<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

XXXSS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27097] リリカル! マジカル! Kill them All!
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2013/02/28 22:51
初めましての方、以前見ていただいた方、お久しぶりです。
まずは謝罪を。申し訳ありません。
前回、バグによりこのXXX板で上がりっぱなし、削除、その後音沙汰なしと、失礼をいたしました。

事は私の留学から始まります。
本来は留学先である中国でも執筆予定でしたが、パソコンを忘れ、その上授業で必死と時間がとれずarcadiaを見る事も出来ない状態でした。
バグは友人が携帯にメールを送ってくれたので知り、そのまま放置はまずいかと思い、パスを教え、消すようお願いをし、こうして今に至ります。
一度は失礼な事をしでかし、更に恥知らずにも続きを書こうと戻ってまいりましたが、次は以前書いたデータを紛失したという。グーグルキャッシュというのも、残っているのか、そもそも見かたが分からないという体たらく。
消す前までの話は頭に入っているので大まかな内容は問題なくとも、どうしても前回と文章が変わってしまいました。
もしそれでも良ければ、更新は現在の状況により一週間に一度出来ればいいな、という状態ではありますが、この先もよろしくお願いします。

続きまして、前書きを。
この作品は投稿場所がXXX板ということで、表現の自重をあまりしていません。具体的には、エロやグロといった部分です。
展開も鬱なものが多く、一部最近では本当に不味い児ポに引っ掛かりそうなものもあります。
『とらいあんぐるハート』の内容も使うのでいたしかたないとはいえ、児ポ疑惑の文については出しても一回だけにする予定ではありますが。それでもこいつはヤバいと思ったら、すぐ様感想板にて報告をお願いします。意見が多ければ、すぐ様どうにか先に繋げられるような内容に書き換えます。

砕けた言い方になりますが、SAN値ガタ落ちでオワタ。その様な気分になるのはほぼ間違いないかと思いますので、苦手と思ったら読むのは控えた方がいいかと思います。

以上で謝罪と前書きとせていただきます。

著者、気分はきのこ。























かんぱーい。
泡立つビールが一杯のジョッキを掲げて、彼らは馬鹿みたいな声を上げた。
今は今日を締めるパーティ・タイム。会場は地元のカラオケ店。個室にてジョッキをかち合わせる男六人は、アルコールで火照った頬のまま、マイク片手に歌いまくっていた。
ある男は「エアーマンがぁー」と無駄に張り切って空回りしたり、また別の男は「やらないか」などと下腹部を刺激するバリトンボイスで替え歌を披露。それに乗っかって踊ってみたイイ男たちがいたり。かくいう彼自身も、限界を軽く超えた高音で一万年と二千年前にラブコール。
誰もが自重を何処かに置き忘れたパーティは、喉がイカれようと関係なしで、朝まで続いた。
そんな彼らを、『彼』は懐かしさを感じながら見ていた。視点は常に六人の一人。なのに、これは『彼』ではない。
――――ああ、分かってるさ。これが夢なことくらい。
酒の味も歌声やBGMも感じられないぶつ切れの映画を見ている感覚が、『彼』にこれが現実とは違うんだと訴える。
それでも『彼』は目を覚まさない。一秒でも長く夢の時間に浸っていたかったから。


「――――くん。佐竹くん? 今は授業中だから、起きようか?」


「…………はぁい。ごめんなさい、せんせー」


そんな幻想を何時までも見続けられる訳がなく、佐竹は優しく身体を揺すって声をかけた『担任』の女性に、欠伸交じりの返事を返した。
そのせいかまだ疑っているようで、次は駄目だよ、などと釘を刺す笑顔の担任に、分かっているとばかりに手を上げた。


「さて、それでは授業に戻りましょう。ここに六つのリンゴがあります。これを、二人で半分こしたら、さて一人何個かな?」


三個。
黒板に赤いチョークでリンゴの絵を描きながら問題を出す担任。そして、心の中で即答する佐竹。
初歩の初歩。分からない方がおかしい、簡単過ぎる割り算。
分かるひとー、と答えを促した彼女にすぐ様応えたのは、クラスの半数ほど。遅れて、少数が続く。
嬉々とした表情で最初に高々と伸びた手たちの主は、所謂天才秀才組だ。初歩とはいえ『今日』初めてやった割り算が分かったのは、きっと塾とかでやったのだろう。
残りは、佐竹を含めた普通の生徒。担任の問題に指折りで悩み、答えが出た生徒と無理だった生徒。そして、そんな『子供』である彼だ。


「それじゃあ、一番速かったバニングスさん」


「はい! 答えは、三個です!」


「うん、正解。さて皆、これは割り算と言って、式にすると――――」


慣れた手つきで黒板に白チョークを走らせる担任。先ほどの問題を式に変えて書き、それを生徒たちは手元のノートに写していく。正直な話、佐竹のノートは例え白紙だろうと問題は無い。数学ならまだしも、まだ算数の段階なら余裕なのだ。寝起きでボケた頭でも問題ない。
かと言って天才でも秀才でもない『普通』の子供な佐竹は、素直にノートへ書き写していく。
ただ面倒でしかない作業に、しかし佐竹は少しだけ懐かしさを感じていた。


【オゥ…………実にイイ尻だねぇ。思わず鷲掴みしたくなっちまう今日この頃、ガキンチョ共はいかがお過ごしでしょうか? もちろん、毎日ファックしてますよってなぁ! まだ勃たねぇけど!】


何年も前に経験した『一度目』の思い出に浸っていた佐竹は、カリカリと動かしていた鉛筆を止めた。
…………ぶち壊しだよ。酷い言葉の羅列によってガラガラと音を立てて崩れていった思い出に、佐竹はがっくりと頭を垂れる。


【あん? いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇんだからよぉ。んな事より、どうよ相棒? あの尻、絶対安産型だぜ? そこにぶち込む俺様たちのマイ・サンシャイン…………おほっ! イイネイイネェ! 滾って来たぁ! そら、勃ち上がって気高く舞えよ、運命を撃てる戦士ぃ!】


うひゃひゃひゃあ! なんて頭の悪い笑い声が響き渡る。色に狂った台詞に辟易とする佐竹に、だが担任は授業を中断する事はない。
本来ならこんな言葉が聞こえたら空気が凍結しそうなものだが、嬉しくも残念なことにこの声は佐竹にしか聞こえていなかった。なにせ、その声の主は彼の中に住んでいるのだから。
声の主、普段佐竹が『ペイン』と呼んでいるこの変態には、実体がない。だがお化けとかでもない。なら何か? 何らかの存在に当てはめるとするなら、『神経』だろうか? 或いは『脳』? もしかしたら『肉体』そのものかもしれない。
何にせよその存在が不気味極まりないペインとの付き合いは、三ヶ月と少し。日々佐竹のストレスを決壊関係なしで溜めていくペインだが、それでもこの二人はパートナー<相棒>なのだ。

未だハッスルハッスル言っている変態を余所に、佐竹はノートから視線をずらして窓の外を見た。
青く澄み渡る空。薄らと残る雲が綺麗な蒼天。その空の先を越えた宙<ソラ>のまた先にいるだろう、『原作』の組織。
遠くない未来、可能性の一つとして接触するかもしれない『彼ら』を思い描いて、佐竹は癖でぐにゃりと曲がった前髪を弄りながら、誰にも気付かれない様にため息を吐いた。
遠くないとはいえ、今の彼には目先の問題がある。どんな事よりも大きい、大問題。


このまま何もせずに生きていれば、『原作三期』終了には強制的に死ぬなんていう無理難題が。




















リリカル!マジカル!Kill them All!

――Prologue――




















目が覚めた時、視界には白色しか映らなかった。
彼は一瞬視覚障害にでもなったかと思ったが、掌の肌色を見てそうじゃないと安心した。
しかし、ここは何処だ。自身の身体を見れば、寝間着姿。上下灰色のスウェットが、白色の世界で浮き彫りとなっている。
周りを見れば、誰もいない。遠くを見れば、何もない。部屋の中かと思えば、どうも違う。それなら、彼は一体どこに立っているのか。


「お、おい!」


意味もなく彼は叫んでみた。応えてくれる声はない。


「誰か、誰かいないか!?」


今度は人を探そうとしてみた。それでも、響いたのは彼の声だけ。


「ちくしょう、何だよ、何なんだよ!」


思った言葉がそのまま口に出る。前後左右何処を向いているのかも分かっていないが、それでも彼は必死になって辺りを見渡した。
何かないのか。誰かいないのか。俺は…………独りなのか。
ぶるっと身体の底が冷える。この世界が寒いからではない。
――――どうしようもなく、恐くなったからだ。


「おい! 誰でもいい! 応えてくれ!」


恐い。恐い。恐い。
理解が追い付かない現状に、彼は誰かを求めて声を荒げた。
誰でもいいから、ここにいてほしい。誰でもいいから、俺の前に現れてくれ。


「お、おい。何だよココ!?」


何処からか声が聞こえた。それも、彼と同じ心の声が。
彼は慌てて声の出所を探すと、何時の間にか男が立っていた。くたびれたスーツを着込んだ男が、さっき見た時は何もなかったはずの場所に。


「なに? 何なのよ一体!?」


また声が聞こえた。今度は女だ。ヒステリックに叫んでいる彼女もまた、空白だった所に立っていた。
どこから来たのかは分からないけど、それでもいい。相手には悪いが、と彼は自分が独りじゃないと安心して、少しだけ気持ちが楽になった。
とりあえず、声をかけてみよう。最初に現れた男へ向かって彼は歩き出そうとして――――無理やり身体の向きを変えた。
重心が移動してこけそうになるのをどうにか堪えて、姿勢を正す。でも、動かない。

ああ、何もなかった。そのはずだ。俺は空白だった道を真っすぐに歩き出したんだ。


「えっ、何? ここ何処よ?」


なのにどうして。どうやってお前は現れたんだ!
彼が進路を変えた理由。それは、いきなり人が目の前に現れたからである。
まるでMMORPGでアバターがポップアップするかの様に、人が出て来たのだ。
来た頃の彼みたいにきょろきょろと周りを見る、少年。校章が刺繍されたブレザーを着ているあたり、学生なのだろう。
少年は一通り周りを見渡し、その際に目が合った彼へと近寄って行く。


「あ、あの、ここ何処すか?」


「…………俺が知りたいよ」


なんすかそれ、と望まない答えが返ってきて不満顔な少年に、彼は他の人に聞いてくれ、と適当な人を指さし、そのまま誰もいない場所へと歩き出した。後ろから小さく舌打ちが聞こえてきたが、無視して歩く。
歩きながら、彼は少し今について考えていた。内容は、この場所の異常さについて。
誰かと共に協議すれば思わぬ答えが出たかもしれないが、未だ困惑したままの彼は、とにかく独りになりたかったのだ。
さっきまで独りぼっちに恐がっていたのに、今となっては独りになりたいなどと、なんとも矛盾しているが。
さて、一度冷静になろう。こういうのは、思い込みから始めるもんだ。
緊張と不安でバクバクと音を立てる胸を沈めるように、彼は自己流の簡単な暗示を掛けた。

まず、これは一体全体どういう状況だ? 真っ白な所に、次々と現れる人たち。以上。…………やばい。さっぱり分からん。
彼はまた現れた人を避けて、歩き続ける。

まだだ。今度は違う部分を攻めてみよう。ここは何処だ? それは俺が聞きたい、次。他の人は何処から来た? ワープ装置か何かとか。…………どこのSF映画だよ。
彼はまた現れた人にぶつかって、適当に謝りながら歩き続ける。

なら他には何かないか? 例えば、ここにいる人。どうも男女関係なしで、その上歳もバラバラ。どうして? 世の中は男女平等です。…………もう嫌だ。

まさしく『無駄な抵抗』を脳内で繰り広げていた彼は、歩くのを止め、立ち止まる。同時に、腰辺りに重みを感じた。振り向けば、小さな女の子。それもまだ中学にも行ってなさそうな子供だ。
まさかこんな小さな子までいたとは、と彼はしゃがみ込んで女の子と視線を合わせる。そして声をかけようとして、困った様に頬を掻いた。
女の子は、泣いていた。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして。
何よりもまずは、このえぐえぐと泣きじゃくっている女の子をあやす事から始めよう。彼は、女の子に見えない様にため息を吐いた。いつもの様に癖でぐにゃりと曲がった前髪を弄りながら。






















たかいー、と無邪気に喜んでいる女の子の声を聞きながら、しかし彼は憂鬱な表情のまま周りを眺めていた。
最初彼独りだったこの空間も、気付けば至る所に人がいる。自ずと声は大きくなって、今じゃ最初の静けさが嘘の様だ。
集まった人は、上はいい歳した男から、下は現在肩車の真っ最中である女の子まで。ついでに男性女性幅広くと来ている。
因みに、どうして今彼女を肩車しているのかといえば、そもそもこの子は彼が考え事していた時にぶつかっていたらしい。第一印象は最悪だけど、一番近くにいたのがそんな彼だったからと、こっちに向かって走って来たのだとか。
そのまま恐怖や体当たり等で泣いていた女の子をあやしていた際、どうにか泣き止ませた後、何故か肩車をせがまれ、理由を聞けばパパがいないがどうこうだのと要らない家庭内事情を聞いてしまったせいか、小さな罪悪感を感じながら父親の代名詞、肩車をする始末。
きっかけが俺だけに、どうしようもないと分かっちゃいるけどさ……。わーいわーいとはしゃぐ女の子に、彼は女の子の母親が早く引き取りに来てくれないかな、などと思っていた。


「現在一万名。以上を持って締め切りとし、これより選考会を始めるかのぉ」


そんな時だった。機械に読み上げさせた様な、変に耳に残るしわ枯れ声が響いたのは。
がやがやとうるさかった世界の中、嫌な程ハッキリと聞こえた声。他の人にも届いたらしく、喧騒が徐々に収まっていく。
しかし一万名だって? 今の声が正しいのなら、ここには一万もの人がいるのか?
ふと沸いた彼の疑問に答えは出てこなかったが、代わりに真っ白なローブを着た老人が宙に現れた。
長い白ひげに禿げあがったてっぺん。その上に輝く、ドーナツ状のリング。
まるで、お伽噺の神様ルックだ。ただ、あまりにもベタ過ぎるが。


「えー、集まっていただいた皆様に申し上げます。本当に申し訳ないんじゃが、皆様はワシが間違えて殺しちゃいました、てへ」


しわ枯れた声で、老人はコツンと固めた拳を頭に落とした。そういうのは可愛い女の子がやるものであって、決して老い先短そうな老人がやるものではない。
普通ならここでボケた老人に対して突っ込みを入れるべきなのだが、と彼は思うも、だがどうしても言い出せなかった。
言葉に抑揚はある。感情だって感じられた。――――なのに、凄く気持ち悪い声だったから。

それとはまた別に、彼には突っ込めない理由があった。老人が言っていた台詞に聞き覚えがあったのだ。老人の台詞が、多少の違いはあれどネット上の二次創作とかで出てくる、所謂テンプレであると。
彼は、オタクな世界が好きな人間だ。グッズは集めていないものの、アニメやマンガ、小説にゲームが大好きな人間だ。今ではそれらの他に今まで見てきたアニメや小説、ゲームとかの二次小説をパソコンで漁るのが日課となっている。
だからこの様な展開は、液晶パネルを通して良く見て来た。でも、違う。何かが違う。この老人は、何かが違う。

変な違和感が彼の心で蠢くが、他の人は違うらしい。降りてこいだの、いっぺん死んでみる? だのと罵倒している。何故か笑顔のままで。中にはテンプレ乙や、キタコレ転生フラグとガッツポーズを取るのもいた。
各々違う気持ちを抱く彼らに、老人はゆっくりと口を開く。


「本当に申し訳ない。じゃから、今から皆様を転生させようと思っとる。今の空きが『魔法少女リリカルなのは』だけなので、それで勘弁してやくれまいか?」


またも彼の知る決まり文句<テンプレ>を語る老人。それに対する返事は、静寂の後に降りた大歓声。
大きなイエスが所々より沸き上がる。否定的な意見を出す人が、誰もいない。まるで元から『それを望んだ人間』で集められているみたいに。
――――いや、まだOKを出していない人間いた。それは先の違和感が拭いきれずにいた彼であり、異様な光景にビクつく肩の上の女の子。もしかしたら、先の轟音にかき消されただけで他にも否と訴えた人もいるかもしれない。どちらにせよ、この熱気の中でその様な意見を持つ者は少数だろう。


「まずは手元の画面を見とくれ。そこの項目から、好きなものを一つ選ぶんじゃ。それがお主たちの力となる。ただし、一度選んだら戻れんぞ」


なんでさ! 仕様じゃ。
どうでもいいやり取りを聞き流しながら、未だ理解が追い付いていない彼の目の前に半透明のパネルが現れた。思わず後退りをするが、一定の間隔を保ってくっ付いて来る画面。何処かで見た気がした彼は、このパネルが以前見たアニメのものとそっくりな事を思い出した。
先にも述べたが、彼はアニメが好きだ。それのみならず、マンガも、小説も好きだ。その中の一つ、アニメの分野で、彼は老人が転生させると言った『世界』を見ていた事がある。

魔法少女リリカルなのは。テレビでは第三期まで放送された、魔法と出会い、戦い続ける少女たちの物語。そんな作品に出てきた半透明の画面が、今目の前にあった。
嫌でも目に入る三つに分けられた項目は、上から『魔力』、『身体能力』、『どうしようもないおまけ』。
一つは微妙だが、間違いなくチート<反則>を意味する魅力的な言葉たちだ。しかしどうにも気が乗らない。彼はどうでも良さそうにパネルを手の甲で払うが、その指先が一番下の文字に触れた。
ピッと鳴る電子音。次いで出てくるチート能力――――というには、あまりにも酷い候補。


「ははっ、なんだこれ?」


思わず笑ってしまうくらいに、酷い有様だった。
『すごいよたけるちゃん』、『せーぎのみかた』、『にこってしてぽ』、『なでちゃってぽ』、『いたいのいたいのとんでけー』、『ぱんぱんぱんぱん』、『すきまさんぎょう』、『ずーるしき』、『いろはすしき』等々。
どれ一つとして中身が無いように思える、チート<反則>の欄。
『にこってしてぽ』や『なでちゃってぽ』、『いたいのいたいのとんでけー』はまだ雰囲気で分かるけど、それ以外は何? マサルさんにでもなれるのか? レンジャー部隊に入隊? ぱんぱんぱんぱんって手拍子? 八百長の方法でも教えてくれるのか? 後、水はいらん。
何にせよ、これはあんまりである。かといって、一つ前に戻る選択肢はない。後悔先に立たず、だ。
上二つを選んだのであろう周りは、瞳を爛々と輝かせていた。口々にチートどうこうと言っている辺り、相当良かったのだろう。他人のパネル自体が不可視なため、盗み見る事が出来ないのが何とも悔しい所である。

だが触れてしまったものは仕方がない。気が乗らないとはいえ、ここまで来たら最後までやるか、と彼は比較的分かりやすい項目を選ぶ事にした。名前は『いたいのいたいのとんでけー』。
言葉通りなら、たぶん回復系か何かだろう。これなら例え戦場にほっぽり出されたとしても、生きていけそうだ。なんせ、周りもチート<反則>。ぶっ飛んだ腕を一瞬で再生とかやってくれそうだな。
意外にも真面目に選んでいた彼は、自分の考えを自身で肯定するかのように、閉じた画面を見送って頷いた。


「どうよ、お嬢ちゃんは?」


ワクワクテカテカしている他の人に聞くのは嫌なのか、彼は今も頭上で楽しげな女の子に話を振ってみる。
返事は返って来ない。視界に入らない位置な為、悪いと思いつつ彼女を降ろす事にした。
女の子は、何もない場所を突ついて遊んでいた。恐らくは、そこに彼のパネルがあるのだろう。伸ばした人差し指でちょんちょんしているのは、選択しきっていないからか。しかしここまで遊んでいれば、何時かは触ってしまいそうであるが。
軽い体重とはいえ長時間乗せていたために凝った肩を回しながら、彼は静かに苦笑した。玩具<パネル>が無くなったら、また肩車か、と。


「ふーむ。大体決まったようじゃな。ならば――――これより選考会は選定へと進めようかのぉ」


どくっ、と。彼の心臓が高鳴る。
反射的に彼は頭上を見上げた。そこには老人がいる。さっきまでと同じ、変わることのない老人が。


「選定を開始する。まずは属性別じゃな」


老人の口から出た、相変わらずのしわ枯れた声。その声が決定したと同時に、彼の前にいた女の子が姿を消した。代わりに見知らぬ男がその場所に現れる。


「――――え?」


次第に強くなる鼓動。消えた? 代わった? なに、なんで?
手を伸ばしたら届く距離にいたのに、今は誰とも知れない男によって塗りつぶされてしまった空間。そこにいたはずの女の子は、何処かへと消え去ってしまった。
彼は慌てて周りを見る。そこには、依然大勢の人。違いと言えば、まるで固められたかのように集まっていることか。
よくよく見れば、その固まりは数種に分けられている。男女年齢は関係ないようだが、おそらくは何らかの意味があるのだろう。
元よりその場にいた者も、そしていきなり移動させられた者も困惑と疑問を老人へ投げかけるが、それに対する答えは返ってこず、


「七組か、まぁまぁの数じゃの。では仕上げじゃ――――ほいっとな」


やって来たのは、パチンという乾いた音。それが老人の指より出たのと同時、雑音は無音へと変わった。




























「男性が6と、女性が1。バランスが悪い。しかし問題は無い」


果ての見えない世界の中、別れ別れの位置で立つ七人の人。


「訳が分からないなら、答えを。質問は?」


線でなぞれば円となる並びの七人から丁度真ん中に立つ、黒色の人型。白の世界の対極であるからか、不思議と七人よりも存在感が強い。
人型は、両腕らしき線を広げた。まるでかかって来いとでも挑発しているようにさえ感じられる行動に、だが七人の誰もが口を開かない。
人型はかくりと丸い黒の頭を傾げた。


「質問は?」


「…………なら、聞くわ。零から十までの全部を説明してくれへんか?」


「作品を作った」


速答。瞬時にして帰って来た答えに、しかし質問を出した男は凍りつく。
聞き間違いかと、男は金に染め上げた長髪に隠れるこめかみを揉み解した。


「…………もう一度聞くで。これの説明をせぇ」


「作品を作った」


「…………ワレ、ナメとんか?」


「何も。集めた意味も、その結果も、そして今も。全てが作品のための設定。しいてその目的を付けるとするなら――――暇つぶし」


事もなげに言ってのけた人型は絶句する七人を見渡し、のっぺらぼうな顔に吊りあげた三日月を浮かべた。


「そう。これは暇つぶし。SS<サイドストーリ>、FF<ファンフィクション>、二次創作。どの様に捉えようが勝手ではあるが、それの作家を目指した。
設定はこう。作者、つまり神によって集められたのは、数あるサブカルチャーを漁り、中でも『リリカルなのは』に少々でも興味を持った人間一万。その中より人間の性格、行動といった属性を大まかに分け、更にその集合から一人をランダムで選択する。その後キャラクターは『リリカルなのは』の世界へと転生させらる。しかし、神によって『原作の三期』が終わるよりも速く転生者の頂点に立たなければ死んでしまうという呪いがかけられてしまった。自身の未来を勝ち取るため、転生者たちは戦争を始めるのだった。以上が冒頭<プロローグ>だ。
筋立て<プロット>は無い。必要も無い。作品は、最初が決まれば後は勝手に書きあげられていく」


出来の悪い小説家の様なセリフを長々と語る人型。言葉通りであるなら、七人の、いや集められた一万もの人間を自らの作品<オモチャ>に利用した事となる。
当然その意味を理解した七人は激怒した。感情が抑えきれないせいか言葉に回りくどい捻りなどない。七人の気持ちは、一つ。
元に戻せ。その一言だ。


「拒否は認めない」


「人を何やと思っとる! 神さんになったつもりか!」


「拒否は認めない――――作品が作者に歯向かうな」


パチン。真っ黒な指先から鳴った軽い音が、今の今まで抗っていた金髪の男を消し去った。
七人の円が、欠ける。追い打ちをかけるように、人型は指先を空いた空間へ伸ばし、そのまま時計回りに回り始めた。
ゆっくりと進む指先。それに指された残りが、音も無しに次々と姿を消していく。


「あ、あの子はっ!」


そうして最後。ついに残る一人が消される瞬間、人型が動きを止めた。
諦めが滲み出る顔で、男は言った。曲がった前髪を弄りながら、大きく息を吐いて。


「もう逃げられないのなら、最後に…………消える前に聞きたいんだ。あの女の子は…………最初に消えた他の人たちはどこに?」


「言葉通り、先に転生した。移動先は、知性を持たない生物。一般に単細胞生物と呼ばれる。あぶれた存在が作品の邪魔になっても困る」


「なっ!? そんなこと――――」


言いきるよりも速く、残った彼も消え去った。
人型を残して、誰もいなくなった白い世界。人型は一度ぐるりと辺りを見渡し、果てのない天を見上げると、自身も世界の色に塗りつぶされていく。
にやり、と顔に浮き出した気味の悪い半月を残して。



[27097] 『作家のオリジナリティ』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/04/14 15:56
【ひとっつ一人でシッコシコとー、右手ぇよ、これからよろしくなぁ!】


ペインの陽気な卑猥すぎる音頭をBGMに、友人と机を囲む佐竹。
各々持参した弁当箱を突きながら、しかし年齢的にも時間的にもダメすぎる歌声が、佐竹の気力をガリガリ削っていく。それでも顔に出さず友人たちのと他愛無い会話を繰り広げる辺り、彼も相当な猛者である。


「よーし、なら昼休みはサッカーで決まりだね!」


「えー、お外寒いよう。雪も降ってるし」


「子供は風の子元気な子なんだよ! おじいちゃんが言ってたんだから、大丈夫!」


見れば、窓の外ではひらひらと粉雪が舞い落ちている。積もるほどというわけではないにせよ、確かにこの中でのサッカーは寒そうだ。
だがそれでも意見は覆りそうにない。佐竹はおにぎりを頬張りながら、子供の元気について行けていた昔の自分を尊敬した。
そう言えば、と佐竹はふと舞い散る粉雪を見て思い出す。あの時も今日と同じく雪が降っていたな、と。



















リリカル! マジカル! Kill them All!
――第一章 『作家のオリジナリティ』――




















【ぐっもーにん。今年もかったるい一年が始まったぜ、クソガキ。さっさと目ん玉引ん剥いて起きやがれ】


光が視界を埋め尽くす。しばらしくて鮮明になり映し出したのは、板張りの天井。
瞬きを数回。そのまま気だるさの残る身体に流される様にして目を閉じようとして――――佐竹はすぐ様身を起こした。
次いで右を見る。懐かしさの残る勉強机があった。
続いて左を見る。カーテン全開の窓が、雪がちらつく寒そうな外の外気をシャットアウトしていた。
最後に全体を見る。そうして分かったのが、全く見た事のない部屋であったこと。


「何処だ、ここ?」


【テメェの部屋だよ、クソッタレ。ガキが早くも痴呆症とかマジ救えねぇなぁ!】


「だ、誰だ!?」


部屋中眺めた時には誰もいなかった。なのに佐竹が漏らした呟きに、はっきりとした返事が返って来たのだ。
当然、彼はまた部屋の至る所へ目を向ける。しかし誰もいない。

【ヘイヘイヘーイ! 寂しいねぇ、俺っちとの距離がこんなにも近いのに、放置プレイなんて。泣いちゃうっ! マゾなアタシ、泣いて悦んじゃうわっ!】


「だから、誰だよ!? 何処にいる!?」


【ドコぉ? ココだよココ。ビクビク震えたドブネズミの様なテメェが、俺だ。
まーずは自己紹介。俺は痛覚遮断ツール。テメェが自分で選んだ相棒<チート>。親しみを込めて『ペイン』とでも呼んでくれや。
俺のコト忘れた、なんて言わねぇよなぁ? たーしか、あん時の俺ぁ『いてーのいてーのぶっ飛べや』だったっけかぁ?】


そんなの知らない。反射的に言いかけたそれを、佐竹は内に飲み込む。
近い言葉なら覚えていた。その名は『いたいのいたいのとんでけー』。彼が回復系か何かと思って選んだ、能力<チート>だ。
その力を思い出せば、ぞくぞくと現れる記憶の数々。いつの間にか連れて行かれた白い世界。一万という大量の人間。そして、その白い世界で浮き彫りだった黒い人型。
知らない記憶もある。見知らぬ老父夫婦と過ごす自分。幼稚園児と戯れる自分。教材と黒板に睨めっこをする自分。


「てん、せい?」


【なんだよ、しっかりがっつり覚えてやがんじゃねぇかぁ! おせぇよ、チンカスが。そんじゃまっ、次はテメェの番だなぁ】


「俺の番?」


【自己紹介だよ、バカチン。世の中の常識ほっぽり出して、この先やっけてんのかぁ? そんなんじゃ女とヤりまくれねぇぜぇ?】


お前にだけは常識云々を言われたくない。二、三話しただけではあるが、痛覚遮断ツール<ペイン>と名乗った存在に対して、佐竹は心の中で突っ込む。

ギャハっ、と耳障りな笑い声が聞こえた。


【酷いねぇ、そんなコト言いやがってぇ。でも認めちゃう! 俺っちほど常識離れしたヤツなんていねぇわなぁ!】


「お前、なんで!?」


【あん? 言っただろうが、テメェは俺だって。脳味噌だけでも会話は出来んだよ。つーまーり、秘密は全部モロチンってことだわなぁ。
んなコトより、さっさと次に進もうや。チュートリアル始まってワンクリックしかしてねぇよ。テメェはカメか? アリか? ミジンコですかぁ?】


「チュートリアル?」


【だから口に出さなくても…………ああ、メンドクセェ。んでよ、チュートリアルだがな? ソイツで言うところ、今は『さっさと起動ボタン押せやボケ』ってトコだなぁ。んで、次は「お手持ちの機材をじっとりねっぷり視姦しな」だ】


一々台詞がうっとおしく感じるが、佐竹は大人しく頷く。こんな最低家庭教師でも、今は最高のお助けマンなのだから。


【続けんぜぇ。さっきも言ったが、俺ぁ痛覚遮断ツール。装飾、武器、操作、欠損、寄生、器官、液体。七つのツールの内『寄生型』の俺が持つ機能は、テメェの『痛覚』をぶった切るコトだ。
手足をノコギリでチョンパっても、腹掻っ捌いて臓物ぶちまけようとも、精肉機にドタマからぶち込んでも。その気になりゃ、麻酔無しでも手術可能だってわけだなぁ。なんせ、『いてーの』は一生『星空の彼方』にすっ飛んじまったんだから。
もし気になるなら、試してみな。AVは百聞しても一見しなきゃ抜けねぇぜぇ!】


ほれほれ、と促すペインに、佐竹はとりあえずと定番の痛みを感じてみる。
しかし、何も感じない。相当な力で頬を抓っているのに、触れているのも分かるのに、何ともなかった。


【痛覚ってのは身体の出す危険信号って言われちゃいるが、それを遮断しちまったらイロイロとヤベェんだわ。今のはさほど気にするこたぁねぇけどよ? 内側の損傷、分かりやすく言やぁ盲腸とかの痛みも分からねぇ。ドシカトが当り前だ。
なら後は悪化してくたばるのがオチ。そんなんが反則<チート>だなんて、正直ネタにしかなんねぇわなぁ。ぶっちゃけ、ただの『無痛症』だしよぉ。
――――ヒャハッ! しっかし、ちょーこえぇ能力<チート>だわなぁ! なんせ、生も死も実感がねぇ。気付けは棺桶の中ってのもあり得る話。そんなテメェに救いの女神! とりあえず、その辺は気にすんな。俺がテメェのバイタルを適当に教えてやっからよぉ。なんたって、俺の相棒だからなぁ!】


「…………そりゃ、ありがとよ」


【ハッ、テメェのためじゃねぇよ。俺がやりたいからやんのさ―――――ツンデレ乙とか言うんじゃねぇぞ! 分かってて言ってんだから!】


あー、はいはい。頭が痛くなるような汚い笑い声を上げるペインをあしらって、しかし佐竹の表情が晴れる事はなかった。
長々と痛覚遮断ツール<ペイン>の説明を聞かされたが、まだ続きがある事を知っている。自身を転生させた人型の言葉を確かめるため、佐竹は重い口を開いた。


「あいつは言ってた。『原作三期』が終わったら死ぬとかって。それは本当なのか? それに、あの時いた他の人たちが単細胞生物に転生されたとかってのも」


【正しくは、『原作三期』が終わる前に他の転生者をぶち殺さなければ、だけどなぁ。次はその話でもすっか。後、タンサイボウ? 知るかよ、そんなん。どうだっていいじゃん?】


「どう、だって? いいわけが――――」


【あんだよ。いいかぁ? テメェは死ぬ。このままだと、間違いなくポックリだぁな。他の転生者がどんなモン持って来たか知らねぇけどよぉ、これだけは言える。テメェよりも反則<チート>らしい能力<チート>だってなぁ。
だから、一々そんなドコの誰とも知れねぇヤツらの行く末を思ってる暇があんなら、何よりも生き残るコトを第一に考えなぁ!】


そーれーにぃ、と間延びしたペインの言葉が次を紡ぐ。


【テメェはただの作品、オリジナル。ガタガタと文句言える立場じゃねぇんだよ。
一万集めて、キャラ選んで、反れたのはゴミ箱に、残りは異分子に。そう決定したのはドイツだぁ? 答えは作者! ポジションは全知全能なゲテモノ神サマ!
ヤロウにとっちゃ、テメェらなんぞただの文章でしかねぇんだよ! 豪遊しまくりのビリオネアーズだろうが、ガキの気まぐれで踏み躙られるアリん子だろうが一緒。
全員等しく単なるチリ紙の上で踊る文字<傀儡>。だからどう扱おうがお上の勝手ってなぁ!】


命の価値。今まで良く考えた事もない値段<命>だが、それでも佐竹にだって分かる事がある。
ふざけるな。縮めれば、それが一番の気持ちだ。
理不尽に集められ、気ままに生を決められ、挙句が作品となって他の転生者<人間>を殺せ、でなければ勝手に死ぬ、である。
認めない。認められない。出来るわけがない! 嫌だ! 俺は!
繰り返す否定の嵐。廻り廻る反対の渦。


【おいおい、ヤク中か? キメ過ぎてトリップしやがったよ。こんなんで生きてけんのかぁ?】


もううんざりとばかりにぼやいたペインの言葉すら、佐竹の頭には入ってこない。


【しょーがねぇなぁ。――――いっぺん、死んでこいや】


バツン。ブレーカーが耐えきれずに落ちるが如く、佐竹の意識が闇に落ちた。




















あれから数時間が経った。次に佐竹が目を覚ました時、そこには見知らぬ、しかし先に見た記憶の老婆が立っていた。
明けましておめでとう、黛。そう言って彼女は手に持った可愛らしい封筒を彼に渡して、そのままリビングへ連れて行く。
そこで待っていたのは、老婆の夫らしき老人と、豪勢なおせち料理。
まだ寝ぼけていると勘違いされたのか、老婆は佐竹を席に案内するものの、当然彼が料理に箸を付けることはない。
不思議に思う老夫妻だが、佐竹はそんな二人に無言で席を立つと、足早にさっきの部屋へと戻っていく。黛! と叫んだ老婆の声が届いたとしても、振り返らずに。

返って来て早々、ベッドに飛び込んだ。布団の触感が眠気を誘う事はない。


【ちったぁ目ぇ覚めたかぁ?】


この声が原因だ。痛覚遮断ツール、ペインと名乗ったこの不可思議が、佐竹の意識を落とさせなかったのだ。
ペインの言う通り、確かに佐竹は落ち着いていた。完全に、とは言い難いが。
それでも質問くらいは出せる。そうしていくつか問い、得たのが疑問の答え。

佐竹自身に実感はないが、『寄生型』故にペインは彼と同化している。佐竹が思考のループに埋め尽くされ、その意識を刈り取れたのも同化しているからこそなせた技だとか。
先の老夫婦にしても、そうだ。佐竹芳郎、清子。生前と同じ名字の『佐竹』夫妻は、この世界において彼の親となっている。
佐竹の記憶には無いが、自身を生んだ両親は既に他界しているらしい。ペイン曰く、もう必要がないから。

0からのスタートは、神の作品にとって邪魔な時間。それ故に彼を生み、母親の母乳を必要としなくなったその瞬間から、役目を果たした父親共々『不幸な事故』で死んでしまったのだ。
おそらく、その頃の佐竹が幼すぎたため記憶に残らなかったのだろう。佐竹は、巻き込まれた両親へと両手を合わせた。が、心が籠った冥福ではない。
巻き込んで、ごめん。
記憶になく、触れあった事もない両親へと贈れるのは、祈りではなく謝罪だった。

もちろん、老夫妻の存在意義もある。『子供一人で生きていく事は不可能』という理由だ。こちらは中学卒業と同時に『不幸な事故』が決まっているらしい。なんとも理不尽過ぎる内容に佐竹は吼えるも、ペインには『どーでもいいじゃん』と一蹴されてしまった。
ちなみに、佐竹が生前の『佐竹黛』としてこの世界に転生、或いは憑依したのは、身体が九歳の頃である。『原作』は高町なのはが九歳の頃に始まった、というのがその理由だ。
理不尽だ、と佐竹が嘆いたのはもう一度や二度ではなかった。


【さって、長話もいよいよフィニッシュだなぁ! ハデにイク準備は出来たかぁ?】


「いや、まだ聞きたい事あるって。お前のことは分かったけど、その時に『寄生』だなんだって言ってただろ?」


【あー、アレねぇ。装飾、武器、操作、欠損、寄生、器官、液体。俺たち能力<ツール>の形だよ。どんな形状かは知らねぇがなぁ? そんな形をしてるってことだけは分かってんだわ、これが。
当り前だがよぉ、他んトコも知ってるぜ? 俺らツールは運命の赤い糸で繋がってんだからなぁ! まっ、安心しな! 分かんのは存在だけ。居場所や素性その一切も以下同文でファッキン・ジーザス!
目当てのビッチを捕まえれるかは、テメェ次第ってこった。んじゃ、もういいな? さっさと最後をキメちまおうやぁ!】


「最後?」


【おうよぉ! 俺たちゃオリジナル。だからこそ、誰も知らねぇオリジナリティを武器にぶっ殺し合うのさぁ。ソイツは魔法。ハッ、この世界<原作>らしく、一等ハデな魔法を創んぜぇ!
いいかぁ? 魔法は魔法でも、最強のオリジナルだ。ミッド? ベルカ? アルハザード? んなモンが束になっても勝てねぇ、無敵の魔法だ。痛覚がぶっ飛んでるテメェの使える、唯一の魔法を今から創り上げんだよ!
覚悟はいいかぁ? アヒャ、ヒャハッハァ!】


覚悟。あらゆる場面で強いられる心構えを、しかし佐竹は決めていない。
今でも彼は思う。わけも分からず転生させられ、殺し合えと言われ、はい分かりました、などと意識を殺戮に向けることなど出来はしない。
けれど。佐竹は覚悟を決めた。己なりの、貧相な覚悟を。


「…………やるしかないんだろ? 生きるために、死にたくないから」


生きたい。死にたくない。
格好は良くない、だが生存本能から見れば納得のいく理由。それを心に、佐竹は決めた。
俺は、生きたい。地べた這いずってでも、死にたくない。


【イイ返事だよ、チクショウめっ! なら愛の営みをヤっちまおう!
キーワードは『痛覚』だ。昨日の夕日に特攻しやがった『痛み』が、テメェの牙だ。創造しな! 身を捩っても消えねぇ、一生分の『激痛<魔法>』をなぁ!】


「分かった――――ああ。それと、もう一つ。ずっと言い忘れてたことがあった。
俺は佐竹黛。お前の相棒として、これからよろしくな」


【ヒャッハァ! ああ! 末永く、よろしく頼むぜ、相棒!】


互いの名乗りを終えて、ようやく相棒<パートナー>となった一人と一機。
それでも原作<リリカルなのは>は、まだ始まってすらいなかった。






前回は一人称でしたが、今回は三人称で仕上げています。
ただ、なぜかほぼ同じ内容にも関わらず、こちらの方が文章が短くなっているという。
…………頑張れ、自分。



[27097] 『作家のオリジナリティ・2』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/04/19 11:16


持久走。それは冬のテンプレと名高い、体育の定番。
縮かむ手足。震える全身。しかし有酸素運動による火照りが心地よい。
だからこれは、持久走のせいだ。女子生徒一同が身に纏う体操服の、特に男のロマン<ブルマ>を見ての興奮じゃない、と佐竹は熱い息を吐きながらノルマを完走せんと走り続ける。
しかしその息すらも欲情しているかのように感じられ、汚れた大人だなぁ、と自身を嗜めた。


【いいねいいねぇ! ナイス・ブルマ! ロリ・ブルマぁ! バックショットもイイ! 上着からのチラリズムもたまんねぇ!
そんな俺っちは断然急進派! あらゆる色がジャスティス! ジークブルマ! VIPは世界を救うんだぜぇ!
しっかし、なんで勃たねぇ。ここはいきり勃つのが男でしょうよ!
…………答え? んなもん決まってらぁな! むっちんボディにしか反応しねぇから! ギャハハハッ!】


訂正。全部この馬鹿野郎が悪い。
後一周となった持久走の最中、佐竹は自分が間違っていなかった事にほっとするのだった。



















佐竹がこの世界<リリカルなのは>に転生してから一ヶ月。彼は人生二度目の小学生という奇妙極まりない生活を演じていた。
『演じる』というのも、彼は見た目こそ何処に出しても文句のない子供だが、中身は成人式で酒に溺れた事もある兄ちゃんである。
そんな彼が正しく小学生になれるだろうか? 当たり前だが、不可能だ。

子供と大人の差。身体的特徴や精神構造など様々だが、今回の場合は後者が挙げられる。
アニメではまるで大人とさえも思えてしまう子供たちだったが、現実は違う。
50分間の授業こそ真面目に受けているものの、いざ昼休みに突入すればフリーダムなキラ様へと変身してしまうのだ。

この学校は給食制でなく弁当持参が主なため、昼休みも90分と少々長い。
一限開始が8時ジャスト。そこから授業が終わるたびに10分の休憩兼準備時間を挿み、12時の鐘と同時に四限が終わる。
そこから90分間が、飯及び遊びの時間となるのだ。

彼の通う聖祥大付属小学校でも他と変わらず最速でご飯を平らげ最高速で遊びに行くのが主流のようで、晴れならば寒さ関係無しに鬼ごっこしよう、サッカーやろうぜ、という元気ハツラツっぷり。
雨天でもその元気は相変わらずだ。廊下を走るな! という教師の制止を振り切って学校一の廊下最速を競ったり、机を使った危ない跳び箱を始める始末。
これが女子生徒含みの大騒動ならまだいい。が、しかしここはやはりアニメ<二次元>が元。影響力はちゃんと生きていた。
一部の生徒が持つ異常な大人っぷりに他の女子生徒も感化されたのか、結果としてある式が出来あがる。

早食い+馬鹿騒ぎ=男子生徒。
それを見ながら、或いは埃が立つと文句を言ってのお昼ご飯+世間話=女子生徒。

なんとも男子諸君の地位が低い気もするが、むしろこちらこそが本当の小学生と思いたいところである。そしてそんな小学生を演じている佐竹は、毎日のように辺りを走りまくっているのだった。

さて。ここで気になる『一部の生徒』だが、もちろんの彼女たちだ。
かの有名なハデス、または魔王などという末恐ろしい名前で有名な少女と、その友人である大富豪二人。
高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずかの仲良し三人組である。
この無駄にハイ・スペックな彼女たちのせいかは知らないが、ともあれ先の様な式がある以上佐竹の『静かな一時』は夢のまた夢だろう。

しかし、何故彼がその様な面倒をしてまで学校に通っているのかといえば、理由として二つ。
一つは八歳までの彼。一つは転生者捜索と、その対応だ。

前者は、まだ『佐竹黛』という精神がこの世界に来ていなかった頃の事。知らぬ内に通っていた小学校<聖祥大付属小学校>が原因だ。
しかし生まれが海鳴で且つ一番近い小学校がこことなれば、いた仕方ない。深く考えるならば、おそらくは作者<黒い人型>によって仕組まれたのだろう。
だがこの先一番危険な主人公の巣に何時までも通おうなどと思えるはずが無く、彼も当初は退学を念頭に置いていた。
その考えが変わったのは、ある博打を思いついた事。その内容とリスクを照らし合わせて悩む事冬休みいっぱい。最終的に博打らしくコイントスによって、学校に残る事を決めたのである。

その博打こそが、後者の理由だ。
この世界に転生したのは、佐竹を含めた男6人に女が1人。ランダムで選ばれたとはいえ、アニメ<二次元>の世界に来た以上『オリ主願望』があると見ていい。そう考えたのだ。
オリ主。いわゆるオリジナル主人公だが、彼らの基本的な思考構造は『ヒロインに近付き、シナリオを描き変える事』である。
他に『原作に関わりたくない』といったのもあるが、どちらにせよ多数の二次創作において先の思考が有名なため、その様に行動する転生者がいないとも思えない。
故に、佐竹は聖祥大付属小学校に通う事を決めたのだ。先手を取るために。

とはいえ、この選択はかなりのリスクを背負う。
仮に彼同様最初から学校に通っていた転生者がいたとしても、怪しい動きを見せる生徒がいれば、要注意人物として警戒すればいい。

だから佐竹は、狸になった。葉っぱ一枚で全てを化かす、化け狸に。
そしてその化ける対象が、現在彼が演じている『モブっぽい小学生』である。

『モブ』であるという事は、原作にいて、しかしいないのと同義。木を隠すなら森の中、というやつだ。
ならばこそ、出来る事がある。関係ないと見せかけて、虎視眈眈と相手の背中を刺すチャンスを得る事が。
思わず、見つけたぜ…………このゲームの必勝法をなぁ、なんて何処かの天才嘘吐きを真似たのは、きっと悩みすぎた時間の長さからようやく手に入れた武器に、舞い上がってしまったのだろう。

そんな必勝法だが、その実穴だらけではあった。
まず周りの評価。
変わり過ぎた場合、あの子変わったねー、なんて噂されれば、それを元に探られてゲームオーバー。
これには冬休み中に返されていた通知表と老夫婦の反応を参考にしたため、佐竹自身もある程度は大丈夫と踏んでいる。
昔より触れ合っていた老夫婦。忙しい中でもしっかりと生徒を見ていた担任が彼の長所短所を細かに書いていた通知表のおかげで、それなりの演技が出来るようになっていた。

次に、彼自身の欲望。
彼もまた、数ある二次創作を経て『オリ主』に憧れた一人だ。となれば、やはり原作ヒロインと仲良くなりたいし、彼女に、果ては嫁にもらいたいなんて思ったりもする。
なのだが、いざそれを実行すれば、間違いなく勘付かれてあの世行き。

更には、同じ考えの転生者がいた場合。
考えなしに『オリ主』を目指す転生者ならまだしも、彼と同じく演じてまで素性を隠す様であれば、もう手の打ちようもない。精々が、化かし合いに勝てるか。それカギとなるだろう。

これら全てにおいて、佐竹の行動が自身の命運を決める。一つでも間違えば、待つのは敗北<死>のみ。
いかにその後発生するであろう戦闘での立ち回りが良くとも、十中八九返り討ちだろう。『痛覚』だけを武器に勝てるほど、佐竹は転生者を甘く見ていなかった。
ペインと出会った時に創り上げた『魔法』があるとはいえ、それは少々決め手に欠けていた。どう頑張っても、相討ちになってしまうのだ。
意表を突く事に特化しすぎているため、それを生かせなければ勝利はない。
だからこそ最後の決め手となる武器は、ちゃんと制服の内ポケットに入れている。『隠す』事を第一にしているため、刃物ではないが。

あらゆる対策を考え、拙い策を練り、命を代価<チップ>に勝負に出た意味は、もちろんあった。
小さな可能性に全てを賭けた結果は、今日この瞬間に達成されていた。










「ああ! なのはたんの荒い息が聞こえるよ! アリサたんのナマ足がおいしそうだよ! すずかたんのブルマがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!
…………だがモブ。テメェはダメだ」










医者も匙を投げだしそうなほどに救いようのない変態チックな台詞を叫びながら、最後尾を元気よく走り続ける男子生徒。
上着に書かれた名前は、ヒラルガ・サイトーン。他で口々に飛び交うあだ名らしきものは、エロ犬。
だが、正直佐竹にとってそんな情報はどうでもよかった。


「おお…………見ゆる、見ゆるぞ! なのはたんのパンティを今、俺は透視したぁ!
色はピンクで間違いなし! 飛行中のモロ見せシーンだってピンクだもんねっ!
ああ、夢が広がりんぐっ! 転生ありがとう、マイ・ゴッド! 羨ましいだろ、単細胞諸君!
見てな! ハーレム王に、俺はなる! フヒヒっ、調子こいてサーセン。
…………だからモブ、テメェには用無いの。ハウスっ! シッシッ!」


原作の設定通り運動が苦手な高町なのはの後ろ5m辺りを、彼女のペースに合わせてストーカーも真っ青の大胆行動を取るヒラルガ。
嫌がりながら、しかしノルマを達成していない高町は走る事を止められないために、若干涙目になっている。
最初は【エンジェルどもを溺愛してるだけのモブかも知れねぇじゃん?】とありもしない可能性を述べたペインだが、この様を見ても同じ事を言えるわけが無く、お手上げとばかりに、ファックファックと無駄に汚い言葉を連呼する始末。
いずれにせよ、ここまで来ればはっきりとする。エロ犬ことヒラルガは、間違いなく『転生者』だということが。

未だおほほぉ! とエキサイトしているヒラルガ・サイトーンと佐竹が出会ったのは、意外にも今この時が初めてである。
高町なのは御一行と同じクラスであった彼とは違い、ヒラルガは隣のクラスにいたのだ。それが今回、三学期最初の体育での事。隣と合同で行っていたこの授業のおかげで、彼らは出会う事が出来た。もっとも、一方的に、と付くが。

しかし、なんだこの変態は。
人となりを知るため、佐竹は同じクラスらしき男子生徒にそれとなく話を持ちかけた。すると悲しそうに顔を伏せる男の子。しばらくして、あいつは僕の親友だったんだ、と話を切り出した。

男の子の話を聞く内に分かったのは、そもそも『ヒラルガ・サイトーン』という名前からして違うということ。本名は中村勇樹らしい。
そんな中村勇樹が『ヒラルガ・サイトーン』として変わったのは、年明けてすぐの学校からだ。

男の子が新年の挨拶をかねて声をかけたら「ふん、ジャリボーイめ」と、まるで人が変わったかの様に冷たくなった彼がいた。
言動や行動は確かに一緒だというのに、数ヶ月前までは確かに親友だったのに、冬休みが終わった後の中村勇樹は、男の子の知る『中村勇樹<親友>』とは別物になっていたのだ。
男の子自身も驚きはしたが、以前の様に「へいへい、どうした親友ポジション! 暗い顔すんなってばよっ!」と気さくな彼が出てくるだろう。そう思っていたのに、しかし返って来たのは「普通オリ主は主人公と同じクラスで親友とまでいかなくても友達は確定だろ! なのになんでモブが!」なんて言いながら突き飛ばされるという、認めたくない現実であった。
以来、男の子と中村勇樹は親友ではなくなった。同日、中村勇樹は教壇の前に立って宣誓を行う。自分は『中村勇樹』でなく『ヒラルガ・サイトーン』だ、と。

ゆっくりとヒラルガに対する情報を出してくれた男の子は、だがまだその時の事を引き摺っているのか、会話の後半から瞳が潤み出していた。そんな彼をあやしながら、佐竹はありがとう、と言ってその場から離れると、また別の生徒を捕まえて聞き込みを始める。
調査を開始する事数分。先の男の子の証言を除き、何よりも大きい成果といえるのは、ヒラルガの生態と、『ツール』の事だ。

曰く、いつもエッチな事を口走っている。
曰く、高町さんやバニングスさん、月村さんを狙っている。
曰く、毎日お姉さん指に趣味の悪い指輪をしている。
曰く、力が凄く強くて、小指一本で逆立ちをしていた。
曰く、ただの馬鹿。あいつ嫌い。

最後はただの悪口だが、中でも『趣味の悪い指輪』というのが一番注目すべき点だろう。
佐竹はようやくゴールした高町とその後ろのヒラルガを見て、鋭く目を細める。距離があるせいでしっかりと見えはしないが、確かに彼は指輪を持っていた。人差し指でなく、ネックレスの様にして首からかけられていたが。
おそらく体育中に指輪などしていれば教師よりお咎めがあるだろうと踏んで、ネックレス状に変えたのだろうと推測する。どちらにせよ、怒られるのは間違いないが。
何にせよまだ確実に決まったわけではないが、毎日付けているらしい『趣味の悪い指輪』、そして年齢に対して異常な身体能力。以上より『装飾型で身体能力関係強化のツール』であると見ていいだろう。

その様に結論付けると、佐竹は次の問題点を挙げる。ヒラルガはなぜここまで自身を曝け出しているのか、という点だ。
果たしてヒラルガ・サイトーンは自覚無しに自分を見せびらかす馬鹿なのか、それともその事すら囮に他を誘っているのか。
未だ底の知れない相手なだけに、佐竹も出方を考えざるを得ない。つまりは、現状最善の手は様子見だった。


【あっそ。まだ殺らねぇんだなぁ? いいぜ、相棒。そのチキンっぷりは一級品で最高級だ。
だけどよぉ? 勝負所を見極めなきゃ、くたばんのはテメェだぜぃ? その辺キッチリ考えて潰しに行きなぁ!】


ペインの乱暴なアドバイスを心に留めつつ、佐竹は高町に寄ろうとして彼女の友人より罵声を浴びせられているヒラルガを見ながら、ぐりぐりと前髪を弄ってため息を吐いた。





















「おい、モブ。お前、俺のキューピッドになれ」


「えっ?」


それは体育の時間が終わり、更衣室で着替えていた時の事。
上着のボタンを止めていた佐竹に、へらへらと笑いながら近寄って来たのは転生者。ヒラルガ・サイトーンだった。


「えっ? じゃないよ、まったくもう。いいか、よく聞けよジャリボーイ。
お前は俺の恋い焦がれるヒロインたちと同じクラスだ。そんなお前と俺は、今から友達になる。
そうすると、俺はいつだってお前のクラスに行けるわけだ。なんたって『友達』だからな。
そうしてお前のクラスに行く口実を得た俺は、晴れてマイ・スッウィーツ・エンジェルちゃんにアタックが出来るようになるのさ。
今までどうやって彼女たちに接触しようか考えてたけど、やっぱこれが一番いい作戦だな。流石俺、そんな策を思いつくなんて痺れる憧れるぅ!
…………で、どうだ? 嬉しいだろ? お前の様なモブにだって、原作に関われるんだからな」


果てしなく上から目線で、且つ自分勝手な言い分を佐竹に言い放つヒラルガ。未だ理解出来ない状況に、佐竹は目を白黒とさせる。
そんな彼に業を煮やしたのか、ヒラルガは佐竹の肩に手を置いた。貼りつけた笑顔は、狂喜さえ感じさせる。


「いいよな? むしろ拒否権なんかやらん! でも優しい俺は、お前に最後の決断をやろう。
答えは『はい』か『Yes』でどうぞ! シンキング・タイム10秒で始めいっ!」


【ヒャッヒャッヒャッ! いや、まったくオモシレー展開になって来たなぁ! いっそのコト、このゴミッカスを利用死ねぇかぁ?
他の同類らにもイイ刺激になって、チラホラとツラ見せ始めっかもよぉ?
どっちにしろ最後にただ一人相棒が生き残りゃいいんだからなぁ。使えるモンは骨の欠片血の一滴まで使い潰して即廃棄ぃ!】


威圧するかの様にギリギリと力が込められ軋みだす肩。いたいいたいと泣き言を言いつつヒラルガの手を払いのけようとしながら、佐竹はペインの出した案について検討する。
確かに、ペインの言う事も一理ある。原作に登場しないヒラルガが主人公の周りをしつこくうろつく以上、誰が見ても転生者なのは明らかだ。故にそのまま潰し合う事もあるだろう。
加えて、仮にヒラルガが死んだとしても相手の出方が知れるのは、メリットとして大きい。あわよくば能力<チート>や思考構造が分かるやもしれない。
デメリットとして、ヒラルガと同類<転生者>と思われる可能性もあるが、そこは何とかなる。
普段を知る周りの評価。そして今も尚同じ転生者である佐竹を見抜けないヒラルガ。バレる事はあれど、その確率が格別高いとは言い難かった。
良くも悪くも五分。勝負に出るには少々苦しいが、それも佐竹にとっては今更だ。生活全てがギャンブル。もう後に引けないなら、賭けるのも悪くない。


「う、うん! よく分からないけど、よろしくね!」


「はっはっは! いい子は好きだぞ! モブだけど!
じゃあ握手と名前を呼んでみよう。友達ってのはそこから始まるって魔王も言ってるからな。
俺はヒラルガ・サイトーン。ハーレム王になる男だ、覚えておきな!」


「ぼくは佐竹黛。えっと、夢はサラリーマンになりたいな」


サラリーなんて夢無さ過ぎっ! なんて大口開けて笑うヒラルガに、佐竹は愛想笑い交じりでその手を握り返した。
精々俺の役に立って死ね。無意識に心の奥底で邪悪な笑みを浮かべながら。




















ヒラルガ・サイトーンと偽りの『友達』となってから、はや数ヶ月。春休みも終わり、桜舞う新学期は始まった。
時同じくしてアニメ<原作>の幕も上がる。いや、もう『上がって』いる。


「なのは? 暗い顔してどうしたの? この間のフェレットがどうかした? それとも、あのヒラルガ<バカ>のせい?」


「にゃっ!? ち、違うよ、アリサちゃん!」


残像が見えるほどに激しく両手を左右に振りながら、いつものにこやかフェイスで否定する高町なのは。
そんな彼女の首には、本当に僅かだが制服の襟の内側に茶色の紐が見え隠れしている。
近寄った上でじっくりと見ない事には分からない小さな異変に、しかし佐竹は気付いていた。近寄った上で、気付かれないようじっくりと確認していたのだ。

全ては、先ほど高町の親友『アリサ・バニングス』が言った『フェレット』から始まる。
つい最近、高町なのはは件の『フェレット』、正しくは変身魔法によって姿を変えていた『ユーノ・スクライア』と出会った。
彼がこの世界に来た事を、佐竹も感じ取っていた。なんと彼にもユーノが出した念話が聞こえたのである。
転生者らしく標準装備だったリンカーコアに、ちょっぴり喜んだのは言うまでも無い。
しかしその後の【魔法の同時使用はムリムリダメダメひぎぃ! 出力底辺残念無念また来週だなぁ】というバイタル管理者<ペイン>の詳細すぎる情報により相当凹んだのもまた、言うまでも無い。

とまあ、こうしてリンカーコアの存在を知ってしまった以上、一層原作主人公に関われなくなってしまったのだが、悲しい事に佐竹は大馬鹿野郎<ヒラルガ・サイトーン>の友達だ。
彼の自由気ままな迷惑行動によって、否応無しに関係を持たされてしまったのである。


「ねぇ、佐竹。アンタってアイツの友達なんでしょう? アンタから言ってやってよ。こっちは迷惑してるんだって」


一応弁解させてもらうなら、佐竹は一度たりとも自ら進んで彼女たちにアクションをかけた事は無い。毎度毎度向こうからやって来ているのだ。
内容は主に愚痴ばっかり、ではあるが。

あり得る話であった。あの変態<ヒラルガ>を見て、触れて、話して、彼女たちが嫌悪感を抱かないわけが無い。
遠くから見ている感じ、ヒラルガの彼女たちに対する対応は佐竹たち『モブ』と違って無駄に紳士的である。
しかし如何せん欲望の強い彼の積極的過ぎたアピールは、見事なまでに空振り。結果、惚れられる所か軽蔑されてしまっている。アリサ・バニングスに至っては、まさにゴミを見る目だ。悪臭を放つ、と頭に付けてもいいだろう。
その尻拭いが全て佐竹に回って来ているのは、まさに悪夢だ。このままでは要注意人物としてターゲットされるのも時間の問題である。
おのれ、ヒラルガ・サイトーン。これが狙いだったのか! イライラを隠さないアリサに向けて、佐竹はため息を吐きながら前髪を弄くり回した。


「ごめんね。ぼくも言ってるんだけど、聞いてくれなくて」


「もうね、ほんっと迷惑! この前なのたたちとフェレット見つけた時もアイツいたし!
後ろから忍び寄って現れるなんて、ストーカーよストーカーっ! なのにどーしてあんなに頭いいのよ!
全科目100点以下取った事無し! 冬休みの読書感想文は金賞! 内容凄過ぎて代筆だって問題にもなったくらいだし!
神様は才能を与える人間間違い過ぎよ! もっとちゃんと選択しなさい!」


「ストーカは言い過ぎだよアリサちゃん。…………でも、そう言えば私の家に無断で入って来たこともあったし…………本当にストーカーなのかな?」


眉を八の字に曲げ、不安そうに身体を小さくするのは月村すずか。
しかしヒラルガは本当に自由過ぎる。自身が熱を持って唱える『ハーレム王』になるよりも速く、ブタ箱<牢屋>に突っ込まれかねない所業だ。
そんな彼の愚痴を話していれば、やはりというか本人が現れるもの。ガラガラピシャーン! と大きな音を立てて教室の扉が開かれた。


「おーい、まっゆずみくーん! お前の親友ポジションがやって来ましたよー! って、おおうっ! そこにおわすは我が姫君たちではありませんか!
いやいや、今日もいい天気ですね。一緒に屋上でランチ・タイムなど如何でしょう?」


「うげっ、また来た」


歪み出したらもう止まらない顔をそのままに、アリサはぶらぶらと自分の弁当箱の包みを揺らしながら近寄って来たヒラルガを睨みつけた。
高町・月村ペアを守る様にしてヒラルガの前に立つ辺り、彼女の強気で思いやりのある心を感じられる。


「何度も言ってるでしょ! 私は、なのはとすずかの3人で食べるの! アンタは佐竹と一緒に食べてなさいよ! 友達でしょ、このバカっ!」


友達だけどそれは上辺だけだぞ、アリサ・バニングス。頼むから俺にあの変態を押しつけないでくれ。
佐竹の願いを余所に、液体窒素よりも冷たい彼女の言葉で「くっはぁ! 釘みー、もっと俺を罵ってぇ!」なんて身を捩りながら悶えるヒラルガ<変態>は、しばらくそうして、その後何事も無かったかの様に取り繕う。
当然、それまでの彼を見ていた佐竹ら4人の顔は引きつっていた。


「ふっ。怒ったあなたも美しい。いいでしょう、今日は引きます。
愛を育む時間はまだタップリありますからね。ええ、悲しくなんてありませんともっ!」


出てもいない涙を拭い、爽やかなスマイルを彼女たちに魅せ付けるるヒラルガ。
もう定番となったやり取りなだけに、アリサは親友たちの手を引いて、一刻を争うが如く足早に教室を出て行った。
ちゃっかり空いた手に弁当箱の入った包みを持っている辺り、しばらく帰ってこないだろう。両手がふさがっていたアリサの分を月村が自分の物と一緒に持っていたので、ほぼ間違いない。

取り残される佐竹とヒラルガ、そして他の生徒たち。
どこか殺伐とした空気の中、ヒラルガは佐竹の対面にあった椅子に腰かけ、腕組み足組み小首を傾げて一言。


「俺、本当にオリ主だよな?」


間違いなくオリ主です。嫌われキャラの、オリ主です。
何を今更なこと言ってるんだと思いつつ、佐竹は自分の弁当を机に広げ、中のいい男子生徒たちを近くに集めた。
精神年齢が低くとも今は同類な彼らを集め、他愛ない話題で盛り上がろう。
仕方ないなぁ、と苦笑気味の友達を周りに、佐竹は弄っていた前髪をピンっと弾いて、ため息を吐いた。

佐竹の小さくも特上の願いが叶う事は無い。故に、さっさと飯を食って走り回るのが、今の最善だ。










こうして過ぎていく佐竹の現実<世界>。その中に死の匂いは、まだ無い。
だが一歩、また一歩と確実に死は歩み寄っていた。


次の日。佐竹はようやく自分の置かれた現実<コロシアム>の在り方を、本当の意味で思い知る事となる。







復活のお祝い、ありがとうございます。
お礼に応えようと必死こいて執筆していますが、時間が足りん…………。
読者の方より以前のデータを貰ったのはいいんですが、それを使って尚この時間消費とは、なんとも情けないですなぁ。

頑張れ俺、速さを手に入れろ。



[27097] 『作家のオリジナリティ・3』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/04/23 11:18

「臨時ニュースをお伝えします。海鳴市において殺人事件が発生しました。
妻の明智和美32歳と小学生の長男明智一真9歳を包丁で刺したという事により、警察は殺人の容疑で会社員、明智吉隆容疑者35歳を逮捕しました。
逮捕容疑は本日午後8時35分ごろ、海鳴市内の犯人宅で、母親の胸を包丁で一突きした後、長男を別の包丁で切りつけた様です。なお、長男は包丁の刺し傷の他、全身、特に顔面への暴行が酷く、頭部が陥没している様です。
明智容疑者は殺人について『あのガキの笑い顔にいらいらしてやった。だからソイツをかばった嫁ごと殺した。後悔はしていない』などと供述しており―――――――」




















いつも通りのHR。朝の清々しい空気を胸一杯に、気持ちの良い一日の始まりを迎える。なのに、それが今日に限って暗い感情が教室中を漂っていた。
全ての生みの親は、教室の担任である女性教師。いつもは柔らかい色のスーツが多い彼女も、今は一転して黒一色。所謂喪服である。

始まりは5分前。
毎日変わらない馬鹿騒をしながら担任を待っていた佐竹たちは、始業のチャイムと同時に入って来た彼女に目を剥いた。
全身黒尽くし。普段は「今日も元気に行ってみよー!」なんて言いながら入って来るのに、今日の担任は無言で教卓に立つ。
一体何事か? そんな空気が充満する中、担任は重い口を開いた。


「今日は皆に大事なお知らせがあります。冬休みからずっと休んでいた明智一真くんが…………お亡くなりになりました」


悲痛な面持ちで死を語る担任。その言葉が教室に浸透し、だが誰一人として声を出さない。
佐竹もその一人だ。しかし彼の場合少し違う。『明智一真』という、このクラスであった生徒が誰だか分からなかったのだ。
元より持っていた記憶を掘り返しても中々出てこない少年の姿。そんな生徒の死を突然告げられて、困惑していたのだ。
もっともそんな困惑を抱いたのは彼一人。他の生徒は、明智が『死んだ』事に対する純粋な戸惑いだ。


「昨日のニュースか今日の新聞で知ってる子がいるかもしれないけど、昨日明智君は不幸なことがあって…………天国に行っちゃいました。
だから今から1分間、天国に行った明智君に黙祷を捧げようと思います。
皆、目を閉じて明智君のこれからを祈ってあげてね。…………それでは、黙祷」


担任の瞼がかけ声と同時に閉じる。釣られて他の生徒たちも黙祷を捧げ始めた。
遅れて佐竹も目を閉じるが、それはよく知らない明智一真に送るための黙祷ではない。
彼の死が、どうしても引っかかっていたのだ。

今彼がいる世界の元は『リリカルなのは』。魔法が飛び交う世界だが、それでも海鳴で『人間』が、それも高町なのはの『クラスメート』が死ぬ事はない。
『リリカルなのは』の元である『とらいあんぐるハート』ならまだしも、だがそれにしたって奇妙な出来事なのである。
過ぎていく1分という時間をどこか長く感じながら、佐竹は帰ってテレビと新聞を独占する事を決めた。




















待ちに待った放課後。今日ほど佐竹の演技が乱れた日は無かった。
周りは所詮子供。そんな彼らに生と死の意味がしっかりと理解出来ているわけがなく、最初は陰欝としていたとしても、昼を過ぎればいつも通りの風景が返って来ていた。
そんないつも通りに溶け込む以上、佐竹は少なくとも学校内にいる間だけは明智一真について考えてはならなかったのだ。
とはいえ、そう簡単に気持ちの整理を付ける事など出来なかった佐竹は、知らずの内に彼を思い出しては何度も話を無視してしまっていた。
あの変態転生者ヒラルガ・サイトーンにさえ「どーしたんさ? 今日は一段と心ここにあらずって感じだな? もしや俺のワイフたちに惚れたか!? 許さんぞ貴様ぁ!」などと変な誤解を生みさえしている。

しかしそんな学校生活もようやく終わった。悩みから解放されるのは近い、かもしれない。
また明日ー、と元気よく別れの挨拶をして、校門を出る。いつもの様に帰り道が一緒の男子生徒と共にいるが、今日ばかりはこのゆっくりペースがもどかしい。
結局、彼はトイレに行きたいから、という何の捻りも無い言い訳を残して、走り去るのだった。

疾走する事数分。少々乱暴に玄関を開け、靴を脱ぎ散らかしたまま佐竹はリビングに直行した。
もっと静かに! とコタツより叱責を飛ばす老夫妻に短く謝りつつ、テレビのリモコンを老婆より奪い取ってチャンネルを回す。
だが、望みの番組は見つからない。どこを探しても、運の悪い事に別の内容を映していた。
仕方なくリモコンを老婆に返して、今度は新聞に手を伸ばす。そこにはデカデカと『殺人』の二文字が一面を飾っていた。
もちろん内容は昨日の事件。佐竹は逸る気持ちを抑えながら、細々とした文字に目を通していく。


【なになにぃ? ガイシャは包丁で一突きとメッタ刺しかぁ! おいおい、中々にスプラッタじゃねぇかぁ! いいねぇ、ソソるねぇ!】


寄生しているためか視覚も共有しているペインが、ゲラゲラと楽しそうに笑う。人の死を笑うペインを非常識且つうっとおしく感じ、佐竹は身体に根付く同居者へと口を閉じる様に命令した。


【なんだよなんだよ、そうカリカリすんなっての。そんな相棒に嬉しい情報だぜぃ。
コイツは間違いなく転生者。それも、一等哀れな死に様の大バカ野郎だぁ!】


「マジか!?」


思わず出た声。慌てて口元を押さえるが、老夫妻はいきなり大声をあげた佐竹にため息を吐いて、茶をすするとテレビへと視線を戻す。
流してくれたならよし。そう割り切って、彼はペインに話の続きを促した。


【まぁずは、ソコだ。『明智容疑者の供述』ってのを見なぁ。お次はお隣の『長男は虐待を受けていた様でー』っつー部分だ】


言われ、すぐ様その項目を探し出す事数秒。いやに詳しく書かれた内容に目を通した。
まずは容疑者、明智吉隆の供述。内容は『あのガキの笑い顔にいらいらしてやった。だからソイツをかばった嫁ごと殺した。後悔はしていない』というもの。
続いて視線をずらし、被害者の状態について書かれた部分を見る。注目するは、長男の被害状況だ。


「全身を包丁で切り付けられ、至る所に青痣の痕。特に頭部の損傷が激しく、骨が折れている。また、舌には虐待の延長かピアスを付けられていた様子、か」


【そう、そのピアス! 前に言ったコト覚えてるかぁ? 『俺ら』には『装飾型』のヤツがいるって話をよぉ。
それがコイツの舌ピーだ、間違いねぇ。なんせ『型<ツール>』の1つが一切反応ねぇかんなぁ】

嘘だ。佐竹は間髪いれずに言い返した。彼の中で『装飾型』の転生者はヒラルガ・サイトーンだったからである。
しかし他の誰でもないペイン<相棒>の言葉だ。ヒラルガ・サイトーンが『装飾型』であるという思い込みが間違いである事など明白である。
まさか相棒に嘘を言うはずが無い。となれば、次の疑問が浮かび上がる。
『型<ツール>』の反応が途絶えた事を知らせなかった理由。そして明智一真がなぜ『父親』によって殺されてしまったのか。
出て来た問いをペインにぶつければ、返って来たのは相変わらずの煩い笑い声だった。


【なんで言わねぇ? だって聞かれなかったもーん、なんてコトは置いといてぇ。実際『型<ツール>』の1つがロストしたんが分かっても、どれが消えたかまでは分からねぇんだわ。
転生者脱落! でもどのタイプが分かりません! なんてクソ情報に意味ねぇだろ?
その点、コイツはイイ。ひっじょーに親切ご丁寧で腹が捩れそうだぁ!
ガキの『笑顔』ってのを見てみなぁ! テメェのガキ笑うの見て殺したくなるクレイジーがどこにいやがる!
まぁ、いるトコにはいやがるんだろうけど、コイツらは違ぇ! 全くの真逆! 書いてあんだろぅ? 近所の評判は絵に描いた仲良しこよしのクソッタレだとよぉ】


確かに、記事にはその様に書いてある。明智家は昔から周りの評判がよく、いつも仲睦まじい家族である、と。
しかしその評判は、今年一月辺りから180度反転し始めた。
夜間絶え間なく聞こえる父親の罵声。金切り声をあげる母親。幸福な一家の姿は、跡形も無く消え去っていたのだ。
とはいえ、これだけではまだ足りないのも事実。リストラなどで苛立った上、抑えきれなくなった感情が引き起こしたとも考えられる。

そんな佐竹の反論に、しかしペインは鼻で笑う。


【いんや、この自滅は長男のガキ<転生者>が原因で間違いねぇ。俺を選んだ相棒なら、他の選択肢を見たよなぁ? きっとそん中に答えがあるはずだぁ。小さなオツムにきっちり入ってかぁ?】


他の選択肢にある答え。出来る限り思い出したくないあの景色<白い世界>での出来事を掘り返し、そして佐竹は一つの能力<チート>を思い出した。
『笑う』事で異性を魅了する『にこぽ』を意味した選択肢、『にこってしてぽ』である。


【そうそう、それだそれぇ! その答えがこの喜劇のキモで決定ぃ!
相棒も知っての通り、無条件で手に入れた能力<チート>が何の対価もなしなワケねぇコトくれぇ分かるわなぁ?
相棒のすっ飛んだ『痛覚』しかり。このカスが手に入れた『笑顔』しかり。
例えば、相棒の場合だぁ。お前さんの対価ってのは、どっかの世界に置き忘れた『痛覚』が引き起こす弊害全て。バイタルは俺様が管理してっからヨシとしても、他はどうだぁ?
分かりやっすいのだと、飯食って感じる『辛さ』だなぁ。ありゃ『味覚』じゃなくて『痛覚』で感じるもんだぁ。つまり、相棒は『痛覚』がねぇから一生『辛さ』とは無縁なワケだなぁ。他にも適当に探してみな。イロイロ出てくるかもよぉ?
――――さぁさぁ! 突然のチキチキ、クイズターイムっ! 問題、デデンっ!
相棒の対価がハッキリしたトコで、今度はこのゴミクズの番だぁ! 『にこぽ』ってのは異性を『笑顔』一つでベタ惚れさせる夢の様な力<チート>ですがぁ、なら同性に向けた場合どうなるでしょーか! ヒントは異性がS極、同性がN極でハウマッチっ!】


SとNの極。佐竹は磁石に例えられたヒントを糧に、答えを導き出す。


「――――まさか」


そうして出た答えは、到底信じられない、いや信じたくない事実。
佐竹の心を読み取ったペインは、歓喜の笑いを響かせる。意味するのは、正解。









【はい、正解正解だいせーかいっ! 答えは『ぶっ殺してぇ』でしたぁ! 『にこぽ』を選んだ以上、ハーレムが絶対のゴール。そんなゴールに同性は必要ねぇ。なんせ『ハーレム』だかんなぁ!
つーわけで、とーぜん同性に恨まれる覚悟も出来てんよなぁ? だってその男の彼女も、嫁すらもテメェの『ハーレム・メンバー』に加えちまうんだからよぉ!
ならどうする? どうやってテメェの大事な女を守る? んなもん簡単な話、ヤロウをぶっ殺しゃ解決だよなぁ!】










そんなバカげたことが。佐竹は未だ理解出来ないペインの言に、しかしその能力<チート>を与えた存在を思い浮かべれば、あながち『無い』とは言いきれなかった。
一万の人間を自分の考えた『二次創作』のために好き勝手した存在<黒い人型>である。ならば、話を盛り上げるためにその様な細工をしてもおかしく無い。
佐竹はもう一度新聞に視線を落とした。明智一真が転生者で、それも欠陥『にこぽ』持ちだという前提で読む。
するとどうだろう。残念な事に、どうしても『そう見えてしまう』のだ。

転生者が一人、あっけなく死んだ。その事が佐竹の中で蛇の様に絡みつく。


【わぁったか、相棒? これが俺らの現実だ。今回はバカの血祭りを見ただけに過ぎねぇが、それでも脱落は脱落だぁ。なら祝宴を開かなきゃなぁ!
まずはオメデトウ、佐竹黛。これで後ぶっ殺さなきゃならねぇのは5人のみぃ!
一歩『生』に近付いたコトを咽び喜ぼうぜぇ! おら、酒だ酒ぇ! ギャッハハハハハッ!】


ペインの耳障りな歓声が脳を刺激する。佐竹はそんな声を身の内にしたまま、一目散にトイレへ駆け込んでまだ消化しきれてない昼飯と胃液を全部吐き出した。
緩む涙腺。酸っぱい後味。しかし、それを『苦痛』と思う事は無かった。

されど世界は回り続ける。正しい世界で無く歪んだ世界<異世界>へと。




















次の日。結局あの後自分の部屋に籠り続け、夜もあまり眠る事が出来なかった佐竹は、やつれた顔を無理やり水で洗い流し、気遣う老夫婦を無視して学校へ向かった。
今日の俺は、ちゃんと『小学生』に成れるだろうか。 バッド・コンディションが起こしかねない失敗を憂いながら、一日の始まりを席にて待つ。
そんな心配を余所に始業と同じく入って来た担任は――――またしても喪服だった。

鼓動が早まり、嫌な汗が背中を伝うのを感じる。教壇に立っても黙して口を中々開かない担任に、佐竹は乱れていく精神を沈める事が出来なかった。
そうしてしばらく、担任はデジャビュの様な言葉を放つ。


「また、皆のお友達が天国に行っちゃいました…………本当、どうしてこんなにも子供たちが死んじゃうのかな。
…………皆、今日も1分の黙祷を捧げましょう。祈りを送るのは――――『アリサ・バニングス』さんです」


「…………なん、だって?」


空気が凍てついた。制止した世界は、佐竹の心を蝕んでいく。
あり得ない、そんなハズない! 彼女が死ぬわけがない!
ガタっと席を立って一部の注目を集めながらも、佐竹は気にせず教室中を見渡す。だが、いない。何度瞬きを繰り返そうと、何度目を擦ろうと、彼女<アリサ・バニングス>の席は空席だった。
それを裏付けるかの様に、啜り泣く声が四方より聞こえて来る。中でも一番大きく響いているのは、高町なのはと月村すずかの声だ。


「アリサちゃん、そんな、どうして…………」


「アリサちゃん…………うぅ、ぐすっ」


佐竹の様な演技などではない、本物の、心の底から悲しみ涙を流す二人が、現実を見よとばかりに彼を責め立てる。
一体何が起きているのか。脱力してぺたんと椅子に落ちた佐竹は、戸惑いの矛先をペインへと向けた。


【なんでも俺が知ってると思うなよなぁ。毎晩ノンストップでフィーバー出来っけど、知らぬ存ぜぬなコトくれぇあらぁ。
んでも納得しねぇってなら、こう思っとけ。こりゃ『神様のイタズラ』だってな】


「いた、ずら?」


【おうともさぁ。神様のお・た・わ・む・れってヤツぅ? つーか、声出てんぞ? おーい、聞こえてっかぁー?】


運がいい事に佐竹の口から漏れた言葉は、教室中の泣き声によってかき消されていた。だからといって、何かが変わるわけでは無い。
未だ認められないといった様子の佐竹に、ペインはわざとらしいため息を吐いた。


【あんなぁ、相棒。でもそれ以外に世界の法則曲げてまで殺す意味あっかぁ?
思い出せよ。ここにいる『俺たち<転生者>』は、皆してこの世界<リリカルなのは>のファン。
なのに、自分からそこのダッチ・ワイフをグチャる必要性がどーこにあんだよ、ええぇ?】


佐竹は、否定出来なかった。それはつまり、認めてしまったという事に他ならない。
もし仮に原作キャラに恨みを持っていたりするのならば、この様な結果を生む事もあるだろう。だがいくらその意味を探っても、鬱憤が晴れる以上のメリットが無い。
原作は破綻し、知識の有用性は薄れる。それこそ、転生者を『殺す』事しか脳になければあり得ない所業である。
思えば、殺されたのが『アリサ・バニングス』というのも不思議な話である。
原作に出てはいるが、彼女はある意味『モブキャラ』だ。魔法を使う事も無ければ、戦う事も無い。巻き込まれさえするものの、それだけだ。
だからこそ、佐竹は断言した。この何の意味も無い殺しを、自分たちはしていない。仮に殺す事があったとしても、それはもっと先の未来。A’s<二期>かStrikerS<三期>。早くても管理局が現れてからだろう、と。


「は、ははっ」


うな垂れて見えない佐竹の顔。その表情は、笑み。黙祷と悲しみが渦巻く教室の中、ただ一人目を閉じて笑っていた。


「いいさ、上等だよ」


佐竹が気にすべきは自分の命。転生者を殺す立場である以上、他人の命に意識を割いてはいけない。
しかし、神様<黒い人型>によって『殺し』を宿命付けられた彼にも、捨てきれない望みがあった。

その名は『欲望』。

きっかけは、転生者ヒラルガ・サイトーン。
彼の変態ぶりが佐竹と彼女たちを引き合わせ、主な内容が愚痴とはいえ知り合いとなった。
佐竹にとって、これだけでも最高に嬉しかったのだ。原作主人公と関われないもどかしさが、ここに来てようやく癒されたと歓喜したくらいである。
普段は他の転生者から狙われる日々に怯えていたが、心のどこかでは彼女たちと触れ合える事が、堪らなく嬉しかったのだ。
不可能だと諦めた光景。出来ないと夢物語にした現実。それが叶った瞬間だったのである。


「もう、分かった」


だが、見事に砕け散った。この先、高町なのはと月村すずかは彼女<アリサ・バニングス>の死を引き摺って生きていくだろう。
しかし世界は歩みを止めない。主人公は21のジュエルシードを集めなければならないのだ。
彼女の胸中を察することは出来る。が、佐竹は手を貸すわけにはいかない。
なぜなら彼は――――まだ死にたくないのだから。


「俺は、バカ野郎だったんだ」


長い1分が終わりを迎えた。目を開いた時、その両端から涙が流れていく。
心は決まった。佐竹はもう一度目を閉じて、両手を合わせた。


「…………ごめん」










あれから数時間。学校内の空気は、一部を除いて元通りになっていた。
もちろん佐竹は、今日も元気に校庭を走り回っている。黙祷の際に浮かべた笑みを一杯にして。

ただ一つ。今と違うのは、あの時の笑みは『諦め』であった事だろうか。






きのこ は すばやさが 1 あがった。


感想板に贈られた「すばやさのたね」、使ってみました。
ただ、きっともう無理っす。仕事の休憩時間を利用したのはいいけど、毎度これやったら身体潰れる…………。
ああ、レッドブルが今日も美味い。




[27097] 幕間 『笑顔』 R18
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/05/09 15:16
――――夢を、夢を見ていたんだ。



















リリカル! マジカル! Kill them All!
――――幕間 『笑顔』――――





















「クヒっ」


眩しいランプの灯りが、部屋中を照らす。むせ返る血の臭いを充満させたリビングを。
胸に包丁を突き刺した女性がいた。フローリングに横たわる彼女の瞳は大きく開き、晒した裸体の胸には包丁が刺さり、そこからドクドクと血が流れている。

灯りの下に男性がいた。荒い息。焦点が合っているのか定かでない瞳孔。愉悦に歪んだ口元には、涎の跡がある。

そんな男性の足元に、少年がいた。何度も切り付けられた胴体。傷口は深く、中に収まっていた臓腑が散乱し、それを晒した凶器<包丁>も一緒に転がっている。
血溜まりに沈む仰向けの少年の顔には、男性の足が置かれていた。


「死ね」


ガン。高く上げ、鋭く落ちた男性の足は、的確に少年の頭部を踏みつける。衝撃がフローリングにまで通り、鈍い音が鳴った。


「死ね、死ね」


ガン。もう一度、男性は足を振り下ろした。誰が見ても『死んでいる』と分かる少年に向けて、絶命の言葉を己の足に乗せながら踏みつける。


「死ね、死ね、死ね、死ねっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!」


ガンガンガン。男性は何度も何度も同じ動作を繰り返す。響く鈍音。途中骨を砕いた音がしても、男性は止めない。少年の顔が変形しても、止まらない。狂った彼は、終わらない。

男の名前は、明智吉隆。数時間後、彼はテレビと新聞の一面を飾った。
家族を殺した殺人犯として。



















――――夢の中の僕は、羨望を集めるオリジナルキャラクターだった。


明智一真が目を覚ました時、そこは見知った部屋では無かった。
それもそのはず、彼にとってこの世界は異世界。なぜなら彼は『生まれ変わった<転生した>』のだから。


「リリカル、なのは」


明智はうわ言の様に呟いた。


「リリカルなのは、なんだよね」


今度はハッキリと言葉にした。確かな現実を認めるために。
さっきまで寝ていたベッドの上に立ち上がると、明智は両拳を握りしめる。きつく食いしばった歯を解き放ち、拳を天に振り上げた。


「やった、やったぁ! 僕は転生した! 『リリカルなのは』に来たんだぁ!」


子供特有のソプラノ・ボイスが部屋中を支配する。近所迷惑にも拘らず、だが明智は気持ちを抑えきれなかったのだ。


全ては、彼の記憶から数分前に戻る。
気付けば何処とも知れない真っ白な世界。一年経ってようやく着なれて来た紺のブレザー姿の明智は、突然の事態に怯えていた。
辺りには人がいる。誰一人として知らなかったが、それでも一人では無い。
その事が明智の心を支えるが、しかしそれでも恐怖は拭えなかった。


「どこ、ここ? ここはどこ!?」


うろつく人がいる中、邪魔になるのも気にせず蹲る。視界から世界の白を消し、人を消し、閉じた黒の世界を創り出す。
だが、それでは何も変わらない。目を閉じた先では雑踏が広がり、仕舞いには広い世界も人で溢れていた。


「チクショウ、なんだってんだばぁ!?」


となれば当然、視界も狭くなる。足元など見ている場合ではない。必然、蹲っていた明智に蹴躓く人もいる。
突然の衝撃に驚いた明智は、立ち上がった。ビクビクと震える彼の目に入って来たのは、校章の違うブレザーを着た少年。


「いってぇな、チクショウ! 見えねぇっての!」


「ご、ごめんなさいっ!」


ワックスでツンツンに立てた頭を掻き毟りながら苛立つ少年に、明智は反射的に頭を下げた。
殴られる。また、殴られてしまう。内気で陰気な性格が災いして、学校でもイジり<イジめ>の対象となっていた明智。乱暴な言葉に弱い彼は、いつもの様に押され叩かれ殴られる自分を幻視した。
しかしいつまで経っても暴力は来ない。恐る恐る顔を上げれば、目の前の少年は彼のブレザーを見ていた。正しくは、ブレザーの形や色、校章を。


「へぇ、お前あの進学校の。なんだってそんなヤツがここにいるんだ?」


「わ、分からないよ。学校から帰る最中だったのに、気付いたらここにいて…………」


「あ、オレもオレも! 友達とゲーセン寄ろうぜ、なんて話しながら帰ってる時だったんだ! なんだ、一緒だな!」


バシバシと少年が笑いながら明智の肩を叩く。普段の暴力とは違う、それでも力加減を知らない威力に、明智は曖昧に笑いながら頷いた。
奇妙な縁ではあるが、同じ歳、或いは一歳差である少年がいて、明智は少し嬉しくなった。


「ぼ、僕は明智一真。君は?」


だからだろうか。普段自分から名乗る事が滅多にない明智は、少年に名乗ると、彼の名前を聞いていた。


「ん? オレは池田隆正。タカちゃんでいいぞ! でも池やんはダメだかんな! 小っこいおっさんじゃねぇもん!
でも、いいなぁ。一真かぁ。スクライドのカズマと一緒の名前じゃん! こう、もっと輝けぇ! なんて言ってみ!」


右拳を突き上げて台詞を促す池田に、明智はぎこちない動きで「もっとかがやけぇ」と言ってみる。
様になってないそのモノマネに、池田は首を振って「違うって、こう!」などと二度目を促す。
自棄になった明智は、腹の底から声を絞り出して叫んだ。


「もっと、もっとだ! もっと、か、が、や、けぇ!」


「あっはっは! いいじゃんいいじゃん! ノリが分かってるな、一真!」


「そ、そうかなぁ? えへへ」


脱力気味に曲がった、天に伸びる右拳。輝く事は一度も無かったが、その分彼の表情は煌めいていた。
学校に親しい友達もいた明智だが、その全員が似たような性格の学生。池田の様に明るく、時に無理を言って来るのもいたが、彼みたく共に笑いあって接してくれたのは初めてである。
新鮮な気持ちが胸に広がるのを感じ、明智はもう一度天に右拳を突き上げた。

そんな時である。


「現在一万名。以上を持って締め切りとし、これより選考会を始めるかのぉ」


突如聞こえたしわがれ声。覚えのある台詞に、思わず明智は拳の先を見た。
老人がいる。まるで神様の様な風貌の、老人が。


「申し訳ないんじゃが、皆様はワシが間違えて殺しちゃいました、てへ」


老人が切り出した話は酷く、そして夢一杯の内容であった。
間違えて殺した。だから転生させる。場所は『リリカルなのは』。
最近になって読みふける様になった二次創作のお決まり<テンプレ>が、たった今現実に起きている。
明智は池田へと向き直ると、胸の前で両拳を握った。


「た、タカちゃん! 聞いた、今の! 転生だよ転生! アニメの世界に行けるんだって!」


「お、おお。聞いたけどさ。一体全体なんなのさ? そりゃ『リリなの』は好きだけど、どうしてこうなってんの?」


「知らないの? テンプレだよテンプレ! 二次創作とかでよくあるんだ、こういうの!」


いきなりハイテンションになった明智に驚きつつ、池田は「なるほどなぁ」と言って目を閉じる。
何をしているのか分からずに小首を傾げていれば、急に池田がカッと閉じていた目を見開いた。


「え、なに? てことはなのはやフェイト、八神一家とかと会えるの!? おいおい、マジか!? それって超楽しそーじゃん!」


ヤベェヤベェと連呼する池田に、明智もやったやったと続く。
アニメが好きな明智は、一度でいいからその世界へと行ってみたかった。つまらない現実より二次元の世界へ行けるなら、それほど嬉しい事は無い。
同時に、池田も同じ気持ちであるのが尚良かった。自然と出てしまった内面の秘密を知っても、彼は引かない。むしろ賛同すらしている。薄々と明智自身も感じていたが、池田もまたアニメが好きなようである。
友達になれそう。無意識に、だが確信を持って明智は池田と『友達』になれそうな気がした。


「まずは手元の画面を見とくれ。そこの項目から、好きなものを一つ選ぶんじゃ。それがお主たちの力となる。ただし、一度選んだら戻れんぞ」


歓喜する二人。その間を割り込むようにして現れた半透明のパネルに、大げさな声リアクションで後ずさる。
三つの項目で分けられた画面。神様<老人>の言葉を信じるなら、それらは転生オリ主の特殊能力。


「よっしゃ、ここはいっちょ一番下にしよう! 意味不明なヤツが大当たりってのもあるしな!」


楽しそうに選択肢を速答した池田に、明智は釣られて同じ箇所に触れた。『友達』になれるかもしれない池田と一緒の選択肢が良かったのだ。
しかし、すぐ様後悔する。何これ? と呟いてしまうほどに。

『すごいよたけるちゃん』、『にこってしてぽ』、『ぱんぱんぱんぱん』、『いろはすしき』、『ぽぽぽぽにっぽん』、『すきまさんぎょう』等々。
明智の選んだ『どうしようもないおまけ』の欄に出た、数々の選択肢。何を言いたいのか分からないそれらに、彼はがっくりとうな垂れた。
こんなの嫌だ。明智は別の項目から選ぼうと、戻る選択肢を探す。でも、無い。
当然だ。神様<老人>は『一度選べば戻れない』と忠告していたのだから。


「うはっ、何だこれ!? そんじゃ、どーれーにしようかなっと!」


パネルの裏側で、リズムよく虚空を弾く池田。他人の画面が見られないのか、明智は彼が何を選んだのかが分からない。
先に決めてしまった池田に後れを感じて、明智は焦りながら選択肢を見ていく。しかし中々決まらない。焦燥感が苛立ちを生む。
どれにしよう、どれがいい。急いで上から下まで視線を動かし、ある部分で明智の目が止まった。
『もっとかがやけー』と書かれた選択肢。奇しくも、先ほど彼が叫んだ台詞と一緒であった。


「おっし、一真! 決まったかぁ? って、何も見えねぇし!」


これにしよう。そう決めた矢先、いつの間にか隣に立っていた池田が明智の肩を押した。
バランスが崩れ、取り戻すために両腕をわたわたと振る。ピッと音がした。
あっ、と気付いた時にはもう遅い。パネルは消えて、何を選んだのかも分からず仕舞いだ。


「お、おぉ? どした?」


「タカちゃんが押したから、いつの間にか選んじゃったみたい…………」


「マジか…………そりゃ悪かった! 代わりに、オレの選んだヤツ教えるから、許してくれ!」


パンっと両手を合わせて、めんごめんごと気持ちが籠っているのか怪しい謝罪をする池田に、明智は苦笑いしながら謝罪を受け取った。
決まったものは仕方が無い。悔いが無いわけではなかったが、池田を責め立てようとも思えなかった。
もしかしたら、それが原因で『友達』になれないかもしれない。そう思ってしまったから。


「えっとな、オレが選んだのは『すごいよたけるちゃん』ってヤツだ。だって『タケル』ちゃんは凄ぇんだぜ!」


「誰か知ってるの?」


「知らね。でも、同じ名前のキャラなら『マブラヴ』に出てた! カッコいいんだぜ!
――――そうだ! もし向こうで一真がピンチになったら呼べよな! オレが助けてやる! タケルちゃんだってそうするもん!」


マブラヴ。それが何かは分からなかったが、明智はとりあえず無難な相槌を打った。
結局、池田もまた自身の感性に基づいて選んでいたわけである。もしここで明智も本来の選択肢<もっとかがやけー>を選んでいれば、それこそ『一緒』になれていたのだ。
未だ熱く『タケルちゃん』について語る池田に応えながら、明智は自分が一体何を選んでいたのかを想像してみる。

だが、その様な時間を与えてくれるほど、神様<老人>は優しくなかった。


「ふーむ。大体決まったようじゃな。ならば――――これより選考会は選定へと進めようかのぉ。選定を開始する。まずは属性別じゃな」


景色が一転した。隣にいた池田はいつの間にか消え、そこには知らない大人が立っていた。
追い付けない事態に、明智は池田を求めて名前を叫ぶ。
声は返って来ない。それでも明智は叫んだ。


「タカちゃん!」


――――最終的に、明智は池田に会えた。一万もいた人間が7人となってから。
もっとも、その時の事は思い出したくなかった。『殺し合い』どうこうと言っていた黒い人型の言葉を信じたくなかったのである。
ベッドの上で今にも飛び上がらん勢いであった明智は、そのままドスンと布団の上に落ちた。


「…………気のせい、だよね。殺し合いなんて、あるわけないよ」


【ありますよ? 殺し合い】


声に出して自身に言い聞かせようとした。だから、誰に言ったわけでもない。そんな明智の言葉に、ちゃんとした返答が返って来た。
丁寧な口調で、記憶が『正しい』と断言した声が。

それが明智と彼のツール『装飾型魅了増幅ツール・ニコ』との邂逅である。
同時に、死へのカウントダウンが始まった瞬間でもあった。



















――――でも…………そんな夢は所詮夢<幻想>でしかなかったんだ。


「ほら、カズちゃん。今日はカズちゃんが大好きな海老フライよ」


皿の上に乗った、大きな海老フライが三つ。作った母親の皿にも三つ。仕事でまだ帰らず、ラップを引かれた父親の皿には、一つ。
知らない間に付いていた舌のピアスをもどかしく感じながら、明智はこの世界の母親と二人っきりの晩御飯を食べていた。
もごもごと口の中で舌が動く。異物であるピアスが邪魔だったのだ。しかし外そうとは思わない。このピアスこそが、彼のツール<能力>であるのだから。


「美味しい?」


「う、うん。美味しいよ」


良かったぁ! と満面の笑みで、食事中にも拘らず明智に抱きつく母親。密着といってもいい距離に座る彼女は、明智を解放するとその頬にキスをした。


「ねぇねぇ、カズちゃん」


なに? と母親の方へ向けば、彼女は口に海老フライの尻尾を咥えて明智へと微笑んでいる。
もう幾度となく経験した事だけに、明智は茶碗と箸を机に置いて、母親の咥えた海老フライに齧りつく。
えへへと悦ぶ母親が、恐かった。






















――――現実<本当>はいつも酷くて、悪夢ばっかり。


「止めてぇ! カズちゃんを苛めないで!」


うるせぇ! と怒鳴るのは、明智の父親。視線は鋭く、明智を射抜いている。
隅っこで涙と鼻水を垂れ流し、ガタガタと震える明智。頬は赤く腫れあがり、痛々しい。


「子供だからと甘やかしていたから! 全部コイツが悪い!」


「何よ! 自分の子供なんだから、いいでしょう!」


口論は続く。ずっと続く。毎日、続く。




















――――だから、お願い。


「ああっ! そう、そうよカズちゃん!」


淫らに喘ぐ母親。服を脱ぎ捨て足を広げる彼女の股には、明智の顔。
ピチャピチャといやらしく音がなる。信じられないほどに愛液に濡れた秘所の蜜を舐めながら、明智はそれでも愛撫を続けた。

明智への愛に溺れた母親は、いつしか夜の営みに明智を誘う様になっていた。しかし彼はまだ小学二年生。精通も来ていない彼に、そんな行為<セックス>など出来るわけがない。
それでも諦めない母親は、こうして違う愛の形を彼に強要した。だらしなく緩んだ母親が認められないのに、やはり明智は断る事が出来なかったのである。

いつだったか、明智は母親の行きすぎた行いを拒絶した事がある。口移しによる食物の交換だ。
明智の『笑顔』に堕ちてしまった母親であったが、しかし彼はそうと分かっていたので断った。瞬間、母親は泣き崩れ、仕舞いには包丁にて自殺しようとしたのである。
慌てて止めに入った明智だが、諦めさせるには口移しを許容するしか道が無い。以来、彼は両親との異常な『愛』に呑み込まれていた。

だから今回のも拒否は許されない。すれば母親がどんな行動に出るか、手に取る様に分かっていたから。




















――――僕を助けて。


ストッと。無音で包丁が母親の胸を貫いた。心臓を一突きにされて尚意識が残っていた母親も、しばらくして沈黙する。
はぁはぁと。激しい息切れが響く。殴られて蹴られて、その何撃目か骨を痛めたらしく、明智は片足を押さえて泣いていた。


「お前がいるから、こうなったんだ」


場所はリビング。ダイニング・キッチンなため、凶器はすぐに出て来た。


「お前が笑ってから、こうなったんだ」


ギラギラと瞳に危険な光を灯し、男性は言った。たった今、自分の妻を殺した男性<父親>は。
怯えて声も出ない明智の前に立つ父親。一度彼の顔を蹴飛ばし、仰向けになった所で馬乗りになる。
絶対に離さない。何があっても外さない。両手で万力の如く力を込めて握った包丁を振り上げ――――


「だから、死ね」


――――振り下ろした。


「ギャアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!」


明智の劈く様な悲鳴が轟く。一体どこから出ているのかも分からないほどに掠れ、痛んだ声が。
その叫びを聞いて、父親が笑った。心底楽しそうに、返り血の付いた顔が、笑った。


「お前が! お前がぁ! クヒャ、アヒャヒャ、アハハハハハッ!」


上げては下ろし、下げては上げる。何度も何度も繰り返す。
ザクザクと、服を切り肉は裂け血飛沫が撒き散らされる。その異常な世界で、父親はずっと笑い続けた。


「だ、ずげ……………だ、が…………」


薄れる視界。もう感じなくなって来た激痛。その中で、明智は二度目の人生最後の言葉を残した。
途切れて聞き取る事は出来ない。しかしもしその言葉が繋がっていたら、きっとこう言っていたのだろう。


――――助けて、タカちゃん。



















「臨時ニュースをお伝えします。海鳴市において殺人事件が発生しました。
妻の明智和美32歳と小学生の長男明智一真9歳を包丁で刺したという事により、警察は殺人の容疑で会社員、明智吉隆容疑者35歳を逮捕しました」


忠告はあった。
ニコと出会い、自分たちの置かれた状況、自身の能力<チート>が『笑顔』によって発動する『にこぽ』と聞き、更にたった一つの『魔法』を創った時だ。
欲しい相手に意識して『笑顔』を魅せる事で『にこぽ』の効果を最大レベルまで引き上げるという魔法。
一目見れば一発で離れたくない気持ちを増幅させ、常に共にいたい、一緒に生きたい、そう思わせる心理魔法だ。
高町なのは以下主人公たちは、ほぼ女性。ならば彼女たちを骨抜きにして助けてもらおう。まさに他力本願であるが、『笑顔』という戦闘能力皆無の能力<チート>に、明智はそれ以外に生き残れる道を思いつかなかったのだ。

しかしいざ創造したとはいえ、本当に効力があるか分からない。だから明智は試す事にした。【お勧めはしませんよ?】というニコの制止を気にも留めずに。

身近な女性。自分の母親に使った『魔法』の効果は、抜群であった。
必要以上にくっ付き、常に明智を最上にして行動を始めた母親。最初の数分は魔法<チート>の凄さに感心していたが、それも数時間、数日と過ぎる内に、遂には性交をもせがむ母親が気持ち悪くなっていた。
だが、それも今更。母親は壊れ、通常の『笑顔』を見続けた父親は狂い、ついに明智は殺されてしまった。


「逮捕容疑は本日午後8時35分ごろ、海鳴市内の犯人宅で、母親の胸を包丁で一突きした後、長男を別の包丁で切りつけた様です。なお、長男は包丁の刺し傷の他、全身、特に顔面への暴行が酷く、頭部が陥没している様です」


警告は、遅すぎた。
母親がおかしくなり、父親までもが恐くなった理由をニコに問い質せば、返って来たのは【ですから、異性にしか意味がありません】という理不尽な言い分。
『笑顔』によって惹かれるのは異性、つまり女性のみ。その対極である男性は惹かれるのでなく殺意を抱く。

元より『ハーレム』を作るための能力<チート>であるからして、そこに同性は必要なく、加えてその楽園<ハーレム>の餌食となるであろう女性は、何も一人身だけではない。
例えば自分の母親。例えば誰かの彼女。世界中ありとあらゆる女性が対象なのだ。
ならば、そんな大事な人を取られた男性は何を思う? 誰も彼もが抱くのは『恨み』だ。
ただ、その『恨み』が発展し過ぎて『殺意』まで行ってしまったのは、全てを仕組んだ黒幕<黒い人型>が原因であるが。

今となってはもう遅いが、明智はもっと理解すべきだったのだ。世界について。能力<チート>について。『笑顔<にこぽ>』について。


「明智容疑者は殺人について『あのガキの笑い顔にいらいらしてやった。だからソイツをかばった嫁ごと殺した。後悔はしていない』などと供述しており―――――――」


今日この時、明智一真は世界を去った。
転生して三ヶ月と数日。誰よりも早く死んだ明智だが、その死は次なる悲劇を巻き起こす。


アリサ・バニングス。本来ならあり得ない、彼女の死を。








前回は無かった、転生者一人目の死亡者、明智一真編です。
これを書きたいがために、頑張りました。
しかし、ようやく出せたXXX展開も幕間だし、数行で終わるし、ラブじゃないし…………。
まぁ、作品の性質上仕方が無いんですけどね。



[27097] 『リアル・リプレイ』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/05/02 10:16
アリサ・バニングス。世界的大企業の令嬢が殺されるという事件故に、その情報は各国へと流されている。
報道内容は実に胸糞悪いもので、簡潔に述べれば『凌辱された挙句、殺された』というものだ。
もはや世界は形だけが似た別物へと変貌を遂げた。高町なのはの首からレイジングハートは垂れているものの、もはやこれは『リリカルなのは』などでは無かった。




















リリカル! マジカル! Kill them All!!
――第一章 『リアル・リプレイ』――



















アリサ・バニングスの死を佐竹が知って数日後。今度は高町なのはの父親、高町士郎が意識不明の重体として病院に搬送された。
彼の経営する喫茶店『翠屋』にてのガス爆発。厨房内に漏れていた可燃性ガスが、コンロの火に引火したのが原因と見られている。

きっかけは、とあるパーティ。
高町士郎率いる少年サッカーチーム翠屋FCが、試合に勝利したのだ。その祝勝会として、件の店にてパーティが開かれていた時、その事件は起きたのである。
子供とはいえ、チーム全員の食事を作るのは骨が折れる。始めは高町なのはを除く一家総出で、オーダーを捌いていた。
が、それも一段落ついて士郎一人がキッチン、それ以外がホールスタッフとして前に出た瞬間だ。

厨房より響く轟音。フロアに流れる大量の黒煙。
爆発でスプリンクラーが壊れなかったのは、まさに僥倖といえるだろう。火災はすぐに鎮火し、被害は破損したキッチンと重症の高町士郎ただ一人。
不謹慎だが、最近になって事件が多発し記事に困らない新聞会社は、当然の様に今回のガス爆発事件も詳しく取り上げていた。

普通なら不運な事故と見るだろう。しかし佐竹たち<転生者たち>は違う。アリサ・バニングスの件も、そして何より彼らの知る『あの』高町士郎がガス漏れなどという『簡単な』異変を見逃すとは思えない。
原作<リリカルなのは>も、その大元<とらいあんぐるハート>でも、高町士郎は元SP<セキュリティ・ポリス>。死が常に付きまとう職を経験した人間だ。そんな彼が、ガス漏れ如きに気付かないわけがないのである。

だが、現実は違う。高町士郎は今、生死の境を彷徨っている。
失礼と分かっていながら、佐竹は自分の『ある』記憶が確かなものか確認すべく高町なのはに父親の状態を聞いてみれば、生気の無い瞳で「もう、会えないかもしれないんだって」と教えてもらった。
高町士郎の事も気がかりだが、佐竹はここまで憔悴した彼女がジュエルシードを探しているのか心配になった。

例えば、最近佐竹の住む海鳴市で起きた、大規模な魔法災害。アニメ<原作>を思い出せば、翠屋FCが勝利した日であり、本来の歴史には無い高町士郎が倒れた日の出来事である。
地響きと共に現れた敵は、大樹。運命の女神が守る世界樹<ユグドラシル>といっても過言ではないほど、眼下の人々を圧倒していた。
その大樹も、数分後には幻であったかの様に塵となって消えた。もっとも、その傷痕は確かに残っていたが。

更に、例えはある。月村すずかだ。
高町士郎の時と同じく、アリサ・バニングスが死んで数日後。普段から大人しく、引っ込み思案だった彼女が突然、何かに怯えているかの様な態度を見せ始めたのである。
特に『男』対して拒絶を見せる彼女。だが『女』にもその感情はキッチリと込められている。
親友である高町なのはすらも遠ざけている以上、月村すずかは、所謂『対人恐怖症』を引き起こしていた。
アリサ・バニングスの死をきっかけにしているとしては、少々おかしな話である。不審に思っていた佐竹だが、答えはあっけなく出て来た。

月村すずかに異変が起きてしばらく、いつも変わらないヒラルガ・サイトーンが彼女に情熱的なアピールをしていた時である。
アリサ・バニングスの死には訳が分からないといった様子であったが、次の日からはいつものヒラルガ<変態>に戻っていた彼。
普段を知る者からすれば、これもまた不可思議極まりない。嫁だ何だと日夜叫んでいる人間が、いざその死を告げられて何も変わらないのだから。
そちらについては未だ分からず仕舞いの佐竹だが、そんな彼の思考をぶち壊す異常事態が起きた。
ヒラルガが最近独りでよくいる月村すずかに歩みより、相変わらずの声をかけたその刹那。










月村すずかが、ヒラルガ・サイトーンを『押し倒した』のだ。更にそのままヒラルガに抱きついて、彼の首に噛みついたのである。










あり得ない、と佐竹は思った。いつもの月村すずかからは考えられない大胆な行動に、ヒラルガの『いつも通り』を考える脳がすっ飛んでいく。
頬を上気させながら、淫らに血を啜る月村すずか。じゅるじゅるという音だけが、教室を支配する。
どれほどの時間が経っただろうか。一心不乱に血を飲み下していた彼女はようやく正気に戻ったのか、慌ててヒラルガを拘束から解放する。
そのまま立ち上がるが、そこまでの一部始終を佐竹たち生徒に見られていた事に気付き、死人もかくやというほどの青白さで泣き叫んだ。
伸びた犬歯と口元を流れる真っ赤な血が、一層彼女をお伽噺の化け物へと変えていった。人の血を糧にする吸血鬼<ヴァンパイア>へと。

それ以来、月村すずかは学校へ来ていない。当然といえば当然である。非現実の様な行為を見られて、それでもまともに通学出来るなんぞ、それこそ異常者であるのだから。
その区別が付く以上、まだ彼女は『人間』を捨てていないのだろう。

こうして父は死の間際、親友は一人が死に、一人が狂った。高町なのはがいかに大人びていようと、ここまでの惨事を耐える事など出来ようか。

さて、と佐竹は独りぽつんと席に座る高町なのはから、憎らしいほどに澄み切った青空へと視線を変え、前髪を弄り始める。
笑う箇所など一切無い、駄作過ぎる喜劇。だがその中身に覚えがあった佐竹は、重いため息を吐いた。

『アリサ』の死。『高町士郎』の事故及び瀕死。『月村』の吸血。どれもこれも、全て『とらいあんぐるハート』の設定であった。
しかし一部が違う。『アリサ』は『バニングス』であり『ローウェル』ではない。『高町士郎』も『瀕死』であって、まだ『死』んではいない。
とはいえ『アリサ』が『バニングス』なのに死んでいる以上、『高町士郎』もまた、遅かれ早かれこの世を去るだろう。『とらいあんぐるハート』の歴史<ストーリー>が捻じ込まれているならば、その可能性はこの上なく高い。
ただ、分かるのはそこまで。『とらいあんぐるハート』をプレイした事のない佐竹は、この先あるだろう異世界<原作の大元>の介入について考えるのを止めた。

変わりゆくアニメ<原作>に翻弄されながら、佐竹はそれでも生き方を変えない。遊びの計画を始めた男子生徒を見つけて、彼は席を立った。
最後まで考えるのは、やはり自分の命。まだ死にたくない佐竹は他人の気持ちを知りながらも、心の隅っこに感情<心配>を追いやって、またため息を吐いた。




















とぼとぼと歩く帰り道。一緒に帰っていた男子生徒とは、もう別れた後だ。
このまま帰って、何をしよう。大きめの十字路で暇の潰し方を考えていた佐竹だが、その前を見知った人間が横切った。


「ヒラルガ?」


【おっとっとぉ? 何かおもしれーコトになるヨ・カ・ンっ! ストーカーフラグ乱立だなぁ!】


いつものファニー・フェイスはどこへやら。無駄に真面目な顔付きで、ヒラルガは足早に過ぎ去っていく。
彼の『普段』を知るからこそ、何らかの異変を感じた佐竹は動き出す。信号機の色が青へ変わると同時、ペインの言葉通り追跡<ストーカー>を始めた。

周りに不信感を与えない素早さで歩くヒラルガ。それを懸命に追いかける佐竹。
全く緩まない歩みは、一定のスピードを保ち続ける。慌てて姿を見られる様な失態を気にしながら後を追う佐竹は、額に浮かぶ汗をそのままに、疲れを知らないヒラルガの涼しげな顔を思い浮かべた。

そうして歩く事数分。彼らは公園に辿り着いた。公園にしては結構な広さのあるそこを、ヒラルガは奥へ奥へと進んでいく。
木々によって視界を遮られた、舗装の『ホ』の字も無い場所で、彼はようやく足を止めた。同じくして、ヒラルガの正面にある木の陰から姿を現す一人の少年。

茶色い髪を短めにセットした少年は腕を組んでヒラルガを睨むと、口を大きく開けて叫んだ。


「来たな、転生者! 待ってたぜ!」


「来いって言ったのお前でしょうよ。下駄箱の中に果たし状なんて送ってさ。ラブレターかと思った俺の純情返せ!
…………で、ホイホイ釣られちゃった俺と何がしたいわけ? リアルの阿部さん展開はノーサンキューだよ?」


待っていました。そう言わんばかりに、少年は口角を吊り上げる。
彼はポケットに手を突っ込むと、一つしか押し込む部分の無いリモコンを天に掲げ、腹の底より呼び出した声を『呪文』に変えた。


「これは何だ! リリなのはどこに消えた! チクショウ! オレは認めない! こんな世界、認めてたまるか!
最初から飛ばしてくぜ! 来い! 『00式戦術歩行戦闘機』武御雷ぃ!」


両手を広げて天を仰ぐ茶髪の少年を、紫の光が埋め尽くす。
光が晴れその姿を太陽の下に晒した彼は、もはや『人間』ですらなかった。

全長約18m。ゴツゴツとした見た目は、その実『とある世界』において最高クラスの機動力と運動性能を持つ。紫色のボディと数ヶ所に小さく光る赤色が、天を貫く角と合わさって何とも言えない存在感を醸し出す。
誰が見ても同じ台詞を吐くだろう。これは『人間』などではない。完璧な『ロボット』だ、と。


「黒金猛! お前ら<BETA>を殺すオレの名を覚えておきな!」


唸る駆動音。二股の足が大地を踏みしめ、真っすぐにヒラルガへとチェーンガン<87式突撃砲>の銃口を突き付けた。


「いやいや、何言っちゃってんの? 武御雷? …………ああ、マブラヴ・オルタですか、そうですか――――――――神は死んだ!」


マイ・ゴッド! と頭を抱えて仰け反るヒラルガ。裏の木陰で隠れていた佐竹も、同じ感想を抱いた。
敵にすれば恐ろしい、まさかの展開。『マブラヴ・オルタ』とヒラルガが嘆いた様に、少年黒金猛が操縦するそのロボットは、かの世界<マブラブ・オルタネイティブ>にて世界より高い評価を得た高性能機だ。
『生身』で無く『機械』である敵。ただの一歩で必殺となる相手なだけに、ヒラルガが愕然とするのも頷ける。

だがしかし、黒金は悠長に待ったりしない。武御雷のチェーンガン<87式突撃砲>が標的目がけて動き出す。
銃口の先にはヒラルガ。そして彼を越えた先の木に隠れる、佐竹。
マズイ。佐竹が思った時にはもう遅い。甲高い咆哮を上げて、致死の鉛<バレット>が吐き出された。


「――――――――――っと」










瞬間、世界が銀色に包まれた。










「こらこら、ダメでしょ。そんな大っきいオモチャを人前に晒しちゃ」


やれやれだぜ、と無理な体勢で呟くヒラルガ。衝撃だけでも必殺となりうる弾丸を前にして、自分の失態に遅れて気付き死を覚悟した佐竹は、そしてヒラルガはまだ生きていた。
相手の無様に呆れてため息を吐くヒラルガに、武御雷は器用にも指先を震わせながら、機械化したボイスを投げつける、


「お、お前、今『封絶』って!? 『炎弾』って言ったのか!? なら、これは『自在法』なのか!?」


「Exactly<その通り>! お前だけが『ファンタジー』だと思うなよ?」


ヒラルガは受け答えに銀炎の礫<炎弾>を付けて返す。俊敏な動きでそれを回避する武御雷。だが、先ほどまでの余裕はどこへやら。武御雷を操縦する黒金の焦りが、機械の肌に浮き出ていた。
『封絶』、そして『炎弾』。どちらもこの世界<リリカルなのは>とは違う異世界<灼眼のシャナ>で活躍する異能<自在法>だ。
それはつまり、ヒラルガ・サイトーンもまた黒金猛と『同じタイプ』であるという事。同時に、ヒラルガが『指輪型の身体能力を補助するツール』という説が完全に覆された瞬間でもあった。

けど、と佐竹はふと能力<チート>が決まる選択肢を思い出す。二人とも他の原作を持ちこんだ転生者。ならば一体、何を選んだのか?
魔力、そして身体能力からこれらの能力<チート>は考えにくい。となれば、自ずと答えは残る一つ<どうしようもないおまけ>となる。
その中身は何とも酷い有様であったが、彼らの異能<チート>に当てはまる選択肢があったのだろうか。

佐竹の疑問はすぐに解消した。武御雷と姿を変えた黒金がコミカルな動きで悩んだ末、答えを導き出したのである。


「…………そうか。分かった、分かったぞ! オレの『すごいよたけるちゃん』と同じく、お前は『ぱんぱんぱんぱん』を選んだんだな!
チクショウ! にしても神様め! 『ぱんぱんぱんぱん』で『メロンパン!』を想像しろなんて、んなもん分かるかぁ!
どーもあの選択肢は厄介過ぎる! 分かりやすくしろってんだ!」


「はいはい、ゆとり乙」


うるせぇ! と黒金は安い挑発に乗って弾丸をばら撒く。その全てが銀炎に落とされ、またチクショウと叫んだ。
そんな二人のやり取りを見ながらも、しかし佐竹は思考を別の問題へと巡らせる。

ヒラルガが展開した『封絶』。それがもし彼の能力<チート>が原作<灼眼のシャナ>と同じ『封絶』ならば、こちらの原作<リリカルなのは>に出てくる全キャラクターの天敵へとなりうるのだ。

件の作品<灼眼のシャナ>においてこの自在式<封絶>は、内部の因果を世界の流れから切り離す事で、外部から隔離、隠蔽する因果孤立空間を作り上げるのを目的とする。
そうして世界から断絶された空間では、使用者、その敵、またはその二つに関係する物体以外の動作や意識を停止させるのだ。
故に内部の状況も分からなければ、そもそも『封絶』が展開された部分の出来事を『無かった事』にしてしまうのである。思い出す事も、存在に気付く事すらも無い。

ヒラルガは言うまでも無く、佐竹は間違いなく『関係者』だ。黒金もまたそれに同じ。であれば、それ以外はどうなるだろうか。
もし仮にこの世界自体が『それ以外』に部類されていれば、もはやヒラルガに手を出す事は叶わない。知らない間に殺され、だがその死すらも気付かれる事が無いなど、直死の目を持つ少年の一族にさえ不可能である。
まさに無敵。佐竹は今になってようやく知った。三つ目の選択肢が、本当の意味で『どうしようもない』能力<チート>であると。


【関心してるトコにこんなコト言うんもアレだがよぉ。相棒? そろそろ逃げた方がよくねぇ?
俺は相棒に寄生してる。同化って言ってもイイくれぇだ。だから分かるんだがなぁ? あの武御雷ってメカにゃ『自決装置』が付いてんじゃねぇの?
つーコトは、だ。いざとなりゃ大爆発もあんじゃねぇ? どうなんさ? その辺詳しく、略してkwskでどーぞぉ?】


思いついたままに出て来たペインの疑問。聞いた瞬間、佐竹は踵を返して木々の中を駆け出した。
確かにあり得た可能性である。武御雷以下『戦術歩行戦闘機』には基本的に『自決装置』が付けられている。
この作品<マブラヴ・オルタネイティブ>において『自決装置』本来の用途は、人類に敵対的な地球外起源種<BETA>の現場指揮官的立ち位置である反応炉<頭脳級BETA>の破壊を目的としている。とはいえ、これは取り外し可能故に、なにも本当に自決<自爆>して壊すわけではない。
が、BETAの戦略は物量戦を主としているため、いかに戦術歩行戦闘機<戦術機>が凄かろうと、反応炉に辿り着く前に死ぬ時もある。
ならばと、本来の使用方法を変えた、ある意味正しい使い方をするのだ。
それこそが、自爆攻撃。戦術核に匹敵する破壊力を持った、壮絶な爆発<自害>だ。

一心不乱に壁<封絶>の外を目指す佐竹。滴る汗が宙を舞う。
佐竹とて武御雷に搭載されているであろう自決装置の存在を知っていた。だからどれだけ走ろうと、爆発の前ではそれすら無意味と知りながらも、足を止めない。
封絶の外に出れば、生き延びる事が出来るかも。その思いだけで、彼は走り続けていた。
世界から切り離されているならば、その外は安全地帯とふんだのだ。子供の足でどこまで行けるか。そこが勝負所である。
だが、境界は未だ見えない。佐竹の顔に焦りと諦めが浮上して来た時に、それはついに起きた。
銀の炎が舞い散る世界に、突如轟音が鳴り響く。
鼓膜を破壊せんばかりの音。それが爆発の知らせだと佐竹が気付いた時である。


「ごっはぁ!?」


ゴンッと何かの裏に膝をぶつけ、表に彼の上半身がめり込む。陶器が割れた様な音がそれに続いた。


「これ! 一体どうしたんだい!」


「あらやだ、お茶碗が割れちゃったじゃないの!」


「…………じいさんと、ばあさん?」


銀炎飛び交う隔離世界にいるはずのない老夫婦の声。慌てて伏せていた顔を上げれば、そこには箸を片手に佐竹を心配そうに見ている二人。
佐竹が突っ込んでいた『何か』は食卓だったらしく、その上にはいくつかの単品料理や倒れた湯飲みがあった。


「え? なんで? どうして?」


待て待て、と頭を抱え出した佐竹。彼にすればあまりの急展開に追い付けていないからこその行動であったが、老夫婦にとっては違う。『三人揃って』の飯時、孫が何の脈絡も無しに机へ倒れ込んだのだ。病気か何かと疑って、老婆は箸を机に置いた。


「黛や、どこか痛いのかい?」


「あ、いや、どこも痛くないけど…………」


そうかい? と心配そうな老婆の声は、しかし佐竹の脳に入ってこない。
彼の頭の中は今、複雑に絡み合った電子機器の配線の様に、疑問で埋め尽くされてショート寸前だった。
公園の奥で起きたヒラルガと黒金の殺し合い。そこから逃げていた彼が、どうやったら自宅に帰れたというのか。それも老夫婦の様子から、佐竹を含めた彼らは夕飯の最中だという不可思議。
机に突っ込んだのも、もしかしたら俺は元々座っていて飯を食っていたから? そこにさっきまで『走っていた自分』が戻ったから、こうなった?
まるで時間を巻き戻したかの様な現象故に出て来た予想に、そんなバカげた話があるか、と佐竹は鼻で笑った。


「…………いや、待てよ」


佐竹は『バカげた話』と一蹴した答えを思い返すと、散らばる食器をそのままに、新聞を探し始める。四つ折りにされていたそれを開くと、そこには覚えのある日にちが書かれていた。
それは転生者、明智一真が死んだ日。佐竹の記憶が正しければ、これはあり得ない日である。
彼の記憶では既に明智一真は死んでおり、更にアリサ・バニングスも、高町なのはの父士郎も、月村すずかすらも異常に巻き込まれていた。
しかし新聞が間違っていないとするなら、今日は過去。正しく時間が『巻き戻って』いるのだ。


「まさか…………戻った<ループ>?」


カチリ、と歯車がかみ合った気がした。




















心ここに在らず。大半食べ終わっていた夕食をほったらかしにして、佐竹は自室に戻っていた。先の奇行を見て尚何も聞かずに見送ってくれた老夫婦に心の中で礼を述べ、彼はベッドの上で横になると、目を閉じた。


「なぁ、ペイン。ツールの反応が無い奴はあるか?」


【ハッ! 分かってて聞くんじゃねぇよ! でも言ってやる。答えは『あるワケねぇ』だよ】


「…………なら決まりだな。俺はループ<逆行>したんだ。という事は、だ。黒金の能力<チート>は、これに違いない」


不確定要素が確信へと変わる。
自決装置を押したであろう黒金猛。となれば、黒金猛は死んでいなければおかしい。だが、ペインは誰も死んでいないと言った。なら、残る答えはただ一つ。
黒金猛が死ぬ事で『ループ<逆行>』した。それ以外佐竹は考えられなかった。

黒金の能力<チート>が『マブラヴ・オルタネイティブ』関連である事に違いはない。彼が戦術歩行戦闘機<戦術機>に乗っていたのだから、否定しようがない。そしてその主人公白銀武は、目的を達するまで死んでも『ループする<巻き戻る>』事で蘇っている。
どちらが黒金の魔法かまでは佐竹には分からなかったが、正直そこはどうでもいい。
黒金猛は死して『ループ<逆行>』する転生者。それも、他の転生者ごと巻き込むタイプの。これこそが、佐竹の出した黒金猛の能力<チート>だ。


【ソイツぁ、多分正解だぜぇ。つーコトは、ヤロウがこの世界<リリカルなのは>をぶっ壊したゲスだなぁ】


「…………黒金の対価、か。 だけど、どんな対価<副作用>ならこんな事になるんだ?」


【思い出せよ、相棒。白銀武はループすんのとは別に『因果律』なんつーメンドクセーのを持ってたじゃねぇか。
ありゃあクソ汚ぇスプラッタ・ショーを起こしたよなぁ? なんだっけか? ドタマを精肉機で挽肉? バスケのリングが落っこちてプッチン・プリン?
なんにせよ、白銀武が本来いた『日常<平和>』に『非日常<戦場>』の現実を持って帰って来たら、んなコトが起きたよなぁ?】


「…………てことは、何か? 『そういうこと』だってか?」


【ショーユーコトも何も、それ以外ねぇだろぉ! 黒金猛はこっち<リリカルなのは>にあっち<とらいあんぐるハート>の設定を持ち込みやがったのさぁ!
だぁからアリサ・バニングスは死んだ! だから高町士郎はゆくゆくお陀仏! だから月村すずかは血に狂ったぁ! 結局のトコ、あのヤロウが全部の元だったワケだなぁ!
ハッハァ! 神様のイタズラってのは悪くねぇと思ったんだが、読みがダダハズレじゃねぇか! 俺っち、ぜってー競馬やらねぇ!】


転生者それぞれが持っている能力<メリット>と対価<デメリット>。世界すら狂わすそれらに、だが佐竹はこの現象に感謝した。
アリサ・バニングスが死んだ日に捨てた感情が、彼の心の空欄部分にスッポリと収まる。
にやり、と佐竹の口元が吊りあがった。


「過去に戻った…………つまり俺は、この先を止めることが出来る人間になった。そうだろ?」


【…………おい。おいおいおいぃ! ちっと待てやクソが! テメェ、まさか『動く』つもりかぁ!?
止めだ止め、このミソッカスがぁ! テメェは決めたハズだろうが! テメェの命以外はゴミ溜以下! 生き残るコトが最重要! 他は勝手に死にやがれってなぁ!
なのに! ミジンコ級のテメェが鉄火場行くなんて、ホンモンのバカヤロウだぞ、ああっ!】


「お前に言われなくても、これが悪手だって事くらい分かってるさ。でもどっちにしろ、あいつは殺さなきゃいけない。なら、こっちから攻めるのもありじゃないか。
元通りになったら、俺の知識も役立つし、プラスになる事間違いなしだ」


だから、心配すんなって。そう締め括り、佐竹はよいしょっと布団に潜り込む。
舌打ちして【なら勝手にしやがれ! 俺ぁ止めたぞ!】と不機嫌そうに言い放ったペインは、もう口を挿む事は無かった。





これから始まるのは、佐竹の自己満足。
ペインにはいつか誰かがやらなければならないから、という理由ではあったが、結局の所ただの偽善である。
しかし、佐竹はループして取り戻してしまった。捨てたはずの心を。原作キャラクターに対する、救いの感情<愛情>を。
彼の現状に置いて、もっとも持ってはいけないこの気持ちを、だが佐竹はその救い<悪手>を胸に、明日を待つ。

馬鹿な選択をしたと理解していながらも、やはり佐竹は後悔などしていなかった。





ゴールデンウィーク? 休みなんてありませんが、何か?



[27097] 『リアル・リプレイ・2』 R18
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/05/09 15:19

「今日は皆に大事なお知らせがあります」


佐竹にとっては三度目の、しかし周りの生徒たちにとっては初めての知らせ。全身を黒で統一した担任の口から出るは、とある転生者<明智一真>の凶報。
それを流す様にして聞きながら、佐竹は『まだ』生きているアリサ・バニングスを見て、これから始める善行<偽善>の事を考えていた。



















何をするにもまずは足場から。と思い至ったところで、黒金猛の消息をどうやって探せばいいのか。
時過ぎて、放課後の海鳴市に佐竹はいた。当ての無い捜索は、一切の手掛かりを掴む事無く続いていた。
下手な動きは見せられない。ただでさえ以前とは違う行動故に、佐竹の目的を勘付かれたら、その時点で敗北が決まる。
黒金猛の能力<チート>はまさに反則<チート>。最強のバリア・ジャケット<戦術機>を纏う彼に、正面から向かうなど愚の骨頂だ。
自身の『魔法』を思い浮かべながらも、しかし佐竹は首を振る。『生身』相手には有効でも、『機械』相手には意味を成さないのだ。
なのに黒金を殺そうと画策する自分に、佐竹は馬鹿な選択をしたとうな垂れた。

だが、彼は止まらない。歩きながら考えるは、黒金猛の居場所と殺し方。
ヒラルガ・サイトーンに送り付けられた『果たし状』から、海鳴市内に住んでいるであろう、とまでは分かっている。が、何分それだけしか情報が無い。
まさに八方塞。見た目は子供頭脳は大人と、どこかの天才探偵と条件は一緒なのに、中身<スペック>が全く違う佐竹である。

ちなみに、前回同様果たし状が送られる可能性のあるヒラルガだが、不思議な事に今日佐竹の教室にやって来る事は無かった。
というよりも、ヒラルガの『存在自体』が他の生徒の中からスッポリと抜け落ちていた。

転生者である以上、ヒラルガも佐竹と同じくループ前と同じ行動を取るとは思えない。
しかし、彼は良くも悪くも変態だ。一度とはいえこの世から消えたアリサ・バニングスに会いに来ないわけがない。
なのにいくら時間が過ぎようとも教室に現れないヒラルガ。それが気になった佐竹は、わざわざ彼のクラスに出向いてその姿を探したのである。
だが、ヒラルガはいなかった。もしかして奴も黒金の秘密<因果>に気付いて、動いているのか? そう思い生徒にヒラルガの出欠席について尋ねてみれば、返って来たのは「そんな子、知らないよ?」という言葉に乗せた困惑顔。

ヒラルガは影が薄いのか。もしそうなら、全世界の人間が存在感皆無という事になる。
きっと聞いた生徒が悪かったんだと決めつけ、佐竹がさらに聞き込みを続ける事数人。最後には一番の被害者である『彼女たち』にも質問したが、その全員が返した答えは、やはり「誰それ?」というもの。
ここまで来れば、誰でも分かる。ヒラルガ・サイトーンは自身の存在を『抹消』しているという事が。

ヒラルガは『自在法』を操る転生者。佐竹たち同類<転生者>に『封絶』の持つ拘束機能以外は効かないようだが、どちらにせよ自身を消す事に意味はあるのだろうか。
黒金の影響で佐竹が『ループ』した以上、ヒラルガもまた同じであろう。だが、彼の存在は佐竹以外誰も知らない。

そんなの、まるで『トーチ<燃えカス>』じゃないか。
人間の『存在の力』を喰らった敵<紅世の徒>が、敵<フレイムヘイズ>の追撃を逃れるために作った代替物。それはゆっくりと過去の絆や自己を消耗させ、誰からも気に留められなくなった頃にひっそりと消え、その瞬間まで場に『いた』事を記憶から無くす。
ヒラルガの異能<チート>のモデル<灼眼のシャナ>にある『トーチ』の設定だが、今のヒラルガはまさにその設定通りであった。
だからこそ佐竹もヒラルガの『トーチ説』について考えてはみたが、しかしそれはあり得てはならないのだ。なぜなら、その場合ヒラルガ・サイトーンは誰よりも『死』が身近にある転生者となってしまうのである。

『自在法』は己の『存在の力』を糧として発動する異能。つまり戦う度に底なし沼へ自ら潜り出す様なものだ。
『零時迷子』という毎晩午前0時に持ち主が消耗した『存在の力』を元に戻す宝具があるなら話は別だが、しかしそうだとすれば、今度はヒラルガが自然消滅<燃え散る>事は考えにくい。
黒金との死闘で己の『存在の力』を使い果たしたなら分かるが、ヒラルガとてその様な無様を見せるとは思えない。
だからこそヒラルガもまた死闘の末『ループ』したはずである。なのに、今彼は世界にいなかった。

何故、どうして、と解けない難問に悩まされながら、だがそれを放棄せずに佐竹は解を求め続ける。
もはや目と身体は黒金猛を探していても、それ以外の機能がヒラルガ・サイトーンへの追及へと傾いていた。
ヒラルガは友達って設定の敵だ。チートである以上、間違っても油断していい相手じゃない。その事が佐竹の第一目的を塗り潰していく。

ところで、諺に『二兎追うものは一兎をも得ず』というものがある。同時に二つの物事をしようとして、どちらも成功せず駄目になってしまう、という意味だ。
何が言いたいのかというと、佐竹は両方<二兎>を追うが故に、そもそも黒金猛を探さなければいけない原因となった『彼女<兎>』の事を忘れてしまっていたのだ。


「きゃあ!?」


「うおっ!?」


いつの間にT字路に入っていたのか。視線は常に前を向き、頭の中は別の事を考えていたのが災いして招いたアクシデント。
突如右側より襲い来る人影。そのまま絡み合う様にして倒れる佐竹と誰か。


【右半身、特に頭部と腹部に軽度の打ち身。左肘と膝に、同じく軽度の擦過傷。結論、どーでもいいゴミレベルのケガでしたぁ!】


不幸にして幸い痛覚の無い佐竹はペインの診断にも平然としていたが、悲鳴をあげてぶつかった誰かはそうはいかない。
崩れた時の勢いに、とっさの出来事であるのも合わさって受け身など取れない。その身に降りかかる衝撃は相当なものだろう。


「あ、足が…………くぅっ!」


「大丈夫、か…………」


やはりというか、誰かは代償に足を痛めてしまっていた。
反射的に、佐竹は痛みを感じないのをいい事にすぐ様立ち上がり、ぶつかって来た誰かに手を伸ばす――――途中で硬直した。
小柄な身体を包む白いワンピース調の制服。アスファルトに乱れる長い金糸をそのままに、足首を押さえる少女。
俯いた顔でも、十分過ぎた。着ている服は佐竹の通う聖祥大付属小学校のもので違いなく、その上金髪にしてこの顔立ち。
彼女こそ、佐竹がもっとも忘れてはいけなかった少女<兎>。


「アリサ、バニングス…………」


そう。佐竹にぶつかって来たのは、今日が命日とされてしまった不幸な少女、アリサ・バニングスであった。
よっぽど痛むのであろう。瞳に涙を浮かべ、しかしそれでも歯を食いしばりながら立ち上がろうとした彼女に、佐竹は思わず身を引いた。
刹那、彼の背中が弾力性のある壁に触れる。それが壁でなく人間の身体であった事に気付くよりも早く、佐竹の背後を衝撃が襲った。
鈍い音と共に、前のめりで倒れる佐竹。意識はあった。痛みも無い。だが、身体は動かない。


「ちっ、めんどくせぇ。コイツも売っちまうか」


うつ伏せで倒れた佐竹の背に、男が乗っていた。剃り込みを入れた坊主頭の男は、マウント・ポジションとも称される形で佐竹を押さえ、彼の視界に入る様にナイフを見せ付ける。空いた片手は、ぷらぷらと手招きをしていた。
男の視線の先には、また別の男。佐竹と同じ状態となっていたアリサに何かを押しつけると、彼女はビクンッと大きく身を跳ねさせ、ついに沈黙した。


「やっべ! マジこれやっべ! 一発だよ、一発っ!」


バリバリとまるで玩具を与えられた子供みたく、手に持ったスタンガンを弄ぶ男。先ほどアリサに押しつけたのは、それなのだろう。


「わぁったから、さっさとこのガキにも当てろって! 人が来んだろ!」


「あいあい、分かってますよぉっと。つか、なんでダイは持って来てないのさ?」


「一つありゃ十分だと思ってたからだよ! いいから早くしろ!」


急かす坊主頭の男に、楽しくてしかたがないといった風貌でスタンガンを持った男が佐竹に近寄ると、彼の髪を鷲掴みにしてにへらと笑った。
耳や鼻、唇にまでピアスを付けた男は、佐竹の前で起動させたスタンガンをチラつかせる。


「運が無かったねぇ。まっ、諦めてちょうだい」


十二分に対象の意識を落とすだけの破壊力を秘めているスタンガンが、佐竹の首に押しつけられた。
5万Vの電撃が巡る。相棒っ! と普段からは考えられないほどの必死さを見せるペインの声が遠のいて行くのを感じながら、ついに佐竹は意識を失った。




















坂下大紀と溝端和宏は、所謂街のチンピラ<毒素>だった。
自分が楽しければそれでいいといった、なんとも自己中心的な考えの下、恐喝で資金を巻き上げ、それを元手にギャンブルやゲームセンターなどで遊びつくし、また金が無くなれば他から巻き上げる。
だが『悪』とされる行いは、全て小さなものだった。
万引きはした。喧嘩もした。強盗はまだない。殺人もまだ、ない。
所詮小悪党な二人であるからか、警察に厄介になる事はあっても、刑務所暮らしは未経験。
そんな毎日弱者を獲物に過ごしていた二人だが、ある日坂下は思った。


「毎日毎日…………つまんねぇな」


剃り込みの入った坊主頭をわしゃわしゃ掻きながら、坂下は徐に呟いた。隣でタバコの煙で輪っかを作って遊んでいた溝端が、不思議そうに首を傾げる。


「つまらないって、じゃあどうするのさ? そんな事より、どうよこのエンジェル・リング。俺、ウマくねぇ?」


「それぐらい、俺だって出来るっての。んな事より、カズはどうなんだよ? 毎日小金巻き上げて、遊んで、すぐ金無くなって、また最初に逆戻り。こんな生活、何がおもしれぇ?」


知らないよ、そんなの。大き目に広がった輪に煙の息を通そうとして失敗した溝端は、短くなったタバコをもみ消して新たな一本を漁る。
だが箱の中にはもう残っていなかった。今のが最後の一本だったのである。
小さく舌打ちをして箱を握りつぶし適当に投げ捨てると、溝端は唇に付けたピアスを弄りながら言った。


「じゃあさ。でっかく稼がない?」


溝端は坂下と同じチンピラであったが、坂下と違い様々なコネクションを持っていた。昔の友人がコネの全てであるが、問題は友人たちの所属する組織が真っ黒過ぎた事である。
友人に幾度となく自分の組織に来ないか、などと誘われていたものの、あまりその辺に興味が無かった溝端は全て断っていた。
その誘われた組織の内の一つに、人身売買があった。それを思い出し、溝端は坂下に提案したのだ。

最初は、坂下といえどその案に速答出来なかった。つまらないとは言ったものの、いきなりの悪行レベル・アップに怖気づいたのだ。


「あれ? やっぱ、恐い? だよねぇ。分かる分かる。だって、犯罪だもん。俺だってムショは嫌だしね」


顔には出さなかったが、しかし思いは溝端に的中されてしまった。『犯罪』の基準がおかしい溝端の言であったが、坂下は彼の言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。


「恐い、だって?」


馬鹿にされた。
臆病者、恐がり、チキン野郎。そのつもりがあって溝端も言った訳ではないが、坂下は溝端の『恐い』という発言に反応して、彼の胸倉を掴み上げていた。


「誰が恐いかよ! いいぜ、やってやる! でかく稼いでやる!」


本音は、恐かった。だがそれを口にする事が出来ず、ついに賽は投げられる。


「いやっ! 痛いっ! やだぁ!」


パンパンとリズミカルに腰を動かし、溝端は泣き叫ぶ少女の声に愉悦を感じた。

人身売買。用途は様々だが、どちらにせよ顔は整っていた方が好ましい。特に女なら使い道も多いから、そちらを希望。
友人より聞かされていた人選の下選ばれてしまった哀れな少女は今、服を引き裂かれ、犯されていた。

少女が目覚めた時は、すでに見知らぬ廃ビル。剥き出しのコンクリート壁、散らばる木屑、作業に使っていたであろう機具。
恐怖と先のスタンガンにより上手く動かない身体は、なぜかこの場に不釣り合いな厚手のタオルケットに寝かされていた。


「あははっ! いいねぇ、こりゃ最高だ! 他の女とヤるのもいいけど、こっちもまた別モノだよ、ダイ!」


気付けば、少女は溝端に犯かされていた。もっとも、溝端は元より攫った相手が女性であるならそのつもりであったのだ。
攫うために用意したバンの中、坂下の疑問に「お楽しみに使うんだ」と言って持ち込んだタオルケット。
このためか、と奥を突かれる度苦悶を漏らす少女から顔を背ける様にして、掲げた両手を壁に貼りつけて座る少年へと視線を移した坂下は、溝端と行動を共にしてから初めて彼に恐れを抱いた。


「お、おい。いいのかよ、こんな事やって? コイツ売るんだろ?」


「あぁ? ああっ、いいのいいのっ。どーせ売った後こうなるらしい、しっ!」


坂下の質問に答えながら、溝端は背後から犯していた少女を坂下に見せ付ける様にして持ち上げる。
少女と繋がる溝端の男根。未熟な彼女には大きすぎたそれは、破瓜の証拠と一緒になって血に濡れていた。


「どう? ダイもヤっちゃう? むしろ、ヤらなきゃ損損! 貴重な体験だよ?」


「…………だりぃから止めとくわ」


あ、そう? 拍子抜けとも言わんばかりに呟いて、溝端は持ち上げた少女をタオルケットに降ろし、また腰を打ち付け始める。


「ひぎぃ! あぐっ! や、めでぇ!」


耳を塞ぎたくなるBGMに、坂下は思った。俺の馬鹿野郎、と。
だがもう遅い。溝端の提案を良しとしたのは彼自身だ。その後どの様な事が起きようと、彼は受け入れなければならない。


「…………もう、降りられねぇ。もう、止まれねぇ」


坂下大紀もまた、溝端和宏と同じく紛れも無い共犯者なのだから。




















はぁはぁという荒い声。いやぁ! もうやめてぇ! と泣き叫ぶ少女の声。
それを聞いて覚醒する意識。まだ本調子とはいえずとも、目覚めた視界が己の世界を取り戻していく。
時間経過と共に晴れていく佐竹の視界に映ったのは――――――――白濁の欲望に汚されたアリサ・バニングスだった。


「あ、アリサぁ!」


無残に裂かれた衣服が、内に隠していたアリサの全てを露にしている。
佐竹が目覚める以前からも助けを求めていた彼女の声は、もう掠れきっていた。

無意識に叫んだ佐竹の声に反応して振り返る、まだ20代くらいの男二人。
腕を組んで、どこか悲愴な面持ちで佐竹を睨む坊主頭の男と、首だけを佐竹に向け、尚も行為<セックス>を止めないピアスだらけの男。

これ以上好きにさせてたまるか。
すでに始まっていた惨劇を止めるべく佐竹がアリサを助けようとした時、ようやく自分の両手が文字通り『打ち付けられている』事に気付いた。


【目ぇ覚めた相棒にファッキンな情報だぁ。
現在両手は釘で裏のコンクリに貼り付け状態。数は片手に3つの、合わせて6つ。
出血は見た目よか出てねぇ。骨は貫きやがったが、それ以外の重要な部分に損害なし。
つーわけで相棒よぉ。キリストになった気分はどうでぇ?】


最悪に決まってるだろ!
動く事には動くが、自由に歩くとすれば無理矢理にでも釘を抜くか、完璧に貫通させなければならない。
痛々しいアリサの声と動けないもどかしさがが、佐竹の焦りを増長させていく。


「お目覚め、か。その辺に落ちてた釘打ち機で掌ブッ刺しても起きねぇから、死んだんじゃねぇかと思ってたわ」


「まだ死んでないさ」


「みてぇだな。だからって、何かが変わるワケでもねぇ。黙って売られな。
…………おら、カズ! 遊びは終わりだ! こっちのガキも起きたし、さっさと事進めんぞ!」


「ちょっと待って! 今ヤってる最中!」


「うるせぇ! テメェもう三発ヌいただろうが!」


すぐ終わるから! とラスト・スパートをかけた溝端に、坂下はため息を吐いて佐竹へ歩み寄った。
見下ろした先には、じたばたと足をばたつかせる佐竹。距離を取ろうにも貼り付けられた両手が邪魔をして、結果この様な醜態を晒す始末であった。


「…………うぜぇよ。じっとしてろやっ!」


無抵抗の佐竹の腹に、坂下の足が突き刺さる。


「おっ、グうえェ」


【腹に打撃と圧力のダメージ。骨に影響はねぇ。ヤロウ、手加減しやがったな。
まっ、そのおかげで助かったみてぇだが、この調子じゃいつリミッターが火花散らしてイカれることやら。
相棒、さっさとカタつけた方がよさそうだなぁ。動けねぇ相棒の代わりに、俺が『魔法』を唱えてやんよ。ありがたく思いなぁ!】


足元に撒き散らされた胃液の内容物。まだ口の中に残るそれを吐き出す事よりも、失った酸素を得ようとだらしなく口を開いて呼吸を繰り返す。
当然だが、ここまでに佐竹は一切の痛みを感じていない。が、やはり圧迫された胃や肺ばかりはどうにも出来なかったのである。
とはいえ、このまま痛みを感じないにしても、ずっと貼り付けのままで事態を放置するのは得策ではない。
犯されるアリサの姿を脳裏に置いて、佐竹は俯いたままの頭を上げる。その顔を見て、坂下は得も言われぬ恐怖を感じた。


「知ってるか? ここには昔、お前らと同じ様な事をした奴らがいてな。その時に死んだ女の子の亡霊が、ここで復讐を考えてるって噂を」


圧倒的不利。自分の立場も分かっていないかの様な佐竹は、心底楽しそうに笑っていたのだ。
果たして、坂下が佐竹の笑みに恐怖を抱いたのは正しかった。










「いぎャァァああああああアアアアアアアアっ!」










獣の如き唸り声をあげて、右手首を押さえ蹲る坂下。アリサを犯していた溝端も、自身のイチモツを抜いて、坂下と同じく手首を押さえていた。
二人の右手首、その先に伸びる5本の指は、一本だけが不自然に曲がっていた。


「いでぇ! いでぇよチクショウ! 小指が勝手にぃ!」


「だから言ったろ。お前らは、ここで寝泊まりしてる亡霊に憑かれたみたいだな」


「ぼ、亡霊だぁ!? 今時そんなん信じるワグげぇぇぇエエエエっ!」


「ほぉら。バカにするから、またやられた」


佐竹の言葉通り、今度は右薬指が独りでに伸び、第二関節を外してくいっと曲がる。次いで中指、人差し指、親指と順に関節が外され、ついに五指全てが外されてしまった。
何もしていないのに起きた、超常現象。さも悪霊の仕業とすら思えてしまうこれらに、坂下はへらへらと笑う佐竹の胸倉を掴み、唾を飛ばしながら喚いた。


「なんだよ! なんなんだよこれぇ! ま、まさか本当に幽霊の仕業だってのかぁ!?」


「そうだ、と言ったら?」


「教えろ! 俺たちはどうなる!?」


「どうもこうも、死ぬんじゃないの? いや、殺されると言った方が正しいのかな?」


冷たく突き放す様な佐竹の宣告に、坂下は掴んだ胸倉を緩め、未だ訳も分からず騒いでいる溝端を置いて逃げ出した。
やっぱり、こんな事するんじゃなかった。恐い、でかく稼ぐ、その様な言葉に釣られてしまった自分が、今になってようやく間違いだったと後悔した。
だから逃げた。坂下は、わき目も振らず一直線に逃げ出した。

ごきゅ、と。坂下の右肩から骨が抜ける音がした。


「あガァァああああああああアアアアアっ! か、肩がっ! 俺の肩がぁ!」


「言い忘れてたけど、逃げない方がいいぞ? 幽霊さんは逃げ出す奴の手を引いて、逃がさないらしいから。
今は脱臼程度で済んでるけど、それでも逃げたら――――――――もげるぞ?」


右肩を押さえて崩れる坂下が『逃げない』様に釘を刺し、佐竹は左腕に力を込める。
滴る血もお構いなしに、叩きやすくするために潰れた釘の頭が掌にめり込んだ。
ブチブチと肉の中を突き進み、やがて手の甲を貫通する。途中【右掌から甲にかけて釘貫通。抜ける際に骨を一部破損】というペインの報告を受けたが、佐竹は気にも留めずに右腕を見る。
左腕は貼り付けから解放された。が、まだ右腕が残っている。しかし今は右腕を動かす事が『出来ない』のだ。
仕方なしに、佐竹は『関節が外れた右肩』をいい事に立ち上がり、そのまま歩き出す。全身に引き摺られながら動き出した右腕は、左腕の時よりも一層強い抵抗を与えたが、それでも貼り付け状態から抜け出す事が出来た。

左手よりも酷い右手のリアルタイム診断をペインより聞きながら、佐竹は歩き出す。
だらりと下げた掌からボタボタと流れる赤色。それは佐竹の歩みに合わせて、線の長さを伸ばしていく。

そうして辿り着いた場所は、涙の痕と引き裂かれた制服が痛ましいアリサ・バニングスの隣。
剥き出しの小さな胸。未熟すぎる秘部。そこから流れる、血液混じりの精液。
あまりにも惨い仕打ちを受けたのに、彼女の表情から全てを投げ捨てた様子は無い。瞳の中に死は映されていなかった。
とはいえ、その光もいつまで持つか。大人びているとはいえ、彼女もまだ子供。いきなりの事でパニックを起こし、正しく身に起きた全てが理解しきれていないだけなのかもしれない。


「お前を助けるから」


この状況では気休めにもならない言葉。『助ける』というには遅すぎだが、しかしそれは佐竹の決意の証であった。
自分が生んだ悲劇ではないにせよ、それでも間接的に関わっているのは確か。
ならば救いを。全ては自身の自己満足から始めた事に、今更それが増えた所で佐竹の何かが変わる事はない。


「いいことを教えてやる。ここの幽霊は凶器を嫌うらしい。隠したりせず全部この場にぶちまけて、神様に祈ってろ。でないと、また何かされるぞ?」


畳みかける様にして、坂下と溝端の右肘の骨がずるりと抜ける。もはや佐竹の『魔法』から身を守る術を持たない彼らは、佐竹に従う他道が残されていなかった。
またもやって来た激痛に叫びながら、助かるためなら、と坂下と溝端はまだ『動かせる』左手で上着やズボンから自慢の武器を投げ出した。
散らばる数種のナイフやスタンガン。それらに目線を向けた時、ふと釘打ち機が佐竹の目に入った。
佐竹はナイフを一本ポケットに入れ、釘打ち機を手に取る。ガスにより釘を打ち出す仕様のそれは、離れていても手傷を負わせる武器<工具>だ。

子供の筋力では、片手で使うには少し重い。両手で使うにしても、支える右手は肩から肘、五指が『脱臼』しているため、それも出来ない。


【めんごめんご。すぐにハメハメしてやんよ】


ごぎん、と鈍い音が右肩より響き、続く様にして右肘、掌の五指が音を鳴らす。それらの音は佐竹だけでなく、苦悶の声と合わせて坂下や溝端からも鳴った。ただ、溝端の場合は右肩が外れ、それ以外が元の位置に戻っていたが。
治った事に困惑と恐怖で怖気づく坂下と溝端を余所に、佐竹はぐるぐると右肩を回して動く事を確認すると、釘打ち機を持って二人に近付いた。

これで準備は整った。使った事のない武器<工具>ではあるが、動かない獲物を狙うのに得手不得手も無い。


「そういや、これを武器にゾンビと戦う高校生がいたようないなかったような?」


ふと思った事が口から出る。その言葉が、坂下と溝端が聞いた最後の言葉だった。

狙いは頭部。バンッ、と大きな音を立てて放たれる弾丸<釘>。それを一度じゃ足りないとばかりに、残弾全てを吐き出さんと撃ち出していく。
躊躇すらも無かった。ただ彼らを『殺す』事一心に、佐竹はハリネズミをその手で作り出す。
眼球に口内、鼻や眉間。何十もの銀の杭が血飛沫を散らして突き刺さり、二人の頭部をスパイク・ボールへ変貌させていく。
そうして全弾撃ち尽くした時、坂下と溝端は事切れていた。


「――――まだ、死んでないかもしれない」


初めて人間を殺した実感は、手に残っていなかった。釘打ち機とはいえ弾丸<釘>により殺したのだから、命を刈り取った感触が薄かったのである。
佐竹はポケットからナイフを抜いた。刃渡り8cmの折りたたみナイフを手に、すでに『死んでいる』坂下の首へナイフを横薙ぎに切る。
頸動脈が切れた。水鉄砲の如き鮮血が佐竹を染め上げる。しかし、それでも佐竹は坂下の首に傷を増やしていく。
一閃、また一閃と首に線を刻み、いつしかその数が十を超えた時、今度は溝端へと狙いを変え、同じ様に切り始めた。


「なんだ、そんな難しいことじゃなかったんだ。人を殺しても――――――――何も思わないや」


奇行とすら思えるこの行動だが、佐竹はしっかりと自覚しながら行っていた。
人を殺す。いつかは絶対しなければならない行為。その予行練習として、彼はナイフを振ったのである。
平和な日本に生まれた故に、死は遠いもの。いざその手で人間<転生者>を殺す時、戸惑っては意味が無い。だから佐竹は、この無意味にして狂気的とも思える所業をしでかしたのだ。

ここまでして分かったのは、いたって『普通』である事。釘打ち機で射殺して、またナイフで切り殺して、そうして得たのが何も感じない現実。
吐き気を催す事もない。罪の意識を感じる事も無い。そんな自分が、佐竹は何よりも恐くなった。


【ハッハァ! ヴァージンを切った感想はどうでぃ、相棒! 愉快爽快さようかいってなぁ!
そりゃあそうと、アソコのクソビッチをシカトしててイイんかぁ?】


手に残るあっさりとした人殺しの余韻に浸っていた佐竹は、はっとしてアリサに駆け寄った。
ぐったりと横たわる彼女を見て、とにかく病院だ、と携帯電話を探し出した。

自前の携帯電話を使えればいいのだが、生憎佐竹はそれを持っていなかった。子供の内は必要ないと思っていた老夫婦の意見に賛同したツケが、今になってやって来る。
それを悔いても仕方が無いと、佐竹は辺りを見渡してアリサ・バニングスが持っているはずの携帯電話を探す。


「あった!」


邪魔物と投げ捨てられていた鞄のそばに、それはあった。すぐ様手に取り『119』のボタンを押して、佐竹は思い留まる。
液晶パネルに浮かぶ、緊急のダイヤル。それを消し、佐竹はアドレス帳からとある番号を選んで電話をかけた。
1コールと経たず受話器は取られ、彼は相手に事の顛末を話し出すのだった。











それから数分後。立派なリムジンに揺られながら、佐竹はバニングス家へと向かっていた。
後部座席で横たわるアリサ・バニングスは――――――――あれからずっと眠り続けている。





児ポ問題の本作。もしヤバいと思ったら、感想板に書き込みをお願いします。
指摘が多い場合、訂正させていただきます。



[27097] 『リアル・リプレイ・3』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/05/15 10:27

豪華な洋風の内装。どこか気後れしそうな応接間のソファーに腰掛けた佐竹は、さながら場違いな和製陶器といったところか。
そんな彼の向かいに座るのはこの家の当主、デビット・バニングスとその妻レヴェッカ。
二人の表情は硬い。佐竹の身体が子供とはいえ一切の和らぎを見せないのは、まあ仕方が無いのかもしれない。
なにせ彼らの娘は今日、無残にも犯されてしまったのだから。




















佐竹がアリサの携帯電話を使って連絡を取った先は、彼女の自宅だった。
本来なら病院に救急車を持って来させるよう言えばよかったのだが、良くも悪くも彼女は社長令嬢。見た目からして事件性の固まりである彼女を病院に搬送すれば、警察やマスコミは必ず食いつくだろう。
そのスキャンダルがどの様な影響をもたらすか考えた末、佐竹は病院よりも先に彼女の両親への報告を優先したのだ。

廃ビルにて電話をかけ、待つ事数分。佐竹たちのいたフロアにやって来たのは、三人の男女。
彼女と同じ金髪の男性と女性、そしてその一歩後ろを追従して来た白髪頭の執事。
息を切らせた三人の顔色は、娘が生きているという事に対する安堵と、周りで転がる現状を直視した事による動揺であった。

一応だが、佐竹はこの場に少々の処置を加えていた。といっても、アリサの身体に付いた粘液<精液>を拭き取り、素肌を外気から守るために自分の制服をかけただけだが。
さすがに裂かれた制服や殺した坂下と溝端をどうにかする事は出来ない。だからそこはそのまま放置して、彼らを待ったのだ。


「私はデビット・バニングス。こちらは妻のレヴェッカと、執事の鮫島だ。
まずは勇敢な少年、君に最大級の感謝を。そしてその小さな手を血で穢させてしまった事に、最大級の謝罪を。
娘の、アリサの命を救ってくれて、本当にありがとう。人を殺させて、本当にすまなかった」


三人と出会い、佐竹が彼らから最初に受けたのは、お礼と謝りの言葉。
前世でもデビット程に格の違う相手から頭を下げられた事のなかった佐竹は、すわ一大事とばかりに腰掛けていたコンクリートから立ち上がって、無駄に綺麗な角度で腰を折り曲げた。
次いで名乗られたからには、と佐竹も軽く自己紹介を挿むが、それもすぐに終わって沈黙が流れる。
本来ならそんな事よりも先にすべき事があるはずなのにそれをしなかったのは、きっと佐竹たちに余裕が無くなっていたのだろう。

無言の時間が徐々に進む。その空間を割ったのは、デビットだった。


「サタケくん。君の判断は正しかった。間違ってなどいない事を、この私が保証しよう。
かといって、人を殺したという事実は消えない。それをさせてしまった現実も、同じく消えはしない。
だから私の保証など何の意味も持たないが、それでも君は決して悔いる必要はない」


「…………ありがとうございます。その言葉だけで、自分は十分です。
それよりも彼女を。放置したままでは…………少々、身体に悪い」


自然と変わる佐竹の口調。それにてデビットに返した言葉も、実の所最後の部分以外どうでもよかった。
坂下と溝端を殺した事に、彼は罪の意識を感じていない。あまつさえ、佐竹は彼らを『二度』殺しているのだ。その両方とも、彼は自分の意志の元行っている。
しかし他から見れば、佐竹は幼くして人を殺さなければならなかった被害者にして加害者だ。それを分かっていたからこそ、佐竹もデビットにそれっぽい相槌を打ったのである。

佐竹とバニングス家の悲し過ぎる邂逅は、こうして終わった。それからはアリサを抱き上げたデビットに言われるがまま、佐竹はバニングスの家へ出向く事になったのだ
そうして家に着き、佐竹は応接間に案内され、アリサは自室へと運ばれていった。デビット曰く、この家には医療の心得がある使用人がいるらしく、彼女に軽い診察をするのだとか。
廃ビルの死体もどうにかするとまで言われ、流石バニングス、金持ちパネェ、と佐竹は変な感動を覚えるのだった。


「さて、サタケくん。改めてお礼を言わせてくれ。今回の事、私の一生を捧げるに値する。
だから、君が必要とするものは何でも揃えよう。君が欲するものを何でも与えよう。
私たちのアリサが物と同等の価値があるとは言わないが、それくらいしかこの気持ちに対する礼が出来ないのだ」


「いや、自分は何も――――――――違うな」


何でもしよう。そう聞いて、佐竹は真っ先に喉から手が出るほど欲しかった情報を思い出した。だがこれをお願いするには、佐竹の現状を含めた全てを語らなければならない。つまり、彼らに対して嘘をつく必要が出て来るのだ。
娘が生きて帰って来たとはいえ、その身体に刻まれた傷は今も残っている。故に純粋に助けたとは言い難い。
なのにそれを知った上で尚ここまで頭を下げた彼らに、佐竹は自分の保身を選んでまで真実を隠し通すべきなのか、それとも虚実を伝えるべきなのか、と気持ちを揺らがせていた。


「お言葉に甘えていいですか?」


「もちろんだとも。言ってみたまえ」


佐竹の心が出したのは、No<真実>だった。


「では失礼して。この世界に『黒金猛』と、そして『中村勇樹』という少年がいます。中村は自分と同じ9歳ですが、黒金は同じか、または1、2歳のズレがあると思われます。
特に中村に至っては『ヒラルガ・サイトーン』という偽名の方が有名でしたので、あるいはそちらで調べれば出るかと。
ともあれ、デビットさんには彼らを探していただきたい。自分は彼らを『殺さなければ』ならないので」


【あ、相棒!? テメェ、何クサったコト言ってやがる!? 自分が吐いた言葉の意味、分かってんのかぁ!?
コイツなんぞ、この先どーでもいい役回りになんだよ! なのにそんな死亡フラグおっ立てる様なマネしやがって!
ファック! 正気の沙汰じゃねぇぞ、クソが! 英雄<ヒーロー>気取りやがって!】


荒れるペインの言う通りであるが、佐竹はそれでも言葉を訂正する事は無かった。
アリサ・バニングスを助けるというルートを進んでしまった以上、もう逃げ隠れるのは得策ではないとしたのだ。

前回死んだアリサは、今回生き残った。それはつまり、現在彼女の付近に転生者がいるという何よりの証拠。
あわよくばその原因をヒラルガ・サイトーンに押しつける事も佐竹とて考えたが、しかし彼はその存在を消してしまっている。
その事実を知っているのも佐竹だけかもしれないが、ここは単純な行動を取っているヒラルガに疑いが行く事を願って、勝負に出る事にしたのだ。
黒金猛ならヒラルガ・サイトーンを。ヒラルガ・サイトーンなら黒金猛を。それ以外なら、佐竹を含めた誰かを転生者として見つけ出し、殺しに行くだろう。
ならば先手を。大局を見誤った以上、行き当たりばったりで攻め、チャンスを作るしか佐竹は道を思いつかなかったのだ。


「殺さなければ、だと? それは一体どういうことだね?」


先手、その始めの一手となるのが、このデビット・バニングスの協力だ。
大企業の実業家ともなれば、コネもたくさんあるだろう。それに目を付けた佐竹は、彼ら夫妻に佐竹たち<転生者>の『真実』を話す事にした。


「自分は『転生者』というもので、つい半年前までは別世界の大学生をやっていました」


バニングス夫妻に『真実』を話す事は、大いに意味がある。もちろんメリット・デメリットありで。
佐竹自身全ての転生者について知っているわけではないが、彼のイメージする『転生者<テンプレ>』の場合なら、ある程度の行動は予想出来る。
ここまで自分の娘を大事に思っているバニングス夫妻だからこそ、多少とはいえこの世界と転生者の『真実<中身>』を知り、それに娘が巻き込まれる可能性が高いとすれば、協力を惜しまないだろうと考えたのだ。

これが、佐竹の思うメリット。そしてデメリットが、自分の身の危険だ。
いくら口止めしようと、世界の在り方<リリカルなのは>について語る人間という事で、佐竹に死の槍が向けられるかもしれないのだ。

いくらアリサを助け黒金に先制攻撃を仕掛け様と目論んでいても、バニングス夫妻の親心を利用し、更に自分の命をデメリットとして考えている辺り、佐竹らしさが滲み出ている策である。

結果として吉と出るか凶と出るかは分からない。しかしこれによって世界が回転し始めるのは間違いないだろう。
夢物語を真剣に聞き入るバニングス夫妻に、佐竹は人の心さえも手駒にしようとしている自分が、本当に嫌になった。




















結論を言えば、答えはYES<協力する>だった。
佐竹の話を幻想とせずに真実として聞いたバニングス夫妻だが、それでも長い思考を必要とした。
長い長い沈黙の後、息を凝らして待つ佐竹に送られた言葉は「協力しよう」というもの。
そうと決まれば早速と、デビットはすぐ様執事の鮫島を呼ぶと、佐竹の要請を彼に伝える。その中で「S級のシークレットだ」とも忠告を入れる辺り、事の重大性を理解しているのだろう。

長い佐竹の昔話も終わり、小休止を挿む三人。
デビットはお抱えのメイドが持って来た紅茶を傾けながら、間違いなく美味しいはずのそれに苦い顔を作って言った。


「…………長年様々な事業に関わって来たが、まさかJob killer<殺し屋>の片棒を担ぐ事になるとは。いや、悔むのも今更か。
娘の将来や命の恩人に残された寿命、その上狙われているにも拘らず助けてくれたのならば、こちらとしても協力を惜しむ必要は無い。
それで人殺しが正当化されるわけではないが、いやはや、実にままならないな」


「本当に申し訳ございません。本来なら自分独りでやるべき仕事なのですが、少し動き過ぎた様でして。
貴方方を利用している様で、もはや謝罪の言葉もありません」


「気にする事は無い。私達が聞いて、私達が決断した。それが全てだよ。
となると時間が足りないな。今もタケル・クロガネの『因果』とやらが世界を脅かしているのだろう? 君の記憶で言うと、私の友<高町士郎>が危ういと言うじゃないか。
仕事でもないのに時間を気にするとは、何とも嫌な気分だね」


「黒金の事は、きっと間違いないでしょう。彼の居場所が見つかり次第、自分は行かせていただきます」


「なるほど。自慢する訳ではないが、私の力ならタケル・クロガネやヒラルガ・サイトーン、いやユウキ・ナカムラだったか? その二人の居場所を突き止めるのに、そう時間はかからないだろう。となれば、君と会えなくなる確率も高くなる。
――――――――どうかね? 一度、アリサに会って行くか?」


デビットの提案に、佐竹は間髪いれずに頷いた。
協力要請に必死になっていたが、佐竹も彼女の事は気になっていたのだ。

そうか、と短く言ったデビットはメイドを一人呼ぶと、何やら話し出す。
30秒とかからずに終わった後、デビットは言い難そうに告げた。


「案内は彼女に任せた。アリサは今、起きているそうだ」


アリサ・バニングスが起きている。それが一体どういう意味を持つのか考えて、佐竹はもう一度頷くと、デビットに礼を言って立ち上がる。
「こちらです」と歩き出したメイドの後を付いて、佐竹は彼女の部屋へと向かった。


「佐竹様、先に注意を。アリサお嬢様は今、とても人と接する事が出来る状態とは言えません。特に『男性』 とは」


道中、メイドの忠告を聞きながら付いた先には、一つの扉の前。
この中に、彼女がいる。佐竹は僅かに震える掌で取っ手を掴み、回した。

広い部屋に天幕付きの大きなベッド。その上で身を起こしていたアリサ・バニングスと目が合った。


「何かあれば、直ぐに参りますので」


佐竹の背後よりそう言い残して扉を閉めるメイド。金持ち特有の広々とした部屋で2人きりになった佐竹とアリサ。
何を話せばいいか、分からない。時間だけが静かに過ぎていく。


「さたけ」


小さく、弱々しい声でアリサは言った。「なんだ?」と演技を忘れて、佐竹は聞き返す。


「いつもと、違うのね」


「演技だったからな」


訂正しなかった台詞に目聡く気付いたアリサに、佐竹は平然と答える。


「どこまでがアンタの演技だったの?」


「全部だよ。学校生活の一切が、全部演技さ」


「なら、成績も?」


「もちろん。高校卒業程度の学力はあると思うぞ? あ、でも数学とかヤバいかも。二次不等式とかほとんど覚えてないや。
まぁそんな俺だけど、どっちにしろ今はまだバニングスより頭はいいな。がっかりしたか?」


「少しだけ、ね」


何でもない会話。しかし何故か不自然に感じるのは、きっとこの場に吊り合う内容ではないからか。
「ねえ、さたけ?」とアリサは呟く様にして言った。


「私、ヨゴレちゃった」


「…………そうだな」


「否定しないのね」


「事実、だからね」


ここで気の効かせた慰めを言えれば恰好が付くのだが、どうしてもそれが出て来ない。結局、佐竹はアリサに真実を突付ける形となってしまった。
だが、それを事実として受け止めるアリサは「うん」とだけ言って、言葉を続ける。


「もう、お嫁さんになれないのかな?」


「…………そんなこと、ないさ」


「そんなこと、あるわよ。だって、私はヨゴレたんだもの。振り向く人なんていないわ。でもそれ以上に、男の人が恐いの。
知ってる? 今こうしてアンタと話していても、私はずっと怯えているのよ?
男の人が恐い。パパも鮫島も、そしてアンタも。何もしないって分かってるのに、けど恐いの」


淡々と、仕上がった原稿を読む様にしてアリサは口を動かす。
ぽたりぽたりと、双眸から涙を流しながら、彼女は胸に手を当てた。


「思い出すわ、あの光景を。私が何度イヤだって言っても、止めてくれないあの人たちの姿。
覚えてるわ、あの痛みを。私の唇を奪った痛み、私の身体を穢した痛み、私の…………全て<ヴァージン>を奪った痛み。
全部消えない記憶<ヨゴレ>として、私の心にこびり付いてる。
ねぇ、さたけ。知ってる?私――――――――どうなっちゃったの?」


涙で真っ赤に染まった眼。くしゃくしゃな笑顔を浮かべるアリサに、佐竹は思わず歩み寄り、そして抱きしめた。
同時、犯された恐怖が蘇ったのか「放してぇ!」と叫び暴れ出すアリサを無視して、その拘束を強めていく。
バタンっと音がして開く扉。アリサが叫んだ事により、廊下で待機していたメイドが部屋へ入って来たのだ。だがそうと分かっていても、佐竹はやっぱり放さなかった。


「お前は、汚れてなんかいない。お前は、何も変わっちゃいない!
誰が何て言ったとしても、俺はお前の全部を受け入れるから! 汚しもしない! 壊しもしない! 穢しもしない!
だから! …………だから…………ごめん」


もっと早くに黒金猛を殺していれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
かといって、常に自分の身を案じて行動していた佐竹に、その様な事簡単に出来るわけもない。
ペインから口が酸っぱくなる程に警告され、生き残る事を考えればそれが何よりも正しいのに、佐竹は今にも砕けてしまいそうなアリサを見て、衝動的に抱きしめていたのだ。

佐竹の告白を聞いているのかも分からない、ずっと暴れているアリサ。それを止めに入ったメイドに引き剥がされ、佐竹は怯えきったアリサの眼で自分の過ちを悔いた。
知っていたのに。覚えているのに。アリサを抱きしめ出もすれば、彼女がどの様な行動を取るかなど百も承知であったのに。

自然と力が籠り、握りしめられていく拳。食い込む爪の痛みは感じない。それが自虐による逃避を妨げる。
佐竹は自分の哀れな行いに、唇を噛み締めながら踵を返した。


「さたけ」


そんな彼に飛んで来る声。足を止めて振り返る事無く佇んでいると、彼女の震えた言葉が続きを紡ぐ。


「…………ありがと。後、ごめん」


「こっちこそ、悪かった。…………それじゃ、また」


「うん…………またね」


次会えるとは限らないのに、再会の約束をして佐竹は部屋を出る。一人部屋を出た佐竹は、扉を閉めて向かいの壁にもたれかかった。

ありがとう。
最後に聞いたアリサの言葉が反芻される。
礼を言われるほど立派な事はしていない。全部自身の偽善から始まり、その結果も無傷の勝利とは到底言い難かった。
人間、命あってのものとは言うが、果たしてこれは正しく『救えた』と言えるのだろうか。

アリサ・バニングスに焼き付けられた現実とトラウマは、これから先の彼女を苦しめるだろう。
彼女は言った。男が恐い、と。その気持ちがいつまで彼女に付き纏うのかは分からないが、もし消える事が無ければ社会に出る事など不可能である。
もちろん誰かと結婚するのも無理だろう。それの何と悲しく、辛い事か。


「本当に、世界はこんなはずじゃないことばっかりだよ。なぁ、クロノ・ハラオウン」


とある執務官の名言を口にして、思い通りに行かない現実に佐竹は辟易とする。
そのまま鮫島が佐竹を呼びに来るまで、彼は世界の非情さに嘆きながらアリサ・バニングスの未来を案じた。









鮫島に連れられ、またも戻って来た応接間。
そこにて佐竹は欲しかった情報を手に入れ、初めて転生者相手に攻撃を始めるのだった。



[27097] 『リアル・リプレイ・4』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/05/22 13:30
「生きてまた会える事を、君の知らない『神様』に祈っていよう」


敷地を区切る大きな門を背に、佐竹はバニングス一家と鮫島に見送られて、深夜の海鳴市を歩き出した。
準備は万全。
自宅の老夫婦には、既に友達の家に泊るとの連絡を入れてある。
また、彼自身の装備も完璧だ。
服装はミリタリー・モデル。機動に重きを置いたジャケットとカーゴパンツは、闇に紛れやすくするために夜間迷彩が施されている。踝<くるぶし>を覆うレースアップ・タイプのブーツは、まだ細く弱々しさを感じさせる子供の足に力強さを与えている。
肩よりかけた小さめの鞄の中には、デビットより貰った釘打ち機が、今か今かと己の出番を待っていた。

黒金猛との戦闘にて佐竹の主要武器になるだろうそれは、バニングス家の中で一等ハイテクな物らしく、先に彼が使った釘打ち機よりも軽く、それでいて弾数も多い。
更に佐竹でも使いやすい様にと、脇に挿んで固定するためにカスタムされた至高の一品である。
ちなみに、ズボンのポケットには廃ビルで拾った折り畳み式ナイフと、催涙スプレー。おまけにアルミ製の容器に入れられた、ハバネロとジョロキアが5:5の混合ジュース。


【過程がどうあれ、大事なのは今! 昔のコトぁ気にせず、心置きなくヤロウを血風呂<ブラッド・バス>に沈めてやろうぜぇ!
いっやー、楽しみだなぁ相棒! レッツぅ・モリモリぃ・クッキーングってなぁ!】


この時まで文句以外の言葉を出さなかったペインも、打って変わってノリノリである。
そんな気移りの激しいペインの声に答える事無く、佐竹は目的地へと歩を進める。
向かう先は、別の未来で行った件の公園。そここそが、黒金猛の『拠点<ホーム>』であるのだ。




















鮫島に呼ばれ、戻って来た応接間。妻のレヴェッカは出て行ったのか、一人佐竹を待っていたデビットは一枚のA4用紙を彼に差し出した。
受け取り、そこに書かれた『黒金猛(池田隆正)』と題された情報を読んでいく。だがそのあんまりな内容に、佐竹は思わず「なんじゃこりゃ?」などと言いながら呆れ返ってしまった。


【へぇへぇへぇ、なるほろねぇ。コイツってバカでゴミムシなクソガキだったのなぁ。
まぁ、あのメカがありや襲われても簡単に死にゃあしねぇだろうけど、それにしてもコレぁ世界ビックリ仰天だなぁ】


渡された用紙に書かれていた内容で佐竹とペインが一番興味を惹かれたのは、黒金猛の意味不明な生活であった。

デビットの調べ曰く、姓が『池田』の家に産まれた一人息子『池田隆正』は、聖祥大付属小学校の三年生で、席は窓際の前から三番目。
池田隆正の不登校が始まったのは、三学期最初の授業からである。同時期、彼は近所の公園へ頻繁に訪れる様になる。公園の奥にある林へ向かっている彼の目撃情報が多数。
そこで何が行われているかは不明だが、両親の意見を無視してまで向かう辺り、何らかの行動を取っているだろう。
四月に入ってから気温が上昇したためか、最長で午後11時まで公園に滞在している模様。尚『黒金猛』という偽名は、彼が不登校を始めた時期より名乗り始めた、といったものだった。

黒金猛改め池田隆正の不可解極まりない行動が綴られた用紙を応接間の机に置き、佐竹は頭を抱えた。
さっぱり分からなかった。池田隆正が何をしたいのかも、何のために公園へ行っているのかも。
逆に混乱しか生まなかった情報に唸る佐竹。デビットはそんな彼を見て、同意するかの様に頷く。


「君もやはりそう思ったか。私もこれを見た時は、君と同じ心境だったよ」


苦笑しながらその時の事を思い出しながら、デビットはもう一枚の用紙を取り出した。
それを見て、佐竹はとりあえずはと、池田隆正の事について考えるのを放棄し、渡された用紙を受け取る。
彼が要請したのは二人の情報。黒金猛<池田隆正>は見た。ならば次は、もう一人の転生者。
だが受け取った用紙には『ヒラルガ・サイトーン』というタイトルだけで、肝心の部分は白紙のままであった。


「ユウキ・ナカムラ、或いはヒラルガ・サイトーンという少年についてだが…………調べたところ、君の言っていた人物像に当て嵌まるターゲットは『この世に存在しない』という事が分かった」


「存在しない、とは?」


「あらゆる情報が無い<UNKNOWN>。出生から現在に至る一切が、だ。それこそ、元々そんな人間などいないと思ってしまえるほどに。
大口を叩いていながらこの様で、本当に申し訳ない」


正直なところ、佐竹とてヒラルガについてはあまり期待していなかった。
存在が消えたのを知っていたからこそ、いくら探しても全てが白紙になっているだろうと思っていたのである。

佐竹はデビットに感謝の意を表すと、そのままソファーから立ち上がる。
それが意味する事を察したのか、デビットは強張った顔付きで言った。


「もう、行くのかね?」


「はい。今は午後7時。となれば外も暗いですし、この間に決着を付けるのが一番好ましいでしょうから。
…………そういや釘打ち機持ってこりゃよかったな。ちくしょう、ミスった」


「釘打ち機? ――――ああ、なるほど。あの時の、か。確かに、アレはハンドガンより反動が少ない分、君の様な子供の身体には適しているかもな。殺傷力、飛距離などは相当劣るが、無いよりはマシか。
…………よし、ならば少々待っていたまえ。家の物を持って行きなさい。その身なりでは持ち運びに不便だろうから、換えの釘やボンベも鞄に詰めさせて持って来させよう。
その辺の三流品とはスペックが段違いだからな。きっと役に立つだろう。ああ、ついでに君でも扱いやすいように、軽くカスタムするのも悪くない」


思い立ったが吉日とばかりに使用人を呼んで準備を始めさせたデビットの心遣いに礼を述べ、佐竹はまたソファーに座って武器<釘打ち機>が届くのを待つ事にした。
その間、応接間に戻って来た時に出されていた紅茶に、初めて口をつける。
もう冷めてぬるくなっていたそれは、しかし淹れた人間のスキルを思わせるほどに絶品であった。なのだが、如何せん小市民な佐竹に味の違いなど分かる訳も無く、ただメチャクチャうめぇ、というリポーター真っ青な感想を抱くに終わったが。


「なぁ、サタケくん」


静かに紅茶の味を楽しんでいた佐竹に、呟く様なデビットの声が飛ぶ。
何事かと顔を向けたが、腕を組んでいたデビットの眼を見て、佐竹は脳内が冷めきっていくのを感じだ。


「先も言ったが、アリサの件は本当に感謝している。なのだが、一つ聞きたい。君は今日アリサが『あの様な目』に合う事を知っていたのかね?
――――いや、愚問か。知っていた。そうに違いない。だろう?」


デビットの睨みが、鋭く佐竹に突き刺さる。彼の射殺す様な視線を浴びて、佐竹は彼が何を思い、何を言わんとするかを察し、それが当然だと納得した。


「そう。君は知っていたのだから、クロガネを探した。その先起きるだろう出来事を未然に防ぐため、君は彼を殺そうとした。
結果的に君のおかげでアリサの命が救われたとはいえ、一分でも、一秒でも、クロガネを探すと決めた時よりも早く私達にアリサが狙われている事を伝えてさえくれれば、そもそもあの娘は一切の『傷』を負わなかったかもしれない。
八つ当たりと分かっている。だが言わせてもらおう。――――何故。何故だ。何故、君は何も教えてくれなかった」


佐竹の全てをデビットは知っている。彼が暴露したから、事の結末に至る過程の全てを理解出来ている。
だからこそ、デビットは佐竹に問わざるを得なかった。可愛い愛娘を無傷で助けられたのに、最善の策を取ってくれなかったのか、と。
無言のまま、時が過ぎていく。当然だ。佐竹がデビットに返せる言葉は、その事を『忘れていた』以外一つも無いのだから。

アリサを救うためには、池田隆正の『因果』が邪魔だ。それがある限り、アリサは常に狙われるだろう。なら最善は彼を殺す事である。
始め佐竹が考え付いた先の答えが、これだ。確かに、アリサを含む様々な『因果』を持って来てしまった池田を始末するのは正しい。原因を潰せば、事は解決するだろうから。

しかし、問題はそこからだ。
佐竹がアリサを救うために行動したのはいい。だが、その方法を『黒金猛<池田隆正>を殺す』としてしまったのが間違いだったのだ。
アリサを救うための手段なら、他にもあった。デビットが言う様に、先にアリサの親であるバニングス夫妻に伝えるのだって、手の一つである。
いくら演技までして自身を隠そうとする佐竹とはいえ、匿名での連絡ならば問題はない。
しかしそれら他の方法を取れなかったのは何故か。答えは、佐竹の『視野の狭窄』である。

そもそも、何故佐竹は池田隆正を殺すと決めたのか。きっかけは、アリサ・バニングスの死で違いない。
しかし、きっかけは彼女の死だけでは無かった。佐竹が救済しようとしたのは、『因果』によって狂った『原作キャラ』なのだ。
アリサ・バニングス。高町士郎。月村すずか。佐竹の知る原作<リリカルなのは>から遠ざかった三人。彼らを救う事こそが、佐竹を動かしたのである。
だからこそ、佐竹は目標を対象<池田隆正>の抹殺としたのだ。そして、そうと定めてしまった以上、後はスピード勝負になる。

如何に相手を探すか。見つからない様に殺す手段は。仮に戦闘を行う場合、どの様に立ち回るか。それら全てが終わった後はどうなるか。
過去<未来>で見た戦闘の光景から、佐竹は池田を格上の敵として見ていた。思考回路は佐竹に分があるのだが、戦闘技能は間違いなく相手が有利。策を練らなければ、まず勝てない転生者なのだ。
その上、相手に勝った後の事もある。対峙したのを他の転生者に見られてはいけない。もし見つかれば、後々面倒になるのは確定である。
だから佐竹は考えた。ただひたすら、黒金猛<池田隆正>を殺す手段を。最中がバレない戦いを。事後の振る舞いを。

途中ヒラルガの消失というイレギュラーも挿んだが、その一点のみに意識を持って行かれていたからこそ、佐竹は失念してしまったのだ。デビットが述べる『最善』の存在を。


「…………いや、よそう。過ぎた事として捨て置くにしては大き過ぎる問題だが、感情的になるのもいけない
悪かったね、サタケくん。君は確かにアリサを助けてくれた。しかし私も、そして妻も『何故』という気持ちを抱いた事を、忘れないでほしい」


デビットとて佐竹を責めるつもりで彼に問うた訳では無いにせよ、やはりそこは人間。感情で突き動かされるのはよくある話だ。
佐竹が自身の娘<アリサ・バニングス>を助けた結果が最善<ベスト>とは到底言えなくても、その事実が覆る事はない。故に、デビットは佐竹を非難すべきではないのだ。
そうと分かっていても、デビットのどうしようもない気持ち<親心>が拭えないのは確かである。彼もまた人間なのだから、その気持ち<親心>が佐竹に最善<ベスト>を求めてしまったのだ。
しかしデビットは、これ以上の追及を止めた。煮え切らないとはいえ、どこかで締めないと堂々巡りになると分かっていたから。


「…………すいません」


デビットの言う最善<ベスト>を選べなかった事に対するものか。それともこの話を終わりにした事に対するものか。
何を思って謝罪としたのかは定かではないが、佐竹は沈鬱とした表情で呟いた。

気まずい空気が二人の間を漂う。自分から切り出した話とはいえ、その空気に居た堪れなくなったデビットは、換気するかの様に別の話題を持ち出した。


「と、ところで先ほどから気になっていたのだが、聞いてもいいかね?」


「…………あ、はい。なんでしょうか?」


未だ晴れない顔付きの佐竹に、デビットは彼の両手を指さす。


「その手。どうして破ったシャツを巻いているのだね? 怪我だとしても、そこまで酷いのに君は痛がる様子を見せない。返り血とも思ったが、それにしては不自然なのでな。
――――いや、待て。確か君は『痛み』を感じない身体だったね? という事は、もしやその中は…………」


嫌な予感がして若干苦笑いを浮かべたデビットに、佐竹ははっとなって傷口を塞いでいたシャツを解き始めた。

廃ビルでバニングス夫妻を待っていた時、佐竹はアリサの身体を拭くために、まずは自身の掌をどうにかしなければならなかった。
釘が貫通した両手は、当然血が止めどなく流れている。そのままでアリサの汚れを拭っても、今度は彼の血が付いてしまう。
そのための処置として、中に着ていたシャツを割れたガラスで裂き、両の掌に巻き付けていたのだ。
ただ、傷は思ったよりも深かったために何重にも巻く必要があったが。その分短くなっていくシャツに、佐竹はちょっぴり悲しくなった。

そうこうして出来あがった止血帯<シャツ>に、デビットが返り血と思ったのも仕方が無い事である。
血の滴る両手で、純白を保ったまま疑似包帯<シャツ>を巻く事が出来るだろうか? 当たり前だが、不可能だ。
結果として、所々が真っ赤な応急処置の出来あがりという訳である。


「ああ、そういえばそうだ。自分もすっかり忘れてましたよ。少し待って下さっておおぅ!?」


まずは右手からと、スルスル解かれていくシャツの包帯。2周3周と解かれた瞬間、シャツを貫通して血が溢れ出した。
慌てて佐竹は左手で血を受け止める。それでも全てを支える事など出来ず、掌から溢れた血が高級感たっぷりのカーペットにボタボタと落ちていく。
うほぁ!? クリーニング代なんぞ払えるか! と、パニックを起こしてどこかズレた思考回路になっていた佐竹だが、それを間近で見たデビットはそれ以上に衝撃を受けていた。

嫌な予感が的中し、それは予想よりも相当な傷であったのだ。
厳選された高級天然素材ウールを100%使用。40ミリの太いフェルトタイプの糸をダイナミックに使い、こだわりの製法によって言葉では語り尽くせないふわふわ感を引き出した、当時30万円ほどで買ったカーペットに鮮血の血が広がって行くのをただ眺めていたデビットは、無言のままに立ち上がる。


「すいません! でもクリーニングは出しますから! いくらでも出しますからぁ!」


まだ頭が治っていなかった佐竹の懇願にも答えず、デビットはくるりと応接間の扉へと歩き出し、ゆっくりとそれを開く。
そして大きく息を吸ったかと思えば、雷鳴の如き怒鳴り声が屋敷に轟いた。











「鮫島! 鮫島ぁ! 大至急医療スタッフを呼べ! オペの準備をしろ! サタケ君がランボーの真似事をしていた! HURRY、HURRY<急げ、早くしろ>!
ああ、Dammit<クソッタレ>! サタケ君! 君、実はターミネーターではないのかね! 今ならシュワルツェネッガーは私です、などと言われても信じて疑うものか! 転生だ何だとか、そんな話より分かりやすい!
ならばぜひともイカした台詞の1つや2つ言ってほしいものだよ! 遠慮などしないで、ほら言ってみたまえ! レヴェッカ! 今から君の聞きたがっていた生<リアル>が出るぞ!
鮫島ぁ! バーガーでも食っているのか!? それともだらしなくPiss<小便>でも垂れ流しているのか!? Fuck’n Jap<くたばれ、日本人>! 鶏の様に締められたくなければ、さっさとしろぉ!」










さっきまでのシリアスはどこへやら。一瞬にして騒然とするバニングス家と、佐竹同様に壊れたデビット。
彼の本性を垣間見た気がした佐竹は、引き攣る顔をそのままに、もしやアリサまでもがそうなのでは? あの釘宮ボイスで、口汚く罵るのか? などと想像して、自分の抱いていたファンタジー<妄想>がズタズタになっていくのを感じるのだった。
最後に、自分はスタローンでもシュワちゃんでもありませんから! と声が聞こえているのか怪しいデビットに叫んで。




















アイル・ビー・バック。
慌ただしくなったバニングス家もようやく一息つき、どうにか無事生還した佐竹は今、何メートルあるのか分からないほど長いテーブルの前で、ナプキンを装備しながら座っていた。
穴を塞ぎ、消毒をして本物の包帯を巻いた掌を見て、佐竹はここに座るまでの光景を思い出す。

囚人の如く連行された処置室。固定される両手。そして始まる治療<手術>。
デビットは佐竹が痛みを感じないのを知っているので、わざわざ「麻酔などいらん! もったいない!」と余計な事を言う始末。
戸惑うスタッフ<使用人>にゴリ押しで治療をさせる辺り、やはりデビットはぶっ壊れていたのだろう。
しかしその後、ついでだからと晩御飯に招待されたから許そうと思ってしまった佐竹は、現金な自分に乾杯<完敗>したのだった。


【おいおい、マユっちよぉ! 大富豪の飯かっ喰らえるって、そりゃマジかよマジですよマジなんだよなぁ!
いいぜいいぜぇ! まぁずは、三大珍味は当たり前。そっから派生して、知る人ぞ知る珍味は男前ぇ!
ヒャッハー! 最高だぜデビちゃん! いよっ、イイ男! イイ男! ホントはどーでもイイ男ぉ! ぶひゃっひゃっひゃあ!】


簡単に説明すればこういう事なのだが、それにしても金持ちの食事とは如何なるものか。腐っても小市民な佐竹は、期待に胸を躍らせる。そしてそれはペインも同じらしく、無駄にテンションを急上昇させ、佐竹の中でエキサイティングしまくっていた。


「待たせたな、サタケ君。大事な客を招待するとあっては、私も見栄を張りたくなる。今日は存分に堪能してくれたまえ」


「あらあら、パパったら張り切ってしまわれて。サタケさん、どうぞリラックスして下さってね?」


「お、お気遣いありがとうございましゅ」


腐っても小市民。何度でも言うが、佐竹は所詮小市民なのだ。
長いとはいえ、そこに座るのは佐竹とバニングスの人間だけである。鮫島以下使用人は、席に座っていない。
そんな中で緊張するなというのが、土台無理な話。その上、佐竹達よりも少し離れた椅子に腰かける『少女』の事を考えれば尚更だ。


「…………なんでいるの?」


それは俺が聞きたいよ、アリサ・バニングス。
まだ体調がいいとは決して言えない彼女がどういう訳か共にいて、佐竹は思わず尋ねた。


「お前こそいいのか? 顔色悪いぞ?」


「…………正直言って、まだ恐いわ。それこそ今すぐこの場を逃げ出して、部屋のベッドに潜り込みたいくらいよ。
でも、でもね? 私は慣れなきゃダメなの。私はアリサ・バニングス。この家を継ぐ人間なのよ。
それは時として、私の事情を無視しなければならないの。なぜなら私は『バニングス』だから。
だから私はここにいる―――――けど、きっとあのままじゃ絶対無理だったわ。
私がここに座っているのも、全部アンタのおかげよ」


あまりにも強すぎる。力ではなく内面の強さに、佐竹は驚愕した。
つい数時間前に思い出すのも忌々しい出来事があったというのに、何故アリサがここまで『強い』のか分からず、佐竹は驚きで半開きの口を閉じるのも忘れて彼女に魅入られていた。
しかし聞き捨てならない言葉を思い出し、首を左右に振ってそれを持ち出す。

「俺のおかげ? そんな重要なこと、言ったか?」


「…………いっぺん、死んでみる?」


それはキャラと中の人が違う。ついでに世界も違う。
メタな突っ込みを頭の中からすっ飛ばして、佐竹はアリサに睨み付けられている原因を脳内から掘り出す。
だが見つからない。ここまで彼女を『彼女<アリサ・バニングス>』に戻すほどの言葉を、佐竹は思いつかなかった。
中々答えを出さない佐竹に腹を立てたのか、アリサは以前より覇気の籠った、しかしまだ本調子とは言えない声で佐竹の記憶を呼び起こす。


「アンタが言ったのよ。汚れてなんかいない。何もかわっちゃいない。私の全部を受け入れるからって。
陳腐な言葉だけど、凄く嬉しかった。抱き締められてあの恐怖が蘇ったけど、それでも嬉しかったの。
だから、ちょっとだけ頑張ってみようと思えた。アンタみたいな人のために、その気持ちに応えられるように。
――――――――でも、これってある意味、愛の告白よね? ホント、あんな目に合ってすぐの私に言う台詞じゃないわ」


少しだけ軽蔑を含んだ視線を向けるアリサに、自分が言ったクサすぎる言葉を思い出して、佐竹の頬が熱を帯びていき、堪らず眼を逸らした。「あ、逃げた」なんて言われても、佐竹は一切気にも留めない。


「告白? アリサ、それはどういう事だね?」


「私も気になりますね。アリサ、どういう事ですか?」


魔王からは逃げられないとはよく言ったもので、野次馬根性剥き出しで娘に迫る親馬鹿が2人。
そんな彼らに、やはり少々の怯えを見せながらも、アリサは質問に答える。


「アイツが言ったの。部屋で塞ぎ込んでいた私を、力いっぱい抱き締めて。
恐くて放してって暴れても聞いてくれず、そのまま今のを言ったの」


「なんと…………サタケ君。君は実に女ったらしだな。女性が参っている時に優しさを見せ、落としにかかるとは。
生前もそうやって女性と夜の関係を築いていたのではあるまいな? とすれば、貴様にアリサはやらんぞ! 表に出たまえ、Yellow Monkey<クソガキ>!」


「それは誤解です、デビットさん! そこまで自分はずる賢く出来ていません!
そりゃ夜の関係があるか、と聞かれればYesと答えれますが…………って、何言ってんのさ俺は」


「生前? 夜のカンケイ? ――――そういえば、アンタって何なの?
あの時も演技がどうこうって、高校卒業出来るほどの学力はあるって言ってたし」


「ああ、アリサは知りませんでしたね。サタケさんて、実は宇宙人で大学生をやっていらしたのよ?」


「宇宙人? 大学生? ママ、それどういう事? まさかU.S.で飛び級したとか言うんじゃないでしょうね?」


「レヴェッカさん! 自分宇宙人じゃないけど、そりゃトップ・シークレットです! ついでにそこ! 俺はコナンだけど天才じゃない新一だ!」


加速する親子+αの会話。どこかユーモアが感じられるそれは、その実この場では非常に有効であった。
今でこそアリサ・バニングスはこの調子だが、それでも彼女に深く根付いた傷は癒えていない。であるからこそ、ユーモア<笑い>は必要なのである。

アメリカの医師ハンター・アダムス。パッチ・アダムスとしても呼ばれる彼が証明した、愛とユーモアの力。
彼の研究が昇華され発表された、この2つが精神の病に効果的だという結果を、佐竹は異世界にて実感したのであった。

アリサの顔色が、最初よりも格段に良くなって来ている。
まだ多少の怯えを見せているものの、彼女に癒しの効果が現れているのは明らかだ。
理解出来ない会話に興味が移っている事もあるだろうが、それで彼女が『アリサ・バニングス』に戻れるならと、佐竹は過去<現在>の話をネタにする事を決めた。
この家において、彼は全てを曝け出している。そこに一人真実を知る人間が増えた所で、もはや今更だとしたのだ。


「…………はっはっはぁ! まぁ、そういうわけでさ。バニングスは知らないだろうけど、こう見えて俺は宇宙人――――いやいや、転生者なのである! 世界の真実を知る、六人の勇者様なのだー!」


ならば道化に。この空気を暖め続けるピエロになってやるさ。
事実は多分に捏造されてはいたが、それを糧に佐竹は乏しいセンスでユーモア<笑い>を撒き続けるのだった。





















「また、助けられてしまったな。君のおかげで、アリサは少しだが調子を戻したようだ」


時は過ぎ、現在。佐竹はバニングス一家と鮫島に見守られる中、門前で佇んでいた。
時刻は午後10時。楽しかった食事が最後の晩餐となるかもしれない、運命の時間の始まりである。


「こちらこそ、何から何までお世話になりました。これで負けたとあっては、皆さんに顔向け出来ませんね」


ぽんぽんとズボンのポケットを叩きながら、意表を突く切り札<エース>は、何もペイン協力の下に出せる『魔法』だけではないのだと言わんばかりに、佐竹は笑った。
その中に潜むは、強烈な刺激性を持つ唐辛子の混合ジュース。ミックスされているのは、ハバネロとジョロキアだ。

というのも、それはご飯の最中。料理に含まれていた鷹の爪を物ともせず同席していたバニングス一家に驚かれ、それにより佐竹は自身が『辛味』を感じない体質である事を思い出したのである。
『辛味』は『痛覚』で感じるもの。つまりそれは、佐竹の『魔法』に利用できる代物であるという事。
故に佐竹は、ハバネロとジョロキアを凝縮して混ぜ込んだ殺人的調味料を用意してもらっていたのである。


「まったくだ。ならば、サタケ君。君はどうやってこの誠意に応える?」


「では、またあの晩ご飯をご馳走になる、というのはどうでしょう?」


「なるほど、ナイスな答えだ」


佐竹の切り返しに声を出して笑いながら、デビットは右手を差し出した。対して、佐竹を相応の笑みを浮かべて彼の手を握り返す。


「生きてまた会える事を、君の知らない『神様』に祈っていよう」


「ありがとうございます。仮に何かがあっても、決してデビットさんたちに迷惑はかけませんので」


「迷惑、かね。もう忘れたか? 私達は自らの意思で君に協力したのだ。
次、もし迷惑などとふざけた事を言えば、君のナニを家の犬に食わせてやる」


「それは恐い怖い――――――――それでは、また会える事を楽しみにしています」


一度強く握手を交わし、佐竹は踵を返した。
一歩目は重く、しかし二歩目三歩目は悠然と。そうして歩き始めた佐竹の背中に、柔らかな感触が広がった。


「さたけ」


背後より抱き留められる佐竹。回された腕と震えが目立つ声色から、その人物がアリサ・バニングスである事を悟った。
「どうかした?」と佐竹が振り向こうとして、アリサより強く「前を見て!」と拒絶され、言う通りに街灯に照らされた夜道に視線を固定する。
そのまましばらくし、ようやくアリサは口を開いた。


「全部、全部聞いたわ。ご飯の後、パパから貴方の……………………佐竹さんの事を全部」


道化と化していたあの時。佐竹は自分が転生者である事は言っても、彼女に起きた惨劇の理由といった重要な部分は一切話さなかった。
だが今の言葉から、アリサは全てを知ってしまったのだろう。

なればこそ、佐竹は解せなかった。震える身体に鞭打ってまで、何故彼女は抱き留めようとしたのかが。
聡明な彼女からすれば、今から佐竹が何をするのかも分かっているはずである。
なのに何故、と佐竹は戸惑う。それに気付いたのか、アリサは一度深く息を吸い込んで、想いを吐き出した。


「ありがとうございます。佐竹さんが私のために命を脅かしてまで助けてくれた事、本当に感謝しています。
ごめんなさい。佐竹さんが私を救おうと必死になってくれていたのに、私は貴方を拒絶してしまいました。それは今も同じです。
お願いします。私の全てを奪った彼に、貴方の鉄槌を下してください。
待っています。次に会う時、私はこの恐怖に打ち勝ってみせます。だからその時にまた――――――――抱き締めてもらえますか?」


ふるふると震える振動を背中で感じながら、佐竹は無言でアリサの告白を受け止めた。
彼女の言葉にどれだけの決意が込められているか。その強さを佐竹は理解しきれていない。
だが、問いには答えを。アリサ・バニングスは今、佐竹の返事を待っているのだから。

血が通っているのか不思議なほどに青白くなったアリサの手に触れ、佐竹はその拘束を優しく解く。
びくっと大きく跳ねた彼女を気にせず、そのまま振り返ってアリサの冷えた手を包み込む。
目線は同じ。涙が滲む瞳を見つめ返して、佐竹は意地悪そうに笑った。


「何よりもまず、敬語は止めよう。俺たちは同い年じゃないか。後はそうだな。俺のハグでよければ、いつでも言ってよ。友達のお願いなら、断る理由なんてないさ」


あっはっは、と笑う佐竹にアリサはぽかんと口を開いて、そしてにっこりと極上の笑顔を見せた。
紛れも無く美少女である彼女の笑顔だけで、佐竹は少しばかり勇気を与えられた気がした。


「けど、これで本当に負けれなくなった。こんな約束したんだ。破っちゃ、後がどうなるか考えたくないよ」


「そう…………それじゃあ、オマジナイが必要ね。
絶対に帰って来れる最高のオマジナイ<護り>を。約束を果たせる様に、絶対のオマジナイ<誓い>を」


天使の様な頬笑みを浮かべるアリサは、そのまま震える両手で佐竹の頬に触れると、その小さな唇を佐竹のそれへと重ね合わせた。
息を飲む佐竹。視界いっぱいに広がる、眼を閉じたアリサ。
頬に触れる手の冷たさが心地よい。唇に触れるキスの熱が気持ちいい。
時間にして5秒ほどの口付けは、佐竹に更なる誓いを突きたてた。


「は、ははっ。これは半端じゃない効き目がありそうなオマジナイだよ。マジで死ねなくなった。仮に黒金に殺されても、その先でデビットさんに嬲り殺されるかも」


「何を言う。奴が君を仕留めるよりも早く、私が死神の鎌を振ってやろう」


「冗談に聞こえないのが本当に恐いですね。くくっ、あはははははっ!」


腹を抱えて笑う佐竹の声が伝染して、アリサが、バニングス夫妻が、鮫島が。近所迷惑もかくやというほどに大声で笑い出した。
その中で佐竹は本当の覚悟を決める。必ず黒金猛、いや池田隆正<因果>を殺してみせる、と。










こうして新たな決意を胸に、佐竹は真夜中の海鳴市を歩き続ける。
向かう先は池田隆正が待つ公園。佐竹に生き残る以外の道は、許されない。



[27097] 『リアル・リプレイ・5』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:30254318
Date: 2011/08/20 16:04
過去<未来>の記憶が蘇る。
ヒラルガ・サイトーンの後をつけて行った、佐竹がこの世界<リリカルなのは>に来て初めて目にした殺し合いの現場。
春先とはいえまだまだ寒く感じる真夜中。佐竹は臆する事無く一歩を踏み出し、今から始める死闘に気合を入れた。




















佐竹がバニングス家を出て約30分。ただ一度の記憶を頼りにどうにか辿り着いた先は、老若男女問わず憩いの場である大きな公園。
時刻は午後11時を回ろうとしている。池田隆正<黒金猛>は最長で今ほどの時間までいるという話だが、果たして今も彼がこの公園にいるのか。
覚悟を決めて早々前途多難であるが、しかし佐竹は池田のテリトリー<拠点>を進む。確信は無い。それでも、佐竹は敵がいると信じて、道を歩いた。


【でぇ? 実際どうすんのさぁ? あのカスをぶっ殺すんはダイダイダーイ賛成なんだけどよぉ?
それにしたって、やっぱチッポケな不安はあんだよなぁ。相棒のガッチリムッチリな対策は役立つかねぇ?】


はてさて、と佐竹は両手を上げて首を振るペインの姿を幻視した。しかしペインの抱えている不安は、確かに一番重要な点である。
池田隆正を殺すと決めてからずっと、佐竹はその方法をひたすらに考え続けた。
まずは基礎。池田は『ループ<逆行>』を能力<チート>とした転生者。その基盤となったキャラクターである『白銀武』は、『鑑純夏』という『ループの原因』がいたからこそ、永遠と巡り続けていた。

それを池田に当て嵌めた場合、さて一体何が彼を巻き戻しているのか。原因の一つとして考えられるのが、この現実を作った張本人<黒い人型>である。
しかし仮にそうとすれば、池田はまさしく『無敵』である。『ループの原因』が手の出し様が無いお上<黒い人型>であれば、どう足掻いても逆行<ループ>は止められない。
故にその身に死は無く、永遠と物語<リリカルなのは>は蹂躙され続けるのだ。

だが、その可能性は限りなく低いであろう。佐竹自身も『その可能性』は無いとふんでいる。
本当に件の存在<黒い人型>が池田にとっての『鑑純夏』なら、このゲーム<殺し合い>の勝者は池田隆正以外にあり得ない。そしてそんな最強主人公<設定>を、この作者<黒い人型>が認めるだろうか?
殺し合うように差し向けておきながら、既に勝者が決まっている出来レースに面白味など皆無。
金銭などのチップも賭けて無ければ、予想したキャラクター<転生者>がゲーム勝った事による歓喜も無い。ただ「あー、やっぱコイツの勝ちね」なんていう分かり切った結果が残るだけ。
ただでさえ能力<チート>に凶悪な条件<デメリット>を付けて送りつけているのだ。その様な展開、ほぼ無いと思った方がいいだろう。

だからこそ、もう一つの理由が有力となる。誰しもが真っ先に思いつくであろうそれこそ、池田の逆行<ループ>は『ツール』が原因である、というものだ。

例えば佐竹の場合。彼の身に住み着いたペインという『痛覚遮断ツール』があるからこそ、この先痛みに苦しみ足掻く事は無い。
『寄生』とだけあって完璧に同化しているから引き剥がす事が出来ないため佐竹も確証を持てなかったが、能力<チート>は『ツール』を装備しているからこそ引き出せるのでは、と推測したのだ。

初めてペインと佐竹が出会った時を思い出してほしい。ペインはその時、佐竹に対して『選んだ能力<チート>が、自分<ペイン>である』と、『機能は痛覚を切る事』と明言しているのだ。
であるなら、それは他の『ツール』も同じと見ていいだろう。
既に死んだ明智一真は、舌にピアス<装飾>型の『ツール』を付けていた。だからこそ、彼の笑顔は普通<ノーマル>から反則<チート>へと変貌した。
なら池田隆正はどうか。逆行<ループ>させる事を目的とした『ツール』を肌身離さず持っているから、彼はそれの恩恵<ループ>を受ける事が出来るのではないだろうか。

とすれば、だ。『ツール』とは転生者に与えられた最強の武器。弾丸無制限のロケットランチャー然り。潜入捜査中の段ボール然り。まごう事無き『チート装備』なのではなかろうか。
つまり逆に考えれば、その最強武器<ツール>を取り上げる、又は破壊する事で転生者は一般人へと成り下がるのでは。佐竹はその様に結論付けた。

であるからこその一手は、佐竹の策に含まれている、佐竹と同じ『寄生型』の様な代物では不可能に近いが、幸い池田の『ツール』がどのタイプ<型>か知っていたため、佐竹はその案を採用した。
『知っている』というのも、佐竹は以前の戦闘の際池田の『ツール』を見ているのだ。天に高々と掲げた、押し込む部分が一つしかないリモコン<ツール>を。
あの場で持ち出すのが不釣り合いなリモコン、その形状、予想される使用用途から見て、池田が『操作機器型』であるのは間違いないだろう。そしてそれが物である以上、いついかなる時でも肌身離さず持ち続ける事は出来ない。
ならばこそ、彼のリモコン<ツール>をどうにか出来るとして、佐竹は池田隆正の装備<ツール>を外す事を視野に入れていた。逆行<ループ>を封じられると信じて。

続いて、池田隆正と戦闘する際、佐竹がもっとも気を付けなければならない要素がある。彼の魔法『戦術機召喚』だ。その対策も佐竹は考えたが、ぶっちゃけた話、こればかりはどうしようもなかった。
毎度の事だが、池田が魔法を唱えた瞬間、佐竹の死はほぼ確実。彼自身も9割がた負けるだろうと思っていた。
如何に頑張ろうと、佐竹の手札では有効な致命傷を与える事が出来ない。自慢の釘打ち機も輪ゴム式割り箸銃へ早変わりなのだから。
ここで佐竹があえて『9割』としたのも、単に絶望したくなかったからでしかない。たったの1割。果ては小数点以下の望みになったとしても、そう思った方がまだ気持ちを落ちつけられるから、そうしただけなのである。

以上より導き出した佐竹が勝つための条件が、『奇襲』による先手、『ツール』を奪う、『魔法』を発動させるよりも早く殺す、『逆行<ループ>』の原因が神様<黒い人型>でない、の4つだ。
結局のところ『運』と『自力』がものを言う感じである。
なんとも不利すぎる勝負だよ、このヤロウ。公園に潜んでいるだろう池田に、佐竹は苛立ちを隠そうともせず舌打ちをした。


【ハッハァ! だぁいぶイライラしてやがんなぁ、相棒! でさでさ、まぁずはどっから踏み潰していくんさ?】


一度周りを見渡して、佐竹は池田がいそうな場所を検索する。が、それはもはや一ヶ所しか考えられない。奥に茂る、木々の中だ。
そう断定して、佐竹は鞄から釘打ち機を取り出し、暗く足場の悪い戦場へと踏み入れた。

そうして歩き始めたまでは良かった。そこから先は、佐竹にとって完全に予想外であった。

初心者丸出しの隙だらけな構えで釘打ち機を持ちながら、ガサガサと大地を覆う枯れ葉を踏みしめ、歩く事数分。
何かに足を引っかけた様な感触の後、バンッと、まるで敵侵入の合図を知らせるために、夜の公園を貫く爆発音が高鳴る。
佐竹は思わず飛び退いたが、時すでに遅し。池田が仕掛けたであろうトラップは、その役目を正しく果たした後だった。


「…………くそっ」


もはや佐竹の存在は池田に気付かれてしまっただろう。
暗がりに仕掛けるという在り来たり且つ効果的なトラップに引っかかって、佐竹は策の一つ<奇襲>が失敗した事を悟った。
そしてそれは同時に池田の警戒心を強め、いつでも『魔法』を唱える準備を整わせた事に他ならない。


「ちくしょうっ!」


甘かった。佐竹は、池田を甘く見過ぎていた。
いくら格上としてあらゆる策を練っていたとしても、それは相手も同じ。デス・ゲームに参加する以上、自衛の手段を一つや二つ用意して当たり前なのだ。
加えて、池田隆正が『転生者』であるのも忘れてはいけない。
『転生者』とは、前世の記憶を引き継いだ者。当然、年齢相応の思考をしているはずがない。積み重ねた人生という『経験値』は、時として脅威となる。まさに今この時のように。

しかし、佐竹に残された道は変わらず一つ。狙われていると分かっていながら、今後を警戒しない人間はいない。更に『因果』というリミットを考えれば、佐竹は後退の二文字を選んではいけないのだ。


【オーライ、相棒! まだだ! まだ終わっちゃいねぇ!
ソリッド・スネークもレッド・アラートが鳴り響いたトコで任務放棄はナッスィング! 俺たちゃ伝説の蛇! まだまだ勝ちの要素は残ってらぁ!
おら、行くぜ相棒! 一点目指して、突き進めやぁ!】


ペインの激昂を胸に、佐竹は奥へ奥へと侵入を続けて行く。
途中何度か最初と同じトラップを鳴らせたり、また別のトラップに足を掬われた時は、佐竹も本当に心が折れそうになった。
池田によって巧みに仕掛けられたそれらに注意を払えば払うほど焦り、やはりまた罠が起動してしまう。
焦燥感が冷静さを奪っていく。それは佐竹の命を刈り取る大鎌として、首筋に刃が突き立つ。
ぐっという、今までよりも一等強い圧迫感が脛を押す。刹那、佐竹は背中に生温かい液体が流れていくのを感じた。


【背中に裂傷。深さ18センチのが三つ。幸い重要な血管等に影響ナシ。
ヤロウ、マジでコッチを殺るつもりだぁな。俺は受けより攻め派なんだよ、クソッタレ!】


暗闇で見え難いが、佐竹の背中にはナイフが刺さっていた。トラップの起動として張られていたロープが、佐竹の押す力によって引っ張られ、その先に仕掛けた本命<ナイフ>が彼の背後を刺したのである。
どうにか手を後ろに回し、佐竹は溢れる血と一緒に引き抜いた一本を見た。
一枚の鋼材を削って造られた様に見えるそれは、刺さりやすくするために鋭く砥ぎ、それなりの重量を持たせるなどといった工夫が感じられる、手作りのナイフ。

戦闘のペースは、完全に池田に持って行かれていた。
佐竹はその場で足を止めると、深く深呼吸した。目を閉じる様な愚行はしない。
一寸先は死。集中力を欠いた結果に身震いし――――――――佐竹ははっとした。


「…………やるしかない。いや、やってやる」


死を招く罠。つまり、引っ掛かれば相手は軽くとも怪我をするという事だ。痛手を負って動きが鈍る。そう『思わせる』事が出来れば、或いは。
咄嗟に閃いたのは悪あがきであったが、試さなければ『生』の天秤は傾かない。
だがそれによって強制的に池田との正面衝突が待っているとあって、佐竹は一瞬躊躇するも、しかし首を振って迷いを払う。

まずは、場の準備。
佐竹は蹲る様にして身を屈めると、釘打ち機のモードを『単発』から『連射』へ変え、いつでも拾える位置に置いた。
続いて、ポケットからバニングス製激辛ジュースを引っこ抜く。空いたポケットには、鞄に眠っていた予備の弾丸<釘>を押し込んで。

キャップを開けたジュースを持った左手を身体の陰に隠し、足元の釘打ち機へ不自然に思われない様右手を添える。
これで全ては整った。後は最後の締めとばかりに、佐竹は深く深く息を吸い込み、かっと眼を見開いて天を見上げた。


「ぐぁぁぁあああああああああッ!」


イメージするのは激痛。この世界で感じる事の無くなった痛みを、佐竹は声によって表現する。
彼が思いついた悪あがきこそ、自身があたかも重傷を負ったかの様に演じる事だった。
動きを止めるほどの重症とあれば、これ以上の行動は不可能。となれば、生死を確認する為に動き出すであろう池田を狙ったのである。
その一瞬がチャンス。池田を『視認』さえ出来れば、まだ佐竹にも勝機が残されているのだ。
しかしもし池田が『戦術機<魔法>』を操って来たら、もはや佐竹の敗北<死>は必至。

それでも佐竹は諦めない。先手は取られたが、後手の先はこちらのもの。
緊張と恐怖で震える身体を叱咤し、小さな勝機を待つ。

バクバクとビートを刻む心臓。それに耐えるのが辛く感じて来た時だ。佐竹の前方より大地を揺らして近付いて来る音が響き始める。それはつまり、池田が『戦術機状態』であるという事に他ならない。
理解し、絶望が佐竹を支配する。見通しの甘さ。賭けに負けた悔しさ。これから死ぬ恐ろしさ。その全てに襲われ、佐竹の顔から血の気が失せていく。


「…………約束、守れそうにないや」



ずしんずしんと徐々に大きく聞こえて来た地響き<死の宣告>に、佐竹が最後に思い浮かべたのはアリサ・バニングスとの誓い。
もう逃げる事は不可能。がちがちと小刻みに震える歯が、蹲って固まる佐竹の恐怖を前面に押し出した。

一際大きく大地が軋んだ。同時に、振動が止まった。

何事かと、佐竹は出来る限り俯いたまま、視線を池田がいるであろう方向へ向ける。
木が邪魔してほとんど見えない中、聞こえて来たのは枯れ葉を踏みしめる音。
一歩、また一歩と靴が枯れ葉の道を進む音が近づき、ついにその音源が佐竹の前に姿を現した。
池田隆正である。それも機械<戦術機>ではない、人間の姿をした。

まだ、勝てる。これなら勝てる!
ふっと降りて来た勝機を逃すまいと、佐竹は池田との距離が縮まるのをじっと待つ。
まだ。まだ遠い。後、ちょっと。
息をするのも億劫に感じ、逸る気持ちが先行せぬよう我慢を続けて、佐竹は最高の条件に達する瞬間まで耐え忍ぶ。

待って、待って、待って――――――――ついに時は来た。










「あ、あオァァあああああああッ!? かりャビ! いひハへひなっ!」










喉を押さえて悶える池田には、何が起きたか全く分からなかった。まさか自分の内側が、相手のと同じ『状態』となっているなど、露とも思わないだろう。

それこそが佐竹の『魔法』だった。
魔法発動から先限定の、同調魔法。有効範囲は、視界に入る全ての『人間』。効果は失ってしまった彼の『激痛』を、『現象付き』で相手に押しつけるといったもの。

以前の坂下と溝端の時もそうである。五指、肩の脱臼。それらが彼らに起きた時、佐竹もまた同じ箇所を『脱臼』させていた。
もっとも、自分の意思で簡単に脱臼させる事など無理なのだが、そこは彼に寄生するペインのお陰で成り立つ。

ペインは、佐竹に寄生している。その神経。その臓器。その肉や骨。髪の毛一本血の一滴に至る全てが『佐竹黛<宿主>』であり、ペインの『寄生対象』なのだ。
そんなペインにはある特技がある。佐竹の了承さえ得られれば、彼の身体を弄くり回す事が出来るのだ。
それによりペインは佐竹の骨を外し、魔法として坂下と溝端に映したのである。

して今回。池田が悶え苦しむ理由となっているのが、現在の佐竹の口内である。
佐竹が池田との距離を最高の状態にした瞬間、彼はバニングスの家で貰った凶悪な辛さのジュースを口に含んだのだ。

口内を侵し、食道を流れる劇薬。その刺激<辛味>は『魔法』として池田を攻撃する。
突然の異常事態に池田がのたうつのを確認して、佐竹は釘打ち機に添えた右手を動かし、グリップを握りめて全速で走った。


「うグぅあアッ! いはッ、ゴほっ!」


未だ苦しむ池田に同情はしない。一気に距離を詰めた佐竹は、速度をそのままに狙いを池田に定めて、釘打ち機の引き金を引いた。

バババスッと、連続してガスが白銀の杭<釘>を撃ち出す。元より攻撃手段として設計されていないため命中精度は期待できないが、そこは格言にもある通りに『数撃てば当たる』のだ。
胸に、腕に、足に、顔に。夥しい量の銃創が、池田の表面を塗り潰していく。
残弾全てを吐き出しながら突進し、佐竹は闇の中で血と釘に彩られた池田を蹴り飛ばし、止めとばかりに催涙スプレーを吹き付けた。
水鉄砲の如き勢いで発射された薬剤は、狙い違わず池田の顔面を襲う。


「あがァ! 目ぎャあ! ごふッ! 見えヒャひぃ!」


風に流れた弾丸<釘>が眼球に刺さったのか、両目を押さえて転がり回る池田を押さえつけ、佐竹は彼のポケットを漁る。指に硬い感触を感じ、思いのままそれを抜き取る。タバコの箱ほどの大きさのそれは、まごう事無き池田の『ツール』であった。
これで条件の一つをクリアした。佐竹は奪い取った池田の『リモコン<ツール>』を投げ飛ばし、ポケットから折り畳み式ナイフを取る。


「俺の、勝ちだ」


無数の釘と未知の刺激による激痛<ペイン>にもがき苦しむ池田を見下ろして、佐竹はナイフを振りかぶる。
躊躇はしない。遠慮もしない。気にする必要など、欠片もない。

そして、トスっと。
池田の心臓に終焉を齎<もたら>す一撃が、音も無く振り下ろされた。





















「さぁ、祝宴といこう! サタケくんが帰って来た事に、乾杯!」


長い長いテーブルには今、バニングス家の住人全員が座っている。
各々がグラスを持ち、「乾杯」と声を上げた。

卓に並ぶは豪華な料理。どれもこれもが一級品のそれらに、『彼』は目移りしてしまっていた。


「いっぱい食べてね?」


「むしろ全部独り占めしたいよ」


『彼』の隣に座るアリサ・バニングスに自身の心構えを言って、宴会用に大皿でやって来た料理をどんどん処理していく。
だが悲しい事に、『彼』は何の味も感じなかった。絶品であるはずの料理は、無味無臭のハリボテ。
にも拘らず、『彼』は箸を進めて行く。次々に手を付けては、味の無い料理に頬を緩ませる。


「おいしい?」


「うますぎるぅ!」


幸せそうに微笑むアリサに、『彼』はカロリーメイトを齧ったバンダナ男もかくやと言わんほどの感想を述べた。
そしてまた次の獲物<料理>を求めて動き出そうとした時、アリサの指が『彼』の口元をそっと撫でる。
肉料理にかけられたヨーグルト・ソースだ。『彼』の口周りに付いていたそれをアリサは掬い取り、自分の小さな口へと運び入れる。
その様に照れて俯く『彼』とアリサ。そして何を思ったのか、お互いが同時に顔を上げ、椅子に座ったまま抱きあった。


「ありがとう、黛」


「どういたしまして、アリサ」


すぐ耳元で聞こえる幻聴。彼女の身体からは、もう震えは感じない。
これにて約束は果たされた。『彼』は一切の温もりを感じないアリサを抱いて、彼女と共に世界<リリカルなのは>を生きる事を決心する。










―――――――――そんな夢を、佐竹は見た。





















「今日は皆に大事なお知らせがあります」


これで合計四回目。しかし、やはり他の生徒にとっては初めての言葉。
喪服を着た担任から出るは、クラスメートが死んだというニュース。
この現実が、再度佐竹に実感させる。また『逆行<ループ>』してしまった事実を。


「冬休みからずっと休んでいた明智一真くんと、別のクラスの池田隆正くんが…………お亡くなりになりました」


池田隆正を殺した瞬間、佐竹はまたも晩ご飯中の自宅へと巻き戻されていた。
それによって自分の読みが外れた事を知り、出された飯をほっぽり出して自室へと駆け込み、暴れた。
佐竹が繰り返したという事は、アリサ・バニングスもまた悲劇に狙われてしまう。もう一度彼女は地獄を見る可能性があるのだ。
唇を噛みしめて、佐竹は最悪の結果を悔いた。なのだが、実際は少しだけ違っていた。

池田隆正が、ループした先で死んでいたのである。それを佐竹が最初に知ったのは、ペインのリンク機能による『機器<ツール>』の反応がロストしたという報告だ。
続けて、今日の朝。明智一真の死と一緒に、佐竹は以前には無かった知らない現在<未来>を見る。
明智家の惨殺事件について取り上げられた記事。その隣には『皆の公園で事件発生! 被害者は9歳の子供!?』と、これまた強調されて書かれた殺人事件の知らせがあった。
それこそが、池田隆正の事だったのである。

明智一真が死んだ日。その時間帯、池田は公園にいた。彼の両親とてその事は知っていたが、いつになっても帰って来ない息子を心配して、警察に捜索願を出したのだ。
そうして公園の奥深くで見つかったのが、全身に開いた小さな穴から血を流して絶命していた池田隆正である。
警察は池田の死体から殺人事件として捜査を始める事にしたのだが、周辺に一切の証拠はなく、体中に開いた穴が何かも判明出来ずで、中々進展してはいないのだとか。

以上より、池田隆正は巡り巡ってその一生を怪奇に終えた。そして当然、佐竹は彼の死に、己が身に起きた現象について困惑していた。
何故自分が『戻って』いるのか。何故池田は『帰って来た』時に死んでいるのか。
何一つとして答えを得られなかったが、しかし佐竹はこれ以上この疑問を追及するのを止めた。
何はともあれ、池田は死んだ。つまり彼の『因果』を恐れる必要は無くなり、世界はあるべき姿へと『戻った』のだから。


「皆、目を閉じて明智君と池田君のこれからを祈ってあげてね。…………それでは、黙祷」


各々の想いを捧げだした生徒の中、佐竹はある少女を見つめていた。
金髪が美しい美麗の才女、アリサ・バニングス。彼女は今、一切の穢れを知らない無垢な小学生。
元に戻ったのだから、彼女の身に刻まれた痕は丸々リセットされている。そしてそれは、佐竹たちの約束<誓い>も例外ではない。


「…………ふぐっ…………うぅ」


佐竹は目をきつく閉じ、漏れそうな嗚咽と涙を堪える。
ここで泣いたとしても、明智と池田の死を悲しんでいると誤解されて終わるだろう。
なので思い切り泣いてもいいのだ。だが佐竹は泣かないし、泣いてはいけない。

アリサ・バニングスと親密な関係になるという事は、すぐ様彼の死に繋がる。
彼女は原作のヒロイン。イレギュラーな男が近づいてはいけないのだ。
だから佐竹が泣く必要など無い。正しく『生き延びる』事を祝し、交わした約束<誓い>は泡沫の夢であったと思えばいいのだ。
アリサは元に戻り、佐竹との関係はただの知り合い。それが結末の全て。


瞼の奥に留めた涙が、隙間を通って佐竹の頬を伝って流れていく。
万事解決したにも拘わらず、何故佐竹は涙を流すのか。
原作を取り戻した喜び、ではない。上手くいけばアリサ・バニングス<原作ヒロイン>と恋仲になれたかもしれないあの世界<ループ前>に、少しでも『戻れ』と思ってしまった自分が情けなかったのだ。


「…………ごめん。本当に、ごめん」


佐竹の謝罪は、誰も聞き入れない。彼の言葉の相手である彼女<アリサ・バニングス>にも、聞こえはしなかった。










これにて初めての殺し合いを経験し、その勝者となった佐竹は、今日も今日とて小学生を演じている。
そんな彼の隣に―――――――彼女はいない。






止めろ、止めるんだ<押すな、押すなよ>はフリである。


という事で、これでようやく以前の投稿まで戻りました。
相変わらずの亀更新になりますが、ここから先の展開も、どうぞよろしくお願いします。



[27097] 幕間 『願望』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:a78c04d5
Date: 2011/08/20 16:01

――――オレは、主人公<白銀武>なんだ。




















リリカル! マジカル! Kill them All!
――――幕間 『願望』――――




















――――オレの知ってる世界は、こんなんじゃなかった。


「あ、あの、ここ何処すか?」


あー、超ひまー。暇っつってもさぁ、ならどうするよ? ゲーセン行こうぜ! その意見採用!

学校からの帰り道。仲のいい友人と他愛も無く駄弁りながら歩いていた矢先の出来事だった。
気付けば辺りは白色の異世界。そんな訳の分からない場所にほっぽり出された池田隆正は、分かりやすい戸惑いを表情に出して、丁度身近にいたスウェット姿の男性に訊ねていた。

しかし彼もまたここが何処か知らないのか、お手上げとばかりに首を左右に振って「俺が知りたいよ」と池田が望まない答えを返し、問いの答えを他の人から求める様言い残して、そのまま何処かへ歩き出してしまう。
そんな男性に池田はひでぇ奴、と一方的な苛立ちを覚えて舌打ちをするも、だがそれで事態が進展する事は無い。


「チクショウ、なんだってんだばぁ!?」


仕方なしに他を求めて彷徨えば、今度は足元に蹲る少年に躓く始末。
先ほどのムカつきに今回のアクシデントが加わり、池田はビクビクと怯える自分と同じく学生の少年に怒鳴り散らしていた。
ごめんなさいっ! と土下座もかくやと言わんばかりの勢いで頭を下げる少年に面食らうも、ひょんな事からその少年、明智一真と意気投合し、池田はつい数分前まで抱いていた苛立ちを忘れ、異質な世界でいつもの様に話し込んでいた。


「現在一万名。以上を持って締め切りとし、これより選考会をはじめるかのぉ」


だが、そんな時間もすぐに終わりを迎える。
池田たち集められた彼らの頭上に、老人がいた。朗々と現状を語る、禿げ頭に輝くリング、魔法使いが着る様な白いローブという見た目の老人に、なんとも狂ったセンスの持ち主だ、と彼の話を聞き流してそんな事を思っていた池田は、老人が現れてからテンションを異常に上げ出した明智が理解不能だった。
が、それも明智の興奮する理由を聞いて、思考し、共感する事となる。

そもそも、池田隆正はオタクである。放送されるアニメは欠かさず、果てはYou Tubeやら違法な手段を駆使して過去にまで遡って見た。小説だって気にいった物は買い漁った。発売されたゲームは、健全な物も18歳未満禁止の物もやり尽くした。
だが、明智の様に二次創作まで手を伸ばした事は無かった。だからこそ、分からなかったのだ。二次創作を好み、閲覧して来た人間が厭きる程によく見る展開<テンプレ>を。

しかし、それももはや今更である。明智から流していた部分の補足を聞き、事の重大性を理解した池田は、歓喜した。
加え、後に老人が出した転生者の特典<チート能力>を選ぶ段階に入ってからは、もう止まらない。

池田の前に浮かんだ半透明のパネルに出る、三種の基礎となる項目<チート>。内、面白そうだからと選んだ選択肢にあった『すごいよたけるちゃん』という一文に、彼は強く惹かれた。
文が持つ力は分からない。ただ池田は『たけるちゃん』が『すごい』という内容に、気持ちを持って行かれたのだ。

繰り返すが、池田隆正はオタクである。そんな彼は経験した数々の中で、ジャンル別トップ3を作っていた。繰り返し見ても、幾度読んでも、何度プレイしても飽きないのが、ジャンルのトップ・ランカーに認定される。
アニメ部門なら、今回彼が転生する先の『魔法少女リリカルなのは』がトップ。ゲーム、それも18禁部門なら、熱いシナリオに心高鳴る『マブラヴ・オルタネイティブ』という作品が最上位だ。


「どーれーにしようかなっと!」


そんな『マブラヴ』の主人公、白銀武の名前が入っている。選ぶ素振りを見せながら、しかし心に決めた相棒<チート>は変わらず一つ。
リズムよくパネルを弾き、ほくほく顔で池田は夢想した。まだ能力<チート>が彼の思い描く力と決まっていないのに、想像の主人公<池田隆正>が一人歩きを始める。

結果として、老人の手によって無作為<作為的>に選ばれた七人の主人公<転生者>となり、別世界<リリカルなのは>に誕生してからの自身の能力が間違っていない辺り、もはや流石としか言い様がなかった。




















――――オレの周りは、常にリリなのヒロインがいる。それが『主人公』ってヤツだろ?


【タカちゃんさぁ。ホント、よくコレの作り方知ってたね】


夜の9時。池田は近所の公園にて内職をしていた。作業内容は、罠の作成。足を引っかけ躓かせたり、膨らませた風船を破裂させたりといった、まだまだ悪戯の域を超えないものばかりだ。
どうしてこの様な事を池田がしているのかと言えば、全ては今後のため、なのである。


【まずは、初めまして! 私は『操作機器型逆行誘発ツール』だよ! 『ルー』って呼んでねっ!】


父親は鍛冶職人の弟子、母親はデパートの社員。お互い朝が早いためか、一人の時間が多い池田家の長男として転生した池田は、押し込む部分が一つしかない拳大のリモコンが一体何処から声を出しているのか不思議に思いながら、掌に鎮座する『ルー<相棒>』が語るこれからの物語に対する説明を受けていた。
しかし当の池田は、ルーの言う事などどうでもいいと、適当に相槌を打って気にも留めない。
というのも、池田は主人公が『自分である』と信じて疑わなかったのである。

場にいた七人がどういう基準で選ばれたのであれ、スポットライトを一番に浴びるのが、己。だから、大抵の事はなんとでもなる。なにせ『主人公』だから。その様に考えていたのだ。
とはいえ、池田とて本当に『何もせず』勝ちを拾えるとは思っていなかった。彼の見て来たアニメの主人公ですら、逆境を乗り越える努力をしている。ならば『主人公』たる自分も何かをせねば。そう思い、池田はまず拠点を作る事にした。
城に選んだのは、近所の公園。敷地が広く、奥には木々が茂る。家から近いのもあって、そこを拠点にすべきだろうと、池田は決めたのである。

拠点に求められる、最大の要素とは何か。ベストは『攻めるに難く守るに易い』だ。
だが、所詮17年生きただけの若造である池田に、そこまで上等な拠点を作る事は叶わない。
のだが、ある特技を持っていた為に池田は『それなり』の城を作る事が出来た。その特技というのが、アニメやマンガ、ゲームに触発された末身に付けた技術、罠<トラップ>の作成である。
もっとも、道徳の精神が池田の中で生きていたからか、その全てが相手に致命傷を与える能力が無いので、まだまだ悪質な『悪戯』で済んでいるが。

何にせよ、まさか転生してこの技術が役立つとは、当時の池田とて到底思わなかったであろう。日がな一日、それこそ学校が始まっても、早ければ夕方6時、遅ければ夜の11時になるまで公園に入り浸った。
学校すらサボってやっていたため、それがバレて親に叱られた際、自分の学力を見せ付けて抵抗し、結果数々の脅しや実力行使にも屈せず制作を止めなかった池田は、しみじみと過去の自分を思うのだった。




















――――でもさ。いつの間にか友達やヒロインが死ぬとか、そりゃあり得ねぇよ。


「あけち、かずま?」


それは池田が拠点造りに精を出してしばらくしての出来事であった。朝起きて、パンを咥えながら家を後に。その後日課の拠点制作を早めに切り上げた、夕方の事。
帰って早々待っていたのは、母親の諦めが混じったお怒り話<説教>と、晩ご飯。
また学校から電話があった、どういうつもり、と苦言を語る母親に適当な相槌を打って右から左へ受け流し、池田はテレビのリモコンを弄ってチャンネルを回し出した。
その時に映った、あるニュースの放送。昨日起きたばかりの事件に対して記者があれこれ語るのを見て、しかし関係無いと説教を止めない母親の声をどこか遠くに聞きながら、池田は血の気が失せて眩暈を覚えた。

ニュースの内容は、明智家の大黒柱である明智吉隆容疑者による一家惨殺。この中に含まれていた長男、一真少年の死。その名は、奇しくも転生前に出会った同年代の少年と同じものであった。
彼もまた自身と同じく転生した事を、池田は知っている。最後に集まった七人に、彼が含まれているのを見ていたからだ。
だから、明智もまた転生しているのは頷ける。しかし、彼が死んだというのはいただけない。


「どうして…………一真っ!」


手に持っていたリモコンが、フローリングに落ちる。だが池田はそれを気にも留めず、家を飛び出した。突然の奇行に喚く母親など、眼中にはない。
池田の全てを占めるのは明智家であり、その長男の一真ただ一人。

息が切れても、足が縺れそうになっても、明智家が何処にあるかも分かっていないのに、池田は走るのを止めない。
夕方ならまだ人はいる。そうした彼らに道を尋ね、どうにか目的地に辿り着いた時、ついに彼は崩れ落ちた。


「一真…………かずまぁぁぁあああああ!」


涙と鼻水、涎さえも撒き散らして、池田は叫んだ。
KEEP OUT。立ち入り禁止の黄色で拘束された友達の家と、あの異世界<転生前>にした明智一真との『約束』が、彼の心を締めつける。


【あっ! 言い忘れてたけど、一つ報告があるよ! 転生者の一人が、昨日死んだんだ! きっと、ここの子で間違いないよ! ニュースでもそれっぽい事言ってたし!
だから、おめでとうタカちゃん! これで後5人倒せば、タカちゃんの優勝だねっ!】


もしかすれば、この一真少年は池田の知る『明智一真』では無かったかも。その様な可能性すら無残に潰すルーの吉報<凶報>は、今の池田に届く事は無かった。
ただひたすらに、池田は泣き続ける。自分に助けを求めたはずの明智一真はもう、いない。




















――――だからさ、オレは思ったんだ。こんな世界、認めちゃいけないんだって。


「来たな、転生者! 待ってたぜ!」


明智一真<転生者>が死に、しかし時は過ぎていく。その間起きた、あるべき世界を捻じ曲げて行く事件。
アリサ・バニングスの死。本当の主人公、高町なのはの父親<高町士郎>が瀕死。池田は知らなかったが、月村すずかが夜の一族<吸血鬼>として目覚めた事等。
原作<リリカルなのは>ではあり得てはいけない大元<とらいあんぐるハート>の出来事の数々に、池田はある決心をする。
主人公たる自分が成すべきは、転生者を皆殺しにして頂点に立つ事だ、と。

その様に池田を動かしたのは、ありもしない妄想であった。
過酷な運命。歪曲した世界。神が描いた物語<シナリオ>がこれならば、それを乗り越えた先にあるハッピー・エンドとは何か。
そこで池田が辿り着いた答え<妄想>こそ、神による救済だ。

物語は須らく幸福な結末<ハッピー・エンド>を迎えるもの。実際は不幸な終幕<バッド・エンド>もあるのだが、池田はそんな悲しすぎる結果を認めたくなかった。
だからこそ生まれた答え<妄想>が、神による救済なのである。
転生者を打倒し、神に世界の巻き戻しを願う。そうしてただ一人の、叶うなら遅過ぎた『約束』を果たすべく、明智一真を加えて世界を繰り返し、幸せを掴み取る。

一度そうと信じて思えば、後は泥沼の様に沈み込むのみ。もはや憐れみすら感じられる池田の決定は、しかし誰にも止められない。
彼の相棒であるルーにとっても、過程はどうあれ転生者を打ち滅ぼすのは賛成だ。であるから『余計な真実』を口に出す必要性も無い。


「来いって言ったのお前でしょうよ。下駄箱の中に果たし状なんて送ってさ。ラブレターかと思った俺の純情返せ!」


啖呵を切り、それに返って来る心底面倒臭そうな言葉。池田が見つけた、二人目にして初めて相対する転生者、ヒラルガ・サイトーン。
一人くらいいるだろう、と久しぶりに自身が通う聖祥大付属小学校へ赴き、まさか本当にいた、明らかに『そう<転生者>』であると見せ付けているヒラルガに、池田はすぐ様決闘を申し込んでいた。

そうして、呼び出されたヒラルガと睨み合う池田。これから始まる死合に、だが池田が恐れる事は無い。
イメージするのは、常に最強の自分。
まだ高校生だった頃にやったゲームのキャラクター<弓兵>が言った言葉を胸に、池田はポケットに手を突っ込んで相棒<ルー>を取り出すと、天に掲げた。


「これは何だ! リリなのはどこに消えた! チクショウ! オレは認めない! こんな世界、認めてたまるか!
最初から飛ばしていくぜ! 来い! 『00式戦術歩行戦闘機』武御雷ぃ!」


唱えるは魔法。唯一絶対の力。
池田の身を包み込む紫の光は、やがてその姿を鈍く輝く鋼鉄の機神へ変えていく。
これこそが、池田隆正の誇る最強の変身魔法だ。

原作<マブラヴ・オルタネイティブ>の様に操縦するのではなく、その身を戦術機そのものへと変える魔法。であるから、鋼の肉体が傷つけば即ち己が肉体も抉れるという事になる。
なぜその様なデメリットを持ってまで『変身』を選んだのかと言えば、単に池田が戦術機を操縦出来なかったからだ。

動きもしない人形を得て、意味はない。彼の理想としては操縦する事なのだが、魔法創造の際ルーに指摘され、已む無く却下となった。
ならば別のプランとして、ラジコンが如く遠隔操作ならば、もしくは全自動のオート・マタならばどうか。
身を守る術を持たないのだから、都合が良くても万が一がある。こうして、この案も却下。
そうして試行錯誤した結果が、自身の戦術機化なのである。これならば、攻撃力防御力共に申し分ないと判断したのだ。
かといって、的が大きい、目立つ、損傷はそのまま肉体に反映される等あるが、それでもまだマシとしたのである。

唸る駆動音<筋肉>と共に動いたチェーンガン<87式突撃砲>の銃口が、ヒラルガを狙う。
イメージするのは、常に最強の自分。ならオレがイメージする、戦術機を操縦する最強は、ただ一人。
池田の脳裏を過るは、ある男。彼の現状よりも過酷な地獄で戦う、最強の戦士<主人公>。


「黒金猛! お前ら<BETA>を殺すオレの名を覚えておきな!」


その名<白銀武>を語りたい願望が池田の内より沸き上がる。が、それをしては彼の名を穢してしまう気がして、だがそれでもその名に肖りたかった池田は、字体を変えて名乗りとした。
白銀武と黒金猛。白と黒。銀と金。武と猛。相対し、輝きを変え、本質を置き換える。
俺はタケル<武>ちゃんにはなれない。だから俺はタケル<猛>として、転生者<BETA>を殺すために猛進するんだ。


「いやいや、何言っちゃってんの? マブラヴ・オルタですか、そうですか――――――――神は死んだ!」


素っ頓狂な声を上げて仰け反るヒラルガの反応に気を良くしながら、池田は先手必勝とばかりに鋼の指で引き金を引く。
次いで轟音。耳鳴りは必至の炸裂音が、36mm弾を撃ち出す。逃れる術は、もはやない。
勝った。動く事の無い頬の筋肉が、勝利を確信して愉悦を表す。


「――――――――っと」


ざまぁ、と。まるで一仕事始めるためのかけ声で展開された銀の世界の中、池田はヒラルガの嘲笑を見た気がした。



















――――なのに、なんでだよ。オレが主人公、そのはずなのに。


誰が予想しただろうか。生身と機械が互角、いやそれ以上で戦うなどと。


「クソっ! 当たれっ、当たれよチクショウっ!」


「はっはっはぁ! 鬼さんこちら、スパンキンっの方うへぇ~!」


親指を口に咥えながら尻を叩くヒラルガに向けて、池田はチェーンガンから弾丸をばら撒いた。
しかし当たらない。ヒラルガを守るかの様に舞う銀炎の礫が、悉く死を撃ち落としていく。

一体何度このやり取りをしただろうか。ムーンウォークで、エクソシスト移動で、産まれたてのガクブル小鹿で、ウマウマダンスで、挙句は犬の服従ポーズ等、回避不可能な行動の数々で、ヒラルガは生き残り続けた。
銀世界に包まれた公園は、地面が抉れ、木々がなぎ倒されて地獄の戦場と化しているのに、目標は未だ沈黙を知らず、果ては子供染みた挑発さえして来る。
いくら沸点が低かろうと、ここまでされれば誰だって頭に血が上るだろう。


「チクショウがっ!」


こんなはずじゃなかったのに。
無駄弾を撃つだけなら意味が無い、と池田はチェーンガンを投げ捨てて、背部ウェポンラックに固定していた長刀<74式近接戦闘長刀>を引き抜くと、素人臭い上段で構えた。
モース硬度15以上の頑強な装甲すらも切り裂く、スーパーカーボン製の刃。
元より近接戦闘に主軸を置かれた設計の肉体<武御雷>であるなら、その力をもっとも発揮できる戦いを行うのは分かる。

が、しかし。この選択はあまりにも間違いだった。


「おっとっと! 当たらない! 当たらないナリよ! 今、俺はニュータイプとなった!アフロ、行っきまーす!」


下手な鉄砲数も撃ちゃ当たる。その言葉通り、銃などは例え子供でも銃口を向けて引き金を引けば、適当に撃つだけでも当てれば簡単に命を刈り取れる。
だが、刀など刃物や己が身を武器とした場合、そうはいかない。

数ある武道の有段者が、なぜ素人と喧嘩でもしようものなら犯罪となるのか。理由はいくつかあるが、武道の有段者とはつまり、歩く凶器の様なものだ。
剣道といった精神面を鍛える意味合いを兼ね備えた武道でさえ、人を殺す術に長ける剣術家とは違うと言えど、得物の扱いは慣れたもの。
故に素人と同じ得物で戦えば、運が良く無ければまず素人が負ける。
これが仮に無手の場合であったとしても、やはり慣れた者とやり合うのでは、あまり有利不利はないだろう。

何が言いたいかと言えば、つまりは今の現状。池田とヒラルガの関係は、素人<アマチュア>と玄人<プロフェッショナル>という事だ。

いくら戦術機<武御雷>となった池田とはいえ、俊敏な動きは全て機体<武御雷>の機能であり、彼そのものの自力は変わらない。
それっぽく構えたチェーンガン。アニメやマンガ等で仕入れた剣の構え。そんなものが実践で通用するだろうか。
反してヒラルガは、動きこそオーバーリアクションで無駄だらけだが、しかし現在無傷。明らかに不利な相手なのに、挑発さえも挿む『余裕』すらある。
どう考えても、ヒラルガは『異常なまでに』戦い慣れていた。前世で一体どの様な経験を重ねて来たのか、尚且つ何故ここまで異能<チート>の扱いに慣れているのかというのを考えれば、彼への疑問が大量に沸き上がって来るが。
ともかくそんな相手に対して、機能性におんぶに抱っこでいる池田の攻撃が通じる訳が無い。

勝敗は、決した。焦り、苛立ち、判断を違えた池田の敗北は、覆せない。


「もーいいや。いっぺん、死んでみる?」


厭きた、とばかりにヒラルガはひらりと地を跳ね池田から距離を取ると、右手を図体が大きいだけのハリボテ<武御雷>へ向ける。
開いた右掌に集まる、銀炎の粒子。凝縮を重ね眩く煌めいた砲弾は、神速で飛翔した。
ズドン、と。池田の構える長刀が半ばより折れた。くるくると宙を舞い、剣先が地に突き刺さる。

勝利の女神が池田に微笑む事など、もうありはしない。そう理解させるのに十分な一撃であった。


「…………いや、だ。いやだいやだいやだ! オレは認めねぇ! 主人公ナメんな!」


不利と思い知らされて尚、駄々っ子もかくやと言わんばかりに喚き散らす池田を見て、ヒラルガはぼりぼりと頭を掻いてため息を吐く。


「いや、ホントもうウンザリですわいな。ガキンチョはマミーのいっぱいおっぱいでも吸ってなさいよ」


これにて、終幕。
先と同じ動作を始めたヒラルガに、流石の池田も死を感じた。凍てついた氷柱が、背の肉を突き破って行く感触を覚える。


【もー、しょうがないなー『タケルちゃん』は。こんな時こそ私の出番だよっ!】


「お、おお? ――――――そ、うか。その手があった!」


危機に瀕しているにも拘らず能天気なルーの助言に救いを見たのか、池田は紫の粒子を散らして姿を少年へと戻す。
刹那、先ほどまで脳天であった位置を銀炎が駆け抜けた。間一髪、池田は命を繋ぐ事に成功したのだ。

いきなり変身を解いた池田に、ヒラルガは初めて疑念を表情に出す。そんな彼に見向きもせず、池田は操作機器へと戻ったルーのボタンに親指を乗せた。
せめて一矢報いてやる。にやりと、池田は口角を吊り上げた。


「へ、へへっ。おいヒラルガ<BETA>! お前もオルタ知ってるなら、自決装置が何か分かるよな!?」


「そりゃあ知ってるとも。カミカゼ・アタックでしょうよ? それがどしたのさ? 別に今のアンタ生身だし、関係ないっしょ?」


「あるんだよ、それがな! 確かに、俺は今戦術機<武御雷>じゃない。でも、だからこそルーが使えるんだ!
さっきまでのは、ルーを『使った』魔法。だから、ルー『自身』を使う事は出来ない。
でも今は違う! この状態ならではの、必殺技があんだよっ! 身体が戦術機<武御雷>で、どうやって内部の自決装置を押すつもりなんだってなぁ!」


「は? …………い、いや! ちょ、まっ――――」


「待つかよ! 行くぜ、ルー!」


【あらほらさっさー!】


ぐりっ、と。池田は力強く親指を押し込んだ。瞬間、ルーを持つ池田を中心に、光が満ちる。


「神風、上等だぜ!」


池田がおっ立てた中指をヒラルガに向けたのを最後に、火炎が銀世界を埋め尽くした。




















――――本当の主人公は、オレじゃない。


「見てろよ、チクショウ。仕切り直しでぶっ殺してやるっ」


負けて悔しい。でも、次は勝つ。
『運悪く』母親が帰っていた『夕方』に戻って来た池田は、次の日溜まりに溜まったフラストレーションを発散すべく、持てる全ての準備を拠点に運び、防御を固めていた。

ヒラルガとの戦闘の最後、自決装置と称したルーを使ったにも関わらず、なぜ池田が生きているのか。
というのも、そもそもが違う。ルーは自決装置などではない。逆行装置なのだ。

池田の異能<チート>であるマブラヴ・オルタネイティブ。その主人公白銀武は、幾度もオルタネイティブの大地<地獄>を繰り返した。
彼を巻き戻し続けた鑑純夏が死んでからはその繰り返し<ループ>も止まったが、様はその逆行<ループ>こそがルーの本領。
ルーに付いた、たった一つのボタン。それを池田が押す事により、彼は『ある時』まで遡る事が出来るのである。
この『ある時』というのが、一番新しい転生者の死を『確認』した日だ。

ただ、この巻き戻り<ループ>にもやはり、幸<メリット>と不幸<デメリット>があった。
まず一つ目は、逆行<ループ>の強みである、やり直しだ。過去に遡るため、その際に経験した出来事は『特別な事』が無い限り同じであるのだ。
二つ目に、逆行<ループ>するのは、池田一人では無い。この世界で行動する全ての『転生者』が、時を繰り返す。
続いて三つ目。『池田の意思』によって逆行<ループ>した場合、自身を含めた転生者達がそれまでに受けた傷は、巻き戻った先で反映される。
最後の四つ目。逆行<ループ>に時間指定までは無いため、転生者の死を確認した日の『何時』に巻き戻るかは定かではない。
よって、池田が明智一真の死を確認したのは夕方の事であったが、この二つ目によって死を知った日の『夕方』に戻っていたのである。
ただ、転生者が戻る時刻は池田と同じ時間になるため、自分が戻っていない間に異変<原作の改変>が起こる事はない。

はっきり言って、良い<メリット>と思える部分は限りなく無いと見ていいだろう。唯一のやり直し<メリット>は、転生者全員に共通するのだ。それ以外の悪影響<デメリット>の方が、あまりにも目立っている。


「チクショウっ! チクショウっ!」


憤怒の熱が池田の身を焦がしていく。悪態を吐きながら、池田は必ず来ると確信している怨敵<ヒラルガ・サイトーン>を嵌める仕掛け<トラップ>の網を広げ続けた。
先の逆行<ループ>を行う際、池田を中心に大爆発が起こっていたが、実はあれに意味はない。転生者にとっては、恐怖を煽るだけの単なる『演出』なのだ。

何度も言うが、ルーは『逆行装置』であって『自決装置』ではない。
故に、池田が逆行<ループ>するのと同時、ヒラルガもまた逆行<ループ>した。爆炎に身を焼かれる事無く。
あの場で池田が自決云々言ったのも、特に意味など無い。一矢報いたかったがために出た、法螺<嘘>だ。所詮あの大爆発は、辺りを焦土に変えても転生者には『無意味』なのだから。
だからこそ、池田は確信しているのだ。死んでない自分を、彼がまた殺しに来るだろう、と。

しかし、池田の確信はあっさりと裏切られた。死神の鎌を携えてやって来るのは、何もヒラルガ一人ではないのである。


「…………は、ぁ?」


拠点の最奥、夜間にも強い黒色の戦術機<武御雷>状態で待機していた池田は、己が目を疑った。
暗闇も照らす暗視の利いた視界が映すのは、肩から掛けた小さな鞄と銃器の様に抱えた釘打ち機を持った、機動隊崩れの格好をした侵入者<少年>。
事前に仕掛けていた警報式トラップに引っ掛かっていた彼は、池田の待ち焦がれた転生者<ヒラルガ・サイトーン>ではなかった。




















――――コイツが主人公<白銀武>で、オレがその他のやられ役<BETA>だったんだ。


馬鹿。阿呆。間抜け。愚図。
どうして。なんで。だって。違うだろ。

拠点の奥で一点を見つめていた池田は、複雑な思いでため息を吐いた。
視界には少年がいる。木々を走り、その度に仕掛けた罠<トラップ>に足を取られて傷ついていく。

一切の手加減無く殺すつもりでいた池田は、罠<トラップ>を子供騙しと致死の二種類仕掛けていた。
子供騙しは、池田が以前より仕掛けていたもの。致死とは、そのものずばり、相手を殺すために新しく仕掛けたものだ。
鍛冶を生業とする父親が飾っていた、過去の作品<刃物>。成長の記念にと残していた拙い出来の証<作品>や、鋼材を削っただけの簡単な品<自習作>を始めとしたナイフや包丁を勝手に持ち出して、それを罠<トラップ>に組み込んでいたのだ。

予定なら、それらに引っ掛かっていたのは、この少年ではない。ヒラルガ・サイトーンだ。
怒りと共に仕掛け、その度に慌てふためく間抜け<ヒラルガ・サイトーン>の顔を思い浮かべたのに、現実は見知らぬ少年が嵌っている。
起動させても退かない辺り、この少年もまた自分を狙う転生者であるとは分かったが、池田としてはどうも納得がいかなかった。
身に危険が迫っている今でも、やはり池田の意識はたった一人<ヒラルガ・サイトーン>に注がれ続けていた。


「はぁ…………終わったな」


まるで淡々とした作業を終わらせたかの様に、池田は呟いた。
鮮明な視界の中では、少年が蹲っていた。背に突き刺さるは、三本のナイフ。少年は致死の罠<トラップ>に引っ掛かったのだ。
何やらごそごそと動いている辺りまだ生きているだろう少年を仕留めるべく、池田は重い足でのそのそと歩き出す。

一歩踏み締める毎に軋む大地と、へし折れ、潰される木々。歩幅の都合上、池田は数十と歩く事無く少年との距離を縮めた。
後数歩でも歩けば、少年も木々の様に踏み潰せるだろう。なのに池田は、ふと思い浮かべた。気付かずにいればいい、あまりにも『余計な事』を思い浮かべてしまった。


「そういやオレ、まだ人を殺した事無かったんだよな。確か、こーいうのを『覚悟』を決めるっていうんだっけ? ――――あぁ、やばいやばい。つい、ぷちっとやっちまうとこだった」


【はえ? えっ、タケルちゃん何言ってるの?】


人を殺す覚悟。
多種多様にして十人十色。人によってその『覚悟』の意味合いは変わるが、池田は自身がまだその『覚悟』を決めていない事に気付いたのだ。そして、それを後悔する。
今まで見て来たアニメや遊んで来たゲームの中、主人公達も物語<ストーリー>中に固めた意思<覚悟>を自分が持ち合わせていなかったのに不満を覚えたのだ。

なれば、主人公として決める必要がある。黒の粒子が夜に飛び散り、池田は『本物の足』で地に立った。


「…………やっぱ、生身でやるのが一番なんだよな」


【タケルちゃん? ちょっと、タケルちゃん! 何考えてるのさっ! このまま歩いてったら、それで終わりじゃない!】


「違うんだよ。オレは『主人公<主役>』なんだ。だから、人を殺す以上『覚悟』を決めなくちゃならない。で、それはちゃんとした『実感』を持つべきなんだ、と思う。
だからオレは、この手でアイツを殺す。それが一番だと思うから」


銃はいいです。剣やナイフと違って人の死に行く感触が手に残りませんから。
あるマンガの一文が、ルーの制止を無視して池田を更に『余計な行動』へと移させる。そしてそれが、池田隆正の命運を決めるのだった。










「あ、あオァァあああああああッ!? かりャヒ! いひハヘひなっ!」










蹲る少年を視認した刹那、池田を襲う突然の激痛。喉を始め、食道、胃に至る経路が焼ける様に痛む。池田は分からなかったが、この時少年の『魔法』を受けてしまっていたのだ。
意識はヒラルガに、行動は『余計な思想』に束縛された末の出来事としては申し分ないだろう。
窮鼠猫を噛む、という言葉もあるのだ。こればかりは、全て池田の落ち度である。

存分にコケにされた挙句の怒り。発散される事の無い感情と、生まれた落胆。罠<トラップ>に弄ばされた、死にかけの少年。
気分は蟻を潰す象にでもなったのだろう。反撃など無い。今から行われるのは、『覚悟』を決めるための儀式だけ。
あまりにも無防備に、無警戒にあり過ぎたのだ。相手も同じ転生者<チート持ち>なのに。


「うグぅあアッ! いはッ、ゴほっ!」


撃鉄が引かれた。木々の隙間から僅かに差し込む月明かりを浴びて輝く白銀の弾丸<釘>が、池田の身を突く。嵐<攻撃>は止む事無く、駆けて寄られた少年に止めの催涙スプレーを吹き付けられた。


「あがァ! 目ぎャあ! ごふッ! 見えヒャひぃ!」


胸が痛い。腕が痛い。足が痛い。顔が痛い。――――痛みしか、ない。

催涙スプレーと先の釘で消えた光。完全な闇の中池田が出来るのは、馬乗りになった少年の攻撃を受ける事のみ。


【あっ! ちょっと、何するのさっ! タケルちゃん! 助けてタケルちゃん!】


集中は全て痛みに。それがルーの救命を遮る。
きゃあーっ! とルーは高い悲鳴を上げて、少年に投げ飛ばされた。


「俺の、勝ちだ」


初めて聞いた少年の声は、奇しくも死の宣告。
小さなナイフを両手で握りしめて振りかぶる少年に対し、池田はもう、最後<死>を受け入れるしかなかった。




















【あーあ。これで私もお役御免かぁ】


振り下ろされたナイフが主<池田隆正>の心臓に落ちたのを見て、ルーは小さく漏らす。声に悲しみは一切ない。
一突きにされたとはいえ、まだ生きている。だが、間もなく死ぬであろう主<池田隆正>に、ルーは最後だからと冥土の土産を送った。


【あのね、『タカちゃん』は知らなかっただろうけど、これまでの喜劇<悲劇>は全部アナタのせいなんだよ?
私の持ち主は、因果律導体になるの。あの『タケルちゃん』と同じ、別世界の『死』を運ぶ存在にね。
内緒にしてたのはごめんね。だって、これって『余計な事』だと思ったんだ」


死に行く主<池田隆正>の耳に、ルーの声はもう届かない。そうと知って尚、ルーは続けた。


【そうそう、最後にもう一つ。私が『逆行誘発ツール』って事は知ってるよね? タカちゃんが私を『操作』して逆行<ループ>するのは知ってると思うけど、これは私であって『本当の私』じゃないんだ。
私のモデル<鑑純夏>は、愛しい人<白銀武>が自分の下に辿り着くまで逆行<ループ>させた。
何が言いたいのかって言うとね。私の『正しい』機能は、持ち主<タカちゃん>が死んで初めて起動するの。
だってそうでしょ? 彼女<鑑純夏>は、その人<白銀武>が死んで『初めて』戻すんだから。途中のリセットは、私<鑑純夏>じゃないもの。
――――――――だからね。これが、最初で最後のお仕事】


少年の背で、ルーが動いた。独りでに、ゆっくりとボタンが沈み出す。


【転生者さん、勝ち残りおめでとう。アナタの殺した相手は、戻った先でも『死んでる』から安心してね。ついでに怪我も『無かった事』になってるから、次も頑張ってね。
だって私は『ルー<操作機器>』であって、『鑑純夏<ヒロイン>』じゃないもん。死んでも生き返すなんて事、出来っこないよ。それに、こっちの物語<ストーリー>が終わったのに、私達の有利<傷>を残す意味も無いからね。
――――――――それじゃあ、バイバイ、タカ<タケル>ちゃん。楽しかったよ】


こうして、世界は繰り返す。正しくも捻じれた世界へと。





転生者二人目の死亡者、池田隆正編でした。
本文より長い文章とか…………。やっぱり、一話に詰め込まなきゃならない分、多くなりました。
佐竹が無傷でループし、池田が死んでいた理由は以上です。ちゃんと書けていたか心配…………。

さて。次は二章だ、頑張ろう。そして時間が欲しい。
―――――文章持ってループしたいなぁ。




[27097] 『∴Y≠U』
Name: 気分はきのこ◆4e90dc88 ID:cd180cb2
Date: 2013/02/28 22:43
池田隆正を下して、数日。また一つ生き残ったという達成感、人を殺めたという事実、そして他の不幸を良しとしかけた醜い自己欲。様々な形容し難い思いの波は、当然の事ながら静まりはしなかった。
死を乗り越えた興奮で眠れない夜。生きるために殺めた掌が見せた、存在しない血糊に濡れた幻覚。今も終わらない悪夢の数々は、佐竹の精神をゴリゴリと音を立ててすり潰していく。
追い討ちをかけるが如くやって来た厄に、佐竹のライフポイントは空っぽ<ゼロ>の先を平然と突破していた。

だが、佐竹は学生<モブキャラ>であり、そんな学生<佐竹黛>の主本は勉学である。とりわけ、ただの学生<モブキャラ>であろうとする佐竹が、こんな理由で学校を休むわけにはいかないのだ。その分、厄払いの代償は高く付いたが。
ともあれ、転生してからの数ヶ月で培った未熟な演技は、所詮子供騙し程の実力しかない。しかし、であるからこそ『子供は』騙せる。

佐竹の内面を除けば、学校生活に何ら支障を来す事はなかった。
学年と並行して上がった授業内容に、多少の不可を入れて付いていく姿勢。気心知れた面子に、クラス替えにて新たに出来た仲間を巻き込んで遊ぶ昼休み。一日の終わりを告げる掃除の時間は、教師の目を盗んでは他と戯れあう。

もはや完璧であった。晴れない心は何処へやら、学校内での佐竹は完全なまでに以前と同じであった――――――――同級生<子供>に対しては。


「ねぇ。佐竹くん。何か学校で辛いことでもあったの?」


この数日の間、佐竹は放課後になると同時に担任に捕まっては、こうしてカウンセリングを受けていた。
彼の演技は、子供は騙せても大人の目は欺けなかったのだ。その果てが、この結果である。


「何もないよ?」


通算三度目ともなる担任の聞き出し行為に、もはや決まり文句<テンプレ>となりつつある台詞をお馴染みのキョトンとした不思議顔で返す。
でも、と眉を顰めて言葉を選んでいる担任に、まだ三度目にも関わらず無駄に使い古された「僕お使いがあるから」という締めの一言を告げた。




















リリカル! マジカル! Kill them All!
――――第二章『∴Y≠U』――――





















夕日で空が紅に染まる午後、担任のカウンセリングから脱した佐竹は、両手にビニール袋いっぱいの食材を抱えて街を歩いていた。
佐竹のテンプレート<締めの一言>は、言い訳でなく事実。故にこうして日々の糧を求めてお使いに勤しんでいたのだ。
しかし何故このような面倒を引き受けているのかといえば、神<黒い人型>の手により、中学卒業と同時に『不幸な死』が確定してしまった佐竹老夫妻への罪滅ぼし、といった所である。
所謂親孝行<偽善>ではあるが、だが何もせずおんぶにだっこはどうしても耐えられなかった佐竹が足りない脳味噌で導き出した末が、今回のようなお手伝いであった。
歳をとれば体の機能が鈍るもの。であるからして、現時点において一番報いる事であろう肉体労働を買って出たのだ。

とはいえ、子供の体に三人分の食料+αは中々に堪える。通行人と補修業者の仕事の邪魔にならない様道の端に寄ると、両腕に伸し掛る重量を地に下ろした。
ぐるぐると肩を回し、ぶらぶらと腕を振る。そんな彼の視界に映る、これといって代わり映えのない、所々が崩壊した海鳴市。
アスファルトは内側から捲れ、周辺の家屋は壁面に罅が入っている。つい先日の小規模な突発的災害による被害は、怪我人とこうした破損だけで、運良く死者は出なかった。

ニュースでも取り上げられていた、謎の巨大植物による災害。学者による小難しい推測は、結局の所全てが的外れで、素気なく切り捨てられた宇宙人説や現代に蘇った魔法説が知られざる有力情報だとは、おそらく同業者<転生者>か主な登場人物以外気付くまい。

しかし、全ては物語故か。傷跡残る街の中、被害の少ない商店などは普通に営業をしていた。この手の被害など取るに足らないとでも言うのだろうか。はたまた海鳴の商魂魂が流石とでも言おうか。それとも、神<黒い人型>の意志か。
考えても意味をなさないこの世界の『当たり前』を一瞥して、佐竹は下ろした荷物を手に取り歩き出し――――――――転けた。
修繕中の盛り上がった道路に脚を取られ、叩きつけられる体と買い物袋。学生服=短パン小僧たる彼の脚部がもつ防御力など皆無に等しく、剥きでた膝には血が滲んでいた。


「あ…………あぁ…………」


やべぇ、やっちまった。瞬時にして青褪める顔色。場所によってはorzポーズとも呼ばれる体制で、佐竹は共に沈んだ荷物、その中から漏れ出た一つを見つめる。
透明な容器に入った、一パック78円の卵。しかもLサイズ。それが無残にも、中身をぶちまけていた。
幸い他は問題いようだが、しかしこの結果だけは非常にまずい。


【うわっちゃー、やっちまったなぁオイ! 激アツ演出で確変決定! コイツぁ何連チャンすんのかねぇ! ウヒャヒャヒャ――――――――オゥ、シット。黛くん、ご臨のお知らせデス】


なーむー、と縁起でもない経を読むペインの言葉に、佐竹はガバっと起き上がると、素早く反転。ちらっと見えた逆立つ金の髪に身の危機を感じつつ、そのまま何時かと同じく信じることで空をも飛ぼうと駆け出して――――――――


「動くな、どアホウ」


――――――――また、無様に転けるのだった。




















池田隆正より勝利をもぎ取ってからの数日に、佐竹の日常に起きた転機。その発端となったのは、巨大植物による災害。原作にて高町なのはが魔法に関わることを強く思ったあの日、佐竹もまた逃れえぬ運命に出会った。

意気消沈しても続く日常。今回と同じく日々の食事を行うための買い物を終えた帰り道で、それは起きた。
突如光る天。同時に起きる地震と超常現象。現れた木々に地は裏返り、根が街を蹂躙し尽くす。
何時、どのタイミングで原作<アニメ>の放送が始まるのかなど知り得なかった佐竹は、あっけなくジュエルシードが起こした被害に巻き込まれた。

きっと佐竹は運が良かったのだろう。まだ子供の体格であったから、揺れた大地に立つ事が出来ずに尻餅をついたから、彼は一命を取り留めたのだ。
もう数センチ身長が高ければ、佐竹はこの災害に出た唯一の死者となっていただろう。

頭上ギリギリに伸びた、電柱程の、あるいはそれ以上の太さを持つ根を見上げる佐竹は、根が貫いた家屋の破片が散る下で、呆然と座っていた。
理解が追いつかない。はっはっと小刻みな呼吸音が耳障りに感じた。だが、一秒二秒と時間が過ぎるにつれ、ようやく事態の危険性を実感していく。
一歩間違えれば、隣で落ちて来た瓦礫に潰されたビニール袋と同じ末路を辿っていただろうという事に。しかし、今もバクバクと鼓動する心臓が、生きている事を伝えてくれる。

とはいえ、そのまま居続ける訳にはいかない。根の下にいたからこそ瓦礫の被害は少ないが、何時倒壊してもおかしくない状況に、そして何よりもこの現象の下に安全地帯などありはしないのだ。

佐竹は震える手足を懸命に動かして根と瓦礫の下より這い出すと、一目散にこの中心より逃げ出した。
この現象が原作であると知っているがために、離れたのだ。まだ見ぬ四人の転生者が、これ幸いとやって来かねないから、と。
飛んで火にいる夏の廚を見つけるチャンスだ、とペインは撤退行動に否を唱えたが、それでも佐竹はその案を否決した。
基本戦法は、チキン<臆病>であれ。ペインの言うチャンスは、それ即ち他にとっても同じなのである。
五分の勝負はしない。ましてや運任せの勝負など、池田との一悶着で懲り懲りな佐竹にとって、この場はまさに死地であった。

駆ける。何よりも早く。空をも飛べるような速度を胸に、佐竹は荒れた街と響く破壊の音から逃げ続ける。
もうしばらく駆ければ大丈夫。そう思えるくらいに心に余裕が出来始めた時だった。


「だ、だれか…………」


倒壊する瓦礫の音に混じって、か細い声が聞こえた。思わず止まる足。もう一度聞こえた同じ言葉に釣られて見渡せば、地を這いながら絡み合う根の下より誰かの手が伸びている事に気付いた。
まだ小さな掌は、紅く汚れていた。


「だ、大丈夫か!? そこにいるのか!?」


【オイ、相棒! 何やってんだよスカポンタン! くたばりかけのクソッタレなんざ放置プレイが常識だろうがぁ! 明日は我が身の精神で捨て置けよ!】


「そんなこと言っても!」


【テメェに出来ることがあんのかぁ!? 勃起もしねぇ貧弱なボディで、その根っ子を犯せんのかよって話じゃねぇか。いいからさっさとずらかんぞ! アラホラサッサァってなぁ!】


ペインの言う通り、佐竹にはこの名も知らぬ誰かを助ける事など出来はしない。対人においてしか役に立たない力が、ここに来て超人的パワーを発揮するとでもいうのだろうか。
そんな事、ありえない。事ある毎に逃げて来た佐竹にとって、この状況を打破出来る力などないのだ。
だれか助けて、と。生を渇望するかの様に伸ばされた掌を振り切る事が、この場での正解。


「…………ごめん」


――――――――が、すでに佐竹は不正解の道へと足を踏み出していた。立ち止まり、声の主を探すというファイナルアンサーを選んでしまっていたのだ。

度々使ってきた逃げの一言と同時、木々が光に包まれ、粒子となって消えていく。
思わず見上げた空は、小さな光が舞う幻想的な景色を魅せる。物語において一番の見せ場が、たった今終わったのだ。
そしてそれはつまり、この見知らぬ誰かを苦しめている根もまた、光に包まれて消え去る事を告げていた。


「…………ホンマ、死ぬかと、思うたで」


うつ伏せで倒れたまま、知らない誰かは呟いた。その声色に、佐竹の記憶の片隅にあった人物が面を上げた。
ありえない。ありえてはいけない。後退る佐竹を差し置いて、根の隙間から無理に伸ばしたせいか、地面に擦れて血が滲む右の掌の感触を確かめる様に何度か握ると、誰かはようやく立ち上がった。
流れる金糸。大きな深紅の右目と、紅い鳥のような模様が浮かぶ左目。体格に合っていない灰色のパーカー。その先に出る、擦り傷が目立つ四肢。
大きな怪我は見当たらない様で、まずは一安心。そう思いたい佐竹であったが、相手の顔を見てそんな気持ちなど吹き飛んでいた。


「ん? なんや、自分。ワイの顔になんか付いとるか?」


見た目と言動が違えど、その人物が彼女であることは違いない。
フェイト・テスタロッサ。そう呼ばれる物語の主要人物が、そこにいた。




















「この、どアホウがっ! ワイの魂を潰して、尚逃げようなんざ百年早いわ! 一日三度のオムレツを忘れたとは言わさんでぇ!」


くぬ、くぬ! と佐竹を足蹴にする金髪の悪鬼羅刹。しかしその原因が卵であれば、どこか虚しいものである。
どうにか局地的ストンピングから脱出して、佐竹は立ち上がり埃を払った。


「だから、悪かったって。でも、また買いに行くのは難しいぞ? お一人様一パックだし」


「んなもん、ワイと一緒に行きゃ解決やろが。ホンマ、帰るん遅いから迎えに来て良かったで」


ふんむっ、と腕を組んで仁王立ちする相手に、佐竹は垂れたパーカーのフードを持ち主の頭に被せると、嘆息した。
彼女、いや『彼』か。それもしっくしこない程に表現に困るこの人物こそ、あの日より佐竹に転機をもたらした存在。


「ほな、行くで。ちゃっちゃと歩け、我が下僕まゆっち」


「誰が下僕だよ。了解した、ご主人様<マスター>とでも言うかと思ったか?」


「マジで言うたらキモイだけやっちゅーの。這い蹲らせて足の裏でも舐めさすで」


「その結果、新しい世界が開拓される、か。本当に堪らないな、フェイリュァー」


恐ろしい未来に身震いする素振りを見せ、佐竹は降って湧いた荷物持ちに片方の袋を押し付けると、来た道を戻り出す。
並走する相方を視界の端に入れつつ、佐竹はもう一度嘆息した。こんな時程、神に願わない日はない。

ああ、神様。俺はどこで間違ってしまったのですか。





















――――まずは、自己紹介でもしよか。


災害に見舞われた後、自宅の自分の部屋に入ってすぐ、この言葉から二人の初めての会話は始まった。


――――ワイはフェイト・テスタロッサ、なんてウケもせん事は言わへんで。そんなん、自分かて分かっとるやろ。えぇ、佐竹黛?


――――無理矢理聞き出した名前を呼ぶなよ、篠田睦都。


――――やからこその、自己紹介や。ワイはアリシア・テスタロッサのクローン――――――――にすら成れんだ出来損ないやから、転生してからの名前なんぞあらへん。そんでもあえて名乗るなら、フェイリュァー・テスタロッサってとこかいな。


――――出来損ないのテスタロッサ、とか中々洒落てるじゃないか、篠田睦都。


――――せやろ? やから、そない呼んでぇや。前世の名前嫌いやもん。


――――でも、左目を使う時はフェイリュァー<失敗作>じゃ意味がない。だからあの時も前世の名前を名乗ったんだろ、シノダムツ。


――――ワレ、分かっててやっとるやろ。フルネームを強調して呼ぶなや。シバき回すで。


もはやお互い相手が転生者である事など疑いはしない。
出会い頭にて早々、佐竹とて篠田睦都改めフェイリュァー・テスタロッサが転生者であると分かっていた。偶然フェイト・テスタロッサと瓜二つの人間など、現れる訳がない。まして、説明不可能な左目の『模様』など、まさにそうだ。

であるからこそ、あの時佐竹はフェイリュァーを殺そうとした。
学生服の内ポケットに入れた、四本のペン。アルミ製のそれらはただの文房具でしかないが、かといって人を殺せないか、と言われればそんな事はない。
先端が尖ってさえいれば、人間は殺せる。だが、所詮はペンでしかない武器で殺すには、確実に急所を捉えるしかない。加えるなら、幾度の刺突が必要だろう。
呆けている今しかない。佐竹はすぐ様内ポケットのペンを引き抜くと、フェイリュァーに襲いかかっていた。

結論から言えば、佐竹は失敗した。


――――随分なマネしくさってくれるやないか、ボケ。


突き出した腕を取られ、腹に膝蹴りをくらい、よろめいた隙に腕を捻られて体制を崩された挙句、馬乗りになられて奪われた凶器<ペン>を眼前に突きつけられた。
流れるような所業にはもはや感嘆しか出ないが、佐竹にとっては窮地である。しかしまだ、万策は尽きていない。
ゴグ、ゴキュン、と外れる敵対者<フェイリュァー・テスタロッサ>の右肩及び右肘。思っても見ない激痛の末に生まれた好奇を逃すまいと、ペインに命じて自分の肩と肘をはめ直して、佐竹は相手の腕を引っ張り位置を逆転させる。外していない腕を空いた手で封じる事も忘れない。
そのまままだ残っている内の一本を引き抜き、同じく目前へと突きつけた。


「形勢逆転だな、キリっ」


「うるせぇよ、出来損ない!」


「残念、そりゃ褒め言葉やで」


ぶすっとそっぽを向いた佐竹を煽るように、ベッドに腰掛けたフェイリュァーはチェシャ猫の様に口元を歪めると、卵の再調達ついでに買ったポッキーをカリカリと齧りだした。
言い逃れ出来ないくらいフェイト・テスタロッサとそっくりなだけに、ついつい視線がフェイリュァーの四肢に持っていかれるのが、どうしようもなく悔しい。

ここで二人が他愛ない言い合いをしている以上、またしても佐竹は失敗したのだ。
何もあの状態から起死回生の一手を打てたのは、佐竹だけではなかっただけの話である。


――――形勢逆転だな。


――――まだ終わっとらんわ、ボケ。


あの決定的瞬間、佐竹が唯一誇れる最強の魔法をかけた様に、相手もまた彼に魔法をかけたのだ。


――――篠田睦都が命じる。


妖しく輝く左目の鳥に悪寒を感じて、振り上げた切っ先。だが振り下ろされたのは、下半身を折って佐竹の首に回したフェイリュァーの両足だった。もう一度同調魔法による激痛を引き起こそうとしたが、時すでに遅し。


――――ワイに、従え。


――――イエス…………マイ・ロード。


身を起こして勝ち誇ったフェイリュァーの瞳より羽ばたいた紅い鳥が、佐竹の敗北を確定させたのであった。










以来、佐竹はフェイリュァー・テスタロッサの下僕となった。
唯一の救いは、まだ身の自由があり、そして何よりも生きている事だろうか。





生・存・報・告!
やばい、本当に時間が取れない上、文章少ないのが申し訳ない…………。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.31135892868042