか失礼なこと考えただろ」

「い、いえ、まさか! ……ふぐっ!?」

 バウンドが冷や汗を垂らしながら首を振っているとその顔面に銀色の塊がいくつもぶつかった。それが床に落ちた際に鳴ったごとりという音が重量を感じさせる。当然痛いだろうし、直に受け止めた鼻は真っ赤だ。バウンドは鼻を摩りながらぶつけられたものを拾い上げた。

「か、缶詰?」

「それだけあれば二日はもつだろ。お前らは明日の朝一にでもここを下ってリーザスへ向かえ。余計なことをしなけりゃ二、三日で城につくだろ。いっとくが拒否は許さんぞ」

「ふ、二日っ!? というか俺達ヘルマン出身でリーザスの地理は全然わかんな……ふががっ」

 今度はバウンドの鼻の穴に丸めた紙が思いっきりつっこまれる。やや古ぼけた感じのするそれはリーザス国の地図だった。

「で、まだ文句はあるのか?」

 ランスが睨みつけるとバウンドは無言でふるふると首を横に振った。それを見届け満足げに頷く。

「よし。ソウルもいいな?」

 ソウルの方を向くが、返答はすぐには返ってこなかった。彼女は手紙とランスと視線を行き交わせて見比べている。その表情は若干不服そうに見えた。
 
「……出来ればあたしはこっちなんかよりもついていきたいんだけど」

「む」

「おい、ソウル……」

 ランスとバウンドの表情がそれぞれ微妙なものを示す。しかしソウルは構わず続ける。

「だってさ、命を助けてもらうなんてことまでしてもらったんだから、やっぱり出来ればその義理立てを側でしたいよ。あたしを妹分にしてもらうことはダメかな。確かに冒険のこととかはよくわからないけど、一生懸命勉強してくからさ」

「……」

 ランスはソウルをしばし見つめる。

(職にありついてまともな生活をすりゃきっとこいつは今よりずっと良い感じになるだろう。どうせやるなら肉付きも肌の色つやも良いにこしたことないし、一番おいしい状態にもっていったところで頂くほうがきっといい。だから今は敢えて手放すという考えもあったんだが……。だが、よくよく考えたら、ここで女を外してしまったら、俺様はまた馬鹿剣なんかと二人(?)旅というおかしなことになるんじゃないのか。ぐぐ……いや……けど、やっぱめんどうだし。かといって捨てるのも……。むむむ……むむ……)

 うんうん唸って一頻り黙考した末、結局苦しげにではあるものの首肯をした。未来の女も確かに重要だが、現在の女もまた切実な問題である。

「まあ……いいだろう」

「ほんと!?」

「ただし、使えんと判断すれば即刻リーザスに送りつけるからな」

「絶対ランス兄の役に立てるようしてみせるよ」

「でしたら、俺も兄貴と……ごっ!?」

「男はいらん」

 同じようなことを言おうとしたバウンドの顔にランスは背嚢を投げつけて遮る。
 重い荷物を押し付けることで軽くなった肩をぐるぐると回すと、玄関へと向かった。それを見てソウルが疑問の声をあげた。
  
「あれ? どこへ行くの?」

「外でキャンプする。こんなとこじゃとてもじゃないが飯を食えんし、寝れんからな。それにキャンプは冒険の基本だ。テントの張り方をここでさっさと覚えてもらうぞ」

 ソウルは頷くと、伸びていたバウンドを起こしにかかる。そして兄妹二人がかりで月明かりを頼りに、テントの準備に取り掛かった。おそらくはじめてやるであろう作業。組み立てる手付きは当然慣れておらず、やはりもたつき、悪戦苦闘していた。
 それを眺めながらランスが側の木に寄りかかると、腰に佩いたカオスが徐に口を開いた。

「なんか随分珍しいことをしたよなあ。いつもの相棒のパターンだったら女はやるだけやって捨てそうなもんなのに。ここまで世話してやるなんてな。おまけに男を生かしてやってるなんて普通じゃ考えられん判断だ」

「お前なんかには一生わからない高尚な考えによる行動だ」

「高尚な考えか」

「高尚な考えだ」

「ま、わしとしてはシィル嬢ちゃんの代わりにやっとった殴られ役を他にやってもらえるのならそれで万々歳だがな」

 軽口を叩くカオス。
 ランスは鼻を鳴らす。そしてとりあえず一発殴っておいた。




[29849] 1-4
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:32

 珍しい――
 雲ひとつない快晴なんて。
 雨や雪……、それこそこの国を象徴するかのように最近の空はいつだって曇ってばかりだった。
 いい気分だ。心が晴れやかだ。
 何かが違う。それはとてもいいこと。自然と期待に胸が高鳴る。
 退屈で陰鬱な日々の繰り返しにはもう飽きた。
 ああ、今日は。今日こそは。
 何か面白いことがあるといいな。






 -Rance-もう一つの鬼畜王ルート
 第四話 ~again~





「シケた町だな。こんなとこに大都会こそ相応しい俺様が訪れなきゃならんのか」

 町の入り口についてランスの口から零れた感想がこれだった。
 パラオを下り、場所はヘルマン帝国ログB。そこは少し寂れた感が漂う田舎町のようだった。

「おまけに本当に寒いな。くそう……帰りたいぞ……カラーの森とやらは何処にあるんだ」

 ランスは八年以上冒険者として生きているが、その活動の中心は主にリーザスと自由都市国家群である。そのためへルマンについては国の位置はともかくとして国内の細かい地理のことは全くと言っていいほどわからなかった。
 そして件のカラーの森の情報も、それがヘルマンにあるということのみ。後は冒険者らしく自分の足で情報を得るというものであるが、ランスはそういった地味かつ地道な作業を自ら進んでやるのをあまり好いてなかった。

「いつもならここでシィルをこき使って町を廻らせるところなんだが」

「その嬢ちゃんを助けるために来てるんだしのー」

「というわけで貴様らの出番だ」

 ランスは妹分となったソウルと結局ついてきたバウンドに視線に向ける。兄妹は互いに顔を見合わせた。

「俺もソウルもカラーの森のことは全く知りませんよ」

「だから、情報を集めに行くんだ。ついでに町の地理と主要な場所も覚えろ。基本的には武器屋やアイテム屋、宿屋、娼館、女子校や女子寮とかまあそんなとこおさえとけ」

「兄貴、後半は冒険に必要なんですかい?」

「基本だろ」

「基本じゃな」

 ランスとカオスの声が重なる。

「ほら、わかったらとっとといけ。それと美人の姉ちゃんを見つけたら真っ先に知らせろよ」

 手を払って二人を送りだす。そしてそのままただ一人残ることになったランスは改めて辺りをぐるりと見回した。
 情報を集めている間は完全に手持無沙汰で暇を持てあますことになるのだが、こうなるとそれをどう潰すかが目下一番の考えものだった。
 少なくとも目につく範囲には面白いものはとんと見当たら無い。
 さらに町はひっそりとしていて、右を見ても左を見てもほとんど歩いている人の影が見えず、人通りはまばらだ。おまけにその人も子供や老人がほとんど。正直なんの楽しみも見出しようがない。
 楽が出来てもこれでは待ってる間ずっと退屈で苦痛な時間を過ごすことになる。それはランスにはひどく耐えがたかった。

「おい、カオス。つまらんから、なんか面白い話しろ。エロいのでも可」

「む? そうだな……それならとっておきのものがあるぞ。くくく、あれは丁度わしが――」

 振られたカオスはよほど自信のあるネタがあるのか饒舌に語りだす。しかし、ランスは途中でその話が耳に入らなくなった。
 剣の下らない小咄なんかよりももっと重要なことに意識が向いたからだ。それはランスの視界に一人の女性の姿が映ったこと。
 美しく流れるプラチナブロンド。やや身長の高い細みのモデル体型で、すらりと伸びる長い脚を見せて街を闊歩している。自然、視線は彼女のほうへと一気に引き寄せられた。

「おおぉ!」

「それでな、その時のブリティッシュの顔と言ったら傑作でな――」

「おい、カオス、うるさいぞ。今俺様はとても忙しくなるから話しかけるな」

「……えー」

 不満そうに言うカオスだが、それを完全に放って、ランスは女性目がけて風を切るように駆けよった。

「がははは、お嬢さん」

「あら、私に何か用?」

 呼びかけると女性が足を止めて振り向いた。その瞬間、ランスはさらに加速した。そして走る勢いそのままに跳躍。そのまま体を旋回させると、

「死ねぇえ! ラーンスローリングソバットッ!!」

 思いっきり足の裏で相手が晒した顔面を蹴飛ばす。女は潰れたような悲鳴とともに思いっきり吹き飛んでいった。

「うがああっ! なんでよりにもよってようやく若い女を見つけて声をかけたと思ったらブスなんじゃーーーー!!」

 髪は美しかった。スタイルも文句はなかった。歩き方も綺麗だった。そこまでは良かった。そこまでは順調だったのだ。あくまでそこまでは、だが。
 ランスの表情は苦悶に満ち溢れる。こんな理不尽なことは無い。
 湧きおこる苛立ちに身を任せて周りに散々当たり散らす。街の掲示板を叩き割ったり、道端に転がってる空き瓶を蹴ったり、地面をがしがし踏み鳴らしたり。
 そうやって街中でしばらく勝手放題に暴れていると、

「あー、こら。ちょっとそこのあなた。街中で問題起こさないでよ。面倒だから」

 いかにも億劫そうなやる気のない制止の声がかかった。本心は関わり合いたくないが、仕方がないといった類のもの。
 普通の住民が声をかけるわけがない。ランスがちらりと目を向けると相手が身に纏っているのが軍服であることにまず気付いた。煩わしげに舌打ちを起こす。おそらく駐屯しているヘルマンの部隊に所属している者だろう。街に来て早々軍人に目を付けられるのは如何にもやっかいであった。このままだとほぼ確実に詰所にお話しというコースを強いられてしまう。
 だがしかし、幸いなことに相手は一人だった。ランスは素直に逃亡を図ることを決めると、地を蹴って走った。真っすぐと相手の方へ向かっていき、そのまま体を押しのけようと力任せに手で押す。
 ぐにゅん。

「む……」

 掌に柔らかい感触が返ってくる。指に力を込めると滑らかに形が変わって歪む。完全に軍人の胸を手が掴んでいた。
 逃げるにはさっさと離す必要があったのだが、それがもったいないと思わせるだけの引力がそこにある。逃走することもすっかり忘れて、胸を揉むことにいそしむ。
 また、ランスにとって嬉しいことに、相手がかなりの美人だった。互いに正面同士で見合う形になったことで、それがはっきりと分かったのだ。しかし、そうしてその顔をしばらく見ていると、ランスは「あれ?」とどこかひっかかりを覚えはじめて、首を大きく傾げる。
 それは向かいあう相手もまた一緒のようだった。ただ、相手はもう少し早くその何かに気付いたようで、ランスの顔をまじまじと見つめるとみるみる唖然とした顔に変っていった。

「え? ええ?」

「む? むむむ?」

「あなたって、もしかして……ランス、さん?」

 もみもみ。

「…………………?」

 もみもみ。

「あー、このおっぱいの感触は…………お前、イオか?」

 もみもみもみ。顔を見て、胸を揉んでようやくランスは小さな引っ掛かりを取ることが出来て、納得に頷く。
 それはおよそ三年ぶりの再会だった。







 -酒場-



 カランカラン。
 ドアに備え付けられたベルが入店を告げる音色を広げる。
 ランスがドアを閉めると外の冷たい空気が遮断され、酒場の熱気が全身に伝わってきた。
 
「なんだ。ここには割と人がいるな」
 
 閑散としていた町の様子と違い、狭い空間に人が大勢集っており、店は盛況といったところだった。
 イオが苦笑する。
 
「まあ、ここぐらいわね」
 
 なんでも土地柄らしい。ヘルマンという国が極寒の地であるため、酒は自然と需要が高くなる。またそのことから特産品としての”美味い酒”が多い。
 そして現在、国は腐敗し民は苦しい生活を強いられてきている。その閉塞感漂う中で唯一の娯楽ともいうべきものは飲酒。ここ酒場が憩いを求める人で溢れかえるのはヘルマンのどこの町でも同様のことであるようだった。

「しかし酒臭ぇ店だ」

「そりゃ酒場だからな、当然だろ」

 カオスが何を当たり前のことをと言いたげに突っ込んでくる。ランスが不快げにギロッと睨みつけると、しまったとばかりに慌てて目を逸らすようにした。
 鼻を鳴らしてランスは開いてる席――奥のカウンター席の一つを陣取った。イオがすぐその隣に座る。

「ランスさんは何にする?」

「酒か。ヘルマンだと酒場ではどういうのが好まれて飲まれてんだ?」

「うし乳よ」

「なに?」

「なんて嘘だけど」

「……」

「まあ、ヘルマンと言えばやっぱりウォッカかしらね。他の国の人にもスタンダードに好まれてるのはウォッカ・トニックとかだけど、ランスさんがある意味好きそうなのはスクリュー・ドライバーね」

「じゃあ、適当にそれでいい」

「そう。それなら、マスター、わたしにはブルー・ラグーンのステアを」

 カウンターの向こうで恰幅のいいマスターが頷きを見せた。手際良く注文の酒をつくっていく。
 ランスはそこから視線を外し改めて自分の隣へと戻す。懐かしくも美しい横顔が目に映りこんだ。
 鼻から顎にかけての形が綺麗に整っており、シャープですっきりした顔だち。そこにかかるはまるで絹糸と見紛うほど細き銀色の髪。処女雪のようにどこまでも白く滑らかな肌は光量の落とされた暗い酒場の中で映え、ひどく艶やかな印象を放っている。
 イオ・イシュタル。かつてランスが空の都市に訪れた時、敵として出会ったヘルマン人の一人だ。長く見ていなかったがその容貌は少しも褪せていない。

「しっかし、まさかこんなとこでお前とまた会うとはな」

「それはこっちの台詞よ。よくもまあこんなとこに来たわね。ぶっちゃけ治安悪いし、観光名所があるわけでないし、めちゃくちゃ寒いしで来て得することなんてないわよ」

「そんなことはわかっとる。俺様の目的はカラーの森だ」

「カラーの森ぃ? ああ、なるほど。貴方もクリスタル狙って来た冒険者の一人ね」

「クリスタル?」

「違うの? カラーの額についてるあれよ。装備した人間の魔法力を高める効果があるんだけど。これがまた高値で取引されているもんだから、最近は貧乏でろくな職に付けないようなヘルマン人の大半が一攫千金を夢見て捕まえにいくのよね」

 二人の前に酒の注がれたグラスが置かれた。
 イオが手に取ったのは澄み切った鮮やかな青色の液体。その湖に浮かぶように薄くスライスされたレモンがのっている。グラスを傾けて一口。白い喉がこくりと音をならす。
 
「ま、でも、ランスさんならやっぱり可愛い女の子目当てってとこ? カラーは美しい種族だし、私も一度は遊んでみたい気持ちはあるけど……」

 イオが椅子の上で小さく肩をすくめる。

「あそこ生還率3割切ってるらしいのよね。その3割も生きて帰ったってだけで呪いで苦しめられてる者もいるから、実質本当に無事に帰れるの1割もいないのかな」

「ほう。呪いね」

 ランスは僅かに眉をあげる。呪いという単語こそ最も重要なキーワードだ。シィルの永久氷という呪いを解く手掛かりは呪いを操る種族が握っているはずなのだ。
 ランスもグラスに手を伸ばすと、一口啜る。喉に侵入した液体が胃に流れ落ち、熱くさせた。
 
「他にも、モンスターだの結界だのいろいろ障害があるみたいだけど」

 イオはちらりとランスを見やる。

「ランスさんだったらなんだかんだで全部何とか出来ちゃいそうかしらね」

「当たり前だ。俺様にやってやれないことはない。必ずやカラーの森を落として集落そのものを俺様のハーレムにしてやるぞ」

「ふふ、そうなったら、私もお零れを頂戴しようかな」

「うむ。で、そのカラーの森とやらはどこにあるんだ?」

 頬杖で支えてたイオの頭ががくっと下がった。

「ランスさん……そんなことも知らないでこっちに来てたの?」

「ヘルマンにあるってことを聞いただけだ。そうだ、イオは軍人だろ? 軍にはこのヘルマン帝国領内の地理情報を網羅した詳細な地図とかあるはずだ。それを俺様によこせ」

「それ大分問題のある行為よね……。あたし、女性魔法使いでただでさえ軍の中で立場弱くて、おまけに闘神都市奪取任務に失敗してもうホントぎりぎり状態なのに、そんなのバレたら今度こそ終わっちゃうわ」

「知るか。軍人辞めたら再就職でもしろ」

「知るかって、ヘルマンで仕事なんて、軍人でなけりゃ坑夫か娼婦ぐらいよ。軍人が一番マシなのに……」

 イオはお酒を掴むとぐいっと一息に呷る。深い溜め息をついてテーブルにグラスを置くと、ランスに首を向けた。

「……成功したら報酬たんまりもらうわよ」

「がはは、任せておけ」

 傲然と告げて、高笑いを放つ。そして笑みをぐふふとした性質のものに変えると、イオの体に自身の体を寄せていく。

「だが、確実に成功させるんなら、この俺様と言えどやはりそれなりに英気を養わねばならん。わかるよな?」

「ん? うーん……ここ、あんましいい宿ないけど、それでもいい?」

「かまわん、かまわん」

 目的の情報と美女とが手に入った事で上機嫌に笑う。
 そして、善は急げとばかりにランスが席を立とうとしたその時、
 ドンッ! バンッ!!
 突然、酒場のドアが乱暴に押し開かれた。酒場の客の誰もが雑談を止めて、そちらに注目する。
 入口からは大きな音とともにまるで黒い波のようにぞろぞろと人が大勢店内に流れ込んで来ていた。それら全てがヘルマンの軍服に身を包んで武器を携帯した格好だった。
 物々しい光景に客が色めき立つ。

「誰一人そこを動くな。大人していろ」

 軍人の一人が鋭く言う。普通の人間なら黙って従うだけの力が込められている。

「い、一体なにごとですか? うちに何の用で……?」

 誰もかれもが目の前の急な出来ごとに目を白黒させている中、酒場のマスターが進み出て説明を求める。
 しかし軍人はそれを無視すると、数人をともなって店内を歩いていく。
 いったい何をするのかと眺めていると、ランスの目の前に軍人たちが立った。ヘルマン軍人は皆体格がゴツく、近くを囲われるだけでかなりの圧迫感が感じられる。
 ランスはちらりとイオに目だけを向けて、「こいつらなんだ?」と問うてみたが、彼女にもわからないらしく首を小さく振られた。

「……お前が、ランスだな?」

 ランスを囲む軍人のうち一人が太い声で誰何してくる。

「内乱を計画した者として、お前の身柄を拘束する」

「は? 何を訳のわからんこと」

「連行しろ」

 有無を言わさずといった感じでただ短く告げると、軍人がランスの体を掴もうと動く。

「ちいっ、ふざけやがって」

 そろそろいいところという時に邪魔され、おまけにその理由とやらも全く訳がわからないもの。とてもではないが、大人しく捕まってやる気持ちなぞ生まれない。
 ランスは右手でグラスをひっ掴むと、近くの軍人たちの顔目掛けて中身をぶちまけた。

「くっ! 貴様っ」

 怯んだ隙を見計らってランスの左手がカオスに手をかけると、抜剣した勢いそのまま切りかかった。
 派手に血しぶきが飛び散る。その光景を目の当たりにした周りの客が恐慌を起こし、悲鳴が高くあがった。パニックに巻き込まれたテーブルがひっくり返って、皿やグラスが激しい音をたてて無残に散らばっていく。
 酒場はあっという間に阿鼻叫喚の巷と化した。逃がれようとする客もいたのだが、出口付近は武装した軍人らに完全に固められており、壁際でに寄って巻き込まれないよう身を小さくしてがたがた震えるより他はなかった。

「抵抗するな! 大人しくしろ!!」

 軍人が息まいてランスに向かってくる。
 ランスはそれを迎え撃つが、相手は素人でなくまさしく戦闘のプロ。先日の盗賊団とは錬度がまるで違う。一人一人のレベルが高いため、予想以上に手古摺らされる。

「ええい、イオ! お前もつっ立ってらんで手伝わんか!」

「手伝えって……私の所属もヘルマン軍なのよ」

 助力を求めるものの、イオは私人としての知り合いと公としての軍としての立場で板挟みになり、動けないようだった。向こうの味方にならないのが彼女にとっての限度というところだろう。
 ランスはぎりっと唇を噛む。

「ぐぐぐ……」

「相棒、ここは逃げたほうがいい。最短で出口をつっきるぞ」

「うるさい、わかってる!」

 カオスの言葉に怒鳴り返すと、ランスは出口のほうに体を向ける。その行動とカオスの言葉とがあり、出口の付近でいっそう固められる動きがとられた。
 しかし、ランスはほくそ笑んだ。そこから体を翻し、向かっていったのは、まったくの真逆。そこは一番軍人の包囲が手薄な方向だった。
 一人の軍人が立ちはだかるが、ランスは近くで頭を抱えて蹲っていた酒場のマスターを掴むと、その軍人の前へと放った。
 無関係の民間人が間に入ることになり、軍人はさすがに一瞬攻撃の手を止めざるを得なくなる。
 しかし、ランスは一切の躊躇なく攻撃できた。

「ラーンスあたーっく!」

 強く叩きつけられた剣から放たれる青き波動が軍人もマスターも、さらには奥の壁さえも一気に吹き飛ばした。そのことで建物に大穴が開いて外につながる"最短の出口"が生まれる。進路を阻む物は何一つない。
 これでもはや逃げきったも同然。そう思って、ランスは出口目指して走ると――そこで異変がおこった。
 最初に感じたのは急激な体のだるさだった。頭も何だかぼーっとしはじめる。
 異常な危険を感じて、脱出を急ごうとするが、前を見ると出口が二つに見えた。

「んん?」

 ランスは驚いて、頭を振る。その行動をカオスが訝った。

「どうした?」

「……いや」

「おい、まさかお前さん、酒の酔いが回ったとかいうんじゃないだろうな?」

「なわけあるか!」

 口では強く主張するが、今度はその足つきがふらふらと左右に踏み違えてしまっている。
 遂にバランスを崩し、蹈鞴を踏むもそこでなんとか踏ん張ろうとしてランスは足に力を入れた。
 が――
 何故か足が全く言うことをきかない。

「!?」

「おい、ホントどうしたんじゃ?」

「あれ? 足に力が入らな……あれれ?」

 驚くほど簡単に力が抜けていき、ランスはすっ転んだ。
 起き上がろうとするも、体が重たくて、まったく言うことを聞かない。

「おい、なんだ、相棒どうした!? しっかりしろ! 兵が来るぞ、おい! 相――」

 カオスの叫びがどこか遠くのものにように聞こえていた。
 もはや何がなんだかわからないが、それもだんだんどうでもよくなってきた。
 ともかく眠かった。瞼が恐ろしく重たい。意識が深い深い穴に落ちていくようで……。
 





「ルーベラン隊長、目標を確保しました」

「そうか、予想以上に梃子摺ってしまったな」

 ヘルマン軍遺跡警備大隊隊長、ルーベラン・ツェールは僅かに顔を曇らせた。
 政府の転覆を目論むグループに協力する男がいるとの情報を軍が手に入れ、その人物の身柄を拘束するため上からの指示で此処ログBにルーベランらは派遣されたのだ。
 非常に高いレベルの戦士という情報と、グループの他の仲間のことも警戒し、それと同時に威嚇の意味も含めてかなりの数を揃えてこの任務にあたったのだ。目的自体は果たせたが、これでは正直内容はあまり褒められたものでない。

(警備大隊の主たる仕事はあくまで遺跡の守り、そしてその対象も盗掘者やモンスターと軍としてのあり方がこの仕事と全く違うため不慣れだった、などと言い訳なども出来ないわね)

 自己の未熟さを恥じ入るように唇を噛み締める。
 隊員は報告を続けた。

「それと別にもう一人、男と一緒にいた者も確保したのですが」

「何? もう一人……? 話では一人だと聞いてはいたが……やはりグループの仲間と一緒にいたのか……?」

 そして兵士が縄にかけた女を引き連れてきた。

「ちょっと離しなさいよ! 何で私まで捕まえるのよ、私はヘルマン兵よ。ふざけるのもいい加減にしなさい!」

 口うるさく抵抗していた捕縛者を見たルーベランは片眉を上げる。

「あなたは……イオ・イシュタル……」

「え……ル、ルーベラン・ツェール? てことはこれ何? 遺跡警備大隊? 遺跡に引きこもってる辛気臭~い部隊がこんな田舎町に出張って何してんのよ」

「貴様、我等を侮辱するか!」

 縄を持つ兵士がきつく締めあげた。イオは呻きを漏らしながらも、唇を歪める。

「ふん、プライドだけはあるのね。でもひきこもってばっかで突入や捕獲に慣れてないから手際も下手っぴでお粗末としか言えないわ。しかも縛り方もへ タ ク ソ」

 あからさまに馬鹿にしたようなイオの瞳を受け、周りの兵士が顔を怒らす。
 殺気があたりで噴出するが、ルーベランはそれらを「よせ」と手で制した。

「隊長、この女はあの男と一緒に酒を飲んでいたことが確認されてます。おそらく軍の情報を流していた裏切り者かと」

「勝手な憶測でもの言ってんじゃないわよ! 私は何もしてないって言ってるでしょ。というかルーベラン、そもそも内乱って何なのよ!」

「上からの話によれば、そのランスという男は現政府転覆を目論んでいる最も危険な反国家組織のトップと特別親しい繋がりがある人物だそうよ」

「え? ええっ!? 冗談でしょ!?」

「嘘が十八番のあなたと違って私はこんなとこで冗談を言うのは好まないわ」

「……」

「それで、どうされますか隊長?」

 側にいた副官がイオの処遇を訊ねた。ルーベランはやや考えて告げる。

「……この男といた現場を押さえた以上その事実を無視は出来ません。連れて行きましょう」

「はっ! 了解しました」

「イオ、あなたとは同期で知らない仲ではない。心苦しくはあるけど、これも仕事。取り調べの為に我々と一緒に来てもらいます」

「心苦しいなら解放しろってのよぅ」

 それは心からの切実な願いだっただろう。イオはがっくり肩を落としていた。





-ボルゴZ-




 ズキリ――。
 激痛があちこちを走る。痛みがランスの意識を呼び覚ました。

(っ! ……くそがぁ……)

 薄暗い独房。じめじめした床に平伏する自分の姿に気づき、屈辱でその身を震わせた。
 傷ついた体を引きずっていくと、なんとか壁を支えとし、身を斜めにする。
 尋問で殴られ無数の痣が残る体は着慣れた鎧ではなく、袖すらない安物の布の服で包まれている。防寒にもならず、身は凍えんばかりに冷たい。
 その上でここ数日の間、食べものはおろか水さえまともに与えられず、ランスは憔悴しきっていた。
 怨嗟の言葉を呟くが音にならず、渇いた唇がかすかに動くだけだ。

(寒い……腹が減った……喉も渇いた……全身が死ぬほどいてぇ…………ああ、くそ……何だよ………俺様はこんなとこで朽ちて死ぬのか?)

 不適な顔も、余裕の笑みも、偉そうな態度も、自信満々な言葉もなに一つとして出てくることがなかった。
 精神も擦り切れ、瞳の輝きも失われつつある今、限界、そんな言葉も過る。だが、それでも最後の一つの線を支えるものがあった。一つのおもい。

「シィル……」

 一人の女性の名前。その言葉の感触にただ救われる。まだ生きるためのものがあるのだ。
 こつ――。
 ふと、外から物音が聞こえた。かすかであるが耳を澄ませれば聞くことが出来た。
 少しずつ捉える音の量が多くなり、こちらに近づいてるように思えた。

(……ヘルマンの見張り兵か? しかも一人……?)

 もしそうならぶち殺してでもここから出てやろうとランスは思った。

「ランス……」

 扉の前から自分を呼ぶ声に力を振り絞り体を起こし、顔上げる。

「……か、なみ……?」

 そこには見慣れた女忍者の姿があった。





[29849] 1-5
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:31

 走る。ひたすら走る
 これは現実なのだろうか
 重い。重いはずなのに、軽い。
 背に伝わる熱が低くなってる。
 背に伝わる音が弱くなってる。
 嫌になるくらいでっかい存在感なのに……薄くなってる。
 まるでそれが消えていくようで。
 それは、絶対駄目……。
 そんなこと、認めない。
 そんなこと、許さない。
 だから、走る。ひたすらに。がむしゃらに。








 -Rance-もう一つの鬼畜王ルート
 第五話 ~scheme~








 リーザス城、執務室。マリスはいつもの事務をしていると、室内に自分とは異なる人の気配を感じ取った。
 顔を上げると忍者が一人、目の前に立っていた。いつもの赤い忍び装束がトレードマークの者ではない。もっと地味な黒と茶のスーツを着ている大人の女性だった。
 彼女がここに何をしに現れたのかは予想がついた。マリスは仕事の手を止めて端的に報告を求める。

「それで、首尾はいかがなものでしょう?」

「上々♪ あなたの言ったとおり情報流したわよ。あちらさんは予想以上に食いついたわね」

「ランス殿はヘルマンではある意味有名人ですからね。おまけにゼス国であのパットン・ミスナルジと共にいたとこを目撃されましたから。へルマン上層部ではかなりの危険人物とみなされてるのでしょう」

「どうりで軍が血眼になって捕獲しようとするわけねえ。ま、私が酒に細工をしかけてアシストしたおかげで捕まったわけだけど」

 女忍者は唇の端を上げて微笑む。

「ええ、おかげでヘルマン軍の方々にはいい足止めになってもらえたようです。彼に簡単にシィルさんの呪いを治してもらうわけにはいきませんからね……」

「ふーん。それでわざわざ軍に狙わせてヘルマンでの行動を制限したってこと?」

 その問いにマリスはこくりと頷くことで、肯定を示した。

「で、後は牢獄から救出して、多大な恩を着せる、と?」

「そのことであの方が恩を感じるとはとても思えませんが、まずヘルマンへの強い恨みは確実に持つでしょうね。そしてカラーの森を求めたくとも自力でヘルマンに入り探索が難しいこともはっきりとしています。ならば、全てを解決するには我々リーザスの力に頼らざるを得ないはずです」

「……そんなにしてまで彼が欲しいの?」

 そんなにという言い方に含まれるのは、嫌悪ではなく疑問。懐疑でなく興味からの質問のようだった。

「そうですね、非常に魅力的な男性ですよ」

 どうしても必要な人物。それこそ喉から手が出るほどだとマリスは思う。何せ愛してやまない主君が心から求めているのだから。

「まあ、イイ男って言えばそうかもだけど……あたしのタイプとしてはもう少し年を重ねて渋みが出ると良いと思うんだけどねぇ」

「ふふ、子供っぽいのも彼の魅力の一つだと思いますけどね」

 マリスは、冗談交じりに小さく微笑を刻んだ。

「ま、それはいいわ。彼がヘルマンに捕まるように影で支援するのは終わり。次の仕事は? 助けてここに連れて来るのは別の忍者の仕事なんでしょ」

 私の方は? と問う女忍者。

「また、ヘルマンの忍者として――」

「間諜となって、こっちに情報を流せば良いのね」

「ええ、お願いしますね」

 マリスは厚い封筒を机に置くと、女忍者の方に手で滑らせる。
 それを受け取ると、女忍者はにんまりと笑みを零した。

「ふふ、報酬さえ貰えればあたしは何だって構わないけどね」

 そう言って、ひらひらと手を振ると、女忍者はふっと影も残さず消えた。
 室内にはマリスが一人が残る。しばらくして、そっと小さく息を吐いた。強張った身がわずかに緩んだように感じた。どうやら思っていたより緊張していたらしい。しかし、それも仕方のないことと苦笑する。
 シィル不在という千載一遇の好機。かなみから報告を受け取ったあの時、マリスはどれほど神に感謝しただろう。あの瞬間から、ずっと一つの計画を描いていた。そしてことの準備は着実な進みを見せ、目的の達成は近い。もはやすぐ手に届きそうな位置にまである。

「さて、私もいろいろやることがあります。これからが大変ですね」

 大変と言葉には出していたが、しかし全く心は苦痛を感じていなかった。むしろ口許は思わず綻んでしまうほど自然楽しげなものになっていた。

「リア様、もう少しです。もう少しで貴女のお望みが叶います……」

 万感の想いを籠めて呟く。マリスは瞳を天に向けて仰ぐと、それからゆっくりと瞼を閉じた。






 かつて大陸の中央部にボルゴという都市があった。それは高い山と砂漠に挟まれた非常に劣悪な環境の街だった。
 人が住み、生活していくのに厳しい場所。当然進んで人が集まって形成したわけではない。虐げられた部族が追いやられたことでここに集落を作ったのが始まりだった。
 強制退去。隔離。しかし、なおもボルゴの人々への迫害は止まることはなかった。細々とでも平穏に暮らすことすら許されず、下賤の身はより優秀な者に管理、支配されるべきと、今度は人々が家畜、奴隷として扱われていき……そしてその都市は、彼らを管理するための場へと変わっていった。
 人々は、その管理に縛られ、逃げることも許されず、強制使役での体の酷使や無意味な虐殺でその数を減らし、終に死に絶えた。
 それでも、彼らの作った都市だけは生き続けた。”檻”としてなおも残って生き続いている。
 そう、檻である。
 かつて、そこに閉じ込め続けたその強力な管理体制と堅牢な囲いは、永遠に繋ぎ止めるための檻。
 逃がれることを不可能とする地。囚われたもの全てが、ここで命を亡くし、最期を迎える。かつてがそうであったように……。
 そしていつからかこの地は、そこが”最期”と、『Z』という名で呼ばれるようになった。



 草鞋を履いた足が地をしっかり踏みしめる。藁が渇いた音をたてた。

「ここがボルゴZ……」

 特別な感慨は込められていない。
 見当かなみはマリスから出された新しい指示により、ここヘルマンの牢獄都市へと来ていた。
 ボルゴZ。ヘルマンの囚人や捕虜を閉じ込めるための施設。多くの犯罪者が収容されている。
 唯一の入り口である門は、鋼鉄の扉で固く閉ざされており、全てを拒絶するかのような壁が都市を覆い囲むように大きく存在している。
 都市と名がつくが居住区域など一切存在しない。代わりにあるのは、収容区域。さらにその収容者を強制労働させる労働区域。そしてそれらを管理する管理部と兵舎のある管理区域。これらの三つの区域でここ牢獄都市は構成されていた。
 時刻は深夜。都市内を薄闇が満たしているが、その闇を切り裂くように投光照明が強力な光を放っている。
 かなみはそれらの光を避けながら、その身を闇に紛れさせていく。高く聳える監視塔の目を掻い潜ると、収容区域の中でも特に死刑や無期などの重犯罪者を拘禁している獄舎、特別棟へと潜入した。
 ぬめるような空気、不快な異臭に迎えられる。奇妙な染みや人の手で付けることが出来るのかと思うような強い力でひっかいた爪痕が残る壁など明らかに異様さを漂わせる内部。かなみの前には石造りの回廊が長々と伸びていた。

(意外に中は手薄ね……)

 と、思っているそばからかなみの瞳はわずかな光を捉えた。
 警備兵士の見回りのようだった。
 かなみは陰に素早く身を隠し、やり過ごす。息を潜め、気を抑え、存在を薄くし、周りと同化する。
 兵士は、侵入者が潜んでいることに全く気づくことなく、明かりを床に滑らせると、硬い床の上をそのまま進んでいった。
 遠ざかる足音に耳を傾けつつ、壁から僅かに顔を覗かせて相手が通り過ぎたのを確認すると、ほっと息を吐く。

(もう、大丈夫ね)

 壁から身を出し、再び歩き出そうとするかなみ。
 するとその時、遠ざかったはずの足音が、何故か近くに聞こえていた。

「いけね、今日の俺の巡回ルート一つ手前だったな」

(えぇぇーーーー!? 何でそうなんのよ?)

 間違えんじゃないわよ、ばかぁ、と内心涙目で悪態をつくも既に遅い。
 兵士の持つ探照灯の明かりがかなみの姿を捉えていた。

「ん? おい! そこにいるのは誰だっ!?」

(くっ、しょうがないわね)

 仲間を呼ばれる前に対処することを考え、素早く動く。かなみの足は床を鋭く蹴った。
 かなみは一瞬で背後に回りこむと、口を押さえ、絶妙な力加減で首を締め上げて兵士を倒す。そして、倒れた兵士を誰の目にもつかないように柱の陰へと引きずり込んだ。

(これで取り敢えずよし、と)

 一先ず何とかなり、安堵するが、このままのんびりはしていられない。
 巡回の兵士が一人消えたことは時間が経てば、わかってしまう。一刻も無駄に出来ないとかなみは先を急ぐことにした。警戒しながら、柱から柱へ駆けて行く。内部の道順はスパイからの情報で全て把握しているため迷いはない。
 そしてやっと目的の独房がある監房北ブロックに辿り着いた。

(そういえば、何であいつ捕まってんのかしら)

 ここに来てかなみの脳裏に疑問が浮かんだ。
 仕事の内容はここに捕まっているとある男の救出。しかしその救出対象が何故捕まっているのかまでは聞いていなかった。というか本当に何故と思うほど捕まっているという事実がにわかには信じられないものがある。普通ならば捕まることなど考えられないのだから。
 その男が犯罪なんてしない清廉潔白な人物であるからとかいうものではない。むしろ逆で、強姦事件を数え切れないほど起こし、犯罪の中でも特に重いはずの強盗殺人も平気でこなす男。
 捕まっておかしくない。おかしくはないが、捕まるわけがない。脅迫をして犯罪のもみ消しだってするし、仮に街の警察組織が動いたとしてもその程度の組織では返り討ちにあう。故に捕まるはずがない。おまけに悪運だって馬鹿みたいに強い。
 そう、簡単に捕まるようなら、自分はこんなに苦労しないだろうとかなみは思う。

(でも……まあ、あいつだって一応人間だし、たまにはドジ踏むことぐらいあるわよね)

 そんなことを考えるとかなみは思わず、くすりときた。ここで、ちょっとした悪戯心が頭を擡げてくる。
 いつも馬鹿にされたりいじわるされているんだ。今日は逆にこっちが馬鹿にしてあげよう、と。たまには、それくらいしても罰は当たらないだろう。
 いつぞやは自分がヘマをして捕まってるとこを見られたこともあった。だから今度はこちらの番。
 自分が助け出し、相手が顔を真っ赤にしてすごく悔しがる絵がかなみの頭に浮かぶ。
 しかし――
 その予想図は大きく裏切られる形となった。



「ランス……」

「……か、なみ……?」

 目的の独房に着いてみて、かなみの表情は瞬時に凍りついた。目にしたのは、悔しがる姿でも恥ずかしがる姿でもない。傷つき、ひどくやつれたランスの姿であった。

「ランス!」

 思わず悲鳴を上げ、駆け寄る。近くに寄ったことで、よりはっきりした。その闇に慣れた忍びの瞳の所為で、薄暗い中でもまざまざと見せ付けられたのだ。
 ランスの全身は無数の傷に覆われていた。硬いもので殴られたであろう痣や鞭のようなもので叩かれたであろう蚯蚓腫れまで出来ていた。
 あまりの惨たらしい有様に普通ならとても正視するのに忍びない。

(ひどい……なんでこんな……)

「…………あ……う……」

「!! 待ってて、今すぐ開けるから」

 扉の鍵を開け、中に入る。

「しっかりして!」

 かなみはランスの上体をゆっくり起こし、今手持ちの世色癌を確認する。
 袋には一粒しか入っていなかったが、ないよりマシと思うしかなかった。

「世色癌よ。ほら、ランス、口開いて」

「…………く、ち……うつし……」

 辛うじて搾り出された一言はランスらしい言葉だった。それだけにやや落ち着きを取りもどすことができる。

「あ、あほな事言わないで、ほら」

 かなみはランスの顔を上げ、口を開かせると世色癌を口内にいれる。こくりと喉が鳴り、ランスが飲んだことを確認する。
 顔色は、全く変わらないがそれでも本人は少し楽になったのか、立ち上がろうと腰を上げようとする。しかし、ランスの体は急によろめいてしまい、かなみはそれを慌てて支える。
 ランスから苦鳴が洩れた。

「く……くそう……」

「ちょっと! 大丈夫!?」

「……う、るせぇ……よ……忍び、込んで……きて……るんだから、静か、にしろ……よ」

「だ、だって」

 ランスは足も震え、支え無しでは今にも崩れ落ちそうだった。それを手助けするべくかなみは、腕を肩に回し、体を支えようとする。
 しかしながら、

(お、重い)

 小柄のかなみには成人男性としてそこそこの体格をもつランスの全体重を支えるのは少々酷なものがあった。それでも自分が弱音を吐いて良い場でないことはわかっている。懸命にランスの体を支えようと力を入れた。

「……おい……」

「こ、これぐらい平気よ、あんたが心配しなくても……JAPANで修行してレベル上がって、筋力も結構ついたから」

 そうして心配させまいと努めて明るい口調で言う。だが、ランスは首をゆっくり振った。

「ち、がう……音……がする……誰、か……ここ、来やがるぞ」

「え?」

 言われて耳を澄ませてみると、確かにこちらに駆けてくるような音を捉えた。それも一つや二つではない。

「……くっ……お前が……大、声だす……から」

「うっ」

「ど、うすん……だ?」

「大丈夫よ、マリス様から何かあったときの為にって帰り木を貸してもらったから、これですぐリーザスの街に転移出来るわ」

「……そ、うか、流石……マリス、頼り……になる女、だ」

(どうせ私は頼りにならない忍者よ)

「……拗ね……てる、暇は……ない、さっ……さと帰る、ぞ…………うっ」

 ランスが呻く。それを見て、今の状況を思い出したかなみはあたふたとしながら急ぎ帰り木を懐から出して使用する。
 帰り木から溢れる魔力が二人を包み空間が歪むと、二人の姿はその場から消え去った。





-医務室-



「それで……無事、なんですね?」

「はい~。傷の手当ては終わりましたし、体力も休めば戻ります。とりあえずしばらく安静ですね~」

 担当医がにこやかな笑みを浮かべ、説明する。その間延びした声は不安を取り除き、安らぎを広げてくれた。かなみの口から安堵の溜息が漏れでた。
 ベッドの上に目を向けると、ランスが包帯だらけで痛々しい姿ではあったが、すやすやと静かな寝息をたてて寝ている。

「そりゃそうよね。こいつなんて殺しても死なないような奴だもん」

 ここまでくるといつもの憎まれ口も自然とでてくるようになった。
 こんこんこん。
 その時、控えめなノックが聞こえてきた。ワンテンポ遅れて女医が返事をだす。

「どうぞ~」

「失礼します」

 扉を開けて入ってきたのは、マリス・アマリリスであった。かなみはベッドから離れて、マリスに近寄る。

「マリス様」

「ランス殿の容態は?」

「あ、先生の話だともう大丈夫だそうですよ」

 それを聞いたマリスが女医の方へ顔を向けて改めて確かめると、彼女は「はい~」と笑顔で頷いてみせる。マリスの表情の固さが少し和らいだ。

「それを聞いて安心しました」

「あ、そうだ。リア様にランスが来たこと知らせたほうが良いですよね。私、行ってきます」

 かなみは、すぐさま主君へとこれを報告すべく退出しようとする。一早く知らせてあげないと不味いことになるだろうと簡単に予測できるからだ。
 しかし、マリスがそれを制した。

「かなみ、待ちなさい。それはしなくて構いません」

「え? どうしてです?」

 かなみはきょとんと目を瞬かせ、疑問を投げかける。

「ランス殿のこのような姿を見せたらそれこそ深いショックを受けかねません……完治してからお伝えしたほうがよりよいでしょう」

「そ、それもそうですね。こればかりはリア様のために黙っておいたほうがいいかもしれませんね」

 ランスの姿を眺めてかなみは納得する。リアがこの様を見て気絶してしまう姿が容易に想像出来る。そうでなかったとしてもこれを成した者を殺すためだけに戦争をふっかけるぐらいしそうなものだ。

「とりあえず、ランス殿は誰かの目につかぬよう他の部屋に移し、絶対安静ということで面会謝絶としましょう。かなみも他の方に情報が漏れないよう注意してください」

「あ、えっと……はい」

 かなみは素直に頷くと、部屋を辞去した。

 ――それは本当に一瞬だった為に気のせいだったのかもしれない。
 かなみがドアを閉じるその寸前、僅かな隙間の向こうに見えたマリスの口許はうっすらと笑みを浮かべているようだった。




 そして、そのまま誰にも知られないようランスが特別な個室に移されて一週間の時間が流れた。
 ランスは、そこでようやく目を覚ました。完治とまではいかないが、傷もほぼ消え、顔色も随分とよくなっていた。
 開口一番に「腹減った」と言い、今は一週間分の食事を取り戻すかのように食べることに没頭している。

「マリス、メシの御代わりだ」

「はい、畏まりました……どうぞ」

 部屋にはランスと給仕のためにいるマリスの二人だけだった。

「うむ。はぐはぐむしゃむしゃ」

 ランスは差し出されたお皿を受け取ると、次から次へと乱暴にその大きく開いた口へとかきこんでいく。
 マナーも気品もあったものではないが、マリスはそれを見ても特に気にすることはなかった。

「ふう、やっと一息ついたな」

 ランスは皿の山の前にナイフとフォークを置いた。

「もう十分でしょうか?」

「ああ」

「そうですか、それでは食事はこれで終わりということで、お話の方を伺っても宜しいでしょうか」

「話……か、しかし思い出すだけで腸が煮えくり返るな」

 ランスは、ヘルマンに行くと、そこでいきなり訳の分からない理由で軍隊に襲撃され、牢獄に連れていかれた話をした。多分に脚色はあったのだが、全ての事実を把握しているマリスにとっては話が嘘でも真でもどちらでも対応に変わりはなかった。

「……なるほど、こちらはランス殿が捕まったという情報が向こうに潜ませている忍びからいきなり届いたものですから驚きましたよ」

「そうか、だからお前がかなみを助けに寄越したのか」

「はい。何とか救出できたようで幸いです」

「……おい、マリス、ついでだ。……リーザスの全兵力を俺様に貸せ」

「…………それは、どうされるおつもりで?」

「決まってる。あそこまで俺に屈辱を与えやがったのだ、ヘルマンという国そのものを滅ぼさなきゃとてもじゃないが腹の虫がおさまらん」

 決意と闘志に溢れたランスの瞳はひどくギラついていた。
 しかし、マリスはその視線を真っすぐ受けても首を小さく振って、承服しなかった。

「なるほど……ですが、それは無理な話ですね」

「な!? どういうことだ?」

 自分の望みが一言の下に斬り捨てられたことで、ランスはかすかにいらだちの混じった声になった。怒りを帯びた眼光を浴びてもなお、マリスは冷静さを崩すことなく言葉を返す。

「流石に私的な事情で我が軍を振り回すわけにはいきませんから」

「おい、JAPANの時は貸しただろ」

「確かに、援軍は送りましたが、裏で自由に動かせる忍者部隊と軍として確立していない砲兵部隊を動かしただけです。親衛隊ですら隊の半分以下を動かすのにも大分無理をしたんです。こちらの主力であるリーザス正規軍を個人に貸せるはずがありません」

「ちっ、なら……」

「ゼスもまた同じでしょう。正規軍たる四将軍の率いる部隊はおそらく動かせません。仮に動いたとしても現在のゼスではあの軍事帝国ヘルマンを破ることは不可能でしょう。そういった意味では疲弊しきったJAPANも同じと言えますね」

「………………」

 淡々と告げられていく事実にランスは唇を強くかみしめ、渋い顔になる。マリスはそれを静かに眺めていた。
 沈黙が場を支配し、どれくらいたったであろうか。
 そろそろ頃合いだと、マリスはゆっくりと口を開いた。一つの道を、一つの救いをランスへと与えるために。

「でも」

 唇をそっと動かして、紡ぐ。

「もし、ランス殿がリーザスの王であれば、軍の統帥権を手にすれば、リーザス軍をお好きに動かすことも可能です……」

「……マリス?」

「ランス殿、リア様と結婚して下さい。リーザスの王になれば、貴方の望むもの、全てが手に入るでしょう」

 冷えた空気を震わす。
 その言葉は、蛇。禁断の果実を手にするよう唆す、誘い惑わす蛇である。
 ランスへとからみつかせ、じわじわとしめつけ、思考を痺れさす。

「………………」

「貴方の願いの全てはそれでかないます」

「………………」

「……リーザス全てが貴方のものに、貴方の力に」

 甘く、甘く囁く。それこそが至上であるように。甘美な残響を耳朶に広げていく。それこそが至極であるように。
 そして、ランスは――

「………っ………………わかった」

 果実を、手にした。
 
「!」

「俺様は王になる。リアと……け、結婚してやる」

「………………」

「そしてヘルマンをぶっつぶす!」

 そう宣言してランスはいつもの高笑いをした。
 新しい王の誕生。マリスはその王の前に跪いた。

(リア様……良かった、これで……)

 垂れた頭。その表側では歪んだ喜悦だけが浮かんでいた。


 第一章終わり






[29849] 2-1
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:31

 ―第二章―


 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第六話 ~wedding~




 ランスがリアと結婚することを承諾して二週間の時がたった。
 この日、リーザス城の大広間では婚礼と新王即位の儀が伝統と格式に則る形で盛大に行われていた。
 白壁や柱には芸術とも呼ぶべき精緻な彫刻がなされ、天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされている。大陸でも有名な楽師団が高い音楽技能から奏でる音色が空間を心地よく満たしていた。贅の限りが尽くされており、広間はまさに大国の結婚式に相応しい場と言えた。
 刺繍や宝石類の豪奢な装飾で絢爛とした緞帳が降ろされ、真紅の天鵞絨の絨毯が長々と敷かれた道を中央として左右に客席がしつらわれている。
 客席には、JAPAN、ゼス、自由都市等、国家間問わず様々な招待客が座っていた。周りの華美な装飾に負けじと誰もかれも綺羅を纏っている。
 ステンドグラスから鮮やかな光が広がる中、白のモーニングコートにグリーンのタイを身につけた新郎、そして煌びやかな純白のドレスを纏った美しき新婦の両名に祝福が贈られる。
 今、ランスとリアは並んでぎんぎらの衣装を纏ったAL教神父の前に立った。

「新郎ランス。ランス…………ランス……」

 神父の言葉がそこで途切れる。何故か先が続かない。その様子にリアが訝しがった。

「どうしたの? 早く続けてよ!」

 いい加減に焦れて、語気を強めて先を促すと神父は恭しく頭を下げた。

「失礼でございますが……ランス様のフルネームは……?」

 そう問われたリアは頬に指を添え、小首をかしげる。

「……そういえば、リアも知らない」

「ランス様……よろしければ、今、お教え頂けないでしょうか……?」

 神父は相手が大国の王になる立場もあってか、なるべく失礼のないような丁寧な物腰で訊ねてきた。
 しかし、ランスは億劫そうなそぶりで手を振った。

「貴様ごときに教えてやるのは、勿体無いな。無しでやれ、無しで」

「え~、ダーリン、リアにも教えてくれないの?」

「いい男には一つや二つ、秘密事があったほうがいいのだ」

「きゃー!! ダーリン超かっこい~」

 胸を張って応えるランスを見つめて、目を子供のようにキラキラ輝かせはしゃぐリア。

「は……はあ……え~……では……こほんっ!」

 気を取り直すべく神父は咳払いすると、改めて誓いの儀式を進めた。

「新郎、ランス……汝は、病める時も健やかなる時も、新婦リアを一生愛し続けますか?」

「多分……」

「は?」

「いや。――はい」

「新婦、リーザス王家第一王女、リア・パラパラ・リーザスよ、汝は……」

「はいはい、ついてきまーす。二人でお爺ちゃんと、お婆ちゃんになりまーす」

「でっ……では、聖書の上に手を置き、誓いの宣誓を……」

 神父は先ほどよりもずっと頬を引きつらせたような表情をしてたが、それでも熱心に職務は続けようとしている。

「せっ……宣誓?」

 思わずランスが呻くと、リアが安心させるような微笑みを向けてきた。

「だいじょーぶ。神父様の仰った事を後から言えばいいだけよ、ダーリン」



 二人のやりとりを、そこにいる全員がそれぞれの思惑の中で見つめていた。

(リア様とランス殿……いや、ランス王か。うっ……なんというか……感無量じゃ。ワシの娘のハウレーンもいつかああして……。うむ……年寄りになると涙腺が脆くなっていかん……)

 感極まり、リーザスの大将軍バレス・プロヴァンスは目尻に涙を浮かべてしまう。リアが幼い頃からずっと見守ってきた者の一人としては深い感慨があるようだった。
 その隣に座る金髪の美青年は切れ長の瞳を細めて、ずっとランスへと向けていた。

(とうとうこの日が来たといった気分だ。剣の腕の素晴らしさ、そして大胆な決断力……王として申し分ない……)

 その視線には好意、敬意、肯定、そして自身が認める者の為に剣を振るえる喜びがあった。

(あの人が噂のランスさんかぁ……まさかこんな形で遇えるなんて)

 同じくリーザス側の席に座る赤軍の副将メナドは、遂に知り得た英雄の姿に深く感じ入っていた。
 リーザス軍上層部はランスの魔人殺しという武勇伝を知っていたため概ね好意的に捉えられていた。しかし、全てが全て歓迎と言うわけでなく、

(男の王か……。働きがいはなさそうだが、まあ余計な目をつけられたりしないよう適度にゴマをすっておくか)

 今後のことを心配する者もいたり、

(リア様の選んだ男か……色々な噂は聞いてますが……実際のところどうなのか……明日の人民の前で行われる演説が楽しみですね……)

 評判のみにとらわれることなくあくまで冷静に見定めようとする者もいれば、

(ふふ、あの男がリア様がいっておられた例の方ですわね。そして今日からわたくし達の仕える主……。お強いとは聞いてますけど、これからが楽しみですわね)

 やや挑戦的な視線を向ける者もいた。



(良かった……本当に良かった……リア様、お幸せそう……)

 リアの幸せそうな笑みを見て満足げな笑みを浮かべるのはマリスだった。主の幸福こそが至上の喜び。宿願を果たせたことは最も欣快とするところであり、この場の誰よりも二人のことを祝福していた。
 だが、その隣ではかなみが対照的にひどく陰鬱な表情をしていた。それはまるでこの世の終わりに直面したかのようで、顔には縦線が入り、色も青くなっている。

(はぁ……ついにランスが、この国の王様に…………はぁ……)

 おそらくこの出来事は今までの人生の中で一番不幸な時といっていいほどだった。だが、きっとこれが最下限というわけではないはず。これは序章に過ぎないのだ。ランスが王となった以上まだまだ不幸は待ち受けているだろう。
 それがわかるかなみはがっくりと肩を落とした。


 そしてまた一人、結婚式という場なのに実に暗い顔した女性とむすっと愛想のかけらのない表情をしている女性がいた。

「あのお姫様も思い切ったことするわね……」

 カスタムからの出席者、魔想志津香がポツリと呟いた。
 その友人であるマリア・カスタードは眼鏡の奥に複雑な感情を湛えた瞳を揺らしていた。

「ランス……。……シィルちゃんがあんなことになっちゃってるのに何で……?」

「ふん、知らないわよ。あの馬鹿のことなんて」

「……もしかしたら、シィルちゃんのことで何か考えがあって……」

「何も考えてるわけないでしょ、マリアはあいつのこと好意的に見すぎよ」

 志津香は眉を吊り上げ、現実を諭すよう冷たく言い放つ。
 もう何度目の忠告になるかわからない。無駄だと半ば諦めつつも、親友の目を覚まそうとする。

(はぁ……どうせならこれであいつがマリア含めて他の女の子にちょっかい出さなくなれば、それが一番いいんだけど……ま、ないわね)

 一縷とも呼べない希望を即座に払い捨てる。どう転んだとしてもこんなことで好転するはずが無い。志津香の嫌な予感は拭えない。

「でも、結婚なんて……もしかしてリア様もランスの……運命の……相手だったのかな……?」

「……そんなこと私が知るわけないでしょ……」

 これで自分の運命もご破算になればいいが、とても腐れ縁が断ち切れるとも思えなかった。相も変わらずよぎる嫌な予感に志津香はひそかに嘆息を漏らした。




「ひっこめ~! ぶーぶー!!」

 会場でただ一人野次を飛ばしている女性がいた。自由都市地帯のコパ帝国より招かれたコパンドン・ドットである。ランスを愛する女としては彼が別の女性と結婚することが非常に面白くないのであろう。
 それを隣の席に付いていたレッドの神官セルが宥める。

「コパンドンさんこのような目出度い席にそのような汚い言葉を吐くのはやめた方が……というか、酔っぱらってらっしゃいませんか?」

「うっさい! 飲んで悪いか! これが野次らんでいられるか! ……なんでや~ランスのあほ~!!」

「はあ……」

 セルは頬に手を当てて困ったように嘆息をする。

(でも……ほんとにこれでいいのかしら? ランスさんの運命の人は、シィルさんとばかり思っていたのですが……) 

 ランスの隣が一番似合う存在がそこにいないことにやはりセルはどこか違和感を感じるのだった。


 そして野次は飛ばしてないものの腸が煮えくり返りそうな表情をしている女性がもう一人いた。
 ゼス四天王の一人にして現ゼス王女でもあるマジック・ザ・ガンジーであった。

「な、ん、で、私の結婚式はすっぽかしてあんな淫乱女との式を挙げてんのよ」

 怒りで肩を震わし、顔を真っ赤にして、マジックは口の中で呪詛に満ちた言葉を呟く。体中から溢れ出る不穏なオーラが辺りを包み込んでいた。
 彼女の手の中にあった招待状がグシャグシャに握り潰されると、ミシミシギリギリと断末魔にも似た音を哀れな紙が助けを求めるようにたてていた。

「ひぃ~~……ポマード、ポマード」

 この場に蔓延るあまりの威圧感に同じくゼス国からの列席者であるロッキー・バンクは涙目でただ怯えるだけであった。
 本来は自分の敬愛する旦那様であるランスの晴れ姿を見られることを楽しみにしていたはずの彼であったが、今ではそのことに後悔し、はやく式が終わることをただ願うばかりだった。

「それにしても、あのピンクもこもこちゃんはどうしたのかしらねぇ?」

 そんな険悪なムード漂う中でもあっけらかんと言葉を発せられるのはマイペースなパパイア・サーバーだった。

「……シィルさんは今現在は氷漬けになってしまわれて……」

 JAPANでの事情を知るウルザ・プラナアイスが言いづらそうな顔で説明する。

「氷? まぁ、彼のこんな姿見たら凍りつくのもわからなくもないけど……」

「いえ、そういう意味ではなくて……」

「? ……まぁいいわ、それより千鶴子さ……」

 話を変えるようにパパイアはゼス四天王筆頭の山田千鶴子へと視線を転じさせた。

「何?」

「王家の結婚式っていうんだから気合いれたんだろうけどさ……」

「あら、やっとコメントいれてくれるの? 私の自慢のドレス」

 千鶴子は眼鏡を上げると、自信満々な笑みを湛えて自分の衣装を見せ付ける。

「自慢? ……と、言うか……どう見ても、それ……ぷくく」

 パパイアは顔を奇妙に歪め、吹き出しそうな口を押さえる。
 体を折り曲げ、小刻みに肩を震わせて、こみ上げてくる笑いをなんとか必死に抑えているようだ。

「らくがきドラゴンの出来損ないよね?」

「なんですって!!!」




「……何だか向こうの方が騒がしいですね」

「大陸式の結婚はこういったものなのですかね? 活気がすごいです」

「こういうのは活気とはいいませんよ」

 JAPANでは見慣れぬ大陸の結婚模様に感心したように呟いている織田香に直江愛はぴしゃりとつっこむ。
 野次やら怒鳴り声がとびかう挙式があっていいはずがない。

「騒がしいのは、ランスの結婚式だからだと思うでござるよ」

 にょほほと楽しそうに眺めるくのいち鈴女の目線の先では、ちょうど新郎と新婦の誓いのキスに移行しているとこだった。
 そこで何を考えてるのやら、ランスが暫くディープキスをしたかと思えば、なんとさらにその先に進もうと新婦のドレスに手をかけはじめた。それを近くにいた神父が慌てて止める。
 結婚式としてはもはや内容がめちゃくちゃであった。
 愛はあまりの非常識な現状に頭がズキズキと痛み、その広い額に手をあてる。
 常識人である彼女にはいささか辛い空間だろう。そして、なお悪いことに彼女には頭を悩ます種が別に存在していた。
 愛は、ちらりと横目で隣の人物の方を窺う。
 混じりけの無い長い黒髪に凛々しい顔立ちの女性。彼女の敬愛すべき主君であり、また親愛なる幼馴染の姿がそこにあった。
 JAPAN上杉家当主、上杉謙信。彼女もまた愛の頭痛の原因の一つである。
 愛ははじめ、彼女がこの場にくるのをあまり良しとしていなかった。というのも謙信は、現在結婚式の主役というべき新郎のランスに深い好意をよせているのだ。
 それこそ、彼を思えば大好きな食事はまともに喉を通らないし、涙を流すことも多々あった。それほど想いが深かった。
 その想い人がいきなり結婚することになったのだ、ショックであろうし、その場を見るのも辛いであろう。
 しかしながら、謙信は我がことのように喜んでいる。結婚の報せがあったとき、彼女は破顔し、「ランス殿が幸せであればそれでいい」とさえ言っているのだ。
 以前にもこれと似たようなことがあった。
 愛がランスに抱かれているのを謙信が知ったときも嫌がるわけでもなく、逆に自分の時間を割いても愛を抱いてやって欲しい、愛にも幸せになってもらいたいなどとのたまうのだ。
 そう、彼女は必ず自分のことではなく、他人のことばかり考え、優先する。それが謙信の良さ、好ましいとこであることはわかっている。
 でも……――
 もう少しわがままに、自分勝手に、自分自身の幸せというものを考えてもいいのではないか、と愛は思う。

「どうした愛? 私の顔に何かついているのか?」

 暫くぼうっと見られていたことに気づいたのか、謙信が愛の方に振り向いた。

「……はっ! ……ま、まさか先程食べたおにぎりの米粒でもついていたか?」

 そして何を勘違いしたのやら謙信はわたわたと自分の顔を手探る。何にしても愛の気持ちにはどうやら少しも気づく様子がない。

「別に何もついてないから安心なさい」

「そうか、良かった……」

(こっちはよかないんだけどね……)

 安堵の息をつく謙信と対照的に愛は、内心で溜息をつく。愛の悩みは尽きることが無い。とてもランスを祝福してやる気持ちはおこらなかった。




 こうして、皆の思惑の中、宣誓が全て終了した。

「それでは、この者ランスを、リア・パラパラ・リーザスの夫と認め、王位を譲位し、ここに我らが父、主の加護の元、リーザス国国王として認める」

 街中の鐘が、二人の祝福の為に鳴り響いている。
 二人はヴァージンロードを歩きついて、外に出ていた。
 招待客達は、二人の目の下、階段の下にいる。

「さあ、リア様。ここからブーケを投げてあげないと」

 リアの介添えをしているマリスがリアに耳打ちした。

「うん、そうね……ふふ」

 リアは唇の端を吊り上げ小さく笑うと、招待客のある一点に向けてブーケを投げた。
 そして放物線を描き、ゆっくりと落ちていくブーケの先は……

「なっ!!」

 ぽすっ

 マジック王女が手元に目を落とすと綺麗なブーケがそこに収まっている。
 マジックが茫然と顔を上げ、リアへと目を向けると、彼女の勝ち誇った笑みが映った。

(あらぁ、せっかくブーケが手に入ったのに婚約者がもういないわね、ふふふふ……残念だったわね……ダーリンと結婚できなくて)

 ここぞとばかりに新郎であるランスにくっつき、見せ付けるリア。

 ブチンッ。

 マジックの何かが切れた音がした。

「あんの馬鹿女~っ!!!」

「マ、マジック様落ち着いてください」

 顔を真っ赤に染め上げ、リアにつかみかからんばかりの勢いで向かっていこうとするマジックを周りにいた人たちが何とか抑える。
 カオルやウィチタなどが手や体を掴むが、マジックは暴れてそれを抜けようとする。

「あははは、あの王妃様やるわね~」

「のんきなこと言ってないでパパイアさんも手伝って下さいよ」

「あっ、え~と……」

 その側にいたリズナはどうしたらいいのかとおろおろとマジックの近く慌てふためくだけ。

「……ぐぅ」

「あんたはこんな場でもよく寝てられるわね」

 そして熟睡しているものもいて、場は混沌としていた。

「きぃ~~!!」

 取り押えられながらも、なおもじたばたもがくマジック。ついには詠唱をはじめ、手には魔力が収縮された白き光も見えた。
 それを見て、周囲の顔色がさっと変わる。カオルは慌てて叫ぶ。

「駄目です! マジック様、それだけは不味いです。こんなとこで攻撃魔法なんて放ってしまったら取り返しがつきません」

「止めないで、カオル! あの女を消し炭にしてやるんだからぁ!」

「おおぉ! やったれ! やったれぇ!!」

 コパンドンはどさくさに紛れて囃し立てていた。



 そんな招待客たちのやりとりをランスは面白くなさそうに見下ろす。

「くそう、何だかよくわからんが、主役である俺様を差し置いて客だけで盛り上がるとは許せん」

「ほんとほんと、何を騒いでんのかしらねぇ、あちらさんは」

 リアはくすくすと楽しげに笑う。

「おい、マリス! 俺様はなんかないのか? こう、どばっと目立つようなの」

「はぁ……、あ、でしたらランス王、新郎のブートニア・トスは如何がでしょうか」

「ブートニア・トス?」

「簡単に言いますと、新郎側のブーケ・トスのようなものですね。国の王がやるとなると非常に特別な物になると思いますが」

「ほう、なるほどな。で、これを投げればいいんだな」

 ランスは自分の胸ポケットの花を手に取る。そしてそれを高く掲げた。

「がははは、哀れな独身男性ども! 有り難くもこの俺様が幸せを恵んでやるぞ、死ぬまで感謝しろよ」

 ランスは自分が目立つように格好つけると、傲岸不遜な振る舞いで客席へ花を放り投げる。
 花は綺麗な放物線を描いて飛んでいった。
 そして――

 ぽすっ

「…………あ?」

「げ……」

「あちゃー」

 落ちた場所はJAPANからの来賓の側であった。一同の目が一人の男へと向けられる。その相手が誰なのかに気付いた者は皆固まった。

「………………」

 花を受け取ったのは陰陽機関当主、北条早雲だった。彼にはかつて一人の恋人がいた。そしてお互い相思相愛で結婚も間近であった。
 しかし彼は、つい最近JAPANでの事件でこの婚約者を失ってしまったのだ。
 不幸にもランスの半ば冗談で言ったまさに”哀れな独身男性”へと花が渡った形となってしまった。
 無表情で花を見つめる男の背中から哀愁が漂っており、とてもじゃないが、お花良かったですねなどと声をかけられるはずも無い。微妙に目を逸らしたり、微妙な笑顔でいたり。

「…………蘭」

「…………」

 問題だらけの結婚式は結局問題だらけのまま幕を閉じた。





[29849] 2-2
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:30

 -Rance-もう一つの鬼畜王ルート
 第七話 ~misfortune~





 結婚式から一日明けた日の午後。

「……それでその後は、十五時から民の前で演説となっております。またそれが終わりましたら……」

 リーザス王の私室。マリスがランスの前に立ち、午後の予定を一段一段、事務的な口調で淡々と告げる。

「ふわぁあ……あぁー」

 広げた手帳から視線を外し、相手をちらりと窺うと、話がつまらないのか眠たそうに大あくびしていた。
 そのぼやけた様子にマリスはわずかに右眉を上げた。

「聞いておられますか?」

「ん? あぁ。聞いてる、聞いてる」

 ランスは顔を上げることなく手だけ振り反応を返す。

「しかし、王様なんて踏ん反り返って、適当にしてるだけで済むかと思ったら、やることが結構あるんだな」

 国王としての職務日程に詰め込まれている膨大な政務の数々にランスは気分悪そうに呻いていた。頭を抱えるその姿は、一日目にして辟易しているようであった。

「JAPANでは、面倒くさいことは香ちゃんが引き受けて色々とやってくれたぞ? だからマリス、俺様の代わりにやれ」

「……私も出来る限り、王の負担を減らすようにしています。ですが、どうしても王でなければならない仕事というものもあるのです。此度の演説なども王自らが立ち、声を発することに意味があるのです。そこを何卒理解して頂けると有り難いのですが……」

 マリスが諭すように言うも、不満そうにしかめているランスの表情は変わらない。儘ならないことがあると不機嫌になるさまはさながら幼き子供の様であるが、とても子供っぽいと笑って済ませる事柄ではなかった。しかし精神的に幼い者の扱いには、リアの頃から慣れているマリス。小さく息を吐くとランスの説得にかかった。

「人民演説のための草案もこちらで練ったものがありますので、それをお読み頂くだけでよろしいのですから」

 あくまで優しく、簡単に。やや困った表情で相手の目を覗き込む。だが、ランスは視線を別の方向に逃がした。

「やだ、めんどい」

「そうですか……きちんとお仕事をしていただいた後に、メイド達によるマッサージも予定してあるのですが?」

「……む? マッサージ?」

 ランスの視線がマリスに戻る。

「はい。王と言う立場は健康も非常に大切ですからね。仕事の後に疲れを残さないようにそういった時間ももうけられているのです」

「ふむ、もちろんエロいのもありか?」

「心身の健康ですからね。王の職務でストレスが溜まることもあるでしょう。そういった面でも気遣える者をこちらで選びますが、いかがいたしますか?」

「そりゃいいな、頼む」

「では、お仕事の方は?」

「わかったわかった。読むだけでいいんだろ? 読むだけで。仕方ないな、やってやる」

 ランスという男は女とエロのためなら何でもする。先ほどまでのめんどくささが鳴りを潜め、上機嫌でランスはマリスが差し出された原稿を受け取った。

「はい、それとこちらで着替えを用意しましたので……」

「何? 着替え? そんなことまですんのか」

「王として威厳のある相応しい格好で臨んでもらいたいのです」

「ふん、俺様は別に裸でもいいんだがな、十分過ぎるほど威厳あるし」

「王が良くとも、一国の指導者が裸で演説など民に示しがつきませんよ」

 そう言うと、マリスはメイド数名と鎧一式をランスの側に運んできた。
 リーザス聖鎧。それはリーザス王家に伝わる宝の一つであった。長き時を重ねた気高き風格を漂わせ、国を照らす光のように銀色に眩く輝くさまは、まさしく大国の頂点に立つ者に相応しい逸品と言える。
 ランスに過去渡したときと比べても少しの鈍りも見受けられないのは、しっかりと手入れし、丁寧に保管されていたからだ。いつ彼を迎えてもいいように準備してあったのだ。

「失礼致します」

 メイドが一声かけ、ランスの体に鎧を丁寧に装着させていく。
 背後に回ったメイドがベルトをしっかりと固定し、もう一人のメイドは手首に手甲を当てて止め具を填める。
 腰には鞘に収まった聖剣を佩かせ、最後に深緑のマントを羽織らせると、ランスの正面に大きな鏡を寄せた。

「よくお似合いですよ、ランス王」

 聖鎧は、まるであつらえたかのようにランスの体にしっくりと落ち着いていた。まるで違和感がなく自然だ。

「似合って当たり前だ。俺様みたいな美形は何を着てもカッコいいように決まっているからな、がははは」

 鏡に映る自分の姿に満更でもなさそうな笑みを浮かべる。盛装し、少しは機嫌も持ち直したようだ。

「それでは、私はこれで失礼します」

「何だ、もう行くのか? 仕事か?」

「はい、リア様の方に……。もし何か御座いましたら専属のメイドの方に申し付けて下さい」

「そうか」

「十四時に迎えをよこしますので、暫しの間こちらでお寛ぎ下さいませ」

 そしてマリスとメイドは一礼すると、揃って退室をはじめた。

 最後のメイドが扉を閉め、室内に一人だけ残るとランスはドカッとソファに腰を下ろした。
 力を抜きソファに身を任すと体がクッションに深く沈みこむ。

「……それにしても演説か、かったるいなあ…………そんなことするために王になったわけじゃないんだがな」

 水差しからコップに注ぎ、一気に飲み干すと一息つく。

「ま、読むだけらしいしな。ふふん、下々の奴を引っ張るのも俺様のような上に立つ者の務めというやつか」

 そうして独り言ちたランスは、何となく自分の読む演説の文章が気になりだした。やおら先程の原稿を広げてみると、思わず目をむくこととなった。

「な、なんだこりゃ……」

 びしりとランスの顔が強張る。その原稿を見ると、紙一杯にびっしりと演説文が長々書かれていたのだ。

「……………………」

 動きを停止すること数秒。

「くっ! こんなの読んでいられるか。ええい、やめだやめ」

 硬直から復帰したランスは紙を手でぐしゃぐしゃに丸めて、荒っぽく後ろに放り捨てた。

「そもそもだ! よく考えれば俺様が演説をする理由なんてないではないか。そんなことなどするまでもなく、国民の俺様への支持は常に最高に決まってる。しても無駄なことはしなくてもいいのだ!」

 頷きながら完璧な結論付けると、腰を浮かせソファから立ち上がった。

「演説は中止だ。メイドのサービスも王である以上、命令すればいつだって出来るしな。そうと決まれば、マリスに見つかって面倒なことをさせられる前にここから出ないとな」

 善は急げとばかりに手早く扉を開け放ち、部屋から出る。すると、外で控えていたのであろうか、入り口でメイドと目があった。

「どうかされましたか? ランス王」

「いや、大したことじゃない、散歩に行くだけだ」

 滑らかに口から出任せをつき、そのままメイドの横をするりと通り抜けようとしたが、メイドはランスの進路を遮るよう立ちはだかった。

「そんな、いけません。そろそろ迎えの者が来ると思いますので、お部屋でお待ち下さい」

「……トイレだ、トイレ。すぐ戻る」

「お手洗いでしたら、部屋にも備え付けられていますが」

「…………そうか」

 不便がないように侍女が控えるのは有り難いことではあったが、このときばかりは不都合でしょうがなかった。だからといって、まさか邪魔だと殴り倒すわけにもいかない。相手は女性であるし、何よりランスの好みの容姿していたのだ。むしろランスは、押し倒したかった。
 侍女が着こなすエプロンドレスには皺一つ見当たらず、ロングスカートは足首までかかり、はしたなく肌を露出させることもない。しとやかで気品のある立ち居振る舞いも相俟って、その清楚さがまたランスのかすかな嗜虐心をくすぐる。
 しかしながら、今そんなことをしていれば確実に逃げる機を失ってしまうためランスはその衝動を必死に抑える。
 王である限りいつだろうと自由に襲えるであろうという余裕がなんとか冷静さを与えた。

(こいつは王である俺様に逆らった刑で後でハイパーおしおきタイムだな)

 内心で下卑た考えを浮かべつつ、取り敢えず部屋に戻る。

(こんなことで諦めるような俺様ではない。正面突破が無理なら側面を突破すればいいのだ)

 逃げる口実が見つからない以上、別の方法を模索するしかない。
 腕を組みながら、ランスは首だけ回して周囲を見渡した。

「お」

 視界にある物を捉えるとにやりと口の端を持ち上げる。ランスが目に留めたのは広い部屋の端に存在した大きな窓だった。
 そして徐に窓を開き、軽く顎を下げて視線を落とす。

「……くそ……少し高いか。いくら俺様といえど少し難しいな」

 真下を覗き込むと地面までかなりの距離があった。
 ランスの私室は最上階に位置し、加えてリーザス城の一階一階は非常に天井まで高さがあるため、普通の建物の階層よりもはるかに高い。忍者のように身軽な存在であれば別だろうが、ランスには到底無事に着地は出来そうもない。
 
(忍者……忍者、か)

 そこで一つの考えがピンと浮かぶ。
 ランスはくるりと振り仰いで天井に顔を向けた。

「おーい、かなみ」

 大声で呼びかけて、少しするとぱかんと天井の一角が扉のように開いた。そこからひょっこりとかなみの顔が逆さで覗いてくる。

「……何よ。先にいっておくけどあんたが演説をふけるのには協力できないわよ。こっちはマリス様にあんたを監視するようにいいつけられてるんだから」

「ふん。マリスめ、余計なことを。俺様のことを信用しないでそんな真似をしてくるとは部下としての自覚が足らん」

「あんたをよく知っている人間で誰があんたのことを信用するのよ」

 半眼で呆れた溜め息をつくかなみ。

「部屋の外はメイドと親衛隊で完全に固められているし、ここは最上階だから、外に飛び降りるのも難しいのはあんたもさっき見たとおりよ」

「ほうほう。確かにそれでは正面突破は難しいし、窓からの脱出も厳しいな」

「そうよ。だから諦めて大人しく――」

「いや。だが、もう一つ出口があるよなあ」

「……へ?」

 ランスはにやにやしながら天井の扉を見る。
 かなみがはっとそれに気付いて、慌てて穴を塞ごうとするが、その前にランスがジャンプして手をかける。

「ちょっ!? 手ぇ離しなさいよ!」

 かなみが押し戻そうとするが、腕力は圧倒的にランスが優っている。無理やり扉をこじ開け天井裏に侵入を果たす。

「がはは。さーて、かなみ。俺様が逃げたことをそうそうバラすことが出来ないようしばらく大人しくしててもらうぞ」

 ここなら誰の目にもつく心配がない。手をわきわきと動かしながら、ランスは愉快な足取りでかなみに近付いていった。








「マリスぅ~、ダーリン遅いね」

 バルコニー前の控え室。リアは椅子に腰掛け、足をぶらぶら揺らしながら、ランスの到着を今か今かと待ち侘びていた。

「迎えを向かわせたのでもうそろそろかと思いますが……」

 マリスは室内の時計をちらりと確認する。
 既に十四時を十分以上過ぎている。この場所とランスの私室との距離を考えても明らかに遅い。

「ぶー、いっぱいおめかししたから早くダーリンに見て欲しいのに」

 リアは面白くなさそうに若干頬を膨らませた。
 王が来ないことの問題が自分の容姿を見せられないことの心配というのは王妃の立場としてはいささか問題があるだろう。だが、リアも一人の女性。やはり愛した男性に綺麗な自分を見てもらいたい乙女心もあるのだ。
 自分自ら向かおうか、もう少し大人しく待とうかと暫し逡巡の様子を見せていると、不意にドアが開く音がした。
 待望していた時が来たとリアは顔を上げ、ぱっと明るく輝かせる。
 しかし、ドアに視線を向けるとそれもすぐに曇ってしまった。どれだけ視線を巡らせど意中の人物は見当たらず、そこに来たのはかなみただ一人だけだったからだ。挙句なんだかそのかなみも非常におかしい。衣服は乱れているし、足腰がふらふらだ。

「マ、マリス様……」

「……どうしました?」

 かなみの只ならぬ様子にマリスの胸中の不安が大きくなっていった。
 何よりランスが見えないことが一番気に掛かる。嫌な予感がたっぷりだ。

「その、申し訳ありません……ランスに、逃げられて、しまいました……」

「えー!?」

 それを聞き、リアは驚きの声をあげ愕然とし、マリスは、思わず眉間のあたりを手で押さえた。

「な! なな、何やってるのよ、かなみ! 貴女それでも王家直属の忍者なわけ!?」

 しばらくの間、口をぱくぱくと動かし続けていたかと思えば、リアは驚きに丸くしていた目を鋭く尖らせ、かなみへの叱責をはじめた。激しく地団駄を踏みながら突きつけられた指先がかなみをじわりと責め苛ませる。

「も、申し訳ございません」

 迫力に圧される形でかなみは、頭を下げる。マリスは首を振った。

「いえ。逃げる可能性を十分考慮していたにも関わらず、それをきちんと防ぎきれなかったのは私の手落ちでもあります」

「……うぅ……マリス、どうしよう、ダーリンがいないなんて……」

 リアがまるでこの世の終わりのような表情を見せる。顔を悲しみに歪ませ、もう泣き崩れる一歩手前であった。
 マリスはリアを抱き寄せ宥めながら、的確に指示を出す。

「とりあえず親衛隊を捜索にあたらせましょう。かなみ、レイラ隊長に連絡を」

「はっ」と短く応えると同時にかなみは、部屋から姿を消した。

「でも……何でダーリンは…………? リア、何かしたのかな、怒らせた? いい子にしてたよ?」

 リアが唇を強く引き締め、涙目でうつむく。

「いえ、おそらく演説をするのが面倒という理由で行方をくらませているのでしょうね」

「そうなの? じゃあすぐ中止にしましょう。ダーリンが嫌がっているのを無理やりやらせるわけにはいかないわ」

「そのようなわけにはいきませんよ。既に広場では多くの民衆が集まってるんです。ここで止めるのは問題が生じるかと」

「でもでもダーリンが……!」

「ええ、わかっております。正直困りますが、こうなれば来ないことも考えての対策を練らないといきませんね」

「対……策……?」

「はい」

 マリスはただ主君のために全ての不安を取り除くような笑みを見せ続ける。

「マリス様、レイラ隊長に協力を仰いでまいりました」

 そこにちょうど報告と次の指示を仰ぐべくかなみが姿を戻してきた。

「その場合かなみ、貴女にも責任をとってきちんと協力してもらいますよ」

「…………へ? な、何を、ですか……?」

 かなみは、その言葉によほど嫌な気配を感じたのか、ものすごく不安そうに訊ねてくるのであった。











「しかし、何処へ行くかだな」

 勢いこんで出たはいいものの、その後のことは特に計画していない。城内を探索するのもいいが、あまりうろつくとばれる危険性もあった。

「そうだ、リーザスにはマリアが来ているんだったな。あいつなら俺様のことを匿ってくれるだろうし、時間潰しにもなるだろう」

 作業着姿の眼鏡が似合う女性がランスの脳裏に思い浮かべられた。
 カスタム出身の科学者マリア・カスタードは、多額の研究費の対価として技術の提供をするという契約をリアとしており、現在も砲兵の訓練や新技術の開発などをしているとランスは以前JAPANで話には聞いていた。つまりこの城のどこかにその研究所があり、マリアもそこに行けば会えるはずである。
 マリアとランスはお互いによく知る仲であり、こっちの要求を受け入れてくれるだろうという腹積もりだった。だがしかし、思惑どおり訪ねようにもランスは肝心のその場所というのを全く知らなかった。何処に在るかまでは何も聞いていないことに今しがたになって気付く。
 そもそもにしてランスはこの城に来たばかりであまりに不案内だった。

「うむむ……昔、来たときより大分変わってるしな……」

 キョロキョロと周りに目を移し、うんうん唸る。
 ヘルマン軍と魔物から解放させた後、復興と共に改装も行われたのかかつての記憶もあてにならない。
 結局、ランスはやむなくマリアに会うのを断念することにした。
 他に現在のランスが知っている場所といえば一つ。

「医務室だな」

 リーザス城に来てランスが最もお世話になっていたのが医務室であった。傷を癒すためほぼ毎日のように連れられていたので嫌でも覚えている。

「あそこならアーヤさんがいるか。怪我してるときはあまり口説けなかったからな、丁度いい機会だ。アーヤさんも俺様からのアプローチを待ってるに違いない」

 さて、とランスは件の場所に続く見慣れた歩廊へと向かおうとするが――

「あ、ランスちゃーん!!」

 そこに明るい声が響いてきた。
 いきなりに声を掛けられ、ランスはつい身構えてしまうが、その姿を見定めるとほっと息をついた。
 勢い良く手を振って駆けてきたのは小柄な少女。まだ幼さの残るあどけない顔つきだが、その身を包んだ金色に輝く鎧は、この世界で最も華やかで美しい部隊の一員だという立派な証。

「ジュリアか、なんだ親衛隊はまだ城にいやがるのか」

「うん、演説中はお城の警備なの」

「ふーん……」

 ランスは少し宙を眺めながら、適当に相槌をうった。

「そうだ、レイラ隊長にランスちゃんを探すように言われてたんだ。あ! もしかしてジュリアが一番?」

「何? レイラさんが俺様を……」

「えっとね、うーんと、マリスさまの命令だとか何だとか……?」

「……成る程、そうか。じゃあ、見つかったぞとレイラさんに知らせて来い」

「ランスちゃんは?」

「俺様もすぐ後から行くから先に行け」

「うん、じゃあ先行って待ってるからー」

 ジュリアは納得するとへらへらと手を振って、来た時と同じに柔らかそうな髪を揺らし、駆け出て行った。

「…………単純で助かるが、あれがリーザス親衛隊の隊員とはな……。レイラさんも大変だな」

 走り去るその背を見て思わずぽつりと呟く。
 ジュリアの姿が完全に消えるとランスは身を翻し、まったくの反対方向へと歩いていった。










「…………来ませんね」

 ドアに注意を向けるがいくら待っても一向に来る気配はない。
 簡単に捕まらないであろうことは予測していただけにそこまで落胆はないが、この現状には溜息をつきたくなる。

「もう時間がないですね。ランス王のことは一先ず、諦めましょう」

 マリスは組んでいた指を解くと、椅子から立ち上がった。
 残り時間の都合を考え、当面の問題解決に移ることを提案する。

「でもでも、どうするの、マリス? 何か手があるみたいだけど」

「手と呼べるようなものではありません。ただ代わりの者に演説をしてもらうだけです」

「代わり……ですか? 新王の演説なのに王を出さないで大丈夫なんですか?」

 かなみの当然の疑問にマリスは首を横に振る。

「いえ。王は出しますよ……例えそれが"偽者"であろうと」

「に、偽者……ですか……」

 かなみは思いがけない言に呆気にとられた。

「そこでかなみ、貴女の出番なのです」

「へ? な、何故私が……?」

 偽者で何ゆえ自分になるのか理解できないと再び目を点にさせるが、マリスの涼しい顔は何ら変わることがない。

「……ああ! そうか! そうよ、かなみはJAPANの忍者なんだから変装とかはお手の物よね」

 ポン、と手を叩くリア。
 合点がいったように明るくなるリアだが、当のかなみはそれで明るくなどなれないだろう。
 と言うのも、自分の顔をただ変えるだけの変装と現実にいる誰かの姿にそっくりにするのでは忍のわざの技術に大きな差がある。
 無論後者、特に親しい者にすらバレないように化けるのは恐ろしく技術がいるのだ。
 伊賀の里で基礎全て叩き込まれたはずのかなみだが、完全に似せることなどとてもではないが出来そうもない。
 案の定マリスの方に目を合わせ無理ですというような訴えをしてきたが、マリスはそれを受けてもあくまで微笑んでいた。

「安心なさい、かなみ。私も手伝いますし、それに細かいところまでそっくりにする必要はありません」

「は……はぁ……」

 結局命令だからか断りきれずにいるかなみをマリスは化粧室に連れていった。

「本当に大丈夫なんでしょうか……?」

 やはり不安なのか小声でマリスに訊ねてきた。良く見ると少し及び腰である。

「特徴を押さえるだけで十分です。バルコニーから広場までの距離なら、人の顔の判別などとてもつきませんよ」

 遠くから見るものははっきりしない。人の視覚などそう当てになるものでなく、細部を誤魔化す程度なら容易だ。
 とはいえ広場には十万を超える人が集まる。それらすべてと言わなくとも大半の眼を欺くにはそれ相応のものが必要。
 何やら自身の不幸を嘆きだしているかなみの顔をおさえると、マリスは準備に集中していった。








「アーヤさん、俺様が会いに来たぞ!」

 無遠慮に医務室の戸を開ける。が、特に反応が戻ってこない。
 誰もいないのだろうか。室内には人の居る気配が全くしなかった。

「何だ、もしかしていないのか……?」

 中に入り、改めて確認するも漂うのは人の気配ではなく特有の消毒の香りだけ。当てがはずれ、ランスは不貞腐れる。
 少し待てば戻るかなと、適当に薬品を弄て遊んで待っていると、扉が開く音がした。

「お、アーヤさんか?」

 案外早く帰ってきたな、とランスは振り向き戸を見やった。

「え?」

「ん?」

 だが、そこに立っていたのは、予想された白衣の天使の姿ではなく、魔法衣に身を包んだブロンド美人であった。

(むむ? これはかなりの美女)

 お互い思いがけない出会いに頭を整理させあったためか、視線を合わせたまましばらくの間沈黙が続いた。
 そして最初に状況を仕切るために動いたのはランスだった。

「君はこんなとこで何をしてるんだ?」

「え? その、少し体調が優れないので」

 改めて女性を見てみると、確かに少し顔色が悪く、苦しそうに見受けられた。
 ランスは眉を上げる。

「何? だからと言って偉大なる王の演説をサボっていいと思ってるのか? もうまもなく始まるんだぞ!」

「え? あの、え? えっと、あの……貴方は……?」

「この俺様のことを知らんのか?」

「リーザス王様、ではないのですか?」

 なんと無しに確信はしてるもののやはり何処かで信じられないといった表情。ランスに対しておそるおそると言う態度で訊ねてきた。
 それに対して「うむ!」と腰に手を当てて自信たっぷりにランスは頷く。女はまたも沈黙し、目を瞬かせた。

「……………………」

「しかし、王の演説を聞こうとしない部下を出すなんて……全く、バレスの野郎はどんな軍の教育をしてやがんだ……」

 ランスはやれやれと溜息をつくと尊大な態度のまま口を開く。

「で、君の名前は?」

「……あ、紫の軍の副将メルフェイス・プロムナードと申します」

「ふんふん。そうか、メルフェイスちゃんか。さて、仕事を放棄した君には王直々による教育的指導が必要だな」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい、王様。その演説の方はどうされたのですか?」

 メルフェイスは思い切って一番大きな問題たる疑問をぶつけてみたのだろうが、ランスは瑣末なことのように一笑に付した。

「そんなことは大した問題ではない。今は、軍規を乱す悪いコに罰を与える仕事のほうが重要なのだ」

 ランスは鼻息を荒くしてメルフェイスに近づいていった。
 メルフェイスは、無意識に半歩後退った。しかしランスはまた一歩にじり寄って、その距離を縮めようとする。

「い、いけません……その、"今"は」

 メルフェイスは強く胸元を押さえつける仕種を見せた。呼吸が少し荒く、必死に何かに耐えるような表情をしていた。
 だが、それが、その顔が、姿が、ランスには実に襲いがいのある姿に映った。
 さらに一歩。より近づけば彼女が必死に逃げようとする。が、あまりにランスのほうに気をとられすぎてしまったためか、彼女の足元が疎かになってしまっていた。メルフェイスは台車に足を引っ掛かけてしまい、病人用の寝台に倒れこんだ。
 機を逸することなくランスはそこに覆いかぶさると、彼女の手を力任せに押さえこんだ。

「駄目、です」

 口では言うもののこの手を振りほどき拒絶する動きを見せない。それどころかいつの間にか彼女の白い肌は朱に染まり、吐息も荒く熱を帯びていた。
 それこそまるでこれから起こることに対してひどく興奮しているように。

「あ……く……こんなときに……、お願いです。王様」

 か細く、弱弱しく、震えた声。メルフェイスの指先が何かを求めるように彷徨う。体調の悪さが限界に来ているのかもしれない。
 しかしランスはそんな彼女の様子などおかまいなしにただただ彼女の艶やかで薄い唇を見詰めていた。
 そして彼女の顎に手を添え、少しだけ持ち上げると、ランスはゆっくりと唇をメルフェイスのそれに重ねた。

「んっ……んむ」

 口腔に舌を強引に侵入させる。舐めて、絡ませ、交わし、犯す。隅々まで貪りつくした。
 いきなりのことに白黒とさせていたメルフェイスの双眸だが、次第に恍惚の色を含み始めた。力も抜け、交わりも深く、濃厚なものになっていく。舌を蠢かせ、唾液を混じり合わせる。
 何度もキスを繰り返し、しっかりと舐り味わうとランスは唇を解放し、今度は首筋に顔を埋めていく。
 耳朶にメルフェイスの浅く、速い息づかいがより濃く感じられる。さらさらとしたブロンドの長髪が額に擦れてこそばゆい。仄かな甘い匂いが頬を伝って鼻腔を突き抜けていく。それらを楽しみながら、首筋を舌でするようにして、吸いつく。

「あ、んっ!」

 そうしている間に手は形の良い胸を力強く鷲掴んだ。メルフェイスの体がびくりと震えた。その反応を楽しむように手に力を加えたり、緩めたりして豊満なそれを好きに揉んでまさぐっていく。少しするとそれだけじゃ物足りない気持ちが膨らんでいき、手を腋へとずらし、さらに腰、そして尻へとゆっくりと滑らせ這わせていく。メルフェイスの熱い吐息がランスの耳元にかかった。

「くく、いい体だな。……さて、脱がすぞ」

 傍から見てメルフェイスは抜群のプロポーションであることは明白だったが、手で吟味しても素晴らしかった。
 下半身に血が集まっていき、いよいよ我慢できず、その美しき肢体の全てを拝ませてもらうべくランスは魔法衣に手をかけた。
 メルフェイスはその手を潤む瞳で熱く見ているだけで抵抗らしい抵抗もしない。
 ランスは、舌で上唇を舐めると喜々とした表情で一枚、一枚、粗雑に剥ぎ取っていった。
 子供が贈り物(プレゼント)の中身を知るべく包装紙を急いで破り捨てる、そんな感覚であった。
 最後の一枚、淡い紫のレース飾りがついた下着をずらすと淫靡な水音がいやらしく、ぴちゃりと音をたてた。

「あ……」

 その有様に気づくとランスは肉食獣のように目を細め、意地悪げな笑みを貼り付かせた。

「何だ、もう濡れ濡れではないか。随分とエッチなコだな、メルフェイスちゃんは」

「はぁ、あ。はぁ……もう、だ、め…………きて……」

「む?」

「……ちょうだい、はやく、お願い……ねぇ」

 きゅっとランスの手が握られる。そして彼女の股間へと導かれた。濡れた金色の薄いヘア。息づく秘唇。しっとりとした桃色の肉の蕩けるような手触り。
 それはランスの雄としての衝動を引きだすような振る舞いだった。
 メルフェイスは何故か悦びと苦しみの入り交じった表情をしてむしろランスのものを積極的に求めるようになっていた。擦り寄せてくる腿の柔らかい感触と温かみが伝わってくる。
 ランスは先程までとは違う彼女の雰囲気に訝るものの、深くは考えず続行する。さっさと入れて気持ち良くなりたいのはランスもまた同じだった。

「なら、お望み通り……やるぞ」

 こくり――メルフェイスは喜悦に顔を歪ませ頷くと、ランスを受け入れるようにした。
 ランスのほうは既に準備万端で、白の前垂れを少しずらすとすぐに凶悪な大きさを誇るハイパー兵器が露わになる。それを秘裂に宛がうと一気に腰を前に突き出した。
 深く密着して、抵抗少なくモノがずっぷりと奥まで飲み込まれていく。訪れたのは心地よい根元の締めつけとぬめり。それに反応してランスのものが怒張が増した。成熟した媚肉に包まれ、ゆっくり動かすだけでも吸いついて絡んで来るような感覚が襲ってくる。
 
「む、うおぉ……これはなかなか……あへあへで、グッドだぞ」
 
「はぁ……ぁん……ふ、んっ……すごい……んん……」
 
 淫らに体をくねらせるメルフェイスの目がとろんと潤む。
 ランスは遠慮なしにガンガンと激しく腰を振りだして、メルフェイスの中を擦り続ける。メルフェイスもまた動きに合わせて腰を揺さぶっていく。結合部からぐちゃぐちゃと湿った音が溢れて室内に響く。
 
「んんっ、く、あ……王様……ぁ……は、ん……」

 ハイパー兵器がメルフェイスの中を縦横無尽に摩擦し、内襞がランスのモノを熱く愛撫する。

「っ、よしよし、良い感じだぞ、グッドだ」

「あはぁ……ふっ……いぃ……これよ……もっと、もっとぉっ!」

 刺激を求めるグラインドは止まらず、膣の締め付けがきつくなっていく。絞るような圧迫感。ランスは快楽に突き動かされ、力強く美尻を掴むと、怒涛のごとく腰を叩きつける。パンパンと肉と肉の弾ける音とメルフェイスの熱のこもった喘ぎが混じっていく。
 盛んに出し入れを繰り返す。そこで昇りつめていく心地を感じ取ったランス。

「……うむ、来たぞ。そろそろ、一発目、行くぞ」

「あ、んぅっ……イってぇ! 私のぉ、中に、あなたのぅ、ぃっぱい、ちょうだいぃぃっ!!」

 メルフェイスの晒す嬌態にランスもまた昂り、さらに腰の速度を増す。互いの呼吸が重なっていく。終着を感じると共にラストスパートをかけ、奥深くまで打ち込むとそこで二人は同時に限界に達した。
 ランスは皇帝液を勢いよくぶち込む。瞬間、メルフェイスの身体がひときわ大きく弓なりに逸らされて高い嬌声が上がる。彼女の上気した肌は歓喜と快感にひどく痙攣していた。
 







「―――共に歩もうではないか!!」


 マイクを通し、勇ましい声が広場に響き渡る。

「わあぁぁぁーーーー!!」

「リーザス王万歳ーー!!」

「リア様ばんざーーい!!」

「聖王万歳ーーーー!!」

 バルコニーに立つかなみが剣を高く掲げると同時に眼下の民衆の歓声が最高潮をむかえた。地鳴りのように響くそれを受けながらかなみは泣きたい気持ちになった。
 今、かなみは必死でリーザス王ランスの役をしていた。顔や体もなんとかそれっぽく近づける変装をし、声も魔法のマイクで細工して変声している。しかし、当然それだけでは本人に似せるには足りない。
 かなみがちらりと左に目を向けると、少し後ろに控えるマリスが何か小さく囁いている。それは魔法の詠唱だ。軽い幻術や催眠術の類を民衆にかけて錯覚するようにしむけている。
 反対の右側に目を向けると笑顔で手を振っているリアがいる。しかしこっちも小さく口を動かしていた。それは指示だった。高い視点から全体を見渡し、何かしらの違和感を覚えているような人が見えれば、周りに余計なこと言う前に群衆にまぎれこませているリーザス忍軍を使い、対処させているのだ。

(……すごい詐欺行為だわ)

 民衆が喜べば喜ぶほど途方も無い罪悪感がかなみの胃をきゅうきゅうと苛む。何せ全国に向けて放送している魔法ビジョンの細工も加えればその規模は測り知れない。人類の全てを騙しているといっていい。
 逆にこれがばれたらどんなことになるかわからない。不安と恐怖に背中が汗でびしょびしょに濡れて、かなみは内心で気持ち悪げに呻く。
 演説が終わり、バルコニーから下がる時も一瞬たりとも気を抜くことが出来ず、控室でまわりに誰もいないことを何度も確認してようやく息を吐くことが出来た。ここにきて目に見える位置にぶわっと汗が噴き出る。自分でもよく我慢できたほうだとかなみは思う。

「御苦労さまでした」

 マリスが労いの言葉をかける。

「うう、なんで私がこんな目に……」

「もとはと言えばかなみの所為でしょ。逃がしたどころかダーリンに足腰立たなくなるぐらいかわいがってもらうなんてそんな羨ましい目にまであって」

 リアにキッと睨まれる。
 理不尽な怒りを向けられ、かなみは肩を落とす。

「……全部、ランスの馬鹿のせいじゃ……」

「まあ今回は何とかなりましたからいいとしても、この後の仕事のことも考えればまずはランス王を捕まえなくてはなりませんね」

 マリスが言うと、かなみは頷く。

「はい。じゃあ、私も改めて捜索に参加してきます」

 さっさと気持ちを切り替えたいことと元凶のランスの首根っこを何とか自分の手で捕まえたい思いで立ちあがる。

「ええ、お願いしますよ」

「かなみ、自分の失態は自分で取り消す働きを見せなさい」

 そうして意気込んで出ていったかなみは、一番にランスを見つけてきっちり結果を出すことが出来た。
 だが、かなみ本人はここに来ても自身の幸の薄さと不幸の元凶についての認識が甘かった。

「なっ!? あ、あんたこんなとこで何やってんのよっ!!」

「がはははは、何だかなみ、さっきのだけじゃ満足できずわざわざやってきたのか? 可愛いヤツだ。いいぞ、お前も入れて3Pだ!」

「きゃああああーーーー!!」

 その日、かなみはまた人生で一番不幸な日を味わうこととなった。




 




あとがきてきなもの
かわいそう……でもそれが可愛いんだキャラランキング堂々一位(9月30日)おめでとう、かなみちゃん



[29849] 2-3
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:29

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第八話 ~Dark lord ~





 人類領リーザスの遠く西――
 恐怖と混沌が禍々しく渦巻く、深淵の暗黒なる大地。
 名は魔人領。ここルドラサウム大陸で闇に魅入られし存在が息づく世界である。


-魔人領カスケード・バウ-


 何処までも血の臭いや焼け焦げた臭いが漂う。地は濁った赤に染まり、骨とも肉とも判別のつかない黒い塊がそこかしこに転がっている。生々しい戦場の爪痕が其処にあった。
 そんな地獄変相の上空に、一人の女性が佇んでいた。
 戦場など似つかわしくないような白い肌と華奢な体。だが、その背には翼が生えており、女性が普通の人間でないことを物語っていた。華美にはためかせ飛ぶ姿はさながら清浄でけがれ無き天使のように思える。

「動きがない……。どういうつもりかしら」

 とてもこのような惨状の場にそぐわないまるで暖かい春の陽光にも似た穏やかな声で呟く。
 その時。ほんの一瞬間のことではあるが、びゅうと風が唸りを上げてそこを吹き抜けていった。女性の頬を風が吹きすぎると、腰まで達する彼女の長い髪が柔らかに靡いた。
 瞬きする間もなく、彼女の隣には、紫色の魔人が姿を現していた。

「メガラス、どうだった?」

 彼女は目だけをそちらに向けて訊ねた。

「……奴らは、下がっている」

「下がってる……? ……そう、何にしてもホーネット様に報告にいきましょう」

 メガラスはこくり、と首肯すると女性と共にその場を飛び去った。
















 ケイブリスはひたすら怒っていた。

「うおおぉぉぉぉどぉいうことだぁぁ!!」

 苦悶とも憤怒ともつかぬ声音が空気を大きく震わす。
 感情の奔流に身を任せ、大木のような腕を振るうと、風を裂くような鋭い音と共に、石柱がまるで元からそこに存在していなかったかのように消失した。

「だから少しは落ち着きなさいよ、ケーちゃん」

 横合いから飛んだ呆れたような声がケイブリスの耳朶に触れた。ケイブリスが出すようなビリビリと重く響き渡る低い声とは対照的な女性特有の高い声だ。
 巨躯を揺らして意識を傍らへと移してみせる。彼の眼下には妖しくも爬虫類のような冷たさ、酷薄さを感じさせる女性、メディウサの姿があった。愉快そうに佇んでいるが、その態度が今のケイブリスの神経をより逆撫でたようだった。ケイブリスは昂る感情のまま語気を荒げた。

「カカカミーラさんが行方不明なんだぞっ! これが落ち着いていられるかあ!!」

 地鳴りのような咆哮が上がる。同時に異常なまでに熱気が一気に膨れ上がり、塵を即座に蒸発させる。
 側に立っていたメディウサが不快そうに顔をややしかめた。もっとも、近くにいるにも関わらず、顔をしかめるだけの被害で済むことが彼女のある種の異端性を端的に現していた。
 もう何度目になるかわからないやりとり。そんな光景を魔人四天王の一人ケッセルリンクはしばらく黙って見ていたが、いい加減話が進めたくもあり、口を開く。

「ケイブリス。とりあえず私をここに呼んだ理由をさっさと聞かせてほしいのだが」

 その言葉に反応したのはケイブリスでなくメディウサだった。彼女は目だけをケッセルリンクに向けて口の端を持ち上げた。

「あらあ、ケッセルリンクいたの? いつもは欠席してるのに珍しいこと。何しにきたのさ」

「何ね、わざわざ私の城までケイブリスの使徒が来たのもそうだが、今回は少し直接問いただしたいことがある」

 メディウサは柳の葉のような眉をひそめた。「何それ?」という言葉をそのまま表したような顔でこちらを見上げている。
 ケッセルリンクはその様子にもしかしたら彼女もこの事実を知らぬのかと思いながらも訊ねてみた。

「バボラやレッドアイらの前線組がこちらに下げられているというのが事実か否か。事実ならば何故か、だ」

「な!? ちょっとそれ本当!? ねえ、どういうことよ! ケーちゃん」

 やはり知らなかったようだった。ケッセルリンクが述べた事実はよほどメディウサに大きな衝撃を与えたのか、即座にケイブリスの巨躯に詰め寄り出す。
 バボラとレッドアイはケッセルリンクらの敵である派閥を侵攻している先鋒の部隊を率いている魔人。言わば攻撃の要であった。
 あと少しで敵軍が布陣するカスケード・バウを落とせるとこまで追い詰めているこの状況で退かせる理由など思い当らない。

「あぁん!? 何がだ? …………お? おう! ケッセルリンク。やっとこさ来たか」

 側でがなられてケイブリスがいらだち気味に振り向くと、そこでようやくケッセルリンクの存在に気付くことが出来たようだった。

「ああ。それで早速で悪いが、こうして私を呼んだ理由、バボラ達を戻してる理由の方を聞きたいのだが?」

 挨拶もそこそこにケッセルリンクは本題を勧める。ケイブリスは頷くと口を開いた。

「俺様もそれを話そうと思ってたところだ。……よし、いいか? よく聞けよ。今から俺様達は全軍で人間どもを攻める!」

 その告げられた言葉にケッセルリンク、メディウサの二人は眉間に皺を僅かに寄せる。

「人間ん?」

「…………それではホーネット派はどうするつもりだ?」

「フン、あいつらか」

 ホーネット派。それは現在ケイブリスらの陣営が争ってる最大の敵であった。
 ホーネット派の盟主は人間の少女を魔王とし、人類と魔族が共に栄える人魔共存というお題目など掲げている。
 そんなもの典型的魔人気質のケイブリスにしてみれば性質の悪い戯言で耐えがたいものだった。ケッセルリンクにしても理由に差異はあったが、魔人に平和など不必要であり思想が相容れないことは同様だ。
 だからこそ今ケイブリスと彼に同調する魔人の連合は共存を掲げる派閥と対立し、戦争をしている。ケイブリスにしてみれば不倶戴天の敵のはずだが、

「そんなものは後にまわす。人間どもを殺すほうが先だ」

 ケイブリスは驚くほどあっさりとホーネット派のことを捨て置いた。よほど重要で優先させたいことがあるようだった。
 ケッセルリンクは口髭を撫でながら、訊ねる。

「……一応、人間領はカミーラ達の担当だったろう? 思ったより、人間側の抵抗でも激しかったのか?」

「いんや、激しいどころじゃないわよ、結果はボ・ロ・負け」

「何?」

 はんっと嘲笑まじりにメディウサはケッセルリンクに結果だけを教える。魔軍は人間領の国の一つであるゼスの首都を陥落させたにも関わらず、その後敗北を喫し、尻尾を巻いて撤退した、と。
 ケッセルリンクは予想だにしなかったその答えにピクリと眉を反応させた。
 それは想像以上の事実と言えた。ケイブリスの思いつきの理由が半ばカミーラがなかなか人間侵攻を終わらせないことに業を煮やしたものだとばかり思っていたからだ。

「それも指揮していた三人の魔人全てが行方不明という体たらく」

 さらに加えられた一言を聞いたケッセルリンクはそれでか、と漸く納得する。
 その行方不明と言う事実こそがケイブリスをひどく追い詰めている事象であり、そしてケイブリスをここまで苛立たせる原因となっているのだ。
 何せその三人の中にはケイブリスが深い好意を寄せている女性が含まれていた。他の二人はともかくとして彼女が行方不明となればその安否が気がかりでとても落ち着いていられないだろう。

「おまけに人間どもに負けたのは大分前ときてやがる」

 忌々しげにケイブリスがぼやく。

「大分前なのか?」

「そ、ケーちゃんが怖かったんでしょうね。誰一人として負けたと報告しにこなかったから」

 まさか人間に惨敗したなどという屈辱的な事実など魔族の誇りからすれば言い辛い。何よりカミーラが行方知れずなどと口が裂けても言えやしまい。ケイブリスに向かってそんなことを口にすれば即座に八つ裂きだろう。殺される未来しかない以上、モンスター達はケイブリスの下に戻れずに逃げるしか道がないのもわかる。
 結果、ケイブリスの使徒が彼の手紙をカミーラに届けようとした時にようやく事態が発覚したということらしかった。

「愚かな……」

 ケッセルリンクは肩をすくめ、深く嘆息を一つ吐いた。

「こうして話している間も惜しい。さっさと軍を編成するぞ、全軍でつっこんでやる」

「……いや、待て、ケイブリス」

「カ、カミーラさんは、か弱いからな、もし人間どもに何かされてたら……な、何か……うぐおおぉぉ……!」

 焦燥感に駆られすぎて周りの声が聞こえないのか、ケッセルリンクの呼びかけにも応えず、ケイブリスは何かぶつぶつと一人でごちている。

「ケイブリス」

「いや、ありえんっ! そんなこと俺様は断じてゆるさんぞおぉ!」

 再度の呼びかけも我を見失っているケイブリスには届かないのか返事が返らない。
 その様を見てケッセルリンクは眼鏡をクイと押し上げ、改めて位置をなおすと、

「……ケイブリス……! 少し落ち着け」

 底冷えするような声で、射るような視線を投げかける。同時、先程までの熱気が嘘のようになりを潜め、鋭利な刃物のような冷気が辺りを包みはじめた。

「ぐ、ぬ?」

 ケッセルリンクが放つ威圧に飲まれ、ケイブリスは寸陰怯む。漸う、ケイブリスの意識をこちらに引き戻した。

「無闇に全軍で突っ込むなど愚の骨頂だぞ、ケイブリス」

「何ぃ!? それの何処が悪いんだ」

 眉を吊り上げ、目を大きく見開き、ケイブリスの顔が凄まじい形相に歪んだ。怒りを孕んだ視線と冷徹さを孕んだ視線がぶつかり合う。

「考えてもみろ。魔軍を破ったからには向こうにそれなりの備えがあるのだと予想できる。過去に聖魔教団の例もある。人間が新たに魔人に対抗する術を見つけたのかも知れん。だとするならば、まともな用意もなく下手に仕掛けて全面衝突した挙句、さらにその裏をホーネット派に攻められでもしたら、目も当てられない。こちらに不利な要素が多すぎる以上そのような二正面作戦は反対だ。今は当初の予定通り、ホーネット派を掃討し、魔人領を統一した後にじっくり攻め込むのが妥当だろう」

 メディウサも大方同じ意見なのかケッセルリンクの話に首を縦に振っている。
 そもそも以前のカミーラ達の人間侵攻自体、たいした考えがあるわけもなく、ケイブリスのカミーラへのご機嫌とりに過ぎないものであったのだ。そしてそれが失敗したからには、現段階で無理に攻め立てる必要もない。大きな敵のほうに全力でとりかかるべき、ということだった。
 だが、冷静さを著しく欠いているケイブリスにはいくら理屈で説明しようと頭が納得を許さないのか、口を真一文字に噛み締め、拳をわなわなと震わせている。ケイブリスのその様子を見て、ケッセルリンクは、彼が理解していないことを悟り、さらに追い討ちのように言葉を放つ。

「どうしても、と言うのであれば私は参加を辞退させてもらおう」

「あ、なら私も抜けるわ、ホーネット達を片付けるほうを先決させたいし」

「な、な!?」

 ケイブリスはこれに激しく狼狽した。彼は、予想外の命令拒絶の宣告に怒りを覚えるよりも先ずショックを受けているようだった。
 
「ぐ……ぐぐぎぎ……」

 頬が強張り、顔の全体が痙攣している。ガチガチと牙を噛み合わせ、ギチギチとすり合わせて耳障りな音がたつ。さらには隙間から唸り声まで聞こえる。
 その姿を視界に収めて黙って窺っているとケッセルリンクは前触れを感じ取った。反射的に体の内の魔力と呪力が外へと膨れ上がる。
 肩を大きく上げたケイブリスが咆哮を上げた。あわせて糸を引くように涎の飛沫が散るがそれを消し飛ばすように空気が爆ぜた。
 高く響いたのは軋むような音。目の前では巨大な刃のような鋭い爪と魔力と呪力の厚みで撓むように歪んだ空間が衝突を起こしていた。震える剛腕と障壁。両者は絶妙な力で拮抗の状態を保っている。
 ケッセルリンクは不快げに目を鋭く細めた。自身の髪にそっと手を触れてみるとやはり先ほどの衝撃波を受けたせいで乱れてしまっていた。このまま城に帰れば、愛するメイドから厳しい言葉を貰うだろう。嘆くように首を振ると、丁寧に整えてなおしていく。
 しばし作業に集中していると軋む音がいっそう増したことに気付く。ふとケッセルリンクは思い出したようにケイブリスに目をやり、

「今の一発には目を瞑ってやろう。だが、次……ここから二撃目に入るようなことがあらば私も本気でお前を迎撃せねばならん」

 浅い歩幅で一歩。カツンという乾いた靴音をたてて、相手に近付く。ケッセルリンクは髪から手を離すと真横に伸びる大きな腕へと添えた。ケイブリスは動きを止め、沈黙した。
 異様な緊迫感だけが蔓延る。二人を中心に渦巻くように滞留していた。

「お前と戦えば私はただでは済まないだろう。だが、敗北の代わりに生きていることを後悔させるだけの永遠の苦痛は与えることはできる。ここは互いに退くのがうまいやり方だと思うが……どうする?」

「………………」

 暫く視線をぶつかり合わせていると、ケイブリスがゆっくりと腕を戻して、頭を掻いた。

「…………悪かったな」

「まあ、カミーラの時のようにならなかっただけ幾分かマシだが、あまり埃を舞わすのはよしてほしいものだな」
 
「ぐぐ、嫌みな奴だぜ」

「……それで、もう終わったわけ?」

 ちゃっかり自分一人だけさっさと避難していたメディウサが何食わぬ顔で戻ってくる。
 ケッセルリンクは軽く眉をかくと、話を再び戻した。

「さて、ケイブリス。お前はカミーラが心配なのだろう。それは確かにわかるが、彼女は魔人、それも四天王の一角だ。人間がどうこう出来るわけがないことも良く知っているだろう」

「そうそう。プライドのお高いあの女のことだから大方部下を大量に失った手前出て来れなくて隠れてんじゃないの?」

 メディウサ、ケッセルリンクの二人は、魔人が無事であることは確信していた。退かすことは出来ても打ち負かすことは出来るはずがない。魔人の種としての強さに絶対的な自信がある以上心配など無意味という考えが根底にあった。
 それに、歴史でさえ、あの聖魔教団が魔人を誰一人として落とせなかったことで、人間は魔人を越えることは出来ないと証明しているのだ。
 ケイブリスもそのことには頷かざるを得ないようだったが、

「だが、カミーラさんをこのまま放っておく訳には」

 それでも、どうしてもそこだけは断固として譲りはしなかった。
 ケッセルリンクは瞑目し、顎を引いてみせる。

「ふむ、確かにそれもまあ道理ではある。それに魔軍を破った人間をただ捨て置くのもよくはない」

「じゃあ――」

 懲りないのか、なおも全軍突撃の意見を押し通そうと迫る。
 だが、ケッセルリンクはその勢いを手で制する。

「いや、攻める前にやることがある。どのようにして魔軍を破ったのかの調査とカミーラ達の行方を調べ、連絡をつけられるように誰かを派遣するのがいい」

「そ、そうだな……カカッカミーラさんの無事を確認するのが先だな。じゃあ誰を向けるか……」

 ケイブリスの意向をある程度汲みつつ、基本調査メインの小規模の部隊を人間領に向けることで取り敢えずのところ一致することになった。
 そして、調査隊――ケイブリス曰くカミーラ救出隊――の選出を考える。
 ケイブリス自身としては、最も信頼の出来るものに任せたい気持ちがやはり強いだろう。出来ることなら自分が真っ先に行きたい気持ちがあっただろうが、そこはまだ言いださずぐっとこらえていた。

「……人間領に詳しいものでいけばレイ、だな」

「ん~? レイかぁ、人間上がりはイマイチ信用出来んからなあ」

 ケイブリスは不満そうな顔。というより基本誰を推挙しても文句を言いそうだ。
 メディウサがさりげなくケッセルリンクに視線を寄越した。明らかに底意の含まれているものだ。体から伸びる白蛇がぬらりと蠢いている。
 ケッセルリンクは小さく肩を竦める。

「……だが、他におるまい」

 人間上がりでないといえば、ここにいる面子を除けばバボラ、レッドアイが該当するのだが、彼らは攻めの要かつ、調査にどう見ても適すような魔人ではない。

「…………ちっ、しょーがねぇ、レイに任すか」

 渋々という感じで了承する。人間領のことに明るいことが他の者より速く見つけることに有利になるということは彼もわかってはいるらしい。

「では、レイには私のほうから言っておこう」

「おう、そうか。ちゃんとカカカカミーラさんを無事に連れてくるよう、しっかりとそこんとこ強調して言っといてくれよ? 後、なるべく早くしろともな。それと絶対に手を出すなよとも……ああ、それと」

 ケイブリスは強く念を押しながらやたらと注文を重ねていく。

「…………わかった、極力伝えておこう」

 ケッセルリンクは眉間に手を当てる。
 メディウサは唇をひん曲げた。
 自分勝手なのは魔人らしいがその自分勝手の次元の低さの情けなさに二人は頭が痛くなっていた。










 -シルキィの城-



「以上がケイブリス軍の動きに関する報告です」

 会議室。人工的な照明など一つもなく、数条差し込む自然の光だけが室内を照らす中、ハウゼルの声が部屋中に広がる。

「随分と妙ね……」

 ハウゼルの報告を聞き終えると、中央に位置する椅子にしんと佇む女性が、鈴の音色のごとき声を漏らした。彼女こそ、このホーネット派を束ねる盟主こと魔人ホーネットであった。
 前魔王ガイの娘であり、高貴な出らしく気品が溢れ、魔人の筆頭の名に恥じぬ特別なものにしか纏えない空気がごく自然なまでにそこに在る。そして何よりその美貌は、悩ましく考える仕草さえ、絵にさせる程であった。

「有難う、ハウゼル、メガラス。サテラのほうはどう?」

 思考の海に埋没するのもわずかなもので、次の者の報告へと移る。
 視線を向けたのは、濃く明るい深紅の髪が印象的な魔人。

「はい、こちらは追加のガーディアンの製作は昨日終わりました。部隊への補充も滞りなく完了しました」

「そう、ご苦労でした。貴女のガーディアンはこちらの主戦力ですからね」

 ホーネット派とケイブリス派は魔物の兵力に圧倒的な差があった。その為粘土をもとに新たな兵力を生み出すサテラのガーディアン作成能力はその差を埋めるべく非常に有効な手だった。材料さえ手に入れば時間はかかれど際限なく作れ、おまけにその実力は魔人の使徒にも劣らない。現ホーネット派における最大の主力と言える。
 だからこそホーネットは心からの労いの言葉を彼女にかけた。
 サテラはその言葉に照れくさそうな表情を浮かべる。

「い、いや、そんな大した事じゃない……あ、ありません。……~~っ……そうだ、次はシ、シルキィだぞ。何か報告することがあるんだろ?」

 気恥ずかしさから逃れるために横を向くと、シルキィ・リトルレーズンへと水を向ける。

「そうだな……少し前のことですが、ここから遥か東、JAPANというところで大きな魔王の波動が観測されました」

「っ! リトルプリンセスのか」

 ガタン!
 サテラはそれに希望を見出せたような声を出して、膝の後ろで飛ばすように勢いよく椅子から立つ。彼女らの勝利条件は決してケイブリス派の魔人を倒すことではない。リトルプリンセスを魔王として覚醒させることなのだ。魔王さえ覚醒すればケイブリスの野望も潰える。
 だが、シルキィはその期待には応えられないような残念そうな顔つきで続ける。

「ああ、だが」

「戻った……のか……」

 ある意味、予想通りと言えば、予想通りのことではあった。よくよく考えれば、魔王が仮に君臨したのならこの魔人の体に流れる血が騒がないはずがないのだから。

「少しして反応がなくなったから、おそらく例のヒラミレモンとやらを使ってまた抑えたのだろうな」

「……やはり……、美樹様は拒み続けているのですね……」

 ホーネットが刹那、物憂げな表情を見せる。

「ホーネット様……」

 それを見て、シルキィは少し顔を曇らせた。
 リトルプリンセスが魔王の責任を放棄したことが起因し、今の魔人領における大きな混乱が招かれた。そしてそれを収めるために、ホーネットには重い負担が強いられている。つまり本来であれば、魔王さえ覚醒していれば、このような過酷な状況に立たされ、要らぬ苦労を背負うこともなかったはずなのだ。
 それでもずっとここ何年も彼女は疲れも表に見せず、何も嘆くことなく、今も魔人と人間の未来のために重圧にじっと耐えているのだ。
 その努力が報われないなんてことがあってはならない。そのような目に遭わせる事があってはならない。
 絶望的状況を作り上げたリトルプリンセスの身勝手さ、そして何よりそんなホーネットを救うことが出来ていない今の自分の無力さにシルキィはただ歯噛みするしかなかった。


「……それで、他に誰か、何かありますか?」

 そして、再び気を取り直すようにホーネットは会議の進行を執った。
 ホーネットが皆の顔を見回してると、紫の魔人が静かに口を開いた。

「…………一つ、気になることが」

 意外。その非常に珍しい光景に会議室の面々が皆軽く目を開く。
 普段、こういう場では常に黙っているメガラスが話すのは稀なことであるからだった。だが、逆にそんな彼が態々何かいうということは、それだけ重要な何かという意味も持つ。
 ホーネットはメガラスの発言を許可すると、促した。

「何? メガラス」

「南方……人類領ゼスにケイブリス派の魔人が侵攻した件ですが、…………カミーラ達が人間に敗北したようです」

「!?」

 メガラスの告げた思わぬ言葉が会議室に衝撃を走らせた。

「魔人が人間に敗れただと?」

 それは俄かには信じられない事実だった。シルキィの顔は驚きに彩られていた。
 魔人が大軍を引き連れ、人間に対し侵略行為が行われたことは、こちらの陣営も情報は得ていて、既に占領は完了したものだとばかり思っていたのだ。相手は四天王のカミーラということもあり、聖魔教団滅亡以降低下し続けている人間の力にホーネット派の彼女達は期待などしてはいなかった。言い方が悪いが、これはいわば番狂わせなのである。
 しかし、他の面々も大なり小なり驚きの色を見せる中でただ一人、驚きとは別の反応を見せたものがいた。

「…………」

 それは、魔人サテラであった。
 彼女の口だけは驚きに開いていない。その口元は、ほんの微かにだが、緩んでいるように見えた。
『人間側が魔軍を退けた』……それを聞いたサテラの胸中には、一つの予感よりも強い確信が沸きあがった。
 "ランス"
 真っ赤に静かに燃える瞳で呟いた。
 サテラは軽く瞼を閉じると、過去に想いを飛ばす。
 ――ランス。以前、地竜の魔人ノスに唆され、リーザスに攻め入った時に出会った人間の名だった。
 魔人である自分に初めて屈辱をあたえた強い男。
 初めて、自分に恐れを抱かず対等に接してきた不思議な男。
 いつか必ず、また出会う。いつか必ず、借りを返す。
 人間など、興味のなかったサテラがあの時初めて気に留め、彼の名を深く心に刻み込んだ。
 そして、何時の間にか彼という存在は、サテラの心の中に深く居ついてしまった――

「サテラサマ?」

 隣に控える従者、シーザーに声を掛けられ、サテラは我に返った。
 どうやらしばらく反応が見受けられなかったのが気にかかったようだった。

「どうかしたの?」

 その様子にハウゼルも気づき、怪訝そうな表情で訊ねる。

「いや、……魔人を倒せる人間なんて信じられなくて。少し面くらってただけ」

 サテラは首を小さく振ると、何でもないといった風情で応える。

「そう。でも、魔人が敗れたのは紛れもない事実かもしれないわね。少し前に姉さんが刃物を突き刺された感覚があったから」

 ハウゼルは自身の腹部に手を宛がう。彼女と姉、ラ・サイゼルは特殊な体質であり、その感覚を互いに共有しているため、何かが体を貫通した痛みをその身に直に味わっていたのである。

「刃物……? とすると聖刀……だろうな。リトルプリンセスを狙いにいって返り討ちにでもあったか」

 シルキィが分析し、考えを述べる。多くの魔人にとって刃物という単語で一番に連想されるのは、聖刀日光だった。この刀は魔人の無敵結界を破れる伝説の武器。そしてそれは来水美樹の側にいる男性が所持しているのが把握されている。

「その可能性は十分に考えられるわ」

「案の定向こうも直接魔王を狙い始めてきたか……。そう考えると我々も再度リトルプリンセスに護衛を向けたほうが良いかもしれません」

 こちら側がどれだけケイブリス派の攻撃に耐えてもリトルプリンセスが捕らえられれば話にならない。
 殊に、魔人に対抗する刀はあっても使い手の力と経験の面で大いに不安があった。シルキィはホーネットに美樹の守りを固めることを提案する。

「そうね……ではサテラ、美樹様の護衛へ向かってくれるかしら」

「わかりました」

「それとハウゼルもお願い。貴方達なら美樹様も心許しているでしょう」

「はい」

 サテラとハウゼルは真摯な眼差しのまま力を込めて応じた。彼女達は先般も美樹の護衛を勤めたことがあった。

「それとメガラスは、またケイブリス派の動きを探ってきてくれるかしら。特に、人類領に向けてまた何か動きがあるでしょうから」

 メガラスは、了解し首肯く。

「シルキィ、貴女は、サテラとハウゼルが抜けてしまう分、少し負担が増えるかもしれませんが……」

「いえ、御気になさらず命令して下さい。私はホーネット様の補佐ですから」

「有難う、シルキィ。頼りにしているわ」


 今後の方針が固まったところで会議は終わりを迎えた。
 各々、次の仕事に着手すべく席を立つ。
 メガラスは、早くも任務へと向かったのか既に室内から姿を消していた。
 シルキィとホーネットはお互いに内談しつつ、退出しているところだった。
 サテラも同じく任務の準備に取り掛かるべく、部屋を後にしようと立ち上がったところ、ハウゼルがこちらに話しかけてきた。

「サテラ、今のところリトルプリンセス様の最も新しい魔王の反応はリーザス周辺だそうよ」

「……そうか、ではそこに向かえばいいんだな」

「ええ、今回も一緒の任務、よろしくね」

「うん」

 お互いに視線を絡ませ微笑みあうと、「また後でね」とハウゼルも自室の方向へと向かっていった。
 サテラはハウゼルの後ろ姿を見送ると、自分が一番最後に廊下へと出た。
 会議室の扉を後ろ手に閉じると、その場から暫くの間動こうとせず、じっとサテラは立ち尽くす。

(リーザス……か)

 サテラが、ふと目をやった廊下の窓の外には、ただ仄暗くひややかな世界が広がっている。だが、彼女はそのずっと先の世界をただじっと見据えていた。




[29849] 2-4
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:29

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第九話 ~low gear~





 リーザス城の中心、謁見の間。輝く玉座にランスは腰掛け踏ん反り返っていた。
 眼下には跪いた男女が二人いる。一人は必要以上に畏まっており、また一人は目線だけをきょろきょろと忙しなく動かし、物珍しそうに周囲を眺めていた。ただ、どちらも煌びやかな空間とは不釣り合いな外見をしていたのは一緒だった。薄汚い襤褸布を纏った格好で、ともすればひっ捕らえられて王の前に突き出された罪人にも見える。
 実際のところ、彼らは元盗賊で亡命者である。それもリーザスにとっては敵国とも言える国の出身。まずスパイでないか徹底的に絞りあげるような相手となるのだが、物々しい雰囲気はそこに漂ってはいない。
 ランスは口許に笑みの形を浮かべていた。
 
「しばらくぶりだな、バウンド、ソウル」
 
 気安いほどの口調で男女に言葉を投げる。

「ランス兄ぃ……王族だったんだ」

「おい、ソウル、ランス"王"だろ」

 礼儀も作法もない一言はソウル。それを困った顔で窘めるのがその兄のバウンド。ランスの前にいるのはパラオで出会った兄妹だった。
 ランスは手を面倒くさそうに横に振るってみせる。

「ああ、別に気にせんで良いぞ、堅苦しいのはいらん」

 ソウルやバウンドのような人間に変に恭しい態度を取られても調子が狂う感じがした。

「それにしても、お前らよく無事だったな」

 ランスはヘルマンで軍に捕まってから二人がどうなったのかについて当然知ることが出来なかった。
 話を聞いてみると、あの時別行動をとっていたことが幸いしたのか、二人は軍と接触することは上手く避けられたらしい。その後で、ランスが捕縛されて、ボルゴZに収監されていることを知った二人は救出をする機会をヘルマンでずっと窺っていた。その時にリーザスに新しい王が誕生したこと。さらにはそれがランスであったことの情報が入って来て、二人でリーザスへと目指した。
 ヘルマンからの入国とろくに身分を明かせないことで国境の警備兵に捕まったが、ランス直筆の手紙とランスの荷物をもっていた彼らはこうして何とかリーザス王との面会が叶うことになった。
 ちなみにランスは警備兵からの報告が上がった時になってようやく二人のことを思い出した。

「それでダーリン、この二人どうするの?」

 隣に座るリアが口を挟む。どことなくソウルに対して送る視線には険しいものが含まれている。

「どうするも何もこいつらは俺様の子分みたいなもんだしな。命を救ってやった貸しもあるし、それを返してもらわなきゃならん。ここで俺様のために働いてもらうぞ」

「えー……ダーリンの側にこんなヘルマンの卑しい盗賊風情を置くなんて相応しくないと思うけど」

 リアが膨らました頬からは不満の色が覗く。恨めしそうに向けられた視線にランスはしかし取り合わない。

「うるさい。俺様が決めたことだ。おい、誰かバレスをここに連れて来い」
 
 控えていた侍女の一人が命令を受けて呼びにでる。
 暫くするとリーザス第一軍の将バレス・プロヴァンスが姿を見せた。御前に進み出てくると、一礼し、その場に跪く。

「遅いぞ、バレス」

「はっ、申し訳御座いません」

 開口一番に叱責の声を飛ばす。それを浴びせられたバレスは恐縮してさらに深く頭を垂れた。

「本来だったら俺様が来いと思ったときに既にここにいろ。それが忠臣としてあるべきことだろうが」

「ははっ。しかしこのバレス、ランス王に対する忠義は誰よりも厚いと自負し、この命を投げ――」

「ああ、いい。そんなんいらんからさっさと用件を済ますぞ」

 ランスは鬱陶しげにバレスの話を適当に遮って話を続ける。

「お前にこの二人を預けるから出来るだけ短い間で使い物にしろ」

 バレスは隻眼を細めてランスの指差す兄妹を見やる。

「使い物に……一人前の軍人に育て上げろということですかな」

「そうだ。やれるか? とは聞かんぞ。これは命令で、絶対に満足いく結果を出す以外のことは認めん」

「はっ。必ずや王のご期待に添えるよう――」

「あ、それと俺様が率いる部隊だ」

 再びランスはバレスの言葉を途中で切るようにして話す。

「俺様直属の選り抜き精鋭部隊を編成しろと言いつけたはずだが、当然出来てるだろうな」

「それについては編成は既に終えております。王のご要望通り、実力、実績共に申し分のないものを選出しておきました。残りは"色"を決めるのみでございます」

「色? ……ああ、軍隊のカラーのことか」

 リーザスの軍はそれぞれ固有のカラーというもの持っている。第一軍は黒、第二軍は青、第三軍が赤、第四軍が白。そして特別に編成された部隊として金の親衛隊、紫の魔法隊がある。
 ランスは腕を胸の前で組んでじっと自分に合う色というものを考え込む。しばし無言で思案し、視線を彷徨わせていると、近くにはべる侍女と目があった。

「……マリス、お前何か案があるか?」

 何となしに、ランスはマリスに意見を求めてみる。

「私ですか? では、僭越ですが……緑というのはいかがでしょう?」

「あ! それいいかも。ダーリンにぴったしな一番似合う色よ」

「おぉ……、緑はこのリーザスの肥沃な大地に根付く実り豊かさを象徴する色。王が率いるにまこと相応しい!」

 マリスの提案にリアが手を叩き同意すると、続けてバレスも大きく頷く。

「……緑……緑の軍か。よーし、それで決まりだな。俺様の部隊も出来たことだしさっそくヘルマンを潰しにかかるぞ」

 ランスは膝を叩くと勢いよく玉座から立ち上がった。
 そこにリアが黄色い声を上げる。

「きゃーー! ダーリン。世界統一の第一歩ね」

「がははは。ヘルマンなど田舎国家俺様がひとひねりにしてやる」

 国のトップ二人が盛り上がるが、そこに水をさすような言葉をバレスが放つ。

「お待ちくださいランス王。確かにヘルマンは以前より弱体化はしておりますが、それでもやはり軍事大国。正面から挑み勝利するのは容易いことではございません」

 老年の域に達しているその顔の皺が僅かに形を変える。

「それに王も我々リーザスとヘルマンの間に聳えるパラオ山脈はご存じでございましょう?」

「ああ……あれか」

 ランスは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
 少し前にヘルマンへ行くために通った山脈だけに記憶に新しい。狭く険しい山道を長々と歩かされたことを思えば決して良い印象は持っていない。

「ヘルマンを侵略するとなるとこの地を必ず通らなければなりません。それこそ攻撃部隊も補給部隊も例外なく……」

「……攻めるのに不都合なわけか」

 モンスターが徘徊する狭くて荒れた山道を行軍するのはそれだけで大変な負担であり、その山を抜けたところを待ち構えるヘルマンの軍勢に叩かれれば一溜りもないということはランスにも予想がついた。

「リーザスとヘルマンの戦争が永きに渡り決着がつかなかった理由の一つです。再び我々がヘルマンを攻めたとして無駄に兵を消費するだけかと」

 バレスは髭を小さく震わせながら強く言う。
 ランスは大きく長い長い溜息をついた。

「おい……そうは言うが、それではいつまでたってもまともに攻め込めないではないか。まさか山を破壊しろというわけではあるまい」

「笑えん冗談だな」と肩を竦めると着座し直し、背もたれに背中をあずける。

「ランス王」

 その時マリスが口を開いた。

「何だ、マリス。まさかお前まで止めろとかふざけたことぬかすのではないだろうな」

「いえ。確かに今の状態で攻めるのが厳しいと言うのはバレス将軍と同意見です。ですが、勝てるだけの見込みが生まれれば……多少準備が必要ですが、ヘルマンに戦争を仕掛けて勝てる条件を揃えさえすればいいのです」

「条件? 準備?」

「非常に出すぎた真似かと思いますが、こちらで一つヘルマン侵略のためのおおよそのプランを練ってみましたが……」

「話せ、聞いてやる」

「有難う御座います。まず、特別に予算を組んでマリアさんに大砲を大量に生産して頂きたいと思います。これは、侵略するとなると相手より大きな戦力を保有することが重要な要素となるわけですが、ヘルマンとの現時点で軍事力の差はいかんともしがたいものです。ですから単純に兵力を増やすよりもこのような強力な兵器を量産したほうが飛躍的にこちらの戦力は伸びると考えられます。それに砲兵は特別な技能が必要でなく、一定の訓練を積むだけで大きな力を発揮することが出来ます。またヘルマンは番裏の砦を代表するようにあらゆる城砦、城壁が堅牢です。火力の高い大砲によりこれの機能をなくさせる狙いもあります。場合によっては組み立て式の大筒をいくつか準備し、パラオにて組み立て、国境にある砦を一掃することもできましょう。次に、戦時の際、敵の混乱を促すためあちらの反乱勢力を利用します。具体的に述べればあのパットン・ミスナルジを擁立している勢力ですね。ヘルマン同士で潰しあってくれればこちらに痛手もなく向こうが勝手に弱体化してくれます。またそれに乗じ、都市でも多く反乱を喚起させれば相手は治安維持に兵を割く必要性がでるため、こちらに宛てる戦力は減り、侵略が容易になることかと……。そしてもう一つ、自由都市国家群と深く結びつき堅固な協力体制を敷きます。この狙いはリーザスの戦力増強を主としたものではなくヘルマンの弱体化と言えます。ヘルマンはご存知の通り土地が痩せていてろくに作物の育たない自給率の低い国家です。そして不足分を何処でまかなうのかと言えば自由都市との交易。つまり向こうで豊富にとれる鉱物資源との取引で得ている訳です。よってここで自由都市国家をこちら側に完全に組み込み、交易路を封鎖すれば向こうに食料は十分にいきわたりません。いかな屈強な軍隊を保有しても補給物資が回らなければまともに動かせませんし、食糧不足により市民の暴動も促せます。長く戦争を続ける体力を削れば降伏への早道となるでしょう。……これら三つの条件を全てクリアすれば我がリーザスの勝算は高いかと」

「う、むぅ」

 バレスが思わず唸り声をあげた。

「確かにマリス殿の仰った全ての条件が揃えば我々にとってヘルマンの侵略は容易くなりますな」

「いかがでしょうか?」

 マリスの冷静な瞳がランスを真っすぐ見据える。

「ふむ。てことはやるべきはヘルマンの前に近隣の自由都市国家制圧か……」

「自由都市国家は我々と同盟を結んでいる国も多々ありますが、そうでない国もあります。ヘルマン包囲のためには同盟をより強い結び付きに、同盟を結んでない国も我々に従うように働きかけねばなりません」

「ぱぱっと武力で制圧しちまうほうが単純で早いんじゃないか?」

「片端から喧嘩を売ってしまっては向こうも反発しましょうし、それに今の段階で無理に兵力を消耗するのも良くありません。幸いほとんどの国とは友好関係にありますし、上手いこと話し合いでいければそのほうが良いでしょう。従わないのならそれ相応の方法もありますし、それでもダメなときがあれば最終手段として武力としたほうがよろしいかと」

「話し合いか。美人の都市長相手ならともかくつまらん作業だな。やる気がおきん。マリス、その辺はもうお前に任せる。策略を巡らすのも得意だろうしな。砲兵の準備や反乱する奴らとの動きの調整と併せて自由都市の攻略のほうも頼んだぞ」

「御意に」

 マリスは静かな声で言って頭を下げた。あくまで王の命令をこなそうとする侍女の動きに淀みはない。






 ランスはマリスに全てを任せて以降思うままに遊ぶ毎日を過ごしていた。メイドに悪戯したり、たまに城下町にでかけ町娘を襲ったり、部下の忍者をいじめてみたりと自由に王としての生活を満喫する。ろくに政務に手をつけていないが、特に問題もない。
 
「うーん、今日は誰とやろうか……」

 謁見の間。玉座に座るランスはピンクウニューンを啜りながら、また一日どう潰すかをぼうっと考えていた。

「ダーリン、どうせならリアと遊んで過ごそ。ね?」

 隣に座る王妃のリアは強請る様にすり寄ってきた。ランスの肩へと片手をあてがい、体を預けるようにしな垂れかかる。白き美貌がいっぱいに広がった。彼女のもう片方の手にも白きものが見える。それはパフェであった。ランスはそれをじっと見つめる。

「あ、ダーリンもこれ食べる? おいしいよ」

 視線に気付いたリアが一口掬ってランスの前に差し出してくる。大きく口を開けると、その中に冷たいジャムとクリームが蕩けるように侵入して来た。

「ふむ。なかなかうまうまだな」

「でしょ?」

 白い蕾が綻びるような頬笑みをみせるリア。その膝でもぞりと動く影があった。

「がおー」

 リアがペットとして飼っているライトニングドラゴンのはるまきが小さい手足をばたつかせ、モノ欲しそうな瞳でパフェをみつめていた。

「はるまきも食べたいの?」

 言葉を理解しているのか、はるまきは頷きのような動きを数度見せて口を開ける。リアは再びパフェを掬うとスプーンをそこに運ぶ。
 そしてそれが届く寸前――パクリ。と、ランスが横からと齧りついた。スプーンの上からパフェが見事に消え去る。
 はるまきは茫然と口をぱくぱくさせている。それを眺めながらランスはクリームがついた口許を舌で舐めずると、勝ち誇る様に大笑いする。

「がははははは、ざまあみろ」

「ああ、もー。ダーリンったら、子供みたいな真似して」

「がははははは」

 ちゅーちゅー。

「……む?」

 ふと、奇妙な音がするとともに何だかランスの手元がどんどん軽いものになっていく感じを覚えた。
 訝りながら、下を見やると、

「て、てめえ、俺様のピンクウニューンを!」

 はるまきがランスの持つグラスから伸びるストローに齧りついていた。液体がものすごい勢いで吸い込まれている。
 遂にはズルズルと容器の底から嫌な音がたつ。ランスは慌ててグラスを引いた。そのまま目線にもっていくと、おそろしく透明感のあるグラスが映った。
 軽く振ってみると、カランと虚しい氷の音がするだけ。止めとばかりにはるまきが盛大なゲップを放つ。

「うぐぎぎぎ、この野郎~~!」

「ダーリン落ち着いて。無くなったならまた頼めばいいじゃない」

「くそくそ……おい! 誰かおらんか!」

 ランスが叫んだ丁度そのタイミングでマリスが謁見の間に現れる。
 黒いタイツに包まれた細長い足をしなやかに動かし、颯爽たる風姿で玉座に歩み寄ってきた。その手にはいくつかの書類がある。

「おお、なんだ、マリス。やっと自由都市の制圧が終わったのか?」

「その自由都市の件で報告することがあります」

「さては美人の都市長が俺様との夜の交渉をしたいっていってきたんだな? ならすぐに向かうぞ、何処だ?」

「いえ、全く違います」

 マリスはきっぱりと言うと、

「どちらかと言えば、その都市長が牙をむいているという言い方が正しいでしょう」

「なんだそりゃ? 俺様達が進める自由都市全攻略を阻もうとしてる奴がいるってことか?」

 ランスが疑問の表情で言うと、マリスは細い顎をしっかり引いて見せた。

「既に自由都市地域の約四割ほどがその国に奪われました」

「よっ……!?」

 ランスは一瞬言葉を失った。

「……おい、それはいったいどこの国の仕業なんだ?」

「コパ帝国です」

「…………」

 ランスは今度こそ完璧に絶句する。ぱかんと口を開いたまま、まじまじとマリスを見返す。

「コパ帝国は、ランス王が即位した時期から急速に勢力を拡大しています。国への買収も活発になったどころか、裏では都市長と秘書の不倫ネタをはじめスキャンダルを発覚させ辞職に追い込んだ後にコパ帝国の息がかかった者を後釜に据えることで実質的な支配を握ったり、都市の裏の支配者とのコネを使って実権を握ったりと工作も激しく、我々と同盟を結ぶ自由都市に対しても次々と手を出してきています。既にいくつかの都市長はコパ帝国にリーザスとの同盟を切るよう求められているようです」

 ランスは腕を組んで呻きを上げた。

「何だってそんな……もしかしてあいつ、俺様がリアと結婚したことに対して怒って邪魔してんのか?」

「おそらくは。このまま勢力を拡大していけば自由都市のほとんどを手中に収めかねません。おまけに金に飽かして傭兵を雇って兵力も大幅に強化しており、我々の脅威になりつつあります」

「戦争でもするつもりか、あいつは」

「最終的にはリーザスに仕掛けてくる気でしょう。いくら勢力が伸びようと我々が負けるとは思えませんが、なるべくでかい戦争は避けなければなりません。ある程度の規模の国家と長期の争いをすればそれは隙となり、逆にヘルマンから侵攻を受ける可能性があります」

 明らかに分の悪い状態になっているのに相も変わらず冷静さを保つマリスにランスは苛立たしげな視線で睨んだ。

「おい、自由都市支配によるヘルマン包囲どころじゃないだろ。どうするつもりだ、マリス」

「現在コパ帝国は自由都市国家の一つポルトガルに狙いを定めています。我々もまたそこを落とされる前に何とかこちらに味方につけられないかと狙っております」

「ポルトガル? 確か大陸の隅っこにある都市だったな。商人どもの都市だ」

「はい。そして唯一JAPANに接する国でもあります。コパ帝国側はここを抑えることで強力な経済基盤を得ると同時JAPANとの繋がりを持ち、彼らに敵対できないように働きかけるつもりです」

「それを防ぐってことは……」

「我々リーザスがポルトガル・JAPANを味方につけるのです。それが出来れば力関係がかなり有利になります。そして現在においてもリーザスと特に結びつきの強いカスタム及び周辺国に協力を求めれば――」

「三方でコパ帝国を囲めるわけか」

「出来る限りコパ帝国にプレッシャーを与え、不利という状況をつくれれば、向こうについた都市をきりとることも容易くなるかもしれません」

「簡単に言っちゃいるが、まずポルトガルが手に入らなきゃどうしようもない。その算段はついてんのか?」

「ポルトガルにおいて市政運営は商人ギルドがほぼ独占する形となっており、権力主体は完全に商人となっています。そしてコパ帝国のドット商会はここ最近の資金集めの為に荒稼ぎばかりをしているためにそのポルトガルの商人連中の多くから恨みや反発心を抱かれているのです。つまりそうした不満をつつけば、交渉次第でポルトガルがこちらの味方についてくれる可能性は高いです」

「なんだ、それなら割と楽にことが済みそうだな」

 ランスは「あー」と口から息を大きく漏らし、肩から力を抜いた。
 マリスから話を聞いた最初は随分やっかいなことになっている気がしたが、今となってはもう問題がすっきり片付いたようなものであると感じていた。こうなるとランスの内心は別の方向へとシフトを始めた。
 椅子から立ち上がると、体をぐぐっと伸ばして、首をコキコキ鳴らす。

「俺様はまたしばらくメイド達と遊んでくる。終わったら、その時教えろ」

 玉座から伸びる赤い絨毯をズカズカと踏みながら、ランスは広間を後にした。



 ランスがいなくなった謁見の間。残ったリアとマリスで二人きりになったとこでリアが口を開いた。既にその顔は先ほどまでのランスに甘えたようなものでなく女王らしい毅然としたものに変わっていた。

「コパ帝国ねえ……それにしてもここまではやく伸びてくるとはね……」

「どんな行動に出るかまでは予想していましたが、正直ここまでのものとは思いませんでした。おそらく彼女は本気でしょう」

「……本気でリーザスを奪い取る気ね」

「ランス王にリーザスの王をやめさせたい。ならリーザスという国を無くしてしまえばいい。なるほどシンプルです。馬鹿げてはいますが」

「ほんと諦めの悪い女……。でも、いくら何でもたかが小さな国のトップ一人風情に自由都市支配の主導権争いで水をあけられるのは少しおかしいわ。他に裏でこっちを妨害したり、向こうを支援してるのがいるんでしょう?」

 その問いにマリスが頷いて肯定の意を示すと、リアは確信に満ちた眼差しで見つめてくる。

「……おデコちゃんね」

「はい。マジック様もまた利害関係が一致していますからね。"リーザス王ランス"でなく"冒険者ランス"に戻そうと考えているようで」

「けど、あの娘が息巻いたところでゼスは動かないんでしょう」

「さすがにマジック様の個人的な都合の為にリーザスという国を侵略することなど他の四天王も将軍も承服しないでしょう」

「そうね。そちらはしばらくは大丈夫そうだけど、でもポルトガルに関してはそう簡単にことが運びそうも無いわね。リーザス御用商人がいるように、ゼスの高官らと深い関係をもつものも多いし……間違いなく妨害にくるわね」

 リアは長い青髪を一房摘まむと指でクルクルと弄ぶ。ランスのために毎日丹念にケアされているそれは柔軟さと瑞々しさを麗しいくらい孕んでいる。その毛先をピンと弾くと憂いを帯びた視線を落とした。

「……それにしても邪魔が多いわ。自由都市にはコパンドン、ゼスにはマジック、JAPANにはダーリンの子を孕んだ女。そしてヘルマンにいけばあの奴隷が復活することも……。ダーリンとせっかく結婚したのに気が休まる日がないわね」

「我々はランス王を巡る争いにはひとまず勝利は得ましたが、むしろここからが大切で、最も大変な時です」

「わかってるわ。絶対勝たなきゃね」

 眉をきゅっと上げ、表情を引き締める。女王の顔から一人の女としての顔への変貌。

「どんな女にもダーリンは絶対にわたさないんだから」

 瞳の覇気が強まる。その奥深くには揺ぎ無い闘志と決意が満ちていた。




[29849] 2-5
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:28

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十話 ~rookie~






 -自由都市国家ポルトガル-


 ポルトガル。自由都市国家帯の最東部に位置するその国は大陸とJAPANに挟まれるという立地から大陸の玄関口として機能している。
 経済の面で言えば多数の商人が自由に商業活動を行い貿易が盛んで、文化の面をとればJAPANと大陸という多文化が混交し独自のものが隆盛したりとさまざまな分野の一大中心地として栄えているのが特徴だ。
 自由都市地帯の中では非常に裕福かつ都会的な都市国家であるここには様々な機能をもったいくつもの街が集積している。
 例えば企業のビルが立ち並ぶオフィス街、貨物や物品などを保存して管理する倉庫街、劇場や遊技場など娯楽施設が集まる歓楽街、豪商が大邸宅を構える高級住宅街、奴隷労働者の生活圏である奴隷街、私立の教育機関や研究機関が密集している学術街、リゾートホテルや土産屋が並ぶ観光街など。どこもその区ごとにそれぞれ専門的に分けられ、その機能に特化するような形態がとられているのである。
 この無駄なく機能的できっちりしてるつくりなどはいかにも商人の都市なのだろう。そのような性質からいずれの街も特色に応じることで必然的に必要な施設のみが並び、その景観や街並みは街ごとに違った色を見せているわけだが、しかし実は必ずいずれの街にも唯一共通して存在するポルトガル独自の建物がある。
 それは"バール"と呼ばれるお店だ。いわゆる軽食喫茶というものであり、ポルトガルの何処を歩いても、すぐに目に着く程有り触れている。お隣JAPANで言うのならば、茶店のようなものと言えるだろう。
 商人の都市らしくこのバールというものはもともとは地域の情報交換場所としての役割が強かった場所なのだが、今では外回りの営業マンの一服の場所になったり、マダム達がそこで集まって会話を楽しんだり、または旅の行商人達が一時の足休めをしていったりとポルトガルでは地域社会に密接し、皆に非常に愛用される場所となっていたりする。
 かつてはカスタムの四魔女と言われた魔想志津香もそんなごく有り触れたバールの一角にいた。
 彼女は今、テラス席の一つに陣取り、新聞片手に苦いエスプレッソなど飲んでいる。短い丈のスカートからすらりと伸びる生足を組みながら、アンティーク調のカップを口につける彼女の表情はよく見るとやや苦みばしっていた。

(ふう……。こう何処にいても追いかけて来られるってのは精神的にくるものがあるわね。全然落ち着かないし。思った以上に疲れる……)

 やりきれないというように小さく首を振るう。カップの液面をふと見れば、映っているのは物思いの影が濃い顔。とても喫茶での穏やかな休息といった風情でない。
 こうも参っているのも並々ならぬ理由がある。魔想志津香は少し前からとある事情で追われる身となっていた。相手は国や組織などでなくただの個人なわけだが、それでも一介の人物ではないのが問題だった。
 ナギ・ス・ラガール。志津香を狙うは、かつてゼスの四天王の席にもついていた者。自分より一枚も二枚も上手の実力者だけに撒くのも一苦労だった。
 常に神経を尖らすため、心休まる暇がろくになく、その精神的疲労の度合いはピークと言っていい。

(……大陸から離れたJAPANならある程度大丈夫だと思ってたけど、ちょっと甘かったかな)

 志津香は少し前に妙なきっかけからお隣の島国JAPANで潜伏生活を送っていたのだが、安穏はそう長くは続かなかった。
 自分としては予想もつかない良い隠れ場所に行けたつもりでいたのだが、どうにも本人ですら忘れていたJAPANと自身を繋げる要素が一つあった。
 魔想という名が示しているが、JAPANとは浅からぬ関係がある。志津香の父は日系であり、JAPANの戦乱を逃れて大陸にやってきたものの子孫だ。
 そうした背景があるため、魔想の一族は母国JAPANに縁がある、と志津香を執拗に付け狙う相手が半ば勘の様なものでやってきたとしてもそうおかしくはなかったのかもしれない。発想の出発がどうあれそこに自分がいてそして出会ってしまえば駄目なのだ。
 結局、志津香は安全といえなくなったJAPANを離れ、腐れ縁の結婚を見届けた後は最も見知った土地である自由都市の街を次々と移っていく日々を送っていた。
 だがしかし、やはりこうしてずっと逃げ続けてばかりいるのは、肉体的にもそして何よりも精神的に良くないこととは志津香も考える。やっていることは互いの抱える問題の解決を先送りしてるだけに過ぎないもの。いつまでもそうしていられるものではないのも理解していた。
 かといえど何か妙案が浮かぶわけでもなかった。相手と話が通じるのであれば、それこそはじめからそうしている。相手を捻じ伏せるまでの実力も今はない。結局のところ逃走を続けるという選択肢をとる余地しかないのだ。
 その痛い事実を改めて直視した志津香は心を重くし、物憂げな吐息を落とした。
 ―――はぁ……。
 本日幾度目の溜め息になるか数えるのも億劫なものだった。

 
 魔想志津香という女性は一般的な美の感覚で捉えれば十分見目麗しい女性の範疇に入る。そのために、先ほどから見せているその思い煩う姿というものは、さながら映画のワンシーンのような美しき光景をつくっていた。
 思考に囚われている本人はあまり自覚していないが、周囲の視線を大いに惹きつけてしまっている。何しろこの一角だけ人が溢れ、混雑しているのだ。バールなど少し歩けば何処にでもあるというのに皆がわざわざこの店を選ぶのは彼女によるものといって過言ではない。
 そうなると話しかけてくる男の一人や二人ぐらいいてもおかしくなさそうだが、今のところそれらが見られないのは彼女が近寄りがたいよう隙無い鋭い雰囲気を醸しているからか。
 言外に放つ邪魔するなという志津香の意思を破る者はいないと思われたが、そんな彼女のテーブルにはじめて近づいていく男がいた。もっともその男性は店の制服姿の格好で尚且つ店長という札を胸につけていた。
 志津香が没頭していた思考を区切り、カップをソーサーに戻す。側に立った店長はそこに御代りを注ぎ、さらにトレーからデザートの品をテーブルに置いた。それは満月のようにふわりとまるいエッグタルトであった。
 志津香はそこで怪訝な表情を見せた。というのもこんなものを注文した覚えが全くなかったからだった。
 何これという意味を込めた視線を店長の方へと向けると、

「サービスで御座います」

 と見事な接客用の笑みを貼り付けて店長が告げた。志津香はそれに適当に頷きを返す。
 基本的にケチな商人が見返りもなしにおまけをしてくれることはない。
 当然下心があっての行為とはっきりしていた。もっともそれは女目当ての下心ではなく、金銭目当ての商人の下心である。
 店長が目をつけたのは志津香の集客効果。
 テラス席に座る彼女は非常に周りの目を引き、現にいまも周りに男性客が溢れるよう集まっている。
 ただ客を長くいさせるだけならいまいち回転率が良くならないが、このバール、実は席によってとる値段が違う。席料の高いほうからオープンエアー席、テーブル席、カウンター席となっている。つまり志津香の近くというのはそれだけでより高い金が落ちる席ということだ。
 そしてもう一つ美しさを利用した食品に対する宣伝があった。
 人目を引く志津香に食べてもらえば、食べ物にも注目される。そして美しく綺麗な人間が美味しそうに召し上がれば、イメージも良い。
 同じものを注文をしだす男性客は多く出てくるもので、当然食事のほうでもきっちり金を落としてくれる。
 このような事情から無料のサービスをしようと店としてはなんらの問題がない。むしろタルト一つで長く居てもらえるのであれば、そこから齎される利益はたかがデザート一品の材料費など補って余りあるだろう。
 けちな商人ただで商売はしない。志津香に営業スマイルを向けて辞した店長は今日の売り上げを思い、内心ではほくそ笑んでいた。
 当の志津香の方はそんなことを知っているのかいないのか、仄かに甘い香りを寄せるエッグタルトに完全に意識を傾けていた。
 おもむろに手に取ったフォークをタルトに伸ばし、一口大に切る。そして切れ端をその薄く柔らかそうな唇へと運んだ。
 パイ皮のサクサクっとした食感、そしてカスタードクリームの滑らかな舌触りとともに甘く濃厚な風味が口の中にすっと染み渡るように広がっていく。
 志津香は素直に美味しいと感じた。
 そして甘味の力は偉大だと認識する。
 一口一口食べていくうちに先までの暗澹たる思いが払拭されていく思いがした。眉間に寄っていた皺も僅かに解け口元も自然緩む。
 大いに満足がいき、気分をはっきりと転換させると、傍らに広げた新聞のほうへと再び目を走らせた。
 志津香の場合、幸運にも幼いころから魔法使いとして教育を受けていたので識字やある程度の教養も身についている。そのため新聞を読み進めることに苦はなかった。
 記事として書かれていた内容はポルトガルで発刊されているだけに基本は地元ポルトガルのことだが、それ以外にも紙面には国際情勢も大きく取り扱われており、最も強いであろう経済面、さらには芸能のゴシップ記事、企業の広告、求人情報、ラテ欄等とそろっており、そこらの国の新聞より中身が充実していた。
 やはりというか主に取り沙汰されているのは世界的に注目度の高い新しい王が誕生したリーザスのこと。その他は最近になってやたらと都市長が変わっている自由都市国家のこともあった。
 それらを読み流し、ぱらぱらと紙面をめくっていると志津香の目を惹くものがあった。それはある商会の求人情報だった。

(ポルトガルの都市の民間軍事会社が傭兵急募。……そういえばここ最近いろんなとこで傭兵集められているけど……)

 今は大陸全体にどうにもきな臭い気配が濃く漂っている。というより志津香は近いうちに大きな戦争が起きることがほぼ間違いないだろうと確信している。問題児がリーザスの王になった時点で避けられないはずだと悟っていた。
 同じく戦争の臭いを嗅ぎ取り、機を見るに敏な商人はすぐに需要が跳ねあがることを予測してこうした傭兵の確保に急いでいるのだろう。
 志津香はやや冷ややかな醒めた眼差しのまま条件の欄を見やった。そこには高レベル者もしくは高い技能を持つものは厚遇と書き記されている。
 人の間に資質の格差がある以上、戦争はまず数よりも質である。イカマン一匹もろく倒せないような者が百人いるより、イカマンを単独で楽に倒すことの出来る人物一人のほうが戦力的価値は高く、雇う側もそちらを求めるのだ。
 志津香はそういう意味ではかなりの質をもっていた。見た目にはわからぬが、レベルが30以上あり、魔法技能Lv2の魔法使いでそれも対軍魔法の白色破壊光線を使うことすら出来る実力がある。
 そもそももとは志津香も傭兵みたいなものであり、その経験も実績も豊富にあったりする。仮に傭兵の募集に応じれば、かなりの報酬で契約を受けることもできるはずだった。

(正直逃げる費用ってのも馬鹿にならないから高い報酬貰えるならって思うし、それに戦地を転々としてればあの子に見つかりにくいってのもありそうだけど……)

 何かと入用の身としては実に魅力的に映る紙面をじっと見つめる。
 しばし黙考していると、その時、

「ほう。これは中々に良さそうな条件だ」

 耳朶に涼やかな声が触れた。
 驚いて振り向くと、志津香はさらに目を瞠ることになった。見知った人影がそこにはいた。
 その姿、剣を思わせる美しさ。白銀色に輝く髪も、切れ長のやや鋭利な双眸も、シャープな輪郭も、全てがさながら研ぎ澄まされた刃のような女性だった。
 志津香は目を瞬かせ、

「せ、戦姫さん?」

「うむ。こんなところで会うとは偶然だな」

「偶然て……どうして大陸に?」

 目の前の相手はJAPANの大名家の立派な姫君という立場だ。思わず疑問を投げると、戦姫は何も言わずただ軽く槍を持ち上げてみせた。それだけでわかるだろうと言うように。
 志津香は得心した。戦姫は本名を徳川千と言うが"千姫"と呼ばれずに"戦姫"などと字されるのは、文字通り戦の姫であるからだ。戦に生きがいを感じ、戦を何より欲する生粋の武人であり戦士。
 戦乱が収められて一時的とはいえ太平の世が築かれてしまったJAPANはそんな彼女にとってはただの退屈な国でしかないのだろう。だからこそ新たな戦場を求めて別の地にやって来た。

「これは雇い兵と言うヤツか。戦の最前線に立てる上に、小銭も稼げるのは理想的とも言えるな」

 戦姫が志津香の持つ新聞記事をまた覗き込んで小さく頷く。大乱を仄めかす文章を捉えるその瞳は剣光のようなぎらつきが垣間見えた。

「もしかして傭兵として登録申請するつもり?」

「これが戦争に参加する一番良い道だろう」

「まあ、そうね。特に自分がつきたい国とか拘りがなければ何でも戦争屋の傭兵でいいと思うけど」

 異国の民であり、戦さえ味わえればいいという戦姫ならば問題はないのだろう。
 そもそも子供ではないのだから本人が納得して決めていることなら志津香としても止めるような理由もなんらない。どうぞご自由にというところだが、戦姫がこの場から離れてどこかへ歩いていこうとした時、志津香は慌てて止めることになった。

「ああ、ちょっと待って、一応聞くけど今から向かうとこはどこ?」

「早速その傭兵とやらになりにな。善は急げ、だ」
 
「いや……その会社そっちじゃなくてここからもう一本隣のストリートから行くんだけど」

「む。そうなのか。大陸はJAPANと違ってやたらと大きな建物ばかりごちゃごちゃと並んでいてどうにもわかりにくいな」

 微かに眉を下げる戦姫。志津香はそんな彼女を眺め、再び記事に視線を移す。
 しばらく思案すると、魔女帽を目深にかぶりなおして立ちあがった。

「……私が案内するわ。ついてきて」

「いいのか? そっちの都合は――」

「別にかまわないわよ。どうせついでだし」

「ついで?」

「そ。私も傭兵として登録してもらいにいくから」





 -リーザス王国-

 リーザスで全自由都市を攻略することを決めてひと月ほどが経った。この時になってようやくリーザスのトップであるランスは仕事らしい仕事に取り掛かった。
 自由都市地域を併呑するという国家目標の為には今急速に勢力を伸ばしているコパ帝国は一番の障害。直接的な武力衝突は互いの都合で避けてはいるが、裏では自由都市での勢力拡大に向けた動きは盛んだった。両国にとって自由都市地域の中で重要な位置を占めている都市をいかに抑えられるかがポイントであり、リーザスは今後のことも考えて自由都市国家の一つカスタムと連携強化のための会談を設けることとした。
 カスタムは決して大きな街ではないが、大陸でも屈指の技術力を持ち、発展も目覚ましく都市の地位は低いものでない。リーザスにとっては非常に友好的な関係を長く続けている同盟国の一つであり、故に自由都市地域における枢要な味方と言えた。

「なんだ。マリアもついてくるのか?」

 支度を終えたランスが中庭に出ると、そこにマリアが待っていた。いつもの地味な作業着姿でなく、珍しくフォーマルな服装で身を固めている。

「お目付けと仲立ちよ。ランスがまともに話をするとは思えないし、かといってランにランスを上手くさばけなんて酷でしょ? 自分の出身都市とスポンサーの国の間に下手すると修正できない亀裂が入るかもしれないって思うとほっとけないじゃない」

 ランはカスタムの現都市長であり、またマリアの友人でもある。ランスがわざわざカスタムに自ら赴くことにしたのは無論ランに会うことが主な目的であったのだが、どうも腹を見透かされているらしい。ランスは小さく鼻を鳴らす。

「素直に俺様が好きだから一緒にいたいと言えばいいものを」

「はいはい」

 マリアは肩を上下させ、慣れたように軽く流した。

「まあついてくるのは別にかまわんが、大砲を揃える仕事のほうはどうなんだ? 自由都市が終わればすぐヘルマン戦で投入するんだ。仕事が遅れてその時に数が足りませんじゃすまんぞ」

「大丈夫よ。一号の量産は順調にいってるし、マレスケもすぐにパワーアップした姿を見せれるわよ」

 力強い返答にそれならばいいとランスは居並ぶ面々をざっと見渡した。マリアの他には警護を担当する見当かなみ、そして美々しい金色の鎧を纏った親衛隊。ランスを除けば女性ばかりのメンツだった。
 
「……おや? レイラさんがおらんな」

 ランスは眉を上げた。改めて親衛隊のメンバー一人一人を順繰りに視線を巡らしていくが、やはりそこに隊長の姿は見られない。
 と、その中で一人、華やかな構成員の中でも一際目を惹く白皙の美少女が一歩前に進み出てきた。

「ランスさま、此度のカスタム会談における身辺警護はわたくしチルディ・シャープ率いる小隊が勤めさせていただきますわ」

 チルディと名乗った少女は艶めいた目許を緩ます。年齢にそぐわないあだっぽい微笑が覗いた。スカートの端をちょこんと摘まんで一礼する優雅な挙措もまたどこか貴婦人めいたものがあった。
 ランスは沈黙した。ただ視線だけを相手の顔から足のつま先まで這わすように動かし眺めていく。それを何度か繰り返した末に口を開いて出た言葉は、

「合格だ」

 端的にして、ランスの中での最大級の賛辞。思わず、むふふっと漏れる鼻息。同時、それに重なる様にランスの隣から溜め息が飛んできた。熟練されすぎてプロレベルとも思えるその溜め息はかなみのものだった。

「……ランス、取りあえず今日のカスタムに向かうルート説明するからまず聞きなさい」

 半眼のままかなみは地図を示す。指先がその上をゆっくり走った。

「まずオクの街まで転移。そこから自由都市地域に入って、うし車に乗る。テラナ高原を通ってレッドの街を経由をして、目的地カスタムに向かうわ」

「いっきにカスタムに転移すりゃ楽だろ」

「出来ないからこっちのルートでいくのよ」

「ちっ。マリア、お前も技術者ならワープシステムでも作るぐらいしろ」

「転移なんていったらそれこそ最上級の魔法よ。それだけ莫大なエネルギーが必要で、さらに集団を送るなんて考えたら魔人の力を借りるか聖魔教団のつくった無限の魔力を生み出すマナバッテリーみたいなものぐらいしか無理よ」

 その他にも仕組みを作る上で様々な問題があることをマリアが次々と上げていくが、ちんぷんかんぷんのランスは適当な所で切る。

「まあいい少なくともオクまでは一瞬か」

 ランスは鉢植えに入った強い帰巣本能を持つ不思議な植物を取り出す。それはオクで栽培された貴重なお帰り盆栽だった。国はリーザスの各街に移るためのお帰り盆栽を保有するようにしている。
 まずかなみが一人帰り木を掲げて、一足先に街に先行する。
 姿が消えてしばらくすると、ピーピーと信号音が鳴った。転移先の安全が確認された知らせだった。

「大丈夫みたいですわね。では、ランスさま参りましょう」

 チルディや親衛隊がランスを囲むようにする。頷いたランスは盆栽の枝を折った。同時魔力の光が眩しいほど広がる。それが徐々に収束していき、視界を取り戻した頃には周囲の景色は一変していた。
 待機していたかなみを再び加えると、ランス達はオクの郊外を出て自由都市地域へと発向する。
 自由都市国家が並ぶ地帯は約五百年前にリーザスが当時の大国ヘルマンに対して反乱を起こすことで大陸が混乱した機に乗じて独立していったことで成立した背景をもつ。そのため今も各地に都市ひとつづつを統治しているような小国ばかりが多く点在している。それぞれが独自の文化と特色を持つがさすがにリーザスのすぐ周辺ともなればその影響も強くリーザス色が色濃い部分もある。
 他国とは言えどそうした近しい部分もあってか、親衛隊を引き連れて歩くリーザス王というのは民の注目を十分に集め、ランスが少しでも手を振れば自国領民と変わらぬ好意的な反応が返ってくる。
 歓呼に迎えられ少しいい気分になるが、しばらく歩いているとランスの顔が気だるげに歪んできた。

「なんか歩くのがだるいな。うし車はまだか」

 疲れたように呟くとかなみが目線だけを向けてくる。

「もう少し進めば街の外で広い街道に出るわよ。というかまだたいして歩いてないでしょ」

「いや、どうも前より体がずっと重いし、鈍く感じる」

「そう言えば、あんた相当レベルが下がってそうね」

「レベルなんぞゼスでは魔軍と魔人を殺してきて、さらにはJAPANでも魔人と使徒を殺して50は優に越えていたはずなのに、いつの間にか20にも満たない数値にまで落ちてやがる」

「ヘルマンで重傷負ってしばらく入院。王になってからはずーっと自堕落な生活。こんなんでレベルが保てるわけないでしょ」

「……かなみ、お前は今いくつだ?」

「レベルなら25よ」

 ブンッ!
 出し抜けにランスは拳をかなみの顔面に放った。かなみはぎょっと目を見開きながらも首を振り動かし、間一髪で回避する。

「な、なにすんのよ、いきなり!」

「お前を殴れば経験値があがるはず。後、生意気にも俺様より高くて単純にムカついた」

「あんたねえ……」

 かなみが非難の目つきで見てくる。ランスは空気の殴った感触しか残らない拳を開閉した。

「くそ、かなみに避けられるなんて不愉快だ。おまけにレベルで劣るなんて俺様のプライドが許さん」

「ランスさま、でしたら練磨のお手伝いとなるかわかりませんが、わたくしとここで一つ剣を軽く交えてみませんか?」

 と、すぐ隣に侍っていたチルディが提案を口にした。

「なに?」

「英雄と相対するには不肖の身なれど、わたくしもそれなりのレベルを身につけています。ランスさまを決して退屈させるような真似は致しません。いかがでしょうか?」

 気取った淑やかさを纏いつつ、その視線にはどこか試すようなものが滲んでいた。
 少しばかり気にいらない感情がランスの胸を染める。余計にもかなみが「やめておいたほうが無難よ」というような目線をくれていたからだ。

「ふんっ!」

 故にランスはろくな前触れも見せず直ぐに腰からリーザス聖剣を抜き放つと、チルディに向かって一気に踏み込んだ。

「いきなりランスアターック!」

 風を裂くようにして鋭い一撃を見舞う。
 さすがに警護のスペシャリストたる親衛隊とあって、奇襲にも機敏に反応したチルディは即座に鞘から剣を抜くことでそれを受けた。甲高い金属音が打ち鳴らされる。
 間を置かずランスは再度剣を強引に打ち込んだ。火花が散り、白刃が弾ける。ランスの手に激しい衝撃が返るが、それ以上にビリっとチルディの剣が痙攣を起こす。彼女の顔が苦しげに歪んだ。
 そして三合目。チルディは力押しでの勝負は分が悪いことを悟ったのか、引こうとする。ふわり――彼女の足が宙を浮いた。
 だが、それはチルディが望んでなしたものではなかった。それを彼女の唖然と硬直した顔が如実に示している。
 ランスは後ろに引こうとチルディが体重移動をしたその絶妙のタイミングで彼女の足を払っていた。綺麗に体が傾き、そのまま地に腰を下ろす。ランスはすかさず無防備な相手の首筋すれすれに刃を向けた。そこで完全に勝敗が決した。

「俺様の実力がわかったか」

「……勉強になりましたわ」

 チルディは諸手を挙げて降参の意を示す。
 ランスは溜飲が下がる思いをするものの、肝心のレベルの問題は解決を見せてはいない。自身が間違いなく最強であるという自負はあるが、レベルは高ければ高いにこしたことはないはず。
 そこで、

「来い、ウィリス!」

 高々と呼び声を上げた。音の広がりに合わせるように虚空から光の粒子が溢れると、それが人の形を作り出す。
 現れたのは息を飲むほどの精緻な美貌の女性。神秘的とも呼べる霊妙なる輝きに満ちているあたり彼女が只人ではないと一目にわかる。レベル神ウィリス。生命体のレベルアップ管理を司る天使であり、ランスのレベル管理の担当をしている。

「しばらくぶりですね、ランスさん。呼びました?」

 妖しさと色香が宿った唇から放たれたのは麗らかで親しみ深い声だった。

「うむ。レベルアップを頼む」

 レベルを上げることができるのはレベル神のみ。
 ウィリスは頷くと浮かべた水晶を翳してランスを覗き込む。

「またしばらく見ないうちに随分とレベルが落ちてますね。いつものことですが」

 光を漏らす水晶が少しづつ輝きを増す。それを眺めるウィリスはうーんと唸って形の良い眉を落とした。

「ランスさんはまだ次のレベルアップまで経験値が足りてませんね」

「後で返すから、五百万くらい経験値よこせ」

「そんなことできません」

「俺様とお前の仲だろう。少しは融通きかせろ」

「私とランスさんの仲なんてレベル神と冒険者の関係でしかないですし、そもそも経験値が足りない以上どうあってもレベルをあげることは出来ませんよ。ズルはいけません」

「だったら、こうしよう」

「なんです?」

「俺様とセックス勝負。一回勝つごとにレベル上げるというのは」

「…………」

 ウィリスは無言で背を向けて帰ろうとする。ランスは慌てた。

「だあーー! 待て待て! わかった。じゃあレベル上げんでいいから、セックスだけさせろ」

 ランスの中での最大限の譲歩を見せるが、すでにウィリスは姿を消していた。

「こらーーーーっ!! セーーーーックス!!」

 叫びだけが虚しく木霊する。結局、呼び出しただけで何があるわけでも無く終わってしまった。

「ええいっ、神の癖に俺様の細やかな願いを一つも叶えないとは慈悲も無い女神だ」

 散々悪態ついて地団太すると、八つ当たり気味に睨むような視線を周りに向ける。

「おい、ストレス解消と経験値稼ぎのためにモンスター退治でもするぞ」

「ちょっと、まさか今からダンジョンにでも潜る気? 言っておくけどそんな時間ないし、わざわざ危険な所に向かうなんて反対だから」

 思いつきに対してかなみが反対の声を上げる。だが、ランスは飄然と頷く。

「うむ。俺様も動きたくない。わざわざダンジョンに向かうなんてめんどくさいしな」

「……それでどうやってモンスター退治なんて出来るのよ」

「モンスターのほうから俺様のとこに来ればできるだろう」

「……馬鹿なこといってないでさっさと出発するわよ」

 かなみが額に手を当てて呆れ混じりに呟く。ここは街中だからモンスターと出会うことなんて基本的にありえない。まさに当然というような常識をふりかざすが、その常識が力を失うのは思うよりはやかった。
 一人の男性が、こちらに向かって走ってくるのが見えた。必死の形相。倒けつ転びつ。それは非常に不穏で、ただならぬ事態を十分匂わす光景だった。そしてまもなく聞き捨てならない悲鳴が響き渡った。

「うわあああ!? モンスターが村に侵入してきた!」

「…………」

 ランスを除くメンバーが皆愕然と固まっていた。

「ふん……やはりな」

 ただ一人、ランスだけが不敵に笑う。

「ラ、ランスさま。モンスターがやってくると確信してらしたんですか?」

 チルディが驚きに目を見開いて、まじまじと見つめてくる。

「まあな」

「それはいったいどうして……」

「簡単だ。俺様みたいな物語のヒーロー的な存在は、常に英雄として活躍する場面と遭遇する決まりみたいなもんがあるからな」

「………………は?」

 ランスの圧倒的根拠を聞いたチルディは目を点にして、優雅さも気品も何もない表情になってしまった。
 どどど、という地響きが鳴る。粉塵がまっているのが見えた。モンスターの群れが近づいて次第に大きくなる姿がついに視界に収まった。

「さて、がんがん斬りこむぞ。ぼさっとしてないでお前らも俺様に続け」

 ランスは引き抜いた聖剣を天に振り上げた。長大な両刃が白銀に輝き冴える。
 小さく息を吐き、モンスターの群れに向かってまっしぐらに駆けた。

「――ワット!?」

 集団の先頭にいたタンクトップ姿の浅黒い肌の魔物――ヤンキー――が突撃に気付くと驚いたように目を開く。ランスはその相手の首筋に体ごとぶち当てるほどの勢いで聖剣を突きこむ。貫通すると同時、ヤンキーの表情は驚愕に固定されたままに目が飛び出るように天を向き、真っ赤な泡が口から噴きこぼれる。
 剣を切る様にして首から抜くと、盛大に血を散らしながらヤンキーはべしゃりと地に倒れこんだ。さらに血滴も飛ばす勢いで剣を振るってまた魔物を斬り伏せる。
 同朋が殺されたことで、魔物たちの血走った目がランスに集中する。
 
「ぶっ殺してさしあげますよ」

 すぐ近くでいきり立つような熱気が膨れ上がるのを感じた。炎の魔術の兆し。だが、ランスはそっちに一瞥もくれなかった。何の対応をすることなく、自身が最も攻撃しやすい位置にいるものを優先的に潰していく。
 熱をもった小さな赤い光は揺らめく紅蓮の火球へと変わっていった。それがランスに向けられ、放たれる寸前、炎がそこで霧散した。魔法を撃とうとしていた魔物が断末魔の叫びをあげてもんどりをうつ。その目には鈍い銀色の光――手裏剣が刺さっていた。
 すぐそばに赤い影が降り立った。

「勝手に一人でつっこまないでよ、ランス。ただでさえレベル下がってるんだから無茶な攻めは控えてくれないと、フォローするこっちが大変なんだから」

「そっちこそドジ踏んだりして無敵の俺様の足を引っ張らないよう大人しく援護してろ」

 憎まれ口を叩きながら、ランスはなおもガンガン切りこんでいく。そして悪態をつきながらもかなみが状況に合わせて肩を並べ、時に背中に立つことでランスの側面、あるいは背後といった死角からの攻撃を潰すように立ちまわる。ランスはかなみが全方位に気を配って動いてくれるために余計なことを気にせず豪快に攻撃が出来る。逆にかなみはランスが派手に動き回り魔物を引きつけるから不意打ちがやりやすい。
 二人は絶妙なコンビネーションを重ねて魔物を次々斬り伏せていく。しかし、数の上では当然不利。考えなしでただ突っ込んでいけば当然のごとく周囲が敵だらけに囲まれて、かなみ一人がフォローするには限界も出てくる。
 そのタイミングを見計らったように、後方から煙幕弾が放たれた。全ての視界を遮るような煙がもうもうと立ち込めた。ランスとかなみはその隙に後方に下がる。
 煙が独特の臭気を放つ。そのために魔物の嗅覚をきかせない効果があった。それでいて特殊な幕が音を歪める効果をもっているために聴覚をも狂わす。敵を察知する術をなくした魔物は完全にランス達を見失う。
 数秒後、煙が晴れはじめる頃にはランス達は十分安全圏に逃げられていた。魔物たちは怒気をまとって追いかけてこようとするが、その出鼻を挫くように黒い影が高速で来襲。マリアのチューリップ一号。辺りに轟音を響かせ炸裂した。
 その砲声を合図にランスはまた魔物のもとへ走りだして、攻撃を再開する。そして不利になればまた後方からマリアの援護で体勢を立て直すとを繰り返す。
 かなみにしろ、マリアにしろランスにとっては長き付き合いで、幾度の冒険と戦を共に乗り越えてきた。だからこそ良好な連携があった。
 
「親衛隊、突撃!」

 チルディが鋭い声を発する。命令一下、金色の波が魔物に襲いかかる。
 秩序だった隊形、その先鋒を担うチルディはやはり群を抜いて動きが良い。
 流れるようにステップを踏み、魔物を翻弄していく。余裕綽々の笑みに華麗なる体さばきによる剣のダンス。それを血しぶき舞う赤いステージと魔物の呻きや叫びによるミュージックの演出で彩っていく。
 ひゅう。その光景をランスはちらりと眺めながら、口笛を吹く。応えるように艶やかな流し目と淑やかな微笑をチルディが返した。
 と、視線が逸れたその隙をつく形で、でっぷりと肥え太ったぶたの魔物――ぶたバンバラ――がぶほおと興奮に広げた鼻穴から荒い息を吹きつつ、槍の刺突をくりだしてきた。思わず見開いたランスの目に入ったのは笑みの歪みを深めたチルディ。
 向かってくるその穂先を剣の切っ先を跳ねあげることで軽くいなすと、直後、二度剣光が閃く。
 一撃は弧を描がせての斬撃。それがぶたバンバラの首を飛ばし、さらに返す刀で同じく隙を狙っていたローパーの眼球を貫く。あまつさえ乱れたおぐしを整えて、余裕であることのアピールまでした。
 ランスはほう、と思うと同時、負けてられんという気持ちも出てくる。さらに意気を上げて、魔物をひとつふたつと屠っていく。
 そうして調子よく狩っていき、半刻ほどでモンスターの死骸が累々と積み重なっていった。

「……モンスターはあらかた倒したか、逃げていったみたいね」

 周りを見渡しながらかなみが言う。街にやってきた魔物のおよそ半数を討伐し、残りは戦闘中に逃げていった。
 味方の死者はゼロ。負傷者が少し。他愛もない、とランスが呼吸を整えて剣を鞘に収めようとした。
 その時――。

「きゃあああああああ!」

 絹を裂くような悲鳴が耳朶を打った。さっと緊張が走る。
 
「っ。こっちか!」

 最も早く反応したのはランスだった。ぴくりと耳が動く。大いに神経を刺激されたのは、それが若い女性の声だったからだ。
 間違いなく美少女のもの。ランスの勘が告げていた。
 モンスターとの戦闘での疲れもないように快速で疾走する。
 音の方角を追い、現場に辿りつくと腰を抜かしたように地面に座り込んでいる少女と、それに襲いかからんとしている魔物の集団がいた。さきほどの残党だろう。ランスは舌打ちする。

「ひっ! いやぁぁぁぁああああ!!」

 迫りくる恐怖から逃れるよう少女は目を瞑って、叫喚した。
 ランスは猛然と駆けると、地面を強く蹴った。少女の頭上を飛び越し、ハニーを足蹴にしてさらに速さと勢いを乗せて、高々と飛び上がる。そのまま片手から両手に剣を持ちかえ、

「俺様必殺! フライ~ングランスアターーック!!」

 地面を穿つように激しく着弾すると激突音と衝撃が大気に撒き散らされるように爆発した。巻き起こる突風に突きあげられたように魔物の体が乱れ吹き飛ぶ。
 
「う……けほ、けほ」

 煽りをくったのか、少女がせき込む。手で頭をさすりながら彼女は瞼をゆっくりと持ち上げた。
 
「……え?」

 ぱちぱちと瞬き。きょとんとした顔をしてランスを見上げ、その後、血のついた剣を見てぎょっとして、さらに散らばる魔物の躯にびくっとする。
 しばらくしてから、自身が無事であることを確認するようにぺたぺたと頬に触れていった。それでようやく目の前の人物によって命を助けられたことに気付いたようだった。
 ランスはちょっと鈍い女だなあと思いつつ、

「無事か?」

「……は、はいっ! 大丈夫です。ありがとうございます」

 ぺこりと少女は頭を下げる。
 セーラー服姿を見るにおそらく学生だろうか。
 面を上げた際に見えた顔は、目鼻立ちは十分整ってはいるが、地味にまとまった感じでどことなく華やかさに欠ける印象があった。
 とはいえランスの勘のとおり可愛らしい少女で、十分食指が動く。素朴なのも悪くはない。
 そうしてランスが凝視していると、同じように少女もまたランスの顔をじいっと真っすぐ見つめていた。

「なんだ? 俺様に惚れたか」

「い、いえ……その、新しいリーザス王さまの顔にそっくりだなあと」

「はあ? 何言ってんだ。俺様は……」

「ランス!」

 そこにかなみ、マリア、親衛隊が駆けつけてくる。

「もう、警護の人間を置いて一人勝手に突っ走らないでよ」

「知らん。お前らがちゃんとついてくればいいだけだろ」

 かなみが憤然と言うが、ランスは耳をほじくりどこ吹く風。
 そのやり取りを眺めながら少女が茫然とした呟きを零した。

「ランスって確か新しいリーザス王さまの名前じゃ……それに金の鎧の部隊はあの有名なリーザスの親衛隊……」

 そこで少女ははっと息を飲んだ。

「ほほほ本物のリーザス王さま!?」

「いまごろかよ」

 ランスが言うと、少女は慌てて跪いた。

「わ、私、王さまと知らず、とんだ御無礼を」

 ぺこぺこと謙る。

「ねえ、ランス。この子は?」

 マリアが少女とランスの間を視線を行き来させて聞く。

「さっきの悲鳴を上げていた女だ。モンスターに襲われそうになっていたところを間一髪俺様がばばーんと華麗に助けて救ってやった」

「それはいいけど、あんたまさか、いつもの"お礼"とかいうのをこのコにも要求するんじゃないでしょうね」

 かなみが半眼で睨む。

「お礼……その、王さまを満足させられるようなものは持ってませんけど、私に出来る事だったら何だってします」

「ほう。なんだって、か?」

「はいっ!」

 ランスの確認に少女は力強く頷く。すぐ近くでかなみが頭を抱えていた。
 ランスは顎に手をやる。

「ふぅむ。礼ねえ……」

 じっくりと思案し、

「…………」

「お前、名は?」

「は、はい。サチコ・センターズと申します」

「そうか、じゃあサチコ」

「……はい」

 ごくりとサチコは唾を嚥下し、ランスの言葉を待つ。

「サチコ。お前を今日から俺様のところで召し抱える」

「はい、わかりました…………って、えーーーー!?」

 一拍置いて天地がひっくり返るほどの衝撃を受けたような叫びがこだまする。
 それを聞き味わいながらランスは内心ひそかにほくそ笑んで確信する。これは絶対にいいオモチャになるはずだ。







お知らせ的なもの
既に理解していただけていると思いますが、私の作品は鬼畜王キャラと鬼畜王以降に出たキャラとが絡んだり、正史では通常冒険者ランスとして絡むキャラがリーザス王の立場として接するものに変化していたりとで、場合によっては原作にないキャラの呼び方をひねりださなくてはならないことが間々あります。例えば、今回のお話では魔想志津香が戦姫のことを「戦姫さん」と呼び、サチコがランスのことを「王さま」と呼んだりしています。この呼び方に関しては原作に該当するものがない以上、完全に私のイメージによるものでやるしかありません。人によってはそんな呼び方しないんじゃないと思うことがあるかもしれません。読者の方がこのキャラはもっと違う呼び方しそうと思えば、仰ってください。これらに関してはいくらでも修正がきく部分ですので、作者がなるほどと思ったり、他にも多くの方が賛同するようなら変更いたします。ただし、これは例え話で真に受けないでほしいのですが、仮に、もし仮に後にシーラと足利超神の会話があったとして、シーラが「足利将軍」と呼ぶのを見て、読者がシーラには超神を「うんこ」と呼んでほしいと明らかにおかしい呼び方をすすめられても作者にはとても叶えられませんのでどうかご了承ください。





[29849] 2-6+α
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:28

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十一話 ~happening~




 -リーザス領オク-

 往来に人がごった返す。オクの街は何処も彼処も騒々しかった。少し前にすぐ隣の都市にモンスターの群れが侵入したという情報が入って来たからだ。
 何がきっかけで自分達の街にも被害が出るかはわからない。甲高い警報が町中に鳴り響き、住民は皆、慌ただしく動き回る。武装した警備隊なども国境付近にどんどん集められていく。
 来水美樹はせわしなく流れていく風景をベンチに座ってぽやんと眺めていた。逃げるのに必死な者らの大半は見向きもしないが、たまに避難中に通りがかった者がお嬢ちゃんも早く安全な所に逃げた方がいいと声をかけてくれる。しかし、美樹は礼だけ言ってその腰を上げる気はなかった。
 待ち人がいる。その人物は街からやや離れた位置にあるL・C・Mマウンテンの麓、ティティ湖の近くの洞窟にクエストに出かけているのだが、未だ帰って来ていないのだ。
 もしかしたら自分が逃げたと予想して緊急避難所に向かった可能性も考えられる。だが、そんな気の利いた動きはどうせ見せないだろうなと半ば思っているからこうして予定通りの約束場所で待っていた。
 やはりそれが当たりだったか、人の影が美樹の視界を覆うように重なった。それに気がついて顔を上げる。

「美樹ちゃん、お待たせ」

 目の前に立っていたのは年若い青年。栗色の短髪に真っ白なYシャツが清潔感を漂わせ、好感が持てる外見だ。
 ボーイフレンドでもある小川健太郎。その姿を認めると美樹は顔を綻ばせた。

「おかえり。クエストは無事終わったの? 確か、文豪さんの原稿回収だっけ? 成功した?」

 美樹も健太郎も本来は学生の身分であるが、それは別の世界でのこと。拉致されて連れてこられたのが、この世界であり、そこで生きることを強いられた現在、何は無くとも生活の為の収入が必要だった。過去は料理屋を開いたりして稼いでいたが、それも廃業してしまった現在はもっぱらクエストという名のお遣いを請け負って賃金をもらう仕事をしていた。
 美樹は依頼書の中身を確認する。今回のクエストはニューホーク出版からの依頼。伝記作家の一人が、執筆活動の為に閃きの穴という洞窟に潜ってしまったので、差し入れを届けるのと一緒に原稿の回収をしてほしいとのことだった。内容自体は単純で、難しい条件があるわけないので、比較的容易な仕事だったろう。

「あれ?」

 と、そこで美樹はあることに気付いた。
 健太郎をよく見てみれば、その手には桃色の包装紙で包まれた箱があった。表には九万石饅頭とロゴが入っている。少し前に行ったJAPANのさいたまに似たような饅頭が置いてあった気がしたが、おそらくその類似品だろう。
 その饅頭箱は確か差し入れで渡す品として依頼者から受け取ったものではないかと記憶している。

「健太郎くん、それは?」

 疑問に思って美樹が指摘すると、健太郎は自分の手元のものへと視線を落とした。

「あれー? そういえば何でここにこれが? ドエススキーさんいらなかったのかな?」

 きょとんと不思議そうに首を傾げて、

「……ま、いいか」

 思考を放棄して完結する。

「それどうするの?」

「うーん。もったいないから食べちゃおう」

 びりびりと音をたてて包装紙を破く。一切の躊躇いも無い動きで、あっけなく開封された。中から現れたのはは九万石と焼印が押されている白い皮の饅頭。
 健太郎が一つとり、美樹も一つ摘まむ。
 口に含むと風が語りかけるような味がした。

「うまい、うますぎる」

 思わずといった調子で健太郎が神妙に呟きだす。
 のんびりとしたムードが二人の間を漂いはじめたところだったが、

「……健太郎君、美樹ちゃん、そんな悠長にしている場合ではありません。今は早く街から離れた方が」

 健太郎の腰から投げられた落ち着いた雰囲気の女性の声が状況を思い出させた。

「あ、そうか。また魔物が近づいてるんだったね」

 餡子をべったりと口につけたまま健太郎ははっとする。
 魔物の襲撃という危険性は人類にとって敏感にならざる問題だが、健太郎や美樹にとってはそれ以上に重大な問題をもっていた。来水美樹は本人からしたらどれだけ不本意なことだろうとリトルプリンセスという逃亡中の未覚醒の魔王であり、魔人に追われている身であるからだ。
 健太郎は差し入れの饅頭箱をぽいーっと放り捨てる。
 
「こんなモノ食べてる場合じゃなかったね。美樹ちゃん、行こうか」

「うん。でも、今度はどこに行く?」

「実は次のクエストもとってあるんだ。だからまずはそこに向かおう」

 そう言うと、健太郎は新しい依頼書を取りだしてみせる。
 そこには依頼人メアリーという名とリーザス領、リッチという場所が書かれていた。
 



-自由都市地帯-


 サチコ・センターズはひどい混乱の状態にあった。ほんの短い間にとんでもないことばかりが畳みかけるように振りかぶって来たのだ。
 もともとは学校が休みと言うこともあり、友達とショッピングに街に訪れていたことが始まりだ。そこで何故か魔物の襲撃がおきてしまった。住人らの避難にあわせてサチコも逃げようと思ったのだが、突然身に降りかかった危機的状況に焦り過ぎたためか足がもつれて転げてしまい、一人逃げ遅れた。出来るだけ遠くに逃げるべきか、どこかに身を隠すのがいいか考える余裕もないほど頭が真っ白になり、そうこうしている間に魔物に見つかってしまった。
 何でこんなことに、と自分の人生を呪うところだったが、また僅か数秒で状況が変わる。襲いかかってたはずの魔物はバラバラになっており、自分の目の前には一人の男が立っていた。相変わらず頭の中は混沌としていたが、自分の命が助かっていることはわかり、安堵するのもつかの間、助けた相手がリーザス王という事実が浮上し、頭がさらに滅茶苦茶なことになる。あげくお礼として王の召使いになることを求められる。サチコの頭は目まぐるしく変わり過ぎる状況とその異常さに追いつかずついにはパンクした。はいもいいえも言えない状態で結局流されるまま王の側につくことになった。
 状況を整理するために一連の流れを何度も思い出しているのだが、そのたびに何でこんなことに、とまた自分の人生を嘆くことしか出来ない。
 要求を拒絶も出来ないし、今さら別のお礼に変えてくださいとも言えない。されど、宮仕えとなれば、学校や家族といったこっちでの暮らしと離れて全く別の国での別の生活をしいられる。簡単に受け入れられることではない。
 いろいろな事実や考えがぐるぐると回ってまとまりがつかない頭を抱えて、葛藤する。
 そして頭を悩ませる原因のほうに目を向けてみてみれば、リーザス王のランスがベッドの上でごろんと横になっている。片手で頭を支え、もう片方の手でお尻をぼりぼりとかき、大口などあけてあくびしており、こちらの気も知らないものだ。
 この場所は魔物襲撃もあって一時的に逗留することになった宿なのだが、ランスは完全に寛ぎモードに入っている。
 その姿を眺めているとあまり尊い身分の人には見えない。とても口に出しては言えないが、あまり気品は見られずどこか粗野な部分が端々で見受けられる。言動だけでぱっとイメージを当てるなら例えばいろんな国を巡る冒険家とかだろう。そのほうがずっとしっくりくる気がした。

(も、もしかしたら、本当に王さまじゃないかもしれない)

 混乱の極致に立っていたサチコの頭は精神を安定させるため、何とか自分の都合の良い様な現実にならないかという願望を抱きだした。
 しかし、その時、親衛隊が部屋に現れた。華やかな部隊が整然とランスの前に並び、膝を折る。
 「ランスさま、御報告に参りました」と明らかに立派な騎士様らしい存在がみせた遥か目上の立場の者に対するような恭しい態度は無情にも現実というものをつきつけてくる。サチコはかるく打ちのめされた。やはり王以外の何ものでもないのだ。

「おう、それでどうだった?」

「はい。付近を見回ったところ、魔物の影はなく、その脅威に関しては今のところ街から完全に排除されています。街の被害のほうですが、住民に死者は確認されていませんが、避難の際パニックが起きたことによる負傷が多くあります。また街の家屋については魔物に荒らされるといったことよりも、ごたごたにつけこんでよからぬことを働く輩による物取りが頻発しています。こちらでも既に何人か捕らえました」

 チルディ・シャープが淀みなく街の様子を知らせる。自分とそう年が離れていないであろう彼女が見せる洗練された挙措にサチコは一瞬圧倒されるが、話の内容を聞いて一緒に来ていた友人のことが頭に浮かんだ。
 友人とははぐれてそれきりになってしまったためにその後の安否がわからないが、怪我をしてしまっているかもしれない。そうでなくとももしかしたらあっちはあっちで自分の行方をひどく心配しているかもしれない。逃げている時はどちらも必死で互いのことを気にしていられるような状況でなかったのだ。
 そうしてサチコがぼうっと友人のことに思いをはせていると、

「なんだとっ!?」

 突然ランスが大声を出し、びくっと体が跳ねあがってしまう。何事かと思ってランスのほうを見てみると、不機嫌そうにチルディを睨んでいた。

「おい、運行不能とはどういうことだ?」

「我々が会談へ向かうため利用する予定であったうし車なのですが、魔物の襲撃に驚いたうしが、暴れて逃走し、それに巻き込まれた馭者も怪我を負った為、運行不能となってしまったのです」

「どうにもならんのか?」

「近隣の町や村も同様に混乱しているらしく、代わりのものを手配するのも厳しい状況です」

「……ふん」

 ランスは皺を乗っけた鼻から不満げな声を漏らした。顔はひどいしかめ面だ。

「くそ。こんなとこでしばらく足止めか。それもこれも魔物どもなんぞが街に来やがるからだ」

「あんた、少し前に街に魔物が来ること望んでなかった?」

 リーザス王家直属忍者の見当かなみが薄い眼差しを向けながら言った。
 サチコはそのぞんざいな口ききにひそかに驚いたが、本人も周りもそれを気にしたそぶりは見られなかった。
 ランスは気を取り直すようにベッドから上体をあげた。

「まあいい。それで、そっちが持ってるのは何だ?」

 ランスは何人かの親衛隊が白い包みを手にしていることを指摘して、訊ねる。

「魔物を退治してくれた王へ感謝したいと街の住民から贈られた品々です」

「ほう、お礼の品か、どれどれ」

「危険なものがないかこちらで一通り検査は終わらせております」

 ランスは瞳に好奇心の色を覗かせる。包みを開くと、中身を床に並べながら吟味していった。

「食べ物に、武器に、骨董に……あんまたいしたもんないな。Hなラレラレ石の一個や二個ぐらいあってもいいもんだが」

 どうやら出てくるものがお気に召さないのか不満顔でぼやく。

「んん? これは?」

 そんな中、一際大きい四角い包みに目をつけると、それを乱暴な手つきで開いた。
 そこから現れたのは盾だった。金属製のもので、その表面には数多の剣戟の爪痕だろういくつもの傷がついており、歴史を感じさせる。
 素人目には立派なものに見えたが、しかしこれもランスには期待はずれらしく渋面であった。

「こんな重たくてかさばるもんもたせてどうすんだよ。邪魔になるだけだ」

 興味を失ったようでちょうど近くにいたサチコにぞんざいに押しつけると、またすぐ別のモノに目をむけはじめた。
 盾を受け取ったサチコはずしりと手に重みを受け、よろつく。その見た目の重厚さのとおり、非常に重たい。落としたりしてはいけないと思い、それを支えて安定させるため、サチコは盾のグリップを掴んだ。するとなんとかしっかりと盾をもっていられるようになった。
 とはいえあまり力に自信のない腕でいつまでももっていられるほど楽なことではない。どれだけ持っていればいいのかと不安に思っているとそれを感じ取ったのか、

「ねえ、別にいつまでもそんなきっちり持ってなくても、その辺に適当におろしちゃっても平気よ」

 マリア・カスタードが優しげな言葉をかけてくれる。
 サチコはランスを窺うようにみると、彼は未だ品々を見定めるのに夢中なようだった。
 持ち続けることの辛さとこの団体の中でランスの次に立場が高そうに見えたマリアの一言ということもあり、サチコは言葉に甘えて盾をおろすことにした。
 腰を落としてとりあえず床の上に置く。
 しかし――

「え?」

 何故か掌が開かない。一体どうなっているのか、どれだけ力を入れてもどの指も開く方に動く気配がなかった。
 
(……どうして?)

 ぶんぶんと手を振ってみる。しかし結果は同じ。まるで離すことを拒絶するように盾が手に吸いついている。
 訳のわからない事態に恐怖し、手の汗がじっとりとわく。

「どうしたの?」

 サチコの奇妙な行動を怪訝に思ったのかマリアが聞いてきた。

「そ、その、盾から手が離れないんです……」

 こんなこと告白するのは恥ずかしかったが、それでもこの得体のしれないものを一人抱えるような気持ちはもってなかった。
 
「離れない?」

 マリアは首を傾げる。

「さっきから、グリップを握る手が、いっこうに、開かないん、です」

 もはやなりふり構わず、右手で盾を抑えて、左手を思いっきり引っ張る。すると驚くほど簡単に左手がすぽんと離れた。

「あ……よ、良かった……外れた」

 ようやく左手に自由と開放感を取り戻す。ゆっくり何度か開閉して、その無事を確かめた。
 一体先ほどのものはなんだったのか。結局驚くほどあっけなく外れたので、良かったと安堵の息をつく。
 そしてサチコは左手にかいた嫌な汗を拭おうと、右手でスカートのポケットからハンカチを取り出そうとした。
 ごつっ。ごつっ。
 何か固いものが腰に当たる感触がする。というか右手がポケットに到達しない。
 不思議に思って、視線を向けると表情が凍りついた。
 目に入ったのは盾をしっかり握っている右手。慌てて手を振ってみると、やはりというかとれない。ただ単に右手にもちかわってただけだった。これでは何の解決もしていない。
 もう一度離そうとチャレンジしてもまた左手に戻り、そしてまた右手と、根本的にサチコから外れようとしない。

「どどどどどどうしてーっ!?」

「さっきから何やってんだ?」

 騒ぎに気付いたのか、ランスが煩わしげに顔を上げた。

「なんだか盾が外れないみたい」

 マリアが言うと、ランスは「ふーん」と盾をまじまじ見つめ、

「もしかしたらそれ呪いがかかってんのかもな」

「呪い!?」

 不吉な単語にサチコは震えあがった。

「装備の中に身につけると外せなくなるものがあるが、たぶんそれだな。割と古典的な部類の呪いだ。運がなかったな」

 サチコはショックを受け、声を失った。

「そういえば、チルディ。俺様に危害が無いかチェックしたとか言っていたよな?」

「も、もうしわけありません」

「呪いの盾が混じってたのを見逃すなんて親衛隊とあろうものがとんだ失態じゃないのか? んん?」

 チルディの赤くなった顔が急速に青ざめていく。
 ランスは面白いものを見つけたようにニヤニヤしながらミスをちくちく責め立てる。
 しかし、そんな二人のやりとりを一番の被害者たるサチコは気にしている余裕はなく、

「あ、あの、王さま。これ、どうしたら……?」

 とかく早急な解決策を欲して、半分涙目で聞いてみると

「知るか。まあ、別に外れないだけなら大したもんじゃないだろ。持ち変えられるんなら着替えも不便しないしな」

 すげない返事が返ってくる。まさに他人事という扱いだ。

「そんな……」

 肩を落として自分の手と繋がった盾を見つめる。
 食事の時も、トイレの時も、寝る時も、24時間ずっと、おばあちゃんになってもずっとこれをもってなくてはならないだろうか。
 今後の自分の盾との共同生活を想像して、気分が大きく沈む。ただでさえ抱えているやっかいごとが多いのに、また問題ごとが増えてしまった。
 本気で泣きたくなる。そんな大時化のような心模様の中、助け船が出された。

「ああ、一つ方法があった」

 ランスがぽんと手をうつ。

「呪いの発生元であるその盾を木っ端みじんに粉砕してやればいい。マリア、チューリップ貸せ」

 しかし助け船どころかそれは大砲を向けた軍艦だった。

「もう。ランス、お馬鹿なこと言わないの」

 そして今度はしっかりした助け船が出航してくれる。

「残念ながら今すぐ呪いをどうこうする方法は私達は知らないけど、でもしばらくしたらきっと解決できると思うわ」

 ちらりとランスを見て、マリアが言う。

「こっちもちょっと事情があって、呪いの専門家に協力をあおがないといけないことがあるから、それと一緒に聞けば大丈夫よ」

「呪いの専門家?」

「カラーのこと。知ってる?」

 サチコは頷く。
 カラー。長命の種族でその多くが美しき女性で構成されており、呪いの扱いに長ける。現在は大陸中央の翔竜山の麓で集落をつくり暮らしている。学校の授業で基本的な知識は習っていた。

「カラーに呪いのことをたずねるんですね」

「うん、まあ、それも今後の情勢次第だから、どれくらい時間かかるかわからないんだけどね」

 マリアは曖昧な表情を浮かべ、控えめに言う。しかし、サチコにとっては嬉しいことだった。解ける希望があるのとなしではやはり気持ちの上では大違いである。
 ところで"情勢次第"とはどういうことなのだろうと疑問に思う。訊ねようと思った矢先、「でも」とかなみが難しい表情で口を開いた。

「まずはここで足止め食らってる状況を何とかしないことには話にならないわ……。カスタムとの会談が、自由都市攻略ひいてはヘルマン、件のカラーの森といった目標に繋がる鍵なんだから」

「そうですね。ここで遅れが出ては、またコパ帝国に動く隙を与え、より厳しい状況に流れることも予想されますし」

 チルディが首肯した。

「とはいえ、うし車は使えず、徒歩でいくとするなら今から相応のルートを吟味して進まなければなりませんし、やはり時間がかかりますわね」

「マリアさん、何か簡単に高速で移動するもの作ることできます?」

 かなみが聞くと、しかしマリアは首を振った。

「無理ね。材料がないもん。例えあってもこんな人数が乗れるだけの規模のモノを準備するのは相応の時間が結局必要なっちゃうわ」

 皆一様に難しい表情で唸って、考えにふけだす。サチコには詳しいことまでは理解出来なかったが、ここからカスタムに早く行く方法が何かないか探していることだけはわかった。とはいえ、それは簡単なことでなく解決策はいっこうに出てこない。
 と、そこでランスがおもむろに口を開いた。

「よし……今からコパ帝国に向かう」

 唐突な宣言。サチコ以外の面々は驚きの声を上げた。

「何言ってんのよ、ランス。いきなりコパ帝国に行くなんて今度はどういうつもり?」

 眉をあげてかなみが抗議する。

「簡単な話だ。今すぐカスタムに向かうのは難しい。だが、会談が遅れれば遅れるほど自由都市の勢力争いがきつい。それもこれもコパ帝国が俺達の邪魔をしてるからだ。なら、いっそコパンドンと話をつけてしまえばいい。そもそもあいつがことの原因なんだからそうすれば自由都市の競争は決着が着いてカスタムの優先度も下がる。それに、Mランドはここからすぐのジオからでかい街道がのびていて行きやすい。徒歩でもそこまで面倒じゃない」

「そ、そりゃ、そうだけど、コパンドンさんと話がつくと思ってるわけ?」

「つく。あいつは俺様の女だ」

 ランスは腰に手を当てて、自信満々に言い放つ。
 今度はマリアが別の疑問をぶつけた。

「ねえ、ランス。先に会談の約束を取り付けているランの方はどうするの」

「それも大丈夫だ」

 ランスは不敵な笑みを深める。

「ランちゃんくらいになれば、忘れられることに慣れてもうすっかり耐性がついているだろうから会談ぐらいほっぽいても平気なはずだ」

「……私にはすっぽかされたことで目茶目茶いじけて落ち込むランの姿が目に浮かぶんだけど……取りあえずランには私から事情説明しとく」

 額を抑えて溜め息吐くマリア。

「よーし。Mランドに目的地変更だ。チルディ、出発の準備を特急でしろ」

「はっ」

 目的地は完全に決まりらしく、既にそちらへ向けたことで意気を上げているランス。
 話にほとんどついていけなかったサチコだが、一つだけどうしても気になることがあった。恐る恐るとだが、「あの」と質問をぶつけてみる。

「王さま。私もついて行ったほうがいいんでしょうか?」

 偉い人との会談であれば、自分は付いていく必要はないだろうと思う。というより出来れば残りたい。政治に関わる事柄に連れられても困るということもあるが、サチコは取りあえず一度落ち着いていろいろ考えたり、整理する時間が欲しかった。
 のだが、
 
「当たり前だろ。召使いが常時主人についてまわらんでどうする」

 とサチコの願望は一刀両断された。
 がっくりと頭を垂れるように心を垂らす。未だ腹は決まっていない。とはいえ、このまま暫くランスについてまわることになりそうで、また問題が降りかからないかとサチコの悩みのタネは尽きそうな気配はなかった。




 -コパ帝国領 Mランド-

 都市がまるごと遊園地であるMランドは大陸でもっとも規模の大きいアミューズメントパークとして知られる。
 LP4年にドット商会が買収し、以降コパ帝国に合併され、その運営がなされている。
 広大な敷地には多様な遊技施設が並ぶが、その中心に建つのは一番の目玉であり、シンボルとも言える大観覧車。直径111m、最高部120m、乗車全定員420名という大陸でも最大級のスペックを誇る。
 ランスはそのゴンドラの一つにいた。つくりはシースルーの仕様であり、下を見れば、少しずつ遠ざかっていく地上の景色が見えた。
 ランスは視線を上げて、前を向く。向かい側の座席には一人の女性が腰をかけていた。ゴンドラの外に広がる晴れあがった美しい空に劣らない水色の髪。その上には商人の象徴たるプロムナードハンチングがのっかっている。ドット商会の会長であり、自由都市コパ帝国のトップであり、そしてランスの女でもあるコパンドン・ドットだった。
 彼女はずっとガラスの外の景色を見ていた。その横顔をじっと眺めながら、ランスは内心にやついた笑みを浮かべていた。
 狭い空間に二人きりという密室感。360度全方位シースルーという開放感。悪くないシチュエーションだ。ランスはいつ襲いかかってやろうかと考えていると、

「あんな、ランス。今日こうして話に乗ったのはうちも話したいことあるからなんよ。それも真剣で真面目な話や。だから、ぶちこわさんといてな」

 機先を制すようにコパンドンが口を開いた。

「ふん……まじめな話なあ……」

 途端にランスの緩んだ表情はむっと引き締まる。
 わざわざ観覧車に乗ったのは遊びだからでない。目的は話し合い。コパンドンはあっさりとランスと話すことに応じた。話すなら誰にも邪魔されず二人きりでという条件をつけて、だ。そして場所として選択されたのが、このシースルーのゴンドラだった。周りに聞き耳を立てられる人間もいない完全な個室。そこで大事な話がしたいと彼女は言った。
 ランスの要求はコパ帝国をよこせということだけ。コパンドンの話が聞きたいわけではない。そもそもどうせろくな内容ではないと見ている。今の自分とコパンドンの微妙な関係を考えればそれは想像に難くない。
 そのコパンドンは相変わらずじわじわと高くなる風景の遠くを見つめている。

「……全部」

 ぽつりと呟きが零れた。

「ん?」

「このMランドの土地は勿論、そこの向こう側に広がっとるのも、もう少し奥に見えるとこも目に見える範囲はぜーんぶウチのもんになったんよ」

「ああ、マリスが自由都市の四割とられただか何だか言ってたな」

「今はもう半分以上。あんたらリーザスが重要な都市に目を向けている間に細かい都市を切りとっていったから六割弱ってところやろうな」

 そう言うとコパンドンはやっとランスのほうに顔を向けた。

「どうや?」

 そこにあったのは子供が周囲の人間に勝ち誇ったり自慢するような表情。
 ランスは眉間に皺を寄せた。

「どうって……邪魔だから即刻やめろ」

「くくっ、さすがにランスでも参ってるみたいやな?」

 コパンドンは口許に微笑を刻む。
 ランスはますます仏頂面になった。

「お前、そんなに俺様がリアと結婚したのが気に入らんのか?」

「うん。気にいらんな」

 言葉が終わると同時の即答だった。そしてコパンドンは笑みをひっこめた。

「……でもな。それはそこまででもない。うちが腹立てとんのはもっと別のことや」

「なに?」

 意外なことを聞いたとぽかんとするランス。
 コパンドンは再びガラスの外に目を向けた。

「なあ、ランス。うちはランスの女か?」

「ああ、当然だろ。今さら何言ってやがんだ」

「なら……何で」

 声のトーンが落ちる。

「何で、うちのこと頼ってくれへんかったんや……?」

 ゆっくりとこちらに向けられた眼差しには非難めいたものが含まれている。

「あん?」

「JAPANでのことは聞いとる。その後ヘルマンに向かったことも知っとる。ランスが困ってる。ランスが辛がっとる。うちはな、そんなランスを支えたい、助けたいと思うて手伝う準備をずっとしとったんや」

「…………」

 口を挟む気にならないランスは無言になる。
 足もぶつかるような至近距離。沈黙すれば互いの僅かな吐息の音さえ気にかかる。

「うちはランスのこと愛しとる。ランスのためやったら何でもするつもりや。そやから、一言言うて欲しかった。コパンドン、力を貸してくれ、と。そしたら、うちは一も二も無く、ランスの為に手をいくらでも貸した」

 やのに、とコパンドンは目を伏せて唇を尖らす。

「一度として頼ってくれへんかったやないか……。ランスにとってうちの存在が薄かったんか? それとも頼りにならないと思われたんか? どっちにしても心外や。あの結婚に関しては100%ランスの意思やったわけないのは知っとるからまだ許せる。けど、うちに何も話さんかったんは誰でもないランスの意思による選択やんか」

 かすかな怒気を漏らし、睨みつける。

「我慢できへんかった。だから……だから、うちは自分の力をランスに見せたろう思うたんよ。うちはランスにとってちっぽけな存在でいたくない。うちがいることを知らしめたい、うちかてこれだけのことできんねんでって。……。ランスが一番に頼ってくれるんはうち。うちであってほしい……好きな人に、頼って、ほしいやんか……」

 言葉の最後に震えが混じる。膝の上にのった小さな拳がぎゅっと固く結ぶ。
 ゴンドラが最高地点に差し掛かかる。ランスは、正面に見える西に昇った太陽の橙の眩しさにやや目を眇めた。

「うちにとってはいつだって目的は一つ。うちはランスを幸せにしてやりたい。この気持ちに偽りはないねんで」

 膝に指先が触れ、掴んで来る。コパンドンの表情がさっぱりとした笑みになる。

「そやから、これからはうちにどんどん頼って欲しい。うちはいくらだってランスに協力したる。その為の力ももってる。ランスのためだったら何だってやったる。それがランスに伝えたかったんよ」

 真剣な目で訴える。
 しばらくの沈黙の後、ランスはふーっと息を吐き下ろした。

「お前の話はわかった。なら、聞くが俺様の協力がしたいというなら、今すぐこの国を大人しく渡すことだって出来るんだろうな?」

「ええよ」

 驚くほどあっさりその言葉は吐かれた。

「ただし、一つ条件をランスに呑んでもらわなあかん」

「条件な。多少のことは聞いてやろう。だが、言っておくが、リアと別れろとか言うのはなしだぞ。ここで自由都市が手に入っても後でリーザスを失うようなら意味無いからな」

「別れてほしい気持ちは確かにあんねんけどな、今は難しいことやその辺の事情もうちはきちんと理解してるし、別にそれは条件とちゃう」

「ほう? だったら何だ? セック――」

「うちとも結婚してほしい」

 どこかで小さく息を呑みこむ音がした。
 告げられたその言葉にランスは一瞬沈黙する。コパンドンと互いの顔を窺うように視線をぶつけ合わせる。

「うちは、リーザス一人勝ちの状態を何とか崩したい。ランスは、自由都市を好きに出来る力を得られる。双方にとって益はあると思うんやけど、どうや?」

「それは俺様の第二王妃になるってことでいいのか?」

「"第二"……ちょっと気に食わん呼び方やけど、"今は"我慢したる。それでええ」

「…………」

 ランスは手を顎にあて、提案を吟味する。
 ランス自身、一人の女に縛られるということが嫌で結婚を避けてきたが今は、やむにやまれず一人の妻を娶っている状態だ。
 以前はコパンドンのプロポーズを断っていたが、前例が出来た以上、それほど抵抗も強くはない。何より、今となってはコパンドンの力は非常に魅力的だった。

「いいだろう。結婚してやる」

「ほんま? 先に言っとくけど後でやっぱなしっちゅうのはなしやで?」

「お前も俺様に全てを捧げるという言葉を反故したりするなよ?」

「せえへん、せえへん。あ~、これでついに夢にまで見たランスと結婚かあ。ちょっと理想の形とは違うけど……。そうや、式とかどないしよ……それと……」

 コパンドンは頬の筋肉を緩めて舞いあがっている。早くも結婚気分だ。
 ランスは小さく息をつきながら、ちらりと外に視線をやった。
 目に映った景色は先ほどまでと180度違って見えていた。


 観覧車の一周が終わる。
 ゴンドラから降りると、コパンドンは「ちょっと待っててな」と言い残してスタッフと話しながら離れていった。
 ランスはしばらく狭い空間に押し込められて座り通しであった体をぐぐっと伸ばす。
 と、そこに赤い影が目の前に降りてきた。

「ちょっとランス! いいの?」

 かなみが余裕のない表情でランスに詰め寄ってくる。

「何のことだ?」

「何のことだ、じゃないわよ。コパンドンさんとの結婚よ」

「やっぱ盗み聞きしてやがったか」

 どこでしてたのやらと思う反面、本当に覗きや盗み聞きといったことだけは得意な奴だなと感心する。

「どうすんのよ。勝手に結婚するなんて決めて」

「勝手も何も全てにおいてその最高決定権を持つのは王である俺様だろ?」

「そ、それはそうだけど、こんなことリア様に知られたら」

「何だって俺様がリアの顔色を窺わなけりゃならんのだ、馬鹿馬鹿しい」

 そんなランスの物言いにかなみは頭を抱えこむ。

「……あーもう、どうしてこうあんたは……」

「? だいたいお前は何だってそんなに怒って………………ははーん」

 暫く首を傾げてしばらく、何かに気づいたようににやりと顔を歪めるランス。
 その嫌な笑みに邪悪な雰囲気を感じ取ったのか、かなみは若干身を引かせた。

「……何よ、その顔は?」

「さては、かなみ。お前ヤキモチを妬いてるんだな?」

「は?」

 思いもよらない一言だったか、かなみの目が点になる。ランスはその反応に図星だなと当たりをつける。

「俺様が他の女と次々と結ばれていって気に入らないということの態度のあらわれか」

「……どこをどうしたらそんな愉快でお馬鹿な発想になるのよ」

「そういえばお前も俺様の運命の女なはずだからなあ」

「そんな疫病神のいじめみたいな運命なんて私は認めてません」

「がはは、仕方のないやつめ」

 と「確かここに」とか呟きながらランスは自分の体をまさぐり始める。

「あんた、ちゃんと話聞いてるの…………って何よそれ」

 何処から取り出したのやらランスが手に持っていたのは金色に輝く小さな輪っかだった。
 小さな輪っか。その正体が何なのかを認識したかなみはギョッと目を見開かす。
 その場から逃げるように距離をとろうとした瞬間、しかしランスにがっちりと左手を掴まれて阻まれる。

「運命の女なのに自分だけ結ばれなくて落ち込んでる可哀想なかなみにプレゼントだ」

「え? 何? 待って、いらない、やめ…………ぎゃああ!? 何すんのよー!」

 騒ぐかなみを無視して、ランスは無理やり指輪を薬指に嵌める。
 指輪がかなみの指におさまるときらりと光を浴びて眩く輝いた。

「うむうむ、ぴったりだな」

 満足げに頷くランス。それを尻目にかなみは即行で指輪を外しにかかる。
 が――

「ちょっと!? 何よこれ!? 外せないじゃない!!」

「おお、そうか。うんこ魚類のところからかっぱらったものの中にあったんだが、やっぱり呪いがかけてあったみたいだな。お前に押し付けて正解だった」

「あ、あんたねぇ……」

 何食わぬ顔で放たれた衝撃発言にかなみは唖然とする。顔を真っ青にし、口をぱくぱくと開閉させている。

「まぁ、サチコと一緒で死にはしないだろ……たぶん。さて帰るぞ。自由都市はほぼ手に入れたんだ。そろそろ本格的にヘルマン侵略の準備にとりかからないとな」

 愕然として固まっているかなみを置いてランスは意気揚々と歩きだす。

「ちょ、ちょっと、これどうすんのよ!?」

 ピンポンパンポン。
 かなみの悲痛な叫びに思い切り被さる様に園内にアナウンス音が響いた。

『――リーザスよりおこしのランス様。リーザスよりおこしのランス様。お電話が入っております』

「電話?」

 訝しげにランスは眉をひそめる。
 そこにコパンドンが戻ってきて、携帯式の魔法電話をよこした。

「リーザスのマリス・アマリリスからやって」

「マリスだと?」

 その名にランスの表情はさらに怪訝なものになり、横にいるかなみは顔面蒼白で「まさかもうこのことが耳にはいったんじゃ」と絶望している。
 軽く咳払いをして、電話を耳に当てた。

「もしもし、俺だ」

『ランス王、こちらはマリスです』

 いつもの硬質で冷たい声がスピーカーを通して耳に入ってくる。

「何の用だ? 下らない事だったら切るぞ」

『緊急事態が起こりました』

「緊急事態……?」

 不穏な響き。どこか逼迫したものが滲んでいる。

「お前やリアではどうにもならん状態なのか?」

『はい。王の御力が必要な案件です。至急リーザスにお戻りなって頂きたいのです』

「……いったい何が起こった」

 電話口の向こうで沈黙が入る。
 小さな深呼吸。一拍の間を置き、そしてスピーカーから冷たい風が吹いた。

「――リーザス領内にて魔人が現れたのが確認されました」





 -リーザス城-


 ドパンッ!
 帰り木を使用して緊急帰国したランスはリーザスに着くとすぐ城内の作戦司令室の扉を乱暴に押し開いた。室内にはすでに、リア、マリス、正規軍の将軍とリーザスでも上部を占める階級の者たちが並んでいた。

「マリス! どういうことだ。説明しろ」

 ランスは自分の席に腰を落とすと、侍女マリスに詳しい説明を求めた。

「はい。昨日リーザス領の一つリッチにて魔人レイの姿が目撃されました」

「魔人レイ? 聞いた覚えがないな。女か?」

「いえ、男性です。雷の魔人と呼ばれており、電撃を操る術に長けております」

「雷ね。どうせなら雷太鼓の魔人とかにしてくれれば俺様も多少はやる気が出たと言うものを……。それでそいつは何でこんなとこまでやってきやがったんだ?」

「もともと魔人レイは魔人領を出てから、ゼスを中心に行動をしていたようです」

「ゼス?」

「その目的というのがどうも以前の魔軍によるゼス侵攻で敗北して行方不明となった魔人の捜索にあったものだと見られています」

「俺様がズバババーンと解決したあれか。でも、それならリーザスにいる意味が解せんな」

 すると、マリスは魔法の機器を操作して前方のスクリーンに映像を映した。延々と広がる様な緑の風景がそこに現れる。

「なんだこれは?」

「スパイ虫による中継です。こちらをご覧ください」

 一点にズームを働かせると二人の人影が見えた。一人は紫の髪にそれが映えるような若草色のセーターを着こなした男。もう一人は、車椅子に座った小柄な老婆だ。二人は楽しげに談笑している。

「左の男性が魔人レイです」

「あん……? じゃあ、この右のババアは何だ?」

「メアリー・アン。リッチ郊外に住む女性で、牧畜で生計を立てています。数年前より不治の病におかされており、現在はもう末期の状態にあるそうです。そして、魔人レイとの関係は恋人――」
 
「は? お、おい、ちょっと待て。今何て言った。恋人だあ?」

 まるで世界最大級の謎にぶつかったような感覚だった。思わずスクリーンの女性を食い入る様に見る。どこからどうみても紛うことなきババア。そう、ババアだ。ババアと恋人。
 何だそれは、とランスは混乱する。魔人が人間に恋をすることは百歩譲ってまだいい。過去前例があることを知っているため、そこは理解出来た。しかし、相手がババアというのはババアが論外のランスにとって到底理解出来ないことであった。
 恐れ慄くランスをおいてマリスは最初に聞きたかったレイがリーザスにいる説明に入った。

「つまり魔人レイがゼスでの魔人捜索をおいてリーザスにいるのは、危ない状態となっている恋人が放っておけないため、また、その側に少しでも長くいたいという理由からでしょう」

「……なるほどな」

 ランスは腕を組んだ。

「この際恋人がババアという要素に関しては無視するとして、しかしこれは弱みであることは確かだな」

「はい。調査の中で彼女を心より大切にしている様子がはっきり窺えます。メアリー・アンは確実に魔人レイのアキレス腱でしょう」

 ランスはゆっくり唇の端をもちあげた。

「これを利用しない手はないな」

「それで」と、マリスに視線を向け

「……カオスのほうはどうなってる?」

「残念ながら未だ所在は掴めてません」

「ふん」

 そこまで期待してなかったので、ランスは鼻を鳴らすに留める。
 ランスは以前ログBでヘルマン兵に強襲を受けて捕まった際に魔剣カオスを失った。後から、忍者にそれらを回収をするように放ったのだが、未だランスの手元に戻ってない。おそらく伝説の魔剣ということをヘルマンは理解した上で特別に厳重に保管しているからかもしれない。
 ランスとしてはカオスなど邪魔だから別に戻ってこなくても気にしてなかったのだが、今となってはそうはいかなくなった。

「あいつはこういう時ぐらいにしか役に立たんというのに」

 吐き捨てるようにぼやくランス。
 魔人には無敵結界という不思議な防御結界が展開されている。それを破れるのは今のところ魔人本人でなければ魔剣と聖刀の二振りだけだ。つまりその二振り以外ではかすり傷一つつかないという反則的な防御能力を有しているため、いくらランス個人の戦闘能力が高いといっても勝負にすらならないのである。

「となると、封印結界を利用するしか手がないか……。マリス」

「はい。既に結界志木の準備は出来ています」

 ランスは頷くと、行動に移るべく全軍の将に指示を出そうとする。だが、それは途中で止まる。
 ふと、視界に入ったスクリーンの別視点の映像に動きがあった。それに気付いたランスは妙な感じにひっかかりを覚えた。

「おい、マリス。こっちの映像もズームしろ」

 注視する画面に移りこんだ人影が少しずつ拡大される。
 また男女二人組のようだった。しかしこっちは年若い二人だ。その顔がはっきりと判別できるあたりに来てランスは目を見開いた。

「何でこいつらがここにいやがる……」

「……魔王リトルプリンセスに魔人健太郎」
 
 マリスの口からは掠れたような声が漏れる。
 スクリーンには健太郎が間抜け面でひつじを追いかけている図がアップされている。ここだけ切り取れば呑気な絵でしかないが、ほんの少し離れた場所にはとんでもない爆弾があるのだ。それに気付いたようすは向こうにはない。
 
「おい、どうにかこっちから向こうの奴らと連絡をとる方法はないのか?」
 
 しかし、マリスは首を振る。あくまでムシの見ている映像を受信することしか出来ないらしい。
 ランスは歯噛みする。せめてばれないまま離れてくれることを願うしかない。
 だが、それもむなしく、突然画面全体が眩い真っ白な閃光に包まれた。
 それが稲光ということがわかったのは、耳をつんざくような雷鳴が轟いてからだ。
 激しい爆音が鳴るが、途中で切られるように音が絶えた。スクリーンが真っ青になり、信号なしとだけ表示される。
 それ以上の映像はもう入ってこないが、それでも最後の瞬間が意味するところは一つ。魔人と未覚醒魔王の接触。そして交戦状態に入ったということ。
 ランスはバンッと苛立たしげに拳をテーブルに激しく叩きつけた。

「あの童貞のくそったれ野郎が! 相変わらず馬鹿な真似しやがって。せっかくこの俺様がたてた見事な魔人退治計画がぶち壊しじゃねえか!!」

「ランス王、このまま放っておくわけにはまいりません。早く対応せねば取り返しのつかない事態になります」

 マリスは鋭い眼差しをスクリーンに当てている。普段泰然としている彼女が厳しい表情をしているというだけで事態の深刻さがいやでもわかる。何せ相手は魔王と魔人。ろくな組み合わせでない。
 ランスは舌打ちすると、即座に決断する。

「わかってる! リック、それとレイラさんは俺様について来い。魔軍との戦闘経験があって、使えそうな部下を何人か帯同してだ。それですぐに現場に向かう。バレス、お前は指示があればいつでも全軍を動かせるようにしっかり準備しとけ! マリスはお帰り盆栽とうし車の手配を急げ。さすがに一気にあのリッチへは入れんだろうから、まず隣町に転移してそっから向かうぞ」

 ランスは椅子を蹴って勢いよく立ちあがる。
 いったい何だってこんなことに。胸中で毒づき、リッチへと急ぎ向かった。


 -リーザス領リッチ郊外-

 ランス達がたどり着いたそこは凄惨をきわめるといっていい惨状だった。
 地面は抉れ、木々は裂け、枝も焼け折れている。それでいて上空では激しい雷、地は燃え盛る炎の海に包まれていた。

(くそっ! 健太郎は死んだとこで問題ないが、美樹ちゃんは無事だろうな。俺様まだ処女を頂いてないんだぞ)

 その生存を確認すべくあたりに必死で視線を巡らす。
 すると炎の壁の向こう側から「健太郎君」と頼りない泣き付くような声が聞こえてきた。
 そちらに目を向けると、地に倒れ付した青年とそれに縋り付く様に覆いかぶさっている少女の影が微かに見えた。
 健太郎と美樹であろうその姿を捉え、ランスは呼びかけながら彼らの許へ近づこうとする。

「おおい! 無事かっ…………がぁっ!?」

 ドクン!
 一歩、踏み出そうとしたランスの足が地面に縫い付けられたかのように止まる。何か、胸の奥を抉られる様なそんな痛みが襲ってきた。
 一体何を感じ取ったのか理解出来なかったが、この近づこうという信号を頑なに拒絶する体がその"何か"に対し警鐘を鳴らしていることは確かだった。
 始めはそれが魔人なのかと思ったがどうにも違う。もっとずっと嫌な気配だった。
 その正体を必死で探ろうとするランスに襲ってきたのはまず圧迫感。気づけば、この領域の全てが根底から崩れ行ってしまうような不安と絶望感が押し寄せていた。
 そして漸くそこで理解する。これらの中心となってるのはあの来水美樹だということに。

「ぐぅ……くっ! この、空気はまさか……」

 ランスはこの嫌な味を知っていた。
 図らずもあの時の感覚が甦って来る。
 自分の目の前で凍りつく少女の姿が脳内にフラッシュバックされる。
 そのことに頭がカッと煮えたぎるように熱くなる。そのことに手足に震えるような寒気が走る。
 気づけば喉は干上っていた。

「ラ、ランス王……」

 不意にかけられたマリスの震える声にランスは弾かれたように我を取り戻す。

「っ! ……マリス、ここから退くぞ」

「は……」

 膨大な魔力の波動が地を揺らし始める。もはや一刻を争う場面だった。
 ランスはマントを翻すと引き連れた者全員に向かって叫ぶ。

「おい、お前ら! こんなとこでくたばりたくなけりゃ此処から今すぐずらかりやがれぇ!!」

 そのまま近くのマリスを抱きかかえると全力でその場を離れようと走った。
 直後やけに鮮明に届く消えちゃえという言葉と共にリッチの街のはずれ一帯は強烈な光に飲まれた。









 ~ここからおまけ~ おまけとは言ってもほんと大したものでなく、この上なく飢えてしょうがないって人のためのモノ。……知ってる人がまあほとんどだろうが、もともと我々の立つ大地は実り豊かで、あちこちいろんな実をつけた木が次々と生えてくるほどで、食うに困ることはそうそうなかった。それこそ出来た実を食って、その木に次の実が成るまで多少時間がかかってもすぐそばの別の木の実をいくつもとって食べて待つことが十分出来るぐらいで飢えることはそうそうない時代が確かにあった。ところが、現在の状況を見てご存じのように今はそうではない。ほとんどの木が枯れたか折れてしまった。昔はそれでも新たに生えてくる木は結構多かったが、今はほとんどなく、ただ実をつけてくれる木が減少していくばかり。天候が悪かったとか、水が悪かったとか、もう木が育つ土壌じゃなくなったんじゃないかとか考える人はいるだろうが、まあそこは今関係なくてやっぱり飢えている人がいるということが重要だろう。もう枯れた土地に魅力を感じず離れた人も多くいるが、それでもこの土地にいて、腹をすかせて実が成るのを辛抱強く待っている人もまだいる。
 腹いっぱい食わすことは難しいが、もう育てる気のなくなった種くらいなら手元にあるので、味もそっけもないが、齧ってもらえば少しは腹も紛れてマシかなと。
 そんなもんで、腹をすかせた人向けに過去この作品とは別に制作しようとしていたランスのssのタネをここに置いときます。構成は前半部にプロローグ的な短いSS、後半部に全体の流れが最後まで分かるようなプロットを載せています。
 



 


 NC期末、後に死滅戦争と呼ばれる激しい闘争があった。
 それは第四代目魔王ナイチサ率いる魔軍と巨大軍事帝国であった東部オピロスとの間で勃発し、周辺国を巻き込むことで大陸全土に広がった史上初めての大規模な人対魔の長きにわたる武力衝突。何十年と続いた戦争ではあるが、決して人類と魔物の戦力が拮抗していたわけではない。その中身は魔物側によるただ一方的な虐殺と蹂躙がじわじわと甚振る様に繰り広げられた。それだけのものに過ぎなかった。
 破壊に次ぐ破壊。荒れ狂う果てなき戦乱。殺戮、虐殺、惨劇から生み出される血が世界を埋め尽くし、大陸は奈落に追い込まれた。そんな修羅、阿鼻叫喚の巷と化した世界が何年も続き、それが当たり前となっていくと人が人として生きていく術が当然のように失われていった。
 秩序なき混沌と凄惨な日々は人の脆い心をじわりと蝕んでいく。絶え間なく襲いかかる絶望から逃げる方法はたった一つ。狂気に埋没して、恐怖と同化するよりない。良識も倫理観も捨て道理から外れる。すなわち外道。極限へ追い込まれた人々は堕落していった。
 荒み、狂気に彩られた人間は上の者を妬み、憎み、引き摺り降ろそうとし、下の者を貶め、踏みつけ、絞りつくそうとする。
 これは、そのような誰もが魔に屈し、人が人として生きる心を失った暗き世界に、それでもなお光を宿し続けた者らの紡いだ物語。


 -Rance- parallel 英雄と賢者


 空が燃えていた。宵闇に包まれた天が赤々と照らされている。
 轟々と燃え盛って広がる炎の浸食に無残に壊れて散らばった家の残骸、破片が飲まれていく。
 女は地に力なく横たわりながらそれを茫然と眺めていた。
 少し前にあった自分の知る村の光景はもうそこにはない。突如やってきた人の群れが全てを奪い去りここに火をかけていった。
 いくら目をこらそうとそこに生命の影は見えてこない。爪を立てて激しくかきむしられたような跡が刻まれている路面に思いが残るだけ。
 ただただ人の血と脂の臭気が目と鼻をうつ。漂う熱風が肌を焼く。喉がひりつく。
 女が自分のすぐ隣に目をやると、そこには表面が赤黒くなっている塊が転がっていた。
 震えながら、それでも縋るようにぼろぼろの手を伸ばす。亀裂が入り、指の形が奇妙に歪んだ手とも言えない手。感覚などもう感じないものと思えたが、その塊に触れた瞬間、驚くほどひんやりとした冷たさを感じ取った。思わずびくりと女の全身が痙攣する。
 それを抑えて、ゆっくりと優しく包み込むように、黒い塊の先端のでっぱった部分をそっと撫でる。それは"頭"だったもの。そうであることがわからないほど凸凹に形が歪み、赤黒く染まっているのは殴打の道具として扱われたからだ。
 両手と片足を落とされ、残った足首を手に掴んで、振りまわす。肉の棍棒として散々使われた少年の成れの果て。
 叩くたびに鳴る湿った音と悲痛な叫びは今でも耳の奥にこびりついて離れない。

「い、た……いの……いた……い、の……と……ん、でい、け」

 せめて穏やかにと願う女の口から掠れた呟きが漏れる。だが、光は弱弱しくあまりに無力。
 頬を一つの滴が伝う。涙もそれだけで枯れてしまう。嗚咽が込み上げた。だが、声も殆ど音にならない。
 何もない。全てが失われたと無念さが心を染めた時だった。ふと人の気配がこちらへと近づくのを感じ取った。
 暗闇に覆われた胸の奥底から小さな希望が湧く。もしかしたら生き延びた村のものがいるのかもしれない。
 伸びた影が女の顔にかかった。目線をそちらに移動させる。ゆっくりと何回か瞬きすると、その姿を認めることが出来た。そして、凍りついた。
 複数の人影。それは村人であって、村人のものではなかった。
 何対もの粘りつくような闇色を宿した瞳が向けられている。それは暗く淀んで、濁りきった心を映したようにひどく醜いものだった。欲望のぎらつきすら失ったそれはもはや人のものと呼べはしない。
 まるで幽鬼か何かのように近づいてくる。何事か喋っているのだが、言葉の体をなしておらず、はっきりと聞こえるのはひゅうひゅうと耳障りな呼吸音。
 一歩、また一歩とこちらに歩み寄るたび、引き潰れた肉のにちゃついた音が絡みつくようについていく。
 女は慄き、恐怖から身をひこうとした。しかし、体の自由がきく部位などもうほとんどない。
 それでも逃れようとする意志は伝わったのか、一人が折れた木柱を無造作に持ち上げた。そして先端が割れて鋭く尖った部分を女の腹に思いっきり突きさした。

「かっ! は……!?」

 女の口から呻きが漏れた。血の泡が溢れて噴きこぼれる。しかし悶えることも、暴れることもままならない。
 苦しさに喘いでいると、それをじっと見下ろす男の一人が唇の端だけを吊り上げる。表れたのはぞくっと寒気をもよおす凄絶な笑み、歪んだ愉悦。気付いた時には、迸る音とともに何かが放たれ、熱く不快な感触を全身に受けていた。
 男はまるで恍惚したように身震いする。同時、水気を帯び、炎の明かりを浴びて赤くてらてらとした下腹部が異質な生物のようにぴくぴくと蠢く。
 荒い息を垂れ流しながら、また別の男が構えたのは斧だった。それが振り下ろされると女の太腿の付け根に刃が食い込む。切れ味が落ちているのか、浅い部分で止まったが、故に何度も何度も斬りつけられる。一撃にして終わらず、じわりじわりと傷の深度を広げる責め苦。断続的に肉と骨に襲う激しい痛みに悶絶する。
 男の顔は無表情で、でも動きだけは嬉々としたもののようで止まらない。まるで壊れたブリキ玩具のごとく同じことをずっと繰り返す。
 再び、斧が高々と振り上がる。女は目を瞑った。怖かった。酷い仕打ちを受けていることがではない。もう自分が不幸かどうかなど判別がつかない。闇に埋没しつつあるその感覚だけが何より恐ろしく、目を逸らしたかった。
 ――誰か、助けて
 女は心の中で悲鳴を上げ続けた。救いを願い、求め続けた。
 また熱く、ぬるつくような液が顔にかかるのを感じた。それも異常なほどどばどばと噴き出ているようで激しい勢いと量の液体が襲う。
 さらに体に小さな衝撃を受けた。男がのしかかってきたようだった。
 しかし、そこからはそれ以上何も起こりはしなかった。ただ顔にかかる液量がぽたぽたと滴のようなものになったぐらいだ。
 今度は小さな呻きと地面に何かが倒れこむような音。疑問に思う間もなく、人の声が降って来た。

「ちっ、屑どもが。……遅かったか。この村には美人の賢者がいると聞いてたのに」

 それは驚くほど力の感じられるものだった。世界に腐るほど溢れた怨嗟の声とはまるで違う。弱り切った耳にも心にも深く打ちまれてくるようなもの。
 女は瞼を持ち上げて声の方向を瞳で探る。いくつもの屍の上にたった一人だけの影が立っていた。

「……む。お前、もしかして生きてんのか?」

 それが目に映った瞬間、心に過ったものを表現するなら希望だろうか。その青年が見せる強い意思の光を灯す瞳こそはこの世に有り得ざる輝きを孕んでいた。



 助けてくれたその男は自分をランスと名乗った。
 場所は大きな洞窟の一角。二人は焚き火を囲んでいた。
 ぱちぱちと爆ぜる火の傍には、モンスターのこかとりすが串刺しとなっている。ランスがその焼け具合を確認し頷くと、それを皿にのっけて差し出してきた。

「ほれ、食うか?」

「……有難う御座います」

「なーに、礼なんていらんぞ。なにせさっきは俺様が君のことをおいしく頂いたんだからな」

 女は嬲りものになっていたところを助けられた後、速やかに専属看護師や投薬による治療が施された。今の時世じゃ手に入れたくともそうそう手に入らないような貴重な医薬品だった。それを惜しげなく使われたおかげで体は順調に快復に向かった。そして体に元気が戻るや否やすぐお礼と称してランスの言うとおりHなことをやらされたのだ。
 ただ、女にとって性的暴力を受けることは日常茶飯事であったため、そのこと事態はもはや気にするレベルではなかった。むしろ今の世の中を見れば女がランスから受けたことは凌辱とも呼べないぬるいものだったかもしれない。それくらい世の文明は崩壊し、人間社会というものは崩壊してしまっている。
 女は手に取った皿をじっと見詰めた。
 先ほど仕留めた魔物のこかとりすを切り刻んで焼いた、ただそれだけのものがのっかているだけだ。しかし、これでもここでは十分すぎるごちそうだと言えた。
 穀物地帯は魔物との大規模な戦争で壊滅的な打撃を受けた。その他の食料資源も荒らされ、ほとんどが駄目にされている。
 人間達は残り僅かな食糧を奪い合っているが、それを手にするのは結局のところほんの一握りの強者だ。
 他の者が生きる糧を得る手段は限られてしまっている。
 基本的には狩猟――魔物やトリ、ムシを捕らえて殺すのである。しかし、誰もがこんなことを出来る訳ではない。弱者は集まっても低級の魔物一匹殺すことさえ難しい現状だ。であればどうするのか。やはり弱者というものはより弱者を狙う行為に自然と流れるしかない。
 ひ弱な子供や女を餌食とし、自身の経験値に変えるために命を奪い、そしてその血肉を貪る。こんなことがそう珍しくもなく起こっている。
 人は生き残るためなら何でも出来る。今はむしろ魔物が人間を殺すことより、人間が人間を殺すことが多くなっているかもしれない。
 こうして人類は手ずから死滅への道を歩んで行っている。
 その事実を改めて考えた女は胸を痛めて暗い影を落とす。

「……嫌な、世の中ですね」

「嘆いたところでどうにもならんがな」

 側に座るランスは噛み応えのあるこかとりすの肉をくちゃくちゃ食いながら、女の呟きに冷たく返した。
 それは達観。嘆こうが、喚こうが、願おうが、祈ろうが、それが通じるなんて甘い幻想を抱ける優しい世界などではないことは誰の目にも明らかなのだから。
 女はその言葉に暫く沈黙していたが、

「でも……」

 小さく口を開いてこかとりすに齧りつくと

「でも、私は今、確かに救われています。……こうして人の優しさに触れられたのは久しぶりのことです」

 実感を込めたその言葉と共に心からの笑顔をランスに向けた。それに対してランスは一瞬、呆けた表情を見せる。だが、すぐ顔を引き締めると鼻を鳴らした。

「……ふん。今は魔物が我がもの顔で跋扈するどころか、恐怖に負けた弱っちい人間どもまで魔に堕ちて、気がくるっとるような事態だからな」

「貴方はお強いです。確かな意思をもってこの地獄のような世界でも正気を保っているのですね」

「そんじょそこらのクズどもと同列にして語るな。絶対的正義を持つ英雄たるこの俺様が邪悪な面に落ちるわけなかろう」

 腰に手を当てて傲然と言い放つ。女は呆然とそんなランスを見上げた。
 英雄。女にとっては非常に重要な意味を持つ言葉が齎された。
 しばらく見つめているとランスが怪訝そうな眼で見つめ返す。

「どうした? 俺様のあまりのかっこよさに惚れたか? また抱いてやろうか?」

「英雄……あの、貴方は、もしや勇者様なのでしょうか?」

「勇者ぁ?」

「はい。救世主の伝説です。魔物の支配する世界を終わらせる」

「ふーん……勇者、勇ましい者。救世主。いかにも正義の権化たる俺様のためにあるような言葉だな」

 うむうむ頷くランス。その役割を負う人間が居るとしたらまず自分以外にありえないだろうと絶対の自信が窺えた。
 それを見て女は顔を紅潮させるとおずおずとした調子で訊ねる。

「あの……もし良ければ、貴方のお手伝いをさせていただけませんか」

「うん?」

「私はこの荒んだ世界を誰もが救いを与えられるような世界にしたい。貴方が魔物と戦うなら、この暗い時代に抗うのなら、私も力を貸したい」

 決意を確かめるようにきゅっと手を固く握りながら女は訴える。
 だが、ランスは一瞬顔を無表情にした。そして顎のラインをなぞり、考え込む仕種をとると

「……お前、俺様が今どうして一人旅なんてしとると思う? 本来なら奴隷や美女に囲まれてうはうはと旅をしていてもおかしくないのに……何でだ?」

「それは……」

「まあ、理由はしごく簡単にして明快だ。仲間になったやつはいた。だが、なったそばからことごとく脱落した。それこそ、おっ死んだか、逃げたか……狂ったか」

 ランスはやや不快げに眉根をよせて呟いた。

「…………」

「そんなひょろっちい体じゃ俺様の旅についてくることなんざ出来るわけないだろう。魔物どもが追っ払われるまで家で大人しくしてたほうがいいな。といっても、建築物なんてこの辺じゃもうほとんど残ってないか、あったとしても賊の住みかになってるが……。ま、諦めろ」

「待って下さい! わ、私はこれでも魔法や神魔法が使えます」

「……魔法だあ?」

 ランスは眉を跳ね上げた。
 女はその反応にびくりと肩を震わせた。しまったという思いがあった。
 魔法の術は世界で忌み嫌われている。
 もともと魔人に対抗するために人類側がつくった強力な魔法具があったのだが、それが人類に仇を成して以来魔法に対する不信感が人の心に根ざしてしまった。今もなおその魔法の所為で数え切れないほどの人が命を奪われ、苦しめられ続けている経験から魔法そのものに激しい憎悪を燃やしている者は多い。
 加えて、魔法の習得には文字の読み書きの能力が必須だった。当然まともな教育の受けられない今の世において魔法を修得しているのはある種の異端の存在だった。
 女は唇をぐっと閉じるとかたかたと身を震わせた。つい相手が話の通じる人間であったことと、自身の力が未熟でないことを証明したいがために本来隠すべき魔法使いである事実を衝動的に口に出してしまっていた。

「ほーう。てことは、お前が噂に聞く"賢者"とやらか……」

 狂者と愚物の蔓延る世の中での賢者という単語は明らかに異質な響きがあった。
 ランスは値踏みするような目で女をねめつけている。

「わ、私は……私は……」

「……ふん」
 
 ランスは緩慢に腰を上げた。
 そのまま女から視線を外すともう目もくれず片付けと荷物の整理を始めだした。
 やはり嫌悪感を抱かれてしまったのだろうか。女は膝を抱えて、目線を落とした。
 せっかく訪れた希望も光もまた見る影もなくなり、視界が元の暗い世界へと戻ってしまった。
 どん。
 その時、女の目の前に何かものが置かれた。
 大きな影が被さり、顔を上げてみると、そこにはボロボロにすりきれた布の塊。何かと思えばぱんぱんに膨れ上がった背嚢だった。さきほどランスがまとめていた荷物だ。

「これ担げ」

「……え?」

 意味が理解出来ず、ランスに目線を合わせて意図を問おうとしたが、ランスは背中を向けて歩き出してしまう。
 それをぽかんと見送っていると、少し進んだランスが肩越しに振り返って

「とっととそれ持ってついて来い。おいてくぞ!」

 怒鳴られた勢いで女は慌てて立ち上がる。しかし――

「な、なんで」

 ランスの言葉の意味を改めて考えてみると、まるで自分も連れていくといっているように聞こえた。というかそうという意味にしかとれない。しかし、喜びよりも何故という思いが真っ先にわく。

「わ、私は魔法使いですよ?」

「ん? だから、魔法が使えるんだろう?」

「……はい」

「で?」

「え?」

「だから、なんなんだよ」

「嫌って、ないんですか?」

「はあ? なにを訳のわからんことを。むしろそんな便利な力をもってるんだったらさっさと言えという話だろ、馬鹿者」

 女は予想だにしない反応に茫然とする。
 魔法使いであることを知った人々の態度を身をもって知っているだけに、その衝撃は大きい。
 ランスはこの世界で当然のように蔓延る差別意識、偏見というものをもっていないようだった。

「…………」

「っ!? ななな」

 ランスが女を見ながらぎょっと目を見開いた。

「なに泣いてやがるんだ」

「え? ……あ」

 ランスに指摘されて、女は自分の頬に触れる。うっすらと伝った滴の跡。じんわりとした温かみの名残。
 泣いていることを自覚した時、またぽろぽろと止め処なく涙が落ちてきた。

「だ、だから何故泣く」

「……嬉しいんです」

 そう。嬉しいのだ。嫉妬、憎悪、悪意に晒され続けることが辛く、そして誰かに受け入れてもらえることが嬉しいことに女は初めて気付くことが出来た。

「……そうか……」

 ランスはぽりぽり頬をかき、

「名前」

 一言だけ呟いた。女は首を傾げる。

「名前?」

「君のだ。君の名前はなんだ? まあ、今は親不明や名無しはそう珍しくも無いが……魔法覚える環境にあったぐらいだ。あるんだろ?」

 瞬きを繰り返したが、その意味を理解して「はい」と力強く頷く。

「ジル。私の名前はジルです」

 ジルは微笑みを強くして名乗った。


 序章終わり


 というわけでランスがNC期の終わりにいたらというIF話。ヒロインはジル。
 以下はプロット。この後どうなるかの簡単な流れをラストまで。

 
 ランスとジルは世界を歩く中で魔物を追い払っていくが、その中で魔人の無敵結界という壁にぶつかる。どうあがいても傷一つ付けられないと言うのは絶望的で、それは結局魔軍には勝てないという暗い事実に結びつく。半ば諦めの境地に達しそうになるが、しかしそんな二人に転機が訪れた。それは力を求める人間から狙われ続けていた聖女モンスターであり力を司るベゼルアイを救ったことだった。
 もともと人は飽くなき力を求める傾向にあったのだが、弱者が簡単に躯を晒す世界でその傾向はより強くなってしまったとベゼルアイは嘆く。人間は大嫌いだが、救われた借りと世界を少しでもマシにすることを条件にベゼルアイはランスに20歳までという期間限定で力を分け与える。
 魔王に対抗する手段を手に入れた二人はナイチサに挑む。戦えば戦うほど強くなる性質を持っていたランスは殺戮が当たり前の世界で生き抜き、人として破格のレベルを誇っていた。ベゼルアイの加護もあって魔王に拮抗するほどだった。ランスと魔王の力は五分であったのだが、戦闘をしばらく続けていくと圧倒的な経験の差が現れだす。それは戦士として常に生死に関わる戦いに身を置いてきた人間と、魔王の圧倒的な力でねじ伏せることを頼りとしてきたためにまともな戦いなど未知という人間との差だった。
 ランスは圧倒的な弱い立場、不利な立場からでも勝利をもぎとるための工夫をする人間。対してナイチサにはまともに闘う経験もなければ、傷ついた経験も無く、それは地上最強の生物である魔王の唯一の欠点だった。ランスとジルは魔王ナイチサを打ち破ることに成功する。
 トップの敗北で魔物らは退いていき、死滅戦争は終わりを迎える。ランスとジルはそのことに喜び、戦勝気分で浮かれる。だがこの時、ジルの心には少しばかり悲しさと切なさがあった。長く側にいてランスに恋心も抱いていた彼女は、当初の目的を果たして冒険が終わりとなるともう二人でいることは出来ないのかと不安に思いはじめる。そんな気持ちを知ってか知らずか、似たような思いを抱いていたランスはジルに"俺様の"従者なんだから勝手に離れることは許さんぞと常に側にあることを命じる。
 ランスとジルは二人でつくった平和な世で幸せな暮らしを歩む。大陸北東部に城を建てそこに住み(現在のリーザス城)穏やかに日々を過ごしていく。多少、ランスの浮気性のひどさにジルは悩むことなどはあったのだが、そんなことで苦しめることさえあの時代を生きてきた彼女には幸福なことに思えた。このまま永遠にこの喜びが続くといいのにと願うが、それはあっけないほど脆くも崩れる。
 魔王ナイチサがランスとジルの前に再び現れる。魔王である限り死から免れた存在であり、それ故に生物が絶命するような大ダメージを負っても魔王としての寿命が尽きぬ限りまだ生きることが出来ていたからだった。
 ランスは再びナイチサを倒そうとするがその時彼は既に20歳を超えており、ベゼルアイの加護を失っていた。力が足りず魔王の力に太刀打ち出来ず逆に返り討ちにあう。とどめを刺されそうになるが、ジルがそれを防ぐべく、ランスに転移魔法をかけて安全な場所に逃がそうとする。その意図に気付いたナイチサはそれを妨害する。ジルの放つ魔法の波動が魔王の魔力の波動の干渉を受けて歪みを生じさせる。ジルがいかに最高峰の実力を持つ賢者と言えど転移魔法は難しい魔法。その制御が非常に緻密なために僅かでもバランスが崩れれば即座に失敗する。転移魔法の失敗は他の魔法の失敗以上に危険なものだった。対象者がアドミラル空間に永久に取り残される可能性が高く、そしてそれは救出がほぼ不可能というものだった。
 ランスの姿がこの世から完全に消えてしまった瞬間を茫然とジルは見つめる。ナイチサはその絶望の表情に愉悦の感情を得ていたが、ふと目の前の相手が魔王の血の適合者であることに気付く。偶然を可笑しく思いながら、勇者への恨みから従者であるジルも苦しめようと魔王化の儀式を施すことを決める。ジルは悲しみと絶望に沈む中で魔王の血を流しこまれる。
 ナイチサが魔王の力を失い、新しく魔王ジルが誕生。魔王となったジルはかつての優しさ、清廉潔白さを失い、ただ湧き上がる破壊衝動に身を任せるまま、かつて守りたかったはずの世界を再び地獄に落とした。
 魔軍は国狩りを始めた。人類圏を瞬く間に制圧すると、少しずつだが復活していた全ての国家までも崩壊させる。そして魔王による絶対統治を布き、人類全てが家畜、奴隷となるある種ナイチサよりもひどい暗黒の時代が作り上げられた。人は徹底的に管理、支配され、命は玩具のように弄ばれる。
 突き上げてくる衝動のままに暴れるジルだったが、その胸には虚しさばかりがあった。どれだけ血を啜ろうとも満たされず、渇きは癒されない。本当に欲しいものは別にあったからだった。
 ジルは魔王に堕ちてなおランスに対する思いを完全に失っていなかった。むしろ魔王になった事で狂えるほど欲求が膨れ上がっていた。
 ただ何としてでも手に入れたいという欲望だけが渦巻き、それを実現するためにジルはあらゆる手を尽くしはじめることにした。
 まず始めたのは失う切っ掛けでもあった時空操作系魔法の研究だった。その際人間は使い捨ての研究素材として勝手のいい材料だった。番いを押し込め繁殖させ続け、掃いて捨てるほど増やし続ける。いくら潰しても代わりがすぐに湧くためあらゆる実験を重ねていった。(この時の実験の数々の弊害でおかしな人間が多く生まれるようになる。異常な体質持ちのレイの誕生)
 多くの犠牲の上にジルは賢者としての才と、魔王の力を合わせることで新たな魔法を編み出したり、過去の禁呪を次々と復活させていく。
 しかし、どれだけ時空魔法を進歩させてもランスは救えなかった。
 広い時空に彷徨うランスを見つけるのは至難であったし、時そのものに干渉して過去の出来ごとを変えようとしたが、どうしても上手くいかない。
 狂いそうになったジルは少しでも欲を満たそうとまねしたを魔人にして死ににくくすることで実験材料にし、コピー人間を生む魔法である死複製戦士を編み出す。それによってランスと同じ存在を作るが、所詮紛い物でしかないことに気付きジルの渇きは僅かも満たされることはなかった。
 肝心のランスを救い出す結果は全くもって出てこない。時間ばかりがすぎていき、ジルに焦燥の念が生まれ出す。魔王の寿命は千年しかない。魔王は地上で最強の力を持つ。この力を利用できる間になんとかせねばならないと思うが、遅々として進まない。
 ジルは時を欲した。永遠にこの強力な力を持っていられれば、どれだけ時間がかかろうともランスを取り戻すことが出来ると確信していた。そのため一旦ランスの救出方法を考えるのをストップし、まずは寿命を延ばすための方法を探る方へシフトする。
 過去の魔王らの文献を読み漁る中で、魔王に深い関わりをもつ神の存在を知る。スラルに無敵結界を与え、ナイチサに魔王を任命をした存在だった。
 なんとかその神に謁見するための情報を集め、名前や場所を突き止める。そしてジルは魔王システムの生みの親である超神プランナーに会う。
 プランナーはジルに対してその胸の欲望を刺激するように特別にどんな願いでも一つだけ叶えてやろうと魅力的なことを囁く。ジルはランスが欲しいという思いがまず浮かんだ。だが、神が歪んだ性癖をもっていることを事前に把握していたジルは遠回りでも魔王システムに関する質問に答えをもらうという方法をとった。
 プランナーは仕組みを明かしていく。ジルは神が真実を隠すことはしても、虚妄を語ることはしていないと直感的に悟り、その会話をヒントに魔王システムを自分なりに改めようとする。
 そしてジルがまず向かったのは、翔竜山の地下。そこは二代目魔王アベルが幽閉された場所だった。ジルは彼の血を奪って、また研究を始める。スラルより過去の魔王の血は寿命がない。その秘密さえ解き明かせればジルは永遠に魔王としていられる。
 魔王システムの仕組みを自分なりに解き明かした結果、無敵結界や不死性、絶対命令権と言った要素がつめこまれたことで生き物の体と魂に多大な負荷がかかっていることに気付いた。
 そのためジルは無敵結界の有効と無効を切り替えられるようにし、さらに命令権と不死性を若干弱めることで、少しづつであるが魔王の絶大なる力を保ちながら寿命の延命に成功する。世界最高の賢者である彼女にとって無敵結界を一時的に失おうが、不死でなくなろうが、命令権がなくなろうが、それに代わる魔法結界と、回復魔法、服従魔法があったため大したマイナスはないと考えていた。
 十分な結果に満足するジル。そんな彼女をずっと近くで眺めていた彼女担当のレベル神マッハ(超神ハーモニットの化身)にはそれがよほど面白いものに映り、成功記念に特別なプレゼントをやるといわれる。その翌日送られたのは二つに割れた天使の存在だった。
 天使という世界や魂に干渉できる存在を得たジルはまた研究を重ねて新たな魔法を生み出していく。
 時間に余裕が生まれたことから、ランスを無事に取り戻す確実な方法を様々な角度からじっくりと探り出すジル。そんな中で面白い素体が現れる。
 魔人の無敵結界を破れる剣を携え、人間には扱えないはずの禁呪も行使する化け物。ジルは自分以外に禁呪を生きたまま扱えることに深い興味を抱き、その男ガイを魔人にして手元に置くことにした。
 ガイの力、才能は素晴らしく、さらなる禁呪の復活に大いに役立つ。だが、それはジルの仇ともなってしまった。ジルの生み出す禁呪を次々と吸収していったガイはあまりに力をつけすぎた。それこそジルの放つ服従魔法を跳ねのけるほどの力を得てしまっていた。悪いことに丁度その頃には寿命の限界の為に魔王の能力としての命令権も無きに等しい状態だった。
 ジルの最高傑作にして魔人筆頭のガイが反旗を翻す。魔王戦争の勃発。本来、魔王と魔人であれば力の差は歴然であるはずだった。だが、ジルが復活させてきた数々の禁呪はそれを正常に扱えれば神や悪魔でも簡単に屠ることの出来る脅威の魔法。バランスが崩れるが故に過去に消え去った禁忌の秘術の数々だった。ガイが同じく禁呪を使えるという時点ですでに実力の差というものはなくなっていた。
 およそ四年もの間拮抗し、このまま終わらないものかと思っていたが、幕切れはあっけなく訪れる。それまで弄りまくっていた魔王の血とシステムが不調を起こしだしてジルを弱らせた。元に戻すだけの暇はなく、その隙をついたガイが魔剣カオスをジルの胸に突き刺す。さらに禁呪を重ねられ、魔王ジルは次元の狭間に閉じ込められることになった。未練と後悔をその胸に抱いたまま、かつて愛した男と暮らした城の地下で長い眠りについた。
 そこから長い年月が経つが、ここで世界に一つの奇跡とも呼べる偶然の事故がおきる。
 GI1002年、姓も記憶もなく血まみれの幼子が世界に突然現れた。それはかつて魔王の魔力と賢者ジルの魔力のぶつかりによって魔法が暴走を起こしたための時代を超えた転移であった。
 片腕の騎士に保護されたランスと言う名の幼子は、小さな村に送られ、そこですくすくと育っていく。
 ランスは後に冒険家になり、シィルと出会ったり、リアを犯したり、カスタムの事件を解決したりと正史の道を歩んでいく。
 だが、その道はジル復活を目論んだノスが引き起こしたリーザス陥落事件から歪み始める。
 リアの救出の仕事を受けたランスはリーザス城を取り戻すために奮闘し、遂にジルの封印されている間まで辿りつく。
 魔剣カオスを解き放たれ、封印の解かれたジル。彼女は目を覚ますと眼前に広がったその有り得ざる光景にまず息を飲んだ。焦がれ続けたものの姿が映った。しかし、それが本物であるのかが俄かに信じ切れず、夢や幻の類かという考えもあり、動揺しながらもその場は離れる。だが、魔人ノスを打ち破り、自身の目の前に再び立ったランスの姿を改めて見ると、ジルは確信に身を震わせる。
 ランスの周りにいた余計な付属物らを魔法で蹴散らすと、そのまま彼を抱擁しようと向かうが、その胸にカオスが突き刺さる。何故という思いとともにランスを見ると、彼の目は以前ジルに向けていたそれでなく、仲間をやられたことによる怒り、魔王という存在を忌むようなものだった。
 その時になって、ランスに記憶がないこと、さらに自身とランスの関係と立場が過去と全く変わってしまったことを思い知る。もはや対峙するのはただの魔王とただの英雄。
 ランスはただ"魔王"を退治しようとする。ジルはそれに抵抗を見せようとするが、ランスに攻撃を加えようとしてもその手が、身体が拒絶を起こす。彼と戦うという事実を見つめる度、悲しみと恐怖に苛まれ、身動きが取れなくなる。無抵抗のまま、ランスの攻撃をずっと浴びていく。
 ランスはその態度にさすがに訝りだす。手を休める彼に魔王を殺したい魔剣カオスが焦れて叱咤するが、それを無視してかすかな興味心からランスはジルに話しかける。それに対してジルは淡く儚い頬笑みをもって「貴方の手で私を封印をしてほしい」と口にする。訳の分からない言動に混乱するランス。そんな彼を見つめながら、でもその前に、最期にせめて、思い出が欲しいとジルが願う。
 何だそれはとランスが問うと、私とエッチしてほしいというもの。ランスはそんなことかと笑って承諾する。
 そしておよそ二千年ぶりにジルはランスと繋がる。その嬉しさだけでジルは達してしまいそうになる。ランスは相変わらず相手のことをあまり考えない自分本位なエッチで、その懐かしさと嬉しさにジルの目からは涙が溢れだす。
 それを見ながら、突きながら、愛撫しながら、ランスは奇妙な既視感を覚えている自分に驚く。体は何かに喜んでいるように躍動していた。妙な衝動に突き動かされるように相手を求め、体を貪る。
 ジルとランスは長い時間をかけてセックスを楽しむ。そして同時にラストを迎える。すると経験したことのない性的絶頂とともにランスの頭の中に様々なものが流れ込む。走馬灯のようにぐるぐるのかけまわったそれはかつてのジルとの記憶だった。
 ランスは全てを思い出し、夢から覚めるように我を取り戻す頃、目の前のジルは最後の満足感を胸に魔王として消えさる覚悟を決めていた。彼女の手から次元魔法が展開される。
 ランスは思わずジルの手を掴む。その行動にジルが驚き、そしてランスがかつてのランスに戻ってることを知り、さらに驚く。
 ジルとランスが黙って見つめ合っているとその時、部屋が激しく振動する。ジルの精神が激しく動揺したせいで、発動していた魔法が安定をかき、そこから暴走を始め出していた。
 ジルはそれに気付くとなんとかランスを巻き込まないよう、はやく離れてほしいと言う。しかし、ランスは一歩たりとも動かなかった。
 ジルにむけて再びお前は俺様の従者なんだからずっと側にいろとだけ告げる。
 そして光から守る様にジルの体を強く抱きしめる。もう二度と離れない様に。
 抱き合った二人は強い光の奔流に呑まれる。それから少しして、動けるようになったシィルやリア達が部屋に駆けてくるが、その時にはランスもジルも世界から既に消えていた。
 その後、しばらくリーザスは総力をあげて大陸中探すが、ランスの存在は影も見つからないまま。
 だが、そんな中で調査している者の一人、マリスがリーザス城の一室にてひどく古びた歴史の文献を見つける。
 それは、遠く昔の物語。一人の勇者の光の英雄譚。
 そして、その勇者に永遠に付き従った賢者のお話であった。
 
 終
 



[29849] 2-7
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:26

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十二話 ~threatening~



 ランスは王様だ。それも大陸一裕福な国家の、というのは誰もが認めるところである。
 そうである以上、それこそこの世で一番贅沢な暮らしを満喫出来る立場にあったはずだ。
 にも関わらず、ランスが目を覚ますとそこには派手なシャンデリアの飾られたいつもの天井は見えず、視界一杯に憎憎しい程青い空が広がっている。自分の背に感じるものも、いつもの最高級生地と羽毛を使ったふかふかのベッドなどではなく、少し硬く、渇いた心地が無遠慮なまでにごつごつと伝わってくる。また、リーザス産のマホガニーの淡い芳香どころか青臭い雑草の臭いすらしてくる始末。
 そして何より気にくわないというべきは、

「キング! 気がつかれましたか」

 美人なメイドによる朝の挨拶……ではなく、ヘルメットで顔を覆い、赤い鎧を纏った大柄な男性のとてつもない心配顔が迫るある種のホラー。
 これのどこが最高権力者の爽やかな目覚めなのだろうか、とランスは漠然とそんなことを考えていた。
 エレガントな朝を台無しにされた不愉快さは募るが、異常な事態の衝撃や疑問やらが頭を駆け巡る。
 一体何故こんなことになっているのか。
 夢か現か、イマイチ状況が飲み込めていないランスは体を起こすと、妙に重たい頭を振るって半覚醒の意識を起こそうとする。そしてしばらくの間を置くことで、ようやく得られる全ての情報に脳の処理が追いついた。
 自分達は、健太郎が起こした不測の事態に対応するために出掛け、そこで魔王の少女の魔法に巻き込まれたのだと。その余りの衝撃に吹き飛ばされ、今の今まで気を失っていたのだ。
 意識とともに手足に力が戻ってくるとそこでランスは五体の無事を確認し、ほっと息を付いた。少なくとも自己に大きな損害を被ってはいないようだった。

「どうにか無事だったようだな……」

「はい、ご無事で何よりです」

「他の奴らは?」

 ランスは辺りに視線を巡らす。
 問われたリックはすぐには答えず、瞑目しながら、唇を引き結んだ。

「……何人がやられた?」

「現時点確認されておりますのは、私の部下では11名。親衛隊は15名です」

「ふ、ん……そうか」

「他にも重傷者が多数出て、現在はマリス様が神魔法で治療にあたっています」

 流石に全員無傷というわけにはいかなかったらしい。
 それでも被害は少ないほうだったろう。もしもランスが退く判断をもう少し遅らせていたとすれば、全滅もありえたかもしれない。

「キング、もうしばらくお休み下さい。只今、まともに動ける者を使って、現地の被害確認などに当たらせてますので」

 ランスはリックに体を支えられると、簡易な作りの椅子の前に連れられ、そこに腰掛けさせられる。
 情報集めや応急処置やら必要なことは既に部下達が率先して動いてやっているらしい。それなら、王はゆっくりとしていればいい。
 背もたれに体を押し付け、軽く息を付く。しばらくすると、マリスが現れた。

「ランス王、無事お気づきになられたのですね」

「うむ。マリスか……お前は怪我はなかったのか?」

 ランスは視軸をマリスの全身、つま先から頭のてっぺんまで移す。
 侍女は土埃一つつけず、いつもどおりのピンとした姿勢を保っている。ぱっと見た感じでは何の被害もないように見えた。ただ幾許か顔に疲労の色はある。それは負傷者全員の面倒を一人で見ていたからだろう。

「はい。王が私をお庇いになったので……。しかし、本来であれば私こそがこの身をもって御身をお守りするべき立場でした。申し訳ありません」

「謝罪の言葉はいらんぞ、代わりに俺様が守ったそのグッドな体でしっかりと返してくれればいいのだ」

 フフンと笑いながらランスは水がなみなみ注がれたグラスを取ると、口に運ぶ。疲労激しい体を癒すように全身に水が心地よく染みわたっていく。

「いえ、そういう問題では…………あ」

 と、マリスの言葉が途切れた。ふと何かに気づいたように一点に視線を向ける。その行方をなぞるとランスのグラスを持つ左腕に到達した。

「ランス王、少しじっとしていて下さい」

 マリスはグラスを受け取り、トレーの上にのせる。
 失礼します、と声をかけるとそのままランスの左手を手に取った。

「む?」

 よく見るとランスの腕の先に小さく擦りむいたような傷があった。普通であれば見逃してしまうような、本人でさえ気づかなかったものだ。
 マリスはその患部に手を翳すと、

「いたいのいたいのとんでいけ」

 ゆっくりと唇を動かし、魔法の詠唱を開始する。
 すると、暖かく柔らかい膜のようなものに覆われる感覚がし、傷口がみるみるうちに塞がっていった。

「これで大丈夫ですね」

「…………」

 ランスは目の前で起こったその光景をただじっと見ていた。
 マリスが唱えたのは神魔法の中でも最もポピュラーな回復魔法ヒーリングだ。もっとも、そんな表面的な情報よりも、感覚的にこの魔法をよく知っていた。
 冒険に出て傷つき、その度に使わせたもの。最も当たり前のように身近にあった魔法。誰かを常に近くに感じさせる魔法。そのはずだった。
 だというのに、今はランスにとってそれが随分と遠く、懐かしく感じられるような気がしていた。心中に複雑なものが去来し、それがランスをどこか影を感じさせるような少し微妙な表情にさせる。
 その反応にマリスは怪訝そうな顔つきになった。

「どうか、いたしました?」

「大したことじゃない」

 感傷に浸るのは趣味ではない。それにまるで自分がただの奴隷に深くこだわっているようで面白くない。故にランスは直ぐ切り替えるようにいつものような声の調子で応える。
 マリスも何か感じとったのか、それ以上深く追求するつもりはないようで、そうですかとだけで短く流した。

「……それでは、どこか他に痛むところは御座いませんか? 遠慮なく申し付けてください」

「痛むところだと? 別にな――」

 ない、そこまで答え掛けて、不意にあることが思いつき、ランスはぱっと顔を上げた。

「…………いや、あるぞ」

「どこでしょう?」

「うむ、ここなんだが。ここがひじょーに痛い」

 マリスがうかがうようにするとランスは、やおら蹲る様な格好をし、大袈裟にイタイイタイと演技くさいジェスチャーをし始めた。その指し示した場所は何と言おうか、下腹部だった。

「うおー、俺様のハイパー兵器が痛むぞ。これは大変だマリス。至急優しくさすってくれ」

 そう叫びながら、いそいそと腰に垂れ下がった白い前掛けを外そうとする。心なしか鼻息が荒い。

「…………」

「俺様の大事なところだ、何かあっては困るからじっくり診てくれ」

「……私は女性なのであいにく男性器の異常等については明るくありません。過誤があっては問題です。かわりに同じ男性のリック将軍にお願い致しましょうか?」

「ええい、そんなんいらんわっ!!」

 思わぬカウンターに慌てて前掛けを戻すと、椅子からガタタと離れる。
 マリスはしれっとしたものだ。
 セクハラにより期待通りの反応が見られず、ランスは面白くなさそうに唇を尖らす。
 マリスという女性はランスに対する対応もどうも隙がない。一筋縄ではいかない女性を見て、改めて強敵だな、と内心認識を新たにする。
 そして、漸く調査に出かけた数人の兵士が野営地に戻ってきた。

「報告です。現地の調査が完了いたしました」

 ランスの前で膝を折った兵士たちの鎧には傷みや汚れが多く見受けられた。ヘルメットは外されており、その額にはガーゼが貼ってあったりもしている。中々痛々しい光景なのだが、これはまだ軽傷で済んだ部類なのだろう。

「あちらはどうでした?」

「は。再び現地に戻ったところ、先程の青年、そして少女共に気を失った状態で倒れていたのを発見致しました」

「暴走を起こしてそのまま気絶したのか……魔王化しなかっただけマシだな」

 ランスは渋面で目を細める。
 何度も魔王の力を目の当たりにして被害を受けている身としては心底からの言葉だ。

「彼らはどのように扱いましょうか」

「放っておくわけにもいかんからな、少女は丁重に城まで運べ」

「では、男性の方はどのように?」

「男は助けてもしょうがないからな、放置しておいて問題はない」

 力強く、きっぱりと答える。
 真面目な顔なのに判断が少しもまともじゃない、とマリスは小さく息を吐く。

「……ランス王、さすがにそれは問題があるかと」

「…………………………………………わかってる、軽い冗談だろ。冗談……」

 渋々、どころか露骨に嫌な顔を隠さず、軽く舌打ちしているランス。
 兵士たちもさすがに王の性質がなんとなくわかってきているのか苦笑いの反応を浮かべた。

「そういえば……、そいつらの近くに赤い玉みたいなのは転がってなかったか?」

 ランスは手の平に収まるぐらいの丸を両手で作ってみせる。
 通常、魔人の使用する肉体が再起不能になれば、魔人の核となる魔王の血の結晶、魔血魂がその場に残るはずだった。あの場で戦闘していた魔人レイがあれ程の高威力を間近で受けたなら近くに落ちていてもおかしくない。
 だが、心当たりはないのか兵士は首を左右に振る。

「いえ、そのようなものはなかったと。……その、二人を除いて周囲には雑草一つも無い様な状態ですから」

「魔血魂がないということは魔人も我々のようにうまく逃げたのかもしれませんね」

「ふん。てめぇらのボスのお怒りにビビって尻尾まいて逃げた、か。あのままくたばってくれてりゃこっちは楽なんだがな」

 不満げに顰めながら、ブチブチとぼやく。

「まぁいい。二人を回収次第、リーザス城に急いで帰還するぞ」




 -リーザス城 会議室-


 窓の外に広がる空にはなめらかな黒々とした雲が伸びており、墨色のベールをかけていた。今は太陽の輪郭がうすぼんやりと見えているが、厚い雲に覆われるのも時間の問題にみえた。
 どんよりと重たげな雲の様子というのは見ていてあまり気持ちの良いものではない。光を遮り、暗い影を落とすように、人の気分もどこか鬱屈とさせる。
 湿った風を頬に感じながらマリス・アマリリスはひと雨来るだろうという予感を胸に抱いていた。
 
「ランス王っ!」

 リーザス城の会議室に鋭い怒声にも似た声が大きく響きわたった。

「これは国の安全保障に関わる重大な問題ですぞ。僭越ながら、何とぞお考え直していただきたくあります!」

 黒軍の副将サカナク・テンカが厳めしい面構えをいっそう険しくさせ、熱気を撒き散らせていた。禿頭は興奮に赤みを帯びている。
 
「統治者たるもの国の安寧を第一に考えねばなりませぬ。魔王と魔人を我が国で保護するなどそれを乱す行為ではありませんか。魔王にリーザス王国を滅亡させられかねませんぞ!」

 激しい語調でまくしたてる。苛烈さがあるが、バレスに次ぐキャリアを誇る軍部の重鎮の言葉に周りの出席者も賛同するように頷く。
 基本的にリーザス王国では意思決定の最終的な判断は国王たるランスに委ねられる。だが、各領主や将軍が陳情する場はあり、特に国の今後を左右する事柄に関しては貴族、軍人など組織の中心となる人物をほとんど集めて会議を設ける。今、議題として上がっているのは、来水美樹と小川健太郎の処遇に関することだった。
 ランスは彼女たちをこのまま城で保護する方向を決めている。しかし、それに多くの部下が待ったをかけた。魔王や魔人を城に置く行為は看過しがたい。考えを変えてもらえないかと要望が噴出したのだ。
 サカナクの向かい側に座るランスは多くの反対意見をきいて、しかし何も答えない。いや、答えられない。というのも、

「……ううむ。あのハウレーンって将軍はなかなかだな。とてもバレスの娘だとは思えん良い女だ。ただ、俺様が見たところたぶん処女ではないな。だが、ああいうのに限って意外と純情な感じかもしれん。それとあっちのメナドも、たぶん非処女だろうが、ああいうボーイッシュな子がめろめろのあへあへになると思うとこう……ぐひひ」

 別のことに夢中だったからだ。
 会議を開始してからというもの議題そっちのけで列席している女を品定めしては、セクハラ的な妄想を広げている。
 幸いその呟きは空間が広く、一人一人の距離が離れているため、すぐ近くのリアとマリスにしか聞こえていない。
 マリスは、その状態のランスをどうこうすることなく、捨て置いた。
 そのままずっと相手の話に乗らないぐらいがむしろ都合いいという考えがある。これなら迂闊な言動をすることによって、下手に感情を逆なでして、状況を悪化させることもまず無い。
 とは言えど、現状とて十分危ういものがあった。
 マリスはあちこちに目を配る。
 テーブルを囲んで並んでいる面々の表情はどれも硬い。その中でも、とりわけ国の安全に関わるだけに軍部の反応は当然よろしいものとは言い難い。
 現在気炎を吐いているサカナクは勿論のこと、他にもジブル・マクトミやドッヂ・エバンスといった黒軍の副将も不満を抱いているようで、顔を強張らせている。
 また同じように白軍副将ハウレーン・プロヴァンスの睨むような視線にはあからさまに不信の念が感じられた。
 最もランスに忠義の篤いと言えるリックにしてもヘルメットで表情は見えないが、唯一覗いている口許には、どこか暗い影が拭いきれていない。ほんの少し前に部下を失った身としてはやはり複雑なものがあるだろう。
 そう言う意味ではレイラも同様だった。彼女の場合、美樹らとは知り合いの間柄といった部分もあったが、それでも親衛隊という王の警護を優先する立場としては、賛成は出来ないだろう。
 サカナクの上司であるバレス・プロヴァンスも難しい表情だ。とはいえ、総大将の言葉の影響力と重みを理解してるからか、不用意に口を開くことだけはなく、そこだけは救いとなっている。
 赤軍の副将のメナド・シセイは室内に漂う険悪な雰囲気に居心地悪そうに身動ぎしており、普段の快活さは見えない。
 直接的に王への批判を口に出来る度胸はないのか、ずっと大人しくしているのが、青軍の副将キンケード・ブランブラ。
 こうした中で、唯一マシな反応をしている者は腕を組んで泰然と構えている青軍将軍コルドバ・バーンだった。
 そして、賛成か反対なのかも読みづらいのは白軍のエクス・バンケット将軍。瞳の奥に怜悧な光を宿し、こちら側を冷然と眺めていた。おそらく様子見といったところだろうか。
 マリスもまたしばらくは静観にまわるつもりだ。出来るだけ、観察し、発言させ、場の流れを見極めて、しかるべき時に、それにあった対応をとっていけば良い。

「ともかく我々といたしましては魔王リトルプリンセスおよびそのシモベを即時放逐していただきたい! 何とぞお聞き入れしていただけませぬか」

 なおもサカナクはヒートアップしていた。
 だが、ランスは相変わらず眼中にも置かず、何も返さない。傍目には超然として、意思を曲げる気はない態度のように映る。
 業を煮やしたサカナクは、むっと白い眉をひそませ、

「それではリア様はどのようにお考えですか」

 鉾先を別に向ける。前女王にして王妃というリーザスでも王の次の位置に立つものを衝くことで状況を動かそうというのだろう。
 発言を求められたリアは、ふいっと顔をそむけた。そして、その態度を訝るより先にとんでもないことが口にされる。

「そんなことどうでもいいわ。興味ないもの。リアにとってはむしろダーリンが別の女との結婚を勝手に決めちゃったことの方がよっぽど由々しきことよ!」

 静寂が舞い降りた。

(リ、リア様……!)

 呼吸が詰まるような思いがした。マリスは思わず悲鳴があがりそうになるのを喉もとで必死で堪える。
 まさかランスではなく、リアが爆弾を落とすとは思いもしていなかった。聡明な彼女からは考えられない失言。
 眩みそうになる目を横に移して、リアを一瞥する。不機嫌そうにむくれて、ぷらぷらと足を揺すっている子供のごとき姿があった。そこに外に対応するための為政者としての仮面はなく、完全に素の顔が覗いている。
 普段であれば時と場、相手の立場や役割に応じて、それに相応しい"顔"を柔軟に使い分けることなど造作もないはず。それが出来なくなっているのは、大好きなランスが別の女と勝手に結婚したことに精神的ショックを受けて余裕がなくなっている状態だからだろう。
 マリスには理解を示すことが出来る。だが、他の者は別だ。リアのとった対応は今の場において非常に不味かった。

「今、どうでもよい、と仰いましたか?」

 サカナクは眉を跳ねあげた。首脳部の一人がとった無関心ともとれる態度に周囲もざわめきだす。
 これ以上、悪い流れにするわけにはいかない。吹き飛ばされた冷静さをかき集め、内心狼狽を押し隠しながら、マリスは咳払い混じりに発言を割りこませた。

「サカナク殿。放逐、と仰いますが、それは必ずしも最善の手ではありません」

「……それは、どういう意味ですかな?」

「魔王リトルプリンセスは今、非常に危険な状態にあります。未覚醒であるが故に、不安定。また、一部の魔人から反旗を翻され、その命を狙われている」

「ですから、国から遠ざけた方が――」

「それは、あくまで一時的な、それこそ気休め程度のものでしかありませんよ」

 マリスはゆっくり、はっきりと答えながら、サカナクの目を真っすぐ見つめ返す。

「もしも、彼女たちを見捨てれば、魔王という人類の大きな問題をあの二人だけに押し付けることになる。それは恐ろしく危険なことと思いませんか? あの二人が魔王や魔人の問題を解決できるとは到底思えません。遅かれ早かれ魔王が誕生してしまう最悪の事態が訪れるのは必定。そうなれば結果はやはり同じこと。今回の魔人との接触では何とかなりはしましたが、今後もそうである保証はありません。これは一国の存亡どころか人類の未来を賭けた事態です。安易な先延ばしの策ではなく、根本的にどうにかするべきです」

「……確かに、一理はありますな」

 サカナクはいくらか身をひいた。

「しかし、だからといって、保護してどうするのです。まさか、奴らの言っている魔王じゃなくなる術なんてあるかも定かでないものを探すと? その間ずっと城に置くつもりなどと言うのではないでしょうな」

「まさか。魔王でなくなってくれれば安全でしょうが、そんなことよりもっとわかりやすく確実に安全を得る方法があります」

「それはいったい……」

「封印による排除……人類の安寧の為、魔王という存在にはこの世から消えてもらいます」

「ふ、封印!?」

 震えを帯びた声が呟かれ、そこから波紋を呼ぶように一気にどよめきわたる会議場。

「少し待って頂きたい! それこそ危険ではないか!? 下手に手を出して、何か起これば……」

「危険を孕むのは承知の上です。ですが、リーザスの恒久的な繁栄を思えばこそ、成さねばならぬこと。無論、細心の注意を払い、盤石な準備を整えなくてはならないことはいうまでもありません。そのため、余計な警戒を抱かれぬよう表向きは保護の体をとるのです」

 淡々とした調子で答える。

「案ずるには及びません。我らにはランス王がついています」

「ランス王、ですか」

 見定めるような厳しい眼差しが王へと向けられる。
 ランスは、相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。やはり傍目には不敵に笑っているように映るかもしれない。

「我らがランス王は人類で唯一魔人を複数撃破し、復活した魔王ジルをも退治した英雄なのです。たかだか未覚醒の魔王とひよっこの魔人、何を恐れるものがありましょう?」

 サカナクは黙り込んだ。何か言いたげな様子だったのは、マリスにもわかった。
 しかし、彼がその内心を外に吐露してしまえば、もはや進言の域に留まらず、"口が過ぎる"と誹りを受けるのは免れないだろう。サカナクも理解してるが故にやや苦々しげな表情をしながらも今度こそ退いた。
 その後は他の者らからいくつか挙がった質問に答えていき、それで保護に関する議題はひとまず終息することになった。
 とは言え、無事乗り越えたと安堵する気持ちはマリスにはなかった。リーザスの情勢が怪しいのははっきりとしてしまっているのだ。
 魔王など最大級の問題だ。家臣らの抱く懸念もわかる。全て放りだしたほうが楽だろうというのも一定の理解は示せる。
 しかし、マリスは知っている。ジル、そして覚醒しかけたリトルプリンセスの力を目の当たりにした身だからこそ嫌なほどわかる。
 あれは危険すぎる。魔王の誕生は人類にとって圧倒的脅威だ。数多残された魔王の伝承は決しておおげさなものではない。
 捨ておくことは出来ない。可及的速やかに存在を抹消し、危険を排除する必要がある。
 だが、人類の希望とも言うべき、魔剣カオスは行方知れず、かつ聖刀日光は魔王の味方。それにランスも相手が女である以上、よほどのことがなければやる気を出さないはずだ。
 それでも時間はかけてはいられない。人類を軽く殲滅しうる爆弾がいつ爆発するかというのもあるし、魔人がいつ城へと攻め込んで来るともしれないという恐れも確かにあるが、それ以上に臣下との軋轢が生じかねないことは無視できない。特にリーザスは過去魔人に手酷くやられた過去があるだけに、彼らが過敏なまでに身を揉むのもわかる。
 ――ぎしり。マリスが背にもたれた椅子の軋む音が苦しげな音色を響かせる。
 まずは、内憂を片付ける意味で、魔人レイを退治する。ランスの力が魔人らに通用することを家臣らにはっきり示すのが第一だろう。
 そして封印の鍵を得るため、何が何でもカオスを取り戻さなくてはならない。もしくは聖刀日光をどんな手を使ってでも魔王に敵対するよう説得する。
 他にも確実に事をなせるよう魔王の調査、強力な封印術の研究、戦力の確保の必要もある。
 とかく問題は山積みだ。しかし、そうであっても、全てをこなさなければ未来はない。

(まったく……本当、やっかいなことになりましたね)

 ぽつり――窓枠を叩くその音でふと気づく。雨滴。窓の外ではいつの間にか雨が降りしきっていた。





 -メアリー・アンの家-



 レイの瞼が薄く開く。
 焦点の遠近が揺らいで、ぼやけた視界がクリアになった時、一人の女性の姿を捉えた。

「……メアリー?」

 レイという男が世界で一番大切にしている人間の女性。
 彼女は柔らかな笑みを湛えていた。その笑顔は優しく暖かい。

「ようやく目が覚めたのね。安心したわ」

「……俺は、どうして、ここに……?」

「レイ、心配したのよ、私。急に野暮用だなんていって離れていって……。その後、ものすごい音が鳴って、不安になって見に行こうとしたの。そしたら貴方、この近くで倒れていたのよ……。びっくりしたわ」

 憂える影を目許に見せ、「でも」と継ぐ。

「ふふ、こうしているとなんだかまるであの時のようね」

 懐かしさを思い、メアリーは目を細める。
 以前のことだが、レイが戦いに敗れ傷つき、倒れていたことがあった。それは二人が初めて出会うきっかけとなったものだ。その時もメアリーは今と同じように家に連れ帰って必死にレイを生かそうと看病したのだ。

「……なっ!? メアリー、家で大人しくしてろと言っただろ」

 だが、レイには笑っている余裕はなく、途端に血相を変える。自分が魔王の攻撃を受け、倒れてしまったのは覚えがあった。
 メアリーはそんな倒れ付していた自分のとこまでやって来て家まで連れ帰ったと言った。それはレイには信じられる言葉ではなかった。
 彼女は今その身に重い病を患っているのだ。それこそ原因不明の不治の病。その病が蝕んだ体ではとてもじゃないが軽々しく動き回っていいわけがなく、大の大人を運ぶ重労働なんてもっての外。悪化させないために安静にしているべき健康状態のはずだった。
 だというのに横になっているのはレイで、メアリーは自身の体よりレイの体を案じてるようだ。今も彼の怪我を癒そうと塗り薬を取り出してなどしている。

「君は休んでてくれ。そんなことしなくていい。俺なら大丈夫だ。俺は魔人だ。これぐらいの傷、平気に決まっているだろ」

 レイはそうは言うが、彼自身もボロボロで満身創痍だ。その強がりにメアリーは表情を崩すと、構わずにレイの衣服をずらして、傷口を晒さし、塗り薬を自分の手の平に塗りはじめる。
 しかし、レイはその行為をそれ以上許すわけにはいかなかった。
 彼は、皮膚が帯電するという特別な体質を持っていた。その為、誰も不用意に近づくことが出来ない。
 それでも、メアリーだけは違った。触れる相手を傷つける自分の体質も、魔人という種族にも気にかけずに接してくれる唯一の女性だった。そんな彼女だから、レイは心惹かれ、そして好きになった。
 だが、それゆえにレイは彼女が傷ついていくのは耐えられない。それも自分に触れてしまうことでその短い命を削る真似などして欲しくはない。

「駄目だ。やめろ、感電するぞ」

 必死に呼びかけるが、メアリーは作業を止める気配がない。彼女は流れる電流を気にすることなく、その痛々しい傷を包むようにただただ丁寧に塗っていく。電気を帯びる皮膚に触れる度、彼女の手や衣服が焦げ付いていく。

「やめてくれメアリー。このままでは君がっ……!!」

「いいの」

 メアリーは遮るように、静かにそれでいてはっきりと言った。

「いいのよ、レイ。もう、いいの」

「な、何を言ってるんだ……メアリー……」

「ごめんね、…………もう……」

 ――だめなの。
 彼女は小さく首を振り、悲しげに笑う。
 その姿色は何処までも青白く、か細く、か弱く、何より儚く映った。
 レイはそんな残酷な現実を正視出来ず、目を伏せ、呆然とする。

「だから、お願い。それなら……最後にね、貴方の近くに居たいの」

「っ!」

「こんな身でもね、まだ貴方のこと助けられるわ」

 互いの触れ合う場所には痛みとは別の温かみがじわりと伝わりあう。
 レイは息を飲み、身を強張らせた。彼女を失いたくない。その思いだけが頭をぐるぐると駆け巡る。
 すると、彼は思いつめたような表情で顔を上げた。そのまま、メアリーを引き寄せると、彼女の首筋に犬歯を立てようとする。
 使徒化。
 魔人がその血を与えれば、不死を得ることが出来る。そうすればメアリーは病に命を落とすことはなくなる。
 だが――
 すんでのところでその動きは、止まった。
 彼は噛み付けなかった。
 このまま噛み付いていたとしたら、やはり、彼女は死んでいた。レイの電流が血液に流れることで、死なせてしまう。その体質がためにレイは使徒を作ることは不可能だった。
 ―――いや、もし仮に放電体質がなかったとしても同じこと。おそらく、彼には出来なかっただろう。
 彼女を愛するが故に出来るはずがない。
 それがメアリーにだけはわかった。だからこそ、

「ありがとう、レイ。貴方は本当に優しい人」

「っ……ぅ、あ……」

 レイの顔がぐしゃぐしゃに歪む。しかし、涙は流れることはない。彼の特異な体質は透明な液体を零すことすら許さず、即座に蒸発させてしまう。
 彼女を病から救うことも出来なければ、共に泣いて悲しむことも出来ない。
 自分は幾度も彼女に助けられてきたのに、その自分は助けることが出来ない。何も出来ないほど無力。レイは自分を責める。
 これでメアリーを失えば、自分には何が残ろうか。メアリーという女性はレイの全てと言える。彼女という光のない暗い世界を生きていても仕方がない。
 ならば、自分もと思うが……。
 しかし、そんな最後の望みすら叶うことはなかった。
 彼は不死であり、この生命を自由にしていい権利を有していない。
 全ての魔人の生殺与奪の権は魔王に握られている。魔王に魂まで全て捧げた永遠の下僕。魔王の血の一部という扱いでしかない、それが魔人という存在。
 ここで自殺したところで、与えられるのは肉体的な死だけで、その魂は消失せず、本当の死は訪れない。魂は常に魔血魂に縛られ続け、共に地獄まで添うことなんて出来るはずがない。許されない。
 レイはかつて人の身であったが、自ら望んで魔人になった過去をもつ。
 この特異な体の所為で周りから常に疎まれ、だからこそ人であることを捨てることに躊躇いはなかったはずだった。
 だが、今は深く後悔している。この魔人の体が、この永遠の命が今は恨めしくてしかたない。魔人であることを望んだが故に、今、心から望むことが叶うことがない。
 レイは奥歯を強く深く噛む。メアリーはレイのそんな悲痛な表情をじっと見詰める。

「レイ、そんな顔しないで。私はね、レイが魔人で良かったって思うのよ」

「……メアリー?」

「だって、貴方が魔人だから私は貴方に出会えたの。貴方は私に素敵な出会いをくれたわ。幸せよ、貴方をこんなにも愛せたのだもの」

 二人は生まれた時も場所も違う。
 彼が魔人でなければ二人の時は交わらなかったかもしれない。
 ならばこの二人の出会う縁というものは何にもかえがたい贈り物に違いない。

「ねぇ、レイ。知ってる……? 人の魂はね。一度この世を離れても、再びこの世界に戻ってくるのよ」

「メ、アリー……」

「ふふ、きっとね、次の私もまた素敵な出会いが待っているわ」

 でしょ? とメアリーは柔らかな微笑みのまま問う。
 彼女は、信じている。

「次も、その次も、ずっと、ずっと……」

「…………あ……ああ、ずっとだ、ずっと一緒だ……。必ず、君と……」

 この数十年の恋に巡り合う為、千年もの時は越えられた。

「レイ、好きよ……誰よりも愛してる」

「俺もだ、メアリー」

 二人は自然と唇を重ねていた。
 メアリーは全身に電撃を浴びながらそれでも離さないように、離れないようにレイの体を近くに感じていた。
 その顔は苦痛に歪めるどころか、とても穏やかであった。

 運命に身を任せ、一人の女性がその生を閉じる。
 慟哭のような雷鳴が天に轟いた。



[29849] 2-8
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:26

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十三話 ~assault~



 早朝。リーザス城外には、うし車が何台も停まっていた。
 どれもこれも城で保有している物であり、一般が普段目にするような車とは違うものだ。特に中央に他の車に囲まれる形で位置する一際大きく、豪奢な外装のうし車が目を引いている。それは金細工で細かく彩られ、うしよりもよく映える彩度の高い赤を基調として作られていた。その色、クリムゾンが意味するのはリーザス王室だ。武勇、闘志を意味するカラーであり、リーザスをその武で建国した英雄グロス誕生の頃より愛され、国旗にも使われている神聖な色だ。
 そういった外見の通り、これは王家専用のうし車なのであるが、使用されるのは専ら、祭礼や祝賀の際である。しかし、今日はそのような特別な日などではなかった。ましてや他国での会談などでもない。
 目的は、魔人退治。これはリッチまでの高速の移動手段として用意されたものだった。本来であれば帰り木を利用しての転移をするところだが、先日の魔王騒動の緊急対応にストックをほとんどつぎ込んでしまった為、数が確保できていない。
 マリス・アマリリスは、並ぶうし車の傍らにいつものピンとした直立の姿勢で佇んでいた。早くからこれらを手配し、王を出迎えるためこうして従順な侍女らしく待ち設けていた。
 ふと視線を下に向けて見れば、うしが鼻を擦り付けるようにして食んでいる下草が目に映った。葉の表面には野趣にも朝靄の雫が掛かり、朝の柔らかな光を鮮やかに反射して輝いている。夜明けからまだそう時間が立ってはいない。小トリもようやく鳴き声を聞かせ始めている頃だ。
 朝早くと指示したのはランスであったが、本人の性格上、自身が時刻に正確に起きてくるかはわからない。場合によっては未だベッドの中かもしれない。マリスはそのような心配をしていたが、それはどうやら杞憂に終わってくれたようだ。
 顔を上げると、荘厳な造りの巨大な城門から現れる体格の良い人影が遠目に確認できた。数人の部下と侍女を引きつれるランスがこちらにのそのそと歩いてくる。

「お早う御座います」

 王が近づくと恭しく頭を下げ、一日のはじまりとなる挨拶らしくしっかりした挙措で礼を表す。

「おう」

 ランスは割とはっきりとした調子で応じた。取り敢えずだらしのない眠気などは見た目には窺われない。

「しっかりお休みになられたでしょうか?」

「がはは。昨日はたっぷり5発は出してぐっすり気持ちよく寝たからな。調子いいぜ」

 笑うランスの後ろでげんなりとしている女忍者の姿が、向き合う位置に立つマリスには見えたが、特に気にせずにそうでしたか、とだけ返す。
 軽いやり取りを流すとランスはうし車へと視線を転じた。

「んで、もう用意は出来てるんだろうな?」

「はい、何時でも出立出来ます」

「ようし。そんなら今から、魔人レイをぶっ殺しに行くぞ。おそらく相手は怪我を負ってる。ならチャンスは今しかない。相手の傷が癒える前に片付けるぞ」

 ランスが出発の準備が出来ているうし車に乗り込むと、既に待機済みだった他の兵士達も次々と車へ乗り込んでいった。
 連れて行く兵士は赤軍の精鋭にのみ絞られている。うし車の数により制限されているのもあるが、魔王の護衛、監視のためにも城に残す兵を多く割く必要があったからだ。

「みゃーみゃー」

 全ての人員の乗車が終わると、うしの愛らしい鳴き声と共に車は城を出発した。
 その体躯に似合わず、うしは短い足を器用にせかせかと素早く動かし、地面を蹴り上げて駆ける。さすがに王家自慢のうしだからか、名に恥じずその躍動が逞しく力強い。それらに引っ張られる車も快速と言った調子で幾重もの轍のラインを地に描きながら街道を順調に走っていく。
 車輪が道の僅かな起伏を捉えているにも関わらず、車体は少しもブレることはない。中に外の小さな震動も音も伝わらないように魔法が仕掛けれられているためだ。これにより、長時間の走行による移動疲れの軽減が出来る。

「この調子で行けば、おそらく後三時間程度で着きそうですね」

 広く快適なうし車の中、マリスは窓の外に流れる町の景色と手元の時計を見ると、隣に座るランスに向けて言う。

「うむ。流石にうしは速いな。目立つとことアホみたいな費用がかかるとこは難点だが、リーザスの端までこう速く、楽に行けるとこは素直に評価してやってもいい」

 実に尊大な口ぶりでランスが返す。
 因みに、リーザス城からリッチまでは直線で300km弱程の距離がある。そう考えると彼の言うとおり魔法転移という手段を除けば、かなりの高速移動手段だろう。
 と、嬉々としたランスの表情が不意に曇ったものに変化した。

「まあ、そっちはいいんだ。そっちはいいんだが……」

「いかがいたしました?」

「いやな、俺様の朝食……さっきからパンばっかじゃねえか? 飽きてくるんだが」

 これからの魔人戦に備えて軽い朝食を済まそうとランスは車内で食パンを頬張っている。それはただのパンではない。超熟経験食パンという人間の力の糧となってくれる特別なものだ。故に大量に摂取してるのだが、さすがに食パンそのままをずっと口に入れることが苦痛らしく表情から辟易とした色が覗いている。

「味の変化をお求めでしたら、うし乳のバターとハチ女の蜜でよろしければこちらに用意してございます」

「おう、それでいい」

 ランスは頷くと、食べさしのパンをよこす。受け取ったマリスはその表面にさっとバターとハチ蜜を塗ると魔法で熱を通していく。こんがりと焼き色がついてからまたハチ蜜を重ねるとランスのもとに返した。ランスはそれを手でとることなく、ものぐさに口まで運ばせ、もしゃもしゃと食べていく。
 すると、

「あの、ランス王……」

 膝元から澄んだ声が飛んできた。そちらに目をやると一振りの日本刀が置いてあった。

「ん? どうした日光さん」

「いえ、パンの食べカスが先ほどから私の方にぽろぽろ落ちてきているのですが……」

「おお、すまんすまん」

 たいして悪びれない口ぶりでいう。ランスは刀に降りかかったパンくずをぱっぱと手で払って、膝から持ち上げる。そして目線の高さまで持っていくと、おもむろに鞘を払った。
 すらりと引き抜かれて現れた刃に一目で惹きつけられる。細身にしてやや弧を描いた姿は女性的な柔らかさを感じさせ、緻密細美なる地肌は潤いを孕み上品な印象を与える。その研ぎ澄まされた刀身に浮き上がる華やかなる刃文と煌めく粒子の光が澄みきる様はさながら日輪のごとき冴えを放つ。それが荒事に使われる乱暴な道具であることなど誰もが否定してしまいそうな、まさに至高の美を体現した芸術品であった。
 ランスはその美しさに魅せられたように矯めつ眇めつ眺めながら、にやつき始めた。

「むふふ、聖刀日光……まさしく俺様のものに相応しい一品だな」

「あくまで一時的な所有ですよ」

 美樹達に付き添っていた伝説の武器の一つである聖刀日光は、所有者をランスに変えた。
 本来の所有者たる小川健太郎は魔人レイとの交戦で重傷を負い、今もなお入院中の身だ。その使い手不在の間だけ、日光はランスに力を貸してくれることになった。
 リーザスにとっても、日光にとっても互いに魔人の脅威を排したいという目的は一致している。美樹を魔人から守りたいが使い手がいないためままならない日光と、覇道のために邪魔な魔人を潰したいが手段の乏しいランスにとって互いがパートナーになることは大きな利をもたらしあえる。日光はその所持に条件のある特殊な刀であったが、ランスは所有者としての資質があったことも大きい。

「一時的なんてもったいない。ずっと俺様のものになっても何の問題もないだろう」
 
「私は美樹ちゃん達を手助けすると約束しましたからね。それにランス王にはカオスがいるではありませんか」

「あんな奴いらんいらん。日光さんのほうがいいに決まってるだろ」

「そう言っていただけるのは有難いですが、波長的に言えばランス王は、私よりもカオスに近いのです。実際のところ、向こうの方がしっくりしているはずですし、私の目にもぴったりに映っていましたよ」

 その日光の言葉にランスの顔はひどく渋くなった。

「あんな下品な剣が高貴な俺に相応しいはずがなかろう。栄光ある超エリート人生を歩む俺様にとってバカオスを使ったことは唯一の汚点と言っていいぐらいだ」

 これまでのカオスとの付き合いを思い出す。口を開けばやらせろ、やらせろとまるで下半身が剣になって歩いているような奴だったという印象しかない。なんとも恥ずかしい存在だなとつくづく思う。

「というかもうあんな奴救う必要ないし、このまま永久にほっておいてもいいんじゃないか」

 そこでランスはぽんと拳で掌を勢いよく叩く。

「おお、そうだ! ついでに良いこと考えたぞ。せっかくだから、今まで俺様が使ってたのもカオスじゃなくて日光さんだったことにして、歴史家に文献を書き換えさせるか。あんな18禁要素満載のカオスの馬鹿が役立ったなどとそんな話、後世に一文字たりとも残してやらんぞ。ざまぁみろ、がはは」

 そんなとても今から魔人退治にいくとは思えないほど愉快な笑いがあがる緊張感の欠けたうし車は、予定時刻に街道を抜け、リッチの街に到着する。一行はさらにそこからメアリーの家へと歩いて向かった。彼女の住んでいる場所は街のひどくはずれに位置している。
 そこいら一帯は、中心部の洗練された都会の様相と違い、のどかな田園地帯に囲まれており、さらに向こうには緑に覆われたなだらかな丘陵、牧草地の広がる高原などが在った。そこでは家畜の放牧などがおこなわれているらしい。ひつじの鳴き声が麗らかに響いていた。
 そのような実に牧歌的で見晴らしの良い草原の真ん中にメアリーとレイの二人の住居は据えられている。

「あれがメアリーの家か」

 家を視界に捉えつつも、やや離れた位置にランスと兵士たちはいた。
 日はすっかり天の方へと昇ってきている。降り注ぐ光線が緑の色を鮮やかに際立たせる。清冽な大気はどこまでも透き通っており、僅かに丸みを帯びた地平線をくっきりと映す。その上に赤い屋根に白い壁のごく有り触れた家屋が小さくも存在を主張しているのがわかった。

「ふん……やはりここらへんまでは美樹ちゃんの魔法の影響も及んでなかったんだな」

「レイは戦闘場所を離していたみたいですからね。巻き込みたくなかったんでしょう」

 マリスが考えを述べると、ランスは同意するように大きく頷いた。

「ああ。よっぽどババアが大事と見えるぜ。これははっきり言って好都合だ」

「向こうは好きに力を振るうことはままなりません」

「下手に力を出せば、ババアを傷つけかねないからな。魔人の馬鹿みたいな強力さが仇となるんだ。後は、ろくに抵抗も出来ない怪我人をじっくりと料理しちまえばいい。楽勝だな」

 レイがメアリーの居場所から離れて戦おうとしていたことは逆に言えばここを戦場とする事が非常に都合が悪いことを示している。故に、ここで襲撃をかける。魔人と人間の基礎戦闘力に圧倒的な差がある以上、相手に少しでも不利な条件を押し付けて戦う必要があった。メアリーが側にいればレイの動きに大きな制限がかかるのは間違いない。抵抗しようと下手に暴れれば、敵だけでなく守りたいものにまで被害がでかねなく、逃走しようにも相手が病人の老婦だけに簡単にいかない。

「さてと。それじゃあ、まずはかなみ。ちょっと中の様子を探って来い」

「わかったわ。場所が場所だからちょっと時間がかかるかも知れないけど行ってくる」

 かなみは顔を引き締めると音も残さず姿を消した。
 それを見送るとランスはゆっくりと地面に腰を下ろした。情報が持ちかえられるまで、ここでのんびりと待つつもりだ。
 足元に広がる草原は柔らかい感触を与え、陽射しのぬくもりも多く含まれている。自然のかぐわしい香りも合わさり、大いにリラックスさせてくれた。ピクニックなどをするにはきっと悪くないスポットだろう。

「うーむ……よし、サチコ、お茶をいれろ」

 戦の前に一服しようと、召使に声をかける。
 しかし、しばらく待ってもその返事は全く返ってこなかった。訝しんで目を向けて見れば、新しい召使は怯えるようにがくがく震えており、全く聞いている風でない。

「おい、サチコ聞いてやがんのか!」

 ランスはサチコのスカートを勢いよくまくりあげる。一瞬で裾が翻ると、白い腿と純朴そうな下着が露わになった。

「わ、きゃあ!?」

 甲高い悲鳴が上がるのと同時、サチコは驚きに足を滑らせて、地べたに尻もちをつく。

「ったく。そんなとこで何をがたがたしてるんだ、お前は」

 冷たい目線を浴びせると、サチコはスカートをぎゅっと抑えながら涙目で小さく唸った。

「だって、魔人退治に行くなんて聞いてませんでしたよ。なんで、私をこんなところまで連れてきたんですか?」

「主人である俺が危険な戦地に行ってるのに奴隷のお前が城なんて安全な場所でぬくぬくと過ごすなんて馬鹿なことがまかり通ると思ってんのか?」

「それは……ってなんで奴隷になっているんですか!?」

「ええい、いちいちうるさい。奴隷のくせに口答えするな」

 今度はスカートを引っ張り上げて、すかさず下着の中へと手をつっこむ。強引に侵入を果たすと、秘部を探る様に淫らな指先を這わせていく。
 割れ目をなぞっていくと、上端のほうにかすかな突起を捉える。こすりつけるように指を軽く上下に動かした。
 サチコが、びくっと跳ねる。

「ひゃっ!?」

 表情には驚愕、恐怖、緊張、羞恥が代わる代わる現れている。身体のほうは首を振って、身を捩ってと全身で一杯に拒絶の意思を表してきた。そうした彼女の精一杯の抵抗をものともせず、むしろ暴れる動きを利用しながらランスはパンツを引きずり降ろした。
 薄い茂み、女陰が燦然たる太陽の下あられもなく現れた。

「やあっ、やめて、ください、王さま!」

 震える唇から必死の訴えが搾り出される。ランスは当然聞く耳持つことなく、正面近くからサチコの秘部を覗き込もうとする。しかし脚がきつく閉じられてしまった。
 彼女にしてみれば両足に相当の力が懸命にこめられているようだが、それでもランスが少し押しのければあっさりと開いた。

「魔人戦前にかるーくウォーミングアップを一、二戦挟んでおくか」

 準備運動とばかりに軽い調子でセックスにとりかかろうとする。
 だが、そこに「キング」と短く呼ぶ声がかかった。ランスは舌打ちをうつ。

「……なんだ、リック。これからいいとこなんだから、いくらお前でも邪魔は許さ……ん?」

 苛立ち気味に吐いた言葉は途中で途切れる。視界の隅に影がさした。引き寄せられるようにはっと顔を上げる。
 少し前まで空は雲一つとて浮かんでないまっさらとも言えるような状態だった。だが、今そこにはいつの間にか奇妙なものが存在していた。まるで岩石のような無骨な塊だ。それが不自然にもメアリー家の丁度上空をふわふわと漂って異質な光景をつくる。

「あれは何だ?」
「新種のとりか?」
「UFOか何かじゃないか?」
「いや……ストーンガーディアンだ。ストーンガーディアンが飛んでいるぞ」

 兵士たちが口々に飛行物について意見をかわしている。
 一早く正体に気付いたランスは愕然と目をみはる。

「あいつはまさか……。何だってこんなとこにいやがる。レイの野郎、ピンチだからって助けでも呼びやがったんじゃないだろうな」

 前方の様子を窺いながら、腰を浮かす。弛緩しかかった空気は急速に張り詰めていく。
 何をするのか注意深く観察するよう警戒の眼差しを向けていると、予想だにしなかった出来ごとが起きた。
 巨大な石の塊はまるで狙い定めるように、家の上空でぴたりと制止すると、そこで浮遊の状態を解いたのだ。当然、それはただ引力に引かれるままに真っすぐ下へと向かっていく。巨石が落ちる勢いは宛ら隕石の落下のようだ。
 破砕音が突きぬけ、重い衝撃が地面に走った。遠くにいるランスらでさえ把握できる威力。形を失った屋根や壁の隙間からもうもうと煙が立ち上っていく。
 あまりに異常な事態に場にいる全員の表情が緊迫の色に包まれた。
 ランスは居てもたってもいられず駆けだそうとした。だが――

「お待ちください、ランス王」

 静止の言葉が鋭くかかる。

「何だ!」

 思わず強い口調になった。睨みの視線をマリスの冷静な顔へとぶつけるも相手はびくともしない。

「未だこちらには不明な情報が多すぎます。あれが何をしにきたのかわかりませんし、もし仮にレイの味方であればこちらは一気に不利となります。迂闊に飛び込めば危険です。もうしばらく様子を見つつ、場合によって退いたほうがよろしいかと」

「じゃあ、向こうに侵入させているかなみはどうすんだ」

「彼女は忍びです」

 返って来たのは端的な回答。それは忍びだからこの場は任せろというものか。または忍びだからこの場は切り捨てろというものか。どちらの意味にも取れ、相手の無表情の顔からは何も読みとれない。
 いずれにしろランスは承服できなかった。

「俺様が行くと言ったら行く。これって時に邪魔されたんだからな、殴りこんでやらなきゃ気が済まん。マリス、全員に付与をかけろ」

「……ランス王」

 マリスは声音を険しくして呟くが、そこで言葉を切った。暫く黙った末、結局諦めたのかその後に唇にのせたのはランスの要望通り付与魔法の詠唱だった。

「……がんがんふよふよ……かたかたふよふよ……」

 力を授ける魔法。溢れ出る光が体に纏い深くまで染み込んでいく。心身に力がみなぎるのを感じた。
 ランスは日光をとる。続くように兵士たちも一斉に剣を抜いた。
 
「我々が先に突入いたします。キングはその後にお願いします」

 リックが前へと進み出る。
 ランスは頷きを返すと未だ地べたに座り込むサチコを見おろす。

「お前は一足先にリッチの都市に戻ってこの後の魔人退治祝勝の宴のための店でも予約してこい。いいな?」

 サチコは脱がされた下着を握りしめながらこくこくと首を縦に振ってみせた。

「さてと、それじゃあ魔人潰しにいくぞ」

 


 歪んだ扉が吹き飛ばされる。そのままの勢いで中へと飛び込むと生々しい破壊の痕跡残る惨状が目に入った。
 荒れ果てた空間の中央に唯一形をしっかりと保った石像が鎮座している。石がいくつも積み重なって人型の姿を作っており、その幅広い肩の部分に腰をおろした女がいた。柔らかな肢体を纏うは黒いマントとボンテージファッション。何より燃えるような緋色の髪が鮮やかで印象的に映る。
 ランスはその姿に見覚えがあった。記憶に符合するのはただ一人。

「サテラ!」

 その名を叫ぶと、そこで初めて闖入した存在を意識するように女の紅い瞳がこちらを捉える動きを見せた。

「……お前は、ランス。まさか、こんな所であうとはな」

「そりゃ、こっちの台詞だ」

 言いながら、ランスは視線を素早く周囲へと走らせ様子を探る。かなみのいる気配はあった。だが、

「む……レイとメアリーはどこ行った? さっきので死んだのか? それともどさくさにお前が逃がしたのか?」

「レイならいない。サテラが来た時にはもう誰もいなかった」

「なに? 嘘をいってるんじゃないだろうな」

「嘘を言ってどうするんだ。レイがいないことはサテラにとっても大いに不都合なんだ。リトルプリンセス様の濃い力の気配を辿ってここに来たら、他の魔人の存在が確認されたから情報収集ついでに潰してやろうと思っていたのに」

「リトルプリンセス……そうか、やっぱりお前も美樹ちゃんが目的でここにやって来た魔人の一人か」

 ランスは刀を構える。それを見たサテラの眉が上がった。

「それは……聖刀日光。それにその口ぶり、お前はリトルプリンセス様についてよく知っているみたいね」

「美樹ちゃんならこの俺様が保護している。そんなわけだから命を狙うなんて無駄な行為はやめてとっとと帰るんだな」

「何か変な勘違いしてるみたいだな。サテラは別にリトルプリンセス様の命を狙っているわけじゃない。狙う奴らから守っている立場だ」

「守る? なんだそれは?」

「魔王が不在ということで今魔人領が二派に分かれていることは知っているな?」

「あぁ……確か……」

 とは答えつつもまったく記憶にひっかかるものがないので直ぐに側のマリスへと目配せする。それを受けたマリスは自分の知る範囲の情報を出してくれる。

「魔王を殺し、新たなる王になろうとする魔人ケイブリスの派閥と魔王リトルプリンセスを支持する前魔王ガイの娘、魔人ホーネットの派閥、ですね」

「そうだ。サテラはそのホーネット様からの正式な使者としてやって来た」

「今回も美樹ちゃんの護衛に来られたのですか」

 確認するように訊いたのはランスの手にある日光だった。その物言いから二人が知り合いの間柄であることが窺える。「今回も」という言葉には今まで同じく守りにきた事実があったことを示しているのだろう。
 サテラは一応首肯の形を見せた。

「……それもある」

「他にも何か?」

「ホーネット様のもとへ連れて行き、今度こそ魔王として覚醒してもらう」

 覚醒という言葉にランスの片眉が小さく反応する。

「美樹ちゃん本人は魔王になんかなりたくないって言ってるぞ?」

「もうそんな勝手が許されないとこまで事態は切迫してるんだ。ケイブリスの勢力は日に日に増して、人類領への侵略まで起きてしまった。もうホーネット様も抑えるどころか、限界に来ている。後何ヶ月ももつのかわからない。……だからこの事態を収拾するには魔王が覚醒するしかないんだ」

 語るサテラの表情に余裕はなく、声も低く硬い。
 ランスは対照的に軽くあしらうような余裕の笑みを貼り付けていた。

「生憎だが、そんな事情を考えてやる筋合いはこちらにない。美樹ちゃんは魔王にならん。帰れ」

「…………ランス、二度は言わないぞ。大人しくリトルプリンセス様をこちらに渡せ……! でなければ」

「……でなければ何だ?」

 もはや流れは決したも同然だった。
 互いに自分の都合だけを見て、ただ自分の要求のみ突きつけ、どちらも譲る気も妥協する気もない以上行きつく先は一つ。強圧的な手段にでるだけだ。
 果たして、こちらを見下ろすサテラの目はすうっと細まる。双眸の奥には燃えるような激情が垣間見えるが、その視線は決して熱を与えず寒気を帯びさせる。

「サテラの邪魔をするつもりなら、貴様をここで殺して美樹様を連れて行くまでだ」

「ふん。言葉で言ってもわからないやつには少しお仕置きが必要そうだな」
 
 見上げるランスは不敵な笑みで受けいれる。
 サテラは肩部から軽やかに飛び降りた。そして微かに首を捻り、ちらりと背中越しに後ろの石像へと振り向くと、

「シーザー、終わるまで下がっててちょうだい。こいつはサテラが殺すから」

「……ギョイ」

 岩の擦れる音とともに無機質で平坦な返事が返ってくる。ストーンガーディアンのシーザーは素直に命令に従い、ゆっくりと向きを変えてその場から離れた。
 それを見届けたサテラは、今度はリーザスの兵らに視線を移す。視線を受けたリーザス兵達は咄嗟に身構えるが、サテラは冷笑を浴びせてそれらを見下すと、指先をくいと動かした。
 すると、ランスとリーザス兵達の間を隔てるように光の壁が出現した。兵士達が慌ててそれを押したり叩いたりと行動するもビクともせず、完全にサテラとランスのいる領域から分けられ、遮断されてしまう。
 その結果に満足そうにサテラが頷く。

「お前らみたいな連中にサテラ達の真剣勝負に割り込まれたら、癪に障るからな」

 言いながら、対峙する相手であるランスへと意識を戻そうと振り返る。

「……さて、これで余計な邪魔は入らな……っ……!?」

 そこでサテラの言葉が詰まった。驚愕に歪む表情。ランスはそれをひどく間近に見ることができた。決闘のための環境作りに気をとられてるそれ自体が大きな隙だと見定めて飛び掛っていたからだ。
 
「もらったぁっ!!」

 相手の調子にわざわざ合わせる必要などない。仕掛けるは問答無用の速戦即決。それは動作にすら入る隙を与えずに叩く究極の先の先。
 ヒュンッ!
 風を切り裂くように銀光が刹那に駆け抜ける。
 だが――

「……ちっ!」

 舌打ちしたのはランスのほうだった。肉を切った手ごたえがそこになかった。顔を上げると、数歩先の位置に無傷のサテラの姿があった。紙一重で逃げられた。これで勝負を完全に決めるものと考えていたランスには不快しかない。

 対し、不意打ちを受けたほうのサテラのほうは寧ろ嬉しそうな顔をしていた。
 魔物の世界は弱肉強食の世界、隙を見せたものからやられ、躯を晒していく。サテラはそんな世界の住人だ。こういった命のやり取りならばむしろ望むところだった。手ぬるい攻撃なんか互いの立つこの場において必要ない。息を吸うたび、殺伐とした空気が味わえる心地よさ。戦闘狂の魔人にここまで高揚感を与えてくれる。
 ランスは、強い。その上でそんじょそこいらのつまらない人間とは明らかに違った姿勢でいてくれる。魔人相手にここまで豪快に振舞えるその胆力は何よりも好ましい。サテラはライバルと認めた男が期待通りの器量を持つ人物であることが嬉しくて仕方がなかった。

「そうだ。それでこそ、殺しがいがあるっ!」


 歓喜の叫び。そしてサテラの手が閃く。同時に黒い蛇のようなモノがこちらに伸びるのをランスは捉えた。

「っ!」

 僅かに反応の遅れたランスの耳元を擦過音がかすめる。
 ランスの右頬には紅いすじが滴り落ちていた。裂傷だった。その傷口を人差し指でなぞりながら、損傷の元凶を睨みつける。それは、漆のように黒く光沢のある細長い革紐。鞭による攻撃だった。
 サテラは腕を引き、鞭をまとめると再び振るう。まるでそこから弾丸が放たれたかのように鞭が一直線に伸びていく。
 ランスは反射的に身をずらし、それをかわした。鞭の先端はランスの脇をすりぬけると、強烈な破壊音を上げ、地面を抉る。そのあまりに重い一撃の威力にランスが驚きの声を上げるよりも前にサテラは追撃の手を打つ。
 さらに鞭が鋭い唸りを上げ、ランスに襲い掛かった。その瞬間、ランスは後方に避ける動作に入る。
 しかし、勢いよく飛び退いた時には、サテラの口が既に動かされていた。

「――――火爆破」

 動作の終点に合わせ、詠唱を完了させる。ランスの着地した場所から、爆音と共に灼熱の炎が燃え盛る。炸裂の弾みで体が宙を舞うものの、受身をとりつつ、地面に降り付く。
 灰色の粉塵が辺りを舞う。それが立ち消え、敵の姿を視覚が感じ取るより先にサテラの呪文を唱える声が耳朶を打った。
 ランスは顔を上げると、体勢を立て直して避けようとする。
 だが、サテラはそれを許さない。ランスの軸足を正確に狙い、鞭を水平に振るった。
 足元に立ち込める粉塵を裂くようにして現れたその攻撃は簡単には避けられない軌道だ。必然、それを避けようとすれば体勢に無理が出てしまう。
 そして確かな隙が生じてしまった。一流同士の戦いではそれこそ致命的とも言えるもの。
 サテラの唇の端が上がるのが見えた。ランスの頭が危機を訴えるが成す術が、ない。

「――――ファイアーレーザー」

 回避行動も防御行動もない。崩れたランスの無防備な体に高エネルギーの鋭い平行光線が貫いた。

「がぁっ!?」

 直撃を受けたランスの体が真後ろに吹き飛ぶ。受身もとれず何度もバウンドすると壁も打ち破ってそのまま何メートルも転がり、地面を滑る。

 近くで見ていた兵士たちのどよめきが大きく上がった。
 ランスの体は、ぐったりと力なく倒れ付したまま何の反応も見せない。
 その光景をじっと見ていたサテラの顔は変化することなく、まるで微動だにしない。瞳の色も全く変わることなく、眉すらピクリと動く様子もない。
 代わりに動いたのは腕。一瞬間のうち、鞭の先端がランスの顔面を目掛けて伸びていた。
 バシンッ!
 破裂にも似た高音。乾いた空気に響いた何かが砕けた音である。
 しかし――砕けていたのは、肉でも骨でもなく、地面に転がるただの小石だった。
 鞭が届く寸前でランスの体が逃げるように真横へと転がっていた。その回転の勢いを利用する形で、ランスが跳ね起きる。

「……案の定、生きているか」

 鞭を引き戻しながら、サテラが呟く。
 ランスは、先の衝撃で口内を切ったのか口に溜まった血の塊をぺっと吐き捨てながら、そこから立ち上がる。立つ足はしっかりしたもので、表情にも微かな余裕が映っていた。
 明らかにダメージが少ない。そのことにサテラは特に驚きを感じなかった。

「やはり、その聖刀とリーザス聖鎧の防御性能は並じゃないな」

 普通、人間が魔人の魔法をまともに直撃で受ければ、生きてはいられない。おそらく人として規格外の気力、体力を持つであろうランスと言えど、精々生を繋ぐのでやっとのはずだ。それがこうして無事立っていられるのは聖刀日光が攻撃を弾き、リーザス聖鎧がさらに攻撃を和らげたからだろう。
 かつて魔剣と聖鎧という似た組み合わせでやりあった経験上、サテラにはわかっていた。


「大丈夫でしたか?」

「ああ……」

 日光の問いかけに軽く頷くと、仕切りなおすようにランスは改めて身構える。切っ先を真っ直ぐに向け、攻撃態勢をとった。
 サテラもそれに対して応じるように、緩やかに構えなおすと、先手を打つべく鞭を走らせてきた。流れるように繰り出された攻撃。今度は先の直線的なものと変わり、うねる蛇のように変則的なモノだった。
 ランスは鞭が描く軌跡を見極めつつ、刀で弾く。纏わり付くように次々と攻撃を加えてくる鞭を迎撃していくものの、そればかりに気を使ってはいられない。こうして鞭を操作している間もサテラは魔法の詠唱をしているのだ。鞭の次には魔法がすぐ来るだろう。
 ランスの顔が苦みで歪む。
 一般的に、詠唱を必要とする魔法使いは単独での戦闘に向かないとされている。それは詠唱している間は、それに集中せざるを得ない為、必然的に無防備になるからだ。故に、戦士と魔法使いが戦えば、その勝敗は火を見るより明らかなはずだ。
 だが、サテラにその隙はなかった。呪文を唱えながらも、器用に鞭で牽制し、行動を制限する。鞭を掻い潜ろうとすれば、唱え終えた魔法に阻まれる。魔法を受ければ、再び鞭の追撃がやってくる。
 相手が魔法使いであるのに、戦士のランスは最初の奇襲を除き、近づくことが出来なかった。そして近づけなければ接近戦主体の戦士はどうしようない。ただ遠くから一方的に嬲られるだけになってしまう。
 完全に間合いを掌握されている。この絶対的イニシアチブは自分から攻め崩すには非常にやっかいなものでありそうだった。
 ならば、とランスはサテラを憎々しそうに睨みつけ、

「……ええい。遠くから自分だけばんばん攻撃しやっがて。卑怯だぞ!」

「ふん、馬鹿か。殺し合いに卑怯も何もない。このまま嬲り殺してやる」

「むか。多感症ですぐイっちゃう体のくせに生意気な口の利き方を」

「…………………っ」

 ランスの放った言葉に一瞬サテラのこめかみがピクリとひくつくのが見えた。

(釣れたか?)

 ランスはその反応に手応えを感じた。だが、サテラはすっと鼻から小さく息を吐いて見せると一瞬で目に落ち着きの色を取り戻してみせた。
 一切揺らぐことなく魔法の詠唱は継続されている。思う以上に冷静だ。ランスは内心で舌打ちを禁じえなかった。

(……ちいっ。挑発には乗らんか)

 気が短いサテラの性格を知っているからこそそれを利用し、あわよくば平静さを取り除き、彼女からの自滅を誘いたかったのだが結果は失敗。ランスがサテラの性格、性質を知るようにサテラもまたランスのそれをよく知っていたようだ。そして彼女の有利な立場が余裕と冷静さを与えたのか、即座に会話の目的を見抜かれた。もう相手にこれ以上会話に乗ってきそうな雰囲気はなくなっていた。
 戦況の不利さに変化は訪れなかった。
 心がじりじりと炙られ、じわじわとすり減らされるような不快感だけが積もっていく。
 ランスは防戦一方の展開にいい加減苛立ち、多少の被弾覚悟の突撃を考える。痛手を受けてもそれで自分の距離を得れば十分。魔人の魔法と言えど今の自分ならば二、三撃程度なら耐える自信があった。体を削りあうような戦い方は前衛戦士には慣れたこと。
 そう覚悟を決めて、ガードを解いて踏み出したランスだが、そこに、

「――ファイアーレーザー改」

 深紅の閃光が迸る。
 弾かれるように、軸足に無理やり力を加える。辛うじて、何とか、射線から身をずらせた。すぐ真横を通過し、鼻先を掠めた空気を焦がす臭いがランスの頬に冷や汗を伝わせた。
 今の魔法は、一点に集約された貫通力の高い攻撃だ。正面からぶつかれば無事ではなかった。
 出鼻を挫かれた。まるでランスの動きを読んだかのような正確な攻めに恐ろしいまでの戦闘の慣れが感じられた。

「く、くそったれがあ!」

 ランスは歯噛みして、柄を強く握りなおす。
 なおも鞭と魔法が縦横無尽に荒れ狂う。それらを捌き、弾き、受け止める。無数の攻防が交差していく。
 焦燥感が胸に満ちるランスの顔は険しかった。このままで行けば一方的な守勢の持久、耐久戦となる。
 普通の魔法使いであれば、消耗するのは確実に相手が先だから待つのもいい。だが、相手は魔人だ。耐久勝負をしかけられて勝てる相手ではない。それにあまりに時間をかけ過ぎるとあらかじめかけておいた付与が切れてしまう。そうなればこれ以上の苦境が待っている。いつまでも受け続けてはいられない。

(そもそもどうして俺様がこうも守勢にまわらなければならないのだ)

 ランスは胸中でぼやく。
 自分はマゾではない。あらゆる面で自分から強引に攻めていくことを好む人間だ。攻められ続けていてもまったく喜べないし面白くない。
 しかし、苦境を心中で嘆くも打つ手はとんと見当たらない。不用意に攻めようとすれば先のように叩かれるだろう。
 せめて今の離れた場所でも攻撃が加えられさえすれば、この状況が打開出来るのだろうが、生憎ランスはただの戦士だ。
 ランスの使用している武器は刀であり、矢や銃のように遠くの敵を攻撃出来ないし、魔法は無論使えない。
 ちらりとマリスらに視線を送ってみるが、援護も期待できそうな状況にない。
 必殺技”鬼畜アタック”を放てばここからでも衝撃波が届くかもしれないが、そもそもそんな大技を繰り出せる余裕があるなら苦労はしていない。
 精々、今ランスが可能な手で攻撃として届くのは、モノを投げ付けるぐらいだ。だが、小さな石ころなんて投げても無駄だろう。
 少なくとも聖刀ぐらいの凶器を投擲すれば、効果が見込めるのだろうがランスはそれを良しとしない。

(くそう、これがカオスだったら、迷わず投げ付けられるんだがな)

 いやらしい顔の剣がランスの頭に思い浮かぶ。仮にカオスであるなら迷いなく崖の上からでもぶん投げられるのだが、日光だとそんな雑な扱いはしたくなかった。
 他に何かないかと、隙を見つけては自分の周囲へと視線を走らせる。

(……なんだ。あんじゃねえか、いいのがよ……)

 目が留まったのは腰元。そこに在ったのは、日光とは異なるもう一振りの聖なる鋼の刃、リーザス聖剣だった。
 ランスは逡巡することなくそれを引っつかむ。襲いかかってきた鞭の攻撃を鞘から引き抜く勢いを利用して思いっきり弾くと、さらにそのままサテラ目掛けて投げ放った。

「くらいやがれっ!」

 白銀の長剣はその切っ先をサテラに向けたまま、真っ直ぐ矢のように飛んでいく。
 魔人にとって脅威の存在である日光のみ強く意識していたのだろう、予想外ともいえる攻撃手段の登場に一瞬だが対応が鈍りを見せた。
 王の宝剣とはいえ、普段の魔人にしてみればさして気にも留めない有象無象の剣の一つに過ぎなかったかもしれない。しかし今は、日光の所為で頼るべき結界を打ち消されており、その刃は十分通じるものだ。サテラも無視するわけにもいかず、軽く拳を握ると、迫る剣の腹の部分を正確に叩いて落とした。
 だが、

「ほら、こいつもおまけだ」

 さらに絶妙のタイミングをはかる様に鞘までぶん投げられる。鋭く回転しながら、飛来していくそれをサテラは防ぐことを諦めて、何とか横にステップしてかわす。
 かすることさえしなくても、ランスの笑みは消えなかった。狙いは当てることなんかではなかった。
 鞭と魔法の両立はその意識に多大な思考を割き、繊細な注意を払わなければ成立しない。普通の魔法使いが魔法の詠唱のみに専念しなければならないところを、サテラはさらに全く別の行動を体にさせている。故にそれを維持するには通常の魔法詠唱の何倍も難しい。だからこそ想定外の事態へ対応させることでその維持を阻害し、サテラの魔法への集中を散らす。

「くっ」

 サテラから苦鳴が漏れる。
 それを起点に動きに僅かな乱れが生じた。しかし、その僅かでも今は十二分だった。
 ランスの足が地を蹴る、その小さな突破口を目掛けて。
 マントを棚引かせ、疾走の動作を取った。
 サテラは急接近してくるランスを見て、慌てて鞭を引き戻すが、ランスはそれを撥ね退ける。
 ここで放たれるであろう魔法は先程遮られ、突進力を削ぐだけの攻撃魔法を一から組みなおすにはもはや時間がない。
 迎撃を諦めて、一先ずバックステップで距離を離そうとするが、ランスは許さない。
 猛然とただ最短距離を駆け、詰める。そして、遂に射程範囲内におさめた。

「捉えたぞ! 覚悟しやがれっ!」

 刀を振るおうとしたその時、

「ランス王!」

 日光の叫びが耳を突き刺した。
 同時、ランスの体にえも言われぬ怖気が走り、反射的に刀を横にひいた。
 ガギッ!
 日光とサテラの足が交差した。
 訪れた影と音でようやっと気付くに至る。サテラから死角をつくような蹴りを放たれていたということに。
 長い苦戦の果てに手にしたチャンスに食いついて気がでかくなったそこを密かに狙っていたのだろう。日光の導きと生きるために体に染み込んだ防御本能である盾技能がなければ間に合ってなかった。
 しかし、間一髪でも必殺の一撃を防げたのは大きい。蹴りを止められたサテラ、蹴りを放たれたランス、互いに驚愕からの復帰は同時。それでも、そこからの動きに明確な差が存在する。
 ランスは流れるような動作で鋭い突きを繰り出す。サテラはとっさに身をよじるが、日光は彼女の脇腹を突き、皮膚を削り取る。
 聖刀の刃による裂傷に血が滲み出す。痛みによって怯んだ隙はランスの反撃の合図だった。そこを見逃すことなく畳み掛ける。
 突いた刀を即座に引き、腰を回すように平行に横なぎに振るう。
 避けることは難しいと判断したサテラは、ただダメージを抑えることを念頭に置いたのか、対衝撃用の障壁を貼ることで何とかランスの斬撃の威力を殺そうとする。
 激烈な攻撃がその境界面にぶつかり、ギシギシと震動音を立てる。さらに障壁を重ね掛けし、強度限界を増そうとサテラは試みるが、ランスは粉砕するように叩きつけ強引に壁をこじ開けようとした。
 遂に刃が貫通し、破れた先から刀がサテラの顔目掛けて近づく。サテラはそれを、どうにか首を振り、避ける動きをとった。頭部スレスレを通過する刃が毛先に触れ、髪が数本刈り取られていく。首に相当力を入れているようだが、それでも耐えがたいように固く震えているのが見えた。
 ランスは追撃の手を緩めることなく瞬時に次の動作に移った。
 刀を振り上げるのを見て取ったサテラは、それが振り下ろされる手前で相手の腕を押さえようとする。
 しかし、ランスのそれは勢いよく斬りかかると見せかけたもので、空いていた右拳に力を籠めると、彼女の無防備な脇腹へと一発叩き込んだ。

「がっ、ふ……」

 なおも烈火のごとく矢継ぎ早に攻撃を仕掛けるランス。得意の間合いで自分の力を振るえる。これほど爽快なことは無い。まるで水を得た魚のように生き生きと動けた。
 サテラは苦悶の表情を浮かべる。有利不利が逆になった今、向こうも必死にこれを覆すべくこちらの勢いを断とうと仕掛けてくる。向かって来たのは鋭い手刀。
 
「っ! おおっと」

 ランスは腰を低く落とし、身を沈ませる。位置の下がった頭の上を手が掠め、通過する。
 開いた体勢を作ったサテラに対し、低い体勢からランスはタックルをかます。それをまともに受けると、「ぐっ」と短い苦鳴を漏らすとともに彼女の体が後方に倒れるように下がる。ランスはさらに強く前へと踏み込む。収縮状態の力を一気に解放し、弾むように地を蹴り押して短く跳ぶ。相手の懐深く身を潜らせ、叩きつけるように日光を振り下ろした。
 刀身がサテラの左の肩口を縦に大きく裂く。上半身が仰け反り、鮮血が派手に飛び散った。

「ぐ、ぁ」

 傷口を押さえサテラは呻く。左腕が力なくだらりと垂れ下がり、紅く濡れる。
 遠距離がサテラの支配する戦闘世界ならばこの至近距離は完全にランスの支配化の世界だった。後は成す術もないサテラ、そしてランスはまだ止まらない。
 歯を食いしばって、さらに一歩前へと進む。

「ラーンスアタァーーーーック!!」

 手から放たれたのは、渾身の一撃だった。
 サテラは迫る危機に反射的に防御行動をとった。体を庇うように束ねて左右に引っ張った鞭を前に出す。
 斬撃を受け止めるように強く撓る鞭に振り下ろされた刀がぶつかり、鋭い音を発する。
 ギリッ……!
 結果は見えていた。
 ランスが放ったのは、全体重に闘気を上乗せして放つ自慢の必殺の一撃。そんな苦し紛れの防御まるごと捻じ伏せる。
 青白き波動が二人の間を埋める。圧倒的な力に押される形で鞭が軋みを上げ、鞭を持つ手が、腕が折れ曲がり、肩からは血が噴き零れ、サテラの体があっさり傾く。
 そのまま膨大な力がぶつかる衝撃の勢いでまるで撃ちだされた砲弾のようにサテラの体は大きく吹き飛んだ。その勢いは庭に植えられた木が受け止めることでようやく止まり、サテラの華奢な体が地面にずるりと落ちる。
 そこまで見届けるとランスはまだ手応えの残る柄を握る手を緩め、構えをゆっくりと解いた。

「流石俺様、最強。今更、魔人の一匹やそこら、敵ではないな」

 日光を鞘に収め、傲然とのたまう。序盤の苦戦などもう忘れた話だ。

「がははははははははは」

 勝利の余韻に浸るようにランスの高笑いが響く。

「さーてと、……それじゃ勝利者の特権を頂くとするぞ」

 愉しそうに言うと、ランスは手をわきわき動かしながら、意気揚々とサテラのもとへ歩み寄っていく。
 だが、その時、パラパラ……、と土埃の払い落ちる小さな音を耳が捉えた。

「……………………」

 ランスの視線の先――
 そこには膝をつき、両手をついても、ふらふら起き上がろうとするサテラの姿があった。
 ぐらりと斜めに体が揺れながらも、サテラは二つの足で立つ。

「…………ま、まだだ……」

 ぐしゃり、と血で湿った音が響いた。漆黒のボディスーツは所々破けており、露出された肌は流れる血で赤く染まっている。緋色の髪を乱しながら、それでも彼女の緋色の瞳の強さは少しも揺らいではいなかった。
 なおも立っていられるのは、偏に不死者たる魔人の生命力によるものだろう。
 とん、と日光を肩に預けながら、ランスは呆れたように息をつく。

「何言ってんだ。どう見てもお前の負けだろ」

「……まだ、負けてない」

「おいおい、いくら死ににくいからってこれ以上無理はよしやがれ。いくらなんでも俺様はきっちり殺す気なんざないぞ」

 しかし、サテラは聞かない。
 戦闘を継続する意思を示すように、一歩、弱くも踏み込む。

「負けて、ない。負け、られない。魔人が……魔人のサテラが人間のお前なんかに負けるわけにはいかないんだ」

 意地だ。ランスには理解できないことだが、魔人という絶対の種としての意地があるようだった。
 戦意は少しも衰えていない。それどころか彼女から滲む闘争本能は異常な高まりを見せていた。
 宝玉めいたルビー色の双眸が強く輝いている。炎のごとく激しく揺らめくは強靭なる反抗の意思。

「ランス! サテラは全てをかけて、全てをぶつけて、お前に勝ってやる!」

 純粋にして獰猛な闘争欲をのせて叫びをあげる。続けて滑らかに口を動かし何かを唱え始める。
 
「ちいっ!」

 戦闘体勢に戻ったランスはそれを黙らせるべく、日光を引き抜いてもう一度サテラのもとへと向かう。
 だが、詠唱が短く済む魔法だったのか、ランスがたどり着くより早くにサテラは唱え終える。それでもランスは浮かべる余裕の笑みを崩さなかった。
 詠唱が短いということは大した魔法ではない。回復魔法だろうが、防御魔法だろうが、ましてや下級の攻撃魔法など恐れるに足りず、ランスの接近を阻むものではない。
 あと少し詰めれば、ランスの刀が届く距離だった。
 しかし、ランスが刀を振るう直前、

「――――局地地震」

 ガゴッ!!
 震動が駆け抜け、ランスの踏み込む足が揺れる大地に翻弄された。

「おっ! おわわ!?」

 確かにランスは大したダメージは受けることはなかった。だが、蹈鞴を踏み、揺らぐ地の上で何とかバランスを保つのに苦心する破目になる。
 その稼いだ間でサテラはさらに動く。

「…………………」

 唇を薄く開く。同時に青白い燐光を纏わせながら手を振るった。そこから空気が凍る音がした。
 見ると、サテラの足元に広がる土が剥き出しの地面に巨大な氷柱が突き刺さっていた。次第にそれは、地中に沈みながら溶けていく。
 荒れた地表は水浸しになり、大小無数の水溜りが出来上がっていく。じめじめと土と混ざり、泥へと変貌していくとそれは沼地のようになっていった。
 サテラは、その感触を確かめるように指の腹を泥に触れさせ、そこから這わせる。

「…………まあまあの土といったところか」

 すると、今度は混ぜるように手を突っ込んで動かし始める。ランスはそれらの一連の行動が何なのかわからず、怪訝な顔つきになった。

(よくわからんが、何にしてもここで叩き伏せる)

 ぼうっと行動を見守ってやる理由はない。ランスは体勢を整えると再びサテラに接近を試みる。
 ランスが前へ出ると、その踏み込みに合わせたようにサテラは踵で地面を軽く叩いた。すると、泥の地面が突き上げるように大きく隆起し出し、土の壁が進路を阻むように高々と聳え立つ。
 ランスはいきなりのことに思わず後ろに飛び退きそうになるが、それを押し留める。障害に対して退いてしまっては、攻撃の流れを止めてしまうと経験レベルで深く理解している。
 しかしながら、ここで上を飛び越えて行くには、目の前の壁はどうにも高すぎる。左右どちらかに避けて通る選択肢も瞬時に浮かぶがそれも捨てさる。
 ここは勢いを殺さない。あくまで、正面突破。むしろ邪魔する壁ごと後ろのサテラも切る。
 大胆にして果敢な攻撃的判断を下し、ブレーキを少しもかけずに刀を袈裟懸けに振るう。
 泥の壁は切り裂かれた。しかし、サテラはそこにいなかった。さらに先。彼女は既に数歩後退していた。
 その後を追うようにランスは踏み込もうとするが、ここで奇妙な違和感に気づくことになる。
 不意に足裏に柔らかい感触が纏わりついていた。
 思わずランスは下を見てみると、いつのまにか泥の沼の領域が足元にまで広がっていた。まるで沼に引きずり込まれるようゆっくりと足が泥に沈んでいっていたのだ。

「うおっ! 俺様の高いブーツが泥まみれに!?」

 慌てて脱出しようとするが、中々足が抜け出せない。片方の足をぬこうとするともう片方の足が深みにはまっていくのだ。いつぞやに受けた志津香の粘着地面のようにしつこく足に絡みついてくる。
 そうしてランスが戸惑ってる隙にサテラは地面の泥を掬い上げると、それを手で捏ね始める。細く細く引き伸ばしていき、さらに先端を鋭く尖らす。

「ふふ。この魔力を込めて出来た粘りけのある土はな、水を含むと柔らかくなり、形を自在に変えることが出来る。反対に火で熱せば固まり、その形が保たれる性質がある」

 サテラは喋り続けながら、ゆっくりと捏ねあげたものを魔法の炎に当てて形を完成させる。
 出来上がったのは、土で作られた槍だった。それも身長の倍はあろうかという長槍だ。滑らかに仕上がっているのをまず確認すると、小さく揺らしながらその切っ先を向ける。
 だが、ランスはそれを見ても余裕の表情を崩したりはしない。そんなもので自分が優位を覆されたと到底思えず、鼻で笑う。

「……おいおい。何かと思ったらお得意の泥遊びかよ。そんなままごとの玩具みたいなもんで何しようってんだ」

 身動きがとれないという不利な状態ながらもあくまで強気であり、サテラに挑発的な言葉をぶつける。

「この槍は硬質化の魔法がかけられて並の槍の強度など話にならない……まあ、お前には口で説明するより直接体に教えたほうが早いな」

「ふん。第一な、それ以前にそんな体でまともに武器を振るえると思ってんのか?」

 サテラの体のダメージは深刻で、切られた肩、そして折れた腕を激しく動かすことは難しい。鞭はもとより他の武器を使用してもランスに対する致命傷を与えられるようには思えなかった。
 長く重い槍など特に扱い辛く、貧弱に振るわれたところで戦士に通用しようはずもない。
 サテラも理解しているのか軽く頷き同意する。

「確かに……これじゃ、まともに扱うことも難しいし、投擲すら満足に出来ないだろうな」

 だが、と後に続ける。

「こうすれば、問題はない」

 言うと、サテラは土の槍を魔法で浮遊させる。そして、再び魔法を詠唱しながら、浮遊した槍をランスに向けて動かすと、

「――――高速飛翔」

 呪文が槍にかけられると同時に槍が加速を増しながら、飛んでいく。

「なっ!?」

 思わずランスは目を剥く。
 尋常じゃないスピードで槍は己を目掛け向かって来て、間が急速に狭まっていく。
 矛先をかわそうとその場から逃れようとするが、足場の泥が邪魔するようにうねり、さらに足を絡めとる。そこで足をとられ、バランスを失ったランスは前のめりに倒れそうになった。
 一声漏らして咄嗟に突き出してしまった手を覆っている手甲部分に刺突が当たったのはほとんど偶然だった。

「あ、あぶねぇ……」

 そして突き刺さった槍はこちらが利用出来ないようにするためか勝手に自壊していった。

「相変わらず悪運は強いな。だが、次は防げるか?」

 サテラが詠唱とともに手を動かす。すると泥沼は泡立ち、跳ね上がる泥の玉が宙へと巻き上げられていく。

「っ。今度は何をする気だ?」

 ランスは険しい顔で上空のその様子を仰ぎ見る。
 泥はなおもどんどん舞い上がっていった。浮遊したそれはゆっくり動いていくと集まって、泥と泥は重なり、くっついては結合していく。
 それらが何度も繰り返され、雪達磨式に膨れ上がっていくと、遂には巨大な泥の塊が完成していく。
 簡単に言ってしまえば泥団子。だがその大きさは並じゃない。直径数メートルはあろうかという巨大な土塊は丁度真上の角度に位置するように移動し、その大きな影がランスを覆う。
 重厚な威圧感に飲まれるようにぎくりとランスの身が固く強張った。
 この後、これがどう自分を襲うのかその未来は簡単に予想できる。少し前に似た光景を目にしたばかりだ。
 ランスは何とか逃れようとするが。足元の泥が執拗に絡み付き、自由を奪われている。

「お前は足をとられてそこから一歩も動けない。そこに真上から体よりもずっと大きな塊が降ってきたらどうするだろうな……?」

 サテラは嗜虐的に唇の端を吊り上げる。そして、緩慢に手を天に向け、

「……落ちろ」

 パチン
 浮遊の魔法が解かれた。途端に巨石は大地に急降下し、視界いっぱいに迫る。一直線の落下行動。高度がぐんぐんと下がるごとにそのスピードも増していく。
 ランスは眉間に力を籠めた。日光を振りかぶり、ぎりぎりまでひき付けて、溜めた力を瞬間にぶつける。

「ぐっ!?」

 体一つで、重力加速度の加わった巨石の勢いを受け止める。衝撃で腕が痺れ、支える足は足首まで泥に沈み、膝は震えが止まらない。
 メキメキと全身から軋む音が聞こえた。体の芯から直接耳に響いている。ただの一息の間で無茶な酷使を強いるような使い方をしたために肉体が悲鳴を上げているのだ。
 全身の神経に焼ききれてしまうような痛みが走る。付与魔法の強化がなければとてもではないがもたない。

「お、おおぉおぉおぉぉぉ!!」

 裂帛の気合と共に力を振り絞り、押し寄せる巨石の軌道を強引に逸らす。押して、押して、強引なほど力ずくで押す。
 巨石は力の加えられた方向に運動の向きを変え、そのまま落ちた。
 ズ………ッ! 地面への落下の轟音と共に塊は泥の沼へと沈み、同化するように溶けていった。

「ぐぅ、くっ……」

「……ほぅ」

 両者は、苦悶、感心と対照的な息を吐く。
 ランスとしては圧死は免れたが、体に与えられたダメージは大きい。しかし、相手は安心する時間すら与えてはくれない。
 サテラはうっすらと笑みを貼り付けたまま、次の攻撃の手に移っていた。
 泥の塊を一つ掬い上げると、指で強く弾き飛ばした。そこからまるで散弾のように放射状に泥の飛沫が飛ぶ。それらは乾き、固さを取り戻すと無数の褐色の礫となり、ランスへと襲い掛かる。
 まともな防御をとる間も無く、小さな土片の豪雨をまともに浴びる。嵐のように一気に駆け抜けたそれは、疲労が溜まって緩んだ手足の筋肉に容赦なく突き刺さり、肌を切り裂いていく。直撃を受けた額は割れて、血で顔が赤く染まった。

「か、はっ」

 呼吸が一瞬止まり、グラリと体がよろめく。前のめりになり、日光を杖のようにつきそうになったところでそれを必死に拒む。意地が、矜持が、何とか体を弱弱しくも支え、堪えることが出来た。
 それでも少し動くだけで駆け巡るじくじくとした鈍痛にランスの顔が酷く歪む。眩暈を抑え、瞼にかかる血を手で拭うと、左右にブレていた視界のフォーカスを修正する。
 開けた視野を前に向けて捉えたのは、こちらへとゆっくりと近づいてくるサテラの姿だった。彼女は自身の足を動かして歩を進めているわけではなく、足元の泥が波のように動くことで、全身が真っ直ぐ滑らかに運ばれていた。するすると移動していき、泥は少しも跳ね上がることがない。
 ランスは次に相手が何を仕掛けてくるのかと注意を払いながら見据える。
 やがてサテラがランスの間合いにまで接近してきた。不用意にも棒立ちのままでだ。そんな挑発しているような彼女に向けてランスは日光を横薙ぎに振るった。
 それに対し、少しも避けようとする動作をサテラは取ることはしなかった。しかし、その攻撃は腕の表面でただの傷一つつけることなくあっさりと停止する。
 サテラが落ちついていたのも当然だ。ランスがしたのは、明らかに悪あがきのようなものだった。ただでさえ痛みで満足な身体状況でないところに加えて足場が不安定な状態で膝にも腰にもしっかりと力が入らない。これでは腕の力のみでただ振っただけの死んだ斬撃だ。そんな一振りがサテラのはっていた魔法障壁を破れる威力を持つわけが無い。

「クソッたれ!」

 今度は思いっきり前のめりに倒れこむように拳を突き出す。しかし、壮絶な音が響くのと共にサテラの顔の手前で攻撃は停止してしまう。どれだけ力を込めようとしても拳がギリギリと震えるだけで、そこから少しも距離が縮まらない。
 サテラの怪我や疲労の状態からして一撃でも上手く入れば、恐らく意識を奪えるはずである。
 後一撃、後一撃だとランスは胸中で奮い立たせるように呟くが――遠い。相手の浅く短い息遣いすら聞きとれる距離だというのに、ただの後一発いいのを当てればおそらく終わるのに、ランスにはその距離がひどく遠いものに感じられた。
 既に立場は五分どころか劣勢に置き換わってしまっていたが、それでもなおランスの心を諦観の色は少したりとも染めることはなかった。歯の間から低い唸りを上げて、獰猛さを宿した瞳で睨め上げる。隙あらば噛みつこうとさえした。
 サテラは攻撃を適当に受け流しながら、嘲りも蔑みもないただの小さい笑み浮かべていた。そのままランスを近くで暫く眺めていたかと思うと、

「気が変わった」

「あん?」

 疑問符を浮かべるランスに向け、彼女は意外な一言を発してきた。

「ランス、サテラの使徒になりたくないか?」

「…………何だと?」

「お前には恥をかかされた恨みはあるし、なによりイシスの仇でもある。殺してやろうとは思ったが、それよりもサテラの下僕として延々こきつかってやるほうがきっと面白い。サテラにここまでさせた実力もあるからきっとこの内乱における大きな戦力にもなるだろうしな」
 
「………………はっ」

 それを思わずといった感じで鼻で笑ってあしらう。

「くだらん。俺様は誰かの配下におさまるつもりはないし……第一、何勝った気になってやがる。この後お前はすぐ逆転されて俺様のハイパー兵器であへあへとイく羽目になるんだ。むしろお前が今、謝ったほうがいいぞ」

 臆面もなく言ってのけた。
 サテラは特に気分を害した様子はなく、愉しげな表情のまま続ける。

「まあ、お前にも意地があるだろうしな。ちゃんと最後まではつきあってやる。徹底的に瀕死の状態にまでもっていって、死の淵から蘇った時、お前は晴れてサテラを主人と認めて従僕となるんだ」

 サテラは上空高くに浮かび上がった。そこで瞑目すると意識を統一しながら、呪文を唱えていく。
 朗々とうたうは不吉な文句。明らかに今までの魔法とは別格であった。
 詠唱の片手間に鞭を振るうことなど出来ないような高等な魔法。ただそれのみに深く集中し、神経を研ぎ澄ませ、詠唱を完成させていく。
 サテラを中心とし、周囲に凶悪な魔力が一気に膨れ上がる。同時に気温が急激に上がっていく。
 ランスは場に起こる変化に威圧されように息を呑んだ。殆ど反射的に何が起こっているのか悟る。

(じょ、冗談じゃねぇ)

 ランスの顔はひどく引き攣っていた。現在、サテラが詠唱している魔法には聞き覚えがあり、それがどれ程の威力を持っているのか直に目にした経験が過去にあった。
 サテラは残りの自分の体力がそう長くもたないと判断し、彼女の最高最大の技をぶつけてここで一気に終わらせるつもりなのかもしれない。
 サテラの魔力から溢れるように発せられる熱の所為かそれとも高まる緊張感の所為かランスの唇がひどく乾いていった。知らず、ごくりと飲み込んだ唾が干上がった喉を微かに湿す。
 ゾクリと全身が粟立ち、生存本能が強く警鐘を打ち鳴らしている。ここで何とかせねばならないのは理解してはいても、止める手立ても逃げる術もない。

「来ます! ランス王、息をしっかり止めてください」

 気配を読んで叫ぶ日光から淡い光が漏れ、ランスを包み込んだ。
 覚悟を決めたランスは息を急いで大きく吸い込み、反対にサテラは小さくゆっくりと息を吐いた。

「――――ゼットン」

 両手が翳された瞬間、紅蓮の炎がサテラとランスの間の空域を抉るように舐め尽した。その暴虐な火勢に瞬く間に体を飲み込まれる。
 視界が隙間なく真っ赤に埋め尽くされる。まるでランスの存在を潰すように暴力の塊が圧しかかる。全身に耐え難い苦痛が襲い掛かり、意識が一瞬飛び掛ける。

「っ! ランス王、気をしっかり持ってください! 魔法への抵抗は、肉体ではなく精神によるものです!」

 日光の一喝がランスの意識を何とか留める。

「ぐぅ……っ」

 尚も理解を超える炎の蹂躙が容赦なく続く。風の流れを起こす空気そのものを巻き込むように食らい、大地の泥の水分を根こそぎ奪いつくし、赤の世界では視覚も聴覚も機能をなくす。
 既にランスのブーツは、耐え切れずに溶け始め、その所為か嫌に焦げる臭いだけが鼻につく。
 全身の肌を襲うは、皮膚を剥ぎ取られるような感覚。
 それでも、灼けつくような熱さと痛みを何とか堪えるように、気を保たせるとそれに呼応するように日光が光を強くする。血が巡り、脳が活性するのがランスに感じられた。抗魔力が高まり、脳への魔力の干渉が和らぐことで、周囲の火勢が次第に弱まり、その光量、熱も引いていく。
 炎が収まるとともかくランスは新鮮な空気を求めた。
 深呼吸をし、必死に酸素を体内にとりこもうとするが、辺りの空気は薄く、圧迫されていた内臓もうまく機能していない。満足にかき集めることも出来ず、口がパクパク動いてるだけだ。
 炎魔法の後遺症か、頭蓋の奥から火のような熱が発せられている。ズキズキ痛むこめかみがひくつく。視界が未だチカチカと明滅を繰り返す。
 顔色青く、苦しげな表情を張り付けたランスにむかってサテラは優しげに声を掛ける。

「苦しいか? なら、すぐだ……すぐに終わらせる。一瞬で死の淵だ。そこからサテラが直ぐに引き戻してやる」

 本当に僅かに瞳を細くして笑みを刻み、

「お前が次に目を覚ました時、使徒に生まれ変わるんだ」

 荒い息を整えてからサテラが詠唱を始めると再び大気の流れが変わる。サテラを中心として空気が渦のように流れ、攪拌していく。おかげで渇望した酸素がランスの口にも入ってくるが、苦悶の表情はそのままだ。
 逃げなきゃやられる。だが、脛半ばまで地面に埋まった足は縫い付けられるように固定されている。ゼットンの高熱によって完全に泥が固まってしまったのだ。
 いくらなんでもこのまま二度も同じような威力の魔法相手に耐える自信もない。仮に耐えたとしても未来はない。
 しかし、何も満足に出来はしない。ただただ思考が空転し続けただけだった。
 せめてもう少し時間があればとも思う。もはややれることと言えば祈るよりほかない。

(失敗しろ、失敗しろ、失敗しろ、失敗しろ)

 重傷を負うサテラが魔法の詠唱をしくじってくれるというアクシデントに一縷の望みをかける。
 ここで魔法を受けることなく時間が出来ればランスにはまだ未来が繋がる。しかし、その願いもむなしく詠唱は終わりに向かう。
 そして、その絶望の言霊が無慈悲に紡がれようとする。

(くう……失敗しやがれえっ!!)

「――――ゼッ……」

 赤き光が一気に眩さを増した。


「やめなさい、サテラ」

 だがその時、突如現れた何ものかの声が場に割り込んだ。

「……トンっ!?」

 予期せぬ闖入者の声に反応したサテラは手元の照準を狂わせた。見当違いの方向へ魔法がずらされて飛ぶ。軌道がそれた炎の塊はその声のもとに向かっていった。
 空気が爆発し、轟音が鳴り響く。
 しかし、空が赤に、炎に包まれることはなかった。そこを中心に熱をもった烈風の渦が魔法を吹き飛ばすように広がると火炎は霧散し、立ち消える。
 空中に飛散した火の粉がちりちりと舞い、ゆらゆらと陽炎が揺らめくその奥で声の主は、金に煌く髪が風に靡かせ、平然と佇んでいた。直撃の被害はまるで見当たらなかった。

「なっ!?」

 サテラは唖然とする。その目の前で起きた現象にではない。そこから現れた影の正体に驚愕し、目を見開いて息をのんだ。

「ハ、ハウゼル?」

 困ったような表情を見せている同僚の姿がそこにはあった。

「貴方の帰りが遅いから心配して様子を見にきてみれば、一体何をやっているの」

「何って……」

「…………サテラ、人間と争うことはホーネット様に固く禁じられていたはずよ」

 それは、人間界に来るときに盟主と交わした約束の一つだった。
 サテラも忘れていない。だからこそ、言葉に詰まった。

「ぐ……これは、でも!」

「サテラ」

 ハウゼルは静かで、それでいて強い口調でサテラの言葉を切る。
 有無を言わせない調子にサテラはむすっと不満げになりながらも押し黙った。
 盟主の言いつけは絶対だ。さすがにサテラも自分に非があることは自覚している。ばつが悪く、視線はハウゼルに向けられずに、別の方向へと自然向けてしまう。
 そこで、サテラは何かがおかしいことに気付くに至った。

(っ!? ランスは!?)

 泥に繋ぎとめていたはずだった。なのに視線を戻した場所にはその存在が無い。
 探そうとした瞬間、視界の隅に大きな影が差し込んだ。

「……なっ!?」

 サテラは振り向いて、そこで絶句した。目に映ったのは、自分が封じていたはずの男。ランスが刀を振りかぶって肉迫していた姿だった。

(な、んで!?)

「今度こそもらったぁっ!!」

 まるで巻き戻したかのように最初と同じような光景が広がっている。
 目の前で起きたあまりの予想外の状況に全く理解が及ばない。それでも、思考が硬直しても、普段の状態であれば、体が勝手に動いてくれるはずだった。だが、今のダメージと疲労の蓄積しすぎたこの体は、あまりに動きが鈍く、無反応を貫くだけだった。


「超スーパーランスあたーっく!!」

 高々と舞い上がった後の落下運動とともに放ったその力任せの一振りは、障壁を突き抜けた。ゴンッと鈍い音が炸裂。流石に殺すつもりはなかったためにサテラの脳天へと叩き込んだランスの一撃は峰の部分だった。
 ランスはそのまま着地の動作もとらず、体をサテラにぶつけると、押し倒すように一緒に倒れこんだ。地面の泥は柔らかくなく、ゼットンの熱の所為で固められていたのか、ひどく硬い感触を受ける。
 サテラの顔を覗いてみるとそれで頭を強く打ったのか、それともその前にすでに失ったのかはわからないが、意識を手放していた。
 戦闘の幕が切れたのを確信し、ランスは疲れを抜くようにそっと息をつく。

「ふ。やはり最後に笑うのは俺様だったようだな」

 鼻を膨らませ、自信満々に勝ち誇る。ランスは一頻り笑い終えると、今度は一転して顔を顰めはじめた。

「……しっかし、何だな……。こいつ体中血でべちゃべちゃだぞ」

 強力な魔法の反動か、サテラの傷口はランスが切った時よりもさらに広がり、地に倒れた際にかなりの量が噴き零れていた。全身血まみれで赤くないところを探すほうが難しい。
 当然密着してるランスにも血はかかり、その湿った感覚と鉄臭さの不快さに眉根を寄せる。

「凄い量だな……。まさかこのまま死んだりせんだろうな?」

 サテラの胸部にランスが耳をぐりぐり押し付けていると、日光が疑問に答えた。

「それは大丈夫だと思います。魔血魂にさえならなければ魔人はその不死性の通り、死ぬことはなく体は自然に回復していきます」

「なるほど。きっちりとどめをささず、手加減してあげた俺様はさすがだな」

 サテラが大丈夫だということがわかるとランスの意識は別の関心事に移る。
 じろりと眼球だけ動かして、視線を送った先には戦場の闖入者が呆然と立っていた。傍で見ていた彼女はいきなり起こった事態に理解が及ばないようで、なおも目を瞬かせていた。

「……………………で」

 ランスは一区切りおいて、目線を相手の足元から顔まで滑らせると、

「一体君は誰なんだ?」

 取りあえず誰何してみる。相手が人間に見えない容姿であることやサテラの攻撃をとめたことに対する疑問は湧くが、あくまで美女に対する純粋な興味からの質問だった。
 問われた女性は一瞬迷いを見せていた。サテラと話していたことから味方だろうとは察することが出来る。場合によっては言葉ではなく力を返されることも予想していたが、相手は穏やかな対応をとってくれた。

「私は、ラ・ハウゼル。そちらのサテラと同じく魔人と呼ばれる者です」

 素直に素性を伝えて対話の意思を見せる。見た目通りと言うか野蛮な気質はもちあわせていないようだった。
 ランスは一先ず安心すると、サテラに覆いかぶさったまま自己紹介を返した。

「ラ・ハウゼルちゃんか。俺様の名はランス。この国の偉大なる王様であり、最強の英雄ランス様だ。君みたいな女性には忘れられない最高の名前になるに違いないから覚えていて損はないぞ」

「王……と仰いますと、貴方はリーザス国の王様でしたか」

「うむ。高貴な王だからといって緊張することはない。可愛い子ならいくらでも近くに寄ろうと構わんからな」

 むしろランスとしては是非もっと近づいてほしいぐらいだ。可憐な容貌、たおやかな体つき。全てがランス好みの容姿だった。
 と、彼女をたっぷりねっとり舐めまわすように見ていてふと頭にひっかかったことがあった。

「……それにしても、なんだか君はよく見るとあのサイゼルとかいう魔人に似ているよな」

「! 姉を知っているんですか!?」

 その言葉に顔色が変わり、ハウゼルはランスへと寄ってくる。

「お、おう。姉ってことは何だ、姉妹だったのか……。知ってるも何も、サイゼルならゼスでちょっとおいたが過ぎていたからな俺様が懲らしめてやったぞ」

「……え? で、では、もしかして、貴方がゼスで魔人を……」

「がはは、俺様の邪魔をしやがった魔人どものことを言ってんならちょちょいと片付けてやったぜ」

「そうだったのですか……貴方が……」

 すると、その場でハウゼルが深く頭を下げた。

「……これは申し訳御座いません」

「ん?」

「姉が人間領に侵略したことは知っています。御迷惑をおかけしたことをサイゼルに代わりお詫びします」

「? 何で謝るんだ? というか君はサイゼルの妹だろ? 君も人間領に攻め込みに来たんじゃないのか?」

「……いえ。私達姉妹は現在それぞれ違う陣営に属しているんです」

「ほう? それはつまり、あれか、君はこのサテラと同じ陣営でサイゼルの奴が敵の陣営にいるってことか」

「はい、そうなりますね……」

「ふーん。じゃあ君は別に人間を襲いにきたわけじゃないと…………て、待てよ……」

 ランスはそこで思案顔になると、

「サテラと同じってことは、君も結局は美樹ちゃんを力ずくで奪いに来たってことじゃないか?」

 双眸を鋭く細めて、詰る。敵意を浴びせられたハウゼルの顔には困惑の色が浮かんでいた。

「え? 待って下さい。美樹様を力ずくで奪うって……?」

 不可解そうに呟いているが、それはランスの耳にはほとんど届いてなかった。

(くそう。また敵じゃねえか。思った以上に美樹ちゃんを保護したのはまずかったのか?)

 立て続けに魔人がリーザスがやってくる状況に若干自分の選択に後悔の念を覚える。だが、起きてしまった以上もう栓無きことだ。今はともかくこの苦境を上手く切り開くべく動かなくてはならない。
 思考を切り替えるが、単純に考えれば勝ち目はほぼない。
 サテラに濡らされた血とは別にランス自身から血の珠や筋が滲んでおり、日光を握る手も小刻みに震えを帯びている。全身を絶えず激痛が駆け巡っており、実は全くと言っていいほど動けない。戦闘などしても結果は火を見るより明らかだ。
 となると、手は一つ。

「おっと変な動きは見せるなよ。こっちにはサテラがいるんだ」

 人質作戦。牽制気味に日光をサテラのほうに動かしてみる。これだけでも今のランスには相当な重労働だ。しかし起死回生の策と信じて心中必死に、見た目は余裕を装ってやった。
 
「大人しく手に持っている武器を捨てろ。それと服も全部脱ぐんだ。出来ればエロく」

 無力化しようと端的に要望を突きつける。しかし、ハウゼルは反応しない。
 まさか可愛い顔して仲間だろうが切り捨てる冷酷非情タイプだったのだろうか。読み違いを恐れたランスの背中に脂汗が血に混じって流れていく。

「き、聞こえなかったのか……武器を捨てろと」

 改めて声を絞り出すが、甲斐なく、相変わらずハウゼルはこちらに視線をくれてない。まるで別の何かのほうに強く意識を割いているようだった。
 それがなんなのか疑問に思ったところで――
 ズン……ッ!! と低い振動が這うようにして伝わってきた。加えて視界に変化が訪れる。まるで大きな影が被さったかのように不意に薄暗くなった。光を遮っていたのは彫像のような石の置物。

「…………シーザー?」

 ハウゼルが視線を向けていたのは、彼だったのだろう。やや目を見開いて呟きを洩らす。
 既にサテラが倒れて領域を区切る魔法の壁が取り払われたからかランスの目と鼻の先まで無骨な石の魔物、シーザーが近づいていた。
 一体何をしに来たのか。ハウゼルとランスが訝しげにその様子を見続けていると、彼はゆっくりした動作で指をランスに突きつけた。

「サテラサマ キズツケタナ シーザー ユルサナイ」

 そして一言。

「ランス オマエヲ コロス!!」

 そう宣告すると問答無用とばかりに行動に移りはじめる。シーザーはゆらりとその巨体を大きく動かした。

「なっ!?」

 ランスは堪らず息を呑む。サテラに覆いかぶさっている形の自分目掛けて、シーザーはまるでゴミを払うかのように腕を放ったのだ。

「駄目っ! シーザー、止めて」

 それを見たハウゼルが慌てて間に入ると、シーザーの攻撃を制止させようと腕を受けとめる。しかし一つ誤算があった。

「っ!? 無敵結界が……」

 近くに在る聖刀日光の所為で無敵結界はその機能を失っていた。
 本来であれば、打ち消され、ゼロになるはずの力がハウゼルの華奢な体にそのままかかる。単純な腕力という点なら圧倒的にシーザーのほうが上だ。
 ハウゼルは攻撃を受け切れず、押し出されるようにして弾き飛ばされた。そうして彼女が遠ざけられたことでランスとの間に障害がなくなってしまう。
 凍りついたランスの顔を砕きにいくようにシーザーの腕が改めて横に振るわれた。まさに空を裂くという表現が正しいだろう。ゴオォッと風が唸りを上げる凄まじい音がたつ。
 恐るべき一撃が接する――そのすんでのところで赤い影が割って入った。赤く光る剣が迫る岩を受け止めている。

「リック!」

 ランスは歓喜の叫びを上げた。主君の命の危機に赤き騎士が瞬時に馳せ参じたのだ。

 新たな障害の登場にもシーザーは動じることなく、同じく無双の剛力で排除すべく淡々と攻め立てる。
 リックはその荒ぶる巨石の猛威を何とか防いではいるもののあまりの威力に既に押され始めていた。その場に踏みとどまろうとしても、靴底が地面をずりずりと削っていく。
 力量差による自分の形勢の不利さを悟ったリックが叫ぶ。
 
「キング! ここから出来るだけ離れてください」

 相手の狙いは明らかにランスの命である。退治出来れば一番だがそれを望むのは難しい。であるならば自分が少しでも引き付けてランスの逃げる時間を確保しなくてはならない。
 しかしそうは言っても体が限界にいたって未だろくに動くに動けない状態なのかランスは呻くだけ。そこに駆け寄ったマリスが補助にかかる。
 治療魔法を唱えるために口を忙しく動かしつつ、ランスの体を支えるようにして起こす。反対側にはかなみがつき、それを手伝う。
 リックは後ろ手のその様子をちらりと確かめながら、部下たちに短く指示を飛ばす。

「グループを分ける。一つは王の側に付いて護衛をしつつ安全な場所に避難を。もう片方はここで奴を少しでも食い止めるために私のバックアップを頼む」

 命令を受けた部隊が迅速な行動を開始すると、リックも仕掛ける。
 シーザーがさらに突き出してきた腕を最小にして最速の挙動でかわすと、魔法剣バイロードを大上段から頭部目掛けて斬りつけた。
 無風にして無音。気配すら感じさせず、相手の命を刈り取る死神の刃。死へと誘う一撃はしかし、簡単に弾かれる。
 上手く防御されたわけではない。頭頂部に叩き込んだに関わらず、それは弾かれた。その体は、まるで鍛え上げた鋼である。リックはビリビリと痺れそうな感触を感じたが、手で柄を強く握りなおすと、今度は相手の胴と腕に激しい連撃を見舞う。
 されど、結果は変わらない。
 リックはそれこそ切り落とそうとするぐらい強く放ったつもりだったが、相手はまさに盤石とばかりに堅固でびくともしない。その頑強な岩の皮膚には、いかなリックの腕と魔法剣といえど通じそうにない。
 しかし、リックの判断とそれに伴う動きは驚くほど速い。通用しないと見るや、彼はすぐ剣を引くと、今度は岩石部分に覆われていない関節部、腕を曲げたことで剥き出しになったその僅かな隙間を縫うようにして神速の一閃を正確に叩き込んだのだ。
 果たしてそこに小さく亀裂が入った――だが、しかしそれだけであった。怯むことさえしていない。
 シーザーはただの魔物などではなく、土石で造られた人工物なのだ。傷がついたところで、出血などするわけないし、まして痛みなど感じるわけがなかった。それどころか相手はヒララの杭を胸部に穿とうが動こうとする化け物である。この程度の一撃で停止してくれるはずがないのも当然だった。

(……ならば)

 思考とほぼ同時に、リックは両の足首に狙いを定めて、斬撃を与える。動きを鈍らすために相手の巨躯を支える二本足を崩そうという試み。
 赤い閃光がシーザーの足に走ると、一拍の間を置き、ガクンとその体勢が傾いて足が止まる。

(やったか?)

 ただその影響を見極めるようにリックは鋭い視線で窺う。
 淡い期待はあったが、シーザーが半歩力強く踏み込むように地に足を押し付けると、それだけで即座に崩れた体勢を立て直した。
 効果が薄いことを悟り、より深い損傷をさらに加えるべく動こうとするも、その前にシーザーが腕を高く振り上げた。身長差からほぼ真上を見上げる形となるその拳は、さながらギロチンの落下のようにリックの頭上に勢いよく振り下ろされた。
 リックは反射的に受けの構えを取って防ごうとした。だが、段違いの力に叩き潰されるように地にねじ伏せられてしまう。

「っぐく……!」

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 それを見た部下、リーザス兵たちは勇ましい雄叫びを上げながら、シーザーの動きを止めようと次々と飛びかかり出した。明らかに格の違う強大な敵と対峙するのに絶望感や恐怖がその身を襲わないわけがない。それでも職業軍人として、訓練を積んだプロの戦闘家としての意識と、力への矜持を持った彼らは誰一人として臆することなく一直線に巨石の化け物へと向かっていた。
 無論ただの考えなしの玉砕特攻ではあらず。通じもしない武器攻撃は仕掛けることなく、リーザス兵達は数人がかりで一斉に相手の手足をそれぞれ抑えにかかる。
 数で押し潰し、身動きを封じる。皆少しでも長く足止めしようと、全身に力を込めて決死の覚悟の表情で、しっかりとしがみ付いた。それこそ噛みついてでも離されまいとする気概が伝わる。
 だが、それでもシーザーはびくともせず、彼が少し乱暴に腕を振り動かすだけで取り押さえていた者達は振り落とされ、足に掴まっていた兵士などもまるで意に介さないように歩を進めて引き摺り出す。
 どれだけしかけようと数秒の時間稼ぎ程度が精いっぱいだ。
 ランスへの道を遮る壁としては力不足と言わざるを得ない兵士ではあったものの、リックが立ち上がるまでの間を埋める役目は果たしていた。その稼がれた間に何とか態勢を整えたリックは再びシーザーの前に立つと、独特の構えを取りながら精神を研ぎ澄ませる。
 そして――

「バイ・ラ・ウェイ!!」

 正に赤き雷光と呼ぶべきものがリックから迸った。
 袈裟懸、横薙ぎ、逆袈裟。三つの斬撃の全ての動作が刹那の間に放たれて、それらは寸分違わず、相手の関節部を傷つける。その速さは常人では決して見極めることが能わず、精緻とも呼ぶべき完璧な精度で放たれる必殺の剣技である。
 一気にいくつもの間接が削られたことで、一瞬間ではあるがシーザーの体の動きに硬直状態が訪れた。
 リックはその隙を捉え、構えなおすと、シーザーの口の部位を目掛け、強く捻るように回転を加えた鋭い打突を繰り出した。

 ガギンッ!

「っ!?」

 内部から岩石に穴を穿つ、紛れもなく削岩の一撃となりえるはずだった。
 だが、その切っ先は口腔の中を貫くほんの手前で、噛むようにして相手の口に挟まれたことで完全に止められた。

「まだだっ!」

 勇ましい叫びに呼応するようにバイロードの光の強さが増す。そしてその先端が急速な勢いで伸びた。
 岩と魔法剣がぶつかって擦り合う音がシーザーの口の隙間から漏れる。

「グゥ……」

 不快げな軋み。シーザーはバイロードを咥えたまま下顎に力を込めて、首を横に振りだそうとした。成すすべなく剛力にひっぱられそうになるが、一番力の籠ったタイミングを見計らうように、今度はバイロードの輝きが鈍くなる。刀身が一気に細く短くなるとシーザーの口の拘束をするっと抜けでる。
 思い切り顔を振っていたシーザーはその首を大きく晒していた。

(ここだ……っ!)

 元の長さに戻ったバイロードを振り上げ、掻っ切るように全身全霊の一太刀を浴びせようとした。
 しかし、死の気配を色濃く感じたのはリックだった。
 シーザーの目がゆっくりとだが、こちらに向けて動いていた。ただそれだけでリックの鋭敏な戦闘勘はもう逃れようのない死に囚われたことを理解した。
 反射的に防御行動、回避行動を取りそうになる。だが、リックはすぐその選択肢から目を背けた。確かに今それらの行動をとれば多少は生き長らえるかもしれない。普通の人間ならそれでいい。しかし、リックは高潔なる騎士だった。
 その背に守るべき主君がいる以上、自分の命はただ彼を少しでも生きながらえさせるために使うべきだと考えていた。玉砕覚悟で足止めをする。
 リックは口許に笑みを浮かべながら、その剣を振り下ろすスピードを緩めることはなかった。それはこの後の自分の体勢を度外視したまさに全力の一撃だった。


 突き飛ばされた後、空中でバランスを何とか立て直したハウゼルはシーザーとリーザス兵の交戦状況を見ると急いでサテラのもとへ飛んだ。もはやシーザーを止められるのは彼女だけだ。
 シーザーのような特別なストーンガーディアンは例え相手が魔人であろうとも決して命令を聞いたりしない。彼はサテラによって造られたサテラのためだけの戦士だ。その主君の命令しか聞かないように出来ている。
 ハウゼルは気絶していたサテラに強く呼びかけ、起こしにかかる。怪我の状態からさすがに揺り動かすことは躊躇われた。

「サテラ、ねえ、サテラ!」

「……ん…………んっ」

 痙攣するようにサテラの瞼が軽く震えた。

「サテラ、起きて」

 ハウゼルの必死の呼びかけが脳に届いたのか、サテラが覚醒し始めた。薄く目を開いて瞬きを繰り返している。

「…………? ハウ、ゼル?」

「サテラ、お願い。シーザーを止めて」

「…………シーザー?」

 ハウゼルの焦燥に駆られた表情と不穏な言葉。のみこんだ情報にただごとじゃない気配を感じたサテラはすぐに意識を正常な状態に戻す。
 直後、轟音が耳に入り、そちらへと顔を上げる。戦場ではシーザー相手に一人の人間が体をぶつけんばかりに攻撃を浴びせようしているところだった。
 サテラは瞠目する。

「シーザー!?」

「時間が惜しいから簡単に説明するけど、今、シーザーは貴方を傷つけられたことで怒って、リーザス王の命をとろうと襲いかかってるのよ」

「え? ランスを?」

 慌てて周囲を見回して、少し離れた所にランスの姿を見つける。彼は多数の兵士に守りを固められており、今のところはその命に別状はなく、無事のようだった。

「サテラ、さっさとあのデカブツを止めやがれ! はやくしろ!」

 サテラが意識を取り戻したことに気づいたのかランスが声を上げてきた。

「…………」

 サテラはハウゼルの肩を借りて立ち上がると、従者に聞こえるように大きく叫んだ。

「シーザー、止まって!」

 シーザーは人間の太刀を受けてその反撃に入っていた。丁度それが相手にぶつかったところで、命令に寸分違わず動きをぴたりと止めた。ひどく鈍い音が聞こえて人間が倒れるのが見えた。

「リック!?」

 ランスの叫ぶ声が大きく響く。
 ――と、リックはよろめきながらも何とか立ちあがって見せた。

「はは……ぎりぎりか」

 ランスは取りあえず安堵の息を吐いていた。
 だが、リックの側にたつシーザーは未だ拳を握ったままだ。彼はサテラのほうに顔を向ける。

「サテラサマ」

「そいつら人間と戦うのも、ランスを殺そうとするのもやめて」

「シカシ……」

 返そうとするシーザーにサテラは首を振る。

「シーザー、もういいから」

「…………ワカリマシタ」

 主君が望まぬ以上、続ける意味はないのか、大人しく拳を下げたシーザー。そのまま主君のもとへと戻っていくと、ハウゼルから代わるようにサテラを受け取り、支えてあげる。


「はぁ……。…………やっと収まりやがったか」

 直接の危機を脱し、改めて心から安堵の息を吐き出す。
 サテラはそんなランスにゆっくりと近づくと憎まれ口を叩く。

「サテラにあれだけやっておきながら、雑魚の後ろに隠れてただ守られていただけとは情けない奴だ」

「うるさい。黙れ」

 ランスは凄むが、両隣りに肩を支えられ完全に体を預ける形になっているためいまいち締まらない。
 そんな無様な恰好となっている状態のランスをサテラは改めて上から下まで一瞥すると、その足に注視を浴びせた。

「ふん……。なるほどな。その足の怪我……どんな手であの戒めを抜けたのかと思ったら、無理やり引っこ抜いたのか、お前……」

 サテラがランスを繋ぎ止めていたはずの場所に目を移す。そこにはボロボロになったブーツだけが泥に固められていた。
 指摘通りランスはゼットンの高熱で溶けて、形の歪んだブーツから足を強引に引っ張って抜き出したのである。そのため皮膚が剥がれるどころか肉が抉れたように傷ついて、さらに火傷のような焦げた跡まで残っている。最後に跳ぶだけの力を得たのはこっそり聖鎧の奥に隠していた世色癌を飲んでいたからだ。
 ハウゼル乱入で時間が出来たことがランスの勝因だった。そうでなければ抜ける暇もなくあの時のゼットンでくたばっていた。
 そのことはランスはわかっていたが、

「最後に立っていたのは俺様だから俺様の勝ちで良いな。サテラ」

 ランスは自身の勝ちを主張する。サテラがハウゼル乱入の件を出してごねる心配もしていたが、

「仕留めきれなかったのは結局サテラの甘さに原因がある」

 サテラは不満そうに顔をしかめながらも、無様な言い訳を吐きはしなかった。

「サテラサマ」

「いいの、シーザー。……ランス、今回はお前に勝ちを譲る形にしてやる」

「譲るもくそもお前が先に気を失った時点で誰がどう見ても俺様の勝ちなんだがな」

 ランスはそこで一旦言葉を区切ると、

「それより、俺様が勝利したということで約束の処女はきっちり頂くからな」

「そうだな…………………………………………って、ちょっと待て、何だそれは!?」

「何だも何も、俺様と交わした約束のことだ」

「いつしたんだ? そんなものした覚えはないぞ?」

「惚けるな。リーザス城でお前と戦って俺様が華麗に勝利を決めた後のことだ。あの時お前は俺様に死ぬなと言って、俺様はお前に処女を守れと言ったはずだ。そして互いにそれを破らずに守った上で、見えたんだ。ならば勝者がそれを奪う権利があるだろう」

「む……」

 言葉を交わしたのはサテラにも覚えがある様子だった。

「力ある者が力なき物から収奪、搾取していくのは世の必定だな。力ある者とはすなわち勝者であり、力なきものは敗者。つまり戦いの勝者が敗者を自由に扱うのは当然のことと言えるのだ」

 ランスは己の弱肉強食理論を展開する。

「まさか約束を反故にしたり、敗者のくせに勝者になにもしないなんてないよな。そっちはこっちに勝ったら使徒にする気満々だったのになあ」

「う……む……く……わ、わかった。約束は守る。好きにしろ」

 顔を背けながら、小さな声ではあるが素直にも認める。そしてちらりと横目でランスを窺うと、

「………………でも、お前は、いいのか?」

「何のことだ?」

「サテラは……サテラは、魔人の女なんだぞ? それでもいいんだな?」

「? どういう意味で言ってるのか知らんが、魔人だろうが俺様は構わん」

「う……、そうか、ならいい」

「それと、俺様が勝ったんだから勿論、美樹ちゃんのことも諦めてもらうぞ」

「え? 美樹様?」

 ここでハウゼルが疑問を挟む。説明を求めるような視線がランスに向く。

「ハウゼルちゃん、君も大人しく諦めてくれ」

「えっと、その、お話がよくわからないのですが……」

「つまりだな。俺様は美樹ちゃんを預かっていて、君たちはそれを奪いにここにやって来たんだろ? で、さっきの俺様とサテラとの戦いは美樹ちゃんを賭けたものだったんだ。そんで俺が圧倒的な実力差でコイツを倒したんだから、もう力づくで連れ去るという馬鹿な考えはやめろという話だ」

 噛んで含めるようにランスは言う。しかしハウゼルはなおも小首を傾げて不可解そうな表情だ。

「……あの、何か勘違いしてらっしゃるようですが、我々の目的は美樹様を連れ去ることではありませんよ」

「何ぃ? 君たちは美樹ちゃんを無理矢理魔王にするべく来たんだろ?」

「いえ。あくまで使者としてホーネット様の意思を伝えることと、美樹様の御身をケイブリス派の魔人から守ることです。それ以上の命令は受けていません」

「……………………」

「……………………」

 二人は互いの顔を見合う。嘘をついているようには見えなかった。
 ここで、ハウゼルの顔がサテラに向けられる。

「サテラ、どういうこと? リーザス王に仕掛けたことについてもそうだけど。他にも何かおかしなことを伝えたんじゃない?」

「……サテラはランスに美樹様にこちらに渡せ、と言ったんだ。魔王になってもらいたいことも含めて」

「……なるほどね」

 漸く事情と流れが呑み込めたのか、ハウゼルは小さく息を吐く。

「サテラ、私達はあくまでケイブリス派の動きから美樹様をお守りするというものであって無理やり連れて来いなどという命令はされてないわ」

「それは、わかってる……。でも、美樹様が魔王になってくれなければ、ホーネット様が大変なんだ。このままだといつか負けてしまうのはハウゼルだってわかってるくせに」

「確かにこちらの陣営が苦しいのは私も理解してる。けどね、私達だけの都合を一方的に押し付けて無理やり覚醒させては駄目と、彼女の意志をもって自発的に魔王として立ってもらわねば意味がないとホーネット様も仰って、私達もその言葉に従ったはずよ」

「だからって、何年も説得し続けても未だに美樹様達は魔王の役目から逃れようとするだけで――」

「ええい! ごちゃごちゃとうるさいぞ」

 いい加減熱くなりかけた二人の論争の間にランスが入り、強引に止める。

「今、美樹ちゃんを預かってるのはこの俺様だろ。その俺様を無視してどうするかを話すな。まず、サテラの方だがお前は俺様に負けたんだから、魔王にさせる話はなしだ、いいな?」

「………………わかった」

 不服そうではあるが、サテラは頷いた。

「それとハウゼルちゃん」

「はい」

「君は美樹ちゃんに会って話をしたいみたいだが、それは許さん」

 ランスは首を横に振り、素っ気なくノーを突きつける。
 サテラが何か言いたそうだったが、その前にハウゼルが質問を投げる。

「一応その理由を尋ねてみてもよろしいでしょうか?」

「単純に信頼出来ないからだ。見た目はムシも殺せぬ平和主義のように見えるがもしかしたら君だって内心はサテラみたいな考えを抱いて近づこうとしてるかもしれんからな」

「それは……」

 ない、と言うのは簡単ではあったが、上手く証明する手立てがハウゼルにはなく答えられない。ランスが求めているのは確かなものなのだろう。

「俺様は君のことを知らんからな。かなりの警戒心を抱いている」

「はい。それは仕方のないことでしょう……」

 ランスは同僚のサテラや姉のサイゼルに攻撃されたのだ。同じく魔人の自分を警戒して信用しないのも無理ない、とハウゼルは顔を暗くする。

「……まあ、信用っていうのは、たんに言葉だけでどうこう判断出来るものじゃないからな。信頼ってのは心を許すことだ。これは簡単にしてもらえることじゃない。正直、俺様から言わせてみれば信頼を勝ち取りたいならまず誠意を見せる。相手の心を開かせたいならまず自分が心を開くべきだと考えている」

「互いの距離を縮めるなら自らが先ず歩み寄る、ということですね」

 ハウゼルもそれは理解出来て、素直な気持ちで同意する。ようするに自分が心を許してることを知れば相手も自ずと許してくれるというものだ。

「それを君が示せば会わせることも考えてやらんこともないのだが……」

「本当ですか?」

「うむ。……そこでハウゼルちゃんに問うが、この相手が心を許しているということを具体的に感じさせるにはどのような行動が一番だと思う?」

「………………すみません。何なのでしょうか?」

 魔人領で生きる中では無縁のことだ。答えが浮かばなかったハウゼルが訊ねてみる。ランスは顎に手を添え、にやりと笑みを強くしてみせた。

「ずばり、体を許すことだ」

「体を……許す……?」

「そう。つまりセックスだな」


「…………………………………………」

「……………………………………は?」

 理解の及ばない謎発言にハウゼルは目を瞬かせ、隣のサテラは唖然と口を開く。
 周りのリーザス兵も目が点になっている。しかし、ランスの肩を支えている女性二人だけは呆れたような眼差しをランスに浴びせていた。

「ちょっと待て! 黙って聞いてれば何だその意味のわからない発想は!? 何で信頼云々でハウゼルを抱くことにつながるんだ!」

 サテラが柳眉を逆立てて詰め寄り出した。しかしランスは鼻を鳴らし、その反駁を一笑すると、

「処女の貴様にはわからんかもしれんが、女が心を開いた時は股を開いたときだ。そして体が連結(つな)がれば心も繋がるし、肌を重ねれば、心も重なるんだ。この俺様が言うんだから間違いのない真理だな」

 真面目な表情でそう言い切られて、サテラも流石に頭を抱えた。

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがお前は大馬鹿だ」

「ふん。だいたいお前がごちゃごちゃ言うことじゃないだろ。お前は抱かれるのはもう決定してるし、俺様はハウゼルちゃんのほうにイエスかノーかを聞いてるんだ」

「だからそんな条件をハウゼルが飲むわけないだろ」

 なあ、とサテラがハウゼルに振りかえると彼女は決意の固まったような瞳でランスを見据えていた。

「…………わかりました」

「ハウゼルっ!?」

「その求めに応じれば、私共は美樹様にお目通りを願えるのですね」

「無論だ。俺様に体を許そうとするその心意気を汲んで君のことは信じよう」


(くくく、これで魔人美女二人一気にゲットだ)

 自分の思い通りにことが運んでランスは表でにひにひし、さらに内心で舌舐めずりをしてると、ここでマリスが口を開いた。

「ランス王、単純に彼女が何かよからぬ思惑をもってないかは私が魔法で思考を読み取ってしまえばそれですむと思うのですが」

 思考が読めるリーダーという魔法があると彼女は告げてくる。それを聞いてサテラとハウゼルは「あ」 と気づいたような表情になった。

「そ、そうだ。ハウゼルが人間や美樹様に危害を加えるような考えをもっていないことがはっきりとわかってしまえばいいんだろ。腹のうちがわからないから信用が出来ないのだとはもともとお前が言ったんだしな」

 意を強くしたサテラが語気を荒げる。
 ランスが抱く為に妙な理屈を名目として振りかざしてしまっただけにそのことを逆手にとられると困る。
 余計なことをしてくれたなとランスがマリスをじろりと睨む。

「……マリス、お前はどっちの味方なんだ?」

「言うまでもなくランス王の味方ですよ。だからこそ私はより効率的で適切な手段をご提供しようとしたのですが」

 白々しい口ぶりだった。ランスは歯噛みする。

「……突入時の仕返しのつもりか」

「いったいなんのことをいっているのでしょう?」

 ランスは睨みつけるが、珍しくにっこり笑顔を返される。

(こ、こいつ……)

 もはや何も言う気が起きなかった。正直勝てる気がしない。


「ねえ、ハウゼル。もしサテラのことを気にして言ってるんならその必要はないぞ。人間に仕掛けたのはサテラの独断だし、サテラが抱かれるのもそれはサテラが負けたからで、どちらもサテラだけの責任だ。ハウゼルまで同じリスクを負うことはないんだ」

 妙な罪悪感や責任感からランスの提案に乗ってしまったのではないかとサテラは予想していた。ハウゼルがどういう性格でどういう考え方をするのかはサテラが良く知っているのだ。だからこそここではっきりと彼女が拒否の言葉を出せるように、気にするなと後押しをしだした。
 それに対してランスは焦った。ここで本人にまで考えを覆されてしまったら、せっかく捕えたはずの獲物を逃がすようなものだ。

「ええい。だったら両方だ。読み取って、さらに俺様とセックスすればいい。その方が信頼性が増す」

「何言ってんだバカ! 片方で充分だろ。ハウゼルだってお前なんかに抱かれるのなんて嫌だろうし」

「そっちこそ馬鹿言え。あのサイゼルだって嬉しそうに俺様のハイパー兵器をぺろぺろと舐めてはしゃぶってたんだ。なら妹のハウゼルちゃんだって俺様の体を求めてるはずだ」

「!?」

 一部捏造がある上、全く根拠のない発言だったが、ランスの口から飛び出たそれはサテラとハウゼルにとってはおそろしく破壊力のある言葉だった。
 サテラは強い衝撃を受けて、愕然とする。まさか自分の知り合いの魔人と性行為を行っていたとは知らず、さらにその事実はいろいろな意味で彼女にとってショックなことなのだった。
 ハウゼルはハウゼルでその言葉に羞恥のため頬を真っ赤に染めていた。それは淑女が性に関する淫らな話題をされたことで反応した結果などではない。彼女は特殊な体の事情の所為で、ランスの言うサイゼルとの行為というものに深く思い当たることがあり、そのことを思い出してしまったからだ。
 ハウゼルはサイゼルと体が繋がっているため、実はあの時の熱さや痛みや快楽というものが生々しくダイレクトに伝わってきていたのであった。そしてハウゼルもまたかつてのサテラと同じと言える。その事情から男性というものを考えたこともなかったし、魔人という特殊な体のおかげでいままで性的なことに関する欲というものがなくそういったものを特別知る機会がなかった。
 故に今まで知ることもなかった不思議な快楽を突如与えられ、強く意識してしまうのも致し方ないのこと。なまじ伝わるのは感覚の部分だけということもあり、想像力が強く働いてしまう。初心な彼女としては刺激が強すぎたかもしれない。
 目の前の相手がそうだと意識してしまったハウゼルのほうは思考回路が爆発しそうになる。先ほどまで冷静で毅然としていた態度であったにも関わらず、今は顔を赤くし、黙ったまま俯いてしまっている。
 そうして彼女の口から否定の言葉がはっきりと出なかったことをいいことに、それをランスは自分に都合良く解釈する。

「どうやら俺様の言ったとおりのようだな」

「確かに否定はなさってませんが、かといって彼女は別にランス王の言葉に同意してませんが?」

 マリスがあくまで冷静につっこむ。

「馬鹿者。ハウゼルちゃんはシャイなんだ。思っててもそんなこと恥ずかしくて堂々と言えるわけないだろ。お前も同じ女なんだからその辺ちゃんと察してやらんと駄目だぞ」

 ランスの目には、顔をカっと朱に染め、体を硬直させているハウゼルの態度がそのように映ったらしい。
 呆れを通り越してひどい眩暈と頭痛が併発したマリスはなんかもういろいろと諦めた。

「……というわけで、マリスの希望も採用するが、ハウゼルちゃんたっての希望も汲んで両方することを条件にしよう。これなら皆何一つ文句なく、ハッピーな道だろう。がはははははははは」

 ランスは盗賊もかくやという欲にまみれた顔つきでわらう。幸せなのは彼ぐらいだろう。
 未だにサテラとハウゼルの二人はショック状態から抜け切れていない。
 ただ一人、侍女が気の毒そうに重たい息を吐く音がやけに印象的に聞こえた。









 補足説明とか(魔法について)
 ランス世界における魔法に関する基礎的な知識のまとめ。
 1、ランス世界の魔法は身体や精神のエネルギーから打ちだされるもの(※ジョンブル報道官7月1週より)
 2、ランス世界の魔法は基本的に五属性(炎、氷、雷、光、闇)。この属性の間に相関関係はない(※ジョンブル報道官5月5週。ジョンブル報道官8月2週より)
 3、ランス世界の魔法には失敗というものがあり望んだ効果が得られないことがある。(※ランス4マニュアル42P闘将への服従魔法の失敗。『ランス6』セスナ・ベンビールのスリープ失敗より)
 4、ランス世界の魔法には呪文の詠唱というものがある。(※ジョンブル報道官7月5週。ランスクエストスキル「高速詠唱」より)
 5、ランス世界の魔法への抵抗は気持ちによってかわる。(※ランス4マニュアルP59ディオ・カルミスの項。『ランス6』リズナの慣れによる抵抗。ランスクエスト各種魔低アイテムの説明文より)

 一口に魔法といっても上にあげたとおり、我々がよくイメージするファンタジー特有の魔法とは微妙に違うものとなっています。
 少々乱暴ですが、いわゆるひつじやさんまと同様に名前が似ているだけの別物(魔法という名であっても魔法であらず)というくらいの意識でいいと思います。うん。
 




[29849] 2-9
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:24

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十四話 ~negotiate~




 -リーザス特別療養所-


「というわけでお待ちかねの心の交流の時間だぞ」

 ランスは真っ白なベッドの上で口を開く。身体のあちこちには包帯がまかれていた。先日の魔人サテラとの戦闘で受けた傷は深く、治療を受けた後もしばらく静養が必要な状態だ。
 リーザス城内にある王家専用療養施設だった。100平米ほどの広い空間は落ち着いた色合いで統一されており、中は快適さを保つために空調完備、魔法冷蔵庫のついたキッチン、大型の魔法ビジョンなども設けられている。その上、見えない形ながらも壁には魔法による遮音、中庭を眺める窓は内からは見えるが、外から覗くことが不可能なプライバシー性の確保など患者の居心地を最優先としたスペースだ。
 室内の椅子には一人の見舞い客が座っている。天使を思わせる麗しい容姿の女性。魔人ラ・ハウゼル。その表情は困ったような、それでいてどこか緊張したような色が見えた。
 当惑げな視線を正面から受けてもランスは構わず続ける。

「見ての通り今の俺様には献身的な看病が必要だ」

「その……具体的には、どのようにすればよろしいんでしょう?」

 ハウゼルの問いにランスは小さく笑みを刻んだ。

「取りあえず、手や口、胸とかを使って気持ち良くしてほしい」

 どうせHするのならガンガンついて喘がせてやりたい欲望は強くあった。しかし、怪我でろくに動けない現状、それがベストな選択だろうと言えた。
 腰まで伸びる長い髪を弄りながらハウゼルは言いづらそうに目を伏せた。

「恥ずかしい話ですが、そういったこととは無縁で過ごしてきたのであまり詳しいことまではわからないのです。それでも大丈夫でしょうか?」

「問題ない。やっていくうちにわかってくる」

 声が隠しきれない興奮を帯び出す。心はもう勇み立っている。

「さあ、脱いでくれ」

 やや早口気味に促すとハウゼルは小さく頷きを返した。
 上部をきつく締めあげている赤い衣服に手をかける。静かな病室に衣が擦れる音だけがやけに響く。袖からゆっくりと腕を抜かせるとパサリとずり落ちた。
 下着はつけてないのかいきなり白い肌が目に飛びこんだ。胸の膨らみが拘束から解放されて自由を得たように躍動を見せつける。
 その一点に吸い込まれるように視線を注いでいるとそれを感じたのか、隠すように手を胸に当てられた。
 なおもしなやかな曲線を描く肢体を無遠慮に眺めていく。ハウゼルはもじもじと太ももを擦り寄せながら、羞恥に耐えがたそうにうつむく。
 そうした仕種ひとつとっても実に興奮を煽り、むらむらと劣情をかきたてた。すでにランスのハイパー兵器は準備万端。立派なテントが張っている。
 抑えつける全てを解放するようにこちらも衣服を脱ぎすてて、モノを取り出した。びんびんになり、雄々しく反りたった自慢の象徴が堂々と姿を現す。
 ハウゼルは一瞬、驚きに目を見開くが、まじまじ見るのが躊躇われたか、すぐに視線を外した。
 初心な反応はなかなか面白いが、そればかりを楽しんでいてもしょうがない。ランスは自分のすぐ隣をぽんぽんと叩き、側に来るよう命じた。
 「失礼します」と囁くように一声。ハウゼルはベッドに腰を掛けると身を寄せる。彼女の髪が太腿に触れて滑らかな心地とこそばゆさを感じさせる。
 二人は見つめ合う形となった。透き通った青玉のごとき瞳にランスの栗色が映り、溶けるように混じっている。
 ランスは視線を下らせていき自身のハイパー兵器へとやる。それに導かれるようにしてハウゼルの目線も向いた。そっと彼女の手がランスの股間に伸ばされた。
 寸前で一瞬止まるが、意を決したように進んでみせると、まるで腫れものに触れるかのような手つきで接する。

「……あ」

 甘く品の良い唇の隙間から微かな声を漏らす。

「どうだ? 初めて触ったんだろう?」

 ランスは少し股間のものをピンと反応させてみた。ハウゼルは珍しいものをみるように瞬きを何度か重ねた。

「えっと、思ったより熱くて、固いですね」

 なんとも素直な感想だった。

「じゃあ、そのままそれを撫でたり、触り続けたりしてくれ」

 ハウゼルはおずおずと亀頭に手を宛がい、やわやわと揉むようにゆっくりと撫でる。
 敏感な部分を刺激され、快感に歓喜するようにそこが震えた。

「悪くないぞ、ハウゼルちゃん」

「はい」

 茎部にそっと手を添えるようにして、撫でさするように動かす。不慣れな手つきだが、ゆるゆるとしごいていく。ソフトに上下に。
 むず痒いような刺激が走っていく。昂りが抑えきれず、ハイパー兵器がまた跳ねる。
 ハウゼルの面差しも眼差しも実に真剣で懸命だった。こうして真面目そうな女が一生懸命奉仕している姿というのは中々にそそるものがある。エッチなことをしたいという欲求はまだまだ膨らむ。
 ランスの手は自然と動いた。行きつく先は、ふくよかな胸の隆起。より目立つように手で寄せ上げる。
 ハウゼルは身を固くした。小さく息をのみ、豊かな膨らみが上下に揺れる。そして、疑問符ののった視線がランスに向けられた。

「ふ、俺様の怪我は治って来ているがしかしリハビリが必要だ。こうして手を絶えず動かすことで回復を促す。これは立派な手の動きの治療的訓練だな。うむ」

 ランスはニヤリとし、円を描くようにして揉みしだく。弾力と柔らかさを備えたそれは実に手に優しい。

「俺様はリハビリを頑張るから、ハウゼルちゃんはそっちのマッサージをよろしく頼むぞ」

 ハウゼルは困ったように赤くなる。それに構わず包み込むように愛撫を続けていく。
 回すように揉みながら、ゆっくりとした動きでじっくりと滑らせる。手のひらに吸いつくような感触を楽しんでいく。

「おっと、ちゃんと指先のリハビリもしないとな」

 淡く美しい色の乳頭に意識が吸い寄せられる。双丘の形をなぞるようにすると頂きへと昇り詰めていった。
 つまんだりして刺激を与えると、反応するように乳首が膨らみ、つんと尖る。それを二本の指で挟み、くりくりと弄る。思うままに揺すり、引っ張りと責めたてる。
 指の腹で弾くようにした時、ハウゼルの体がびくっと跳ねた。その頬が桃色に火照って徐々に熱を帯びだす。
 また執拗にこねくり回していくと、堪えらず、ハウゼルは小さく喘ぎを漏らす。白い頤が痙攣していた。
 そこで、握る力が抜けていっているのをハイパー兵器が感じとった。

「こら、手が止まってるぞ」

「ん、ぁ……す、すい、ません」

「こっちは遠慮なく吸うぞ」

 手と入れ替わる様に口を寄せて、ピンク色の突起を舌先でつつくとむしゃぶりつくようにする。
 しかし、

「うぐ、おおおおおお!?」

 悶えたのはランスだった。体勢を変えて、動いたことで身体に忘れかけた痛みが呼びさまされる。

「だっ、大丈夫ですか?」

「ぐっ……このままだとダメかもしれん。ハウゼルちゃん、痛みをわすれるほど、癒してくれ」

 全身が鈍くひどい重苦しさに助けを呼んでいるのを感じる。もはや対処方法は気持ち良く抜いてもらうよりほかは無い。ランスはそう結論付けてハウゼルに迫った。彼女は、ランスの顔と股間との間をぼんやりとした目をしばし行き来させると口を開く。

「一つ、聞きたいのですが、姉は……姉さんは、その、どのようにしていたのですか?」

「サイゼルか? あの時は口でしてもらったな。舌を使ったり、含んだりしたり……君の姉さんは中々悪くなかったぞ」

「口で……」

 ハウゼルは呟くと得心したように頷く。
 そして、徐に髪をかき上げると、ランスの下半身に顔を近づけていった。
 まずは触れるか触れないかの口づけ。その唇を割る様に薄紅色の舌が現れた。それが当たる寸前で吐息がふきかかる。微かな緊張や逡巡が伝わってくるようだった。
 息の名残を失ったその時、生温かい感触が襲った。訪れを歓迎するようにぴくんとハイパー兵器が跳ねあがる。ぎんぎんと脈打ち、さらなる膨張を遂げていく。
 一瞬、ハウゼルの肩に力が入るのが見えた。しかし、彼女は動きを止めることはしなかった。
 ぺロリ。ハイパー兵器の表面に舌先を這わせていく。舌使いそのものはやはり稚拙だ。しかし、手厚い。
 時折、上目遣いにランスの顔色を窺ってくる。反応を探る様に、舌の動きを柔軟に変えていこうとする。彼女は初めてのはずで頼りにする感覚などないはずだが、手の時よりも幾分迷いがない気がした。
 ちょっとした疑問が過るが、すぐに消えはてた。ハウゼルが新たな動きを見せる。何をするのかと思えば、口を大きく開いた。そしてぬらりと唾液がまぶされたハイパー兵器を咥えこもうとする。
 根元まで呑もうとして、しかし、喉の奥まで届きそうになったか思わず外した。彼女は苦しげに表情を歪めるが、また口腔に潜り込ませた。
 口内のぬめりが絡みつき、ランスは股間の先からじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。
 やがて中で何か蠢く気配を捉える。
 緩慢な速度で舌がねっとりと這うように進んでいく。初めてのモノを深く味わうかのようにねぶられていく。
 拙くも懸命な口全体での愛撫だった。
 悪くない。が、まだ足りない。そんなランスの密かな物足りなさを嗅ぎとったか、ハウゼルはにゅくにゅくと上下に往復させる。まずはゆっくりと、深く絡めながらの緩徐なるストローク。そして少しずつ速度を上げて、緩急をつける。
 
「お、おお。良い感じだぞハウゼルちゃん」

 精神的にも肉体的にも快感が満たしはじめる。

「ん……む……ちゅ……」

 喝采に応えるようにより刺激を与える激しい舌使いをしたり、くすぐるように責めたててくる。
 口を窄めて吸いつき、ちゅうちゅうと舐めすする。それも強弱をつけていく。心地よい吸引。卑猥な音が連なる。
 淫らなおしゃぶりが続けられていく。そして、

「む。きたぞ」

 快感が駆けのぼり、大きく跳ね上がるように蠢く。
 ハウゼルの頭にランス手が添えられた。瞬間、猛烈な勢いで皇帝液が放たれた。突然のことに彼女は目を白黒させ驚きの表情を浮かべる。それでも迸る熱いものを懸命に口で受け止めようとした。
 ランスの射精の勢いも量も少しでは収まらない。溢れるように口から零れ出し、周りを白く汚していく。そこからいやらしく糸がひかれた。

「ほへほへ、すっきり……」

 ランスは満たされた快感に身を委ねる。その余韻を楽しみつつも、ここでこのまま終わらせるなんてもったいないことをするつもりはなかった。まだまだお楽しみはある。

「よーし、ハウゼルちゃん、俺様のハイパー兵器を綺麗にしてくれ」

 ドロドロのそれを差し出す。
 ハウゼルは自分の口許を一回拭うと、もう一度下腹部へと寄せた。ここまでくるとさすがにもう躊躇いもなかった。
 まるでにゃんにゃんがミルクを飲むようにちろちろと小さな舌を滑らせ、白い精液を舐めだす。鈴口の割れ目、そして裏側を丁寧に磨くように舐めあげる。時折ちゅっと軽くキスをするようにして吸っていく。
 その仕種と容貌の愛くるしさ、訪れる刺激の数々があいまった末――じゃきーん。ランスのハイパー兵器は再度発射準備万端となってしまう。
 ハウゼルは目を見開いて声なき凝視。そこからなんとかランスの顔へと視線を滑らせた。

「え? あ、あの? どうして?」

「君の献身的な看病のおかげで元気を取り戻しているのだ」

 ぴくぴくと動かし、元気さをアピール。茫然とするハウゼル。

「この調子でいけば、退院も近い。さ、今度は俺様のリハビリも本格的になるぞ。もうちょっとつきあってもらうからな、ハウゼルちゃん」


 その後、ランスはしばらくハウゼルとのエッチを心ゆくまで楽しんだ。
 そして充実したランスは本当に数日ばかりで身体の調子を取り戻すという脅威の回復力をみせつけ周囲をあきれさせたのだった。





 -リーザス王室専用食堂-


 壁も天井も落ち着いた雰囲気の装いがなされた小部屋。
 その中央、白い敷布が敷かれただけの簡素で小さなテーブルをランスとリアの夫婦が囲んでいた。面積的にも立場的にも二人とともに食事の席につくものは他にいない。
慎ましい空間の中で食卓に並ぶものだけは対照的に、JAPAN料理や大陸の様々な国の料理、さらにその中でも高級料理や庶民料理までと質も量も贅沢なものだった。
 いまいち統一感が見れず節操なく思えるそのメニューはリアがランスのことを考えて取り計らったものだ。しばらくの入院で健康のための料理ばかりの日々に不満を感じていただろうと快気祝いもかねて特別彼の好きなものを好きなだけ用意させた。
 ランスは遠慮するはずもなく、素直にその饗応を受けいれると飢えと渇きを満たすべく無造作にかきこみ、貪る。
 パスタを啜り、カレーを流し込み、肉まんじゅうに齧り付き、テンプラを頬張る。

「すごーい。さすがダーリンかっこいい食いっぷりだよー」

 リアはランスの食事する様を目を丸くして妙な感心をしながら実に楽しげに見入っている。
 絶品の料理に舌鼓を打つランスは無論非常に満足していたが、それに負けずリアも非常に満足した様子だった。
 その光景を傍から眺めていた給仕役のマリス・アマリリスにはその理由まで察せられた。
 リアは誰よりも案じていたランスの元気の姿を見れたこと、そして夫婦水入らずの食事という大切な時間を味わっているからこそ幸せの笑顔を見せている。特に少し前に不愉快な出来事が立て続けに起こっただけに反動は大きいものがあり、その機嫌は今では最高潮だ。
 だからこそマリスは侍女でありながら、女王の御心の配慮の為に最低限のことしかしなかった。リア自らがおかわりをついであげたり、料理を取り分けたりと甲斐甲斐しく世話できるこの至福の時間を決して邪魔など出来るはずがない。
 影で追加の料理を手配させ、配膳室から運ぶことと皿を裏に下げることだけに徹していたが、側に人の気配が突然現れた。
 それは見当かなみだった。報告すべきことがあるらしい。
 マリスはちらりとテーブルの方を窺った。巨大な肉の塊にかぶりついているランスとジャムを塗りたくったパンをもふもふと幸せそうに味わうリアの姿がある。それを確認して、かなみに再び視線を戻し相手をする。
 用件を最後まで聞くと、マリスは自分の眉間に皺が寄るのを感じた。しばらく思案を続けた後、かなみに短く指示を出して返す。
 と、その背にランスからの呼び声がかかった。

「ほい、ほうはひはほは?」

 食べ物を口いっぱいに含んでいるためろくに言葉の体をなしてないが、ようするに何があったのか聞きたいのだろうとは察せた。

「あまり耳にして愉快な話ではありませんが」

「んぐぅ、ん……面白いか面白くないかは聞いた俺が決める。話せ」

「暗殺を企てようと侵入したものがおり、それをこちらで適切な処理を致しました。それだけの話です」

 ランスはわかりやすいほど不快げに唇を曲げた。

「またそれか。今週だけで何度目だ? 毎日毎日飽きもせず送られてきやがるな。魔人問題がとりあえずの収まりを見せたっつうのに休まる暇がありゃしねえ」

 大国の王と言う立場もそうだが、ランスの性格、そして世界統一を進めている以上とかく敵が出来る条件は多い。
 ランスがいることを不都合と思うもの、消えたほうが得となるものは首を狙って暗殺者を送ってくることもままあることだった。

「うーん。今後のことも考えればダーリンの警護もう少し増やした方がいいかもね、マリス」

 人差し指に口をあててリアが心配そうに告げる。その考えはマリスも同意するところだ。

「すでにかなみには伝えております」

 ランスが鼻を鳴らす。

「その暗殺者ってやつはやっぱり送られてくんのはヘルマンからか? 向こうからしたらこっちがこのまま自由都市を支配したら都合悪いだろうしな。そういや、この前も工作行動をしにきたスパイがいたとかもあったな」

「いえ。全てが全てヘルマンと言うわけではないでしょう。なかには自由都市国家から差し向けられたものもいたはずです」

「自由都市? 恨みを買った覚えなぞないが」

「少なくともポルトガルに関しては明確な理由をもっていますね」

「俺様はなんもしとらんぞ」

「我々はもともとコパ帝国に対抗するため、コパンドン様に敵対するポルトガルの商人に協力をとりつけようとしていましたが、それを裏切るようにコパンドン様と結婚をしてしまいました。あっさり手の平を返されたことも、商敵が妃となった国が自由都市に影響をのばすのも当然向こうにとっておもしろいはずもないでしょう」

 マリスがちらりとランスを見れば彼は視線を逸らしてわざとずるずるとうるさく音をたてながらスープを啜りだす。

「まあ、実際のところ彼らが暗殺者を放ったのかは定かではありませんが、しかしヘルマン以外でもっとも我々に不満を抱いている勢力であろうことは事実。このまま放っておくのもよくありません。我々はコパ帝国を呑み、いよいよもって自由都市支配完了間近というところです。しかし潜在的な敵までこちらにかかえてしまえば力がつくどころか足をひっぱられかねません。敵の敵はとヘルマンに隠れて支援などされてはリーザスの今後においてこの上なく不都合です。懸念材料となることが予測されている以上確実につぶしておくべきと考えますが」

「うーむ」

 ランスは手に持ったフォークをくるくると振り動かしている。
 しばらく繰り返し、ふと止めると、真っすぐこかとりすのソテーに振り落として深々と突きたてた。そして、一言。

「戦争だな」

「戦争、ですか? 我々はこれからのヘルマン戦を考えれば無駄に戦を仕掛けるのは憚られます。単に商人を潰すことに国家間の紛争を起こしてはコストと結果、利益が全くつりあいません。始末するだけならそれよりも効率的な手はいくつもありますが」

「いや、やるなら徹底的だ。敵を潰すのは勿論だが、俺様に逆らえばどのような目にあうかわからせてやらねばならん。そしてそれを大々的に見せつけてやれば、他にも下らない考えを起こそうとする奴に対しても牽制出来るだろ」

 ランスは口を大きく開き、肉食獣のような鋭い犬歯をのぞかせた。こかとりすの肉にそれを立てて豪快に噛み千切ると、肉汁が弾け飛ぶ。

「それにようやく完成した砲兵部隊。あれはいきなりヘルマン戦で投入するより、ここで試しに使っておきたい。ポルトガルぐらいなら相手としては手頃で丁度いいだろ。その他兵士の動きも俺様の指揮の下きっちり出来るかある程度確認しておきたいところだしな。金なら死ぬほど溜めこんでいる商人どもからせしめて補填すりゃいい」

 どうということはないと言わんばかりだ。
 マリスは悩んだ。
 強力な力を振るって脅威を訴えるのは確かに一定の効力は示すが、しかし反発もあれば余計な火種をまきかねない恐れもある。
 金銭面に関しても経済の要ともなる商業都市のポルトガルを戦火にかければ、相応の不利益も被るはずだ。商人から多少財産を奪った程度でそれらの損失を賄えるとも到底思えない。他にも時期、国内外の情勢も考えれば得るものより後々抱えるリスクの比重が明らかに多いのがわかる。
 しかし、ランスは何も考えていないように能天気に顎を反らして大笑いをしている。
 マリスは考えを改めさせようとした。説得のための口を開く――そのタイミングに、すっとリアが動きをみせた。
 ハンカチをもった彼女の手が、ソースでべたべたのランスの口許に伸びて、汚れを拭う。
 そしてリアは素敵に微笑んでみせると、

「ふふふ、やっぱりそういう豪快でワイルドな考えをしている時のダーリンが一番輝いて見える。リアはますます惚れ直しちゃった。応援してるわ。頑張ってね、ダーリン」

 なんて言うもんだから、マリスは口を閉じざるをえなかった。
 結局、王の決定に従う方向になったのは言うまでも無い。







 リーザスでは戦争に向けて準備が着々と進められていた。そんな折、件のポルトガル商人の一人から拝謁の所望があった。
 理由など予測するまでも無い。情報に強い商人ならばリーザスが戦争準備に入った事は勿論、ポルトガルがその標的とされているのに気付く頃だろう。間違いなく戦に関する交渉に来たはずだ。
 分かった上でランス側はこれを余裕をもって受け入れていた。

「どうもどうもプルーペットどす。ランス王におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 玉座に腰を下ろしたランスを見上げ、ポルトガルからの使者プルーペットがぺこぺことお辞儀をした。幼子のような小柄の体躯のために何だか出来のいい人形劇の挨拶を見てる気分にさせられる。
 瞳も顔もふっくらまんまるの容貌もいかにもユーモラスであるが、しかしそうした見た目に反してポルトガルでも一、二を争う豪商だ。

「あ、これうちの商会の商品カタログ春の特大号でごんす。今後とも御贔屓に~」

 プルーペットが差し出したのは彼の体より少し小さいかという大きさの冊子。
 マリスが受け取り、チェックを通した後にランスは手に取った。
 それをぱらぱらと捲りながら、

「……で、用件はなんだ? 押し売りにでもきたのか? いっとくが今は無駄金使ってる余裕はないぞ」

 そっけない言葉を浴びせた。
 しかし、相手はまったく気にせず、へらへらと媚びへつらうような表情を浮かべている。

「いえいえ、そうじゃおまへん。今回はむしろ、買いとりに来たと言っていいでごわす」

「買い取り?」

「はい。おいどんの身の安全だったり今後の活動、その他もろもろですたいね」

「…………ふん。もう少しわかりやすくはっきり言え」

「ポルトガルには商会の本部やうちの屋敷やらがおますんどす。攻撃目標とされて被害の出たらおおじょうするんたい。さかいに、うちのとこやけは見逃してくれまへんかっちゅうお願いに来やはったのどす」

「お前のとこだけを避けるなんて随分とめんどくさいことを頼むな」

「ただこちらの地区への進軍を少しばかり遅らせてくれれば十分たい。建物を覆う結界やシールドを張るだけの時間が欲しいんどす」

「なるほど。んで、買い取りと言った以上、相応の代価を支払うと考えていいんだろうな?」

「こっちには現金1000万ゴールドとリーザス正規軍の食糧一年支給、そして傭兵2000名をポルトガルの詳細な都市情報もおつけしてすぐにでもお渡しできる準備があるでがんすよ」

 安定感も緊張感も皆無な言葉から現れたものの価値は大層なものであった。だが、ランスの眉はぴくりともしない。心底つまらなそうな憮然たる面持ちでいた。

「それだけか」

「無論、それだけではあらしまへん」

 プルーペットは小さな手をパタパタと振るう。口上商人が商品の一番のポイントを紹介するがごとく、少しもったいぶったように溜めてみせると、声のトーンをやや小さくした。

「ランス王はシャングリラを御存じでっか?」

「そんなもん知ってるぞ。確かポルトガルの性風俗店だったな。女の子の質もサービスも中々良かった記憶があるぞ」

「ぜんぜんちゃいます。おいどんが言ってるのは現代の理想郷と呼ばれるキナニ砂漠のオアシス、シャングリラのことでやんすよ」

 ランスはそこでようやく眺めているカタログから顔をあげた。

「理想郷?」

「ほんとに天国のような場所ですますよ~。いっぱいのゴールドで溢れ、食べても食べても尽きぬ果実をつける木が植生し、極上の美酒を浴びるように飲むことができ、そして何より美女もぎょーさんおりまっせ」

「美女がいっぱいだと!?」

 聞き捨てならない発言に一際強く反応する。思わず身を乗りだしてしまったその勢いで、カタログが膝から床に滑り落ちた。
 その食いつきぶりにプルーペットはいっそう笑みを強めた。

「シャングリラの都はその正確な位置は秘匿され、本来なら砂漠の案内人の手引きなしには辿りつけないような特別な場所なんですたい。ばってん、もしおいどんとおいどんの財産に対して絶対の保障をしてもらえるならこちらのツテでシャングリラの王にかけあってみせましょうたい」

「……うーむ」

 ランスは腕を組んだ。
 うさんくさい。うさんくさいが、同時にひどく魅力的な話だった。対価として考えればむしろ十分すぎると言っていいだろう。心の天秤は揺れを見せた末、プルーペットの話に乗っておく方に傾いた。
 
「……よし、わかった。いいだろう、お前の屋敷や商会については手を出さないよう計らってやる」
 
「まいど~。交渉成立でんな」

 その後、二人は戦争開始時期や報酬の支払い日など細かい部分を詰めていった。
 密約は取り交わされ、王と商人は互いに「くくく」「ふふふ」と薄い笑みを浮かべあう。

「ああ、一応言っておくが、俺様に対して少しでも舐めたような真似をすれば、その保障はないものと思えよ」

「言われなくてもランス王の機嫌を損ねるような真似はしまへんよ。ランス王の方もあんじょうたのんまっせ」

 そう言うと、プルーペットは満足そうに謁見の間から立ち去った。




「へへへ、悪くない取引だったぜ」

 ランスもまた満足した心持ちのままに場を後にしようとした。
 すると、踏み出したその"丁度"足元に何かがあったのか、滑りそうになる。それを何とかこらえて原因をにらみつけてみれば、それは先ほど落としたプルーペットからもらった商品カタログだった。
 何十ページもある冊子の中で"たまたま"開かれたそのページには美しい女性の写真がのっていた。故に目に留まった。
 思わず拾いあげてそれを凝視する。

「……ふくマンシスターズ?」

 おそらくプルーペットの保有する娼婦というところだろう。淫らな姿を晒した二人の女性が映っていた。
 一瞬浮かぶ自分も頼んでみるかという軽い考え。それが吹き飛んだのは姉妹の片方の顔を見た時だ。ランスの笑みは完全に凍りついていた。

「……キサラ……コプリ……」

 それはきっと偶然というよりも、むしろ幸運の導きにより引き寄せられた必然だったのかもしれない。



[29849] 2-10
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:24

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十五話 ~fire~




 -自由都市国家ポルトガル-


 リーザス王国が侵攻して来た。その報はポルトガルを大いに混乱させた。
 国民にとっては寝耳に水どころの話ではない。何せ、つい先日使者がリーザスに送られ、そこで同盟が無事結ばれたという報道を受けた矢先のこと。誰もが悪い夢だと思いたかった。
 ポルトガルからしてみれば、ひどい裏切りと思える行為だが、驚くことにリーザスはこちらこそが裏切り者だと断じている。
 向こうが掲げる大義名分は国際平和の維持の為。過去、リーザスと自由都市に侵略戦争を仕掛けたヘルマン帝国は敵であり、秩序を乱す悪の国家。だからこそ、制裁措置を講ずるべきところを、ポルトガルはそれを無視し、あまつさえ商人どもは己の利欲の為に裏で何度もヘルマンに支援を行い、国際平和を著しく乱す行為をした。再三再四にわたって停止要求をしたものの効果が無かったが故に武力攻撃にでたとのことだった。
 停止する為の条件は、都市長と商人ギルドの幹部全員の身柄を速やかに引き渡すこと。
 それが叶えられないのであれば、まずは多くの豪商が邸宅を構えている高級住宅街を対象に砲撃を開始。それでも出てこなければ今度は商人どものギルド本部や企業の集まるオフィス街に被害がおよぶと彼らは告げてきた。

(まったく、冗談じゃないったらありゃしないよ!)

 プリマ・ホノノマンは苦い表情でオフィス街を走っていた。
 標的とされたこの街全体は当然のことながらハチの巣をつついた様な大騒ぎだった。多くの企業が業務を中止して社員の避難を急がせている。
 通勤時のピークよりもひどい人でごったがえし、半狂乱の渦とも言えるスクランブル交差点の街頭ビジョンには、ポルトガルの街郊外の様子がライブで映されていた。
 精悍な目つきをした勇壮な騎士集団が整然たる並びでいる。身に纏っているのはリーザス軍では馴染みのない緑の甲冑。新たに創設されたと言う噂の軍団だろう。
 カメラが流れるように移動していくと、今度は眩い金の輝きに身を包んだ美々しい戦乙女たち。そしてそれを侍らす形で佇んでいる男が抜かれた。この軍勢を率いてポルトガルに攻め込んだ張本人、リーザス王ランスだった。

(……やっぱ変わんないね)

 疾走しながら、ちらりとそれを確認したプリマは、一瞬口許を綻ばしそうになった。不敵な面構えで泰然としているさまは共にレジスタンス時代を過ごした時となんら違いが無い。
 しかし、笑ってばかりもいられない。彼はとかく我がままで自分勝手で他人をよく振りまわす男であったが、まさか今に至っても理不尽を被るはめになるとはとんと思ってなかった。
 プリマはレジスタンス活動をしていた国が新しい方向に行ったのを契機に自分もまた新しい道に進もうと考えた。そして、此処ポルトガルに来てそれなりの貿易会社に就職したのだ。同僚や先輩にも恵まれ、順調に仕事を覚えていきようやく仕事に慣れ始めて新生活に充実を覚えていたところでこれだった。
 いくら"慣れたコト"といっても恨みごとの一つや二つ湧いてくるものだ。

(ま、それをぶつけるのも無事逃げてからのこと)

 今は避難が最優先だ。
 前方では街の自警団の者が誘導を行っている。しかし、プリマはそれを無視し、群れを外れるとビルとビルの間の路地に飛び込み、奥へと駆け抜けていった。
 勝手な行動を取るのは本来まずいのだが、そうも言ってられない事情がある。
 頭に叩き込んだ地理情報と避難ルート、移動する人の集中箇所等を考えながら自宅への最速ルートをはじきだす。後はそれをなぞりながら、全力で駆ける。こういう状況下にあっても思考が鈍らず、身体もいくら走っても乱れを見せないのはレジスタンス時代を生き抜いた賜だ。
 オフィス街に隣接する住宅街に入る。目的地たるマンションにはほどなくして着いた。金属製の非常階段を軽快に昇って、自室へとつっこんだ。
 4LDKと広い作りの空間。JAPANと大陸の文化の混じったポルトガルでは和室と洋室が存在するのがスタンダードな形だ。プリマは玄関からわき目も振らず和室のほうに向かうと、そこで顔をさらにしかめ、苦り切った息を吐いた。

「やっぱり……」

 視線の先では今置かれている現実を忘れてしまいそうな光景が広がっていた。
 畳みの上には布団が敷かれており、その上で一人の少女がぐで~っと枕に頭を沈ませている。閑静に包まれた住まいに規則正しい寝息が響く。
 セスナ・ベンビール。元同僚で自分と一緒にポルトガルまでわざわざついてきたものの一人だった。
 プリマは彼女の方につかつか足早に歩み寄ると思いっきりふとんをひっぺがす。

「セスナ、ほら、起きな! 呑気に寝てる場合じゃないよ!」

 そのまま体をひっつかむと無理やり上体を起こす。しかしその目は全く開く気配がない。
 セスナは過去にいとこからかけられたスリープという睡眠魔法の副作用で睡眠欲の塊みたいな人間になってしまった事情がある。
 それは確かにしょうがないことだが、このままここで放っておけば寝ている間に何も知らないまま永眠することになってしまう。

「くっ……ほんと世話の焼ける……!」

 さらに力を入れて持ち上げると、激しく揺さぶる。若干の苛立ちを込めながら。
 そして、十往復ぐらいしたところでようやくセスナの目がうっすら開いた。しかし――それはプリマの努力によるものでない。
 まるで雷が落ちたような轟音が街を満たしたのだ。
 弾かれるようにプリマは窓を見た。

「はじまった、か」


 リーザス軍による砲撃が開始された。






 砲声の咆哮。飛来による唸り。着弾を受けた地面の叫喚。
 それらを耳にしながら、ランスは双眼鏡を通して遠方を眺めていた。
 炸裂の壮観。都市部から少し外れる形で激しい勢いで土砂を巻き上げている。

「よしよし。まだ当てるなよ。少し外しときゃ十分だ。間違っても街を廃墟にするような真似だけはすんなよ」

 リーザスの旗印が高々と翻る本陣では幾度となく兵士が出たり入ったり慌ただしく動いている。
 少し離れた丘陵帯に恐ろしく巨大な砲が据えられており、異様な存在感を放っていた。威圧するような黒光りと全くそぐわないチューリップのマーク。マリア・カスタードがヒララ技術を駆使して開発した長距離砲台だ。

『うん! さっすが復活したマレスケの命中精度は前以上に素晴らしいものがあるわね。寸分の狂いも見られない。ランス、やろうと思えばもう少しポイント寄せられるけど、どうする?』

 魔法通信機のスピーカーからマリアの声が発せられた。自分の発明の成果に興奮しているのか、ややテンションが高い。

「威嚇はかけられるだけかけてかまわん。やれ」

『ん、了解』

 間をおいて、また砲が火を噴いた。風に乗って残響が耳に届く。
 そのド派手な威力に、ランスは全身の血が滾る様な興奮をかきたてられるのを感じてしまう。あれを街の中心にぶち当てられたらどんなことになるだろうという興味。建物がガラガラと崩れゆくさまを見るのはきっと爽快だろう。ちょっとだけ試してみたい、と危ない破壊欲が俄かに込み上げるが、力ずくで堪える。
 まだ、それをするわけにはいかない。まだ。
 うずうずと昂りながらもランスは腕を組んで、ひとまず静観の姿勢に入った。

「兄貴っ!」

 叫びとともに一人の兵士が駆けよって来た。他の者同様に緑の装具を着こなしているが、普通の軍人とは明らかに毛色が異なっている印象を受ける。
 元ヘルマンの盗賊だったバウンド・レスはバレスの下で一通りの基礎訓練を受けて、ようやくランスの緑の軍に配属されたところだった。まだまだ見習いとも言える立場だが、さっさと実戦の空気を味わった方がいいと判断して、連れてこられた。彼にとってはこれが初めての戦争参加だ。だからだろう、よく見れば面頬の奥の緊張の色が濃く固いのがわかった。
 バウンドは一度呼吸を挟んで、それから報告に入った。

「兄貴、敵が都市より出てきました」

「守備隊のやつらか?」

「いえ、傭兵部隊です」

「商人どもの雇い兵のほうか。屑どもが無事逃げられるだけの時間稼ぎのために差し向けられたってところだろうな。勝機もねえのに金と契約の為にご苦労なこった」

 ランスは鋭く双眸を細めると、魔法通信機に見向く。

「聞いたな、マリア。標的をそっちに変更だ。それと予定通り第一、第二砲兵部隊に相手させろ」

『それはいいけど、大丈夫なの?』

「何がだ?」

『ほら、向こうには志津香がいるって聞いたんだけど』

「後、戦姫ちゃんもだな。どうやらこっち来て傭兵になってるみたいだぞ」

 それらの事柄はプルーペットと交渉した際にもらった情報に入っており、既に把握していた。
 ポルトガルに攻め入る選択肢をとれば、当然彼女たちとは敵として戦うことも考えられることである。しかし、ランスは変に慌てることはなかった。

「まあ、そっちに関しては大丈夫だ。すでに手は打ってある」

 わずかに口角をもちあげた。事前に知ってさえいれば、いくらでも対応をとることができる。そしてそのための措置は万全、適当なる人材も配した。何の懸念の不安も抱きはしなかった。

「…………随分と信頼なさっているようですわね」

 警護として側で控えていたチルディがぼそりと呟きを漏らした。
 何かを言ったことはわかってもあまりに小さかったため内容自体は聞き取れず、ランスは振り向いた。

「ん? 何か言ったか?」

「いえ」

 チルディは首を振って、黙る。
 明らかに何かありそうな風情であったが、ランスはそれ以上深く問うことはしなかった。気にならなくはなかったのだが、先ほどからもっと別のことが頭を占めており、より気にかかっているのだ。
 そろそろだ。そろそろ来てもおかしくないはず。
 気もそぞろに、視線をあちこち飛ばし、身体を揺する。
 募る苛立ちからバウンドを蹴り飛ばそうとしたところで、かなみが本陣に姿を現した。
 待ちかねたようにランスは声をあげる。

「ちっ、遅いぞ、かなみ! どんだけ時間がかかってんだ。あれだけ混乱させてやりやすくしてやったんだぞ。軽くこなしやがれ」

「簡単に言わないでよ。宮殿クラスのセキュリティだったんだからしょうがないでしょ!」

「言い訳はいい。さっさと報告しろ」

「……確認はとれたわよ。二人ともプルーペットの屋敷の地下にいる」

「そうか」

 短く応じると、それでもうランスはバウンドのほうに顔を向けていた。

「商人どもの本拠地を占領する。バウンド、部隊にいって準備させろ」

「へい!」

 すっと背筋を伸ばしたバウンド。気合いの入った返事がかえってきた。
 それを背に受けながらランスは真っ先に本陣からでた。








 殺気だった傭兵が怒号を発している。装備も人種もばらばらで統一感が無い中、それぞれの獲物と瞳が放つ獰悪の輝きだけは共通していた。
 この仕事では商人から莫大な金額が提示されている。戦のちょっとしたスリルと大金を求めるもののほとんどが喜び勇んで戦場に飛び出した。気力は充溢していると言ってよい。
 魔想志津香はそんな集団の後方にいた。およそ100名の魔法隊の指揮を任されている。志津香としては出来るならそんな役割は担いたくなかったのだが、集団による魔法詠唱は最も強く技能のあるものが中核となるかどうかで効果の度合いが大きく違うため半ば強制だ。
 戦における魔法隊の基本的な仕事は、攻撃魔法で遠距離から射かけること。それで充分に混乱を与えて敵の陣形が乱れ始めたら、白兵部隊が敵陣に突撃していく。
 だがしかし、志津香は、

「……出来る限り魔法防壁貼るわよ」

 全く反対とも言える指示を出した。
 部隊がざわめく。いくつもの怪訝そうな視線を浴びせられた。彼らの示す反応は志津香にも理解はできた。魔法防壁なんてものは戦争においてあまり使われることなどない魔法だからだ。それぐらい魔法といえば攻撃魔法による砲撃が主体となっているし、何れの国においても部隊の得意魔法は攻撃面に偏っている。

「いいから、全滅したくなければ言うこと聞きなさい」

 有無を言わさず強い口調で言う。部隊のものは一様に顔を見合せながらも、すっと両手をあげた。
 志津香は詠唱をしながら、上空を睨むように見据える。空は灰色の曇り空だ。
 ドカンッ! と空気が鳴り響いた。途端に天が翳りいく。いや、真っ暗に移り変わった。
 光の壁が守る様に展開される中、砲弾が雨あられのごとく降り注いできた。
 次から次へと黒い塊がぶつかって激しい爆発を起こしていく。
 その光景を苦い視線で眺めながら、どんどん詠唱をおこし、障壁を途絶えさせないように奮戦する。
 志津香は相手の武器の特性をよく理解していた。何せ一番の友人が開発したものである上、そばでその兵器が活躍する様を何度も見てきたのだから当たり前である。
 チューリップ一号の恐ろしさは単純な威力そのものではなく、それが特別な技能も詠唱も全く必要としないところだ。レベルを鍛え上げた者を非力な戦闘素人が引き金一つで粉砕することを可能としている。
 技能によって使える戦力の変わる弓兵や魔法兵と比べるべくもない。揃えられる数も連射性能も何枚も上だ。単純な撃ち合いになれば、勝てる道理がないのだ。
 故に志津香は防御を選んだ。シールド魔法のメリットは急迫の攻撃に対抗するために多くが詠唱がずっと短く済むようになっているためだ。
 おかげで何とか張り合うことを可能としていたが、それもある程度までだった。
 正直ここまでのものとは志津香はさすがに予想はしていなかった。完全にこちらの処理能力の限界を超えている。

(どんだけの数揃えてんのよ、あのバカ!)

 砲撃が絶え間なく続く。もはや飽和状態だ。
 衝撃、炸裂の音が鼓膜を激しく揺さぶる。
 集中力が途切れないように耐えるので精いっぱいだった。もはや貼り直す余裕はなく、いくつかの防御結界は破れていき、ついに砲撃を浴びるものが出てきた。兵の体が驚くほど簡単に宙に舞う。吹き飛び撒き散らされゆく死肉と血飛沫。
 魔法隊のすぐ近くでも着弾があった。
 激震に見舞われる。巻き起こる激しい塵風に志津香は髪を乱され、帽子が飛ばされそうになった。
 何とか持ちこたえ再び詠唱を仕切り直そうとしたところで、ようやく砲撃が止んだ。だが、安堵する暇は幾許もなかった。
 立ち込める塵煙が流れ、視界が開けかけたところで、鬨の声が轟いた。
 地鳴りをおこしながら、リーザスの騎士隊が突撃をしかけてきていた。
 砲撃による混乱の最中、立て直す余地もなく、数、士気、勢い、まとまり、練度が一回り以上の軍勢をまともに相手取れるはずがない。
 金属のぶつかる音。すぐにそれらを塗り潰すように悲鳴、半狂乱の叫びがあがった。もはや先頭は呑まれ、中央も完全に崩れたっている。

「退けっ! 撤退だっ! 商人への義理立てはもう充分だろ」

 全傭兵部隊は遁走を開始。これ以上抗ったところで実りはない。泡を食って次々逃げかえる。
 後方に位置し、また、その特性上感情のコントロールの重要性を認識している志津香をはじめとした魔法隊はまだ多少冷静でいられた。後退するのは勿論だが、ただこのまま単純に退いたとしても無事生き残れる確率はそう高くない。
 故に落ち着いて戦場を見据えながら、最適な行動をとるべく、動く。
 敵の行動を阻止しつつ、味方の退却を援護する。そのため少しでも敵の勢いを抑えるための魔法を加えなくてはならない。
 志津香は指揮をとった。
 出来る限り効果的で、詠唱もスムーズで、目標設定のしやすいものが望まれただけに、もっとも慣れた攻撃魔法をとるのが理想的である。瞬時に自分の得意としている魔法の言霊をつむぐ。

「――――業火炎破」

 詠唱を終え、魔法隊が一斉に手を前へ翳すようにつき出すと、炎の帯が広がり、轟音を轟かせて弾ける。地が砕けて吹き飛び、そして燃え広がった炎の勢いがリーザス軍の前衛を呑む。
 ――はずだった。
 志津香は眼前の光景に驚愕し、目を大きく見開いた。

(……え……うそっ!?)

 炎が揺らめく中、騎士の影が確然と立つ姿を映している。
 純粋な火力という肉体的な面でも、恐れをかきたてるという精神的な面でも敵兵は猛火をものともせず、まるで何事もなかったように、煙をかきわけながら進んでいた。
 明らかに純粋な魔法耐性によるものでない。完全に炎魔法に抗する何かを施されている。
 ぶつけられる魔法が電磁結界でもなく、粘着地面でもなく、局地地震でもなく、炎系統の範囲魔法がここで放たれるはずと読んであらかじめ準備されていた?
 まさか、と志津香は全身に強張りを感じた。
 ある事実に思い至り、背中に冷たいものが走る。
 一刻も早くここから離れたい衝動にかられた。逃げなければ確実に面白くないことが起こる。

(どうしてか知らないけど、あのバカ、私が傭兵としてここにいること知ってる……! マリアにも言ってなかったのに)

 志津香はあわてて反転して、混乱している魔法隊とともに退こうとする。
 しかし、リーザス軍の猛攻は止まる気配がない。その進行速度はすさまじく、魔法隊の退却スピードよりずっと速く感じられる。
 というより、志津香が総大将というわけでもないのに、何故かリーザス兵は、他をおいてまるで自分を目指して向かっているように思えた。
 怒涛の進撃。もはやすぐそこまで敵の軍勢が肉薄していた。
 盾と槍をもったガード隊が応戦する。しかし、彼らは寡兵の魔法隊を守る為に編成された少数の部隊にすぎない。
 リーザス兵はそれらを蹴散らしながら迫ってくる。
 それを寸前で何とか押しとどめたのは戦姫だった。

「ここは私が引き受けよう」

 何とも男前なこと言って、リーザス兵数名を一人で相手取る。
 志津香は一瞬、自分も援護すべきか、任せて退くかで逡巡した。頭には様々な考えが浮かぶが、結局大人しく下がることを決断する。

「任せたわ」

「――あー、そうもいかないのよね」

 声がかかったのは逆方向。
 志津香は驚いて目を瞠った。いつの間に部隊に裏へと回り込まれていたのか。
 さらにその部隊を率いていたのは見知った人物であった。

「レイラさん?」

「……リーザスの親衛隊長殿か」

「志津香さんも戦姫さんも一緒でよかったわ、手間が省けそうね」

 親しげな笑みを覗かせてレイラ・グレクニーが二人の下へと近づいてきた。

「ランス王より言伝を預かってます」

「言伝?」

 戦姫が問うと、レイラはやや微苦笑の成分を増しながら伝える。

「お前たちは今日から傭兵じゃなく俺様の兵となることが決定した。光栄に思え……だそうよ」

 勝手に決めるな、と志津香は吼えたかった。しかし、ここで言っても仕方ないし、状況的に抵抗しようがない。

「大人しく武器を捨てて、投降してくれる?」

 少し首を傾げながら穏やかに問うが、周りは完全にがっちり武装した兵士らに抑えられている。
 むっつりと押し黙る志津香。それとは対照的に戦姫は機嫌良さそうに口を開いた。

「そうだな。私としては今後のリーザスの戦争に参加させてもらえるならそれはむしろ魅力的で、別段文句はない。だが……仮にいやだと言った場合はどうなる?」

「ランスく――王からは絶対に捕らえるよう仰せつかってますからね。どうしてもという時にはある程度の実力行使も構わないとも」

「成るほど……そっちのほうがずっと素晴らしい口説き文句に聞こえた」

 戦姫が口端を上げて微笑を浮かべた。目を細め、そして唇を舐める。

「せっかく大国と一戦交えられるとこうして参加したのだが、あまりにあっけなく終わり過ぎてやや物足りなかったのだ。少しでいいから相手をしてほしい」

「でしょうね……わかったわ」

 レイラは半ば予想していたように滑らかに剣をあげた。



 戦姫は身長よりも一メートルくらい長い槍を軽々と回すと、対した。半身に構えている。繊細な線が描き出す鋭利なる剣のごとき風姿が触れたもの全てを両断しそうな殺気を放つ。
 眼前の並々ならぬ相手にレイラは気を引き締めた。肩の力を自然に抜き、真っすぐ切っ先を相手の喉に向けた。

「――徳川千、参る」

 先に仕掛けたのは戦姫。
 空気を破る様に鋭い音を発しながら襲いかかって来た槍の穂先。
 即座に反応すると、剣の背で弾き、軌道を逸らす。
 戦姫は旋転した。間髪入れずに二撃目が振るわれた。
 ヒュン、と乾いた刃音。
 レイラは紙一重の見切りを見せ、上体を仰け反らす。鈍色の光が目前を横切った。
 空振りの隙をついて反攻に転じようとしたが、しかし距離が遠い。足りない分を踏み込みで補おうとするが、その前に、戦姫の槍が足を狙って下方を薙ぎ払う。それを剣で受けると、レイラは身体をひいて射程圏から離れた。
 戦姫の口許が剥き出しの闘争心に歪んでいる。
 放たれる凄絶な迫力を全身に浴びながら、レイラは精神を研ぎ澄ませていった。視線、息づかい、僅かな動きを相手から感じとっていく。全神経が張り詰める。
 じり。慎重に間合いを測り、擦り足で距離を詰めた。
 と、次の瞬間、視界から戦姫の姿が消えた。
 槍と共に体を深く沈めたのだということを察した時には、斜めに切り上げた死角からの攻撃が迫っていた。
 とっさに半歩後退する。
 しかし、戦姫は踏み込んで、すかさず勢いよく刃を落とす連撃を繰り出してきた。
 レイラは剣で打ち据えるようにしてそれを迎撃。磨き抜いた防御技能の出せる反射速度でギリギリだった。
 戦姫は昂り帯びたように嬉々としてさらに直線的な攻撃を重ねていく。
 レイラもまた真っ向から刃を打ち合わせた。衝撃に空気が震える。
 相手の一撃一撃が力強く、重い。同じ女性とは思えない膂力だった。ただ、レイラとて伊達にリーザスナンバー2剣士を名乗っていない。男性の猛々しい剣も何度も経験し、下してきた。
 戦姫の突き出した腕を狙って、レイラが振るった剣が弧を描く。戦姫はぶつけるように柄で受けると思い切り押し返し、続けざまに横薙ぎに振るった。
 攻撃、迎撃、反撃。互いの武器が幾度となく苛烈に交差する。殺伐と鋼が擦れ合う。荒々しく刃が食い合う。
 同時に繰り出した攻撃は、中央で弾け、両者とも吹き飛ばされたように離れる。
 構え直すのは同時。
 戦姫は短い呼気を吐いた。
 レイラは地を蹴った。
 距離が詰まる。
 刃が走る。
 互いに鋭く、速く。
 甲高い破砕音が弾けた。
 頬の表皮にざりざりとした感触、次いで湿りとぬめりをレイラは感じて、思わず痛みと不快感に顔をしかめた。
 それとは対象的に眼前にある相手の顔には、極めて満足そうな笑みが浮かんでいた。
 ふむ、と戦姫は微笑のまま一声を漏らすと、

「……私の負け、だな」

 呟いて視線をゆっくり下ろしていく。
 彼女の胸には剣の切っ先が触れていた。

「ギリギリだったけどね」

 レイラもちらりと視線を斜めに下げると、一部が粉々に打ち砕かれた鎧の肩当て。破片がぼろぼろと崩れ落ちている。

「驚いたな。以前JAPANで見た時より剣術の冴えに磨きがかかっている」

 戦姫は頬を上気させ、賞賛するように呟く。

「ふふふ、ありがと。満足した?」

「うむ。存分に堪能した」

「そう、良かった。それじゃあ、二人ともこれからリーザスでよろしくね」

 レイラは片目を瞑る。
 頷く御満悦の戦姫。
 少し離れた位置では、溜め息一つ吐いてもうこれまでと観念したように志津香がうなだれていた。







-ポルトガル 高級住宅街-


 キサラ・コプリはランスにとって「俺様の女」だ。
 LP2年に地元の大企業ハピネス製薬からの依頼を慈悲深くも安金で受けてやって仕事をした際、そこで全自動美女配達サービス員が連れて来たのがキサラだった。
 彼女は女性ながら危険を顧みず冒険家稼業に精を出していた。なんでも親の残した莫大な借金とその形に抑えられてしまった妹がおり、その負債を何とかする為らしかった。そんな健気なキサラに対して、鬼畜最低な全自動美女配達サービス員は彼女が人を信じやすい性格であったのをいいことに、弱みに付け込むことで卑劣にもその毒牙にかけようとした。無論正義の味方たるランスは危ういぎりぎりのとこで颯爽と助けだしたのだ。それがきっかけで、というよりランスにとってはそんなことがなくても当然のこととしてキサラとランスの仲は近づいていった。
 最終的にはお側においてほしいとまで願われ、ランスもそれを拒まなかった。しかし、妹と借金の問題があり、そのまま側にいても迷惑がかかってしまうからそれを解決するまで待ってほしいと言われて二人は一時の別れとなったのだったが――

(それがまさかこんなことになってるとはなあ)

 苦々しい感情が隠しきれない。
 次に彼女を目にしたのはプルーペット商会のカタログの中で。あれを見た時の驚愕は言い表しようがなかった。
 ランスの中で「俺様の女」というものは幸せを決定づけられている。
 そして、ランスは「俺様の女」が自分以外の男に抱かれることを何より嫌っている。
 だからこそ、不愉快極まりないことだった。
 今こうして少し考えるだけでも頭に急激に血が昇り、カッと白熱せんばかりだ。

(ほんとムカつくぜ。だが、その胸糞悪いことももう終わりだ)

 白磁の門が打ち壊される。ランスはリーザス兵の列を連れて、プルーペットの屋敷に押し入った。
 広い庭に続々と兵が流れ、屋敷内に侵入。次々と各部屋に踏み込んでいく。セキュリティ装置が作動し、警護用魔法生物などが出てきたが、ろくに機能も果たす間もなく圧倒的な暴力の波に押し潰される。

「かなみ、案内しろ」

 頷いたかなみが先導していく。真っ赤な警報灯を浴びながら、隠し階段やら、隠し扉やらをいくつも抜け、そしてようやく辿りついた一室。この場所だとかなみに示されたその扉をランスは蹴り破った。
 室内にはいろんな年代の女性が大勢鎖に繋がれていた。突然乱暴に押し入った存在に対して狂ったように叫びを上げる者や、怖いくらいに何の反応も示さない者もいる。
 ランスは視線を巡らして、そして見つけた。
 紫色の髪を長く伸ばし、溶けて消え入ってしまいそうなほど淡く白い肌。何より儚げな印象を与える女性が二人寄りそうようにしていた。

「キサラ!」

 真っすぐ向かっていき、声をはり上げた。

「……え? ら、ランス、さん?」

 戸惑ったような反応とともに視線がこちらへと向く。
 ランスは胸が痛んだ。
 か細い声だ。
 以前は多少無理に取り繕ったようなものであっても、明るさや気丈さが確かに彼女にあった。しかし、今はそれすら鳴りを潜めて暗い影を宿している。さらに白い肌はあの時よりも薄くなっており、その体もずっと窶れたように感じた。

「ど……どうして?」

 僅かに覗くアメシストのような瞳が激しく揺らいだ。
 ランスは口許を緩めていつもの笑顔を見せた。

「いくら待っても全然俺様のとこに来やがらねえから、待ち草臥れちまってな」

 夢現の状態にまだあるかのように茫然と立ちつくすキサラ。
 ランスはふと彼女の隣に視線をずらした。先ほどから物静かに佇んでいる少女がいる。

「ほう、君がキサラの妹か。確かレベッカといったな。なるほど、姉に似て君もかなりの美人だな。花丸満点をやろう」

「あなたは……」

「俺の名はランス。ありとあらゆる美女、美少女の味方だ」

 切れ良くサムズアップするランス。
 レベッカの人形のような表情は変化せず、ただ碧の瞳が不思議そうに瞬きを繰り返して、見つめている。
 そしてついに屋敷内全ての制圧が終わったのか、兵士が報告を携えやってきた。

「ランス王! 借用証書、契約書、承諾書、誓約書、権利書その他すべての書類回収完了いたしました!」

「え……?」

 キサラは目を見開いた。耳にしたことが信じられないように唖然として、ランスに見向いた。
 それ対してランスは小さく頷いて、彼女を見つめる。

「全部終わった。もう下らんことをする必要はない。安心して俺様のもとに来い」

 その言葉でキサラの感情を抑えていたものが一気に決壊したようだった。
 彼女の長い睫毛が微かに震えている。堰を切ったように双眸から涙がたちまち溢れだす。透明な滴が筋を引いて流れ落ちた。

「――ランスさんっ!」

 喘ぐように言って駆けよってきた。抱きついてきた彼女をランスはしっかりと受け止める。
 薄い肩。華奢な手応え。割れてしまいそうなくらいの繊細さはまるで硝子細工で出来ているように思える。
 ランスはキサラを包み込んだ。すがりつくように手がまわされる。
 頬と頬が優しく触れあった。柔らかな皮膚の感触。伝った涙の跡が微温みを帯びている。

「ランスさん、ランスさん、ランスさん……夢じゃない……夢じゃないんですね」

「ああ」

 口を耳元に寄せて力強く囁く。
 もう大丈夫だと頭を愛おしげに撫でていく。何度も何度も。

「キサラ……」

「……ランスさん」

 切ない感情が籠っている。
 二人の心臓の鼓動が速まる。

(…………こ)

 ――この流れなら、いける!
 ぎゅぴーん、とランスの瞳が邪な輝きをのせた。
 感動の再会を果たし、二人のムードは最高潮。このまま押し倒してラブラブエッチ突入間違いなし。
 ――さらに妹を交えて3Pも。
 ――いや、ここにいる女性全てでハーレムプレイも不可能じゃない。
 期待と股間を膨らませたランスはさらに身体を密着させると、撫でていた髪を梳くように動かした手をそのまま背中から腰へと流していき、そうっとお尻に伸ばした。
 が――

「兄貴っ!」

 間の悪いことにバウンドが部屋に飛び込んできた。
 ランスの手は固いグーの形に早変わりし、裏拳が飛ぶ。みしゃりという生々しい音がすると、バウンドの体が錐揉み回転しながら綺麗に吹っ飛び、壁に激突した。

「……な、なにするんですかいきなり」

 よろめきながら、立ち上がるバウンドは涙目だった。

「てめえは俺様の部下になる上で極めて重要なことが教育されてこなかったみたいだな」

 激しく舌打ちするランス。

「んで、何の用だ? 詰らない用件だったらぶっ殺すからな」

「え? や、その、指示されていた通り、地下に避難や隠し通路を使って逃走していた商人全員の確保が終わりましたんで、その報告を……」

 ランスは無言で剣の柄に手を添えた。
 バウンドは慌てて続ける。

「そ、それと商人ではないのですが街に潜んでいた二人組を捕らえました」

 ランスは刃を滑る様に外に出す。
 バウンドはひっと小さな悲鳴を喉からあげつつも、必死に振り絞った。

「そ、その二人は若い女性で、おっ、おそらく兄貴好みであると、え、Aランク美女だとっ! 思いまして」

 ランスの睨むような視線と脂汗浮かべるバウンドの怯えきった視線が交差する。

「…………」

 ふん、とランスは鼻息を漏らすと、ゆっくりと鞘に収めた。

「連れてこい」


 そうしてものすごい決死の表情でバウンドが連れてきた女性二人は確かにランス基準で美女だった。
 だが、ランスはその相手に対して違う意味で大きく反応した。

「なんだ、プリマとセスナじゃないか」

「なんだとはなんだ。というかこっちこそ何だって言いたいよ。いきなりポルトガルに侵攻してきて。こっちがどんだけ迷惑掛けられたと思ってるんだ」

 プリマの形の良い眉がきゅっと釣り上がる。

「こっちはせっかくポルトガルで有名な貿易企業に入社したっていうのに、戦争に巻き込まれて台無しだよ」

「がはは! それは運がよかったな。そんな下らない企業に勤めるより、もっといい仕事につけるチャンスがころがってきたんだから」

「良い仕事ね……期待せずに一応聞いておくけど、何の仕事なわけ?」

「これから大きな戦がおきる。衛生兵も一人でも多くいてもらわなきゃな。無論、夜は俺様専属衛生兵にもなってもらうが。特別中だし手当付きだぞ」

「はあ……だろうね」

 プリマは片手で額を覆った。
 
「セスナも俺様の部下としてまた働いてもらうぞ」

「……うぃ」

 セスナはふねをこぐようにこっくりと頭に前後に揺らして頷いてみせる。
 パンッ!
 ランスは両手を大きく打ち鳴らした。
 
「よーし、新たな戦力は増えたし、ポルトガルは落ちてもう俺様の邪魔をするやつは自由都市にいなくなり、砲兵の確認も十分できた。俺様の夜のバリエーションも増えて、これでもうばっちり準備万端ってとこだな」

「夜のバリエーションは関係ないでしょ……」
 
 かなみが呆れたような呟きを漏らす。
 ランスはそれを無視して大きい笑いを響かせた。
 自由都市における目標は全て達成された。胸にはいよいよ動き始める高揚感があった。






 -ヘルマン帝国 ラング・バウ-


 闇に溶け込む帝都ラング・バウ。ずしりと聳立する黒々とした外観の巨大な城は見るもの全ての心に畏怖の念を抱かせずにいられない威容を誇っている。
 薄ぼんやりとした会議室では帝国の首脳部がテーブルを囲んで座っていた。
 先代ヘルマン皇帝の妃、パメラ・ヘルマンは、ぐるりと首を巡らせて居並ぶ面々を見渡してから口火を切った。

「ついにリーザスがポルトガルを制圧し、実質自由都市の全域を支配するに至りました」

 その目は険呑に細められている。

「生意気にも交易先を完全に抑えることでこちらの物資を欠乏させるつもりのようです」

「すぐさま影響が出るわけでないとは言え、民は不安になりましょうな……」

 ヘルマン第1軍の将レリューコフ・バーコフの表情は憂いを帯びていた。

「パメラ様。このようなリーザスの横暴が続けられていくのを黙って許すわけにはいきません。全軍をあげて、リーザスを叩くべく攻め入りましょう!」

 第4軍将軍ネロ・チャペット7世が拳を握りしめて、声を張り上げた。橙色の瞳に燃えるような怒気を漲らしている。
 それに対して第2軍の将軍であるアリストレス・カームは熱のない冷徹な眼差しを向けると、淡々と呟いた。

「……リーザスの狙いはそこだろうな。おそらくこちらが仕掛けてくることを誘っている」

「であろうな」

 レリューコフは顎を引いて静かに同意を示した。ネロは怪訝そうに片目を細める。

「戦争をしかけるということは大きな賭けだ。それも分の悪いな。勝たなければ、こちらの体力が尽きるのがただ早まるのみ。リーザスは確実にパラオ山脈という有利な地形を利用して防衛に徹す」

「なにい? 我ら精強なるヘルマン軍が、たかがその程度の不利でリーザスごときに屈すると言いたいのか?」

「いや……多くの兵を割けば、我らとてそうそう負けまい。多くを割けば、な」

 レリューコフの額には深い皺がよった。重苦しそうに吐く息が厚い黒石の壁に染み込んでいく。

「しかし、この国は今、反乱勢力の問題を抱えておるのだ。リーザスを叩けるだけの戦力を……兵の多くを軽々しく国外に動かしていけばどうなる? 彼ら反乱勢力は必ずこの機に動き、たちまち国は混乱するだろう」

「くっ……! だからといって、ここで大人しくして何の解決になると言うのだ!?」

「ま、遅きに失したってところだね。此処まで来たら攻めるもダメ、待つもダメ。みんな仲良く飢え死にするのを待つしかないんじゃないかい?」

 その前に反乱軍かリーザスに食われちまうだろうがねと第3軍将軍ミネバ・マーガレットが歯を剥いて皮肉げに笑う。
 くっくっと噛み殺した笑みを漏らすは第5軍将軍ロレックス・ガドラス。

「笑っておる場合か、国の大事だぞ!」

 ネロは語気を荒げて、睨みつける。ますます感情を高ぶらせていた。
 その時、大仰な溜め息がつかれた。将軍たちの視線がその相手へと向けられる。
 三十代半ばほどの神経質そうな面差しをした男性だった。分厚い体を誇るヘルマン将軍と対照的で骨太さのかけらもない細い体躯は非力な印象を与える。

「やれやれ。栄光あるヘルマン軍のトップに立つ者が揃いもそろってみっともなく騒ぎ立てるというのは止めていただきたいものですね」

 歪めた唇から漏らした声には不遜さが滲んでいる。レリューコフは鼻から息を吐くと、疎ましさを含んだ目で宰相ステッセル・ロマノフを見た。

「逆に貴様はさっきからまるで置き物のように静かに黙っておったが……文官で、それも宰相という国政を預かる立場だ、頭が取り柄ならば少しぐらいは知恵をだしてほしいものだがな」

 ぞんざいな口調で言う。
 レリューコフにとりステッセルというのは鼻もちならない人物だ。他人を見下した態度もそうだが、ここ数年の宰相として振舞う目に余る専横ぶりも小賢しく影で立ちまわるさまも全てが気にくわなかった。

「策ならありますよ」

 余裕のある口ぶりで答えが返ってきた。
 レリューコフは一瞬、白い眉を顰めた。しかし、続くステッセルの

「リーザスに戦争を仕掛けます」

 という言葉に彼のみならず将軍らの面には侮蔑と嘲弄がすぐ浮かぶ。

「やれやれ、どうも我が国の宰相は人のお話に耳を傾けるということをされないように思えるな」

「話を聞かないのはむしろ貴方のほうですよ。レリューコフ将軍。最後まで私の話を聞いていただかないと困りますね」

 レリューコフの蟀谷がひくつく。苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、口を閉ざした。
 それを一瞥してステッセルは鼻をあげる。

「現状のリーザスを攻めるにはそれなりの戦力が必要。しかし、それだけの戦力を動かせば、反乱勢力への対応がとりづらくなる。ヘルマンの事情としては国外に出すのは何とか一軍程度におさめたいところでしょうかね。ふうむ、こう考えるとやはり国内に心配事があるというのは国にとって本当にやっかいなことと思いませんか? 特にその問題が大きければ大きいほど国はその問題に煩わされて、他に手がまわらない。いやはや、まったく大変なことでしょう」

「貴様、一体何が言いたい」

「だから言っているじゃないですか。内憂ほど国家にやっかいなことはないと……"我が国に限らず"ねえ」

「な……まさか……っ!」

 意味深な物言いに諸将の誰もが察しがつき、カッと目を剥いた。
 ステッセルは酷薄な冷笑を浮かべて、

「近いうちにリーザスに攻めいる絶好の機会が訪れます。確実に、ね」

 カラーフレームの眼鏡のツルを押し上げる。その奥の暗き双眸には底冷えするような鋭利さが垣間見えた。
 
 

 大陸の動乱の気配は着々と色濃くなっていく。



 ―第二章終わり―





 あとがきとかお知らせとか。
 というわけでこれで第二章終わりです。割と中途半端な感がありますが、一応自由都市編終了までを書きました。この第二章はゲームで言えば、魔人の襲撃のイベント、自由都市地域の攻略を終わらせたあたり。ゲーム的には序盤が終えてここから本番というところでしょうか。本格的に物語が動き始めるわけで作者としてもここからが肝心だなと思ってます。期待させるだけさせておいてずっこけたなんてことにならないようには心がけます。
 さて、お知らせですが、作品も少しずつ長くなってきたのと、もうすぐマグナム発売ということを考えて、章ごとの大まかな概略を前書きページにのせておきます。どうしても間があくと内容もうろ覚えになりがちですし、読み直すのが面倒と言う人も多いと思います。簡単に流れがわかるあらすじがあれば便利だろうということで今後も章完成ごとに順次載せていく予定です。また、章ごとのキャラ登場一覧ものせておきます。こちらは一部を読みなおしがしたい際に、どのキャラがどの話ででてたかをすぐわかるようにしたものです。
 更新履歴、概略、登場キャラ一覧……他に何か読者が読む上であったら便利そうなものが思いつき次第、めんどくさくないものに限って順次載せていこうと思いますので必要あればご活用ください。
 それでは、今後も、拙作Rance 戦国アフター -if もう一つの鬼畜王ルート-を宜しくお願いします。






[29849] 3-1
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/11/15 20:33

 ―第三章―


 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十六話 ~intuition~



 -リーザス王ランスの私室-

 久しぶりに気持ちの良い目覚めだった。
 カーテンごしに降り注ぐ明るい日差しが清々しい朝の到来を告げる。
 薄く瞼を開いた。ランスの眼前には乱れた白のシーツに半ば身体を埋めた存在がいる。すっぽり覆いかぶさっている毛布の下には何も纏ってない。彼女が僅かに身動ぎした際に覗いたのは誘うような肢体だった。
 昨夜は自由都市併呑を祝してささやかな宴を催した。その後でランスは盛り上がったエネルギーを爆発させるべく女性を自分の私室まで連れてきた。ポルトガル攻略で新たな美女を何人も得て、より取り見取りで誰にするか迷うという贅沢な悩みがあったものの、「だ・れ・に・し・よ・う・か・な」でセスナ・ベンビールが見事当選した。そして、寝ている彼女と強引にベッドインしたのだ。
 セスナは今もすうすうと寝息をたてている。無防備で隙だらけの表情が晒されていた。愛らしい寝顔だ。
 ランスはもぞもぞ上体を起こすと、朝の空気を吸い込みながら身体をぐうっと伸ばした。
 ぐうううぅぅぅぅ。
 同時、室内に盛大な音が響いた。
 セスナのイビキではない。発生源はランスのお腹だった。
 たっぷりやって性欲解消、たっぷり寝て睡眠欲解消。となれば当然残りは食欲。ランスの体は常に欲望に正直で、素直に空腹を訴えていた。

「ふうむ。今、何時ごろだ」

「まもなく午前八時になります」

 即座にメイドから返事が返ってくる。
 ランスは頷くと、軽く瞼を擦って僅かに残っていた眠気を完全に払った。

「そうか。じゃあ朝メシの準備を頼むぞ。俺様はひとっぷろ浴びてくる」

「はい、御承知いたしました」

 恭しく一礼を終えるとメイドがその後で言葉を一つ足した。

「それとランス王、筆頭侍女のマリスがお話したいことがあるそうです。都合のよろしい時にお呼び下さいと申しておりました」

「話? ああ、頼んでたやつの報告か。マリスは今何してるんだ?」

「現在は執務室にて事務仕事をしております」

「わかった。なら風呂場で聞こう。呼んできてくれ」

 滑らかにベッドより出ると、上も下も何も覆わず露わのままで浴場へと向かった。



 -大浴場-

 水音が反響し、澄んだ音色を奏でる。
 なみなみと湯が満たされた大きい箱が仄かな植物の香りと湯けむりをくゆらせていた。
 肥沃なる大地を誇るリーザスは水資源が豊かだ。国内には森と大地に磨かれながら滾々と湧きでる上質な鉱泉が多くある。自慢の水は入浴といった文化にも活躍している。
 傾けられた結桶から温水がランスの体に滑り降りる。柔らかな湯触り、肌を優しく撫でられるような感覚を味わう。温かさも魔法によって熱を水に伝えて加温されたそれはランスにとって丁度好い塩梅に調整されていた。
 ランスは鼻歌交じりに、目の前の鏡を見た。曇り止めの施された鏡面にはくっきりと目鼻立ちの整った美丈夫が映っている。さらにそのすぐ後ろでは、マリスが掌に石鹸をのせ、それを両手で泡立てていた。
 さりげなく自分の体をずらすことでマリスの全身が鏡にのるように調節する。
 圧倒的。そう思えるだけの成熟した色気を放つ悩ましい姿態が視覚と脳を占拠した。
 繊細に整い精緻を極めた美貌に陶然となる。彼女はやはり完璧な女だ。フェイスラインもボディラインも緩みなく、指先、足先に至るまで全てにおいて端麗だ。
 美人は三日で飽きるなどと言われるがそれは本当に戯言だとランスはつくづく思う。そんなものブスが妬みから出した言葉か、ブスしか得られないブ男の負け惜しみの言葉か、もしくは本物の美人を知らない哀れな人間の言葉だろう。マリス・アマリリスという存在がそれをわかりやすく証明してくれる。
 そもそも本物とは美の引き出しが無限大にあるものだ。
 微かな湯気を自然に纏いて生みだされた隠と露の絶妙なコントラストが蠱惑さを増す。
 潤沢を帯びる深緑の髪。ほんのり赤く色付く玉の肌。曲線の見事さを強調するように緩やかな弧の軌道を描きながら伝いゆく雫。何と言う婀娜っぽさか。
 装い一つで新鮮な魅力をこうも見せつけてくれる。
 鼻息が荒くなるのが隠しきれない。早々に理性が決壊したランスは振り返りしなに抱きつこうとした。
 しかし、マリスはそれがわかっていたように、寸前でランスの額を抑えた。

「む、むぐ、こら、やらせろ」

「それは構いませんが、後にしましょう」

「後なんてバカなことはまかりとおらん! 軽い運動をした後、入浴が基本なのだぞ。やらせろ、今すぐにだ!」

「お気持ちはわかりますが、出来れば話をまず先に済ませておきたいのです。きっと王にとってストレスのたまるであろう内容ですので」

「……なに? ……どっちがダメだったんだ?」

「両方ともとても芳しいとは申せませんね」

 マリスは改めてくしゅくしゅと音を立てながら、泡を作りだしていく。

「まず、キサラ・コプリ、レベッカ・コプリ両名に施された改造についてですが、現状元の体に戻すことは難しいです」

「どうあっても無理か?」

「ふくマン体質でなくすことは出来るかもしれませんが、少なくとも"無事"にすむものではありません。精神面、あるいは肉体面に影響が出るものと思って下さい」

「…………」

 ふくマンシスターズなどとふさけた名前で売り出されていたが、このふくマンというのは最上級の具合の良さと幸福を男性に授ける奇跡の名器であり、それはセックスを売り物とする際にこの上ない価値を発揮する。大金を生む商売道具にするためだけにコプリ姉妹は人為的にそうした体質に改造されていたのだ。
 実に胸糞悪く、何とかしてやりたいとは思っていたが、好き勝手に弄られた体はもう取り返しのつかないレベルになっている。
 ランスの胸中にはやり場のない怒りが沸々と込み上げる。激しい苛立ちが募っていく。だが、それは長続きはしなかった。
 そうした負の感情を全て承知しているようにマリスが手を尽くすからだ。
 きめ細やかでクリーミィな泡がまぶされた手がランスの背中にソフトに触れる。上から下に円を描くように這っていく。
 深い安らぎを与えるように穏やかに。
 心をほぐしていくようにたおやかに。
 筋肉の溝をしなやかな指が通り抜ける。手馴れた手つきで丹念に磨き上げていく。
 背中を洗う中でわざとらしくない程度にマリスの体とランスの体が時折触れる。密着が安心感をまた広げた。
 怒りが霧散し、気持ちが落ち着いていく。そして心の余裕が出来た頃合いにマリスが再び口を開いて次の報告に移った。

「それと、シャングリラの件ですが……」

「ん、まだ調べがつかんのか」

「様々な文献をあたってはいるのですが、いまいち信憑性に欠ける記述が多く、不明なところが多いのです」

「やはり直接キナニ砂漠に軍を派遣してみたほうが早いか」

「それは賛成致しかねます。過去リーザスも含め数多くの国が黄金郷を求めて、軍を動かしたようですが、全てが失敗という結果に終わりました。正直、本当に伝説として囁かれる夢のような国があるか不確かである以上、無理に手を出さずにいたほうが良いと思われます」

「嫌だ。あそこはたくさんの美女たちがいるウハウハパラダイス。まだ見ぬ美女が俺様の到着を今か今かと待っておるのだ。早急に向かわねばならんだろ」

「美女ですか。確かにプルーペットが申してましたし、いくつかそういう記述も見かけましたが、どの人物の言葉もとても信用に足るものではないです」

「いいや、絶対いる。俺様の勘がそう告げている」

「ここで失敗すればただ兵を無駄に消耗するというだけでなく、確実に士気が下がります。今は全てにおいて微妙な時期なのです、どうかお考え直しを」

「…………」
 
 しゃこしゃこと洗う音が響く。
 依然として程良い力加減による快い刺激が続いていた。それらは確かにランスの怒りを抑える効果はもっていたが、しかしランスの欲望が抑えつけられるわけではない。
 数秒思案すると、あることがランスの頭に閃いた。

「ふむ、良いことを思いついたぞ」

「なるべく部下の心労に良いほうでお願いしたいですね」

「冒険者を利用するというのはどうだ」

「冒険者、ですか?」

「そうだ。リーザス、自由都市にある全ての冒険者ギルドどもを焚きつけて俺様達の代わりにキナニ砂漠を冒険させるんだ。金目当て、名誉目当ての奴らが大勢ひっかかるようにあそこには凄いお宝があると大々的にアピールしてな」

「……なるほど。それならどれだけの人数が挑戦して死のうがこちらには大して不利益にはなりませんね。質の面ではいささか不確かではありますが、相応の数が集まる様に報酬を用意して巨大なクエストとして釣ればある程度の実力者も多く挑戦するかもしれません。情報に関してはギルドとマスコミを操作すれば何とでもなりそうですしね」

「参加者には適当に情報を送れる発信機をつけたアイテムを支給をする。これなら失敗しても情報だけは手に入るし、仮に成功した奴がいれば、そいつに関していくらでも対応がとれる。使い勝手の良い駒の出来上がりだ」

「何と言うべきか、本当にこういうことには頭がまわりますね」

「がはははは、そう褒めるな」

「わかりました。こちらでギルドに働きかけておきます」

「うむ、しっかり頼むぞ」

 ランスはさりげなく手を後ろに回して、密着を深めているマリスの内腿を愛撫する。彼女の押し殺したような色っぽい息が項にかかった。
 マリスの腕が絡みつくようにランスの前部に回されていく。独特の指使いで胸を、乳頭を丁重に洗っていく。
 
「それで最後にランス王、ポルトガルの処理に関してですが」

「それについてはコパンドンに全て任せようと思う」

「……コパンドン様に?」

 マリスが手を優しく動かすたび、絹のような滑らかな質感が這いずる。心地よさに目を細めながらランスは自分の考えを話していった。
 ポルトガルは質の良いうしの生息や広く整備された道路、多く集まる人口、企業といった商業によって発展繁栄した都市だ。それに唯一JAPANと繋がる天満橋もある。出来る限り早く経済を復活させてリーザスの要となってもらう必要があるので、それには商人であり類まれなる経営センスと都市運営経験をもったコパンドンこそが適任だろう。すでに彼女には話は通してあり、笑顔で胸を叩いて「うちに任しとき」という力強い返事をもらった。
 そうしたことを伝えるとマリスは「なるほど」と頷いた。弾力に富んだ白い体が押しつけられていく。

「私に何の話もせず進めた辺りは少し文句をつけたくなりますが、判断そのものは悪くないと思います」

「俺様の采配は常に天才的だから当たり前だな」

「ポルトガルに変わって今後我々リーザスが交易を取り仕切るとしたら、JAPANとの関係は非常に重要になってきますね。隣国関係になった以上、互いの益の為になるべく友好関係を築かねばなりません。ヘルマンとの戦争での後ろの安全を確保する意味でも早く同盟を結んだ方がいいでしょう」

「ま、JAPAN国主は香ちゃんだし、その辺は難しく考えんでも簡単に決まると思うがな」

 ランスは余裕綽々とした声音で言うと、つい今しがた思い出したように顔をあげて話を付けくわえた。

「ああ、そうだ、マリス。どっか物置でもいいからそこそこ広い空き部屋をひとつ用意しておいてくれ」

 それ以上に全く詳細は述べることはしなかったが、マリスは全てを理解したように了承以外の言葉を返してきた。

「……シィルさんを置く場所ですか?」

 その察しの良さにランスは内心で小さく舌打ちする。
 全身に広がる石鹸の甘い匂いがここにきてやけに鼻に、つく。
 既に二人の密着は隙間という概念を締め出すまでに至っていた。

「……ああ。JAPANと繋がったわけだし、こっちに運ぼうと思う。あんなもんいつまでも置いといたら香ちゃん達も邪魔くさいだろうし、あんまし迷惑かけんうちに引き取ってやらないとな」

 ランスは鏡越しにマリスを見た。彼女の澄ました表情は相変わらず感情の機微が読みづらく謎めいた魅力が詰まっている。
 しばらく見ていると鏡面に反射したマリスの視線とはっきりと合った。鮮やかな翠玉の瞳がこちらを絡みとって逃がさない。

「わかりました。ただ、一つだけお聞かせ下さい。何故そこまで彼女を救おうと……何故そこまで彼女に拘るのですか?」

「別に、こだわっとらん。奴隷を凍らせたままだと主人の俺様にとって格好つかんし、恥になるだろ。それに、あれだ。とりあえず美人と噂のカラーとやりたいからな。そのついでみたいなもんだ」

「ランス王――」

 マリスの言葉はそれ以上音になることはなかった。
 ランスは彼女の唇に自らの唇を被せるように押し付けて塞いだ。
 話はもう十分。もうこれ以上交わす言などないはず。やわらかく蠢く唇を強引に包み込むと、押し倒す。
 後は浴場の水音に卑猥な水音を絡ませていく響きだけしか二人の間に生まれなかった。





 
 入浴と食事をさっぱりすっきり終えたランスは召使のサチコと身辺警護のチルディを伴って城内を漫ろ歩きしていた。
 赤軍の兵舎に近い場所に差し掛かかったところで並々ならぬ気合いの声が耳に届いた。
 気を引かれて練兵場を覗き込む。頬を熱気が打つ。四方を石造りの壁に囲われたそこは威勢の良い掛け声、金属のぶつかる烈しい音が満たしていた。

「ほう、戦が近いとあって中々精を出しとるじゃないか。感心感心」

 汗みずくになって鍛錬に励む赤軍を眺めて、ランスは上機嫌に頷いた。
 と、その中の一人がランスの存在に一早く気付いて声をあげて駆けよってきた。

「あ、王様、おはようございます!」

「おう、メナド。やってるな」

 ランスの目の前にやってきたメナドは踵を鳴らして背筋を伸ばした姿勢をとった。
 活発な印象を与えるショートカット。少し大き目の瞳はどこまでも真っすぐ前を見据えているようだ。
 小柄ではあるが剣で鍛えたであろうしなやかで粘り強い体つきを持っていて、親しみ深さと独特の鋭さを同居させた彼女はどこか狩猟わんわんを彷彿させる。
 そんなメナドの立ち姿は人一倍美にうるさいランスの瞳にも十分魅力的に映っていた。それだけにかなり気分良く対応した。

「お前のことは最年少で赤軍の副将にまで昇進した期待の若きエースと呼ばれてると聞いている。俺様も期待してる。頑張れよ」

「はい!」

 元気溢れる返事が弾けた。
 と、メナドはそこで深呼吸して「あの」と続けた。そして彼女に似合わず緊張したように身を固めると、先ほどから一転、声のトーンを落としておずおずと話しだした。

「王様……その、厚かましいお願いなんですけど、本当出来ればでいいんです」

「どうした? 好きに言え」

「ぼくの剣を王様に直接見てもらいたいんです。手合わせしていただけませんか」

「手合わせ? そんなお願いでいいのか? まあ、時間も十分あるし、別にかまわんぞ」

「本当ですか!? やったっ!」

 今度はわかりやすいぐらいに表情がぱっと明るくなる。
 そうした素直な感情表出は非常に好ましいと思えた。快活さに引っ張られるようにランスも口許を緩めていると、

「それならば私も一つお願いしたいな」

 涼やかな声が聞こえた。そちらを見向くと汗で首筋に張り付く髪を払いながら近づいてくる一人の女性がいた。赤の甲冑でなく大陸では珍しい大袖を身に纏っている。

「何だ、戦姫もここにいたのか」

「体を動かさねばすぐ鈍ってよくない。だからこうしてJAPANにも名を轟かす赤軍の鍛錬に参加させてもらっていたのだ。それで、どうだ? 私とも手合わせしてくれるか?」

「君は相変わらずだな……。まあ、俺様としては相手してもいいぞ。その後俺様のこっちの相手もしてくれるならな」

「はは。貴方も変わらずだ。本気でやり合ってなお体力が有り余るのであれば、好きにしていい」

 愉しげに語る戦姫。綻んだ口の合間からは微かな笑声が漏れ出る。

「キング!」

 と、またまた声が掛かった。
 三度目だったことよりも今度は男のものだったので、ランスの体がやや反応悪く億劫そうに振り向いた。

「……リックか。もう体の方は無事なのか」

 少し前、シーザーとの戦闘でリックは重傷とまでいかなくともそれなりの傷を体に負ってしまった。そのためしばしの間、自宅で療養中だったはずだ。

「はい。今日復帰しました。今はリーザスにとって重要な時期ですからね。一軍の将がいつまでも休んでいられませんよ」

「そうか」

 ランスとしてはもうそこで会話を打ち切りたかったのだが。リックは逆に弾むような調子で会話を続けようとする。

「キング、私も手合わせをお願いしてもよろし――」

「ダメだ」

「いでしょう……え?」

「ダメだ」

 一刀両断。すっぱりとにべもない拒絶の言葉と冷たい態度で切り伏せる。

「俺様は非常に忙しい身なのだ。メナドと戦姫で丁度ぎりぎり。先着二名まで。もう定員は閉め切った」

「そ、そうですか。それなら仕方ありません」

 リックはわかりやすいぐらいにがっくり肩を落とした。どよどよどんより雲が漂っている。
 「あれ?」と声が上がったのはサチコから。彼女は小首を傾げると、

「王さま、さっき今日はすごく暇だから散歩するってお城をぶらぶらしてた――」

 すぱこーん!
 余計なことを口にしようとしたサチコの頭はランスによって思いっきりはたかれた。

「いたっ! な、なにするんですか、王さま!?」

「うるさい。無駄口叩いている暇があったら、お前も鍛練してろ。せっかくそんな馬鹿でかい盾を持ってるんだ。ここで少しでもそれを使えるよう訓練しようとかそういうことは考えんのか」

「そんな、鍛えるなんて無理ですよ。私は一般人で才能も全くないですし」

「そんなものわかりきってるが、お前今のままじゃ本当なんの役にも立ってないしな。無駄飯食いと言っていいだろ」

「無駄飯食い!?」

「ここで死ぬ気で頑張れば、ただの役立たずから弾避けくらいにはランクアップ出来るだろ」

「弾避け!?」

「チルディ、警護を主任務とする親衛隊は確か盾の扱いにも長けていたよな。こいつに基礎だけでも叩きこんでやれんか?」

「仰る通り親衛隊は盾の扱いも覚えますが、しかし私は盾よりもこっちの剣の方がずっと得意でして……」

「む、そうなのか。だったら、レイラさんを呼んで来るか。彼女は盾の扱いも相当熟練していたからな」

「お、お待ちになってくださいませ、ランスさま! 私は剣の方が得意とは申しましたが、何も盾を扱えないといったことは申しておりません。無論基礎も抑えておりますし、上に立つ者として後輩の育成にも尽力してますので、教えることにも決して支障はございませんわ。是非私めにお任せ下さい。期待に応えて、彼女を最高のガードにしてみせます!」

 涼やかな目元に物凄い力がこもっている。チルディはサチコの腕をがしりと掴むと「こちらですわ」と奥へと引き摺っていった。

「……別にガードにしろとは言ってないが……まあいいか」

 なったらなったでいいし、ならなくても別にいい。ぶっちゃけどうでもよい。
 サチコのことはほっておくとして取りあえずメナドの相手をするべくランスも広い闘技スペースのほうへと移っていった。



 軽い準備運動もとってなかったが、それでも十分であると相対した。二人の間は三メートルほどの距離が開いている。
 静かに息を吸って、模範的とも思える基本の型に忠実な構えをメナドがとった。油断ないしっかりとした腰つきで実践されており、隙が少ない。
 対してランスは自然体でいた。下げられた手には聖刀日光が刃を逆にして握られている。

「……ランス王。峰を使うくらいならいっそ摸造刀なりを使った方がずっと扱いやすいと思うのですが」

 手元から日光が控え目な口調でランスに言った。しかしランスは首を横に振るう。

「いやいや、日光さんの方がいいぞ。握り心地が段違いだしな」

 掌で日光の柄をにぎにぎとする。柄糸は柔らかくサラサラとしており、手に馴染む。まるで女性の上質な髪を撫でているような心地だ。

「……ん……あ、ランス王、来ますよ」

「む」

 ランスは意識を前方に向ける。
 メナドの前髪が跳ねた。一息で踏み込んで来る。

「たああっ!」

 判断も、それに伴う動作も思い切りがよく、速い。

(まあ……俺様ほどではないんだが!)

 襲いかかって来た刃が自分の体に触れる前にさっさと退避する。
 短く飛んで着地。ランスは、日光の切っ先を僅かに上げた。

(さあて、どう攻めてやろうかな)

 ランスは目を眇める。メナドの目を中心に見ながら視界に彼女の全身を捉える。

(おっぱいは……鎧に覆われている……。外に出てるのは太腿か腋だが……そこをせめるか……いや、いっきに抱きついて唇を奪うのも悪くないかもしれない)

 頭の中にあるのはいかに事故を装いつつどうセクハラするかだ。
 無論のこと手合わせに勝つこともきちんと考えている。
 メナドを華麗に下した後、
『ふ、まだまだだなメナド』
『すごいです。流石は超スーパーエリート天才剣士としてその名を轟かせている王様です。ぼくなんか全然歯が立ちませんでした』
『ふ、メナドも決して悪くはなかったぞ。そうだな、よければこの無敵最強の俺様が手取り足とり腰取り指導してやろうか』
『きゃあ、王様素敵抱いて!』
 そして夜の個人レッスンへ……というところまで青写真があったりする。
 手合わせを申し込まれた時から、メナドと親密な関係になるのに利用する良いチャンスだと思いついたのだ。

(くくく、まずは攻める隙をつくる)

 ランスは日光を無造作に振り上げた。
 メナドは身構えて、そこから動かない。警戒しているのか。
 だが、ランスにとってみれば、相手が仕掛けてこようが、受けに回ろうが、どちらでも良かった。
 ただ相手目掛けて力任せに振り下ろす。
 メナドは軽やかに回避に移った。空を切った日光の刀身がそのまま地面へと思い切り叩きつけられる。豪快な破砕音。床に敷き詰められていた石畳が砕けて大小様々な欠片が飛散した。舞い上がった大量の礫が視界を奪う。
 ランスはにやりと口端を上げた。

(くくく……今だっ!)

 身を沈めると、すかさず右手をメナドの体へと伸ばす。
 その時――
 ぷすり。
 ランスの指先に鋭い痛みが走った。

「みぎゃあああああああっ!?」

 絶叫が喉の奥から外に勢いよく迸った。
 反射的に手を引っこめる。

(な、なな何が起きた!?)

 ランスは目を白黒させる。
 慌てて自分の手を確認してみると、そこには細い針のついた矢が刺さっていた。

(ふ、吹き矢だあ!?)

 一瞬暗殺者に仕掛けられたのかと思ったが、そうした殺意は感じられはしなかった。毒も塗っていない。
 とすると、いきつく相手は絞られてくる。
 おそらくそこから放たれたであろう天井をちらりと見上げてみた。石と石の間、ほんの僅かばかり隙間が出来ている。そこにこちらを睨むように見ている人物がいるのを発見した。ランスもまた目を怒らして睨み返した。

「(かなみ、いったいどういうつもりだ!)」

「(どさくさにまぎれてメナドに手を出そうとしたからよ、バカ)」

「(なにいっ! それのどこが悪いんだ!)」

「(どこもかしこも全部悪い! 非常に不本意だけど、メナドはあんたに憧れてて、真剣勝負を望んでんだから、変な真似せずにきちんと手合わせしてあげなさい!)」

「(だから真剣に取り組んでるだろうが! 真面目に俺様とメナドの仲を進展させようとしてるんだ、こっちは!)」

「(ああもう、あんったはほんっとに何でそう……! ともかく! また妙なことしようとしたら同じ目にあわすから)」

「(ほほう。きさま……あとでどうなるかちゃあんとわかっていってんだろうなあ……)」

「(う……ぐ、わかってるわよ。嫌だけど、でも、私は、まだ我慢出来るから。だから、お願いだからメナドには酷いことしないであげて)」

 切実にかなみが訴える。
 ランスは笑う。そして舌を出した。べんべろべー。

「(~~~~っ。あ、あ、あんたってやつはっ! ぜっったい邪魔してやる!)」

 かなみがわなわなと震える。頬を膨らませ、筒を咥えた。
 ランスは鼻で笑って見せる。

(かなみごときが俺様を止めるとは笑わせやがる。なめるなよ、必ず、ここでメナドをモノにしてやるぜ)

 口を歪めて瞳をぎらつかせる。
 ランス対かなみの戦いの火蓋が切られた。


 ――。


 十分後。

(何故だ……)

 ランスは壁際で沈み込んでいた。右手には針の山が出来上がっている。
 結局、あの後一度としてメナドの体に手が触れることはなかった。
 最後の方などしきりにフェイントも交えて本気で仕掛けていったのにエロにいくタイミングが完全に読まれているかのようにかなみに阻まれた。これは一体どういうことか。
 ランスの描いた青写真は粉々に砕けて、代わりにかなみの思惑通りの手合わせが演出された。
 メナドは心底うれしそうに爽やかな笑顔と汗をきらきらさせて感謝を述べていった。だが、ランスの望んだものはそんなものでないのだ。欲しかったのはもっと大人な個人レッスンの時間なのだ。

(というか、日光さんも俺様のことさりげなく邪魔してきただろ)

(彼女は己の剣技を伸ばすべく純粋にランス王との戦いを望んでいました。きちんとそれに応えてあげないといけませんよ。おいたはほどほどに)

 まるで年上のお姉さんに優しく窘められるような感覚で日光に諭されてしまった。
 
(くそくそ、つまらん。つまらーんぞ!)

 ランスは仏頂面で唇を尖らす。
 まったくもって面白くなかったが、それに加えて不愉快なことがもう一つあった。
 メナドはランスと剣を交えた後、部下のもとに戻っていった。副将として再び指導にあたっているわけだが、その様子を観察する中でやたらとメナドに接触する一人の男がいることに気付いたのだ。

「あの男は何なのだ。先ほどからメナドの奴にべたべたしおって」

 なにかメナドも楽しげなのが苛々を加速させる。
 ランスとしてはぶちぶちと独り言をいっているつもりだったが、

「相手の方はザラック殿ですね。確かメナド副将とは恋仲ですわ」

 背後からそれにこたえる声が聞こえた。振り向くといつの間にかチルディが警護のポジションに戻っている。

「なんだ、訓練はもう終わったのか? 随分と早いじゃないか」

「いえ、本格的な訓練はもう少し先にしたほうがよさそうですわ」

 チルディは肩をすくめて流し目で横を見た。ランスもそれを追いかけるように視線を動かしていくと、死んだように床に倒れて息を喘がせているサチコがいた。

「まず基礎体力が足りませんから」

「ああ、そう……」

 ランスは話と視線をメナドと男に戻した。

「んで、あいつとメナドが恋人っていうのは本当なのか?」

「はい。割と有名ですね。メナド副将は私に次ぐ若手実力派女性剣士ですし、ザラック殿もそれなりに注目されている方ですから、カップルとしてはよく知られているほうかと思います」

「男のほうも有名なのか?」

「赤軍エリート隊員で顔もよいときてるので、少なくとも女性ばかりの親衛隊ではよく話題になりますね」

「なんだと、まさかお前まであんな奴がいいとか言ったりしないだろうな」

「いえ。私は自分より強い男性にしか興味ありませんから。いくら精強で知られる赤軍の隊士と言えど、彼は実力的にはまだまだですわ」

「強い男性? ほう! とするとやっぱり世界最強の俺様が好きということか。だろうな、それで正解だぞ、がははは」

 下降気味だった機嫌が少し持ち直す。
 やはり美女が俺様に惚れるのは当然のことなのだ。ランスはそこで冷静に考える。
 ――この世にランス以上のいい男は存在しない。つまり美女や可愛い子はランスと付き合う以外の選択肢が存在しない。よってメナドがあんな男と付き合っているのは明らかに間違ったことである――全く穴のない完璧な論法だ。真理に辿りついたランスは強く頷くと、

「おい、リック!」

 リックを呼び付けた。彼は少し離れた場所で戦姫と何やら熱く語り合っていたところだった。軍事に通じる上、戦闘狂同士とあって戦談議に花を咲かせていたのかもしれない。さすがに王からの呼び出しとあって話を即時中断すると、こちらに急いで駆けてきた。

「どうかいたしましたか、キング」

「あれを見ろ」

 ランスはくいと顎でメナド達を指し示した。リックの視線は一度そちらに行ってから疑問符をのせてランスのもとに戻って来た。

「メナドとザラックがどうかしましたか?」

「どうかしましたかではない。部隊内恋愛などどう考えても支障が出るだろ。おまけに副将と隊員の恋愛だぞ。問題大有りだ。何であんなことを許している。即刻別れさせろ」

「……ほんと口では実に鹿爪らしいこと仰いますわね」

 側でチルディが呆れたように息を漏らすのが聞こえた。
 リックは困ったように身じろぐ。忠の字が記されたヘルメットが小さく揺す振れる。

「そう仰られましても、我が軍では恋愛は禁じていませんし、それにメナド副官は、そうしたことに関しては公平で信用に足る人物と私は思っています。今のところ他の部下からも特に不満を受けていませんが」

「今問題が起きていなければいいというもんではないだろ。あいつはきっと、メナドを利用して甘い汁をすすろうとする真性クズに違いない。今の内別れさせないと直にその正体を表して取り返しのつかないことが起こるぞ。赤軍と未来のエースのためにはすぐに別れさせた方がいい」

「キング、さすがに憶測で物を言うのはよろしくありませんよ。ザラックは私が見る限り、まじめな隊士です」

「それはそいつが上官の前だといい子ぶる狡猾なやつだからだろ、騙されとるんだ、貴様も!」

「ランスさま、もうその辺にしておきませんか? メナド副将も幸せそうですし、邪魔立てはよくありませんわ。それに別に良いではありませんか。メナド副将に手を出さずともランスさまにはリアさまを含め沢山の美しい女性が側におりましょう」

 チルディが淑やかな挙措で遮る。
 しかし、ランスは己の完璧な論法が展開されている以上抗い続ける。

「俺様はメナドのこと思って言っているんだ。あんな男では彼女が不幸になってしまうぞ。メナドを幸せに出来るのは俺様だけ――」

 喋っている途中でむんずと掴まれた。戦姫だ。

「もういいだろう。そんなことに力を使うより、私との手合わせに力を注いでくれ。ほら、行くぞ」

「むがー! みとめーん! 美女も可愛い子も全部俺様のもんなのにー!」

 なおも粘り強く主張するが、誰も相手しない。ランスの体は戦姫に力ずくで引き摺られていく。声がドップラー効果を効かせてむなしく響きわたるだけだった。







 ◇



 かつて大陸の中央部にはキナニ川と呼ばれる巨大な河川があった。
 キナニは中央大地の豊かさの象徴であった。定期的に川が増水することによって上流から運ばれてくる泥土が肥沃な土地を生む。流域には穀倉地帯が形成された。
 しかし、中央大地は様々な勢力に囲まれ、開放的な土地であったためにその豊かさを巡って多くの侵略にさらされる場所でもあった。
 そうした人の争いが激化していった末、キナニはその繁栄に終止符を打つことになる。
 GI816年。やはりキナニが原因で勃発したゼスヘルマン戦争。度重なる侵略の問題に頭を痛めていたゼス国王に国内の預言者がある助言をした。それはキナニとは人類の戦乱と混沌を生む為に作られた忌まわしく呪われた土地であり、消滅させるのが人類の未来のためになるというもの。病的なまでに預言者を信仰していた当時のゼス国王はその言葉に従った。安寧秩序の為、河谷に集住する民と土地を犠牲にすることが決められた。
 完全に滅ぼすという目的の為、禁呪という禁断の手段まで講じられ、中央大地はありとあらゆるものが砂と化した。キナニの繁栄は影も形も消え、誰にとっても攻める魅力のないただの広大な砂地となったのだ。
 それが一般的にキナニ砂漠という地名で呼ばれるようになったのは、やはり最も有名だったキナニ川からとられたからである。だがしかし、その意味合いは少し後に変わることになった。砂漠地帯の中心にオアシスが発生したのだ。それはつまりそこに水源があることを意味する。かつて恵みを与えたキナニの偉大なる川は決して死んでいなかったのだ。
 キナニが逞しかったのか、禁呪が不完全だったのか、はたまた神の慈悲があったのか、それは不明だ。しかし、キナニの水はひっそりとであるが、確かにこのキナニ砂漠に息づいていた。再び豊かさを取り戻すように。
 さて、そのオアシスであるが、実のところ最初に発見したのは人間ではなかった。では、誰だったかと言えば、ハニーである。人間が見向きもしない土地となって寄りつかなくなった土地にひょっこり現れたハニーたちが秘密の遊び場としたのがオアシスの都の始まりだった。
 「ここがぼくたちの理想郷だ、わー」と、ハニーらの楽園がつくられ、彼らはそこをシャングリラと名付けた。シャングリラで悠々自適に暮らしていく中で、キナニの恵みか、そこの環境がよほど彼らにあっていたのか、突然変異のゴールデンハニーが多く発生するようになる。まさにハニーの黄金時代が築かれた。だが、盛者必衰は世の常。ハニーの絶頂も長くは続かなかった。最終的に彼らは眼鏡っ子に関する喧嘩が原因で勝手に滅んでしまったのだ。そうして大量のゴールデンハニーの死体が埋まることになったオアシスの楽園は莫大な金を産出する土地となった。キナニの黄金郷の誕生だった。
 

「うっさんくせー伝説だ」

 ランスは鼻で笑うとたった一言で片づけた。
 表紙にシャングリラ伝説と書かれた本をぱたんと畳んで放り投げると、玉座の側で控えるマリスを見た。

「まあ、ハニーがどうとかそんなことはどうでもいいんだ。美人のねーちゃんさえいればな。んで、今のとこパシリくんたちの調査はどんな按配だ?」

「現時点で14組ほどの冒険者が挑戦しましたが、まともな成功者はいませんね。今も続々と挑まんとする人は出てはいますが、あまり期待できそうもありません」

「それだけ苛酷なとこなのか、ただ単に冒険者どもが雑魚なのかよくわからんな」

「中にはある程度名の知れた冒険者もいたので前者と思いますが、やはり直接体験したものにどういう場所だったか聞いてみるのが一番ですね」

「ほう? 全滅というわけでなく一応生き残れたやつがいたのか?」

「一名ではありますが、何とか逃げ帰った者がいたそうです。謁見の間に呼びますか?」

「ふん。俺様直々に話を聞いてやろうじゃないか。連れてこい」

 椅子に踏ん反り返って、命令を出す。
 しばらくして謁見の間に現れたのは若い女の冒険者だった。長いきざはしを挟んだ先で跪いて頭を垂れているのでその顔はよくわからなかったが、遠目に見た感じでも、雰囲気からしても間違いなく美人だとランスの勘が告げていた。
 果たして「面を上げろ」の声とともにこちらを見向いた顔立ちは綺麗に整っていた。しかし、ランスはその容貌をどこかで見たような既視感を感じていた。首を捻ってまじまじと見つめる。

「あれっ? お前は……?」

「あーっ!」と声を上げたのは女冒険者。

「あああ、あんた、ゼスのレイプ魔っ!!」
 
 その物言いで既視感の正体をはっきり掴む。彼女は以前ゼスで仕事をした際に出会った同業者だ。

「レイプ魔とは失敬な。君に世の中の厳しさを教えた人生の師だろう。感謝してほしいくらいだ」

 ランスは眉間に皺を寄せて言う。

「何が感謝よ。あんたのせいで私の大切な……大切な……ううぅ」

「ねえ、そこのあなた」

 その時、全く温度を感じさせない低い声がランスの隣から飛んできた。

「今あなたのいる場所がどこか、あなたを相手している者がどういう立場の人間か、ちゃんと理解している?」

 女冒険者はひっと喉からひきつった悲鳴をあげる。顔面を蒼白にして、かわいそうなくらい縮こまって平伏した。
 それを満足そうに見下ろすリア。ランスはそんな彼女の高くなっている鼻をつまんだ。

「おい、リア、いちいちそんなんせんでいい」

「ぶー。だってだって」

「まあいい。ともかく、シャングリラの話だ」

 ランスは、肝心な話にもっていった。
 女冒険者――シトモネ・チャッピー――からキナニ砂漠のことについて聞いていく。
 やはりというか、数多く冒険を経験した熟練者にとっても、探索は容易にはいかないらしかった。目印になるものが全くなく、方向を見失いやすいこと。また、風で刻一刻と地形が変わり、正しい道がわからないこと。そして、それを理解した上でなお進もうとしても流砂という存在が行く手を阻む。これが気づかぬうちに足元に現れ、人間を引き摺りこんでいく。それで多くの冒険者が命を落としたというものだった。

「冒険者が進む先々に突発的に出現して飲み込んでいく流砂ねえ……。明らかに普通じゃないな」

 ランスは眉を寄せた。

「そこまでいくとただの厳しい自然現象に阻まれているというより、何者かが邪魔する意志をもって手を加えていると考えるのが妥当だろうな。そして、進むことをそれだけして阻むっていうことはつまりどうあっても進ませたくない、守りたいだけの何かがあることの証拠だ。どうやらキナニ砂漠にはそれだけの何かがあるのも間違いないようだぞ」

「伝説ではシャングリラは大地の女神の加護を受けた地などと言われてますが、あながち冗談じゃすまなくなってきましたね。仮にそれらが偶然でなく、何者かが故意に引き起こしているのだとしたら、それはつまりあの地域全体を操れるだけの強大な力を持っている存在が守っているということになるのですからね」

 マリスが苦い表情をして呟く。

「こうなると絶対シャングリラにはいかなきゃならんな」
「こうなれば絶対シャングリラに行くのはよしたほうがよいでしょうね」

 ランスとマリスが同時に言って、同時に顔を見合わせる。
 ゆらりとランスの目が細まる。ぴくりとマリスの片眉があがる。

「マリス、わかってるのか? あそこには間違いなく、ものすごいものが隠されていると確証出来たんだぞ。無視できるか」
「ランス王、理解してますか? あそこには間違いなく、物凄い力を持った何者かが潜んでいると察知出来たのですよ。相手にせぬべきです」

 頑とした響きが固くぶつかる。
 ランスは玉座に背を預け、見下ろす。マリスは背筋をピンと伸ばし、見上げる。
 譲る気がないのはどちらも一緒のようだった。しかし、二人の間にははっきりとした力関係がある。ランスは自分が持つ最高の切り札を切った。

「シャングリラへ行く。俺様が決定したことだ。これは王命だ。逆らうな」

 その言葉にマリスは沈黙する。観念したように目を閉じて、ふぅと小さく息を吐いた。王の言葉は絶対の力を持つ。

「……わかりました。しかし、道なき砂漠と流砂、そして正体不明の砂漠の守り手といった問題をどうクリアするおつもりですか?」

「ふーむ、そうだなあ……」

 ランスは手を顎に添えて一つ撫でた。
 思案を巡らしていく。勘とひらめきこそがランスに進むべき道を与える。
 そして数秒して、「よし」と手を軽く打ちならした。

「とりあえずマリアと、あとサテラを呼んでくれ」





 -来水美樹の私室-


 美樹の警護についていたラ・ハウゼルはある異変に気付いた。
 だだっ広い室内では美樹がお菓子をつまみ、サテラが粘土をこねていて、シーザーがそれを見守って、そしてつい最近復活した健太郎が何やら無生物とコミュニケーションを試みている。一見すれば、わかのわからない行動をとっている健太郎が異変であることに思えるが、彼はもともと"そういう人物"であり、以前会った時からそれを知っているハウゼルはそれが異変であるとは認識していない。
 ハウゼルが違和感を感じたのはサテラだった。彼女は粘土をこねている。それ自体は確かにいつものことだが、何故かやたらとそわそわとしているのだ。集中してないためか、手元の粘土は先ほどからろくに形をなす気配がない。こんなことは普段ではありえないことだった。彼女が魔人に成ったころから今の今までで初めてのことかもしれない。それだけに気になって本人に訊ねようという気になった。

「ねえ、どうかしたの? サテラ」

「…………」

「サテラ?」

 二度目の呼びかけでようやくはっとサテラの顔が向いた。やはりいつもの彼女と違う。

「珍しくぼうっとしてどうしたの?」

 しかし、サテラは答えない。意味無く手の中の粘土をこねこねして弄っているだけ。

「話したくないのなら、いいんだけど」

 同僚だから友人だからといって何でもかんでも踏み込んでいいものでないし、逆にそういう関係だから話せないようなこともあるだろう。ハウゼルは気にはなったが無理に聞きだすような真似はしなかった。
 やがてサテラの手が止まった。彼女の口が言うか言うまいかの逡巡の動きをする。そしてぽつりとだが、呟いた。近くだからこそかろうじて聞こえる声量。その内容は「……今さっきランスから呼び出しがきた」というものだった。
 たったそれだけの言葉だったがハウゼルは得心する。ランスからの呼び出し。様子が少し変だった原因はつまりは"そういうこと"だからだ。理解すると同時、後悔もした。これは聞くべきでなかった。というよりサテラもサテラで口になどせず心の中に留めておいてほしかった。
 こういう時、どういう言葉を返せばいいのか困る。散々言葉に迷った挙句「そうなの」という無難な相槌を返した。それ以上会話は流れない。二人の間を長い沈黙が流れた。何とも言えない微妙な空気が辺りを漂う。とても落ち着かない。
 流石に耐えきれなくなり、自分から聞いてしまったこともあったのでハウゼルが別の話題を振って空気を変えようとした時、サテラがまた口を開いた。

「ハウゼルは、その、もう、ランスとえ……エッチなことしたんだろ?」

 空気が変わるどころか、おかしな方向にねじ曲がった。何と彼女は"この話題"を続けるつもりでいるらしい。
 またしてもハウゼルは返答に窮した。質問が質問だ。いや、正確に言えば、これは訊ねているというよりも確認の意味でいった言葉だろう。サテラはその答えに関してはもう知ってはいるのだ。だから、さらに続けた。

「どんなん、だったんだ?」

 ハウゼルは魔人として千年以上生きる中でともかく逃げ出したいという気持ちに駆られたのはこれが初めてだった。
 
「どんなって言われても……」

 ハウゼルの頭に王の姿とあの時の情事が強く呼び起こされた。頬の熱くなる思いがするが、何とかそれ以上表情に出さないように制する。そんな顔を同僚に見られたくはないのだ。
 ある意味でケイブリス派の魔人以上ともいえる強敵が現れてどう対応すべきか考えあぐねていると、

「嫌な、感じだったのか……?」

 こちらが上手く答えられないのをサテラはネガティブな意味合いで捉えたらしい。
 ハウゼルはサテラを見た。彼女の瞳の色が深い。真剣さや不安といったものを湛えて真っすぐ見つめてきている。緊張、恐れ……決してそれを情けないとは思わない。ハウゼルも彼女が漠然と抱いているだろう気持ちはよくわかるからだ。だからこそ多少の気恥ずかしさは押し込めて真摯に答えることにした。

「そうね……嫌かと聞かれたら、少なくともそうしたものは私は感じることはなかったけど……」

 考える間を十分空けた末、

「不思議な感じだったわ」

 不思議。いささか抽象的だが、ハウゼルにとってはこの言葉があの時の情事を言い表す全てだ。
 ハウゼルにとってあれは初めてのことだった。しかし、だからと言って決して何も知らなかったというわけではなかった。行為をするのは確かに初めてでも、知識はあったのだ。というより、人間のセックスというのを直に見た経験が幾度かある。脳裏に焼き付いているのは柵の中に押し込められた人間の男女の群れが暗い瞳に絶望を滲ませ、歪んだ笑みを浮かべて、絶望の嘆きを喘いで、狂ったようにまぐわう光景。思い出すのも忌まわしい記憶だ。それがあっただけに、それが唯一の人間のセックスに対する知識であったが故にランスに体を求められた時は実は内心で恐ろしくもあった。そうしたイメージにまずひびが入ったのは姉との行為が告白されたことによってだ。姉がそういう行為を平気でしていたことと、自分の体を訪れた快楽の正体を知らされた時はだから本当に衝撃だった。本能としての性的な意識からくる羞恥と経験としての性的な意識からくる恐怖がせめぎ合った。恐怖が完全に崩れさったのは、実際に行為をした時だ。暗さの欠片のない本当に楽しそうなランスの表情も痺れるような心地も何もかもが驚きの連続だった。
 ただただ新鮮だった。その新しい感覚の訪れは戸惑いよりもむしろ好ましさを感じた。なにせハウゼルをはじめとして魔人という種族は寿命がなく、途方もない時間を過ごしていく。何百年も生きれば、そうそう新しい発見などなく、退屈な時間が過ぎていくだけ。この先も縛された上で果てなく続く怠惰と惰性の生の道しかない。故に、多くの魔人は退屈を持てあまし、それと戦い、常に刺激を欲している。ケイブリス派の魔人がシンプルに暴れられる世界を望むように魔人というのは元来そうした生物なのは否定できない事実でもある。
 ランスと、そしてランスとしたHはまさに刺激の塊と言ってよかった。あそこまで心を動かされたの久しぶりのことだ。全てが未知で、それだけに不思議な印象ばかり。抱きしめられることがあんなに熱く、温かく、柔らかく、固く、優しく、激しく、逞しく、穏やかで、快いものであるなんて知らなかった。ハウゼルは今思い返してみても、やはり言葉には言い表せないと思った。

「……よくわからないな」

 サテラが難しそうな表情でつぶやいた。やはり漠然とし過ぎて掴めなかったのだろう。

「そうね。サテラに一番わかりやすく伝えるとするなら、たぶん、あなたがランス王と接しているときに得られる感覚とそう変わらないと思う。より強いか弱いかの問題で、結局はあれもコミュニケーションの一種だろうから」

「? サテラがランスと接しているときに得られる感覚?」

 サテラは過去を振りかえって、しかしピンとくるものがないのか、ますます謎が深まっているという感じだった。

「変なやつだくらいしか思わないが……」

(それが、おかしなことなんだけどね)

 魔人が人間の個にたいして意識を向ける。考える。悩む。印象を持つ。どれも異常なことだ。サテラが魔人として新生したときより側でずっと見てきたからこそ彼女に起きた小さな変化がわかる。思えば、丁度人間領に行って戻って来た時ぐらいから彼女の表情は生き生きしていた。あの時は、仲間が減った事と、失態を取り返す為に頑張っているだけだと思っていたが、そうではないのだ。ハウゼルは察した。ただ、とうの本人はそのことをまだ気付くに至ってはいないようだ。

「まあ、少なくともそんなに怖れる必要はないってことだから安心して」

「む。サテラは別に怖れてなんかないぞ」

 サテラはむっと頬を膨らませる。
「そう」とハウゼルは小さく笑みを口許に刻んで頷いた。
 
「ほら、あんまり待たせても悪いから、そろそろ行った方がいいんじゃない?」

「ん、そうだな。ランスは馬鹿で短気だからな。ちょっと遅れたらまた下らないこと言われかねないし、もう行くとする」

 意気込むように腰を上げる。彼女は「魔人の誇りを見せつけてくる」とまるで戦いに出かけてくるような口ぶりで言い残すと、緋色の髪をぶんぶん揺らしながら部屋を出ていった。
 いったいどう見せつけるのかよくわからないが、サテラなりの決意の仕方なのだろうと納得して、ハウゼルはさらに笑みを深めながらそれを見送った。




 -謁見の間-


「なんだ、それは」

 落胆やら、愕然やら、不満やら、安堵やら、苛立ちやら湧き上がる諸々の思い全てがその一言に集約された。
 覚悟を決めてランスのとこにのりこんだサテラだったが、現在は憮然たる面持ちでいた。

「だから言ってるだろ? シャングリラに行くからそこにお前にもついて来て欲しいって」

 ランスが傲然と言う。頬杖ついて高く足を組んで、本当に偉そうな風情だ。それがサテラの神経を逆なでする。

「そんなことのために、そんな下らないことのためにわざわざこの忙しいサテラをここに呼んだのか?」

 サテラは睨むような視線とひどく無愛想な口調で応じた。

「忙しいってどうせ美樹ちゃんの部屋で粘土こねていただけだろ。暇なんだからついて来い」
 
「断る。何でサテラがそんなことしなきゃならないんだ。自分だけで行けばいいだろ。用件はそれで終わりか? なら、もう帰らせてもらうからな」

 サテラは言い捨ててさっさと踵を返す。玉座から伸びる赤い絨毯を荒々しく踏みつけながら出ていこうとした。が、

「俺様に負けたのだーれだ」

 サテラは足を止めた。止めざるをえない。

「む、むぐぐぐ……」

 強く歯噛みして呻きを漏らした。
 ランスの表情は勝ち誇る様ににやついている。

「サ、サテラには、美樹様の警護任務があるんだ。レイも逃げたまま行方不明だし、またいつケイブリス派の魔人が来るかわからない状況だ。サテラが離れてもしものことがあったらお前にも都合が悪いだろ」

 小やかな抵抗はしてみるものの、

「ハウゼルちゃんがいて、健太郎のやつも復活したから少なくとも魔人二人が側についているわけだろ。別にそんなに長い間離れるわけじゃないし、それで大丈夫だろ。何かあったならば、すぐ戻ればいい」

「む、ぐ」

「よし、決まりだな」

 ふふんと御機嫌の笑みを浮かべるランスに押し切られてしまう。
 結局、勝敗を持ちだされては不承不承に受けるしかなかった。
 むすりと不機嫌に頬を膨らませるサテラ。未だ胸はいらいら、もやもやとしている。
 ハウゼルの言っていたランスと接しているときに得られる感覚はサテラにはやっぱりよくわからなかった。




 -チューリップ研究所-

 まるで戦争でも起こった後のようだった。熱や鉄と油の臭いが辺りを包む中、床には工具や鉄材が無残に散らばっており、何人もの研究員たちがぐったり倒れこんでいる。

「……とりあえず頼まれたもの完成したわよ」

「それはいいが……マリア……お前ひっでえ顔だな」

 ランスはかなり引き気味に言った。
 目の前には幽鬼……ではなく、マリアがいる。眼鏡の下の虚ろな目には巨大なクマが出来ており、リボンもない髪は乱れに乱れ、頬が痩けた上に肌の血色は悪いというマリア(?)と呼びたくなるような存在ではあったが。

「こっちは徹夜も徹夜よ……あなたから出された無茶な要望にこたえるために、ね……」

「そ、そうか……ま、まあ御苦労だった。後で飯も睡眠も好きなだけとってくれ」

「そうさせてもらう。出発は明日の朝でしょ?」

「うむ。明朝シャングリラに向かう」

「でも、大丈夫なの?」

 欠伸をこらえた表情でマリアが訊ねる。

「何がだ?」

「だって、ヘルマンとの間の緊張が高まっている中で王様が国から離れて探索に出かけるなんて」

「ヘルマンなんざもう死んだも同然だろ。反乱勢力が怖くてろくに兵を送りこめないんだからな。むしろ、こっちに攻め込む気ならはやく動いてほしいぐらいだ。そのほうがさっさと片付いて楽だ」

「えー……?」

 マリアはランスから隣のマリスへと視線をスライドさせる。そこでようやく「そうね」とゆっくり頷いた。

「マリスさんが何も言わない……なら、大丈夫か」

「なんだその俺様に対する露骨に失礼な言動は……」

「私にとってはヘルマンなどよりも未知のシャングリラのほうがよっぽど心配ですが……」

 マリスが憂える声音で呟く。ランスはその肩を大きく叩いた。彼女から向けられる視線を不敵に受け止める。

「案ずるな。"これ"が完成した以上、シャングリラもまたもう攻略したも同然だ」

 ぽんと手をついてそれを撫でる。

「道なき砂漠? 流砂? それが何だ。俺様には関係ない。何せ――」

 にやりと笑って、視線をゆっくりもち上げる。
 巨大な鋼の影。まっすぐ左右に伸びた翼。そしてプロペラ。

「――空から行くんだからな」




[29849] 3-2
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:22

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十七話 ~indication~



 抜けるような紺碧の空。天の青海原を満たす大気の波を蹴立てるようにして一艘の艇が進み行く。眼下には黄金色に輝く絨毯がどこまでも広がっている。そこに飛空する艇の落とす黒々とした影が一点の粒として跡を残していた。
 マリアが開発した航空機――新チューリップ4号――はキナニ砂漠上空を飛行中だった。

「あぢぃ」

 デッキの上で、ランスは舌を出して喘ぎを漏らした。早くも苛酷な環境の障害が立ちはだかっていた。
 伝説の中ではキナニのありとあらゆるものが砂になったと言われているが、周囲を見れば雲影すら一つとて存在してない。二百年の間、雨はおろか、曇ったことすらないとの話があるくらいだ。おかげで快晴と言えば快晴なのだが、何ものにも遮られない光線が容赦なく降り注いでいる。
 上からは強烈な太陽のエネルギーが肌を突き刺す。下からは機体から這い上がってくる熱気がむっとさせる。横からは風が砂漠の熱を運んでくる。全身が焼けつくような空気に包まれている。湿度がないのが唯一の救いと言えば救い。少なくとも額や首筋がじっとりと汗ばむ不快感はない。それでも茹る様な暑さはひどく耐えがたいものがあった。手庇をしたところで手の甲がひりひり痛いだけで、たいした意味も無いためそうそうにやめている。

「……おい、サチコ!」

 ランスは力なく首を垂らしながら召使をギロリと睨め付けた。

「お前なあ……なあに自分だけちゃっかり盾で太陽光から守ってんだ。その盾庇は本来、俺様のために使われるべきものだろう。何のための召使なんだ」

「そ、そんなこと言われても……うう……」

 ぐったりと弱弱しい声が返ってくる。サチコは発進したばかりの時などは「わっ、わっ、これ飛んでますよ。すごい。すごいです」とまるで子供のようにはしゃいでいたのだが、飛んでいるうちに酔ってダウンして、さらにここにきて暑さにまで参っている始末だ。

「くそ、なんて使えんやつなんだ」

 悪態を吐くが、それで状況の何かが覆るわけでない。依然として憎たらしいほど燦然と輝く太陽がじりじりとこちらを甚振る様に照りつける。
 相手は魔法でないので精神力うんぬんで乗り切ることは到底出来ない。心頭滅却すれば火もまた涼しが通用する話でないのだ。精々出来る範囲として熱がこもるからと甲冑ぐらいは外している。しかし、それはそれでドライヤーのような熱風を浴びる感覚が増すようで不快さは変わらないのだが。
 
「そもそも何でこの船には屋根がないんだ。それこそ遮るものがあれば大分ましになっただろ」

 このままだと天日干しの乾物になってもおかしくない。こんな状態になっている不満をぶちぶちぼやいていると、

「誰かさんが、余計なもんはいらんからさっさと完成させろってせっついたから快適さは二の次になったのよ」

 艇を操縦しているマリアが振りかえりもせず答える。彼女は彼女できちんと帽子をかぶって陽射しをよけていた。
 ランスは唸る。誰かさんとは勿論自分のことである。そもそもここまで暑いとは予想出来ず、飛べればそれで十分だと思っていたのだ。とは言え、そうした自分の非を受け入れるのは癪だ。だから、軽く鼻を鳴らすと水のタンクに手をつけた。それをがぶ飲みして暑さをごまかす。渇いた体に潤いが齎される。魔法によって保冷されているため水は冷えたままだ。天国のような心地。嚥下が止まらない。そのままぐいぐい飲んでいると、かなみが声をあげた。

「ちょっと、ランス、飲みすぎ。それ私達7人分の貴重な水なんだから。こんなとこじゃあ途中で補給できないし、今は帰り木も使えない状態で水が生命線ってわかってるの? もっと大切にしてよ」

 キナニ砂漠では帰り木が一切使用できない。何故なのか詳しい原因はよくわからないが、この地だと萎れてしまい力も封じられて効果が発揮されなくなってしまう。数多くの冒険者らの犠牲によってそれらは確認された事実だ。実際に自分達の帰り木も機能してないこともすでに一度試して実証されている。つまりはどんな状況に陥っても緊急転移で帰ることは出来ない。この場所は初めて訪れる場所で不明な点が多く、苛酷な危険地帯であるだけに一番のセーフティネットが封じられたことは非常に痛い。
 しかし、ランスはそれでも大丈夫だと手を振った。

「オアシスにつけばそこで大量に水が手に入るだろ。だから全然問題ない」

「……計画性のかけらもないじゃない」

「まあ、かなみ殿。キングが我々より優先されるのは当然のことですから、譲ってしかるべきでしょう」

 将軍ではあるが危険地帯探索の為に随伴しているリックがなだめるように言った。任務に関しては堅物と言っていいほどお堅い考えの持ち主であるのだが、主君に関していえば中々に大らかでやわらかい考えをもつことが多い。ランスは二度三度と深く頷く。

「うむ。さすがリック。よくわかってるな。お前らの水は俺様のもの。俺様のものは俺様のもの。可愛い娘も俺様のものなのだ」

 満足気に笑って水にまた口につけようとする。だが、ランスの手にあったタンクが何者かにするりと奪い取られた。むっと振り向くとレイラが呆れを含んだ眼差しを向けながら立っている。乾いた風に靡く金色のハチマキが眩い煌めきを発していた。

「ランス君。暑いのはわかるけど冷たいのをそんなにがばがば飲んでたら体の調子悪くするでしょ。それにここは空の上だし、トイレに行きたくなっても行けないんだから。親衛隊長として、国王の健康の為、これ以上水を飲むのは許しません」

「俺様の胃はそんなやわじゃないぞ」

 言葉の終わりにうぷとランスはおくびを吐く。水を取り戻そうとするが、身体が重い。お腹はたぷたぷだ。少し動けばそこからチャポチャポと水音がたつ。レイラが指摘したように多少飲みすぎた部分もあるし、臍の辺りがひんやりとしてはいるが、自分ならばまあ大丈夫だろう。
 動くだけでもせっかく忘れかけた暑さがまたぶりかえしそうになったので、結局水を取り返すのをランスはそうそうにやめた。

「それにしてもまだそれらしいものは見つからんのか? Gスポットなんちゃらっていう機能がついてるんだろ?」

「GPSよ!」

 マリアが強い口調で訂正する。

「まあ、GPSで現在飛んでる位置の正確な座標は確かにわかるんだけど、根本の問題として目的地のオアシスの位置がまずわからないんだからどうしようもないのよね」

 基本的にはしらみつぶしに行くしかないと嘆息気味に零す。
 ランスは辺りを観望した。それらしい影どころか、見渡す限りは広漠とした砂の海しか存在しない。地平線の果てまで見据えようがゆらゆらと陽炎を立ち上らせる砂という砂。先ほどまでと景色が一片も変わっていないように思える。進んでいるのか、進んでないのかもわからない。砂の無間地獄。気が滅入る様な探索だ。

「そもそも本当にお前の言う伝説の都市とやらがあるんだろうな?」

 やけに冷めた声が横から飛んできた。ランスは隣を見やる。自分のではなく、飛空艇の隣だ。そこには空を飛んでいる人型の石像とその肩の部分に腰掛けたサテラがいる。彼女は不愉快そうな表情を隠すことなくこちらを睨みつけていた。

「魔人であるサテラをわざわざこんなとこまで引っ張りだしておいてもし何もないなんてふざけたことになったらたたでは済まさないぞ」

「ふん。絶対にある。俺様が何年冒険者やってると思ってるんだ。ずば抜けた勘と嗅覚がここのお宝の気配を感じ取った。それ以上の根拠があるか」

 赤く燃えるような炎の瞳を見返すと、ぷいと視線を逸らされた。

「あ、ねえ、ちょっとあれ見て」

 マリアが遠くを指差した。

「なんだ、ついに見つけたのか?」

 反射的に示された方向を見向く。目を眇めて眺めてみると、空が厚い雲に覆われていた。いや、よく見ているとそれが雲ではないことに気付いた。言い表すなら砂の塊だ。
 地面から大量の砂が高々と舞い上がっている。茶色く煙る地平線。耳には低い唸りが微かに入ってくる。

「砂嵐か」

「それにしては少し妙ですが……」

 リックが訝しげに呟く。
 確かによく観察しているとわかるが、激しい風が砂を吹き上げているといった感じではない。まるで大地そのものが隆起し、巨大な砂山をつくり、それが雪崩れているかのようだ。ランスはその様子を暫く眺めて「ふむ」と頷いた。

「これは、ひょっとするとひょっとするかもな。……マリア、進路を向こうにとれ。越えられるか?」

「勿論。あの程度の高さなんて私のチューリップなら平気どころか余裕よ。任せといて」

「ええっ!? 越える気なんですか? マリアさん、これ、本当に大丈夫なんですか? う、迂回しません?」

 かなみがぎょっとしている。よっぽど不安なことがあるのかいつにもまして表情が暗く、頬がひきつっていた。
 慎重な提案はしかし朗らかに笑い飛ばされた。

「大丈夫、大丈夫。揺れるからしっかり掴まってて」

「いや、でも」

「面舵いっぱ~い」

 バキンッ!!
 何かものすごい不穏な音が響いた。「あ」と間の抜けた声が後を追って消える。
 沈黙が流れ、皆の視線が一点に集中した。ぱっきり折れた舵柄に。

「舵柄……なら問題ないわね、うん」

 マリアが事もなげに言って操舵を続ける。
 かなみは大きく頭を抱え込んでしまい「私もこんな立場と仕事じゃなければ志津香さんみたいに絶対断ったのに……」などと独り言ちている。
 当初の予定では魔法に詳しいということで魔想志津香も探索に連れていくつもりだった。ランスは志津香にも誘い自体は出していたのだが彼女にはすげなく断られた。それも「はあ? ランスと探索? 絶対にいやよ」と心底嫌そうな表情で吐き捨てられ、さらにマリアの航空機で行くと聞いて「はあ? しかもマリアの発明したあれに乗って? 絶対に絶対にいや」と絶対が二つつくぐらいの断りっぷりだった。
 ランスの存在とマリアの発明が組み合わさった以上どうあってもろくなことになるはずがないという主張らしいが、ランスとしては心外だ。むしろ、自分がいることで万事うまく行くと確信している。志津香とかなみのネガティブな予想は杞憂で終わることだろう。
 
「さあ、越えるわ」

 チューリップ4号がぐんぐん上昇していく。とりが力強く羽ばたくような飛翔。
 ローター音とヒララエンジンがダイナミックなサウンドを奏でる。そこに地上に走る轟音が重なっていく。そしてそれらとはまた別に混じる変な音がある。異音……。
 サチコが泣いている。「お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください」と遺言めいたことまで口にしていて実に不吉だ。
 ランスはそれでも泰然として構えていた。この先にあるだろうウハウハ美女パラダイスのみに思いをはせて、ずっと真っすぐ前をただ見据えていた。
 ハラハラドキドキの四重奏を奏でながらチューリップ4号は砂嵐の上空に入った。眼下には荒れ狂う砂の海。時折飛沫が艇にかかりそうになる。
 辺り一面には砂塵がもうもうと煙っている。しばらく視界は茶色一色に閉ざされていたが、やがてそれが晴れた時、ランスは目を見開いた。

「おお」
「うそっ!」
「これは……」
「……すごい」

 誰もが感嘆の息をつく。
 景色は一変していた。
 白く白く輝く砂が広がっている。そこに点在する緑と色鮮やかな花々が華やかな彩りを添えている。
 ゆったりと横たわる泉。透けるような青の水面は、まるでクリスタルを溶かし込んでいるのではないかと思えるほど眩しい。
 そこに浮かぶように聳える白亜の宮殿。天空から降る穏やかな陽光を享受するドーム屋根は金色でつややかな美しさを発する。建物の周囲には天を突き刺すように伸びる尖塔が並んでいた。

「ここが、理想郷……シャングリラか」

 溜め息を零すようにランスは呟いた。
 
「本当に……存在していたんですね」

 サチコは目の前の光景が信じられない様に口を大きく開けている。

「……おい! マリア、早く着陸させろ」

「あ、うん」

 ぼうっと景色に見惚れていたマリアははっとすると、操舵にかかった。

「じゃあ、降下するわよ」

 そこでまた一つ異音が激しくなった。機体が小さく揺れる。

「ひぃっ!? ま、マリアさん。此処まで来て前の時のように墜落は洒落になりませんから、出来る限りゆっくり慎重にお願いします」

 まるで機体に不用意な刺激を少しでも与えたくないかのように小さい声でかなみが言う。

「そうね。ゆっくり速度を落としながら、高度を落としていって、着陸する」

 しかし、強烈な音が響いた。ただ、それは機体からのものではなかった。
 ぐうぅうきゅるるるるる。
 第五の音を発したのはランスだった。

「…………」

「あんた、もしかして……?」

 かなみがギギギとぎこちない動きで首を向けて恐る恐る訊ねる。ランスはゆっくりと顎をひく。

「トイレ……行きたい」

「もう。言わんこっちゃない……」

 レイラが額を手で覆って呟く。

「ぐ。うおー! トイレー! マリア、はやくあそこに行けー! 漏れるー!」

「え、ちょ、ちょっと待って、すぐ着けるから少し我慢してて」

「悠長なこと言ってる場合じゃねえ。事は一刻を争うんだ。いいからもっとスピードあげろっ!」

 ランスはがばりと身を乗り出して、減速気味の速度を再び上げようとボタンを勘に任せて押しまくる。
 
「ちょっとランス、だめ、そんな適当にいじっちゃ――」

 ブスンッ! ボンッ! ガタン! カラカラ……。
 そして無音が訪れた。

「……とどめが刺されたわね」

「れ、冷静に言ってる場合じゃないですって、レイラさん」

 かなみが顔面蒼白であたふたする。サチコは花壇のお世話をお願いしますと遠くの家族に託しているところだった。
 チューリップ4号がみるみる高度を落としていく。

「マリア殿、どうにもなりませんか?」

 この場でもリックは落ち着いた口調で訊ねた。それに対してマリアは一通り確かめて、ふるふると首を振る。お手上げ状態らしい。
 ランスは舌打ちする。色んな意味で緊急事態でさっさと打開しなければどうにかなりそうだ。

「こうなったら、このオンボロ船から避難するぞ。そこの石くれにとび乗れ」

「おいっ!」と叫ぶサテラを無視して、ランス達はチューリップ4号から隣に飛ぶシーザーのもとへと脱出していく。
 幸いサテラを肩に乗せられるほどの巨体を誇るだけに、6人全員がしがみつくには難しくなかった。だが、

「ぅあっちぃ!?」

 シーザーの体を構成する石はずっとキナニの太陽光を浴びていて、恐ろしいほど熱せられていた。素手ではとても触れてはいらない。反射的に手を離してしまう。
 唯一グローブをつけているリックだけはまだ耐えられたようで、片手でシーザーの腕を掴みながら、もう片方の手でレイラの腕を掴んだ。

「大丈夫ですか。レイラ将軍」
 
「え、ええ。わ、私は大丈夫」

 やや上擦った声を出しながら、レイラは自分の下を見た。

「かなみさん、そっちは大丈夫?」

 レイラのもう片方の手はかなみの腕を掴んでいる。かなみは小さく頷く。

「はい。私も大丈夫です」

 返事を返すと、すぐ下を見た。かなみはマリアの手を握っている。

「マリアさんは?」

「私もなんとか……サチコちゃんは?」

 マリアに腕を掴まれているサチコは弱弱しくあるが「はいぃ」と答えた。
 そしてランスは、サテラに抱きついていた。

「な、なな、なにサテラに抱きついてるんだ、ランス!」

 動揺した声を上げ、慌てて体を揺らして抵抗するサテラ。それに対してランスは離れまいと腕に力をいれる。彼女のスマートな腰回りに深く絡めていく。

「この焼け石の塊を掴めないんだからお前にしがみつくしかないだろうが」

 ぎゅうぎゅうと抱き締める。
 しかし、サテラの身につけているボディスーツはすべすべで掴みづらい。しょうがないのでランスは彼女の胸元に片手をかけると、力ずくでぺろんと剥いた。

「なあっ!?」

 こぼれ出た立派な二つの膨らみ。剥がした勢いで上下に揺れている。
 突然のことにサテラは顔を真っ赤にし、口を大きくぱくぱくとさせる。息つく暇を与えずランスは両手で胸を鷲掴みにした。

「がはは。これならしっかり掴めそうだぞ」
 
 全体を包み込むように軽くもみしだく。ふくよかで弾力に富んだ肉感が掌を伝わってくる。

「ぁ、ぅ」

 大きく震えるサテラの身体。ひどく感じやすい体質は変わっていないらしい。
 掌と指で撫でているとすぐ胸の突起が固くなってきた。掌で擦り、指先で擽る。

「ぅんっ」

 わななく頤。サテラの緩んだ口からは砂漠のそれより熱っぽい息が漏れ出た。
 と、そこでシーザーの巨体ががくんと落ちた。
 ランスは唐突のことに驚愕したが、忘れていた事実の存在にすぐに思い至った。
 もともとシーザーに飛行能力などない。サテラが浮遊の魔法をかけることで飛ばしているだけだ。ということは、サテラの集中力が途切れたらどうなるか。
 答えは今のこの状況だ。

「うおおおぉぉ。お、落ちるぅ。落ちとるッ」
 
 全員仲良く真っ逆さまに落下を開始。

「こ、こら、サテラ! イってる場合じゃないぞ、このままじゃ別の意味で逝っちまう。早く浮上させろ!」
 
 ランスは慌てふためき、ともかくサテラに刺激を与え続ける。
 だが、逆効果だ。
 サテラは正体もない。
 上気した頬。とろりと潤んだ瞳。苦悶の口許からは激しい喘ぎ。陶然と快楽の波間に漂っている。
 睾丸がひゅんと縮こまった。

「うおお。こ、こんなとこで死ぬなんてそんな馬鹿なことあるか……。ウハウハ美女パラダイスを目の前にしてえぇーーーー!!」

 無念の叫びは抜けるような蒼穹に吸い込まれていく。
 閉じた瞼の裏に映ったのは「ほら、やっぱりろくなことにならないじゃない」という志津香の勝ち誇る様な顔だった。





 -JAPAN-


 ランスらがシャングリラに向かっているその間、リーザス筆頭侍女のマリス・アマリリスは極東の地JAPANを訪れていた。身を置いているうし車は今尾張に向けて、進んでいる。
 リーザスは自由都市ポルトガルを抑えたことでJAPANと国境が接する間柄になった。両者の対立を避け、新たに良好な関係を構築することは互いの国家にとって利になる。そのためマリスはリーザスより派遣された。最終的な代表同士の外交会談をスムーズにするべく予備交渉をするのが主な目的だ。
 うしが丹波鉱山南側、緩やかに湾曲しつつ伸びる道を走り抜けていく。ここは比較的整備されて、広い通りになっていた。それはおそらく鉄砲が伝来し、JAPAN国内に普及したからだろう。丹波において鉱山は非常に重要な価値を占め、主要な産業となった。人の移動、鉱山関連物資の輸送のための道路整備に投資がなされるのも頷ける。
 車はおかげで滑らかな走行の維持が出来た。開いた窓からは涼風が吹き抜けていく。
 昼の明るいうちであったならば流れる山の木々の濃緑の景色を楽しめたかもしれない。だが、生憎と夜。窓の外は暗い。魔法機器の文化が行きとどいてないJAPANでは辺りの照明も少なく、周囲は鼻を摘まれても分からない深い闇に覆われていた。
 上空では厚い雲が流れている。切れ間からゆっくりと月が顔を出した。円い月。それは妙に膨張して見えた。

「……満月ですね」

 車両に揺られながら、マリスはぽつりと呟いた。
 隣に座る戦姫が言葉に引かれるように空を見上げる。JAPAN出身の彼女は案内役として使節に随行していた。

「ほう、また一段と見事な形だな。しかし、どうにも雲の量が多くて、月見には適しそうも無いな」

「つきみ?」

 耳慣れぬ言葉に疑問の声。護衛として数人の部下と共につき従っているキンケード・ブランブラからあがる。

「簡単に言うと満月が出ればそれを眺めて美しさを味わうというものだ」

 まあ私にはそうした風流はあまり興味のあることではないがと戦姫は小さく笑い、

「大陸にはそういった風習は無いのか?」

 マリスはそうですねと顎を引いた。

「大陸では古くから月は忌み嫌われているものですから」

「嫌われている?」

「はい。魔王スラル、ナイチサ、ジルの治世の時、人類は夜に出歩くことはままなりませんでした。それこそ魔物が当たり前のように跋扈する時代。誰しも夜に、闇に怯えました。ですから、その象徴である月を愛でるなどという行為は大陸では生まれようがなかったのです」

 宵の闇色がどこまでも濃く深い。人々の厭う闇が空を蝕んでいる。

「特に満月の夜などは魔物の動きがもっとも活発だったこともあり、忌避される存在でした。それは災厄を呼びよせるもの。不吉なものであると恐れられ、目にすることは悪いことであるとまで言われたそうです」

 今となってはそんな時代は忘れ去られ、満月は縁起がよくないと言う考えそのものが古く半ば迷信じみたものになっていますがねとマリスは締めくくった。
 そう。ただの迷信に過ぎない。マリスは自身に強く言い聞かせる様に内心で呟いた。
 しかし――。
 不吉の前兆。脳裏をかすめた言葉は無視しようにもどうしてもこびりついて離れようとしなかった。胸騒ぎがする。これは本当に気のせいだろうか。
 
(ランス王……リア様……)

 マリスにとっての不幸はつまりリアに訪れる不幸。リアに訪れる不幸はランスに訪れる不幸である可能性が高い。
 ランスはシャングリラ。リアはリーザス城。そしてマリスはJAPANにいる。今は別の行動の為に二人の側を離れてしまっている。それだけに気がかりと言えば気がかり。何か起こっても知りようがないし、助けようがない。
 何事もなければいい。しかし、不吉を意識してから、胸の不安は加速していく。

「……キンケード副将」

「はっ。何でしょう?」

「出来る限りうし車を急がせてください。明日の朝には確実に尾張につけるようにしてほしいのです」

 暗夜に浮かぶ月。そこから零れおちる青ざめた光が行く先をかすかに射し染めていく。
 鼓動が速まる。それに急かされるようにうし車の足を速めていった。



 -JAPAN 織田城-

 JAPAN宗主織田香がリーザス王ランスからの書状を目で追っている。国書と呼べるほど仰々しいものではない。単なるランス個人の手紙といってよいだろう。さすがに相手が相手だけに下品な内容が綴られているわけではないが、それでもかなり砕けた文章なはずだ。目にしている少女の眦が下がり、くすりと口許を綻ばす様子からもそれが窺える。
 香とランスは昵懇の間だ。特別な絆が結ばれているといっていい。友好関係を築くことの打診に関してのトップの反応は当然悪いものは無い。マリスはこの交渉が良い流れに行くのを願った。
 リーザスとしてはどうしてもJAPANを味方につけたい思惑がある。国力には明らかな差があるのだが、敵対することは現時点ではどうしても避けなければならない事情を抱えていた。
 リーザスはこれからヘルマンとの大国同士の戦争が始まる。その際、後方の安全の確保が必要とされる。仮にヘルマンに戦力をつぎ込んでる間に、JAPANに攻め込まれてしまえば大きな被害を出してしまう。特に、現在JAPAN国内は完全にまとまりをもっているわけでない。妖怪や呪いつきの忌み人、鬼、少数部族、荒くれ者、武士や陰陽師と言った立場の差異、男女の扱いの差異など数千年と続く戦乱の要因となった日本人同士の対立の根は深いのだ。それが奇跡的にまとまることが出来たのもランスという存在、そして魔人という大きな敵がいたからだ。いざという急場には日本人同士はいがみ合うことを止めて手を組み合う。だからこそ、国内の安定の為にリーザスを魔人に代わる敵として設定される恐れは少なくない。隣国ポルトガルを強大な武力をもって制圧し、国境で接した大国。日本人が鉾先を向けるには申し分ない大きな脅威なはずだ。ヘルマンとJAPANの挟み撃ちにあうと言う最悪な状況に陥らないよう手を打つことはリーザスにとって重要なことだった。
 そしてもう一つ、リーザスにはJAPANの力を借りたい故がある。それは最も重大とされている懸案事項の解決に繋がる。すなわち魔王の封印。
 JAPANは歴史の深い国で、過去に生まれた様々な封印術が残っている。聖獣オロチを封じてきた巫女機関、鬼を封じてきた陰陽機関、そして過去魔人を封じた術を有する天志教。全てがJAPAN独自のもので、リーザスにはないものだ。手札が全く足りない現状、そこは頼らざるを得ない点だった。
 そうした諸々の事情があったがために、協調、協力を取りきめるのが一番の目標だった。幸いJAPAN側も友好関係を結ぶのに積極的であり、交渉の合意に関しては目処がつきそうである。
 互いの要求を出し合い、情報を交換し合う。交渉は順調に進み、最後まで何の問題も無く終わる。――そのはずだった。
 バタン!
 突然交渉の場に激しい音が舞い込んだ。閉め切っていた部屋の戸が開かれたのだ。それは無断でありいかにも無作法な暴挙であった。
 しかし、香もマリスも咎める言葉は出なかった。室内に飛び込んできた二人の様相がそれを許さなかった。
 現れたのは一人はおそらくJAPANの者、そしてもうひとりはマリスのよく知る部下だった。その姿を見た瞬間、マリスははっと小さく息を呑んだ。

「き、緊急事態です。マリス様!」

 震える唇。掠れた声音。切迫した眼差し。ただならぬ気配を纏っていた。

「リーザスで……リーザス領エール村およびプアーの町で暴動が発生! また、ブリキキ伯爵をはじめとする領主数名が反乱を起こしました」

 何より顔が青ざめている。それはまるで――

「さらにその混乱の隙をついたヘルマンが……、ヘルマン軍がリーザスとの国境を越え、侵攻してきました……っ!」

 ――昨夜の月光を思い起こさせるように。



[29849] 3-3
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:21

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十八話 ~miscalculation~



 -パラオ山脈-

 ヘルマン帝国はリーザス侵攻のため秘密裏に部隊を編成。リーザス国内で騒乱が起きたのを見計らい、両国境へとこれを進発させた。
 薄暮が迫るパラオ山脈。淡い闇のベールに包まれたその山を武装した兵士の群れが黒々と塗り潰していく。重装歩兵、弓兵、工兵、魔物部隊。狭い道筋をヘルマンのリーザス侵攻部隊が二列縦隊となって移動していた。

「混乱に乗じて急襲をかける、か。ステッセルめ、つくづく姑息なことを考える奴だ。シーラ様より賜った命令ゆえ、こうして従ってはいるが、そうでなければこんなふざけた作戦などせんものを」

 苛立たしげに吐き捨てたのは部隊を率いる将軍のネロ・チャぺット7世。騎士たる者は常に正々堂々と挑むものであれ、という思想を抱いているような人間である。今回の遣り口にはよっぽど腹を据えかねるものがあるらしい。しかし、同時に騎士らしく主君に忠義を尽くすことを信条としているがためにいくら不満があろうとも逆らうような真似をとりはしない。それゆえに不満の矛先を宰相へと向け、その非難を口にすることに終始していた。彼の周りに侍る腰ぎんちゃくの部下などは全く将軍の仰る通りですと阿諛追従をしているが、ヘルマン第4軍副将クリーム・ガノブレードは冷やかな眼差しでそれらを見ていた。
 とかくヘルマン武人というのは知より武、頭脳より腕力などと何かと策を軽視しがちなきらいがある。多くのヘルマン軍人は力のみでリーザスを十分押しきれると思い込んでいるようだが、実際にそんなことをすれば敗北するのは必至だろう。別段、クリームはヘルマン軍を過小評価していないし、リーザス軍を過大評価もしていない。互いの国の戦力及び状況を冷静に見つめた上で、今回のような策がなければヘルマンとリーザスの戦争に勝ち目は少ないと判断していた。
 放った斥候からの報告ではリーザスの砦は混乱の最中。当然ながら援軍が期待できる状況でない。
 狙い通りの展開。クリームはしかし、そのことに胸中でひどく落胆していた。
 このままいけばリーザスはろくな対応もとれずあっさりと蹂躙されていくだろう。それはヘルマンにとっては確かに良きことかもしれないが、少なくとも自分にとっては少々欲求不満なことだった。
 戦争というものは言うなればゲームのようなものだ。知恵を凝らして駒を巧みに動かし、智謀を活かして敵を出しぬき、如何に美しく自軍に勝利を齎すか。ゲームは困難であればあるほど乗り越える楽しみが生まれる。逆に言えば簡単なゲームなど面白くなどない。容易く攻略できる砦に何の魅力があろう。おまけに何も考えずに兵を進めていけば全て終わる味気なさ。そこに何の興趣があろうか。
 ある分野において才能あるものはその分野の弱者を甚振ることに興味をもたない。自己の力や才能を出し切る余地がないからだ。磨きに磨いた能力だからこそそれを全力で振るいたい。振るえる舞台があってこそ才能は初めて意味を持つ。
 クリームには自分こそが戦争というゲームにおいて優秀なプレイヤーだという自負があった。
 しかし、尚武の気風がひどく強いヘルマンでは詭道は当然疎まれる。また、力の弱きもの、非力が厭われる以上、女性差別的な傾向は自然強くなる。不運にも軍の上官がその女性蔑視の典型のような輩のせいでろくに実力を発揮する機会に恵まれなかった。
 鬱憤がある。それだけに今回のリーザス侵攻こそと心中ひそかに期するものがあった。大国同士の戦。自分の力や価値を試すのにこれほどのステージは無い。ヘルマンのレリューコフ将軍と並ぶ宿将バレス・プロヴァンス、防衛戦で負けなしの青い壁と称されるコルドバ・バーン、大陸でも屈指の突破力を誇る赤軍の将軍リック・アディスン、そして、卓越した軍才を持つ知将エクス・バンケット。出来ることなら、自分の力を尽くすことで彼らを打ち破りたかった。だが、この様子ではどうやらそれも叶わぬ望みのようだ。
 月明かりの下に聳える砦。宵闇に塗り潰された尖塔はクリームの瞳にはただの黒い塊にしか映らなかった。
 無念と失意の念とを抱きながらのリーザスへの行軍。足取り一歩一歩が重く鈍い。一つとしてなだらかな所のない山道は険しいこともあって、ただ歩くだけでも苦痛をより感じる。いい加減嫌気がさしだすと、まるでそうした心を叱咤するかのように遠雷じみた轟音が耳を劈いた。緩んだ脳蓋の中を強く揺さぶられる。
 突然のことに兵士たちが皆色めき立った。瞬く間に動揺が伝っていく。

「何事だ!?」

 ネロが鋭い叫びをあげる。そこに伝令が現れた。

「二時の方向より砲撃。先頭部隊が生成器兵からの襲撃を受けているようです」

(生成器兵の襲撃?)

 クリームは眉をひそめた。
 時にムシ、魔物といった生物は軍の作戦行動に影響を与える。例えば有益な面として食用のものであれば糧としての利用、強力なものであれば兵力としての利用、毒を持つ者であれば毒物を得るのに活用でき、反面として凶暴なものは人間に襲いかかってくるため行軍の妨げになるといったことがあげられる。それ故に軍人は生き物の生態に関して強くある必要性があり、さらに進軍する地域の生物について把握していなければならない。クリームも当然知識がある。だからこそ、ひっかかりがあった。パラオ山脈に生成器兵が生息していたことなど一度として聞いた覚えが無い。ここは敵国との国境。いくら貧乏国家と言えど地理を把握する意味でも調査員が派遣され、土地の詳細な状況は逐一調べられているはずだ。
 生成器兵は厳密に言うならば、生物でない。地底に住む小人のポピンズが作っては外に放置したりするカラクリ。それらは例外なくところかまわず人間を襲うという迷惑な性質を有している。大抵の知性ある魔物であれば、人間の軍勢にしかけてくるといった愚を犯しはしない。多くの魔物は強者、弱者というものを頭で理解し、敵わないと見ればこそこそと姿を現さなくなることがほとんどだ。しかし、ただの決まった動きしか出来ないカラクリには知性というものがなく、遠慮なく軍隊の前だろうと姿を現してくる。そうした意味では、ヘルマン軍がここに出現した生成器兵と接触した出来事が決して有り得ないと言いきれるわけではないのだが……。
 果たしてそれをただの運が悪い出来ごとと片付けるか。随分と都合が良い出来ごとと見るか。
 クリームが思案に耽っていると、耳障りなローター音がひびいてきた。おそらく器兵コプター辺りが飛び交っているのだろう。
 ネロが不快げに舌打ちした。

「斥候は一体何をやっていたんだ! 下等生物のガラクタごときに好き勝手されおって」

 声音には不覚をとったことの苦々しさが滲んでいた。

「さっさと囮役を準備させろ! 本隊から意識を逸らさすんだ」

 通常、軍隊は仮に遭遇した魔物がいても、まともに相手をしたりはしない。効率を最優先された軍に無駄な行動をとる余地は無い。そのために部隊には必ずと言っていいほど専門の囮役がいる。匂いやら性質やらの要因により魔物から狙われやすい人間が存在するのだが、それを利用することで魔物の気を引かせて、その間に本隊を安全に移動させることができる。
 ネロが迅速に命令を下していく。予定通り囮役は放たれた。が、今度はその後の行動に問題が生じた。

(……渋滞)

 速やかにこの場を去ろうにも、前は中々進む気配がない。
 一人の人間であれば、前に進むも後ろに下がるも普通不自由がおきることは考えられない。しかし、人間が何十、何百といた場合はどうか。ましてやその場所が細い道だったら。
 パラオ山脈は敵国を攻める際に不利な地と言われているが、その代表となるものの一つに隘路の行軍の難しさがある。当然のことながら隘路は大軍の行軍に適さない。兵の機動、集中が阻害されるからだ。
 現在ヘルマンは分進合撃のために3つのルートに兵を分散してはいるのだが、それでも一つのルートに何百もの兵がいる。それだけの数が細道に集中すれば、長蛇の列をつくらねばならない。さらに上手く通るには歩調を合わす必要性がある。仮に、部隊の歩度がばらけてどこかに速い歩速と緩い歩速の部分がでてしまえば、緩い部分のほうは詰まりを起こしていき、速い部分のほうは突出していき、分断を起こす。隘路の敵とは渋滞であり、これが起きると機動と集中の面で大いに遅れをとる。
 渋滞を避けるには、渋滞を引き起こしそうな場所をまず避けることが一番なのであるが、どうしても通過しなくてはならない場合、速やかにその場所を抜けることと速度を緩めず、間隔を上手く保つことを心がけなくてはならない。
 重装備を施した何百もの人間の集団が険しい山道で歩調を合わせる。当然思う以上に難儀な要求だ。それでも、ネロの率いる部隊はこれをきっちりこなしていた。部隊全体が同一の歩調で行動することで整然とした隊伍を維持する行軍動作はまさに兵を運用する上で基本として語られるが、その基本を末端まで高い次元で浸透、徹底させられているのはおそらくヘルマンでもネロの軍だけだ。山越えの部隊に抜擢されたのもそうした理由がある。
 しかし、統制のとれた部隊はここに来て、足並みが大きく乱れた。理由は単純。予期せぬ生成器兵の襲撃。歩速を緩めずの鉄則がずれてしまったからだ。
 一度流れが止まれば、滞留してしまう。解消するときこそ一気に状態が変わるが、直ちに起きることは期待できない。

(まったく、本当に嫌なタイミングで厄介なことが起きたものね……)

 クリームの眉間には深い皺が寄る。
 山も大部分を越えた。一番足に負担が来ているときにこうして立って待機が続くというのはいただけない。
 間近とも言える位置には煙と火が空へと盛んに立ち昇る都市。目標がすぐそこというところなのに足踏み状態では兵らの心に焦燥も染みわたっていく。おまけに神経は使う。
 また、兵の緊張感も微妙に緩んでしまった。突然の襲撃で一瞬張り詰めたものが、生成器兵だったということで霧散したことが反動となっている。
 疲れ、焦燥、緩み、全てを立て直すのは少し時間がかかるだろう。乱れを正常に戻すのは決してたやすいことではない。
 それもこれも生成器兵による余計な横槍が入ったせいだ。ヘルマン軍にとって望ましくないタイミングでしてほしくないことをされてしまった。部隊には悪影響しか残らない。実に都合の悪い出来事だった。
 と、そこまで考えたクリームは、はっと目を大きく見開いてギクリとした。首筋に冷たい汗が浮かぶの感じる。山風のひと吹きがひやりと撫でていった。
 ――ヘルマン軍にとって来てほしくない、都合が悪い展開……?

(…………)

 険しい表情で思考を高速で巡らして行く。

(待って……まさか……いや……でも……これは……)

 クリームは茫然とする。脳裏に過るはある一つの可能性。違和感は確かにあった。
 震えを帯びた手で何とか眼鏡の縁を捉える。視線は必死に暗夜を背景に浮かび上がる砦、煙の噴き上がる都市に行き来していく。
 もしも。もしもあれが――。
 自らの推量の輪郭が濃く描かれる。戦慄。喉がからからに渇いていく。
 ――ごくり。
 無意識に固唾が喉を下った。と、まるでそれが引き金になったかのように、

「う、うおああああああ!?」

 前方で悲鳴があがった。

「今度は何だ!?」

 ネロが苛立たしげに大声をあげる。

「ね、粘着地面です! 突然粘着地面が現れて、歩兵部隊の足を捉えました!」

「な――」

 ネロは何事か言おうとしたようだが、それはかき消された。
 再び轟音が鳴り響いた。同時、夜気を吹き飛ばすような熱い衝撃が降って来た。
 兵は一瞬、また生成器兵かと思ったようだが、それは違う。威力が段違いであったし、何よりリーザスの方角からそれは来ていた。
 部隊が完全に詰まり、その上で粘着地面により磔にされたところに襲ってくる砲弾。あまりのことに大半の者は今何が起きているのか、何がどうなっているのか理解できないはずだ。兵達が混乱しだし、蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは仕方なかった。
 動揺していたのはクリームもまた同じだったが、現在の状況はここの誰よりはやく理解した。しかし、一つ解せない点があった。

(なぜ……)

 二度目の砲撃。激震が足をさらっていく。土砂が派手に跳ねあがった。三度目の砲撃。あっけなく左右に吹き散らされていく兵と兵。血飛沫と枝葉を含む烈風を浴びせられる。
 やはりやけに正確な射撃だった。辺りを見回す。暗い。乱雑に立ち並ぶ木や、赤土が剥き出しとなった山道は空の闇が感染したように漆黒に呑まれている。黒の甲冑を着こんだヘルマンの兵はそこに溶けいっていた。

(なぜ、こうも一番兵が密集しているここに正しく照準をあてられたの? 遠くから見えるような目印があるとは思えないのになにが)

 なおも連続する砲声。
 その合間に不快な鉄の魔物の囂しい啼声がクリームの耳朶に微かに触れた。

(っ! まさか……!?)

 はっと空を見上げた。ヘルマン軍の丁度上空には器兵コプターらしき影が舞っている。それが時折チカチカと光を明滅させていた。
 やられたと思う間もない。今度は後方で爆発音がした。木々や土砂が道を覆っていく。

(退路まで断ってきた……っ!)

 その事実はヘルマン兵には重すぎる。ただでさえ、奇襲をかけられて取り乱してしまっている。兵が詰まって前にもいけなければ逃げ場も失った。追い詰められたのだ。
 その間も無慈悲に空からは砲弾の雨が落ちてくる。
 恐怖に耐えきれなくなったヘルマン兵は潰走しだした。道を外れて、森の奥へと次々逃げ込んでいく。
 ネロが「ば、馬鹿者っ!」と怒声を浴びせるも、甲斐なし。皆、目前の死の恐怖しか見えておらず、それより逃れたい一心なのだ。
 しかし――

「ぎゃ、ぎゃあああああああああああ!」

 ――助かるわけはない。
 山中に阿鼻叫喚が木霊する。クリームは耳を覆いたくなった。砲声や悲鳴の残響の中でも、いやにはっきり聞こえる咀嚼音。彼らの末路がどうなったか端的に知らせてくる。
 知性ある魔物は強きものの前に姿を見せることはない。人間の軍隊がほとんど魔物の襲撃に遇わないのはそれが強き群れだと彼らが理解しているから。ならば、その群れから逸れ、魔物のホームとも言うべき森の奥に向かえばその人間がどうなるか考えるまでも無い。ようするにただの自殺行為なのだ、兵が散り散りに森に逃げることは。
 しかし、クリームはそれを馬鹿な行為と責めることは出来なかった。兵は完全に恐慌に陥っている。油断を誘われ、罠に引きこまれ、奇襲を仕掛けられ、逃げ道を見失った。ここまで畳みかけられ、なおも精神が揺らがない人間は少ない。混沌とした部隊に秩序を取り戻すのが将の役目だが、もはや取り返しがつかない域に来ている。
 
(つまりは……戦の勝敗は戦場に着く前に決している……)
 
 なすすべない。終局の形まで見え、クリームはそれをただ静かに受け入れた。
 砲撃は長いこと続かなかった。無論、止んだからといって、活路が開けるわけでない。
 葉が靡いている。前方からも、横合いからも、そして背後からも。気配が近づく。それは人間の血と騒ぎに誘われた魔物の群れだった。獰猛な唸り声が明らかな敵意を宿している。もはや半壊した軍隊は強者でないというところだろう。明け透けなほどの弱肉強食。
 そんな彼らがヘルマン軍をじりじり包囲して、しかしその状態から中々仕掛けてこない。
 それが端的に意味するのはつまり――。
 先ほどまでの砲撃の轟音にも負けない声が遠方より投げられた。

「ヘルマン軍に告ぐ。こちらはリーザス第二軍将軍コルドバ・バーンだ。大人しく武器を捨ててこちらに投降するか、そこでモンスターどもの胃袋に収まるのが良いかどちらか好きな方を選ばせてやる」





 -JAPAN-

 織田城の客室。床に敷かれた畳みの上にマリス・アマリリスは大陸人としては慣れぬ正座をしていた。一人静かに次の報告が来るその時を待っている。
 ヘルマン帝国によるリーザス侵攻。その知らせが舞い込んだ瞬間、マリスの心中に去来したのは安堵と不安の二つの感情だった。
 安堵というのは部下からの報告内容があくまで"予定通り"のものであってくれたこと。ヘルマンがリーザスに仕掛けてきたことは特段驚くべきことでない。想定の範囲内の事象だった。国王であるランスが外遊しているのも、こうしてマリスが他国に赴いているのも当然自国内に相応の備えがあるからこそ。
 ヘルマンは隙をついて上手く国を混乱させたと思っているようだが、それは思いこみに過ぎない。上手くいったように見せかけているのだ。反乱も暴動も全て偽りのもの。目を欺くための策。リーザスはもともと早くからヘルマンの奸計を看破していた。なにせヘルマンの忍者を買収して間諜に仕立て上げている。あちらの工作も、どう仕掛けてくるかも把握済みのことだった。敵の情報が割れ、こちらの情報が正確に伝わらなければ、計画が上手くいく道理はどこにもない。リーザスとしては仕掛けられた策を上手く逆手に取ることで戦の優位をとる一つのチャンスとなった。敵が必勝のものとしていた侵攻作戦を潰すことで出鼻をくじくと同時、敵国の政府と軍の失態は彼らの威信を減退させ、反政府勢力決起の機運を高めていく。
 また、これでJAPANが同盟を組むべき相手に相応しいか否かという判断も出来た。窮地に立たされるリーザスに対してJAPAN宗主の香がどのような考えをもつか。もしも、あそこで少しでも愚かな思惑を抱いてみせていたなら、障害として叩き潰すことも考えなければならなかった。大抵の為政者ならば混乱のどさくさにポルトガルを奪うくらいの真似はするだろうし、ランスのアキレス腱ともいうべきものを抑えていることを利用して立ちまわるくらいはするであろう。しかし、香は当てはまらなかった。危うい国内情勢にあっても他所に鉾先を向ける絶好の機会を切り捨てた。はっきり言えば試したような形となるわけだが、国の未来を左右する以上、見れるとこまで見ることは不可欠。重要な局面で足を引っ張られる危険性はどうしても排除しておきたかった。こうして相手の出方の確認がとれたのは一つの収穫だろう。
 手間やリスクのひどくかかる際どい策であったが、総じてリーザスにとっては上手く事が運ばれている。ヘルマンを罠にかけ、JAPANとの友好もこれからさらに推し進める目処が立った。
 得るものは得られた。しかし、マリスは心底喜んでいるとはとても言い難かった。胸中にはざわつきがある。経過は順調のはずだというのに心は波立って穏やかでない。
 何故か。理由ははっきりと自覚している。

(……月)

 マリスの睫毛が小さく揺れ動いた。怯えさせるは月の影。あの不吉を意識してから言いようのない漠然とした不安がずっと広がっている。予定通りなはずの報告を受け取っても、なお掻き消えない。
 月など毎夜昇るものだし、特別なことでは決してない。せいぜい、満月。それにしても多くの者にとってはただの丸い月としか映らなかっただろう。何も感じることなどない。だが、マリスには違った。似ていると思ってしまったのだ。
 リーザス城に襲った深夜の悪夢。城を蹂躙する兵の群れ。飛び交う怒声と叫喚。小さく震える主君の肩を抱きながらふと見上げた窓の向こうに見たあの月に。

「…………」

 マリスは徐に水晶玉を手に取った。占いなどに使われるアイテムで、いわゆる幻視を得られるものだ。大きく深呼吸して、それをじっと見つめる。
 かざした手からしばらく魔力を送り続けていると、透き通った球面にぼうっとイメージが浮かび上がりだした。それはどこかの瀟洒な洋間だった。マリスにとってはよく見慣れた空間。リアの私室だ。しかし、そこに部屋の主はいなかった。
 
「……!」

 思わず顔をぐっと近づけて覗きこんだ。
 部屋には誰一人としていない。無人の空間のあちこちに視線を飛ばして行く。凝視。みるみるうちに自分の顔が強張っていくのを感じた。
 ――なんだ、これは。
 我が目を疑うような異様な光景があった。本来、リアの私室が無人となることなどほぼありえないことだった。何故ならリアが部屋を空ければ、入れ替わりに侍女が部屋に入る。主がいない間に部屋を最高の状態に整える仕事あるからだ。
 だが、マリスの目に映る部屋はどこにも侍女の手がつけられた形跡がなく、おそらくリアが出ていったまま放置されている。白絹の敷布はしわが出来たまま。花器もカンテラの中身も交換されていない。何よりリアには常に側に置くはるまきというペットがいる為、抜け落ちた毛などでよく汚れるからはっきりとわかる。勘違いではない。何気ないようでいて、その実ひどく不可思議で異質な状景。
 いったいどうしてこんなことになっているのか。
 どれだけ解読を試みようとも納得できる良い答えは出てくることがない。
 最も優先されるべき仕事とされているにも関わらず、城の侍女はそれを出来ていない。出来ない状態に、ある。それは――。脳を走る月夜の記憶。
 血の気が失せていく。早鐘打つ心臓。息が苦しくてならない。
 安堵はもうどこかに吹き飛んでいた。まるで満ち欠けで形が刻々と変化する月のごときひどく不安定な心だけがある。
 居ても立っても居られずお帰り盆栽を取り出す。立ちあがろうと腰を浮かしたところで襖障子に淡い人影が浮き上がった。
 間もなく姿を見せたのは、部下だった。瞬間。マリスはもはや直感した。
 相手の態度も表情も雰囲気もまるで平静そのものだった。会談時の報告とは真逆。顔色は悪くないどころか、その様子は実に落ち着いている。だが、それは表面的なものであり、単なるつくられた仮面を装ったに過ぎない。外に出してないだけなのだ。マリスは敏感に察した。奥に潜む暗雲の気配を嗅ぎ取っていた。
 震えそうになる唇をなけなしの冷徹さで抑えて、言葉を絞り出す。

「……何が起こりました?」

「謀反でございます」

 さながら雷鳴に聞こえた。淡々と告げられた内容は深く、鋭く、胸を貫くように刺さる。痺れるような恐怖に身が竦んだ。

「ヘルマンとリーザスの戦争開戦とほぼ同時にエクス将軍率いる白軍が反旗を翻しました。ヘルマンの侵略に対する防衛の為に戦力の多くを外に出して手薄となっていた首都は……落とされました」

 マリスの掌から鉢植えがするりと零れおちた。






 -リーザス城-

 広間中に異様な緊張間が満ちていた。

「エクス……これはいったいどういうつもりかしら?」

 リア・パラパラ・リーザスは瞳をきゅっと小さくする。そのまま目線をぐるりと辺りに巡らした。いつもの見慣れた景色はどこにもない。
 殺気だった兵士らが睨み合っている。身につけている装具はいずれもリーザスのもの。掲げる紋章もリーザス王国。つまりはリーザス兵同士が相対していた。
 
「ここ、王の間で剣を抜き、この玉座にその切っ先を向けるという行為がどういうことかわかっているの? とても戯れで済ませられるような問題ではないけど?」

 リーザス城は騒乱の渦中にあった。白軍の将エクス・バンケット、反乱。ヘルマンとの間で戦端が開かれたその最中、リーザス城を武力で制圧せんと麾下の兵を動かした。城内の守護にあたっていた兵を瞬く間に叩き伏せ、遂には謁見の間に抜き身を片手に闖入するという蛮行。騎士にあるまじき背信行為だった。
 リアの心境はひどく煮えくりかえっていた。内心抱いた怒気、激情が飛び火したように広間の篝火が激しく燃えあがり、火の粉を舞い散らしていく。
 揺らめく赤い光に染められた剣はしかし、ただの一つとして引かれることはなかった。

「ええ。はっきり理解しています。無論、覚悟も」

 エクスはことさら低く冷淡に告げる。リアは無言で彼の目をじっと見つめた。まるで理性的なものだ。若き智将の瞳には狂気の色も見られ無く、普段どおりの怜悧な光が宿されている。

「エクス将軍、どうしてこのような真似をなさったのです!」

 チルディ・シャープが口惜しさを滲ませた声を発した。城の守り手である親衛隊はいまやこの場に僅か残すのみで壊滅状態にある。チルディは不在の隊長の代理として隊の指揮をとり、謀反の食いとめにあたったのだが、防ぐこと叶わなかった。
 虚を衝かれた。あまりに容易く突破されたこの事実はそれだけエクスが犯した裏切りの程が大きかったかを示している。国王はキナニに遠征中、リックとレイラの両名はそれに随行、コルドバは青軍を率い国境の防衛、そしてバレスと主力軍はヘルマンへの陽動と反撃への軍事行動の準備と動かしている。つまりほぼガラ空きとも言える首都の守護を任されていたのが第四軍のエクス・バンケットだった。それが今やこうして守るべきはずの城を制している。

「謀反など……主君への忠義に背くなど騎士にとって最も恥ずべき行為ですわ」

 怒り、悲しみ、嘆きといった感情の全てが糾弾の叫びにのって謁見の間に響き渡った。
 それでもエクスは揺ぎ無く冷やかに。佇まいを崩すこと無い。

「騎士の忠節とはただ盲目的に上に従うことなのでしょうか」

 澄まして返すとエクスはリーザスの紋章をそっと撫でさすった。

「私は今でもリーザスの騎士です。常にリーザスのためにありたい――その思いは変わりませんよ」

 決起の迷いのなさ、淀みない手際は、もとより余りある覚悟、強き意志を抱いてるがゆえだろう。
 リアは睨み据える目はそのままに口許に薄い笑いを張り付けた。

「どんな言を吐くかと思えば、この反乱もリーザスのためであるというのが貴方たちの言い分なわけね?」

「リア様、そしてランス王……貴方がたは国政を担うには相応しくありません。リーザス王国の未来を思えば、直ちにその座より退いていただくより他はないというのが我々の意見です。やり方はいささか乱暴ですが、出来ればリア様には賢明なご判断をお願いいただきたく存じ上げます」

 ぴりぴりと殺伐した空気が肌をさす。

「……一つ。聞いておきたいことがあるんだけど、いい?」

「はい」

「エクス、貴方はいつから叛意を?」

「演説のあったあの日……あれがきっときっかけだったのでしょう。もしかしたらこんな時が訪れるかもしれないと」

「……ふぅん」

 鼻から浅く息を吐く。
 お腹の辺りでは腕に抱えたはるまきが威嚇するような唸りをしきりに上げている。それを顎の下を優しく撫でることでおとなしくさせると、リアはゆっくりエクスの許に近付いていった。

「リア様っ!? お下がりください!」

 親衛隊員が動揺した声を上げ、すぐさまリアの身に寄ろうとする。それをきっかけに睨み合いの状態が崩れた。叛徒らの兵も仕掛けるべく動きだす。
 反応が瞬く間に連鎖。そして、双方が激突を開始しようとしたその寸前、

「止まりなさい」

 リアは鋭い語調で制した。一時、場の流れ、全員の視線をまとめて寄せる。

「親衛隊は剣を納めなさい」

 束の間の空白を埋めたのはしごく簡潔な一言。しかし、意味をのめない者がほとんどだった。

「なっ!? それはっ! いえ、しかし――」

「ここまで周到に計画を実行されて、謁見の間にまで武力行使を許した以上、もはや大勢は決まったも同然。打ち倒すにしても、退くにしても切りぬけられる見込みはとても無いの。なら、これ以上余計な血を流させる真似も、血でこの謁見の間を汚すような真似もさせるわけにはいかないでしょう」

 リアがチルディを見ると、彼女は苦渋の面持ちのまま黙り込む。固く引き結ばれた唇は親衛隊としての面子、騎士としての矜持を必死に抑え付けているかのようである。
 心情は痛いほど理解出来る。逆賊にいいようにやられておきながら、ろくな抵抗すら出来ずに屈服しろというのだ。しかしそれでも、その程度の、それっぽっちの小さな満足のためにより大事なことを見失うような判断をするは愚かだ。だから、恥辱も、辛酸も飲んでもらわねばならない。無論、それはリア自身も――。
 呆然と立ち尽くす親衛隊からゆっくり離れる。
 こつこつとハイヒールが大理石を叩く硬い音の連なりだけが響いていく。リアがエクスの前で足を停止させると、完全な静寂が辺りを包んだ。
 至近距離。互いの視線が真っすぐ結ばれる。

「お好きになさい。とりあえずは大人しくしててあげる。どうせ短い間でしょうから、ね」
 
「……」
 
 一瞬、やや複雑そうな感情の色がエクスの細面に過った。彼はそれを隠すように手で眼鏡を押し上げると、

「捕らえてください」

 短く命令を下した。
 エクス派の兵が、リアの身柄を拘束する。かつての自分の臣下らによって取り押さえられる中でも、せめて背筋は伸ばして、堂々とした立ち振る舞いだけは崩さなかった。
 最後まで見届けるより前に、エクスは背中を向けていた。
 いくつもある窓からは四角い光が落とされている。翻った白の外衣は青白く濡れていた。



[29849] 3-4
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/09/27 01:20

 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第十九話 ~desire~


 -キナニ砂漠-


 重力に任せ、空から真っ逆さまに落ちるなんておそらくそうそうできる体験でない。

「う、まったく酷い目にあった……」

 墜落の衝撃はすさまじく、多量の砂をひっかぶってしまった。砂を含んだ口がざらつく。
 むっくりと上体を起こすと肌の上をさらさらと砂が流れ落ちていった。
 
「大丈夫デスカ サテラサマ」

「うん。平気だ」

 差し出された岩石の手を借りると、サテラは立ち上がった。骨にも内臓にも異常はない。
 魔人である以上、サテラには常時無敵結界が展開されている。さらに、シーザーが庇うように守ってくれたこともあって、純粋なダメージはゼロといって良かった。
 例えどれだけの高さから落とされようと特別な身体をもつ自分らにとっては大したことではない。――特別な身体をもっているならば。

(そうだ。ランスは……)

 サテラはすぐさま視線を巡らせて周囲を窺った。見える範囲にはどこにもそれらしき姿は転がっていない。
 落下の最中ランスはサテラにしがみついていたが、それも途中までのことだ。シーザーが主人を守ろうとする際に邪魔になったランスはサテラから剥がされ、どこかに弾き飛ばされた。
 生身の人間があのまま地面に激突して平気なわけがない。それこそ、死に至った可能性は高い。
 自然とサテラは唇を噛みしめていた。
 もしも、シーザーに対してランスも一緒に庇えと一言そう命令を下していれば違っただろう。しかし、そんな余裕はあの時のサテラにはなかった。
 微かな悔恨の情、それと苛立ちが込み上げてくる。人間はやはりひ弱すぎる。こんなことでも致命的になるほど。その命はあっけないくらい薄っぺらなものだ。

「……」

 サテラは膝の辺りを二度、三度と軽くはたくと、跳躍してシーザーの肩の部分に飛び乗った。

「シーザー、行くよ」

「ドチラヘ向カウノデスカ」

「ランスを探す」

「ソレハ……」

「いいから、行くぞ」

 いずれの問答も煩わしかった。
 あの高さの落下だ。普通、助かる人間はいないのはわかりきったこと。ランスもまた人間、それは動かしようのない事実。だがしかし、一方で脆弱な人間とは到底比べ物にならないほどの力が彼には宿っている。魔人のサテラをして認めさせたほどの規格外な生命力が、だ。
 ならば――無事ではなくとも、最悪即死は免れたかもしれない。それなら、話は別だった。僅かだろうと命が残っていれば、サテラならどうとでも出来る。
 使徒化。サテラの頭の中に浮かぶ一つの方法。自らの血を分け与えることで、人間では致死だろう損傷も乗り越えさせることが可能だ。
 仮に肉体がどうしようもないほど駄目になったのなら、サテラが作成したものを与えても構わない。そこにランスの魂を移してやればいいのだ。

(虫の息でもいい。なんとか生を繋いでいれば後はどうとでもできる)

 むしろこれは脆い人間の体を捨て去てさせられるチャンスといっていい。サテラにとって二つの意味で救済だった。以前は結局、使徒にする機会を惜しくも逃したが、今回なら出来る。
 そのために、まずはなんとしてでも瀕死の状態にいるランスを見つける必要がある。
 サテラは瞑目する。魔力を網のように広げていき、気配を探った。
 見つけたのはここからそう遠くない位置におよそ6つ。やや離れた位置に2つ。うち、一つはやけに大きな力を有していた。人の範疇には収まらない、ともすればサテラ以上ともいえるほどの存在。

(……ふん。まあいい。とりあえずはランスだ)

 気にならなくはなかったが、意識から外す。いちいち余計なことに関わっている場合でない。今は、時間が惜しい。人間という種族の生命にどこまでも信頼はおけない。手遅れになってしまってはことだ。優先順位を違えた結果、助けられたランスの命を失ってしまうなど考えたくもなかった。
 そうして、サテラはその場からすぐ離れた。ランスと思わしき気配を目指して、シーザーとともに真っすぐ向かっていった。
 鮮やかな日差しが頭上より降り注いでいる。清涼感漂うナツメヤシの影が緩やかな葉の靡きにあわせて揺らぐ。
 それにしても静かな場所だった。猥雑な人間界ではいろんな雑音に溢れているのが普通だったが、ここにはそれがない。
 さくさくと砂を噛む岩の音。しばらく歩くと、どこかに水が流れているところがあるのか、小さなせせらぎも聞こえてきた。
 その水辺の付近だろうか。気配が近い。
 そして、ちょうどさしかかったところでサテラはぎょっと目を見開くことになった。
 思わず、目を疑った。砂漠が見せた蜃気楼かと一瞬思う。
 が、何度瞬きを重ねても、目の前の光景は決して消えない。確かな現実のもの。
 サテラが見る先にはランスがいる。いるのだ。しかし――。
 しかし、何故かすっぱだかの状態で盛大な立ちションベンをしていた。

「はあぁぁ~~……すっきりした」

 せせらぎの音が途切れる。ランスはすっきり満足げな表情を浮かべている。
 頭がろくな処理も出来ずにそのまま茫然としていると、向こうがこちらの存在に気付いたようだった。

「おお? なんだ、サテラではないか。その様子だとお前も無事だったんだな……って魔人だから当たり前っちゃ当たり前か」

 普段通りがはは笑いを投げかけられる。
 一気にものすごい脱力がサテラの身に襲った。まったくなんなのだろうこれは。先ほどまで気を張っていたのはなんだったのか。
 虚脱感に項垂れそうになったが、そこで下がった視線がある物体にぶつかりそうになってしまって、慌てて上に逸らす。

「~~っ! い、生きてるのはいいが、なっ、なんなんだお前のその恰好は!」

「む。いっとくが、そこの石くれ野郎のせいだぞ」

「シーザーの?」

「そうだ。そいつがこの俺様含め他のやつらもまとめてをふっとばしてくれやがったせいで、あっちの湖の上に落っこちたんだ。おかげで服はビシャビシャになっちまった」

「なに? 湖? ああ……なるほどな。どうりで、いくらお前でもぴんぴんしていられるのは妙と思ったが、そういうわけだったのか。なんというべきか呆れるくらい悪運が強いな」

 予想だにしないことだったが、恐ろしいほどの僥倖がランスの身を救ってくれたようだ。
 サテラは小さく息を一つ吐く。この時。この瞬間になって、自分が本当にランスの生死そのものをひどく気にしていた事実にふと気がつかされた。当初の使徒化の思惑は潰れてしまったわけだが、不本意さや落胆よりは、ランスが確かに生きていてくれた安堵が勝っている。
 ランスならば即死はないかもなどという考えを支持してはいたが今にして思えば所詮は希望的な憶測であり、半ば願望。生存の根拠としてはあまりに頼りないそれを当てにして動くなどいままでの自分からすればいささからしくない行動をとっていたとも言えるかもしれない。要するに、ランスの存在が失われることは思うよりずっと大きな意味をもっていたのだろう。それだけの価値を占めているということだ。
 サテラは己の内面を見た。

(……サテラは……執着している……? ランスに……ランスという存在に拘っている……)

 それは存外に深い。
 目の前の彼のいない世界を想像するなど気持ち悪いと感じるくらいに。

(ランスは、サテラのなんだ……サテラにとってランスとはなんなんだろう)

 心配もすれば執着、拘泥もする。思えば、どうしてここまで。一介の人間に対して。
 理屈など挙げようと思えばいくらでも挙げられる。しかしそのどれも適切でないし、しっくりとはこない。もっと決定的に違う何かなのだ。この心の片隅にひっかかったあるものとは。

「……」

「なんだ? さっきから俺様の顔をずっと見つめて。そんなにかっこいいか?」

「……いや、砂がついてるぞ。間抜けな面だ」

「むっ、なんだと」

 ランスは慌てて払い落とそうとしたが、まだ手を洗ってないことに気付いて止まる。
 代わりにサテラがランスの側に行ってその頬に手を伸ばした。優しく撫でるように小さく動かした。

「――ほら、とれたぞ」

「うむ。よくやった」

 ランスは童のような笑みで偉そうに言う。

「さて、便意もひっこんだし、尿意もいましがた発散させたわけだし、全員の無事が確認された今、いよいよもって目的の場所に向かうぞ」

「目的の場所? もうシャングリラとやらにはついたんだろう?」

「おいおい何のためにここに来たと思ってやがる。あそこだ」

 びしっと指差された先に、金色の宮殿が見えた。
 ランスは眩しげに目を細めると口端を歪める。

「あそこに俺様の求める現代の桃源郷があるはずだ。最高のウハウハ美女パラダイスがな……ぐっひひ、我慢出来ん! とっとと乗り込むぞ」

 言うが早いか、ランスは駆けていった。すっぽんぽんのままで。
 呼びとめる暇すらない。

「あ、おいっ! ……はあ、まったく」

 サテラは呆れたような溜め息を大きくついた。
 しかし、それも僅かなものですぐに表情を引き締めると、睨むような視線で宮殿を見上げた。煌びやかな佇まい。きらめく湖水と抜けるような青空を背景にして壮麗な姿が存在感を放っている。
 おバカはあそこに楽園があるとすっかり思いこんでいる。なるほど、見た目だけなら確かに素敵なものが待ち構えているようにも見えよう。だが、サテラにはとてもそんなものがあるとは思えなかった。
 なにせ人間の臭いがほとんど感じられない。
 それに何よりも先ほど気になった大きな気配の出所は丁度あそこからだ。どう見積もってもまともな処でないだろう。
 出来るなら止めるべきなのだろうが、どうせ聞きっこないのはわかりきったことだ。
 しかし、それならそれで構いやしない。
 何しろ自分がいる。側について自分が守ってやればそれで良い。そう思う。
 サテラは宮殿から視線を外すと、再びシーザーに飛び乗りランスの背を追った。






「これはこれは。ようこそ、ランス王。我がシャングリラ宮殿へ」

 ランスは後から追い付いた部下達と共に宮殿へと入った。衣服はかなみが忍術を活用して乾かしたものを着ている。
 広間に通されたランスらの目の前にはでっぷりと肥え太った男がきらきらの玉座に腰掛けていた。ただでさえ醜い外見で正視に堪えない上に、これ見よがしな金の装飾品で全身を飾っていてあまりに目に暴力的だ。笑って剥き出しになった歯まで全部金なのだから相当だ。
 どうやらコレがこの砂漠のオアシスの主らしい。失望極まりない。こんな奴が治めるんじゃ理想郷とやらも高が知れてる。――そんな感想を抱いたのもほんの一瞬のことだった。

「いやいや驚きましたよ。突然、外に轟音が響いて何事かと思ったら、リーザス王がいらっしゃってたなんて――」

 醜悪な豚がごちゃごちゃぶひぶひと鳴き続けている。彼の口から吐き出される息も音もランスにとって受け入れるに苦痛すぎるものだ。それでもそんなものが今はまるで気にならない。打ち消してあまりあるくらいの光景が眼前に広がっていた。
 本来なら臣下の列が並ぶであろう左右のそこには、女、女、女。
 肌の色は白色から褐色、瞳や髪の色も様々で、まるで統一感のとれていない女性の集まり。しかし、そこにある一つの共通点は、全てが美しき女人であること。柔らかさを含んだ可憐な容貌の女性、しっとりと艶のある顔立ちの女性、スラッとスレンダーな体つきの女性、ボンキュッボンの弾けるナイスバディな女性。全てが固有の魅力に溢れ、まるで大陸中から、あらゆる美の代表を集めたかのようだ。

(す、素晴らしい。まさにこここそ夢にまで見た男の理想郷じゃないか……)

 零れそうになる笑みが抑えきれない。
 ランスとて世界を冒険して、さらに大国のトップについた身である以上、当然ながらレベルの高い女性は数え切れないほど見てきてはいる。レイラやかなみ、マリア、サチコ、サテラといった一般的に言えば、容姿の優れたものを今もはべらせられるくらいには男どもが羨む環境にもいる。
 そんな自分をして唸らせるハーレムが存在している。驚きを通り越した感動があった。
 これだけの数の美女を揃えられたことも勿論、彼女たちがあんな男の側にいることをよしとしている現状については疑問と言えば疑問ではあるが、おおよそ金銭的あるいは権力的なものだろうと当たりはつく。

「――こうしてはるばる御来訪くださったのです。こちらとしては存分にもてなしをさして頂きたいと思いますのでぜひ楽しんでください」

 ぱん――と肉厚な手が打ち鳴らされた。
 華やかな女性たちが酒や食事を始めとしてありとあらゆるものを次々と運び込んで来る。あっという間に広間は宴の会場へと姿を変えた。

「ランス王。どうぞこちらへ」

 美女に手を引かれ、ふかふかの椅子を勧められる。
 目の前のテーブルにはいくつもの御馳走が並べられている。国王として過ごす中でもなかなか目にする機会が無い珍しいものも多く見受けられた。変わった色形をしている木の実も豊富だ。
 種種の果実の、焚き込められた香の、そして女の、あらゆる香りが入り混じって、独特の甘い匂いが満ちている。そんな空気の中を縫うように音の連なりが漂ってきた。楽師が緩やかな音楽を奏でている。
 広がる響きを背景としながら、しゃなりと前に出てきたのは肌を多く晒した衣装を着た美女たち。躍る旋律に合わせて舞いを披露する。動くたび、申し訳程度に身を包んだ薄く柔らかな布がふわりと波打ち、流れるようにひらひらと翻る。
 ただでさえ扇情的で官能をくすぐられるものだが、さらに曲調が鋭く激しくなれば、それだけ踊りも過激なものになっていった。音の粒が弾ける度、弾ける肌が汗にきらめき、躍動する。すらりと伸びる太腿を惜しげもなく見せつけ、しなやかさを感じさせる細長い手は宙を愛撫するように艶めかしく動き、ぞくりとするような嬌態を見せつけてくる。
 挑発するような流し目を向けられ、熱の高まりを受けたランスは前のめりどころか身を乗り出しそうになる。しかし、浮かそうとした腰は半端な位置に止まった。
 ふと、両脇から柔らかな感触が襲ってきた。
 見れば、ランスの右腕に華奢な両腕が絡んでいる。こちらも露出度の高い。それでいて体の線を際立たせるような格好をした娘だ。豊かな胸の隆起をこれ見よがしに腕に押しつけられる。
 反対側からもしな垂れかかってくる者がいる。肩に頬を擦り寄せんばかりに近づけ、上目に媚びを含んだ妖しげな微笑はやはり溜め息をつくほど美しい。
 
「王様、さあ、お酒をどうぞ」

「こちらの砂漠で採れた木の実もいかがですか」

 酒杯を勧められ、また、丁寧に皮を剥いた果物を口許に運んでもらえる。口の周りが少しでも汚れたとみると舐めとる様に口づけをしてきた。
 口づけをすれば、当然それだけで済まない。情熱的にして淫靡な接待――。

(こ、これはまるで天国だ……)

 酒、肉、最高級の女に囲まれ、素晴らしい歓待の数々に舞い上がる。まるで夢のような時間。
 これこそ求めていた理想郷と感じ入っていると、そこで何故か突き刺さる様な冷たい視線を頬に感じた。
 気にかかって首を横に曲げた。どことなく不快そうな表情のサテラと目があう。冷やかで侮蔑したような眼差し。

「何だよ? サテラもこっちに混ざりたいのか?」

「ふん。馬鹿みたいだ」

「なに?」

「人間のメスなんかといちゃいちゃするあたりも十分不可解だけど、そうやって"人形"囲んで鼻の下をだらしなく伸ばしてアホ面を晒すなんてもっと理解出来ない。お前は女の形さえしてれば何でもいいのか? とことん節操というものが無い上に、本当に趣味が悪い奴だな」

 やや辛辣で刺々しい物言いが飛んでくる。
 ランスは呆けて口が開いた。罵りはともかくとして発言の意味を飲み込むのに幾ばかりかの時間を要したのだが、理解が及んだ所で思わず出たのは失笑。

「なーに言ってるんだお前? こいつらが人形?」

 両脇の美女を揃って抱き寄せると胸元に顔を埋める。ほどよい弾力をもった乳房がむにゅりと歪む。
 
「こおんな素晴らしいおっぱいをもった人形がいるわけがあるか。ほれほれ、おっぱいボインサンドじゃ」

「あんっ、もう、ランス王ったら」
 
「がははははははは」

 すっかり御機嫌で美女との戯れに興じる。
 サテラは何も言わず、徐にテーブルナイフに手を伸ばした。それで何をするかと思えば、大したことない。ただ握った手を軽く振るってみせただけ。
 が、一拍の間をおいてランスの周りに侍らしていた女性らの首がすぱーんと飛んでった。
 さながら深夜の魔法ビジョンのB級スプラッタームービーのような衝撃的シーン。

「ひいいぃぃ!?」

 どうやら近くではっきり見てしまったらしいサチコの絶叫が木霊した。
 ランスもまた顎が落ちかけた。リックや、レイラ、かなみ、マリアにしても例外でない。驚愕の色も露わに固まっている。とはいっても、サチコのように生々しい殺害そのものに恐怖を抱いたという類の普通の感覚によるものでない。戦争や冒険といった激しい戦闘に長く関わっていれば、こんなものは頻繁に目にする光景。衝撃はもっと別の方向にあった。
 血飛沫スプラッターなんかどこにもないのだ。
 いくつも首が跳ね跳んだと言うのに、テーブルや床はおろか、中心にいたランスの衣服はいっさい血を浴びていない。
 唯一あるとすれば、わざとなのかミスなのか定かではないがランスの額にナイフが掠った時に出来た切り傷から落ちる一筋の血のみ。
 そう、人間に血が通っている以上、肉体が傷つき血管に損傷がでれば血が流れるのはしごく当たり前のこと。自分のようにだ。
 ならば――。今、目の前にある首が切り離されても何も流さないものは、少なくとも普通ではない。
 ランスの腕から首を失った胴体が滑り落ちると、からんころんとあまりに軽く無機質な音を立てた。

「どどどど、どういうことだ?」

「だから言っただろう。どんな手を使って作ったのか知らないけど、そいつらは人間じゃなくてサテラのガーディアンに似た人工の擬似生命体だ。もっとも、ちょっと精巧なだけで戦闘力のほうはサテラのガーディアンがずっと上で全く比べ物になりすらしないような劣悪品だけど」

 ふふんとサテラは得意げに自分のガーディアンの自慢を挟むがそんなものはもはやランスにはほとんど聞こえてなかった。

「ぜ、全部、人形……」

 ひくひく唇が震える。
 あまりのショックに頭が真っ白になった。酒と女でかっかと火照っていた頭はすっかり冷めきっている。
 美女は血の通わない作り物に過ぎないもの。つまりは一種のラブドールということだろう。そんなものに囲まれていい気分に浸ってた過去の自分――。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 一吼え。気づいたら、身体が動いていた。
 刃物を片手にテーブルを乗り越え、一息にシャングリラ王に接近。

「――は」

「くたばれえええ、このブタ野郎ぉ!」

 ランスは問答無用で思いっきり刃物を振り下ろす。
 理想郷は束の間の夢としてつゆと消えた。その無念がランスを動かし、怒りをぶつけるようにニクむべき相手の首をすっ飛ばさせた。
 鈍い音とともに小さな肉団子と大きな肉団子が転転とする。今度はちゃんと床に赤黒い血の池が出来上がった。こいつこそまるで人間っぽくはなかったのだがしっかりと人類をやっていたようだ。

「あーー!! ちょっと、あんた、何やってんのっ!?」

 と、いきなりかなみが怒ったように大声をあげた。
 肩で荒い息をしていたランスはその様子に眉を顰める。

「何ってこの俺様に舐めた真似しやがった大馬鹿をぶっ殺しただけだろうが?」

「そっちじゃないわよ。それよ、手にもってるそれ!」

 ランスが左手に握っている刃物をかなみは指差した。

「私の忍刀じゃない!」

「あ? ああ。そりゃ、このクソデブを斬るのに日光さん使いたくなかったからな。なんか汚い血とギトギトの脂がこびりつきそうだったし……。日光さんだってあんな物体を自分で切ってほしくなかったろ」

「……それは、その、まあ……正直嫌ですけど」

「ほらな」

「だからって私の刀勝手に使わないでよ! しかも乱心した割になんで変なとこだけ冷静なの!?」

「うるさいやつだ。この俺様のお役に立てたことへの光栄さに感謝の涙を流されこそすれ、文句言われるような筋合いはまったくないぞ。それにだいたいお前にはもう一本、もっとずっと良い刀があったはずだろ。こんなものをわざわざ使わんでもそっちを使えばいい」

「……う、ぐ」

 指摘した内容は痛いところをついたのだろう。かなみは言葉に詰まった。

「……仕方ないじゃない。使えないんだから」

 自己の未熟を告げることになる口は当然歯切れが悪い。

「だったら、丁度いい機会だ。そっちを使えるようにしろ。現状に甘んじてる限り、いつまでたっても半人前ポジションから抜けられんぞ」

「くっ、好き勝手言ってくれて」

 渋い面でぶちぶち文句を垂れながら、かなみは自分の腰の位置に手を伸ばす。艶消しを施された黒鞘に収められながらも、禍々しい存在感を振りまく一振りの刀がある。かつてランスとかなみの二人でゼス迷宮より持ち帰った首切り刀だ。

「前までは一応使うくらいは出来ていたのに、何でか知らないけど最近は鞘から抜こうと思っても、全く出来なく――」

 やや唇を尖らして、首切り刀を引く動作をする。
 金属の擦れる微かな音。すんなりと刃が顔を見せた。

「……え?」

「何だよ。ちゃんと抜けるじゃねえか」

 弱気な本人の弁があった割にあっさりとなして実に拍子抜けだ。
 しかし、このことには本人が一番驚き、目を丸くしていた。

「あ、あれ? どうして? どうやっても抜ける気配なんてなかったはずなのに……それに今までにないくらい軽くて力を感じるし……」

 かなみは完全に引き抜いた鞘と刀とを交互に疑問の眼差しを向ける。湾曲した片刃は血を吸いこんだような赤い部分が心なしか多くなっているように見えた。
 不可思議な有様を前にしきりに首を傾げているが、考えたところで答えに思いいたることは結局ない模様だ。とは言え、取りあえずは抜けたことは抜けた。その結果を良しとしたらしく、納刀した時だった。
 そこで、かなみとはまた別に「あれっ」と小首を傾げた者がいた。

「……ねえ、かなみさん。ちょっとそれってさ」

 と、マリア。まるで重大なことを発見したような表情になっている。

「それって? 刀のこと?」

「いや、ごめんね。それと違くて、その手のことなんだけど……」

「手?」

 かなみが首切り刀から外した右の掌を返したりしてみる。しかし、マリアは首を振って、違う場所を指した。

「そっちじゃなくて、鞘握っている左手の薬指」

「へ? 左手の薬指……て、っ!?」

 やばいものを見つけたようにかなみの目が大きく見開かれた。それからの動きはまるで超一流忍者のごとき目にもとまらぬ素早さだった。疾風すら巻き起こして後ろ手に隠す。
 しかし、今さら隠してみても遅い。すでにモノは見られてしまっていた。
 
「指輪……よね」

 マリアの怪訝そうな視線。かなみの額にはものすごい汗が噴き出してきた。

「い、いやー、これはその、違くて、ほんと、あれで、だから」

 引き攣った笑いを浮かべながら言葉を重ねようとするが、意味も無い羅列ばかりで肝心な結論が一向に出てこない。
 代わりにランスは口を開いて、

「ああ、それは――」

 と、教えてやろうとしたのだが、
「わーー! わーー!!」
 顔を真っ赤にしたかなみの必死な大声にかき消される。

「それより、サチコちゃん! サチコちゃんが大変っ! ほらっ! ほらっ!!」

 あからさまな話題すり替え目的なのはどうみても明らかであった。
 しかし、見れば確かにサチコが妙なことになっている。べちゃっと前に潰れるようにテーブルへと倒れこんでいる。
 ランスは訝しげに眉を顰めた。

「なにやってんだあいつは」

「気を失っちゃったのかしら。どうも首ポロリがよほどショッキングだったみたいね」

「……どんだけ免疫ないんだ、まったく」

 介抱に向かおうとするレイラを手で制してランスはサチコのもとに近付く。
 側に立ってみたが、反応が一切ない。完全に意識を手放しているのは間違いないようだ。
 ランスはサチコが座る椅子を真横から足を払うことで強引にそこから抜き取った。
 サチコが地べたに派手に転げ落ちた。さらにランスはげしげしとお尻に蹴りを入れていく。

「おら、とっとと起きろ、サチコ!」

 うりうりと苛めていると、ようやく目を醒ました。

「れ? 王さま? なんで私、地べたで寝て……?」

 失神前後の記憶が飛んだのか、不思議そうに顔を上げてきょろきょろする。

「というか、ものすごく体、特にお尻が痛いんですけどどうしてでしょう」

「ただの気のせいだ。そんなことより召使のお前がやるべき仕事があるぞ。本来なら、こうして言われんでも自ら進んでやるものをぼうっとしやがって。ほら、さっさと取り掛かれ」

「え? 仕事ですか?」

 きょとんと見上げるサチコを見下ろしてランスは首肯をみせた。

「そうだ。お前が今すぐやるべき仕事は一つ。死体から持ち物を漁れ」

「……へ?」

「悪の大王は正義の一撃で先ほど見事打ち倒された。そしてボスってのはたいてい重要アイテムを所持してるのがお約束だ。だから、それをお前が探せ。この手のものは奴隷がやるべき仕事に分類されているからな」

 ぞんざいに顎で死体のほうを示した。
 ぐるりと首を巡らしたサチコは凝固。一瞬で顔が青褪め、短い悲鳴を漏らして飛びずさる。がんと背中を壁にぶつけるまで下がると、

「むむむ、無理です」

 ぶんぶんと首と手を大きく振った。

「無理じゃない。返事もないただの屍を調べるだけの簡単な仕事だろ」

「そんな」

「ちっ。やらなきゃ、これからお前の飯は朝昼晩ぶたバンバラのフルコースにするぞ。それでもいいのかよく考えろ」

 軽くトラウマになりそうな罰を平気で口にすると、サチコの顔が引き攣った。

「5、4――」

 すかさず、カウントを刻んで追い込む。
 涙目でサチコは延々のブタ地獄より一時のブタ地獄を選択した。
 震える膝を動かして、死体のもとにゆっくりと歩み寄っていく。それも盾を前面に突き出して、へっぴり腰でいかにも情けない格好だ。
 その様子を眺めてランスはにやにやとする。

「キング……なにも彼女に無理にやらせずとも、私に命令をくださればすぐ致しましたが」

「それじゃ、つまらん……ごほん。もとい、あいつの成長が見込めん。ここでこの試練を乗り越えれば、一皮むけ一人前に近づくんだ。厳しいようだが、あいつのためを思うのなら、ここで黙って見届けてやれ」

「またあんたはそうやって適当なことを――」

「おー、そういえば、指わ」

「サ、サチコちゃん、ファイトーー!!」

 たかだか10メートルもないはずの距離だが、サチコが死体の側につくまで恐ろしいほどの時間が費やされた。
 ただでさえ歩みが鈍い上に、頻繁に止まる。救いを求められたり、やっぱり無理ですと訴えられたり、その度にランスがさっさとやれと睨みつけてとそんな余計なやりとりがいくつも重なってようやく辿りつく。
 後は、所持品をチェックするだけだが、大変なのはむしろこれから。サチコは再び長々と停止した。それまではなるべく死体が視界に入らないよう努力していたが、さすがに調べるとなれば、間近で見る必要性が出てくる。
 ちらりとサチコの目が死体に向く。が、すぐ逸らされた。
 喉が大きく上下に動いていた。飲み下したのは生唾と言うより、嘔吐感だろう。顔は紙のように白くなっている。
 何度も深呼吸を繰り返して、ついに意を決したように手を伸ばした。遠目でさえわかるほどがくがく震えた手がポケットにあたる。
 そして、いくつか物を取り出すとそれを手にふらふらの足取りで戻って来た。

「お、王さま……」

 恐怖より解放され、緊張の糸が途切れたのか、ぐらりと体をよろめかせ倒れこんで来た。
 ランスはそれを抱き留める。

「よーし、重要っぽそうなアイテムか金目のもん的ななにかは見つかったか」

「……はい……鍵の束とそれと一応こんなものもありました」

 目の前に差し出されたのは妙な形状の道具。

「カレーポット……じゃなくてランプか?」

 あまり見かける形ではないが、どうやら掌サイズのオイルランプのようだった。
 ランスは受け取るが、

「うわ……脂ぎとぎとじゃねえか、クソ」

 てかてかに濡れた表面が極彩色の光を跳ね返している。

「ふきふき、と」

「うう、私のスカートで拭かないで下さいよ~……」

 ますます涙目になるサチコに構わず、彼女のスカートの裾を利用して拭う。奴隷の衣服など雑巾がわりにしたところで抵抗あるわけもなし。

「とおおおお! 俺様の華麗な超高速磨きだあっ」

 不快な油汚れを落とすべく、力を入れてごしごし強く擦りつける。と、唐突にランプの輝きが増しだした。尋常ではない明るい光が目を射る。
 ぼわんっと重低音が耳に飛びこんできた。同時、ランプの先端からしゅるしゅると白い煙が勢いよく噴き出して視界を塗り潰していく。

「のわっ、なんだなんだ!?」

「ランス、下がれっ! 何か来るぞ」

 鋭い声を上げたサテラがランスの腕を掴んで強引に引っこぬくようにして寄せる。
 あわせてリックとレイラが瞬時にランスを背後に庇う様に前に出て、かなみも何が起きても対応できるようにすぐ側についた。慌ててランスも日光を抜いて身構えた。
 広間の空気は一瞬にして張り詰めた。
 ランプを中心として白煙の膨らみが増していく。その中に黒い大きな影が見えた。
 少しずつ煙が晴れ、現れたのは巨大な青の肉体。肩幅が以上に広く、熱気が襲ってくるほど分厚い筋骨が逞しい男だった。しかし、そうした外の見た目とは全く別に底知れぬ巨大な重圧を全身が感じる。圧倒的な力の塊を前にしているような圧迫感があった。
 無言で威嚇、牽制、探りといった視線を相手にぶつけていく。だが、どうも向こうからは戦意の類はまるで感じられなかった。身動ぎ一つせず、何も仕掛けてくる様子がない。そしてようやく動きを見せたと思えば、手を胸に当てて恭しく一礼をしてきた。外見にそぐわず、美しい挙措だ。

「貴方が私の新しい御主人様でございますね」

「む?」

 それはランスに向けた言葉のようだった。

「なんだ、その御主人様とやらは。いっとくが俺様はお前のような筋肉ダルマにそんな呼ばれ方をされて喜ぶ趣味はないぞ」

 ランスは不快げに眉間に皺を寄せた。

「申し遅れました。私はランプの精。ランプを拾って下さった方の望みを叶える存在でございます」

「望みを叶える存在?」

 ますます皺の数が増えた。胡散臭いものを感じずにはいられない。しかし、続くランプの精の話を聞いていくうちに、ランスの眉間に寄せられた力は緩んでいった。
 この魔法のランプは擦ることによって中から魔神が現れる。そして、持ち主が望みを言えばそれが現実のものとなるアイテムらしい。それを好きに利用していたのががすぐそこで無残な屍となり果てているルチェ・デスココという男だ。もともとしがない砂漠の商人にすぎなかった男だが、ランプを偶然拾い、その力を知ったことで様々な欲望を叶えてきた。
 この国の王となれたのはその最たるものだろう。また、先ほどの女人形も願いによって具現されたものだった。もともとは生身の女を侍らしていたのだが、"金、金、金"ですぐに「リアル女は面倒くさい」と全てを人形と入れ替えたのだ。
 それを聞いたランスはようやくいろいろと合点がいった。多くの謎に包まれたシャングリラだったが、要はこの超常的な存在が持つ力のおかげでなりたっていたわけだ。
 ランスはひとまず引き抜いていた日光を鞘に納めた。

「ほうほう。じゃあ、デブが死んだ今、代わってお前を拾ってやったこの俺様が新たな持ち主となり、願い事を何でも叶えてくれるっていうことか?」

「ええ、どのような命令でも構いません。遠慮なくお申し付けください。私めが必ずや貴方様の望みをお叶え致します」

「げ……。これってもしかしなくてもこいつみたいな世界最悪規模の欲望の権化に一番渡してはいけない超危険なアイテムじゃない」

 渋面いっぱいのかなみが呻く。
 ランスは腕を組んで宙を眺めた。

「願い、願いなあ……いっぱいあるぞ。一気に世界征服とか……いや、味わい損ねたウハウハ美女ハーレムの本物バージョンがいいか……しかし、ウルトラレアの貝を見るのもいいかもしれん……う、うーむ、おい、その願い事ってのはいくつまで叶えられるんだ。デブは何個も叶えたんだろ」

「生憎回数制限がございまして、全部で10個までとなっております。ですが、そのうちデスココが9個使ったため現在の残りは一つでございます」

「なんだと、あのデブの野郎、無駄遣いしやがって。しかしたったの一つだと……」

 願い事など大きいことから小さなことまであげればいくらだってある。しかし、その中でたった一つ。となれば当然選ぶものはそれなりのものにしたい。
 ランスは顎を一撫ですると、
 
「…………まあ、時間制限があるわけじゃないし、今すぐ決めずともとっておくことにでもするか」

 取りあえず保留を決めた。

「しかし、こんな感じの便利なアイテムがまだまだここにはあるかもしれんな」

 これだけの権勢を誇っていたのだ、お宝は一つとは限らず、まだまだ眠っている可能性は否めない。
 ランスは鍵の束をくるくる回すと、リックに向かって放った。

「よし、美女がいなくて損した分、回収できるもんは回収せんとな。お前らは手分けして、この宮殿をくまなく探索しろ」

「宮殿内部を把握する意味でも調査は必要ですしね」

 そうしてリック、レイラ、マリア、かなみ、そしてサチコも探索へと出向かされた。
 サテラなんかは文句をつけてやることを拒否してくると思ったのだが、珍しく何も言わずにシーザーを連れてどこかに出て行った。



 広間にはランスだけが一人残った。
 ――いや、ランプの精との二人。

「……」

 テーブルの縁によりかかって、ランスは再び酒を口にしようとした。しかし、グラスには満足な量はもう残っていない。代わりに手近なボトルの首を掴むと、そのまま中身をぐいっと呷った。
 カッと額が白熱した。水を飲むかのようにがばがば勢いよく飲みほしていく。
 やがて一本まるまる飲み終え、手の甲で乱暴に口を拭うと、目をランプへと戻した。焦点はぶれることなくそれだけを捉える。
 そのままランプの精にゆっくりした口調で呼びかけた。

「どうなさいました、御主人様? 願い事がお決まりになられたのでしょうか?」

「おい、本当に、どんなことだろうと叶えられるんだろうな」

「無論、私の力が及ぶ限りという制限はございますが、前主デスココの栄華を御覧になっておわかりのようにおよそほとんどのものが叶うと思って頂いて結構です」

「……ふん。そうか」

 しばらくランプをじっと見つめ、それからランスは静かに口を開いた。

「――なら、永久氷という呪い。それを解いて中にいるやつを助けだすことは可能か?」



[29849] 3-5
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/11/15 20:32

-Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第二十話 ~agony~



 -リーザス反乱同日
  リーザス城-


 その日、キサラ・コプリは自室でいつものように愛する妹の世話を焼いていた。
 身の回りのことは城の侍女が全てやってくれることになっているのだが、自分のことにしろ、妹のことにしろ、他人に任せるなんて恐れ多くて、ほとんど丁重に断っている。
 そもそもそうでなくても、こんな豪華なお城の一室に住まわせてもらえるだけでも、あまりにもったいない破格の待遇だ。荒ら屋やテント暮らしに慣れた身としては華麗を極めた室内装飾の数々には眩暈と気後れをおこして仕方がない。
 こちらに連れて来られて二月ほどたった今でこそ多少落ち着きはしたが、初めて城に足を踏み入れた時などは圧倒されすぎて腰を抜かしてしまう恥ずかしい事件もあった。あの時などはランスにはひどく笑われてしまった。
 そんなことをふと思い出して、思わずくすりと口許を綻ばせていると、

「お姉ちゃん、どうかしたの……?」

 気になったのか妹のレベッカが少し首を傾げながらこちらを不思議そうに見つめている。
 しかし、今はブラッシングの最中だ。キサラは妹の曲げた首を少しだけ戻すと、ヘアブラシを動かして、髪を丁寧に梳いていった。櫛通りに優れたしなやかなボタンの毛も上質な高級品。ほんの少し湿り気をはらんだ長い髪にすうっと抵抗なく流れていく。
 レベッカの瞼がやや下がり、それからまた改めてこちらを窺うような視線を向けなおしてきた。

「ん、ちょっとね、ここに来た時のことを思い出してたの」

 キサラは大きな寝台のレベッカの隣の位置に座り、側頭部へとブラシを移しながら囁いた。
 惨めな道具と成り果てどん底で喘いでいたところから王子様ならぬ王様に救いだされた。まるでよくできた夢物語。
 あまりに現実感が感じられなくてずっとふわふわとした気持ちでいたが、時間が経ち、ようやくこうして振り返ることで今ある幸運、幸福を噛み締めることが出来る。

「――ねえ、レベッカ」

「?」

「レベッカは、今、幸せ?」

 レベッカが小さく息をのんだ。豊かな髪が覆う華奢な肩が上下に動く。
 キサラにとって何気ない質問だったが、しかしそれは重要でここにきてからずっと密かに気になっていることだった。

「……幸せ……」

 呟くように言うと、レベッカはそこで沈黙してしまった。
 表情に変化はない。しかし、姉はこちらに向けられた瞳に微かに暗い影が宿ったのを見逃さなかった。
 その視線はやがて俯き加減に下がっていき、そしてゆっくりと首が振られた。

「ごめん、なさい。わからない。わからない、よ」

 キサラの手は硬直し、言葉を失った。心臓が締めつけにされたように胸がひどく苦しかった。妹の告白は頭のどこかでは半ば予想していても、実際にその口から聞かされてみるとショックは思う以上に大きい。
 もとより気にかかっていたのだ。違和感があった。此処に来て戸惑いや緊張を感じるのは仕方ないにしても、しかしいつまでたっても安らぎというものを得ているようには全く見えなかった。
 わけを敢えて深く聞きだそうとは思わない。他の誰でもなくキサラだからこそおおよその察しがついた。
 キサラにとってもそうだが、それ以上にレベッカにとって今まで幸福を享受出来た時間など果たしてどれだけあっただろうか。
 親が多額の借金を抱え、幼き身でありながらその人質として扱われた。両親は首を吊って自殺。残った負債はまともに返済も出来ず、身体で支払うべく奴隷の身へと落ちた。
 商人の金の為、来る日も来る日も昼夜をおかずボロボロになるまで働かされた。それも――。
 レベッカの思い詰めた視線は自身の身体をただじっと見つめていた。いつ頃からか彼女はそうすることが多くなり、そしてそこには憎悪とも嫌悪ともつかぬ負の想いが常に絡みつくようになった。
 あまりの痛ましさにキサラは胸の奥からぐっと込み上げてくるものを抑えがたかった。
 人は誰しも幸せの訪れを望むもの。だが、レベッカには明るい未来が奪われ、ただ願うことの空虚さしか残っていない。
 人は誰しもささやかでも幸せを見つけて喜びを見出していく。だが、レベッカには晒され続ける悪意と欲望の波から逃れるため、ただ感情を削ぎ落していく事しか出来なかった。

(でも――)

 忌まわしい日々は終わった。だからもういい加減苦しみから解放されていいはずだ。汚された世界にいつまでも浸る姿は見ていたくない。ずっと遠い過去に捨て去って忘れてしまった幸福を、これから一緒に少しづつでも取り戻して行かなきゃならない。
 キサラが妹の小さな手にそっと己の手を重ね、口を開こうとした時だった。
 ピクン――とまるで何か察知した小動物のようにレベッカが突然顔を上げた。
 何事かと思ってすぐ、キサラもまた"それ"に気付いた。
 ほんとに微かだが振動が部屋を伝わっている。それも断続的で長い。

「なにかしら……? なんだか外も少し騒がしくなっているみたいだけど」

 普段は静かすぎるほど静かで外からの音が入ってくることなどない部屋だが、今は少し耳を澄ますだけでやけに大きな人の声のようなものがいくつもしてるのがわかった。
 もう月も浮かぶ宵の口だというのに。
 キサラは妙な胸騒ぎを覚えた。冒険の中で培った危険予知にも似た勘だろうか。

(……なに……血の、気配……?)

 さあっと全身の細胞がざわつく。自然と腰を上げていた。細めた瞳が向かう先は自室の扉。しばらく見つめていると、外から勢いよく開け放たれた。
 色濃い不穏な風が一気に流れ込んでくるのを確かに肌で感じた。

「キサラ様、レベッカ様!」

 血相を変えた侍女が飛び込むようにして現れる。

「お二人とも今すぐ、ここから避難してください!」

「いったいどうしたのですか?」

「せ、説明している時間はありませんっ。いまは、とにかくはやく!」

 ともかく急かす侍女。浮足立って声も上ずっている。事情は飲めぬがその様子からよほどの事態が現在この城で起こっている最中であるらしい。
 鬼気迫るものを感じたキサラは取るものも取りあえずレベッカの手を掴むと部屋を出るべく動こうとした。
 と、ざわめきとは別にガシャガシャと耳障りな、何か金属が強く擦れるような音が荒っぽい足音と重ねてこちらに近づいて来るのを察した。
 侍女の強張った顔の色がいっそう変わった。

「っ! こちらです! はやく!」

 導かれるまま駆けだしてしばらく、一見何もないような壁の前で一度止められる。

「この隠し通路へ」

 何かの操作の後、壁の一部分がまるで扉のように開きだした。隙間からむわりと湿った空気が漏れ出る。向こう側に見える急な下り階段はどうやら地下へと通じてるらしい。
 まもなく人一人が入れるくらいのスペースが壁にでき、侍女が入る様に促したが、キサラは一瞬躊躇した。このルートを進んではいけない。そんな不吉な予感が過った。
 しかし、すぐ強引に押し込められるようにして中に入れられてしまう。同じくレベッカも侍女に急き立てられるようにして入って来た。最後に侍女――のはずがなぜか二人が入った途端、扉が閉まって再び壁へと戻った。

「な!?」

 慌てて壁を叩き、外に何度も呼びかけてみたが反応が一つとして返ってこない。
 閉じ込められた。だが、いったい何故こんなことを。状況がますますわからなくなるが、おそらく悪い方向に転がっている。そう感じるのは決して気のせいなんかでない。得体の知れない中の不気味さだけがじわりと膨らんでいく。

(はやくなんとか別の出口を……!)

 こうなると進むより他なく、階段を降りきったところには、薄暗く狭い通路が長く伸びていた。見る限り一本道で分岐がどこにも見当たらない。脳は強く警戒を発しているが、前に踏み出し、注意深く先に進んでいく。
 やがて横道に逸れる所まで来た。と、その曲がり角の向こうから微かに足音が近づいてくる。

「!」

 相手が味方かもわからない以上、接触は避けたかった。だが、そうしようにも後ろは袋小路。周りは身を隠すところもない。
 いくつかの濃い影法師が細長く床に伸びる。複数人。となれば、正面突破も容易でない。
 もはや出た所勝負。その場で緊迫に身をかたくしていると、ついに角を曲がって人がやってきた。
 現れたのは三人。いずれも見覚えのある赤い装具で固めている。それはリーザス赤軍兵士の格好だった。そのためにキサラは思わず気を許した。先の見えない暗い不安に囚われていたこともあって、それらは一筋の光明にも思えた。
 しかし、彼らのもとに近づこうとしたところで、ひっぱられるような強い抵抗を感じて足が止まった。固く繋いでいるレベッカの手が強い力をもっている。

「だめ」

「……え?」

 レベッカが首を振って、後ずさりする。
 疑問に思って兵士らに向きなおったところで、ふっと笑みが引いた。小さな悲鳴が喉から出かかった。
 面頬の下の口許が薄笑いを浮かべている。それはキサラやレベッカにとってあまりに見慣れた性質の笑みだった。

「なあ、ザラック。こいつらだろ?」

「ああ、噂の"ふくマン"姉妹だ」

 好色な声付き、仄暗い中で瞳だけがぎらぎらしく、下卑た視線を無遠慮に向けてくる。
 キサラが握るレベッカの手の指がピクリと反応する。肌から震えが伝わってくる。キサラは黙ってレベッカの手を力強く握りかえした。

「それにしても本当に二人揃って上玉じゃねえか。あの鬼畜王サマは毎日こんな美女とばかり遊んでやがったんだろうなあ。ほんと羨ましい限りだぜ」

 男が気安く手を伸ばし肩に触れようとしてきたが、キサラはそれを払うように手で弾いた。それ以上の動きを牽制するように兵士らを順繰りに睨みつける。

「貴方達、いったいなんのつもり? なにをしようと考えてるのか知らないけど、少しでも変な真似をしてランスさん――リーザスの王様に知れたらそれは彼の顔に泥を塗る行為になるけど?」

「へっ。ランスがどうしたよ。あいつはもうこの国の王でも何でもないんだからな」

「なにを言って――」

「外の騒ぎくらいは知ってるだろ? あれは反乱……つまりランスに不満をもっている兵士が城に攻めてああなったんだ。もうまもなく制圧は完了し、これからは俺ら反乱軍がこのリーザスを牛耳ることになるだろうよ」

「え、そんなことって……っ!」

 あまりの衝撃に、唖然とするしかない。
 俄かには信じられなかった。だが、確かに城内はただならぬ様子ではあった。混乱して、思考が白く飛ぶが、その間に相手が何事か話しながらこちらへとにじり寄ってくる気配に気づき、キサラは反射的に蹴りを放った。
 まさか攻撃されると思っていなかったのか直撃を受けた兵士の一人は突き飛ばされ、壁に激突をおこした。

「っ! ラックス!? てめえぇっ!」

 その後ろに控えていた別の兵士が大声で喚いて跳びかかってくる。

(通路は狭い……いくら現役兵士とは言え、一気に三人相手にせず済むのならなんとかっ)

 さすがに囲まれたり、複数同時に相手取ってとなると勝機が薄いが、この通路なら自然と一対一の状況にならざるを得ない。
 キサラはたんっとステップを踏み、右足を高く振り上げた。
 ――これでこの一人もきめてみせる。そうすれば、後残りは一人だ。
 だがその時、キサラは自身の予想の甘さにようやく気付く。綺麗に弧を描いた足は空振りを起こした。あっさりとかわされた。相手の兵士が強かったのか。いや、そうでない。弱いのは――。
 キサラは以前の身体のキレが全くない現実をここで痛感した。
 先ほどは不意打ちで兵士を沈めたが、それは不意打ちだったから見事に決まっただけで、そうでなければ、来ると分かっていたならかすらせることさえ出来やしない。
 愕然とする中、拳が迫って来た。身を捩ってこちらも避けようとしたが、間に合わない。
 みぞおちに突き刺さり、キサラは息を詰まらせた。ただの一発でさえずしりと重くこたえる。
 くのじなりになったところで髪の毛をひと掴みにされて、膝蹴り。
 よろける間も無くそのまま腕尽くで振りまわされると、勢いよく地面に叩きつけられた。横倒しにさせられる寸前、入れ替わりになるように先ほど倒した兵士が起き上がっているのが見えた。
 こちらは一撃で仕留めたつもりだったのに、沈んでなかった。その事実にさらに打ちのめされる思いがした。
 まさか己の戦闘能力がこれほど衰えてしまっていたとはキサラは予想だにしなかった。あまりに実戦から遠のき過ぎた。
 弱りきった体は兵士につま先で蹴られて転がされ、背中を踏みつけにされた。

「ちっ、面倒かけさせやがって」

 吐き捨てるような言葉とぱんぱんと手で払う音が降ってくる。

「お姉ちゃん……っ!」

 弱弱しい呼びかけはほどなくして苦鳴に変わった。

「くくっ、嬢ちゃん、そんながっかりめそめそしなさんな。せっかく新しいリーザスに生まれ変わる記念すべき日なんだ。パアッと気分を盛り上げなきゃ損、俺らと楽しいこと気持ちいい事しようぜ、なあ?」

 レベッカの腕が兵士にがっちり掴まれて引き寄せられた。

「なんだあ、ザラックは妹のほうにすんのか? んじゃ、こっちの姉のほうはもらっちまってもかまわねえか」

「好きにしろ。こっちは普段したくもねえ男女の相手してるから、そういう気の強かったり勝ち気な娘は飽き飽きしてパスだ。俺は本来、こっちの大人しそうなまさに可憐な娘のほうがタイプなんだよ」

 ザラックと呼ばれた男の指がレベッカの顎をツイと持ち上げた。妹は金縛り状態にかかったように身体を動かさない。

「や、やめてっ……その子に手を出さないで。私なら、どうなってもいいから……あなたたち三人の相手になっても、いい……お願い、レベッカにだけは……」

 キサラは血を吐くような声を喉から絞り出して懇願する。
 守ると心に決めた。二人で幸せになろうと心に決めた。ようやく前を向いて歩きだせるはずだった。もう二度と絶望に歪められるわけにはいかない。これ以上、妹に人生を呪わせるような真似だけは、例え自分の身が犠牲になろうとも阻止したかった。
 ザラックは白い歯を剥き出しにして笑う。鋭いナイフを手にすると、レベッカの衣服を切り裂いていった。
 露わになった肢体の線をねっとり舐るようにいやらしくザラックの目が上下に動いた。舌なめずりすると、腕が胸元に伸びる。そのままこれ見よがしに膨らみをもみしだきだした。

「ひひ、やわらけえなあ。やっぱ男みたいなメナドとは大違いだ」

「やめて! やめなさい! お願いっ! お願いだから……!」

 悲鳴とともに涙があふれて止まらなかった。
 しかし、兵士の魔の手は容赦なくキサラにも伸びてくる。

「そんなに悲しむなよ、俺達がそんなもの忘れさせるほど慰めてやるぜ?」

 下品にせせら笑って一人がキサラを仰向けにして馬乗りになった。膝で脇を強く抑えつけ、指を屈伸させると、服を掴んで下着も共に乱暴に破って剥ぎ取る。

「いい体だ。以前カタログで見たことあるが、値段知ってるか? 3万だ! 一晩3万ゴールド! 薄給の俺らじゃ逆立ちしたってとても手がでねえお相手よ。三万もする極上の体を好き放題に出来るなんて思うと、はあ、たまんねえよ」

 情欲に緩んだ頬を擦り寄せんばかりに寄せてくる。
 はあはあと荒々しい息を浴びせられた。こんな腐りきった人間の吐き出した空気が不快で顔を背けるも、そんなことおかまいなしに兵士は顔を覆いかぶせるようにして汚らわしい唇を押し付けてくる。それでも口許を強く引き締めてさらに逃げる。
 それが、その反応が兵士を昂らせたらしく、にやりと口端を歪めると、次の瞬間生温かく湿った感触を頬が受けた。
 舌だ。それが耳元、頬をまとわりつく。
 ぞっと総毛立った。肌の上を蠢くたびまるでムシが這ったような嫌悪感が湧いてくる。
 更に下へ撫でるように向かっていく。
 首筋、鎖骨、腋……。全身を穢しつくそうとするように次々唾液をまぶして汚していく。
 胸元に到達すると顔を思い切り埋めてきた。舌はさらに弄るように動く。
 乳房を舐めまわし、乳輪をなぞって、乳頭を吸って、転がして、時折噛んで、執拗なほどねちっこく全体を嬲りだす。
 味わう中で相当に興奮が高まっているのか、膨れ上がった亀頭部が足にぐいぐい押し当てられている。
 散々弄ぶと、さらに舌は下っていく。腰、臍、そして――。
 兵士はキサラの足を左右に大きく開かせた。剥き出しになる陰部。
 食い入るように見つめる瞳は欲望と好奇に塗れ、下腹部をなぞるように視線が何度も動く。

「へえ、ふくマンなんていっても見た目は他の女とそんな違いはないか」

 鼻息荒く兵士の顔が押し迫ってくる。怒りと怯えでキサラの足が戦慄いた。
 秘部に向かって舌を伸ばすと、玩び始める。
 秘裂に密着させると何度もなぞっていく。舌先を使って、時に全体を使って責める。
 ぶるりと震えあがった。
 屈辱があった。恐怖があった。だが、もうそれだけじゃなかった。
 熱く疼くのを感じてしまう。陰部も潤みを帯びていく。
 そんなこと望んでない。心は拒絶しているが、この忌々しい体は――ふくマンとして、男の道具として改造された体が受け入れている。
 異常な程に火照り出すのがわかる。汗が噴き出る。
 己の腐れた体を改めて直視し、そして忘れかけた地獄の日々が嫌でも思い出されていく。

(ゃ……いやっ、いやあっ……!)

 首を左右に振る。抗うもむなしく、それでも体は抑えがきかない。
 べちゃべちゃと音を立てて花弁を舐められると、次第に水音が強く響き始める。

「興奮してやがるぜ、こいつ。こうやって男に好きに玩ばれるのが大好きってか? もしかしてさっきの妹を庇うってのも本当は自分が三人に襲われたかっただけなんじゃねえか。なんせあのスケベな鬼畜王サマにとりいって妾になったぐらいだ。ホントとんだ淫乱売女だな、おい」

 聞えよがしにぐちゅぐちゅと音を起こす。
 悔しさで拳を握ろうとするも力が入らない。
 自分のたててるいやらしい音を飽きるほど食らったところで耳は別の音を捉えた。ごとり、と何か重たいものが地面にぶつかったような音。

「我慢できねえ、俺も混ぜてくれ」

 三人目の兵士が鎧を脱いでいた。そして、ベルトを外す。床に落ちた。下半身が剥き出しになる。硬く滾っている股間が見えた。
 キサラの顔が軽くあげられると、その肉棒をぺちぺちと頬に打ちつけられた。
 熱い。快楽に屈服しだしたキサラの全身からは力がすっかり抜けだしている。顎も緩みっぱなしで、口は半開きだった。
 兵士は肉棒を無理やり口に咥えさせた。根元までねじ込む。さらには腰を動かし、何度も喉奥を突く。
 苦しみに目が眩む思いだった。
 それが半ば破られたのは愉悦を含んだ絶叫が耳朶を打ったから。

「おほ、ほおおぉぉっ! すげ、これが、これが、ふくマン!! す、っげ!! ほっ! んふ! ふひは! 入れただけでコレえぇ! たまんねえ、たまんねええぇよおおお!!」

 歓喜の声が通路内に反響の尾を引いていった。
 ザラックが妹を犯している。興奮に昂り、快楽に溺れ、さらなる快楽を求めるように激しく腰を振っている。

(う、ぁ、レベッカ……)

 じわりと視界が滲む。
 瞳に映るもののほとんどが霞み行く中でキサラはそれだけをはっきり目にした。
 好き放題嬲られるレベッカ。虚ろに光る翠玉のごとき瞳には感情が宿らず、ただ虚空を見つめている。
 そして彼女の唇がなにごとかを呟くように小さく動いた。

 ――、ね

 キサラは愕然と目を見張った。

 ――幸せなんて、ないの






 -リーザス城 作戦司令室-

 雨が降っている。音が硬い。夜半から少しばかり勢いを増したようだ。
 エクスは視線を暗い窓に動かす。雨脚よりも、そこに映った己の姿がまず目についた。
 窓の中のエクス・バンケットが苦笑いに唇を歪んでみせた。随分とひどい顔だ。窶れてもいるか。光の陰影のせいばかりでない。一目で疲労の色が濃い。
 思えば、ここ何日どころか、何週間も満足な休息を体に与えられていない。しかし、そうした肉体のもの以上に、精神に重たいものを感じているのが己の表情から透けて見えた。

(とうに覚悟は決めたと思ったんですけどね……)

 今になっても迷いや葛藤、苦渋、躊躇いが完全に消えたわけでない。それでもこの反乱を起こしたことに関しては後悔していないつもりだった。
 エクスはリーザス王国の軍人だ。命を賭して守るこの国への想いは当然のことながら強いものがある。将軍という国家の重要な官職を担う身なればリーザス王国の発展、繁栄への願う気持ちも言わずもがな。国の明日がよりよきものであることを切に望んでいる。
 特にここ最近はそうした志を意識することが少なくなかった。世に新しい動きが次々と起きていたからだ。
 ゼス王国は階級制度が撤廃され、新体制で動き始めた。自由都市では、コパ帝国という新興勢力が台頭し、それを中心として経済が活発になった。JAPANでは長きにわたり続いていた戦乱についに終止符が打たれ、一つの国としてまとまってみせた。
 世界に新しき時が来ている。大きな時代の変遷が訪れる気配。リーザス王国でも新しき風が吹く予感というものをエクスの肌は感じとっていた。
 果たして、リーザス女王だったリアがランスと結婚し、新しき王が誕生した。それは古き殻を捨て去り、新生するリーザスの萌芽を思わせた。
 エクスは、陰ながらでも成長の手助けをしつつ、その芽がやがて大樹となる姿を見届けたいと思っていた。
 しかし、その新芽から光を奪うかのように俄かに暗雲が立ち込めはじたのは、翌日の新王演説の時だった。
 演説は無事、全国民のもとに届けられた。演説の言葉そのものも立派で、文句のつけようもなかった。だが、決してその内容は評価出来るようなものでなかった。何故なら演者が、国王その人ではなかったのだから。
 エクスがそのことに気付けたのは演説中ではない。むしろ、演説では欺かれた者の一人だった。それが、偽りと見破るきっかけとなったのはある一人の女性の様子に違和感を覚えたことだった。
 その女性と言うのはメルフェイス・プロムナード。魔法隊である紫の軍の副将だが、単純に朋輩の間柄とは別に、エクスは彼女と"特殊"な関係にあった。男女の間のつながりなど当然一つしかないだろうが、それを特別でなく"特殊"とするのはある奇妙な事情によるものだ。
 メルフェイスの身体にはある呪いがあった。強大な魔力を手にした代償として自分よりも強い男に抱かれないと気が狂ってしまう呪い。言ってしまえば、その呪いが二人の結びつきをつくっていた。およそ二か月に一度、必要に駆られれば交わりを持つ程度の互いに線引きをはかった事務的なものだった。
 あの時、演説のあった日もちょうどそうした定期的な儀式の行われる日だった。だがしかし、エクスはメルフェイスを抱くことはなかった。抱く必要がなかった。――メルフェイスの身体はそれこそ強きものとHした後のように安定していたのだから。
 抱ける条件をもった男などほんの僅かに限られる。相手の正体に辿りつくことは、さほど難しくはなかった。

(つまり、国民演説の真実とは偽物の言葉が民へと発せられ、肝心の本人はと言えば裏で女性とのまぐわいに興じていたというもの)

 何か思惑があったのかもしれないし、余人には窺い知れない事情があったのかもしれない。
 それでもひそやかなる懸念を胸の片隅に抱いた。
 この芽が、新しきリーザスという木がどのように育つかわからない。ランスという男がどのような影響を与えていくのか見極める必要があった。

(単純に人柄だけを見るのならば、あのランスという男、良くも悪くも面白い人物ではあろうが……)

 個性的という表現では相応しくないほど他に類を見ない。普通や常識というものから外れ、型破りという意味では実に驚かされることは多い。
 強気な男で豪胆な振る舞いも破天荒さもいっそ新鮮で痛快にも映る。単純明快ではっきりとしているぶん嫌味も少ないからだろう。
 もっとも、品位に関しては欠ける。言動に粗暴で野卑な部分も大いに見受けられる。しかし、学に乏しそうではいても、時折妙な冴えや鋭さを見せるときもある。
 エクスとはまるで正反対のタイプになるが、しかし苦手かと問われれば、むしろ自分には無い自由さとストレートさが羨ましく、逆に好ましく感じると答えるだろう。
 だが、王の器として相応しいかどうかの評価は別の問題だ。一国の先頭に立つべき指導者として見るのならば――。

(彼は決して邪悪な人間ではない。また暗愚なわけでもない。ないが――)

 むしろそうであってくれたほうがどれだけ良いかと思う。
 邪悪であれば見限るに易い。暗愚であれば手綱を握るに易い。
 いっそ何もせずともただ大人しくリーザスの象徴であってさえくれればずっと単純だったろう。

(もっとも厄介なのが彼の無頼らしい生き方……安定よりも危険、その中に孕む刺激や愉悦を好んで追い求める博打打ちじみた性質だ)

 不安はあった。古来よりこの手の王がいなかったわけではない。
 例えばヘルマン建国の祖ザナゲス・ヘルマン、JAPAN帝にして人類圏統一の偉業に近づいた藤原石丸あたりがそうだろう。
 しかし、この二人は確かに偉大ではあっても、良き国をつくれた人物であるとは到底言い難いものがある。共に領土拡大路線をしき、一時"大国もどき"を築き上げはしたのだが、ただそれだけだ。結局のところその後、長い時をもたずして国家がガタガタの状態に陥ったのは歴史の中で明らかとなっている。
 そして奇しくも冒険者あがりのランスは王となってリーザスの領土をどんどん拡大させていっている。
 それのみにはとどまらない。
 戦争勝利のためにいろいろなことを力づくで推し進めている。軍備増強の為、大砲や砲兵を主力と採用し、軍資金を得るために、臨時徴収の名目で不正に資金を溜めて私腹を肥やしているものを中心に金を収奪し、また役人の利権団体を無駄と悉く叩きつぶし、予算をつくりだす。
 判断もそれに伴う実行も迅速で積極果断ではあろう。清々しいほどの行動力の高さは美点と評価出来る。だが、この行動力というのは発揮する指向と加減を少しでも違えれば毒になるものだ。
 露骨な覇権主義は周囲の国との軋轢を生み、砲兵の優遇は騎士らの不満に繋がり、大砲の台頭は旧い武器を扱っていた商人が割を食い、強引に利益を奪われた貴族、役人は反抗心を覚えるようになった。
 蟠りが出来るのも当然のこと。しかし、対応をとるのかと思えば、何もしない。ばかりか専断的な振る舞いだけは突出していき、ついには政略の為にコパンドンを妃として娶り、魔王の娘をリーザスの城に保護するまでにいたった。

(彼は若く覇気に溢れている。エネルギッシュに動き回れるほど素晴らしい行動力がある。だが、行動する力があっても無計画で無軌道で向こう見ずにすぎる)

 魔王のみに留まらずさらに魔人を城に置くことになった時、それがリーザスにどのような影響を与えるか何も考えはしなかったのだろうか。
 リーザスはほんの数年前に魔人に城を落とされたばかり。それも魔人サテラと言えば、その張本人だ。兵士のほとんど誰もがそれを覚えている。
 またキナニ砂漠の探索。無駄であるとは言わないし、挑戦心は買うが、それをする時期やわざわざ王自身が行く事の蛮勇。いささか軽挙で浅慮ではなかろうか。
 もしも、彼にバランス感覚、政治的センス、周囲のモノを見る力のうちどれか一つでも、少しでもあったならと思う。
 国とは人の集まりだ。群れを統べるものはそれを理解し、常に意識してなくてはならない。群れのコントロールが崩れれば、壊れるのはあっという間なのだから。
 エクスの胸中には苦いものが込み上げてくるのを抑えきれなかった。
 組織の統率は危ういところまできている。このままただ委ねているだけではいずれ国家は衰退の憂き目を見る。苦渋の決断だった。リーザスの木が枯れ果てるのだけは防がなければならないのだから。

(……それにしても博打によって生まれてしまった歪みを何とかするためにさらなる博打を打っているというのも、なんとも皮肉ではありますが)

 ひどく自嘲めいた笑みが思わず出てしまいそうになる。
 己が起こしたことによる混乱、流れる血といった代償は当然安くない。安くはないのだ――。

「――将軍」

 宙に彷徨わせていたエクスの瞳が声を掛けてきた相手へと動いた。

「サカナク殿より報告の書簡が届きました。それと貴族や商人連中からの書状もいくつか」

 ハウレーンが信書の束を差し出す。エクスはまずもっとも重要だろうサカナクからの報告の封書を受取ると封を切って、文書を取りだした。
 素早く目を通して、文章の末尾まで辿りついたところで、小さく息を吐いた。

「……なるほど。バレス将軍はスケールのボルボット城まで退いたみたいですね」

 反乱が起きたその時、バレス率いるリーザス主力軍のほとんどはヘルマンへの陽動及び反攻のため首都の外へ出て行動していた。そしてそこで謀反の知らせを受けたバレスは当然のことながらすぐさま救援に向かうべく城へ戻ろうとした。
 だが、それはエクスら反乱グループにとっては非常に都合が悪いこと。城を落とす前に主力の軍隊に戻って来られては困るのだ。故に足止めをかけた。バレスの一番の部下である副将サカナクの裏切りによってだ。それが功を奏し、こうして主力が戻るより前に城を見事落とすことに成功した。
 逆に間に合わなかったバレスらはそのまま無理に首都に攻め入ることなくどうやらリーザス西部へと退いていったらしい。無論のこと、単純に諦めたゆえの行動というわけではないだろう。

「いまバレス将軍が優先するべきは王の身の安全を我らがどうこうするより前になんとしてでも確保すること。ランス派の兵を補充しながら、キナニ砂漠に隣接するリッチの砦のほうにやはり向かいますかね……」

「リッチ砦は現在我々の兵が抑えていますが……その場合いかがいたしますか?」

「当初からの予定通りに変わりなく。決して狙いに逆らわず、交戦の後、適当なあたりできちんと"負けて砦を彼らに譲って"あげるようにしてください」

「はっ」

 強く響くような返答。堂々として揺ぎが微塵も無い。機敏に踵を返してハウレーンは大股でドアへ向かう。
 毅然としたものだった。相手のバレス将軍と言えば彼女の実の父親だ。同僚、主君、さらには家族とまで離れ、しかしそれでも彼女は己の意志、理想を貫き、それに従って動ける強さをしっかり持っているのだろう。
 細い背中を見送った視線は自然と部屋の高い位置に掲げられているリーザス国旗を振り返った。
 クリムゾンカラーは血の色であり、武勇の象徴。武をもって大国ヘルマンに立ち向かい、多くの血をもって築かれた国。

(……私もまた覚悟をもって――)

 もはや進むより他は無い。新しき血の通ったリーザスをつくるため。ただリーザスの未来を想って。
 窓に映った顔はほんの少しだけマシになっていた。




 -JAPAN 織田城-


「それにしても、全く迂闊でした」

 マリス・アマリリスの口からは遣る瀬無い嘆息が零れおちた。

「まさか護衛の中に刺客が紛れ込んでいたとは。それも十六名の内、十名も叛徒であったなんて由々しいことです」

 リーザスでの謀反の報があって間もなく、こちらでも裏切りが起きた。本来なら使節隊の護衛を務める為の兵の中にすらエクスらの賛同者がいた。
 返り討ちにすること自体は大したものでなかったが、反乱派の手回しの良さは嫌な問題だ。マリスの預かり知らぬうちに軍部内の叛意の汚染は深刻なレベルにまで達していたらしく、裏での画策は周到を極めていたものと認めざるを得ない。
 マリスが軽い運動のせいで乱れた髪を厭わしげに掻き上げていると、

「マ、マリス殿……いったい何を、なさったのです?」

 キンケードが額に滲みでた大量の汗を拭いながら低い声で訊ねてきた。
 叛意をもったものは多くいたが、きっちりマリスの護衛をするものも少ないながらいた。ほとんどはやられてしまったわけだが、唯一無事だったのがこの護衛の責任者であるキンケード・ブランブラだ。

「何を、とは?」

 マリスは訝しげに片眉を僅かに上げる。
 目の端でキンケードを見ると、彼の身体がぶるりと震えあがった。一呼吸置いて何とかという調子で言葉が絞りだされる。

「か……彼らのことです」

 微かな怯えの色を含んだ瞳が部屋を見渡すように動く。マリスも視線を足元の"それ"へと向けた。
 そこにはほんの少し前に襲いかかって来たエクス派の兵が無造作に転がっていた。誰一人として痛めつけられていないし、縛られてもいない。ただ、一目にして酷い有様があった。

「ヒッ……ヒッ……なんでも、なんでもしますからァ、はなしますからァ……ヒ、ヒハッ……マリス様~~」

 誰一人として正体はない。
 ただ媚びるわんわんのように這いつくばった格好をずっと晒している。だらしなく弛緩しきった顔面の筋肉、顎が外れたのかと思うほど大きく開かれた口からは涎が零れ、真っ赤に充血した瞳もどこか焦点があっていない。
 およそ異常で気味の悪い光景。だが、マリスはどうでもいいことのように軽く一瞥だけして、

「ああ、大したことではありませんよ。ただの絶対服従魔法をかけただけです。……まあ、"少しばかり失敗してしまった"ようですが」

「……」

「しかし、予想通りと言うか、肝心な情報はたいしてもってませんでしたね」

 物憂げな呟きにもなってしまう。
 己の部下からいくつかの情報をもらっているが、当然それのみでは足りず、敵方から回収出来るのならそれが望ましかった。さして期待をしていたわけではないのだが、しかしやはりというかここにいる兵士に聞いてもほとんどが既に知っているものか、あまり役に立ちそうもないものだった。
 取りあえず反乱に加担した兵士はサカナクやエクスといった反乱軍の中心人物らの現あるいは元部下、教え子だったりと何かしら関係があったものであることが共通している。それなりの人数が集ったのは薫陶の賜であろうが、それでも全員が全員エクスらについたわけではない。となれば、これほどの大規模な反乱、どこかしらで露見してもおかしくないし、不穏な空気が漏れそうなものだが、どうもヘルマンの離間策とリーザスの偽反乱策がぶつかったところを利用されたらしい。なるほど、不穏な空気も、反乱の言葉も多少流れたところでごまかしがきかせるし、不自然さも薄くなるはずだ。
 反乱軍はヘルマンに関して利用はしても、連携はしていないことはまず確かで、それについては確認がとれた。向こうの狙いは最大の敵たるヘルマンに介入される恐れを潰し、その間に国を変えるつもりだろう。しかし、変えるにしても果たして反乱軍は――いや、エクスはいったいどこまでものを見据えて考えているのか、それがいまだ読めない。
 マリスはやや大きな溜め息をつくと、キンケードのほうを無表情のまま、ちらりと流し目で見る。

「……キンケード副将も、何も知らないのですよね?」

「わ、わわ私は何も! 何も知りません!」

「そうですか。となると、現段階でこれ以上の有益な情報が手に入りそうもない以上、このままここで座して待っていても実のあることにはそう繋がりませんし、そろそろ動きましょう」

「まさか、今からリーザスに向かわれるのですか」

「ポルトガルへ」

「ポルトガル……ですか?」

「ええ。ですので、至急、うし車の準備をお願いしますね」

 あえて説明は省き、命令だけを告げる。
 キンケードは反射のように背筋を伸ばして返事を返すと、すぐさまきびきびと早足で動きだした。
 一見にすれば、敏速な行動で立派なものに思えたが、しかしそれにはすぐにでもこの場からただ離れたいという一心がどこか透けて見えた。
 だからだろう、襖に手を掛けようとした丁度そのタイミングを見計らったかのように、急にそこが開いた時、

「おぐひょうおわぁっ!?」

 キンケードは聞いたことも無いような驚きの声を上げて、派手に尻もちついた。
 戸の向こう側では戦姫が立っていてパチパチと目を瞬いている。

「なんだ? タイミングが悪かったかも知れんが、あまりに驚きすぎじゃないか? なんだか私が怖いものにされたようでおもしろくないが」

「ふふ、気になさならいで下さい。キンケード副将は部下の裏切りもあって少し神経が過敏になっているようですから」

 マリスは小さく微笑む。

「し、失礼!」

 顔を真っ赤にしたキンケードは慌てて起き上がって一礼すると、脱兎の勢いでその場を去っていった。
 
 
 戦姫はその後ろ姿を鋭い双眸で見送ってから、口を開いた。

「……あの者は白だったのか?」
「それはどうであるかわかりません。ただ、大丈夫ですよ」
「信用……というわけではなさそうだが」
「信頼ですよ、"賢く生きる"ことの出来る方であると知ってますから」
「そうか。それはそれとして、ある話があってここに来たのだ」
「なんでしょう」
「あなたと話したいと言う人物がいるのだが、会うことは出来るか? いまこの城に来ている」
「こちらも緊急事態で時間も惜しい身ですから、その人物次第です。どなたです?」
「……軍神――上杉謙信」
「っ! 上杉……謙信」
「何やらお願いがあるそうだ。どのような頼みかはだいたい予想がつくも……さて、いかがする?」



[29849] 3-6
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/12/07 20:08
 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第二十一話 ~preparation~




 -某国某所-

「千鶴子、内乱よ、内乱。リーザスで将軍が謀反を起こして城を武力制圧したみたいじゃない。ここはランスをゼスへとなんとか亡命をさせて、こっちで保護しつつリーザスに攻め入るべきときじゃないの」
「マジック……あなたねえ。珍しく会議の一つに、しかも開始前のこんなに早くに顔出したことに感心したと思ったら、開口一番にそれ?」
「何よ千鶴子、そのムカツク呆れ顔は。そんなにおかしいこと言ったつもりはないわよ」
「少しは自国の状況ってものを考えながらものを言いなさい。ゼスだって決して隣国のそれを笑っていられる程余裕あるわけじゃないの。ついこの間の騒乱から大きな改革があってそれを何とか安定させようとしているのが今の段階。復興もまだまだ、ただでさえ苦しんでる地域が少なくないのに、政府がよそを攻めることなんかに力を注ぎこんだら、激しいバッシングを受けかねないし。何より――」
「――魔人の問題もありますしね」
「ウルザ」
「おはようございます、千鶴子様、マジック様」
「おはよ。それで、魔人って? 魔人レイのことよね。でも、あいつもうこの国から離れてリーザスに行ったんじゃなかった?」
「いつの情報で止まってるのよ。レイはもうすでにリーザスからも離れて再びゼスに戻って来てるの。仮にも四天王なのに国のことに疎くてどうするの……男のことばっか気にかけてないで自国をもっと気になさい」
「……男の事ばっかりって未だにうちの馬鹿親父にきゃあきゃあと現抜かしている誰かさんにそんな注意されるなんてね」
「マジックー? ……なにかいったかしら?」
「まあまあ、お二人とも。しかし、この魔人には何とか早めに引き取ってもらわなければなりませんね。現在も市民の間には動揺、不安が大きく広がっている状況です。魔人に暴れるような気配がないことが唯一の救いといえば救いなのでしょうが」
「今は付近の安全の為に軍をかなり無理に動かしてはいるけどそれもどこまでもたせられるかというところね……。四将軍は全員無事と言えど、先の乱で多く兵を失った軍にも、こうして二度も魔人を簡単に通してしまっているマジノラインにも国防の頼りなさというものを市民は感じ始めてしまっている。国が民をろくに守れないと信用を完全に失ったらおしまいよ。安寧秩序の維持がためにはなんとしてでも再び国外へと移ってもらわなきゃ大変なことになりかねないわ」
「そもそも魔人が魔人を救いにくるって、正直そんな行動をとるだなんて想定の範囲外にもほどがあるでしょ。歴史上封印やら捕縛された魔人はいたけど、あいつら魔人が仲間を助けようとする行動をとるなんて異例も異例じゃない。人間にやられた魔人なんてどうでもいいというスタンスが普通だったのに何で今回に限って……」
「確かに、どのような理由で拘ってるのかは未だよくわかっていません。これがあくまでレイの個人的な事情による行動ならまだよいのですが、もしも魔人ケイブリス派全体の意向で派遣されたのであれば――」
「もっとずっと厄介なことになるわね」
「それって……もしかして遠からず魔軍が再びゼスに侵略してくる危険性もあるかもしれないってこと?」
「ええ。カミーラが封印されていることも、その場所にしても魔人達は全く知らないみたいだから、捜索したところで発見される恐れ自体はほぼない……諦めがついて捜索断念するのならいいけど、もしも向こうの派閥としての都合なら、それはわざわざ魔人一人を寄越すほど彼らにとって重要な位置に据えられたものと予測されて、取り返す結果を強く欲していることに他ならない。そしてあいつらは概して過激で短絡的な手段をとることを厭わないわ。……それで、ウルザ、今のところ向こうの情勢はどんな感じにあるの?」
「はい、魔人両派の抗争は以前よりずっと大人しくなってます。せいぜい小競り合いがいくつかという程度で、どちらからも積極的に仕掛けることは少ないです」
「そう、どうにもよろしくない感じね。あいつらが人間の言葉や交渉に聞く耳をもってくれるならいいけど、それが簡単に通じるならここまで苦慮しないし……ああもう、本当頭痛い。でも、これでマジックも理解出来たでしょ。いまはとてもじゃないけどリーザスをどうこうしている場合じゃないってことを」
「なら、千鶴子は隣国リーザスの争いをただ黙って放っておくのを良しとするの?」
「あなたに微妙に私情が混じってるのは置いておくとしても、言いたいことはわかるわ。リーザス王国が内部の問題で揺らいでいる今こそ我が国がそれに乗じて利を得る絶好の機会と言いたいんでしょう?」
「あのねえ、私だってただ私情で言ってるわけじゃないわよ。千鶴子だってすでに見抜いているんじゃないの? ……今回のリーザスの反乱の影にはヘルマンの調略でなく"AL教団"の暗躍があるってことを」
「へえ……? マジックはよく知っているわけ?」
「反乱勢力がリーザスで既存の統治機構を追い出し、新たに実権を握らんすれば必ず『統治』の問題にぶち当たるわ。英雄的側面ばかり強くアピールしていたランスはもとより、認めるのも癪だけどあの淫乱女王も民の心を掴んで人気があった為政者。貴族や役人はともかくとして普通の市民は特に不満を抱くこともなかった。そんな中で唐突に新たな支配者が登場した所で民心が安定なんてするわけがないし、民の掌握に苦労する。正統なる王族が長い間支配していた伝統があるからなおさらのこと。それと、もう一つぶつかる問題があって」
「城に住む魔王と魔人、でしょ」
「そ。でも、AL教という宗教の精神的権威を利用すれば、民心の支配は造作もない……また、魔王、魔人に関してもAL教神官やテンプルナイツの実力を行使すれば排斥も可能。AL教団側としては後ろ盾となる代わりに実質的にリーザス・自由都市地域の支配を一気に握れるメリットがある」
「まあ、リーザスの貴族や役人、商人にしてみれば、目の上の瘤ともいうべきリーザス王を追い出して、自分達の利権が脅かされずにすめばそれでいいわけだろうし、AL教団は強大なリーザス王国を呑むことで大陸における絶対的なイニシアチブを握れ、さらには彼らが次に手を伸ばしたいだろうJAPAN攻略へ繋がる……AL教団と反乱勢力が互いの利から手を結ぶのは別段不思議ではないわね」
「今まで国王と法王との間の権力バランスで絶妙な均衡を保っていたのに、ここでリーザス・自由都市地域一体が完全にAL教団の手中に収まったらリーザス一国が国力を肥大化させるのとまた別種のパワーバランスの崩壊が招かれるわ。ゼスとて無関係でいられるわけないじゃない」
「確かにAL教と反乱勢力が通じ合っているなら大変なことね。繋がっているのなら、ね」
「でしょ……って、え?」
「AL教団の司教、枢機卿クラスがリーザスに出入りしてたことはこっちでも掴んでるわ。それなりの企みもあったんでしょう。でもね、あの件の反乱を起こした首謀者のエクス・バンケットという男ははなっからそれらと"なんの"関わりが無いの。これはほぼ確認がとれてるわ」
「え、うそ、まさか、それじゃあ……」
「その他勢力も同様。今のリーザスはもう他所が妙な思惑通りに干渉出来る領域を過ぎたわ。エクスが抜け駆けで実力行使にでてくれたおかげで密かに潮目が変わったの。好漁場と定めて仕掛けを放ったやつがどれだけいるか知らないけど餌を垂らせば簡単に食いつく魚を寸前で逃したような形ね」
「……。ふーん、なるほど……そういうことだったとは、ね。なんというか、スマートとはほど遠いやり方なんじゃない……」
「激しい潮流を起こしているわけだしね。でも"荒らされる"よりか"荒れる"ほうを選んだって事でしょ。わからなくもないわ。どちにしろ中に影響があるのは確か、だけど乗り越えた先に何かあるとすれば間違いなく後者だもの」
「それで、結局ゼスとしてはこれをどうするわけ? やっぱり放置?」
「何度もいうけど、私達は目下魔人の脅威を排することに全力を注ぐ必要があることはわかってるわね」
「我々ゼス国の利益を見るのであれば、これからのことも考え、なるべく早期にリーザスには立ち直ってもらったほうが良いのが正直なところです。もし、近く再び魔軍が動いたとしたら、とても今のゼス一国の力では太刀打ちできません。ですので、魔人に対抗出来るランスさん――リーザス王、さらに強大な戦力を保有しているリーザス王国が健在であって、かつ有事の際に即時協力してもらえるような態勢でいてもらわねば困るのです」
「だからむこうの混乱を下手に加速させるような真似は論外。放置だと足りない。よって、ゼスとしてはランス王派について支援するのがリーザスに対して取りうる手の中では最善。それにあちらもあちらでわかってるのかマリス・アマリリスの使いがちょうどこっちに来たわ。だから、ここで以前の借りを返すと同時それ以上の貸しをつくっておいて悪くない。まあ、マジックにとっては面白くないかもしれないけどね」
「無論、リーザスの力はあくまで保険の役割として、それのみに頼ることなくゼスはゼスで力をつけ、魔軍に対抗できるよう国を強くしていくことが前提ですよ」
「ついでに言えば、これからその対抗力をいかにつけていくかっていうのが今日の会議の中心となることなのよ。はい、これ会議で使う資料」
「……ん、これって……! 『聖魔教団』の……!」
「そう。おそらく人類史上最も強大であったろう国家。単純な戦闘技術だけじゃない。例えばロジスティックスの面をとるだけでも独自の魔導人形と転移システムで究極の生産・交通体制を作り上げた彼らの組織はそれだけで戦争の問題のほとんどを解決した。戦争において戦病死者を全く出さないなんておかしなこと出来たのはきっとこの国ぐらいでしょうね。今ではテクノロジーはほとんど失われて完全復活は到底無理にしてもなんとかそのほんの一端でも手に入れることが出来ればそれだけでも価値があるわ。だから遺跡調査にもそうだし古代魔導書の解析、研究のためにパパイアのところにも特別予算や人員をふらなきゃいけないし、本格的に取り組むにあたっていろいろやることがあるわけだけど――と、チョチョマンも来たわね。こほん……それでは全員揃ったのでこれより臨時四天王会議を開始したいと思います」






 -シャングリラ宮殿-


 日にちに対する感覚がズレはじめたが、シャングリラに着きおよそ十日と少しばかりが経っただろうか。すでに宮殿内部はもとよりその周辺にしてもあらかた知れている。
 ここについた当初こそアクシデントがあったもののそれ以降とくに大きな出来事も起きていない。
 しいて小さなものを上げるとするなら、二つほど。
 一つは魔人サテラがランスに「少し外す」という一言を残してからしばらく姿を消したこと。
 そしてもう一つは、見当かなみのすぐ目の前で起こっていた。

「ぐごー、ぐうぐう……ぐが? ぐおおー」

 床に大の字になったランスが盛大な鼾をかいている。その呼吸に伴って酒の臭いが漂ってくる。周りを見ればいくつものビンが空けられていた。

(……またこんなに酒飲んでたのね)

 溜め息一つ吐くと、散らかったものを片付けるべく屈みこむ。酒瓶を拾いながら、ちらりと横目でランスの寝顔を窺った。
 やはり、何か"妙"だった。かなみはここしばらくのランスの様子に不審なものを感じずにはいられなかった。
 ぐうたら自堕落でいることは普段のランスからすれば別段おかしいことではない。
 だが、そうして過ごす中で何故だかやけに飲酒の占める割合が多い。
 かなみはランスがあまり酒を好んで飲まない性質であることを知っている。実際強くないし、味にしても美味に感じて飲みたがるようなこともない。
 だから、基本的に飲む時といえば女性と食事する時の付き合いか、もしくは何か良いことがあったときに限られている。総じて彼が上機嫌で気分が高揚してるときこそ酒がよく入るということだ。
 そうであるがゆえにここ連日の酒量の多さには解せないものがあった。
 何かよからぬ成分が中に盛られてるのかと訝しんで一度確認してみたがどれも何の変哲もない酒だ。せいぜいかなり高級なものであるが、これならばリーザス城でもそう珍しいわけでなく普通にあったはず。

(そうなると何か嬉しいことがあったからってことなんだろうけど)

 それこそ不可解だった。単純にバカンス満喫程度ではここまではならないはず。ここにきてからの短い間のことを思い返してみても首を傾げたくなる。
 ランスが密かに幸せを感じる瞬間が果たしてどれほどあっただろうか。
 美女達の歓待こそありはしたが、それは結局期待したものではなかった。願いを叶える魔法のランプをはじめシャングリラの財宝全てをこの宮殿ごと手にはした。しかし既に大陸一豊かな国の王で富も名誉も権力も縦にしているのにそれらが今さら彼にとって魅力的に映るともいまいち思えない。それ以外にもランスが舞い上がるような出来事は特にない。
 なのに――。
 かなみはランスの顔をじっと見た。

(やけにすっきりした表情……)

 そこには快眠を享受してすっかりだらしない寝顔が晒されている。心地よい夢でも見てそうだ。
 かなみは今も昔も宿直として寝所での警護監視任務についているからあることを知っている。ここのところランスが本当に気持ち良く眠れた日など滅多になかった。
 何が原因でそうなってしまっているのかは察している。馬鹿でずぶといくせに変なところで繊細なのだ。表向きには決して出さないが。
 ここまでの清々しい眠りはだから珍しい。だが、安眠がめっきり少なくなった中でもこれに近いものが一度だけつい最近にあったことを思い出した。
 確かあれは自由都市全土を併呑した日。ようやく予てからの目的であるヘルマンとの戦争が目前に近づき"悩みのタネ"解消の兆しが見え、安心感から一時的に精神的充足を得ていた。
 ならば、今のこの御機嫌の様子もそれか。
 一応予定ではもうヘルマンとリーザスの戦争が始まっているはずだ。ヘルマンからの侵攻部隊の作戦は筒抜けでリーザス防衛部隊が潰していることだろう。あとは勢いを駆る形で反攻。向こうの反政府組織を動かす準備も出来てる。それにこのシャングリラの土地が自由に使えるならもっと侵略が楽になる。ランスにしてみれば目標のカラーの森はもう目と鼻の先のように思えるのかもしれない。

(そうか……もうすぐ……)

 腰を上げて、JAPANの方向を振り返った。
 窓から覗く東の空は明るく透き通っている。美しい深みの青さが果てなく続いていた。しばし静かに眺めていると、そこでかなみの眉が訝しげに寄った。
 遥か遠くを見通すと空に浮かぶ小さなシルエットの存在に目がとまった。最初こそ点のようなものだったが、次第にそれが大きくなっていく。こちらに真っすぐ近づいてきているようだった。

(とり?)

 その視力でかなみは正体をはっきり捉える。丸っこいフォルムに二つの翼をもつ姿は間違いなくとりのもの。何故こんな砂漠の地に、しかもたった一羽で飛んでいるのかという単純な疑問が浮かぶも、それを処理する間はろくに与えられなかった。相当速いスピードで飛翔しているのかとりは間もなく宮殿のすぐそばまでやってきた。そして滑空しながら窓よりあっさり侵入を果たす。
 かなみは呆気にとられ、次いでぎょっとした。とりはランス目掛け向かっていた。だが、そのままぶつかることなく、一度旋回すると減速しながらふわりとランスの腹の上に止まった。

「な、なんなの……いったい」

 まじまじと見やる。とりは留まったまま大人しくしている。そこではじめてそれが通信筒をつけていることに気付いた。

「それ、伝書のとり?」

 レイラが近寄ってきて同じように覗きこむ。
 魔法通信を除けば遠くまで空を飛べるとりにメッセージを運ばせるのはポピュラーな通信手段だった。

「だけど、これリーザスのじゃないようね」

 レイラは怪訝そうに首を傾げる。
 確かに妙なことにリーザスがよく用いている伝書のとりではなかった。それどころか普通伝書に使われるような種でない。まずまともに調教されたとりではない。
 おそらく服従魔法か呪いかわからないがそういう類の強制力でここまで運ばせている。足りない飛行能力も高速飛翔などの付与で無理やり補ってだ。
 ここまで出来る人物は思い当る限り一人。

(マリス様)

 通信筒から手紙を取りだすと、果たしてリーザスの印とマリスの名があった。
 かなみとレイラは顔を見合わせる。

「どう思う?」

「やはりリーザスの伝書用でないことが気にかかりますね。あまり良さそうな感じはしませんが……」

 こんなところでゆったり過ごしているとつい忘れてしまいそうになるが、今、リーザスは戦時だ。状況を考えれば、国に関して重大なことはいくらでも起こりうる。
 二人は同時にランスに視線を戻す。

「なんにしてもまずは伝えるべき相手に伝えなきゃならないんですけど――」

「今はぐっすりお休み中ね」

「起こすにしても色々な意味でそう簡単にはいきそうもないんですが……」

「かといって起きるまで素直に待ってたらいつになるかわからないからそれまでほっとくわけにもいかないでしょ」

「ですよね」

 かなみは肩と溜め息を落とすとランスを起こすべく声をかける。

「ランス、起き――」

 だが、言葉は半ばで、
「きゃああああああっ!!」
 突然シャングリラに響いたただならぬ悲鳴によってかき消された。

「っ!?」

 びくっとかなみは顔をあげる。
 レイラと互いの目線が素早く交わった。瞬時に身構える。

「今のってサチコちゃんの……!」

「私、様子を見てきます! レイラさんはここでランスをお願いします」

「わかった。くれぐれも気をつけて」

 何がしか変事が起きたのは確実。対処を取る上で探るのが自分で警護はレイラに役割分担するのが適切だった。レイラにこの場を託すとかなみはすぐ飛び出した。
 悲鳴の出所と思われる場所は外。サチコは水汲みと洗濯のために泉に出ていたはずだ。
 急いで現場に駆けつけると、すでにリックが来ていた。

「何があったんですか!?」

 こちらに気付いて振り向いたリックは落ち着いた様子だった。ただ見て察してくれというように視線をゆっくり動かして行く。
 かなみがその目線の先を追うとまずサチコがへたりこんでいるのを見つけた。さらに進めていくといかめしく立つ巨大な石の怪物にあたった。
 こいつが、と一瞬思うもすぐにあれっとなった。どう見ても相手に見覚えがある。というか肩に人が座っている。

「あ、あれ? サテラさん?」

 そこにいたのはシーザーと魔人サテラだった。その足元で淡い光を漏らす複雑な紋様がある。おそらく転移用の魔法陣だろう。

「えーっと……」

 改めて全体を眺める。なんとなく何があったのか見えてきた。
 泉に出かけたサチコ、そしてどこかから転移で戻って来たサテラの両者の行動が同時に重なって、どうも鉢合わせをおこしたようだった。ただでさえ驚くものだが、それも2Mを超す石像が突然目の前に現れたともなればだ。一般的感覚の持ち主がどうなるか想像に難くない。
 ひどく間が悪いというか運が悪い出来事だ。リックに手を貸され申し訳なさそうに起き上がるサチコの姿に同じく不運なかなみとしては強い同情を寄せてしまう。さすがに空騒ぎについて責める気も起きない。
 かなみは小さく息を吐くとサテラへと視線を移した。

「それで、サテラさんはいままでどこに行っていたんですか?」

 事件がサテラの帰還が引き起こしたただの小さなアクシデントだとわかったが、それにしても何故ここ何日もサテラはこの地を離れていたのだろうか。
 とりあえず訊ねてみると、

「魔人領」

 そっけなく答えられる。

「魔人領?」

「そもそもサテラは人間領に遊びに来てるわけじゃない。本来の護衛任務を離れてお前らにつきあって此処に来てやったのもランスとの約束があったから仕方なくってだけで同じくのんびり過ごしてまでやる道理なんかもない」

 だからこの機会を有効活用して魔人領に行ったとサテラは言った。報告や向こうの状況確認等とやるべきことがいっぱいあるらしい。

(なんかサテラさんってほんと仕事熱心な魔人よね……)

 これまで多くの魔人と出会ってきたが、これほど己の職務を果たそうとする魔人というのは珍しい気がする。特に下に任す者が多い中、サテラの場合は精力的に自らが動きまわる。リーザスとヘルマン・魔人連合の戦争の時もサテラは目的の為に自分からあちこちに動いていた。護衛任務でリーザスに来た際、敵である魔人レイをさっさと潰そうと率先して動いていたのも彼女。
 誰かや何かの為にひたむきに尽くそうとする姿勢がとかくわかりやすい。
 普段人間を見下したり侮蔑を露わにした態度があるサテラだが、こうした点にはかなみが密かに共感するとともに好感を抱くところだった。

「――おい」

「え……? なに?」

「ランスは?」

「?」

「部屋か? 広間か? 宝物庫か?」

 どうやら居場所を聞きたいらしい。

「広間にいるけど……」

「シーザー、行くよ」

 それでもう用はないとばかりにこちらを置いてサテラはさっさとこの場を去ろうとする。かなみにもう目もくれないのは勿論のこと、サチコやリックにもついぞ歯牙にもかけなかった。
 やはり冷淡とも言える対応だが、これが彼女のスタンダードなのだから仕方ない。
 かなみは、未だ腰をぬかしたままのサチコの代わりに洗濯物の籠をもってあげると、三人揃って先に行くサテラの後を追った。

 広間に戻ると、ランスはすでに起きていた。しかし、どうも普通に目覚めたわけではなさそうだ。その頬には真っ赤な掌の跡がくっきり出来ている。しれっと側に立っているレイラと併せて見れば、何があったのか予想がつかなくもない。

「おお、戻って来たのか、サテラ」

 億劫そうに手をあげたランスが低い声で迎えた。
 精彩を欠いているのは、まだ酒が完全に抜けきっていないからだろう。顔全体の朱も目立っている。
 気をきかせたマリアがグラス一杯の水をもってくると、それを受け取り軽く呷っていた。

「まだぐでぐでしてたようだな……」

 その様を一目見てサテラは呆れたように嘆息を吐く。

「なあ、ランス、そろそろリーザスに帰らないか? もう用は済んでるのだろ?」

「んぉー……、そうなあ……」

 グラスを口にくわえたまま、ランスはまだ気怠るそうに頭を掻く。
 リーザスの話題が出たところでかなみは割り込むように口を挟んだ。伝えるべきことをまだ伝えていないままだ。

「そうだ、ランス。マリス様から手紙が届いてるの。たぶんリーザスのことよ」

 悪酔いによるものとはまた別種のげっという呻きが聞こえた。

「マリスからの手紙だとう?」

 露骨に嫌そうな顔がランスに現れる。

「あいつがわざわざ俺様に知らせてくることでろくなものがあったためしが一度も無い」

 挙句不機嫌そうに毒づきそっぽを向く。過去の経験から不吉な内容を感じ取っているようだが、あながち的外れな推測でもない。
 仮に取るに足らないことなら、あのマリスがわざわざランスに報告を上げるわけがない。少なくともランスが単純に「お前のほうで適当になんとかしろ」と言い返せないだけのものであり、国のあらゆる仕事を処理するマリスが独力で出来ない範囲の問題は概してやっかいなものの可能性が高い。
 だからこそ、かなみとしては無視させるわけがいかない。背けた方に回り込んで正面から便箋を突きつけた。
 ランスはそれをしばらく睨みつけると、舌打ちして渋々受け取った。
 手紙を開くと、ぼんやりとした眼差しではじめ眺めていたが、すぐに目の下をひくっと震わせた。まるで酔いが飛ばされたように目の色と顔色が変わっていく。
 怒りを感じているのが見てとれた。それだけでなく段々と不快そうに顔を顰めていく。だが、かと思えば、今度は一瞬口許をにやりとさせた。しかし、またすぐ眉をひん曲げ憮然たる面持ちになり、しばらくして再び口端を歪めたりと時折ころころと表情が変わる。なんとなくだが、ランスが終わりまで読めるように不快な文面だらけにならぬよう工夫を施したのだろうなと想像がついた。
 そしてきっちり読み終えると、最後に心底つまらなそうに鼻を鳴らす。
 手紙はくしゃくしゃに丸められるとぽいと放られていった。しかるべき場に捨てておけよと言わんばかりにそれはサチコの頭に当たって転がる。

「あ! ちょっとなんて書いてあったのよ」

 ランスは仏頂面を崩さず、

「アホが馬鹿なことしたってだけのことだ」

「それじゃ、ちっともわからないでしょ、もう……」

 直接聞いても埒があかないとかなみは丸められた手紙を拾って広げると、自ら目を通す。
 それがおそらく悪い内容であろうことは予想も、覚悟もしていた。してはいたが――
 かなみは息を呑んだ。

「エクス将軍が……謀反?」

 さらに読み進める中で、血の気が失せた。協力者とされる者の中に信じられない名を発見した。
 ――メナド・シセイ。

「うそ……」

 手紙を掴む手が小刻みに震えた。肺に上手く空気を入れらない。

「すみません、ちょっと見せてくださいっ!」

 不穏な呟きが聞こえていたのだろうリックがひったくる様にしてかなみの手から手紙を奪った。レイラと一緒に文面を凝視する。そして瞠目し、同じように震えた。

「そ、そんな馬鹿な……エクス……どうして」

「リア様が……」

 放心したように呆然とし、それ以上の言葉が二人から出なかった。
 その後ろから文を覗きこんだマリアが険しい顔になる。

「……ねえ、ランス、どうするの? すぐにリーザスに戻らないと不味いんじゃないの?」

「ふん……。今すぐ城に乗りこんで俺様に逆らった奴らをまとめて打ちのめしてやりたいところだが――」

 ランスは飲みほして空になったグラスを望遠鏡のように見立て、リーザスの方向に向けて覗く。

「今はどうやらリーザスではバレス、マリスも動いてそれぞれ準備してるらしい。取りあえず4日以内に次の連絡が来るから、まあ、それからだな」

 そんな悠長なという言葉が喉から出かかったが、今はリーザスでは誰が敵か味方かも判別が難しくひどく混乱してる状態で、変に焦って行動してもリスクが大きくつくのだろう。
 それからは気も漫ろでろくに何も手がつかず永遠にも似た数日を味わった。
 そして三日後の夜、ようやく待ち焦がれた手紙にはバレス将軍がリッチ砦を落としたという旨が記されていた。






 -リッチ砦-


 人類がまず最初に覚えたことは『守る』ということだったといっても過言ではない。
 争いと隣り合わせの人類の歴史、もとよりはじまりからして平穏とは無縁だった。彼らの周囲には、人より遥かに体の強い魔物という捕食者の影が常につきまとった。無慈悲な暴奪の嵐の中で多くの命の犠牲をもって守ることを必然と覚えざるを得なかったのだ。
 人は集まり、そして外敵を阻む壁を築き上げていった。奪われないため、生き抜くため。
 いまでこそ誰も通ることのない砂漠に面するリーザスのリッチ砦もそんな防衛の歴史の中で生まれた防御施設の一つである。
 リッチ地方は緑豊かな場所であり、水資源、森林資源に事欠かなかった。さらにそこで育つ作物やとり、サカナなどはどれも質が高く都市に潤いを齎した。職人や商人がどんどん集っては栄え、リッチ地方は忽ち発展していった。
 しかし、経済的重要性が増せば増すほど略奪行為の対象になることはしばしばだ。それら侵掠から守るべく堅牢な要塞群が整えられ、その防衛の一翼を担ったのがリッチ砦だった。
 パラオ山の麓に位置し、厚い煉瓦壁の強固な構造。リッチの莫大な資金力が注ぎ込まれことで防護機能に非常に優れた施設だ。
 もっとも、その堅牢さも万全な状態を誇ればこそのもので現実には要塞群の強度維持には膨大なコストがかかってしまい、それを少しでも疎かにするたび、様々な強国に支配されてきた。そのため、何度も造り直しが繰り返されてきた。ある意味で痛みとともに防衛の重要性を刻み続けた象徴でもある。
 幾千度もの闘争を経験したリッチ砦は現在リーザス王国の所有にあり、またその建国についても深い関わりをもっている。
 GI0534年ヘルマン共和国の東部・中部で起きた大規模な反乱。中心となったグロス・リーザスはヘルマン政府打倒とヘルマン支配からの独立を掲げて戦った。その当時、反乱軍と共和国軍の間で最も激しく戦われたのがリッチ地方であり、そして戦争の趨勢を握っていたのはリッチ砦攻防戦だった。
 共和国政府、反乱軍ともにキナニ及びリッチに戦力を集中させた。それというのも60以上もの国を抱える超大国ヘルマンを支えていた枢要な地であったからだった。故に両者は軍事的要衝だったリッチ砦を主戦場として幾度も激突した。
 およそ一年にも及ぶ攻防戦はグロス・リーザス率いる反乱軍の勝利で終わった。砦に攻撃をしかけてきたヘルマン中央軍集団所属第8軍相手にグロスと彼の軍団は粘り強く防衛を続け、これを跳ね返した。最後は司令官相手に一騎打ちを挑み、グロスが勝利。そしてリーザス王国の建国が成し遂げられた。
 リッチ砦はそこで命を賭して戦った兵士達の高潔な魂とともにリーザス王国の礎を築きあげたのだった。



「かつて分裂騒動の折にリーザスとグロス王を守ったと言われるリッチ砦が拠点になるなんて、随分と運命めいたものね」

 朝霧がパラオ山に吸い込まれるように静かに上昇していく。白い塊の切れ間から巨大な尖塔の影、そして風に揺れるリーザスの旗が現れた。
 苛酷な砂漠を制覇してのリーザス王国への帰還も当然凱旋とはいかない。
 ランス達が砦についてまず迎えられたのは、盛大な歓待とはかけ離れた暗く殺伐とした空気だった。キナニが砂漠となって以来、二百年近く争いの舞台となっていなかったというのに今は戦場の臭いが生々しい程よみがえっているかのようだった。

「ランス王、おお……よく無事にリーザスにお戻りになってくださいました」

 士官宿舎につくとバレスに出迎えられた。ランスを見るなり安堵に顔を綻ばせたが、その顔は血の気が薄く疲弊の色がわかりやすく見えた。

「ただでさえ萎びてて天に召されそうだったっていうのにしばらく見ない間に今にも死にそうな顔してるなあ、バレス」

 大袈裟に肩を竦めて軽口を叩くランス。
 バレスは笑わなかった。ただ神妙な顔になるといきなり頭を下げ、跪いた。

「なんと……なんと申し開きをしたら良いのか。私が至らぬばかりに軍の中から謀反の意をもつ不忠者を出してしまうばかりか、リア様を危険な目を合わしてしまい、城まで奪われる失態。あまつさえ、反乱に加担しているのは私の実の娘。この国の将軍としても親としてもランス王に、延いてはこのリーザス王国にどう責任をとったら……」

 ランスは押し黙り、他のものは息を呑んでこれを見守る。
 胸の奥から絞り出されたような悲痛の声が静まり返った室内に響く。

「私なぞの死で、この命をもって償えるのであれば――」

 その震える肩にランスはぽんと手を優しくおいた。
 バレスがゆっくり顔をあげる。と、その髭を摘んでぶちりと何本かむしりとった。

「ぉぐっ~~っ!?」

「ちっ、シケた面見せたかと思えば辛気臭え話までしやがって。お前がそんなんだから砦全体がお通夜みたいなムードになってんだ。だいたい爺一人の命捧げられてなんになる。それでリーザスの争いが全て片付くってんなら今すぐ喜んでお前を土の下に埋めてやるがな。そうでないなら、そんな無駄なことに俺様は興味がない」

 ランスは膝つくバレスのすぐ傍らを通り抜ける。部屋の中央には大きめのテーブルがある。その上には砦の施設全体地図、周辺地図が広げられていた。
 適当な椅子をその前に持ってくると、腰を下ろす。しばし、地図をざっと見やる。

「……おい、バレス。仮にこの砦で防衛に徹したとしていつまでもつ?」

「リッチ砦は堅牢として知られております。軍事的価値が縮小した現在でも、リーザスにとって神聖な場所として長らく放置されることなど一切あらず防壁の老朽も見られません。そして詰めております我が黒軍の兵も緑の軍の兵もいくたびもの戦場を駆け巡った猛者で、陛下を守るために力を尽くしましょう。……ですが――」

「長くはもたんのか」

「一番の問題は国境の端で孤立した砦……兵站への不安があることです。我々の軍はもともとヘルマンへの反攻の為の軍で輜重隊も多く連れておりましたが、計画的な反乱によって真っ先に叩かれました。その後、スケールにて補給を行い、この拠点に向かい陥落させましたが、奪い取った時点でもここの物資は残り僅かなもの。外部から取り寄せようにも周囲は反乱軍が占拠を行い、リッチにしてもあちらには大商人が何人か味方についてまして、米穀類の買い占めを行った後。向こうはこの砦に支援が行われぬよう手を尽くすつもりでしょう。このまま救援の望めぬ砦でただ防衛に徹しても……」

「いや、救援はくる」

 ランスははっきりと断言した。

「……は? それは……?」

「ゼスがこっちについた」

 バレスがはっと目を見開く。
 地図上でランスの指先がくるりと楕円の軌道で踊ると、とんとんと拠点の南部を叩く。

「マリスが手をまわしたらしくゼスがこの砦に必要なものを後方から送ってくれることになっている」

「おお、マリス殿が……」

「ま、話をつけたのがマリスってだけで、ゼスが動くのも俺様の活躍と権威あってのもので実質的に俺様のファインプレーだぞ」

 にやりと不敵に微笑んでみせ、

「いずれ物資が届くにしてもそれまでなんとしてでも耐えていかなくちゃならねえ。だが、反乱軍の連中もこちらに援助がくるとわかったら、何か行動してくるかもしれん。萎れてる暇なんかねえぞ、バレス。お前はこれからの砦の防衛と残りの兵站の計画的管理と責任もって取り組め。ここからが勝負時だ。俺様の足をひっぱらないようしっかり気合い入れてけよ」

「は、はっ!」

 バレスは力強い敬礼の姿勢で応じた。
 朝霧は去った後、金の光を置き土産に残していったようで、外の景色は秋晴れの明るい日差しに包まれていた。



[29849] 3-7
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/12/07 22:51
 -Rance-if もう一つの鬼畜王ルート
 第二十二話 ~insanity~




 ――この世でもっとも暗き深い世界。
 地上でそう呼ばれる場所に男は一人足を踏み入れていた。そこは奇妙なほど肌に温度を感じさせなかった。生温かさもなく、また肌寒さもない。
 広さも漠然としたものだ。音を起こしても果てなき奥へと引き摺りこまれたように二度と返ってこない。何もかも感覚が不分明にも思えたが、ただ一つはっきりとしているものがある。この暗冥の空洞はまるで悪しきことごとをそこに閉じ込めたかのように重く濁った暗黒の気が一帯に淀んでいた。
 歩を進める度、禍々しいものが纏わりつくその気配に男は少し疎ましげに顔を歪める。だが、すぐ表情は無くなった。
 男の前には珍妙な形をした存在がいた。その怪人とも言うべき者はこの空間で特に何するでなく佇んでいる。
 男がここに訪れた目的は彼だった。だから、次のやるべきことも決まっていた。
 薄闇が駆逐されるように一瞬、白き光が走った。稲光。一拍遅れて激しい音がたつ。
 凶刃が怪人の身に襲いかかっていた。だが、それは体に届く寸前で受け止められた。息つく暇なく再び、男から閃光が迸る。身構えることなく真正面から受けた赤い体表はしかしそれを通さず、あっさり弾いた。
 明滅の刹那だけで男の姿は怪人の背後にあった。裏に回り込んで刃を振り下ろすも、怪人は素早く体を逃した。男の倍以上もある巨体にも関わらず、身のこなしが柔らかく、軽い。
 怪人は軽快に旋転すると、穂先が螺旋状になっている槍をぶるんと横殴りに振るった。
 男が重ねて繰り出していた剣の軌道と交差を起こす。ぶつかると同時、光が大きく弾ける。男は雷撃をばら撒きながら後方へ飛んで、距離を作った。攻撃の手は緩まない。連続で白光の矢を発しては浴びせていく。
 もっとも、ことごとくが怪人の体に当たったそばから跳ね返された。傷はおろか衝撃すらまるで受け付けない。
 雷の嵐をものともせず、怪人は突進を仕掛ける。巨躯を活かした攻勢。男は地を蹴って、一際大きい雷撃を落とした。
 光の飛沫が舞う。怪人の頭上へと男は飛んでおり、脳天目掛け鋼の刃がひらめく。
 衝突は起きなかった。脅威の瞬発力と柔軟性で怪人がスライディングするように上体を仰向けに変え、対空への迎撃態勢を見せたところで、男は攻撃を寸止め。電光に一時姿を眩ますと、怪人と身二つ分ずれた位置に着地。
 両者は互いに振り向くのと全く同時に攻めうった。
 男は雷撃の放射。怪人は槍の刺突。
 速度も射程も男のほうが圧倒的に勝る。だが、雷はどれほど当てようとも怪人には通用しない。それはだからこれまでどおり電光と雷鳴で視界と聴力を一時的に奪うのみの効果にすぎない。
 空間の明と暗とが入れ替わる時、やはり男は怪人のバックをとるよう回り込んでいた。光を隠れ蓑にしての不意打ち。それを当然のごとく先読みしていた怪人は槍で薙ぎ払う。
 捌き得ぬカウンター。タイミングはどう見ても完璧だった。だというのに、そこには空気を裂く音以外生まれようとしなかった。違和感の正体は単純にして明快。――槍の柄が途中でぽっきりと折れてしまっていた。
 雷は"怪人には"通用しない。

「!」

 ほんの僅かな隙を縫って男は肉薄。その鼻先には、熱と微かに焦げ付いた臭いが掠む。
 男の手が勢いよく怪人の眼窩に突っ込まれた。ざりざりと手の肉が削れるがかまいやしない。流れる血が泡立ち、はぜていく。
 電気が男の手に一気に集う。カッと明かりがついたように赤い表皮全体が一気に白む。怪人が暴れる間もなく、乾いた破裂音が大きく響いた。
 炸裂に飛び退くように男が素早く離脱する。
 手応えを感じた男の拳はゆっくりと開かれ、指の隙間から細かい石や砂のようなものが零れおちていく。
 怪人の目の周りはボロボロに砕け、そこからおびただしい亀裂が走っていた。無事なほうの片目は怒りを帯び、烈火のごとく揺れていた。濃密な殺気が充溢し、まるで巨大な真綿のような塊となって圧迫感を押し付けてくる。
 男は睥睨も殺気も心底つまらなそうに受けとめていた。ただ"遅い"、という感想しか浮かばなかった。もがくには油断や侮りの招く沼に浸かりすぎていた。だから、今更手遅れでしかない。
 怪人の腹部にある紋様と空洞がおぼろげな輝きを纏う。強烈な光線がいくつも放たれた。
 男もまた輝きを纏った。電気が全身を覆い、ついには雷そのものに呑まれると、迫りくる全てを迎え撃った。
 辺りは白く塗り潰されるように光に包まれた。
 広がった光がやがて闇に呑まれて沈んだ頃には、既に戦いにも決着がついていた。
 怪人の頭には刃が深々と埋まっていた。
 一条の雷光が走ると、剣は爆ぜるように破砕し、怪人の身体は粉々に飛び散る様に崩れ去った。
 後にはしんとした静寂と赤い珠だけが残る。男は何の感慨もなしに無言で眺めると、それを拾って踵を返す。
 目的は済んだ。だが、男にとって本当の目指す終点へはまだずっと遠かった。








「うおおぉぉぉぉどぉいうことだぁぁ!!」

 まただ。
 ケイブリスの悲嘆とも苛立ちともつかぬ声音が空気を大きく震わせている。
 激情に駆られて、部下につくらせたカミーラ銅像を熱く抱擁すると、それは激しい音を立てながら砕け散った。確かこれで十二体目のはずだ。苛立っては壊して、落ち着いては作り直しをさせての繰り返しで部下の苦労に同情が禁じえない。

「レイはまだ戻ってこないのかあっ!!」

 興奮の叫びとともに大量の唾が飛ぶ。
 ばっちいもんを浴びないよう、メディウサはさっさと大きな柱の裏に退避していた。その影から、ケッセルリンクのほうへと顔を向けると、肩を竦めて首を横に振るう。
 広間がどすんと縦に揺れた。
 ケイブリスがドタバタギャーギャーと激しく暴れまわっている。

「カ……カカ、カミーラさん……う、うおおおおおおぉおおぉぉん」

 ついには咽び泣きだした。
 ケッセルリンクも、メディウサも眉根を寄せ、互いに視線をあわせた。
 こうなるとともかく長い。そして、面倒くさい。まともに相手にしていられるはずもない。
 しばらくさわらずほうっておくのが一番だ。
 小さく息を吐いてケッセルリンクはさっさと本を手にした。読書は待ち時間つぶすには最適だ。読み終える頃にはちょうど落ち着くだけの時間をとれていることだろう。
 本のタイトルは『おくびょうな王さま』。ひどく怖がりな王が、恐ろしいものを避けようとして見当外れな行動をとっていくというユーモラスな内容の童話だった。ケッセルリンクにとっては何度も読み返しをするほどのお気に入りでもある。
 蹲る一人の王の姿が描かれた表紙を開き、ページをめくっていく。


 ――。

 むかし、まだ人が大地に生まれてまもないころのことです。
 ある大きな国にひとりの王さまがおりました。
 王さまはものすごくえらくて、たくさんのものをもっています。
 国でいちばんお金もちで、国でいちばん力もちで、そしてたくさんのブカにもかこまれていました。
 でも、ひとつだけもってないものがありました。それはつよい心。
 王さまはとってもおくびょうだったのです。
 いたいことかなしいこと大きらい。つらいこともこわいことも大きらい。
 いつもいやなことがおきやしないかとびくびくおどおどしていました。
 たとえば、小さなムシでもみつければ一日中大さわぎ。
 たとえば、日がしずんで少しでも暗くなるとこわくてわんわん泣いてしまいます。
 たとえば、ゴハンのときも、食べものをなんどもなんどもなんどもしらべねばろくに口にもできず。
 たとえば、ねるときも、目をつぶってはまわりが見えないことにたえられずすぐ目をひらいてしまい、なかなかねつけないほどでした。
 だれかがそばで守っていてくれてなきゃこわくて、でも、だれかがそばにいるのもやっぱりこわくって。
 ついには少しでもこわいものを遠ざけようと王さまはいちばんあんしんできる明るくてがんじょうな部屋にずっとひとり閉じこもりがちになってしまいました。
 とうぜん、ブカはみな、すごくこまりました。
 大国の王がひきこもりの弱虫ではなさけなくて笑われてしまいます。

「王さま、どうかおへやからでてきてください」

「いやだいやだ」
 
 ブカがなんとか外にでてくれるようになんどもおねがいしましたが、王さまはしかしぐずってけして出ようとしません。
 雨の日も、風の日も、戦争の日も、おまつりの日も、いつもブカはしつこくたのみにいきましたが、やっぱりでてくれません。
 
「王さま、どうかおへやからでてきてください」

「いやだいやだ」
 
 毎日のようにこのようなやりとりがお城できまってつづけられました。
 でも、ある日、ぱたりとそれがやんでしまいました。
 部屋にこもっていた王さまはブカがやっとあきらめたのかなと思いましたが、しばらくたつとまた、

「王さま、どうかおへやからでてきてください」

 といつかのように声がかかりました。
 ですが、なぜかその声はいままで来ていてモノとはまたべつのモノでした。
 王さまはフシギに思って、といました。

「いつものあいつはどうした? なんであいつはさいきんになってカオを見せなくなったんだ?」

「王さま、カレはもう二度ときませんよ」

「なぜだ?」

「王さま、なぜならカレは死んでしまったのです」

「なんだと!?」

 王さまはびっくりしました。
 王さまはそれまで死というものをまったく知りませんでした。
 生きものは命というものをもっていて、うしなってしまえば、もう二度ともどってはこないものだったのです。
 死というものをはっきりと知ってしまってから、王さまはそれがいつの日か自分にもやってくることが何よりもこわくてこわくてたまらなくなりました。
 たとえ、だれよりえらい王さまであっても、死はやってきます。
 まえの王さまも、まえのまえの王さまにも死はおとずれていたのです。
 王さまにとってそれは大変なことでした。
 なにせ、こればっかりは閉じこもっていても、どうしようもありません。
 死のきょうふにとりつかれてしまった王さまは、その日から、死からどうにかしてにげることばかりかんがえることになります。
 それから、王さまは、てっていてきに死をひていすることにひっしになりました。
 まず、王さまは身近なものに死をすべてきんじました。
 死をそうきさせる表現ブツのキセイにかぎらず、じっさいの生きものの死そのものをいっさいゆるしませんでした。
 ブカはみな、さいしょ、それをジョウダンのようにかんがえてましたが、おくびょうな王さまは本気でした。
 
「私に死をぜったい近づけるんじゃない! 私のまえで死なんておそろしいモノをはっせいさせればただじゃすまさんぞ!」
 
 たちまち国ではさつじんがなくなりました。
 ショケイもなくなりました。
 そして、じゅみょうによる死も、病気による死もなくなりました。
 国で死にそうなモノが見つかれば、すぐホゴされ、城へとつれていかれるのです。
 王さまは、あらゆる手をつくして、かれらの命をながらえさせました。不死のじゅつをかんがえてはどんどん国民にほどこしていったのです。
 長生きできることになった国民はといえば、みんな、おおよろこびしました。
 おじいちゃん、おばあちゃんになっても死ぬしんぱいはいりません。
 しかし、しあわせだったのもさいしょのころだけでした。
 よくわからないクスリ、よくわからないおまじないなどをりようして命を一日一日を伸ばすたび、人びとの笑顔のかずはへっていきました。
 いつまでも、いつまでも終わらない命はカレらが思っていたよりもよいものでなかったのです。
 底がつきぬように水をつぎたすたび、リョウはへらずともナカミがどんどんうすまっていくかのようなあじけなさ。
 人びとは少しづつ命のいみ、じぶんの生にぎもんをいだくようになりました。
 けっしてつきることのない命。どんな手をつかってもだれひとりとして死をむかえることはできません。ムリヤリ生かされるじぶんとはほんとうに生きものなのだろうかとだれもがしんじられなくなってしまいました。
 そのうち中には私を死なせてくれ、私をころしてくれなんていうものたちがつぎつぎと出てきました。
 王さまはおこりました。
 そして、死にたいだなんておろかでわけのわからないことを言う口をきけないようにしました。
 さらに、死なないものたちがじぶんにはむかってきたとしたらこわいので、なにも出来ないように力をうばっては固くしばりつけようとかんがえました。
 王さまはどんどんまわりのものたちを死ねないけど動けもしないものにかえていったのです。その後も死がよってこないようにずっとずっと見はられました。
 命がただあるだけのカタマリを満足そうにながめる王さま。
 ブカのひとりがそれをみて「王さまはクルっておられる」ともらしました。
 それを聞いても、王さまはまともに相手しません。
 王さまはおのれがキョウ人であるとはとても思ってませんでした。
 もしもおのれがキョウ人であるなら、こんなにいろいろなことをいちいち気になんかするはずありません。
 いまの王さまにとってキョウ人とは死のきょうふを全く感じられない異じょうなニンゲンのことで、それはとてもうらやましいことでした。

「ああ、このきょうふ……感じられなくなるほどいっそクルえてしまえたらいいのに――」

 ――。

 話に没頭しつつあったが、ふと、辺りの違和感にケッセルリンクは気づいた。
 いやに静かだ。いつの間にか騒音がぴたりと止んでいる。
 もうケイブリスの気が済んだのだろうか。しかし、それにしては随分と早い気がした。
 視線をちらりとケイブリスのほうへと寄越すと、いまだ暴れまわっている。だというのに、音だけが自分の役目を忘れてしまったかのように果たしてない。
 本にしおりを挟んで閉じる。耳を澄ます中で、ケッセルリンクはおもむろに背後を振り向いた。
 魔人の城に、それも魔人が三人いるこの空間へと堂々と踏み込んでくるものがいた。その外見は少年のように線が細く背丈も小さい。だが、当然のように、見た目で推し量れる只人であろうはずがない。

「久しいな、パイアール。"これ"は、君の仕業か」

「ああ、久々に訪れてみたら誰かさんがあまりにうるさかったもんですからね。サイレンスの魔法を応用してこの場の一部ノイズをキャンセルさせてもらいましたよ」

 白の前髪から覗く切れ長の瞳は才気走りながらもどこか高慢で不遜な色を含んでいる。幼さと不釣り合いで、小生意気と受け取られかねないが、それだけの『時』と『実力』が重ねられたぶ厚い実態が裏に潜んでいる。
 パイアールはケッセルリンクの隣に並んだ。

「この様子だと、どうやらまだカミーラが戻ってきてないみたいだけど、レイはたいした成果を出せてないのかい?」

「まだな」

「遅いね。たかだか、人間の国にいって魔人を探すだけのもの。そんな手古摺る様なこととはとても思えないけど」

「そうそう単純にいくまい。人間も魔人のカミーラたちを撃退したのだ。レイもそれだけ慎重にならざるをえないのだろう」

「ああ、それそれ、僕としては弱っていたとはいえあのカミーラを人間が打ち破ったというのが結構驚きだよ。その方法ってなんだったかケッセルリンクはしってます? またぞろ魔導兵器でもだしてきたとか?」

「いや、それに関してはもう割れているが、どうやら魔剣カオスを使ったものがいたらしい」

「まけん……? ああ、魔剣ね」

 パイアールの高音の声はあからさまに興味を失ったように沈んだ。

「まだそんな前時代の野蛮な道具に頼って戦ってたんだ。ほんと進歩しないねえ」

 歪めた唇に侮蔑をのせる。素直なほど内の感情が外に繋がるところだけはわかりやすく幼かった。

「……逆に君の方は研究になにか進展があったのかね?」

 珍しく饒舌で、また、こうして城に顔を出していることからも、おそらく一定の成果がでてるのであろうことは簡単に当たりがつく。あえてケッセルリンクが問うてみると、果たしてパイアールはまたしても唇を歪めてみせた。今度は不敵に。

「ええ、勿論。ケイブリスはあの調子ですし……まあ、仮にまともな状態でもどうせ僕の言ってることの半分も理解出来ないでしょうから、ケッセルリンクが聞いておいてください」

 パイアールが懐からガラスケースを取りだした。中には、一般的な機械のイメージとかけ離れた、それこそただの黒い小さな石ころにしか見えないものが一つあるだけ。
 ケッセルリンクは軽く眉を顰めた。見た目にはとてもなんの研究成果かわからないのもそうだが、なぜだか既視感というか懐かしい印象を微かにそこから受けた。

「それは……?」

「これは魔王城の一部です」

「なに?」

「正確にはレプリカというか、僕が再現したもの。あなたならこれがどれだけ恐ろしいものか誰より理解できますよね?」

「……」

 驚愕に見開かれたケッセルリンクの目はその石ころから離れようとしなかった。
 魔王城。"それ"がどういうものかは知っている。それは決して"ありえるはずのない存在"だった。
 魔王の城塞とは言うが、そもそもにして魔王とは地上で並ぶもの無く、まさに頂点に君臨するもの。その腕こそが最高の守りを誇り、その足でたつ大地全てが支配する領域であり、その身こそが権力のしるしを現す。だから、"城なんて建造物を必要とする発想に普通は行きつくわけがない"のだ。
 成立するはずがない。なのに成立している。生みだしてしまった"異端"がかつていた。

「僕が魔人になったときには既に当たり前のようにあれがあったわけだけど、ずっと不思議でならなかったよ。なんで魔王が城なんてものを欲する必要があったのか。いったい誰がなんのためにつくったのかってね。だから、数千年もかけて研究してきたんだ。しかし、まさかあれが――」

 そのとき、ふとパイアールの語る口がつぐまれた。彼の手元へと忍び寄る影がある。蛇だ。
 鎌首をもたげ、頭が割れているかのように大口をあけた格好でガラスケースめがけて伸びてくる。
 パイアールは滑る様に飛びすさった。その動きで空気が微かに波立つと揺らぎをみせた。
 浮かぶ波紋から赤色の光線が飛びだし、パイアールの周囲を薙いだ。
 無様な呻きも上げられず蛇の頭が激しく飛び散る。
 だが、息つく間もなく再生をはたし、潰された首がそこからまた生える。それがもうひと伸びすると、ケースを咥えられて、かっさらわれた。
 パイアールは舌打ちして、険呑な目を蛇の主へと向けた。

「へえ~? これがあのスラルがつくったお城の一部だって言うわけ? どうみてもただのその辺の石ころにしか見えないじゃないの」

 掠め取ったガラスケースを何食わぬ顔で受け取ったメディウサは、不審そうに眉を寄せつつ、眇めた瞳は値踏みするように動かしていく。

「おや? 魔王城が誰のものかって知ってるんだ」

「はん。知るも何も、あんな壁に頼ろうとするなんて惰弱で臆病気質な人間出身の魔王ぐらいに決まってるでしょ? あんたをつくったナイチサより前の魔王は確認される中で三人――初代はまるいもの、二代目はドラゴン、三代目は人間。誰がなんて考えなくてもわかるわよ、そんぐらい」

「なるほど、実に粗雑で乱暴な推論とも呼べぬ稚拙な思考だけど、外れちゃいないね。確かに、丸いものやドラゴンの時代には今定義される城と呼べるようなものなんて存在しなかった。居住施設ぐらいはあったようだけど、それはいたって簡素なもので『城塞』のように複雑で、防衛という概念をもりこむようになったのはやはり力が弱く手先が器用な人間種族の登場からであって、スラルが魔物の世界にその技術を導入したってわけだ。そして、あのスラルは城を――」

「あー、御託はもういいから。で、こんなものがいったいなんの役に立つのさ?」

「スラル期を生きてもないし、あの城の真価についても僅かも知らぬ君に詳しいこと教えてもしょうがないから、この研究成果による非常にわかりやすいメリットだけかいつまんで話そうか」

「もったいつけないで、さっさとおし」

 メディウサは毛先をくるくる弄りつつ、鋭く睨みつける。威圧を含んだ振る舞いはいかにも人を従わせるのに慣れた高飛車なお嬢様。
 促しに対し、パイアールは手を高く掲げた。怪訝に細められたメディウサの蛇眼がそこに注視する。その手にはいつの間にか黒い石が握られていた。
 ガラスケースの中身はと言えば、消えてしまっている。転送されたのだ。

「――簡単に言えば、魔王城はいまや丸裸同然。僕たちはあの城の中を自由に転移して出入りすることができるようになったんだよ」

「……なんですって?」

「聖魔教団はもとより、たとえレッドアイやケッセルリンクほどの魔法の使い手であっても、どうやってもあの魔王城に直接転移できないことは君でも知ってるだろう? 当たり前だけどそんなやすやすと侵入できるならそもそも僕らにとって城の意味なんてないしね。つまり魔人でさえ無視できないほどの特殊な防衛のシステムが魔王城にはあったわけだけど、そのシステムが僕の手によって理解された以上、もうそんな壁あってないようなものになったのさ」

「ふーん……あ、ってことは……つーまーり、直接乗り込んで、ホーネットたちを可愛がってやれちゃうわけぇ?」

 メディウサはぺろりと舌をだすと、唇に滑らせ湿していく。
 涼しい顔でパイアールは頷いた。

「そうなるね。もうちまちまやらずとも、一気に蹴りをつけることができるよ」

「          」

「……ん?」

 突然、辺りにどこからか強風が吹きよせてきた。
 しかし、ここは屋内であるし、窓も開いてはいなかった。では、何故なのか――といちいち頭を働かせるまでもない。発生源はケイブリス以外ない。
 ようやく正気を取り戻したのだろう、何かしゃべりながらこちらへとでかい図体を近づけてくる。しかし、

「          」

 口はせわしなく動いているようだが、先ほどからまったくもって伝わらない。
 いまだに音を消す効果がかかっているのだろう。

「ケーちゃん、おくちパクパクしてな~にがしたいの~?」

 くくっとメディウサが喉を鳴らして笑う。
 ケイブリスは苛立ったように地団太を踏むが、軽い音すらいっこうにたたない。もっとも、鼻息やら手足を動かすたびに巻き起こる風やらが激しさを増していき、うっとしいこと極まりないのだが。
 ケッセルリンクは溜め息をつくと、

「……パイアール、消音を解いてやれ」

「えぇ? 別にこのままでもいいと思うけど、しょうがないなあ」

 ぱちんと指を鳴らす。
 直後、どしんと腹に響く音が復活する。

「パイアール、てめえぇ、よくも俺様にふざけた真似をっ!」

「いいんですか?」

「あぁん?」

「いえね、こんなとこでいちいち怒っているような暇があるならいいんですけど、きっと救出を待ってる姫君はいまこのときでさえも泣いているかもしれませんよ。ああ、おいたわしや」

「はっ!? そうだ。カ……カカ、カミーラさんが、お、俺様のことをいまかいまかと信じて待ってくださってる、こんなことしてる場合じゃねえ! はやく魔王城にいって、ホーネットをけちょんけちょんにして、そんでもって人間領侵攻だ!」

「いちおう、容易に魔王城を突破できるようになったってところぐらいはきっちり聞いてくれていたんですかね」

「えへうぇ、カッ、カミーラさん、ぼくちゃん魔物の王になって全軍を率いてすぐお迎えにあがりますからね。ぐへ、ぐへげへ」

「……いやはや、ほんと、羨ましいくらい単純で幸せそうな生物だよ」

 やれやれと首を振って、パイアールは前髪をかきあげる。

「でも、残念だね、ケイブリス。いますぐ全軍を魔王城に送りこむのは無理なんだよ」

「なっ、なんだとお? どおいうこっちゃ、てめえ、嘘つきやがったのか」

「違いますよ。あそこに敷かれているのは並でない転移妨害システムだから破るにしてもどうしたってそれなりの下準備を要するんです。だから、いますぐは物理的に無理だということを理解して下さい。でも、その用意さえできれば、全軍を一瞬で運び込めます」

「じゃあ、いますぐ取り掛かれ。そして、さっさと終わらせろ」

「まあ、やることそのものは向こうの城内に僕のつくったマシン――ある装置を仕掛けてもらうだけなので、さほど時間がかかるわけでもありませんから安心してください」

「なんでいそりゃ、転移して城に行きゃあ、そんなもんぱぱっと済むことじゃねえか……」

「……」

「ん、んん? ……って、その転移がそもそもできないんじゃねえか! おい、どうやって、中に侵入してその『ましーん』とかいうのを向こうのやつらにバレずに置いてくんだ」

「僕たちが無理に動けば、確実にホーネットは気付きますし、かといってその辺の魔物の実力では侵入に心もとない。だから、催眠、操心に長けたワーグをつかいます。具体的には、魔王城に出入りするホーネット派の魔物を数匹洗脳してこちらの手駒として、工作員になってもらうんですよ。表向き味方なら、城の出入りは僕らより遥かに楽ですし」

「なるほど、よし、ならその通りさっさと取り掛かれ」

 語気と鼻息を強くするケイブリス。パイアールは半眼の眼差しを左右に動かした。

「……で、肝心のワーグはいったいどこなの? この城にはいないんですか?」

「ぬ?」

 ケイブリスは慌てて首を巡らして、それからメディウサを見た。

「あたし? 少なくとも、ここのところ見てないわよ」

 メディウサは首を振る。
 ケイブリスは、次にケッセルリンクのほうを見る。

「あいにくと私も同じく最近はワーグと会っていない」

 ケッセルリンクも首を振る。
 ケイブリスは、またパイアールのほうを見る。

「だから、僕は知らないってば」

 ケイブリスは唸り声をもらした。

「くっ、ワーグのやつめ、また勝手にどこか出かけていきやがったのか。誰も行き先に心当たりはないのか!?」

「さすがにわからんな。おそらくいつものように遊びにいったのだろうが」

「ふわふわとどこにでも行く子だからねぇ」

「遊び疲れて帰ってくるのを待つのが無難かな」

 パイアールが呑気に呟くと、ケイブリスは拳を床に思いっきり叩きつけた。

「ええい! そんな悠長なこと言ってられるか! 魔人領全土をくまなく探せ! 全魔物に命令を飛ばせ! ワーグを連れて来いと!」

「待て、ケイブリス。下手に魔物を領内で大量に動かせば、ホーネット派が必ず不審に思う。いらぬ警戒を煽ることになるぞ」

 ケッセルリンクは冷静に諌めようとするが、

「うっさい、うっさい。人間界に取り残されたカミーラさんを思うと、心が痛くていてもたってもいられないんだ。なんとしてでも一秒でも早く、魔人領を統一し、救出に向かうっ……! そのためにワーグが必要ならこの俺様がそっこうで見つけだしてやる! うおおおおおおっ!!」

 聞きいれる相手が完全に落ち着きを失っているのだからどうしようもない。
 まるで馬鹿丸出しの子供のように言い捨て、さっそくどたどたと出ていってしまう。
 残った三人はそれぞれ顔を見合わせた。

「……あーあ、ホントわかってないね。こんなことしたら、むしろ逆効果。彼女の性格ならまず間違いなく全力で隠れようとするよ……それこそ『かくれんぼ』を楽しむようにね」

「ああ、ワーグならばそうだろうな。最低の手だ」

「どうせ、言ってもケーちゃんは聞かないでしょ、ムダムダ」

 メディウサは手でお腹を抱え、パイアールは指先でこめかみをぐりぐりとし、ケッセルリンクは本の角で額をかいた。
 その日から、ケイブリス派では大規模なワーグ捜索が始まった。






 ――案の定、ワーグはその日見つからなかった。

 ケッセルリンクがようやく自分の屋敷へと戻って来たのは、もうとっぷりと日が暮れた頃だった。
 身も心も安らぎを求め、だから、自室に足が向かったのはやはり自然のことだった。
 燭台の灯火が仄かな明かりを投げかける中、棺とそれに寄り添うようかのようにほっそりとした人影が浮かんでいる。

「おかえりなさいませ」

 うやうやしく礼をとって迎え入れたのは、一人のメイド。
 手慣れたように外套を受け取りつつ、彼女はすぐ主人の顔色からなにかを察したようだった。

「随分とお疲れのようですね? すぐお茶を用意致しますわ」

「すまない、自分では顔に出してないつもりだったが、そう見えてしまったかい? 存外にケイブリスのお守がこたえたのかな」

「はい。しかし、どうもそればかりでないご様子。もしや、他になにかもっと面白くないことがございましたか?」

「ふ……君にはかなわないな」

 男として隠そうとする胸の内をこうも簡単に見透かされるのは立つ瀬がなく、汗顔の至りだが、この目の前の女性に限ってはそう思わせない。
 淀みのない手付きでまもなく紅茶の用意が整えられた。
 華やかに香るカップに手を伸ばしかけるが、一旦、制した。
 メイドが角砂糖をひとつ摘む。その手も指先も白く、一度として外にでたことがない、深窓を思わせるほど、ただ白く。そこから零れおちた砂糖が赤い液面に沈み、溶けていく。
 ケッセルリンクは髭をなでつけながら、彼女の白皙の横顔をじっと見つめた。

「実はな」

「はい」

「パイアールがあの魔王城――スラルの築いた城を攻略する糸口を掴んだそうだ」

「まあ」

 メイドは楚々とした挙措で口許に手をあてる。

「なるほど、それでひどくご機嫌がよろしくないのですね」

 納得したような彼女の様子をケッセルリンクはカップを手に取りながら訝しく思った。

「……意外だな」

「なにがでしょう?」

 メイドは不思議そうに首を傾げる。
 ケッセルリンクは静かに一口含むとカップをソーサーに置いた。

「いや、なに、これを聞けばショックと言うか、きっと君は私以上に怒りや戸惑いを感じると思ったのだが、なんだかむしろ喜んでいるというか、存外にすがすがしい表情をしているものだから」

 問いながらも、その実ケッセルリンクはなんとなくわかっていた。なにをおもい、なにをかんがえているのか誰より知っているつもりだから。
 メイドは小さく頷くと、胸に手をあて、白百合の花のような笑みを湛えてみせる。

「ほんの一部とはいえ主人の領域に他の誰かが踏み込むことを許せず、怒りを感じなさる貴方様の敬愛ぶりの変わりなさが私には誇らしくて」

 それにと付け加えて軽く屈みこむ。

「ふふ。むしろ安心しましたわ。だって、誰にも攻略できない完璧な機能をもつもの、そんなものが存在なんてしてしまったらとっても恐ろしいことと思いませんか?」

 無垢な瞳が上目にのぞいてくる。
 思わず微苦笑を零すケッセルリンク。

「相変わらずきみのそれは、なんというべきか、重度の病気のようだよ」

「まあ、ひどい。でも、これが私ですもの。きっと、死んでもなおりませんのでしょうね」

 くすりと悪戯っぽく口許を綻ばす。
 ケッセルリンクもまた笑った。

「ふ。まったくだ」






 ――王さまは、おくびょうでした。
 死ぬのがこわくてたまりませんでした。
 なんとか死をとおざけようとしました。
 いろんなことをしました。なんでもやりました。
 さいごは神さまにいのりさえしました。
 それでもずっと不安でした。
 おくびょうだから、もしかしたらをかんがえずにはいられません。
 おくびょうだから、カンゼンな生に自信がありません。
 どれだけ力をつくそうと、なにかあればやっぱり死んでしまうかもしれない。
 だから、王さまはこうかんがえたのです。

「死……死んだらわたしはどうなるのだ。命がうしなわれてしまえば、もう二度と取りもどせない……? いや……いや、いいや、そうだ! たといこの身に死がおとずれても、ほんのひとときのことにしてしまえばいい。夜ねむりについてふたたび朝に目がさめるように。死んでもまたすぐ生きかえるようにすればよいのだ。なんども、なんども、なんどでも! これなら安心してシネル!!」


 ――。

 裏表紙には、表紙と同様に蹲る王様。しかし、その表情だけは違って満面の笑みに見えた。





[29849] しばらくおやすみにはいります
Name: ATORI◆8e7bf1bf ID:08330365
Date: 2012/12/19 21:04
 無期限更新休止と言うべきかしばらく、更新しません、できません。
 ふたつき、みつきという感じでないので御報告。

 謝罪や事情の説明、その他、絶対すぐ戻ってくるのでどうか待ってて下さいなどの言葉はいちいちのせません。

 書き手が読み手に第一に望まれることは『まずなんでもいいから出来るだけ早く次の話を見せろ』ということであり、それが現時点で厳しいというなら、代わりとしてさしだすのは上記のような『適当に並べられるような言葉』のどれでもなく、もっと別のものであるべきだろうということで、作者として最低限のけじめ、誠意の形を以下にのせます。

 読み手の皆さまが読むも読まないも、作品を切るも切らないも自由です。此処から先はいつもどおりそちらの判断の中で決定してください。














 シナリオの流れ


 ・戦国ランス正史アフタールート
 1、ランス、ヘルマンへ。
  ↓ )【第一章】
 2、ランス、リーザス王になる。
  ↓ )【第二章】
 3、リーザス、自由都市攻略。
  ↓ )【第三章】
 4、リーザス王国、内乱。
  ↓ )【第四章】
 5、リーザスヘルマン戦争Ⅰ。
  ↓ )【第五章】
 6、JAPAN事変。
  ↓ )【第六章】
 7、リーザスヘルマン戦争Ⅱ。
  ↓ )【第七章】
 8、人類、魔軍との戦争。
  ↓ )【第八章】
 9、人類、魔軍との戦争Ⅱ。
  ↓ )【第九章】
 10、大陸統一後、神々との対話。
    )【終章(エピローグ)】

 (全十章)


 基本コンセプト、ストーリー制作方針。
  ■鬼畜王ランスのファンフィクション。
   ◇『エロゲーランス』原理主義――エロ有りの主人公ランスを中心とした物語ゆえの"ランス"を描く。(エロなし、ランスをランスと書かないのでは『Rance』とは全くの別物であり、同シリーズを愛せば愛すほど読者は『Rance』を感じないため)
   ◇力と女の一極集中(最強ハーレムもの。オスの欲望の代償行為)
  《変わりゆくランスシリーズの設定やキャラなどはそれじたいが重要なものではない。そうではなく、それらをつくった今も昔も不変の『根源』こそ柱と見つめ、作品をつくっていく》




 現在更新済みの話の後の展開。(3-8から)


 マリスはJAPANからポルトガルに向かう。
  ・(上杉)謙信、ランスの為に上杉とJAPANから離れる決心する。
 マリスら、ポルトガルでコパンドンと合流――コパンドンはランスの頼みでポルトガル都市運営に来ていたためリーザス城反乱から免れた。
  ・コパ勢力の支配力強固な旧自由都市地域は、リーザス反乱勢力からの影響を排し、コパンドン中心に賊軍を首都より追い出すため動く。
  ・自由都市カスタム、ランを中心にコパンドンに協力。志津香、ミル戦力合流。ミリ、レディ小隊のレディ(カフェ)の力によって延命しつつ静養してるため合流なし。
  ・美樹、健太郎、ハウゼル、リーザス城より逃げる――エクス、マリス双方の働きかけ。自由都市(闘神都市)で一時的に保護。美樹ら、闘神都市内部を観光ついでに魔人の気配に気付くも、レキシントン魔血魂なし。
 マリス、コパンドン、リーザス首都に向けて侵攻開始。
  ・スパイ虫、魔法(カメラアイ)、忍びを駆使して徹底的な敵情の諜報、味方との情報共有。幻による撹乱。謙信、戦姫の奮戦。
 同時期、ゼスの救援をリッチ砦にて待つランス――砦でいくつか問題が起きる。
  ・敵方と通ずる手紙の発見による疑心暗鬼や不信感蔓延、兵の食糧泥棒、さらにはストレス、苛立ちによる喧嘩等が起き出す。
 そんな中で、なんとか防衛を果たし、ゼスより援軍到着す――リズナ、サーナキア戦力合流。
 マリス、コパンドンら、不利を承知の上で強引にリーザス城侵攻開始。
  ・中庭の制圧を第一目標に据える――リーザス城における帰り木の帰巣転移たる拠点の確保。
 中庭の兵士、罠といったあらゆる転移障害が掃討されたところで、ランスらいっきにジャンプし、マリスらと合流を果たす。
  ・反乱軍動揺。ランス、リック、レイラ、バレス獅子奮迅の活躍でその場の劣勢を跳ねのける。
 ランス、反乱軍首謀者エクスと会い、彼から一騎打ちの申し出を受け、勝利する。反乱の鎮圧。
 ザラックの行動発覚。コプリ姉妹救出されるが、レベッカはこの世の全てを呪いながら、己の腐れた体を切って死のうとする。
 ランスはそれを止めて、説得しようとするも、口だけではどうにもたりず、全てをやりなおせるだけのチャンスを彼女に与えようとする――ランス、『魔法ランプ』の最後の願いを使用し、キサラとレベッカの身体を完全にもとにもどす。
  ・ザラック逮捕されるも、福マン効果の幸運で、処刑前に逃げるチャンスが到来――メナドを人質にとって逃げようとする。しかし、ランスらに武器を全て捨てることを要求したのが裏目にでる――聖刀日光、人間形態をとって奇襲すると、メナド救出。
 反乱終結後のリーザス、中間権力が綺麗に整理され、完全にランスを中心とした組織がつくられ本当の意味で新しいリーザスに生まれ変わる。
  ・ランス、パフォーマンスとして魔人サテラとのHを兵士に見せる――兵士の魔人への恐れ、古いイメージを払拭させ、王としての特別さも演出。このことに関して、イカされたサテラ、屈辱を感じるも、それが長続きしないほどいろいろな感情が湧きだし、また悩みだす。
  ・エクス、反乱の処罰としてその命をランスにとられる――エクス、ヘルマンとの戦争のためにその命を使うことを命令される。

 ヘルマン帝国、パットン派蜂起と同時に、新リーザス王国の勢力との本格的な戦争に突入。
  ・エクス、智謀を活かしながら、シャングリラ、パラオ両ルートや大砲、砲兵、魔法兵を巧みに使って、国境付近の街を次々落として行く。
  ・好調な戦況を聞くが、ランス、日に日に不機嫌になっていく。はやくヘルマン帝国そのものを敗北させるようやたらせっつく――自分のやったことといえ、魔法ランプの願いを違うことに使用して延期してしまったシィル救出への焦りの表面化。ストレスからいろんな女を抱いたり、我慢できず自分も最前線へと出だす。
  ・ヘルマンでも美女を抱きまくるランスに対して、不遇な扱いを受けるブスたちが不満を持ち、ブスの乱がおこるが、ランスこれを全力で鎮圧。
 焦りばかりが増すランスのもとにゼスのマジックから手紙が届く。それは呪いを消せるアイテムがゼスにあるとの連絡だった。
 ランス、ヘルマン戦争中にもかかわらずほっぽいてこっそりゼスへと向かう。
 マジック、永久氷の呪いを解くためにランスがリーザスと結婚したのなら、その呪いを解かせることで、ランスがリーザスとリアからなんとか離れてくれるよう画策する。国の重要なアイテムである『呪い消しゴム』をランスに(勝手に)譲る。
 しかし、件のリアが懐妊したという報がランス、マジックのもとに飛び込む――苛立っていたランスのケアでリアは何度も抱かれ、この時、マリスはこっそり避妊魔法を掛かっていない状態にもっていっていたため妊娠。
 ランス、慌ててリーザスに帰国し、リアとマリスに会おうとすも、マリスとは会えず。
 マリス、単身JAPANへと出向き、五十六と面会する――五十六にはすでに乱義が生まれており、リア懐妊に当たり、問題の解決をはかろうとする。
  ・マリス、あらゆる意味をこめて莫大な金を五十六に用意する。
 五十六側としては金を受け取るつもりはなく、また大国リーザスをどうこうしようとする野心も決してもっていなかった。ことを荒立てず、乱儀がランス王の子である事実を隠すことのみ了承しようとする。しかし、そんな思いも無駄だとばかりに突然乱義の手元にノートが現れる(帝ノート)

 マリスを追ってJAPAN入りしたランス。ここで帝リングを装着したかなみもJAPAN入りしたことによって帝レースがはじまってしまう。
  ・日光も日本人と判断され、帝レースの出場者一覧に入る(実質所持者ランスの参加)。
  ・出場者のほとんどが大人の中、ただ一人だけ赤ん坊(山本乱義)がのっており、ランスやかなみもその異質な存在にいやでも注目することになる――ランス、この時いまだに乱義が自分の子供と知らず、かなみのみがそれが誰なのか知る。
 マリス、五十六、かなみはこの事態を重く見る――本来、隠すべき立場の者が表に出てしまった。それどころか、帝レースに参加する赤ん坊の異質さはどうしたって注目を集め、点数を稼ごうとする者の絶好の標的となってしまうため。
 そしてもし、乱義がリーザス王の男児だという秘密が公にばれてしまったら、間違いなく乱義は権力の道具とされ、リーザスとJAPANは泥沼の権力闘争状態にはいってもおかしくない。
 乱儀の命と秘密をなんとしてでも守るためにマリス、五十六、かなみは帝レースの早期終結にかかる。
  ・マリスと五十六の補助の下、出場者のかなみは点数を一気にかせいでいく。
  ・謙信、直江愛もそれらの事情を把握し、協力する。(帝リング、ソードの二つが揃う)
 しかし、レース終盤になって、参加者の一人である傾国(帝ハチマキ所持)が乱義に目をつけてしまう。
  ・傾国は、世界を混乱に陥れることを目的とし、その道具とするため乱義を攫う。
  ・かなみは乱義を取り戻そうとするも、心の隙をつかれる――立場、葛藤、ランスに対する複雑な思いを全て暴かれ、このままでいいのかと問われ、何も返せず戦意喪失させられる。
  ・五十六も乱義を取り戻そうとするが、同じように乱義と五十六の微妙な立場をついて、このままランスと父子関係がなくて、愛する男が別の女とその子供のことしか考えないままでも本当にいいのかと傾国に揺さぶられて、倒される。
  ・マリスに対しても国の為に哀れな親子を犠牲にしてみせるかと挑発するが、しかしマリスだけはかけらも動揺することなく傾国を切り捨てる――マリスにとって言葉で心を動かせる存在は愛するリアとその夫であるランスのみだった。
 ところが、傾国には死なない呪いがかかっており、復活すると結局マリスまでも倒される。
 そこにランスが、謙信らをつれて現れる――ランスは香たちにきいてようやく乱義にかかわる事情を把握した。
 ランスは自分に隠れて勝手な判断で下らない真似をしたマリスらにまず怒り、そしてそれ以上にふざけた真似をした傾国をおしおきしようとする。
  ・戦う中で傾国の呪いが発覚するが、ランスは『呪い消しゴム』を使って傾国の呪いを解除し、倒す。
  ・帝ハチマキ、リング、ソードが揃うが、ランスはそれを全て謙信に渡すことを決める。帝謙信誕生――JAPAN、帝を中心に真の意味で一つにまとまる。
 ランス、乱義を自分の子供であると認知する。同時、継承にかかる紛争について、ランスは己の後継は子供に譲るものでなく、全てランスと一騎打ちして勝った者だけに譲るとリーザスの王の名で(勝手に)宣言する。
 マリス、ランスがリーザス王になってからここまでずっと休みをとらず無理して来た肉体にさらに心労がかかってついにダウンしてしまう。

 リアは妊娠中で、ランスは宣言のせいで命を狙われることが多くなり、そんななかでマリスが倒れたことで、リーザス本国は揺れに揺れ、またヘルマン侵攻も、レリューコフ率いる第一軍の強い抵抗と冬の寒さの厳しさでなかなか上手く進まず、リーザスはあらゆる面で完全に停滞期へと入ってしまう。
  ・ランス、マリスの見舞いをする。そのなかで、彼女のリアとの出会い、思い、偽らざる全ての胸の内をさらしてもらう。――帰りがけに身重のリアのところにもより、ほんのすこしだけ優しい気遣いをみせて接してあげる。
  ・ランス、マリスの早期回復の為、すごい回復薬を魔法科学研究所に依頼する。と、同時に、ちょっとした悪戯心と興味心から惚れ薬の開発もカーチス所長にやらせる。(魔法科学研究所――新リーザスとなった後、ヘルマン戦争のために設置)
  ・一騎打ちやらランスの命を狙うものが増えて慌ただしくなる中で、そのどさくさでナギがリーザス城内に強引に侵入を果たす――志津香がリーザスにいることをかぎつけ復讐をはたそうとする。そこでちょうど完成した惚れ薬をもってマリスの見舞いに行こうとしていたランスとばったりエンカウント。ランス、もみ合った末、勢い余ってナギに惚れ薬をのませてしまう。彼女がもともと服用していた薬や不安定な精神状態すべてがおかしくかみ合った末、ナギは以後、ランスに異常な執着をみせはじめる。
  ・その他サブスト処理タイム・・・
 魔人領ではケイブリス派がついにホーネット派の魔王城へと侵攻していた。転移による奇襲を受け、混乱する中でホーネットは抵抗する。
  ・ハウセスナース(サテラがシャングリラでひそかに救ってホーネット派で保護した)は勝ち目がないことを悟り、逃げることを勧め、城内の地形をかえながら時間を稼ごうとする。
  ・ホーネットはただ一人、皆に内緒で城に残る。
  ・ホーネットはレッドアイと接触し、互いの全てをかけた本気の魔法戦をはじめる。その狙いはシルキィが助けにもどれないよう、またケイブリスでさえ謁見の間に迂闊に近づけぬよう城内を二人の魔法で埋め尽くすためだった。第二次魔人魔法戦争開始――魔王城、しばらく誰も手だしの出来ない状態に。

 リーザスでは、マリスが復活し、ランスは中断してしまったヘルマンの後片付けをとっとと終わらせようと、再び前線に復帰。
 しかし、冬もそろそろ終わろうかとしている時期にまだまだ寒さが軽減する気配がなく、その原因にある魔人の影が浮上する。ランス、とある洞窟でサイゼルと再開。
  ・ランス、以前あった時のサイゼルと様子が違うことに気付く――サイゼル、人間に敗れて己の駄目さにものすごくへこんでいるときに、追いうちのように妹のハウゼルがHなことをして遊んでるのを思い知らされて、いろんなことに投げやりになっていた。
  ・ランスは無気力なサイゼルをとりあえず襲う。サイゼルは最初好きにさせていたが、愛撫をうけているうちにふと違和感を覚える。ハウゼルが受けていたものとやたらとそっくりだと気づき、さらにランスの口からハウゼルの名がでて、妹の相手が目の前の人物だという驚愕の事実が発覚する。
  ・「妹の男趣味悪すぎ」と思うと同時、人の良いハウゼルが騙されているのじゃないかと少し不安に思うサイゼル。そこでサイゼルは、ハウゼルからランスをねとってやろうと考える――これによってハウゼルとランスを引き離す。それだけでなく未だ妹に対して複雑な対抗心をもっているサイゼルはこれによって妹より自分の女性としての優秀さを見せつけることもできる一石二鳥の策と考える。そのためサイゼル、やたらとランスに絡んで籠絡しようとする(大概が空回りで終わる)。同時期、ハウゼル、姉とランスがやたらHしてることに気付き、やはりランスの言ったとおりの事実であったことを知り(誤解)、納得すると同時、やや複雑な気持ちになる。
 ランス率いるリーザス軍、冬を越え、ヘルマン中央地帯の制圧作戦にでる。
  ・兵士あるいは労働者として食事、睡眠、寒さに影響しない人工生命体、ガーディアンの大量投入が開始される。
  ・あらかじめ第5軍ロレックスの下に女を潜り込ませていおいた――お茶くみとして部隊に入ったくのいち鈴女、本格的に工作にかかる。
  ・第5軍崩壊。酒に毒を少しづつ盛られていたロレックス、死の間際になって、自堕落に過ごしていた己の恥、このまま死んでは亡き妻にあわす顔がないと目をさまし、せめて最後は華々しく散ろうと意地を見せる。決死の剣豪の面目躍如。リーザス部隊に大きな被害が出るとともにランスを負傷させる。ロレックス死亡。
  ・ヘルマン政府、怪我したランスを確実に殺そうと彼の下に知人のイオ・イシュタル――捕まったのち、麻薬と催眠を施された暗殺者を送り込む。閨で二人きりの時にことを起こそうとしたが、側においてあった聖刀日光に見破られ、これに失敗する。
  ・度重なる敗戦、失態により士気、国力低下著しい帝国。明らかに物資も不足気味になり、都市、軍の維持もヘルマンは難しくなる。劣勢に立たされたレリューコフの第一軍は追いこまれ、民、部下や家族のことを考え、苦渋の上、降ることを決意。アリストレスの第2軍も各地で盛り上がる反乱勢力に徐々に押されだす。
  ・発揚の為、シーラ・ヘルマンが演説するもほとんど効果出ず――ヘルマン王室支配衰えの影。
 ヘルマン、戦況を覆そうと、大量のクリスタルを得るべくカラーの森に侵略部隊を送り込む。
  ・ランス、作戦を知り、なにをおいてもカラーの森を荒らさせぬよう大軍を率いてカラーの森へ急ぐ。
  ・ランスら、ヘルマンの部隊とカラーの森で激突。圧倒的な数にまかして退け、目的であるカラーの女王を救う。
 戦闘が全て終了したところで、カラーに救援要請を出された魔人ケッセルリンクがちょうど森に到着する。
  ・人間を退治しようと、ランスらを殺そうとするが、女王パステルに詳しい事情を告げられ、止められる。ケッセルリンクは殺すことは止めたものの、ランスという人間の内部を探りだす――ケッセルリンク、ランスの本質と願いを知ることになる。
  ・ランス、カラーの女王では魔王がかけた永久氷の呪いを解くことができないと知らされる。
  ・カラー女王に全てをかけていたランスは絶望――その一人の女性に対する想いの深さにシンパシーを感じたケッセルリンク、ランスに解呪とは別のアプローチでの解決方法を教える――時を司るセラクロラスなら氷の終わらぬ時も排せると。ケッセルリンク、急がないと聖女迷宮のあるゼスに立ち入るのも厳しくなると忠告を残して魔人領に帰る。
  ・その頃、魔王城ではついにホーネット、レッドアイがともに力尽き、長きにわたる魔法戦がついに終結する。
  ・メガラス、気を失ったホーネットを連れて、退却。魔王城をなんとか脱出する。
 魔王城、完全にケイブリス派に抑えられ、魔物領全土の支配はケイブリスのものになる。
 ケイブリス、部下の魔人に逃げたホーネットたちを狩る役目と、ゼスに攻め込む役目をそれぞれ与えて戦争準備に移る。
  ・魔人メディウサ、狩りグループに入ってホーネットを狩ろうと動くが、一人でいるところをレイの奇襲にあって殺される。レイ、魔血魂を得る(三つ目)。
  ・魔人カイト、狩りグループとしてシルキィと交戦。
  ・魔人ケッセルリンク、未だ弱ったままの魔人ホーネットの身柄を狙うが、それを魔人メガラスが阻む。ケッセルリンク、メガラスと交戦するも、すぐにメガラスは分が悪いことを悟ってホーネットを連れてまた逃走。
 ランス、ヘルマン侵略も大詰めに入った状況なのにもかかわらず、またほっぽいてゼスへと勝手に出かける――シィル優先。
  ・聖女の迷宮でセラクロラスと『今の時』を生きる復讐ちゃん出会う。セラクロラス、娘同然の復讐ちゃんの心を以前救ってくれた礼としてランスの願いを受け入れる。
  ・シィル復帰。当然のごとくH――ランス、長い長い苦難を乗り越えようやく悲願達成す。
  ・リーザス、リアらがシィル復活を知るも余裕をもって迎える。シィル、長き呪いの間にランスの周りがあまりに変化してしまっていることに恐ろしさと寂しさを感じるが、ただ一ついまも変わりない愛し人のぬくもりが仄かな安心感を与える。
 同時期、ゼス。ついに魔軍が侵攻をしかけてくる。マジノライン全力稼働。
 同時期、ヘルマン。多くの民を失い、ほとんどの国土を奪われ、ヘルマン王室の威信が地に落ちきったタイミングでミネバが動く。己の圧倒的な武をみせつけ、頼りない今の首脳部よりも自分こそがヘルマンの王にふさわしく、女王になるとを宣言する。女王ミネバ誕生。
  ・ミネバ、宰相のステッセルを始末する――伝統支配強かったヘルマン王室の名を貶め、新たな強さをもった支配者を望む空気をつくるために役立てていたが、これで用済みと判断。同時、パメラ王妃、民の前で斬首。
  ・ステッセルや王室が蓄えこんでいた資金や物資をミネバが全て手にし、第三軍強化。
  ・ミネバ、リーザスに追い詰められた状況ながらも、自国の街に乱妨取りした後に住民にバーサーカーの薬など投与して駒に換え、手段を選ばず、リーザス軍に大ダメージを与える。
  ・アリストレス、部下のコンバート(ミネバについた)に弱み(シーラ)を利用されて騙され、凶悪な薬を投与される。心を失ったアリストレス、かつての親友パットンと戦い、そして薬の作用にて友の前で無念に散る。アリストレス死亡。
 ランス、シィルとともに戦線復帰。ミネバの第三軍に決戦をしかける。
  ・ラング・バウ攻防戦。
  ・ランス、ミネバ相打つ――時に逃げ、時に騙し、とかく生き抜くための技こそが誰より最強を誇った二人はモノだろうが、なんだろうが、あらゆる手を尽くして相手の息の根をとめようと行動する。
  ・ミネバが武器として使っていた魔剣カオスをランスは奪い返し、それを使ってミネバを刺し殺す。ミネバ死亡。魔剣カオス復帰。
 リーザス軍、ラング・バウ制圧。パットン一味登場。リーダーのパットンがランスに後継の一騎打ちを申し出る――祖国、師、友の思いを背負って全てをかける。
 ランス、疲れを見せずその場で決闘を受け、パットンをタフさで圧倒して下す。パットン、いずれリベンジを誓い、リーザスヘルマン戦争終結。

 ゼス王国、マジノライン崩壊――魔人バボラ大暴れでずたずたに寸断されてしまう。魔物、ゼス国土に続々侵入――ゼスを荒らす魔軍、ケイブリスの命令であるカミーラ捜索のため進軍スピードかなり遅め。
  ・魔人レイ、人類領付近で特に仕事もせずふらふらしていた魔人ワーグを襲撃。ワーグ、自分が死んだ幻と適当な魔血魂一つをレイに与えると、こっそり彼の後をついていく。(魔血魂4つめ)
 リーザス、対魔物戦のため、ヘルマンとの戦争から奪い続けていた鉱石をつぎ込み、チューリップ全力増産。かなりの数が揃う。
 ランスら、マリアの高速移動兵器、魔人の協力、帰り木等のアイテムを利用してヘルマンから全速でリーザスへと戻り、対魔物戦争の準備にとりかかる。対魔人会議。
 ゼス首都壊滅。王国西部放棄。
  ・カバッハーン・ザ・ライトニング、若き三人の将に後を託して、多くの魔物を引きうけながら死す。
  ・魔人レイ、混乱に乗じてゼスに隠されていたアベルト(ジーク)の魔血魂を得る(魔血魂5つめ)。ゼスの食糧を荒らしていたガルティア、ムシのセンサーで危険を察知し、レイとの交戦回避。ガルティア一時後退。
 ケイブリスついにカミーラを発見する。
  ・愛しいカミーラが人間に犯されていた事実を知りケイブリス発狂――己の抱く優しく美しい理想と残酷で醜い現実のあまりの乖離に幼き精神がついに耐えきれなくなる。カミーラを引き裂いて殺し、魔血魂にすると、自分の体の中にとりこんでしまう。ケイブリスさらに進化――憧れていたカミーラのような美しい顔を得ることになる。
  ・ガンジー王、尋常ならざるケイブリスの力を危険視。永久地下牢ごと異次元に消し飛ばそうとするも、ケイブリスの抵抗にあい、失敗。ガンジー王殺される――しかし、ただでは死なず、己の命をかけてケイブリスに禁呪をかけることには成功する。
  ・魔人レイ、魔人ケイブリスと衝突。進化したケイブリスに対して、レイも次々魔血魂を体にとりいれていき、パワーアップ。両者拮抗。ゼス西部焦土に帰す――多数の魔物が巻き込まれる。
  ・魔人レイ最終的に力を使い果たして死亡。(残った魔血魂6つ、ワーグが魂のコレクションとしてこっそり回収――魔血魂のレイ、夢に包まれる)
  ・レイに受けた傷とガンジーの禁呪のせいで瀕死となったケイブリス、魔王城へ一時撤退。(ガルティア、ケイブリス、ワーグら三人が除かれ前線でまっとうに戦うのはこのとき魔人バボラのみになる)
 リーザス王国、機を見てゼス中部に大量の戦力を投入開始。ゼスと協力して、人類軍と魔軍の激しい戦争が始まる。
  ・人類側、まずもって、人間の軍ではどう逆立ちしたって歯が立たない魔人バボラをなんとかしないことにはまともに防衛できないと、バボラを排除すること優先する。
  ・魔人サテラ、魔法を使って大地をドロドロにして魔人バボラの足止めに一時成功する。その間、鬼退治の専門家、北条早雲を筆頭とする陰陽機関の陰陽師たちが調伏にかかる。
  ・調伏、対象のあまりの強大さに失敗。もう一度、挑戦しようとするも、サテラも集中力が切れ、抑えきれず、バボラ、動きだしてしまう。
  ・バボラ、一番の邪魔ものをサテラと定め、殺そうとするが、間に入ったシーザー、バボラの怪力を受け止める。何度も受け止めた末、シーザー、大破。ガーディアンに守られたサテラ、再度バボラを抑えにかかり、陰陽師らもバボラを完全に封ずることに成功する。
 各将、各軍、魔物相手にしばらく奮戦を続けるも、魔人ガルティア前線に復帰。
  ・ガルティア、好き勝手暴れ、好き勝手に食糧を荒らして、人類側非常に手を焼く。
  ・人類側、ガルティアのムシ使いとしての弱みに目をつける。対ガルティア用トラップを用意する。
  ・ガルティア、箱罠にかかる――残飯につられて、アニス、ナギ、マジックらがつくった大迷宮に閉じ込められる。食糧がありもない空間で、幻のごちそうに惑わされながらしばらく迷路を彷徨い続ける(兵糧攻め作戦)。ガルティア一時除外。
  ・ガルティア、しばらくして大迷宮より脱出。ムシ使い、それも並のムシ使い以上にムシを飼っているゆえに大量の食事を摂取しないといけないにもかかわらず、それがろくに出来なかったことでかなり衰弱した状態。(ガルティアは魔人であるがゆえにどれだけ飢えても餓死にまでは至らない)
  ・飢えに飢えたガルティア、ごはんを求めようとするが、外で待ち構えていた健太郎、日光、リック、謙信ら近接戦闘グループにさらに戦闘をしかけられそれを阻まれる。
  ・ガルティア、激しく悶え抵抗するも、しかしはらぺこが極まり使徒のムシがろくに機能しない。
  ・戦いつづけて、憔悴しきったガルティア、やがて苦しみに耐えきれず力尽きて命乞い(正確には物乞い)。カロリアの申し出、また今後の使い道も考え、殺すことをやめ、捕獲。ガルティア、ケイブリス派離脱。――ランス、魔人だからどうせ死なぬと水しか与えぬ鬼畜っぷりを続け微妙に調教し、完全に屈服させる。
 人類側、最初こそ好調な戦果をあげていくがしかし、戦争を続けていくごとにやはり戦力差の問題が露呈しだす。人海戦術、飽和攻撃を受け続けて分が悪くなる。
 数の不足を一部の質に頼っていたが、いかな猛将といえど、人間である以上、限界が存在してしまう。最初はともかくいつまでも休みなく全開で戦い続けられるわけもなく、人類は各地で劣勢にたたされる。
  ・状況を打開すべくフリーク、ついに闘神Ωになることを決意。教団の研究をしていた千鶴子やパパイアらゼス幹部の手伝いを借りて闘神を復活させようと計画する。
  ・同じくフリークらから教団の知識を借りたリーザス王国はマリスを中心に内部の生産、医療の分野を劇的に進歩させる。なんとか魔物と戦争を続けられるぎりぎりの水準まで国の体力をもたせる。マリア、魔人ラ姉妹、ハンティらによって必要な物資、人員を必要なだけ戦線へと提供(空輸、転移)していき、闘神復活まで戦線の維持がつとまる。
  ・アニスの膨大な魔力を借り、闘神Ω(フリーク)、起動。疲れも睡眠も食事も、あらゆる人間の縛りを越え、なお永遠の無類の強さを誇る最強兵器によって、魔物が駆逐されていく。
  ・人類側、闘神の劇的な戦果の後押しを受け、勢力を徐々に盛り返す。
  ・魔人ワーグ、簡単に終わると思っていた戦争がことのほか激しくなり、また善戦する人類側に興味をもつ。ワーグ、ふらふらと人間の陣地にあそびにいく。ランス、ワーグと出会い、遊ぶ。
  ・人類領付近にて、ケッセルリンク、ようやく逃げ続けていた魔人メガラスを追い詰める。メガラス、ホーネットを守るためケッセルリンクと交戦を決意。
  ・同じころ、シルキィ、魔人カイトとの長い戦いの末に勝利。そののち、人類の奮闘努力を知り喜ぶと共に、これを無駄にしないためすぐにホーネットを探しに行く。
 魔軍側、魔人パイアールと魔力を取り戻したレッドアイが出陣する。
  ・魔物とともにパイアールの開発したドール、大量投入。
  ・レッドアイ、闘神Ω(フリーク)激突。
  ・浮遊艦エンタープライズ、人類領を蹂躙。人類側、エンタープライズへの対策を迫られる。
  ・魔人ラ姉妹が空戦を挑むが、魔法を受けても機体はびくともせず。一気に内部への転移試みるも、それも上手く行かず。マリアの発明した長距離砲ゴリアテの砲弾を何度ぶつけてもエンタープライズ落ちず。
  ・魔法が通じず、今ある最大パワーが通用しないなら、もっと強い力を用意するしかないとランス考える。
  ・人類側、封じた魔人バボラを使役することを決定。陰陽師によって魔人バボラ、エンタープライズの上に召喚され、機体に体を思いっきりぶつける。
  ・それでも落ちぬエンタープライズ。ランス、さらに第二手として魔人の癖に成長するバボラの特徴に目をつけると、成長の泉の水をがんがん飲ませる。バボラ、ぐんぐんみるみる巨大化。
  ・怪力と巨体を幾度も受けてなおも落ちぬエンタープライズ。しかし、肥大化しきった大怪獣バボラ、その浮遊艦エンタープライズを食べて胃に収めてしまう。北条早雲ら、そのままバボラを送還。魔人パイアール、バボラとともに脱落。
  ・エンタープライズを失い、ドール完全に機能停止。大きな戦果に、人類側、再び持ち直す。
 闘神Ω(フリーク)死闘の末、レッドアイのボディ(闘神Γ)を撃破。しかしレッドアイ本体、闘神Ωのボディに寄生し、奪おうとする。
  ・フリークとレッドアイの闘神Ωボディを巡る主導権争い。
  ・フリーク、自分が闘神をなんとか動かせる今の内に、ハンティに自分ごとレッドアイを封ずるように、頼む。ハンティ拒否するも、フリーク説得。そして、教団の最後の一人としてもう二度とルーンの残した闘神が人類の敵とならぬようにとの願い、いまここでかつての『人類を魔物から守りたい』という同志たちと抱いた志を果たしたいという覚悟を親友ハンティが受け取る。
  ・闘神Ω、封印結界の媒体となり、レッドアイごと封印。レッドアイ、フリークとともに脱落。
 魔軍、侵略軍の魔人含めほとんどの主力を失い、かなり勢いが衰える。人類、奪われた領土を凄い勢いで解放していく。
 ランス、魔人ケッセルリンクがホーネット派の魔人と交戦をしていることを知り、すぐにその場へ向かう。
  ・ケッセルリンク、メガラスを倒し、シルキィと連戦。その最中に、ランス、割り込む。ケッセルリンク、予想外の人間の勢い、その要となっているランスを危険視。今度は見逃せず、潰しにかかる。
  ・シルキィ、なんとか魔人ホーネットが力を取り戻すまで、ケッセルリンクを止めてくれるようランスに協力を頼む。ランス、シルキィ、人類の英雄同士肩を並べ、ケッセルリンクに挑む。
  ・ケッセルリンク、二人相手にさえ力負けすることなく押すも、ランス、シルキィ、粘る。
  ・ホーネット復活。ランス、シルキィ、参戦したホーネットの三人力を合わせ、ケッセルリンク撃破。
 ケイブリス派の残る魔人がついにケイブリス一人になる。人類領に侵略しに来ていた魔物ほとんど駆逐。

 最終決戦前、来る日に備え、人類はそれぞれの思いを胸に、過ごす。
 魔物の王ケイブリス、もはや自分の力で全てねじふせてやるしかないと決意。親衛隊を率いて出陣。
 人類の王ランス、演説。相変わらずのランス演説だが、人類はむしろいつも変わらない"それ"に救われる。これが最終決戦、ここでの勝利こそ人類の歴史が変わる時、この俺様についてこいと鼓舞し、生き残った全人類軍を率いてケイブリス軍に挑む。
 ランス軍、ケイブリス軍激突。出し惜しむことなく、互いの全ての戦力をぶつけ合う――アイテムも兵器も全てをここに注ぎ込む。
 ランス、ケイブリスと対決――一方は力を渇望し、そして女を得た男、一方は女を渇望し、そして力を手にした男、似て非なる二人のぶつかり。ランス、一対一では圧倒的な力に押され、ぼこぼこにされてしまうが、仲間がそこにどんどん駆けつけ、助けをうけながら少しずつ、盛り返す――ランスの力の本領。
 『ランスパーティー』、ケイブリスを撃破。魔人ケイブリス死亡。人類と魔物の戦争、多くの犠牲を出しながらも人類側の勝利で終結。大陸統一達成。
 
 大陸、ひとときの平和を享受する。
  ・ランス(とマリス)の統治のもとで復興が進みゆく。――穏やかな世界にされては都合悪く思う存在がランスに目をつけはじめる。
  ・ランス、人魔共存会談なる名目でホーネットと夜な夜なランデブーを重ねる。たまにマリスやリアなどの首脳部も会談に参加(ハーレムプレイ)
 リーザス建国記念祭開催。
  ・リーザス国は、イベントを盛大なものにし、人々は大いに浮かれるが、祭最終日、事件が起きる。
  ・ランス王、暗殺未遂――ランス、リーザスの広場にて胸を刺される。その場で殺されることは免れたものの刺された刃の効力を受けて、意識不明の重体に。捜査の中で犯人はAL教関係者とリーザス特定。
  ・大陸中に動揺が走る中、さらにAL教団、ランスを悪鬼邪神の王とし、リーザスの王権はく奪を宣告。ランス、悪魔と関係を持ち、その子供までいる事実を世界に暴露されてしまう。ランス、AL教より主たる女神アリスの敵と認定される。
  ・各地でAL教信者の乱がおこる。まとまったはずの人類、ランス派とAL教派で分裂して争い合いがはじまる――平和が終わり、大陸再び動乱状態へ戻る……。
 リーザス、各地の乱を抑えつつも、ランスを回復させることをなにより最優先し、力を注ぐ。このままランスが亡くなれば、ことは収まるどころか、今度は大陸の覇権を巡って、色々な意味で取り返しのつかないことになってしまう。
  ・ランスに使用された刃の効力を調べるもしかし特定出来ず。
  ・あらゆる手をつくして、ランスの手当てを尽くすがいっこうに回復の兆し出ず――医療のエキスパートのアーヤも神魔法のエキスパートのカフェも手が出ず。
 サテラ、サイゼルら、ランスの命の危機を見て、これを救うため死なずの魔人にすればきっと助かると強く主張し出す。それを受けて、日光、カオスらエターナルヒーローグループ当然のごとく反対を主張。その他の人々、魔人でもいいから生きていて欲しいと命を優先して魔人らの主張を支持するものがでたり、助けるためとはいえ勝手に魔人にしてしまうなんて論外、またそれで助かるとは限らないと慎重な意見をもち反対派にまわったりとリーザス内部もついに分裂しだしてしまう。
  ・サテラら、魔人化推進派、強硬手段に出る。実力をもってリーザスからランスの身柄を強引に奪おうとする。
  ・それを阻む反対派と激突が起こる。
  ・マリス、両グループの間に入って、調停――一定の期間をもうけて、その間は、全員力をあわせてなんとかランスを回復させる手段を探し、期間をすぎたら、魔人化をすすめるという案で妥協させる。
  ・  
  
 ※
  ある人物より知恵を借りる。
  ある存在にランスの治癒をまかせる。
  ランスを生かすにあたり、ランスが狙われた背後になにがいて、それがなにを考えているのか、この世界のシステムをある存在から知らされる。
  神々と相対やらなんやら。
  エピローグ――その後の大陸、リーザス、各キャラのことをかいて物語をしめる。

 (※ラストは作者が実際にお話を書いて終わらせる意味とモチベを失いたくないため、より簡略化させてます)

 
 上記プロットは非常におおまかなものでその中で多くのキャラの話を動かしています。
 それぞれのキャラの話は全部紹介出来ませんし、するつもりはないですが、上記のプロットに名がろくに出ていないキャラはきっと全く動きがわからんと思うのでほんの一部キャラのみ抜粋。

 【サチコ関連プロット】
 1.サチコは最初はまるっきりダメダメな一般人。(動きはど素人どころか体力ゼロ。死体にも免疫なし)
 2.しかし、ランスの側にいて、半ば強制的にいろいろなことを叩きこまれ、学んだりして、成長していく。
 3.肝を鍛え、ガードとしての実績、すこしずつ自信もつけていくが、(ヘルマン戦争やランスを狙う相手から守るなど要素を描写)ある時大失敗犯してしまう。守るべきランスを守れず怪我させてしまう(ロレックスあたり)
 4.もう二度と失敗しないと決意し、再びガードとして懸命に働くが、そんな中でずっと使用していた盾が壊れてしまう(魔物戦争のなかで)。ランスは、サチコに代わりの盾を渡す。それはリーザス聖盾だった。(ガードとしての働きを認める信頼の証とサチコ受け取る)

 普通の女子校生がリーザス聖盾を渡されるほどの立派なガードになるまでの立身出世モノ。最初は召使にさせられておたおたしていた娘が最後にはケイブリスの攻撃からランスを守れるぐらいに成長。

 Hは物語のかなり後半。魔物との戦争が激化しているあたり。
 劣勢にたたされる人類。朝話していた兵士が夜にはもういないというのがそうおかしくない日常になって、命の重みを感じられない戦場。いつ誰が死んでもおかしくない場所で人類の未来を背負う王を守っていかなければならない強いプレッシャー。サチコは不安や恐怖に押し潰されそうになる。弱音からなにからサチコはランスに晒し――それらを全て受けながらランスはサチコを抱く。


 【バウンド関連プロット】
 1.ヘルマンの盗賊でいるところをランスに拾われる。
 2.リーザスの兵士になるが、どうしても周囲からは浮いた存在。
 3.盗賊としての過去から、盗人扱いを受けたり(リッチ砦の食糧泥棒疑惑)、リーザスヘルマン戦争ではヘルマン人ゆえに敵味方から、良い目で見られず、辛い目にもあう。
 4.しかし、それでも昔からずっと辛い底辺で生きてきたバウンドは、逆境に負けじと、ランスへの恩返しのため懸命に働き、結果を出していく(ヘルマン戦争後期で活躍)どこまでも忠誠心厚く、馬鹿だけど勉強熱心で仲間思いに動かす。
 5.その頑張りはやがて周囲の信頼に変わり、誰もが認める実力でリーザスの一軍の将にまで出世する。
 
 バウンドもやはりその性質上、正統派立身出世モノ。ただの盗賊が、ランスを理想と憧れ、彼に近い人望でまとめるカリスマ的な将にまで成長する。
 Hはなし。


 等々。
 残りは本編の中で。
 
 
 
 次回更新がいつになるかはまったくもって不明ですが、次の話の更新時にはこのページは全て消します。(その頃にはきっと良い感じに内容を忘却してるでしょう)
 なお、ランス9、ランス10発売でいろんなシナリオが出てきたら、上記プロットはそれらにあわせて変更される部分もあります。



 
 


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