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[35536] 【チラ裏より】Muv-Luv Alternative Change The World
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:09
'15,01,30 PC版TEに準拠し文章改稿

因みに、此処で言う準拠とは、基本PC版TEのストーリーを辿った世界としています。
が、ご都合設定として10月19日の評価試験が25日まで延びたという無茶振りをしました。
(つまり、異●●妹バレも、狙●も、緋焔白霊のくだり、も有り)
出来るだけTEをプレイしていなくてもある程度流れが判るようにしたつもり(ネタバレ含む)ですが、
気になる方はソフトでご確認下さい。





初めてのss投稿になります。

思うところ有り、試しに上げてみました。
原作やメカ本等に示されるあまりにも絶望的な状況の中、本気で人類が永続するにはこの位は必要かな、と。
故にオリ主はチートオブチートです。


なお、この作品は、以下の要素を含みます。

・所謂 武クン3周目(主観記憶)+ 原作混入型オリ主 ものになります。
・武クン最強、オリ主チート仕様です。苦手な方は回避推奨。
・TE要素(基本PC版TE)含みます。
・ハーレム要素含みます。原作ペアリング無視もあり。
・【R15】程度の、残酷[グロ]描写・性的[エロ]描写在り。(原作が原作なので^^;)


この話は殆どが、ご都合設定+勝手解釈(=唯我独尊[やりたいほうだい]《意訳》)で出来ています。
文章がかなり理屈っぽく、厨二臭最強です。(設定厨、説明厨)


以上の前提が気に触る方はブラウザバックを強く[●●]お勧めします。


需要が在りそうなら、続きを検討します。
力不足で途中更新が鈍ることも在るかと思いますが、訥々と書き連ねていくつもりです。

一時の暇潰しにでもして頂ければ幸いです。




'12,12,01 追記 

感想板への多数の書き込みありがとうございます。大変嬉しく思って居ます。
ただ、書き込みに関しては、掲示板TOPの感想板投稿に関する注意書きにある内容に逸脱しない範囲でお願いします。


'12,10,17 チラ裏より板移動しました。

ですが、板移動の操作中、ブラウザ不調に陥りデータ欠損が生じたため、泣く泣く新規投稿し直しました。

ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。







[35536] §01 2001,10,22(Mon) 08:00 白銀家武自室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:45
’12,09,26 upload
’12,09,28 誤字修正


Side ??


・・・・・。

目覚めた瞬間、見覚えのある天井が視界に映る。

・・・永い、夢を見ていた・・・?


その視界が、直ぐに歪む。深層意識がその問いを否定し、こみ上げる。

!! 夢・・・、ではない。

心の大部分が抜け落ちてしまった様な、この圧倒的な喪失感・・・。
夢であって呉れればどんなに良かったか、昨日何十回、何百回そう思ったことか。

僅か24時間前に、この手から滑り落ちて行ったのだから・・・。



-アンタはこの世界を救ったのよ-

―ずっと見ています-


頭に響いた声。
あの世界で最後に掛けられた、優しい言葉。
その記憶すら何の慰めにも成りはしなかった。


朝の柔らかい光に満ちた“自分の部屋”。
声もなく、ただ涙が、とめどなく、頬を伝った。



「・・・え?」

しかし次の瞬間、頭の中に棒でも突き立てられたような衝撃に全身が硬直する。
初めは、なにがなんだか解らなかった。
一気に流れ込んでくる情報の奔流。

これは・・・知らない“記憶”。

どうにか状況を理解した物の、その余りにも膨大な量の圧力に、叫び声すら上げられず、頭を抱えたまま凍り付いた。
頭痛というより、脳が膨れあがるような“記憶”の流入に、自分の頭が破裂する様な恐怖を覚える。

―――何処まで続くんだっ!?

その底知れない恐怖の中で巡る、様々なシチュエーションでの“あの世界”での“シロガネタケル”の“経緯”と“終わり”。
それは、BETAによる死であったり、戦術機の自爆であったり、因果導体からの開放による“帰還”であったり、様々だが、そこに至る過程は千差万別。
正しく確率分岐世界での様々な“シロガネタケル”の人生を、超並列・超高速で再生されているのだった。



「・・・なんだこれは・・?」

漸く“記憶の再生”がおさまる。
ホッとしつつ気がつけば、全身に脂汗が吹き出していた。筋肉という筋肉が攣った後のようにゴワゴワと動きにくい。
ギギッと音がしそうな首を曲げ、時計を見れば8:30。
30分間も“記憶”の圧力に耐えていたのか、全ての筋肉がその緊張を解かれ疲労にぐったりしていく。

記憶の氾濫が収まるとともに、ゴチャゴチャのそれらを整理せざるをえなかった。



主観的な記憶としては自分が辿った(筈の)ものなのだが、そこに傍系記憶が付いてくる。

所謂“元の世界”の“白銀武”、これは途中までほぼ主観記憶の一本道、昨日までの記憶だ。
BETAの存在しない平和といえる世界で、平穏に生きる高校生としての記憶。

しかし、今日であるはずの10月22日以降は、未来の記憶が多数あり、しかもその内容も様々だったりする。
今朝の朝起きた時の相手が、幼馴染みの純夏とのいつもの喧噪であったり、いつの間にかベッドに潜り込んでいた冥夜だったり、またはゲーム仲間の尊人との対戦徹夜明けだったり、宿題の課題解決を頼み込んだ彼方だったりといったパターンが存在する。

そして、そこから枝分かれした“元の世界”の記憶は、純夏や冥夜、委員長や彩嶺、たまや柏木、あるいはその他の女性と結ばれた様々な記憶“群”としてある。
“関係”だけなら、まりもちゃんや、月詠さんさえあるのだ。
それらの記憶は、いずれも途中まででふっと途切れているのだが・・。


ただ、それらに付いては“2周目”の世界で夕呼先生の仮説を訊いていたから、いくらか理解もしていた。
そもそも、“BETA世界”の自分は、『タケルちゃんに会いたい』という“BETA世界”の純夏の願望によって引き寄せられた存在、それも“元の世界”の確率分岐世界から“少しずつ”集められた集合体である、と言うこと。
その際、“元の世界”の純夏にとって大規模な分岐が生じた10月22日、武と結ばれなかったが故に、その日への戻れたらという“元の世界”の純夏の意志が重い因果となって、“BETA世界”の純夏とシンクロし、そこに現れたのだ、という解釈だった。

つまり、今の自分はその集められた分岐世界の“シロガネタケル”の、元の記憶を全て有している、ということになる。


・・・どういう事だ?

少なくとも俺は最後のループで、因果導体でなくなった筈だ。
純夏の無意識領域での嫉妬フィルターがなくなった所為??


そう思いつつも、そこから繋がる次の記憶は、正しくBETAの世界に転移した“1周目”の記憶。

主観記憶としては、多大な混乱の上放り込まれた訓練兵、激しく苦労しつつもどうにか任官に至り、仲間と共に闘っていくわけだが、何も出来ぬまま、クリスマス・イヴにオルタネイティヴ4は5に移行。国連横浜基地も大幅な再編を実施される。
バーナード星系へ10万人の旅立ちを見送り、残された人類が実施したバビロン作戦、その混乱の中で、いつの間にか記憶が途切れている、そんなあやふやな物だった。

だが、その主観記憶とは別に、やはりその他の記憶や状況が傍系記憶として存在する。

5への移行前に207Bメンバーや、夕呼先生とさえ結ばれた記憶、オルタネイティヴ5直後の混乱で死亡したり、他方生き延びて欧州・アラスカ・アジアなど各地で闘った、数え切れないほどの多岐にわたる記憶が存在する。
なにしろバーナード星系への脱出の後実施されたバビロン計画、その結果招いたのは、大規模な環境破壊・大海崩。G弾乱用の結果、愚かにも自らが引き起こした未曾有の激甚災害により、人類の社会基盤が根こそぎ破壊された。
その余りにも厳しい状況の中、それでも残存BETAとの闘争を繰り広げながら絶望の10年、自分の記憶としては、2008年頃に果てるまでの記憶“群”である。


桜花作戦の後、霞に聞かされた説明では、少なくとも自分自身が8度はループしていること。
つまり純夏に辿り着かず、他の子と結ばれた世界の記憶は、純夏の無意識領域によって濾過され、ループしていたということ。
その“1周目”の状況に一致する。
全部忘れ、10月22日に戻る。途中で死んだりした場合も全てリセットされるわけだから、この世界の記憶群として正しいのだろう。

だが、それらの記憶が全てある、と言うことは、やはり純夏の無意識嫉妬フィルターが働いていない。
それらはいずれも、前後の経緯こそ千差万別だが、2001年12月24日に、オルタネイティヴ4が凍結され、5が発動した記憶“群”であり、自分の中では元の世界からBETA世界に来た後の“1周目”にあたった。
と言うか、繋がる記憶が無く、スタート時点が同じだから、分岐世界に於ける並行進行(パラレル)に感じるが、実際にはループによる逐次進行(シリーズ)の記憶を、“1周目”として全て持っている訳だ。


最後が、“2周目”の記憶“群”。
それは、“1周目”の主観記憶一通りだけを有し、その記憶からより良い未来に繋がるようにあがいた世界。

その記憶も主観としては、“XM3”を開発し、夕呼先生に頼んでHSSTの墜落や天元山の悲劇を回避しながらよりよい未来を目指していた。しかし、歴史が変えられた所為か、1周目にはなかったクーデターの発生、トライアル時の混乱とまりもちゃんの喪失、そして逃げ帰った元の世界での悲劇へと繋がる。元の世界の安定を取り戻すためにも、因果導体であることを解消すべく決意して“BETA”の世界に戻った。純夏を00ユニットとして復活させた後、甲21号、純夏と結ばれた事で因果導体を解かれるが、横浜基地襲撃後、甲1号を攻略、と言う流れ。
最終的にあ号標的を撃破するも、その過程で霞を除く仲間の全てを喪い、皮肉なことに結ばれた純夏さえ喪ったことで、因果が断たれ元の世界へ戻る。
今朝目覚めて、最初に思い出したのも、その“2周目の世界”の記憶、主観的にはほんの昨日の記憶なのだ。

しかし、それにもまさに記憶“群”と呼ぶべき様々なバリエーションが存在していた。
それは大別して3種類。
一つは自分を因果導体としていた純夏と結ばれることなく、死亡したケース。
一つは今の主観記憶、この世界から帰還する筈のケース。
そして純夏と結ばれて因果導体としては開放され、純夏を喪うことで戻るはずが、甲1号を破壊した後も死ぬまでBETA世界で戦い続けたケース。

最初のケースは正しく、失敗。死亡がループに繋がるはずなので、そのまま2週目の何処かの始まりにループしているのだろう。
00ユニットそのものの完成・調律に至らない場合や、完成したが結ばれない記憶が殆どで、調律が上手く行かないから甲21号か、甲1号で撃破される状況が占めていた。

2番目のケースは、今の主観記憶、その1つしかない。
達成条件をクリアして、あとは元に戻る、と言った状況で、今こんな記憶“群”が在ること自体がおかしいのだ。

最後のケースは、純夏の復活と結ばれること、そして桜花作戦自体は、成功したり失敗したりするが、何れも純夏は死(機能停止)に至り、本来なら因果の原因が消え、元の世界に戻る筈が、その後もBETA世界に残り、BETAに抵抗を続ける様々な状況の記憶“群”、であった。
その際に説明された夕呼先生の仮説に因れば、XM3の開発や、甲21号、桜花作戦で世界的に有名になり、“シロガネタケル”がこの“世界”の認知に至ったのではないか、ということ。
つまり、世界が自らの一部と認めたことで、因果導体であった原因を喪っても戻らなかった、と言うものだった。

これら様々な記憶を有するが、自分が生きている範囲でBETAから地球を奪還したケースは存在しない。
確かに2周目はバビロン作戦が強行されず、1周目の世界よりは永く保ったが、最終的にはBETAの物量に押し切られそうな中で記憶は途切れている。
いずれも消耗と疲弊、絶望の中、それでもあがき続けた記憶、しかなかった。

この2周目の記憶“群”によれば、途中死亡は何れかのループに戻り、BETA 世界に残った場合はBETA世界の一住人として人生を終え、本来それらの“シロガネタケル”は主観記憶と同じく、元の世界に戻り純夏によって再構築された平穏(?)な日常に戻る状況だった。


そして、更にたった一つ、今まで整理したどれにも属さない記憶が在ることに、気がついた。






流れ込んだ記憶の整理が付き、今の自分の状況が掴めるにつれ、背筋が冷たく引き攣り、鳥肌が立ってくる。
そう、BETA世界の記憶は、元の世界に戻る際虚数空間で濾過され、全く思い出せなくなるはず、夕呼先生はそう予測した。
なのに今の自分は主観記憶だけでなく、様々な確率分岐世界、というかループしたそれぞれの記憶までもを有している。


厭な予感がした。
そもそも、元の世界に戻れば、今朝ここに居るはずの冥夜がいない。
その事を知っている時点で既におかしい。

つまり・・・元の世界に戻ったのではなく、ここは“3周目”の世界、なのか?

そして・・・・。

耐えられなくなり、ベッドを飛び出すと、一瞬だけ逡巡し、思い切って窓を開けた。








“予感”通り・・・。

目の前には幼馴染みの家を押しつぶして頽れた巨大な“戦術機”の骸。
見渡す限りの廃墟と化した街、柊町。






やはり“元の世界”に戻って居らず、ここは三度“BETA”世界。
部屋の中だけが、“元の世界”の部屋だが、“確率の霧”状態なのだろう、ここを出れば、廃墟に変わる。
主観記憶ではそんな知識はなかったはずだが、傍系記憶では物を取りに来て廃墟と化した部屋に入り愕然とした記憶がある。

つまりは、記憶にある“1周目”と“2周目”の“はじまりの日”、その起点10月22日と全く同じ状況だった。




どういう事だ?!

・・・“この世界”、そしてこの記憶“群”はなんなんだ?
既に因果導体ではない筈の自分。
結ばれたことでループさせる力を、その必要性を、喪った筈の純夏。

では、何故自分は此処にいる??
しかも、繰り返しループした全ての記憶はおろか、呼ばれた確率分岐世界の記憶まで持って・・・?










「・・・やっぱ、夕呼先生に聞くしか無いよな・・・」

自分の置かれた状況に途惑いつつ、自分で考えるだけ無駄に思えてきた。
“自分”にとっては、結局“今”しかないのだ。
過去の記憶は唯の記憶だし、未来の記憶も此処では選びうる確率の一つ、でしかない。、


そしてそれは一方で微かな希望。
もし、・・・もし、これが“3周目”なら、あの未来を変えられるかも知れないという希望。
喪った筈のモノが、ここにはまだ“存在する”、という事。


純夏。

冥夜。

美琴、たま、彩峰、委員長。

速瀬中尉、涼宮中尉、伊隅大尉、柏木。

そして、まりもちゃん・・・。


今度こそみんなを・・・救えるのか?

窓の外に広がる廃墟を見ながら思いを馳せた。









「朝っぱらから、いきなり窓開けて、テンション高いな・・」

その時、背後から掛けられた声にぎょっとした
振り向けば、部屋の片隅、寝袋から上半身を起こした状態で、声の主が居た。


Sideout





[35536] §02 2001,10,22(Mon) 08:35 白銀家武自室 考察 3周目
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2013/05/15 19:59
’12,09,26 upload
’13,05,15 誤字修正


Side 武


それは耳に馴染んだ声、見覚えのある面影。
並行世界を少なくとも2回、主観記憶では合計で2年近く渡ってきたため、随分昔、とも取れるのだが、同時にさっき流入した記憶の中には、つい最近の元の世界の記憶もある。
それ故、相手が誰なのか、理解できる。

「!!! 彼方っ!?」

並行世界と元の世界の記憶の混乱に少し困惑しながら。

「・・・ああ?  何故久々に会ったような疑問系?」

「って!?  どうしてお前ここに・・って・・・。」

「寝ぼけたか?  ご挨拶だな。昨日課題終わらんと泣き付いてきたヤツが。」

「ッ・・・・・」

そう、思い出した元の世界の昨日の記憶。その中に確かに宿題の解決に泣きついた、という記憶がある。
実際元の世界のどの記憶でも、課題の解決に純夏や尊人がアテになるわけでもなく、しょっちゅう頼っていた相手なのだから。

つまり今回ループした俺は、元の世界では彼方に課題の手伝いを頼んでいた俺で、そのせいで俺の部屋と共に彼方までもこっちに引っ張り込んだってことか!?


困惑する俺を尻目に、外の異変に気付いたのか、彼方は寝袋を抜け出すと窓の外を眺める。

「・・・ちなみに、ここは何処だ?」

「え?」

「・・・世界が違いすぎる。・・・近所に人の気配すらない。」

彼方は戸惑うこともなく、淡々と口にした。

「えっと、その・・」

何処まで話していいものか?
少なくとも今までの自分の経緯を話すことは、この世界に於ける軍事的最高機密にも触れることだ。
元の世界と余りにも違う軍部が突出したこの世界で、元の世界の常識しか持ち得ない“BETA”世界初心者の友人に全てを話して良いモノか?

「・・・しかも、この部屋と外の世界は一種隔たりさえ感じる。・・・訳は・・・知ってるみたいだな。」

だが、既に現状の異常を悟り、ゆっくり振り向いた親友の、勁い眼光には抗えるはずもなかった。




閑話休題




「・・・成る程ね。随分と壮絶なことに。・・・ん、いや・・・、そっか・・・頑張ったな、武。」

最初の転移から主観記憶における殆ど全てを話し終えたとき、この極めて冷静で、恐ろしく聡明な親友はそう口にした。

「!!!っ!」




話の前に、と着替えた後、必要と思われるモノを持ち一旦外に出た。やはり確率の状態だった部屋が廃墟に変わった。
確率の霧のまま永く話しては不安定になりそうなのと、衛星通信を試した彼方から、不安定な霧の中からでは、通信が繋がりにくい、という主張があったからだった。

再度廃墟と化した部屋に入り、適当に座る場所を作って落ち着くと、オレの永い永い、経験の話をした。
彼方はPDAと一旦持ち出したモニタを繋ぎ、オレの話を聞きながらも何か操作もしていたが。
もちろん廃墟に電源は通っていないから、モニターに繋いでいるのは彼方持参の簡易電池。
交流100Vの簡易電池など元の世界でも他では聞いたこともないが、彼方は普段から持ち歩いていたので気にしない。気にしたら負け、なのだ。

彼方は話を聞きながら、小さな携帯用アンテナを展開し、片手間で通信衛星との接続を試みていた。

お、繋がるじゃん、衛星通信のプロトコルは同一規格か・・・。
とか、
セキュリティは、・・・・甘甘だな。
インターネットは、・・まだ公開されていない、か。
とか、
まあ基幹はあるし、そこそこ整備はされてるし、公官庁、研究設備さえ繋がってればいいから充分だな。
とか時々呟いていたのは、ご愛敬。

そんな操作をしながらも、しかし意識は聖徳太子の如く確かにオレに向いており、長い話に時折質問を交えて、微に入り細に入り2度のループに渡る殆ど全てを話し終えたときには、すでに2時間が過ぎていた。

その間彼方は、どう聞いても荒唐無稽なオレの話そのものには疑問を挟むこともなく、そして途中からは、ずっとその話を整理するように自分のPDAに何かを打ち込みながら聞いていた。

最後に、本来なら純夏に再構成された“元の世界”に戻ると予想されたはずが、何故かBETAの居るだろうこの世界で目覚め、三度目のリセットだろうと思われることを伝えると、暫しの沈黙のあと、この2歳年上の同級生は前述のように言ってくれたのだ。

それは話を訝しむとかではなく、オレの経験した過去への慰撫に他ならない。
実際、大事な仲間を亡くしたのは、オレにとってほんの一昨日のことなのだから。


「あ・・・」

それを理解して、鼻の奥がツンとする。

「・・ってっ!おまえ、こんな荒唐無稽な話を信じるのかよっ?!」

込み上げる涙を堪えるように誤魔化すように叫ぶ。

「・・・この現状の説明には最も納得できる話だ・・。何よりもここで武が俺にそんな壮大な嘘を言う必然性が全くない。」

「か、彼方・・・・・・」

「武が説明したこの世界の状況や、過去の事件が、この世界の現実と一致している事もネットで確認しながら聞いていた。
因みに、お前の言うとおり、今日は2001年の10月22日だ。俺自身の記憶でも、昨日武の家に来たのは10月21日だった。

武の話は、“初めて”飛ばされたとしたら、知っているわけが無い事実ばかり。
それにお前自分で気付いているか?  今のその身体は俺の記憶にある“元の世界の武”と違い、十分その2回目の世界のTOPGUNの身体だぜ?
少なくとも元の世界じゃ、武の腹筋は8つに分かれてない。
・・・もっとも世界を超えて、身体は鍛えられたって言うのに相変わらずの感激屋だけどな。」

茶化すように、目元に悪戯っぽい笑みを刻んで涙ぐんでいたことを揶揄されると、自覚が在っただけに顔が熱くなる。

「う、うるさいっ!!」

「デレツン乙。そこは三連呼が正しいが、まあどうでもいい。・・・さてこれからどうする?」

「あ、・・・ああ。」

鉄板なつっこみでからかわれ、噴き掛けた思考に、冷や水。
さり気なく掌の上で遊ばれてる気がしないでもないが、この冷静さが今は頼もしい。

「・・・取り敢えず、横浜基地に行くことは必須だと思う。夕呼先生の協力は不可欠だからな。」

「・・・お前としては、鑑やおまえの仲間、ってかこの世界でのクラスメートが横浜基地に居る以上、避けられない、か・・・。」

「だな。・・・成り行きとは言え、彼方にもこの世界の最高機密も全部ばらしちまった様なもんだし・・・。」

「フム、で・・・?  お前その夕呼センセの数式、覚えているのか?」

「え?  まさか。数学が得意でもないオレにあんな複雑な式、覚えられるはずないだろ」

「・・・それは・・・・・・。・・・まあいいか。」

「え?」

意味ありげな沈黙に引っかかる。その疑問顔を察したのか、彼方は説明モードに入る。

「・・・そもそもさっきの話では、“2周目”の世界で鑑とリア充ラブラブHして因果導体と言う存在から外れ、その後その世界の鑑が機能停止したから還る筈、だったんだよな?」

「!っ・・・露骨な表現を控えて貰えると助かるが、まあぶっちゃけ、そうだ。」

言葉から“その”ことを鮮明に思い出してしまって赤くなったり、一方で、喪ったことに落ち込んでみたり。

「・・・三度この世界に戻ってきたのは、元因果導体であった武の未練と我が儘以外原因はないだろうが、経緯に因果導体から外れている事実が在る以上、今の武は因果導体ではないだろう?」

「恐らくそうだけど・・・・、あ!・・・それって・・!! 元の世界行って数式回収が出来ないってことかっ?!」

「・・・鋭いな。恐らくそうだ。
そもそも普通の人間がBETAの居ない異世界に転移できるなら、とっくに避難してる。
世界を渡る裏技なんぞ、本来無理。
夕呼センセの仮説で言えば、鑑がこの“BETA世界”と俺たちの“元の世界”を繋いだ。
そして向こうの世界群から、集めた武を2つの世界の因果を繋ぐ存在:“因果導体”としてこの“BETA世界”に引き込んだ。
だからこそ因果導体のお前は、その2つの世界を繋ぐ“繋累”を辿って元の世界に戻れた。
因果導体である事と、武の言う社嬢のサポートが在ったとは言え、それでも本来は相当低い成功率だろ。
それを実行したって事は、夕呼センセらしくもないが・・・、余程、切羽詰まってた、と言うことか。・・・まあ、あと2ヶ月!と期限切られれば仕方ない、な。

それが、鑑の望みの成就に因って、武の因果導体は解消され、その“繋累”は既に切れている筈だ。
“繋累”が無くなった今、無数にある分岐世界群から目的の世界を探し、転移して、また同じ世界に戻ってくるなど出来ないよ。」

「・・・・じゃあ、数式は回収不可能?  00ユニットは・・・完成しない?  純夏は・・・っ!?」

「・・・落ち着けって。・・・ふむ、だから世界は俺を選んだな。」

「は?“世界”・・・?」

「夕呼センセの論文は発表されて居るんだよな?」

「あ、ああ・・・。」

DB[データベース]を探してみるか。」

「・・・・・。」

沈黙。
モニタを高速で流れる文字列。

学会系の論文データベースから、論文リスト表示、検索。元の世界と違い、インターネットなど、まだ整備もされていないこの世界。しかしその元となる“経路網”は既に在るらしい。

検索に勤しむ彼方に、問いかける。

「・・・なあ、彼方、この世界は“ループ”して再構成されたんだよな?」

「ああ。お前の経緯を聞く限り、そう考えるのが妥当だろう。」

「じゃあ、“戻った”と言うことは、オレが因果導体であることも戻った、と言うこうじゃないのか?  ここにいる純夏も、オレを引き込んだんだよな?」

「・・・・」

モニタから視線を外し、人の顔を興味深そうに眺める。

「?  何だよ、人の顔マジマジと・・」

「いや、複数の並行記憶の所為か、頭が回るな、と。
けど、残念ながらそれは無いな。お前の死で、今日に戻る閉じたループが続くこの世界とはいえ、その直前、つまり昨日までは確率分岐が存在していたはずだ。
ループ時の再構成に当たり基礎となる選択肢は多い。なので同じ様なループでも、過去は微妙に違っていたりしなかったか?」

「・・・ああ。そう言えば、そうだ。
今まで記憶が主観一本だから気にもしなかったが、傍系記憶では、過去がかなり違う場合もある。」

「で、因果導体に縛られた世界は、ループの度に様々なパターンに分岐した。それはお前が因果導体で、その在り方によってルートが変わる為。
逆に言えば因果導体が世界の在り方を変えられる。
本来並行[パラレル]に進む分岐世界が、因果導体のループによって逐次[シリーズ]世界になったようなものだ。
そしてお前は前回、そのループそのものを起こしている原因、鑑を解放した。」

「・・・つまり原因が消えれば、結果が消える・・・ってことか?」

「そ。話が早くて助かる。
その上で再構成されたのが“此処”。
一見タイムパラドックスにも思えるが、そもそも因果律量子論では時間なんか相対的な指標でしかないからな。“此処”で言う支配的な時間の流れは、因果導体だったお前の“経緯”。
つまり鑑の希望を叶え、因果導体から開放された、という“因果”の“因” 。
その“因”を過去として持っているお前の居るこの世界の鑑は、既に“元の世界”から“シロガネタケル”を呼び込めてない、と考えるのが妥当なんだ。」

「・・・・」

本来多数にあった確率分岐世界。
純夏が“その力”を得たことで、オレが引き込まれ、閉じた世界。その“主因”が無くなり閉じた世界は開放された。
この世界は、“主因”がないことを前提に再構成された世界、と言うことだろうか。

「オレが因果導体でないのは、因果の “結果”、じゃないのか?」

「因果は当然繋がっているから、見方に拠れば、というか武の経緯で言えば、確かに結果だ。
だから、その結果に合わせる様に、原因も変わる。
ここで再構成された世界は、お前が因果導体ではない、という結果に繋がる世界、つまりこの世界の確率分岐の中で、鑑が他の世界の“シロガネタケル”を呼べない世界さ。
因果導体である“シロガネタケル”には来れない世界だが、この世界の一部となった今の“白銀武”なら存在できる世界、ってところか。」

因果導体で無くなった事を前提とした再構成世界、と言うことか。

「・・・・・・あ、これか・・・。フム・・この論文の理論式を見れば、間違いくらいは解るな。」

自分の考えに黙り込んでいたら、検索からヒットしたらしい、彼方が声を上げる。

そもそも今のネット環境は、公開用のホームページなど存在しない。リモートログインで、直接サーバやコンピュータシステムにアクセスしている、らしい。
どう控えめに言ってもハッキングという犯罪行為そのもの。
普通IDもパスも無いはずなのに、あっさり入り込む。
彼方に言わせればまた公開が前提とされていない世界なので、そこらのホストはセキュリティが相当甘いそうだ。メンテ用のシステムIDとパスワードがそのまま使える所も在ったとか。

尤も、それ以前に衛星と通信できている時点で破格、なのだが。

そう言えば、彼方がこんなハッキングスキルを有しているのを知ったのも、物理教科室のPCで、夕呼先生とあちこちの実験結果を漁っていた所を見たからだ。

「!!! 彼方そう言えば、向こうで夕呼先生としょっちゅう議論してたよな?!」

「・・・だよ。多分、該当する理論の議論も出来る程度に、な。だから、“世界”は俺を選んだんだろう。」

理論が完成する希望が持てたことに、歓喜が沸き上がる反面、背筋が重い冷気に晒される。
これでは、彼方が夕呼先生に巻き込まれること確定だ。

「けど・・、いいのか?  それじゃ完全に巻き込まれることになるけど?」

「今更、っていうか、武が気に病む必要もない。元の世界でだって、センセと連んでいたんだぜ?   世界違ったって、本質的な魂は同一だしな。
仮に、このまま武と別行動したトコで、この年齢の男子は殆どが既に兵役なんだろ?
異世界転移してこっちの身元もあやふや、悪ければスパイ容疑で射殺、次点でも違法難民扱いで留置は確定。
こっちの俺が死んでいれば戸籍すら無いわけだし。
よしんば開放されても、軍属してどっかの戦線に歩兵として送られて、それでおわりだ。」

「!!」

この世界に来た時点であり得ない話ではない、と言うか、今の時代背景からすれば、それは確定した未来に思える。勿論、このチートが服を着ているようなコイツが黙ってそんな事になるとは到底思えないまでも。
初めて来た時、俺がそれを理解したのは何度も営倉で過ごした後だったと言うのに、コイツはもう理解している。
何というか、驚異的な適応力?

何れにしても、そんな状況に巻き込んでしまったことの想いが僅かに表情に出たのか。

「・・・別に俺が来たのはお前の所為じゃないから、お前が気に病むこともない。
世界に選ばれた時点で巻き込まれることは決まってる、と言うか、武と居ることが最も効率が高く、使えるカードが多いことが解っている。
お前の目標は? 仲間を護り、人類を永続させることじゃないのか?」

「! 勿論!!!」

「俺としても別に無為に死にたい訳ではないし、BETAに喰われる様な事態は全力で避ける。
この世界の人類を永続させる事に異存も反論もないし、知り合いの死に目に遭うのも遠慮したい。
世界が相手じゃ、俺が因果導体とは思えないから元の世界に還る手立てはほぼ無いし、ここでの人生を考えれば人類の永続には寧ろ積極的に貢献したい。
目指す目的は、同じ、だったら最大限サポートさせてもらうさ。
・・・おっと、あ、・・ここか・・・。」

「?! 彼方・・・?」

彼方の目がモニターに留まる。モニターでは流し読みしていた夕呼先生の論文。

「・・・成る程、“元の世界”の夕呼理論とはちょっと違うな・・・。
向こうの夕呼センセに言わせれば一世代前の考え方、たしかにセンセの言い方では “古い”な。
これは・・・階層の概念が入ってないのか・・・。
・・・例の数式は何とか出来そうだぜ?」

悪戯っぽい笑みと、呆気ないばかりの言葉に唖然とするしかない。
“世界”が選んだという彼方は、数式回収という最大の懸念をあっさりと打破してしまった。


・・・・・・まあ、これが、彼方、だ。

世界は最適な存在を引き込んだらしい。





最初にこの世界に来たときは、何も無かった。

何故ここに来たのか、純夏の事情など何も知らず、今思えば、ひ弱で無知で何もない、情けないまでの自分。
そんなオレを置き去りに、人類はほんの僅かの人数で、遙かな宇宙への逃避行に奔り、そして残りは玉砕戦に討ってでた。
それは、絶望の終焉でしかなかった。


無意識の内に何度もループし続けた末に辿り着いた2周目には、1周目で培った力は在った。
その記憶もあった。
けれどやはり未だ、精神的にはまだまだ幼稚で甘甘な、ガキだった。
この世界で本当に生きていく、その覚悟すら無かった。
XM3の成果が思いの他在った所為で傲り、そこから生じた失態でまりもちゃんを死なせ、あげく逃げ帰った元の世界のまりもちゃんや純夏にさえ重大な因果をもたらした。
決意と共に戻ってはきたが、結局最後まで甘ちゃんは抜けず、207Bみんなの命と引き替えに、助けて貰って生き延びただけだった。
彼女たちの凄絶な生き様死に様を伝え、散った者の分まで全てを負って生きるのが努め、そういまわの際に冥夜と約束しながら、それさえ反故にして流され、元の世界に還るしかない、そう納得してしまった最後の最後まで情けない男だった。

殆どの仲間を失い、オリジナルハイヴは墜としたものの、人類そのものの傷は深く、生き存えることは微妙であるのは漠然と理解もしていたのに・・・。

そう、結局異邦人でありこの世界のものではない構成因子は、いつも、どのループでも、たった一人だった。



だが、今回は違う。

傍系記憶も合計すれば、ざっと100年を越える経験、力も在る
まあ、スタートが同じ時系列の、しかも蓄積のないループなので、精神年齢はたいして上がっている気はしないが。

それでも、覚悟は出来た。


そして、はっきり言ってオレが知る限り、元の世界で最もチートな親友。
彼方には元の世界で、実は世界を相手に喧嘩を売る力があった。
元の世界の冥夜を以てして、規格外、と評した頼もしい相棒が来てくれた。

今度こそ、絶対、皆を守る!

心の中で固く決意する。




「・・・さて、論文関連の理解は、こんなトコでいい。
じゃ基地行く前にもう少し話させろ。経験者の、武の意見を聞きたい。」

「は?」

「・・・人類がBETAに勝つ方法について、だ。」

彼方の口元には、あるかないかのアルカイック・スマイル。
これは・・・・彼方が猫を被らないときの表情。

・・・あ、BETA死んだ・・・。
あ号は阿部定確定だな・・・。


背筋に寧ろ薄ら寒いものを感じながら、どうにか曖昧に、ああ、と応えた。


Sideout





[35536] §03 2001,10,22(Mon) 13:00 白銀家武自室 考察 BETA世界
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:46
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Side 武


知っているだけのBETAの知識、戦術機関連、幾多のループで経験した戦術や試作兵器。
主観記憶以外にも“未来情報”が在るわけで、それらは雑多に渡る。
XM3の概念も話したし、傍系記憶に在ったレールガンや弐型のことも話をした。

但し、主観以外の“記憶”に於いても、人類の状況は決して良いものではなく、常に消耗していく、という状況が正しい。
それは、傍系記憶にある甲1号を陥とした後の世界でも同じ状況だった。


「で、武、この世界の当面の敵はBETAなのは解った。その他の敵は?」

「・・・オルタネイティヴ5急進派。あと潜在的な国粋主義者。」

「HSST墜落工作を初めとする妨害とクーデターか。」

「そうだ。
狭霧大尉は、結局踊らされていただけだから、まだ何とか説得できると思うけど、米国に操られていた者の所為で死傷者が増加し、説得も妨害された。
5の連中は、どうしようもない。」

「・・・フム、5の主張は間違っては居ないんだぜ?  やり方はデメリットが大きすぎてダメダメだがな。」

「! 間違ってないって、たった10万逃がす計画がか?!」

「それは明かな失敗。
選別、人種構成、指揮系統、内紛のフラグ満載だし、航路、機関、そして目的地も不安要素だらけ。
俺なら選ばれても乗らない。
間違って居ないのはバビロン作戦の、考え方、だけさ。人的損耗をせずに、ハイヴを殲滅するという、その考え方。」

「!!・・・、それは・・・そうかもな」

人類の抵抗は、人的物資的消耗そのものだった。
損耗率が例え3割だって、2回戦えば部隊は半分、4回戦えば、1/4にまで減じる。
それが、BETA戦においては、5割6割当たり前、の世界。
軌道降下部隊に至っては、8割と聞いた。数字上2回生き延びる衛士がいないのだ。

永い期間と莫大な費用を掛け、育て上げ作り上げた衛士や戦術機が、使い捨てのように消耗していく。そんな戦いに未来が在るはずは無かった。


「・・・見てみ、このグラフ。
今朝からずっとネットで情報を集めてみたが・・・過去の統計とハイヴの成長から予測した、BETAの数と人類人口の遷移だ。
・・・今のまま何の戦略変化もなければ、9年後にはBETAの数が人口を上回る。」

「!!!」

示されたグラフは、級数的にBETAが増加していく様子を示している。

「取り敢えず、ハイヴの各フェイズに於ける規模と、ハイヴ成長速度からの予測だ。
ハイヴの成長速度には結構バラツキがあるが、おしなべて平均で見るとこんな所だろう。
各フェイズに於けるハイヴの半径と深さで示される支配体積に対し、ハイヴ内のスタブ密度、スタブの抗径及び存在BETA密度がほぼ等しいと考える。
そうするとフェイズIIでは3000体位のBETA数が、IIIでは1万7000、IVでは既に11万に達する。
Vなら60万、地球上最大のハイヴVIに至っては実に300万だ。
因みにBETA数は全て大型種だけの数字な。

今の統計では、ハイヴの発生からVIへの到達年数は25年前後。
それ以降は指数曲線による近似なので仮定だけどな、流石にハイヴ成長規模もサチるから、フェイズVIIへは55年、VIIIへは100年掛かると見てる。火星にあるらしいマーズ0は150年強、フェイズIX。因みにそこで予測されるBETA数は予測されるその体積規模から言って1億7000万に達する。」

「!!!」

なだらかなカーヴを描く片対数軸のグラフ。フェイズVI迄の規模をグラフにし、その曲線を外挿したものだ。ログ軸では確かにサチっているが、リアル軸に直せば指数的な増加に変わりはない。
ハイヴ1基で1億7000万など、考えただけでめまいがする。

「地球上では今まで人類相手の占領地域の平行拡大がメインだったんだろうな、今のところフェイズVIはH1だけだが、設置された時期から考えて近々H6までがVIに達する、と考えて良い。」

現在のBETA総数は、推定1500万。
急激に伸び始めるのは、今から4年後。
6年後の2008年には、今の倍の3000万に達し、人類が滅ぶと言う10年後は4000万だった。
一方で、漸近的に減少していくのが、世界人口と戦術機生産可能数。

「あ号を倒せば、司令塔が消えるから、BETAは巣に引き籠もり、ハイヴ成長が若干鈍るが、それでも30年後にはやはり破綻する。
聞いていたんだろ、夕呼センセから人類は10年保たないと。」

線が1本追加される。
2002年でBETA数に僅かな段が生じ、増加が緩やかになる。それでも、2030年前に、激増が始まっている。
その何れもが傍系記憶で経験した状況に等しい。

「・・・・」

「・・・増殖速度の桁が違う。これが10年前なら、まだ色々な対応が取れたはずだ。
過去のデータを裏表見る限り、大国のエゴと、利益主義、見通しの甘い楽観的な予測、それが今の事態を招いた。
今となっては、特に対抗兵器である対戦術機比が絶望的。
自決的環境破壊、そして武が経験したというフェイズ5以上には効果が薄いという事を知らない、乃至認めたがらないあの国の支配者連中にしてみれば、G弾はもっとも合理的なドクトリンと言える。人的損耗無しでハイヴ攻略・BETA殲滅殲滅出来るんだから。
故に、第5計画の奴らからしてみれば、オルタネイティヴ4こそ、無駄なあがき、と本気で思っている。
そもそもこの事態を招いたのも自分たちの利益誘導戦略だということさえ棚に上げて、な。
まぁ自分の計画の重大な穴を看過している時点で、救えないバカだけど。」

「・・・・」

「実際、武の経験にあるオルタネイティヴ4だって、結局成果として、BETAの指示構造を暴き、その司令塔を一つ潰したけど、その代償に人類としての損耗はあまりにも莫大。
一方で、BETAの物量に対抗する根本的な戦略は何ら講じられて居ないに等しい。
20年延びただけという、夕呼センセのシニカルな言葉は、極めて正しい。
桜花作戦で主戦力だった凄乃皇だって鑑とG-11頼りだった訳だし。
実際桜花作戦後に武が戻ってしまう世界では、鑑もA-01も殆ど居ない、武も居ない。
凄乃皇もない。その未来は、相当厳しかった筈だぜ。」

・・・頷くしかない。
あ号を喪ったってBETAはBETAだ。


「・・・何とか、成らないのか?」

何十回とループした記憶を持ったのに、ここまで言われて初めて思い知った。
あと10年しか保たない、と言う夕呼先生の言葉の、本当の意味を。この世界の人類が置かれた、余りにも底無しの深淵を。

まだ甘かったのか?
まだ足りないのか?

・・・いや、何時だって世界を覆う悲壮感は漠然とは感じていた。
こんな数字、為政者は誰も表に出していない。
出せる筈がない。
出したら一般市民の心は保たない。
自壊が始まる。


けれど彼方がこの世界に来て、僅か数時間で達した結論。
この世界に居る人々が感じていないわけがないのだ。

それを、明確な数字に示されて初めて実感した。
現状1万のBETAの進軍ですら、単独では拮抗できる部隊すら無い。
それが10年後、4000万・・・。
人口予測がそれを切るということは、今は無事な南北アメリカ、アフリカ、そしてオーストラリアや南極すら陥ちているだろう。

その未来を知って、そして現実を知って、世の権力者がオルタネイティヴ5に縋った心情が初めて判った。


「・・・と、何を言った所で、所詮バビロン作戦は人類自決作戦みたいなものだ。今は無事な南半球の補給庫を自分で壊すことだからな。
絶対阻止は前提。
それと、移民計画:バーナード星系ねぇ・・・、これも今はBETAの勢力圏だな。」

PDAを操作しながらいう。

「え?!」

「この計画の大本は・・97年のダイダロス計画からの情報だっけ・・・?   
1960年代に既に惑星存在が報告されているんだが・・・、ふーんこっちの世界では一応在るみたいだな。元の世界では、存在自体[●●●●]が否定されてたからな。
・・・この観測スペクトルから地球型惑星の存在を確認してるって事で、97年は移民計画のための茶番か。
けれど、辛うじて生きてるハッブルの観測結果を見ると、それも近年変化してる。」

「!?・・・・」

モニタに表示されていたグラフが変わった。

「・・・左上がバーナード星系第1惑星、地球型惑星と見なされる星の、60年代のスペクトル分布。左下が同じくBETA侵攻前の地球のスペクトル分布。確かに、似てるな。海洋と、植生くらいは在りそうだ。
けれど・・・、右上が最近観測されたバーナード星系第1惑星のスペクトル分布だ。
右下に最近の地球、特にユーラシアをメインにした解析結果を並べると・・・」

「!!!!」

・・・衝撃的。

2つのスペクトル分布は、何れも比較的高い周波数が減り、低い領域の周波数帯が増加している。
その増減の仕方が相似。
色で言えば、緑・青色系統が減少し、黄・赤色系統が増加していると言うことだ。

「これが、この“BETA世界”の現実。
さっきの武の話じゃ、BETA上位存在数は10の37乗だって?  既に太陽系に来たのなら、この周辺星系は同じ状況だろうな。

・・・ま、どうせ俺もこの世界で生きていくしかないからな、・・・何とかするさ。」


八方ふさがり。
深く考えれば考えるほど、何の希望も見いだせないこの状況に、気楽なまでに軽く言う。


「・・・なんとか成るのか?」

示された余りの状況に、衝撃が大きすぎて疑問系になってしまった。
そこには非難の色すらあったかもしれない。
その視線を、何の色も浮かべない、ただただ透き通った、底知れない深淵の様な瞳が受け止める。


「・・・・・お前にその意志が無いなら無理だ。」

「え?」

「・・・確定された未来、支配因果律を覆せるのは、因果導体だけじゃないのか?
俺は世界がたまたま引っかけて連れてこられたイレギュラーだぜ?
今の武は、元因果導体、けれど謂わばこの俺を引っ張り込めるほど因果を変える可能性をもった、“因果特異体”。
勁い“意志”、それだけ[●●●●]が、世界を変えられると教えられたんじゃないのか?」

「!!!」

「お前が“前の世界”で、喪った全て。その“全て”が、まだ[●●]、この世界には存在[ある]んだぜ?」

「!!!!」

「お前の記憶では確かに喪った。だが世界にとってその事象は、ループによって“なかった事”に成っている。
そして、その迎える“未来”を変えられるのは、お前だけなんだぜ?」

「・・・・」





・・・そうだった。

守りたかった全てが、此処[●●]ではまだ、“在る[●●]”のだ。
・・・喪ってなんか、いない。
オレの記憶は、今となっては唯の、“あるかも知れない未来”の一つに過ぎない。

人類が絶望的だなんて、何度もループして、とっくに解っていたことだ。
それでもオレは、運命を、世界を変えたくて、元の世界にオレを戻そうとした純夏の意志すら曲げて、“ここ”に戻ってきた。

地球が、人類が、どんなに絶望的な状況であっても、オレは、オレだけは諦めちゃイケナイ。

“世界を変える”、その意志だけが、オレの武器なのだから。



「・・・ああ!! 遣るさ、・・遣ってやるともっ!!」

「オゥ!・・・宜しくな、武」

彼方の掲げた拳に、オレは固く握った自分の拳を合わせた。


Sideout





[35536] §04 2001,10,22(Mon) 20:00 横浜基地面会室 接触
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/12 17:12
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'12,12,12 誤字修正


Side 武


「で、あんた達は何者?」


守衛所で、もはやテンプレの一悶着の後、あいも変わらず4時間にも及ぶ検査を経て、面会室に案内された。

結構永い時間情報交換をしていたため、日も傾く頃になって漸く横浜基地までたどり着いたオレ達は、認識票も外出許可も在るわけ無く、案の定予定通り、守衛に拘束される。

しかし幾多の2周目の記憶通り、夕呼先生に連絡をして貰い幾つかのキーワードを告げると、いつもの検査の後に、ここに連れてこられた。初めて入るここは面会室。
今回は、男2人と言うこともあり余計に警戒されているのだろう、武装した伊隅大尉と宗像中尉が直衛に付き、ドアの外に待機する仕儀となった。
夕呼先生との間には、分厚いアクリルのしきりがある。
要するに、刑務所の面会室みたいな仕様だ。

一応盗聴の類は彼方がチェックしてくれているらしい。霞が隣に居ることも、彼方が気配で確認した。

彼方がどう遣ってそれを知るのかは知らないが、ヤツがそう言う以上、そうなのだ。
訊けばあっさり、アストラル領域の知覚で、という理解できない答えが返ってくるだけだ。

厨二?

だが実際彼方は15歳の時、落雷に直撃されて植物状態一歩手前で2年間昏睡していた、と言う凄まじい過去がある。

事故後の検査で微弱な脳波があり、辛うじて生きているモノの、この状態に於ける脳細胞の再生速度を鑑みれば、意識が目覚めるのは60年後、とまで言われたのだ。
それが、ほぼ1年後、突然目を覚ました。それから1週間で、健常者と変わらない迄に回復したという。
だが、もう1フェイズ行けそう、という謎の言葉を残して、再び昏睡に陥った。
そして再び、きっかり1年後突然目を覚まし、あげく2週間後に編入試験の上、転校し復学までした、という強者だった。
奇跡の復活、として詳細な経緯が新聞にまで載ったので、結構有名な話だ。

転校・復学は、2年の病気休校で以前の高校には行き難い、との本人の話だったが意識覚醒後2週間で、難関と言われる私立高校の編入試験を満点で通過する事もいろいろとおかしい。
成績は勿論優秀、スポーツも手を抜いているらしいが、出来ないことはない。
人当たりは悪くないが、何処か飄々としていて、周囲を煙に巻くことの方が多い。
アストラル領域ではないが、発言や行動が時折人類を逸脱していたりする。

不思議な存在、というのが向こうの純夏の印象。
そして、規格外、というのはいろいろ調べた冥夜の一言だった。

ペンタゴンさえフリーに入れる超絶ハッカーだと知ったのは偶然。
必要なら、世界にだって喧嘩を売る、傲然とそう言い切った男なのだ。


それが何の因果かとうとうこんな世界にまで巻き込んで、・・・なのに本人は平然としている。
転移したという現実が認められず、駄々ばかり捏ねていた1周目世界のオレとは随分違う、と思ってしまう。
転移してきて状況を察するに、いきなり衛星に通信を繋げ、未成熟なネットを辿りこの世界の情報を的確に掴んでいた。
元の世界ではインターネットの普及に伴い、ハッキングとセキュリティ対策は鼬ごっこと化した。
しかしまだ一般的な公開さえされていなかったこの世界のセキュリティは、総じて意識が低く、だだ漏れらしい。古典的な手法で、ほぼフリーパスだとか。
結局世界情勢から、軍事機密まで漁り放題漁り捲くっている。


コイツが慌てたところを見てみたい、というのも実は密かな願望だ。


「さっきも言いましたが、オレは白銀武、こいつは御子神彼方ですよ、夕呼先生」

「は? 先生? あたしは教え子なんか持った覚えないわよ?」

何処の世界でも最初の反応は同じだと、苦笑する。
と言うか、オレのループは分岐世界を渡っているわけではなく、この世界での遡行だから、実は相手をしている夕呼センセは、いつも同じ、はずなのだ。

そう考えて、傍系記憶を辿ると、時折違った反応が在ったりする。
基本ループなのだが、実際にはオレが来るまでの分岐世界の再構築、だったりするのは、さっき彼方に指摘された。
因果導体、ということで本来ある分岐が縛られ、10月22日で束ねられている。
ループして再構成される際の元の世界は、何時も同一ではないようで、皆同じ人物なのだが、過去経緯が異なったりしている。
それが、微妙な差に成って現れるのだろう。

そう言えば、あの記憶の様な状況も初めてだ。
いや・・・、傍系記憶には同じ様な状況もあったかもな。その時は訳がわからなかったが。


「オレにとっては尊敬する先生なんです、・・どの世界でも。
今までもずっとそう呼んでたんで、その辺は勘弁してください。」 

「はあ?」

見慣れた呆れ顔の夕呼先生に構わず言葉を継ぐ。

「多分先生は、シリンダーの中の、鑑純夏のたった一つの願い、『タケルちゃんにあいたい』という意識と、記録上鑑純夏と共に死亡した筈の“白銀武”が現れたことで、オレに興味を持ったんでしょう?」

「!!・・・」

態度には出さないが、僅かに瞳孔が拡がるのを見逃さない。

「死んだはずの者が現れる、この通常は有り得ない筈の事象に、解を持っているのは夕呼先生だけ・・・。
オレは、簡単に言えば夕呼先生の因果律量子論により実在を予測される、分岐世界からの界渡りを実体験した、因果導体、あー、今となっては元因果導体です。」

「え・・・?」

「なので、この世界はオレの主観記憶で“3周目”、となります。
もっとも“1周目”も“2周目”も同じように夕呼先生に拾われ、ここで訓練兵から始めました。
その過程で、オルタネイティヴ4と5、因果律量子論や00ユニットに付いても深く関わりました。
・・・全部それぞれの前の世界の夕呼先生から教えて貰った事ですけどね。」

「・・・アンタは因果導体としてこの世界をループしている存在だとでも言うの?」

「理論的にあり得ない事じゃない、と知っているのは夕呼先生のみ、・・・と言うか、夕呼先生の理論の体現者ですよね。」

「・・・・・つまりアンタは多数の未来を知っている、と?」

「オレが死ぬ度に再構成される世界ですし、細かいところでは色々な分岐もあって確定では在りませんが、この後の事も概ね知っています。」

「・・どういうこと?」

「今回のオレには様々なパターンの記憶“群”が存在します。
ただ大きく大別するとそれは、“元の世界”の記憶群、“1周目”の世界の記憶群、そして“2周目”の世界の記憶群とあり、その後に、今日に繋がっています。」

「・・・・続けなさい」

「まず“元の世界”の記憶群は、途中まではほぼ1本道です。
俺たちの元の世界は、BETAの存在しない世界で、オレと彼方はこの柊町で唯の高校生として生活していました。
この白稜基地はその世界では白稜大学附属の柊高校で、オレ達はそこに通っていたんです。
因みに夕呼先生はその高校の物理の先生、まりもちゃんは数学の先生でオレと彼方の担任でした。
そこでも夕呼先生は天才でしたがアナーキーな性格で、物理学会からは異端視されてたみたいです。」

「・・・・」

「元の世界の記憶で分岐しているのは10月22日の朝の記憶ですね。
朝起きたときに部屋にいるのが、純夏か、冥夜か、尊人か、彼方か、と言った程度の差ですが。
但しその後の記憶はバラバラで、まあいろんなパターンの記憶が在るわけですが、概ねドタバタで幸せな世界の記憶です。
どれも終わりが曖昧ですが2008年頃までの記憶ですね。」

「・・・・」

「こんなゲームの存在する、概ね平和な世界でした。」

ゲームガイをアクリルの隙間から夕呼先生に渡す。
爆発物や危険物ではないことは確認されているため、手元に返されていた。
夕呼先生は言われるままに電源を入れ、流れる音楽に眉をしかめる。

「・・・で、そんな平和な世界のオレが、いきなり“1周目”の世界の2001年10月22日に転移しました。
主観記憶では21日に眠った後、起きたら、といった所だし、その時には分岐世界の記憶は無かったし、夕呼先生の説明も受けていないので、まぁ・・・最初は訳もわからず、取り乱していましたよ。
そこからも幾つかの分岐があって、一応メインの記憶では、廃墟を彷徨ったあとここにきて守衛に捕まり、営倉に放り込まれました。
その後面白そうだという理由で夕呼先生が訓練兵にしてくれました。

勿論、当時はこの世界の経験が皆無でしたから、一般常識すらない、訓練兵レベルの体力も無い、あまりにも元の世界と違うこの世界に文句と悲嘆しかしてなかった、それこそ同期の訓練部隊の足を引くばかりの劣等兵でした。
但し戦術機適性だけは異常に高かった所為で、どうにか士官してからはそこそこ戦えました。

・・・まあ、主観記憶はそうですが、その他の傍系記憶群では、門で暴れていきなり射殺された記憶とか、訓練中に死亡した記憶とかも在るんですけどね。

ただ、その1周目の記憶“群”で共通しているのが、途中で死ぬ事を除けば、今年の12月24日にオルタネイティヴ4が打ち切られ、5への移行が決定した、とラダビノット基地指令から通知されたことです。」

「!! 今年のクリスマス・・・?」

「理由は簡単、4は何の成果も上げられなかったから。
・・・そしてそのとき地下19階の執務室でグテングテンに酔っぱらった夕呼先生から、初めてオルタネイティヴ計画、特に4と5についての説明を聞きました。」

目を見開いて睨み付けてくる夕呼先生を尻目に、彼方がちょいちょいと、合図をしてくる。
予め決めてあった盗聴の可能性が高まったときの合図だ。
微かに頷いて尋ねる。

「・・・この先まだまだありますが、このまま此処で話してしまっていいですか?」

「!!・・・そうね、場所を変えようかしら。
・・・まだまだ時間掛かりそうだし・・・、食事をして、それから執務室にいらっしゃい。
PX・・・、は拙いわね、その格好も拙いから軍装と臨時のID・パスと共にここに持って来させるわ。
・・・アタシもパソコンで整理しながら聞きたいから。」

「・・・了解です。」

取り敢えず、在る程度の信用は得られたみたいだ。


Sideout





[35536] §05 2001,10,22(Mon) 21:00 B19夕呼執務室 交渉
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/06 20:40
'12,09,27 upload
'12,12,06 誤字修正


Side 夕呼


ノックに返した許可を以て彼らは入室してきた。
本来ならこちらに敬礼するところだが、どうせ必要ないと言われるのを知っているのだろう、無駄はしない。
成る程、別の分岐世界でのアタシとの付き合いは長いらしい。
散らかしたままの部屋に、白銀がむしろ懐かしそうな視線を走らせる。


その態度に、アタシは内心ため息を付く。

これは賭、だった。
勝ったのか負けたのか、はまだ判らないが。

既に直接接触が可能なこの状態で、彼らには何のアクションも無い。
ここにはアタシと、そして社しか居ない。勿論、外には護衛を付けたから暴挙に及べば拘束される。
その時にはアタシは生きていないだろうが。

つまりは第5計画側の工作員、と言う筋が殆ど消える。残るのは白銀武が本物の因果導体、彼らの言葉で言えば、“元因果導体”である、という事だ。
それが僥倖なのか、破滅なのか、今はまだ判断できない。


しかし、白銀が因果導体、しかも幾多のループを巡っている以上、話の内容が最高機密に関わる事は必至。実際、面接室で話したのも迂闊と言えば迂闊だった。
余りの衝撃的内容に突っ込みすぎた、と言うのもある。
若さ故の過ち?  ・・認めるわ、アタシもまだ若いってことを。


第4計画、そして第5計画。
その存在を知っている人間は、この基地では僅か3人。伊隅ですら極秘計画、としてしか知らない。
国内でも首相とその筆頭秘書官、政威大将軍と斯衛・帝国軍大将、国連の事務次官級しか知り得ない極秘中の極秘情報。つまり国内でこの計画の存在を知るのは十に満たない人間だけなのだ。
見方に拠っては、人権を悉く無視した超危険な計画。生きている人間を殺して量子伝導脳に差し替えBETAの事を探る、人の命を命とも見ない、対BETA諜報計画。
そんなモノを認め、誘致している段階で、迂闊に露見すればこの国の行政機構は瓦解する。


そして・・・。

カガミスミカの名前を知っているのは、此処にいる2名のみ。
年若い殿下にはその存在も知られていないし、基地指令も榊首相も、BETAの実験に晒された00ユニットの候補被験体、としてしか知らない。

-彼は、その内容を全て知っています。-

それだけに網膜投影にテキストで伝えられた社の報告は、衝撃的なものだった。

そして更にアタシを襲った衝撃。

“白銀武”は“元”因果導体。

そして、12月24日にオルタネイティヴ4が打ち切り。


横浜基地に突然現れた不審人物は、初手から飛んでもないカードを切ってきたのだ。





アタシは時間が欲しかった、情報を整理する時間が。

故に態と彼らに食事を挟ませて、その間に社からも更に情報収集し対応を練った。
あらゆる可能性を検討する。

一番高い可能性は、第5計画の手先による攪乱で在ること。或いは責任者であるアタシの暗殺。
しかし、その可能性は何れにしても矛盾が在りすぎる。例え社のリーディングを欺瞞できたとしても、こうして此処で話す意味がない。
暗殺が目的なら、今の時点で完了しているのだから。

つまりは、アタシが今こうして生きている時点で、全てを満たす解は一つだけ。
・・・此奴等の言っていることが、真実だと言うことだった。


社には言われた。
面会室で白銀は盗聴の動きを御子神に指示され、話を中断した、と。
社から見ても、実際その動きがあったらしい、とのことも。

盗聴の兆候を見逃さないなど、油断ならない相手ではあるようだ。


しかし因果導体であったことを肯定したとしても、前の世界とやらでアタシは何処まで話したんだか。こんなガキに話したと言う“自分”の迂闊さが厭になる。
予想される内容が内容だけに、下手な護衛も置けない。

今後を考えると、真面目に機密を共有できる護衛が必要かも知れない。
一応拳銃は用意してあるが、自信はまるでない。
けれどさっきの話がアタシを釣るためのフェイクである可能性は、既に低い。


白銀の社を見る目が優しい。
何故か僅かに頬が紅くなり、その思考を読んだのか、兎の耳がぴょこんと跳ねた。

・・・何遣ったんだコイツら?

社の目は真っ赤だ。もともと瞳は紅いが、白目まで泣きはらし、見事に真っ赤。

「・・・夕呼先生にしては、随分無防備ですね?」

「・・・社に感謝しなさい。アンタの悲しみは本物ですと泣きながら言われたわ。」

「!!」

目が赤い理由を理解したのか、ちょっと辛そうな顔をした。

「・・・こっちでは、初めまして、だよな、霞、・・・あ!?  いや、悪い、やし「霞でいいです」・・・霞?」

「・・・私のこと、知って居るんですね。」

「・・・ああ。」

「・・・ずっと見ていると、約束していました。私もこの世界の貴方をずっと見ています。」

「・・・そっか・・・。オレは白銀武。改めて宜しくな、霞。」

「・・・はい。宜しく、です。」

そして社が向きを変える。
一方の御子神はそんな社を見て微笑む。

「御子神彼方だ。初めまして。」

「・・・はい、初めましてです。社霞です。」

「うん、武から飛び切り優秀で滅茶苦茶可愛い子と聞いている。宜しくな。」

「・・・宜しくです。・・・御子神さんは、なぜ盗聴に気付いたのですか?」

「簡単に言えば、“気配”とかを感じる力がある。もっともテレパスではないので、考えを読んだり出来ないけどな。」

社は不思議そうに御子神を見ていた。


そう、白銀に引き摺られたと言う謎の人物。社をして上手く思考が読み取れない、と言う。
リーディングにも相性があるようで、相性の悪い相手には、この程度に成る事例も存在したから気にするほどでもない。その思考に暗い色はなく温かい色。後ろ暗い陰謀や謀略を隠してることはあり得ない、とまで社が言い切ったため、一応危険は無いと判断した。
しかし、ある種の能力者、と言う訳か。思考は読めないと言うが、真実は知れない。
此方も一応のリーディングプロテクトはしているから、読まれることは無いと思うが、警戒するに越したことはない。


シロガネタケルがカガミスミカの幼馴染みであり、98年のBETA横浜襲撃時に死亡とされているのは、既にデータベースで確認している。
尤も誰も死んだところを見てないし、遺体が確認された訳でもないから、実質MIAなのだが、直前に其処にいたことが明確な場合、そして事後1年を経て名乗り出ない場合MIAではなく、KIAとなる。

一方同じ横浜市内に、御子神彼方という住民票もあったが、此方もMIA。行方不明。襲撃事前の所在が明確でなかった。その為に、BETA襲撃時の死亡とされていないのだ。
それでも親族から申請が在れば通常3年でKIAに成るのだが。BETA戦ではMIAもKIAも同じことだ。


「挨拶は終わった?  なら座りなさい。いろいろ聞きたいことも在るから。」

白銀と御子神は、執務机横のソファに座る。
社はその向かいに腰掛け、アタシは執務机のまま、傍らのモニタを見ながらキーボードを叩いている。

「アンタの言う、1周目の12月24日から続けてくれる?」

「あ、はい。
ラダビノット指令の、オルタネイティヴ4の打ち切り通知の後ここに来ると、夕呼先生はミニスカサンタの衣装を着て、グテングテンに酔っぱらってました。
・・・聖女になれなかった・・・、夕呼先生はそう言って悲嘆していました・・・。」

ミニスカサンタの衣装はここにも在る。
今度まりもに着せようと思って手に入れておいたヤツだ。

そして聖女。

メシアを産み出した存在。
正に・・・アタシの目指したモノ。

「・・・・・」

「・・・因みに“1周目の記憶群”では、その後10数万人がバーナード星系に向け旅立った後の記憶も各種在ります。主観記憶では冥夜と夕呼先生、霞は選ばれて宇宙に旅立ちました。
まあ他の記憶では残っていたパターンもありますが。
そして残った人類によるバビロン作戦:G弾によるハイヴ掃討は、一応成功したかに見えました。
しかし、G弾のユーラシアへの集中使用により、その後大規模な重力偏差が生じ、大海崩と呼ばれる海水の異常分布が発生しました。」

「!!!」

高重力潮汐作用による海面偏位!
横浜周辺でも潮位の変動は確認されている。ユーラシアに集中したハイヴへのG弾大量運用なら、相互作用による連鎖も当然有り得る。爆心地付近の重力異常による植生根絶だけではないのだ。それが連鎖して潮位を変えたら・・・。

「・・・ユーラシア大陸はほぼ水没、大量の海水が移動した大洋は逆に干上がり、一面塩の平原に変貌、当然異常気象に晒され、残されていた南半球も潰滅。
重力偏差は人工衛星軌道さえねじ曲げ、衛星通信網壊滅、電離層異常まで引き起こして地上通信をも途絶させました。
そして、一部の、特にフェイズV以上のハイヴについては、モニュメントこそ破壊されていましたが、反応炉は生き残っていたらしく、海水に沈んだ水底から再びBETAの侵攻が始まりました。
フェイズV以上のハイヴが残ったのが、BETAのG弾対策が在ったのか、単に反応炉の深度が深いため効果が届かなかったのか、は判りませんが・・・。

生き残った人類は、それでも再び現れたBETAと闘いながら損耗していく、そんな末路を辿りました。


これはその世界の風の噂でしたが、幾つかの記憶では、バーナード星系に脱出した船団の、通信途絶も在ったようです。」

「・・・大海崩にG弾無効化、通信途絶・・・ね。」

顔が苦々しく歪むことが抑えられない。いみじくも白銀の使った“末路”と言う表現が相応しい。何れも有り得ない事ではない。白銀にとっては実際に経験した世界と言うこと、絵空事、と言い切れないリアリティがそこにはある。

「・・・その世界の主観記憶では出発の後の記憶があやふやで、2003年頃だとは思うんですがどうやって死んだか解らないんです。何らかの突発事故に巻き込まれた様ですが。
何れにしろそこで死んだオレは、再び2001年の10月22日、今日、ここ、柊町で目覚めます。
・・・それが“2周目の記憶群”です。」

「・・・アタシ流に言えば、確率分布世界の転移による時間逆行、乃至別世界群への転移、と言う所かしら?」

「あとで聞いた2周目の世界の先生の推論では、何らかの理由で因果導体になったオレの転移してきた日、10月22日を起点に、オレの死によってこの世界は閉じている、そうです。
なので、時間遡行と言うよりは、世界のリセット再構成とか。」

「それって、アンタは随分とはた迷惑な存在ね?」

「その辺は先生の方で検討して下さい。2周目の世界群の夕呼先生も同じ様なことを言ってました。
というか、それで言うと、オレの出会った夕呼先生は、全て同じ夕呼先生なんですけどね。」

「・・・」

意識もしない内にリセット再構成ループとか、厭過ぎる。

「分岐世界で身体特徴に差違が出るかは知りませんが、前に会ったときには首筋に小さな傷がありました。後日肩もみを要求されて気付いたんですけど。捜し物をしていて、机の引き出しに引っかけた、とか。たしか22日に遣ったと聞きました。
そんな事でも証明に成りますか?」

「・・・そうね。確かにあるわ。」


・・・確定的。
コイツ、本物の因果導体。
この傷は、ついさっき付けたもの。
白銀から見える位置ではなく、社でさえ知らない。

「話そらして済みません。
2周目は、1周目の記憶を1通りだけ持って目覚めました。
その未来の記憶と、鍛えた身体や技能は継承していたので、同じように夕呼先生を頼り、ここに来ました。
オルタネイティヴ4・5に関わるキーワードで在る程度興味を持たれたオレは、一周目の記憶を頼りに11月のBETA再侵攻、HSSTの墜落や天元山の事件を事前に防いでいきます。
因果導体だ、と言われたのもこの時です。
オレは因果導体である原因を突き止め元の世界に還るため、夕呼先生はそれを利用してオルタネイティヴ4を完遂するための協力関係と言うのですか、そんな関係です。
多分現実は、因果導体ではあるけど先生の10%も覚悟のない甘ちゃんだったオレが、一方的に利用されていたんでしょうけど・・・。

戦術面では自分の機動概念を元にしたXM3と言う戦術機のOSを作り、戦闘能力の底上げもしたし、207B訓練部隊にも普及して行きました。

けれど、色々と歴史を変えたその為にか、12月5日に1周目には全く経験のないクーデターが起こり、榊首相他閣僚が殺害され、帝国は混乱しました。それが後々尾を引くことになります。

実はその前後、オレは偶然この世界の夕呼先生の論文のを目にして、オレが元の世界で見たことが在ることを思い出していました。元の世界の夕呼先生が理論が完成したと言っていたことも。
なので、2周目の世界の夕呼先生は、理論の回収のために因果導体であることを利用してオレを元の世界へ転移することを試みました。
結果、元の世界の夕呼先生に接触して理論構築を頼むことに成功しました。」

「!! 理論が完成したの!?」

「・・・結果的には。
でも取りに行った後、XM3のトライアルがあり、その時に研究用に捕獲したBETAが逃走し、襲いかかって来る事件が発生したんです。
オレはそこでパニックを起こし、催眠導入とクスリの所為で殆ど錯乱状態で闘っていました。
結果的にA-01部隊に助けられ、かなりの犠牲を伴いつつも逃げたBETAを殲滅したんですが、落ち込んでいるときに慰めてくれていたまりもちゃん・・・神宮司教官が残存していた兵士級に頭部を噛み砕かれて・・・・亡くなりました。」

「!! まりもが!?」

「・・・後悔と恐怖で、オレは元の世界に逃げ帰りました。
でも、因果導体のままだったオレは、この世界の重い因果を元の世界に引き寄せ、むこうのまりもちゃんを同じ様な死因でストーカーに殺され、周囲の親しい者の記憶から消され、そして幼馴染みの純夏に植物状態という大怪我を負わせ・・・。
因果導体であることを解消し原因を断つしかない、と向こうの夕呼先生に言われて、覚悟と共にこちらの世界に戻っていました。」

「・・・」

「その後、先生が望むとおり00ユニットとして、純夏が復活しました。BETAに心まで壊されていた純夏の調律には手こずりましたが。
その後純夏は、XG-70bの衛士として、甲21号作戦に臨みましたが、途中で別の分岐世界の情報流入が発生し、急激なODL劣化により純夏は自閉モード、XG-70bは擱座。
00ユニットの確保を最優先に、オレが純夏を連れて不知火で脱出。
XG-70bの再起動を試みた伊隅大尉は、柏木を護衛に残りましたが結局失敗。
柏木も要塞級に殺され、残った伊隅大尉は機体を自爆させ、佐渡島と共に爆散しました。」

なるべく平滑な声を出しているつもりらしい。
だがどうしても声が震えてしまうのか、白銀の声は硬い。
アタシにとってはこれから起きるかも知れない未来の一つだが、白銀にとっては、経験してきたことなのだろう。

「・・・それでも、純夏は甲21号ハイヴでのリーディングと横浜基地でのODL浄化中の反応炉から、重大な事をリーディングしていました。
・・・此処まではオルタネイティヴ4の内容なので歴史以外は夕呼先生が判断出来ると思います。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

何かを耐えるような、長い沈黙。
焦れたアタシが促す。

「・・・・その先も、あるのよね?」

「・・・あります。」

気を取り直した様に白銀が続けた。

「佐渡島が消滅した際に、その爆発でH21のBETAは殆ど殲滅されました。けれど大深度地下に旅団級が残っていたらしく、その旅団級BETAが地下から防衛線を抜け、ここ横浜基地を襲撃しました。
先のクーデターで防衛戦力が著しく低下していた首都近傍の防衛網は時を経ずに潰滅、基地戦力による防衛線も、BETAが初めて使った陽動により戦線内部に師団規模の侵攻を赦し、基地局地戦に陥りました。
結果、反応炉を破壊せざるを得なくなりました。

その際A-01の先任、速瀬中尉、涼宮中尉が死亡、宗像中尉、風間少尉、涼宮茜少尉負傷により後送。

そして・・・、そんな状況にありながら、先の純夏が読み取った重大事項のため、2001年1月1日に桜花作戦が決行されました。」

「桜花作戦?」

「甲1号攻略作戦です。」

「!!! そんないきなり!?  重要事項ってなによっ!?」

「・・・幾つか在りますが最大の理由は、BETAの命令系統が、今言われているピラミッド構造ではなく、オリジナルハイヴのあ号標的を頂点とした箒型構造であること。
人類の戦略があ号に漏れ、それに対応されてしまえば、人類に勝機は無いと言うことが判明したこと。」

「!!!」

「後で纏めますが、BETAは創造主と呼ぶ珪素系生命体が作り出した資源探査・回収用の炭素系端末:ロボットに相当します。それまでの人類の抵抗をあ号は重大災害と表現しました。
あ号は、自分自身を含め炭素系組織を持つ生物を、生命体と認めていません。故にろくな対策を講じていませんでした。戦略を悟られ、対策を講じられたら勝ち目はない。その対策が講じられる前、人類の戦略が有効である内に叩かなければ、人類に未来はない。
それが桜花作戦です。」

「・・・」

「・・・いわば全人類の存続を賭けた戦闘は熾烈を極めました。
既に人類の戦略を熟知していた甲1号の対応は早く、悉く既存の戦術を打ち破りました。

国連軍軌道降下部隊全滅。
軍隊用語での全滅ではなく、文字通り一人も戻りませんでした。
米国軍の降下部隊も8割を損耗。
全世界規模の陽動として、全てのハイヴにも局地戦が仕掛けられました。
全世界規模での損耗は4割、と聞いています・・・。

けれど、最終的にはオレと、A-01として残った今の207Bメンバー、純夏、霞でハイヴに突入し、あ号目標の殲滅を達成しました。」

「!!!! あ号を殲滅したの・・・?」

「・・・但し、帰還したのはオレと霞だけ。
A-01の皆は、オレを生かし、任務を達成するために散りました。
純夏も無理が祟りODL劣化から、帰還途上で回復不能の機能停止に至りました。」

「!!・・・・」

「・・・主観記憶では、この一連の流れで因果導体である要素が除かれたオレは、翌1月2日にパラポジトロン光に包まれ、この世界から消えます。
まあ、他の記憶群の中には何故か残って戦い続ける、という記憶も多数ありますが・・・。
その記憶で受けた説明では、XM3の製作や甲1号攻略達成などオレの存在に対する世界的な認知度が高すぎて、この世界の存在として認識された結果らしい、とか。それらの殆どの記憶では、以降もずっとハイヴダイバーでしたね。」

「・・・」

「で、主観記憶としてこの世界から消え、因果導体でなくなったオレは、原因が排除され再構成された元の世界で目覚めるはずが・・・、なぜか今日ここで目覚めました。しかも、元の世界で記憶にあった1つのパターン、彼方まで巻き込んで。

これが今に至る、オレの経緯です。」


Sideout





[35536] §06 2001,10,22(Mon) 21:30 B19夕呼執務室 対価
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:47
’12,09,27 upload
’12,09,28 誤字修正


Side 夕呼


もたらされた膨大な未来情報。

荒唐無稽な与太話にも思えるが、確認する状況証拠は全て白銀の言葉が正しいことを示している。
未来に繋がる現在には、その兆候が出ているので、現状の情報から白銀の語る内容を精査しても、そうなる確率が高いことを伺わせる。

何よりも、元とはいうが因果導体、そのループ。
この白銀を否定することは、自分の理論そのものを自己否定することに他ならない。
それは、研究者としての矜持に関わる。
社のリーディングでも、少なくとも白銀自身は一切のウソを言っていないとの結果が出されている。


「・・・何れにしても、あと2ヶ月ちょいで世界は変わる・・・。俄には信じられないけど、真実なら壮絶、ね。」

「少なくともオレの中では真実です。ループした今では、今後取り得る可能性の一つ、と言うところですが。
霞も・・・、どうせ今もリーディングさせているんでしょう?
疲れるんだから、あまり無理させないでやって下さいね。」

「ちっ、そんなことまで・・ってその記憶が真実なら当たり前、なわけね・・・。」

「・・・一応信じて貰えたと思っていいんですか?」

「・・・こんだけ矛盾のない未来情報を出されたら、少なくとも元因果導体でループしていることを認めない訳にはいかないでしょ。」

「・・・」

「・・・少なくとも“聖女”、“ODL劣化”、“自閉モード”、何れも現段階では、アタシの頭の中だけにある、社ですら知り得ない情報なの。アンタや御子神が例え社の様な存在でも、バッフワイト素子でリーディングプロテクトしているアタシから読み取ることは不可能。別の確率分岐世界で知る以外には、方法が無い訳。
だからアンタが“ループしている存在”であることは信じるしかないわ。」

「・・・」

「だから訊くわ。
アンタの目的は何?
因果導体から外れて元の世界に戻るはずが、ここに来た理由は?」

「・・・この世界に戻った理由はオレにも判りません。それこそ夕呼先生に聞こうと思っています。
でもオレの目的は、前の世界群では喪った仲間を守ることです。
その為に先生のオルタネイティヴ4を完成させ、BETAを地球から駆逐する・・・。」

閑かに、しかし決意と覚悟を携えた言葉。


「・・・・・・・・そう。
後半の目的は同じでも、至る過程は違うかも知れない、アンタの望む結果に成るかどうかは不明だわ。
それでもアンタはアタシに協力するの?」

正直甘いとしか思えない。
BETA相手に損耗のない戦いなんて、それこそ奇跡だ。
しかも未来情報に依れば、今から最低でも3回、絶望的なまでの戦力差における戦闘がある。
その状況で、あ号を撃破できたことの方が奇跡的だ。

「・・・守りたい仲間がここにいる以上、先生との協力は不可欠です。
先生が目標達成のためには、仲間を、・・・自分の命すら犠牲にすることを厭わない覚悟をしていることは、前の世界でも十分知っています。トライアルの際に捕獲したBETAを放したのは、先生でしたから。」

「!!」

「基地の緩んだ綱紀に活を入れるという目的のために、・・・A-01衛士とまりもちゃんを喪っても。」

「・・・・」

・・・成る程、アタシなら遣るだろう。
しかも11月11日に都合良くBETAが来るという。白銀の言う2周目の世界では、情報を得てそこで集めたのだろう。
そしてその結果がまりもの死・・・。

・・・なにを今更、か。

「で、あるならオレは、先生がそんな選択をする必要のない状況を作り出すだけです。」

・・・青い、わね。
・・・少なくとも“覚悟”はあるみたいだけど。


「・・・とりあえず白銀の立ち位置は理解したわ。で、御子神の立ち位置は?
さっきの様子からすると、コイツ、アンタの事情、要するに軍事機密に関することも全て知っている様ね。」

睨み付けるアタシの視線を軽く逸らし、少し申し訳なさそうに言う。

「・・・そうなります。オレの経緯を理解した上で、さっき話した様に説明しろ、と言ったのも彼方ですから。オレからすると巻き込んじゃった元の世界のクラスメート、なんですが。彼方に言わせると、巻き込んだのはこの“世界”だ、と言うんで。」

「・・・どういう事?」

「・・・答えを確認したいので、一つ訊いてもいいか?」

まるで敬語が成ってないが、まあいい。白銀のような話し方をされても少し鬱陶しい。

「・・・何?」

「今の武は2周目の世界で因果導体であった原因から解放され、因果導体ではなくなった、と見て良いのか?」

「・・・訊く限りの状況的にはそうなるわね。
因果導体であった主因がなんだか知らないけど、それを喪った存在が、パラポジトロニウム光を纏ってこの世界から消える瞬間、それを記憶して居るんだから。
主因が取り除かれない限り、世界間移動なんておきないでしょ。なので、いまの白銀が“何なのか”はまだ不明、・・元因果導体というしかない存在ね。その辺は詳しい話を聞いて検証する必要はあるけど。」

「・・・であれば、こっちはやはりこの“世界”が自らの安定のために引き込んだ存在、と言う所だ。」

「・・・どういう事?」

「端的に言えば、既に因果導体で無くなったここにいる武は、“2周目”の世界のように元の世界に帰還して、理論回収できると思うか?」

「!!・・・無理ね・・・」

そんな事が出来るなら、とっくに他の世界に逃げ出してる。
きっと今のアタシは苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
あわよくば、また白銀を利用して、と目論んでいたのを初端から潰されたのだから。

「単純に言えば、だからこの世界は、元の世界からそれを補完できる存在を引き寄せた。
勿論夕呼センセ本人を引き寄せれば話は早いが、この世界でちゃんと存在している人物を引き寄せるのは無理。なのでそれに近い者、ってところか。」

「!! アンタに理論構築できるの?」

「元の世界じゃ、夕呼センセの研究室に入り浸っていろいろ論議してた。向こうで夕呼センセが構築していた理論も大方記憶している。纏まっている段階ではないがな。
さっきこっちの論文も確認したし、元の世界の理論との相違点も見つけた。」

「!! ・・・そう。アンタはそうするためにこの世界が選んだ存在、って訳ね。」

「そんな所。
何れにしろこちらとしても、戻れる当ては皆無。因果導体じゃなさそうだしな。
なので、立ち位置は武と一緒。オルタネイティヴ4の完遂に協力し、地球からBETAを駆逐する。
まあ、協力は惜しまない代わりに、それなりの対価は要求するけど。」

「・・・そうね、それが本当ではったりじゃなければね。
なら、先に聞いておきましょう。あんた達の求める対価ってのは何?」

2人は顔を見合わせ、向き直ると白銀が口にする。

「・・・取り敢えずで構いません。信頼とは言いませんが、信用を下さい。
少なくともオルタネイティヴ4を完成させる情報を提供するわけだから、敵対勢力ではあり得ない。
勿論完成の目処が立った時点で構いませんから。」

「・・・」

「その上で、オレは、既に2度に渡ってこの世界に生き、多くの仲間を喪って来ました。それがオレの未練です。だからこの新たなループを抜けるためにも、仲間を護り、BETAを駆逐し、最終的に人類の未来を取り戻すことを目標としています。」

「・・・」

「なので、オレには各関係部署と交渉・教導出来るだけの立場階級と庇護、彼方には技術関係を含め同じく交渉出来る立場階級と庇護、設備使用の権限を下さい。」

「・・・アタシのメリットは何?  因果律量子論の補完だけ?」

「勿論、それだけでは在りません。

まず、
・分岐世界での詳細な未来情報の提供
 ・・・特に甲21号と甲1号ハイヴ攻略時のBETA情報は、対BETA戦略の根幹を覆すものです。
    いわば00ユニット作成の目的の半分、対BETA諜報活動の結果そのものをフライングゲット
    するようなものですから。
 ・・・事象の未来情報から事前の対策が可能です。全ての記憶群に共通している事象に対し
    対策していけば、不利な状況を最善に整えることが出来ると思います。
・00ユニットの完成とオルタ4の完遂の手伝い
 ・・・ユニット装備そのものの完成は勿論夕呼先生にお任せします。
    理論完成と純夏の安定のためには協力を惜しみません。
    てか、積極的に参加させてもらいます。
・戦術機性能の底上げ
 ・・・前の世界で構築・実証した戦術機の新OS・XM3を普及させ、人類の戦力そのものを向上させ
    ます。
    前の世界では将兵の損耗を半分にした奇跡のOSと呼ばれました。
    普及は一気には出来ませんがこれも帝国や他国との交渉における強力なカードとして使えます。
    プログラミングして貰う時間だけが前回の夕呼先生や霞の負荷でしたが、今回はそれも彼方が
    やってくれるので、実質夕呼先生に負担は在りません。
    あ、スピンオフの高性能CPUは供給してください。
    XM3は、まずはA-01と207B隊への教導、そして行く行く斯衛、帝国軍、海外と拡大
    していきます。その際の伝手はお願いしたいと思いますが。
 ・・・戦術機の改修・試作
    これは向こうの世界の技術供与で、既に腹案が在る彼方に任せます。
    今のところは未知数なので詳しい計画が策定できたら、相談させていただきます。
 ・・・対BETA戦術と装備の提供
    これについてもオレらの私案が多数有り、検証しながら提案・試作供給させていただきます。
    これらも外部との交渉の際の有力なカードと成り得ます。
    基本試作予算と設備・人員以外の負荷は発生しませんし、メーカーを巻き込めばそれも
    補填できるでしょう。

取り敢えず以上。
00ユニットが完成しても、対BETA戦略の構築とそれを実施する実行部隊の戦力は絶対必須です。」


・・・コイツはなんで此処までのカードを切るのだろう?   

話を聞く限りに於いてアタシの負荷は殆ど無い。簡単に言えば立場階級さえ与えれば、勝手に遣ってくれる、と言うこと。それで得られるメリットの方が多大である。

未来情報では、現状このままなにも変化が無ければオルタネイティヴ4が、12月に打ち切りと成るのは確定。
けれど彼らの言うことが真実なら、それをひっくり返し、且つ何歩も先に進めるだけの情報を既に有しているのだから。
現状の藁にも縋りたい状況に於いて、この話が本当なら掴んだのは豪華なクルーザーの搭乗梯子か?   

理論が構築出来てユニットが完成するなら、対BETA戦略の構築が必要に成ることは必至、たしかに実践する強力な部隊は必要だ。その部隊が戦力として増強できるなら其れに超したことはない。


「・・・・・・少なくともあたしにはデメリットはない、と言うわけ?」

「あー、悪いけど個人的には追加がある。」

「・・・何?   」

「理論構築が完了出来たら、・・・夕呼先生、あんたが欲しい」

「「!!!」」

流石に驚いて御子神を睨む。
涼しげな表情。見返す瞳も寧ろ冷ややかで、思慕しているようにも欲情しているようにも見えない。

からかわれてる? 試されてる?


「え?!彼方、まさか?!」

「・・・ああ。今となっちゃ隠しても仕方ない・・・元の世界でもそれなりの仲だったからな。
そう言う関係じゃないことの方が違和感が大きい。
まあ、向こうだと本来倫理的には問題在るかも知れないが、ここでは問題ないだろ。理論完成が出来るなら、十分見合う対価だと思うが?」

「・・・そんなんで女、手に入れようなんて相当俗物ね。・・・あんた17・8じゃないの?  異性認識範囲外なんだけど・・・?」

「向こうでも最初は同じこと言われた。まあ、2年ほどとある事情で昏睡してて、だぶっている。武とは同級生だがもう20には達しているから、ギリギリ認識して貰えたけどな。」

見た目も悪くは無いと思う。趣味かどうかは別として。
軍でさえ若い女性の方が多いこのご時世である。人口が激減して出産奨励、ひいては自由交渉まで割と大らか。別にアタシなんか構わなくても喰い放題の筈。

そして実際今の立場は、端から見ればアタシの方が弱い。
御子神の言うことが本当なら、理論完成のヒントというアタシにとって究極の切り札を有しているのである。
彼らが此処に来た理由は、突き詰めれば白銀の拘りと効率、その2点しかない。
他所でも、彼らが有している情報や技術が本物なら、時間さえ掛ければ通用する。
白銀は自分の未練がここに在る以上謂わばアタシと共生の関係にあり、下手に出ているし他意は無いだろう。

しかし御子神は理解しているのだ。自分のカードの有効性は此処に限らない、と。

勿論、ここは軍である。
アタシには、それを動かすだけの権力もある。
彼らをスパイだと捕縛して、自白剤でも使えば情報は引き出せるかもしれない。
しかし、もし引き出せなかった場合、得られた筈の全てを喪う。
強硬手段は、リスクが高すぎる。
白銀が下手で在る以上、共闘するのが最もローリスクハイリターンなのだ。
御子神の圧倒的優位、と言うことを除いて。


だが、その圧倒的優位に立てる立場を、敢えて釣り合わせる、とアタシに知らせる一言。
それがこの要求。


「・・・別の世界のアタシがあんたとねぇ・・・。まあ、・・・本当に理論完成できるなら、・・・考えてもいいわ。」

「ん・了解、それでいい。」

案の定、軽い返事。
もしかしたら断っても同じ返事をしたかも知れない。

しかしこちらは対価を提示したのだ。曲がりなりにも望む対価を。
だったら、アタシは好きにやる。
そんな甘い譲歩をしたことを、後悔させるくらいに扱き使ってやる。

白銀がちょっと引いた。
あら、獰猛な笑みが零れちゃったかしら?


「・・・それとアンタらの要求は詰まるところ、当面の階級と教導・開発への関与、それと庇護ね。
新OSと、その導入・教導については、まずはそれだけの口がたたけるモノと腕かどうか、確認させて貰うわ。
XM3に付いて詳しく説明しなさい。」

「1周目からそうでしたが、オレの戦術機機動は元の世界の、まあ此処で言うシミューレータによるスコアゲームのようなモノを基礎としています。
そこでの機動は、宇宙空間までも想定した3次元機動であり、それがBETAに対しても有効であることを2度のループ“群”で実証してきました。因みにXM3は、eXtra-Manuva of 3 dimensionの略です。
主な機能は3つ、在ります。
1つが、入力と機動の“待ち”を解消する“先行入力”。
これは予め予想される次の動作を連続して入力することで、機動の繋ぎを連続して行う機能です。
2つめがその予測と状況が異なったとき、予定機動を中断する“キャンセル”、これは動作硬直などの自動シーケンスにも有効で、無防備な硬直時間を可能な限り短くします。
3つめが、“コンボ”。
先行入力される頻度の高い一連の動作をパターン化して登録するようにします。
基礎データの蓄積や自動シーケンスとのバランス、調整は必要ですが、これは戦術機に乗ったばかりのルーキーでも、登録されたパターンによる熟練衛士なみ、というかオレと同じ3次元機動が可能になります。
勿論、使いどころの習熟は必要ですけどね。
あと、処理は重くなるので、夕呼先生謹製のオルタネイティヴ4のスピンアウトCPUは必要に成ります。副次的な効果で、反応速度が3割増しました。」

・・・聞く限り、デメリットはない。戦術機には興味はないが、効率悪そうな動きだと思ったことはある。その動きが、大改修を伴わないCPUとOSの換装で済むなら、これ程手軽な戦力向上は無い。

「2周目の甲21号作戦では、XM3を装備したA-01と今の207Bで、旅団規模のBETAを殲滅していましたし、桜花作戦でXG-70dの直衛としてフェイズ6ハイヴの反応炉まで辿り着いたのは、XM3を装備した5機の武御雷でした。
後年XM3が普及した世界では、実際衛士の損耗率がそれまでの半分以下に減りました。
なので、前の世界の夕呼先生は、そのOS を交渉のカードとしても使っていた様です。」

「・・・解ったわ。アタシの手を煩わせないならCPUは供給するから、出来るだけ早くβ版を作りなさい。使い物になるかどうかはシミュレーターで確認して判断するわ。」

「了解。」

「で、戦術機や装備の改修は追々聞くことにして、庇護ってのは具体的になんなの?」

白銀が苦笑する。

「なにしろこの世界の白銀武はとうに死んでますから、先生に身分を用意してもらわないと、怪しすぎてどうにも動きようがありません。彼方についてはこちらの状況すら解りませんから。
オレについては城内省にもデータが在るみたいなんです。それが元で斯衛には疑いの眼差しで見られてました。」

少なくとも国連内部のことなら、すぐにでも可能だ。しかし、城内省のデータ改竄となると、一朝一夕というような容易いことではない。
アタシがそう言うと、それについてはどうにかする、と御子神が返した。
その言葉を聞いて納得したのか白銀が国連だけで良いと言うので、アタシはその場で端末を操作し、国連内部の二人の情報を改竄してしまった。

「・・・あとは、階級?」

「どのみち先生の直属部下として動くことになるでしょうから、適当で構いませんが、対外的な教導や交渉も必要になるので、それなりの階級じゃないと拙いかな、と。」

これも横浜基地副司令と言う立場のアタシなら、独断で在る程度何とでもなる。
確実に成果を得てから、つまり数式を確認後という条件で承諾した。



「・・じゃあ、一つ先生に聞きたい事があるんですが、いいですか?」

白銀が切り出したのは、交渉が一段落し、暫定的な措置が粗方決まった後だった。


Sideout





[35536] §07 2001,10,22(Mon) 22:00 B19夕呼執務室 考察 鑑純夏
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:47
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Side 夕呼


その言葉に僅かな齟齬を感じながら返す。

「・・・なによ?」

「今のオレって、一体何なんでしょう?」



白銀の状態・・・・聞く限りでは、元・因果導体。
けれどさっきまでの説明では、確かに微妙に省かれていた。

「それじゃわかんないわ。・・・キチンと説明しなさい。」

因果律量子論に関する興味もあり、先を促す。



白銀が2周目の世界で聞いたという、因果導体に関するその世界のアタシの仮説。

全ての起点[●●●●●]は“この世界”、三年前の横浜。


1998年8月に起きた、遠く喀什に端を発するBETAの東進。
それまでアラブや欧州方面に西進していたBETAは、ヨーロッパ大陸を手中に収め、東へとその標的を換えた。一説では100万とも言われるBETAの津波は、中国、朝鮮半島まで一気に飲み込み、遂に東シナ海を越え日本列島にまで達した。

折り悪く台風上陸という悪天候にも祟られ、また一方でBETAとの直接接触が少なかった本土防衛軍、BETA恐るにたらず、という根拠のない傲りが蔓延しており、結果帝国はBETA上陸を阻止できなかった。
一気に防衛線が瓦解した帝国軍は、判断遅れによる防衛線の潰滅と遅きに失する撤退という悪循環を繰り返し、一部は避難民の誘導さえ間に合わず、実に人口の1/3と、九州から一時は関東圏までをBETAに蹂躙された。

その侵攻の最終段で、当時横浜に住んでいた鑑純夏と“この世界”の白銀武は逃げ遅れ、BETAに捕らえられた。記録上は2人ともKIAとあるように。
実際には、同じ様な捕虜は100数十人に上ったらしいが、捕獲後、徐々に生体実験に使われ減っていった。後に99年に横浜ハイヴを制圧した際、発見されたラボ。そこに在った幾多の脳髄が、彼らのなれの果てなのは、今更だ。

そして最後となった2人にその順番が回ってきた時、この世界の白銀は鑑を守ろうとBETAに抵抗、虚しく鑑の目の前で兵士級に殺され、食い散らかされた。残された鑑は為す術無く、BETAの実験によって極めて過酷な人体実験・酸鼻を極める陵辱を受けたという。

その実験は、人が何処までの快楽に溺れるか検証する、と言える様な内容で、快感を効率よく与えるためにやがて肉体さえ淫らに改造され、逆に快楽を与えるために不要とされた器官は徐々に切除されていった。そして最後には今の姿、脳髄と脊髄だけまで解体され尽くした。
終わりのない絶頂を与え続けられながら、身体は徐々に解体されてゆく凄惨な陵辱に、身体だけでなく心までも壊されて行った鑑は、しかしその状態でも生き続けた。
自我を保つ、と言う意味ではギリギリの瀬戸際、と言うか、既に毀れていたのかも知れない。
ただ目の前で喪った武への執着、普通なら諦めざるを得ない、もはや妄執じみた武への想いのみで鑑は生きていた、という。

「・・・これは前の世界で、全ての記憶を取り戻した純夏本人から、プロジェクションを通して知ったんですけどね・・・。」

虚ろな、自嘲とも思える白銀の言葉。

「・・・」

隣のシリンダールームにある鑑の姿を思い出し、顔が歪む。発見された当初は、脳髄内部に幾本もの電極と思われるラインが繋がれていた。
何らかの実験、とは考えられていたが・・・。

生きているのに殆ど真っ黒なその意識。憎悪とか諦観とか暗い意識で塗りつぶされた心象。
唯一はっきりとして在るのは、会いたいという思慕だけ。あとは、訳のわからないハレーション、と社は読み取った。
残っているのは、その陵辱の断片でしかないのだ。

鑑には同情という事すら遙かに及ばないだろう余りに過酷な事実だろうが、しかし、何故?という疑問がアタシの意識にこびり付いた。


翌1999年、横浜奪還のため、明星作戦が決行される。
その際、前年安保を一方的に破棄した筈の米軍によって、事前通告もなく投下された二発のG弾。投下強行の真意は明らかにされていないが、そのG弾が味方とともに、大方のBETAを飲み込み、奪還を後押ししたのも事実だ。
その際の5次元爆発による高重力潮汐作用により時空間に鋭い亀裂を作ったと推測されている。
実際こちらの観測でも、本来放出されるべきエネルギー総量が足りないのだ。当時G弾の情報を握っていたのは、米国のみ。在る程度の効果範囲は認識していた筈だ。そのエネルギーは時空間に生じた亀裂に大部分が流れむと予測していたのだろう。

しかし、その時空の亀裂に、鑑の半ば狂わされ他に何も無くなったが故の、唯一にして強烈な思慕が反応した。その強い想いに更に繋がっている反応炉が相乗、ハイヴに蓄積されたG元素をも糧に、白銀武が既に存在しないこの世界群と、彼らの言う元の世界:BETAの居ない世界群を短時間ながら繋げた。

今此処にいる “BETA世界”をループしていた白銀武は、その繋がれた元の世界群の幾多の“シロガネタケル”から、何らかの無作為によって集められた因果情報によりこの“BETA 世界”で構成された存在であり、2つの世界群を繋ぐ“因果導体”となった、という。
そして“元の世界”で、多くの分岐世界の起点となったのが、2001年10月22日。それが“この世界”でも重い因果情報となって刻まれ、その日付に“白銀武”は現れた。

「オレの元の世界の記憶群において、多数の分岐があるのは10月22日です。そこまではほぼ一本道なのに22日の朝に限れば、部屋にいたのが純夏だったり、冥夜だったり、尊人や彼方だったり・・・。
実際元の世界は、そこを分岐に純夏と結ばれる世界と、結ばれない世界に分岐した、との推測です。そして未知の無作為が集めたのは、たまたま純夏と結ばれなかった世界群のオレの方が多いらしくて、なので元の世界群で結ばれなかった純夏達の想い、10月22日に戻ってやり直せたら・・・という負の思考が重い因果としてこの世界にも作用した、と前の世界の夕呼先生は推測していました。」

成る程、元の世界に於ける確率分岐が多数発生する特異点、それが10月22日であり、白銀を呼び込んだ際の因果情報として刻まれた。その可能性は高い。
何しろ、狂気やG弾の影響とはいえ、他の世界群を繋げ、白銀を因果導体として引き込める程の存在なのだ。


・・・鑑純夏、恐ろしい子。


そして、少なくとも今までの“BETA世界群”は、白銀が因果導体と成ったことにより、本来無限に分岐するはずの世界は閉じられ、一方で武の死をもって起点となる今日に戻る、無限にループし続ける閉じた世界となっていた。
この白銀のループでは、鑑の無意識領域の嫉妬により、白銀が他の女性と結ばれた場合、その記憶を削り取っていて、実際には何度も1周目をループしていたというのだ。
事実今は数え切れないほど繰り返した1周目の記憶・・・、様々な女性と結ばれた記憶もある、と言うことだった。

「・・・ループ、つまり因果導体からの解放条件は、オレが純夏と結ばれることでした。
けれど、“1周目”の記憶群では、結局オレは純夏に辿り着けませんでした。
実際自分で目にしても、シリンダーの中の脳髄が純夏だと気付くことは無かったし、夕呼先生も量子電導脳の素子化を完成出来ず、計画は打ち切りになったから。
けれど、たまたま偶然にも誰とも結ばれないままオレが死亡したケースが在るらしく、その記憶を失わないまま“2周目”に入りました。」

2周目。
ここでも鑑に辿り着かなかった白銀の死を終端に、多数のループが存在したのは間違いなく、今の白銀はそれを大凡覚えていた。



そして唐突に閃く。

98年のBETA東進。
九州から四国、そして近畿中部を一気に攻め落とし、関東をも全て飲み込む勢いだった侵攻が、何故か横浜で止まった。
BETAは突然、そこにハイヴを作り始めた、のである。
後の奪還でラボが発見され、多くの人体実験者の残滓が認められたことで、今まではBETAが人間に対する研究を行うため、と思っていた。

が、実は鑑純夏を目的としていたのではないか?  と。


さっきの白銀の話で言えば、どれだけの個体がいようとBETAにとっての人間は生命体ではない。
しかし、人間が例えば多数のアリの群れの中で、もし強烈な光を発する個体を発見すれば、その個体を捕まえ、調査をするだろう。
そして鑑にその力が在ることも、BETAには見えていたのだろう。
正に鑑純夏は、その力故にBETAに狙われ、綿密な調査の上に生かされた?

更にその力の根底は、白銀への純粋な思慕であり、恋愛感情なのは間違いない。
技術的にもBETAはバッフワイト等という精神波動を感知・制御する素子すら有しているのである。
人の感情の細かい機微は解らなくても、その恋愛成就の一面がセックスであるならば、BETAによるあれだけ執拗な性的陵辱も頷ける。

鑑の実験が最後に回されたのは、それ以前に人間の身体構造を詳しく調べるため。
BETAからみれば脆弱な人間の肉体など、直ぐに毀れてしまうだろう。どうすれば長く生かし続け、そして力を引き出せるのか、それが故の人体実験だったのではないか?

大体、創造主とやらの増殖機構は全く不明だが、珪素系生命に生殖という概念があるかどうかさえ、甚だ疑問である。その資源回収用端末に過ぎないBETAには元々性的嗜好[エロゲ属性]はなく、本来“性的陵辱”という概念は、存在しない。
しかし、個体が有する力の発露が、“恋愛”に基づく物なら、その力を制御する手段として、“快楽”を効率よく与える手法を探ることは、有り得ないことではない。
SEXの快楽から感情も墜ちる事象[NTR]だって俗世間には遍く存在する。

故にBETAは、ただ無機質に、効率的に、強制的に・・・。
それを施された方は、堪ったものではないが・・・。
BETAは決して“満足”などせず、ただ最大効率で、限界をも超越した絶頂を与え続けられるのだから・・・。

結果、鑑は精神崩壊、それでも残された白銀への思慕により、尚増した力故に、只生かされ続けた。
そう、限界を完全に逸脱した性的陵辱に晒されながらも、タケルちゃんに会いたい、という“想い”だけは消すことが出来なかったのだ。



そして、背筋が薄ら寒くなった。

もし、その“想い”が消え、快楽への依存から鑑の意識がBETAに隷従していたら、一体どうなったのか・・・?   
G元素の副次効果が在ったとしても、離れた世界群をも連結し異世界の白銀を因果導体として引き寄せた“力”、白銀がループする度に時間も空間も全て無視して、“世界”を再構成できる程のその“力”を、BETAが手にいてたら・・・。

それが、BETAの、創造主の、目的?


横浜などと言う、BETAにとって何の意味もない土地にハイヴを構え、人間研究の為のラボまで作ったのは、単に鑑純夏の接収[NTR]の為。
BETAにとって未知か既知かは不明だが、そのエネルギーの為だとしたら・・・。


逆に言えば在る意味、当時東京を堕とされたら崩壊にいたっただろう帝国を救ったのは鑑純夏の存在。予告無しのG弾投下の影響など、看過できない事も多数あったものの、この地にこうして基地を構え、今も居られるのは、鑑のお蔭とも言える訳だ。


アタシはキーボードを叩きながら思考を纏めていた。




気がつけば、白銀が話を止めていた。
アタシは“仮説”の思考を取りやめ、視線を向けるとまた語り出す。

「“2周目の世界”で純夏は00ユニットとして復活します。初めは認識されませんでしたが、“調律”の末、全ての記憶も取り戻し、そしてオレと純夏は結ばれました。
けれど、それがトリガーとなって純夏の無意識領域が解放され、全てを知ってしまったんです。

自分の“想い”が、他の世界から無理矢理オレを連れてきてしまったこと。
それがオレに苦難を強い、一方で自分の無意識とはいえ嫉妬により、ほぼ無限ループさせていたこと。これは誰かと結ばれたって、それを覚えていれば、2度目の世界ですぐ2周目に入れたんですよね。
そしてオレに会いたいという我が儘がこの世界をねじ曲げ、オレの死によってループ・再構成されるよう閉じてしまったこと。
更にはODL浄化の為の交換により、人類の戦略・戦術情報を全て漏らしてしまった事。」

「え・・・?」

「・・・桜花作戦強行の重要事項、人類の戦略が漏れたのは、その所為です。
オリジナルハイヴが人類の戦略を熟知していた理由。
反応炉はエネルギのジェネレータで在ると共に、反応炉間の通信、範囲BETAの指令まで行う、統合システムであり、BETA個体との情報交換はODLで行われます。
桜花作戦以降反応炉は、頭脳級BETAと呼ばれました。
BETAの箒型構造、頭脳級の頂点があ号標的、重頭脳級と呼ばれる上位存在。
各ハイヴで頭脳級により集められてたODLを始め全ての情報は、頭脳級間の通信により上位存在に集約され、対策が講じられる。
ODL劣化のために反応炉に戻された純夏のODLには、純夏も知らぬ間に、関わった全ての情報が含まれていたんです。
故にその対策が講じられ、凄乃皇や人類の戦略が無効化される前に上位存在を叩く、これが必要になったんです。」

「!!!・・・・」

これには絶句するしかなかった。
対BETA諜報を目的に創った00ユニットが、逆に人類の戦略を漏洩することに成ろうとは、なんと言う皮肉。

「・・・その全ての償いに、純夏はオリジナルハイヴに赴いて───そこでの無理が祟ってODLが劣化、恐らく完全な人格消失により再起動不能・・・、つまり死にました。向こうの霞に聞いた話では、一人でも行こうとしてたみたいです。
言ったように佐渡島の残存BETAに横浜基地が襲撃され、反応炉を破壊せざるを得ませんでした。最後まで反応炉停止で済ませようとしていた夕呼先生に対し、反応炉爆破を提言したのも、爆破の際の弱点位置を速瀬中尉に伝えたのも純夏でしたから。
自分がもう助からないことは解っていた、と言うか、オレのループ条件を解消したので、あとはオレを呼び込んだ原因:自分が消えれば、オレが元の世界に帰れる、この世界がループから開放される、と言うことを知っていたんですよね。」

白銀の瞳が遠くを見やる。
白銀の主観記憶では、わずかに二日前のことなのだ。

「結果、因果導体を開放されたオレは、オレを因果導体としこの世界に呼んだ純夏と言う原因が消失することで、“元の世界”に還るはずでした。
因果導体であったオレが重い因果をもたらした、“元の世界”もその原因が消え、純夏の願い通りに再構成される、その世界に・・・。

桜花作戦の次の日、オレは確かにパラポジトロニウム光に包まれて“この世界”から消えました。

―――――そして、今日、2001年10月22日、その記憶を全て持ったまま、“3周目”のこの世界で目を覚ましました。」

因果導体からの開放、因果原因の消失による、“結果”の消失。
パラポジトロニウム光による、世界転移。
仮説をどう辿っても、本来なら白銀は元の世界に還っていなければならない。


「先生・・・、今のオレは、・・・なんなんですか?
因果導体でなくなれば、元の世界はその因果導体がもたらした結果が消える、と言われました。
けど、因果導体でなくなったのに元の世界にも戻らず、こうして此処にいる俺は・・。

・・・確かに嬉しいんです。
還る時だって、みんなが命を賭けて守った世界を護り続けたいと、望んだし、傍系記憶では実際そうなった記憶もあるんです。けれど、其処では既に全て喪った後・・・。
今、ここでは、その喪った全てが、“まだ”あります。

けど、元の世界は?
オレによって因果を狂わされた世界は、本当に救われたのですか?
向こうのまりもちゃんは?  ・・・純夏は?」

アタシは理解した。
白銀はオルタネイティヴに抗う只の子供。
此処に戻ってきたコイツは、喪った全てを取り戻したいのだ。本来なら歴史に蹂躙される程度の、一個人の青臭い願望。それでもなんでも、この世界で喪った仲間を救いたい、という強烈な“意志”が因果導体を外れてまで戻ってきた主因であろう。

その一方で、自分が戻らなかった事による“元の世界”の“破綻”への懺悔。
かつて喪ったもの迄渇望しているのだ。

無い物ねだりの子供。


「・・・・・・・・どうにか、ならないのですか?」

魂から絞り出すような、懇願にも近い問いが漏れた。

それが無謀な願いなのは本人も判っているのだろう。
オルタネイティヴは、二者択一。本来両取りはあり得ない。

故に白銀の問いは、質問と言うよりも宣告の時を待つ罪人にも近い諦観に聞こえた。


Sideout





[35536] §08 2001,10,22(Mon) 22:30 B19夕呼執務室 考察 分岐世界
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:47
’12,09,29 upload


Side 夕呼


「・・・ちょっと待て武、それは必要ないぞ?」

そこに冷静な言葉で制したのは御子神だった。

「「え?!」」

「・・・根拠は2点。
一つは、少なくとも白銀武という存在は元の世界に戻った。」

「え?  だってオレ、現にここに・・・」

「おまえ、この世界に来た自分が、向こうの世界群における確率分岐世界からの集合体、って自分で言ったじゃん。その時向こうの世界の武は消えたのか?」

「・・・」

「それに、ただのループなら、何故おまえは元の世界や、この世界に於ける全ての記憶を持っている?」

「あ・・・」

「・・・恐らくだが、前回武が因果導体で無くなった瞬間、つまり鑑とHしてから元の世界に還るその間に、幾つかの確率分岐が発生したはすだ。既に因果導体は存在せず、世界は開放されたからな・・・。
そこでの支配因果は、武が“還る”ことだったから武の主観記憶はそこまでなんだが、特に“戻らない事”強く願った個体・或いは世界に認識されて残った個体が数例こちらの世界に残り、地球にあるハイヴを潰していった。違うか?」

「いや・・・、そう言う記憶があるのは確かだ。」

「今の武は、この世界に認識されたそれらを核に、無数のループの際に虚数空間に溜まっていた、記憶や未練、後悔の全てを引き寄せた集合体だ。」

「「な!?」」

「だから今のお前は既に因果導体じゃないし、元の世界との繋がりも記憶以外皆無、むしろこの世界で経験した記憶が主だからこの世界の存在と言える。主観記憶がそうなのは、元に戻った存在がその記憶を虚数空間に残していったからだ。因果導体開放以降の殆どの存在は、元の世界に戻った。」

「! ・・・なんでそんなことが言えるんだ?」

「俺が此処にいるからだ。」

「「・・・は?」」

「はっきり言えば、単体で世界を渡るのなんか、不可能に近い。
幾ら世界に都合がよくたって、世界が擬人化して隣の世界から狙った人間を転移させた訳じゃないんだぜ?」

「・・・」

「それこそ鑑みたいな存在の、強い想いと、謂わば極限まで追い詰められた一種の狂気、接続された反応炉のエネルギ共鳴、そして空間に亀裂を生じたG弾の効果と、G元素という代償要素、それら偶然の偶然が重なって、初めて異世界の存在を引っこ抜けるんだ。
この世界の何処に俺を望んだ存在と、そんな僥倖が他に在ると思うか?」

「あ・・」

「鑑と結ばれたことで武は因果導体から開放された。けれどその時点では、まだ因果導体である武の繋げた2つの世界は繋がったまま。鑑という武をこの世界に呼び込んだ原因が消失することで武は戻り、それがトリガーとなって元の世界も再構成される。多分、鑑の望むように再構成された世界として。
けれどその繋累に沿って武が戻る際には膨大な影響を及ぼすから、その反動が当然存在する。
武が戻ったのは当然今日10月22日だから、その反動を利用して、その周辺に居た都合の良い人間を、消えかける繋累に乗せて引き込んだ。

それが、俺だ。

つまり、武が戻ったからこそ、俺を引き込むルートと反動が生じた。
ついでに言えば、その反動は俺を引き抜くだけではなく、お前という因果意識の集合体が強く望んだ皆の生存、つまりループを起こすことで、この世界も再構成された。
元の世界の存在である俺が此処にいることこそが、武が無事元の世界に戻った証拠さ。」

「け、けど、じゃあ向こうの彼方は・・」

「心配しなくてもお前と一緒、多くの確率分岐世界からの集合体だ。もとの世界にも残っている。
もともとその世界の存在を根こそぎ消してしまうような転移は無理だろうな。世界に繋がる個人の膨大な“因果”そのものに関わるんだから。
この世界を縛っているのはお前にとっては当たり前の“白銀武”の因果だが、他に人だって強度の差こそあれ、同じ因果で世界に繋がっているんだぜ?」

「!!」

「尤も俺は武のように因果導体として来たわけでなく、反動で消失する道筋に乗ってきただけだから元の世界の因果の流出もない。当然ループもしない。今回一回きりさ。」

・・・成る程、的確な把握だった。因果論にも矛盾しない。
向こうの世界のアタシと論議したというのも頷ける。


白銀が安堵に膝を堕とした。

「良かった・・・、まりもちゃん・・・純夏・・・。
・・・因果を曲げた原因が消失したから過去の事象も書き換わるなだよな?」

「因果導体と言う原因が消えたからな。
・・・尤もその点に関しては元からそんなに心配することはなかったんだけどな。」

「・・?」

「心配するな。
それが2つめの根拠で、且つ因果律量子論、というか因果律支配の確率分岐世界について、夕呼センセの誤認もまさにそこだからな。」

「な!?」

「どういうことよっ?!」

アタシも叫ぶ。

「そもそも確率分岐世界って言うのは正確な表現ではない。多分正確に表すには確率密度世界なんだ。」

「確率密度世界?!」

「ああ。原子の廻りを取り巻く、電子雲の振る舞いと一緒だ。素粒子の世界に於ける電子は、その存在があやふやで、位置が特定できず、確率密度で表すしかない。
けれど、全体としては常に1の電荷や質量を持っている。その相似性さ。
確率世界といえど一般物理法則は存在するんだぜ。無制限に無限に分岐する世界が全て等しい質量を保っていたら、発散するに決まっている。」

「「!!!」」

「一つの世界群、これをクラスタとすると、そこに存在する無数の確率密度世界は、その事象の確率が低ければ低いほど因果論的な密度が薄くなる。つまり存在確率が低下するわけだ。
なので世界はnのn乗に分岐しつつ、クラスタ全体としては常に存在確率1として存在する。
勿論、これは一つの階層に於ける振る舞いで、存在確率が1となる階層内の集合:クラスタそのものは原子と一緒で無数にあるわけだけど、1つのクラスタの確率密度は最終的に支配因果律に帰着する。

世界をわたっちまった俺たちは、実際別のクラスタに属する世界“群”から飛ばされた訳だけどな。
さっき武が集合体として呼ばれたとき、鑑と結ばれる未来の方が少ないと言ったのは、元の世界の支配因果がそっちに傾いていたからだろう。当然引っ張ったこっちの世界の鑑としては、無意識とはいえ容認できない。だからこそ、元の世界で結ばれなかった鑑達の意識がこっちの世界の因果に繋がった。未知の無作為ではなく、均一に引っ張ってくればそうなる、ってだけだ。

つまり、一つの世界群クラスタの中で言えば、様々に分岐しながら、けれど常に1の存在しか持たない。
確率密度世界が、分裂や統合して他の分岐世界とどの様に関わるのか?  是はまだ不明。
個人的には、分岐世界も接合・交差・分裂くらいしそうだと思うけど、観測例も無いし今後の課題ってとこか。


ただ、もともとセンセの因果律量子論による演算器の概念はこの一つのクラスタ内無限分岐をnビットの演算子として捉え、計算するものだ。けれどクラスタ内確率分岐に分岐世界そのものと等量の比重を与えたため、概念発散して解が得られないことになってしまう。
けど考えてみなよ。一つのクラスタ、つまり一つの問題に対して、求めたい解は基本1つなんだよ、・・・って言うのが元の世界の夕呼センセの結論さ」

「・・・!!! そ、そのとおりだわ!! さすがアタシ!」

「で、・・・クラスタ化による素子化理論式も既に判るトコまで整理してある。」

そう言ってメモリを渡してくる御子神。

「!! よっしゃ~っ!! あぁ、彼方あんた最っ高よっ!! さっきの失礼な提案も許す!
理論が完成したら幾っらでも、バンバン相手してあげる!!」

ハイテンションでメモリを受け取り早速PCに移すアタシ。



この時アタシは数式に気を取られて、御子神が、白銀の杞憂を取り除くと同時に、最大の懸案[●●●●●]を誤魔化した事に気がつかなかった。


Sideout




Side 武


テンションMAXでモニターに向かう夕呼先生。
唖然としているしか、ない。。

「・・・で、どういう事になるんだ?」

「・・・世界は様々な分岐を繰り返しながら、けれど全体としては確率密度の一番高い事象群に沿って推移して居るんだ。前回武が元の世界群に戻ったことで、一部の確率では因果を引き寄せた事による悲劇が起きた。だが武はすぐ戻ってきただろ?
なので、元の世界群で周囲の確率世界が深刻な影響を受けた可能性はない。その世界としての確率密度で言えば“無かったこと”になっているだろう。つまり元の世界の支配因果律は、基本あれらの悲劇が無かった世界に成っているってことだ。
尤も、それも含めて、因果導体としての原因も断ち切れ、今回全部リセットされているだろうけどな。
もし万が一武が戻って居なくても、大丈夫ってことだ。」

「・・・・・・・・・・・よかった・・。
でも、じゃあこの世界は?  残っちまった俺は、特大のイレギュラーだよな?
しかも死ねばループ?」

だから[●●●]俺が世界に引きずられたんだろ。
イレギュラーだって存在すればするほど近しい確率密度世界に影響を与え始める。その事象のポテンシャルが高ければ高いほど、周囲に影響する。そうすると確率密度が上がり、最終的には支配因果律のバランスを人類側に引き込める可能性だってある。
しかも、武は特殊な例だが因果導体に近い特性を持っているらしい。つまり確率分岐が発生せず、お前の行動がそのまま支配因果になっちまう存在。
・・・つまりお前が頑張って、みんなを護り、BETAを殲滅すればするほど、今はBETAに傾いている支配因果律を人類優位に変えることができるんだ。」

「・・・・・・・そっか・・!    
!! !!! そっかっ!!! 俺が戻ってきたことは無駄じゃないわけだ!!」

「そうだ。・・・で、憂いが無くなったところで、取り敢えず、鑑に会ってきたらどうだ?」

「!!! そうだった! 最速で会いに行くって約束したんだ! 先生、良いですか?」

「・・・勿論赦す! ・・・ああ、これよ~、コレが言いたかったのよ~」

目前に展開された数式にうっとりとしている。

「・・・霞、頼めるか?」

「・・・はい。」

「・・・俺は反応炉見てきて良いですか?」

「反応炉?  なにすんの?」

「・・・調査?」

「調査って、・・・まあいいわ。パスを一時的に書き換えるから。」

俺たちは上機嫌で数式構築している夕呼先生を置いて、執務室を出た。


Sideout





[35536] §09 2001,10,22(Mon) 23:00 B19シリンダールーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:48
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Side 武


目の前には、仄蒼く光るシリンダー。

紫外線での組織損傷を抑えるため部屋全体が薄暗く設定されている中で、その淡い光に脳髄とそれに連なる脊髄神経節が浮いている。


「また、逢えたな純夏。
・・・オマエに取っては“はじめまして!”で、“久しぶり!”だな。
真っ先とは言えないけど、約束通り最速で会いにきたぞ?」


話しかけるが、何度見ても現実感がない。

これが、オレの愛する幼馴染み。つい2日前に喪った半身。
主観記憶で00ユニットとして蘇った純夏と肌を重ねた。そう、頭では理解していても、どうしても一致しないのだ。
記憶の中にある純夏。

前のループで、純夏として一緒に居られたのはたった2週間にも満たない時間。
傍系記憶まで含めれば、永い永い遙かとも思えるループの末に巡り逢いながら、ほんの僅かな逢瀬だった。

量子電導脳は人工物だったが、人としての認識を持たせ、人格を保つと言う意味で、細部まで再現された肉体は、結局純夏のDNAから再生培養された細胞を部分的に使っていたのだから、実質純夏そのものだった。
何よりも、霞の協力を得て記憶が再構築され、それを切っ掛けに無意識領域から流れ込んだ記憶、そしてその根幹である人格というか、魂そのものは、紛れもなく純夏だった。

それだけに、その記憶が切ない。
未来の可能性という意味では、今もそれもありなのだ。

普段は、意識下にある傍系記憶でも、元の世界の未来の可能性の一つとして、純夏と結ばれ結婚した記憶もある。それは、“元の世界”に戻った“白銀武”が今後辿るであろう、幸せな未来の、一つの可能性。
今のオレには、既に遠い甘やかな夢。

自らの意志でこの世界に残ったオレが取り得る可能性で言えば、純夏が再び00ユニットとして覚醒すること。
その純夏と、出来るだけ長く、生きていくこと。


傍系記憶で言えば、1周目は常に誰かが居てくれた。
空に旅立ったメンツによって相手は変わるが、主に207Bの誰かである事が多い。

今思えば、多分純夏が居なかったから・・・。
この世界に純夏が居ないと思いこんでいたオレは、結局寂しがりで、誰かを求めずに居られなかったのだ。

その、全てを喪った、前のループ。
確かに既に記憶だけ、なのだが、あの喪失感は深く刻まれたまま残っている。
その傷が深いからこそ、此処では未だ喪って居ないことに安堵する。
そして、再び、喪う事に恐怖する。
・・・また、喪ってしまったら・・・・・・


「武さん・・・」

「え?  あ・・・」

声を掛けられて振り向けば、よく知っている容姿より、少し幼い顔で、心配そうにのぞき込む瞳。

「・・・ああ、サンキュー、霞」

ぐちゃぐちゃの、負のスパイラルに落ち込みそうになった意識を戻す。

「でも、疲れるんだから、そんなにリーディング使っちゃだめだぞ?」

「・・・はい・・」

そう言えば、桜花作戦の後、残った分岐のオレは、殆ど例外なく霞と結婚していたなぁ、と思いかけ、ふと流れた意識を、慌てて引き戻す。

この傍系記憶は普段封印している。
オレに対しては結構細かい思考や記憶までリーディングが出来てしまうらしい霞。
相性がかなりいいとのこと。
けれどこの記憶、夫婦と言えば当然アレもするわけで、いろいろヤヴァイ記憶も・・・。霞サンは見かけによらずはげ・・・ゲフンゲフン、兎に角そんなのを今の霞に見せるわけにはいかない。

意識が流れてやばそうに成るのを、意識的に主観記憶の純夏を重ねる。
主観記憶そのものを隠すような高等テクは、オレにはない。


一度は言われて止めたらしいが、表情の変わるオレを不審に思ったのか、再び読んだのだろう。
そこには耳飾りの蒼い部分まで真っ赤にした兎さんが居たりする。
ウーム、あのウサ耳飾り、動くだけじゃなく色まで変わるのか。
無駄に高性能だったりするな。

やはり霞には過去であり未来である純夏との想い出を、つぶさに見られてしまったらしい。
ゴメン、霞。
どうにかHィ記憶から意識を切り替えたオレに、霞はふるふると首を振ってくれた。




そう、此処は3周目の、世界。
今のオレは、このBETA世界に残ったオレ達を核に、虚数空間に残された数多の“想い”を受け継いだ存在、らしい。
純夏が繋いだ元の世界との繋がりが切れる時、元の世界に戻ったオレの反動で、この世界を救うために彼方が引き込まれ、更には残ったオレ達の希望で再びループしたこの世界。


実は、それ以外にも別の思い入れもあるのだ。


それは一つの記憶。





想いが溢れる。

元の世界の記憶。


そして2周目の世界での00ユニットとしての復活と、調律と言う名の治療行為。記憶の統合と覚醒。そして心重ねた夜。





今度こそ・・・新しい未来を創る。
既にここが、オレの世界。
逃げ帰る場所はない。
00ユニットとしてでもいい。ずっと一緒に居られる世界を目指す。

この世界が、極めて厳しい状況に在ることは、解っている。

それでも、だ。
ここには、まだ純夏が生きていて、皆が生きていて、希望があるのだから。



「・・・沢山、想い出あるんですね・・・」

脳髄姿の純夏を見て、改めて決意を新たにしていると、ずっと後ろに付いていた霞の方から再び言葉を掛けてくれた。

「ああ・・・。ありがとな、霞。
純夏さ、寂しがりだから霞が居てくれてホント良かったよ。ずっと話しかけて呉れていたんだよな。」

「鑑・・・純夏さんの色が、さっき一瞬だけ、変わりました。」

「そっか。オレが来たのを気付いてくれたならいいけど・・・。数式は彼方が何とかしてくれたし、きっと早い内に此処から出してやれる。
純夏を此処から出したら、霞も一緒に想い出創ろうな。」

「! 私も、・・ですか?」

「ああ。オレには霞との想い出もいっぱいあるぞ。主観記憶のは、さっき少し見たよな?」

「・・・・」

ちょっと顔を赤くして、ぺこりと頷く。
主観記憶で言えば、思い浮かべたのが最後の告白シーンだからなぁ。
去り際ギリギリでありがとうしか言えなかったけど。
まあその分、分岐世界では、もう目一杯応えたし。

「・・・傍系記憶には、もっといっぱいあるけど、それは内緒な。だって、今の霞と想い出創らないと、意味ないもんな。」

「想い出・・・、私にもできますか?」

「勿論出来るよ。こうしてオレ達が出会ったのだって、霞の想い出になるんだぜ?」

「!」

「もっともっと楽しい想い出創っていこうな。」

「・・・はい!」


Sideout





[35536] §10 2001,10,23(Tue) 08:00 B19夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/06 21:12
'12,09,29 upload
'12,12,06 誤字修正


Side 武


彼方と、そして霞も一緒に、デリバリされた朝食を取ったあと、またB19フロアの執務室に行く。夕呼先生は、近年まれに見る機嫌の良さ。朝からテンションMAXだ。
それも、そうか。
昨夜、彼方が提出した数式で、理論がほぼ完成したらしい。10年来の悲願が達成したのだ。

前回はキスの嵐だったけど、今回それは彼方が引き受けてくれた。
ちょっと惜しいなんて思っていないぞ?
夕呼先生は、なんと言うか大人だけにどうしても自分では釣り合って思えなかった。
・・・アノ記憶だって、今思えば一方的に喰われただけだし・・・。
何処の肉食系女子なんだか。
例え何度ループしてようと、並行の経験が在るだけで精神的にスタートはいつも17歳。
桜花後残った記憶でさえ数えてみれば10年未満。その殆どを前線に居続けた経験は、人間関係的には大したコトはない。特殊な環境下といった方がいい。

その点彼方なら、余裕だろう。なにせ前の世界でもそう言う関係だったというのだから。
あの、自由奔放が服を着ているような夕呼先生と付き合えていたコトが凄い。


そう言えば、今朝起こしてくれたのは霞だった。
前の記憶を読み取ったらしい。
基本、まだ階級も貰っていないので、点呼や確認もないのだが。
昨夜日付も過ぎてから寝るところも決まって居ないことに気付き、夕呼先生に聞けば、上士官用の個室を与えられた。彼方の示した式は、完成度が高く、理論構築は確定的、ということで、未だ示されては居ないがそれなりに高い階級を考えているらしい。
どうせ寝るためだけに戻る部屋なので、気にしないのだが。

そして、まだ教えていないのに、また記憶を読んだのか、またね、と言って霞が去ろうとしたそこに、彼方が現れた。
手伝えと言われ、朝飯前に霞と一仕事したのだ。







「・・・・・・これがあ号標的・・・重頭脳級との接触ログ、その全容ね。」

メモリの音源を聞き終えた夕呼先生が呟く。

「はい。今朝起きたあと、霞にオレの記憶をリーディングして貰いました。
それを彼方にプロジェクション、そのデータを音声に起こしたのがこれで・・・、オレの記憶で言う一昨日のハイヴ突入時のまんまです。」

「・・・前の世界でBETAとの通信状態になった鑑を通して霞がI/Oインターフェースってことかしら。」

「そうなります。」

「・・・どうやって音源に起こしたのかは知らないけど・・・」

「・・・社のプロジェクションを電気的に音声変換するI/Fを、バッフワイト使って作成しただけだ。音声が明瞭なのは、鮮明なイメージを投影できる社の手柄だ。」

彼方の説明に頷いて偉いぞ、と霞の頭を撫でると、うさ耳がひょんと跳ねた。

「・・・飛んでもないことあっさり言うわね。普通一晩でできるレベルじゃないでしょ?  あとで設計図よこしなさい。」

「夕呼センセならいくらでも。」

「・・・」

命令調の言葉に、何でもない返し。先生の目尻に一瞬朱が差した。口元が歪むのは照れ隠しか。

・・・うん、この位に成らないと夕呼先生の相手は無理だ。
オレには出来そうにないし、したいとも思わない、後が怖い。
流石彼方、そこに痺れる。・・・憧れないけど。

「・・・まったく遣りにくいわね、アンタは・・・。
じゃあ余計な加工はないってことだけど・・・、これは・・・このデータの存在は衝撃的ね。
ある意味00ユニット作成目的の半分は完璧に達成しちゃってるじゃない?
是をもう一度遣るとなると、こっちの情報流出とか色々問題在りそうだし、この音源はそのままオルタネイティヴ4の成果として出せるわね。

・・・しかもこの内容に至っては対BETA戦略の根幹を完全に改める必要があるわ。
昨日も聞いたけど・・・BETAは炭素系生物を生命体・・・多分概念としては知性体と認めていない、ってことね。」

「・・・というか、BETA自体が創造主の資源採掘作業用システムに類するもので、創造主は基質の全く異なる珪素系生物、・・・大方その思考までガチガチの石頭ってことだ。」

「重大災害、か・・・。ホントなめてるとしか思えないわね。
人が蜂蜜取ろうとして雀蜂の大群に襲われ大被害を受けた、位のつもりなのかしら・・・。

ま、いいわ。遣ることは変わらない。

BETAが知性体と認識していなかろうが関係ない、地球上のBETAを駆逐して、人類という種の保存を図る、これだけね。
創造主とやらに会いに行けるほどの技術力はなくても、資源回収端末を殲滅し続ければその内気付くでしょ。」

そう言って先生は3人を見回す。

「・・・昨夜貰った数式の展開が殆ど終わったわ。後は量子電導脳の設計図に組み込むだけど。2,3日詰めるから。
で、アンタ達は具体的にはどうするの?」

「オレは言ったようにA-01と207B分隊の教導をさせてください。」

「それはまずシミュレータで腕とか確かめないと無理ね。XM3、御子神が作るんだっけ?  何時頃出来るの?」

「・・・それももう出来てる。
昨夜訊いたらシミュレータも弄って良いと言われたので、朝の内に追加登録しておいた。」

「「ウソっ!?  もう構築した(の?!)のか?」」

「おいおい、夕呼センセはともかく、少なくとも武は前の世界で俺がどんだけシステム弄ってたか知ってるだろ?」

「あ、ゲームガイのCFW(カスタム・ファーム・ウェア)か?・・・、そっからバルジャーノンのプログラム引っ張り出した?」

「そ。昨日午前中にその概念は聞いたから、ゲームガイからアルゴリズムの該当部分引っ張り出してディスアセンブルしておいた。操作に対するコマンドのプールや割り込みの構造は同じだからな。そのあと暇な身体検査中に基本アーキテクチャは組んで、武が夕呼センセと話してる最中にプログラム修正。シミュレータ弄って操作端末とのI/Fを取り、今朝調整した。
実際もう少し調整に手間取ると思っていたんだが、今朝方社嬢が手伝って呉れた。どうも武の前の世界じゃ社嬢がその辺を組んでいたって武の記憶読んだらしくて、今朝方シミュレータI/F取っていたらやってきて呉れた。」

驚いて霞を見ると小さくVサイン。
あ~、もう、この娘さんは!
頭を撫で撫でしてしまう。

「・・・アンタ、寝たの?」

「・・・完徹してる人に言われたくないが、睡眠の深度もコントロールできるから、完熟1時間で十分。ついでにシミュレータの乗せる際、システムの最適化もしておいた。
CPUは実機における夕呼先生のカスタムCPU相当として、即応性は武の記憶に約3%上乗せして33%ってとこか。
ついでにコンボや先行入力に対するモジュレーションも追加した。」

「なんだ、それ?」

「先行入力やコンボの“前倒し”、ないし逆にディレイする“間”やタイミングを見計らう“溜め”だ。要するにコマンドの発動タイミング微調整だ。使い方次第では、コンボや先行入力のスロー再生や早送りが可能。」

「あぁ!成る程! ゲーム弄くった彼方ならではの発想なんだけど・・・。
夕呼先生ですら作るのに1週間掛かったプログラムを1日で済ますとは相変わらずデタラメな能力だな。
流石コードブレーカーってことか。」

「ゲームコード丸ごとパクリで、ゼロからの構築じゃないからな。元の世界じゃライセンス絡みで間違っても表に出せない代物。
寧ろその辺の基礎知識が皆無のセンセや社が1週間で作り上げたことの方が驚きだけど。」

そう言えばそうだと思い直す。ゲームを知っているオレにとっての常識が、この世界には無いのだった。


「コードブレイカーって・・・どーゆー事よ?」

「・・・ああ、大きな声では言えませんが、彼方は元の世界で世界最高とか最強とか言われたハッカーです。それこそ向こうの世界のペンタゴンの、最高機密も痕跡すら残さず閲覧出来るような、ね。当時彼方がその気になって破れないセキュリティはなかったし、侵入の痕跡を捕まれたことすらありません。
おまけでオレの機動の元としてる対戦ゲームでも最強クラスで、ネット部門の世界ランクはオレと同じ、日本人ではたった二人の一桁でした。」

「・・・そうね、こっち来た早々衛星使ってあちこち入り込んでたんだわね。それにしたって、一日で組むなんて有り得ないわ、あれだけ他のことしてて。
・・・・・・アンタ何物なの?」

「そこは“何者”が正しいんだが・・・、ん~、所謂一つの自前量子生体脳?」

「・・・」

そこで電波なツッコミと疑問系。相変わらず彩峰以上だな、コイツ。
流石の夕呼先生も呆れてる。

「ま、いいわ。折角社も頑張ってくれたなら、アンタ達の腕前を見せて貰おうじゃない?」


・・・世界は中々トンでもないモノを引き当てたようだ。


Sideout





[35536] §11 2001,10,23(Tue) 09:15 シミュレータルーム 考察 BETA戦
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2013/01/19 17:36
'12,09,29 upload
'13,01,19 誤字修正



Side ピアティフ


香月副司令からシミュレータの準備をしてほしいとの依頼があったのは、9:00だった。
副指令自らこういった依頼は珍しい。具体的には初めて、ではなかろうか?
思わず復唱してしまった。

直ぐに使用状況の確認をし、機密占有措置をして、オペレータールームに赴く。
向かった先、油圧式の足を持った箱がいくつも立ち並ぶシミュレーターデッキにはすでに、白衣姿の博士と小さなウサ耳飾りの助手、そして見知らぬ2名の若い男性が待っていた。

「ピアティフ、悪いけど紹介は後回しにさせて頂戴。彼ら極秘の外部特務から戻ったんだけど、出来高次第で、今後機密解除するかどうか決めるから。」

「了解しました。」

「それじゃあ始めてちょうだい。御子神は最初参加しないで良いのね?」

「ああ。武闘派の武と違い技術系、BETA実戦経験は皆無、せいぜい慣熟しとく。」

「・・・・ま、いいわ。ピアティフ、1台端末解放してやって。」

「了解です。」

「じゃあ白銀、始めなさい。」




シミュレータに乗り込み、開始値点に付きながら機体を操作する白銀と呼ばれた青年。
・・・若い。
まだ二十歳前、少年と呼べそうな面差しすらある。通常の仕官なら、任官するかしないか位の年だろう。
それが極秘の外部特務?
いけない、NEED TO KNOWよね。

けれど、コックピットに乗り込んだ彼は、落ち着いて着座調整を済まし、感触を確かめる様に各レバーの遊びを確認する。
任官してるしてないのレベルではない手慣れた操作だった。

そして、躊躇無く機体を動かす。
モニターで見るその動きの違いは、素人目でもはっきりと解った。



『すげーな・・・。
[桜花作戦]の時のVer.3.2より全然ヤバイじゃん・・。
しかもコンボも入力式じゃなく、予測先行入力の選択式か。これは初心者の使用難易度が格段に下がるな・・・。』

「取り敢えず違和感ないか?  一応お前の挙動は現状関節負荷が高いから機動終端に僅かな緩衝動作入れてるんだが・・・」

『やっぱり?  けど問題ない。むしろ有り難い。』

「OK、じゃ、Good Luck。」

『ああ、準備完了です。行けます。』

御子神と呼ばれたもう一人の男性(こちらも少し落ち着いているとはいえ、20前後には違いない)と、2,3の会話。技術、と言った通りの内容。

そして搭乗者は準備が整ったことを伝えてきた。



指示された状況を開始する。

『では、CASE-29、開始します。

状況:BETA侵攻に対する撤退戦。
戦況:混乱、司令部潰滅、データリンク機能停止。
達成条件:支援部隊との合流 可能な限りの友軍衛士確保。

―――3、・2、・1、・状況開始してください。』




その言葉が終わるか否かといったタイミングだった。

「え?」

モニターの中の不知火は、いきなりジャンプ跳躍、今では誰も飛ばない空から両手突撃砲の一連射。
前方の友軍エレメントに襲いかかろうとしていた要塞級の前肢関節を打ち砕く。

勿論、一拍置いてそこに光線級からの光条が空を薙ぐ。


瞬殺!?

そう思った。


しかし既に、光条の薙いだ空間に不知火の姿は無く、信じられない反射で低空に舞い降りた不知火は、そのまま直角に地面すれすれを匍匐飛行、続く光線級の照準を要撃級を盾にして回避する。
その要撃級の振るった蝕腕を長刀で薙ぐ様に切り落とし、繋ぐ動作で胴体を串刺しにしたまま、一気に跳躍推進、さっきの攻撃で位置を把握したいた光線級群との距離を詰める。

一連射で光線級4体が36mmになぎ倒された。


「!!!」


ここまでわずが30秒!
信じられない物を、見た気がした。







その後、自分はもうモニタを前に呆然としているだけだった。

戦場に散る光線級を優先的に撃破する。
行き掛けの駄賃とばかりに、突撃級や要撃級の前肢を斬り飛ばす。

周囲の動けるNPC僚機には簡単な指示。もともとシミュレーションのAIに、組織だった動作など望めない。それでも搭乗者の指示には従ってくれる。
BETAの流れすら把握しているのか、尤も被害の少ないだろう方向に誘導していく。

要塞級を向こうにまわし足を狙うことで、殲滅は出来なくても弾数を節約しつつ、行動制限。
突撃級が集団でくれば、平気な顔で上空から殲滅掃射。
その跳躍で光線属種の砲撃を誘う。
そして照準照射中に急降下回避、位置を特定した光線級を優先的に潰していく。


やがて自分でさえ気がついた。


彼は、既に光線属種に対する回避・索敵・接近・殲滅、のパターンが完璧に出来上がっているのだ。

光線属種の砲撃回避。
突き詰めれば、唯一点。
この挙動を何時でも可能とすることによって、光線属種の居る戦域では絶対飛ばない、という対BETA戦の常識を、根底から覆した。


BETAの進軍に戦略は無い。戦術もなければ、連携すら殆どない。
連携と言えそうなのは、光線属種の水平照射に対する避退くらい。
愚直なまでに唯々前に進む。
習性として、フレンドリーファイアは決してしない、優先順位の高いモノから襲いかかる。
そしてその優先順位は、飛翔体であり、動体であり、電子機器であったりする。
BETAの中にあって機動時間が長ければ長いほど、その優先順位が上がってゆく。
長く生き残る者:熟練の衛士やエースと呼ばれる者ほど集中的な攻撃に晒されやすいコトが知られている。

今、限定的とはいえ飛翔し、高速で動き回り、BETAを殲滅し続ける彼の機体は、周辺BETA全体を誘引するほど優先順位が上がっているのだ。

それでもBETAは連携しない。
つまり一度飛べば、彼を認知している全ての光線属種BETAが“一斉”に照射してくる。
フェイントや連携による逐次照射など一切行わない。
それは、どんなに無駄だろうが全く“学習”しない。

だから、彼はもう彼の中にある決められたパターンを、唯繰り返すだけ。

これだけ見ていると、BETA殲滅が単純作業にすら見えてくる。



なにせ無駄がない。
戦場に残る僅かな補充担架や壊れた自軍戦術機の兵装・増槽を逐次マーキング、残弾や推進剤の残りを意識しながら的確に拾い補充していく。
それで居て派手な陽動で一定戦域のBETAを悉く誘引していき、一方で指示し集めた味方NPCを巧みに退避させていく。



「…………コイツ[]化け物ね…………」

後ろでモニターを見つめる副司令がつぶやく。
 一台だけ稼動しているシミュレーターの情報を映し出すオペレータールーム。

その中で、突然現れた年若い衛士の行っているシミュレーションに、自分自身も息を呑んで見守っていた。




結果。

本土侵攻時九州戦線のデータを基にした、基本的には自己保存を目標に設定された状況で、師団規模のBETAを向こうに回し、重光線級8、光線級56を撃破、要塞級行動規制27、要撃・突撃級に於いては無数、小型種を除き計1000体超の撃破数をカウント。
更に、遂行上障害物にしか成らない僚機NPCを36騎生存させたまま援軍合流に間に合わせ、且つ自己被弾0,損耗は弾薬推進剤だけというデタラメ振り。

獲得スコアで言えば、340万・・・。

単騎では10万出せばTOPGUNと言われ、今までのレコードが70万であったCASE-29で、ブッチギリの世界レコード、驚愕の成績をたたき出したのだ。

・・・つまり本土侵攻時に彼が居たら、違う未来が描けたかも知れない?  と思ってしまうほどに。


何よりも、光線属種の存在を歯牙にも掛けない3次元機動は、今まで地に貶められていた戦術機にとって一線を画すものであり、飛んでも主照射を喰らわない機動が、その戦術の在り方を変えた。
態と飛行跳躍し、照射を誘うことで光線級の位置を把握、それらを優先的に排除し、大型種に対しては弱点撃破による行動規制で機動力を奪い、最小の弾数で友軍の確保を実施。
BETAとNPCの流れすらコントロールしながら、援軍到着まで無傷で持ちこたえてしまった。


「・・・ピアティフ、至急伊隅とまりもを呼びなさい。」

「は、はい!」

今、なにか飛んでもないことが起きてる・・・、そんな予感を覚えながら呼び出しを行った。


Sideout




Side 霞


シミュレータががっこん、がっこん動いています。

今朝、というよりもまだ、夜中だった3時、目が覚めてしまったワタシは此処に来て、御子神さんのお手伝いをしました。
XM3というプログラムを組んだのは、白銀さんの前のループでは副指令とワタシだったみたいで、白銀さんの記憶にも頑張って撫でられているワタシが居ました。

今回は御子神さんがいるから、というコトでしたが、ワタシもお手伝いが出来るならしたいです。
昨夜分かれたとき、御子神さんの意識がシミュレータに向いていたのも知っていたので、目が覚めたついでに行ってみれば、まさに作業中でした。

御子神さんも、細かい思考や、記憶は読み取れませんが、興味の対象や雰囲気くらいは読めるのです。
尤も、白銀さんは、何故かかなり細かい所まで読めてしまいます。
昨夜純夏さんの所に居たときも・・・。白銀さんと純夏さんの、・・・えっと、アレも、ちょっとだけ見てしまいました。
あと、白銀さんが主観記憶と呼んでいる記憶は、結構読めたりしちゃいます。
結構、と言うか、相当リーディングの相性が良くないと此処まで見えたりしません。

今朝記憶に在った様に白銀さんを起こした後、主観記憶に在った純夏さんを通じたあ号標的との会話ログ、白銀さんの覚えていない細かいところまで全部、読み取れました。
それを御子神さんにプロジェクションしたら、なんと言うことでしょう、会話ログが音源データになっていました。
・・・御子神さんは、魔法使いの様な人です。


そして白銀さん・・・。

話は全部聞いていました。
純夏さんに連れてこられて、結ばれるまで何度も何度もループしてきた途轍もない過去を持って居る人。
ワタシの力を知っているのに、前の世界でも今も、少しも怖がったりしません。

そういえば、白銀さんは、傍系記憶と呼んでいる分岐世界での記憶は、普段封印しているみたいです。
ワタシでも、其処までは読み取れません。
ですが、純夏さんとのアレを見てしまう直前、ワタシは一瞬だけ、見えてしまいました。
・・・白銀さんの側で微笑んでいる、少し大きなワタシ。

あれは何でしょう?

白銀さんの主観記憶に拠れば、前の世界でワタシは白銀さんに告白しています。
それも純夏さんを喪ったばかり、そのとても狡い時に・・・。
主観記憶、つまり白銀さんが前の世界から消える記憶では、ワタシは応えを貰っていませんでした。
居なくなったので当然です。
では、残ったという傍系記憶では?

でも白銀さんが隠したい記憶を読むのはきっとダメです。

白銀さんなら、何時か話してくれると思います。

そして白銀さんの記憶にあるワタシではなく、今のワタシと思い出作ろうと、言ってくれました。

あの微笑むワタシが何なのか、きっと知ることが出来ると思います。


そう。目の前で起きている白銀さんのシミュレーションは、圧倒的です。
こんな成績を見たことが在りません。
ワタシが手伝ったOSで、此処までの成績が出たのは嬉しいのですが、それ以上に哀しい人。

何度も何度も喪って、それでも求め続けて、自分が死ぬ度に、その事実すら無いことにされ、振り出しに戻る。世界は事実を喪失し、白銀さんの記憶にのみ刻まれる。

その遙かな繰り返しの中、積み重ねてきたのが今の白銀さんの技量だと思うと哀しくなります。

大切な人を守る、その為に鍛えたのに、圧倒的なBETAの物量に飲み込まれていく守りたい、守りたかった大切な人たち・・・。

その末の、力。


最後まで、そして、今も諦めていない白銀さん。


前の世界でも約束していた様に、ワタシは見ていることしか出来ません。
それでも、ずっとずっと見ています。

ずっとずっと側に、居ます。


Sideout




Side 武


すげーな・・・、オレ・・・。


正直吃驚だ。

自分でも信じられなかった。

獲得スコア340万?   
我ながら呆れる。
それは幾ら彼方の組んだ新OSが想像以上だったにしても、到底有り得ない数字なのだ。




主観記憶に於けるオレの実戦経験は、実はそんなに多くない。

1周目の主観記憶では、5への移行に伴う混乱と移民船への搭乗資格云々が先行し、BETAとはハグレBETAとの小競り合いみたいな接触しか無かった。
1周目の主な戦闘は、傍系記憶にあるバビロン作戦以降がメインであり、そっちは地獄だったけど。

そして2周目も、初戦はクーデターの対人戦。2度目はトライアルで醜態を晒し散々なけっかだったが、甲21号作戦で漸く初めて単騎陽動が実行できた。それでも、戦術機として機動したのは、次の横浜防衛戦までで、桜花作戦ではXG-70dで出撃、実質戦術機機動などしていないのだ。
・・・勿論傍系記憶には、イヤってほどあるけど。

つまり、主観記憶では、戦術機によるBETA戦は、たったの3回、微々たるものである。



・・・それが、これだ。ホント自分でも呆れる。


一応桜花作戦以降も残り、戦い続けた傍系記憶があるからどうにかなるか、普通の衛士以上には動けるだろうと漠然と思っていたが、そんなちゃちなものでは無かった。


そう、視界にBETAを確認した瞬間、手足が勝手に動いていたのだ。

頭の中には、瞬時に戦域に於けるBETAの配置、行動予測が閃いた。




今はその殆どを深層に押し込めている記憶“群”。
1周目の、地獄のような消耗戦。
2周目の、あがき続けたハイヴ攻略戦。
普段それらの記憶は封じていて意識しなければ思い出さないが、並行して培われた経験や技能は、どうやら違うらしい。
全ての世界に於ける経験は、その全てが畳み込まれ、今のオレ“白銀武”の“機動モデル”としてこの身体に備えられていた。
そう、頭で考える迄もなく、“身体”が覚えている。


BETA各種の攻撃パターン。その予備動作。
BETAの行動特性。


それらを瞬時に見抜き、覚えた身体が最適な対応をしていく。

それら、既に“完成されたモデル”を持つオレにとって、平面状況に置けるBETA殲滅戦は、もはや単なる“作業”に過ぎなかった。

なにせ跳躍に対し、BETAはレーザーしか[●●]攻撃手段を持たないのだ。
そして飛べばオレを認知している光線属種は、迷わず同じタイミングでオレに照射し、そのコトで自らの居場所を知らせてくれる。
オレにとって怖いのは、超長距離に於ける光線属種の狙撃だけ。
しかし限定された地上をはね回る限り、その危険は殆どないことも判っている。

超長距離ではほんの僅かな射角の修正による精密狙撃が可能でも、近接戦闘、少なくとも数100m範囲の戦闘では、戦術機の機動に光線属種の射角修正が追従できない。
それ故に戦闘機という航空戦力が無力化され、戦術機という機動性に優れた兵器が主流に成ったのだから。
それでも、地上に比べ自由が効かない空中機動は、レーザー照射に喰われ易かったのは確かだ。しかし空中に於ける雑多な自動制御を纏めて無視出来るXM3を得たオレには、その照射さえ余裕を保って回避できる。
こうして“空”が使える以上、地べたを這い回るしか能の無い他のBETA種は唯の的。
光線属種さえ先に潰せば、例え地面がBETAで埋め尽くされて居ても突撃級の背から背へ八艘跳び出来る自信もある。
あとは弾薬・推進剤の消費を考慮するだけった。


更に今のオレには、戦域のBETAの動きが、何となくだが判るのだ。
状況に対する膨大な経験による直観というのか、予測というのか。

どの辺りに光線属種がいるのか、向こうの一団が次どういう風に動くのか。
それが、殆ど“見え”てしまう。

なので、目の前のBETA殲滅は、“反射”にまかせ、実際オレが機動中に遣っていたのは、BETAの動き予測とそれに対するNPCの誘導、更には残存弾薬・燃料と、その補給・回収を如何に行うか、と言うことだった。



幾多の世界の“経験”の、畳み込み。
それは、それぞれ個別の世界で到達した“極み”と言えた到達点をも既に凌駕していた。

そこに至るのは、彼方が組んでくれた新XM3の完成度故、なのだろう。
“反射”的に入力しているコマンド量が、明らかに減っているのだ。
初めは癖になっているのか、キャンセル再入力の方が多かったが、新機能“モジュレーション”を使うことにより、その量が明らかに減った。
組み立てられたコンボや先行入力の時間調整。
タイミングがずれて、今までならキャンセルして回避するしかなかった斬撃行動に、一瞬の“溜め”。
回避を回避したことで、当初の予定通り動作が続く。
不意に生じた横槍には、次動作の始動を早め、攻撃を完了すると共にかわす。
実際には戦術機の動作そのものを加速することなどそうそう出来ないのだが、一部動作をスキップすることで発動自体を早めることが出来る。
キャンセル再入力に対し、流れを造る上で無理のないその操作は、直ぐに馴染み、コマンドの入力量と無駄な機動量そのものを大幅に減らす。

それは、自分の到達した挙動モデルとの相性も良く、自分から見ても、今の機動は一つに“究極”に達している、と思えた。




・・・これが、オレの“力”か・・・。

純夏を護り、皆を護り、そして地球上からBETAを駆逐する“力”。

長いループの中、あがき続け、藻掻き続けたこの世界の“オレ達”が望んだ、結晶。



・・・・・・届くかも知れない。

イヤ、絶対に届かせる! 絶対!!


Sideout





[35536] §12 2001,10,23(Tue) 10:00 シミュレータルーム 考察 ハイヴ戦
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/02/08 11:03
'12,10,09 誤字修正
'15,02,08 誤字修正


Side まりも


ピアティフ中尉の至急、という呼び出しに、座学していた訓練兵を自習させ、シミュレータルームに着いた。

「御子神、行けるの?」

ドアを開くと、夕呼がインカムで指示している。
その表情が、何処か明るい。
また徹夜したのか、目の下にうっすらと隈があるが、ここ数ヶ月、見たことのないほど活き活きとしている。

『ああ。』

シミュレーター内の音声が管制室のスピーカーにそのままオープンになっている。
そこから知らない若い男の声がした。

『さっき発生した小さなバグは、全部取り終わった。』

「! 動作中にプログラム変更したの?」

「シミュレータだからな。一機しか動かしてないから制御は余裕あるしバックグラウンドに3本走らせて、都度修正掛けた。」

「・・・ったく、本当デタラメね。それも終わったんなら、アンタも逝きなさい。」

何となく字面が違っている様な気がする。
悪魔のような蠱惑的な笑みを口元に携えてた夕呼だもの。
背筋を厭な予感が走る。こんなノリノリの夕呼を見るのは、本当に久しぶりだ。
それだけに、これから被る被害が怖い。

オペレーションにはピアティフ中尉、社助手も傍らで見ている。
そして教官も?と小声で疑問を呈した嘗ての教え子、伊隅大尉が居る。


「白銀・御子神、次の状況よ。アンタ達の“力”見せてみなさい。」

インカムでそう言う夕呼の顔に、悪い予感しかしない。
何か、飛んでもないことが起きる、そうとしか思えない。

『Yes,Ma'am。状況は?』

「勿論白銀お得意のハイヴ戦よ。
ヴォールク・データ、難易度はSランクね。初期装備以外の補充は無し、エレメント突入、地上陽動率10%よ」

隣で、伊隅大尉が息を呑むのが判った。私も同じ様な反応だろう。
・・・・一言言うわ夕呼、それ無謀。

『―――了解。けど、ドSっすねー、俺等フィードバックデータすらまだ無いんですよ?』

別の、やはり若い男の声が何でもないように言う。ドSってなに?
と言うか、強化装備のフィードバックデータは戦術機のGを緩衝、衛士を保護する機能。シミュレーターとは言えかなりのGを発生する機構があるから、データ無しでは強烈なGが掛かる。はっきり言って、通常の機動さえままならない。
それをSランクのハイヴ攻略、衛士としての立場で言えば、狂っているとしか思えない。
それほどまでに、ヴォールクは厳しいのだ。

人類史上初めて当時フェイズIVのH5:ミンスク・ハイヴに挑んだソビエト陸軍第43戦術機甲師団ヴォールク連隊の陣容は、突入部隊27個小隊、戦闘車両240両、機械化歩兵500名、歩兵1800名、工兵2300名に登る。この内、ハイヴから生還したのは30分毎に観測データを運び出した7組14名の衛士のみ。その規模の連隊が僅か3時間半で“絶滅”したのだ。
隊はその名をデータに残すのみ、なのだ。

隣で伊隅大尉が引き攣った笑みを貼り付けている。
彼女だってどれだけ無謀なコトなのか理解しているだろう。
ハイヴ攻略は、挟路であるため、数を揃えればいいと言う物でもないが、少なくとも成果を上げるには中隊以上の規模は必要である。
しかも難易度Sランク、トップガンを揃えた中隊でも、今のレコードは中層到達の筈。
エレメント単位では、ほんの数分で終わってもおかしくない、というか終わる、そんな状況なのだ。

夕呼は一体何を期待して、こんなシミュレーションを見せたいのか?
小さなため息を付く。


『・・・武のFBDは、さっきのシミュでBASE DATA構築しておいた。逐次適応修正するから動けば動くだけ楽になる。多少の無理はいける。』

『おー、流石彼方、Thanks!    』

「・・・さっきの一回でデータ作成?  逐次適応?  ・・・言うのもバカらしく成るくらい半端無いわね、アンタは・・・。で、アンタ自身は大丈夫なの? 戦術機は初めてじゃなかった?」

戦術機は[●●●●]、な。同じ様な機体の経験はバリエーション含めかなりある。
それに、機械で操作するモノはどれもさして変わらない。操作量と挙動量の応答モデルを構築すれば良いだけだから。』


・・・流石に呆れを通り越して、怒りすら覚える。
初めてでヴォールクSなど狂気の沙汰。と言うか、舐めているとしか思えない。
こんな茶番を見るために、大事な教え子を置いて来た訳じゃない。

「副司令、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

「相変わらず、硬っいわねェ。今は身内しか居ないからそんな呼び方は無しよ、ってか禁止。伊隅も良いわよね?」

苦笑する伊隅大尉。

「・・・・・」

毒気を抜かれて、やっぱり夕呼だし、と思いつつ、訊きたいことを訊く。

「・・・・どうしていきなりこんなシミュレータを見せるの?」

隣で伊隅大尉も同じ様な困惑顔。

「あぁ・・そうね、これからあんた達に見て貰うのは、戦術機の新概念に基づく新しいOSよ。今、不知火に乗っているのは、その提案者と制作者。
かなりの戦力向上が見込めると踏んだから、近々あんたたちの教導も行ってもらう予定。」

「新OS・・・ですか?」

「そうよ。・・・そうね、さしずめ人類の希望の階。
まりもには、207Bの戦術機演習にもこれを使って貰う予定だから、先行してA-01と一緒に慣熟して貰うわ。」

「「・・・了解」」

・・・今ひとつ納得いかないモノを含みながら、伊隅大尉の返事とかさなった。




「さて、白銀・御子神、そろそろ逝ってきなさい」

『『Yes,Ma'am』・・・って字違うし・・・』

何で当てた字が解るのだろう、と思いつつ、夕呼の合図と共にモニタールームのモニターには、2騎の戦術機情報が左右に映し出される。


「では、CASE-01、開始します。

状況:ヴォールクデータ、フェイズIVハイヴ侵攻戦。
戦況:エレメント突入、CP通信不可、データリンク機能エレメント間のみ有効。
達成条件:反応炉破壊 可能な限り生還。

―――3、・2、・1、・状況開始してください。」

ピアティフ中尉が宣言と同時にシミュレーションをスタートさせた。


画面には、主観カメラと、その後方視点。
画面は軌道降下終端、2騎はハイヴへと続くスタブ入口に向かい突入する。

『ルートは?』

『任せる』

『了解。適当に後ろから指示する。武は後ろ気にせず自分のペースで突っ込んでいい。』

『解った』

交わされた短い会話。
片方は初めてだと言うのに、言葉には微塵のゆらぎもない。機体の操作も極めて安定している。
それ以外の機体経験はある、と言った。それなり、と言うことか。

2騎はそのまま、殆ど最大降下速度で、BETAひしめくスタブに飛び込んだ。
仄蒼い光に包まれた、一種幻想的なハイヴの壁が映し出され、同時にそこここに張り付いていた無数のBETAが弾かれたように、2騎の不知火へと動き出す。

『行くぜ!』

『ああ。』

明確な意志を携えた宣言に、抑揚無く返す声は何処までも落ち着いていた。






そして画面には、何の躊躇いも感じさせず、淡々とBETAの群に切り込んでいく不知火。
ハイヴという通常は厄介でしかない閉鎖空間を巧みに利用し、壁、時には天井さえ駆け抜ける3次元機動。空を抑えられた地表に於ける平面機動とは全く異なるその操作。
異常な速度でハイヴ内部に侵攻する機体。

口元の笑みを深くする親友、何処か哀しげなその余りにも年若い助手。そして明らかに何かを期待するようなオペレータ。
そして、隣で驚愕する嘗ての教え子。

だが私自身周囲の人間の様子など、既に認識の外にあった。




・・・・・有り得ない・・!!

現在のハイヴ攻略戦術は、ルート選択と殲滅による。つまり、反応炉までの最短距離にでてくるBETAを全て撃破し侵攻する。それが基本だった。

しかし、このエレメントは違う。
BETAの持つ物量を、可能な限り後方に置き去りにする。一切足を、留めない。留め無いどころか、下手をすると足を地面に付けない。体操の床運動の様な機動、果ては、壁や、天井すら“駆け抜ける”。攻撃すら最小限、進路上邪魔な個体や、障害となるBETAしか排除しない。
跳び、廻り、捻り、かわす。
時にはムーンサルトのような、それらが複合した動作すら存在する。それとて、密集したBETAの触手を交わす、最小限の動作だったりする。
それでありながら、天地反転挙動中にも、天井から降ってくる障害BETAを正確に撃ち抜く。時に、地上の突撃級すら足場に、進む。


ただ、奥へ。

それは驚異的なスピードだった。



やがて私は気がつく。これは、“有効”な手段なのだと。
いままでのハイヴ攻略概念とは全く思想を異にするが、極めて有効なのだ、と。

だとすれば教官である自分がすることは、何時までも驚いてみていることではない。
その機動概念を、そこに必要な技術を見極める事だった。
どんな操作をすれば、この動きになるのか。
何を判断すれば、その選択をするのか。

自分の記憶に当てはめて分析していく。


そして、違和感。

「ねぇ、夕呼。あの不知火、おかしくない?」

「なにが?」

「動きが・・・、そう、“硬化時間”が、一切無いのよ」

「・・・そうよ。その為の新OS【XM3】だもの。」

あっさり返された返事に驚愕する。

「・・・コマンドの入力時に、次の動作を連続して打ち込める“先行入力”、そして状況が変化したときや、機体の自動硬直すら割り込み処理で中止させる“キャンセル”。
この2つの新概念を実現したこのOSでは、各操作の間の繋ぎや、“硬化”時間そのものを殆ど0に近づけているの。」

「そんな! オートバランサーや、緩衝の為の硬化時間が無くなったらどうなるのよ?」

「・・・例えば、人間だってバランスを崩したとき、その場に踏ん張ることも出来る。でも敢えてそのまま前転し、柔道の受け身を取ることも出来るわ。いっそバランスを崩した方向に斜め跳躍して離脱するという違う動作に繋げる事も出来る。
緩衝だって、ダンパーのストロークを使い切ることも方法の一つだけど、関節を円を描くように回し、力を分散することも可能だわ。今のα-1の様にね。」

「!!」

「今までは、それを全て戦術機任せにして硬直した動作しか出来なかった。
でも先行入力と、キャンセルの概念は、入力待ち時間を無くし、その取り得る選択肢を増やしたの。その状況に於いて、最適な行動が取れるようにね。」

「「なっ!?」」

・・・・何よそれ・・それが本当なら戦術機の世界が変わる!!

「勿論シチュエーションは様々だし、取り得る動作の選択肢が増えるから、その入力も大量になる。
でもね、当然取り得る最適な行動パターンは、動かしている内に幾つかに絞られてくるものよ。
そうして絞られた一連の行動パターンを一つの動作として登録する機能が、“コンボ”よ。」

「コンボ?」

「例えば、回避・噴射跳躍・反転・照準・銃撃、この動作を対象選択と回避・噴射跳躍まで入力すると、あとは勝手にそれ以降がセットされるとしたら?」

「「!!」・・・、でも相手が常に同じ動きとは限らないわ?」

「その時の選択肢は2つ。
1つはモジュレーション、先行入力されたコマンドを“繰り上げ”て早めたり、逆に“間”を持たせて発動を遅らせる。
もう一つはキャンセル、全く新たな入力をして、決められた一連の動作自体をキャンセルするか、ね。」

話を聞きながら、背中がゾクゾクと総毛立ってくる。
自分の操作に当てはめてみれば、その計り知れない効果が、恩恵が、即座に理解できるのだ。

今まで、何処かぎくしゃくとしたロボット然とした戦術機の動きが、いまハイヴ深く侵攻する滑らかな動きに変わる。

「・・・基本的にこのOSは、適応進化するOSなの。ハイヴ戦や、迎撃戦において、使うパターンは頻度が異なるはず。
でも状況により、コンボの優先順位を変えれば、その状況にあったコンボが設定できる。更にはコンボ自体や、その最良なタイミングは部隊間や軍内部でデータリンクによってより効率の高い物にシェイプすることも出来る。勿論個人による動作蓄積により、個々の好みを反映した上で、ね」

「!! それって、じゃあ、訓練兵がいきなり彼の機動をすることも出来るの?」

「理論的には、ね。勿論Gに対する身体的限界とか、あとは使いどころの選択とか、制限は多いはずなのはまりもならわかるわよね。」

そんなことは、解る。
寧ろ自分でさえ、この異次元と呼べるような機動を直ぐ行えと言われても、今は迷うだろう。

しかし。
これは、確かに希望の階。
このOSが実装できれば、衛士の損耗率が格段に下がる事は明らかだ。
・・・このOSが完成したら私の教え子達は、いえ今BETAと対峙している衛士は、死ななくて済むかもしれない。

その想いに視界が滲んだ。
霞む視界を拭い、更にモニターを見据える。
“希望”を実現する、その機動を更に理解するように・・・。


「・・・しかし、副司令、あの挙動は余りにも飛びすぎではありませんか?
エレメントの動きはまだ理解できますが、光線種のいる地上では不可能では?」

伊隅大尉がその先鋒が見せる挙動の異常性を指摘する。

「・・ああ、後で見せるけど、白銀、α-1の方ね、このCASE-01の前に単騎でCASE-29遣ってるわ。
アイツはあの空中機動で師団規模のBETAを向こうに回し、重光線級8、光線級56、要塞級行動規制27、要撃・突撃級に於いては無数、小型種を除き計1000体超の撃破数をカウントして見せた。
その上で障害物にしか成らない僚機NPCを36騎生存させたまま、援軍合流、自己被弾0,損耗は弾薬推進剤だけ。・・・最終的に上げたスコアは、340万よ。」

「「??!! 340万!?」」

「・・跳躍飛行で面制圧、光線級の照準照射を緊急回避しつつ光線級の位置をマーク、その光線級を優先的に撃破しながらあげた戦績よ。知っての通りシミュレータの光線級照準は安全を考えて照準照射が短めに成っているから、実際には余裕でかわすわね。」

「!!・・・・」

光線級の存在する空を翔け、光線級を撃破していく。そんな機動と、それを顕現至らしめる新OS.
それが本当なら、対BETA戦術は、革命が起きる。




そんな中でも画面の状況は進む。

『武、次、2時下30』

『了解』

そしてモニタを見ていた誰もが、え、と誰もが思う。
管制室のサブモニタでは、エレメントが今何処に居て何処に向かっているのか、解る。しかし戦術機内ではハイヴの全体構造は把握できない。特にデータのない未攻略ハイヴの場合、そこは完全な3次元迷路なのだ。
そこで通常スタブ侵入後は、基本的にハイヴ中心を目指し、兎に角最下層を選択する。それが最短のルートで在るからだ。
しかし、α-2:御子神と言う衛士の選ぶルートは、侵攻途中から弧を描くようなルートに変わった。
そのまま前進すれば、大きな障害無く反応炉に到達できると言うのに、態とBETAを誘うようなルートをとるのだ。

特に今の指示は、明かな遠回り。勿論、モニタールームでは全体に於ける位置を俯瞰できるので、その間違いが如実に解るのだが、指示としては大きなミスとしか思えない。
ハイヴは初めてと言っていたから、異常とも言える進行速度を有するその前衛の機体に、全く遅れることなく追随するだけでも相当のモノかも知れない。しかし革命的なまでの機動を魅せる前衛に対し、なんとか追随しているだけ、という感は否めない。

その機動は僚機と比して殆ど目立たず、むしろ先鋒の影のように付き従うが、よくよく見れば、時折前衛の着地位置を的確に確保していたりする。それも着地点そのモノではなく、その着地点に落下してくるBETAや、蝕腕を振り回すよな要撃級のみを排除する。
そして実際彼の攻撃の殆どは、後方から迫るBETAへの牽制だ。
常に大型種の前肢を狙い、攪座させるのだが、そのタイミングが遅い。殆どが狭路を抜けた後に行う為、後続のBETAが次々と狭路を抜けてきてしまうのだ。

むしろ狭路前なら有効なのに・・・、と思う。

どう見ても圧倒的な経験不足。
つまりこのハイヴの侵攻に対して、なんの貢献も出来ているように思えず、寧ろ回り道の指示は、侵攻を遅延し無為に攻略難易度を上げているとしか思えない。
それが現時点α-2の評価であり、それは隣の伊隅大尉も、そして夕呼も同じ感想らしかった。

華麗なまでの前衛に対し、余りにも稚拙、それが見ている者の総意だった。


唯一不思議なのは、見る限り相当豊富な経験を有して居るであろう前衛が、この不可解な指示に一切疑問を呈さず、従っていること。



「あ、やっぱり・・・」

ルート取りの失敗から、BETAに前後を挟まれる形になる。
前衛は更に回り込む形になり、後衛は未だに徒に、意味のない大型種の足止めだけ行う。
塞がれたBETAの壁に、主縦坑の周辺をほぼ1周する形で、漸くBETAを一時引き離した。



『さて武、機体交換するぞ』

一時的な安全地帯に着くと漸く機動を止めた2騎、そんな台詞が飛び出した。

『え?』

『おまえ推進剤使いすぎ。このあと地上まで保たない。機体は同じだし、今までの機動蓄積データは差し替えるから機動やフィードバックデータに違和感はないよ。・・ああ、背中の担架は交換してくれ。』

ハッとして、モニタールームの全員が機体状況を確認する。

前衛α-1の推進剤は残り2割。実際にはそれだって驚愕だ。フェイズIVとはいえ、補給なしでハイヴ最深部まで至ったのである。
しかし一方のα-2に至っては到底信じられないことに、なんと7割を残している。
基本追従する位置だったとはいえ、常識では考えられない驚異の速度で進行したのだ。
それを7割残していると言うことは、追従する動きの殆どを、跳躍ユニットを使用せずに来たと言うことである。
太刀もα-1の損耗度が7割に比べ、α-2は1割にも達していない。他方、砲撃支援していた36mmや120mmは残弾が4割のα-2に比べ、α-1は7割が残っていた。

・・・つまりは、この状況を想定してα-2は機体の保持に徹していたと言うのか?
初めてというハイヴ戦で?


背が粟立つ。
何か、全く未知なるモノの片鱗を見たような気がした。



モニタの中で二人はシミュレータを乗り換える。

『・・・って、こんなに残ってんの?!』

『こっちは殆ど推進跳躍してないからな。遠慮無く使え。』

『!・・・Thanks!・・』

『ところで、このシミュレータ、ヴォールク隊の観測データそのまま使って居るんだよな?』

『ああ、そう聞いてる』

『なら、・・・そこに偽装坑が在る。中にBETAはいない。シミュレーションのBETA配置状況設定が既知の坑だけなんで、実際とは相当異なるが、な。
武の分のS-11を渡してくれ。
偽装抗抜ければすぐ主縦坑だから、一気に降下する。目標には、そっちの機体に示したポイント2カ所にこのS-11設置する。その間の援護を、頼む。』

『・・・了解』

そしてα-2の放った120mmは、何も無かった壁で炸裂し、ボロボロと崩れた先に、偽装坑が出現した。





「!!!」

「こ、これは!?」

驚愕するモニタールーム。
確かに言われたように、ヴォールクデータは観測された地下探査データを直接使っている謂わば3次元データだ。ハイヴ内からの超音波エコーの集大成であり、地質の情報も含まれてはいる。
勿論、ヴォールク隊が遭遇した偽装縦坑・横坑のデータも入っている。

しかし、遭遇していない偽装坑については、確かに未チェックだ。

「!! 副司令、こんな設定があるのですか?!」

「・・・アタシも初めて知ったわ・・・。流石、“天才”技術士官ね・・・。ヴォールク情報を精査して見つけたんでしょ。」

「“天才”技術士官、ですか?」

「そ。彼はこの新OS・XM3を実質1日で組み上げたわ。」

「!!」


モニタの中では、易々と偽装坑を抜け、再度土壁を壊した先には、最下層から続く主縦坑。
BETAひしめく壁を、一気に降下する。
メインホールから、一間抜けたその空間に、蒼くそびえ立つ反応炉があった。

「反応炉、到達!!」

エレメントで反応炉到達!!
それだけでも快挙。
そしてこの異端の2騎は、未だに余力を残している。

しかし、そこはBETAの海。
地面や壁が見えないほど隙間無く要撃級や突撃級がひしめき、小型種がその足下を埋め尽くしている。要塞級まで何体か見える。

その中に、2騎は一瞬の逡巡もなく、飛び込んだ。

反応炉に取り憑くα-2。その作業は、流れるようで淀みない。
このヴォールク・シミュレータですらBETA無しの異常な状況設定以外、誰も遣ったことのない作業にも拘わらず、この超高密度のBETA存在下で、淡々とすすめる。。

そして・・・。

α-1は、光線種が存在しないハイヴメインホールにおいて、反応炉の前面にホバリングし、両手に抱えた突撃砲を乱射する。左右照準の余りのデタラメさに、最初はただの乱射か、と思えるほどだった。しかしその着弾点を追って、私は震撼した。

デタラメに撃っているように見える機銃のキルレートが、9割。
これは突入時からの総計で、時間で切り出した先刻からのテンポラリキルレートは、99.8%。
つまり2000発のマガジンで4発しか外していないのだ。
それも、左右別の方向に撃っているにも拘わらず、120mmは、要撃級と突撃級の前肢を、36mmは小型種の頭部を、ほぼ1発で破壊していく。
前肢を破壊された突撃級は、その場で無為な旋回を強いられ、足下の小型種を挽きつぶす。
滴のように落ちてくるBETAも、あっさりとかわし、S-11を設置している僚機の周囲に降ってくるBETAは、空中で撃ち抜く。

・・・何という近接射撃技量!!

けれど当人もそう思ったらしい。

『・・彼方、コレ、なんかした?』

『これとは?』

『突撃砲。バーストモードでのキルレートがあり得ない数字出してるんですけど・・・』

『ああ、夕呼センセ謹製のCPUにキャパあったから、2秒以上引き金引きっぱなしすると、自動照準と予測射撃で射撃制御するアビオニクス組んだ。』

『・・・なるほど』

『尤も、ストッピングパワーが激しく不満。
戦術機サイズで36mmって、対人22口径の更に半分相当だからな。まあ重量比を考慮しても22口径相当。戦術機サイズのBETAには所詮豆鉄砲だ。
まぁ、これも何れ何とかするさ・・・。』

『・・・ああ、頼む!』

・・・もう絶句するしか無かった。

『設置完了、離脱OKだ。避退ルート転送する。飛び込んだらそのまま突っ切れ。
爆破コントロールはそっちだから、カウント10で爆破』

『了解。』

メインホールに躍り出て、跳躍に移るα-1。
続いたα-2は、最後に背中に担いでいた担架をメインホールに投げ捨てると、α-1に追従した。





2騎は一気に推進跳躍。主縦坑を抜ける。
主縦坑を一気に中層まで翔け上がると、ひしめくBETAさえ足場に、垂直跳躍、弾幕で空けた側坑に飛び込む。
主縦坑上部には、光線種もちらほら。これ以上の飛翔は、下からの光線級の照準にされかねない。
α-2に指示されている避退ルートは、主縦坑周囲のスタブを螺旋状に駆け上がる。


『・・・カウント、3、2,1,爆破!!』

スタブを駆け上がる画面をよそに、反応炉を映したモニタが白く輝く。

「!! 反応炉機能完全停止!! 崩壊します!! 周辺BETAは多数殲滅、15000超!!」

「!!!」


爆風がメインホールから主縦坑を駆け上がる。その下層の壁に張り付いていたBETAが爆風に舐められると、ボロボロと落ちていく、
なるべく殲滅を避けていたとはいえ、それでなくとも突出していたα-1の撃墜数が跳ね上がる。
キルレートの個人カウントは、装備の所有権に依るからS-11の設置はα-2でも起爆はα-1なのだ。
総数は既に17000に達している。
対するα-2は、僅かに140。

だが。
たった2発のS-11で、的確に反応炉を破壊した。通常破壊には5,6発必要と考えられていたのだ。
モニタを操作して確認していた夕呼が呻る。

「・・・アイツ、反応炉の構造も調べ上げたんだわ。」

「・・・どういうこと?」

「実は、ここのシミュレータの反応炉モデルは横浜のデータを使っているの。ヴォールク隊とはいえ、反応炉には到達できていない。メインホール近辺は外周から把握した精度の荒い物だけよ。なので横浜のデータで補完してある。
だから、一応正確ではあるんだけど、御子神がS-11を設置したポイントは、そうね人間に例えれば、頸動脈。
反応炉そのものの活動を維持するエネルギの流れで、もっとも外皮に近い部分よ。」

「!!」

そして、その瞬間、BETAの動きが変化した。2騎の不知火に向かっていた全てのBETAの動きが、一方向に向いた。それは、最も近い隣のハイヴの方向。

「!! BETA撤退を始めます! α隊、上層到達、地表まで350!」

すでに最優先目標を撤退に切り替えたBETA。
そのBETAの波に乗るように、残った弾で殲滅しつつ駆け上がるα-1と、追随するα-2。



「・・・アイツ、なにやってんの?」

夕呼が怪訝そうに訊いた。

「え?・・・あ・・・。」

装備をチェックしたピアティフ中尉が確認する。

「・・α-2は、拡張装備に土木工務用破砕装備を携行しています! それをスタブ壁面に打ち込んで居るようです。」

「土木工務用破砕装備?」

「ハイヴ戦での工作を想定して考案された装備です。
ハイヴ突入したことが無いので、実際には殆ど使われず、シミュレーションでもデータとして残っているだけですが・・・」

「・・・!!    アイツ! 
ピアティフ、BETAの撤退状況チェックして! 特に2騎の侵入方向。たしか、いまのBETA撤退方向を巡るように侵入したわよね?!」

「はい! ・・・・・あ」

絶句したピアティフ中尉に、画面を見る。


そこには・・・・。

折り重なり、空間も埋めるようにひしめくBETAの塊が、其処此処に幾つも発生していた。
そう、ボトルネックとなる狭路に於いて、抜ける度に大型種の行動規制をしていたα-2。
行動規制をしていた大型種が、撤退と共に狭路に向かったせいで、ボトルネックの口が、更に狭くなったのだ。
そこに、螺旋を描くような彼らの侵入で、結果的に中心部に集められたBETAが、撤退を始め殺到した。

結果・・・。
お互いの邪魔はしないが、決して協力はしないBETA。相互のコミュニケーションは希薄で、光線種のフレンドリファイアこそないが、隣が傷ついても関しない。故にこのような状況に於いては、譲る、障害を排除する、連携する、回避する、そんな行動が見られない。
ひしめき合うBETAは、ほんの僅かに抜けていく小型種以外、そこここで、“停滞”していた。


「・・・御子神の無意味に見えた後方射撃は、これを狙って・・!?」

「技術屋だから、機動では白銀に及ばないのは解っていたけど・・・、やってくれるわぁ。
アンタ達、面白いモノが、見られるカモよ?」

「「え?」」

「α隊、第1層に至ります!    え?  ・・・S-11?」

「なに?」

「α-2、モニュメント下部にS-11設置中。」

「?  なぜそんな所に?  今更モニュメントを壊すのか?」




『武、ちょっと飛びたいんで、外の目玉潰しておいて呉れる?』

『了解、彼方のお蔭で推進剤十分だからな、余裕余裕』

言って地表に飛び出し、翔上がる不知火。

スタブからわき出るようなBETA群。群れは一方向を目指し、その流れに乗ったBETAからは光条がこない。しかし湧き上がった直後や。行進方向が此方を向いている個体からは、幾条もの光が空を薙ぐ。α-1は、その悉くを回避し、光線級のみを排除していく。

「・・・これが、戦術機の機動か・・・?」

改めて伊隅大尉が絶句した。



それを幾度繰り返しただろうか。唐突な通信で状況が進む。

『設置完了。モニュメントを爆破する。低空飛翔でレーザー回避しつつ、SW-18に着地』

『了解』

『・・カウント、5,4,3,2,1,爆破』

抑揚のないカウントの終端と共に、2発のS-11が爆発した。




足下を崩され、やがてスローモーションのように崩れていくモニュメント。その中で、間欠的に地下から爆発音が連続する。


「・・・え?」

そして、信じられないことが起きた。

崩れ落ちたモニュメントは、地表に積まれることなく、更に“落下”する。
それは、ドミノ倒しの様に、更に崩される地層という質量を以て、次々に“階下”を押しつぶす。
当然、そのスタブに“停滞”していたBETA群諸共。

それは、まず工務用破砕弾を設置した主縦坑を螺旋状に崩落させ、その重量と、要所要所を削られた“支持構造”は、崩落する上部質量を支えきれず、良くできたドミノ倒しのギミックを見ているように、連鎖的に崩壊していく。

「・・・ハイヴ主縦坑周辺、中層まで・・・崩落・・、主縦坑、・・・埋没します・・・」

惚けたように、状況だけ報告するピアティフ。
そして膨大な質量がメインホールの空気を圧縮した瞬間、メインホールを再び閃光が埋めた。
上から加圧されながら発生した爆風は、各ボトルネックで停滞していたBETA群を後ろから圧殺するのに余りあった。
暴力的な迄に数字が飛んでいくカウンター。

「・・α-2キルレート・・・・40000越えました・・・」

それは、御子神の狙いを予め察知した夕呼ですら惚けたように口をあけたまま、唖然とさせる結果だった。


後日このデータが、プラチナコード、後に理想のエレメント・理想のハイヴ攻略戦として流布され、世界中の衛士の目標とされるとともに、後年、実際にこの戦術をアレンジしたハイヴ潜行部隊によってミンスクハイヴを堕とすことになる。


モニタールームには、もはや言葉もない。
ただ呆然と驚愕のレコードスコアが記されたモニタを見やるだけだった。


Sideout




Side みちる


突然呼ばれたシミュレータルーム、そのモニター室。
突然見せられた若い男性と想われるエレメント。そのたった2人の衛士が叩き出した空前絶後の結果に、私は暫く自失していた。


・・・・コレハナンダ?


A-01が中隊規模でも、中層440mがレコードのヴォールク・Sランク難度。
その状況に於いて、到達深度1200m。
反応炉到達。破壊成功。
自爆を覚悟のハイヴ攻略による反応炉破壊すらままならない現状に於いて、ハイヴ完全攻略から更に脱出・生還。

そして、考えも及ばなかったハイヴ構造の崩落。

総BETA殲滅数、7万。
設定数が10万だから、その7割を殲滅したことになる。


戦術機損耗、0。

極めつけは、これだけの戦果をもたらした衛士のひとりは、ハイヴ戦初挑戦の、技術将兵だと言うことだった・・・。




なにかとおかしい。

・・・今までと余りにも異なる機動概念。
BETAの行動原理、反応炉の構造、ハイヴの構造、全てを熟知した上で構築されたとてつもない戦術。

そう、初めは前衛の鮮烈な突破力に目を奪われた。新OSのもたらすだろう戦果に、瞠目した。
そこに於いて、後衛は前衛に追従するだけの、そして余りにも拙い初心者にしか見えず、エレメントとして余りにアンバランス、そう思わざるを得なかった。

何故か後衛に任せたルート取り、不的確なBETAの足止め。
私ならもっと旨く出来る、そう思ってさえいた。

反応炉直前で機体の交換を行った辺りからその機動の意味を徐々に理解させられた。
それでも前衛の突破力を持続する為の、極めて消極的戦術、としか思えなかったが・・・。



しかし、誰も気付かなかったヴォールクデータに隠された地殻情報。そのデータから偽装坑を発見し、主縦坑に抜けると、一気に反応炉到達。
挙げ句、たった2発のS-11で反応炉を完全破壊した。





そして、・・・そして!!

反応炉破壊後のBETA撤退を想定したと思われる、これまでのルート、BETA行動規制。
メインホールで最後に投げ捨てた担架にすら、気化爆弾が残されていたのだ。それはS-11爆発後に噴出し、気化ガスをハイヴ内に充満させた。
結果、モニュメントの落下重量さえ利用して、ハイヴの連鎖崩落を引き起こし、気化爆弾の爆発を連鎖させ、最終的に4万ものBETAを殲滅に至らしめた。

快挙?  偉業?
否、殆ど、神の御業にしか思えなかった。







筐体から、若い男が降りてくる。
強化装備から覗く身体は細い乍ら引き締まり、一流の衛士にもひけを取らないのは解る。しかし2人とも、どう見ても年下だ。1人は最近配属した新任少尉と変わらないのではないか?


「・・・完全に突き抜けちゃってるわね、あんたたち・・・。
あっさり世界記録塗り替えた、じゃ済まないわ・・・・・。獲得スコア5700万ってなに?
もう、あんたたちで甲21号、堕としてくれない?」

「夕呼先生が言うと、冗談に聞こえないから怖いですけど・・・、反応炉破壊辺りで死にますよ。現実のハイヴに比べたら、BETA数・出現設定共に甘すぎます。そもそも偽装坑にBETA居ないなんてあり得ないから。」

「これを実現するために、装備の準備をするさ。現状課題は山ほど把握したから。」

「・・・あっそ。それでも反応炉破壊までは出来るんだ。
ま、手持ちの世界最高戦力をそんな賭け事で使い潰す気はないわ。

で、皆に紹介しとくわね。
特務って事で、暫く外での任務に就いて貰っていたけど、今回呼び戻したの。
白銀武少佐と、御子神彼方技術少佐、よ。」

何故かニヤニヤとした副指令の言葉に、白銀少佐が若干引き攣りながら応える。

「え?  あ、白銀武少・・・佐です。宜しくお願いします。」

・・・何故敬語?
しかも私と神宮司教官を交互に見て、目が潤んでる?

「・・御子神彼方技術少佐だ。宜しく。」

こちらはそんなのも何処吹く風で飄々としていた。

「は! 国連太平洋方面第11軍、A-01連隊 第9中隊隊長・伊隅みちる大尉であります。宜しくお願いします。」

「同じく国連太平洋方面第11軍所属、イリーナ・ピアティフ中尉です。」

「はい、あ! あー、すいません伊隅大尉・ピアティフ中尉、ってかお三方にお願いが在るんですが・・・」

「「「は?」」」

「オレ、少佐ってことですが未だ17で年下だし、その、年上の綺麗な女性に敬語使われるのは、かなり気恥ずかしかったりするんですよ。
一応しかるべき場所以外では気をつけますんで、普段は敬語も階級も抜きで普通に話して貰えませんか?」

「はぁ!?  え・・、あ・・、しかし・・・」

「・・・・・・右に同じ・・、だな。俺は敬語も使わないが、夕呼センセの部下だと想って納得してくれ。宜しくな。」

「「あ、は、はぁ・・・」」

神宮司教官・ピアティフ中尉と共に目を白黒させるしかない。

17なら確かに年下だろうが相手は佐官・・・、と言うか、17で、あの技量!?  それも世界最高のエレメント戦力だというのにこの態度!?

・・・・・・まあ、驕り高ぶった人格より遙かにマシ、と割り切るか・・・?

「・・・もしかして、私もで「勿論宜しくお願いします! まりもちゃん!」・・・はぁっ!?  まりもちゃんっ!?」

「あ・・・、いけねっ! すみません、同じ名前でにた雰囲気の知人がいたもので。」

そう言って神宮司教官を見つめる白銀少佐は、心なしかさっきより明確に、もう涙ぐんでいるように見える。
何というか、捨てられた子犬みたいな!?

その懇願と期待に満ちた白銀少佐の視線に明らかに途惑う教官。
その横でニヤニヤしながら経緯を見守る副指令は悪魔のよう・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、もうそれでも良いです。

国連太平洋方面第11軍、第207衛士訓練部隊教導官、神宮司まりも軍曹、です。宜しく・・・ね、白銀君、御子神君。」

永い永い逡巡の後、神宮司教官が折れた。

「!はいっ!! 宜しくお願いします!!」

短い尻尾を千切れんばかりに振るチビ犬が透けて見えるのは私だけだろうか?

「宜しく、な。」

御子神少佐さえ苦笑している。

「で、さっきも言ったけど、白銀は今回の新OSの発案者で、成長するOSの基礎挙動概念の構築者ね。見て貰ったとおり、恐らく単騎でも世界最高の戦力よ。」

「!!」

そうだ。17だろうが、子犬に見えようが、あの技量は掛け値無しの本物。

「・・・今日からでも、あんたたちに新OS教導をしてもらうわ。彼の教導を受けられることを名誉に思いなさい。」

「「はっ! 宜しくお願いします!」」

普段通りといわれつつも命令にはそう返してしまう。

「御子神は、此方も見てもらったとおり、世界最高の戦術家、新OSのプログラマーでもあるわ。普段は新OSの調整や、新戦術の創出、新装備の開発を担当して貰う。
見たとおり白銀とのエレメントは戦力としても別格だから、重要な作戦には参加して貰うけど。
組織や小隊の変更については追って連絡するわ。」

「「了解です」」




「ところで御子神・・・、一つ質問が有るのだが・・・?」

一瞬躊躇したが階級は省いた。

「どうぞ」

柔らかい応答、これで良かったらしい。

「・・・ハイヴと言うのは、ああも容易く崩せるモノなのだろうか?」

「ああ、崩落のことか・・・。
そうだな、このシミュレーションに使われている地殻情報は比較的正確とは言え、実際は通常出来ないな。」

「・・・通常、とは?」

「このヴォールク・データには反映されていないが、・・・ハイヴ構造壁にはBETA由来の強化が施されている。ここ横浜もそうだが、エネルギーを通す事によって強度を増す地殻構造材だ。」

「?! なによそれっ!?」

「突撃級の衝角なんかも同じなんだが、・・・気付いてなかった?
じゃなければあんな構造力学を無視したモニュメントが核に耐えられる訳がない。
モース硬度15って言うのも固体の分子間力を遙かに逸脱している数字だぜ?

ついでに言えば、構造壁を通るそのエネルギが電波遮蔽もするからハイヴ内は通信がし難いし、BETAがハイヴ内に地下侵攻しないのもその所為だ。
・・・仄蒼く光っているのがそれなんだがな。」

「・・・はぁぁん、・・・そう言うことね・・・。」

「もっとも強化構造壁のエネルギ供給源は反応炉だから、反応炉を先に止めれば、さっきのように強度はヴォールク・データ通りとなり、地殻情報に従ってハイヴ崩落を引き起こす事が出来る。
今回は手持ちの火薬が少なかったからあの範囲だけだったけど、中隊構成なら、もう少し崩せる。
勿論、最小手数で落とすには、適切な位置への爆薬設置が必要だがな。」

「・・・成る程。しかし、そんな事をせずに反応炉を破壊するだけなら、もっと早く出来るのでは?」

侵攻時誘導するように迂回し、各所に弁を設置した手間を除けば、最速で反応炉撃破出来るはずだ。
しかし、御子神少佐はこの問いに微妙な顔をした。

「・・・大分認識が違うんだが、武も同じ意見?」

「・・・いや、ハイヴ攻略がスピード勝負なのは確かだけど、彼方の戦術は理想に近い。・・・いや、本来在るべき姿・・・かもな」

「それは勿論そうだが・・・反応炉破壊が第1優先ではないのか?」

「・・・なら聞こう。
佐渡のハイヴを速度重視で反応炉を破壊したとしよう。当然BETAは置き去りにしたからその時残存BETAは20万。
・・・・・・奴らは何処を目指すんだ?」

「・・・!!!!」

「!!・・横浜・・ここ、か?」

「反応炉破壊だけに絞れば攻略はもっと早く出来るだろう。
XM3に習熟し、武並みの機動をマスターすれば、少数精鋭で到達するのはそう困難でもない。
中隊規模で自爆覚悟ならすぐ墜とせる。
問題は反応炉破壊後の汪溢BETAを如何に殲滅するか、と言うこと。フェイズIVクラスの撤退BETA群とまともに相対したら、XM3の高機動くらいじゃ到底抑えきれない。
一度ハイヴを出て拡散されたら、手の打ちようがない。
集中しているBETAを一網打尽に叩く、通常兵器によって高い効率を上げるための方策が、先刻の戦術なんだけどな。」

「!!!」


この日、最大の価値観の激動だった。


Sideout





[35536] §13 2001,10,23(Tue) 11:00 B19夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/13 23:23
'12,09,30 upload?
'15,01,13 誤字修正


Side 夕呼


「しっかし・・・飛んでもないわねアンタ達。」

「彼方のOSと崩落戦術のお陰ですね。霞も手伝ってくれたから1日でXM3出来たし。
俺自身、どの世界のシミュレータでもスコア5700万とか初めてだし、実際のハイヴ攻略だってあの殲滅率は経験在りません。
機動で言えば彼方の加えてくれた新概念の恩恵が大きいです。
モジュレーション、マジ凄い。タイミングがずれてキャンセルするしかなかった機動が面白いように繋がる!」

「・・・ま、現実はパターン化されたゲームとは異なるからな。寧ろ前それ無しでよくやれてたな?」

「同じ概念で語れるヤツがいなかったからなぁ。キャンセル・再入力しまくりだった・・・」

「鬼入力か、・・・武らしいっちゃらしいが。」

「けど彼方もそこそこ遣るだろうと予想してたけど、ここまでとは思わなかった。
戦術機は、初めてだろ?」

「最初の世界の武と一緒。操作経験は十分ある。シミュレータ弄りながらハイヴ構造把握して、戦術構築したから。昨夜から動作確認しながらやってた。4時間程度の慣熟で十分。
寧ろ通信対戦のラグみたいな不確定要素がないから楽、武との連携は散々やってたしな。」

「流石世界ランク1位は違うね。」

「こっちは、武のお蔭でサポートや爆薬敷設に徹する事が出来たからな。BETA相手の戦闘機動は自体はまだまだだが、・・・そこは追々どうにかするさ。

・・・で、彼女らに少佐と紹介してくれたってことは、かなり期待してくれたってことで良いのかな?」

「・・・褒めるのも悔しいけど、掛け値無しに凄腕なのも理解したわ。アンタ達を少尉にしたらバランス狂うわよ。
白銀はXM3の発案と新機動概念構築、御子神はXM3作成とハイヴ構造壁の解明や崩落戦術考案。
どちらも極めて重要な論功行賞の対象だわ。
で、白銀は当面A-01とまりも、それに207Bの教導かしら?」

「そうですね。・・・207Bは出来ればオレを訓練兵として扱えませんか?」

「どうして?」

「少佐程上位からだと反発されそうで・・・。夕呼先生、オレの設定ってどうなっているんですか?」

「98年の横浜襲撃時に拾って、特殊部隊に所属したことに成っているけど?」

「・・・・じゃあ、BETAの横浜襲撃で奇跡的に生き残ったけど、その際の衝撃で記憶喪失だったことにして下さい。ついでに機密部隊に救出されちゃってヤバイ機密を知った上に、記憶がなくて行き場がなかったことと、たまたま戦術機適性が突出していた為、そのままハイヴ威力偵察が主な任務の、戸籍がない者で構成された非合法の幽霊部隊に所属した、ってことにすれば、行方不明にも今の技量にも説明付きますよね?」

「あら、なかなか良いじゃない?
・・・そう言えば、前に外部で本当にそんな部隊創ったわ。春先に潰滅しちゃったから、そこの唯一の生き残りってことにしときましょ。
で、裏の技術将兵だった御子神と、自分のハイヴ攻略経験と機動概念を具現化したXM3を構築した。それが実に良くできていて、さすがにそのままじゃ勿体ないから、最後の出撃で一人生き残った際に記憶が戻ったことと併せ、表に戻す為に戸籍の復活をすることになった・・・。
技量や功績として十分に少佐なんだけど、正式任官するためには、士官訓練校終了が必要、ってとこかしら?」

「・・・・・・やけに具体的で生々しいんですが、取り敢えずバッチリですね。
207Bに絡むと、斯衛に絡まれるから、準備しておかないと、ね。」

「成る程ね。」

「・・・実は、虚数空間で流れ込んできたらしい記憶の中に、毛色の違うのが一つだけ在って・・・」

「なによ、毛色が違うって?」

「“この世界”の白銀武の記憶が在るんですよ。」

「え?!」

「・・・横浜ハイヴの地下、正にこの近くですが、この世界の純夏を守って兵士級に殴られるところ、までです。
どうも、母さんがそこそこの武家出身らしくて、中学に上がる迄は冥夜と遊んだ記憶があります。
確か悠陽とも、1度は会っていますね。」

「・・・それで城内省にまでデータがあるのね。どこの家よ?」

「斉御司、だったかな。母さんが跳ねっ返りで飛び出したから斯衛じゃなかったみたいですけど。」

「ぶっ!! 五摂家?!」

「・・ああ、そんなこと言ったらこの世界の彼方だって、九條分家の、赤ですよ?
中学生の頃、会った記憶あるし、確か、この世界の彼方は、その後横浜襲撃以前に行方不明に成っていたはず・・・。当時はいつものことって戸籍はそのままみたいですが。」

「・・・らしいな。
こっちで調べた範囲じゃ、その後一度姿を現している。次に居なくなった時期が、横浜にG弾落ちた頃、と言ってもこの世界に存在は感じない。其れこそその余波か何かで、異世界転移とかしててもおかしくない。あるいは元の世界の俺と同じ様に、落雷喰らっていたら何処かで人知れずそのままくたばったかもな。さすがに京都防衛で両親が亡くなって庇う者が姉しか居らず、親戚筋が行方不明扱いにしたらしい。」

「・・・・・・彼方らしいというか・・」

「・・・・まあ、俺は明星作戦に巻き込まれて長く昏睡していたことにでもしておいてくれ。米軍に回収され、そのままハワイで療養。丁度そこにこっちの俺の知己が居るから話合わせて貰う。
去年覚醒したが、その後はリハビリと技術習得してきた、でいい。
こっちの俺も色々動いていたみたいだし、それ故に敵も多かったらしいから、存在を隠して療養してても変に思われないだろ。
で、夕呼センセの技術に惚れ込んで、裏の技術開発に従事、ハッキングとか得意だし。最近裏の武と知り合って、武の目指す機動の出来るOSを組み上げた、ってトコかな。」

「こっちも具体的ね。・・・ハマり過ぎて怖いわ・・。なんでこっちのアンタのコトまで知ってるのよ?」

「ああ、ブログ見つけたから。」

「・・・・ブログって?」

「こっちにはその概念はまだないな。ネット上にある個人エリアに書き記す日記とかスケジュール、防備録みたいなメモの総称。ウェブログの略称。保存場所とID、パスワードさえ解れば、どこからでも記入・閲覧出来る。
この世界に来て、念のために自分のコトも調べたときに、行き着いた。俺も元の世界に残してたし。
勿論、飛び切りのセキュリティ掛かってるから、普通は入れないが、思考パターンが同じなんだろうな、さほど苦もなく解錠できた。」

「・・・・こっちの世界の彼方かぁ、思考パターンが同じってトコが怖いんだけど?」

「ああ、具体的には9歳くらいから、BETAとの戦争を想定して、色々動いていたみたいだな。
家もそれなりに有名な武家の宗家長男、家は姉が継いだみたいだけど。少なくとも京都陥落までは力も在ったし。単に残念なのは、当時の年齢。表だった活動は無理。
年若い、と言うことで、政治的アプローチは諦め、事を起こすのに最低限必要なことを準備していたみたいだ。
・・・あと10年早く生まれていれば、この世界の状況はもう少しマシだったかも知れない。
まあ、準備していた“物”は、有り難く有効に使わせて貰うがな・・・。」

「・・・この世界のアンタも規格外なのね・・・。」

「・・・否定できない・・・。」

「何れにしろ、白銀は暫く昼は訓練部隊、夜はA-01とまりもの教導ね。伊隅とまりもには連絡しておくわ。
あと御子神はOS調整と?」

「当面は、戦術機と装備の改修。その為の準備。
XM3の機動は何気に関節負荷がでかい。動きが俊敏に出来る分、動的負荷が激増するからな。
あと、戦術機の大規模な改修を試したいんで、そこそこの不知火か、弐型の機体が4,5機欲しい。
内1機は、副座が望ましい。」

「・・・・何やるの?」

「戦術機はまだ確定していないから後でまとめる。当面の装備はこんなとこ。」

彼方がモニタにファイルを開く。


3次元フェイズドアレイ地下探査ソナー

99式電磁投射砲改 36mmレールガン

S-11小型化技術による120mm S-11炸薬弾

AEGIS-マイクロミサイル防衛構想


「・・・ふーん、・・・案外ありきたりね。」

「コンセプトは、今この世界で即座に[●●●]実現できるレベル、だからな。
装備一つ取ったって、試作設計・組み立て・概念実証・実戦証明・量産化設備整備・・・、
どんなに早くても2年はかかる。戦術機に至っては最短でも4年。
それじゃ遅い。」

「・・・・・」

「当面“今存在する物”を改修して臨むしかない。」

「・・・いいわ。A-01の予備機が2機、あるし副座のユニットも遊んでいるから取り敢えず、それから使いなさい。
新規も遣ってみるけど、でも弐型が手配できるかどうかは微妙よ?
そもそも、なんでそんなに急ぐのよ?」

「・・・武の未来情報によれば、今年の12月25日、甲21号作戦開始時点で・佐渡に存在したBETA数は、合計30万近い。
これはフェイズIVハイヴとして、規模に対しあまりに過剰、飽和している。だとすれば・・・」

「!! 再侵攻が近い・・ってわけね?」

「10万単位で佐渡から再上陸されたら、今の帝国の防御じゃひとたまりもない。
当然、奴らは此処を目指す。取り敢えず、オルタネイティヴ4の“足場”が崩されるのは極めて拙い。」

白銀の経験が正しく、そのままの未来を進めばあり得る数字だ。

「武の記憶では前のループで、柏木と伊隅大尉が命を賭けてその殆どを消し飛ばしてくれても、残った3万程度のBETA急襲で横浜基地は潰滅手前まで追い込まれた。
なので、甲21号を年内に叩くことは絶対必要な確定事項。」

「・・・・」

「・・・そしてBETAの命令系統が箒型で在る以上、上位存在が人類の抵抗を“災害”としか認識していない今しか、反撃のチャンスはない。
その為には甲21号でも、上位存在殲滅前に余り手札を晒したくない。対策を取られるのは厭だからな。

武の記憶では、12月25日の甲21号作戦から、たった6日しか経っていないのに、桜花作戦の時点でオリジナルハイヴでは、抗レーザー弾からラザフォード場まで対処された。
上位存在に関しては、その対策実証をしている訳だから、対処に言われている19日も掛からないってこと。
なので、可能ならオリジナルハイヴから陥とし、且つ年内に甲21号を殲滅する。
コンバットプルーフが無いままで、それが許可されるにはハードルも高いが、何れにしろ年内にこの2つを陥とすことが人類存続の為の絶対クリア条件。」

「・・・・・・この2ヶ月はオルタネイティブ4の正念場ではなく、人類存続の正念場、というコトね・・・・・・解ったわ。基本はその方向性で行きましょう。」

白銀も貌を引き締めて頷く。


・・・正念場。

そう、00ユニット完成は目的ではなく手段なのだ。
・・・BETAに対抗できる人類の剣、XG-70を使える様にする為の。

「装備は11月11日のBETA新潟再侵攻で実戦証明する。
で、99式は、センセのブラックボックス、弄るけど構わないか?」

「・・・構わないけど、何するの?」

「・・・究極は戦術機のオール電化・・・?」

「・・・電力、全然足らないわよ?」

「そこはどうにかする。で、武はA-01の教導は勿論、可能なら207Bも間に合わせられるか?」

「ぶっ!! 無茶言うな!! 総合戦技演習も済んでないのに間に合う訳ないだろうっ!?」

「・・・そうすると、彼女たちの初陣は、いきなり喀什か、譲っても佐渡だぜ?」

「!!!!」

「クーデターなんか起こさせる気はないんだろ?  トライアルの混乱も不要。横浜防衛戦なんて起きた時点でビハインドもいいとこだ。
逆算すると、当然、そうなる。」

「!・・・・」


成る程、過保護な白銀だ。
彼女たちの生存を臨んで還ってきたとも言える。しかし人類の存続を前提にする以上、御子神の言うことは正しい。

「それとも、喀什攻略から外すか?  今のA-01が全員生き残れば、武の知っている桜花作戦の陣容以上に整えられるだろう。」

「・・・・イヤ、アイツ等は必要だ。より良い未来を引き寄せる力は、多分今のA-01より強い筈だから。
・・・判った。なんとか遣ってみる。夕呼先生、美琴の退院と総合戦技演習、前倒ししていいですよね?」

「・・・ちゃんと物に出来るの?」

「それで落ちるなら、この世界のアイツ等は“より良い未来を引き寄せる力”がなかった、と思うだけです。11月11日は最後方でも良いはずですから、1週間あれば、形には出来ます。」

「・・・いいわ、アンタの判断に任せる。」

「こっちは先ず11月11日にむけ、切るカードを揃える。

・・・武は夕呼センセの概念実践部隊として、A-01や207Bを鍛え、BETA殲滅戦術を実施する。

俺は、その戦術機や装備を限りなく高め、実践部隊の損耗を極力抑え、継続的なBETA戦闘を可能とする。

・・・・・・そして、その戦術や提案された装備を使って、BETAと、・・・そして世界を相手にした勝利の戦略を構築するのが夕呼センセ、貴女なんだぜ。」

「!!!・・・」

「その為にはXM3も、新装備も、そして部隊や俺たちの命でさえも、カードとして使えばいい。」

「・・・・・・・・・・フン、解っているわよ。」

アタシは、不敵に微笑んで見せた。





「・・・OK、これはその為の情報。」

「・・・何?」

「G弾による横浜の高重力潮汐効果観測結果から導き出された、バビロン作戦による大海崩の予見と発生メカニズムに関する論文、そしてもう一つが、ハッブルのスペクトル解析に基づくバーナード星系の惑星環境についての論文。」

「これって・・」

「一切ウソは書いてないよ。正当な観測結果に基づき、シミュレーション検証するとこうなる、という結果で、だれが計算しても1足す1は2。
武の未来記憶でも証明されている。再現性は揺るがない。」

・・・成る程、第5計画派を弄るネタとしては丁度良い。


「・・・当面、それで全部?」

「ああ、あと2点ほど。」

「・・・アンタまだなんか遣らせる気?」

「肩凝るならマッサージでも整体でも施術する。なに、大した手間じゃない。

一つは、センセがいま設計している00ユニットについて、装着型に出来ないか?」

「!!」

「・・・健常者に付けさせるの?
ODL劣化は最小限に抑えられるから、最悪使い捨てなら情報漏洩は防げるけど・・・鑑はどうするの?」

「・・・昨夜許可もらったから反応炉に行った。通信自体は上位存在支配なので迂闊に弄れないことが判ったが、その他はクラック可能。」

「! クラックって、アンタ構造壁とか調べただけじゃないの?  BETAまでハッキングしたの!?」

「バッフワイトなんて面白い代物があったからな。電気信号と繋げてしまえば大した手間はなかった。社のプロジェクションを音声化したのも、そのオマケだ。」

「・・・・・こっちの技術者もその位試したわよ?」

「そいつ、ペンタゴンのクラッキング出来た?」

「・・・・・はぁ。つくづく飛んでもないの連れてきたわけね、世界は。
3週目の白銀だけでもラッキーなのに・・・。

・・・で?」

「ああ、通信自体は規制できないが、ODL情報にブロックを掛けることは多分、可能。」

「え?  じゃあODLの浄化が問題ないんだから・・・」

「・・・ただ武の前回の記憶で判るように、00ユニットとして反応炉に接続すると、鑑が上位存在に認知されてしまうから、最悪喀什侵攻時は拙い。
これは鑑の心理的負担、および情報漏洩の観点からも避けたい。」

「あ! ああ、あ号に支配されてトラウマがフラッシュバックしたんだっけ・・。でもそもそも00ユニットにならなきゃ、純夏は?」

「・・・クラックした情報の中に、ほかの検体含め人類を弄くり回して構築したBETAの人ゲノム遺伝子操作技術があるんだ。」

「・・・え?」

「そもそもBETA自体、タンパク質弄って生産しているわけだから、かなり、強力だぜ、これ。
ぶっちゃけ生きたままの人間の構造を作り替える様なことまで可能。極端なことを言えば、その場で翼はやしたり出来る。」

「・・・」

白銀の貌が歪む。
前の世界で純夏にプロジェクションされたという記憶には、確か、淫らな身体に改造されていく鑑が居たという。
それを思い出しているのか、きつく拳を握りしめる。

「分化とか成長蓄積までコントロールしてる。
これで人を素体に兵士級に改造してたりするんだろう。
はっきり言ってかなり、えげつない技術だが、逆にそれを使えば、当然鑑を元に戻すことも出来るわけだ。」

「・・・・・え!?」

「まだ、ぬか喜びの可能性も在るから、詳細はもう少し待って欲しいんだが、・・・今の鑑の脳髄から、元の身体を再構成できる可能性がかなりあるってことだ。」

「!!!! じゃあ、じゃあ! 純夏はっ!?」

「・・2日、呉れ。」

「・・・・・・わ、わかった・・」

「夕呼センセもそれでいいかな?」

「・・・いいわ。00ユニットは装着型も視野に作成を進める。で、2つ目は?」

「伝手だけほしい。」

「どこの?」

「可能なら政威大将軍、榊首相、技術関係で・・巌谷中佐辺り。・・・あと鎧衣課長かな。悠陽が覚えていれば、武や俺でも何とか出来そうだが、他はね。」

「・・・取り敢えず鎧衣に通す位いいけど・・・・何すんの?」

「何処まで晒すかは、話してみて決めたい。装備の量産とか必要だから、少なくとも斯衛くらいは巻き込むつもりだが、取り敢えずは帝国の内政援助か。
・・・まあ、どうしようか、かなり悩んだんだけど。
昨日からあちこちダイヴしてるが、この国は・・・もう、かなりまずい。国土を総て喪った西欧とかよりは幾分マシって程度。いや、寧ろ避難民が多い分、厳しい面もあるな。
食料に関しては現実既に国連や米国の援助が無かったらやっていけない状態。この点では米国寄りと見なされている榊首相は正しい。
それでもいまのままでは、第4計画が完遂されて国土を取り戻しても、日本はあと10年で破産する。
なにせ抱えた膨大な非生産難民が最大の問題。
因果論じゃ食えない・・・。」

「・・・はぁ、さすが元の世界の最強ハッカーね。こんど色々探ってもらおうかしら。
けど流石にそんな所までアタシは手が回らないわよ?
・・・手があるの?」

「さっきのこの世界の“俺”がいろいろ仕込んでいたからな。ただそれだけじゃ喰って行けないので、状況に拠っては鬼札[●●]を切る。
ランドサットで一応存在は確認したから何とかなるだろ。
折角苦労してBETAを駆逐したって食べ物無くて日本人の大部分を餓死なんてさせたら意味ない。
日本が第4計画の地盤である以上、帝国はそれなりの基盤が必須。まあ、伝以外ではセンセのお手は煩わさないさ。」

「・・・そうね、その辺は任せるわ。」

だんだん面倒くさくなったのは事実。
アタシは、アタシの遣ることに専念しようかしら。

もう、コイツなら丸投げで構わない、と・・・。


「なあ、彼方、それ、オレも行っていいか?」

「ん?  何か在るのか?」

「・・・新潟に備えて、斯衛にXM3教導したい。場合によっては帝国軍にも。」

「成る程、でも良いのか?  クーデター軍も強くなるぜ?」

「・・・どうせクーデターなんか起こさせる気無いんだろ?  心配してねーよ。」

「・・・その辺は相手の応答見て決めるか。・・・いいかなセンセ?」

「もともとアンタ達の成果でしょ?  好きに使ったら?」

「了解。」


Sideout





[35536] §14 2001,10,23(Tue) 12:20 PX それぞれの再会
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/16 23:01
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Side まりも


訓練部隊の昼食喫飯に乗じて夕呼に再度呼び出された私は、正直頭を抱えた。

説明された白銀クンの経歴には驚かされたけど、15の年からハイヴ威力偵察任務を遂行し、そして生き残って来たならあの技量も、そして仲間を全て喪ってきた哀しみも、頷ける。
その自らの機動概念を実行するために組み上げたXM3。
それが彼を世界最高の単騎戦力とせしめている。

しかし。

・・・それはあんまりよ、夕呼。

その単騎世界最高戦力[●●●●●●●●●]を、訓練兵[●●●]として扱え、なんて・・・。

御子神クンは技術なので必要ないと言うが、今後中隊以上を率いる可能性の高い白銀クンは衛士としての過程として必要、と判断したらしい。実際戦地任官に近く、ろくな訓練や座学もなく戦術機に乗ったらしいから。それで損耗率ももっとも激しいだろう幽霊部隊を一人生き抜いたんだから。それ故の訓練部隊所属、その事自体は、納得できないでもない。

ただ他でやって、と言いたいが・・・。



問題は、その後。

白銀クンは夕呼直属で、新たな部隊の隊長となる。
A-00戦術機概念実証試験部隊。所謂テストパイロットの部隊だ。
所属メンバーは、御子神クンが副隊長、社さんが特務少尉の階級で補佐に付く。行く行くは増やすらしいが、こともあろうに私に[●●]その試験部隊への併属も内示されたのだ。・・・・・・・・・“大尉”として。

もともと富士教導隊の大尉でしょ?  何の問題もないから。

言い切る親友は、“イイ”笑顔。
要するに教導官として軍曹の階級を持ちながら、試験部隊では大尉で概念実証すべきOSや装備の開発にも従事し、そしてそれを教導することを視野に入れろ、って・・・どんだけよ・・・。

なので、私も白銀クンと同じ様な二重階級を賜るハメに陥った。

襟章は、表が軍曹。裏が大尉、である。
教導中は軍曹、その他は大尉なのだが、面倒なのは白銀クン、同じ訓練兵と少佐の二重階級を持つ彼が、教導中は“白銀ェ!”と呼びつける訓練兵、他は直属上官である“少佐殿!”なのだから・・・。


目の前で、申し訳なさそうにこちらを見ながら、合成鯖味噌煮定食をつついている彼を見て嘆息する。

話のあと、唖然としていた私を、御子神クン社少尉共々、喫飯に誘ってくれたのだ。
別に彼の所為ではないので、恨みはないのだが・・・。




「ところで、まりもちゃんに聞きたいこと、在るんですけど・・・」

・・ここでもその呼び方なのね・・・。せめて訓練兵の前では、って言うかそこは叱責すべきよね?
ウン、その場合は階級的にも正しいわ。

「アイツ等・・・、207B訓練小隊の訓練兵は、どうですか?」

「・・・しょ・・白銀クンは、あの娘達を知っているの?」

・・・開き直るしかないのね。なんか私の中の軍紀が崩れていく気がする・・・。
年下よ年下! それも10も!・・・・なんか哀しい。負けた気がする・・・。

それもこれも、みんなみんな夕呼の所為よ!!


「ええ、まぁ・・・。一応同期になるんで、データも見ましたし。・・・かなり複雑、みたいですね。」

「!!・・・」


そうなのだ・・・。

私の最大の頭痛の種は、そんな[●●●]中にこの単騎世界最高戦力[さわぎのモト]を放り込むこと。



もともと第207衛士訓練部隊は、夕呼の目的に沿って選ばれた候補生を鍛える為に設立された訓練部隊だ。

この基地が白稜基地だった当時、富士教導隊に在籍していた私が教導官として招かれたのである。
一本釣りで、拉致された、とも言うが。
以来、BETA東進による仙台移設や、その後の明星作戦を経て、再びこの横浜に戻ってきて、結局今もここで教導を続けてきた。

その中でも、飛び抜けて、最大級に、飛んでもない複雑な内情を有する部隊、それが今の207B訓練小隊である。
しかも全員が全員。


夕呼の目指す目的、そしてその資質がなんなのか、詳しいことを私は知らない。夕呼の関わる極秘計画に必要な資質らしいが、その内容も明確に聞いたこともない。
ただ私の経験から言っても、ここに選ばれてくる候補生は、“粒選り”であることは間違いない。
当初の技能や成績、それらは寧ろ平均的で、それを元に選別している訳ではなさそうなのだが、“結果”が突出しているのだ。

・・・そしてその“優秀”であることが、哀しいことに高い損耗率を呼び寄せる。


部隊発足以来、送り出した人数は1個連隊を上回る。
明確に知らされているわけではないが、生き残っているのは1割にも満たない。
それもついこの間送り出した“死の8分間”さえ乗り越えていない者も含めて・・・。




人類の存続は、既に最早あと10年、と迄言われている。
帝国も疲弊し、度重なる教育基本法の改定や、徴兵性別・年齢の拡大。
人の命が余りに軽くなっていく世界。BETAを倒すためなら、人権など何の意味も成さない。
政府は勿論明言しないし、言えば“建前”上拙い事態に陥るが、実質既に軍では、人権など無いに等しい。死ねと言う事に等しい命令が、上意という軍規の下に、平然と行われる。

そんな中でも、少しでも教え子が生き残れるよう、心砕き、時には鬼になって教導してきたつもりだ。



それが、今の207Bには出来ていない。

夕呼ですら衛士にすること、つまり総合戦技演習の合否については明言してこない。
確実に合格させてよ、と何時も無茶な注文を付けてくる夕呼が、である。
夕呼さえ躊躇する、それほど迄に、彼女達の柵は複雑だ。

明確に衛士と成られては困る、そう言う背景を持つ者。それは立場であったり、もたらす影響であったり、その理由は様々なのだろうが。
端的に言えば暗に、総合戦技演習が不合格になり、国連内の後方部隊に回される事を望まれているのだ。
彼女達の意志とは別に・・・。

そう、彼女達本人の意志は別にある。しかし柵は、彼女たち自身にも絡み付いており、自分たちでそれを解脱出来るほど大人でも無かった。

私自身にも、夕呼さえもが望まないなら、危険な戦場に送り出したくはない、と言う気持ちが在ることも否めない。

故に小隊に存在する齟齬を取り除く事もせず。


結果、1度目の総合戦技演習は不合格に終わった。




「まりもちゃん。」

「! ん、あ、何?」

「・・・・・・・・・あと2ヶ月で、世界は変わります、いえ、変えます。」

「・・・!」

閑かな、しかし決して揺るがない、決意のようなその言葉。
その言葉の、含むモノに思い当たり、目を瞠る。

そうだった。

あと10年と言われる人類の未来。
だが、さっき見せられた白銀クンの鮮烈なる機動、御子神クンの深遠なる智謀に、確かな曙光をみたのだ。
彼らが語るその言葉は、最早一兵卒の言葉ではないのだ。



「・・・アイツ等の力は、その為に必要なんです。」

「!」

「・・・勿論後方が悪いなんて間違っても言わないし、その方が安全かもしれない事も知っています。本当に力尽くして、それでも尚届かないならそれも在りでしょう。
でもオレは、アイツ等が有する力を、信じています。
そして、しかるべき所で、自らも生かすために揮って欲しい、・・・・そう願っています。」

「・・・・。」

「アイツ等を取り巻く柵なんて、些細な問題です。合格してしまえば、どうにでも成ります。
・・・何よりも、アイツ等がそれを望んでいます。」

「・・・・。」

「だから、オレはアイツ等を衛士になれるよう、そして、生き残れるよう鍛えます。
それを、まりもちゃんにも手伝って欲しいんです。」

「!!!・・・・」



BETA に勝つ為ではなく、生き残る為に鍛える・・・。
その言葉は、私の裡にある“教導の礎”と意を同じくするものだ。






私は今までの彼女たちへの接し方を顧み、自分を恥じる。

今まで何をしていたのだろう?


部隊の齟齬を糺し在るべきチームの在り方を説く、それは前線・後方に拘わらず、生き残るのに必要なコトではなかったのか?
総合戦技演習の合否など関わりなく、その術を伝えたのか?

白銀クンの言うように、合否など後から付いてくるモノで、柵など関係ない。

私は私の遣るべきコトを、まだ何も遣っていないではないか!


「勿論よ! 宜しくね、白銀クン!」

・・・それを、強いとはいえ、あの娘達と同じ年の“訓練兵”に教わるなんてね。


私は、彼の部隊に所属することを、初めてちょっぴり、感謝した。


Sideout



Side 冥夜


食事を終えた私は、午後の座学に備え、足りなくなったノートを購入にPXを横切った。

その際、PXの片隅で喫飯していたのは教導官である神宮司軍曹。2人のC型軍装を着た若い男性と、兎耳型の髪飾りを付けた少女を向かいに、食後の話をしていた様子であった。


この時代に、若い男性など珍しいものだ。

その時には、そう思いながらも教官の邪魔せぬよう、通路の反対側を通り過ぎた。





購買部で目的のノートを、予備を含め数冊購入し、座学の行われる教室に向かう。

すでに他の訓練兵は先に向かった。


真っ白な頁が少し捲れ、ふと思う。

このノートが埋まる頃、私は何をしているのだろう、と。


望むモノは在る。
その為の手段として、この地を選んだ。
今は未だ浮薄の身分なれど、任官しさえすれば、その望みも叶う。少なくとも、彼の御方の一助になれる・・・。

・・・そう思っていた。



しかし・・・。

現実は冷酷で、そんなに甘くはない。
思い通りになど行かない。私はただ足踏みをしているだけだ。


そして、容赦なく時は近づいている。

遅くとも12月までには、2回目の総合戦技演習がある。

それが最後の機会。



こんなコトでは、あの者に哄われてしまうな・・・。








自戒しながら喫食エリアを戻りかけて、先程のコトを思い出す。
神宮司教官と話をしていた3名。

同じルートを戻るため、まだ居るかも知れぬな、そう思う程度の事だった。



実際にそこを通りかかる、そこまでは。








「・・・・え?」

神宮司教官に向いて微笑んだその相貌を見たとき、私には衝撃が奔り、立ちつくした。



この面影、この微笑み。
それを持つ、持っていたはずの者を知っている! と湧き上がる感情。

それと同時に、あの者は、BETAの横浜襲撃に飲み込まれ、既に鬼籍に入ったはず、と押しとどめる理性。



葛藤する2つの意識に、立ちつくした私を怪訝に思ったのか、気がついたその者が視線を向ける。




そこには、驚いた様な表情。

そして直ぐに破顔し、口元が動いた。


その時には、最早耳にも入らなかった。それでもその唇は、確かに動いた。

メ・イ・ヤ・・・、と。





抱えていた胸元から、ばさばさと落ちるノートもそのままに駆け寄ると、立ち上がろうと椅子を引いた“彼”にそのままダイヴしていた。






幼少の砌、数えきれぬ程抱きついた、その懐かしい胸に。


Sideout




Side 武


PXで逢った冥夜に、いきなりダイヴィング・ハグされました、まる。









確かにこの世界のオレの記憶に、小さい頃何度も受け止めていたのが記憶にあるが、この歳でのコレは、かなり来るモノがある。
と言うか、このPXでそれは自重して欲しかった。周囲の視線が痛い痛い。

しかも立ち上がりかけた不安定な状態で喰らったもんだから、危うく“押し倒される”ところだった。
後ろには椅子、退くことも儘成らず盛大に後頭部から・・・。
と言うところを、その後ろに座っていた彼方がさり気なく支えてくれて事なきを得、助かった。
感謝。



それでも泣きすがる冥夜に、小さく嘆息。

そして安堵。


前の世界で、あ号標的に浸蝕され、助からないと悟った冥夜は、オレの手で逝くことを望んだ。
上位存在諸共オレの手で喪ってしまった、大切だった存在。

それが、今は未だ、確かな存在として、腕の中にある。

さっきの伊隅大尉や、まりもちゃんと同じ、喪う未来を体験した、掛け替えのない存在。
それが温もりと、破壊力抜群の柔らかさを有して腕の中で嗚咽している。



突然の事態に、吃驚していたまりもちゃんは、まず呆気にとられ、次に青筋が浮いた。
霞のウサミミが、高速で動いている。

「!・・・幼馴染みなんですよ、ほらオレ、記憶喪失で行方不明だったから・・・」

相変わらず器用に結われた髪の、その後頭部を撫でながら、一言付け加えておく。
その言葉に一応、納得してくれたみたいだ。



・・・しかし、これは・・・。一悶着じゃすまないなぁ・・・。



想いながらさりげに視線を巡らず。

案の定、少し離れた柱の影から、暗黒物質にも似たどす黒いオーラが立ち上っているのを、直ぐに見つけてしまった。


あーもー、・・・・・・・・どうしろって。


Sideout




Side 冥夜


一頻り縋って泣き、そこで漸く落ち着いた私は、教官からプライベートには口出しせんが、そう言うことは他で遣れ、と言われ、今も耳たぶまで熱い。

PX中の衆目を攫ったことは確実で、後日京塚のオバサマにまでからかわれた。


・・・仕方なかろう、喪ったと思っていた運命とも感じた相手が生きていたのだから。


・・・しかも、背も高く、凛々しくなり、優しげな表情だがその相貌は引き締まり、甘さもない。思わず抱きついてしまった胸は靱やかで且つ外連味のない鋼線のような筋肉。
・・・纏う雰囲気は、既に一流の衛士。


「冥夜、詳しいことは後で話す。今は時間がないので簡単に言うと・・・・月詠さんも呼んで貰えるか?」

「あ、うむ、承知した。」

少し離れたところで、蜷局を捲いている蝮のような雰囲気を纏っていた月詠を呼ぶ。



「・・・お久しぶりです、月詠さ・・、今は中尉なのですね。白銀武です。」

「え?  な!?  まさか!?  武殿・・・か?!
・・・武殿は3年前のBETA殲滅侵攻で亡くなられたはず・・・」

「大変ご心配かけたコトはお詫びしますが、どうにか生きてました。
尤もこの春までは、記憶喪失で自分が誰かも覚えてなかったんです。」

「!!」

「横浜襲撃時に逃げ遅れた後、BETA殲滅に襲われて、奇跡的に助け出されたんですが、助けてくれた相手が機密部隊で機密行動中、しかも目が覚めたら記憶喪失だったんで、そのままその部隊に所属しちゃったんですよ。」

「・・・・機密部隊?」

「・・・内容は済みませんが今でも開示できません。
今後殿下にお会いする機会でもあれば、お伝えしますので殿下から聞いてください。
ああ、念のため髪の毛渡しておきますので、DNAで確認取っていただいて構いません。」

「・・・いや、しかし・・・、その機密部隊はどうなったのだ?」

「実は春先に、オレを除いて全滅してしまいました。オレはそのショックで、逆に記憶を取り戻して・・・。
その後、ここに居る彼方とオレの戦術機機動概念を実現するシステム構築をしていたんです。」

「・・彼方?  む、もしやっ!!・・・貴殿も・・!?」

「御察しのとおり、御子神彼方だ。」

「・・・まさか!?」

「こっちは99年のG弾に巻き込まれてね。
1年ほど長々と昏睡してた。
唯国内じゃ危ないってんで、わざわざハワイの病院に担ぎ込まれてたさ。
そこで記憶回復後リハビリ中の武と逢って、ずっと技術習得してた。」

「・・・・それは・・・、しかし・・・殿下には?」

「昨日戻って来たばかりだから、まだ報告していない。
戸籍も横浜基地から修正して貰っただけで、城内省には通知していない。こっちもDNAで確証取れたら、出来れば正式に帰還報告したいから、アポ取って貰えると有り難い。
行方知れずの方が安全なのでそのままにしておいたが、武の考案したシステムがかなり出来が良くて、武の記憶も戻ったし、概念実証するに当たり、機密部隊から表に正式任官することになったわけだ。
俺は技術だから特に制約はないが、武は戦地採用で、正式な教育も受けていないから、神宮司教導官の207B訓練小隊に配属され、訓練終了を以て正式任官する運びとなる。」

「!! それは、国連軍に所属、と言うことか?」

「・・・元々オレの母さんが跳ねっ返りで、斯衛飛び出した人だしな、今更斯衛はないさ。」

「こっちも未だに帝国軍に敵は多いから。柵のない国連軍が適当。」

「・・・その辺りは出来れば殿下と相談して欲しい。
失礼には当たるが、確証を得るため髪の毛は預かり、DNA鑑定をさせていただく。
謁見の日時は、確認がとれ次第通知、と言うことで宜しいだろうか?」

「ああ、構わない。寧ろ手間を掛ける。宜しく頼む。」

「構わん。・・・しかし冥夜様が抱きつくなど、何処ぞの不埒者、と思えば・・・まさか武殿とは・・・」


御子神・・少佐殿と真那は知己なのか、私の知らない話をしている。私は少なくとも逢った記憶がない。“あの方”の話も出ていたから、その方面なのだろう。


そして武は、訓練兵の襟章を付け、私に微笑んでくれていた!

「・・・・つまり武は、私達の訓練小隊の一員として、一緒に訓練することになる・・・と?」

嬉しくて上目遣いに問いただすと、微笑んで頭を撫でられる。


「ああ、宜しくな!」

それは記憶に違わぬ、武の仕草だった。


Sideout





[35536] §15 2001,10,23(Tue) 13:00 教室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/06 00:01
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Side まりも


「本日、只今より新たな仲間がこの207B訓練小隊に加わることととなった。
白銀武訓練兵だ。白銀、自己紹介しろ。」

「はっ! 白銀武訓練兵であります!    例外的な時期での編入となりますが、よろしくお願いします・・・」




・・・白銀クンの自己紹介が続いている。
なによ・・・至って普通ぢゃない!    私の時とは随分差を付けてくれちゃって・・・。
考えて見れば既に3年近い最前線での軍歴、“一応”それなりの言葉遣いもできるのね・・・。

対する207Bの反応は、やっぱり戸惑うわよねェ・・・、総合戦技演習も差し迫ったこの時期、なんだから変則もいいところ。特に小隊長の榊は、至極迷惑そうね。
珠瀬は興味深げ、彩峰は相変わらす無関心ってところか。

その中でひとり異質なのはやっぱり御剣よね。
PXで感極まって抱きついちゃうような関係の幼なじみ・・・。
嬉しさと期待に満ちた表情。あんな表情も出来るのね、初めて見たわ。


・・・はぁ、これで頭痛の種が増えなきゃいいけど。





白銀クンの事情は、少佐という階級以外、私の判断で明かして良い事になっている。階級は正式任官まで未定、という設定だ。練度はどうせ訓練に入ればバレるから、と笑っていた。

それはそうだろう。なにせ相手はACE of ACE様だ。
対人過剰攻撃[収束砲]は使わないし説教的虐待[ OHANASHI]もしないけど、その驚くべき機動で師団級BETA群と渡り合っちゃうような存在。
・・・え?これ電波?  それってACE of ACEの必須項目じゃなかったの?

・・・まあ言ってみれば二つ名人外[]設定された私から見てもあれは規格外。

因みにもう一人の規格外、御子神クンは207B訓練小隊には基本関わらない。A-00は、当然A-01と同じく機密部隊扱い。一般兵卒にも満たない訓練兵が知るレベルではない。
私だってA-00所属の大尉という階級故に開示された機密事項が大量にある。
そもそもその隊長である白銀クンがその訓練兵扱いということが異常なのだ。

夕呼はいつも強引なんだから、訓練記録なんかデッチ上げるのはお手の物なのに、こう言う時に限って面倒事を押し付けてくる、って思っていたら、白銀クンに謝られた。
・・・どうやら訓練部隊所属は、彼自身の希望らしい。
まあ、ワケあり幼なじみの御剣が居るなら仕方ない・・・のか?

名前と歳、そして差し障りの無い抱負を述べて彼は自己紹介を終える。




「・・・ウム、では榊訓練兵、隊の紹介をしてやれ。」

「はっ! 国連太平洋方面第11軍、第207衛士訓練部隊 207B訓練小隊隊長を任じられています、榊千鶴訓練兵です。貴君の入隊を歓迎します。よろしくお願いします。・・・・・」


・・・目は歓迎してないのね。この時期に使えない奴だったら困る、というところかしら。

残酷だけど、使えるかどうか判断されるのは、貴女の方なのよ?
尤も使えるように鍛えあげるのが私の仕事だけど。
貴方の持つ、余計な柵と、過剰な使命感。それは別に悪いことじゃないわ。
なのにそれに囚われ過ぎて、拘り過ぎて全然周囲が見えていない。
今までは看過してきたけど、さてどう修正しようかしら。

そして進む方向は全く逆なのに、その理由は全く同じ彩峰。
似たもの同士だからこそココまでぶつかるのかしらね。



今後、この207B訓練小隊は白銀クン達が創り上げた新しいOS、XM3の概念実証部隊となる。
確かに行き着く先は素晴らしい。人類の希望となることは確かだ。
しかしその間口が狭ければ、使えない者には淘汰という選別もあり得る。

当然その教導には勿論白銀クンも携わる。私ですら今夕食後から、慣熟なのだ。
キチンと見極めて、正しく伝える。必要な要望は上げて欲しいとも言われた。
製作者も居るのだから、改良、バージョンアップも此処で行える。

この娘達が、あの白銀クンの機動をどこまでモノにすることができるか?  それ如何でその生存率が大幅に変わる。
そう、この娘達が生き残れるようにそれを叩き込むことが私の“やるべき事”・・・。


故に、先行概念実証となる207Bに行われる教導は、それだけではない。
今後の教導におけるテストケースでも在るのだ。
戦術機教導の変更に伴って、それに先立つ現在の総合戦技演習前のカリキュラムにも変更が加えられる事になると夕呼は言った。
確かに、どう見ても効率が悪すぎる。
戦術機を放棄しての撤退戦など起こりうる状況は1%にも満たないだろう。その状況から生き延びれば“奇跡”と言われるのだから。
その状況を以て行う演習には常に疑問も抱いていた。単なる現場の一教導官には口出しできるレベルではなかった。
まだBETAの脅威がここまで顕在化していなかったころに帝国軍で考案されたユルイ状況の演習と、一度決めたことは悪しき慣習で在っても変えようとしない“伝統”。
この国連基地でそれを変えようとしなかったのは、夕呼の“面倒臭がり”だとは思うけど。
今回は、それも変えちゃっていいわよ、とのお墨付きも貰った。

その権限を白銀クン・御子神クンが持っている。

既に白銀クンも何かしら腹案を持っているらしい。
一抹の不安を覚えた私に、何をするか必ず事前に確認して貰います、と御子神クンは言ってくれた。







検査入院で不在の鎧衣を除く全員の紹介と短い挨拶が終わった。

優しげな、そして懐かしげな?柔らかい表情で皆を見回す白銀クン。
そろそろ・・・爆弾を落としておこうかしら。


「異例の時期の編入であるが、軍ではよくある事だ。気にせず貴様らは自分達のすべき事を全うしろ。
・・・榊、余計な心配するな。白銀は総合戦技演習には参加しない。」

「はっ、・・・・え!?」

「・・・白銀武訓練兵は、既に現役の衛士だ。
しかも戦地任用より2年半、最も過酷な前線での特殊任務を生き抜いてきた、飛び切りのエース。
・・・衛士としての練度は、私より遥かに高い。」


「「「「!!!」」」」

「今回、とある事情により前線より帰還、臨時の戦地任用ではない正式任官の運びとなったが、前線では正式な訓練課程など無くてな、当然受けていない故の訓練部隊所属となった。
しかし、人類にそんな有能な衛士を遊ばせておく余裕はない。白銀は既に極秘計画のメンバーとして特務に付いている。可能なかぎり訓練は受けるが、特務故に隊を離れることも屡々あるだろう。」

「・・・!」

「貴様らは、僅かでも現役の、しかも紛れもないエースと同期として机を並べられる幸運を得たのだ。
衛士としての現実の厳しさを、しっかり教えてもらえ。」

「! は! 了解しましたっ!」


榊は一応復唱したが、唇を噛んでいる。

彩峰もさっきまでの上の空が、今は興味深そうに見つめていた。

さて白銀クン、負けん気強いわよ、榊と彩峰は・・・。


Sideout




Side 千鶴


教官が副司令からの呼び出しで自習となった後、午後の座学でいきなり新しい訓練兵を紹介された。

白銀武、17歳。・・・同じ学年だ。しかも男子。



今の教育基本法では、16歳以上の男女に等しく徴兵が課せられている。今頃の編入ってことは、今まで何らかの理由で徴兵免除でもされていたのかしらね。男子の徴兵免除は女子よりもキツイ。
世間的にも相当な理由がないと後ろゆびさされる。

聞いた限り一応挨拶はそれなりだし、身体も病弱や肥満ではいないみたいだけど・・・。
使い物になるのかしらね。


実際私たちが訓練兵となったのも16の年。本来1年間の衛士訓練で、任官に至る筈だった。
その総仕上げ、総合戦技演習に失敗、不合格・・・。以来再戦に向け精進してきた。

その総合戦技演習も近い今頃になって、徴兵免除を受けていた様な軟弱者の、海のものとも山のものともつかない不確定要素の編入は、はっきり言って迷惑だった。

しかし、これも軍、と言われてしまえば、それまでなのだが。
厄介なのは彩峰一人にしてほしい。






だが・・・。わたしの思惑は、教官の言葉に一蹴された。
初めは、教官が何を行っているのか、わからなかった。



・・・既に現役衛士?  2年半って15歳から?

・・・戦地任用?  最前線?

・・・2年半も過酷な特殊任務を生き抜いてきた?  彼が?


・・・衛士としての練度が教官より遥かにう、上ェ~~!!??

・・・そして特務??






・・・嘘でしょう??!!










神宮司教官は、元は高い練度で知られる富士教導隊に所属していた歴戦の衛士であったと聞く。
教導官としての最高位は軍曹であるが、歳若くして大尉にまでなったその腕前はこの基地でも随一らしい。

その神宮司教官をして、教官自ら遥かに上といわせる衛士が同い年?




ありえないわよ!!


しかも戦地任用の実戦生き残り故、正式任官の為の訓練課程履修・・・・。
・・・総合戦技演習に参加しない、ということは、要するに総合戦技演習の結果に関わり無く、既に任官は決定事項。


次に落ちたら、後のない私たちとは異なる遥かな高み[上から目線]に居るのだ。




・・・そんな・・・そんな奴! 別の意味で迷惑よ!!


Sideout




Side 慧


新しいメンバーが加わった。
別に興味はない。

男っていうのが珍しいだけね。
珍獣?   
同じ年代の男なんて今では8人に一人。
そのほとんどが、成績優秀での徴兵免除をうけたガリや、親の権勢を嵩に着たグズばかり。

こんなとこで訓練兵である男を見ることは、珍しいってだけね。






そう思ってたんだけど・・・・。


・・・・・・・・・フーン、教官よりもスゴイの?


内緒なんだけど知ってしまった“狂犬”という二つ名を持つ、神宮司教官。
あたしの得意の接近戦でも、未だ勝ったことはない。

その教官をして遥かに高いと言わしめる“同い年”。

そそるね、ヤッ[]てみたいな。








エースと呼ばれるアイツを超えられれば、少しは届くのかな・・・。


Sideout




Side 壬姫


この時期にしては珍しく、男の人が編入してきました。

白銀武さん。

スラっと背が高くて、シュッとした顔立ちの、でも優しそうな眼差しの同い年。
身体は鍛えているみたいで、動作の体幹がズレません。弓の錬士を見ているみたい・・・。

いいなァと、思わずにいられません。
だって、壬姫は体格的にちゃっちゃくて、体力もないから、何時も皆の足を引っ張ってばかり。狙撃以外に取り柄のない、落ちこぼれです。
今は入院している美琴さんは、同じような体型なのに、驚く様な瞬発力と、サバイバル能力があります。

これでも頑張ってきたんですが、無理なのかなぁ・・・。


もうすぐ2度目の総合戦技演習です。
これに落ちれば、衛士としての道は閉ざされ、より死亡率の高い歩兵部隊か機甲部隊に転属になるそうです。
この訓練小隊の雰囲気が悪いことは気がついています。
春まで一緒に訓練してきた207A小隊は、個々の練度が207Bより低かったにも関わらず、先に総合戦技演習を終了しました。
・・・分かっているんです。
・・・でも、自分に自信の持てない壬姫には、何も言えません。



流されて来ちゃった壬姫。

16歳の徴兵。パパの仕事からもしかしたら免除もできたかもしれません。でもいつの間にかこの基地の訓練校に入隊が決まっていました。

頑張る、と言ったあたしに、パパは辛そうに、ゴメンと一言漏らしただけでした。




え!?


既に衛士!?


前線で生き残って・・・教官より凄いんですかァ!?


そんな凄い人が訓練兵って・・?




パパ、壬姫の未来が、なんか変わる気がします。


Sideout




Side 冥夜


PXで聞いた通り、武が同じ訓練部隊に編入してきた。





幼少の折から、“あの方”の影として表に出ぬよう、殆ど隔離される様な生活をしてきた私にとって、数少ない幼なじみ、それが“白銀武”という存在だ。
ご母堂が、今の斉御司頭首の妹御であったが、武家の水に馴染めず、出奔したと聞き及んでいる。しかし亡くなられた前領袖や、現頭首も妹御に甘く、彼岸や盆暮れには何時も御実家に戻られていた。
屋敷が近かった御剣の庭で、忍び込んだ武と、同じくその幼なじみである純夏と出会ったのは、まだ小学校に入学する前の暮れであった。

一人で遊んでいた私は、誘われるままに合流し、結果泥だらけになるまでハシャギまわった。


当然、やがて家人の知れることとなり、雷電お爺さまに雷を落とされた。

が、そこで泣いている女の子をかばって、対峙したのが武であった。

面白そうだと忍び込もうと誘ったのも自分だし、泥だらけになる遊びを提案したのも自分だ、悪いのは自分なのだから、怒られるのは自分だけでよい、と。



結局それ以上雷は落ちる事なく、逆に破顔したお爺さまは、斉御司、ひいては白銀家にも連絡し、武と純夏を私の遊び相手として認めてくれた。

以来、中学入学まで春秋の彼岸と、盆暮れに実家に戻る都度、共に遊んだ記憶がある。
純夏は同行している時もいない時もあったが、やはり共に遊び、そしてこっそりと互いにライバル宣言した“強敵”でもあった。


しかし武の両親は、参加した大陸派兵で共に散り、そして残された武もそして純夏も、横浜襲撃時に避難が遅れ、死亡認定されたとき、私は1週間泣き伏した。


それから・・・、なのだ。

守りたい。

大事な人を、その周りにいる人々を、この国の民を、守りたい。

その為の力が欲しい、と決めたのは。



武に出会った頃と前後して、“あの方”とも一度だけ、お会いしたことがある。
勿論、極秘の上、砕けた面会ではなかったが。
少しの遊びと、会話。

穏やかに語られるその言語の節々に、けれど、やがてこの国を背負う“あの方”の決意・・・いまとなっては“覚悟”が察せられた。

重い運命に臆すること無く、弛まぬ道程を進む意志。
それはその名に違わぬ眩しさとして感じられたのだ。

影に生まれ、冥き忌名を持つ自分にも、何か出来ないか?

そう想い続けていた。




それが、今選んだ道。

当然斯衛は避け、帝国軍も何かと柵が多く、結局国連軍を目指すことにはなったが・・。





その流れ着いた横浜基地で、武と再会できるとは!!

感極まって抱きつき、泣きじゃくったとしても仕方ないだろう?
月詠にはキツク叱られたが。
私の小学校から護衛として付いていた真那は、当然武と面識があり、その死を悼んでいたので一応理解はしてくれて助かった。


しかし、思わずヤッてしまったが、・・・凛々しく成長した武は・・・・・思わず・・・・・・略。






その武の事情は、先ほど少しだけ聞いた。

BETA襲撃の折、衝撃でこの春まで、記憶喪失。
記憶もないままに、拾われた機密部隊にそのまま所属し、生き抜いて来たと言う。
その部隊が春先に、武を除き全滅、そのショックで、逆に記憶取り戻したした事で、正式任官のため、帰還したと・・・。




そして、神宮司教官の言葉に驚愕する。

現役の衛士であることは、武の言葉から予想がついた。
2年半、極秘の特殊任務なのだから、過酷な最前線を生き抜いてきたと言うことも。


・・・飛び切りのエース?  システム構築の為の後送ではなかったのか?

・・・衛士としての練度が、神宮司教官より遥かに高い?

・・・そして今も特殊任務に従事?


今や斯衛でも有数の実力者である真那をして、互角以上かもしれぬ衛士、と言わしめる神宮司教官がそう言い切った。





・・・武は、私の遥か前を進んでいるのだな。

・・・あの時、怒るお爺さまに、真っ直ぐ対峙したように・・・。



その事が理解できた。


・・・必ず追いつく。








まずは今夜、詳しい話を聞かせて貰わねば!!


Sideout





[35536] §16 2001,10,23(Tue) 13:50 ブリーフィングルーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2013/05/15 20:03
’12,10,04 upload
‘13,05,15 誤字修正


Side 水月


部屋は静まりかえっていた。
誰もが呆然と、スクリーンの中で成された仮想現実を、理解できないでいた。





副司令の呼び出しで伊隅大尉が離れていた間、演習場で訓練していたA-01部隊は、午後の訓練予定を変更し、ブリーフィングルームに集合と成った。


曰く、画期的な新OSの教導を受けることになった、という。

その言葉に、はじめは皆懐疑的だった。
たかがOSの変更で、教導もないものだ。
逆に言えば実験的なOSみたいな信頼性のないものは、使いたくない、初めは誰もがそう考えているような表情だった。



「そのOSを極めた集大成が、この映像だ。」

そう言って見せられた内容は、正しく衝撃だった。



光線級を歯牙にも掛けず、空を舞う姿は、後光さえ差して見えた。

戦域の光線級をあぶり出す跳躍飛行掃討。
レーザー照射の緊急回避から着地後、マークした光線属種を確実に潰していく。
突撃級や要撃級でさえ片手間で、小型種などもはや相手にもしない。足を止めない戦術機の前では、とりつく島さえなく蹴散らされるのだ。
潰すのに手間の掛かる要塞級は関節だけ破壊して行動規制、放置。
図体がでかいだけに、いちいち止めを刺すには手間も弾数も掛かる、動けなければそれでいい、と言う完全な割り切り。
その時間でNPCに対する確実な救援と、BETAの行動を先読みした明確な指示。
合間合間での抜け目ない補給。



最初、そのあり得ない機動に騒いでいたメンバーは、光線級の照射を確実に避けていることを理解すると共に驚愕し、それを実現する新OSに新たなる希望を見いだした。
皆が食い入るように、その動きを追う。
流れるような機動、忘れられていた空中での華麗なまでのマニューバ。
その信じられない反応を支える新OSの凄まじさは、映像を見ているだけで判る。






しかし、この衛士はなんだ?
技量・判断、何れも超1流・・・・。
機動概念そのものが、既存の衛士とは一線を画する。



そして到底信じられないスコアを出して映像は終了した。









沈黙が徐々に歓喜に変わる。

理解できてくると、確かな希望を感じさせる新OSに、部隊員は湧いた。
しかもこの“衛士”が、教導に来るというのだ。


戦れる!!

恐らく今は手も足も出ないだろう。
いくら戦闘狂とまで言われるあたしでも、これだけ離れた実力差は理解できる。

だが。

このOSさえモノにすれば・・・・。




「いつですか?  何時から教導に来るんですか!?」

「今日の夕方からだ。午前中に紹介された。
技量として、このくらいはできる様になってほしい、と言うか、出来るようになれ、と言われた。
そして次に見せるのが我々A-01の目指すべき目標だそうだ。」

「次・・ですか?」

「ああ・・・。
ヴォールク・データのハイヴ攻略戦。
史上最高の世界レコード、・・・間違いなく世界最高峰のエレメントだ。」

「エレメントでハイヴ攻略って、いくら新OSでもなめてません?  それで史上最高レコードって・・・。」

「レコードだと下層到達?  反応炉は・・・エレメントじゃ有り得無いね。」

「・・・私もはじめはそう思った。
数分で終わるのではないか、と・・・。

その自分の価値観を根底から覆されたよ。
・・・まあ、感想はあとで聞こう」

遙と美冴の反応に、苦笑いしながら伊隅大尉が応える。



伊隅大尉の価値観さえ覆したと言うエレメント、どんなもんだか見せて貰おうじゃない!








そしてハイヴ侵攻を開始する2騎の不知火。
先ほどと同じ衛士と覚しき前衛の、その動きは正に鮮烈だった。


あの3次元機動はこのためにある、と言うことをまざまざと見せつける。

スタブ内の狭いトンネルで、壁や天井はおろか、時にはBETAの背すらを踏み台に、異常と言える速度で、ハイヴ深くに侵攻をすすめる。

その輝きが余りにも強烈で、見る者を惹く。

BETAのその殆ど、置き去りに。
あたしにもその有効性が理解できた。
BETAの脅威は、全てその物量にある。どんなに倒しても、恐れすら抱くことなく前進してくるその物量。ハイヴ攻略は、その最たるものだった。
10万と言われるフェイズIVハイヴのBETA数。端的に言えば、その“物量”と、一本橋で相対する。それがハイヴ戦だった。10万が同時に襲いかかってくる訳ではなく、倒しても倒しても尽きない後続。やがて弾薬が尽き、飲み込まれる。
今までは、その10万を如何に分散させ、陽動とルート取りで軽減するか、そこに注力していた。

BETAを無視して、置き去りにする・・・、その思想は無かったし、それが出来るだけの機体も存在しなかった。

今、目の前の画面に踊る機体は、戦術機特有の、カクカクした断続的な機動ではなく繋ぎのない、滑らかな動きで迫り来るBETAをすり抜けてゆく。





だが・・・・。

当初それは太陽の光に隠れる星のように、全く目立つ所のないエレメント僚機は忘れられ、意識にも上らなかった。

しかし、それが、前衛の目覚ましい輝きを曇らすモノだったら、どうか?


強い憤りさえ感じてしまうのだ。



・・・どう考えても指示するルート取りが愚劣。
後衛だと言うのに碌に前衛の支援すらせず、殆どが意味のない後方への射撃。
それも大型種を殺しきれず、あげく放置。



このエレメントの何処が世界最高峰なのだろう?



「!! あぁっ! またルートミスっ!!
何なんですか、この後衛、馬鹿すぎます!    このくらいなら、アタシの方がましですよ、ほんとっ!!    」

「・・・水月、因みにその後衛の衛士は、技術少佐だ。
まあ、気持ちはわからないでもないが、それ以上口に出すのは上官侮辱に当たるからやめておけ。」

「げ・・・」

「ついでに、後衛の少佐は、シミュレーションでもハイヴ戦初めてだそうだ。」

「!!」

じゃあ、何か?  上官だから間違ったルートでも文句言わないのか、前衛の衛士は。
・・・居るんだよなぁ、経験も無いくせに階級に傘を来て威張る馬鹿が。
これで史上最高出せたなら、後衛変えれば更に上を狙えるじゃないのか!?






ルート取りの拙さから、夾撃され、迷走にも見える迂回の末。漸くの下層到達。
・・・いや其れさえ凄いのだ。
エレメントで下層到達の前例などない。この時点で既にレコード。

それなのに漸く、と感じてしまうのは、そのルート取りの余りの酷さ。
あの侵攻速度が実現できるなら、もっとずっと早く下層に到達し、今頃反応炉到達すら出来ていたかも知れない。

だがルート取りに失敗し、無駄にBETAの接近を許したことで、主縦坑に近づけず、周囲を巡るように半周するしかなくなった。
そこで、どうにか後続のBETAを振り切って休止したのだ。



『さて武、機体交換するぞ』

聞こえた音声に場が凍る。

『おまえ推進剤使いすぎ。このあと地上まで保たない。機体は同じだし、今までの機動蓄積データは差し替えるから機動やフィードバックデータに違和感はないよ。・・ああ、背中の担架は交換してくれ。』

皆がハッとして、モニターで機体状況を確認する。


気がつかなかった・・・。


・・・つまりは、α-2は推進剤を殆ど使わず、あの異常な侵攻速度のα-1に追随していた?!
背筋に冷や水を浴びせられたような寒気。

だが、次の台詞に更に驚愕。


『ところで、このシミュレータ、ヴォールク隊の観測データそのまま使って居るんだよな?』

『ああ、そう聞いてる』

『なら、・・・そこに偽装坑が在る。中にBETAはいない。シミュレーションのBETA配置状況設定が既知の坑だけなんで、実際とは相当異なるが、な。』




「・・・・・!!! 大尉っ! こんな偽装抗が有るんですか?!」

「・・・ああ、データ上存在していたらしい。
今まで誰も気付かなかったが、ヴォールクデータの地下構造は、基本超音波測定のデータをそのまま使用している。
今までは下層到達すら達成できて居ないため、検討もされなかった、というのが真相らしい。」

「・・・・・・」



画面ではエレメントが隠されていた極秘ルートを抜け、接近してきた追従BETAを尻目に、主縦坑にたどり着くと、躊躇もせずにその暗い穴に飛び込んでいく。


「「「・・・・反応炉、到達!!」」」

固唾を飲んで見守っていた何人かが叫ぶ。

エレメントで反応炉到達、・・・もう、とてつもない快挙だ。
勿論、その殆どが前衛衛士の功績だが。


けれど、後衛がどんな愚図でも2機いれば、自爆でも反応炉破壊も可能性が出てくる。

持参S-11は各2。通常の自決用と他に1基背面担架内に所持していた。




反応炉周辺はBETAの海。
その中に、2騎は一瞬の逡巡もなく、飛び込んだ。

α-2がS-11をセットする。
そのカバーに入ったのはα-1。



「「「「え・・・・???」」」」

「すご・・・。テンポラリキルレート、99.8って・・・・」

一見デタラメにすら見えた乱射は、1000発に2発しか外さない神業。

しかし。


『・・彼方、コレ、なんかした?』

『これとは?』

『突撃砲。バーストモードでのキルレートがあり得ない数字出してるんですけど・・・』

『ああ、夕呼センセ謹製のCPUにキャパあったから、2秒以上引き金引きっぱなしすると、自動照準と予測射撃で射撃制御するアビオニクス組んだ。』

『・・・なるほど』

『尤も、ストッピングパワーが激しく不満。
戦術機サイズで36mmって、対人22口径の更に半分相当だからな。まあ重量比を考慮しても22口径相当。戦術機サイズのBETAには所詮豆鉄砲だ。
まぁ、これも何れ何とかするさ・・・。』

『・・・ああ、頼む!』


・・・・交わしている会話の内容も内容だが、ハイヴ反応炉を前にして、何という場違いな。
装備開発の会議室ではないのだ。

・・・確かに技術少佐だ。

皆の無言の認識が一致した。




そして、その技術少佐が設置したのは、たった2発のS-11。
フェイズIVクラスの反応炉破壊には、5,6発のS-11が必要と考えられている。
それなのに自分の持ってきたS-11すら使わず、それだけで離脱する。


「あ、もう! コイツにはハイヴ攻略の常識すらな・・い・・・・・え?  ・・嘘!?」

あたしが上げた怒りの声は、そのもたらされた結果にすぼむ。



「・・・・・・・・2発で反応炉破壊って・・・」

「・・・・少佐の有しているのははっきり言えば“常識”ではない。反応炉を精査した“知識”だ。先ほどの偽装抗のようにな。反応炉にも弱点があるそうだ。
少佐の設置した位置は、反応炉そのものの活動エネルギ循環のもっとも外皮に近い場所、になるとの事だ。
少佐と言っても技術少佐である彼は、ハイヴも反応炉も、綿密に調べたのだろう。」

「・・・・・・」


言われてしまえば絶句するしかない。

この世界で言われる常識は、誰かの言った予想。反応炉破壊を達成した事すらない人類に経験は無く、その規模とここ横浜で調べられた強度、そこから逆算して、“全部”潰すのに必要な量が“常識”になっただけなのだ。



・・・それよりも、である。

・・・気がついてしまった。

このエレメントは、最初から“生還”を視野に入れている、と・・・。





この世界の、少なくとも今までの“常識”では、ハイヴ攻略は、“特攻”と同義。
推進剤も弾薬も自爆装備さえ、全て片道分。それを消費してさえも中層までしか届かなかった現実。


対して彼らはつまり、反応炉まで到達して、自爆して道連れにする、そういう考えは初端からない、と言うことだ。



価値観が覆された・・・、始まる前に大尉はそう言った。



ハイヴ突入は、特攻ではない・・・。



何かがこみ上げる。

この戦術を採ることが出来るなら・・・この挙動を実現する新しいOSと、技量があれば・・・・。

人類は・・・・。









・・・・そして。

シンとブリーフィングルームが鎮まりかえる中、進んだ状況。

撤退BETAが溢れかえる中、主縦坑周辺から地上を目指すエレメントを呆然と見ていた。




え?  なに?

モニュメントを壊すことに何の意味があるの?

そう思わずに居られなかったα-2の行動。






もたらされたさらなる驚愕。

スローモーションのように崩れていくモニュメント。


その時、誰もが思っても居なかった現象が起きた。

その膨大な質量が、落下荷重となってスタブ構造を連鎖的に崩落させていく。

中層まで押しつぶした上部質量は、さらに主縦坑に崩れ落ち、膨大な質量がメインホールに達した瞬間、メインホールを閃光が埋めた。





「・・α-2キルレート・・・・40000??・・・」

「・・トータルスコア、5700万て・・・」

そのあり得ない数字が、全く理解が出来なかった。









伊隅大尉の解説に、身体の芯から震えた。
“奇跡”を見せたエレメント α。

・・・確かに紛れもなく“世界最高峰”のエレメント。




α-1は、白銀武少佐。
異次元の機動概念を有する、単騎世界最高戦力。

そしてα-2が、御子神彼方技術少佐。
このハイヴ崩落によるBETAの大量殲滅戦術を実現した、世界最高戦術家。

それは、その初期装備からしてちがった。
土木工務用破砕装備。
広域殲滅気化爆弾。


つまりハイヴ突入は初めてでも、詳細なハイヴ調査と反応炉調査、そしてBETA行動モデルを全て熟知した上で、戦術を駆使していたのだ。

それが、散々疑問の声を上げた進入時のルート取りである。

あの後、そのシミュレーション時の、BETA全体の動きを確認したピアティフ中尉が、驚愕のデータをもたらした。
エレメント侵攻時ハイヴ内の全BETAの動きを点群で表した時間経緯の動画である。
エレメントの侵攻に連れ、ハイヴ内のBETAがどんなルートで集まってくるのか、どの様に追いかけてくるのかが一目で判る。

往路であえて時間を掛け、そしてボトルネックでは、追いかけて来る後続BETAの邪魔にならないように、ボトルネックの内側で大型種を2,3体ずつ行動規制する。
それは、反応炉破壊後の中央部に集めたBETAの撤退方向を、おおよそカバーするように、謂わば逆流抑止“弁”を設置していったのだ。

そうして周辺BETAが螺旋を描くような彼らの侵攻に、徐々に主縦坑周辺に集められていく。

それはこうして俯瞰的に全容を見ることで初めて理解できる、広大な3次元空間に於けるBETAの動きを全て予測しているような動きだったのである。





「・・・・・・因みに、後で質問したところ、白銀少佐は一切この戦術を知らなかったらしい。一見無駄に思えるルート取りも、
どうせ彼方は無駄なことしないから、とおっしゃっていた。」

それはあの周囲から見て居てさえ愚鈍に見えた侵攻を、疑いもしなかったという事実。

「そして御子神少佐にも聞いた。BETAに埋もれる事は考えなかったのか?  と。
対して、武の突破力は規格外だからな、と返されたよ。」


・・・史上最高のエレメント、と言われるのも納得する。

事前打ち合わせもなく殆どぶっつけ本番、阿吽の呼吸だけでこのスコアをたたき出せる。

そんな彼らにとっては単純な侵攻など予定調和の中、反応炉破壊後こそが、御子神少佐の独壇場。
見せられた映像には、折り重なり、空間も埋めるようにひしめくBETAの塊が、幾つも発生していた。

そう、ボトルネックとなる狭路に於いて、抜ける度に大型種の行動規制をしていたα-2。
行動規制をしていた大型種が、撤退と共に狭路に向かったせいで、ボトルネックの口が、更に狭くなったのだ。
ボトルネック内側に設置された“弁”が、下層BETAの撤退を完封した。
行動規制された大型種が狭路をふさぐことにより、大渋滞が各所に発生。
連鎖的に本来通れる通路さえどんどんBETAで埋まり、結果後方の渋滞に影響、周囲からの流入で全体の流れが滞ったのだ。


脱出時も主縦坑から螺旋状に地上を目指しながら、要所に爆薬を設置していた。
後から検証すれば、最小限の爆薬で、信じられない位強固といわれるハイヴを壊す、芸術的なまでに最適位置に設置されているという。


爆破解体アーティスト。

通常の爆破解体は、構造物を自重で崩落させるように設置する。
少佐の行ったのは、ハイヴモニュメントの崩落さえ利用し、その重さと爆破のタイミングを合わせることで、強固と言われるハイヴ構造を潰す連鎖崩落を引き起こした。
上部崩落の“落下G”を利用して、さらに重さを加え、下部を押しつぶす・・・、その思想が破壊不能と言われたハイヴ構造の大崩落を実現した。
構造的に、また携行弾薬制限から連鎖崩落は中層にとどまったが、墜ちてきた大質量は、主縦坑を圧縮する。

そこには、置き土産の気化爆弾。

気化拡散した爆弾に、高圧縮。
各所に設置された“弁”。

音速を超える速度で爆轟した気体は、主縦坑を抑えられたことでスタヴに伝播、音速を超える圧力衝撃波となって下層に停滞していたBETAを圧殺し、爆散させた。

それが総数70000超という撃破数だった。



「補足すると、反応炉が生きている場合は、この崩落作戦は使えないらしい。
ハイヴ構造壁にはエネルギーを供給することによって強度を増す構造材が使われていることが、御子神少佐のここ、横浜ハイヴの調査により判明した。
突撃級の衝角も同じ様な構造だそうだ。
それ故、逆に反応炉を先に停止すれば、核にも耐えるハイヴの崩落が可能、という事だ。」


・・・全てが計算ずく。

稚拙で愚鈍だったのは、それが判らなかった自分たち。


「まあ、そこはあまり気にするな。私も神宮司教官もハイヴが崩落するまで気がつかなかった。
いや、ピアティフ中尉のデータを見るまで、あの侵攻ルートの意味も理解していなかった。
途中で気付いた副司令さえ、ここまでの戦果は予想していなかった様だ。
桁が2つ程違っている、ということだ。」

大尉が苦笑する。それはスコアからして2つは違う。




「そしてもう一つ、ハイヴ攻略の最重要課題は、反応炉破壊である、と言う価値観もひっくり返された。」

「え?」

「これだけのエレメントだ。反応炉破壊だけに絞れば、甲21号も特攻でなら完遂出来るそうだ。」

「・・・」

「だが、その際の残存BETAは20万。・・・・奴らは、何処を目指す?」

「「「「「「!!!!!」」」」」」


・・・・そうだ。
今、佐渡から20万のBETAが横浜を目指したら・・・帝国は間違いなく瓦解する。


その集まっているBETAをまとめて殲滅するための戦術。
その為の反応炉破壊。


苦笑いしていた伊隅大尉の表情が引き締まる。
刺すような視線が全員を見回す。


「現実のハイヴ突入戦の経験もあるらしい白銀少佐がおっしゃった。
実際のハイヴは、こんなに“甘くない”らしい。」

「「「「「「!!!」」」」」」

「そして当面の目標は喀什、フェイズVI・オリジナルハイヴだそうだ。」

「「「「「「!!!」」」」」」

「是だけの技量と戦術を有するお二方でも、二人じゃ全然足りないそうだ。
・・・その為のA-01への新OS【XM3】教導、と言われた。」


「「「「「「「「「「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」




それは、つまり、・・・・あのレベルになれ、と。

オリジナルハイヴに、付いてこい、と。




覆された既成概念。

光線属種をものともしない機動。

“特攻”ではない、ハイヴ攻略。



それは、まさしく“希望”。

あと10年と言われる人類の未来を果断に切り拓く、鮮烈なまでの・・・。

その一翼を担え、と言うことだ。




「どうだ?  貴様等!?」

「「「「「「「「「「・・・望むところです!!!!!」」」」」」」」」」



これで燃えなきゃ女じゃない!


Sideout





[35536] §17 2001,10,23(Tue) 18:30 シミュレータルーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/03/06 21:04
'12,10,06 upload
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'15,03,06 誤記訂正


Side 武


207Bのメンバーと夕食を喫飯した後、特務って事で抜けてきた。

まりもちゃんが煽るからヘイト稼いじゃったな。委員長の視線が痛いこと。夕食の席で、皆の呼び方は指定してきたけど、どこの委員長よ、とつぶやいていた。

で、これからはA-01タイム。

時間が勿体無いので、シミュレータルームに集合してもらった。
見回せば、懐かしい顔、と言っても、一番早かった柏木でも1週間ちょいしか経っていないのだ。
涼宮中尉。速瀬中尉。宗像中尉や、風間少尉、茜も壮健。
やっぱり皆揃ってこその伊隅ヴァルキリーズである。

そして、今回は幾多のループでも会えなかった先任達も揃っている。
11月11日のBETA新潟上陸時、捕獲作戦に於いて戦死した2名、辻村晶代中尉と相原美沙少尉、再起不能の重傷を負い病院送りとなった、遠乃優莉少尉。
12月5日のクーデターに於いて戦死した高原眞美少尉。
横浜事件(XM3トライアル時のBETA奇襲というか夕呼先生のカンフル剤)で戦死した築地多恵少尉と病院送りとなった麻倉美波少尉。

この6名の姿もあった。


CPの涼宮中尉を除いて12名。12人の戦乙女になぞらえた隊のネーミング。
主観記憶の裏で、たった1ヶ月で半数にまで減り、207Bの任官で再びオレを入れて12名にはなった。オレだけは男だけど、そこは涼宮中尉をカウントってことなのか。

それでも、その1ヶ月後には、オレ以外残っていなかった。
桜花作戦後も残った記憶では、茜や宗像中尉、風間中尉は復帰してきてくれたけど。


改めて、思う。


こんどこそ、貴女方を護る、と。

烏滸がましいことは重々承知。それでも、そう思わずに居られない。





「初めまして。ご紹介に預かった、白銀武です。
今回新しいOSや戦術機・装備の試験部隊として創設されたA-00戦術機概念実証試験部隊を預かる少佐に任じられました。
若輩者で、目上の綺麗な女性に対する命令口調には、慣れていない為、普段は敬語のまま話します。皆さんも普段は砕けて貰ってかまいませんので、気軽にお話ください。学年で言えば一番歳若い新人と同じですから。
・・・ただし、ケジメはキッチリ付けていただきます。作戦行動中の狎れ合いは容赦しません。口調がオレ様に変わったらご注意ください。」


「御子神彼方技術少佐だ。試験部隊の副隊長となる。
武と違って敬語は使わないが、敬語の要求もしないのは同じ、敬礼も要らん。香月副司令麾下と思って諦めてくれ。」


「・・・神宮司まりも大尉だ。今回の試験部隊創設にあたり、教導官との併任を下命された。試験部隊とはいえ、実戦も視野に入れており、前任階級への復帰となった。何かと戸惑うことも多いとは思うが、これも御子神少佐がおっしゃったように、香月副司令麾下の宿命と思って諦めて貰いたい。
今後、A-01部隊には、新たに考案された新OS【XM3】の習熟に入ってもらい、私も同じく教導を受けさせてもらう事となる。宜しく!」


取り敢えず3人が挨拶。
まりもちゃんが挨拶すると、その内容に流石にちょっとざわついた。
A-01部隊は、全てまりもちゃんの教え子で構成されている。士官した今、軍曹であったまりもちゃんより上位という階級になっても、実質頭が上がる人はいなかった。それがいきなり現場復帰で中隊長と同じ大尉殿。

相変わらず夕呼先生、まりもちゃんで遊んでるな。





「まあ、長話もなんだよな、速瀬。もうウズウズしているのか?」

彼方が茶化す。

「御子神少佐、速瀬中尉は戦闘となると、リビドーを抑えられないのです。」

「・・宗像「「「む・・・」」」」

声を上げようとしたのは3人。
抗議しようとした速瀬中尉と、あと叱責に掛かった伊隅大尉とまりもちゃん。

その機先を制して、彼方が声をかけた。

「はっ!」

「・・・・・・ナルホド、勇者だな、お前。人物像も分からん上位者に揶揄から入るか。
まあ大方反応を見て体勢を整える[アクティヴ・ソナー]、・・・・・・ってところか。」

「・・・・」

「うん、嫌いじゃないぞ、そう言うの。
特に武はそう言うのがすきだから、どんどん弄ってやれ。ただし、神宮司大尉の居る前ではホドホドにな。」

「・・・はっ! 勉強になります!」



・・・ヤバいかも知れない。
彼方が口元に刻んだ笑に、宗像中尉がニヤリと返した。







「さて、お待ちかねのXM3“初体験”だが、その前にひとつだけ伝えておく。
A-00試験部隊は、現状この3名、技術補佐の特務少尉を加えても、4名しか居ない。
そこで、現在A-01との再配置を検討している。追って配属変更が在るものと考えてくれ。
勿論、基本的な教導に差はつけない。実戦にも同じく赴く事になる。
無理やり分ければ、A-00は、装備メイン概念実証、A-01は今後改修する戦術機そのものの概念実証を予定しているが、そこまで明確になることはない。
また、現在神宮司大尉が教導している207B訓練小隊も近々総合戦技演習に入る。207Bには大尉と武が初期からのXM3教導を実施した先例としての教導が行われる予定である。
結果、任官すれば再度編成することも視野に入れるように。
・・・ヒヨッコに負けられんぞ?  先任として威厳を見せてやれよ。」

「「「「「「「「「「「Yes、Sir!」」」」」」」」」」」


彼方の檄に、伊隅ヴァルキリーズの声が唱和した。


Sideout




Side まりも


『きゃー!!』『あれ~!?』『うわぁ!』

デタラメに動いている13基のシミュレータ。

オープン回線には、ヴァルキリーズの黄色い悲鳴が満ちている。現実には唯の箱だが、仮想世界である視野には、累々と横転し、のたうち回る不知火が映っていた。


即応性33%増だけで、こんなに!


だが、この即応性と、キャンセル・先行入力が使いこなせれば、光線属種の照射さえ躱せるようになる。
その明確な目標がわたしを高ぶらせる。

操作に対する緻密な動きは確かに気を遣うが、馴れてしまえば自然に出来るようになる。


そう、正に“覚醒”。

のたうち回っていたメンバーもやがてその操作に馴れてくる。
一騎、また一騎と立ち上がり、動き回る。





今まで束縛されていた行動が解放される。

思い通りに、と錯覚しそうなほど、動きに自由度が増え、動作が連続的に繋がる。

ハードウェアは大量に増えた処理をこなすCPUを強化しただけ・・・。



何よりも動作の終了を待つことなく続けて出来る入力、どんな入力を続けてもその終端と初端を滑らかに繋げ、動作を止めない。

今までの駒割動作が、フレーム数の多い動画になったのだ。

予定の動作と状況に齟齬が生じれば、即キャンセル。そのキャンセル動作中に、もう次のコマンドを打ち込める。



それは確かに戦術機の機動に於いて、革命的な事だった。


周囲の不知火が飛び上がりクルクルと回り始める中、私は一つづつ、基本の機動を確認してゆく。

午前中に見せられた鮮烈な機動、その機動を自分のコマンドで再現してゆく。
今までは不可能だった挙動が、可能になる。
夕呼が言ったとおり、行動の選択可能性は無限なのだ。



こみ上げてくる熱いモノを感じながら、私は、XM3の慣熟を続けた。





「・・・・御子神クン、聞いてる?」

『ああ。なんか問題でも?』

「このOSは、午前中に貴方方が使ったモノと同じもの?」

『パッケージは基本一つ。カスタムなんて作ってない。何故?』

「・・・反応速度がほんの僅かだけど、白銀クンの機動と違う気がするの。」

『・・・・・・・流石まりもセンセだな。1/100程度の違いなんだけどな。』

「つまり、違うの?」

『カスタムは作って居ないが、個々の“パーソナライズ”はされる様に組んだ。誰もがいきなり殆どの機動を反射だけで行っている武と同じ動きを出来るわけがないから。』

いつの間にか全員がおしゃべりを止め、聞き耳を立てている。

『・・・XM3には、モニタリング機能を付けてある。
これは操縦者の操作や視覚情報に対する反応速度とか、常に監視しているんだ。
元々機械の動きって言うのは、当然人間の反射速度より速い。操作に戸惑ったり、状況の変化に対する思考が入ればますます遅れる。
入力と動作の結果による反応速度、これを常に監視しモジュレーションを自動的に掛けることで、操縦者の意志に対し過剰な反応をしないように抑制が入っているんだ。』

「!! つまり今は始めたばかりで馴れていないから過剰動作を抑制している・・ってこと?」

『ああ。始め即応性だけで転んでいたからな、多分レベルはIまで落ちた筈だ。なので、あがき続けたら操作しやすくなっただろう?   
そこから操作に習熟し、反射の速度が上がってくれば、自然に機体の反射速度が向上する。

『・・・そんなOSを組んだって言うのか!?  御子神は!?』

『・・・兵器ってのは武みたいな人外だけが使うんじゃないんだぜ?   さっきからモニタリングしてるのを見ても、このA-01も相当にハイスペックだけどな。それこそ衛士に成り立てのルーキーから、百戦錬磨のベテランまでが基本同じ機材を使用する。
カスタマイズが許される存在など、ほんの一握り。
けれど実際にBETAの前面に立つのは、その殆どの“一般衛士”なんだぜ。』

「・・・・・」

『ソフトだけなら、どんな機能を追加したって、許されたCPUキャパの中でコストには関係ない。一度組んでしまえば、製造コストすら発生しない。
その中で、操縦者に逐次適応し、最適な反応速度を実現するアーキテクチャを組んだだけさ。』



私が危惧していたのは、遥かな高みにある白銀クンの機動を実現するために組まれたOSが、過敏すぎてルーキーには到底使いこなせない、ピーキーな性能になることだった。
兵器の性能を、最低限の操縦者に合わせろ、と言うのはその性能を大きく減じることになり、どこのメーカーも最高クラスの衛士に合わせてくるから、いつも訓練兵の教導には苦労する。それが常だし、ある程度の水準に達しないルーキーはその技能を伸ばす暇も与えられないまま、死の8分間を越えられない。
それが今までの現実だったし、それで仕方ないと思い込んでいた。

でも。

人が兵器に望まれる基準に達しないなら、兵器を下げればいい。練度をモニターし、反応が向上すれば、兵器の反応を追従させる。
正に多様な練度の兵士が使う兵器に求められる最大の命題。
ルーキーにも容易く扱えて、練度が上がればそれに連れて性能さえ向上する、広い間口と深い奥行きを有する理想的な性能を持たせてしまったのだ。
言うのは易いが、実現するには難い、遠き理想。

それを、たったひとつOSをくみ上げるだけで。


何という、思想。何という、深算遠謀。







驚愕を越えて、感動すらしてしまった。











『ちなみに、抑制レベルは5段階ある。Iが初心者。IIで一般。ヴァルキリーズに数人、まりもセンセもそろそろこのレベルになる。
レベルIVに達すれば、光線属種の照射回避が問題なくできる。Vで最高レベルの衛士だな。』

『白銀がそのレベルか・・・』

『いや。武は一切の抑制が入っていない。殆どの機動を脊髄反射だけで行っているし、BETAの行動予測から下手すると視覚情報を見る前に10を越える先行入力を駆使している。当然、これを普通の人が遣ると、気がついたときには壁に激突してました、ってことに成りかねない。
Vレベルの抑制も入っていないリミットフリー、人類の反射を超えるような速度を出す限定解除の人外さ。』

『『『『『『『『『『『『 !!!!! 』』』』』』』』』』』』 

『まぁ、反射速度なんで、早いからと言って強いわけではないが、強い人が、早いのは確かだ。』




白銀クンは結局とんでもないのね、と思いつつもう一つの疑問。


「貴方も白銀クンも改めてとんでもないのは判ったわ。で、あのハイヴ侵攻の時の御子神クンの侵攻速度を再現しようとしてみたんだけど、出来ないのよ。」

『・・・はぁ、見てただけでそこに気付くまりもセンセも殆ど神降りちゃってるな。
武の機動に目を奪われるから、まず気付かないんだけど。
そうだよ、電磁伸縮炭素帯の制御そのものを弄った。
戦術機のマグネシウム燃料電池は、跳躍推進剤に対してキャパが大きい。
炭素帯の制御も、見直せば無駄が多い。安全側に振っている制御量を変えれば、瞬発的には2倍近い速度が出せる。
但し、常に断裂のリスクが伴うし、炭素帯そのもののファームウェアで決められているので、OSじゃ変更出来ない。
俺が直接弄るくらいしか出来ない。
当面考えている戦術機の改修計画の1つ、と思ってくれ。』







とんでもないヤツ等。


これが白銀クンと、御子神クンなのね!


Sideout





[35536] §18 2001,10,23(Tue) 22:00 B15白銀武個室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/06/19 19:23
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'12,10,21 矛盾是正
'15,06,19 誤字修正


Side 真那


昼食時のPX、冥夜様の突然の奇行、衆目の中で見知らぬ殿方に抱きつき、泣きじゃくるなど、失礼ながら、気が触れたか、とさえ思った。

直に神宮司軍曹が執り成してくれて、それ以上の事態には及ばなかったが、冥夜様とその相手をどうしてくれよう、と鬱々としていたのは確かだ。

それが席に呼ばれて、驚いた、驚愕した、吃驚した。


亡くなられたと思われていた冥夜様の“お相手”、白銀武殿がそこに居たのだから。

しかも、悠陽殿下の知己、御子神彼方殿と共に・・・。




無論、死んだ筈の者が突然現れたのである。

当然警戒すべき対象。
近年は再生化技術も進歩し、場合によっては他人の遺伝子で構成した“顔”さえ実現できるのだから。

しかし、その気配に鋭い筈の冥夜様が手放しで抱きついた相手。もし顔だけだったら、その“違和感”で即座に突き飛ばしただろう。
そして私の直感でも、紛れもない“武”殿の魂を感じる。
なんというかどこか女に弱い[ヘタレ]、的な?


平然と臆すること無くDNA検証を申し出たから本物に違いない。







そして冥夜様と訪れた私室。しかも上級士官用とは驚いたが。
そこで詳しい経緯を話してくれた。






横浜襲撃で逃げ遅れ襲われた武殿は、純夏殿を守ろうとBETAに対峙するも虚しく殴り飛ばされ、気を失い、そこで直ぐたまたま極秘任務中の部隊に拾われたらしい。
そして、目が覚めた時、部隊はまだ極秘任務中、意図せずその内容を知ってしまった。
しかも、殴られた後遺症か、襲われたショックか自分の名前も思い出せない記憶喪失。

当初部隊には、いっそ射殺してBETAの群れに放り込め、との意見すら在ったらしいが、流石にそれは出来ず、仮の名前を与えられ、その部隊に戦地任用という事になった。
それは、武殿を拾ってくれた衛士がその後の作戦行動で怪我をした際、武殿がいきなり戦術機を動かしてしまった、と言う事にも拠るらしい。
作戦後、拠点に戻って測ってみれば武殿の戦術機適性値は、歴代最高だったそうだ。
そのまま、簡単な訓練を経て、損耗率の極めて高い極秘部隊に所属となった。

そこは、所謂“幽霊部隊”。
戸籍や、国籍すらない者が寄せ集められた命を消耗品と割り切る非合法部隊だった。



「・・・簡単に言うと、ハイヴ威力偵察強行部隊。ハイヴの情報収集を目的とした潜入部隊です。オレが2年半で潜ったハイヴは、7つになります。」

「!!!」

最初信じられなかった。

ハイヴに潜ってもどってきたのは、ヴォールク隊の14名。
スワラージ作戦では具体的な数字はなくパーセントであるが、おそらくは一桁。
攻略に成功したここ横浜ハイヴを除けば公式記録[●●●●]ではそれだけ、なのだ。


しかし、武殿がそんな無用の嘘を付く必要もない。



昼間、訓練に入った冥夜様の様子も見た。

武殿も勿論正規任官をする為訓練兵として参加したのだが・・・、はっきり言って次元が違った。

体力・持久力は、極限まで鍛え上げた歩兵以上、近接戦闘は4人を同時に相手にして一蹴、2回戦では4人同時に、各々の欠点を指摘しながら教導までヤッてのけ、射撃も訓練に有りがちなクセを早々に指摘修正する。
遠距離狙撃に於いても、精度こそ珠瀬訓練兵に劣るが、照準までの速さと速射性では圧倒、“実戦”経験者として求められる最高を示したのだ。

・・・それが命がけの経験によって培われたものであることは、いやと言うほど理解できた。
そう・・・理解できてしまった。



「春先に行われた、大深度潜行作戦。・・・反応炉までの情報を探る作戦です。そこでこの極秘部隊は絶滅しました。オレ一人を除いて・・・。そのショックで、オレは、BETAに襲われた過去、自分の記憶を取り戻しました。」



過酷な、と言う言葉では到底足りない極限の任務。その中で生き残ってきた存在。




つまり、武殿の経験も、そして失って来たものも、すべて本物・・・。





「実は、最後の作戦の前後で、彼方と逢ったんです。勿論オレは覚えてなかったんですが、アイツは中学の時逢った事を自分の記録見て知っていて、そん時オレの本名がわかったんですよ。
尤もアイツも明星作戦でG弾に巻き込まれて、昏睡状態になった所を、知己の米軍関係者に確保されたらしくて。
その人、彼方の協力者らしくて、彼方になにかあったら、敵の多い国内より、国外に行くことにしてたみたいですよ。」

「・・・なるほど、彼方殿と、本家で在るはずの九條の確執は有名であったな・・・。生家の方が危険であれば、いっそ対立している米軍の方が安全と言うわけか。」

「そうみたいです。
で、その時に、オレが実現したいハイヴでの機動概念を可能とするOSのプロトタイプを作って貰いました。」

「OS?」

「ええ。それが在ったから、最後の作戦は完遂出来ました。・・・犠牲も多かったけど。
結局、部隊は壊滅、ショックで記憶は戻った、試作のOSは既存の物を遥かに上回る性能。その後リハビリしながら彼方とOSの完成に勤しみ、それを表に出すためにも、機密部隊から正規部隊に復帰、戸籍も戻す、って事で、・・・昨日戻って来たんですよ。」

「・・・そのOSと言うのは?」

「月詠さんに殿下への謁見を申し出たのは、その件も在るんです。
元々オレが所属してた機密部隊は、此処の香月副指令の直属部隊です。」

「!!」

「それで、正式任官に合わせ、今までの論功行賞、表立っては新OSの実現と言う事で、国連軍少佐になるんですよ、オレ。」

「「少佐!?」」

「ええ。彼方は技術少佐ですが。それで、ここで極秘計画直属の概念実証試験部隊を率いる事になります。その成果を、斯衛や帝国にも広めたいと思いまして。
・・・BEATから地球を取り戻す、その為の人類の剣として!」

「・・・いや、それは、しかし・・・そもそも香月副司令がそんな事を許すのか?」

「ああ、先生は外面メチャクチャ悪いですからね。でも目指しているのはBETA殲滅であり、情報を出さないのは、帝国内部に食い込んだ米国国粋主義者たちへの漏洩を防ぐため、と言うのは理解してくださいね。」

「!!」



・・・なるほど、この歳で少佐など務まるのか、と思ったが、最前線に於ける地獄の経験は武殿を一気に成長させたようだ。刮目に値する。

「新OSについては、試験部隊の責任者、つまりオレと彼方に一任されています。なのでその裁量で、自由に出来ます。
これが、新OSによる機動の一端。どうぞ真那さんの目で確かめてください。一応、真那さんが信頼できる範囲なら見せても構いません。

っと、冥夜は今度な。
もうすぐまりもちゃんと教導の変革始めるし、207Bの戦術機教導には、いきなりこの新OS【XM3】を使ってもらうから。」


データが収められていると思われるメモリを渡された。


「・・・ちょっと待て、武、それは武が教導を行うと言うことか?  というか神宮司教官をまりもちゃん?」

「ああ、まりもちゃん、神宮司軍曹は、さっきの試験部隊に所属してもらって、そこでは大尉に階級になる。・・・一応部下になるんだ。彼方は副官だけどね。」

「!!!」

「それで、真那さん。映像や言葉だけじゃ納得出来ないと思いますから、その内一度お手合わせしませんか?
それで、もし望むなら、第19独立警備小隊への、XM3導入も考えています。
・・・勿論武御雷へのインストールは、殿下の許可を頂いてからにしますが。」








・・・なかなかに横浜は面白い事態になっている様だ。

ただ冥夜様に望む道を進んで頂きたい、と思っていたが。

運命が動き始めた気配すら感じる。



神宮司軍曹をして、遥かな高み、と言わしめた武殿の技量、最前線のハイヴ威力偵察部隊で磨かれた技。
その機動を実現する新OS。

魔女とも女狐と呼ばれる香月女史すら認める者。




「・・・見せて貰おうか、その覚悟。」







流石、雷電様すら認め、冥夜様の伴侶に、と望んだ存在。

BETAから地球を取り戻すその魁とならんとするのか。




そうそう冥夜様?  本日の粗相、寛恕致します。

むしろ衆目に知らしめたその慧眼、天晴[GJ]でございますわ!    


Sideout




Side 武


大方伝えたいことを伝えた。
しかし、前の世界では、と言うか殆どの世界でもオレを疑っていた真那さんが、こうも簡単に信用してくれるなんて・・。
2、3かな、武家の縁者だった経験は。尤もその時はこの世界の記憶なんかないから、全部知らなくて、結局疑われたんだよな。

今の真那さんは、むしろ“元”の世界で、冥夜をけしかけてた、イイ笑顔の真那さんに近い?



「・・・武・・・ひとつ良いだろうか?」

「ん?」

「・・・その聞きにくいのだが・・・、純夏は・・・」

「ああ、冥夜、純夏とも仲よかったもんな。」

「・・・。」

「オレが殴り飛ばされたあと、純夏はBETAに拉致られたらしくて・・・」

「「!!」」

「その後人体実験とかされていたらしいんだ。明星作戦で横浜を奪還した時に、ハイヴ内で発見されたんだけど、今も意識不明でこの横浜基地にいる。極秘だから生存者扱いもされてないしな。」

「「!!!」・・・そんな・・・」

「・・・たださ! 彼方が持ってきた最新技術で何とか出来るって言ってたから、それが上手く行けば、もうすぐ覚醒出来るらしいんだ!」

「!! それは本当か!?」

「ああ!    彼方が約束してくれたからな。」

「・・そうか・・・・・・・。それは重畳。・・・ならば気兼ねなく同衾できると言うモノ。」



「・・・・・・・・え?」

ドウキン・・てナンデスカ・・?

オレの背中を冷たいものが流れる。
何、この雰囲気?   








「もう幼少[ロリ]の戯れではないのだ。既に齢も17、結婚もできる歳なのだ。」

「・・・・ちょちょちょちょぉ~っと待て、冥夜、落ち落ち落ち着け!」

「・・・落ち着くのは武のほうであろう?」

「あーーー、うん・・・」








しばらく黙考[ポクポクポク]閃光[ちーん]








「・・・・・あ~・・・、つまりそういう事?」

「・・・前々から真那に忠言されていてな、武は鈍い[●●]ので、一直線[ストレート]イケ[●●]、と。一度は七夜泣き伏して諦めたが、・・・・こうして運命のように戻ってきた今、もはや遠慮はせん。」


見れば、案の定月詠さん、再びのイイ笑顔。
GJ連発してる。








前の世界でも、桜花作戦の最後の最後、今際の際の極限状態で告白された。
その時は純夏に遠慮して、それでも伝えてくれた想い。


これは・・・。





「・・・少し、待って欲しい。もうすぐ純夏も目を覚ますし、何よりもBETAをどうにかしたい。」

「・・・純夏の件は了解する。お互い好敵手と認めた相手だ。抜け駆けはするまい。
だがBETAは、・・・一朝一夕に状況が変わる訳ではないだろう?」

「冥夜は衛士となってBETAを殲滅するんじゃないのか?」

「ウム、BETAを打ち倒し、この国の民を救いたいというのは本当だ。しかしそれがすぐに叶うものではない現実も理解している。せめて女の幸せくらいは求める余地位あろう?」






・・・無意識に使ったのかも知れない。

けれどオレは、その言語に衝撃をうけた。

せめて・・・。

あまりに刹那的なその単語に。

冥夜にすらそんな事を感じさせているこの世界。

必ず、変える!









「・・・年内。」

「え?」

「年内に世界を変えなければ、人類は滅ぶ。その為にオレは・・オレ達は戻ってきた[●●●●●]。」


「・・・・・・・・・わかった。それまでは待つ。しかし武は待つ必要はないぞ?  気持ちが決まったらいつでも言ってくれ!」





・・・躱しきれない。むしろ自分でリミット切った?

あれぇ?



・・・しかし何だこれは?

彼方のお陰で、初めて純夏が蘇生して普通に生活[バカップル]できそうだっていうのに、・・・修羅場[抑止力]





その時、ノックの音がした。


Sideout



Side まりも


ノックをすると、中から返事があった。

ドアを開けると、白銀クンだけではなく、御剣訓練兵と斯衛の軍服を纏った月詠中尉も居た。

「・・・これは失礼しました。」

微妙な雰囲気。
ナルホド、白銀クンの経緯を説明していたのだろう。

「・・・ああ、気にしないでいいですよ。オレがお願いしたんだし。こちらの話は、一応済みましたから。」

そう言われれば頷くしかない。




なにしろ白銀クンは、この中で最高階級の少佐殿、月詠中尉とて、文句も言えない。

「・・・で、どうでした?」

「・・・・」

手に持ったヘッドギアを渡しながら、周囲を気にする。

「・・ああ、別に構いません。なんだったら、真那さんにも体験して貰いたい位ですから。ここはプライベートなので、砕けてくださいね、まりもちゃん」

「・・・・・・はぁ、わかったわ。月詠中尉もこれが白銀クンの普段[デフォルト]なので、ご容赦ください。
・・・で、これ[●●]を訓練兵にやらせるの?」

「そうです。彼方に頼んで、作って貰いました。ついでだから、って5セットは作ってくれたみたいで、身体は動かさないから入院中の美琴でも使えます。
必ずまりもちゃんの確認を取れ、と言われましたが。」

「・・・・・・確かにあの娘達の足りていない部分が自覚できるわ・・・強烈に[●●●]、ね。しかも最後があれって・・・」

「・・・オレの前の部隊での、・・・・オレ自身の体験ですから・・・」

「!!! まさか極秘部隊でのっ!?」

「そうです。オレとCPしか生き残れなかった、オレが記憶を取り戻すキッカケになり、部隊が壊滅した最後の作戦。
もちろん、機密部分は全て消去して、機体とか不要な状況とか、個人が特定できないアレンジは入っていますが、基本オレの中では現実です。」



現実。



その言語に絶句するしかなかった。

なんという過酷な作戦。

たった1個中隊にさえ満たない6騎でのハイヴ威力偵察戦。
ヴォールクとは明らかに異なる巨大ハイヴは、フェイズV以上。プロトタイプXM3を搭載していたという不知火は、どれも練度が高く、個々が紛れもなくTOPGUNクラス。
しかし異常と言えるBETA密度に、1騎、また1騎と沈んでゆく。

これが現実・・・。





・・・そうなのだ。

あの娘達は、今話しを聞いている御剣含め、まだまだ甘い。
衛士になりさえすれば、自分の望む自分に成れると、勘違いしている。

だから、あんなにも偽りの孤高でいられる。
あれはただの排他主義[引き篭もりだ]


BETA戦は、衛士になった後、地獄が始まる。
それを認識していない、否、させていない。甘い訓練だけで送り出し、死の8分間さえ越せない新人を送り出す。
それが今の教導。

どんなに努力しても届かない現実。甘えの余地など入り込む僅かな隙間さえ存在しない過酷な状況。決して一人では足りない状況。
それをまず教えることが第一歩。







「・・・そうね、いいわ。明日、これを遣らせましょう。」

甘い訓練課程と、環境に緩んだあの娘たちへの、激烈なカンフル剤。


これで潰れる様なら戦場には立てない。
いや、むしろ立たないで欲しい、喪うだけだから。






「冥夜。」

白銀クンが神妙な御剣に告げる。

「・・・なんだ?」

「・・・・見せてやるよ、明日。オレが駆け抜けた地獄[ハイヴ]が、どんな所だったのか、を。」


Sideout





[35536] §19 2001,10,23(Tue) 23:10 B19夕呼執務室 考察 因果特異体
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/10/20 17:51
’12,10,04 upload
‘12,10,06 誤字修正


Side 夕呼


ノックの音に返事を返す。
どうせ此処まで来れるセキュリティパスの持ち主は、社と2人の新任少佐しかいない。
丁度、素子化の術式が一区切り付いたところ。

案の定、変わらず飄々とした男が入ってきた。

「・・・何か用?  丁度休憩しようと想ったところだから、珈琲入れるけど、要る?」

「ああ、チョットばかり内緒話。あと丁度いい、これは異世界の土産だ。」

「?  !!」

渡されたのはブルーマウンテン100%。しかも手煎りと書かれた重厚な缶。
プルトップを切って香りを確かめるが、近年ではかいだこともない芳醇ともいえる芳香。
極上の逸品に間違いない。

「こっちで言う天然物。ま、異世界産だけどな、武に珈琲好きだって聞いた。」

「・・・随分気が利いてるわね。
でもこんな物、所持品検査の時には持っていなかった筈だけど?」

「・・・ちょっと裏技。
そう・・・だな、一種のESPと言うか、正確にはPKの一種と捉えて貰うのが良いか。社とは方向性が明後日に違うけどね。なのでリーディングやプロジェクションは出来ない。
・・・そう言う意味ではハッキングは出来る、ってことになるかな。
詳細は、武にも言ってないし。」

「・・・成る程ね。電子操作系の能力者って方向ね。
でも良いの?  あたしにバラして?」

「此方が信頼しなきゃ信用なんて得られない。少なくとも俺は元の世界の夕呼先生を信頼していた。」

「・・・他の女と比べられるのは面白くないわね。」

「他の女じゃない。・・・魂魄は繋がっている筈だぜ。」

「・・・・」

茶化したアタシに平然と切り返しながら、てきぱきと珈琲の準備をする。
アタシはその作業を明け渡し、ソファに腰掛けた。

無意識領域の共有・・・。確かに繋がっていてもおかしくはない。





理論は完成したのだ。
早速、情事の要求かとも思ったが、そうでも無いらしい。



「で・・?  内緒話ってなによ?」

「あぁ、武のこと。」

「白銀?  なんか問題在るの?」

「・・・昨日はああ説明したけどな、事態はそう簡単じゃ無さそうだ。」

「・・・え?」

アタシはその含むモノに眉を上げる。





「今の武は何だ、と考える?」

「・・・元因果導体・・ってだけじゃなさそうね、その言い方は・・・」

「・・・俺の予測じゃ、少なからず近いうちに、この世界群は崩壊する可能性がある。」

「!?・・・どー言うこと?」

「・・・武が因果特異体[●●●●●]だからさ。」



沸いた湯をネル式のドリップに落とす。
細く途切れなく注がれる熱湯に、馥郁と言った芳香が匂い立つ。


「・・・・言ってみなさい」

「俺と武の居た世界を“元”の世界群とし、この世界を“BETA”世界群とする。
BETA世界群で鑑はBETAに捕まり、そしてG弾の効果も加わって元の世界群を此処と繋げ、そこから武を因果導体として引っ張り込んだ、これがBETA世界群の最も確率密度が高い事象で、此処までは一本道だ。」

「・・・」

「鑑が想いを遂げられなかった武の一周目の世界は、夕呼センセの言ったように閉じていて、武が死ぬたび特異起点、つまり昨日10月22日に戻った。
そして武自身は分けているが1周目と2周目の差は、1周目で鑑以外の誰かと結ばれたか否かの一点。記憶は似たようなケースがあって重複してるから、武自身数え切れていないが、当然かなりの数をループしている。
その中で誰とも関係を持たず、且つ第5計画に移行して直ぐ、何かの要因で早々と死亡した事で、漸く2周目の世界に繋がった。
それまでは鑑が女性関係を消去するのに、結局丸ごと記憶や経験を消していたが、それが行われなかった為に記憶と経験を引き継いだまま2周目が始まった、と言うわけだ。
ただ、その2周目も鑑に辿り着かなければ、同じ条件で起点にもどる。

つまり武は因果導体故に、このBETA世界に様々な確率分岐を発生せせる事無く、延々とループを繰り返したわけだ。

で、前回、遂に鑑に辿り着き、結ばれ、武は因果導体と無くなったことで、本来ある元の世界に戻る。」



話しながらもゆっくりと落としたドリッパーから、カップに注ぐ。


「因果導体が消えれば2つの世界を繋いだことが原因である事象が消え、再構成される。
少なくとも“元”の世界群は再構成されたはずだ。
因果導体を解かれ、大部分の武は戻ったからな。」

「それの何が問題なの?」


差し出されたソーサーを受け取りながら聞いた。


「その原因が消失したことで、この“BETA”世界群も再構成された。それが昨日、10月22日。」

「・・・・」

「・・・因果導体で在った武が影響したこの“BETA”世界は、因果導体の消失による再構成ではなく、そのまま未来に進む筈じゃなかったのか?」

「!!」

「事実、今回の武の傍系記憶には、“因果導体じゃなくなった”のに、留まり続けた分岐世界がある。
本来、この“BETA”世界は、2002年の1月2日、そこから確率分岐し、武の存在に関わりなく、それこそ残った“武”が死んだ後も続いていく筈だったんだろう?」

「・・・それが、“起点”に戻った・・・これは、本来有り得ないループ・・・と言う事ね?」


考えを巡らせながら、カップに唇をつける。

・・・香りそのものを飲むような体験。
鼻腔を満たす馥郁と、口腔を刺激する甘い苦みや僅かな酸味が混ざり合い、得もいえぬ快感として落ちていく。

甘い、と言えるほどの苦みに、頭の中がすっきりする。

・・・淹れ方が完璧よ、・・・・・良い仕事するわね、アンタ。




「・・・いろいろ傍証はあるんだが、・・・鑑純夏が途轍もない存在[●●●●●●●]だと言うのは同意できるか?」

「・・・・・・そうね。
無意識の狂気に近いとはいえ、目の前で死んだ男に会いたいからといって、隣の世界群から引き込んで、その相手を因果導体とし、自分と結ばれるまでループさせ続ける・・・。
その為に“世界”を閉じてしまうような存在だものね。
G元素やG弾の効果が在るとは言え、そのポテンシャルは計り知れないわ。」

「なら・・・その鑑に応えられるだけの武が、唯の一般人だと思うか?」

「!!」

「・・・夕呼センセのいう00ユニット適合可能性、実は武の方が高いんじゃないか?」

「・・・可能性はあるわね・・・」

「・・・と言うか、俺は逆に“白銀武”こそが世界震駭者だと思う。
恋愛原子核、とも元の世界の夕呼センセは呼んでたけどな、武に惹かれる女子は、総じてポテンシャルが高い。
ここの207BやA-01が00ユニット適格者候補を集めていると聞いているが、元の世界のクラスや学校にはごろごろ居た。」

「なによ?  恋愛原子核って。」

「前の世界の夕呼センセが命名した武の二つ名。
原子核に引き寄せられる電子の如く、女子を引きつける、って意味で。」

「成る程ね。ハーレムなわけだ。」

「いや、本人はその手の感情に鈍感で無自覚だっていうので、逆に始末が悪いんだがな。」

「・・・平和な世界ね。」

「ところが、言葉ほど安穏とした物でもない。
向こうの言葉で言うと、無自覚フラグ構築体質[エロゲ属性の一種[なんだけど、現実の物となるとギャグじゃすまない。
しかも、武の周囲に集まるのは、矢鱈ポテンシャルの高い娘ばっかり。
これが武がテレビタレント等有名人で、と言うならまだ解る。
なのに、偶々の生まれた土地や学校、つまり地縁や職縁で集まったに過ぎない一高校で、あたかも意図的に集められたように周囲に存在し、且つその殆どが武に惹かれるって言うのは既に異常。
夕呼センセやまりもセンセですら、その一端だからな。
実際、向こうの夕呼センセは、恋愛原子核と因果律との関わりを探っていた位だから。」

「・・・そんなに凄いの?」

「少なくとも夕呼センセは、ここのA-01部隊を、全国規模で集めたはず。
ポテンシャルの高い、00ユニット適合性という観点で。
けれど、元の世界では、今残っている隊員の殆どが、多かれ少なかれ武の近辺に存在していた。」

「・・・・」

「寧ろ鑑ですら運命的に武に引き寄せられた存在、と思われる。
そんな武がこの世界では、重い後悔を重ねながら、果てしないループを繰り返してきたんだぜ?」

「・・・つまり、鑑に匹敵する所か、凌駕する程のポテンシャルが、数知れないループで重積した後悔と願望が寄り集まり、強烈な“意志”として自らループ可能な存在に至った・・・と言うこと?」

「・・・・・まあな。
鑑と違い、G弾やG元素の補助はないからな。当然鑑以上のポテンシャルは必要だろう。
今の武は、主観記憶は、“支配因果律”に近いけど、肉体や経験は、むしろハイヴに潜り続けた“最強の衛士”さえ越えている。経験が全て畳み込まれてる様だ。
戦い続けた分岐では、やむを得ずG弾を使ったケースも在るらしいから、その影響も全く無いとは言い切れない。

因みに俺に付いても、殆どの武が戻った時消失する繋累にその反動を利用して“元の世界”群から、もっとも都合の良い存在、“武の[●●]無意識領域”にあるもっともチートな存在を、再構成する際に連れてきた、と言うのが妥当だろうな。
“武が”、とか言うとアイツの性格上悩みそうだから、説明の都合上“世界”が、なんて言っているが、本当に“世界”なんかに擬人化された“意志”など在るかどうかは、疑問。
・・・まあ無意識領域を“世界”と定義すれば、あながちウソでもないけどな。」

「・・・・」

「要するに・・・武は遣りすぎた。
鑑に至るのが遅すぎて、なのに諦めが悪すぎた。
アイツの無限にも思えるループ、その中で達した成果。
XM3、甲21号、桜花。この世界の存在、と認められてしまったから、一部分岐では残り続けた。
それでも尚、届かなかった世界。
そしてもとの世界に戻った武“群”も、ループの間に濾過された膨大な“想い”を全て虚数空間に残した。

過去のループで夕呼センセが武に言ったように意志の強さが世界をすら変える。


全ての記憶が持っていた、それぞれの“シロガネタケル”の絶望と後悔、皆を守れなかったという懺悔。
それは紛れもなくこの世界群のものであり、それが凝固して元の存在を再構成した。

それが今の“白銀武”だろう。

つまり、今の武は、 “この世界に認められた武達”を核に、虚数空間に残された、この世界に於ける全ての武の記憶、その集合体、といった所。

で、その膨大な未練の集合体である武が、今回のループを引き起こした。


それが・・・因果特異体[●●●●●]


・・・俺はそう考えている。」



彼方の言葉を反芻し、頭の中で構築する。

「つまり・・今回のループは、結ばれて力を失った鑑ではなく、白銀自身が望んだ、と言うことね・・・?」


喪ったモノが大きすぎるのか。
それ故に自らを捕らえてしまったのか。

直列に並んだループ世界での膨大な経験は、それに対する救いではなく、後悔と懺悔の蓄積。

死ぬ度にループする存在は、忘れ去ることで経験が蓄積されず、何時も大人になりきれない、割り切れない精神だけが虚数空間に蓄積されていく。

結局、幾多に渡るループですら白銀の望むようになった世界は一つも無いのだ。




この世界からBETAを殲滅したいと望むのは歓迎だし、一向に構わないが、その“過程”に固執されたら、厄介だ。
飽くまで“BETA”駆逐による人類の永続が目的であり、その完遂の為に必要な犠牲なら、迷わず選択する。


基地の綱紀が緩んでいるなら、再度の捕獲BETAとその開放も実施する。
それでまりもが再び死ぬことになろうとも・・・。

これまでもそう選択し、推進してきた。
結果的に死に追いやった部下も既に一桁や二桁ではない。
ヴァルキリーズだって、それが必要ならば総て00ユニット化する。

その覚悟は変わっていないし、変えられない。
それこそが世界を救う事を目指したアタシの覚悟だから・・・。






「・・けど、それが何故世界の崩壊に?」

「・・・そもそもループってそんなに都合の良い事象なんだっけ?  延々と同じ時間を繰り返す世界が・・・。」

「・・・・因果世界で時間概念は無意味、だと思うけど?」

「数多の世界群の中では、総じてそうだろうな。けれど、世界は隣の世界と何の繋がりも無いのか?」

「・・・」

「少なくとも元の世界群と、BETA世界群が似ている、と言うことは、そこに超次元的な繋がりがある。武が因果導体であった繋がりほど、明確で強固ではないにしても・・・。
世界間が遠く離れるほど、繋がりも薄れその類似性は薄くなるだろう。

その似たような世界群の中で、トポロジーが完全に閉じ、周囲との繋がりを無視して巡り続ける世界が在ったとしたら?」

「・・・・歪が溜まって来る、という訳ね・・」

「それでなくとも武が関わったこの“BETA”世界は、周囲の世界群に対し、かなり“遅れている”。
一方で“元”の世界は、このあと滞りない未来に進むだろう。
でもこの“世界”は?」

「・・・すすまない、いえ、すすめない・・。
・・・つまり白銀が無意識でもループさせる力を持っていた場合・・・・・・白銀のループ条件を解消しないと、ループが発生し、時間弾性が周辺世界との歪に耐えきれなくなったら、この世界そのものが崩壊する、ということね・・・?」

「・・・時間概念がどの程度歪みに影響するか、によるな。
けれど、正直俺自身は因果導体でも特異体でもない存在だからな。
今回は武の無意識願望が入っていたので引っ張られたが、次のループ先で存在できなかった場合は、以降数式回収が極めて困難、と言うことに成りかねない。」

「・・・そうなれば、いつかは歪が破綻する、のね・・・。」

「いや、時間歪みが存在しなくても、その状態に陥ったとき、この世界群のトポロジーは、白銀武に付いて完全に“閉じる”。」

「・・・」

「完全に閉じた世界、前に進まない世界は、その存在意義[●●●●]すらあるのか?」

「!! トポロジーの破綻!?」

「・・・もう一つ、その無限ループが始まったとき、武の精神が持つと思うか?」

「!!!」


「・・・アイツは今回、メインとなる1周目と2周目の記憶を主観記憶、他を傍系記憶として区別している。傍系記憶は、謂わば本や映画で見た他人の人生、みたいな扱い。
けれどそれは、アイツの無意識による心理防衛措置だろう。全部のループを“自分”のことだと認めてしまったら、きっとアイツの心は保たない。
この世界にとっては再構成で、繰り返したループは無いことになっているが、アイツの記憶には全て在って、それは全て本物だ。
取り敢えず今回は、“まだ”喪っていない、やり直せるんだ、と意識誘導したが・・・今回失敗してループした先では今回の記憶も全て、今度は自分の事、として残る。
それを繰り返せば、傍系記憶もやがて自分の事だ、と認識される。

それじゃなくても一度喪った記憶が在るだけに、その喪失感を覚えているだけに、再び喪うことに対して過剰に臆病になっている。

そこで繰り返される喪失と絶望。そこに・・・出口は、ない。

・・・・・・・・・・少なくとも、俺はやだね。」


・・・同意だわ。
あの過保護な白銀が、再び喪うことには、耐えられないだろう。
当然そうなれば、白銀の精神は破綻し、世界をループさせている因果特異体そのものが崩壊、世界はその暗黒に飲み込まれるコトは間違いない。


・・・時間弾性限界、トポロジーの破綻、そして白銀の精神崩壊。
・・・何れもこの世界の崩壊には違いないのだ。

そして、それが現実の有り得る未来。



「・・・・・・つまり、どっちにしろアンタが存在する今回がラストチャンス、ってことね。

・・・問題の白銀のループ条件は・・・」

「・・・まあ、それがアイツの後悔と未練、懺悔だから。

アイツの未練の元、仲間の「“全員生存”、だろうな(ね)」





・・・否定できない。
言われればそうだ。

白銀も、鑑と同じにBETAにも捕縛された個体。
そして、鑑と共に最後まで残された固体[●●●●●●●●●●]

喪った存在を隣の世界群から引っ張ってくる鑑も凄いが、それに応え続けた白銀も只者ではないと言われれば、そうなのだ。





ため息付いて再び珈琲に口を付ける。
こんな重い話をしていても、瞬間珈琲に意識を引き摺られるほど、芳醇。

こんな話の共では、最高の珈琲が勿体ない、・・・いや、寧ろ救われたのか。

ほっと息を付ける自分が居る。








「・・・・・・・・いきなり難易度上げてくれるわね。」

「問題はアイツの意識で言う“仲間”の範囲。
当面、207Bと鑑。
なんだったら、ハーレムに誘導してやる。
あとはまりもセンセと夕呼センセ、社。此処までは確定。

後は喪ったA-01ヴァリキリーズが微妙。特に問題は前回武と面識が無くて、今回は“まだ”生存しているメンバー、だな。
守りたい対象をあえてメンバーから外すのもありだが・・・戦力の低下に繋がるし、それで武が納得するのかは不明。」

「・・・つまり、大枠の歴史を変えずに、達成条件をクリアする必要があるってこと?」

「・・・大枠はすでに変わってきているからさほど問題ないだろう。
それでも無理ゲーぽくて激しく厭だけど・・・。

思うに、兎に角甲1号と21号をA-01と記される死者を0でクリアできればOKだろうな。

戦闘自体に死者0等有り得ない、って言うことは理解し納得してるしな。
先々検証は必要だが。」


そして一息つくと真っ直ぐ見つめてくる。白銀程華は無いが、端正と言える相貌。
真剣で理知的な眼差し。底知れない深淵を湛えた瞳。

・・・結構、好みなのよね、と思う。

悔しいから言わないけど。



「・・・この世界に、この世界の人間として、武の存在は迷惑か?」

「・・・そうね。
その仮説が正しければ、知らぬ間に閉じているループ。個人の死に世界が引き摺られて、挙げ句の果てに世界が消えるかもしれない存在・・・。
迷惑っちゃ迷惑だけ、どうせあと10年と言われる人類だから、個人的には気にしないわ。

寧ろ、白銀が因果特異体で因果に直接干渉出来るなら、一発逆転も可能って事よね?
ラストチャンスみたいだけど、本来人生なんか常に一発勝負だし、もし白銀の願うような形であ号を倒せれば、閉塞した今の人類に、初めて本当に未来が開けるわ。」

「・・・」

「・・・けど、因果特異体、とはね。
アンタ、同じ世界出身の白銀にすら内緒にしてアタシには言う訳ね。」

「それで世界が滅んじゃ、本末転倒。
そして、武本人が知ってしまうと、アイツの性格上なにかと弊害が出る。と言って、司令官である夕呼センセと共闘しておかないと、色々な意味で拙そうだからな。」

「・・・アンタ・・・随分大人ね。ループした記憶のあるアイツより随分判っているじゃないの。
・・・比べてアイツは何度もループしてるはずなのに未だ青臭いったら。」

「・・・こっちはループはしてないがいろいろと、ね。」


やはりコイツとも共犯者なわけだ。
BETAを蹂躙する技術を有していたとしても、白銀と言う縛りを開放しない限り、この世界に未来はない。
それを為すのは、ここ横浜でしか出来ない。


けれど、これで二十歳ね・・・。

“元”の世界のアタシがコイツを認めたのも理解できる。
青臭い白銀では、到底届かないほど、狡い“大人”だ。







「・・・で、白銀、或いは世界が選んだお助けキャラは何してくれるわけ?」










「センセ、それ判って言ってる?」

「なぁに?」

「・・・・ここに来てから俺がしたことは、情報の収集と分析、それに基づくプログラムと戦術構築だけ。
・・・・本来十全な00ユニット[●●●●●]なら楽にできる[●●●●●]レベルだよな。」



「・・・・・そうよ・・・・。

アタシが真に00ユニットに求めたのは、それ[●●]だもの。
世界規模のハッキングとクラッキングによる情報の収集・統合。
BETAの情報鹵獲による戦術構築。
無意識領域情報取得による技術進化。
前の世界の鑑では、そもそもBETA由来の雑多な問題でその10%も達成出来なかった見たいだけれど。

アタシの目指した理想を体現して呉れちゃったのが、御子神彼方、・・・・アンタ[●●●]よ。

こんだけ成果見ちゃうと、リスクが無いなら、それこそA-01全てを00ユニット化したい位だわ。

00ユニット脅威論が再燃するかも知れないけど。


それを、BETAも居ない世界で単独で、しかも安定してリスク無く実現している、それがアンタの最大のチートね。」


アタシは、甘く鋭く、彼方を睨む。
・・・コイツにそれをアタシに教える気が在るのか無いのかも判らない。

・・・・・・勿論逃がす気など、サラサラ無いわ。




アタシは立ち上がると彼方の横に腰掛ける。
彼の頬に指を添え、動揺もしない涼しげな口元に、軽く自分の唇を押し当てた。

・・・昨日会ったばかりの男だというのに。
まあ、今朝は理論完成にはっちゃけて、既にキスの雨降らせているけど。


「・・・最初あたしを望んだとき、所詮下衆か、と思ったけど・・・確かに悪くないわよ、アンタ。
元の世界のあたしを墜としたんなら、ここでも墜として見せなさい。」

彼方は対価としてアタシを望んだ。
言葉遊びレベルの、一種譲歩であった事にも気付いている。
小狡いコイツは分かっていたのだろう。・・・自分が、アタシの興味の対象であることを。












当初の交渉で、彼方に比べ一方の白銀はアタシにとっても必要と思われる事しか要求しなかった。

アタシの野望、この絶望的な状況からBETAを駆逐し、人類を永続する目的を果たす。
そのBETA戦略的に、白銀はアタシが喉から手が出るほど欲しい情報を暴露し捲って、実際の要求は本当に些末だけ。無欲すぎて逆に裏を考えさせずにおかなかったのも事実。
旨すぎる話には、必ず落とし穴がある、そう思わずには居られなかった。

今確かに、巨大な落とし穴、此処に来て難易度を大幅に上げてくれちゃったのだが・・・。
・・・これは本人の意図ではないので文句を付けても仕方ない。


ループによる未来情報は白銀しか持っていない。
その中には、いっそもう00ユニット無駄ぢゃね?  と思うような情報も存在する。
BETAの指示構造や、ODL通信など。
他にも説明し切れていないが、多数在るのだろう。それが判って居る今となっては、当初考えていた使用法だけでは、00ユニットの情報流出のリスクに対し、旨味が少ないのは確実。

それもこれも全て白銀情報。

これだけの戦略的に重要な情報をぽんと出しておいて、今更第5計画の罠も何も無いとは思うが、清廉すぎる相手とは、交渉しづらいのも確か。そこには付け入る隙もないから。


それ故に、彼方のあけすけな、平然と女を要求する俗物根性が、逆にアタシにとっては当初信用が出来た。
差し出された譲歩、というのが、アタシの深読みしすぎだったとしても。
対価に、他でもない自分を選んだ、と言うのが自尊心を満たした、と言うのも在るかも知れないわね。




そして、白銀の求める理想。それを叶えるためにのみ白銀武は此処に在る。
しかし醒めた目で見れば、それは余りにも青臭い理想。
理想を持つのは大切だが、固執されたら厄介でしかない。

対して彼方は極めてリアリストだった。
現実が俯瞰できている。白銀の足りない穴、アタシの足りない穴を即座に見抜き、予測し、そして対処する能力もある。BETAを凌駕できる技術も既に提示された。何れ戦略レベルまで上げてくる。
更には過剰な技術提供がリスクを高くすることも理解している。

それでいて素直な自身の欲望も隠さない。
それは、生きることに達観も飽きもしていないと言うこと。欲のない聖人なんかの相手はまっぴらだ。


実際にコイツの理論に対する示唆は的確で、渡された数式は見事にアタシの言いたいことを表してくれていた。
大本の因果律量子論は階層化による僅かな修正が入るだけで、大筋は変わらない。
しかし、素子化という段階では、彼方の示唆した階層化と確率密度が大きく寄与する。
その整理も粗方付いた。
すでに理論式は完成し、あと少し展開すれば、設計図に落とせるところまで来た。
浮かれてちょっと年下に靡いても仕方ないじゃない?




オルタネイティヴ4の完遂に、それこそ命を賭けているアタシにとってその推進の為なら、自分の身体など差し出すことは些末だった。
それで数式の完成が出来ると言うのなら、どんな嫌いな相手[キモデブ]にだって股を開くことも厭わない。
そう言う意味では、彼方が寧ろ好みの範疇に入っているのは嫌悪感が沸かない、と言う意味でもラッキーだった。


なぜって。
00ユニットという物の実現は、戦略的にはBETAに対するコミュニケーションの手段であるが、それだけでは無い。
アタシにとっては因果律量子論という異端の理論を実証する存在[●●●●●●]、そのものでもあるから。
BETA情報の先取りが出来たとて、必要性の有無抜きに完成することが、アタシのエゴ。







そして今彼方に指摘されたように、00ユニットにはもう一つの意味があった。
その可能性も、白銀の話から確証を得ていた。・・・・つまり無意識領域に至る[●●●●●●●●]こと。

まあ、それさえも察知していたのか、足下を見るように対価に女を指定した時点で当初彼方を俗物、とも判断したわけだが。






















そしてアタシからのキスに、どんな反応をするかと見ていたら、流石にちょっと吃驚した顔をした後、優しげに微笑んだ。

・・・・・・やるわね。

身体の要求も、実は少しはポーズかとも思っていたが、今度は彼方からキスを落としてきた。


少しだけ開いた唇から、浅く舌を絡めたが、深追いすることなく直ぐ離れる。
一応、求められているらしい・・・。
・・・悔しいから絶対言わないが、久々の感覚に腰が甘く痺れた。



「・・・光栄だな。じゃ、ま、色々遣るさ。」

彼方は薄く微笑むと、更に深いキスを落とされた。







世界ならぬ“白銀”は随分と都合の良い人間を引き込んだことだ。

白銀に感謝しなきゃいけないかしら・・・?


Sideout





[35536] §20 2001,10,24(Wed) 09:00 B05医療センター Op.Milkyway
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/02/08 11:06
'12,10,09 upload
'15,02,08 誤字修正


Side 冥夜


コレは何だ?
コレが武の辿ってきた道、武の体験だと言うのか・・・・・?

こんな・・・・こんな事が現実に・・・。















今朝は予定していた座学内容を変更し、そのまま鎧衣美琴の入院しているB5フロアの入院施設エリアに移動、個室に赴いた。
武と鎧衣訓練兵の簡単な紹介の後、神宮司教官が言われた。

「今回、新たな衛士訓練の一環として、衛士訓練兵たる貴様等の目指す“衛士”と言うモノを知って貰う事にした。それ故本日の教習内容では、今まで掛かっていた機密制限も一部解除してある。
当然、貴様等にとっては全てが初めての体験に成るだろう。

このプログラムは、白銀武が前の部隊を去ることと成った最後の作戦を元に構成されている。
今回はその白銀の“体験”をそのまま“追体験”してもらう。
無論、制限以上の機密に関わる部分は、削除されたり、隠蔽されたり、変更されたりしている。
・・・が、基本は白銀が潜り抜けてきた修羅の道だ。

これから総合戦技演習突破を目指す貴様等に、今一度衛士になると言うことがどういう事か、考えて貰うために実施が決定された。

その事を忘れずに体験してこい。」

「「「「「 了解! 」」」」」


その言葉と共に、目まで覆い隠すヘッドギアを渡され、装着するとそれぞれ用意されていたベッドに横になる。
鎧衣も、皆も同じ。


そのまま待つこと数十秒。動いている周囲の雑音が収まると共に、それは唐突に始まった。




一瞬、目を閉じていたにも拘わらず、視界にノイズが走り、目前に視界が広がる。

『・・・これは、仮想現実[VR]シミュレータと言う。
通常の戦術機シミュレータでは、戦術機外部の地形状況や、BETA・僚機の動きを視覚・聴覚・加速度情報として再現しているが、このシステムでは、外部の情報を全て神経に直接刺激として与えている。
故に視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚までリアルに再現出来る。

今、貴様等は不知火のコックピットに座っている筈だ。
そして貴様等の目の前には、フェイズV以上の、とあるハイヴの突入抗がある。

勿論、これは“追体験”なので、白銀が捉えた五感を再現している、が、勿論思考や感情を再現するものではなく、また能動的な操作や変更は出来ない。』




まず驚いたのは、そのリアルな世界だった。

視覚、聴覚、触覚、そして嗅覚や味覚さえある。
握ったレバーの固い感触、戦術機の“匂い”、強く噛み締めた唇の、微かな鉄の味すら感じる。
勿論コックピットに鏡など無く、網膜投影の中のモニタもコミュニケーション用のウインドウは開かず、サウンドオンリーに成っている。これは恐らく機密対処なのだろう。
それ故VRの中の自分の顔は確認できないが、視界に入る強化装備に見慣れたはずのふくらみは無く、腕も男性の筋っぽさがある、と言うか間違いなく武の腕だ。私が見紛うワケがない。


そして網膜投影に映るレーダーには、5騎の僚機。自機がM01-ω00、隊長機がM01-α00、以下M01-α01、02、M01-ω01、02の2個小隊からなる中隊編成。

本格的な戦術機演習については総合戦技演習合格後だから、戦術機特有と思われる細かい事は判らないまでも、知識が皆無という事でもない。強化歩兵装備等でも、同様なフォーマットの網膜投影が行われる。


『本作戦は、“銀河作戦”。

目的はハイヴ反応炉区画への到達による情報収集。特殊な情報収集ユニットが必要であり、それはメビウス1である白銀機、つまり貴様等の機体にしか搭載されていない。その直衛にメビウス中隊5騎が随伴する。当然情報を持ち帰るためにメビウス1の帰還が作戦の成功条件となる。』

「「「「「・・・」」」」」



・・・ハイヴ潜行威力偵察作戦。
当然公開されていない極秘作戦。
私とて、昨夜武に聞き及んでいた故今更驚かないが、初めて聞くだろう榊達の驚愕が目に浮かぶ。


成る程、この“追体験”なら、神宮司教官をして遥かな上と言わしめた武の実力も“体験”出来る訳か・・・。


『今は、私の声が届いているが、ハイヴ突入と共に、生身の感覚は全て遮断され、貴様等はVRの世界に完全に入り込む。もちろん、接続中貴様等のバイタルはモニタリングしているから、万が一危険な状態に陥ったら接続を切る事となる。
・・・それ以外は、作戦終了まで体感時間で約2時間、離脱は出来ない。

細かい質問は、後で受け付ける。


それでは、・・・・・・・・地獄へ行ってこい。』


神宮司教官の声と共に、機体はハイヴに突入した。









仄蒼いハイヴ内に突入した6騎、そしてその直後、そのスタブの内壁に張り付いていた醜悪な物体が一斉に蠢き始める。


・・・・これがBETA!!


態と嫌悪感を抱かせるようにしたとしか思えないような、毳毳しい配色。
おぞましさをかき立てるだけの、粘着質且つ無機質な動き。
生理的な嫌悪しか湧かない笑みを貼り付けたような、頭部と思わしき部位の表情。




『スルーするぞっ! 装備・弾薬の消耗を最小限に抑えろ!!』

メビウス0:α00が中隊長の支持が飛ぶ。

『・・・必要な排除はする。』

すかさず揶揄を入れるメビウス3:α01。

『・・・・・・ったく。少しは控えろメビウス3。』

『・・・それでBETAが退くならな。』


あからさまな舌打ちにも、武を含め他の4人は何も言わない。
今の時代には珍しく、この中隊は全てが男性だった。


『・・・行くぞっ!!』








そして瞠目する。

・・・・・・何という入力速度!!
其れによる自機の、閃光の様な切り込み。

長刀と突撃砲を携え、地面の見えないBETAの海に突っ込む。
襲い来るBETAを躱し、跳躍、その僅かに空いた隙間に機体をねじり込む。


・・・一重の極み。

相手の攻撃に対し、大げさな回避行動を取らない最小限の見切りが、反応の自由度を増やし、隙間のない死地に新たな活路を切り開く。


躱し、躱し、躱し切り、どうしても躱せない時のみ、切り払う。
其れすらも最小限の動作。
力任せに叩き切る、のではなく、円を描く長刀の、その切っ先の軌道に斜めに滑らせる様に撫で斬る。
刀に負荷を掛けない、日本刀の描く反りを有効に使った理想的な当て方。

時折、36mmを単射。
それは的確に蟹の様な大型種の、貌に見える部分を潰す。

一瞬、その意味が判らないのだが、2,3挙動先に、その動きの鈍った大型種の背中を足場にしたりする。





勿論BETAそのモノをこれだけ間近に見るのも初めてだが、戦術機による近接戦闘を見るのも初めてだ。


しかし、その技量は・・・・。


到底殲滅不能と思えるBETA密度。
単純戦力比で対抗するには、1個大隊以上が必要となろう大群。



だが、武は単騎でもその海に飛び込み、接敵数を周囲に絞り込み、そこに最小限の穴を穿つことで、前進し侵攻を深める。
その速度が尋常ではない。
光線属種が照射をしないと言われるハイヴ内、長駆となる噴射飛行をすれば距離も時間も稼げるが、限り在る推進剤が瞬く間に底をつく。
なので、主脚移動を基本としながら、驚くべき速度で侵攻していく。

そうすることで、BETAの物量を後方に置き去りにし、無力化する。
追撃しようにも、そこにも健在なBETAは残っており、それ以上接近できないのだから・・・。



勿論、今までそんな戦法は聞いたこともないし、出来るとも考えていなかった。









これが武の力!

その機動が尋常ではないことは、見ただけで判る。
もはや何をしているのかさえ判らないようなコマンド入力。BETAの動きを予測しているとしか思えない様な予定調和にも思える先読み。

自分が見た、過去のどの衛士よりも、その機動が滑らかで速い。






そして、周囲を見ればメビウス小隊のメンバーも、それぞれが百戦錬磨。
単純突破力では武に劣るかも知れないが、武の突破によって誘引されたBETAの隙を旨く使い、武ほどではないまでも、見事な機動を駆使し、それぞれが最小限の消耗で、BETAの隙間を縫ってくる。
・・・・・時に、相互扶助さえしながら。

視界に入る範囲の印象では、α01:メビウス3とω01:メビウス2は近接戦に長け、武に次ぐ突破力を有する。メビウス3が総合体術的な機動でBETAを翻弄するのに対し、メビウス2は直線的な閃剣でBETAの海を割る。

α02:メビウス4はその射撃精度が尋常ではない。自機がBETAを躱し、次の挙動に入るその一瞬の“間”で、先行する武の頭上に振ってくる中型の蜘蛛の様なBETAを打ち抜いている。
武が一瞬の注意を上に向けた瞬間、その胴体が打ち抜かれる光景が何度か繰り返されるのだ。

α00:メビウス0は隊全体の進行度と、振動探知による戦域BETAの動きを見ながら、細かい指示を飛ばし、ω02:メビウス5は直感的な危機察知なのか、偽装抗の存在や、進路上の危険地形を示唆する。

確かにこの乱戦に於いては陣形など在ったモノではなく、武、そしてメビウス3は突出しがちではあるが、何れもメビウス0の想定範囲であるのだろう。手数・弾数も確かに多いが、それで後続の進路が楽に成っていることも確かなので、皮肉以外の𠮟責は飛ばない。






・・・第一印象で感じた空々しい雰囲気など無く・・・・・・・羨むような理想的な中隊・・・・。












しかし、その一方で、喜悦も生じていた。

人類は・・・、戦術機は、此処まで出来る!
“此処”まで技量を磨けば、中隊規模でもハイヴ侵攻が可能。


私は、その事に、逆に“希望”を見いだしていたのだった。


・・・・・・そこまでは。












反応炉に通じる“横抗”。

そこに、“隔壁”が2つ、存在していることはハイヴの調査から判っていたらしく、その開閉装備も持参していた。但し、その隔壁に開閉作業に掛かる時間は、約600秒。さらに隔壁が潜り抜けられる様になるまで、約300秒が掛かる。
一方でその第1隔壁が存在する“主広間”には、音紋分析から推定される数は15万のBETAが犇めいていた。・・・デタラメな数字。一国が陥ちるほどの数。

それを6騎で突破しようというのだから。



今までの様に、闇雲に突破しても、隔壁の開放に掛かる15分の時間は稼げない。
BETAの海に沈むだけである。

そこで隊長から提示された作戦は、戦術機の機動によってBETAを振り回すモノだった。



まず、主広間の入り口で、全開戦闘。主広間内のBETAを全て誘引。
全体を半分よりこっちまで引きつけたタイミングで、噴射跳躍を用い一気にBETA群を抜け、第1隔壁まで到達。
そこでメビウス5とメビウス4が隔壁解放作業、残り4騎が、UターンしてきたBETA群を誘引しつつ再び主広間入り口に戻る。
主広間端の底部にS-11を設置、BETAを誘引しながら4騎は入ってきた横抗に退避。
メビウス5とメビウス4が戦術機が通れる大きさまで隔壁が開き、第2隔壁の解放に先行した段階で、S-11を起爆。主広間内のBETA一気殲滅を謀る、という内容だった。


無論、異論はなく、その妥当性を確認すると、互いに装備を調える。
明らかに素晴らしい作戦、と思えたそれは、しかし主広間に突入した瞬間疑問に変わる。、

これを陽動するのか!?





主広間は、正しくBETA地獄だった。


全ての壁面を埋め尽くすBETAは、既に“一面”ではなく、何層にも折り重なって存在し、互いの脚部が区別できないほどに蠢いていた。
それが侵入者である自分たちに向かって押し寄せる様は、まるで主広間の壁自体が内臓のように収縮し、迫ってくるような感覚。

急速に潮が満ちてくる浅瀬に取り残された様な焦燥感の中、目に見える範囲のBETAを殲滅し、そして其れに倍々するBETAを引きつける。

接敵すれば足場が確保出来ない。
噴射でホバリングしようにも、天井からBETAが“塊”で降ってくる。

空間を見つけ、大型種の背を足場にしながら擦り抜けるが、脇を落ちてくるBETA塊から、飛びついてくる蜘蛛の様な中型種、大型種の背にも無数の“腕”が伸び、一度それに捕まったら、確実に“沈む”。









それ故、メビウス0からの合図と共に、噴射跳躍でその“地獄”を一気に突き抜けたときは、全身から力が抜けた。
その時になって背中から踵まで、背面の神経がビリビリと震え、肌が粟立っている事を、ようやく認識する。







しかし、第1隔壁にたどり着いた時、振り向いた先には、再び転進を始めたBETA群。

今度は此処であの群れを引きつけなければならない。



その進軍してくるBETAの波頭が、津波のように徐々に高まっていく。


先に入口方向に誘引した時、一様に散っていたBETAは主広間の入り口に殺到した。
当然足の早いBETAが先に到達し、足の遅いBETAが後方に取り残されながら入り口に向かっていた。

それが今転進した為、最後尾から一気に先頭になった足の遅いBETAに対し、後方になった足の早いBETAがそれをを乗り越えるようにのしかかる。
そして管状の広間に於いて、それは底部だけではなく、壁や天井に於いても同じ現象が生じていた。

結果それはBETAの波頭を高く盛り上げ、距離800を切るころには、最後の隙間すら消え、完全に主広間におけるBETAの“壁”、そのものとなって迫りつつあった!    





『混乱のマージンを取って600まで引きつける!
BETA壁突破後、端部底付近へのS-11設置は俺がやる。
メビウス5は隔壁が必要量開く3分前に通信、乃至“黄”の信号弾で、準備完了を通知。

陽動班は、入ってきた狭路に退避して耐爆に入れ。工作班は隔壁が開き次第横抗侵入し、メビウス5は第2隔壁の解放作業に入り、メビウス4はこちらに知らせてくれ。
通信が繋がらない場合は、“赤”の信号弾を狭路内に打ち込んでくれ。それが済んだら隔壁横抗側で、耐爆姿勢。』

『『『『『 了解[ラジャー] 』』』』』

『ここが正念場! 行くぞ!!』



陽動班は、BETA誘引のため、BETAの壁に無差別攻撃。
勿論、そんな攻撃で容易く崩れるようなBETA密度ではなく、その圧力は恐ろしいまでの地響きとなってハイヴ全体を振るわせているかの様だった。





『600!!』

その合図と共に、4騎が翔た。

四方に散った“目標”に、不自然に“壁”が震え、示し合わせた様に同時に放たれてた120mm炸薬弾が中央少し上部、尤も“薄い”部分で炸裂する。
完全に閉じていたBETAの“壁”の、その部分がほんの僅かだけ崩れ、向こう側が見えた。


その僅かな隙間を縫うように、一気に翔けた4騎は、衝突するとしか思えなかった。

しかし恐らくは1m以下、もしかすると数cmというタイミングとクリアランスまで、4騎は一瞬収束し、そして同じタイイングで散開した。


戦術機の噴射跳躍による超高度なアクロバット飛行でも見られないような、4騎同時の1点突破。


しかも示し合わせた様な全騎の、続くBETA壁背面への一斉掃射に上部のBETAが巨大な塊のまま落下し、下部のBETAを盛大に巻き込んで渦巻く。



連鎖する様に尚も五月雨のように降り注ぐBETAに、僚機の姿すら見失いながら、躱し、掃射し、切り飛ばし最大限誘引する様、攻撃を続ける。




残弾は既に半分を切った。推進剤ももう4割しかない。
自機である武機は脱出用に推進剤増槽を付けており、兵装は僚機より少ない。
長刀にしたところで、いくら負担の少ない切り方をしていても、10万を優に越えるBETAの中で戦っているのである。耐久度の低下は、推して知るべし。









・・・・・・これが、ハイヴ。

これがハイヴ侵攻戦。


ハイヴがBETAの巣であり源である以上、ハイヴ殲滅は人類永続の必要条件である。

それは理解しているし、いずれはそういう事もあろう、位には考えていた。


しかし・・・。

・・・衛士に求められる作戦とは、こんなにも厳しいモノなのか・・・。

これが、自ら目指した“衛士”なのか・・・・。













武は、漸く降り掛かるBETAを振り切って、豪雨の範囲を抜ける。

噴射剤節約にすぐ底部に降りると、そこにメビウス2と、メビウス3も居た。既にメビウス0はS-11設置作業中らしい。





目前で渦巻くBETAは、それ自体が集合体となった巨蛇の様にとぐろを巻き、そしてそれがそここで崩れ、再びこちらに向かって進軍を始める。

BETAそのもの1体1体の脅威は、そんなに大きくない。
長大な足を持つ超大型種でも無ければ、戦術機でも十分圧倒できる。
しかし、BETAには数万、数十万という物量がある。しかも、基本的に同じ種でも全く周囲に関心がないBETAは、その周囲の仲間の死にさえ、なんの関心も示さないらしい。

唯、只管、前進、のみ。

恐れすら知らない愚直な前進。それが最大の脅威であり、不気味さなのだ。


転回し突進してくる犀の様なBETA。
36mmすら弾く正面装甲を照準から外し、僅かに見える前肢に掃射する。
被弾し、前肢が高速突進の回転について行けなくなった個体は、盛大に周囲を巻き込みつつ、転倒する。
しかし、それすらを直ぐに飲み込むように、蟹に似たBETAが大量に乗り越えてくる。



その時、その向こうから、黄色の閃光を曳いた信号弾が駆け抜けた。

早い!

10分と想定した作業が、7分掛かっていない。
だが、助かった事には変わりはない。
このBETAの波が、こちら側に押し寄せるのはあと3分も掛からないだろうから・・・。








迫るBETA群を尻目に、横坑に避退し耐爆姿勢を取ろうとしたとき、メビウス2がぼそりとつぶやく。

『崩落させた広間44が、貫かれた・・・』

『『『 !!! 』』』

『・・・接敵まで・・・・、先頭は3分! BETA数約3万、・・・・いや、その後続は・・・・30万だな・・・。』

とメビウス3。

『・・・・さっき突入前に調べて置いた。ここ[●●]の横抗も、構造的に弱い箇所が2カ所ある。主広間上側からS-11で爆破すれば、多分崩落させられる。』

データリンクを示しながらメビウス2が告げる。

『・・・但し、この構造強度だと1発では不足、BETAが切迫した現状では、退避しながらの順次爆破も無理だな。・・・・2発同時が必要だろう。』

「・・・ここは放置して先の横抗に逃げ込む手もある。」

『・・・希望的観測、だ。
ここでは曲がりなりにも、俺が隊長を任されている。具申は認めるが異論は認めない。

時間がない、もうすぐ赤の信号弾が、この横抗に飛び込んで来る。
すぐさまS-11を起爆次第、メビウス1とメビウス2は、第1隔壁に急行、隔壁閉鎖準備を開始。
そしてS-11による主広間内残存BETAが1万以下なら、俺とメビウス3も残存BETAを殲滅しながら隔壁通過し、隔壁閉鎖後S-11で隔壁脳を破壊する。
しかし残存BETAが1万以上の場合は、・・・・・隔壁閉鎖作業とS-11設置作業が困難になると判断、俺とメビウス3は此処に残り、主広間内残存BETAの誘引をすると共に、メビウス2の具申した位置にS-11を設置、残存BETAの殲滅と後続BETAの遮断を実施する。』

「!!!・・・・」

『・・・異論ではない。・・・けれど何故俺じゃない?  自分で具申した内容を人に押しつけるのは性に合わん。』

『メビウス1には反応炉探査の重要作業が残っている。任務達成条件が反応炉の探査と情報回収である以上、メビウス1にこの選択は無い。そして接続作業中無防備になるメビウス1の防御には、近接戦闘のスペシャリストが必須。そこまで行けば、司令塔など必要ない。』

『・・・・』

『そして・・・、これだけ言っても何一つ言ってこないメビウス3には、選ばれるだけの理由があるのだろう、・・・・違うか?』

『・・・・嫌みなくらい良く見てる・・・。
そうだ、さっきの混乱で推進剤の増槽をやられた。長駆は、あと1回。隔壁まで一気に跳躍したところでエンプティだ。』

『「 !!! 」』

『・・・と、言うことだ。ま、残存BETAが1万以下なら、イヤでも連れていくがね。』

会話はのんびりだが、追撃BETAの先鋒は、既に狭路内に侵入し、あと200まで迫っている。

主広場内の津波も、もはや端に達しようとしていた。




その時、そのBETAの群を縫い、狭路の中に、赤い曳光弾が飛び込んできた。
あの距離で、弾道のブレやすい信号弾を平然と挟路に打ち込む腕は、珠瀬をも超えるか、と思える。



『メビウス1! BETAが10000以上残った場合、この起爆を0として、ジャスト60秒で崩落起爆させる。爆風が通過次第、BETA残存数に構わす、行け!!』

武の返事は、爆音にかき消された。








押し寄せていた主広間内のBETA、そして狭路を進んでいた追撃の大群、その先鋒は、逆流した爆風に薙ぎ飛ばされた。

「・・・・クッ! Good Luck・・・。」

それだけを残し、岩陰から飛び出し、噴射跳躍に入る武。
追従するメビウス2。



その途上、オープンになった音声がつぶやく。

『主広間内残存・・・・15,000か。まあそんなモンだろ。』

『・・・・全く、死出の旅までアンタと一緒とはね。』

『・・・俺は嫌いじゃなかったが?   ・・・退屈しなくて良い。』

『・・・あぁ、もう、最期まで付き合いますよ、・・・・・・隊長。』

『・・・押しつけて悪いが、後は頼むよ、・・・武・・・。』


それを最後に、通信は、雑音にかき消された。










そして武とメビウス2が隔壁を抜け、耐爆姿勢に入った時、一つにしか聞こえない爆音が、主広間全体を振るわせた。












『メビウス1、今の爆発は?』

「メビウス5・・・。広間44が突破された。主広間の残存15000と、狭路を崩落するために、メビウス0とメビウス3が・・・・。」

『・・・・そう、・・か。
・・・・・。

こっちは第2隔壁の解放作業が終わった。あと3分ほどで、通れる。
解放次第、通過してくれて構わない。
オレは第1隔壁の閉鎖作業に入る。メビウス4は最後のS-11設置してくれ。崩落は足止めにしかならない。確実にBETAを留めるには、隔壁を封鎖し、開かないように脳を破壊するしかない。』

『・・・了解だ。』

『何、閉鎖準備はすぐ終わる。S-11設置次第横抗に入って閉鎖後、S-11の有線起爆だ。』









そう言って、彼らは隔壁の向こうに消えた。














『閉鎖準備完了。X-11ももう終わる・・・・って・・・・何だ?  この振動・・・!・・・・っ!!! 』

『っ! これ何だ?  というか・・・・BETA!?  でかすぎだろう?  これは・・・、うおぉ!?』

「!! メビウス5! メビウス4!」

『メビウス4っ!?・・・・・・クッ!! 流石ハイヴ、いろんなびっくり箱が在るな。
出現したのは・・・・目視直径170m、全長は埋まっていて不明、推定1000m、超特大のBETA。シーリングマシンみたいなヤツだ。しかも中にBETAてんこ盛り・・・数は約10000、要塞級までいやがる・・・・。』

「!!! 今行く!」

『来るな! 問題ない』

「っ!?」

『今、隔壁閉鎖開始した。』

『「 !! 」』

『閉鎖まで2分。俺とメビウス4はここでS-11を隔壁が閉じるまで此処を死守する。至近S-11の爆発で脳は破壊しても隔壁自体は耐えられる。』

「だったら、内側で・・・」

『S-11が囓られて、不発に終わる。隔壁を閉じても脳が破壊出来なければ、再び隔壁が開けられる。
メビウス4はそっちに行かせたかったが、さっき新種超大型BETAに直撃食らって、主脚がいかれたらしい。』

『・・・悪いな。ようやくお役はゴメンだ。
・・・ここからは俺の、俺だけの、狩りの時間だ。・・・・邪魔はするな。』

『そういうことだ。
・・・・まあ俺等は世間的には皆もう死んでいる存在だからな。
2回目にしちゃ、なかなか良いシチュエーション。・・・お前等は生き残れよ、じゃあな。』











第1隔壁が閉じるのと同時に、ハイヴが揺れ、そして第2隔壁、地獄の最後の門が開いた。











この後、武が何をしていたのか、隠蔽されていて判らない。
反応炉との接続作業なのであろう。

しかしその間の網膜投影による外部の映像は、そこに異様なモノを映していた。




あれが・・・・・・反応炉っ!?

・・・私も未経験故、間近に観察した事もなく、定かな事は言及出来かねるが・・・アレは、アレの形では・・?

こんなモノが反応炉??






突入後その異様な形のモノから伸びる触手のような刺突は、半端のない速度であり、武の護衛に付いたメビウス2が良く凌いでいる。

その剣技に見惚れる。

何処の流派というわけでもない、しかし、直線的な、というか無駄なモノを全てそぎ落としていったような剣閃。
傍目でさえ追い切れない変幻自在な刺突を弾き、逸らし、躱す。

遥かな高みにある技量。此処まで至るのに、どんな苦難を乗り越えてきたのか。
決して天賦の才だけでは至らず、そして弛まぬ精進をした者にしか至れない境地。



哀しいとさえ思わせる、その極み。






「!! コンタクト、完了したっ!! メビウス2、離脱するぞ。」

唐突に武のコントロールが戻る。

『・・・・行け』

目にもとまらない連続刺突を凌ぎきる。反した刀が引き際の触手を薙ぎ、その一本が飛んだ。

「・・・・え?」

『・・・俺に構わず、行け。』

「・・・メビウス2?・・・」

『俺が下がった瞬間、触手が飛んでくる。・・・コイツは俺を逃がす気は無いらしい。俺が戦っている限り、お前は脱出できる。』

「・・・・」

『生きて還ったところで、もう俺には何も残っていない。守るべきモノも、コイツの所為で全て喪った・・・。』

「!!・・・」

変幻自在に分裂する触手までも、凌ぎきる。

『・・・以来俺は、コイツに一太刀浴びせることだけを望み、24時間戦術機と刀の事だけを考えてきた。
そうすることで、俺は漸くあいつらの所に逝ける・・・・。』

「・・・・」

『さっきもメビウス3と代わってやるつもりだったんだがな。まあお陰でこうしてコイツと切り結べる。メビウス3には感謝だな。

そしてメビウス5も言っていたが、俺たちは死んだ人間、戸籍も名前も喪った人間だ。

しかも其れでいい、と皆が納得していたのは、戸籍や名前以上に、大切なモノを全て喪って、今更戻ったところで何も無い連中ばかり、生きることには諦観しちまった人間ばかりだからだ。」

「!!」

『・・・・・俺達は皆、“死に場所”を求めてさまよっている、それだけの存在なんだよ。


行け[●●]、武。お前は、違う[●●]

だから接続探査ユニットは、生還者たるお前に託された。』

「!!!」

『・・・・・・だから、行け、武! お前は行って、明日を掴め!

それが、名もない俺たちへの、最高の手向けだ・・・・。』



メビウス2に切られ、飛来する触手がまた増える。

今はその触手10数本と、平然と切り結ぶ不知火・・・。














そこで、唐突に感覚がぶれた。



気がつけば、ヘッドギアを付け、ベッドに横たわった私が居た。



「・・・・終了だ。

このまま、少し休憩に入れ。・・・・気分が悪い者は、具申しなさい。」

神宮司教官の声が聞こえる。






終わった?  ・・・・ああ、終わった、のか・・・・。


しかし、今の“現実”が寧ろ儚い幻の様に思える。

あまりの事に、頭がぐちゃぐちゃで、感情も思考も、整理が付かなかった。

・・・・・・・ただ黙って、瞑黙するしか、なかった。


Sideout



Side 武


彼方の組んだ“ストーリー”をなぞる。

基本はオレが前の世界で体験した、“桜花作戦”。
どうやら作戦名までもじっているらしい。

霞にリーディングして貰ったオレの桜花作戦時のイメージを一部映像化もしている。
それと、ヴォールクデータや、横浜ハイヴのデータを組み合わせ、さらにはシミュレーションに使われるBETAや戦術機の機動映像まで取り込んで、一つのVRデータを構成していた。




その状況で“再構成”された桜花作戦もどきの銀河作戦。

登場人物は、少しだけ、アイツ等の性格を投影しているらしいが、基本オリジナル。
にしては、ありえないほどのリアリティが在るんだが・・・。

オレの記憶に残された状況から判断された、その“過程”。
だが、委員長や彩峰、タマや美琴がどんな風に散っていったか、その一端を初めて知ったような気がする。


現実、と言い切るには確かに語弊がある。
オレの記憶にある事だって、厳密には今のこの世界では“未来に在るかも知れない可能性”の一つに過ぎない。
それでもオレの記憶はオレにとって紛れもない現実であり、その現実を元に再構成されたこのデータの状況は、現実と言っても差し支えなかった。
勿論、幾多のループを覚えているオレは、皆の気持ちも理解している。
前回の桜花作戦で何故皆で示し合わせた様に守って呉れたのか、それも理解はしていた。
皆に見せるのに流石にその描写は避けて欲しく、彼方にアレンジを頼んだ。

そもそも今回のVRデータでは、凄乃皇四型はなく、純夏も霞も参加していない設定であり、オレも不知火で参加しているが、前のループでは凄乃皇四型で先行し、恐らくはハイヴに於ける通信遮断さえ利用して、オレに一切の負担を掛けないよう気を配って呉れたのがあの結果なのだ。
・・・・冥夜がオレに対しずっと皆の欺瞞情報を送っていたように・・・。


当時はあ号を確実に殲滅出来るのが凄乃皇四型の荷電粒子砲だったため、最優先で先行させられた。

崩落させた後方の広間をこじ開けた20万を越えるBETAの大群。それはデータで再現されたスタブを埋め尽くす激流そのもの。
そのなかで、連携自爆で見事狭路を再度崩落させた委員長と彩峰。

さらに主広間に突如現れた母艦級。
今でこそその全容を知っているが、当時としてはあり得ない状況の激変。
その激変の混乱の中でも、達成された第1隔壁の閉鎖・脳破壊。
それを達成しながら母艦級の出現により、結果BETAの奔流に飲まれたタマと美琴。
記憶ではS-11の爆発は無かったが、何らかの方法で達成し、散っていった事は確かなのだ。


命を賭した、アイツ等の成果。
朧気ながら、或いは若干の誤差は在るにしても、未来で喪った仲間達の最期を漸く知れた気がしたのだ。




そして冥夜。

此処は記憶する状況とは、敢えて全く変えてきた。
恐らくは、この部分だけ、今年の春まで本当に存在したという幽霊部隊の記録から引っ張ってきたのだろう。
流石にもう一度BETAに侵食される冥夜を見たくないし、その冥夜を自分の手で殺す場面もみたくなかったので正直オレ自身が助かった。

そして、オレの記憶にない範囲でも大勢の衛士や兵士、そして一般の人までもが理不尽な死に追いやられ、そして生きている人さえ何かを背負って生きている、その現実を思い起こさせてもくれたが・・・。
記憶を失っていたなら、記憶が戻るキッカケともなるだろう、一幕になっていた。









・・・そう今はまだ喪っていないこの仲間達。


そして、このデータに彼方が反映した“今の”オレの練度とXM3、そして“期待値”として組み込まれた冥夜達の目標ともなるアバター達の練度。

其れに準じる練度が実現できれば、凄乃皇無しでもたった1個中隊で結構行けるんだなぁ、と改めて思う。

勿論本来は、まずは入り口のSW115に至るまでが滅茶苦茶大変なのだが・・・。


それでも前の世界では、純夏のラザフォード場を頼りに、相当強引に突破したBETAを、このデータでは殆ど置き去りにし、広間を利用した部分崩落で時間を稼ぎ、主広間でも強行突破と陽動によるBETA誘引で隔壁解放の時間を確保、最終的にS-11で殲滅する戦法を取ることが出来るのだ。

あとは、あ号標的を破壊するだけの火力さえ温存出来れば、純夏に負担を掛けることなく桜花作戦が実現できる事になる。
勿論、現状の装備では、まだまだ決して容認できない犠牲が出ているが、それは誰よりもこのデータを組んだ彼方が認識している。







桜花作戦では凄乃皇四型という、謂わばBETAに対抗した物量で殲滅しながら侵攻したが、その大きさが逆に仇となり、本来戦術機最大の利点である機動的な作戦が取り難かった。

この再構成されたVRデータでは、凄乃皇四型のもたらす物量は無いが、その戦術機機動にものを言わせ、同等の侵攻を果たしていると言える。


問題は火力・推進力不足と、そして彼方の言う反応炉破壊後残存するBETAの汪溢か・・・・。






そして、このデータには、本来訓練兵などには到底見せられない最高機密がてんこ盛りである。
夕呼先生も、これを訓練兵に見せる事には、当初難色を示したらしい。

だが、オレのループから得られたBETAの情報、特に上位存在との会話ログに信憑性を持たせるために丁度良い設定であること、そしてもう一つ・・・。

それは、この世界の人類が感じている厭戦ムード、と言うか、既に諦観とも言える逃避、他人への転嫁、自暴自棄。あと10年と言われる現実による圧力。それらを払拭し、人類に未来を示す為にも、今後は徐々に情報公開をせざるを得ないと判断したらしい。


そう言われれば、狭霧大尉のクーデターすら、無意識の諦観による責任の転嫁、とも言える。
殿下が大権委譲さえ為されれば、あとはどうにかなる、という無責任。
BETAの侵攻が齎す重圧や諦観故の自棄、という一面が在ったのも否定できないのだから。

だからこそ、米国の裏工作とは別に、あれほどのメンバーが賛同したのだろう。
高位の者、練度の高い者ほど、BETAに対するその無力さを感じていたのだから。







年内に、喀什を陥とす・・・。

最終的に夕呼先生は、その為に必要なら、訓練兵への開示など些末にしか過ぎない、そう判断したのだろう。







さて、この“追体験”がアイツ等にどう映るか、どう受け止めるか。

それはアイツ等次第。


自らの望む衛士と言う存在。
このデータにある状況は、少なくともここ横浜の訓練学校を出る限り、もっともあり得る可能性の高い未来であるのだから。




それでも、オレは期待し、待っている。

アイツ等が、此処まで来ることを・・・・。


Sideout





[35536] §21 2001,10,24(Wed) 10:00 シミュレータルーム 考察 XM3
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/06 21:17
'12,10,11 upload   ※説明冗長です。苦手な方はパスしてください。
'12,12,06 誤字修正


Side 遥


昨夜に続き、新OS・XM3の慣熟に入った。

白銀少佐の見せた、あの煌星の様な機動。衛士として憧れない訳がない。
光線級すら歯牙にも掛けないその機動は、絶望に瀕した人類の光明にも見えた。
その機動実現の、基礎とも言える新OS【XM3】。
最初は皆激変した応答性に戸惑っていたようだが、御子神少佐の組んでくれたレベライズの助けもあり、1時間もしないうちに、目覚しい機動を見せるようになったのだ。

正式任官の為に未受講の訓練課程を受けると言う白銀少佐は、昼間訓練兵扱いとなり、神宮司大尉と共に訓練教程の為、教導には来られない。
あの白銀少佐に何を、という今更感が強いが、何らかの思惑があるのだろう、そこはNTK[ニード・ツー・ノウ]なのだろう。


代わりに、と言っては失礼だが、御子神少佐が見に来てくれた。

実際、オペレーションルームでガコンガコン動く高足蟹の甲羅みたいなシミュレータを眺めつつ、各人のシミュレーション映像をモニターするくらいしか、やることのなかった私に、大量のお仕事を下さった。


バイタルモニターから、先行入力率・入力速度・反応速度・ヒット率・キャンセル応答速度・事後入力速度・適性率・コンボ構築数・使用頻度・・・・・・・・。

そして3次元方向への耐G馴致課程。対XM3仮想アグレッサー。


これでもか、と言うくらいのてんこ盛り教導プログラムだった。



「取り敢えず、試作β版で、追々改修していくが、当面これだけあれば武が居なくても熟せるだろう。」

「・・・・お腹イッパイです。」

苦笑いする御子神少佐。

「俺もいつも教導に付き合えるわけじゃないしな、基本これらの推進とデータの検証は涼宮姉が中心となって、伊隅と相談しながら進めて欲しい・・・んだが・・・・・・」

「了解です、・・・って何か?」

しげしげと見つめる視線に問を返す。

「・・・涼宮姉は・・・・皆と一緒に戦術機に乗りたいか?」

「・・・・それは、どういう意味ですか?」

「いろいろ向こうから引っ張ってきた技術が在ってな。望むなら、生体擬体をほぼ元通りに出来る可能性があるって事だ。」

「!!!」

ちょっと待って!
それって・・・ええっ!?
いろんな想いがゴチャゴチャに入り乱れて、考えが纏まらない。

「・・・私が今から衛士になって、皆のレベルに追いつけるでしょうか?」

「XM3に関しては、アイツらもヒヨッコと変わらん。BETAに対する経験は、むしろ常に俯瞰していた涼宮姉の方が豊富。ただ、隊全体として見たとき、どちらが戦力として上になるのか、そこは予想がつかない。
A-01は言ったようにハイヴ攻略戦を想定しているが、CPの場合は複座に就いて貰うつもりだからな。」

「・・・少し時間を頂いていいですか?」

「ああ。・・・ただどのみち、今のバタバタが一段落したら、治すけどな。」

「・・・ありがとうございます。」


この人は、何なんだろう・・・?
入り乱れる想いの中、唐突に思ったのは、それだった。












『本当にこれ、白銀少佐のコピーなの?  機動弄ってない?』

水月の声がする。
いけない、いけない。
御子神少佐の爆弾は置いておいて、チェックに入る。


教導プログラムの大まかな説明を終え、先ずは現状認識の意味でも、一部の戦闘狂が望んだ意味でも“人外”級アグレッサーとの対戦を望んだのだ。


「今朝武にも試して貰ったが、気味悪いくらいそっくりだと言っていた。まあ、当然本人には届かないから9割方再現している、と言ったところか。
なら、試しに速瀬は“自分”と闘ってみるか・・・。ほら、換装したぞ。」

『え?  あ・・・、本当だ。変態機動しなくなった!!って、えぇ!?  うわっ!!』


御子神少佐は基本的に自分でシミュレータに機乗しない。
技術職で実機経験が無い自分にはおこがましい、と言うのが理由だった。本当は面倒くさいだけらしいが。

その代わり、対BETA戦経験も対人戦経験も豊富だという白銀少佐の仮想戦術機モデルを作ってきた。

因みにその白銀アグレッサーモデルにハイヴ攻略をさせたところ、前回とは全く別ルートで同じように反応炉破壊まで行って見せた。
ただし、実現できるのは9割なので成功は10回に3回程度らしい。


そして行われた仮想白銀機対戦は、個別で行ったら訳もわからないうちに全員秒殺。
そこで編成を変え、A-01隊全機との対戦にしてみたが、それを以てしても、吹雪1機に太刀打ちできないという結果に終わった。
白銀少佐の3次元機動は、対戦術機戦に於いても、極めて有効なのだ、と言うことを実感させられた。





「さて、取り敢えず目指すべき目標は見えたかな?
今のデータを見る限り、まだまだ全然XM3の優位性を使いこなせていない。反応速度の向上に頼った動きだ。
一応伊隅と、速瀬、・・・なぜか築地が反応速度レベルIIには達したが、先行入力のヒット率はまだまだ、築地にいたってはキャンセル率もダントツに1位だ。

夕方からは武が来るが、アイツは、基本習うより慣れろ、ってヤツだし、何よりもアイツ自身感覚だけで操っている様なもんだから、中々に理解しにくいところもあると思う。
まあBETAとの実戦経験は豊富なヤツだから、間違いではないんだけどな。」

『!! あの機動は、実戦に於いて培われたモノなんですか?』

「ああ。武の経験は本物だ。新種でも出てこない限り、有効だよ。極秘部隊上がりだからな。まあその内知る機会も在るだろうし、そこでの最後の作戦のデータもあるから、見せてもらえばいい。」

「・・・・・」

当然といえば当然。あのハイヴ侵攻は、ハイヴを攻めた経験がなければ無理だろう。
むしろ初見でハイヴを崩落させた方が異常だ。誰とは言わないが。


「・・・それでは、感覚的すぎる武の教導が始まる前に、理解して貰うための説明をしておきたい。
小難しいかもしれないが、基本は既に知っていなければならない内容だからな。ちゃんと理解しろよ。
シミュレータ乗っているんだから、確認しながら聞いていてもいいぞ。」


そして御子神少佐は、戦術機の操縦に関する説明を始めた。









「先ず認識してもらいたいのは、戦術機が人を模した乗り物[●●●]である、と言うことだ。



では、乗り物とはなにか。

最初に自動車を思い浮かべてくれ。免許を持っている者も、居ない者も漠然とならわかるだろう。
進む・曲がる・止まる。
いろいろやっているが、移動に関する基本的な操作は、それしかない。

次に、飛行機は?
飛行機は空をとぶから、車が地面、つまり2次元で行っていた挙動に、上がる・下がるが加わっただけ、
・・・・と思われがちだが実は違う。

車でも、2次元で曲がる、と言う動作は厳密には垂直軸周りのモーメント、つまり回る(ヨー)、という動作によって進行方向を変え、結果曲がることを実現している。
飛行機に於いて、3次元にそれが拡張された場合、先のヨーに加え、前後軸回りのモーメント、捻る(ピッチ)と言う概念と、左右軸周りのモーメント、転がる(ロール)という概念が追加されている。
そして飛行機の機動は全てこの組み合わせで行われている。
飛行機では主翼による揚力の発生原理上、主翼に関わる力の発生が大きい。逆に小さな尾翼でしか発生しないヨー方向の動きはかなり苦手だ。
なので、早く横に曲がりたい時には、まずピッチで主翼を垂直に立て、次いでロールを行う事によって、結果的に横方向に曲がる、という機動を取る。
すなわち複雑に思える飛行機の機動に於いても、実際に行われている操作は基本的に、ヨー、ピッチ、ロール、それに加減速の4つしかないと言うことだ。



では戦術機は?

実は、複雑にみえても戦術機全体を1つの質点として見れば、自由度や機動の応答性などを除いて、飛行機、それも戦闘機と等しい。
実際、ダイレクトな機動レバーやペダルは、その4自由度のみ。
自機の各主軸に対するモーメント発生と、前後軸方向の加減速を制御しているわけだ。

そしてこれを移動操作と言う。

戦術機で移動するとき、曲がるのにどうやって脚を動かそう、なんて考えたことないだろう?
考えるのは、進行方向と、加速手段が主脚走行なのか噴射跳躍を使うのか、速度はどのくらいか、位のはず。」


いくつかのシミュレータがその言語を試すように動いている。
基礎中の基礎ではあるが、立ち返ればそういう事。


「で、・・・“乗り物”としては、それで十分な訳だが、戦術機は戦う為に作られた存在。
しかも、この戦闘機動に於いては、他の戦闘機動体に比べ、桁違いに多い自由度をもつ。

元々人体を模しているから、戦術機の持つ関節の自由度だけで考えても、頸部、腰部、左右肩、左右肘、左右手頸、左右股、左右膝、左右足頸、主要な関節の自由度だけでも14×3方向、更に個別の自由度を持つ副腕にも2方向ずつあるので、8自由度、さらには掴む、といった掌や指の関節を細かく分割すると、それだけで優に100を超える自由度になるわけだ。

それらを一つ一つ制御や操作など出来るわけもないから、戦術機の戦闘機動操作には2種類の方法が考えられる。



1つは、エミュレーション。

これは操縦者の個々の関節の動きを、完全に戦術機に転写する方法。
それ故きちんと制御出来れば、極めて繊細な動作を可能とする。

けれど、欠点も多い、と言うかその長所以外は、全て欠点といって良い。
非常に複雑な操縦者とのインターフェースが必要になること。つまり操縦者の動作そのものが戦術機の機動と成るため、操縦者も常に自由度を保った空間で動けることが必要だし、機動や感覚のフィードバックに関わる制御が膨大で重く、また常に動くことに成る操縦者の疲労も馬鹿にならない。
何よりも最大の欠点は、操縦者の身体能力以上の事が出来ない、ってことだ。機械である戦術機が、応答性や出力と言った機械の長所が生かせず、人間の性能に収まるなど、馬鹿らしいわけだ。
余程生身で人外の動きができる格闘家でもなければ意味が無いし、衛士のレベルがそんなに在るわけもない。


なので、現在の戦術機の戦闘機動操作には、もう一つの手法、コマンドドライブ方式が取られている。

つまり、何処をどの様に動かしたいか、ではなく、何をしたいか、を入力する。
36mmを撃ちたい、長刀を抜きたい、と言う様にな。
例えば、36mmを撃つ、と入力すれば、戦術機は前方、つまり自機主軸方向に1発発射する。
狙点を定め・36mmを撃つ、とすれば目標とした点に可能なかぎり早く1発発射する。
さらに、狙点を定め・36mmを連射、とすれば、止め、のコマンドが入力されるまで、具体的にはトリガーが離れるまで撃ち続ける。
知ってのように、強化装備のヘッドセットを介した、間接思考制御と言うのが、このコマンド入力を補助している。
何に対して、どの様に、何をするか、と言う事を、ある程度パターン化し、右手操作系のトリガーや攻撃機動と、視線選択入力を使うことによる目標設定やオプション選択を組み合わせて迅速に決定し、戦術機の戦闘機動操作をバックアップしている訳だ。



最終的には、それを移動操作と併せて実施しているのが、戦術機の統合機動となる。

つまり戦術機は、左の操縦レバーにより移動操作を、足のベダルにより主軸方向の加減速、右のコマンドレバーと視線選択入力によって戦闘機動を選択・実行し、それらを統合制御に従って最も合理的な機動を実現している、と言うわけだ。


ここまでは、基本的にまりもセンセが講義したはずなんだが、覚えてるか?」


『『『『『『『『『『『 ・・・・ 』』』』』』』』』』』


「・・・おまえら、武と同じだな。脳筋どもめ。
まあ、いい。もう少しそのまま聞け。

ここで問題に成るのは、移動と攻撃機動は、その動作に齟齬がない限り並行して行えるが、戦闘機動は1つのコマンドが完了しない限り、次の入力が出来ない[●●●●●●●●●]、と言うことだ。

例えばBETAが密集している場合、牽制に一掃射して、長刀を抜き、薙ぐ、と言う動作を実現したい。
けれど、戦闘コマンドは、その動作が完了してから入力に成るため、どんなに早く入力しても入力する“間”が生じる。
こればっかりはどんな達人でも0には出来ない。

それを解消した概念が、“先行入力”だ。


一掃射中に、更に抜刀、横一閃、とコマンド入力すれば、命令がバッファに蓄積され、順次実行されるだけではなく、統合制御がその2つの機動の終端と初端をなめらかにつなぎ、完全に連続した動作として実現する。
あとは移動で、それを実施するのに齟齬のない、相応しい位置取りをすればいい。
先行入力と移動操作を組み合わせることで、途切れのない攻撃機動を継続できる、ということになる。
当然戦闘機動と移動のシンクロが鍵になる。


そして、もうひとつ。
例えば、先の狙点射撃を考えてみよう。

狙点を定め・36mmを撃つ、とすればそれが主脚移動中でも、狙点は制御の許す範囲である程度追尾してくれるから、相対射角が許容範囲内なら中る。
一方で、相手の動きを見定め、姿勢を制御することで、射線を定め、タイミングを見計らって、唯、撃つ、としても、その射線やタイミングが合っていれば中る訳だ。


しかし実は既存のOSには自律制御に任されているが故の齟齬が生じる。

先に言った事例の場合、狙点の維持と射撃は、移動に優先して実行される。
つまり狙点を維持できない自機の挙動、例えば振り向くとか、は、射撃が実施されるまで出来ない。
最悪、相手の動きが早く、狙点が追いつかない場合は、狙点が振り切られるか、射撃が完了するまで他の動作が取れない、という事態さえあり得る。


それを避けるため、ひとつひとつの動作における全体機動と戦闘機動を細かく分割し、戦闘コマンドを他の制御に阻害されない動作にまで単純化するノウハウが、斯衛式、と言われる戦闘機動の入力方法だ。
ただし、移動と戦闘機動を戦術機任せにせず、操縦者自身が構築するわけだから、当然難易度はメチャクチャ高く、習熟には相当の努力と才能を求められるシロモノだな。


そして更に、戦術機には戦術機側の都合もある。
移動と戦闘機動を統合し、且つ必要な間節の動き、結果の姿勢、バランス、それを実現する力の配分。
それを全て統合しているわけだから。
当然慣性やモーメントを相殺する必要もあるし、その上でバランスを維持する事も必要になる。そういった実際には裏で走っている複数のプロセスが、維持できなくなった時、所謂“硬化時間”が発生する。
発生するのは、主に耐久的な問題が多い。
人間が、ある程度以上関節が曲がらないように、戦術機にも機動の限界がある。また、過剰な力による関節負荷も、耐久限界を越えれば損傷する。
自機の保護を最優先に、機動終端にシステムが勝手に入れる動作で、主に平衡回復や、ショックの吸収等に当てられる、と言うことだ。


しかし、BETAや、実際の格闘戦では、捨て身で転ぶことによって避けられることもある。転ばない事による硬直で突進を喰らうなら、転んででも次の噴射跳躍で距離を取り、生存に繋げる、と言う思想だ。
BETAが直前に迫っていれば、耐久性など構って居られないし、喰らってしまえば耐久性もなにも在ったものではないからな。

そこで本来優先度の高いこれら全ての機動や制御に優先して、その動作を強制的に終了し[●●●●●●●]、次の入力動作に移行する機能、それが“キャンセル”だ。
そしてこの機能は、先行入力で予定した動作と異なる事態が発生したとき、その機動を取りやめる為のコマンドでもある。


実戦では、平衡を回復するより、跳んで避けるほうが重要だ。しかし勿論戦術機の安全対策まで強制的に停止するから、その後の動作が適切でない場合は、当然戦術機の耐久性にも影響する事になる。
それ故、重要なのは、キャンセルの後にどれだけ適切な入力が出来るか、ということになる。
バランスを崩したなら、柔道の受身を取ってもいい、衝撃だってダンパーを使わずとも体幹を回して、関節全体に分散して受ける事もできる。どんな選択をするのか、それは各人の個性となる。

そして、リスクが無いわけではない。
先程言ったように、希望する挙動の裏には、いくつもの必要なプロセスが並行して走っていて、どれを残すのか、どれを取りやめるのか最初は解らないからだ。
その為、ある戦闘機動をキャンセルした途端、バランス機構も停止し、転倒することもある。
それは、挙動のキャンセル時にどのプロセスを残すか、という選択が適正に行われていないからで、使っていく内に、学習機能によって適正なプロセスを残すような最適化機能が付いている。今のシミュレータ、そして換装中の戦術機OSの基礎動作には、現在武の挙動モデルが入っている。
が、これは今後も逐次学習するので、各人が修練するに従って各々の動作により適応した動作に変わっていく。
つまり、各自の挙動特性に併せて成長していくOSであるとおもってくれていい。これは、昨夜まりもセンセに説明したパーソナライズの一端でもある。」


ウンウンと皆が頷く。


「で・・・、この様に使っていくと、やがてこの動作の次にはこれ、といったある種の決まったパターンがいくつも出現する。その使用頻度の高い一連の動作を1つの入力として扱うのが、コンボという概念だ。

もちろん、登録は自動的に実施されるし、同じ機動の羅列が入力されたとき、サジェスチョンという形で、予測入力もされる。これは、入力数を減らしたり、似たようなコンボで途中分岐している選択肢を選ぶことも出来る。
コンボは基本移動まで含めた形で動作するから、発動条件さえ整えれば、後は最速で戦術機が勝手に動いてくれる。


因みに武の場合、BETA相手だと機動の殆どをコンボで組み合わせている。
今回モジュレーションを組み込んで、発動タイミングを調整出来るようにすることで、再入力を最大限減らしている。



そしてコンボを含めたこれらの情報は、データリンクで統合化され最も効率の良い制御パターンや汎用コンボを、新たな動作パターンとして登録し、別の機体で実施することも可能となる。


これらが、新OS【XM3】の基本概念だ。」


『『『『『『『『『『『 ・・・・ 』』』』』』』』』』』


「今、皆の機体に換装しているOSには、昨日からのシミュレータで入力された挙動もフィードバックされる。そしてなによりも武の3次元挙動の基礎動作も反映されている。
それを自ら咀嚼し体得することでしか、それらは使いこなせない。各自の特性や動作には個性があるからだ。

そこで必要になるのは、状況を把握し、先を読み、自分の動作を決定すること。
そしてそれに合わせ、最適な位置取りをすること。


予測と同調[●●●●●] が重要な要素と成る。

今朝の機動を眺める限り、その事に留意して動かしている者が少ないんでな。
“現在”のことだけに対処している裡は、XM3を使いこなしているとは言えない。

それらを成長させるのは、各人の予測に基づく創造力、だ。
XM3は何も即応性だけを求めたOSではない。そして進むことによって進化し続けるOSである。

その事を意識して習熟して欲しい。」


『・・・・・・・だから勝てないんだ・・・』

「・・・武はその辺の予測に関するBETAや人の挙動情報経験が段違いのうえ、突拍子もない挙動を編み出すのが得意だからな。
・・・まあ、武の異常性はそれだけでは無いけどね。

昨夜も言ったけど、こういった操作に習熟してくると、脳内にも戦術機操作のモデルが構築される。
視覚や予測から、全く脳で考慮することなく反射的に最適なパタンを入力する反射モデルが、ね。
武の場合、その反射モデルが既に膨大に形成されている。単騎世界最高戦力ってのはそういうことさ。

例え同じXM3搭載機とはいえ、個人の頭の中のモデルは一朝一夕には構築できない。
機動パターンや汎用コンボはデータリンクで共有可能でも、脳みその中はコピーできないってことで、まぁ速瀬、がんばんな。

ちなみにシミュレータの中のアグレッサはその辺の応答速度も考慮して作ってあるから、あれに勝てれば10回に3回は本人にも勝てるかもよ?」

『道のりは長いですね、中尉』


XM3の全容を理解して、改めて凄まじい武器を手に入れた、と理解する反面、その遙か先にある白銀武と言う存在を理解した乙女隊の面々だった。







「・・・一つ、質問いいですか?」

私の問に、ちらと視線が合う。

「・・・どうぞ」

「こんな発想を、白銀少佐はどうして出来たんですか?」

「・・・・・・・・」

天才だから・・・・そんな答えを予想した。
そう言われれば納得してしまうだろう。
しかし一方で、どんなに努力しても届かない現実、と言うのも認識させられてしまう。


「・・・これは厳密に言えば、武だけで作ったモノではない。」

『『『『『『『『『『『 え? 』』』』』』』』』』』

「・・・・・。」

無言のままに、キーボードを操作する。
目前の共有モニターにウィンドウが現れ、その中でワイヤーフレームが動いている。
長球のプリミティヴを組み合わせた動くモノが、人を表していることに、やがて気がついた。
その人型は、画面を無重力空間のように動きまわり、現れるターゲットを殴ったり蹴飛ばしたりして、潰していく。

「・・・これはオレが中学校の時、武と作ったシミュレーション・・・、まあスコアゲームだな。一般家庭にあるPCで動かせるレベルだからそこそこ遊べた。
他に遊ぶ事も少ない時代、かなり限定的ローカルに流行ってな、そのとき周囲にはコアなマニアやディープなファンが結構居たんだ。

今見せているこれは最終型に近くて、初めは機動も操作系もこんなもんじゃなく、1フレームに1秒掛かるようなシロモノだった。
で、ソイツらの意見や発想をプログラムしては、組み合わせて、要らないところは削り、優劣を比較して改修してきた。
かれこれ2年くらいの期間で、ここまで“進化”させたわけだ。」

「・・・・」

「このマネキンの動作と操作の中から、“先行入力”、そして間違ったそれを止めるための“キャンセル”、更には複雑挙動を統合化する“コンボ”という概念が生まれた。キッカケが誰だったか、今となっては定かではないが、武もその一人なのはたしかだな。


今の戦術機の基礎をつくりあげたのは、米国だ。今では各国で作られてはいるが、基本概念は殆ど変わっていない。そしてまだ生まれてから四半世紀をようやく越えた所、世代だってやっと第3世代だ。
概念自体が新しいから、まだ成熟世代に至っていない。
しかも互換性を考慮して、管制ユニットは米国マーキン・ベルガー社のユニットが全世界統一規格となっている。間接思考制御を含むOSについても、ほぼ1社独占状態。
ライセンスを持っていれば、何もしなくても稼げるからな、開発や概念実証に膨大な費用のかかる改良など考えないだろ。
・・・全く競争のない状態では進歩なんかしないんだ。

けれどこっちは違う。お金なんか関係ない。何よりも自分が楽しむため、どうすればいいか、考える。
ハイスコアを取るために必要なものは何か。そしてそれは、他にも考える奴がいて、そいつよりも早く動くには、正確に攻撃を当てるには、どうする?  と考える。
有効な手段は、相手のアイデアでも貪欲に取り込み、選別し、評価する。

交差、選択、淘汰、統合・・・・そうした実証実験の果てに生き残った[●●●●●]のが、このシステム。

XM3はそれを戦術機に転用したんだ。」

「・・・・交差、選択、淘汰、統合の結果ですか・・・。なんか生命の進化みたいですね。」

「そうだよ。・・・・こんな風に環境に合わせて成熟する多点参照最適化手法を、“遺伝的アルゴリズム”と言う。」

「!」

「今、人類は滅亡の瀬戸際にある。人という種そのものは、そうそう簡単に進化しないけど、戦術や戦略、システムはまだまだ進化する余地がある。いろんなモノを取り込み、選択したシステムが、生き残るか、淘汰されるか、それこそ自分たち次第、と言うことだ。



・・・はっきり、言おうか。
伊隅ヴァルキリーズは、今後ハイヴ攻略戦の中心となって貰うのは話した通りだ。
少なくとも、年内に2回、確実に実施されると考えてくれ。

尚、これが失敗した場合、人類の滅亡は確定的と成る。」

『『『『『『『『『『『 !!!! 』』』』』』』』』』』

「・・・と言って、うら若く見目麗しい乙女を死地に送り込むのも、俺の心理的負担という意味でも、忍びない。
今後、ヴァルキリーズ全員にXM3の慣熟を行ってもらう。
そして、XM3は、昨夜説明した通りモニタリング機能を持っている。

ハイヴ攻略戦立案時、その評価基準でレベルIIIに達しない者は、参加メンバーから外す事とする。」

『『『『『『『『『『『 !!!! 』』』』』』』』』』』

「・・・軍としては異例でもあるが、ハイヴ攻略が3次元機動という、余りにも特殊な技能を求められること、その技量に満たない者を参加させても、無為に命を散らすばかりか、更に周囲の者さえ巻き込み、作戦の成否に影響しかねない、と言う判断からの特例措置だ。」

『『『『『『『『『『『 ・・・・ 』』』』』』』』』』』


「・・・・・・・覚悟を以て臨め。・・以上だ。」





閑話休題




「彼方君!」

美沙が気軽に声を掛けてる。

「ん?」

「って言うかぁ、ハイヴ完全攻略のエレメントで武君のバディだったじゃない!?」

「・・・まあな。」

「実戦経験はないって聞いたけど、どのくらい強いの?」

「ん~、武と同じ位?」

「え・・・」

「多分、BETA相手のスコア勝負だと経験差でかなり負けるな。対人なら少し勝つか、な。」

周囲も驚いた様な顔。
この2日間、シミュレータにも乗っていない。対戦相手も努めていない。

「・・・じゃ、あのアグレッサに勝てるの?」

「8:2かな。」

「・・・見本見せて!!」

「ん~、ま、いっか」

そう言って、彼方は強化装備も無しにシミュレータに乗ると3次元挙動中の仮想モデルにあっさりと長刀を突き刺して大破判定させた。



「うそ~!?  なに~!?  どうやってんのよ~!?」

「・・・武の戦法は先行入力コンボの嵐だからな。逆に言えば完全にパターン化している。
つまり、俺にとっては最も読みやすいってこと。
幾ら早くても、次に来る動作が解ってたら、タイミング外して一手入れるだけ。
フェイクで誘ってパターン化したコンボに乗ったところで、墜とせばいい。

逆に実戦経験がない俺は、行動パターンの蓄積がないBETA相手だと戦力として武に届かないってこと。」


あっさり言うが、御子神少佐が、“裏の単騎世界最高戦力[エース喰いジョーカー]”と乙女隊に認識された瞬間だった。


Sideout





[35536] §22 2001,10,24(Wed) 13:00 横浜某所 遺産
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/11/10 07:00
'12,10,13 upload   ※ご都合[チート]設定、炸裂します。突っ込み所満載だなぁ^^;
'12,10,14 誤字修正
'12,10,30 矛盾点修正


Side 夕呼


網膜投影に映る、仄蒼い隧道を不思議な感覚で眺めていた。

流れるような景色は、速い割に揺れることも耳障りなこともない。
機動する戦術機に乗るのは初めてだが、こんなに安心して乗っていられるとは思わなかった。
・・・・尤も新品が納品されるたびに、管制ユニットのビニールシートを破りにコックピットには乗り込んだが・・・。

強化装備は無いが、戦闘機動をするわけではないので、問題ない。
網膜投影を行う簡易型のヘッドセットだけは、付けた。
そして操縦者は、彼方。
電磁伸縮炭素帯をフルに使い、作動音すら殆どしない程、音と振動を抑制しているのだろう。


俺にはハイヴの単騎攻略なんか到底出来ないよ、と言うが、戦闘機動はともかく、事戦術機の制御に関して彼方以上の存在はないだろう。何しろ戦術機機動の基礎である電磁伸縮炭素すら弄っているらしい。

OSは、操縦者の意志を反映し、統合制御で機体に信号を伝えるI/Oを行うが、それを動作にするのは炭素帯である。入力された信号に対し、どの様な応答速度でどの位動くのか、単純にいえば大電流を流すリレーの制御は炭素帯自体のファームウェアが行っている。OSの制御がどんなに細かくても、それを力に変える末端は結構泥臭かったりする。
聞けば、今までのOSでは問題にならなかった領域だが、白銀の概念を元に彼方が組んだXM3は、アタシの試作CPUをフルに使っている。OSの緻密な要求に対し、今までの炭素体ファームウェアは“粗い”そうだ。
で、ファームウェアに対しても、クロックアップと出力の非線形に対する補正を掛けた、と言う。
信号入力のビット数は変わっていないが、クロック周波数が上がったことで、出力の緻密さは8ビットが16ビット相当になり、非線形領域の補正で立ち上がりと高出力領域でのピーキーな特性がなくなったとか。
パーツなんか一流の設計者でも納品されたままの性能を如何に使い切るか、が腕だと思っている節があるから、戦術機そのものの開発に余程深く関わらない限り普通は気付かない領域なんだけど・・・。


その結果が、この絹みたいな乗り心地、だと言う。

・・・ま、戦闘力も上がるんだから何も文句はないけれど・・・。



今、この“海神”が通っているのは、横浜ハイヴの外郭に広がるスタブの一つ。
横浜基地自体は、地下茎構造がフェイズIVクラスだったH22の、主縦坑を中心とした範囲に構築されている。
しかし半径で10kmに及ぶ外郭スタブに関しては、埋戻す手間もなく、基地外郭で閉鎖しただけで、そのまま残されている。

彼方はあろうことか、基地最深部のスタブ構造から、気がついて居なかった偽装抗を抜け、この周辺スタブに潜り込んだのである。











「ちょっと出かけてきたいんで、海神[わたつみ]貸して貰えるか?」

彼方がそう言ってきたのは、昼食時間も終わり、午後の作業に入った頃だった。
相変わらず唐突なやつ。
・・・・・・しかも昨夜の今日だというのに、全くかわいげがない。

アタシと言えば、今朝はこの上ないくらいすっきりしてたし、午前の設計もサクサク進んで上機嫌だったのに。
・・・・・尤も、それで我が物顔で馴れ馴れしく成るような奴なら願い下げだが。


「海神?  そんなの、ここに在った?」

「格納庫の隅に1機、ホコリかぶってた。朝一でA-01に教導プログラム渡した後、整備しておいた。
サンプルか、海底作業用だろう?」

「なら・・・・・別にいいけど・・・、なにするの?」

「・・・昨日少し話したこの世界の“御子神彼方[ネイティヴ]”が、用意していた遺産[●●]を確認しに行く。」

「・・・・こっちの世界のアンタ、ね。何してたのかしら?   ・・・でも海神で出歩くなんて目立つのはイヤよ。」

「ああ、そこはどうにかする。・・・・・・いっそ夕呼センセも行く?  ココの海神は複座だったし。」

「・・・はぁ?」


話によれば、所要時間は4時間、夕方には帰ってこられるという。
素子化作業が思いの外はかどり、今は試作待ち、時間に余裕の在ったアタシは、興味本位に話に乗った。


・・・・・・・・デートなんて思ってないんだからねっ!






そして仄蒼い坑道を抜けた小さな広間には、水面がゆらゆらと壁の蒼を映して光っていた。

「ここ、どの辺り?」

「昔の地名でいう八景島あたり。スタブから海中に直接出られる唯一のルートらしいな。」

・・・・・・抜け目ない奴。
確かに機密区画からスタブに抜けて、そのまま海中に出られるのなら、誰にも見咎められない。

そしてその後は、仄暗い海の中をおよそ40分。

移動速度が20ノットだから21、2kmかしら、浅めの海底が、急に崖のような深い深淵に変わる。
その淵にそのまま潜行してすぐ、薄暗い海中に巨大な構造物を認めた。
彼方は臆することもなく、その底部に回る。
その人工構造物[●●●●●]の気密ハッチと覚しき場所にたどり着いた。





何をどう操作しているのか、シークエンスが進む。水深は100m程度と推定、それなりの水圧はあるのだろう、減圧エリアを抜けて、プールに浮かぶ。そのままドックに上陸した。

・・・・・・広い。

横浜基地の戦術機ドックくらいある。
殆どがらんとした空間に、小型の再突入HSSTだけが佇んでいた。
あれって・・・前進翼の実験機じゃ無かった?

周囲はシンとしていて、他に動くものもない。
勿論人の気配なんかない。
しかし自動的に証明が点くところを見ると、この施設は生きている[●●●●●]のだ。



彼方は適当なところで海神の膝を着くと、ハッチを解放した。
彼方は、少し高い位置からの着地に手を貸してくれる。




「・・・・・・なによ此処は?」

御子神[ネイティヴ]が9歳から行方不明に成る18歳までの10年間で構築したメガフロート・・・、今は沈めてあるからメガシンク、だな。
少し斜めだが、東西方向に2km、南北方向に5km、高さは平均50、最大100mの海中基地。

・・・・ま、今は唯の倉庫だけどな。」


・・・・目眩がする。

幅2km、長さ5kmのメガシンク?

・・・・・覚悟しとこうかしら。この世界の彼方も、トンでもなかったみたいね・・・。



と、彼方はアタシの手を引き、そのまま近くのエレベータに乗る。

「・・・知ってるの?」

「MAPは見た。手近なコントロールルームに行こう。」

「・・・・・こんな規模のモノが10年で出来るものなの?」

「・・・・・壊滅状態の横浜に2年弱であの規模の基地を作った人に言われちゃ、御子神[ネイティヴ]も立つ瀬がないが、このメガシンクは結構面白い作り方してる。
落雷喰らってないから“覚醒”してない筈なのに、技術的[●●●]に俺よりチート[●●●]っぽいな、御子神[ネイティヴ]は・・・・。
こっちの世界のほうが、ある分野技術的に進歩してた事もある・・・、のかな。

エネルギーを供給する“[コア]”ブロックを最初に作って、その周囲にメタンハイドレートを利用した炭素系モノマーから高靭性ポリマーを成形している。しかもハイヴ壁と同じ思想・・・導電繊維に電圧かけると、強化される構造してる。」

「!! それって成長できるってこと?」

コントロールルームには、いくつもの制御盤、それに付随するモニターや、端末が並んでいる。
今は、その全てが自律制御しているらしい。

片隅には給湯コーナーもあり、置いてあった缶を開封し、珈琲を入れてくれた。

大きなモニターを有するミーティングコーナーに座ると、キーボードを叩いてこの施設の全容を示してくれた。

「・・・・外殻で生成して、徐々に硬化蓄積。珊瑚みたいな成長だな。材料次第で成長速度は桁違いだが。
この場所では材料になるメタンが無いからこれ以上は無理だが、メタンハイドレートの堆積している外洋大陸棚に行けば、1年でギガフロート位になるだろう。
あんまり急ぐとメタンハイドレートの堆積層そのものを崩落破壊しそうだからそんなに無理は出来ないが・・・御子神[ネイティヴ]の遺したプロセスによれば、3年で30基は行けるか・・・水稲と野菜類の水耕栽培位は出来るな。」


「30基、・・・・って?」

「ギガフロート30基。1基で1ギガ平方メートル、つまり1000平方kmが30基ってこと。」

「・・・・・ちょっと待って!?  確か東京都の面積が・・・2000平方km位じゃなかった?」

「2,200弱、かな。当面農業プラントしか出来ないから、1000万人の移住には、ちょっとまだ足りないが、5年在れば何とかなるだろ。」




・・・・・・絶句。


覚悟はしてたのに・・・・。

彼方をして技術的にチートと評した御子神[ネイティヴ]


「・・・・なるほどね、・・・これが帝国への援助ね?」

「・・・・俺のポケットには大きすぎらぁ。」

「・・・・なにそれ?」

「気にするな・・・、一度言ってみたかっただけだ。」

「・・・・でもコレだけの技術が在るなら、なぜ御子神[ネイティヴ]はもっと早く使わなかったのよ?」

「それが、本家との確執だな。」



・・・・九條。

五摂家の一角でありながら、一番穏やかで、波風を立てない、と言われている。
御子神の家は、九條家の分家、元は2位か3位の家格だったはず。

御子神[ネイティヴ]のブログによれば、と言うか元々武家には商売に関わることを軽蔑する気質が在るんだろ?  異世界産の俺には感覚的に馴染めないが。」

「らしいわね。」

「だから、御子神[ネイティヴ]が提案する技術を使った事業化にも悉く反対した。まあ押し潰した、と言う方が表現としては正確かな。
ところが、提案に猛反対した筈の技術が、とある財閥系の企業から特許として申請され、大々的なプラントとして推進される事が公表された。
当然御子神[ネイティヴ]と内容を知っていた御子神家は九條に抗議、返ってきた答は、たまたまその企業が同じ事を研究推進していたのだろう、と。
寧ろ御子神[ネイティヴ]こそ、その技術を盗んだのではないか、という𠮟責。
当時まだ9歳だからな。
当然、その財閥から九條に多額の寄付という名目で裏金が流れていたのは掴んでいたが、結局表沙汰には出来ず、以来御子神[ネイティヴ]は一切の表だった活動を止めた。」

「・・・何の技術だったのよ?」

「合成半透膜による淡水化プラント。」

「え?  でも其れって確か・・・・・。」

彼方がニヤリと哄う。

御子神[ネイティヴ]も俺と似たような性格らしいな。
九條に提出したプラントモデルには、重大な欠陥を紛れ込ませていたらしい。実験室レベルの規模では判らないが、大規模プラントの本格稼働には致命的になるようなヤツをね。
当然計画を推進した企業は、プラント工期の終端になってそれが発覚。当然天から振ってきたような技術、内容を深く理解しているような技術者は居なかったから、改善策もお手上げで大損害が確定した。下手すると会社が傾くかってほどのな。」

「・・・・覚えてるわ。画期的な技術と言われながらの致命的欠陥騒ぎで、政治的な責任問題にまで発展してたもの。」

「・・・一方でオリジナルを知っている御子神[ネイティヴ]はちゃっかり裏で小さな会社を設立して、その改良特許を被せていた。其れに気付いたその企業は言い値で買ったらしいぜ、その改良版を。
今でもそのプラントが生み出す利益の8割は、その支払いに充てられてるらしいから。当然その後、その財閥と九條は疎遠になった。御子神[ネイティヴ]を𠮟責するわけにも行かず、当主は微妙な貌をしていたらしい。」

「フフッ!目に浮かぶわ。・・・・・・・ワル、ね。」

「俺じゃないし。」

「魂魄は繋がってんでしょ。」

「・・・・まあ、俺でもその位はするかもな。

で、表面上は経済活動から一切手を引いた。
その頃、悠陽とも引き合わされている。本家の意向でな。

その時点で悠陽は、次期将軍候補って所だったが、一応の抑えだったんだろう。他に年の近いのが本家・分家筋にも居なかったし、当時表向きは従容としていたらしいからな。

で、その裏で手がけたのが、ロジスティックス、だった。
表に出ないよう、密かに協力者を集め、NPOを立ち上げて、絡んでいった。


当時、世界はボパールハイヴが出来、喀什のBETAが本格的な東進を開始した頃だから、軍関係の物資を除いても、食料や避難民と言った大量の輸送が必要だった。
そして帝国はまだ後方国家扱いだから、特に北米や南米からの物資の一大中継基地になっていた。
勿論、海運が中心なんだが、各社の動きがバラバラで、余りにも無駄が多かった。
それを統合したのが、NPO: Chat Noir [シャノア]ってわけだ。」

「彼方、そのNPOって?」

「ああ、ハワイに知己が居るって言っただろう?  ビデオチャットで話をした。
雷の直撃喰らってずっと昏睡、ようやく意識は戻ったが、記憶野は個人的な領域が再生不能、と言ってある。
電子記録を確認した範囲で、前の知識が在ることも。
そのまま代表権も渡そうとしたんだが、それは保留にされた。
既に2年不在だったから、実質奴が代表なんだがな。」

「そういう事ね・・・。」

「まあ、やり方は構築したからな。
ニーズとシーズを収集・分析し、必要な輸送を最低限の手数で叶える、一種の輸送最適化だ。
それをグローバルからローカルまで展開する。そんな活動を展開した。

なにせ、NPOだからな。
各社の調整はするが、金は取らない。はじめは訝っていた各海運会社も効率が良くなって稼働率そのものを高められるから、稼ぎも上がる。当然徐々に信頼され、更に情報が集まる。
やがて日本を通過する貨物を主とした活動から、2年後にはアジア、オセアニア圏まで網羅する物流の統括となっていった。

アフリカを除けば、世界の食糧の8割を生産する地域の、太平洋・インド洋航路を殆ど統括していた、というか今もしている。
例のプラント騒ぎの特許料やその他もあって資金もあるから、自前の運輸手段も揃えていった。特にホバークラフトによって内陸の戦地まで届く陸上輸送を手がけたのが“シャノア”だったからな。

で、最終的に一手に引き受けたのが、“前線国家への食料調達”だったわけだ。」

「・・・・・初めから狙っていたの?」

「そこはブログに書いてなかったから、定かではないが、どちらかというと、日本が侵攻されたときの避難場所と避難手段を想定していたらしい。
だからこんな施設も作ったし、ギガフロートの生成プロセスも考えていた。数千万人規模の輸送を想定していたんだろ。

だが、予定外だったのは、中華戦線のふがいなさと帝国軍の壊滅が余りに[●●●]早かったこと。

重慶ハイヴからの東進に、中華戦線は一切の抵抗を放棄して早々に撤退したこと。
そして台風の影響が在ったとはいえ、既にソ連・中国の軍は大幅に損耗していたから、当時の世界で言えば第2位の軍事力を保っていた帝国が、僅か1週間で九州・四国・中国地方を喪い、帝都防衛さえも1ヶ月足らずしか継戦出来なかったこと。
当時の戦力を冷静に検討すれば、流石にいくら何でも半年は保つ、と考えていたらしいから、1週間しか保たなかったのは完全に想定外。
と言うか可笑しいだろ、それ。九州から京都までの距離を考えれば、BETAの進軍を全く留めることが出来なかった、と言うことになる。帝国陸軍の壊滅的打撃と3,600万人もの犠牲を出していながら、な。


結局、その半年が致命的な遅れになった。

実際、ギガフロートの展開準備が全て終わったのは、明星作戦直前。
そして明星作戦後、実施という段階に至って、今度は当の御子神[ネイティヴ]行方不明[●●●●]、という事態に陥ったわけだ。
死亡ではなさそうなんだけど、実際この“世界”に御子神[ネイティヴ]気配は無い。まあ、居れば俺が来ることは無いだろう。
御子神[ネイティヴ]は、悠陽の協力者ということで、一応斯衛衛士と言う立場だったらしいが、現実は情報部みたいなことばかりしてたらしいから、G弾の影響範囲には居なかった筈だが、此処が在るからな、横浜付近に居たことは確実だろう。
当時G弾の影響でいろんな現象が起きていたらしい。外縁部では局所的上昇気流によるスーパーセルも発生したから、俺と同じ落雷ってのも可能性が高い。それで何処かに飛ばされた、かな。

そしてこのギガフロート計画そのものは、完全秘匿、“シャノア”の幹部や悠陽にさえ詳しい内容は伝えて無かったらしいから。」


判らないでもない。計画が大きければ大きいほど、その抵抗も強い。
オルタネイティヴだって、例に漏れない。
コアさえ作成してしまえば、極少人数でも推進できる計画。それだけに漏洩したときの被害も大きい。
完全秘匿が絶対条件になるのは安全上仕方がない。



「・・・・話が前後したが、そう言った訳で、92年頃から、“前線国家への食料調達”を引き受けた“シャノア”だが、その成果というか、結果というか、お零れがコレだ。」

「・・・・・・・」


目の前のモニターに映されたのは、コンテナの群。5段ぐらいに積まれたそれは、白く凍り付いているが、白く霞む冷気の所為で、並べられた横幅と奥行きが判らない程、膨大な量[●●●●]


「・・・・1992年から1998年の6年間に、主に中国やソ連に送られた食料、国連のバンクーバー協定に基づく最前線国家への無償供与、その一部。このメガシンクで-50℃に保管されているその総量は、約1000万トン。」

「!!! 荷を抜いた[●●●]って言うの?!」

「まさか。・・・・・・考えても見ろよ、無償[●●] って言うのは、ある意味、最も無責任[●●●]って事なんだぜ。」

「・・・・・・」

「もともと、当時の中華もソ連も腐りきってたからな、食料を送り出しても、それが前線に届く頃には、その量が1/10に成っている事など、珍しいことではない。“シャノア”が直接前線まで届ける分はそうでもなかったらしいが、普通の海運で港に下ろされた荷物は、大体そこで当時の権力者に、散々に蚕食された。

なにせ、“ただ” だからな。

国連や送り出した国は、その荷が送られた、という証明さえあればいい。責任は果たした、と言うことになる。受け取った後の使い道なんか知ったことではない。
コレが有償だったら話が違う。届かなければ費用の支払いが滞り訴えられるわけだから、ちゃんと届いたかどうか、そこまで気を配る。
無償であるが故に、送り出した、という事項を以て責任は完了する。ああ、良いことをした、という満足感だけ残して、な。そこに受領証明なんか必要ないんだ。

そして平気で焦土作戦を敢行するような無能な権力者に、それを全量戦地に送る意識など全くない。横流しして自分の懐を暖めることに腐心した。
結果、前線が崩壊し、自国が滅ぶ事になっても、金を蓄えた自分たちは、いくらでも行くところがある。」


BETA大戦で、初期の主戦場となった中国とソ連による戦略の失敗は、明かである。初期の段階で、封殺が出来ていれば、今の状況は無かったのだ。
奢りによる状況判断の遅れ、そして何よりもその腐敗[●●]が致命的な失敗を招き、そして今尚、国連常任理事国という立場からその責任さえ明確に問われていない。
前線を犠牲にしてぶくぶくと肥え太った権力者が、今も2つの国を牛耳っている。


「・・・・・そしてもう一つ、それが絶望的なまでの前線の後退、さ。
今此処に眠る荷の殆どは、“行き先”を喪った出戻り[●●●]
予定より早い撤退であれば、勿論それは運が良い方で、殆どはBETAの怒濤に飲み込まれ、破壊し尽くされた基地や、避難所、集落だったりしたわけだ。」

「!!!」

「そして、一度送り出した荷物[●●●●●●●●●]を国連が受け取ることは、無かった。
さっきも言ったように、“無償”だからな。送り出すことまでが、責任範囲。戻ってくる輸送費や、新たな送り先を選定・再送する手間は省きたい。
当初は戻そうとしたらしいが、廃棄を指示された。ほっといても次の“無償供与”の荷がとどくからな。」


・・・・・愚かしい。余りにも・・・。

人類の生存を賭けたはずの戦争。人類の9割近くが死にゆく中で、近視眼的な思考しかできない権力者の無明が、今の事態を招いた。


「・・・で、御子神[ネイティヴ]は全てをこのメガシンクに集積した。来るべき国家危急の時に備えて。恐らくは、誰にも伝えず。」

「それは・・・・。」

「さっきも言ったけど、西日本を1週間で陥とされた無能な指揮者集団。その1998年の西日本陥落まで、この国の上層部にそんな危機感が在ったと思うか?
10年以上、関わっている夕呼センセが、最もよく分かっていると思うが?」

「!!・・・」


今の立法と行政の乖離。
そもそも行政権力の多重構造。
この人類の瀬戸際に在ってさえ、一国レベルでも纏まれない人類という、種。

人類の最大の敵は、BETAでも国際社会でも、国家でもなく、各個の裡に在るのかもしれない。







「・・・・・ちょっと統計を調べてみたんだが、西日本が壊滅する1997年まで、帝国の食料消費量は、年間1億トンに近い。
が、実はこの数字は、少し異常だと思わないか?   
いろいろ異論もあろうが、人一人食事1回当たりの摂取量を300gとすれば、1日3食で0.9kg。年間でも330kg程度だから、1億人居ても消費量は本来1/3程度で済むはず。」

「!!」

「つまり、その1/3は最初から、食用から飼料に転換されより高級な食材、畜産物へと変えられる。
そして残りの1/3は簡単にいえば色々な課程で廃棄される。
つまり日本人は年間に実際に食べる量と同じだけの量を家畜に与え、そしてまた同じ量を、捨てていた、と言うわけだ。

それが1998年、BETAの侵攻によって、3,600万人の犠牲者、2,500万人の避難民を生じた。
生き残った人口は7,400万人と推定されているが、当然農業・漁業生産は半分以下に落ち込み、今も回復していない。
避難民の内、計1,000万人はいくつかの国に分散して海外に移住し、残りの内500万人は避難先で何らかの定職を確保したが、残る1,000万人は未だ非生産難民。

結局BETA侵攻以来、国内に残る5400万人の稼ぎで6400万人を養う、と言う構図が出来上がっている。


そして現在の食料受給は、国内生産量が年間1,500万トン、輸入が1,500万トン。

それに佐渡と横浜にハイヴが出来たことで、最前線国家に指定を受け、国連から与えられる食料支援、これが500万トン。



先の試算では、飼料や廃棄の無駄を除けば、避難民も含め国内では十分3食が確保できる筈だった。

普通なら1,000万人の非生産難民を維持するなど到底無理なんだけどな。
ところが500万トン在るはずの支援食料が、避難民に届く頃には、1/10に減っている。


その差は、何処に行った?


御子神[ネイティヴ]を暗鬱とさせた中国やソ連の上層部と同じ事を遣ったのが、九條と統合参謀本部[●●●●●●●●●]だった。」


「!!!!」



御子神[ネイティヴ]が調べた範囲でも九條は先の財閥への技術横流しなんか些末で、いろいろ遣っていたらしい。
時の政府閣僚や、現場を取り仕切る高級官僚を抱え込み、そこと結託して前職の政威大将軍の時から何かと文句を付け、その権限を形骸化させていった。
当時の事は、電子文書の形で残ってないから憶測でしかないが、五摂家として元枢府から政治に参画し、将軍に進言しながら、その穴を政府官僚に漏洩し、責め立てる、そんな事を繰り返し統帥権干犯を推し進めたらしい。
扱いやすし、と踏んだんだろうな、’98年の政威大将軍の就任に当たって悠陽を強く推したのも、九條だ。
その当時で既に将軍の意思が政治に反映されることはほとんど出来なくなっていたからな。

国連からの最前線国家特権で供与される物資を取り仕切ったのは政府・省庁、そして統合参謀本部。それも、殆ど九條の息が掛かった者ばかり。喰いたい放題の“無償”物資に群がった。
“蛇の道は蛇”で、大陸で中国やソ連の上層部が遣っていたことを知っていたらしい。

政威大将軍の権限を制限しながら、その職そのものを完全に消さなかったのはそのため。
政府の管轄でもない、将軍の管轄でもない、非常に中途半端な位置にしたかったらしい。その中途半端を、軍需というBETAに瀕した状況に訴え、参謀本部と言う本来口出しできない組織が引っ張った。


そして、本土防衛でまさか手を抜いた、とまでは言えないとも思うが、九條が仇敵と口では言っている米国国内に、相当の預金が在ることも確認した。
・・・・・・第5計画派に近しいことも、な・・・。」


「!!!」


「権力者ほど、今の世界の悲観的な状況が理解でき、目敏い者ほど微かな希望、移民計画にすがりたがる。
もし、九條が数年先ではなく、10年先を見ていたとしたら、3,600万人を切ってでも、濡れ手に粟の“無償供与”を呼び込みたかった可能性は、0じゃない。どうせ10年後、10億は死に絶えるのだから。」

「・・・・・」

「・・・・そもそも九條は斯衛軍にはあまり近く無い。実際五摂家でありながら今の斯衛将官に、九條縁の者は居ない。
佐官の御子神遥華・・・まあ、御子神[ネイティヴ]の姉で、今の御子神当主だな・・・が居る位。

代わりに何故か、統合参謀本部には将官・佐官併せて4人が在籍している。更に本土防衛軍にも3名。
尤もこれは99年の初頭に御子神[ネイティヴ]が起こした“弾劾”の所為でもある。」

「・・・・・あの話は本当だったのね?」

「ああ。・・・・供与食料の横流しを名指しで指摘された九條は、決定的に御子神[ネイティヴ]と決裂した。

若いね御子神[ネイティヴ]も。

よりにもよって、皇帝陛下が国政について審問する評価会に於いて、武家の在り方として義に背けば親でも弾劾する、と前置きした上で、本家を提訴した。
形骸化した儀礼的な意味合いしかない評価会だが、出された動議が国際的にも信用を失墜しかねない動議、しかも証拠が決定的だっただけに無視できなかったし、武家の在り方を言われてしまえば、九條も分家絶縁すら出来なかった。現実的には以来交流は無いだろうけど。

結局、動議そのものは武家社会の恥とされ隠蔽されたが、九條は宗家の重鎮に責任を被せて切るしかなく、縁者の斯衛将軍職も辞した。代わりに本土防衛軍に入っただけだけどな。



そもそもこの本土防衛軍と言うのは変な組織なんだ。
実戦部隊を一切保たず、実際の戦闘には帝国軍を招集。その指揮だけを取るという上位パラサイト。
統合参謀本部と結託というか、統合参謀本部そのもの。

結局大陸派兵にビビった上位の腰抜けが、ポスト確保のために作った実態のないハリボテ、と御子神[ネイティヴ]は見ていた。
しかし、逆に大陸に派兵した有能な将官は、軒並み損耗した。主に荷抜きをする以外能のない中華戦線のお偉方に前線配備された所為でな。

現実に軍を動かす指揮官が激減した所為で、本土防衛軍は益々つけあがった。


その結果が惨憺たる本土防衛であり、極めつけが京都防衛戦。

それ迄の敗戦も画策したように酷いが、本土防衛軍と名をつける者が、皇帝や将軍がそこに居ることを良い事に、斯衛に丸投げして真っ先に逃げ出した。
将軍に成り立ての悠陽をして、将軍・五摂家は帝都と共に在るべし、なんて茶番を仕掛けたのも九條。裏で本土防衛軍と名の付く者は逃げておいて、だ。
敵前逃亡と変わらない状況だって言うのに、提訴するべき統合参謀本部と裁かれる本土防衛軍が実質同じだって言うんだから、嫌疑さえかからなかった。

彩峰中将の時は舌鋒峻険だったらしいけど。
陸軍が統合されて、今その下で猿回されている狭霧はいい面の皮だ。


しかし、こうして御子神[ネイティヴ]の記録を紐解くと、このコトだけで外伝どころか、一大長編が書けそうだけどな。」



「・・・・何処でも波瀾万丈の人生送ってるのね。・・・けどなんで、そんなの相手にする必要があるのよ?」

「・・・・面倒なんだが・・・俺達の計画が進み年内に佐渡を奪還すると、日本国内にはハイヴがなくなるわけだ。」

「・・・・・あ!・・・、最前線国家から外れる訳ね!    」

「そ。その瞬間500万トンの食糧援助が有償になる。輸入量が一気に33%増、支払いはすべて国庫。

一瞬で飛ぶ[●●]だろ。

デフォルト、債務不履行。

普通に行ったら、国内に抱えた1000万人超の非生産難民を養えるわけがない。
所得がないから税金も取れないばかりか、生活保障にはその何倍もの金がかかる。
さっきの比率で行けば、避難民一人養うのに、5人分の税金が使われる。
・・・・現実的には、ジェノサイド位しか手がない所まで、本気で来ている。

勿論国の借金は無理、そもそも飛んだら国債が成立しない。


ギガフロートはその避難民を農業に当てるための設備であり、この備蓄は、生産が軌道に乗るまでの、その間避難民を養うための備蓄。
まあ3年以降、荒廃した国土をどこまで取り戻せるかは不明。
そこまでは、責任持たんよ。

けど、これを邪魔をするなら、俺は本気で九條と統合参謀本部、本土防衛軍を潰す。俺には何の柵もないからな。」

軽く言い切る彼方。
コイツがその気になれば、潰すだろう。
御子神[ネイティヴ]みたいに尻尾切りで済ますこともない。
・・・遣るなら徹底的に。










「しかし・・・・大した遺産だわ。3年間、帝国を支えきるわけね。」

「上位存在殲滅は、人類安寧の第一段階に過ぎないからな。
月、火星、その先を考えれば、今経済的にも帝国を滅亡させるわけにもいかない。
まあ最悪米国のシンパと組んで乗り換える、と言う手もあるが、あの国はあの国で面倒くさいし。」

「で、一つ良いかしら?」

「・・・・・・・なんなりと。」

気付いているらしい。彼方が諦めたようにため息をつく。

「この世界の御子神[ネイティヴ]が居なかったら、否、居ても此処まで準備されてなかったら、どうするつもりだったの?」

「・・・・・・ここの“[コア]”と同じものを供与した。」

「・・・コア?」

「夕呼センセなら、いずれ気がつくとは思って居たけどな・・・。隠せるなら惚けていようと思ったんだけど。
コレが御子神[ネイティヴ]、そして向こうの世界でも“俺”がたどり着いたこのメガシンクのキー・テクノロジーさ。」

そう言って、モニターに示したのは一葉の論文。


『相対性プラズマ励起場に於ける準高温領域核融合炉の実現』

「・・・!!!!」

「・・・実際俺も元の世界でも公表出来なかった革新的核融合技術。これは向こうで取り敢えず書いた論文だけどな。
公表してたら石油メジャーや中東産油国、各国エネルギーメジャーから暗殺者が、各国家から拉致者が来ること間違いなしの超弩級爆弾、さ。
これがギガフロートのポリマーを構成し、1000万トンもの食料を冷凍し続け、3万平方kmもの米や野菜の水耕栽培を実現し、1000万人の生活を支えきる“[コア]”。」

「・・・・・・・」

「水さえ供給すれば、勝手にそこから重水素を取り出して供給する、いわば永久機関。
但し、炉の製作に必要な重積カーボン・ナノフラーレン・チューブがこの世界で作れるのは、生産設備構築含めて10年位掛かるかもな。」

「・・・核融合の壁を越えたの?」

地球上で熱核融合を引き起こすのに必要な温度は1億℃と言われる。それに対し温度が上がれば上がるほど、それを縛る電磁場を維持する電力コストが跳ね上がる。
最終的に、発生できる電力量より、消費する電力量のほうが多くなり、何の意味もない事になってしまう。

太陽内部では1000万℃程度で出来ているがそれは電磁場ではなく、重力場そのものでプラズマを維持できるからに過ぎない。

「読んで貰えば判るが・・・特殊な場に於いては10万℃程度で、核融合が励起できるとしたら?
10万℃程度、レーザーの集光で直ぐ届く範囲。そして10万℃でも、核融合自体を維持できれば十分プラズマ成形されているから、MHD発電で電力発生出来る。
重積カーボン・ナノフラーレン・チューブは環状巡回で、常にプラズマ維持をしていて熱排出をしないから、水蒸気・タービンと言う発電過程が必要ない。」

「それって・・・・・・」

「・・・そうだ。理解してるよ。
社会構造へのインパクトで言えば、革命[レボリューション]級を越えた、破滅[カタストロフ]級の技術ってこともな。

俺も、恐らくは御子神[ネイティヴ]も、暗殺なんかどうでも良いが、社会に及ぼす影響の、余りの大きさに公開を控えた。

人間の、と言うか生命の歴史なんて、言い換えればエネルギーを如何に取り込むかという歴史。
太古、酸化硫黄や熱からエネルギーを得ていたた細菌からやがて酸素を生成する光合成を経て、生み出された酸素そのものを使用する構造に進化、さらにはその細菌を取り込むことで、組織として進化した細胞。
如何に効率よくエネルギーを取り込むか、の歴史に等しい。

人の社会も同じ。
やがて知恵を付けた人は外部エネルギーの果実を享受し始めた。

物を燃やすことで得られる熱から、様々な物を作り、やがて使い勝手の良い電気へと進化する。
水力・火力、そして原子力へと変遷しながら、効率の良い、そして永続できるエネルギー源を欲してきた。
いま、各国首脳が欲してやまないG元素。
それすら桁違いな発電効率所以であって、大戦初期の消極的なBETAの排除は、このG元素が欲しかったから、という側面さえある。

実際エネルギーさえ供給されれば、何でもできるからな。食料の生産も、水も、合成してしまえばいい。
空気や環境すら整えられる。

それが、無尽蔵に供給されるとしたら、究極的に人は、働く必要がなくなる[●●●●●●●●●]わけだ。

つまり、この技術が公表されれば、世界が変わる・・・、と言うか人の在り方すら変える可能性がある。


この世界では、既に80%を越える人口の激減によって、すでに人類文明が存続不可能な所まで追い込まれている。
この技術は、人類文明の再起には必要不可欠な要素でありながら、ひとつ用法を間違えれば、ショック死をしかねない劇薬ともなる。


だから[●●●]、“鬼札”さ。
“自身”を滅ぼす可能性さえ在る、な。



御子神[ネイティヴ]の遺産が無かったら、コレを餌に、先ずは中華の欲張り辺りを丸め込んで、大東亜連合でも立ち上げ、帝国を最前線国家待遇に持って行くか、と考えていた。
国連や、米国にもちらつかせれば、すぐ承認するだろ。
ハイヴ攻略にも“国内”と同じ扱いで、本土防衛軍に当たらせるとかできそうだし。
その上で、国内環境整備、と言った流れだっただろうな。


まあ当面御子神[ネイティヴ]のお陰で、そこまで黒いことせずに済みそうだ。
ポリマー生成の際の剰余メタンで動いている発電機、とでも言ってしばらくはごまかす。


まあ残念なのは、小型化は難しいことから対BETA戦略としては、人類の基礎体力強化以外の使い道はなさそうだけどな。」




成る程、彼方が言うように規格外の“鬼札”だ。
少なくとも、もう少し“人類”全体が成熟しなければ、劇薬ともなるだろう技術。

特大の隠し球。


・・・・それでも、まだ底が見えない[●●●●●●]

・・・それが頼もしくもあるけど・・・。

楽しくなってきた、と思うのは不謹慎かしら?


Sideout





[35536] §23 2001,10,24(Wed) 21:00 B19夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/13 23:30
'12,10,15 upload   ※幕間?短めです
'15,01,13 誤字修正


Side 武


彼方を探してシリンダールームに寄ったあと、夕呼先生の執務室に向かう。霞を誘うと、相変わらず無言ではあるが、トコトコ付いてきた。
・・・何か、それだけで癒される。ピコピコ動くウサ耳を見ながら、可愛いなぁ、と思って和んでいたら、その頬にほんの僅か赤みが差す。

・・・・・・霞、リーディング禁止!



夕食後のA-01とまりもちゃんのXM3教導を終え、シャワーを浴びるとこの時間。
朝は207Bの仮想体験、その後一緒に訓練過程に入ったから、今日は彼方と会っていない。A-01の教導の際にも居なかったから。


207Bのメンバーに取って、やはり朝の仮想体験は流石にショックだったらしい。冥夜ですら期待と不安、畏怖と憧憬と自省が複雑に入り交じったような微妙な表情をしていた。他も推して知るべし。
自分の抱いていた衛士像とのギャップ。BETAと言うどう足掻いても個人の技量では抗えないその物量。要求される高度なチームワーク。それですら、尚届かない過酷な現実。

まりもちゃんも、今は特に何かを皆に言及することなく、各自の考えがまとめるのを待つ方向でいるらしい。
私自身も彼女達への不干渉を止めるわ、と言ってくれたので、事後のフォローがちょっぴり心配だったオレは、かなり安心することが出来た。まりもちゃん自身、今までは皆の複雑な背景から、積極的に関わって来なかったそうだ。もともと落ちても構わない、と言う“逃避”もあったらしい。
それはそうだと思う。あの1週目の余りに情けなかったオレを、短期間で一人前に鍛え上げてくれたまりもちゃんである。寧ろ前の世界や傍系記憶にある207Bに対しての不干渉な態度は、優秀な教官としてのまりもちゃんとずっと噛み合わなかったのだから。

なので、座学は寧ろあの仮想現実で新たに知り得た情報の整理や補完に充て、訓練はそれぞれの機動を支える身体能力の解説と向上方法に充てられた。
元々207Bの今の教導内容は、総合戦技演習を落ちたことにより、以前に習った事の焼き直しや繰り返しでしかないから、本来問題無いのである。207B訓練小隊は、知識・技能が劣って不合格になった訳ではないのだから。
で、在るならば今後前倒しされる戦術機を動かすための訓練に先立ち、理想とする機動の基礎を紐解くことは重要で、自分の在り方に悩んでいた皆も、一時それは横に置き、講義や訓練に集中して聞いていた。、

・・・・つまり彼女らは、心折れて居ないのだ。

無意識にでも衛士に成ることそのものを諦めてしまった心では、そんな訓練に集中することは無いだろう。
前に進もうという意志は、既に皆の無意識の中にある。それは今回のこのループでも健在。それだけでも見せた価値が在るというもの。

そんな事を嬉しく感じながら、専らまりもちゃんの言う模範演武をし続けた訓練だった。


そして夕食後はA-01教導の為、シミュレータルームに行ってその練度の向上に驚いた。

聞けばオレが今朝朝飯前に試した、オレをエミュレーションした仮想アグレッサーが既に搭載されていると言う。流石にその実行には、大型のスパコンかクラスタレベルのCPUパワーを必要とするから、仮想人格を戦術機そのものに乗せて動かす事は出来ないらしいが、シミュレータの世界ではオレの基本とする機動をほぼ完璧に再現していた。
オレのコピーを載せた無人機が量産できればいいのにな、とも思う。・・・・ちょっと心情的には微妙だが。彼方に言わせると、外界の情報、時に視覚情報から、判断し、動作を決定する認識ルーチンが最もプログラム化し難いのだという。人間で言うなら、所謂経験と勘で直感的に最善を選び出す、そのアルゴリズムが構築できないらしい。それをクラスタを用いたスーパーコンピュータなら、膨大な並列作業で選び出せるが、戦術機レベルのCPUでは到底無理、と言うことだった。
戦術機全てに00ユニット載む訳にいかないだろう?  と言われればそれもそうだと納得してしまう。

その他にも3次元方向への耐G馴致訓練課程など、いろいろてんこ盛りで渡されたらしく、A-01の進歩はそれに沿った訓練の成果らしい。
有り難くもオレには座学的な要素は期待していない、との事だったので、ほぼ2時間、みっちり相手をした。いや、させられたと表現するほうが妥当か。
妙に皆さん、モチベーションが高かった。彼方はどんな発破を掛けたやら・・・・。

そして昼間そういった教導に勤しめるA-01に比べ、時間と言う意味でどうしても遅れてしまうまりもちゃんにもちゃんと置き土産が在って、いくつかのデータと共に、午後11時までと早朝5時からののシミュレータ使用許可が出されていた。
彼方が解説した音声や、皆の機動映像、その際の入力ログなどなど・・・。
オレならげんなりしそうなお土産に、何故か期待に満ちたキラキラの瞳で嬉しそうに受け取るまりもちゃん、何気にまりもちゃんもワーカホリックに成りそうで怖い。



しばらく定常化しそうな、そんな1日を過ごしつつ、オレは寝る前には純夏に会いに来る事にしている。

昨日も冥夜達との話のあと、シリンダールームで霞に手伝って貰い、純夏に1時間くらい話をしながら、サンタウサギを作って居た。材料は頼んだ彼方が揃えて呉れたので、既におおまかラフな形にはなっていた。それらのパーツを丁寧にサンドペーパーで削り、更に記憶にある形に整える。今はまだ塗装前で、仮組の状態だが、それなりの形にはなっている、と思う。
シリンダールームを訪れたオレに、

「御子神さんなら、さっきまで此処に居ました。」

と教えてくれたのは、そこで何かの支度をしていた霞。
今日も日付が変わる頃までは純夏の傍に居てやりたいが、その前に塗料が欲しいのだ。



で、霞と共に出た廊下で、夕呼先生の執務室に手を伸ばし、止まっている彼方を見つけた。

「かな「!」・・・」

呼びかけて目で制される。

「・・・・・・なに?」

近づいて小声で聞くと、薄く笑う。

「・・・居るみたいだぜ、何気に怪しい[●●●●●●]人が。」

「!!」

それだけで理解した。



鍵が掛かっていないドアを開けると、珍しく薄暗い室内。
霞がすぐオレの背に回って服の裾を掴んでくる。
何処の霞も同じだな、と変わらないことを嬉しく思いつつ、室内に入った。

「・・・・居るんでしょ、鎧衣課長。態々電気消していることもないでしょ。」

オレが声を掛け、彼方が照明を点けると、スーツにトレンチコート、トレードマークの鍔の狭いボルサリーノ。
何時もの格好、穏やかな表情に眼だけがその奥底に炯々とした光を湛える、いかにも怪しげな人物が、佇んでいた。

「・・・・・おやおや、吃驚させようと思って居たのがお見通しかね、シロガネタケル。
私の記憶が確かならば、君とは、初対面の筈なのだが、私のことは知っているようだね。」

「いろいろ聞いてますよ。鎧衣課長こそ初対面なのにオレの事をよく知っているようで。
・・・・初めまして、オレが白銀武です。」

「ウム、私が鎧衣左近だ。
君が黄泉路より、わざわざ地獄の現世に舞い戻った事は、月詠中尉より伺っているよ。・・・・DNA含め“本人に間違いない”との事も含めてね。」

確かめるような視線。既に月詠中尉より、拝謁希望の事は伝わって居るのだろう。

「煉獄の黄泉路よりは、地獄のほうがマシです。」

オレの言葉に肩をすくめ、そして鎧衣課長は、貌を彼方に向ける。


「・・・・・・・・・お久しぶりです、御子神殿。2年前行方不明となられた貴公がこのタイミングで戻られるとは・・・。」

・・・・・・・・・随分と態度違わネ?

「こちらの事も月詠中尉から聞き及んで居ると思うが、・・・・・俺は2年前落雷の直撃を受け、長い間意識不明だった。この春に漸く昏睡からは目覚めたが、落雷が頭を抜けたことで記憶野は物理的に完全に喪われた。
その為、鎧衣課長と面識があった記録[●●]は在るが、記憶[●●]には無い。
なので、心情的には、初めまして、なのだがな。」

「ご謙遜下さるな。今でも我らに多大なる便宜を図って戴けるNPO・“ Chat Noir [シャノア]”創立者、ご帰還を喜ばしく思って存おります。」

「・・・・・言葉が過ぎるな。
記録に拠れば、少なくとも公式の席でない限りそんな言葉使いはしていない。俺を試すならもう止めにしてくれ。
どうせ悠陽に言われて、俺を知っているアンタが“真贋”を確かめに来ただけだろ?」

「・・・・・・・ウム! 記憶を失ったとはいえ、確かにその態度、紛れもなく御子神彼方と言うことか!」

「茶番はいい。あんまりうっとうしいと、“シャノア”の外務二課優遇措置、取りやめるぞ。」

「おぉ、それは何度ぞご勘弁を・・。世界を股に掛ける“シャノア”の俊足を失っては、我らの機動力が激減してしまいます故。」

「・・・・彼方、なに?  “シャノア”って?」

「(こっちの)俺が昔立ち上げた、物流関係のNPO。
武器以外の食料や難民関連のロジスティックスをほぼ統括している。
記録の上では、少なくとも鎧衣課長以下、外務二課は悠陽サイド[●●●●●]だからな、物流のついでに彼らの移動をサポートしてる。」

「左様・・・。当初、九條の差し金で殿下に接近したかと、訝しんだが、コイツはトンでもないタマでな。なんと、義を重んじ、宗家当主に真っ向から噛み付いた漢だ。
月詠中尉からの報告が“本物”と知れば、殿下がどんなにお喜びになることか・・・。」


・・・・・ああ、そういえば彼方は殿下の知己だっけ・・・。思わすPXでの冥夜を思い出す。・・・・・アレの殿下版?


「・・・しかし、行方不明とて、御身の斯衛籍は抹消されて居らぬ筈なのに、何故、横浜基地になどに・・・?」

「“魔女”に“黒猫[シャノア]”は、似合わないか?」

“シャノア”って、黒猫?  で物流?
・・・・・オレは思わず元の世界を走り回っていた、黒猫印のバンを思い出してしまった。

魔女に黒猫に物流かよ・・・・。彼方、嵌り[]だぜ、それ・・・。
少なくとも、ネーミングした筈のこっちの彼方がそれを知っているとは思えないから、・・・もしかして夕呼先生との共闘とかも視野に入れていたってコトか?
こっちの彼方も、なかなか抜け目なさそうな奴だったもんなぁ・・・・。そういえば、オレと逢った時も“猫”被っていたし・・・・。


「おお、それはそうだな。そもそも黒猫は、その色ゆえ暗闇に紛れ、人の目に見えず、隠れ留まる能力を持ち・・・・・「アンタ達、人の部屋でなにやってんのよ?」」

おっと、件の魔女、この部屋の主が現れた。


「・・・・これはこれは、香月博士、今宵は一段と・・・・・・、ウム、一段どころでは在りませぬな。元々お美しかったが、今はなにやらこう、内側から光が差すような美貌・・・、何か善きことでも・・・?」

「・・・・そりゃあそうでしょ。この2人のお陰で、計画完遂の目処が立ったんだから。」


あ・・・、あっさり、ぶっちゃけたよ! この人!!


「なんですと!!??」

「なんですとも、かんですとも、そー言う事よ。
はっきり言ってしまえば、対BETAの地球侵略意図に関する情報収集はこれ以上遣っても無駄、ってトコまで済んだのよ。

今後は、BETAの勢力情報や展開状況の分析と、対抗する戦略・戦術の構築、そして実行よ。
その際作戦実行のメインは、この2人。
其れも含めて謁見をお願いした。・・・・・勿論、秘密裏にってことで。
その辺判って行動してくれたんでしょうね?」

「いやはや・・・・、何時にもましてオーダーが厳しいですな。
しかし・・・・・・そうですか。其処まで計画に進展が在ったとは・・・・。
では例の件も、早急に進める必要が在りますな・・・・。」

「そうね・・・・、可及的速やか[ASAP]ではなく、最優先[●●●]でお願いできるかしら?」

「了解致しました。微力ながら力を尽くしましょう。

・・・そして白銀武国連軍少佐、御子神彼方国連軍技術少佐、煌武院悠陽殿下への内密のお目通り願い、以下のよう仕儀が整っている。
来る10月27日、午前10時、帝都城にて貴君等の到着を待つ。案内としては帝国斯衛軍第19独立警護小隊隊長・月詠真那中尉が随伴する。

尚、謁見には希望のあった内閣総理大臣榊是親殿と技術廠・第壱開発局副部長である帝国陸軍巌谷榮二中佐、及び、帝国斯衛軍紅蓮醍三郎大将閣下も同席する。
因みに私も末席に連なることを許された。」

「・・・上意受諾した。
内密って割には、白昼堂々って言うのが気になるが、まあいい。」

「懸念も尤もだが、当日は殿下も首相も別のところで政務を行っていることになっている。」

「・・・・了解。そう言うことなら当日その時間はヘリポート一つを空けておいて貰えると助かる。」

「! 空路で来るつもりか?」

「許可が降りれば、使用予定があってな。俺が前に乗ってた機体、知っているだろ?」

「!! XSSTか。佐渡から狙われるぞ?」

「馴れてるよ、低空進入する。」

「・・・・・・ナルホド、欠損した個人的記憶以外は、正しく御子神彼方、という事か・・・了解した、伝えておこう。」


・・・・すげーな、彼方。こっちの記憶は無いのに、鎧衣課長がタジタジだぜ。
よっぽど貸しが在る訳か。世界を股にかける神出鬼没って言うのも、“シャノア”の協力が在ってこそ、と言うことか。確かに“武器”輸送ではないけど、もっと剣呑な気がしないでもないが・・・・。


「武は、当日強化装備持参な。実機は無くても、シミュレータ演武位は在ると思うぜ。」

「おう、判ってる!」


そう、オレの望みはXM3の教導。
オレはオレの出来ることをするだけさ!


Sideout





[35536] §24 2001,10,24(Wed) 22:00 B19シリンダールーム 暴露(改稿)
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2013/04/04 22:05
'12,10,15 upload   ※連投。ご都合[チート]設定、再爆です。
'12,10,17 大幅改稿  ※後半部分の語句統一・説明追加等しました。
'13,04,04 誤字修正

Side 武


鎧衣課長が立ち去った後、徐ろに切り出したのは彼方だった。

一仕事してもらう時間をくれと言う趣旨。一瞬夕呼先生は文句を言おうとしたらしいが、彼方の様子に口を噤んだ。霞は、ただ黙っている。
そして、彼方が移動したのは、純夏の居るシリンダールームだった。

つまり・・・・純夏の蘇生に関することか!?



「・・・約束の2日経たからな。明日の朝でもいいんだが、昼間は何かと忙しい面子だ。ここで一気に極めておきたい。」

「・・・・・・いいわ、鑑に関することだもの。それによって作るユニットの形態も変わることだし。
で、結論は?」

「・・・限定的肯定。

その為の作業をコレからこのメンバーで行う。その結果次第で鑑を再生出来るか、00ユニットに移植するか、決まる。」

「!!」

「・・・・・この2日鑑の蘇生に関する情報を集めてきた。
その結果判ったことは、現状では鑑の脳神経組織は、重大な障害[●●●●●]が生じている、と言う事。
簡単に言えば、そのままでは再生不可能[●●●●●]、だ。」

「!!!・・・」

「・・・鑑はBETAによって脳幹以外消失している状態だ。
当然肺も心臓もないから、酸素やエネルギーである糖分、細胞増殖用のアミノ酸すら満たされているODLから供給されている。二酸化炭素や老廃物の排出もな。
謂わばBETA製代替血液に浮いているような状態だ。
ODLは単なる冷却機能だけを持つものではなく、幾多の機能をコマンドによって規定することが出来る、一種のナノマシンだと考えられる。直接細胞に遺伝子操作を施し、別の形態を強制的に発現させるのもODLの作用だしな。

で、そんなODLの作用で生きながらえさせられているわけだが、見ての通り、脳髄しか無い。
本来、間脳等で制御されるべき対象の臓器や、大脳につながる感覚器、運動制御する神経も脊髄までしかなく、筋肉も存在していない。
そのため、制御の該当部分は使われなくなった神経節が大幅に退化、乃至壊死している。これは使われないために神経節そのものが萎縮しているか、制御のために使われるレセプターに、応答がないため伝達物質が放出過剰となり、レセプターそのものが毀れてしまったか、のどちらかだ。

まあ、これらに付いては対応する器官の再構築と共に、神経系も一気に再生すれば問題ない、と言うことも判ったけどな。


けれど・・・・、問題は、BETAによる例の“性的陵辱”過程で、過剰な“快感”を与え続けられた神経節、特にA-10神経系のレセプターが、その過負荷に晒され続け伝達物質の放出抑制機構が破壊された事。
通常麻薬や覚醒剤を使用した性交でも同じ様な現象が起きるが、その場合レセプターの過剰応答による硬化は比較的緩慢なのに対し、BETAのやり方は、最終的には感覚器を断ち切り、その神経節に直接電流を流すという極めて乱暴なものだからな、レセプターの硬化も強制的で激烈だっただろう。
大量に放出された伝達物質は、結果的にその受容体を破壊し、一方で受け皿のなくなった伝達物質、所謂脳内麻薬が感覚野から大量に流出し、思考野や記憶野の神経組織までをも浸潤、破壊しつくした。

・・・・・・これが拙い。」


握った拳から血が滴り、唇を噛み締めた口の中に鉄の匂いがする。
前の世界で、純夏のプロジェクションにより、BETAの触手に犯され、更に敏感な部位を肥大させる様に身体を改造されて行く純夏を見た。
その様子ですら身を引きちぎられる想いだったのに、更なる過酷な責め苦は、それらの感覚器が全て切除されたその後に在ったというのだ。



「勿論これらも外から強引に再生すれば、神経細胞そのものの再生自体は可能だが、主に記憶や思考に関わるこの領域の神経節構造は元々鑑の成長と共に発展構築して行った鑑固有のものだからな、完全に元のままと言う訳にはいかない。
そしてこの激変は、今までの人格さえ破壊しかねない。」

「・・・・・・そんなの、どうやって直すのよ?」

「他の誰でもない、鑑自身にやってもらうしかないだろ?」

「「・・・・・・え?!」」

「・・・やり方は、知っている。何しろ・・・・・・俺はその経験者だから、・・・な。」

「・・・・・・。」



・・・・・経験者?

何の?





「ま、チョイと長い過去話しだが先ずは聞いてくれ。

前から言っているし、武は新聞でも知っていると思うが、俺は高校入ってすぐの15の時、落雷の直撃を受けた。
そいつは見事に脳天から入って、その時していたミュージックプレイヤーのイヤホンから外に抜けたらしいが、その通過ルートで、主に脳内の感覚野と、思考野をものの見事に破壊してくれた。
運動野や記憶野、間脳・脊髄はほぼぶじだったから、身体そのものは生きていたが、病院に担ぎ込まれた時点で脳波は殆どフラット、実際所謂脳死判定ギリギリのレベルだったらしい。
むしろ直撃で辛うじてでも生きていた事が奇跡に近いだろうが、な。

で、容態は、と言えば脳波殆ど無いが、身体機能は比較的安定、所謂植物状態一歩手前、ってところだ。
当時から医学的には脳細胞神経節が、“再生”されることは、既に知られていた。
脳細胞は、通常の細胞と違い、必要であれば増殖し、不要となれば衰退する。これは年令に関係なく、備わっている機能であると言われている。欠損した必要な脳細胞は、再生する、と言うことだ。

但し問題は、その再生速度。
特に神経節の再生に“刺激”を与える筈の感覚野が殆ど機能しない状態では、脳神経細胞の発達を促す刺激そのものが少なく、故に再生速度は極めて遅い。
俺が落雷によって被った広範囲における神経細胞の再生が行われ、意識覚醒に至るまで、少なくとも60年、と予測されたそうだ。

それでも、“生きている”からな。代謝や反射は問題なし。最低レベルの脳波だけはある。
そこから一度繋いでしまった生命維持装置を外すことは“殺人”に当たる。
・・・と、言う事で俺はそのまま生かされ続けた。

まあ、過程と姿は鑑の方が言い表せないほど過酷だとは思うが、今の鑑と同じような状態に在ったと思ってくれればいい。」

息を呑む。新聞で知識としては聞いていたが、実際に経験者の語る事実は重い。
・・・そうだ。
彼方は、その死地からの“生還者”。奇跡の体現者だった。


「鑑と違うのは、俺にはそのボロボロにされた思考野の神経節でも、生き残ったシナプス同士が辛うじて繋がり、極細い糸が絡みあうような危うさで、微かな“意識”が残されていた、と言うことだろ。脳波計にすら乗らないような、か細い意識が。

まあそれは、感覚野が破壊され、認識出来る五感は無いから一切何も感じないし、運動野そのものは無事でも、そことの繋がりは完全に切断されているから動くことも出来ない、正しく真闇の中に取り残された“自意識”だけの状態だった。

記憶野そのモノは破壊を免れたが、その接続が不完全で、思い出しようにもただただ混乱する記憶。
感覚の全くない、自分自身が在るかどうかもあやふやな、存在感。
まさしく死んでいるのか生きているのかさえ解らない、極めて曖昧な状態さ。

・・・・・・最初は、とっとと殺してくれ、と思ったよ。」

「!・・・・・・。」

いつでも飄然としている彼方が、そう想うなど絶望の深さが思われる。
一切の感覚が遮断された、完全な闇に浮かぶだけの意識。
救いのない絶望。彼方もそうだが、それは今も純夏の置かれている状況と同じ。
・・・・本当に理解してやれていたのか、今更ながらの前のループに於ける純夏を想う。


「それでも、何となく自覚はしていた。事故当時、強力な寒冷前線の影響であちこちにダウンバーストやら竜巻が発生していた。大地は鳴動してたし、頭上には急成長を続ける超大型積乱雲[スーパーセル]。大気が震える様な嫌な予感しかしなかったからな。

それが、いきなり意識が途切れ、気がつけば、そこは全てが断たれた真闇だけ。状況から雷の直撃を受けた事は想像できたし、それで脳が重大な障害を受けたらしいことも・・・。それを考えるだけ相当の労力を払ったけどな。」

「・・・・。」

「・・・で、真闇に浮かんでいるだけの意識なんだけどな、まともに思考も出来ない壊れかけの脳には、“自我”を保って居るだけでかなりの負担に成るんだろうな。なので休止期間、つまり“睡眠”が存在して居ることもすぐ判ったし、更に言えばそんな状態でも“夢”は見る事も知った。
眠ると、辛うじて繋がる記憶野から漏れ出る情報の再構成、みたいなやつ?

起きていても、何の情報も得られず、何をすることも出来ず、ただ“そこに在る”だけ。
何の希望も感じない。

そんな状態だったから、初めはその夢ばかり追った。
それしか刺激が無かったから。

で、そうしている内に、その夢のコントロールが出来ることに気がついた。
明晰夢、というやつ?  夢を見ていることを自覚している状態だな。


そして、ある時、唐突に思ったよ。

そもそもコレハナンダ?

・・・・とね。




つまり、当時の俺の脳味噌は、起きているとき、まともな思考さえ維持できないほど思考野が壊れていた。
難しいことを考えようとすると、途中でポコンと考えていたことが欠落するんだ。
CPUで言うメモリ不足。思考野で生きている記憶領域そのものが不足している訳だな。

実際蘇生した後で確認したけど、その時の俺の頭蓋内MR画像なんて悲惨。感覚野・思考野は、ポッカリ白く抜けていて、薄い蜘蛛の巣みたいな神経節が確認できる程度。脳細胞として使える領域なんてほんの僅かしか残っていなくて、本来“夢”、しかも明晰夢みたいな大量の記憶を操る領域とか、肉体的には全く存在していなかった。

そういった思考の欠落は認識していたのに、何故か展開される“夢”という膨大な情報。音や映像すらはっきりした明晰夢、それをコントロールすることすら可能。

メインメモリが完全に足りないのに展開される膨大な情報の矛盾、に気づいたわけだ。



それはつまり、何処か肉体とは別に仮想メモリがある、ということ。
破壊され切断された脳神経系ではない外部の、大容量記憶媒体に一時的な主記憶領域を構築することに他ならない。



既に自分に都合の良い、けれど結局“夢”でしかないモノを求めることにも飽きていたからな、以来ずっとそれ[●●]を、求めた。

時間だけは在った、と言うか時間しか無かった。


それが、アストラル・フェイズの存在、そしてそこに在るアストラル体[●●●●●●]だった。」


「「・・・・・」」


「ま、武が戸惑うのは理解できる。・・・・でも夕呼センセは判ってるよな。
“因果律量子論”が、同じ要素を含んでいる[●●●●●●●●●●]事を。」

「・・・あら、何処が同じだって言うのかしら?」

「因果律って言うのは、物理的な意味もあるが、元々は哲学的な概念、原因と結果を結ぶモノだ。それと量子論、つまり物理的な世界の成り立ちを結びつけようという挑戦。
もっと言えば、世界の“根源”である原因と、構成された結果である“世界”の関連を紐解こうという壮大な理論。」

「・・・・買いかぶり過ぎてない?」

「別に“根源”と言う表現がお気に召さないなら、“集団的無意識”でもいい。“原初”でもいいし、“真理”と言い換えても構わない。
平行世界とは別の高次に存在する“根源”からの、“意識”や“自我”の発露、それを量子論的物質[●●●●●●]として“現界”した生命[●●] 、それを解き明かすことを目論んだ。」

「なんで生命なの?」

「観測者の存在しない“世界”なんて、意味ないんじゃないのか?」

「・・・・・。」

「そのキーアイテムが00ユニット。」

「・・・・・・・・そうかもね・・。取り敢えず話逸れたわよ? そのアストラル体とやらがどうだって言うの?」


彼方は口元に笑を刻む。
それに対し夕呼先生は・・・・・・これって拗ねてる?


「アストラル体・・・・・まあ、呼び方は情緒体、感情体、感覚体、星辰体等色々だし、出処も神智学からで、その存在に付いてはその殆どが科学的とは言えない内容だって言うのも認める。
実際俺もその概念が近いだけでそう呼んでいるが、妥当性を完全に検証したわけでもないし。

けれど人間は、“物質”だけ構成されているわけではない、と言うのは誰もが認めることで、例えば遺伝子再生で、肉体の全てのパーツを組み上げてもそこに“自我”は発現しない。
なのに、それが例え人工であっても、ちゃんと受精卵から成長させ、育成された肉体には、それぞれに魂が宿り、自我が育まれる、紛れもない人間だ。」

彼方が優しい眼差しで霞を見つめる。
霞は、ぴくりと少し耳を動かしただけだった。

「人間とは器である“肉体”と、自我である“精神”、そして本質的な生命である“魂魄”という3つの要素が組み合わされた存在だといわれる。
さっきの言葉に直せば、“精神”は“自我”や“意識”、“魂魄”は、“根源”に繋がる生命存在そのもの、という事になる。

そしてその実在証明で言えば、アストラルフェイズやアストラル体と言う考え方は、そのままESPや、PKと言った能力との関わりになる。“知覚”と言う作用がアストラル体である“意識”に及ぼすモノで、感じる=作用されるという受動は、作用する=動かすと言う能動の表裏であり、物質すなわち物理現象を越えた知覚・作用を醸すのが、ESPとPK、と言う事になる。
更にはBETA由来のバッフワイト素子による物理現象ではない“思考波”の観測からも、既にこの領域はオカルトの域を外れている、と思うが、その辺はどうなんだ?」

「・・・・・そうね。今ではそれらの実例を否定できる科学者は居ないわ。
BETAに追われて基礎的な研究が全く進んでいない分野だから、未だに反射的な嫌悪感を示す研究者も多いけど・・・、ね。」

「まあ、他の人間が信じようが信じまいが関係ない。実際、俺はこうして存在している。
で、話を大元に戻すと、このアストラル体がメモリーとして作用、つまり“記憶”が残せる事に気がついた。


これも傍証は沢山あって、例えば臓器移植で臓器の提供を受けたレシピエントが、ドナーの記憶を受け継いだりする事例が報告されている。心臓や肺、果ては角膜移植でさえね。
物質である肉体と共にあると考えられているアストラル体は、切除された肉体と共に移植され、そこに記録されたドナーの記憶がレシピエントに伝わる、という事で、生前のドナーしか知りえない記憶の再現により実証もされている。

・・・・・・そもそも、此処[●●]には、その集大成が存在[●●]するしな。」

「・・・・・え?」

「・・・・・お前[●●]だよ、武。
虚数空間に残された膨大な量の“記憶”。幾多のループの中で肉体は滅びても残り続けたその記憶こそ、通常の物質界、その時空すら越えた存在、アストラル体の集合体そのものじゃないのか?」

「あ・・・・・」

何かがストン、と堕ちた。虚数空間に溜まり続けた記憶。その媒体[●●]の事など考えたことも無かったが、そう言われれば納得してしまう。





「・・・そして、単純に言えば、記憶が出来るなら、“演算装置”も出来る。
メモリが構成できるなら、CPUも出来るってわけだ。」

「・・・・・・・随分乱暴な理論ね?」

「だろうな。結果論だからな。しかも今使っているメモリーをCPUに改造[●●]しようって言うんだからな。

尤も、如何にも更にオカルティックな話ではあるが、アレイスター・クロウリーと言う魔術師は、意識の地平を拡張してアストラルフェイズに至るために、“光体”という仮の身体を育成することを考えたと言われているし、同じような考え方が、中国の道教を祖とする仙道にも、“陽神”という形で存在する。陽神と合一して“羽化”したのが、“仙人”と言うわけだ。
アストラル体を具現化しようという試みは、科学技術の発達していない昔はどこでも行われていたのさ。
・・・どんだけ成功したかまでは知らないがな。

俺は、流石にそんなオカルトに頼る訳にもいかない。


まず、夢と言う無意識領域だけでなく、起きている時でも、アストラル体をキャッシュメモリとして使えるように訓練した。これは明晰夢から展開してどうにかなった。

次にアストラル体をセンサーとして使えるものか、試した。ESPもあるし、感覚器として使えることは知っていたが、それ自体不定形で、意志を以て操る事が出来ることが判ったからな。
結果で言うと、まあ触覚に近いんだが、アストラル体の触覚は、光や音、分子といった物質の物理的な指標ではなく、“ポテンシャル”や、“概念”、社で言えば、“思考”や“意志”といった物理的には抽象的な事象が読み取れることを理解した。

そこで、ICUのベッドを制御している端末を探し、そこから制御しているコンピュータ、さらにはその所謂電脳概念に“情報”の感覚器をのばし、そこからネット情報の海に出た。

実際自分の記憶でメモリやCPUの構成なんて知っているわけ無いからな。
で、ネット情報や、むしろCPUメーカーにもハッキングしまくって、メモリや記憶装置の構成から、CPUやMPU、OSの“概念”までを漁り、知覚し、それをアストラル領域で具現化していくことによって、徐々に“思考体”を組み上げた。

つまり、古典的なオカルト手法に依らず、CPUの構築という極めて現代的な手法で、アストラル思考体構築を目指したわけだ。」

「・・・アストラル体って言うのは、“自我”なんだろ?、それ自体が思考出来るんじゃないのか?」

「そうだな、そう思われがちだが通常は出来ない。“自我”や“意識”は、ある種、ソフトウェアの様なものだと解釈してくれ。情報や思考過程の塊では在っても、ハードウェア、すなわち神経細胞による大規模な演算装置がなければ動かない[●●●●]
更には、ハードウェアの性能次第で、発現する思考が異なる。つまり虫にも魂があって、自我もあるが、高度な精神活動は出来ない、という事になる。」

「・・・じゃあどうやって思考体なんか?」

「言ったろ?、アストラル体は記憶媒体[●●●●]、つまりメモリーなんだ。ソフトウェアだって、記憶媒体で伝えられる。
つまり媒体であるメモリーそのものを、改造してCPUに変えるっていうデタラメなこと。
勿論現実のUSBとかじゃあ無理だが、そこは構成その物に自由度を有していたアストラル体だからな。」

「・・・なるほど・・」

「・・・勿論、口で言うほど簡単なコトではなかったけどね。それこそ基礎の基礎、単純な信号レベルのI/Oから構築する様なものだったからな。

そしてそれは、時間だけは在った、といっても、体感時間で約10年、現実の肉体時間で1年掛かった。

まあ、そんな細かい操作は嫌いでは無かったけど。お陰でのめり込んだ、と言うわけ。
・・・・・要するに、究極すら超越した、引き篭もりオタク[●●●●●●●●] ってトコだな。


・・・・・・・・そして、その過程でアストラル体からの働きかけで、体細胞DNAの活性化が出来る事が解ったんだ。」


「え!?」


「話が跳んで悪いが、今度は生物の話だ。

・・・もともとDNAには生物の肉体的情報が全て、内包されている、そんな事は皆知っている。
その設計図に因って展開構築された肉体は、ミトコンドリアDNAと連携し、エネルギーを摂取し、分化、成長していく。それは、よく知られた細胞分化のプロセスに相違ない。

けれど、そこに“意識”の構築はなく、“意志”の発露はない。


そもそも、根源的な疑問なんだけど、その設計図に従って、生命を創れ、と命令するのは誰だ?
DNAからの情報の引き出し、タンパク質の構成、それを細胞としての増殖。それらのプロセスは確かに解明されている。

けれど・・・・。

そのスイッチは、誰が押す?
これだけ複雑な分化を、誰が指示するのか?
タンパク質の塊に過ぎない細胞が、なぜ“生きる”のか?
60兆個と言われている人の細胞同士にはなんの連絡手段も無いのに、個々の細胞は全体の一部として機能し、個々の細胞が統合された全体を構成している。

“誰が”、或いは“何が”そうさせているんだ?


その全体を繋げているのがアストラル体であり、そしてそれによって繋がった“魂魄”の意志であり、いわば“根源”の意志に他ならない、・・・とアストラル思考体の俺は捕らえたわけだ。


もっとも是は仮説で、宗教的・哲学的な議論も含むから、ここではこれ以上突っ込まない。
けれど、アストラル体からの操作が、DNAの活性化、分化のスイッチに成っていることは、確かだった。



あとは、解るだろ?

アストラル思考体を構築した俺は、当時ボロボロだった神経節を再構成し、アストラル体の“自我”に沿った神経細胞による思考野を構築。それを元に今度は破壊された脳内神経節の“分化”をコントロールして、思考野と感覚野のシナプスを急速に接続・修復、元のように肉体でも[●●]思考が出来るように全部接続し直して、意識覚醒。

結果・・・1年間の昏睡の末、“奇跡の生還”となったわけだ。」



しばし、声もない。

雷の直撃によって闇に落ちた彼方は、結局その闇から、自分の力だけで、這い上がってきたのだ。
恐らくは才能とか、幸運とかではなく、諦めない心[●●●●●]と、その思考[●●]だけで・・・。

10年の真闇、10年の孤独。



「・・・・・・・・・・・・・・・・それを鑑にも遣らせる、・・・ってこと?」

「・・・武の前の世界・・・2周目の世界で、鑑は00ユニットに成った。
その際、壊れかけた脳髄から、記憶や思考体の残骸を全部量子電子脳に移植した。
恐らくなんだが、その際その操作により、アストラル体も移植されたんだと思う。

と言うのは、今回鑑の脳髄を検査して思ったが、通常ここまで破壊された脳神経細胞では、意識は全く保てない。つまり普通ならとっくにアストラル体、ひいては魂魄との接続が切れて、脳死にいたってる。
思考野はアストラル体と繋がり、そして魂魄に至る重要な部分だから、それがここまで破壊されて生きていられる方が不思議。

鑑の場合、人の極限を越えた拷問に晒されたことにより、壊されかけた鑑は知らず最後に残った記憶情報をすべてアストラル体に転写し、それを封印することで自己防衛、すなわち魂魄との接続を守った。
『タケルちゃんに会いたい』という意志は、いわば眠っているアストラル体の意識から溢れた、寝言みたいなものじゃないかな。

前の世界の人格転移手術は、それごと新たな器に移したので、鑑の魂魄は移されたアストラル体を介して00ユニットに繋げられたわけだ。

事実、武は目覚めた00ユニットを紛れもなく鑑と認識したし、隊の誰もが、鑑を人間として見なした。
コレは00ユニットに同化したアストラル体を介して繋がった魂が鑑純夏そのものだったから、じゃないのか?」

「・・・・・・直感的になんだけど、・・・もの凄く納得できる。
前の主観記憶でも、身体が作り物、って解っているのに、あれは絶対に純夏そのものだった。」

「まあ、前回の鑑がアストラル領域に避難できたのは、僅かな記憶だけで、そこに思考体や感覚器を構築する時間も技術もなかっただろう。
それが逆に00ユニットとなることで、思考野や、感覚野は、完璧に再現されたが、中身のデータは皆無。
記憶野の穴埋めが出来たのは、武の記憶をリーディングした社がプロジェクションしたからだろうな。

で、徐々に鑑純夏が再構築され、武との接触が退避して眠っていたアストラル体の自意識を起こした。
あとは、量子電導脳自体がアストラル思考体とおなじ様なものだからな、恐らく上位フェイズにアクセスして、因果世界の他の量子電導脳から情報を集める事により、自我と記憶を補完した、と言うところかな。」

「・・・なによ上位フェイズって?」

「・・・イデアルフェイズ。
さっき言った“根源”、“集団的無意識”、“原初”、“真理”、更に別の言葉でいえば、・・・母生命、アカシックレコード、涅槃。
夕呼センセっぽく言えば、因果の地平か、虚数空間も同じ概念?
無意識領域は、そのパーソナルエリアと言うところか。

・・・・本来、夕呼センセが00ユニットに求めた物。」

「!!」

「・・・まあ、俺も向こうで夕呼先生に会うまで、そんな概念全く思いつかなかったけどな。
量子電導脳は、このイデアルフェイズに接触できる可能性がある、と思っている。
と、言うか、00ユニットはそこに接続するI/Fそのものでしょう?  夕呼センセ。」

「・・・・やっぱり気付いていたのね・・・。」

「・・・まあね。本当に00[ゼロゼロ]で良いなら人格[●●]を付与する必要が無いから。BETAとのI/Fには必要ない。
けれどイデアルフェイズに至る為には、勿論、そこに繋がる人格が存在することが大前提。
その人格に由来する、限定的な情報・無意識領域にしか接続出来ないので、“神”みたいに成ることはない、けどな。」

「・・・って事は、経験があるの?」

「・・・俺は覚醒後、脳神経細胞の再生で一時的に無理した体調を整え、もう一度自発的に昏睡に入った。目的は、アストラル思考体で存在が“見えた”イデアルフェイズへの接触。
思考速度を上げていたので感覚時間で約100年。肉体時間では1年だったな。
それだけ掛かっても、結局完全な合一には至らなかった。
まあ、お蔭で色々な技術に転用できる知識は付いたけどな。」

「・・・とても興味深い研究ね・・・。」

「これが、向こうの世界の夕呼先生とも仲良かった理由。

そして因果律量子論が、この概念を避けて語れないことの証拠さ。

と言うか、俺が構築したアストラル思考体は、さっきも言ったけど一種の量子計算機と同じものだと思っている。
固定されたビットを持つハードウェアじゃない。
問題に対してスケーラビリティを有し、必要に応じて演算子すら構成する。
当然分割思考[マルチタスク]も可能。

ただし、もともと“計算”することを目指したんじゃなく“思考”することを目指したから、緻密な計算は苦手だけどな。それは外部に投げればいいし。

そっちの才能はあまりなかったから、リーディングやプロジェクションは出来ないが、そもそも構築のための情報収集で使ったアストラル体を介した電脳世界接続は可能、ハッキング・クラッキングはやりたい放題。正しく鑑が行ったハッキングと同じレベルで実行出来る。」

「・・・・向こうのアタシが彼方を離さなかったのも当然ね。
BETAなんかいなかったら、アタシがこんな面白い研究テーマを見逃すわけがない。
生命、哲学、倫理、物理、全ての根源に至れるかも知れない“真理”。
因果律量子論が求めたその一端を、紛れもなく掴んでいると言うことね。」

「アプローチを異にするが、この領域も突き詰めると因果律に関わるからな。・・・・で、話を戻す。

00ユニットの有用性は、さっきの通り。が、出来れば鑑には生身の身体で蘇生して欲しい。
武の心情的にも、BETAへの情報流出対策や、反応炉依存度を無くす為にも。
前に言ったとおり、その情報や技術は既にある。

BETAの技術と、さっきのアストラル体からのスイッチングを行えば、ほぼ完璧に鑑の壊された思考野と感覚野を再生出来る。
ただし、脳神経節については、さっきの話からも鑑本人の自意識から構築する必要がある。
自由度が高くアストラル思考体に構造がにている量子電子脳ならともかく、寧ろクローンとして再生させれば、生身の未構築な脳神経細胞に今の鑑の意識が一致するとは思えない、というか間違いなくしない。最悪肉体と意識が乖離する危険性もある。

で、自力再生を促すために、眠っている鑑の意識を覚醒しに行く必要がある。」

「・・・どうやって?」

「・・・・・サイコダイヴ。」


・・・それって・・・・もしかして、オレ今夜純夏に逢えるのか・・・・?


Sideout



※あとがき

取り敢えず、荒唐無稽な御子神の秘密も漸くバラしたし、純夏ん復活ルート確定しました^^;
ので、次の投稿を以て、本板に移動しようかと考えています。


今更感満載ですが、難しいですね、SSは。
先達の偉大さを改めて知るこの頃。
思うところ(=たどり着きたい結末)は、初めから在るのですが、そこに至る経緯や設定を詰めていると、まだ別の設定が必要になる、という悪夢の芋蔓。話が拡がるばかりでちっとも収束しやしない。
何よりも、24話も使っていながら未だ以て2人の顕現から、まだ3日しか経っていないという事実! に作者も吃驚。
決して、愚痴じゃないですよ、愚痴じゃ^^;
それでも読者様の貴重なご意見ご指摘で作者は、本筋に係わらない描写はなるべく切ると言うスキル“割り切り”(Lv1)を獲得することが出来ました。ネタや薀蓄話には無効みたいですが^^;

まあ、力不足で途中更新が鈍ることも在るかと思いますが、コレからも訥々と書き連ねていくつもりなので、こんな駄文で宜しければ、今後もお付き合い下さい。





[35536] §25 2001,10,24(Wed) 23:00 B19シリンダールーム 覚醒
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2013/04/08 22:10
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'13,04,08 誤字修正


Side 夕呼


「・・・・サイコダイヴ?」

アタシは聞きなれない言葉を鸚鵡返しした。





まったく、彼方ときたら、次から次へと何でも出てくる魔法のポケットの様だ。

・・・・・・しかも、自分の能力をあっさりとカミングアウトしてくれちゃって。


けど、アストラル体による思考体の構築って、何よその反則!?
本気で量子電導脳クラスの思考体を自前[●●]で持っているなんて!


アタシは因果律量子論から量子電導脳の発想に至り、それが普遍的・集合的無意識領域、彼方の言うイデアルフェイズに至る可能性を見つけた。母生命や、根源、涅槃とか表現していたけど、確かに精神であるアストラル体を介して、繋がる魂の根源と言う意味では、全て同様の概念かもしれない。
一方の彼方は、落雷の結果突き落とされた奈落の底で、アストラル体の存在を知るに至り、そこから抜け出すために思考体を構築、その過程で“根源”を知り、そこから因果論に接近した。

だからこそ因果律量子論との類似性に気がついた。

アプローチは全く違うけど、いずれも“真理”を目指す知的好奇心の塊。

前の世界のアタシが、側に置いたのも頷ける。
ズルイわよね、こんな隠し玉が在るならアタシが届かなかった数式にも至れるハズだわ。BETAの由来物質が無くても、量子電導脳の領域に至り、別のアプローチで因果律量子論を語れる“相棒”がいるんだもの。

・・・・・此処の彼方はアタシのモノ、絶対返さないわよっ!





それにしたって・・・・。

10年の孤独。感覚を全て遮断された自意識。
夢に逃避したと言っていたが、そんな環境に人の精神は耐えられるのだろうか?
何も感じない、出口もなく、自殺さえ出来ない、救いの全くない圧倒的な恐怖。
この彼方をして、早く殺せと感じた底知れない絶望。
“そこ”から、まともな精神のままで、現世にまで這い上がってきたその強靭な自我[●●●●●]こそが、彼方最大の天禀なのだろう。

究極を超越した引き篭もりと表現してたけど、救いがそこに在るなら、没頭するのも理解できる。
けれどそれにもまして、知りたい、という好奇心だけで、更に100年の孤独に自ら突進した、“天才[バカ]”。
その見方で言うと、自分の興味にトコトン嵌り込むと言う意味らしいオタクという表現も[あなが]ち外していないって訳ね。







「サイコダイヴ・・・・・・・まあ、正確に表現すれば、ナーヴリンク、感覚共有による意識領域重合、かな。サイコダイヴは直感的な、イメージ先行の言い方。

社のリーディグを発展強化して、平面的に捉えていた鑑の心理ヴィジョンを立体的に感じられ、恰も周囲に存在するよう体験的に知覚出来るようにし、更にプロジェクションも発展強化して、その“世界”に於ける作用を“行動”として実行出来るようにする事。鑑の意識の内的領域から繋がるアストラル体を探索するわけだ。
オカルティックな表現では、“アストラル投射”と言う技法らしい。
社の能力を、俺が“思考体”でサポート・強化することで、実現できる。」


見れば、社がコクンと頷いた。
鑑の調査や、手法の検討で一緒だったのだろう。彼方に対しても全く警戒していない。
この娘にすれば、珍しい。


「どうすんの?  そんなコトして?」

「さっきも言ったように、鑑は自己防衛のため、破壊された思考野から“アストラル体”に“自我”を退避させている。
けれど、そこには思考体を構築出来たわけじゃないからな、“自我”のプログラムを、まるごとバックアップしたような物、つまり眠っている様なモノだ。
社がリーディングしていたのは、辛うじて残っている神経細胞に流れる、その自我情報の断片、“夢”みたいなもの。
勿論、思考野とアストラル体は繋がっているから、社が施したプロジェクションは、眠っている鑑の“自我”を刺激している。特に、武が来た後、その“思い出”には、反応していた筈だ。
それを続けて起こすのも在りだが、如何せん今のボロボロの思考野では、まともな“自我”が保てない。
武の前のループでは、それが完成された00ユニット上で展開されたから問題なかったがな。

なので、先ずは鑑を起こしに行く。

アストラルフェイズの自我が目覚めればそれを元に、BETA技術を応用して神経細胞のDNA分化を促進し再生する事が出来る。鑑の自我に沿った範囲の、最低限の思考野を構築する事が。
後はアストラルフェイズにある“自我”を戻す要領で、神経細胞の分化を継続させれば、鑑の“自我”に即した“思考野”が再生される。」

「・・・・・・可能なの?」

「鑑が起きるかどうか次第。・・・・・・だから武が必要なんだ。
武と夕呼センセは、社のようなESP系の力は未顕現だから、VRシミュレータを介して、同行してもらう。」

「!! だからあんなの作った訳?!」

「ああ。武をそこに連れていくことが主目的で、207Bへの擬似体験プログラムの方がオマケ。・・・なにせ、鑑を起こせる可能性が最も高いのが武だからな。
・・・・・・どうする? 武は行けるか?」

「勿論!!」

「・・・・・・現段階では、BETAに壊された鑑の心の残骸だ、そこに至るまで、千切れてバラバラにされた記憶野の残骸を“感じる”ことに成るから、相当の衝撃がある。
・・・・・俺が表現した過酷な状況よりも、更に厳しい事実を“体験”するかも知れないぜ?」

ナルホド、アタシでも不快に感じた歯に衣を着せないBETAによる鑑の陵辱表現も、白銀に耐性を付ける事前の心理的訓練か。

「聞くまでもない。全てを受け入れると、約束した。」

・・・・・・男の子ね、白銀も。

「・・・で、・・・・・・アタシが必要な訳は?」

「センセは理論の構築者だろう? 後で説明するだけでいいなら、留守番でも構わないが。
サイコダイヴなんて、普通は無理だ。
健常なら“自我”は強力だからな。自分の心に侵入する異物[●●]を、抵抗なく受け入れる筈がない。」

「!! ・・・そうね、勿論行くわ。」

「じゃあ、全員の意志が固まった所で、行くか・・・。」






用意されたベッドに楽な姿勢で寝かされ、ヘッドセットを付ける。彼方が、すぐ側にいる気配。

社には、白銀が付いている、というか、ヘッドセットを付けているのは白銀なので、社が側に付いている、と言うのが正しい。

それなりに危険もあるようで、場合によってはPTSDも引き起こしかねないとか。

壊れかけの意識故に無意識の抵抗や、混乱もある。
それでも、白銀は基本的根源的に鑑の求める相手であり、彼方はもう言わずもがな、こんな事をやってのける手練であるから咄嗟の時の備え、と言うことだ。肉体の物理的位置が近いほうが、把握しやすい、とか。

社は白銀の腕の中で少し恥ずかしそうだが、アタシとしては今更照れる相手でもない。



「じゃあ、始める。」

その言葉と共に、導眠されるように意識がふっと薄れ、気がつくと“そこ”にいた。





これは・・・。

これが“思惟の世界”と言うのだろうか?

何に例えればいいだろう。

宇宙空間? いや、纏わり付く様な雰囲気の密度は、むしろ粘度のある液体、サラダオイルの中に浮いているかのようだ。
そして、その中にところどころ何かの残滓が漂っているような何かが浮いている。

全体的に薄暮のような明るさと視界しか無く、漂う何かは、明滅を途切れさせながら流れ行く。

何処か茫漠とした、虚無の空間。


――先ず“自分”という存剤を強く認識しろ

背後に気配。見て確認にしなくても、誰かはわかる。

頭に、と言うか意識に直接流れ込む“声”
耳という感覚器ではなく、言葉として直接認識させる。

なるほど、意識が薄れると、“存在”が霞む。
手が、指が、歪んで油の中に流れそうになる。

――・・・本来表層意識がある場所なんだがな、流石にカラッポか・・・・。


ふと、目の前に流れた淡く瞬くモヤみたいなカケラに手を伸ばす。


!!!

その瞬間、腕にそのカケラが纏わり付く。

全身が一瞬で総毛立つ。

ソレが絡みついた腕にもたらされた、なめくじが這い回るような嫌悪感と、身体のシンを蕩かすような快感がごちゃ混ぜに成った、おぞましい感触。
正しく、腕を犯されて[●●●●]いるような、それが危険な事と分かっていながらつい委ねたく成るような、矛盾に満ちた感覚。

ゾワゾワと背筋を這い登るのが、嫌悪感か、快感か、区別が付かなくなる。
腕の神経が蕩かされた様に、痺れて動かない。

そいつは、更にズルリと肘から二の腕に這い登る。


――ヒッ!!!


微かな悲鳴を上げた瞬間、背後の気配が一閃。

何をしたのか分からないが、纏わり付いた気配から、粘性が消え、サラサラと流れていく。
虚空に流れたソレは、そのまま煌めくように消えて行った。


それでもがくがくとアタシの膝が笑い、ヘタリ込みそうになる。
浮いているのだからそんな訳はないのだが、地上なら、既に立っていられないほど力が入らない。
全身の筋肉がプルプルと微かに震えている。


マズイ・・・。

強力な催淫成分でも含んでいたのだろう、全身の感覚が異常に鋭敏になっている。
敏感な所にざわざわと血が集まり、そこが服と擦れるその感触だけで、声が漏れてしまいそうだった。
否応なく紅潮させられる肌。高まる動悸。



その意識に、ふわりと何かが被さる感覚。
それは過敏になった神経に障ること無く、浸み込むように満たしてゆく。その滲み込むなにかが、キチキチに先鋭化した感覚を徐々に宥めてくれる。
強制的に興奮させられた熱量が引き、動機や酩酊感、偽りの多幸感が薄らいでゆく。

背後の存在に安堵感を抱きながら、それらの感覚が収まるのを待った。



――表層に漂う残滓は、鑑が受けた陵辱の記憶の断片。気を張ってないと、喰らわれるぜ。

簡単に言ってくれるが、あれで断片。

おぞましいことは分かっているのに、女の性を直接舐る様な魔性。

それを理解させるために、敢えてしばらく放置したのだろう。


・・・・アレはヤバい[●●●]

昏く何処までも堕ちてゆく様な感覚。

2度と浮かび上がれないタールの海。

それさえも鑑が囚えられた“地獄”の一端でしか過ぎないのだ。それを漸く実感した。



進むとも無く、進む。

天地もなく、浮遊感が強く、歩いているわけではないので、定かでは無いのだが、深く沈んでいくという認識がある。

確かに、感覚的なイメージで言えば、深海に潜りゆくダイヴ。

周囲は変わらず昏く空虚で、時折ぼんやり光る深海魚みたいなカケラが過ぎ去って往くが、2度と手は出さない。



茫漠とした空間はやがて薄ぼんやりとその全景を浮かび上がらせる。。

闇に侵された空間は欠損だらけの心。
散らばる記憶の残滓は果てし無き悲鳴、底知れぬ悲嘆、漆黒の闇にまみれた絶望、ねばりつく諦観、際限なく繰り返す怨嗟、全てを憎む憤怒・・・。

社の言う、暗く、激しく、尖って、そして哀しい。
紛れもなく、社がリーディングしていた世界そのものが、そこに広がっていた。



――奥に進む。その表現が正しいのかもわからない。深く沈む、の方がしっくりするかしら。


どこまで行っても空虚。

時折こびり付く、冥いどす黒い快楽の塊。
身を引き裂かれる様な悲嘆。


BETAに蹂躙された精神の成れの果てがこれであった。




――まずいな。武もこっちに!

聞こえた瞬間、世界が崩れた。
奔流、激しく明滅する視界。鳴動する世界。

それは、憎悪。

昏く、熱く、激しい。

社がハレーションと表するその激流。

深層心理への侵入に対する防衛反射だという。

その怒涛を、往なし沈めながら何でもないように彼方は潜行する。




その波濤の水底、ハレーションの根源に、ソレは存在した。




深層心理の最奥部。

その空間を埋め尽くしたのはまるで海底に沈む荊の繭。

荊棘の蔓の塊が、浮いているように見える。

自己を守るように伸ばしたその刺は、剣のように長く、細く、鋭く。




そこで、事態は膠着した。












白銀が、幾度呼びかけても、社が何度投影しても、その荊棘は開くこと無く。

既になんどもその荊棘に吶喊した白銀は、血まみれだった。


――予想以上に、自己防衛反応が強い。これ以上武が怪我すると、心理的にPTSDを発症する危険性もある。
鑑の蘇生を諦めて、義体をつくるしかないか・・・・。


ここが鑑の内的空間で在る以上、それを破壊してしまう事は出来ないのだ。


――最後にもう一度だけ、遣らせてくれ。


血塗れの白銀がそう言い切った。






絶叫に近い白銀の呼びかけ。

そしてその中心に向かって投げられた、小さな塊。

荊棘は“それ”を攻撃すること無く、排除すること無く、受け入れた。
やがて荊棘は左右に分かれ、その小さな塊まで、道か現れる。
開かれた荊棘。



――何投げ入れたんだ?

――サンタウサギ。

――・・・・了解、キーアイテムだったな。・・・まあ、まずその血塗れ直せ。

え?

思惟の世界だ。強く思えば消える。

あ・・・、そうか。





そして進んだ荊棘の奥には、眠る鑑としての存在。



――純夏っ!!



白銀は、鑑をゆすり、声をかけるが、眠っていると言うよりは、死んでいるかのようにピクリとも反応しなかった。


――これ、本当に眠っているのか? まさか手遅れで・・・・

――相手は眠り姫なんだ、やることは一つだろ?

――!!

――口づけ キス ベーゼ 接吻、なんでもいいぜ。
・・・・粘膜接触って言うのは結構重要なんだぜ。体液の交換や、一種相互の遺伝子を交換する象徴。
互いに相手を受け入れる行為そのものだからな。



そして観念したように、白銀が鑑に唇を重ねた。








ぴくりと睫毛が震え、うっすらとその瞳を覗かせる。



「・・・・・・・タケルちゃん?」

「・・・ああ」

「・・・・・・タケルちゃん、
・・・・・タケルちゃん、
・・・・タケルちゃん、
・・・タケルちゃん、
・・タケルちゃん、
・タケルちゃん、
タケルちゃん、
タケルちゃん!
タケルちゃん!!
タケルちゃん!!!
タケルちゃん!!!!
タケルちゃん!!!!!
タケルちゃん!!!!!!」

鑑が白銀に抱きつく。白銀は何も言わず、受け止めた。







再会。

若いわね・・・。

白銀にとっては・・・主観記憶では4日ぶり? 大した事無いじゃない・・・。
まあ、生身の鑑とは、この世界で横浜侵攻の時以来だから、お互い3年ぶりと言うところかしら・・・・。
尤も、まだ生身とは、言えないわね。

あら?

そして喜び合い熱い抱擁を交わす恋人たちを尻目に、何故か彼方がorz状態で凹んでいた。

・・・・浮いてるのにorzとは器用な奴ね。

社が肩を叩いて宥めているのが、妙に哀愁を誘った。





そして“この空間”の主が目覚めた為か、ねば付いていたサラダオイルがサラサラと随分軽い密度に変わった。

なので、話せば声が聞こえた。

「・・・・・・ところで武ちゃん、なんでこんなトコに居るの? 夕呼先生や、霞ちゃんまで・・・・。ってか、向こうの世界の彼方君!?  なんで此処って、・・・・・そもそもわたし死ねば武ちゃん元の世界に戻るはず・・・ってわたし死んでない!? ・・・って、此処何処?! 天国?」

そして漸く落ち着いた鑑からの第1声は、正しく驚愕のセリフ。そして再びのパニック。

「え・・・?  純夏なんで前の世界の記憶在るの?」

「わかんないけど、00ユニットとして復活して、えと、・・・いろいろあって、桜花作戦で脱出して、いろいろ考えてたら、眠くなって・・・」

「お前だ、おまえ!!」


なんか投げやりの彼方。


「「え?」」

「・・・・・武が鑑のその因果情報を持ってたんだよ。
鑑の記憶は飽くまでこの世界の記憶だからな。因果特異体として虚数空間から記憶として持ってきたんだ。
当然自分の記憶ではないから、武自身は認識など出来ない。

それをキスによる粘膜接触・・・此処では概念だけどな・・・で鑑に渡した。

武は延々この世界をループしてるんだ。
ってことは、この世界群の中で、鑑純夏は常にこいつ一人。
武の記憶にある鑑も、未来の鑑そのものだ、一つの可能性としてのな。

因果導体ではないから、他の世界群の情報は引き込めないが、この世界群における、自分のループで蓄積した因果情報は、記憶として持っている。
その持っていた00ユニットとしての因果を、一気に鑑のアストラルフェイズに転写しやがった。

つまり、00ユニットで鑑純夏の意識として動いていた構成を、鑑のアストラルフェイズに転写、要するに思考体をいきなり構築したって言うこと。

・・・・・・・・このバカップル、俺が10年掛かったことを、キス1発[●●●●]で済ませやがった!!」


・・・・成程、それで凹んでいたわけね・・・初めてね、アンタのそんな様子。
普段絶対見せないだけに・・・・ちょっとそそる[●●●]わね。

それでも、一頻り喚くと、気が済んだらしい。
面倒な再生が丸投げ出来るからそこはラッキーか、と小声で愚痴っていたけど。

ふと、思う。

「・・・・今後白銀が他の娘とキスしたら、同じように因果情報が流れる可能性が在るのかしら?」

「・・・・否定はできないが、可能性としては少ないな。
確かに皆00ユニット候補だからな、それなりにポテンシャルはあるだろうが、今の鑑と違いまだアストラル体に一切触れていからな。緊急避難とはいえ、“自我”を一度転写した鑑とは違うだろ。」

「そうか、白銀の持っている情報はアストラル体だから、受け側にその資質が整わないと渡せないのね。」

「たぶんな。」




漸く状況を説明し終わったとき、鑑は目を白黒させていた。

そもそも此処は現実空間ではなく、鑑自信の意識空間で在ること。
今は鑑ではなく因果特異体となった武によってループした2001年であり、その時点でまだ鑑の知る仲間は誰も死んでなく、生身の鑑は脳髄だけであること。
前回のループで鑑に解放された殆どの武は、鑑の再構築した元の世界に戻り、ドタバタやっているだろうこと。
その際に、この世界に必要な彼方を元の世界の分岐世界から集めて引っ張り込んだため、彼方が居ること。
彼方がBETAを解析し、鑑の肉体を再構築できること。
ただしそのためには、壊された思考野を鑑自信が再生することが必要であること。

そしてBETAを駆逐するため、いろいろ画策していること。


全てを説明し終わったとき、鑑はまた泣き出し、しばらくまた白銀がなだめることとなった。

前のループで望んだ通り、呼び込んだ白銀は元の世界に戻り、それでも残ってくれた白銀が、今度は鑑を求めてループしたのだ。つまり、今の白銀は、他の世界から拉致して引っ張りまわした白銀ではなく、この世界の鑑だけの白銀、と言う事になる。
しかも彼方というオプション付きで、生身で蘇生できる可能性はあるわ、前回死なせてしまった皆は生きているわ・・・・。

これ以上無い、と言う状況なのだ。
話が出来るように成るまで、更に時間を要した。





「じゃあ、鑑も全て前の世界の事を覚えているわけね。」

「はい、先生。あ、でも、00ユニットとして貯めたBETAのハイヴのデータとかは、無いっぽいです。」

「それはいいわ。そもそも鑑はまだ再生もしていないんだから。けど、今此処でアストラル思考体ってことは・・・つまり鑑は彼方と同じ存在?」

「・・・初歩の思考体だけだけどな。00ユニットとは違うから、イデアルフェイズ接触は無理。
今後00ユニット装着すれば可能だろうけど、自我が確立していて、過去に繋がった記憶も在る以上、必要ないだろ。“超越”も今回はさせる気ないしな。」

「? なんだ“超越”って?」

「前回の武の記憶で、桜花作戦の最後の最後、何故か一瞬で荷電粒子砲のエネルギーが充填され、ラザフォード場に対応された筈の触手攻撃も弾いたんだろ?」

「確かにあの時、信じられないような力が出てた・・・・」

「鑑は、そのこと覚えているか?」

「・・・・武ちゃんの声が聞こえた気はするけど、はっきりとは・・・」

「・・・・恐らくは、無意識状態で、イデアルフェイズにシフトし、その力を使った為だと思うぜ。
なにせ、イデアルフェイズの力は、世界の力、神の力、“根源の力”、そのものだからな。」

「!!!!」

「まあ今後は使う機会もないし、極限状況の無意識状態でしか使えないとは思うが、00ユニット装着しても絶対遣るなよ。
無理な上位フェイズへのシフトは、逆に人間としての存在を喪失させてしまう可能性が高いからな。

ソレじゃなくても鑑は、世界連結や、因果導体誘引、世界ループ、と無意識の裡に、“根源の力”を使い捲っているんだ。
せっかく今回は武と念願の、“生身でラブラブモード”に入れるのに、これ以上使うと世界に弾かれるぜ。」


鑑は顔を青くしているが、それはそうだろう。

世界そのものの在り方を変えてしまうような力は、“根源”にしかありえない。
無意識とはいえ、それにアクセスしたのが“超因果体”である鑑なのだ。


「・・・じゃあ、今の純夏は?」

「・・・元のポテンシャルが高いから、武が思考体を移したことで、リーディングやプロジェクション位は出来るだろうけど。
ハッキングは・・・微妙だな。00ユニットとして電子機器へのI/Fが無いしバッフワイトも未装備だし。
・・・それでも非常識に高性能だけどな。流石“超因果体”と、“因果特異体”のカップリングだぜ。」

「複雑な気分~。BETAなんか来なければ、こんな力知らずに済んだのに。」

「逆だ、逆。」

「え?」

「BETAは鑑みたいな存在を目的に地球に来た。
外宇宙からタイタン、火星、そして月、地球っておかしいだろ。
BETAまっしぐら、だ。
奴らの求めているのが鉱物資源なら、外惑星やその衛星にだって豊富にあるはずだ。」

「ちょっと待って、タイタンてなによ?!」

「ああ、太陽系に最初に漂着したハイヴ。頭脳級の記録に在った。」

「はあ、マーズ0じゃ無いんだ・・・」

「人間を目的って・・・・奴ら人間を生命体と見なしていないんじゃないのかよ?」

「見なしてないよ。」

「え?」

「相手は創造主、珪素を基質とした生命体だぜ。恐らくだが代謝は極めて永い。
例えるなら・・、地球は生きていて意識があります、と言われるようなものだ。」

「・・・・・・・」

「例えば地球に意識が在ったら、地球にとって人間は何だろうな。
ただのタンパク質がくっついては崩れる“現象”か、表皮に生みだしてやった“被創造物”の“細菌”がいいところだろう?」

「「・・・・・・」」


「創造主は“他の珪素系[●●●]生命”には手出ししないんだから、地球は生命ではないんだろうな。
少なくとも、“思考”し、“自己増殖”し、“散逸”する構造を有していない。

けれど、そんな“存在”が居ることは否定できないし、実際BETAの創造主は、そう言う存在なんだろ。」

「・・・・」

「恐らくは進化の過程も全く異なり、当然水を媒体としない生命。
下手すれば寿命や、生殖と言った概念さえなく、彼らに取っての人間は、いつの間にかあって、そしてすぐ消えていく、我々にとっての細菌みたいな“現象”。
時間軸も、歴史も、全てが異なる異生物、・・・・それが創造主。」

「・・・・じゃあ、じゃあ奴らの資源てなんなんだよ? なんでBETAなんて使う?」

「人間だって、有用な細菌を選別し、培養して使うよな。」

「「!!」」

「その細菌を集めたり、殺したりするのに、同じ細菌の遺伝子を弄って使ったりするわけだ」

「!!」

「人間と細菌やウィルスは、下手すれば同じ起源を持つ炭素基質生命だから、生命としている。
しかし珪素基質の創造主にすれば、試験管培養の細菌に過ぎないってことだ。
だがその中に創造主にとって極めて有用な個体があれば、宇宙中にBETAを飛ばしてでも探索に当たる、と言うこと。」

「・・・有用な個体?」

「・・・おまえ、鑑はどんな存在だと思っている?」

「え?」

「・・・おまえにとっては、何でも言い合える、ちょっと抜けてて短気だけど、誰よりも愛しい幼馴染み、かもしれないけどな。」

白銀・鑑真っ赤。

「端から見れば、この世界と他の世界を繋げてしまえる存在。
繋げた他の世界から因果導体を連れてこられる存在。
そして一つの世界“群”を閉じたループにしてしまうことが出来る存在。
すなわち・・・根源に至れる存在、だ。
だから、超因果体[●●●●]、ってところだろ。」

「!!!」

「・・・夕呼センセ、そんな存在の現れる確率は?」

「・・・・・・詳しくは計算が必要だけど、ざっと10億分の1くらいかしら。」

「妥当な線だな。
しかも、前回の事例から見れば、武と結ばれることで成就、霧散してるから、下手すると思春期限定かもしれない。
てことはこの地球上にも2,3人しか居ない超稀少因果操作技能者、ということだ」

「・・・じゃあ、私の所為でBETAが?」

「それは違う。
鑑が超因果体でなくてもBETAは来た。
求める存在が、創造主の言う炭素系寄生物に発生することは既知だろうから、見つけるまで侵攻を繰り返す。
寧ろ鑑がつかまって、BETAの目的がその調査になったことで、横浜ハイヴがつくられ、BETAは転進したから帝都が助かった、と考えるべきだ。」

「BETAは目的を達したのか?」

「鑑がここに居るんだから達していない。他は知らんが。
鑑に関しては、素体の確保には一端は成功したが、発現に至る前に奪還した、って考えるべき。
創造主はともかく、末端のBETAには訳のわからないアストラルフェイズに鑑が引き籠もったことで、発現を諦めていた感も在るけどな。
10億で1人なら、今までに4,5人、そして残った人類にあと1,2人、居てもおかしくはない。そっちを探すだろ。」

「・・そもそもなんでBETAは超因果体を?」

「・・・これは推論でしかないけどな、珪素質生命体である創造主が植物のように動けない知性体だとしたら?
そして超因果体には世界を渡る力がある、と思うぜ?」

「!!・・・じゃあ、全ての並行世界に?」

「・・・可能性の一つとしては。」

「!!!」




成程。
以前にアタシが考えた推論には彼方も至ったらしい。
そして更に創造主が珪素系生命であれば、その理由もあり得る。
人類の最初のミスは、相手を自分たちと同類としてしか対応してこなかった、と言うことだ。
目的も同じ。
BETAの侵攻に波があるのは、主目的が鉱物資源ではなく、炭素型生物の攻略状況に拠るのだろう。

・・・ん?

「ちょっと待って。
じゃあ何故BETAはその重要な資源となりそうな“人間”をああも無残に食い散らかすのよ?」

「・・・一応バッフワイト素子みたいな小技も持っているBETAだからな、“目標”の大体の位置は分かるみたいだぜ。」

「「「!!!」」」

「横浜襲撃時、鑑とその周辺に居た避難民は、その場で殺されずに、“検査”されたわけだろ?、“目標”周辺を全部確保、と言うわけだ。その後、最後まで残されたのは、襲撃時点では不明だったが、その後は“目標”がハッキリしていた可能性が高い。」

「・・・・。」

「・・・だいたい、俺が向こうの世界で、覚醒後に柊高に編入したのも、元はといえば鑑が居たからだしな。」

「「えっ!?」」

「・・・・・アストラルフェイズの知覚から見ても、超特異な存在だったんだぜ、鑑は。
・・・武が居なかったら、・・・・手、出してたかもな。」

「え!? でも色々アドバイスしてくれたし・・・。」

「武が余りにも鈍感だったからなぁ・・・。・・・鑑が可哀想過ぎて同情した。
あの後、飾りなんか一切付けずに直球ど真ん中で告れ、と言うつもりだったんだぜ。・・・温泉旅行が実現しそうだったから。」

「!!!」


・・・微妙な顔をしているのは白銀と鑑。
コイツ等は過去未来のいろんな世界の多岐に渡る記憶を持っている。
その中に、該当しそうな記憶が在るのだろう。


「・・・けど、それでダメなら後釜狙うつもりもあったんだ。・・・・尤も、その前に・・・、俺の方も見つけちゃったけどな。」

「?  なにを?」

「・・・アストラル体やイデアルフェイズの概念すら無いのに、唐突に因果律量子論なんてものを構築しちゃった“天才”ってヤツを、・・・さ。」


「「「!!!」」」




・・・・・・え!?


それって・・・・彼方が惚れたのっ?! アタシっていうか、向こうのアタシに?!

・・・・それはアタシじゃないけど、でも無意識領域で魂はつながってて、・・・・やっぱりアタシィ!?

ちょっ!! 完全な不意打ちじゃないっ!

・・・あ、ダメ!、そんな瞳で見つめるなぁっ!!

くっ、マズイ!、急速に顔が熱くなってくる。・・・・・やだ、どうしよ!? 抑えられないっ!


・・・・白銀や鑑、社までが口を丸く開けて、アタシを見てる。



うぅ・・・うるさい、うるさい! うるさいっ!!


アタシは心のなかで絶叫した。

・・・・彼方ァ、覚えてなさい! ぜっーたい、イジメてやるんだからっ!!













「・・・・そっか、じゃあ神経細胞を再生出来れば、私の身体を蘇生出来るの!?」

「俺にはプロジェクションなんて器用なスキルは無いから、社にプロジェクションして貰う。
あまり此処来ると、逆に心理的負担になって結果的に鑑の再生の邪魔になるしな。・・・・・社、構わないか?」

「はい。それが純夏さんにも御子神さんにも負担が少ないのですから。」

「Thanks」

「ありがとう、霞ちゃん! それでね、霞ちゃん・・・」

何を思ったか、鑑は社の手を引いて少し離れたところに行くと、耳もとでコソコソ。
話を聞いていた霞、吃驚眼のあと、徐々に紅潮して、真っ赤。

「純夏さん!」

「もう、決めちゃった!! お願いね!」

さっぱり顔の鑑、アワアワオロオロしている社。・・・・なにヤッたんだ鑑?




「・・・何を言ったんだ? 純夏・・・・?」

若干引き攣りながら白銀が聞く。

「ああ、私が身体再生されるまで、武ちゃんを宜しくね、って。
ホントは冥夜や、彩峰さんや榊さんにも言っておきたいんだけど、伝える事できないし、さ。
・・・・今度こそ仲良くしたいじゃん!」

「冥夜って、・・・ああ、純夏も当然この世界の記憶も在るのか・・・。冥夜もライバル宣言していたしな・・・。」

「それヤメるの。」

「・・・・・へ?」

「武ちゃん、判ってないなぁ~、もう。
今のわた、純夏さんには、元の世界の分岐世界から、武ちゃんのループ世界で無意識のわたしが消しちゃった全ての記憶があるんだよ? つまり武ちゃんの辿った全てのループを同じように知っている唯一の存在なの。・・・私がループさせたんだからね。」

「あ・・・・」


言われて顔色をなくす白銀。

そう言われればそうだ。
数多のループをたどった、しかし本来白銀の記憶の中にしか無かった“消えた歴史”、その白銀の全てを知る唯一の存在、それが鑑純夏だ。

そして要するに白銀の主観記憶と呼んでいる記憶以外は、途中死亡した失敗を除き、全て[●●]、鑑以外の女と結ばれる記憶。
言ってしまえば、膨大な浮気の記憶なのだ。
ほっといても女が寄って来る“恋愛原子核”、殊によればA-01のメンバーはおろか、アタシやまりも、悠陽殿下とかも在るのかもしれない。社なんか即落ちだろう。

それを、全て[●●]知る嫁なのだ!


「前の世界でも知っちゃってから、ずっとずっと悩んだんだよ?
違う世界から武ちゃんを連れてきちゃうし、数えきれないくらいループさせちゃったし、私以外の娘と幸せになった記憶は消しちゃって、歴史自体無かったことになっちゃって。
えっとその、前回想いは叶ったから、あとは私が消えれば、武ちゃんは戻せるけど、他の皆には悪いなって思って、そして武ちゃんと皆の償いにあ号潰そうと思ったのに、結局皆の方が先に逝っちゃってさ。
帰りのシャトルで私の意識が消えるまで、ずーっと考えていたのは、皆で幸せに成りたかったよ~ってことだったんだから。」

「え・・・・?」

「だって武ちゃん、考えても見て? 今帝国でも適齢の女性に対し、男性の数は1/8なんだよ? つまり単純計算でも1人の男性は、最低でも8人の女性に子供を産んでもらわないと、人口が激減しちゃうって事! 1/8だよ!? 大変なんだよ!?
それでなくても、帝国の人口は既に3,000万以上減ってるし、世界でも40億人以上死んじゃっているんでしょう?
この後BETAを駆逐できても、50年後には帝国の人口が1000万人を切っちゃうんだよ?
このままじゃ、人類が滅亡しちゃうよ!!」

「・・・・・・・純夏が微妙に頭回って・・・・・確かに言ってる事は正論だが、・・・それは、つまり・・・・・」

「そうだよ!。ここは平和だった武ちゃんの元の世界と違って、相手を1人に絞る必要は無いんだもん。
きっと悠陽殿下を説得すれば、法律も変えられるし、皆を悲しませることもない。
・・・皆で幸せになる世界じゃダメ?」

白銀は救いを求めるように彼方を見るが、彼方は目をつぶって、静かに首を横に振った。
あ・き・ら・め・ろ、と・・・。



「・・・・・オレは・・・お前とだな・・・。」

「うん、それは嬉しい!!
・・・・・・でも、じゃあ他の娘は泣かせるの? 皆を笑顔に出来る手段もあって、武ちゃんにはその力もあるのに?

そんなに武ちゃんは甲斐性なし[●●●●●]なの?」




白銀轟沈。

・・・・遣るわね、鑑、天晴だわ!


残ったのは、空間に浮かびながら見事なorz状態の白銀と、何故かもう和気あいあいの、嫁候補二人の良い笑顔だった。


Sideout





[35536] §26 2001,10,25(Thu) 10:00 帝都城 悠陽執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 11:58
'12,10,19 upload  ※幕間 ダイジェスト風味
'12,11,01 題名のみ変更
'15.01.24 大幅改稿(pcTEに準拠:Side榮二)
'15,01,30 誤字修正
'16,05,06 タイトル修正



Side 悠陽


「・・・・・では、過日横浜基地に現れた御仁は、紛れもなく兄さま[●●●]である、との事ですね?」

「疑う余地も在りませぬな。
月詠中尉の報告通り、不幸な事故により細かい記憶は完全になくしている様子ですが、ご自分の“記録”に残されていた過去は、全て承知して居るようです。
何よりもあの飄然としたその佇まいは、御子神彼方以外の何者でも在りませぬ。」

「・・・・然様ですか、それは誠に、・・・僥倖でありました・・・・。」

ワタクシは震えそうになる語尾を抑えます。

「・・・では、紅蓮、月詠真那に連絡を。
帝国斯衛軍第19独立警護小隊の機体に対する新OS・XM3の搭載を許可します。
早急に新OSの導入、及び教導を依頼しその評価を下しなさい、と伝えなさい。
尚、本件に関わる全て事項は以降、ワタクシ煌武院悠陽の名において、最重要特級機密事項と致します。
その旨も中尉に伝達を。」

「了解いたしました。」

「鎧衣には、引き続き情報管制を。ワタクシはお飾り将軍ですので、当日の休みに那須に休養、と言う事で影武者の手配を。相応の警備もお願いしますね。」

「は。承りました。」

「・・・しかし、空路ですか。さすれば浜離宮のヘリポートが適当ですわね。周辺地域の可能な限りの人払いをお願いします。」

「彼の機はステルス性が高かったと存じます。BETAは兎も角、光学迷彩も可能だったかと存じます。」

「・・・然様でしたね。ですが兄様の意図をお聞きするまでは、九條に知られる訳には参りません。念には念を入れ、事に当たって下さい。」

「は、確と。」

・・・・思い出しました。
そういえば、XSSTの秘匿姓を良いことに、帝都を抜けだしていろいろな所に連れていってくれたのも兄さまでしたね・・・。


「・・・・紅蓮、鎧衣・・・・。」

「「は・・・」」

「・・・・ワタクシは、・・・・・あの方[●●●]が望んだ“政威大将軍”足りえているのでしょうか?」

「殿下・・・・、胸をお張り下さい。」

「・・・そうですな。それこそが彼が殿下に望む姿かと存じます。」

「・・・・その通りですね。・・・・・そなたらに、感謝を。」

諫言を心に刻む。












2年前、横浜にG弾が落とされたあの日。

それはワタクシに取っても、正に世界が変わった日でありました。

兄さま・・・御子神彼方が、忽然と姿を消した日・・・。


いつもふらりと現れる兄様は、ちょっと見てくる、と仰って出かけられてた後、消息が途絶えました。
そして伝えられた、事前通告なしの米国軍によるG弾の投下とその被害。
ハイヴと共に残された将兵を巻き込み、そして横浜は永劫の不毛の地と化したあの日。


・・・・そして、ワタクシが本当の意味で、“覚悟”を有した日。






BETAの西日本侵攻が始まり空前絶後の混乱の中、前将軍の死。
帝都防衛戦の直前、なし崩しの様な決定を以て齢15で“政威大将軍”に任じられたワタクシには、当初縁者である御剣家、警護にあたる月詠家、剣や戦術機の師匠筋に当たる神野・紅蓮両閣下以外に、心から信頼を寄せられる者が居りませんでした。
・・・・たった一人の例外、“兄さま”と呼ぶことを許された、御子神彼方を除いて。

その後帝都陥落、放棄により東へと落ち延びる中、鎧衣を紹介してくれたのも、思えば兄さま。
それ以前も、榊首相や珠瀬国連大使等、錚々たる重鎮と極秘裏に繋累を結んで戴きました。

何の後ろ盾も、庇護もなかった15の小娘。その往くべき道を指し示し、淡く照らして呉れた兄さま。


そもそも、7つの誕生日に知り合い、“兄”と呼ぶことを許されて以来、すっとその庇護の中に居たことを、あの日喪ったことで、漸く理解したのです。
憂えるばかりで、何もしない・・・・、そう、出来ないのではなく何もしなかったワタクシに対し、
兄さまが裏でどれだけの事をしてくれていたのか、知ったのはその存在を、庇護を喪ってから・・・。






7つで紹介されたとき、ワタクシの親戚筋・仕える殆ど全ての者が、兄さまを疑いの目で見ておりました。
紹介者が、九條。そして、九條繫属の御子神家宗主直系。
九條の家は五摂家の中でも、その祖を平安貴族に持ち、当時の皇家血筋とも交わりのあった家系。武家体質の他家とは趣を異にする存在。

現当主の九條兼実も表面鷹揚とし、穏健で意を発しない、と見られていますが、裏では何をしているのか判らない、という風評でありました。
武家の仕来りや、斯衛にすら距離を置く五摂家としては異端であった故、兄さまの紹介は、あからさまな懐柔手段、としか見られなかったのです。
曰く、九條の回し者、密偵。
犬とまで呼ばれていた事を知ったときには、怒りよりも哀しくなったものです。
それを承知の上で、しかし兄さまは、事あるごとにワタクシの元に足を運んで呉れ、やがてワタクシにとって、もっとも頼れる存在となりました。
そう、“兄さま”と呼ぶことを願うほどに。

当時他にも紹介を受けた有力各家の子女は数多くいらっしゃいました。
その中で、唯一兄さまだけが、ワタクシを“7つの子供”と見ず、“煌武院悠陽”として見て呉れたのです。
他愛ない遊び相手や、子供の世話を言いつけられた年上、と言う立場ではなく。

兄さまの語る世界。そして、実際に見せてくれる数々の事象は、子供心にも深く響きました。
それは、今になって漸く理解できる“政威大将軍”として求められる素養、“現実”を知ること。
おべっかや、虚飾に埋もれた綺麗事ではなく、ただ其処にある生々しい事実。
心躍るような成功事例も、そしてやがて長じるに従い、目を覆いたくなるような悲惨な出来事も包み隠さず伝えてくれる。そして其れに対する、背景の考察やどうすれば善かったかという対応まで。
それらを物語のように聞かせ、興味深く語りながら、ワタクシが自分で悩み、考え、決めることを黙って待っている、そんな兄さまでありました。

当然ワタクシ自身は、早くにそういった知性に触れ、尊敬し、誰よりも私淑していましたが、ワタクシの周囲にはそれを一切顕すこともなく、従容とその酷い評価に甘んじていた兄さまです。
兄さまを私淑するワタクシへの忠言、諫言も数え切れないほど在りましたし、恐らくはそれ以上に皮肉や暴言をぶつけられていた筈です。
けれど、兄さまから訪れる以上、それを力ずくで止める事は、明確な五摂家間の対立と見なされるために表面化しませんでした。
結局、兄さま自身はどんな誹謗中傷も何処吹く風で、ワタクシには一切嫌な顔も見せず。
その誤解に悲嘆するワタクシに、実害はないから構わない、むしろ宗家に警戒される方が厄介、と取り合ってももらえませんでした。
宗家にバレると会いにくくなるからね、と言われれば、黙るしかありません。


そう。

今思えば、7つの邂逅から、折りにふれ説かれた、その心構えや考え方、示された事象と考察。勿論、幼き子供に諭すのに、最初は寓話や、他愛ないお伽話のような形態をとっていましたが、今思えばそれらは全て為政者の考え方、そして民衆の考え方を、幼いながらに考えさせ、認識させるもの。
中学就学年齢以降は、それが更に政治から、経済、行政機構や、社会の在り方といった内容にまで及んでいました。

それが全て帝王学に近かった事を漸く認識できたのは、中学で次期政威大将軍候補の筆頭になって以降でした。






そして、’98年BETA西日本侵攻の混乱の中での政威大将軍就任と敗走。

西日本の前線が為す術もなく崩壊し続け、潰走に潰走を重ねる中、喪われた3,600万の命。更に危機に晒された2,500万人に登る避難民の、実に半分以上を輸送したのはNPO “シャノア”でした。

それは歴史にも残ると言われた伝説的な撤退戦。
将軍は帝都と命運を共にするべきという、九條兼実の茶番を撤回できたのも、迅速な帝都周辺の避難があったからからだった、と知りました。
当時マジックと評された其れは、誰もその全容を把握して居なかったのです。

一方で、兄さまは衛士資格を有しながら、戦術機に一切乗ることもなく居た帝都防衛戦。
BETAに臆した衛士、と言うのが兄さまの評判でした。


当時九條側にも、そしてワタクシの傍に於いても、周囲は敵ばかりで、そしてワタクシに対しては過保護だった兄さまは、誰にも知られず、準備を進めておりました。


・・・・・・知り合ってから実に9年間、兄さまが行方知れずになる数ヶ月前、`99初頭に兄さまが起こした“弾劾”まで、その実態を隠し続けたのです。








翌年初頭の恒例報告会、皇帝陛下の評価は、極めて厳しい物になる、それが大方の予想でした。
通過儀礼的な意味合いが強いとはいえ、陛下とてご意見をお持ちになります。
昨夏に於ける西日本の喪失と、3,600万人もの人命が喪われ、更に帝都まで陥落放棄したこと。

それは、その直前に大将軍就任したとはいえ、あってはならぬ損害。


その時、そのプレゼンを行ったのが、兄さまでありました。




会場にはニヤニヤ顔の九條一統。
顔色を無くし、やはり九條の犬、真耶などはそう言って罵っていました。

報告は当然ワタクシにとって厳しいものに成るはずで、このタイミングでのあからさまな背信、離反を示すその抜擢。
それは、もはや九條が政威大将軍と言う職そのものを、見限った証。
箸にも棒にもかからない者として、更なる奈落に突き落とさんと、ワタクシが慕い懐いていた兄さまをして糾弾する、と言う悪意がアリアリと透けて見えました。

ワタクシの周囲の皆が、歯を食いしばり、臍を噛む中、けれどワタクシだけは、不思議と落ち着いていたのです。



始められたプレゼンは、純然たる事実の積み重ね。その意図が無かろうとも確かにワタクシにとっての針の筵。
九條に指弾されるまでもなく喪ったのは何もしてこなかった、出来なかったワタクシの罪。
そう思い唇を噛み締めて耐えることしか出来なかったワタクシは、場がざわざわとどよめいていることに、気づくのが遅れました。


九條一門からの質問や制止を、御前への説明中である、の一言で切って捨て、更に示された資料。


いつの間にか、資料は、本土防衛軍が冒した失策から、防衛軍全体が如何に崩れていったか、という趣旨に代わり、戦域全体に渡るシミュレーションへと展開していました。
BETAに対し甘すぎた見通し。奢り。本土防衛軍の立てた戦略自体が不足していたこと。
その裏で行われた、米国の安保条約放棄。

一方でNPOに協力を求めた撤退戦では、本来喪われるところだった1,500万の難民を、安全圏まで避難させたこと。
戦線と避難が交差することで混乱する陸上輸送に対し、BETAの手が届きにくい海上輸送を展開、ホバークラフトによる機動性。海上に展開された大型の貨物船団。
陸上輸送に於けるその総量を最適に間引くことにより、混乱や渋滞を減じ、避難全体の速度を速めたその手段。
当時、誰も知らなかった避難の手の内を、その場で全て晒したのでした。

・・・・全てワタクシ[●●●●]が執った指示[●●]として。



更には、その時点で情勢も鑑みずに献策された首都居残りの為、更に友軍の損害を拡大したこと。

シミュレーションによる動画で、緻密に構成されたそのプレゼンは、そこを指揮していた者でなければ分からない情報まで付加され、付け入る隙もなく、圧倒的な説得力を以て、訴えられました。

それは、プライドに固執し状況も鑑みず徒に被害を拡大した本土防衛軍と九條、実利を鑑み人民の生命を最優先で避難せしめたワタクシ、という構図が見事に示されておりました。

そして、あからさまに叛旗を翻した兄さまを睨みつけていた九條一統を涼しげに見やると、武家の在り方として義に背けば親でも弾劾致します、と前置きした上で、その後搬入された始めた国連の支援物資、その裏帳簿を暴露したのです。

流石にそこに当主・九條兼実の名は見当たりませんでしたが、シンパや側近の名が見え隠れし、参謀本部と九條一統が支援物資を蚕食したことは火を見るより明らか。

其処にいたり、初めて兼実が顔色を喪う結果となりました。


世間的には、完全に宗家に尻尾を振るだけの犬、と双方に見なされていた兄さまが、その雌伏を止め、飼い主の片腕を引きちぎって離反した瞬間でもありました。

それも最高のタイミングで・・・・。









衛士資格を有しながら戦術機に一切乗ることもなく、その一方で大規模な撤退戦の陣頭指揮に当たっていた事を知ったのは、鎧衣に教えて貰うまで知りませんでした。
“シャノア”を設立、指揮していたのが、兄さまだ、と言うことも含めて。

首都防衛戦では、自らの両親さえ亡くしているのに・・・・。


そして皮肉なことに、ワタクシの周囲が兄さまを初めて認め、ワタクシが政威大将軍としての立場を確かな物にしていくに連れ、逆に兄さまの足が遠のいていました。

・・・・・・明星作戦の実行と、兄さまの行方不明が報じられたのは、そんな折りでした。







以来、ワタクシは、その兄さまの志を継いで、あやふやだった“足場”を更に固めてきました。

斯衛の掌握、そして帝国海軍。

時の内閣、そして国連大使とも連絡を密にし。



・・・けれど、未だ力足らず、想い届かず。



力なきお飾り、と今尚思われている状況を、一気呵成に転覆するには、まだ足りない・・。

今こそ奸臣を排し、国家挙党が必要なこの時に。











その杞憂を払拭するが如く、もたらされた吉報。
それが、さる23日、冥夜の護衛として国連横浜基地に赴任している月詠真那から齎された、未嫡ながら血筋上、斉御司家次期当主に準じる白銀武殿、そして“兄さま”御子神彼方殿の生還という情報でした。


しかも翌24日には、驚愕の映像を携えて。

当然その真贋を確かめるべく、鎧衣課長に確認をお願いしました。
簡易のDNA検査では、既に9割9分、本人に間違いないとの結果も得ています・・・・身体的には。
記憶の欠損等もあり、兄さまについて真那では判別がつかなかった為です。


本当は居ても立っても居られなくなったワタクシですが、10年に渡って兄さまに鍛えられた自制心は、どうにかその逸る心を封じ込めました。


極秘事項。
特に、近頃またなにやら画策しているらしい九條に兄さまのその生存を知らせるわけにはいきません。

“弾劾”以降、事実上断絶している九條と御子神。
兄さまを目の敵とし、MIAとも思える行方不明で溜飲を下げた彼らが、再び御子神排除に躍起になることは間違いないのですから。





そして。

落ち着いてくると、今度は不安に駆られます。


ワタクシには、兄さまに合わせる顔が在るのでしょうか?

兄さまが幼い頃から諭してくれた“政威大将軍”たれて居るのでしょうか?

しかも、兄さまは個人的な記憶を喪っている状態、どの様な顔でお会いすれば宜しいのでしょうか?




ワタクシの心は、嬉しさと不安で、千々に乱れるばかりです。


Sideout




■14:00 技術廠 第壱開発局

Side 榮二


モニターを前に、一人座り、腕を組み、瞑想する。





今日、極秘、という事で紅蓮大将直々に呼び出されたオレは、一つのデータを渡された。

曰く、横浜で開発された、新しい概念のOS、それを使用したシミュレーション映像、との事だった。
横浜、―――魔女のお膝元。
あまりいい気分ではなかった。
魔女の名に恥ぬ秘密主義で、計算高く、同胞の命すら秤に掛ける、唾棄すべき女、という認識が強かった。
極秘計画の一旦という名目で明かされないブラックボックス。にもかかわらず、その代償として関わる技術を根こそぎ持って行った強欲な女。

何故それが中佐に過ぎないオレに、とも思ったが、どうやら先方のご指名でもあるらしい。何でも他の技術者は、信用が出来ない、とか。


またかとも思ったが、皮肉にも腑に落ちてしまった。
最近になって、オレも漸く魔女殿の警戒が理解できるようになったのか。



技術廠は国防省の管轄下であり、階級こそ陸軍中佐ではあるか、本土防衛軍には属していない。

あの“弾劾”により、統合参謀本部と本土防衛軍は、自己粛清を実施し、刷新されたことになっている。だが実態を見れば、ポストの名前を変更し、シャッフルしただけだ。実質何も変わっていない。
糾弾する統合参謀本部と糾弾される本土防衛軍が同体なのだから、粛清もなにも在ったものではない。

大陸派兵や西日本侵攻で消耗した陸軍は、現在その殆どが本土防衛軍麾下、となっている。
使い潰されるような、派兵もザラだった。


今の技術廠も、内実はその派閥ばかりだ。
海外の実力も知らず、国産に拘る国粋主義。
一方で米国に擦り寄る親米派。
どうも米国が極秘裏に進めている計画に関係が在るらしいが、ソレ以上の情報には触れるだけの権限がない。
オレの居る第壱開発局が唯一孤立している状態だ。
逆にだからこそ、参謀本部にも米国にも情報が流れない、と言う事で、オレの所に話が来たわけだ。

更に最近では国粋右派の、画策の件もある。
戦術機開発を国産に頼るべきでないと言うのなら、ソ連製戦術機までをもXFJ候補に入れよとの要求。
国粋主義者、と言うより反米・嫌米主義者なのだろう。
先のユーコンテロの際、不知火弐型Phase2二番機が2.5世代機と言われるSu-37に撃墜されたことに端を発し、ソ連指導部が色気を出し、ロビー活動が展開された為らしい。
そもそもイーブンとは到底言えない状況に於ける撃墜である。
それを理由に断ることにした矢先、―――ユーコンであの娘が凶弾に倒れた。


テロの混乱に紛れあの娘が何らかの機密に触れた事実も在ったが、恐らくはプロミネンス計画に参画している不知火弐型のXFJ計画を擱座せしめ、その隙に入り込もうという魂胆。
売り込みを掛けているソ連上層部がプロミネンス計画に参加している実験小隊に捩じ込んだ結果であろう。
追撃を避けるため虚偽の死亡報告をし、手を尽くした結果、幸いにも一命は取り留め、以後の経過も順調との事だった。
安堵したものの、意識を取り戻したあの娘には即刻の帰国を命じたが、しかしそれには断固として抗命された。


自分は正しく身命を賭してこの計画に従事している。
謀られた陰謀に何の対応もないまま別の者が来ても同じく命を狙われるだけ。
叔父様が軍の上官として送り出した以上、殉職の覚悟は“中佐”もお持ちのはず。
先方の要求が単に評価対象とすることで在るならば、実力で退けて見せる。
何よりも其の様な卑劣な横槍で帝国防衛の未来を担うXFJ計画を頓挫させるわけにはいかない。
・・・と泣きながら、しかしその勁い眼差しを一切逸らさずに・・・。

生真面目で自省癖の強いあの娘のこと。
正論であるその意思を曲げさせて帰国させれば、確実に折れる。
ヘタをするとそのまま切腹もしかねない。

親友の忘れ形見をこんな陰謀で失うわけには行かないのだが、軍人として武家として生きようと足掻くあの娘の矜持を蔑ろにすることも出来なかった。


苦渋の選択の結果、ソ連機の評価試験を了承し、あの娘は療養先からユーコンに戻った。



この人類の末期に来て、未だそこここに跋扈する魑魅魍魎。
未だ曙光は見えず―――。



さて、この深い宵闇に横浜の魔女はどんなモノを見せてくれるのか―――。









―――そして、件の映像を見たオレは、打ちのめされた。






・・・・判ってしまったのだ、技術屋のオレには・・・。
発案者と製作者だという2人の衛士、コイツ等が何を為したのか。


発想が違う、と言ってしまえばソレまでなのだが、我々戦術機の開発に永く携わってきた者が、今や“常識”と断じ、強固な固定観念で一切触れなかったもの。
・・・それを根底から覆した。

そしてその事が齎す意義に付いても、予測ができてしまった。


帝国の未来を信じ、謂わばあの娘の命まで差し出して拘泥したXFJ計画さえが霞む。
否、意味をなさなくなる[●●●●●●●●●]くらいの、甚大なインパクト。


この異次元の挙動を実現するのに必要な部品は、実質CPU1個だけ。
高性能とはいえ、量産すれば数千円単位の部品、そしてソフトウェアと言う製造コストすら必要のない“概念”で、XFJ計画が弐型で目指す以上の動きを実現してしまった。
今後、弐型が当初の予定通り仕上がったとしても、或いは秘めているPhase3まで仕上がったとしても、光線属種の照射をここまで確実に躱す機動は実現できない。



そして気づく。

そもそも[●●●●]、戦術機は、コレを実現したかったのではないか?
光線属種に予測されやすい前進機動しか出来ない航空戦力に代わり、多様な機動性を以て照射を躱し、BETAを殲滅する事をコンセプトに作られた兵器。
それが戦術歩行戦闘機、所謂戦術機であり、目指すべき到達点であったはずだ。

しかし、主機の出力を上げ、炭素帯の構成を変えて世代を上げても、未だ其処には到達しなかった。

何時しか、その大本のコンセプトさえ無理だと諦め、偏った方向に流れていたのではないか?
この舞うような機動を見ていると、そんな思いすら湧いてくる。




―――次には、笑いが湧いてきた。


技術者としては、負けた。完敗だ。この発想は、無かった。

しかし、米国が主流で、今もその殆どの特許を押さえられている戦術機の現実に於いて、そのど真ん中に穴を開ける特大の一発。
戦術機の在り方そのものに革命を起こしうる技術。
それを同じ帝国の衛士がなしたのだとすれば、コレほど痛快な事もない。
漸くフランクに一泡吹かせることが出来る、と言うものだ。



何よりも、BETAの侵略に冒される地球人類として見れば、これは希望。
今ある戦術機の継戦能力を一気に大幅に高め、人類を勝利に導く明らかな希望だ。



国家間の技術情報交換を行い、より高みを目指した次世代の戦術機を開発しようと言う高い理想の元に集まりながら、未だ機密に固執し出口さえ見えないBETA戦後を見越した政治的意図、利権絡みの企業間対立。
あの娘にその現実を知ってもらいたかったのも事実だが、それだけに終始するなら理想だけを謳い実態の伴わないプロミネンス計画が馬鹿らしく思えてくる。





紅蓮大将は、このOSを開発した衛士が、殿下と秘密裏に会談すると言った。
そこにオレの同席を求める、とも。

相手は、シミュレーションとは言え遙かな高みにある技量を示した、白銀武少佐。

そして、明星作戦以降行方知れずとなり、死亡認定まであと僅かだった、御子神彼方技術少佐。
―――そう、あの“弾劾”を起こした当人。
もっとも、ハイヴの崩落という驚天動地の戦術を構築したのが彼だと知り、妙に納得してしまったのだが・・・。
敵も、そして味方すらも9年間に渡って謀り、殿下の窮地を救った規格外なら、この位遣るだろう、と。






・・・・面白い。


あの御子神彼方が、例え魔女の元に居ようが、おとなしくしているわけがないのだ。
これに乗らない手は無かった。





唐突に、デスクの電話が鳴った。
思考を中断して受話器を取り上げる。


「巌谷だ。」

『中佐殿でありますか、情報部の都筑であります。
つい先程、アラスカユーコン基地に関して秘匿通信で連絡が在りました。』

「・・・内容は長いか?」

『あ、いえ。』

「・・・訊こう。」

『・・・“問題解消なれど、経緯詳細一切不明”・・・との事です。』

「・・・了解した。」

『は。失礼いたします―――。』


その連絡に唐突に思い至る。

いっそ・・・・・あの娘も、呼び戻すか?




あの娘の命を盾に迫られたソ連機との比較評価も一段落した。
衛士の不調とのことで暫く先延ばしにされていた評価試験が漸く実施されたのは現地時間で昨日、10時間程前だ。
結果はソ連製最新鋭第3世代機を僅差だが退けたとの知らせが、今日早朝に届いていた。

しかしその直後、Phase3改修前倒しにフランクが何やらやらかして呉れたらしく機密漏洩疑惑が掛かった事も複数筋から舞い込んでいた。
確かに形状は似る部分も在るため疑惑の対象にもなろう。
刺激をしない為にもPhase3に関しては国内での展開を予定していたのだから。
機密流用に関わると相当デリケートな問題となるためこちらも迂闊に動くわけには行かない。
危惧しつつも、先ずは何が起きたか、情報収集を各所に依頼していたところだった。

今の連絡は、それに関する続報である。
なぜか突然問題解消されたと成れば、何らかの政治決着がなされたという事だろう。
フランクが仕掛けたか、はたまたハルトウィック大佐か・・・。

捜査中拘留されていたと見られるあの娘からの報告はまだ無い。
ならばこのタイミングの帰国には抗命すまい。

―――オレは、時差を考えつつ、受話器を手にした。


Sideout




■15:00 B19シリンダールーム

Side 霞


昨日のサイコダイヴで覚醒し、前回の記憶をも得た純夏さんの状態は極めて安定していました。

プロジェクションで再生の方法を伝えた後、純夏さんはBETA からの過剰刺激により欠損していた脳神経節の自己再生を開始。
ほぼ問題なくエレメンタルフェイズで思考出来る様になるはずです。

ワタシはその後、御子神さんから教わった手法で、リーディングとプロジェクションを強化、純夏さんのアストラル体による強化を受けて、内的領域にお邪魔しています。

純夏さんは、まだ感覚器のない脳髄だけの状態だし、御子神さんのようにアストラルフェイズの知覚は出来ないので、私のプロジェクションが唯一の外的刺激、らしいです。
寂しいから来てよ、と言われ、遣ってみたら出来ました。


今も傍で早く出せーと騒ぐ脳細胞は、内側から見ても順調に回復しています。

それは、余りにも過剰な性的刺激に蹂躙され、壊された尽くした組織ではありません。
純夏さんが、自らの“意志”で再生した、真っ新のうぶい神経節。


そして同時に氾濫した脳内物質によって破壊された記憶領域も補修されて行きます。
記憶野を再構築するその作業によって、逆に忌々しい記憶はむしろぼけたので、丁度いいとか・・・。

代わりに白銀さんが虚数空間から持ってきた前の世界の記憶を上書きしていきます。
と言っても未来の純夏さんの記憶みたいなもので、白銀さんと同じ時系列の未来情報がある、と言う事になります。



ワタシは、その中で、見てしまいました。

純夏さんと、武さんの、えっとその、・・・・ハジメテのその時。

前も白銀さんの記憶で少しだけ見た事がありますが、今度は目の前で。
顔を手で覆いつつ、指の隙間からしっかり見えちゃった純夏さんの記憶。



初めはぎこちなく、初々しく。

でも、1度目が終わる辺りから、様相が違ってきて・・・。



・・・・・・・・・・・・。



・・・武さん、ケダモノですぅ!

・・・純夏さん、BETAに蹂躙されてたときより、アヘ顔もとい、蕩けた顔じゃないですかぁ!?


・・・こんな、こんな激しいなんて!?









霞ちゃ~ん?


うさみみがピクンと硬直して、固まりました、
振り向くと、指の隙間から目が会いました。

黒くは無いのですが、イイ霊光[オーラ]を纏っています。

「・・・ホント武ちゃんは、ケダモノよぅ! 
あんな、あんな激しく毎晩求められたら、BETAより壊されちゃうじゃない!

だ・か・ら、霞ちゃんワケワケ宜しくね!」



まだダメです。禁止です。もう2年は待って下さい。お願いします。

・・・御子神さん、それでもワタシの小さな身体、保つでしょうか?

・・・鞍替えしたら、副司令は赦してくれるかな・・・? 


Sideout





[35536] §27 2001,10,26(Fri) 22:00 B19夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:35
'12,10,20 upload  ※今回も少し短め?
'15,01,23 誤字修正


Side 武


彼方に呼ばれたのは、A-01の教導から帰る途中。

一旦自室に戻り、シャワーだけ浴びてB19の夕呼先生の執務室に、行くと大きなモニタが展開している。


「どうした? こんな時間に・・。」

「207BとA-01の教導でお疲れの悪いが、所昼間は忙しいからな。
・・・ところで、どんな感触だ? 彼女らは?」

「ああ、順調。
A-01はまだ4日目だが、殆どがレベルIIに上がった。モジュレーションを使い始めている者もいる位上達してる。伊隅大尉や、まりもちゃん、速瀬中尉なんかは、もうすぐレベルIIIに届きそうだ。」

「ほう、流石に00ユニット適合者候補ってところか。」

「元々の練度が高いからな。新任はどうあれ、培った経験は決して無駄にはならない。
で、207Bは、今日からXM3演習に入った。
彼方が看てくれたお陰で、早々に美琴も復帰したし、何よりも甘えが随分無くなった。
あの体験[●●]は、無駄にならなかったらしい。
唯衛士を目指すんだ、と言う姿勢から、衛士に成って何をすべきか、という考え方に変わった。
それに、まりもちゃんのお陰もあって、かなり隊としての連携も出来るようになった。
・・・まだ“目的の為に気にくわないけど連携する”っていう感じだけどな。そこはなかなか難しいよ。
・・・・それでも・・11月の頭には、総合戦技演習を受けさせたいと思ってる。」

「・・・行けそうか?」

「演習だけなら、今でも十分・・・。ただその後の11日新潟と成るとな・・・・。」

「・・・武はまるでパパの様だな。・・・・過保護が過ぎると、反発されるぜ?」

「・・・・判ってる。」

苦笑する。
同じ訓練兵としての立場の筈が、いまでは完全な教官だ。少佐という階級は冥夜にしかばらしていないが、あの映像を体験したのである。オレが普通で無いことは、しっかり認識されている。
それでも、何かと質問をしてくる冥夜に引きずられて、皆も打ち解けてくれたとは思う。
何げにライバル視されている雰囲気もあるが・・・。
そして、映像の中に居た、衛士達、いまの207Bを重ねた自分自身の影にも、興味を持ち、尋ねてくるようになった。
オレが話すのは、その未来の思い出たるみんなの姿。


「・・・・取り敢えず、白銀の過保護はほっといて、進めてちょうだい。」

「Yes, Ma'am。

取り敢えず、明日の謁見に当たって、当面の戦略を整合しておこうと思ってね。」

「・・・アタシは00ユニットに集中してるから、任せる、で良いんだけど?」

「00ユニットは本来ゴールでは無く、スタート。どんな戦略で喀什を考えているか概要だけでも必要だろ。」

「・・・そうねぇ。なんかあんの?」

「・・・相手次第だが、少なくともTOPには、全部ぶっちゃける。」

「!!!」

夕呼先生が鋭いまなざしで彼方を見やる。

「・・・・どこまで?」

「・・・上位存在との会話ログ、BETAの支配構造、H22のBETA数増大、その為にも年内にH1攻略を実行する計画であること、・・・までかな。」

「・・・勝算はあるの?、無ければ荒唐無稽と取られるわ。」

「・・・・まず、これ見て。」

彼方がモニタに示したそれは、単純なグラフ。

BETA面密度と戦術機性能の対比。
面密度には威力偵察行動、日本侵攻時、ハイヴ側溝、主縦坑と幾つか注釈がある。
一方で撃震や、陽炎、不知火、武御雷、あるいはイーグルやラプターといった記述。

「過去のデータをかっさらって、戦力を平均化したシミュレーターを作った。
単純面制圧を行った場合の戦力彼我比。
今の標準装備じゃ武御雷や、ラプターを揃えてもハイヴ攻略は無理ってこと。狭いハイヴ内では単位面積当たりの弾幕が制限されるからな。

で、ここにXM3を投入すると、こんな感じ。

更に、いま開発しているレールガンやミサイルでこんなになる。」

「・・・」

線が上書きに追加されていく。その装備平均で何処までの面密度に対処できるか、といった単純明快な比較。

「・・・・で、これを使ってオリジナルハイヴの攻略をシミュレートしてみると・・・」


そこに示されるのは、前の世界で行われたオリジナルハイヴ攻略戦“桜花作戦”。
各段階に於ける陽動部隊の損耗率、そして、ハイヴ侵攻部隊の損耗率が示されていた。

それぞれ、35%と40%・・・・。

勿論、前のループに比べれば、格段に良い。
けれど、それでも40%、12人が侵攻すれば5人が喪われる。
・・・・背筋がこわばる。
喪う事への恐怖が、身体の奥底から湧き上がってくる。


「・・・今考えている装備でも、なんとか攻略可能。けれどその損耗は、現段階でもこの数字・・・。」

そこでオレは気がつく。

「降下時の損耗が低すぎないか?」

「前回はALMをBETAが迎撃しなかった所為で、全く重金属雲が発生しなかったんだろ? 今回は高度信管による爆散機構を追加して、迎撃しなくても予定高度で爆発する。」

「成る程・・・・・・!!、ちょっと待った、この突入部隊の数字は凄乃皇なしの数字?」

「・・・ああ。武の記憶でもラザフォード場と、G弾は対策されている可能性が高いからな、凄乃皇には、降下支援だけして貰い、以降は陽動及び汪溢BETAの殲滅に回って貰ってる。」

「それで・・・か・・・。」

「前回凄乃皇を使ったのは、佐渡だけ。なのに桜花作戦では対処してきた。G弾も横浜で2発だけなんだが、横浜でG弾が使われた時、全てのBETAが殲滅された訳ではない。寧ろ横浜にある貴重な素体・鑑の喪失を回避するため、早期に撤退した帰来がある。
その情報は佐渡に辿り着いたBETAから上位存在に伝えられた可能性が高いな。」

「・・・しかしBETAも反則ね、ラザフォード場なんて、どうやって破るのよ・・」

きょとんとした顔をしたのは、彼方。

「・・・割と簡単だと思うけど。・・・センセの作ったブラックボックス、アレでも破れるんじゃないか?」

「「え?」」

「・・・同じML臨界反応圏が在れば良いだけだろ?、センセのブラックボックス、マイクロML場を形成して電力供給してるんだから。
・・・触手に同じML臨界反応圏張れば、後は密度次第で貫通できる筈だぜ?」

「・・・アタシが考えつくことくらいは上位存在もやる・・・ってことね? でもそれじゃあG弾は?
ミサイル降下中なら兎も角、ML臨界反応圏張ったミサイルをBETAが持っているとは聞いてないし、超臨界に達した後は防ぎようがないと思うけど?」

「・・・武、お前の傍系記憶で、G弾はフェイズVクラスもモニュメントは破壊できたんだよな?」

「そう聞いてる。反応炉まで達しなかったんじゃないか、って言うのが定説だった。」

「・・・夕呼センセ、ML機関の減速材って?」

「・・・G-9、よ。」

「・・・G-11に特殊な電磁場を掛けて励起するラザフォード場を、G-9の超伝導による偏向電磁場で制御する、って理解でいいか?」

「・・・・・・・・あっさり言うのね。・・・・・それ、世界でも最高クラスの機密、・・その通りよ。」

「だったら簡単だな。爆発したG弾の多重乱数指向重力効果域を包含する[●●●●]規模の偏向電磁場を形成してG-11の崩壊そのものを減速してしまえばいい。上空では無理でも、ハイヴ近傍に呼び込めばBETAなら楽勝だ。フェイズIV以下のハイヴでは、ハイヴ規模の方が小さくて機能しないみたいだが、な。」

「「 !!! 」」

余りの発言に、夕呼先生さえ呆気にとられた。
コイツはなんでこんな当たり前のように簡単に言うのか。
そう言われてしまえば、そうなのだ。多重乱数指向重力効果域を包含する[●●●●]規模の偏向電磁場など、人間のレベルでは困難きわまりないことでも、爆発地点が予測できて、人類を遥かに凌駕するエネルギーを有するBETAなら可能である。
・・・・しかし普通はそんなこと、思わないぞ? アストラル思考体持ちは、やっぱりどこか規模がおかしい。


「・・・逆に言えば、その機能が凄乃皇のラザフォード場にも有効だと判れば、ハイヴに入った途端に無力化されかねない。凄乃皇を動かすのは現状鑑しか居ないんだから、突入させるわけに行かないだろ?」


更に凍り付く。前回は突破されただけだが、そんな場を形成されたら、凄乃皇は制御を喪い、墜落する。
頷くしかない。
そんな危険のある所に、純夏を赴かせる訳にはいかない。



「・・・やはり・・・どうしても、もう一手、欲しいな。
・・・だが、それは今後どうにかするにしても、少なくとも現段階でも、オリジナルハイヴ攻略が、全く不可能ではない数字であることが見せられれば、協力も得られる。
・・・・この方向性で、話進めていいか?」

「・・・・・・・いいわ。どうせこの後は、形振りは構っていられない。
・・・彼方に任せる。
アタシ達は、出し惜しみして負けるわけには行かないもの!」

その通りだ。
後は、無い。
最悪は、その犠牲を払っても、前に進むしかないのだ。

皆の顔を脳裏に思い浮かべながら、拳を握りしめた。


Sideout




Side 夕呼


白銀の日課と成った鑑への接触タイム。23:00を回ると、お休みの挨拶を残して、そそくさとシリンダールームに向かった。
まだ社が居るのだろう。
そう言えば、社が鑑のサポートで、サイコダイヴ出来る様になったらしく、日付が変わる頃まで3人でおしゃべりしているらしい。
鑑の脳神経細胞も回復は順調で、このままならあと2,3日で思考野と記憶野の再構築が完了するらしい。来週早々、帝都から2人が帰って来れば、鑑が現界する。



そして部屋に残った彼方は、物陰からワインボトルとグラスを取り出した。
アタシはキーボードを打ちながら横目で睨むが、彼方は涼しい顔で抜栓する。
途端に溢れる百花の香り。

「! なによそれ?!」

「DRCリシュブール・・‘85だからちょうど飲み頃かな。」

・・・また飛んでもないモノを。

「・・・白銀はいいわけ?」

「アイツには、まだ早いよ。・・・・まあ、鑑が甦生したら、ロマネでも開けてやるさ。」

紅い芳醇な液体が注がれたグラスを受け取り、グラスを掲げる。



ヨーロッパの全域が尽く荒廃した今、もう望むべくもない至高のワイン。
アメリカの大統領ですら今では口に出来ない、喪われた逸品。
何処から持ってきたかは知らないが、たしか御子神の先々代あたりが、マニアだったらしい。
どこぞに秘匿していたのを見つけてきた訳か。
・・・・抜け目ないヤツ。


「・・00ユニット、完成したんだろ?、メサイアの生誕に・・・・」

「・・・・」

キン、と澄んだ音。
そして更に抜け目ない台詞に、無言で甘く睨みながらグラスを傾ける。

馥郁と、濃密な香りの塊のような液体が口孔を、喉を、鼻腔を甘く潤す。





コイツに初めて抱かれたのは、彼らが現れた翌日だ。

前日に受け取った数式。その検証。
結果、私は彼方の所有となった。

と言ってもその日は、解析から00ユニットへの演繹に熱中し、気がついたら朝だった。

基本B19階の地底人。BETAと変わらぬ日の当たらない生活。

ピアティフの諫言や、社の悲しげな瞳すら受け流し、そのままナチュラルハイに任せて、朝駆けに会った彼方にキスの雨を降らせた。

その後提示された上位存在との会話ログや、価値観さえ覆された途方もない技量と戦術。
午後はそのまま素子化式をまとめ、一段落した頃に彼方が入ってきた。


まあその頃には覚悟、というよりも寧ろ期待?もしてたし、実際感謝はしてたから彼方に抱かれる事は抵抗無かった。

そして饗されたのは、ほろ苦い、極上の珈琲と白銀武の真実。

珈琲で一時的に覚醒したけど、二徹に近かった脳は、素直に墜ちた。
普通なら厄介で不機嫌に成りそうな問題も、コイツが居れば何とかなるかなぁ、とか思ってしまった。


ま、もともとアタシも14から帝都大学に在籍し、研究一筋だったから、もちろん男の経験なんて余り無い。
処女ではなかったが、それも好奇心から試して見た、というのがせいぜいで、痛みはまあそれほどでも無かったが、別に良いモノではない、と言うのが認識だった。
寧ろ攻める方が好き? 悶える男を翻弄するほうが性に合う、・・・と思って居た。
もともと理性で思考するタイプの女性には、不感症が多いのも統計的に実証されていたし。

だがこちらからの誘いに違わずクスリと笑った彼方は、軽々とあたしを抱き上げ、ベッドまで運び、そしてこのアタシが思い出すだけで赤面しそうになる、甘々な記憶を刻みつけてくれた。

その夜、彼に攻め抜かれ体力を空にされたアタシは、久方ぶり・・本当に久方ぶり、恐らくBETAの地球侵略以来の、深い睡眠を与えられたのだ。


・・・・アタシとしては、初めて経験する、中々に衝撃的な内容だった訳だし、気恥ずかしかったりしたのだが、翌日の彼方の態度は、それまでと微塵も変わらなかった。
もう鉄壁と言っても良い。
・・・逆にこっちが悔しくなって拗ねそうになった。

随分後になって、白銀が不思議そうな顔で、その関係なのかと尋ねてきたくらい、ヤツは他でも変わりなかったらしい。
・・・勿論、こちらとしては有り難いわけだが。


そしてその日の夜には、鑑純夏の脳髄にサイコダイヴというトンでもない体験と共にアタシはコイツの力の一端を知った。


落雷直撃と、脳神経節の大欠損。
その闇しかない無間地獄から、奇跡の生還を果たした男。

感覚時間で10年と言った。
そしてその10年の闇から戻ったあと、さらにイデアルフェイズへと挑戦したのだ。
感覚時間で100年・・・。

感情では信じられなかったが、理性ではそれが正しいと理解した。コイツなら遣りかねない、と。
超並列思考も可能。
しかも、アストラルフェイズでの電子機器へのI/Fを有している。
BETAですらハッキングする技能。

自分で自分のアストラル体に量子電導脳もどきを作ってしまった男には、何でもないこと。





そして知らされたBETAの起源と目的。

確率分岐世界に於ける他世界[クラスタ]への“転移”。
その為の“移動手段”として資源=“超因果体”を集めること。

日本侵攻に於いて、BETAは鑑を確保したから止まった。
アタシもそう考察した。

しかし、初めから鑑純夏のような超因果体狙いだとまでは思わなかった。

タイタン、火星 月、そして地球。
確かに鉱物資源(恐らくついで)がメインだとしたら地球など後回しで良いのだ。


そして珪素基質生命体の思考の違い。
時間的組成的差違を明確に認識していた。

白銀が言いよどみ、アタシですら即答できない上位存在からの質問、生命体であることの証明ですらコイツは即答した。

“母生命(根源)を礎とする魂魄と結合した、基質を問わず自我を有する散逸自律体を生命と言う”、と。


この定義で言えば、人工物ですら魂魄さえ宿れば生命体となる。かつての鑑がそうであったように。
この返答に窮するのは上位存在である。

創造主は兎も角、端末である上位存在には根源も魂魄も認識がないだろう。
しかしその定義が創造主に伝わったとき、果たして創造主(群)?はどうするのか。

興味は尽きない。



そう、アタシは認めたのだ。
たった3日で。

コイツは天才だと。

そして、認められたのだ。
直接アタシでないのが悔しいが、前の世界で。

天才、と。

イデアルフェイズである無意識領域では魂が繋がっているから、それも有りらしい。


それは対価という狡い手段だったが、いともあっさりと、身体は墜ちた。

・・・で、正直に言えば、心も堕とされた。



それでいてサポートは完璧。
疲れたと思えば、マッサージや整体。時折どこかからか引き出す嗜好品は、今の世の中眼にすることすらあり得ない品物だったりする。
それを尋ねれば、自分のモノはとても大切にする性質なんだ、と軽く返された。
屈託のない笑顔に赤面させられたのが悔しい。

外出の際の警護さえも、今は彼方だ。


傍若無人にみえていて、軽妙で、外連味のない態度や会話は、何故かあたしの癇に障らない。
そしてその知性はさり気なく飛んでもない。
ブラックボックスの中身は愚か、G弾無効化の方法を、ああも簡単に言われてしまうとは。

その場でXM3を組んだ技量は序の口。
半導体150億個の素子構成とともに立ち後れていた量子電脳用のOS基礎構造を一晩で作り上げてくれた。
非ノイマン-ニューラルフローという新概念。
ビット拡張する素子に最適なフレキシブル・アーキテクチャを有する。
元の世界の知識が基本らしい。
基礎は同じなので、既存のOSでも計算出来ないことは無かっただろうが、その速度と無駄を省いた効率で言えば隔絶している。





かつて、アタシ独りに全てが掛かっていた第4計画。

それは、白銀の経験した1周目そのもの。

理論は停滞し、焦燥ばかりが募る。形振り構わず集めたものは、ただただ損耗して行き、今まで犠牲にしてきた物が加速度的な重圧となってのし掛かる。
BETAを駆逐するという大義名分で割り切ってきた多くの命が、ただの無駄死にへと貶められる。

そんな重圧に苛まれながら、為す術もなく12月24日を迎えたのだろう。


それが、彼らが現れた22日を境に、一気に変容した。
渇望していた理論の提供。
鑑純夏の再生と、残存戦力のめざましい底上げ。
それを叶える装備群。

今や、その戦力的な負担は白銀がほぼ受け持ち、国内政治的な負担は彼方が受けてくれた。

彼方は技術的な負担、更には海外の対外的な面倒事すらも流せるのだから、今は純粋に理論構築による量子電導脳の展開に集中できたわけだ。

あれだけ行き詰まっていたプロジェクトは、彼らが現れてたった4日で最大の壁を突破[ブレーク・スルー]した。
与えられたモノは多大で、それに対し返せるモノは、実は、殆ど無い。
この先、衛士であれば部下にあたり、謂わば死ねという命令すら下せる立場にありながら。




望んだ未来、気の置けない相手と、最高のワイン。

―――――すこぶる気分が良い。



唇が合わさる。
するりと、舌を絡めてくる。
気怠げに応えるが、触れ合う粘膜の感触に、アタシの中の“女”が身じろぎするのが解る。
疼く、と言う意味を初めて知った。

心地よい酔い。


情愛になんか縛られるのはまっぴらだが、こんな関係が殊の外気に入ってしまった事を認めざるを得なかった。












閑話休題



翌朝。

珍しく朝食に出たPXでたまたま会ったまりもに、粘り着くようなジト眼で睨まれた。

「・・・・・・香月副指令、随分と肌つやが、絶妙[●●]に宜しいようで・・・。
なにか相当[●●]良いことでもありましたか?」

・・・拙い。
普段弄っているだけに、こういう時のまりもは極めてヤヴァイ。


このところの適度なセックスのお蔭か、ホルモンバランスが絶妙に整えられている。
加えて彼方の過保護なまでのケア。
なにせアストラルフェイズの知覚から、ヨガや仙道、気功と言った内氣系スキルは達人クラスの上、BEATのヒトゲノム知識や技能さえモノにして、今ではその気になれば遺伝子欠陥まで直すのだから・・・。
リンパマッサージから、“氣”を基盤に全身の整体まで遣ってくれちゃう。

正式な会合時以外は化粧など殆どしないが、ほんの1週間前迄は長年の疲労と不摂生で、相当に荒れていたのは確かだった。

なのに今は、潤いのなかったばさばさの髪がしっとり落ち着き、肌が綺麗に肌理揃っているのだから、まりもには隠し様がない。鎧衣に指摘された時は、誤魔化したけど、それもまりもには通じそうにない。



・・・うん、今度彼方にまりもの相手もするように言っておこう。

白銀でもいいのだが、ヤツにはもう鑑も御剣も社もいるし、207Bも徐々に懐柔しているらしい。
尤もそれだけでもヘタレていたから、まりもの相手までは荷が重いだろう。

彼方なら、その気になれば、まりもを墜とすくらいは出来るだろう。
鑑に依れば、今の男は8人までが責任範囲らしいし。

少なくともセックスに関しては、どうせアタシだけじゃ手に余る。
白銀は恋愛原子核と呼ばれる存在だそうだが、彼方は白銀ほど無自覚で無作為ではない。
キチンと線を引ける狡い[●●]男。

それでも今の時代、これだけのスペックなら求める女は多いだろう。
尤もヤツが素直にスペック公開するとは思えないが・・・。
まりもも白銀にはお姉さんぽく接しているが、彼方には無意識で頼っている節がある。

主にあたしとまりものストレス回避の意味で。
まりもを墜としてメロメロにしてくれれば、きっとアタシが楽になるから。


Sideout





[35536] §28 2001,10,27(Sat) 09:45 帝都浜離宮
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/23 23:22
'12,10,22 upload  ※テンプレが外れんっ!
'15,01,23 誤字訂正


Side 悠陽


水平線上に見えた“それ”は、輪郭のぼやけた靄の様にも見えました。
光学迷彩とはいえ、完全に透明化するわけでは無いので、視線を凝らして意識を向ければ判りますが、余り航空機の飛ばない昨今、低空で超音速による衝撃波でも出さない限り、空を往くこの機を認識する方は稀でありましょう。
速度は出ていません。今はラムジェットもカットしてほぼ滑空しているようです。
佐渡から約400kmはなれたこの地、佐渡の最高標高がほぼ1,200mでありますが、途中北関東に2,000m級の山地が在り射線を遮るため、ここ東京周辺はほぼ5,000mまでの高度が安全圏であると言われています。ですので安全の為というより秘匿姓に配慮し高度50m程度、機は海面を舐めるように進入してきました。


「!!、馬鹿者っ!! 進入速度が速すぎるっ!、此処は滑走路では無いんだぞ!?」

着陸管制していた担当官が悲鳴に近い叫びを上げます。
チラリと視線を戻せば、既に光学迷彩を解除したXSSTは、ランディングギアを降ろし、かなり接近しています。再突入艦艇らしからぬ機動性を追求した前進翼を広げ、そのまま滑走路進入をするよう滑り込んで来ました。

「!!、突っ込むぞ!?」

周囲、数少ないとはいえ、数人の護衛もざわめいた時。
XSSTは僅かな逆噴射と共にカナード・尾翼を最大に立てて軽いコブラ[●●●]に移行、さながらに獲物向かい着地する猛禽類のように主翼を立てます。
そこに空気を掴み一気に減速、ヘリポートすれすれで一瞬その場にホバリング、そして何事も無かったかの様に後輪から接地し、フワリと大型のヘリポートサークル内に舞い降りました。
落下荷重を支えきったダンパーが戻る時、僅かに身を震わせたXSSTの姿に懐かしさを感じます。

地面に突っ込み爆散する機体を予期し、叫び声を上げ掛けた皆が、口を開けたまま絶句していました。


・・・・・・・・・相変わらずです。

あのXSSTの機動は一線級の戦闘機に近いとはいえ、実際30m近い再突入艦でこんな着陸をするのは、兄さまくらいしか知りません。
・・・・VTOL機能も在るのですから、使えば宜しいのに。。
確かにVTOL噴射をした場合に比べ、その方法[●●●●]はヘリポートへの損傷が少ないのは認めます。

でも見る方が見れば即座に兄さまと判ってしまいます。御自重くださいまし。
あのコブラでフワリと浮く感覚が、クセ[●●]になるのは、お察しいたしますが・・・・。

苦笑している紅蓮と真耶に、何事も無かったように話しかけました。

「・・・それでは参りましょうか。」









専用車で停止した機体に近づきます。
上部ハッチからは、既に3人の姿か現れ、地上に降り立ちました。

赤の斯衛軍服に身を包んだ月詠中尉、国連軍のC型軍服を着た2名の佐官。
一人はその面影に見覚えのある白銀武少佐。

そして、・・・・そして。

直衛の紅蓮と真耶に続き車を降りるワタクシを認め、颯爽とした敬礼を取るその姿。
紛れもなく、あの日喪った存在。
・・・・御子神彼方兄さまでありました。



「殿下御身自らのお出迎え、恐悦至極に存じます。」

真那を含む3人は、その場で拝跪をし、深々と頭を下げます。

「ようこそいらっしゃいました。此度は非公式の会合故、堅苦しい儀礼には及びませぬ。・・・・皆、面を上げて下さい。」

「は。斯衛軍第19独立警護小隊隊長・月詠真那、勅命により国連太平洋方面第11軍所属白銀武少佐、及び御子神技術少佐をお連れ致しました。」

「大儀でありました。・・・・[]はご健勝でありますか?」

「は。万事つつがなく。・・・・詳しきは、そこな白銀少佐がご存じになって居られます故。」

「!、然様ですか、それは重畳。後ほどゆるりとお聞かせ願いましょう、・・・ね?、白銀少佐。」

未だ少年と言って差し障りない風貌ながら、甘さを削ぎ落したような精悍な顔に、打って変わった子供のような邪気のない笑顔を浮かべます。
あの娘[●●●]の幼馴染にして、今の、仮初ではありますが同期。この屈託の無さがあの娘の心を捉えたのでしょう。

「勿体ないお言葉です。・・・・お久しぶりです、殿下。
国連太平洋方面第11軍横浜基地A-00戦術機概念実証試験部隊部隊長白銀武、先日帰国と共に着任致しました。」

「誠に重畳でありました。無事の帰還を大変嬉しく思います。」

「ありがとうございます。此度は突然のお願いにも関わらず、この様な機会をもうけて戴き、重ねて深く感謝いたします。」

「構いませぬ。なにやら重大な案件もある様子、こちらこそ期待しておりますよ・・・。・・・そして御子神少佐。」


逸る気持ちを必死に抑え、儀礼通り順番に挨拶を交わして来た。

「・・・・同じく戦術機概念実証試験部隊部副隊長御子神彼方。過日着任致しました、殿下[●●]。」

・・・その固い言い方に少し戸惑います。
兄さま[●●●]なら、儀礼には及ばない、と言った時点で砕けてくると思って居ました。

「・・・・・お久しぶりです。兄さま[●●●]。ご生還、・・・誠に、誠に、喜ばしく思います・・・。
どうか、昔通り“悠陽”とお呼び下さい。口調も兄さま[●●●]らしく在りませぬ。」

「そう・・か。では口調は戻すが・・・。
こちらも、久方ぶり・・・と言うのが筋なんだろうが、悪いな。
記録は知っていても、俺自身は一切覚えがない。」

「!!・・・・」

え・・・?

「・・・・・月詠中尉や鎧衣課長から聞き及んでいると思うが、既に記憶野は一度完全に喪われ、個人的な記憶の回復可能性は絶無。
・・・つまり殿下[●●]の知る御子神彼方は、あの日落雷で喪われた。
今此処に居る御子神彼方は、殿下の知る御子神彼方とは別人[●●]と思ってくれ。」

「・・・・・・・・・・・・・・それは・・・兄さま[●●●]、・・・では、ない、と?」

あまりの言葉に強ばるワタクシ、周囲も緊張します。
姿も、声も、その口調、雰囲気、全てが兄さまです。それは間違いが無いのです。
けれど記憶の消失・・・。

それは確かに兄さまにとって見ればワタクシは見知らぬ相手。その記録を知ったとしても、ワタクシ自身の事を記憶では一切何も知らないと言うこと。
ワタクシはワタクシの主観でしか見ていませんでしたが、相手の立場に立てばその戸惑いも理解は出来ます。
と言うよりも、指摘されて初めてその事実を、漸く理解したワタクシ・・・。


「・・・ああ。そう呼べば、殿下は前の俺を期待してしまうだろう?
・・・・申し訳ないとは思うが、俺はそれに応えることが出来ないんでね。」

「!!・・・・・・。」

再会の喜悦が凍り付き、顔から血の気が引いていきます。足下が崩れていくような喪失感。
けれど・・・それが厳然とした事実。

「・・・それを認識して尚、名前で呼べ、と言うのならそうしよう。」

「・・・ではワタクシには、“兄さま”ではなく、御子神と呼べ、とでも?」

混乱のまま、八つ当たりのように言葉を叩きつけます。


「・・・いや、悠陽[●●]が嫌でなければ、“彼方”と呼び捨てで構わない。」

「 !!! 」


“悠陽”・・・。その声で、同じ言い方で真っ直ぐ呼ばれ、身体の芯を何かが疾りました。


・・・・・・・・・嗚呼・・・。

確かに、この方はワタクシを知らないのでしょう。
・・・けれど、これは確かに兄さま、いえ、ワタクシの知る“御子神彼方”その人なのだと、改めて思います。
ワタクシが“兄さま”と呼んだ“過去”に応えることは出来ない、けれどその名の示す通り“彼方”として“未来”に応えよう、と言ってくれているのでしょうか。


・・・・そうですね。

彼らが此処に来たのは、ただ旧交を温めに来たわけでは無いのです。
香月博士の名代として、この国、ひいては人類の“未来”の為に何を成すべきか、それを話に来たのですから・・・。


・・・ワタクシは、まだまだですね、彼方[●●]
そなたに苦言を呈される今の今まで、政威大将軍としてではなく、煌武院悠陽としてしか此処に居なかったのですから。

確かにワタクシは、サヨナラをする必要があるようです、・・・・“兄さま”と、そしてその“甘え”に。
共に過ごした過去は既に貴方の中から喪われました。けれど、ワタクシの中には今も確りと残っています。ワタクシを慈しみ、育んで、そして護って頂いた、大切な記憶として。
けれどワタクシは、これからのBETA大戦を生き抜いて、民を護り、国を治めて行かねばならない立場。
その責を有するワタクシが、またも“兄さま”甘えるなど、許されることではないし、何よりも“兄さま”が望んだワタクシの姿では在りませんでした。

そして、それでもその未来に向い、彼方[●●]は今も生きて、ワタクシの傍に居てくれる、と言うのですね・・・?。



「・・・承知いたしました。・・・それでは、宜しくお願いしますね、“彼方”。」

「・・・・・・・ああ。」

しばらくワタクシを見つめた後、そうぞんざいに応えた御子神彼方は、けれど先ほど眼にして以来、初めてワタクシに向けて、太々しいくらいの笑みを刻んでくれました。


Sideout




Side 榮二


人目の多い帝都城を僅かにはなれた、浜離宮庭園、その一角にある茶室。
悠陽殿下自らが亭主となり、茶を点てていた。

先に通され、待っていたそこに遅れてきた客は、国連太平洋方面第11軍横浜基地A-00戦術機概念実証試験部隊部所属、白銀武。
先日渡されたデータの中で、光線属種を翻弄し、BETA制圧を唯の“作業”としてこなした単騎世界最高戦力。
そして所属を同じくする御子神彼方。こちらはかって、かの“弾劾”を仕掛け、今の殿下の立場をお護りし、そして今回提示されたデータではヴォールク攻略に於いて奇跡の戦術を立案・実行した男。

彼らがその“奇跡”を成し遂げた原動力、新概念のOS、それがオレがこんな固い席に呼ばれた理由だろう。
何しろ他の列席者は、斯衛軍副司令官紅蓮醍三郎大将、日本帝国内閣総理大臣榊是親首相、情報省外務二課課長鎧衣左近という、錚々たる面子なのだから。


先程茶が点てられるのに先だって、鎧衣課長より彼らの来歴が紹介された。オレと榊首相が知らない為だ。

それによれば、白銀少佐は98年のBETA横浜侵攻で被災。BETAに襲われ辛うじて命を長らえた物の、記憶喪失に陥った事と、たまたま救助したのが極秘活動中の機密部隊。しかも助けてくれた戦術機のパイロットが負傷する中、その戦術機を操縦して危機を脱し、そのまま戦地任官で極秘部隊所属となった、とのこと。
強化装備無し、簡易のヘッドギアでいきなり戦術機の操縦など信じられなかったが、彼の戦術機適性値を聞いて唸る。恐らくは数値的に世界最高、通常の値から完全に1桁ずれていた。これだけあれば、生身でも細かい統合制御は無理としても、移動操作位なら可能だろう。
そのままその極秘部隊で過酷な任務を2年間経ながら、今年の春先にその所属した部隊は壊滅。その時のショックで逆に記憶を取り戻した彼は、最後の作戦の際に使用した彼の機動を実現する新概念のOSを上梓するために正式任官となり、今までの成果とOS発案の勲功により少佐として今の国連横浜基地に帰属した。
一応正式訓練経験が無いため、訓練校にも併属し、そこでは殿下の縁者である御剣息女、そして榊首相の息女、更には鎧衣課長の息女とも同期で在るということで、暫し話が逸れたが・・・。

一方で御子神少佐は、99年の明星作戦の時G弾の爆発影響により発生した落雷に撃たれ、昏睡状態に陥ったという。当時周囲の配慮により敵の多い国内を避け極秘裏にハワイで治療を受けていた。どうにか年初に覚醒した彼は、その時点で個人的な記憶野をほぼ喪っていたが、PC上に残した自らの記録を辿り、リハビリを実施。たまたまその地で邂逅した白銀少佐の特異な機動概念を実現するOSに興味を持ち、彼とプロトタイプをくみ上げた。
その地で他にもいろいろな技術を習得した彼は、作戦唯一の生還者・白銀武と共に、本格的に新OSを組むため、同じ横浜基地に技術少佐として帰属したという。
99年の行方不明以降、斯衛軍に在った軍籍は一時凍結しており、こちらも復帰を果たせば併属となる。


「・・・しかし、何故横浜基地である必要が在ったのかね?」

「それを今から説明致します。かなり衝撃的な話と成りますので、殿下に点てて戴いたお茶で心鎮めて下さいね。」

そう言う白銀少佐は、年相応に朗らかに笑ったが、その眼は真剣だった。




茶が饗される間に、茶室には不似合いなモニターが展開する。
一応極秘のプレゼンも可能な賓室でも在るわけだ。



まず、そこで示されたのは、・・・・・オルタネイティヴ4 という極秘計画についてだった。

95年に横浜の魔女、立案者である香月夕呼博士を司令官として、帝国が誘致し、開始された極秘計画。
博士の理論を応用した、量子電導脳を搭載する00ユニットによって、BETAに対する諜報を行い、その情報収集を目的とする。
更には、それらもたらされた情報による対BETA戦略の構築をめざし、現在国連横浜基地で推進中の計画だという。
その誘致には榊首相が積極的に関わっており、それは一方で予告無しのG弾による戦果に気を良くした米国が提案した計画、G弾によるハイヴ殲滅とバーナード星系への10万人規模の移住がセットになった米国案抑止の為、正式採用された経緯もあるらしい。
但しその米国の計画は、今も米国のごり押しによって第4計画の予備計画となっており、もし第4計画が失敗した場合、直ちに発動されるという。
その為第4計画には、第5計画やそれを推進したい米国主流派の妨害工作が頻繁に在るとの事で、香月女史の秘密主義も漸く一部が納得できた。


・・・・しかし第5計画は酷い計画だ。

母なる大地を汚し、10万人ぽっちで辿り着くかどうかも判らない異星に向かう。
元々フロンティア精神ばかりが旺盛な米国人が考えそうな計画だった。その開拓によって過去、一体どれだけの原住民族が犠牲になったのか。全く理解も反省もしてもいない訳だ。


「そして今回の報告は、全てこの第4計画に基づくモノとお考え下さい。
そもそも、オレが所属していたのは、その第4計画、香月博士麾下の威力偵察部隊、通称ハイヴダイバーズでした。」

「「「 !!! 」」」

「・・・これがオレの、その部隊での最後の作戦、“銀河作戦”の映像です。」


次に示されたそれは15分程のダイジェストでは在ったが、その壮絶な映像は、色々な意味で衝撃だった。

広間に溢れるのは、なんとフェイズ3ハイヴの総BETA数にも相当する15万と言う規模のBETA。
そこを“機動”で切り抜け、殲滅する部隊の何という高みに至った“技量”、それでも届かない“果て”。
聞いたこともない非合法の部隊。しかし所属していたのは、寧ろ“自らの意志”で、死地を求める戸籍のない“死者”達。
結局、白銀に託された試作00ユニットによるオリジナルハイヴ[●●●●●●●●]威力偵察は、白銀を残し部隊の壊滅と共に、貴重な“上位存在”との会話ログをもたらしたのだった。

「そして、コレがその時の会話ログです。」




茶室を沈黙が支配する。

これを以て第4計画は完遂、と言い切っても構わない内容。
しかし、その会話の内容が、衝撃的すぎた。

「・・・・・・・つまり、端的に言うとBETAは創造主が作った、資源回収用の炭素系ロボット[●●●●●●●]、と言う訳か?」

「そうです。意志も思考もない、ただのロボット。
そして地球上の全てのBETAを統合し、“災害”に対して“対策”を講じるのが、この会話をした上位存在。地球上のBETAがこの上位存在を頂点とし、通信によって各地のハイヴを統べる箒型の支配構造を有することも判明しています。
ですが、この上位存在ですら重頭脳級と名付けたBETAの一種、謂わば地球に於けるロボットの分隊司令塔に過ぎず、事実上位存在は自分自身すら生命と思って居ません。
当然、人間のことも、唯の“現象”であり、抵抗は“災害”としか認識していない・・・。」

「・・・意志の疎通や、ましてや和解など到底不可能。・・・・其れが10の37乗、存在って・・・・」

「人類の逃げ場は無いって事です。
上位存在は計算上と言っていますが、もしBETAの生存率が鰯並の0.01%だったとしても、存在数は10の33乗体存在、一方で全宇宙の恒星数は密度の概算により7×10の22乗個と言われています。切り上げて10の23乗としても1恒星系当たりに10の10乗、即ち100億体のBETAが存在する事になります。

・・・・事実、このグラフを見て下さい。
左上が移住計画の目的地であり、地球型惑星と見なされるバーナード星系第1惑星の、60年代のスペクトル分布。左下が同じくBETA侵攻前の地球のスペクトル分布。
右上は最近ハッブル宇宙望遠鏡で観測されたバーナード星系第1惑星のスペクトル分布。そして右下は最近の地球、特にユーラシアをメインにした解析結果です。」

「「「「 !!! 」」」」

一目瞭然とはこのことだろう。何を言うまでもない。



「・・・我々はこの地球を護り、太陽系からBETAを駆逐しなければならないのです。」

「・・・・・・・・・コレは・・・、日本帝国云々よりも、国連に持って行く内容ではないのか?」

「当然、第4計画は国連の管轄下ですから、勿論香月博士以下、我々はその準備をしています。
しかし今、明確な打開策が無いままこれを公表したら、どうなると思いますか?」

「「「「 !!! 」」」」

・・・そうだ。我々ですら絶望的な、暗鬱な気分で居るのだ。


「・・・・・・・世界規模の恐慌と、第4計画完了による米国暴走、G弾による殲滅戦強行か・・・・。」

「・・・恐らく。それが人類滅亡の引き金になると言うのに。」

「「「「・・・・・え?」」」」

「・・・・横浜はG弾の影響に晒された唯一の地域です。
その横浜の重力異常観測結果から、ユーラシアに集中するハイヴへG弾の飽和攻撃が行われた場合、どの様な影響が出るのか、彼方がシミュレートしました。
結果、G弾の集中使用により、地球上に大規模な重力偏差が生じ、数100mから数1000mに及ぶ海水の異常分布が発生する事が判りました。
このシミュレーションに依れば、ユーラシア大陸はほぼ水没、大量の海水が移動した主な大洋は逆に干上がり、一面塩の平原に変貌。
当然海水移動により世界各地は異常気象に晒され、残されていた南半球の穀倉地帯も潰滅。
更に重力偏差は人工衛星軌道さえねじ曲げ、衛星通信網壊滅、電離層異常まで引き起こして地上通信をも途絶させる可能性が極めて高い、・・・・との予測です。」

「「「「 !!! 」」」」

「そしてこれは現在検証中ですが、フェイズ5以上のハイヴでは、G弾が無効化される可能性が懸念されています。」

「な!?、迎撃不可能と言われるG弾をどうやって防ぐのだ?!」

「G弾は既に横浜で使われています。
BETAにとって重要なハイヴを破壊した“重大災害”として認識されていない筈が無いのです。横浜戦では全てのBETAが殲滅された訳ではなく、むしろ早期に撤退し、佐渡や鉄原に逃げ延びたBETAが確認されています。そこからの情報は、全て上位存在に集められ、結果取られた“対策”を、下位のハイヴに伝達する事でBETAの戦略は進化します。
BETAによるG弾の対処方法は、彼方が予測しました。

G弾の爆発は核爆弾と異なり、グレイ元素の連鎖反応による消失に、ある程度の時間が掛かります。核の連鎖反応が分裂や融合による“僅かな質量”をほぼ一瞬で熱エネルギーに変換するのに対し、G元素は崩壊により“全ての質量”を多重乱数指向重力のエネルギーに変換し、それを維持拡大することで消費するのに時間を要するからです。
なので爆発初期、G弾の多重乱数指向重力効果域が拡がる前にそれを包含する[●●●●]規模の偏向電磁場を形成してG-11の崩壊そのものを減速してしまえばいいのです。当然初期多重乱数指向重力効果域内に関しては破壊できますが、それ以上は減速され、多重乱数指向重力効果域は縮小・消滅すると考えられます。
ハイヴを殲滅する為には、ハイヴ近傍でG弾を爆発させる必要が在るので、起爆エリアは絞り込めます。
ただし小規模の、例えばフェイズ4以下のハイヴでは、ハイヴ規模の方が小さくて機能しない可能性は在りますが・・・。」

「・・・・・・・つまり大災害覚悟でG弾を使っても、フェイズ5以上のハイヴは生き残る、と言うことか。」

「・・・そして、当然その情報が提示されても、疑心暗鬼や先鋭化した第5計画派が納得する訳がない、・・・・と言うことですね?」

「その通りです。
我々はこの事実、第4計画の成果公表に際し、実行可能[●●●●]なBETA攻略戦略を明確に示さなければ、なし崩し的に第5計画が発動し、人類が自決に追い込まれる可能性が高い、と予測しています。

現在我々は、その準備を始めて居ます。
そして、その為の後ろ盾として、日本帝国の盤石[●●]が、不可欠なのです。」

「「・・・・・・。」」


話がでかい。一介の技術左官に聞かせる話ではないだろう。しかし、実際の帝国国民、そして地球人としては人事ではないのだ。

BETA大戦が勃発して以来、ソ連、中国と言う大国が殆ど全ての国土を喪い、今はその権力維持に汲々とする支配者が今も国際社会に害毒をまき散らしている。
その中で実質一切の被害を受けていない米国は、専横を恣にしているのが実情だ。南半球の国々は、基本的に軍事的に強大な米国の庇護下にあり、離反することは考えられないし、国土の殆どを蹂躙されたEUにもかつての力はない。石油を喪ったアラブ、アジアアフリカ諸国も言わずもがなである。

その中で国土の半分をBETAに囓られながら、米国の一方的な国際条約破棄や、事前通知すらなかった勝手な大量殺戮兵器による被害に遭いながら、未だ自国のみでBETAに対する継戦能力を有する日本だけが辛うじて米国に意見できる、と言うのは理解できる。


「・・・その一端が、示されたそなた達のシミュレーション映像・・・・新OS【XM3】の力なのですね?」

「はい。示したのはヴォールクデータですが、先の映像で示したように、オリジナルハイヴの情報が既に存在します。それを元に、いま必要な戦力を分析し、今後詳細なシミュレーションを行う予定です。
これが、現在構築している新装備を使った場合の、計画成功率概要です。」

オリジナルはイヴ攻略戦を実施した場合の、各段階に於ける陽動部隊の損耗率、そして、ハイヴ侵攻部隊の損耗率が示されていた。
それぞれ、35%と40%で、先ほどの映像で見た上位存在、反応炉の殲滅が可能とある。


決して低い損耗率ではないが、不可能ではない数字。
・・・・これは、正に希望。


「・・・今考えている装備でもなんとか攻略可能な数字です。
しかし、残るハイヴを考えれば、まだまだ高い損耗率ではありますが・・・・。」

「・・・オリジナルハイヴを真っ先に攻落するというのは、対策されることを防ぐためか?」

「はい。
新装備を考案しても、他のハイヴで使えば、何れオリジナルハイヴに対策されてしまいます。上位存在が人類の抵抗を“災害”としか考えていない今しか、人類に反撃のチャンスは無いのです。」

「・・・それ故に、そなた達は、国連軍に所属している・・・と言うことですね?」

「そうです。帝国軍や斯衛では、海外のハイヴ攻略に於ける中心的な立場には成り得ませんから。」

「・・・成程、それを見越しての国連軍所属か。」


皆の表情がさっきと比べ明るい。
絶望的な状況だけ示されれば、誰でも逃避や暴挙に走る。それが今まで専横してきた米国なら尚更だ。


「・・・・しかし、何故そんなに急ぐ必要があるのかね?、シロガネタケル。」

「・・・急いでいる、と感じる鎧衣課長には理由の一端は判って居ると思います。
そして彼方を蛇蝎の如く嫌っている派閥も・・・。」

「ウム、・・・やはり気付いていたか。」

「・・・ま、それも在るんだけどな。今回はそれ以上に問題が在る。」

「・・・なに?」


モニターに展開される地図。
・・・佐渡島。

そして地図は3次元透視図に変わり、俯瞰するように旋回する画面に、光る点群が打たれていく。

「・・・・衛星、航空、海洋、無人装置による諜報、音紋・・・・全てのデータを総合して見ると、H21に属するBETA数は、年末までに30万を突破する。」

「「「「 !!! 」」」」

「これを我々第4計画メンバーは、日本、特に横浜を目指した再侵攻が近いことを示していると考えている。そして、過去のBETA侵攻パターンを詳細に分析すると、大侵攻の前には師団から旅団クラスの斥候行動、威力偵察が実施されていることが確認された。
今の増加速度とH21の規模を勘案すると・・・・・恐らくそのタイミングは11月上旬、師団クラス以上の侵攻が起きる可能性が高い。」

「「「 !! 」」」

「・・・11月に、BETAの侵攻が?!」

「統計的には・・・10日を中心とした前後5日の間に起きる可能性が最も高い。
そして其の侵攻がどういう結果になろうとも、そこから約2ヶ月後に次は10万を越える規模の再侵攻が発生する。」

「「「・・・・・。」」」

「つまり、今後の人類存続を叶える為の礎として帝国の安寧を図るには、
11月上旬に師団クラス以上のBETAを迎撃し、
その後年内にはオリジナルハイヴを攻略した上で、
新年年初までにH21を殲滅する、
と言うプロセスを完遂する必要がある。」

「むう・・・・・・」


2ヶ月・・・・。
今、帝国には、10万を超えるBETAの侵攻を止める術はない。11月に在るという、師団規模の斥候でさえ大規模な被害が予想される。


「・・・・お恥ずかしい話ですが、未だ帝国はBETA大戦に対する挙国体勢が整っておりません。
ワタクシとて、未だお飾り、歯がゆく思い、ソナタ達の要請に応えたい、と切望いたしますが、届くに至っておりません。
・・・・それでも尚ワタクシとの会見を望んだ、と言うことは、ワタクシが為せる事が何か有るのですか?」

白銀と御子神が顔を見合わせ、御子神が嬉しそうな笑みを口元に刻む。


・・・なんとなく、判ってしまった。コイツ過保護だな。

多分、御子神が殿下に求めたのはただ一点。
自らに力なきことを自覚し、周囲の献策を素直に受ける度量を示せるかどうか。

政威大将軍自らが、力を持つ必要はない。必要なのは、その時々に於いて、適切な判断が下せるか否か。そしてその判断の末に生じた結果を受け入れる覚悟が有るか無いか。
だからそれを示した殿下に、笑ったのだ。

記憶が無いのは確からしいが、コイツが殿下、ひいては帝国を思っていることは間違いないらしい。



「では、謹んで献策させて頂きます。
11月上旬と見られるBETA斥候部隊の侵攻に於いて、XM3ほか、提案装備の実戦検証を行いたいと考えます。その為にXM3を斯衛軍に頒布・教導を実施します。」

「斯衛か?!、いくらBETAの侵攻とはいえ理由なく出られんぞ?」

「・・・ご心配なく。悠陽殿下に前線に赴いて頂きます。」

「「なっ!?」」

「ばっ!?、馬鹿な事を申すなっ!!」

「・・・殿下の護衛であれば、堂々と参戦できる。しかもBETAの侵攻は此処に居る皆様の他は、誰も知りません。
時間が立てば侵攻が起きる日の確度が上がります。今最も怪しい10日を中心に前後3日、1週間の本土防衛に即した本土防衛軍の実戦演習とし、殿下の視察とともに斯衛も参加すればいいだけのこと。

・・・・尤も、斯衛には師団規模のBETAから殿下をお守りする力がない、と、閣下が言うのであれば、この策は、撤回させていただきますが。」

「・・・・くっ!!、言うに事欠いてっ!!」

「勿論、最大限の協力をさせていただきます。許可がいただければ、本日にもXM3を城内のシミュレータに換装致します。また戦術機のXM3搭載に必要な交換用のCPUボードユニットも、必要量供給したします。更に、明日より3日間、オレ自身が教導を行います。」

「実戦証明もされていないOSをいきなり使うのか?」

「先程のオリジナルハイヴ威力偵察は、XM3を使用して行われました。XM3でなければ、成功していなかったのは明らかです。公に出来ないだけで、実戦証明は、既にされています。
それに、検証は巌谷中佐がしてくれるものと考えています。
更に一つ、OSの換装に付いては、戦術機に実戦証明に明確な規定が有りません。元々のOSもバグ取りなどの小規模なバージョンアップが施されていますが、誰も騒いだことが有りません。彼方に言わせると、電磁伸縮炭素帯なども、ファームウェアは頻繁に変更されているようです。」

「ソフトウェアの更新に、そこまで無頓着だったと言うことか!?」

「ええ。それでも心配なら、選択肢を設ければ良いかと。XM3を試した上で、どちらを使うか、衛士自身に選ばせれないいのです。」

「・・・うむ、それなら構わぬ、か。」

「あと、ただ、申し訳ありませんが帝国軍に関しては、今回の11月までに全量を揃えることが出来ません。また横浜製と言うと、反射的に嫌悪感を抱くものも居ります。
そこで巌谷中佐。」

「む、オレか?」

「彼方が、現行のCPUでも動くダウングレード版のXM3Liteを作成してくれました。連携数が制限されていたり、高位の機能は有りませんが、反応性6%の向上と、主要な機能は実現しています。
これも評価し、使うに価すると判断されたら、帝国軍に頒布してほしいんです。」

「!!、現行CPUで実現したのか?」

「はい。」

成程、その為にオレを呼んだか。
確かに“横浜謹製”ある意味忌避されかねない。

こうして話を聞いたからこそ漸く理解できるが、オレとて国連横浜軍で極秘計画が進められているらしい、と言う位しか聞いていないし、、その計画を親米派と見られていた榊現首相が誘致したことは知っていた。故に横浜は米国の占領地であり身中の虫と言う認識だったのだ。博士の事も、帝国軍の腐敗を知るに連れ少しは薄らいでいたが、相変わらず気に入らないことは同じだった。

それが米国の手先、と思っていた榊首相は、逆に殿下の盾となり動いているし、国連横浜基地は米国の専横に対抗する第4計画の牙城。あの女狐、もとい香月博士が難癖をつけ、帝国軍に情報を流さないのは、今の政府に流せば、米国に筒抜けになるからと言うことだ。

随分とオレも視野狭窄に陥ったものだ。

「・・・・成程、評価させて貰おう。」


「XM3・・・、それを用いた貴様の腕は判った。しかし、他の者にも効果があるものなのか?」

「その点に関しては・・・既にどの程度のモノか、月詠真那中尉が一昨日から体験しております。」

「・・・然様ですか。・・・真那。」

「はっ!」

躙り口に控えていた月詠中尉が応え、中に入ってきた。。

「・・・ソナタの体験したXM3、如何な仕儀で有りましたか?」

「は・・・。正直に申しまして、その恩恵は計り知れません。
OS一つで、此処まで変わるのか、と驚愕されられたほどの激変でした。」

「ほう・・・真那をしてそこまで言わせるか・・・」

「・・・一昨日警護小隊の武御雷4機に導入、教導を行って頂きました。
慣熟後、昨日検証を行った戦術機の機動評価項目に於いて、全機軒並み15%以上の向上を果たしております。」

「!!15%以上!?」

「・・・それはまた・・・」

戦術機の基礎的な機動性能を顕す機動評価項目。複数の定形機動に於ける能動性を評価する。
それが20%違えば、1世代違うとも言われる。
第3世代の最後発、もっとも第4世代に近いと言われる武御雷で15%向上と言うのはそれだけで破格だ。

「既存の操作と少し違いがある故、転換当初は若干の慣れが必要ですが、小官を含めた使用後の隊員の感想は、皆口を揃え“2度と元のOSに戻れない”、です。」

「むう・・・、そこまでのモノか?」

「・・・更に、このOSには、画期的な機能が搭載されていると聞き及びました。
搭乗者のモニタリングによるパーソナライズ機能が搭載されている、と。」

「・・・それは?」

「操縦者の熟練度による機体反応速度の調整、だそうです。
先程の数値は、ほぼ初心者レベルの反応速度で出した数値。
機動に習熟し、反応速度が向上すると、機体がそれに応えてくれる、と言うことだそうです。」

「!!、それはつまりルーキーが過剰な制御に振り回されることがない、と言うことか?」

「はい。初心者から、超上級者まで、経験と技量に合った反応をしてくれるOS、と。
実際我らは一昨日使い始めたばかりでまだレベルIですが、先に教導を始めた国連軍の機密部隊では、すでにレベル3に達した者も居ると聞き及んでおります。
尚、白銀少佐の見せた光線種のレーザー照射回避は、レベル4以上なら可能であり、最高レベルが5だとか。」

「むう・・、それがXM3を使いこなす白銀のレベルか・・・」

「・・・武に関しては違うな。レベルって言うのは制御抑制レベルの事だからな。武は一切の抑制が入らない限定解除だ。」

「な、なんと?!」

「・・・武御雷へのXM3導入前に、XM3搭載の“吹雪”を駆る武殿と、小官の小隊で模擬戦を行っています。
・・・・お恥ずかしい話ですが、武御雷4騎で一矢も入れること叶わず、撃破されました。」

「「な・・・・!?。」」


絶句。
武御雷と吹雪の性能差を知っているだけに。それが事実であるならば、大変なことである。
しかも衛士は斯衛でも指折りの手練、月詠真那なのである。
ハードの改造なしに、吹雪を武御雷並にしてしまうOS。
勿論、限定解除で在るという白銀の出鱈目さも在るのだろうが、4騎を相手に一矢も受けない、と言うのは桁が違う。





「白銀・・・・協力は有り難く思います。このOSが普及すれば、将兵の死傷率が下がることは明白です。
・・・・けれど、XM3、そしてXM3Liteの頒布、供与、その対価は、いかなるものでしょうか?」

・・・そうだった。これらは全て[●●]第4計画の成果。あの雌狐が、一体どんな対価を吹っ掛けてくるのか。

「ああ、夕呼先生ですね。ご心配ありません。
このOSは、オレが発案し、彼方が組みました。全てオレ達の自由にしていいと言われています。」

「!、それは」

「そしてオレ達が望む対価、それは悠陽殿下の大権奉還[●●●●] です。」

「!!、なんと?!」

「今回オレ達は、提供する情報を、全て[●●]悠陽殿下の指示による成果、とする準備があります。
その実戦検証である演習で、突如現れたBETAを殲滅。
その功績と実戦経験を以て、殿下には大権奉還を行って頂きたい。」

「「「「 !!!! 」」」」

「・・・・その為のOS・装備と、殿下ご自身のご出陣かっ!?」

「そして、大権奉還が成った時、政権や軍部に巣食う親米派、特に第5計画推進派の粛清を行っていただきたいのです。・・・・帝国の磐石のために!」

白銀は、そう言い切った。












閑話休題




「しかし白銀・・・・その腕、後ほど確かめさせて貰っても良いか?」

強いモノに目がない紅蓮大将の一言。・・・・オレも以前は何度付き合わされたことか。
知っているのか、白銀は苦笑い。

「やっぱりそう来るんですね・・・。口だけでは理解されないと思いましたので、強化装備だけは持参いたしました。彼方なら1機10分ほどで換装いたしますので、機体を貸していただけるなら、お手合わせ出来ます。シミュレーションでも良いのですが、物足りないのでしょう?」

「うむ!、その意気や佳し!、・・・・流石冥夜の選んだ婿だけのことはある!」

「え?、なぁっ!?」

「・・・・照れんでも良い。月詠より聞き及んでおる。雷電にも通知済みだ。
“年内”と言った言葉に、これ程の“真意”と“覚悟”が含まれていたとは思いもよらなかったがな!」


何か壮大な誤解が在ったのか、orzにヘタレる白銀と、カッカと高笑いする大将。

しかし・・・そうか・・・、白銀は売約済みか。
・・・少し残念だ。
丁度良さそうな相手だと思ったのだがなぁ。

御子神は・・・・殿下があやしい? 記憶を喪ったとはいえ、アレだけ世話になった相手だ。
九條さえどうにかなれば、成婚も視野にしているだろう。血筋上は全く問題ない。
むしろ九條が取り潰しとでもなれば、一條二條は同罪だから、御子神が五摂家という可能性すらあるな。

うーむ、男が少ない時代だからなぁ、婿探しも難儀なことだ。



「・・・殿下、その件につきましては、香月博士より伝言を承っております。」

まだ入り口に控えていた月詠中尉が言葉を挟む。

「博士が?、なんと?」

「・・・願いが成就した折り、今後を見据えて抜本的な人口対策を行わねば国力の低下は必至、とか。」

「・・・そうですね、早急なる対策が必要となりますね。」

「実は、白銀少佐には冥夜様がライバルと目する方が居られるのです。ですが、博士曰く、優秀な遺伝子ほど多く残す義務が在る、とのこと・・・。」

「・・・!!、正しく、その通りですわ・・・。
・・・・博士には万謝とともに、確と承りました、と伝えなさい。」

「は!」


む・・・、少し黒いがイイ笑顔だ。

これは・・・マズイぞ唯依ちゃん!
早く参戦せねば、乗り遅れかねん!
確かに、優秀な遺伝子の確保は重要だ!
今夜には、帰国するはずだから。明日の教導に参加させるしかないかっ?!


Sideout





[35536] §29 2001,10,27(Sat) 11:00 帝都浜離宮茶室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/02/08 10:15
'12,10,24 upload  ※続けると長くなるので一旦投下
'15,02,08 誤字修正


Side 是親


白銀の献策を聞きながら黙考する。

彼らの情報が全て正しい[●●●●●]とすれば、確かにこの年内、2ヶ月が正念場、と言う事になる。
戸籍を喪った者の中から希望者によって組織された幽霊部隊の存在、そして過酷な任務の果て、春先の壊滅も聞き及んでいたから、状況に矛盾はない。

・・・まさか、その際にこのような情報を得ていたとは思わなかったが。
そしてその情報の秘匿理由も尤もだ。
其れでなくとも終末的な雰囲気が蔓延した中に、こんな絶望的な情報が流れたら、それだけで人類は崩壊しかねない。
そのまま暴走しかねない第5勢力についても、彼らは移住計画やバビロン作戦の穴さえ指摘してみせた。情報の出所は直ぐに判るし、その真偽などすぐに検証できる。ばれて信用を落とすような情報を開示するとも思えないから、真実、なんだろう。

そして、今ここで公開されたのは、逆に言えば曲がりなりにもその打開策に一応の目処がたったから、なのだろう。


これらが全て、あるいは一部が欺瞞だとしても、彼らの益になることは在るのだろうか?
第5計画派の牽制?
しかしそれも使い方によっては、煽る事にもなりかねない。


つまる所、これらは厳然とした事実のみを積み上げ、そこから導かれた可能性の最も高い予測である、と言うことだ。

その上で示されたプロセス。
・・・・正直、厳しい、厳しすぎる。

11月上旬に師団クラス以上のBETAを迎撃。
年内にオリジナルハイヴを攻略。
新年年初までにH21を殲滅。

今の帝国では、最初の迎撃だけで息が切れる。
2番目は国連主導の作戦になるだろうが、最後の一つが帝国にとっての最大の問題。


そこに巨大なジレンマを抱えている事に、殿下すら気づいていない。


大権奉還・・・。

さて私は殿下の臣としてどうすべきかね・・・。






「・・・成程、殿下の大権奉還を対価とするかシロガネタケル、帝国の磐石が求めるモノならそれが肝要、と言うことだな?」

「はい。」

「・・・BETAの侵攻すら奇貨とし、先手を打って大権奉還を為してしまえば、無用なクーデターの機運もしぼむ、いやそもそも企む意味すら消失するか。」

「「「なっ!?」」、クーデター?!」

「どういう事です? 鎧衣?」

「は。実は現在、帝国陸軍、特に首都防衛隊で、一部にそのような動きが有ります。
表向きは戦略研究会、としているようですが、今の体制は米国に寄った閣僚の専横による汚職体制と断じ、此処にいらっしゃる榊首相を初めとする主要閣僚を国賊とみなしています。
・・・これは榊殿の殿下をお守りする為の、極端な隠蔽策が裏目に出ましたな。

そして殿下を擁し大権を奉還せしめる、と言うのが彼らの言う大義だそうで。」

「・・・その為に動乱を興し、無辜の血を流す、・・・と!?」

「然様ですな。勿論彼ら自身も唯では済みませんが、・・・・その覚悟はあるようです。」

「・・・・・・」



なんと、その様な動きも既にあったか!
いつかは、と思ってはいたが。



「・・・しかし、その実は違う、だろ?」

「・・・・その通り。御子神殿もその筋から情報を得られている様子ですな。」

「・・・ああ。九條は未だに懲りてないからな・・・。」

「・・・それは?」

「・・・米国第5計画派、近しいCIAあたりが最近活発に動いています。
密かに第5計画派と繋がっている九條がそれとなく煽動しているようです。具体的には、九條の名ではなく、筆頭分家筋の一條や二條だそうですが。」

「彼奴らか!」

「いえ、彼らは煽るだけで、クーデターの実働はむしろ先ほど申した帝国陸軍、本土防衛軍に使い回されている首都防衛隊、その現政権に不満を持つ若手士官を中心とした面々です。
そして、その者たちに便宜を図り、同様の不満を持つ者同士を引き合わせたり、現政権の汚職とも見られかねない情報をリークしているのが、先に言った一條・二條の息が掛かる、参謀本部上層部や、米国と癒着の強い政治家・官僚、あるいはCIAの工作員そのもの。
その為、戦略研究会は発足間もないのですが、賛同者はかなりの規模になっている様子。
我々情報省でも、最近になって漸く掴んだ情報です。

扇動されている方は、殆どが米国の干渉排除を掲げた国粋主義者。
それを煽動しているのは、むしろ米国第5計画派そのもの。」

「・・・扇動された彼らが決起する可能性がある、と言うことですね?」

「はい。このまま事態が推移すれば、遅くとも1年以内に彼らは決起しましょう。
彼ら若手士官達の目的は殿下に忠をなし、殿下の意に沿わぬ事を知りながら血を流し、殿下の復権を願う。
・・・ですが、彼らの行動は、彼らの意図とは全く逆の方向に推移する事となります。」

「なにっ!?」

「・・・先の九條分家、一條・二條の手引きで、クーデター軍蜂起後米軍の介入による鎮圧を目論む動きが在るようです。
米国にとって目の上のたんこぶたる第4計画を日本に誘致し、便宜を図る榊首相以下主要閣僚は、クーデター軍が国賊とみなし誅殺、一方殿下の身柄はクーデター鎮圧に動いた米軍が味方の振りをして抑え、その名だけを借り、御身は幽閉か最悪事故に見せかけての弑逆、そのまま米国傀儡政権発足、と言うのが第5計画派及び九條の目論見でしょうな。」

「ぐぬぬぬ・・・、おのれ九條、そこまで堕ちたかっ!?」

「・・・そこまでしたいなら、いっそ自分が政威大将軍に成ればいいのにな・・・。」

「・・・それは、避けたいようです。」

「何故?」

「政威大将軍と言う地位は、本来権力が集中している故に“悪い事”がし難いのでしょうな。良くも悪くも注目され、それが“個人”に集中しますから。名を出さず、裏で暗躍する事を望む九條が求める地位ではないのです。
彼が望むのは、大勢の壁に囲まれた黒幕。
何かがばれても、その壁を一枚、差し出せばいいのですから。」

「如何にも・・・九條らしいな。」

「しかし、・・・その方向でクーデターが推移すれば、当然第4計画は帝国の支持を失い即刻中止、第5計画の発動を狙った動きですな。
米国としてもユーラシアからのBETA圧力に対する要である帝国の兵力は、有効に使いたいのでしょう。正面切った第4計画メンバーへの危害や、横浜基地制圧等は更に今以上の帝国世論の離反を招きかねないので控えている様子。
尤もそれもバビロン計画発動までの間、捨て駒としてBETA汪溢の蓋として機能させたいだけですが。
・・・ベトナム以来、彼国は自国の兵士が死傷することを極端に忌避する帰来がありますからな。」

「・・・・・・。」

「其れで居て、最終的に脱出させようと言うのが10万人ぽっちとは、呆れるがな。内政的に国民への言い訳として、自国の兵は出さない。
そしてそれら国民をすら殆ど全てだまして、特権階級のみが宇宙に脱出。」

さも有りなん、と言う想いが去来する。
彼国とて、幾多の人民が暮らす国。全ての人が同じ思想であると言うことはなく、個々、あるいは団体だって真っ当な者も多い。
けれど何故か、国政レベルの意思統一に於いては、そういった先鋭化した護国主義が優先される。
大きな力を持ってしまった、子供、という困った存在。

「いっそアホな特権階級は、BETAに汚染されたバーナード星系に捨てるってプロセスもいいな。どうせ九條が第5計画にすり寄っているのも、優先搭乗権でも約束されているんだろ?
G弾さえ使わせなきゃ良い訳だから・・・。」


・・・さりげに飛んでもないことを言う。
君が言うと冗談に聞こえないのだがね・・・。


「・・・・けれどソナタ達の献策では、そのクーデターに先んじ、大権奉還と第5計画派の排除を行えば、クーデターを起こす意味すら無くなる、と言うことですね?」

「そうです。
元々煽られた者たちは、国を想い、表面上それに反しているように見える現政府に対する憤懣を有する者達。賛同者の拡がりでも判るように、その意識は帝国軍内部に充満している可能性が高いと考えます。
けれど、それも結局は、遅々として進まないBETAの駆逐、追い詰められていく人類、開けない明日への希望、そう言ったものの裏返しである、と考えます。
・・・本人たちが、自覚しているしていないに関わらず。

その暗鬱とした意識を打ち破り、明日への希望としてその慧眼を以てBETA侵攻を一蹴した殿下が復権なさる事が、何よりも必要なのです。

何よりも、クーデターを起こさせれば、敵味方問わず、多くの帝国将兵が喪われます。持つ思いは皆同じだというのに。
此処に居られる榊首相も、真っ先に狙われるでしょう。
BETAの再侵攻を目前としている今、その様な損害は到底認められません。未然の検挙ですら、多数の優秀な、そして殿下に忠を尽くす衛士を処断しなければなりません。

殿下が復権し、そして禍根である第5計画派の徹底排除を実施することで、彼らは正道に帰することと思います。」

「・・・・都合のいい情報だけ与えられて、誘導され、騙されているだけだからな。
わざわざ蜂起させて無駄な血を流す余裕など何処にもない。
現状に諦観し、後ろしか見ていない死にたがりは、迷惑なだけだ。
目を醒まさせるにはその位必要だろ。
神輿を担がせる悠陽には悪いけどな、そんなのに構ってる暇はない。」


御子神の毒舌に皆が苦笑する。
帝国軍クーデターと言う、国家転覆の一大事すら、そんなの[●●●●]扱い。


「・・・献策通りに殿下が復権し、第5計画派を排除出来れば、クーデターを企てた者も、煽っていた者こそが米国の手先と知り、裁くまでもなく自らの蒙昧を自覚するとともに、希望を見出し、正道に立ち返る、そう言うことだな・・・。」

「・・・・。」

白銀は静かに頷いた。





この時代に首相になることは、自殺行為だということも分かっていた。
滅び行くかも知れない人類。
その断末魔は想像することも出来ず、終末に向けた混迷は益々深まろう。

その中で、僅かにでも国家を長らえ、民を生き長らえさせる。
それを目標に、此処まで来た。

政敵や国家の維持を謀るため、汚い手もなんども使った。
家族も蔑ろにし、家内の死に目にすら立ち会えず、娘も離れて行った。
莫逆とも言える友であった者ですら、帝国の安寧と引換にこの手に掛けたに等しい。

碌な死に方はせんな、何時もそう思っていた。
米国に煽られたクーデターによって、国賊として誅殺、・・・如何にも在り得た未来だ。



国を長らえる。

その淡い希望の一旦であったのが、オルタネイティブ第4計画。

若干21歳の若い研究者を司令官とし、何度説明されても理解出来ない理論で構成された00ユニットを以てBETA諜報を行う。
今思っても、よくもまあこれ程無茶苦茶な計画が、本計画に成ったものだと思う。
実際、当時の気持ちとしては、理解出来ないが故に、同じく理解出来ないBETAが解明できる可能性がある、だった。

国連での荒唐無稽な説得。

しかし、当時国際社会は米国が開発したBETA由来の新兵器、G弾の威力に酔ったような米国の計画を警戒した。
自国にハイヴの存在しない米国は、何でも無いことのように言うか、どんな影響があるのか明確にされていない上、使用されるG元素が、全てエネルギーになれば、計算上地球だけでなく太陽系そのものが消し飛ぶ、とまで言われたのだ。
米国は起爆実験を実施し、そうならないと自信を持っていたが、そのデータ自体は機密と隠蔽したのだから始末に終えない。最終的には、横浜に於ける事前通告なしの強制使用までしでかしたのだから・・・。

当時としても、バビロン作戦を第4計画にしてしまっては、ハイヴと共に自国を不毛の大地に変えられてしまう、との懸念は各国共通のものとなり、それを恐れた国際社会は、よくわからないが、むしろ安全な諜報活動を継続する、という日本案に一気に傾いた、と言うのが実情だろう。



無論、因果律量子論を使った00ユニットによるBETA諜報計画、今の第4計画に暗部が存在しないわけではない。

横浜ハイヴ攻略時に見つかった“生きている脳髄”。
00ユニットの最有力候補は“ソレ”だ。それがどんな人間だったか、どんな状態なのか、それは語られない。
一応生きているが、人格は無視され、人権は無いに等しい。
人ならざる人。
それを00ユニットの実験台とし、使い潰すのだ。

そして、その候補として集められた“素体候補”。
中隊規模で集めながら、“より良い未来を掴み取れる素材”、を選別するために、過酷な任務につかされた。
実際、それが不必要な任務だったわけではなく、誰かが遣らなければならない任務でもあったし、その素体候補となる適合性が高いためか、通常とは異なる成果も生み出した。
仕方ないと割り切ることも出来る。
しかし本来の目的は、選別のための任務なのだ。

そして00ユニットが完成すれば、その素体として“殺される”。


理論そのものは判らなくても、その暗部は理解していながら、最終的には誘致した。

大多数を守る為に、少数を切り捨て、犠牲にし、踏みにじってきたのは私も同じ。
人類を救えるなら、同じ罪もいくらでも被ろう、と。



しかし、もし、人類が・・帝国が永らえる事が出来るのなら、歳若い“殿下”には、この闇を引き継ぐまい。
“これ”は、私が地獄に持っていく。

そう、決心していた。



それ故、その殿下から極秘会談の同席を求められたとき、少し驚いた。
しかも第4計画に関わる事だという。
ここの所計画には進捗が全くない事も聞き及んでいた為だ。


私にとって、理解出来ない理論による計画は、5年という時間の中で、既に単なる時間稼ぎに変貌していた。

単に、第5計画の発動を抑える重し。
既に5年以上、本来の成果らしい成果も出ず、要である00ユニットの完成さえおぼつかない。
進まない成果を、さも進捗が在るように記述し、国連の査察を引き伸ばす。

・・・それももうすぐ限界に達する。
我が国の国連大使が、年内には抜き打ち的に査察に入るだろうという極秘情報も得ていた。

同じ帝国民でも、全人類の代表としての査察である。手心など望むべくもない。
進展が見込めないことが判れば、あとは、国連が何時見限るか、という段階に入っていたのだ。

査察が行われれば、年内。それがリミットだろうと予測していた。



それが今になって何故?
しかも、女史本人は出席しない?


驚いて電話をすれば、ダメもとでばらまいた作戦が、春先にアタリを引いていたらしい。その後当事者が記憶回復に伴う混乱によりリハビリが必要な状態になり、情報収集が若干遅れたと言うが、その情報を限定的ながら公開するという。
しかも、女史はまだ、対BETA戦略用の00ユニット作成を続けており、その完成が間近で在るため、基地を離れられない、とか。
頭の中には、女史らしくないセリフが残っていた。

―――― 腹心、・・よ。少なくとも彼方の言葉は、アタシの言葉と思って頂戴。――――

その言葉に、香月夕呼がどれだけその男を信用しているか、初めて知った。


そして現れた男は、あの“弾劾”によって殿下をお護りした本人、御子神彼方その人だった。




示されたのは、驚愕の情報。

オリジナルハイヴ威力偵察。多大な犠牲の上に齎された貴重な情報。
それだけで第4計画の目的がほぼ達成されたと言っても過言ではない情報だった。


しかしその内容自体は、余りに絶望的な内容。
和解の余地などカケラもなく、生命とすら見なされていないと言う事実。

更に積み上げる絶望。
バーナード星のBETA汚染。
G弾の無力化と重力偏差による世界の壊滅。


確かに白銀少佐が言うように、救いのない状態でこの内容を公開しようものなら、その時点で人類は終る。

同時にこの情報を、国連ではなく帝国に持って来た訳も理解した。
国連とて、一枚岩ではない。
むしろ懸念されている様に米国の支配は色濃く、第4計画派は少数。国連に齎せば、第5計画派に漏洩することは必至。

香月女史自身が、此処に来ない真意も理解した。会談したという情報ですら漏れたときの影響が大きい。
第4計画の司令官と、お飾りと見せているが、自らも復権を画策していた殿下が会談とあっては、第5計画派、ひいては九條が黙っていないだろう。


移住もG弾神話も崩壊した中で、BETAに対抗する戦術、それを構築する事に既に第4計画はシフトしているのだ。

その第4計画の後ろ盾と成るべき帝国。

その帝国でも第5計画の暗躍による国家転覆までが画策されているという。




それを払拭し、BETA大戦に曙光を示す、献策。


反論のしようもない。

政威大将軍殿下という御威光に縋り、全てを歳若い殿下の双肩に負わせる事は、臣としては容認しかねる。
しかし、此処で復権されなければ、軍部に不満はくすぶり続け、引き続き第5計画派の陰謀に晒され続けることに成る。
反対するのは、それを阻止できる対案が必要となる。感情の問題では無いのだから。



しかし・・・。

逡巡。




「・・・榊首相の懸念は、佐渡奪還以降か?」

「 !!! 」


・・・・そうか。そうであったな。

此処に居るのは、他でもない、“御子神彼方”。

記憶を喪ったとはいえ、西日本を喪失する大禍からも殿下をお護りした存在なのだ。



もし、今この場に居るのが白銀少佐だけであったら、恐らく私は献策に反対しただろう。

彼には、英雄の資質がある。
人々に勇気を与え、希望を齎すだろう存在。彼の戦果は多くの人を奮い立たせ、導くだろう。
しかし、人は希望だけでは生きられない。
食料という形ある現実がなければ、生きられないのもまた事実なのだ。

しかし、御子神彼方は違う。
彼は補佐、サポート、もっと言えば裏方に徹する。9年間、殿下の裏に在って、その補佐に徹したように。それが結果的に殿下を、殿下のお立場を救った。

そして彼は、技術者。
九條離反のキッカケが、合成半透膜の特許絡みであったことは、後日知った。
そのプラントは今でもBETA大戦の中、貴重な水を供給し続けてくれている。寧ろそれが無かったらどれだけ水の確保に苦労していたことか。
BETAに晒され、主要な輸出品目も限られた現在の帝国に於いて、その特許による外貨獲得が、どれだけ大きいことか。


そう、人を導くのは英雄かも知れない。

しかし、世界を変えるのは、何時だって“技術”。
産業革命しかり、核技術しかり。

もちろん時に人の器にぞぐわぬ“技術”が禍をなすこともある。
核爆弾、そして今のBETA由来技術にしても・・・・。

それでも、臆することは出来ないのだ。

彼の齎す“技術”が、世界を変えてくれることを願うしか無い。







「・・・理解して居られる様だな。」

「・・・用意だけは、な。記憶にはないが、記録はある。」

「・・・お任せしても?」

「まさか。運用には馬車馬のごとく働いて貰わないと困る。
悠陽に大権奉還したら、隠居などと考えてないだろうな?」

「!、榊? ソナタには今後も国政を仕切って貰わねばなりませぬよ?」



笑みが溢れる。なかなかではないか。


「元より承知してございます。

成程、大権奉還には賛同いたしましょう。諸々の事情を鑑み、この時節を外せば、様々な禍を為す事になるのであれば、是非もなく。

私は、我が身命を捧げ、殿下より賜りし信任に応え、最後まで責を負う覚悟。
その上で、大権奉還にあたっては、一つ条件を具申いたしましょう。」

「条件?」

「なに、たいした事では有りませぬ。
殿下の後ろ盾に君が、成ること、・・・この一点は、譲れませぬな。」

「?、俺の後ろ盾など、お門違・・・・・・・・・、そう云う意味か・・・。」

「??」


通常政威大将軍の後ろ盾と言えば、前職で在ったり、高位の五摂家であったりする。
本来赤とはいえ下位のしかも歳若い者がなるモノではないのは言うまでもない。

私の言葉の意図を悟った“オヤジ”連中は、ニヤニヤしている。

意味の分かっていないのは、若い殿下と白銀。


「・・・・・・俺としては、今日初めて(逢った)に等しいんだがな。」

「何も今すぐとは言いませぬ。」

「・・・心に留め置く。」

「榊殿、無理強いはいかがなものかと。」

「・・・・そうであったな。ならば今はその言語を肯定と見做し信じよう。」

「・・・・喰えねえ爺だ。」

「ふぉふぉふぉっ、君にそう思わせただけでも善しとしよう。」

先輩に一本くらい譲っても、バチは当たらんよ、御子神。


Sideout





[35536] §30 2001,10,27(Sat) 12:45 帝都浜離宮 回想(改稿)
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/12/16 18:30
'12,10,26 upload  ※リク、書いてみました
'12,10,27 一部追記・誤字修正
'12,10,30 矛盾修正
'12,12,16 誤字修正


Side 真耶


庵に誂えた食事を摂った後、控えの間に退いた。
榊首相以下オヤジ連は、二人の少佐と話しをしている。
成る程、丁度息子と言っても良い年頃なのだろう。
どちらもヤンチャな息子だろうが。

この後、帝都城内にもどり、XM3のシミュレータへのインストール、戦術機の換装、閣下が望んだ白銀少佐との模擬戦、という流れ。

そして、その後まだあるという。
あ奴の話は終っていないらしい。
・・・・一体何が飛び出すやら。




4日前、御子神彼方が還って来た、と言う報告を聞いたとき頭痛がした。

その段階ではまだ確定情報では無かったが、主である殿下の様子は当然尋常ではなかった。
鎧衣に確認を命じ、その結果を心待ちにしていた。


そして・・・確定。

一人涙して喜ぶ殿下に、しかし私は嫌な予感しかしなかった。

聞くところによれば、当の本人には記憶の欠損が在るという。

それは手放しで喜ぶ殿下にとって、寧ろ悪い結果にならないか?
殿下が再びあの悲嘆に暮れる姿は、もうみたくない。
漸く最近、思い出さなくなっていたのに。

会談の日取りが決められ、ウキウキする様な殿下のご様子に、私の頭痛は酷くなるばかりだった。







御子神彼方は、長年に渡る私の頭痛の種。

私が、唯一敗北を認め、そして殿下の傍に在るべき存在と一度は納得し、そしてそれを行方不明という結果で手酷く裏切った男だった。
こちらの勝手な押し付けなど知らん、とあ奴なら言うだろうが・・・な。


殿下が6つの時、10で護衛見習いとしてお側についた私。
将来の政威大将軍候補と目されていた殿下は、当時から聡明であらせられた。
最初は、護衛のはずの私が、逆に気を使われてしまう始末。
その凛として気高く在りながら下をも慮る佇まいに、主として相応しい、と子供心にすら思ったものだ。
そんな殿下には将来の政威大将軍として当然五摂家をまとめる立場が望まれ、記憶も考え方も固まってくるその年のころから、様々な方々と接し、交友を広く持つことが求められた。
相手は、主に赤以上の武家の子女。
当然殿下よりも年上が多く、実際殿下はどなたにも可愛がられていた。殿下の方もたおやかな笑みを浮かべ相応に応対していたが、その実、誰に対しても決して心開くことも懐くことも無かった。

・・・たった一人、御子神彼方を除いて・・・。

何故選りに選って御子神彼方なのか。そしてその御子神彼方が最大の問題だった。


表向き従容としながら、裏で何をしているか分からない五摂家の一角、九條。
御子神はその九條分家、一條二條に続く3位の分家、赤を纏う家系だった。
表面上、九條から煌武院に対する直接の作為はない物の、当時の政威大将軍に対する陥穽謀略の数々、その黒幕が何時しか一條二條と知れ、裏で糸を引くのは九條であるとに認識が既に在った。
具体的には官僚や軍部上層部からの具申と言う形であり、そこに九條は愚か、一條二條の名前も表には出ないため、単なる噂に過ぎないという見方もあったが、火のない処に煙の例えもあるとおり、全ての放火現場に一條二條の影がチラついていたのも確かなのだ。
故に、御子神彼方が紹介されたとき、殿下の周囲は、私も含め全ての者があ奴を敵視した。


元々平安貴族に祖を持つ九條は武家社会と微妙に異なる感性を有している。
斯衛にも殆ど組みせず、本土防衛軍を創設したのも九條閨閥。そこから寧ろ帝国軍に関係することが多い。
血筋をたどれば、いくつかの時代で皇帝陛下の血縁ともなっており、今生陛下も曽祖父が同じという親戚筋にも当たる。結果覚えめでたく・・・と言うよりも、陛下ですら少し引いているフシが見受けられた。
五摂家の一角でありながら、政威大将軍という職制そのものを疑問視する意向だけは伝え聞く。実際裏では疎んじ、蔑ろにし、それでいて利権だけはいつの間にやら手の届く範囲に寄せている、そんな疑惑が多い存在であったのだから、その分家筋が政威大将軍筆頭候補である殿下に近づくなど、怪しくないわけがない。


なのに、殿下はそんな周囲の危惧も知ってか知らずか、他の誰よりも御子神彼方に心を許し、一緒に居たがった。兄と呼ぶことを乞うまでに・・・。
そして何度説得をしても兄さまは九條ではない、の一点張り。
あまりしつこく言うと、逆に言った者を忌避しはじめる。

勿論表面上御子神も殿下に危害を加えるようなことは全く無く、むしろ殿下を気遣う様は、本来望まれるべく仕儀にも至るほどの有り様だった。
・・・・出自が九條繋累である、と言う事を除けば。


だが、子供の頃から周囲の大人に九條の悪口を聞かされ、その一門が如何に汚いかに憤慨していた私は、しかし、殿下に当たることは出来ず、結局御子神本人に当たることも屡々。
それを一度殿下に見咎められ、殿下が涙を浮かべられた時は、その後一週間口を聞いてくださらなかった。以来直接的な行為は避けるように成ったが、あ奴が嫌いで、警戒していることは変わらない。

・・・いつも護衛としてだけではなく、それ以上に私を慕ってくれる殿下が、御子神に関してだけはそちらを優先する、今思えばそれに嫉妬していたのかもしれないが・・・。


それは、殿下が10の齢になる前後、次期政威大将軍として内定し、私が任官と共に正式な護衛として着任した後も変わらない、
否、頻度は少し減った物の、その行動は、益々エスカレートしていた。

どんな魔法を使っているのか、帝都城を抜け出すなど朝飯前。何処をどう連れ回しているのか知れないが、実際約束された時間に戻っていないことはない。
要職内定者ではあるが、その行動を拘束されているわけではないので、抗議も出来ないのだが、護衛である私を悠々と振り切り、何処ぞとも知れぬ危険に晒すのは我慢ならなかった。
が、殿下にワタクシが望みました、と言われてしまえばぐうの音も出ない。泣かれると困るのは私だ。

尤もあの“弾劾”の後、それがXSSTまで用いた世界規模の“お散歩”だったことを知った時には、流石に絶句したのだが・・・。



それにしても御子神は私以外のどんな妨害もそれを飄々と躱し、殿下に求められるままに面会を途絶えさせることは無かった。

何を目的にと訝しみ、一時はあ奴に偏った性癖でもあるのか、とまで怪しんだが、その方面に付いて殿下は未だにまるで何も理解しておらず、それ故にその嫌疑は水泡に帰した。

何をしているのか、聞いても答えてくれない殿下ではあったが、何時も側に侍る護衛である、気を配れば薄々感じられる。明確な答えではなくても言葉を重ねれば端々に見える輪郭。


そして私が得た結論。
・・・それは、謂わば“疑似体験”。
幼き頃は、話して聞かせ、徐々に長じて来れば、身体を動かし、体験させ、経験させる。実体験で在ることもあったし、映像やシミュレーションで在ることあったらしい。様々な事を“教える”でもなく、“諭す”でもなく、“一緒に体験”させ、“一緒に考える”。
幼き殿下にとって“最高の遊び”で在りながら、“最高の勉強”。
それを与えてくれるあ奴に、殿下が懐いた理由を理解すると共に、逆に他の誰にも心許さなかった理由も察せられた。
身分や将来に縛られた殿下にとって、今の状況は籠の鳥。それを追認させるだけのお仕着せの“友人”など欲しくはないのだ。儀礼とか格式とかに縛られた彼らは、幼い殿下にとっての、“籠”そのものなのだから。
その“籠”を易々とぶち破るあ奴は殿下にとって紛れもない憧れ。
しかし聡い殿下は、それが自分の運命であることも理解し、従容と受け入れていた。だからこそ、殿下はあ奴の見せる世界を、体験し理解しつつも、飛び出すような暴挙には及ばない。

・・・そして、あ奴はそんな殿下をじっと見守っていたのだ。
8年間もの永き間・・・。


あ奴のやっていることを理解した頃には、何故、九條一門が? と言う疑念とは裏腹に、信じてもいいのかも知れない・・・という淡い期待が生まれていたのも確かだった。




そしてそれも踏みにじる様に、訪れた動乱の日々。
'98,7,7、遂にBETAは、日本帝国にその矛先を向けた。

余りの“量の暴力”に、抵抗むなしく、BETA侵攻は僅か1週間で姫路にまで達した。
1,200年の栄華を誇った帝都京都の防衛ですら、九州の陥落と共に増したBETA物量の前に、1ヶ月抵抗するのが精一杯。
帝都は燃え落ち、東へと落ち延びるしか無かった。

更に東進を進めたBETAは、先鋒が新潟の半分まで至った時点で、佐渡にハイヴを建設し始めた。この時点で信濃川から諏訪湖を通り天竜川に抜けるラインより以西が、BETAに占拠されていた。
内陸深くに侵攻されたため、艦砲射撃が届かず大規模な殲滅が敢行できなかった事に加え、避難民の犠牲を顧みない強行作戦や首都京都を蔑ろにした防衛戦構築で帝国軍と対立したと噂される米軍は、この時点で日米安保条約を一方的に破棄し参戦しなかった為であった。
その為、京都陥落後僅か1ヶ月足らずでBETAの津波に飲み込まれた当該地域で在ったが、そのエリアに居た住民及び避難民2,500万人を、殆ど欠くこと無く避難した事は、“奇跡の逃避行”とまで謳われていた。
BETA対応に追われる軍、日米関係の悪化から事態の収拾に追われる政府は、なんら組織的な避難手段を講じることが出来ず、住民の自主避難に任せるしか手が無かったにも関わらず、である。
何らかの介在が噂はされていたが、次なる侵攻や、慌ただし遷都に相次ぐ政府には関与している余裕など何処にも無かったのだ。


暫し佐渡ヶ島ハイヴ建築に腐心していたBETAは、しかしその2ヶ月後、またも唐突に東進を再開する。
その間、既に在日米軍は完全撤退を敢行しており、一時的に東京に置かれた首都も、先の侵攻戦を見越し、仙台にまで退いていた。
主に太平洋側を東進した主力BETAは、一気に冨士川防衛ラインを食い破り、山梨、神奈川を制圧、白銀少佐を襲ったという横浜侵攻も怒涛の侵攻速度による避難遅れが招いた悲劇であった。

それは東京すらそのまま飲み込む勢いであり、一時はその壊滅すら危ぶまれた。
しかし、なぜかBETAはそこで一転し、伊豆半島を南進して唐突に侵攻の波を止めた。
その後、佐渡に続き横浜にもハイヴを作り始めた事が判明、以降99年の明星作戦まで、多摩川を挟み間引き作戦を繰り返す小康状態が続いていた。




その状況の中で訪れたあの日・・・。




■'99,01,04(Mon) 10:00 仙台第2帝都城 特別会議室


年始恒例の年次報告会、通称“評価”。

国政に於いて前年の状況を顧み、年初の抱負を皇帝陛下に言上する。
報告は各省庁及び統合参謀本部が上げ元枢府(五摂家)が取りまとめ、基本その取りまとめ役となる政威大将軍から陛下に献上することが建前だったが、実際は通過儀礼的なもの。その取りまとめやプレゼンテーションも、全て五摂家筆頭である九條が取り仕切っており、将軍はそれを追認する、と言うのが通例だった。過去にそれが問題に成ったことは一度もなく、故に九條専横に口をはさむ余地が無かった。
それに対して、日本帝国の象徴である陛下も、基本口出しはせず、いくつかの質問だけで承認と言う流れである。

・・・通例であれば・・・。


しかし、前年のBETA大禍により、3,600万人という犠牲と共に、帝都京都を含む国土の半分を喪い、横浜と佐渡に新たなハイヴを建設された。その国家的・経済的打撃は計り知れず、日米安保が一方的に破棄される状況にも陥っている。
今後横浜ハイヴが本格稼働すれば、BETA北進は間違いなく、今や日本帝国存亡の瀬戸際に立たされているのだ。
現実に御身も過酷な退避を体験された皇帝陛下の憂慮は深く、荒れる、と言うのが大方の予想。
その場で責任問題になれば、2,3人のクビが飛ぶどころではなく、最悪政威大将軍の罷免、という皇帝陛下の大権発動さえあり得る。


もともと我が国は、維新による大政奉還以来、一貫して立憲君主制を維持してきた。
維新後は陛下を主君とし、倒幕派大名と将軍家が五摂家として元枢府を構成、陛下の補佐をする。その代表が政威大将軍であり、その下に行政と立法、司法を執る内閣、帝国議会、帝国裁判所が設置された。皇帝が選挙のない大統領であり政威大将軍が補佐官、行政を内閣が司るフランス型の政治形態に近い。
この形態が今の形に変化したのは、大東亜戦争(第二次世界大戦)終結時の条件付き降伏にある。
世界の趨勢であり、米国からの強い民主化圧力に対し、我が国は飽くまで主権在君の維持を図った。その妥協として、政治形態を変化させた。
つまり、主君として有していた政治軍事に関する全権を、政威大将軍に委任、但し皇帝陛下はその政威大将軍の任免・罷免権を有する、という形態である。
政威大将軍は五摂家の推薦により陛下が任命し、その罷免権は皇帝のみが有する。それ以外の全権は政威大将軍が有し、皇帝陛下は帝国の“象徴”として国事に参加する事と成った。
それを以て国号も大日本帝国から日本帝国に変更された。

しかし、現実としては、行政に於いて経験と人脈を構築してきた官僚や、閣僚、軍内部で派閥を形成した軍閥により、徐々にその権限が抑制され、内閣・閣僚の罷免任免権、議会解散権等にひもが付いたり、帝国軍に対する命令権限そのものが統合参謀本部に委譲されたりして、執行権が干犯されてきたのが、現在の状況であった。


つまり、戦後改訂された政治改革により制定されて以来、唯の一度も使われたことのない陛下の大権。

伝統格式を重んじる武家社会に於いて、一度任命されながら初の罷免ともなれば、もはや切腹物と言う話すら出ていた。
・・・実際、紅蓮閣下は、殿下の身代わりとしての覚悟を決め、内側に白装束を着けている。



特別会議室は、相応の広さを有し、正面に巨大なスクリーンを前にし、中央に皇帝陛下と侍従、そして陛下の直衛に当たる五摂家一角、崇宰現当主崇宰信朋以下警護数名。
左手に報告者である悠陽殿下が紅蓮閣下、榊首相を従え、最前面に立ち、護衛である私もすこし下がった位置に侍る。
その後方には、残る五摂家当主とその主要門閥、更に斯衛軍将官が並ぶ。
一方の右手には、統合参謀本部を初めとした帝国軍関係者、各軍将官、そして国政を預かる各省事務次官級が列席していた。

どの様なプレゼンが為されるのか。
殿下は報告者でありながら、九條に全て握られ、再三再四の要請にも関わらず、その内容を一度も見ていない。
追認するだけだった今までの政威大将軍に問題はなかった、と言う。
しかし今回に限って言えば勿論、その内容が九條や関連する統合参謀本部に有利な報告になっていることは間違いなく、陛下の怒りを買えば、政威大将軍という職の罷免にも関わる。

それを従容と受け入れざるを得ない立場に居ながら、殿下はその場にスッと背筋を伸ばし、正面を見据え、凛と立つ、その心情が慮れた。



そして皇帝陛下へのプレゼンターとして、そこに現れたのは、御子神彼方だった。



!!、この為にかっ!!


振り向き睨みつけた九條兼実の顔は、取り澄ました公家顔に、哄いが張り付いているようだった。

殿下が慕い、懐いた御子神彼方を以て、殿下の立場を糾弾する。
今までのあ奴に対する殿下の信頼を、無残に打ち捨てる裏切りそのもの。

あまりの憤怒に血管の2,3本切れたのだろう。視界が真っ赤になっていた。

事、此処に至っては、何も出来ない。
これが、廊下であれば殿中構わず刀の錆にしてくれたものを・・・!!


殿下の陣営からそれだけで殺せそうな視線を浴びながら、中央の御子神は、それには頓着せず、寧ろ不安気な視線を九條当主、兼実に向けた。

「・・・・案ずるでない。プレゼン開始以降、質問が許されるのは陛下のみ。
どんな知己[●●]であれ関わり無く、真実を告げれば宜し。」

「そうだそうだ、大舞台だからって親類縁者に頼んじゃねえぞ!」

当主の言葉に軽い野次と笑い。それは殿下に対する嘲笑すら含んでいた。



・・・理解してしまった。
どんなに規格外に見えても、結局は武家社会の枠に生きる者。
あのふてぶてしいあ奴が、九條当主の前では借りてきた猫に見える。

当然、殿下に紹介し、思いの外に上手く殿下があ奴を慕っていることを知り、この若造をプレゼンターに仕立て上げたのは、紛れもなく九條兼実。赤とは言え、尉官如きが出席できる会議ではないのだ。私だって殿下直衛の立場でなければ、内容は愚か、開催日時さえ知らされないだろう。
御子神彼方も・・・・所詮、九條繋累・・・・。
・・・いきがっているだけの小僧に、何の力も無いか・・・。


私を支配したのは、脱力感を伴う、深い諦観だった。





定刻と共に、プレゼンか開始される。

あ奴は、開始前当主に対し見せた一種縋る様な風情など微塵もなく、皇帝陛下を前に優雅にさえ見える拝礼を以て、説明を始めた。

その内容は、政治・経済・軍事の多岐に渡る。

年度末に向けて各省庁がまとめる年次報告、所謂白書の先行版。
いつもは基本、数字だけのその報告が、色分けし、統一されたフォーマットのグラフ化してあり、極めて分かりやすい報告になっていた。
通例、今までの報告では各省の報告をそのまま並べるだけなのだが、その見せ方はプレゼンターに一任される。
数字の改竄さえ無ければ、問題はない。

そして、逆にその見やすさ故に、昨年から今に続くBETA禍による被害の大きさが浮き彫りに成った。

特に、国勢、経済、外交、そして軍事。

国土の半分を喪い、人口の1/3を喪ったその国勢状況は、目を覆う。
戦闘による男子の損耗が激しく、婚姻適齢年齢に於いてはその比が1:8にまで広がっている。
昨今の男子激減の折りから昨年には、女子の徴兵年齢が16に引き下げられたばかり。
うら若き少女を戦場に送る、その法案にもどれほど殿下が心痛めたことか。

経済も軒並み通年の半分以下。今後年度末までの増加も全くみこめない状況にある。
殊に、生産の極端な縮小から慢性的な食糧難に陥った状況は甚だしく、秋から開始されたバンクーバー協定に寄る最前衛国家に対する食料の無償援助でくいつないでいる、と言った状況が浮き彫りにされていた。

外交の最大の失点は米国との安全保障条約が一方的に破棄されたこと。
避難民を犠牲とする殲滅作戦、京都を灰燼と化す琵琶湖運河防衛構想は、到底受け入れられるものではなく、決裂は如何ともし難いものであった。


皇帝陛下は、ただ黙ってそれを聞き、殿下は身じろぎもしなかった。


被害事実の積み上げ。

しかし、それだけでも殿下には針のむしろ。
本来、政治軍事の長として、全権を陛下から委任されている立場なのだから。

けれど、実際当時、碌な引き継ぎさえ行われず、就任したばかりの殿下に何が出来たと言うのか?
本来政威大将軍に在るべきその権限を、永きに渡り徐々に干犯したのは、そのデータを揃えた官僚どもと、九條ではないか!
陛下から委託されている筈の、国勢に対する執行権は、内閣閣僚や、酷い時には各省庁にまで落ち、それに対する罷免権すら内閣の承認が必要と制限されている。
軍に対する命令権限も、今は斯衛軍に限定され、帝国軍に関しては作戦執行の承認・否認権すら統合参謀本部に帰属する。その斯衛軍は、武力行使が皇帝皇族、五摂家及びその有力分家の守護に限られ、本来守護される側の五摂家有力諸氏が自ら陣頭に立たなければ、遠征も出来ないという捻れた機構に貶められている。
全権を有する大統領制に近いはずの政威大将軍という職制が、何時しか単なる名誉職として蔑ろにされているのが現在の姿。
・・・にも、関わらずこんな時だけは、非難の矢面に立たねばならない。


理不尽。
・・・正にその一言に尽きた。





それでもプレゼンは進み、軍事関連の資料に差し掛かる。
日本帝国に未曽有の被害をもたらした、元凶、BETA西日本侵攻に説明は及んだ。


それは一瞬の違和感。

示された一枚の資料。
目に入るのは、殆どが数字の羅列。


今までは、全ての数字が、見事な迄に視覚化され、見やすいグラフや簡潔に纏められた表に姿を変えていたため、正しく違和感を感じるほど、解り難い資料だった。


暫し数字を追っていくと、漸く内容が伝わってくる。
そしてそこには、明確な悪意が見て取れた。


まあ簡単に言ってしまえば、本土防衛軍は緒戦で5000を殲滅した。
けれど2日後、北九州から山陰まで上陸されたのは、範囲が広範囲にわたり、また折しも大型の台風の影響で海上からの援護が出来ず、如何ともし難い状況だった。
(本土防衛軍は頑張った。損耗数を見て? 死して国土をまもってるんだよ。)

姫路の最終防衛戦に於いては、政威大将軍の御出陣まで賜り、斯衛軍中心で対応するも、民衆の避難が遅れ、戦場が混乱したために、大規模な援護射撃も出来す、壊滅に至った。
(だめじゃん、将軍士気高揚しないし、斯衛も役に立たないね。)

急遽、前任政威大将軍の戦死に伴い、煌武院悠陽に政威大将軍が任命。
斯衛軍は京都を動かず、そのまま31日の防衛戦に突入。
(もう、ムリムリ。姫様将軍にはむりっすよ。)


悪意に満ち満ちた裏の声が聞こえてくるような、まとめであった。

つまり、この資料が言いたいのは、姫路以西が堕ちたのは、台風という不運の所為で、本土防衛軍に非はない。寧ろ死を賭して、最大効率でBETAを道連れにした。
帝都防衛第1次防衛ラインが突破されたのは、不甲斐ない斯衛と、無能な指揮官(政威大将軍)の所為。
以降、次の政威大将軍は京都防衛まで斯衛軍を動かさず、京都落ちたのもその所為。

と、明確に謳っているばかりの資料だった。

当時実際斯衛は、京都決戦に於いて要人警護に当たっていた。
五摂家なのに九條一門には斯衛所属者が極端に少ない。部下の居ない名誉職の将軍が一人だけ。後は御子神宗家のみ。因みに、前任政威大将軍の一次防衛戦に赴いた斯衛の中には、御子神の前当主である両親も含まれていた。

そして、その要人警護に最も多くの斯衛を割かれたのが、九條からの警護要請だった。
五摂家の要人警護が主たる任務であるため、言われてしまえば出さざるを得ない。
通常各五摂家の御庭番が斯衛となり、主筋傍系の一部までを警護しているのだが、九條は分家一門まで斯衛から警護を出させ、引き回していた。

にもかかわらず、斯衛軍を有効活用出来ず、その指揮を悠陽が出来なかった、と結論づけていた。


・・・・政威大将軍不適格。

簡単に言えばそれを結論づける内容だった。
京都が堕ちたためにBETAの進軍を抑える事が出来ず、首都も喪い、今の帝国が危機的状況にある。
その主因は、前任政威大将軍の敗戦と新任政威大将軍の指揮能力不足。
そう読まれても仕方ない、というか其れを誘導するような数字だけが並べられていた。




目の前が暗くなる。
いままでの説明で積み上げた被害の“大元”が、殿下の指揮能力不足、と言われたような物。
皇帝陛下がそう断じれば、当然罷免。


「・・・・御子神。」

「は。」

「・・・何故この資料だけ体裁が異なる?」

「・・・この資料に付いてのみ、提供者から一切の変更を禁じられました。」

「これは・・・つまり要約すれば、斯衛を動かせなかった悠陽が帝都陥落を招き、この未曽有の大過を齎した、と言うことなのか?
・・・・・・・・これでは解からん・・・・。」

「・・・・では、この数字を別角度で見た資料が御座いますのでそちらを説明いたします。」




スクリーンが変わる。

会場が一瞬ざわめいた。

それは極めて精密な3次元の俯瞰図。うっすらと透ける日本地図に赤い輝点が現れ侵攻していく。
一方で現れた緑の輝点と、防人防衛線。
赤と緑は佐賀・長崎辺りでぶつかる。

左上に、日時が出ていた。


説明を受けるまでもなく明解に理解できる。
これは7月7日に対馬上陸で蓋の開いた地獄の釜。
そこから溢れでたBETAの進軍と帝国軍の抵抗を、時系列に視覚化したものであった。


重慶と鉄源ハイヴの拡大から、本土決戦は来年年初と見込んでいた帝国には、今回の侵攻は完全に虚を突かれた形となった。
それでも、構築した防人防衛線は、有効に機能し、斥候と見られる師団規模のBETAを短時間で殲滅せしめた。


だが、その後が不味かった。

BETA侵攻地点を防人防衛線と見越した本土防衛軍は、日本海沿岸に展開していた海軍、陸軍を移動した[●●●●]のだ。
防人防衛線から赤い輝点は消えたが、後方から集結する緑の輝点。

そして2日後、特に山陰に展開していた緑の輝点が移動し消える頃になって、再び今度は大量の赤い輝点が、その防衛線が薄くなった北九州、山陰に現れた。折しも接近した大型台風で波立つ海から上陸したBETAは薄い防衛戦を一気に突破、殆ど抵抗も無いまま北九州から山陰までの広い範囲に上陸を許す事と成った。


会場がざわつく。

統合参謀本部、本土防衛軍の将官が、赤くなったり青くなったりしている。

「御子神、きさ「控えおろう[●●●●●]・・・。」」

さっきあ奴を揶揄した縁者の怒声に、ポツンと呟いたような低い言葉は、しかし何故か騒然としだした背後の喧騒よりも、深く勁く耳朶に響き、背筋に冷気が這い登るような、底知れない迫力を以てその声を封じる。

「・・・御前である。陛下以外の発言は受けぬ。・・・この場に親類縁者の関わりは無い。」

「 !!! 」

先程の揶揄を冷徹な視線と厳然とした言葉で制したその態度は、とても高が17の若造には思えない。聞いていただけでも背筋が粟立つ。
無数の修羅場を潜って、尚静謐とした気配。
借りてきた猫など、とんでもない。猫かぶっていたのは、途方も無い猛獣。
・・・まるで長大な剣牙を持つ漆黒の迅豹が身じろぎしたかの様だった。

誰も声を発しない。発せない。

見れば九條兼実は、一人瞑黙している。


永きに渡り雌伏していた猫が、本性を現し何でもないことのように本家に叛旗を翻した瞬間であった。







画面で進む状況は、後は知られるとおり。

画面に現れた黄色の輝点は住民・避難民を表し、嵐の中、防備の薄くなった海岸線を易々と抜けるBETA群。上陸を果たしたその赤い輝点は、直ぐ様侵攻を開始する。
地図上のいくつかの基地、及び集中していた西九州から緑の輝点が散り始めるが、折りしもの台風で、九州に向かった艦艇がもどるには時間を要し、避難用の大型船舶の接岸さえおぼつかない。
逃げ惑う避難民と入り乱れた戦況では、如何な有効な戦術も取れず、為す術無く諸共赤い輝点に飲み込まれてゆく。

画面上部右側には、別の角度から、と確かにあ奴が言った様に、先程の資料に示されていた数字、BETA殲滅数、帝国軍将兵損耗数、斯衛軍将兵損耗数、そして住民・避難民の犠牲者数が、カウントされていた。


「・・・コヤツらは、何処から来たのだ?」

「先の防人、そして北九州に上陸したBETAは重慶ハイヴ起源、山陰に別れて上陸したのは鉄源起源と思われます。どちらも状況からの推定ですありますが、それぞれに10万を超える規模かと。」

「・・・20万規模の侵攻であったか・・・」


更に日時は進み、7月の12日。
姫路に一次防衛線が集結しつつ在る。紫の輝点、斯衛軍が中心となった部隊だった。
海岸線の住民は非難させ、問題は無い。
相手BETAは既に4,5万に膨れ上がった軍団規模。
戦力比から次々に損耗する状況で、戦力の逐次投入をしてどうにか維持している戦線に、何を思ったか、北のBETAに追われた避難民の移送部隊が合流した。

それはどう見てもおかしなルートだった。そのまま中国道を東に向かえばいいものを、態々姫路で南下したのだ。

結果混乱した戦線は、一気に瓦解。敗走へと追い込まれる。
この一戦で前職の政威大将軍が喪われたのだ。斯衛赤を纏っていた御子神少将・大佐夫妻と共に。


「・・・・この転進を指示した者は誰か・・・?」

「私には、観測された事実以上の、“指揮系統”を伺う権限は与えられて居りません。」

「・・・・統合参謀議長、二條宗房。」

「は・・。・・・そ、早急に調査いたします。」

指名された中将は今にも倒れそうに狼狽えながら、必死に言い繕う。

「・・・既に5ヶ月も経つ今になって、前将軍職を喪った原因すら掴んでいない、と言うことか。」

「 !!! 」

「この事実からは、本土防衛軍が斯衛軍の足を引っ張ったとしか思えないのだが、どうか?」

「そそ、それは、わが軍には、けして、その、そのような意図は・・」

ブルブル震えながら、言い募る姿は、何か裏がある、と思われても仕方ないくらいの動揺。
混乱の中隠されていた事実を知り、斯衛将官には憎悪の目で統合参謀本部を見る者さえ居る。

「恐れながら言上致しまする。」

割り込んだのは、九條兼実。

「・・苦しゅうない、申せ。」

「・・・成程、御子神の集めたデータは確かに事実、当時の流れに相応な経緯と存じまする。
されど、当時戦線は乱れ、将兵・避難民とも疲弊し、このように俯瞰的な状況が見えていなかったことも事実。今になって分析すれば、という事でございまする。
BETAどもに蹂躙された山陰から逃げ延びた輸送隊が、船舶による移動を求め南の海を目指しても、致し方ないかと愚考したしまする。」

「・・・・・・では、その判断は正しかった、と?」

「・・・それは在り得ませぬ。
状況を勘案し、相応の処罰を科すことを、我の名においていたしましょうぞ。」

「・・・あい、判った。」

九條兼実の能面のような顔の、僅かに唇が歪む。
御子神の醸しだした場の雰囲気と皇帝陛下の鋭い舌鋒が、九條の予定を大きく逸脱したことは、確かなのだ。



そしてそれは、続く帝都防衛戦の推移に於いて、皇族・五摂家を守護しながらも、果敢にBETAを殲滅し、帝都の最後まで残り続けた斯衛に比べ、残された本土防衛軍は右往左往するだけで定まった戦術がなく、皇族・五摂家に先行する形で東に逃げ堕ちたことも暴露され、冷たい視線にさらされる。
皇族・五摂家は帝都と命運を共にすべきでは、と具申した一條基良本土防衛軍少将が、自分も同時に逃げていたことを指摘され、その場で顔を真っ青にして貧血で崩折れた。
その茶番のせいで、更に優秀な斯衛軍将兵を多数喪ったのだから。

現実的に損耗数の少なかった斯衛は、戦闘を忌避していたわけではなく、寧ろ損耗当たりの殲滅率が高く、瑞鶴や武御雷が配備されるその実力も明示されたのである。
先程の資料では意図的に隠されていた撃墜率が示された所為だった。

・・・・・・私とて、当時第16大隊に属し、皇族・五摂家の避難に随伴した。
殿下ばかりでなく、斯衛も含め臆病で無能と断じられかねない先の一葉の資料には、一角ならぬ憤懣を感じていたのだ。
それは、本土防衛軍の指揮の下に従った帝国海軍や陸軍も同じような指示に疑惑を募らせていたらしく、疑り深い眼差しで、参謀本部・本土防衛軍上層部を見るばかり。


斯衛を動かせなかった殿下が帝都陥落を招き、この未曽有の大過を齎した、と取られかねない数字が、あ奴の集めたデータから別角度で時系列に解りやすく見せる事により、本土防衛軍の判断ミスこそが、容易い西日本の陥落を招き、前職政威大将軍すら喪わせたことを暴きだしたのだ。



胸のすく思い、と言うのは此の様なことなのであろう。



猫を被っていたあ奴は、初めてその本性を九條に晒し、あからさまな叛旗を翻してみせた。
長年の雌伏、殿下との友誼、何も出来ぬ小物を使って殿下を突き落とす、と言うのが九條のシナリオ。いかにも九條らしいやり口。あ奴を侮った九條を完全に謀り、そしてそのやり口を知るあ奴は、その口裏に乗るように見せかけて、牙を剝いた。
くみやすい猫と侮ったあ奴は、その片腕毎リードを引きちぎった、獰猛な迅豹。

流石の九條もカンペキにやりこまれ、表情が硬い。






だが、あ奴の仕掛けたギミックは、それだけに留まらなかった。


「・・・・では、皇帝陛下に一つ種明かしを致します。」

「・・・なんと?」

「西日本に於いて、在住した4000万のうち実に3600万人もの臣民を喪うに至りました。この事に大変心痛めた殿下は、国際的な非営利組織である“シャノア”に、避難民の補佐を依頼しています。
その際の的確な指示が“奇跡の逃避行”を実現しました。」

「!、なんと、あの逃避行は悠陽の指示であったと申すか?」

「然様にございます。」

「どのような的確な指示をしたのだ?」

「それは、ご本人にお尋ね下さい。」

まさかの指名であった。
殿下がそんな指示を出していたなど、私でさえ知らない。

殿下は一度あ奴を見た後、口を開く。

「愚考ながら申し上げます。
大規模な避難、つまり移送では、ボトルネック、即ち最も狭く、通過量が絞られる箇所を如何に抜けるか、によって全体の移動速度が決定されます。
今回の避難に於いて、最大の難所は、紀伊半島に残留していた避難民が集中し、且つ絞られる大河川である木曽川、そしてその先、天竜川、富士川がそれに次ぎます。」

「ウム。」

「それでは、ご覧下さい。これが実際に推移した避難状況、及び実際の映像です。」


続けて流れるシミュレーション。
舞台は、京都壊滅後の避難状況。

避難指定区域から一斉に動き始める黄色い輝点。追うように侵攻する赤い輝点。
黄色い輝点は徐々に集まり、流れと成るが、殿下の言ったように紀伊半島からの流れは、ボトルネックと成った木曽川で滞る。

が、そこで新たな流れが生じた。


海へ。

画面右下に映像が映し出される。

木曽川の護岸壁に連なった小舟から、避難民が海に出、そして大型の船舶に収容されていく。民間から借り上げた船舶も含め、実に数千隻。それが生き物のように連携し、多くの避難民を収容していく。

ボトルネックの流量を削減する事により、自主避難を続ける人の流れも、その速度が飛躍的に上がった。

それは、避難が進行するにつれ、天竜川や富士川でも行われた。


結果、避難民の殿は、一度もBETAに追いつかれることなく、全てが関東以北に逃げ切ったのだった。


「尚、これはこの措置が執られなかった場合の避難状況です。」

先のボトルネックに於ける大渋滞。後方に続々と集まる避難民に対し、通過する量が明らかに細い。

やがてBETAが殿に食いつき、北に散るが、それでも追いすがられ、結果2500万の避難民のウチ、1/3に当たる800万人が喪失される結果と成っていた。

“奇跡”と言われ、“マジック”と言われた撤退戦逃避行。

それが、まさかこの席で種明かしされるなどとは、誰も思っていなかった。



「実に見事である! 誠に天晴れであった!!」


ずっと渋い顔をしていた皇帝陛下のご尊顔が、今日初めて輝いた。







「ウム、日本帝国にとって、今後は益々厳しい状況になろう。
しかし、悠陽、そちは、新たな希望をも抱かせてくれる。
今後の帝国を頼もうぞ。」

「勅命、謹んで拝領致します。」

「ウム。・・・・御子神。」

「は!」

「宗家に此処まで楯突くなど、中々剛毅な性格をしておる。
朕の名に於いて、今後もその家名、赤を纏うことを許す。」

「ありがたき幸せに存じます。」

「・・・悠陽を頼むぞ。」

「は!」

「・・・なにか、望む物は在るか?」

「望む物は在りませぬ。望む事は帝国の安寧。
故に、大変心苦しい仕儀でありますが、もう一つ、事実を報告いたします。」

「・・・申してみよ。」

「・・・・武家の在り方として、義に背けば親でも弾劾[●●]致します。

先程お伝えした、前年における食料供給と消費つきまして追加データ、実際の配分量と、消費量を並べたものです。」

スクリーンが変わった。


ガタン、と音がする。
正面の参謀本部、官僚の何人かが青い顔をしている。



会場がざわつき始める。

「・・・これは・・・、配分された筈の量に対し、消費された量が、余りにも少ないではないか!!」

「・・・これらの供給元は、バンクーバー協定に基づく、国連からの無償供与。
その配分を決めているのは、“何故か”軍である統合参謀本部と関連する少数の閣僚・官僚です。
無償供与分の“輸送量”詳細と担当官が、こちらになります。」


最後の最後に投下された爆弾の直撃に、流石の九條兼実も、顔面を白くし、引きつった。







・・・思いを馳せる。

そう、あの日、私はあ奴を認めたのだ。

負けも認めた。私には出来なった、殿下を、殿下としての立場を、護りきった男。

本来護衛としてお護りする立場の殿下に、何の力添えもを出来なかった自分に対し、周到に、綿密に、来る災厄を予期し、その対処を構築しながら、九條兼実をも謀り切った鬼謀。
後で殿下にお聞きすれば、移送に於けるボトルネック問題は、以前に提示され考えた。その時シミュレーション映像も見ていたらしい。
話を振られた一瞬でそれに思い当たった殿下は、避難に際し問題点と成る箇所を的確に示した。

その呼吸に、あ奴が殿下の隣に並び立つことが悪くない、とも思ったのだ。

結果的に奇跡の逃避行を成し遂げ、マジックを仕掛け800万人もの臣民を救ったのは殿下、と言うことになった。
“シャノア”の設立者があ奴であることは、その後で知ったが。
黒猫とは笑止。黒豹でも足らぬわ。


その後、“行方不明”という最大の裏切り行為で姿を隠していたが、今日、再びその姿を見せた。
私が懸念していた状況には、陥る前にあ奴は自分でその事を殿下に認識させた。

・・・その上で、協力しようと。

記憶が無いのは本当らしいが、確かにこの手口、御子神彼方だなと、一瞬で理解してしまった。

ならば記憶に無くても記録にあるという、過去のあ奴があれだけ可愛がった殿下を、今のあ奴が無碍にするわけはないのだ。








「・・・時に、真耶、一つ訪ねたいのですが、先程の榊の言葉、どう云う意味なのでしょうか?」

「・・・イケマセンね、殿下。そこは素早く察知して、一声掛けるべきでございました。」

「?・・・・」

「・・・・後ろ盾とは、役目としての意味はでは御座いません。
榊殿の言葉通り、“殿下の後ろに立つ者に君がなれ”、後ろ、つまり、背に立つ君、背の君[●●●]になれ、と言う意味かと。」

「え・・・背の・・、!!!!っ・・・・・」

・・・・漸く認識したらしい。

まさに茹で蛸レベルまで赤くなり、硬直している。普段自らを律する殿下にしては、珍しい。

「勿論、殿下が望まないなら榊殿の話は単なる先走り。」

「・・・え?・・あ・・・・」

「・・・そして、一切の記憶をなくしている彼方殿に、殿下が望まれなければ、これもなかった事になります・・・。」

「 !!! 」

殿下は幼い頃からずっと“兄さま”として接していたせいか、ご自分の感情には今ひとつホヨヨンとして無頓着だったりします。
他人事、特に冥夜様の事には聡いのに・・・。
ですが、殿下ももうすぐ18、そろそろキッチリ認識ハッキリ自覚していただかないと困ります。

私が殿下のお相手として認めるのはあ奴だけ、そして記憶を喪ったとはいえ、強かなあ奴の心獲れるか、殿下のご努力しだいですわ。


Sideout





[35536] §31 2001,10,27(Sat) 14:00 帝都城第2演武場
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/23 23:26
'12,10,28 upload  ※難産^^;戦闘は難しい
'15,01,04 斑鳩閣下の名前変更
'15,01,23 誤字修正


Side 武


94式戦術歩行戦闘機“不知火”。
数多の傍系記憶が畳み込まれたオレの経験に於いて、最も“馴染んだ”機体だった。
紅蓮大将との模擬戦に於いて、機体の選択を迫られたとき、一も二もなくこの機体を選んだ。

勿論相手は武御雷、しかも“赤”TypeFに搭乗する“日本最高峰の衛士”、紅蓮醍三郎大将閣下。
出力比だけでも、およそ1.5倍強の差があることは理解している。
傍系記憶で武御雷に乗ったときはその差に感動すらしたほどだ。
今回のループでは、斉御司筋なので、“青”でも構いませぬよ、と殿下にも言われた。

決して舐めている訳ではないのだが、それでも、今現在、ここ一番の勝負所では“不知火”を選ぶ。
さらに、不知火+XM3で、紅蓮機を墜とす、それがオレの拘りでもあった。
XM3がもたらす物、それはパワーではなくスピード。敏捷性:agilityと言った方が良いかもしれない。XM3の真価を理解して貰う事が重要と考えるオレとしては、同等パワーで押し切りました、ではしょうがないのだ。
尤も、閣下としてはオレの腕を見たいだけ、戦いたいだけ、という側面が在ることも理解しているが。


幾多の経験をも取り込み、一種の対BETA用ゲーム脳、と彼方が揶揄するオレにとって、BETAは怖い存在ではない。接敵すれば、考えるまでもなく勝手に身体が動く。寧ろオレは、個々のBETAよりも戦域全体の動きに気を配りつつ、全体の流れを統制することに終始したりする。
部隊を預かった経験、中にはその判断ミスで僚機を喪った苦い記憶にも依るところが大きいのだろう。
常に、“生き抜く”ことを前提に流れを見極めた。時に臆病と罵られた記憶もある。
“死しては何をも護れない” ことを念頭に護り続けた経験。それでも、結局力及ばず幾度も果てた。
今度こそ、と意気込むのは自分でも突っ込み過ぎと思うが、仕方ないことと割り切った。

その対BETA戦に比して、対人戦は、全く異なる。
ロボットだけに機動・性能が完全に統一されたBETAに比べ、人はその機動の幅が広すぎる。
技量や機体にもよるが正確や気分、その時の精神状態でもコロコロ変わる。
数多の傍系記憶には、対人戦闘の記憶も在るし、今A-01に於いて行っている教導も一部にはマニアも居て、対人戦闘も多分に含まれているが、経験による反射と言うよりは、予測と反応速度で対応しているようなものだった。


そして、目の前に居るのは、恐らくそれだけでは足りない相手。

正面に立つ、00式戦術歩行戦闘機“武御雷”TypeF、“赤”の機体。

XM3未搭載とはいえ、侮れる相手では到底あり得ない。
傍系記憶にもあるが、この“機”と“衛士”のデタラメさは、よくわかっている。
勿論JIVESであり、弾はペイント弾、長刀短刀は刀体をシリコンに換えた練習刀であるが、それでもまともに食らえば、腕の一本は飛ばされそうだ。


その距離は100m。

互いに接敵前の、探知や隠遁など面倒くさい小細工は一切無し。
正面からのガチ。

紅蓮機から、霊光が覇気となって立ち上る。
背筋にゾクゾクする殺気を感じながら、オレは自分の口角が吊り上がるのを自覚していた。






北の丸に位置する帝都城第2演武場。赤坂に在る、滑走路に併設された第1演武場に比べ、規模は小さいが、帝都城内裏だけあって施設は充実している。
将軍の身辺警護を行う斯衛軍第2大隊、及び斯衛軍の中から更に精鋭を集めた第16斯衛大隊の駐屯地でもあり、土曜日の午後とはいえ、施設を使って自主訓練に励む斯衛軍衛士も多数見受けられた。

そこに“上意”で演武場を封鎖し、現れた2機の戦術機。

一機は“赤”の武御雷、しかも頭部アンテナの彩色“金”は、大将機。
もう一方は、何の変哲もない不知火。

管制室は立ち入り禁止とされたが、観戦エリアは特に制限が設けられなかった為、自主訓練を止めた衛士を中心に、結構な人数が集まっていた。

明らかに、これから起きることを期待する空気。


国内最高峰の衛士と謳われる紅蓮閣下ではあるが、一部ではバトル・フリークとしても有名であり、部隊訓練の観閲などした日には、有望と目を付けた衛士に自ら教練を付けることでも知られていた。
“紅蓮の鬼”ともあだ名されるその教練は厳しく、勿論相当な高位者でも閣下相手に数分と持たない。

そこそこ互角に打ち合えると言われるのは、神野大将くらい。一矢報いることが出来るのが第2連隊隊長の斉御司巴大佐、第16大隊隊長の斑鳩崇継中佐、御子神遥華少佐、無現鬼道流同門である月詠真那中尉等極限られた人間だけだ。

相手が不知火なので、斯衛でない事も考えられるが、この衛士が“紅蓮の鬼”を相手に、何処まで保つか、それが観戦している者の共通する興味であった。






管制を務める真那さんの“始め!”の声。

それを殆ど聞く間を置かず、駆け抜けた一陣の風。


「・・・・遣ってくれますね!」

唇が歪む。笑みが零れてしまう。

長刀を構えながら、抜き撃ちのように副腕でまさかの一射をしてきたのだ。
反射的に頭部を傾げていなかったら、いきなりセンサーを持って行かれるところだった。

と言いつつ、こちらもスラスターを噴かせて一気に距離を詰める。
続く偏差射撃を直前で止まることでやり過ごし、移動の慣性を円運動に換えながら長刀を薙いだ。


ガギン。

長刀同士のシリコン部を抜け、フレームがぶつかり合った衝撃。僅かに長刀を逸らし、関節への衝撃を緩和しつつ、そのままトンボを切る。

案の定、反す刀での連撃が、虚空を切った。


これでXM3未搭載と言うのだから、信じられない。
斯衛流入力術の極致とでもいうのか。一瞬の機体反応は遅くとも、その溢れるパワーで加速度を稼ぐ。

無現鬼道流師範。冥夜の師匠。
ここのところ訓練で何度か冥夜とも模擬刀の鍔を競り合い、鎬を削った。
・・・にしたって、それは生身での話である。

その生身での“達人”の動きを、平然と戦術機[●●●]で行うのだから、この人も規格外には違いない。


空中に逃げたオレに、36mmの追撃。

勿論“生身”なら空中に逃げた段階で“詰み”だ。
空中ではせいぜい姿勢を変える手段しか無く、重心は初速で定めた放物線を描くしか無いからだ。

だが、コレは戦術機。
機体を捻りながら牽制に120mmを一発。

予測した方向に避ける紅蓮機の上方にスラスターの一吹きで機体を滑らせたオレは、落下荷重と回転する機体のモーメントを乗せた長刀を、そこに叩き付けた。



『紅蓮機、副腕損傷、使用不能。白銀機、突撃砲損傷、使用不能。』



激突後、左右に弾けて、再び対峙した2騎に、真那さんのアナウンス。
副腕を潰したのはいいが、とっさに反した長刀で突撃砲を持って行かれた。

皆伝の冥夜と比べ、更にそこから永い研鑽を積み、境地に至った“達人”。
色々な意味で“綺麗”な冥夜の剣筋とは異なる。
生死も超越した領域から、一閃の剣戟。
その剣筋は融通無碍であり、最早、奥義とかという“型”に嵌ったレベルではない。

“武”のみを愚直に求めた武人が、戦術機に体現するその“極致”。


・・・やっぱ、半端ないっすよ、紅蓮閣下!






観戦エリアは、静まりかえっていた。


今目の前で起きた出来事が、信じられない。

閃光の様な武御雷の初撃、それですら初めて見る。
今回の模擬戦は、見る者に配慮してか、ペイント弾が曳光仕様になっていた。
その光の残像は、一撃で不知火の頭部を貫いた様に見えたのだった。
今までの閣下の教練は何時だって受け身だった。自らが先に攻めれば、教練もなにもなく、一瞬で終わる事を承知していたから。

しかし、それを紙一重で躱しつつ、縮地の様な機動で接近した不知火は、続く射撃を予期していたように急停止、その勢いを旋回運動に換え、長刀をなぎ払った。

信じられなかったのは、そこからの機動。


“戦場では飛ぶな”


それが訓練兵以来、衛士に言われる言葉だった。
光線級の出現以来、“空”は、BETAのもの、飛べばレーザーに打ち抜かれる。
それが常識だった。

果敢に吶喊した不知火は、しかし初撃を止められ、続く連撃に一合で終わる、そう言う状況だった。
その速度は驚嘆すべきモノが在ったが、相手は“紅蓮の鬼”である。
既に突撃砲は退路を予測した射線を保持しており、長刀は溜められ、不知火が退いた瞬間にそれが炸裂して終わり、と高位の衛士は予測していた。

それを、トンボを切ることで宙に翻り、長刀の追撃も躱し、好機と見た突撃砲の照準を120mmキャニスター弾で牽制、スラスターで機体を滑らせ、そこに移動した武御雷に長刀を叩き付けた。

上部を向いていた副腕が飛ばされ、代わりに突きだした剣閃で、突撃砲を飛ばされたが、死地から一気に互角にまで持って行ったのだ。


・・・・・今まで、先の5名以外触った事のない、金角カラーの武御雷に小破判定を与えて・・・・。


何という、空中機動。
完全な3次元空間に於いて、不安定なと言うか、月面宙返り状態の様な姿勢から、バーニアの噴射で狙った位置に的確に機体を滑らせた。
そこからの一切の外連味無い、落雷のような剣戟も見事!の一言だった。

今まで見たことも、聞いたこともない戦術機の3次元機動。
観戦エリアの全員が、息をするのも憚れるような緊張の中、食い入るようにその模擬戦に見入った。






対峙する武御雷の雰囲気は、変わらない、と言うか、どこか楽しげにも見える。
閣下ほどの達人とも成れば、そうそうその実力を解放できる機会もないのかも知れない。

コレは、今後速瀬中尉みたいにならないよな?、と一抹の不安を抱えつつ気を引き締める。

お互い突撃砲を喪い、長刀を構えている。相手の突撃砲自体は生きているが、お互い拾う隙はない。

閣下が無拍子や縮地の域に達していることは知っているし、こちらが其れに近いことが出来る事も、初撃の攻防で知られているはず。

コレは、武御雷にXM3導入したら、相手をするのは不知火じゃ確実に無理だな、と思う。
恐らく、閣下の武御雷は、TypeRに近いチューンが施されているのだろう。予測よりも1割増しで早い。
単純な力押しに成らずそのパワーでXM3のアドバンテージであるスピードを補われたら、同じXM3を搭載した途端、不知火が負ける。

それでも、今は互角。後は“腕” 次第、か。

すいません、紅蓮閣下。XM3の有用性を示す為にも、此処[●●]では負けられません。

・・・・・“入らせて”、戴きます。






息を呑むような対峙。

先に動いた方が負ける、とでも言うような緊張感。
“達人”同士が見せる最高の演武。

フ、と、不知火の雰囲気が変わった様に見えた。

瞬間、不知火が消えた。
少なくとも、消えたようにしか見えなかった。


ガガガガガ、と地響きのような連続音。

一瞬で武御雷に接近した不知火が、腕が8本にも見えるような連続斬撃。
そして其れを武御雷が受けきっている音だと気付いたのは、一瞬の後。


信じられない・・・。


あの“融通無碍”の“紅蓮の鬼”が、その“変幻自在”な連続攻撃に、防戦一方に立たされていた。

寧ろ、良く堪え忍んでいる、と言った風情。

其れなのに、受ける剣の反動すら利用するように、攻撃側の回転速度が徐々に上がってゆく。

人の目では追いきれない、“戦術機”だからこそ実現できる速度の“攻防”。


武御雷が“間”を取ろうとし、それが困難と悟ると、防戦の中にも前に出ての反撃を試みるが、その度に3次元機動でそれを躱す。
振るう長刀の剣先は平面で在るから、通常は後退するしかない斬撃を、上方[●●]に躱し、その空中に於いてバーニアを巧みに使うことにより、まるでそこに足場が在るかのような機動を行う。
まったく何も無い空中で、三角飛びやバレルロールをしながら斬撃を放ってくる。

これは、いかな経験豊富な“紅蓮の鬼”とて、初めての体験。
平面で戦った事しかない人間が、いきなり天地もない宇宙空間で戦っているような感覚。

敵を“前”に戦うことに比べ、“上”に置いた時の攻撃予測などいきなり出来る訳がない。


・・・・しかし、この機動は一体なんなのだ?


徐々に削られていく武御雷、削る不知火。
圧倒的な機体性能さえ覆す、驚愕の空中殺法。

なにか、とてつもないモノを見ているのではないか?

観戦エリアは、声も無かった。








『紅蓮機、機関部大破、戦闘不能。白銀機、左腕大破、・・・よって本模擬戦は白銀機の勝利。』


アナウンスとともに遠ざかっていた音が戻ってくる。
色を失っていた世界に色が戻り、 “ゆっくり”と流れていた時間も元に戻った。

彼方に言わせると、フローとかZONE、ピークエクスペリエンスと呼ばれる状態らしい。
心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱し、様々な分野で言及されているという。・・・少なくとも元の世界では。もともと色々なところで見受けられた現象らしいが。
一流のアスリートが極度に集中した時に見られる現象で、全ての脳神経活動が目的にのみ向かい、眠っている脳の一部すら覚醒させることも在るらしい。
音、つまり聴覚や味覚嗅覚の消失、視覚に於いても色彩情報の欠落、それに伴う時間感覚の伸長、反応速度の向上、結果の幻視等が上げられるという。
今回三度目となる世界に覚めて、シミュレーションや実機で戦術機を操るウチに、“自分で”その状態に移れることに気がつき、彼方に相談したところ返ってきた答が、それだった。
そしてその状態に於ける訓練の方法も教えてくれた。明確な目的意識、集中力。それは霞と純夏が行ってくれるサイコダイブでも領域拡大が出来るらしく、少しずつだが訓練もしてきた。
ただし使い過ぎは、当然極度の疲労を招くため、時間制限が必要・・・と言うか集中力が切れて抜けてしまうのだが。


けど、それを使ってまでしても、結局15分も粘り抜かれ、最後の最後には左腕を持って行かれた閣下の方が怖いんですが・・・。
あと少し粘られたら、こちらの推進剤も集中力も保たなかった。
見た目とは裏腹の、かなり薄氷の勝利である。

閣下はこの先、何処まで行くんですか?


Sideout




Side 巴


城内省の並びにある斯衛軍参謀本部がざわついたのは、2時過ぎ。


基本教練のない土曜の午後は、少しだけ緩んだ空気が流れる。

2年前に横浜を取り戻し、BETAも佐渡と大陸に押し返した。それでもBETAに占領されていた土地は使われた劣化ウラン弾や重金属汚染で、当分使い物に成らない死した大地。取り分けG弾の使われた横浜の地は、植生の回復すら目処も付かなかった。

焦燥。

こうしている間にもBETAは増殖し、次の侵攻を整えているというのに、海を挟んだ今、散発的な間引きすら実施できていない。
教練に身を置いている間は良い。それらを忘れられる。
しかし、こうしてぽっかり時間が空くと、過去を、未来を思わずに居られない。

五摂家の枠がどうしても嫌で家を飛び出した姉。何れ来る日本侵攻に備え帝国陸軍から大陸派兵に参加した義兄。二人は’95に亡くなった。
二人の最期は今や知る由もなく、その3年後には、彼らの忘れ形見である甥すらも、横浜侵攻で死亡となった。盆暮れの度に幼なじみと京都を訪れ、御剣家の息女と遊んでいた潜在的な女誑し。そのクセ真っ直ぐで妙にヘタレ。弄ると真っ赤になる楽しい奴だったのに・・・。
6歳も離れた姉なのに、今年、とうとうその年齢に追いついてしまった。故郷京都の菩提寺すら既に無く、七回忌も出来ぬままに。
・・・人類の85%が既に喪われたのである。ありふれた風景なのかも知れないが。


止め止め!、私らしくもない!

其れよりも何か騒がしい。何が起きていると言うのだ?


隊長執務室を出ると、大隊事務室になっている。秘書官や通信担当官、情報担当官が全て部屋のミーティングコーナーの大型モニターにかじりついていた。

「何ご・・・」

「あ、斉御司大佐。」

敬礼を返す担当官を手で制し、画面に見入る。

「・・・・コレは?」

「は、只今第2演武場で行われている模擬戦にございます。何時もの紅蓮閣下の教練と思ったのですが・・・。」

「・・・・・。」

画面に釘付けになる。
確かにライブ映像。だが、おかしい。
一方的に斬撃を受けているのは“赤”の武御雷、金の彩色角は、紛れもない紅蓮閣下の機体。
そして国内最高峰といわれ、私ですらまだ大破判定を奪ったことのない衛士を相手に、一方的な攻勢をしかけるのは、なんと不知火。

・・・・そう言えば、今日閣下は、所用で人に会う、と言って居なかったか?
これが、その相手?


・・・しかし、この不知火、動きが良すぎる[●●●●●●●]。何らかの改造?、外見上変化は亡いところを見るとチューンの範囲か?

そして、この衛士の機動はなんだ?
移動時以外、空を飛ぶことすら憚れるこの時勢に、ここまで完璧に3次元機動をモノにし、攻撃を継続できる衛士など、聞いたこともない。
奴の周りだけ、重力が無い[●●●●●]ように感じる。

そしてハタと思い当たる。
これだけの機動が可能なら、光線属種の照射すら、躱すことが出来る?
衛士の機動に合わせてカウントする。光線級の照射なら、いやと言うほど知っている。
そして、予備照射から本照射の間に、躱しきる不知火。
・・・・背筋をゾクゾクと這い上る興奮。

これは!
それが可能なら、膠着したBETAとの戦闘に、革命を起こすことが出来る!


しかし、コヤツ、なんというラッシュ。
それを凌いでいる閣下も凄まじい。
これを見てしまうと、まだ私は手加減されているのだなと、思わずに居られない。

チッ・・・・タヌキめ。


「・・・む?」

暫し息も呑むような張り詰めた攻防を眺め、気付いてしまった。

この異次元の衛士が3次元機動を仕掛ける時の、ほんの僅かなクセ[●●]
相手が並の衛士なら、一撃で墜とされているから、明らかになることもないのだろう。
そして今観戦エリアや、この映像を見ている者の何名が気付いただろうか。
本当に些細な、隙とも言い切れないほどの解れ。
しかし、凌ぎ続ける紅蓮機に、流石に焦りが出てきたのか。
一方的に空中から仕掛ける為、推進剤にも不安はあろう。


・・・・当然だ。

これだけの手数、精緻な3次元機動、その集中力や、なんたるものか。

だからこそ、凌ぐ閣下には判って居るはずである。
相手の集中力の綻び。長引くことに依る推進剤の消耗、その焦り。
それが、クセを助長していることも。
ほんの僅かなクセであるが、それを見逃すほど、閣下は甘い衛士ではない。

その証拠に、相手の衛士に気付かれないよう、逆に弱り掛けている様相を見せ、掠り傷が多くなる。
閣下の、誘い。


好機!、と見たか、不知火が、翔た。


乾坤一擲!

狙い澄ました閣下の一閃は、跳躍からマニューバに移る一瞬の隙を突き、模擬刀でありながら不知火の左腕を切り飛ばした。

その瞬間、武御雷の胴を、いつの間にか逆手に持ち替えた不知火の長刀が、薙ぎ払った。


!!!!


静まりかえる画面。

・・・・JIVESが、機関部大破判定を下したのだろう。

頽れる武御雷。

左腕を失って、尚そびえ立つ不知火。



まさか、・・・まさか其れすら誘いだったか!

見事! と言うしかない!

何という、衛士!


・・・・これは、閣下に直談判の必要が在るわね!

そう思って指をワキワキさせていたら、電話が鳴った。


Sideout





[35536] §32 2001,10,27(Sat) 15:00 帝都城第2演武場管制棟
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 11:59
'12,10,30 upload
'12,11,05 誤字修正
'15,01,04 斑鳩閣下の名前変更
'15,01,24 大幅改稿(pcTEに準拠:Side 榮二)
'15,08,28 誤字修正
'16,05,06 タイトル修正



Side 巴(斉御司巴帝国斯衛軍第2連隊長)


演武場の傍らに建つ管制棟。

そのブリーフィングルームに呼び出されたのは、日本帝国斯衛軍第2連隊隊長の私、そして第16大隊隊長斑鳩崇継中佐と、その副官の御子神遥華少佐だった。
・・・うん、相変わらずい良い雰囲気だこと。さっさとくっつけ。

そして、其処に居たのは、紅蓮閣下の他に、なんと煌武院悠陽殿下。
直衛の月詠大尉が付いているから、本人だ。静養で那須に向かった筈ではなかったのか。数人が護衛に随伴したはず。
・・・とすれば向こうが影。連隊長の私にまで言わないなど、中々面白そうな事に成っているではないか!


「休みの折り、突然の招集済まんな。だが儂の負け様は見て貰えたか?」

「は!、まさか閣下が不知火に敗れるとは、・・・・しかし、あの不知火、そしてあの衛士は一体・・・」

一応目配せして最上位者の私が応える。

あれだけの騒ぎ、しかもライブ映像まで流していた。当然崇継も遥華も見ていたらしい。
勿論、記録も在ろうがそれこそライブの臨場感は相当なものだった筈。・・・私だって出来るなら観戦エリアで見たかった。
こんな面白いコトをするなら、事前に知らせてくれても良いと思う。
国内衛士最高峰と言われる閣下の敗北。動きの良すぎる不知火に、異次元の機動を持つ衛士。誰もが興味津々。ここに来る道すがらだって、行き交う演武場周辺の会話は、それ一色だった。

当然だ。
全ての衛士が目標としていた紅蓮閣下を下したのだ。しかも今拝顔するに、そのことに閣下はまるで悪びれていない。むしろなにか面白い玩具でも見つけた子供のように、瞳をキラキラさせている。

「うむ、それを説明しようと思ってな。
実は、ここにおわす悠陽殿下が膠着したBETA大戦をどうにかしたいと、前々から技術開発の要請を行っていらっしゃった。
その中の一つが、今国連横浜基地で、極秘計画を進めている香月女史だ。」

「・・・・。」

横浜の魔女。牝狐と呼ばれる人物。私は別に好きでも嫌いでもないが、国連を米国と重ねる節がある国内じゃ、嫌われ者だわね。極秘計画だって、親米派と見られる榊首相が招致したものだし。寧ろ殿下との繋がりがある方が驚いてしまう。

「その女史から、今回の提供があった。・・・それが先ほど儂を負かした衛士本人が考案した、新しい戦術機のOSだ。」

「!、戦術機の新OS! それがあの不知火ですか!?」

「その通り。尤も、衛士自身の腕もべらぼうだがな。
彼奴は、自分の理想とする機動概念を実現するために、あのOSを発案した。プログラムを組んだのは別の者だが、その後極秘に検証を続け、その実証を得たことで、此度帰国し公開する運びとなった。」

そこで閣下は言葉を区切る。私と遥華に少し言いづらそうに口ごもった。

「・・・先に話しておくと、その発案者と作成者だが、・・・少し事情が複雑でな、心して理解してくれ。
発案者は、’98年のBETA横浜侵攻に巻き込まれ負傷した。それを救助したのが、先の香月女史が指揮する機密部隊でな。しかも負傷により記憶喪失に陥った為、そのまま機密部隊に戦地任官となった。以来約3年間、過酷な任務を生き抜いてきた。今年の春先に部隊そのものが壊滅した最後の作戦でも唯一生き残り、先のOSの実戦証明と、多大な成果を齎したこと、一方でそのショックにより記憶を取り戻したことによりこの度帰国し、国連太平洋方面第11軍横浜基地に正式任官となった。」

その来歴に顔がこわばる。
横浜? 記憶喪失? 機密部隊に戦地任官?

・・・・・・まさか・・・?

「・・・そして一方、このOSを組んだ者は、’99年の明星作戦時、G弾の余波により発生した落雷に打たれ、昏睡に陥った。当時周囲に居た者が、日本国内を席巻しているBETA禍を逃れ、海外にて療養させた。漸く今年になって意識は覚醒したが、個人的な記憶野は落雷の影響で回復不能との事だ。それでも、残されていた過去の自分の記録から、自分が何者で今まで何をしてきたか、は理解している。」


隣で今度は、遥華が引き攣った顔をしている。
そう、この娘の超絶無頼破天荒天元突破な弟は、明星作戦以来行方不明。
本来隊長だけでいい要件に、敢えて副官を連れてきた理由がそれだとしたら・・・。


「・・・判って居る様だな。・・・白銀、御子神、入れ。」

閣下の声に、その背後のドアから入ってきた2人の男。
一人は、さっきの模擬戦から直ぐだけ在って、強化装備のまま。もう一人は国連軍のC型軍装。

その顔には、確かに見覚えが在った。


「!!、タケ坊っ!!」
「彼方っ!!」

遥華が弾かれるように飛びつく。
閣下も、殿下も生き別れた肉親の再会に、笑顔で無礼講の様だ。
そして私も歩を進める。

記憶にあるタケ坊よりもずっと背が高く、凛々しく成っている。久方ぶりに見た甥は、照れたような笑いと、懐かしさか、微かに目を潤ませている。
私だってこみ上げてきそうなものをどうにか押しとどめ、口元に笑を刻んでいる。

一丁前に、腹筋まで綺麗に割って、・・・って!、コイツが閣下を下した衛士ィ~?!

・・・しかもまだ17の筈、とっさに階級章を見れば少佐とは、・・・・タケ坊のクセに生意気な!!


私はゆっくりとその正面に立つ。遥華はもうとっくに弟の胸に飛び込んで泣きじゃくっているが、私はそんな事はしない。

「・・・・・ご無沙汰してました、トモ姉。」

170近い私を、越す長身。私を懐かしそうに見るその頭に手を回すと、思い切り引きつけ、そのまま胸に抱き込んだ。

「!!!」

小学校以来の私のスキンシップ。当時はまだ私だって20代だから、オバサンなんて絶対呼ばせない。胸に抱き込むと真っ赤になる甥っ子が可愛くて、コイツが中学になっても止めなかった。
・・・当時亡くした母親の代わり、と言う意識も少しは在ったかも知れない。
そのころはもう2次性徴もあっただろうけど、ムラムラしたってコイツには純夏ちゃんも冥夜様も居たし・・・。発散をそっちでしてくれれば、あの娘達にも喜ばれるだろうし。

今も私の胸に顔を埋めて絶句し、目を白黒させ、真っ赤になっている。
・・・相変わらずウブなやつだ。ちっとも変わらん。誘引体質のクセにヘタレ健在だな。さっきの話じゃ海外経験も長いというのに、未だチェリーか?

・・・うん、これがタケ坊だ!


因みに私だってまだ32だ。形も崩してないし、大きさも顔を埋めるほどにはあるぞ?

「・・・よくぞ、戻ってきた!」

「!!、・・・うん、ただいま、トモ姉・・・」

その言葉を聞いて、漸くタケ坊が確かに戻って来たのだ、と言う実感が湧いた。

窒息寸前でタップが入るまで、ギュウギュウに抱きしめてやった。



殿下と閣下あとは月詠大尉が、私の腕の中でぐったりしたタケ坊をみて苦笑いする中、ふと隣を見れば、漸く遥華が弟の胸から泣きぬれた顔を見上げて話している。
コイツはお姉ちゃん属性のくせにメチャ涙もろい。しっかり者且つドジっ娘と言う矛盾した属性持ち。
それなのに、何故が剣を持たせると鬼神の様な強さを発揮する。
その傍に立つのは斑鳩崇継。昔っから誰とでも別け隔てなく接した崇継。九條繋累だが、特に御子神彼方とは呼び捨てで呼ぶことを許すほどに仲がよかった。
その事がきっかけとなり、あの“弾劾”前から、遥華は崇継と仲がいいと聞いた。


「・・・悪いな。個人的な記憶は無いし、武みたいに回復する望みも皆無。
けれど“記録”は浚ったから、自分が過去何をしたか、一応の事は分かっている。」

「・・・そうなんだ・・・・。でもお姉ちゃんとしては、見てくれるの?」

「・・・流石に血縁は切れん。俺が血縁と認めるのは3親等以内だが。
どうも遥華には、イロイロ苦労掛けたらしいし、・・・・尤も昔の俺も崇継が居たから当時から心配はしていなかったみたいだが・・・。」

「! ん、もう!」

「・・・漸くご帰還か、放蕩者。」

「好きで昏睡してたわけではないけどな、漸く還ってきた。・・・ただいま、かな。」

「「おかえり!」」

「・・・・苦労掛けたか?」

「否、問題ない。
で・・・? 今後は戻れるのか? 流石にこれ以遥華や殿下を悲しませるのは勘弁だぞ?」


流石、斑鳩の若き当主。イケメン顔に爽やかな笑顔。ハンサム兄貴も板についてきた。それでいて京都の防衛戦以来“阿修羅”の二つ名も未だに健在。




「・・・では、その辺のお話を進めましょうか。」

殿下が割って、朗らかに告げる。

ナルホド、先程から妙に機嫌が良いのはそのせいか。
宗家を盛大に謀り、その腕をも喰いちぎって護ってくれた“守護神”が還ってきたのだ。それはそれは、殿下も喜ばしいことだろう。

しかし、此処から先は茶々は無しだな。・・・相当、重い話が在るのだろうから。






「・・・以上が武が発案し、俺が組んだ新OS【XM3】の概要だ。これを公表し、モノにするために俺と武は戻ってきた。今後は基本国内に居る。
但し所属は基本国連軍とし、斯衛は併属だけどな。」

「・・・戦闘機動を連続して入力出来る“先行入力”、定型化した挙動パターンを1コマンドで設定出来る“コンボ”、それらのタイミングを調整する“モジュレーション”、そして戦術機の自律機動まで含めてブレイクする“キャンセル”、か。」

「・・・しかも、モニタリングによるパーソナライズ、個人の機動志向に合わせたテイミング、機体反射速度を抑制するレベリングまでソフトで実現しているのね。」

「・・・反応速度33%向上だけでも、目が回りそうだ。そして、そのXM3の齎す世界が、あの閣下撃墜であり、この光線属種の照射回避機動か。」


殿下の要請を受け、簡単な概念を説明してくれてた御子神彼方技術少佐。
モニター画面には、シミュレーションながらタケ坊、もとい白銀少佐の操る不知火が、次々と光線級の照射を躱し、殲滅していく様子が映し出されている。
さっき見た3次元機動の敏捷性[アジリティ]から予測はしたが、こうも鮮やかに実現できているとは思わなかった。
射線回避という、消極的な使い方ではないのだ。敢えて照射を誘引し光線属種の位置を見極め優先的に撃破する、積極的な使い方をしている。
これはBETA戦に於ける戦術機戦闘の概念すら引っ繰り返す機動だ。


「・・・導入に反対する理由は全くないな。
寧ろこれが行き渡れば、衛士の生存率は飛躍的に高まるだろう。」

「確かに今までのOSに馴染んでいるから、切り替えは大変でしょうが、今まで出来なかった機動が出来るようになり、更に上を目指せるなら、切り替えない者は居ないでしょうね。」

「換装に必要なCPUボードパックに付いては、第16大隊用の36基、第2連隊用の108基に付いては既に用意している。第1、24連隊、各警護小隊や実験部隊に付いては来週末までに200基、欠員もあるから、足りるだろう。」

「また斯衛軍優先? 統合参謀本部がうるさいわよ?」

「そこは巌谷中佐に頼んだ。現行搭載のCPUで動くデチューン版を頒布してもらう。」

「ナルホド。・・けど太っ腹ね!、ガメツイと言われる上司は良いのかしら?」

「・・・センセには他の情報[モノ]を鱈腹食わせてるよ。」

「あらあら、あの女性を“満足”させるなんて、・・・ヤル[●●]わね。」

御子神少佐・・・被るわね、彼方でいいわ彼方で。

「・・・あのヒトは貪欲だけど、“量”より“質”に拘るからな。」

・・・平然と切り返すとは、喰えないわねホント。
寧ろ傍らの悠陽殿下が、楚々と近づくと、その彼方の軍服の裾をコネコネしている。

こんなのを見てしまうと、忠臣の身としては、これ以上弄って主に拗ねられても困る。


御子神彼方、面と向かうのは初めてだが、ナルホド、面白い奴だ。


「・・・夕呼先生は彼方に任せれば良いとして・・・」

おずおずと切り出す白銀少佐。
タケ坊、アンタは神経細っそいわねぇ! そこはアンタが引きつる所じゃ無いでしょ!?
聞くところによると、確か横浜の特務部隊は伊隅ヴァルキリーズ、女ばっかの中隊でしょう?
こんなんで大丈夫なのかしら?

「・・・ま、ぶっちゃけ、発案者であり、3次元機動概念の構築者である武が、この後から月曜まで教導に入れる。既に第2演武場隣の仮想訓練棟に設置された36基のシミュレータは、OS選択が可能な様に改修してある。
操作性に直接関わるから、個人の感覚も大事だろう。シミュレータで感覚を理解してもらってから、戦術機制御ボードの換装としたい。
・・・・どうする?」

彼方が引いたタケ坊のセリフを攫う。


おぉー。
重要なコトを話しながら、他の人には見えない角度で裾を弄っていた殿下の手を摂り、指を絡めてキュッと握ると、さりげに放す。
こういうさりげない小技はタケ坊にはまだ無理だわ。と言うか、素でジゴロっぽいぞ、彼方。
コイツが自分の欲だけでそうしているのなら、完全にそっちだな。

・・まあ、自分の欲だけなら、殿下のためにあんな“弾劾”は起こさないだろう。
冷酷に判断すれば、あの時点で殿下を庇ったところで、自分には何の得にもならないのだから。
寧ろ宗家を裏切り、孤立するデメリットの方が膨大だ。

そこまでして何を賭けたか? 決まっている。コイツは“未来”を賭けたのだ。

人の心は移ろうし、そもそも記憶もないらしいが、そこはまず賭けた未来を信じるべきであろう。
・・・殿下がそこまで鈍いとも思えないし。


「成る程、シミュレータで試して、戦術機を換装するかどうか、判断せよ、と言うわけですね?」

「・・・面白い。そのシミュレータで、タケ坊とヤレ[●●]るわけか!」

「残念ながら、あまり悠長なコトをしている時間はない。選択は、早めに行って欲しい。
来月11月10日前後に、大規模な実弾演習を実施し、実戦検証とする予定だ。」

「それはまた・・・随分急だな。何か急ぐ理由が在るのか?」

「・・・スマンが現時点ではそれ以上は、機密だ。」

「ナルホド。」

ナニカ在るわけだ、ソコ[●●]に。


頭の中で組み立てる。あと約2週間。確かに微妙な数字ではある。

「・・・判った。直ぐ臨時に隊を招集し、シミュレータ体験に入る。
この後4時から入れば、“御前”の所の連隊入れても、一大隊2時間は当てられるわけだな。」

流石に精鋭16大隊長。決断が速い。

「・・・こちらも了解よ。」

「1時間は導入用のチュートリアルを組んである。残り1時間が武の教導だ。」

「問題ない。・・・で、一つ聞きたいのだが。
白銀武少佐は良いとして、御子神彼方少佐の情報は、どこまで公開していいんだ?」


次は九條か。

‘99年の行方不明の後も、しばらく警戒していたからな。
コイツなら必要に応じて姿を隠すくらいするだろう。

そして行方不明が半年もすると、九條一門はまた裏でゴソゴソと動き出した。

“弾劾”以来、本土防衛軍も統合参謀本部も頭をすげ替えておとなしくしていた。別組織の斯衛軍はまだしも、指揮する立場の海軍や陸軍からも白い目で見られたのである。

「さっき説明した経歴も含めて公開して構わない。」

「・・・・戻ってきたと在っては、九條が黙っていないぞ?」

「どうせ、それほど長い期間でもない。さっき悠陽や閣下とも相談したが、無理に隠そうとしても何れバレるし、このまま隠していたからと言って奴らにあからさまな油断が出来るわけでもない。
今は国連軍所属が基本だから、顔を合わせる機会もないしな。
寧ろオープンにすることで、より警戒してくれたほうが、却ってコチラが動きやすい、という結論になった。
まあ、遥華や崇継に向かう嫌がらせがこっちに向かえば御の字だな。」

「そんな事はいいが・・・・良いのか?」

「・・・・正直な所、俺は九條なんかどうでもいい。
生き汚い鼠が沈み行く船から必死に逃げ出そうとしているだけだ。
当面の敵はBETA・上位存在。それさえ邪魔しないなら、構いもしない。」


・・・・言い切ったよ、コイツ。・・・九条兼実が聞いたら噴飯物だね・・・。

御子神憎し、に凝り固まる一門。
事実を巧みに隠蔽して仕掛けたり、荷抜きをするなど、晒されても自業自得だと思うのだが。自らの反省もせず、繋累の仕儀を暴いた彼方が裏切り者扱い。
まあ、いきり立って居たのは末端で、上の方は情報を抜かれた事そのものを自省し、より周到な隠蔽した工作を心がけているという。反省の方向が甚だおかしいが、その熱意だけはご立派なことだ。

恐らくは九條が見ているのは10年後。
形振りなど構わず“生き残る”、それを第1義とし、その方策を探し求めている。
彼方の言うとおり、沈み行く船から“必死”に逃げ出そうとしているのだろう。
ある意味“辣腕”には違いない。


御子神はあの“弾劾”のあと、九條からの明確な断絶は無かったが、当然そんな背景なら迫害はあり、御子神本家に従った親戚一同8世帯32家族に、有り余っていた特許収入を分け与え、海外に移住させた。職も在るところに送ったらしく、全く問題ないらしい。
本人は皇帝から家名と“赤”を纏う事の継続を許され、宗家と切れても独立して平然としている状態。その中で、唯一日本に残ったのが姉の遥華だった。
斯衛に属していた遥華に対しても、海外への移住を勧めたらしいが、本人が頑として望ま無かったという。私はその頃の遥華の上官。プンプン膨れていた遥華をよく覚えている。

その頃、元々精鋭を以て鳴る第16斯衛大隊は、京都防衛線で一時8騎にまでその数を減らしていた為、残った第1、第2連隊からも補充人員が送られていた。
性格は温厚だが、一度戦術機に乗れば鬼神とまで言われた遥華が16大隊に異動になったのも頷ける。
私は当時もう第2連隊で、大隊の一つを預かる身だったから異動は無理だったけど・・・。
同じ“青”だしね。一大隊に2騎の“青”はないでしょ。
・・・武御雷に乗れて無いのだけが残念だわ。

ただ、それからだと言っていた。彼方が海外に行けと言わなくなったのは。
崇継と遥華に噂が立ったのは、異動してすぐ。元々彼方を通して仲は良かったらしいし。
本人達は、否定も肯定もしていないが、周囲には歓迎されている。

実際斯衛の中でも九條門閥はどことなく警戒されていたのだ。それが彼方の“弾劾”で、空気が変わった。唯一の九條系将官も辞した。天下るように参謀本部に行ったが。
勿論、評価会の内容は武家の恥に当たる、と一般公開はされなかった。一応緘口令も敷かれた。警護以外は、将官クラスでないと出席出来ない。私だって五摂家繋累で出た。当主の崇継も同じだが、当時は九條繋累だった遥華は出ていない。
そこでプレゼンターに抜擢された弟が、どれだけ飛んでもない事をしでかしたのか、詳しくは知らない。聞かされたのは当主に楯突いた、という事だけだろう。
揉め事は昔かららしいので、とうとう切れたのね、と言うのが遥華の応えだった。切れたと言うよりは、極めて緻密に、用意周到に、ものの見事に嵌めた[●●●]と言うのが、私としては正しい表現だと思うのだが・・・。

“弾劾”以降、将軍職警護を最大の任務とする斯衛軍上層部にとって、BETA大禍の責から悠陽殿下を護りきった御子神は、“英雄”扱いなのだ。特に政威大将軍派である斉御司、斑鳩、煌武院にとって。現状、崇宰は中立の立場を崩しておらず、九條は相変わらずなのだが。
そんな中唯一国内に残った肉親が斑鳩当主の側に居れば、流石に心配性の弟も少しは安心したらしい。

繋累は海外で安泰、姉は他の五摂家の庇護下。
周囲に杞憂の無い今、コイツにとって九條如き本当に路傍の石でしか無いのだろう。


どこかずれた、まるでヒトの権力や、欲望などのどろどろした範囲を完全に逸脱し、遙かに超越してしまった領域に棲んでいる様な感覚。


そんな彼らに全幅の信頼を寄せているのか、黙って微笑み、何も口を挟まない殿下。


・・・・・・唯一こんなのに惚れ込んでいそうな殿下の、苦労が思い遣られるわ。


Sideout




Side 榮二


今は自分以外誰もいないブリーフィングルームで、一人技術資料を読み耽る。
事前に渡されたのは、概要と映像の一部だったが、今回は仕様書と全ての映像記録が付いている。


白銀少佐が、自らが理想とするハイヴ内での3次元機動を実現するために発案し、御子神少佐が実現した新OS【XM3】。
その実戦緒戦となった“銀河作戦”、あのオリジナルハイヴの最奥部、“上位存在”にまで至った原動力。

シミュレータに於いて、平面制圧では自らを囮として光線属種をあぶり出し、優先的に殲滅。
ヴォールクでは、エレメント単位にて反応炉撃破どころか、ハイヴ崩落までさせ殲滅数7万をたたき出す。

そして今日、対人戦に於いてさえ、あの紅蓮閣下を凌駕した。
シミュレーションはデータに甘いところが在るのは認める。
こんなの現実的ではないと言うのは、当の本人も言っていた。
あの“銀河作戦”を生き抜いた者なら、当然だ。
それでも、示された成果が余りにかけ離れている所為か、何処か現実離れした夢物語のように感じていたのも確かだった。

それが、実際に目の前で何の変哲もない不知火に搭載され、紅蓮閣下の操る武御雷をも撃破した。

無論、白銀という衛士の技量が凄まじいのは理解した。
桁が違うと言うより、文字通り次元が違う。
2次元でしか戦っていない今の戦術機に対し、完全な3次元に適応している。
この僅か17歳の少年に秘められた力。
戦術機適合性と言う才の高さもあろうが、ハイヴ威力偵察を繰り返し、最後のミッションであるオリジナルハイヴの、あの地獄すら潜り抜けた“単騎世界最高戦力”。
死線を潜り抜けた経験でさえ一桁ではないだろう。
三桁にすら届くかも知れない。
九死に一生を得るどころではなく、万死に一生を掴んで来た存在なのだ。

しかし、それでも本来対人戦は勝手が違う所があるのだが、それすらも、ハイヴ攻略で培った3次元機動を駆使して見事凌駕してみせた。
過酷な任務で磨き抜かれた突き詰めた才能が、武を極めた達人にすら優ったのだ。


その天才の機動概念を具現化する【XM3】。
今後、白銀少佐の域まで届く者が現れるかどうかは不明だが、明確に戦術機という戦力全体[●●]を底上げしてしまう、画期的な技術で在ることは疑う余地も無かった。



しかし実はオレは、一つの危惧を抱いていた。
シミュレータでは顕在化し難い問題。

XM3は確かに素晴らしい。
その実現する機動、ルーキーからベテランまで間口広く懐深く、その全てに合わせる操作性。

・・・それ故に犠牲になるのは、耐久性や信頼性。
少なくとも不知火のハードで弄ったのは、CPUボードのみ。
動力系、駆動系から操作系すら、何も弄っていない。
ただ在るものの制御のみ。

それで、あの機動に保つのか?

それが最大の懸案だった。
今後の課題は、消耗が激しい関節強化や、整備体制の確保だな・・・。
そう、感じた。




だが。


こうして詳細な仕様書を目にすると判る。

ド派手な機動性。
懐深い柔軟性。

その裏にあったのは極めて精緻な制御。
XM3による不知火は、旧OS以上の堅牢性さえ手に入れていたのを知ったのだ。


戦術機のOSは、ほぼ一社独占状態にある。
開発用のOS以外、量産は全て同じと言える。
操縦者とのI/Fである管制ユニットが全世界統一規格だからと言えばそれまでだが、開発用が存在するように作れない事はない。
間接思考制御による操縦は、とっつきにくく、熟練に時間が掛かるとはいえ、悪いものではなく、これまで何の手も入れられていなかったのが実情だった。

今日、簡単な説明を聞いたとき、最初XM3とは、戦術機の操作における“随意領域”の拡張を図ったシステムである、と思った。
先行入力やコンボ、そのモジュレーション、そして自律領域の割り込みも行うキャンセル。
確かにその恩恵は凄まじく、習熟までに時間を要する間接思考制御の補助を待つまでもなく、あの3次元機動を実現する。
なので、その思想にテイミングやレベリングと言うパーソナライズが考慮されていることに驚いた。
兵器の在り方が、ちゃんと解っているのだ。


そして、技術資料を読み進めるうちに愕然とした。

このXM3と言うOSのアーキテクチャは、“自律領域”どころか、主機の出力、燃料電池のスタック流量、電磁伸縮炭素帯のファームウェアにまでに渡る、“統合制御”を行っていたのだった。



今までのOSに於いて、自律制御中は随意制御が出来なかった様に、“自律領域”は、全て機械都合で決定され、固定化されていた。
設計者は戦術機の保全を最優先にそれを決め、操縦者は、それを前提に腕でそれをカバーした。

だが、操縦者の意思というヒューマンコンシャスの思想で構成されたXM3は、その固定化された自律制御を撤廃した。
と言って自律制御は戦術機保護のために行われる内部動作であるため、無くしてしまう訳にはいかない。
御子神少佐が行ったのは、“固定”された制御を排し、“柔軟”な制御を取り入れる事だった。
元々今までの自律制御はバランスにしても反力相殺にしても、“静的”、つまり止まった状態を前提とする。なので、“硬化時間”が出現する。
しかし戦術機は動いているのだ。
先行入力や、コンボで次の動作が決められているなら、その動きの中で、“動的”に対処していけばいい。
そのための電磁伸縮炭素帯は、全身関節周りにいくらでもある。
停止している他部位の電磁伸縮炭素帯を統合的に使用することによって、正しく人体が全身で運動をするように、全ての衝撃や平衡を動作の中で受け流す様になった。
動作や力が全身に渡るため、個々の駆動量は微小で済む。
自律制御なので、操縦者ですら気付かない。
次動作が決まっているときには、その動作を阻害しない方向に持っていく。
出力が必要なら、そのタイミングに合わせて準備し、キャンセルが入れば、その余剰動作と次動作を結合するように自律制御が動いていく。
 それを実現する為に、主機や燃料電池、そして電磁伸縮炭素対まで統合下においた。
ファームウェアの許す限りのクロックアップを行い、制御を緻密化させた。
それは、急峻な大出力の為ではなく、寧ろ出力を平滑化し、バランスを取るもの。
故に立ち上がりに於けるオーバーシュートや、制御遅れに寄るエネルギ損失が格段に減る。

結果、お仕着せの自律制御しか出来なかった旧OSに対し、操縦者に十分に馴致された状態では、摩耗率が30~40%程も低減されるシステムに変更されていた。
全身に渡るエネルギーマネージメントで燃費も3%向上している。

しかもそれらの自律制御ですら、操縦者のクセによって、逐次最適化され使う位置が徐々に修正、搭乗者に合わせた機体テイミングが行われていく。
乗れば乗るほど滑らかに軽やかに全身で馴染んでいく機体。
操縦者のデータはリンクで保存され、機体を乗り換えた場合にも適用される。
機体ごとのクセは、換装初期にアナライズされ関数化されることにより、どの機体に乗ろうと同じ操作を実現できる。



この機能のお陰なのだ。

白銀少佐が、紅蓮閣下に対し、15分もラッシュを掛け、その機体が保ったのは。






しかし・・・・。

これだけのモノを入れ込んだOSで在りながら、ハードを弄らない、この縛りがどれだけ困難なことであったか。
巧みに伝達モデルを構築したり別の信号変換したりして、回避しているが、それがCPUの負荷を上げ、冗長性を欠いている事には変りないのだ。

その理由も既に知っている。
年内、つまりH1とH21の攻略までは、時間が無い。
それを重々承知しているから、全てを“改良”だけで済まそうとしている。
年初に昏睡から覚醒したと言っていたから、まだ1年も経っていない。
その限られた時間で、差し迫った問題を解決しなければならない。


けれど逆に言えば、この“思想”を100%実現できるハードが組めたなら・・・・。
この国が、無事来年を迎えることが出来たなら・・・。


・・・・そしてまた、それ[●●]こそが真のXFJが求めたものでは無かったか?







ノックの音がした。

返事をすると国連軍の青を基調としたC型軍装の女性が入ってきた。


「――篁唯依中尉、ただ今アラスカから帰還いたしました。」


ピッとした敬礼をしたのは、篁唯依中尉である。


「おぉ、唯依ちゃん! おかえり・・・無事で良かった―――。」


表情が硬い。
が、その顔を見て安堵したのも事実。
遠い地で狙撃を受け倒れたと聞いて以来、実際に元気な姿を目にするのは初めてなのだ。
祐唯の忘れ形見、そして幼少より面倒を見てきた愛娘にも等しい。
その表情が揺れる。

「あ・・・その節は大変ご心配、お掛けしました。」

「ウム―――。
復帰後も問題無さそうで何より。
後で栴納さんにも元気な姿を見せてきなさい。」

「は!、ご配慮感謝致します。」

「殆ど完治したとは聞いたが、未だ大事を取ることも必要、先ずは座りなさい。」

「は。」


近くの椅子に座り、居住まいを正す。


「さて、ユーコンでのXFJ計画の推進、大義であった。
・・・しかも昨日の今日とは随分早い到着、ご苦労だったな。
今はオレしか居ない。普段どおりで構わないぞ。」

「あ、・・・はぁ・・。
今朝方、丁度臨時のHSSTが有りましたので、それに・・・。
先に市ヶ谷に伺ったら、コチラにいらっしゃるとお聞きしました。」

「そうか、それは幸運だったな。
―――それでは、此度XFJ計画に掛けられた技術漏洩疑惑について報告してくれ。」


態度は硬いまま。
まあ、今回の帰国命令も有無を言わせずイキナリだったしな。
しかも漏洩疑惑の直後だ。
唯依ちゃんのことだ、譴責も覚悟して来たのだろう。




事の発端はやはりソ連機の評価試験。
被弾後、意識を回復した中尉は、オレの帰国命令とその説明で裏にあった意図に気付いてしまった。
継続を上申するその勁い意思に評価試験を認めた訳だが、既に実施されていた戦況は実際芳しくなかった。
彼女が復帰後直ちに状況を把握するに、ユーコン事件の折り垣間見せたという精神的・薬物的処置を施されたソ連軍開発衛士の技量は凄まじく、Su-47の性能とも合目って不知火弐型Phase2では不足と判断。
更に当地での専任開発衛士より齎された、目を瞠るような的確且つ大量の改善勧告。
そしてSu-47の性能に危機感を抱いたボーニング上層部の懸念。
それらの状況を鑑み本来帰国後実施予定だったPhase3の前倒しを決めた。

ユーコン事件に於いては謂わばソ連軍最強衛士とも言える相手を凌駕し、そして自らが凶弾に伏せていた間にもその遺志を汲んでくれた開発衛士に応えるべく、その要望を満たせるPhase3の前倒しに至るのは必着、と言うこと。

しかし―――成程、カエルの子はカエル。
いや、寧ろ祐唯とあのミラのハイブリッド[●●●●●●]が、只者で在るわけがないか―――。



それにしても、何という皮肉―――。

互いに受け継いだ血が抜きんでていたがために彼の地で巡り逢い、そしてまた似たところが在るが故に共鳴してしまえば、惹きあうのもしかたないこと。
損な役を押し付けたフランクには申し訳なかったが、どうにか今は落ち着いた様子。
何らかの割り切りが出来たことは確かなのだろう。


「・・・成程、対Su-47と開発衛士の熱意に応えるべくPhase3の前倒しを要望し、フランクがそれに応じた・・・、と。」

「は―――。
当初予定に背き、極秘だったPhase3を当地で前倒したばかりにこのような事態を招いた暗愚、全て私の責任。如何様な処分も受ける所存い御座います。
誠に申し訳ありません。」

「―――その件に付いては、中尉の現場判断として妥当であり、不問としよう。
実際Su-47で特殊技能持ち衛士相手では厳しかったこともある。
状況を見るにソ連の計画は衛士の先鋭化であり、機体の進化を目指すXFJ計画そのものの存否とは本来比較しようもない。」

「――は。御勘酌頂き恐縮です。」

「・・・しかしそこで軍事機密漏洩とは・・・。
Phase3の内容は国内で実施する分に付いても、機密漏洩規定に当たるものは無かったと思うが?」

「は・・・。
それにつきまして担当した捜査官が私の動揺を狙いリークした所によると、1号機には当初Phase3計画には無かった統合補給支援機構[JRSS]が搭載されている疑惑が在ると―――。」

「―――なッ!?、それは、篁中尉の要望ではなく?」

「天地神明に誓ってそのような要望は致しておりません。
統合補給支援機構[JRSS]なるシステムそのものが初めて聞く内容ですし、模擬戦が中心の試験機に必要な装備とは思えません。
・・・更に捜査官の話では、YF-23にて使われていた第2世代アクティブステルスも搭載の可能性もあるとか・・・」

「―――少なくとも2号機の仕様書にはその記載はない。
と言うことは、1号機だけ・・・か。」

「・・・・・・。」


どうやらフランクに何らかの意図があったのは確実か。
統合補給支援機構[JRSS]なんぞ実戦それも最前線でしか使わない代物、中尉の言う様に模擬戦が殆どの試験機につける装備ではない。
またアクティブステルスが米国の国防上重要な技術だというのはフランク本人が最も理解しているはず。
そして米国が国防に関することには強硬な事も十分に理解しているはずだが。
今回のSu-47を見る限り前科[●●]もありそうだ。
或いは自分は投獄されることはないと踏んだか・・・?。

それでも模擬戦などで使えば一発で露見するステルスシステムを、その危険を犯してまで追加するのも妙だ。
殆ど敵陣への潜行や脱出戦を想定しているような・・・!、まさか亡命まで視野にいれたのか?

・・・第5計画の内容を聞かされた今なら判る。
ボーニング社とは言えその主流は第5計画派。
しかしその内実は移民計画の宇宙船建造に関わっているからであって、G弾を基本としたドクトリンに沿った戦術機の開発、或いは本当に戦術機を必要とする前線国家への供給と言ったマーケティングを考慮すれば、フランクの才はまだまだ必要だ。
しかし彼は “戦術機の鬼”。
寧ろ自分がやりたい開発が出来るなら、何処でも良いと考えている節もある。
G弾後の世界制覇に向けてステルス技術の流出を絶対阻止したい第5計画派と、亡命までチラつかせたフランクの鬩ぎ合いが今回の疑惑騒動、と見るべきか。

―――それだけに急転直下で嫌疑は晴れた事のほうが謎だ。


「・・・何れにしても査察が実施されればかなり危機的な状況だった様だが、何故急に嫌疑が晴れたのだ?」

「―――それが判りません。
突然捜査も査察も打ち切られ、即刻釈放されました。
理由を尋ねても捜査官は、高度な政治的な判断、としか言いませんでした。
ただその後に会ったハイネマン氏は、どうやら第5計画派に不利な情報が齎されたらしい、とだけ・・・・。
―――私には意味がわかりませんでしたが。」

「―――あ・・・。」


はたと思い当たる。
先の浜離宮の話では、第5計画派の思想はG弾最優先。
プロミネンス計画、曳いてはフェニックス計画など不要とさえ思っている第5計画派ならば、戦術機設計の鬼だろうと神様だろうと不要と見切った可能性もある。
それを見誤ったフランクが弐型をPhase3に改修したのを見計らって、XFJ・フェニックス計画の打ち切り、よしんばプロミネンス計画自体の潰滅を狙ったと考えらるのが妥当か・・・。
事実不知火弐型Phase3に機体から統合補給支援機構[JRSS]だのアクティブステルスだの見つかれば、当然フランクは投獄、XFJ開発メンバーも良くて強制送還、悪ければ一生幽閉となろう。
踏み込んでしまえば、曖昧な落とし所は存在しない。
当然それを助長したプロミネンス計画も縮小、或いは打ち切りも有り得る。

しかし、午前中見せられたG弾の危険性、バーナード星の現実、そして或いはあの珠玉の機動映像までを米軍の上層部が見せられたら・・・。
第5計画派が今の段階で見切ったのは、第4計画の打ち切りが近いことが要因。
しかし突如出てきた情報そしてOSは、その第4計画から出てきているのだ。
この土壇場に来て第4計画に何らかの進展が在ったと見るべきで、しかもその成果はOS一つ取っても並々ならぬものがある。
当然打ち切りの話など立ち消え、当面予備計画の繰り上げはなくなるだろう。

と成れば、戦術機開発自体を停滞させ、日本のXFJ、或いはプロミネンスを潰し、EU・ソ連を含めた諸外国との関係を一気に悪くする状況に、今の段階[●●●●]で踏み込むわけには行かなく成った。


―――そう言うことだろう。


あんな有利な情報を手にしたのだ、性格のひねた魔女なら嬉々として真っ先に米国国防省辺りにリークしそうだ。
あの手の否定情報は手の内に隠しても全く意味が無い。
相手にこそ認識され、そして広く大衆が知ることによりその効果を発揮する。
だったら真っ先にG弾使用に忌憚ない相手の懐に落とすのが効果的。

鎧衣課長に聞いた限りでは、あの国の国防省も当然幾つか派閥があるらしい。
さらには第5計画派と言っても、移民推進派とG弾推進派で別れ、更にG弾過信派とG弾慎重派が居り、慎重派は必ずしもG弾が絶対とは思っておらず、飽くまでBETA殲滅の一手段としてG弾が最も効率が良いと考えている良識派らしい。
当然、あの“大海崩”の様な予測があればその科学的検証が優先される。
何しろその被害は凡地球規模、自国でさえ国土の半分を喪失する予測とも成れば今までのような対岸の火事では済まないのだ。

結果G弾使用が困難と成れば、BETA戦は再び戦術機主体に立ち戻る可能性が急浮上した。

ならば今この段階で、戦術機開発に深刻な悪影響を与え、ましてや戦術機の“天才”を喪失[●●]流出[●●]する可能性が高い捜査を強行するわけには行かない。

―――その結果がこの高度な政治的判断。
これが、フランク想い描いた通りなのかどうかは別として―――。



苦笑する。
知らぬ内に魔女に助けられていたか・・・。





「―――了解した。その件に関しては以上勘酌しない事とする。」

「は?、・・・はぁ、了解しました。」


釈然とはしないが、己の踏み込む領域ではないと納得したか。
今後の流れ次第では、早々に気付くこともあるだろう。


「で、・・・だ。実はいきなり帰国してもらったのは、それだけではない・・・と言うか寧ろ此方がメインだ。」

「え? 未だ私はユーコンで遣るべき事があると考えていますが・・・?。」

「・・・実質日本に戻ってから行う予定だったPhase3までをも完了し、評価試験で最後発新鋭機Su-47を凌駕する性能を見せた。
つまり実機検証まで完遂している事と成るのだが―――これ以上、何が在る?」

「!・・・・・・。」

「・・・簡単にいえば、それどころでは無くなった、と言うのが一番正しい。」

「え?」


・・・そう、あと2ヶ月で帝国の存亡が、ひいては人類の運命が決すると言っても過言ではない。
彼らが示したのは、謂わば可逆分岐点[●●●●●]―――。
瀬戸際といつも意識してきたはずだが、まさかここまで差し迫っているなどとは思っていなかった。
燃え尽きた帝都の二の舞をこの東京で決して起こしてはならない。
それを許せば、後は地滑り的に人類の滅亡は進む。
その流れを誰も止められなくなる。



「・・・実際に見てもらった方が早い。」


 そしてオレは端末を操作し、モニターに画像を映す。


「―――まずはこれをXFJ開発主任として評価してくれ。」



Sideout




[35536] §33 2001,10,27(Sat) 16:00 帝都浜離宮
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/23 23:31
'12,10,31 upload  ※決して急いでいるわけでは無いんですが、連投。
'15,01,23 誤字修正


Side 悠陽


模擬戦で使用した不知火・城内シミュレータへのXM3の導入、それに国内に居る唯一の肉親との再会も終え、彼方と共に浜離宮に戻ってきました。
彼方の生存は公開しても、ワタクシとの接触は勿論内密、本来ワタクシは此処に居てはならないのですから、極秘の連絡通路を使用します。
護衛として紅蓮、真耶も随伴しています。

浜離宮の来賓室には、榊首相と鎧依課長も再び揃って居ました。

模擬戦に続く早速の教導と言うことで白銀、および、技術検証と言うことで巌谷も既に此処には居りません。
白銀の今後の予定に付いては、叔母である巴に一任したので、大丈夫でしょう・・・きっと・・・恐らく?



「して、御子神、貴殿の再びの詮議はなんだ?」

席に着くと早速紅蓮が切り出します。
紅蓮を下した白銀に依るXM3の教導には、後ろ髪惹かれるものが在るらしく、気もそぞろなのですが、護衛も兼ねているため、致し方有りません。
ワタクシも、後ほど白銀とは別に、彼方が直々に教導してくれると言うので、期待しています。

「ああ、首相[ジジイ]の危惧を取り除いて、早速仕事をしてもらおうと思ってね。」

「榊の危惧?」

「H21攻略後さ。」

「・・・出来ない、と?」

「いや。出来ると踏んでいるからこその、危惧だ。」

「?・・・・」

一瞬何のことか思い至りませんでした。
榊だけが、その杞憂を慮っている様子。・・・まだまだですね、ワタクシは。


「つまり、H21が攻略出来た瞬間、日本は最前線国家ではなくなる。」

「・・・そうだな、国内ハイヴが消滅するわけだから。」

「・・・その瞬間、年間500万トンの無償食料が、“有償”になるわけだ。」

「「「 !!! 」」」

「それを賄う国庫は?」

「・・・・・・残念ながら・・・有りませんな。」

苦渋を吐露するような榊の表情。

・・・何という、ジレンマ!!
佐渡島ハイヴが我が国に於ける最大の危惧であるというのに、その危惧を排除した瞬間、“帝国”という国家存続の経済的滅亡が待っているとは!

「この責を悠陽に負わせたくなくて、大権奉還を渋っていたんだよな、首相[ジジイ]は。」

「 !!! 」

「・・・国内に避難民という膨大な非生産人口を抱え、BETAの脅威に国土の回復も望めない。その存亡分岐点は先も言ったように今年の年末。
しかしそれを乗り切ったとしても、国土の復興には、尚長い時間がかかる。
その間、1000万という非生産人口を最前線国家に対する援助なしで乗り切るのは極めて困難。
確実に日本帝国にはデフォルトが生じる。」

「デフォルト・・・、!! 榊!?」

「・・・・・・・・・・・・は。
残念ながらその予測は確度の高いもの、と言わざるを得ません。」

永い沈黙がその苦渋を表しています。
いくつもの手段を考えたのでしょう。政治の世界が綺麗事だけで済まないことは、既によく知っています。
手段が無いわけではないのでしょう。例えば、1000万の避難民が居なくなればいい[●●●●●●●●]、そんな考え方だって、在るのですから・・・。
その時・・・、国家存続の為にワタクシにそれが出来るでしょうか?
たとえ、オリジナルハイヴ、甲21号ハイヴの殲滅が成ったとしても被らなければいけない[]
それを榊は自らの手で下す決意をしているのでしょう。

「・・・現在あらゆる手段を用いて対策を検討しておりますが、有効な施策は打てるに至っておりません。」

1000万人の避難民。
どこの後方国家にもそれだけの難民を受け入れる余裕は、もはやないでしょう。
その受け入れは、国内にもう一つの国家が出来るようなものなのですから。
例え土地は在っても受け入れれば、国家そのものが破綻することが目に見えています。


「アジア圏と連合でも組んで、鉄源や重慶をも国内ハイヴ化し、最前線国家として援助を継続する手はあるが、流石に年末までには調整できないだろう。
急げば足元を見られるし、ハイヴ攻略以降では、無償援助狙いと取られ、国際的な信用は落ちる。
・・・それでも、それらを全部自分で被る気だったんだろ。一命を賭して悠陽に繋ぐ為に・・・。」

「・・・・・・それを僭越と諫めるのは、今は止めましょう。しかし帝国の政の責は、この私にあります。
して・・・彼方には、このデフォルトを回避する腹案があるのですか?」

「・・・・・・・・悠陽の“兄さま”、つまり記憶を喪う前の俺が、10年かけて準備していた仮初の大地。
外洋海底のメタンハイドレートを原料に、高靭性ポリマーで構築されるギガフロート。
・・・その構築を既に開始している。」

「 !!!! 」


大型のモニターに映されたのは、外洋に浮かぶ人工構造物。

中央に滑走路を持つ正六角形の浮島、その周囲に、同じくサイズを大きくした六角形の浮島が6つ、囲むように姿を表しつつある。

「・・・ギガフロート、仮称“高天原”のリアルタイム映像。房総半島の、300キロほど東方に浮かんでいる。
中心の“コア”にある滑走路が、4,000m級だと思ってくれれば、全体の規模が判るだろう。周辺の形成中の“居住区”が一辺約6kmの正六角形。今後その先に一辺約20kmの正六角形が形成される。」

画像が退いて、合成映像がオーバーレイされます。
・・・規模が・・・。

「来年の春まで、つまり稲苗の植えつけまでに1基、3年後までには全部で18基を形成する。土壌は無いが、炭素系繊維床に水を張れば、水耕栽培が出来る。当然世話する人手が必要だがな。」

最終的にオーバーレイされた画像は、18個の正六角形で構成された、大きな正六角形に形作られました。

「・・・・18基・・・?、一辺20kmと言うことは・・・。」

「ギガフロートの名の通り、一基で約1000平方キロメートル、東京都の約半分。18基で18000平方キロメートル、岩手と神奈川を足した位の面積だ。」

「 !!!! 」

・・・部屋を沈黙が支配しました。





「・・・・く、クククク・・・ワッハッハ!!」

長く沈黙が続いた後、その沈黙を破ったのも榊。
最初抑えていたものの、榊が盛大に笑い出しました。

・・・お気持ち、お察しいたします。

・・・兄さま!、いえ、彼方!!
スケールが・・、スケールが違いすぎますっ!!

紅蓮も鎧衣も、真耶まで呆れているではありませんか!



「ククク・・、いや失敬。余りにも想定外の話で、箍が外れてしまったものでな。

・・・成程、3年で岩手県まるまる1個分以上の水田か・・・。当然残る稲藁も合成食料の原料とすれば3年後には500万トンを優に賄える計算だ。その為に1000万の難民のうち、かなりの数に職を与える事も可能だろう。
しかし、君の話によれば、佐渡島は既に瀬戸際、年初には殲滅が必要なのだろう?
その間3年、いや、2年間はどう耐え忍ぶ?」

「・・・・後で見せようと思ったが、この“コア”には、過去10年間の間に、“シャノア”に委託された“廃棄食料”が備蓄されている。」

画面に表れる広大な冷凍倉庫。

「・・・廃棄食料?!」

「崩壊するユーラシア各地に、兵器以外の輸送を統括していたのは“シャノア”だからな。
特に前線への国連無償物資の調達を一手に引き受けていた。」

「・・・・。」

「この食料は、受け取り手の居なくなった物資の一部だ。」

「 !!! 」

「無償物資だからな、国連も返送費用を出さない。再配送するにも、手続きが煩雑。唯のモノにお金を出すより良いと結局廃棄してくれの一言。
その半分は、シャノアが独自に食料が枯渇している難民収容所に配布したが、残り半分はこうして“危急の時”に備え備蓄された。」

「・・・・・・総量はっ!?」

「約1000万トン。」


掴みかからんばかりで詰め寄った榊の顔が、徐々に紅潮しました。
みるみる瞳が潤み、目尻からこぼれて行きます。

・・・ワタクシも視界が歪みます。



「・・・・・・・・感謝するっ!!」

榊の人生すら感じさせる万感の籠った言葉は、ワタクシの気持ちをも代弁してくれました。







「・・・・・・・俺としては、人の手柄を盗っているようで、微妙に心苦しいんだがな・・・。」

ポツリと彼方がこぼした愚痴には、けれど皆して笑ってしまいました。


「ついでに言うと、これも悠陽の指示とすればいい。
XM3の開発依頼、導入、それによるBETA侵攻の指揮・制圧。そして新天地の創造。
食料の出処に関しては、あまり公にすると国連が渋い顔するから、無償供与が途切れた後、国内余剰の備蓄と、言った方がいいだろうな。
こんだけ功績があれば、九條も文句は付けられないだろ。
どうせ転覆させる気だろうが、現段階での帝国の崩壊は米国の望むことでも無いからな、国力の増強は寧ろ歓迎すべきこと。
それごと接収しようと画策するだろ、クーデターで。

けれど帝国軍だって、本来内閣管轄。
今までは首相が何も言わないから好き勝手していたが、首相が統括権を返還すれば、悠陽一統。
今何も掴んでいないと油断している隙に調べ上げて、奉還と同時に一気に汚染要素を徹底排除すればイイ。
その際には、対BETA新戦術構想が、殿下の要請の元、第4計画で策定されたこと、先の傀儡跋扈する帝国軍と隔絶する必要があったこと、国連横浜基地が第5計画や米国専横に対する牙城であること、そして榊首相が殿下の要請を受け、第4計画を誘致したことを明言してしまえばいい。

・・・そこは鎧衣課長、任せてもいいか?」

「御意。・・・ご協力は?」

「・・・・・ああ、する・・・・・・が、その返事はないだろ?」

「おやおや、これは異な事を。コレだけのモノを供しておいて、大権奉還させた当の殿下は放置する、と? まだ17の殿下に重い責任を負わせ、ご自分は知らぬ存ぜぬ、とでも?」

「・・・・・・・・コイツ[タヌキ]もか・・・。」

「帝国の安寧に貴殿[●●]は必須の要素かと思うもので。・・・如何ですかな、榊殿。」

「然様ですな。」

「チッ!、・・・クソ親爺どもめ。覚えてろよ、過労死寸前までこき使ってやるからな。」

「望むところですな。帝国のためなら、何時でもこの老骨埋めましょうぞ。」

「・・・・・・・悠陽・・・折角XSSTもあるし、コアまで行ってみるか?」

「!!、是非もありません!」


話を強引に逸らされましたが、今は未だ訊かずにおきます。

ワタクシは笑う榊達に弄られ、苦々しい表情の彼方の腕に、そっと掴まりました。


Sideout




Side 真耶


高天原。

太平洋上に突如出現した、メガフロート。今後ギガフロートにまで成長するという。

“コア”を中心とし、今は6片の花弁を形成するように、6つの正六角形が配される。

XSSTに搭乗し、光学迷彩をかけて光線級照射の心配ない高度で一気に房総半島を横断、音速を突破すると約400kmが約10分の距離。

そこで上空から見ると、それは海上に咲いた巨大な花。今は霞掛かった雲を纏い、光学迷彩も掛かっているようだが、此処まで近付いてしまえば関係ない。

“コア”の正六角形でも一辺が3km。単体で23平方キロメートルの面積を持つ。
取り囲む周囲の正六角形、一辺は6km。面積は94平方キロメートルに達する。それが6片だから、その巨大さが判る。
3月までには稲作用の一辺20kmの正六角形という広大な浮島が、さらに最外殻に設置される。

浜離宮のヘリポートと異なり広い滑走路を悠々とランしたXSSTは、ターミナル直近に停止する。上空を通過する航空機が殆ど無い、形成を海面下で行って居ること、人工雲の発生に、遠距離光学迷彩、ついでに電子的欺瞞を偵察衛星に仕掛けることで、今は存在を誤魔化しているという。

なので、降り立てば、地下に潜るようなターミナル以外は、構造物のない、平坦な“大地”。
海の上だが、ほぼ中央に位置するため、縁まではおよそ2.5km。
勿論揺れも感じず、海の気配すら希薄だった。
それでも、周囲360°は、水平線。海の上に浮く、真っ平らな“土地”だった。


ターミナルから内部に入る。

この“コア”の施設についてのみ、過去10年に渡って“御子神彼方”が準備し、建造してきたと言う。滑走路を初めとし、地下には、正に1個連隊が駐留出来るだけの施設も伴っていた。
哀しいことに防衛のため、そういう設備も必要と言うことだ。

“コア”自体は極秘に建造してのち、神奈川観音崎沖の海溝に沈めて置いたという。
G弾余波の落雷に逢ったのも、この施設の無事を確認する為だったらしい。
以降、施設は自律制御で維持してきたが、彼方の帰国後再起動され、その後原料であるメタンハイドレートを確保できるこの位置で、本来の姿に“形成”を開始した。

「・・・・外殻で生成して、徐々に硬化蓄積する珊瑚みたいな成長だが、珊瑚に比べれば成長速度は桁違いだ。無論、それほど精密な形状制御が出来るわけではないから、内部に空洞を持ったおおよその形状に成長させた所で、人の手を入れる必要が生じる。」

と言う事だ。

“コア”は、その余剰メタンによる大型リアクターを有し、全てのエネルギーを供給するらしい。

更には、様々な実験施設。
稲作水耕栽培や野菜類栽培のサンプルも在った。
野菜や、根菜類に関しても、表層下、第2層で育成が可能。その場合は、太陽光ではなく、EL(エレクトロスミネッセンス)光による温室栽培となる。
区画ごとに気温湿度を調整可能なので、根を保持する炭素繊維メッシュの敷き方と水のやり方で多様な品種に対応可能、謂わば野菜工場が実現する。
当然、将来的には、畜産区も設置可能なのだ。

勿論、工場などの建設も可能であるが、その利用計画に付いては、殿下、ひいては政府に一任されることになる。



それらを一通り見学し、賓室に戻ってきた。
基本的にまだ人のいない施設。
茶を淹れてくれたのもあ奴だ。

「「「!!」」」

玉露!?、しかも今では決して手に入らない最高級品。しかも、温度、淹れ方が完璧だ!

「これは?」

「ああ、これは昔の俺の個人的な備蓄。」

そう言ってウィンク。
嗜好品まで個人で備蓄だと? ・・・狡い奴だ・・・。




「俺は“場”とそれに伴う“エネルギー”を供することしかしない。
・・・今は、存亡の瀬戸際。出来る限り迅速にどの様な構想で、どの様な設備施設を建設し、避難民の移民計画につなげるか、農政労務はどうするか、全てを策定し、立ち上げなければ機を逸する。」

「それは重々承知しております。・・・榊、早急に極秘のプロジェクトチームを結成招集しなさい。
移民の第1陣は調査・建築関係者で11月中の公表を目処に、来年以降の施設計画と移民計画を策定するのです。」

「は!、然と承りました。」

「11月の半ばに大権奉還すれば、その時に発表され、以降は欺瞞も解除、海上に浮上し、以降沈むことはないだろう。
全世界が知ることになるから、以降の外交も考えておいたほうがいい。
特に、国土を喪ったソ連、中国、EU等、ユーラシア諸国にとっては、垂涎の的になる。移民のうち10%位は、多国籍の受け入れも検討した方がいいだろう。」

「・・・・この技術は供与する事が出来るのですか?」

「・・・正直言えばしたくない。
米国が、グレイ元素関連の情報を隠蔽している様に、イロイロやばい技術もある。
あと動力源であるリアクター、元々作っていた神戸が壊滅しているから、再び作れるように成るまで、10年は掛かる。
公海にあるメタンハイドレートの争奪戦も始まろう。無造作に掘るとメタンハイドレートの堆積層そのものを崩落破壊しそうだから、無秩序に遣られると困る。
ここはその意味でもギリギリ200海里以内を狙って作っている。
・・・・それを承知で外交カードとするなら、それもいいだろう。
・・悠陽の判断に任せよう。」

「承知致しました。・・・感謝を。」

「当然、守備隊も必要だろうな。浮かんでいると下からの潜入も厄介だから、海神系も必要。」

「承知つかまつった。
・・・・出来れば殿下が指示した将軍領として、斯衛を配するか。第1・2連隊から1大隊ずつ出すことを検討しよう。」

「鎧衣課長は情報統制も宜しく。」

「・・・御意。・・確かに人使いは荒そうですなぁ」



明るい笑いだった。

何という一日であった事だろう。

風の女王[XSST]に乗り舞い降りた2人の若者は、確かな“希望”をもたらしてくれた。

その言は壮大で、敵は強大、道のりは短くて急峻。

それでも白銀少佐は、その“武”で、自らの言葉を証明し、あ奴は、その“智”で、帝国の未来を供してくれた。



そして、すっと殿下があ奴の前に立つ。

「・・・彼方・・・・、対価は・・・、ワタクシは何を返せばその御恩に報いることが出来るのでしょうか?」

「・・・・悠陽個人に返して貰う事じゃないな。
これらは帝国の安寧、ひいては人類の存続に繋がると考え、託すモノだ。
少しでも多くの人類が生き延びること、それが最高の対価だと思って居る。」

「・・・・。」

あっさり言い切るあ奴。
答えを聞いて、そして、殿下はその左中指の指輪を外す。

「これを、受け取っていただけますか?」

「・・・」

「煌武院悠陽の、信頼の証、です。」

周囲が息を呑む。

「・・・・流石に拙くないか?」

・・・その反応は知っているのだろう。
それは、本来陛下の全権代行たる殿下の、“名代”に与えられるモノ。
即ち軍に在っては斯衛軍総帥代行、国政にあっては全権代行、その名代として下命できると言うものだ。
殿下の絶対的な信頼の証であり、将来もし別の者が夫に成ったとしても、渡される可能性は低いという、とんでもない代物であった。

「・・・俺自身は、まだ会って1日も経ってないんだけどな・・・。」

「時間は関係ありません。何の見返りも求めず、帝国のため、人類の為にこれだけのモノを授けていただいた方を信じず、どなたを信ずというのでしょう?」

「・・・わかった。固辞は逆に不敬に当たるな。」

「はいっ!」

嬉しそうな殿下にあ奴は優しげに微笑んだ。

「・・・これはけど、お返しが必要だな。」

そう言ってあ奴は、一度退出した。
そして戻ったときには、羅紗の袋に包まれたものを持っていた。

「・・・復権する政威大将軍だからな。この位が相応しいだろう。
本来は薙刀使いらしいけど、大太刀だから近いしな。」

殿下がその束を受け取って、紐を解く。
中身は日本刀、それも3尺を越えそうな大太刀だ。

華美ではないが、重厚な趣の誂え。
何層にも重ねられたであろう、漆は黒く透明な飴にすら見える。

殿下が懐紙を咥え、鞘走れば、見事な乱れ波紋。

「!! まさか?!」

目釘を外し、束を外す。

銘 嘉暦元年十月相州住正宗、そして“一”の切り銘。

「・・・岡崎五郎入道正宗。
96年に相模の鎌倉時代の集落跡で、凝固した油塊が発掘された。中に入っていた一振りがこれ。
恐らくは、焼き鈍し用の油槽にいれたまま、何らかの理由で放置され、凡そ1000年の時を眠っていた極物。
世に出てないから享保名物帳にも記載されず、江戸期の大磨上もされていない正宗真正の大太刀。
人の鍛えた破魔の太刀としては最高峰。政威大将軍の持ち物として相応しいだろ。
悠陽の未来を切り開いて呉れるよ。」

刃紋は遠目にも、[のた]、変化・働きと言った刃紋にみられる様々な文様がそこらの刀と格段に違う。
匂いと言われる粒子の文様が刃一面に敷かれ、それはもはや刃そのものが匂いで出来ており、それ故一点の曇り無く冴え冴えと見える。

国宝として現存する正宗の、どの作よりもそれらの完成度が高いのが見て取れた。


殿下が震える手で刀身を閣下に渡す。

同じように懐紙を咥えた閣下が重く、呻った。

「筋金入」の語源でもある筋金が、尋常では無いほど入り、その映りは“曜変の妙味”が、正宗の“神髓”であると言われる。

それをまざまざと体現した刀身は、紛れもない真作としか思えなかった。

嶺、幅は薄めながら一点の瑕疵もない完璧なコンディション。
刃先が揺らめいて光るかのように、澄んでいる。


閣下が刃の上に新たな懐紙をフワリと墜とせば、なんの抵抗もなく、すり抜け、2つに分かれた。

「むぅ・・。正に正宗、真作に相違在りませぬ。」

これは既に煌武院家に伝えられる宝刀さえも凌駕する業物。
凡そ1000年に渡る日本刀の歴史に於いて、頂点と言っても過言ではない一降り。
歴史の中に埋没していった筈の、幻の一振りだった。


「こ、このような物を「俺の悠陽への、信の証。受け取ってくれるよね?」・・・・・・・・承知、いたしました。・・・そなたに全ての感謝を。」

ニヤリと笑ったあ奴は、殿下の頭を軽く撫でる。

・・・殿下、嬉しいのは判りましたから、尻尾を振るのはおやめなさい。









「さて、食事もここで良いかな?」

「え?」

「悠陽に鍋物は失礼に当たるかな?」

「それは・・・、ワタクシは構いません。」

「そっか。なら用意しよう。」








そうして饗された夕餉。

今は手に入らない神戸牛のスキヤキ。
野菜も特殊な冷凍技術で凍結解凍されたしゃきしゃきのネギや春菊。
豆腐や白滝すら天然物。
極めつけが、長期低温貯蔵していたという、新潟魚沼産コシヒカリ。
そして親爺達には、八海山純米大吟醸。

政威大将軍をして、今となっては決して食せぬ品々。

あ奴の鍋将軍ぶりも、様になっていた。


「・・・彼方はいつもこのような食事を?」

「まさか。これは此処にある個人的な備蓄。帰国以降、此処に来たのは3度だけ。
使い切ったら終わりだし、普段基地ではみんなと同じ合成食料だが、此処が軌道に乗れば、それも改善するな。
まあ、そこそこの備蓄量は在るから、折に触れまた提供する。外交とかにも必要だしな。
多分、今では2度と手に入らないモノもあるし・・・。」

「・・・」

「そんな顔しなくても、また、作ればいい。
土壌や水質もコントロール出来るから、新潟に近い風土は、ここでも再現出来る。
コシヒカリやササニシキの種籾もある。いまから頑張れば来年の春には作付けできて、秋には新米が穫れるはず。」

「!!!」

「米が穫れれば清酒も醸造可能。勿論牧畜も可能だから、5年後くらいには、食肉の供給も始められる。」

「・・・・」

「そしてBETAを駆逐すれば、国土も戻して行けばいい。」

「・・・・はい!!」

殿下が応える。

その示される未来が、決して願望や空想ではない。

確かな希望が、そこには存在した。


Sideout





[35536] §34 2001,10,28(Sun) 10:00 帝都城第2演武場講堂 初期教導
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:00
'12,11,04 upload
'12,11,06 ほんのちょっと追記
'13,01,19 誤字修正
'15,01,24 大幅改稿(pcTEに準拠)
'15,12,26 誤字修正
'16,05,06 タイトル修正



Side 唯依


私は一体、何を遣って来たのだろう・・・。


講堂の片隅に座りながら、一人自省する。


遠く離れてしまった、今では心から“仲間”と呼べる彼ら。

幻だった“恋”、そして決してそう呼ぶことはない“兄”。


自分が必死に積み上げたその全てを、軽々と凌駕してしまったかのようなOS。
それは、命がけの死闘を、悩みぬいた日々を、あっさりと否定された様な気がしたのだ。




昨夜の話では、叔父様はプロミネンス計画参画について、8月の弐型Phase2ロールアウト時点での離脱も視野に入れていたらしい。
AH戦を目的としたブルーフラッグは、対BETA戦を想定したXFJの本筋から外れる、と考えていたからだという。

しかし、帝国軍総合参謀本部は、対人戦に拘ったとの事。

元々の対象は違っても、XFJ計画が謳って居るのは、“他国第三世代機と同等以上の機動性及び運動性”であり、その比較対象機がEF-2000やF-22Aなのだから、評価には最適と言われてしまえば、叔父様もそれを跳ね除けるだけの明確な根拠はなく、ズルズルとAH評価に突入した。

そして巻き込まれた大規模テロ。

テロの一環で開放された連隊規模に及ぶBETAの襲来。
それにより、BETA侵攻を留める為極秘裏に設置されていた、核起爆による最終防衛手段:“レッドシフト”発動の瀬戸際にまで立たされた。
基地所属の部隊や米軍の働きもあり、その侵攻はテロ自体とともに何とか撃退したものの、テロ主導者は逃亡、開発部隊やプロミネンス計画そのものにも多大な犠牲を出すこととなった。

その復興初端、22日に私自身は狙撃された。
一時は生死の境を彷徨ったらしいが、父様の遺品である懐中時計が弾道を僅かに逸らし、心臓を避けた僥倖により一命を取り留めた。
基地は、テロ残留犯の犯行と位置づけたが未だ犯人は不明。

だが意識を回復した後、私自身は巌谷中佐にその意図を伺った。
帰国命令に厳罰も辞さない覚悟で抗命した居り、背景を説明してくださった。

XFJ計画擱座によるソ連製戦術機の売り込み・・・。

ユーコンに蔓延る国際的な陰謀の禍根は深い事を、身を以て知らされたのだった。
尚更こんな脅迫に屈するわけには行かない。
必死の説得に、私は継続を承諾していただけた。


そして復帰した私を待っていたのは、迎えてくれる笑顔と、そしてユウヤからの分厚い上申書だった。

内容は正に驚愕の一言。
よくぞここまで不知火弐型Phase2を理解し、改善点を見つけてきた。
更に示された対策も確かな機動に裏打ちされたもの。

私が死んだと偽って療養する中、ユウヤは失意や悲嘆に暮れること無く、私が望んだであろうことを為すために只管騎乗を繰り返したという。

その情熱と想いに負けぬよう、そしてSu-47を凌駕すべくハイネマン氏に帰国後実施される予定だったPhase3実施の前倒しを打診した。
そこで得られた了承、そして知らされた驚くべき真実―――。



ユウヤに流れる血は、自分と同じ血―――。
それは紛れもなく父の血。
ビャーチェノワ少尉に呟いた“恋敵”など幻。
余りにも儚く消えた “初恋”。


その日私は、ステラに抱き締められて泣いた。




―――後日、約束だった肉じゃがを饗した折、ユウヤの生い立ちや、その母の秘めた想いに触れ、そして自らの父と母の想いを知った。
そして、私は篁家当主の証である緋焔白霊を、ユウヤに託した。





イーダル1衛士の不調により延期されていたSu-47との評価試験が25日になって漸く再開。
不知火弐型Phase3で1on1を実施したユウヤは、Su-47と拮抗し最後はイーダル1の自爆という形で決着した。
恐らく衛士の再不調に依るものと思われるが、ソ連側はそれを隠蔽し情報を開示しない。
前回の不調から衛士の万全を期し、半月以上の時間を掛けたのだ。
これ以上の引き伸ばしは此方としても認められるものではなく、評価試験は完了となった。


ところが、その日の内に突然不知火弐型Phase3に嫌疑が掛けられた。
米国武器技術不正流用容疑―――。
チームメンバーは全員拘留、任意事情聴取と言う名の、取り調べを受ける事態に陥った。

担当した捜査官の口ぶりでは、Phase3に特殊なオプションが装備されている事に自信を持っている様子。
自白を誘導する様な、そして自国の技術を自慢する様な話に正直腹が立ったが、ただ只管耐え、事情聴取は膠着していた。

Phase3機体の査察―――。
その結果次第ではXFJは瓦解する。
唯の疑惑、唯の尋問であるなら、何日でも耐えるのみ。
私自身の行動に何の恥じ入るところも無いが、私の与り知らぬ所で政治絡みの謀略に巻き込まれているとしたら・・・?


しかしその危惧を他所に、事態はまたも急転回。
何故か夜には“高度な政治的判断”との事で、無罪放免。
機体査察の実施も取りやめられた。

そして訳がわからぬ内に、巌谷中佐に急遽日本に呼び戻されたのだ。




当然、今回の評価試験、及び不正流用疑惑に関する詳細報告だと思い厳しい譴責を覚悟して帰路についたのだが、疑惑については僅かの問答で納得してしまった様子。
正直拍子抜けしたのも確かだった。


だが、その安堵も束の間。

私を待っていたのは、奈落への崩落。



―――見せられたのは、自分の努力の全てを否定される様な、映像だった。








[]の不知火を駆って、見たこともない3次元機動で光線属種のレーザー照射を躱し、師団級のBETAを翻弄していく。
ユーコン事件で自分たちがあれだけ苦労した光線級を含むBETAの群れを、唯の作業のように無力化していく様は、当初、在り得ない、との想いしか抱けなかった。
シミュレーションなら、設定次第でいくらでも無双は出来るのだ。

しかし確認すれば、難易度はS。
国際的に訓練の統一を図るため、レギュレーションが厳密に定められているシミュレーションである。
記録映像の欺瞞など出来ないのだ。
スコア340万は、連隊規模のBETAを単騎で制圧したということ。
つまりこの衛士が居れば、ユーコンの街は陥落しなかった。

内心絶望を感じながら、何の冗談ですか、と返した私に、叔父様が次に見せてくれたのは、その日の午後に行われたという、模擬戦の映像。
嘘も偽りも通じない、実機でのJIVES実写映像。
“赤”の武御雷に対したのは、[]の不知火。
その不知火が、さっき見たシミュレーションと同じ3次元機動で、“赤”の武御雷、それも金の彩色角は国内最高峰の衛士と言われる紅蓮閣下を翻弄していた。
機体の圧倒的な性能差を覆し、殆ど一方的に攻め続け、最後には腕一本と引換に大破判定を奪った。





・・・判ってしまったのだ、私は。

自分も、そしてユウヤの駆る不知火弐型Phase3でさえ、この不知火には勝てない、と。

武御雷さえ凌駕するこの不知火が、既にXFJ計画の目標に十分届いているだろう、と言うことも。




機動が、その概念が、違いすぎる。

武御雷のパワーに敏捷性を以て拮抗し、紅蓮閣下の技量を3次元機動で凌駕する。


それは、この半年自分が、そしてユウヤが遣って来たことを、全て否定されたとしか思えなかった。

文字通り何度も命を賭け、地ベタに這いつくばって成し遂げたものさえ、今目の前にあるこの輝きの前には、余りに矮小に思えてしまう。







昨夜、叔父様の計らいと斯衛軍第2連隊隊長の斉御司大佐のご好意により、飛び入りで教導に参加させて頂いた。

体験したXM3は、チュートリアルからして、その動きが違う。
重く動きの悪い鎧でも脱いだかのような、応答性と敏捷性。
自律機動に一切縛られない動きは、それだけでも世界が違った。


量産すれば、たった数千円のCPUと、製造コストすら掛からないソフトウェアだけで、成し遂げた莫大な成果。
CPUの量産が間に合わないため、当面はこの北の丸に駐屯する部隊、独立護衛小隊に優先的に配されるが、CPUさえ既存の仕様で動作するというデチューン版XM3Liteも供されているらしい。
殆どコストを掛けず、今ある戦術機全体のレベルを一気に底上げしてしまう画期的な技術。
・・・正に奇跡のOS。
戦術機の革命とも言えるOSだった。


そして、その極みとも言える、白銀少佐の機動。
一体どんな操作をしているのか。
その差をまざまざと見せつけられるような、鮮烈な挙動だった。


その思いは、教導後に見せられた技術資料を見て、さらに深まる。
この自然な動きが何故なのか、それがパーソナライズと、統合制御。
ルーキーからベテランまでに合わせて機体反応を調整し、慣熟すれば慣熟するほどに、向上する機動性。
その終着点が、あの白銀少佐の機動なのだ。
これを組んだのは、“神”かとさえ思う。



素晴らしいOS。そしてこのOSが齎すだろう輝かしい成果。

それが、素晴らしければ素晴らしい程、輝かしければ輝かしい程、私は自分の情け無さに、身を竦めるばかりだった。




今朝、朝一に挨拶した叔父様には、控えめながらユーコンに戻ることを打診した。
日の光を避ける様に・・・。

しかし昨夜も言われた通り、Phase3の評価試験が終了した今、もはやユーコンで遣ることはない。
プロミネンス計画に於けるXJF計画は、実質完了と言う事になる。
あの地で、これ以外に遣ることがあるのか? それがXFJ計画の仕事か?、と問われれば、返す答えはない。

これ以上プロミネンス計画に参画する意味はない、それがXFJ計画そのものの推進者である巌谷中佐の判断であるなら、自分に意見具申する事など何も無い。
不知火弐型Phase3に関しては、費用がボーニング持ち出しである事もあり、当面アルゴス小隊に留めおくが、私の武御雷については、既に移送の手続きも取られていた。

勿論、今の状況で自分がユーコンを突然去る事が、不義理に当たることは叔父様も認識していた。
代わりに供されたのが、昨夜見せられた驚愕のシミュレーション映像らしい。
人類から空を奪った光線属種の照射を悉く躱し逐次殲滅していく異次元の機動。
そして限定的ながら、それを実現した新OS【XM3Lite】の提供も考慮の余地がある、と打診していた。





ユウヤはこの映像と、私の代わりに供される新OSに、何を思うのだろう。

それを知る術すら、私には残されていなかった。




一方でXFJ計画の責任者としての巌谷中佐に指示されたのは、XM3の“理解”と“慣熟”。
未だXFJ計画自体は存続しているのだから、XFJのOSがXM3に成るのは当然の事と言える。

けれど、事此処に至り、私の出来ることなど何もない。
これほど完成されたOSの何処を弄れと言うのか?

ユーコンに戻ることも成らず、よしんば戻っても遣ることはなく、ただ想いを持てあますのだろう。
そして、帝国斯衛軍中央評価試験中隊は、新たな上官を迎える。


・・・・私の居場所など、もう何処にもないのだ。








「それでは、XM3特別教導に当たり、XM3製作者である国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊技術少佐、併せてこの都度、帝国斯衛軍中央評価試験部隊にも技術少佐として籍を置くことと成った、御子神彼方少佐にお話を戴く。」


会場がどよめいた。

あの、とか、弾劾者とか、生きていたんだ、と言うざわめきが聞こえたが、私には何のことだか判らなかった。

壇上に飄然と現れた男性に、時ならぬ拍手が湧いた。


既に概念発案者である同じ国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊に所属する白銀武少佐は、昨夜の教導後に挨拶を済ませていた。
今は壇上の後方に座している。少佐でありながらヘッドギアを外せば、まだ少年の面影さえ残る同じ歳。
チュートリアルに続く初期教導は、相当に厳しく、動かない者には容赦ない叱咤が飛んだ。
このOSは動いてナンボだと。

しかし教導中の厳しい指摘とは裏腹に、事後は年相応に気さくな雰囲気の挨拶。
あの凄いOSを発案した人物とは思えないほど腰が低かった。
15の歳に戦地任用され、以来機密部隊で極めて危険度の高い任務を潜り抜けてきたという。
その部隊のたった一人の生き残り。
同じ’98年に繰り上げ任官しながら、この差は何だろう、と更に落ち込んだ。


「紹介戴いた御子神彼方だ。
失敬に当たるとは思うが、XM3教導中は階級を無視して構わないとの言を紅蓮閣下より戴いているので、此処では敬語省略して話させて貰う。」


少し高圧的な言葉に、場が少し鼻白む。
昨日の白銀少佐の人懐っこさとは正反対だ。


「・・・XM3の初期教導にあたり、その概念を説明するが、其れに先立って貴官らに感謝を伝えたい。
・・・BETA禍以降永きに渡るその間、帝国を、そして殿下をまもりぬいてくれたこと、深く感謝する。
・・・ありがとう。」


え?との戸惑い。
シンと静まる講堂。


「貴官等がその時間を作ってくれたからこそ、漸く貴官等に報恩できるOSを届けることが出来る。
このOSは、貴官等の、此までの精勤の成果だと誇って欲しい。」


そしてにっこり破顔した。

再びの巻き起きた拍手と、そして歓声。

・・・そうだった。
あのルーキーにまで心配ったOSを組んだ人なのだ。
現場の苦労をおもんばかっていないわけがない。



それに比べて私は・・・・。

こんな現場の重い期待を本当に理解していたのだろうか?
それを何時しか忘れ、XFJ計画を完遂する事そのものが、目的になっていたのではないか?


「それでは、煌武院悠陽殿下のご依頼と、此処に居る白銀武少佐の発案により、実現した新OS【XM3】についての説明を始めよう。
と、言っても昨夜のウチにチュートリアルを実行している貴官等は、既にXM3の実現した機能、先行入力やキャンセル、コンボ等については理解していることと思う。

そこで今回は、それら機能の基礎概念を理解して貰い、今後の慣熟に生かして貰いたいと考える。

さて些か唐突ではあるが・・・この中で、野球の投球には自信のある者は居るだろうか?
そうだな、投球の初速が140lm/hを越える、と言う者が居れば、挙手願いたい・・・、うん、貴兄の名前は?」

「は!、第16大隊所属、田中優中尉であります!」

「職業野球の無い今、140km/h越えるのは凄いな。
どの位練習した?」

「は、小学校でリトルリーグに参加以来、徴兵までの10年、また今も身体作りの傍ら、同期とキャッチボールを続けております。」

「そうか。では田中中尉に尋ねよう。
戦術機の体格は、人体の約10倍、つまり10倍のリーチを有する。
戦術機を使えば、140km/hの10倍の1400km/h、つまり音速を超える[●●●●●●]ボールを投げられると思うだろうか?」

「え?・・・・・・・・・自分には、無理だと愚考します。」

「うん。今までのOSでは無理だろう。
そしてXM3は、其れを可能とすることを目指したOSなんだ。」

「え・・・・?」


あっさりと言い切る。
御子神少佐は、講堂をぐるりと見回し、徐に話を進めた。


「では、まず何故田中中尉が140km/hで、ボールが投げられるのか、を考えてみよう。

人体の運動は、骨格による関節を、筋肉で動かす事で成り立っている。
つまり人の運動で、直線的な伸縮という運動は関節の遊び程度しか出来ず、その大部分が回転運動で成り立っていると言うことになる。
我々は、生まれて以降赤子の頃から、この回転運動を使って如何に動くか、という訓練をしている。
当然生まれたばかりは、何も出来ない。
全身の筋肉を、統合して動かす制御モデル、所謂動作の“脳内モデル”が皆無だからだ。
それが、座る、這う、立つ、歩く、走る。
赤ん坊が成長に連れ、徐々に身体を自在に動かせるようになるのは、脳の発達に伴い、これらの動作モデルを順次形成していくからである。
全ての動作は、徐々にそして何度も訓練し、脳内にそのモデルを構築することによって全てを実現してきているのだ。

先の田中中尉の投球術も同じである。

彼は小学校以来、否恐らくはそれ以前から“投げる”と言うことを“訓練”してきた。
それがリトルリーグで更に進化し、投球に必要な筋肉量を増やしたり、関節の自由度をより大きく使うフォームに変更したりしてきた。
元々肩や全身の筋肉が強い等の個人的資質も在っただろうが、結果として、田中中尉の脳には、140km/h級の速球を投げる動作モデルが形成された事になる。


ここで、それは、一体どのようなモデルなのであろうか?

先に言ったように、人体の運動は、殆どが回転運動である。
その時、関節の強度や、筋肉の性能から、人類のみならず、ほ乳類では最大で20rad/sec程の角速度を発揮できるとされている。
だが、田中中尉のリーチは、70cm程度。
最大の角速度でも指先の速度は14m/sec、つまり時速にすれば50km/h程度の速度しか出ないことになる。

では、田中中尉は、どのようにボールを投げる?」

「・・・全身で投げます。
こう・・、大きく踏み出すことで足の力を腰に溜め、更に速度を腕に乗せるような・・・。」

「その通り。
足による踏みだし、その重心移動と腰の回転、肩の回転のタイミングを合わせ、その回転を腕の振りにのせる。
肩だけではなく肘を使い、最後に手首のスナップや、指の力まで使ってボールを押し出す。
即ち70cmのリーチではなく、全身、正に足先から指先までの距離約2m、それらを全て連動させて、全ての関節で20rad/secを発揮する。
結果的に重畳された指先は40m/sec、時速にして144km/hの速度を実現しているわけだ。

身体の成長、筋肉の充実、そして脳内モデルによるそれら全身の動きを統合した精緻な投球術、それをもたらしたのは、過去10数年に渡り田中中尉が磨いてきた努力から投げられるようになった、と言うことになる。」

「・・・。」



「次に何故戦術機では、それが出来ないのか、それを今度は考えてみよう。

今までのOSにも間接思考制御という搭乗者の思考をある程度反映するシステムが搭載されている。
しかしその自由度は少なく、また習熟するまでに長い時間が掛かる。
戦闘機動を覚えるだけでも大変なのに、投球など遣る価値も暇もない、と言うことだろう。

更に今までのOSには、機会都合で決められた自律機動による“硬直時間”が存在する。
態と不安定な状態から踏み出して投げる、人体では自然な投球動作が、“不安定”機動として、硬直させられかねない、と言うことになる。

つまり全身を連動してボールを投げるような動作を実現するのは、間接思考制御を最大限使わなければならず、そしてそれを実現しようにも、自律機動がそれを阻害する、故に田中中尉は出来ないと応えた。


ここで、XM3の特徴である機能を思い出して欲しい。

“先行入力”と“モジュレーション”は、滑らかな機動と緩急を付けた人体の動きを実現するもの。
“キャンセル”は自律制御そのものの制限。

そして“コンボ”は、一連の動作の登録、つまり、“脳内モデル”そのものの実現に当たる。


即ちXM3は、人体が実現する動作の基本である“脳内モデル”を、戦術機の内部[●●●●●●]に再現することを目指したOSである、とも言い換えることが出来る。」


シンと鎮まっていた会場が息を呑む。

いつの間にか聞き入っていた私は、昨夜の資料が思い出される。
“統合機動制御”・・・これは、人体の動作システムを、そのまま戦術機に実現する事だったのか!


「その為に、今まで静的な領域、つまり硬直時間によって無理矢理抑制していた反動やバランスを取り戦術機の保護を図る自律機動を、全体の動作の中で動的に処理することを組み込んだ。
人体と同じように自律機動のみならず、その機動の元と成る電磁伸縮炭素帯や、燃料電池スタックの流量まで、全ての制御を統一した機動モデルの支配下に置いた。
そこから、搭乗者の意志、即ち先行入力による行動を最適な機動で実現しつつ、発生する反力やバランスを失墜を、他の稼働部位、つまり全身で動きながら対応していく。

当然、最初は制御の範囲を越えれば、転ぶ。
赤ん坊が、何度も転ぶように。
その中から、自分に合った最適な制御が出来るように成るわけだ。」


人の動作の成長過程を、戦術機で実現したOS。
それがXM3。
つまり人の動作で実現できるものは、すべて戦術機で実現できることになる。

白銀少佐の3次元機動は、さながら体操選手の床運動か。
しかも戦術機にはスラスターがあり、人体には出来ない平行移動が可能なのだ。

それらを組み合わせたのが、あの機動。


「では、XM3に関して赤ん坊である貴官等が、習熟するのは、永い時間が掛かるのか、と言うことであるが、それに付いては、“データリンク”が大きな意味を持つ。

人の動作に於いては、自分で体験し獲得していくしかない。
勿論視覚情報や、伝聞によるイメージで動作を構成して見る事も可能だが、それを自分のモノにするには、それなりの時間が掛かる。

しかし、戦術機の場合は、違う。
実際に今動かしているXM3の基礎モデルを組んだのは、全て白銀少佐だ。

そして複雑なモデル・コンボであっても、貴官等で動かす事が出来るのだ。
つまり、バック転をしたこともない者が、戦術機ならコマンド一つで出来る事と成る。

もちろん、それは白銀少佐の機動であり、クセがある。
その動作を“自分のもの”にするためには、勿論慣熟が必要となる。
だが、全てを自ら組むのと、手本があり、それを自分に合わせテイミングしていくことでは、掛かる時間がどれだけ違うか、判るだろう?

そして、その様に構成された成果が、コレだ。」


現れたのは演壇後方のスクリーン。
其処には、サイズ比としてボールくらいの石を手にした“不知火”。

それは、大きく振りかぶる。
リズムに乗るように上がる脚。十分に溜めたそこから、踏み出しと共に旋回する腰、上体の撓りと、腕の振り。
正しく体重を乗せた、流れるようなフォーム。

そしてその握られたボール大の石がリリースされた瞬間、どんっ!、と巨大な音がし、マッハコーンを残して虚空に消えた。


どよどよとざわめきが拡がる。


「・・・人体の10倍のスケールを有する戦術機。本体力を発揮し、荷重に耐える筋肉や骨格は、スケールの2乗に比例し、その重量は3乗に比例する。
その差を埋めたのは、CNT(カーボンナノチューブ)を初めとする複合材料であり、電磁伸縮炭素帯という筋肉を遥かに凌駕する出力を誇る技術である。
故に、人体以上の間接角速度を発揮する事の可能な戦術機に於いては、今見せた投球動作だけではなく、斬撃に於ける超音速剣すら可能となる。


つまりXM3とは、戦術機の全てを動的に統合制御しつつ、動作モデルを搭乗者に合わせて構築するシステムである。

今、貴官等の機体に換装しているOSにも、これらシミュレータで培われた個人の挙動がフィードバックされる。そしてなによりも白銀少佐の3次元挙動の基礎動作も反映されている。

だが、それを咀嚼し体得することでしか、それらは使いこなせない。
各自の特性や動作には個性があるからだ。
搭乗者の“クセ”を含んで制御を洗練していくテイミングや、過剰な反応を抑制するレベリングも同じく其れを補助していくが、最終的にそれらを成長させるのは、各人の予測に基づく創造力である。


このようにXM3は何も闇雲に即応性だけを求めたOSではない。
そして各人が精進することによって常に進化し続けるOSである。
その成果はデータリンクを介して、個にも全体にも反映される。


その事を意識して習熟して欲しい。」


三度、期せずして拍手が湧き上がる。

示された明確な概念は、極めて直観的で判りやすい。
そして何よりも、これなら自分でも出来る、と希望を抱かせるものだった。
コンボやキャンセルと言った機能重点の説明ではなく、その在り方。

単純に言えば、弛まぬ努力こそが、極致に至る道。
そう明言してくれたのだから・・・。



「ここまでで何か質問はあるか?」


2,3の質問に、御子神少佐は的確に応える。
そして続けて問われた質問。


「御子神少佐、及び白銀少佐は、斯衛軍と併属で、国連軍に所属しています。
なぜ、米国の犬と成り下がった国連軍に所属するのか、なぜ斯衛軍に戻ってきて下さらないのですか?」

「ふむ。まあ疑問はもっともだとは思う。
色々と細々した理由はあるが、ここでは其れには触れないでおこう。
我らが国連軍に所属する理由は、主に2つある。
その一つは、BETAとの戦いは、佐渡を取り戻せば終わり、では無いことだ。
つまり、ハイヴは世界中にある。
そして根源たるH1、オリジナルハイヴにしても、海外に存在する。
BETAとの戦いを見据えたとき、斯衛軍ではその行動に常に規制が伴ってしまう。
・・・それとも貴姉は、悠陽殿下に喀什まで遠征させたいと思うかな?」

「 !!!、 つまり国内のみ成らず海外ハイヴの排除を視野に置いた為、ですか?」

「そう言うことだ。
そしてもう一点、それは其処が横浜基地であるからだ。」

「横浜基地?」

「そう。貴姉は我らのハイヴ攻略戦を見て貰えたかな?」

「 !!、あのプラチナ・コードはやはりお二方が?」

「そう。で、おかしいとは感じなかったか?」

「・・・・・。」

「具体的には、S-11たった2発で反応炉を撃破し、モニュメントを崩壊させてハイヴ崩落させたところ、だ。」

「!!、は。確かに違和感を感じ、何度もデータを確認いたしました。」

「では横浜基地が何処に建てて居るのか、知っているか?」

「・・・!!、H22!」

「・・・敵を知らなければ戦なんか出来ない。
あの反応炉を2発で壊滅させた位置も、ハイヴを崩落させた情報も、全て横浜基地のH22を精査することによって得られたものだ。

米国の一部勢力が間違った方向に向かっていることは俺も感じている。
しかし、人類の存続という大命題を前にしたとき、国家間の争いなど二の次、と考えている。
故に必要と考える事を実施している。
何よりも、俺など居なくとも2年もの間斯衛は、正道を全うしてきた。
何れ全てを壊滅させた暁には、斯衛に戻ろう。
その時まで、貴君等に任せたい、と言うのは、俺の我が儘か?」

「!!、・・・はッ!、承知致しました。
小官は自分の持てる全てを以て、御子神少佐のご期待に添えるよう、精進いたします!」


全ハイヴの殲滅・・・。
遙か遠き理想としか思えなかったそれが、御子神少佐が言うと、出来るような気がしてしまう。





「さて・・・」


演壇の御子神少佐が声を上げると、少しざわめいていた会場が、すっと静まる。


「今後の教導について伝えるよう。
今後も、城内第2演武場に於いては、今日明日、及びその後も3日に一度、白銀少佐が登城し教導を行う。
とは言っても武の身も一つ故、特に個人教導を行う者は、此方で指定させていただく。
これは日々の訓練記録を元に、教導の必要性が在る者を優先的に行う為である。

このOSの習熟に於いては、先も言ったように日々の習熟が何よりも重要である。

その為の施策として、城内のシミュレータのみならず、今回CPUを換装し、XM3を搭載した戦術機にも、シミュレータモードを搭載した。

これにより戦術機に乗りながら、仮想現実の中で戦術機を動かすことなく、訓練することが可能となった。

まあGや傾きを体感させる程度には機体が動くことになるがな。

また、そのモードではデータリンクを用いた連隊規模の連携シミュレーションも可能である。
必要に応じて適宜司令官の下、訓練するといい。


そして更に、シミュレータモードに於いては、状況設定やBETA配置の他に、ナビゲータAIとアグレッサーAIを実装した。

今回の教導の成果は、各人毎に数値化してあるが、本人と上位者にしか公開しない。
その数値を元に、擬似教導を行ってくれるのが、ナビゲータAI・“まりもちゃん”である。」


ディスプレイに示される、3頭身にデフォルメされたアニメキャラに、御子神少佐の後ろに座っていた白銀少佐がずっこけた。


「網膜に示される彼女に聞けば、自分の現状スペック、コンディション、得手・不得手、それに対する有効な訓練方法を提示し、訓練モードのナビゲーションを行ってくれる。
また、コンディションが極端に低下したときは、中止勧告や、外部へのアラートも実施するお助けキャラだ。
勿論、CPUリソースを喰うから、シミュレータモード限定で、実機単独では動作しないからそこは期待しないように。

そしてアグレッサーAIが“たけるくん”だ。」


再び現れたキャラに今度は会場に笑いが零れる。

“まりもちゃん”は誰だか判らなかったが、“たけるくん”は明らかに白銀少佐のデフォルメ。


「笑っているが、このたけるくんの戦闘機動は、白銀武少佐をほぼ9割方再現している。
搭乗機体も吹雪・不知火・武御雷の3機から選択できる。
最初は手抜きをしているが、撃破すると本気度が上がる。
因みに本気度100%は、十分人外相当に達する。

タケルくんの不知火乗機・100%で、仮想人格によるヴォールクを単騎突入させると、10回中3回、反応炉破壊による自爆で終了した。

そのくらいの再現性と強さを持っていると、思って貰って構わない。

これらを使いこなし、先行入力やコンボに習熟すると、分岐といった上位概念が開放される。

そこまでが教導の一区切りといえるため、先ずは上位概念開放を目指して切磋琢磨して欲しい。」





コレは何?

私は戦慄していた。

それは会場の隅で蒼い顔をしている叔父様も同じだろう。

戦術機をシミュレータ化し、連隊規模の演習すら可能とする大規模通信シミュレータ、一人の衛士の戦闘機動を忠実に再現する仮想人格。
その思想だけでも尋常ではない。
アイデアというレベルではなく、実用可能な機能として実装して見せたのだ。
確かに必要なのは今回XM3に合わせて換装されるCPUとそして、システムだけだ。

しかし、こんな発想は無かった。

しかも、それをあっけなくぽんと提供する。
これらを開発委託したら、どれだけの金額と期間が掛かるのか。
特許やライセンスがどれ程になるのか。
それだけでも、想像も出来ない。





「・・・武、なんかあるか?」

「ああ、技術的な系統立てた説明は苦手だ。
彼方に任す。」

「解った。実機模擬戦の準備でもしてな。」


壇上での軽い会話さえ、最早気にならない。





「―――では、諸君。
XM3の導入教導に際し、我等から一言だけ添えよう。


我らは、BETAを駆逐し人類を永続する、その為の手段の一つとして、このXM3を作り上げた。
教導に関する周辺含め、全てが同じ思想の元に構成されている。
より多くの将兵が、このOSを使いこなすことで、より多くの成果が期待できることと信じている。


・・・だが、敢えて言おう。

我らはより多くのBETAを滅する事よりも、より多くの諸君等の生存を望む。
なぜなら、人類の存続のためには、諸君等の生存が大前提なのだ。

BETAの先鋭より民を護る、その諸君らが死して一体誰が民を護るであろう?

故に性能に奢った過信や慢心は、決してするな。
新型OSとて、例え白銀少佐とて単騎でハイヴを責めれば、自決してもたった1つのハイヴしか墜とせない。
装備は決して万能ではないのだ。

そしてBETAから地球を、月を、太陽系を奪還するためには、今後も数多の将兵が必要であり、その全体技量の底上げこそが、その礎なのだ。

故にここではまだ詳細を明かすことは出来ないが、護るための盾、攻めるための矛を別途開発途上である。
それらが配備されれば、より安全に迅速にBETAを駆逐することが叶おう。
今回の教導はその為の布石であると理解して欲しい。


因って、無駄に命を散らすな。

それらを理解して、人類の凱歌のために研鑽に勤しんで貰えることを願う。


・・・以上!!」




今、漸く新OSの概念と到達点、そして開発理念までも知った。


その概念は既存の思考を凌駕し。
その到達点は人を超え。
その理念は唯愚直なまでの人類の永続。


到達点は、想像の埒外にあった。
その性能ともたらされる成果を思い、震撼したのも確かだ。
その余りにもまぶしい燦めきに

しかしそれを、込められた理念を以て諫めたのもまた、彼らだった。


得られた成果に慢心せず、目前の成果ではなく、大局の目的を目指す姿勢。
求めるのは人類の永続のみ。


初めパラパラと湧いた拍手は、次第に大きくなり、更には一部が起立すると、それは波のように全体に拡がる。

万雷のスタンディングオベーション。


いつの間にか、私も立ち上がり拍手をしながら、自らの陥っていた自省さえ忘れ、御子神少佐の紡ぐ未来に、想いを馳せていた。


Sideout




[35536] §35 2001,10,28(Sun) 13:00 帝都城来賓室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:00
'12,11,06 upload  ※ご都合設定炸裂^^;
'13,05,15 誤字修正
'15.01.24 大幅改稿(pcTEに準拠)
'15,01,31 一部追記
'16,05,06 タイトル修正



Side 悠陽


先ほど、那須よりのジェットヘリがポートに着陸しました。
ワタクシと彼方は、ここで初めて帰任報告を兼ねた謁見と言う事になっています。
帝都城内は基本的に斯衛の勢力圏内ですが、九條の目が無いわけではなく、今の時点では把握しきれていないのです。
やはり必要以上の接触は、不要な警戒心を抱かせるとの事で、表面上短時間で形式的な内容に済ませました。



勿論実際には、昨夜あのまま“高天原”で、その運用に付いての指示や、11月上旬に予測されるBETA侵攻に向けての準備、XM3教導だけではなく新装備の手配・検証、予測される侵攻の規模ごとに、どの様な配置でこれを受けるか、その訓練をどうするか、といった事まで夕餉の後に話し、帝都城に戻ったのは22:00を回った頃でありました。
榊は高天原の資料を、鎧衣は内通者情報を、紅蓮は侵攻予測情報を、それに土産に貰った八海山大吟醸の4合瓶をそれぞれ小脇に抱え、散って行きました。
因みに真耶も玉露を貰い、何時もクールな口元を綻ばせていました。


・・・全てはワタクシが出した指示として。

形式上は確かに白銀や彼方の献策を得て、受諾をし、推進を指示したのはワタクシですが、勿論釈然とはしません。
これだけの大功を受ける一方で良いのか? 未だその思いが占めています。


けれど、全てが動き出したのです。


BETA反抗の象徴。

暗澹とした今の世に、輝く希望の象徴たれ。


それが偶像であることは理解しています。
それでも人は、解りやすい権威に縋るものであると言うことも。

だから彼方は一介の技術少佐として在り、ワタクシを御旗として選んだのでしょう。
当然、そのリスクも承知の上で。

けれど、それは紛れもなくワタクシが望んだワタクシの在り方でも在ります。
陛下から下賜された大権を以て、国の安寧をはかり、民人を護る。
その為の“偶像”が必要なら、いくらでもなりましょう。



昨夜、遅いからまた今度と言う彼方に、黙って軍服の裾を握り上目遣いで見つめると、諦めたようにワタクシの乗機もXM3に換装して頂けました。
彼方に記憶は無いのですが、“兄さま”と同じ手段が有効の様です。

横浜基地には、美しい女性も多いと聞き及びます。
特に“兄さま”は頭の良い方がお好きだったので、性格そのままの彼方も、同じなのでしょう。
真耶に指摘されるまで気が付きませんでしたが、そう言われれば、女性の気配も微かに感じます。
・・・今は既に“兄さま”では無く、彼方なのですからホヨホヨ甘えてたあの頃とは違うのです。
そちら[●●●]の事も早急に精進せねばなりません。

“あの娘” の事も含め、法の準備も進めましょう。
あの様子なら榊もすぐに乗ってくれそうです。



そしてOS換装後、およそ1時間導入教導が行われました。
約束通りマンツーマンです。

彼方はワタクシの操縦するType-Rのエマージェンシーシートに乗り、ヘッドギアで操作系にリンクを繋ぎ、チュートリアルを進めていきます。
あの3次元機動を軽々と行う白銀も異常でしたが、エマージェンシーシートの不安定な保持で、チュートリアルとはいえ、3次元機動のGに平然としている彼方も十分人外です。

そして確かに身体は接触していませんが、操作上補佐してくれるその感覚は、正しく手取り足取り。
誰よりもその概念を理解し、そしてプログラムとして組んだ内容に精通している彼方です。
的確な指示や、模範操作、その解りやすい理屈の説明。
ワタクシが何をしでかして操作が乱れても瞬時に収めてくれる様な、背後に感じる絶大な安心感。

これでも、戦場での陣頭指揮に備え、戦術機の搭乗時間は100時間に届く所まで乗っているワタクシですが、鱗が何枚も落ちました。
“統合機動制御”、彼方がXM3で実現した人の動作を模したシステムは、驚くほどすんなりと身体に馴染みました。


・・・・・・でもこの個人教導は、他の衛士、特に女性には絶対禁止です!
ダメですっ!! 容認できませんっっ!!!




そんな二人っきりの空間で、ワタクシがポツリと呟いた言葉。


「記憶は無くされても、やはり彼方は彼方なのですね。」

「・・・・・そうだな。・・・結局根源の魂は同じだからな。
実際記憶は人格の一部だろうから、その記憶のない今、言ったように俺は悠陽の“兄さま”とは別人である、という認識でいる。
なので、本来“兄さま”が用意したモノを自分のもの様に扱うのは、前も言ったが、心苦しくもある。」

「・・・・。」

「しかし、“兄さま”が、悠陽のため、そしてひいては帝国・世界人類の為に、準備してきた計画であり、物資だ。使わないのは、その“遺志”に反するし、使えるのはその“記録”を受け継いだ俺だけだ。
・・・使うことそのものには、躊躇なんかしない。」

「彼方・・・。」

「そしてこんだけの重荷を悠陽に背負わすことも理解している。
そこに多大なリスクが伴う事もな・・・。
“兄さま”が未来に繋がると信じ、ここまで心砕いた悠陽の未来、結局背負わせた責任含めて、無碍になんかしない。」

「・・・・・。」

「・・・ま、こっちは初対面だから、ジジイ共が望む様なカタチになるかどうかは、また別の話だけどな。」

「!!」


最後の最後に、意地悪なセリフで、悪戯っぽく微笑む彼方。



・・・・承知致しましたわ彼方。

祓正無道・神野無双流 煌武院悠陽、[]として、推して参らせて頂きますっ!!






そんな決意を再度固めながらの、カタチばかりの謁見を終え、視察と称して演武場を巡り、それもほぼ終わった時でした。

山吹の強化装備のまま、地面に座り込んでいる唯依を見かけたのは・・・。


Sideout



■15:00 帝都城第2演武場

Side 唯依


違う―――。
・・・違いすぎる。


今朝ユーコンから送還された自らの武御雷に搭載されたXM3、午前中一杯、その機動を確認した。
昨夜のシミュレータで行った記録は既にそのまま反映され、武御雷が直ぐ様、これ迄にはないほどに馴染んでくる。
レベリングで制限された上位概念や上位機動は出来なくとも、初歩の3次元機動までなら簡単に再現できる。
身伸一捻り前方宙返り位は、容易かった。
勿論BASEとして組まれた機動モデルは、“まだ”自分のモノではない。
だが、それだけでも無限のバリエーションが拡がるのだ。
この挙動一つで突撃級の突進を低空で躱しつつ、その一挙動で、背中に36mmを叩き込むことも可能なのである。
そしてそれは使い込むほどにテイミングされ、自分に合わせて高められる。

シミュレーションモードで“AIまりもちゃん”に聞けば、その動きがどの様な場面で有効か、その例も示してくれるし、その実例をシミュレーションで再現し、直ぐに体験することや訓練することも出来る。
自然な表情で話し、上手くいくと微笑んでくれたりする、妙に完成度の高いアニメキャラ。
対人戦を望むなら、“AIたけるくん”がいつでも相手をしてくれる。
こちらも本気度が上がれば上がるほど真顔に成る。

しかも二人とも、バイタルさえ監視してくれて、効率が落ちると休憩を提案してくるのだ。


膨大な実戦経験に基づき、機動との関連性を留意させながら、衛士の興味を損なうこと無く、自らの教導を行える理想的な環境。

何故こんなソフトが組めるのか―――?
先ほど白銀少佐にお尋ねしたら、彼方はソフトウェアに関しては“神”級の能力を持っているから、と引き攣ったような顔で答えてくださった。
思考速度10倍、無限マルチタスク、ビット・スケーラビリティ等とブツブツ呟いていたけど、私には意味不明。

そしてそのシステムを使い、様々なシチュエーションを試し、どこをどう探しても、このOSに穴など見当たらず、その素晴らしさに頭を垂れるばかり。
朝からぶっ通しの搭乗に“AIまりもちゃん”から休憩勧告されるまで、乗っていた。





「唯依?」

「・・・え? !!!っ、殿下っ!! 失礼致しましたっ!!」

自分を呼ぶ、馴染んだ声に顔を上げれば、そこにはうっすら微笑む煌武院悠陽殿下が、伴の月詠大尉を後ろに従えて立っていらした。

弾かれたように慌てて立ち上がり、敬礼する。


「唯依も戻っていたのですね?」

「はっ! 巌谷中佐にXFJ計画に関わる重要事項との事で、昨日帰国致しました。
帰任のご挨拶が遅れ申し訳ありません。」

「まあ、それは突然でありましたね。
・・・此度のテロではユーコン基地も多大な被害を被った様子。
しかも被弾したとも聞き及んで居ります。
そなたの元気な姿、安堵いたしました。
混乱の中での大任、誠に大儀でありました。」

「! ・・・勿体無いお言葉です。
・・・けれど殿下のご慧眼には及ぶべくも有りません。
我等の努力など芥の如き稚技に過ぎません。」


・・・言っていて涙が出そうになる。


「・・・・唯依、少しワタクシと話しませんか? 主従としてではなく、小学校以来の“学友”として・・・。」

「え・・?」


私の様子に何を察したのか、殿下がいきなり振って来る。


「・・・真耶、何処か部屋を。」

「は。・・・階上の貴賓観覧室が適当かと存じます。」

「ではそこに・・・参りましょうか。」


私は促されるままに、殿下についていくしか無かった。






殿下とは小学校の折り、所謂“ご学友”に当たる。
早生まれの私は、学年で殿下と同じ年に帝都京都で小学校に入学、譜代ということで、お近づきになる栄誉に浴した。
殿下は既にその頃から、次期政威大将軍候補であらせられ、高貴なる霊光を纏っていらっしゃったが、親藩譜代どころか、下々の者にも別け隔てなく接する様は、眩しいくらいであった。
同じ学年には他に、五摂家や他の親藩の子女が居なかったこともあり、私はかなり親密に接して頂いた。
それこそ、苗字ではなく、唯依、と名前で呼ばれるほどに・・・。
ユーコンに旅立つ前も、個人的に謁見させて頂いている。帝国の明日を担う戦術機の開発、頼みました、とのお言葉も頂いた。

その道半ばにして挫けた私。

殿下の要請で素晴らしいOSを齎した今、私などに何の用があるというのだろう?




「唯依から見て、あの二人はどの様に見えますか?」

「・・・お二方とも、本当に素晴らしいお方です。
白銀少佐はまだお若いのに、あの異次元の機動。
“単騎世界最高峰”と言われるのも当然に思えます。」

見せつけられたシミュレーション。
CASE-29、難易度Sで、獲得スコア340万。
私など足元にも及ばない。
確実にユウヤよりも、紅の姉妹よりも、そして紅蓮閣下よりも強い。

紅蓮閣下相手に1on1のJIVESで、見事に大破判定をもぎ取った。
フロックや、トリックと言った小技ではなく、正面から打ち合った勝負にて、である。
その白銀少佐が操る3次元機動。
つい一昨日までユーコンにいて、様々な国の戦術機・衛士を見てきたが、こんな機動を実現し、それを以て光線照射まで躱すなど、想像の埒外だった。


「―――そして御子神少佐の解析力・開発力は・・・もはや“神”のように思えます・・・。」


天才でも神童でもない自分には決して届かない領域。
昨夜、続いて見せられたヴォールクデータでのシミュレーションに、もはや絶句するしか無かった。

不知火2機のエレメントで、ハイヴを攻略し、そして生還する。
しかも大規模落盤まで誘発し、信じられない数のBETAを殲滅。
ただ唯一の違いが、搭載されたOSだと言うのだ。

当初は愚鈍に見えるほどの手法で侵攻中にBETAを誘引し、中央部に集める。
反応炉破壊と共に脱出を図るBETAを、前半に設置した“弁”で規制し、崩落と気化爆弾で一掃する。
これら反応炉の破壊や、ハイヴ崩落さえBETAの精査から発見した新事実だという。


「そんなお二方でも、ずっと苦難の道を歩んできたのです。」

「え?」


そして殿下より初めて知らされた彼らの来歴。
記憶喪失と戦地任官。
過酷な任務を繰り返した秘密部隊の最後の生き残り。
一方でG弾余波に因る落雷を受け、1年半生死の境をさまよった男。


「そしてその落雷は、彼方から“兄さま”としての記憶を全て奪って仕舞いました。」

「・・・え?、殿下の“兄さま”は、御子神少佐の事なんですか!?
じゃあ“兄さま”が起こした“弾劾”って・・・あの?」

「はい。本人は記憶にはなく、記録を理解した、と言っていますが。」


それを推して、いや、それが在ったからこそ、逆況をバネに此の様な技量、此の様な発想や技術にまで達したのだろうか。
所属した部隊の仲間を全て喪った白銀少佐。
そして個人的な過去の記憶を全て喪った御子神少佐。

今成した結果だけ見て、それを羨むとは、なんとあさましいのだろう。


しかも、“弾劾”を起こしたのが御子神少佐。
さっき少佐が紹介された時のざわめきが漸く理解できた。
本来公開されていない情報、下位の士官の間では半ば都市伝説。
事実を知っている将官級は、否定も肯定もしない。

私も殿下に“兄さま”が、というのは聞いた。
しかし、“兄さま”が誰なのか、結局小学生以来今に到るまで会った事もなく、名前も知らなかった。
都市伝説化した噂はあまり信ぜず、まともに内容を聞くこともしなかった。


「それでも別人として区別をつけるために、彼方と名前で呼ぶことを許されました。」


ああと思う。
殿下がなんとなく嬉しそうな理由が理解できた。
待ち焦がれ、そして一度は諦めた男性が還ってきたのだ。
例え記憶を無くし、別人の様だったとしても。
殿下の“兄さま”が行方不明になった頃の悲痛な様子も垣間見ていただけに、その喜びも判る。


チクリと胸が痛む。

兄と呼んでいた人が別の男性として還って来てくれたのだ。
私とは正反対・・・。
まだ割りきれてはいないのか―――。


「唯依はワタクシが何故、彼らに・・・横浜にXM3を頼んだのか、判りますか?」

「あ、いえ・・・。」


そうだ。
この素晴らしいOS開発の依頼は殿下がしたのだ。


「・・・昔、それこそ未だ彼方が行方不明になる前、“兄さま”に初めて戦術機に載せられたとき思ったのです。
何故、思い通りに動いてくれないのだろう?、と。」

「・・・ッ!!」

「おかしいとは思いませんか? 何故人が機械に合わせなければならぬのでしょう?」

「・・・・・・。」

ヒューマンコンシャス、マシンミニマム、・・・同じ様な思想概念は数多ある。
確かに初めて搭乗し、操作したとき、私も同じことを感じたはず。
いつの間にそれを疑問と感じなくなったのだろう。



「―――人類は、そして我が国は存亡の瀬戸際に在ります。
言われ続け、いつの間にか陳腐化してしまいました。
けれど残された時間は、思っているよりもずっと短い・・・ワタクシはそう思っています。
だからこそ、今、既存の戦力全体を即座に向上する、そんな技術が必要であり、彼らはそれに見事応えてくれました。」

「・・・。」

「―――されど唯依。
それでもまだまだ足りぬのです。
この瑞穂の国よりBETAを排し、母なる地球を取り戻し、2度とこの地を踏ませぬためには、まだまだ届かぬのです―――。」

「!!―――。」

「そなたにお願いしたのは護るだけではなく、更にBETAを打ち払うための、帝国を取り戻すための“次の力”。
・・・例えばXM3を搭載した不知火弐型に白銀を乗せたら、どんな機動を魅せてくれるか―――
見てみたいと思いませんか?」


楽しそうに微笑む殿下。
そう・・・、私も見てみたいと思う。



目の前が突然拓けた。

次元の異なる事を比べて欝に浸るなど私は何をしていたのだろう。
そんな暇があるなら、さっさと不知火弐型にXM3を入れてもらい評価すれば良いのだ。
今更不知火や武御雷にハードを変更する余裕などないが、まだ開発途上の不知火弐型ならそれが可能ではないか。

彼の地には私の訃報にも屈せず過たず、愚直なまでに訥々とPhase2の検証を積み上げた者が居たではないか―――。



「唯依、―――いえ、篁唯依中尉。」

「ハッ」

「XFJの開発―――、然とお任せしましたよ。」

「は―――。」


殿下―――。
この御方はなんと―――。






殿下が退出なさった。

月詠大尉が、小さく頷いてくれた。
殿下や大尉にまで一目で気取られるほどに落ち込み、鬱々としていたのだろう。
それをまた苦々しく思う。
しかし、やるべき事はみえた。
先ずは巌谷の叔父さまに相談を。


「!、痛っ」


そう思って立ち上がり、ドアを開けようとすると、掌に痛みが走る。
見れば、肉刺が破れ、皮が剥けていた。
慣れない動きのレバー操作を半日も続けた所為だろう。
強化装備で出来難い筈ではあるが、万全でもない。
戦術機で肉刺を潰すことも久しぶりだった。


取り敢えず、医療センターに行くか。

私は踵を返した。


Sideout



■15:00 帝都城第2演武場

Side 武


何人目かの個人教導を終えて、一旦休憩に入る。

昨夜のチュートリアルとデモンストレーション、そして今朝の講義と教導。
ちょっと寝不足。

昨夜は当然のごとく、0時までの教導が終わってからトモ姉に本家に連れて行かれたのだ。
伯父である当主含め、記憶にある親戚が夜も更けているというのに皆集まっていた。
流石に教導中と言うこともあり、祝宴まではいかなかったが、盛大に帰還を歓迎され、暮れには帰って来いと念を押された。

・・・予定通りなら、その頃には一段落はしているはず。
なんか、それ以降もオレ的には波乱の予感しかしないが・・・。


そんな昨夜というか、今朝と言うか、彼方は第16斯衛大隊の武御雷、そして第2連隊の瑞鶴、全ての戦術機のCPUボードを換装してしまった。
換装そのものは、夜のうちに整備兵に依頼し、その調整を朝までやっていたらしい。
XM3、そして戦術機シミュレータを実装したボードであり、新旧OSの切り替えからシミュレータ用メインフレームとの通信まで、全てを実現する。
お陰で今日は、シミュレータの空き待ちをすること無く、皆が教導に入れる。
特権ユーザーからはシミュレーションモードに入っている全ての内容が確認できるから、問題のある衛士を見つけては、その仮想空間に割り込む、という事が可能である。
個人単位、エレメント単位から、連隊規模での演習まで実現しちゃってるわけだ。
今後はこれで、新潟戦に備えたシミュレーションも可能、という事になる。

但し、流石にこの規模になると、かなり大型のクラスターシステムと大容量通信が必要らしく、シミュレータモードを使えるのは帝都城エリアに限定される。
勿論、金曜日のうちに横浜基地には設置していたので、行く行くは、帝都城と横浜基地間の演習も可能と言う事になる。
赤坂や調布との連携も、いずれ実現できる。

そんな高度なシステムを実現したボードであるが当然の様にネズミ捕りが付いているらしく、許可無くボードを抜こうとすると、スタンガンクラスの電撃が流れ、機体のハッチが内部から開かなくなる。
セキュリティを組んだのは彼方なのだから、もしそれを排して盗み出せたとしても、そう簡単にコピー出来るようなヤワなものは組んでいないだろう。


篁中尉には聞かれたが、アストラル思考体持ちのソフトウェア開発能力は並じゃないのだ。



そう思ったら黄色の強化装備で咄嗟の敬礼を決める当人と鉢合わせた。


「オレ相手に普段の敬礼なんて必要無いですよ。」

「そう言われましても・・・。」


困ったその顔を見て、思う。
篁中尉か……そういえば傍系記憶では桜花作戦の後、何度か一緒に戦ったっけ・・・。
状況判断や作戦遂行能力に長けた、指揮官型の衛士だった気がする。
幾つかの傍系ルートでは最終的にオレのメインになった不知火弐型、のちのTYPE04を作りだしたXFJ計画の日本側開発リーダーだったはず。
それだけの腕も知識もある。
でもループでは今頃アラスカにいたと言っていた気もする。
桜花の陽動では鉄源ハイヴ、だったかな。

そういえば会談相手に技術の巌谷中佐が居たからもしかして呼び戻されたわけか、XM3の為に・・・。
今回は、かなりいろいろ早めに推移しているから、いろんなバタフライ効果が出そうだな。


向かう方向が同じなので、彼女は一歩下がって付いてくる。


「そういえば、篁中尉は先日までアラスカで不知火弐型の開発に携わっていたんですよね?」

視界の隅でピクンと身体が竦んだ。
・・・・・まずいこと、聞いたのか?


「・・・ええ、そうですが」

「アラスカと言えば・・・“ユウヤ・ブリッジス”は元気でしたか?」

「!?」


おー、おっきな目が真ん丸だ。


「・・・少佐はブリッジス少尉のことを御存じなのですか?」

「・・・ええ。
ああ、まあこっちは極秘任務だったので、向こうはオレのこと知りませんが。」


やべ~。
そういやユウヤに会ったのは傍系記憶・桜花後だっけ。
東シベリア奪還のときじゃん。
不知火弐型Phase3乗ってたからプロミネンスでXFJ携わってたって知ったんだし。

―――そういえば、アイツ、桜花の陽動の時、ヤバい奴[●●●●][]ったって言ってなかったか・・・?


おっと、思考が逸れた。
ユウヤは確か、昔は日本が嫌いだったと言っていたな。
尊敬できる奴に会って変わったとか。
・・・とすればアイツを変えたのが篁中尉ってことか。


「アイツ、日本嫌いって言ってたから、苦労したんじゃないですか?」

「あ、――はい。
ご存知だったのですね。
ユーコンに赴任した直後の頃は、それで喧嘩ばかりしていました。
―――でも、今は大分治ったと思います。
好きとは言わなくても、認めるくらいには・・・。」

「わぉ、アイツの日本嫌い直したんですか。―――そりゃスゴイな。中尉頑張ったんですね。」

「・・・いえ。
きっと亡くなられた父や母から託された思いに気付いたのです―――。」


ナルホド・・・。
本気[マジ]でいろいろ在ったみたいだ。
これ以上突っ込んで墓穴掘る前に、この話題からは離れたほうがいいかな。

ユウヤ[あれ]は・・・・紛れもなく属性持ち[●●●●]だろうし。
加えて超鈍感属性。
・・・人の事は言えないと彼方にツッコまれそうだが。
これでも幾多のループを経て漸く空気は読めるように成ったんだよ!

・・・・・尤も読めたら読めたで辛いが・・・。

207Bは、皆から“遺書”で告白、という重いのを貰っている。
純夏と、・・・そして冥夜や霞が居る以上、正直不誠実に思えて、それ以上はない! と思っていたんだけど、ついついアイツらには世話焼いちまう。
傍系記憶では添い遂げた記憶も在るだけに、どうしても人事じゃないっていうか・・・。

お陰で抜け出せない泥沼にはまり込んでいる気がしないでもない。


「―――まあ、でも腕とセンスはピカイチだったな。」

「・・・そうですね。私も随分助けられました―――。」


嬉しそうな篁中尉。
うん。
褒めておくに限る。


「・・・白銀少佐。」

「はい?」

「不知火弐型にXM3を搭載したら、どうなると思いますか?」

「―――羽化[バケ] ます。
確実に、世界が変わります―――。

と、言うかオレが言っちゃいけないのかも知れないけど、彼方の中で既にロックオンされていると思いますよ。」

「!!、・・・ありがとうございます―――。」


何かを決意したような気概。


「あ、あの、私は少し肉刺の治療に医療センター寄って行きますので、ここで失礼します。」

「ああ、慣れない操作で肉刺破いちゃっいましたか、お大事に。」

「は、ありがとうございます。」


そう言って篁中尉は足早に立ち去った。

・・・うーん。
そこはかとなく波乱の予感。
より良き未来を信じるしかない・・・か。


Sideout




■15:15 帝都城第2演武場

Side 唯依


殿下の御示唆。

ユウヤを知っていると言う白銀少佐の言葉。

そして不知火弐型の評価。


どれも嬉しくなるものだった。
姿が見えなくなると、つい立ち止まり、噛み締める。

―――そう、誰に言えなくても自らは誇ろう。

あの日々を――。







「・・・・何をしているのです?」


声をかけられふと顔を上げた私。
小径の途中で瞑黙していたのだ。
それは邪魔であろう。

そこに居たのは、時折見かける独特の制服に身を包んだ、同じ年頃の女性。
肩くらいまでのクセのない髪、前髪を揃えた何処か見覚え在る髪型。

その瞳が見開かれる。


「唯依っ! 唯依ねっ!?」

「え?」


フラッシュバック。

帝都防衛戦。
繰り上げ任官からのいきなりの初陣。
瞬く間に崩れる防衛戦と、あっけなく損耗していく僚機。
撤退戦。
僚機に巻き込まれて堕ちてゆく白の瑞鶴。
共に墜落した地下エリアでひしゃげた搭乗機に挟まれたのか動けない血塗れの顔。
集る戦車級。
絶叫。
結局、懇願された“介錯”の引き金を引けずに彼女の手足が宙に飛んだ時には、自分にも戦車級が迫っていた。



トラウマ。

何故引き金が引けなかったのか。
何故殺してあげられなかったのか。

繰り返した悪夢。自問自答。自省癖はここからだろうか。

それは自らの弱さ。
彼女を殺した、という咎を恐れた自己防衛。

自分可愛さに、最期の救いすら彼女に与えることが出来なかった後悔。



その彼女、山城上総が、満面の笑み、ちょっと気の強そうな切れ長の目に溢れんばかりの涙を湛えて私の肩を掴んでいた。


「・・・や山・・・か、上総・・?」

「そうよ、唯依、お化けじゃないですわ、本物。
生き延びたのですよ、わたしもあの地獄[●●]を!」


肩を掴む手が温かい。

再会に涙を零しながら微笑む顔は紛れもなく彼女。
髪こそ短くなっているが、あの日失ったと思っていた同期の親友。


「・・かずさ・・・上総っ!、上総っっ!!」


私は泣きじゃくりながらその胸に飛び込んでしまった。
上総は私を抱きしめて、同じように泣いている。


ぐちゃぐちゃの感情。

これまでの後悔、重圧、ジレンマ、そして“ユウヤ”も“弐型”も、皆溢れ出すように。

私の弱さ、そして覚悟の原点。

今際の際に望まれた“介錯”すらしてあげられなかった後悔。

その相手が生きていた。それだけが嬉しくて・・・。





二人で抱き合って一頻り泣き、漸く落ち着いて来て、互いに泣きぬれた顔を見合わせ、笑いあう。


「でもかず、・・・山城さん、一体どうやって?」

「・・・まだ“山城さん”ですの?
先程は“上総”って呼んでくれたのに――。」

「あぅ・・・。」


まだ名前で呼べない・・・そう思っていたのは何時のことか。
私には、今もってその資格が在るのか、其れすら知れない。


「―――いいですわよ、私も唯依にそう呼んでほしい・・・。」

「え?・・・か、上総?」

「ええ!」


にっこり微笑むその表情は、あの頃のまま変わらない。


「それで、そうですね・・・死んだと思っていたのですわ、私も。
・・・戦車級に噛みちぎられて。
でも気づいたら、集中治療室みたいなトコにおりました。

後程聞いた話では、あの時試験運用でそのまま実戦に入り、あの場に突入した武御雷を機動していた方が、その場のBETAを蹴散らして、私と唯依を助けてくれたとの事。」

「!!、“青”の武御雷?」

「ええ。
その時かの衛士は、私の状況から野戦病院じゃ助からないと判断し、琵琶湖まで来ていた“シャノア”の病院船に運んでくれたらしいのです。
実際手足はもう無かったので、4割が擬似生体に換装され、その後のリハビリだけで半年掛かりましたわ。
そのまましばらく死亡扱いでしたし・・・。」

「!!!・・・・。ごめん・・なさい・・・。」

「やぁね、何ですの? いきなり」

「・・・私はあの時、貴女を撃てなかった・・・。」

「・・・・・・でもお陰で、こうして生きて逢える。
唯依の判断は、正しかったのですよ?」

「それは・・・結果論で・・・」

「そうですね。・・・はっきり言えば、リハビリ中は辛くって、なんで殺してくれなかったの、って思ったことも在りますわ。」

「 !! 」

「どうせ唯依の事だから、自分が弱いから撃てなかったとか思ってるのでしょ?」

「 !!! 」

「それを言うなら、私も同じ。
もし私を撃っていれば、私は救われたかもしれないですが、それをさせた唯依に、重い傷を負わせる事になります。
それでも“自分”が苦しくないように懇願したんだから、同じですわ?」

「・・・・・。」

「当時逆の立場でしたら、自分でも出来たかどうか、判りませんし・・。
其れ故、恨んでなんかいませんし、謝られても困りますわ。
私は、こうして生きて会えたことが一番嬉しい―――。
それでは、駄目かしら?」


嗚呼―――。
まっすぐだ。相変わらず。

共に訓練し、技を磨きあった日々。考えたら自分の僅かな軍籍の中で、尤も長く同じ時間を過ごしたのは、彼女たち。
繰り上げ任官となった嵐山中隊で、唯一の生き残りになってしまったと思っていた。
その時間を共にした、親友と呼べる彼女が生きていてくれること、それは自分に取っても限りない救いだった。


「貴女の事だから、あの時何故撃てなかったか、とか悩んだのでしょう?
同道結論は、自分を守る為に撃てなかった、私を殺したと言う事実を恐れた、自分が弱かった、・・・とか言うのでしょう?」

「 !!! 」

「・・・謝罪しますわ。
私も、貴女が傷つく事まで思い至らずに絶叫なんかしてしまいましたし・・。
まあ唯依が悩んだ分、私もリハビリで苦労したのですからお相子ってことで、許して下さいね。」

「上総・・・・。」

「・・・本当の優しさは勁さだって言う人が居ります。
人の為に自分が傷つくことも厭わない勁さ。
覚悟と言っても良い。
それがない優しさなんて、唯の偽善だと。」

「 !! 」

「でも、そんなの嘘っぱちですわ。
人は人の為に生きているのではないのです。
覚悟在る自己犠牲は、見方を変えればそれこそ唯の自己満足。
人のために自分は傷ついたんだ、と言う偽善にも成り得ます。」

「 !!! 」

「自分を大事に出来ない人は、人も大事にしないものです。
強い人には、弱い人が理解出来ない。
本当の優しさはね、そんな人の弱さも強さも、すべて飲み込んで、相手を理解すること―――。
押し付けや、自己犠牲ではないのです。
・・・・・・私は、“シャノア”の病院船で、そう学びました。」


・・・眩しい。
BETAに齧られ、四肢を喪ったと言った。
実際私は宙を飛ぶ彼女の手足を見た。
その死地から生還し、こうして此処にある。
勁さとは、自己犠牲を厭わないことではないのだ。
従容とあるがままの自分や相手を受け入れる。
それでいて流されること無く、“自分”を確立する。
それを為している彼女なのだ。

私は・・・自分の弱さを受け入れただろうか? 相手の弱さを認めただろうか?


「それって、今も“シャノア”に?」


あのBETA大禍に於ける避難で、悠陽殿下の依頼によりその移送を請け負ったのが“シャノア”。
奇跡の逃避行を支えた輸送集団。
あの時ならその病院船が来ていてもおかしくない。
国際的NPOであるが、当然殿下の覚えめでたく、上総の着る制服は時折この城内でも見かける。


「ええ。
喪ったのが四肢だったから当時の擬似生体では衛士は無理でしたし、リハビリ後もしばらくはロクに動けなかったのですから・・・。
そのまま“シャノア”の一員として貰い、今も病院船を手伝っています。
その肉刺で、センター行こうとしてたのですね。
お貸しなさい、処置いたしますわ。」


そう言って肉刺が潰れた手を取る。
衛士の応急セットよりはずっと高度な治療キット。
手馴れた作業で消毒から治療をしてくれる。


「え? でも・・・。」


そういうが、違和感が無い。
さっき抱き合った時も、四肢が擬似生体とは思えなかった。


「・・・私と唯依を助けてくれた方、“シャノア”の代表もしていらっしゃるのですけど、暫く行方不明でしたの。
今回、突然復帰なさったと思ったら、どこかで極秘に技術開発していらしたらしく、擬似生体を完全に生体化出来る遺伝子技術を持ち帰りました。
その臨床試験として私が志願し、今回帰国する仕儀となりました。
今日此処に居るのもその処置を施したため。
その御方が此処にいるからです。」

「え?、“青”の武御雷の!?」

「そうですわ。
“青”は、京都防衛の当時、五摂家優先で造られて居りましたから。
九條の機体を本人は使わないため、当時斯衛に居て技術担当していた御子神様が乗っておりましたの。
尤も調整を兼ねてなのでその一回だけだったとお聞きしましたが。」

「・・み、御子神さま?」

「午前中に演壇に立ってらしたのでしょう? 御子神彼方様。
“シャノア”創立者にして、天才技術者。
今回の生体化技術もそう。
私にとっては、命の恩人で、今回は喪った手足を元通りに治してくれた“神”様ですわ。」

「 !!!! 」


御子神少佐が、あの“青”の衛士で、私と上総の恩人っっ!?








上総との連絡先を交換した後、呼び出されたのは、斯衛軍の参謀本部。

XFJに付いての何らかの沙汰だろうか。

それでも私の足取りは少し、軽い。

殿下の助言。白銀少佐の言葉。そして上総との再会。
今思えば共に泣きじゃくったことで、今まで溜めに溜め込んでいたいたものを、一気に流し出せた気がした。

上総が生きていてくれたことで、“弱い自分”を漸く認める事ができそうな気がした。
何か呪縛から解かれたような、憑き物が落ちたような気分だった。



ノックする。

許可と共に室内に入ると、見知った顔が並んでいた。


「帝国斯衛軍中央評価試験中隊篁唯依、出頭致しました。」

「おう、唯依ちゃん、教導中悪いな。」

「巌谷もこんなだ、堅苦しい言葉遣いは要らんぞ。」

「は、・・・はぁ。」


ピッと敬礼したのに気の抜ける返事。
そのなかで、唯一答礼を返してくれた人。


「面と向かっては、初めてだな。
国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊技術少佐、併せて帝国斯衛軍中央評価試験部隊付き技術少佐も拝任した御子神彼方だ。宜しくな。」

「!、は!、よろしくお願いします!」


この人が殿下の“兄さま”だった人。
そして私と上総の恩人。
そう、部屋に居たのは、斯衛軍の副司令官である紅蓮閣下、XFJ計画での上司に当たる帝国軍技術廠・第壱開発局副部長の巌谷中佐、そして帝国斯衛軍中央評価試験部隊付き、つまり直属の上司に成った御子神少佐だった。


「篁はXFJ計画の推進大儀であった。
不知火弐型、短期間で此処まで出来れば十分な成果、誇って良いぞ。」

「は、ありがとうございます。帰任の報告が遅れて申し訳ありません。」

「気にせんでいい。どうせ巌谷が先走って呼び戻したんだろう。」


叔父様が苦笑している。そして徐ろに告げた。


「そのXFJ計画だが、Phase2,Phase3 と既に十分な進化が認められる。
だが、この後実施が決まっている重要作戦に於いて使用される特殊な機体を“Evolution4” として進化させることに決まった。」

「 !! 」

「・・・まあ、簡単にいえば、XM3に合わせた機体、と言うことだ。」

「・・・XM3[]合わせるのではなく、XM3[]合わせる、のですね?」

「・・・判っている様だな。
既に統合機動制御を実現しているXM3だが、既存の機体に合わせた場合、制約もまた多い。
センシングやアクチュエータ、制御用のモデルなど、全てある物で対応している。
結果的に回りくどい制御が必要になり、燃費で言っても10%位スポイルされている。
それでも現行のOSより向上しているのだから如何に今までが無駄だったかわかるだろう。」

「・・・・・何故弐型なのですか?」

「・・・武がXM3で実現したかった機動概念は何なのか、判って居るだろう?」

「え、あ・・・・3次元機動!」

「・・・肩部スラスターを有して機動実績があるのは、Su-37かACTV、そして弐型だ。
その機動は見せてもらった。
XM3無しで此処まで動けるのは賞賛に値する。」

「 !! 」

「XM3を組めば、XFJ計画の求めた成果は全てクリアする。
次期主力として全く問題ない。
だが、それだけじゃ届かない所もある。」

「・・・Evolution4は、特定の任務に向けたSPL仕様、と言うことですか?」

「・・・そうだ。」


XM3に合わせた機体づくり。
私が叔父様に具申しようとした内容そのもの。


「因みに計画は、国連太平洋方面第11軍、所謂国連横浜基地のA-00戦術機概念実証試験部隊にて行う。
既に以前から打診されていたが、富士教導隊で試験運用される来週にもロールアウトする初ロット5機は全て、来月に予定されている2ロット目も半分の6機はそこに搬入される。
Phase2やPhase3への追加改修、そしてEvolution4への進化もそこで行われる。」

「 !! 」

「帝国軍技術廠、そして斯衛軍として、篁唯依中尉には、引き続きXFJ計画Evolution4を担当し、開発に携わって欲しい。」


・・・・え?、上意、じゃないの?


「・・・別に無理にとは言わない。オヤジ共の言うことなんて訊かなくてもいいぞ。」

「!、なぜですか?」


閣下までオヤジ扱い。
閣下もなんでもない様に流している。


「中佐が無理に呼び戻したらしいしな。
今朝もユーコンへの帰還を希望していたと聞いた。」

「・・・・。」

「今回プロミネンス計画にも“データ”を送りつけたからな。
XM3Liteを手土産に、向こうの連中に布教してもらっても構わない。
それも重要な仕事だと思うぞ。」

「・・・何故そんな容易くXM3を他国に渡せるのですか?」

「俺の敵はBETAだからな。
日本の衛士だけが強くなったって、世界のBETAは滅ぼせない。」


・・・あっさり言い切るんだ・・・。


「・・・・私はEvolution4に必要有りませんか?」

「一応軍だからな。
個人の参加不参加で作戦が頓挫してはマズイだろ。
居ないならそれを前提にどうにかする。
―――だが正直言えば格段に効率が違うことは否定出来ない。」

「ならば、・・・お手伝いさせてください!」

「・・・意気はいいが、過酷だぜ? ユーコンの方がよっぽど安全だ。」

「構いません。」

「・・・・かなり萎れてたって聞いたんだが、随分吹っ切ったな。」

「・・・殿下と、白銀少佐、御子神少佐のお陰です。―――上総に会いました。」

「上総?・・・ああ、山城か。」

「・・・明星作戦以前の事ゆえ、少佐は記憶にないと思われますが、上総と私を助けていただいて、ありがとうございました!」

「・・・・あ~、なるほどね。
京都駅近くの地下エリアで助けた瑞鶴が君らの機体か。」

「一度は死んだ身です。
危険と言われたって今はどこでも危険です。
オリジナルハイヴに突っ込めとか言うのでは無いので「それ正解」・・す・・・え?、うそ?」


驚いて叔父様や閣下を見たら目を逸らした。

・・・・・本気?


「・・・・ Evo4[●●●●]は、ハイヴ侵攻SPL。」


暫し絶句する。
選りにも選ってオリジナルハイヴ。
戦術機の改修くらいでどうこう出来るレベルではないだろう。

だが、叔父様や閣下がそれを否定しない。

・・・・・・つまり、御子神少佐は本気なのだ。
本気でBETAを駆逐する気でいる。

だからこそEvolution4を手がけ、国家戦略的には多大なアドバンテージと成り得るXM3を諸外国に渡すことにも何ら躊躇がない。

だったら・・・。


「・・・望む所です。」


私は静かな決意を込めて、そう答えた。


Sideout




Side 真耶


「・・・宜しいのですか? 篁へのあの様な言葉・・・・」

「良いのです。」

「・・・些か迂闊、と存じますが・・・。」

「え?」

「篁がアラスカに戻るなら良いですが、あれではまず帝国に残り、弐型の納入を希望する御子神少佐に開発の経験者として望まれる公算が高いと思われます。
しかも殿下が設定した直属の上司。
二人の距離が物理的だけではなく近くなることも在り得ます。」

「!!」


私が煽ると、一瞬しまった、という顔をする。
うん、まだか。
しかし、何かを思いついたように穏やかな表情に戻る。


「・・・唯依の生真面目な性格故に、あまりその様な心配は無さそうに思います。
ワタクシの想い人と認識しているなら、考えられないでしょう。
もし、それすら構わないほどに唯依が本気で、そしてそれを彼方が認めるなら、ワタクシは唯依なら吝かではありません。
・・・・寧ろそうなった時、唯依がワタクシにどう知らせてくるか、見てみたい気もします。」


そう言って本当に可笑しそうにコロコロ笑っている。

おお、なかなかに勁くなったことだ。
しかも黒い?

うむ、御子神、覚悟を決められた殿下の成長は殊の外速いぞ?

心せい。


Sideout




[35536] §36 2001,10,28(Sun) 国連横浜基地
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2012/11/08 22:20
'12,11,07 upload  ※幕間 開き直った?


Side 夕呼  18:00 B19夕呼執務室


ノックと共にドアが開く。

「あら、お帰り。早かったわね、教導は明日までじゃなかった?」

アタシは装着型00ユニットのチェック作業を中断して向き直る。
入ってきた彼方は、そのままソファに深く沈んだ。珍しく草臥れた様子。

「教導は、な。俺は換装してしまえば終わりだし、臨床試験も順調、必要と思われる施策は全部振った。
そろそろ鑑の思考野再生が完了するだろ? 早めに出してやんないとな。」

「ちゃんと殿下陥とした?」

「・・・そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。
・・・マジ御子神[ネイティヴ]パネェ・・・。」


芝居がかったセリフに笑いながら、それもそうかと思う。

彼方が知っているのは、御子神[ネイティヴ]のブログだけ。主観で書かれた記録に、周囲の客観なんか書かれているわけがない。

“弾劾”を知っている者なら、殿下の窮地を救った救世主。そして今回は白銀という英雄と共にXM3と言う奇跡のOSを齎し、そしてまだ未発表であろうが帝国の未来を支えるあの“高天原”を献上したのだ。
アタシが殿下でも陥ちるし、それを知る周囲が望むのは、当然そういうことだろう。
そして殿下もあの件に前向きとの礼も貰っている。

使うことに躊躇はなくても、本質的には御子神[ネイティヴ]の功績を自分のモノのように扱うことをヨシとしない彼方にとっては、居心地が悪いことこの上ないだろう。
少なくとも衛士に感謝されるXM3は白銀とアンタの功績でしょうに。


こう見えてコイツ、結構お固い[ジジクサイ]。傍若無人なのに、自由奔放とか若さに任せて爆発、とかはしそうにない。まあ、肉体20でも、精神時間は100年超えているわけだから老成しているのか、妙にストイックだ。
フラグは立てる癖に、いつの間にかへし折っていたりする。
その辺はループをしつつ、けれど何時もリセットされ継続した経験なく17歳を繰り返した白銀とは違う。白銀は順調に若さに任せたハーレムへの道を歩んでいるというのに。
アタシだけ、と言う優越感はたしかに有るが、縛る気もないし、縛られる気もない。

けれど流石に御子神[ネイティヴ]が立てていた強固なフラグは簡単に折れないらしい。


「まあ、諦めなさい。鑑の言うとおり、優秀な男程早死する時代、超優秀な生き残り[サヴァイヴァー]には遺伝子を残す義務があるわ。
殿下との竿姉妹なら、光栄ね。」

「・・・此処はそう云う世界か?」

「そう云う世界よ。」

「・・・・まあ武が望んだループ世界となれば、こうなるのも仕方ない、か・・・。」

「・・・仕方ないついでに、まりももお願いね。」

「は?」

「・・・本来はアタシが贖罪すべきなのは解っている。でもこればっかりはアタシがタチって訳にもいかないでしょ?」

軽い冗談のような口調に、探るような視線。
アタシは口元には笑みを残しながら、真っ直ぐ見つめ返す。
・・・・茶々や冗談ではない。これは・・・懇願、なのだ。




「・・・・・・・判った。」

長い沈黙の末、彼方は端的に応えた。


・・・ホントコイツ、イイ男だ。

弱みを晒したくないアタシの事をちゃんと理解してくれている。
世界や時代の所為にしたって、多分本人の主義を曲げることにもなるのだろう。
それでも、それごと[●●●●]受け入れてくれた。コイツを惚れさせた向こうの世界のアタシにも感謝する。



罪悪感。

まりもは親友だなんて言いながら、計り知れない重荷を背負わせた。かなりイロイロ無理させているのも知っている。
優しいまりもに、損耗率がケタ違いになる部隊専用の教導などさせるべきでないのは、重々判っていた。
それでも、他に信頼できる者が居なくて、頼まざるを得なかった。

他にも無理させた者は大勢いるし、死んでいった者も少なくない。その全てを“BETA駆逐”という成果につなげることで報いよう、それがアタシの覚悟だった。
それでも迫る期限。目の前にある人類の終焉。
今までは形振りなんか構ってなかったし、死んでから謝るしかないなぁ、位にしか思っていなかった。

それが、彼方達が来て状況は一変した。
齎された情報と技術は確かに未来に繋がる希望がある。
未だ予断を許す状況ではないが、その先を考えなければならない程に事態が好転していることも確かだった。

勿論アタシ流に傲慢な言い方をすれば、今の関係は彼方が数式の対価にアタシを望んだ、と言う言い方も出来る。別にアタシが望んだ関係ではない、と。
もしかしたら、それすらアタシの性格を知っている彼方が図ってくれたのかも知れないが。

少なくともその関係を認めてしまった以上、まりもだけは放置できなかった。


白銀の前のループで、まりもが死んだ時、向こうのアタシは何を思ったのだろう?
桜花作戦が成ったのなら、白銀に殺される事を望んだかも知れない。


今も、既に死んでしまった者たちには、当面懺悔しか返すことが出来ない。それでいいのかと問われれば何も返せないが、死者は黙して何も語らない。
もし輪廻が本当に在るのなら、再び人に生まれる事が出来るよう、人類が生き延びること、それで返すしかない。
そして、今を生きている者には、出来うる限りの生を、その未来を齎すことで、贖罪とするしか無い。

その中でも、まりもだけは・・・・、アタシと同じ死んでいった者たちまでをも、背負わせてしまっているのだ。
アタシだけが望外の幸運を享受している事は、いくらアタシが厚顔でも出来なかった。


彼方に任せることが傲慢なのも、他力本願なのも理解している。
それでも少なくとも彼方なら、まりもを癒してくれる、それがアタシの信頼だ。
それをそこらの男に任せることなんか出来ない。
白銀なら悪くはないと思ったが、奴には鑑も御剣も、社も居る。



それを全て察して、ただ一言で了解してくれた彼方には感謝するしか無かった。


まあ、報酬はまりもの身体ってことで。何処でも好きなトコ使っていいからね!


Sideout




Side まりも  23:30 A-00専用ハンガー


統合機動制御。白銀クンの機動概念を元に、御子神クンがXM3正規版上に実現した思想。

今までβ版と、実現している機能は同じ。操作性も違和感がない。
しかしそのバックボーンを仮初めのモノから大胆に変更した。つまりシミュレーションでは問題にならなかった関節損耗や細かい燃費。そういったモノまで全て制御し、自律機動そのものを動的に取り込んでしまうことにより、その動きは更に自然になった。
それはβ版を元に教導を繰り返したA-01や私、白銀少佐の機動やコマンドを精査し、求められる機能を含む全体的な制御へと拡張させた。
結果、β版では消耗の増大した関節部さえ、今までのOS以下に抑制することが可能になった。

それを3日足らずで遣ってしまうのだから呆れるしかない。


更に木曜日、協力を要請されたのは、XM3のナビゲーション。
私がXM3で確かめていた基礎動作、そして今後207Bを想定して組み立てていた教導計画。

それら全てを実現したのが、ナビゲータAI。

XM3を搭載したで戦術機に於いてクラスタシステムと通信することにより実現する、シミュレータモード、ナビゲータAI、更に以前から基地のメインフレームに作って居たアグレッサーAIを実装したシステムが、A-00とA-01に示されたのは、金曜日の夕方だった。


以来22時迄の合同訓練の後も、不知火に潜り込み、そのチェックを行っていた。


擬似教導を行うのは、ナビゲータAI・“まりもちゃん”。

明らかに私が3頭身にデフォルメされたアニメキャラ。
初めは苦笑していたA-01のメンバーも、その完成度と芸の細かさに唸るしかない。

正しく神宮司大尉の教導を受けている様に錯覚します、それが伊隅大尉以下A-01メンバーの感想だった。


それは、ちょっと・・いえ、相当恥ずかしかったが、嬉しくもあった。

何よりも御子神クンは、このAIの中に、私の教導理念を何よりも大切に込めてくれたのだ。

衛士は勇敢だと言われる必要など無いの。
臆病でもいい。
ただ永く生き残り、一人でも多くの人を救って欲しい。

そう語った私の想い。

勿論、網膜投影の中の“彼女”はそれを声高に話したりしない。
御子神クンによれば、ある隠しパターンに一致すれば、語り出すらしいのだが、まだ見つけていない。

ただ教導に、説明に、その理念が基礎にあることを確かに感じさせる。
派手で効果の高い機動よりも、地味で安全性の高い機動を選ぶ。
常に退路を意識させつつ過剰な突出を避ける。
明確な言葉ではなくても、その教導理念は無意識に刻まれる。
心憎いまでの御子神クンのロジックがそこにも存在した。
それに気づいた時は、涙が出そうになった。


この自己教導システムは、正しく私が得てきた技能や経験をかなりの範囲にわたって網羅しているのだ。確かに、“まりもちゃん”は他でもない私の分身であった。



これがXM3の頒布に伴い、世界に広まり、そして未来に残る。

もし私が死んでも、その理念や経験は広く永く受け継がれるのだ。
教導に携わる人間として、これが誇らしくないわけがなかった。




ふう。

一連のチェックを終え、一息つく。時間を見ればまだ0時前。

もう1,2セクション出来るわね。


私は、AIが出しているレッドアラートを無視して、一息入れるためにハッチを開けた。



ふっと重力が失せ、足下が消失する感覚を覚えたのは、不知火から居りようとコックピットを出た、直後だった。

落下の浮遊感。

地面に叩き付けられる衝撃の代わりに、フワリとした感覚、天地が回るような酩酊感にそのまま視界が暗くなった。





ふと気がつけば、高い天井?

傍らでタタタタ、とキーボードの流れるような連打音。
まだぼやけた視界を、すっと手が横切る。

額に当てられた掌が、僅かにひんやりと心地よい。

「大分顔色良くなった。」

「あ・・・」

穏やかな御子神クンの声。

「しかし・・・此処にも自己犠牲を厭わないワーカホリックがいたか。」

「え?」

「・・・強化装備とはいえ、ヘッドギア外した状態で、10m落ちれば首の骨折って死ぬよ?」

「 !!! 」

思い出した!
貧血で戦術機から落下したのだ。

「申し訳・・・「・・・」・・ごめんなさい・・・。」

敬語で言いかけて、睨まれて、言い直した私に、彼は額の手を、すっと耳から後頭部に差し込む。

大きな手でぎゅうっと後頭部を圧迫され、暖かい何かが染み込むような感覚。
貧血で霞んでいた思考が明瞭になってくる。

「まったく、AIのレッドアラートまで無視し続けて。どんだけ無理したか、ログで判るんだぜ?」

「 !! 」

「教官が教導規定破ってどうするの。
・・・漸く夕呼の体調を整えたって言うのに、ここにも満身創痍がいたか。
まりもセンセ、もとい、神宮司まりも。」

「?!」

「ここしばらく、生理も来てないだろう?」

「ぶっ! なんてことをっ!?」

「真面目な話。
・・・慢性的なストレス疾患。
既に内分泌系がメチャメチャで、殆ど重度の更年期障害と同じレベルだなこれは・・・。」

「 !!! 」

「まりも、まだ20代にして、女として終わろうとしてる。」

「・・・・・。それでも、いい「駄目だ。」・・・え?」

「・・・少なくともまりもは教官だ。もし教官がそうしたら、まりもの教え子は、皆そうしなければならなくなる。」

「 ! 」

「まりもはそんな人生を、彼女達にも強いるのか?」

「・・・・・。」

「俺は少なくとも、皆に生き延びて、そして幸せな人生を取り戻して欲しい。その為にいろいろ動いている。
でも、その為に誰かが犠牲になるなんて、認めない。
まりもも幸せにならなければ、他の娘も幸せになんかなれない。」

「・・・・・。」

「まりもは、教え子を不幸にしたいのか?」

「!! まさか!」

「だったら、暫くの間、まりもの体調は俺が管理する。因みに内分泌系が改善されない場合は、sexもするからな。覚悟しておけよ。」

「!!! それは・・・」

「他に頼む男が居ると言うなら、構わないが・・・、そこらへんの男に譲る気はない。
武くらいならいいが・・・、あいつ他に一杯居るし。」

「!!っ」

「・・・夕呼にも言われたんだろ?」

「!!、あれ本気なの?」

「今の若い男は、少なくとも8人が責任範囲だそうだ。」

「!!」

「無節操に侍らすような趣味はないが、時代が時代だけに少し趣旨替えが必要なのも確かみたいだ。まりもさえ良ければ、そう成りたいと思うよ。」

「・・・・それは、女性として、ということ?」

「ああ・・・。ま、急ぐことはないから、考えといてくれ。今日の所はマッサージ施術しとくから。」



昨日夕呼にも顔色の悪さを指摘され、少し休めと言われた。
ついでに彼方に相手して貰いなさい、とも。

夕呼が御子神クンとそれなりの仲なのは何となく理解していた。あの色艶は、満たされている女の肌だ。かつて一度も見たことのない夕呼のそれ。
まだここに赴任して数日だというのに、その手の早さには驚いたが、ここのところ益々荒れていた夕呼が落ち着いてくれたのは、ありがたかった。

BETAを駆逐する・・・。その目的の為に夕呼が立ち上げた極秘計画。
白銀クンと御子神クンが帰任したことで設立されてたA-00戦術機概念実証試験部隊。そこに併属された事でその内容も知った。

そして人類が置かれた絶望的な状況。

あと2ヶ月でオリジナルハイヴを墜とす・・・。それが人類存続の条件だった。



部屋に戻り、強化装備を脱いで、タンクトップとボトム。

自分の部屋のベッドに座らされると、まずは掌、甲、指一本一本のマッサージ。
それだけで魂を抜かれるような気持ちよさ。

最初少し強ばっていた体さえ、すぐその事を忘れる。
両手。そして手首。肘。

いつしか言われるままに、ベッドに寝そべっていた。

次に足に触られても、嫌悪感は沸かなかった。
暖かさが流れ込む。足指のひとつひとつ、裏から足首。

触られるところから、強ばっていた筋肉が解され、ぎしぎしだった神経が解かれていく。そんな感覚。そして膝までで、止まる。

次は肩だった。
肩から背。腰まで。

時間をかけて、焦ることなく、私の体がほぐれるのに合わせてくれる。
こんな暖かい、優しいマッサージは初めてだった。

「・・・仰向けになって。」

「・・・上手なのね。」

「内氣系は得意だからな。楽にしてて良いから。」

枕を首に挟むと、頭のマッサージ。
軽くしか力を入れていない。それを何度も繰り返す。
しびれがだんだん溶けて、心地よさが広がる。

首。鎖骨周り。胸を避けて脇からおなか。骨盤周り、そして太腿に移った。

ひたすらきもちいい。それでいてセクシャルなものを一切感じさせないところが、凄い。


薄目を開けて彼を見た。
うっすらと、汗。マッサージだけでかれこれもう1時間になる。

胸がきゅんとした。忘れていた男への憧れ。


考えてみれば、相当の優良物件である。
世界最高戦力たる衛士、もたらす技術が飛んでもない技術佐官。

階級は20にして既に少佐。
国連の極秘計画中枢に位置し、そして頭脳明晰。

まさに人類の存続に、希望を灯した存在。

ルックスは落ち着いていて華やかではないが、端正なのは否定する者がいないだろう。
長身。そして脂肪の欠片も浮かない鋼のような肢体。

男としては否定する要素が何もない。


人口、特に若い子供を産み育てる世代が激減している今、性のモラルはそれほど厳しくない。
勿論、無理矢理とかは犯罪だが、寧ろ子供を作ることは優遇される。

それは、種の保存という無意識もあるのかも知れない。
一夫一婦制が基本だが、それに固執しない風潮がここ数年あり、それは人類の危機と共に高まっている。
なので、子供を作ることそのものは状況や周囲への影響故問題だが、抱かれること自体には、私にもそれほどの嫌悪感がない。


「・・・ねぇ・・・。」

「ん?」

「・・・胸やお尻はしてくれないの?」

彼はクスリと笑う。

「取り敢えず、全身の経絡と骨格整えとかないとな。女性ホルモン整えるにはそっちも必要だからじきに及ぶ。ま、ゆっくりな。」

彼は誘うような事を言われても、決して焦ったりしない。

ペースは変わらず、その代わりゆったりとしたマッサージに胸が加わった。なでるような癒しと微妙な振動。

服も着たまま。もどかしさに小さく声が出た。
掃くように撫でられてぴくん、と背が反った。
先がもう痛いほどにとがっている。男の手に触られる嫌悪など何処にもなく、触れられたところからさざ波のように熱と快感が流れ込む。

焦れったくて、もどかしくて、思わず手をつかんだら、やんわりと解かれた。

「ダーメ。焦らないで任せな。イきたくなったら、我慢するな。」

微妙な振動が周辺からやっと頂上に達した時、私は枕を噛んだ。
熱を持った電気に近いものが、背筋を疾る。
全身が突っ張り、さざ波のような痙攣を抑えられなかった。

癒しの手は、魔性の手にもなる。触れられたところから女が狂うようだ。


・・・ここまで一方的に遣られたんじゃ、“狂犬”の名が泣くわね。

私は反撃を試みることにし、手を伸ばした。









気がつけば、朝。

・・・・本当に、何年ぶりの清々しい朝だろう。

いつの間にか凝り固まっていた身体を、全部分解して組み直されたような感じ。
凝りを凝りと感じず、疲労を疲労と覚えないまでに疲弊していた身体を、全て一新して貰ったような感覚。
どんなに自分が疲弊していたのか、改めて思い知った。


成る程、夕呼が輝くような生気を得て、髪や肌つやが異様に良いのも納得できた。


・・・これの独り占めは、確かに狡いわね。


しかも下腹部に鈍い重み。

その日私は、久方ぶりに、女の印になった。


Sideout





[35536] §37 2001,10,29(Mon) 15:00  B19シリンダールーム 復活
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2013/04/04 22:18
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Side 霞


「・・・・ん、OK。完璧。」

「うしっ!! やったーっ!! これで勝つるっ!!」

昨夜一足先に帰って来た御子神さんと、純夏さんにダイヴしています。
自己再生した純夏さんの記憶野と思考野の最終チェック。
OKを貰った純夏さんは、ワタシの手を摂り、ぶんぶん振ると、次にはそのまま抱きしめられました。

「霞ちゃんのお陰だよ~、ありがと~!」


・・・暖かいです。


ワタシには母が居ません。
人工培養であるワタシは、素体と成った卵子の提供者ですらもはや母とも呼べないほど遺伝子操作を受けていると聞きます。
情緒の発達が遅れているのは、研究施設の中の歪な環境の中で、愛情を受けずに育った所為だと、博士にも言われました。
それでも博士はこんな能力を持ったワタシを厭わず、必要としてくれました。今思えば、不器用ながらも何かと気に掛けてくれていたんだな、と気付くことも有ります。

オルタネイティヴ3から接収されたワタシの存在理由、それが純夏さんの脳髄へのリーディング。
BETAに囚われ、蹂躙され、毀された生命。
人工的に造られた自分と、状況は全く逆ですが、何時しかその境遇を重ね、読み取れない意識になんとか同調しようとリーディングを繰り返す毎日でした。

・・・何度も何度も何度も。



御子神さんが現れた今思うと、それは無駄だったような気がしましたが、その御子神さんが言ってくれました。

社がずっと接触してくれていた為に、無意識の鑑が社を認め、問題なくダイヴできた、と。
鑑を戻せるのは、社の努力のお陰だな、ありがとう、・・・と。


今、こうして仮想領域ながら目覚めた純夏さんに抱きしめられると、それだけでいつも暖かい気持ちになれます。
お母さん、ううん、お姉ちゃんてこんなかんじなのかな・・・。


「それで、何時出られるのっ!?」

「3,4時間で出来るから、今日の夜に武が帰って来るまでには出られる。
因みに、肉体年齢設定は、18でいいよな。」

「あ、うん。・・・ねぇ彼方君・・・?」

「ん?」

「武ちゃん・・・戦ってるんだよね?BETAと・・・。」

「・・・ああ。」

「・・・わたしも戦えるように出来る? ほら遺伝子操作とかでさ!」

「・・・あまりオススメしない。
米国とかソ連でもヤッてるらしいけど、遣る奴は碌なもんじゃない。
どうしてもバランスは崩すから、生み出された方が苦労する。
・・・社みたいないい子が生まれたのは奇跡的な確率だと思う。」

そう言って近づくと、頭を撫でてくれます。
御子神さんに撫でられるのは、武さんと同じくらい好きです。

「そっか・・・、そうだね。無神経にゴメンね?霞ちゃん。」

「大丈夫です。・・・純夏さんが武さんの力になりたいのは判ってるし、ちゃんと認識してくれて嬉しいです。」

「まあ遺伝子を弄らない範囲で筋肉を衛士並にする位はしといてやるけど、多分鑑は今のところ唯一の装着型00ユニット適合者だぜ?
ほっといても凄乃皇動かせるのは鑑だけだぞ?」

「あ・・・、そっか・・・。」

「凄乃皇じゃなくても00ユニットじゃないと動かせない装備も在るし、それじゃなくても鑑はイデアルフェイズに近いんだ。
意識的にその力を使ったりしたら、存在毎消し飛ばされちゃうぜ?」

「・・・・そだった・・・。」

「・・・心配すんな。
その内BETAを根こそぎ薙ぎ倒すモン作ってやるから。
鑑や社が、武の心配しなくてもいいようにな。」

「・・・・うんっ!! 判った。任せる!」


純夏さんがニパッと笑う。

「・・・で、作業に入ると多分、鑑が次に目覚めるのは、“生身”なんだが・・・・」

・・・御子神さん、イイ笑顔です。

「鑑が頑張ったご褒美に、生身でも最初に起こす時、王子様のキスにしてやろうか? 多分アイツヘタレだから、此処ではもう何度も交わしているかもしれないが、“生身”の身体ではファーストキスになると思うぞ?」


御子神さんがチラリとワタシに視線を向けました。

うう・・。バレてます。
御子神さん、鋭すぎます。


「!!!っっっ それっっ!! 必須っっっ!!! 絶対約束だよっ!?」

「・・・任せろ!」


ワタシはそっと、ほっと胸を撫で下ろしました。

実はこの前の朝起こしに行ったとき、寝ぼけた武さんに抱きしめられてキスされそうになりました。

この意識領域では結構イチャイチャしているお二人です。
流石にワタシの能力無しでは来られないので、ここでのバーチャルHにまでは及びませんが、寄り添ってキス位はしょっちゅう。バカップルです。
そんな時も純夏さんは、霞ちゃんが仲間はずれは無いよねと、ワタシはその腕に抱き込まれているのが最近のデフォ。ついつい当てられてしまうんですが、それじゃあと純夏さんに促されて、武さんとキス・・・、しちゃたことも有ります。
初めは武さんもオタオタしていました。
でも今時は、中学生でもキスなんか当たり前、とか、ここは仮想の意識領域なので想像でする様なモノだから大丈夫だよ~、とか純夏さんに言われて、武さんも納得?
ワタシもついその気になりましたが、仮想領域とはいえ殆ど生身に近い感触はあるんです。

唇が重なり、ちょっとだけ舌が触れると、ぼーっとしてしまいました。
他の人との粘膜接触ってあんな気持ちに成るんですね。
武さんが持っていた純夏さんの因果情報、受け渡されるのも判る気がします。

そう・・・、その時ワタシの中に浮かんだのは、“あなたをずっと見ています”、という一片の言葉。
たった一つ、それだけですが、それが、ワタシの心にもストンと填りました。

・・・でもこんなの、確かに好きな人としか出来ません。そしてクセに成るのも理解できました。

なのでリアルでも、危うくそのまま流されそうになりましたが、すんでのところで避けました。
でも避けておいて、良かった・・・。

寝ぼけてなんてイヤです。武さんダメダメです。
もうちょっとリアルのファーストキスは取っておきます。簡単にはあげません。


因みにその時武さんはそのままベッドから落ちて、コブを作った頭をかきながら起きてきましたが・・・。
今後はきっと起こすのも純夏さんと一緒です。


そんな純夏さんの復活ももうすぐです。
生身で会うのがとても楽しみです。






ふと気がつくと、私はシリンダー室のソファに横になり眠っていました。

サイコダイヴの後、疲れて眠ってしまった様です。何時もは寝る直前なので、意識していませんでした。
ちゃんと毛布に包まれて居たから、御子神さんが掛けてくれたのでしょう。



身を起こして見れば、シリンダー脇の調整シートに座る御子神さん。

その目の前のシリンダー内に浮かんでいたのは、今まで在った脳と脊髄ではなく、薄い膜のようなものだけを身体に纏った靭やかな肢体を持つ女性。
それは正しく意識領域の中でいつも逢っていた純夏さん。

眠るように目を閉じて、夢見るような優しげな表情は、とても穏やかで綺麗でした。



「彼方、鑑再生するって・・・、って、もう出来てるのっ?!」

事前に予測はしましたが、思ったより大きな音で入ってきた博士に身体がビクンとしました。


「順調。一点の瑕疵もない。もう少しエイジング調整すれば終わるから、今夜にも覚醒する。」

シリンダーの中の純夏さんを見上げる博士。

00ユニットの素体として、ずっとここにいた純夏さん。
18歳の女の子としてもうじき復活を果たします。
博士も何処か嬉しそうでした。


でも態々全裸の純夏さんに、薄い膜を纏わせるなど、流石御子神さん芸が細かいです。



「・・・・・・・アンタほんとにチートね。BETAすら完全にハッキングしてるってどんだけよ?」

「重頭脳級もクラックできたら、BETAを思い通りに操れるんだけどな。流石に無理っぽ。」

「トライしたんだ・・」

「取り敢えず、は、な。」

「喀什まで行けばどうにかなるの?」

「恐らく無理。
此処だって完全には程遠く、機能レベルの末端を必要なI/Fだけ翻訳してこっちのプログラムで動作させてるだけだ。

時間を掛ければ全部翻訳出来るかも知れないが、基本全く資質の違う生命体が作った言語体系で出来ているからな。
基礎的な共通意識基盤すらないだろうから、古代文字の解読より難解。
それこそ何年掛かるか判らない。」

「・・・よくそんなで前回上位存在と会話出来たわね・・・?」

「会話は概念だからな。アストラルフェイズに繋がる00ユニットならどうにか翻訳できただろう。発する概念は判っても、その会話そのものを紡ぐ“思考構造”は判らない、ってとこだ。」

「・・・なるほどね。ま、そこまで都合のいい展開は無理ってことね。」

「あんまり都合が良くても、“縛り”プレイの件もあるしな。」

「・・・それもあったか・・・。ん、もう、面倒臭いわね! 何とかしときなさいよ!」

「ハイハイ。」


・・・・なんか博士の機嫌がいいです。
そういえば、今朝部隊執務室で会った神宮司大尉も珍しく鼻歌唄っていました。
リーディングは控えたのでその理由まではわかりませんでしたが。

その神宮司大尉のナビゲーションAIも好評です。
ワタシが許可を得て大尉をリーディングし、そのイメージを電子化することによって、かなりの領域が網羅出来たと言って褒められました。
因みにアニメキャラ“まりもちゃん”の動作は、ワタシの動作をモーションキャプチャーして作っています。
基となったの教導データが大尉なので、自分がアニメキャラに成ることは恥ずかしそうにしながらも了承していましたが、そこにうさ耳を付けるのだけは、大尉に涙目で懇願されて御子神さんがあきらめました。
・・・・かわいいのに。
それでも始めはかなり恥ずかしがっていましたが、うさ耳よりはマシだったのでしょうか、A-01の皆さんに御礼を言われたあたりから開き直った様に、寧ろ誇るようになりました。
あったらもっと・・・・かわいいのに。
大事なことなので2度言いました。



でも部隊全体が明るいのは嬉しいことです。

きっと純夏さんが目覚めれば、もっと賑やかになりますね。


そういえば御子神さん、純夏さんの筋力強化はするって言っていたけど、そうするとDMP[アレ]のキレも上がるのかな?

・・・武さん、純夏さんをあまり怒らせないことをお勧めしますね。

寝ぼけて抱きついてきたりしたら、きっとお星様です。


Sideout




Side 武


「ただいま~、霞、・・・え?」

その夜、3日間の帝都城での教導を終え、B19のシリンダールームを尋ねたオレが見たのは、空っぽのシリンダーだった。駆け寄って見ても、仄蒼く光るシリンダーには、既に純夏の脳髄は浮いていない。中の液も4割方排出されていた。


・・・何が起きた?

しばし立ち尽くす。

・・・彼方は先に帰った。

踵を返し駆け出す。

・・・確か2,3日で思考野や記憶野は治ると言って居た。

そのままシリンダールームを飛び出す。

・・・其れさえ戻せば、直ぐに再生出来る、と。

目指す部屋は一つ。

・・・ならば既にもう?

勢いよくドアを開けて、

「せ・っ!!!~~~~~~~~~~」

目の前に☆が見えた。

飛び込んだ瞬間脳天を撃墜され声も出ない。


「少し落ち着け。」

落ち着いた親友の声。勿論容赦のない脳天撃ちも。


チカチカする視界に、見慣れた夕呼先生の執務室、その一角にある大きめのストレッチャー。
其処に横たえられ、静かに眠るのは、紛れもなく純夏だった。


「・・・さっきシリンダーから移した。
この後一応医療センターで検査を受けてもらう予定だが、そろそろお前が帰ってくると思って、待ってた。」

「純夏・・・。もう大丈夫なのか?」

「・・・ああ、社と鑑自身が頑張ったからな。
・・・・待たせたな。
純正・鑑純夏18歳を再生した。ぴっかぴかの処女娘[しんぴん]だ。」

「・・・・。」

冗談めかして彼方は言っているが紛れもなく“生身”の肉体を持った純夏。


言葉を理解するに・・・涙が溢れてくる。

元の世界では、まりもちゃんを亡くして以降逃げ帰った世界で、必死になって喪われていく記憶を繋ぎ止めていた純夏。その純夏を取り返しの付かない事故に巻き込んでしまったのは、因果導体だったオレだった。
その世界も、既に再構成され、あの事故も無かったこととして、戻った大元のオレと相変わらずドタバタしているのだろう。
もう遠く離れてしまった世界。・・・どうか幸せにと願うことしか出来ない。

そして今此処に居るのは、3年前にこの世界のオレが守れなかったこの世界の純夏であり、今のオレをこの世界に呼び、それ以来ずっと共にループし続けた唯一の存在。
直近の主観記憶でも、罪滅しの為桜花作戦に命を賭し、そしてオレを元の世界に戻すために00ユニットの中から消滅した純夏だった。
その安らかなる死者の眠りを、今回無理やり引き戻したのは、この世界に残ったオレの我儘。
オレには今度こそコイツを幸せにする義務がある。・・・まあ、権利かもしれないけど。

その純夏が、ODLに左右される不安定な00ユニットとしてではなく、元の“生身”で、・・・望みうる最高のカタチで、この手に戻ってきたのだ。

彼方や霞には感謝のしようもない。


「・・・で、悪いんだが、鑑は覚醒条件に王子様のキスを所望した。
なのでお前がキスしてやらんと目が覚めない。起こして遣ってくれ。」

「えっ!?」

「勿論正真正銘ファーストキスだ。」

「~~~~~~~~~!!」

確かに、サイコダイヴで起こしに行ったとき、こっちでも初めてしたし、それ以降も結構? してた。
記憶としてはその先もイロイロ経験はあるが、今回転生したこの時系列で、生身は初めて。

「いっぱい当てられました、と社に聞いたぞ? まぁ、茶化すのはここまでだが、本気でキスしてやってくれ。一応ちゃんとチェックもしておきたい。」

・・・純夏のことだから覚醒条件も本当なんだろう。


恐ろしいモノに近づくように、怖々とそばによる。
見慣れていながら懐かしい表情。掛けられた薄い毛布を上下する規則正しい呼吸。

烟るように閉じられた睫毛。
トレードマークのアホ毛も健在。
健康的な頬の肌色。
ほんのりと桜色に薫る唇。

大切なモノに触れるように、そっと髪を撫でた。
頬に触れれば、少しひんやりしたかつての擬体とは異なり、確かな温もり。

意識の仮想世界でも確かに触れることは出来たが、こんなに確固とした肉体としての存在感は無かった。



・・・そっと、羽で触れるように唇を合わせた。


睫毛がぴくりと揺れる。
震えながら開かれた霞んだ瞳が焦点を結び、理知的な煌めきが宿る。

「・・タケルちゃん・・・」

「純夏・・・」

「・・・・・・・~~~ぅおしっっ!!! わたし復活っ!! やっと逢えたね、武ちゃんっ!!」

意識領域で認識はしていたから、戸惑うこともなく、いきなり元気な純夏。
けれどその目にはもう溢れそうな涙が浮かんでいる。

「・・・純夏っ!!」

「タケルちゃんっっ!!!」


背後で先生と彼方が霞の手を繋いで出て行ったのも気付かず、俺たちは泣きながらきつく抱擁を交わしていた。






漸く落ち着いてきたころ、戻ってきた彼方や先生に、散々仮想領域でデートしてたんだろう?と、一頻り冷やかされた。

霞が用意されていた服を持って来てくれたので、純夏はそれに着替えている。
主観記憶で、身体重ねたスタイルと変わらない。ここの世界の記憶からすれば、少し育った状態。
エイジング以外の遺伝子操作はしていないが、今後受けてもらう予定の衛士訓練に備え、筋肉痙攣負荷による全身の筋力トレーニングだけはしたらしい。
体積[バルク]を増やさず、柔軟性と強靭さを兼ね備えた至高の筋繊維になった、と彼方は結果にご満悦。純夏の元々の資質も高いらしい。

あるぇ?

なんか、背筋を冷たい汗が流れた。



一方で彼方が持って来てくれたのは、特別に調整された流動食。
一応消化器系のエイジングも行っていて、赤ん坊のようにミルクから始める必要はないのだが、やはり中はカラッポ、腸内細菌も定着していないとか。
なので2,3日は調整が必要ということだった。


「あ、でもこれ美味しいじゃん! くどくない蜂蜜みたい・・。」

「ま、飽きないようにチョコ味とか、アイスクリーム味とかもあるから、心配するな。」

「ヤタァ!」

「・・・・なんか羨ましいです・・・。」

彼方は笑って、霞に飴を渡してた。・・・大阪のオバチャンみたいな奴だ。



「じゃ鑑、これつけてみ」

そして彼方から純夏に渡されたのは、ヘッドセット。

「なにこれ・・って、え、あ・・・」

「おー、さすが経験者。いきなり適合するか。
・・・・それは装着型00ユニット、対BETA戦術支援システム・“森羅”だ。」

「“森羅”?」

「まだ凄乃皇は来てないから、鑑には武の複座に座って貰って、戦域管制してもらおうと考えている。
AEGISによる広域監視と、3次元フェイズドアレイ地下探査ソナー、データリンクを介した戦域全体の戦術機を初めとする有人、無人を問わない戦力統括。」

「わ、純夏さん、なんか偉そうっ!」

「その為には一応任官もしなきゃいけないから、明日から武と一緒に207Bだけどな。」

「やたっ! すぐ皆に逢えるんだ!?」




復活して、はしゃぐ純夏を見ながら、オレは逆に気を引き締める。

00ユニットによる戦域管制は、前から先生や彼方と相談していたこと。
オレとしても過去のループでも凄乃皇で共に戦ったわけだし、基地に置いていく、と言う選択肢は無かった。
よしんばオレが後方の安全な処に置いておく選択肢を取っても、純夏自身が納得しそうにない。前回、というか長いループで失ってきた皆を護りたいという意識はオレと同様のものがあるからだ。

純夏は近接格闘能力が高いから、戦術機も乗れるだろうが、まあ背中に居てもらうのが一番心配は無かった。



そう、対BETA戦はこれからだ。

H1とH21。

当面の目標に向け、オレはきつく拳を握りしめた。


Sideout





[35536] §38 2001,10,30(Tue) 10:00  A-00部隊執務室 唯依出向
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:01
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Side 唯依


今日から国連太平洋方面第11軍、通称国連横浜基地に赴くことになった私は、早々に基地司令への挨拶を終え、香月夕呼副司令とともにA-00部隊執務室に案内された。
陰口で横浜の女狐とか魔女とか呼ばれる博士は、切れ長で怜悧な瞳に理知的な煌めきを宿すクールビューティ。
儀礼的な挨拶を交わすその存在感に圧倒されそうになった。

・・・この人が極秘計画、オルタネイティブ4の立案・総指揮者。
上位存在、創造主の意図を探り当て、そして今、人類の存続を賭けてオリジナルハイヴ攻略を目指す人類の希望。
白銀少佐や御子神少佐が横浜基地に拘る理由も理解した。


そう、一昨日、此処に出向が決まった後、開示された極秘情報に唯々圧倒されたのだ。
本来尉官になど開示されないレベルの情報。
けれどXFJ計画のEvolution4を推進するその目的そのもの。
オルタネイティブ4のど真ん中に出向するのだから知らせない訳にもいかない、と言う判断だった。

そして悠陽殿下直々に、命令書を受け取った。



帰任した時に叔父様に言われた、それどころじゃない、と言う一言。
それはXM3によるXFJ計画の完了云々の話ではなく、人類そのものの存亡という局面にまで来ていることを初めて認識した。
少なくとも年内[●●]に対処出来なければ、帝国が崩壊する。
それを指し示す全てのデータ。
そして帝国が壊滅し、BETAの太平洋への出口が出来てしまえば、残されたオセアニア、南北アメリカ大陸も危機に瀕する事になる。

人類は正に崖っぷちの瀬戸際。
悠長にユーコンで次期主力戦術機の開発や恋の鞘当てなどしている状況ではないのだ。


―――何という危機感の無さだったことか。

勿論これらは極秘中の極秘故、この情報を知るものは、10数人のみ。
確かに何も対案のない状態でこの情報を公表などしようものなら、世界が瓦解しかねない超弩級爆弾。


・・・・喀什を墜とす。

その為のXM3であり、極秘のXFJ計画Evolution4であった。
人類存続の計画、その総本山がここ国連横浜基地でなのだ。




「篁唯依中尉・・・巌谷中佐のトコの秘蔵っ子ね。
99式はどうだったの?」

「え?」

「ブラックボックスはちゃんと機能したかしら?
アタシが提供してたのよ。」

「!! は、ありがとうございます!
ユーコンでの試射は滞りなく終了し、BETAに対する多大な威力も確認できました。
・・・ただ、砲自体の耐久性や、連射性能と言う面では、未だ未だ改良の必要が在ると、言わざるを得ません。」

「そ。・・・まあ、それも彼方が弄ってたから、何とかしてくれるわ。
ところで固いわね。
公式な席でない限りあたしには敬礼とか敬語とか無駄なことも必要ないわよ。

・・・使えるか使えないか、それだけ。」

「・・・は、はぁ・・・留意します。」


流石、あの御子神少佐の上司である。


「・・・で、受け入れ担当の彼方は何処行ったのよ?」


部隊執務室に行くと、うさ耳の髪飾りを付けた女の子がカタカタとパソコンに向かっているだけ。
その彼女も、副司令が入ってくると椅子を立ち、私に向かって敬礼してくれる。


「国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊付き社霞特務少尉です。
宜しくお願いします。」


この綺麗な、まだ徴兵年齢にすら達していない娘が特務少尉?と驚きつつ、答礼を返す。


「帝国斯衛軍中央評価試験部隊、調布基地所属白い牙中隊中隊長、篁唯依中尉だ。
このたび本日より国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊に技術出向させていただく事となった。
馴れない場所故何かと世話になることもあるが、宜しく頼む。」

「はい。」

「・・・で、彼方は何処行ったの?」

「御子神さんなら、武さんと演習場に行きました。
昨日届いたパーツを予備機の不知火に早速組み込んだので、そのチェックと聞いてます。」

「・・・そう言えば昨日言ってた試作機ね。・・・内容まだ確認してなかったわ・・・。
じゃあ行って見るしか無いわね。
相変わらずアイツは探すと居ないんだから。」


副司令はやれやれと呟きを落とした。


Sideout




Side 武


昨夜目覚めた純夏、今日の午前中は医療センターで各部身体チェックとなる。
午後には207B訓練部隊に合流と成るが、さっきそのことを告げたまりもちゃんは、流石に引き攣っていた。

それはそうだろう。総合戦技演習を明後日に控えた今に成って、ド素人が参入するのだ。
オレがまりもちゃんでも頭を抱える。


しかし、純夏は“森羅”を装着しての参加となる。
一部アストラル思考が出来る純夏にとって、00ユニット“森羅”が在れば、通常衛士の動作モデルを自分の肉体にロードすることなど何でもないらしい。
前の世界では考えもしなかったが、自分の脳の記憶野思考野再生まで手がけたのである。
脳内モデルの構築など朝飯前とか。
流石に筋肉や関節が違うので、男性衛士そのままの真似は出来ないが、彼方が鍛えた筋肉は、十分女性トップガンに匹敵する。
そこに理想的な動作モデルを構築すれば、近接から射撃、狙撃まで標準以上の成績をたたき出す。
チームワーク以外は、脚を引くことはないだろう。
そのチームワークも冥夜も居るし、さほど心配していなかった。

勿論そのやり方を教えたのは彼方だ。
聞けば純夏はBETAと戦うオレのために、遺伝子操作の可否まで彼方に尋ねたらしい。
彼方は安易にそんなことするような奴では無いが、それ以外、つまり身体機能の訓練や、00ユニットやアストラル思考の使い方は教えてくれたとの事。
それらの身体能力、そしてハッキング能力を使えば、戦術機すらレバーも使わず自分の意志通りに動かせる。マンマシンI/Fを介さない操作は、それだけでもオレのZONEに匹敵するとか。
まあ、その殆どが“森羅”に依存する能力であり、外せば普通の能力しか持たない普通の女の子であるのだが。
但し、研ぎ澄まされた究極の筋肉だけは、普通とは言えないが・・・。


そんな多大なメリットを有する“森羅”であるが、大体がこの“森羅”も相当なものである。
今のところ、適合するのは純夏だけ。
実際オレも試してみたが、脳内がかき回されるような感覚に、直ぐ音を上げた。
それこそBETAの蹂躙にも耐える程の耐性がまず必要になる、との事だった。
因みに彼方に関しては、動作もしなかった。完全なアストラル思考体とでは、反発するのでは、と言うのが夕呼先生の推測だ。
と言うか、彼方の能力の方が、たかだか半導体150億個分の能力など包含してしまった気がしないでもないが・・・。
もともと00ユニットは、150億個分のユニットが異なる世界群間での多次元連結をすることにより、膨大な思考空間を形成するものである。
ユニット素体だった純夏なら、連結先は在りそうだが、彼方にその必要はなく、単独であればその能力は限られたものでしかないだろう。


その“森羅”を装着して平気でいるのだから流石、超因果体と彼方が名付けた純夏だけある。


彼方に言わせると、純夏の純夏のDMM[どりるみるきぃまぐなむ]DMP[どりるみるきぃふぁんとむ]が被験者を大気圏外にまで運んだり、元の世界で純夏が夕呼先生のランチア・ストラトスに跳ねられてもかすり傷で済んでいる、と言った事象は、無意識にイデアルフェイズに踏み込んで居るのかもしれない、との事だった。
その発動条件は、相手もある程度の資質を有すること、つまり00ユニット素体候補になるくらいのアストラル領域接続適性があること。
つまりオレや夕呼先生、あとはA-01、207Bのメンバーだ。
そして一般人がそれを目撃しても平然として騒がないのは、皆が持っている“集合的無意識” が作用し、その事象がイデアルフェイズに及んでいることで不思議に思わないのではないか、と彼方は推論していた。

理由なんぞどうでもいいが、オレ的にはあんまり嬉しくない事象である。

正直言って、素で大気圏突破と大気圏突入は避けたい。
イデアルフェイズの事象で在る以上、“超常の力”に護られている、と言われたってその“恐怖”は何ら変わらないのだから・・・。


いずれにしても、この適合性の厳しさから00ユニット増産計画は、一時棚上げ。
作っても適合する使用者が居ない。
使用者の負荷を大幅に減らすか、何らかの耐性訓練をしなければ成らないだろう。
先生は一応、負荷軽減を検討し始めたらしいが・・・。



そしてオレが午前中、彼方に頼まれたのが、昨日届いた山ほどの試作パーツから、早速予備機の不知火を改造した試験機のテストだった。

搭乗前に眺めたが、所謂国連カラーの不知火は、何も変わることが無かった。
唯一、跳躍ユニットのノズル形状が少し変わってる? と感じたくらいだ。


強化装備をフィッティングし、ポジションを決める。

ジェネレータを立ち上げると微かに高い音がしたが、それも直ぐ消える。燃料電池のジェネレータは殆ど音がしないから、微かに違和感。


燃料は?

と見れば、電池残量は示されているが、推進剤のジェット燃料、ロケット燃料共に、表示自体が消えていた。

違いと言えば、それだけ。


『武、行けるか?』

「ああ。今回のテスト、噴射跳躍は無しか?」

『まあまずはハンガーを出てくれ。
因みに機体重量が30%程軽くなっている。
バランスも狂っているから、暫く主脚移動して、OSテイミングしてくれ。』

「30%?、スゲェな、別物だぞ、それ。」

『ああ。何しろじゃじゃ馬だからな。
乱暴な操作すると吹っ飛ばされる。』

「・・・了解。気を付ける。」


あの彼方がここまで言うのだ。
生半可では済まない。

オレは、慎重にレバーを押し込んだ。






ハンガーから演習場に出たオレは、片隅で一通りの機動をチェックする。
反対側にはA-01の不知火も見えるが、機体テストと言うことで、管制が敷かれている。
流石の速瀬中尉も絡んでこない。


しかし・・・機体が“軽い”。

確かにバランスは完全に狂い、OSのテイミングをし直す必要はあったが、10分も色々な機動を試していると、それも収束してくる。
その上で、機体が軽い恩恵をまざまざと感じた。
跳躍ユニットは切っているが、主脚を主とした全身機動だけで、相当な3次元機動が出来る。
何よりも慣性が少なくて済み、次の機動までの繋ぎが小さい。
特に下肢廻りの質量が減っているらしく、重心が中央に寄っているのも大きい。


『・・・だいぶ馴れたか?』

「ああ。ご機嫌だな、コイツ。
スゲェ良い動きする・・・。」

『じゃあ、本命に行こう。
跳躍ユニットを起動してくれ。』

「え? 燃料在るのか?」

『あるよ。
・・・ただし、今回のコイツは、組んで初めて。
データも何も無い。
なので、滅茶苦茶ピーキーになっている。
暫く馴れるまでは、上方30°以上にしか跳ぶな。
特に今後相当慣熟するまでは、機体を回転しながらの噴射はNG。
安全の為、高度100mまでは制御ロジックでも上方には噴射しないようになっているから気を付けてくれ。』

「・・・・・了解した。」


ゴクリと鍔を飲み込む。

あのチートな彼方がそこまで言う機体。
底知れないものが、背筋を這い上がる。

この一見不知火にしか見えない機体に、何が潜んでいるのか。


そして慎重に跳躍に入った瞬間、襲いかかった余りのGに、視界が暗くなり、一瞬意識が遠くなった。


Sideout




Side 唯依


・・・・・これは、・・・・・なんだ?

周囲に居る他の管制官も絶句して見ている。
演習場に居た、他の衛士達も、上空であり得ないようなジグザグ機動を繰り返す機体を見上げ、惚けていた。

思考が、追いつかない。

それほどデタラメな機動を、その不知火は行っていた。


弐型なんか問題にならない。
ACTVも、Su-37も、F-22EMDやSu-47だってこの機動について行けるとは思えない。

戦術機で有りながら、初動が無拍子。
何の予備動作もないまま、虚空瞬動するかのようだった。

それを、空中[●●]で行っているのだ。


傍では、その不知火を御子神少佐が自ら管制している。


「・・・大分馴れたか?・・・・。」

『・・・ああ・・・。
マジぶっ飛んでやがる・・・飛んでもないじゃじゃ馬だ、コイツっ!!』

「ああ、停止からの初動加速度は、機体が耐えられるギリギリ3Gだからな。お前の対G適性が無ければ、とっくの昔にブラックアウトで落ちてる。」

『・・・初動が3Gかよ。・・・道理で視界が暗くなったり赤くなったりしてると思った。』

「いきなりソイツに乗って其処まで動けるのは、おまえ位のもんだよ。
・・・・OK、水平機動までは制御制限解除する。
降下だけは自由落下使え。」

『・・・・了解。』


その普通に見える不知火のスラスターが、一瞬大きく光りそして細く鋭く蒼い火炎を噴く度に、機体は蹴飛ばされるように位置を変える。
それが連続する機動は、最早目では追えず、スラスター火炎の残像だけが残る。

初動が3G。

時折降下に使う自由落下が、やけにゆっくり見える。



・・・・・コレは、なんだ?

制御で実現するなんてレベルのモノじゃない。
圧倒的に暴力的な迄の空中機動。


・・・・・・・スラスターっ!!

その驚異的なレスポンスがこの機動を生み出しているのだ。

不知火の機動重量が約18t。
それを3Gで動かす力は概算480,000kgf、推力で言えば4.8MNにも達する。
概算すれば、一機当たりの瞬時出力が、Type-Rの約6倍!!


途方もない数値だった。

今のジェットにもロケットエンジンにも、そんな数値をたたき出す機関はない。
いや、実験上は存在するかもしれないが、在っても燃料消費量が半端無い。
戦術機の中に在る燃料だけでは、一回使用しただけで空になる。
それほどの数値なのだ。

それをあの不知火は、既に自分が副司令と此処に来てからでも10分以上続けている。


異常、と言うより他に無かった。



だが、その早さに漸く目が馴れてくると、その機動の欠点も見えてくる。

機体全体は、余りにも早い跳躍ユニットに引っ張られ、平行移動動作の直後はまともな姿勢が取れていない。
完全にスラスターに振り回されているのだ。
大きな質量を抱える上肢が特に暴れていた。早すぎる機動に、四肢がついて行けてない。

さらに、高速機動時、四肢や頭部が暴れているのも判った。
機動に対する空力特性の改善。
弐型の開発がPhase2に進んで、肩部スラスターが追加されたことにより、自分が散々苦心していた事項。


これは・・・各部空力特性の向上と、肩部にスラスターが在れば補正できる!

その為には・・・・・・。

ユウヤのまとめた分厚い提案書。
ハイネマン氏に提示されたPhase3の内容。
自分の頭にその内容を反芻し、実行できるプランを描きながら、尚も機動を続ける不知火を目で追った。





「・・・OK、武、終了だ。」

『・・え!?・・・・・あ、・・・了解・・・』

「・・・おまえ、ZONE入ってた[●●●●]?」

『ああ、多分。
・・・コイツ、飛んでもなくヤバイ機体だ。』

「・・・まあ、一発目でこれだけ飛べれば十分。・・・それに不知火そのままじゃ使い物にならないことも判った。」

『え?』

「本命は明日届く弐型。ソイツを本当にその速度域で機動するには、空力調整や、肩部スラスターが必須だろう。」

『あぁ、成る程・・・。了解、帰投する。』



御子神少佐がその特殊な不知火の帰投を確認し、インカムを置く。


その肩に手を置いたのは、香月副司令。


「・・・随分面白いことになってるじゃない。
詳しく[●●●]説明して貰おうかしら?」


周囲の管制官が引き攣るような迫力の笑顔。

それに全く動じることもなく、ニコリと笑みを返す。


「Yes、Ma’am。・・・どうせ昨日の資料目も通していないんだろ? まとめて説明する。
・・・・篁中尉。」

「は!」

「今更自己紹介は必要ないな。
貴官の着任を歓迎する。」

「は!、篁唯依、着任します。
宜しくお願いします!」

「部隊内は特に敬語など必要ないが・・・、まあ好きにしろ。」

「・・・あれ弄らせるんでしょ? 使い物になるの?」

「元々弐型開発の主幹だし。国連軍戦術機実験評価部隊で揉まれてたみたいだから。
XFJとしては、Su-47との評価試験も済んだし、実質完了って事だろう。
極秘のEvolution4で、XM3の最適化とアレ[●●]のフィッティングをして貰う予定。
弐型や、元となった不知火の構造は熟知してるだろうし、何よりも今のを見て既に腹案組み立ててるみたいだぜ。」

「・・・・成る程ね・・・。
あんたが城内から好みで引っ張ってきたのかと思った・・・。」

「残念ながら、そんな悠長な事やってる時間的余裕なんかないな。
現状、装備の方は当面他じゃできないだろうし。
使えないと思ったら引っ張らない。」

「実弾演習に間に合うの?」

「当面試作2機、上手く行って4、5機かな。
まあ武以外に扱えるレベルに出来るかどうかは微妙だ。」

「・・・また飛んでもないモノ作った訳ね。
・・・覚悟しとくわ。」


魔女と呼ばれる副司令と気安い軽口を交わす上司。

・・・これが御子神彼方少佐。

XM3の製作者にして、殿下が絶大な信頼を置く男。
私と上総の恩人でもある。

明日の希望を見せてくれた男は、一体どんな未来を描いているのだろうか?


Sideout




[35536] §39 2001,10,30(Tue) 11:00  B19夕呼執務室 考察 G元素(1)
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/03/06 21:07
'12,11,12 upload
'13,01,19 誤字修正
'15,03,06 誤記訂正


Side 唯依


説明内容の機密度が高いと言うことで、部隊執務室ではなく香月副司令の執務室に移動した。
此処に居るのは、香月副司令以下、白銀少佐、御子神少佐と私だけ。
着任したばかりの私は良いのだろうかと、一瞬躊躇したが、既に説明されているんでしょ、アンタの機密開示レベル管理は彼方よ、と気にもされなかった。
御子神少佐は、開発を任せてくださるのだろうか?


その大型モニターに示された今回の不知火に換装された噴射跳躍ユニット。

XFE512-FHI-1500。

Xナンバーが試作機であることを示している。
その構造が示されているが、暫し唖然とするしかなかった。筐体含め、ターボプロップ、コンプレッサ関連は見慣れた感のあるFE-108-FHI系、しかし肝心の推進器は、SE512-FHI-2000の文字。


「・・・・・何なのよ、これ・・・・。SE512-FHI-2000って、外宇宙航行用の電気推進器じゃない! 月や火星の着陸船に搭載されている奴でしょうっ!?」

「そうだよ。藤川島播磨工業(FHI)製の名機。
先週藤播に頼んで、その心臓部を同じFHI製のFE-108-FHI系筐体に押し込んだのが、今回テストした実験推進機XFE512-FHI-1500。
まあ謂わば推進剤にアルゴンを使っているSE512の代わりに、ターボプロップで圧縮した大気を推進剤にしている訳だ。」


SE512-FHI-2000。
宇宙推進用MPDアークジェット(Magnetoplasmadynamic thruster)の名機と呼ばれた推進器。
今通常の不知火に搭載されているFE-108-FHI-200でジェット推進時の最大推力は、240kN(キロニュートン)、概算で24t(トン)程度である。
それは戦闘荷重が18t前後の不知火を、片肺でも十分飛ばせるだけの推進力を有する。
ロケット推進時でも300kN程度だが、その場合はジェット推進に比べレスポンスが向上する。
それが極限までチューンされたType-R用FE-108-FHI-227に至っては、ジェット推進時408kN、ロケット推進時510kNとなる。

しかしSE512-FHI-2000は、宇宙空間での推進時、最大2000kN強を発揮する推進器だった。もともと着陸船用の小型推進器、確かに推進部分のサイズ的には問題はない。
電気推進器故、ジェット・ロケットと2系統ある煩雑な燃料配管系など周辺機構を丸々撤去できる。
代わりに同軸構造に於いて設置される、陰極(カソード)と陽極(アノード)間に数kAの大電流を流すことにより推進剤を電離、一気に高密度のプラズマを生成すると同時に、電極間に流れる放電電流とアンペールの法則によってその電流周りに生み出される磁力との相互作用(ローレンツ力)により、生成したプラズマを強制排気するという推進コンセプトである。
確かにSE512-FHI-2000もFE-108-FHI系も、それぞれに熟成された、謂わば十分に“枯れた”推進器であったが、それを組み合わせたからと言って、すぐ物に成るとも思えないのだが・・・。

スペック表に依れば、推進剤を大気としたことで噴射気体重量が軽くなり、若干の推力低下があるが、それでもその数値は破格、実にType-Rの3.5倍となる1812kNの推力を確保しているのだ。

だが、最大の特徴は最大推力ではなかった。
つまり全て電流により制御される推進器故の、レスポンスと制御性。
それは推進器に燃料をぶち込んで、その燃焼を待たねばならないジェット推進や、ロケット推進に比べ、一桁違うレスポンスを実現していた。


「・・・この推力からは、不知火で3Gの初動を得るには足りない気がするのですが?」

「ああ、機体も軽量化してるからな。
電気推進器にしたことで、ジェット燃料もロケット推進剤も必要ない。
その他も併せて、機動重量を約30%ほど低減出来ている。」

「 !! 」

30%の軽量化!
それはそうだ。電気推進機にしたなら、稼働重量を押し上げる推進剤燃料は必要ない。

「・・・コンプレッサで約10気圧まで圧縮され4kl(キロリッター)のチャンバーに充填された大気を、約0.01秒で電離・亜音速まで加速する。
これで初動に於ける一基当たり1.8MN(メガニュートン)、約180t(トン)の推力が得られる。」

「 !!! 」

両方の推進器で得られる推力は360t。30%軽量化なら推定12tの不知火を30m/s2で加速する。
なるほど30m/s2・・・・ほぼ3Gに相当するわけだ。


「で?・・・・・問題はそこじゃないでしょ。
SE512-FHI-2000はパルス制御でも最大推進時はMW(メガワット)クラスの電力が必要になるのよ?
そんな膨大な電力を、一体何処から引っ張って来るって言うの?」


・・・・そうなのだ。
外宇宙推進では、電磁投射砲と同じ、過酸素水素や水酸化カリウム、塩素ガスの化学反応によって得られる赤外線エネルギー、所謂化学レーザーを変換し電力を発生させてた筈だ。
しかし示されたこの構造には、そのジェネレータが見当たらない。
マグネシウム燃料電池では、到底無理。その燃料電池スタックの在るべき位置には、Geom.React.との略号を持った円盤状の装置が組み込まれている。

だが、既にその機体が現実に動作している。
言葉だけではない暴力的なまでのその加速も、この目にした。

かつてユーコンで、ボーニングの技術者が、如何にも見下したように技術開示した資料。
限定的な開示でありながら、そこに技術の差を感じずに居られなかった私に取っては、その遥か上を翔けていくようなその姿は、ある意味晴れやかにも思えたのだ。

これ程のモノを齎せる叡智が帝国にもある・・・。
契約時に帝国側の技術開示など不要、と取り澄ましたと聞くボーニングの首脳にコレを見せたら、どんな顔をするのだろうか。


「夕呼謹製のブラックボックスからさ。」

「「「 !!!っ 」」」

しかしそれは・・・余りにあっけない答え。

「・・・まあかなり改造はしたけどな。」

「・・・・。」

・・・ジト目で睨む副司令。

「・・・長くなるけど、全部説明する?」

その視線に仕方なさそうな御子神少佐。
・・・・私もお願いしたい。
これだけのモノを見せられて、今更内緒じゃ、生殺し過ぎる!

「・・・・当然。」

「・・・りょーかい。」

御子神少佐は、肩を竦めて見せた。





ソファに座り直す。
仕切り直しにコーヒーを配った後、徐ろに御子神少佐が切り出した。


「で、まず共通認識確認な。・・・篁、G元素について、何処まで知ってる?」

「は? はい、人類未発見、BETA由来の元素と。
米国が撃墜しカナダ・アサバスカから回収したBETA着陸ユニットの残骸を、米国ロスアラモス研究所が解析し、ウィリアム・グレイ博士が発見したため、その名を取ってG元素と呼ばれていると聞き及んでいます。確か発見順に、G-6、G-9、G-11が在ると聞いています。」

「模範解答だな。で、その中のG-11に電磁場を掛けると、G-11はある値を堺に臨界に達し、ラザフォード場と呼ばれる重力場を発生する。
この電磁場のかけ方を工夫して重力制御を可能とする新機関にしたのが79年に完成したムアコック・レヒテ型抗重力機関、というわけだ。
ML機関はそれこそ制御用のコイルの化け物だからそれなりの大きさに成るが、その臨界から更に電磁場を掛けていくと、超臨界に達する。
この時G-11は多重乱数指向重力効果域を形成し、その全質量が喪われるまでその領域を拡大し続ける。この境界面がML即発超臨界反応境界面(次元境界面)であり、そこに接触した全ての質量物をナノレベルまで分解する。・・・これがG弾だ。

・・・此処までは良いよな、武も。」

「・・・ああ。」

「・・・実は、このG弾でG-11の励起や減速に使われているのが同じG元素のG-9だ。」

「 ! 」

「センセに言わせるとトップクラスの機密らしいが、G-9の性質を考えれば直ぐわかる。
G-9は309K、すなわち約35℃以下での超伝導が可能という特徴を持っているから、常温で作動する超小型の超伝導コイルが作れる。
G-11励起用の超伝導コイルと減速用の偏向コイルを組み合わせれば、ミサイル弾頭にも搭載可能なサイズの五次元効果爆弾が構成できるわけだ。

で、それをそのままML機関の機関部に応用して、超小型のML機関を構成したのが試製99型電磁投射砲の機関部にも使われた夕呼謹製のブラックボックス。
99式ではラザフォードフィールドを直線状に展開する事により、暴れやすい加速初期での砲弾の直進性を高めた。ついでに剰余で発生するプラズマ場からMHD発電で膨大な電力を獲得し、必要な磁界発生も補佐することが出来る。」

「 !! それが99式のコアモジュールなのですかっ!?」

「・・・彼方にも一切説明してない筈なんだけど・・・。まったく抜け目ないんだから・・・。
でも、アレには致命的な欠陥が在るわ。実機では使えないわよ?」

「・・・燃費だろ?」

「判ってるみたいね。・・・そうよ。燃料としているG-11の消費量[コスト]が多すぎるの。とてもじゃないけど今保有しているG-11の量で部隊展開なんかしたら、あっという間に枯渇するわ。」

「・・・・オッケ、じゃあそこから行こうか。」

御子神少佐は薄く微笑んだ。




「・・・じゃあ、G元素ってなんなんだっけ? 武?」

「わ、俺? ・・・さっき篁中尉が言ってたジャン? 違うのか?」

「なら、そもそも元素って幾つあるか知ってるか?」

「えと、100?」

「まあ概ね正解。・・・1997年に超ウラン元素と呼ばれる人工元素の呼称が決まるまでは、103個が教科書に載っていた。1997年に決められた当時の元素数は111。尤も、その数そのものはあまり意味はないけどな。
・・・・で、G元素はその周期表には載らない。」

「あ~! そこ何時も疑問だったんだよ。
元素の種類はそれしか無いはずなのに、G元素が“元素”と言われるのはなんでって・・・。」

「周期表の元素番号は極性の数、つまり陽子の数で決まって居るんだ。
G元素の研究は主に、と言うかロスアラモス・ラボだけで行われているが、今はあまり進んでいないらしい。
着陸ユニットからは回収された試料も少ないし、横浜で獲得したG元素は国連と折半の上、G弾を作るのに大部分を軍に持って行かれた。今の世の中理論研究者も少なく、その理論的な項目は殆どが不明、というのが実情。


なので、ここからは、殆ど独自理論としての仮説だと思って欲しい。」

「・・・・。」

「・・・人類未発見、BETA由来元素と言われるが、色々検証した結果、どうも実はG元素の原子番号は、ぶっちゃけ[]と考えられる。」

「「・・・え?」」

「・・・つまり陽子の全く存在しない、中性子だけで構成された元素がG元素。
そしてG元素の番号は、発見順だから全く意味はない。全部質量数の異なる同位体、という事になる。

ま、この仮説が実証されれば、何れは質量数でソートされると思うけどな。

一般的にはG-6,G-9,G-11しか知られてない。
・・・と言うより中性子だけによる原子核は、クラスタって呼ぶ人もいるけど、幾何学的にも安定的でないと相当に寿命が短いらしい。

中性子は、電気的に電荷0だから、核力(大きな相互作用)以外の力が働かない。

ところがこの核力、力自体は素粒子間に働く力の中でも最も強いんだが、その効果半径が中性子の大きさそのものと同じくらいしかないから、中性子同士が殆ど接触していないと働かない。

なので、中性子同士がくっついて、且つ基本的に中心からの位置が等距離に成らないと構造的に不安定になる。
そう言う意味では、G-9が正四面体の質量数4,G-11が正八面体の質量数6と言うことになる。
負の質量を持つというG-6については、少し特殊なのでここでは省く。

G-11は11番目に発見された、って事は最低でも11個は発見されているってことなんだけど、他は不安定らしく、接収されたBETAの着陸ユニットであるプレ反応炉の中でしか見つかっていないらしい。
立方体である正六面体辺りは存在しそうなんだが、内部隙間が大きすぎてバランスの取れない構造は生成されてもすぐ弾かれて、G-9かG-11に落ち着くみたいだな。

実際には、研究用のプレ反応炉や加速器は今や米国以外には無いから、研究可能なのは米国だけ、当然その殆どの情報を米国は秘匿しているのが実情だ。


そして、言ったようにG元素には電荷がない。
このもともと電荷のない中性子は観測が非常に難しい。単体では自然界に存在しないとされ、加速器で生成しなければその確認も出来ないシロモノ。
G元素が今まで発見されなかったのは、電荷が無い故に、一切化合物を作らず、何の試薬にも反応しないからだ。単結晶は作るがその性質上、極めて微細。サイズも数十ミクロンオーダー。
それ故に人類には存在を見落とされていた、と考えられる。」

「・・・確証はあるの?」

「無いよ、仮説だから。
現状のG元素の作用に見合う様に、量子力学のシミュレーションを用いて構造の逆同定最適化を繰り返した推測だからな。
ただ、G-9に当たる正四面体同位体は、中性子クラスタとして実験的に発見されているはずだ。現在の量子理論じゃ存在しないとされていたから、理論が不十分なんだろうな。
発見当時はその量が少なすぎて、基礎的な実験も出来てないが、性質は共通する部分が多い。」

「・・・・続けて。」

「話ついでに、G-9について言えば、G-9は中性子4つの塊。幾何学的にも非常に安定的。
特徴的な性質である常温超伝導については・・・・、篁、中性子を分解すると何になるか知っているか?」

「は? え、・・・いえ。」

「じゃあ、クォークって聞いたことがあるか?」

「・・・在ります。」

「基本的に、物質を形作る粒子、陽子や中性子は、このクォークで構成されていると考えるのが今一番妥当と考えられている量子力学の標準モデルであり、今現在物質の最小単位はこのクォークであると考えられている。
つまり、電気的に中性の中性子も、それを構成するクォークとしては電荷+2/3のアップクォークと電荷-1/3のダウンクォーク2つで出来ている、とするのが今の標準モデル。
つまりG-9にはマクロで見て核としての電荷がないから電気抵抗は無限大に思えるけど、ミクロでは中性子自体を構成するクォークの電荷が偏心している事によって、接する4つの中性子間に生じている隙間は、あるルートで電子に対し誘い込みはじき出す、という効果を持つ。そのときその方向に対し電気的な抵抗は0。
その為、G-9の向きを電磁界で揃えた状態で半導体化すれば、在る方向に対して常温で電気抵抗0という半導体素子が作れる。
逆に陽子を持つ通常の原子核では、陽子の電荷と釣り合う周囲の電子が邪魔をして、電子が原子核の隙間に飛び込む事が出来ない。

これが、G-9による常温超伝導物質だ。」

「それって・・・・・・一種のトンネル効果って事?」

「量子力学の観点で見なければ、正しくそう見えるだろうな。」

「・・・・・・あり得ない話では無いわね・・・・。
現実の事象を上手く説明してる。G-9の半導体作成には、確かに電磁場を掛けるわ。
・・・・・それで、G元素が中性子クラスタだとすると、G-11はどうなるわけ?」

「そのG-11なんだが、さっき言ったように質量数は6,構造は一見安定的に見える正八面体なんだけど、よく考えれば正四面体に比べると中央には当然隙間を有している。つまり、中性子間の距離は接しているが、三角と異なり四角は歪みやすい。
G-9に比較して不安定なクラスタだと考えられる。
特に大きな中央の隙間に対し、正八面体の対角を為す3組の中性子が互いに引き合う、核力振動を起こしやすい。

これが原子核全体が電荷を持っていて、電磁力の拘束がある通常の元素に於いては、電荷による電磁力がダンパーになって安定収束するのに対し、電磁力減衰のないG-11だと交差する互いの振動が逆に増幅し合い、拡大発散を引き起こす。

さっきも言ったが、中性子内の電荷は偏心しているから、外部から電磁場を掛けるとその自励振動は直ぐに大きくなる。
振動方向は、正八面体に於ける対角軸、つまり互いに直交した3軸で、ベクトルとしても互いに干渉しない。
けれど核子(中性子)は互いに接触しているから、一種の三相ハウリングを起こしてしまう。

これが所謂G-11の“臨界”。」

「 !! 」

「臨界に達した核子(中性子)は、けれど核力(大きな相互作用)に縛られている。この核力はさっきも言ったとおり核子を結合している電磁力よりも強い。その為、G-11クラスタが核分裂するよりも先に[●●]、核子である中性子の崩壊が始まる。
・・・直交する3軸が共振崩壊するから、ジオメトリ崩壊[●●●●●●●]と名付けたけどな。」

「・・・・それってつまりミクロ的な空間崩壊[●●●●●●●●●]って事?」

「・・・正解。」

「・・・・・・・・面白いわっ!!
確かに3軸自励振動で核分裂の前に、核子である中性子崩壊が始まれば、そのエネルギーは核力の枠内で3軸、つまり空間に穴を空け、その過剰エネルギーをそこに発散すると共に、穴の空いた空間はそのエネルギーで歪み、重力偏差を発生する、と言う事ねっ!?」

「ああ・・・。
他から中性子等がぶつかって原子核が毀れる核分裂や、原子核同士が激しく衝突して合わさる核融合と異なり、原子核を構成する核子自体の自励振動、しかも、中性子同士を結合している核力のほうが、中性子と構成するクォーク同士を結びつけている電磁力より強いもんだから、核自体が分裂するより先に、中性子質量そのものが自壊してしまう。
これは正しく素粒子質量のエネルギー変換であり、そのエネルギーは中性子が電子を伴わないため電磁励起されることなく、全て3軸破綻で開けた空間へ流れ重力場に変換される。
その際に形成されるのが多重乱数指向重力効果域、つまり周囲の重力場崩壊を引き起こす。
これがG弾であり、崩壊量を制御すれば、ML機関によるラザフォード場の成形になる。

あと、重力場崩壊は効果範囲に存在する通常元素を巻き込んで、電離させ大量のプラズマを発生させる。
そのプラズマからMHD発電で回収されるのがラザフォード場に於ける剰余電力になる。
2次発生したプラズマによる電力だけで、荷電粒子砲すら撃てるという途方も無いエネルギー総量を誇るわけだ。
元々のG元素には電子が無いから、そんな2次効果でしか電磁波が発生しないが、もし中性子崩壊の素粒子変換、そのエネルギー総量を電磁波で放出されれば、水爆の数兆倍、つまりG弾一つで太陽系が吹き飛ぶ規模になっているんだぜ。
実際そう心配していた研究者もいたし。

G弾がそうならないのは、変換された重力エネルギーの殆どは、さっきの空間の穴から次元拡散して減衰する。
つまり場を歪ませるエネルギになって消費される。

これがG-11。」


・・・・・・人類未発見と言われるG元素。その構造を、G元素がもたらす事象だけから導き出したと言うのか?
だが、話を聞くほどに現在観測されている状況を的確に説明できるその理屈に納得してしまう。


「・・・何処までがハッキング情報で、どこからが独自理論よ?」

「・・・ロスアラモスでは、G-11が核子崩壊で素粒子重力子変換を起こすことくらいは理解している。
けれどその組成、構造や理由は掴んでいないっぽい。
相手が電荷のない中性子だから、今までの元素判定方は殆ど意味を成さない。まだG-6が負の質量を持っていることくらいしか掴んでない。それも事故で散逸させてる。

サイクロトロンなら、旨くすれば判るが、ぶつける粒子がそもそも中性子だったりすると、それすら判らない。ぶつければ結果には中性子しか出ず、消えたように見えるからな。
そもそも掴んでいたらもう少しマシな使い方するだろ。

電子が電磁波である光子を励起するように、そこには重力子を励起するレプトン(作用子)が存在しても良いと思うけど、標準モデルには重力子を規定するレプトンが存在しない。
量子力学の観点からも、G元素を解明するには、新しいモデルが必要、と言うのが今のロスアラモスのメインテーマ。
間違っては居ないんだが微妙にズレてる気もする。現実的なBETAの脅威すら忘れて、理論構築に没頭してるよ。
事実一般市民から見れば平和でしかない、米国ならでは、だな。

ML機関やG弾で現実発生した重力子の殆どは次元転移しているから、いっそ因果律量子論の方が、モデル構築出来る可能性が高いと俺は思ってる。
G-11の中性子崩壊は殆どの質量を、重力子エネルギとして変換し、質量が0になるまで連鎖する、ある意味究極の素粒子変換作用。
その行き先が何処なのか、因果律量子論を突き詰めれば判るかも、ってとこだ。

行く行くのモデル構築はセンセに任せるとして、現象解明だけなら、ロスアラモスに比べてもこっちは、計算能力の次元が違うからな。」

「・・・・・・そう、[あなが]ち間違ってない推察のようね。」

「元々重たくて、人間に比べれば悠久の刻を生きるだろう珪素系生命体ならでは、の技術だろう。
G元素そのものの生成は、少なくと現状の人類の技術レベルでは到底不可能。
BETAだって全宇宙規模の現地調達で集めている。
どうやらG元素を抽出することは出来るがG元素そのものを生成することは、BETAにも出来ていない。

本来G元素は、質量を有するモノには超が付くほど微少量で含まれているらしい。
レアアースよりも稀に、気相や液相ではなく、固相の構造中に。
分子間が流動する気液相は元々電荷のないG元素が留まりにくい。

そして、大がかりな時間的分散予測をすると、どうも有機構造、ようするに地球の生命基盤であるタンパク質に於ける含有率がほんの僅かだが、高いという結果が出ている。

だからBETAは炭素系生命体を優先的に食い荒らす。
総質量がでかいのに液層メタンで出来ている木星や、土星を避け、さらに固相でも有機構造生命体の多い地球を目指してきたのは、そういう理由も在るようだ。」

「「「!!・・・・」」」

「・・・なんでBETAがG元素を集めるんだよ?」

「・・・BETA頭脳級では、この中性子崩壊をほぼ完全にコントロールして、エネルギーの無駄な次元拡散などさせず、膨大なエネルギを得ているみたいだな。」

「・・・えっっ!?」

「そもそも反応炉は、何を反応させているのか、BETAは何をエネルギーに動いているのか、疑問だった。
カナダのプレ反応炉内でG元素が見つかったように、どうもBETAは現地調達のG-11を使って活動エネルギーの全てをまかなっているらしい。」

「「「!!」」」


それは、そうだ。
呼吸もせず、地上でも真空下でも活動できる。あの小さな身体で、数MWに達するレーザーを連発する光線級。
それをもたらしているのが反応炉。
膨大と思われるBETA活動のエネルギー。
それを何で得ているか誰も知らなかったが、その全ての活動源がG-11の素粒子変換によるエネルギーだというのだ。



「・・・で、BETAに出来るなら、人類にも出来るだろうってことで組んだのがコレさ。」

「・・・なんでそう云う思考になるのよ?」

「・・・BETAのしてる事なんて、高がマテリアルフェイズの事象じゃん。・・・・無意識の鑑がやらかすイデアルフェイズの事象なら挑戦する気にもならないが、な。」

「・・・・。」

私にはその意味する所が判らなかったが、副司令や白銀少佐には通じたらしい。
妙に納得した顔をした。

御子神少佐は、部屋の片隅にあった機材のシートをはがす。
そこに在ったのは、直径1m、厚さ50cm程度の管状コイル。勿論複雑な配線やサブコイルが廻りを埋めていた。
モニターの中で試作不知火に搭載されていたGeom.React.そのもの。


「・・・夕呼のマイクロML機関と“高天原”のコアに使っている重積カーボン・ナノフラーレン・チューブによるコイルを組み合わせた。
これは名付けるなら“G-リアクター”かな。Gは“グレイ”ではなく、“ジオメトリ”だけど。

目的は、G-11のジオメトリ崩壊に於ける3軸の完全協調制御[●●●●●●]
G-11臨界時の空間歪を最小限に抑え、重力子として流出するエネルギー反応を制御しつつ素粒子変換のエネルギーを徐々に取り出す仕組み。

結果は流石に頭脳級BETAの予測される変換効率60%には、まだまだ及ばない、と言ったところ。
それに、態々電力に変換しているんで、そこでも効率がかなり落ちる。電離してMHD発電というプロセスが必要になるからな。
・・・それでも、20%程度の変換効率にはなった。」

「・・・・20%って、どういう事?」

「・・・中性子の質量の完全なエネルギー変換、その20%が電力として取り出せる。
これが今回使ったG-11のアンプル。」

差し出された透明な樹脂の中に極微量封入されたG-11。アンプルのサイズ自体がボールペン位しかない。

「今回の試運転で使ったのは、0.1グラムのG-11。と言うか、それ以上まとめて搭載すると制御が難しくて連鎖崩壊に陥りやすい。
それでも、0.1gの量が完全にエネルギーになると、【E=mC2】の式そのままに、8,987,551,787,368J (ジュール)、概算で約2,500,000kWh(キロワット時)になる。

今回の推進器XFE512-FHI-1500が馬力換算すると、まあざっと300万馬力くらいだから、その推力変換効率が10%程度としても、推進だけ[●●●●]なら約10時間ほど、全力機動が出来る計算。
実際には、兵装にも電力を使う予定だから、実機動時間は半分程度になるだろうけどな。」



「・・・G-11 0.1gで・・・」

「あの機動を10時間・・・・?」

「っっっっ!!、規格外すぎるわよっっ!!!」


・・・・香月副司令の叫びを聞きながら、私は呆けて魂が抜けるような気分を味わった。


そして・・・。

事実が事実として理解できてくる。

込み上げてくる涙を必死で抑える。


けれど思い出すのは、ユーコンでの屈辱。
プロミネンス計画の責任者はそうでも無かったが、基地司令までが、JAPのしかも女に戦術機なんか開発できるのかよ、というあからさまな侮蔑を含んでいた。
そういえば、“彼”でさえ、私と一戦交えるまでは、その様な態度で在った気もする。最初は米国の戦術機コンセプトに拘泥し、他のモノを否定した。
まあ、徐々に理解を示してくれて、多大な成果を残してくれたことに感謝しか無いが・・・。

しかしその米国至上に奢り高ぶった彼ら既存技術を置き去りに、遥か高みを往く技術。

これが帝国技官(今は国連所属だが)から齎されたことが、何よりも誇らしかった。






「推進剤関係だけでなく、ジェネレータ交換に伴ってMgイオンタンクも予備バッテリーも殆ど抜いている訳ね。道理で機体を30%も軽くできる訳だわ。」

「バッテリーは抜いたが、重量バランスやバックアップに戻しても良い。実際は、パワーもこんなに要らない。
俺が遣りたかったのは、補給のないハイヴでの機動継続時間延長が元々の目的。
・・・武たち潜行組に取っての命綱だからな。」


確かにあのパワーは魅力だが、BETA相手には必要ないだろう。ハイヴ攻略に求められるのは、その継戦能力。補給など到底望めない状況。
白銀少佐が頷いている。
ハイヴ潜行経験の多い少佐だからこそ、その重要性も誰よりも理解している。
本来BETAに対し、機動に勝る筈の戦術機の撃墜理由は、光線属種の照射に次いで、推進器関連のトラブルや推進剤切れが多いのだ。
勿論死の8分を越えた後の話だが・・・。


「けど・・・確かにコレだけの電力があれば、電磁投射砲も荷電粒子砲も可能、ってことね。
そういえば彼方オール電化とか言っていたわね・・・。」

「電磁投射砲はまだしも、荷電粒子砲を新規にこの2ヶ月で作るのは無理だな。ソフトならいくらでも早く出来るが、ハードは信頼性の検証も含め、そうも行かない。
実際俺も新規で作ったのは、G-リアクターだけだし。他は皆、既存部品の流用や、組み合わせだけだ。
まあ、鎧依課長がアレ引っ張ってきてくれれば、弐型から機関部外して作ることは出来るだろう。
サイズ的に20m近い装備になりそうだけど。」

「・・・妥当なところね。弐型はラザフォード場の制御も甘いみたいだし。」

「アレも燃費悪いからなぁ。ラザフォード場を使うんじゃ無ければ必要無いくらいだ。」



「・・・・・・。」

香月副司令が黙って御子神少佐を見る。

「・・・・・判って居るんでしょうね?」

「・・・・・・・ああ。コイツも一種、破滅級[●●●]の技術さ。
・・・全く、BETAだけじゃなく、人間も相手にしなきゃ成らないとはな。」

「・・・どうする気?」

「ばらまくよ、喀什が終わったら。」

「「「え・・・・?」」」


余りにあっけない言葉に、3人が虚を突かれた。

「G-リアクターを作るのに必要な重積カーボン・ナノフラーレン・チューブは、今から用意を始めても製造装置が出来るまで10年は作れない。
この前の“コア”が作れるかどうか、シャノアに頼んでこの世界に残っている素材をかき集めてみたが、やはり“コア”作成は当面無理。
その分の素材をG-リアクターに回すと、今現在で468基、丁度39個中隊分作れる。」

「別の機構で作れないの?」

「出来ないことは無いが、戦術機に載るサイズではなくなる。小型化するにはG-9で構成すればいいと思うが、ブラックボックスで知っていると思うが、超電導コイルは制御性が悪いからな。」

「ああ、一回電流通すと流れ続けるから・・・、あれ邪魔なのよね。」

「大型化覚悟でインフラ用を組むにしても、核融合と同じジレンマに陥るはずだ。」

「・・・プラズマの抑制に取り出す電力以上の電気を食うわけね。」

「そ。その辺は、今のところ俺しか知らないし、素材が無い以上、俺でも作れない。

世界にたった468基、これが全部。
これを6個中隊分だけ国連に残し、残りを全世界に配る。」

「 !! 」

「H21以降のハイヴ攻略は各国にも負担して貰うつもりだし、ばらまけば機密もなにも在ったモノじゃない。月以降の次世代機については、各方面の色々なアイディアも欲しい。
いくら(マルチ)思考が出来ても、所詮俺は一人だからな。開発は色々なところで進めた方が良い。

そして決まった数しか無いからな、“開発”や“運用”にはさぞや[●●●]気を使ってくれるだろう。
・・・なにせ壊したらおかわり[●●●●]は無い。」

「・・・隠しもせず、独占もせず、増やせない数をばらまく、・・・・か・・・。」

「独占すれば全ての視線は此処に向くが、ばらまけば、その分力も分散する。
なにもしなくたって、相互監視網が出来上がるだろ。
さしずめ、研究用も含め、帝国、米国、EUに4個中隊分、ソ連、中国に3個中隊分、あとは国力に合わせ、前線国家を含むアラブ、中央アジア、東アジアに各3個中隊分、オセアニア、中南米、アフリカ後方諸国に各2個中隊分を分ければ、国連に残す分を合わせて丁度468基だ。」

「・・・管理を自分でせず、国際バランスに任せるって訳ね。」

「何処かの(世界の)天才兎のマネだけどな、メンドクサイことは丸投げる。
それに、G元素確保も必要だから。さぞや各国ハイヴ攻略を頑張ってくれるだろう。」

「・・・呆れた。ハイヴ争奪戦が起きるわよ?」

「・・・一番簡単な資源を忘れてる。」

「簡単な資源?」

「BETA。
・・・BETAにG元素が使われているのは、周知の事実。あとはアトリエ解析して抽出方法を解明出来れば、あの山のようなBETAからG元素が回収できる、ってこと。
地球系有機生命より余程G元素含有率は高い。
少なくとも、1体0.01g位は、使っていそうだから、兵士級なんか1t当たり0.1g、平均含有率としては破格だな。」

「・・・それって最も有りがちな生物種の絶滅理由よね?」

「まだ月にも、火星にも、うじゃうじゃいるから、いんじゃね?」


白銀少佐が呆れた顔をしている。

私もそう思う。

・・・御子神少佐に掛かると、BETAさえ絶滅危惧種の様な扱いだった・・・。


Sideout




[35536] §40 2001,10,30(Tue) 15:00  A-00部隊執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/02/03 20:59
'12,11,15 upload
'12,11,17 一部修正
'12,12,12 誤字修正
'15,02,03 齟齬修正


Side 唯依


午後になって基地内の案内を行ってくれたのも御子神少佐だった。

ハイヴ跡地に建設された横浜基地は、BETAの開けた広大な地下空間の一部を利用している。
機密エリアの指定も覚えたが、戦術機や装備を開発する関係上、ハンガーについては、パスが発行された。
出向ではあるが、私の所属はA-00戦術機概念実証試験部隊。この横浜基地で唯一の開発試験部隊であり、その存在すら機密レベルはトップシークレット。流石にB-19以下の機密研究エリアへのパスは付かなかったが、御子神少佐や白銀少佐が居れば問題なく入れる。更には70番ハンガーへのパスは貰う事が出来た。
この広大な空間を有するハンガーは、ハイヴの主広間跡に建設されたらしい。

そこでは整備兵にも紹介された。
A-00、A-01等機密部隊専属のメカニックは、当然高い資質を要求されていた。
OSがXM3に換装されたことで、メンテ作業そのものは楽になっていたらしい。しかし、先週末頃から70番ハンガーに搬入され始めた多数の部品によって、再び作業の密度が上がったという。

その第1弾が、午前中に見た試作機“不知火・改”だったと聞いた。

彼らの“成果”を話す表情が明るい。
ノリがユーコンと近いのは、偶然なのか、もともと整備兵はそう云う資質が高いのか。

勿論今日の午前中に行われた機動試験は、此処でもモニタリングされ、そのぶっ飛んだ性能が、それを組み上げた彼らにも希望を齎したのは確かなのだ。

XFJ計画Evolution4関連の組立・整備は、全てこの最重要機密区画で行われる。
カタチとしては帝国軍兵器廠からの極秘委託で国連横浜基地の第4計画が請け負った、と言う事になる。
今後は、その部品管理や運用試験、そのスケジュール調整も、私が担当することとなる。


予備機の跳躍ユニット換装。
リアクター主機の組み立てと、その換装。
それに伴う、燃料系配管系・燃料電池系の撤去や、大電流を流すCNTケーブルを接続する作業。

基本はまだ試作であり、ライセンス生産と成っていないため、部品をばらしてメーカーに試作を依頼し、ここのハンガーで組み立てる。
最重要部品、つまりG- リアクターについては、強化装備にバッテリーと倍力機構を取り付けた装着型のパワードスーツを着込み、御子神少佐本人がすべて遣っていたという。


跳躍ユニットへの組み込みは、推進器周りを担当する北見主任と顔突き合わせて貫徹したとか。
元々主機周りのメカニックとして、孤高とも言える腕を有する北見主任についていける整備兵自体が僅かしか居ない。精緻な技術と兵器としての信頼性。その矛盾する事柄を成立させるのは、最後の最後は人の腕だ。
如何に設計者が良い設計をしても、機械寸法がそれをファールしたら、望んだ性能は実現しない。
そして最後はそれを組み合わせるメカニック次第で設計は活きも死にもする。
サブミクロン単位でそれらを擦り合わせる“感覚”を有しているのが超一流のメカニックと呼ばれる“職人”だった。
但し、それ故に偏屈な人も多いと聞く。腕に自信がある為に階級などお飾り程度にしか思っていないのだ。
技術少佐という階級ではあるが、実質一週間前に帰任したばかりの若僧が、北見主任と対等に遣れること自体が整備部隊では既に驚愕だったらしい。

その内容も、見せられて驚いた。

元々跳躍ユニットの推進器はジェット推進を利用しているため、ターボプロップに依る大気圧縮を行っている。つまり、それなりに大きな質量の回転体が存在している。
回転体には、その回転軸を傾けようとする力に対し、コリオリ力が掛かることが知られている。
航空機などの機動ではそれほど問題に成る力ではないのだが、瞬時に姿勢を変える戦術機に於いては、咄嗟の機動で推進ユニットが暴れたり、想定外の挙動をするなど弊害が存在した。
戦術機全体の機動に関しては、左右の跳躍ユニットの軸回転方向を逆転させるなどして対応しているが、主機の方向そのものを個別に制御する場合などは、発生するコリオリ力が抑制しきれていなかったのも事実である。
そして今回は、XM3による3次元高機動。
白銀少佐の機動でログを整理していても、今まで騎乗していた不知火では、このコリオリ力の対処がネックに成っている箇所も散見されていた。
弐型開発中の推進器暴れも、この所為かも知れないと、今更ながらに思う。

それを、今回の跳躍ユニットに於いては、膨大な電力を背景にターボファンそのものを電動化し、且つコリオリ力が発生しないよう、同軸同心二重ファンを搭載していたのである。
勿論ファンそのものは初物で、試作を担当したFHIはその設計に対し目を剥いて飛びつき、異例の速さで完成させ、もうはやそのライセンス生産のオファーが来ているらしい。
二重化部分は差動機構を組み込んだ機械式であり、現行のジェット推進器にも搭載可能という事なのだから当然か。
航空機なら全く問題にならない力であるため、誰も対応などしてこなかった。だが、戦術機の跳躍ユニットとなり、その噴射方向も瞬時に変える機動において、その対処は不可欠なのだ。

そして、その初物の組み立て・擦り合わせを行ったのが北見主任と言うことだ。
整備中の2機目用、見せてもらったのは回転数の同調機構まで組み込んだ巨大なターボプロップファン。私の片手で触れると、フッと抵抗なくファンが回り、差動回転で逆に回る外周ファンまでが暫く回り続けたのを見たときには、その精緻な“組み”に、背筋がゾクゾクして感動すらしてしまった。
米国で納品されたプラッツ&ウィットニーのターボプロップも回したことはあるが、こんなに軽く動くものではなかった。


既に明日導入される6機の弐型についても既に換装作業のスケジュールが組まれている。
元は富士に搬入される分5機を回す筈だったが、主機、跳躍ユニットはどうせ組み替える事から、完品はそのまま富士に納品し、フレームのみの完品を後のロットから引き抜いた。

既に“不知火改”で経験が在るため、2機先行と言う形で明日夜には組み上がるとの事だった。


そのフレームには何点かの強化部品を除いて、基本は大きな変更はない。
勿論、こちらもフレーム担当の高木主任と今後の変更は検討しているらしい。
この人も気難しいらしく、先ほど搬入された山吹の武御雷はA-01部隊用の機密ハンガーに置かれることとなったのだが、早速機体チェックを行った彼は、チラリと私を一瞥しただけだった。何か呟いた気がしたが、聞き取れなかった。

基本大きな外観の変更はしないが、電磁伸縮炭素帯の締結方法や位置の変更、各種センサー位置の変更等、XM3に併せた変更が予定されていて、こちらは検討しながら残りの4機に施される。
これら6機の試験運用結果を以て、次ロットで11月末に納入される12機に反映される事となった。

そう・・・、組み立ては終わる。
しかし私の仕事である評価試験はこれからなのだ。





そう思いつつ部隊執務室で、まず理解してねと渡された技術資料や各パーツの仕様書とにらめっこだった。
主機と、推進器の構成や原理の理解に努める。


・・・というか。

既存の戦術機の基本構造は、電気で動く電磁伸縮炭素帯で構成された人型機械、であり、それを動かす為のバッテリーと燃料が重量の大部分を占める。
跳躍ユニットはそれとは別に付き、ジェット+ロケット技術のハイブリットで、戦術機を垂直上昇させるほどの推力を持つが、推進剤の消費が激しく、長時間運用が出来ない代物だった。
現在最強と見なされているF-22でも、ロケット推進による全力機動は8分と言われていた。

今回、不知火弐型に換装されるのは、リアクタ主機と跳躍ユニット。
その中身は、マイクロML機関を応用したG-リアクターとMPDアークジェット推進器。
つまり、燃料電池もバッテリーも全廃して超小型超高効率の発電機を設置し、その膨大な電力で電磁伸縮炭素帯は勿論、跳躍ユニットや、肩部サブスラスターまで賄ってしまおう、という発想。
これにより、燃料・バッテリーという稼働重量が大幅に削減され、フレーム内部空間がまるまる空いたことになる。今後の拡張性を考えるなら大きなマージンも得たことに成る。

その結果齎される戦闘継続性は、F-22の100倍近い。
今後、装備にも膨大な電力を食うことになるので、御子神少佐はその半分、とは言うが、それだって破格。
常識を遥か後方に置き去りにした仕様だった。


尤も、是だけの技術が在るならば、新規に作らないのですか、と訊いた私に、今はその余裕がない、との答えをしたのも御子神少佐だった。
確かに今から新型を作っても、その設計から試作部品が揃い、組み立てて試作機がロールアウトまで、短くても1年を要する。
そして既存の戦術機ですら激しい損耗に生産が追いつかない現状、新型の開発など設備・資源共に余裕など何処にもないのだ。巌谷中佐がXFJ計画にボーニングの手を借りざるを得なかったのも、技術やコストの他に、生産と開発で汲々とする国内メーカーの事情もあるのだろう。

そう、この横浜基地が目指すのは、年内の喀什攻略。その為のEvolution4。


その根幹をなすのが、G-リアクター・・・・マイクロML機関を応用した素粒子変換技術。
G-11さえあれば、膨大なエネルギーが得られ、且つ戦術機にすら搭載可能なサイズ。

“破滅級の技術”、と御子神少佐は表現した。
使い方によっては正しく人類を滅ぼしかねない技術。
ハイヴ戦を想定したその性能は正に破格。
戦術機や、装備の在り方すら変えてしまいそうなインパクトを有していた。


その技術的にもBETA戦略的にも、今人類の突端に居る・・・。


私は身震いすると共に、再度気を引き締めざるを得なかった。





そして、その技術資料に記されたもうひとつの装備。

EMLC-01X。

過去に試製99型電磁投射砲 EML-99Xの開発に携わっていた私としては、唖然とするしか無かった。


もともとEML-99Xはハイヴ攻略、特に突入戦を想定し、旅団・師団規模のBETA群の面制圧を可能とする事を目的とした電磁投射式速射機関砲(レールガン)であった。
磁力が発生させるローレンツ力によって砲弾を飛ばす電磁投射砲は理論的には古くから知られており、実験的なレールガンも多数存在しているが。レールの耐久性と大量の電力確保が、携行用の装備として確保できず、軍事兵器への転用が為されていなかった。
帝国軍兵器廠は、此処国連横浜基地より提供されたブラックボックスを得て、初めて試作機を完成させたのである。
火薬に依らない加速機構のため、エネルギー効率が良く、初速も連射速度も向上し、余計な排莢機構も必要ない利点を有していた。
その一方で、ローレンツ力の発生のため、弾体に電流を通す必要があり、99型では砲筒内部に設置した2本の金属レールと、砲弾を包んだアーマチュア(導電性稼働接片)を接触させることにより通電を可能としていた。
高速で発射される弾体と接触する金属レールの発熱や摩耗は激しく、また化学レーザーを用いた発電部も加熱を防ぐため、冷却材循環システムを必要とする。
ユーコンの実戦では、確かに師団規模に近いBETAを驚異的な短時間で殲滅したが、その機能を維持することは出来なかった。
その度に砲身カートリッジを交換したとしても、それでも他の損耗部品の劣化から100%の性能維持が困難なほど継戦能力に乏しい欠陥兵器であった。



それを根本から覆してしまったのが此処に記された、試製01型36mm電磁投射砲筒:EMLC-01Xだった。

それは、87式突撃砲の先端に装備する放熱ガイドの付いたサプレッサ・チャンバーの様な形状をしていた。
つまり、完全に突撃砲への後付装備と成っているのである。組み付け機構によって、36mm砲なら何でも付けることが出来るだろう。
これにより、弾体の発射機構や連射機能を、全て既存の、信頼在る[●●●●]突撃砲に委ねていた。

一方で、チャンバー内には、金属レールの代わりに、入射口にブラシが配されたソリッドCNT(カーボンナノチューブ)のレールが設置されていた。
銅の1,000倍以上の高電流密度耐性を有し、鋼鉄の20倍の強度でありながら、入射時は細長いブラシが傾倒することにより、極めて優れた耐摩擦性能を有しながら接触を確保し、流される大電流で弾体後部を一部融解、プラズマアーマチャーを形成する。
以降はソリッドCNTによりプラズマアーマチャーの通電が確保され、弾体を加速する。
摩擦係数が低い為発熱自体が少ないが、その発熱さえも銅の10倍に達する高熱伝導特性により、筐体の空冷で十分に排熱される。

レールと絶縁された直角方向には、やはり磁場を発生させる多重コイルがCNTで形成されており、
通常の発射により高速で筒内に飛び込んだ砲弾は、初速に上乗せされる形でローレンツ力により、更に加速されることとなる。
弾体は電気を通す伝導体であれば何でもよく、今の劣化ウラン弾も可能で、その重量であっても秒速20km/sまで加速する、という性能を持っていた。

そして、その膨大な電力は、全て機体から供給される。故に複雑な発電機構も、冷却機構も必要ない。
極めてシンプルで、可動部や硬い褶動部がないことから、殆ど故障の心配もなく、万が一故障しても36mm砲としては使用できる。機体からの印加電力供給も、スイッチによりオンオフも出来るから、装備していても状況によって即時使い分けも可能。
機体が稼働する限り供給される電力は、所持する36mmの装弾を全て撃っても余りある。
世界共通規格であり、装弾数携行数にも余裕ある36mmをつかい、既存の装備をそのまま利用でき、大幅な威力向上が認められる装備は汎用性の点でも申し分無い。

もはや、絶句するしか無かった。



そして。

“破滅級技術”・・・・。その言語の意味を、改めて垣間見た気がした。

しかも一方で、御子神少佐はその技術に枷を嵌めたのだ。
この攻撃能力が無秩序に拡散しないように。

つまり、この攻撃能力を有するのは、G-コアを持つ者だけ、という枷を・・・。





ふぅ、と息を付く。

・・・凄いな、と純粋に思う。


そう、私は憧れていたのだ。

あの、プラチナ・コード:ヴォールク完全攻略の映像を見せられてから。



最初は白銀少佐の撤退戦に於けるXM3の性能に釘付けになった。
紅蓮閣下を不知火で落とす、その機動に自分は何をしてきたんだろう、と言う思いしか存在しなかったし、自省が高じて一種自閉に陥ったのも確かだ。


しかし、そこから立ち戻り、見返してみてみれば、彼らの為した成果は素晴らしい物なのだ。
昨日、此処に出向するに当たり、叔父様や隊の皆と、再度そのデータを詳細に検討した。

故にXM3の性能をフルに使いこなす、白銀少佐に目が向いた。

英雄の資質、と言うのだろうか。
華麗で、派手で、人目を惹いた。

だが、続いて見たハイヴ攻略戦は正しく驚異以外の何者でもなかった。

最初眼を惹くのは、やはり白銀少佐の突破力。
勿論、それ無くしてハイヴ攻略はあり得ない。

しかし、生還とそれに続く大殲滅を成し遂げたのは、御子神少佐の戦術に他ならない。
突破を白銀少佐に任せ、それに追随しているだけに見えた御子神少佐がどれだけ凄いことをしていたのか。

私はその動きを、後から総て解析するまで気がつかなかった。


最初は生還のために推進剤を極力抑制し、追随する。
それ自体の技量も凄いとは思うが、結局は白銀少佐の突破力に頼る帰還。
往路のルート取りも拙策。
BETA殲滅に至っては劣悪。

悪い印象しかなかった。

解説がない状態で見せられたため、S-11設置によるハイヴの崩落すら半ば偶然と思っていた。
そんな印象しか無かったし、あの映像を知る周囲の評価もそんなものだった。


しかし、詳細な解析で明らかになったのは、往路からのルート選択、反応炉破壊後のBETA撤退を見越した的確な足止め、たった2発での反応炉完全破壊、ハイヴ地下構造への炸薬設置。
何よりも強固なハイヴを崩落させる上部モニュメント質量を利用した爆破攻略と気化爆弾の効果的運用。

適度な地盤を上層から崩落することで、下層に対する加重を増し、その連鎖崩落で広範囲の最下層まで達する崩落を可能にした。
形成炸薬は、上部加重を分散させている網目構造を断ち切ることで、崩落の方向を決めるためのものだった。
これにより、生じた力は分散することなく大崩落に繋がった。


往路での何の意味もないと思われた遠回りが周辺BETAを陽動し、行動制限を掛けた大型BETAで狭窄路を塞ぐ。
その結果総BETA殲滅数は70,000にも達した。

それは、無駄と思われたルート取り、そして回り込むような陽動でいつの間にか集められたBETAが反応炉に到達する時間、反応炉の反対側にいた残存BETAが主縦坑に達する撤退の時間、それら全てを考慮に入れた奇跡のタイミング、正しくタイム・トラップ[●●●●●●●●]が炸裂した瞬間なのだ。

反応炉の爆破、モニュメントの崩落、そのタイミングが1分ずれたら、殲滅数は50,000台に下がる、そんなBETAの行動予測シミュレーション結果すら出た。
まさに最大数のBETAを殲滅する瞬間を狙い澄ました事前準備と爆破であった。


それを、あの限られた時間、たった2機でやり遂げたのだ。


この解析を巌谷中佐と隊の皆で行った時、周囲の技官含めまさに戦慄した。

神算鬼謀とか深謀遠慮とかのレベルではない。

それを、事も無げに実行するエレメント。


ハイヴ戦によるBETAの脅威は、反応炉破壊そのものではない。
それも過日質疑の中から知らされた。

もちろん、それ自体もまだ一度も達成されていないのだが、たとえば白銀少佐級の衛士が居れば特攻覚悟でなら達成できるだろう。

だが最も困難なのは、反応炉を喪う事による、残存BETAの殲滅。
全方向に向かうBETAの氾濫は、生半可な包囲網など瞬く間に食い破る。
ハイヴの突入がなるべくBETAとの接触を避け、反応炉の破壊を優先するものでありながら、最終的には大量のBETA殲滅を求められる矛盾。

今までの戦術は、反応炉破壊にのみ特化し、それ以降に発生する二次災害は適宜対処、という状態だった。

その矛盾する双方を満たしたのが、御子神少佐の示した戦術だった。


彼の動きを解析し、それを知ったとき、私は背筋が震えた。
感動で、暫く粟だった肌が収まらなかった。

技術者として。
衛士として。
そして軍師として。

その理想型が其処に存在していた。


故に憧憬した。

英雄たる白銀少佐ではなく、見かけ上その補佐に徹する御子神少佐に。


それは、父様や叔父様に憧れ、技術将校たらんとする私の理想の姿でもあった。






初日の作業を終えて、機密エリア付きの食堂で夕食を食べようとしていたら、御子神少佐がPXへ誘ってくれた。
横浜基地の食堂は、どこも比較的レベルが高いが、そこのPXにはそのオリジナルレシピの作成者である伝説の料理人がいると言う。

そして定食を口にして驚いた。

・・・・合成食材でありながら此処までの味に仕上げるとは!!
私の少し自負のあった料理人魂に火が付いた。



後日、私が志願して京塚のおばちゃんに弟子入りしたのは別の話である。



「で、だ。この後どうする?」

「この後ですか?」

「基本は自由時間だからな。
 1・初日でつかれたから、寝る
 2・技術理解の続きをやる
 3・A-01と斯衛軍第19独立警備小隊に混ざり、武の教導をうける
 4・俺の個人教導をうける
選択肢は、こんなもんか」

「!! 御子神少佐が教導して下さるんですか?」

「あぁ。篁の武御雷も、既にXM3インストールされているし、まだ慣らしも兼ねて必要だろ?
そこにいきなり月詠中尉とかと一緒に武じゃキツイかな、と」

「・・・4で、お願いします。」

「・・了解。」





演習場に私は山吹の武御雷で立ち、他に“不知火改”の姿があった。

シミュレータはA-01や第19独立警備小隊で占められている為、先日の戦術機換装シミュレータで行ってもよかったのだが、実機感覚を持つために、空いていた演習場にでた。

“不知火改”は換装性能試験用に試作された機体で、午前中に白銀少佐が振り回した機体だ。

その機体に御子神少佐が乗っている。




3日前、初めて操作したXM3は正しく驚愕だった。

最初こそ遊びの無さに途惑ったが、慣れればそれすらが動作の連係に繋がると解った。


御子神少佐は、白銀少佐の教導を、“感覚的”と表する。

確かに、慣れと圧倒的な挙動の経験により自分の機動を組み立てて行くことを目指す。
実際、それが在ってあの高みに彼は在る。

だが頭の固いと自分でも思っている私は、最初理詰めで解説され、理解した上で確かめていける御子神少佐のやり方が、合っていたのかも知れない。

感覚だけで言えば、仕組みを理解して無くても動かせる。
それは、骨格や筋肉の仕組みを理解しなくても、手足を動かせるのと同じ。

しかし先に理論を知り、仕組みをすることで、どの様に動けばいいのか考え、それに沿って試していく。スキーを習うのに、いきなりゲレンデに出るのと、ボーゲンやターンの仕組みを知り、あるいはスクールに言って習うのとの差である。
所謂運動神経の良い人は、前者でもどうにかなるのだろう。XM3には白銀少佐というお手本があるのだから。

それにしても。

御子神少佐は3次元機動が出来ないわけではなかった。

試しに、と言ってビルを壁を使った三角跳びや、跳躍ユニットを駆使したムーンサルトも遣って見せてくれた。

しかも機体は“不知火改”。
ピーキーな出力を物ともせず、いとも簡単に行う。
組んだのは御子神少佐なのだ。
その繊細な操作は天衣無縫の域だった。

3次元機動を普段しないのは、必要が無いから、と事も無げに言う。
そして地に足が付いていれば主脚動作で立ち回れるが、空中では推進剤が挙動を支えており、使うと途端に燃費がわるくなる、そうだ。

勿論、G-リアクターとMPD推進装置の換装で、今は問題ないらしいが。


兎に角、少佐の教導は、感覚に任せない。
言葉にすることで、何故そうなるのか、を理解できる。
理解できるから、どうすれば良いか、考えられる。




『・・・なるほどね。』

「? 何がナルホドなのですか?」

『ああ、昼間ハンガーで高木主任に会ったとき、言われたコト覚えてる?』

「え? 何か言われたのですか?」

『ああ。・・・曰く、勿体無い、と。』

「・・・勿体無い?」

『あの人はフレームの程度で大凡の衛士の腕を量れるからな。・・・その意味が判ったからナルホド、さ。』

「・・・・それは、何か私に・・・?」

『・・・何となく自分でも限界かんじてるんじゃないか?』

「・・・・・・・・はい、恐らく・・・。」

『まぁ、口で言っても上手く理解できないと思うから、明日にでも用意しておく。
・・・・今日のところは、こんな所だな。』

時間を見ればそろそろ10時。いい時間だ。

「・・・・あ、はい。・・・ありがとうございました。」

網膜投影の中の御子神少佐は、薄く微笑んだだけだった。


Sideout




Side 武


夜の教導を終え、行く宛てなく部隊執務室に逃げ込んでいた。

ノックもなく入ってきた人影にビクリとする。

「?、今夜は初夜じゃ無かったのか?」

「ああ、彼方か。・・・・ちょっとな。」

「早速喧嘩でもしたのか? 犬も喰わないから止めや。明後日は南の島で、明日の夜は厳しいだろうから昨日急ぎ再生してやったのに、肝心の婿がヘタレてたら仕方ないだろ。」

・・・さりげなく気を使う奴。

さっき純夏にも言われた。オレと同じで、オレの持つ元の世界群の分岐世界の純夏の記憶まで持っているのが今の純夏だ。
武ちゃんに振られた世界では、彼方くんと一緒になったこともあるんだよ、と。
当然元の世界での未来の記憶だから、今の彼方が知ることはない。

そして彼方くんも、他の男性も全部知ってて、その上でやっぱりわたしは武ちゃんがいいの、と。


「・・・鑑が207Bで何かしたのか?」

「・・・まあな。冥夜とハグしあったあと、他の娘と拳で語りやがった・・・。」

彼方は盛大に笑い転げた。

“森羅”を付けても純夏は純夏だった。
まりもちゃんのお陰もあって、かなりのチームワークも獲得した207Bだが、勿論前の世界の桜花作戦当時の一体感はない。
総合戦技演習を前に、その蟠りが我慢できなかった純夏は、格闘訓練で喧嘩を吹っ掛けた。
余りにもギリギリな参入に危惧したメンバーの不安払拭の意味も在ったのだろうが。

で、なんと今回の純夏はDMPだけではなく、【宇宙乃雷】や【反重力乃嵐】まで使うのだ!

小さい頃から盆暮れの長い休みは冥夜と一緒に遊び、剣の稽古にもついて行った。
そういえば純夏は紅蓮大将に気に入られ、可愛がってもらっていた。

オレは知らなかったが、その時に剣だけではなく拳闘でも使える奥義を伝授してもらったらしい。

縮地からの正拳突きの様な右ストレート、地を這う様な位置からのコークスクリューアッパー。

怖すぎる・・・。


結果、委員長のリングアウト直前のアドバイスを受け入れた彩峰と相打ちとなり、その実力を認めさせてしまった。

「凄ぇな、鑑、その拳で蟠りをぶち抜いたか!」

そう言ってゲラゲラ笑う彼方。

「・・・・良い嫁さんじゃん。」

「・・・だといいんだけど・・・」

そしてさっき、貸してという部屋の鍵を渡してから言われたのは・・・・。


「さっき冥夜と話したの。

ドクターストップが解除されたから今夜する[●●]って。

抜け駆けっていわれないよう、冥夜さえよければ、一緒にどうかって。

・・・・・待ってるからね、武ちゃん!」




話を聞いた彼方は暫し沈黙。

「・・・そっか、頑張れ武。
しかし初めてが3Pって、スゲェなお前の嫁さん達。

男は黙って遣ればいいってことさ。」

「・・・けどなぁ、まさか純夏がいいだすなんて・・・。」

「よっぽど前の世界の結末がショックだったんだろ。
最初は無意識だろうが、お前をこの世界に呼びこんでから、果てしないループの末に漸く結ばれたのに、自分には既に未来がなく、武を元の世界に戻すには自分が消えなければならない。
その罪滅ぼし戦で、別のループではお前の選んだ他の娘も皆他ならないお前に生きて貰う為に死んだんだ。
好条件で戻れた今、皆で幸せになりたい、って言う思いは、全て知っているだけに、誰よりも強いだろ。」

「・・・・・。」

「・・・武、おまえ理解しているか?」

「え?」

「・・・鑑が力を喪って、鑑が消えるまでの間、つまり前回の桜花作戦でお前が死んでいたら、お前は元の世界にも戻れず、よって元の世界も救われず、この世界にも二度とループすること無く、人類は滅んでいたんだぜ。」

「!!!」

「207Bのお前の嫁さん達は、身命を呈して2つの世界を救ったようなもんだ。
鑑もそれを解っているから、恩も感じ一緒に幸せになりたいって本心から思ってる。
・・・なのにお前だけが未だウジウジしてて、彼女らの気持ちを無碍にするのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・判った。」

純夏の言った通り全ての記憶がある今比較しても純夏が一番なのは間違いないし、純夏もそう思ってくれていることも知った。
それでは残った他の皆を放って置けるのかと言えば出来ないのも確かで、今の時代良い出会いがそうそう在るとも思えない。
全ての女性をなんて事は間違っても言えないが、こんなオレにこころ寄せ、そして未来の記憶においてオレや元の世界まで命がけで護ってくれた彼女たち。
ならば彼方の言うとおり、彼女たちを愛するのはオレの義務であり権利でもあった。




「ところで彼方、この世界、・・・アレとか無いよな?」

「・・おいおい、初めてなんだから無粋なことするなよ。
ちゃんと奥でイってやれ。」

「な!?」

「特に初めての娘は、まだ自分に自信がないから、相手の男が自分で満足してくれたかどうか不安なんだぜ。
中途半端は逆に傷つけるだけだぞ。」

「・・・・無茶言うなよ、今妊娠なんかさせられないだろ?」

「ああ・・・、じゃあ避妊しといてやる。」

「は?」

「BETA由来じゃないよ。内気系の、・・・・謂わば気功に近い。
一時的に精子を不活性化するだけで、効果は約1ヶ月だ。」

「!! んなこと出来るのかよ?!」

「アストラルバディ持ち舐めんなよ。期間内は効果保証するぜ。」

そう言って彼方は掌の上にふわふわ浮く気玉を形成する。
・・・初めて見た。

「・・・ほら、後ろ向け。」

言われるままに後ろを向けば、腰の下あたりに一瞬鍼でも打ち込まれたような感覚があったが、痛みはなく直ぐ消えた。



「・・・・・・彼方。」

・・ムズムズする。なんか勝手に血が集まってくる。

「ん?」

「・・・これ、避妊だけか?」

「ああ、ちょっとだけサービスで“精力増強”の気功も付けといた。いきなりで二人相手だからな。
ヘタレて勃ちませんでした、とかないように。・・・・ちゃんと満足させてやれ。」

ニヤリと笑う彼方に見送られ、オレは隊の執務室を出た。



・・・・そうだな。

オレは皆を護ると決めたんだ。

ならば、迷うことはない。


Sideout





[35536] §41 2001,10,31(Wed) 10:00 シミュレータルーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:03
'12,11,18 upload  ※やっちまった感が無いわけでもない・・・
'12,12,14 誤字修正
'15,01,24 伏線追記(pcTEに準拠)
'16,05,06 タイトル修正



Side 唯依


私はXFJ Evolution4と試製01型電磁投射砲筒:EMLC-01XによるBETA新潟上陸戦をシミュレートしていた。



今朝、6機の弐型搬入を確認した。早速2機はリアクターや跳躍ユニットの組み付けに入り、残りはフレーム変更に入る。
今晩には実機のXFJ Evolution4が一応の完成をみる。

肩部スラスターも、XFE112-FHI-400。
宇宙に於ける主に衛星姿勢制御用の小型スラスターSE112-FHI-500を転用したXナンバーが試作機が組み立てられていた。
推力は最大40t近く、肩部スラスター一基だけでも飛行できる計算に成る。
これでも主機に比べれば可愛いモノだと思ってしまうようになった自分が怖い。

そして今朝届いたパーツの中には、例のEMLC-01X関連試作部品も在った。

今の予定では、11月末までにEvolution4、つまりG-コア化される弐型は今の試作も入れて18機。オリジナルハイヴ攻略は侵攻組2個中隊規模なので、足りない分は基本的に不知火への換装で補う予定。

最終的に全部品が揃うのは、12月の半ばになる頃だ。

その間に設計変更が在っても、基本は現場対応で熟すしか無いスケジュールであった。






87式突撃砲を構える。

36mm砲の銃口には、突撃砲全長の半分ほどのサプレッサが装着されている。
勿論120mm砲の射線を妨げないよう、フレームに固定された銃身下部の2本のヒートレールを兼ねるガイドレールに保持されていた。
重量・バランスとも悪くない。
寧ろ若干のフロントヘビーはバレルが跳ね上がる連射に於いて、抑えやすいと言える。
単体設計図では長めに感じたが、取り回しも全く問題ない。
対物ライフルの様に長かった99式とは大違いだった。

流石にCNTレール部は、プラズマ・アーマチャーによる摩耗があるため、約50,000発で交換となるが、その程度の損耗は当たり前で、耐久性含め、なんら問題は見あたらなかった。
作戦遂行時36mm弾の最大携行弾数が27,000発であることを考えれば、充分対応出来る。

連射性能は、87式に依存し毎分900発、その全てを20km/sの速度にまで加速する。
この速度で当たった36mm劣化ウラン弾は、着弾点半径30cm程をプラズマ化し、そこから前方30度の円錐状に半径10m程度を完全に吹き飛ばす威力を発生する。
固体や液体に当たるとプラズマ化してしまう速度域の為、貫通力は余りないが、その威力は突撃級を正面から一撃で撃破し、要塞級でも数発で無力化出来る。
戦士級ならまとめて数体を吹き飛ばす威力だった。

勿論新規設計すれば、更に効率の良い構成も可能である筈だ。
しかし、BETAに蹂躙され資源すらままならない現状に於いて、全てを新作していたのでは間に合わないのも現実なのだ。

それがサプレッサ一本の追加で超高速のレールガンが得られるなら、既存装備の有効利用の点や、弾薬の共通性を考えれば、最上の選択であると言える。



正面にBETAの一群。

36mmの射撃モードをEMLに変更する。

トリガーを引き絞れば、連続的な蒼いプラズマ火箭は10m程度にまで達する。
チャンバー後方からガスブレーキのガスが小気味よく抜けていく。
弾体が120mmに比べ軽いことと、このガスブレーキのお陰で、反動は威力に比べればかなり少ない。


目前に群がるBETA群に対し水平に薙ぎ払う。

弾道は光の螺旋が纏う様に、そして着弾点は連続的に稲妻が走る様にプラズマ化して光り、突進してくるBETAを根こそぎ薙ぎ倒す。

ユーコンで実際に見た99型の透徹した威力にこそ及ばないが、その圧倒的な平面制圧能力に背中がゾクゾクしてくる。


・・・・・・栄誉ある斯衛軍衛士としては些か破廉恥だとは思うが、その胸のすく威力に思わずに居られない。


―――カ・イ・カ・ン・!


これは・・・クセになりそうだ・・・。






その一方で、XFJ Evolution4であるが、この作業が膨大であった。

主機の換装と跳躍ユニットの交換で、大幅な重量減と出力増が折り込まれており、それに併せたシミュレーションデータと成っている。
昨日の白銀少佐の全力機動で、ほぼ推進器としてのリミットも解り、既にそれに合わせたシミュレーションパラメータと制御システムが組まれている。
出力増に合わせた電磁伸縮炭素帯の増加や、電磁クラッチによる各部関節の強化、主骨格の補強などが今後段階的に施されてる予定であるが、今のところはオリジナルのまま。
単純に主機出力が数%上がっただけでも、安全率ぎりぎりで設計されている戦術機はフレームさえ保たないのだが、それを保たせてしまうのもXM3の妙味。
動的な負荷分散をして応力集中を起こさない。

それでも弐型オリジナルに比べれば4倍強の出力向上にあたり、やはり根本的にはフレームや関節部の補強が必要となる。

その為の基礎動作を含めた機動確認だった。

この作業はユーコンではユウヤが遣っていたことだ。
テストパイロットとして優秀だった彼であったからこそ、Phase3が完了したと言う側面もあったのだ。
それを行うのが、私でいいのですか?
そう御子神少佐に尋ねたのが、構わない、と言うのが応えだった。


勿論、口で言うほど簡単なモノではなく、それに合わせ、推進器制御や、バランス調整をしなければ成らないのだが、当然自由度が高い分、パラメータが膨大に多い。

加えて、サブの肩部推進器の制御も初物であるため、さらにパラメータが増える。
これがくせ者だった。

その制御自由度は、3次元であり無限の組み合わせが可能となる。
その中から、何を基準に選んでいけばいいのか。


膨大な組み合わせの中から絞り込む作業に辟易しながらも、実は私は心が弾むのを抑えられない。

ユーコンにコレが在ったら、状況は変わっていただろうか。

何を世代とするか明確な定義はないのだが、XFJ Evolution4はもはや第4世代どころか、一世代飛び越えて、第5世代と言っても良い様な性能。
今は勿論機密だが、行く行くは全世界に拡げるのは確実なのだ。

御子神少佐達の目標は、人類の存続であり、帝国のみの繁栄ではない。


対BETAの、破魔の剣となるこれらの装備も、やがてユーコンに居るユウヤたちの目にもとまるだろう。
その時“彼ら”はどんな顔をするだろう?






誘われて昼食を一緒に摂る。

基本、私がシミュレート、御子神少佐が測定とそれによるパラメータ変更を行っていく。
膨大なデータを瞬時に解析し、パラメータに反映していく。
それは、信じられないような解析速度。

ユーコンで1週間掛けて遣っていたことを、恐らく少佐は1時間で済ませてしまう。
確かに向こうでは実機を元にした改修であったし、その整備や変更にもいちいちハンガーに戻ることが要求される。
ここでは、実機機動をほぼ完全に再現したシミュレーションに因って模しており、少佐のキーボード一つでパラメータも変更出来るのだ。
搭乗直後はピーキーだった性能が、どんどん良くなっていくのが乗っていて解る。
だが、複雑に絡み合うパラメータを読み解き、トータルとしてよりよい方向に持って行くには、豊富な経験とずば抜けたセンスが要求される。
それを事も無げに進めていく。

これが、香月博士をして神と言わしめた開発力。

その突き詰めた設定が、今夜にも実機に載せられ、検証されてゆくのだ。



「やっぱり、凄いです、少佐の調整力。
動きが良くなっていくのが、実感できます。」

「・・自分の操縦がかなり助けに成っているって、理解してる?」

「え・・・?」

「・・・多少無理言って引っ張って大正解だった。
ここまでは期待してなかったから嬉しい誤算。
・・・・まあ巌谷中佐の人を見る目も確かだけど。
・・・良いよ、篁。」

「・・・?」

「流石ずっと開発に居ただけある。
操作にブレがない。
それでいて操作のヴァリエーションが広い。
俺なんか気がつかない挙動を、ちゃんと織り交ぜてくれる。
抜けがないから、確信して次に進める。」

「・・・・あ、・・ありがとうございます。」


ストレートな褒め言葉に真っ赤になった。
役に立てている、それが素直に嬉しい。


「自分がテストパイロットで良いか気にしてたけど、俺としては、そういう操作ができる方がありがたいね。
センスだけなら、飛んでもないのがいるからさ。」


其れはそうだろう。
白銀少佐と比べたら、ユウヤも、紅の姉妹も及ばないに違いない。


「あ、でも白銀少佐とかでも出来ますよね?」

「まあ一応、出来るとは思うけど、・・・きっとそれは武の専用機にしかならない。
武と俺の機動は、ちょっと特殊だから。」

「・・・」

「優れた兵器は、ルーキーが乗ってもそれなりの動きが出来るものでなければ成らない。
極一握りの規格外に合わせた仕様なんか意味はないさ。」

「!!」


そうだった。
少佐の兵器開発概念の根本はそこだ。


「かと言って、ルーキーにテストさせても、勿論何も解らない。
彼らには模範となる動作が必要となる。
そう言う意味で、篁の操作は、基本なんだ。」

「基本、・・ですか?」

「ああ。
ただし、その基本を高めて高めて、そして更に極めて、今の篁の動きがある。
これは俺が考えるテストパイロットとして、理想的だ。
・・・まあ尤も、この機体については、その範囲にルーキーは含めないから、求める平均値はかなり上だけどな。」

「・・・・。」


それはそうだ。
この機体は、ハイヴ侵攻スペシャル。
しかも今後世界に468基しか作られないG-コアを搭載する選ばれた機体。
恐らくはXM3のレベリングに於いて、4や5クラスの熟練者に与えられることになるのだろう。


「まあ昨日言ったようにその分、篁に足りないモノも理解したけどな。」

「え?! それはっ!?」

「今のテストが一段落したら、試してみたいモノがあるから、旨くすればそれで判る。」

「あ、はい。」






午後、シミュレーションテストを繰り返しながら少佐の言葉を反芻する。

成る程、と思う。
白銀少佐の専用機を作るわけではない。

それこそルーキーからベテランまでが乗る汎用機を作るのが兵器開発。
間口は限りなく広く、そして何処までも奥深い。
誰にでも一定水準以上の機動を可能としながら、極めれば更に応える。
兵器というものの在り方をキチンと理解している。

XFJはどうだったのだろう。
そう考えれば、乗りにくい、そう言ったユウヤの言葉も理解できる。
・・・子供だったんだな、お互いに・・・。

当初、日本人に反発していたユウヤ。
一方、全権を任せられた開発一辺倒で余裕が全くなかった私。


そう言えば・・・、・・・あら?


感じたのは、違和感。
定常では発生しないが、挙動の変化時に生じる姿勢の乱れ。


「少佐。」

『ん?』

「・・・・跳躍機動初期に、主推進器周りで乱流が発生していませんか?」

『・・・暴れる?』

「違和感、程度ですが。初期加速度が高いほど顕著に感じます。」

『ん~~~、データ取るから少し、連続機動してみて』

「了解です。」




その後、私の機動によるデータと、CFD(Computational Fluid Dynamics)による挙動時の乱流計算が行われ、特に推進気流に脚を巻き込む後方跳躍で乱れが大きく、跳躍速度に依存して増大すること、高機動時は実害在るレベルまで増大することが判明した。

で、原因究明から、解析までも早いが、その後が凄まじい。
あっという間に乱流を抑制する噴射制御から、各部形状変更まで3系統4案別の策を打ち立てる。

部品の全取り替えは、コスト的にも割に合わず、比較的簡単な形状変更と噴射制御を組み合わせてほぼ問題無いレベルの改善が可能であることが解った。

今、改修しているXFJ Evolution4の組み立て班に指示が飛ぶ。



「・・・凄いですね。あっという間に直してしまいました・・・。」

「・・・いや、これは篁のお手柄だ。
気がつけば、どうにでも対処も出来るが、気がつかなければ、後手に回るからな。
流石だよ。ありがとう、助かった。」

「!!」


ストレートな賛辞と率直な感謝。
こんな言葉を聞いたのは、何時以来だろう。

そして自分はこんなに素直に感謝を言葉に出来ていたのか?

少佐の言葉に盛大に照れながらも、つい前の自分と比較してしまうのだった。


Sideout




Side 悠陽


「・・・・これは!!」


帝都城、政威大将軍の執務室。
報告に上がっていたのは、鎧衣課長。


「面目次第も在りません。・・・まさかこのような条件を突きつけてこようとは・・・」

「・・・・。」


それはXG-70bの接収に関して、米国政府が示した条件。


・・・まだ、なのです。
まだ、ワタクシはお飾りでしかないのです。
せめて、せめて大権奉還以降であれば、対処する手段も在りましょう。
ですが、今の段階ではワタクシがお力になれることは、何も無い・・・。


「・・・取り急ぎ、香月博士に報告を・・・。」

「は。」


ワタクシは、ただ瞑目し、先を案ずることしか出来ませんでした。


Sideout




Side 唯依


夕食後、御子神少佐を捜す。
何となく、だが、思ったところ、戦術機ハンガーに行ったらそこに居た。


「あれ? 珍しい。ここに用事?」


恐らく、A-01部隊の乗機と思われる不知火をチェックしていた少佐。
既に一般整備は終わっている筈だが・・・。


「いえ、・・・少佐のお時間が在れば、昨日の続きをお願いしたいと思いまして・・・」

「ん、ああ、そうっだったな。
OK、これだけ換装するから待ってて。」

「! 少佐が為さるんですか?!」

「ああ。大した手間ではないし。
皆今XFJ Evolution4の大詰めにさしかかっているからな。
邪魔はしたくない。
それに俺が整備兵呼び出して換装させると、見落としと言うことで整備長まで責任が行きかねない。
これは本来の規定で言えばそもそも見落としではないからな。」


手慣れた動作で装甲を外すと、内部にあった電荷収縮炭素繊維索の一つを外し、同じ部品を取り付ける。


「これ、なんだか解るか?」


外した部品をみせられる。


「? ・・!! 内部捻糸欠損!?」

「そ。・・・コイツの衛士は動きは良いんだがちょっと癖があって、関節を捩り気味なんで、危惧してた。」


このまま気付かなければ、一部が捻れた炭素索は周囲に拡大し、遂に動作中に最悪断裂、転倒に繋がる。
訓練中なら怪我位で澄むが、BETA相手の場合は死に直結しかねない。


「明日、ちょっと名前借りるぞ。俺の立場で言っちゃ角が立つからな。」


(そして実際、開発時に経験のあった篁が見つけてくれた、とし、現在の規定では検査できず見落とす可能性が高いことから、早急に検査手法と規定を見直すように指示が出た。)






昨日と同じ、武御雷に乗って教導を受ける。


『篁の分割入力は、やっぱりどこか固いな・・・。』

「駄目ですか・・?」

『いや、駄目じゃないし、基本だし、実際早いんだから良いんだが・・・どっちかと言うと、今良いモノが、更に良くなる余地が在る・・・。』

「お堅い、って言われました。」

『まあそれは個性だろうから好みの問題だろ・・・、じゃあ篁ちょっと降りてきて。』

「・・・あ、はい。」


私が機体を降りると、彼はすでに降りて待っていた。


「・・・・・」


まじまじと見つめられる。

そう言えば斯衛山吹とはいえ、強化装備は色しか違わない。
すなわち胸から下腹まで黒く着色はしているが、ほぼシースルーに近い。
それを改めてあからさまに見られて真っ赤になる。

斯く言う私も、つい少佐の細身ながらしなやかな大胸筋や、8つに割れた腹筋をチェックしていたりする。
・・・衛士として完成されてた様な、筋肉。
そう言えば、白銀少佐に比べ、御子神少佐の武勇伝はあまり聞かない。
記録に残っているシミュレーションデータもプラチナ・コードしか知らない。
それも地味で作業に徹していたりする。


「・・・っと、不躾だったな、失礼。
ソフトに体格登録させてもらった。
・・・・強化装備、ちょっと触るけどいいかな?」

「え、あ、はい」


すっと遠慮無く手を伸ばす。
項辺りの、ユニットに何か取り付け、弄っているのだが、微妙に気恥ずかしい。


「・・・これか。
一瞬ぴりっとするけど我慢してくれ。」


身体の中を微かな電気が流れ、私はぴくんと反応した。


「・・・OK、本当は着替えて貰うのが妥当だが、手間だったんで、そのまま遣らせて貰った。
違和感はないかな?」

「・・・はい、大丈夫です。」

「じゃ、戦術機乗って。」

「はい・・・」


今一、意味がわからなかった。


『じゃあ、まずコンソールにRSProjection、って入力して。』

「はい。・・・!!! 少佐、これ、なんですか?」


途端に視界が一瞬ぶれ、感覚が広がる。
いや、視界は網膜プロジェクションが全視界に拡大しただけだが、もともとその景色は戦術機のメインカメラからのものだ。
しかし、今はサブカメラさえがオーバーラップし、背後まで認識できる。
そして、操作スティックを握る以外に、腕や足がある。


『Real Sence Projection・・・つまり戦術機の操作系を、強化装備のスキンを介して擬似的な肉体として認識させた。
教導の為のシステムとして検討していたんだが、まあ折角だからサンプルになってくれ。

網膜投影の拡張だと思ってくれて構わない。
さっき強化装備に付加したのは、バイタル情報のインターフェースに極微量のバッフワイト素子を介して感覚の入出力を行う部分を追加した。
今は、戦術機とのリンク感覚を薄くしているから、それほど違和感ないと思うが気持ち悪くないか?』

「・・・吃驚しましたが、大丈夫です。」

『無理はしなくていいが、慣れたらそれを動かしてごらん。
戦術機がどんな物か、認識できるから。』

「! 操作できるのですか?!」

『自分の腕ではなく、感覚の中の戦術機の腕を動かすんだ。』


二重化した感覚は、暫く慣れが必要だった。
だが、それに慣れてしまえば、戦術機を手足のように動かすことが可能になった。
正に戦術機であやとりが出来るのだ。


「・・・・これ、凄いです!! XM3より自由に動けます。」

『だろうねえ。神経直結の完全エミュレータだからね。』

「・・・なぜこのOSを使わないんですか?」

『弱いから。』

「え?」

『・・・そうだな。
篁や紅蓮大将みたいな、剣の達人ならそこそこ戦えるだろうな。
でも殆どの衛士は本格的な格闘技なんか出来ない。
エミュレートする以上、搭乗者の動ける範囲でしか動けない。』

「あ・・・。」

『XM3は違うよ。
パターン化することで、動作だけなら凄腕の人の動作を再現することができる。
つまり格闘の素人でも、一定以上の強さを有することが出来るわけだ。
極めても人の動き以上の機動ができないRSPに対し、XM3は反射速度を凌駕した域まで達することができる。
汎用の戦闘OSとして、優秀なのはXM3だろ?』

「じゃあ、なぜこれを?」

『言ったジャン。
教導の為、さ。
人の動きと戦術機の動きの差を明確に理解して貰うため。

・・・さっき篁の動きは、基本だと言ったよな、基本を極めている、と。
ただ、そこにはもう一つの意味もあって、篁は動きの範囲が人の枠にはまって居るんだ。
つまり、戦術機の機動を無理矢理人の枠に押し込んでいる。

昨日、高木主任が言ったのもそれだ。
戦術機の可動範囲が、人のそれと同じ範囲しか動いていない。
主任はフレームの摩耗度合いからそれを見抜いた。
本来戦術機にはもっと自由度があるのに、そこを使っていない。
それ故に、勿体ない、と称した。』

「・・・・。」

『コレばっかりは純粋に感覚の領域なので、いくら言葉で説明しても理解できない。
これは、そう言った違いを理解して貰うためのプログラム。
他の奴の教導にも使えるかどうか、取り敢えずサンプルとして試して貰いたかったんだけどな。
・・・バッフワイトが必要だったんで、1日待たせたけど。』

「あ・・・」

『確かに篁の動きはルーキーには取っつきやすい。
人の身体の動きそのままだから。
けれど、そこから徐々に拡げていくことも重要。
篁は、元の機動スペックがなまじ高かった故に、人の動きのままで、全て何とかなってしまっていた。
なので、その領域に拡張することもなかった。
けれど篁にも、その枠を乗り越えて欲しいのさ。』



目から鱗とはこのことか。

感覚が掴みきれなかった私が初めて実感した“戦術機”。
それは、決して人ではないのだ。
飽くまで人体を模したもの。
間接の動き、可動範囲、力の入れ方から、重心、感性、体捌きまで全て違うのだ。
解っていると思っていたが、感覚が理解していなかった。

例えば、器用な衛士は自分の指示と戦術機の反応を感じて、少しずつ修正し、誤差を修正していく。
機動スペックが高かった故に対処されず、常に纏う違和感として残り続けた。
その違いは、十分強いが故に誰にも指摘されず、言葉にしても理解できず、そして私の中にだけわだかまり続けた感覚。

それが。
戦術機のセンサーと駆動系を直接体感することで、初めて理解できたのだ。



自分がした挙動を、戦術機の挙動で再現してごらん、と言われ、私が自分の機動を、おおよそ戦術機で再現したとき、改めて疑問が湧いた。
確かに、このOSは弱い。
動作で言えば、パターン化した操作や、先行入力のほうが早いのだ。
それが、自分でも判る。


「・・・こんな操作が機動の向上に繋がるのですか?」

『ん、今の機動はXM3でも並行認識して機動細分化と最適化、そしてコンボ登録を掛けている。
じゃあ、XM3に戻って機動してみな。』

「・・・はい!」



大刀を振るう山吹の武御雷。
その動きは以前にも増して、迅速でダイナミック。
今までの人の型にはめた動きとは次元を異にする。


『・・・羽化し[バケ]た、な。
流石篁は、基本を極めてるからな。
感覚さえ掴めば応用は自在に拡がること・・・』

「・・・・・。」


自分でも、判る。
人という枠に囚われていた機動が、解放された。
動きが、疾さが、違う!

・・・これが。
これが戦術機の、武御雷の本領!

人では無いのだ。
自分の身体ではないのだ。

力の入れ方、可動範囲、慣性の大きさ、バランス、重心移動。
はじめて自分が行いたい機動を戦術機の感覚で動かした。

初めはぎこちなかったが、感覚で直せるのだから、直に再現できた。

そしてXM3に戻った今、最速に成るように細かく細分化されたコンボとして、登録されている。
初期の機動から、選択しうるコンボが現れる。
戦術機の動きをモニターしながら、タイミングや間をモジュレーションで調整する。



凄い・・・。

自分でも解らなかった停滞の理由を僅かな時間で看破し、それを解決する手段を短期間で作り上げ、自らが気付くように導く。


『・・・・OK、・・今日はここまでにしよう。』

「はい。・・・・あ、ありがとう・・ございます!!」


・・・・万感を込めて。




呼び出しのコールが入ったのは、その時だった。


Sideout




Side 武


「・・・これが米国側の回答って言うわけ?」

「・・・・残念ながら。」

B19フロア、夕呼先生の執務室。
今、ここに居るのは、先生と彼方、俺とそして鎧衣課長。

もたらされたのは、XG-70bの接収に関する米国側の条件だった。


00ユニットの実在証明。
簡単に言えば、米国に来てXG-70bを制御して見せろ、という内容だった。


もともと米国の第4計画協力派や日本国政府と、米国政府との間で交わされた取り決めは、00ユニットの完成を条件に譲渡する、という内容だけだった。

オレの経験した前の世界では、調整中の純夏を紹介しただけで、程なく話は纏まった筈だった。

だが、今回は前回に比べ1ヶ月以上早い。

そう順調だったのだ。余りにも。
・・・それがこんな所に落とし穴があろうとは。


「・・・・支配因果律、ですかね・・。」

「・・・そうでしょうね。
確かにBETAには何の影響も与えていないけど、アンタ達の復帰は余りにも政局周囲に影響を与えすぎたわ。
まあ、想定内ではあるけれど、タイミングは不味いわね。」

「・・・・。」


明日からは繰り上げた207Bの総合戦技演習である。
既に戦術機シミュレーションも実施している今、シミュレーションによる試験も打診されたのだが、城内省からクレームが付いた。
手心が加わる可能性が高い、と。
実際城内省でも冥夜の扱いは苦慮しているらしい。冥夜の存在を知っている上層部でも、さっさと衛士任官させて切ってしまえという派閥と、後方配備とし存在を隠したい派閥で綱引きが行われている。
前者は出来れば将来の禍根になりかねない冥夜の存在自体を消したい派閥だから、厳しい総合戦技演習で死亡事故でも起きてくれれば一番ありがたい。
そして後者も簡単に通って貰っても困る、ということで、実地による演習を避けることが出来なかった。

なので、部隊員となっている純夏は勿論、まりもちゃんや、参加はしないが内緒の護衛としてオレも随伴することが決まっている。月詠さんたちが随伴できない為だ。
まあ、先生が付いてくるのは、お約束。
00ユニットの製作に一段落付いた為のバカンスだが。

11日の侵攻に備えるためにも、今更その日程は変更出来ない。


「・・・多分俺の復帰に危惧した九條あたりが、第5計画派に進言したんだろ。」

「・・・その可能性が一番高いわね。
此処じゃそうそう手出しできないから、国外に誘い出して、って見え見えよね。」


そう。

そのXG-70bを渡すもう一つの代替条件として、今回新たに提示されたのが、プロミネンス計画に送りつけたシミュレーションデータ、それをもたらしたOSの開示、だったのだ。
しかも、技術的に説明できる開発者付きで。

これはどうやらXG-70bを開発した殆どのメーカーを接収しているボーニングからの提案らしい。
それが出来れば、無条件でシッピングするという。


テロによるアラスカ基地の損害で頓挫しかかっているプロミネンス計画。
日本のXFJ計画は一抜けたが、フェニックス計画を推進しているボーニングとしては、まだ退けないものがある。
その中で提示されたデータは、かなりの衝撃を与えたのだろう。
第5計画の推進派でありながら、戦術機ではF-22でロックウィード・マーディンに水をあけられた形の戦術機部門でも、主導権を取り戻したいボーニングにしてみれば、看過できない内容だったということだ。


「それに関しては、巌谷中佐からも一つ相談がきているわ。
帝国国防省の防衛大綱諮問会議で、XFJ計画の完了が保留されたそうよ。
プロミネンス計画脱退は認めたモノの、XFJの開発要件である他国の第三世代機と同等以上の機動性及び運動性、つまりF-22に対しての優位性を示してない、ってゴネたバカがいるらしいわ。
これも本土防衛軍らしいから、九條絡みね。
テロでもF-22の部隊は損害なく健在、対してXFJはBETA相手に損害を受けている。
テロ後の評価試験でSu-47は下したけど、相手はステルスではない。
ブルーフラッグの続きは出来なくても、F-22部隊戦はやれって事みたいね。」

「・・・それもボーニングの思惑がらみか。」

「でしょうね。
OSは開示させて、おいしいところは取り、後は第4計画を潰すために、第5計画と九條の意向で事故にでも見せかけて彼方を亡き者にする。
ついでにXFJに土を付けて自分達のフェニックス計画による中古改修機を大量に帝国に配備させる。
弱った獲物は徹底的に貪るのが奴らのやり方よ。」

「・・・・・。」

「選択肢はいくつかあるわ。
まずは、XG-70が本当に要るか、ってトコね。」

「・・・無くてもどうにかなる可能性はあるが、因果律量子論的には、在った方がいいだろう。」

「・・・そうね、アタシもそう思うわ。
そうなると、今は引き延ばして殿下の復権を待つって手もある。」

「・・・余計な負荷は架けたくない。」

「・・・・過保護ね、彼方。」

「夕呼にも十分甘いつもりだぜ。
・・・・・クリュグ、ローラン・ペリエ、ルイ・ロデレール。バカンスのお供に冷やしてあるんだが。」

「!!・・・・判ったわ。
・・・・貴方がその気なら止めない。」

「そうなれば、00ユニット[かがみ]を米国に赴かせるなど問題外。
まあ、武も夕呼も居ない間に、丁度いいからちょっとアラスカで70ポンド級キングサーモンでも釣ってくるさ。」

「・・・・」

「・・・明らかに罠よ?」

「それが?
この程度の支配因果律抵抗など想定内、ここで退いたら益々泥沼に嵌るだろう?」

「・・・・・・そうね。」

「その代わり、今夜組み上がるXFJ Evolution4と“EMLC-01X”、持って行くぜ。
どうせユーコンで糸曳いているのはハイネマンだろう? 
・・・俺は御子神[ネイティヴ]ほど気長でも優しくもないんでな。

ああ―――あと鎧衣課長、ちょっと相談がある。
ユーコンでメカニック[●●●●●]、調達できるか?」

「―――ウチ[●●]の “メカニック”ですか?
出来ないことはないですが・・・現地で整備用のツール[●●●●●●●]が調達出来るか微妙です。」

「“TOOL”はこっちで用意する。」

「・・・判りました。準備しましょう。」



彼方が珍しく獰猛な、漆黒の気を纏った。



・・・・あーあ、可哀想に。
本気にさせちゃったよ。


Sideout




[35536] §42 2001,10,31(Wed) 06:00 アラスカ州ユーコン川
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Date: 2016/05/06 12:03
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'16,05,06 タイトル修正



Side 唯依


昨夜、巌谷の叔父様に呼び出しを受けた私はその後、御子神少佐、もとい御子神大佐[●●]と共に慌ただしく宇宙へと駆け上がった。

行き先は国連太平洋方面第3軍・ユーコン陸軍基地。

そう、ほんの数日前直ぐに戻るつもりで同じように慌ただしく旅立ち、そして今度は当分戻ることはない、とさっきまで思って居たユーコン基地だった。



巌谷中佐からの指示は表向きひとつ。

やり残したブルーフラッグ戦、というよりも対F-22戦、即ちインフィニティーズとの模擬戦闘完遂だけである。
但し、実施の可否判断は現場の上司、つまり御子神大佐に委ねるものとする、と言うことだった。

テロの終息から既に一ヶ月以上が経ち、その爪痕も漸く消えつつあるユーコン基地。
XFJ計画については横槍の在ったソ連製戦術機との評価試験も既に終了。
それに付いてはプロミネンス計画責任者であるハルトウィック大佐も、ボーニング社技術顧問であるハイネマン氏も了承していた。
その際に本来帝国国内で実施予定だったPhase3への換装も済んでいる。
計画は全て完遂という報告は帝国の装備検討会議でも受理されている。
が、国内ではその上、防衛大綱諮問会議にて保留とされた。

XFJ計画そのものもXM3という画期的なOSがもたらされた今、数字上の目標が十二分に達成されている事が確認されている。
しかしF-22を、即ちステルスを相手にする実績、その一点についてのみ拘る輩がいるらしい。
対人戦の装備でしか無いステルスに拘り、ステルス無くばF-22に太刀打ち出来ない。
次期主力で在るならば、F-22と少なくとも同等であるべき、との主張。
XM3がBETAに有効なのは理解した上で、対人戦[●●●]に於いても凌駕しうるのか?
その疑問がXFJ承認派の興味もくすぐったのは、致し方ないことかも知れない。

今、背水の陣でBETAに戦いを挑もうとする孤高の志士達が居る反面、ただ砂上の楼閣上にあぐらを掻き、対人戦の算段を執る暗愚もまた居る。
だが、第4計画と第5計画を知らされた今、その主張の裏も予測できた。


実際勝つことが条件ではなく、結果如何に関わらずXFJはその実施を以て試製XFJ-01の開発記号が付き、次期主力戦術機候補として試験運用されることは叔父様の努力で決定していると言う。
もし、現場の判断でAH戦が実施されなくてもどうにかなるから、と笑っておられた。
それも横浜の実態を知ってしまった今、よく分かる。

そして、本来なら私一人が戻る所であったが、今回御子神大佐が同行と成ったのは、私の突然の帰国、そのわび代わりに送ったデータが元で、その開発者を招聘したい、という強硬な要請が日本政府に在ったためらしい。


完成したばかりのXFJ Evolution4、しかも例の“サプレッサ付き87式突撃砲”まで2門装備してカーゴに載せた。
勿論2つあるカーゴの2機目は山吹の武御雷である。
AH戦は、遣るとしたらタリサの代わりに大佐自らが参加するとの事だった。



更に巌谷の叔父様に極秘で呼ばれ、殿下との謁見もした。
なんでも国連横浜基地に籠もっていて手出しが出せない御子神大佐を付け狙う輩が居る、と言うことだ。
G-コアという叔父様にも殿下にも言えない秘密を知ってしまった今、在り得ない事ではないと思う。
それのみならず、御子神大佐は多方面に多大な影響を与えているのだ。
宗家の九條を初めとし、敵対する第5計画派も、今や彼を最大の阻害要因とみなしているだろう。
G-コアについては、帰国後大佐自ら話しをするので、いまは黙っている様に、との事だった。

そう、御子神大佐の直衛が、私の裏の任務なのだ。

なので、今回の遠征に際し派遣期間に限り、異例の措置で御子神少佐は大佐に昇格されていた。
これは香月副司令も同じらしく、国連軍でも昨日付けで技術大佐に昇格している。
少しでも、ユーコンでの立場が強くなれば、というお二方の心配りであった。
まあ、本来大佐の齎す技術内容が知れれば、大佐程度では到底収まる範囲ではないので、それに付いては全く異存はない。





しかし・・・。

専用機を仕立て秘書官と言う名の護衛官をつけると言った殿下の提案は却下したらしい。
今は未だ公にやれば、何かと角が立つ、と。
悲しそうな殿下に、くれぐれもよしなに、とお願いされてしまった・・・・。

と言っても、そもそも自前のXSSTに、同じくらいの全長を持つ再突入カーゴが設置できてしまうのである。
中に戦術機を2機収めれば、離陸荷重[ペイロード]は自重の凡そ3倍。
その状態でも、大気圏離脱は愚か、垂直離着陸までこなしてしまうと言うのだから相変わらずデタラメである。

御子神大佐を知ってまだたったの4日だが、もう大抵の事では驚かなくなったいた、・・・筈なのに・・・。





目が覚めると、まだ機内に居た。
時計は6時。
毛布が掛けられている。
何時に間にか眠ってしまったらしい。

日本を夜20時に出ると、実質フライトは1時間程度だが、夜中の2時に着いてしまう。
と言って24時に出ると朝6時着になり、翌日は完撤状態。
なので、時間を調整し、機中泊で5時間ばかりの仮眠時間を取ってくれた。
確かに定期便や、他に大勢の運用スタッフがいる専用機では、ここまで自由がきかない。


気がつけば、周囲は錚々たるユーコンの遅い夜明け。

レーダーをチェックすれば、基地の位置を遠く外し、無人域の河川敷に着陸したのだろう。
入国許可は取っているとはいえ、本来なら密入国もの。
ステルスに光学迷彩まで持っている機体ならでは、である。
こんな僻地に夜中に着陸したら、判るわけがない。


目の前はユーコンの大河。


基地よりもかなり下流域になるのだが、川幅は寧ろ平地が拡がる基地周辺より狭いはずだった。
それでも悠久なる大河は、薄暮のような遠い明け空に向こう岸は見えず、水面には棚引くような靄が立つ。


緯度の高いユーコンでは、10月の終わりともなると、太陽が顔を出すのは朝も9時過ぎ。角度がゆるいため、今時分から地平の際は明るいのに、太陽は中々出てこない。
そしてもうすぐ日の登らない薄暮の季節がやってくる。
緯度の関係から、太陽は昼でも地平線を這いずるだけでまた沈む。

私が来たのは、4月、逆に夏至近く白夜に近い状況だった。
テロ後も2週間は療養、復帰後もこんな早朝に起きたことはない。
初めて見る薄暮の朝だった。


約半年・・・。

此処で過ごした、17歳の、二度と来ない季節。


―――そしてあと2ヶ月。

人類の命運を賭けた、極秘計画が進んでいる。
何の因果か、その中枢を知ってしまったのだ。

数奇な、と言えば数奇な運命なのかも知れない。



目を覚ますのに、機外にでる。

そこでバッタリ会ったのは、勿論御子神大佐なのだが・・・。


「はあわッ! た、たっ、大佐っ!? それは一体っっ!!??」

「おはよう。
・・・コレ? キングサーモンだけど。
70にはちょっと届かないけど、67lb(ポンド)かな。
シーズン最終日にしては、良い型がでた。」


キングサーモンの秋のシーズンは、例年9月から10月と言われる。
日付変更線を飛び越えた今日は、確かに10月31日。

間違ってはいないが・・・、間違っていないのか?
御子神大佐は私服のまま、ジーンズにフライトジャケットの袖をまくり、そしてその手には何と!丸々と肥えた1mを優に超えるキングサーモンを担いでいたのだ!


「・・っっっっっいったい、どうやってっっ!!??」

「一人でスキップできるバス用ホバーボートをカーゴに積んできたから、ちょっと朝マズメのトローリングで試してみたら、釣れた。
丁度いいから普段世話になっている京塚のオバチャンへの土産かな。」

「く・・・・・。
ユーコンでの釣りにはライセンスが必要と聞いておりますが・・?」

「持ってるよ。ほら。」


orz
何かと出鱈目な上司である。
今の時代にそんなバス用ボートを所持していたり、任務に持って来たりするのも何だが、それを使ったって、そうそう獲れるものでもない筈だ。

そして・・・横浜の師匠の名を出されると弱い。

志願して弟子入りし、まだ二日だが、その料理に対する含蓄在る薫陶は、何物にも代えがたい。
確かに師匠なら、これだけ立派なキングサーモン、さぞや究極やら至高やらをも凌ぐ、超越の逸品に仕上げるに違いない。
それだけでも横浜基地のPXが明るくなりそうだ。


しかし、・・・しかし・・・、この荘厳な雰囲気と、あの私の決意は・・・・。



グルグルと思考が回っていた私の頭に、ポンと掌が置かれる。

「気に病むな。
・・・締めるところは締め、緩むときは緩む。
言い古されているが、極意だぜ。
篁を見てると張り詰めすぎて、この先切れそうで怖い。」

「!・・・・。」

「もう一本、小さめの40lb級も上げたから、今夜刺身にしてやる。
今殺菌のため冷凍してるから。
ああ、お望みなら手鞠寿司も付けよう。
マリネとムニエルは今一得意じゃないから・・「私がやります! あ・・・」」


美味しそうなメニューに乗せられたことに気付いて真っ赤になる。
だって天然モノのキングサーモンなんて・・・。
初夏の遡上シーズンに初めて食して絶句した。
脂の乗る秋口の旬にはブルーフラッグとテロがあって、それどころじゃなかった。
コーホーやシルバーはまだしも、キングサーモン丸ごと一尾はこの地元だってそうそう出回るものではないのだ。

優しげに笑う大佐を見ながら、巌谷の叔父様に続いて、どうやらこの上司にも私は勝てそうにない、と溜息を落とした。





「大佐・・・。」

「なんだ?」

「・・・・一つ留意頂きたいことがあるのですが?」

「訊こう」

「“紅の姉妹”、プロミネンス計画に参画するソ連のイーダル実験小隊に属するビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉のことです。
恐らく、私が狙撃されたのは、その機密を垣間見てしまったから、だと愚考しております。」

「また狙われると?」

「いえ、もう巌谷中佐にも伝えてしまいましたので、報復以外では今更それはないかと。
そして此処で私を撃って、XM3の情報を放棄するような愚挙は起こさないでしょう。」

「どんな内容なんだ?」

「・・・はい。ΠЗ計画、ソ連のサンダーク大尉が推進している計画です。
・・・薬物と後催眠暗示の多重掛けで人間の反射を極限まで早める手法―――。
テロの時、レッドシフトを発動させないため、彼女たちはその“プラーフカ”を最大値、・・・絶命するまで破壊を続ける領域まで掛けたそうです。
・・・彼女たちの希望で。
・・・たった一人、ユウヤを守る為に・・・。
BETAは殲滅しましたが、正気を喪った彼女らは、タリサも撃墜しました。
止めたのは、私と・・・ユウヤです。」

「なるほど・・・。
―――それで、篁は彼女たちをどうしたいんだ?」

「・・・いえ、ユウヤ、失礼しましたブリッジス少尉が気にかけていましたので少し・・・。」

「・・・そのブリッジス少尉が、篁の意中の人? なら留め置くけど・・・。」

「!!、あわッ、あ、いえ、意中と言うわけではなく、ちょっと複雑な関係というか・・・。」


私は何を馬鹿なことを頼んでいるのだろう。
大佐には、何の関係も無いのに・・・。

わたわたと慌てている私の頭に、再びポンと掌が乗る。


「・・・深くは訊かない。が、―――悪いようにはしない。」

「・・・はい。」











09:00・・・。

一度離陸し、ステルスを解除すると、管制の指示に従い正規ルートから滑走路にアプローチ。
戦術機を背負っているのに、滑走路を100mも使わずランディング。
以前のような―――心配していた何の障害も無かった。

迎えの車に乗り込む。
カーゴはまだ手つかずのまま、格納庫に誘導される。

此処を離れて1週間も経っていないのに、随分と懐かしく感じた。





国連太平洋方面第3軍・ユーコン陸軍基地司令。
テロで負傷し帰国したプレストン中将にかわり、基地司令に赴任してきたのは、ハロルド・アッカーマン米国[●●]陸軍少将だったが、来賓応接室で挨拶だけをすると早々に退出した。
事前情報では、出自が英国陸軍と言われていたが、フタを開けてみれば英国陸軍に出向していた米国将官を配置転換しただけ、という詐欺紛いの手口。
テロの終息とともに待ち構えていたように赴任してきた時も思ったが、相変わらず何を考えているのか判らない司令官である。

そして、実質的に基地の実権を掌握しているのは、プロミネンス計画の最高責任者であり計画指揮官であるクラウス・ハルトウィック西独陸軍大佐であった。
秘書官であるレベッカ・リント少尉が控えている。
今、ここに居るのは、ハルトウィック大佐と秘書官の他、フェニックス計画を主導しXFJ計画の技術顧問であったフランク・ハイネマン氏、テロにより殉職したアターエフ大佐(2階級特進)に代わり、昇格し東側諸国の利益代表者となったイェージー・サンダーク大尉。
今も、イーダル試験小隊を指揮して、プロミネンス計画そのものに参加している。




「・・・先ずはコチラの強引な召還を承諾頂いて感謝する。
まさか昨日の今日で来ていただけるとは思っても居なかった。」

「・・・強引だとは、理解しているんだ。
こっちは今日の今日だがな。
何かと予定が立て込んでいて今しか時間が取れないだけだ。」

「フム・・・。技術少佐と聞いていたんだが・・・。」

「敬語の嫌いな俺のために、悠陽と夕呼が勝手に付けただけだ。」


ぞんざいな英語に鼻白む。
英会話が苦手、と言うわけではないらしい。


「・・・・日本人は和を尊ぶと聞いたが?」

「尊敬できない相手におべっかを使う気がないだけだ。」

「・・・尊敬出来ない・・・と?」

「・・・心当たりでもあるのか?」


・・・いきなりのけんか腰である。
XSSTに搭乗前、香月副司令に言われたことを思い出した。


アイツ、場合によったら全部潰すつもりだからね。
だからアンタにとって大事なモノが在るなら、キチンと主張なさい。
アイツを縛れるのは、親しい人の情だけよ。


・・・巌谷の叔父様、私にそれが可能でしょうか?



「・・・成程。命令権は認めない、と言うわけか。
無論、命令などする気はない。
礼を欠いたのも、強引だったのも十二分に理解している。
それに付いては幾らでも謝罪する。

だが・・・、あのデータは衝撃的すぎた。

光線照射を機動で躱し単騎で連隊規模のBETAを屠り、エレメントではヴォールクを文字通り陥落させる。
シミュレーションデータが甘いのは理解していても、その甘い設定ですら反応炉到達さえ他には誰も出来ていないのが世界の現実だ。
そして一切甘さなど無い実戦に於いても、圧倒的な性能差がある機体でインペリアルガード最強の武神を撃破してみせた。
勿論衛士の腕も尋常ではないが、それを支えたのが新しいOSとなれば、その理念を世界に演繹しないわけにはいかないのだ!」

「・・・・それが、アンタの否定する第4計画の産物だとしてもか?」

「!!・・・・・・。
―――別に否定してなどおらん。」

「子供騙しに引っかかった世界最大の詐欺、―――じゃ無かったのか?」

「―――理解できなかっただけだ。
BETAとの意思疎通、情報収集、そこに何の意味が在るというのだ?」

「そう今も思っている時点で明確な否定だろ?

・・・反応炉をS-11、2発で破壊する位置。
反応炉からのエネルギー供給により強化されているハイヴ壁やモニュメント、それを断てば爆破崩落も可能であること。
幽霊部隊での数々のハイヴ威力偵察経験から生まれた機動概念を元にしたOS・・・。
・・・・これらがBETA情報収集以外のなにから得られるんだ?」

「「「 !!! 」」」

「・・・俺に言わせれば、プロミネンスは女を見ずに、自分のナニを弄るマスターべションにしか見えないが。
そんな命令に従うしか無かった開発衛士が報われない。
隣とナニだけ比べてどうするんだ?
デカイ奴が女を落とせるわけじゃないんだぜ?」

「「「 ・・・。 」」」


た、た、大佐っ! 下品ですっ! スラングぐらい、私でも判ります!
乙女の前なんですから、もう少し表現を控えてくださいっ!!


「・・・そこに居る、ハイネマンや、サンダークと違い、大佐の望みは通常兵器での欧州奪還・・・ああ、それでエレメントでハイヴ攻略を成し遂げる可能性を見せたXM3を形振り構わず求めたか・・。
第4計画は否定しておきながら、その成果だけは欲しがる。
・・・随分と身勝手だな。」


しかもこれまでにないくらい舌鋒は辛辣。
ここの開発部隊にいた私ですら身を竦めてしまう。


「・・・・・・・・認めよう。
確かに私はBETAを訳の分からない脅威と見做し、理解することを放棄した。
そこに踏み込み、そして人類に多大な成果を齎したオルタネイティブ4に付いて最大限の敬意を表しよう。」

「アンタの敬意なんか要らん、と夕呼は言いそうだ。
・・・が、流石は合理的なゲルマン民族、感情にも流されず、そう来るか。
・・・まあ、その位できなければ、テロリストを誘い込んだりしないな。」

「 え? 」

「・・・・・・他は驚かないと言うことは、暗黙の了解があったか、薄々気付いていたと言う事だろう?
篁も横浜でオルタネイティブ計画の内容を知ったなら、このユーコンがどんだけ微妙なバランスの上に在るのか、判るだろう?」

「・・・・。」


元々掲げる理念が魑魅魍魎を招きやすい土壌。
言われるまでもなく、その頂点も同類・・・それだけのことだ。


「プロミネンス計画サイドは、先刻も言ったが、膨大な予算を喰いながら成果が上がっていなかった第4計画、そしてそもそもの戦術ドクトリンが衝突する第5計画とは対立していた。
まあ第4計画はワザワザユーコンにちょっかい出したりしないが、第5計画はそうでもないらしいな。

前司令官も第5計画派だったし、そこに居るハイネマンも本来なら第5計画派のボーニングからの派遣だ。
社内でも派閥が在るだろうから、いろいろだろうが。

あのテロは、お互い[●●●]にキリスト教恭順派や難民解放戦線のテロリストを利用して、相互に排除を狙った諜報戦・・・だよな?」

「・・・・・。」

「もともとテロ誘導を計画したのは、第5計画派だろうな。
それを察知したアンタは茶番を演じてMPにワザと拘束される。

テロリストは機体の強奪に、各国部隊を次々に殲滅、つまり第5計画派はプロミネンス計画の構成人員・機材の損耗と各国の離反を狙った。
ただし第5計画派も協力者というわけではなく、ただそうなるよう誘導しただけだから、それ以上の拡大は困る。
だからテログループ殲滅用の米軍まで配備して対処した。
協賛国の戦術機奪取・施設破壊が十分行われた段階で介入に踏み切った。
インフィニティーズもその一つだろう。
・・・理由は他にも有りそうだが、このメンバーには関係ないか。

一方で、プロミネンス計画側は、逆にテロリストに本部ビル潜入を敢えて許し、逆に米ソがこのユーコン基地に抱える最重要機密、“レッドシフト”の暴露を目論んだ。
プロミネンス計画側としては、国連基地でありながら影響力の強すぎる米ソの排斥を狙ったわけだ。
アンタの指示か担当者の独断か知らんがな。

アンタに取っては米ソの悪虐を晒し自分の有利にコトを運ぶための最後の賭け。
まあぶっちゃけ杜撰過ぎるが、乾坤一擲、と言うわけだ。

ところが、そんな事は知る由もないテロリストが試験区域のBETAを開放したことで、米軍航空部隊は潰滅。
第5計画派としては目論見が完全に外れた。
と同時にプロミネンス側も、暴露どころかあわや発動という瀬戸際まで追い込まれた訳だ。
―――薄氷―――だな。

それでも第5計画派としては隠したかったコトを暴露され、重体の准将も後送された。
つまりギリギリの線でアンタが賭けに勝った訳だ。

・・・結果民間人を含む3,000余人を見殺しにして、な・・・・。」


私はハルトウィック大佐を睨みつける。
その判断で、知り合いだって何人も死んだ。


「・・・・それが気にくわんか?」

「・・・そうだな。
仕掛けられたのは寧ろアンタだし、司令官という立場なら、犠牲を厭わないその果断さも時に必要となる。
・・・既に人類は数十億の人間を切り捨ててきたのだから・・・。」


!!! それが為政者の判断、司令官の視点だと言うのか!?


「・・・だったら何が気にくわないのかね?」

「―――それでアンタは実質[●●]何を得たんだ?
中身の無い、看板だけのハリボテの計画か?」

「 !! 」

「ブルーフラッグに参加していた10カ国11チームの試験小隊のうち、6チームが文字通り壊滅―――。
人的にも装備も全損、1ヶ月以上経った今も人員装備補充の見込みさえ立っていない。
基地警備や所属部隊についても、その70%を損耗という状況。
辛うじて残った暴風試験小隊、アズライール実験小隊(中東連合(イラン陸軍)所属)、 スレイヴニル小隊(欧州連合(スウェーデン王国軍)所属)に付いても衛士、機材共に損害は大きく、実働に至っていない。
そりゃそうだろう、今の世界にそんな余裕のあるところなど後方支援国家しか無く、その後方支援国家はこの計画に参加すらしていないからな。
健全に残ったのは、唯一インフィニティーズのみだが、これはスポット参戦なので既に居ない。
アルゴス試験小隊も、タリサの弐型2号機は大破。バックにボーニングがいたお陰で復帰は果たしているが、逆にXFJは先の評価試験を以って完了し離脱。
後は事件後正式参加したイーダル実験小隊のみ。
それすらテロ時の無理に依る衛士不調で2週間も評価試験を伸ばした。

すべて、テロの計画を知りながら何の対応もしなかった司令官の責任―――。

自らが選んだ今のプロミネンス計画の状況、その何処に中身が在るんだ?」

「・・・・・・。」

「対価がえられるからこその犠牲[コスト]
アンタがあのテロで得たものは、支払ったコストに見合うのか?
最小限のコストで最大の対価を得てこそ名指揮官。
たかが米国の監視を外すためだけに、中身の70%を喪った指揮官の何処に尊敬できる要素がある?
しかも米国の監視については本当に外れたかどうかすら未だ不明。
それはそうだろ?
第5計画派がテロを誘導したと言う明確な証拠は無いのだから、誰に憚ること無く“次”を押し付けてくる。
レッドシフトが暴露されたところで、簡単に言えばここ[●●]は米国の土地。
撤去を約束されれば、国連とて借主の意向を無視するわけには行かない。
結局―――惨憺たる被害は、全て無駄死ってことだ。」

「「 !!!・・・・・・。 」」

「―――もう一つ、訊こうか。
米国・第5計画派支配を弱めて、そしてアンタは何をしたいんだ?
各国間の情報・技術交換を主目的と言いつつ、各国軍事機密・企業間の利益優先に阻まれ、何も出来て居ない。
先週XFJが掛けられた嫌疑、プロミネンス計画そのものが本来透明化しておくべき案件じゃないのか?
そこに居るサンダークとハイネマンは宜しく遣っているらしいが、それすらプロミネンスの成果と公に出来ない代物。

アンタが多大なコストを支払ってまでやりたかった現実的・具体的な施策内容を教えてくれ。」

「・・・・・・。」

「―――何が気に食わない?――よくそんなセリフが吐けたもんだ。
今の惨状に当然、参加各国の信用を失った。
具体的成果が何も見えないプロミネンス計画そのものを疑問視する国も多い。
アンタの母体である欧州連合ですら未だ補充が来ないのは、それらの国々が今の現状を招いたアンタを信用していない、そういう事なんじゃないのか?」

「それはあんまりですッ!、大佐だってテロの規模「それ以上言わないほうがいいぞ。」・・・。」


口を挟むリント少尉を遮る。


「―――テロの規模や行動を想定していなかったなんていうのは、自らの指揮官としての想像力、危機管理能力が欠如していましたと言う事と同じだろう?」

「!!――ッ」

「プロミネンス計画を危うくしているのは、第5計画派じゃなく、この惨状にあってのうのうとそんなセリフを吐くアンタ自身だろうが!」



峻峰激烈な糾弾。

ハルトウィック大佐の判断が、あのテロを呼びこみ、状況はレッドシフト寸前まで至った。
そこに生じた多大な犠牲。
人類の存続を誰よりも優先する御子神大佐からしたら、余りに無能な指揮官、と言う事になる。


此方を見返す瞳はまだ力を失っていない。
が、返す応えもない。
さっきまで糾弾する御子神大佐を睨んでいたリント少尉は、完全にうなだれている。
握りしめた拳が、ぶるぶると震えていた。


「・・・・・・来年に成れば、部品の量産体勢も整う。
XM3の供与と教導を条件に、横浜で各国部隊を受け入れることも可能―――。
第3国の信頼を盛大に喪ったアンタがXM3を客寄せパンダにしたかったらしいが、そもそも信頼に足る根本が欠落している。
こっちはプロミネンス計画そのものが、無くなったって全然構わないんだぜ?」


「―――それはちょっと困りますな。
何よりもOSを開示頂けなければ、我々の願った条件に叶わないのですが?」


それを遮ったのは、フランク・ハイネマン氏。
プロミネンス計画でフェニックス計画を推進する以上、その喪失は認められないだろう。


「―――勘違いされては困るな。
別にプロミネンスの危機を招いたのは俺じゃない。
だが口を挟むと言うことは、今回の開示要求、ボーニングがプロミネンスを通し、XFJにされた物、との解釈でいいわけだ。」

「・・・案件は私の預かりですから、そうなりますな。」

「・・・Hi-MARFに関わり、F-14、YF-23を設計し、F-15ACTVを担う“戦術機の鬼”とまで言われた男が、ライバル会社に接収され、重役になって技術顧問なんかやってる所為で、すっかり第5計画派の言いなり・・・の振り[●●]か。
―――ま、あんたがこんな最果ての地で何をしたいか、巌谷の話とXFJ Phase3で大方理解したけどな。」

「・・・。」

「よほど気になったらしいが、そもそもボーニングがここで開示要求する事自体、XFJの契約違反[●●●●]だって事、認識しているか?
―――何しろ契約書には、帝国の技術等開示不要[●●●●]と明記されているんだからな。」

「!!――ッ」


―――そういえば叔父様に聞いたことがある。
XFJの調印でボーニング首脳陣との間にそんなやり取りが在ったと・・・。


「成程―――、これは失念していました。」

「―――再度XFJではなく第4計画に要求しても無駄だぜ。
別条件を提示され受諾した時点で第4計画は責務を履行した。
だが、XM3の所有権は悠陽[●●]にある。
最終的に開示の可否を決めるのは、悠陽だからな。」

「・・・ユウヒとは、一体何方なのです?」

「・・・。」


大佐は応える気がないらしい。
知っている人は、此処には居ない。


「―――大佐の仰るユウヒとは、煌武院悠陽日本帝国政威大将軍殿下に御座います。」

「「「「な・・・!?」」」」


驚くのも無理はない―――。
今は未だ雌伏しているとは言え、帝国の全権を任された者。
米国なら大統領に相当する存在を、平然と呼び捨てにする人など大佐しか居ない。
初めて聞いたときには唖然としたが、殿下自身から望まれたと聞けば納得もする。


そして米国は、いわば契約社会。
口頭ならまだしも、正規に取り交わされた契約に於いて曖昧さやなあなあ[●●●●]が通用しない。
逆に言えば、契約条項は厳格に遵守する意識が強い。
違反などすれば、国内外からの信用を一気に失う。
つまりボーニングは、自ら契約違反に当たる条項を代替条件としたことで、無条件に責務を履行しなければならない状況に陥った訳だ。


「ふ、・・・本社連中の驕り昂った意識が招いた自業自得と言うことですか―――。
―――それでは、君は・・・何をしに此処に来たのかね?」

「売られた喧嘩を買いに―――。
F-22を墜すことで、G弾に歪められた軍事ドクトリンや、捻れたAFST至上主義をぶっ潰しに来た。」

「「「 !? 」」」

「―――随分と大きく出たものです。
ATSFが間違っていると?」

「ばからし―――。
元々ATSF計画で要求された内容は、
・戦術機を含む対人類保有兵器戦闘能力
・高度なファストルック・ファストキル能力
・各種電子機器による被発見率の低減=ステルス能力
・低燃費高速巡航および長距離飛行能力

前提がBETAが早期に排除できることを見込んだ狸の皮算用。
BETAを殲滅する手段が今は第2世代機からG弾に成っただけで、米軍ドクトリンの体現と目されるが、要するに最後の項目以外、全て対人仕様。
逆に言えば、極高価な割にBETA戦には使い物にならない機能ばかり。
高すぎるせいで、コンペに勝ってさえ配備に10年も掛かっている。
此処まで追い詰められた今の人類が必要とするのは、高いだけで配備もままならず、他国に売ることすら出来ない、まるで使えないポンコツじゃない。
これ以上こんな戦術機を目標にしたガラクタが増えるのは困るんだ。

そう訊いてるハイネマンは自分でも判っているんだろう?
ACTV、Su-47、そしてXFJ Phase3。
―――あんたがしていることは、米国が蔑ろにした、本来BETAと対抗するための戦術機を進化させ、リボーンし、安く、大量に賄う。
どう考えても、ATSFになど則っていない。

まあ―――裏でF-22に勝てる程度の細工はしているみたいだがな。

事実プロミネンスとボーニングは一蓮托生。
―――というよりも米国以外の次世代戦術機を一手に引き受けるハイネマンと同体と言うこと。

―――それが、その温床を醸したことがプロミネンスの唯一にして最大の功績。

ハルトウィックが俺の罵倒に一言もないように、表向きには決して言えない内容だがな―――。」

「「「・・・・・・。」」」

「・・・しかしそのAFSTの結果であるF-22が今も最強である時点で、それを目指すことは仕方なく、また人類がこれ以上追い詰められれば、例の作戦が発動されるのは必至―――。
米軍のドクトリンは揺らがないのではないのですか?」

「!リント少尉ッ!」

「!ッ、失礼しましたッ!」

「・・・構わん。」


返答と共にバサリと投げられた資料。

それは“於地球上G弾使用による大規模重力偏向と大規模潮位変動予測”と書かれた論文。
所謂“大海崩”を予測した、通称“香月レポート”と呼ばれる代物。


「―――第4計画で、横浜に於けるG弾の影響を調べ、比較的簡単なシミュレーションで導き出した謂わば“重力津波”の発生予測―――。
もうじき国連を始め、全世界の研究機関や、マスコミにもばらまかれる。
既に米国内の第4計画協力者やステークホルダー達にはリークされ始めている。
ハイネマンもサンダークも技術職なら部下にやらせてみれば良い。
水の固有値解析が出来れば割と簡単に予測できる。」

「「「・・・。」」」

「第5計画派がG弾戦略を実行したら、今の後方支援国家の2/3が海中に没する。
それは米国も例外じゃない。」

「「「「「 !!! 」」」」・・・第4計画はそんな情報まで・・・」

「―――これで第5計画の運用でG弾は使えない。
あとはF-22最強伝説を撃墜すれば、米軍事ドクトリンは全面立て直し。
BETA戦を蔑ろにしたAFSTも無用の長物と化す。」

「「「・・・・・・。」」」



投下された爆弾の数々。

この資料の信憑性が確認された時点で、G弾は使えない。


「ハイネマンの中で既にSu-47とXFJ Phase3は巣立ったはずだ。
あとはACTVだが、これも既に調整を残すのみで今更大幅な変更はない。
F-22を撃墜するのに、いろいろ策を練っていたらしいが、悪いな、喧嘩を売られたのは俺だ。」

「・・・XFJの流用疑惑が余りにも早く政治決着したのは、これ[香月レポート]のせいですか。」

「―――だろうな。
第5計画派は第4計画が年内に打ち切られると確証を得て先鋭化した。
中でもG弾至上主義者はプロミネンスもハイネマンも当面不要と考えてるんだろ。
あんたがPhase3の1号機に何を仕込んだか、掴んでいるみたいだぜ。」

「・・・。」

「あとは国防省にリークすれば当然機密漏洩でハイネマン以下XFJメンバーは投獄、XFJも、その土壌を醸したプロミネンスも打ち切り。
ま、其れに対抗する仕掛けは準備していたんだろうが、発動する前にその資料を掴んだ同じ第5計画派の慎重派が、至上主義者の独断専行を抑えた、って言うのが妥当だろ。」

「・・・。」


・・・まさか、高度な政治決着にはそんな裏が・・・。
だから御子神大佐をご存知の叔父様が納得した顔をしていたんだ―――。


「何れにしろ、プロミネンスであんたが遣りたかったことは、F-22を墜とせば終わる。
ハルトウィック、悠長に構えてるが、本当に次に遣ることが無いと、ハイネマンにまで切られるぜ。」

「く・・・ッ」





―――確かに大佐の言うとおりなら、プロミネンス計画は潰れる。

それは指揮官の招いた危機であり、御子神大佐が手を下すわけでもない。

・・・でも、それでいいのか?

XFJのみならず、各国の衛士が集ったこの地。
計画を興したのがハルトウィック大佐であっても、集った者はそれぞれが希望を抱いているはず。
日々競いながらも、願う事は同じだったはず。
その道半ばで散った彼らの遺志。

―――私の護りたいのは・・・・。





「―――待ってください御子神大佐、・・・発言を許可していただけるでしょか?」

「・・・・ああ。」

「ありがとうございます。
プロミネンス計画の概念は確かにATSFを意識していますが、米国の様にそれだけに縛られたものとは思えません。
最強を目標とするのは、兵器開発に於いて致し方無きこと。
しかし本来その基本となるのは、各国間の情報・技術交換、それによるブレイクスルー、設計思想の硬化防止により世界的な技術水準の向上を目指すモノです。
勿論、国連が掲げる“東西陣営の協調”“人類の大団結”という理想には遥かに遠いのも現実です。

しかしだからこそ、今此処でそれを諦めてしまって良いのでしょうか?」

「・・・。」

「―――本来その理念そのものは、御子神大佐の求める思想と反しているとは思えません。

仰るように来年になれば、横浜で教導を立ち上げる事も可能でしょう。
けれどそれはそれで、必要に応じ別に興せばいいだけのこと。

何よりも御子神大佐の本来の目的が、帝都の講演で仰った[●●●●●●●●●]様に前線衛士の生存率向上で在るならば、一国の思想に支配されずに演繹の機会を広げるプロミネンス計画を利用しない手はないと愚考します。」

「・・・。」

「それにプロミネンス計画は、第5計画の敵対勢力。
ハルトウィック大佐を今更迭してしまうのは、尚早です。
もしハルトウィック大佐が、ユーコン事件の顛末を本当に恥じ、道半ばで不本意に散らざるを得なかった彼らの遺志を継ぐのなら、更迭や軍事裁判などでなく、本来プロミネンス計画が目指した本来の理念を死ぬまで追って頂きたいと、具申します。」



暫く私の顔を見つめていた御子神大佐が、フッと微笑む。



「まあ随分と甘いが・・・そんなとこか。

・・・良かったな、篁が生きていて[●●●●●]。」


大佐はサンダーク大尉を見ながらそう言った。


Sideout




[35536] §43 2001,10,31(Wed) 10:00 司令部ビル 来賓応接室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/06/03 19:20
'12,11,25 upload
'15.01.24 大幅改稿(pcTEに準拠)
'15,06,19 誤記訂正
'16,05,06 タイトル修正
'16,06,03 誤字修正



Side 唯依


挨拶すらそこそこに、いきなり御子神大佐は傍若無人なハルトウィック大佐の糾弾を展開。

最初はその事実に驚愕していたが、徐々に冷静になれば御子神大佐がハルトウィック大佐に突きつけた言葉は、全て事実。
しかしハルトウィック大佐自身の関与に付いては全てが状況証拠だけであり、司令官である大佐には、幾らでも言い逃れが出来る。
圧倒的に不利な欧州BETA戦線で、生き残ってきた戦士でも在るという大佐。
一筋縄ではいくわけはないし、今更それを軍事法廷に挙げたところで誰の何の得にも成らない。

なぜこんな無駄を? そう思い至った。


・・・そしてこの上官、そんな事は百も承知だったらしい。

気がついたのは、プロミネンス計画を存続するためにその理念を意見具申した私を見て、微笑んだ御子神大佐を見たときだった。
巌谷の叔父様が、BETA戦後まで睨んだ戦術機の開発を推進する国際舞台の裏側を見せたかった様に、この新しい私の上官は、どろどろに汚い世界にあって、直ぐ其処にある危険と、それでも喪ってはいけない理念を私に認識させたかったのではないか、と思わずに居られなかった。
・・・私の希望的観測を含んだ買いかぶりに過ぎないかもしれないが。

元々必要以上に人に関わることを避ける傾向にある御子神大佐である。
実質テストパイロット、兼、技術開発補佐として招かれた私は、既に御子神大佐の担当していた対外的な部分の殆どを任されていた。
交渉は女性の方がうまくいく、という理由だったが、実際これまで会った担当者に聞くと、必要以上の事は話さず、かなり取っつきにくい相手だったらしい。
普段の態度を見ていると、さもありなん、と思う。
その反面、香月副司令の言うように、“身内”にはかなり甘い。
私も御子神大佐の中ではそんな“身内”設定なのだろう、既にいろいろして貰っているのも確かだ。

そんな大佐が、たぶん彼の中ではどうでもいい相手に対し、こんな糾弾をなどまるで“らしくない”のだ。

・・・それが的外れではなく、私が自分の居る世界の醜さを再認識させられたのは、確かなのだが。




「・・・ウチの副官の意見はこうなんだが、成る程、アンタの事だ、テロ勃発の看過に付いては状況証拠以外残しているとも思えない。
それで?
アンタ方には米国のドクトリンが崩れても、篁が言うように、ATSFに拘らずプロミネンス計画を進める気はあるのか?」

「・・・公式な場での肯定や謝罪など決してしないが、この峻烈な上司を宥めてくれた篁中尉には感謝する。
彼女の言うとおり、プロミネンス計画はそもそもATSFやましてや米軍事ドクトリンに根ざす物ではない。
しかし、それに基づいて開発されたF-22が現状無敵で在ることによって、米軍も、そして其れに対抗すべく他国も、皆ATSFに引きずられていることも確かなのだ。
それは、君たちのお国の軍も同じだと思うが?
プロミネンス計画としては、それが間違いだと言うなら、寧ろ是正したい。」

「・・・たかが新しいOSを組んだくらいでF-22を倒せるなら、見せて貰うとしましょう。」

「ならば・・・こんな[ユーコン]まで呼び出されたんだ。
こちらの要求くらい呑むんだろうな?」

「・・・・可能な限り要望に応えよう・・・。」


御子神大佐、あざといです。
ユーコン事件の顛末にあれだけかまして、実質認めさせて、相手の要求など一切聞かず、自分の要求を通すのですか?

少なくとも、さっきまでの雰囲気は、XM3開示要求など商倫理から触れるまもなく粉砕。
心理的にも一度引いてしまった以上、認めたのも同然。


「―――まずインフィニティーズとのAH戦の実施。
これは帝国のXFJ計画からの要請だが、フェニックス計画としても異存は無かろうし、米国国防省からも通達が来ているんだろう?」

「・・・貴官等が今日、来ると聞いて、早速に新任基地司令がネバダに連絡していた、
明日、再びインフィニティーズがその為だけに此処に来るという。
コンディションを調整し、明後日が模擬戦となる。」

何となくその対応の早さに、きな臭い感じがしないでもないが、国防省、XFJ計画、フェニックス計画と全方位から要求されては、ハルトウィック大佐としても無視するわけにもいかないだろう。
曰く、ユーコン事件の終熄に最高の戦果を挙げたアルゴス試験小隊とインフィニティーズのブルーフラッグ頂上決戦、だという事。
もうひとつのイーダル実験小隊とは、既に評価試験で決着している。


「その際、撤退したとは言え、XFJ Phase3機体の残るアルゴス試験小隊を借りることになるが、フェニックス計画としてどうなんだ?」

「・・・2号機に関しては、主機の組み換え中で明後日には間に合いませんな。」

「それはこちらが持参した機体で俺が出る。
横浜でXFJ Phase2をPhase3相当に改修した機体だから、問題ない。」

「! 篁中尉ではなく、大佐本人が?」

「一応、プラチナ・コードの後衛[α-2]をしているんだぜ。」

「「!! 貴方が!?」」


公式にヴォールクデータの初攻略。
その突破の原動力はα-1と言われるが、反応炉破壊以降、BETAの大量殲滅については、α-2の功績と言われていた。
だが、α-1の驚異的な侵攻速度に殆ど推進剤を使わず追従する―――その難易度は信じられないくらい高いと言うことも判明している。


テロの終息後、今はネバダに帰還してしまったインフィニティーズ。
形としては、プロミネンス計画撤退を決定したXFJ計画から、最後のAH模擬戦として、やり残したインフィニティーズ戦を要望したことになっている。


「因みに、XFJはXM3の換装を以て計画完了とした。
・・・故にアルゴス隊機にはXM3を換装し、教導習熟させるが、構わないな?」

「!!、アルゴス隊に? ACTVにもですかな?」

「・・・そんな簡単にハックできるような物は渡さないが、換装と教導、そしてその後の運用は構わない。」

「ホォ、それはそれは、私としてはありがたいですな。」

「・・・。」


ポンと小さなものを投げる。
ハイネマン氏が受け止めたのは、USBメモリ。


「―――巌谷から聞いてる。
篁も世話になった。
あんたにやる。」

「・・・これは?」

「―――XM3 Ver2001.3の仕様書。
“供与”じゃないから、ソースコードは無い。
自力で組むならフルスクラッチ、好きにしな―――。」

「な・・・。」

「「「 !! 」」」


まさかそんな最重要機密とも言える仕様書をあっさり出すとは思っても居なかったのだろう。

但しこの仕様書からだけでは現実に動くソフトが組めないのは技術廠でも検証済み。
超高速とも言える現実機動[リアル]を制御するためには、極めて高いサンプリング周波数での駆動が要求される。
制御が動作に追いつかなければ “処理落ち”してしまうのだ。
その為に大佐は、XM3のソフトウェアアーキテクチャに多層構造のバックグラウンド逐次適応、等といった新概念を3つも構築している。
端的に言うと、仕様書から更に2,3ブレイクスルーしないと、現実の戦術機に使えるレベルのOSにはならない。
巌谷の叔父様曰く、ソフトウェアに関する技術基盤が10年は違うらしい。


「開示“要求”は、“依頼”と解釈した。
無駄な時間は掛けたくない。
とっとと“[]”と“[]”を進めろ。」

「・・・あんなガラクタでも、わたしの子達なのですよ。
例えそれが忌み子だとしても・・・。」

「・・・ゴネるなら構わん。」

「・・・本当にエイジの言った通り、いや、それ以上の存在と言うことですか。
―――私の権限に於いてこの案件は早急に推めましょう。
君なら、あの子達を無下にはしないでしょうから・・・。」


御子神大佐はもう一度、全員を見渡す。


「で、あと2つ。

基地シミュレータへのXM3の換装と初期教導を実施させろ。

そしてそれを体験した上で、希望する衛士へのXM3LTEの導入。

以上が俺からの“要求”だ。」

「「「「 ・・・は? 」」」」


―――3人が呆気にとられていた。

これを、“要求”として突きつけた御子神大佐に、3人の顔は、まさしく鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だった・・・。
この3人の、こんな顔を見たことがあるのは、私位だろうと思う。


「・・・・・・何故?」

「・・・別にアンタ等の為じゃない。
前線でBETAの脅威に晒される衛士達の為だ。
XM3教導をエサにすれば、撤退を検討している各国試験部隊も即時再編されるだろう。
そこから各国に広まれば、拡散も早い。

・・・元々の要望は“開示”、ま、普通だな。
“供与”なぞ通常望むべくもない。
大方、米国は開示さえさせれば米国内のソフトウェア開発力でなんとか複製出来ると思ってるんだろ。
特許が有ったって特許料[カネ]で話が付くからな。
他の国にはOSを基礎開発するだけの人的技術的余裕なんかない。
それならXM3を持つのは日本と米国だけで、戦術機の優位性を保持出来る。」

「っ!!、そ、それは・・・・。」

「どうせ第5計画派の基地司令に釘刺されたんだろう?
プロミネンス計画に、通常兵器でハイヴ攻略の可能性をもたらす、OS供与を願うなど、第5計画派としては到底認めないだろうな。
しかも米国一国が独占するわけではなく、各国が共有してしまうわけだから。」

「・・・・まさかっ!?」

「・・・けどこっちからの要求[●●]なら、通すしか無いわな。
代わりに第5計画派としては、是非とも行いたいF-22絶対優位を示す為のAH戦に参加しようと言うのだから。」

「帝国は・・・・、殿下は認めた言うのか?」

「別に所有者は悠陽だが、開発者の好きにしていいとの言葉は貰ってる。
敵は飽くまでBETA、そのレーザーを躱す機動―――その為のXM3だ。」

「・・・。」



―――対人戦など眼中に無い。

相変わらず、何というか・・・。
何処まで規格外なんですか?!


「実戦検証は、少なくとも横浜では済んでいると言う認識だが、どうせ自分たちで使ってみなければ信用などしないのが軍人だ。
各国で勝手にやればいい。
なので要求数に応じて頒布もしよう。
ここは帝国との協議になるし、勿論ライセンス料は貰うが、今のOSに掛かっているライセンスよりは格安になるだろう。」


XM3を客寄せパンダとするプロミネンス計画を利用しての頒布活動と第5計画派の牽制、しかも利益までちゃっかり見込んでいる。

すでに御子神大佐は、殿下、白銀少佐、香月副司令、そして帝国技術廠の巌谷の叔父様と連名でXM3関連の特許を申請している。
特許申請と言うのは基本のアイディアを出せば良いというモノでもない。
既存の仕様に比べた場合の利点・効果を示し、新たな構造を提案する。それが基本特許となるのだが、実はそれだけでは収まらないのだ。
基本から派生すると考えられる構造の代替機構が存在する場合、その代替機構を他社から特許提出されてしまうこともある。
その場合、基本特許はこちらが持っているため、他社はパテント使用料をこちらに支払うのだが、もしその代替機構をこちらが使いたければ、逆にその部分のみの使用料を、こちらが支払うことになる。
更に、数値限定という裏技もある。
基本特許を使用した場合、その機構の中で特に重要なパラメータが在る範囲に在ると、性能が向上する場合が存在したとする。その効果を明確に示し数字範囲の有効性が証明されると、それも特許として成立してしまうのだ。
つまり基本特許を持っていながら、他社にその数字を抑えられてしまえば、その領域を使う時には使用料を払わなければ使えない、という事になってしまう。(勿論その限定特許以前に、その数値範囲を使用していることが証明できれば除外にはなるのだが。)
なので、基本から抑える大きな特許の場合、使える可能性のある代替機構、そしてその中で実際に使っているパラメータ範囲の限定まで付けるので、付帯項が延々と続くものになる。

御子神大佐の出した特許申請書類は、担当した弁理士が唖然としたほど、多岐・微々細々にわたっている。
聞けば過去にこの手の問題でもめたことも記録にあるらしく、その内容は特許防衛に関しても鉄壁だった。


そして如何にも御子神大佐らしいのが、これだけ細かく技術を開示していながら、そのプログラム・アーキテクチャーに関しては、一切触れていない事だった。

通常特許は、権利確保をすると同時に、特許構造を模倣されることによる技術流出の懸念が常につきまとう。
実はそのプログラムで何を為し、何を実現するか、と言う効果効能には特許性が存在する。
しかし、それをどのようなプログラム・アルゴリズムで実現するか、と言うことについては、余程特殊な例を除いて特許性自体が認められていない。
つまり、5の二乗を求めるのに、5^2と言う式でも、5×5でも5+5+5+5+5でも求められた答は同じなのである。そしてその求め方で効率は異なっていても、“数式”自体を特許化出来ないように、プログラム構造そのものは、効率が異なっても殆ど特許性を持たないのである。

今回の場合、公開される特許請求の内容を見れば、確かにXM3モドキが作成できる。
特許資料も仕様書と変わらないレベルだから海賊版の作成は、そう難しい事ではない。

しかし、それを戦術機に使える反応速度でCPU上に実現出来るか、といえばそれはやはりまた別の話。
確かに香月副司令の供する高性能CPUがあれば、コンボや先行入力、キャンセルなどの個別機能は実現出来るだろう。
しかしそれらを含む統合機動制御や、戦術機を使ったシミュレータまでは載せられるとは思えない。

御子神大佐は先の積層構造の構築に加え、アルゴリズムの点でも制御の直交性を用いてその演算量を極限まで絞っているらしい。
例えるなら、昔流行ったルービックキューブ? と言われた。
特定の2点間を入れ替えるパターンさえいくつか覚えれば、6面完成は出来る。過去小学生の時に確かにそのやり方で揃えた。時間は掛かるにしても。
しかしこれが超上級者になると、パターンなど覚えない。どうせ使わない。6面の配色を頭に入れながら空間的に一気に揃えていく。
その最短を示すのが制御の直交性を利用したアルゴリズム。
それにより、統合機動制御を今の戦術機に載せられたCPU上で実現した。

今後頒布するインストーラは小さなUSB形式である。
インストーラとハードウェアライセンス認証を兼ねる。
インストールしてもUSBが刺さっていないと、XM3LTEは起動しないと言うことだ。
USB自体には、勿論プロテクトが掛かっていて、複製はほぼ不可能。
御子神大佐に依れば、絶対のプロテクトなど存在しないと言うが、今のところ他の人には理解できない[アストラル]領域でロックを掛けているため、向こう20年は解除できないだろう、との事だった。


これでXM3に関しては、完全に独占状態。

御子神大佐の目標は確かにBETA殲滅だが、その後の世界、最大の敵である人類との戦いを全く無視しているわけではないのだ。


汎用CPUで動くXM3Liteは、既に巌谷の叔父様が、帝国軍にも頒布している。
とある国連軍衛士と協同で開発した、という触れ込み。
実質横浜の名前は表には出ていないが、先週の斯衛教導や、白銀少佐のシミュレーション・データやプラチナ・コードも公開された。
なので皆薄々気付いているが、その実効性に黙ったらしい。
当然選択肢を与えたものの、元のOSが良いと言う者は一人として居ないと言う。
自らの生存性に直結する戦術機機動を目覚ましく向上するのである。
衛士として当たり前のこと。


ここで正規版とLiteの違いは、戦術機によるシミュレーションや、ナビゲーション・アグレッサーAIの実現が出来ないこと、そしていくつかの細かい制限はあるが、機動に於ける最大の違いは、その演算速度によりレベライズの限定解除が出来ないこと、だった。
即ちLiteに於ける最大の機動速度は、レベル5となる。
勿論限定解除のレベルにあるのは、今のところ公式には白銀少佐だけ。
未確認だが恐らく御子神大佐も届いていると思う。
数少ないシミュレーションや実機の操作ログを洗い直した私の結論だ。
そして近いうちに届きそうな面子には、既に正規版が渡されていると言う。


一方、今国連を通し、今後各国に頒布されるのはXM3LTE:即ちリミテッド・エディション。
このXM3LTEでは、レベライズによる最大機動速度が、レベル4に制限されているのだ。
つまり衛士一般の機動性を向上し、光線級の照射を避ける機動性は確保しつつも、最上位者に於ける戦闘では、帝国軍、さらには斯衛軍の優位性をちゃっかり確保している。
しかも言い訳としては、帝国で運用される米国製・帝国製CPUに対し、より能力の低いCPU水準に合わさざるを得なかったため、と言うのだ。

狡い。

尤も実は衛士数で言えば、レベル4で2シグマ、レベル5で3シグマ、限定解除は4シグマの確率分布、と聞いたからそれで本当に効果が在るのか判らないが、主に帝国向けの言い訳らしい。
実際にXM3の拡散による各国衛士の機動性向上を図りつつ、帝国の優位性も残す。
XM3を頒布する事に対する危惧に対して執られたこの措置に、悠陽殿下も巌谷の叔父様も、苦笑して国連や他国に頒布することを了承したと聞いた。



「アンタのことは信用しないが、篁も言った様に、アンタが死ぬまでアンタの立場とプロミネンス計画を、利用させてもらう。」


その答えに、なるほど黒い、と苦笑するしかない。


「さっきの言葉は嘘じゃないんだろ?」

「・・・・。」

「ATSFが歪んだ過去のモノだというのなら、その“先”を模索することが、ひいてはプロミネンス計画の基本理念じゃないのか?」

「その先?」


御子神大佐は、上を指差す。


「地球上BETA殲滅の“先”は、人間相手じゃない。
・・・月や火星だ。」

「「「 ばかな! 」」」


あれだけけなして置いて、・・・とことん利用する気なのですね、御子神大佐。

驚いて大佐を見つめる3人。

その内実を知らなければ、誇大妄想と取られても仕方ない。

しかし彼らを見返す大佐の瞳は、澄んで透徹し、底知れない深さを思わせる。


「・・・無理だ・・・。出来るわけがない・・・。」


搾り出すように応えたのは、ハイネマン氏。


「・・・“戦術機の鬼”も耄碌じゃなく、成仏して仏に鞍替えか?
米国が血眼になって求める物質・・・地球上のハイヴがユーラシアにしか無い以上、次に何処を目指すのか、予測も付かないのか?」

「「「 !!! 」」」


そして差し出した一葉の紙。

そこには、たった2つの数字。


「・・・このクラスの“リアクター”が、戦術機に搭載可能だとしたら?」

「「「 え? 」」」


3人とも戦術機の開発を総括している人間である。
その数値が如何に出鱈目な数字か、理解できるだろう。
出力だけでも今の戦術機の約10倍、エネルギー総量、つまり継戦能力に至っては100倍近いモノがある。
尤も安全率を掛けている分、私の知るG-コアの数値より低いが。
それでもこれだけのエネルギーがあれば、どんな構成でも可能。
仕様・装備の選択肢は無限に広がる。


「・・・なんの冗談かね? こんな数値が戦術機に載るサイズに出来るわけがないだろうっ!?」


逆ギレしたハイネマン氏に御子神大佐は笑っている。


「・・・今の人類の技術では、・・・な。」

「・・・。」

「しかし・・・・・・BETAなら、どうなんだ?」

「「「 なッ!? 」」」

「・・・少なくともハイネマンは知っているんじゃないのか?
第4計画はブツ[●●]のシッピングを要求したんだぜ?」

「!!、―――まさかアレ[●●]が本当に完成したというのかッ!?」

「さも無ければ、 あんなもん[XG-70b ]なんて危なくて使えないだろ。
まだ、調整[戦技演習]中なんで今見せるわけには行かないから今回は避けたけどな、来月[●●]にはきっちり使ってみせるさ。」

「・・・・・・。」


思い当たったらしい。
横浜基地がそれを読み解く、“鍵”[00ユニット]を持っているかもしれないことを。
大佐から第4計画の中身についてはある程度説明を受けた。
本来炭素を基とする生物とコミュニケーションしないBETAが特殊な人工脳[00ユニット]を介せば情報の相互伝達が可能であることを。
無論その“鍵”を作ったのが香月博士であるのは予想できても、そのヒントを齎したのが目の前の傍若無人な人物だとは、間違っても思ってもいないだろうが・・・。


そう、確かにBETAなら可能なのだ。
落着ユニットについては、重力制御すらしていた可能性が示唆されている。
宇宙空間でも活動可能な強靭な組織、MW級のレーザーを連発するエネルギー総量。
ありあまる未知の技術。

何よりも先に御子神大佐自身が明言した、反応炉破壊位置や、ハイヴ壁強化の様に・・・。


「・・・こんなリアクターが実現できたら、戦術機の世界は変る・・・・。
第5世代、いや世代で言えば、0G適応は世代隔絶した、第6世代相当だ!」

「・・・与太話と思っているなら、それでも構わない。
ハイネマン、あんたがこの話をどうするのか、それもどうでもいい。
新たな戦術機を創造[●●]するのか、社に持ち帰って第5計画派に喰い物にされるか。
・・・確証も確約もなにもしない。
唯の一つの可能性、ってところだ。
・・・それでも間違ったドクトリンに沿った戦術機を模索するよりは、余程有意義だと思うがな。」

「・・・それを公開する保証があるのか?」

「そもそも存在するかどうかもわからないものに保証なんか無い。
・・・ただ“オルタネイティヴ4”も曲がりなりにも国連の計画なんだぜ?
本来第5計画の様に、一国が占有するものではない。」

「・・・・。」


それは得られれば、公開する事も厭わない、と言うこと。
と言うか、既に存在しているし、事が成ればばらまく計画で居るんですがこの人は。・・・なにか?

確かに・・・この御子神大佐なら平然とやるだろう、と思うだろう。
何よりも今時点では最高機密であろうXM3をあっさりと公開するだけではなく、頒布するのだから。

そう考えると、御子神大佐や白銀少佐、第4計画のメンバーは本当に突き抜けているのだなと思う。

そんな国同士の争いを全て尻目に、BETAの総本山であり参謀本部である喀什を陥とす・・・。

それが彼らの、・・・そして今の私の目標。


来年になれば・・・・。

時折御子神大佐が口にする、期限。
それは既に世界が変わっているか、いないかの刻限なのだ。


もし事が成ったとき、此処に居る彼らは何を思うのだろう?

そして私は、その時を何処で迎え、何を考えるのだろう?


此処を去る時には思いもしなかったほど、既に変わってしまった私の世界なのだ。











「・・・それは我が国にも開示頂ける、と言うことですか?」


ずっと黙っていたサンダーク大尉が発言した。

相変わらず、利には聡い。
プロミネンス計画に携わって来るのはこんな狐狸ばかりと言うか、クリスカ達にやった内容を思えば、魑魅魍魎ばかりと言うところか。
こんな魔物達が跋扈するその中で、色恋沙汰に気が行っていた自分のなんと危機感の無かったことか。
あっさり狙撃もされる無警戒ぶりということだ。


「ソ連もプロミネンス計画に正式に参画したんじゃないのか?」

「・・・・。」

「帝国になにか後ろめたいことでもあるなら除外するが?」

「!、まさか、その様なことは、在りません!」

「―――帝国には無くても、篁には在るんじゃないのか?」

「・・・何の事でしょう?」


眉ひとつ、一切動かさない。


「・・・流石の反応ではあるが、プロファイリングから言うと、想定外の唐突な質問に全く驚かない、と言うのも“黒”なんだぜ。」

「・・・。」

「ロゴフスキー・・・だっけ?」

「・・・。」

「まあ、厳格なソ連軍、しかも本人KGB上がりじゃ上官の意向には逆らえないよな。
・・・なあサンダーク、一つ賭けをしないか?」

「・・・賭け、ですか?」

「ああ。XM3の実力、知りたいだろう?」

「・・・。」

「今、さっき言ったとおり、この基地でマトモに動いているのはアルゴス実験小隊とイーダル実験小隊くらいのもんだ。
アルゴスはこの後、インフィニティズとのAH戦があるの対象外。
ならばイーダルのエースと、実害を被った篁で模擬戦しないか?」

「!」

「・・・それは、此方が勝てば我等にも譲って頂ける・・・と?」

「ああ、それは勝敗に拘らずモノになれば、ハイネマンと同条件としよう。
が、・・・賭けを受けないなら、XM3も供与し無いけどな。」

「!・・・では我々が負けた場合のリスクは?」

「篁が触れた機密そのもの・・・“紅の姉妹”でも貰おうか。」

「・・・!!」

「“繭”とも、・・・“白き結晶”とも言わんよ。
そして、勝てばいいだけのことだ。」

「・・・判りました。
大佐は第4計画関係者。
であるなら、此方の機密も何も在ったものではない。
そのリスクを負うことで過去の過ちを流して頂けるならお受けしましょう。」

「・・・流すとは言ってない。
悪戯には、相応の罰が必要だろ?
その位のペナルティは覚悟しとけ。」

「・・・。」


そんな会話を他所に余りの展開に固まっている私の肩を、御子神大佐がポンと叩いた。


Sideout




Side ユウヤ


誰もいない屋上から見る空。

真っ昼間だって言うのに、地平線を這いずる様に高度の低い太陽は、夕方のような黄昏れた雰囲気。
冬至に近く成るにつれ昼間も冥く沈む天気はまるで今の自分の気分と同じだった。

底知れない虚無感―――。





9月に発生した大規模なテロ、そして捕獲BETAの解放によるレッドシフト危機。
生命の瀬戸際を切り抜けた後もクリスカとイーニァは容態不明。
そこに加えて唯依の被弾―――。
一時は訃報が流れアルゴスの関係者・整備兵全てが暗く沈んだ。

その中で始まったSu-47との評価試験。
クリスカとイーニァの復帰を喜んだのも束の間、その反則的な実力にXFJは一気に追い込まれた。

唯依の生きた証を残したくて我武者羅に纏めた改善策―――。



結局の訃報は、暗殺の追撃を逃れるための欺瞞で、唯依は無事帰ってきたし、その後いろいろ話もして、その流れで刀まで貰っちまった。
機体もPhase3に更新されて、申し分ない。
結果、Su-47も不本意ながら勝利したが、万事OKとはならなかった。

機密漏洩疑惑―――。

そこで知らされた、様々な裏面。
自らの立場。
そしてクリスカとイーニァの能力や真実。
更に米国の思惑、クリスカとイーニァの今置かれた立場、ソ連―――元を辿れば国連が行っていた生体実験。
唯依の狙撃。

そして―――唆された、拐取と逃亡。

実際クリスカとイーニァを取り戻し、唯依の誇りを護る為に決意を固めたが、実行されることは無かった。




全ての捜査が、突如中止された。
査察の手続きは即時停止、機材の封印さえ即刻開放され、何の咎めもなくメンバーも還ってきた。
そして何故か連動するようにクリスカの措置も変えられたらしいと、引き上げる際のウェラーから聞いた。
事実、翌日にはクリスカとイーニァの元気な姿も見ることができた。


但し釈放直後、本国に急遽呼び出された唯依は、慌ただしく帰国。
そしてそれと時を置かず、日本のXFJ計画はSu-47との評価試験を以て当初目標の達成、とのコトで、プロミネンス計画からの撤退を通知してきた。

正直ショックだった。
考えてみればたった半年なのだが、ぶつかり合い、認め合い、そして同じ目標に向かって進み、命さえ賭けて戦い抜いた日々。
その日々が、これからも続くように思いこんでしまっていた。
それが、余りにもあっさりと、軍の指示という一言で変わってしまう現実。
しかも、余りのタイミングに機密漏洩に関することは本当なのかと疑いたくなってしまった。

そして当初は継続を強硬に具申しすぐ戻る、と言っていた唯依であるが結局戻らず、詫びのしたためられた手紙と共に送られてきたのが、帝国で開発されたという新OSを積んだType94 “不知火”のシミュレーションとJIVES実戦映像のデータだった。


もたらされた映像の、余りにも現実離れした内容。
現実を知る衛士として。最初は何の冗談と思い込み、始めは驚きもしなかった。

だが厳格な国際規定に則ったデータには齟齬がないことが、検証により証明された。


衝撃―――。


光線級の照射回避から、光線属種を優先的に殲滅していく“作業”。
ヴォールクを文字通りたたき潰した攻略。
甘いのは寧ろシミュレーションデータの方で、知られていなかった偽装抗や、全く同じ位置に爆薬設置すれば、反応炉破壊や、ハイヴが崩落させられるコトまで確認された。
それを難易度Sと言う状況で軽々と実行するエレメント。

それらが欺瞞でないことを証明するような、JIVESの実写映像。
ここに至っては、オレが当初苦労した不知火・壱型丙の更に低出力版という原型機Type94に乗りながら、あのType00を圧倒する3次元高機動。
しかもType00に騎乗しているのは、帝国のインペリアルガード最強と言われる紅蓮大将だという。
Type94に搭載するだけで、Type00を凌駕してしまう驚愕の新OS。

それはプロミネンス計画をも激震させる内容だったのだ。
即ち計画そのものの存在意義すら問われかねない。
いつもにやついている技術顧問のフランク・ハイネマンですら驚愕してメガネを取り落とした。



あの機動がPhase3で再現できるか。
自らの存在意義[レゾンデートル]を問うようにトライし続けた。

結果、そこに在ったのは自律制御の壁。
その動きを突き詰めれば突き詰めるほど、搭載された今のOSに依る硬化時間が発生し、足が止まる。
発生しないギリギリを狙えば、Type94の動きをトレースしきれない。
出力・機動性、全てが向上されているPhase3を以てしてすら・・・。
既にハードの問題ではなかった。


開発衛士を永く遣っていたから判る。
アレは完全に次元の異なる領域なのだ。


―――オレが、唯依が、文字通り命がけで自分たちが遣ってきた事は、何だったんだろう。
帝国に戻ってこのOSに触れたとき、唯依はどうやって納得したのだろう。

XFJ計画が撤退したことで、片翼をもがれ、宙に浮いたアルゴス試験小隊はどうなってしまうのだろう。
もともとXFJ計画のためにこのユーコンに呼ばれたのだ。再びネバダに還るのだろうか・・・。



唯依が戻ってしまい、昼間でも暗鬱な気候と同じく、明けない夜に向かっていくような気分だった。





そんな取り留めのない思索をぶち破ったのは、いきなりアナウンスされた模擬戦だった。

慌てて部隊詰め所に戻ってみれば、VGとチョビ、ステラが既にモニターを注視していた。



「 ・・まさかっ!? 」


その映像に映っていた機体に瞠目した。

機体はイーダル試験小隊のイーダル1、先日評価試験で遣り合ったソ連の最新鋭機Su-47。
そして対するのは、見慣れた感のある機体、イエローカラーのType00 武御雷―――唯依の機体に間違いなかった。

一瞬、唯依が還ってきた事に喜んだが、それは直ぐに驚愕に変わる。


・・・オレの知っているTpye-00は、こんな動きはしない・・・、出来ない!
これは・・・・XM3!?


そう、パワーと機動性で勝り、先の評価試験でオレが散々手こずった、イーダル1相手に正しく舞うような機動で翻弄する。
Type-00は、まだその長刀すら抜いていない。

以前聞いたことのある唯依の修めたという示現流の流れを汲む流派の極意。
刀を抜くのは、ただ一撃必殺の覚悟で死を極めた時のみ。刀を抜かざる境地こそが、その極意。
それを体現するかのように大型で、高出力故に大振りになるSu-47の常に内側に入り込み、その攻撃を躱す。
時にあの映像で見せられた白銀少佐の空中機動すら見せる。

流れる様な機動は、高速化していながらどこかにカクカクとしたロボットらしい印象を残すSu-47に比べ、まさに人の動きにちかい。そして以前の唯依なら使わなかった戦術機ならではの動作さえ織り交ぜる。

そしてこの嫌な感覚・・・これはあの時[●●●]の二人と同じ!
薬物と後催眠の二重使用で応答性を上げると聞いた。
だがその実質はESP能力の相互作用に依る意識の融合、その状態で発現する数秒先の確定した未来の観測。
それを最大限に上げたとき、イーニァの破壊衝動のみになって、止められなくなり、絶命するまで破壊し続けると言っていた時の感覚!

その先読みされるが如き機動は凄まじく、オレと唯依が決死の覚悟で漸く止めた


だが・・・。

唯依が長刀を構えた。



一閃―――。

それを知っていたように躱す、が、追うように返す刀を弾いて引くSu-47。

間髪を入れず、再び武御雷が斬り込む。

避けるSu-47を追う斬撃。

目まぐるしい攻防。

しかし攻めているのは一方的にType-00。


そして攻めこむほどにSu-47の回避にだんだん余裕が無くなっていく。

明らかに、武御雷の追撃速度が上がり、それ以上回避が追いつかないSu-47が追い詰められてゆく。


・・・・今のXFJ Phase3を以てしても、オレがまだ至れない境地!

その境地に、既に唯依は達したのか・・・・。

取り残された様な、複雑な感情が湧き上がる。



コックピットで苦悶するクリスカと泣きそうなイーニァが浮かぶ様だった。


その焦りが産んだ失墜。

操作が乱れ、刹那の動作硬直。


その隙を見逃す今の唯依ではない。

流れるような踏み込みをしながらType-00は、その機関部を薙ぎ払った。





―――圧倒的。

おそらくはプラーフカを全開にしていた紅の姉妹に掠らせもせず、切り伏せた。


一緒に模擬戦を見ていたVGもチョビもステラも一言も口をきかない。


常に先回りするような“紅の姉妹”の動き。

だが、先回りしようとしたその先に、武御雷は居ない。

読みが刻々と変化する流れの中で、自機が反応する前に、対応してくる機体がある。

変化する読みを後から超えて来る相手に、後手にしか回れない。


―――そして閉ざされていく逃げ道。

―――閉塞する未来。




唯依は羽化[バケ]た。






そしてまたアナウンスが流れる。

『・・・こちらクラウス・ハルトウィックである。
プロミネンス計画に関わる全衛士諸君に告げる。

只今見て貰ったのは、この度帝国より提供[●●]されることとなった新OS、XM3のデモンストレーションである。
既に基地シミュレータには、XM3とその教導モードが導入されている。
今日午後より、プロミネンス計画各衛士に於いては、XM3のシミュレータによる試用を許可する。
今後、試用した各衛士の希望により、戦術機への限定版供与も約束されている。

依って各衛士は、速やかに試用を実施する事を要請する。

以上。』


・・・提供!? 超高ランクの軍事機密を!?


ユーコン基地に、再度激震が生じた。


Sideout




[35536] §44 2001,10,31(Wed) 12:00 ソ連軍統治区画内 機密研究エリア
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:05
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'15,01,24 大幅改稿(pcTEに準拠)
'15,05,31 社名微修正
'15,06,12 誤字修正
'16,05,06 タイトル修正



Side イェージー・サンダーク


「紅の姉妹を渡すだとっ!?
突然自壊作用の観察被験体から戻したと思えば今度は譲渡?
よ、漸く、漸く使い物に成るまで戻したのだぞ!
それを、いきなり全開プラーフカなどッ!」

「―――どの道あの者達はもう使いものに為らんだろう。
全開プラーフカを使ってすら3分で撃墜された。
自爆覚悟の開放だ、数値は最高値に近いはず。
-――それが手もなく墜とされた。
ベリャーエフ、貴様は、その意味が判っているのか?

それほどの差なのだよ、XM3は・・・。」

「!・・・。」

「我々は“衛士”の質を高めた。
しかし応答する“戦術機”のI/Oは旧来のまま―――その差がこれだ。
恐らく今回のプラーフカであの者たちが見た未来は、自分たちが墜とされる未来しか無かったのだ。
怯えて回避して回避して、それでも撃墜された。
ハイネマン氏によれば、 XM3[アレ]は戦術機の世代を、ほぼ1世代引き上げてしまうOS、だそうだ。
第3世代機と第4世代機には、ΠЗ計画でも届かぬ差があると言うこと。
今あの者達を渡さねば、我が国以外の戦術機は全て1世代、段階を上がる。
・・・そうなったらソ連に未来はあるのかね?」

「・・・くッ!」

「既に同志ロゴフスキー大佐にも承認は取ってある。
XM3さえあれば、今全軍が有する戦術機が一気にレベルアップ出来るのだ。
しかも、彼らは戦術機に依るハイヴ攻略の可能性すら示してみせた。
ロゴフスキー大佐のみならず、方面軍司令直々に何を犠牲にしても手に入れろとの命令だ。
現在の危機敵状況を鑑みれば、XM3を手に入れる、その効果は計り知れないのだよ。」

「・・・そ、それは、ΠЗ計画がもう必要ないということか?」

「―――逆だ。
戦術機の全体レベルが上がるからこそ、更に突出した戦力が必要となる。
残念ながら我が邦がXM3を独占しているわけではないのだ。
―――それにどうやら第4計画は、BETA技術の一部鹵獲に成功しているらしい・・・。」

「!! BETA技術の?」

「確約は無かったが、いずれプロミネンスがその受け皿になろう。
あのBETAに齧られた島国には、現状これ以上の戦術機開発や、他国に戦術機を供与できるだけの余力はない。
その対価だ。
壊れかけた人形など呉れてやれば良い。
シェスチナは少々残念だが、ビャーチェノワ以外マーティカ[クローン]にさえ相性が悪く、融合率が上がらないのでは、もはや使えない。
そのビャーチェノワは逆にシェスチナとの融合率の高さ故廃棄処分を延期してきたが、継続時間が短く不安定では、また大事な局面で失敗する。
―――アルゴスとの評価試験のようにな。
居ても再び自壊作用の観察被験体程度にしかならん。

―――次の素体は確保出来ていると言ったな?」

「あ、ああ。
スィミィ・シェスチナ―――700番目[スィミソートゥ]だ。
し、出現率はやはり1/100程度だった。
だ、だが、“白き結晶”が複製限界に達したぞ。」

「なに?」

「も、元は細胞で、分裂を利用し複製していたのだ。
クローンといえ限界がある。
て、強引に伸ばしてきたテロメアが遂に切れ、アポトーシスに至った。
その中で、こ、この1体だけ第6世代が発現した。
最高の素体[トリースタ]には僅かに劣るが、イーニァ・シェスチナより突出した値を記録している」

「・・・そちらを早急に用意しろ。
ああ、それから、今話に出たトリースタには、決して手を出すな。
貴様は名指しで釘を刺されたぞ。
今の段階で、第4計画の不興を買うことは絶対に避けろ。」

「あ、ああ、わかった。
び、ビャーチェノワの、指向性蛋白[ABS]は、どうする?」

「・・・人格が戻るかどうかすら微妙なところだが、直ぐに細胞崩壊すれば怪しまれる。
投与を多めにして20日も保たせればいい。
その情報について心理ブロックをかけて忘れさせろ。」

「わ、わかった。」


ベリャーエフが退出すると先の映像を見返す。


あの“テロ”を生き抜いた篁中尉の技量が並々ならないことも理解している。
だが、それ以上に“XM3”を換装したType-00の示す機動は、今までのどんな戦術機とも一線を画していた。
そう、第4計画より齎された映像と同じ、全く澱みも繋ぎもない流れるような動作。
単なる空中移動ではなく、3次元の複雑な動きを実現する機動。

いくらパワーと機動性に優れたSu-47とて、攻撃が当たらなければ意味はない。
異次元の機動を見せるType-00に翻弄され、連撃に怯え体勢を崩し、機体の反応すら許さない斬撃に大破判定を受け、くずおれた。

勿論、Su-47ひいてはΠЗ計画が敗れたことはショックだが、それ以上に、これだけの動きを可能とするOSが手に入ることに期待する。
当然Su-47の機動も更に進化する。

もし、本当に米軍のドクトリンが崩せるというなら、代わりに遣ってもらうのも損ではない。
研究の優位性は示せないが、目的を達することが出来るなら拘泥する気はない。
今の戦術機開発方向は転換されるかも知れないが、その手段を得るためにもこのOSは絶対必要なもの。


―――ΠЗ計画。
“白き結晶”も限界となった・・・、か。

発現した受精卵を時間を掛け、育て、鍛えてきたがもう潮時なのだろう。
一番の成功例であったあの者達ですら先日のテロ以来、同調が上手くいかない。
身体は回復したが、一度は限界を大幅に超えた運用をしたのだ。
神経としては既にボロボロでもおかしくない。
あの一回で絶命には至らなかったものの、寧ろ今のレベルで収まっていることが奇跡、もう無理も無いのかも知れない。

そして人工発現体は生まれつきテロメアが短い。
低い発現率、長い育成期間、不安定な能力に、短い運用期間。
結果一瞬の強者には成れても、その支配は続かない。
ベリャーエフは繭化することで運用期間を延ばそうとしているがそれも懐疑的。
最後の素体も目処が付いた。
700番目[スィミソートゥ]が搭載されれば、終了だろう。

ビャーチェノワについては、ハイネマン氏に頼まれていたイベント[●●●●]も流れた。
あの者・・・最高の触媒を誘致したかったのも確かだが、肝心の素体の方が先に限界に来てしまった。


欠片が日本や米国に流れたところで、今更惜しむような成果でもない。
何より“白き結晶”は既に無い。
これで、安定確実なXM3が手に入るなら安いものだった。






ノックに答えると、見知った顔が入ってくる。


「同志、サンダーク大尉。」

「ゼレノフ曹長か。何の報告だ?」

「―――今朝方、念の為に配置していた “アサー[スズメバチ]”が消されました。」

「・・・なんだと?」

「定時になっても何の連絡も無いため潜伏地点に行ったところ、偽装ブッシュの中でスコープ毎目玉を撃ちぬかれてましてね。」

「・・・相手も狙撃、と言うことか。」

「簡単に言えばそうなんですが、問題はその距離、ですわ。」

「距離?」

「・・・検証しましたが、推定狙撃位置まで、2,700m――。」

「2,700?―――それは、可能なのか?」

「・・・使われた弾丸は恐らくChey-Tec408―――。
えらくマイナーですが世界一の精度を持つとも言われる狙撃弾ですな。
最大有効射程は2,500mとも言われてますが、実際はいいとこ2,000m程度。
それでも338Lapuaや50BMG等に比べれば、破格です。」

「・・・。」

「・・・ですがチャチなもんじゃねえのはスナイパーの方です。
当然2,700mは、物理的限界を完全に超えた狙撃。
しかもその距離で、スコープをワンショットでぶち抜いた。

どれほど優秀なスナイパー、例え伝説のGだって物理的限界を超えた精密狙撃など不可能。
なにしろ弾丸は旋転[ジャイロ]運動が無くなった瞬間、ランダムに回転し始めて、直進しなくなるんですから。

その超限界狙撃をあっさり行う化物が潜んでるってことだ。」


2,700m―――。
この距離で狙われたら防ぎ様がない。
しかもアンブッシュして狙撃体勢に入っているスナイパーを的確に補足している。


「“彼女”を狙った時でさえ900m、それでもウチの隊でのTOP Mechanicです、いえ・・・でした。
・・・対応はどうします?」

「―――何も、するな。」

「は?」

「何もするなと言った。
これは、“報復”と“示威” だ。
―――恐らく、実行意思の有無に拘らず、“対象”をスコープに捉えた瞬間、みな同じ目に合うと思え。」

「・・・そんな怖ェのが居るんですか?」

「その目で化物の腕を確かめたのは貴様だろう? ―――2,700mの距離を。」

「・・・そうでした。」



――成程。

超高レベルの軍事機密を供与など、何も考えていない天才[バカ]かと思ったが、この魔境に全くの無防備で入ってきたお姫様とは違い、とても一筋縄では行かぬ様だ。

スペツナズ相手に、その斜め上を行くか。
いつでも撃ち抜ける、という示唆。
2,700mと言う数字を示されては、対抗する意志さえ封じられる。


BETA相手なら幾らでも協力するが、敵対した途端ロジックボムでOSが初期化されることも有り得る―――、と言う事だろう。
実際米国とて、旧OSを使用している限り避け得ぬアクティブステルスを有していた事だ。
ハイネマンはずっとその存在を隠していたようだが。

Phase3の査察が突然中止されたのも頷ける。
おそらくこのXM3には、旧来OSのI/Oを乗っ取るアクティブステルスも通用しない可能性が高い。
その上で圧倒的な機動が得られるとすれば、米国とて看過できるものではないだろう。
今後使い物にならない古い軍事機密の為に日本との関係を壊すわけには行かない、という事。



停滞し、まもなく打ち切りと見られていた第4計画。
さて一体、何を掘り当てたか、見せてもらおうか。


Sideout



■14:00 統合司令部B01 C-108

Side ユウヤ


ドーゥル中尉からブリーフィングルームに呼び出されたのは、14:00だった。

噂のXM3シミュレーターは、既に予約で一杯。
出遅れたオレ達は早くても明日以降になる。
自分たちがどう評価されていようが、一衛士としてあの機動を実現するOSには興味がないわけがない。
そのOSが供与される経緯や背景など下っ端が知ったことでは無い。


部屋に集まったのは、ドーゥル中尉他、VGとステラ、チョビ。

そして間を置かず、入ってきたのは、少し引き攣った表情の唯依と、そして見知らぬ日本人の男だった。


「・・・・あ・・・貴方はっ!! “統括”っ!!」


その姿を見て声を上げたのは、他でもないドーゥル中尉だった。


「・・・・ドーゥル大尉、・・今は中尉か。・・・悪いが昔話は後で構わないか?」

「!! は。申し訳ありません!」

「・・・さて、改めて自己紹介しようか。
国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊技術大佐、併せて日本帝国斯衛軍中央評価試験部隊付き大佐を兼任する御子神彼方だ。
・・・・貴官等の認識で言えば、プラチナ・コードのα-2、そしてXM3のプログラマーと言えば話が早いか?」

「「「「 !!! 貴方がっ!?」」」」


え?
大佐ァっ!?
プラチナ・コードのα-2!
しかもXM3プログラマーっ!?
この若いのが!?

斯衛軍中央評価試験部隊と言えば唯依の直属の上官。
しかも国連太平洋方面第11軍、即ち横浜基地の特務部隊所属、―――XM3の生みの親。

道理で突然のXM3の教導・供与などが行われるわけだ。
この年若い大佐とプロミネンス計画との間で、何らかの遣り取りがあったのだろう。


「長いこと篁もここで世話になった。
ありがとう。礼を言う。
そして今回は貴官等アルゴス試験小隊に依頼があってこのユーコンに来た。」

「依頼・・・ですか?」

「ああ。・・・・此処に居るのはアルゴス小隊員だけなので、無理に敬語など使わなくていいぞ。
年齢は大して変わらん。」

「・・・・了解、いやぁ話判る上官で助かるねぇ。」


VGが声を上げる。
砕けた上官に唯依は渋い顔をしているが、しかしオレの視線に気付くと、仕方ないのと、微笑んでくれた。
ひさびさに見た唯依の、明るい笑顔にどきりとする。
・・・少なくとも、この前ユーコンを離れる前の唯依は、こんな風に笑わなかった気がする。


「今回、XFJ計画は、貴官等の努力もあり、要求条件を達成したとして、プロミネンス計画を撤退することと成った。
この事は、既にハルトウィック大佐より通知されている事と思う。
しかし、今回その仕上げとして、テロで中断されたAH戦の一戦、つまり対インフィニティーズ戦の実施を帝国の防衛諮問会議、及びフェニックス計画、更には米国国防省からも依頼され、XFJ計画はそれを受諾した。」

「・・・!! それは、インフィニティーズと戦えってことですか?」

「その通りだ。
ただし、防衛諮問会議は、XM3の換装を以てPhase3計画終了と定義したため、貴官等の弐型、及びACTVにもXM3正規版を換装することとしたい。」

「!・・・XM3正規版を、ですかっ!?」

「ああ。
模擬戦は小隊単位で、明後日の12:00開始、マナンダルの2号機については主機整備中のため、XM3搭載・教導に付いては本人の希望により実施するが、本戦には俺自身が持参したXFJ機体を使用して参加する事になる。
尚、この要請は既にプロミネンス計画から撤退したXFJ計画の依頼であるため、ユウヤ・ブリッジス、貴官には参加不参加の選択権が在る。
因みにジアコーザとブレーメルはフェニックス計画からの要請で、強制参加となる、悪いな。」

「ノープロブレムです。」


軽いのりのVG。ステラも柔らかく微笑んでいるだけ。


「・・・それは・・・オレは出ても出なくてもいい、と言うことですか?」

「そうだ。」

「・・・・・一つ質問、いいですか?」

「問題無い。」

「弐型じゃ無くても、XM3積めば、XFJの目標基準はクリア出来ますよね?
しかも帝国にはXM3を考案しType00を下す白銀少佐が居る。
不慣れなオレ達に、即席でXM3をたたき込むより、ずっと確実じゃないですか?
何故今更オレ達なんですか?」

「・・・成るほどな、篁と同じ事を危惧していたのか。」

「・・・は?」

「そもそも・・・何か盛大に勘違いしていないか?」

「・・・。」

「XM3は、貴官等の為した多大な成果をなんら否定するものでも、貴官等が仕上げたPhase2、Phase3となんら相容れないものでもない。
そしてXM3に馴れてはいても弐型には不慣れな白銀少佐と、弐型を熟知している貴官等とでは、貴官等にXM3教導した方が良いと判断した。
寧ろ貴官等のやり遂げた功績が在ってこそ、更なる高みに至ることが出来る、そう思っているのは俺だけか?」

「・・・え・・・?」

「事実今回のF-22対戦を以て、XFJ Phase3は正式に帝国の次期主力戦術機候補として、XFJ-01の開発名称が与えられる。
今の94式にXM3を搭載しただけのもの、ではなく、だ。
もともと白銀少佐の3次元機動を目指したXM3は、空間姿勢制御に優れたXFJ Phase3との適合性が高い。
貴官らが見た白銀少佐のシミュレーションや実写映像も、XFJ Phase3を用いれば、より高度な機動が出来ることは明白。
しかしそれも元となるXFJの機体性能が在ってこそ。
・・・それは、XFJ主席開発衛士として貴官が成し遂げた成果であると言う事を、誰も否定出来ない。
少なくとも、俺はそう思っているが?」

「・・・本当に・・本当にそう思っているのですか!?」

「確かに、プロミネンス計画に於ける日本帝国からのXFJ計画依頼は、これで終了となる。
しかしボーニング社としてのフェニックス計画は続行され、プロミネンス計画そのものも、ここで頓挫するつもりはないということもハルトウィック大佐に確認した。
ついては、今回のAH戦の結果次第では、XFJ計画をある目的の為に引き継いだ国連横浜基地A-00戦術機概念実証試験部隊からの依頼という形で、引き続きアルゴス試験小隊にはXFJを配備し、この後もその進化に携わって欲しいと考えているのだが・・・、これで答になっているか?」

「あ・・・・。」


ポロリと何かが目から転げ、一筋頬を伝った。

チョビが、飛び上がって喜んでいる。

大佐の脇に控えていた唯依さえが、驚いた顔をして、涙ぐんでいる。






・・・・・・認められていた。

他の誰でもない、XM3の開発者に。
しかも、言葉だけではない。
ここに機体を残し、最終型であるXM3正規版を換装して託す・・・。
その事実が何よりもテストパイロットとして信頼されていることを示す。


「・・・・・・遣ります。・・遣らせて下さいっ!! F-22をXFJで打ち破って見せますっ!!」


オレはその信頼に応える決意を以て、参戦を志願した。






話しが一段落すると、ドーゥル中尉が起立し、深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しております。ご健勝そうで何よりです。一時期行方不明と聞いて心配していました。」

「あの・・・大佐は中尉と御面識が?」


唯依が疑問を投げる。


「・・・ああ。・・・記録に依れば俺がまだほんのガキのころにな。」

「何を仰います、その子供であった貴方に助けられたのは、私の方ですから。」

「 ? 」

「・・・・・大佐は“シャノア”の創立者、“シャノア”の代表“統括”をされているお方です。
“シャノア”に救われた難民は、累計で億に達するかも知れないのです。私が助けたとされる難民でさえ、“シャノア”の協力が無ければ、一体どれだけがBETAの犠牲になったことか・・・。」

「「 !! あの“シャノア”の“統括”っ!?」」


ステラやチョビまでが驚く。

“統括”の名や顔は知らなくても、“シャノア”には直接間接に世話になった者は大勢いる。
本人は関わらなくても、家族が救われた人間だって沢山いるのだ。
米国でこそ知名度は低いが、手出し出来なかった社会主義国家を除く戦線の崩壊したユーラシア、特に東南アジアから、西アジア、更にアラブ・欧州圏での知名度は極めて高い。

テログループの難民解放戦線ですら、“シャノア”には決して手を出さないし、敬礼を以て見送るという。もしその“統括”が表舞台に立ったとすれば難民の心理的支えになったと言われる“指導者[マスター]”以上の影響力を持つとすら言われていた。
避難や食料と言った、現実的な側面を支えたのが“シャノア”。
しかしそれでも、政治的軍事的な事には決して口を出さず介入もせず、ただ淡々と難民を救い続けた国際的非営利組織、それが“シャノア”だった。


「・・・あまり持ち上げてくれるな。残念ながら取りこぼした数のほうが圧倒的に多いんだ。」

「・・・・・。」

「それに・・・実は、99年の明星作戦の時、G弾の爆発余波で発生した落雷の直撃を受けてな。」

「え!?」

「1年半の昏睡と共に、過去の記憶は物理的に喪った。」

「あ・・・・。」

「・・・残された“記録”は見返したから、自分の遣った殆どの事は知ってはいるが、俺はその記憶も人格の一部だと思って居る。それを喪った今、当時の俺とは別人だと思ってくれるとありがたい。」


落雷直撃と1年間の昏睡?
・・・・中々壮絶な人生だ・・・。


「・・・では“シャノア”は?」

「ああ、それは続けている。基本的なスタンスも変わりはない。
変わったのは、俺自身がBETA殲滅に関わる様になった、と言うことだけだ。こうして武・・・白銀少佐の発案を元にXM3を創ったようにな。」

「・・・・・そうですか、記憶を・・・。しかし、その“魂”は変わって居ないようですな。」

「・・・・そう在りたいとは思うよ。」


大佐は薄く微笑んだだけだった。






「・・!」


そして自分に近付いた人影に顔を上げる。


「・・・ユウヤ、久しぶり・・・でいいのか?」


少し遠慮したような、はにかんだ風情。


「ああ、久しぶり、っていうか、一応、お帰り、かな。」

「! ・・その、済まなかった。直ぐ戻ってくるなど、結局嘘になってしまって・・・」


その表情に翳が差す。
別に唯依の所為じゃないのだから、気にしなくていいのに、コイツは。


「気にしなくていいだろ? 軍の決定であって、唯依の意志ではないんだから。」

「・・・そう言って貰えると、助かる・・・。」


相変わらずだな。
けれど変わっていない唯依が還ってきたようで、安堵する。


「先刻大佐がAH戦結果如何では、今後も此処で進化対応して行くと聞いたが、唯依も此処に?」

「・・・・いや。その点に付いては私も先ほど初めて伺った。
今、私も国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊に出向と成っている。
・・・少なくとも年内は、そこに居る。」


何かがチクリとする。


「そっか・・・。寂しくなるな。」


平静を装ったオレの言葉に、唯依は一瞬目を伏せ、そして再び瞳を向けてきた。


一瞬、気を呑まれる。
その瞳は刹那の間で、まるで別人のように感じた。
そこに先刻までの少し済まなそうな、控えめな風情などまるで無い。

と言って初めてであった頃の張り詰めた糸のような人形じみた瞳でも、ユーコン事件の前後で見た少し拗ねた様な優しげな瞳でもない。
そう、狙撃からの復帰後、好物の肉じゃがを作ってくれた時の瞳を、更に澄ましたような透明感。

オレが初めて見る、凛と気高く、勁い意志すら感じさせる瞳だった。


「・・・大丈夫だ。・・・・道は続いている。」


そう云う唯依は、口元に笑すら携えていた。


Sideout




Side ステラ


集められたブリーフィングルームで紹介されたのは、唯依の上官にして国連軍内でも暗に魔窟と呼ばれる横浜基地所属の技術大佐。
あの[●●]XM3のプログラマーであり、プラチナ・コードのα-2という規格外らしい。
しかも私の両親すら世話になった“シャノア”の代表“統括”でも在るという。

その大佐からの“依頼”は、やり残したAH戦、対インフィニティーズの実施。
いくらXM3というOSが凄くても、教導期間は今日を入れてもたった2日。
流石に無理じゃない? と言うのがわたしの感想だった。



しかし、最初に説明されたXM3の概念は極めて明解で、技術的な説明を覚えようとしないタリサすら納得させた。
要は、人の動作概念モデルを戦術機上に実現すること、それに尽きるのである。

そして実際にXM3のチュートリアルに入ってみれば、その効果は瞬く間に実感できた。
重たいウエイトスーツを全て脱ぎ捨てたような開放感。
今までのOSはなんだったの?と怒りたくなった。

しかも、アルゴス試験小隊に供されるCPU込みの正規版は正に破格。
基地データリンクエリア内に於いては、戦術機内でシミュレーションを実行するシミュレータモード、それに付随するナビゲーションAI、アグレッサーAIと、教導に関して至れり尽くせり。


そしてチュートリアルに続くのは唯依の教導。

彼女が本国に戻ってまだ一週間も経っていないのに、彼女は明確に変わった。
曲がりなりにもXFJ計画は終了の運びとなり、肩の荷が下りたのかとも思ったが、そういう訳でもないらしい。
その雰囲気はピンと一本芯が入り、自然に凛とした霊光を纏っている。

あの鈍なユウヤが息を呑み、たじろぐほどに。
VGさえ音がしないよう口笛を吹いていた。

唯依も国に戻ってからと聞いたから、教導は実質4日しか受けていないそうだが、パーソナライズのレベルは既に3。もうすぐ4に届くと言う。
確かに午前中あの“紅の姉妹”が騎乗するSu-47を完全に翻弄していた動きの“冴え”とか“キレ”がそこにある。
もともと唯依のType00の動きはあのすばしっこいタリサを一瞬で引き倒し、私とVGを一刀で撃破するほど峻烈だったが、そこから更に進化してしまったような変わり様だった。
これはXM3との相性という話だけではないのだろう。


基礎動作から始まり、徐々に上級動作を“体験”させる教導。
生身ではしたこともないバック転を、一回で成功させる。
まだ体が流れるなど、自分のモノに出来ているわけではないのだが、繰り返す事で、“ACTV”がそのクセを押さえてくれるようになる。
モデリング、即ちコンボと言うことでは、戦術機のほうが脳内モデルを作るより何十倍も速い。
しかしそれを更に磨いていき、自分の脳内にもモデルが形成されれば、更なる境地に至る。

人としての経験そのものを再現するOSは、極めて素直で、すんなりとわたしの中に定着した。


導入初日、本の4時間で元のACTVで行っていた機動を完全に凌駕してしまった。
コレなら勝てるかも・・・。







「あ、唯依、この後出られる?
出来れば大佐の歓迎も兼ねて、対インフィニティーズ決起会にしたいんだけど?」


教導後のシャワールーム。


「あ、うん・・・。ね、今行きつけのトコで厨房借りられないかな?」

「ああ、大丈夫だと思うけど?」

「そう、・・・じゃあ大佐に聞いてみるわね。」

「 ? 」





わたしがその不可解な会話の意味を知ったのは、店に唯依が大佐を連れて現れた時。

唯依は丸い木製の鉢を、そして大佐は肩に、大きな木箱を担いでいた。

唯依が店員になにか告げると、コーナーの一角、テーブルを並べる。


そして木箱を開けると、そこには丸々とふくよかな、キングサーモン!!


店内からも歓声が上がる。

・・・大きい。
20kgは優に越えている。
これだけのキングサーモンは、ここユーコンにいても滅多にお目にかかれない。

「・・・大佐、これは・・・?」

「時差の関係で早朝に着いたんでな、ちょっと釣ってみたら掛かった。」

「って、今朝ですかっ!?」

「ああ。・・・篁に寿司食わせてやるって約束だから。
流石に43lb(ポンド)を一人じゃ喰えないだろ。
此処に居る奴皆に振舞うぞ。」

「「「「「うぉーっ!!」」」」」


キングサーモン。
故郷で小さい頃に食べたアトランティックサーモンを彷彿とさせる。
実際には全くの別種らしいが、小さい頃に食べたサーモンがどちらかなど、私は知らない。

既に腹ワタやエラの処理を終え、寄生虫対策のために一度凍結解凍したという一尾を、大佐はサバイバルナイフ一本で、あっと言う間に3枚に卸す。
その見事なナイフ裁きに、唯依が見惚れていた。
・・・視線の先は、サーモンよりも刃物だったみたい。
確かに日本刀の様な文様を持つ刃物だけど。

ハラミや尾、その他部位をブロックで適量残すと、ムニエル用の切り身を既にエプロンつけた唯依に渡し、その他背のブロックや胴回りを店員に渡した。
残りに付いては店で適宜調理してもらうらしい。



そしてシャリ、ネタ、それに小さなコンロ?を用意した大佐が聞いてくる。
唯依が持って来たのは、日本のコメで炊いたシャリだった。


「ブレーメルはスウェーデン、ジアコーザはイタリアか。
なら生魚にそれほど違和感は無いな?」

「はい。でも本格的な日本の寿司は初めてです。」

「オレもだ。」

「・・・マナンダルは大丈夫か?」

「うぅ・・・。」


生魚に縁のない食生活を送ってきたタリサは、頭と骨だけに成った魚を睨んでいる。

因みにユウヤは唯依の手伝いらしい。
さっき手招きされて連れていかれた。


魚を入れてきた木箱の半分をまな板に、半分をカウンターにして手慣れた手つきで寿司を握る。
醤油と山葵も完備。

どうやらこの大佐、釣る気満々で持参したのね。


「箸なんか使わなくていいぞ、手さえ洗ってあれば、元々寿司は、こうやってつまむ[●●●]んだ。」


握られたネタの上に指二本を曲げて添え、親指と薬指で挟む。

そのまま持ち上げて添えた指を伸ばすと、くるりとネタが回り、そのネタにサッと醤油を付け口に放り込む。

手掴みなのに、何故か作法の様に粋な所作。
なかなか難しそうだ。


「・・と、言って実際は好きに食べればいいんだけどな。」


もう一貫は、寿司を少し倒してネタとシャリを摘み、そのまま横向きに醤油をつけてみせた。
成程、これなら直ぐ出来る。


「まあ、まずはどうぞ。」

「いただきます。」


目の前に置かれたハラミを手にする。

女性と言うことで、サイズを控え、一口で入るように調整してくれているらしい。
大佐のように流麗にはいかないが、それでも醤油をつけ躊躇なく口にした。


「・・・・。」


舌の上でとろけるハラミの旨み。
崩れるシャリの甘さ。
わさびがアクセントとなり、醤油が程よい塩気で全体をまとめる。


これは・・・・。



鼻の奥がツンとする。
涙が溢れてきた。

隣でVGも俯いている。


カルパッチョやマリネ、スモーク、スウェーデンではスモーガスボード。
生魚に近いものを食する習慣のあった亡国。
いつの日か、今はもう遠い記憶に食べたことのある、生に近いサーモンの味。
それを、まざまざと思い起こさせる。

日本の料理を食べて、コレほど喪った祖国を感じるとは思わなかった。


「・・・山葵が効き過ぎたか?」

「・・・はい・・・。でももう大丈夫です。
それより・・・まだ踏ん切りがつかない娘が居るようですね。」


VGと反対側に座ったタリサは、まだ一貫の寿司とにらめっこ。


「・・・マナンダル。」

「え? あ、 ・・・んぐ。」


大佐が、置かれた寿司に刷毛で醤油を塗ると、ひょいと摘む。

あっと声を上げかけ、タリサが口を開いたそこに、そのまま放り込む。

寿司を咥えたタリサは、ようやく覚悟を決めて、もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。

暫し俯いて何かを耐えるように小さくブルブルと身を震わせていたタリサは、カッっ!!、とキラッキラの目を見開き、上斜め左に右に口から火を吹く。


「うーまーいーぞ~~~~っっっ!!」


・・・・・気に入ったらしい。




ハラミの炙り、背、尾、胴回り、皮切しの炙り。

同じサーモンなのに、部位で此処まで細やかに味が違うものなのか。
そのどれもが美味しい。
その調理や味付けさえ工夫されている。
聞けば釣りを良くするので、釣った魚の食べ方には精通しているとか。
それにしてもプロ級、それもかなり上位の腕である。

VGもタリサも、口も利かずに食べていた。


それぞれに味の異なる部位を満喫し、調理が終わって戻ってきた唯依とユウヤに席を譲った。

尤も唯依に男子を厨房に入れる意図はなく、ムニエルの味見をしてもらっただけらしいが。
それでいて、大佐の寿司職人は問題ないのか。
・・・不思議な感性ね。






エプロン姿で即席の“カウンター”に座る唯依と、ユウヤ。


・・・・・・・ふーん・・・。

その関係性は、1週間前とは明らかに違う。

かつてXFJ計画のPhase2を成し遂げ、何かを悟ったようだったユウヤに、憧れていたような唯依。
しかしユウヤは、テロの混乱で虚無感に晒され、唯依は、未だ迷っていたように感じていた。
カムチャッカでラトロワ大尉に救われ、そして喪ったことで一応実戦経験は積んだものの、今度の自分の居場所を丸ごとなくす様な経験は、当然初めて。
BETAを相手にすることと、その状況にありながら尚国家や思想の損得に拘泥し一丸と成れない人類の矛盾。
それを間近につきつけられたのが当時のユウヤだ。


そこに唯依の被弾―――。

緊急で病院に搬送されたが、その後届いたのは訃報。
その状況下で言い渡されたイーダルSu-47との評価試験。

ショックを受けていたユウヤも、弔い合戦、或いはXFJに全てを捧げていた唯依の遺志を継ぐようにPhase2の熟成・改修案作成に没頭していた。


そして2週間以上空けて、死地から還ってきた唯依。
狙撃――明らかに唯依[]狙われたのである。
追撃の可能性を考慮して生存を伏せたのだろう。
ユーコンに還ってきたと言うことは、その危険が去ったと言うことか―――。


早速のユウヤの上申。
恐らくSu-47との苦戦もあり、Phase3への着手が決まった夜。

何故か唯依はわたしに縋って嗚咽を絞った。
結局最後まで理由は語らず、わたしも訊かなかったけど・・・。

以降、評価試験が終了し、機密漏洩疑惑のあと、唐突に唯依に帰国命令が下るまで、何かを見極めるように、自分自身に折り合いをつけるようにユウヤを見ていた。


フラれた――、というのとは違う。

最初こそ唯依がぎこちなかったが、二人が仲違いしたわけではなさそうだ。
それでも、何かがズレた。
唯依の方から一方的に・・・。



その後、Phase3での薄氷の勝利と、振って湧いた機密漏洩疑惑、唐突な開放。
目まぐるしい一日の終わり、唯依に突然の帰国が命じられた。

それは機密漏洩疑惑なぞ掛けられれば、本国もその経緯を質すだろう。
だが、実質Su-47との評価試験は終了した。


わたしの危惧は、唯依から届いた一通の手紙と、データで現実と成った。

XFJ計画のプロミネンス計画参画が、今回の評価試験で完了とし、既に次の計画に携わっていること。
義理を欠いた別れに成り、申し訳ないこと。
お詫びではないが、今関わる計画は、新しいOSに関することで、添付したデータを参照してほしいこと。
淡々と綴る唯依の苦悶が伝わってくるような手紙だった。




そしてデータを見たわたしたちは、絶句した―――。


ハイネマン氏の笑みが消え、驚愕に染まるのを初めて見た。
一線級の衛士が、中隊規模、決死の覚悟で行う光線級吶喊を“単純作業”の様に熟し、連隊規模のBETAを殲滅する。
ヴォールクをエレメントで潜行し、反応炉破壊どころか、ハイヴを“潰滅”させ生還。
その動きは決してシミュレーションだけではなく、JIVES実写映像にて最新鋭00式に騎乗するインペリアル・ガードの最高衛士に94式不知火で打ち勝つ―――。

これがOSを変えること一つで行われたのだとしたら、途轍もない事なのだ。


ACTVに乗っていてさえ思うのだから、特に現地で携わっているという唯依、そして弐型の主席開発であったユウヤに取っては、衝撃であるだろう。


その状況は、プロミネンスの本部も同じで、その日ユーコンはテロ発生以来の激震に見舞われた。





そして今、そのXM3の開発者と共にユーコンを訪れた唯依。

一度祖国に戻った唯依は違う。


以前は何かとユウヤの姿をさがすようにさまよった視線が今はしっとりと落ち着き、見ていて可愛かったがその実怪しげだった挙動が一切なりを潜めた。
これはユーコン赴任直後の張り詰めた糸のような雰囲気とも又違う。

何か別のモノを見定め、目を外らさず、瞬きもせず、勁い光を湛えた視線。

今は、その様な唯依を、ユウヤの方が眩しそうに見ている。


それでも変わらず名前を呼ぶ声に笑顔を返し、そして自身もその名で呼ぶ。
しかし朴念仁を通り越した超絶鈍感馬鹿相手に、見ている方が憐れに思えた恋する少女は既に、追いかけることをやめていた。
ふわりと柔らかく笑う唯依に、寧ろ今ではユウヤの方が圧倒されている。

それでなくても当の超絶鈍感馬鹿は、イーダル小隊のクリスカやイーニァとは急接近しているのだ。
テロの時、錯乱した二人を止めたと言うユウヤは、完全に彼女たちの信頼を得ていた。


そういえば、今日Su-47で、XM3装備とは言え唯依に負けていた。

この後・・・一悶着ありそうね。






「ブリッジスは、寿司は初めてか?」

「あ、はい。」

「まあ、挑戦してみな。」

「オレに味解りますか?」

「それは好みだからな。
けど他のメンバーは気に入ったようだ。
―――ほれ、篁には約束の手毬だ。」


コロンと可愛い、綺麗な縞の入った、鮮やかなサーモンピンク。

つなぎ目の無いように見える珠玉。


「・・・綺麗だな、それ」

「・・・ユウヤ、口あけて。」

「 ? 」


唯依は手毬に少し醤油をつけると、ユウヤの口に放り込んだ。


「ん!、・・・んぐ・・。・・・・・美味い・・・・。」


唯依がにっこり微笑む。


「・・・ちっっ、勝手に遣れって。
ねぇ大佐ァ、アタシもそれ食べたい!」


傍から見ていても砂糖を吐きそうな光景を目の前に、微笑ましげな大佐は隣で毒づくタリサにも手毬を差し出す。

・・・・大人だ。
まだ若いんだから、略奪だってしちゃえばいいのに・・・。


わたしも砂糖に当てられたらしい。







カタン、と小さな音がしたのは、宴もたけなわ。
供されたサーモンも殆ど料理になってテーブルを占拠しそれも6割方片付いた頃だった。
店の客、スタッフ含め約30人。いい感じで雑談に花が咲いていた。
勿論一部にはアルコールが入っているから、その小さな音に気づいたのは、ユウヤと、そして大佐。


大佐がまず、ドアに寄り外を確認する。
雪が舞ってもおかしくない季節の夜だ。

そして、何かに思い当たった様にドアから飛び出したユウヤ。
唯依はその姿に、しかし瞳には自嘲の色を浮かべると、立ち上がる。



「!! クリスカっ!、イーニァっ!!」

冷たい地面に座り込み、何かをブツブツ呟くイーニァ。
その瞳は虚空を見つめ、正気がない。
それを抱きしめゴメンねと謝るクリスカ自身も、正に尾羽打ち枯らしたと言う風情。

駆け寄って抱きしめるユウヤに、そのまま縋りつき嗚咽が漏れる。



「・・・彼女らが“紅の姉妹”?」

「・・・はい。今日の模擬戦でSu-47に乗っていたと思います。
でも、今日のあれ[●●]は、危険なレベルでした。
恐らく“最大”。
―――それもあって、早めに決したのですが・・・。」

「・・・チ、サンダークの奴・・・。
・・・身体は直せても、精神や神経はボロボロだ。
・・・あれは本来戦えるレベルじゃない。」

「 !! 」


その言葉に、思いつめたような唯依。


「・・・・・・過去の遺産の発現者を保護したかっただけなんだがな、・・・まあいっか。
・・・ブリッジスに被せるんならそれもアリか。」



大佐が抱き合う3人に歩み寄る。


「ブリッジス。」

「・・・・なんですか?」

「彼女たちを守りたいか?」

「! 当たり前ですっ!!」

「・・・今この状況でのそれ[●●]は、彼女たちの人生、全てに責任を持つということだぞ?」

「!!・・・・・・・・それでもです。
クリスカとイーニァが命を賭けて護ってくれた命です。
彼女達を守る為に命でも賭けます。」

「そうか。・・・解っているなら構わない。そのまま二人を連れてこい。」


Sideout




[35536] §45 2001,11,01(Thu) 13:00 アルゴス試験小隊専用野外格納庫 考察 戦術機
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:06
'12,11,28 upload  ※連投 決戦前の魔改造^^;
'13,05,15 誤字修正
'15,01,30 大幅改稿
'16,05,06 タイトル修正



Side 唯依


午前中の慣熟で、皆のレベルは順調に上がっている。
パーソナライズによるレベリング、当初は努力というよりも資質で決まってしまうモノらしい。
各国のTOPGUNとも言えるテストパイロットの資質なら、すぐ3までは上がるというのが大佐の見立てであったし、実際元々高い反射速度を持っている者ならレベル3までは、2,3日で達すると言う。

その一方、そこから先は戦術機のコンボモデルだけではなく、操縦者の脳内モデルが形成されないと出来ないため努力が必要となり到達が遅くなるという。
私がもうすぐレベル4というのは、幼少より剣術で培い形成された人体の挙動モデルを、Real Sence Projectionの助けを借りてXM3コンボモデルと直結させる、という大佐ならではの裏技を使っているからなのだ。
そういう意味では、戦術機に乗り慣れ、独自の機動モデルを持つ者、たとえばタリサなんかは、その接続が出来れば上達は早まる。

因みに主機換装中のタリサは、以前搭乗していたACTVの予備機で参加している。
勿論、全機正規版XM3換装済み。
他も当然のことながらそれだけの習熟はしているのだから、皆がXM3に馴染むのは早かった。



それでも今回の対戦相手、インフィニティーズは強い。

F-16相手にキルレート1:144だの、F-15・F-18に100戦負けなしだの、実しやかな逸話が作り物でないことを実感させる。

確かにステルス性さえ除けば、機動は他の第3世代機とそれほど大きく変わりはない。
というより、弐型やACTVにXM3を換装した今、近接格闘戦はコチラが上だとは思う。

しかし、相手を感知できないそのステルス性こそが、最大の脅威だった。
テロの前、散々ブリーフィングしたが、どんなに考えても対策の緒すら思いつかなかった。

それを大佐は、軍事ドクトリンまで潰す、と言い切ったのだから。

今日の夜、その戦術をシミュレートしてくれることに成っている。
中身は、まだ私も知らない。

今は慣熟優先、全員を午前中にレベル3にまで引き上げる。
それが大佐のオーダーだった。





対ステルス機戦術・・・。

つい教導を見つつも、その事に頭がいってしまう。
明日の今頃は、もう彼らは演習場に赴いている。

一体、そのステルス性を、どうやって看破すると言うのだろう?

有効なのは光学センサのみ。それだって可視光だけで、赤外線に付いては完全ではないが、線源を減らす処理がされており、捕捉し難い。
そもそも市街地戦という設定が、ステルス機に有利すぎる。唯一有効な可視範囲すら狭めてしまう。
建造物の乱立する市街地は、レーダーの索敵範囲も狭い。
市街地でもマルチパスの処理によりある程度の範囲なら建造物の背後も索敵できるが、相手がF-22EMDとなると話が違う。
暴風試験小隊戦で崔中尉が感知できた範囲は100~200m。その時も1騎が囮となり誘い出された中尉は他の感知できなかった機体からアウトレンジ砲撃を受けて撃墜されている。
作戦機動中は、自機からも電波を発せず、索敵も極短時間のパルスレーダーのみ。
部隊間のデータリンクや通信まで切って居ながらあれだけの連携行動が取れる技量。
そして電子戦機を思わせるアビオニクスの塊。
EMS逆探知装置とジャミング電波妨害装置を有し、開けた場所に於いても相手のレーダー警戒網を寸断することも可能。
自機の振動・音源は断ちながら、相手の索敵は高精度。
そしてアクティブソナーに対するアクティブジャマーすら搭載しているのだ。


マルチバンド、マルチフェイズ、そしてマルチポイントからの多重位相差索敵を行えば、遠距離補足できるという報告も在るらしいが、いかな御子神少佐とて、今日の明日でそんなハードウェアが装備できるとは思えない。
横浜から持参したモノの中にも、その手の装備は確認できなかった。


ここまで来ると御子神大佐の事だから、光線属種の飛翔体知覚系再現しちゃいました、てへ、とかアッサリ言いそうで怖い。

・・・・・否、もし本当に知っていたとしても、ここ[●●]ではそれはないか。

そんなコトを此処ですれば、今は可能性を匂わせ、敢えて警戒させているだけのBETA技術そのものの鹵獲という事実が決定的に成る。
それは米国のみならず、ソ連を初め各国の警戒を最高レベルにまで上げ、国際軍事的に新たな局面を迎える事になるのだ。
御子神大佐は喀什攻略前に、そんな状況に陥ることを望まない筈である。

そしてその場合技術は極めて限定的で、それだけで米国のドクトリンまで崩れるとは思えない。
崩す、と言ったからには他国でも再現可能な技術のはずである。

じゃあ、一体どうやって?


そうして思考は、また振り出しに戻るのだった。









「こんだけ動けると、キモチいいねぇ・・。」


ランチ後のブレイク。
そろそろ基地にはインフィニティーズが到着している頃だろう。

自分たちはまだXM3の慣熟なのだが、昨日の今日で既に明らかに機動性能が異なる。
近接戦に持ち込めば絶対負けない、そう思わせるだけのモノがたしかにある。
それ故にチームは明るい。

ACTVにまで正規版を換装したのも、チーム戦をシミュレーションモードで実施するためだ。
基地のシミュレータは、XM3教導と慣熟でギチギチ。
ブルーフラッグ優先と言えば通るかもしれないが、独占は無理だ。
その点、XM3正規版のシミュレーションモードなら、気兼ねなく、しかも隊専用の野外ドックで秘密裏に対策検討できた。
当然の事ながら3次元機動を得意とするACTVもXM3親和性が高い。



そこに甲高いが抑制された爆音。
リミッターの掛けられたXFE512-FHI-1500の音だ。
勿論それを知るのは私だけだが。

怪訝そうな顔をした皆の前に、ストンと、軽く着地したのは何の変哲もない国連カラーに塗装されたXFJ Evolution4 。


「・・・・これが大佐の弐型?」


横浜謹製で、外観上はPhase3からもいくつかの空力形状が変更され、噴射跳躍ユニットがFHI製に換装されているが、それほど大きな違いは見られない。
だが、整備されたら推進機構、燃料電池すら存在しないその異常性が一発で露見するため、カーゴを封印したまま見せもしなかった。
背にある2門の87式突撃砲は、例の試製01型電磁投射砲筒:EMLC-01Xが装備されている。
基本は機体側から電力供給しなければ唯のサプレッサみたいなもので、確かに発射音は抑制される。
意味があるほどとも思えないレベルだが。
その為横浜に試作が到着した後、元々突撃砲に装備されているバッテリーとCNFコイルを利用して通常弾の弾道精度を高める調整を、訓練生を巻き込んでしていた様だった。
此処ユーコン基地では、弾倉は全てペイント弾か、JIVES用の空砲となるので、EMLC-01Xが起動されることはない。今はペイント弾が装填されている。

その姿は、ユウヤやタリサの操る“XFJ Phase3”と殆ど変わらない筈なのに、歴戦の戦士の勘が何かを訴えるのか、その奥底に眠る極大のパワーを無意識に感じるのか、皆そのXFJ Evolution4を注視していた。
なんというのだろう、見るものが見れば判る“霊光”を纏うかの様に。


『ブレイクか?』

「 !! 『ああ、気にすんな。一々敬礼なんて必要ない。』」


上官の言葉に飛び跳ねかけた皆だが、大佐の機先を制するほうが早い。


「・・・嚇かさんでくださいよ、大佐ァ、一応雲の上の階級なんだから。
・・・で、そんな処女機[しんぴん]持ち出して何やるんですか?」

『午前中で全員レベル3に上がった様だし、こっちの機動を知ってもらうのと、一つ試したい事が在ってな。
チームを組む以上、連携する場合も在るだろうから、必要だろ。
ま、可能なら指揮機はふんぞり返って高みの見物をさせてもらえると有り難いけどな。』


全員が苦笑する。


『と言うわけで、篁も付き合え。
・・・挨拶がわりの1on1、突撃砲なしの近接格闘戦だ。』

「話わかるねぇ! そうこなくっちゃな!」

「やっり~、おもしれえじゃんっ!!」

「そういう事なら、お付き合い致しますわ。」

「・・・・。」


ユウヤが眩しそうにXFJ Evolution4を見上げる。







昨夜、ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉を保護した大佐。
勿論、話が付いていたのは知っている。
祖国に見限られたかと、またも動揺したビャーチェノワ少尉だが、国連でやろうとしていることは、全人類、勿論ソ連のためでもあり、その力と成るためには、今はなにより療養が必要である、と諭され納得した。
自分たちが今のままでは十全の力を出せないのは誰よりも自分が判っていたのだから。
虚脱していたようなシェスチナ少尉も、大佐の接触と名前の呼びかけで、徐々に覚醒。
泣き出したところをビャーチェノワ少尉とユウヤに抱きしめられて漸く落ち着いた。
神経の療養に付いては、もう少し様子を見て判断するということで、国連軍転籍の形式を取り、兵舎内にも部屋を確保してしまう、と言う辣腕ぶりだった。
勿論サンダーク大尉に否応はなく、米国軍籍の基地司令がいても、プロミネンス計画の指揮官を抑えているのだからその位は当然か。

私としては、やはり些か癇に障る部分も在るのだが、自分から頼んだことでもあり、彼女らの保護が出来たことは歓迎すべきことなのだろう・・・うん。

ユウヤも恩義を感じているのは確実で、その為にもAH戦への闘志を新たにし、今朝からの教導では鬼気迫るモノがあった。



その大佐との1on1。

私自身、XFJ Evolution4を駆る大佐とは、・・・と言うか教導を入れてもガチは初めてだ。










それが、たった10分後に、私を含めて全員、それも“素手”で秒殺される事になるとは、思っても居なかった。









戦術機によるシミュレータを降りた5人は全員暗い顔。

タリサやVGは、本当に地面にorzしている。

全く訳が判らないうちに、投げられ、捻られ、毀された。
それも、相手は素手。
こちらは長刀やナイフだったが、その動きは、合気道を達人を思わせるような動きで、斬りかかってもその勢いを利用され、腕を捻られながら投げられる、と言った感覚だった。

それは私も同じ。

他ならぬ大佐の教導を受け、階梯を一つ上がれた、と思っていた矢先にこれだ。
なんというのだろう、―――違和感としか言えない。
これでも剣術は皆伝、戦術機剣術に於いてもそれなりの位置にいるとの自負も在る。

だが、その予測を尽く紙一重で躱し、容易く懐に入り込まれる。
長刀では間合いを詰められると対処しようがない。
その引く動作までも読まれ、一瞬で天を仰いでいた。





「・・・まあ、そんなに落ち込むな。
実際コレだけ一方的に成ったのは、ちゃんとタネがある。
皆の技量が不足していると言う訳ではないんだ。」

「・・・え? タネ?」

「実は、今の俺の動きは、弐型やACTV、所謂高機動型で肩部スラスターを持つ機体と、XM3が合わさって初めて可能な、全く新しい格闘戦概念なんだ。
肩部スラスターとXM3の組み合わせが初で在る以上、皆が知らなくても当然のことさ。」

「「「・・・・」」」


軽い調子で重大なコトを言う。

新概念?

落ち込んでいたことなど忘れ、ごくんと唾を飲み込む。






「取り敢えず、Concept of Cross range Combat Action・・・CCCAとでも言うか。
勿論、概念自体は素手の格闘だけではなく、長刀戦や、ナイフ戦にも使える。
と言うか、クロスレンジの砲撃戦では、皆が自然に使っているんだがな。

ちょっと戦術機の構成から語らなければならないんだが・・・マナンダルは大丈夫か?」

「う・・・・。大佐ぁ、小難しい話は、ちょ~っと遠慮したいかも・・・。」

「・・・マナンダルが理解できるように話す。解らなかったら言え。」

「はぁ~い。」

「では、まず皆はそもそも戦術機がかなりイビツな構成で在ることは理解しているか?」

「え?」

「・・・例えば、ブリッジスの身長が1.8m、体重が70kgとしよう。
それが10倍になったのが大凡戦術機のサイズだ。
この時、身体を支える骨も、動かす筋肉も、全てサイズが10倍になっている。
体重を支える骨の強度は、その断面積に依存し、力を発生する筋肉も、その力は断面積に依存する。
即ち、スケールが10倍に成れば、100倍の力が出て、100倍の重さに耐えられるわけだ。」

「お~、すげェ!」

「ただな、その時体重はどうなっていると思う?」

「え? 体重は体積だから、10掛ける10掛ける10で、・・・・・1000倍っ!?」

「・・・そういう事。70kgの人間なら70t(トン)だ。
筋肉も骨格も100倍にしか成っていないのに、1000倍の重さを支え、それを動かさなきゃならない。
感覚的に言えば、今のまま体重が10倍に成ったようなものだ。
ブリッジスなら700kgの肉体、マナンダルならさしずめ400kg前後と言う事になる。」

「!・・・・大佐ァ、女性の体重ばらすのは・・・・。」

「軽いんだから問題ない。っていうかオマエはもっと喰え。」

「ううぅぅ。」

「それは置いといて、いまの身体が10倍重くなったと思ってみな。自分をあと9人背負ったと思ってもいい。・・・動けると思うか?」

「・・・・。」


ブンブンと首を振るタリサ。
重量挙げの選手だって200kgソコソコを上げるのが精一杯なのである。軽自動車一台背負って動けるワケがない。というか、骨が折れ、肉が潰れる。


「・・・なので、実際の戦術機には徹底した軽量化と骨格・筋肉に当たる機構の強化が施されているわけだ。
で、その内訳なんだが、まずは、人体に於いて全体重の約半分の重量を占めるのが骨格筋・・・身体を動かす筋肉のことだが・・・コレを全て電磁伸縮炭素帯に置き換えた。

この電磁伸縮炭素帯というのが実に反則でな。
人の筋肉は単位面積当たりの出力は0.3MN(メガニュートン)、収縮率は30%と言われているが、電磁伸縮炭素帯は、出力を低めに見積もっても0.4GN(ギガニュートン)、収縮率は80%にも及ぶ。
この反則機構を使って、元の筋肉と同じストローク量と10倍の出力を確保する様に換装する。

そうすると出力が桁違いだから、元の筋肉の、1/10以下の直径で凡そ10倍の出力が確保でき、同じストロークを持つのにその長さも半分以下で済む。
数字は苦手そうだから途中経過を全て省いて簡単に言えば、人体そのものの構成では35t(トン)あった骨格筋が、戦術機では10倍の出力を維持しても1t弱の電磁伸縮炭素帯で済んでしまう、・・と言うことだ。」

「!! そんだけでいいわけっ!?」

「そ。・・・この電磁伸縮炭素帯が存在しなかったら、戦術機は誕生しなかった、と俺は思っている。」

「・・・そうなんだ・・・・。」

「そして次にそれを支え、そして動作の基本となる骨格も、先刻言ったとおり10倍の、・・・まあこの時点で筋肉の重量が殆ど無いからその半分である5倍を耐えれば良いんだが、最終的に全自重を支える強度が必要になる。

ここで強化と言って真っ先に思い浮かぶのは、金属なんだが、実はこの金属はあまり美味しくない。
強さが骨の10倍在っても、重さも7倍ある。結局それだけ自重が重くなる。
アルミやチタンなどの軽い合金でも重量当たりの強度:比強度はさして変わらない。
金属結合は実際は共有結合より弱いし、何よりも金属は格子欠陥という弱点を有する。合金化でそれが抑えられても最終的に共有結合程の強度は得られず、密度も重いまま、ってことだ。」

「・・すいませーん、わかりませーん。」

「・・・ぶっちゃけ骨の代わりになる構造材は、強くて且つ軽いことが求められるから、金属は使えないってこと。」

「・・・了解っす!」

「で・・・、それがCNT(カーボンナノチューブ)を初めとする、炭素系素材だったわけだ。
その強度は、最強クラスの鋼、1平方ミリメートル当たりの耐荷重が2t(トン)なのに対し、CNTは40t、比重は約6分の1だから、重さあたりの強度は、鋼の100倍を超える。
なので、戦術機の構造材は、殆どが炭素系素材なのさ。
数字なんかどうでもいいが、軽くて強い、ってことは解ったよな。」

「うん!」


・・・そこは解ったらしい。


「人体の場合、骨格の占める重量は、約20%、先刻のブリッジス巨大化人体なら、およそ14t(トン)。
炭素系構造材の比強度は骨の約100倍に達するから、諸々の軽量化を込みで最終的な戦術機の重量を20tとすると、骨格そのものの重量は、全体で0.5tで足りることになる。

ここでは切りが悪いし、戦術機の関節構造は人体とは違うから、骨格と筋肉で約2tとしよう。
そして戦術機に於いては、残りの18tがジェネレータ、バッテリー、アビオニクスやセンサーを含む操作ユニット、跳躍推進器、そしてその燃料と兵装って訳だ。」

「・・・戦術機では、内容物の重量が支配的で、人体で大多数を占めていた動作するための骨格や筋肉は大幅にその重量を軽減させている、というコトですか?」

「その通り。主に脚部に貯蔵される燃料を除けば、重たい金属を使わざるを得ない部品だから、軽量化が困難。
・・・・そしてそのほとんどの重量は、胸部と腰部に付帯する。」


・・・なんとなく、言いたい事が解ってしまった。
重量的アンバランス。
モーメント制御を積極的に用いた帝国の戦術機に於いても、最大の課題であった問題である。


「これで戦術機が、その密度で言えば全身ほぼ均一な人体に比べ、どれだけ重量的に不均衡でバランスが悪いか判るだろう?
・・・戦術機は、重量的に例えるなら、雪だるまに細い手足が生えてる様なものだ。」


・・・その比喩が感覚的に納得出来る。
言われてみればそうだ。


「その重量的にイビツな戦術機で、特にクロスレンジの格闘戦に於いては、電磁伸縮炭素帯による機動で戦っていた。
だが巨大な質量に対し、十分な力は在ってもその反動やモーメントを殺しきるには、かなりの手間を喰う。
そのコトを俺はXM3の作成で、統合機動制御を組むときに、気が付いたんだ。」

「・・・・・・。」

「けれど、その時には、雪だるまをそのまま動かすスラスターは腰にしか無かった。
それは姿勢をあまり変えないクロスレンジの砲撃戦なら問題なく使えていた。
実際皆が自然に使っているようにな。
だが、攻撃姿勢が刻々変化する格闘戦に於いては寧ろ余計な噴射は上体が流れて悪影響を及ぼす。
故に格闘戦中は大きな移動以外に使っていないだろう?」

「・・・・確かに、その通りだ。」

「・・・しかし今回上体、つまり肩部にスラスターを持つACTVや弐型の登場で、状況は変化したわけだ。」

「!!! それがあの機動っ!?」

「そうだ。
格闘戦に於ける最重要課題である体幹の移動を支配する大質量を、手足の炭素帯で動かすのではなく、腰部と肩部のスラスターで細かく積極的に動かす。
XM3の統合機動制御なら、それを可能とする。
その事によりレスポンスの遅れや出力のオーバーシュート、余計な反力やモーメントの発生も抑えられる。

これが先刻の俺の機動のタネ明かし、全く新しいと言った格闘戦機動概念さ。
XM3は硬化時間は無くしたが、反動を抑えるリアクションが消えた訳ではない。
だが肩部スラスターの追加により、より反動そのものの少ない機動そのものが可能となり、更に格闘機動にも使える、と言うことだ。

もともと腰部と肩部のスラスターによる平行移動は人間の感覚にはないから、感覚的にも初めは掴みづらいものとなる。
特に平行移動ではない、別方向に吹く捻りや回転となるとかなり人の機動を逸脱する。
だからCCCAは、普通に乗っていると気付きにくい。
しかし、それを知って積極的に利用し使うのと、全く知らないのとでは、先刻見せたような違いが出る。

人の動きを予想した動作に、一切炭素帯を使わないスラスターによる平行移動や回転移動が入る。
さっきはそれと気づけないほどの極少量で、ずらす[●●●]様に制御したから、その挙動にすぐには気付けない。
当然仕掛けられた方はそんな動きをしたことも、されたこともないから、何故か位置がブレる違和感しか感じない。

・・・とうだブリッジス、マナンダル。
お前らの鍛えたXFJはXM3と融合して、こんな化学変化すら生んだんだぜ。」

「・・・・す・・・すっっげえぇぇっっっ!!!」


タリサが感激して抱きついていた。
ユウヤも大佐の言葉を理解するに、何かを噛み締めるように嬉しそうな表情をしている。

・・・かく言う私だって背中の鳥肌が収まらない。

姿勢が刻々変化する格闘戦中に4つのスラスターを用いて体幹移動そのモノを制御する。
当然今までの格闘戦闘機動にそんな概念があるはずも無かった。
肩部スラスターの追加だって、元は空中における姿勢制御のための装備だと聞いている。
格闘戦に於ける3次元機動など、白銀少佐位しか確立していない。


その一方で帝国の技術者が本来不知火で目指し、そして完全には実現できなかったモーメント制御。
その究極の完成形が、このCCCAの機動概念とも言える。

それを理解し、機動概念をまとめ上げ、今の段階でほぼ完全に操る大佐と、何も知らなかった我々では、格闘機動に於いてあれほどの差が出る、と言うことになる。

なによりもこの新概念は、次期主力戦術機候補であるXFJ-01で完全に実施できるのだ。
加えてこれは対人戦に限った技量ではない。
対BETAにも有効な近接戦闘概念。


・・・・本当に御子神大佐・・・・。貴方って人は・・・・。






「でも大佐ァ、あの手足をモギルような格闘術はなんなの?」

「格闘戦に於いては、相手も重量的にイビツな戦術機ってことだ。
それを如何に効率よく壊すか、を突き詰めたのが先刻のCCCAに基づく近接戦術機格闘術、MACROT:Martial Arts in Cross Range Of Tsfってトコか。

戦術機の腕と脚は強度はあっても質量が無いから、打撃攻撃は無意味。
反力でこちらも損害を受ける。
機動が命の兵器なので、脚を止める柔道系の投げも実施困難。
なので、互いの動作の中で相手のベクトルを利用して投げたり、関節を極めたりする、合気術をベースに、基本技を組んである。
勿論、人体と違い、大幅に内部構造の異なる戦術機では、機種ごとに調整する必要があるけど、な。

横浜で格闘の得意な奴に付き合って貰って、いろいろなモデルを組み上げた。
取り敢えず、先刻見せた基本的な技をコンボモデル化して、このチームにはデータリンク共有したから、動作慣熟兼ねて使ってみるといい。
格闘術そのものは今回のインフィニティーズ戦で使う機会があるかどうかは知らないが、まあぶっちゃけ接近戦機動慣熟には使えそうだったからな。

ついでに武クンのアグレッサーモードにF-22Aも追加しておいた。本気度20くらいなら、十分遊べるだろ。」


・・・午前中姿が見えないと思ったら、そんなことしてたんですね。
でもそれって1日で出来るようなものなんですか?


「・・・相変わらずデタラメです大佐・・・。
まあそれは置いておいて、一つ質問が在るんですが・・・。」

「どうぞ。」

「大佐が途中で見せた、あの腕や脚をこね回す様な機動はなんですか?
その後故障を起こし、機能が欠損しました。」

「ああ、アレは戦術機の弱点の一つさ。
篁にはついこの前、見せたよな、炭素帯の内部捻糸欠損。
アレを意図的に発生させる機動だ。」

「 !! 」

「先刻言った様に、飛んでもなく強靭な炭素帯だが、繊維索内部に捻糸欠損を生じると、自身の強力な収縮力そのものが逆に仇になって、帯に断裂を生じる。
XM3は、自律機動でそこんトコ避ける様にしているから、XM3搭載機同士では効果が薄いが、それでもMACROTを知らない相手になら、いくらでも掛けられる。
ましてXM3非搭載機相手なら、殆ど一発で掛かる。」


たったアレだけの動作で、欠陥を誘発すると言うのか?
・・・もう涼やかな笑みが悪魔のように見える。

とんでもない技術大佐だ。
戦術機を熟知しているからこそ出来る発想なのだが、それが何処かエゲツナイ。

さすが横浜の使い魔だった。





「じゃあ午後は近接戦の機動慣熟でいいか? 模擬戦プレビューは、今日の夜に行う。」

「「「「了解!」」」」


皆がさっきのorzなど忘れたように、新しいおもちゃを与えられて嬉々として戦術機に乗り込んでいく。

タネを聞けば同じ格闘戦であれだけ差が付いたのも理解できる。
だったらその位置まで追いつけばいい。

何よりもその感覚を掴むこと、其れが一番なのだ。





「・・・・・そう言えば大佐・・・」

「ん?」

「私の武御雷には、肩部スラスターが在りませんが・・・・。」

「ああ、MACROT慣熟は無理だったな。」

「・・・・・。」


そんな・・・・・。
こんな美味しそうなご馳走を目の前に、お預け・・・ううん、食すことも出来ないなんてっ!

―――あんまりですっ!!


「・・・・・・・・・・わかったわかった。
横浜還ったら、悠陽に言って篁の武御雷、[]改造してやるから。」


じぃ・・・っと見つめていたら、大佐が仕方なさそうに折れた。

[]改造・・・・素敵な言葉!


「!! 本当ですか!?」

「ああ。今は即席でXFJのシミュレーションデータを武御雷に移すから、それで試してみな。」

「はいっ!! ありがとうございます!」

「はぁ・・・・何れ・・・・悠陽にも強請られそうだな、コレ・・・。」


私は大佐のぼやきをスルーして武御雷に乗り込んだ。


Sideout




[35536] §46 2001,11,02(Fri) 12:00 テストサイト18第2演習区画 E-102演習場
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 11:50
'12,11,30 upload
'13,05,15 誤字修正
'15,01,30 大幅改稿
'16,05,06 誤字修正



Side ユウヤ


所定の位置につき、開始の合図を待つ。
遣れることは全てやった。
昨夜のシミュレーションで、ステルス対策も可能性が見えてきた。
あとは、近接戦闘による、撃破だけ。


『・・・開始3分前。』


アナウンスが告げる。


『・・・・こちら御子神、ハルトウィック、・・・一つ確認したいんだが、いいか?』


突然全バンドで飛び込んだのは御子神大佐の声。
・・・同じ階級とて、プロミネンス計画総司令官を呼び捨てである。
どれだけなんだ、この人。
・・・だからこそクリスカやイーニァを囲ってくれたりも出来るのだが。


『・・・・今更なんだ?』

『戦技規定に見当たらなかったんでな。』


その言葉と共にいきなり視界に映る映像。

?・・・・これは! ユーコン基地かっ!?


『・・・いま見せているのは、基地上空150kmに滞空するHSSTからのライブ[●●●]映像だ。』

『っ!!』

コレ[●●]の使用は、規定に反しない[●●●●]んだよな?』


『・・・・っばかな!?』


CPがざわつき、そしてインフィニティーズの指揮官からも抗議の声。





昨夜、シミュレートした対策意外にも、こんなものまで用意していたのか・・・。
唯依がデタラメな上官と言った意味が理解できた。


その高度領域にある衛星やHSSTをBETAが撃ち落さないことは知られている。
BETAの気まぐれとも言われるが、実際撃墜された例がないのだ。だからHSSTが飛んでいるとも言える。

その遥か上空から真下を見下ろし、建造物の陰の地面に落ちている10円玉も認知する様な監視衛星からの視界は、ビルの死角もなくほぼ完全に相手[●●]を捕捉する。
しかも対策されて居るとは言え、噴射跳躍の排熱を瞬時に大気温まで下げることは不可能。
赤外線という噴射跳躍に不可避な熱線を感知するコトは、曇天に於いてその雲を通して可能となる。


・・・・こんな情報がある時点で、ステルスの優位性など霧散するのだ。


『・・・・規定上は問題ない。
この対戦は“戦術”を含めたものだからな。
ステルスを認める以上、それに対抗する“戦術”も必要となろう。』


・・・目眩がした。

つまり、地上150km程度にある戦域監視衛星に、高精度の光学監視システムを搭載し、動体検知すればそれだけであっけなくF-22Aの優位性など崩れるのだ。
衛星が無ければ大佐の様にHSSTをAWACS化して、戦域に飛ばすだけ。
更に戦域から早期に光線属種が駆逐出来れば、通常のAWACSや航空戦力も展開できると言うこと。
この位置情報をデータリンクでリアルタイムに友軍戦術機と共有するだけで、戦術機のステルス性は意味が無くなる。


『・・・しかし、君がこの時点で確かめた、と言うことは、無くても[●●●●]対処可能と言うことだな?』

『・・・こんな在り来たりの手法では面白くないと思ってな。
・・・それがお望みなら、そうしよう・・・。』


ぷつんと地表映像が途切れる。


『・・・か、開始1分前です。』




圧倒的なアドバンテージを示しながら、それをアッサリ放棄する。
それは、インフィニティーズにとっては侮蔑に感じるだろうか。

地上展開するステルス戦術機など、いくらでも捕捉できる、と言われたようなもの。
その指摘だけでも、米軍事ドクトリン、少なくとも戦術機のステルス性に拘る必然性は無くなった様なものなのだ。



更に、それがなくても撃破できる。

・・・そう、それをオレ達が示す。



『・・・開始30秒前、JIVESシステム機動します。』


頭の中から余計な考えを消す。
遣ることは解っている。
戦域支配戦術機を、潰す。


『時間です。・・・・状況開始っ!』






オレはいきなり飛び出した。
開始直後、VG、ステラと共に3方に散った。


相手の布陣は不明。どうせこの時点では、レーダーにも掛からない。

相手はステルス性の特に高いF-22EMD。
とにかく通常のレーダーは効果が薄い。
と言って欠点が無いわけでもない。
ステルス行動中は、基本的に自機も電波を発信できない。
すれば感知されるから。
それ故、データリンクは元より、通信もしない。
今この状況に於いても、彼らの通信波は感知できない。
機体装備のEMSジャマーでも使ってくれれば、位置は判るのにそれもない。


相手は曲がりなりにも米国陸軍第65戦闘教導部隊インフィニティーズ。
対人戦最強と謳われる部隊。
対戦前の御子神少佐のブラフで動揺するほど、甘くはないだろう。
探知の可能性は示唆されたが、相手はそれを敢えて放棄したのだ。

その上で負けたりしたら、本当に米軍事ドクトリンの崩壊を全世界に晒すことに成る。
謂わば米国国防省が威信を賭けて送り出した部隊。
その矜持も責任も判って居るだろう。

彼らの信条は、ファストルック・ファストシュート・ファストキル。
見えなくても確実に近づいている、その圧力だけは感じていた。



まだ捕捉は出来ていない。
それでもMAP上に予想[●●]される相手の機動が薄く示される。

これは探知した実像ではない。
御子神大佐の行動予測プログラムが存在確率の高い位置を予測しているだけだ。
なのでそれを参考程度とし、油断をせずに突出速度を緩める。

予測では、3騎が囮とみなせるオレを迎撃するはず。


更に速度を緩めると、VGとステラが大外を回り、両側からオレを抜けていく。



その途端に、今迄虚像だった相手が、実像に変わる。
プログラムの予測に対し、大きく位置がずれたのは、1騎のみ。

オレは口元が緩むのを抑えきれなかった。


――――捕まえた!!







昨夜、御子神大佐が提示したのは、所謂マルチスタティック・レーダーだった。

戦域内に、送信器と受信器を複数配置し、その相互位相差で対象の位置を割り出すタイプのレーダーである。
F-22EMDのステルス性は、塗装によるレーダー波吸収の他、照射を受けた方向に電波を反射しない偏向反射性が上げられる。
特に直立姿勢で、前面投影面積が大きな戦術機に於いてはその要素が大きい。
投射した電波が他の方向に反射されるため単独のレーダーでは捕捉出来ないのである。

それを大佐はチーム4騎を連携させる事で何のハードウェアも追加せずに一つのマルチスタティック・レーダーを構築してしまった。
つまりは、データリンクで4騎のレーダーを一括支配[●●●●]し、それぞれの位置や周波数バンド、マルチパスを計算しながら、戦域内探知する。
XFJやACTVやに積まれたレーダーはF-22EMDには及ばないものの、フェーズド・アレイ・レーダーとして上位機種を使用している。
その一つ一つを個別制御することで、複数の受信ビームを構成し有効領域を広げているのだ。
故に、4騎の囲むエリアに付いては勿論、そこから膨らんだ外装領域についても、ある程度の範囲、探知することが出来る。

勿論、アビオニクスとして、F-22EMDを軽々凌駕する超高性能MPUを搭載しているという大佐のXFJがあってこそなのだが、シェイプすれば、XM3用CPUを1つ追加搭載する程度で、実現可能らしい。





刹那、虚空に木霊する遠い砲声。
空雷の様な衝撃波の発する音が戦域を翔けた。


『インフィニティーズ1,キース・ブレイザー機、頭部機関部被弾、大破判定!!』


唐突にその静寂を破ったのは、CPの声だった。
冷静を装っているが、オペレータさえ驚愕が隠しきれていない。


ってっっ!!、もう、殺ったのかっ!?



最後方にいて、虚像すら確認ができなかったインフィニティーズ1。

これは・・・位置が災いしたな。



御子神大佐は、マルチスタティック・レーダーから更に発展させ、パッシブ・レーダー機能も追加していた。

これは、司令部の発する電波すら、相手を捕捉する為のレーダー波源としてしまうことである。
今回インフィニティーズサイドが司令部に近く、より多くの電波を偏向反射していたことになる。

微弱な電波であるが、オレ達3騎が展開し、距離を詰めたことで捕捉したのであろう。
それにしたって、その距離は3kmを超えているはず。当然建物に身を隠している指揮機を3点バーストで狙撃したわけだ。
大方、身を隠していた建造物の脆弱部でも横抜きしたんだろう。


御子神大佐の弐型が装備しているレール伸長されたサプレッサ装備の87式など初めて見たが、撃たせてもらっても本体は普通の87式だった。
但し、長距離射撃に於けるその集弾精度は狙撃銃クラス。
サプレッサは対人を意識した消音装置ではなく、弾道精度向上の特殊機構らしい。
そもそも弾速が音速を超える銃器では消音など意味ないのだから。

それでも3km超のバースト狙撃を一撃で極める腕は凄まじい。
・・・白銀少佐の機動に対し、正直地味ではあるが、間違っても、決して、絶対に、敵には回したくないタイプである。

・・・諸々含めて。




そして、今回に限り、何故か打診されたAH戦ルールの変更。
指揮官機が撃墜されても模擬戦を続行、と言う項目。
元々CASE:47の規定であり、ブルーフラッグでは撃墜数勝負とし部隊としての実力を知りたい、という米国国防省の意向だった。


今、実質上の指揮官は御子神大佐だが、アルゴス試験小隊として大佐は客員扱いであり、名目上の指揮官機はオレのアルゴス1。
寧ろ気兼ねなく出来る、と言う事でありがたかったが、まさか相手の指揮官機が最初に撃墜判定になるとは思わなかった。


《アルゴス隊、相手はまだ自分が捕捉されたと思って居ない。
各個撃破、・・・蹴散らせ。》

《《《 Yes,Sir!!》》》


耳朶に響いた部隊間通信の声。

ステルスが破られていると理解していない相手を誘い出す。
こうなるともう、どっちがステルスだか判らない。

オレはMAPに映る赤い敵影に気付いていないふりをして、誘い込むようなサーフェス移動を開始した。


Sideout




Side 唯依


私はCPに居て戦域全体を見ていた。


開始前の御子神大佐のブラフ。
どうやら、今回は徹底的に潰すらしい。
何しろステルス潰しを3つも用意してきたのだから。


あの映像を齎したのは、御子神大佐のXSST。
それでなくても機密保持の目的で、普段からおとなしく格納庫に置いていたりしない。
技術の関しては機密にオープンな帰来のある御子神大佐だが、その実必要な機密隠蔽は徹底している。
故にXSSTは、普段自律制御で成層圏を周回していたりする。
格納庫にすら置いておかない。

よくよく聞けばその内容的には、戦術戦闘電子偵察機じみた性能を有するという。

そのXSSTを足代わりにしているのだから・・・。
流石に地上をレールガン狙撃する機能はないよ、と言っていたが・・・。



・・・・地上に展開する戦術機のステルス化など無意味。

それが御子神大佐の結論だ。




JIVESが起動され状況開始とともに、対戦するチーム間のセンサー感知を制限したデータリンクで各機の状況を知らせる。
これを感知されてしまうとステルス性が損なわれる。

そして戦域に設置された無数のカメラが、その機動を捉えていた。


戦域レーダーには、8つの輝点。
大佐のコールサイン〈Lopt-01〉を後方に、鶴翼に散った〈Argos-01〉、〈A rgos-03〉、〈A rgos-04〉。
〈Infinities-01〉は後方待機し、〈Infinities-02〉から〈Infinities-04〉が、当初突出した囮と思われる〈Argos-01〉殲滅に動く展開。


「・・・大佐は高みの見物かね?」


右隣のハイネマン氏が皮肉っぽく聞いてくる。
隣でタリサが、いーっだと口を引っ張っていた。
輝点の位置を映す定点カメラで捕らえられてた御子神大佐はホバリングして滞空していた。

私は溜息を付く。

その瞬間、撃破音がCPに響いた。


いきなりの被弾に依る大破判定を喰らったのは、〈Infinities-01〉、インフィニティーズの指揮機。


「っっっ!! インフィニティーズ1,キース・ブレイザー機、頭部機関部被弾、大破判定!!」


オペレータの報告さえ一瞬遅れた。
やっりぃ、大佐、愛してるゥ~とのタリサの軽口に苦笑。
滞空している姿勢のまま、3点バースト。

網膜投影内でズーミングとエイミング、スポッティングを行えるアビオニクスは、射撃姿勢を選ばない。
腰溜めの姿勢のまま、超精密狙撃をやってのける。
極東一のスナイパー監修、とか言っていたが誰だろう?


「っっ!? 馬鹿なっ!? 一体どうやって?捕捉したというのだ?」

「アルゴス1、インフィニティーズ2と接敵っ!!」


続けてオペレータが叫ぶ。


「っ!! これは・・・、一体・・・、アルゴス試験小隊は、インフィニティーズを完全に捕捉していると言うのかっ!?」

「・・・。」


私は黙って頷いた。


「アルゴス3,4も接敵!!」



CPに居ても流石に部隊間通信や、データリンクによる網膜投影情報までは示されない。
対戦側オフィサーや、オペレータも居るのである。



「・・・・一体・・・なにが・・・・?」

「・・・・・・御子神大佐は、小隊をユニットとしたマルチスタティック・レーダーを構築しました。」

「っっ!! データリンクを用いて小隊機全てを送受信器としたのかっ!?」

「加えて言えば、パッシブ・レーダーも追加しています。
基地一帯から発せられる電波は、全て探査源となります。」

「馬鹿な!? 発信源の判らない電波すら使うのか?」

「リファレンス点を一つ定めてマルチプル・コヒーレンスの偏差を重畳すれば、電波偏向している対象を索敵出来るそうです。」

「 !!! 」


あのハイネマン氏が呆然としている。

私だって昨夜驚いたのだ。
ハードを追加変更せず、ソフトだけで対ステルスレーダーを組み上げてしまった。
私の悩みは何だったの、という位の呆気なさで。

しかも対ステルス技術など幾らでも公開していいと言う。
戦術機のステルス性など歯牙にも掛けない。

これはステルス性に拘った帝国参謀本部への痛烈な皮肉でもあるのだ。
国産に拘りながら、米軍事ドクトリンに振り回された、矛盾した思想。
まだまだ国内にも禍根は多いのである。


勿論指揮機がいきなり撃墜されたインフィニティーズは、何故〈Infinities-01〉が堕ちたのかさえ理解できていない。

見えない何かに支配された状況。
今までと全く逆の状況にいきなり陥った。
余りの不可解さにパニックになりそうなのを、それでもよく抑えている。

経験豊富な指揮機が健在なら、あるいは状況を把握し、この戦闘に於けるステルスの無意味さを悟って正面突破を通信で指示したかも知れない。
だから御子神大佐は、〈Infinities-01〉だけ自分で最初に狙撃した。
他は若い。
状況の変化に対応出来るのか。

昨夜言っていたとおり高みの見物を決め込んだ御子神大佐は、これ以上手を出す気はないらしい。
既に光線級照射域ぎりぎりの200mで戦域俯瞰している。

それでも、隊陣形の変化に合わせ、常に相手を包囲するような位置取りをしているのだが。



・・・追い詰められたのはインフィニティーズ。




そもそも米国の戦術機に於ける軍事ドクトリンは本来BETA戦後の対人戦を想定したものであるという。

・光線属種個体の完全駆逐までのタイムラグは当然長期間発生
・着陸ユニットを送り出す月、火星のハイヴ群を早期に排除することが困難
・他国による鹵獲技術応用戦術レーザー実用化の可能性

というその前提条件さえ御子神大佐は鼻で哄った。

・明星作戦で明らかなように、ハイヴが攻略出来れば単体でエネルギー生産できない周辺個体は早期に死滅乃至撤退
・地球上のハイヴが殲滅出来るなら、汚染を心配する必要がなく、人類の戦術に対する対抗策を持ち得ていない月・火星のハイヴ攻略は寧ろ簡単
・該当技術を鹵獲できたら、人類は戦域上空制圧ではなく、衛星による全域制圧を目論む


ATSFが考えられた当時と今では情報量が違っているとは言え、第2世代でBETAを圧倒しているという甘すぎる予測と、その後の状況変化に対応する気もない時点で、ナンセンス以外の何者でもないと唾棄する。


御子神大佐に依れば、ステルス性によるファストルック・ファストシュート・ファストキルという概念は、超音速飛行を可能とする機体と、更に速い超射程のミサイルを搭載する戦闘機に於いて考案された概念であるという。
相手の索敵範囲外から発見し、数10キロ離れた位置から秒単位で到達する兵器が在ればこそ、なのだ。
そのステルス性を物ともしない索敵範囲と攻撃速度をそっくりそのまま返されたのが、光線属種の性能である。
故に人類の航空戦力は無用と化した。

それを主要な攻撃装備が突撃砲と精々が短距離ミサイルの戦術機で実現しても全く意味がない。
地面上を平面的に展開し、最高速度よりもその瞬動にこそ重きを置いた戦術機においては、そもそも合致しない概念と言うこと。
BETA支配地域の市街地戦、その極めて限定された状況でしか優位性がなく、衛星監視が存在すれば、それすら消える。




「インフィニティーズ4,胸部被弾、致命的損傷により大破判定!!」

ステラがエイム少尉を撃墜した。
敢えてチーム戦に持ち込ませず、1on1で倒す。
接近戦でXM3装備のACTVや弐型がF-22EMDに劣る機動はない。
一度接触したら、離脱を許すほど甘い彼らの技量ではない。
昨夜から今日の午前中まで、AI武クンの駆るF-22Aと遣り合ってきた。

・・・しかも、もう凶悪としか言えない、“アレ”が示唆しているのだ。


VGはマクラウド少尉、ユウヤはクゼ少尉と交戦中。








昨日の夜、隊とは離れ、意見具申をしに大佐の自室を訪ねた私に語られた言葉を思い出す。



・・・結局第5計画派上層部は、脱出するつもりだから、残された地球の反抗などどうでもいいのさ。
だから実際は自国の軍事ドクトリンの矛盾に気付いていても、何もしないし矛盾を指摘する下からの具申も握りつぶす。
寧ろ、いまその矛盾を突かれて、ドクトリン崩壊とも成れば、移住リストに乗らず、計画も知らない現場は当然騒ぎ出すし、ドクトリンの変更には当然膨大な金がかかる。
G弾と、そして移民船建造に資金を傾注したい第5計画派に取っては触れたくない項目ってことだ。

今回は九條が第5計画派に進言し、第5計画派としてもなにやら動き出した第4計画を牽制し、主要メンバーと思われる俺を事故にでも見せかけて抹殺する、その為にXG-70をエサにユーコンまでおびき出した。
プロミネンス計画への供与には釘をさしつつ、ブルーフラッグ戦で弐型にはXM3の搭載は決定項。
AH戦に俺自身が参加することも暗に画策していたようだし。
俺が先に参加を表明したから具体的な妨害は無かったがな。
俺が事故ってもブリッジスの機体が残れば、XM3の解析が可能。
最悪は篁を含めアルゴス試験小隊全員の謀殺も計画の内だったんじゃないかな。
“配布”までこっちから“要求”することで、それも全部潰したけど。

九條も第5計画派も、インフィニティーズなら絶対確実に勝てるとしか思っていなかったんだろうな。
後は本人達が知っているかどうかは知らないが、インフィニティーズの装備に実弾を混入させておいて、俺の機体の管制ユニットを狙わせればいい。
俺に対してだけ120mmを使わせるように命令しておけばコトは済む。

だからこそ、インフィニティーズを叩き、米軍事ドクトリンの矛盾を突きつけるコトこそが、その第5計画派に絶大なカウンターショックを与え、且つ安易な進言をした九條との間に大きな亀裂を生じさせる、最大の意趣返しなんだぜ。

ま、対外的な言い訳は別だけどな。



私はその言葉に、自分の浅慮を恥じ、何も言えなかった。


悪いな。・・・本来17の少女に言うべきコトではないが、篁が武家として家や国を護りたいと願う以上、いずれ軍指揮官も目指す当主としては、知っておくべきだろう。


自省癖に陥りかけた私の頭に手を置いて、掛けてくれたその言葉に、ただただ感謝の念しか無かった。








「インフィニティーズ3、動力部被弾、大破判定っ!」


そして次々と撃墜されるインフィニティーズ。
タリサがはしゃぎすぎて、後ろのドーゥル中尉に注意されていた。


いつもの自分達の領域に持ち込めず、近接戦闘という相手の領域に居ることの本質に気づいていない、と言うよりも認められない、というコトか。
何よりも臨機応変が求められるBETA戦を殆ど体験していない米兵らしいといえばらしい。
まさにパターン通りの対人戦にのみ特化した部隊。
出会った頃のユウヤを見ている様だ。
自軍のドクトリンに拘泥し他者を認めないその姿勢。
それが今なおステルス性に固執し、距離をとろうとする機動をとる。
それはもはや憐れにすら感じた。
クロスレンジの機動なら、砲撃戦でも圧倒的にXFJ有利。
そのステルス性が失われた今、F-22EMDに勝ち目はない。



「・・・何故、御子神大佐は、[]、これを潰したのです?
これが帝国しか知りえない情報であるなら、秘匿しておけば今後いくらでも戦略上有利になったはず・・・。」


ハイネマン氏が不思議そうに尋ねる。


「・・・・・・実は昨夜、私も意見具申しました。
軍略上優位になる情報を、今明かすべきではない、と。

しかし、少なくとも米国は世界最大の戦術機保有数を誇り、その生産数、輸出数ともダントツ、そして他国さえそのドクトリンに追随する。
・・・大佐に言わせると、BETA殲滅に使えないポンコツがこれ以上増えるのは困るんだそうです。

御子神大佐の第一義は、飽く迄地球上BETAの殲滅、・・・なのです。」


御子神大佐が昨夜教えてくれた“対外的な言い訳”を話す。
勿論少しは本音が入っている分、嘘とは言えない。


「・・・・。」


ハルトウィック大佐も、ハイネマン氏も、黙りこむ。





「インフィニティーズ2、駆動部大破判定!!

・・・・開始13:55、状況終了、JIVES終了します。
アルゴス試験小隊、スコア4対0にて勝利です。」


そして演習終了の宣言に、ハルトウィック大佐が、フッと自嘲的とも取れる笑みを口元に刻み、ハイネマン氏は、この新たな状況の出現に顔を綻ばせている。
タリサはドーゥル中尉と手を取り合って喜んでいた。

CP全体が、ざわざわと騒がしい。
皆、目の前で何が起きたのか、理解しているのだ。



画面の追尾カメラでは、蒼い光を携えた御子神大佐のXFJ Evolution4が未だ滞空している。
アルゴス試験小隊の3騎は喜び合い、撃破されくずおれたインフィニティーズは、立つことさえ出来ない。

XM3搭載の弐型がF-22EMDのみならず、米国の提唱する戦術機の軍事ドクトリンさえ完膚なきまでに撃破した部隊戦。

今の大佐のXFJ Evolution4は、リミッターを架しPhase3相当なのだから、参謀本部会議も、そしてフェニックス構想の要求にも、十二分に応えた結果だ。
もっともあの位置にいたのだから、Phase3もEvolution4も関係ないのだが。


ACTVとXM3の相性が良い事に、ハイネマン氏も今はもうホクホク顔。
現金。
戦術機として目の上のたんこぶ、F-22EMDを、此処まであっさりと下したのだから。
米軍のドクトリンが崩れた今、新たな概念模索が必要。
その時点で、ステルスに拘泥した極めて高価なF-22に対し、非常に廉価なACTVの優位性は明確。
今後帝国への売り込みが失敗しても、売り先は世界中にある、という状況を齎した。
帝国にはXFJを他国に大量輸出できるような生産能力はない。
今後増産体勢が整備できたとしても、アジア圏が精一杯だろう。
頭の硬い国粋主義者はそれすら機密流出だと言ってライセンス生産すら認めないかも知れない。
一方のF-15は機体も既に枯れていて生産設備もまだまだ使える。
ACTVでF-22を下せたとなれば、安価故、再び世界中に配備される可能性もある。
第5計画派のボーニングはどうあれ、ハイネマン氏自身にとってはこの結果は、実は最上のものなのだ。




ラプターショック―――。


G弾運用と、その後の対人戦闘に主軸を置いていた米国国防省に、既に間違いなく激震が襲っているだろう。
米国の軍事ドクトリン、その思想の欠陥を、まざまざと全世界に見せつけた。

この対戦を画策した第5計画派と九條の被る損害を思う。
少なくとも、こんな矛盾をゴリ押ししてきた上層部への不信は高まる。


世界は既に変わり始めているのだ。


Sideout




Side ユウヤ


『インフィニティーズ2、駆動部大破判定!!
・・・・開始13:55、状況終了、JIVES終了します。
アルゴス試験小隊、スコア4対0にて勝利です。』


引き攣ったようなオペレータの声。



・・・・・・・勝った!

網膜に映るモニタの中でVGが歓声を上げている。
ステラが嬉しそうに笑っていた。

JIVESの解除により、大破した様相を見せていたF-22EMDも元に戻る。
それでも、完封で撃破されたレオンに動きはない。



御子神大佐のもたらしたマルチスタティック・レーダーは破格の性能を示した。
包囲範囲内に於いては完璧に捕捉。
こうなってしまえば、ステルスも何も無い。

パワーと秘匿性には勝るかも知れないが、近接戦闘は明らかにXM3装備のXFJ Phase3とACTVに劣る。


最強戦術機と謳われ、対人戦[●●●]最強の部隊であるはずのインフィニティーズが、為す術も無く全滅した。


その強さのかなりの部分をその秘匿性に頼った機体は、逆に秘匿性さえ破ってしまえば、衛士がそれに頼っていただけに、これほど脆弱なものもなかった。

過剰なパワーは近接戦で持て余し、優秀な直進性は小回りがきかず。
秘匿性を発揮しない事に、疑問と焦りを生じ、それでも縋るような行動に出る。
高速での一撃離脱を常とする機体は、足を止めさせた時点でその優位性を喪う。


何よりも相手の土俵に入らず、こちらの土俵に引きずり込む。
その戦術が、全てだった。


いままで、その戦術で相手を瞬殺してきたF-22EMDが、同じロジックでぼろ負け。

これは、大佐が公言して通り、G弾によるBETA駆逐後を睨んだ米国の構想、先進戦術機技術開発計画 (Advanced Tactical Surface Fighter/Technology And Research Project) の思想すら覆す結果なのだ。

しかも、御子神大佐自身が射したのは、1騎のみ。
その気になれば、ファストルックファストシュートファストキルのお株すら奪い、全機秒殺だって出来たかも知れない。

だがそれでは評価にならないことを弁えている大佐は、そんな無粋なことはしない。
秘匿性の失われたF-22EMDが、接近戦ではXFJやACTVにまるで及ばないことを、まざまざと見せつけた。


そう、寧ろ彼らに取っては、御子神大佐や、白銀少佐に全機やられたならこれ程のショックはないだろう。
オレがもし今インフィニティーズ側でF-22EMDに乗っていたらそう思う。


ステルスであるにも拘わらず、逃げても逃げても逃げられず、接近戦と言う相手のエリアに引きずり込まれる戦いを強いられ、同程度の腕しか持たない衛士に最新鋭の筈の機体性能で何も出来ず負けたのだ。

オレがもしこのユーコンで不知火弐型に触れておらず、米国機の軍事ドクトリンだけしか知らなかったら、どんなに落ち込んだことだろう。



自信も、矜持もへし折るヤリ方。
エゲツナイな、大佐。
・・・厳しいぜ。


そういえば、唯依にオレも昔言われたっけ。
・・・貴様は未熟だ、か。
米国の偏った、そして誤ったドクトリンしか知らなかった当時のオレは、確かに今のコイツらと同じ、未熟でしか無かったわけだ。

御子神大佐は傲ったインフィニティーズを下すことで、傲り昂った米国のドクトリンそのものを、叩き潰したのだった。






漸くレオンのF-22EMDが動いた。
撃墜のショックで外れたのか、突撃砲の弾倉を付けている。


『・・・レオン?』


声を掛けたオレを無視して、レオンはいきなりの噴射跳躍!


《ユウヤっ!!》


ステラの叫び。
向こうでもシャロン機が飛び上がる。


そして直後、滞空していたXFJ Phase3に浴びせられる銃撃。


「っ??!! 実弾っ!!??」


現実が認識できないオレに、唯依の悲鳴が聞こえた気がした。


Sideout




[35536] §47 2001,11,02(Fri) 12:15 司令部棟 B05 相互評価演習専用指揮所
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:06
'12,12,04 upload  ※所謂一つの予想通り;
'12,12,09 誤字修正
'15,01,30 大幅改稿
'15,03,06 誤記訂正
'16,05,06 タイトル修正



Side 唯依


モニターの中でXFJ Evolution4に襲いかかる2騎。
浴びせられる銃弾。

“実弾!?”とのユウヤの叫びに、一瞬、XFJ Evolution4が大量に被弾する映像が脳裏を掠める。
ザァと音を立てる様に、血の気が引く。
血塗れの御子神大佐のイメージ・・・喪うことへの恐怖。
私が為す術なく、見送った数多の過去、そのフラッシュバック。

通信や指揮所内に悲鳴と怒号が飛び交う中、私も細い悲鳴が口を突きそうになった。


だが、次の瞬間、銃弾に蹂躙されるその姿は既に其処になく、“落下”するXFJ Evolution4。
いや・・・落下より速い!
XFE512-FHI-1500の特徴的な蒼いバーナー炎が迸る、パワーダイヴっ!!


襲撃者の機銃が其れを追うが、銃弾は後方のダミービル群を削り取るばかり。

やはり――――実弾!!


見る間に地面に達しようとするXFJ Evolution4は、銃弾を振り切りビル間に消えた。


CPの激烈な停止命令を無視して、2騎のF-22EMDが其れを追う。


『『『大佐っ!』』』

『・・・・・・生きてるよ、心配すんな。』


相変わらず緊張すら感じさせない飄々とした口調。
超低空を匍匐飛行するXFJ Evolution4をカメラが捉えるが、あっという間にフレームアウト。
銃撃がその後を追う。
隣でタリサが座り込み、私も安堵に膝の力が抜けそうになった。


『・・・予想はしたが、ここ[●●]まで裏切らないとはな。
・・・今更俺を屠ったところで、既にドクトリン崩壊は止めようもないってのに。』


確かにある程度予期された襲撃。
故に大佐はあの位置に滞空した。
人体の反応的にも、跳ね上がる突撃砲の反動からも、下方[●●]に逃げる標的を追尾することが一番難しい。
咄嗟の場合の逃げ道確保。
そして更に上空に居ることで、流れ弾や巻き添えによる僚機の被弾もない。


「! 大佐!!ご無事でっ!」


部隊指令用インカムで叫ぶ。


『・・・ああ、今のところは、な。』


そう言いながらも画面はXFJ Evolution4を追尾し、36mmや、120mmまでバラ撒く2騎のF-22EMD。
何度怒号のような停止命令を出そうが、返答もない。


『・・・・流石に4騎はキツイかもな。
こっちは丸腰[●●]だ。』

「 !! 」


そうだ。ブルーフラッグに際し、実弾装備は許されていない。
長刀や短刀まで模擬刀だ。
そして、少し離れた所で撃墜されていた2騎も、高速で接近居ることに気付き戦慄する。

接触まで・・・20秒っ!


『『『大佐っ!』』』


ユウヤ達もそれに気がつく。


『・・・こっちには来るな』

「え?・・・・」

『しかし大佐っ!!』


悲鳴のようなステラの声。


『・・・・奴らの狙いは俺だけ。
通信に返事が無いところを見ると、秘匿回線でも使ったタチの悪い後催眠だろう。』

「!」


見れば側方ではで既にハルトウィック大佐が回線探査の陣頭指揮をしている。


『突撃砲所持のF-22EMD相手に丸腰じゃ、1on1は無理。
・・・・3騎で1騎を抑えられるか? ・・・・尤も相手は実弾装備、こっちは丸腰、・・・辞退してもいいぞ』

『! やります、やらせてください!』

『もちろん、やらせて貰いまずぜ!』

『やらない選択肢はありません。』


異口同音に応えるメンバー。


『・・・OK、アルゴスメンバーはインフィニティーズ1を足止め、可能なら制圧し突撃砲を奪え!』

『『『Yes,Sir』』』


スクリーン上の3騎が散る。


その時、指揮所には異様な音声が流れる。
抑揚のない低音で、マントラの様な言葉が延々と紡がれる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・[祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の 理をあらはす]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し]
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・[猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ]


これは・・・・。


「・・・・秘匿回線D!! 後催眠キーと思われますっ!」

「止めろっ!! 発信源特定急げ!」


ハルトウィック大佐の指示が飛ぶ。



『・・・・・ご丁寧に暗示キーは平家物語と来たか・・・さて奢れる平家はこちらか、あちらか。』

「設備警備部隊! 実弾装備で制あ『止めとけ、おっさん。相手はステルス、アルゴス小隊みたいなステルス対策をしてないF-16じゃ、何機いてもキルレート通りの結果だ。漸く再編した部隊、こんなコトで潰すな。』・・・・し、しかし!」

『どうせ黒幕は解ってるだろ?
あの計画派は、磐石のつもりでインフィニティーズを送り込んだんだ。
計画に邪魔なモノの排除、XM3の独占的鹵獲、そしてプロミネンス計画そのものの潰滅。』

「 ! 」

『・・・それを尽く阻止され、あまつさえ矛盾を承知でゴリ押ししていた軍事ドクトリンまで根本からひっくり返された。
トカゲの尻尾切りは当然、そして切られる本人もそれは理解している。』

「・・・ではやはりアッカーマン少将が・・・・」

『・・・・・・ここまでの暴挙に出る確率は40%と読んだんだけどな、大外しだ。』


飛び交う銃弾をかい潜りながら、雑談でもする口調は呆れるしか無い。


〈Infinities-01〉は、アルゴス小隊が足止めた。
しかし〈Infinities-03〉は既に合流し、3騎掛かりで大佐を包囲殲滅しようとしている。
通信を停止し、後催眠暗示キーの詠唱そのものは止めたが、その支配されているだろう意識は戻っていない。

包囲が3騎に成ったことで、実際には御子神大佐の回避に余裕が無くなっている。
墜としたとは言え、相手は世界最新鋭機、近接格闘戦を避けた近距離銃撃戦では無類の強さを誇る。
それを3騎相手にし、攻撃手段も持たない以上、このままではジリ貧なのだ。


私は・・・何をしているっ!?
陰ながらの警護を勅命されたのでは無かったのかっ!?

拳をキツク握りしめて駆け出そうとしたその時。
私のしている部隊指示用のインカムに、秘匿通信が入った。


Sideout




Side ユウヤ


インフィニティーズ1の足止めを指示され、3騎もサーフェシング飛行で包囲するように迎撃体勢に移行する。


《ブリッジス、ジアコーザ、ブレーメル》


部隊間秘匿回線で名前を呼ばれる。


「は!」

《もうマルチスタティック・レーダー用の包囲戦闘機動はしなくていい。
相手位置はXSSTからデータリンクで送ってやる。
・・・尤も、今はそれも必要ないがな。》

「?」

《君らの視界に映す行動予測プログラム、CAP-RT(Combut Action Prediction RT)に、相手の射線予測を追加した。
連射の場合は射面となる。》

「! しかし大佐、CAP-RTの予測精度は約60%では?」

《衛士が自由意志で戦闘している場合の初期精度[●●●●]が60%だ。
相手が後催眠暗示で縛られれば、自由意志は殆ど無い状態となり、その予測確率は90%[●●●]に跳ね上がる。》

「 !! 」




昨夜、御子神大佐が示したF-22EMDのステルス対策は、2つだった。
演習開始前に明かされた3つ目の衛星軌道光学探索は反則技的オプション扱いで、当該の模擬戦では初めから使う気が無かったらしい。

その2つのうち1つが先刻のブルーフラッグ戦で使ったマルチスタティック・レーダーとパッシブ・レーダーの構築。
エレメントや小隊単位の戦闘が主となる戦術機戦では、一番汎用性が高いということだ。
その精度は実戦で実感したが、その場合可能な限り相手を包囲、という戦術機動上の制限がつくことに成る。
今回の演習では、流石にどのチームも遠距離誘導兵器が禁止と成っているため、お互い遠距離から撃ち合うオプションは無かったが、その場合マルチスタティック・レーダー索敵範囲を外されると、ステルスはやはり有効になる。
その為、攻撃時にも可能なかぎり相手の外側を位置取る必要があり、機動にいくばくかの制限が課されていた。

そして、そのマルチスタティック・レーダーの不感知範囲を埋める為補助的に付けたのが、もう一つ御子神大佐が示した、リアルタイム戦闘行動予測プログラム:CAP-RTだった。



もともとはXM3教導にて使用しているナビゲーションAI・まりもちゃんやアグレッサーAI・武クンの作成時に、神宮司大尉や白銀少佐の仮想人格を構築するために使ったプロファイリングソフトMAcPro-IIIを応用した物であると言う。
このMAcPro-IIIと言う名のプロファイリングソフトは、謂わばコンピュータの仮想空間に個人の人格モデルを構築する物であった。
この人格モデルは、何層かに分かれた心理モデルを重ね合わせた物であり、対象とする人物の普段の行動や会話だけからでも逐次最適化による更新を行い表層から深層に至るモデルを徐々に構築していくという。
この時表層ほど、逐次更新の頻度が高く、深層に行くに従って、その更新頻度が下がってくる。
最下層は殆ど人類の本能と呼べる概念が構成されているらしい。
勿論、流石にどれほどデータ入力をしようと、選択肢に無限のバリエーションが存在する普段の自由行動を全て予測するすることは不可能である。
しかし、この手の手法が犯罪プロファイリング等で使われるコトが知られるように、その行動や心理状態が限定的とも言える状況に於ける予測精度はかなり高いものになる。
ましてや、その行動が極めて限定される戦術機の操作、それによる戦闘行動の予測精度は、言うまでもない。
御子神大佐はインフィニティーズの過去の対戦映像、ブルーフラッグのみならず、テロ戦もネバダでの演習戦も公開されている分は、全てこの解析に掛けた。

それにより得られる戦闘時の行動予測的中率は約60%。
戦闘行動故、外れれば死に直結することもあり、当初は参考程度にしろ、と言われていた。
決して高いとは言えない数字であるが、相手がステルスで所在が知れない状況に於いては、多大な補助に成ることは間違いない。
しかも構築された人格モデルは、現在の周辺状況や僚機・敵機の動作・行動に対する反応を入力とし、リアルタイムに適応更新して、現状の精神状態に即した思考モデルに近づいてゆく。
何でも適応更新とは、コンピュータ内に存在する人格モデルに今の状況を入力したとき反応した行動と、現実の対象の行動を逐一比較し、その差分を持って表層心理モデルを即時更新していく構造を持つという。
更にその反応がある程度決まったパターンを示すときは、下層の意識モデルを更新することを常に行っている。
つまり接敵する時間が長ければ長いほど、その動作予測精度が上がっていくという反則じみた性能を有していた。

そうして敵機の行動予測を示すプログラムがCAP-RTだった。


このソフトの凄いところは、衛星データリンクやマルチスタティック・レーダーによる情報が、相手の位置しか表示しないのに対し、その位置からの移動行動予測を示していることである。

そして今のように相手が後催眠暗示支配を受けている状態では、状況把握や自由な発想がかなりの部分封じられ、その状態での予測確率は90%と言う、凶悪な数字に跳ね上がる。
その確率での接敵時射線表示。
勿論あまり早く躱すと、すぐさま追尾してくるから、そうそう簡単に懐に潜り込めるものではないのだが・・・。


この様にある意味“凶悪”なCAP-RTだが、ネックはその莫大な演算量。
その演算量は本来とても戦術機に載るものではなく、リアルタイム逐次更新ともなれば、本来大規模クラスタを駆使して動かすレベルのシステム。
なので現状、小隊単位以上の複数人に対応できる計算能力を有するのは現状御子神大佐のXFJと、“森羅”という横浜で開発しているシステムだけと言うことだった。

・・・正直その事にほっとする。
間違っても、この“XFJ”に騎乗する御子神大佐とは、決して闘らない。
この話を聞いたときの唯依を初め、ステラやVG、チョビの引き攣った表情が、同じことを考えている、と思った。
戦闘行動パターンを読み切られる。
一度新しい機動を考案すればその時は有効かも知れないが、その有効性は一度きり。
・・・そう云うことなのだ。

しかし今、アルゴス小隊にはその凶悪なシステムによりデータリンクで〈Infinities-01〉の予測行動が示されている。
しかも、自機や僚機が行動すれば、それを察知した行動変化までリアルタイムで変化するのだから、その予測を見ながら追い込むことや、誘い込むことなど、今の技量を持つアルゴス小隊の面々には何でもないことだった。


御子神大佐がユーコンに来て、対インフィニティーズ戦の為に構築したアビオニクスシステムは、既に対ステルス対策の範疇を超え、実はAH戦そのものの様相すら変えてしまいかねないほどの破壊力を有していた。



それでも、流石に相手は対人戦米軍最強と言われるインフィニティーズの部隊指揮官。
高機動のF-22EMD、実弾装備の突撃砲に対し、VGとステラは無手、オレは模擬長刀を木刀代わりに使っている。
網膜に示される相手の射面は常に厳しく、回避が精一杯でなかなか潜り込む隙がない。
CAP-RT予測システムの補助が無ければ、間違っても素手で敵対にできるような相手ではないのだ。

F-22A騎乗のアグレッサーAI・武クンとは何戦も遣った。
相手も近接格闘戦なら、昨夜から今朝まで慣熟した戦術機用格闘技:MACROTも有効である。
しかし機銃相手だと、相手は基本退く機動しかしない。
打撃系を使わず相手の力を使うMACROTが使いにくい動作なのである。


・・・成程。

それでも予測映像を見ながら気がついた。

いくらソフトで予測をしてもらっても、コチラが動かなければ、何も変わらない。
あるパターンの連携に於いて表れる、回避パターン。
予測の予測を自らの思考で見極める。


「・・・・・・いくぜ!」


網膜の中でアイコンタクト。
意図を察したVGが視界に示された射面を避ける。
その射線が外された空間に、ステラが躊躇なく接近する。

パターン通りに〈Infinities-01〉が側方噴射跳躍で逃れたるコトを予測していたオレは、その機動が修正出来ないタイミングを見計らってその退路に割り込み、足を掬う。
咄嗟に向けられる突撃砲を模擬刀の一閃で跳ね上げて射線を外し、左下肢の電磁伸縮炭素帯を捻りながら、離脱。
オレを追った射面を躱してビル間に逃げこむ。

回避行動から一転畳み込んだVGとステラにステップで回避しようとした〈Infinities-01〉は、下肢に張力が掛かった後、突然ガクンと左脚を折る。
電磁伸縮炭素帯の捻糸欠陥発生を狙った機動は、確かにその経験もなく、XM3の反射防衛もない戦術機相手なら、一発だった。


《GJ、ユウヤ!》


VGの賛辞、左下肢の機能を喪って沈みかけた〈Infinities-01〉、その突撃銃を持った右腕を確保したステラは、逃げようとするその行動のベクトルを利用して、取った腕をねじり上げ、まるで昆虫の脚をもぎるように、呆気無く肩関節を破壊した。


・・・・・・・なんか・・・シュールだ。

実行したステラさえ網膜投影の中で、微妙な顔をしていた。
無手で相手戦術機を破壊してしまうため、JIVESではなくシミュレーションでしか経験が無かったし、相手に成ったAI・武クンは基本XM3装備、こんなにアッサリ関節破壊など出来なかったのだ。
勿論F-22EMD実機で極めたのは初めてだ。

そしてバランスを崩し、左下肢の炭素帯を断裂して居るため、上手く機動できずよろめく〈Infinities-01〉、反射的に使った噴射跳躍の直前に、頭部センサーと、残った左腕をVGに極められたまま、後退噴射を掛けた。
自らの機動でその2箇所が破壊され、バランスを喪ったF-22EMDはその場にもんどうり打ってビルに突っ込む。
ステラが奪った突撃砲を点射、推進ユニットを破壊して止めを刺した。


既に自分の噴射跳躍による衝撃で気絶したのだろう、〈Infinities-01〉はピクリとも動かなかった。


『Excellent! 3対1でも素手でも、それどころかラプターを墜としたのは、君らが初だな。』

大佐の賞賛。

確かにラプター以外でラプターを墜とした機はないから、その通りなんだが、向こうは3対1だって言うのに、ちゃんと見ていたって言うのか?



《ユウヤ!》


ステラが持っていた突撃砲にまだ付いていたもぎった腕を引き剥がし、渡してくる。


《・・・いけっ!!》


VGの言葉にも背中を後押しされ、長駆跳躍飛行に飛び出した。


Sideout




Side 唯依


私が指揮所に戻ったとき、丁度ユウヤ達3人が〈Infinities-01〉を追い込んでいた。

流れるような連携で左下肢、右腕と機能を奪い、噴射後退の力をそのまま利用して頭部センサーと左腕を引きちぎる。

各国戦術機の上に君臨し、睥睨するように見下していたF-22EMDの撃墜にCPも大歓声を上げた。


見ているだけでは信じられないような機動で相手の射線を尽く躱し、三位一体の連携で実弾装備のF-22EMDを倒した。
攻撃の始まる前に避ける様なその機動は、能力開放した“紅の姉妹”を見ているかのようだ。
違うのは、それがデータリンクによって齎された敵の“行動予測”に基づくものであり、“紅の姉妹”の様な非人道的な処理をしなくても何人でもその恩恵にあずかれる、と言うことだ。
現にアルゴス試験小隊は、3騎連携によって実弾装備のF-22EMD、しかも指揮機〈Infinities-01〉を無手で封じ込めたのだ。
・・・腕や頭をもぎるのは、どうかとも思うが、他に攻撃手段が無く、衛士を殺すこと無く相手の攻撃を封じるには、最適な手法、と言えるのが御子神大佐らしくもエゲツナイ。

どうせこう言うこともあろうかと、CCCA(Concept of Cross range Combat Action)、そしてMACROT(Martial Arts in Cross Range Of Tsf)をアルゴス試験小隊に教え込んだに違いないのだから。


そして、この映像は、此処には居ないサンダーク大尉も当然見ているはずである。
あの白い顔が引き攣っているのが見える様だ。

御子神大佐に少しだけ、聞いた。
第4計画の前に行われていた対BETA諜報計画、オルタネイティブ3。
その落とし子とも言うべき人工的に遺伝子を操作され生まれてきた子供たち。
既にその殆どがBETA諜報で命を落としたが、まだ少数、生きている者がいる。
ビャーチェノワ少尉がその第5世代、シェスチナ少尉が第6世代に当たるという。
第3計画の目的は、BATA諜報に即したESP能力の発現。
シェスチナ少尉にはそのテレパシー能力の発現が存在し、薬と後催眠による増幅で戦域に於ける敵機攻撃意図を察する、と言うことだった。
言われてみれば、“紅の姉妹”の最大プラーフカによる鬼神化中、意図した攻撃は尽く躱された。
当たったのは反射的な攻撃のみ、そして届いたのは正に無碍の境地に至り、思うこともなく繰り出したあの一刀だけだった。

Π3計画。喪われた国土を取り戻すその為に、踏み込んだ生命の尊厳さえ踏みにじるような計画。
だが、今の私にはそこまでするその意味も解ってしまう。人類という大多数の存亡に比して、個人の人権など無いに等しい世界。

だが、御子神大佐はサンダーク大尉が目指したその境地までも、発想とそれを可能とするシステム一つで実現してしまった事になる。





実は御子神大佐や、白銀少佐が実現したいのは、BETAの居ない世界では無いのかもしれない。
彼らは個人が国家や世界に蹂躙されること無く、幸せに生きるコトを主張出来る世界、そんな世界を実現したいのではないか?
その為に個人を蹂躙する国家や体勢にならざるを得ない根源であるところのBETAを駆逐したいだけではないのか。
ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉を保護した御子神大佐に、ふと、そんなコトを考えてしまった。




画面の中ではユウヤがそのまま突撃砲を受け取り、大佐のところに向かう。
その頃には、しかしそちらもほぼ大勢は決していた。

寧ろユウヤ達無手3騎対〈Infinities-01〉がメインだったと言っても良い。

御子神大佐の無手1騎対インフィニティーズ3騎は、呆気無いと言うか、どうにも締まらない幕切れだった。





いきなり狙撃で撃墜され、殆ど推進剤も弾薬も消耗しないままブルーフラッグ戦を終えた〈Infinities-01〉と異なり、残る3機はブルーフラッグ戦でもかなりの消耗を強いられていた。
秘匿していた実弾は未使用とは言えその携行量は、ブルーフラッグ戦用のペイント弾携行もあり、限られていたのだろう。
具体的には5,000発程度しか携行していなかったと思われる。

そもそもブルーフラッグ戦はF-22EMDのステルス性と機動を以て完全勝利し、大佐機にだけ許された120mm実弾で事故を装い殺害するのが元の筋書き。
36mmの実弾など予備の予備に過ぎなかったろう。
万が一のその際も元々が奇襲であり、F-22EMDの性能を以てすれば、膠着する前に決する、そんな読みがあった筈だ。

それが、ブルーフラッグ戦でステルス性の看破により、いきなり劣勢に立たされたが故の無理な機動、殆ど全力機動に近い高負荷機動を10分以上強いられた挙句に各個撃墜された。
JIVES管理下にある裡は撃墜されれば動きも取れず、指揮機が墜とされた事で統制も取れない。
本来の目標である機体には、後方にいた為一射も出来ずに・・・。


そして今、追っても追っても捉えられない相手に、更なる全力高機動を続けたのだ。
特にF-22EMDのロケット推進剤搭載量では、もともと8分しか連続稼働ができない。

それをブルーフラッグ戦に於ける戦闘で半分は消耗した状態から後催眠暗示による攻撃指令を受けたのだ。
後催眠暗示状態では状況把握能力が低下している状況下、3騎を相手に御子神大佐は見ている方がハラハラするようなチェイスを繰り広げたが、それは、一方で相手の消耗を誘うギリギリの回避機動。
追っても追いつけない、撃っても当たらない、と判断すればいくら後催眠暗示下でも別の行動もしようが、追えば届きそうな、撃てば当たりそうな位置に居れば、ついつい深追いし、あらん限りの弾薬をばらまく。
後催眠暗示で狭窄した思考では、後先など考えられなかった。

故にその消耗は早く。
10分もすれば、ロケット推進剤の枯渇と共に追っ手の機動が精彩を欠く。
瞬時加速や方向転換に使用していた高推進剤が無い状態、航続飛行用のジェットエンジンだけでは、レスポンスが悪すぎた。
とても近接特化高機動型の“XFJ”、しかも明らかに判るような機動はしないが恐らくはリミッターさえ既に解除しているXFJ Evolution4の敵ではなかった。

そして連射しまくる突撃砲も同じ。
脚が止まったことで、回避に余裕ができ、それでも射撃を誘う大佐に、残弾数を考慮せず弾丸を吐き続ける突撃砲は、躱された背後の地上施設を破壊するばかりで、XFJ Evolution4には結局掠りもせず。

〈Infinities-01〉戦が決する20分後には、3騎を相手取り、36mm、120mm、全ての弾薬を使い切らせてしまった。




そして弾薬を使い切ったF-22EMD、3騎の前に、ユラリと姿を表したその様は、国連の白を基調とした塗装だと言うのに、確実に悪魔のようなドス黒い霊光さえ纏っていた。
隣のタリサまでが私の腕に縋ったのだから、XFJのいかつい顔がニタリと哄った様に見えたのは、私だけではあるまい。


それでもF-22EMD衛士の後催眠暗示に操られた状態は抜けず、インフィニティーズは使うことは無いとまで言われた折り畳み式の戦闘ナイフまで持ち出したが、それ以外イコールコンディションの近接格闘戦ではCCCAを極めMACROTを考案した御子神大佐に負ける要素など無く、これはもはや唯の弱い者いじめ、謂わば蹂躙戦である。


瞬く間に〈Infinities-02〉〈Infinities-03〉を沈める。

相手の機動を尽く紙一重で躱しつつ、力も入れたように見えないのに相手が勝手に投げられ、その度に手足が飛ぶ。
その素手で達磨を作るさまは、どっちが悪役かと聞きたくなるくらいに“凶悪”そのものだ。
最後に脚を喪って背から叩きつけられるF-22EMD。
衛士を殺すだけなら、もっと簡単な方法が在るのだろう。
後催眠暗示でないなら容赦などしないはず。
それでも後催眠暗示から覚醒せず、戦術機の手足を喪っても戦意を喪わないが故に、そこまで遣る。
強化装備の衛士が死ぬとは思わないが、その加速度に最後失神したのは確実だった。

F-22EMD3騎を相手にその機銃を躱し切る。
実際遣っていることは凄いのだが、逃げに徹して消耗を狙い、挙句蹂躙するヤリ方は鬼畜系で、一見卑怯にも見える。
一般衛士視点では、3人掛かりでも正面から制圧したユウヤ達の方が賞賛されるだろう。



「・・・なァ、唯依・・・・。」


タリサが何気に聞いてくる。


「あれって・・・・、BETAの殺り方[●●●] だよなァ・・・・。大佐、意図的にやってんのかな。」

「!・・・・」


・・・そうだ。
実はユウヤたちの戦いは、多数に押し切られる戦術機の様だし、御子神大佐の場合は、それが躱しているか物量かの差は在るが、高機動と絶え間ない連射を強いられ、推進剤も弾薬も消費が激しいBETA戦。
その上で、消耗後に飛び道具ではなく最後は肉弾戦で負ける。

あれはBETAに戦術機が遣られる負け方そのもの。
推進剤が切れ、弾薬が尽き、肉弾戦しか無くなったところで、四肢からもがれていく。

国から殆ど出ようとしない米兵や、絶望的なBETA戦の経験がない衛士には判らないかも知れないが、それではBETAに通用しない・・・そんな事を示唆しているような大佐の戦い方だった。



結局、〈Infinities-04〉だけ、駆けつけたユウヤに任せる。


ユウヤも呆れたように引き継ぎ、突撃砲のバーストで、両腕と頭を撃ち飛ばして昏倒させた。

・・・・・御子神大佐に感化されたのか、ユウヤも結構えげつない。

後催眠暗示下とは言え、記憶には残るのだろうか。
エイム少尉のトラウマにならなければいいが・・・。






そして・・・・。

案の定、指令所に充満する微妙な雰囲気。


・・・・・・敵対したらああ成るんだ・・・・。

CP含め、基地内でライブ映像を見ていた、全員の意識が一致した様に、感じた。


解らない者は、その卑怯なまでに容赦ない鬼畜さに。

そして解る者は、裏の裏まで読みつくすような神算鬼謀に。


逆らっちゃいけない・・・。

そんな刷り込みをされたかのような表情だった。






けれどこれで一連の騒乱が漸く収束した。

そう、御子神大佐からの秘匿回戦内容をハルトウィック大佐に伝えたことで、総合司令本部の最深部地下では銃撃戦に成ったが、それも直ぐに鎮圧された。


《この基地を丸ごと殲滅するとしたら、何をする?》


私に秘匿回戦で伝えられたのは、そんな言葉だった。
F-22EMDは任せて、その対処を、と指示された。

第5計画派が此処まで事を起こすのは、御子神大佐にとっても想定を少し外していたらしい。
切られそうな尻尾の破れかぶれとも取れるが、此処まで遣る以上は、きっと裏がある、という。


インフィニティーズの暴挙という“陽動”の裏でやるとすれば?


伝えたその言葉に、ハルトウィック大佐は驚いたような顔をして、暫し思案する。
そして基地警備に前回のテロ終息に伴い完全封鎖された筈のレッドシフトの制御室警戒を命じた。

既に封印はされたが、それはBETA侵攻に対し自動起爆しないようにされただけ。
元々人為的に起爆するには基地司令、プロミネンス計画総司令、ソビエト側利益代表者3人のキーが必要だったが、可及的速やかにレッドシフト自体を解体するということで、そのロックは既に外されていた。
故に信管除去や、本体そのものの撤去はされていない核爆弾。
現実にはまだ起爆出来る状態だという。

当然起爆すれば、この周辺の商業地域諸共、ユーコン基地は消滅する。
ユーラシアのBETA支配地域に対し、地獄の蓋を開ける行為に等しいのだが、確かに基地殲滅をする暴虐の一手だった。


元々第5計画派にプロミネンス計画消滅を命じられていたであろう基地司令は、御子神大佐を含め全ての対象及びその証拠の消滅を狙う起死回生の一手として、レッドシフト手動起爆に依るユーコン基地殲滅を図った。
何かとうるさいプロミネンス計画を国際的な擁護派閥諸共排除すると共に、アラスカというBETA侵攻地域の“蓋”を開けることで、米国内の危機感を扇情的に煽り、世論を操って第5計画に一気に持っていく、という意図があったと推測される。
第5計画派にとっても、実行力の乏しい国際世論よりも、国内の反対勢力が大きな関門なのである。
アラスカの蓋が開いても付近のカナダ領地内は既に汚染地域であり人は住んでいない為、大規模侵攻には核でもG弾でも使えばイイ。
予備計画を本計画に繰り上げできれば、G弾でハイヴを各個殲滅できる積もりでいるし、約1年間で移民船は完成すると言う目論見である。
プロミネンス計画が潰れ、阻止力は無いと思われている第4計画では、BETAに太刀打ち出来ない、とされてしまう。

故に狙った、まさかのレッドシフト強制起爆であり、その為インフィニティーズの無謀とも思える後催眠暗示襲撃で在ったのだ。
その意図はしかし早期に気付かれ、レッドシフト制御室前での銃撃戦の末、第5計画派の工作員は全て排除された。

核起爆を指示した本人は既に飛行機で逃走していたが・・・。






此処から先は、政治の話。
私もそこまで立ち入る気はなかった。


しかしコレだけの大失態、暴挙をしでかした第5計画派。

謳うドクトリンは潰滅し、F-22最強伝説も終止符を打たれた。
ブルーフラッグ戦終了後に於ける暴挙は、基地司令であったアッカーマン少将に全責任を被せるだろう。
逃げた航空機は九分九厘撃墜される。
最後の切札、ユーコン基地のレッドシフト強制起動まで阻止されてしまっては、個人のテロとして死んでもらわないと第5計画派としても甚だ都合が悪い。

それでもドクトリン再構築の突き上げと、BETA戦後を睨んだ戦略の練り直しが軍内部からも持ち上がる。
間違ったドクトリンに固執し続けた愚鈍な第5計画派の上層部は尽く排斥される事になる。


既に米国内第4計画派には、G弾による大海崩のシミュレーション予測、そして派閥を問わず、米国の真の支配階級、セレブリティと呼ばれるステークホルダーの間には、バーナード星BETA汚染の可能性が示唆される資料がリークされている。

今回の後始末と、リークされた情報の真偽をめぐり当分の間、第5計画が防戦一方に成るのは確定。
あわよくば、今回の騒動で瓦解する。


そしてこれ程の混乱を米国に引き寄せた元凶・九條と、第5計画の関係も相当拗れるだろう。

第4計画の妨害、と言う意味で両者の利益は確かに一致していたが、被った莫大な被害は第5計画側だけなのだ。
九條は統合参謀本部を操り、XFJ計画のブルーフラッグ再戦を画策しただけである。
その依頼を受けたばかりに、本体が崩壊寸前にまで追い込まれる様相を呈している。
自分たちの見積が甘かったのは棚に上げ、第5計画派とそんな依頼を持ち込んだ九條との間に、大きな亀裂が生じるのは間違いなかった。






その混乱の間にさっさと喀什を陥とす。

第5計画そのものを無用の計画に貶め、真の意味で世界を変える。

それが“横浜”の意志であり、今となっては私の意志であるのだ。


Sideout




[35536] §48 2001,11,03(Sat) 05:00 日本南洋 某無人島
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/02/03 21:01
'12,12,08 upload  ※武クン自由化?^^;
'12,12,12 誤字修正
'15,02,03 弐型改 → Evolution4


Side ???


南の島とは言え北半球、11月の朝はそこそこ遅い。
辺りはまた夜明け前の薄闇に包まれている。

それでも戦術機の光学センサーから網膜投影される景色は、弱冠色彩のトーンが落ちてはいるが、相当の光量に増幅されている。
孤島の美しい海岸線。それをもうすぐ血で染める。


目標はこの先。・・・ヌルイ任務だった。


目標の所在、演習先の情報は直ぐに確保できたが、その場所を特定するのに随分と時間を喰ったものだ。
広域監視衛星の位置情報そのものに欺瞞が掛けられていたことが判明したのは昨夜。監視衛星のシステムにどうやって潜り込んだのかは未だ不明だが、そんな調査は技術部に任せればいい。
コチラはどうにかその欺瞞解除にこぎつけ、漸く“雌狐狩り”と相成った訳だ。

帝国側からリークされた情報によれば、“目標”は護衛の女性士官と2名のみ上陸してコテージに宿泊中。そして訓練部隊は島のジャングルに展開して演習中。
他の演習スタッフは護衛艦に滞在の上、無人島故現地スタッフは居ない。

情報の隠蔽・欺瞞工作が完璧だと思っているのか、それとも狙われる可能性そのものを考慮していないのか、コチラが呆れる程の無防備さだった。
コチラとしては、好都合きわまりないので、何の文句もないのだが・・・。



――――できるだけ、惨たらしく殺せ。

それが命令主のオーダー。
“横浜の雌狐”・・・余程恨みを買ったらしい。あるいは見せしめのつもりか。
狙撃や炸薬榴弾による即死じゃダメだそうだ。


勿論、作戦立案に際し、強襲のリスクも検討した。

惨たらしく・・・陵辱拷問とも成れば、それなりに時間も喰う。
特殊部隊の中でも、その存在さえ秘匿され、専らこう言った汚れ仕事をこなしていく非合法部隊。
とはいえ、任務は任務。失敗はその存在意義すら失わせる。
メンバーは嗜好も性格も、そして性癖も飛び切りの変質者野郎ばかりだが、キチンとリスクヘッジはする。
但しそれも、今回の命令に関してはヌルイとしか言えない状況である。

護衛士官の戦術機が1機存在するからその殲滅の必要があり、基本戦術機強襲であり、万が一の伏兵も考慮して1個中隊の用兵としたが、正直過剰戦力としか思えない。コテージさえ制圧してしまえば、あとは犯りたい放題。何の邪魔も入らない状況。
どれだけ悲鳴を上げようが、護衛艦にすら届かない距離にある。

もし強襲に気付かれて戦術機戦になろうと、こちらは先行配備のA-12アヴェンジャー。F-22の技術波及でステルス性の高い機体故、この中隊で“巣”である横浜基地墜とせと言われても、不可能ではないポテンシャルさえ有していると自負する。流石にそれでは隠密にとは行かないから、しないが。

こうなると標的には憐憫さえ湧く。
特に相手が若い美女ともなれば、どれだけ細く長く苦しむことに成るのか。
・・・・考えただけでもゾクゾクする。

しかも今回は事後、ジャングルに散った訓練兵も喰っちまっていいらしい。
それぞれどんな酸鼻を極めた断末魔を見せてくれるだろう?
ここのところ潰すことすら躊躇われるハゲの肥えた標的ばかりだったから、それに比べたら、嗜虐心を満たす極上のオーダーだった。







網膜投影にコテージが映る。
光量増幅のため、僅かな照明さえがギラギラと光り、まさに誘うようであった。


「目標地点確認。赤外線センサーコテージ周辺感無し。
予定通り、ドライ小隊は周辺警戒、ツヴァイ小隊は敵戦術機を無力化、アイン小隊で包囲後突入。」

《《《《Yes,Sir》》》》

《・・・コマンダー、獲物の独り占めは無しですぜ?》

「・・・わかったわかった。では俗物共、雌狐狩り、開s《敵性存在確認っ!! 9時方向200、海上です!》、な?、チッ! 散開!」

その時には先程まで何も居なかった海面上に、一機の戦術機がホバリングしていた。跳躍ユニットだけではなく、肩部スラスターからも噴射し、そのX字状に展開する4条の蒼い噴射火炎は明けぬ海の上で光量増幅により拡がり、まるで蝶の様な4枚の羽を思わせた。

機種判別は、Type94 セカンド、塗装は国連軍、当然目標側護衛の伏兵。
突如現れた敵性存在。想定された事態であるし、その為の一個中隊投入。しかも相手は唯一騎。
何機かが牽制代わりの36mmをばらまく。

「相手は一機、包囲殲・・・・・」

そして指示を言い切る前に、唐突にソイツは動いた。

相手は1騎、そしてこちらは1個中隊12騎である油断が無かったとは言わない。

しかし、まさかと思った時には、超高速のバレルロールで幾条もの迎撃射線を躱しつつ、集団のど真ん中に飛び込まれた。


そのすれ違いざまに、接触したツヴァイ3、4、中央に着地後アイン3の3騎が袈裟懸けに頸から脇までを切り飛ばされ、突撃砲が宙を舞う。


《!!っ、野郎っ!!》

血の気の多いツヴァイ2が吐いた36mm弾が、コチラの足下に弾ける。
ソイツは、射撃を避ける噴射跳躍から、背面匍匐飛行に移り、射線が見えているかの様に追撃を躱しつつ旋回する。


「馬鹿者っ!! 散れっ!! 同士討ちする気かっ!!」


その銃弾を振り切った国連カラーのType94セカンドは、回避機動中に体幹を入れ替えて噴射方向を強引に変え、信じられないような超低空のホリゾンタルターンを噛ました。
その機動を認識したときには、既に再接近、回避行動の遅れたドライ3、4が反応も出来ず36mmに喰われる。



なんてヤツっっ!! ニ合いで半分近い5騎を持って行かれた!


「アインスっ!、ヤツの足を止めろっ!! 他は距離を取れ! ヤツのレーダー圏外からオフサイド攻撃!!」

《《《《Yes,Sir》》》》



しかし、足止めに入ったアイン隊からは、驚愕の言葉が漏れる。

《・・は、速いっ! マーカーが振り切られる!》

《!! この機動! 国連カラーのType94! まさか“白銀の雷閃[シルバー・ライトニング]”っ!?》

《え!? ・・・そ、そんなっ!?》


ターンして切り込んで来るその軸線に銃弾を撃ち込もうと、バレルロールと言うよりも、高速で錐もみするような回避機動でその悉くを躱しきり、回避行動に移り遅れた機体、背中の肩線から胸部搭乗ユニットの先端に抜ける面を瞬時に2騎連続で切り飛ばす。

衛士を殺さず、両腕とセンサー部である頭部を喪失させる斬撃に、為す術もなくアイン2、4が頽れた。


《う、うわぁぁぁぁ!!》

《ばかやろうっ!?》

ドライ2が叫びながら突撃砲を乱射しつつ突っ込み、ドライ1が怒声を上げるが、2騎を切り飛ばした勢いのまま急上昇しロールアウェイに移行していたヤツは、それを見越していたように倒立状態で突撃砲を構えていた。

胸部正面上部を横薙ぎに打ち抜かれ、2騎が吹き飛んだ。




《これは・・・本気で・・・・あの白銀少佐かっ!!》

そして、Type94セカンドのレーダー範囲外に出たはずのツヴァイ1、2の誘導ミサイルさえ、シザーズで躱し、至近距離の追撃にはキャニスターで迎撃。


爆音と共に視界が途切れる。


その爆煙が晴れたとき、突撃砲を持っていた右腕が打ち砕かれる。

そこには、既にType94セカンド以外、立っている者は無かった。



続く突撃砲の閃光を見た気がした。
回避機動をするまでもなく、激しい着弾を上部に感じ、殆どのセンサーがブラックアウト。



全機撃墜・・・・任務失敗。

躊躇なくロックを解除すると、スイッチを押す。

要人暗殺という任務の都合上も、そしてA-12と言う機密の都合上も、ここにメンバーや機体を残すわけには行かないのだ。

「・・・・特殊部隊一個中隊、12騎のA-12相手に、たった2分かよ・・・・。」

落とした最期の言葉は、制御ユニットを埋めた閃光と共に吹き飛んだ。


Sideout




Side まりも


「ほら言ったじゃない! 別に大丈夫だって!」


襲撃者は確かに、3分も経たない裡に白銀クンに無力化され、そして自爆した。
恐らくはA-12、配備されていても機密性が高く公式な発表もない米軍海兵隊のステルス攻撃機。
部隊員が捕縛されるわけにも、機体を鹵獲される訳にもいかないだろう。

ナヴィシートでむくれる夕呼に苦笑しながら応える。

「全部彼方クンと白銀クンのお陰でしょ? 夕呼がバカンスしたいって言うから、演習地[ここ]の周囲50kmを哨戒してステルスも効かないマルチスタティック・レーダー圏を構築してくれたんじゃない。
36mmの流れ弾にかすっただけで、人間なんかバラバラに成るんだから、文句言わないの!
この位は我慢しなさい。
その特製ボディスーツだって彼方クンに作って貰ったんでしょ? 羨ましい・・・・。」

階級上は上司とは言え、今はふたりだけ。しかも戦闘時の戦術機搭乗は、私と夕呼の身を案じた彼方クンの指示である。ホント過保護なんだから。
今夕呼の身につけているボディスーツもそう。
強化装備の人工皮膜を強化しつつ、逆に要らない機能はスッパリ排除して防御専用のプロテクターを構成している。
戦術機に於ける耐G機能も有しており、こう言った場合の万が一の高G機動にも耐えられる。
流石に通常時の排泄処理装置に関しては除外され、その部分に皮膜は形成されない。
長時間の戦術機搭乗に際しては、後付機構が存在するらしいが、夕呼の立場上それを使う状況にはまずならないだろう。
それ以外は頸部より上、及び手足を被覆しない。
極めて薄く、それでいて現状使用されているの強化装備以上の強度を誇る合成皮膜は、ハードプロテクト部分が殆ど無く、フィット感が半端無いと言うのが夕呼の感想。殆ど付けている気がしないらしい。それでいてバイタルチェックや体温・発汗調整、角質老廃物の除去までキチンとするし、網膜投影の機能も有している。
基本が着色のない透明であるが、ボディ部分にはサイドからシャープなストライプが入り、脚に掛けてはガーター状にストッキングの文様を描く。股間部の抜けた様相と相まって、それだけを着けた姿はかなり扇情的・・・はっきり言ってエロかったりする。
と言うか、表面色素を自在に変更することが出来るらしく、夕呼が自分で弄って遊んでいるとの事だった。
彼方クン、変なトコに凝るんだから・・・・・・・私も一つ貰おうかしら・・・。




そんな彼方クンに頼っている状況は解っているらしく、夕呼もそれ以上は文句を言わない。
夕呼に言わせると、彼方が勝手に遣るだけで、アタシが頼んだ覚えはない、と鼻を鳴らすが。


ここは“不知火改”のコックピット。

今回演習に持ち込んだ機体は、“不知火改”と“Evolution4”。
どちらも複座を持つ彼方クン謹製試製改造機体だった。

私の機体に関しては、護衛と言う事で初めから表に晒したが、白銀クンの“Evolution4”は、潜水艇で持ち込んだ。
流石に訓練兵が狙われることは無いと思うが、用心に越したことはない、という。

第4計画と第5計画の確執を知ってしまった以上、在り得ないことではないし、白銀クンの心配性も知っていたから反対する理由もなかった。
そして実際にこういう状況になっているのだから。

この機体と装備を以てすれば、私でも1個中隊位はなんとかなる。
白銀クンの様な無傷で3分とは行かないが・・・。



試作機慣熟。
それが演習を監修しながらこの2日私が行っていた任務。

彼方クンがどんな魔改造をしたのかはまだ知らされていないが、私が乗るこの機体だって、30%と言う信じられない軽量化と、推進剤残量表示の無い噴射跳躍システムが実現している。
しかもサプレッサ付きと思っていた87式突撃砲は、何と電磁投射モードまで搭載。
満タンで示された電力量は、この2日の機動でも、まだ1割も減っていない。
燃料補給の可能性が低いことを心配した私の危惧など、全くの杞憂だったわけだ。
この超低燃費と言うか、寧ろ高戦闘継続性がハイヴ攻略を意識したものであることは、直ぐに理解できた。
XM3の齎す高起動を維持し続ければ、通常兵器に依るハイヴ攻略も現実のものとなるからだ。

しかもその推力には、現状リミッターさえ掛けられている。
白銀クンの初機動では、とんでもない動きをした、とヴァルキリーズからも聞いている。

護衛と総合戦技演習の監修と言う立場で此処に来て以来、この“不知火改”の慣熟に勤しんでいたのだ。そのポテンシャルは肌で感じ取れた。

・・・その間、後ろでむくれている夕呼は、どう考えても場違いな露出度の高い水着で海岸に設置したデッキチェアーに寝そべり、彼方クンの差し入れだという超ヴィンテージもののシャンパンをパカパカ開けていただけだが・・・。
流石に任務中アルコールを摂取するわけにも行かず、ジト目で睨む私に、大丈夫よ、帰ったら彼方がサシで盃交わしてくれるからと、言われ黙ってしまった。
つい状況を想像して、思わずふやけそうになる表情を無理に引き締めるしかなかった。




「・・・それにしても、白銀はまた疾くなったわねェ。
公開したデータから付いた白銀の二つ名が“白銀の雷閃”だっけ? 凝り過ぎのネーミングに笑っちゃうけどまんまだわ。
弐型を引っ張ってきた彼方の慧眼と、明らかに人外に達した白銀の機動センス、てトコかしら。」

「・・・そうね。肩部スラスターの追加と、それを積極的に常時稼働する様な彼方クンの構築した近接戦闘機動概念(CCCA)の考え方が、戦術機の機動そのものを変えちゃったのよ。
過去の戦闘機開発でカナード翼と偏向スラスターがコブラやクルビットと言う異次元の機動を実現したように、戦術機はXM3と肩部スラスターによって本当の意味での3次元空間に於ける6軸機動を得た、と言ってもいいわ。」

「x,y,z方向と、それぞれの軸回り回転方向ね。」

「ええ・・・。腰部スラスターだけでは、モーメント制御が困難だった。スラスターの移動角から並進運動も制限が多かったし。それを肩部と統合制御することで、空力に依らない3次元機動が可能になった。」

「そのCCCAの枠を拡げたのが白銀。」

「そ。・・・・彼方クンのCCCAは、Cross Rangeの近接格闘戦を前提とした体幹移動に重きを置いているんだけど、それを空戦にまで拡張したのが、白銀クンの先刻の機動。
彼方クンからコンセプトが送られてきたのが一作日だというのに、もう習熟し拡張しているんだから、呆れるしか無いわね、白銀クンにも。
多分、元々白銀クンの実現したかった3次元機動の理想型がアレ何じゃないかしら。
もっとも“Evolution4”の暴力的な加速にも既に対応しているし、あのセンスにはホント脱帽だけど。」

「・・・・彼方の技術を得て、更に“進化”する白銀、ね・・・・。あら・・?」

「なに? どうしたの?」

「・・・・・ユーコン[あっち]で随分暴れてるみたいね、彼方は。
AH戦開始は現地時間で正午、此処の時間だとつい先程、5時から始まったみたいだから。
・・・AH戦は既に完勝。トラブルが発生してるみたいだけど、・・・インフィニティーズ、潰しちゃうみたいよ。」

「 !! 」

インフィニティーズのF-22EMDと、裏任務とは言え同じステルスを標榜するA-12の殲滅。
それは、ステルス性を前面に出した米軍事ドクトリンの完全否定。


世界を引繰り返す。

とんでもない男に惚れちゃったのね、と苦笑せずに居られなかった。


Sideout




Side 冥夜


遠い遠雷のような音に、目が覚めた。

低く響くような音は、恐らく爆裂音。しかし、それも直ぐ途切れ以降はまた静寂に戻る。
暫く緊急用の通信機を意識したが、何の連絡もないのだから何事もないと判断する。


総合戦技演習も今日で既に3日目。

既に手分けして行った各拠点撃破を為したエレメント全員が予定地点に合流し、あとはゴールを目指すだけ。
つい二日前、隊に合流しサバイバル訓練の機会が無かった純夏も、鎧衣と組んで全く問題無くこなしてしまったらしい。

横紙破りな純夏の身体能力なら、さもあらん。
私は兎も角、総合戦技演習ギリギリに編入され、しかも同じ演習を受けるという純夏の力量に、当初榊などは疑問を抱いて居ただろうから。


何しろ、アヤツは合流初日に、格闘訓練でやらかしてくれたのだから・・・・。









その日の午後、臨時のブリーフィングで集まった207Bの前に現れたのが、タケル同様BETAの横浜侵攻で喪われたと思って居た鑑純夏だった。
タケルから聞き及び、重傷だがその甦生が近い、という事も聞き及んで居たが、よもや殆ど健康体と変わらぬ姿で、207Bに編入してくるとは思わなかった。

思わず立ち上がった私は、満面の、昔と変わらぬひまわりみたいな笑顔に涙さえ浮かべた純夏に抱きつかれた。
最後に会ったのは中学の低学年であったので、4年ぶり。お互い成長するところは成長していたらしく、妙に柔らかい感触が以前の抱擁とは違ったが、記憶にある髪の香と、身に馴染んだ抱擁に、お互いハグしあってしまった。

教官の咳払いで慌てて離れたが。


「・・・・個人的な親交は後にしろ。」

声は厳しいが、どことなく諦めも入ったような教官の表情。それは言葉にも溢れていた。

「異例に次ぐ異例な事と成るが、今回207B訓練小隊に所属することと成った、鑑純夏訓練兵だ。
この土壇場での編入に、既に察していると思うが、鑑も白銀訓練兵と同じく、すでに特殊任務に就くことが確定しており、極めて重要な役割を担うことになる、と聞いている。」

「・・・・。」

やはり、と思う。周囲の皆も同じような、一種諦めた表情。

「しかし、白銀と違い鑑は現役の衛士ではなく、今後任官の必要が在るため、明後日の総合戦技演習に、参加する事と成った。
既に衛士としての訓練や、基礎体力は十分有しているとの事なので、遅れを取ることは無いと思うが、そこは榊、適宜対応しろ。」

「は!」

「・・鑑、自己紹介しろ。」

「はい。鑑純夏訓練兵です。突然の参加に戸惑うと思いますが、精一杯頑張りますので宜しくお願いします。
因みに武ちゃんと冥・・・、白銀訓練兵と御剣訓練兵とは、幼馴染みです。」


その言葉に皆の視線がキラリと光る。

ウム。

隊としての結束は、好ましい物に成ってきていると感じているが、それがある一面タケルへの求心力で在ることも理解していた。
全く、アヤツは自分の事を理解していないかのように、メンバーに接し、それぞれに信頼を勝ち得ているようにも見える。
その中でも幼き頃からの知己である私は、事タケルとの関係に於いては、何かと牽制されることもある。

そこに、さらにタケルと近しそうな幼馴染みが現れたのだ。
純夏のタケルちゃんという呼び方も、皆の警戒を呼ぶだろう。
それを敢えて自己紹介で触れたのだ。

宣戦布告、と取るのが妥当であろう。




なので、ブリーフィングの後、予定されていた近接格闘訓練に於いて、いきなり彩峰がふっかけた。

「・・・鑑、どの位強いの?」

「それほどでもないよ。近接格闘戦なら、タケルちゃんに勝てるくらいかな。」

「「「「 !!! 」」」」

「最近はずっと闘ってないから、今は判らないけど。」


私を除く全員の顔色が変わる。

近接格闘戦でもタケルに勝ったことのある者は居ない。実際に振り向けば傍観に徹している教官の横でタケルは苦笑いして肯定している。
一応頭部や腕、脚など打撃部にはフルコンタクト用のプロテクターを付けているから大怪我の心配は無いだろう。
・・・・・確かに私が知っている範囲で、タケルが純夏に勝利した事は目にしたことがない。スリッパ・カウンターなる技を持ってすれば迎撃も可能との話だったが、見たことはなかった。
大抵は純夏を怒らせたタケルが、純夏のフィニッシュブローで天翔る。


「・・・なら、5対1でも大丈夫かしら? 何時も白銀とはそうしてるんだけど?」

挑発と受け取った榊が応える。

「・・・いいよ。この格闘エリア内で行い、場外でも負けってことで良い?」

不敵に微笑む純夏。
演習場にある格闘エリア。レスリングと同じ9mのサークルが描いてある。
普段はどちらかと言えば控えめで、周囲には気を遣うタイプだが、ことタケルの事に関して純夏は引かない。

「じゃあ、それで行きましょ。彩峰もそれでいい?」

「・・・構わない。」


格闘戦もタケル相手に訓練を重ねた。1週間前ならいざ知らず、今なら個人で互角とは言わないまでも、チームでは凌ぐだけの物を皆学んでいる。
その自信が、榊を裏付けている。



「榊・・・。」

「・・・何? 御剣。」

「・・・侮るのは止めよ。」

「・・・・。」

「・・・純夏は幼少より私とも研鑽を重ねた身、・・・私が剣を持って7:3。無手なら2:8で屈する程の手練。生半可な策略は通じぬぞ。」

「!! ・・・そう、御剣にそこまで言わせるからには、挑発もハッタリじゃないってコトね。・・・面白いじゃない。
私たちだって、伊達に白銀や教官に鍛えられている訳じゃないわ。
彩峰、どうせ私の言うことなんか聞かないだろうけど、アンタも聞くだけ聞きなさい。」




そして、隊の歓迎を兼ねた格闘戦が始まった。


私の使う格闘技は無手の剣術に近い。柳生新陰流の流れを汲む無現鬼道流は、真剣白刃取りの様な無手奥義も存在する。
だが、拳闘を主体に鍛え、アウトボクシング・インファイトどちらでも行ける純夏に正面から行っても結果は見えている。
それでも、純夏のスタイルを知る私が牽制・・・というかその攻撃パターンを引き出すための先鋒だ。

中々に榊も聡い。

その意図に純夏も気付いたか、すっ、と脚を運ぶ。



つっ!!


無造作に放たれたアウトレンジからの右フリッカーフック。

間合いも、威力も不足、と見切った筈のそれは、思った以上の延びと撓りを以て、辛うじて迎えた私の左腕を撃った。
体を流して追撃を躱しながらも、プロテクター越しにもビリビリとしびれるような衝撃。

ディフェンスが一瞬遅れれば、それだけで顎先を掠め、一撃で意識を刈り取られていたかも知れない。

背筋が緊張する。
4年前とは、比べものにならぬ、技のキレ[●●]

5対1に、若干不満そうに無表情だった彩峰さえが目を見開く。


これが、つい最近まで病床にいたと言う者の動きか!

榊に忠言しながら、其れを知っていた私の方こそ、侮っていたかも知れない。

なるほど、では私も往こうか。

「無現鬼道流皆伝、御剣冥夜、推して参る!」











結局、私との攻防は10分くらい続いた。
純夏の攻撃を、私が捌き、いなす。

だが、剣術を基本とする私が無手で分がないのは衆目の通り。
純夏がバックステップを取ったとき、インファイトのラッシュの防ぎきってホッとしたその隙を突かれた。
ラッシュの息継ぎに距離を取ったと思った私に、一瞬の縮地から放たれた正拳突きの様な右ストレート。
まさかそこから、純夏が紅蓮師匠から会得した奥義【宇宙乃雷】を応用したオリジナル技が来るとは思っても見なかった。
正確に私の重心を捉えた一撃は、ものの見事に私の身体を場外にまではじき飛ばした。





「御剣!!」

「・・・すまん。此処までだ。」

「・・・上出来よ。鑑が口だけじゃないってことは、よーく理解できたわ。」

「・・・侮れない。」

「・・・・彩峰・・・。アンタなら解るでしょ」

「・・・オーダーキツイ。・・・でもそれしか無いね。」

「珠瀬、鎧衣、行くわよっ!」

「「了解っ!」」



私は目を瞠る。


鑑純夏という、恋敵な意味でも負けられない、と思っただろう強大な敵。

それに相対したことで、初めて見せる“チーム”としての連携。

今迄のシミュレーションでも、タケル相手の模擬戦でも、見せたことのない“意地”。

各個では、届かぬ極みにある相手に、自分の為すべき事を為す。



拳闘で、捌くのが難しい、左右からの同時攻撃を仕掛けた鎧衣と珠瀬。
その鎧衣に、ハートショットを咬まし、返す拳で珠瀬の顎先を打ち抜く。
手加減したのだろうが、一瞬鼓動を掴まれた鎧衣と、脳を揺らされた珠瀬は、立って居られず膝から堕ちる。

しかしそれは純夏の失策。


私のように場外まで運べば良かったのだ。
二人の息のあったタイミングに、その余裕が無かったのかも知れぬが。

結果自身の回避方向を限定してしまった純夏に、榊が迫る。

アウトレンジ、インファイト、何れも“離れている”ことを前提とする拳闘において、接触され、掴まれることが、最大の禁忌。
レスリングや柔道の寝技が、一番苦手なのだ。

掴んで引き倒してしまえば、その最大の攻撃力、“打撃”が封じられる。


正面から上体へのタックルに来る榊に、バックステップは無理と判断したのか、身体を竦めるように躱すかに見えた純夏。


!! アレはっ!!

その地を這うような位置からリーチが伸びるような一閃。

右拳が榊の下顎プロテクターを突き上げる。
周囲の空気まで巻き込んだような渦に巻き込まれ、榊の身体が錐揉みしながら宙を舞う。

純夏版【反重力乃嵐】!!




「彩峰ェっっ!!」

プロテクター故コークスクリューアッパーそのもののダメージを軽減できたが、受身の取れぬ錐揉み状態に在りながら、榊が絶叫する。

「・・・アンタの死は無駄にしない・・・。」

あの彩峰が榊の提案を受け入れ、榊が決死の覚悟で作った、大技フォロースルーの隙を見逃しはしなかった。
榊の真後ろから同時に接近していた彩峰が、榊と入れ替わるように両手刈りに近いタックルを敢行、初めて純夏の身体を捉えた。


一方、地面に叩きつけられようとした榊は、ちゃんと武が抱きとめている。
ウム、流石純夏。ちゃんとタケルのフォロー圏内を狙ったか。


「・・・死んでないって、全く」

図らずもその腕に抱き留められた榊は、役得であった。




遂に掴まった純夏。
相手はレスリング戦が得意な彩峰。

重心を崩されて寝技の応酬。
少しでも上位のポジションを狙いつつ、サブミッションを掛ける彩峰を、身体のバネを生かした素早い体の入れ替えで躱す純夏。
背後を取り合うドッグファイトならぬ、上位を取り合うキャットファイト。
マウントポジションの取り合い。

接触を切りたい純夏と、キープしたい彩峰。
純夏はスタンディングを狙い、彩峰は関節技を狙う。


息を飲む攻防に、コチラの呼吸のほうが苦しくなる。
彩峰の瞬発力と持久力は知っているつもりでいたが、これ程とはっ!
そして病み上がりだと言うのに、その動きに一歩も引かない純夏。


彩峰の執った腕が外せない純夏。
そのまま腕を抱えるのではなく、自分の身体を弾いてその腕に絡みつく彩峰。

だが、その移動で流れたベクトルをそのまま利用し、体躯を捻って腕を切る。その腕ひしぎを躱しきり、純夏がスタンディングポジションを取ったとき、しかし彩峰はその純夏のバックを取っていた。


腕ひしぎ狙いはフェイクか!!


がっちり腰に回した両腕で、強引に相手の体重を引っこ抜く彩峰。
それでも身体を捻り、ショートフックをレバーに叩き込んだ純夏。


彩峰の体勢が崩れたが、バックドロップで頭から墜ちた純夏に、彩峰の勝利かと思われたが、一方の彩峰も同じくもんどおり打ち、地面に投げ出される。




教官が、二人して目を回しているのを確認した。


壮絶なダブルノックアウト。


こうして5vs1の歓迎試合は、引き分けで終わった。





二人は直ぐに教官とタケルに活を入れられる。

怪我はなさそうで、軽い脳震盪と貧血状態にさせられた珠瀬と鎧衣も、すぐ回復した。




一時の休憩。

「鑑強い。・・・・最後のボディブロー、なに? アレで意識飛ばされた。」

「彩峰さんこそ強いよ。」

ニパッっと笑う純夏。これはライバル認定と言うことか?


「・・・最後のは、発勁だよ。」

「・・・中国拳法の不思議技?」

「えと、・・・彼方君に教えてもらったのは、純然とした力学技だよ。」

「・・・彼方君って・・・御子神?」

「知ってるの!?」

「夜一人で教導モードしてたら、たまたまシステムの調整してて、戦術機格闘戦の初歩を教えてもらった。」

・・・彼方といえば、御子神少佐のことか。恐らくは階級も言わず一介の技官みたいな顔しているわけだ。

「その後、戦術機の体幹移動モデル作りも手伝わせてくれた。・・・鑑知ってる人?」

「・・・わたしを蘇生させてくれた人。わたしとタケルちゃんの昔からの親友。」

「! そなんだ・・・了解。それで力学ってコトはわたしでも出来る?」

「あ、うん。こうやって、足指から足頸、膝、股関節、そして腰って具合に“捻り”を“撓めて”いくの。丁度弓を引き絞って行くように。“纏糸勁”って言うんだって。
・・・で、それを一気に解放する!
力が逃げないように“方向”と“タイミング”を揃えていくには、訓練するしか無いけど、決まればフルスイングと同じ“勁”を出せるみたい。
先刻のは足場が無かったから半分位の威力に成っちゃって、投げられちゃったけど。」

半分の勁で彩峰を昏倒さすとはどれだけであろうか?
インファイトだけではなく、レスリングの様な接触戦に於いても破格の一撃を有することとなる。


「・・・・教えて?」

格闘戦に長け、レスリングに近い超近接戦を好む彩峰には、この上無く魅力的なのは、詮無いこと。
思わず榊も驚いた台詞がその口から紡がれた。

「・・・ウム、私も教えを請いたいな。」

「そんな、狡い、ボクも!」

「私も出来るなら覚えたいです!」

「・・・全く。鑑、207B、貴方を歓迎するわ。・・・私にも教えなさい!」


そして純夏は、邪気なく笑うと嬉しそうに応えた。

「・・・・うんっ!!」


あの日、純夏という“強敵”、コト近接格闘戦に於いては個々に勝てない相手と対峙したことで、初めて隊として纏まったのかもしれない。


Sideout





[35536] §49 2001,11,03(Sat) 09:00 日本南洋 某無人島
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/04 19:23
'12,12,12 upload
'15,01,04 誤字修正


Side 冥夜


夜の明けた3日目。
残っていたレーションと今まで収穫した山菜で軽い朝食を取ると、早朝より行軍を開始した。
敵陣殲滅ではない密林行軍となるので明るい間が基本の行動期間となる。暮れの早い時節柄朝の時間は貴重だ。
距離的には、今日中早いうちにも指定された回収ポイントに到着する。
時間的にもかなりのマージンを稼いでいるのは確実であろう。

ジャングルを抜けると、切り立った渓谷と流れの速い川が在ったが、身体能力抜群でフリークライミングなども得意とする彩峰と、殆どそれに匹敵する能力を持つ純夏が居たお陰で、難なく進めている。
彩峰がラペリング降下し、岩場を渡って対岸にロープを渡す。ロープ渡過でチームを渡渉させた後、殿の純夏にロープを一度戻し、純夏は樹の幹に回しただけのロープで単独降下。下でロープ回収すると岩場を渡り、彩峰の開拓したクライミングルートを辿って岸壁を登りきってしまう。
彩峰が態々ロープ回収に往復する手間も無いため、非常に効率が良い。

そう、今の純夏は私の知っている幼少時の純夏とは、身体能力に於いても一皮も二皮も剥けていた。
そして、前の純夏と同じく控えめでありながら、しかしその何処か達観しているような、孤高の精神。
それは勿論以前の純夏には無かったもの。


その理由も、純夏と再会したあの日の夜、私は知ったのだ。



純夏の辿った壮絶な過去。
BETAによる捕縛、毀された心身と奇跡的な蘇生。

その全てを受け入れた上で、今の純夏が在る。

達観しているように感じたのも当然の仕儀。
姉上とはまた異なる崇敬を感じたのも確かだった。













声を掛けられたのは、純夏が合流した日、夕食後のシミュレータ自主訓練も終わり、シャワーを浴びた後だった。
他のメンバーは居残り等様々な理由で傍には居ない。もともと長い別離の後の再会、積もる話でもと言う事でこの後純夏とは話をすることになっていた。

そう、純夏が復帰した以上、タケル争奪戦が激化するのは必至。それでなくとも最近は他の207Bメンバーさえ油断がならないのだ。

だが、純夏の一言は、私を愕然とさせた。

「ドクターストップが解除されたから今夜、タケルちゃんとする[●●]よ。」

「・・・・・す、少し待て、純夏・・・。それは“契を交す”と言うコトか? それはタケルがソナタを選んだ・・・と?」

喪失感? 敗北感? 謂れの無い脱力が襲う。

「前の質問に関してはその通りだよ。でも、後者はちょっと違う。だから冥夜さえよければ、一緒にどうかな? って。」

「え?・・・・・はぁぁぁっっ??!!」

一緒? なにを? 男女の営みを、複数で? あ、いや其の様な場合が在ることも知識としては有しているが、まさか自分が、しかも初めてで?


「わたしはもう、気持ち固めたから引かない。でも昔からの冥夜の気持ちも知っているから、抜け駆けはしたく無い。
月詠さんに聞いていない? 悠陽殿下には拡大婚姻法の要請がされていて、今月半ばには法案提出されるって。議会を通れば、年明けにも即時施行するみたい。」

「・・・あ・・・。」


あ、“あの御方”がそんな法案をっ!? ・・・イヤ、そういえば真那がそのような事を言っていたような気もする。

「わたし、タケルちゃんの部屋の鍵、借りてくるから。
気持ちが決まったら、タケルちゃんの部屋に来て。」

純夏はそう笑顔で言い残して、去っていった。




暫く呆然としてしまった。
イキナリ落とされた爆弾。状況を把握するに、漸く落ち着いてくる。



純夏が本気なのも、恐らくは既にタケルがそれを断らない状況なのも理解した。
BETAに囚われていたといい、長く意識不明の状態にあったと聞く純夏。
その蘇生の可能性を嬉しそうに語ったタケル。長い別離が、タケルの気持ちを引き寄せたのか。

しかしそれは自分も同じなのだ。
喪った時に知った、自分に取ってのその存在の重さ、尊さ。それは私の生き方までも変えてしまった別離だったのだ。
だからこそ、その生存を知ったとき、完全に周囲の状況すら忘れ、恥も外聞もなくその胸に飛び込んだのではないか。
二度と喪わぬと、心に誓ったのではないか。


そして拡大婚姻法が施行されれば、相手は一人に限定されないのだから、確かに無理に争う理由はない。適齢期の男子が極端に少ない現状、将来の人口維持の意味も含め、その意義は大きい。婚姻できた男女にだけ人口が減らないように8人以上の子供を成すことを強制することは、母体の身体的にも世帯の経済的にも出来ない。男子の減少により仕事を持つ職業婦人も多い現在、負荷を分散する意味でも正論である。


・・・後は気持ちの問題だけなのだな。


それも最近時、人類の危機が叫ばれ、そして現実にBETAの大過に晒された帝国などでは、性のモラルは随分と自由になっている。
生存の危機に瀕すると生殖行動が高まると言う生物学者もいるが、子供を為すことにかつてのような抵抗が少ないのも事実だ。
法律に先行して多数の女性を囲っているケースもあるらしい。


ならば、少なくとも、タケルを想う気持ちに於いて、純夏に引けは取らぬとの自負もある。
今変に気負ってこの場を譲ってしまえば、今後常に純夏の後塵を拝することになるのは必定。


「・・・ならば、此処で引くことは出来ぬ、か・・・。」








タケルの私室をノックすれば、返ってきたのは純夏の声。

開けてくれたドアに滑りこむと、そのままスルリと純夏が抱きついてきた。
思わず抱き止めるが、その女の子女の子した柔らかい感触に、ドキリとする。さっきのハグでも思ったが、その後に見せたあのハードパンチャーにして、この抱き心地は反則であろう。

「・・・・ゴメンね、冥夜。そしてありがとう。」

私の胸に顔を埋めたまま純夏が言う。

「・・・・・なぜ謝罪と感謝を?」

「・・・わたしの我儘で冥夜を急かすことになっちゃったから。
そしてタケルちゃんを愛してる同志として、冥夜に認められたことが嬉しいから。」

「・・・ソナタの我儘とは?」

抱きとめた肩がピクリと震えた。

「・・・わたしが、BETAに囚われて、何されていたと想う?」

「・・・・・。」

「わたしはBETAに陵辱されて、身体も精神も一度毀されたの。」

「な・・!?」

「BETAは、人間の心にある未知のエネルギーを探索しているらしい、と副司令に聞いたの。
その手段の一つとして、快楽に因る人間の支配があるって。」

「・・・・そんな・・・。」

驚く私に、淡々と続ける純夏。

「BETAに捕まったわたしは、薬漬けにされ、何の抵抗も出来ないまま、それこそ体中の穴という穴を触手で犯された。
あそこは勿論、子宮や卵巣まで蹂躙され弄られる。顔にある感覚器は全て、おしりや尿道、臍、それに乳首の中にも挿入され嬲られた。
・・・しかもそれが全部、頭の中が真っ白になるくらい、気持がいいの。」

「 !!! 」

「始めはイヤでイヤで仕方ないのに、直ぐに自分から求めるようになる位。憎くて憎くて仕方のないBETAに犯されて、喜んでいる身体にされていたの。」

壮絶・・・いや凄惨な体験。
腕の中で純夏が震えているのがわかる。

「でも、そのうちそんな感情さえ塗りつぶされてしまった。頭の中はそれしか無くなって・・・。
人間の心臓って、快楽だけでも止まるの。
何度も心臓が止まって、その度に蘇生させられ、また止まるまで攻め続けられる。

身体も何時のまにか改造されてて、乳首なんてが腕ぐらいに肥大させられてるし、その中をイボイボの触手が擦り上げる度に、刺激されて狂った母乳まで吹き出していた。
精神なんかもう快楽一色で、気持いいことして欲しくて最後はBETAにおねだりしてた。」

「・・・純夏・・・。」

「そのうち、BETAは気持いいことに関係ないわたしの身体を壊し始めたの。
始めは筋肉や、内臓。やがて感覚器もいらなくなって、電気信号さえ通せば快楽を得られることが知れ、わたしの身体は、神経と快楽を感じる脳髄だけが残された。」

「な・・・!?」

脳髄・・だけ?


「・・・・・・でもね・・・そんな快楽に塗りつぶされて、身体も破壊されつくしたわたしだけど、そんなになってもたった一つだけ塗り重ねられた快楽にも消えなかった想いがあったの。」

「・・・・。」

「それが、“タケルちゃんにあいたい”・・・・」

「 ! 」

「明星作戦で、横浜ハイヴが攻略されて、わたしは解放された。
と言っても、もうその想いしか無く、自我も破壊されていた脳髄だけだし、BETA由来のシリンダーを出れば立処に死んでしまう存在。
と言うか、その想いだけでわたしは生きながらえていた。」

「・・・・・。」

「つい最近になってその状態から、毀された精神の奥底に自閉し、硬い殻に閉じこもっていたわたしの自我を開放してくれたのがタケルちゃん、そしてそのサポートとBETAに犯され切り刻まれてうち捨てられた淫らな肉の代わりに、新しい細胞を再生してくれたのが彼方君なの。」

「!!・・・・。」

まだ純夏は腕の中だ。
一度身体も精神も全て奪われて、そこからたった一つの想いで再び還ってきたというのか。
面と向い合っていなくて助かった。
掛ける言葉すら見つからなかった。



「なので、このとおり身体は新しく元の通りになった。彼方君はちゃんと昔と同じ鍛えた身体にしてくれたし、成長分も見込んでいるから、あんなに動けるし・・・。
でも記憶は、・・・・誰よりも憎んでいたBETAに堕ち、隷従していた記憶は消えていない。
タケルちゃんは、そんなわたしでもいいと言ってくれた。何よりもわたしの為に、還ってきてくれた。
・・・だから、わたしは一刻も早くタケルちゃんに抱かれて、タケルちゃんに染めてほしいの。」

「!!なるほど・・・・それがソナタの我儘か・・・。

・・・・・・すまぬ。
なんと言葉を掛けていいのか、判らない。

・・・余りにも凄まじい話で、恐らく私には想像することすら叶わぬ凄絶な地獄を体験してきたのだろう。
だが、そうであるなら純夏がタケルを求めるのは当然のことであろう?
何故私にそれを明かし、ここに私を誘うのだ?
・・・・黙って抱かれてしまえば良かろう。」

「今のはわたしの事情であって、内容そのものは冥夜には関係ないじゃない。
それとも、内容が悲惨だから冥夜はタケルちゃんを譲ってくれるの?」

回した腕から、いたずらっぽい笑いが伝い漏れている。

「・・・・それはあり得ん。」

つい憮然と応える。

「でしょ。わたしの我儘の発端だから話しただけ。冥夜が気にやむことじゃない。
そしてタケルちゃんは、わたしを大事に思ってくるのと同じくらい、冥夜のコトも大切に思ってる。」

「 !! 」

「わたしは嫌な過去を乗り越えたいから、一刻も早くタケルちゃんとひとつになりたい。
でもタケルちゃんには、同じくらい想ってる娘もいて、抜け駆けになるのはわたし的にもタケルちゃん的にも避けたい。だからこうして狡い手で冥夜を巻き込んだ。
私の我儘に巻き込んだ謝罪とそれ許してこうして来てくれた冥夜への感謝、だよ。」

「・・・・・純夏・・・・。」

漸く私の胸から顔を離す純夏。
真っ直ぐな瞳が私を射る。

「・・・わたしは冥夜とも、タケルちゃんと一緒に幸せに成りたい。」


そう言い切った純夏に、不覚にも気圧され、見惚れてしまった。









但し、その後のコトは余り思い出したくはない。
・・・とてもではないが、恥ずかしすぎて、思い出すだけで顔が紅潮してしまう。

悲惨な初体験、と言うわけではない。
寧ろ幸せな初体験であるのだろう。

女として生まれたこの上ない至福を感じることが出来た、と言うのが今の私には精一杯だ。



そうなのだ。

タケルさえ良ければいつでも、と言ったのは私。
覚悟はあったのだ。


そして純夏は自身の時にも常に私を気遣ってくれたし、それはタケルも同じ。
3人で居るのがとても自然でさえあった。
勿論、他人の営みなど見る機会も無かった私だが、寧ろ神聖な光り輝く儀式を見ているような気にさえさせられたのだ。



なのに。

私の番になった途端、純夏は参加してきたのだ。それも私に対して。

嫌ではない、それどころか、気持ちいい。

純夏にされるのなら女同士でもさほどの抵抗を感じなかった。


タケルの愛撫はストレートで情熱的。
しかし純夏のそれは違う。

女同士だからというコトだけではなく、そんなトコロにっ!? と思うようなツボを的確に探り当て、剥き出しにされてしまうのだ。
息絶え絶えに聞けば、BETA仕込みだからね、と黒い微笑み。


しかもタケルとの見事な連携で攻めてくるなんて卑怯だ。

なんの経験もない私に余りにも無体ではないか!




翻弄され続けたお陰で、緊張していた身体もすっかり力が抜け、殆ど破瓜の痛みも感じなかったのも確かなのだが。

・・・・これは・・・クセになってしまわぬ様に、然と心得なければ!


Sideout




Side 純夏


総合戦技演習3日目。

わたしが知っている前のループのタケルちゃんの記憶。
2日目の集合は、わたしと鎧衣さんが到着するのに前後して、皆が到着した。その時点だけでも半日早い。
タケルちゃんが訓練部隊に所属し教導に関わって実質1週間程度なのだが、不干渉を改めた神宮司教官と、モチベーションを上げさせたタケルちゃんの的確且つ効率的な教導が齎した効果、と言うのかな。
記憶にある今の時点の練度よりも、皆上がっている。
何よりも目的意識とモチベーションの高さが違う。

その分、確実に皆の中でタケルちゃんへの好意が上昇しているのも判っていた。


今朝、出発して直ぐに在った川も問題なく渡渉できた。タケルちゃんの時とは日付も違うため、雨が降って無駄な足止めを喰うこともなかった。
彼方君が再構築してくれたこの肉体は、確かに遺伝子そのものは操作はしていないが、元の遺伝子をそのままに、身体的には極限まで鍛え抜いた状態らしい。その上で教えてくれた色々な動作モデル。
真の基本が出来れば大抵の事には応用できると言っていたが、ホントに十分すぎるみたい。
彩峰さんが開拓したルートをロープ回収しつつクライミングで辿ることなど、今のわたしにとってはなんでもないことだった。
雨が上がり水が引くのを4時間待ったタケルちゃんに比べ、ここで更に約半日、先行できる。

朝方には、副司令の方に襲撃が在ったみたいだが、神宮司教官、そしてタケルちゃんが付いている。
彼方君が周辺エリアにはステルス対策のレーダー網も設置したらしい。
その上護衛として持ち込んだ機体は“弐型改”。殆ど無限の心臓を有するチート仕様。生半可な規模では瞬殺されるだろう。
心配するまでもない。

それ以外は、何も問題なかった。



そして辿り着いた回収ポイント。
昼過ぎにはもう仮初の回収地点に到着する。タケルちゃんの記憶より丸一日早い。

わたし自身は初めての演習だけど、タケルちゃんの記憶があるから、このあと何が起きるか、わたしは知っている。
尤も過去のループに於いても砲撃が実弾だったのは副司令の意図ではなく、冥夜の合格を阻止しようとした城内省排除派の画策だったらしい。但し副司令の案ではゴムの散弾であったらしいから、生命の危険こそ無いかもしれないが、演習的にはどっちが被害が大きかったか、定かではない。


何れにしろ、此処は事情を知らない皆には任せられない。

目前のゴールに浮かれる皆には酷だが、まだ演習は終わらない。
敵に先に気取られた場合に備え、隊を後方に隠匿すること、信号は一人が目立たぬよう行うこと。
そう示して、わたしが発煙筒を焚きに出た。


当然の砲撃で、着陸地点が穴だらけに成る。
わたしは、初弾の光を認めた時点で、逃げ出し身を隠す。
演技だけの迎えのヘリも早々に離脱して行った。


通信による副司令からの情報、そして生きていいる自動砲塔、それを迂回した回収地点の変更。

全て予定調和。
本当に記憶どおりに進むんだ、と感心してしまう程に。
多少のメンバーの変更や、時差など関係ないらしかった。




日が落ちるまでまだ5時間ある。最短距離で行ければ、今日中にゴールも可能。
クリアに必要なアイテム、アンチマテリアルライフルもロープも確り確保している。

目前のゴールが変更されたことに少し落胆していた皆だが、まだ3日目なのだ。
気をとりなおして、変更されたルートに向かい始めた。









本来、わたしが持つこの分岐世界での記憶は、BETAに捕まり、私を守ろうとしたタケルちゃんが殺された挙句、身体も精神も毀されて快楽に溺れながら意識を自閉する所までだった。

けど、あの自分の精神領域で再び目覚めたときは、タケルちゃんの前のループに於ける“わたし”の記憶がそこに繋がり、あたかも一度目覚めて共に桜花作戦まで駆け抜け、皆を救えなかった懺悔のままに、意識を喪った、その後の様に感じた。
せめて再構成されるだろう元の世界群で、向こうの“わたし”や皆と幸せになってほしい・・・。
それだけが桜花作戦後消え行く前のループに於けるわたしの願いだった。

だが、優しい唇の感触にふと目覚めてみれば、因果導体を開放された事で元の世界に還るはずのタケルちゃんに頭を支えられ、キスされている状態。
もう二度と会えないと覚悟していたから、只管名前を連呼し泣きじゃくってしまった。

そして落ち着いてみれば、副司令に霞ちゃん、そして何故か元の世界の彼方君まで居た。



説明を受けてまた驚く。
そこはタケルちゃんに取って3周目のループ。幾多の同じループを辿った1週目や2周目ではなく、桜花作戦を完遂した後の、3周目。
それも、桜花作戦後も残った分岐世界のタケルちゃんを核とした、この世界群におけるループ世界全ての“タケルちゃん”の統合体。その“因果特異体”が引き起こしたループだと言う。
元の世界にも還るべくして還った存在も別にあり、いま此処にいるのは“この”分岐世界におけるタケルちゃんの記憶すら持つ、“わたしだけ”のタケルちゃんになるという。
つまりは、このタケルちゃんは、もう何処に戻る必要もない、この世界の存在。
そして“今”はまだ、前のループで喪った全てが存在する“始点”から数日が経っただけ。
更に今の状況はわたしの内的領域で自我が目覚めただけだが、BETAの蹂躙で毀された記憶野や、思考野を再構築出来れば、喪った肉体再生さえ可能だという。

余りの僥倖に、しばし呆然とした後、また長々と泣きじゃくってしまった・・・。
彼方君を送ってくれた戻った“タケルちゃん”には感謝してもし切れない。

そう、脳細胞の修復と再生を教えてもらいながら、わたしはあの後彼方君に、タケルちゃんにもナイショで、わたしとタケルちゃんの“真実”を聞かされていた。





それはとても突飛な話だったけど、一度は00ユニットとして“無意識領域”まで繋げた経験のあるわたしには、理解できる話だった。


超因果体、そして因果特異体と言う存在。


極言すれば、わたしとタケルちゃんを中心に回っているこの世界群。

そして今あるタケルちゃんが因果特異体に成ったゆえの危険性も指摘された。

もし、今回タケルちゃんの望むカタチで世界が変えられなければ、この世界群は無限ループに陥り、崩壊する可能性がある、と言う。

わたしの所為でタケルちゃんがそんな存在になり、今なお世界が危機に瀕している事にショックをうけたわたし。



けど。

「鑑が責任感じる必要はない、って言うよりも、これは一つのチャンスなんだぜ。」

「・・・え?」

「今まで何をしようが、この世界群はBETAによる人類の滅亡状況は確定していた。あらゆる武の分岐世界の記憶にも、BETAに勝利した歴史は無いんだろう?」

「・・・・・。」

「鑑が元の世界群から武を呼びこみ、その武が足掻いて、そしてこうして残ったことにより、漸くその確定されている状況を一気にひっくり返せる可能性が見えてきた。
この世界群の中で、この世界群の因果を変え、人類を救える可能性を有する唯一の存在が、因果特異体である“白銀武”ってことなんだぜ。
ほっといても勝手に滅ぶ世界と、乾坤一擲でも存続する可能性がある世界と、どっちがいい?」

「・・・・。」

・・・ホントに彼方君は、落ち込みそうになるのをフォローするのが上手い。

「でも、そしたら、どうしたらタケルちゃんの因果特異体は開放できるの?」

「・・・難しいことは考えなくてイイ。

鑑が思うままに、武と幸せに成ること。

それが、それだけ[●●●●]がこの世界を変える。」


そう、彼方君は言った。




記憶の継承された前のループで思った強い願い。

皆と幸せに成りたい。

今は00ユニットではないから直ぐ繋げられるわけではないが、記憶として幾多のループ世界でのタケルちゃんの気持ちも行動も理解している。

わたしの願いは、タケルちゃんの願いでもある。





とは言え、もう一度やり直せるとなると蟠りや割り切れない気持ちが、一切無かったわけではない。

今回は“生身”で復活するのだ。
00ユニットの様な偽りの身体ではなく、言ってみればBETAに汚された脳髄や心はそのままなのだ。


どの世界だろうと、全ての純夏はオレのもの。

そう言ってくれた前のループのタケルちゃん。
リーディングなんかしなくても、いま、この世界にいるタケルちゃんもそう思っていてくれることは伝わってくる。

けれど、不安が無いわけではない。
淫らに改造された肉体や、クスリで異常なまでに過敏にされた神経は既に無いが、その時の強烈な、それこそ心臓すら止めてしまう“悦楽”の記憶は多少薄れたとは言え今も残っている。
前回00ユニットで、仮初の身体とコピーされた心だと言う割り切りがあったからこそタケルちゃんと一つになれたのかも知れない、とも思う。


「・・・生身の身体に戻ったら、ちゃんとH出来るのかな・・・。」

「・・・・・なんだ鑑、もう惚気か?
・・そこはあんまり心配するな、武と1回でもすれば、そんなことすら思わなくなるから。」

「・・・え?」

「・・・・お前らは恐らく完全合一対:“perfect union”だろ。」

「パーフェクトユニオン?」

「比翼連理、運命の相手、ベターハーフ・・・。古来色々な言い方があるけどな。
でなければ、たった一度のセックスで武が因果導体から開放されるなんて、在り得ないだろ、普通。」

「!・・・」

「前のループで鑑は、00ユニットで在りながら武と結ばれ、それによって武は因果導体から解放された。
それは、前説明したように00ユニットに繋げられた鑑の魂魄そのものが、その接合で、“永遠”に等しい充足を得たから、じゃないのか?」


言われてみれば、そうだ。
義体、そして量子電導脳に形作られた偽物の心。けれどそこに繋がる魂は、紛れもなく私のものだった。
そしてタケルちゃんと結ばれた事で、わたしは“永遠”を手に入れた。
この記憶さえあれば、タケルちゃんが元の世界に戻ってしまっても、何時でも身近に感じられるし、生きていけると思ったし、反応炉が毀されてODLが補給されない事になっても、タケルちゃんや迷惑を掛けた皆を護ることさえ出来たらこのまま消えて行くのさえ何も怖くない・・・・、そう感じていた。



「・・・セックスってさ、生物学的には子孫を残すための生殖行為だし、生理学的には、快感を得ることで性的欲求を満たす情動行為だったりするけど、それだけじゃない。
究極的には、“魂”の接合にまで至る事もあるんだぜ。」

「“魂”の接合?」

「ああ。今の鑑が肉体である脳ではなく、アストラル体で思考していることは話したよな?」

「うん。」

「で、その根源が鑑を鑑たらしめている“魂”、魂魄だ。
それが無意識領域・・・別の言い方をすれば“母生命”とか“根源”から分化した“個”であり、それは多数の分岐世界の鑑とも繋がっていることは、00ユニットだった鑑には理解できるだろう?」

「うん・・・解る。」

「で、この“個”に分かれた魂魄のカタチなんだが、恐らくは“完全”じゃないんだ。実際完璧な魂魄を有する人間なんて居ない。
歪にゆがんでいたり、そこここが欠けていたり、その形状も欠陥もそれこそ千差万別、同じものは2つと無い。
だからこそ“生”は不安定であり、その安定を求めるように“完全”を目指す。
・・・・・・宗教的な言い方をすれば、それが、それこそ単細胞生物から人に到るまで、魂を有するものが“生きる”理由なんだろうけどな。」

「・・・・。」

「で、その魂の成形を促す手法の一つが、“合一”という。
簡単に言えば、魂の欠けたり、足りなかったりする部分を、他から持って来て補完する、ってことだ。
神秘学や密教に存在する概念は、神や仏を取り込むことによって、同一の存在となり、人を超えたり、悟りを開くことを意味するが、まあ大局的には同じようなものだろ。
魂魄がより完全に近くなれば、悟りも開けるだろうからな。

で、その“合一”を男女の陰陽に当てはめるものがある。

一部真言密教系の宗派や立川流なんかに見られるし、ヒンドゥー教のシヴァ信仰やシャクティ信仰なんかもその概念がある。
完全合一できる相手に巡りあえば、超人化出来るなんていう話もあるが、神秘学の神人合一と同じで、そこまで行くと眉唾ものだけどな・・・・。

けれど、現にセックスは、実際トランス状態に導きやすかったりする。肉体の感覚を刺激して、脳内麻薬を満たし、一部アストラル体である精神に影響できる一番簡単な手法、と言うことだ。


で、鑑と武の話に戻すと、先刻も言ったように、魂魄は誰しも何処か歪んだり欠けたりしている。
けれど、その欠損や歪曲をお互いに補完できるカタチが存在するとしたら、どうなると思う?」

「 !! Hによる“魂”の接合で、“合一”できるって事!?」

「・・・そういう事。
鑑と武の場合、その相互補完率が極めて高いんだ。おそらくテン・ナインとかイレブン・ナイン、殆ど完全合一対:“perfect union”と呼べるくらいに。

多分、そういう存在が同じ時代に居るだけでも稀有だろうし、ましてや出会えるなんて相当に低い確率になるだろうが、ま、因果にまで干渉する鑑と武ならそれもおかしくはないだろう。
だから武は誰よりも鑑を選ぶし、鑑も武がいいんだろ?

だったら、肉体と、せいぜいが脳内麻薬で精神にしか快楽を与えられないBETAなんか、目じゃないさ。
どんなに肉体の快楽を与えようが、薬で精神さえ支配しようが、根源たる魂魄の接合に勝る喜びがあるわけ無いじゃん。
肉体に性的負荷を与えてイき殺すことは出来ても、魂魄の接合なんか、生命ですら無いBETAには不可能。
鑑に取って、と言うか鑑と武はお互いに誰よりも深い充足と、完全な魂の平穏を与えてくれる相手、と言うわけだ。
それを直感的に感じ取っていた鑑は、故にBETAによってどんなに性感による快楽の深淵に溺れようと、最後の最後まで武を求め、魂の存在しないBETAには決してそこに至れなかった。

前回のループでは、一回の接合で因果導体すら開放できるわけさ。
肉体や精神を超越した魂魄の接合。それはたった一度でも正しく“永遠”を手に入れた様な物だからな・・・・。」

「・・・・それって、一回しか出来ないの?」

「まさか。
他に完全合一対なんて知り合いに居ないから知らないが、肉体や精神を重ねあわせ、魂の接合にまで至るのは、本来相互の信頼や愛情があってこそ。
鑑と武の場合完全合一に近いから、前回は磁石が惹きあうように先に接合しただろうけど、繰り返し重ねることが出来れば、重ねるだけ深化するはずだ。
今のESPが発現した鑑なら、武との“遠話”や“技能共有”くらいは直に出来るようになるかもな。」


彼方君の話は、わたし的には凄く納得出来る話で、前の世界の経験とも一致する。
不安の全てが払拭された訳ではないが、安心させてくれたことは確か。
思うのは・・・・一刻も早くタケルちゃんと一つに成りたい・・・と言う事。


「・・・でも、そうすると冥夜や皆も?」

「・・・ああ、皆武との適合率は高いと思うぜ。鑑が100%に近いなら、彼女たちは90%台じゃないか?
魂魄のカタチと、性格や身体機能とは関連が無いからそれぞれバラバラだけど。鑑を喪ったループ世界なら、武とくっついてもなんら不思議はない。
カタチが似ているから、武とは引き合い、そして似たもの同士お互いには共感できる。
似てるが故に、逆に少しずれると盛大に反発しあうこともあるだろうが、な。

まあ、90%台だと、イキナリ接合には至れないだろう。それこそ回を重ねていけばそのうち、ってとこか。」

「・・・・・・。」


わたしがその話に、わたしが力使えば、他の娘にも“接合”を感じさせることが出来るかな、と黒い事を考えたのは、彼方君にはナイショ。







けれどその後、再び・・・ホントの肉体を取り戻したこの世界群のわたしとしては初めて・・・タケルちゃんと結ばれた時にそれを理解した。


完全合一。


それは肉体や精神を超越したた魂の接合。

ただ、人が人として生まれるとき、分かれた魂が完全な状態ではないのは確か。
その足りないものを埋めるように人は、生命は“生きる”。
足りないものは、人ぞれぞれであるから、求めるものも異なる。
生物の長い歴史の中で性差が生まれたとき、互いの足りない部分を補うように


そして相互の不足を完全に補完し合うペア。
比翼連理。
運命の相手。
ベターハーフ。


確かにわたし達は“パーフェクトユニオン”と呼べる存在なのだろうと・・・。

それを、既に喪った“未来の記憶”としてではなく、再び得ることが出来たのだ。


その境地に至って思うのは、タケルちゃんの愛しいモノ全てが愛おしい・・・。


タケルちゃんを好きになる娘は、要するに“足りない部分”がわたしと似通っているのだ。
だから皆もタケルちゃんを求める。それは、わたしと補完する関係にあるタケルちゃん側からも同じこと。
その適合度が高ければ高いほど、肉体を超越した“魂の充足”が得られるのだから。

そして“肉体・精神の充足”がそれを高めるのも、また確か。






因果特異体であるタケルちゃん。

開放できなければ、恐らくはこの世界群を果てしないループに導き、消滅させる存在。


その開放条件は、タケルちゃんが幸せになること。

それは、皆の生存と、幸せな未来に他ならない。



わたしは、再び得ることが出来た充足に感謝しながら、決意を新たにした。









そして、現実に戻れば、崩れかけた橋が見える。


一応これでもアストラル思考体持ち。1つか2つの並列思考しか出来ないビギナーだけど。
00ユニットを使えば無限の並列思考も可能ではあるが、ここで使う意味は無い。



その橋の向こう、既に太陽は、赤く水平線上に浮いている。




レドームは記憶どおりの位置にあったし、壬姫ちゃんは外すこと無くそれを一撃で破壊した。

後は何の障害も無かった。


壊れそうな橋も、指示するまでもなく、彩峰さんがロープを手に、崩れかけた橋を渡っていく。

直ぐに固定されたロープを頼りに、頼もしい仲間が渡ってゆく。

タケルちゃんが守りたい仲間であり、そして今後共にタケルちゃんを支える同志。




その“仲間”と共に、指定回収地点に着き、神宮司教官と、そしてタケルちゃんの出迎えを受けた。




水平線上に僅かに際を残していた太陽が、あかね色の空を、刹那、緑の閃光に染め、そして姿を消した。


Sideout





[35536] §50 2001,11,02(Fri) 20:00 ユーコン基地
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Date: 2016/05/06 12:07
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'15,02,03 齟齬修正
'16,05,06 タイトル修正



Side ユウヤ


リルフォート歓楽街地区。
幸いにもテロや侵攻したBETAの被害を受けなかった一角に、今のオレ達のいきつけがある。
前とは違い、無愛想なマスターのやっている店だが、料理と酒の品揃えは良い。
皆も必要以上に馴れ合うのを無意識に避けているのかもしれないが、今はそれが気楽だった。


集まっているのは、アルゴス小隊のメンバーに、専属整備のヴィンセント、XFJ計画専任オペレーターのリダ・カナレス、ニイラム・ラワムナンド、フェーベ・テオドラキスを合わせた8人。
所謂いつもの面子。
唯依やドーゥル中尉、そして御子神大佐は後から来るとの事だった。


そう、本来ならアルゴス試験小隊のブルーフラッグ祝勝会であった。

プロミネンス計画に参加したインフィニティーズは、謂わば米軍の圧倒的有利を知らしめる示威行為そのもの。
明らかに上から目線の米軍に喧嘩を売られた様なものだったのだ。
所詮寄せ集めでは、明確な軍事ドクトリンに基づく米国製戦術機には及ばない、という無言の圧力。
その為にも圧倒的な戦力と技能を有する全米最強部隊を送り込んで来たのだ。

だが圧倒的に有利と思われたステルス性を持つF-22EMDを、プロミネンス計画側のアルゴス試験小隊が正面から打ち破り4-0と言う完全スコアで勝利したのである。

これは基地上げてのお祭り騒ぎになってもおかしくない状況だった。



なのにリルフォートが静かなのは、その後に起きた強襲の後味が悪すぎた。


選りにもよってインフィニティズの後催眠暗示に依る、御子神大佐の襲撃。
画策したのは、米軍少将であった基地司令。

国連基地として米軍に対し、当然の激烈な抗議。

それに対し、今のところ米国国防省は、個人的思想に依るテロと回答し、既に航空機で米国内に逃亡した少将は、抵抗を示した為撃墜されている、と聞いた。
そこにどんな陰謀が絡んでいるのか、下々のオレ達には判らないが、撃墜が証拠隠滅であることくらい理解できる。

今中尉以上が居ないのも、その所為で基地上層部は大騒ぎなのだ。


しかも、その襲撃をアルゴス試験小隊が丸腰のまま防いでしまった。

対人戦最強と謳われた実弾装備のインフィニティズを相手に、無手で完全撃破した。
これは、米軍にとっては個人的テロ発生どころの騒ぎではなかった。

圧倒的な実力差が無ければ、そんなことは不可能。
その不可能を、機動により為してしまったということなのだ。

もともと戦術機はその機動性を最大の武器に、対BETA兵器として進化していたモノ。
ステルス性という、対人兵器として特化した機能に偏った戦術機が、本来の存在価値であるその機動性を突き詰めた機体の前に敗れ去る。
それは進化の方向性を間違えた事を突きつけられた様なもの。
ステルス戦術機による世界支配を目論んだ米軍の戦術機ドクトリン、それを完全に崩壊させた。


上級将校の勇み足に見せかけた陰謀の失敗、そしてドクトリン崩壊。

米国国防省や議会まで含めてさぞや全米の軍関係者が蜂の巣を啄いた状態に成っているだろう。



そしてこの勝利によってオレ達XFJ計画に課せられた懸案も全てクリアし、XFJ計画そのものも最高のカタチで完遂と成った。

実際先ほど基地で極小さなセレモニーが行われ、その達成に対する殊勲も讃えられた。
本来は一つの計画完遂であるのだから、基地を上げての祝典とするのが通例ではあるが、大騒ぎの最中である事と、渦中の御子神大佐や唯依は明日にも帰国するため、急遽ハルトウィック大佐が招集した。
プロミネンス計画としても、米軍の横槍を完膚無きまでに叩き潰し、今後国連計画としての独立性を主張出来る。
更には、その機動の原動力であるXM3の供与も約束されているのだからその最大限の感謝を示した、という側面もあるのだろう。
実際横浜で推進されている計画で、XFJ計画の一部を引き継ぐらしく、今後もその関与が示された。
プロミネンス計画やフェニックス計画としては諸手を挙げて歓迎する事だろう。
今後テロやその際のBETA殲滅に対する勲功も合わせ、小隊員は皆中尉に昇格することも考慮されているという。
ただし、その場合はアルゴス試験小隊という枠を越え、XM3関連の教導に携わることに成るというので、今期末に再編含め検討、ということだった。
ここに一緒に居るXFJ専任オペレータの皆に関しては、今後も継続するフェニックス計画専任という事になる。

要するに唯依以外、今後も暫くくされ縁という事だ。



なので、祝勝会に加え、XFJの打ち上げ・解散会、と色々あり、一方でヴィンセントは再び嘘みたいなオッズをひっくり返した第1戦以上の大金をゲット、ついでにCPのオペレータ達の間でも行われた賭けでは、フェーベの独り勝ちという状態。
その金で飲み食いには困らない。

基地の騒ぎや、米軍の激震などオレ達には関係ない。
この一角だけが、盛り上がっていた。


本当は、あんな襲撃がなければ、きっと此処でレオン達とも飲り合っていただろうに・・・・。


あの後、炭素屑に成り果てたF-22EMDから救助されたインフィニティーズは、誰も強襲の事を記憶していなかった。
自分たちが行った強襲の映像を見せられて愕然としていたらしい。
それが操られて悪事の片棒を担がされたことへのショックなのか、実弾装備を以てして無手のアルゴス小隊に敗れた衝撃なのか、判らないが。

検査入院という拘束。暗示が完全に抜けているのが確認されなければ、出てこられない。

その後は、恐らくMPによる事情聴取。

後催眠暗示中で在ったことが証明されればその責任能力はなく、軍事法廷に成ることは無いが、最強の部隊とも言われる教導部隊が安易に暗示に掛けられてしまったコトに付いてはは批判も集まろう。
殲滅についてはインフィニティーズの不甲斐なさを指摘する者もいたが、過去インフィニティーズと模擬戦闘を繰り広げ、その強さを知っている者の方が、その衝撃が大きい。


つまりはステルス無効環境下では、XM3装備のXFJやACTVにさえ競り負ける、と言うことが明確に示された。
強襲に於いて実弾装備をしながら無手の相手に負けた、と言うのは最早何の言い訳もできない。


勿論、そんな事が出来るのは、現状XM3を装備し、CCCAやMACROTまで伝授されたアルゴス小隊だけなのだが・・・。
後催眠暗示中で柔軟な判断はできないとは言え、F-22EMDのアビオニクスと最強と言われたインフィニティズの技量を以てしても、マーカーを振り切り弾幕を躱す機動をされた。
勿論射線予測まで行ったCAP-RTと言う裏技あっての機動だが、事実は事実。
それを御子神大佐だけではなく、オレ達も実施してしまった。
誰でも演繹出来、普及可能である、という証明に違いはなかった。。


そう、それを知らない一般の観客は、3対1でも正面からぶつかり、勝利したアルゴス隊を絶賛した。
アルゴス試験小隊は、“ラプター・クラッシャー”と渾名されているという。
ヴァレリオに依れば“キラー”ではないのがミソ[●●]らしい。

しかし、一方で1対3という圧倒的に不利な状況に於いて逃げに徹し、相手の消耗を誘った戦術は、そのまま見れば“卑怯”とも取れた。
相手の消耗後に手足を引きちぎったやり方もやり過ぎた。
故に御子神大佐を積極的に賞賛する声は殆ど無かった。


「しかし、オレも片付けに駆り出されて観てきたけど、確かに凄いね、御子神大佐は。
あのラプターの手足を無手であんな壊し方する人は初めて見た。
余程戦術機に詳しくて、機動を理解し、そしてユウヤの言うMACROTを極めて居ないと無理だね。」

「あれは・・・、ちょっとエグ過ぎです!」

「ドS・・・。」

「鬼畜ね。」

オペレータ3人娘が口を尖らせる。あの蹂躙戦は余程怖かったと見える。リダなんか涙目だ。
あの時皆が幻視したという、御子神大佐が纏った黒い霊光に、少なくともユーコン基地では“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”なる二つ名まで定着しつつある。
これも“ブラック”ではなく“ダーク”なのがミソ[●●]だとか。


「・・・そうだね。
大佐は多分、もっと簡単に済ますことも出来た。
マークを振り切る機動が可能なら、逃げずに仕掛けることも出来ただろうな。」


・・・流石にヴァレリオは解っているか。


「! なのに嬲るように消耗を誘ってから、手足をちぎったんですか?」

「超ドS・・・。」

「極鬼畜ね。」


ヴァレリオが苦笑している。


「・・・インフィニティズは後催眠暗示で周囲の状況なんか頓着していなかったからな。
誘えば乱射する彼らを、フレンドリィファイアで潰すのは、簡単だっただろうな。
・・・・但し、その場合、彼らはタダじゃ済まないけどね。」

「!!・・・・・」

「まさか・・・?」

「そんな・・・!」

「・・・・戦術機はああなっても、大佐に斃されたレオンとガイアスはカスリ傷もないとさ。
ブレーザー中尉は打撲で、シャロンはおでこにコブ作ってたなぁ~。」

「・・・うっせ。あれでオレはイッパイイッパイだ。」

「う~~~、あたしも遣りたかった~~っ!!」


チョビが騒いでいるが、オレは、オレ達は思い知っている。
インフィニティーズに勝てたのは、偏に御子神大佐の齎した装備・戦術故であることを。
そして、その装備を100%使い切る技量―――。
“紅の姉妹”、“衛士としての篁唯依”以上に遥かに遠い、目標。

恐らくは装備・戦術・技量、何れも人類の最高峰。
其れが御子神大佐であり、そして白銀少佐なのだ、と・・・。




カランっと音がして、扉が開いた。


「・・・すまん、遅くなった。」

「唯依、遅いぞ~・・・って唯依だけ?」


入ってきたのは、唯依一人だった。
私服にフライトジャケット、手には四角いアルミケースを持っている。


「あ、うん・・・。
ドーゥル中尉と御子神大佐は、事後協議でどうしても抜けられないそうだ。
楽しんでこい、と私だけ来ることになった。」

「ちぇーっ!、大佐と飲みたかったなぁ・・・。」

「お詫びに支払いは、全て御子神大佐が持つそうだ。」

「流石大佐! 太っ腹だねぇ!!」

「それと・・・、あ、マスター、差し入れの持ち込みなのだが、構わないだろうか? 持ち込み料は支払うが?」

「10ドル・・・、が正規だが大佐にはこの前キングサーモンも戴いた。
フリーで構わん。」

「ありがとう。ではシャンパングラスをお願いしたい。」

「唯依、それは?」

「勝利と、襲撃の際の援護、その礼だそうだ。」

「そんな・・・、装備を揃えてくれたのは、大佐なのに?」

「そんな事はない。
実際みんなは、実弾による命の危険さえ顧みず、援護に廻り、見事指揮機を斃した。
与えられた装備を短時間で使いこなし、勝利に結びつけたのは紛れもなく皆の技量、と大佐も賞賛していた。」


顔を見合わせる。
VGもステラも素直な賞賛に照れくさそうだが、正直嬉しい。

唯依は、厳重なケースを開く。一部を解除するとプシュっと小さな音がする。


「・・・随分厳重なのね・・・。」

「・・・窒素封入して温度と気圧を管理しているそうだ。
私は洋酒には詳しくないので、よく知らないが・・・。」


そして取り出したのは、極薄い紅を帯びた金色に輝く液体を満たしたボトルだった。

丁度シャンパングラスを持ってきたマスターが固まる。
取り落としたグラスを、オレが受け止める。


「・・・・く、クリスタル・ロゼ・・・?」


ボトルを見れば1983のヴィンテージ。
・・・ルイ・ロデレール?

VGが驚いたように立ち上がり、ステラが両手を口に当てて目を見開いた。


「・・・・・凄えェ! こんなモノが残っているなんてっ!!」

「・・・いいの?、こんなのを頂いちゃって?」

「? 飲まないとあとは劣化するだけだから、遠慮無く開けろと言われたけど、そんなに凄いものなの?」

「・・・・・・・あのね唯依、それは’83年にフランスのシャンパーニュで創られたシャンパンの最高峰と言っても良いお酒なの。
熟成に本来最低でも3,4年掛かるから、欧州陥落の直前に出荷された最後のヴィンテージだと思うわ。
つまり、欧州が喪われた今、2度と創られない幻・・・・。
シャンパンは早飲みだし、保管も難しいから米国国内にだって、もう残っていないかも知れない代物なのよ。」

「・・・今、オークションに出せば、恐らく金満の米国なら好事家が10万ドルは下らない値を付けるだろうな。」

「「「「・・・・・10万ドルっっっ!!??」」」」


知らなかった全員が目を剝き、マスターが頷いていた。


「・・・・・・・そうか。
まあ、・・・御子神大佐のやることだ、今更だな・・・。
敵に回れば峻烈だが、身内と認めれば、途方もなく甘いらしい。
マスターにもこの前のお礼にご相伴頂けと承っている。」

唯衣はそう言って苦笑しただけだった。
・・・なるほど、そう言われればそうだ。
・・・唯依は既に余程驚いてきたのだろう、その達観ぶりで理解した。

そして・・・。コレが饗されると言う事は、少なくともオレ達は、その大佐に認められている、と言うことだ。
それが、何よりも嬉しい。

マスターが抜栓を任され、静かにコルクを回す。
間違っても素人が開けて噴かせるわけにもいかないだろう。


「じゃあ、唯衣、XFJの責任者として一言言えよ。」

「う・・・コホン。
此度はこちらの都合による急な要請と、そして完全勝利での完遂、本当にありがとう。
そして、・・・今後とも宜しく頼む。」

「勿論!」

「当たり前だろっ!」

「こちらこそ。」

「・・・ああ。宜しくな。」

「・・・・では、アルゴス試験小隊の勝利を祝い、人類の勝利を祈願して、乾杯っ!」


キン、と澄んだ音。

口にした高貴な液体は、驚くほど飲みやすいのに、極めて精緻で複雑。口腔に鮮やかな泡を残し、スッと喉を通って行った。










バタンっ!とドアが開いたのは、宴もたけなわ、皆が勝利の美酒に盛り上がっていたときだった。

見ればまだ腕を吊った亦菲が凶暴ケルプの如く仁王立ちしていた。


「・・・ユウヤ! 貴方等一体、何をしたのっ!?」


チョビがその様子にヘヘンと鼻で笑う。


「・・・なにって、インフィニティーズ戦勝利の打ち上げだ。」

「ラプター相手に、完勝、しかも実弾装備相手に、素手で封殺など、あり得ないでしょ?!
一体なんのトリックを使ったのよっ!?」


・・・・成る程、どうやらまだ入院している病院での観戦だったらしい。CPで唯依の解説を聞いていたなら兎も角、大佐が公開した対ステルス装備もまだ聞き及んで居ないのか。


「・・・XM3の話くらい聞いていないのか?」

「!! ・・・・それは・・・聞いたけど・・・だけでじゃ無理でしょっ!?」

「・・・それ以上は、機密だ。
オレの口からは何も言えない。
テストパイロット[●●●●●●●●]として、そのくらい解るよな?」

「!!・・・・。」


悔しそうに目を伏せる。

コイツが絡んでくるのに、弐型の情報収集という目論見があることくらいはオレにだって解る。
その弐型の性能が一気に上がり、あまつさえ最強と言われたF-22EMDを斃したのだ。
各国の試験小隊、そして全ての視線がこちらに向いているのも解る。
今迄はF-22EMDに向けられていたその視線が、弐型に向けられることになるのだ。

・・・・・・・成る程、御子神大佐の狙いはそれ[●●]か。


国連部隊として、適度な情報公開と視線の集約。

XFJが事実上完遂と言いながら、横浜の引き継ぐXFJ。
あの御子神大佐がコレで終わらせるはずもなく、何らかの改修が継続されるのは明白。
その事実を隠すために、此処ユーコンでPhase3 の情報を小出しにする。
全てを引き上げてしまえば、その目は帝国や横浜に集中せざるを得ないが、帝国内より此処の方が組安し、と思うのは仕方ない。
何時までもそれが通用するとは思えないが、きっと僅かな間でも、その矛先を逸らせれば十分なのだろう。

謂わばXFJ情報の陽動部隊なのだ。


XFJをプロミネンス計画に残し、託してくれることで嬉しかった反面、軍略的に何の意味があるのだろうと疑問だった。
それを漸く理解した。

勿論その意義も解るし、そして利用されたとも思わない。
陽動部隊など、本来信用されていない者に任す事ではない。
少なくとも、いくつもの重要機密に関わることを伝授されている身なのだから。
それならそれで、任された事を全うするだけだ。


「今は、チーム[●●●]の語らい中だ。
機密にも関わる。
・・・・関係者以外は、遠慮して欲しいな。」

「!!、私はユウヤのよ「オレは承諾してないぞ」・・・!」


其れじゃなくても、まだ弱っているクリスカやイーニァも居る。
これ以上コイツに勝手に引っかき回されては、オレとしても溜まったものではない。


「・・・!、篁中尉、あなたの所為ねっ!!
そもそもあなたは疑惑を掛けられて、逃げ帰ったんじゃなかったのよ?」

「・・・このインフィニティーズ戦を以てXFJ計画Phase3は全て完遂した。
崔中尉が心配しなくても、私は明日には帰国し、その後国家存亡・・・、いや人類の存亡を賭けた作戦に臨むことになるだろう。」

「!!・・・・そうだったわね、日本も半分BETAに囓られた様なものだったわ。
同じトコに居たよしみで死なないようには祈ってあげる。
・・・・二度と此処には来て欲しくないけど。」

「・・・・心配は痛み入る。もとより死ぬ気は無い。」

「・・・・ユウヤ、私は諦めてないからね! 覚えていなさい!」


・・・・・相変わらず、台風のような女だ。


Sideout




Side フランク・ハイネマン


何度も何度も、その映像、そしてデータを検証した。
自室に戻った私は、今は暗くなったモニターを見つめるともなく見つめている。



御子神彼方・・・・。

XM3と、基本的に再現可能な既存技術の組み合わせだけのXFJとACTVでF-22EMDを撃破してみせた。

それもブルーフラッグの演習戦だけではなく、第5計画派が画策した強襲策さえ打ち破り、ラプター4機、6億ドルを無手で炭素屑に変えた。

それが米軍、というよりは実質第5計画派が推していたドクトリンの崩壊であることは明らかで、G弾によるBETA主要ハイヴ殲滅と、その後の世界制覇という米国の支配構想自体が、既に成立しなくなっている。


しかも、先程極秘に伝えられた情報に依れば、第4計画派を極秘に強襲した非合法部隊が白銀少佐と思われるXFJ 1騎に、撃破されたらしい。
A-12で構成された中隊12機が瞬殺だったとの事で、その様子は衛星監視で捉えられ画像は荒いが、御子神大佐と同等以上の機動をしていたと言う。

この2つの事実から少なくとも既に横浜に対して、ステルスは何の脅威でもない、と言う事になる。
それは直ぐに帝国に齎されることだろう。



更にリークされたG弾の大量使用に依る地球環境の壊滅的被害予測。
以前キリスト教恭順主義の国連職員によって暴露されたG弾のデータに基づくシミュレーションは、地球規模の重力偏向を引き起こし、大幅な潮位変動を齎す、と言う物。
その影響はどんなに小さく見積もっても数100m、最大では数kmに及ぶ海水面の偏移が生じるのだ。
第5計画派は、その信憑性の否定に必死だが、この僅かな時間でさえ検証した各研究機関からは、更に詳細検討の必要あり、としながらも予測の妥当性を認めた。
私自身も簡単な検証をしたが、その予測は極めて正しいと認めざるを得なかった。


・・・・人類自決兵器。

一部ではG弾は、既にそう呼ばれ始めていた。
そのG弾神話の凋落に対し、XM3による機動は通常兵器によるBETA殲滅の希望を示した様なものなのだから。



当然第5計画派内部でも、慎重派からはG弾使用に関し疑問の声が上がっている。
元々第5計画の主流派は、G弾によるBETA殲滅とその後の世界支配を目論見、その陰には、移民派が存在した。
その移民派は、米国だけではなく、各国財界人に対し、万が一の時の避難及び移民、その搭乗権をエサに協力を取り付けている“影”の主流派だ。

そしてその協力を取り付けたはずの財界からも疑問の声が湧き上がっていた。
―――バーナード星BETA汚染疑惑。
これも元を正せば横浜の情報らしい。
検証をすればするほど欺瞞ではなく、真実に近いということが判る種類の情報。




・・・既に状況は大きく動き始めている。



今、自分が属するボーニングも、上層部は第5計画派で占められていた。
但し、ボーニング程の巨大企業ともなると全社が一つの方向に偏っては、リスクヘッジが出来ない。
なので、使いふるし再生の様なフェニックス計画を立ち上げ、XFJ計画への参入も第4計画派や、反第5計画派まで巻き込み、米国議会承認までさせた。
その責任者を押しつけられたのが、私、と言うわけだ。

しかし私に取って、ユーコンという土地は存外合っていたのかも知れない。
表向きACTVと言うF-15の焼き直しをしながら、F-14の思想を継ぐSu-47への協力、そしてYF-23の魂を受け継がすべくXFJ Phase3を手掛けてきた。


その中で運命のように引き合わされた兄妹。


滅び行く世界でボクらの、そして君達の子がどんな輝きを魅せてくれるのか。
それが密かに楽しみで仕方なかった。


そのテーブルを根本からひっくり返したのがあの男、・・・御子神彼方。






何しろこのOSは異常だ。

その動き見たときは驚いた。
戦術機に可能な動きじゃない。
戦術機の世代を1世代上げてしまうのに等しい。


渡された仕様書を見て更に驚愕した。
その内容も破格だったが、その構成がおかしかった。

一見しただけで判るような人間がそうそう居るとは思えないが、このシステムは異常だ。
それは様々な思想がゴチャマゼになって、それでいて統一のとれた美しい動作をする。
まるで幾つもの微生物が徐々に集まって形作られた大型生物の様。
全く方向性の違う、矛盾する相反した要素までをも含む、そんな構成。
どう考えても、一人の人間が考えたものではない。
思考のパターンがバラバラなのに、それを絶妙に組合せ、突出した全体最適を実現する。
そんなロジックを含んだシステムだった。


このOSは、少なくとも数年、多数の人の手によって改修を繰り返してきたはず。

第5計画派は、仕様書さえ開示されれば、あるいは搭載された機体が手元に残れば、簡単に同等以上のOSを作れると思っていたらしいが、これは無理だ。
設計思想、アーキテクチャ、アルゴリズム、どれを取っても10年以上の隔たりを感じる。
そのシステムロジックに至っては、気付かなければ永遠に手にすることはない。

少なくとも今の戦術機に使われているCPUでちゃんと動くOSを作るには、今のOSメーカーが必死になってどんなに総力を挙げても最低5年は掛かる。

それ程隔絶したシロモノだった―――。
・・・ソフトウェアに関しては、ボク以上の天才だと、認めざるを得なかったよ。



しかし、どうやったら、こんなロジックが成立するのか―――。
それが解らなくて本人に質問したら、あっさり答えてくれた。


―――なんとまあ、それがゲームとは。

極東の街の片隅で、子供たちが造り、遊び、そして自ら考え、書き換えることで進化して行ったゲーム。
その生き残った一人が白銀武であり、ゲームを組んだのが御子神彼方。
こんな発想を生んだその街が、横浜で在ったことも何かの因縁かもしれない。



加えれば困ったことに、このOSの正規版には欺瞞が利かない。
つまりアクティブ・ステルスを一切無効化してしまう。
I/Oまで含めて統合制御しているから、第2世代であっても偽装用のコードなど取り付く島もなく刎ねられる。

―――F-22EMDなんて歯牙にも掛けないわけだ。
そしてPhase3となった機体はYF-23譲り。


不味いね・・・。

ちょっと強くし過ぎたか・・・。


元々ステルスなんて、YF-22に対抗するためだけに付けた。
けれど彼がその気になれば、戦域データリンクそのものを支配してしまう事もできる。
・・・もう持っている可能性さえ無くはない。
ますます対人戦のステルスなんて意味がなくなる。



そう―――世界は変わり始めているようだ。


彼にも見抜かれたが、私の遣りたかったことは概ね順調で、そして遍くそれで満足していた。

けれど、既に横浜には、アレ[00ユニット]が誕生している。

かつて期待し、我慢して待望し、そして大いに失望した第4計画。
この土壇場に来て、やり遂げた。




彼が示した2つの数字。

―――第6世代の礎。



それは、インフィニティズとのAH戦でも見て取れた。

彼の駆る横浜製[●●●] XFJ。
エイジが言った開発コードは“Evolution4”―――。


―――あれは既に別物だ。

私とて、そこまで目は曇っていない。
出力や恐らくはレスポンスまで制限してPhase3らしく見せていたが、襲撃に際しての機動は隠しようがなかった。
重量バランス、瞬時加速、旋回性能―――。
どれをとっても、違う。

“Evolution”と冠するだけの事はある。
XM3によって、第3世代機が3.5、乃至第4世代に極めて近くなっている今、既にその上、第5世代機に届いている。

彼が示したあの“数字”―――、それを証明するに十分だった。



・・・困ったね。

戦術機はもう一つ上のステージに上がる事が必要みたいだ。


0Gから1Gでの機動。
大気圏脱出と再突入。


今までと全く違う領域で考える必要がある。

“次世代”の戦術機開発―――。

これに絡まないという選択肢は有り得ない。
何よりも彼に侮られたままと言うのは悔しいではないか。














ところで、彼は去り際に数枚の絵をおいて行ったんだよ

VAF-25
VAF-29
VAF-35
vFFR-41

―――君はどう思う?


Sideout




Side 唯依


達成感。

開放感。

そうXFJ計画の責任者としては、今日ほど目出度い日はないのだ。


ここに来る前繋いだ通信で、巌谷の叔父様にも手放しで褒められた。
ステルスに偏っていたドクトリンの崩壊は、既に帝国軍内部でも大きな衝撃と成っているらしい。
そしてラプターを完全に打ち破ったXFJの評価は鰻登りだと言う事だった。

雑事の残っていた御子神大佐は、しかし私に差し入れを持たせ行ってこいと言ってくれた。
明日には帰国する。
打ち上げに御子神大佐が同行出来なかったのは残念だが、大佐とはこの後も引き続きEvolution4もあり、幾らでも機会は在る。

私が行く建前として持たせてくれた差し入れも、やはり破格らしい。
もう今更驚かないが。
17歳と本来は州法上引っかかる年齢だが、2度と目にすることは無いと皆が言うシャンパンの乾杯だけは目を瞑って貰った。
帝国でのお屠蘇など、お酒は初めてではなかったが、お酒が美味しいと心から思ったのは初めてだった。

楽しい雰囲気に宴は進んだが、そこに現れたのは、崔中尉。





けれど崔中尉に問われるまでもない。

私が明日帰国すれば、次に待っているのは、オリジナルハイヴ攻略。
白銀少佐を以てして、BETA地獄と呼ぶ地上最大の難関。
そこに挑むこと前提で、横浜に出向した。
今、御子神大佐が構築している装備ですら足りない、という物量。
現状装備での損耗率は40%。

生き残れるように祈ってくれる、と言ったように明日をも知れぬ身なのは、確実なのだ。
負けても生き残れるAH戦やシミュレーションではない。
負ければそれは即ち“死”。
なにも残せない、なにも残らない。



その危機感の所為なのか、それとも計画の成就と僅かなアルコールで気が大きくなっていたのか。

私は、2次会から河岸を変える途中、ユウヤにアルゴス試験小隊専用野外格納庫に来るよう頼んだ。





「すまん、態々。」

「そんなことは何でもない。
唯依から話って、珍しいな。
・・・なんの話だ?」





















「・・・私は・・・・ユウヤが好きだった・・・。
つまり、男性として好ましいと・・・思っていた。」

「え・・・・・・・。」


その鳩が豆鉄砲を喰らったような顔に、やっぱり今以て思っても居なかったんだと思う。


「私は明日には日本に還る。
その後は・・・・、さっき言ったように恐らく帝国の、人類の存亡を賭けた戦いが待っている。」

「!!」

「・・・生き死にも解らないが、その前に、・・・・せめてそんな気持ちを持っていた奴も居たと伝えておきたかった。」

「・・・唯依・・・・・オレは・・・・。」

「―――応えなくて、良い。」

「え?」

「ユウヤが私を女として見ていなかったのは、さっきの表情で判る。」

「ぐ・・・。」

「そもそも貴様は鈍感すぎる。
崔中尉をはじめ、リダ・カナレス、フェーベ・テオドラキス両兵長も難からず気にしている様子。
―――気付いていたか?」

「・・・うぐぐ・・・。」

「―――そして、ユウヤは彼女[ビャーチェノワ少尉]を選んだのだな・・・。

「!!・・・・・・・ああ、そうだな・・・・。
ホント今更だけど・・・・唯依のコトは・・・多分好きだと思う。
今、面と向かって言われるまで気がつかなかった超鈍感大馬鹿野郎だけど。
でも、その為にアイツらを捨てることは・・・・・オレには出来ない。」

「フ・・・判っている。
言ったろう?
気持ちだけ知っていて貰えばそれで良い、と。
・・・寧ろそうじゃないと困る。

私の気持ちは、以前緋焔白霊を貴様に託したときに、決別した―――。

・・・ただ、余りに何も気づいてもらえなかったのが悔しくてな。」

「ぐ! はぁ―――、その為にこんなトコに呼び出したのかよ・・・。」

「そちらは[つい]でだ。」

「序で?」

「―――刀は渡せたが、まだ渡せていないものがある。」

「・・・。」

「ユウヤ、・・・最後に一度だけ、試合わないか?」

「!、ああ、―――それで此処か。
―――確かに、それ[●●]は残ってたな!」



















夕方から降りだした11月初頭の雪が舞い散る。


私とのV-JIVESによる模擬戦を終えたユウヤは、再び街に還るらしい。

最後に、すまん、そしてありがとうとハグされたが、自分でも驚くほど素直に受け入れることが出来た。



その“兄”の感触を刻むように、まだ11月始めの降りしきる雪の中、その姿が消えてもそこに立ち尽くしていた。






その雪が目前で一瞬逆巻く。

風に煽られた雪が舞い上がり、散ってゆく。


そこに、主翼を立てたXSSTが舞い降りていた事に初めて気がついた。






「あれ? こんな雪ん中で何してる? しかも強化装備で・・・。」

「あ・・・はい、ユウヤと試合を―――。」

「―――ああ、そっか。
ま、いくら強化装備でも寒いだろ。」


詰所に入ると、ほっとするような、暖かな空気。

気温だけではなく、それを醸すその存在。



「・・・・で、この後どうする?」

「・・・この後・・・ですか?」

「1・愚痴に付き合え
 2・ヤケ酒に付き合え
 3・泣きたいから一人にしろ
 4・泣きたいから胸を貸せ
・・・選択肢は、こんなもんか。」

「・・・2でも良いですか?」

「・・・了解。」


ふらりと立ち上がり、取ってくると一言。
そういえば先程のシャンパンもXSSTから引っ張りだしていた。

けれど、提示された選択肢―――。
大佐はやはり気付いていたのだろう、私のユウヤへの気持ち。


真実を知った時にはその運命の理不尽さにステラに縋りつき、ただ泣いた。
だが、今は違う。
まあ、鈍感な朴念仁への意趣返しも出来たし、伝えたかったことも伝えた。

同じ父の血を引く存在。
そしてハイネマンさんも認めたという才女、透徹した父への想いを一途に貫き通した尊敬すべき女性。
―――その才を、気質を受け継ぐ息子。

彼ならば、何れ辿り着くだろう。

だから大佐に頼んだのはヤケ酒ではなく、これも祝杯だろうか。
今日お酒が初めて美味しいと思えた。
未成年、そしてこの試合を決めていたからさっきは一口しか飲まなかった。

けれどここでなら、―――今日だけは少しくらい羽目を外したい。


そう思っていると、ボトルとワイングラスを持った大佐が戻ってきた。


Sideout





Side ステラ


「あらあら、陥としちゃったんですか? それとも略奪?」


酔い覚ましに訪れた野外ハンガーの衛士詰所に居たのは、ソファに座る大佐に、膝枕のように縋って眠る唯依。
その肩には、大佐のフライトジャケットが掛かっている。


「怖いこと言うな。
・・・ブリッジスにけじめを付けた、と本人は言ってた。」


・・・なるほど。


「・・・・・それで慰めたついでに?」

「いや、酒が飲みたいというから、デザートワインをな・・・。」


そこにある黄金色の液体を残すボトルを見て固まる。


「―――そ、それはまさか―――?」

「・・・ああ、ブレーメルは詳しいらしいって言ってたな。
シャトー・ディケム・・・’76年ものだ。
まだあるから飲むか?」

「 !!!、是非ッ!! 」


言われるまでもない。
今は喪われた貴腐ワインの最高峰。
しかも’76と言えば、伝説のグレート・ヴィンテージではないか!


「と言っても、グラスが取りにいけないから、これを洗ってくれ。」


膝に居る唯依を見ると、大佐は自分の空になったグラスを差し出す。


「・・・このままで構いませんか?」

「・・・好きにしろ。」


差し出し返したグラスに無造作に琥珀色の液体が注がれる。
しかし、ちゃんと判っているのだろう、乱暴に見えても細く注がれたそれは、一切泡立つこともなく、グラスに沿って液面が弛む。
それだけで馥郁とした甘い香りが辺りを満たした。



そっと口に含む。





―――そしてわたしは、ひっそりと涙した。









「けど、ユウヤとケリをつけたら大佐ですか。
・・・わたしにすれば羨ましい限りの男運の良さです。」

「・・・そんなに器用な娘でもないだろ。
・・・俺はおそらく父親代わりさ。
技術系って事で重ねている節もあるしな。
今は躓いても、また直ぐに自分で歩き出す。」

「・・・一緒に歩いてあげないんですか?」

「・・・何故、俺が?」

「・・・・そうですね。
客観的に見ていて貴方の何が凄いって、この娘を自然で居させられること。
自省癖の強い唯依はなにかとすぐ落ち込みます。
いつも貴方はその機先を制して唯依の意識を前に向けている。
・・・鈍感なユウヤの一挙手一投足に一喜一憂していた唯依をずっと見てきましたから。

そんな貴方だから、唯依は素直に甘えたんでしょう?
見栄も外聞も、飾りも強がりもなく。

もし逆の立場でも、これはユウヤには無理です。」


そうね、でもこれは今度は唯依が自分でそれに気付くか、ね。
彼に父親を重ねてしまったら、なかなか大事なことには気付けない。
大佐は、確かに父親の視点から観ているくらいに達観しちゃってる節があるから、決してそれを自分から言うことはないでしょう。

この若さで、まったくどれだけの経験をしてきたのかしら。


「それに、その程度にしか思っていないなら、なぜそれ程唯依を構うのですか?」

「え・・・・・?」


・・・珍しい。御子神大佐のきょとんとした顔など初めて見た。
暫しの思案顔。


「・・・・・・・・ああ・・・、成程な・・・・。ブレーメルの指摘で、思い当たったよ。」

「・・・お聞きしても?」

「ああ。そういえば記録にあったな。
・・・・・・今はもう戻ることも叶わない、俺が喪った故郷にいた幼馴染と無意識に重ねていたらしい・・・。脳味噌の記憶には無くても、魂の記憶には自覚しないだけで残っているのかもな。
まあ、ソイツとは二度と会えないが向こう[別世界]で宜しく遣っているだろうから、いいけど。
・・・・・・気付かせてくれて礼を言う。」


喪った故郷、二度と会えない向こう[天国]の幼馴染。
コレだけの事を為せるこの人でも喪ったものは数多くあるのだ。
それでも、前に進む意志は剛毅。


「・・・いえいえ。
でもそれなら、わたしだって大佐には2度も泣かされたんです。
責任とって下さい。」

「は?」

「最初は、キングサーモンのお寿司―――。
喪った故郷をまざまざと思い起こされました。」

「・・・。」

「そして、さっき―――。
人類が既に喪ってしまった偉大な文化。
この偉大なワインが2度と造られることはない―――その継承が途絶えてしまったことへの慚愧や哀悼でしょうか。」

「・・・。」

「わたし、負けるのが嫌いです。
わたしに取って、過去負けは“死”であり“喪失”でしかありませんでした。
狡くても卑怯でも、勝たなければ全てを喪います。

初めは、インフィニティーズに勝つなんて言って、何を考えているんだろうと思ってたんですよ。
客観的に見て、勝てる要素なんてありませんでしたから―――。
勝てないまでも、負けないためにはどうすれば良いか。
それがずっと私の命題だったんです。

でも貴方は破格の技術、周到な準備、的確な戦略を構築し、正面からインフィニティーズを撃破した。
そして想定外の事象にすら的確に対応し、全てを護るためなら卑怯な手段も平然と実行する。

そう、・・・貴方が傍にいれば、負ける気がしない。
・・・・わたしも狡い女なんです。」

「・・・。」

「出来れば、ステラと呼んで下さい。」

「・・・そうだな、気遣いが出来て、強か[●●][綺麗なおねえさん]は嫌いじゃない。」

「・・・。」

「OK、ステラ[●●●]、プライベートではそう呼ばせてもらう。」


わたしはニッコリ微笑む。


タリサは本命のドーゥル中尉が居るからよく解らないけど、ユーコン組ではこれで一歩リードね。
あの大佐のえげつない戦い方に、本質を見ようともしないで、退いてる娘も多いし・・・。

何時も彼が隣にいる状況に慣れてしまって、何時までも過去[ユウヤ]を引きずってると、わたしが貰っちゃうからね、唯依。


Sideout




[35536] §51 2001,11,03(Sat) 点景
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:08
'12,12,19 upload
'15,01,30 大幅改稿
'15,05,31 誤字修正
'16,05,06 タイトル修正



■2001,11,03(Sat) 09:00 ユーコン基地 医療センター


Side ユウヤ


目の前のモニターで回る2つの網目状の立体図。

それがクリスカとイーニァのニューロンモデルだと言うのは理解した。ただ、ど素人のオレに見せられても、それが何なのか解るわけもない。


ユーコン基地医療センターの面談室。

ここに居るのは、オレと、オレにしがみついているイーニァ、そしてそのイーニァに寄り添うクリスカ、そして御子神大佐、唯依の5人。

昨夜あんな事を言われた唯依だが、いつもどおり微笑んでくれた。
大佐が外しても良いように言ったらしいが、私がお願いしたことです、と引かなかったのは、生真面目な唯依らしい。
この件ではおっきな借りが出来てしまった。
いつか、必ず返す、そう心に誓う。



検査の結果を示してくれた脳神経・精神内科の先生は、診断結果と、今後の療養方針を話してくれたが、これ以上は軍機に関わると言う事で、既に退席している。

大佐からここに来る前に、どんな事を聞かされても決して怒るな、と言われた。それはブリッジスのためではなく、ビャーチェノワ少尉やシェスチナ少尉の為に、と。
ブリッジスの存在が彼女たちの人格を支えていると言われ、何を大げさな、と思ったが、診断結果を聞くに連れ、それが冗談でないことも理解した。

向精神薬物と、後催眠暗示の多重掛け。
それは投薬による一時的な効果に留まらず、脳内神経索、ニューロンの構成にすら寄与していたのである。投薬と暗示に依る肉体改造。
見方によっては悪魔の所業とも言える行為であった。

それは二人の前頭葉眼窩部・・・御子神大佐がメタ感覚野と呼ぶ領域の異常な発達と活動を齎した。
知覚・認知領域に繋がるその領域の密度がきわめて高く、複雑で精緻な整合性を有している。
第6感や直感、ESPにまで至る超感覚を司る領域だと言う。

その能力を以てBETAを探ろうとしたのが、第3計画であり、クリスカとイーニァは、その第3計画で生み出されたデザインド・チャイルド。
二人や捜査官のウェラーから聞いていたが、ビャーチェノワが第5世代、シェスチナが第6世代ということで、試験管から誕生しなかった数まで含めれば数千人に登ったその“生み出された生命”。
そこから数百人が誕生し、その誕生後もBETAやハイヴの威力偵察に駆り出され、生存率はたった3%。
いまでは第5世代と第6世代が数人ずつしか残っていないという。
それだけの“命”を消費して得られた情報が、“BETAは人類を生命とみなしていない”という事だけだった。


「その第3計画の遺産を戦闘に応用し、無敵の部隊を創設する、それがサンダークの計画だろう。」

「・・・・・。」

「・・・別に珍しくもない。
どの国でも多かれ少なかれ遣ってることだ。
国連だって米国だって、そして日本だって。
SESだのトレッド・ストーンだの聞いたコトはあるだろう?」


それもウェラーに聞いた。
なるほど。“紅の姉妹”が能力解放したときの、先読みや信じられないような反射は、その成果。
元々資質ある素体を元に、更に強化する。
対人戦、あるいはBETAの行動も読めるのであれば、その効果は計り知れない。


「・・・そしてその超常の能力を得る反動が、人格や情動・・・人間の根幹を為す領域の欠損や障害。
元々親も知らず、周囲からも愛情を受けて育っていないデザインド・チルドレンは、その領域が未発達。
そこに国家への忠誠だけを刷り込んだところで強化されることはない。
そういった愛情を受けた経験や体験が薄い、所謂孤児なんかに多い。
今の時代、珍しくもないし、甘いと言われるかもしれないが、幼少時の愛情が足りないと、強固な地盤は形成されない。

けれど人間の能力など、全ては人格が基礎だからな。基礎が崩れれば、全ては無意味になる。

謂わば今の二人は脆弱な地盤に、バランスの悪いトップヘビーな建物を構築した様なもの。

結果的に、さっき先生が言ったように感情や情動を司る領域、思考野でも感情に近い古い部分において、シナプスの萎縮、あるいは減少による伝達不全を引き起こした。

・・・・あと一度“覚醒処理”プラーフカを掛ければ、脳内ネットワークが崩壊し、重大な人格障害を引き起こす可能性が高い。」

「・・・・。」

「私達は・・・もう戦えないのですか・・・?」

「・・・今のままでは、な。
そう言った意味では、ブリッジスをけしかけたサンダークの判断は正しい。
君たちが初めてお互い以外の人物に興味を持ち、意識したのがブリッジス。
外的興味から、共感や同調・・・・思慕という感情が人格を育てた。
運悪くテロと言う事態に陥り、その危機にオーバードープと言うかなり分の悪い賭けも在ったが、おかげでテロも収束でき、人格も今のところ辛うじてだが保っている。

そして・・・・・・・治療の方法も、無いわけではない。」

「「「 !! 」」」

「元々脳神経細胞は、使えば使うほど“成長”し“発達”する。それは古い皮質でも同じことで、君らがブリッジスとの間に更なる信頼と愛情を育てていけば、自然と寸断されたシナプスは再連結され、脆弱な人格構成は強化される。」

「・・・・。」

「・・・但し、時間はかかる。恐らくは数年単位で、・・な。
正直、こんな話は本人には聞かせたくないくらいに今も危険な状態には変りないし、ブリッジスに依存しているから、逆にその行動次第では崩壊もありうる。」

「!・・・そうか・・・」


・・・大佐の話は、“責任を持つ”と言ったオレの、甘かった認識を改めさせるに十分だった。
二人の抱えた重たい過去。そして危機的な現状。


「尚、ビャーチェノワとシェスチナの今後に付いては、篁に一任するからな。」

「・・・・・は?」

「頼まれたコトはやったぞ。
後は頼んだ篁の意志次第。
どうしたいのか、俺は知らない。
取り敢えずあちこち牽制したから、此処でもソ連と米国が二人に手を出すことはないだろう。
他からのちゃちゃは判らないが、療養中なら狙われることはあるまい。

アルゴス小隊に組み込むもよし、治療に専念させるもよし、二人やブリッジスの希望に沿ってもいいし、篁が良いと思うヤリ方でも構わん。」

「!・・・・」


うわぁ・・・・。

本当に鬼畜、ドSだ、この上官。

見方によっては、昨日振られた男とその相手の命運を唯依が全て握っているような物。
唯依が望めば、オレとクリスカ達を2度と会えない所に送ってしまう事も出来ると言うことだ。

そしてそれは、オレ達は勿論、唯依にとってもキツい筈。
実際睨むように大佐を見ている菫色の瞳は潤んでいるようにも見える。

その頭に何でも無いように掌が置かれた。


「・・・・篁がここに来ても大丈夫と言ったから任せた。
在席する以上は、その責務を全うしろ。」


正論である故に言葉はキツいが、その所作や言い方は極めて柔らかい。

・・・大佐、汚い!

そんな信頼された言い方されたら、生真面目な唯依なんてコロッと・・・・。


瞳を一度伏せた唯依は、暫く逡巡し、やがて再び大佐を見上げる。
その瞳には、先刻とはまた違った勁を湛えていた。


「Yes,Sir・・・。一つ、お尋ねしても宜しいですか?」

「どうぞ。」


・・・・やっぱり。


「クリスカ・・・ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉の傷ついた神経節を治すには、本当に時間を掛けるしか無いのですか?」

「・・・他にも方法は、在るよ。
・・・・・勿論そんなコトが出来るのは、魔窟・・・横浜[●●]のみ、だけどな。」

「「「 !! 」」」

「・・・判りました。」


唯依は予想された範囲の答だったのだろう、驚くこともなくただ頷いた。

・・・それは新たなステージに進む予感以外の何者でもなかった。















「そうだ、クリスカ。」


大佐と唯依が退出したところで、ウェラーの言葉を思い出し、聞いてみる。
必要なら、これも大佐に伝えて置かなければならない。


「さっき聴き忘れたんだけど、特殊な蛋白摂取ってどうなっている?」

「特殊な蛋白摂取?」

「・・・今まで摂取してたんじゃないのか?」

「・・・いや、今までにその様な心当たりはないのだが・・・。」

「!、そっか、ならいいや。」


オレの質問に本当に不思議そうな顔で返された。
本人に心当たりがないのなら、ウェラーの誤情報、乃至、オレを動かすためのブラフってことも考えられる。
なんだかんだ言って、インフィニティズに指令するくらい“紅の姉妹”を奪取したかったらしいし。
それも当面“横浜”で治療するなら心配はない。
あとは、クリスカとイーニァが元気になって還って来るのを待つだけ、か―――。


Sideout




■2001,11,03(Sat) 12:00 ユーコン基地 滑走路

Side ヴィンセント


滑走路上でタキシングする機体。
HSSTとしては、小柄。

滑走路脇の管制横。
さっき本部前でも基地司令ともなったハルトウィック大佐以下、基地職員の盛大な見送りと挨拶をされていた。

その後ここまで見送りに来たのは、アルゴス試験小隊の面々とオレだけ。
さっき、乗り込む皆にジープの上から手を振った。
今回はクリスカとイーニァも乗るXSSTにユウヤは遠い視線を向けている。


自分と同じくらい長さがあるカーゴを背負っているのに、そのフォルムに破綻がなく、違和感がない。
明確な垂直尾翼はない為、背負っても障害にならず、その姿は巨大なランチャーを背負った攻撃機に見えなくもない程、まとまりがあった。


管制からの誘導にタキシングからクルリと回頭し、離陸位置に付く。

二基のスラスターから蒼く細く、鋭いラムジェットが迸る。



HSSTにも電子戦偵察機にもなる万能機。
大人しく格納庫にいた事など無いし、整備や補給すらさせてもらえなかった。
それもそのはず、・・・実は機密の塊。
対インフィニティーズ戦に於いて、自律制御で衛星高度偵察して見せたのもコイツ。
それを自家用機として乗り回してる大佐も大佐だが。


カナード、前進主翼、水平尾翼、その全てが電磁伸縮炭素帯を重責して構成された翼であり、その制御により相当に自由度のある変形と、それによる空力機動を可能とするシロモノだ、と、あっさりバラしてくれた。大気圏突入時の摩擦には電磁場を纏ってプラズマ暴露による侵蝕を防ぐとか。
その上で、翼の自由度は高いから、その気になれば一昔前の偏向噴射が可能になった頃の戦闘機よりも遥かに高度な変態機動が可能らしい。
カーゴが無ければ、低空侵入からヘリポート上に降りるくらいの事を平然とヤルとか・・・。
戦術機に依るムーンサルトは白銀少佐の十八番だが、XSSTに依るムーンサルトは御子神大佐の特許との事だ。



・・・・もし地球上からBETAが駆逐されたら、コイツ一機が空を覇すんじゃないか?

唐突にそう思う。




『 VAF B-1 ――Clear for take off 』


滑走路に渡るタワーのアナウンス。


その主脚を一瞬矯めたXSSTは、見る間にスルスルと加速し、甲高い排気音の高調遷移と共にカーゴを背負っていながら滑走路の1/4も使わずに機首を上げる。

2機体分ほど浮いただけで、噴いたバーナー、爆発的な加速にマッハコーンが被る。

一瞬於いてドーンッッ! と音速超えの衝撃波がビリビリと辺りを震わせる。


翼上に減圧雲を張り付かせた機体は、一気に極夜の近い太陽の上、曙光の空を南東に駆け昇る。



あっという間に姿を見えなくしたXSSTの軌跡には、天に刺さるような鋭い飛行機雲だけが残り、低い陽に映えて白銀の刀身の様に輝いて見えた。


Sideout




■2001,11,04(Sun) 06:00 日本南洋 某無人島

Side 武


ゆさゆさと揺すられて目を覚ます。


「・・・ん、なんだァ・・・純夏、かァ?」

「おはよう、タケルちゃん。散歩行かない?」


にこやかに笑う純夏に邪気はない。


「おはよ・・・ぅ~~、何時だ?」

「6時過ぎかな。
今の時期ならサクラガイが拾えるかもって、彼方君に教えて貰ったの。
朝が良いんだって。
霞ちゃんのお土産に探そうと思って。」


・・・成る程。そう言えばまだ探していない。

意識を覚醒させる。今日の夕方には横浜に戻る。
そういう事なら、チャンスは今だけだ。


「――解った。5分くれ。」





純夏は私服。ホットパンツにTシャツ、パーカーというラフな格好。トレードマークの黄色いリボンはデフォルト。
オレも併せてパーカーを羽織る。
ハーフ丈ジーンズ、後ろポケットにカイデックスホルスターを挟むのは、最近のクセだ。
結ばれた純夏や冥夜は、二人きりだと左腕に掴まることが多く、腋下のホルスターは結構邪魔。
と言って、万が一の襲撃も考え、拳銃くらいは所持しておきたい。
無粋なのはわかるがコレばかりは桜花作戦後も生き残った傍系記憶からの保険だ。
銃自体は、彼方のネイティヴコレクションからCz75 1stを借りていたりする。
それでも彼方みたいに対BETA用と言ってM500を持ち歩くよりはましだと思う。
あの重たくてでかい拳銃を、よくサイドに吊して邪魔に成らない物だと思う。


「お待たせ。行くか。」

「・・・うんっ!」


純夏は嬉しそうに笑って、案の定左腕に掴まってきた。




静かにコテージを出て、早朝の海岸を歩く。

昨日の襲撃も同じくらいの時刻。
勿論事前の怪しい動きは察知されていたから、警戒に当たっていたのは確かで、3時くらいから起こされたのだ。

その昨日の痕跡は既に無い。
アヴェンジャーの残骸も夕呼先生が昨日のうちに確保した。


そして総合戦技演習は3日。
殆どの減点要素が無く、総合戦技演習クリアの最短記録まで作って合格した207B訓練小隊。

日にちが違い天候に恵まれた事や、オレの記憶を有する純夏が居たとしても、個々の技量が上がっていなければ無理だっただろう。

1週間の予定でも実質は5日と見ていたが、それよりも更に2日、早かった。
ゴールは日暮れだったので、昨日は夕食とデブリーフィングで終わってしまったが、そのご褒美も兼ねて、今日の日曜日は夕方までビーチで海水浴と言う事になっていた。


そう言えば、コイツと彼氏彼女になって海に来たことなど無かったなぁと考える。
確かに分岐した未来世界の傍系記憶にはあるが、主な主観記憶では、純夏と恋人同士になったのだって元の世界に戻った時と、00ユニットの調整後から桜花作戦までのほんの短い時間だけ。
しみじみと、左腕に掴まる暖かい存在をありがたく思う。


「そういえばさ、弐型どうだったの?」

「ああ、最高だった。慣熟してたときにも思ったけど、不知火より操作が苦じゃないんだ。
自然っていうか―――。
ユーコンから彼方が送ってくれたCCCAって機動概念も、すぐ馴染めたし。
中距離の戦闘にも応用出来たから、戦闘自体が凄く楽だった。
どうしてこんなに直ぐ慣熟できたか、不思議なんだけどな。」

「ふーん・・・。
思うんだけどさ、タケルちゃんて、元の世界でずっと彼方君とゲームで遊んでたじゃない?」

「ああ、バルジャーノン・オンラインな。」

「彼方君のXM3・・・って言うか、戦術機に求める機動って、それを再現する事じゃないの?
タケルちゃんが最も得意とする、タケルちゃんの3次元機動の基礎となってるモノ。」

「・・・・あ・・・・・。」



・・・・そうだった。


オレの機動の、その大元は、元の世界で慣れ親しんだ、ある意味どんな戦術機よりも乗り込んだバルジャーノンの機動を再現すること。
幾多のループで畳み込まれた経験は有るが、それはBETAに対するケーススタディみたいなもので、3次元機動の基礎概念は、どのループでも変わることはなかった。

それもその筈で、今までのループでは、オレの理想とする機動を心底理解してくれる人は居なかったし、逆に理解させるだけの説明もオレには出来なかった。
なので、オレは先行入力やキャンセル、コンボと言った最低限必要な“機能”だけを夕呼先生に実現してもらったのだ。

けれど、元々同じ世界に居て、しかもシステムやソフトにまで精通した彼方が来てくれたことで、XM3の世界は変わった。

それは“機能”ではなく“概念”の実現。


それを現実の戦術機と融合しながら、統合機動制御という形で再構築されたのがこの世界で“彼方”が創り上げたXM3。
それはオレが気付いていなかった、オレが望んだ機能の裏で発生する問題―――耐久性や発生する慣性の処理と言った問題に対しても軽減する効果を齎した。

けれど実際、OSと言うソフトウェアの改変だけではどうしても対処できない部分が存在する。
それを実現するのに、今在るモノの中から彼方が求めたハードウェアが“弐型”、と言うことなのだ。



この前、初めて不知火“改”に試乗したとき、その圧倒的なパワーに驚いたが、それ以上に手こずったのは挙動の節々で表れる機体の暴れ、所謂“慣性”の処理だった。
今まではそれ程の加速ではなく、その収束も各関節の電磁伸縮炭素帯の制御範疇で在ったため、問題はそこまで顕在化しなかった。
しかし、レスポンスが一桁違う電気推進機を得て加速性能が飛躍的に向上した“改”に於いては、その流れる慣性は最早既存の手法では抑制しきれていなかったのだ。
抑えるには機動時に全ての電磁伸縮炭素帯を“完全固定”して一つの質点系にすればいいのだが、それでは3次元機動中の全ての姿勢変化が行えなくなる。

そう、バルジャーノンでは、機体全体の慣性については考慮されていたが、機体を細かい質量に分けたときの反力やモーメントなど計算されていなかった。
バルジャーノンは、仮想現実とはいえ所詮ゲームの世界なのである。
バトルという超高速機動に対し、そんな計算を掛けたら家庭用ゲーム機のCPUでリアルタイムに演算できるワケがない。

つまりオレの理想とするバルジャーノンの機動は、0G、且つ部分慣性0と言うゲームの仮想空間でのみ実現可能な特殊な状態に特化したものだったと言うことだ。
現実の戦術機機動に於いて齟齬が在るのは、仕方のないことである。


オレでさえちゃんと理解していなかったそれを、判っていたのは同じ世界にいた彼方一人。


彼方は弐型の肩部スラスターを積極的に制御することで、スラスターによる移動の際発生する上体と下体の慣性を等しくし、戦術機の最大質量である体幹を、バルジャーノンで表現されている機動と同じ“集中質点”に限りなく近づけた。
そしてそれを崩さないまま、機動する統合制御を、まずはCCCAで実現したのである。

それにより、戦術機機動を限りなく“リアル・バルジャーノン”に近くした。

オレが新しいXFJ Evolution4も新概念“CCCA”も、此処に来てたったの2日で慣熟できた理由が解った。
オレの頭は認識していなくても、既に身体が理解していた。

オレにとってXM3を搭載したXFJ Evolution4は、新しい機体でも何でもなく、“原点回帰”に過ぎなかったのである。


それを何気に看破する純夏。
流石この世界のオレをずっと見ていただけのことはある。

ある意味前の世界も含めて、誰よりも理解してくれる相手。





「あ、タケルちゃん、あれっ!!」


波が退いた後にキラリと光ったのは、煌めくような桜色に彩られた小指程の貝殻。

次の波が浚う前に拾い上げれば、細長い涙型の美しいカタチ。


「やったっ!! 1個目ゲット!」




喜ぶ愛しい存在を見ながら、これら全ての僥倖を齎してくれた親友を思う。


―――俺は世界がたまたま引っかけて連れてこられたイレギュラーだぜ?

この世界に戻ってきた朝、彼方に言われた言葉がよみがえる。

・・・その迎える“未来”を変えられるのは、お前だけなんだぜ?

確定された未来、支配因果律を覆せるのは、因果特異体であるオレだけ・・・。
勁い“意志”、それだけ[●●●●]が、世界を変えられる。




桜貝を手に喜んでいる純夏の手を引き、強引に抱きしめた。
一瞬ワタワタしたが、直ぐに力を抜いておとなしくなり、そっと背に腕を回してくる。


髪の香り。柔らかい抱き心地。何よりも温かい体温と、生きているその存在感。


ぎゅっと抱きしめる。



そう、装備は、状況は、彼方が整えてくれた。

・・・あとは俺の仕事。



・・・護る。

今度こそ・・・・世界を変える!!


















と一度は真面目に決意も新たにしたのだが・・・・。

漸くビーチマットにグータラと寝そべり、午後の柔らかくなった日差しの中で、目前のビーチで展開する光景を眺めている。




総合戦技演習だと言うのに、皆・・・まりもちゃんまで持って来ていた色も形もとりどりの、カラフルな水着。
前のループでも同じだったから女子のたしなみなのだろう。
・・・気にしたら負けだと思う。

相変わらずビーチに設置したデッキチェアに寝そべり、シャンパン三昧の夕呼先生は置いといても、
波打ち際でじゃれあったり、ビーチで肌も露に寛ぐその姿は、生唾モノなんだけど・・・。


朝散歩から帰ってきたところを見つかったオレ達、というより寧ろオレ一人、責め立てられた。

あげくは責められる立場の筈の純夏から、一人30分づつのお散歩をすると言う事が提案され、満場一致で受理されたのである。

純夏ェ~。
イロイロ暴露から誘導からしているらしい、と冥夜から聞いた。
ハーレム作りに画策する嫁って・・・・どんなだ?
なにせ森羅まで付けているととてもじゃないが太刀打ち出来ない。
近接戦闘も何かとヤヴァイ。

・・・・今後のヒエラルキーが心配で成らないのは、オレだけの危惧だろうか?


しかも護衛って事で、XFJ Evolution4を持ってきていることも知っているし、複座のことも知っているから、正確には散歩と言うよりは、フライト?

推進剤を消耗することも無いから、夕呼先生まで鷹揚だ。


美琴なんかあちこり見て回りたがるから、お陰でこの島の山頂から、洞窟まで、隅々詳しくなった。

因みに冥夜は複座なのに膝の上に乗っていましたorz。
BETAと闘っているわけではないのに、オレの心の装甲がガリガリ囓られた気がしたのは幻ではない。


昼前に全員が終わって帰ってきてみれば、海岸には美味しそうな食材が・・・。

まりもちゃんによると、合格祝いに彼方から託されていたそうで、昼食は大きなクーラーボックスと野外用のバーベキューコンロ。
・・・オレは釣竿とモリを渡されたけど、どうしろって。

それでも小さめの魚を2尾釣り、伊勢海老っぽい蒼い奴を1尾捕まえてもどれば、皆涙をだだ流しながら、厳かに食していた。
分厚い肉と新鮮な野菜は、ジャングルでゲテモノまで食べることに成った彼女たちに取って最高のご褒美だったのだろう。それも基地ではそうそう食べられない天然食材ばかり。
彼方にはネイティブの遺した巨大な冷蔵庫があるらしいが、コイツ等に食わせたらすぐカラになりそうだと思った。





・・・・そう、こんなにのんびり出来るのも、今日が最後。

けど・・・・次に来るときは、A-00も、A-01もみんなで来たい。

ぼーっとしながらそんなこと事を夢想する。


そう・・・・・・・・必ず・・・!


Sideout




[35536] §52 2001,11,04(Sun) 07:30  A-00部隊執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 12:08
'12,12,22 upload  ※後片付けが膨大な事に今気がついた・・orz
'15,01,30 大幅改稿
'15,06,19 誤字修正
'15,09,03 齟齬修正
'16,05,06 タイトル修正



Side 霞


副司令を始め、A-00部隊の皆さんは殆どが11月の初めから不在でした。
武さんを始め、神宮司大尉と副司令は207B訓練小隊の総合戦技演習に南の島。
副司令は囮を兼ねたバカンスだとか。
御子神さんが大量のシャンパンを持たせたらしいです。
その御子神さんは、篁中尉はユーコン基地にXFJ計画の完遂に向け、ブルーフラッグ演習。
どちらかに連れて行こうかと言う話も在りましたが、何れも襲撃が予測されるため、今回はお流れとなりました。

実際、どちらにも強襲があった様で、まだまだ外の世界は怖いみたいです。


ワタシは留守番のA-01部隊の皆さんにかわるがわる護衛されながら、強襲のデータや御子神さんが構築したCCCAやMACROT、武さんが更にそれらを進化させたManeuver Concept of Linked Inertia Control:MCLICに付いて纏めたりしていました。



そして、今朝一足早く、ユーコンから帰ってきた御子神さんが連れてきた二人。


部隊執務室に入ってきた怯えたような姿を見たとき、ワタシはリーディングを使うまでもなく、解ってしまいました。

・・・彼女達は、在り得たかも知れないワタシの姿なのだと。








人としての範疇を外れた力。
その為に受けた嫉妬や畏怖。
造られた生命への軽視。
それ故に自ら閉ざしてしまった周囲への興味。
不自然なまでに刷り込まれた国家への忠誠。


それは、ほんの2週間前、武さん達が来てくれる前の、私の姿そのもの。

ヒトではない機械から生まれ、研究と試験だけの毎日。他の姉妹からさえ隔離され全ての意志を拒絶されながら育ったワタシ。
それは第4計画に接収され、副司令の下に帰属した後もさほど変わりませんでした。

ワタシの能力の全ては、覚醒前の純夏さん、その夢想の領域に向けられていて、その理解と解析だけが、ワタシの存在価値。
それが出来なければ、存在すら許されない、ずっとそう思い込んで居ました。

進展しない理論解析に、その頃の副司令の色は何時も刺々しくささくれていました。
不機嫌以外の色を見たことがない位に・・・。
その中でワタシは何の意志もないままに、ひたすら夢見る脳髄と向き合うだけの日々。
それはある意味“闇”。
“絶望”や“死”、“滅び”と向きあう様なモノ。


楽しい日常を、未来を、突然破壊したBETA。
深い、という言葉では到底表せない絶望。
陵辱と倒錯した快感の記憶になれば、憎悪と諦観の入り交じったハレーションに霧散する。

そこにたった一つ残って居るのは、“タケルちゃんにあいたい”、という儚い思念だけ。


意識のない純夏さんの思い出と繰り返し繰り返し同調するうちに、今迄に何の思い出のないワタシは、何時しか純夏さんの想いを自身の思いと重ねてしまって居ました。

けれど、それはある意味、凄惨な死に至る過程を、繰り返し体験するのと同じです。
そして、その先には、何の希望も存在しない。
純夏さんの望む“タケルちゃん”は既にBETAに殺されているのですから・・・。

明確な意識も無く、一種“狂気”にまで及んだ夢想は、既に認識すらしていないのかも知れませんが、ワタシには自分の理性があり、重ねながらも認識しています。

底なしの絶望・・・。
それでも其れと向き合うしかない日々。


それが2週間前迄のワタシの全てでした。





そのワタシの世界が変わったのは、10月の22日。
奇しくもワタシが人工子宮から出されたとされる日、所謂誕生日でした。


この日、横浜基地に顕れたのは、純夏さんの記憶にある“タケルちゃん”。
本来あり得ないその存在は、純夏さん自身が呼び込んだ他の世界群の存在だと言います。
そしてその武さんは、悲しくなる程の長いループの記憶を有しながら尚も進むことを止めない人でした。
武さんの記憶にあるワタシ。
武さんが傍系と呼ぶ記憶は普段読み取ることは出来ませんが、どの記憶でも武さんの隣にいるワタシは笑っていました。
ワタシの過去、あるいは未来を知り、ワタシの能力を知りながら全く忌避することもなく、許容してくれる存在。


純夏さんの記憶と自分を重ねていたワタシは、世界を渡って戻ってきてくれた武さんに、一気に傾倒してしまいました。


そして、その想いが純夏さんのものではなく、ワタシ自身の想いだと自覚した頃、武さんと同時に現れた御子神さんに依って、純夏さんは覚醒しました。
しかもその覚醒直後、純夏さんは爆弾発言。ワタシの存在を認めてくれる抱擁。




今思えば、あの誕生日に来てくれた武さん、そして純夏さんの覚醒と復活によって、ワタシは初めて自己の意志を持ち、この能力以外の存在意義を見いだせたのかも知れません。
そうなって見て、改めて外の世界に目を向ければ、副司令が実は何かと気に掛けてくれていたことにも気がつきました。勿論それ迄は副司令にも余裕がなく、生来素直じゃないので、極めてわかりにくいのですが・・・。
武さんと関わり、御子神さんと関わり、そして急激に他の人との接触が増えると、その優しさも解りました。
勿論、この能力を他の人に知られたとき、どんな拒絶が来るのか、それは今も怖いです。
それでも判ってくれる人もいる。
閉ざしていたワタシの世界は、漸く開かれ、世界が思っていたより優しい事も理解しました。






そんな、救われたワタシに比して、今、目の前に居るワタシの“姉妹”。

武さん達が来てくれて、そして純夏さんが復活する前だったら、もしかしたらワタシは彼女達に何の興味も示さなかったかもしれません。
第3計画から引き継がれたワタシの存在価値は、ただこの脳髄と向き合い情報を引き出すことでしかない・・・、そう思い込んでいたワタシと同じ。

私たちは強くないと、捨てられちゃう。
戦えない私たちは、要らない。

それは彼女達の忠誠心に依る戦うことへの脅迫観念。
ほんの2週間前まで、ワタシも彼女たちと同じトコロに居たのです。

そしてその存在価値であった戦うことが出来なくなった今、その刷り込まれた忠誠からも解かれ、自らの存在意義すら解らなくなってしまった、寄る辺ない存在。




彼女達を連れてきた御子神さんが何をしたいのかも理解しました。
それは、ワタシの希望と同じで在ることも・・・。


無理矢理に肥大させられた能力に対し、余りにも脆弱な人格。
すり込まれた忠誠と個人的な希望が葛藤する中で、取ってきたギリギリのバランス。

ボロボロの精神に存在するたった一つの暖かな感情。
崩壊寸前の自我を支えているたった一つの思慕。



ワタシが何をすれば良いのか、それも判ります。
それが出来るのがワタシの力であることも。

それが少しでも、助けに成るのなら・・・。






怯えながらもワタシを見る二人。
ワタシの存在が、どんな存在なのか、薄々気がついているのでしょう。


「・・・・・・一つだけ聞かせて下さい。
貴女方に前に進む“意志”はありますか?」


ロシア語で尋ねました。


「・・・・・・・私たちに出来る事は闘う事だけだ。
けれど、闘えなくなった今、祖国からも見捨てられた・・・・。」

「・・・・・・祖国よりも大事なモノを見つけ、それを優先したからこそ、護れたのでは無いのですか?」

「「 !! 」・・・・そうか。・・・そうだな。
私たちには祖国や自分を犠牲にしてでも、護りたい者が居た。」

「・・・今貴女方は、その人に護られているのが解っていますか?」

「 ? 」

「・・・今、貴女方の精神を支えているのは、その人への想いだけ。
貴女方の心を護っているのはその人です。」

「「 !! 」」

「・・・・もう一度訊きます。・・・・“前”に進みますか?」

「・・・・・。」

「・・・すすむ。
・・・ユウヤが好きだから・・・ユウヤが大事だからユウヤの負担になるのはイヤ!」

「! イーニァ・・・・。」

「・・・私にだって見える。
ユウヤは優しいから暖かい色が、・・・大事に思ってくれていることも判る。
でも私たちに無理させたこと、・・・悲しいくらい青かった・・・。」

「・・・。」

「私は前にすすむ。
・・・祖国が私なんて要らなくてもいい。
でも、ユウヤが私を負担に思わなくて良いくらい、強くなる!」

「・・・そうだな。
最早、前に進むしかないのだな・・・。」



少しだけ瞳に力を取り戻した女の子の前に立ちます。


抱いているのは・・・くまさんなんですね。
・・・・ワタシのうささんの方が可愛いです。

あと、・・・・その胸はちょっとずるいです。
でも・・・・2年・・・いえ、4年後は負けません。



「・・・ワタシは社霞です。
名前を教えてください。」

「! い、イーニァ・シェスチナ。」

「クリスカ・ビャーチェノワだ。」

「・・・ワタシは嘗てこの横浜に来る前、トリースタ・シェスチナと呼ばれていました。」

「「 !!! 」」


トリースタ・シェスチナ。
第6世代の300番目と言う意味。
それは名前ですらありません。
第3計画で作り出された人工発現体の最終プロダクト。

今は社霞という名前が、ワタシが、確かに存在するのです。


そしてワタシに与えられ、この横浜に於いて純夏さんへのリーディングとプロジェクション、更には御子神さんによるプロジェクションの電子化や、繰り返された純夏さんへのサイコダイヴでも磨かれてきた能力。


概念化した“許容”と“エール”、ワタシの最大出力でのプロジェクションを展開します。


「「あ・・・・・。」」


ワタシの得た全ての“優しさ”を込めるように。


Sideout




Side ピアティフ


207B訓練小隊の総合戦技演習に随伴した副司令よりも早く、今朝方ユーコン基地から帰国した御子神少佐、もとい御子神大佐は、篁中尉の他に、二人の国連軍C型軍装を纏った少女を連れていた。

この基地に帰属した時、20と言う歳で少佐であることにも驚きを覚えたが、2週間も経たないうちに2階級特進ってナニ? とも思ったが、今回大佐の為した成果を考えれば、当然の事とも思える。
そもそも最初に見せられたヴォールクシミュレーションで、普通で無いことは理解させられたから。

なので、今回連れ帰ってきた、雰囲気がどことなく社少尉に似ている二人も恐らく普通ではないのだろう。
一時的にA-00戦術機概念実証試験部隊に属する衛士であり、既に任官した少尉であると言うこと。
副司令からも取り敢えず宜しく、との連絡を受けていた。

但し実際には衛士としての配属ではなく、横浜での療養が必要とのことで、部隊エリアへのパスや、個室の手配等を朝一から頼まれたのである。

それらの必要なモノを一通り揃え、PXに出向く。


そこには先の4人に加え、社少尉も御子神大佐の隣に座っていた。



「・・・申し訳ないな、ピアティフ。
日曜日の朝早くから。」

「とんでもありません! それよりも、おかえりなさい、御子神大佐、篁中尉。
・・・・そして、おめでとうございます!」

「・・・は?」

篁中尉が何の事か判らないような声を上げる。

「昨日の朝、基地に臨時アナウンスがありました。
篁中尉が推進したXFJ計画によって開発された次期主力戦術機候補である不知火弐型が、ユーコン基地に於ける総合評価プログラム“ブルーフラッグ”の対人戦技演習で、米国のF-22EMDで構成されたインフィニティーズに完全勝利した、と。」

「・・・・臨時アナウンスで流れたのですか?」

「はい!
御子神大佐が指揮する弐型2騎・ACTV2騎編成のアルゴス試験小隊が、見事にF-22EMDを各個撃破した、と。
昼頃には、映像も流れました。
大佐が齎した装備でステルスを看破し、精密狙撃で相手指揮機を撃破したところや、新型のOSを換装したもう一機の弐型が見事な3次元機動でF-22EMDに打ち勝ったところなど。
XM3も弐型もウチの部隊が関わっていますから、嬉しくて!」

「・・・・。」

「・・・ありがとう。
そう言って貰えると嬉しい。
勿論、XM3などは、ピアティフや社も含め部隊のバックアップ在っての成果だからな。
コチラからも礼を言う。」


篁中尉は絶句しているが、柔らかく微笑んでそう礼を返してくれる大佐。


「そんな! 私なんてナニも。」

「謙遜しなくていい。
俺が手の回っていなかったA-00の入力履歴チェックや、慣熟度チェック諸々、自身の衛士トレーニングも始めた涼宮(姉)を手伝ってくれているのは、貴女だろう。」

「! ご存知だったんですか?」

「正当な評価だと思うぞ。」

「あ・・・ありがとうございます!」


・・・裏方を認めてもらえるのは、正直嬉しい。
直接戦う力を持たない私たちでも、一緒に戦っていると思える。
そう言うところまで気を配っているあたり、抜け目ない。
副司令は気付かないか、気付いていても気を遣わない人。
その副司令でさえ、それまでのピリピリするような近寄るのも怖い雰囲気が解消され、最近は随分と余裕が出来た。
それも御子神大佐が帰任してからだ。
それだけでも第4計画の補佐としては随分と助かっている。



「まあ、残り半分は弐型を彼処まで纏め上げたXFJ計画の功績だと思うがな。」

「!! 大佐、私には、過分の評価です。」

「・・・な、ピアティフ、謙遜も行き過ぎると少し嫌味にも思えるだろう?」


言われてアワアワする篁中尉が可愛く見える。


「フフ、そうですよ、篁中尉。
XFJ計画完遂は紛れもなく貴女の功績なのだから、誇るべきです。」

「・・・・私の・・功績?」

「言っただろう? XM3無しで此処まで動けるのは賞賛に値する、と。
俺がおべっかやヨイショを使うタイプに思うか?」

「・・・・ありがとうございます。」

「しかし・・・プロミネンスが情報公開も目的にしているとは言え、そこまで大々的に公開したのは、ハルトウィックの思惑だろう、・・・が・・・、これは帝国軍も大騒ぎだな。
・・・午後にでも帝都城に帰任報告に行くしか無いか・・・。
ピアティフ、この件も通知してもらって良いか?」

「はい、お任せください。」

「ありがとう。
・・・・・篁も昇格位覚悟しておけよ。」

「・・・・・は?」


篁中尉は、それでもまだ実感が湧いていない様子だった。




「さて、悪かったな、社、ビャーチェノワ、シェスチナ。
まずは食事にしよう。
その後、二人はこの綺麗なお姉さんから基地内のあらましを教えて貰え。
ピアティフ、自己紹介頼む。」


掛ける言葉は英語である。
二人は元々はソ連軍衛士であり、ロシア語と共用語である英語は不自由しないが、流石に日本語は話せないらしい。
私も副司令の極秘計画は殆どのメンバーが日本人で構成されており、部隊内では通常日本語を話すが、国連軍であり、多国籍で構成された基地として公用語は本来英語に成る。


「Yes, Sir。
・・国連太平洋方面第11軍所属、イリーナ・ピアティフ、階級は中尉です。
貴官達の着任を歓迎します。

この後貴女方の所属するA-00部隊は、基本的には極秘計画に属する部隊となりますので、基地内の事務は全て私を通す事になります。
・・・・宜しくね。」

「は! こちらこそ宜しくお願いします。私はクリスカ・ビャーチェノワ少尉、こちらは」

「イーニァ・シェスチナ少尉だよっ!」

「・・・・・・このとおり、まだまだ幼い為、言葉遣い等不遜で申し訳ありません。」

「構わないわ。
副司令も、御子神大佐もその辺は拘らないから。
じゃあ食事の摂り方から説明しますね。」


ビャーチェノワ少尉は兎も角、シェスチナ少尉は幼い。
実際社少尉と同じくらいだろうか。
・・・それにしては、幼さの残る相貌に比して身体の発育は良いみたいだけど・・・。
この歳でもう衛士だという事を不憫に思いながらも緊張するような辿々しさが微笑ましい。

歳が近い所為か、雰囲気が似ている所為か、社少尉とは既に親しげに見えた。



連れ立ってカウンターに行くと厨房から見知った方が顔を出した。


「おや、おはよう、ピアティフ中尉。
休みだってのに早いね。」

「おはようございます、京塚さん。」

「・・新人かい? !って唯依かい! おかえり! よく遣ったねぇ!!」

「あ、師匠、おはようございます。
・・・今朝方帰任しました。」

「よしとくれよ、相変わらず堅いねぇ。
それより、不知火であの最強とか威張り腐ってるラプターを撃破してくれたんだろう?
あたしゃ、胸がスッとしたよっ!」


京塚さんに捕まって、再びの思わぬ賛辞にオロオロしている中尉を尻目に、二人に食事のとり方を説明する。



「ルシェフ」

「ん? おや!彼方かいっ! アンタもよく遣った!」

べた褒め口撃に晒され、その絨毯爆撃で身動きの取れない篁中尉は、それを遮った御子神大佐に漸く救われた。
大佐は、BETA侵攻以前から横浜には脚を運んでおり、元々はこの地で開業していたという京塚さんのレストランの常連でもあったらしい。
因みに京塚さんは、BETA侵攻に備えて横浜の疎開が進んだ後も京塚食堂という形で暫く残り続けたと言う事だ。
その名残か、大佐は今も京塚さんをルシェフと呼ぶ。
良くは知らないが“Grand Chef RELAIS & CHATEAUX”なる称号をも持つ調理人だったと言うことだった。

適当な返事をしながら、大佐は大きな桐の木箱を京塚さんの前に置く。


「・・・・なんだいこれは?」

「ルシェフへのユーコン土産。」


そういって木箱を開ける。


「!!!・・・・・・これは・・天然モノのますのすけ? ってこんな立派な!!」


木箱の中から出てきたのは、光る銀輪も眩しい、まさしくキングサーモン!
しかも今まで見たこともない1mを優に超える見事な巨体。


「早起きして釣ってきた。
67lb(ポンド)だから、約30kgか。中々の型だろう?
内臓とエラは処理して、血抜き後一度冷凍してあるからこのまま刺身でもOK。
まあ、基地の規模からすれば微々たるもんだが、そこは当たれば幸運と言う事で、使い方はルシェフに任せる。」


鮮度や解凍具合を確かめる京塚さん。


「・・・そういえばアンタ、昔もいろんな食材持ち込んでいたわねぇ・・。」

「まあな。
一応、タイム、ディル、フェンネルは在るだけもらってきたから。」


抜け目ない。
木箱の蓋には、ビニールに入った大量のフレッシュハーブ。
京塚さんが嬉しそうにバシバシ大佐の背中を叩いている。


「・・・で、さ。
昨日207Bの雛っ娘達も総合戦技演習合格したと報告を受けた。
明日には帰ってくるから、コイツの一部使って、そのお祝いと、XFJ計画完遂の部隊内祝い、更にこの二人の歓迎会の料理を揃えてやって貰えないか?
人数は、凡そ30人。
食材は、他にもある程度ならユーコンから持って来て融通できるから。」

「・・・承知したよっ!! 久々に最高の食材! 腕がなるねェ!」

「感謝。
・・・あと必要なら、これは三枚に卸すけど?」

「・・・そうだね、こんだけ大きいと、あたしにゃ難儀だからお願いできるかい?」

「了解。」

「・・・・あの、大佐・・・。」

「ん?」

「その・・・師匠の弟子としては、是非私も解体も拝見したいのですが・・・・?」

「構わないが・・・・・、じゃあ食事摂ってからにするか。」

「はい!」

なぜか嬉しそうな篁中尉。



おかげで朝食後、厨房でキングサーモンの解体見学、と成った。
そんなモノの何が面白いのか、と思っていたが、それは私の認識不足。
サバイバルナイフ一振であんなに鮮やかに、ほんの5分も掛からずあの巨体を三枚に卸し、切り身にしてしまう人を初めて見た。
刃渡りに対し明らかに幅広の魚体に、背側と腹側から刃を入れるが、寸分の狂いもなく中骨を残す。
最終的に切り分けられた中骨は、光が透けるくらい、骨の厚さ分の身しか残って居なかった。
京塚さんも満足げに頷き、興味深げだった周囲の料理人からも感嘆の声が上がった。


因みに大佐がハラミ周辺や中骨・ヒレ周りのアラを手早く刺身や剥き身にしてくれたのは、見学者だけの秘密。
社少尉や、シェスチナ少尉も初めは生魚に恐恐としていたが、一口食べたあとは、瞳をキラキラさせて、大佐におねだりしていた。

・・・・私も、その気持は良く理解できた。
京塚さんが腕を振るうという明日の夜が楽しみになってしまった。


Sideout




Side 唯依


「こんな方法が在ったのですか・・・・。」

朝食とピアティフ中尉による基地の説明や手続きが済んだ後、機密区画に戻ると、早速ヘッドギアを付けてセルフダイヴと呼ばれる心理治療に入った二人。
社少尉がそのナビゲーションを行っている。



此処に還ってきて二人に最初に逢わせたのは社少尉。
同じ第3計画の出身者。
そしてESPと言う特殊な力も有すると言う社少尉は、彼女達の事を理解し、許容してくれた。
恐らく、それを理解したイーニァは、その胸に縋って泣いた。
そのイーニァを気遣うクリスカも、一緒に抱き込まれ、最初は戸惑いながらも、その小柄な少女に縋ったのだ。
実際社少尉がもっとも末っ子に見えるのに、その姿は姉の様でもあった。



「人格領域は、外部から手を加えるわけには行かないからな。
下手なことすれば齟齬が生じ、人格自体が不安定になる。
それを治すには自分自身による内的領域からのアプローチが必要で、現状それが出来るのは社、そして経験者の俺と鑑が居るここ横浜だけだ。」

「え? 経験者、ですか?」

「俺が落雷で昏睡だったのは話したよな。
それを自力で治したようなもんだ。
俺の場合は手探りだったんで、結局1年、掛かったけどな。
で、それを応用し元々は、鑑を覚醒させるのに使った技法だ。」

「 !! 」


軽く言うがどのような苦難の行程だったのか。
・・・それが大佐の勁さ、・・・か。


「・・・あまり急ぐわけにも行かないが、さっき社が俺が訊きたかったことも確認してくれた。
本人達の意志も前向きなら、1,2週間で殆どのニューロンを修復できるだろう。」

「けれど・・・社少尉はあんな技能を持っていたのですね・・・。」

「ま、謂わば第3計画の集大成・・・・ラストオーダーだからな。良い子だろ?」

「はい。」


否定する要素は何も無い。
寧ろ彼女らを許容し、導く様には感謝しかない。


「・・・それだけに、危険も多い。
サンダークには釘を刺したが、ソ連には他にもまだ未練を引きずっている輩もいるし、その力に過大な幻想を抱いている別組織も多い。」

「!」

「篁も気に掛けて遣ってくれ・・・と言っても社も、ビャーチェノワやシェスチナも篁の部下と言う事になるな。」

「・・はい。
上官としても彼女達の周辺には絶えず気を配ります。」

「ああ、頼む。
ところで、二人の事は一任したが、篁としては完治したらどうするんだ?」

「そんなに早く治るとは思って居なかったので検討しますが・・・・出来れば、ここで少し教導して、早めにユーコンに返そうと思って居ます。
大佐の許可が頂ければ、XM3とXFJで。
でも少なくとも決戦[●●]に巻き込むわけには行かないかと・・・。」

「・・・それも良いかもな。“紅の姉妹”がEvo4の機動概念を会得したらどうなるか、見てみたいな。」

「それは・・・・抜かれそうな気がしないでもないので、上官としては複雑ですが・・・。
あと、少なくともクリスカには多少でも日本の家庭料理を仕込もうかと・・・。
イーニァも先程刺身を気に入っていたので、興味を持つかも知れません。」

「・・・・。」


大佐の微妙な顔に、ちらりと作業に集中している社少尉を見る。
その動作に気づいて、部隊執務室に戻ってきてくれた。
今は他に誰もいない。


「お気遣い、ありがとうございます。
・・・・大佐にだけは、お伝えしておいた方が良いですね。」

「ブリッジスのことか?」

「はい。
彼は―――“兄”、なんです。
・・・父が母との成婚前、米国に戦術機の開発を習得に行った際の―――。」

「!・・・・成程―――」

「ユウヤの母、ミラ・ブリッジスさんは、懐妊に気付いた後全てを捨てて父にも誰にも、何も言わず、失踪し彼を産んだそうです。
その後居所が見つかり実家に連れ戻されたそうですが。
南部の所謂名家らしく、父も知れないユウヤは相当苦労したみたいで、彼の日本嫌いはそこから。
恐らく彼女の失踪後間もなく帰国した父は、彼の存在すら知らなかったし、母も知らないと思います。
知っているのは数人、私の知る限りでは・・・、ハイネマン氏と巌谷の叔父様だけです。」

「・・・そうか。」

「―――正直、まだ完全に割り切れた訳では在りませんが、私なりに納得し、篁家当主の証:緋焔白霊はユウヤに託しました。
その彼が選んだ女性ならば、幸せになって貰わなければ、困ります。
あの二人が本当に闘うだけの存在では、切なすぎる・・・。」


ぽんと、頭に手が置かれる。


「篁は・・・・・・いい女になりそうだな。」

「・・・・・・はい!」


Sideout




[35536] §53 2001,11,04(Sun) 20:00 B19夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/06/19 19:45
'12,12,26 upload
'15,01,24 弐型改 → Evolution4
'15,06,19 誤字修正



Side まりも


「――12:47 隅落しでインフィニティーズ2の残った左上腕とカメラ部を破壊。落下時の8Gで、衛士無力化。
―――12:49 援護に駆けつけたアルゴス1が、インフィニティーズ1より鹵獲した突撃砲にて、インフィニティーズ4のカメラと両肩部を破壊し無力化。
これで強襲勢力排除完了。

以上が、総合評価演習“ブルーフラッグ”の於ける“個人的思想によるテロ”の顛末だ。」


夕刻、硫黄島の帝国軍基地から横浜に帰任した。
既に今朝早くユーコン基地から帰任していた御子神クンと篁中尉。
お互いにお帰りを言い合い、おめでとうを言い合った後、その情報交換が行われている。

御子神クンはAH戦から強襲鎮圧まで、さもあっさりと時系列で報告したが、その内容はてんこ盛り、今後の軍事戦略に齎す影響は膨大である。

F-22Aを最強と為していたステルス機能の無効化技術が3つ。
衛星高度光学監視を使わずとも、マルチスタティックレーダー圏を小隊で構築することにより捕捉。弐型とXM3のコラボによる新しい機動概念を教導したアルゴス小隊で撃破。
後催眠暗示によると公表されている実弾による強襲は、戦闘行動予測プログラムCAP-RTで行動や射線まで予測し、実弾装備のF-22EMDを躱し切り、戦術機用格闘術を使い無手で殲滅した。
その陽動の裏で実施されようとしたレッドシフト再爆による基地やアラスカ領の破壊工作も篁中尉らによって未然に阻止。
第5計画による第4計画及びプロミネンス計画の頓挫を狙った強襲、テロ、その全てをたたき潰したのである。


一方で207B訓練小隊の総合戦技演習が行われた帝国領土である某無人島への所属不明機による襲撃も同じ。
A-12アヴェンジャーと思しき機体。護衛機であるXFJ Evolution4に警告もなく発砲し、強襲してきた。
それ以前に海域に張り巡らされた対潜水艦エリア哨戒により所属不明の潜水母艦が確認され、警戒されていたが、島の周囲にマルチスタティックレーダー圏が敷かれていなかったら、A-12接近の発見が遅れ、白銀クンでも少し位は苦戦したかも知れない。
・・・ステルス攻撃機1個中隊、それを3分弱で殲滅したのは、紛れもなく白銀クンの技量故だが・・・。

潜水艦での機甲部隊展開、そして乗員と機材を隠蔽するための念入りな自爆。
最新鋭ステルス攻撃機:A-12を運用しているのだから、少なくとも海兵隊に関連ある非合法部隊。
米国軍の正規部隊であろうとなかろうと、第5計画派の思惑で第4計画の中心人物である夕呼を狙ったことは間違いない。




第5計画派、その恐らくは過激派と目される組織が送り込んだだろう2つの刺客。
分断した彼方クンと夕呼への同時強襲。
第5計画派も、随分と焦っている、と見るべきか。
対外的に公表したのはXM3だけ。
しかしそのXM3はG弾の運用無くハイヴ攻略の可能性を示唆した。ハイヴの存在する、つまり国土の奪回を目指すユーラシア各国が、自国に永久に植生の回復しない不毛の土地を作りたいわけがない。
今はまだ、シミュレーション故半信半疑だが、今後実証でもされれば、第5計画からの離反は必至である。
貢献が無ければハイヴ攻略後に得られる筈のG元素も得られない。
それは今後の世界戦略を考慮した場合、かなりの不利益を被る。第5計画派は、そう“政府”を脅し、強引な計画を実行したのだろう、と言うのが彼方クンの見込みだった。


その為に実際第5計画派にしてみれば、過剰と思える戦力を投入したのである。

もしそのどちらかが成功していれば、確かに第4計画は頓挫したかもしれない。
それは人類の希望が潰えることだというのに・・・。
推進責任者である夕呼、そしてその為の装備を整えてきた彼方クンが居なければ、少なくとも早期にオリジナルハイヴ攻略というステージに立てない可能性が高い。



片や、世界最強の戦術機と誰もが認めたF-22EMDを擁し、全米基地の教導隊を教導する対人戦闘米軍最強部隊であるインフィニティーズ。
不知火との直接のキルレートは存在しないが、性能的に近しいF-15Eであれば、たしか100に近い数字。数字だけなら連隊規模でも敵わない相手となる。

一方では、同じステルス性能を有し、先行配備が報じられながら、その姿さえまともに捉えられた事のない幽鬼の様な戦術機と、それを駆る亡霊部隊。非合法極秘部隊ゆえ、在席する衛士の腕は推して知るべし。
更には彼らに取って投降は決して許されず、負けることは死ぬことなのだ。その覚悟だけでも怖い。
それはイザと成れば道連れも厭わないと言うことである。
それを1個中隊、丸々投入してきたのである。
この瀬戸際に至って尚BETAを相手にせず、人を相手に謀略をめぐるその思想が理解出来ない。


これら一見過剰とも思える戦力を以て双方、あるいはどんなどんでん返しが起きても、片方は必ず成功する、というのが彼らの目論見であっただろう。



それを対ステルス装備、そしてXFJ Evolution4が完封した。



磐石だった故に、逆に失墜も激甚だった。
恐らく失敗したときの対処など考えてもいなかったのかも知れない。


ユーコンの襲撃はどうにか司令官の“個人的思想に基づくテロ”で、強引に片をつけた。
しかし同時に彼ら第5計画派が牽制したかったプロミネンス計画は、逆に完全な米軍勢力の切り離しに成功した。送り込んだ司令官がテロを起こしたとあっては、国連とて黙っては居ない。もうそうそう息の掛かった者を送り込むことは出来ない。
そのプロミネンス計画に唯一繋がっている米国側のボーニングは、逆にラプターを落とした原動力。XFJとACTVの技術をガッチリ握っている。
ステルスの優位性が崩れ、ドクトリンが崩壊した今、無駄に高価なF-22AやF-35はその存在意義すら失う。
一方で弐型やACTVに使われた技術は、米国が戦術機に依る覇権を完全に喪わないためにも、今や無くてはならない存在となり、それが解っているからボーニング側もおいそれと他社や第5計画派にプロミネンス計画への手出しをさせない。
それでなくてもその弐型やACTVを一気に高めたXM3と言うOSは、プロミネンス計画を経て今後配布されるのである。
国連として、その成果を供出しろと横浜に圧力を掛けても、既にプロミネンスを経由して、各国に配布・教導している、と言われれば、それ以上を引き出すことは出来なくなる。
今回の事態で、そのプロミネンス計画すら制御不能に陥ったのである。
寧ろ、ボーニングがプロミネンスに居るが為に、国連に圧力を掛けることに依るユーコンや横浜への画策がやり辛くなった。
新たな部隊を参入することすら困難だろう。



そしてその一方秘密部隊に依る襲撃の失敗は第5計画派にとって極めて不味かった。
自爆でメンバーの特定は困難であったが、機体の全てを爆破できたわけではない。
特に白銀クンが切り飛ばした腕や頭部を含む部位は自爆信号線も切断されたためほぼ無傷で残り、そこから回収したバッファからも情報が引き出せた。

その全てを夕呼は確保してしまったのである。

A-12アヴェンジャーなど運用しているのは米国海兵隊関係しか在り得ない。
存在しないはずの部隊の存在。警告もなしに銃撃する映像。相手は国連カラーの不知火。
戦闘時の映像も鮮明に残された。

作戦当事者は、何が起きたのかすら把握出来ていないだろう。
送り込んだ強襲部隊との連絡は、ステルス行動により途絶するはず。彼方クンによれば、作戦時、すべてのセンサーや衛星高度の監視にまでジャミングを掛けたという。XFJ Evolution4の戦闘機動をトリガーとし、各種妨害トラップを仕掛けていた。
襲撃側にとって、その時間はたった3分で在ったが、その3分で強襲した中隊が消滅したわけだ。
彼らが回収できたのは、破壊された機体を回収する作業員の映像だけ。

潜水艦は這々の体で逃げ帰ったらしい。



この非合法作戦を公表されたら、指揮官の首が飛ぶくらいでは到底済まない爆弾。
軍上層部も政府でさえ第5計画派の言い分を容認し賛意は示さないまでも承認はしたのだから同罪。
その爆弾を一番嫌な相手に握られたのだ。

当然、夕呼の事だからこのあと悪辣極まりない要求をするのだろう。

―――潰しちゃったら何も得られないじゃない?
蚕は生きているからこぞ絹を吐くの。茹でるのは全部吐き出してからよ―――

昨夜本当に愉しそうにクツクツと哂う夕呼を見て、私が第5計画派でなかった事に心底安堵した位だった。






「・・・上々ね。
XFJ Evolution4と新機動概念で白銀も皮が剥けたみたいだし。
・・・・ところで、なんで篁はこんなにタレてるわけ? 時差ぼけ?」

確かに魂が芯を喪ったようにタレている篁中尉。帰任の挨拶も何処か上の空だった。


「・・・ああ、どっちかといえば、褒められすぎて羞恥回路がオーバーロードしたらしい。
今日午後に、帝都城まで報告に行ったからな。
Phase3でボーニングの技術が入っているとは言え不知火“弐型”であのF-22EMDに完勝したXFJ計画の推進責任者。
今までは、蔑まれたり、貶されることは在っても認めてさえくれなかった帝国軍関係者も今回は大絶賛。まことしやかにステルスを推挙した蒙昧な連中は表にも出てこれない、と巌谷のおっさんが呵々と笑ってた。
諮問会議は爽快だったらしい。
満場一致、割れんばかりの拍手で試製XFJ-01承認が早々に採択された、とさ。

今日の篁の登城も、何処で聞きつけたか企業関係者まですっ飛んできて拝みまくってった。
本来篁の属する斯衛なんか凱旋歓迎状態だからな。

・・・因みに篁は今日付けて大尉昇格な。」


なるほどと思う。
篁中尉もとい大尉の性格なら、この状態は致し方ないわね。
帝都防衛戦での繰り上げ任官で14から戦場に立ったとは言え、本来207B訓練兵と同学年、まだ17の筈だもの。
大きすぎる賛辞が自分の功績と思えない上に、大尉という責任の重さを理解していれば、タレるのも仕方ない、か。


話が自分に及んだと気が付き、篁大尉はビクンとするが、夕呼はそんな大尉をワラうだけ。
恐縮しきった表情のまま皆を見回して、何故か私に懇願するような潤んだ瞳を向ける。

・・・周囲は、夕呼に社少尉、あとは白銀クンに御子神クン・・・・。
ある意味その視線は妥当だと思ってしまった。
・・・・ “私たち”は、所詮“一般人”なのだ。



「・・・・篁大尉、昇格おめでとう。
そしてXFJ計画完遂・・・本当にありがとう[●●●●●]。」

声を掛ける。

「・・・え?」

賛辞ではなく感謝されて戸惑う大尉。

「・・・貴女がユーコン基地で熟成させた“弐型”は“XM3”と融合して今、新たな地平へと至ったのよ。
いずれ主力戦術機候補から本採用されれば、今後数多くの衛士がそれに搭乗することになる。
・・・それは、私にとっても大切な教え子たちが生き延びる可能性を上げてくれる“希望”そのものなの。

全ては貴女の、貴女自身の努力と苦労の賜物。皆の賛辞や賞賛はその努力に対する正当な評価だわ。
・・・それとも貴方は自分の努力[●●]までも否定するの?」

「・・・・いえ、それは・・・。」

「ならば賛辞も賞賛も、そして感謝も受け止め、それを誇りなさい。
勲功を誇り、後進にその道を示す。それも上位者としての使命なのよ。」

微笑み掛けると、漸くその顔に笑みが浮かぶ。

「・・・はい!」

何かを噛み締めるように、篁大尉は頷いてくれた。


彼方クンが私に小さく舌先を噛んで見せ、Thanksと声を出さずに動かしたのが判った。



「流石まりもね・・・。若いのを諭すのが上手いわ。」

夕呼の落としたつぶやきに、即座にアイコンタクトする。

<・・・なによ。年寄りって言いたいの?>

<・・・言わないわよ。同い年なんだから言うわけ無いでしょ。>


こっそり礼を言われた私に気付いて・・・拗ねただけらしい。
変なとこ子どもっぽいんだから。

夕呼はこういうフォロー、苦手だものね。
約束通り、今夜は譲ってくれるらしいし・・・♪。







「・・・で、帝都城ってことはEvolution4もぶっちゃけたの?」

「ああ。これ以上隠しておく意味が無い。
機動としてXFJ Evolution4+“XM3”で目指した目標は、早々に武が実現し、ついでに公開こそ出来ないが対人戦の実戦証明までしちゃってくれたからな。
“Evolution4”本気の機動ってことで、武のアヴェンジャー12騎2:45全機撃墜、も帝都城で見せた。
・・・全員呆れてたぞ。」

「あはは・・。それはオレの機動だけじゃないと思う。」

武クンは苦笑い。
それはそうだ。アレは天元突破な機体性能と、それを支える破格の技術があってこその機動なのだ。


「これで・・・残っているのは、新潟での対BETA実戦証明。
それさえ済めば、第5計画が事態の収拾に追われているうちに、各国へのG-コア提供をエサに、“喀什への道[LOAD TO Hv1]”を繋げる。」

「・・・。」


何時だってブレない、その目的。
敵は飽く迄も“喀什”に在る。
それは今、オルタネィティヴ4の存在意義そのもの。



「・・・あら、それじゃXFJはEvolution4も、もう完遂ってこと?」

「G-コアの作成は、どんなに急いでも1週間で、3基が限界。
オリジナルハイヴ侵攻に必要な目処としている2個中隊分が揃うのは、12月中旬。
基本はそれらの調整と小変更だが・・・、さっき悠陽から篁の武御雷改造の許可を貰ってきた。」

「!!、もしかして武御雷にG-コアを?」

「この後試製XFJ-01が正式に出てくると、機動に於いて武御雷A型位は軽く凌駕するからな。去年量産機が出始めた武御雷だから、機体の更新計画も改造計画もまだ全く無い斯衛だが、このままって訳にはいかないだろう。」

「・・・ある意味適任ね・・・アンタ達しか出来ないわ、それは。」

「将来的にも帝国に渡すG-コアの配分を考えれば、斯衛にも運用機体が必要だからEvolution4の範疇として実施する事を依頼された。
因みに明日届くType-Rが2機目の改造素体だそうだ。」

「・・・え、やっぱり来るの? 紫・・・。」

「・・・ああ。悠陽用の予備機体らしいが・・・。
ついでに弐型でのラプター戦勝利に狂喜乱舞したメーカーが、先行量産機体も2機、追加で都合をつけてくれた。
G-コアが機体分揃うのは後々だが、これで207Bの機体は、全て試製XFJ-01相当から始められる。」

「・・・・ある意味スゲェ贅沢じゃん、あいつら・・・。」

「どうせ武は彼女達とオリジナルハイヴ、潜る気なんだろう?」

「・・・・・ああ。」

「え?! そんなっ! 本気なのっ!?」


だって総合戦技演習を終えたとは言え、任官すらしていないのよ?


「大丈夫です、まりもちゃん・・・。あいつらは、絶対死なせません。」


閑かに言い切る白銀クン。


「・・・その為の装備だしな。
オリジナルハイヴ潜行機体は補給の難易度から言ってG-コアの載るXFJ Evolution4以外の選択肢は無いし、今の時点で態々吹雪与えるのも全くの無意味。少しでも長く慣熟させた方が良い。」

「・・・本気、・・なのね?」

「はい・・・。必ずあ号を倒し、全員生還してみせます。」

「・・・解ったわ。」

「・・・心配するな。どうせA-00も行くんだから。武の手が回らなければ、まりもが護ればいい。」

「・・・そうだったわね。」

「・・・・甘いわねぇ、アンタ達。
まあ、そこは任せてるからいいけど。
・・・どうせ殿下のことだから、彼方も斯衛では臨時とっぱらって大佐に固定しちゃったんでしょ?」

「・・・ああ。」

「じゃ、こっちももう面倒くさいから、そのまま技術大佐でいいわ。
ユーコンとも暫く連携が必要みたいだし・・・。
そうなるとA-00はそのまま白銀が隊長で、まりもが副隊長ね。
207Bは解隊式を待たず、A-00に仮配属とする。・・・さしずめまりもの下かしら。」

「・・・・そうね。・・・そう言ってイキナリ彼女達に弐型を渡す、言い訳用の環境を作る夕呼も随分と甘いけど?」

「・・・いいのよ。・・・・・・・最近まりもが手ごわくなって、やり辛いったらないわ。」

サッと照れ隠しをする夕呼を見て笑う。
そりゃあそうでしょ。・・・だって、ねぇ?
相手はこの“腹黒猫かぶり”なのだから。


「・・・で、彼方は技術顧問で、篁がその補佐。
彼方が構築、白銀が実証、社が全体の補佐・・・・でいいわね。」

「「Yes,Ma’am」」







「・・・・それで、話変わるけど、あのソ連娘達はなんなの?」

「ああ、ΠЗ計画っていうソ連の極秘計画で使われていた第3計画の遺児。」

「 !! 」

「武は知っているかな、“紅の姉妹”。」

「・・・ああ。」

「この前のユーコンテロで、単騎でBETA1,500体殲滅っていうレコード打ち立てた。
・・・・レッドシフトを阻止できたのは彼女らのおかげさ。」

「そんな娘達が?」

第5世代[ビャーチェノワ]と、第6世代[シェスチナ]姓を持つ娘達ね・・・。
全部接収って言ったのに、隠してたわけね、あのバカ共は。」

「まだいそうだが、手の届く範囲に居なければ、スルーするしか無いだろう。ソ連となんか喧嘩してる暇もない。
何しろ薬物と後催眠暗示でメタ感覚野を強制的に覚醒させられた状態。
しかもユーコンテロ時無理が祟った反動の所為で、今人格領域がヤバい。」

「ですが・・・純夏さんと同じ自己精神領域からの再構築が出来ます。もう始めています。」


引き継ぐように主張した社少尉、白銀クンが頭を撫でている。


「なるほどね。謂わば社の姉妹みたいなものね。
しかも此処じゃなければ治せないから連れてきた訳ね。
社も鑑も外になんか出すわけにはいかないわ。」

「あと、シェスチナは、どうもプレコグニッションの弱発現者でもあるらしい。
向こうは戦闘時特化と見ているらしいから気付かれる前に確保してきた。」

「!! 予知能力、か。
・・・いいわね、興味そそられるわ・・・。
無意識領域への接続? 寧ろ“根源”かしら・・・。」


何を言っているのか判らないが、舌舐りしそうな夕呼の貌。
そんなだから魔女なんて呼ばれるのよ!


「・・・取り合えす、A-00部隊に編入とし、内情を知る篁の下に着けた。
篁も治ったら最終的にユーコンに戻す気で居るが、人格領域治癒したら弐型にのせてみようと考えている。」

「え?」

「本人たちも強くなることを望んでいる。
武のZONEとはちょっと違うアプローチだけど、 “メタ感覚野”の覚醒もそれはそれでアリかな、と。
人格が強固になって、“覚醒”が自分の意志で出来るようになったら、かなりの腕に成る。
武の経歴は極秘だから表の功績は無い。
彼女たちはその表のトップレベルだからな。
A-01なんか表のトップレベルとやらせてやると、喜ぶのが居るだろ。」


思い浮かぶ顔が多すぎて頭痛がする。


「・・・得難い戦力が得られるなら、それもいいわ。
・・・・そういえばアンタXFJ継続委託ってカタチで弐型置いて来たのよね?」

「弐型とACTVでF-22EMDに完勝した“ラプタークラッシャーズ”だからな。
プロミネンス計画に置いておけば世界に対してXM3と弐型の丁度良い情報ソースになってくれるだろう。
全部引き上げれば世界中の目がコチラに向くことになるし、いまのところEvolution4から目を逸らしたい。」

「・・・なるほどね。で、本人達に囮に成っている自覚はあるの?」

「あるよ。主席衛士は米軍出向の元ラプター乗り。衛士として優秀、操縦だけじゃなく総合的に。
こちらの意図には、話さずとも気付いた。
それなのに、武並の朴念仁なのがたまにギズ、かな。
副席には、直接聞いた。
アジア連合グルカの元気娘。
・・・任せろってさ。」

「主席って・・・・ユウヤだろ? 米軍在籍で弐型駆って“ラプタークラッシャー”って・・・・不味くないのか? 原隊はおカンムリだろ?」

「・・・確かに先刻帝都城でも国連軍に転属させて横浜に引っ張れないかって話も出た。
欧州や、中華も食指動かしているかもな。
けど考えてみな。
ラプター搭乗経験も在りながら、それを墜とす機動も知っている稀有な存在。
けれどそれは当事者の米国も同じだぜ?
自国のドクトリンを崩壊させるほどの腕、それを遺恨だけで放逐するようなバカばっかりの組織なら余程与し易いけどな。
台頭していた第5計画派は今回の件でかなり失墜したはずだ。
良識派が出てくれば、そんなに甘くはないだろう。

ラプターを墜とされたからこそ、その機動を米軍人で唯一理解しているブリッジスは、早急に新たな思想を構築しなければならない米軍にとって、今一番必要な存在になっている筈だぜ。」

「・・・そういえば米国でも現場サイドでは、どっちかって言えば嫌われてたな、ラプターは・・。」

「ラプターなんて乗れる衛士はほんの一握り。
それも腕や機動でナンボという範疇じゃなかったからな。
ステルス性とアビオニクスで本来対BETA兵器として生まれた戦術機を対人特化してしまった存在。
しかも、その大元は自分たち衛士の対BETA戦術戦を無用のものとするG弾運用論。
・・・現場の一般衛士が好感情を持っている訳はないな。
今回のドクトリン崩壊は、ある意味戦術機戦略の復権だから、現場の衛士は寧ろ喜んでいるんじゃないか。」

「・・・・それをXFJ継続委託ってカタチで早期に引っ張られるのを縛ったわけね・・・。悪辣だわ。」

夕呼はイイ笑顔で笑っている。

「・・・別に本人にも米軍にも損になる話じゃない。
XFJ完遂でプロミネンスから全部引き上げれば、ブリッジスは恐らく直ぐにラングレー辺りの開発部隊が引き上げた。
流石にハルトウィックも原隊復帰を理由なく止めるコトは出来ないだろう。
・・・尤ももしかしたら転属先はフェニックス計画か、その次の計画かもしれないが。

けど弐型が置いてあれば、米軍としてもそのデータ取りに慰留させる。横浜とつながっていれば、更なる進化も在るかも知れない、とも匂わせてきた。
弐型はブリッジスと違い基本基地外には持ち出せないし、XM3正規版では個人認証も可能だから、アルゴス小隊員以外戦闘機動が出来ないようにしてある。
だったら今のままフェニックス計画麾下に置いておくほうがいい、と上層部も判断するだろう。」

「留めとく必要が在るわけ?」

「一応一通り仕込んだからな・・・。機体や装備、その内容は機密条項で縛れても、本人の技能や感覚は自由。
衛士の求める感覚が明確であれば、それを再現するのはそんなに難しくはない。
あまり早く米国軍にまで拡散されるとさすがに遣り難い。

尤も・・・何れにしろ年内で、状況を激変させるわけだから、そこまで保てばいい、ってこと。」

「・・・なるほどね。じゃ、当面はこのまま行きましょ。」


「そういえば、XG-70はシッピングしたとハイネマンが言っていたがどうなった?」

「ああ、あれね。明日到着予定よ。XG-70bと、XG-70dのパーツ、及び関連技術者が12名。
あと、稼働用のG-11[グレイ・イレブン]が100kg。
・・・これが問題ね。誠意は認めるけど絶対的な不足。
試算すると、XG-70bの戦闘機動1回当たり500~600kg位消費しそうなのよ。」

「G元素の獲得量ってどの位なの?」

「・・・彼方詳細知ってる? どうせハッキングしたんでしょ?」


「・・・カナダ領内に撃墜し、米軍が独占したプレ反応炉から接収されたG元素の総量は約2t。
殆どがG-9[グレイ・ナイン]で、総量の約8%:160kgがG-11[グレイ・イレブン]
その他はプレ反応炉中では確認されたが、何れも1g以下で、取り出すと勝手に崩壊して消失。
あとG-6[グレイ・シックス]がこれは-10kgほど回収されたらしいが、輸送中の事故で散逸、地球重力に反発して宇宙の彼方にとんでいったらしい。」

「・・・・肝心のG-11[グレイ・イレブン]は160kgか・・・。」

「それも殆どその後のML機関研究やG弾の開発、それにHi-MARF計画でも消費したから、今は研究用に数kgが残っているだけだな。

なので実質的に今人類が手中にしているG元素は、横浜ハイヴ制圧時の量しかない。
横浜ハイヴに備蓄されていた総量は20t。内G-11[グレイ・イレブン]が8%で1600kg。
因みに反応炉は破壊していないから、内部にある筈のG-6[グレイ・シックス]は確保出来ていない。
使い道も解らないから、研究用としてしか捉えていないので今は必要ない。
当然反応炉もG-11[グレイ・イレブン]を素粒子変換する機構はG-9[グレイ・ナイン]製なので、内部中枢はG-9[グレイ・ナイン]が相当量存在すると思われるが、内部のG-11[グレイ・イレブン]そのものは微々たる量だろう、此処には、エネルギーを消費するBETAが居ないからな。
で、横浜ハイヴで確保されたG元素は、米軍と国連で折半し、国連分を更に第4計画と第5計画で半分ずつ、・・・これでいいのかな?」

「・・・そうね。G-11[グレイ・イレブン]に絞れば、オルタネイティヴ4の手元にはG-11[グレイ・イレブン]は、約400kg弱の備蓄があるわ。」

「・・・尚、米軍に渡った800kgは、当初その300kgがHi-MARF計画に回されたが、その後残りの殆どがG弾の開発と作成に消費されている。
横浜で使われた規模で1発当たり約10kgくらい使うらしい。
第5計画派分400kgも同じ。併せても開発で幾分消費している。

・・・・現有のG弾は・・・秘匿分も含め凡そ80発。

今回のXG-70接収で渡された100kgは、Hi-MARF凍結時に再起のための保険として確保されていた量。
当然ボーニングが管理していたが、それを今回ほぼ全量さし出してきた。
勿論第5計画派も狙っていたから確保できただけ重畳、だろう。
一応ボーニングとしてこっち[●●●]」の方が旨みがある、との判断が在ったと見るべき。
恭順を示した魔女への貢物さ。」

「・・・解ってるケド、今の量は心許ないわね。
今後戦術機のG-コアでも使うから、備蓄が欲しいわ。彼方凄乃皇の低燃費化は出来ない?」

「ザッと構成見てからな。
まあ、予想で言えば、出来なくはないが時間がかかる、と言うトコロかな。
ラザフォード場の制御が甘い弐型は論外。ラザフォード場の高度運用が尤も消費を助長する。
弐型からは荷電粒子砲だけ抜いて、携行武器化、残りは必要部品を四型に移植して四型の完成を急いだほうがいい。」

「そう・・・。ならやっぱり、オリジナルハイヴ攻略してG元素確保するまでの運用分を確保するのが肝要ね。
・・・・A-12を元に引き出せるか、ね。」

「・・・夕呼なんか黒いこと考えていない?」

「第5計画派には、襲撃の対価をG弾頭で支払ってもらうだけよ。」

「!! 無理に決まってるじゃないっ!!」

「それが、そうでもないわ。
先刻彼方は80発と言ったけど、米軍が所持している公称は50発なのよ。
残りは実は第5計画が独自に持っている隠し玉。
勿論第5計画派と言われる一部高官には公然の秘密だけど、国際的には知られちゃいけない極秘情報。

元々米国軍所有のG弾は、第5計画による使用は認められているけど、計画は作戦を指示するだけで、勿論G弾の所有権は無い。
だからG弾の譲渡など本来米国が国として認められるわけがない。
国家防衛に直接関わるものだもの、当然よね。
国家首脳にとっては、迎撃すらできない戦略ミサイルは悪夢でしか無いわ。

けれど第5計画派が秘密裏に持っているG弾は違う。
しかも国際社会的に表沙汰になってはいけないシロモノ。
・・・上手く炙り出せば、向こうから熨斗付けて貰えるわ。」

「G弾なんてなにするのよ?」

「欲しいのはG弾ではなく、中身のG-11[グレイ・イレブン] 10kg分。
今までの鹵獲分を全部そんな無駄に使っちゃってそこにしか無いなら、それを戴くしかない。
イキナリ此処にG弾を撃ち込まれる様なリスク回避もできるしね。
取り敢えず30発、300kgあれば、喀什迄は余裕になるわ。」


・・・横浜の魔女の笑みは黒かった。


Sideout




[35536] §54 2001,11,05(Mon) 09:00 ブリーフィングルーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/24 18:43
'13,01,02 upload ※あけおめです。年末年始、落ち着いて執筆できません ^^; 次も若干間空きますがご容赦
'13,06,16 誤字修正
'15,01,24 語句統一


Side 慧


朝のブリーフィング。
いつもの日常が戻ってくる。

・・・けど・・・、今日からは違う。
皆の纏う雰囲気もそれを裏付けている。


開始時刻になり、姿を見せたのは神宮司教官のみ。


「起立っ! 敬礼っ!」


一矢乱れぬ、というのも悪いものじゃない。
難関を一つ乗り越えて、漸くチームになったのかな、と思う。
全部ではないが、認められるところは認めるし、少なくとも理解はできる。相手もきっとそう思ってい居るだろうことも・・・。

その核となった白銀と鑑は別件と言う事で、今はここには居ない。
白銀は元々任官済みで訓練部隊の所属は建前みたいなモノだし、極秘任務では何度もハイヴに潜行して生還しているエースオブエース。
普段はヘタレみたいなのに、戦術機に乗れば遥かな高みにある技量の持ち主。
いつか、追いついてみせるけどね。

そして鑑も総合戦技演習合格と共に任官が決まっている特殊技能持ち。
どんな技能を持っているのかは、ニード・ツー・ノウで知らされないけど、気にしない。
その特殊技能はどうでもいいけど、一緒に居られるのはズルイね、正直羨ましい。


私たちだって総合戦技演習はレコードまで作って合格した。
昨日一日は南の海での休暇も貰った。
・・・ちょっとだけど、思い出もできた。



「昨日までの総合戦技演習、ご苦労であった。
まさか予定した7日の半分以下、3日でクリアするとは思っていなかった。
基地司令からもお褒めの言葉を頂き、私としても鼻が高い。
貴様らの見事な健闘を讃えるとともに、もう一度お目出度うと言わせてもらおう。」

心なしか、教官の機嫌もいい。

問題児だった私たちの合格も決まり、教官も肩の荷がおりたのかな。
・・・昨夜還ってきた後は酒盛りのはず・・・噂に聞く狂犬モードは発動したのかな?

・・・何処となく色艶がいいのは、錯覚?

優しい眼差しで見回す。が、表情を引き締めると再び厳しい教官に戻る。


「・・・しかし、ここからが貴様らの正念場と成る。
今までは訓練兵ということで、謂わば庇護される立場に在った。
それが、今後は新兵に準じる立場となり、最早甘えは許されない。
次に何かコトが起きれば、任官前と言えど否応なく戦地に立つことにも成る。
そこで、安易な死は許されない。それは、今まで受けた恩に対する最大の裏切りと知れ!
・・・その事を重く認識した上で、残りの教導期間を意義あるものとしろ。」

「「「「「Yes, Ma’am!」」」」」


そうなのだ。
白銀が来る前、私は・・私達は衛士に成りさえすれば目標に手が届くようなつもりでいた。
戦術機という機体を駆りBETAを打ち滅ぼす人類の刃。
いつの間にか手段であったコトが目的になっていた。

そんな幻想を打ち砕いてくれたのが、白銀。
そして壁ともなった鑑。



ここから、だ。


「さて、本来207B訓練小隊は、この後戦術機訓練に入り慣熟し、その習熟をみて適宜任官となることは知っていると思う。」

そう。
・・・折角馴染んだこの小隊で居られるのも、あと少し。
任官後は、既に姿を見ない207A分隊の様に、バラバラに成るのだろう。
その後、解隊式を以て任官と言う流れ。


「が、・・・既に貴様らの任官先は決まっている。」

・・・え?


「・・・元々第207衛士訓練部隊は、この国連太平洋方面第11軍、通称国連横浜基地で香月博士が推進する極秘計画の専任者を育成する目的で創設された。
と言うよりも、その極秘計画を推進するために、横浜基地が建設された、と言っても良い。
故に第207衛士訓練部隊の修了者は、今まで全て極秘計画直属の特務部隊に任官が決まっていた。
半年前に任官した207A分隊も、そこに所属している。」

「!」

「だが、その特務部隊は、今丁度メンバーの過不足がなくてな、貴様らは、もう一つの特務部隊に所属することが決まっている。

・・・・A-00戦術機概念実証試験部隊。

それが貴様らの所属する部隊の名前だ。

そして隊長は白銀武少佐。私、神宮司は大尉として副隊長を務める。
御子神技術少佐は、昨日を以て技術大佐に特進し、今後は同部隊の顧問だ。」

「「「「・・・・えぇェェェェ??!!」」」」


白銀が少佐で隊長!?
教官が大尉で副隊長ってあり?


「貴様らが既に慣熟を行っているXM3は、既に知ってのように白銀少佐が発案し、御子神大佐がプログラミングした新概念のOSである。
貴様らが追体験した“銀河作戦”ハイヴ威力偵察にてコンバットプルーフも行われた。

しかしあの作戦は、まだ表に公表できない極秘作戦であり、今回のXM3公表と頒布に当たり、帝国技術廠にて推進されていた次期主力戦術機開発計画XFJ計画との共創に於いて、対人戦コンバットプルーフが実施された。

我々が総合戦技演習を実施している過日、11月2日、国連アラスカ基地にて、プロミネンス計画による総合評価プログラム、“ブルーフラッグ”の対人模擬戦が行われ、これにXM3を導入した弐型を駆る御子神大佐が参加した。

そのAH模擬戦に於いて、弐型2騎を含むアルゴス試験小隊は、F-22EMD:ラプターにて構成され米軍最強と謳われた部隊:インフィニティーズを4-0の完封で撃破するという快挙を成し遂げた。

これは弐型やXM3といった帝国技術の秀逸さを示すと共に、対BETA戦を蔑ろにし、対人戦を優位とするステルス性能に傾注した米国の軍事ドクトリンそのものを打破するものであり、戦術機の歴史に於いて大きなエポックとなる偉業である。」

「うわ・・・」

御子神・・って大佐なの?
戦術機の体移動や格闘概念を教えてくれた人。
・・・・しかもラプター落としちゃうなんて。


「・・・更にこれは極秘作戦故に詳細は伝えられないが、白銀少佐も同時期にステルス戦術機1個中隊を、単騎[●●]で制圧するという神業を見せて下さった。」

「・・・・単騎で1個中隊?・・・」


・・・白銀はもっととんでもないらしい。


「・・・今回、貴様らの所属する部隊は、これら御子神大佐や白銀少佐の考案・創出する装備の、対BETA実戦に於ける概念実証を推進することと成る。
その部隊に於いて、貴様らはその次期主力戦術機候補、XFJ-01の教導初期における導入のテストケースとして選ばれた。
即ち、既にシミュレータでの慣熟を実施し、その応答性が認められている貴様達は、練習機である吹雪を飛ばして、“弐型” 試製XFJ-01が与えられる。

それ故のA-00戦術機概念実証試験部隊仮配属である。」

「「「「「 !! 」」」」」

試製XFJ-01に、乗れるっ?!
やった・・・! 御子神と組んだあの機動モデルが実践できるんだ!


「・・・更に、その慣熟が十分なものであると認めうれば、正式任官となり、御子神大佐・白銀少佐の提唱する新技術の対BETA実戦に於ける概念実証も行っていく。
勿論、試すだけで逃げることは許されないから、事実上最前線と代わりはなく、同じ極秘計画の特務部隊との共同作戦が主となるだろう。

全帝国衛士の魁として、貴様らに科せられた期待は重いと知れっ!」


「「「「「 はいっ!! 」」」」」


思わず応えた返事が気持ち良いくらいに重なった。



Sideout




Side 武


A-01も使う機密ハンガーに並ぶ国連ブルーにカラーリングされた真新しい機体、6機の弐型、そして、“紫”の武御雷。
一般衛士は立ち入り出来ないこのエリアに在るなら、“紫”が存在することによる先任衛士の余計な横槍は発生しないな、と苦笑いする。
と、言うか前のループで何故“紫”を一般ハンガーに搬入したのか。
殿下の意志を由としない城内省あたりが、態と基地内の軋轢を生じさせたかったとしか思えないのだが。

今回のループはクーデターの一ヶ月以上前だというのに、殿下の立場や周辺は滅茶苦茶強化されている。
勿論彼方の所為だ。
この世界の彼方が残したという功績、遺産。それを引き継いだ彼方は、持ち前のチートな能力も併せて、諜報戦、謀議戦で対立する勢力をジワジワと包囲しているらしい。
一気に潰さないのがまた、彼方らしいと言えばらしい。最後の引き金は、大権奉還で引くのだろう。


・・・・その為にも11日の新潟では余計な犠牲を出すわけには行かない。




先週、総合戦技演習に前に極秘に納品された弐型は6機だった。
内訳は、完成品が2機、跳躍ユニット無しが2機、どうせ主機から跳躍ユニット、バッテリーまで外すんだから、とそれらが未搭載のフレーム先行機が2機だった。

彼方は整備班の協力も仰いでそのフレーム先行機2機を一昼夜でXFJ Evolution4に仕上げてしまった訳だ。
G-コアが換装されたそれらは、南洋の護衛とユーコンで実機証明。
勿論、”不知火・改”でオレが行った機動、そして先行で実機の無い207Bにいきなりシミュレーションで“弐型+XM3”を慣熟させ、そのモデルも参考に機動モデルを組み上げていた。
彩峰やタマとは個別に格闘戦や狙撃モデルまで構築するまでに。

お陰でA-12の強襲も難なく対処出来た。

肩部スラスターの追加により戦術機の機動概念が変わることを予想していたのだろう、と言うか、純夏の言うとおりバルジャーノンの機動を再現する、その為に“弐型”が最も適していることを理解していた。
一番最初に戦術機の手配を夕呼先生に頼んだとき、弐型を指定したのは彼方なのだから。



今日現在で残る4機の内、2機が金曜に入荷したG-コアの換装を済ませている。
G-コアの生産数だけは、週に3基というペース。
素材も限りあるし、製法も極秘と言うか、彼方が監修しないと出来ない部分があるらしく、外部には委託できない。
途轍もなく危険な代物であることは理解できるから、拡散させない意味では妥当なのかも知れない。
勿論、今現在は換装した機体も出力を絞り、“弐型”同等の機動しかできないように調整してある。

そう、当初予定では、彼方の使った機体を回す筈だったのだが、弐型がラプターを墜とした、という激震は猛烈な余波も齎したらしく、追加の完成版2機が武御雷と同時に搬入された。

これが、207B訓練小隊に配される慣熟機体であった。
それはそのまま、オリジナルハイヴ攻略戦の機体と成るだろう。



「・・・弐型・・? と!! 武御雷、か?」

背後にいくつかの息を呑む気配と掛けられた言葉。


「・・・ええ。一昨日、207B訓練小隊が総合戦技演習を終えました。
3日目の日没にゴール・・・・合格タイム、56時間21分は、レコードだそうです。」

「 !! 」

オレの応えに更に何人かが息を呑む。

「この弐型は、彼奴等の機体です。
・・・武御雷については、この横浜基地で極秘に進められるXJF計画Evolution4に併せて改修するためのサンプルの意味が強いですが。」

「弐型・・試製XFJ-01を訓練兵にかっ!?」

伊隅大尉がヴァルキリーズ全員を代表するように訊いてくる。
本来、富士教導団等TOP集団で評価が行われる筈の機体であろう。

「・・・試製XFJ-01は、篁中尉・・篁大尉が推進していたXFJ計画Phase2の先行量産プロトタイプ。
ここに在る弐型は、今後Evolution4として、彼方・・御子神大佐が“改造”するハイヴ攻略SPL仕様となります。」

「「「「 !! 」」」・・・ハイヴ攻略SPL・・・と言うことは・・・。」

オレは振り返り、柵を背に寄りかかった。
13人全員が、真っ直ぐにオレを見ていた。

「・・・ええ。
前にお伝えした様に、A-01、及びA-00部隊は、年内にハイヴを2つ攻略しなければ成りません。彼奴等もそのメンバーとして、既に組み込まれている、と言う事です。」

「・・・・・。」

「・・・な、何故、千鶴達には弐型が与えられて、私たちには「涼宮っ!!」・・・・は、申し訳ありません・・・。」

「・・・いいですよ、伊隅大尉。
けど、それは茜や柏木が一番理解できると思う。」

「は・・?」

「207A訓練小隊は、標準的な戦術機演習をシミュレータで実施後、練習機“吹雪”で慣熟、3ヶ月後にA-01部隊配属、“不知火”に機種変更。
そして今、XM3に換装・・・・。ぶっちゃけ吹雪は必要だったか?」

「あ・・・・。」

「・・・それは吹雪による慣熟は必要無い、と断じたのか?」

「全く不要だとは言いません。吹雪は吹雪で、非常に素直な操縦性を示す良い機体だと思います。
今が平時なら、そしてXM3が無い時代であったなら、出来れば1年くらいじっくりと乗り込めば、得られるモノは多大だと思います。
しかし、今、作戦実行は年内です。しかもXM3を前提としています。
3ヶ月も他の機体で慣熟している暇はありません。
乗り換えたときの機体変更慣熟に余計な時間を要するなら、最初からハイヴ突入機体で慣熟を行えばいいだけです。」

「・・・・」

「・・・勿論其れは貴女方も同じ。
しかし、少なくとも弐型は不知火を基礎とした機体であり、延長と捉えれば今のXM3慣熟は無駄にはならない。」

「「「・・・・。」」」

「そして既に通達されていると思いますが、貴女方は今週木曜日から実弾演習に赴きます。
後発で207Bは追うことになると思いますが、基本は見学メインの雛っ娘と違い、貴女達は最前線に出ることに成ります。」

「!・・・そうか。」

「その場に立つことを考えたら、今から機体の変更などできると思いますか?
ましてや、Evolution4に関しては、見てましたよね、オレがあの機体のシェイクダウンをしたところ・・・。」

「 !! アレがEvolution4!?」

「ええ。まだ機動のモデル化すら途上、完了していない。そんなモノにハイヴ攻略のTASK FORCEであるA-01部隊を乗せるわけには訳にはいかないんです。」

「・・・と言う事だ。涼宮も・・・速瀬も納得出来たか?」

「「は!」」

「・・・まあ、心配はしないで下さいね。少なくともハイヴ攻略本番までには、機動モデルもキッチリ仕上げて、Evolution4同等仕様を全員に配備します。
それが”不知火・改”になるかXFJ Evolution4になるかは、各人の操作特性次第なので、今の段階では確定できませんが、Evolution4に搭載されるコアは、極めて貴重なモノだと思って下さい。
我々は、其れを貴女方に託します。」

「・・・貴重とは兵器に使う言葉ではないな。」

「・・・戦術は愚か、戦略まで変化させる可能性を有する“G-コア”です。
今後3年間、全世界でも468基しか生産されないシロモノ。」

「え・・・?」

「喪われたら、2度と戻らない対BETAハイヴ攻略戦の切り札。」

「全世界で」「468基しか」「生産されない?」

「現状では素材が生産出来なくてそれしか生産できないんです
多分独占は困難でしょうから、主要国には分配され、各国に於けるハイヴ攻略の核となる。
配分に際して1国に与えられるのは、最大でも3個中隊程度でしょう。」

一国に最大でも36基。
それが搭載される機体が、A-01中隊に配備されることに成ると言うのだ。

「「「・・・・」」・・一国にそれだけか。・・・随分と重いものを託してくれるな・・・」

全衛士中の頂点、少なくともハイヴ攻略を担う特務部隊のトップと言う事になるわけだ。


「ええ。無為に喪う訳にはいかない・・・。必ず還ってこいと言う、オレと彼方の願いですから。」

「・・・まだ渡されても居ないのに随分と気が早いのは、・・・・そう言うことか?」

「無駄なことをしている余裕は、我々にはありません。」

「・・・そうか。では我々もその期待に応えるだけの覚悟と更なる精進が必要と言う事だな。」

「はい。」

オレは懐に入れていた夕呼先生から受け取った命令書を差し出す。本来今迄のループなら伊隅大尉に渡されたモノ。
尤も、内容は前回のループに於いてはBETA捕縛だった。その作戦で2名が死亡、1名が重度のPTSDから後送された作戦である。
今回はBETAの捕縛は無く、国連軍の特務部隊として実戦演習への参加、そして“不慮の事態”に対する適切な“対処”。

国連太平洋方面第11軍、A-01連隊 第9中隊であったヴァルキリーズ、今は再編され国連太平洋方面第11軍、A-0大隊に属するA-00中隊、及びA-01中隊というくくりになっている。
大隊であるからA-02中隊も何れは増員するつもりかも知れないが、いずれにしてもH-1攻略以降だろう。
国連太平洋方面第11軍A-0大隊の指揮官であるオレから、中隊長である伊隅大尉に渡される。


「はっ! 命令書、受領致しました!」


オレは全員を見回して、深く頷いた。


Sideout




Side 夕呼


「これで揃った訳?」

既に23:00を廻り、アタシは執務室に戻ってきた。遅れて入ってきた彼方はまたワインボトルとグラスをブラさげている。
今回は、ムートンね。


彼方が頼んで京塚さんが整えてくれた207B訓練小隊の総合戦技演習合格祝いは、仮配属となるA-00部隊との顔合わせ、そして今後共に訓練をしていくA-01部隊との顔合わせも行った。
A-00部隊所属である篁のXFJ計画完遂、大尉昇格、今回彼方が連れてきた二人の歓迎、ああ、そういえば彼方自身の大佐特進祝いもあったっけ。
基本は機密部隊故、内輪のメンバーだけであったが、最初は基地司令も参加し、そこそこに盛況なモノと成った。
彼方と篁がアラスカから持ち帰った食材は、勿論全て天然物で今の横浜では中々口にすることの出来ない豪華なモノ。中でもキングサーモンのチャンチャン焼きは豪快で、寿司は繊細だった。
米国ではそれが当たり前と聞けば、皆それぞれに思うところはあるわね。


「・・・・まだ、だ。」


以前彼方が装備として創出を提案したのは、4つ。

3次元フェイズドアレイ地下探査ソナー
99式電磁投射砲改 36mmレールガン
S-11小型化技術による120mm S-11炸薬弾
AEGIS-マイクロミサイル防衛構想

この内、地下探査ソナーは既にこの基地や今回の作戦範囲には設置されている。
レールガン、S-11炸薬弾についても、今回の新潟で実戦証明を行う。

「そう言えば、マイクロミサイルが実装されてないわね。」

「ああ。出来ないことはないが、量産化に時間が掛かりすぎる。既存のラインを改造するわけにもいかない。
それに、必要性含めて再検討する。」

抜栓したワインをグラスに少量つぐと香りを確かめ、テイスティングした。


「・・・・G-コアまで装備して、まだ足りないの?」

「そうだな・・・。フェイズ4,いや5までのハイヴならそれでなんの問題もない。
36mmの最大携行数が27,000、2個中隊なら24騎。約65万発。
フェイズ5のハイヴでBETA数は約60万と推定されるから、120mm弾と旨く使えばハイヴ殲滅戦も可能だろう。

けどオリジナルハイヴを陥とす前に使ったら、BETAがどんな対策をしてくるのか、・・・それが読めない。リスクが高すぎる。」


試飲に頷いた彼方は、別のグラスになみなみと注ぎ、渡してくれた。


「・・・BETAがどんな対策を打って来るのか、白銀の記憶にも無いから厄介ってことね。」

「そう。・・・となると、どうしても最初に上位存在を沈黙させる必要がある。
オリジナルハイヴは、既に規模の桁が違うからな。
推定でBETA 数は200万・・・。
勿論特攻なら今でもどうにでもなるが、その場合は計算したとおり40%の損耗もあり得る。

“全員生還”が“武”のクリア条件で在る以上、今回は潜行部隊を欠くわけにはいかない。」

「最初に攻略しなければ成らないのがオリジナルハイヴ、且つ最大のハイヴである上に、損耗率0でのクリア・・ね。」

軽くグラスを合わせ、呷った。


「どこにも無いよ、そんな無理ゲー。ラスボスにノーダメージ勝利って無茶振りは、元の世界でも聞かないな。
XG-70bの仕様を確認したが、流石に荷電粒子砲は昇圧するためのチャージに時間が掛かって、連射出来ないタイプの武器だし、見込んでいる刻限までに数を揃える事も難しい。
XG-70bから剥いで1基が精々。
下手すればラザフォード場まで無効化してくる上位存在の触手相手に通常攻撃がどこまで有効かどうかも不明。
となれば前回ループで撃破の実績が在る荷電粒子砲は貴重な存在。」


「・・・遥かな喀什というわけか。」

「まあ、実際被害想定しているのは、ハイヴ内部ではないんだけどな。
・・・突入路SW-119の確保と、破壊後の汪溢BETAの氾濫、これが最大の問題だろう。
時限信管や高度信管を使えば、BETAが打ち落とさなくてもALBは希望の位置で重金属雲を発生させられるだろう。
ただし現実として実際には、フェイズ6ハイヴの水平到達範囲が広すぎるから、レーザー属種の出現範囲全てを重金属雲で埋めることはとてもじゃないけど無理。フェイズ4の10倍、面積では100倍・・・。
その範囲を重金属雲で埋める物量は、人類にはない。

結果として武の前のループで損耗した9割とはいかないまでも、恐らく5割近くは持って行かれる。

・・・その中に突入メンバーが含まれたら、武の条件的に即アウト・・・。」

「・・・少なくとも地表までは、凄乃皇四型のレーザー防御が必要・・・ってことね。」

「鑑に無理させるんで出来るだけ避けたいんだがな。
レーザーの集中照射を喰らうのは凄乃皇四型としてもリスクが高い。そもそも凄乃皇四型が12月半ばまでに完成するのかすら微妙。

そして、よしんば首尾よく上位存在を撃破できても、こんどは汪溢BETAの津波に飲み込まれかねない。

前回は少人数だったので、四型に積んだHSSTで脱出してたが、2固中隊分の人数を乗せる事は無理だし、なによりG-コア持ちを喀什に放置するわけにはいかない。

かといって崩落作戦もフェイズ6じゃ規模が大きすぎて、有効な範囲を落とすには半径でヴォールクの10倍、体積換算すれば1000倍の火薬量が必要になる。時間手数的に無理だろう。

ま、凄乃皇四型が目論見通りに動けばイケルかもしれないが、成功したら成功したで、凄乃皇や00ユニット脅威論が再燃するだろうな。

そう言う意味でもあまり鑑を前面に出したくない。」

「・・・白銀と鑑が最優先、ね。」

「アイツらが求めて求めて、ループした世界だからな。

装備さえ揃えれば世界の異物である俺なんかが居なくても、武が居れば世界は変えていける。

逆にアイツらのどっちかが欠ければ、それで終わり。


だから、真面目に喀什だけだったら、上位存在陥としてから、核かG弾使うことでエリア殲滅するのが一番安全で手っ取り早いかもしれない。」

「反応炉さえ止めてしまえば、BETAのG弾対策や、強固なハイヴ壁強化も効かない、という事ね。
・・・・そういえばアンタG弾の使用にあまり忌憚無いわよね?」

「いや、エネルギー効率的にも及ぼす影響的にも極めて無駄な欠陥兵器だと思う。
まあ、逆にそれが使われた事で、武が呼び込まれた様なものだし、それの所為でネイティヴが消えたり、俺まで呼び込まれたり。因縁めいたモノを感じるが、な。」

「あら、だったらアタシやまりもは感謝しなきゃならないわ。」

「?」

「・・・少なくとも貴方を手に入れた・・・。」

「・・・・。」


彼方は肩を竦めてみせた。

「でも・・・珍しいわね。
貴方がそんな愚痴零すの。」

「ああ・・・。確かに愚痴っぽくなったか・・・悪い。
この件に関しては、夕呼だけだからな、内情知っているのは。
唯一鑑には武の縛りについては話したが、兵器関連は教えていない。
寧ろハーレム作りに画策してくれてるから助かってる。」

「・・・しかたないわ。
・・・求めているレベルが違うのよ。

貴方は損耗0を目指している。
それは、自分でも判って居るように貴方の言う無理ゲーだから、周囲はそんな無茶は考えていない。
だから装備の実戦証明がすすむと、期待ばっかり高まる。」

「・・・だな。」

「・・・アタシとしては、たまにはタレてる貴方もイケルわね。
尤も、まだまだ余裕かましてるケド。
この後、行き詰まって、尾羽打ち枯らしてボロボロに成ったらまりものトコにでも行きなさい。
そう言うのを慰めるのは得意みたいだから。」

「あ、それは不味いらしい。まりものバッドフラグらしいから・・・・。

ついでに言うと、行き詰まる前に一つ新潟で試してくる事がある。」

「・・・なんかまだあるの?」

「ああ・・・。それが出来れば・・・、だな。」

「・・・今の段階で明かす気はないんでしょ? 取り敢えず期待してるわ。」


Sideout





[35536] §55 2001,11,06(Tue) 10:00 帝都城第2連隊戦術機ハンガー
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/06/05 13:06
'13,01,17 upload ※亀更新ゴメンナサイm(_ _)m 明けに1週間無NET環境に居たら細かいプロットが飛んでしまった^^;
リハビリに1週間、まだなんか変・・・。
'13,05,10 誤記訂正
'13,05,15 誤字修正
'15,01,04 斑鳩閣下の名前変更
'15,01,24 語句統一
'15,06,05 誤字修正


Side 巴


耳障りな警戒音がコックピットを満たす。
点滅するワーニングの表示。

中隊単位の対人演習のさなか、相手は国連横浜基地の極秘特務部隊という美味しい設定だったのに・・・。
対峙していた国連ブルーのXFJ Evolution4が、長刀を退いた。
網膜投影の中にその甥っ子と幼なじみが現れ敬礼すると、XFJ Evolution4は一気に噴射跳躍で離脱した。
仮想空間であるがこのまま引き続き、次の“状況”に移行する。

同時にV-JIVESに於いて対人戦で撃破されていた部隊の機体や、自らの機体もその損傷がリセットされ、自分の小隊、及び各中隊を預けた部下達の顔が次々と網膜投影にポップアップしてくる。

その網膜に映る部下達の表情も、鳴り響くアラートに一葉に諦め顔。
そして告げられるアナウンス。


『―――Code991、Code991発令。全軍直ちに対人演習を終了し、対BETA防衛戦に移行せよ。
繰り返す。Code991、Code991発令。全軍直ちに演習を終了・・・・・』

案の定の中身を聞きながら、部隊間通信に言葉を被せる。

「各個、状況終了に伴う機体・装備の検証を行え!
不備あらば即刻各小隊長に具申しろ!」

『『『『『『『 Yes、Ma’am!』』』』』』』

不特定多数の返答が届くのを聞きながら、これで何度目だろうか、と頭を巡らした。





帝都城内のシミュレータ、そして北の丸駐屯地に属する帝国斯衛軍第2連隊に属する戦術機にXM3正規版が導入されたのが、先々週末。
それ以降、先週の始めから連隊規模で行って来たのが、このBETA新潟上陸に対する防衛戦を想定したシミュレーション演習だった。
これは殿下より内々に打診されたXM3検証の為の実弾演習、正確には11月11日を中心とした5日間の大規模な実弾演習がその後決定され、それを想定した訓練である。
つまりは斯衛軍がBETA侵攻戦を前提としたJIVESによる大規模実弾演習を計画、その演習地として新潟近郊を選んだ、と言うことだった。
そして実際にその地を護る本土防衛軍にも協力・参加要請を打診したのだ。

本来皇帝家や将軍家を含む五摂家の守護を預かる斯衛軍が、対BETA戦闘をしたのは首都防衛線に端を発する撤退戦とその後のBETAの関東侵攻、特に多摩川まで押し込まれた横浜侵攻戦までだ。
その後の横浜ハイヴ攻略・本土奪還戦に於いては、基本帝都防衛に廻り、前線での接敵はほとんど無い。
実際、’98年のBETA東進迄で、軍としての斯衛全体の損耗も50%近かったのである。
今現在で残っているのは、帝都城やその周辺を警護する第1、第2連隊、そして皇帝のおわす第二帝都城、仙台周辺を警護する第24連隊の3連隊と精鋭たる遊撃である第16斯衛大隊、あとは調布基地の実験中隊等分隊がいくつか、更に個別に警護を行う独立警護小隊が若干数存在するだけである。
総数としては1個師団に届くかどうかという規模だった。
そしてそのほぼ3割が、’98年以降新規に任官した新兵ばかり。第1連隊も第2連隊もつい先日漸く定数に達したばかりなのである。
それもつい先日此処に来て、極秘事項ながらさらに警護対象が増え、第1連隊・第2連隊からそれぞれ1大隊づつを派遣しており、再び定数を一気に割る状況に陥った。
故にBETA実戦を経験して居ない、即ち“死の8分間”を潜り抜けていない者が3割近く存在する、と言う事に他ならなかった。

しかし事実上喉元に刃を突きつけられている帝国の現状に在っては、斯衛と言えど一度事が起きればBETA侵攻の前面に立たねばならない。故に3割が新兵では話にならない。
此度の演習は、その様な状況を鑑み有事の際に備える、と言うことから計画されており、流石に幕僚参謀本部も異を唱えず、対応を実際に新潟沿岸を警護する東部方面参謀に丸投げした次第であったという。



そしてその連隊規模の仮想演習を実現しているのが、搭乗する戦術機そのものをシミュレータ化し、連隊規模の演習すら可能とする大規模通信シミュレータ。
通称でV-JIVES とかVartual-JIVESとも呼ばれている。

元々JIVESに於いては、実際に戦術機を動かすことにより機動関連の演算を絞って演算量を減らすことでデータリンク時の負荷を減じ、現状実装された戦術機のCPUで仮想空間構築を可能としている。つまり戦術機の機動によるよる複雑な反力やモーメント計算を全て現実挙動で済ませ、対象であるBETAの挙動やその接触に因る反動や効果のみを計算することで成立させているのだ。
しかし、その為には対象となる部隊規模が、実際に機動する広大な演習区域が必要となり、加えて現実に消費される推進剤、反動を考えれば実弾、と言った物的消耗が発生することとなる。

しかしV-JIVESに於いては、XM3用に換装されたCPUの大幅に上昇した演算性能により、自らの戦術機そのものの複雑な挙動計算を可能とした。これによって戦術機の現実機動を伴うコト無く、仮想空間に於ける機動を完全再現し、データリンクを介し大規模な師団規模のシミュレーション演習を現実のモノとしたのだ。
勿論その演算は重く、XM3用のCPUでなければ実現しない為、現状帝国軍に頒布されているXM3LITEでは実現出来ていない事が難点であるのだが。
それでも機体や弾薬を消耗するJIVESではなく、仮想現実で師団規模の演習が可能なシステムは、連隊規模の戦術を検証する上で、極めて有用なシステムとなった。

それを用い、昨日からは、国連横浜基地と基地間通信を利用して大規模な演習を行っているのである。





『―――状況。』

連隊長・大隊長クラスへの秘匿回線が開く。
相手は〈Thor-1〉=国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-00戦術機概念実証試験部隊の隊長機。先刻まで対峙していた甥っ子の機体。ぶっちゃれば、白銀少佐:タケ坊の複座に座るそのナヴィゲータ、鑑少尉:タケ坊の幼馴染純夏ちゃんの声だ。

実は横浜基地に所属する機密部隊がこの演習に参加するように成ったのは、今週に入ってから、つまり昨日から。
参加したのは、国連太平洋方面第11軍A-0大隊に属するA-01中隊・伊隅ヴァルキリーズと呼ばれる〈Valkyrie-01〉から〈Valkyrie-12〉の12騎、そして先のA-00中隊から隊長機である〈Thor-1〉が1騎。
因みに同じ部隊に所属し、プロミネンス計画のブルーフラッグでラプターを撃破したと話題の御子神大佐と篁大尉の参加は今日もない。
A-0部隊については連絡用にそれぞれの中隊長名は知らされているが、極秘部隊ゆえ、その他の隊員名や顔は網膜投影にも映されないし、声も直接にはやり取りできない。本来は鑑少尉の名前も当初確認できなかった。
また演習という公務中であることもあり、個人的私的会話など気軽にできる環境ではなかったが、昨日の演習参加でタケ坊の幼なじみ、純夏ちゃんの生存を確認したのである。
BETAの横浜侵攻時にMIA=死亡とされていただけに、嬉しい限りであった。
もちろん、昨日の演習後に短いが挨拶をされた。タケ坊には一度連れてこい、とは言っておいたが・・・。


『0926、BETA群はH21ハイヴ主縦坑近くの開孔より湧出、両津湾より海中進攻に移行。
 1028、BETA群は佐渡海盆を迂回し北東部より南下を開始。
 1036、開孔よりの湧出停止、進攻規模は、確認された中型種以上で約10,000。
 1043、総数の10%が南下に転じたことより、帝国軍東部方面参謀本部及び斯衛軍統合司令室は、旅団規模の本土侵攻と断じ、Code991を発令、新潟を中心とする海岸線一体にデフコン-1を通達。
現在帝国本土防衛軍第12師団が該当地区に展開中。』

過去聴き慣れたよりも少し大人びた声で、まるで見ていたように告げる〈Thor-1〉。
話しているのは複座に座る鑑少尉なのだが、その言葉は〈Thor-1〉、つまり国連太平洋方面第11軍A-0大隊長:白銀武少佐の言葉と同義となる。

そしてその言葉の正確さは、既に昨日目の当たりにしていた。




実際にこの演習に携わり、そしてまったく、と頭を抱えてしまったのが、事此処に至っても未だに帝国軍と斯衛軍、そして国連軍は命令系統が全て異なると言うことだった。

勿論今回の方面参謀本部や斯衛統合司令部は情報交換も協力体勢も取ってはいるが、基本的に上に成ればなるほど仲が悪い。
特に本丸の幕僚とも成れば例の九條も絡み始め、斯衛上層部との仲は壊滅的だ。
それが判っているから流石に有事の際の命令系統は現場、各方面隊の参謀本部が執る。
それでも、今回のように斯衛、そして更に帝国軍には嫌悪すらされている国連軍が出てきた日には、混乱すること必至なのが現状である。

事実、先週までのシミュレーションに於ける結果は散々だった。


現状帝国本土防衛軍は、このシミュレーションには参加していない。
と言うか、帝国軍に頒布されたXM3はLITE仕様のためこのV-JIVESに参加できない、というのが正しい。
故にこの演習において帝国本土防衛軍は全てがNPCとして動作していた。
それは、全く別の命令系統で、勝手に動く部隊。
シミュレーションの中で、彼らはNPCで在りながらその動作は“如何にも” 帝国本土防衛軍が取りそうな行動パターンを示す。
そりゃあもう、苦笑が漏れるくらいに・・・。



元々皇帝家や将軍家を含む五摂家の守護を本分とする斯衛が、海岸線の上陸侵攻を防衛する状況に成ること自体が稀有である。
今回の演習やその目的は前述の通りだが、斯衛その本分に悖る、との指摘があったのも事実だ。頭の堅いモノは、何処にでも居るのである。
その指摘に対し、煌武院悠陽殿下が視察に赴く、という付帯事項を発端とし、実弾演習は一気に実現へと傾いた。
お飾り、と認識されて久しい殿下とは言え、皇帝から国政の全てを預かる名目上の国家元首。
その為、殿下の視察とそれに伴う実弾演習として統合幕僚監部でも特に問題なく受諾された。

実弾演習の際の協力や配備に付いては、現場である東部方面参謀が受理し、推進している。
と言うか、寧ろこちらは協力的。
実際、現場の将兵は帝国軍でも元々陸軍出身者が多く、その後大陸派兵からの帰還や陸軍そのものの損耗に依る再編で本土防衛軍に組み込まれた。
故に将軍家や殿下に対する忠誠は元々の本土防衛軍よりも高かったりする。

その殿下が帝国斯衛軍第2連隊中2大隊と第16斯衛大隊を警護と言う名目の元に最前線を訪れ、演習を視察するのである。
この管区を担当する第12師団が逸らないわけがなかった。

先週からずっとV-JIVESで行っている演習は、そんな裏事情を加味し、第12師団相当のNPCと共に対BETA戦演習を行う、という内容なのだ。
恐らく現実でも第12師団は第12師団で実弾演習に向けた演習を繰り返している事が容易に想像できた。




そしてコレだけ繰り返し行う演習の中で余りにも心許ないのが、BETA侵攻防衛戦に於けるBETA情報の少なさだった。

先週までのシミュレーションでCPより通知されたのは、BETAがH21から湧出した時刻、海中侵攻した規模程度で、事前情報としては大まかな上陸予測地点が示されるのみ。
場合によっては200km近い日本海沿岸が対象となるのである。
上陸が開始されれば、レーダー網で位置は判る。沿岸でも一部地区には海中にもパッシブソナーが配され、100m程度の接近は感知できた。

だが、それでは圧倒的に遅いのである。

元来人類との意思疎通など出来ず、何を考えて行動しているのか今以て全く不明なのがBETAである。
同じ炭素系生命体に見えるが、実際には呼吸もせず、宇宙空間ですら活動できる。
現時点でH21から湧いたBETAが何処に向かうのか、すら解らず、上陸されて初めて侵攻された、と認識される。

なので、今回も初期の演習に於いては、Code991とデフコン1の発令に本土防衛軍NPCは過敏に反応。
大まかな上陸予測地点に大挙殺到して迎撃する。
しかしそれは最終的に相対する総数すら不明の迎撃戦。
それ故、最初は戦線維持しているが、やがて戦域毎に上陸するBETA数が異なるために応戦する友軍には戦域毎の過不足が生じる。
それに対してCPである方面参謀本部が各戦域の状況を見ながら戦力を割り振る、と言う図式になる。
それでも今回の布陣に付いてのみ言えば、戦線に穴をあける前に斯衛が適宜補佐出来ればいいのだが、今度は指揮系統が異なるため、方面参謀本部からの要請は遅れ斯衛は更に後手に回り、結局穴の開いたエリアでの防衛線に移行する・・・。

元々10,000を越える侵攻BETAに防衛戦力として余裕などあるワケもなく、更には状況を見ながらの配分であるため、一箇所に大量のBETA上陸が発生した時など、どうしても後手に廻り、結果戦線のそこ此処に穴が開く状況になる。

今回示された戦域も弥彦山から新潟空港付近まで、海岸線で約50km。
NPC帝国本土防衛軍を含めて全戦力とみなしても、今回参加する部隊人員は戦術機全部で100エレメント程度。
その人員で海岸線を全て網羅するとエレメント単位の守備範囲は500m。
侵攻規模が10,000ともなれば、その500m範囲に100体が上陸するわけだ。
つまりは戦術機2 vs BETA100と言う現実。
XM3が実装されたとて、全ての衛士がタケ坊の様に動けるわけがないのである。


これが先週までのシミュレーションの流れ。

最初の演習に於いては、本土防衛軍NPCの8割を損耗し斯衛軍も19騎を失うていたらく。
XM3に完熟しつつ在る中でこの数字なのだから、それがなければどうなっているのだろう。
斯衛も全てが抜かれ、関東への侵攻をも許したかも知れない。

結局10,000のBETAですら防御するのは危うい、それがこの国の現状であると、改めて思い知らされた。


初回以降、それでも大隊間の連携を強化し、NPC帝国軍を補佐するように廻り、穴を埋める指示を繰り返すが、シミュレーションに於けるBETAの侵攻方法も毎回同じではない。
その時々で時間や出現パターンを変えてくる。
それに対処をしながら次々と露見する問題点を検討していく。

最終的に先週土曜の結果として、帝国軍NPCの損耗は半数近い52騎、斯衛軍も7騎の犠牲に抑えることとなったが、逆に言えばそこまでしか出来なかった。
これは、新潟防衛線を想定した此度の大規模実弾演習視察に於いて、とても殿下の前で披露できるレベルではなかった。






その暗鬱な空気をひっくり返したのが、昨日の〈Thor-1〉白銀少佐と鑑少尉だった。



『続いて、BETA上陸予測。』

来た。

『第一波。
1117 旧新潟空港周辺 推定数500
1120 西海岸公園 推定数600
1120 海辺の森 推定数700
1122 小針浜海水浴場 推定数800
1122 五十嵐浜 推定数700
1123 四ツ郷屋海水浴場 推定数600
1130 越前浜海水浴場 推定数500
1133 角田浜海水浴場 推定数400 』

今回は上陸地点が多い。
今までは上陸地点が絞られ、2,3箇所からの上陸が延々と続く蟻の行列の様な侵攻だった。
それが今回は8箇所からほとんど時間差無く上陸を敢行すると言うのだ。

『続いて第ニ波。
1204 旧新潟空港周辺 推定数500
1208 西海岸公園 推定数500
1209 海辺の森 推定数600
1210 小針浜海水浴場 推定数800
1213 五十嵐浜 推定数900
1214 四ツ郷屋海水浴場 推定数800
1220 越前浜海水浴場 推定数600
1222 角田浜海水浴場 推定数500 』


ちらりと時計を見る。1049―――。第1波まで30分無い。
今回のBETA侵攻は面制圧、それも2波に分けた旅団級。
実際新潟沿岸は平で断崖が無いため、広範囲から上陸が可能である。前線防衛として海岸付近には地雷が敷設してある地雷原があるが、これらは数にもカウントされていない小型種が特攻して起爆してしまうだろう。
BETAの上陸は遅くとも5分で100体、開けた地形ならその倍、200体が一気に上がる。
先週までの設定でも、此処まで大規模な同時侵攻はなかった。



けれど、と思う。
欲しかったのは、正しくこの情報。

先週一週間、防衛戦を繰り返して想ったのは、海中からの上陸際を叩きたい、と言うことだった。
さしものBETAも海中では動きが鈍い。加えて一番厄介な光線属種の照射もない。
だが、海中のBETAを捕捉する装備に乏しく、哨戒艇などを用いてソナーを駆使しても得られる情報に対し、佐渡ヶ島からの照射リスクが高い。
大規模な湧出は衛星から監視できる。海中に於けるBETAの動向は、得られれば僥倖、位の扱いでしかなかった。

しかし昨日、演習後に交わした話によれば、鑑少尉はBETAの行動をある程度予測できる装備の、現状唯一の適合者である、ということだった。
詳細は機密とのことだったが、正確な予測は、V-JIVESのシミュレーション情報を不正に得ていたわけでなく、現実に新潟でも実現しうる観測・予測情報なのだという。


元々佐渡からの本土侵攻は、本土に最も近い羽茂港辺りまで陸上を移動し、そこから三条から柏崎にかけての沿岸に上陸する、と今までは考えられていた。
今まで小規模単位のBETA上陸はほとんどがそのルートだったからである。

元よりBETAの海中侵攻は、泳いでいるわけではなく、海底を踏破して渡ることが観測されている。地球産の動物種と異なり、その比重が1.2近いBETAは泳ぐことが出来ない。呼吸を必要とせず、肺の様な大きな浮き袋も持たないからだ。

しかし今回の想定の様な大規模侵攻に於いてBETAは、H21から近い島北東側のクビレ部である両津港周辺にて入水し、海底を一旦北東に進んだ後転進して南進、新潟から弥彦山のエリアに上陸する、これが鑑少尉が弾いた結果だった。

それは、佐渡南岸の海底に佐渡海盆が存在している事による。
海盆はその名の通りお盆状に海底が陥没している地形であるが、佐渡海盆は佐渡ヶ島付近では急峻に切り立って沈下しており、その斜度は30度を越える。
元々突撃級や二足歩行である光線級・重光線級などは、陸上でも斜度が急な山地を迂回する傾向が強く、一種の集団行動をとる大規模侵攻に於いては、海盆を迂回することが妥当という予測だった。

そして佐渡海盆の南西側は地形が複雑に入り組み、ほぼ海底が平坦なルートは、ほとんど幅のない狭い峰の様な状況となっている。
その為、小規模の斥候個体などが通過するには問題ないが、大規模な集団となると縦に長く細くならざるをえない。

先週の演習時、三条や柏崎に上陸した侵攻モデルに於いては、それを考慮してか、確かに細い上陸が延々と続いた。


他方佐渡海盆を北東部に迂回すれば、若干の遠回りにはなるが、その後新潟付近の海岸は、ほぼ平坦となる。
大群の移動に対するボトルネックが存在しないため、上陸時には大規模な水平展開が可能となり、今回の演習で示されたような面制圧に近い侵攻となる。

・・・一番厄介なパターンだ。


予測された現実に起こりうる主な大規模侵攻パターンは、その2種のルートを中心にあとは比率だけの混合型、と鑑少尉により予測されていた。
当然先週からのシミュレーションにも反映されているわけで、道理で様々な出現状況があり得る訳だ。



そして精緻な観測と行動原理に基づいた緻密な予測。
BETA情報が一変するわけだった。






『帝国本土防衛軍は、旧新潟空港周辺、西海岸公園、海辺の森周辺に、戦術機部隊・戦車部隊各3中隊を中心に配備中。』

鑑少尉の観測報告は方面参謀本部にも通している。

昨日、齎された鑑少尉の予測と、その正確性が実証されたため、参考情報として方面参謀にも通知することとしたのだ。
シミュレーションに於いてNPCにそんな情報が必要かと言われるかも知れないが、このNPCを形成するAIは、実際の人間が操っているのではないかと疑うくらいに聡い。
事実昨日までは闇雲に吶喊していたのに、今回は与えられた情報と自分たちの位置、そして戦力から対応できる範囲をきっちり抑えてきた。

面制圧に出てきたBETAに対し、下らないプライドで戦力を散らせば、飲み込まれるのが判っている。今現在各方面隊のトップは、国内のぬるま湯に浸かってきたものではなく、大陸派兵や本土防衛で最前線に立ち続けた陸軍の将兵である。BETA相手にプライドなど何の価値も無いことは骨身に染みていた。
その気質さえ再現したAIなのだ。
つまりはXM3教導におけるナヴィゲーションAI[まりもちゃん]アグレッサーAI[たけるくん]と同等の“人格”を有しているのであろう。
ならば命令系統上、混戦は避けたい。エリアを分けているのなら分担して事に当たるのが妥当、との判断をNPCのAIが行っている事に呆れる。
それも、恐らくは昨日の演習に於いて、1個中隊+単騎で2,000のBETAを喰った〈Thor-1〉タケ坊とヴァルキリーズの戦果も考慮してのことだろうから。





此方、擁する斯衛軍の陣容は3個大隊総数108騎。
とは言っても、実際の演習に於いては、殿下が視察に来るため、1個大隊分はその警護に動けない。

BETA上陸予測では中央部の密度が濃い、が第2波では若干西側の密度が上がる。
その数から齎される面密度は斯衛と言えど1エリア辺り2個中隊でギリギリ。
だが、先週からのBETA漬けで最初は呆気無く死んでいたルーキーも腹が据わって来ていた。

昨日はその情報そのものに振り回され十全の戦果を出せなかったが、今日からは違う。


「・・・白銀少佐、これは命令ではないが、越前浜と角田浜をA-0大隊に任せていいか?」

『は。了解しました。』

帝国軍と違い最早斯衛軍に国連横浜基地、特に白銀少佐に対する侮蔑や軽視はない。自らの生存率を上げるXM3を実現し、その教導に於いても多大な恩恵をうけている。
示す技量は衛士の極み、単騎世界最高戦力と言って憚る者のない“白銀の雷閃”。

そして白銀少佐に鍛えられた“戦乙女”もまたその名に恥じぬ輝きを魅せた。


昨日の演習にて、A-0大隊の後援もあり、斯衛軍は初めて死亡判定0を達成したのだ。
帝国軍NPCの損耗も、現段階で19騎に迄減少出来ている。
現地に於けるJIVES演習にて、どこまで詰めることができるか。



「・・・では、第2連隊は第4大隊、403中隊は護衛として待機、401、402中隊は小針浜。
第5大隊、同じく503中隊が待機、501、502中隊は四ツ郷屋に向かえ。
・・・五十嵐浜は任せて良いな、崇継。」

『承りました。』

16大隊も同様に1個中隊を護衛相当として残す。予定総数が最も多いエリアだが、そこは武御雷配備の精鋭部隊。存分に働いてもらおう。

「・・・では各機散開!、BETA共を蹴散らせ!!」

『『『『『『『 Yes、Ma’am!』』』』』』』


Sideout




Side みちる


『光線級6体、重光線級2体、上陸まで60秒。位置37.80191、138.82959、角田浜ほぼ中央。』

部隊間通信に鑑の声が徹る。
部隊中心から海岸までは凡そ200m。先鋒の突撃級を平らげ、要撃級と戦車級の掃除に掛かったところ。
新潟だろうがヴォールクだろうがBETAの動きには変わりがない。XM3に最も早くから馴染んできた隊のメンバーは、今朝の段階で全員がレベル3に上がった。

「〈 Valkyrie-06[風間]〉、〈 Valkyrie-08[朝倉]〉、迫撃榴弾装填。40秒後に指示ポイントに発射して。」

データリンクに依る情報が展開されているという中隊CP、私の複座に座る涼宮が指示を飛ばす。

『『了解』です』

「〈 Valkyrie-07[遠乃]〉、〈 Valkyrie-05[相原]〉重光線級は火力が足りないから120mmで狙撃できるポジション確保、各エレメントバディはフォロー。」

『『了解』よ』

基本、鑑は観測機材による精密なBETAの行動予測を頒布しているに過ぎない。
だが、それがどれほど重要か、思い知らされた。
物量が最大の脅威であるBETAとの戦いは、いつ尽きるとも知れない相手との消耗戦だった。
倒しても倒しても湧いてくる。
弾薬や推進剤、そして装備や機体に到るまで、無限ではないのだ。
常に尽きるかも知れない不安の中戦闘を継続するのは極めて過酷な状況である。


『角田浜第1波、残り300。』


その“果て”を知らせてくれる鑑。彼女が司るは、対BETA戦術支援システム・“森羅”。


現実の佐渡ヶ島周辺や今回の戦域を囲むように多数設置した3次元フェイズドアレイレーダーに加えて本格的な本土再侵攻に備え、各種の地下探査加速度センサアレイ。域内の海底にも多数設置された水圧用圧力トランズデューサアレイ、パッシブ・アクティブのソナー。
更に佐渡付近の海中にも無人自律制御のエコーやソナー。

立体的に配置されたそれらのセンサーを用いて、フェーズド・アレイ・レーダーやその発展形ともいえるデジタル・ビーム・ホーミング(Digital beam forming)をオープンエリアのみ為らず、海中や地下に対しても行っている。
構成された超高感度のマイクロフォンが拾う圧力変動の位相差、そして周波数レンジから、動体の個体数やそのサイズ、移動速度、移動方向まで割り出す。
中型以上で10,000、小型種まで含めれば、15,000に届こうかという群体に対し、その動きをトレースしている。

海・陸・地下の大規模探知網を構築しているという事だった。
それらの情報をリアルタイム処理するシステムが鑑の適合している装備なのだと聞いた。

つまりは海底を侵攻するBETAの動向を常に把握出来ることに成る。

そんな事が出来るなら早く遣ればよかったのでは?、と言いたいが、コレだけの数の多点参照フェイズドアレイシステムを構築するには、通常駆逐艦級1隻分の大規模クラスタが必要になるという。
野戦と成る迎撃戦でそれだけの設備を構築する余裕など無い。

それを鑑は操ることができる、と言うことだ。


そして鑑の操る“森羅”は、それだけに留まらない。
観測された情報に基づくBETA行動予測。
そうして得たデータから、BETAのプロファイリングモデルを介し、その行動や侵攻方向を“予測”している。
そのモデルも過去観測されたBETAの行動についても在るだけプロファイリングし、構築されたBETA行動モデル。
それに拠って、BETAの大規模侵攻ルートも絞り込めた。



それらの情報を各大隊や中隊の指揮官に送り、殲滅のその手法自体は任せてしまっている。
鑑のコールサインは〈Thor-1〉、A-0大隊長の白銀と等しくなり、その言は隊長権限と成るため、“命令”も可能ではあるのだが、それはしない。
それは涼宮も判っているらしく、与えられた情報の整理と戦術の構築によって任された戦域のBETA殲滅を全うする。


今もそれら与えた情報から、分散した各部隊に対し、侵攻状況とBETA行動の変化、次の状況を個別に伝え続けている。
明確な情報が与え続けられれば、“終わり”が見えているし、到底殲滅不可能な物量なら“撤退”
も可能。勿論、戦域全体を俯瞰している鑑は、他所に余裕が生じれば、兵力を回すなどの“要請”も行うだろう。

そう、鑑が“森羅”で把握しているのは、BETAだけではないのだ。

地形・天候・環境からBETA動向、対する友軍や、今は居ないが第3勢力的な存在に到るまで、“全て”を把握するかのような存在。
ユーコンで御子神大佐が打ち破ったという“戦域支配戦術機”。
今鑑は、“森羅”を用いて本当の意味での“戦域支配”を実現して見せていた。

今は既にその言葉を疑う者も居ない。
昨日今日のたった2日で、その情報や予測の有用性を見せつけた。


・・・唯一の弱点は、量産が効かないことね。

上官の言葉を不意に思い出す。
なるほど、生半可な攻撃用新装備よりも遥かに有効なシステム“森羅”。
量産化し、ユーラシア全土に張り巡らせることが出来れば、BETA殲滅も夢ではない、と言うことか。



『角田浜第1波殲滅完了―――。』


埋め尽くすようなBETAの中にあって、白銀のXFJ Evolution4だけは、無人の野を往くが如く。


突撃級の背中を八艘飛びし、光線級の照射さえ初期照射で躱す技量の持ち主には、この程度の面密度もはや“作業”のレベル。
“面”ではなく、幾重にも重なったBETAの“津波”ですら経験してきた者なのだから。


尤も、白銀も能力では“化物”クラスだが、その機動を行う戦術機に同乗して、平然と状況を伝える鑑も同類だ。



XM3、そして“森羅”、それを実戦証明するという新潟実弾演習。


・・・中々愉しいコトになりそうだ、と思うのは不謹慎なんだろうな。


Sideout




[35536] §56 2001,11,07(Wed) 10:00 横浜基地70番ハンガー
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/03/06 20:56
'2013,02,23 upload  ※多忙により長らくご無沙汰してしまいました
'2013,04,24 誤字修正
'2015,03,06 語句修正


Side 唯依


だだっ広い極秘エリア70番ハンガー。初めて来たときにはその広さに圧倒された。
元H-22、横浜ハイブその主縦坑に連なる主広間に当たる。そのハイブ地下構造はモニュメントはフェイズ2なのに地下茎はフェイズ4規模と言われ、主縦坑の最大直径は約200m、主広間は更に拡がり、直径で約400m近いドーム形状を成している。
米国に存在するドーム型球場をそのまま5個程飲み込む容積、とでも言えばいいのだろうか。
今やその中には幾多のクレーンやホイストが乱立し、多数のプラットフォームが設置されている。
極秘エリア故人口密度は確かに低いが、それでも相当数が忙しげに動いているのは確かだった。

私はその片隅で戦術機整備用のドックに繋留されている山吹色の武御雷・Type-Fを見上げている。一旦分解した筈だが既に組み立て作業は完了し、機体に取り付いている整備兵も今は細かい調整に入っている。
調布基地で引当以来、ユーコンでの苦楽も共にした自分の愛機だと言うのに、目にするのも3日ぶり、最後に搭乗したのもユーコンでの模擬戦だったか。今までは大規模な修理や補修にも技術開発の一貫として携わっていたから、整備中であっても3日も見なかったのは初めてだろう。

普段は余り人の居ない70番ハンガーも、今はいつもより騒がしい。
既に、この機密エリアには、XG-70bの受け入れ準備も始まっているのだ。
明後日には専任の技術者を更に30人ほど受け入れることに成るため、逆に対外的な機密度の高いG-コア関連の戦術機や装備は、既に最下層の最重要機密エリアにドックを移設中。
G-コアそのものに付いては高天原のコア・セクションに工房がある。
この層の更に下層には、反応炉がある。その反応炉を取り囲む壁一枚隔てた広間の一つに、新たな機密ハンガーが設置され、そこに移動することになるらしい。
さすがにフェイズ4相当の地下構造、この手のスペースと隠し通路には事欠かない、と言うことか。

私の場合、中枢である反応炉エリアには単独でのセキュリティパスが許可されていないが、BETA反応炉の現物に特に興味はないし、破壊工作の為の反応炉モデルなら仮想現実で嫌というほど見慣れている。
今更どうということもない。
・・・と言うか、余りに常軌を逸脱し天元突破した上官の所為で、今や滅多なことでは驚かなくなっていた。
例えたった3日で武御雷が“改”に変わっていようとも・・・。



余りにも慌ただしい海外出張から4日早朝に帰国した。
寧ろ遠征とか表現したほうが正しいような気もするが、そこに突っ込んではイケナイ。飽く迄目的は模擬戦と技術供与だったのだから。
そして帰国後は、それこそ自分の機体のそばにすら近寄れない程に、目の回るような忙しさだった。


XFJ計画の事実上の完了と、ブルーフラッグ戦に於ける新装備と対戦経緯・結果。その後に起きた表裏の事態。決着とその後の推移。その他諸々の周辺事項の後始末。
国連軍に移籍後療養のため招聘扱いとしたクリスカとイーニァを社少尉に託し、来る11日の新潟に備えた訓練も最小限の参加にとどめて報告書作成に専念することで、XFJ計画の総括まとめも漸く目処が立った。とは言えどうにか本編が終わったところで付帯事項が山のようにあり、まだまだ責任者の仕事は終わらないのが実情。
先に帝都城に登城し、口頭による報告は既に完了しているにだが、それで書面の報告が省略されるわけではない。“記録”に残すことは必要不可欠な行程である。
そして今回実際使ったのはXFJ Evolution4であるが、表面上基本はPhase3の積み残しを消化するための仕儀、ブルーフラッグに関しては全て私の責任下にある。
逆に言えば今回の報告書ではXFJ Evolution4の内容に触れなくて良い事が救いであった。
それにしたって、ラプターを撃墜するために齎されてた技術は、本来とてもではないがこの短期間に出される内容とは思えない密度なのだ。
それこそ米国の軍事ドクトリンを根底から覆すような装備というのはこんなにポンポン出てくるものではないはずだ。

これでEvolution4のプロトタイプやらCCCAやMACROTなどの対外的には伏せるべき技術の数々までが報告対象だったら私は既に死んでいるかもしれない。
G-コアに代表されるEvolution4の根本に纏わる様々な案件。
御子神大佐はEMLだって持ち出している。使ったのはノーマルモードでの長距離狙撃だけであるが、その精度も格段に向上していたりする。

余りに早い供出速度に慣れてしまいその場その場は流していたが、こうして改めて資料にすると、その量と質に呆れるしか無い。
私が報告資料に使ったのは、どう見てもその10分の1程度しかないのだから。


本来技術は生み出せば良い、と言うものではない。広く使われてこその新技術である。
進化を認知してもらい、必要量と提供時期を見極め、量産に向けた段取り、そして生産し頒布する、そこまでが開発である。
勿論、大佐の齎す技術は、大方がG-コアに基づくモノなので、試作レベルの延長に成りかねないのだが、それでもダウングレードすることにより一般化は可能で、他の一般機に演繹できる要素もあるのだ。
そこにビジネスが成立する可能性が転がっているからこそ、高が小娘の私にあれほどの企業が押しかける。

そつのない大佐が書類仕事を蔑ろにしているわけではない。
寧ろ電脳空間では様々なプログラムを操る大佐にとってレポートなどは自動作成に近いらしく、簡単な報告書として殿下に提出する分についてはとっくに纏められている。元々の発案者である大佐の元には、原理から構造概念、そこから試作するための起案書や設計図が始めから存在しており、基本それらを纏めて実証結果を付属すれば報告書になってしまうのだ。
但しEvolution4に関わるそちらは現段階で最高ランクの極秘資料であり、目にするのは殿下の周囲のみ。
なので、特許はおろか技術開示もまだまだ先。
結果的に言えば、今回限定解除された技術に関する元締めは私とみなされ、開発から生産に移る段階の利権に関しての仕事は、ほとんどを私が被ることになった、と言うわけだ。

・・・それらの雑事に忙殺されていた3日間。


すでに細部調整に入っている武御雷・・・、その“改”。

そう、武御雷が既にこの状況にある、と言うことは、私が報告書に拘束されていたその間、御子神大佐は嬉々として武御雷を弄っていた、と言う事に等しい。
確かに私が望んだこととは言え、釈然としないのはどうしようもないだろう?

・・・私だって弄りたかった!!



御子神大佐には、今後Evolution4という計画が控えている。

こちらに付いては、主導は明確に御子神大佐となり、私は補佐という立場に成る。
実際にはその為の技術はほぼ出揃っていると考えてイイ。
既にその提案書を見せてもらったが、次期主力という言葉を借りただけの、全くの別プロジェクトと言っても過言ではない。
XFJ Evolution4は、その先鞭に過ぎず、ハイネマン氏の世代概念に沿えば、既に齎された技術で第4世代を飛び越し、第5世代・真空低/無重力下での戦術機にまで達しているのではないか、と言う内容なのだから。

そしてその実験的装備が、今目の前に聳える私の武御雷“改”に施されているモノなのだ。


先日の悠陽殿下との謁見に於いては、私も大尉という大任まで拝領してしまい、ほとんど幸運だけで齎された成果に若輩の身で在り得ないと辞退したかったのだが、その際に御子神大佐が打診したのが武御雷の改造許可だった。
G-コア含め、周辺の概要と XFJ Evolution4のアレコレを既に聞き及んでいた殿下の反応は、喜色満面に近かった。

当然対象と成る機体は、勿論実験部隊である私の山吹。
帝都城から横浜基地に戻ったときには、既に自分の機体がバラバラにされていた時には横目で大佐を睨んでしまった。
しかし、その内容はといえば、ユーコンで約束した“魔改造”、それを施してくれるという。

その後、報告書作成に忙殺された私は、その経過を殆ど追うことも出来ず、今日漸く報告書提出して机から解放され、その姿を見たのだった。




まあ、経緯に関しては色々愚痴も蟠りもあるがそれは追々解消するとして、改めて“愛機”を眺める。

改修の大まかな内容くらいは、聞かされている。
基本的に不知火“改”やXFJ Evolution4と同じ、主機のG-コアへの換装とそれに伴う所謂オール電化、つまり噴射跳躍ユニットの電気推進器化だ。
武装に関しても当然のように装備する87式突撃砲にはEMLC-01Xが装着される。

但しXFJ Evolution4とは異なり、武御雷には肩部スラスターを装着するスペースはない。
全身ブレードエッジ化されている武御雷のフレームは、スラスターを設置するとしてもそのフレーム変更を余儀なくされ、その作成だけでも半月以上が掛かるだろう。腕の荷重を支え且つスラスターを保持することに成れば強度計算も必要となる。巨大な外殻フレームとなると試作でも型作成が必要となり、そうそう簡単に出来るものではないのだ。


しかも御子神大佐の予定では、年内にH-1に打って出て大勢を極める事を前提に、準備が進んでいる。その中ではフレーム改修などの暇が在るはずもなく、基本は“不知火”に行った換装と同じである。
燃料電池ジェネレータ主機の除去と、それに伴うMgイオンタンク・バッテリー、更には噴射跳躍ユニットの燃料タンク、推進剤関連のパイピングや関連補機の撤去。
それらに換わるG-コア換装であれば、外殻フレームとの繋ぎ所謂マウンティングパーツのみの新作だけで済むだろうから1,2点なら試作で十分間に合う。
と言うか、既に予定されていたかの様に、それらのパーツは揃っていたらしい。

報告書作成の忙しい合間をぬって、最低限参加した新潟想定戦では、武御雷でもCCCAに準じた動作を織り込んでいた。実戦の勘どころを維持する為と、書類作成に鬱屈した私の一種のストレス発散の場でもあったが。
その際に見せる武御雷の動きは、極めて自然で、想定された噴射跳躍ユニットによる3G相当の加速にもXFJ Evolution4並に機体の乱れがなかった。
けれどこの動きをソフトウェア上のマジックではなく、実機で行うには、肩部スラスターが必須となるだろう事は予測していた。

しかし今目の前にある武御雷“改”には、それがない。
即ち先述の変更に掛かる時間的な問題から、肩部スラスターの搭載は見送られた、という事だ。

これまでシミュレーションに於いてはCCCA用にカスタマイズされたシミュレータで調整してきたが、こればかりは徒労に終わりそうだと溜息を付いた。


その一方で唯一外観から変化しているのが、腰部に装備された可動式エンジンユニット、所謂“噴射跳躍ユニット”だった。
空力制御用に存在した大きなフィン翼が廃され、途中から3つに分岐された峰は、それぞれが別方向に向いたバーナー部に続いている。その形状自体が空力を意識した翼形状を有するが、つまりバーナーが3つ存在する。
そして本来可動式であり腰部ピボットを中心に動作する可動機構が全て廃され、着脱以外はほとんど固定という極めて剛性の高い構造に変更されていた。


確かに戦術機に於いて跳躍ユニットの可動機構は弱点だ。
機動に対するレスポンス、そして機構的な脆弱性。
高機動に成れば成るほどその稼働は激しく、そして損耗も早い。それでいて跳躍機動のレスポンスはその可動性によってほぼ決まってしまう。

・・・・これは・・・3次元ベクタースラスターか・・・?


見上げたバーナーノズルには見覚えがある。

XFJ Evolution4の肩部スラスターとして使用したSE112-FHI-500、宇宙に於ける主に衛星姿勢制御用の小型スラスター。戦術機の肩部に装着できる位に全長が短くコンパクト。
それを片側で3基、各々3軸に配されていた。
それら個々の推力を調整することにより、固定されていながら逆噴射機構を含めてどの方向にも推力を得る、と言うことなのだろう。

しかし。

確かに、跳躍ユニットそのものを駆動する必要が無く、3軸の電気推進器の制御だけで噴射方向を決められるから、そのレスポンスは格段に向上するだろう。
しかし、SE112-FHI-500を使用した肩部スラスター・XFE112-FHI-400の推力は約400kNだった筈。
3基合わせれば合計で1,200kNだが、この構成に於いては推進軸は互いに直行しており、本来の主軸方向の最大出力は3基の構成する立方体の対角ベクトル成分に相当する。要するに合計では1200kNでも、最大推力は凡そ680kN程度しかないことになる。
XFJ Evolution4の跳躍ユニットXFE512-FHI-1500の1812kNに比べれば1/3強でしかない。
XFJ Evolution4の機動重量が12t前後、武御雷もほぼ同等と考えれば、最大機動Gは1G前後。
元々山吹の武御雷、つまりType-Fに搭載されている噴射跳躍ユニットであるFE108-FHI-225も460kNは搾り出しているので、確かにパワーアップはしているがそれ程驚くような数字でもない。


そしてそこまで考えて、私は苦笑いする。

今までの“改”同等なら、機体は30%の軽量化が為され、その推力は1.4倍強に達し優にType-Rを優に凌ぐ出力の向上である。
本来それだけでも、破格ではないか。
その上で、このベクタースラスターが齎す機動のレスポンスは未知のモノだ。

単なる数字だけ追い求めても意味はない。
逆にこの範囲なら、過剰な慣性反動を生じること無く、動けるのかも知れない。
それが重々判っているのに、“おとなしい”と感じてしまう理不尽。

かなり、御子神大佐に毒された、と自分でも思わずには居られなかった。










だが・・・。


・・・正直に言おう、まだまだ私は未熟だ。

御子神大佐自身が“魔改造”と言い切った改修が、そんな常識的なもので収まるはずがなかったのだ。

この日の午後、武御雷“改”に乗り込んだ私は、とんでもない現実を思い知ることになる・・・。


その時の私は知る由もなかった。


Sideout




Side 武


『・・・此の様に、G弾の大量使用は地球重力圏に大規模な作用を引き起こし、海洋海面の大幅な偏差を生じる可能性が指摘されました。
この帝国大学応用量子物理研究室によるシミュレーション結果は、既に英国・欧州合同原子核研究所、米国・ローレンスバークレー研究所、及びフェルミ研究所でも検証がなされ、同様の結果を得ている事が確認されました。』

午前の慣熟訓練が終わり、PXへと喫飯に来た折り、オレは片隅に設置されっているテレビのニュースから流れれくる言葉に苦笑する。
BETAに対する最前線国家であるこの世界の日本では、所謂一般的な娯楽としてのテレビ放送は少ない。民放も僅かに2社、娯楽を製作する余裕が無い。
ニュースと学校施設が設けられない避難所等に於ける教育、辛うじて歌番組や2,3本の連続ドラマ等が放送されている。元の世界に於ける戦時中、と言ったところか。
それでも即時性は高く、周囲に居る冥夜達は、凍った様にニュース画面を見つめていた。
オレや純夏にとっては今更な情報である。

ホンの2週間前、オレのループと共に引きこまれた彼方がオレの経験したバビロン作戦以降の世界、謂わば“The day after”での“大海崩”をシミュレーションで再現した。
その情報は第5計画派を追い込むために夕呼先生からリークされ、世界各地に残った研究機関にて検証されて居たわけだが、鹵獲したアヴェンジャーとの引換にG-11[グレイ・イレブン]を供出させる為、マスコミにまで公表され始めた、と言うことだ。

勿論第5計画派は必死に検証結果を否定していることだろう。
検証確認した各研究機関は、更に詳細検討の必要あり、としながらも公式にも予測の妥当性の高さを認めた。欧州系の研究機関だけではなく、米国も認めている。
米国とて第5計画派一統ではないのだ。
名だたる検証先に、ロスアラモス研究所の名前が見当たらないのは、G弾の開発元として公表を差し控えているとしか思えない。
しかしそれにしたってシミュレーション予測が間違ってると言う見解も出さない。
シミュレーションのベースと成っている係数は、地球上で唯一のG弾爆心地、ここ横浜の観測結果。
以前キリスト教恭順主義の国連職員によって暴露されたG弾のデータにも基づくシミュレーション結果である。理論やデータに矛盾や誤りが指摘できない無い以上、これを否定したら研究者としての資質を自ら否定する事になる、と彼方は哄っていた。


『つまり、ユーラシア大陸に於けるG弾の大量使用は、地球重力系に大規模な潮汐作用を齎し、結果として少なく見積もっても1,000m、最大では5,000mもの海水の異常偏移が生じる事を示唆しています。
5,000mもの海水偏移は人類の生活圏の殆どを水没させ、大規模な気候変動の引き金となることは明白で、G弾の使用は、人類の糧道を自ら断ち切る行為に等しいと言えます。』

G弾=人類自決兵器。
そのセンセーショナルな見出しは、その後新聞にも度々使用され世論を煽るだろう。
殊に唯一の爆心地を持つ日本では、事前通告も無しに使用され数多の犠牲も強いられたことからもG弾に対する拒否反応が強い。
更には5,000mどころか、20m海水位が上がっただけで、帝都は水没する。
センセーショナルなニュースであることには違いない。


「・・・全然驚いて無いみたいだけど、・・・白銀はこのコト知っていたの?」

テレビ画面に苦笑いしていただけのオレに気付いた委員長が指摘してきた。

「・・・ああ。元々彼方がシミュレーションしてみせた事柄だからな。」

その言語に驚く207Bのメンバー。
尤も、彼方に言わせれば、オレが経験した“事実”が在ったからこその予測だという。
桜花作戦に至ることが出来ず、バビロン作戦が発動してしまった“1周目”の世界群、その“The day after”では確かに“大海崩”が生じた。
しかし、桜花作戦が成功した“2周目”の世界、その後オレが元の世界に還らずに残った謂わば“Continued days”の世界群では“大海崩”が生じなかったと言う事実。
これは彼方に指摘されて気が付いたのだが、その差がヒントになったらしい。

“2周目”の世界ではバビロン作戦は発動しなかったが、甲21号作戦は実施されていた。それは柏木や伊隅大尉の犠牲と共に、G弾20発分と言われる凄乃皇弐型の爆発に因って佐渡島が消滅した。
その使われたG-11[グレイ・イレブン]総量は、“1周目”のバビロン作戦決行時には及ばないまでも、“大海崩”を引き起こしてもおかしくないだけの相当量であった筈。
にも関わらず発生しなかった“大海崩”。

そこから辿り着いた推論に当てはめると、今の横浜にも同じ推論に達することができる観測結果が存在する、とのことだった。
これは、結果を知っているからこそ見出すことのできた推論。
何も知らなければ、確実に見落としている事象だったらしい。


「・・・食事しながら教えてくれないかしら。その辺の知っていること・・・。」

丸い眼鏡がキラリと光る。
仮配属ながら既に207BはA-00に組み込まれた。
オレはその部隊長ということで、直属の上官に当たる。が、プライベートでの呼び方は元のままでいいと言って言い含めたし、彼女たちもそれを了承した。
ついでと言っては何だが、嬉しいことに皆の態度もさして変わらなかった。
普段純夏や冥夜とバカをやっているとことも見られている所為らしいが。
要するに委員長や彩峰は基本オレに対しては無遠慮。

「彼方の受け売りで良ければ構わないけど、オレに高度な計算式とか無理だぞ。」

「そこまで期待していない、概要だけでいい。」

言外にバカと言われているようだが彩峰の言い方はいつものコト。

「わかった。じゃあ喫飯しながらな。」







「そもそもだ、G弾がなんで爆発するか、ってとこからなんだけど・・。」

各自席につき、自分の食事を摂りながらも興味を向けてくる。
例外は話を知っている純夏位だが、純夏の場合は彼方の説明を丸覚えしている。
と言って、本当に理解しているかどうかは、判断に悩む。
“森羅”を装備している今、規格外の性能であることは認めるが、普段の態度は以前と全く変わらないと言うか・・・、正直バカっぽい。
勿論、純夏が委員長キャラや、それこそ夕呼先生キャラに成られても困るわけだが。
そう、思いながら純夏を見ると、すっ、と目を細め、視線を閃かせる。

!、ヤバッ!

基本リーディングは封印している純夏だが、持ち前のアホ毛センサーによる第六感はもはやESPレベル。これ以上の思考をあわてて低層に押し込める。・・・クワバラクワバラクッカバラ。

「正式には五次元効果爆弾とか言うらしいけどな、空間の3次元に、時間の1次元、それに重力傾斜に影響するから5次元らしい。
G-11[グレイ・イレブン]の原子核を格子崩壊させると、空間崩壊を引き起こしその歪で局所的な重力偏差を生じる。一度崩壊し始めると外部から減速させない限り、全質量を消費するまで継続する。その時生じるのが多重乱数指向重力効果域、つまり爆心地だ。」

「「「「・・・・」」」・・・白銀、偉そう・・・。」

茶々入れる彩峰に視線入れつつ。

「当然、その内部や境界面は方向も強さも出鱈目な重力の嵐。
現状重力場を留める防御なんてないから、巻き込まれればどんな物質だろうが、構造どころか原子核と電子も引き剥がされたプラズマ状態に分解されてしまう、と言うことは知っているんだろ?」

「・・・ああ。その当たりまでなら我等も聞き及んでいる。G弾によって蹂躙されたこの横浜の地に或る者として、な。」

オレは頷いた。

「で、G弾は原子核を完全消費するから、中途半端な放射性物質とか排出しない。代わりに爆心地に半永久的な重力異常を引き起こし植生が回復しない、と言われている。」

「・・・そう言われてますぅ。」

「じゃ聞くが、ここ横浜基地は明らかにその影響を受けたと言われる10km圏内、植生は回復しないが重力異常なんて感じたことあるか?」

「「「・・・」」・・ない・・・ね?」

「・・ウム。」

「・・彼方が言うには、元々質量って言うのは、それを決定すると言われるヒッグス粒子に因って決まるポテンシャル量で、そのポテンシャルによって空間が歪む量で引力が決まる。
それが地球という大きな塊で集合したのが地球重力圏で、基本は内側に引き込む一定値、それが重力になる。」

「うん。」

「けど、先刻も言ったように、G弾の齎す重力は、多重乱数指向。それも自分の質量は使い尽くすからポテンシャルは0の、謂わば無指向性の重力波動を周辺質量に付加した、と言うのが横浜の土壌から観測された結果だそうだ。
G弾による重力偏差を、地球の重力場に於けるアインシュタインの重力場方程式の動的剰余項に当てはめた、と彼方は言っていたけど、彩峰に言われるまでもなくオレは数式なんぞさっぱりだからな。」

「恥ずかしくない・・・別に私も同じ。」

「・・まあ重力場方程式とかまで行っちゃうとね、普通は無理ね。でも・・・無指向だから通常の地球重力には影響ないって訳ね?」

「厳密には、動物には、ってことらしい。三半規管の応答速度には引っかからないとかで。
実際計測器には測定されるし、植物は重力に沿って根を伸ばす向性を持っている。それを阻害されるせいで、植生が回復しない。
しかも動的とは言え、重力場には減衰が少ないから振幅の半減期が2万年とか聞いた。
G弾の格子崩壊によるインパクトは通常の質量同士の移動や衝突に比べると非常に大きいらしくて影響が長く残るんだと。」

「それで半永久的なんだね・・・。」

「まあ、効果範囲が一つの動的重力場を形成しているからなんで、土壌を上手く散らせば効果を減らすことも出来るということだけどな。
実際爆発当時の影響を受けた大気なんかはとっくに拡散しているだろうし。・・・尤も半径10kmも掘って、入れ替えることは、現実的には難しいだろう。」

「・・・成程。しかしG弾が付与した効果が乱数指向性であるのに、なにゆえ“大海崩”などが生じるのだ?」

「そこは固有値と、波動の重畳の影響、と言うことだ。」

「固有値?」

「そ。物体には共振しやすい波がある、って知ってるか?」

「音叉とかそういう奴?」

「ああ。構造体には振動や音に対して振幅を増幅する特定の周波数が在ると言う事で、これを固有振動数とか固有値とか言うらしい。
音叉の場合、楽器の調律とかに使うのが本来だから標準で440Hzという数値に成るように造られている。同じ音叉を近くに置いて片方を鳴らすと、振動数が等しい音叉が励振されて鳴り出す、というのが所謂共鳴現象。」

「・・・固有値で揺らせばモノが壊せる?」

「通常は振動を抑えようとする減衰が強いから、現実には余程脆くないと壊れないらしいけどな。
この固有値が、地球全体で構成されている地球重力圏にも在るんだそうだ。
さしずめ水の満たされたゴムボールを叩くと、伸び縮みしてカタチを変えるのを思い浮かべてくれればいい。
月の引力によって海水が引かれるのが潮汐。同じ様なことが重力圏の固有振動でも起きる。
但し地球の重力圏は元々巨大で重いから、その固有周波数は極めて低いとの事。
1秒間に1サイクルの振動することを1Hzと言うんだけど、地球重力圏の固有振動数は、地球重力系の共振周波数は、えっと確か約3×10のマイナス9乗とか10乗Hzだったかな・・・。
確か106年位で1サイクルという、滅茶苦茶に長い波なんだと。

つまり“大海崩”は、106年を1サイクルとする “重力津波”、と言う事らしい。」

「「「「「“重力津波”・・・。」」」」

「・・・それがG弾の影響で引き起こされると言うわけね。でもG弾の付与した影響は乱数指向性だから本来影響無いんでしょ?」

「乱数指向性じゃなかったら、既に関東は沈んでいる。シミュレーションで使ったG弾は50発。それで5,000m級の津波を生み出した。
50発で5,000mなら、横浜の2発でも200mだろ?」

「・・・200mの津波?、関東平野は沈んでいるね。」

「そう、横浜だけなら問題ないとさ。残された重力偏差が乱数指向性だから。
けど、横浜と違う場所でG弾が使用されると、波動の重畳という作用が起きる。
乱数であった指向性が、2点間のベクトルに直交方向で整えられる。」

「!!、それが波動の重畳?」

「ベクトル積とかテンソル積とか言っていたけど、細かい式はオレには無理。
ただ地球重力圏に対する固有周波数では共鳴されるカタチで重畳されるらしい。
それでも“2点”までは、まだ重畳された結果のベクトルが一定方向では無いために、地球重力圏を振動させる起振力としては足りないとの事で、“大海崩”には至らない。」

「・・・・ちょっとまって!、2点間のベクトルに直角の方向に重畳されるの?、じゃあ3点以上になったら・・・・・。」

「 あ 」

「 え 」

「・・・・。」

「・・・鋭いな、そういうコトだそうだ。
G弾の動的重力偏差が3点以上になったとき、元々乱数指向性だった波動は、地球重力圏の固有周波数を有する波に関して、3点が形成する[]に対して垂直な方向、つまり地球地表面の3点で言えばどんな取り方をしてもほぼ重力方向[●●●●]に重畳される。

これが“大海崩”重力津波を引き起こす原理だそうだ。」

「「「「・・・・・。」」」」

「・・・不安か?」

「・・・いえ・・・、ただ・・・そんなの良く予測できたな、と思って・・・。」

オレもそう思う。と言うか、それが結果を知っている強みだと彼方にも言われたわけだ。

「・・・ま、G弾を使いたがって居たのは米国だけだからな。
他の国は基本反対だった。ただ他に手段がなく、使うか滅びるかその二者択一を迫られていただけだ。」

「「・・・・。」」

「皆に与えられたXM3装備の弐型、・・・慣熟してBETAなんかに負けると思うか?」

「「「!!」」」

「・・・負けぬ、・・な。」

「・・・だね。」

「そうだ。・・・ここで詳しいことは言えないが、明後日にはA-00部隊も遠征に赴く。お前らも一緒だぜ。」

「え? 遠征?」

「ああ。・・・BETAに対する人類の反撃の狼煙。その魁としてな。G弾なんかで自滅したくないだろ?」

「・・・当たり前ね。」

「・・・ウム!」

見回したオレに、207Bの皆は確りと頷いてくれた。


Sideout




[35536] §57 2001,11,08(Thu) 14:00 帝都浜離宮来賓室
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/09/05 17:29
'13,04,04 upload ※自分でも何だかなぁと思う展開が気に喰わず再構築に時間ばかり過ぎてしまいました。
'13,06,16 誤字修正
'15,01,04 斑鳩閣下の名前変更
'15,09,03 誤字修正


Side 武


「・・・最終的な損失予測は、最悪で10騎と成りますか・・・。」

悠陽殿下の唇から零れたのは、そんな一言だった。


帝都浜離宮、来賓室。
今日此処に集まったのは、護衛として入り口に控える月詠さんたち従姉妹を含めて12名。
今まで見てきたシミュレーション結果に他に言葉を発する者はない。
落ち着いた部屋の雰囲気には若干そぐわないが、白壁のスクリーンに映されているのは敵性輝点が消えた新潟地方の地図画面。
現状考え得る装備に於けるコンバットシミュレーションが終了したままになっている。

その状況地図を背景に、オーバーラップしているのは今まで示された各条件違いの装備・状況に依る損耗数の一覧表だった。


殿下がその冥夜にそっくりな相貌に、微かな憂いを滲ませている。
同席している斯衛軍の総大将である紅蓮閣下や、斯衛軍第2連隊を率いて今回参戦する斉御司巴大佐=トモ姉は、その数字に一瞬一応の安堵を示したが唯の1騎さえ喪いたくないと言う殿下の願いは他も同じ、すぐさまその表情を引き締めていた。
戦場には魔物がいる。
その10騎の中に、自分の部下や自分自身が含まれてもなんら不思議はない。


「・・・最後は帝国軍との連携練度にかかっている。
此方の連携はこの1週間である程度煮詰められたが、帝国軍[あちら]は所詮モデル、本番で思惑通り動いて呉れるのかは不明確だからな。
・・・明日から行う合同JIVES演習の中でどこまで詰められるか次第、・・・だな。」

その沈黙にも彼方は相変わらず軽く斬り込むが、その数字の重さを一番判っているのもこのコンバットシミュレーションを組んだ当の本人だろう。
オレや、純夏が00ユニットから引き出した“1周目”や“2周目”の情報をリファレンスに作られたシミュレーション。そこに表されるのは、事細かに知り得なかったオレの記憶や、数字でしか示されなかった純夏の情報だけではない。
以前作って貰ったオリジナルハイブ潜入ミッション同様、いや、寧ろ今現在実在の兵士をそのままトレースしてモデル化している分、より生々しい戦況経過が再現されていた。
下手な誤魔化しや希望的観測が意味のないことであることを誰よりも知る彼方、そこに遠慮や手心などあるワケもなく考え得る限りの情報を叩き込んだ、極めて冷徹で恐らくは正確な予測結果。


「・・・すまんね。もう少し伝が在ればよかったのだが・・・。」

彼方の指摘に謝罪で応える榊首相、本来名目上でもその帝国軍サイドのTOPである。勿論現実は完全に名前だけで何の影響力も無いのは今更である。
しかも首相自身が殿下を護るために徹底した隔離を行い、世間的には寧ろ離反しているようにさえ見えるため、榊首相は親米派と見做され、上層部だけではなく帝国軍現場サイドにも忌避されているのは周知の事実。
帝国海軍や元帝国陸軍が殿下親派なのは、クーデターを起こすコトの是非は置いても、疲弊した帝国軍の共通感情に近い。
元より可能な限りの暗部を抱えての殉職を覚悟していただけに今の状況は首相にしても在り得ない程の僥倖。
僅かでも首相から参謀本部に話が通り、現場付近の警備に配されている第12師団と綿密な連携が取れれば、この数字は悠陽殿下が望む様に限りなく0に近づく。
こんなことなら少しくらいは統合参謀本部にも伝を作っておけば良かったと独りごちても後の祭りである。

だが実際に殿下に恭順する現場部隊の意志は兎も角、中央の幕僚・統合参謀本部は未だ本土防衛軍、即ち裏では利権を食い荒らしてきた国賊達の巣窟と言っても良かった。
今回の合同演習には現場サイドの意志もあり丸投げするカタチで承諾したが、現場との過度の接触は旧帝国陸軍の懐柔とも取られかねない。
彼らは彼らで水面下では首都防衛隊を煽ってクーデターを画策している途上なのだ。もし今回の演習相手が地域防衛に専念する地域参謀でなければ、合同演習も認めなかった公算が強い。合同演習を申し入れた際、何故今それが必要なのかとの疑義が出たのも確かなのだから。

しかも事前に行われた鎧衣課長の報告によれば、新潟以降に実施される大粛清に備え様々な情報が集められる中、その惨憺たる実情も明らかになっており、報告を受けた榊首相も激怒を通り越してあきれ果てたという。
一斉検挙の動きを事前に察知されれば合同演習そのものを邪魔され、斯衛との連携が取れないまま結果現地守備隊がBETAに殲滅させられる可能性が高い。そのため情報部も今はそれらの奸賊も泳がせ、動かぬ証拠集めに腐心している状況である。


他方、もし帝国軍へのXM3正規版の頒布を早めれられればV-JIVESによる連携も行えたが、この短期間での大量のCPU供給は物理的に不可能。しかもクーデターの可能性が0になった訳ではないから帝国軍全部隊への供給は躊躇われた。

結果、侵攻に先んじた地域参謀本部との接触摺り合わせが難しい状況にあるのはしょうがない。

殿下の大権奉還を以て一気呵成に逆臣を包囲殲滅する――。
その為にも新潟防衛戦では極力被害を抑えたい。だが、焦ってコトを仕損じる訳には行かないのだ。




「・・・とは言え、これとても何の策も無ければ先の彼方の予測にある通り、万に届く臣民を喪い本土の護りに穴を穿たれる所でありましょう。
それを阻む装備・献策の数々、深く、この上なく深く感謝いたします。」

漸く殿下が口元に微かな笑みを刻む。
現状では割り切らざるを得ない損耗、それでも今の最善はオレが体験してきた過去の被害に比べれば確かに桁違いなのだ。



先刻示されたシミュレーションに於いて、最初の想定はオレが体験した“1周目”の世界群、全くの不意打ちで師団級が上陸した例である。
その際実際に防衛に当たった第12師団は初動の遅れもあり完全に後手に回った。上陸を果した大群に対し五月雨式の攻撃は悪手、徐々にその戦力を損耗し撤退する機会さえ失った。その援護に入った第14師団も友軍が潰滅に追い込まれたことで戦線を食い破られ、最終的に北関東から首都近郊にまでBETAの侵攻は及んだ。
いくつかのパターンがある“1周目”の傍系記憶では最大約10,000近いBETAが侵攻した記憶もあり、その際にも最終的に首都防衛軍の働きにより漸くその勢いを押しとどめたものの、その人的被害は5桁に及び戦術機だけでも凡そ300を優に上回る戦力が喪われたこともある。

次の想定は、オレが前の周の記憶から夕呼先生にBETA侵攻を進言して警戒させた“2周目”の世界。
その状況に於いては、予め配置されていた第12師団と、早めに第14師団が投入された事によりどうにか上陸したBETAの水際での殲滅に成功している。警戒情報により帝国軍日本海艦隊が配された事も、事態が優位に推移した要因らしい。
それでも第12師団は、有する戦術機機甲師団6大隊分216機の損耗が40%を越え、部隊全体の損失も30%に達し、所謂軍規定に於ける“全滅”と言う状況に陥った。
更にその裏で極秘裏に決行されたヴァリキリーズのBETA捕獲作戦でも作戦自体は成功であったが、A-01には3名の欠員を生じることになった。
桜花作戦以降に確認した記憶では、辻村中尉、相原少尉が戦死。遠乃少尉が再起不能の重篤な怪我により後送。作戦時の細かい状況までは記されておらず結果としての“情報”としてしか判らないが、今同じ隊にいて共に訓練している彼女たちが喪われる、それが取り得る一つの未来の“事実”だと思うと、今も背筋を怖気が這い登る。

そして最後に示された今の“現況”に於ける様々な想定。
夕呼先生の帝国軍への“警告”は行われていないが、既に此処に集うメンバーには“予測”としてBETA上陸の可能性が極めて高い事が伝えられている。
このループ世界に来てから実際まだ3週間も経っていない。その間人類サイドには色々とした気もするが、BETA サイドには何の干渉もしていないから“予定”通り侵攻は起きるだろう。
侵攻が無いなら無いでも連隊規模の実弾JIVES訓練は貴重な経験であり問題はないが、主観記憶でも傍系記憶でも新潟侵攻に関しては日付を違えた例は無い。

それを前提に悠陽殿下を伴い斯衛第2連隊から2大隊、そして第16斯衛大隊が、当地の第12師団と共に広域JIVESによる“実弾演習”を敢行する。
国連横浜軍のA-0大隊も“2周目”同様A-01中隊だけではなく、新たに創設されたA-00中隊も仮配属迄含め全騎が新装備の実戦証明との名目の下、この演習に参加する事が申し渡され、受諾されている。

警戒情報は流していないのだが、殿下の視察に合わせやはり“2周目”と同じく帝国海軍も随伴することに成る。
これで斯衛参戦によりBETA新潟迎撃戦力として、記憶にある中でも最大と成ることは間違いない。
第14師団の投入を待たず、殲滅が可能となる筈だった。


そして少なくとも斯衛部隊とA-01中隊、加えてオレと純夏については、今週に入ってからプロファイリングから構成された帝国軍第12師団の行動モデルを用いて、様々なパターンで連携強化をシミュレートしてきた。

その結果が、被害想定10騎と言う数なのだ。




彼方のコンバットシミュレーションに示された各々の状況差を詳細に比べてみれば、各装備の“ご利益”も見えてくる。
今回追加された“状況”が無い場合の最良、即ち“2周目”の記憶にある帝国軍に於ける被撃墜総数96騎の喪失に対し、XM3の全機配備に依る被害想定は戦術機の人的物的損耗を確かに50%以下にした。
加えて作戦初期からの斯衛軍計3大隊の投入は、その損耗を更に半分に減じた。

そして最後、被害想定を10騎にまで落とした、つまり損耗率の低減という意味では60%以上の効果を生み出したのがA-0大隊による装備投入、とりわけこの会議に出席を要請され今隣で居心地悪そうに居る純夏=“森羅”の存在だった。



そう、今日の夕刻には戦地に出立するというこの段階に於いて、殿下や首相、各大隊指揮官がこの浜離宮に雁首揃えているのは、今回の迎撃戦で初めてお披露目される装着型00ユニット、対BETA戦術支援システム・“森羅”を扱う純夏との顔合わせの為だった。




「・・・して、そなたが鑑純夏さん、なのですね?」

「は、はいっ!、煌武院殿下にあらせられましては、ご、ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます!」

微笑む殿下に型通りの言上、多少つかえたが噛まなかっただけ純夏にしては上出来。
紅蓮閣下が苦笑いしながら、久しぶりに見ただろう愛弟子の元気な姿に、孫を見るように嬉しそうに頷いていた。

殿下も笑みを携える。

「此処は非公式の場、その様な言葉遣いは必要在りませぬ。ワタクシもそれ故純夏さんとお呼び致しました。
寧ろ、この忙しい折に慌ただしく呼び出してしまい、忝なく思います。」

「そ、そんな事は・・・勿体ないお言葉です。」

「では、出来ればあの者・・・冥夜と同じ様にワタクシにも接して頂けますでしょうか?」

「え?、あ・・・。」


オレの家柄から幼少から冥夜と親交のあったこの世界の純夏は、冥夜と殿下との関係に疑問を持ち薄々判っていた様だし、これまでの世界の様々な俺の傍系記憶も00ユニットとしての記憶も全て有する今の純夏は、要するに殿下と冥夜の関係も知っている。
純夏にとっても今周囲に居るメンツ、紅蓮閣下とトモ姉は小さい頃から馴染んだ師匠とお姉さん感覚だし、一方のオヤジ陣、榊首相や鎧衣課長が委員長と美琴の父親と言うことも理解済み。直接知らないのは巌谷中佐と斑鳩中佐くらいだが、それとて今部隊を同じくする篁大尉の叔父と彼方の姉の内々の婚約者である事は聞いていた。
要するに、皆近しい者の関係者だったりするわけだ。

オレが未だ17歳の感覚でいたとて、幾多の記憶を以て相応の分別を付ける様に、純夏もまたこの世界のオレの記憶に在る純夏そのままではない。


にぱっと笑う。

「ありがとうございます。
では、公の場以外では、冥夜の親戚[●●]の、同じ歳の友人、と言う事ですね!」

純夏の応えに殿下は少し目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。

「・・そなたに感謝します。ワタクシの事は冥夜同様、悠陽、と。」

「あ、えっと・・・タケルちゃんが“殿下”と呼んでいるので、普段はそれで。
でも渾名みたいなものと思って下さい。わたしの事は、純夏でかまいませんので・・・。
もし、立場を隠さなければいけない場合と・・・・何時か冥夜と一緒に[●●●●●●]パジャマトークとか出来た時にはそう呼ばせて貰います。」

「「「 !!! 」」」

いくら本人に請われたと言っても、流石に月詠大尉の前で殿下の名前を呼び捨てる度胸は、今以てオレにもない。純夏もその空気を読んだのだろう。そんな強者は彼方だけだ。
そして、純夏が続けた言葉には殿下本人だけではなく、周囲の人も小さく息を呑んだ。

「・・・・・・是非もありません。そなたの心使いに万謝を、そしてその時を楽しみにしましょう。
・・宜しくお願いしますね。」

「はい!」

輝く様な笑顔に決意を込めた様に、純夏は応えていた。






「で?、遠征隊の指揮官まで集めて、この土壇場に俺らを呼んだのは、あと何が知りたいんだ?」

そこはかとなく流れる和やかな空気を断ち切ったのは、やっぱり彼方。

「・・・前の記憶は無くてもその性格は全く変わらんな、お前も。」

斑鳩中佐が苦笑する。月詠大尉が同意するように小さく頷いている。

「・・・まあ正直圧倒的な情報能力なのだよ。
V-JIVESのログを詳細に見せて貰ったが、ミサイル防衛の為のAEGIS艦と対潜哨戒機とを相当数合わせたような能力の上に、浅い深度ながら地中のBETAにまで対応していた。
その情報処理能力を戦術機サイズに収めるなど到底不可能。

それが仮想現実の中だけでなく、現実の侵攻でも実現出来ると成ると、BETAに対する戦略そのものを変えてしまう可能性すらある。
その疑問に対する君の応えが、00ユニットだからな、の一言。
・・・榊首相以下、その意味を知るものがこんな会議を招集するのも仕方ないだろ?」

呆れ顔の巌谷中佐が苦笑いしながら応える。
オレはもう技術的な背景を理解することすら諦めた。だが技術廠としてはそこんとこ詳しく、というのは当然だし、戦略が変わるとなれば、司令官としても見過ごせない、と言う事か。
そしてそもそも00ユニットというのは、香月博士の率いるオルタネイティヴ第4計画の当初目的そのものであった。
恐らく榊首相がとるものも取り敢えず此処に居るのもその単語故だ。

「・・・・此処に居るってことは“兄貴”と“御前”は背景を知っているのか?。」

「はい。両名にはもはや隠しても意味はない、とワタクシが判断致しました。榊や第4計画との関係も説明してあります。」

「・・・妥当な判断か。青は早めに味方に付けたほうが何かと都合が良いか。
・・・但し喀什攻略[x-day]まではこれ以上第4計画絡みの告知は控えて置いてくれ。」

「・・・確と。」

珍しい事もある。寧ろオープンに見える彼方から釘を刺すとは。

「・・・ついでと言ってはなんだが、此方からも幾つか伝えたいことがあるので、まずは其方の疑問に答えておこう。
・・・V-JIVESで鑑が示した能力は実戦でも遣えるのか、ということだが、結論から言えば余裕で出来る。」

そして彼方はディスプレイに映る情報を変えた。
先程と同じ戦域の地図、そこに示されたのは無数の、3色の輝点。

「・・・此処に示した位置に、3次元フェイズドアレイレーダー、地下探査加速度センサアレイ、水圧用圧力トランズデューサアレイついでに無人自律制御のパッシブ・アクティブのエコーやソナーを配している。
一基当たりの素子数は、ざっと平均で言えば3次元配置20×20×20で8,000個程度、それが総数で500基あるから合計40万個のセンサーが既に稼働している。
それらのアレイシステム一基で凡そ400の個体追尾が可能だから、その全てを掌握する00ユニットは理論上は200,000体までのBETAを個々に識別・追尾が可能、と言う事になる。」

「「な・・・」」

相変わらず呆れかえるような数字がぽんぽん飛び出す。
オレだってその性能を純夏に聞かされた時は絶句したのだ。
捕捉した全てのBETAに対しデジタル・ビーム・ホーミング(Digital beam forming)をオープンエリアのみ為らず、海中や地下に対してまで行い、追尾する。
勿論エリア内にBETAが均等にばらまかれる訳ではないから、実戦での追尾数は実質的にその1/3から1/4にまで落ち込むとは言うが、今迄の記憶からしても今回の侵攻は師団級から旅団級の侵攻である。その規模なら小型種までほぼ完全に追尾出来る事になる。
と言うか、完全に追尾出来るだけの数を揃えた、と言う方が正しいのだが。

これを日本の海岸線全てに、と言われればかなりの無理が生じるが、当面の侵攻が確定的であり、上陸する地域が限られているのだから重点的に配備出来る。
勿論装備は使い捨てではないので、将来的に佐渡が奪還できれば、他に移設すれば良い。


「・・・あの正確な情報を齎す、その要が00ユニット、と言う訳か・・・」

500に登るフェイズドアレイシステムを同時に司るのである。
その性能のデタラメさが技術畑である巌谷中佐には判るのだろう。
フェイズドアレイシステム自体は既に存在するものだし、1システム当たりの追尾数だって実際そんなに驚く程の数でもない。
実際元の世界でも1980年代には300を越える追尾数を持つAEGISシステムが実装されて居たという。宇宙技術等10年以上進歩していた感のあるこっちの世界ではそれ以上であってもおかしくない。
そのシステムをこの世界のパーツを使って小型アクティブ化しただけだと彼方は言っていた。
実際航空機やミサイル用のレーダー素子、対潜水艦様の圧力トランスデューサは在庫が埃を被っていた。BETAは空を飛ばないから、対空レーダーの配備数は極端に減っていたらしい。

但し、コレだけの数を戦術機サイズで一手に制御できる演算システムが他にあるかと言われれば、それは別の話。
結局00ユニット、それがこのシステムのキーアイテムなのだ。



「つまり・・・鑑君[]、その00ユニット、と言う事で間違いないのだね?」

榊首相が微妙な顔で訊いてきた。

「・・気を遣わなくてもいい。
[]00ユニットではなく、装着型[●●●] 00ユニットの適合者だ。」

「!!、なんとっ!?」

その場のニュアンスを、彼方の受け答えで理解した。
榊首相は、知っているのだ、第4計画の、“暗部”を。

「勿論、この事は第4計画同様、トッププライオリティの極秘事項だ。
鑑の存在も隠す為に態々A-0部隊長の武と複座にした。
V-JIVESの時から鑑の通信音声は電子処理して声紋も取れない合成音声に変換しているからそのうちアイギスとかのキャラでも被せるかもな。
00ユニットにも、当初目論んだスペックでさえ、その圧倒的すぎる性能に脅威論さえ出た。
今後は“森羅”と呼称してくれ。」


当初の第4計画では、BETAが調査したと見られる脳髄や素体候補の情報を量子電導脳を有する00ユニットに移植し、人類の意思を有する非炭素系情報端末としてBETAとの接触を果たすコトを目指していた。
横浜ハイブで発見された“生きている脳髄”、そしてA-01部隊に集められた“素体候補”を消費[●●]することで00ユニットという代物が得られる筈だった。


疑問を理解し微笑みながら純夏が応える。

「・・・わたしは、量子電導脳を有する装着型00ユニット:対BETA戦術支援システム・“森羅”の適合者[●●●]です。
そして、榊首相がご存じの通り、横浜ハイヴで発見された生存者“生きている脳髄”の中で、唯一の生還者[●●●]です。」

「「「「「「 え!? 」」」」」」

純夏のその応えには榊首相だけではなく、そこまでばらすとは思っても居なかったオレも含めて殆どの人間が固まった。


Sideout




Side 悠陽


その当事者自身の口から語られた内容は、余りにも衝撃的で在りました。

‘98のBETA横浜侵攻で捕獲され、人類に対する実験対象となり脳髄だけなるまで解剖されながら生き存えていた、否、生き存えさせられていたこと。
明星作戦で横浜ハイヴの制圧と共に接収されたが、当時は勿論身体は愚か意識さえ復元の見込みなど立たず、一方では第4計画の為の素体候補として秘密裏に維持されたこと。
同じく接収された他数体の脳髄が次々と力尽きる中、唯一“生存”していたこと。
BETAが行った“実験”の内容には触れませんでしたが、想像も出来ないほど酸鼻を極めるモノであった事だけは間違いないのでしょう。

爪が喰い込むほど拳を握り締めていました。、


元々第4計画は、BETAとのコンタクトの可能性が示唆された非生命体である量子電導脳に、人の意識を移植することによって、対BETA諜報端末を構築する事を目的としていたことは存じていましたが、その素体第一候補がBETAに接触した“経験”を有する“生きている脳髄”であったことは秘匿事項としてワタクシには知らされず、取り分け榊が隠匿していた様子。
故に先程迄の榊の態度なのでありましょう。

この前のデフォルトもしかり、一体いくつの“闇”をワタクシに明かさず済ますつもりだったので在りましょうか。
視線に非難を込めても、飄々と透かすばかり、彼方の“じじい”と言う呼び方も真っ当です。



けれど、その救いのない凄惨な状況を一変させたのも、白銀と彼方の復隊であったとは。

白銀は、試作型00ユニットを用いて第4計画の目的としたBETA情報の収集を完璧に遣り遂げ、結果人格移植型00ユニットの必要性を無くしました。
そして彼方のハッキングにより、BETAが蒐集したヒトゲノム情報による遺伝子操作技術を鹵獲したことで、脳髄だけで生存していた純夏の完全再生までをも可能にしてしまったとのこと。

この技術は、既に擬似生体を完全調整する技法として各医療機関に敷衍されていますが、まさかそれがBETA情報の鹵獲による純夏再生の副産物であるとは、思いも至りませんでした。

即ち純夏は第4計画当初の予定にあった00ユニットという非生命体では無く、脳幹の遺伝子情報を以て再生された正真正銘、生身の人間として生還したと言うことになります。
そう、此処に居るのは、地獄の横浜ハイヴからの唯一の生還者なのです。

その上で、此方も奇跡とも言える幾万ものBETAの群を、文字通り潜り抜けてきた運命の相手・白銀との再会を果たし結ばれた者。
しかも、真那の話に依れば、純夏はあの者の存在も許容している様子。

明るく微笑む同じ歳の同性に対し、深い畏敬の念さえ抱かずには居られません。


そして聞き及んでいたものとは異なる00ユニットの着地に、榊も少しは肩の荷が降りたのでしょうか、何時ものしかめ面が幾分穏やかに見えるように思います。

もし、純夏が当初計画通りの00ユニットであったなら、全てを呑み込んで何も語らなかったのでしょう。
・・・“じじい”も“じじい”、“頑固じじい”と言うべきでありましょう。



「して、“森羅”とは?」

「以前も言ったが、上位存在とのログは衝撃的だ。第4計画は対BETA戦略を策定する方向にシフトしている。
00ユニットは、対BETA諜報システムとしては不要になったが、今後XG-70の制御や、今回の戦術支援システムの様に、量子電導脳自体は使い道が多い。
そこで装着型としてセンセに改修してもらったんだが・・・。」

「・・・何か問題でも?」

「ああ。・・・今のところ鑑が唯一[●●]の適合者なんだ。他の人間だとノイズが激しくて頭痛が酷く、とても情報管制など出来ないのさ。」

「・・・そうで在りましたか。」

「まあ、センセが今汎用型を模索している。少し時間は掛かりそうだが、そのうち出来るだろう。」

「それは重畳、ではそれ以降“森羅”が量産されるように成れば・・・」

「ああ。先程巌谷中佐が言っていたように、対BETA戦略が変わる、だろうな。・・・但しハイヴ戦は別だが。」

「え?、あ・・・」

「・・・ハイヴ内で通信できないことが問題。そこんとこクリアしないと広域データリンクをベースとした情報戦はハイヴ内では展開できない・・・・んだが、それは追々だ。
喀什攻略[x-day]と佐渡までにはなんとかするか、無しでも大丈夫なだけの戦術を組むしかないだろう。」

「・・・。」

「ま、当面の新潟侵攻について、そっち[●●●]の問題はないと想ってくれて構わない。」

「・・・油断は禁物です。
純夏のH21ハイヴに対する広域探査でも、今のところハイヴ蠕動規模から予測される侵攻数は師団から旅団規模としていますが、想定数が最大級の師団規模、具体的には10,000を超えると、今までのシミュレーションも破綻する可能性があります。」

「あいもかわらずタケ坊は心配性だな。まあ、指揮官としては念には念を入れる位で構わないだろう。
その点については、近衛軍第2連隊長と第16大隊長の名前で一応統合参謀本部を通し、第14師団にも現場のバックアップをしてくれるよう申し入れをしている。
建前は、有事に際し12師団が訓練で抜けている穴をカバーしてもらうって事で、今回のコンバットエリアを囲うように配備される。
・・・万が一の際には、彼らも参入するさ。」

「巴・・・ソナタの配慮に感謝を。ですが、滞り無く進んだのですか?」

「――相変わらず、兼実の腰巾着が難癖は付けていたがな。申し入れ自体は問題なく。」

斑鳩ももう呆れることすら無駄というような平坦な回答をします。


「・・・そうですか。」

「・・・しかしG弾の危険性が世論を騒がしている今以て、九條の態度は変わらんな。」

吐き捨てるような巴の侮蔑。

表向きは第5計画派や米軍排斥を掲げる本土防衛軍、そして九條一統にも第5計画派の窮状に対する変化は見られません。
しかし、実際にはつい先日XFJ計画に乗じて彼方を誘い出し、また第4計画の訓練スケジュールを横流しして双方の抹殺を要請した様子。しかしそれが逆に第5計画側に甚大な被害を与え、今の関係は冷え切っているとも報告を受けています。
九條にとって残された失地挽回の機会はクーデターのみ、今はそれに掛かり切りであり、このタイミングで九條が何かを仕掛けるとは考えにくいのも確かです。

そして今世界的に世論沸騰を通り越して水蒸気爆発を起こしそうなG弾脅威論。
第5計画派が失地したこのタイミングで、香月博士によりリークされた、G弾による“大海崩”の誘発リスクと、バーナード星BETA汚染の可能性。


「寧ろバーナード星BETA汚染説の方が第5計画派の反発が大きかったな。
故に地球脱出を目論む九條もその目的を違わず、と言ったところだろう。
ここまで来ると呆れるさえ通り越してその執念に畏敬の念すら覚える。
第5計画派も当面一般庶民感情は捨てて支配層の囲い込みに躍起、と言うことか。」

崇継も苦笑いを携え、口を挟みます。

そう、世論爆発したG弾脅威論に比べ、比較的冷静に受け止められたのは寧ろバーナード星BETA汚染説の方でありました。
第5計画派は即座にスペクトル変動が自転や公転伴う季節変化による地表面格差だと言い繕い、それらしい[●●●●●]時間経過に依るスペクトルの遷移を示して来ました。
天体観測の為の機材が健全な国はその殆どが米国の属国化している以上、そう言われてしまえば、独自の観測手段が限られ、それ以上の反論が難しいとのこと。
彼方が裏から確認したところ、ハッブルもチリ・アカタマ高地の電波望遠鏡も都合の悪い過去データがバッサリ削除され、都合の良いデータに差し替えられていたとの事。
実際上位存在が言うBETA数と過去観測されたスペクトルからの類推ですが、そのデータの所有権自体は確かに米国側にあります。データの改竄を指摘する事はこちらもハッキングの違法行為を暴露する事に成るため、寧ろこちらからデータ改竄の濡れ衣を着せられる可能性もあり悪手。
今後の長期的な観測を要すると言われてしまえば、データが差し替えられるのは承知の上で、今それ以上の追求は出来なかいとのこと。
それ以前に、ワタクシには第5計画派はBETA汚染を承知で居ながらそれを覆い隠し、あたかも希望が在るように演じる、その真意が理解できません。


「・・・世論がどう動こうが、遂行能力を既に有しているバビロン作戦はいくらでも強行できると思っている、と言うのが此処に来る直前の夕呼先生のコメント。
勿論ニヤニヤと良い笑顔をしていた夕呼先生だからね。
流石第5計画派も無傷とは行かず、秘密裏にアヴェンジャーの鹵獲機体引渡しの代償に、本来配備されていない筈の予備弾頭に付いてXG-70系の運用燃料と言う名目で第4計画に譲渡されることが取引されたらしい。
表向きG弾の配備数見直しと計画の再検討が公表された裏では、一応それ以上の追求を第4計画側からしないってことで。
けどその一方で今後も第5計画を推進する為に国連以外の大口スポンサーをここで失うわけにはいかず、それを繋ぎ止めるバーナード星移住計画擁護の方を重要視した、と言う事らしいよ。」


ワタクシの疑問に応えるカタチっで白銀が横浜第4計画廻りの情報を齎してくれました。

成程、流石は香月博士、抜け目有りません。
弾頭という形で秘密裏に移譲される事は、今の国内世論情勢からもリスクが高いことが懸念ですが、XG-70他の燃料としてG-11の剰余が無い以上、G弾頭を解体して得るのは致し方ないこと。


「・・・ともあれ、当面の相手は“BETA”と言う事だな。暫く九條の影を気にしなくて良いのはまこと有り難い。」


そんな紅蓮のカッカという笑い声にも、尚も思案顔の彼方。


「・・・彼方は何を危惧しておられるのですか?」

ワタクシの言葉に、全員が彼方を見ました。


「・・・水を差すようで悪いが、・・・俺は恐らく今回の防衛戦で何らかの妨害工作がある、と考えている。それが九條か、・・第5計画派なのかは判らないが、覚悟だけは持っていてくれ。」


今までの楽観的な流れに真っ向棹さす発言に、空気が止まりました。


Sideout





[35536] §58 2001,11,08(Thu) 15:00 帝都浜離宮来賓室 考察 創造主(1)
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Date: 2013/04/16 21:00
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Side 武


唐突な妨害の発生予測に全員が怪訝な顔のまま固まった。
鎧衣課長が進めている調査によっても今回の新潟合同演習に対する怪しい動きは無いと言っていたのだ。そもそも鎧衣課長の諜報活動さえその一部を担っているのは彼方のハッキングによる情報の筈。
そもそも何の説明もなく、こんな警告を発すること自体が彼方にしては不自然だった。


前回までのループに比べれば、XM3の作成から純夏の復活に至るまで、今迄とは状況が激変していることは判って居る。
様々な悠陽殿下への援助含め、“人類”サイドには、オレと彼方の存在が確かに多大な影響を与えている。世界の行く末に多大な影響を与えていた第5計画派に、この段階で相当のダメージを与えているのも確かだろう。

「・・・成る程、九條にしても第5計画派にしても、既に相当なところまで追い込まれている。
寧ろ彼らにしてみれば、敵は“横浜”。その横浜の創った“XM3”が仮想演習とは言え対BETA実戦証明でも多大な成果を上げてしまったら、通常兵器によるBETA掃討の機運が益々高まり、第5計画派は近々死に体に追い込まれる。
形振り構わず潰しに来る、と言う訳か・・・。」

「クーデター等待って居られない、と言う訳ですな。」

斑鳩中佐の推測に鎧衣課長が肩を竦める。
確かに、XM3の実戦証明と言うか、トライアルは“2周目”では12月もクーデターの後、10日だった。
・・・ズキリと心が竦む。
図らずもその対象と成ったのは、最終的にこの新潟防衛戦で捕獲されたBETAだった。オレや第4計画にも余りにも重い犠牲を払って・・・。
その悲劇を繰り返さないため、クーデターさえ起きていない状況でのXM3、曲がりなりにも全部隊への頒布を早めてきたわけだが、一方でそれは第5計画派に取ってはどうあっても看過できない事態に至った可能性は高い。

「・・・・・・“横浜”がこの演習に参加したことも、奴らにとって好都合、だったわけですか・・・。」

オレが呟くと鎧衣課長が頷いた。

「そう考えると、奴らが今最も警戒しているのは、“横浜”の第4計画派。
此度の斯衛軍演習が統合参謀本部で殆ど抵抗もなく承認されたのは、斯衛と共にA-0大隊が随伴している為かも知れませぬ。
第4計画派の功績を挫き、同時に斯衛、そして殿下にも軍政上の大きな汚点を付けられれば、後のクーデターがより遣りやすくなる、と言う事かと。」

「・・・下衆の極み。BETAに対し全人類が一丸となるべき此処に至って、尚もそこまで墜ちるか。」

トモ姉が唾棄する。

「・・・しかし、だとすれば彼奴らも既に進退極まって、破れかぶれの捨て身にも等しい。
確かに、我々も相応の覚悟が必要、と言うことよのう。
・・・諫言痛み入るぞ、御子神。
敵はBETAだけではない、背後にも気を配れと言う事よな。」

「・・・それも含めて常に視野を広く持って欲しい故、と思ってくれ。」


あっさり彼方は認め、それ以上は何も無いと話を締める様に、シミュレーションで使っていたノートパソコンをぱたりと閉じた。

・・・その引き際に何かが引っかかる。



「・・・彼方、他にも何か懸念が在るのですか?」

違和感を感じたのは、オレだけでは無かったらしい。

「・・・・。」

「それ[]含めて、と仰るとからには、それ[●●]以外にもある、とお考えなのですね?」

「「「 !!! 」」」

彼方の違和感に気付いていなかった他の人は驚いたようだが、真耶さんや純夏は同じ様に気がついていたらしい。殿下や真耶さんが気付いたと言う事は、こっち[●●●]の彼方も同じ様な思考をしていたと言う事だろうな。


「・・・・・・それ以外は、ぶっちゃけ“勘”みたいなものだ。確たる根拠はない。」

「・・・では朧気な気配は既に在る、と・・・」

「・・・なかなかに遣り難いな。」

殿下が艶然と微笑む。

「彼方は忘れてしまいましたが、ワタクシをこんなにして下さったのは、“兄さま”です。」

「成る程。・・・本来、重要な作戦前にあやふやな警告で惑わすようなコトを言うべきでは無い。」

殿下が彼方を見つめる。
彼方は威圧するでも、拒否するでもない。相変わらず飄々とした空気を纏う。


「・・・・彼方の推論を、お聞かせください。」

殿下は静かに言い切った。

「・・・荒唐無稽な推論で、確たる証拠もない、そもそも証明出来るかさえ判らない
相当にぶっ飛んっだ仮説だぜ?」

「・・・その仮説を信ずる疑うは各々が判断するでしょう。それだけの判断力を有する者しか、この場には居りませぬ。
ですが今の状態ではあやふやな予測は寧ろより惑乱を招きかねません。
何らかのコトが起きるのであれば、彼方の仮説が正しい事の傍証に成りましょう。
この者達ならそこから仮説を前提に、次善の策を講じることができます。」


「・・・判った。」

最後の抵抗を正論で打破された彼方が薄く笑う。と言うか、此奴の事だから、乗ってくるか試したのだろうな。





「ま、最初は兄貴の言った様な事を俺も考えた。
正直言って目標は上位存在だったから、九條なんか気にしている暇も無かったからな。
けれど此処に至って其れは本来“あり得ない”と最初は否定していた。」

「あり得ない?」

「ああ。
アラスカと帝国南洋で第5計画派に結構なダメージを与えた。
そしてそのタイミングを以て夕呼センセがリークした情報によって、知ってのように世界中に“G弾=人類自決兵器”と言う図式が固定されるつつある。
第5計画派は公で否定で一応は沈静化しているが、バーナード星のスペクトル遷移だって季節変動でないことは、誰よりも第5計画派自体が最も良く判って居る。

つまり、九條が移民計画に固執する事自体が全く意味の無いモノになっている。
G弾が大海崩を招く以上、第4計画だけが残された人類の希望と言っても過言ではない。
九條も第5計画派も、今迄の確執も在るから掌を返して協力してくるとは思って居ないが、少なくとも余計な妨害工作は無くなるモノと踏んでいたわけだ。
第4計画と第5計画の成果がBETA駆逐以降の国際関係に多大な影響を与えると言ったって、第5計画の推進は、その本国である米国にさえ甚大な被害を与えるんだ。
今の米国の取り得る最善手としては、早急に第4計画に参与しその功績を帝国に独り占めさせないこと、だと思っていた。」

言われてみればその通りだ。


「―――ところが、だ。先程の鎧衣課長の報告に在るように、“クーデター”計画は、今も進められている。」


そして、全員の表情が凍った。

第5計画派の推進している計画が、悉く否定された。それが言いがかりではなく観測結果と真っ当な理論に基づくことは、少なくとも第5計画派自体や米国のトップ連中は理解しているはずだ。


背筋を薄ら寒いモノが這い上がる。
寒くも無いのに鳥肌が立ってくる。
理解できないモノを目の当たりにしたときの反応とはこんなものなのか。


「・・・形振り構わない生き残りを図る、という九條や第5計画派の行動原理、それがその前提から崩れた。
九條個人や第5計画派の集団としての在り方の問題ではない。
最早、狂気と言っても良い。
要するに、“人類を滅ぼしたがっている”ようにしか見えないからな。

そしてそんな存在なら、この新潟合同演習にも何もしない訳がない[●●●●●●●●●]、というのが警告の根拠だ。」

「「「・・・・・・・。」」」

誰もが沈黙する。
彼方の言うように、九條や第5計画派の真意が理解できないのだ。
襲撃がある、と言う事そのものよりも、その真意の方が不気味だ。


「・・・九條や、第5計画派は、一体何を目論んで居るのでしょうか・・・。」

殿下の疑問は、皆の代弁に等しい。

「・・・表現が悪かったな。
言ったとおり、“人類を滅ぼしたがっている”と言うのが、俺の推論さ。」






「・・・随分と斬新な推論だが、其処に至る過程は何なのだね?」

再びの永い沈黙を経て、今度は榊首相が切り出す。
彼方が言ったのは現在の状況だけであって、その状況から推察される“結果”は確かに先の一言に尽きる。
その結論に至るのが、荒唐無稽と自らが言う推論。
それが、まだカケラも明かされていない。



「・・・説明がし難いので酷く回りくどくなるのは勘弁してもらうが、それでも構わないかな?」

「・・・構わんよ。」

「OK、じゃあ、九條の事は暫く置いておいて、一つ訊こう。

そもそも俺達[●●]は何と戦っているんだ?」


え?

余りにも唐突な質問に、全員が互いに顔を見合わせる。


「・・・BETAではないのですか?」

「・・・まあ、人の敵は、結局“人”、BETAを介して、“人間”と戦っている――、と言う見方もある。」

「・・・自分自身と言う言い方も有ります。」


殿下、斑鳩中佐、そして最後は純夏だ。

それに対し彼方は笑った。

「ククク・・、ここでそういう哲学的な答が出てくるとは思わなかった。
ま、戦っている相手など人それぞれだから口出しすることではないし、強制することでもないからそれで良いんじゃないか?
確かにそういういう意味では、俺だって戦っている相手は“運命”とか“世界”とか言うモノかも知れないからな。」

「ウム。」

「とは言え今現在、具体的・現実的な相手として、俺がラスボス設定している相手は、BETAでもましてや九條や第5計画派でもないし、オリジナルハイヴや上位存在ですらない。

―――“創造主”だ。」

「・・・それはまた・・・」

「大きくでたな・・・。」

彼方は肩を竦める。

「・・・・前提として確認しとくが、兄貴も御前も、上位存在の会話ログを聞いたことは?」

「ああ、先般な。・・・しかしあんなモノをラスボス設定とは確かにお前は剛毅だな。」

「確かに、な。
まあ敵は遥か彼方、何処に居るのか、正確には今も生きているのかさえ判らない存在で、裏ボス設定はそれこそ“世界”と言っても過言ではないシロモノだから、こんな事を言った時点で頭沸いているのかと思われても仕方ないと自分でも思うよ。

だから此方の勝利条件は“創造主”を倒すことなんかではなく、飽く迄“創造主の目的の阻止”。

その具体的な手段[●●]が、当面“太陽系からのBETA駆逐”、“再侵攻の遮断”ってところだろう。」

「・・・それだけでもまだまだ随分と遠大で途轍もない目標に思えるぞ。」

「違いない。
武や鑑は前話したことがあるから此処では黙っていて欲しいんだが、じゃあ“創造主”の目的って何だ?」

オレも純夏も頷く。
成る程。純夏の超因果体や、オレの因果特異体については隠すのだろう。其処まで明かすには色々と前提が足りなすぎる。


「ちょっと待て! BETAの目的は資源ではないのか?
“創造主”の目的は、BETAの目的とは違うと言うのか?」

「目的は至りたい状態や対象で、目標はそこに至る[しるべ] だろう?
確かにBETAの“目的”は資源[●●]の獲得だろうが、“創造主”にとっては“目標”にすぎない。BETAがその為に造られた存在であることは、上位存在も認めている。

“BETA”は、自己の増殖や行動、移動・拡散の為にせっせとG元素を集めていると考えられる。
けれどそれは運用のための収集、つまり手段であって目的ではない。
BETAの目的は、創造主の求める“資源”を搾取すること。
その創造主の目的に合致する“資源”とは何かってことだ。

創造主が、宇宙中のG元素やその他鉱物資源を集めたところで何をするんだ?

資源を獲得して、何をしたい[●●●●●]のか、それが“創造主”の目的[●●]だろう?」


「彼方は・・・創造主の“目的”が判るというのですか・・・?」

「まあな。
荒唐無稽な推論と言ったが、コレだけは断言しても良い。

創造主が欲しいのは、人類[●●]の有する“変化する力”だ。」


BETAが超因果体である純夏を獲得し、接収するために横浜ハイヴを創ったと言う事実。
超因果体としてイデアルフェイズにさえ届くという純夏の力。
確かに創造主が求めているのは、人間に存在し創造主にも変化を齎すだろうその力に違いない。


「夕呼センセに言わせれば、人類は炭素系生命の中でも、特異な存在だそうだ。

本来環境変化に追従する“進化”という特徴を持つ炭素系生命だけど、その生命の営み自体で環境変化すら起こすほど急激に能力拡大したのは、地球46億年の歴史に於いても当然人類だけ。
勿論悪い意味も含むから、環境変化が急速に進めば、人類は自らの頸を締める可能性も在ったわけだけどな。」

元の世界に於けるCO2による地球温暖化。この世界では逆にBETAの襲来によって逆に温暖化の問題は顕在化せずに済んでいる。


「人間が他の動物と決定的に異なるのは何か。

火を使ったとか、言葉を得たとか、色々と言われるが、それらを統合して精神領域、意識下での思索領域を拡げたこと。
本能に近いパトスしか持たない動物に対し、その本能を抑制する理性と精神性をロゴスとして獲得したのが人間だというのは、古代ギリシャで既に存在した概念。
実際本能を抑制する絶対理性、人は自我を制御し自発的な発展を図ることが出来る。将来を見据えて自発的に辛い訓練をする動物は存在しないからな。
それを支えた精神領域の発達を高度な言語能力と社会性を得たことで促した。
言葉は文字として蓄積され、知識や智恵の継承が行われるようになった。

本来生命としては、次世代を産み落とせばその役割は終了する。
しかし、人間はその後も智恵を絞り、知識を広げ、それを継承する事を可能とした。

謂わば、種として知識の継承を可能とし、高度な精神によって思索を行えることが、此処まで人類を発展させた原動力、と言える。
高度の知能発達に依る、精神領域の発現がその遺伝子による進化さえ追い越す発達を齎した、と考えるのが妥当だそうだ。
つまり人類の有する精神機能は、物理的身体的な生命進化を凌駕した“変化する力”であると考えられる。

これは、BETAの襲う優先順位にも顕れている。
BETAは基本何でも喰うが、生命体であっても高い知性を持ち広い精神活動を行っている人間の優先度が高い。高度なコンピュータの様に多くの演算を実行しているモノにも反応するのも、その在り方が高度な精神思考の状態に似ているからと言うことも出来る。」


「・・・・・なぜ其の様なモノを創造主が欲するのでしょう?」

「それは、創造主の存在由来に因る、と推察している。」

「・・・存在由来・・・ですか・・・。」

「・・・・以前聞かせた上位存在との会話ログ。上位存在の創造主に対する情報が欺瞞ではないとした上での考察さ。
あの中には、いくつかの重要なキーワードが存在する。
創造主が珪素系生命である、と言う事。

・・・珪素を基質とし“思考”し、“自己増殖”し、“散逸”する存在。」

「・・・・。」

「具体的に珪素系生命体と聞いて、どんな生命体を想像する?」


以前、地球のような、と言われた事を思い出す。まあ惑星そのものが生命体であることは無いだろうから、巨大な水晶の結晶体でも思い浮かべてみれば良いのだろうか。
全身透明でだったり水銀みたいな金属で出来た人型を思い浮かべてしまうのは、前の世界のSFが影響しているのだろう。


「・・・・想像も付きません。」

「じゃあ、逆に比較の為に炭素系生命体、その進化の歴史を思い描いてくれ。

元々炭素系生命体は地球創生より遅れること6億年ごろに太古の海洋で起こった、と推測されている。
元々は海中に漂う様々なチリや芥から有機アミノ酸が合成され、それがコロイドと成ることで、コアセルベートと呼ばれる集合体に“進化”したと言われ、これを化学進化と呼んでいる。
このコアセルベートから、原始生命が誕生し更に他の同様な存在と融合・分離を繰り返すことで
原始的な代謝を行う共通祖先と言われる状態を経て古細菌にまで、進化したという推論だ。

いみじくも上位存在が言うように、炭素系生命体の最初は正しく“現象”だったわけだ。

そして現象に相応しく、現在で40億年と言われる生命の歴史の内、その80%は微生物の時代だったという。
コラーゲンを得て多機能を有する大型生物に進化し始めるのはホンの8億年前まで待たなければ無かった。
以来、多岐に渡った進化の末に現れたのが、人類。

これは、そのままダーウィンの進化論であり、炭素系生命は交配による遺伝と世代交代、そして変異による環境適合性により、生命として進化してきた。
人間が言語と社会構造によって知識を継承しているように、生物はそのDNAに進化を継承してきたとも言える。


では、珪素系生命体が同じ進化を辿るのか、と言うことだ。


原始地球に於いても珪素は存在した。

だが、炭素に比べて重い珪素は波間に漂うこともなく、海底に沈み、動くことはない。また水中での反応性に乏しく、安易にクラスタやコロイドに成ることが無い。
もし出来たとしても、それも重く沈むから運動性の乏しい動くことのない存在だったと推定される。
そんな珪素系生命は、海洋を母体とした炭素系生命体同様遺伝サイクルによる発生は不可能であった、と考える。」

「珪素系生命は発生しないのですか・・・」

「炭素系生命の様なプロセスでは、な。
創造主が発生したのがこの世界であるならば、物理法則が異なるわけではない。
何らかのプロセスを以て、生命として誕生している。
上位存在の言う、“思考”し、“自己増殖”し、“散逸”することが創造主の言う生命の定義であるとするならば、創造主は珪素を基質とし、何らかの方法でその3つを獲得したと言う事になる。」

「・・・・。」




「ところで、この炭素系生命体の進化に関するプロセスをプログラムの世界の最適化探索手法に当て嵌めたのが遺伝的アルゴリズムと言われる手法であることは、悠陽は“兄さま”に教えられたと思うが、覚えているか?」

「はい。
特定の係数情報群をある種の“遺伝子”と見立て、その交叉により多数の次世代を生成し、目的の適合度を判定する、という手法ですね?
適合度の低い個体は淘汰され、適合度の高い個体同士を交配させて次の世代を生成することにより、複数のパラメータから最も良い組み合わせを早期に探索する強力な手法、と記憶しています。」

「そう、Genetic Algorithm(遺伝的アルゴリズム)は、多点参照型の最適探索手法と言う事で、探索時間が早い手法として知られている。交叉の中に突然変異として全く異質の要素を組み込むことによって目的関数、いわば環境の変化にも追従していける。
様々に環境が変化した地球で炭素系生命が繁栄したのは、そのプロセスが優秀だったから、という訳だろう。」

「・・・。」

「そして、その最適化探索手法の中に、SA(Simulated Annealing)と言う手法が在ることを知っているかな?」

「SAですか? それは“兄さま”には聞き及んで居りません。」

「GAに負けないくらい優秀で、広域の最適解を求めるのに汎用性の高い最適化手法。
アニーリングとは“焼き鈍し”の事で、即ち金属の焼きなましを模した手法なんだ。

今ここに居るのは、殆どが高位の武士だ。
日本刀には些か五月蝿いだろうから、焼き鈍しは知っているだろう?」

殆どが頷いたが、正直オレは知らない。
それ以前に何故今焼き鈍しの話になるのか判らず、きょとんとした顔をしていたのだろう。
オレの顔を見て言いやがった。

「・・・武や鑑の為に簡単に説明すると、鍛造された刀身は鋼の組織として柔らかい状態であり、これを熱処理による“焼入れ”をすることにより、硬い組織に変質させることが出来る。
しかしこの焼入れには欠点がある。
金属組織を急速に冷やし凝固させるため、組織の生成が小さな範囲単位で進行し、隣の範囲との間に不揃いな欠陥組織を発生することになる。
変質した組織は硬いが柔軟性は無く、そして欠陥組織は脆い為、焼き入れした鋼は硬度は高いが靭性のない折れやすい刀身になってしまう。

その欠陥組織を修正し、刀身の強度の増す手法が“焼き鈍し”。
高硬度組織を変性させず、欠陥組織のみを変質させるギリギリの温度まで刀身を再加熱し、靭性の高い粘り有る組織に変質する速度で冷却することにより、脆弱な組織を再変質させ、硬度を保ったまま全体の強度を最大限に持っていく。

――そしてこの過程を事象の最適化に当てはめたのがSAと言う手法。


探索範囲内で一度評価値を求めると、あちこちに局所最適解、つまり鋼で言えば高硬度組織ができている。
そこで探索範囲の変数を変動、いわば組織の再加熱をすることで局所解を融合させ、全体最適解に導く手法といえる。

これは、結晶組織に繰り返し加熱と冷却を行う事で、組織が変遷していく事を示している。」


結晶組織の変遷と最適解?

・・・・・!!

唐突に何の話を始めたのかが、繋がった!


「―――有機物の塊に過ぎなかったコロイドが、数え切れない程永劫に渡る世代交代の中で、自律作用を発揮して変遷したように、もし、偶然生成された珪素の塊に、永遠に近い繰り返し繰り返しの熱が加えられたらどうなるか、と言うことだ。
丁度、SAによる最適化の様に、再加熱凝固と言うプロセスは、やがて結晶中から不純物を析出し、徐々に整えられていく。
それは炭素系生命体が交叉と突然変異により代謝機能や運動機能を獲得していった様に、再加熱の熱量に依っては、結晶化した辺縁も再融解することで全体の構成を再編し続け、半導体アモルファスのネットワークと熱発電機能を獲得していったとしても不思議はない。

現在のCPUに使われている基盤もシリコンに依る半導体、無限の最適化作用により同じようなアモルファスが形成されて変遷して行く。
一方で圧力トランスデューサー等、圧力や熱を電気に変換する素子も水晶系のシリコンで構成されている。
つまりは珪素系の基質は思考素子と発電素子を同時に内包出来る可能性が高い、と言うこと。

永い組織構築の中、何時しか構成された素子で自律的な思考を得たとしたら?

繰り返される加熱と再結晶によって、より高度の知性を有する構造を獲得していったら?」

「・・・・・。」

言葉もない。本当にそんなことが起こりうるのか?




「・・・・その様なプロセスがあり得るのでしょうか・・・?」

「・・・その疑問は、上位存在の言った炭素系生命体は存在しない、と言う事と同じだろう。
発生する確率から言ったら大して変わらないと思う。
とは言え珪素を基質とする結晶は地球上でも十分みられるから普通に存在するし、その化合物としての融点は数100℃から純粋な珪素結晶でも1,400℃ちょい、その温度なら惑星の創生期から十分存在するし、コア付近では数億年以上保ち続ける。
大気を有し断熱性を備えて、且つ内部で放射性元素の崩壊による熱補給が続くと言われる地球型の惑星で言うと、コアの温度は46億年経った今でも6,000Kとも予想されている。
繰り返し受熱する環境は対流等で得られる可能性が高い。熱電素子の獲得による代謝を行うためには、放射性元素かそれこそG元素を取り込んだだろうから、それ以降は周囲が冷えても自律作用で維持をするだろう。
かなりご都合な発現プロセスとも思うが、実際炭素系生命の遺伝による進化だって色々とあり得ないように思える変化が生じている。
特に炭素系生命体に於いては、人類のような高度な精神活動を行う知性を獲得する確率は、極めて低く、それこそ“奇跡”と呼ばれている。
創造主が炭素系生物を“生命”と見做さないのは、恐らく炭素系生命の短いライフサイクルでは知性が発達する時間がない、つまり向こうもそんな確率は0に近いと推論しているからじゃないのか?

珪素系生命体が思考を得る過程として今の物理現象から考えて、最も可能性が高い推論だと思う。

勿論、最初に言ったとおり、ある種荒唐無稽の仮説だがな。


恐らくは創造主が“知的生命体”に成ったのには、炭素系生命がコラーゲンを獲得して大型構造を有する生物に進化したり、人類が言語や社会性を獲得したのと同じ様に、もう一段何らかの進化が在ったのだろうと思う。

このプロセスでは珪素系生命は、何らかの知覚手段は持てると思うが、動作手段や移動手段を持たない可能性が高い。
恐らくなんだが、思考の発達により、ESPやPK、或いは磁力やそれこそ重力場の制御による外界の操作手段を得たはずだ。
そうでなければ作業用ロボットであるBETAを創造することも出来ないからな。」


彼方の言うように、乱暴で、荒唐無稽な推論。
だが否定する言葉もまた、無い。
知的生命体が現れるプロセスとして、ある意味理に叶っている、と納得させてしまうだけの説得力がある。


「・・・・・・最適化というプロセスが、何故最終的に知性を得ることに繋がるのでしょう?」

「さあな。
確かにこの発生プロセスが正解だとすれば、GAもSAも自然界での最適化は、知性を得ることに繋がっている。
それは自然発生的な最適化に於いて、知性を得ると言う事が、宇宙の真理と同じ評価関数なのかも知れないが、では何故進化が起きるのか、と言う疑問と同義だろうな。
俺にも説明できない。
科学だけでは説明できない命題で在る可能性が高い。」

「・・・・。」



・・・・それにしても、なんて奴。

オレが記憶の中から引き出した、上位存在との会話ログ。
たったあれだけ。
その珪素系生命体と言う事から、此処までの考察が出来るモノなのか。

珪素系生命体の発生。

炭素系生命体が、永い遺伝進化の末に人類という知的生命体にたどりついたのと同じ様に、珪素系生命体である“創造主”が永い再結晶進化の末に知的生命体に至った。
その推論は、確かに本人も言うとおり、ぶっ飛んではいたが、不思議と納得出来てしまう。




「では、そんな存在が、何故“変わる力”など望むのでしょうか?」

「・・・この珪素系生命体の発現過程が正解なら、創造主には遺伝子がない。つまりその発生には一切交叉がない
当然生殖も存在しないから、性差も、もっと言えば、進化するのに他者との接触など必要無かったからコニュニケーション手法も存在しない。
まあ、他の珪素系生命体は認識しているらしいから、ESP等の意思疎通は出来るのかもしれないが、基本は互いに不干渉だろう。

思考体の増殖によって思考体個体の分化、更にはことによると散逸するのかも知れないが、元々人間の様に分業する必要に迫られた社会構築も必要なければ、言語も知識伝承も必要ない。
下手すれば、その分化ですらCPUのマルチコア化みたいなものかも知れない。

最大の違いは炭素系生命の様に生命維持に不可欠でありながら天敵である活性酸素もない。
思考そのものの生命維持のためのエネルギーは必要かもしれないが、それも放射性元素やG元素などで自己完結していると予想されるし、移動を伴わない思考だけの維持なら、その燃費は極めて低く、外部からの補給など必要無い可能性が高い。
存在する惑星が地球型なら、惑星コアの温度だけでエネルギーをまかなえるだろう。
・・・・それ故、創造主が宇宙規模の鉱物資源を求めているとは到底思えないんだけどな。

つまり―――基本的に不変で不死の存在。
創造主には死の概念すら存在しないかもしれないイモータルである、と言う事だ。

前に武には言ったが、例えれば、地球は生きていて意識があります、と言うようなもの。
創造主の滅亡は存在する惑星の滅亡と同じだろうし、その際には移動して他の惑星で生き存えることも十分に可能。


そんな、創造主の思考や、気持ちまでは判らないがな。
基質が違い、発現した背景が異なり、その基本概念すら全く異なっても、思考するという点に於いては類似性が存在する、と考えている。

特に高い知性を有した高度な思考を行う者ほど“退屈”を嫌う。
アモルファスとして、思考する回路を得ていると言うことは、常にその構造を変化させる機能を有している可能性を否定出来ない。
思考回路は、常に刺激を受けていないと、退化する可能性がある。
人類の脆弱な脳神経細胞とは桁違いだろうがな。


――――故に、“創造主”は“変化”を望んでいると予測している。


ま、簡単に言えば、変わりゆく限り在る“人類”が潜在的に“永遠”を望む様に、変わらぬ無限の“創造主”が“変化”を望むのは、ある意味極めて自然なことではないのか?」


「「「「・・・・」」」」


誰も何も言えない。
創造主の思考や希望など誰にも判らないのは当たり前だが、思考する者の性として、平時には変化を望み、忙しくなれば平穏を望むと言うのは理解できる。
限られた寿命しか持たない人間が永遠を望むのもまた真理。
“創造主”が彼方の言う通りの珪素系生命体であれば、純夏のような超因果体を求め“跳躍”や“変化”を求めることも確かに自然な事だと思ってしまう。




「で、だ。話を元に戻すと、敵は相手は悠久の知性を有する存在。
そして目的は変化する力を有する人類種。
・・・其れにしては、その重要な“資源獲得”が作業用ロボットであるBETAを送り込むだけ、なんて言うのは粗すぎるんだ。」

「・・・え・・?、ち、ちょっと待った! 何処に話を戻すんだ?」

唐突に話が変わった。
彼方の中では既に色々考えた末の説明だから確立している事項なのだろう。
けれどこっちは、珪素系生命体の成り立ちすら知ったばかりなのだ。
直感的には納得出来てしまうのだが、そこから何が予測できるのか、まだまだ理解が追いついていないのだ。
慌てて復帰位置を確かめる。此奴の考察は多岐に渡るから、現在位置を確かめておかないと、時折置いていかれる。

「・・・最初だ。九條や第5計画派含めて、何らかの妨害が在るかも知れないと言う最初。」

「あ、あ~~、うん、判った。了解。・・・で?」

彼方以外の全員から良くやった、という視線。


「・・・・・じゃあ、ちょっと想像してみてくれ。
例えば、人が有用な酵素を生み出す細菌を見つけたとしよう。
その場合、まずはその抽出手法を探るだろう。

次は?
それは効率を高めることだ。
この目的に対する思考は、基質が異なろうが発現プロセスが違おうが、必ず同じ様な所に帰着する。

故に、もし培養が可能なら培養するだろう。
けれど、その求めるものが特定条件でしか発現しないとしたら?
・・・事実“創造主”が求めるほどの“変化する力”を有する者は、相当低い確率でしか存在しない、と夕呼センセが試算している。
恐らくはそれを考慮しているからこそ、創造主も全宇宙に渡るようなBETAの展開もしているのだから、“効率”を重視しない訳がない。

ならばよりその環境を整えるだろう。
更には発現条件を整えるだろう。

そしてその作業は、人類を捕縛し、適合しない者を捕食するだけの知能しか与えられていない既知のBETAには不可能。

それはつまり細菌の場合なら、対象に直接干渉できる作動体を作って、対象を任意に誘導してしまうということを意味する。
・・・・人が細菌に行う手法としてはウイルスベクターだけどな。」


・・・何かが噛み合った。
同時に全身が総毛立つ。

現在の人類が置かれた状況と、余りにも確かな類似性[アナロジー]



「・・・つまり創造主が最大効率を求めている故、人類にもベクターが存在する、と言う事ですか?」

尋ねる声さえ掠れて震えた。

「――――それが俺の推論に基づく危惧。
相手が複製された二重身[ドッペルゲンガー]なのか、寄生蟲[パラサイト]なのか、洗脳[ロボトミー]級なのかは不明だけどな、傀儡[パペット]級が存在してもおかしくはない。」

またも沈黙が場を支配した。


Sideout





[35536] §59 2001,11,08(Thu) 15:30 帝都浜離宮来賓室 考察 創造主(2)
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/01/04 19:04
’13,04,16 upload ※注意! 説明厨暴発中 苦手な方は飛ばして下さい。
'15,01,04 斑鳩閣下の名前変更


Side 真耶


静まり返る室内。空気の粘度が上がった様に、息することすら気力を要する。
場を支配するのは、疑惑、困惑、と言った戸惑いと、その仮説が正しいときに発生する諸問題への懸念。


「・・・・それは、九條や第5計画派の上層部に、BETAの傀儡が存在する・・・と言うことですか?」

「正確には今地球上にいる上位存在支配下のBETAとは別系統、月か火星の“星系統括”麾下だろうけど。
“傀儡級”・・・今までのBETA呼称に倣えばだが、まあ既存のBETAとは元の成り立ちから異なるだろう。
差詰め奴等は、『人類に敵対的な地球[]起源生命』、Beings of the Intra Terrestrial origin which is Adversary of human race――で“BITA”。BITA目人類属種“傀儡級”かな。
九條、第5計画派、米国政府高官、キリスト教恭順派や難民解放戦線にも居るんじゃないか?」

「「「 !! 」」ムウ、なんと・・・、BETAならぬ“BITA”であるか?」

「・・・然程驚くような存在でも有るまい?
潜在的に人類の存続に敵対する内的存在は今までも居た。
特に文明が成熟してくると、幾度と無く湧いてくる終末思想と同じだろ?
社会構造に絶望したテロリストであったり、来世にしか希望を持てない狂信者であったり、その規模は様々だろうが、な。
広義で捉えれば、アウトブレイクする極めて感染力の強い致死性細菌だって一種の“BITA”目細菌属種だろう。
いっそ“傀儡級”は、“創造主”っていう神に帰依してる、とでも思えばいい。」


『人類に敵対的な地球[]起源生命』と言う存在・・・。成程、意味は理解できる。
しかしそれが外来種であるBETAによって齎されたとなると、まるで理解ができない。あのコミュニケーションすら取れない劣悪な存在との接点が思いつかない。
確かに極一部の狂気とも言える思想として、物も言わず只人類を蹂躙するBETAに断罪の神を重ねても不思議ではない。
BETA禍を“神の試練”と重ねる一派も居る。
圧倒的なBETAに対し、追い詰められた人類が未だ一枚岩でないことは、確実。
だからといって、それがBETA由来だと判断するのは、余りにも理論が飛躍しているとしか思えないのだ。




「―――まあ・・・ちょっと待て、彼方。」


自らの錯綜する思考を断ち切ったのは、斑鳩崇継中佐だった。
彼の率いるのは第16斯衛大隊――連隊に属さない独立大隊で、斯衛軍でも精鋭中の精鋭を集めたある種殿下の親衛部隊。京都防衛戦では、僭越ながら私が副官を務めさせて頂いた。
大隊指揮官ではあるが、近々大佐に昇格する内示が出されている。
新進の五摂家当主でありながら“阿修羅” の異名を持つ京都防衛戦以前から斯衛生え抜き。
その一方で怜悧な頭脳を有する策略家[はらぐろ]とも言われているのが正鵠であることは、良く知っている。
あ奴とは知己であり、私が殿下付御庭番に復帰して副官を退いた後、御前の秘蔵っ子だったあ奴の姉が副官として付いている。
今ではその御子神遥華少佐の事実上婚約者なのだが、その事実を目の当たりにした私は、腹黒も天然には弱いらしい、と初めて悟ったのだ。
以前の邂逅を垣間見ても、あ奴をして一目置く存在なのは確か。


「・・・そう結論を急ぐな。
先刻も白銀少佐が諌めたが、どうもお前は基本説明上手なのに、時折話が明後日の方向に飛んでいく。
・・・・昔から変わっていないな。」

「・・・・かもな。」


あ奴が肩を竦める。


「お前の中では既に熟考されていて、ある程度結論が出ているのかもしれないが、我々には理論が飛躍しすぎているとしか思えない。
幸い今此処には政治・技術・諜報のエキスパートが揃い、当面[新潟]の対応を行う斯衛の司令官も雁首揃えている。
敵の目的を知り、的確に対処するのが防衛戦略の基盤でもあるから、そうそう結論を急がず、キチンとあり得る状況の検分を行いたい。
抑々、お前自身無茶な仮説と評しているのだから、その検証も必要であろう?
一つ一つ“創造主”の戦略を予測し、その対応を吟味したいのだが、異論はあるか?」

「・・・無問題・・、了解。」

「では殿下、並びに列席のお歴々、進行をお任せ戴いても構わぬでしょうか?」


斑鳩中佐が清々しい笑顔と共に確認を執った。









「まず、創造主が我々とは、全く別の進化を辿った生命体であろうことは、異論の挟み様もない。
しかし、その発生過程についての議論は勿論全く行われていない。
まだ“例の会話ログ”が公表できない以上、専門家に依る考察も行えないし、巌谷中佐以外我々では詳細に検討するほど知識を有していない。
その中での彼方の推論であるが、・・・・技術的な観点から見て巌谷中佐は如何ですか?」

「・・・私も生命進化など専門ではないのでね、偉そうなコメントは差し控えますが、生命進化も化学や物理に基づく現象であり、それらが類似性[アナロジー]を持つのは不思議ではない、と考えます。
遺伝による炭素系生命進化のプロセスが最適化アルゴリスムとして使えるなら、焼き鈍まし法と言う最適化アルゴリズムが、逆に珪素系生命進化のプロセスである、と言う考え方も斬新では在りますが、珪素の物理的性質を考慮すればあり得ること。
寧ろ言われてみれば妥当とさえ思えます。
ダーウィンの進化論ですら実証できない永い時間的経過を必要とする経験的理論なので、そうそう実証は出来ないと思いますがね。
根拠といえば技術者としての“勘” ですが、この推論が妙に嵌る[●●●●]事は確かでしょう。
そしてその違いを肯定すれば、上位存在との会話ログにある、創造主が炭素系生命体を“生命”として認めていないかの様な言も致し方ないとも思える。
炭素系生命の我々からすれば、珪素系半導体のメモリーやスイッチングの機能は“現象”であって“思考活動”ではない様に、珪素系半導体を基質とする思考体では、蛋白質と酵素に基づく神経細胞の機能は、余りにも脆弱で刹那的すぎて、“思考活動”ではないとしているとも考えられる。」

「・・・フム、“妙に嵌る”とは言い得て妙ですね。」


斑鳩中佐が全員を見回す。


「・・・異論も無いようであるし、検証は後日専門家に任せるのが妥当でしょう。
この件はこの場で論議する必要性も感じないので、サクサクと次に行きます。

その創造主の目的が、人類の有する“変化する力”であることについては、・・・白銀少佐、先ほどは彼方に口止めされていた様だが何か有るのかね?」

「・・・これは第4計画の中で得た極秘情報なので、夕呼先生の許可が無いままここでその内容を詳しくお話する事は出来ません・・・が、簡単に言えば、BETAが特定の対象を最優先した“とある事実”が観測されている、と言う事です。」

「・・・成程、推論が事実により証明されているのか。
しかし、創造主の“目的”が人類に付帯することと、その人類さえ喰い荒らすBETAの行動は必ずしも一致していない、とも見えるが?」

「・・・同じ疑問をオレも以前抱きました。
しかしBETA由来の素材として、人間の精神にも干渉できるバッフワイト素子の存在が確認されています。なのでBETAは大凡の範囲で、“対象”、乃至、“対象の高確率候補者”を補足できると推定しています。
また、上位存在との対話の中で人類を“兵士級の素材”としていることも聞き及んで居ると思いますし、更にはBETAが自らの活動を維持するために求めるG元素は、炭素系生命体の基礎である蛋白質に僅かですが土壌よりも高濃度で蓄積される事も判明しています。
その為、確保対象ではない人類を含めた炭素系生物を優先的に侵食していくことは、創造主の目的となんら矛盾しない、と第4計画は考えています。」

「・・・人類に対するBETAの行動にも矛盾しない、と言うことか。」

「・・・つまり、BETAにとって、創造主の目的、自己の増殖、いずれにせよ人類は捕獲対象、と言う事なのだな。」


斉御司大佐の追認に、白銀少佐が頷く。
その遠まわしな言い方に、何かと気付くことも在るのだがここでそれを突くのは僭越であろう。
国連計画である第4計画は、立場上飽く迄“協力関係”であり、彼らが国連軍所属として動く以上、詳しく話せない、と言う言葉は尤もである。


「・・・何れにしろ、この2点に関しては、彼方の推論が最尤仮説、と言う事は異存がないと判断します。

・・・で、だ。」


斑鳩中佐は、改めてあ奴に向き直る。


「・・・問題の創造主が摂っている戦略なんだが・・・、表向きBETA一択に見えるのだが?
少なくともお前の言う“傀儡級”仮説に、俺は個人的に疑問を持っている。
・・・その観点から榊首相、鎧衣課長は政治的・諜報的観点からいかがですか?」

「そうだな・・。
・・・・・忌憚ない意見を言わせてもらえば、ここのところの白銀君や御子神君や活躍で、第5計画派が大きくその存在意義を失ったことは確かであろう。
殊にG弾に大きく傾注していた米国軍のドクトリンの崩壊、それに引きずられていたATSFに基づくラプターやアヴェンジャーすら尽く打破された事態は、米軍の在り方そのものを再構築する必要性を突きつけた様なモノだから、相当だろう。
これは米国政府や軍上層部が、御子神君の言う“傀儡級”で在ろうが無かろうがいずれにしてもだ。

だが一方、今や世界で唯一の超大国であり人類の趨勢を担う、と言う自負や意識まではそれ程簡単に変わるまい。
故に今、米国と言う国の対BETA戦略の代名詞でもあった第5計画を瓦解させるわけには行かないだろう。
確かに根拠ある指摘に、バビロン作戦も移民計画も完遂不可能であることを、上層部は理解しているであろう。
しかし、第5計画に変わる代替案、米国の威信を賭けた次善案が直ぐに提示できない以上、今回の第5計画派の対応は、表向き計画を維持し、その為に移民計画を擁護した、と言う見方もできる。
特に移民計画に賛同する国内外のスポンサーを失うわけには行かぬ故に・・。

そして、帝国に対するクーデターに関しても同じことが言える。
元々その目的は、帝国を再度太平洋に侵攻するBETAの堤防とし、一方で第5計画発動の障害であった第4計画の打ち切りを狙っていたのかも知れないが、第4計画がXM3と言う成果を出し、G弾の運用に障害が発生したことで、その内容を変更した可能性が高い。

要は第4計画の出した成果の乗っ取りだ。
正面から第5計画派が第4計画に擦り寄ったところで、あの香月博士が執行責任者なのだ。今更米国が入り込める余地など毛ほどもあるまいて。
ならばクーデターにより帝国の実権を奪取し、“横浜基地”そのものの掌握を狙うのではないかね?

何より帝国内でもここに居る者を中心とした一部を除けば、国連横浜基地は米国の傀儡だと思っている者が大多数。それがいつの間にか本当の“傀儡”になっていても誰も疑わない。
親米派と見做され、クーデターの標的と成っている私同様、横浜基地が襲撃されても不思議は無いと思うがね。
自国の利益の為なら、警告もなく友好国にG弾を打ち込める国なのだよ。

穿った見方をすれば、それすらも“傀儡級”の仕業だと言えないこともないが、そんな存在が無くても、今の第5計画派の動きは不思議ではない、と言うのが私の見解だ。」

「フム・・・。“傀儡級”存在の可能性の否定は出来ないが、必ずしも確定ではない、と言う事ですね。
・・・鎧衣課長としては?」

「・・・私も榊首相の意見に賛成だ、斑鳩崇継中佐。
“傀儡級”の存在が無くても今回の新潟合同演習では、第5計画派が第4計画派の力を削ぐために襲撃を行う可能性があると先にも言及したが、かの国の面子を考慮して第4計画の接収も視野に入れる必要があるとなると、本来第5計画派に連なる総合参謀本部は逆に“横浜”と“帝国軍”の接触を懸念すべきであろうな。
横浜が“帝国軍”に“信頼”を得てしまっては、先の榊首相の予想した第5計画派の目論見が崩れることとなろう。
それを承知で統合参謀本部が合同演習を承認した以上は、“横浜”と“帝国軍”の間に決定的な溝を刻む、それが九條の狙いと言えることとなり、何らかの妨害工作が発生する事は必至、と愚考する。」

「・・・つまり統合参謀本部が承認した以上、第5計画派の襲撃はその方向で起きる可能性が極めて高い、と言うことですか。」

「・・・ウム。
その一方で、もし私が“傀儡級”で在ったなら、と考えると、今回の新潟合同演習は“様子見”に徹するのが基本であろう。
第5計画派のプランが果たしてBETAに取って利するのかどうか、が判らないのだよ。
一方で既に死に体とさえ思われていた第4計画の復活は、しかし、現状表向きは“XM3”と言うスピンオフだけ[●●]なのだ。
こちらもどれほどのBETAに対する脅威になり得るかは未知数。
しかし、第4計画の成果はそれだけではないかも知れない、と疑うのは当然であり、その意味でも今回の“新潟合同演習”は注目の的とする。

此処でスピンオフというのは、通常企業の内部アイデアによる分業化を指して言うが、科学技術分野では特定の分野で開発された技術を他に転用する事を示す。因みに同じような意味で使われることの多いスピンアウトは自動車レース等で勢い余ってスピンし、コースを外れることを語源にするため会社内部ではなく独立することを示す。後者を此処で使うのは妥当ではない事は理解いただけると思うが、いずれの表現でも本体に勢い[●●]がつかなければ、スピンなど起きようもなく、スピンオフもスピンアウトも発生しないだろう。
・・・おっと、殿下の御前にて余計な蘊蓄は些か失礼でしたな。

もといXM3がスピンオフしたと言う事実は第4計画そのものにも何らかの進展が在った、と推測できる。
XM3を駆使し、AH戦で驚異的な戦闘能力を示したシロガネタケルや御子神殿は第5計画派に取って相当の脅威であっても、果たしてBETAに対しても脅威と成り得るか、が“傀儡級”の見極めるべき問題と成る。
故に、私が“傀儡級”で在ったら、それを確認するために合同演習を承認するだろう。」

「・・・“傀儡級”が存在する場合は、新潟合同演習での“襲撃”はないんですか?」

「・・・そう都合良く判断するのは危険と言うものだ、シロガネタケル。
状況は錯綜し、各陣営の思惑や陰謀は複雑に絡み合っているのだよ。
“傀儡級”が存在したとしても、それとは違う軸で榊殿の言う米国覇権を維持したい者たちが動く可能性だってあるのだ。
そしてその事に“傀儡級”は頓着しないであろう。

諜報から言う“傀儡級”たるものの目的がBETAの侵攻を進めその優勢の維持であるなら、観点は一つ。
第4計画が、今のBETA優位の状況を覆すだけの力を有するか否かなのだよ。

現実に第4計画は、オリジナルハイヴを殲滅し、返す刀で佐渡ヶ島を奪還する、という計画を立てている。
その言を実行する“力”があるのか、正直私にはまだ見極められていないが、少なくともシロガネタケル・御子神殿、両君はその積もりでいるのであろう?

その情報こそが第4計画の肝。
今回の合同演習であれ、普段の生活であれ、死守すべき一点だ。

それが判って居るからこそ、御子神殿は我々にすらなかなか全てを明かさない。
歯がゆくもあったのだが、“傀儡種”なるモノまで警戒していたとは思わなかったがな。」

「・・・そんなんじゃない。
単に俺自身がまだ[●●]BETAを駆逐する手管に至っていないだけだ。」

「ウム・・・そういう事にしておきますか。
何れにしろ、御子神殿の戦略が完成した時点、現在の状況を一気に引繰り返す力がある、と知れたとき、私が“傀儡級”であれば、それこそG弾を再度横浜に撃ち込むくらいの暴挙を使ってでも、潰しに掛かるであろう。」


「・・・・・・フム、流石ですね。
唐突な彼方の仮説に対して、この短時間での深い考察はお二方とも改めて敬意を表します。
しかしその叡智を以て、政治的パワーバランス、諜報の観点からも現状“傀儡級”の存在は肯定も否定も出来ない、と言う事に成りますか・・・・。
但し今回の新潟合同演習は、いずれにしろ何らかの襲撃が発生する可能性が極めて高い、と。

で・・・彼方としてはどうなんだ?」


一人瞑黙していたあ奴に、再度斑鳩中佐は言を向けた。







「・・・・・・別に証明出来ない自説に拘泥し、それを他者に強要する気はないから、各々が考えるキッカケになるならそれでいい。
正直米国の面子なんていう要素、完全に失念していたしな。
ただ・・・。」

「・・・・ただ?」

「・・・前提が少し違う。・・・・・俺が想定する相手は飽く迄“創造主”ってだけだ。」

「お二方の推察もそれに沿ったモノだと思うが、なにか違うのか?」

「創造主をどの程度に捉えているかは各人の自由だが・・・マジで神チート級なんだぜ?
―――――俺は絶対“創造主”とは接敵しない、正面から当たるなら逃げるね。」

「「「・・・・・。」」」


―――傍若無人を人型にしたようなあ奴が底まで言うとは・・・。
創造主をどの様に捉えていると言うのだ?


「ま、此方には来ないのが救いだけどな。」

「・・・どういう事だ?」

「・・・上位存在が言ってただろう?
資源回収のために創造主が作って送り出した存在、それがBETA。
その数は、計算上10の37乘だと。」

「全宇宙に蔓延しているのだろう?・・・その全てを相手にする必要はあるまい?」

「・・・兄貴、自分で言っていて認識[●●]しているか?
“創造主”は、BETAを全宇宙に蔓延させるだけの能力がある[●●●●●]存在だってことを。」

「・・・・・え?」

「あ・・・・・!」


斑鳩中佐が固まる。
他は、キョトンとしている。
・・・正直私もあ奴が発した言葉の意味が解らなかった。


「・・・・・・そう云うことか・・・」

「! 判るのか? 崇継?」

「・・・・・恐らくですが。」


暫し思惟に押し黙った斑鳩大佐の落としたつぶやきに、斉御司大佐が反応する。
その問に苦笑いで応える斑鳩中佐は、心なしか引き攣って見えた。


「・・・・つまり、宇宙は創生以来ずっと膨張[●●]しているんです。
観測された事実を元に、その膨張速度は遠く離れた天体ほど早くなる事が分かっています。
尤も、宇宙の誕生や構造について今は量子物理学とも絡みあい未だ解明されていませんが、それでも観測された事象と今の理論で言えば、宇宙は全ての場所で同時に、今はほぼ均等に膨張している、と考えられています。
そして地球を中心とした場合、観測できる最も遠い“辺縁”で、確か465億光年の彼方。」

「「「・・・・・。」」」

「・・・正直数字が大きすぎてイメージが追いつかんのだが・・・。465億光年・・・・想像の埒外だぞ。」

「・・・認識が追いつかないのも致し方無いか、と。
と言うのも、その一方で宇宙開闢は、膨張の測定や宇宙マイクロ波背景放射観測等からほぼ137億年前と推測されています。
宇宙の創世期やその前後の姿は、諸説あるものの有力な理論構築さえ出来ていないので、置いておきますが、インフレーションやビッグバンと言われるモデルが示すように、現在この宇宙全体が膨張しているのは観測結果からの事実です。
因みにビッグバンと言うと、何処かの爆心地[グランドゼロ]を中心に宇宙が爆発したように思うかも知れませんが、時間と空間の境界さえ無い状態から何らかの激変が生じ、時空間を有する宇宙が生成された、と考えられており、ビッグバンはその際生成された空間のあらゆる場所で起きた、つまりは全宇宙空間が同時に爆発的膨張を始めた、とイメージするほうが概念的に正しい様です。

この空間の膨張は全ての宇宙で同時に起こっているから、先程の様に地球を中心として考えても問題ないと言えます。これは宇宙のどの地点を観測点としても、そこを中心として137億年前に宇宙は膨張し始めたという事になります。

そして137億年経った今、その中心から辺縁[●●]までの距離が465億光年。

これは、辺縁が平均すると光速の3倍[●●●●●]以上の速度で膨張している、と言う事になります。」

「!!・・・それは、相対性理論を始めとする物理法則に矛盾するのでは無いのですか?」

「・・いえ、光速と言うのは、“空間”の中を物体が進む理論上の最高速、と言う事に成ります。
宇宙の膨張は、空間そのものの膨張なのでその限界は関係ありません。
実際他にも、空間自体が歪んでいるとされるブラックホールでは光の速度を無視した現象が生じると推測されています。」

「・・・では何故、光速の3倍で遠ざかる465億光年彼方の天体を観測できるのですか?」

「今、我々が観測できるのは、実際は137億年前の辺縁天体の姿です。その天体は、今現在[●●●]は465億光年彼方に離れていると計算される、ということでありこの辺縁を“宇宙の地平線”と呼びます。
つまり半径465億光年の球体、それが地球から観測できる範囲なので“観測可能な宇宙”と呼び、通常天文学で指す“宇宙”とは、この“観測可能な宇宙”を指します。
観測限界である“辺縁”は一種の“宇宙の果て”と言う事になりますが、実際に観測もできませんが更に宇宙は広がっている、と考えられています。」

「「「・・・・・。」」」

「・・・流石に崇継は宇宙に憧れて、一時は宇宙軍を目指しただけ在るわね。」

「・・・御前はご存じでしたね。宇宙を目指そうにも生まれたときには、既に月基地も放棄されていましたから。」


斑鳩中佐が宇宙関係の話を理解しているのは、そういう背景も在るのか。
五摂家の当主と成られた今、宇宙に飛び出すことは叶うまい。
BETAによって閉ざされた人類の“宇宙[そら]”。
想像もつかない遥かな宇宙から到達したBETAという敵対存在。


「ムウ・・・・成程、それでは以前接見した折、白銀武が申した“BETA”の存在密度の元となる“宇宙に存在する恒星数”も、その “観測可能な宇宙”を基礎とするものであるのだな。」


白銀少佐も頷いている。
閣下の指摘される様に、確かに以前、同じこの浜離宮で説明された時、一恒星系当たり100億のBETA存在密度、と言っていた気がする。


「・・・実際の“全宇宙”がどれほどなのか、様々な推論はありますが、観測出来ない以上検証は出来ませんから、通常言う宇宙とは、“観測可能な宇宙”を示すのです。」

「・・・それを遥かに上回るBETAの増殖率を設定した、と言う事は創造主が“宇宙の地平線”を越える事を想定した、と言う事ですね?」

「・・・過剰設定しただけ、と言う事はあり得ないのか?」

「・・・可能性が無い訳じゃありませんが、御前はその楽観的観測を控えた方が宜しいですよ。
と言ってもそれが一方で御前の魅力であり、強みでもありますが、ここは最悪を想定すべきです。」

「・・・・うむ、崇継に口説かれたと遥華に報告しておく。」

「ごめんなさい。」

「いきなり謝罪とは釣れないなヘタレめ。タケ坊を見習えとは言わんが・・・まあ、いい。
その最悪の想定とは?」

「・・・オレも漠然と全宇宙に蔓延、と捉えていましたが、これは改めて考えてみると飛んでもないことなのです。
創造主の増殖率設定が“妥当”であり、且つその“実行能力”を有すると言うことは、今言った“全宇宙”が“観測可能な宇宙”で在ったとしても、光速を超えるワープ等の空間跳躍さえ可能としていると言うことであり、それはそのまま“宇宙の地平線”に至れるということ。
地平線に至ればそこには、ここからでは観測できない隣の観測可能な宇宙[●●●●●●●●●]が広がっていると言うことであり、創造主が設定した増殖率が妥当性を帯びてくる、と言う事になります。」

「・・・“観測可能な宇宙”にBETAを蔓延させるだけでも、超光速が必要、と言うことか・・・。」

「辺縁は光速の3倍以上で遠ざかるのですから、光速で追いかけても追いつかないのはあたりまえでしょう。」

「「「・・・・・。」」」 

「・・・・前提が違うと言ったのは、そういう事なんだな、彼方。
お前がが想定する“創造主”は、その宇宙の辺縁にまでBETAを到達させ、“観測可能な宇宙”を超えていくだけの途方もない技術力と、それに相応しい“合理性”を有している、と。」

「・・・少なくとも現実に人知の及ばない宇宙の彼方から太陽系にもBETAを送り込み、重力制御までモノにした“知的生命体”が著しく合理性を欠くと考えるのは、余りにも人類に都合よく楽観的すぎるだろう。
しかも、創造主はそれを行えるだけの、“時”もある。」

「・・・・“時”? ・・・ああ、光速度程に速度が違えば浦島効果で、“時間”の進み方も変化すると考えられる、と言うことか?」

「・・・影響を受けるのは、放出した“BETA”だけだろう。
本体が全宇宙を回るわけには行かないからこそ、自己増殖型の回収装置であるBETAを作った。
けれど本体が動いてしまえば、帰還するBETAと時間が合わなくなる可能性が高い。
故に本体は動かず、此処に来ることはないと高を括っている。
・・・だが、BETAを待っている創造主は、相当に気が永いってことだ。」

「成程・・・。」

「・・・・・・まだ何かあるの?」

「幾ら超光速の跳躍が行えるとしたって、物理則から言って時を戻ったり、数億光年を一瞬で跳べたりするとは思えない、と言うことです。
広さが半径465億光年の“観測可能な宇宙”を探索するだけで、恐らくは数億年から数10億年、“全宇宙”を含めれば数100億年かかるはず。
逆に言えば、。創造主は、その時間を生きる、或いは既に生きてきた正にイモータル、と言うことになります。」

「「「・・・・・。」」」、

「・・・・創造主とはそれだけの存在[●●●●●●●]
空間跳躍の可否は置いておいても、BETAみたいな質量体を光速で移動できる科学技術を有するだけで十分に脅威。
資源回収に惑星上の微生物が邪魔ならば、得意の重力制御で小惑星の一つでも落とすプロセスをBETAに組んでおけばそれで済む。
人類なんぞ、その衝突[ジャイアントインパクト]で発生する音速を遥かに超えて地球を何周もする衝撃波と、大海崩を軽々凌駕する高さの地殻津波[●●●●]で2日も保たない。」

「・・・何時でも殲滅する力を持ちながら、それをしない。
相手を想定される科学技術に相応の合理性を有する知性体と考えれば、今のBETAによる侵略は余りにも稚拙・・・と言う事か。」

「・・・ああ。
抑々、創造主の目的は“変化する力”と言う人的資源。別に他星系の生命・・・創造主に言わせれば現象だが・・・を絶滅させたいわけでも、惑星を破壊したいわけでもない。
創造主に合理性があれば、回収にかかる時間はともかく、効率はなるべく上げたいところだろう。

夕呼センセが言うには、“変化する力”の発現は人間の意識活動に依存し、その確率は概算したところ10億に一つ、だそうだ。
しかも、素質は在っても発現するがどうかは不明。
・・・そんな稀少な“目的”の発現確率を、少しでも高めるとしたら、どうする?」

「・・・・・・・それは、その力が、人間の、特に精神的な力が最も大きく発揮される状況、と言う事かね?」

「・・・! まさかっ!?」

思いついたその状況に表情を変える周囲と斑鳩中佐の声に、あ奴は頷いただけだった。


Sideout



Side 純夏


わたしは、彼方くんの仮説を黙って聞いていいるだけだ。
ここに居る方々は、記憶的には知っているけど、現世では皆高位の武家様や政府高官。
勿論この世界のわたしを知っている紅蓮閣下[師匠]斉御司大佐[お姉様]は変わらず接してくれるけど、任官したばかりの少尉でしかないわたしなんて、在席しているだけでも冷や汗もの。
タケルちゃんの後ろに控えてそっと軍服の裾を掴んでいる。

とは言え、彼方くんの仮説に思うところがないわけではない。



「・・・確かに、人類の技術を発展させてきたのはある意味戦争であり、人は極限状態にあって通常以上の能力を発揮することが知られているが・・・、その状況を敢えて作り出している、と言うことか・・・。」

「むう・・・!」

「・・えげつないわね。」

「・・・被検体に何らかのストレスを与えて特殊な酵素を造らせることは、人間も細菌や微生物に対して行うと言いますな。
創造主が特にエゲツナイと言うことではなく、“合理的”に“効率”を求めるなら普通の手法、かと。」

「・・・成程、創造主にとっては、人類なんぞ細菌扱いであったな。」

「・・・もしこれが“傀儡級”の仕業なら・・・もっとエゲツナイ方法も進行中。」

「・・・?」

「・・・第5計画派が、なんで移民計画の方を重点擁護してきたかと思ったが、そういう事[●●●●●]なんだろ。」

「「 ? 」」



・・・やっぱり、そうなのかな?

わたしは、掴んだタケルちゃんの軍服を強く握り締める。


今わたしのもつ記憶は、無意識領域に散らばっていた、タケルちゃんの全てのループに置ける“私”の記憶の集合体。
00ユニットだったときは、無意識領域に繋がってその記憶を得た時にひどい頭痛に悩まされたけど、先に意識を確立し、アストラル思考体を使う事を教わったわたしには、今の“森羅”で同じ事を行なっても全然平気。
“無意識領域”の実効的な力を意識的に行使することは出来ないし、危険だから試そうとも思わないけど、思索を拡大し、他の00ユニットに繋げてその思考領域を内的に得ることは問題ないらしい。
前の世界でもやっていたし・・・。
というか、それを自分のアストラル思考体でやっちゃう彼方くんの方がよっぽどチートだとは思う。

話が逸れちゃったけど、兎に角、今のわたしには、タケルちゃんが傍系記憶という、“1周目”のループでの記憶群が存在する。
実際には、結局シリンダーから出られなかったわたしの“無意識”が繋がっていたタケルちゃんの記憶を共有していた、と言うのかな。
タケルちゃんを通してわたしが見たわけではないので、専らタケルちゃん主観の記憶なのだけど。

タケルちゃん自身は、なるべく触れないように一種心理的自己暗示でロックしているらしくて、思い出さないようにしているみたい。
まあ、冥夜を始めとして、いろんな女の子としちゃってる時の感覚や気持ちなんかも実は在ったりするからタケルちゃん的には気まずいんだろうな。
なので、実はわたしの方が色々と鮮明に認識していたりする。
わたしとしては、そこはもう無問題なので、寧ろその記憶によるプロファイリングなんかをしちゃって、どうやって皆と仲良く[●●●]するか、画策してたり。
・・・・00ユニットって便利だし、霞ちゃんだってもう共犯だから気にしない。

なにしろわたしにとっての“2周目”の記憶は、タケルちゃんが因果導体から開放された為に、桜花作戦で皆を喪ったところまでしかないのだから・・・。
喪うくらいなら、皆仲良く、を目指す。
異論は認めないのだよ。


あ―――、また逸れちゃったけど、実はその“1周目”の記憶群に在るんだよね・・ヤバいのが。

それは、発動された第5計画移民船にタケルちゃんが選ばれたパターン。
これはタケルちゃんに取っても相当な記憶らしいし、最期はその記憶すら弄られたらしくて、乗船以降の記憶全体が曖昧で支離滅裂なんだけど。
タケルちゃんの中では、余り役に立たない曖昧な記憶としてロックされ、認識しても居ない。
でも、そこにある断片的な記憶は、わたしがシリンダーの中から見た、[おぞ]ましく歪んだ景色と同じだったりするのだ。

・・・・これは、確実に今彼方くんが想定している状況だ。




「!・・・ムウ、それはつまり、“蠱毒”、か?」

「「「 !! 」」」

「?・・・コドクとは、何の事でしょう?」

「・・・正直殿下には申し上げる事すら憚られますが、・・・古代から用いられた呪詛の手法です。
元々毒を持つ虫を多数瓶に閉じ込め土に埋めておくと、やがて中の蟲は共食いを始める。
その中で最後迄生き残った蟲が最も強い毒と生命力を持つとされ、その蟲を使役して相手を呪う外道の術。
古代に於いて広義では蛇や狐、あるいは人を用いた例もあるとされています。」

「 !! 」

「・・・選ばれた人類、隔絶された空間・・・か。
ちょっとトラブルが発生すれば、瞬く間に諍いが発生し、“人蠱”の式が成立するのです。時を経ず相克がはじまりましょう。
ある意味、地球上もバビロン作戦が決行されば同じような状況に陥るかも知れませんが、今の10億人から厳選された10万人を選ぶのであれば、追いつめられて“覚醒”する確率は高くなるでしょう。
そして末にたどり着くはBETAの巣・・・。

・・・して、鎧衣課長、移民船関連の計画・資材の発注等は現状止まっているのですか?
もし停止、乃至、緩やかに減速しているなら、榊首相の仰るとおり、米国威信派が第5計画を維持する為のポーズであると言えるでしょうが・・・・?」

「・・・・・・そう言う意味では、今のところ移民計画は止まって居りませんな。
減速どころか、例のBETA汚染疑惑以降、大幅に加速しております。」

「!!・・・・・・。」




・・・・ヤバい。ヤバ過ぎるじゃん!

BETAさえ潰せば世界を変えられるって思ってたのに・・・。

確かにここ数日の彼方くんが煤けて見えたの、判る気がする。

前にも初期設定でいきなりラスボス対決させんじゃねーって思い、ノーダメージクリアを強要する裏ボスが“世界”って、なんじゃコリャーだったのに・・・。

この上、わけの分からない“BITA”とか“傀儡級”とかいう隠れボス[●●●●]設定なんて、クソゲーすぎる!


「・・・・所詮、傍証に過ぎないから、所詮確定など出来ないんだけどな。」


彼方くんはそう言うけど、慰めにもならないよ。

うぅ、空気が薄ら寒くなっていくみたい。

創造主はトンデモナイ奴で、地球に来ないのはいいけど、そのイメージが鮮明になっていくにつれ、ミッションクリアの難易度が上がっていく気がするよ。


Sideout


――――――――――――――――――――――――――――――
※ごめんなさい
 この章で考察終了の筈が、ふと気付けば26,000字に達しており、やむなく分割投下。
 残りは明日、投下出来るといいなぁ・・・。




[35536] §60 2001,11,08(Thu) 16:00 帝都浜離宮来賓室 考察 創造主(3)
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/02/03 21:19
'13,04,18 upload  ※遅延謝罪・冗長注意 ・・・文才の無さは今更です
'13,02,03 誤字修正


Side 純夏


彼方くんの移民船“蠱毒”疑惑に、よっぽどわたしは蒼い顔してたらしい。
だってあり得る未来の一つとしてそれが事実だと知っているわたしには、そんな裏が在ることが衝撃的。
タケルちゃんが気づいて、手を握ってくれた。
・・・そこに存在する温もりに安堵する。
あんな目に遭うのはわたしだけで十分、大事なタケルちゃんをあの状況にするわけにはいかない。

彼方くんもそんなわたしに気付き、少しバツの悪そうな顔をした。
寧ろわたしの様子から、移民計画が本当にヤバいと言うことが判ったのだろう。



「・・・とは言え、移民計画は当面置いておくしか無いが・・・。
創造主は、力押しのBETAを全面に置きながら、何らかの傀儡級を作り、“目的”を回収する対象の生物を追い込み、“力”が発現しやすいように誘導している、と言うことか・・・」


漸く斑鳩中佐が自分を納得させるように言う。


「創造主は炭素系生物を生命体として認めていない、と上位存在は言っているが、その反面何らかの防衛反応をしてくることは想定している。
傀儡級の有無に拘わらず、BETAにも“災害”に対する“対処”が組み込まれているわけで、創造主が最初から動かない岩石だけを対象としていないことは、明白。

なにせ探索範囲はこの広大な“全宇宙”。
その中には、人類のようにBETAにとっての“重大災害”を引き起こす対象もいれば、更に科学技術が発達し、あるいは強力なPK等の超常能力を有していて、もっと激しい“甚大災害”や“激甚災害”を引き起こし、BETA如き容易く駆逐する力を持った対象だって在るかも知れない。

それでいて、圧倒的な技術力を背景に一方的に殲滅しても、“目的”は得られず、何の意味もない。
その為に必要なのが・・・・。」

「・・・諜報活動、と言うわけですな。」


間髪入れず鎧衣課長が返した。


「・・・どんなレベルで、何が出てくるか判らない“対象”に対応し、“目的”を最大限得られる状況に追い込むには、対象の内情を何も知らず闇雲に侵攻するなど非合理。
当然相手を綿密に調べ、そして戦略を決めるのが常道・・・と言う事ですかな。」

「・・・人間だって戦争であれ、政争であれ同じこと、ですか。
情報を制したものが闘争を制するのは、古今東西変わらない真理。
細菌から有効物質を抽出するためには、まずその可能性を確認し、効率的に回収する手法を模索し、誘導体[ベクター]を用いてコンディションを整え、そして抽出する様に・・・。
それが最も合理的で、効率が高い、と言う事になりますね。」


鎧衣課長と斑鳩中佐の言葉に、彼方くんは黙って頷く。


「・・・・・・・・・君の言う理屈は重々解る。・・・だがしかし、本当にそんな存在が実在するのか?」

「じゃあ、ちょっと考えてみてくれ。」


続く榊首相の問に、彼方くんは、質問で返す。


「・・・BETAの喀什落着最初期、ヤツラの戦略と言えばとにかく物量だけ。
当時は飛び道具も持たず、特殊な能力を持つわけでもない。

月面基地[ルナベース]で苦戦したとは言え、月での人類側は補給体勢さえままらなず、一方のBETAは無酸素で動けるアドバンテージが大きかった。
逆に補給を気にせず戦える地表では、対等どころか誰も苦戦するなど思わなかったわけだ。

其れなのに、開けてみれば何故かBETA優位に状況は推移した。

気がつけば今、ユーラシアをほぼ丸ごと占拠され、世界人口の8割以上を喪い、人類はあと10年とさえ言われている。


―――何が起きた?

こうしてみるとこの30年のBETA大戦。
余りにもBETAに都合よく侵攻が進んでいると思わないか?」

「「「・・・・・。」」」

「・・・一例を挙げれば、本格的な侵攻の始まったオリジナルハイヴの落着・1973年から、第4計画が開始される1995年までの22年間、人類は世界人口の半分とユーラシア大陸の大部分を喪った。
その22年間、世界を護る事を主導すべき国連の主要な計画が、実質オルタネイティヴ3だけ。
1981年に漸くバンクーバー協定発効したって実質変化なし。
目的、費やした年月・費用、人命、そして得られた成果、・・・少なくとも人類の取るべき戦略として、余りにもおかしくないか?
計画を主導したソ連に至っては自国の領土をほぼ失い、自国民の9割以上が喰い散らされる中で、計画の目的が“コミュニケーション”だぜ?」

「ムウ・・・」

「・・・既に過去の事だし、確かに忘れ形見として稀有の才能も生み出したから、全否定はしない。
それでも、もう少し遣り様があるだろう?
客観的に見れば、何者かにミスリードされて居たようにしか、思えない。
・・・・その“コミュニケーション”を利用してBETA技術の鹵獲が可能だ、とか言われてな。」

「「 !!! 」」

「・・・その事を含め、実際BETAの侵攻は最初から出来すぎなんだ。

まず、オリジナルハイヴの落着地点が、これ以上無いってくらい絶妙[●●]

共産主義国家間の国境付近で、世界の紛争地域である、アフガニスタン、カシミール地方にも隣接し、その先にはイラン。更には当然油田地帯であるペルシャ湾。
この時点で近隣広範囲に多大な影響を及ぼす可能性が高い戦略核はまず使用できない。
内陸で海からも遠いことから、船舶による大量派兵は出来ず、更に南は昆侖、北は天山山脈、東はタクラマカン砂漠という地理的条件であり、大量陸送も極めて困難な地域。

一方では既に火星や月で得られた情報から、BETAの保有する技術が人類より高いことは伺われている。
月での戦闘を見てもBETAには戦略など有りそうに見えず、攻撃は只管物量だけだという情報。
無尽蔵に湧いてくるような物量に対し、月面基地は限られた人数でありながら、1967年から1973年に基地の放棄を決定するまで、6年半も拮抗していたんだからな。
当然、その技術を是が非でも鹵獲したい中国は、国連の支援を断って単独での攻略を敢行した。
結果的に初動が不足し、戦術核程度では破壊できない強固なハイヴ構造を早々に構築されてしまった。

月面戦争の資料の殆どが何故か消失していて検証のしようも無かったが、BETAがハイヴを拠点とすること、それを構築する速度、そしてハイヴ構造が戦術核にも耐えられる強度を有するって事すら、地球侵攻が始まるまで誰も調査せず、その認識も持って居なかったと言う事になる。
実際今以て月にあるハイヴの数や規模すら判っていない。
実質的に月面基地を奪われ、相手を“敵対的”、と位置づけながらあまりにも迂闊。
オルタ1やオルタ2が在ったにも拘らず、BETAそのものの構造やコミュニケーションに興味が向いていて、BETA全体の取る戦略という意味での調査が圧倒的に不足しているとしか思えない。

それでも中国は頑なにハイヴの単独撃破を狙ったが、遂には航空戦力に対応した光線属種の出現により、制空権どころか、戦略核を含む航空兵器全てを完全に封殺されてしまった。」

「「「・・・・・。」」」

「・・・ああ、ついでに言えば、BETAが落着した1973年は、推定だが世界人口が丁度50億人に達した年、だそうだ。

これらを考えると、月での膠着、地球へ侵攻したタイミング、場所、全てが一つの戦略に見えるのは俺だけか?。

・・・課長は諜報のエキスパートとして、どう思う?」


指名された鎧衣課長は苦渋を滲ませる。


「・・・・・・・・・・相手はBETA故、情報戦など無いと頭から否定していて、今の今まで思い至らなかったのが正に汗顔の窮み。
言われてみれば情報戦として見た場合、人類側の対応は余りにもお粗末で、逆にBETA側は当時の地球の国際関係、社会情勢や地理的条件まで鑑み、落着時期、落着位置、その後の侵攻に至る戦略構築していた、と言われてもおかしくないですな。
創造主の使う数字が十進数とは限りませんが、先の香月博士の試算による10億分の1と言う確率と、逆に地球上で100億に達すれば人類的にも人口過剰と考えられる状況から言えば、5という数字は得られる目的の期待値として妥当。
それすらも地球の面積規模や食料生産能力から人口が飽和するポイントがBETA側に事前に知れていたと言う事に他なりますまい。
そのスレッショルドに達するのを予測した上で、侵攻を開始した、と言っても過言ではない。

落着前の情報戦で初手を完全にミスリードされた中国は、その失地挽回もあり、その後も中国は同じ共産主義国家であるソ連とだけ組み、圧倒的優位な立ち位置での第3計画による異星種との交流という“夢”をみて、ただ波状攻撃を仕掛けるのみ。
元々中国共産党の上層部は面子を重んじる国民性故、今更国連、ひいては米国に出しゃばられる訳には行かなかったでしょうから・・・。」

「―――そこを突かれて結局BETAにその基本戦略である“物量”を揃えるだけの、時間と再利用[●●●]できる“資源”を与えてしまった。
さっき武が言ったように“資源”は兵士級に再利用と上位存在は言ったが、それ以外に使っていないとは言っていない。
とすれば同じ“素材”、その時主に生産しているBETAにも使っていた可能性は高い。

元々BETAの個体自体それほど優秀とは思えないが、その最大の脅威は物量、故に最大の弱点は落着直後、最初期に於ける物量の少なさだろう。
喀什での落着映像を見ると、その後のアサバスカと違いユニット3基が同時に降りてきている様に見える。これも最初期の物量不足を補い、確実にハイヴを構築する戦術だと言える。

そして次にBETAは、そのアサバスカに2つ目の落着ユニットを降下させた。

当然喀什の轍を踏みたくない米国は喉元にハイヴを建設される恐怖もあって、光線属種の出現は愚かハイヴの建設さえさせない最初期に戦略核まで持ち出して徹底的に潰した。
その過剰とも言える攻撃でカナダの半分を喪ったが、ハイヴ建設を阻止した事で国際的な非難はそれほど多くない。

だが一方、そこで米国にBETA技術が鹵獲されてしまったことが、中国とソ連をいよいよ退けなくした。
言い方は悪いが、ソ連と中国の中央にとって、地方の少数民族は寧ろ減って欲しかったりする存在だったからな。
その結果行われた焦土作戦と人海戦術は、結局ユーラシアのBETAに膨大な物量を備えさせる結果になり、ジワジワと人類が圧迫される今の状況の礎を完成させてしまった・・・・。」

「「・・・・。」」


展開される彼方くんの指摘に、皆沈黙してる。
アサバスカに落着させ殲滅されたユニットさえ、一種“撒き餌”だと言われてしまうと、軍事戦略なんか森羅の知識でしか知らないわたしだって驚く。
米国がBETA技術を独占しちゃった事で、中国ソ連の態度が硬直したのも確実だろうし。


「・・・そう言う観点で見ると、BETAのその後の侵攻進路も極めて戦略的に見えてくる、と言うか実際極めて有効な戦略なのですな。」


そう継いだ鎧衣課長の声は、諦観さえ滲んでいた。


「・・・かの地は南北を山脈、東を砂漠に囲まれているとは言え、BETAにとって東の砂漠如きは何でもないはず。
なのに在ろうことかBETAは西進してソ連領内でも中央と仲の悪いイスラム民族地域を横断。動きの悪いソ連軍を尻目に瞬く間に壊滅させ、カスピ海まで抜けた。
これが喀什から早々に北進し一気にロシアを含めた中央に及べば、危機感を感じたソ連軍の対応も全く違っていた可能性がある。
それを避けるようにカスピ海辺りに次のハイヴを建設したかと思えば、そのまま北進し、測った様[●●●●]に東欧諸国かソ連領でありながら、微妙に“ロシア”ではない地域のみを主に蹂躙している。

実際カスピ海南端のイラン領マシュハドハイヴを除けば、フィンランドのロヴァニエミにHv-8が建設される1981年まで、建設されたハイヴはみなソ連領内に存在する。
その間、BETAの技術鹵獲を諦めきれないソ連は少数民族を犠牲にしつつ第3計画に固執し、西側諸国は当初手出しが出来ず、結果、時間と資源を蓄えたBETAの物量に、一気にヨーロッパを含むユーラシア全域を喪うに至った・・・・。」

「ムウ―――!」

「・・・・・大国間の確執や覇権、それに絡むBETA技術の鹵獲と言う要素は、さほど示唆しなくとも、つまりは“傀儡級”等が存在しなくても同じ様に推移する可能性は高いとも思う。
・・・だが、改めて侵攻初期に“BETA”の取った“戦略”を考えると、ユニット落着前には人類の情報が完全に漏洩していた、と言わざるを得んな。
そしてその情報は・・・・最早人類でなければ判じ得ない内容で在ることは疑いの余地もない。」


紅蓮閣下[ししょう]は唸り、榊首相の呟きが自嘲じみて聞こえる。
確かに全部状況証拠だし、確証もなく、証明も難しい。
だから彼方くんは仮説と言うけど、これだけ示されちゃうと、否定なんか出来ないよ。


「・・・・・何れにしろ何らかの形で“傀儡級”が存在する可能性が非常に高い、と言うことですね・・・。」

「・・・・勝てるのか、そんな相手に・・・?」

「「「・・・・。」」」


うぅ~、空気が重い。
ラザフォード機関で重力が増したみたいだよ。
ループしているわたし達も経験したこと無いって言うのか、実は今までも在ったんだろうけど、ずっと表に出なかった驚愕の事実にタケルちゃんも黙っちゃうし、正直居た堪れない。


「・・・でも、彼方く・!、失礼しました、御子神大佐は何らかのアイデアをお持ちなのですよね?」

「・・・此処では何時もどおりで良いよ、鑑。・・・なんでそう思う?」


穏やかな言い方に安心する。
やっぱり、いつも通りの彼方くんに戻っている。


「・・・彼方くんなら、今夜から遠征って時に、士気を挫く事を言いそうに無いって言うか、・・・それこそ合理的で必要があるからこそ明かしたんじゃないかな、って思う。
それに、此処数日、密かに煤けてたけど、今はそんな風に見えないし。」

「・・・嫁のが鋭くなったぞ、武。」

「・・うっせ、センシングとマルチタスクは純夏の十八番だ。オレは一衛士でしか無い。」

「・・・なんだかんだ言ってもこの考察さえ全てその一衛士が得た創造主の情報に基づくものだ。
お前がその情報を齎してくれなかったら、更に泥沼。
もっと偉そうにしてていもいいんだぜ?」

「・・・そう言われればそうなんだが、そんな事はしない・・・って言うより、確かに余裕だな、彼方。」

「・・・余裕なんか無いが、気にしても仕方ない、ってとこかな。」


軽い冗談の応酬に漸く場が少し和らいだ。
そして彼方くんは皆を見回す。


「実際、俺の仮説は、今、人類の置かれている状況を何か変えたか?」

「・・・・あ・・。」


そう言われれば、そうだ。
何も変わっていない。
彼方くんの仮説は、隠されていた可能性を露わにしただけ。
今まで居なかった敵を増やしたわけではなく、隠れていた敵の存在を予測しただけなのだ。


「・・・俺に取っては、“知る事”よりも、“知らない事” の方が恐怖なんだよ。
知らなければ、想定外の事態が発生したときに、戸惑い、対処が遅れる。
けれど知っていれば、何故そんな事態が起きたのか予想が出来、それに対し何をすればいいのか、即座に行動に移れる。
だから、鑑の言うように、この土壇場になって悪い情報でも流した。
首相や課長も言うように、“傀儡級”の有無に拘らず襲撃の可能性が高いしな。
BETA以外の攻撃もあり得る、と思っていれば、警戒もするし対応もできるだろう。」

「・・・・フム、成程な。・・・・・なら・・・もう仮説で構わん、お前の想定を全部話せ。」

「・・・・・・・・了解。」


空気が軽くなり、開き直った様な斑鳩中佐の言葉に、彼方くんは肩を竦めてみせた。


Sideout




Side 武


「・・・と言われても、もう殆ど話したんだけどな。」


彼方の語り口は、軽い。
オレを含めて開き直った感のある皆。
純夏の言葉が重圧感を払拭してくれた。


「・・・先刻チラッと話した様に、ユニット落着前後にBETAが取った出来過ぎ戦略を考えると、BETAには“目的遂行”を担当する上位存在より上、謂わば戦域司令の存在が予想される。

月のハイヴ規模が今一不明なので微妙だが、それでも火星最大のマーズ0:フェイズ9より大きいことは無いだろう。
実はタイタンにもハイヴが存在するとの断片情報も横浜ハイヴのクラッキングで得ているが、それ以上の情報が何も無いから確証はないんだけどな・・・・、そこは恐らく外宇宙用の光速に近い移送システムの中継基地、って言う所だと予想している。
太陽系最外殻に近く且つ重い惑星であれば、重力カタパルトで少しでも初期加速を稼げそうだし、地球は勿論、月や火星にも長距離輸送用の構造物が見当たらなからな。ハイヴの打ち上げる移送ユニットで数十億光年を跳躍していける、とは到底思えないのでな。
BETAがワープやハイハードライヴみたいな空間跳躍技術を得ているとしても、それが空間干渉するものである以上、空間に影響を与える恒星質量圏のような大質量近辺での跳躍は避けるだろう。

その辺を考慮すれば、火星のマーズ0が太陽系最大のハイヴであり、恐らくはそこに居る反応炉が恒星系司令、・・・そうだな、敢えて名前をつけるとしたら、差詰め星系統括[スキマー]級と言ったところか。
・・まあ、防衛戦略上全く別の場所に引き篭っている可能性も無いわけじゃ無いけどな。」

「マーズ0の反応炉が星系統括[スキマー]級か・・・。」


斑鳩中佐の相槌に、皆も頷く。
“傀儡級”が彼方の言った様な存在であるとすれば、その上位があの出来の悪い初期のAIとしか思えなかった重頭脳級ではしっくり来ない。
かと言って、重頭脳級が“傀儡級”の指令で動いているとも思えない。


「で、星系統括[スキマー]級・・・もう、めんどうだからマーズ0と呼ぶけど・・・マーズ0は推定フェイズ9、俺の試算じゃその体積規模から言って、150年位前に落着したと見積もっている。

穿った見方をすれば、人類側の第1種接近遭遇より前に、探索端末を地球に飛ばして対象探査とかサンプル摂取[キャトルミューティレーション]とかを繰り返していた・・・、とも考えられるが、火星でも月でもその手のBETA由来飛行物体は一度も確認されていないから、これは流石にちょっと無理な妄想だな。

・・・けれど、BETAが炭素系生命体を擁する地球に注目していたのは確実で、何らかの調査を継続していたとは思われる。

ただ実際には人類とBETAの接触した、1958年のヴァイキング、それがトリガーになって、その時点からBETAは人類に対する本格的な侵略を始める。」

「・・・・それは、どういう事なのだ?」


トモ姉の疑問も当然、それはBETAが“待っていた”と言う事なのか?


「・・・“目的”に対する調査は、創造主が数億年規模で行っていると予想できる。
“変化する力”、それを発現する生物の特徴、反応レベル、サンプル数や発現確率、それらを把握していると考えれば、対象とする生物がそのレベルに達するのを待っていた、と言う事。
なにせ、創造主の時間スケールが違いすぎるんだ。
少なくとも数十億年存在していると考えられる創造主に対して、炭素系生命体の“旬”は極めて短い可能性がある。
100年前なら人口が少ないし、100年後なら・・・そうだな、例えば人類は今のレベルのまま、恐竜の様に今後数億年、維持発展していけると思うか?」

「あ・・・・。」


そうか・・・。
彼方の言葉に考えてしまう。
この世界は元より人類は滅亡の危機に瀕している。
一方でオレの“本体”は、この世界の純夏が再構築した“元の世界”に戻った。
引換にこの彼方が居るのだから確実なんだろう。
だが、元の世界にも問題が何も無いわけではない。
環境問題、人口問題、エネルギー問題。トリレンマと言われる人類の未来への重大な課題。
確かに還ったオレの世代、その子どもの世代位までは大丈夫かもしれない。
しかし、その孫は? ひ孫は? そして1000年後は? と聞かれると途端に答えに詰まる。
果たしてBETAが来なかった元の世界でさえ、彼方の言う数億年、人類は繁栄し続けることが出来るのだろうか。


「・・・可能性が無いわけじゃないが、炭素系生物は変化が激しい故移ろいやすいのも確か。
その儚さを理解しているから、BETAは“旬”を待っていたんだろう。
マーズ0の出来た150年、・・・下手するともっと長い時間。

そして資源回収を始める一つの条件閾値[スレッショルド]として、“他惑星への移動体製作”と言う項目を設定したとしてもおかしくはない。
それは、対象とする生物が、ある一定レベルに達したと言うサイン。

火星調査船による接触、その時点で漸く人類は創造主の目的“候補”として、BETAに認められた、と言うことさ。」

「・・・。」

「何れにしろ、その時から人類は異星種であるBETA、まあ当時はBETAではなかったが、マーズ0に興味を持たれた。
まずは月に前線基地を作る。
そこでサンプルを捕獲し、目的獲得の可能性を判断、可なら侵攻戦略を組み立てる。

実際1967年早々にはサクロボスコ事件が起き、BETAは対象生物の“被験体”を得たわけだ。
そこでBETAは人類を最終的に“対象資源”として認定した。

尤もその時に鹵獲した人類知識だけでは、喀什ユニット落着時の戦略が組まれたとも思えないので、第1次月面戦争を通して効率のよい資源回収の為に情報収集を兼ねて秘密裏にサンプルを集めた、と考えるのが妥当。
その時のサンプルの中から、BETA由来の“BITA”、ぶっちゃけ、“傀儡級”が作られたと推測している。
流石にどんな手法であれ直接接触無しで傀儡化するのは難易度が高いだろう。

その具体的な人数など知り様も無いが、最低でも一人。
人類の情勢を分析し、侵攻タイミングや、ユニット落着位置、更に撒き餌を打つ位置とタイミング、ハイヴ構築後の侵攻方向までを、落着ユニットに規定し、プログラム化した者が居るはず。

事実、当時の記憶をひっくり返せば、現在の米国・第5計画の移民船計画責任者や、CIA長官は月面基地[プラトー1]に居た事が在るみたいだしな。」

「!! なんと!?」

「中国やソ連は調べていないが、月面基地[プラトー1]から帰国した者が軍や研究機関、政治組織の上になってもおかしくはない。
元々共産圏では、月面基地に行ける程の者は本の一握り、権力中枢に近い者だったみたいだからな。
・・・尤も九條に付いては、その事実は無いみたいだが・・・。」

「・・・・九條兼実は、プラトー1に行ったことがあるぞ。」

「・・・え?」


応えたのは巌谷中佐。


「・・・ヤツがまだ九條当主になる前は、新設された航空宇宙軍の佐官だった。
一応軍歴は在るのだよ、ヤツにも。
あれは1971年だからサクロボスコ事件の4年後だったか、帝国が機械化歩兵装甲の導入と研究開発を決定した際、実機視察の話が持ち上がった。
実際当時そのFP(Feedback Protector)が稼動していたのがプラトー1だけだったからな。

で、極秘裏の視察に数名が赴き、その中の一人が当時宇宙軍の九條兼実だった。
ほんの2週間足らずの視察だったと記憶しているが、帰国直後、報告もそこそこにヤツはいきなり除隊してしまったらしい。
で、残されたメモと写真や動画からヤツの分のレポートを密かに書かされたのは、当時斯衛に任官したばかりのオレだった・・と言う訳だ。
技術系で、敢えて斯衛軍の新任尉官を指名したのは、帝国軍内じゃ軍務放棄とも取れる醜聞が都合悪いからだろう。
航空宇宙軍の佐官、しかも“青”がご乱心ということで、記録は厳格に削除された筈。
勿論オレの手元にもその資料は何も残っていないし、当初名前も教えて貰えなかった。
相手が“青”って事で、仕方なく斯衛も協力したらしいって上司が零していたのと、その時期に除隊した“青”がヤツだけだったから判った。」

「・・・なんか、確定的だな。」


衝撃の事実に、独り言が零れた。
流石の彼方も思案顔。


「「「・・・・・。」」」

「・・・・・・誤差範囲内、彼処までカルマに振る“発現”も、まあ有りっちゃ有りか。

っと、九條の話は驚いたが、貴重な情報感謝、更なる傍証になるな、これで。

――――で、話を戻すと、鎧衣課長も言ったもう一つのトリガー、50億人という目安[スレッショルド]を以て、マーズ0は喀什落着ユニットを射出した、と俺も思う。
戦略構築含め丁度準備が整った、と偶然で済ませるには、月面基地の長期膠着が不自然だからな。

後の経緯は先刻の通り。

“創造主”の目的を獲得するための、対象を徐々に追い詰めるプロセス[●●●●●●●●●●●●●●●]に見事に乗せられた、と言うのが現在人類の置かれた状況だ。」

「「「・・・・・・・・・。」」」


永い沈黙。
けれど、今回の沈黙はそれ程重いものではなかった。
はっきり言えば、先程彼方が言ったように、なんら状況が悪化したわけではないのだから。
寧ろ今の人類が置かれている状況が、よりはっきりしただけ。
それ故、各人が彼方の仮説を元に、過去の経験に照らし合わせ、検証をしている様な雰囲気。

成程、と思う。
実際、見えない敵は脅威だ。ラプターだって、それ故に最強だった。
だが、気づいてしまえば、警戒し対処はできるのだ。


「・・・お前の言う“傀儡級”仮説の可能性が高いことも理解した。まだ納得していないがな。
確定ではないが、そんな存在が居ることを念頭に置いておいた方が良いことも確かだろう。
で、当面の対応を決めるに当たって、いくつか確認したい。」


流石に第16斯衛大隊長。もう“対処”を検討し始めたらしい。
彼方の仮説が正しければ、星系統括[スキマー]級を含むBETAの対人類戦略が大筋で見えたことになる。
そう、これは敵の強大さを知らしめた“絶望”ではなく、その“目的”を打ち破る可能性を秘めた“希望”。
だからこそ、純夏が指摘したように、彼方は第4計画の初戦とも言えるこのタイミングで明かしたのだ。
オレが辿ってきた、幾多のループ、その傍系記憶に於いて、少なくともオレが生存している時間内に人類が勝利した記憶は皆無。
桜花作戦が成功した後の分岐記憶ですら、戦況はやがて拮抗し、劣勢に追い込まれてる裡に記憶が終了する。
仮説が正しければそれも道理で、桜花作戦で打破したラスボス“上位存在”に加え、隠れボスの“傀儡級”、真ボス“創造主”の現身である“星系統括級”が元々居たわけだ。
今回は、それが初めて明らかになった、と言える。


「BETAと“傀儡級”の間に、“連携”はあるのか?」

「・・・俺の仮説見解が正しいとは限らないから検証も欲しいが、基本的に無いと考えている。
恐らく、上位存在も“傀儡級” も自律して行動するスタンドアローンタイプ。
送り出してしまえば、マーズ0は待つだけの存在。
状況が激変しない限り、次策は打ってこないと思う。
それでも地球上のハイヴが“上位存在を送り出した惑星”に向けて射出ユニットを数回打ち上げているというし、光通信と思しき光条も観測されているから、既に喪われた40億人のうち、目的候補素体はマーズ0に送られ、通信はその定時報告と取れる。情報源を他に持たない限り、マーズ0からの“指示”はないだろう。

一方“傀儡[パペット]級”はBITAというか、基本人類種。故に特殊な通信手段は持っていないと判断する。
・・・そういう意味では、パペットと言うより自律行動する“自動人形[オートマタ]”なのかも知れないな。」

「・・・何故自律行動と言い切るのですか?」


先刻までとは違う、ハリのある声の殿下。
彼方がその変わり様に微笑む。
それを理解した殿下は、平静を装いつつ、目元を赤らめ彼方を睨む。
・・・彼方のイケズ! とのセリフが聞こえそう。
此処でそれ[アイコンタクト]の応酬は如何なものか、と言いたいが、密かに純夏の手を握っていたオレが言えることじゃない。


「マーズ0が人の機微まで完全把握しているとは、思えないからさ。
星系統括であるマーズ0は戦略戦術に長け、上位存在よりも余程洗練されたAIであると推測できるけれど、それは所詮どこまで行ってもAIに過ぎない。
人の“感覚”を理解できるとは思えないから、マーズ0が直接操作すれば必ず齟齬が生じる。

抑々、BETAと人類では言語体系からして異なる。
オルタネイティヴ1も3もあれだけ苦労したんだ。
武の齎した上位存在との会話ログだって、試作00ユニットが繋げた無意識領域と高度にリンクした“オペレータ”が上位存在の意図を翻訳したからこそ日本語の会話ログになっただけで、知ってのようにBETAが人類の言語を理解しているわけがない。」

「・・・では、“傀儡級”とは、全くの人間である、と言うことですか?」

「で無ければ、人類の社会に溶け込めないだろう?
言語、歴史や背景、習慣、風習、文化なんてものは、作ろうとして作れるのもじゃない。

“傀儡級”とは飽く迄素体の記憶や知識を元に、“創造主の目的獲得に利する”という行動原理のみを強制的に植えつけられた[●●●●●●●]存在、と予測している。

だから、二重身[フルコピー]か、寄生蟲[後付け制御]洗脳[一部書き換え]であって、新作の生人形[ホムンクルス]じゃない。」

「!!・・・そうなのか? 突然触手が伸びて襲ってきたりはしないのか?」

「「 ・・・しないって。」」


突然割り込んだのは、トモ姉。
顔を見合わせた彼方と斑鳩中佐がハモった。


「・・・・御前はパラサイト[]が脳内仮想“傀儡級”か?」

「うむ・・、パラサイトと聞いた時から何故かイメージがこびり付いてな。
・・・更に怖いのがアウトブレイク[]の様な遺伝子干渉ウィルスの猖獗を起こすことだ。
自分の身体が乗っ取られ、変貌し、人類に敵対するなど考えただけでもぞっとする。」

「フム・・・・そういう意味では、俺は先祖返りの覚醒[ミトコンドリア]とかの方が嫌ですね。
汚染も侵蝕もされてもいないのに、“自分”の内部にその因子があると言われると太刀打ち出来ない。

それも彼方の仮説が正しいとすれば、“創造主”は数十億、下手すれば宇宙創世期近傍から百億年以上存在している可能性もあると言うことです。
先刻の培養と言う事で言えば、地球に炭素系生命を培養したのだって創造主かもしれない[●●●●●●●●]訳です。
上位存在は人類を“異星起源の被創造物”と呼びました。
実際、地球上に有機コロイドをぶちまけたのも、細胞内にミトコンドリアを仕込んだのも、コラーゲンをばら蒔いたのも、“創造主”である、との可能性だってあるのです。」

「「 !! 」」

「・・・兄貴、宇宙だけでなくSF好きなだけあって鋭いな。
・・・・創造主が“培養”した寒天培地の一つに“地球”があっても、確かにおかしくはない。」

「!、なんと!?」

「確かに・・・。
そして創造主が炭素系生物を、“生命体”と認めないのは、正しく自らが培養した“所有物”と考えているからという推論も成り立ちます。
尤も、生きる時間スケールが違いすぎて見做していない、という可能性もありますが。
いずれにしたって、創造主にとっての人類は、人間にとっての細菌並の認識しかないのでしょう。」


斑鳩中佐の推論に、巌谷中佐が同調する。
確かに上位存在は、人間を被創造物と言った。あの時は、被創造物であるBETAと同じ、と解釈したが、人間そのものを被創造物であると言っているとも取れる。
そして、創造主の時間スケールから言えば、それが事実であってもおかしくはない、と言うことだ。
思わず呻きが漏れる。


「っつ・・・しかし、人類の“創造主”である可能性もあるのか・・・。」

「・・・別に創造主が地球生命の起源であろうがなかろうが、関係ない。
俺の命は俺のモノであって、[創造主]のモノではない。
産み育ててくれた事に感謝すれ、殺されそうになれば抵抗する。
生命として自我を得たからには、決めるのは自分、それが生命ってものだ。」

「「「・・・・。」」」

「・・・・まあ、彼方だし・・・。」


衝撃的仮説に対し、即座に言い切る彼方は、やっぱり傍若無人? 傲岸不遜?
呆れるような皆にツッコミを入れたのは斑鳩中佐。
流石、彼方の義兄になろうっていう強者。

・・・けれど、そうなのだ。
その明確な意志に、創造主[オヤ]干渉[しんりゃく]を絶ち切ってこその“自立”、生命体の証明といえるのではないかと思ってしまう。


「―――で、話戻すと、触手やウィルス媒介やミトコンドリアDNAは取り敢えず考えなくていいと思う。
不可能ではない可能性はあるが、恐らくが創造主がそれらの手法を人類に使うことは無い。
少数に使ったところで、過剰な能力や変貌は目立ちすぎてすぐ排斥される。
かと言って全体に使うことで“目的獲得”出来るなら、抑々BETAを使う意味が無いからな。」

「・・・傀儡種が目的回収に利する、と言うのなら、継続培養して搾取する、と言う発想は無いのか?」


榊首相の問に、何かが頭に引っかかった。
培養って・・・子ども?
純夏がまた、ぎゅっと手を握って来たので、すぐその断片的な映像は消えたけど。
傍系記憶の断片に、そんな情景が在るのかもしれない。


「・・・彼方流に効率重視で創造主、乃至、星系統括級の立場で言えば、今回の収穫が“アタリ”ならば、絶滅させずに少数残し再繁殖を待つかも知れません。
バーナード星辺りが、丁度良い牧場[●●]とも邪推出来ます。
反対に“ハズレ”だった場合は、今の地球の状況でも生き残るだろう地球土着細菌からやり直しても、炭素系生命体の進化速度を考えれば7,8億年待てばいいわけですから、イモータルの創造主なら培養し直す方を選択すると考えられます。」

「・・・成程、然も有りなん、・・か。」

「・・・しかし、御子神大佐の“傀儡級”、“創造主の目的獲得に利する”という行動原理のみを植えつけられた人類種と言うのは、どの様な存在となるのだ?」

「・・・流石巌谷中佐。
・・・・実は・・この仮説の要でありながら一番曖昧なのも、その点、なんだ。」

「「「・・・・。」」」

「・・・先刻言ったように、BETAと人類では余りにも言語体系、正確には情報交換I/Fが違いすぎる。
“創造主の目的獲得に利する”と俺が言葉で言うのは簡単だけど、その言語をBETAはもたない。
そんなBETAがどうやって人類に?、と言うのが実際俺も最後まで疑問だった。

だが、武の“銀河作戦”の折り、無意識空間にある情報から“オペレータ”は上位存在の概念[●●]を言語に翻訳してみせた。

そこから類推して、“イメージ”あるいは“概念”そのもの、という極めて曖昧な形で強制的に刻み込まれたのではないか、と推測している。
こればっかりは、試してみるわけにも行かないからな。

―――で、植えつけられた行動原理の強迫概念、これが問題。

例えば、“神に殉じる”とか、・・・此処に居る人間なら“殿下に報じる”、そんな行動原理を持った人が、どんな行動をするか、と言う事。」

「・・・・・・・成程、そう云うことであるか。」

「え? どういう事ですか?」

「・・・考えてみなさい、シロガネタケル。
私も首相も、閣下や大佐、中佐、ここに居る斯衛軍・政府関係者は皆、殿下に報じようとしている。
もっと言えばあの[●●]大尉ですら同じ[●●]、なのだよ。」


鎧衣課長の納得に疑問を発すれば、すぐさま質問で返される。
だが、その例えに気がつく。


「・・・・・つまり個人によって、その概念の捉え方、そして行動の仕方が全く異なる、と言うことですか・・・。」

「そういう事だよ、シロガネタケル。
いっそ“傀儡級”が斉御司大佐が恐れるように、変貌したり触手を振り回してくれるなら、何と容易い事か。

・・・実は私は、諜報の観点から言って御子神殿の仮定する“傀儡級”にはずっと懐疑的であったのだ。
抑々コミュニケーションを取れない種族間で、“傀儡”など成立しない、そう思っていたからね。
・・だが、今御子神殿が示した方法なら符に落ちる。理解できるし、納得もするのだよ。

強度の後催眠や、洗脳の手法にも似たようなものはある。
通常は条件を限定し、行動を単純化していくが、反対に条件を広く概念化していくと、その発現が人により変わる、とも言われている。
恐らくは、“傀儡級”に植えつけられた行動原理の“脅迫概念”、これはその捉え方もそれに対する反応も各個人の資質によって大きく異なると考えられる。

・・・そういうことだね、御子神殿。」

「・・完璧。」

「・・・そして、諜報の観点から言わせてもらえば、極めて対処し難い間諜、と言う事に他ならない、のだがね。」


鎧衣課長は苦笑した。


「・・・だろうな。
概念による行動原理の強制は、その概念をどこまで理解し、どう捉えるかでその行動が変わる。
創造主の概念に神を重ね、BETAを使徒と重ねればそれに恭順する可能性もあるし、一方で神の概念が薄い人物は創造主を飛ばしてBETAに利する、と解釈するかも知れない。」

「・・・そして、そのレベルの“傀儡級”は、最悪自分が“傀儡級”であることすら知らず、深層心理にBETAの利益を優先するように強力な暗示をうけつつ、人類としての役割を粛々と熟している可能性もある、ということなのです。」

「・・・時限爆弾、いや条件により発動する論理爆弾みたいなものか・・・。」

「兄貴や御前は、そんなに心配しなくていい。
今のところだが、行動原理の強制は、継承や蔓延しないと考えている。
ある種、物理的な操作により強制的に精神を縛る手法だから、先刻のウィルスと同じく、蔓延してしまえば“目的”そのものの発現を阻害する可能性が高い。

とすれば、少なくともその処置が可能な月のハイヴ、つまり月面基地に居た事のない者、物理的に1973年に生まれていなかった世代である28歳未満には“傀儡級”は居ない。
今回遠征する斯衛軍については、問題ない。」

「・・・その分帝国軍上層部を警戒しなければならないって事だな。」


彼方と鎧衣課長が頷く。
けれど、妙に細かい年齢設定に疑問を持つ。


「・・・しかし28歳と言うのは随分若くないのか?」

「ああ、月面基地の運用規模と引揚者は一応記録にある分は調べた。
“傀儡級”候補者の具体的人数は、言ったとおり不明だが、基地の規模から言って略取され秘密裏に“傀儡級”にされた可能性がある人数は、最大でも100人を越えないとみている。
・・・これは今後課長に検証と追跡調査を頼むしかないけどな。
で、基地要員に勿論子供なんか居なかったんだが、最終的な引揚者の中に妊娠中の女性が数名いて、その内、後期の妊婦が2名と生まれた筈の子供がな、帰国後行方不明なんだ。」

「「・・・・。」」

「・・・可能性としては低いが、無いわけじゃない・・・か。」

「杞憂である可能性も高いが、・・・ちょっと引っかかるのがな。」

「!!、成程。・・・可能性は有りますな。」

「・・・当面は関わらないと思うけど、警戒と情報収集は宜しく。どうせ既に遣ってるだろうけど。」


鎧衣課長が頷く。


「とはいえ・・・色々なパターンが考えられる“発現”で、最も厄介なのが先の例とは逆に、創造主やBETAのイメージを完全に把握し、人類種のインテリジェンスを完全に有しながら創造主に組みしている、という場合。
初期の落着戦略を組み立てた人物や、第5計画の移民計画責任者、あとその28歳なんかは、かなり怪しいな。」

「・・・人類の立場、BETAの侵攻度合い、創造主の目的、それらを完全に理解した上で、どうやって人類を追い詰めるかに智謀を巡らすタイプ、ということか。」


忌々しげなトモ姉。人類に仇なす確信犯[●●●]ハラグロ、一番キライなタイプだな。







「以上・・・・・俺の仮説は、こんなところ。
あとは、如何に対処して行くか、という事さ。」


「・・・・・何れにしろ“傀儡級”は、自ら執行する[エグゼキューター]でもなく、煽動する[アジテーター]でもなく、内通する[スパイ] でもなく・・・。
正しく最初に彼方が言った通り、脅迫概念という遺伝子[情報]をを植え付けられた誘導者[ベクター]ということか・・・・。」

「・・・確かに厄介な存在が潜む可能性が見えてきたわけですね。

時に彼方、ワタクシもずっと疑問に思っている事が在るのです。
話を聞けば聞くほど、創造主は彼方の言う“目的の対象”を知性体と見ている様にしか思えないのですが、それでも創造主は炭素系生命体を“生命”と見做さないのでありましょうか?」

「・・・・最終的には創造主じゃないから、本当の所は解らないけどな、色んな意見は先刻から出てる。
人類が珪素基質の半導体を現象と見做すように、神経細胞の反応を現象と見ている、とか、自らの創造物であるから気にしていない、とか、時間スケールが違いすぎて知性の安定性が儚い、とか、な。

抑々人間だって細菌は生命体だと認識しながら、何万、何億と平気で殺す。そこに罪悪感を持つ人間なんか居ないだろう?
創造主がいい加減に伝えた可能性もあるし、上位存在がその辺誤認した可能性もある。

存在する時間も時間だが、その規模だってヘタすれば創造主はそこらの衛星クラスの大きさだって事もあり得る。
寧ろ創造主が衛星規模を有しているなら、人類が感染[●●]して繁殖[●●]し、毒素でも生産[環境破壊]すれば創造主を倒せる、かもな。
勿論、その場合の白血球はBETAだろうけどな。」

「・・・・。」


無言の殿下に彼方が一息つく。


「・・・・これから話すのは、今の馬鹿馬鹿しい空想と同じレベルの、一つの寓話。

“傀儡級”の存在よりも、更に突飛で、自分でもほんとどうしようもないと思う、空想。

・・・そのつもりで聞いてくれ。」


悠陽殿下がコクリと頷く。
ぶっ飛んだ彼方が、寓話とまで言うとは、一体何を?





「・・・・・・珪素系生命体が炭素系生命体と全く異なるプロセスで誕生した可能性については話した。
そこで思い出して欲しいのは、珪素系生命体は、果てしない再結晶化の中で、謂わば思考する領域を一番最初に形成した、と言うことだ。
勿論所謂半導体の反応が最終的に“意識”や“自我”を有するには相当の偶然と時間を要したと考えられるが、な。
そこから珪素系生命体というか上位存在の言う“生命”とはそのまま“自我を持つ思考体”、つまり知的生命体[●●●●●]のみであるってことで、炭素系生命体の有する我々が通常生命の活動とみなしている代謝を始めとする様々な機能は、すべて“現象”と言うことになる。
実際珪素系生命体には殆ど無縁の現象だしな。
つまるところ、珪素系生命体は、極めて永く、そして増殖しながらも、決してその基本の組織は変化させていない。拡張し、同質のものを刻を重ねて積み上げ発達してきた生命体、と言えるわけだ。


一方の炭素系生命は、その誕生からして、唯の化学現象だった。
それが変化し、交配し、環境にそぐわない物は容赦なく淘汰される。
常に生と死は隣り合わせであり、寧ろ死ぬことによって世代がかわり、そこに進化を生じ、変遷してきた生命。
人間だって、化学反応と生命の代謝活動は区別できないし、もっと言えば思考や意識がどのレベルに達すれば、“知的生命体”と言えるのか、明確な閾値を持っていない。

それを一括りに“現象”とするのは、珪素系生命体としては仕方ないことかもしれない。



それでもその炭素系生命体の中で、唯一“知的生命体”と言えるまでに進化した人類。
遥かな時を経た進化と淘汰、誕生と死滅、全ての“変化の果て”に、持ち得た知性。
確かに創造主の言うように、今のままでは定着しないかもしれないし、ひどく儚いかもしれない。
しかしだからこそ、死が有るからこそ短い生を懸命に生き抜き、環境に抗い、他者を乗り越えてまで進化してきた人間の知性や精神には、創造主とはまた違った物の見方が本能的に備わっている。
人類は、細菌やウィルスでも生命と呼び、例えば珪素系のAIが本当の自我を有することが出来たら、それもやがて生命と認めるだろう。
変化や違いを認め受け入れる、それを常として進化してきた人間は、本能的にというか、その発現過程からして根源的に、そんな精神構造を有している。


人類は変化を受容するからこそ、創造主を生命体と素直に認められるが、創造主は不変を常とする故に、変化の末に発現した炭素系生命体を知的生命体と見做せない、と言う推論が出来る。」

「・・・・。」

「・・・創造主が認めなくとも、人類が“知的生命体”であることは、間違いない。
科学技術的には遅れていそうだが、人類が科学技術に目覚めたのは何時だとは示せないが、例え2,000年としたって、相手は数十億存在するんだ、卑下することもない。
“知的生命体”として、どちらが優れているなどと抑々比べるまでもない。“不変”と“変化”を比べる様なナンセンスだからな。
何れの形態も、偶然と時が磨き上げた知性であり、その価値は変わらない。」

「・・・・。」

「・・・・何時の時だかな、永い永い過去の刻、と言うヤツだな。
そこで一つの齟齬が生じた。

・・・・多分、ホンの偶然、だったんだろうな。
創造主に取っては介塵の現象に過ぎない炭素系生命に、どうやって“変化する力”を見出したのか迄は知らない。
だが創造主は、何らかの偶然でその力を感知し、なぜかそれに興味を持ち、固執[●●]した。

創造主は、他の珪素系生命体の存在を認識しているから、珪素系生命体にもある程度数が存在すると考えられる。
その中で態々炭素系生命体に興味を持ったんだから、創造主は珪素系生命体でもきっと変わり者[●●●●] なんだろう。
珪素系生命体に直接弄るには難しい、基質もスケールも異なる“炭素系生命体”を扱うに当たって、抽出・操作用のBETAを作った。
丁度細菌やウィルスを直接操作出来ない人間が、ベクターや操作系の試薬を作るのと同じ感覚だろう。
だが、どうやら創造主の周囲に存在した炭素系生命体では“目的”の“変化する力”を抽出することが出来なかった。


ここで諦めれば、宇宙は平和だっただろうな。
夕呼センセの理論では、平行世界が存在するそうだから、別の世界ではそう成っている世界も在るかもしれない。


ところが、この世界の諦めきれない創造主は、それ故に、“全宇宙”に求めるため、BETAを作って放出した。」

「!!・・・」

「・・・人の有する“変化する力”が、人間の“意思”に依存することは夕呼センセも確認している。
そしてその“意思”を以て“無意識領域”と言う“根源”に繋がる力、とも予測している。
数えきれない生と死を刻んできた遺伝子、その変化の終焉で発現した人の意志、そして今も生と死の狭間にあり変化し続ける生命体、そんな存在だからこそ一つの可能性として発現する“変化する力”。
創造主は、一部の炭素系生命体にその力を発現させるプロセスや、確率を高める手法には至ったかも知れない。
けれどその力は、変化を受容し違いを認める炭素系生命体の精神故に備わる力。
それを不変を基質とする創造主には取り込めない。
“目的”を受け入れる資質を自らが得ていないのに、変化しないこと積み重ねてきた珪素系生命体がそうそう簡単に理解できるワケがない。

ある種、人が不老不死を求める様なモノかな。
不老不死とは一種の不変、変化を基本とする炭素系生命体の基質がそれを受け入れないのに、不老不死になるってことは、最早炭素系生命体の身体を捨て、人でなはないモノ[●●●●●●●●]になるってこと。
人として永遠を望みながら、人ではなくなる矛盾。


創造主自らが否定している“炭素系生命体”を生命と認め、故に有する変化を容認し肯定できなければ、それすら理解できない、っていう創造主に取っては皮肉な矛盾が存在する。

神に近いが、神ではなく、その“力”が理解出来ない故に、神になれない、みたいな。


・・・・・それが俺の考えた創造主の寓話、さ。」



「・・・・全能のパラドックス、か。」

「微妙に・・・、まあ当たらずとも同じようなニュアンスは含む、かな、それは。

尤も、それもBETAを送り出した時点の創造主の認識だから、何十億年経ったかしらないが、意識が変わって変化している可能性も否定はできないが、・・・全ては遙か遥か遠い彼方の、遭うことも無いだろう変わり者[●●●●]の寓話さ。

・・・これで満足かな、悠陽。」

「ええ。・・・本当に久方ぶりに、彼方の“寓話”を拝聴させていただきました。」

「・・・成程、“兄さま”の話は、寓話が多かったんだっけな。
ま、ものがたりの話は置いておいても、俺は一方的に生命と認めない、と理不尽に搾取されるつもりもない。」

「・・・当然です。

・・・そして彼方、それでもBETAに克つ事は可能・・・なのですね?」

「・・・今回が試金石だろう。

BETAを殲滅し、BITAの妨害を打破する。
それが出来れば、俺達は上位存在をぶっ潰し、年内に佐渡ヶ島を奪還するだけ、って事だ。」

「「「・・・・・。」」」

「元々 “BETA”の役割は、“資源”の回収者[コレクター]であり、運搬者[キャリアー]であると上位存在もはっきり言っている。
一方で基本人類種である“傀儡級”はその手段を持たない。
“傀儡級”の存在を知らない上位存在麾下のBETAは、“傀儡級”でも捕食対象でしか無いだろう。
回収者であり運搬者であるBETAが居なければ、実は“傀儡級”何も出来ない。
故に、遣ることに変化はない。
傀儡級に謀略の時間を与えない、それが最大の防御でもある。」


煌武院悠陽殿下は、居住まいを正した。





「・・・・然と承りました。

ここに、政威大将軍・煌武院悠陽として帝国斯衛軍に命令し、国連太平洋方面第11軍A-0大隊に要請致します。」


怜悧な声音に、全員がその場で臣下の礼を執る。



「・・・・・可及的速やかに上位存在を叩き、佐渡を奪還しなさい!!」

「「「「「「 はっ!! 」」」」」」


全員の覇気が承和した。

























その日、XSSTで横浜基地に戻り、遠征の準備に掛かろうとした俺達に、衝撃の知らせが舞い込んだのは、19:00を回った頃だった。





――――煌武院悠陽殿下が、帝都城から姿を消された―――、と。


Sideout





[35536] §61 2001,11,09(Fri) 11:05 新潟空港跡地付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/10/07 16:50
'13,04,24 upload ※スポットです。再登場は無い・・・筈。
'13,05,10 誤記訂正
'15,10,07 誤字修正


Side XXX(とある帝国軍戦術機甲連隊指揮官)


『――!!ッ、え?、うそっ!?、BETAッ?』

『〈Bardiche-11〉ッ!?』


仮初の安堵は唐突な悲鳴と、バリバリと言う破砕音にアッサリと引き裂かれた。
我が連隊を展開した戦域に上陸したBETAをほぼ掃討したと思い、油断が在ったのかも知れない。
包囲殲滅に気が向いて、次波の上陸に気が回っていなかったとは、不覚以外の何物でもなかろう。

唐突に側面から襲われた〈Bardiche-11〉が要撃級に引き倒され、ぞわぞわと一気に戦車級が纏わり付く。


『〈Bardiche-11〉ッ!、今行くッ!!』

『え―――!?、いやぁ―――ッ!!、うそ、なんでっ!?、来ないで、来ないでッ!!、隊長ッ、隊長ッッ!!、たすけ』


要撃級前腕の一撃が、〈Bardiche-11〉の悲鳴とそして機体を、ぞぶりと断ち切った。


『〈 Bardiche-11[やよい]〉ッ!?、やよい――ッッ!!』。

『!!、BETA第2波、上陸確認、―――数・・え、嘘?・・・約4,000!!、内本連隊[スティルランス]担当域は、1,600ッ!!』。


遅い――!

心の中で愚痴り、唇を噛み締める。
だがそれをCP[神谷]に叩きつけたところで意味はないどころか、萎縮させてしまう。
これはCP[神谷]が遅いわけではなく、感知できない我軍の、即ち上官である自分の責任に他ならない。


「一旦散開、退けッ!、〈Bardiche-01[春原]〉、無理だ、距離を取れっ!?」


血の味を無視しながら叫ぶが、一旦混乱した陣形を即座に立て直すのは、約半分が新兵である今の隊には無理な注文だ。
コストと軍事資源の枯渇を気にしすぎて、AH戦やシミュレーターしか遣らせてこなかったツケが此処に来て露呈している。
あちこちで、悲鳴や怒号が上がる。
これだけ同時多発に起きては、個別に指示対処することさえできない。


実機による機動、そしてリアル―――。
今までのシミュレーターでは、感じることの出来なかった“恐怖”。
BETAの、無機質で不条理、理解出来ないがゆえに覚えるその感覚は、戦場に立ったものでなければ解らない。


一瞬の躊躇、それが戦場では生死を分かつ。
〈Bardiche-01〉は、未だ辛うじて胸部が原型を留めている〈Bardiche-11〉に後ろ髪を引かれたのか。ジャンプの予備動作に入った瞬間、影から突っ込んできた突撃級が機体を掠った。


「〈Bardiche-01[春原]〉ッ!!」

『隊長ッ!!』


機動重量20tを優に超えるF-15J 陽炎が、軽々と跳ね飛ばされ、悲鳴と硬いものがひしゃげる甲高い雑音が通信から迸る。
管制ユニットと強化増備で保護された搭乗者はまだしも、車に跳ね飛ばされた人体と同じ、機体はただでは済まず、無事な左腕を藻掻くだけ。
周囲には死肉を漁るハイエナの如く瞬く間に集る戦車級の群。
宛ら津波のようにBETAの群れが押し寄せていて、周囲が避退を我慢しつつ必死に応射するが、その物量を留めるには至らない。
その群れに押され、〈Bardiche-01[春原]〉の機体が呑み込まれる。


『ひぃぃ・・・!』


バリバリと炭素装甲の食い破られる音が響く。
なまじ機体が動けないのに搭乗者が生存している事は、必ずしも幸運なことではない。


『・・ぅぅ・・・私、私達・・・最後まで、頑張ったよね・・?』


プツン、と網膜投影の中のフェイスカメラがブラックアウトし、“NoSignal”の無機質なメッセージだけが残った。



『キャーッ!!』

『うわぁぁ!』


だが、それに一瞬の哀惜を抱く暇さえ無い。
先行した要撃級の間を縫うように乱入した突撃級により、陣形は完全に瓦解した。
通常先頭に来る突撃級が後方から不意を付いたことにより、混乱に拍車が掛かる。
BETAが戦略を使ったのか、とも畏怖したが、単に突撃級が上陸の際の段差に手こずり、それを苦にしない要撃級が先行しただけだと後で気付いた。

しかしその勢いは脅威、恐怖に駆られ慌てふためいて咄嗟に跳躍退避する新人達[ルーキーズ]


「!!、バカッ! 降下[さげ]ろッ!!」

『え!?、あ』


予備照射警報―――、いかなXM3とて皆が皆“白銀の雷閃[ヒーロー]”では無いのだ。

咄嗟に反応出来なかった陽炎2騎が、光条に貫かれて爆散した。


「―――――ッッ!!」


“部隊潰滅”と言う単語が頭を過ぎる。


『ばか者ッ、さっさと下がれェッ!!』


僚機の爆散に気を呑まれた中隊員を庇い、叱咤する〈Pike-01[小尾原]〉。
九州戦線以来の生き残りである彼女でさえ、混乱する戦場と、庇わなければならない部下たちになすすべもなく、要撃級の前腕に斬りつけた長刀ごと弾き飛ばされるその光景を視認してしまった。


『ぐあッ!・・ぅ、あァ・・・・・こんなところで、こんなところで――』

『〈Steel-lance-01[神田少佐]〉、ハルバード隊援護に入りますッ!!
―――陣形立て直しをっ!!』

「!!、〈 Halberd-01[七瀬]〉ッ、助かる、だが、無理するなっ!!」


Pike-01[小尾原]〉の断末魔に被るように、援護の声。
西側を固めていたハルバード大隊の数機が、突っ込んできて盾となる。
一瞬の安堵と共に、気付けば画面では既に〈Pike-01[小尾原]〉がシグナルロストしていた。


BETAの波は、突然現れ長刀を振り回す乱入者にターゲットを変える。
その隙に、残存するスティルランス大隊は離脱するが、突入したハルバード大隊の数機も、万全の状態どころか、既に満身創痍に近い機体状態だと見て取れた。
しかも、同様な混乱のさなか、西側のBETAを完全に殲滅するだけの余力などあるワケもなく、無理に暴れて誘引してきた、と言う表現が正しいと悟る。

―――!!、まさか!?


『・・・大尉、申し訳ありません、・・・わたしは、ここまでの様です。後、お任せします!』

『こんな中途で・・・お願いします、大尉・・・』


その溢れかえるようなBETAの渦に、やがて〈 Spear-01[御手洗]〉と〈Axe-01[川平]〉が沈む。


「!!!、総隊、即時跳躍後退ッ!!、匍匐飛行で、高度はとるなッ!!」

『・・・・・流石〈Steel-lance-01[連隊長]〉、恩にきます。』


既にハルバード大隊の残った若いのは、退避している。
強引な割り込みで特攻を掛けたのは、大隊長と苦楽を共にしてきた中隊長達。


「〈Steel-lance-01[神田少佐]〉・・・皆・・・・・・後を頼む。―――――喰らえッ!!」


刹那――目映い閃光が網膜投影全てを満たした。













『―――状況終了。

1148[ヒトヒトヨンハチ] 上陸したBETAの掃討を以て、“第1回広域JIVES合同演習”を完了とす。

・・・各隊員は原隊整備隊に帰還後、機体整備・弾薬補充を施し、喫飯に移れ。

以降、各連隊長の指示のもと、経緯評価[デブリーフィング]を実施。

尚、2回目の演習は、時刻を予告しない抜き打ちとする―――』


隊付きCP[神谷]の硬い声が通信で流れていく。

そんな自分の網膜投影の片隅、憔悴しきった中隊長達のフェイスカメラの脇には、結わえた紫髪を11月の木枯らしに靡かせ、今も微動だにもしない凛とした立ち姿。
・・・・1時間半を越えたこの演習中、その映像はずっと消えなかった。

武御雷Type-R――、唯一“紫”を許された専用機体をバックに、示されるコールサインは〈Zois-01〉。
―――12月の誕生石でもある紫紺の宝玉“タンザナイト”の鉱物名“ゾイサイト”から付けられたと聞く。
今回大幅に施された改修に併せ新たに付けられたコードらしいが、外観上の変化は見られない。
それでも日本帝国がいだく“紫紺の至宝”煌武院悠陽殿下乗機として、随分と洒落たネーミングをする物だと感心した。

背後に控える如何にも固そうな御側付から、演習経緯は逐次報告為されていよう。
真っ直ぐと戦域を透徹するような視線で、ただ前を見据えていた紫紺の瞳を、閉じる。
しばし瞑目し、そして踵を返したところで、画像が途切れた。









惨憺たる結果、と言うのだろうか。
デブリーフィングは、荒れるというより、奈落だった。


第12師団は相馬原基地に属する国内では最大規模の師団である。
戦術機甲部隊として、戦術機3個連隊を有し、その他に機甲部隊として、戦車部隊・高射砲部隊・自走砲部隊・MALS部隊を擁し、本土防衛軍東部方面隊の中核を担う。
日本海沿岸、佐渡を望む新潟もその守備範囲であり、今回の合同演習も当該地区を含む第12師団からの派遣が要請された。

応諾の結果派遣されたのは、我が鋼の槍[スティルランス]連隊3大隊、108機の戦術機を戦術機甲部隊の中心とし、戦車部隊・自走砲部隊を各1大隊計72輌の戦車・自走砲を含めた、正に通常の戦術機甲師団一個に相当する人員装備であった。


その中核であり対BETA最重要兵器である、戦術機甲部隊の半数以上、実に56騎を衛士ごと喪った。

軍事用語で言えば、40%以上を喪い、部隊として機能しえない“全滅”という状態なのだ。
残りの52機にしても勿論仮想上であるが、大破12、中破27、小破13であり、無傷の機体はない。
現実に機動をしているのだから、仮想BETA以外、つまり地面や障害物等と接触した場合は、現実にも小破や中破を生じている。
これが訓練で良かった、などと言える状態ではない。

もしこれが実戦結果だったら、今回派遣された師団長:加藤少将は更迭軍法会議もの、連隊指揮官である自分は、譴責・降格が妥当なところ。
そしてそんな責任論よりも何よりも、中部日本の防衛に大きな穴を開け、帝都ひいては日本帝国全土にBETAの侵攻を許しかねない、取り返しの付かない結果となっているのだ。


「・・・神谷、最初から経緯を頼む。」

「はい。

 0902、BETA群がH21主縦坑付近開孔10数カ所より湧出、両津湾に海中進攻開始。
 0936、BETA湧出停止、進攻規模は確認された中型種以上で約9,000。
 0943、海中侵攻にて総数の10%が南下に転じたことより、帝国軍東部方面参謀本部、
    及び、斯衛軍統合司令室は、師団規模の本土侵攻と断じ、Code991を発令。
    新潟を中心とする海岸線一帯にデフコン-1を通達。
 0948 帝国海軍日本艦隊所属、駆逐艦“夕雲”、“巻雲”、“風雲”を旗艦とする
    第34機動艦隊、第55機動艦隊、第56機動艦隊が哨戒艇・掃海艇にて機雷・魚雷攻撃を敢行。
 1004 BETA群第1時海防ライン突破。
    第56機動艦隊、旗艦“風雲”を含む全艦艇、佐渡島嶼からの光線属種攻撃により潰滅。
 1018 第34機動艦隊、第55機動艦隊戦線離脱。
    この段階でBETAは10%を殲滅せしめたと判断。
 1019 BETA上陸開始・・・後に第1波と確認。
    上陸地域が広範囲であるため、帝国軍東部方面参謀本部、及び、斯衛軍統合司令室は、
    北東部を第12師団、中央部を斯衛2大隊、南西域を国連横浜軍が担当と決定。
    これにより我隊は、北東部地域に戦術機部隊・戦車自走砲部隊を配備。
    該当戦域上陸BETA総数・・・中型種以上で1,800・・・。」

「・・・・中型種以上で1,800・・・か。小型種を含めば3,000以上。それを実質108騎で防げたぁ無茶言いやがる。」

「・・・二ノ宮、発言は許してないぞ。」

「Yes,Sir―――独り言であります。以後慎みます!」

「・・・・。」

「・・・続けます。
 1026 海岸部地雷原は小型種が接触し誘爆。
    BETA主要部隊は、ほぼ10kmに及ぶ帯状に侵攻。
    本隊は、戦車隊・自走砲隊を定点待機とし、戦術機甲部隊によりBETA群を3つに分断誘導。
    分断作業にて〈Luin-11〉、〈Pilm-08〉、〈Axe-09〉戦死。
    続く誘導中に〈Spear-08〉、〈Spear-12〉、〈Glaive-10〉、〈Pike-09〉、〈Halberd-11〉、〈Axe-07〉戦死。

 1046 BETA群、定点到達。
    集中砲火により、BETA群の6割を殲滅。
    以降、中隊単位で掃討継続。」

「・・・・ここまでは・・・まあ、いい。
誘導殲滅作戦も上手く行っていた。
向こうさん[斯衛・国連]も合わせれば、師団規模のJIVES演習など、我が隊でも初めてのこと。
このリアリティじゃ、全員ド肝を抜かれたろう。」

「――前に遣ったことのあるJIVESに比べて、格段にリアリティが上がってます!!
装甲を齧られて、頭を噛み付かれる所まで見えたんですからッ!!」


・・・余程、怖かったらしい。中隊長の春原までが涙目だ。

実際に戦術機を動かし、一方で網膜投影と閉鎖空間での通信によって、視覚と聴覚を支配されている為、尚更現実感が強い。
戦術機の感触も、匂いも、そして噛み締めた血の味さえ本物。
入ってくる音はとても合成音とは思えない迫力だし、何よりもBETAの動作、反応、質感が確かに以前とは格段に上がっている。

今までの対BETA訓練は、殆どがシミュレーション。
実際シミュレータの映像は、風景までも全て実写合成であるのだが、どうしても動作時にはその繋ぎに違和感が残る。
対してJIVESは現実の機体カメラ風景に、BETAや味方戦術機の損害シーンだけがオーバーレイする手法であり、そのリアリティは圧倒的に違う。
特に今回のJIVESでは、体験者に拠れば機体を喰い破られBETAにが醜悪なその姿を見せて襲い掛かって来る様に、本気で現実かと思い、“死”を覚悟したほど・・・・その瞬間までが、極めてリアルに再現されている、と言う事である。


「・・・シミュレーションで訓練狎れしたヤツほど、実戦でアッサリ死ぬ。
シミュレーション訓練でも“死”への強烈な忌避感を与える為に必要なこと、だそうだ。」

「・・・・。」

「ま、新兵がビビって竦み上がりチビる程のリアリティなら、言うことないだろう。
“死の8分”を越えられなかった9名、お前らにはまだチャンスが在る。
この経験を生かせるか否かで、イザ本当の戦場に立った時、生き残れるか否かが決まる。
怖いと思うなら、今回の自らを猛省し、次に何をしたら生き残れるのか、熟考しろ。」

「「「「い、「「「「「 Yes,Sir!!! 」」」」」」」」」

「・・・神谷、続き頼む。」

「はい・・・。
 1104 BETA第2波上陸開始。
    機甲部隊・戦車隊自走砲隊は砲弾切れにより既に撤退、
    戦域上陸BETA総数、中型種以上で1,600。
    残敵掃討中、海岸部に最も接近していた、スティルランス大隊と接敵。
    続いて、グレイヴ大隊、ハルバード大隊の順に交戦に入りました。
    状況は混乱―――。
    数が多いためコードは割愛しますが、スティルランス大隊にて15騎、
    グレイヴ大隊で13騎、ハルバード大隊で12騎が混乱の中喪われています。
 1114 〈Halberd-01〉、〈Axe-01〉、〈Spear-01〉が、ハルバード大隊と交戦していた
    BETA主要群を誘引。
    スティルランス大隊と合流、スティルランス大隊後方避退。
 1118 〈Halberd-01〉がS-11システム起爆。
    戦域BETA群の約7割を殲滅。
    以降、生存部隊により残存BETAの掃討に入ります。
 1148 残存BETAを殲滅完遂。
    本体の戦域掃討終了を以て、JIVES-CASE-141a 新潟侵攻防衛戦は完了しました――。」


・・・・・誰も何も口にしない。
それどころが、身じろぎする音一つしない。
そう・・誰もが判っている。

BETAの唯一にして最大にして戦略、理不尽と言われる物量。
人類の逃げ道を閉ざした、光条で制圧された空。
地面という身動き出来ないエリアに在って、この膨大な物量と対峙しなければならない。
実際〈 Halberd-01[七瀬]〉のS-11が分岐点、なのだろう。


「・・・七瀬・・・」

「はっ!」

「・・・判ってるな。」

「・・・・。」

「貴様の選択、軍としては上等だ。2階級どころか、3階級特進の上、勲章ものだ。」

「・・・・。」

「・・・だが、自分は一切評価しない。
貴様の行為は、後の責任を生きるものに押し付けた無責任な行為だ。
あれを、・・・部下に命じたなら評価しよう。
だが、自分で遣るのは、愚の骨頂。
部下にやらせない選択をするのならば、あの状況に陥らない[●●●●●●●●●]手管が在るはず!
それを導き出すのが、大隊長の責任だ!」

「ッ!!、はッ!!」

「・・今回はたった[●●●]3,400ポッチのBETAに、この体たらくだ。
今現在、佐渡島ハイヴに潜むBETAは、少なく見積もっても15万と予測されている。」

「「「「 !! 」」」」

「・・・・状況は極めて厳しい。
それでも我々は、この愛しき祖国を護り、佐渡からもBETAを駆逐しなければならない!

今日のこの数字は、・・・・・とても胸を張って“殿下”に報告できる数字じゃないな・・・。」

「・・・・・。」


それ以上、誰も、何も、言うことはなかった。






抑々、今回の合同実弾演習の誘いは殿下の思し召し、極めて僥倖だと思っている。
この連隊だって中部地区守りの一角等と言われながら、実態は構成衛士の50%近くが現実のBETA戦を体験していない新兵[●●]
基地のシミュレーションでは最大でも大隊規模36騎までしか演習できず、連隊や師団単位でBETAと当たる今回のような広域JIVESは、実施されることも稀なのだ。
相手が仮想映像でも実機を動かし、実弾を撃つのだから、噴射剤も燃料も弾薬も大量に消費する。
流石に環境の問題から今回劣化ウラン弾は使用していないらしいが、今回の演習に関しては、弾薬・燃料全て斯衛持ちらしい。

事前に大隊長以上で行った打ち合わせでも、斯衛も頭を痛めているとの事で、今回の目的の一つが、新兵[ルーキー]のキャリアアップと言われ、頷いてしまったのは確かである。
それでも、今回の演習規模・クオリティを見る限り、その効果は計り知れない。
ベテランでさえトラウマを深く植え付けそうなリアリティは、ここで“死の8分”を越えられなかった者たちにも次のチャンスを与えてくれる。
最悪PTSDを出す者も居ると言われたが、これでPTSDに落ちるくらいなら、どうせ実戦でも生存は望めない。
高価で貴重な戦術機と、周囲の僚機までも巻き添えにされる可能性を考慮すれば、さっさと戦術機を降りて、後方で頑張ってくれたほうが余程マシと言うものだろう。
この5日間に予定されている訓練は5回と聞く。
その5回で、どれだけのモノを掴むことが出来るか。
それが我々に課された課題であり、これから戦地に向かう兵士への殿下の餞と言ってもいい。

流石に今日の9時に集合ってことでありながら、何の挨拶もろくにしない内に9:02には演習用の偽Code991が発令されたのには呆れたが・・・。
師団長の加藤少将は、合同参謀本部ということで、帝国軍東部方面参謀本部、及び、斯衛軍統合司令室が合わさった臨時新潟防衛総合司令室内。
尤もこの状況じゃ指令も指示も何もない。
初回だって、おおまかな戦域の取り決めが交わされただけである。
寧ろ情報収集を行なっている、というところか。
帰ってきてからチラッと聞いたところによると、殿下はその司令室にも入らず、戦場を見据え屹立する武御雷のハッチに立って、ずっと戦場を見つめていたらしい。
・・・演習中ずっと片隅に展開していた映像のままに。

国土を護る衛士が身命を尽くしているのに、何故ワタクシが安穏としていられましょう?

・・そう言って演習が終了するまで、11月の木枯らしに吹かれていたと言う。
強化装備を着用しているから問題ないのかもしれないが、もう少し体も大切にして貰いたいところである。



一方で、今回の演習は、過日急遽頒布されたXM3の実戦検証の場、とも公言されている。


先月の末に、突如公開された衝撃的なシミュレーション映像。

光州作戦の撤退戦を模したと言われるCASE-29、難易度Sで獲得スコア340万。
噴射跳躍で光線属種の位置を明らかにし、即時殲滅していく。
無限に湧いてくるようなBETA群を巧みに翻弄し、NPCの友軍を撤退せしめた。

そしてCASE-01、ヴォールクでは同じく難易度Sにて、エレメントで突入。
最早世界最高記録どころではない。
今まで中隊規模で最下層到達が最高記録だったのだ。
反応炉破壊、ハイヴ崩壊、BETA殲滅70,000の上に無傷で生還。
その獲得スコアは4,700万と言う最早出鱈目。
プラチナ・コードと呼ばれるそれは、虚偽でも詐術でも無いことが各国の様々な解析によって証明されている。
シミュレーション故の甘さが在ることは否めないが、少なくとも正規の状況で、アレだけのスコアを叩き出せる者が存在する、と言うことは確実だった。

此処からは噂の域であるが、そのプラチナエレメント、α-1が、帝都城の一騎打ちであの[●●]紅蓮大将を下した“白銀の雷閃”白銀武国連軍少佐であり、α-2がユーコンのブルーフラッグAH戦に於いて、F-22Aを駆るインフィニティーズをたたき潰した“漆黒の殲滅者”御子神彼方国連軍技術大佐だ、と言われている。
斯衛の内部事情ゆえ正規な談話ではないが、少なくとも本人達も否定していないらしい、と。


噂は正直どうでもいいが、問題はその奇跡のシミュレーションや紅蓮大将一騎打ち、そしてブルーフラッグAH戦で多大な戦果を成し得たOSが、全て“XM3”と言う新しいOSであった事だ。
白銀少佐が提唱し、御子神大佐がプログラムしたOS、それがXM3。

しかもこれもまだ噂の域なのだが、BETA大戦の混迷に心痛めた殿下が、国連横浜基地に属する二人に依頼した、と言うのが専らの定説である。
抑々、御子神彼方大佐はもはや“伝説” と化している“弾劾”の実行者とされる。
極端な排他主義と徹底した利己主義に猛烈に毛嫌いされている横浜の雌狐なら兎も角、御子神大佐なら悠陽殿下が依頼してもおかしくはない、との話になっていた。
実際何の思惑があって二人が国連横浜基地に属しているのか不明だが、佐渡ヶ島ハイヴのみならず、元凶であるオリジナルハイヴ攻略すら視野に入れているから、と言う話も伝え聞く。
その真意はどうあれ、ダウングレード版とは言え、XM3LTEを世界にまで公開なぞ、横浜の雌狐では絶対しない、との事だし、自分でもそう思う。
一部で重要な軍事機密を何故?、と言う声も在ったが、二人が国連軍所属であること、引換に戦術機関連の重要パテントの相互利用や、現行CPUで動かす普及版のロイヤリティが帝国軍技術廠に入る事などもあり、参謀本部も黙ったらしい。

そして実際XM3は、殿下麾下の斯衛軍のみならず、帝国軍にも技術廠によって不知火どころか撃震のCPUにまで適合させたLITE仕様として極めて迅速に頒布されたのである。
生存率に深く関わる操縦性要素ゆえ、シミュレータで確認の上インストールの可否判断は操縦者に任せる、ということもあり、最初は怪訝な扱いではあったが、その導入効果は実際計り知れなかった。
何よりもその“硬直時間”の無い操作性は、素晴らしい。
最初こそ即応性に戸惑いもするが、一度慣れてしまえば、もとのOSに戻れるわけもなかった。
それに触れた衛士は、自らの生存率に直結することが理解できてしまったからこそ、それが例え当初米国の傀儡と見られる国連横浜軍から齎されたものであろうと、捨てる要素はない。
発案者と製作者が広く知られてからは、その嫌悪感さえ薄まった。
勿論、未だに懐疑の念が帝国軍から消えたわけではない。
未だに訝しむ者が多数存在していることも、確実。
それでも自分としては所属こそ国連軍ではあるがそれを置いても、少なくともかの二人が殿下の臣であることは、明白に思える。
と言うのもその後の、ブルーフラッグ戦では不知火弐型+XM3でかのF-22Aを下し、AH戦実戦証明が済んでいる。
つまりは、その行動でも米国の強さの象徴を砕き、帝国の威光を示して居るのだから。



そのXM3がBETAに対しても有効なのか、そのトライアルが今回の合同実弾演習の場であった。
プラチナ・コードの公開から言えば、僅か2週間でこの合同実弾演習に持ち込んだ、とも言える。

では、そのXM3はBETAに対して使えたのか、と言う評価をすれば、“極めて有用”とするしかないだろう。
自分とて連隊長、自らの隊の実力ぐらいは、ある程度正確に把握しているつもりである。
少なくとも、今回の演習規模の場合、旧OSでは唯の1騎も残らなかっただろう。
1連隊で旅団規模のBETAを殲滅し52騎が残るなら、本来上々の成果と言える。

だが、それではダメなのだ。
それは、七瀬が遣った特攻に近いのだから・・・。

佐渡ヶ島ハイヴは今尚ジワジワと拡大を続けている。
間引き作戦は島嶼に構築されたハイヴ故一向に芳しくない。
正直なところ本土防衛軍だけであれば、今回の様な師団規模どころか旅団規模の侵攻ですら持ちこたえられるかどうかあやしい。
今回の想定で師団規模の侵攻に耐えたのは、斯衛、国連軍が分担し、適宜防衛に当たったからである。
本格的な再侵攻が始まり、軍団規模が再上陸すれば、帝国軍も斯衛軍もないのだ。

それを理解しているからこその、合同演習なのであろう。





「―――さてと、落ち込むのがデブリじゃないぞ。
各人が“戦死”した状況や、そこに至る経緯、改善箇所は、後で中隊や小隊規模のデブリを行う時間を取るから、そこでしろ。
ここでは、“連隊”として取り得る生き残るための“戦術”をブレストする。
本来中隊長以上が対象だろうが、な。
・・・・例えば七瀬、何か具申があるか?」

「はっ!
では僭越ながら具申させて頂きます。
今回の様な広範囲に渡る侵攻に対する防衛戦で、重要と成るのは如何にBETAを誘引し、効果的に殲滅し得るか、と言う一点に集約されると愚考します。」

「・・・ほう・・。そのココロは?」

「はっ。
ご存知のように戦術機単騎の持ちうる36mm弾は、最大でも27,000発、120mm弾に至っては24発のみと成ります。
120mmは特に大型種に対する手段であり、また長刀による近接戦闘は実質10体も切れば脂肪様物質が付着し極端に切れ味が減退するため、我々の様な一般衛士には戦闘継続性に乏しく、緊急時以外の戦闘手段にしかなりえません。
故に、BETAに対する主要な兵器は36mm砲、と言う事に成ります。

実際通常集団で突進してくるBETAには、ほぼフルオートにて掃射が行われ殲滅しておりますが、これは毎分900発をばら撒く事となり、単純計算では実効30分で弾薬が尽きる事になるのは必至。
しかし今回のケースで見ても、相対したBETAは旅団規模、小型種迄いれれば約6,000としても、戦術機3個大体分の使い切った総数で勘案すると、BETA1体あたり、50発近い弾を使用していることに相当します。
BETA総数の8割が小型種・中型種であることを考慮すれば、この数字は殆どが無駄弾。
更に、戦車部隊や、自走砲部隊、・・・後の私の愚行で削減したBETA数を鑑みれば、正確には更にキルレートは悪化し、300近い数字になるやも知れません。」

「・・・つまり、戦術機のキルレートを上げなければならん、と?」

「はっ。
その様に勘案したします。
先の経緯に在るように、BETA第1波に対する、分断・誘導・殲滅の戦術は、極めて有効であったと評価します。
途中の損失は各自の練度や隊の連携を強化していけば防げるものであり、戦術そのものの失策ではない、と認識しております。
我々には、連隊や師団規模でシミュレーションを行う設備がなかったため、BETAに対する対抗手段の訓練は基本、各個殲滅、でありました。
勿論戦術機のキルレートを上げるためには、勿論戦術機の練度を上げ、無駄弾をなくす事も肝要ではありますが、衛士の技量が突然に上がる事は期待できません。
そしてBETAは集団で侵攻してきますが、決して密集はしてはいません。
そこで適宜BETAを誘引し、集結させることで集中砲火によるキルレートの向上が見込める、と愚考した次第です。」


成程。大隊長として考えていないわけでもない、と言うことか。
誘引に依る、包囲殲滅、乃至、S-11等の使用による広域殲滅。
その有効性は、戦車大隊や自走砲大隊との戦術でも証明されている。
小回りが利かず、前面には出せない彼らを効率よく使う手段とした戦術では在ったが、戦術機にも同じ事が言える、か。


「・・・他に具申はあるか? 日高、グレイヴ大隊長とてなにか在るか?」

「は。自分も七瀬の具申に賛成であります。
ただ、今回の演習は我が隊のBETA殲滅を以て完了しました。
同時に演習を行っていた、斯衛軍や、国連軍が如何にしていたか、参考にすべきと愚考します。
特に、白銀少佐の実機機動には、正直興味を引かれます。」

「・・・そうか、それも一理、だな。
そういえば、ダイジェスト映像が配布されていた。

・・・・では如何な戦術でBETAを駆逐するか、それを念頭に、“先駆者”でもある、白銀少佐の機動でも見てみるか。」


配布されていた映像から、国連横浜軍のファイルを選んだ。


Sideout




Side OOO(とある帝国軍戦術機甲部隊中隊指揮官)


何なの!? これは――――。

開いた口が塞がらないとは、こう言うことを言うのだろう。



昼飯の喫飯後始まったデブリーフィング。
戦術機甲連隊として、散々だった内容。

個人としても・・・・・正直凹む。
正面装甲を戦車級に喰い破られて、目があったときにはチビったし・・・。
強化装備が排泄処理機能を持っていてくれて、ホント助かったわ。
余りのリアリティに思わず本気で“死”を覚悟して恥ずかしい台詞まで吐いてしまった。
黒歴史だわ・・・。


此処は佐渡からの直射範囲に入らないよう、弥彦山を挟んで旧燕市公民館辺りに陣を引いた、合同参謀本部。
打ち捨てられた公民館の大ホールを借りての、戦術機甲連隊全員、衛士108名+CP1名の全体会議[デブリ]

合同と言いながらも、今まで訓練もしたことなければ、装備からして違う3軍。
斯衛軍は武御雷と瑞鶴だし、横浜軍は不知火か一部あの[●●]弐型と武御雷が居る。例のXFJ関連篁大尉の関係だろう。
ウチは不知火、陽炎、撃震の混成だ。
命令系統さえ全く異なる3隊は直ぐに連携など取れるはずもなく、取り敢えず第1回はエリア分け、となったのも仕方がない。
生“白銀の雷閃”観たかったなぁ・・・。


で、肝心の演習は誰が設定したのか、9,000にも登る旅団規模を越えた師団規模のBETA侵攻。
担当エリアだけでも合計で3,400、旅団規模に十分近い大集団だった。

それを、例え半数を喪ったとて、一個連隊で殲滅出来ただけでも本来なら特筆もの。
これも機動性を飛躍的に向上してくれたXM3の恩恵となれば、開発を依頼し、効果を見るや即時全軍への展開を計って下さった殿下への感謝に絶えない。
確かに連隊長が言うように、継戦維持と帝国の未来を思えば、まだまだ満足しちゃイケナイ内容なのは解かるけど・・・。
七瀬大隊長の指摘も理解する。

―――でもどうやって?
それが、正直偽らざる気持ち。


そんな中、連隊長が映し出したのは、他隊の戦闘情報だった。

――――のだが!





・・・確かに、見たことがある。
どことなく現実感の薄い“空”を翔け、放たれる光条を躱し、光線級を優先して潰しながら、上空からの広域掃射を掛けるその姿。

画面には、機体が肩部スラスターを配した不知火・弐型に変わったが、国連ブルーの配色は同じその姿。
その機体が、初冬の日本海側気候、どんよりと曇った本物の“空”を、切り裂くように飛翔する。

以前見たシミュレータ画像よりも、更に鮮烈に、鋭利に・・・。
一切の外連なく“空”を翔るその姿に呆然としていたが、いつの間にか涙すら浮かべてしまっていた。



そして驚愕から感動、漸く冷静になってくると、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”のその機動の意味も理解できてくる。

白銀少佐は、担当戦域海岸を一気に甞め、上陸した光線級を優先的に排除するとともに、浅い掃射で上陸したBETAのターゲットを取り、一気に誘引したのだ。

そしてエリア端に達すると、しばし近接戦闘。
基本地べたを這うしか無いBETAにとって、光線級を排除し制空権を確保した上で、宙を舞う白銀少佐は正に天敵。
勿論、佐渡本島や、隣のエリアからのレーザーも在るわけで、高い高度は取れないが、突撃級の背中をバック転で飛び越すような事をする人は、今のところ彼だけだろう。


そうやって周囲に突撃級を集めたところで、白銀少佐は先程来た道を折り返した。


スピードと言う点で言えば、BETAには極端に足の早い突撃級と、それ程でもない種の2種に分かれる。
故に距離があれば、どうしても到着時間に差が生じ、一気殲滅し難いのだが、白銀少佐はそれを承知で突撃級を集め、その上で向かってくる要撃級の群れに、単騎突っ込んだ。


そして要撃級と少佐を追った突撃級が正面からぶつかった時、十字砲火がその密集したBETA群を打ち砕いた。


白銀少佐が要撃級の群れのど真ん中を抜けた先には国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-01部隊として今回参加した機密部隊、通称伊隅ヴァルキリーズが待ち構えていた。



元々国連太平洋方面第11軍、通称国連横浜軍に属するA-0大隊は、極秘作戦に従事するTASK FORCEであり、公表されているのは、ごく一部だけ。
A-0大隊長が白銀武少佐、A-00中隊長が神宮司まりも大尉。
A-01中隊長が伊隅みちる大尉、顧問として御子神彼方技術大佐がついている、ということだけである。
XFJ計画を成功させ、試01式を導入した篁唯依大尉も一時的に属しているのは、ブルーフラッグ戦の経緯もあって結構知られているが、それ以外の隊員については、名前すら明かされない。

そして、今回の第1回合同演習に参加したのは、A-01中隊12騎、A-00中隊からは、〈Thor-01〉白銀少佐ただ一騎。


その一個中隊+1騎で、誘引したBETA約800を上陸開始から僅か30分で殲滅せしめたのである。



戦力が一個中隊の規模故、担当したエリアが少なかったことは確かだ。
それでも、我々の凡そ半分のBETA群を、1/9[●●●]の戦力で、半分以下の時間で殲滅した。
しかも、BETA第1波による損害は、0。


・・・・背筋が寒くなるのは、仕方ないよね?



けれど、それは奇しくも七瀬大尉の主張と同じ。

徒に弾薬を消費するのではなくBETAを誘引し、密集度を上げ、固まった所で一気に殲滅する―――、その言葉を、理想を、既に実践しているのが白銀少佐であり、白銀少佐の元で鍛えられたに違いない、伊隅ヴァルキリーズのメンバーなのだ。






だが、更に驚愕したのは、そこではなかった。


その後、白銀少佐は手持ち無沙汰とばかりに、3大隊規模で、1,700のBETAと相対していた“隣”[斯衛軍]を手伝いに行ってしまった。
少佐自身は、そこでも見事な単騎翔けを行い、もう“作業”張りに戦域光線級を殲滅してしまった訳だが、流石に海岸線30km余りを駆け抜けたのである。
BETAが埋め尽くす海岸線は、そうそう簡単には戻れない。
当然残った伊隅ヴァルキリーズが、上陸してきた第2波BETAの殲滅を担当することになった。

それ故判明したのは、なんと、伊隅ヴァルキリーズの中にも光線級の照射回避を行える者が、少なくとも3名存在したと言う衝撃の事実!
勿論、白銀少佐の機動に比べれば、高さも低く回避行動もどこか危なげで心許ないが、確かに噴射跳躍から光線級の照射を誘い、それを回避しているのである。
光線級の次射へのインターバルを利用して強襲した他隊員が叩くという連携で、出現した光線級を次々に排除していった。

その様子を見るに、恐らくは彼女たちも実戦形式のJIVESでは初めての挑戦だったのであろう。

最初の跳躍や強襲はぎこちなくさえ在った。
だが、2度、3度と数を熟して行くに連れて、跳躍時のレーザー回避も、光線級への強襲撃破も、徐々に洗練されていくのが見て取れる。
全部を一人で実行してしまう白銀少佐の様な破格の機動は出来ないにしても、中隊として役割を分担することで、全く同じ成果を上げている!


大規模実弾演習というこの場で、白銀少佐にすら頼らない、中隊規模の対BETA防衛戦術構築に果敢に挑戦するその姿―――。

伊隅ヴァルキリーズは、それを目の前で実践しているのだ!!




――――この事実に気付き押し黙ったのは、私だけではない。

乗っている機体は不知火。使っているOSは正規とLITEの違いは在れ同じXM3。
聞いたところによると、光線級の照射回避はリミットレベル4の反射が行えれば可能、とも。
・・・つまり、我々でも切磋琢磨し、XM3に習熟すれば、あの戦術が使える、と言う事に他ならない。

確かに彼女らには白銀少佐という、偉大な先駆者にしてお手本、そして指導者が居た。
だが、それ以外の条件は同じと言っても過言ではない。
その戦術が、可能性が示されれば、出来ないことはない・・・筈。
・・・・というか、遣るしかない!


ふと気づけば、周囲の反応も同じ。

先程までの打ち拉がれた風情は、どこにもない。
XM3の齎した異次元の機動。
それを使いこなせれば、BETAの波を単騎でも突っ切るコトが可能。
それは例え単騎では無理でも、中隊が、そして大隊や連隊が連携すれば、より大きな戦果を齎し得る。

XM3が、単純に回避による生存率が上がった、などというレベルに留まらず、防衛戦術さえ変えてしまえる“可能性”を秘めたものである、と初めて気付かされた。


そう、このBETA大戦に参戦し、初めて見出した“希望”という可能性を・・・。


Sideout





[35536] §62 2001,11,10(Sat) 23:00 三条市グリーンスポーツセンター跡
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Date: 2015/03/06 21:15
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'15,01,04 斑鳩閣下の名前変更
'15,01,31 語句統一
'15,03,06 誤字修正


Side 巴(斉御司巴帝国斯衛軍第2連隊長)


「・・・それで、依然彼方からの連絡は無し、・・・か?」

「・・・残念ながら何もありません。こっちからの呼びかけも、今は繋がりません。」


応えたのは、ピンクの“森羅”専用強化装備のままの純夏ちゃん。
その隣で今は紫の斯衛軍服に着替えた“殿下”が、辛そうに俯く。
・・・姉上。
声には出さずに、確かにその口元が動いた。

純夏ちゃんはすぐその肩を抱く。
何も言っていないが、森羅を装備した彼女は恐らく通信管制など秘匿回線に至るまでバックグラウンドで処理しているのだろう、彼方が何らかの連絡を入れるとすれば、間違いなく純夏ちゃんなのだ。

周囲に居る者は“殿下”の事情を知り、その護衛となっている者だけ。
タケ坊は、流石に“明日”を前に部隊から離れるわけには行かず、今は居ない。
閣下も、崇継も、そして“殿下”の直衛を務める月詠中尉も沈鬱な表情。




此処は、三条市でも奥早出・守門と言った山際に近い裾野に建設されていたスポーツ施設跡地。
跡地と言っても西日本から佐渡までBETAが蹂躙した際、幸いにも山中は通過しておらず、建物も周囲の植生もほぼ完全に残っていた。
今回の合同演習にあたり、帝国軍東部方面参謀本部及び、斯衛軍統合司令室は、合同参謀本部を設置している。
拠点は3地点。
帝国軍東部方面参謀本部は弥彦山山麓に近い燕市公民館跡、国連太平洋方面第11軍は燕市スポーツ施設体育センター跡、そして帝国斯衛軍はここ三条市グリーンスポーツセンター跡地に陣を敷いた。
臨時新潟防衛総合司令室も、この地に置かれている。


予測される佐渡からの侵攻で尤も可能性が高いのは、横浜ハイヴ奪還を含む首都圏への侵攻である。
佐渡からの場合、そのまま海底を真直南進すれば旧柏崎に達し、旧小千谷、旧魚沼を抜けて旧関越道を進みそうだが、実際はそうでもない。
日本海の海底地形を見ると判るのだが、佐渡南東海底から富山湾に掛けては急峻な海淵を伴う深い海盆が繋がっており、かなり切り立った地形となっている。
一部には谷を渡る峰も在るのだが、狭窄した尾根筋は大群の侵攻には適さない。
それ故BETAが侵攻すると考えらるのは、一旦佐渡の北東側のなだらかな海底を進み、そこから南進して新潟平野に上陸するルートだった。
元々呼吸を必要とせず進むBETAは海底の侵攻でも問題ないのだが、水の抵抗自体が大きく進軍速度は制限される。
よって海盆の迂回地点から目標の関東に向けた近場に上陸する、と予測されていた。
それが今回シミュレーションで繰り返している、新潟空港から弥彦山麓までの範囲である。
その範囲にBETAが上陸した場合、防衛戦が突破されれば信濃川沿いに小千谷まで遡るのは必至で、合同参謀本部を設置したこの3地点はそれを遮る防衛ラインそのものでもあった。
新潟平野は元々広く水田が広がっていた平らな土地であり、光線属腫の射程が取りやすく脅威に晒されやすい為、最終拠点である総合司令室は山際の尾根間にあったこの施設を利用している。


ここは、そのグリーンスポーツセンターの研修室。
臨時に殿下の居室とされたことで電気も煌々と点いてはいるが、纏う空気は重い。




「・・・でも、大丈夫だと思います。」


その沈んだ雰囲気を断ち切るように、キッパリと純夏ちゃんは言い切った。


「・・・純夏、それは・・・?」


一縷の希望を繋げたい、そんな縋るような表情で“殿下”が確かめる。


「通信が繋がらなくなった[●●●●●●●●]、からです。
彼方くんが単独で危機に陥るなんてまるで考えられないし、捜索中の状態なら繋がらないことは無い。
・・・そう考えると、逆に何らかの進展があったからこそ繋がらない、と考えるのが一番しっくりするんです。」

「・・・・成程、彼方であればこそ、それもあり得る、か・・・。」


彼方をよく知るだろう崇継が、寧ろ呆れと若干の安堵を携えて、ため息を落とした。








過日、浜離宮での秘密会合を終え、地下の極秘ルートで帝都城に戻った筈の殿下は、そこで忽然と姿を消した。
御傍付きであった月詠摩耶大尉ですら、気づかぬうちに。
私や崇継そして閣下も、予想外に濃い彼方の長話に押されすでに刻限の差し迫った出立へと気が向いていたのは確かだ。
その隙を突かれるように実行されたであろう拐取は、鮮やかすぎるほどであった。
一切の痕跡が認められれなかった。


九條、ひいては第5計画派の標的は第4計画派であり、現段階に於いては何の力も持ち得ない殿下にその矛先が向くことがない、という油断もあった。
勿論続く大粛清に向けて城内の警戒度は高く、九條や、その繋がりありと見做される所謂“捕縛対象”は、係累に至るまで帝都城から完全に遠ざけており、草々その膝下で殿下の拐取等が実行される状況には無かった。
何よりも今の段階で殿下を弑逆したところで、国連横浜基地と繋がりを持つのは榊首相であって殿下ではない。例え政威大将軍が新たに指名されるとて、その第1候補は此処に居る斑鳩家当主・崇継だったりする。
既に第4計画と第5計画の本質を知る崇継がその判断を誤るわけがない。

それは余りにも九條や第5計画派に取っても利のない策略。
故に、完全に別派閥の思惑や、殿下自身のお考え、と言う可能性さえもが考慮された。
けれど、BETA侵攻が予想されるこの状況に於いて殿下自身が身を隠す意味など見いだせず、さりとて現在に至るまで別派閥の誘拐犯から何の連絡も要求もない。



事態が生じたあと対策に再度集まった折り、単身・・・と言うか、その場で自らの失態であると切腹まで申し出た月詠大尉のみを連れ、捜索に出たのは彼方だった。
せめてもと第2連隊の1大隊を付けることも勘案したが、それも彼方に却下された。
使うかどうかも解らない手数ならば、新潟を頼む、と。
技術大佐として、用意すべきものは全て用意した。実戦で俺は居なくても戦況はそれほど変わらないが、大隊一つは全く意味が違う、と言われればその通りで引くしかなった。
彼方は帝都城と、横浜基地でいくつかの指示や仕込みをしたあとに、いつの間にか姿を消したという。

そして今は連絡を絶った彼方に任せるしか無いのが現状である。



そう―――極めて冷酷な言い方をすれば、今、殿下が喪われても状況は変わらないのだ。
しかし、此度のBETAの再侵攻が現実のものとなれば、最悪は帝国そのものが滅ぶ事にもなりかねない。
斯衛連隊規模、帝国軍まで含めれば師団規模の出征を目前にした今、殿下の失踪を公にすることも出来ず、広域捜索など掛け様もなかった。

窮余の策として、A-00中隊に仮配属となっていた“殿下の遠縁”に上官であるタケ坊から影武者を指示して貰い、その警護小隊もA-00に臨時編入する事でその警護を任せつつ、合同実弾演習は強引に挙行されたのである。
警護担当者が、殿下の御傍付きである月詠大尉[●●]と従姉妹で、その風貌も極めて似ていることも好都合だった。
故に中尉[●●]は今、度の無い眼鏡をかけている。


そして少なくとも此処に居るものは、“青”を纏う今の“煌武院悠陽殿下”派。
殿下と“遠縁の娘”の内情も知っている。
私と崇継は今まで直接の面識がなかったが、閣下にとっては弟子でもあり、どうも既にタケ坊の“嫁”と言う事情もこれまでに垣間見た彼女らの風情からなんとなく察せられた。
思ったよりもタケ坊がヤルのかと思ったのだが、そっち方面は尻に敷かれている感が否めない。
・・・ま、それこそがタケ坊だが。
その上で純夏ちゃんとも仲がいいことで、タケ坊の代わりに純夏ちゃんが今此処に居たりする。

勿論“殿下”は、此処に来てからも部隊へ露出は最小限とし、演習中は本人の希望もあって常に戦場を見据え、その姿は遠景でしか伝えていない。
ここにいる事情を知るものも部隊指揮官として実弾演習に参加してしまう状況では、総合司令室に居てもらうわけにも行かないのだ。
さりとて居室に引きこもるわけにも行かない。
流石は殿下の縁者にして閣下の弟子ともあり、“殿下”になり切った時の威風堂々たる覇気は戦場に在るものとして申し分なかった。
他者に接触させないための苦肉の策も、戦場にて共に戦う姿、と好意に受け取られ斯衛・帝国軍問わず士気を高めたのは思わぬ棚ボタであった。


それでも、素では肉親を心配する一人の少女でしか無い。




「・・・当面そちらは彼方に任せるしか手がないのう・・・。
儂らは、明日に迫ったBETA再侵攻を阻止し、殿下の戻られる“場所”を死守するしかあるまいて。」

「フム・・・。やはり“明朝”で間違いないのだな?」

「―――はい。
此処に来てハイヴ全体のポテンシャルと言うか、緊張感が高まって居るように感じられます。
恐らくは、遠征するBETA群に、エネルギー供給を施しているんじゃないか、と・・・。
まだ侵攻レベルとは言えませんが、斥候レベルでは海底に存在しているBETAの密度も、急上昇しています。」


崇継の問に、あっさり応える純夏ちゃん。
タケ坊も暫く見ないうちに飛んでもないチートになっていたが、純夏ちゃんもそれに負けていなかった。
幼少より今ここにいる“殿下”と同じ、閣下の“弟子”として精進し、剣術では無いものの拳闘を極めし者。
フィニッシュブローは、タケ坊を成層圏まで打ち上げる威力があると聞く。
閣下の奥義すら伝授された謂わば“皆伝”。
その上で、00ユニットという破格の情報端末“森羅”の、現状唯一の適合者。
聞くところによると、戦術機機動もタケ坊並に熟せるらしい。
“森羅”を展開した純夏ちゃんは、十分化け物クラスだそうだ・・・ただし対人戦は。

対BETA戦となると、“知識”は在るらしいが、その知識と“機動”が繋がらない。
すなわち、対人戦は幼少からの積み重ねにより“経験”に培われた動作モデルが既に確立されているが、生BETAと戦ったことの無い純夏ちゃんは、その動作モデルが構築されていないのだ。
“森羅”と適合する事でなまじ知識があり選択肢が多いことから、どうしても考えてしまい反応が遅れる、ということ。
復活して時間が浅く、シミュレーションでの経験もまだまだ足りず、それよりも戦域管制に集中してもらうため、結局この演習でもA-00中隊に警護小隊を引き込む数合わせも含め、V-JIVESの時と同様にタケ坊の複座に収まることとなった。



「それにしても・・・・大したものよね。
実際、“森羅”無しの第1回演習では、帝国軍の損耗が56騎。
昨夜の第2回は、最初こそ“森羅”の齎す情報の確度に戸惑ったみたいだけど、結果的に彼らも損耗は18騎にまで減らしたし、今日午の第3回では遂に一桁、8騎だったわ。
全て“森羅”の齎す情報の恩恵といっても良い。
正しく純夏ちゃん様々よねぇ~。
斯衛[こっち]は、初回にロストした4騎に特別教練したら、2回目にはビビる奴もいなくなったし。」


私が言うと、皆が苦笑いしている。
斯衛は事前から正規のXM3を与えられ、連隊規模のV-JIVESを使えるあれだけ恵まれた環境で、密度の濃い教練を繰り返してきたのだ。
今更実物に近いBETAに気を呑まれ“死の8分”すら超えられないなど、情けなさすぎるだろう。

それに加え、回を重ねるうちに帝国軍の損耗も目に見えて減少した。
“森羅”が参入したことで、不意打ちが無くなった。
戦域全体のBETA密度と、総数、時間的推移までが知らされることに依って、逐次戦力の再配分が実施できる。
その戦術に慣れている斯衛や国連横浜軍は、剰余戦力による帝国軍の側面援護も出来る。
それに加え、帝国軍側も斯衛や国連軍の戦術からも学び、応用しているらしい。
初回の各個撃破から、今では誘引し集中殲滅する戦法を試すようになっていた。


「最初の“全滅ショック”が効いたんだろう。
連隊規模の実弾演習で、師団規模に当たる想定等基地のシミュレータ程度では不可能、草々出来る経験ではない。
尤も、それでも何のフォローも無しに、初回いきなり損耗が56騎のみとは寧ろ驚いたがな。
事前のV-JIVES想定では8割、良くて7割の損耗だったからな。
―――第12師団“鋼の槍[スティールランス]”連隊、思った以上に剛の者が揃っているらしい。
それだけに初回の反省で戦術を変え、2回目以降参加した“森羅”が齎す情報の価値にすぐ気づき、3回めにはもう“森羅”情報を上手く使っていた。
適応性も極めて高い―――。」

「崇継にしては珍しくべた褒めだけど、実際練度は高いと思うわ。」

「・・・国土を守護する武士として頼もしい限り、ということじゃな。
故に・・・・こんなトコロで喪うわけには行かぬ。」

「「――御意。」」

「・・・殿下もずっとそれを気にして居られた。
必ずや彼方が連れてきてくれるだろう殿下を落胆させん為にも、不甲斐ない戦は出来ぬ。
―――心せよ。」

「「「「はっ!」」」」



閣下の言葉に気を引き締める。
明朝――。
今度はシミュレーションではないのだ。
そこで死したものは、二度と戻ることはない。

そして此度の実戦証明、既に帝国という範疇だけでは無い。
BETAに追い詰められる人類の、曙光となれるか否か。

置かれた状況は厳しく、課せられた希望は重い。


その緒戦がを迎える夜がキシキシと更けていった。


Sideout




Side 千鶴


無機質なLEDライトの下、錆びついた鉄製のドアを、音がしないよう慎重に開け屋上に出る。
もうすぐ日付も変わる。物資の節約も含め22:00に消灯となった後、シェラフを抜け出し此処に来た。

明朝は5時に起床の予定。
勿論、次の第4回目の演習も抜き打ちのため、もしかしたら4時に叩き起こされることもあり得る。
体を休めるもの衛士の任務だと解っているが、高ぶった神経では中々寝付けなかった。

国連太平洋方面第11軍が駐する燕市スポーツ施設体育センター跡。
初冬の日本海側、夜空には低く雲が立ち込め、残念ながら星空は望めない。
なだらかに広がる新潟平野は、今は何の明かりもなく闇に沈んでいた。



昨夜、横浜を発ちこの陣に入った。

迎えてくれたのは、先発した白銀少佐を始めとするA-01、伊隅ヴァルキリーズや遠征してきた整備兵、兵站を行う輸送部隊の面々。
そして、午前11時に開始された第3回目の合同実弾演習から遂にA-00部隊員として参加したのだ。


――今まで積み重ねてきたモノ。

それが揺らぐほど生半可な鍛え方をしてきた積りはないが、本物の戦術機を駆り現実の大地を翔け、師団規模の軍を以って師団規模のBETAと対峙する様は、やはり今までのシミュレーションとは一線を画す。

今日の演習で佐渡島より湧き出たBETAは9,000―――。
そのBETA群に対し帝国軍・斯衛軍・国連軍の合同軍は、若干の犠牲を出しつつも見事BETAを内陸に通すことなく、殲滅せしめた。
JIVESの演習であることは、理解している。
それでもこの演習に参加し、実際にBETAを殲滅し、勝利を手にして生き残ったという高揚感は、早々に消えることはなかった。

その熱を冷まし、明日に備えて少しでも体を休めるために、此処に来た。





私達がA-00中隊に仮配属になることを知らされたのは、総合戦技演習から帰国した次の日。
そしてその夜、戦技演習合格を祝ってくれた会場で、A-01伊隅ヴァルキリーズやA-00部隊に所属する先輩衛士達にも正式に紹介された。

A-01部隊には、嘗ての同期、涼宮や柏木達も先任として在籍していた。
A-00部隊は、一応訓練兵の同期でありプライベートでは白銀と呼ぶ彼が、教官に言われた通り少佐でA-0大隊長で、“教官”も大尉で副部隊長。
時折シミュレータールームで会い、BETAの行動パターンや過去の戦術を調べていた私に様々なデータをくれた御子神さんは、なんと技術大佐で部隊顧問だったりした。
他にもA-00部隊には斯衛軍の篁大尉が出向していたり、一時的な所属だとは聞いたが国連アラスカ基地に居たというビャーチェノワ少尉やシェスチナ少尉までもが在籍していた。

―――余りにもの面子に面食らったのは確かね。

同じ敷地に居ながら極秘部隊と言うことで半年隔てられていた茜たちとは徐々に打ち解けたけど、白銀と教官を除けば雲の上の人、同じA-00部隊の人にはそんなに簡単に慣れることなんか無理。
茜達にも、羨望半分、同情半分と言う目で見られた。
比較されるのがあの人達じゃキツイわねェ、と言った柏木の言葉が的を得ている。

私達は私達と思うしか無い。
A-00の先任は勿論、半年も早く衛士になった茜たちにだってそんな簡単に追いつけるとも思う程自惚れてもいない。




それでも、私たちの原点は、銀河作戦―――。
白銀の経験したあの追体験が、私達の基準点なのだ。

―――神宮司教官にA-00部隊への仮配属が言い渡され、そして試XFJ-01式が自分の機体として渡されたあの日の前日。
南の島のたった1日のバカンスの夜。
私達は6人で集まり、議論を尽くした。


私は、私たちは、確かに衛士への切符を手にした。
そこで、何をしたいのか。
何が出来るのか。
衛士に成ればそれで願いが叶う、と思っていた頃とは違う。
結論なんか出なかったし、想いも、希望もバラバラ。

それでも、6人に共通した願いが1つだけ、在った。


―――何よりも、白銀の傍に居たい、と・・・。



人類の永続も、その為のBETAの殲滅も、崇高な目標であり、重要な手段である。
生きて、生きながらえて、けれどその時にもし、一人しか生き残って居なかったら、それに何の意味があるのだろう。
自らの生存や、見知らぬ人類の存続は、目標であって[]の目的ではないのだ。
だったら、道半ばで死んでもいい。[]に居て、その存在を護る事が出来たのなら、笑って死んで行ける。
それが私の、私達にとっての、白銀武と言う存在だった。


冷静に考えれば、たかが男、である。
何故こんな短期間に惹かれてしまったのか、何処がそんなに気に入ったのか、自分でもよくわからない。
ある意味ヘタレなのに、愚直なまでに人類の永続を目指し足掻くことを諦めないその姿勢に、何処か諦観してしまった感のある外の男と違うものを感じた、と云えばそう言えるかも知れない。
強いて言えば、魂が惹き合った?
そんな言い方の方がしっくりくる。
まあ時期はずれの知恵熱に浮かされているだけかもしれない。
脅迫じみた吊り橋効果―――種の絶滅に瀕した本能的な生殖衝動かも知れない。
今の時代少ないとは言え、他に若い男が居ないわけではない。

・・・・それでも、この先生きながらえ天寿を全う出来たとしたって、白銀以上の存在には出会えない・・・そんな予感が在った。
勿論競争率が高いことも、中でも御剣や鑑がかなり進んだ位置に居ることも理解している。
それでも諦められないし、喪うくらいなら共有でもいい、寧ろ女として相手にされなくても必要とさえされるなら、傍に居たい。


タケルちゃんはね、ヘタレなの。
[]で支えてあげないと、ダメなんだ。


ポツンと言った鑑の言葉が、全てだった。




以来、その為には何をすればいいのか、本気で考えた。今も考えている。

その意味でも、A-00部隊への仮配属は行幸だった。
色々確執も確かにあったが、訓練部隊として苦楽を共にしてきた“仲間”が、今後も同じ部隊で切磋琢磨していける。
何よりも白銀の傍に居られる。
そして、その位置を確実にするためには何をしなくてはならないか。


抑々A-00中隊は、正式名称も“概念実証試験中隊”なのである。
言葉通り、所謂テスト部隊と言うシロモノ。
特殊潜行部隊と付いて“実戦”を標榜しているA-01とは、同じA-0大隊でありながらその趣は全く異なる。
そしてそのメンバーは、単騎世界最高戦力と言われプラチナ・コードの実行者でXM3の基礎概念を作った部隊長や、それを作成しユーコンのブルーフラッグ戦ではF-22EMDまで撃墜してしまった顧問、そしてそのXFJを成功に導いた立役者から、片や教導では富士教導隊でも折り紙つきのエキスパートと言われた副部隊長、更に単騎に依るBETA殲滅数のレコードホルダーなど、世界的な二つ名持ちばかり、錚々たるエースが揃っているのは間違いない事なのよね。

そこに訓練部隊を卒業したばかりの207Bが、仮配属ながら編入されているのは、初期からXM3馴致という環境の特殊性故で間違っても自らの実力ではない、とハッキリ自認している。


だがそう考えると、A-00と言う環境は、逆に極めて恵まれた環境でもあった。
帰国後すぐに特務に付いている白銀や鑑は多忙で既に同じ訓練には参加しないが、教官は付きっきりで教練をしてくださった。
A-01部隊の先任は勿論、更には篁大尉も、後にはリハビリの一環としてシミュレータを始めたビャーチェノワ少尉やシェスチナ少尉にも模擬戦を行なって頂いた。
年齢とかだけではない、私達が安穏のうのうと学生や訓練生を続けていた時、過酷な実戦に身を置きそして生き抜いてきた偉大な先任達。
模擬戦で負けるのは当然、負けることすら嬉しい、そんな気持ちさえ在った。
負けることは学べること、自分の足りないことを気づかせてくれること。
それらを貪欲に飲み込み、咀嚼し、理解していくその毎日。


更に試01式を手にした翌日には、教導モードやアグレッサーモードだけでは飽きたらず、白銀にも内緒、譴責覚悟で御子神大佐に迄依願に赴いたのだ。

その私たちの願いを怒るどころか面白いこと考えるな、と2つ返事で快諾してくれた大佐は、白銀語で言えばマジにチートだったけど。

大佐が私達5人に作ってくれたのは、例の“銀河作戦”追体験時に使った仮想現実[VR]シミュレータ:“VRS”による模擬戦闘システムだった。
映像や音を合成するのではなく、感覚を齎す電気信号そのものを合成する。
これにより再現される感覚は、リアルそのもの。
その上で、御子神大佐はシミュレータやJIVESに登録されているCASEシチュエーションを、全てVRSに“翻訳”してしまった。

そのリアリティは、構成された銀河作戦からも解るように、今回のJIVES以上。
BETAが炭素装甲を喰い破る映像[●●]ではなく、BETAに自分の手足が喰いちぎられる感触も感覚[●●●●●]も忠実に再現出来るのだ。
当然ショック症状を引き起こしかねないので、バイタルをフィードバックしながら痛覚は抑制しているが、自分の脚や腕が喰い千切られる感触と映像は、正直グロである、スプラッターである。
けれど、現実の敗北では当然そういうエンド、それがBETAと戦うということであった。

そして、このシステムの最大の特徴は、仮想現実の再現速度を加速させ、現実時間よりも早い速度で展開出来ること。
つまり、倍速や3倍速で訓練が実行できるということは、同じ時間で人の3倍訓練できるということに他ならない。

単純に技術的には10倍速も可能だが、受動だけではなく能動も行うと言うことで3倍以上は脳神経系に対する負荷が高すぎるらしく、封印。
尚且つ脳の反応速度が落ちたら即強制終了と言うセーフティも付けられて、お願いしたその日の夜には手元に届いた。

それ以来訓練が終わっても、ベッドに入って仮想現実に入り込んでいたのだ。
リンクすれば対人戦も、小隊単位の作戦行動も実施できる。
集中力が切れて、そのまま眠りに入ってしまうのが、此処のところの通例だった。



そんな無茶振りの成果なのか、今日の初JIVES演習でも今更BETAに慄いたりはしない。
リアリティで言えばJIVESよりVRSの方が圧倒的に怖い。あの歯に筋肉や骨が断たれる感触まで知っているのだ。
勿論、そんな補助を借りたって所詮即席の三夜漬け、圧倒的に戦術機の搭乗時間が足りない私達では神宮司大尉や、白銀の指示に従うだけで精一杯であった。
それでも最低限のオーダーは熟せた、と思っている。
全体に貢献できたとはとても言えるレベルではないが、自らのノルマを果たすことで、全体の目標に到達したという達成感。

それを積み重ねることでしか、白銀の傍に居るすべはないのだから。







・・・・それにしても・・・。

冷たげな夜風で、高揚した意識も漸く覚まされたのか、代わりにいくつかの疑問が浮かんでくる。

―――ま、どうせNeed to know、今の私には考えた所で意味は無いけど。


そう、思いを馳せた時、ギギッと小さな音がした。
振り向けば、トクンと何かが胸の奥で弾ける。
そこにはLEDのカンテラの明かりの中、白銀が少し驚いた顔で立っていた。




「・・・消灯時間は過ぎているが?」

「・・・それは上官としてのお言葉ですか?」

「・・・プライベートで構わないさ。眠れないのか?」


砕けた口調にフワリと雰囲気が軽くなる。


「・・・ええ。一応これでもJIVES初陣なの。
まだまだだって事は、自分でも解っているつもりよ。
消灯時間もわかってる・・・学生じゃないから、明日に支障を来すようなバカはしないわ。」

「そういうとこ、委員長はシッカリしてるもんな。
うん、それに初めてのJIVESにしては、驚異的だってまりもちゃんが言ってたぞ。」

「・・・・え?」

「今日のオーダーは、半分出来れば合格レベル、70%で上出来だったらしい。
それを皆はほぼ100%、完遂したからな。
・・・・オレも凄いと思った。
斯衛の新人ですら初陣はビビったBETAを、ものともしなかったもんな。」


ストレートな賛辞に顔が熱くなる。
月が出てなくて良かった。


「・・・そう言う白銀は、悩み事?」

「・・・・・。」

「・・・・・・・本当はね、色々聞きたいこと、在った。
――例えば、“森羅”の声は、電子的加工がしてあったけど間違いなく彼女[●●]の声だったし、戦闘中ずっと遠景で姿が見えていた煌武院悠陽“殿下”は、どう見てもあの娘[●●●]だった。」

「 !! 」

「まだ仮配属で任官もしてないし、褒められて素直に嬉しいけど、まだまだ自分の事に精一杯で、茜達のレベルにも届いていないのは自分たちがよく知っている。」

「・・・・。」

「それでも白銀が悩んいることを共有もできないで、Need to knowの一言で納得しなきゃいけないのが一番不甲斐ないわ。」




今回の遠征は当初XM3初期導入効果実戦検証という名目で、中隊長である〈Garm-01〉神宮司大尉以下、ガルム隊に〈Garm-02〉[]〈Garm-03〉[彩峰]〈Garm-04〉[鎧衣]の3名、
対BETA戦術支援システム、及び、新型炸薬弾の実戦検証として、大隊長でもある〈Thor-01〉白銀少佐以下、ソール隊に〈Thor -02〉[]〈Thor -03〉[御剣]〈Thor -04〉[珠瀬]の3名が付くことに成っていた。
〈Fenrir-01〉篁大尉と〈Lopt-01〉御子神大佐は、個別に効果検証する必要のある試作運用装備があり、単独、且つコールサインも別々であった。

それが木曜の夜、白銀少佐と鑑が先発する段になって慌ただしく編成が変更された。
〈Thor-02〉〈Thor-03〉のコールサインが事実上の欠員と成り、鑑は白銀の複座に、御剣は極秘特務として完全に別行動、極秘任務の内容すら知らされなかった。
御子神大佐が遠征から外れ、代わりに今回は参加を見送るはずだった“紅の姉妹[スカーレットツイン]”ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉が、なんとブルーフラッグ戦でF-22EMDを撃墜したXFJ Evolution4御子神機に騎乗して〈Fenrir-02〉として参加することになった。
彼女らは元所属したユーコン基地でのテロの時に身体を毀していたらしいが、横浜基地でのリハビリが予想外に効果を発揮し衛士復帰することになった。
回復に伴い私達との模擬戦も行われたシミュレーションに於いて、弐型に必要とする機動適性が極めて高かった事により実際に搭乗した所、2人別々の模擬戦では篁大尉に敵わなかったが、初めての機体にも拘わらず複座でならばほぼ互角に渡り合ったのだ。
調子が戻ったのなら、世界でも名の知れた衛士であるその腕を休ませておく余裕はない。本人たちの早く実戦の勘を取り戻したいと言うたっての希望もあり、御子神大佐不在で操縦者が居なくなるXFJ Evolution4に搭乗して同行している。
更にワケあり御剣を警護していた帝国斯衛軍第19独立警護小隊を一時的にA-00中隊所属とし、〈Freja-01〉月詠真那中尉を小隊長とする〈Freja-02〉[神代 巽 少尉]〈Freja-03〉[巴 雪乃少尉]〈Freja-04〉[戎 美凪少尉]が参加することとなり、木曜の深夜には白銀・鑑と共に先発した。
結果としてA-00中隊は、ソール隊2機3名、ガルム隊4名、フェンリア隊2機3名、フレイア隊4名の正規規模と成ったが、小隊毎に目的の異なるバラバラな布陣での遠征だった。

鑑が“森羅”のオペレータで在ることはいい。
元々の目的にも入っている。
特殊技能持ちと聞いていたから、適性が高かったのだろう。
基本、情報提供だけであり、決して命令はせず、具体的な行動は各部隊の指揮官やCPにまかせているのだが、その正確無比な情報が齎す効果は実際絶大であった。
海中を進むBETAの現在位置のみならず、その行動も予測し、光線属種の上陸位置と時刻まで次々と言い当てた。
これが鑑の特殊技能なら、極めて重要な役割、と言った神宮司大尉の言葉も理解できる。
だとすれば、仮配属なんかには言えない最重要事項だろうし、ここで軽々しく名前を言うことも憚られる。


そして、今の白銀の態度。

横浜基地で上官面してる時は、もう少しポーカーフェイスも出来ていたと思うけど、無防備なのは相手が私だから、と自惚れてもいいのかしら。
半分はカマをかけたんだけど・・・。


「・・・・ま、委員長には隠し切れないのは、仕方ないか・・・。」


肯定――。

けど、本当にあの娘があそこに居る、ということは、あの御方に何かあった[●●●●●]、と言うこと。


となると問題は2つ、ね。


ひとつはあの御方の不具合とはなにか。
恐らくは白銀の悩み事とはそれだろう。
しかも悩んでいるということは、現在進行形なのだ。
それが病気や怪我なら、心配することはあっても悩むことは無い。
甚だ不敬だが、もし既に亡くなっている状態なら心配さえせず悼むことしか出来ない。
悩むのは、判らないから悩むのであり、演習に参加できない状況に在りながら悩むという事は・・・・拐取・・・ね。

抑々、こんな時期に態々新潟で斯衛まで引っ張りだして、実弾合同演習っていうのも唐突だったわ。
事実上殆どの実権を簒奪されているお立場。
ウチの父とも折り合いが悪いと噂だし・・・。
それでも斯衛は殿下派だし、帝国軍も海軍や元陸軍なんかは崇敬している節はあるけど、象徴的な意味が強い筈。
その殿下がいきなり師団規模で実弾演習って、一瞬だけどクーデター? って思ってしまったのも確か。

そのタイミングで殿下が拐取されたとなると、その阻止工作?


そしてもうひとつは、そんな事態に陥りながら、中止されることなく不具合を隠蔽してまで、強行されたこの演習・・・。
御子神大佐を除いて、A-00の持てる戦力を全てつぎ込んでいる、とも見える。

実際此処ではクーデターなど微塵も感じないし、寧ろ対BETA戦術として有効な装備の実戦検証は粛々と進んでいる。
斯衛に取っても、帝国軍にとっても、そして国連軍にとっても新人を鍛える上で極めて有意義な演習。


だからといって、あの御方を見捨ててまで挙行するその意図は、クーデターでないとすれば・・・・・!!


背筋を悪寒が疾走る。

・・・まさかっ・・・!?







「白銀・・・、アンタは正規の立場上プライベートだって自分から口には出来ないと思うから、私の独り言くらい聞いてくれる?」

「・・・・ああ。」

「今回、実戦証明をしている“森羅”、あの凄まじい探知能力を前提としてJIVESを実施している・・・ってことは、現実[●●]でも同じ事が出来るって事。
――それが佐渡島にも及んでいるとすれば、止事無き事情[●●●●●●]にも拘わらず、この演習を強行した理由も理解できる――。」

「 !! 」

「でも、正直言うわ。
初めに何も知らない私がこの演習の事を聞いて思ったのは、殿下は遂に事を起こす[●●●●●]の?、って事よ。
それくらい、今回の事は唐突だった・・・・。」

「え――――、あっ!!!!」

「私は状況も知らない、背景も知らない。
部外者だから全然的はずれかもしれないけど、部外者故に内情を知っている人とは、違う感覚で見ることも出来る。
―――あの御方が、唯一逆らえない存在[●●●●●●●●]が絡んでる、という事も有り得ると思うわ―――っっ!!」


いきなり抱きしめられたッ!!

すこし汗臭い白銀の匂いと、女性とは違う硬い筋肉の感触に心臓が跳ね上がる。


「・・・凄ェよ、委員長ッ・・・、最高だ!」


耳元で囁かれ、恥ずかしくて突き飛ばしそうに成った抵抗を、すんでのところで止めた。
耳朶に絡む白銀の息に背筋までゾクゾクさせられて痺れた、と言うのもあるが。
・・・・うん、これは役得だ。
ドキドキしながらもそっと身体を柔らかくし、意識的に擦り付き、頬を寄せる。
胸が当たってたって構わない、・・・寧ろ擦り付けたほうが効果的かしら?


「ッ!!、ごめんっ!、いきなりっ!」


・・・・・・チッ!


「・・気にしないわ。」

「ごめん、委員長、ちょっと出かけてくる。―――ホント有難う、すっげぇ感謝してる!」

「・・・・じゃあ、ご褒美は後日って事で了承しとくわね。」

「え?、あ、うん、判った。ホント、サンキューな!!」


駆けていく後ろ姿に手を振りながら見送る。
言質は取った。
ご褒美をもらうためにも、先ずは生き残ることね。


暫し後、駐機スペースから離れ、蒼い炎を残して飛び去るXFJ Evolution4を見送ってから私も踵を返した。


Sideout




[35536] §63 2001,11,11(Sun) 05:50 燕市スポーツ施設体育センター跡
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2015/06/19 19:48
'13,05,01 upload
'13,05,02 一部修正
'15,01,24 語句統一
'15,06,19 誤字修正



Side 唯依


11月、朝もまだ明けやまず曙光さえ見出せない未明、彼は誰[かわたれ]時。
突如、神経をひりつかせるけたたましいサイレンの音が仮設基地に鳴り響いた。
その音が今までの演習開始を告げる音とは異なることに、暗いうちから整備作業に入っていた人々を訝しがらせる。
遠く数キロ隔てた隣の陣からも、同じ音が空雷の様に伝わってくる。

通信回線の全チャンネル、そして基地に設置されたスピーカーからCPの強張った声が発せられた。


『臨時新潟防衛総合司令室[HQ]より、本演習に参加する帝国軍、近衛軍、国連横浜軍、他この通信を傍受する全ての者に告ぐ――。
0550[まるごーごーまる]、Code991発令、繰り返す、Code991発令――――。
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』


鳴り止まないサイレンと、繰り返されるアナウンス。
最初は心理的に拒否をしていたのか、意味のわからなかった者も、漸くその意味を認識する。
幾つかの叫びのような号令とともに陣内に設置された投光機に次々と灯が入って行く。
すぐさま戦術機の駐機場周りが慌ただしい喧騒に包まれだした。


『これにより当該エリアである新潟はデフコン1、隣接する山形・福島・群馬・長野・富山5県はデフコン2に移行とする。
これより合同実弾演習に参加の各軍は、昨日までの演習に従い各方面エリアに散開、速やかに防衛体制を構築せよ。』




――来た・・・か。


侵攻予測時間を予め知らされていた私は、既に強化装備を着こみクリスカやイーニァと共に仮設のハンガーが揃えられた駐機スペースに居た。
それでもその余りの正確さに、“森羅”が有する探知・予測能力に舌を巻く。

監視衛星、フェイズアレイレーダー、海中に設置された圧力トランスデューサアレイ、加速度センサーアレイ・・・。
本土に設置する分はまだ良い。
しかし海中に設置される分は海底を彷徨くBETAを警戒し、自律型の潜水機能を有して水中に浮いている。
高性能のCPUに誘引されるBETAに齧られないよう、海底への設置は避けた為だ。
それはH21ハイヴそのものを監視する為、佐渡島本島に敷設されたセンサアレイも同じ。
光線級の狙撃回避のため、潜水艇でギリギリまで接近し、小型ミサイルを使って電子機器を持たない感知部のみを多数海岸に打ち込んだ。
そこから有線を使い、高性能CPUを有する送信部は海中に浮遊させた。
BETAは高性能CPUを検知するが、只の電線には興味を示さない。
それでも、強引で乱暴な設置であり一つ一つのセンサアレイの探知能力は僅かだという。
だがそれを統合し纏め上げることで全体像が見えてくる。

―――その全てを統べるのが、“森羅”を司る彼女。



BETAの迂回コースも事前の予測通りだとすれば、本土上陸まではあと1時間程度かかる。


「唯依ィー、今日は本物なの?」

「そうだ。・・・・予測ではカムチャッカと同等規模か、――それ以上。
その上、光線属種も多数含まれると考えられている。
――気を引き締めろ。」


日本語のアナウンスが理解できなかったイーニァが場違いに眩しいくらいの笑顔で尋ねてくる。
ソ連領内を始めカムチャッカやアラスカで実戦経験している分、BETAそのものも彼女にとっては今更で、昨日の旅団規模と対するJIVES演習も微妙に退屈だったらしい。
寧ろ再び戦えるように成ったことが、嬉しくてたまらないと言った風情だ。

御子神大佐は2人の治療に1、2週間と言ったが、社少尉とそして帰国後加わった鑑少尉の献身的な処置のお陰で、損傷した2人の神経節は3日を過ぎた頃には見事に再生・強化されていた。
しかも鑑少尉はその後、元々クスリや催眠暗示を使って誘導し強制的に発現していたメタ感覚野の覚醒を理解し、その自律開放の仕方まで伝授してしまった。
お陰でリハビリのつもりで開始したはずの戦術機シミュレーターでは、ぶっちぎりの数値を叩き出してくれたのだ。
次の日にはXM3の反応速度も既にレベル4、覚醒開放すればレベル5に迄達している始末。
XM3のモデルに今後慣れれば限定解除も遠くない、そう思わせるような機動だった。


ウフフフ・・・、・・・クスクス、と笑い合いながらBETAを殲滅していく様はそれがV-JIVESであっても前を知っている私には恐怖でしか無いが、本人たちは単にハイになるだけで以前のように記憶障害を起こしたり人格破綻を来しているわけではなくちゃんと意識も在り、問題ない・・・と言うのがクリスカの言い分。
それでも嬉々としてA-01中隊の某副隊長と切り結ぶ様は、本来治療の為に連れてきた彼女たちが脳筋になってしまった気がして、ユウヤに申し訳ないと東に向かって謝っておいた。
そんな様子だからXFJ Evolution4に載せたところ、御子神大佐の教導を受け格段に進歩した筈の私が武御雷“改”に騎乗しても出力差もあり、通常時は互角。
ユーコンに行った折り、Su-47で対戦した時の尾羽打ち枯らした様子が嘘のような回復だった。

人見知りの激しかったイーニァが、同じ出自の社少尉を始め世話になった鑑少尉や模擬戦で格の違いを魅せつけた白銀少佐にも盛大に懐き、戦術機を降りれば可愛がってくれる伊隅ヴァルキリーズの面々、更に新たに仮配属となった207B訓練部隊のメンバーに模擬戦を頼まれるなど、ほぼ普通に接していられる。
人類のBETA反抗の牙城でありながらも何処かアットホームなその環境は、イーニァのみならずクリスカにもいい影響を与えてくれている様で、神経節だけではなく心理的な傷もかなり改善されている事だろう。


3日前の夜発生した緊急事態に、急遽大佐の参加が見送られその戦力補強と言うことで彼女たちに参加を打診したところ、一も二もなく快諾してきた。
ただ只管に戦うこと、強くなることを強いられてきた彼女たちだが、今は護るために強くなると言う明確な目的意識を持ち得たことで、その様相も大きく変わっていた。
御子神大佐も問題ないと判断し大佐自身のXFJ Evolution4を譲ったのである。

BETAが来たことが嬉しそうにさえ見えるイーニァの風情は一種不謹慎にも思えるが、戦う力を取り戻した事は彼女たちに長年刷り込まれた存在意義でも在るのだから、祖国の為がユウヤの為に変わっただけで仕方のないことかも知れない。
―――BETAを全て駆逐してこそ初めて新たな地平が見えるのだろうか・・・。
そう願わずには居られなかった。





今回、私と“紅の姉妹”が組む〈Fenrir〉小隊の目的は、新装備の実戦検証が主である。
基本Evolution4絡みの案件で、持ち込まれたG-コア装備の戦術機は5騎。
白銀大佐、神宮司大尉、クリスカ・イーニァの駆る3騎のXFJ Evolution4、私と“殿下”が騎乗する武御雷“改”が2騎である。

検証項目はまず実戦に置けるG-コアの戦時消耗特性把握。
JIVES演習時の性能は白銀機、そして昨日参加した全機で把握されている。
このBETA迎撃戦に於いても5騎全てでデータは記録される。
・・・・尤も1機は、御立場上ただ立って居られるしかないのだが。

白銀少佐率いるソール小隊は、試製S-11X炸裂弾の試用を担当する。
この装備は運用をG-コアに縛られるものではないが、JIVESに於いてはその威力故に使用が出来なかった為、本迎撃戦が初試用となる。

他方、我々フェンリア隊が検証する項目は3つ。
第1は試製74式“改”近接戦闘長刀のテスト。
第2は本来御子神大佐自身が試すはずだった3発限り試製120mm弾の対BETA効果検証。
中身に関しては、全く聞き及んで居ない。
思いつきレベルで恐らくは通常弾ほどの威力しか無いが取り敢えずBETAの群れに撃っとけ、と言われて来た。
そして第3が、私と“殿下”の騎乗する武御雷“改”に仕込まれた、とあるシステムの戦時消耗特性把握。
当然“殿下”が起動することは無いと思われ、試すのは私だけだ。
これも自身の体力消耗とシステムのトラブル発生リスクも一応視野に入れ、後半での試用を推奨されていた。

反対に既に完成の域に在ると思われる試製01型電磁投射砲筒:EMLC-01Xに付いては、G-コア持ち5騎全てが装備しているが、危急の折しか使用が許されていない。
未完成の試用に過ぎなかった試製99型ですら、ユーコンでの試射後あれだけ騒がれたのだ。
試製01型はほぼ完成しているが運用がG-コアとセット必須である事を考えれば、此処では晒したくないと言うところなのだろう。


検証する項目の中でも試製74式“改”近接戦闘長刀の実践検証は、私や“紅の姉妹”にはちょうどいいらしい。
それは亡き父上がオリジナルの開発に携わったという私にも縁の装備。
既に開発から四半世紀を経た今でも帝国軍・斯衛軍の標準装備となっている完成度の高さが、私の密かに持つ父の誇り、でも在る。
今回御子神大佐は近接武器を検討するに当たり新設計も考慮に入れたが、やはり完成度の高さや生産性の優秀さから改修のみに済ませた、と言うことだった。
試製は完成しているため、これもG-コア持ち5騎全てに装備はされているが、今回白銀少佐や新人のサポートにも回る神宮司大尉が、近接長刀の耐久性を試す様な状況には陥りにくいだろう。
それに比べ私は幼少時より示現流の流れを汲む剣術を収めてきたし、紅の姉妹が1,500体殲滅のレコードを打ち立てたのも、その時の彼女達の装備がモーターブレードであったから、と言う見方が強い。
と言うのも単一の刃物に比べ、モーターブレードは切れ味の低下が少ない。
それ故に彼女らは弾薬が尽きてからもあれほどBETAとの戦闘を継続できたのだ。

戦闘長刀を普通に使ったら斯衛の剣術に優れた衛士でも、戦車級・要撃級を20も切れば長刀は油脂や粘液に塗れ、ろくな切れ味が保持できない。
その過大な抵抗は、刀身にも戦術機機体にも多大な負荷を強い、必要以上の荷重は強化された刃先さえも容易く欠損させる。
長刀の切っ先だけを使い汚れすら寄せ付けない剣速で100体を切り捨てられるような達人は、紅蓮閣下レベルの極めて限られた衛士だけ。
日本帝国の衛士として長刀を最優先装備としながらも、精神論的な側面も否めず現実的なその戦闘継続性には疑問もあったのは事実だ。
それを改善するために改修された長刀、その継続性を確認するのが今回の実践検証であった。

御子神大佐に言わせれば、所謂一つの“ネタ”武器、らしい――。

試製74式“改”近接戦闘長刀は、刀身であるスーパーカーボンの表面にC60カーボンナノフラーレン層を形成し、そこに電流を流すことにより表面性状を整え、微細な超音波表面振動を誘発する構造を有する。
勿論オリジナルの設計時に吟味された重心やバランスは一切損なわなず、またモーターブレードの様な複雑な機構を必要としない寧ろ非常に単純な改造だった。
SF系の小説や娯楽で空想の兵器として高周波ブレード・振動刀等と呼ばれる装備が数多くあり、それを“ネタ”武器と称しているが、高周波振動で切れ味そのものが良くなる事を意図したわけではないという。

――その狙いは徹底的な防汚。
超撥水性と超撥油性を有する表面性状を付加されたCNF(カーボンナノフラーレン)を更に振動させることにより、起動中の近接長刀には一切の脂肪や粘性の高いBETAの体液も付着できない。
加えて刀身の表面摩擦がほぼ0になるから、固い物に対しても刃の通りが格段に上昇する。
勿論、エッジにもBETA由来の電圧付加による硬化材料が使われているとのことで、要撃級の触腕も最高硬度の先端部分がほぼ互角で弾かれる事を除けば、それ以外は理屈上切り落とせる、という。
このエッジ硬化の為の高電圧はG-コア由来でなければ電力的に難しいが、超音波表面振動による超防汚は、バッテリー電圧でも駆動できる範囲であり、今回の結果次第ではG-コアなしの戦術機でも運用可能な改修を実現することも可能、と言う。

――発動すると刀身が鮮紅に染まるのが個人的には派手で苦手なのだが、“ネタ”武器にはお約束なので諦めろ、とイイ笑顔で言われた。


因みに、フェンリア隊検証項目は全てJIVESではなく実BETAに対してのみの実施項目となっていた。
実際の効果の程が全く不明で、シミュレーションでは今の段階で効果再現できないとの事である。






『――本日5:20、甲21号佐渡島ハイヴモニュメント周辺の開孔門より湧出したBETA群は両津湾入水後、佐渡海盆を北東方向に迂回。
5:50、BETA本隊先頭が南進に転じたことにより、臨時新潟防衛総司令部及び東部方面参謀本部は、日本帝国に対するBETA大規模侵攻と判断、Code991を発令した。』


総合司令室[HQ]のアナウンスが漸く詳細を伝え始めた。
この陣は国連横浜軍だけであり、戦車部隊等は居ない。
既に燕市公民館跡からは、戦車大隊や自走砲大隊が該当地域に向けて移動を開始しているだろう。
輸送部隊や工務部隊も今までの演習とは異なり、展開する部隊に合わせて後方に移動する。


既に帝国本土防衛軍東部方面参謀本部は、演習に参加していた連隊規模の戦術機甲連隊に加え、機甲師団として戦車2個大隊、自走砲2個大隊を増援配備、及び北の第14師団、西に第21師団からのそれぞれ戦術機甲連隊の増援を要請していた。
但し、第12師団の本拠地は小千谷に在り、増援の戦車大隊や自走砲大隊はBETA上陸までに展開は不可能と判断、長岡を中心とした最終防衛陣形を形成するにとどまり、水際の防衛戦は第1次海防ラインに沿った機動艦隊と、演習を実施していた各軍連隊を束ねる臨時新潟防衛総合司令室に委ねられる事となった。
この決定には、悠陽殿下の演習出征を踏まえ、現地に赴くべきだと主張する現地参謀本部と大本営である帝国本土防衛軍統合参謀本部の間でかなり揉めたらしいが、結局は統合参謀本部の言い分に押し切られたらしい。
そんな内容も強化装備に繋がった網膜投影から“森羅”の部隊内上位者秘匿回線情報として流れていく。
第1次防衛ラインを突破された時の責任を殿下に擦り付ける腹積もりが見え見えだが、それも予定調和の内だ。


我々とて、確かに部隊としての第1優先は今後の装備展開に向けた実戦検証ではあるが、同等以上の重要度、というか既に“前提”として帝国軍斯衛軍問わず犠牲を最小限に抑えBETAを迎撃し侵攻を阻止する、と言う事が条件であり、それを踏まえた上での実戦検証なのである。
いくら装備を開発した所で、それを受け取る衛士が居なければ、なんの意味もない。


至上命題は、本土防衛―――。


但し、予測される侵攻数が本来7,000程度であるのに対し、これまでの演習では9,000~11,000と言った規模であり敢えて難易度を上げて実施されていた。
それでも訓練する度に全体損耗率を下げていけたのだから、逆に想定の7,000程度なら戦術機消耗0も行けるのではないか、と若干の楽観も在った。



『各戦域におけるBETA上陸予測時間と概数は、追って“森羅”より通達。――ッ!』


読み上げる情報にCP自身が驚いたのか、息を呑むような引きつった呼気が漏れた。


『――――――尚、現時刻までにH21より湧出したBETA数は、確認された中型種以上で、14,000に達する――。』


え――?

周囲も一瞬、水を打ったような静寂が訪れた。


Sideout




Side XXXX(帝国海軍日本海艦隊第56機動艦隊旗艦駆逐艦風雲艦長)


『こちら臨時新潟防衛総合司令室[HQ]、本演習に参加する帝国軍、近衛軍、国連横浜軍、他この通信を傍受する全ての者に告ぐ。
0550に於いて、Code991発令、繰り返す、Code991発令――――。
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』


全艦にサイレンが鳴り響き、HQのからのアナウンスが此処新発田に設置された帝国海軍補給所にも繰り返し流れる。
そして叩き起こされたその言葉は、何時かは来ると覚悟していた半ば死刑宣告にも等しい――。


だが一旦発令された以上、赴かない訳にはいかない。


―――寧ろ楽になるかもな。

それは最早諦観にも近い自虐的な想いだった。








佐渡島からのBETA侵攻に対する第1次海防ラインを死守するのが、我々日本海艦隊に所属する第34、第55、第56機動艦隊である。

この第1次海防ラインは、佐渡海岸線からおよそ22kmの位置を繋いで設置されていた。
22kmと言う距離は、光線級が戦術機の高さを狙撃できる距離[●●●●●●●●●●●●●●●●●●]であり、そのラインよりも佐渡島に近い範囲は第2級光線照射危険地帯とされる。
しかし現実に佐渡は山岳島であり、ハイヴの成長に伴って徐々に平坦化されているとはいえ、それでも北島山脈は1,000m級、南島山脈も500m級の山々が未だ連なってる。
侵攻時は平地を進む傾向が強いと確認されているが、ハイヴ周辺を警戒する光線級については一概にそうとも言えず、いつも海岸線にいるわけではないのだ。
即ち光線級が標高150m以上に居れば、通常時水上艦隊が布陣している50km離れた此処新発田や柏崎すらが射程範囲であり、更に1,000m級の山頂に重光線級が存在すれば実に150km以上が実質上の第2級光線照射危険地帯となる。
勿論その海域に入ったとて光線級が最優先で照射する飛翔体では無いため即座に照射されることこそない。
しかし佐渡島を砲撃すれば勿論、今戦域に潜行し海底を進軍するBETA群に魚雷攻撃を仕掛けることでも確実に光線属種の標的と化す。
何の遮蔽物のない海上に浮かぶ機動性の乏しい艦艇にとっては、船体に施された多少の耐レーザー装甲など紙の様な物だった。

各機動艦隊は “夕雲”級駆逐艦を旗艦とし、掃海艇6隻、哨戒艇6隻のみの陣容、佐渡を背景にした決死隊に等しい。
第1次海防ラインを守る機動艦隊には艦砲がない。
旗艦ですら搭載しているのは、12.7cm連装砲 3基6門であって、とても佐渡までの20、30kmレンジの砲撃には耐えない。
佐渡から照射してくる光線級の位置を掴むことも出来ず、よしんば初撃によって照射源を掴んだところで反撃手段もなく、次の照射では紙装甲を貫かれる。
機動艦隊の基本的な攻撃装備は61cm4連装魚雷発射管が2基8門(93式魚雷16本)と深度機雷36基であり、完全に海底を進むBETAに対する事を主目的とした装備。
同じ魚雷を掃海艇は8本、哨戒艇は6本有しているだけで、一機動艦隊辺りの魚雷数は、96本。
第1次海防ラインと言いつつも、本格的なBETA侵攻が始まれば、レーザー照射が始まりレーザー装甲が耐久限界に達するまでに持てる96本を海底のBETA群に打ち込み、直ぐに撤退することを前提とした間引き部隊でしか無かった。
そして、当然それが叶わなかった場合は、照射され爆散する運命が待ち受ける――。


その現実は、今回行われた合同演習でも如実だった。
3つの機動艦隊が受ける損害は何れの演習でも甚大。
1部隊の全滅はザラで、生き残ったとしてもとてもそれ以降艦隊として機能できる陣容は残らない悲惨な結果しかなかった。

それでなくとも不用意に電子機器を多用すれば、演習中でさえ現実[●●]に佐渡から狙撃されかねない決死の緊張感に随時晒されていたのだ。
JIVESと言いつつ音声のみの情報でBETAが侵攻しているだろう海底に架空の魚雷を撃つだけ。
大規模データリンク等展開したら、忽ち光線属種に狙撃される。


こんな状況をずっと強いられているのである。
諦観に至らなければ、発狂してもおかしくないし、この半年で後送された者が何人いたことか。



演習第2回め以降参入した対BETA戦術支援システムによって、地上戦力の損耗率は正に劇的に減った。
それが参入する前には6割近くを損耗した“鋼の槍連隊”も、昨日の演習では遂に8騎までその損耗数を減らした。
それ自体は喜ばしいことではあるが、その対BETA戦術支援システムを謳う“森羅”ですら海防を担う我々機動艦隊には何の恩恵も齎してはくれなかった。

戦術機の損耗数が第1回の56機から8機に激減したのに対し、実は演習における致死損耗数は第1回が213人に対し、第3回目でも167人までにしか減らなかった。
・・・つまり損耗率7割を超える機動艦隊の損耗は、全く減っていなかったのである。





『――――――尚、現時刻までにH21より湧出したBETA数は、確認された中型種以上で、14,000に達する――。』


いっそどうせ1割も間引けないなら、全て陸上で殲滅してくれよ。
陸上損耗率の低下に、そう言う声も部隊内には確かに存在した。
厭戦・諦観―――。

だが、今告げられたその数字は、あまりに重い。

地上戦とて、常に薄氷。
余裕なんか何処にもない。
一部が貫かれたら、一気に戦線が瓦解することも考えられる。


たった1割、されど1割。

・・・この生命で、帝国が護れるなら、それもいいか―――。



「日本帝国海軍第56機動艦隊、全艦艇発進せよ―――!」


Sideout




Side 安部(日本帝国海軍連合艦隊第2艦隊総司令)


『こちら臨時新潟防衛総合司令室[HQ]、本演習に参加する帝国軍、近衛軍、国連横浜軍、他この通信を傍受する全ての者に告ぐ。
0550に於いて、Code991発令、繰り返す、Code991発令――――。
これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』

無線を傍受し、顔を引き攣らせる艦橋の面々。

「・・・・閣下も御人が悪い。此度の要請、これ[●●]を予測しての事であったか―――!」



日本帝国海軍連合艦隊―――。
横須賀基地を母港に、太平洋を側を護る第1艦隊、そして舞鶴基地を母港とし、特に大陸や佐渡からのBETA侵攻に備える第2、第3艦隊。

折しも、私が預かる大和級3番艦“信濃”を旗艦とし、大和級4番艦“美濃”、改大和級2番艦“加賀”を擁する第2艦隊は、三沢基地より大陸側のBETAを哨戒しつつ、佐渡を抜け舞鶴に戻る航路上に在った。
その帰還日程を1日ずらして欲しいとの依頼が帝国斯衛軍総司令官の紅蓮閣下より届いたのは、3日前。
正に煌武院悠陽殿下自身がご出陣し、新潟防衛を想定した帝国軍・そして国連横浜軍との合同演習が開始された時だった。
帝国海軍は本来国防省管轄であり、城内省管轄の斯衛軍とは命令系統が全く異なる。
本来、応える謂れも無いのだが、閣下の“依頼”には“殿下”の要請である旨が記されていた。
実権は干犯されたとはいえ、あの華奢な肩でBETA大禍以降帝国を支えられて来られた殿下。
奇跡の撤退戦、そして此度のXM3開発依頼や演繹等、その慧眼、実績は揺るぎない。

今や戦術機衛士の間で、“奇跡のOS”と噂になりつつ在る“XM3”。
その対BETA実戦検証として行われているJIVESによる合同実弾演習である。
その実物を自ら刮目せよ―――、そんなメッセージを含んだ紅蓮閣下の依頼だと思っていた。
殿下が信を置くという、白銀少佐や御子神大佐の機動も見られるかもしれない、そんな興味が在ったのも確かだ。

殿下の御要請とあらば、移動日程を多少動かすことなど何でもないことであった。




そして依頼された航路を進み、佐渡島近海、南島北東端の姫崎から僅か南東に10kmという、完全に第2級光線照射危険地帯を通過している時、Code991発令を知らせる通信が飛び込んできた。


通常、艦隊が日本海を通過するだけの時には、佐渡を大きく北に迂回し200km以上の距離を取る。
吃水が高い艦橋を有する戦艦にとって、佐渡の海峡は全てが第2級光線照射危険地帯に属する。

だが、戦前に建造され改修を繰り返してきた大和級、及び改大和級で構成される第2艦隊には実は裏ワザが存在した。
度重なる改修にも遂に最後まで手が付けられなかった主たる機関部は、基本“機械式”なのだ。
レーダー・データリンクその他自動照準を含む攻撃管制システム等高性能CPUを使用するシステムを全てシャットダウンし、通過することだけに専念すれば、BETAにとっては巨大戦艦でも漂流物程度としか認識されない。
機関制御まで高度に電子化されシステム化された現代のミサイル巡洋艦等では到底不可能な荒業だが、艦齢50余年、戦前生まれの老朽艦ならではの隠密航行だった。
故にこの状態であれば佐渡沿岸に此処まで近づいても照射される危険性はない。

因みに通信ユニットだけは、海中に曳航した送受信機で行い、そこから有線で音声だけ繋げている。
海中の目標には照射を行わない光線属種の習性を巧みに利用した通過方法なのだ。


「・・・艦長・・・如何致しますか?」


航海長が尋ねてくる。
Code991とあれば、通りすがりとはいえ友軍の援護は最早義務、素通りするなど出来るわけもない。
しかし、この場から砲撃するのは危険過ぎる。
レーダーや攻撃システムを起動した途端、レーザー照射に晒される可能性は高いどころではなく必至。
この距離からレーザー蒸散塗装が劣化する前に照射範囲外に避難することは不可能。


「・・・全艦、微速まで減速。」

「全艦、減速!!」


足を止めての至近距離のど突き合い――――。
自殺行為に等しいかもしれない。
だが佐渡を相手にする以上、艦砲の有効射程内は全て第2級光線照射危険地帯範囲内。
ならば、此処でも同じ。

この侵攻を殿下が予測し、斯衛までを新潟に引き出したのなら、紛うことなく国難に相当する大侵攻ということだろう。
国が滅ぶなら軍など要らぬ。
民あってこそ、国あってこその軍なのだ。


私が覚悟を決めた事を悟ったか、艦橋の空気が変わった。


「――全管制システム、起動準備――。」

「!、安部艦長ッ、臨時新潟防衛総合司令室[HQ]より入電! 音声通信ですッ!」

「・・・繋げ。」


一拍於いて通信から流れたのは、電子的な加工を施された女性の声だった。







『―――こちらは、煌武院悠陽殿下麾下新潟防衛総合司令室、対BETA戦術支援システム“森羅”。
機密条項により、個人名は伏せさせて頂きます非礼をお許し下さい。』


戦術支援システム―――人間なのか、人工知能なのか、判断に迷う。


「・・・日本帝国海軍連合艦隊舞鶴基地所属第2艦隊旗艦信濃・艦隊総司令 安部だ。」

『――ありがとうございます。
既にご存知のことと思われますが、現在本海域にはCode991が発令され、新潟地方全域にデフコン1が敷かれています。
移動・通過中の貴艦隊に於かれましては突然の事となりますが、総合司令室より協力要請が出ております。
――――御受諾頂けますでしょうか?』

「是非もない。
祖国危急の折、煌武院悠陽殿下の臣民として一命を捧げる所存・・・好きに使ってくれ給え。」

『・・・命を粗末にするものでは在りませぬ――と殿下なら仰るところでしょう。』

「 !――― 」


此処で受諾するということは一種決死の覚悟を、ということだというのに、確かに悠陽殿下なら仰りそうだ、と苦笑する。
―――“森羅”と言う者、殿下の知己かもしれぬな。


『ご協力、深く感謝致します。
まず音声信号にて、時刻の同調をさせて頂きます――時刻同調±10のマイナス8乘秒以下を確認。

現在“森羅”では、佐渡全島地表面に8体の光線属種を確認しています。
貴艦隊には、それらの殲滅を要請いたします。』


艦橋に居る全てのものが、その言葉の意味に気づき息を呑んだ。


『尚、貴艦隊の電子システム起動は、今少しお待ちください。
・・・・佐渡全島の地形図をお持ちでしょうか?』

「・・・・地図を持て!」

『・・・当方で確認している8体の現在位置は、大隅山、女神山、無礼山、岨巒堂山、井坪山、大塚山、青野峠、砂金山―――。

この内、脅威度Aを貴艦隊被照射範囲内とすると、光線級3。
大隅山尾根筋   N38.029434,E138.530045
女神山山頂付近  N37.928492,E138.452625
無礼山山腹    N37.846664,E138.346796―――』

「 !!、ッ書き留めろッ!! 地形図で即時位置を確認!」

『・・・繰り返します。
脅威度A、光線級3。
大隅山尾根筋   N38.029434,E138.530045
女神山山頂付近  N37.928492,E138.452625
無礼山山腹    N37.846664,E138.346796―――』


艦橋が騒然とする。
これが事実だとすれば、大変なことだ。


『――現在、新発田及び柏崎より日本海軍機動艦隊が出撃に向け準備中、0610出港予定。
よって脅威度Bを該友軍機動艦隊への照射可能範囲内BETAとすると、重光線級1光線級1が存在。
岨巒堂山山頂付近 N38.117407,E138.381901
井坪山山頂付近 N38.220785,E138.45314――』


地図に次々に記される光線属種の位置を見て、唸る。
現在の艦隊位置は、確かに南島山脈に存在する光線級からの照射可能範囲に居る。
しかし、[]艦隊がいる位置は、その3体さえ倒せば、その南島山脈そのものが盾となり、北島山脈からの照射を受けない位置。
砲撃の場合は、直線に放たれるレーザーと異なり放物線を描くため、こちらからの砲撃は可能、という絶好の位置だった。

まさか、それも見越して、この航路を取らせたと言うのか―――?


確かに脅威度Aの3体さえ殲滅すれば、全システムを起動しても当分照射を免れる。
この光線級位置情報が正確なら、3艦からの多点時間差艦砲射撃で殲滅が可能。


『脅威度C 現時点照射範囲外に位置するのは光線級3。
大塚山山麓    N38.12767,E138.297443
青野峠付近    N38.034234,E138.273239
砂金山山頂付近  N37.907908,E138.316498―――』

「・・・・・砲撃長、手動[マニュアル]による砲撃は可能か?」

「ッ勿論であります!
本艦隊を構成する大和級、改大和級に於きましては、全自動管制システム設置後も万が一の電源消失に備えた手動砲撃が可能となっています!」

「・・よしっ!! 全艦、停止ッ!」

「全艦、停止ィー!!」



どのみち、足を止めた至近距離のど突き合いをしようと思っていたのだ。
この距離では、逆にALM等の投入も佐渡から照射される角度が広すぎて減衰効果は望めない。
ならば、対BETA戦術支援を標榜する“森羅”の情報に乗ってみるのも悪くはない。


「―――これより、第2艦隊各艦は、本艦隊を捕捉可能な南島山脈に存在する光線級BETAを手動砲撃で叩く!
各艦に情報通達!
各艦、46cm砲手動起動急げ!
1番、2番、3番砲塔起動っ!」

「情報通達!、照準計算急げ!」

「1・2・3番砲塔起動ッ!」

「直近の大隅山目標には、本艦・美濃の2艦、女神山目標及び無礼山目標には全3艦が照準。
本艦、美濃、加賀の順に3秒の間隔を保って斉射砲撃を行うっ!
加賀は念のため、三式通常弾を使用。
各砲身には的失に備え予備を装填。
2分後に砲撃予定、準備急げ!」

「準備ィ、急げェー!」

『――2分後の予測位置、大隅山目標南東に20m,女神山目標南に10m、無礼山目標南東20m移動―――。』


音声情報が繋がっているためか、即座に修正を入れてくる。
この情報が正しいとすれば、この“森羅”は、完全に光線属種を捕捉・追尾していることになる。
そして、尚且つ2分後の予測位置まで伝えてきた。


「!、微修正入れろッ!」

「微修正、――了解っ!」



実際今やろうとしているのは、電子システムも何もない盲撃ち。
コンパスと受信されるビーコンから自艦の位置を割り出し、地図から指定された目標位置の高度を読み、もう随分使っていない手動操作で照準を合わせる。
本来自動装填化された砲弾もクレーンだけを使い、手動で装填を行う。

・・・だが、“森羅”から齎されたデータが正しければ、これで被照射範囲の光線級は潰せる――。

佐渡全島から、光線属種の存在だけを割り出しているのだ。
これが夢でないなら、対BETA戦術どころか、戦略そのものが変わる!



「3番艦加賀、砲撃準備完了――!」

「2番艦美濃も完了しましたッ!」

「本艦は準備完了済み!・・・艦長ッ!」

「―――うむ。

30秒後、本艦から砲撃に入る。
各艦砲撃後、全システム起動!
続けて友軍にとって脅威となる脅威度B、2体を目標とする!
我らの同胞をレーザーの脅威に晒すな!」

「「「 はッ!! 」」」

「信濃、主砲砲撃―――、撃て[てぃ] ッ―――ッ!」


腹に響くような重い砲撃音が艦橋にまで響く。


『美濃、第2射、、撃て[] ッ!」』


隣の随伴艦の、3つの砲塔からそれぞれ1本、方向を違えて長大な火箭が闇にほとばしる。


『加賀、第3射、、撃て[てぇ] ――ッ!」』

「――全艦、全システム起動ッ!」

「全艦、システム起動っ!」


加賀が撃った直後、明けやらぬ冥い空に3条の光条が疾走った。
一番近い大隅山目標でも距離は約10km。主砲着弾までは14秒ほどかかる。


「佐渡よりレーザー照射確認! 初弾は空中で爆散! 光線源は目視確認ですが“森羅”情報通りかと!」


観測手が声を上げた。
光線属種の飛翔体認識速度と照準精度から云えば、各目標に向けて撃った初弾が補足され照射を受けるのは、予定の内。

息を呑む艦橋に割り込んだのは、“森羅”の電子音声。


『―――大隅山目標、次弾着弾まで5・・・3・2・1・インパクト―――――目標殲滅を確認。
・・・お見事です。』

『『『『「「「うぉーーーーッ!!」」」』』』』


飽くまでも淡々とした独特の口調に、さりげない賞賛が混じる。
観測機器がまだ立ち上がっていない現在、結果報告はありがたい。
手動砲撃で命中させた砲手がそれぞれの艦で雄叫びを上げていた。

闇空に、更に南西側から2条の光条。
12秒の照射インターバル、そして2,3秒の予備照射が完了したのだろう。
距離の在るそれらの目標は、撃ち直すだけの暇がある。


「第2射、爆散!」

『女神山第3射、2・1・インパクト―――――目標、撃破!
・・流石です!』


距離が約17kmで2射目の照射には微妙な距離にあった光線級、2射目の砲弾はぎりぎりの距離で照射排除したが、その3秒後に飛来した第3射の餌食となった。


『無礼山目標、第3射着弾まで5・・・3・2・1・インパクト―――――目標の沈黙を確認!
――痺れました!』


全艦隊が一斉に快哉を叫んだ。




・・・・しかしこれは、なんという事か!!

正確無比の位置情報――。

30km級の砲撃、当然射撃誤差はあるのだ。
その範囲内で殲滅せしめたという事は、与えられた位置情報が極めて正確だった、ということにほかならない。
一旦初期照射態勢に入った光線属種は動かない。
だがそれまでの動作は寧ろ敏捷な部類に入る。
光線属種が飛翔する砲弾を感知し、初期照射に入るポイント、それを完全に読みきったということになる。

佐渡という島嶼を占拠され、遮蔽物の無い海上にあって常に第2級光線照射危険地帯となる海域。
目を閉じ走り抜けるしか無かったBETA制圧海域にあって、光線級の位置情報一つでその脅威を排除してしまうとは!




人類の航空戦力を須らく無効化した光線属種―――。
ALMを用い大量のミサイルや砲弾を使った飽和攻撃でしか、その脅威を排除できず、佐渡近海においてもたった数体の光線属種が佐渡島に存在することで、その攻略は忽ち難易度を跳ね上げる。
その飛翔体に対する射撃精度は凄まじく、その知覚範囲に入れば、マッハ2を超える戦闘機は愚かマッハ7~8に達する軌道誘導弾ですら撃ち落とす。
BETAが飛翔体を感知する原理は不明だが、エリア侵入から数秒で感知していると考えられている。
照準の為の初期照射に3秒ほど費やすため、エリア内からのミサイルや砲撃は撃墜まで6,7秒前後掛かっている事からの推測である。
その為、光線属種の位置が正確に判っている場合、砲撃から着弾までが5秒以内の距離ならば撃破することも可能である。
それはBETAも承知で通常光線属腫は進軍する最後尾からの遠距離狙撃補助に徹する。
重光線級はともかく、中型種に分類されながらも闘士級と殆ど変わらない光線級の体格は容易にBETA群に紛れ、その位置を遠距離から補足することは極めて困難である。
佐渡島の場合も、島内には無数のBETAが徘徊している。
植生は絶え地形は変化しているが、そこから光線級だけを選別することは難しい。
よしんば捕捉できたとしても、光線属種が1体とは限らず、その1体の撃破と共にその後は周囲から集中照射を受けることと成る。

我が第2艦隊の擁する大和級・改大和級戦艦が搭載する46cm主砲でも初速は780m/s、今の艦隊配置なら尤も遠い標的まで十分射程内の30km程度だが、着弾までは約45秒かかる。
発射した砲弾は直近の光線属種に補足され7秒後には蒸発することとなる。
一度補足した目標への追尾性能は凄まじく、照射時間も光線級で10数秒、重光線級では30秒以上の照射を可能としている。
但し、1体の光線級が同時に捕捉できる目標は照射器の数から2、重光線級では1と見られている。
それ以上の同時目標補足は得意ではなく、1体の光線属種が多数の目標に対し一度の照射を大きく薙ぎ払って殲滅する状況は報告されていない。
初期照射で捕捉した目標は本照射中にも追尾はできるが、その光軸が同じであるため同時に飛行している別の飛翔体を補足出来る範囲は、目玉様の照射器の数と光軸可動範囲内(±2°程度)と予想され、それ以上離れる場合には、一度照射を停止する必要があると考えられる。

そしてその照射インターバルは光線級で12秒、重光線級で36秒―――。

故にこの距離から3艦同調し、照射を行う優先順位を逆手に取り、目標遷移しない間隔を保って照射インターバルの隙を突けば、艦砲射撃だけで光線属種を殲滅せしめる――と言う事実。



その全ての前提[●●]が、光線級の位置を正確に捕捉できている[●●●●●●●]こと、なのである。



対BETA戦術支援システムと自ら名乗った“森羅”。
実際この距離から佐渡島に犇めくBETAの中で最大の問題と成る光線属種の位置だけをココまで正確に把握出来た例は嘗てない。

そして重要なことは、我が艦隊にはこのプランを確実に実行出来るだけの艦が存在する―――。



――そこまで予測した上で、この戦場に招かれたのか――。

背がぞくぞくと粟立ち、腹の底から沸々と笑いが湧いてくるようだった。






「――衛星データリンク射撃指揮システム、起動しました。」

『・・・では、“森羅”より、データリンク、接続します。』


衛星データリンクにより、表示された佐渡島の平坦な2次元マップ、そこに“森羅”のデータが被さった瞬間。

単なる地図データ上を動く点群が、総天然色の微細な3次元映像に替わった。


「「「 !!! 」」」


―――絶句―――。


先程齎された、脅威度Bの光線属種がオレンジの輝点で、脅威度Cが黄色の輝点で示されている。
現在の位置だけでなく進行方向まで判る。
その他脅威ではないBETAは、全て暗い緑で表している。
一方海上には、展開している我々の艦隊や、今正に出港しようとしている機動艦隊も把握できる。


だが、それだけではないのだ。

佐渡島の地下、深度で言えば100m程度までなのだが、その範囲のドリフト構造、その中で蠢くBETA、そこに潜む光線属種さえも緑の輝点で示した。

それによれば、H21は佐渡でも中央から少し北寄り、元金北山付近に建設された。
金北山そのものの地形は大方削られ、そこに500mクラスのモニュメントが屹立している。
しかし、ハイヴの地下茎構造は中心を偏心し、北は井坪山、南は無礼山当たりまでを含む半径20km範囲に及んでいる。
先程光線属種が地表に出ている範囲は、ほぼハイヴドリフト構造の及ぶ範囲、と言うことになる。

そしてドリフト内に潜む光線属種に関しては、予測される行動を示し、本艦隊や友軍の展開するエリアに照射可能な開孔門から出る行動を見せれば、その予定時間さえ警戒色で表示される。




殿下は―――佐渡奪還を、本気で実行しようというのか!?


悲願と言いながら、実現性が全く見いだせなかった作戦。
しかしこの“森羅”の性能があれば、決して夢でなくなる・・・。

・・・その“夢”を実現するためにも、此処は退けんな。





「・・・全艦、砲撃準備。
―――脅威度B、岨巒堂山目標、井坪山目標、及び、脅威度C、大塚山目標、青野峠目標、砂金山目標を同時砲撃。
データリンク射撃システムに、“森羅”データを同調、距離・高度を勘案し最適な砲撃タイミングを導き出せッ!」

「 はッッ!! 」

「急げ! 機動艦隊が出港するぞ!」

「Yes、Sir!!」

「!! 臨時新潟防衛総合司令室[HQ]通達、本侵攻BETAは最大級師団規模、現在までで14,000――!!」

「・・・構わん! 光線属種殲滅後、ハイヴ周辺の湧出しているBETA共に、三式“改”通常弾の雨でも振らせてやれ!」

「! 三式“改”! クラスター散弾ですか!?」

「少しも使い所が無かった、“不良在庫”だ、派手にバラ撒いてやれ!」

「・・・了解! 各艦、三番砲塔に装填!」

「はっ!」

「観測手、ハイヴ内光線属種の動向に注意! モグラ叩きだ、顔を出す瞬間に開孔門ごと吹きとばせ!」


この“森羅”が齎す位置が正しい事は、先の砲撃で証明されている。
砲撃し、これだけ電子機器を稼働していながら、南島山脈からのレーザー照射は絶えた。
ならば光線属種が“門”をでた瞬間、初期照射もままならない状態で砲撃すれば、1弾で出口ごと吹き飛ばせる。


「 !! 了解ッ! 」


信濃の艦砲が一斉に火を吹いた。
次いで美濃、最後に加賀。


やがて北西の空に、光条が閃く。

しかしその反対、東の空では流れる雲の隙間から、漸々遥かな曙光が立ち昇って見えた。


Sideout




[35536] §64 2001,11,11(Sun) 06:52 旧海辺の森跡付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/06/03 19:25
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'13,05,19 誤記訂正
'16,06,03 誤字修正



Side △△△(帝国軍第12師団機甲連隊長)


大気が張り詰めている。
海は泡立ち、大地が震えていた。

飛沫を上げて次々と海中から崩れかけた岸壁に這い上がりいくのは、異形のモノ。
旧新潟空港跡、今は見渡す限りの荒地を覆い尽くし競い合い折り重なるように進んでいくその様は、百鬼夜行を目の前にしているかの様。

到底人智及ばぬ――、と畏怖してしまいそうなその光景を唯見送るしか無かった。





Code991の発令以降、我々帝国軍第12師団第2機甲連隊は、先陣を切って担当エリアに駆けつけた。
極低層なら匍匐飛行で速度を稼げる戦術機と違い、此方は足の付いた陸送なのだ。
その為に陣も海岸に近い新発田の山間に置いていた。

元々BETAの上陸地点としては最も北東のエリアを担い、海辺の森から旧新潟空港周辺に上陸し南進するBETA群を、戦術機甲部隊が誘引収束、東側の小高い山を背後に戦車・自走砲の2大隊で構成された機甲連隊が叩く―――それが侵攻初期に於ける段取りだった。

しかし、やがて齎された上陸地点と予測時刻は、その数と位置、共に演習時の設定を微妙に躱していた。



状況は昨日までの“演習”と同じ、佐渡を発端とした大規模なBETAの再侵攻。
H21から湧き出たBETA群は、海底の佐渡海盆を迂回し新潟海岸を目指した。
佐渡北東の海底には大規模な進軍でも通過できるルートが2通り在ることから、BETA群は大きく2つに分かれ、第1波・第2波と微妙な時間差を以て新潟の北東部海岸から南西部海岸に掛け津波のように押し寄せる―――今回の侵攻も、正しくその通りの状況だった。
一瞬これも演習の続きか――? と錯覚してしまいそうな程よく知る似通ったシチュエーションであり、それほどまでに“演習”の設定は精度が高かったと言える。


だが、これは現実のCode991。
侵攻してくるBETAは紛れもない本物で、網膜投影だけの影ではない。
――――喰われれば死ぬ。


その現実は、此処まで精緻な予測を以てしても乖離を生じる。
大きく違ったのは、その総数、そして上陸地点を狭く絞り込んできた事。
“演習”では上陸していた阿賀野川以東、海辺の森や網代浜、次第浜には上陸せず、密度を上げる形で旧新潟空港以西に上陸する、との進路予測が出された。



―――今、目前でその予測は現実のモノと成り、阿賀野川の向こう旧新潟空港周辺の岸壁に取り付き蠕く赤と白を基調とした不気味な色彩の斑模様が、途切れること無く引っ切り無しに上陸を続けていた。


推定上陸総数14,000超―――。

その数字を聞いたとき目眩がした。
大規模な再侵攻にも相当する数字、最大級の師団規模など誰が予測したのだろうか。

否―――!

事によると“紫紺の至宝”で在らせられる殿下の慧眼が、この侵攻の可能性すら看破していたのかも知れない。
この規模のBETA群が前触れなく侵攻を始めていれば、何の準備も無く当地に展開していた部隊だけでは瞬く間に戦線が瓦解しただろう。
今、唐突なCode991に対しこれほど迅速に部隊展開が出来ているのも、ここ2日の“演習”の賜であり、担当エリアを区切れるのも、斯衛や国連軍までが合同と成る演習参加をしているからなのだ。

それでも、今回のJIVES演習に於いて最大の上陸数は10,000に届いていない。
少ないときは、7,000にも満たなかった。
その数でさえ、なんて無茶な設定するんだと毒づき、多大な犠牲を出して漸く殲滅に漕ぎ着けた設定なのだ。


――現実はより過酷で、そして冷酷。


この数は、現在新潟平野に集い展開する部隊を以てしても、殲滅が叶うか否か不明。
昨日までの演習通りなら、寧ろ簡単に崩壊する可能性のほうが高い。
ここの防衛線を突破されれば、首都の最終防衛ラインをも喰い破られ、最悪帝都潰滅も現実味を帯びる数字。

その憂いと焦燥感からすぐさま玉砕覚悟で特攻を申し出た我々に対し、総合司令室[HQ]の応えは“待機”。
それもBETAの侵攻が予測されるルートを僅かに外し、旧新潟空港からは阿賀野川の対岸と成るここ海辺の森。
海辺付近で、電子機器を落としての“完全待機”だった。




今、傍から見せつけられるBETAの上陸と侵攻。
我が祖国の国土を蹂躙すべく進軍を始めた百鬼夜行異形の群れを前に為す術もない。

Code991の発令と共に活性化[アクティヴ]された地雷群も斥候の小型種が尽く炸裂させてしまい、元々の目標でもある突撃級が通過する際には既に何も残っていない。


直ぐにでも砲撃システムを立ち上げ、全隊で一斉砲撃すれば少しでも数を削れる。
気分的にも、さぞやスッキリ爽快であろう。
勿論、それは瞬時に奴等の敵性認識を取り、吹き飛ばした以上のBETAに即座襲撃を受け、総隊殲滅されることを意味するのだが・・・。


それでも構わない。
―――寧ろそれを望む。

そう思って再度の具申に返って来た応えは、更に“機を待て”と言うモノだった。


・・・・不甲斐ない―――と臍を噛む以外無い。
“機”など在るのか? と暗鬱の思いを抱きながらただ南進していくBETAを見送るしか無かった。








ここ新潟に来て繰り返されたJIVES演習に於いて、我々機甲大隊である戦車部隊と自走砲部隊の役割は、初期殲滅と後方支援に限られていた。

同じ第12師団に属する戦術機甲連隊“鋼の槍”が誘導するBETA群に集中砲火を浴びせる、言ってしまえばそれだけ[●●●●]の役目だ。
弾薬を効率よく殲滅に充てなければ、物量を誇るBETAに対抗し得ない、という発想からの戦術である。
実際それで殲滅出来るBETA数は多い時で2,000程度あり、戦車大隊・自走砲大隊72輌で総数の2割が削れるならなかなかに十分な戦果と言える。
しかし現実は戦術機が命がけで誘導してくるBETAに火力を浴びせるだけの定点トラップ。
BETAにルートを外されれば何の戦果も見込めず、自らは何も出来ていない。

対BETA戦に於ける戦車や自走砲は、有する火力こそ大きいが敏捷性に欠け小回りが効かず、それが致命的であった。
要撃級や突撃級は勿論、戦車級辺りでも車体に取り付かれればそれまで。
接近されれば巨大なハエトリグモみたいな俊敏な動きに戦車ではついていけず、数で圧倒される事は明白。
それ故、戦車部隊や自走砲部隊は専ら後方から砲撃に徹するか、AL砲弾を撃ち出し重金属の盾を作る役しか無く、BETA攻略の主力が完全に戦術機に移っているのは時代の趨勢としか言いようがない。

今回の侵攻に於いても上陸するBETAに対する定点殲滅をする為に海岸線近くまで来たが、上陸数が余りにも多すぎて面密度が異様に高く、戦術機が分断・誘導戦術すら取れない。
結果、単独では餌食に成りかねない機甲部隊はそのまま側方待機となった、と言うことなのだろう。


―――取り残された疎外感、とでも言うのだろうか?


戦車は、嘗ても航空戦力に対する無力故に衰退し滅亡しかけた。
歩兵や陸戦では無類の強さを見せた戦車であるが、やはりメインの戦場は陸軍中心の第2次世界大戦までだったのだろう。
航空兵器の台頭と共にその戦略兵器としての立場は喪われ、都市制圧や局地戦に特化した形で残ることが多かった。
その航空戦力を一切無力化したBETA大戦に於いて、改めて見直されるかという淡い期待も在ったが、それも儚い夢、BETAに対する主戦力とも成り得なかった。
装甲が有効であればその芽も在ったかも知れないが、相手はその装甲をあっさり貫くレーザーを照射し、鋼鉄さえバリバリと貪る非常識な生物。
速度、走破性、装甲、敏捷性・・・どれをとってもBETAに敵わない。

一方の自走砲もその用途の多様性から発達し、一部はミサイル化により対空戦力としてBETA大戦までは維持されてきたが、光線属種の出現によりBETAに対するミサイルを含む航空戦力が無力化され、今ではALM砲台としての機能しか求められないのが現状。
飽和攻撃で光線属種を倒すには、探索性能と効率が悪すぎた。


それでも機甲連隊が存在しているのは、物量を最大の脅威とするBETAに対してないよりマシ、と言った理由であろう。
機械化歩兵より火力を有し、闘士級や兵士級であれば無視できる防御力もある。

戦術機が貴重で数が少ない上に、戦術機適性が無い兵卒も多数いたことから、与えられた鉄の棺桶、それが戦車部隊だとの揶揄も存在した。

尤もそれを言うなら、戦術機こそカーボンの棺桶と言う方が正しい。
戦術機適性のある者を羨ましいとも思った。
だが、そうして戦術機に移っていった者は、今既にその殆どが居ない。
比較的遠距離から砲弾を撃ち尽くしたらもう逃げるしか無い戦車は、引き際さえ間違えなければその生存率は高いのだから。


――故に何時も死に切れず、取り残される者―――。

この国家存亡の瀬戸際に瀕してさえ力となれない自らが情けなかった。









もうすぐ、同じ第12師団“鋼の槍”連隊が担当する旧新潟空港・西海岸公園のBETA群、その突撃級が第1次防衛ラインに達する。
その後を侵攻する、“本隊”は、BETA侵攻の9割を構成する戦車級・要撃級・小型種の混成部隊。

――今、第1波には光線属種が存在しない――。



MLRS大体を連れてくるべきであったか―――。

今回演習に参加した第2機甲連隊は、データリンクを有する90弐式戦車3個中隊36輌から成る第1戦車大隊と、75式自走榴弾砲2個中隊24輌、そして試験的に導入されたHIMARS4輌とその輸送車輌GPS観測車輌計12輌からなる中隊で構成された自走砲大隊の臨時混合編成だ。

実弾演習とはいえ、射程の長いMLRSによるM30ロケット砲は使いどころがない。
対BETA用に衛星誘導とクライスラー弾で面制圧可能な兵器として有望視されたが、抑々光線属種支配地域では、クラスターをばら撒く高度1,000mに至る前に、尽く撃墜されていた。

故に参加対象から外れたのだが、光線属種が一時的にでも排除されている今の状況なら話は違う。
MLRS1個大隊で、かなり広範囲のBETA殲滅が可能だっただろうと予測される。


今回、この連隊にはその機動性を試す意味で導入されたHIMARS中隊が存在する。
MLRSの面制圧能力は高いが、大柄で機動性が悪く、移動に難儀する。
そのため米国で開発されたのが、高機動ロケット砲システムHIMARS:High Mobility Artillery Rocket Systemである。
主武装はMLRSと同じ227 mm ロケット弾6連装発射機であるが、機動性を重視しランチャーポッドの搭載数は1。
それが4輌で24発、中隊内に随伴する輸送小隊により装填訓練用に持った予備弾が4ポッド24発。
乗員数3名で速度は85km/hまで出すことが出来、自走による長距離移動も可能であることから、今回参加となっていた。

しかし実弾訓練とは言え、クラスター弾の演習使用は無いとされ、4輌のランチャーポッドに収まっているM30ロケット弾は、半分がアンチレーザー用の重金属拡散弾、残り半分が訓練用のバラストを込めた炸裂弾であり、輸送車輌の運ぶポッドの内容も同じ。



―――せめて、これが正規のM30クラスター弾で在ったなら――。

忸怩たる思いに、唇を噛み締めた。














その時、音声通信が繋がった。


『こちら“森羅”―――。
第12師団機甲連隊、戦車[STURM]大隊、自走砲[BLITZ]大隊、感、在りますか?』


何時聞いても不思議な感じのする電子音声。
様々な情報を齎す、“女神の盾[アイギス]”。
全隊に向けたアナウンスはしょっちゅう耳にしているが、個別の通信が繋がったのは初めてだった。


「・・・こちら帝国軍第12師団所属、第2機甲連隊第1戦車大隊、及び臨時編成自走砲大隊を統べる連隊長三隅だ。」

『よろしくお願いします――。
早速で申し訳ありませんが、総合司令室[HQ]より貴連隊に砲撃要請―――。
これよりデータを転送しますので、全システム起動をお願いします。』

「了解した・・・・全車システム起動ッ!」



“森羅”が何者かは極秘事項、今回“実戦検証”する殿下が“横浜”に依頼した装備の一部であるとも聞く。
データリンクに於けるコールサインは〈Thor-01〉、あの“白銀の雷閃”白銀少佐機からの発信であるが、勿論少佐本人ではない。
その独特の電子音声は機械じみて人工知能とも取れる。

しかし、第2回のJIVESから参加した“森羅”は、明らかに総合司令室[HQ]が有するそれを遥かに凌駕する情報収集能力と、それに基づく予測能力を有していた。
JIVES演習であり、設定の電子情報を読み取っているだけではないか、という疑念の声も無いわけではなかったが、そんな実戦では使いものにならない欺瞞を試す意味はない。
その齎される情報の無比な正確さに、3回目の演習では既に絶大な信頼が寄せられていた。


“森羅”の指示には従っとけ―――。


それが、CPや司令室ですら同じ状況だったと隊付CPが教えてくれた。
勿論“森羅”は総合司令室[HQ]内には居らず、データリンクと各種要請だけを伝えてくると言う。
“森羅”は、独自のセンサ網を構築・統合しているらしく、元々帝国の敷いた監視網の何倍どころか、何10倍、何100倍と言う精度の情報をリンクしてくる。
そのデータ量が膨大すぎて、臨時に設置した帝国軍が有しているシステムでは処理仕切れない為、直接メインサーバーへの接続はしていないらしい。


そして“森羅”は今回のCode991に於いても、JIVESで魅せた情報収集能力を遺憾なく発揮している――と言うより、実際の侵攻に際した方が“演習”時よりも更に飛び抜けた情報を提供しているのである。


抑々帝国の監視網では、音紋センサーから判別できるBETAは大型種だけで、戦車級以下の中型種・小型種は判別ができない。
BETA侵攻時の種別構成比率が大きく変動することがないことから大型種の数を元に全体概数を割り出していた。
それが、“森羅”が絡むようになったこの新潟演習では、中型種である戦車級までがほぼ正確にカウントされ、闘士級と兵士級が除かれた数字で示されている。


それは、現在進行している状況でも同じ。

“森羅”の有するセンサでは、現実にも中型種まで完全に補足できている、と言うことなのだ。
しかも、闘士級と殆ど同じ体格の光線級まで追尾している。
その気になれば小型種も捕捉可能だが、都市局地戦でも無い限り無視しても構わないので、カウントしない―――そう言っているように見えた。
歩兵戦など殆ど無いのだから、戦術機の脅威と成り得る中型種以上のみを計上している、と言うことだ。


そしてその情報に基づくBETAの行動予測。
実際目の前で展開されている上陸地点とその時刻、そして概数は寒気がするくらい正確だった。


少し考えれば解る。
今まで出来た試しのない、戦艦の艦砲射撃に依る佐渡島地表の光線属種排除とか、海底侵攻BETAの光線属種選択排除とか、“森羅”情報が絡んでいないわけがない。
“森羅”が広域で光線属種を追尾可能であるからこそ齎された多大な戦果であるのだろう、と。




そう思い至って苦笑する。

―――大体、この待機地点[●●●●]が先ず、おかしい。


“森羅”の予測では、今回の上陸範囲は旧新潟空港跡から、角田山より東のエリア。
だがそれが外れたとき、この海辺の森もBETAに埋まるのだ。
電子機器を停止しているとはいえ、人は乗っているのである。

――まあ、向かってきたら希望通り玉砕覚悟の特攻をするつもりだったから、待機地点については意見具申もしなかったが――。

故に、“森羅”予測のとおり、阿賀野川の対岸にBETAが上陸を始めたときには、逆にBETAにすら相手にもされす、取り残されたのかと言う寂寥感すら感じたものだった。




BETAが襲撃する対象には優先順位が在ると言う。

例えば光線属種は、自らに向かって来る飛翔体を第1優先とする。
次が同族の障害となる飛翔体やその飛翔体を発射する移動体であり、その次に高性能CPUを有する物体と言われる。
光線属種に取っては人類を含む炭素系生命体は比較的順位が低い位置にある。

それが、戦車級や要撃級となると、飛翔体はそれが有人であっても高性能CPUを有していても、高度で50mもとれば無視してくる。
艦艇も同じで、そこから攻撃を受けても自らに攻撃手段がない場合は頓着しない。
今回の様な侵攻では、目的地への到達を第1優先とし、その侵攻に立ち塞がる障害を次点としている。
経路上に対象があれば、高性能CPU+有人>高性能CPU>人類を含む炭素系生命体、と言った優先順位で襲撃の対象となろう。
その他にも、基本平坦地を選んで侵攻するなどいくつかの選択比重があり、その複合した条件判断で襲撃対象が定まるらしい。


機甲連隊が直ぐ脇に居ながら襲ってこないのは、CPUを止めていた時は単なる炭素系生命体で襲撃の優先順位が低く、更に阿賀野川を渡渉することが平坦地侵攻優先に引っかかり、目的地への侵攻に逆方向となることから素通りされた、と言うことか。

そして、今システム立ち上げの為にCPUを起動しても尚見向きも成れないのは、第1次防衛ラインでの戦術機甲部隊による間引きが始まり、敵性障害として彼らがより高位に認識されたため、脅威度の低い対象はスルーされた、と言う事になる。


―――そう、この段階でシステムを立ち上げ、砲撃要請が出ると言うことは、このBETAの反応を完全に予測していたと言う事に他ならない―――。





その時、システム起動が完了し、データリンクが繋がった。

リンク元は“森羅”―――。


そこに在ったのは、海岸線の地図と、ある殲滅目標の上陸時刻予測データ。






「――――砲手、可能か?」

「ダイレクトリンクすれば、自動照準でも行けます。」

「・・・・・・・面白い――!! この為に〈STURM〉と〈BLITZ〉を水際に招いたかっ!!」


口元が緩む。
さっきまでの閉塞感が霧散する。

―――こんな極上の獲物は久しぶりだ。


「第2機甲連隊、総員に告ぐ!―――野郎どもッ! 狩りの時間だッ!!

HIMARS中隊を除く全車輌は、砲撃準備!

目標――上陸する要塞級ッ!

〈STURM-01〉から〈STURM-04〉までは、観測!
〈STURM-05〉から〈STURM-12〉までは第1目標、以降第4目標まで2小隊8輌で集中砲火、外した奴は後で飯抜きッ!」

『『『『い、Yes, Sir! 』』』』

「第5から第8目標迄は〈BLITZ-01〉から各6輌で砲撃! タイミング合わせて狙え!」

『『『『 Yes, Sirッ! 』』』』

「目標が沈黙しない場合、再斉射! 確実に沈めろッ!
被害の少ない目標に第1小隊も援護!
第9目標迄の撃破確認後、〈STURM〉隊は移動を開始する!
以降、4体毎に第40目標まで〈STURM〉隊〈BLITZ〉隊で交互に担当。
最西部の第41以降は〈STURM〉隊で仕留める。
〈BLITZ〉隊は現場待機! 長射程となるが有効射程内だ、何とかしろッ!」

『『『『 ・・・・・Yes, Sir 』』』』

「HIMARS中隊はデータリンク注意、撃ち漏らしを殲滅!
ALMでも訓練弾でも構わん!
直撃炸裂させれば、要塞級でも潰せるだろ。」

『『『『 !! Yes, Sir! 』』』』

「タイムオーダー、キツイぞ!? 気を引き締めろ!」

『『『『 Yes, Sirッ!! 』』』』

「―――目標第1陣接近、自動照準、乗せろ。距離偏差確認っ!」






砲塔が旋回する音がキャビンに満ちる。
外からは射線を確保するために移動するキャタピラの音と、微かな振動。

百鬼夜行は、本隊のケツに差し掛かったのか上陸が漸く途絶えていた。


やがてずらりと海岸線に並んだ90式戦車が8輌づつ、一斉に同じ方角を狙っている。
有するのは120mm滑空砲。
射程は12km程であり、所持弾数も40と限られている。

後方からその先を狙う自走砲隊の75式は、155mm榴弾砲。
射程は19km程だが、連射性能は毎分6発まで。
機動性や連射性、徐々に遠くなる目標を考えれば、足を止めての砲撃専念が妥当。


対する第1波残存要塞級は49。
体高が高いため沖合海面にポップアップする射的。
元々他種に比べれば緩慢な動作は、海中に在って更に制限されている。



データリンクの中には、まだまだ獲物が見えている。
第1波の後詰めであった光線属種を海底で殲滅したことで、本体と殿である要塞級の間が開いたのだ。
その隙間を戦車であれば、抜けられる。
だが、第1波が過ぎれば、やがて第2波の上陸が始まる。
それも此処旧新潟空港跡地から順次。

戦車隊が再度戻る隙は無い。

第2波に対しては、戦車大隊は角田山、自走砲大隊はこの海辺の森からの挟撃となろう。
正直、射程も残弾薬数もキツイ戦いとなるのは必至。

第1波は、側方からの不意打ちとなるが、第2波に対しては正面からのノーガード戦法。



けれど―――、想像するに、それもまた楽しそうだった。



“森羅”が齎すのは飽くまで情報、基本“要請”はするが“命令”はしない。
その情報を如何に使い、戦果に結びつけるか、それは各隊が自らの装備に照らして構築すべき項目だ。


一時、たった一時ではあるが、最前線で持てる全てを以て戦える―――。
その高揚感に、口元がニヤニヤ緩むのをどうしても抑えきれなかった。


―――殿下・・・、この[●●]新潟の地への招聘、心より感謝致します―――。






「第1目標、浮上まで10秒! タイミング、合わせろッ!

―――3,2,1,発射[ファイエルッ]!!」


第2小隊以下、轟然と火を吹く8門の主砲。

車体が軋むが跳ねる程ではない。

一瞬の間を置いて、200mほど沖合で丁度海面に頭を出した要塞級が盛大な水柱と共にその一部吹き飛ばされる。


「命中――。・・・目標侵攻、止まらずッ! 着弾に依る損傷認るも中破ッ!」

「追撃照準ッ! 第1小隊も合わせっ! 第2目標以下、筆頭小隊長が砲撃指揮ッ!!」

『『『『 Yes, Sirッ!! 』』』』

「第1目標、可能なかぎり関節を狙え!」

「偏差修正ッ!ヨシッ!」

「第1目標第2射、

―――3,2,1,発射[ファイエルッ]!!」


一瞬於いて、少し先に浮上した第2目標への斉射がゴンゴンと響く。


「! 第1目標傾斜ッ!! 足が止まりましたッ!」

「よしッ! トドメは4射でいい! 第2小隊、任す!」

『 Yes, Sir! 』


続けて放たれた砲弾が炸裂し、漸く第1目標の要塞級が海中に崩れ、大きな水飛沫が上がるのを見た。


Sideout




Side 晴子(国連太平洋方面第11軍A-01中隊)


ちらと時計をみる。
―――07:05。


『―――総隊、掃射後噴射跳躍ッ! 後方300mまで距離を取れッ!!』


中隊長の指示が頭の中に響く。
反射的に、目前に迫った悍ましい津波―――妙にヌメるような生白と、暗い朱色、その中に混じる赤く光る複眼や、蛸の様な頭に突撃砲の掃射を放ち、そのまま後方に飛び退る。
バーナーが噴いて、グン、と加速し目玉やその他を置いて行かれそうな間隔を強引に抑え込みながら、目前に迫っていたBETA群を下方に引き離す。



連合艦隊と機動艦隊が光線属種を排除してくれたお陰で、噴射跳躍でもある程度の高度を取れる分、広く視野が取れるのだが、その光景は津波と言うか、蠕く大地とでも言うのか、正直見ていて余り気分のいいもではない。
見渡す範囲、数100mの規模で大地そのものがのたうち、そのまま襲ってくるような錯覚に捕らわれる。
ついでに放った突撃砲の1掃射が、その津波に対しなんと無力なことか―――。

BETA本体はそんな豆鉄砲の迎撃になどひるむことなく、その60km/hに達する進軍速度を微塵も緩めず怒涛のように内陸へと押し寄せている。
圧倒的な物量というBETAの基本にして恐るべき戦術に改めて無力感を感じずには居られなかった。




Code991―――。

ここ新潟に来て、既に3回のJIVES演習を熟し、その全てでBETA侵攻を阻止できていた。
最初の演習こそ帝国軍には多大な損害が生じていたが、それも回を追うごとに減少し、実際手際よい殲滅が可能になっていたのは確かだ。
国連軍の一兵卒に過ぎない私なんかが全体を見る事など出来はしないが、少なくともA-01部隊にはA-00部隊含めて損耗もなく、部隊内の連携や戦術に破綻は無い。
今ではエースである白銀抜きでも担当戦域内の光線属種を優先排除し、群れを誘引、集中殲滅、という一連の動作がほぼ滞り無く実施出来るまでになっていた。
レーザー照射回避も中隊長、副隊長、そして何故か築地の3名が出来るようになり、初めこそぎこちなかった段取りも、昨日の3回目にはスムーズに進められ、隊の雰囲気は否応にも明るくなっていたのだ。
――シミュレーションじゃない、本物のBETAを殲滅したいよね、そんな軽口が茜から出るくらいに・・・。

その台詞が引き金[フラグ]だった訳ではないだろうが、早朝の寝ぼけた頭を張り飛ばしてくれたCode991[ホンバン]は、驚くべき数字を告げられた。


―――14,000超―――。


簡単にいえば、想定の倍!
そして予測される上陸区域は、想定の半分!
つまり面密度で演習の4倍を相手にする! ――と言うことだ。

中隊長を含め、先任同期、皆の顔が引き攣った。



上陸地点は、旧新潟空港跡地から角田山に近い越前浜海水浴場迄の約25kmの海岸線。
北東側の海岸から順次上陸を始めたBETAは、次第に上陸地点を南西にずらしながら、南方向燕三条、を通って関東を目指すと言う侵攻ルートを取る公算が極めて高い―――と言う事で、駐屯地を飛び出したA-01は上陸の遅い担当エリアに移動する前に、指示位置に一仕掛けを済ませて来ていた。

第1波最初の上陸は、旧新潟空港付近で0648、我等伊隅ヴァルキリーズが担当するAREA-7四ツ郷屋海水浴場は0657、A-00が担当するAREA-8越前浜海水浴場は0659に始まると予測された。
そしてその定刻通りに始まった侵攻は、全てのエリアで上陸数、時刻とも寸分違うこと無く推移し、このAREA-7にも700体余りが先刻上陸していた。



けれど、この現実の侵攻に於いては、今までのJIVES演習で経験していない状況が齎されていた。

それは、絶望的な数字に対する、救い―――。



たまたま[●●●●]佐渡海峡を通過中の連合艦隊第2艦隊の援護を受け、佐渡本島地表面に点在していた光線属種の排除が出来たこと、更に湧出していたハイヴ周辺の2,000体を砲撃で殲滅してくれたこと。
それを以てBETAの湧出は停止したらしいから、侵攻数の最終的な数字は15,000弱で止まった。

―――第2艦隊様々である。


そしてこの佐渡本島地表面の光線属種排除によりレーザー照射を免れた帝国海軍機動艦隊は、海中を侵攻するBETA群から光線属種と要塞級の最優先撃破を敢行した。
結果、第1波では残存光線属種0と言う偉業、要塞級残存も49にまで頑張ってくれちゃったのだ。

搭載可能魚雷数の関係で第2波では潰しきれず、残存光線級:42、残存重光線級:37、残存要塞級:93との事で、完全な排除には届かなかったし、BETAの密集度よりも光線属種殲滅を優先した為に総殲滅数も今までの様に全体の1割に届かない837と言うことだったが、少なくとも第2波上陸まで“空”の安全が確保された事は、戦術機に取って極めて重要な戦果であった。


さ・ら・に、である。


BETAの進軍に対し、突撃級を効率よく殲滅した戦術機部隊が、BETA本隊を誘引し出したその隙に、つい先ほどその本体後方の海岸に展開した帝国軍の戦車大隊シュトルム隊と、自走砲大隊ブリッツ隊が、残っていた第1波の要塞級を砲撃殲滅してくれちゃったのだ。
その際、撃破した3体の要塞級に隠れていた光線級4体も、海岸から顔を出す前にブリッツ隊に所属するHIMARSからM30ロケット砲でピンポイント撃破されたらしい。

これにより第2波で光線属種が上陸し始めると予測される時刻まで、“空”の安全は確保された。







―――恐らくは、佐渡本島の光線属種排除も、海中侵攻するBETA群から選択的に光線属種を狙い撃ち出来たのも、そして今回の機甲連隊による要塞級撃破も、全て“森羅”が絡んでいるんだろうケド・・。

リアルタイムの海底侵攻を把握していなければ、上陸地点と上陸数、時刻まで予測できるはずがない。
ならば位置が判って当然。
勿論そのシステムは総数把握だけではなく、追尾性能も兼ね備えている。

中でもずば抜けているのは、光線属種に対する追尾性能。
大型種である重光線級はまだ解る。
けれど体格上小型種である光線級をどうやって捕捉できるのか?


以前御子神大佐に聞いたところによると、BETAは工業製品[●●●●]のように規格が揃っていて、地球上の動物種に見られるような体格差や個性が殆ど無い、と言うことだった。
つまりそれは、移動の際の振動パターンが非常に似かよっていて、同種の選別が遣り易いと言う事に繋がるらしい。
様々な振動パターンが重畳された信号であっても、各々のパターンが予め判っているのなら区別は付きやすく、それをデジタル・ビーム・ホーミングと言う技術で追尾するのは、さして難しくないと言うことだった。

一つのセンサーでは重畳され判別が付かない信号でも、空間的に離れた位置にあるセンサ間の時間的信号差を見る事により動いている対象の距離や方向、数などが判別できる。
勿論対象が複数と成れば、方程式の未知数が多くなるので1個や2個の観測データでは同定できないが、センサを空間的なアレイとし、その個々の位相差を利用すれば、膨大な数の方程式を得ることが出来る。
理論的に言えば、設置されたセンサ数nの3乘の半分に近いn(n-1)(n-2)/2個の方程式を構築出来る事になる。
それが現実にいくつに成るのか知らないが、その膨大な方程式を解くことによって複数の動体の動きや、地殻の伝達関数、動いている作動面まで推定できる、と言う技術だそうだ。
この時、種別ごとの規格が揃っている、と言うことは大幅な演算量の削減に繋がるらしい。
勿論リアルタイムで膨大な方程式を解くことなど人間の頭なんかじゃ到底計算できないが、超並列処理可能な超弩級高性能コンピュータ“森羅”なら可能―――とのこと。


―――その総てを統合しているのが、鑑。



そこから海底に於ける光線属種の位置も割り出したのだろう。
空気中では無敵に近い光線属種も、水中では唯の的。
アレだけ高出力のレーザーを水中で照射すれば、即座に目前で水蒸気爆発を起こして自滅する。
惜しむらくは、機動艦隊が艦隊として所持する魚雷数が96本しか無かった事。

佐渡海峡哨戒に当たっていた3機動艦隊合計でも300本弱しかなく、補給していたのでは間に合わない、という。
それでも残った機雷だけで第1波の要塞級を半分まで減じたのだから、腕も良くモチベーションも高かったのは想像に難くない。






そう、光線属種・要塞級は排除されたとは言え、第1波の侵攻予測数は中型種以上で約7,000―――。小型種まで含めれば10,000に届く。

その中核を為す本体が、今目の前にしている“津波”のようなBETA群なのだ。



本隊の面密度が異様に高く、光線属種が居ない第1波では、今までの各個撃破に変わり後退しながらの漸次殲滅を行う様指示が下った。
海岸線から離れ、第1次防衛ライン付近で迎撃を開始した各隊は、先鋒である突撃級をフライパスし、その後方から掃射を仕掛けた。
基本的に[●●●●]、だけど。

比率としては7%と言われる突撃級は後方からの攻撃には弱く、侵攻速度差から本隊との距離もソコソコあり、戦術機が“空”を使える状況にあっては脅威と成り得なかった。
A-01中隊を含む各部隊に於いて“初陣”を迎えた新人[ルーキー]は、“空”が使える僥倖のような状況の下、“初撃破”“死の8分越え”も達成できた、と言う事になる。

A-01中隊も、上陸地点の最西端である四ツ郷屋海水浴場や越前浜海水浴場から上陸したBETA群を待ち受け、先行した突撃級を早々に片付けた。

確かに、突進してくる突撃級の群れをその目で見たときは、正直ビビった。
JIVESで見慣れていても、跳ね飛ばされれば死ぬ。
シミュレーションではない―――、その“現実”それだけで足指が丸まった。

リアリティで言えば、JIVESと全く変わらない状況であるのに、本当の“死”を目の前に竦んでしまったのだ。


『―――怖いか!?』

『『『『『『「 !! 」』』』』』』

『―――恥じることは無い、私も怖い・・・』

『『『『『『「 ! 」』』』』』』

『だが、私は自分が死ぬことよりも、私たちの後ろに居る大切な人達や、何よりも隣で戦う貴様らを喪う事の方が怖い!』



――その時の伊隅大尉の言葉がリフレインする。

A-01中隊・・・。
今は中隊だが、元は連隊規模で構成された部隊であったと聞いた。
数が充足したことは無いと言うが、雑把12/108―――。
その言葉通り、幾度もその隣に居る人を喪う“怖い”事を経験してきたのだろう。


その隊長の指示と共に、一糸乱れず空を翔け、突撃級の群れをフライパスしながら反転、その装甲を持たない背中に夢中で掃射を浴びせた。
両翼上空から追い立て、包囲殲滅し、最後の1体がその動きを止めたとき。


新人[ルーキー]諸君、初撃破、そして“死の8分越え”、お目出度う。
―――そして、“地獄”へようこそ』


いつの間にか、緊張も解けていた。
漸く“衛士”に成った、成ってしまったんだな、と実感した瞬間だった。



そう、突撃級殲滅の余韻もつかの間、振り向けばそこに迫っていたのは、夥しいまでのBETA本隊の津波。
後から聞いた話では、その余りの圧力に、再度操作を誤り掛けた新人も何人かいたらしい。
既に排除された光線属種や要塞級まで含めても、全体の10%しか殲滅出来ていないという事実。
この物量を捌き切らない限り人類の存続は無いのだ。

確かに、とても斬り込んで分断したり誘導したり出来る数では無かった。
今までのように、足を止めての殲滅など到底叶わない。
止めた瞬間に包囲殲滅される、それ程の侵攻密度。


―――故に、先の作業も意味を持つ。








新潟の北東から南西に伸びる海岸線に、北部から順次上陸を始めたBETAは上陸後等しく南を目指し、徐々に隣り合う群と合流することによって、その面密度を更に増している。
一番遅かった西南端の上陸であるが、南進の位置は先頭であり、北東側に追従するように合流していく。

今のところA-01にも隣のA-00にも損害はない。
他隊でも軽微な損害は在っても、重大な損耗は発生していない。

戦術機が“空”を使えることで、絶対的な回避が可能になっているからだ。


それでも“森羅”が告げた第2波の上陸が、もうすぐ始まる。
光線属種が上陸を果たせば、“空”と言う退路を断たれる。



総合司令室[HQ]通達――。
データリンクに明示する旧県道55号ラインにS-11を地雷として敷設。
第1波BETA本体に対応中の各隊は、引き続きBETA本体を誘引しつつ避退ラインに到達後噴射跳躍により3km後退せよ。
BETA群が到達し次第、順次西側より起爆する。
尚、第2波光線属種上陸は0721と予測、別途優先殲滅を実施するが、0721以降光線属種の排除が確認されるまで飛行高度は高度20m以下の匍匐飛行とする。』


私はまた、ちらと時計を見た。








自画自賛ではないが、伊隅ヴァルキリーズの練度は高い。
新人が居る今の状況を鑑みても、技能も連携もかなりの水準である。
XM3の導入が何処よりも早く、そして発案者や開発者が直接指導にあたり、時間制限もなく打ち込めた。
既に隊のレベルは全員が3以上、先の3人以外でももうすぐ4に上がりそうなメンバーが何人もいる。


―――それでもA-01は、A-00とは違う[●●]

A-01は、偏差値で言えば60からいいところ70前後の、まあ秀才レベル。
平均的な人よりは出来るし、その為の努力もしている。
それでも偏差値が意味を持たない天才ではない、普通の女子なのだ。

それは白銀や鑑、御子神大佐と言った突き抜けちゃってる人達や、教官や“紅の姉妹”、篁大尉と言った彼らに着いて行ける二つ名持ち級とは違う、と言うことだ。

それをこの新潟侵攻で、[つくづく]思い知った。



何しろA-00は中隊とは言え実質3個小隊でも8騎、しかも半分は仮任官したばかりの新人[ルーキー]と言う構成に於いて、砲弾の温存と新装備の検証と言う名目で、AREA-8では50体以上の突撃級に長刀1本で挑んだらしい。
勿論、新人はフライパスして援護、と言うことだったが・・・。

そこで白銀少佐は、超低空倒立飛行で突進する群れとすれ違い様、数体を背開きにすれば、篁大尉はその向こう、鮮紅に輝く長刀で真っ向前面装甲半ばから水平に切り飛ばしたらしい。
そうして出来た突進の隙間に、神宮司教官がスルリと入り込むと、一切ムダのない動作で左右を走る突撃級の前肢を断ち、バランスを崩した120km/hの大質量は周囲を巻き込んだ多重クラッシュを引き起こす。
尚も暴れる突撃級は、“紅の姉妹”が同じく鮮紅一刀の下に首を落とす――――。

・・・上空の援護など必要もないままに秒殺だよ、とつぶやくように語っていた鎧衣は妙に遠い目だった。

正直、見たかったような見なくて正解のような気がしないでもない。




ただ、そんなA-00も今は一エリアを担っているだけだ。

その中で、鑑だけは違うのである――――。





14,000ものBETAを向こうに回し今のところ有利に進めていられるのは、主に圧倒的とも言える情報処理能力を有する“森羅”の恩恵である。

元々その力は、JIVES演習でも、その前のV-JIVESに於いても、薄々感じられた。
実際それまで、BETAの精緻な位置情報や行動予測がこれほど有用とは思って居なかった。



けれど、今目の前に展開している状況はそんなチャチなもんじゃ無い。
現実として起きた新潟侵攻。
Code991の発令に、“森羅”の能力が初めて実感できた気がした。




――恐らく侵攻の勃発を此処まで正確に予測したのだって、“森羅”なのだろう。


そして、その防衛の為に斯衛まで巻き込んだ周到な用意と、事前の演習による教練。
実戦に於ける優位性を保持するために、連合艦隊すら誘導したのかも知れない周囲。

今の優位は、それが功を奏している。
知らぬ間に存亡の危機に在った帝国を救ったのは、紛れもなく“森羅”なのだ。
“森羅”が量産されれば、BETA戦略は変わる―――御子神大佐がヤッちゃった米軍ドクトリン破壊と同じくらいの衝撃になる。




そう―――。

実際、A-01部隊員は、全員“森羅”適合性を検査したのだ。
それは思い出すだけでも身体が震える程の体験。
起動後数秒で貧血やら吐き気を催し、のたうち回るような強烈な頭痛に意識さえ喪うことが出来ず、誰もが10秒と保たなかった。

その“森羅”を装備して平然と居られる鑑。
この“森羅”の力を齎したのは、[ひとえ]に〈Thor-1〉のコールサインを持つ白銀のバディ、鑑の力に他ならないのだ。

努力とか根性とか、そんなモノを全てぶっちぎった天賦の才―――。



勿論、それと引換にどれだけの物を失ったのか、或いはこれからどれだけ喪う事になるのか。
それは個人の幸福とは全く異なる次元の事だと頭じゃ解っちゃいるけど。

その“才”を開花すべく集められたのがA-00――そんな気がして成らなかった。


極めて重要な任務に就く、最初にそう紹介された鑑。
その意味と重さを、改めて慮った。





―――ホント、私は“普通”で良かった。



そして、ホンの数日前に仮任官したばかりだというのに、そのA-00としてこの防衛戦に参加している同期達を思う。

榊や御剣、彩峰に鎧衣、珠瀬―――。


半年前の総合戦技演習に落ちて憮然としていた彼女たち。
潜在能力はあるのに、上手くそれを出すことが出来ない、みたいな個性の集まりだった207B。
・・・茜は無意識にその才に嫉妬し、対抗意識を燃やしているみたいだけど。


きっとその才故に、任官したら華々しい武勲を挙げて、そのままパッと逝っちゃうみたいなチームだったから、実は落ちて良かったね、とも思っていた。
皆、その才に振り回され空回りばかりしていて全然余裕が無かったし。

けど、白銀という“目標”を得て、彼女たちは変わった。
機密規定から同じ基地に居ながら任官後半年顔を合わせなかった彼女たちは、明確に変わった。
それが、今居るA-00と言う破格のポジションに届くかどうかは解らないけど、この先“化け”れば、イケルだけのモノを持っている気がする。




『A-01、避退ライン、到達!』

『―――総隊、噴射跳躍ッ! 後方3,000mラインギリギリまで跳ぶぞ!!』


CPの指摘に、中隊長の指示が飛ぶ。
反射的にスロットルを蹴飛ばし、バーナーを開ける。


そう、鑑が幾ら凄くたって情報だけでは勝てない。
情報を活かすも殺すも“凡人”である大多数の部隊次第。

偉業とも言える光線属種の優先殲滅―――。
それだって位置情報を齎したのは“森羅”だが、実際に光線属種を撃破したのは、連合艦隊であり、機動艦隊であり、機甲部隊なのだ。


そして押し寄せるBETA群を殲滅するのは、私達、戦術機甲部隊の仕事―――。


鑑には鑑にしか出来ない事があり、私は私の出来ることをすればいい。
そうすることで、初めて今は見えない未来が拓ける――――。


そう信じて目の前に迫るBETAの群れに36mm砲を掃射しながら後方噴射跳躍に移行した。


Sideout





[35536] §65 2001,11,11(Sun) 07:15 旧燕市公民館跡付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:53eb0cc3
Date: 2016/05/06 11:55
'13,05,15 upload
'13,05,23 誤記訂正
'15,01,24 語句統一
'16,05,06 誤字訂正



Side 武


『S-11爆破防衛線[シフト]、第7、第8ポイント、20秒のインターバルで順次起爆します―――カウント、60秒。』


純夏に似た電子音声が観測されたS-11の起爆をアナウンスする。

背後、というか管制ユニットの着座姿勢的に頭上に近い配置で純夏の気配を感じているオレには、未だ違和感が抜けない。
通信から聞こえる“森羅”の合成音は、純夏の肉声と言う訳ではないのだ。

純夏は“森羅”のマルチタスクを使い、パラレルで音声をいくつも合成している。
管制ユニットのインカムを使い肉声でオレと話をしているその裏側で、個々の音声通信やデータリンクを部隊、或いは必要に応じて個別に振り分けている。
先の海底光線属種優先排除で、3個機動艦隊39艦艇分のターゲットを個別に適宜調整し、位置や進行方向を加味しつつ目標が重複しないように振り分けたのも“森羅”。
“森羅”が把握しているのは、なにもBETAの位置・動向だけではない。
データリンクと統合されたセンサアレイシステムであるAEGISを介し、位置や動向に付いて味方戦力に関しても把握している。
基本その隊付きCPの頭越しになるような個別音声通信はしないが、データリンクの情報には個々の優先殲滅目標を付加していたりするわけだ。
A-00に関しては純夏がCPを兼ねており、結構好き勝手にマルチタスクで“おしゃべり”までしているらしい。
これも、主に初陣の207Bメンバーに対し緊張を解きほぐすため、っていう効果を狙ったらしいが。
“森羅”の音声信号はデジタルの組み換え暗号で飛ぶから、ヘタをすると秘匿回線以上の対傍受性があり、“森羅”以外では解凍不可能の通信であるらしく、その内容は知るよしもない―――。



つまるところ“森羅”を装備した純夏はBETAの位置、動向、だけではなく、自軍の位置、目的までもを殆ど一人で掌握しているのである。

必要な情報を、必要な時に、必要な人に――。

それを並列処理でリアルタイムにヤッちゃう訳だ。
これがODL劣化に縛られない00ユニットの本領であるのだから、以前のループで脅威論が出るのも不思議はない。
今だって純夏はハッキングやリーディングを意識的に封印しているのだから・・・。
性能はぶっ飛んでいるがあくまで十分なAEGISシステムが用意されていること、が条件という見せかけの“枷”さえ設定している。




単独の閃光と、湧き上がる砂埃――。
“森羅”のカウントダウンで、更にもう一つ、目映い光が瞬く。



『第7、第8ポイント起爆完了―――。
・・・・S-11爆破防衛線[シフト]最終エリア、第9から第12ポイントまで、同時起爆します―――カウント、90秒。』


あの光の下で齎されている戦果に反し、どこか事務的なアナウンス。


「・・・なあ、純夏、第2波も爆破[これ]、出来ないのか?」

「ん―――、無理だよタケルちゃん。
次のでほぼ第1波を殲滅しちゃうから、やっぱり第2波の攻撃優先順位[プライオリティ]が変わっちゃったみたい。
第1波を半分以上殲滅した時、第2波の進軍全体が一瞬だけだけど侵攻スピードが緩んだから、“重大災害”を察知したかな・・・。
多分、今までは横浜ハイヴ侵攻のついでに邪魔者を排除して資源確保、って位の優先順位設定だったのが、今は“重大災害”に繋がる“障害”、特に “高性能CPU+人類種”殲滅がトップに成っちゃってる感じ・・・。
だから第1波ほど素直に進軍してくれないよ。」

「・・・・。」

「――何よりも第2波には光線属種が結構残っちゃっているから、戦術機が噴射跳躍での誘導が出来ない――。」

「・・・だよなぁ。
だから中型種10,000までなら、海中で光線属種完全殲滅が出来て、人的損耗0も夢じゃなかったのに・・・。
―――15,000なんて、反則だぜ・・・。

・・・この第2波が、正念場・・・・か。」



そう、オレ達[●●●]は本気で損耗0[●●●]での完全迎撃を狙っていたのだ。
連合艦隊第2艦隊の緊急参戦も不確定である上、JIVESでは海上からの佐渡本島攻撃など組み込めない設定であり、事前の演習では一切触れなかったが、海上安全が確保出来、光線属種の反撃がない海中での選択撃破が実現されれば、決して不可能ではない。
そして今回の場合、それは中型種以上で10,000までなら展開する3個機動艦隊だけで排除しきれる計算だった。

勿論、佐渡ハイヴが島嶼ハイヴであり、大量のセンサーを打ち込んでも喰われない小細工が可能な事や、BETA侵攻が海峡の渡渉を必要とする等の特殊性が多々在ってのことで、すぐさま大陸ハイヴの攻略に使える訳ではないが、少なくとも海底侵攻をするBETA群に対しては極めて有効な戦術であることは誰も否めない。
ドーバーで攻防しているEU辺りが協力要請してくることは間違いない。
台湾にも有効、米国だって、ベーリング海峡の防衛には是が非でも導入したいとか言いそうだ。




―――それが、遠征直前に生じた、まさかの殿下失踪。

そして、想定を遥かに超える規模のBETA侵攻―――。



前者は今までにない進度で帝国を主とした“人類側”の状況を変えてしまった為に起きた軋轢だとは思う。
傍系記憶には似たような?状況が在った気もする。
尤も、それはバビロン作戦発動以降[ザ・デイ・アフター]の話だし、その時のオレは国家機密に触れられる立場にも居なかったから、詳細は一切不明、そんな記憶はなんの役にも立たない。
委員長の推測で、一応の目処こそ得たが、今の段階でこちらから取れる手段は何もなかった。
今は殿下のことは彼方を信じて、こっちはBETAをどうにかする、それが昨夜の結論だ。


そして後者は・・・これが世界の持つ支配的因果律の修正、という奴だろう。
今の段階で、BETAに人類の、と言うか横浜の戦略など漏れていない筈なので、正にBETAの気まぐれとしか言いようがないのだが、それにしても、である。
“世界”の認識、趨勢がBETA優位なのだ、と思うしか無い。
記憶群にある新潟侵攻時のBETA数は確かにまちまちであったが、平均値は全数で6,000弱、多くても9,000までで、今回の様に中型種以上で15,000、概算全数で20,000超と言うのはもう支配因果律の凶悪な悪意さえ感じられた。








そしてまた、目映いばかりの白い閃光が視界を埋め尽くす――。


考え事をしていたせいで、もろに視界に入れてしまった。

センサーアイがオーバーロードする程の光量に、網膜投影の視界が一瞬暗くなりすぐ再設定されるが、それでも網膜には黒い起点が4つ、残像として残った。
やはり戦術機のセンサーを通してさえ、視覚に一時的な軽い瑕疵をつけるレベルの相当な光度だったらしい。


A-01が敷設したS-11爆破防衛線[シフト]の最後を締めくくる、最も東のエリア分4基が同時に炸裂した。
脳裏にはその前方に迫っていたBETAの津波が、光に呑み込まれて消失[ホワイトアウト]する様が刻まれていた。

光より2,3秒遅れて、もう何度目か、衝撃波と地面の振動がビリビリと機体に伝わり、それが4度通過した後に割れるような連続した起爆音が辺りを満たした。






BETA侵攻の第1波は、東の旧新潟空港跡地から西の越前浜までほぼ10分の時間差で上陸を開始、その後躊躇なく信濃川流域の新潟平野を順次真南に向かった。
その上陸地点は平坦地を好んで進むBETAの侵攻から大まかに8エリアに別れており、それに対応すべく8つに分かれて迎撃に当たった帝国軍・斯衛軍、国連軍の各戦術機部隊は、先行する突撃級を噴射跳躍により飛び越し、後方上空からの掃射によりこれを撃破。
その後ほぼ塊となって侵攻を開始したBETA本隊に対しては、適宜間引き攻撃を仕掛けながら誘導に徹した。
BETA本隊の進軍速度は時速約60km、つまりほぼ1分に1kmの速度となるが、それをくい止める事無くBETAが南進するに任せた。

最も上陸が遅かった最西エリア8:越前浜より約10kmの地点から、最も上陸が早かった最東エリア1:旧新潟空港付近より約25kmの地点まで、ほぼ東西20km弥彦山から金比羅山間に渡り平野部に敷かれたS-11爆破防衛線[シフト]
エリア1に最初のBETAが上陸してから約20分後、エリア8から誘導されたBETAがまず西側のS-11起爆により殲滅されたのを皮切りに、順次各上陸エリアから爆破ゾーンに入るBETA群に対し、東に走る割れ目噴火の様に次々に起爆された。

光線属種部隊という、後方からの上空制圧援護を欠いたまま横浜を目指そうとしたBETA本隊は、突撃級前衛を早々に喪い、敵性障害の上空回避に翻弄されながら追いすがり踏み込んだ地雷ゾーンで次々と炸裂するS-11に、上陸から25分で殲滅された。

爆破指向性を制御できるS-11は設置時にその向きを全て北方に向けていたため、爆破ライン後方3kmまで下がった避退エリアには、軽い衝撃波や振動以外爆風も殆ど及ばない。
S-11の威力は戦術核と同規模、TNT火薬換算で15kt級と聞く。
これは数字だけで言えば、元の世界での広島型原爆とほぼ同じだそうだ。
但しS-11は原子爆弾とは違い熱核反応を用いていないので、放射線は皆無、熱線量としても原爆に及ばない。
これが原爆なら、爆発時に生じる放射線や熱線には指向性も何も無いから、後方3km離れていても無遮蔽では結構な被害が出ただろう。
S-11の場合、寧ろ衝撃波や爆風に依る破壊が主となり、熱線による殺傷範囲は爆心から半径200m程度に限られる。
他方その衝撃波や爆風に依る破壊範囲は、広島型原爆より広い直径2km前後。
指向性を持たせた場合は、衝撃波や熱線が影響するため後方約200mまでが、そして前方には約1,800m程を完全に吹き飛ばす破壊範囲を有する威力である。

因みにS-11では、指向性を付けない場合キノコ雲は発生しない。
キノコ雲は、大気中で熱エネルギーが局所的に且つ急激に解放されたとき発生する上昇気流によって生じる積乱雲の一種であるが、純粋な爆風に依る威力が熱量に依る開放よりも大きいため、爆心地は兎も角、周囲は一時的に減圧状態となる。
よって局地的に発生するダウンストリームは爆心地付近の上昇気流よりも強く、即座に攪拌されてしまうため結果的にキノコ雲の発生に至らない。
今回のように最大偏心を付けると、発生しかかるキノコ雲を斜めに棚引かせる歪な形状となる。
それも発生過程ですぐ隣のエリアで爆発が起きるから、吹き飛ばされる気流にも散り、まき上げられた砂埃や、ダウンストリームの攪拌もあり、まともな雲は発生しない。
が、何れにしろ地表付近の視界が暫く悪くなることだけは、確かだった。


―――勿論、各隊が誘導してきたBETAを最大殲滅出来る最適なタイミングでS-11を起爆するのは、全ての爆破コードをA-01から受け取っていた“森羅”。
エリア8:A-00,が誘導して来た越前浜上陸分BETAの起爆は既に5分前、そしてほぼ同時に起爆したエリア7:四ツ郷屋上陸分を担当していたA-01部隊の皆は、避退後既に後方に設置された臨時基地で補給を開始していた。

だがA-00にその暇はない。
S-11爆破防衛線[シフト]は全て起爆完了したが、殆ど時を経ず直ぐに第2波の上陸が始まる―――。


「―――A-00中隊は、これよりエリア1:旧新潟空港周辺に急行、上陸する第2波より自走砲部隊を援護しつつ光線属種の優先殲滅に移る!」

『『『『『『『『 Yes, Sir!! 』』』』』』』』

「行くぞッ!」


スロットルを踏み込みスラスターに火を入れつつ、大地を蹴った。


まだ[●●]第2波の上陸は始まって居らず、光線級の上陸は、早くて07:21、それまでは、飛べる―――が、第2波先鋒が上陸するまで予測ではあと2分――。
旧新潟空港跡までの25kmを2分と言うのは、例え戦術機にとってもかなりシビアなオーダーだった。


と言うのも旧新潟空港の向こう、海辺の森付近には帝国軍の自走砲大隊:ブリッツ隊が展開している。
同じ第12師団の戦車大隊:シュトゥルム隊は、西側上陸地点迄の第1波要塞級上陸を撃破するためエリア東端・旧新潟空港跡から西端・越前浜まで駆け抜けたが、機動性や速射性に劣る自走砲大隊は次の第2波上陸に備え、海辺の森周辺に残っていた。

そう―――現実に、上陸する光線属種の水際殲滅に手が足りない。
この後、第2波では本隊上陸後半の約10分間で残り79体の光線属種が上陸する事が予測されている。


水深による威力の減衰と光線級の予備照射時間を考えると、水面から頭を出す前後±2秒が光線属種の撃破可能時間。
勿論、魚雷があればもっと以前に水中で攻撃可能だが、弾薬切れで撤収した機動艦隊が魚雷を再装填して出撃するには、最低でも30分掛かる。
海上での移動時間を加味すれば、第2波の上陸には到底間に合わない。
そして佐渡海峡に停泊して艦砲射撃を行なってくれている第2艦隊に砲撃してもらうには、今度は艦砲が強力すぎた。
否応なしに発生する沿岸での接敵中に、海側から46cm艦砲で海岸線ギリギリを狙うのは、破片や着弾地点の土壌飛散範囲から言ってもフレンドリィファイアの危険性がぬぐいきれない。


そんな状況を鑑み、実際第1波残存要塞級は、機甲部隊に任せたのだ。
BETA本隊上陸の後、光線級・重光線級の上陸する時間分が開いたため、本隊をやり過ごせた。
その後データリンクを起動しても、その時には本隊を戦術機でより強く誘引できる要素があった。

しかし次の第2波光線級は、殿の要塞級と違い本隊の直ぐ後に上陸を始める。
自走砲大隊がシステムを起動し、データリンクを繋げたら、今度こそ本隊にも狙われる可能性が高い。


――故に最も早く第2波上陸地点に最先行する事の出来るA-00には補給をしている暇はない。
第1波を誘導していた他エリアの戦術機各隊も補給が必要。
それを見越して、A-00は第1波誘導に於いて突撃級殲滅も本隊誘導も、弾薬の消耗を極力抑えた。
207Bメンバーの試製XFJ不知火弐型については推進剤を若干消耗しているが、それでも問題はないレベル。
ましてや他のメンバーのXFJ Evolution4や武御雷“改”は、G-コア搭載機体であり機動継続性に何の問題もない。


迎撃戦は、まだ半ば。
BETAもきっちり半分が残っている。






『―――BETA第1波殲滅を確認、中型種以上の存在を認めず―――』


飛行途上でも純夏に似た電子音声が観測された第1波の爆破結果を伝える。


総合司令室[HQ]通達。
―――第1波殲滅、誠に見事であったッ!
光線属種撃破から始まり、連携を行った参加各隊全ての鋭意の賜物であったと感じ入る。
・・されど、防衛は未だ道半ば、侵攻BETAの完全殲滅に向け、各隊の精勤を望む―――。

―――第1波殲滅に伴い、BETA誘導していた各隊は旧燕公民館にて推進剤・弾薬の補給後、第2波に備えよ。
若干数の小型種残存を認るも、第2波侵攻が近いため、設営地周辺のみ機械化歩兵にて対応。
各戦術機甲部隊は補給後、以下のエリアに展開。
エリア3を担当していた斯衛軍第2連隊第4大隊はエリア4、
エリア2及び1を担当したいた帝国軍鋼の槍連隊は、エリア5から8。
尚・・・・・』


総合司令室[HQ]が、珍しくらしからぬ興奮気味の賛辞の後、次の指示を出していた。




「――A-00、エリア1到着まで、あと1分。
・・・・やっぱり、機甲部隊が第1波要塞級撃破で結構ヘイト稼いじゃってるみたい。
敵性認識されてるっぽい・・・・あ・・! 旧新潟空港跡に上陸するBETAが直前、一部海辺の森に分かれたッ!
上陸まで、あと30秒―――!!」


モニターに映る全員の表情が緊張する。
ほぼ全力加速で半分まで来て、これからは減速に移る。


「 !! 
純夏、ブリッツ隊に警告、もっと下がらせろッ!
フェンリア隊は空港跡に先行して出来るだけBETA本隊を誘引!」

『心得た』『了解』『わかったよッ!』

「ガルム隊はこのまま海辺の森に急行ッ!
Garm-01[まりもちゃん]〉、小隊指示任せますッ!」

『わかったわ!
〈Garm-03〉[あやみね/rt>]は私と吶喊、但しブリッツ隊の射線に注意。
〈Garm-02〉[さかき]〈Garm-04〉[よろい]は隊上空で0721まで周辺援護射撃。
特に接近戦車級要注意!
0721以降〈Garm-02〉[さかき]は阿賀野川沿い側方防衛、〈Garm-04〉[よろい]はHIMARS中隊に付いて!』

『『『 Yes, Ma’am! 』』』

「〈 Thor-04[たま]〉は、21分迄後方上空から広範囲援護射撃! フェンリア小隊も視野に入れてくれ。」

『 Yes, Sir! 』

「BETA群先頭、上陸開始ッ! エリア総数中型種以上1,300! 内約10%が阿賀野川河口東岸に上陸ッ!
ブリッツ隊接敵まで30秒ッ!」

「チィッ――、散開ッ!」


光条を掃いて隊が散開する。

新潟侵攻迎撃、後半戦が始まった。


Sideout




Side ???(とある帝国軍機甲連隊75式自走155mm榴弾砲砲手)


――冗談はやめてよォ・・・。

“森羅”から接敵警告が来たのは、BETA第2波上陸の30秒前―――。
旧新潟空港に上陸予定の一部が、突如阿賀野川河口東岸に進路を変えた、と。
無論後退勧告もされたが、大隊長は動かなかった。

覚悟を決めて立ち上げたデータリンクに示される、光線属種の現在位置。
上陸予想地点と、その時刻。
戦域全体の残存数は、光線級42、重光線級37、内部に光線級を含むかも知れない要塞級が93。



つい先ほど、侵攻BETA第1波、総数で約10,000の殲滅が報告され、この狭い自走砲内も歓声に沸いた。
光線属種の排除、そして我が隊も大きく貢献した要塞級の殲滅が戦術機部隊による誘導を可能とし、S-11による集中爆破に結びついたのだ。
10,000もの迎撃撃破は、西日本を喪うBETA大禍以来、最大の戦果と言って良い。
しかも損耗0と言う、嘗て無い快挙!
防衛部隊の士気は、否応にも最高潮だった。
それを成し遂げ、そして貢献出来る位置に居ることが出来たのは、僥倖でも誉でもある。

実際、砲手として要塞級4体に8発ほど命中させているのだからあたしも同じ。
・・・・勿論、データリンクに基づいて操作してるだけなんだけどね――。


第1波の要塞級上陸阻止以降海辺の森海岸線から移動し、阿賀野川に並行して流れる新井郷川沿いに砲列を敷いていた。
新井郷川は幅30m程の水路のようなもので、そこそこ崩れているが川岸は5m程度の堤防となっており、射線が取りやすく、段差が一応の防御になるだろう、と言う理由らしい。


第2波の上陸に対し、避退勧告も出された。
第1波撃破の興奮も覚めやらない隊は、このまま第2波残存光線属種の排除を実施する、と言い切った。
勿論今、後退勧告にも動かなかったのは、元々自走砲の速度は、最高でも47km/hに過ぎないこともある。
機動を前提として設計された戦車とは違い、あくまで固定の砲台を動かすためのエンジンと車輪を付けた、と言ったほうが早い自走砲。
120km/hの突撃級はおろか、60km/hで侵攻するBETA本隊にだって余裕で追いつかれる。
そして、先の第1波で弾薬の約半分を消費したとはいえ、まだ半分残っている。
例え光線級と云えども、海面から顔を出す瞬間±2秒の間に砲弾を当てさえすれば、撃破できる―――。
その殲滅は、最終的にはBETAの殲滅に大きく寄与し、帝国の安寧に繋がる事が下っ端のあたしですら理解できた。

どうせ今更逃げても追いつかれるならば部隊が壊滅しようと、上陸する光線級を1体でも多く排除すること―――。

それが、要塞級殲滅に高揚し、第1波BETA群撃破に歓喜して浮かれた隊の総意でもあった。






―――けど、約600m先、阿賀野川東岸に怒涛の様な水飛沫と言うより水塊を盛大に跳ね上げて上陸を始めたBETA群を目にした時、あたしのその高揚は凍りついた。





正直あたしは、初陣――。
しかも16で訓練兵、半年で任官以降、自走砲砲手と言う事で訓練も遠距離砲撃しかしてこなかった。
この新潟で実施されたJIVES実弾演習でも、戦術機部隊が誘導する定点に指揮通り砲撃するだけで、極端な話BETAについては姿形は知っていても、生で近くで見たことなど無かった訳で。
先刻の海岸からみた姿だって、2km以上離れていたし。


だから、実距離600mで見たBETA群の上陸は、衝撃だった・・・。


要撃級でも高さは12m、突撃級は16m。
それと比べると周囲の戦車級がぴょんぴょん跳ねるハエトリグモかアメンボみたいにみえるが、あれでも高さは3m。
いくら戦術機位は見慣れていて、その高さが18mだと言っても、いわばスラリとした人間体型。
それがBETAは横幅だって奥行きだって高さ以上の、さながら巨大な質量の塊。
この位置からでも、目線が上に向く。

その4階のビル塊に相当する個体の群れが、集団で120km/hに達する速度で押し寄せてくる―――。
目前の高々2,3mの水深の水路や5m足らずの堤防など、なんの足止めにも成らないことを、初めて認識させられた。

既に主砲の照準はデータリンクで上陸する光線級に合わせてある。
しかも地響きを立てて突進を始めた突撃級前面装甲は正面からでは155mm砲でも弾かれるだろう。
ましてや副武装の12.7mmのM2重機関銃なんか効くわけもない――。
動けない砲台に回避手段は皆無。





―――あたし、死んだ―――。


光線級上陸まで、あと3分―――。
突撃級接敵まで、あと30秒―――。


思えば短い人生。
カウントダウンにもう、走馬灯さえ思い浮かばなかった。


















その先頭を地響きと共に突進する突撃級があと200m程に迫った時、その左下で赤いものが飛び散った。
途端に先頭は左に寄れて、隣の突撃級を巻き込み、もんどおりをうつ。
更にその巨体に進路妨害された数体が多重事故を巻き起こす。

元が膨大な質量、120km/hの速度は、直ぐには止まらず、周囲を巻き込んで100m位転がりながら、直ぐ近くにまで破片や小石などを撒き散らし、猛然と舞い上がった砂埃は折からの北風になびいた。




一体、何が――――?

その様を、呆然と見ているしか無い。






『―――国連太平洋方面第11軍A-00中隊〈Thor-01〉、援護するッ!』


耳に飛び込んできた通信の意味が最初解らなかった。

けど、その通信と共に1騎の戦術機が蒼いスラスターバーナーを纏いつつ、大群が割れたその地に降り立つ、と、その降下の勢いのままにくるりと右手一本で持った鮮紅色を放つ長刀を閃かせる。
先のクラッシュに巻き込まれ横転していた突撃級に立ち上がる隙も与えず2体の首が落ち、ズズンと地響きを立てて転がった。
横一列の突撃級の影になり見えなかったが、すぐ後方に迫っていた要撃級や戦車級で構成された本隊の群れに、左に腰だめのままの突撃砲を掃射して前衛をなぎ倒す。
そのまま、前方宙返りの様に倒立仕掛けた戦術機は、重力を無視したようにふわりと上昇、倒立したまま続く後続のBETAに36mm砲弾をばら蒔く。




―――ついこの前、試製01式と承認されたばかりの、不知火“弐型”。
―――鮮やかなブルーと白に彩られた国連カラー。
―――前衛的で立体的な変幻自在の“舞”とも見紛う、独特の3次元機動。
―――示されるコールサインは〈Thor-01〉[雷神]




――――あれ[●●]が、“白銀の雷閃”、白銀少佐――――。







気がつけば、白銀少佐の右先方、海岸線側に上陸したBETAを蹴散らしている2騎の“弐型”が見える。
さらには、あたしたちの上空にホバリングする2騎が接近する戦車級を撃破している。


助かった、と言う実感すらその時は思い至らない。
只々、目の前の、その余りにも鮮烈な姿を追う。




そう、余りの超高速機動に蒼いスラスターさえを、周囲に纏う闘気の様に棚引かせ、BETAを殲滅していくその姿に、あたしはこのBETA大戦に、初めて希望を抱いていた。


Sideout




Side 純夏


タケルちゃんの戦闘機動に身を任せながら、ほっと息を付く。

―――どうにか、間に合った。

分岐が1割、突撃級が10体程度でホント助かったよ~。




元々当初の侵攻数予測範囲内にBETAが収まっていれば、光線属種は沿岸の機動艦隊で全て平らげてもらい、機甲部隊は危険の少ない後方に回り長距離砲撃に依るBETA本隊の削減を担ってもらう予定だった。
けど、想定外の侵攻数に光線属種排除が間に合わなくなり、光線級が潜んでいる可能性がある要塞級撃破を任せた。
そしてその後の第2波光線属種の殲滅を優先した結果、機甲連隊は最前線に留まっている。

後者に関しては“森羅”情報を基礎とした機甲連隊独自の判断で、要請も出していない。
実際戦術の選択肢が増えてありがたいのだが、脚の遅い機甲部隊をこの最前線に残すのは、かなりリスクが高いのも確かだった。
攻撃優先順位が変わっている、
誘引すべき戦術機部隊は、補給中―――。

突撃級に跳ね飛ばされたら、それだけでどれだけの人が亡くなるコトか――。


75式自走砲の定員は7名24輌、HIMARS中隊だけでも56名、ブリッツ隊合計では200名以上が在籍する。
同じく西に居る90式戦車は、定員4名で36輌、シュツゥルム隊合計で144名。

――間違っても、殿下の大権奉還に与するこの新潟防衛戦で、そんな大きな損失を出すわけにはいかない。





「純夏、BETAの誘引は出来そうか?」

「・・・・かなり注目されてるみたい。
〈Thor-01〉って言うか、やっぱりわたし[●●●]がダントツ・・・。
殆どBETAがパパラッチみたいだよ・・・。」


げんなりとして言うわたしにタケルちゃんは苦笑い。

実際、今みたいに“森羅”の処理を全開にしたわたしは、見た目ちょっとばかり凄いことになる。
淡く発光した神秘的な霊光の周囲をプラーナが渦巻き立ち上り、元の世界のアニメで見た闘気とかの様に揺らめく。
結構な輝度で、霊視の素養がない人でも見えるし、背後には後光が差してる様だとタケルちゃんには言われた。
何故かモニターカメラには上手く映らないし、元々“森羅”は機密の関係上外部に一切個人の映像を出していないから他の人は知りようがないんだけど、これが素で無意識領域“虚数空間”と繋がる、と言う事らしい。

その“森羅”に対し、BETAがどう誘引されるか不明だったから、第1波のS-11爆破防衛線[シフト]も最後の爆破まで後方に留まった。
そのせいで、機甲部隊防衛がホント、ギリギリだったんだけど・・・。

最初に起爆ラインに達したエリアの担当だったから、BETAの動きが“森羅”の誘引か、元々のBETA群動向による横浜を目指した“南進”なのか、明確な区別は付かなかった。


けど、こうして最前線に来れば判る。
明らかにこのXFJ Evolution4のBETA誘引性が高い。
タケルちゃんが飛行進路を変えると、テニスボールを追いかける観客の視線の様にBETAの向きが変わるのだ。




元々、BETAは攻撃優先順位を持っている。
光線属種の様に飛翔体を第1位とする例もあり、属種毎の特性も有るので一概には言えないが、基本は、

創造主目標の確保 ≧ BETA目標収拾 > 自己保存

らしい。

例えば今回の侵攻第1波の場合、侵攻目標である横浜ハイヴ攻略は、インプットされた創造主の目的を確保するための戦略であると言える。
大きな目で見ればユニット落着最初期のユーラシア侵攻戦略や、今の地球全体に対する戦略もそれに則ったものなのかな。
BETAプロファイリングに依る行動予測でも、まだ確度が低くて断定できない。

更に素体候補が見つかれば、以前の横浜侵攻時の様に、“捕食”ではなく、“捕獲”に移行するのかも知れないけど、これらの行動様式の変化はその一例しか知らないから、これも予測ができない。
当時は闘士級と兵士級が出張ってきた記憶があるけど・・・。
現状では、わたしと言う“超因果体”は捕捉されていない、と思う。

他方、BETA自身がその行動を維持するために、増殖素材やG元素の収拾を必要とする。
これがG元素獲得を目的とする地中掘削や、炭素系生命体の捕食らしい。
CPUを狙うのは、それを構成する高性能半導体に於ける電子の動作が、G-9[グレイ・ナイン]を半導体としたときの動作と類似しているからと推測する事も出来る、って彼方君は言っていた。

逆に本来上位目的の為に“自己保存”は必要不可欠のはずなんだけど、そもそもプログラム体であるBETAには、“個”の概念はない。
BETAと言う集団全体が目的に至ればいいのであるから、その為に“個”は壊れても気にしない。
敵に対しては、平気で命を捨てるミツバチみたいだ。

そしてこれらの要素から、最終的に順位を決定するパラメータとしては、目標までの距離や状況、実行可能性といった項目が加味された上で攻撃優先順位が決まっている。


恐らくは今回の侵攻に於ける目標は、横浜ハイヴ。

けれど今第1波は完全殲滅された。
BETAは“個”の故障や脱落にはさして気を払わないけど、侵攻した“群”がまるごと潰滅したとすれば、これはもう上位存在が言う“重大災害”なわけだ。

故に創造主の目的を確保するための戦略を阻害する存在、当然“障害の排除”が第1優先になる。
つまりは、重大災害を引き起こす、“障害”としての認定がされたということ―――。


そして、世界各地でのBETA戦を時系列で整理していくと、徐々にこの“障害認定”と“高性能CPUの活動”を連結する傾向が出始めている。
要するに“重大災害”を発生する“障害”は、“高性能CPU”を装備していて、且つそこに炭素系生命体――“人類”が存在している例が多い、と言う事に上位存在が気づいた、ということだろう。
これは“有人兵器”がBETAの重大災害にたいする最大の障害、と認定されたコトに他ならない。


今BETA群の攻撃優先順位トップは、超高性能CPUとG-9[グレイ・ナイン]の重複―――“森羅”と、更にそして人類種の組み合わせである、わたし[●●●]、なのだ。


「―――今のBETA群の最優先目標はわたし[●●●]
だから、阿賀野川対岸にいい具合にBETAが集まってる。
〈Fenrir-01〉[篁大尉]がIRFG起動すれば、アレの制御には“森羅”の負荷低減版を作ろうとしてダメだった副司令の試作G-9[グレイ・ナイン]製MPUが使われているから同じくらい誘引してくれると思うけど。
渡りだす前に、壬姫ちゃんに言ってヤッちゃっ『〈Thor-04〉より〈Thor-01〉に意見具申。阿賀野川西岸にBETAが集結中、試製弾の使用による殲滅を提案します。』・・・・・同じ意見みたいね♪」

「・・・・・〈Thor-04〉[たま]、意見具申を肯定。試製弾を装填、発射準備。」

『 ! Yes, Sir! 』

〈Thor-04〉[みきちゃん]、仮想標的座標データリンクにて送信。
一応念のため、試製S-11X炸裂弾発射後に起爆コード解除する様設定しました。。
〈Fenrir-01〉、〈Fenrir-02〉、当該地域にて試製炸裂弾使用予定。
――現在位置なら問題有りませんが、効果範囲への接近注意。」

『『『 了解! 』』』

〈Garm-01〉[まりもちゃん]、コチラ〈Thor-01〉は機能上BETA誘引特性が強い為、試製弾起爆後対岸に飛びます。
ガルム隊は残存BETA、及び後続上陸BETA在れば掃討。
その後エリア1光線属種殲滅確認後の部隊行動は、〈Garm-01〉[まりもちゃん]に一任します。」

『了解したわ。』

〈Thor-04〉[たま]は〈Thor-01〉追従な。
可能であれば上陸する光線級を狙撃できる位置を確保。」

『 Yes,Sir! 』

「それじゃ、派手に花火上げるか! 行けッ! 〈Thor-04〉[たま]ッ!」

「―――光線級上陸まで、60秒。・・・対閃光注意!!」















「・・・・個人装備の威力としては、SDS[S-11]に次ぐ範囲殲滅か―――。
使いどころは難しいが、1発逆転の切り札としては、悪くないな。」


上陸してくる要撃級に36mm砲を無造作に撃ちこみながらタケルちゃんがつぶやいている。
右から飛び掛ってくる戦車級を右腕一本の長刀で、正中線唐竹割りに切り捨てる。
殆ど無意識に反射だけで群がってくるBETAを倒しながら、別の事を考えていられるタケルちゃんも十分マルチタスクだと思う。

試製S-11X炸裂弾試用後、上陸する光線属種が海面に顔を覗かせる前に、阿賀野川対岸に飛んだ。
河口付近川幅が600m程もある阿賀野川。
その対岸で犇めき、今にも渡ってきそうな群れに、〈Thor-04〉[みきちゃん]が放った試製弾は、想定通りの威力を発揮した。


試製S-11X炸裂弾の威力は、S-11:SDシステムの約半分、殺傷範囲は直径1.6km程の範囲内。
このエリア1では間もなく終わる本隊上陸の最後尾に光線級が居る。

既に本隊の9割が上陸済み。
その内1割はブリッツ隊周囲でA-00が殲滅、旧新潟空港跡地でも〈Fenrir-01〉、〈Fenrir-02〉が2騎で、既にその1割を削っていた。
試製S-11X炸裂弾は阿賀野川西岸に密集していた上陸済みBETAの半数近く、3割約400体前後を吹き飛ばした。

そして結果A-00が援護に廻り、ブリッツ隊の損耗を防ぎ射線を確保したことで、この後エリア1に上陸する8体の光線級、7体の重光線級については、水際殲滅の目処が付いていた。
と言うか、残存37体の重光線級については、基本全てHIMARSの有するM30ロケット弾で狙う予定。
但し、それ以前に飛翔体を目の敵にする先行上陸光線級を殲滅することが前提となる。


射程内の光線級対処を行った上で、遅れて上陸する要塞級を砲撃する。
小型の光線級と違い、砲弾数が嵩む要塞級の排除にはブリッツ隊の砲弾数がたらず、エリア2までの要塞級が殲滅しきれるか否か、と言うところだった。
全エリアの重光線級対処でHIMARSの残弾数もほぼ尽きる。
一方西側のシュツゥルム隊は、既に砲弾切れで、補給部隊が動いていた。
万全とは言えないが、エリア5から8に上陸する光線級は殲滅出来る目処がついた。
撃ち漏らしを防ぐため、光線級1体に対し、155mm砲弾は2発、120mm滑腔砲は3発打ち込もうと言うのだ。
その為、シュツゥルム隊もエリア5からエリア8の要塞級撃破で手一杯。


それは精度と残弾、時間との競争。


それでも残るエリア3と4の第2波要塞級とは、真っ向[ガチ]対決が避けられない。
そして全BETAの9割を占める本隊と衝突するのは、各戦術機甲部隊だった。、



今回の試用で多大な成果を上げた試製S-11X炸裂弾ではあるが、あくまで実戦検証。
弾数は4発しか無い。

40発もあれば絨毯殲滅も出来たかもしれないが、通例試製品が実戦検証なしでそんなに大量に造られることは無いのだ。
装備としてGコアに依存しないが、ミスった時に巻き込む味方の被害も考えると、おいそれと頒布する訳にも行かないし、それこそテロにでも使われたらとんでもないことになっちゃう。

わたしが試製S-11X炸裂弾の暗号化された起爆コードを最後まで管理しているのはその対策。
コードを解除しなければ、着弾しても起爆せず唯の120mm徹甲弾程度としてしか機能しない。


ただ、この数のBETAを相手にするとなると、せめてあと10発は欲しかった。
わたしや、〈Fenrir-01〉のBETAの誘引特性を利用してどれだけ効率よく集められるか、と言う事。






「ところで、純夏、先刻気になる単語を聞いたんだけど・・・。」

「え? 何のこと? タケルちゃん。」

「・・・夕呼先生謹製G-9[グレイ・ナイン]製MPUを制御装置に使ってるって言う、〈Fenrir-01〉の“IRFG”って何?」

「あ―――、えっと―――Inverse Ratherford Field Generator―――。
彼方君が魔改造[●●●]って呼んでた武御雷“改”の装備だよ。」

「え・・・? それって武御雷固有装備?」

「XFJ Evolution4は、肩部スラスターが在って機動が極端に難しくなるから付ける気は無いみたい。
でも、制御式や手法は教えてくれたから、“森羅”装備のわたしが乗った[●●●●●●●]Gコア持ち機体なら、実行できるよ。」

「・・・ゥ―――彼方ェ~何遣ったァ!? そして純夏、マジ、パネェェェッ!!」


Sideout




[35536] §66 2001,11,11(Sun) 07:24 連合艦隊第2艦隊旗艦“信濃”
Name: maeve◆e33a0264 ID:c23374a1
Date: 2016/05/06 11:56
'13,05,23 upload
'16,05,06 誤字修正



Side 安部(日本帝国海軍連合艦隊第2艦隊総司令)


「・・・・・見事だ・・・。」

スクリーンの片隅に映る、“美濃”、“加賀”の艦長も無言で深く頷き、同意する。

そのスクリーンの7割を占める戦況図には、上陸し進軍するBETAから、海底を進むBETAからまでが示されている。
未だ、戦闘は完了していないのだ。
気を抜くには早過ぎる。

それでも。
・・・判って居るのに、身体の芯がしびれ、背筋が打ち震えるのを留めることが出来ない。

人類の新たな黎明に立ち会っている―――その想いを抑えることは叶わなかった。




「エリア6、本隊上陸まで30秒! 目標範囲・周辺、友軍無し! 3番砲塔照準ッ!」

「三式“改”通常弾、装填完了ッ! 射角偏差、修正マイナス8秒っ!」

「3番砲塔、砲撃準備完了――!」

「信濃、主砲砲撃―――、撃て[てぃ] ッ―――ッ!」

胃を揺さぶる砲撃の重低音さえ今は心地良い。
続けて、美濃、加賀の艦砲も火を吹く。
加賀は、佐渡本島で“門”から顔を覗かせようとする光線級に向け、美濃はエリア3、4、5の上陸BETA本隊に向け、それぞれ照準を合わせている。

この艦橋に飛び交う言葉さえが、キビキビと明るい。
誰もが、確かな“希望”を感じ取っているのだ。





思えば、我が第2艦隊による佐渡本島への手動艦砲射撃で幕を開けた新潟侵攻防衛戦―――。

しかしその直ぐ後に知らされたそれは未曽有の侵攻数、中型種以上15,000超、総数では20,000と言うBETA大禍以来最大の規模で在った。
誘導された通りすがりとは言え、正に祖国の危機であることは間違いなく、BETA光線属種と撃ち合いを覚悟すると言うことは死も厭わない事。
――寧ろ、老艦にこの舞台を与えてくれた殿下に感謝すらした。



―――にも拘らず、今に到るまで戦況は極めて友軍有利に推移している。



そう、我が艦隊に依る佐渡本島光線属種排除は、それを以て沿岸に展開した機動艦隊の魚雷攻撃による上陸光線属種の集中排除を成功させた。
佐渡本島の地下にまで索敵範囲を拡げた“森羅”が佐渡海峡海底の光線属種を見逃すはずもなく、海中ではさしものレーザーも発揮できないBETAは、尽く狙い撃ちされた。
それにより空の自由を得た戦術機部隊は、8つのエリアに順次上陸したBETA本隊を適宜誘導、要塞級をも前線に配置した戦車・自走砲による砲撃で撃破。
本隊は誘導したS-11爆破防衛線[シフト]によって上陸後わずか30分足らずで第1波を完全殲滅せしめる多大な戦果を挙げたのである。

撃破数は約10,000に対し、その時点の損耗は戦術機中破が2,小破が9―――。
何よりも戦闘による人的損耗は0、と言う正に歴史的快挙が成された瞬間、であった。


初め呆然とし、―――そして漸く現実として認識し、歓喜が爆発した艦橋、否、艦隊全体が雄叫びを上げ、多くのものが涙さえ浮かべて抱き合った。



しかし気付けば第2波の上陸は、S-11爆破防衛線[シフト]爆破完了後、僅か2分!
既にBETA群はエリア1に残留した自走砲大隊の目前に迫っていた。
予測を余りに越えた侵攻数から第2波に於ける海底での光線属種排除が魚雷不足から完遂出来なかったこともあり、第2波上陸以降の戦線混乱は必至、という情勢であったのだ。


艦砲による援護も具申されたが、上陸地点と友軍展開位置が近すぎて艦砲では巻き込むのは必至。
それは最早援護とも呼べぬ。
それでも祖国の安寧を最優先にし、BETA殲滅を強行する選択肢も存在したが、それを抑えたのもまた“森羅”。


その迫る第2波から、決死の覚悟でエリア1に残留した自走砲大隊を援護したのは、第1波誘導から補給も行わず天翔た実数2個小隊にしか満たぬたった8騎―――国連太平洋方面第11軍A-0大隊大隊長、あの“白銀の雷閃”白銀武少佐率いるA-00中隊であった。

そして件の8騎は“森羅”の言葉通り、第2波エリア1上陸総数2,000近いBETAから、見事自走砲大隊を守りぬいたのだ。

そして彼らに援護された自走砲大隊は既にエリア1、エリア2に上陸しようとした光線級を水際砲撃で吹き飛ばし、HIMARS中隊は重光線級の頭部を爆散させている―――。



「―――エリア3から6,上陸BETA群に砲撃命中! 新規上陸分の約70%――600を殲滅ッ!」

「・・・・やはり、上陸したBETAは、東進[●●]している模様。
―――“森羅”のBETA誘引特性は、極めて高いと推測されます。」

「―――ウム――。」


現在8つのエリアに分かれてBETAを誘導し、順次起爆によって第1波を殲滅した戦術機部隊は、誘導の早かった部隊から折り返すようにBETAの上陸するエリアに戻りつつ在る。
実際1,2エリアは、待機していた自走砲大隊や、その援護にかなり先行した戦術機部隊が存在したことで、艦砲援護要請は来ず、友軍を巻き込む事を覚悟の砲撃も抑止された。
既に補給を終えたもう一つの国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-01中隊通称 “伊隅ヴァルキリーズ”もエリア2に到着・戦闘を開始し、第16斯衛大隊や斯衛第2連隊第4大隊もエリア3に向かっている最中である。
光線属種の排除が継続されていることで、戦術機の機動は高い自由度を保持し続けている。

そしてそのBETA上陸と対応部隊の復帰到着に時間差が生じるエリア3からエリア6に、砲撃要請が届いたのはやはり“森羅”からだった。
補給を挟み前線に再展開する戦術機部隊と、上陸するBETAには若干のタイムラグが存在し、エリア3以降エリア6までは、上陸から接敵まで暫しの時間差が存在していた。
その“隙”に、可能なかぎり上陸したBETAを殲滅して欲しい、それが“森羅”の要請であった。
その要請が、侵攻第1波の見事な殲滅に高揚し、その諸端と成り得たとは言え今は佐渡本島への散発的な光線属種のモグラ叩きだけでは物足りなかった砲手に火を付けたのは確かであった。




そう、この迎撃戦に於いて現在の優勢を成し得る原動となった新装備“森羅”。
同じ実戦検証であるXM3が戦術機の機動に革命的な恩恵を齎した様に、“森羅”は対BETAの戦術、或いは今後の戦略に極めて大きな変革を醸した、と言える。
その圧倒的な情報収集能力と分析力、そして精緻なそれらに基づくBETA行動予測が、今の有利な状況を齎した主因であることは疑う余地もない。



―――しかし、何故その“森羅”のコールサインが白銀少佐のそれである〈Thor-01〉であったのか――。

その理由をたった8騎の戦術機が総数2,000ものBETAと相対し、自走砲部隊からBETAの目を逸らした時に理解した。
ケタ違いの処理能力を有するシステムは、その性能故に使用しているCPUも破格の性能で在ることは間違いなく、BETA誘引特性が極めて高いのであろうと・・・。
その様なシステムは本来臨時新潟防衛総合司令室[HQ]のある後方に設置するのが常道とて、今20kmも離れて上陸したBETAさえ向きを返させる程の強烈な誘引特性では、やがて上陸した全てのBETAに囲まれることとなる。
最重要拠点となるヘッドクオーター目がけて20,000のBETAが押し寄せてくるのは頂けない。
その為に逆説的だが、常に移動が可能、しかも最も高い機動性を有する戦術機、“白銀の雷閃”に装備された、と言うことなのだ。

そして、白銀少佐或いは“森羅”自身は、その強い誘引特性を寧ろ積極的に利用し、友軍からBETAを引き剥がすのに活用していると言うのだから恐れ入る。


今スクリーンの右側で今まで見たことのない3次元機動でBETAを翻弄しているのは、国連カラーも鮮やかな試製XFJ-01、それもその横浜仕様のチューニングが施された事が明白に見て取れる“改”。
光線属種排除や第1波殲滅から急遽総合司令室[HQ]が用意した戦域監視カメラは、エリア1から2に掛けてBETAを翻弄する〈Thor-01〉以下ソール隊、フェンリア隊、ガルム隊の姿を捉えている。



補給を無視してエリア1に急行し、薄氷の状況を打破せしめた事により得た効果は多大であった。
それは前線に砲撃可能な戦力を温存した。
残弾数は半分を切っていたものの、エリア1からエリア4までに上陸する光線級を水際砲撃する自走砲部隊と、全エリアに上陸する重光線級に対するロケット弾攻撃を敢行するHIMARS部隊の確保に成功した。
約3割の友軍を巻き添えにしただろう艦砲に対し、無謀とも見える1個中隊、実質8騎の吶喊でそれを成し遂げた。

―――それが白銀武少佐であった。





画面を舞う試製XFJ-01の動きから目が離せない―――。
ただでさえ光線属種の初期照射を察知して本照射を躱すと言う“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”に、“空の自由”を与えたらもはや無敵。
残弾や推進剤の消耗さえなければ、万に届くBETAをも屠る――それが誇張や冗談に思えないほどの機動。
“単騎世界最高戦力”という触れ込みに、何の虚飾も偽りも無いことを直観してしまう。

恐らくこの迎撃戦における“最重要装備”である“森羅”をそこに載むのも理解できる。
数千のBETAを相手取り、飛び出してくる突撃級を排除しながら誘導していく。
膨大な物量を背景とし、戦術を蹂躙してきたBETAに対し、単騎で戦況を引っ繰り返せる“個体”。

それが“白銀の雷閃”―――。


率いるは、A-00概念実証試験中隊。
あの“横浜の魔女”麾下の試験中隊と言うだけ在って、国内のみ成らず世界の国連部隊からもトップガンクラスを集めたと思われるその中隊は、見ていてもその練度の高さが伺えた。

量産先行機の実戦検証を兼ねると思われる試製XFJ-01を駆る4騎の機動ですら、XM3練度の高さもあり、既に帝国軍の上位者、斯衛でもかなりにレベルになると思われる機動をしている。
何よりも、XM3の特徴と言われる滑らかで繋ぎのない動きを自然と戦闘機動に使えている。
ガルム隊で突出気味の隊長機に追従する〈Garm-03〉は機動がいい。
最前線でBETAと闘いながら、時に飛び掛って来た要撃級を投げ飛ばす機動すら行う。
これがXM3の齎す動きかと瞠目させられた。
そして〈Garm-02〉は、〈Garm-01〉の指示を受けつつ、必要な距離必要な援護を的確に行う広い視野を有している。
更に〈Garm-04〉は、突発的なBETAの変化や新たな別働隊の出現時に、何故かそこにいる。
小さな危機を潰すことで大きな危機を招かない、そんなポジションだった。

そしてあの〈Thor-01〉に砲撃支援の位置で追従するのは〈Thor-04〉。
初め、〈Thor-01〉の周囲で突然撃ちぬかれるBETAの存在に気がつかなかった。
それほど引いたポジションを置いた〈Thor-04〉は、驚異とも言える命中精度で〈Thor-01〉の周囲のみ成らず、ガルム隊やフェンリア隊の支援を行っていた。


しかし、そんな4騎が稚拙に感じられる程、残りの3騎の試製XFJ-01、そして山吹色の武御雷の機動は群を抜いていた。



機密部隊故、隊長以下は名も明かさぬ〈Fenrir-02〉は、常にBETAの先をとる。
武道で言う“先の先”と言うのであろうか、次にBETAが“如何”動くのか判っていて、そこに長刀を振り、突撃砲を放つ。
振った長刀や、放った砲撃に次々とBETAが勝手に突っ込んでくる[●●●●●●●●●●]のを見ている様な、不思議な違和感が在った。
襲いかかるBETAをヒラリヒラリと言うより、円転滑脱とでも言えば良いのか、クルリクルリと縦にも横にも円を繋げていく様な滑らかな機動で躱しながら繰り出す鮮紅の長刀、撃ち出す36mm砲の射線にBETAを誘いこむ、そんな不可思議な機動だった。


そしてA-00中隊の副隊長、〈Garm-01〉神宮司大尉は、冷静沈着でありながら一騎先行すると言う矛盾するような動きを見せる。
残るガルム隊を指揮展開しながら、自らは半ば無謀に突出している。
が、その距離感は抜群で、残るチームに過負荷が無いようにBETA群を配るよう導きながら、自らも蹴散らす様にBETA群を屠ってゆく。
それが狂気なのか計算されつくした鬼謀なのか、判断が付かない。
その突出こそ無謀に見えるが、その機動自体は基礎を深く理解し、そして時間を掛け経験を積んで磨き上げることによって昇華した至高。
それが試製XFJ-01や“XM3”と融合して更に羽化を遂げたような、一見地味だがその実奥の深い戦術機機動の極致とも言える域にまで達していた。


この2人ですら超1流のエース級、連合艦隊一筋とはいえ、幾多の年月を経て黎明期より戦術機を見てきた私が知る衛士の中でも5指に入る腕であることは疑うよりがない。



だが・・・・・・・・。

残る2人は、もはや次元が違う。
完全に既存の概念の、その向こうに在る。




〈Fenrir-01〉――山吹の武御雷。
その乗機から、斯衛から国連横浜基地に出向していると聞く、つい先日ラプターを下したXFJ計画の開発主任、篁唯依大尉であることは間違いない。
大尉の機動を見るのは初めてであるし、武御雷が独特の形状を持つスラスターを装備していることから、何らかの実戦検証をしていることも伺えるが・・・それにしてもその動きが尋常ではない。
もはや、完全に異常の域に踏み込んでいる―――。

プロフィールで垣間見た記憶がある、若くして示現流の皆伝者。
乾坤一擲ならぬ乾坤一刀―――初撃に全てを掛ける示現流の理念そのままに、機先を制する様に一刀のもとBETAを切り捨てる―――のであるが、先の〈Fenrir-02〉の“先の先”とは、また意味合いが甚だしく違う。
〈Fenrir-02〉がその動きを先回りしているかの様であるのに対し、〈Fenrir-01〉はBETAが動く前[●●●]に切り捨てる―――勿論BETAが動いているにも拘らず、そう感じて[●●●]しまうのである。
―――それほどに、初動が疾い。
“縮地”とか、“虚空瞬動”と言う概念が現実にあるのなら、それに最も近いのであろう。

そして、更に異常[●●]に感じられるのは、その動きを連続で行う[●●●●●] 事だ。
結果、〈Fenrir-01〉の動きは、滑らかな動きと言うのとは一線を画し、極めて直線的でありながらそれを鋭角的に繋ぎ、まるで点と点を結ぶ近距離の空間跳躍を連続して行っているような機動であった。
そこには、訓練や修練だけではない、何か[●●]全く別の要素が存在している事を窺わせた。
BETA大群の渦中にあって、白銀少佐に次ぐ数のBETAを誘引しながら、その機動は一切ぶれない。



―――そして、“白銀の雷閃”、〈Thor-01〉白銀少佐。

剣術に基礎を置く〈Fenrir-01〉が必要時以外基本平面機動なのに対し、以前見たシミュレーション、否、それを遥かに凌駕する異次元の3次元機動でBETAを翻弄していくその様子は、正に変幻自在。
極限まで無駄を排除しつつ、必要に応じて時に疾く、時に緩やかに、曲線も直線も自在に描くその機動は、ある種洗練され完成しながら、それすら超越して進化していく“舞”のごとく天衣無縫。


突撃級の突進を八艘飛びしながら撃破し、渦巻くように追いすがる要撃級を誘うように誘導していく。
最低限の弾薬しか使わず、その為に“森羅”目がけて殺到するBETAは、集い、犇めき、折り重なるようにその体積を膨張させていく。
ヴォールクのシミュレーションでは2,3層に折り重なるBETAを見たことがあるが、地上においてこの様な光景を見るのは初めて。
――それ程に“森羅”の誘引特性が高いと言うことなのだ。

小さな個体の集合体が、統一された意思を持って襲いかかる様に要撃級の体高を遥かに越えた、40m近い波濤となって雪崩て来るのを波のパイプを潜るように翔る。
千に届くBETA群と言うよりも、最早BETA群体といった巨大集合体を相手に、平然と翻弄する。
しかしその間にも、波面を切り裂き、何十体のBETAを排除しているのだが、集まったBETA群体からすれば、僅かな欠損。
削り切るには長い時間が掛かるだろう、そう感じたその時、宙を舞った試製XFJ-01の直ぐ上を、山吹の武御雷が駆け抜けた。
一拍於いて、篁大尉が誘引していたBETA塊と、一旦波濤が崩れ波打ったBETA群体が更に重なる。

空中で動きを止めた白銀少佐に、周辺に集まっていたBETA群までもが一斉に押し寄せ、それらまでを取り込んだBETA群体は、宙に在る試製XFJ-01に向かい天衝くかの如く盛上がる。

試製XFJ-01に大地から触手を伸ばすBETA群体――。


―――試製XFJ-01はそれを避けるように僅かにツ、と上昇する動きを見せ―――そしてその瞬間、姿が消えた。





何が起きた?

目標をロストした事態を察したカメラ担当も、慌ててズームアウトしたのか画面の画角が変わる。

その瞬間、巨大な蜷局を巻くように渦巻いて集まり、上に向かって折り重なり這い上がっていたBETA群体が、光に没した。


Sideout



Side 武


「・・・・アレ[●●]がIRFGを起動した、武御雷“改”?」

「そうだよ。光線属種排除に一応の目処が立ったから、使ってみるみたい。」

純夏の言葉に、視界に入る山吹色の武御雷“改”の動きを意識に留める。


時刻は07:24―――。

既にエリア6までBETA上陸は始まっている。
思惑通りの“森羅”の強烈な誘引特性に、それらのエリアに上陸したBETAは、第1波と異なり、“東進”している。

そして未だ戦術機部隊が到着していない中央エリアなら、艦砲使っても何の問題もない――ってことで。
艦隊からの援護をお願いしたらノリノリで引き受けてくれた、と純夏が笑っていた。

数が多い本隊は、削り切るのに時間がかかる。
少しでも削れるなら大歓迎ってことだ。
装弾数や推進剤の関係で、時間の経過は戦術機側の不利にしかならない。
しかも光線属種優先排除で、“空の自由”が確保されている状況での機動など、習熟しているのはヴァルキリーズや、A-01中隊の面々しか居ないだろう。
その事で、他の部隊では戦闘が長時間に及んだ場合、噴射剤が無くなる可能性が高い。

優位に推移しないことを前提の演習に振り過ぎた訳だが、今こうしてその設定が実現できている事実がなければ、そんな甘い設定の演習など一笑に付された事も確かだ。


こっちはエリア1の残存分を自走砲大隊から離すように誘引しつつ、隣のエリア2本隊とぶつかった所。
既にヴァルキリーズの皆も到着し、エリア1の誘引しきれなかった残存分を潰しにかかってくれている。
これで完全にBETAのターゲットから外れた自走砲部隊は、エリア1、エリア2に上陸しかかった光線級を水際で殲滅し、沖合に頭を覗かせた重光線級にはGPS制御ならぬ“森羅”位置情報直結のM30誘導ロケット弾を真上から直撃させる。
如何な重光線級といえ、水面から1m位の水深でロケット弾を撃ち込まれたら為す術もない。


この自走砲部隊とHIMARS部隊を損害なく確保したことで、東エリアの光線属種を排除できた事は、今の戦局に於いて極めて大きい意味を持つ。
残存弾数から、要塞級の全てまでは手が回らないからその内包する光線級には注意が必要だが、それもエリア2までの上陸分は沖合で殲滅できる。
残りエリア5からエリア8までは、弾薬の補給が間に合った戦車大隊が帝国軍戦術機連隊に護られながら殲滅できるだけの弾薬を得ているので、そちらに任せる他ない。

それでも、光線級が居ないとは言えエリア2に上陸した1,400、エリア1残存を合わせるとまだ中型種以上で2,000近いBETA本隊を殲滅するのは骨だ。
密集度と言うか、積層数と言うか、地表面でのBETAはオレに言わせると疎ら。
S-11を使うと1発で何千から万に届く、と言うハイヴ内の戦果とは程遠いのだ。
空間的立体的に展開してくるハイヴ内とは状況が違うことは重々承知。


結局地道に潰すしか無いのだが、―――A-00中隊、ハンパないっス。



207Bを率いるまりもちゃんも過去“狂犬”の名を彷彿とさせる様な単騎先行をしながらも、長い教導経験で培われたスキルによって初陣の207Bを上手く誘導し、BETAを刈り取っていく。
207Bの追従も、完璧と言って良い。

砲撃支援に当たってくれてる〈Thor-04〉[たま]の狙撃も燻し銀の様に光る。
彼方と一緒に弄っていた照準支援で索敵から射撃までのインターバルが徐々に短くなってきている。

“紅の姉妹”は既にリハビリも完璧、自己覚醒したメタ感覚野で2,3秒先の未来を見るような予測と、XM3とXFJ Evolution4の突出して高い旋回特性を利用した円の動きでBETAを制圧していく。
・・・・部隊内通信に時折漏れるキャッキャウフフの笑い声だけが少し怖い。


―――けど、篁大尉のアレはヤバい[●●●]だろ―――。


コッチだって既に“ZONE”に入っているから正確に判るが、普通に見たって明らかに常軌を逸している。
そう、あの静止からの加速は、最大3Gを超えるこのXFJ Evolution4をも凌駕している。
さらに、その機動の切替が在り得ない[●●●●●]
機動から機動の繋ぎが鋭角すぎて、どう考えても慣性を無視[●●●●●]しているとしか、思えなかった、


あ―――!。


「なあ純夏―――魔改造って、慣性制御[●●●●]か?」


無意識の裡に周辺のBETAに砲弾を撃ちこみながら、跳躍で躱す。


「ん――、制御って程の制御はしてないみたい。
Invers Ratherford Field、正確にはその虚数項は、反ヒッグス場[●●●●●]で、それを使うと質量軽減[●●●●] が出来るんだよ。」

「質量軽減・・・反重力場ってコトか?」

「重力場と質量[ヒッグス]場は、別物だよ。
重力場は、向きと大きさを持つ力を及ぼすベクトル場、てか標準模型じゃテンソル場とスカラー場で表わされるけど、質量[ヒッグス]場は与えられた力に対する定数[●●]を与える方向を持たないポテンシャル場だよ。」

「・・・・ごめん、純夏、それ意味判って言ってる・・・よな?」

「ムウ・・・あったりまえじゃん。
わたしは凄乃皇なら、擬似重力場であるラザフォード場を制御するんだよ?
凄乃皇みたいに重たいモノを外部の重力場でベクトル制御するのって、大変なんだからね!
それも偏向面でモノが壊れないようにしなくちゃいけない四型なんか、いま“森羅”で使ってる領域の2倍位演算使うんだから。
それを[レーザー]を曲げちゃう位強化するとG-11[グレイ・イレブン]の消費も滅茶苦茶ハンパないし。
―――理論も解らず制御したら、全部破壊しちゃうよ。」


・・・成程、00ユニットである“森羅”込みの純夏なら、理論の理解は“当然”のコトか。
だから彼方も純夏には気軽にその“IRFG”の制御式を渡したのだろう。


「・・・・で、あれは、重力制御ではなく、質量制御、ってことなのか?」

「うん。
元々ラザフォード場みたいな有限領域内の重力場制御には、負のエネルギー場、つまりは反ヒッグス場を含む理論場を用いる必要があるってことは、既にS・ホーキング博士が理論証明しているの。
要するにML機関に依るラザフォード場の生成原理には元々負の質量場を内包しているし、G元素には負の質量を有するエキゾチック物質:G-6[グレイ・シックス]そのものが存在して、負の質量の実在を証明しているしね。
なので、それのみを取り出したのが、“Invers Ratherford Field Generator:IRFG”―――。」


なるべく小さな円を描く様に動きながらBETAを誘引していくと、徐々にBETAが折り重なって来る。


「―――どのくらい軽減させてるんだ?」

「フィールドを発生させるのは、G-コア廻りせいぜい戦術機内部の所謂“体幹”部分だけ―――最も重たいGコアや管制ユニット部分が主だよ。
その部分だけ慣性質量を1/10にまで低減している。」

「・・・なんで、その部分だけ?」

「外部に生成するラザフォード場と違って、内部に生成するスカラー場は、ポテンシャルを軽減するだけだからその維持に殆どG-11[グレイ・イレブン]を消費しなくて済むんだよ。
ベクトル場みたいに偏向面を気にしなくていいから、制御もずっと軽いし。
それに、戦術機の全部を“軽く”しちゃうと、斬撃や突撃砲の反動にも過敏になるから、基本四肢は変化させないことで、それらの使用感をなるべく変えないようにしてるんだって。」

「・・・・。」

「それでも、Gコア搭載で11.5tまで減量されていた武御雷“改”の体幹部質量10.3t分が1/10になると、総質量は2.2t位まで軽くなるんだよ?
このXFJ Evolution4の肩部スラスターと同じXFE112-FHI-400を3つ組み合わせた、3次元ベクタースラスター XFE3112-FHI-700は、肩部から外して吸気効率が上がったから1方向で456kN叩き出すみたい。
固定式だから、最大推力でも790kNだけど、単独噴射でも初動はXFJ Evolution4を超える4G、最大出力軸なら、7Gの加速になる。
何よりもスラスターを固定式の3次元にしたのは、噴射跳躍ユニットそのものの方向転換タイムラグを極力減らすため。
―――だから、あんな機動が出来る。」

「・・・・。」


―――頭痛ェ――。


「判ってるかな、タケルちゃん。
質量低減範囲に、管制ユニットが含まれる、ってことは、“人体”の質量も1/10になっているってことだよ?
―――つまり減速に10G掛かっても、質量が1/10なら、受ける力は1G相当――ってことを。
勿論、だから機体も保っているんだけどね!」


だ、ろうなぁ―――。
確かに“制御”と言うほど能動的に変化させている訳ではないけど、どう見たって間接的な慣性軽減。
じゃないと、あの物理法則を無視したような機動は理解出来ない。


「・・・・確かに魔改造だわ・・・。」

「でも当初の目的は、そっちじゃないみたい。」

「は?」

「・・・CCCAやMACROTの制御概念、更にタケルちゃんが進化させたManeuver Concept of Linked Inertia Control:MCLICという制御モデルに於ける戦術機の重量バランスの歪さは知ってるでしょ?」

「ああ。寧ろその辺の概念は、それを積極的に利用する手法だからな。」

「でも体幹部分質量が1/10になったらどうなる?」

「え? あ・・・。」

「体幹部にも骨格や骨格筋が含まれるから厳密とは言えないんだけど、IRFGを作動させることで、戦術機の重量配分を限りなく人体に近づけた、んだって。
つまり今篁大尉は、極めた剣術を生身で振るうのと同じ感覚で、戦術機の長刀を扱えるんだよ。」


なんか、色々と吹っ切れたような篁大尉の機動が理解できた。
慣性からも、戦術機の重量バランスからも、解放された動き、と言うことなのだろう。
篁大尉は示現流・・・だったっけな。
・・・あれ―――?
・・・じゃあ冥夜もアレに乗せれば化ける?
ってか、紅蓮大将とか、月詠さんとか・・・・。
・・・・・・背筋がトテモ寒いのはナンデだろう?

だから[●●●]武御雷“改”の装備なのかぁ・・・。


「・・・危険性は無いのか?」

「・・・理論的には1/100、1/1000と言ったポテンシャル場の形成も可能みたい。
でも場を形成消去する際のキックバックと、質量軽減に対する体細胞への影響を考えて、10倍を上限としてるって。
質量軽減は無重力状態とは、違うから生理的影響も今一つ未知だしね。
基本的に着座姿勢のまま、大きな動作のない操縦のみだから可能って言うのもあって、筋力そのまま、質量1/10状態で過激な運動したらどうなるか解らないじゃん。
実際篁大尉は、水曜に武御雷“改”を受け取ってこの演習に参加する為に遠征に出る金曜までの3日間、ずっとその影響取りに終始していたみたいだよ。
判ったことは少なくとも管制ユニット内の動作に関しては、生理的にも宇宙空間での無重力と同程度の短期的影響にとどまる、と言うことだって聞いた。」

「・・・・・純夏・・。」

「なに? タケルちゃん。」

「純夏が居れば、この[●●]XFJ Evolution4でも“IRFG”発生出来るんだよな?」

「――できるけど・・・、肩部スラスターのモーメントが過大で、クルクル回っちゃうよ?」

「違う―――。
今誘引しているBETAを一瞬で置き去りに出来れば、試製S-11X炸裂弾の効果範囲に集められるだろ?」

「・・・・・・・・・イケルよッ! タケルちゃん!
このXFJ Evolution4で、同じ領域にIRFG発生させると、えっと・・・自重が2.3t位になるから、XFE512-FHI-1500が2基の推力で最大15.5G、垂直上昇でも14.5G出せる!
大体離脱から1.8秒後に起爆すれば、音速を超える衝撃波にも追いつかれないから、破壊圏内がら脱出できることになる。
垂直方向に1.8秒なら、集めたBETAが散ることは無いし、引きずられて群体が崩れることもない。

――これで勝つるッ!

壬姫ちゃんに、1.5km位の位置から狙撃してもらえば、本機の上昇開始と同時に撃ってもらって丁度良い。」

「おしッ! じゃあもうちょっと集めるか! 篁大尉の誘引分も合わせられるか?」

「了解! フライパスで合流してもらう。だったら狙撃位置はコッチがいいよね。
A-01の皆にも警告して・・・。」


純夏はマルチタスクで一斉に連絡しているのだろう。
コチラも反射的に突撃級を撃破していたが、旋回する様に、残ったBETAを纏めていく。


「・・・因みに14.5Gの加速ってどのくらい?」

「えっと、車の加速性能みたいに言うと、0→100km/h加速が、0.2秒。
スタート2.4秒で0→400mに達して、その時音速突破する・・・位かな。
強化しているとは言え、戦術機だと形状的にM1.4位が限界だと思うから、3秒超えたら加速緩めて。」

「・・・・了解。」


月に行くロケットの加速度が8Gと聞いた。
訓練した人間が恒常的に耐えられる限界値。
人体が生み出せる加速度は、100m走で0.6G程度、チーターの全力ダッシュでも1G前後のはず。
元の世界のレーシングマシンなら、0→100km/h加速が2.5秒なんていう記憶があるけど、それでも1Gちょっと。

――それが0.2秒。
2.4秒で音速突破って・・・・。

単純加速とは言え、そこまで行くか。

スラスター形状が違うし、確かに噴射装置の方向転換は時間喰うから篁大尉みたいな超絶シザーズ機動はオレには無理だな。
オレ自身は、剣術特化じゃなく、戦術機特化だし。
けど、繋ぎ繋ぎで瞬時加速すれば、使いどころはあるはず。
その内純夏に頼んで、機動モデルつくろうかな―――。





『こちら〈Fenrir-01〉、約10秒後、貴機上空をフライパスします。』

「〈Thor-01〉了解。
〈Thor-04〉[たま]、〈Fenrir-01〉交差後、タイミングを測って垂直上昇に移る。
上昇動作確認次第、試製S-11X炸裂弾発射しろ。」

『・・Yes,Sir、移動確認次第試製弾発射します・・・・。ホントに大丈夫ですよね?』

「心配すんな。」

「大丈夫よ、壬姫ちゃん、タケルちゃんがドジって間に合わなかったら、わたしが起爆キャンセルしちゃうから。」

『!、了解ッ! ありがとッ!』


「範囲殲滅、1.6km圏内最大期待値、BETA数約1,000―――。
カウント5。」



――――彼方。

おまえが用意してくれた装備のお陰で、侵攻総数20,000なんていう桁の違うBETAもなんとか迎撃できそうだぜ―――。

・・・・杞憂は“殿下”だけ・・・・。

――――必ず無事に連れ帰ってくれよ!!


そう祈りつつ、オレはスロットルを踏み抜いた。


Sideout




[35536] §67 2001,11,11(Sun) 07:44 旧新潟亀田IC付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:c23374a1
Date: 2015/09/11 17:22
'13,06,07 upload  ※思いの他時間を喰ってしまいました
'15,01,24 語句統一
'15,08,21 誤字修正
'15,09,11 齟齬修正


Side みちる(国連太平洋方面第11軍A-01中隊)


「10時方向、残存BETA20! 距離2,000、接敵まで20秒!」
鶴翼参陣[ウィング3]で迎撃!」
『『『『『『 了解! 』』』』』』

CP[涼宮]のコールに応え下した指示に、いくつかの返答。
ヴァルキリーズは、即座に飛行編隊を組み直す。

「・・・エリア2内の残存BETAは、中型種以上で既に50程度。コレを狩ればA-01[コッチ]分は、ほぼ掃討かな。」

自然に右翼迎撃後衛の位置に後退しながらデータリンクをチェックした内容をCP[涼宮]ナヴィシートからの肉声が伝えてくれる。


新潟防衛の戦域全体で見れば、まだ1,000近くが残っているが、その殆どはエリア7と8。
上陸とほぼ同時に戦術機甲部隊が接敵した最後のエリアで、艦砲援護を受けていない為残存数が多い。
対応しているのは、帝国軍第12師団戦術機甲連隊“鋼の槍”。
艦砲援護が無いのは織り込み済みで、すでに擁した機甲部隊によるエリア内の光線属種・要塞級の全てを優先撃破している。
1,000体程度であれば、連隊規模戦術機が滞空の自由を得た戦況で、翳りは無い。

―――寧ろこれ以上国連部隊はでしゃばらないほうがいいだろう。




「接敵まで20秒―――。」


各自が87式突撃砲を構える。
その展開した鶴翼陣形から、僅かに突出する機体が在った。

「〈 Valkyrie-07[とおの]〉、出過ぎだ。
・・・・焦ることはない。」

『!!、申し訳ありませんッ!』

珍しいこともある。速瀬や涼宮(妹)ではなく遠乃。
どちらかと言えば普段から臆病で、寧ろ危機を察知しているように余り前に出ない、積極参加しない遠乃が焦るとは・・・。
網膜投影で確認する表情と今の様子では、戦況が極めて優位に推移していることによるトリガーハッピーと言うわけでもなさそうだ。

「・・・・・何か具申が在るか?」

『あ、いえ、そんな・・・。ただ少し胸騒ぎしただけです・・・・。』

「・・・・。」


上手く行き過ぎている故の不安心理か、或いは好調が裏切られたときのための防衛本能か・・・。

・・・そうだな、まだ終わったわけではない――。

遠乃の応えに自らも気を引き締める。
客観的にも状況が収束方向に向かっていることは確かで、そこに安堵と歓喜を感じることは確かだが、まだ状況が終了したわけではない。

それでも、A-0大隊はおろか、今回参加した斯衛軍・帝国軍に到るまで、人的損耗は未だ “0”。


―――誰も喪わない―――。

これを達成してこそ、何よりも嬉しい快挙なのだ。
その為にも、未だ気を緩めるわけには行かなかった。







元々A-01部隊は、国連太平洋方面第11軍A-01連隊[●●]だった。
この伊隅ヴァルキリーズとて、本来3個大隊108騎で構成される戦術機甲連隊の中の、第9中隊に過ぎないはずだった。

しかし、A-01連隊は現実に一度たりとも定数に達したことはなく、第1中隊から損耗しては後ろに補充するという形で維持されてきた。
事実、私が新兵として配属された時は創設からまだ半年と過ぎていない頃だというのに、既に第1から第3迄は存在せず、第4から第7中隊にも欠員がチラホラ存在する状況であった。
始めから欠番や定員割れがあったのも事実ではあるが、殆どは損耗してそうなったのかは明らかで、任官してからの状況を鑑みるに大方の予想はついてしまった。

――第9中隊とは、つまりA-01連隊の最後[●●]の中隊。
それは帝国という人員的にも、第4計画としての存在的にも、すでに時間的限界に差し掛かっていると言う事らしい。
その証拠に元々A-01の専用訓練部隊である207衛士訓練部隊には、今在席する207B以降の訓練兵が一人も居ない、と言う事を神宮司教官から聞いた。


そして第4計画直属の特務部隊であるA-01部隊の激務は、その損耗もまた激しかった。
簡単に言えば、出撃すれば半分は還らず―――。
ついさっき分かれて戦術機に騎乗した先達が、同期が、そして部下が、2度と顔を見ることすら叶わず、視界から消えていく。
横浜に至る前の首都防衛戦、間引き作戦、威力偵察、そして明星作戦―――そんな経験を、何度したことか。
彼らの事を語り継ぐ、その時間さえ中々取れず損耗していくばかり。

横浜に来てからも、何時かあの桜の下で―――。
そう互いに誓いながら喪う度に刻まれる想い。

それがA-01連隊の常であった。


第8中隊までの全てを損耗した今年年初の大規模な佐渡島間引き作戦以降、唯一生き残った第9中隊も春先には新兵補充でどうにか中隊定員を維持した。
その中にあって、ここ半年ほどがエアポケットの様な戦闘の狭間とも言えた。

勿論その間にも人類を取り巻く状況は、悪化の一途。
戦況的・統計的にも人類の生存はあと10年と言われる今の事態が好転したから戦闘が減ったわけでは決して無いのだ。
刻々と拡大している佐渡島ハイヴに対し遅々として進まない間引き戦術。
光線属種が支配する島嶼ハイヴという存在は、極めて間引きすら儘ならない存在だった。
その佐渡島からBETAが本格侵攻を始めれば、次は祖国が滅ぶ。
前線国家として風前の灯とも言える状況に世相は暗く、もはや諦念が支配し始めてすらいる。

それは比較的物資に恵まれていると言われる国連横浜基地内ですら例外ではなく、焦燥や自暴自棄に依るイザコザならまだ発散しているだけマシで、嫌戦や諦念に依る無気力症候群などの精神疾患さえ徐々に蔓延り初めて居た。




しかしその状況に一条の光を差したのが、先月唐突に横浜基地に現れた二人の男―――。

我々A-01とは別の次元で第4計画の特務についていたという極秘部隊の出自。
詳細は“NEED TO KNOW”であり、私にも明らかにされては居ないが、その技量と技術が途轍もない事だけは紛れもない事実である。

新兵と変わらぬあの歳で異常とも思える機動を熟し、“奇跡のOS”と呼ばれ始めたXM3の基本概念さえ創出したという白銀武少佐。

御子神彼方大佐は、その画期的なOS:XM3を基礎から組み上げただだけではなく、副司令の計画に於ける目的達成の為に必要な終局的目標であった装備の作成に付いても多大な貢献をした、と副司令自ら聞かされた。

そのXM3による戦術機機動の革新と、対BETA戦術支援システム“森羅”として実装された情報処理革命が、今のこの状況を齎しているのは、誰の目にも明らかだ。
これらの新装備によって光線照射の回避すら実現、的確な光線属種の早期排除を可能とし、空の自由を得た戦術機は総数20,000にも及ぶBETAを制圧していく。

勿論そのことに歓喜も希望も感じる一方で、同じ佐渡に何度も苦杯を舐めた経験を持つ者としては、何故もっと早く、という感情が湧いてくるのも確かで、理性では解っていても感情では割り切れないモノがあるのは詮無い事であろう。


単騎世界最高戦力と評される白銀少佐の技量は、当然シミュレーションの中だけではなく、この新潟防衛戦でも遺憾なく発揮されているのは、今更繰り返すまでもない。
ユーコン基地に於けるブルーフラッグ戦で、F-22Aを打破するだけの技量を持つ御子神大佐が何故参加していないのか、は聞かされていないが・・・。








『〈Valkyrie-02〉FOX3ッ!』
『〈Valkyrie-05〉FOX3!』

鶴翼[ウィング]の両端、速瀬と相原の突撃砲がBETAに機銃を浴びせる。




“特殊潜行部隊”と言う事で、基本光線属種の照射がないハイヴ潜行訓練を繰り返してきた我々は、フライトとトレイル、その双方を習熟してきた。
プラチナ・コードを手本とするハイヴ攻略は、接敵の無いスタブではトレイルで侵攻し、接敵してもフライパスするなど接触と弾薬の消費を極力抑え、BETAを後方に置き去る。
その為のスタブ内空間を最大限利用した3次元機動が求められていた。

勿論、この新潟防衛戦、昨日までは実弾JIVES演習に於けるシミュレーション、更に事前の斯衛軍合同V-JIVES演習にも参加し、地上防衛戦用のフォーメーションも練ってきていた。

それが、鶴翼参陣[ウィング3]である。


対BETA戦に於ける戦術機フォーメーションは、通常傘型[アロー]楔型[ウェッジ]陣形が用いられる。
物量で押してくるBETAに対し、接敵数を減らして集中突破し、内部から混戦に持ち込んで掃討、という思想である。

しかし、XM3による恩恵―――機動性の劇的な向上から、BETAの物量をいなし、あまつさえ光線属種の初期照射を躱せる可能性を得たことで、寧ろ密集し機動や射線の自由度を減じるフォーメーションの有用性に疑義が生じた。
ハイヴに於いても今までの接敵全数殲滅侵攻から、高速通過による撃破目標達成を目指すようになり、中央突破が必要となる余程密度が高いエリア以外では、空間自由度の高い鶴翼陣形の方が個々のBETAを回避しやすい。
地上戦でも光線属種込みで侵攻してくるBETA群に対しては中央一点突破で蹴散らし、BETAそのものを壁として照射を避けつつ殲滅する為にそれらの陣形が有用とされてきたが、白銀の示した光線属種の照射誘引と回避による線源位置把握と優先殲滅を実現するために検討した陣形も鶴翼[ウィング]だった。

両翼を低空先行させつつ、後続がその突入支援。光線属種の標的を左右に振ることで照準を付けにくくしながら、最後方が一時的に高さを取ることに依り光線属種の照射誘引を行う。
そうして位置の判明した光線級に、両翼先端が一気に突撃し優先排除する―――。

白銀はそのプロセスを単騎で行っていたが、我々凡人[●●]にはそうそう辿りつける境地ではない。
故に、部隊規模で効率的に実行する方策として取ったのがこのフォーメーションである。

それに合わせ、中隊の編成も一部変更していた。
元々右翼後衛をA小隊とし、隊長で迎撃後衛[ガン・インターセプター]の私以下、強襲掃討[ガン・スイーパー]を築地、砲撃支援[インパクト・ガード]に宗像、制圧支援[ブラスト・ガード]の風間で構成、B小隊は左翼後衛であり、小隊長辻村以下、涼宮(妹)、柏木、遠乃が、A小隊と同じポジションの左翼を担い、C小隊は小隊長を速瀬とし、相原、高原、麻倉の全員が突撃前衛[ストーム・バンガード]のポジションに着いていた。
中隊構成としては、強襲前衛[ストライク・バンガード]打撃支援[ラッシュ・ガード]を置かない陣容である。

しかし、傘型[アロー]楔型[ウェッジ]を多用しないことから、この新潟遠征に於いては、高原と麻倉を強襲前衛[ストライク・バンガード]とし、装備の砲撃強化を図った。

結果としては、突撃前衛の光線属種強襲に対する支援砲撃密度が上がって排除速度が向上する結果となり、更に実弾JIVES演習に於いて十分に習熟でき、光線属種を含むBETA地上戦に十二分に通用することが証明が出来た。


更に今回発生した、現実のCode991でも同様。
勿論今回のBETA侵攻では“森羅”情報を基にした安全策を最優先、艦隊艦砲や海中攻撃と機甲部隊に依る水際殲滅を敢行した為に早期の光線属種排除が達成され、部隊によるフォーメーション検証は試せなかったが、逆に地上戦における滞空殲滅を行うことと成った。

ここでも“上空”が使える状態では、傘型[アロー]楔型[ウェッジ]陣形は後衛からの射線を遮る陣形となる。
結果、BETAに対するより高い弾幕密度を稼ぐため、鶴翼[ウィング]陣形を多用する事となっていた。






「アンタ達の“死に場所”は、新潟[そこ]じゃ無いからね。
今回の遠征では、一兵足りとも損耗は認めないわよ―――。」

それが出立間際、副司令に言われた言葉。

突然の実弾演習参加や、傍目には無茶苦茶に見える新装備の先行配備などイロイロゴリ押しするからには、確実に何かあると感じていたから、その言葉も当然のように受け取った。
抑々演習だけで命の危険などそうそう無い筈なのだ。
なので突然のCode991もやはり来たか、と言う程度。
新任衛士でさえ殆どがこの侵攻を当然の様に感じていたのだから、先任者は全員予測していただろう。
何せ、あそこまでBETAの行動を予測する“森羅”がいて、そしてその予測はシミュレーションの世界だけではなく、現実でも使える、と言うのであるのだから。
あの情報収集能力と行動予測能力が在れば、侵攻予測くらい出来ても全く不思議はない。


二人の上官の帰還を受けて、A-01連隊は構成を一新し、A-0大隊として再編された。

A-00中隊が、“概念実証”、そしてA-01中隊は“特殊潜行”部隊と明記されたハイヴ潜行特務部隊なのだ。
だから例え、現実にBETA侵攻が生じても、今回の新潟防衛戦はA-01に取ってXM3慣熟確認と新兵の度胸付けが主目的であり、イザと成れば戦域を放棄し斯衛や帝国軍に押し付ける、或いは国土を犠牲にしてでも“生き残る”事を最優先にしろと言う意味。
例え帝国軍や斯衛軍が壊滅しても、A-01中隊が優先するのは年内に予定されているという“2つ”のハイヴ攻略。
それが為されなければ、“人類”が滅ぶと言う。

世界はもうその“瀬戸際”に居る――。







『〈Thor-01〉より〈Valkyrie-01〉』

唐突に網膜投影に映るバストショットが増える。
いままで常時通信を非アクティブにしていた大隊長殿の表情は、しかし何時もの年下らしい笑顔ではない。

「こちら〈Valkyrie-01〉、・・・なにか?」

『――残弾数はどの位残っていますか?』

「・・・ A-00中隊[そちら]が結構喰ってくれたからな。前衛で半分・・隊全体では弾薬・推進剤共に6割程度残している。」

『・・・了解。伊隅ヴァルキリーズは、今対応しているBETA群を掃討次第、総合司令室[HQ]に展開してください。』

総合司令室[HQ]に?」

『〈 Galm-04[みこと]〉だけでなく、〈 Fenrir-02[イーニァ]〉からも意見具申がありました・・・。
杞憂であればそれに越したことは有りませんが、今現在あそこの護りは薄いので。』

言われて先程の高原の表情が脳裏に閃く。


『こちら〈 Valkyrie-02[はやせ]〉、接敵BETA掃討完了、だ。』

「――――了解。
A-01部隊[ヴァルキリーズ]は、直ち[●●]に、総合司令室[HQ]に展開、周辺警戒に当たる。
各隊、ダイアモンドにて編隊飛行、行くぞッ!」

『『『『『『『『『『『『 了解[ラジャー]! 』』』』』』』』』』』』


――やれやれ。
もう一踏ん張り、と言うことか・・・。


Sideout




Side 真那(帝国斯衛軍第19独立警護小隊)


――――大勢は決した。

既にそんな雰囲気が、この総合司令室[HQ]周辺にも漂い始めていた。


突然のCode991は、当然地方・中央問わず、統合参謀本部にも通達されている。
既に東北方面からは喜多方を通過し、旧磐越自動車道沿いに西進していた後詰めの第14師団もあと20分程で戦域に到着する。
かなり速い対応だが、元々訓練でも第12師団の参加により防衛の空白域と成るエリアを想定して待機要請をしていた部隊であった為、予期せぬBETA侵攻を危惧して現場援護に早々に動いた、と言うことか。
空前の侵攻数に防衛線の崩壊も視野に入れた配備だろうが、実際迎撃戦の蓋を開けてみれば、今のところ圧倒的な優位で推移する戦況。
第1波の誘導殲滅、そして第2波での機甲部隊防護に成功したことが、此処まで優位に進められた勝因であることは明確であろう。

このまま上手く推移すれば第14師団が到着するその頃には殲滅が完了している為、彼らが完全に後片付け要員と成ってしまうのは必至。
早朝からの長駆に申し訳ないが、命のやりとりをしなくて良いのだから僥倖と納得してもらうしか無いと一人苦笑する。


『こちら総合司令室[HQ]、第14師団第3戦術機甲連隊に通達―――。貴隊の援護を感謝する。
現状、戦況は我軍優位に推移している。
戦線にて援護を必要とする状況は、報告されていない。
よって貴隊には今後の不測の事態、及び漏洩小型BETA種の殲滅に備え、後方待機を要請する。
第1大隊は新津付近、第2大隊は南蒲原郡周辺、第3大隊は旧三条市街に展開せよ。』


―――故に、総合司令室[HQ]の指示も微温い。






思えば私は事の当初より白銀少佐や御子神大佐と殿下との極秘会談に案内役で参加していたこともあり、現況はほぼ把握していた。
今思えば、一介の警護小隊に過ぎない私が国家どころか国際的な最高機密に属する情報に触れる事を許された事自体が在り得ないのだが、行く行くこうして巻き込む意図が在ったと言うことなのだろう。
最初は浜離宮で明かされた内容は驚愕の一言であったが、自分としては半分以上疑っていたのだ。

しかしその諸端でもあるBETA新潟侵攻がこうして現実に起こるとなると、その信憑性は一気に高まる。
殿下や首相は“最悪”を想定して対処を講じる必要があるため、当初から齎された情報に沿って動いたが、やはりこの新潟侵攻が一つの起点であることはかわりないだろう。

V-JIVESやJIVESに於ける“森羅”の性能が現実でも可能であるからこそ齎された情報であることは疑う余地もないのだが、この予測が正しいと言うことは、BETAの成り立ち、情報伝達構造や、人類に対する戦略構築に関しても正しい可能性が極めて高くなる、と言うことなのだから・・・。

―――それは、この後2ヶ月のハイヴ攻略の成否如何で、帝国の、そして人類の存亡が決する、と言う事に他ならない―――。




抑々帝国の危機は、知らぬ間に喉元まで迫っていた。
今の状況にしたところで、侵攻規模は完全に想定外―――。
もし、事前の予測に依るXM3の演繹、装備の拡充、そして斯衛の配備や連合艦隊への根回しがなければどうなっていたことか――。

佐渡島H-21ハイヴより湧き出て新潟に向け侵攻を開始した師団規模BETA群、中型種以上で15,000、総数予測では20,000に届こうかという佐渡島ハイヴ建設以来未曽有の規模―――。
それは今の内政的に複雑[●●●●●●]な状況などなんら関係なく、正しく祖国存亡の危機と言っても差し支えない状況で在るはずであった。

そして新潟に展開していた帝国軍第12師団1個、斯衛軍が合計して1個連隊規模、そして国連横浜軍は1大隊にも満たない2個中隊規模。
事前のJIVES演習でも総数10,000のBETAに漸く対処が出来る規模であり、相当の被害を見込んでも15,000が限界―――、その評価でさえ“XM3”と“森羅”の効果を見越して嵩上げされた斯衛軍を含む総合司令室[HQ]の戦力分析としては破格の数字でであったが、それでも到底及ばないBETAが押し寄せた事になる。
一気に防衛戦は瓦解、内陸への侵攻を安々と許してもおかしく無い状況だったのだ。


だが、しかし―――。

その想定外の状況にも拘らず、“常識”を遥かに凌駕した“森羅”の戦術展開は圧巻であった。
光線級・重光線級は最優先排除を完了、各エリア上陸の殿だった要塞級も殆ど陸を踏ませることなく水際で撃破した。
それをJIVESですら再現できない実戦に即した艦隊の艦砲や機動艦隊の魚雷攻撃、そして帝国軍の機甲部隊を有効に機能させることで、達成し得てしまった。


―――それは[ひとえ]に戦術機に“空”を取り戻す極めて重要な布石。

光線属種の脅威を排除し戦術機に空中の活路を確保出来れば、基本的に地面を蠕くだけのBETAはもはや脅威とはならない―――。
正しく相手の攻撃を一切受けず、一方的に此方が攻撃できる位置の確保。

“森羅”の驚異的な探知能力を駆使し、投入された全軍を極めて効果的に使役する事によって、20,000ものBETAをこの状況[ハメ]に追い込んだ。
恐らく既存の概念に凝り固まっていた誰もが想像もし得なかったこの戦術は、どのみちどこぞ[●●●]策略家[はらぐろ]が、“森羅”にインプットしていたに間違いないのだ。



上陸した14,000余りの中型種以上のBETAで、今も残っているの数は既に1,000体程度。
試製S-11X炸裂弾の実戦証明となったエリア1はその後エリア2と合流したが、残りは50程度。
上陸直後に第2艦隊の艦砲射撃で大きく数を減らしたエリア3から6までも、100体以下。
エリア7とエリア8こそ上陸した半数近くが残存しているが、対応する“鋼の槍”連隊にも焦りの色はない。
寧ろ接敵しては上空に逃げ、群れを散らさぬよう誘導しながら削る、そんな状況であり、あと30分もしない内に、掃討は完了する、と予測されていた。

勿論、防衛側の損耗が完全に0とは言い切れない。
爆破殲滅した第1波と違い、第2波の本隊では直接接敵して倒すことを基本とした為、現時点で戦術機の大破が2,中破9、小破31。
その殆どが残弾数と距離の関係により機甲部隊の砲撃で潰しきれなかった要塞級掃討の際の被弾であり、結果重傷1,軽傷6を出したが、それでも命に関わるケガではない。

―――つまり今のところ死者は皆無―――。


このまま推移すれば、対BETA戦闘に於いて、20,000を迎撃殲滅しながら人的損耗が0という、歴史的大勝利を収める。

と成れば、この実弾演習を提起し随伴した“殿下”には、見事に敢闘した部隊への労いの“お言葉”を掛ける必要もあろう―――。




“殿下”―――。

今は名を呼べぬ主を想う。
そしてフッと自嘲にも似た笑が零れる。

そう、“覚悟”を決められた“殿下”には、最早それすら既に杞憂であろう。





――幼少の頃より仕えてきた。

一族のしきたりに因ってその身に降り掛かった理不尽な境遇。
たった10数分の差―――その順番だけで、一人は光に一人は闇に分たれた。
今の世に何という暗愚、そう言う意見もあろう。寧ろ平民や海外であれば一笑に付される様な謂れの無い習わし。
それでも、そういった仕儀に拘泥してきたのが帝国における武家の在り方であり、そこに生を受けてしまった以上、不運としか言えぬ。

その名すら忌み名と言えそうな、影に生きるしかない者。
生まれてすぐ両親とも隔たれた遠縁に忌避され、その後も蟄居とまでは行かないまでも、殆ど隠遁する様な生活に近い。
客観的に見て、また例えばそれが我が身に降りかかったとしたら、どう考えてもヒネてしまいそうな境遇。



―――それでも真っ直ぐだった。



そして、双方がどれほど互いに慮っていようとも、その道が交わる事はない。

――――そう思っていた。ほんの3日前の夜までは―――。


BETA侵攻は終息の目処が立った。
しかし、今の事態[●●●●]は、全くの先行き不透明で、一過性の事なのか、今後永続[●●]する事なのかすら解らない。

寧ろもう一つ[●●●●]の状況は、これから始まるのかも知れない。





“殿下”の後ろに控える警護の“赤”が交代する。

更に後方には、神代・巴・戎の“白”が控えている。

元来この演習に於いて殿下の守護に当たるのは、当初第2連隊の2大隊から1個中隊づつの2個中隊と、第16斯衛大隊から1個中隊の計3個中隊36騎の予定。
それが、そのまま総合司令室[HQ]の直衛としても機能する。

しかし、発生した総数20,000という未曽有のBETA侵攻に、斯衛の編隊を変えさせたのは“殿下”。
第2連隊の2個中隊を戻し、第16大隊の1個小隊、つまり実際は第19独立警護小隊だけで良いと言い出した。

そなた等が護らねばならぬのは、このワタクシではなく、この国そのもの。
履き違えるでない、――と。

それは正しく殿下が言い出しそうなお言葉。
演じるのではなく、自らがその立場に在る者としての“覚悟”から出たものだろう思えるほど自然な立ち振る舞い。
事情を知らぬ総合司令室[HQ]周辺にも“殿下”の殿下らしさを印象付ける物腰だった。


流石に総合司令室[HQ]含めた警護にそれは罷り成らんと、紅蓮大将は自らの“金角赤”〈Crimson-01〉と第16斯衛大隊からヴァーテックス隊1個中隊12騎を“殿下”および総合司令室[HQ]の護衛として周囲に配した。

元々訓練兵“御剣冥夜”に付く帝国斯衛軍第19独立警護小隊は、今回の遠征に於ける警護を継続する為、空席だったA-00中隊に〈Freja-01〉から〈Freja-04〉とし国連部隊として紛れ込ませて貰う手筈だった。
正式任官とも成れば明確に警護対象から外れ、遂に私の手も届かぬ独り立ちと成るのだが、未だ“仮”で在る微妙な立場を利用し強引に警護継続をお願いした下りもある。
当然Code991の発生予測を知らない冥夜様は警護小隊の随伴を嫌がったが、“不測の事態における戦力の確保”という武殿の言葉に漸く首肯してもらえた。

そしてその設定も土壇場での“重大な事態の変化”に連れ、更にA-00中隊〈Freja-01〉から〈Freja-04〉は、第16斯衛大隊第3中隊〈Vertex-01〉から〈Vertex-04〉のコールサインにすり替っている。
特定の個人を警護している筈の独立警護小隊や、国連横浜軍に属するA-00中隊が現場で“殿下”をお護りするのは余りに不自然すぎるからだ。

本来は、殿下直衛である従姉妹の真耶と、周辺の隠密御庭番が埋めるべきコールサインであったが当然ながら〈Vertex-01〉は不在。〈Vertex-02〉から〈Vertex-04〉は、〈Crimson-02〉から〈Crimson-04〉として紅蓮閣下の下に着いていた。
元々殿下周辺の側仕え、真耶でも閣下でも同じようなものらしい。

“殿下”の周囲を護る者として、真耶の代わりに私が伊達メガネを掛け偽装している。
殿下の直衛である真耶と容姿が似ていることを、初めて幸運だと感じた瞬間でもある。
そして〈Vertex-05〉以降〈Vertex-12〉も、私の他に“赤”が3機存在する第16斯衛大隊の中でも殿下の守護に重きを置いた警護中隊に近い存在だった。



今も11月の木枯らしに悠然と佇む紫紺の武御雷“改”。
今までの“演習”と異なり、実戦である今、ハッチは閉じられ、管制ユニットに身を置いて何時でも動ける体勢にある。
無論、最高位の司令官が無闇にその姿を晒す事など無く、通信は音声のみ。その表情を窺い知ることも出来ない。













『―――“森羅”より警告ッ!!』

唐突に、その静寂は破られた。

『―――本土大深度地下に[]在り!
地下からの大規模侵攻[●●●●●]ッ!!
規模、集中し過ぎて総数不明なるも、観測された質量より予測、約5,000ッ!!』


え――――!?


“森羅”の抑揚を感じさせない筈の機械掛かった電子声音さえ強ばって聞こえる。


―――この段階に至って大規模地下侵攻!?
しかも5,000ッ!?、




『―――BETA予測出現位置、N37.620265、E139.00044―――ッ! HQ西北西500m地点ッ!!
進攻速度・・・、速過ぎる!? 地表出現まで約40秒ッ!』


データリンク画面、周辺の索敵情報に大きな円が出現。
立体視すると、直径200m近い縦抗の側壁一面を埋めた“管”が、壁面に沿って上昇しているのが判る。
その長さは下端が見えない為不明。
壁面を上がりつつ、上部を埋めていた土砂を、中央から下部に送るような動きは、個体であるはずのBETAが、正に“群体”として統一された意思を有するかのような動きである。

“森羅”の言う大深度地下がどの程度かは知れぬが、表示された地下範囲は最大で200m。
そこから壁面を迫り上がるBETA群体[●●]は、秒速5m程度で地表を目指している。
自転車程度の速度だが、地中を掘り進む速度としては、確かに異様に速い。
落とす土砂は一度掘り進めた後、埋めた偽装抗に近いのかも知れない。



『クリムゾン隊、ヴァーテックス隊、全機迎撃体制――ッ!』

閣下の指示が飛ぶ。

『展開している整備・補給部隊は、直ちに撤収ッ!、物資は構わん、置き去りにして即時撤退。機械化歩兵はその援護。』


地響きのような細かい振動が感じられる様になる。
なのに音もなく、前方、直径200m近い地面が突然消失するかの様に陥没した。
下からBETAが迫上って来るというのに、その深淵は深く、砂煙も立たない。
管形となった群体BETAの上昇は続き、地上までの土砂を全て落としたのだ。

そして土砂を全て落とし終わった後に下端に出現したのは、塊の様なBETA群体。
それは、壁面のBETAに因って、先程の土砂とは逆に、エレベーターの様に押し上げられていく。


その様子に戦慄する。


ほぼ垂直に開いた湧出孔。
壁面は垂直であり、この壁面を這い登れるのは、多脚を有する要撃級と戦車級、あとは要塞級が可能か否かだろう。
斜面を苦手とする他の種は、自力で登ることは出来ない。
しかし、BETAが群体として機能し、この様な[●●●●]行動が可能なら、垂直面は登れない筈の種族が地下から突然現れる状況も理解できる。
何しろ“抽送管”が送るようなその動作には、殆ど音も振動も無い。
先ほど土砂の崩落で生じていた微細な振動さえが、今は感じられない。

この為[●●●]に多脚である要撃級と戦車級の構成比率が高いのか?、とさえ思ってしまう。
両者の構成比率は各々30%、2種でBETA全体の60%に達するのだ。
他種族の“垂直移動”を補佐するとしたら、その比率も納得出来る。



総合司令室[HQ]、移動準備急げ!』

巨大なトレーラー型の移動式作戦本部。
だが展開しているテントや建屋内に移動した機材もあり、簡単に動けるものでもない。
今後の戦術の指針と成る、データリンクによる膨大な戦況の推移データは簡単に諦めるわけには行かない。


ヴァーテックス隊が、その湧出孔と総合司令室[HQ]の間を遮るように布陣する中、右手より飛来するバーナー炎を見た。


『―――此方国連太平洋方面第11軍 A-01中隊[ヴァルキリーズ]隊長伊隅、このまま湧出孔内部のBETAに攻撃を開始する!
A-01、湧出孔上空に鶴翼参陣[ウィング3]ッ!、
制圧支援[ブラスト・ガード]、残っている多目的自律誘導弾全弾、他120mm弾ある者、全部叩き込めッ!!』

『〈Valkyrie-06〉FOX1!』
『〈Valkyrie-07〉FOX1!』

流れるような淀みのない高い練度で湧出孔周囲に鶴翼参陣[ウィング3]を敷くと、その後衛に着いた制圧支援2騎が有する92式多目的自律誘導弾システムから自律制御型多目的ミサイルが放たれる。

既に“抽送管”は地表ギリギリ、湧出孔中央のBETA“群体”でさえ地表まで100mの位置まで上昇していた。

“あれ”が溢れ出せば、戦線が一気に瓦解し攝ない!

しかしこの位置まで上がって来てしまえば、既にS-11も艦砲も使えない。
せめて総合司令室[HQ]から2km離れていれば拡散する前に集中殲滅出来るのに!



「〈Vertex-08〉、〈Vertex-11〉、此方も92式在るだけ打ち込めッ!」

『『 了解ッ!! 』』


A-01が鶴翼に展開し、ミサイルと120mm砲による攻撃を始めた直後、そのウィング陣形が、不意に崩れる。

次の瞬間、奈落のような湧出孔の暗闇から、4条の光条が迸る。


『〈 Valkyrie-03[あきよ]〉ッ!?』
『〈 Valkyrie-05[みさ]〉!』


そのうち2機は躱し切ったが、初期照射警報に対応しきれなかった2機が被弾。

『クゥっ!、――被弾ッ!』
『キャァッ!』

警告を受けなかった数機が照射源と思われる付近に120mm弾を応射して沈黙させる。
1機は左の噴射跳躍ユニットを、もう片方は右腕を突撃砲ごと持って行かれたがそれでも声が出るだけいい。

『クッ、中央“群体”上部に、光線級が存在! 高度落とせッ!』


続く光条に、もう一機、92式多目的自律誘導弾システムを有する制圧支援[ブラスト・ガード]が左膝から先を持って行かれたが、自らが放っていた何発もの誘導ミサイルが命中したのか、光線級はそれきり沈黙した。

『〈 Valkyrie-07[ゆり]〉ッ!』

『大丈夫です! 全弾撃ち尽くしたら、後退します!』



ミサイルや、120mm砲弾の掃射に、“群体”の上昇速度が鈍る。
が、元々装弾数の少ないそれらは、瞬く間に撃ち尽くす。
拮抗は、30秒も持たなかった。

そして、湧出孔の辺縁から、遂にBETAが溢れ出す。
“抽送管”を形成していた多脚種が、地上に出たことでその結合を解き、拡がる。


『―――全軍、掃射開始ッ!!』



A-01も高度を落とし、被弾した機体は後ろに下がる。
ヴァーテックス隊、クリムゾン隊と共に、湧出孔周囲に展開し36mm砲の掃射が開始された。

しかしそれだけで地響きを伴う掃射も、湧出孔辺縁部から溢れる分を防ぐことで精一杯、中央を迫り上がるBETA“群体”を留めるには至らない。



「―――クッ! 神代・巴・戎!」

秘匿回線を開く。

『『『 はッ 』』』

「――“殿下”を後方に避退差し上『――ならぬ』・・・・」


間断無い掃射に周辺状況の確認まで取れていなかった。

気がついたときには、紫紺の武御雷“改”〈Zois-01〉は、既に両腕にサプレッサ[●●●●●]付きの87式突撃砲を構え、私の横、つまりは最前線に立っていた。

『――――わたくしとて斯衛軍の一員。戦える状態に在りながらBETAに背を向ける事なぞ出来ましょうか?』

「・・・“殿下”―――。」



葛藤する思いとは裏腹に、遂に巨大なBETAの“塊”が地表に姿を現す。

湧出孔を取り囲んでいた全員が、明らかに動揺し、射線が乱れた。



―――それは、余りに醜悪で巨大な肉塊、と言うか、肉柱。
生理的に嫌悪を催す色彩と、絡みあうように蠕く表面は悍ましいの一言。

上部に乗っていたと思われる光線級や、被弾して破壊された個体は既に群体から排除され、土砂と同じように下方に落とされているらしく、瑕疵は見当たらない。

何よりも、その径およそ150m―――。
無数のBETAが絡み合った、強大な肉柱を押し出す様にそれがムクムクと、上昇してきた速度のままに、見る間に聳え立ってゆく。
大きめのベースボールグラウンドが、そのまま盛り上がっていく様な、余りに圧倒的な、絶望的な、その質量――。

組まれた肉塊に取り込まれているだろう光線属種が、解けるまでは照射出来ないことさえ、救いにも思えない。
これが崩れ、解けた瞬間が脳裏に浮かんだ。


――――無理だ―――。


そう思った刹那、視界の半分を光条が埋めた。






―――それは、寧ろ光の奔流。


〈Zois-01〉が腰だめにした2丁の87式突撃砲から吐き出されるのは、10m程度にまで達する長大な蒼い火箭と、その先で幾重にも綾なす緩やかな螺旋を描く目映い光の残像。
重ねられた残像は光り輝く組紐のような文様だけを残し、左右上下に振れる。
それがライフリングで転旋する弾体が超高速で空気と擦過する事によって生じるプラズマ光だというのは後で知った。

その2条の光の組紐が、BETA“群体”を嘗めると、そこでも連続的な光体が発生し、瞬く間に“群体”を切り裂いてゆく。
その着弾点は連続的に稲妻が走る様にプラズマ化して輝き、“群体”は光に埋め尽くされるように弾け飛ぶ。
上に上に伸びようとする“群体”はすぐに切り裂かれ穴を穿たれて、上部が崩れそれが再び光条に触れて消滅していく―――。

周囲の者も、その余りの威力一瞬呆け、そして勢いを取り戻したように、掃射を再開する。
中央の“群体”とは別に、辺縁からも湧出は続いているのだ。


〈Zois-01〉は両方の突撃砲を左右に振ることで、目測均等に巨大な“群体”を光の奔流に飲み込んでいく。
当初の秒速5mに達する上昇速度そのままに目前をみるみる迫上っていたBETA“群体”、その上昇が見た目止まった。
地下からは、変わらず迫り上がりが続いているにも拘らず、上昇が止まったということは、たった2丁の掃射による殲滅速度が、上昇速度と均衡したと言う事。

87式突撃砲の連射速度は毎分900発、秒間で15発が吐露される。
連続する発射音こそ甲高いが、そのリズムは感覚的に同じで、その連射速度は変わらないのだろう。


しかしこの驚異的な威力は―――。

――――電磁投射砲!


まさか、カムチャッカで試射された筈のEMLが、改良されて既に装備までされていたとはッ!



その時、ボロボロと電磁投射砲の射線を外れてBETAが崩れた。
掃射を続けながら見上げた“群体”上部が、解け始めて[●●●●●]いる!


上昇速度と殲滅速度が均衡したと言うことは、すでに突出していた50m近い“群体”にまで手が回らないと言う事。

その解け始めた上部に、重光線級の姿が現れる―――。


初期照射警報が鳴り響いた瞬間、BETA“群体”上部に光が迸った。







本照射の開始される直前、連続的に発生した光芒が“群体”上部を埋め尽くし、削りとってゆく。

その光芒の向こう、上空に伸びる一条の光線を辿れば湧出孔の真上から、同じサプレッサ[●●●●●]付きの87式突撃砲を真下に向かって掃射する、一騎が存在した。

朝空に千切れ行く黒雲を背景に4条のバーナー炎を4翅の光翼の様に展開、上空で朝日を反射し蒼を帯びた白銀に輝く。


―――XFJ Evolution4――――。


Sideout





[35536] §68 2001,11,11(Sun) 08:00 三条市グリーンスポーツセンター跡
Name: maeve◆e33a0264 ID:c23374a1
Date: 2015/02/08 09:53
'13,06,16 upload
'15,02,08 誤字修正


Side 武


『――湧出BETA“群体”は殲滅!、湧出孔西側より汪溢した中型種残存BETA、約200――。』


状況を伝える“森羅”の声さえ明るく感じる。

その残存200は・・、と見やれば、“金角赤”の武御雷が、鮮紅色の長刀[●●●●●]も鮮やかに、鬱憤を晴らす様BETAの群の中で舞っている。
消費電力の少ない74式戦闘長刀“改”はG-コア無しで使用できる装備であり紅蓮閣下に渡したら、それだけでも鬼に金棒状態。

『うぉぉぉぉぉぉ――――ッッッッッ!』

新しい“玩具”を使って三つ胴の試し切りでもしているように、今も要撃級を衝角ごと3体纏めて断ち切る。
その姿に、もう模擬戦はしないと誓う。
これで“IRFG”[まかいぞう]を持つ武御雷“改”などに乗られた日には、闘気全開[スーパーサ○ヤ]状態になってしまうのは確実だろうから。
そして閣下の周囲、取りこぼしはクリムゾン小隊がカバーしてくれている。

―――閣下の憂晴らし[コレ]を邪魔しては、後で謂れの無い模擬戦を課されそうだから、介入はダメ、絶対―――。

そうナニかが囁くとともに視線を外した。



湧出孔辺縁から零れたそれ以外の多脚種BETAも、既にヴァーテックス隊や、A-01ヴァルキリーズが片付けていた。
既に湧出分を完全把握した“森羅”を司る純夏が対処を振り分けているのだから、撃ち漏らしはない。


突然の大量地下侵攻とその短時間殲滅―――。

残党掃討を終えているヴァーテックス隊は、今も不気味な口を開ける湧出孔の周囲で一応の警戒を続けながらも漸く息を整えていた。
既に“殿下”の〈Zois-01〉も〈Vortex-01〉に促されて総合司令室[HQ]付近まで引いていた。
一方のA-01は、被弾した3機を庇いつつ、万が一に備え補給に向かう。
エリア2から残弾半分位で長駆、そしてそのままフルバーストの最大密度攻撃。
120mm砲は空、36mmだって殆ど残っては居ない。


慌ただしい総合司令室[HQ]の指示の下、収束していく周囲の状況を確認しつつ、ほっと息を付く――。

・・・流石にこれ以上の侵攻は、もう無いだろう―――。


光線級の照射を受けたA-01の3名、機体の大破と中破は喰らったが、辻村晶代中尉と相原美沙少尉、そして遠乃優莉少尉も本人には怪我が無いことも確認されている。
A-01は、遠征まで全員がレベル4と言う理想にまでは届かなかったが、一部はレベル4、残る全員がレベル3になっていた。そのため初期照射警報にある程度反応出来た事が皆の命を救った。
元々ハイヴ攻略の参加条件としてレベル3クリアと言って居たのだが、ある意味妥当な線引きなのだろう。

それにしても照射されたのが符丁通り[●●●●]の3名だった事は支配因果律と言う運命なのか、不気味としか言えないが特に辻村晶代中尉と相原美沙少尉はこれで以前のループにあったその“死すべき運命”の顎から逃れられているといいのだが――と思わずに居られない。




しかしまさか、この期に及んでマジ[●●]で“母艦級”の増援が在るとは・・・。

“森羅”が地下侵攻を感知したのが7:55位だった。
恐らくは母艦級から分離し、地上を目指したBETA“群体”の長さは、その個体数から類推する体積から換算すると、およそ400m程度と推定され、それが毎秒5mの速さで上昇してきた。
A-01による湧出前の穴内砲撃からの殲滅完了までの経過は、現実の戦闘時間にすれば3分程度。

エリア2の残存掃討をフェンリア・ガルム両隊に任せ、“IRFG”まで用いた最大戦速で此処まで戻って来たが、A-01を先行させて置いて正解だった。
美琴やイーニァの危機感知能力にも磨きが掛かって居るように思う。

そのA-01とヴァーテックス隊にBETA湧出を僅かでも抑止してもらえたから上空からの EMLC[レールガン]による掃射が間に合った。
あそこで光線属種が先に解放されていれば、オレだって無事に済んだかどうか、怪しい。


恐らくは今回は、今までのループにはない大規模な侵攻部隊の早期壊滅、というBETAに取っての“重大災害”を越えた“甚大災害”が発生したことで出てきたモノと思われるが、大深度地下を動く“母艦級”の動きが把握できないと言うのもかなり問題がある。
アレだけの巨体なら、大深度とはいえ把握できそうなものだが、純夏でさえ最後に検出した振動以外は、その兆候は全くと言っていいほど無かったという。
と言うか、予めそこに居た[●●●●●●●]かの様に、唐突に出現したという方が状況に即している。

前のループでも佐渡島ハイヴ“消滅”の後、大深度の“母艦級”に残ったと思われる師団規模のBETA侵攻に晒され、多くの犠牲を伴って横浜基地は壊滅した。
実際この時の横浜基地の壊滅は致命的で、凄乃皇四型も被害を受け不知火も反応炉も喪った。
最終的には、それがODLの枯渇に繋がり、00ユニットの純夏が機能停止に陥る避けがたい運命が決まった。
その後のいくつかの“居残った”ケースでも純夏は2度と目覚めず、凄乃皇も無く滅茶苦茶苦労した記憶がある。
桜花作戦が成功しても、人類の滅亡が10年が30年になっただけ、と言う夕呼先生の言葉の正しさを実感したものだ。

そして、その諸端は防衛線を無視して突然[●●]出現した旅団規模のBETA群だった。
―――同じような事例は、カムチャッカや、ヨーロッパ戦線でもいくつも在る。


その一端が、今回垣間見えた。

嘗て、オリジナルハイヴやその他、“居残った”記憶にあるいくつかのハイヴ内、または先刻エリア2でBETA群を収束させた時に見たBETAの“群体”行動。
元来個々に自律行動するBETAが、ある程度の密度以上に集合すると“群体”を形成しあたかも巨大なBETAとして振る舞い、個々のBETAは細胞であるかのように振舞う行動様式。
今回の事で、大規模な地下侵攻の際にも、この“群体化”が関係しているらしいことが明確に成った。
それは“群体”となることで、恐らく“母艦級”が垂直に掘り進めた後に埋められた謂わば“偽装抗”上部の土砂を効率よく下方に送りながら迫上ることが可能、と言うこと。

200mより浅い範囲では、3次元フェイズドアレイ地下探査ソナーでその姿が捉えられていた。
“母艦級”直径ほどの地下空間が“空いて”いれば、純夏が見落とすはずがない。
“森羅”の感知によると、垂直に掘られた湧出孔の壁面に取り付いて居た多脚種が約30%程度。残りがその他の種を取り込んだ“群体”と化していたという。
その縦抗を、BETA群体は管形化し、縁に沿いつつ中央から邪魔な土砂を下に落としながら、抗壁面に取り憑いたBETAが中央の“群体”を抽送し、恰も超音波モーターの様に蠕動運動で持ち上げる事により、土中を掘削するのとは桁違いの速度で上がってきた。
コレにより垂直壁を登れない二脚種や突撃級なども地上に運べる上、その振動も同じ規模の個体が掘削するそれよりも大幅に少なく、感知がし難い。
結果殆ど振動を伴わず、突然旅団規模が土中から現れる理由なのだろう。


もし、土砂を落としている時点で先行してそこにS-11を放り込み、十分な深度に達した時点で起爆すれば、一気殲滅も可能かもしれない。
但し、その場合S-11の起爆点より湧出孔上方にある質量は、空高く打ち上げられることになる。
今回のように拠点が近い場合は、BETAの残骸を含む何十万トンもの質量が、総合司令室[HQ]周辺に落下してくる事となるため頂けないが、今後の対策としては一考の余地がある。
先ずはその偽装抗を掘削している時点で把握する必要はあるが、帝都の防衛網に盛り込む必要はあるだろう。

その“群体”が出てきてしまうと、その空間的に組みあがった密度故に2個中隊分の突撃砲程度では到底殲滅に足りなかった。
しかし、逆に狭い範囲に集中していた為、EMLCの威力が最大限に生かされ極めて短時間で殲滅できたのはBETAにとっては皮肉かもしれない。
“殿下”の武御雷“改”に持たせてあった試製01型電磁投射砲筒:EMLC-01Xを解放することで、“群体”湧出を抑え、それでも突出した分についてオレが真上から殲滅することで、綱渡りの殲滅を成し得た。

あの“群体”が分離・分散していたら、戦線を内側から食い破られていたと思うと背筋が寒くなる。


殆ど完成されている電磁投射砲を披露してしまったことで、この後の厄介事は増えそうだが、どうせG-コアに依存する装備として共に公表される運び、寧ろ“殿下”の初陣パフォーマンスとしては、申し分ないだろう。

で、あるならば、だ。

オレが真上から潰したのは、実質既に突出していた50m分、全体長さから言えば、1/8。
総数5,000の70%の7/8を、初陣である“殿下”が撃破したことになる。

えっと・・・計算上は殲滅数は3,062―――か。

概算だから初陣撃破数のレコードかどうかは微妙だし、何よりも飽くまで[●●●●] “殿下”の記録なんだよな、と独りごちる。
本人は突撃砲よりも長刀命の性格だから今の紅蓮閣下みたいに、長刀1刀でBETA200体最短撃破とかのレコードの方が嬉しいのかもしれない。


上空で哨戒を続けながら、そんな事を考えていた。

もうすぐ、紅蓮閣下の掃討も終わる。
現況、各エリアの上陸BETAも残存数はあとエリア7と8に120程度しか残っていない。
フェンリア隊やガルム隊だけではなく、中央エリアを担っていた斯衛軍もすでに戦闘行動は終了していた。

―――あと10分も掛からず、掃討は完了する。





「――タケルちゃん、第14師団第3戦術機甲連隊第3大隊が、着いたよ―――えッ!?」

視線を背後に戻したそこで見たのは、援軍である帝国軍第14師団第3大隊の所属と思われる撃震が、紫紺の武御雷[●●●●●●]に長刀を振り上げる姿だった―――。






第14師団第3戦術機甲連隊通称“撃の大鎚[スレッジハンマー]連隊”は、元々宇都宮駐屯地に属した北関東を管区とする帝国陸軍歩兵師団だった。
BETA大禍以降、陸軍そのものの存続に関わるほどの損耗と、本土防衛に重きを置く本土防衛軍の拡大により、陸軍の接収を含む大規模な統廃合が実施され、現在は東北方面隊として、主に第2帝都を含む東北地方の沿岸防衛を担う師団となっていた。
その中で、“撃の大鎚[スレッジハンマー]連隊”は、撃震3大隊108騎で構成された連隊であり、その第3大隊モーラー隊は、総合司令室[HQ]周辺の援護に回った筈であった。


侵攻終盤に突如発生した5,000にも及ぶ地下侵攻を、自らの携えたEMLCで跳ね除けると、再び未だ終わらぬ戦場に意識を向けていた〈Zois-01〉。

一方大規模地下侵攻によって一気に消耗した警護隊は、更なる万一に備えて補給に廻り、指揮機の紅蓮大将は残存BETA掃討中、側近である〈 Vertex-01[月詠中尉]〉ですら、〈Zois-01〉から僅かに離れたところに控えていた。

援護に駆けつけた帝国軍第14師団第3大隊、現場は一部まだBETA戦闘中であることもあり、雑然とした状況。

〈Zois-01〉から少し離れたところに接地した撃震:大隊隊長機である〈Mauler-01〉はそのまま膝を着き、形式的でも着任の許しを乞うもの―――と誰もが思っていた。




だが――。


その虚を衝くように一瞬の噴射跳躍で更に距離を詰め、その時には跳ね上げたように抜刀され大上段に構えた長刀が、何ら迷うこと無く振り下ろされていた。

味方とばかり思っていた撃震の全く予期していなかった凶行に、〈Zois-01〉は何一つ対処することも出来なかった。




ざりッッ!

しかし74式戦闘長刀が抉ったのは、大地――。



―――その凶刃は、間一髪、既の所で躱される。

〈Mauler-01〉が接近した刹那を予期していたようなタイミングで、〈Zois-01〉の背後に控えていた斯衛“赤”の武御雷が、死角から接近し咄嗟に〈Zois-01〉を引き寄せた。
そのまま、体を入れ替えながら庇うように噴射跳躍して距離を取る。


―――ギャリンッ!!

その動作を察知し、同じく噴射跳躍で追撃しようとしたその撃震〈Mauler-01〉の前に〈Vertex-01〉が立ち塞がり、次の長刀の一閃を弾く。


『―――貴様ッ何を遣っているのか判っているのかッ!?』


〈Mauler-01〉大隊長に追従するが如く、モーラー大隊が包囲陣形に移行するのを、ヴァーテックス隊の武御雷がサークル陣形を取りつつ牽制する。



その際で対峙する2騎―――。


『―――笑止ッ!!・・・貴様こそ、一体誰を警護しているか理解しているのか?!
恐れ多くも“紫の武御雷”を乗っ取ったそこな羅紗緬[アバズレ]は、煌武院悠陽殿下などではないっ!!』

『な―――!!』

『・・・・我等に斯衛に敵対する意思はない―――。
・・・しかし “殿下”を騙る淫売[●●]を成敗することを邪魔立てするなら、逆臣と見做し伴に討つッ!!』

『 ――!!ッ 』



〈Mauler-01〉の通信は、全バンド―――、戦域の全てに発信されていた。


当然反射的に〈Zois-01〉の援護に動き出していたオレの背筋にゾッとした怖気が走り、身体の芯から何かが抜けていく。
貧血を起こしたような、悪心がこみ上げる。


―――不味いッ!!

今のタイミング[●●●●●]でこの指摘は、例えそれが虚言であっても、今現在“殿下”が影であることは替え様のない事実。
それを暴かれれば、帝国軍は愚か、斯衛だって事情を知らない者には決定的な疑念が生じる。


『・・・巫山戯るなッ! 何の確証もなく、いきなり斬りつけるなど、それが誇り高き帝国軍人の所業かッ?』

『―――2日前より煌武院悠陽殿下は、極秘にて陛下に第2帝都城に招聘されていた、と皇家守護司である崇宰[●●]様縁の高官より聞き及んでいる―――。』


―――!!!!
崇宰ッ!
九條は、皇帝陛下その人に擦り寄るのではなく、中立派の崇宰を炊きつけたのか?

『・・・確か、そこな羅紗緬が演習に参加したのもその日からだと記憶している。
斯衛がドコまでグルなのかは知らんが、我等帝国軍を謀りBETA侵攻の肉盾とする憎き米国の手先、横浜の妖狐が傀儡。
将軍家遠縁で在りながら、その容姿が殿下に近しいことを利用して殿下とすり変わり、国家を謀ろうという悪逆米国毛唐の肉便器とも成り果てた卑しき羅紗緬、冥き忌み名を持つ女である事も、既に知れている。』

『―――その口、慎め―――。
陛下に仕える高官が“極秘”と言う情報を漏洩すること事態が既にオカシイとも気づかぬ蒙昧がッッッ!!!』




「タケルちゃんッ! ダメだよっ! それ[●●]が九條の狙いだよッ!」

「え・・・? あ・・・。」

純夏の声に、はっとした。
周囲が凍るような月詠中尉の激昂に、釣られて突撃砲のトリガーに掛かっていた力を抜く。
余りの口汚い言い草に、頭に血がのぼり、危うくEMLモードで〈Mauler-01〉を狙撃するところだった。

けれど純夏の言うように、此処で国連軍と国連軍や斯衛軍が衝突すれば、タダでは済まない。
死者が出れば決して拭えない遺恨が残る。




『・・・抑々、ここに居られる“殿下”がご本人だろうと、仮に“影武者”であろうと、それは戦略上の問題であり、一兵卒に預かり知れぬ高度な作戦行動[●●●●●●●]であろうッ!
それを上位の命令さえ無きまま、一高官の機密漏洩如きを根拠に混乱させ、ましてや問答無用に斬撃するなど、反逆罪以外の何物でもなかろうッ!?』

『・・・・命令違反、偽物とは言え指揮官の殺害・・・、軍規に糺せば極刑は免れん事など些事――。
帝国軍第14師団“撃の大鎚[スレッジハンマー]連隊”連隊第3大隊長、帝国軍大尉有間長門が一命を賭して物申すッ!
元より自己の事しか考えぬ横浜の妖狐が、XM3を無償提供[●●●●]することこそが在り得んコト・・・。
それに託け、この時期に新潟で殿下を旗印にしての実弾演習など余りにも不自然。
謀略の疑義在り、と崇宰様が陛下の名において殿下を招聘為されたのに、その不在にも拘らず演習を断行したッ!
ならば・・・その狙いは、XM3実弾演習に託けた“殿下”のすり替えに他ならぬッ!
貴様の言う高度な作戦行動[●●●●●●●]であって、横浜の謀略ではない、と言う証明も無い!
――殿下のご指示の下集いて戦うことを切望してきた我等帝国軍人にとって、それを謀り、偽物が堂々と紫の武御雷に乗る事こそ言語道断、・・・・腸が煮えくり返るわッッッ!!』



―――“撃の大鎚[スレッジハンマー]連隊”。
ループの記憶で云えば、第12師団に続き投入されたのが第14師団だったことしか無く、その名は聞いたことがない。
しかし12・5事件の際には仙台城の臨時政府こそが米国の傀儡政権とも知らず、その護衛に着いた戦術機部隊が在ったはず・・・。九條の手先そのものではなくても、首都防衛軍や、富士教導隊にすら戦略研究会を始めとする九條に誘導された者は大勢居た。
そして更に帝国軍と斯衛、そして米軍を戦闘に陥れた第5計画派の諜報員や後催眠暗示を掛けられた者が混じっていたのも確かだ。
今となってはそれが何処まで伸びていたのか、知る由もない。
仙台膝下の第14師団にも居て、新潟侵攻で消耗していた、としても何の不思議もない。



『・・・今朝方、仙台の駐屯地側で、若い男女の御遺体が発見された・・・。
両名とも頭部の損傷激しく身元の確認は取れていないが、女性は紫の髪[●●●]に “直衣”の装束、男性は国連の[●●●] BDUを着用―――。
・・・・今回この演習に参加している国連軍に、殿下が最も信頼されている御子神彼方大佐の姿が見えないが、どう言う事かね?』


異様な緊張が戦場を圧迫した。









もうすぐ、BETA殲滅も完了すると言うのに、空気が粘着くように重い。
安全圏である空からの攻撃は、乱入者の言葉に多少呆けたところで、BETAに撃破されることこそ無いが、残ったエリア8のBETA殲滅速度が明らかに落ちている。

流石に紅蓮閣下はその剣先が鈍ること無く、しかし、先程までの鬱憤を晴らすかのような高揚感は消え去り、一刻も早く余計な雑魚を片付けて、“殿下”の護衛に戻りたい意思を顕わにしている。


事情を知らぬ斯衛は、月詠大尉に扮した月詠中尉の“高度な作戦行動”という指摘に一旦は動揺が収まったに見られたが、“殿下”と“彼方”らしき遺体の発見という言葉に、再び揺れて見える。
殿下は兎も角、当初参加が予定されていた彼方の不在が何気に痛い。
ブルーフラッグでラプターを撃破し帝国の威信を取り戻したという立場の彼方は、嘗ての“弾劾者”であることや、斯衛での講演の影響もあり、信頼度抜群、斯衛の中での認知度はオレよりも余程高い。
評判の悪かった国連横浜基地がこの短期間に受け入れられたのも、その影響を無視できない。

ましてや、エリア8に展開している“鋼の槍”連隊は、ことの成り行きに、態度を決めかねている―――。



――― 一触即発 ―――。

そして既にいきり立って此処に来た第14師団第3大隊は自らの大隊長の言葉にも煽られ、今にも引き金を落としそうに見える―――。

斯衛と事を構える気はない、そう言いつつも彼らが逆賊と見なす今の〈Zois-01〉を庇う限り同列なのだ。
性能的には段違いの武御雷と撃震ではあるが、この場に於いてはその数は凡そ3倍。
総合司令室[HQ]周辺の通常戦力による警護部隊ですらどっちに着くか判ったものではない。
故に補給に回っていたA-01や、他の戦域にいる斯衛は、動くに動けない。





殿下と彼方と思しき遺体が見つかった―――。

これは、逆にオレの頭を冷静にさせた。
容貌の判別できない遺体が駐屯地[●●●]で発見された、それだけで明らかに帝国軍を煽るための偽物であり、それが逆に殿下と彼方の無事を知らせる。
本人たちを殺害することが出来たのなら、顔を潰す必要が無いのだから・・・。
尤もその遺体をどうやって調達したのかは知りたいとも思わないが、どうせ碌な事ではないだろう。

だがそれは一方で、殿下と彼方がやはり陛下の下に足止めされているのも確かなのだ。
それを見越して、九條は第14師団の合流するタイミングで仕掛けるよう仕向けたのだろう。

正にその思惑通り、そうとは知らない帝国軍、特に第14師団はいきり立っている。
いきなり斬りつけたのも、その流れ。
崇拝し、帰依しているかの様な殿下が弑逆され、その謀略の中心とも思われる成りすましが、目の前に居ると唆されたのだ。
彼らの憎む、米国、現政権、そして国連横浜基地に連なる者が・・・。


けれど、このまま乱戦と成れば誰が味方で誰が敵に成るのか、それすら読めない。
こんなことで多数の死傷者が出れば、帝国・斯衛・国連3方に甚大な被害と修復不可能の深い遺恨を残す。
九條に取ってみれば、どの勢力も最後には米国傀儡の障害となる戦力、今の段階で削って置けるならそれに越したことはない、と言う事なのか。
例え、後で殿下の生存が知られようが、事が起きてしまって居ればもはや事態収拾は叶わない。

殿下の大権奉還の動きを九條が掴んでいたのかどうかまでは判らないが、それすら出来なくなるのは確実だった。



―――これが九條の奸計―――。

彼方に警告されながら、想定外のBETA侵攻数に、九條のチョッカイなど完全に意識の外に飛んでいた。


元々第5計画派に取って第4計画は目の上のたん瘤ではあったが、幾多のループに於いても今の時期に何らかの邪魔が入った事はない。
秘密主義ゆえ表沙汰にならないが、実質00ユニット実用化に向けた進捗はなく、1周目のループ群にある様に、来月にも予定される国連大使の抜き打ち視察が実施されれば、HSSTの墜落など無くても年内には打ち切りとなる状況だった。
2周目の世界では、オレが元の世界に戻ったことで00ユニット完成の目処が立った為打ち切りにこそ至らなかったが、それでも新潟侵攻時には何も進んでいなかった。
要するに今の時期の第4計画は、一切取り立てて気にすることもない存在でしか無かった。



それが何時変わったのか?


先月の22日にオレが三度この世界にループしてから漸く20日経ったところ。

その間に為された、XM3、“森羅”、G-コアを基礎とする数々の装備、それに因って齎された米軍ドクトリンの破壊―――。
前のループでは、XM3の構想は愚か総合戦技演習にすら至っていないこの時期に、これだけの密度。
表立っては、まだXM3しか公開していないが、プロミネンス計画を巻き込んで全世界に頒布など、それだけでも最早第5計画派としては、震度7クラスの天変地異にも等しい下克上だったのだろう。


本来、そのスピードこそが第4計画、と言うかオレ達の最大のアドバンテージ。
状況を、未来を知っているからこその、電撃作戦。
―――第5計画派が、状況を掴み、反抗の体勢を整えるその前[●●●]に上位存在を陥とす―――。
そうすれば、後は人類側に多少の齟齬が在っても最大懸案のBETA側“対処”を封じることが出来る。


故に彼方は瑣末の九條など歯牙にも掛けない。
この世界に来て以来、彼方は九條は愚かその配下にさえ会っていないし、と言うよりも本来ネイティヴではない今は興味すらないのかもしれない。
九條側から絡んできたのは、XG-70の引渡しに関する00ユニット、乃至、XM3の開示要求だけ。
それもXM3にかこつけた彼方の誘い出しによる予防的な排除目的でしかなかったのだろう。
XFJ計画に於けるブルーフラッグ戦完遂要求は寧ろ帝国軍部の思惑が強いし、総合戦技演習の計画漏洩は逆に第5計画派からの要請であろうから・・・。

しかし、それらの目論見が尽く第5計画派にとって最悪の結果に成ったことで、九條も一気に立場を悪くした。



一方米国はBETAの攻勢に、確かに一度は日米安保を一方的に破棄した。
当時の勢いであれば、そのまま日本は壊滅してもおかしくはない。
BETAが突如転進して、横浜にハイヴを建設しなければ[●●●●●●●●●●●●●●]、間違いなくその予測通りに成ったはずだ。
突然のBETAの気まぐれが在ったにせよ、どうにか持ちこたえた日本帝国を軽視して居る訳ではなかった。
太平洋の水深が深く、BETAの海底侵攻は800m以上の深さを進まないとされたため、直接の米国本土防衛に関わるとは思えない。
しかし、バビロン作戦とて人類の自滅を解っていて推進しているわけではなく、本来BETAを駆逐するつもりなのは間違いない。第5計画の推進派に居ると目される傀儡級がバビロン作戦に寧ろ積極的だったのは、少しBETAの数を抑え、速過ぎる人類の減少速度を逆に緩めたい意思が在ったと言う可能性も考えられる。
考えてみれば、傀儡級と言え有する情報は人類のものであり、第5計画を策定した時点で、彼らが大海崩を引き起こすG弾の潮汐作用を把握していた、という確証は無いのだ。

そのバビロン作戦をすすめる上で、主戦場であるユーラシア東側への足がかりとしては、やはりBETA侵攻を土俵際で残した日本帝国が戦略としての地理的にも残っている兵力的にも望ましいのは確かで、その利があるから榊首相の要請にもある程度応えてくれているのであろう。

だが榊首相の本質は、米国傀儡とはかけ離れた存在。
意にそまぬ帝国を実質掌握するための、帝国軍を煽ったクーデターであり、米軍に依る臨時政府の傀儡化であった。
その準備は、今も着々と進んでいる。




そこに予定外の第4計画の成果とその台頭―――。


勿論、彼方の指摘でG弾の運用に疑義が生じているのは確実。
大海崩が米国本土に及ぼす被害も尋常ではなかったはず。
傀儡級がどの様な判断をするのかは判らないが、少なくとも傀儡級ではない良識派はG弾の運用を避ける方向に向かうことは確かで、それが通常兵器に依るハイヴ殲滅であり手段が戦術機なのも確定的。
ステルスが意味を成さないその対BETA戦において、今現在明確な実績を示しているのは“XM3”しか無いのであり、通常戦力に依るヴォールク攻略というハイヴ攻略戦術の可能性を示したのは国連横浜基地しか無い。


つまりは榊首相や、鎧衣課長の言うように、バビロン計画は別にしても第4計画を潰し移民計画を推進したい第5計画派も、そして米国の覇権は譲れないがBETA駆逐は目指したい良識派も、今現在の最もプライオリティの高い狙いが第4計画にシフトした事は紛れもない事実だった。


無論、―――彼方はそれらを承知の上で、XM3他それらの装備の価値を釣り上げ、対価とすることで第4計画による喀什攻略への路を拓こうとしているのだろうが―――。



ステルス看破の手法は兎も角、OSを換装するだけで、不知火弐型だけではなく、ACTVでさえF-22Aを凌駕する機動を見せた。
オルタネイティヴ計画そのものに批判的と言うか反対していたプロミネンス計画派でさえ、XM3を認めている。


95年に横浜の魔女、立案者である香月夕呼博士を司令官として、帝国が誘致し開始された極秘計画。
博士の理論を応用した量子電導脳を搭載する00ユニットによる、対BETA諜報と、齎された情報による対BETA戦略の構築―――。
その中に於いて00ユニットは手段であって目的ではない。
計画の進捗とは本来00ユニットの完成によって量るわけではなく、BETA情報の鹵獲とそれに対する人類の戦略・戦術が提示されれば良い、とも解釈できる。
勿論本来00ユニットである“森羅”も完成している訳であるが、それを隠蔽しても、XM3を用いたヴォールク攻略のプラチナ・コード提示は、言い換えれば第4計画の明確な“成果”であるわけだ。


ぶっちゃけ第5計画派は、接収という形で第4計画の成果が欲しい。


その第5計画派、ひいては九條に取って避けたい状況とは何か――。

それは、国連横浜基地の第4計画と、斯衛、或いは帝国軍の実働部隊・元帝国陸軍が近くなること。
事此処に至って、帝国軍下層と国連横浜基地が近づくのは不味い。
それはそのまま“クーデター”の誘導よる横浜の接収という手管の喪失に等しい。


実際、以前のループの様に第4計画が夕呼先生だけだったら、何も考えなくて良かった案件。
しかし、彼方というキャラクターが国連横浜軍に併属し、その“成果”を“殿下”の功績として融通したことで事情は変わる。
宋家である九條を切ってまで殿下を救った“弾劾者”。
その意味からも、本来なら、斯衛と国連軍、そして帝国軍の合同実弾演習などとても九條が認められるものではなかった筈だ。



―――それを、認めた。

九條にしてみれば、台頭してきた第4計画を潰し、帝国軍との距離を開くどころか敵対させる千載一遇のチャンス。
それが殿下が参加する“新潟実弾演習”であったわけだ。



“御剣冥夜”の存在も、国連横浜軍に在籍することも、承知の上。
“殿下”を拐かせば、“冥夜”が影武者に成ることを読んでいた。

その上で殿下を弑逆し、身柄の奪還に動くであろう彼方をも暗殺してしまえば、未だ帝国軍としては懐疑の対象である夕呼先生に全て擦り付けて、帝国軍と国連軍、更には斯衛軍の間に決定的な亀裂を生じさせることが出来る。

よしんば暗殺までは行かなくとも、殿下や彼方を最悪足止めさえ出来れば良い。

今現在、紫の武御雷に騎乗しているのは、紛れもなく冥夜[●●]なのだから。


それを覆せない限り、第14師団の有する根本的な懐疑を晴らすことは出来ない―――。
此処での戦闘や問答無用の制圧や口封じは、周囲の事情を知らない斯衛や、まだ戦っている第12師団にさえ疑惑を与えるだけ。





『・・・有間大尉、――その方に尋ねよう・・・・』


凛とした声が全チャンネルを通して響いたのは、その時だった。


Sideout





[35536] §69 2001,11,11(Sun) 08:15 三条市グリーンスポーツセンター跡
Name: maeve◆e33a0264 ID:520f0d2a
Date: 2015/02/08 10:00
'14,12,28 upload  ※なんと1年半ぶりに投下。
        いきなり欝だし。
相も変わらずクドくて話がちっとも進んでいません。
        読まなくても大筋には影響しないので、読み飛ばし可。
        少しは状況の進む次話を明日には連投します。
'15,02,08 誤字修正



Side 有間長門(帝国本土防衛軍大尉 第14師団第3戦術機甲連隊第3大隊長)


ザリッ! と言う奥歯で砂を噛むような感覚が、間接思考制御のフィードバックによって伝わる。

それは硬質なスーパーカーボンの装甲を切り裂く小気味よい感触でも、その中にある管制ユニットの塊を断ち割るソリッドな手応えでもなく、ノイズのような唯々空虚な後味。

咄嗟に回避した“紫”の武御雷を、意識するでもなく追撃しようとしたオレ[●●]を阻む“赤”―――。


―――ギャリッ!!


一触―――。

・・・成程、只者ではないだろう、その捌き方だけでも、卓抜した技量が伺える。
この重い撃震のウェイトを載せた斬撃を、蹈鞴も踏まずにいなしてみせた。

その“赤”い武御雷に牽制の一刀で機先を制しながら、後方跳躍で“間”を稼ぐ。





・・・・・・ヤッちまったなァ。

抑々、この“紫”に乗る女が、贋物で在ることを明示し、米国の手先、国連横浜基地の陰謀を暴露する予定が、その姿に激昂していきなり逸っちまった・・・。
いまも“赤”の冷たい刃のような糾弾に、興奮したまま暴露の台詞を吐いていくオレ[●●]の裡には、それをただ傍観している自分[●●]がいる。


「―――笑止ッ!!・・・貴様こそ、一体誰を警護しているか理解しているのか?!
恐れ多くも“紫の武御雷”を乗っ取ったそこな羅紗緬[ビッチ]は、煌武院悠陽殿下などではないっ!!」

そんな、自分の言葉すら遠く―――。


―――もう戻れない―――。

判っている。
判っていた。

この愚挙が、或いは崇敬して止まぬ殿下の意に沿わぬかも知れないことも、大隊長の自分が謀反を起こすことで、慕ってくれた部下や、同じ連隊の同僚達にどれだけの重い咎を負わせることに至るのかも、自分[●●]は理解している。


そして口元がニィッと釣り上がる。

――オレ[●●]には関係ない。
戻る[●●]場所など、もう何処にも存在しない。“戻れない”などと憂う事自体が可笑しかった。



「・・・確か、そこな羅紗緬が演習に参加したのも殿下が第2帝都城に姿を見せた日からだと記憶している。
斯衛がドコまでグルなのかは知らんが、粗奴は我等帝国軍を謀りBETA侵攻の肉盾とする憎き米国の手先、横浜の妖狐が傀儡。
将軍家遠縁で在りながら、その容姿が殿下に近しいことを利用して殿下とすり変わり、国家を謀ろうという悪逆米国毛唐の肉便器とも成り果てた卑しき羅紗緬、冥き忌み名を持つ女である事も、既に知れている。」

言葉だけは冷静に喚き続けるオレ[●●]の口は止まらず、そしてそれを傍観する自分[●●]も空虚なままそれを見ているだけ・・・。



―――そうか。

乖離している意識に自分[●●]は理解する。

・・・もう自分[オレ]は狂ってしまっているのだな・・・。

狂いたくても狂えず、死にたくても死ねず、無くなりたくても無くなれず、ただ無為に流れた日々。

漸く―――。

―――それももう、終わる。

望む場所[●●]に逝ける。



そうだ―――。

オレ[●●]現実[ここ]に残された、ホンのささやかな、けれど掛け替えの無いモノまでも理不尽に奪った米国、その米国に擦り寄る国賊政権、そしてその手先たる国連横浜基地。
かつてオレ[●●]に残された温もりを無慈悲に奪い去り、闇に見出した一筋の光明を今また己が野望で弑逆せしめた逆賊、香月夕呼[●●●●]
残念な事に、この[きっさき]が巣穴に隠れた妖狐に届くことは叶わないが、それに連なる穢れた者が殿下の名を騙り“紫”に搭乗[]る事すら万死に値する。

その奸計を暴くことにより妖狐に一矢報いる―――。
・・・所詮最後っ屁程度にしか為らんがな。

そう思い至ると、声を出さずにケタケタ哄った。



――しかし流石斯衛。

流れるような動作で“紫”の守護に回った今、そうそう届かない。
こんな狂気の謀反人に、積極的な協力者など居ないとも思ったが、今は第3大[モーラー]隊が包囲陣形を敷いている。
ぶちまけた疑義に帝国軍はその推移を見守り、斯衛軍も一方的な殲滅を躊躇っている。
それだけでも御の字。

とは言え、殿下を騙る羅紗緬[ビッチ]のどす黒い腸を引きずり出し、妖狐の策謀をこの手で頓挫させたかったが、それは叶いそうにない。
ならばその“替え玉”の正体を公に晒し、仕掛けられた欺瞞を暴くことにより、帝国軍将兵にその謀略を知らしめることで忌まわしき妖狐に一太刀浴びせるのみ。




外面は素のまま、狂気に駆られるオレ[●●]の言動をただ眺めるばかりの自分[●●]

――どうしてこうなった?

最近では思い出しことすら億劫で苦痛だった。
この期に及んで浮かび上がる記憶。









―――自分[●●]が帝国陸軍の衛士として任官したのは、既に二昔――77式撃震が国産としてラインオフした翌年の事だった。
以降国内では最初期の衛士と言うこともあり、撃震と言うよりも戦術機そのものの機動習熟・教導教本の骨格作りや、戦術機による対BETA戦術構築にまで幅広く携わって来た。
無論、自分は指導的な立場として等ではなく、一般部隊に於ける運用とその検証と言った意味合いであった。
それでも当時戦術機は採用されたばかりの最新鋭兵器であり、それを用いて新たな戦術を構築していく自負も少しは在ったし、対BETA戦の切り札とされた戦術機ならば戦える、と言う仄かな希望も抱いていた。


しかしその希望を嘲笑うかのように徐々に悪化していく世界情勢。
国連や、大東亜との協力の一環として大量の派兵を行う大陸の状況は、日増しに混迷の一途を辿り、それは国内にも暗い翳を落としていく。

自分自身は結局大陸遠征に参加しなかったが、気がつけば何時しか消えていく同僚や後輩達。
それは暗に転属であったり、明に大陸遠征への抜擢であったりしたが、何れにしろ笑顔で送り出した彼らの姿を2度と見ることは無かった。
それら人員の異動に連れ、部隊はその度縮小し、本隊ですら幾度もの配置転換を経て再編され、98年の時点では本格的に帝国方面への侵攻を開始したと言われるBETAの本土防衛に向け、その要として九州に派遣されていた。
暗い世相に底知れぬ不安と、その一方で神風に代表される如く、帝国は大丈夫だという、今思えば何の根拠もない希望的観測が交錯する。



――そして訪れたBETAの西日本大侵攻。

抱いていた微かな希望や無責任な楽観は、全てどす黒い絶望に塗り替えられた。

緒戦佐賀のBETA殲滅でこそ部隊は湧いた。
イケル、と部隊の誰もが思った。

だが、その見込は脆くもたった1日で崩れ去った。
折りしもの台風にも乗じ、BETAは意表を突いて警戒の薄かった山陰地方に上陸、そのまま一気の侵攻を許した。
古来より神州を守護する筈の神風すらが、BETA侵攻には何の効力も発揮せず、寧ろBETA有利に働いた。
完全に後手に回った本土防衛軍は、殆ど為す術も無くドミノ倒しの様に各地で呆気無く防衛線を喪って行った。

状況は自分の居た九州の防衛も同じ、北からの圧倒的な圧力に対し、戦線は次々に崩壊し、援軍はおろか補給すらままらな無い中で防衛戦がはじまった。



圧倒的な物量―――。

すり切れるほど聞かされたBETAの侵攻を表すその表現は、しかし人間同士の戦争しかしたことのない人類に取っては寧ろ直感的ではない。
シミュレーションで見飽きていたはずの光景が、現実に目の前にしたときには全く異なる。

―――言うなれば圧倒的な質量[●●]

BETA侵攻で自分が受けた印象は感覚的にコレが正しかった。
映像[●●]には存在しない圧迫感。
大質量故の空間の歪みとでも言えばいいのだろうか、視覚を超えて全身に受ける圧力に覚える畏怖が半端ない。

これでは、どんなに事前の訓練[シミュレーション]でハイスコアを出したところで、実戦では“8分”と言われるわけだ。


誰が迫り来る波高20mの津波に、自動小銃で立ち向かうのか。

誰が巨石駆け下る土石流に、刀で切り結ぶことが叶うのか。


その日、自分は戦術機搭乗20年目にして、そんな絶望と共に死の8分を越えた。



瓦解した戦線は凄惨の一言に尽きた。
避難すらままならず、取り残された住民を後方に置いての戦闘はまともな戦いにすらならず、敗走しかない。
にもかかわらず、統合参謀本部からの命令は撤退を認めず“死守せよ”の一文のみ。
地区作戦本部の度重なる避難援助や救援具申にも、本土防衛軍統合参謀本部は梨の礫。
北から押し潰されるように壊滅して南に追いやられた避難民や各部隊に対し、死ねと言わんばかりの指示であった。


結局、BETAの圧力に押し寄られる形で敗走に敗走を重ね、護る民すら全て喪った1ヶ月後、辛うじて生き残った各部隊の敗残兵が当時の厚木に戻ってみれば、そこで待っていたのは統合参謀本部の理不尽な譴責。
生還した事がまるで“悪”であるかのようなその言い草は、西日本陥落が九州の防衛部隊に在ると言わんばかりの口調。
統合参謀本部の責任転嫁に巻き込まれたことに気づいたのは後の話。

そして、BETAの侵攻どころか、その姿さえも軍事機密として知らされていない帝国臣民もまた同じ。
何故護れなかったのか――。
アレだけ国民生活を圧迫し予算を喰い潰してまで整備した軍が、僅か1週間も保たずに戦線崩壊と言う現実。

BETA―――その余りにも圧倒的な質量―――。
それは堤防を凌駕する高さの津波に、人が抗おうとする如き無謀。
その現実をも知らず、知らされす、ただ軍部主導のマスコミ報道に踊らされる大多数。
西日本からの敗残兵は、国土を護れなかった無能として蔑まれ、あからさまな罵倒や怨嗟を叩きつけられた。

けれど、自分もまたその時は、何も返せなかった。
侵攻からたった1ヶ月で、西日本を喪失。
その結果、1,300年の栄華を刻んだ帝都は炎上し、歴史も街も文化も、なにより人も、その全てを灰燼に帰した。
西日本全体では、実に3,600万もの帝国臣民がBETAに喰われ、今も2,500万人がBETAの追撃に晒されながら落ち延びている。

――未曽有と言う言葉すら生ぬるい激甚被害。


結局。
自分のこれまでの20年は、何だったのか―――。

軍団規模であった防衛部隊が次々に壊滅し、防衛線が呆気無く崩壊する。
命を賭してSDSを発動しBETAと共に散る部下の犠牲も、一時の足止めにしか成らず。
最後は余りにも無策な統合参謀本部のゴリ押しに、最小限の戦力だけを残して抗戦しているように見せかけ、大多数を後方に退くよう命じて基地と共にBETAに呑み込まれた司令――。
そこまでの犠牲を払ってしても、救えなかった避難民。

何よりもその事実に、打ちのめされていた。
叱責や、譴責、真実を知らぬ世間が理解してくれなくても、構わない。
けれど、その全てが無駄で、無能であったことを如実に示すかの様な被害の現実[●●]に、自分は押し潰された。



そんな自分にたった一つ、残っていた救い。
関西からの避難民の最後尾にいて、追いすがるBETAに呑み込まれそうだった家族が、間一髪で船に拾われ関東まで逃げ延び、無事再会出来たこと――――。
最後尾にいて間一髪BETAの顎を逃れたからこそ、その実物を知る妻と一人娘だけが、BETAと相対した自分の武勲を讃え、死地から帰還した自分を心底喜んでくれたのだ。

――それがなければ、自分はあの時点で潰れていた。


この温もりを護る―――。

それだけが自分の存在意義[●●●●]であり望みと成った瞬間だった。




しかし、そんな数多の市井、悲喜交交の些事など微塵も関係なく、未だBETAの東進は予断を許さず―――。


BETA、は避難民を追いかけてきた勢いそのままに、中京から北陸までを蹂躙、達した佐渡島にハイヴを建設し始める。
そのハイヴ建築に一旦止まったかに見えたBETA。

幾多の譴責はあったものの、殆どの西部方面隊が壊滅する状況と人員不足に、即時再配置を言い渡された自分は、再編された本土防衛軍に於いて家族の残る首都防衛隊への配属を希望した。
が、結局第14師団に回され、今後第2帝都―――BETAの侵攻次第では直ぐにでも首都となる仙台の守備に任じられていた。
配属の決まった時点では、家族も仙台の兵舎に入れると通知は在った。

その矢先、突如東進を再開したBETA。
住民の避難が遅れていた神奈川地区、特に横浜は予想以上に早かった侵攻にあっという間に蹂躙され、多くの犠牲者を出した。
当時まだ狛江の親類宅に身を寄せていた自分の家族も、首都機能の移転という事態に追われ、宮城の兵舎への移動が間に合わず、取り残されていた。


東京壊滅―――。

誰もが予期したそれを救ったのが殿下の為した“奇跡”。



当時、皇帝陛下と共に仙台へと退避する予定を、自ら断って新帝都に慰留したと言われる殿下は、その後帝都城守護に当たるべき在京斯衛軍を全て多摩川防衛線に敷き、迫り来るBETAとの徹底抗戦を指示したと言う。
京都に続く帝都決戦、生きて退く事のない覚悟だったとも噂される。

この時の彼我戦力差は言うに及ばず。
誰もが即時潰滅する防衛線を予見し、帝国の落日を憂いていた。


だが。
奇跡はそこで起きた。
BETAはその防衛線を前に突如反転、何を感じたのかそのまま南退し、結果的に新帝都陥落の回避に至ったのだった。

その後BETAは横浜にハイヴを築いて居たことが判明するのだが、その時に敷かれた多摩川防衛線は今以て破られること無く明星作戦まで機能し、殿下の決意と威光が新帝都を守護したと実しやかに讃えられた。

更にはその年明け、皇帝陛下への年次報告会に於いて、何らかの疑義が起きたと言われている。
詳しい内容は公開され無かったが、何らかの形で京都陥落の責を問われるかも知れないと噂されていた殿下は逆に皇帝陛下から労いの御言葉が掛けられた、との事で、少なくとも自分の家族をも救ったあの“奇跡の退避行”は紛れもない殿下のご采配であったことが明らかにされた。

その事実に、震撼した―――


こう言っては不敬に問われそうだが正直に言えば、それまで自分は自らの一人娘とさほど変わらぬ御歳の殿下に、何の期待も持っては居なかった。
京都の防衛戦で戦死された前職に替り急遽抜擢された余りにも年若き姫君。
一部では、西日本の喪失・帝都防衛の失敗を、殿下の責と押し付ける為の贄に過ぎない、と言う心無い噂もあった。
就任直後の混乱でしかも帝国軍については指揮権さえ干犯されているのも周知の事実、そこに責を求めるのは余りにも本末転倒なのだ。
元々理不尽な命令と建関しかしない統合参謀本部に辟易していたこともあり、これはBETA大禍の責任を取らされるだけの、哀れな“生贄の山羊[スケープゴート]”なのだろう、と言う位の認識しか無かった。


それだけに、殿下の顕した2度にわたる“奇跡”は鮮烈だった。

勿論多摩川防衛戦が、一方ではBETAサイドの何らかの偶然に依る事象なのは、おぼろげに理解していた。
殿下の気迫がBETAを退けた等という迷妄を鵜呑みにする若い兵卒ほど青くも無かった。
だが、あの撤退戦は違う。
BETAに対抗する明確な意思と、民草に心配る広い視野、そして時機を外さぬ施策。
そこに在るのは、確かな叡智。
であるならば、多摩川の奇跡とて、“何か”を持って居られる“殿下”故の奇跡には違いない。
全てを喪った自分を、唯一必要としてくれた家族は、殿下の起こした2つの奇跡に救われたのだから。

天禀―――そこに、一縷の希望を幻視してしまった。

年端もいかぬ姫君に、過度の期待を課すことこそ人生の先達として控えるべきこと、と理解していながら、尚も傾倒せずには居られなかった。

ならば、これからの帝国を背負う殿下の為にこの生命賭けよう。
一番大事な、家族―――帝国臣民の為、心砕いて居られる殿下のために―――。


・・・そう心に誓ったはずなのに・・・・・。






―――殿下に齎された幸運もそこまでだった―――。


その翌年99年春、16歳以上の未婚女子に兵役を課す徴兵法の修正案が可決成立し、即時施行された。
臣民に更なる苦役を強いるこの法案に殿下は相当の難色を示されたと伝え聞くが、前年のBETA大禍にて壊滅に近い損耗をしていた軍部、そして何より帝国の存亡を賭け、横浜ハイヴの攻略・本州奪還を目指す明星作戦に必要な人員を確保する必要があると判断した政権の意向は如何ともし難く、干犯された仕儀にて殿下の承認すらなく可決されたらしい。

その改正法の即時施行に4月、16になったばかりの一人娘が寂しそうに笑いながら訓練所に出征していった。
自分の事よりも引き上げ者用の仮設兵舎に残る母親を逆に心配していた、その儚い笑顔が娘を見た最後の姿だった。


我が娘は、悲しいことに戦術機特性には恵まれなかった。
それは自分の血を引いたせいでもあろう。

元々自分にもギリギリの戦術機特性しか無かった。
故に習熟には他の人以上に時間が掛かり、此処まで来るのにも20年以上掛かっている。
それでも無い才能を地道に積み上げて這い上がって来た。


不器用で、習熟に時間が掛かる故に最前線に出て死ぬことも出来ず、習熟に時間を掛けたからこそ、伸び悩む後輩の良きアドバイザーと成り得、前線に送るには後進の教導を鑑みれば惜しく、さりとて教導隊に属するほどの腕にも達していない。


不器用で愚直、故に牛歩でも歩みは止まらず、その末に際限無し―――。

それが九州にて基地と共に沈んだ司令が自分を評して語った言葉であり、20年間もBETAとは直接相対せずに居ながら、地獄の九州戦線を生きて落ち延びた理由でもあった。
戦術機特性に恵まれ、器用に操作していた同期、教えたことを即座に吸収し自分を追い越して行った後輩達程、大陸派兵にも抜擢されそこであっさりと戦死していた。
さりとて昇進に執着することもなく、その経験だけで生き延びた。
今も同じような年代で生きている者は、殆どがもっと上・・・佐官以上に昇格している中での大尉――。
後方に下がることも叶わず、最前線での大隊長として今も在る。


その才能の無さを受け継いでしまった不器用な娘が習熟に掛ける為の時間は、今の情勢が許さなかった―――。


―――結果、たった3ヶ月の歩兵訓練の後、いきなり初陣で明星作戦の前線補給部隊に駆り出された。
陽動により誘引されたBETAの隙を突き、ハイヴに突入する戦術機甲部隊の補給物資を配置する謂わば特攻に近い最前線。
後で知ったが、元々物量を誇るハイヴ攻略の為、損耗前提の強引な作戦に於いて、経験の浅い者ほど最前線に置き、経験の有る者をバックアップとして長期の戦線維持を目論んでいたらしい。

その最前線で米軍に依る突然の新型爆弾投下通告。
娘は退避の混乱に戦場に置き去りにされる形でG弾の爆発に巻き込まれた。

分子レベルまで分解されると言う爆発域に巻き込まれた娘は、一筋の遺髪さえも残さず、その身は2度と植生を育まぬ、呪われた地の土に還った。


更に自分が宛てがわれた兵舎に帰って来たとき、そこで待っていたのはひとり寂しく自分を置いて逝ってしまった妻の亡骸であった。
元々アレルギー体質で重度の重金属汚染に身体が弱っていた妻は、度重なる逃避行の疲弊と、何よりも一人娘の死に、一気に体調を崩し娘の後を追っていた。



自分は存在意義[●●●●]すら喪い―――残されたのは、何処へ向ければいいのかも解らぬ、怨嗟のみ。






一月を経て、漸く全ての感情を抑圧し、虚脱した心を繁忙の日常で塗りつぶし、その傍ら自らの納得を得る為に大隊長権限の及ぶ範囲で調べ始めて見れば、明星作戦は無謀と言える内容であった。

勿論、ハイヴの規模が通常通りであったのなら、或いは妥当な作戦内容だったかもしれない。
しかし米軍、国連軍、帝国軍、大東亜軍まで借り出し、外殻構造のサイズや建設期間からフェイズ2と思しきハイヴを攻めてみれば、湧き出すBETAはフェイズ2どころではなかった。
その圧倒的劣勢の中、主権国家の使用承認もなく炸裂したのは米国の有する新型爆弾。
結局その威を借りて人類初のハイヴ攻略戦は達成されたものの、調べてみれば内部構造はフェイズ4相当と言う完全な調査不足の勇み足。
そして新型爆弾と言えば聞こえはいいが、核でも破壊できぬモニュメントを消し飛ばし、幾多の友軍を巻き添えに周辺BETAを殲滅したその威力には、永久に植生が喪われるという効果も相まって、試用を強行した米軍の思惑とは裏腹に、脅威論が噴出、G弾推進派批判論が台頭する状況に陥った。

つまりは杜撰な調査、始めから数多の損耗を前提とした力押し作戦、米軍の威力も不明だった新型爆弾の試用強行―――。
どう見ても矛盾だらけの欠陥作戦としか思えなかった。
明確な文章こそ存在しなかったが、参加した友軍の犠牲を厭わず、恰もG弾の使用を前提とした米国主導の作戦立案で在ったかのようにも取れた。
実際G弾に巻き込まれた当時の米軍の数は、国連軍や帝国軍・大東亜軍に比して皆無と言えるほど少数であった。

それでも結果はBETAの駆逐、世界初の完全なハイヴ攻略を達成しており、損耗を度外視すれば作戦目的の完遂であった。


当時の米国大統領の弁ではないが、理性的に考えてれば、確かにそのまま横浜ハイヴが存在した場合、帝国の置かれた状況は更に悪い事になっていたかも知れない。
多数の犠牲を前提とした作戦立案も止むなしであろう。
状況の推移からみてG弾が使用されていなければ、明星作戦そのものが失敗に終わっていた可能性も否定出来ない。
しかし、それは飽くまで結果論であり、事前の調査不足による見込みの甘さや、帝国主権の承認すら無いまま投下された新型爆弾の使用には、相応の責任が問われて当然だというのに、それすら有耶無耶と成った。

そう、事も有ろうに、その無謀な作戦に散った娘を含む帝国臣民・将兵の亡骸の上に、国連軍[●●●]の基地が再建されたのだ。

その推進は、国連のとある極秘計画を担当するという香月夕呼[●●●●]
国連の計画推進責任者と言う事で、帝国陸軍白陵基地を貸し出した経緯などもあり、新聞などでも何度か目にしたことのある名前であったし、軍内部でもその強引な遣り口や技術廠との守銭奴的な確執などを、“魔女”・“雌狐”のあだ名と共に聞き及んでいた。
しかしこの地で散った数多の将兵を足蹴にし、その遺族の神経を逆撫でしながら居座る様は、最早禍々しくさえある。
自分が香月夕呼[●●●●]を屍を煎じる“魔女”、その魂をも喰らう雌狐どころか、“妖狐”として認識した瞬間であった。






家族を喪ってからも、既に大隊長という位に在り部下を率いていた自分は、人が生きていく為に必要な決定的なモノを欠いたまま、その全てを押し殺していた。
明星作戦以降、西日本からのBETA駆逐も一応は成った。
大陸に退却するBETAに追撃による大損害も与え、歴史的大勝利とも喧伝された。
冷静に見ればそれは本土に拠点を持たないBETAが、佐渡島や大陸に一時退いた、と言う方が正しい見方かもしれない。
奪還した地域は、既にBETA汚染、或いは戦闘時のレーザー拡散用重金属、弾薬に含まれる劣化ウランに汚染されており、その殆どが農地としてすら使えない。
幾つかの拠点と成る基地機能を復帰させたのみで、結局大部分が放置されるままになっている。

一方で佐渡島のH-21ハイヴは今尚拡大を継続しており、来年にはフェイズ5規模にまで成長すると見られていた。
日本海沿岸での間引き作戦も功を奏せず、一度大規模な再侵攻が起きれば、今敷かれている防衛線など瞬時に瓦解する。
その危機的な状況にも拘らず、相変わらず統合参謀本部は無策―――。



そんな閉塞の中で誘われたのが、戦略研究会なるその実質は“維新”を考える若い衛士達の集まりだった。
実際にその会合にも何度か出席し、幾人もの知己を得た。
自分と同様の経験を有する者も多数いたし、想いを同じにする者の集まりだということは理解できた。
まだ核心を示さず表面的な範囲で、此方の真意を測りかねている様子であったが、そこはかとなく理解してしまった。

恐らくは機を伺い政権に巣食う国賊を排し、“殿下”の正道を敷く礎と為らんとす―――。

理想は理解もした―――だが核心への参加は、自分から辞退した。


全てを喪ったこの身とて、唯一今も崇敬する殿下に道を拓く、その誘いは甘美であったが、もしそんな“機会”が与えられてしまったら、自らが“狂う”だろうことを予見してしまった。
喪うものなど無い今、死ぬことは怖くもないが、若い者の理想を自らの狂気[●●]が穢してしまうことを恐れた。
空虚な何も無い精神と鬱屈し押し殺し続けた怨嗟はそれぞれに相まって殆ど狂気と化し、一度開放すればそれだけで済まないことを自覚していた。
最早今は薬を飲まなければ、眠ることすら出来ない迄に昂っているのだから・・・。


―――自分は理想を掲げて蜂起するには、余りに喪いすぎてしまった。
賛同はする、しかし自らの業深きゆえに、同道は出来ぬ―――、と。


と言うのもそれ以前に、戦略研究会に関わる話の中で知ってしまったのだ。

明星作戦の実行を提案したのが、抑々あの香月夕呼[●●●●]本人であると言う事を―――。


それは戦略研究会を紹介してくれた佐官の話である。

戦略研究会の目的から言えば、米国傀儡、手先とも言える国連横浜基地、そこに巣食う“妖狐”も敵性対象と言う事は類推できる。

“妖狐”が国連の極秘計画として推進している内容は、勿論公にされていない。
しかし、BETA反抗を目論むものであり、その内容を国連が承認し、現政権が招致したからこその土地や設備の貸与であり、国連予算の執行であることくらいは認識している。

だが、これは噂レベルですが、と前置きした上で漏らされたその内容。

その計画は、BETAの情報を何らかの方法で獲得する事を目標としているらしい。
その上で、“生きている[●●●●●]”反応炉の確保を必要とした計画責任者=“妖狐”は、横浜にハイヴが建設され始めたことを知り、その強奪作戦を国連に提案した。

―――それが“明星作戦[オペレーション・ルシファー]”。


ハイヴの拡大は日本帝国の存続に重大な危機を齎すことからも、帝国軍や帝国政権としても放置はできない。
BETAのこれ以上の拡大を抑え、ユーラシア大陸に封じ込めたい国連にしても太平洋への出口と成る日本列島を奪還したい。
そして米国は表向き国連に同調しながら、その裏、開発した新型爆弾の威力実証をする機会が欲しい。
―――故に利害が一致した帝国と国連軍、それに追随する米軍と大東亜軍は、急速にその立案が進められたと言う。
途上、帝国軍の戦力不足が露見し、足並みを揃える為に急遽かつ強引に徴兵法の改正が行われた。
勿論、国連の計画を誘致した現政権がバックアップ、と言うよりは本来帝国軍を統括する立場として主導的に動いたからである。
極秘計画を推進する立場の“妖狐”は是が非でも“生きた[●●●]反応炉”を確保したい思惑があったため、国内の徴兵は勿論、新型爆弾をBETA相手に試用してみたいと言う米軍の独断強行も当て込んでいたのではないか、と言う憶測さえ立った。

世間的には、横浜ハイヴはG弾で壊滅した、と言われている。
調査が行われたハイヴ跡についてその規模がフェイズ4相当であったと言う事以外、詳細内容は公開されていない。
そこにハイヴが存在したのだから反応炉が在ったことは間違いないが、今も本当に“生きた反応炉”がそこに存在しているのか、は依然機密であり定かではないのだ。
だが、周辺地域に重力異常を起こし、永遠に植生も回復しないと言われ、長期的には人体にさえどんな悪影響を与えるかも知れない横浜ハイヴ跡地に、巨大な基地を再建したからには何らかのそこに拘る事由が在ると考えるのが妥当であろう、―――と言うのがその佐官の結言だった。


―――全て・・・全て繋がった。


己が計画の推進の為、無謀な明星作戦を提案したのは、“妖狐”。
その為に徴兵法が改正され、一人娘を徴兵させたのも、元を糺せばその作戦が事由。
決行した作戦で想定外のハイヴ規模に危惧し、前線の犠牲を無視して米軍の新型爆弾投入を容認したのも、あの“妖狐”。


――殿下に齎された2度の奇跡で救われた命を、虫けらのように踏みにじった。
オレ[●●]の全てを奪った元凶――。

それが香月夕呼[●●●●]という存在であった。

何時か、米国に、現政権に、そして何よりも香月夕呼に一矢報いる―――。

明確な指向性を得た怨嗟は、しかし勿論直接的な繋がりや関連などあるワケもなく、長い間ただ澱となって淀むばかり。
その澱は“狂気”も醸成していたが既に気にもとめなかった。







契機は此度唐突に訪れる。


切っ掛けは、先月末突如公開された戦術機の新概念OS、XM3―――。

自分が唯一信奉する殿下の御依頼に依る成果として紹介され、実際に体験して瞠目した。
その開発に“横浜”が絡んでいると言う噂に、警戒はしたがOSそのモノは秀逸で、他意は感じられなかった。
実際設計者の品性と製品は別物と割り切るしかない。
で無ければ基本概念を米軍[てき]の作った兵器[せんじゅつき]など使えないと言う事になる。
それが我が力に成るなら使うことを厭ってはいられない。

そのXM3を使った理想的な機動として白銀少佐の映像も公開され、少なからぬ衝撃も受けた。
そして確かに横浜由来ではあるが、OSそのものの製作者は“妖狐”ではなく、白銀少佐と片や殿下が信を置くという御子神技術少佐であるという噂であり、殿下の御依頼という事にも、そう云うものかと納得した。


次いで入ってきた報は、XM3の実戦証明に殿下自らが出陣し、新潟で実弾演習を新潟で行うと言う物―――。

参加は、斯衛軍1個連隊、帝国軍第12師団より1個連隊、そして国連横浜軍特務部隊[●●●●]
しかも自分が指揮する第14師団の“剛の大鎚[スレッジハンマー]連隊”に、演習後半の地区防衛バックアップを要請してきた、と言う。



―――心がザワついた。

殿下視察の一助となれる―――。

一方、国連横浜軍特務部隊―――正式には国連太平洋方面第11軍A-0大隊。
正に憎き“妖狐”麾下の直属部隊。

今その大隊の隊長である白銀少佐は、多くの衛士に希望を齎すXM3の発案者。
そして顧問となった御子神大佐は殿下の懐刀にして、最近ではそのXM-3を装備した不知火弐型を駆り、アラスカブルーフラッグ戦でF-22を駆るインフィニティーズを下した人物。
奢りたかぶった怨敵米軍に頂肘を加えたとして帝国軍内部でもその評価は高い。
その働きにより試製XFJ-01が承認され、20余年に渡る主力戦術機更新論争にも遙々目処が着いたとも聞く。

―――彼らは、“妖狐”の詐術に使われているだけであって、罪は無いのかもしれない・・・。
そうに違いない。
此度は殿下直々のご采配、何よりも恙無き完了の一助として精勤をと自らを諌めていた。



昨日、後方援護に赴く前日に当たり、第2帝都城外殻警備の離脱報告に参内した。
報告相手は崇宰征尚少将。
前職政威大将軍の長子にして、第2帝都そして皇家を守護する斯衛軍第24連隊を預かる皇家守護司。
斯衛の将官にして、五摂家崇宰家現当主。

第14師団第3連隊とは同じ第2帝都の守護を預かるとて、以前から幾度かの会合がもたれ面識はあった。
市内を預かる斯衛と近郊から日本海沿岸までを守備範囲とする帝国軍では本来接点も無いのだが、有事の際には連携も必要と言う提案が斯衛より為された為だ。

第14師団の配置は、太平洋沿岸警備の第1連隊、日本海沿岸警備の第2連隊。
そして第3連隊は第2帝都外殻警備が主であり、今回打診された新潟実弾演習後方支援は警護範囲が比較的狭く人員に余裕のある第3連隊に回ってきていた。
なので遠征準備に追われる連隊長の代理として、第14師団全体を指揮する本土防衛軍川端少将と共に自分が訪れたのだった。


ふと、“紫”が視界を過ぎった気がした。
そこは内裏外苑―――。
本来なら隔絶されている内裏外苑に、今は幾つかの工事が入り、内部を垣間見ることの出来ることがある。

そこに見てしまった。

―――紫を基調とする直衣に身を包む、鮮やかな紫髪の御姿。
赤の斯衛服に伴われた紛れもないその御身を・・・・。


―――何故?

殿下は[]新潟にいらっしゃる筈。
しかし、彼処は紛れもなく“内裏”。
市井のものが出入りするような場所ではなく、さりとて他の五摂家高位には、あの紫髪を有する御方は居られない・・・。


連隊総司令官である川端少将が崇宰少将と話をする間、次の間にて控えた自分の相手をしてくれたのは、本土防衛軍で帝都城に参与する仲御門中佐―――。
幕僚である統合参謀本部に連なるエリートでもある。
だが統合参謀本部の佐官には珍しく、元帝国陸軍や西日本の防衛戦に於ける敗残兵にも色々気を配ってくれる方で、最近では入手も難しくなった向精神薬[トランキライザー]も融通してもらっている。
“戦略研究会”を紹介してくれたのも中佐だったし、何よりも明星作戦の提案者が“妖狐”であることを教えてくれたのも彼であった。



その中佐に先程垣間見たお姿を尋ねると、不味いものを見られたと渋い顔。
聞けば、極秘事項と釘刺されつつ教えてくれた。
今回の新潟遠征に謀略の疑義あり、との密告を受け、崇宰少将が陛下の名で極秘に殿下を招聘したという。

にも拘らず、新潟に現れた“紫の武御雷”には、守護司としても困惑しているらしい。
殿下を騙るのが贋物[●●]には違いなく、さりとて“紫”の機体は本来殿下しか扱えぬはず。
“紫の武御雷”そのものが贋物[●●]だとすれば、それもまた問題。
無論陛下には殿下より何らかの説明がされているらしいが、まだ中佐レベルにも情報は落ちて居らず、その真意は不明との事。
元々謀反の疑義と言う事で、招聘そのものが些か強引だったこともあり、本来殿下が此処に存在する事自体が極秘事項。
殿下の止事無き不在で演習そのものが中止、少なくとも延期になる予測が、何故が“替え玉”を使ってまで強行された。
当の“替え玉”を殿下が認識しているかどうかも今の下々には解らないという。

既に謀反の疑いそのものは晴れているらしいが、寧ろ強行された演習に別の何者か[●●●]の“謀略” ではないか、と疑念が新たに生じているため、その確認が取れるまで逗留するらしい。


更に、これは飽くまで、噂だよ噂、と前置きしながら中佐は語った。

煌武院悠陽殿下は生来双子であったが、煌武院家では双子は世を分けるとの忌み事であり、殿下の対となった子は冥き忌み名を与えられて遠縁に養子として引き取られているとのこと。
その忌み子は長じて自らの出生の秘密を知り、監禁されるような生活を強いられる我が身の不遇に対し、洋々たる殿下の状況を逆恨み。
敢えて米軍傀儡の国連軍を志願するような唾棄すべき復讐者であること。
任官に依る危機をなるべく回避するために、基地で要職にある上位者を篭絡し、訓練兵を延々と1年も続けた後、先日総合戦技演習にも手管を使って合格し、“妖狐”の配下に潜り込んだのではないかとのこと。
そして此度の演習では殿下の不在をいい事に、本来一卵性の双子という遺伝情報を利用して、“紫”の武御雷が有する生体認証を突破し殿下の“替え玉”としてのうのうと安全な位置で演習に参加しているらしい、と。
斯衛がどこまで認識しているのか、なぜ替え玉を容認しているのかは不明だが、斯衛の紅蓮大将が弟子としていたとう言う情報もあり、その事が何らかの理由で演習を強行したい斯衛の利害と一致したのではないかとの憶測があった。
だが、これを機に“妖狐”が斯衛、ひいてはXM3を餌に帝国軍まで懐柔しようとしているとも考えられる。
最終的に“妖狐”はユーラシア攻略を目論む米軍の新たな足がかりとして横浜基地の拡大を目論見、現政権だけでなく,実権はなくても斯衛や帝国軍現場サイドに絶大な支持を受ける殿下の影響力を我が物にする為、殿下の弑逆も目論んでいるかも知れぬ―――、とも。


その言には流石に自分[●●]も半信半疑であったが、オレ[●●]が滾るのを抑制するのに苦労した。
しかし此処の内裏で姿を見かけた殿下の、“影武者”が新潟に存在することは紛れもない事実――。

冷静になれと制する自分[●●]が居る反面、爆発しそうなオレ[●●]が限界まで来ていた。


「・・・・仲御門中佐。」

「何かな?」

「・・・誠に僭越で在りますが、崇宰閣下にお願い申し上げたい儀が一つ・・・・。」

「・・・叶うか否かは別として、聞くだけ聞きましょう―――。」


殿下を騙る贋物が、双子であるとするならその容姿で惑わされる可能性がある。
問答無用に討てば良いが、それよりも更に “妖狐”に一撃を加えるためには決定的に贋物であることを周囲に知らしめる必要がある。
その為の情報が欲しかった。




新潟に出立するという今朝未明、第3大隊の警護担当エリアで不審車輌が発見され、追跡したところ車内から身元不明男女の遺体が発見された。

本来、直ぐ警察に届けるべき案件であったが、その特異性[●●●]故、部隊預かりとなった。
無残に頭部の潰された男性の方は、国連軍のBDU姿。
―――そして男性同様、容貌の解らぬ女性の遺体に残る長い髪は紫、そして装束はあの第2帝都城下で垣間見た紫の直衣そのまま―――。


状況、タイミング、余りにもオカシイ、と自分[●●]が思う間もなく、オレ[●●]の中で何かが弾けて飛んだ。


目の前でハレーションが起こり、視界が歪み、自分[●●]は意識が薄れていくのを感じていた。





山々を縫うように翔る撃震、それを駆るオレ[●●]の頭には、最早その後発生したCode991によるBETAの侵攻すら興味無く。
ただ只管“紫”の武御雷を穢した妖狐麾下の淫売の正体を白日に晒し、叩き切る事しか考えていない。

勝手な情報と勝手な判断は、明らかに反逆行為であることは承知しているが、今のオレ[●●]には何の呵責もない。
“妖狐”に、そして横浜に連なるだろう“米国”に一矢を報いる最大の好機。
殿下の弑逆が“妖狐”の手のものか、“米国”の仕業かは知らぬ。
既に喪うものなど何も無いオレ[●●]、崇敬した殿下亡き今、後がどうなろうと構わない。

―――寧ろ全ての人類がBETAに喰われてしまえば清々する。


叶うことなら、殿下を亡き者にし“紫”を穢した“替え玉”を討つ。
それだけでも、傀儡の擁立と言う妖狐の目論見を阻止できる。


だが、その“替え玉”羅紗緬を護るのは腐っても斯衛――-。
思い通りに行かない事もあろう。

“替え玉”の正体を暴露し、“妖狐”の奸計を白日に晒す。


その素性を暴いて尚擁護に回るなら、斯衛は既に“妖狐”に懐柔されている“敵”。
その暴露したオレ[●●]が斯衛に討たれて死ねば事実を強引に隠蔽したとして、帝国軍には重大な懐疑が生じる。


・・・尤も、そんな後のコトはどうでもいい。
それで終わり。
狂ったオレ[●●]に相応しい最期だろう。

部隊もちょっとは巻き込むかも知れんな。



そう思いトレイル陣形で雁行する周囲に意識を向ければ何故か沸いている。

・・・・上陸BETAの殲滅?

ああ―――もうそんな事はどうでもいい。

大隊の秘匿回戦を開いた。



「・・・此方〈Mauler-01〉、モーラー大隊総員に告げる。
トレイルを継続しながら傾注して欲しい。
今情報に在ったように上陸BETAの殲滅という偉業を達成為されようとしているその“殿下”なのだが・・・・、ある信頼できる情報筋から殿下が謀略により“贋物”にすり替っている可能性が出ている―――。」

網膜投影に映る部隊員が一斉に息を呑む。
緘口令は敷いているが、今朝の事件を知る者も数名居る。
本人であることに懐疑的なのが大多数であるが、本人ではないと言う確証も無い。

「―――これは極秘情報である為、未だ確証はない。
だが、事が真実なら、上陸BETA殲滅という偉業を以て、“贋物”が、認知されてしまうことにも成りかねぬ。」

オレ[●●]が全てを喪った明星作戦以降、この隊で演じ続けてきた〈Mauler-01〉はこんな冗談や嘘は言わない実直な性格。
それだけに、事の重大さは知れよう。

「・・・・・・故にこの後援護地区到着次第、私は単騎で偽殿下と相対し、その真贋を問う。」

『!!、無茶です、隊長ッ! 反逆と見做されます!』

「・・・殿下が御無事でご本人なら、その後の極刑も厭わぬ。
―――殿下は我等が戴く最後の希望―――。
反対に、もし此度の情報が真実で、殿下の存在を穢す様な輩なら、誅殺も辞さぬ。」

『『『『『『 !! 』』』』』』

「・・・・だが、これは謂わば私の我儘。
曖昧な情報で部隊を巻き込むわけには行かない。
諸君は当初予定通り後方2kmに展開し、要請在るまでバックアップとする。」

『・・・・待ってください!、隊長はどうやって?』

「なに、着任の挨拶に見せかけて接近する。」

『『『『『『 ・・・・ 』』』』』・・お供します――。』

「・・・・・死ぬぞ?」

『真偽の判断は、今は着きません。単騎では反逆と見做され制圧されたら、それで終わりです。
けれど大隊が包囲展開していれば、その抑止力になります。』

「・・・・反逆の片棒を担ぐ事在るまい・・・。」

『隊長が反逆と考えているなら、そもそも単騎突入をおやめください。』

「・・・・そうだな。殿下の存在を穢す逆賊を誅しに行くのだったな。
―――判った。
好きにしろ。
但し、上意の命令は受けていない。
正道が此方に在ったとて、友軍との戦闘は厳罰。
・・・・それでも良いと言う者だけ、付いてきてくれ。
此処で残り、BETAを討つことこそ本懐、出来ればこんな些事で命散らさず、そちらを全うしてほしい。」

『我らとて殿下の指揮下で戦うことを切望して来たのです。
それが贋物であったなら、死んでも死にきれません。
我々は隊長の吶喊後、周辺斯衛を包囲します。
勿論、殿下の真贋が判明するまで此方からの攻撃はしません。
しかし、認めず封殺に及べば、殿下は贋物と見做し、それを目論む斯衛諸共排除します。』


・・・・地獄への道連れが増えた。
一応はそれなりに忠告はしたのだから、自分で選んだのなら仕方ない。

それもこれも―――もうどうでも良いことだ。

オレ[●●]にとっては、この身が死を迎える、その甘美な瞬間が待ち遠しくて堪らなかった。







『・・・有間大尉、――その方に尋ねよう・・・・』


その涼やかな声音に、最早掻き消えんばかりにうっすらとしていた自分[●●]が明確に自意識[●●●]を取り戻す。
意識は在ってもいまも表層[●●]になれない。
全てを喪った自分[●●]に残っているのは殿下に対する感謝と崇敬のみ。


この“紫”が“替え玉”なのか・・・?
そうであるならば、僅かに残る自分[●●]オレ[●●]に迷わず迎合し消え去るだろう。

しかし、そうでないならば・・・・。


Sideout



――――――――――――――――――――――――――――――
※本来’13,07,12に投下するはずだった文章でした。
 ここまでは書いておきながら、次の展開がどうにも決まらず更新停止。
 大遅延の言い訳はしません キリッ)
 ・・・って訳ではありませんが、詰まるところ実力不足。
 詰め過ぎた設定に収拾が・・・orzってとこです。
 一時は全削除も検討しましたが、時間を置いて脳内設定を初期化し再度読み直しました。
 で、やはりケリは着けたいな、というのが自らの感想。
 こうなるともう、自己満足でしょうが。
 既に愛想尽きた読者様も大勢いらっしゃるでしょうが、ぼちぼちと行きますので宜しかったらお付き合い下さい。
 
 そしてこの後、尚も設定を積み上げる蒙昧―――。




[35536] §70 2001,11,11(Sun) 08:20 旧北陸自動車道新潟西IC付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:520f0d2a
Date: 2014/12/29 20:34
’14,12,28 upload  ※斑鳩閣下の名前を正史に沿って修正
             キャラ・口調違和感はご寛恕
             過去分は追々変更します
※新規分は§69、§70連投です



Side 斑鳩崇継(帝国斯衛軍中佐第16斯衛大隊長)


『・・・有間大尉、――その方に尋ねよう・・・・』

発信のコールサインは〈Zois-01〉。音声はあるが網膜投影の映像は無い。
流石に双子[●●]、先んじて存じていてもその声音[こわね]は瓜二つ、通信を通した音声だけで真贋を判じ得る者は皆無であろう。

『―――BETA大侵攻という国家存亡の秋に在る今、その方にとって、ワタクシの真贋と国家の防衛、どちらが緊要なのです?』

『――――。』

『―――此度の25,000に及ぶ侵攻、斯衛も帝国軍もそして国連軍さえも戮力同心、全ての者が不惜身命を以てその防衛に精勤し、未だ残存せしBETAと戦っている者たちが居ります。
斯様な状況に於いて、友軍に刃を向け、問答無用に斬りかかる事がその方の第一義とでも申すのでしょうか?』

『―――フンッ!
既に侵攻はほぼ終息し、今は残存BETAの掃討戦、程なく完了するは明白。
その殲滅が完遂された時、BETA侵攻殲滅という多大な“武功”を貴様の如き“贋物”などに掠め取られることなど在っては為らんッ!
我等帝国軍衛士の精勤は、全て煌武院悠陽殿下に対し奉じられるもの、“横浜”傀儡の羅紗緬になど論外であるわッ!』

『・・・ワタクシが・・・その方の知る“殿下”は、その様な“武功”を欲する・・・と?』

『・・・成程、欲しないであろうな。
だが我等帝国軍兵卒は、等しく皆煌武院悠陽殿下の麾下で戦いたいと切に願って止まない。
今の徐々に磨り潰されるような閉塞した組織ではなく、殿下の下で・・・と。
そして殿下が希求すれば何時でもこの身命を投げ出す覚悟。
その為にも、・・・殿下が逆臣国賊に干犯された大権を取り戻し、帝国が正道に戻る為にも・・・、此度の偉業に等しい武功は殿下にこそ必要なもの。
その栄誉は薄汚い贋物が浴して良いものではないッ!!』



網膜投影に映る状況の推移を鑑みながら眉顰する。

狼藉であれど言妙だ。
事実上殿下麾下の斯衛でさえ、その言には賛同する。
増してや、帝国陸軍の出身者が多い各方面隊実働部隊には、確かにそれを熱望する者数多い。
このまま“紫”が影武者であることが暴露されれば、決定的な離反が生じかねない―――。




後方援護に就くはずだった帝国軍第14師団第3戦術機甲連隊――通称“剛の大鎚[スレッジハンマー]”連隊、その第3大[モーラー]隊が、突如“紫の武御雷”に斬りかかったのは先刻。
第16斯衛大隊や隣の斯衛軍第2連隊は、既に担当範囲のBETA掃討を完了し、現場の検証や確認も終えて戻ろうとしていた時節。

恐らくは敢えてオープンチャンネルで伝えられたその襲撃、そしてその罵倒するような口調に何が起きたかは、すぐに察した。
九條の奸計―――それ以外にはないであろう。
後催眠暗示等による単発の突発的襲撃―――そんな単純なものに非ず。


これが大隊を率いての吶喊であれば警護部隊も即応しただろう。
だが少なくともその接近は、最上位司令官である政威大将軍に拝謁する形式に則り、当然部隊の武器は格納し本隊はトレイル陣形から途中待機、指揮機だけが跪坐し着任の許可を得る、そこまでは作法にも沿っていたため誰も警戒はしなかった。
そこから、隊長機が一気に長刀を振り上げるまでは・・・。

隊長機が突然の狼藉は、当初後催眠等による乱心と断じた。
しかしその後全チャンネルに流れた指摘に、俺だけではなく斯衛全隊が凍った。

―――〈Zois-01〉に搭乗する殿下が贋物[●●]


その間隙を突き第3大[モーラー]隊が包囲陣形に展開。
―――何たる迂闊ッ!
単騎を制圧すれば終わる事を予期したが為に、その“機”を逸した事を悟る。



『――崇継ッ!』

「!!、ならぬ“御前”ッ!
我等が今動けば“鋼の槍[スティールランス]”が追従する可能性が高い!」

『なッ――――――』


総合司令室[HQ]帰還の意思を示した斯衛軍第2連隊長からの秘匿回線の呼びかけに、即座に返す。

“殿下”が贋物、しかも、弑逆された疑いすら在る―――。

それは今尚BETAと継戦している帝国軍将兵のみならず、事情を知らぬ斯衛配下にさえ戸惑いを生じさせている。

唐突な初撃こそ直衛の“赤”が庇い、〈Vortex-01〉の即時介入により事無きを得たものの、その後の〈Mauler-01〉有間大尉の暴露に、状況は窮境に陥った。

網膜投影には、付近の外部カメラに依り総合司令室[HQ]周辺状況が示されている。
互いに油断無く対峙する〈Mauler-01〉と〈Vortex-01〉。
その背後に、“赤”を直衛に付けた〈Zois-01〉、周辺を円陣で護るヴァーテックス隊と、それを包囲するようなモーラー隊・・・。



場は、異様な静寂が支配していた。



機体は撃震とはいえ、幾多の修羅場を潜って来ただろう大隊長有間大尉。
〈Vortex-01〉が真那とて、かの者を一撃で無力化出来る迄の技量差は在るまい。
取るに足らぬ腕なら、先の一合で既に片は付いていよう。
単騎同士の決戦なら〈Vortex-01〉の勝ちは揺るぎなかろうが、それは今の危うい戦場全体の均衡を崩す行為でしかない。

同じ理由で、俺も、“御前”もこの場から動けないでいるのだから―――。




―――榊首相の、些か過剰気味の“乖離”工作が功を奏し過ぎた、と言うことか。


元々、榊首相は自らを“亡国の総理”と見做していた節がある。
佐渡島ハイヴが拡大している今、余程の奇跡[●●●●●]が起きない限りその殲滅は叶わない。
未だ嘗て、ハイヴ攻略に成功したのはG弾を用いた横浜ハイヴのみ。
そのG弾使用にも警鐘が鳴らされた今、通常戦力のみでフェイズ4と言うよりも、既にフェイズ5に限り無く近づいた佐渡島ハイヴを攻略することは、誰の目にも極めて困難に見えた。

故に最悪の事態を考えるべき政治家は、国土が喪われることを前提に、国民とそして“帝国”を存続する方策に腐心していた。
――既に1,000万人を難民としてでも海外に移住させた。
そして残る6,400万人の内、70%は切り捨て2,000万人に託して世界に渡す―――。
4,000万人以上を見限ること、合計で3,000万人に流浪の生活を強いること。
このBETAが蔓延る世界で、どちらが幸せか、果たしてそれが正しいことなのか、誰にも応えることは出来ない。
今や世界中に亡国の民は溢れているのだから・・・。

それでも一縷の望みを託し、前途ある若者を逃がす。
そこには、その象徴であり国土無き国民の若き指導者でもある殿下も含まれる。
そして自らは国土を喪い、膨大な民草を見殺し、国を亡ぼした全ての責[●●●●]を負って国土と共に朽ち果てる―――。
その一切の責を殿下に残さない―――それが榊首相の真意だったろう。

その為俺や御前は勿論、長らく現政権を米国親派と見做していた。
殿下本人にすらその真意は漏らさぬ程に徹底した乖離工作だったと聞く。
俺とて独自に国内情勢を纏めるべく情報を集めていたが、実際本人に明かされるまでその真意を汲めていなかった。



それがあっさり変わった。

余程の奇跡[●●●●●]どころか、遥かに想定外の機械仕掛け神[デウスエクスマキナ]染みた望外の僥倖[●●●●●]にその必要がなくなった、と前回浜離宮で会合したときに寧ろサバサバと言っていた。

彼方や白銀との邂逅以降、初めて第4計画その全容を聞き、また此度齎される途轍もない規模の項目を知り、今は既に違った意味で忙殺されている榊首相を、俺と御前が温かい目で見てしまったのは仕方ないだろう。

しかし、そこに至るまで事実上斯衛の天辺まで謀ってきた老獪である。
今以って、現場の人間にその真意を知る者など皆無――。



西日本を喪失する中、BETA大禍に於いて一方的に切られた日米安保。
にもかかわらず、明星作戦に於いては、事前通告もなく新型爆弾の実戦証明を断行し、多くの友軍を犠牲にした米国。
反米感情の根は深い。
世間から見た榊政権は、殿下を蔑ろにし、その米国に擦り寄る傀儡、としか見られていない。

今は不遇の殿下さえ再び起てば、きっとBETAは打ち滅ぼされ帝国は立ち直る―――そんな都市伝説に近い盲信が生じているのは確かだった。
徹底した憎まれ役を演じた榊首相と、殿下が招いた偶然という“奇跡”の対比が、否応なしに殿下を必要以上に崇拝し崇め奉る土壌を醸した為に、今の危機的な状況が在る、と言うのは皮肉としか言えなかった。



斯衛軍のみならず、帝国軍にとっても希望の象徴のように見られていた“煌武院悠陽殿下”。
今までも、その様な声は数多耳にした。

指揮権を残す斯衛軍のみならず、帝国軍でも元帝国陸軍等“現場”に近い衛士の殿下への傾倒はある種異様な迄。
本来は帝国軍を含む国軍の総司令でありながらその権限は干犯され、帝国軍に対しては名目上であり、指揮権すら持たない殿下―――。

苛烈なBETA侵攻に対して損耗し本土防衛軍に接収された形の帝国陸軍。
統合参謀本部に使い潰される様な不透明な用兵、益々激化し先の全く見えないBETAとの戦闘に疲弊しきっている状況も理解するも如何ともし難かった現実。
BETAとの戦闘で死ぬのもいい、せめて殿下の指揮下で―――それが現場の衛士の切実な願い。



そして此度の新潟実弾演習――。

その望みが訓練という形で形式的にでも叶ったのだ。
殿下を頂点に頂いたこの“演習”に参加させて戴くだけでも感無量―――そう言って涙ぐんでいる衛士すら多かった。

これも殿下が依頼し実現したという触れ込みの画期的な新OS:XM3の実機証明。
その操作性は既存のOSとは明らかに隔絶し、飛躍的な生存率の向上が見込める。


しかし一方でその供給元が国連横浜基地であることに懐疑的で在ったことも確か。
魔女とも雌狐とも呼ばれ唾棄される香月博士に殿下が依頼したことも、それに先方が無償で応えたことも、帝国軍の衛士としては信じられない、と言うのが本音だろう。

それは実際斯衛も同じだったのだが、斯衛を変えたのは白銀の教導と彼方の講演。

殿下の立場を救った“弾劾者”であり、殿下の幼い時よりの知己と認識されていた彼方は、XM3に込められた理念を語るとともに、国連横浜基地への所属とその理由も明示した。

―――BETAを知り、BETAに克つ為に―――。

彼ならば殿下が頼るに足り、信じるに値する、とする斯衛軍。


その一方で帝国軍に対しては、九條に誘導され、クーデターを目論む勢力への制限の意味もあり、意図的に供給や情報を制限していた。
結果、理念や真意などは伝わらず、斯衛からの噂レベルでしかなかった。
現実的にはCPUの供給が間に合わないというのは本当だが、そこに生じる帝国軍と斯衛軍には微妙な差。

その微妙な齟齬を九條に突かれた。



突然のCode991発生と、総数20,000超という報に死を覚悟した者も多いであろう。
防衛線の崩壊と帝都への侵攻までもを幻視したのも俺だけでは在るまい。

それが蓋を開けてみれば、今やその殆どを殲滅し、人的被害は0。
此度の侵攻に於いても、合同の臨時新潟防衛総合司令室[HQ]として指令が下され、実際指揮に際しては“殿下”が携わった事はない。
しかし例え指揮はしていなくとも、XM3、そして“森羅”を齎したのは、紛れも無く“殿下”の慧眼、と誰もが感じたことであろう。
共に戦った将官から一兵卒に至るまで、心酔の極みにまで達した事は想像に難くない。
事情を知らない者には、殿下が三度奇跡を起こしてくれた、と言う認識だったのだ。



―――だがその殿下が、真っ赤な偽物かもしれない――――、と言う疑惑。

確かに上位の戦略上、殿下の影武者が居てもおかしくはない。
しかし、それが香月女史麾下の国連軍兵士だと聞かされれば、いまもBETAと戦っている第12師団ですらそんなに簡単に認められるものではない。

斯衛は一瞬動揺したものの、〈Vertex-01〉の言に一応の理解を示す。彼方のお陰で国連横浜基地そのもにもそれほどのアレルギーはない。
指揮官クラスは事情を知っているし、寧ろ協力しているので、動揺もない。

しかし、国連横浜基地を信じていない帝国軍はそうは行かない。
その情報の差が、態度に現れる。
結果、偽殿下の欺瞞は、斯衛とグルか、という疑念が生じて居るのは確実だった。

そして殿下かもしれないご遺体が発見されたという知らせ――。
加えて言えば、彼方と思しき遺体も。


故に、今の“紫”が“偽物”で在ることが露見するのは在ってはならぬのだ。





その真偽の程は測りかねるが、命令違反を犯し、紫の武御雷に斬りかかったからには、少なくとも[●●●●●]第14師団“撃の大鎚[スレッジハンマー]連隊”第3大隊長は、その情報に命を賭している訳だ。

その事象を表面だけ辿れば、確かに国連横浜基地の“雌狐”による謀略と見られても仕方のない面はあろう。
何せ、件の女史も今までの行状が評判悪すぎた。
勿論榊首相同様、世間には周知されていない第4計画という極秘計画、水面下で対立し繰り広げる米国との諜報戦を知らなければ、これも帝国軍が蔑ろにされている様にしか見えない。
これまた頑固で頭が硬いと見られがち(と言うか実際そう)な榊首相と同じく、高飛車で傲岸不遜(に見えるだけか?)な香月博士は帝国軍からも斯衛軍からも蛇蝎の如き扱いだった。
必要に迫られれば、その位は遣る――そう思われて居たとしても不思議はないくらいに・・・。


今、“鋼の槍”連隊が落ち着いていられるのは、殲滅すべき対象[BETA]がまだ目の前に居ること。
そして、実際にその殲滅に当たった者として、多大な成果を齎したXM3や“森羅”が、モーラー隊大隊長の言うような唯の撒き餌として出された薄っぺらいものではなく、紛れもなく自らの生存率を高め、BETAの駆逐に重要な力と成ることを実感していたからである。

ともに戦い、そして助けてもくれた斯衛、ひいては国連軍を信じたい―――。
しかし殿下が贋物で、そして本当に弑逆されているのであれば、それは全て謀略のための仮初の偽善と言う事も有りうる―――。



―――故に、揺れる。




今、この場は極めて危ういバランスの上に成り立っている。

不確定な情報のみで、謂わば命令違反・反逆にまで踏み込んだモーラー大隊。
今の所、非は彼にある。

このままモーラー隊が、“殿下”に襲いかかかり、それを警護である斯衛が排しても、恐らく第12師団は動かない。
それでも殿下の真贋問題と、友軍を切り捨てたという深い遺恨は残るだろう。

反対に斯衛が今の状況から手出しして、有間大尉を制圧すれば、それは説明責任を放棄し、力づくで抑えつける事に等しい。
最悪の事態となれば、周囲を包囲するモーラー隊が呼応して発砲する可能性もある。
そこに至ってしまえば、後は乱戦―――。
多数の死者・負傷者がでることは想像に難くない。
・・・だからあのモーラー隊大隊長はアレほど口汚く罵っているのだ。
憤らせて、斯衛から手出しを誘うように・・・。
自らの命を賭した告発が、大きな潮流となって斯衛をも糺せると信じ、そんな自分に酔って。


そしてあやふやな情報に対し、否定するにも肯定するにも既に説明責任は斯衛、と言うか“殿下”や内情を知るその側近にある。
斯衛将兵ですら“殿下”を殿下として、その演習に参加できることを他の留守番部隊から羨ましがられて来た者たち。
“余人の入り込む余地のない高度な作戦行動”、を盾に押し切る事も出来る。
しかし全て有耶無耶では大きなシコリが残ろう。
今後の“殿下”の言動は帝国軍、或いは斯衛軍の中でも信頼を喪う[●●●●●]


今小康を保っている緊張を斯衛から破ることに成れば、それは“殿下”が偽物であることを押し隠し、正当化しようとする行為とも取られかねない。
その場合は、第12師団も、或いは戦域に居る他の“剛の大鎚”連隊も、“決起”する可能性が浮上する。
或いはそこまでは行かなくても今後の、真の協力体制は望めない。
それは、この通信を受信しているだろう機動艦隊や連合艦隊も同じ。
信頼することの出来ない指揮官に自分の命を預ける者など居るわけがない。
軍規だけで縛られている部隊など、いつ崩壊するか判らないのだ。


同じように、我等第16斯衛大隊や斯衛第2連隊が動けば、少なくとも機動性を有する“鋼の槍[かれら]”も動く。
第2連隊や第16斯衛大隊の移動が、数の“威圧”と受けられれれば、それは移動も攻撃と同じ。


そのまま混戦に突入するキッカケと成りかねない―――それだけは、避けねばならない。





『―――ワタクシには、斯様な“武功”など、ありませぬ。
此度のBETA侵攻に際し、幾多の帝国軍、斯衛軍、そして国連軍将兵の協力・助力を得てこそ為せた掃討。
それはかの者たちがワタクシの指揮下に居たからではなく、その一人ひとりが自ら考え、そして果敢に行動することで成し遂げられた輝かしき成果。
故に決してワタクシ一人の武功などではなく、遍くこの防衛に参加した皆のもの。
―――その方が申すワタクシ一人で成したかのような言い様は、かの者たち一人ひとりの成し得た努力・勇気・功績を無きものとし、かの者たちを否定し、貶めることそのものでありましょう。』

『―――クッ! 殿下に似せた声音さえ忌々しいわッ!
その帝国軍将校、兵卒に至るまでが殿下に忠義を尽くし、その復権を希求している!
その殿下を亡き者とし、此の国を縦にしようと企む逆賊がッ!!」

『・・・その方、何故既に“殿下”が弑逆されたと断ずるのです?』

『―――昨日、殿下が第2帝都城内裏におわす様をこの目で見たからよ。
本物の殿下が陛下に招聘されて尚、強行された此度の演習そのものに疑義ありと逗留なさっていた。
この事態に贋物をすり替える意図在りしことは明白、その為に弑逆した殿下のご尊顔を判別出来なくした・・・。
それ以外無かろうがッぁ―――!』

『・・・今朝方発見されたと言う遺体―――その方の申す様に、ワタクシのすり替えが目的なら、何故遺体をしかも駐屯地近傍に晒す必要がありましょう?
顔が判別出来ぬようにする暇が在りながら装束はそのまま・・・。
暗殺に成功したことを知らしめたいなら顔を認識出来なくする必要はなく、すり替えが目的なら本来遺体を人目に曝す必要もない。
どちらにも不自然な状況は、“殿下”では無い無睾の者を、恰も“殿下”らしく見せかけようとした意図が見え見え。
それは取りも直さず、逆にワタクシの死を印象づける為の稚拙な偽装工作だと示していましょう。』

『・・・例えそうだとしても、それが殿下のご無事を示すものではないッ!
そして貴様が偽物で、演習を強行したことには変わりが無かろうがァ!』

『―――此度のBETA侵攻・・・、それがある程度予測出来たていた、とした時、その方が思い描く“殿下”はどの様な行動を取るでしょう?』

『なッ?・・・予測?・・・まさか・・・ばか、な・・・』


激昂する有間に対し、飽くまで涼やかにさえ聞こえる声で冷静な対応をする“紫”。
有間の返答が初めて詰まる。

・・・影武者であるあの者には侵攻の予測は伝えていないはず・・・。
とはいえ、横浜では白銀に鍛えられ、あの鑑少尉とも共にあると聞く。
殿下が失踪した後、自分を影武者に立ててまで強行され、挙句想定に近いBETA侵攻が発生すれば、自ずと気づくだろう。
ここのところの“横浜”や、ましてや今までの戦闘に参加しておらず、“森羅”を知らぬ第14連隊には到底理解出来ぬだろうがな・・・。


『事前に侵攻の可能性を察知していながら斯様な状況に置かれたとき、帝国を、何より民を護るために進めていたBETAに抗する準備を全て放棄し、ただ自らの保身のため招聘に赴くでしょうか?
この規模の防衛を該当方面軍にのみ任せ、唯事の成り行きを眺める傍観者に成るでしょうか?
・・・ワタクシは、・・・その方の思い描く煌武院悠陽は、其の様な存在である、・・・と?』

『・・・グッ・・・』

『・・・そもそも、その方の“忠義”、何処に重きを置くのでしょう?』

『今更何を!―――政威大将軍煌武院悠陽殿下に決まっておろうッ!
今でこそ米国の傀儡、榊に大権を干犯されているが、あの御方こそ、危機に瀕した帝国を導く明星―――。』

『その認識が誤りであると、何故気づかぬのですか?』

『な・・・に?』

『―――土地を囲いても、国は出来ませぬ。
そこに―――人が集いても、それだけでは国は成りませぬ。

法と言う契約の下、初めて集いた人が国民と成り、構えた土地が国土と成るのです。
法とは、国は民を庇護し民は国を興す、その潜在的な契約、それが在ってこそ、民の心の中に“国”という想念が生じる。
そして政威大将軍とは、陛下の名代として法の下、この日本という“国”を任された存在、即ち民が有する想念の“映し身”である、とワタクシは捉えています。』

『・・・。』

『・・・国を守るということは、それを形作る民を護る事に他なりませぬ―――。
国を想う民がいる限り国土なき国は成立しますが、民無き国は存在し得ないのです。
国を守るためにそなた等に与えられた強大な力は、即ち民を護る為に揮われるもの。

ならばそなた等の忠義は“民”、あるいはその想念である“国”にあるべきで、決して唯の“映し身”である政威大将軍、ましてや煌武院悠陽などという個人に向けるべきものではないのです。
何故なら、ワタクシ自身もまた、そなた等と同じ、国に仕え、民を護るべく必死に足掻く、一個の個人でしか無いのですから。』

『・・・。』

『―――もし大尉の言う様に、帝国軍将兵の皆様がワタクシの復権を望み、ワタクシの下に集いたいと思いて頂けているのであれば、それは大変嬉しく存じます。
しかし、忠義の在処を間違うてはならぬのです。
ワタクシの麾下に集うことは、民を護る一つの手段であって目的では有り得ない。
且つまた、手段は決して一つだけではないはずです。
例え何処に在っても、自らが考え、民のために為すべきことを為すことは出来るはず、それが帝国軍人に課せられた責務ではありませぬか。

そして、―――そなた等もまた一方では大切な日本帝国の臣民なのです。
その身命そのものが、掛け替えの無い帝国の宝。
民は、国を喪失してはならぬのです。
安易に自らの責任を放棄するに等しい死を選ぶことは許されぬのです。

それなのに、何故今際の際まで生き抜くという覚悟すら持たず、軽々しく身命を投げ出すなどと口にするのでしょうか?

―――足掻いて足掻いて、それでも足りず、懸命叶わず、散っていった数多の先達が後進に託すその想い、何と心得ているのですか!』

『・・・。』

『此度のその方の襲撃が、忠義に則り、今、民の庇護も儘ならぬワタクシを諌め、より良い未来を齎すものであるなら、甘んじて受けるのも吝かではありませぬ。
帝国軍将兵の皆様に期待され、そしてその期待に応えられていないのは、この身の未熟、ワタクシ自身忸怩たる思いであり、誹りを受けるも致し方なきこと。
しかして、唯ワタクシの真贋に拘泥し、恰も“横浜”に隔意を有するかの言動、真に己の忠義に悖らぬと、その方は胸を張れるのでしょうか?』

『・・・横浜はG弾と言う日本国民の怨嗟で生まれた、悪逆非道米国の手先でしかないッ!』

『・・・ならば何故、その方はXM3装備の撃震に搭乗しているのでしょうか?』

『 ! 』

『XM3を・・・、BETAに対向する手段の構築を“横浜”にお願いしたのはワタクシです。
それは、BETAを駆逐し、人類が地球を取り戻すことが取りも直さず、日本帝国の臣民を護ることと同義であると考えたからです。
手段は違えど、その目的は同じである、と信じているからです。
此度のXM3の実戦検証、そして先行検証となった“森羅”。
これらによって何か帝国軍の不利となることが有りましたでしょうや?』

『・・・。』

『・・・それでもまだ、その方はワタクシの真偽こそが肝要である、と申すのでしょうか――?』

『・・・・・・・・・。』






撃震が長く沈黙する。
既に帝国軍兵士に声はない。
・・・成程、傑物だ。
血を分けただけの事はある。


そして、その逡巡の果て、撃震の手にした長刀の鋒がほんの僅かに下がる。

判る者にしか判らぬ微かな反応。
それ故に、あの者の説得が傑出していたが故に―――説得に応じたか、俺が思ったとき、唐突にそれ[●●]は吶喊した。
投降に応じるが如き僅かな気配の変改に、刹那気を取られたのは“紫”を直衛する〈Vertex-01〉も同じ。
鋭敏に気配が読める手練者だけにそれを逆手に取られた。

“紫”には向かわず、障害となる〈Vertex-01〉に急接近した撃震は、武御雷のブレードエッジにも怯まずその質量と防御をそのままに、体当たりを敢行する。
接近を迎撃した〈Vertex-01〉の長刀は、しかし懐に飛び込まれ、刃元と成った故に硬い撃震の装甲を切り裂くに叶わず、自らの軽い機体と共に弾き飛ばされた。
咄嗟の噴射に依り宙でその姿勢を修正するが、その時には 勢いの儘“紫”に長刀を振り上げる撃震。

その瞬間、“紫”の後に控えていた“赤”が、そのまま背後から“紫”に被さるように突っ込んだ。
迫る撃震と動線が交差する。
2騎は縺れるように地面を転がるが、直ぐ様柔道の受身のように体勢を立て直す。


―――見事!

大きな慣性を持つ撃震の踏み込みに対し、左右後方への退避程度ではその鋒を避け切れなかっただろう。
前方にこそ活路を見出した“赤”は、“紫”を押さえ込みながらそこに飛び込み、間一髪長刀を回避した。
まさかの捨て身に、方向性を持っていた撃震の慣性はとっさに対応出来ず、転回したときには既に〈Vertex-01〉が間に入った。
先の一触で長刀を弾かれ無手の〈Vertex-01〉に、直ぐにも再度踏み込もうとしたその時、背後の“紫”が差し出した長刀が、その手に握られた。



『―――飽くまで反逆する・・・と言うことか?』

動作を止めた撃震に、冷え冷えとした〈Vertex-01〉の問い、と言うよりも確認。

『―――つまるところ、結局あんたは贋物[●●]、ってことだよなッ!? “横浜”傀儡のッ!!』

『・・・。』

『“妖狐”の息がかかる羅紗緬[くされ女]が殿下の周囲に居るだけでも、我慢ならぬわッ!!』






その時、カション、と言う小ささ解錠音に続き、空気の抜ける擦過音。
そして“紫”の搭乗ハッチが開いた。

『な・・・・』

周囲がざわめく。
そのコックピットからは、紫の強化装備に身を包む紫紺の髪を結った姿が顕れる。

・・・これは・・・御剣・・・なのか?


『ッッ!!、惑わされるなっ! コイツは殿下の遠縁に下げられた殿下の双子、殿下そっくりでもそれを恨み、御剣公を誑かせて鬼畜の手先である国連軍に従軍し、横浜の雌狐の眷属となり下がった卑女―――』


刹那―――。

鮮紅[●●]の長刀が一閃した。
“紫”より顕れたその姿に意識を捕らわれた〈Mauler-01〉の隙、対峙する〈Vertex-01〉が見逃すはずもなく。
その手には先ほど“紫”より渡された74式戦闘長刀[]
構えていた長刀諸共、右腕と腰から下を一刀のもと袈裟懸けに切り飛ばしたていた。


『―――お黙りなさい。
全てはその方の蒙昧な妄想、これ以上聞くに耐えませぬ。
BETAに打ち克つ気概を亡くし、自らの私怨に囚われ、幼稚な思考に嵌り、幻想に酔い、現実に25,000ものBETAを殲滅せしめた友軍の武功すら貶める言い草。
第12師団の精鋭は果敢に真っ向から迫り来るBETAに相対しました。
その方の様に友軍と見せかけ突如斬りかかるなど、武士の風上にもおけません!』

『どこが妄言だッ!?』

斜めに断たれたコックピットから転がり出ながら、それでも有間大尉は叫ぶ。
搭乗者が殿下でないことを証明してしまえば、目的は達せるとでも言うのか。

『・・・その方の主張は、全てワタクシが偽物である、と言う前提に立っているのです。
その方の腕が惜しいが故に穏便に済ますため明言を伏せてきましたが、どこまでも蒙昧―――。
ワタクシが煌武院悠陽である以上、余りにも馬鹿馬鹿しい妄言としか言えないのは明白でありましょう。』

『クッ! 双子であることは事実っ!』

『・・・ではワタクシが偽物である、という事をその方はどの様に証明なさるのか、申してみなさい。』

『―――クククッ・・・確かにな。
そこまで似ているとは思っていなかった。
進退極まって開き直り、強気になるのも解らなくはない。
だが、強気に出られるのも此処までだ―――今その化けの皮剥いでやる。』


まだ諦めていない、獰猛な貌付き。


『――――煌武院悠陽殿下が政威大将軍を任じられた際に、陛下より授けられた“節刀”、貴様はそれを示すことが出来るのか?』

『・・・。』


“節刀”ッ!?
まさか、そんな情報を、得て居るというのかッ!?

通常、政威大将軍を任じられるとき、皇帝陛下は天下の指揮刀として、手元に有する数多の宝刀より一振りを下賜される、と聞いている。
しかしそれは、皇帝陛下と政威大将軍の間で私的に交わされるしきたりであり、通常正式な記録が残されることも少なく、また殆ど公表もされない。
実際、悠陽殿下も何らかの“節刀”を下賜されたらしいが、五摂家の一当主であり帝都城を警護する第16斯衛大隊長である俺ですら、その銘を聞いたことは無かった。
―――まして今まで会うこともままならず全くの疎遠であった“彼女”が知る由もない。



『・・・・フンッ、出来まい!
“節刀”の存在そのもの、そしてそれが何なのか、ご存知なのは基本的に皇帝陛下と煌武院陽殿下のみ―――。
此度の演習、殿下の真贋に疑義ありと、自分はそれを崇宰当主を通して陛下より伺っているッ!』


勝ち誇ったような男の哄い。


“紫”のハッチに立つ“殿下”は、フッと視線を下に落とし、―――そして再び相貌を上げると、透徹する紫紺の瞳で男を見た。


Sideout





[35536] §71 2001,11,11(Sun) 08:25 帝都上空
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/08/21 18:44
'15,01,04 upload  ※色々突っ込み所満載ですが^^;
'15,08,21 誤字修正


Side 狭霧尚哉(帝国本土防衛軍大尉 帝都防衛第1師団第1戦術機甲連隊隊長)


「・・・行くぞ。この国の未来に我らの命を以て血道を拓く!」

網膜投影に映る同志29人の一人ひとりを見回す。
その表情は誰もが決意に満ち、この期に及んで臆するものなど一人もいない。
帝都に低空飛行する帝国軍671航空輸送隊に属するAn-225 ムリーヤ、その数15機。
戦術機を満載[フルロード]したカーゴが開かれる。


「―――降下、開始ッ!」


指示しつつ自らも輸送機の進路を妨げぬよう後方に落下し、纏わり付く朝靄を引き裂く。
BETA新潟侵攻の事が既に伝わっているのだろう、帝都全体が微かに鳴動しているようにも感じる。

通常時なら周辺上空を通過することすら禁止されている帝都城周辺も、デフコン2発令に伴うBETA迎撃準備に、直上を除き飛行が許可されていた。
勿論、それでもこの地域での戦術機降下は厳重な禁則事項だが、一度飛び出してしまえば僅か十数秒。
障害は無い・・・筈であった。
大隊30機が降下開始するとともに、絶妙の推進噴射で決められたポジションに散ろうとした時、唐突に警告が鳴った。

ッ?、ロックオンアラート!?

「全機ッ、散開[ブレイク]!!」

光線属種のレーザー警報ではない。
厚木からの低空侵入、佐渡からも大陸からも光線属種に捕捉される高度ではない。
対戦術機戦に於ける、ミサイルアラート。
相手のレーダー捕捉に、全隊30騎がマルチロックオンされている。
断続的な警戒音は、徐々にその間隔が短かくなる。

飛行しているムリーヤには反応しなかった所を見ると、降下する標的に絞ったものと見える。
まさかこのBETA侵攻時に帝都城周辺は兎も角、首相官邸に対戦術機対空防衛網が存在するのか?
そんな情報は得て居ないが・・・。

疑問を持ちつつも僚機がロックオンを切るために目標座標を外れていく。
脅しではない事を示すように、数条の噴射煙が擦過し、辛うじて射線を躱した僚機の脇を駆け抜けていく。
戦闘機よりも急峻な機動が出来る故、上手く躱せば追尾は振り切れるが、そもそもの速度差が著しい。
肉眼では捉えきれない遠方から音速の数倍で飛来するミサイルを躱し続けるは至難。
想定外の障害に歯噛みつつ、殆ど連続音となったロックオンアラートに垂直のバレルロールを敢行。2条の噴射煙が描く螺旋の間隙を縫うように、正面突破する。

その時網膜投影の視界に隅に一瞬捉えた機体。

あれは・・・。


首相官邸の屋上ヘリポートに佇む、白とブルーのカラーリング。
特徴的な肩部推進器スラスター。

―――試製XFJ-01ッ!?

咄嗟に回避機動のまま側腕を展開し、無照準の威嚇射撃を試みるが、視界を一条の光条が駆け抜け、側腕ごと突撃砲が持って行かれた。


クッ。

ミサイルは警告、視界に居る限りその気[●●●]であれば何時でも撃ち抜ける、と言うことか。

―――だが、しかし。
問答無用に殲滅する気はないらしい。
ならば、まだ対応策は、ある!

ミサイルアラートを無視し、周辺に散開していく同志を無視して単騎官邸に突っ込んだ。






遡る05:50―――

 突如発令されたCode991。
 朝もまだ明けやらぬその時、けたたましいサイレンで叩き起された。
 スピーカーが佐渡島から旅団級以上の汪溢BETAが本土を目指している、と興奮気味にがなる。
即時新潟地区はデフコン1、隣接地域はデフコン2、そして暫し後、今後の進路に当たると目される帝都を含む関東圏も同じくデフコン2に引き上げられた。
 予てから噂のあった新潟侵攻。
小規模のものは散発していたが大規模侵攻は久々である。
今回の規模についてまだ情報はないが、現時点で上陸はしておらず、関東からの距離は遠い。
基本的に新潟は方面隊が対処することになろうし、早急に騒ぐほどのことも・・・、と考えたところで漸く覚醒してきた脳裏に閃くものがあった。

 ―――新潟といえば、新OSであるXM3の実戦証明を兼ね、煌武院悠陽殿下が斯衛大隊を率いて参加しているのではないか!

 この侵攻が、殿下にとって僥倖なのか奇禍なのか、今の時点で俗人に測り知ることは出来ぬ。
しかし視察として赴いた新潟実弾演習の最中。
斯衛の戦力もある程度揃っている今、民を護りたいと願う殿下に取っては、またとない機会なのかも知れなかった。
 何れにせよ帝都も同時にデフコン2に移行と言うことは、帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団も即座に基地召集され帝都防衛軍として各拠点に待機となる。

 ・・・色々な情報収集は、すべきであろう。
 そう黙考し、幾つかの拠点に秘匿通信を送った。



 ブリーフィングルームに着くと、第1戦術機甲連隊の各中隊長は既に揃っていた。
皆の視線は、モニターに集中している。

―――現在までの湧出数は大中型種で14,000超、尚も継続中―――

という報が流れると各所で小さな悲鳴が上がる。
―――総数20,000越えは、今までにない大規模侵攻。
意識の片隅を嫌な翳りが過る。

新潟当地に現在展開している部隊は、正規の方面隊である帝国軍第12師団より戦術機甲部隊1個連隊分+機甲部隊2個大隊分。
加えて実弾演習に参加していた帝国斯衛軍第2連隊から2個大隊、そして第16斯衛大隊の、計1個連隊分。
更に国連横浜軍のA-0大隊から2個中隊分に欠ける19騎。
総計、戦術機が235騎、戦車・自走砲が72輌。
・・・これは―――過去のキルレートから鑑みても相当に厳しい状況が予想される。

せめてバックアップの第14連隊が間に合えば良いが、それを以てしても20,000超となるとかなりの高確率で新潟を抜かれる。
即ち帝都防衛戦を前提に、配備を決める必要が生じている。

現在判っている情報を元に、首都防衛圏を構築するブリーフィングが始まった。






そして06:52―――

師団級BETA群の先頭が本土上陸開始。
第1戦術機甲連隊も帝都守備連隊として既に配備されている展開エリアへの追加配置を定め、出撃準備の最中であった。
厚木基地全体が慌ただしい喧騒に包まれる中、しかし新潟より届けられる報は目を見張るばかり。

それは快挙―――。快挙に継ぐ快挙。

基地全体が何度もどよめいた。


それは偶然[●●]付近を航行中であった連合艦隊による電子機器を休眠させての接近と手動艦砲射撃に依る佐渡ヶ島本島光線属種の殲滅に始まる。
それにより海上の自由を得た機動艦隊は海底を進むBETA群への魚雷攻撃を敢行、光線属種を優先的に排除するという多大な成果を上げ、第1波上陸における制空権を確保せしめた。
更に海岸に陣を敷いた戦車や自走砲隊が上陸するBETAから大型種の優先的な排除に成功。
そして上陸した残存第一波は、戦術機甲部隊が巧みに誘引し、内陸に敷いたS-11シフトによって一気に殲滅するまで僅か30分弱―――。
艦隊に依る成果と合わせれば既に10,000を越えるBETAを屠って尚、未だ友軍の損害0。

その余りの偉業に、背筋が粟立つのが止まらない。

一体現地では如何になっているのか。
文字情報だけでは判別のし様もないが、何か[●●]が起きていることには相違ない。


無論、状況はまだまだ予断は許されない。
観測に依る汪溢BETA総数は最終的に20,000に達し、佐渡島からの侵攻としては過去最大。
連合艦隊の艦砲射撃と機動艦隊の魚雷や機雷攻撃で3,000近い成果を上げ7,000を超える第1波を撃破しているとはいえ、まだ10,000の第2波が今も侵攻している。
対する防衛戦線は、機動艦隊が既に撤退している。
恐らくは備蓄の魚雷を撃ち尽くしたことによるものと推測され、これより第2波には光線属種が数多く残存していることであろう。
当然陸上で迎撃する部隊も消耗していると考えられることから、実際にはここからが正念場と言える。

しかし何れにしても、流石は殿下直々の御采配と感銘せざるを得ない。
この状況でさえ殿下であれば、何とかしてしまう気もする。
視察先偶然の迎撃にしてこの成果は、何よりも殿下の政威大将軍たる御威光を示すもの。
今後を計慮するに歓迎すべき事である。


そうして畏敬の念を新たにしているところに、その極秘連絡はあった。




―――それまでの高揚が急激に醒める。
紙を持つ指の震えを抑えることが出来ない。

発信源は来る決起に向け、何かと支援を頂いている本土防衛軍の高官からであった。


【新潟現地に在る殿下は贋物、且つ国連横浜軍傀儡の可能性大。
 殿下御本人は昨晩の時点で第2帝都城下に滞在。
 現在も城内に居られると思われるが、今朝方第2帝都城外にて身元不明の若い男女の遺体発見情報もあり。
 継続確認中】


唇を噛む。
鉄の味が広がる。


―――まさか、この為の、 撒き餌[ XM3]かっ!


赤く染まる視界を一度閉じ、爆発しそうな感情を無理矢理に抑えつける。






ふ~~~ッ。

深く長い調息。一度ではなく、何度も繰り返す。
漸く一旦落ち着けて再度思索を巡らせる。



・・・情報提供者は、[]の重要な協力者であり、信頼度の低い情報はよこさないだろう。
もう一度文面を確かめる。

第2帝都城下・・・仙台。
そう、拠りにも拠って仙台、なのだ。




事の発端は、殿下が依頼したとの噂のXM3である。
その性能は確かなもので、自分自身啓蒙の至り、従来のOSとは一線を画すのは明白。
そして性能が高かったが故に実戦検証として新潟侵攻を想定したJIVES訓練が設定され、新人衛士の訓練ということで斯衛からも参加が決まり、殿下のご視察との流れ、となった。
新人の経験不足は、今回参加の帝国軍方面隊や斯衛に限ったことではなく、我ら本土防衛隊でも深刻な事態であるため、その流れ自体に何ら疑問を挟む余地はない。
確かに、斯衛軍がほぼ1連隊規模を動かした時には瞠目もしたが、元々第2連隊は殿下警護が任であり第16斯衛大隊が精鋭遊撃部隊であればその遠征も納得できた。

だが、逆に言えばそれは殿下麾下で最も信の厚い1連隊とも言える。
納得が行かなかったのは第2帝都城の守護司辺りだろうか。
普段政治から距離を置く陛下には無為に殿下を呼び出す事をしない。
全件を委任された殿下もまた滅多なことでは仙台を訪れない。
しかし何かと訝しい帰来の在る仙台周辺の官吏に唆されれば守護司とて殿下の真意確認に至るのに無理はない。
陛下とて、米国には何かと懸念をお持ちのご様子、今回の遠征が米国先鋒とも噂される国連横浜軍すら同道とあれば、その真意を質すのに異論は挟まぬ可能性が高い。

そして陛下よりの招聘があれば、当然本来なら演習自体が中止乃至延期となるであろう。


しかし何故か、演習は強行された。

更にその強行が殿下ご自身の意志である可能性も高い。
偽物である影武者を斯衛が、少なくとも最上層部は黙認している事から察せられる。

つまり殿下には強行する理由があり、影武者を立ててまで演習を実施する必要があった、ということになる。
合同演習は、申し入れ初期に米国寄りの官吏官僚から結構な難癖が付いたとも聞く。
しかしそれとて延期してしまえば良いだけの話で、この時期に拘る必要は、その時点[●●●●]では無いはず。


―――時期に拘る必要があるとすれば、ただ一つ、此度の新潟大侵攻―――。

・・・つまりは予期していた、としか思えない。

方面隊だけでこの規模の侵攻が在ったとしたら、どれだけの被害が出、どこまで侵攻を許したか想像もしたくない。
最悪帝国そのものの崩壊、少なくとも帝都決壊の瀬戸際に在ったことは間違いない規模。

それが、何故かそこに居た連合艦隊。
斯衛の精鋭を含む1連隊。
単騎世界最高戦力を含む国連横浜軍。

故に今の快挙が在ることは紛れもない事実。
殿下なら、影武者を立ててでも演習[●●]を決行するだろう。



だが、それこそが・・・、殿下を仙台[●●]に呼び出し、影武者と入れ替えることが真の目的であったとしたら?


性能の良いOSが提供出来、新潟侵攻の予測が可能と思われる人物、そして影武者の用意までして在るとなれば、その全てが可能なのは、“横浜”―――。
BETA情報を探っていると噂の“雌狐”しか居ない。
そしてその“雌狐”を擁立し、横浜に居座らせ、米国に媚びを売る現政権ッ!

万が一、このまま影武者を殿下として侵攻を防衛してしまったら、本物の殿下が御帰還出来なかったとしても、それにより生じる混乱、斯衛・帝国軍の激烈な士気低下を鑑みれば、殿下周囲の斯衛上層部はそのまま贋物を“殿下”として立てざるを得ない。
たとえ仮初とはいえ“殿下”のご威光に代わりはなく、その実現政権や米軍の攻勢と饗応し、更なる米国傾注を進める事ができる。
それこそが帝国を乗っとらんと欲する敵性勢力の望む状況。


現状殿下のご無事は不明。
遺体発見の報も在ったが、傀儡影武者へのすり替えが目的なら、ご遺体を晒す意味はなく、何らかの誤報と考えるほうが妥当。
第2帝都城内に在れば、今はご無事でも周囲を封じられている様なもの。
影武者を立てて居るのであれば、恐らくは護衛も最小限。
極秘故に人目を偲んで戦地に戻る際を狙われたら・・・。
想定したくない状況であってもその可能性は高い。


元々皇帝陛下のお膝元であり、逆に殿下のご威光は薄く、直衛の部隊が存在しない仙台は傀儡にとって何かと都合が良い。
魑魅魍魎が巣食っている可能性が極めて高い。

殿下の身柄を確保されてしまえば、万事が終わる。
現在計画中の決起においても、如何に殿下の身柄を確保するのか腐心しているのだから。


―――痛恨の一失。





―――では、現在の状況に於いて、我らの目的に対し如何に行動するのが最も理に叶うのか?

本来我々の目的は、この国から米国の影響を廃し、殿下執政の正道に立ち返ること、その一点に尽きる。
その為には大権を恣にする現政権の誅殺は必須。
権力の中枢を奪取することが目的ではなく、それを殿下に献上することで大権奉還を為す、そのための計画である。


考えたくはないが、既に殿下が亡き者とされ、我らが遅きに失していた場合―――。

先の考察から贋物は傀儡一択である。
それに連なる国連軍、米国から元凶である現政権までが絡み、今後状況は混沌とするだろう。
新潟防衛が成功すれば米国傾倒が強まり、失敗となればその混乱には更に拍車がかかる。


我等の希望の星が墜ちているのであれば、今為すことはその無念を晴らし、そして殿下に殉ずるのみ。
この機を逸しては、斯様な状況を招いた元凶たる国賊を一掃する機会は皆無とも思える。
後に建つだろう新たな政権は一時的に米国に寄る可能性は否めないが、抑々国連の計画を誘致した現政権が斃れれば、横浜も追って瓦解する事が期待できる。
当然混乱を生じることは間違いないが、殿下に殉ずる身であれば、後は残るものに任せるより無い。



一方、殿下が御存命の場合はどうか―――。

その場合でも、第2帝都城内に在らせられることは確かであり、その身が傀儡に確保される前に、真実を明らかにする事こそが肝要。
大権に執着し、米国の傀儡たる現政権の制誅は一刻を争い、その排除こそが殿下のご無事へと通じる。
横浜への掣肘は叶わぬまでも、元凶を断てばその伝手を失い、更なる陰謀は仕掛け難い。


何れにしても、今を除き一矢報いる機会はない。



決起に伴う国家騒乱の科により我々は何れ制圧され、よしんば生き残っても獄死は免れぬだろうが、それも本望。
同道一月と経たぬ裡に決起する予定であった。
それが今更10日、20日永らえたところで何に変わりもせぬ。
来月には空母を含む第7艦隊が日本近海で演習する事が予定されているらしい。
影武者の成り済ましをこのまま看過すれば御存命だとしても更に殿下は危うく、予定通り決起したところで我々の決起に呼応し、何らかの具体的直接行動に至る可能性も高い。



Code991により現閣僚が集合して居り、且つ第3者の介入に先んじる[]は最後の機会と言える。
現在帝都の警備含めBETAに全ての視線が向いており、斯衛の主要部隊さえが相当数当地に赴いているため帝都内の斯衛は手薄。
予定している大規模な戦闘や制圧は、万全を期すための止むに止まれぬ仕儀であり、事後もBETAに対する任を持つ友軍を相手取る事となるため、可能であれば避けたい。

首都防衛隊として、手薄な帝都城周辺に追加配備を先刻決めたばかり。
我が大隊は準備が整い次第、空挺降下にて帝都に赴く。
ならば、より成功率が高く、無益な友軍との衝突も回避できると言う物。
無用な騒乱を招くこと無く、その元凶中枢のみを葬り去る電撃強襲が最も目的に叶う。

無論此方の準備も途上ではあるが、7割方は済ましている。
しかも当面動くのは一握り。
一気呵成こそ成否の鍵・・・。


殿下ご存命に一縷の望みを賭け――――乾坤一擲――。




永く瞑目した後、そして傍らに告げる。

「・・・駒木」
「は。」
「・・・この機に乗じ、第1戦術機甲連隊バンディット大隊単独で、空挺強襲を掛ける。」
「!ッ・・・は。」
「全同志には、煌武院悠陽殿下が無事帝都に御帰還できるよう、BETA侵攻の帝都防衛を第一義に行動するように通達。
国賊を誅殺し、且つBETA殲滅が成った時点で制圧した官邸から声明放送を行うので、それまでは各部隊にて雌伏するように伝えてくれ。」
「・・・・・・了解致しました。・・・た、大尉・・・。」
「・・・。」
「ご無事で・・・、いえ、見事本懐を遂げられることを・・・。」
「・・・まだ死ねぬよ。殿下大権奉還の勅言を戴くまでは、な。」


第1戦術機甲連隊のすべてを同志に引き込めた訳ではない。
それでも、直轄するバンディット大隊のメンバーは全て同じ理想に生命を賭けてくれる。
連隊長の権限で動きやすいよう、同志をある程度同じ部隊に集め、その他は決起の際の撹乱に部隊内均等に散らした。
降下後、一気に国賊を誅し内閣の制圧が成れば、状況に応じ駒木の率いる他大隊や他部隊の同志と連携しつつ、声明を出せる。
決起[]てば賛同してくれる者も多いはず。

―――国賊を排し殿下に大権を奉じる。

成れば帝国軍全体の賛同も得られる可能性は0ではない。
事態が終息したとき謀反の咎を背負う事になる者は少ないほうが良い。




そう胆を決した08:15―――


既に空挺団輸送機の内部、15機の輸送機に29人の同志が不知火に搭乗し待機している。
500m程度の低空、光線属種の照射も届くことはない。
出撃に先立ち、同志たちとは密かに別れの水杯も交わした。
強襲する中隊メンバーは、生きてまた此処に還る気は無い。


先刻認めた最期の手紙を基地整備士に託し、残っていた一握の未練も断ち切った。

帝国軍を嫌った[]も、国連横浜軍であったな・・・。
現政権が倒れしこの後、誘致された国連の極秘計画がどの様に変遷していくのか、与り知らぬ事ではある。
願わくば幸多からんことを希求するのみ。

そして此処に来て、光州以来流離ってきた魂が、漸く自らの逝く末を見出したような安堵すら覚える。
嘗て、師父とも慕った中将を国際世論の[]とした現政権への私怨も晴らせる。





―――その時、唐突に広域データリンクが繋がり、網膜投影に窓が開き景色が映し出された。
片隅に第14師団第3戦術機甲連隊第3大隊長の文字。
・・・これは、何度も戦略研究会に参加してもらった有間長門大尉の機体カメラ映像か?

そしてその目前には、紫紺[●●]の武御雷。

「!な・・・?」

刹那。
ザリッ!っと長刀が地面を抉る。
咄嗟に回避したその“紫”の武御雷を、追撃しようとした“彼”の視界に入る“赤”。

―――ギャリンッ!!

一合。

“赤”の武御雷に庇われ、既に“紫”は後方跳躍で離れた。


・・・成程、コイツが傀儡、か・・・。

確か有間大尉は、横浜に強い隔意、いや、寧ろ密かに激烈な憎悪を抱いていらした。
故に理想を掲げた我らには迎合できぬと言い、同志にはならなかった。
しかし今となっては、その意志が正しかった様に思える。

遠き地に在る唯我等は静観するのみ。
自分の信念に従って偽物を糺そうとするその行動は崇高に思えた。
有間大尉は元々第2帝都城周辺の警護に当たっていたはず。何らかの確証を得ているのか。
そして横浜の傀儡を屠れば、米国と繋がる横浜の出鼻も挫けると言うことか。
それとも、大尉自身の言うように私怨その物か。

・・・そう思い至り、苦笑する。

―――密かに私怨を抱く自分と何が違うのか、と。


それでも、我等は国賊の誅殺に専心するのみ。
さすれば榊の誘致した横浜の計画もいずれ瓦解する。


決行まで僅かな時間の道連れとして、経緯を見守らせてもらおう。






その結末が付かぬ、08:25―――
傀儡という影武者の言葉に引っ掛かるものを感じつつ。

我々は空挺降下を決行し―――。
そして今、首相官邸の屋上ヘリポートで、国連カラーの試製XFJ-01と対峙していた。



今も間欠的なミサイルアラートは消えていない。
同志は周囲のビル街に散り、取り敢えずはロックオンを振り切ったらしいが、官邸に射線を取れる位置に出ると再びロックオンされるらしく、建物の死角に釘付けになっている。
発射装置を特定しようにも、位相情報が錯綜し、レーダーの発信位置を特定できない。
一体何基設置されていると言うのか。
待機を指示したにも拘らず、命令無視して吶喊した09。
しかし降下中とは異なり、直後複数の小型ミサイルが四方から飛来した。
初弾を回避した09の逃げ場を尽く塞ぐ絶妙な偏差攻撃は、狙いすまして09の手足をもぎ、瞬く間に無力化してしまった。
既存のシステムに比肩し威力は小さいものの、その誘導性能が桁違いに高い。


・・・やはり自分の存在以外、複数戦術機の官邸への接近を許容する気はないと言うことだ。

元々8騎にて官邸を包囲し、残りは強化装備で突入、直接全閣僚をこの手に掛ける事を目論んでいた。
残る29騎全機が同時に吶喊すれば突破も可能であろうが、それでは目的の確実な誅殺には程遠い。
ここにXFJ-01が在る以上、既に突入に対しても対処されている可能性が高い。

まだ先行配備すら始まっていない試製でありながら国連カラー。
で、あれば相手は自ずと知れる。
機密事項により明示はされていないが、少なくとも件の白銀少佐が新潟で多大な戦果を上げた以上、ここにいるのはAH戦でラプターを蹂躙したと言う、御子神大佐であろう。、


もとより目前に佇むこのXFJ-01、纏う気配が尋常ではない。
1個大隊の戦術機を前に、静謐なる深淵に張る鏡の如き水面―――。


F-22Aのステルスすら封殺してみせたという相手である。
先の09撃墜を見るに、相当な性能を有するどこかに設置されたミサイル群。
そして、このXFJ-01が相手では、単騎といえ此方も甚大な被害を被る可能性が高い。
・・・そういえばこの御方[●●●●]は、ラプターも手足をもぎったという噂があったな・・・。



「・・・何故、御身が鬼畜米国に与し、国賊たる現政権を護るのですか?
今こそ、米国の傀儡を排し、殿下の正道を拓く好機、道を開けて頂きたい・・・」

『・・・成程、状況も此方の事も察しがついているか。話が早くて助かる。
―――簡単に言えば、榊首相の不在[●●]が殿下正道への障害[●●]となるから。』

「なッ!?―――――、馬鹿なッ!、大権に固執する榊が何故ッ!?」

『世間的にそう思わせていた方が、殿下に非難が向かない。
色々思索して此処に起ったんだろうが・・・あんたのミスは榊首相が殿下の真の臣下[●●●●]である、と言う可能性を一切考慮しなかった事だ。』

「な・・・・に・・?」

『・・・無意識か、意図的にかは知らんが、な。』


愕然とする。
自分たちの目指していた道を真っ向から否定され、頭が真っ白になった。

現政権をたおす事が、殿下正道への障害?
榊首相が真の臣下[●●●●]
自らが非難を浴びることで、殿下をお護りしていた?

馬鹿な・・・馬鹿な、・・・馬鹿なッ!

感情が否定する。
しかし理性はその可能性を示唆する。



『そろそろ、か・・・。広域データリンクに映っているだろう? 傾注したらどうだ?』

そう言われて、ふと気づく。

網膜投影の片隅にあった有間大尉の戦術機映像では、再び“紫”に襲いかかる機動。
その裂帛の斬撃、しかし“紫”は大尉のカメラから忽然と消える。
転回した視界に“紫”と“赤”が立ち上がり、更に“赤”が立ち塞がった。

激昂する大尉、しかしその声に先ほどまでの崇高感がない。
寧ろ妄執に憑かれたかのような、粘着感―――。

そして武御雷のハッチが開き、件の影武者が姿を顕した。



「な―――!?」

その姿は、どう見ても煌武院悠陽殿下その人としか見えなかった。

ざわざわと戸惑うのは現場も同じ。


更に相手を誹謗した有間大尉が一刀の元に無力化された。
ガクンと視界が下がり、半ばまで断ち切られたコックピットから有間大尉が転がり落ちる。
固唾を飲んで見入るしか無い。


殿下と思しき厳しい叱責にそれでも尚、言い縋る有間大尉。
殿下本人であると言う証明に、政威大将軍に任じられて以来公表されていない“節刀”を示せと有間大尉が迫る。

・・・それは皮肉にも、既に私怨と公憤を履き違えた男の末路にも見えた。


“紫”の武御雷のハッチに立つ“殿下”は、一度その睫毛を伏せ、そして遠く見透すかの如き紫紺の瞳を真っ直ぐにこちら[●●●]に向けた。









網膜投影には勝ち誇ったように哄笑する男と、凛然と気高くそこに在る存在。

『それを知らない以じょ『短刀、銘“左”、号“太閤左文字”』・・・・はぁ!?』

その応えに驚愕したのは、地べたに映る有間だけではない。

“殿下”を守護していた周囲の斯衛たちのみ成らず、固唾を呑んで事態の成り行きに傾注していた事情を知る者全てが、自ずと目を見開き、網膜投影に映るそのかんばせを確かめていた。

だが、先の視線に射ぬかれた自分には当然の帰結に思えた。


『・・・此処に御座います。
政威大将軍認証の折、女性に因り短刀の方が宜しかろうと、陛下より拝領致しました国宝級の業物。』

『・・・・・え・・・・・、あ?・・あ・・あ!・・・・・。』


殿下[●●]の切れ長の瞳が冴えた光りを放つ。

典雅な拵、鯉口を切って抜刀した。
明るく冴える僅かに反った刀身、波紋はのたれて互の目を描く。網膜投影の画像越しであったが、その短刀の纏う霊光の様な雰囲気が、稀代の業物であることを顕す。
銘“左”と言えば、筑前の国、実阿の子と伝えられる刀工で、相州正宗の十哲が一人とも言われているはず・・・。号“太閤左文字”はその作中でも最高傑作と言われ、正しく国宝級、太閤秀吉の愛刀でもあった一振り。

『・・・その方に刀剣の真贋が判るか知りませぬが・・・
――更には、BETA大禍の明けた年初の定例報告会の後、もう一振りの“節刀”も拝領しております。』

『な?』


コックピットの収納スペースに納めてあった羅紗に包まれた刀。
その瀟洒な纏を解き、スラリと鍔を切れば、余りに特徴的なその鋒。
なかごと刀身は緩やかな反りを有するも、鋒両刃造[きっさきもろはづくり]と呼ばれる、刀身の先端から半ば以上が両刃となる刀。

小烏丸―――。

皇帝陛下自身が有事の際の指揮刀として傍に置いていたという伝説の一振り。
京都からの撤退の折りもお側に置いたと言われる。
“殿下”はその指揮刀を真っ直ぐに有間に向けた。


『!、小烏丸ッ!?』

『・・・その方が用意した答えは、此処に在る何れの刀でもない、と申しますか?
その方の私怨に曇った眼は、業物の真贋さえ判別出来はせぬでしょうが。』

『・・・・・・・・そんな・・・馬鹿な・・・? 貴様・・・い、いや 御身は・・・・・・・』

有間の様子がおかしい。
眼球が左右別々に動き、白目と黒目がデタラメに入れ替わる。

『・・・何故、その示唆こそが、妄言と気がつかないのですか?
――――蒙昧も大概になさいッ!』

『・・・・・・。』

完全に自失した有間は既に声もない。

更に・・・。

『・・・・メイヤ・・・』

『・・・はッ』

『――此方へ。』


広域リンク画面に映される〈Zois-01〉の後ろに控えていた“赤”の武御雷が近づく。
先刻、〈Mauler-01〉の刃を見切り〈Zois-01〉を絶妙のタイミングで護った機体で在ったはず。
コールサインは・・・・〈Thor-02〉・・・〈Thor-02〉ッ!?
〈Thor-01〉は参加情報に在った白銀少佐のコールサインの筈、その次席?

そして、促されるまま、“赤”の武御雷のハッチに姿を表したのは、フレームに白と青を基調とした国連軍仕様衛士強化装備に身を包み、紫の長い髪を後ろに結い上げた姿。


・・・確かに似ている。
―――が、その疑惑の者をこうして衆目に晒している以上、〈Zois-01〉が本物[●●]の煌武院悠陽殿下であることは、確固たる事実だと言うことだ。

成程、昨日は第2帝都城下に在ったとしても、包囲の網さえ抜けられれば新潟に入ることはいくらでも出来ると言うことか。


『――此処に在る者は、確かに国連横浜基地に籍を置く、御剣冥夜なる煌武院家縁の者・・・。
けれど、それは飽くまで家の事情で分たれた戸籍上での関係であり、その身は紛れもなくワタクシと血を分けた双生の妹。
この者がワタクシに翻意を抱くなど、それこそその方が唆された妄言綺語。
・・・その方は、ワタクシの大切な妹[●●●●]をなんと申し蔑みましたか?』


・・・先程までの殿下らしからぬ舌鋒にも納得がいった。
何をそこまで盛大に怒って居られるのか、を。
妄言に惑い、あまつさえ、殿下本人に刃を向け、その血筋上は“妹”である御方を口汚く侮辱し、BETA侵攻を見事に防ぎきった友軍の武功さえ否定した男は、その問に応えられるワケもなく。
殿下が本物である事が判明した当たりから、精神が乖離しているか、薬物が作用しているような異様な反応。
いまも全身を細かく震わせながら蹲り顔色をなくし、髪さえ色素が抜けそうに蒼白の男に向く視線は、同じ帝国軍の者ですら液体窒素の如く極冷。

『・・・・奸臣の虚言に惑わされ、上位に刃を向けた蒙昧、ましてや血を分けたワタクシの妹を侮蔑した下賤。何よりも帝国軍同胞の勲功を穢した暴挙・・・追って軍規により厳しい沙汰在るものと、覚悟なさいッ!』

―――止め。

男は泡を吹き、白目を剥いて失神した。



そして殿下は、まだ事の成り行きに呆然としたまま周囲を囲むモーラー大隊を睥睨す。

その視線に気づいた瞬間、モーラー大隊全隊が膝を付き、投降した。




視界には、その間を縫い“赤”の武御雷、しかも“金角”が映る。


『紅蓮・・・。して首尾は?』

『は。ご無事でなによりです、殿下。
先ほど第12師団が見事残存BETAの殲滅を完了致しました。
大深度侵攻の湧出BETA残党も掃討完了して居りますので、今回侵攻したBETAは、0833を以って全て排除されました。』

『それは重畳、大儀でありました。―――BETA掃討に当たった全ての者に感謝を。』

その声音は、漸く自分の知る殿下であった。







―――安堵する。

何よりも殿下がご無事であったこと。
仙台に巣食う魑魅魍魎にも、妄言に惑わされた有間や自分を含む蒙昧な輩に弑されずに済んだ事にも。

現政権が殿下の臣下。
その状況を肯定すれば、180度立ち位置が変化する。
それは横浜すら殿下の味方、ということに他ならない。
状況が違えば、有間大尉の立ち位置に自分が居たことも有り得る。
未だ納得は出来ないが、状況は理解できる。


そして、紫の武御雷のハッチに、スッと立つ煌武院悠陽殿下が再び周囲を俯瞰せしめた。
その芯の通った、毅然とした立ち姿。
纏う雰囲気に、現場に在るものはそのまま膝を付き、衛士は戦術機のまま膝をついていく。


『―――我が親愛なる帝国軍・斯衛軍・国連横浜軍、ご協力頂いた帝国連合艦隊・機動艦隊、そして此度の大規模侵攻防衛にご尽力頂いたすべての方々――。
―――誠に大儀でありました。』

これは・・・。

『演習に赴いた地での突然の出来事、前例を見ぬ25,000を越えるBETA侵攻にも拘らず、唯の一人も欠くことなくその脅威を殲滅至らしめた事、誠に喜ばしき事と思います。
 これも偏に皆様におかれる日々の多大な努力と、現場に際した並々ならぬ健闘の賜物、それを遺憾なく発揮して頂いたことと、感謝の念が尽きません。

 一部には一片の瑕疵も御座いましたが、それすらも長きに渡るワタクシの至らなさに端を発し、皆様の期待に応えられずに居た一つの帰結と思えば、自らも襟を正し、課せられた責務から逃避すること無く、正道に邁進することこそ肝要である、と今更ながらに痛感しております。

 ―――なれば、これを機に立ち上がることは、他ならぬワタクシに課せられた責務と申せましょう・・・。』


な――――。

息を呑む。
現地の雰囲気も、言葉を途切った殿下を注視している。

『――――同じ過ちを尚も繰り返さぬ為[●●●●●●●●]にも、これよりワタクシ・煌武院悠陽は、政威大将軍の政務に立ち返り、勝利と平和を勝ち取る為、皆様と共に苦難を乗り越えて参る所存に御座います。

―――明日、大権奉還の為、関連政令の廃止、及び、関連時限法案の期限満了が閣議決定[●●●●]され、即日発効する準備が推められております。

 長きにわたる戦乱の終わりは未だ見えませぬが、その歩を止めぬことで光明が見えてくると確信しております。

 今日まで、幾多の方々に護られていたワタクシは、正に今日、25,000ものBETAすら跳ね除ける皆様のご助力を得ることが出来た、と確信しております。
 どうか、その皆様のお力を、これまでと変わらず、今暫くお貸し下さいますようお願い致します。

 ―――最後に、重ねて此度の皆様の働きに万謝致します。
 誠に―――誠に大儀でありました―――。』



はじめは、静まり返っていた。
徐々に、ざわめきと、そして拍手。
更に幾つかの雄叫びや、号泣に近い叫び、一斉に立ち上がり天に拳を突き上げる戦術機・・・。
暫し間を置いて、遠く艦砲と思われる祝砲音までが辺りに響き渡った。
それらが巨大なうねりとなって画面から伝わってくる。


―――これは・・・現実なのか・・・?

網膜投影の端に並んで見えているバンディット隊隊員の表情も、皆歓喜と戸惑いの表情が入り交じっている。





『―――で、どうする?、降下地点をミスった[●●●●●●●●●]隊長さん』

唐突に割り込んでくる音声。

「・・・何故我等を赦すのですか?」

周辺飛行が許可されているとはいえ、降下は禁止事項。
実際その意図を持って強襲降下しているのだから、最初に捕捉された時点で、問答無用に全機撃墜されていても当然だった。

『・・・死にたいなら止めないが、少なくとも現状貴隊が官邸に向け発砲した、という事実はない。
対空装備も臨時に持ち込んだ“試作品[●●●]”。
記録なんぞ残してないしな。
―――それに何よりも悠陽は年内[●●]に佐渡島奪還作戦を敢行する。』

「え?―――な?!」

『佐渡島攻略に手練者は多い方が良い。』

「・・・・・・。」



逡巡。

それでも、先の殿下の言が真実であるなら、我等の予定した行動は正に殿下の正道復古を阻害する。
現政権が殿下の“真の臣下”であるなら、今後の施政にも多大な影響を与えよう。
これ以上は先の有間大尉と同じ、本当に唯の私怨に堕ちる。
自分はどうあれ、殿下の大切な臣である部下をこれ以上巻き込むわけには行かない。
大佐が名さえ名乗らないのも、全て無かった事にする為。


事ここに至り、我に正義なし―――。
否、元より正義など無かった。
此の国を糺すため、外道で由としたのだから―――。

だが、殿下は我等がその愚挙に至る寸前、その血塗れる手を借りることなく、自ら興隆せしめた。
降下する寸前まで耳にしていたそのお言葉も残っている。
確かに、この国を糺し、殿下正道の礎となる・・・、そう死ぬ[●●]覚悟は逢った。
だが、そこに“今際の際まで生き抜く[●●●●]という覚悟”は在ったのだろうか。
・・・結局閉塞した未来をただ“殿下”に押し付け、死に逃げる・・・、斯様な、安易な路を望んでいたのではないか―――。



無言で、踵を返す。


『―――ああ、降下位置ミスったんだ、譴責位は覚悟しとけ。
あと、命令無視して自損[●●]した09、しっかり教育[●●]するといい。催眠暗示を受けている、・・・かもな。』

これは秘匿回線で投げられた言葉。
・・・成程、終始警戒はしていたが、米国の手管は思っていたより身近に迫っていた、と言うわけか。
予定通り実行していたら、足元よりひっくり返されたかも知れぬ。

しかし佐渡、・・・か。
喪われし遙かなる彼の地。
それが今回の侵攻殲滅を見る限り、既に無謀な作戦では無くなっているとも言える。
外道として死地を望みながら、望外に生きながらえてしまった・・・否、“殿下”に生かされた。
ならば殿下の言う生き抜く覚悟、決める場所としては相応しいかも知れん・・・。


「・・・総員、帰還する。
先刻、新潟における侵攻BETAの殲滅を以て帝都圏のデフコン2は解除された。
空挺降下に失敗し自壊した09は、10と11が回収。
―――行くぞ。」

『『『『『『『『『『『 Yes, Sirッ!』』』』』』』』』』』


29騎の跳躍噴射が、西の空に低く翔けた。


Sideout




[35536] §72 2001,11,11(Sun) 10:30 三条市荒沢R289沿い
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Date: 2015/02/04 22:07
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Side 鎧衣左近(帝国情報省外務二課課長)


「・・・課長、またMBです。
乗員は4名・・・。
状況を鑑み撤退するものと思われます。」

「・・・去る者は追わんで良い。
つかんだ情報も、どの道明日には公開される。
せいぜい雇い主を慌てさせてくれるが良い。
・・・問題は剣呑な装備をした残り3台か。」

「は。“森羅”情報により、すでに包囲の詰めに入って居ります。」

「では、早速片付けて、帝都に戻りますか・・・。」


越後平野の後方に位置し、広い範囲を一望できる標高を有した粟ヶ岳。
ここはその沢筋集落跡。
いろいろな所から来た“お客さん”が観光[●●]するには調度良かったらしい。
この時期に数台の車両が入っていた。
当然“観光”だけでは飽きたらず、この後 “悪戯”しそうな不良[ヤンキー]には大人として叱責することも必要であろう。


“森羅”と言う単語に、娘の友人でもあるという少女の相貌が浮かぶ。
そう、佐渡に蠢くBETAの捕捉用として設置された数々の観測機器は“森羅”によって統括され、此度の偉業達成に多大な貢献を為した。
その余録としてこの地に於いても、自動車の通行くらいは簡単に察知してしまう。
今や通る人も殆ど無いこの地に車が入ることは目的を持つ者以外あり得ないのだから。
流石に“人”の行動までは把握していない、と聞き及んではいるがしていない[●●●●●]と言っただけで、出来ない[●●●●]とは言っていない。
全く末恐ろしいシステムを構築したものである。

―――味方で良かった。


その観測情報と共に状況に応じた対応を、と[]より連絡が入ったのは今朝6時。
殿下の行方不明以来と言うのに、確かに人使いは荒い。

勿論その事態に対し二課でも多少の調査はし、状況の予想くらいは付いたが、二課は本来“外務”。
今のような[]からの客あしらいはするが、第2帝都におわす方には全く伝手もない。
任せるより他ないのだが、その首尾に抜かりはない様子だった。




帝国本土防衛軍・帝国斯衛軍合同新潟大規模演習―――国連横浜軍を加えたXM3実戦検証。

当初予定は勿論JIVESであったものの、この大規模検証が世界中の政府・軍事書関係者の注目を集めていたのは確実だった。
あのプラチナ・コードを齎した機動の礎であり、いまや帝国衛士のみならずプロミネンス計画を通じ一部世界にも供給され始めたXM3。
異次元の機動技術を有する特別な[●●●]衛士ではなく、一般衛士がXM3を用いたときにどうなるか―――その具体的初事例なのである。
関心が低いわけがないのだ。

―――10,000の侵攻を損耗率10%以下で早期殲滅、という昨日までのJIVES結果でさえ今までの防衛状況から言えば破格。
十分な性能と言えた。

その最中、突然発令されたCode991―――。
しかも最終的には総数27,000にも及ぶ未曽有の大規模侵攻。



だが、その大規模侵攻を発生から3時間掛からず殲滅を成し遂げたのだ。
それも、人的被害0で―――。


この時実は“森羅”情報は、外部から接続するデータリンクには漏れていない。
“森羅”は、データリンクで戦域情報を統合するメインフレームサーバーそのものすら支配下に置き、戦域情報を完全支配していた。
必要な者に必要な時、必要な情報を、個別[●●]に知らせている。
今回の場合、[]のログには一切その存在を残していない。
現状、BETA防衛戦に参加した衛士や兵士の記憶にしか留まっていないのである。

故に此処に居た“外からの客”は一切その状況を知らず、何故第一波から光線属種が排除されたのか、理解していない、
故に興味の対象は主にXM3。
光線級吶喊とも呼ばれるレーザー回避による光線属種優先殲滅手法である。


CASE-29で示されたレーザー回避による光線級殲滅。
そこには現実のBETAに対してもその手法を単独で苦もなく行うシロガネタケルが存在した。
しかし教導が広がる今、それを為すのは彼だけではない事もまた証明された。
国連軍A-01、そして斯衛軍衛士の中にも、まだ極僅かであるがその域に達する者が現れ始めていた。


世界は知る。

XM3の齎す機動は、決してシロガネタケルという英雄だけが可能なものではなく、皆が共有できるものであるということを。
それこそが、今後のBETA戦略の魁であることを。


その一方で現段階では巧妙に隠蔽されたBETA戦術支援システム“森羅”。

そういえば、F-22に搭載されているアクティブジャマーは、第1世代アクティブステルスと言うらしい。
相手のセンサーやレーダーを撹乱し、衛星や広域レーダーからの情報も遮断する。
しかしそれは一方で、ジャマーを発する自らの存在を明示することでもある。
その事から第2世代アクティブステルスとして、データリンク情報から、自分の存在のみ[●●]を隠蔽するハッキング方式がYF-23には搭載されていたとも聞く。
勿論、かの国の軍事機密・極秘情報であるが。

だが、“森羅”のそれは次元[●●]が違う。
データリンクからの情報を改竄する様な小規模ではなく、その気になればデータリンクを統括するシステムそのものを“支配”してしまうのだから。
故に通常のデータリンクシステムからは、完全なステルスと化しているのである。

勿論、この情報は00ユニット脅威論の引き金とも成るため、そうそう表に出ることはない。
今回も、“森羅”はデータ量が膨大であるため、データリンクとは別系統[●●●]の通信システムを有している事になっている。

―――BETA戦後の対人戦、特にステルス技術など歯牙にもかけないわけだ。




同じ次元に居て、且つ実力もどんぐりの背比べともなれば、相手を出し抜くには様々な手管を必要とする。
諜報、情報操作、汚れ仕事も当たり前。
それもこれも、全てより良い未来を信じてこそであり、自分のしてきたことに後悔はない。
ま、在るとすれば家内と、そして残された娘には悪いことをした、と少し思うが。

本土防衛軍の内部に蔓延する現状への不満についても然り、今の状況が続けば何れ破綻する。
無計画で無秩序で、故に破滅的なクーデターの発生を回避するために、敢えてあの者[●●●]を煽動した。
少しでも制御の効く秩序ある決起を期待して、その為の情報リークもした
現実にクーデターが起きれば、十分嫌疑を掛けられるに足る。
一方で殿下に忠義を誓いつつ、傍から見れなその殿下に仇なす様な、蝙蝠の如き仕儀。
榊首相の言葉ではないが、まあ碌な死に方はしないだろうと思っていた。


だが、そのクーデターも機先を制された。
先程“厚木”が先駆に至り首相官邸に空挺降下するも、1騎の“試製XFJ-01”に阻止され帰還した、との連絡を受けていた。


呆れるほど抜け目ない。


―――決して敵に回すまい。

先刻も思ったが、とても大事なことだ。
―――まあ、殿下のことは大事にしている様子、大凡その状況にはならないだろうが。



それにしても相変わらずの予測精度。

そのネタも一応知らされている。

MAcPro-IIIなるプロファイリングソフトに基づくもので、“森羅”のBETA行動予測もその一端と言う。
膨大な計算量に依る人格モデルを構築、そして情報という外部環境が与えられたときの思索・行動予測するという物。
意志なきBETAであれ、目的を与えられて自律行動している存在なら、ある程度予測が可能らしい。
尤もBETAの行動予測については、まだまだデータが足りない、との事だが。

この人格モデルは、本能から表面思考まで多段階に分かれた多層心理モデルを有しており、対象とする人物の経歴、過去行動から現在における普段の様子だけでも逐次最適化による更新を行い、表層から深層に至る詳細モデルを構築していく。

その為の情報提供を求められたのだ。
過去・現在・思想・人間関係。
遭遇した事態とその反応。
課内をひっくり返し、更には諜報で近況も探り出し、相当量のデータを提示した。
―――勿論その見返りとして、当該システムの使用権も頂いたわけだが。

当然自由に行動できる状況に於ける予測確度が低いが、条件や環境を絞れば絞るほどその予測精度は高まる。
現況に於いて九條一派からリークがあれば、あの者が決起に至るであろうことは確度80%の予測だった。




―――全くあの女性[ヒト]も、今更ではあるがやはりタチが悪い。


これらを齎した第4計画の主を思い浮かべる。



事此処に至るまで、第4計画は表立った“成果”をだして来なかった。
裏仕事の一部を任されていた私にすら、その気配さえ感じさせなかった。

遅々として進まない弾4計画。
開始以来ほぼ6年―――。
国連安保理もそろそろ決断が必要だと認識しており、年内に国連大使の極秘査察の結果次第では打ち切りも止むなし。
そんな状況であり、情報は榊首相も得ていたらしい。

それが、先日の浜離宮会合で覆った。
ちゃぶ台返しではなくどんでん返し。
状況は部屋[じげん]を変えるように切り替えられた。
第4計画が目指した対BETA諜報は既に完了、そして現在は対BETA戦略の構築に向け、概念証明中。

その時は公言はしなかったが近く、第4計画より国連に緊急動議が提出されるのは間違いないだろう。



どんでん返し―――即ちシロガネタケル、そして[]の帰還より20日余り。

世界は激変した。
そして、まだまだ変わる。



明日、殿下の大権復古が宣言される。

更に高天原の公開。

―――そして大規模な粛清。

メインは検察や警察。
軍務関係は、軍警察、軍事裁判所も取り込み、復権した政威大将軍の名のもと一斉検挙が始まる。
外務二課は主に煽動していたCIA関係者の捕縛。


国内はそれだけでも大わらわ。



加えて今回の“偉業”を齎した“対BETA戦略構築”のための装備群。

“森羅”こそ公表はしなくても、その存在が囁かれるのは致し方ない。
映像で明確に晒されたS-11並の威力を持つ120mm弾、突撃級の衝角すら切り飛ばした“鮮紅”の長刀。
はたまたXM3搭載機から更に上、完全にもう一つ突き抜けてしまった異次元の機動をする、A-00中隊の4騎。
極めつけは、突如現れた5,000もの地下侵攻を撃破した“光芒”を放つ突撃砲・・・。
今回は使うつもりは無いと言っていたが、緊急回避に使用せざるを得なかった事は間違いない。

何れにしろそれらの情報を求めて、また横浜界隈は賑やかになるだろう。


無論“高天原”にだって世界中の、特に国土を喪った国々の注目が集まるのは避けられない。
軍事装備とは違い、平和的な利用を前提とした“新たな大地”。
情報提供・引き合いが殺到するのは当然の帰結と言えよう。





表も、・・・そして裏も・・・。

膠着した世界に投げ込まれた特大の起爆剤。
どの様な状況に至るのか、想像もしたくない・・・。



一言くらい言わせて欲しい。

「―――本当に過労死させる気かね、ミコガミカナタ―――。」


Sideout






Side 真耶  


周囲は後片付けに雑然としている。
が、勿論誰の表情も明るい。
此度の大規模師団級BETAの侵攻を見事殲滅。

一部負傷者は数名出たが、最終的に人的損耗0―――。

そして、確かに殿下の言う “瑕疵”は在ったものの、殿下は大権復古を明言した。
それは斯衛、何よりも真っ当な帝国軍人に取っては待ち焦がれた、待望のお言葉。
闇い終末の時代に在って、未来に希望を抱かせる変革を期待させずには置かないのだから。




ここは三条市グリーンスポーツセンター内の研修室、“殿下”の居室と設定された室内。
殿下直衛の私と、その“身代り”を務めていた真那が扉の左右に立つ中、ここのところの何時もの顔ぶれが揃っていた。

紅蓮醍三郎 帝国斯衛軍副司令官 大将閣下。
斉御司巴 帝国斯衛軍第2連隊長 中佐。
斑鳩崇継 帝国斯衛軍第16大隊長 少佐。

白銀武 国連太平洋方面第11軍A-0大隊長 少佐。
鑑純夏 国連太平洋方面第11軍A-00小隊 少尉。

更に今回は特別に、
御剣冥夜 国連太平洋方面第11軍A-00小隊 訓練兵。

そして何よりもその中央に居られるのは、今朝方仙台より舞い戻った
煌武院悠陽 帝国斯衛軍総司令官 政威大将軍殿下。





「ムゥ・・・、やはり第2帝都城への招聘であったか・・・。」

「・・・概略、白銀の察した通りです。
九條という名前こそ出ておりませんでしたが、此度の新潟演習が大規模過ぎるとの事で、謀反の疑義あり、との密告が在ったそうです。
その妄言により現皇家守護代である崇宰を焚き付け、陛下の名を借りてワタクシを帝都城の秘密鉄路にて招聘という名目の拐取をいたしました。
陛下の御璽を示されればワタクシに否応はなく、警護を司る崇宰で無ければ真耶にも気付かせず実行することは困難でありましょう。
そのまま第2帝都城の離れに事実上の蟄居と成りました。

翌日、陛下との謁見で伺った限りでは、陛下自身謀反そのものを疑っていたわけではなく、何故斯衛まで新潟に赴く必要があるのか御興味が在ったとのこと。
むしろ崇宰の過剰反応を諌めて頂きました。
早朝には逸早く事情を察した彼方と真耶が駆けつけてくれた為、謁見に同席した彼方が過去のデータを用いてBETA新潟侵攻の可能性が極めて高いことを説明申し上げた次第。
陛下には御納得頂き、崇宰に謝罪は受けましたが、このところ仙台周辺もきな臭いらしく、新潟侵攻が真実であると言う事が判るか、或いは予測が外れ演習の終了までは原隊復帰を遠慮してほしいとのこと。
余計な疑惑を持たれぬよう通信もせず合流が遅れ、皆に心配を掛けたこと、誠に申し訳なく思います。
―――許されよ。
ですが、そなたたちであれば、ワタクシが不在でも必ずやより良き結果を齎してくれる、と信じておりました。」

「新潟侵攻が真実って、・・・今朝の5:50までと言うことですか?」

「―――左様です。
第2帝都城内にて、同時刻にCode991発令の知らせが届き、上空待機していた彼方のXSSTに担架した2機の“武御雷”に搭乗し、真耶と共に此方に。
ステルスから光学迷彩まで有するXSSTですが、さすがに低空ではその音を隠しきれませんので、先行する第14師団をフライパスせぬよう敢えて郡山まで南下し、喜多方を抜け、旧只見線に沿って参りました。
光線属種に狙われぬ山間を縫うように飛んだため速度が出せず、この付近に着いたのは凡そ7時過ぎ。
場は既に臨戦状態であり、無用の混乱を避けるため“赤”の武御雷として直衛の末席に加わって処りました。」

「え? “赤”・・・ですか?」

「―――ええ。
実際、何も起きなければ、そのまま冥夜に最後まで名代を努めてもらう心積りで在りました。
無粋な横槍が入ったことで、入れ替わらざるを得ない仕儀となりましたが・・・。」

「? 殿下が入れ替わったのは、何時ですか?」

「有間を説得したのは、冥夜です――。
有間が隙を突いて真那を弾き吶喊された際、“紫”と縺れた“赤”が〈Thor-02〉、真耶の〈Thor-03〉と共にXSSTに搭載されていた機体です。
〈Thor-03〉は元々真耶の機体、当初の予定では〈Vortex-01〉となる機体です。
〈Thor-02〉は京都における撤退戦の折、斑鳩が彼方に貸し与えた青の試製98式と聞き及んで居ります。」

「ああ、アレか―――。
“青”の試製98式が五摂家に割り当てられたものの、あの侵攻時未登録のまま送還要請があった機体だ。
4機はそれこそ崇宰の前当主に貸し出したが、九條分は彼方に渡した。
彼方が当時弄った事により随分ピーキーな特性になったとかで、その後斯衛の試験小隊かどこかに在ったと思うが・・・。」

「彼方の併任する帝国斯衛軍中央評価試験部隊に在ったそうです。
その塗装を変えてもらい、今朝真耶の機体と共に遠隔操作で第2帝都城へと運びました。」

「え? しかし機体色は?」

「・・・〈Zois-01〉のコールサインの元となる紫紺の宝石:ゾイサイト―――、元々は多色性[●●●]を有する宝石なのだそうです。」

「「「「「え?」」」」」

「有名なアレキサンドライト程、劇的に変色する訳ではない為、あまり多色性と認められていないらしく、知る者は少ないとのことですが。
同じ組成を有する石には色々な発色が在るようですが、その中で紫から青に変わる青系の石をタンザナイトとある宝飾メーカーが命名しました。
ゾイサイトとしては、紫から赤[●●●●]に変わる石が存在するのだそうです。」

「!! まさか?」

「もともと〈Zois-01〉、そして此度ワタクシが騎乗した〈Thor-02〉は、その表面を CNF[カーボン・ナノ・フラーレン]の繊毛で覆って居るそうです。
〈Thor-02〉は相当な突貫作業で在った様ですが・・・。
光線属種BETAの大出力レーザーに対し、従来の耐レーザー皮膜より高い防御が可能との事。
とは言え、光線級の一撃をどうにか耐える程度で、重光線級や光線級でも2度めの照射には耐えられないそうですが。
塗料ではない[●●●●●●]ため、電圧偏向を架けると、“赤”になるのは、丁度表面振動させた74式長刀“改”が鮮紅色に輝くのと同じ原理。
そしてその励起する周波数を変えると、波長の長い赤から短い紫まで、或いは全反射や全吸収といった殆ど全ての色に、一瞬で変色する事が可能との事。
色が変わっても物理的強度が上がる事はないな、と何故か残念がっていましたが・・・。
モルフォ蝶の翅と同じ発色原理と考えればよい、と彼方より聞き及んでおります。」

「・・・あの2騎が縺れた一瞬で入れ替えたのか?」

「・・・最初は冥夜の説得で納得し刀を退くならば、入れ替わら無くても良いと思っていたのですが、尚も執拗に冥夜を狙ってきたので、ワタクシの駆る“赤”の武御雷が、冥夜の駆る“紫”の武御雷を庇って乱入し、縺れた瞬間に、データリンクを介して偏向周波数を切り替え、2機の色を入れ替えました。
勿論“Zois-01”には元来生体認証機能が有りますので、その操作はワタクシか遺伝情報が極めて近い冥夜・・・あとはそれを弄った彼方くらいしか実行できないと聞いています。
そして色と同じタイミングでコールサインも入れ替え、冥夜には秘匿回戦で黙秘と着替えをお願いしたのです。
〈Zois-01〉には唯依の〈Fenrir-01〉武御雷改に使ったとは別、XFJ Evolution4と同じ、XFE512-FHI-1500を搭載しています。
2基目の3DベクタースラスターXFE3112-FHI-700が間に合わず、急場を凌いだ形ですが、中身は兎も角、見た目XFE512-FHI-1500は、武御雷Type-Rに搭載されるFE-108-FHI227と見分けが付かない事も幸いしました。

予測通り、色とコールサインだけで、ワタクシ達が入れ替わったことに誰も気付きませんでした。」

「なんと・・・。そのような手管まで用意して居ったとは・・・。」

「当初は先に申した様に、光線級のレーザー耐性向上とブレードエッジの防汚を意図したもので在ったようです。
加えて数が揃わないうちに決行せざるを得ない喀什で、貴重なG-コア持ちの戦術機を使えないことは避けたい、とのこと。
冥夜が駆るなら御剣の家格からして“白”とする意図が在ったようですが、もう暴露してしまいましたから。
冥夜を影武者というよりもワタクシの名代として、“紫”で赴いて貰おうと考えています。」

「・・・なるほどねぇ。
疑義が晴れた後なら有間が陛下に何を聞いたかも確認できるから、節刀も前もって用意出来た訳か。」

「流石にそれは・・・。
朝方第2帝都城を辞す挨拶の折り陛下より情報は得ましたが、拝領した節刀は帝都城にありますゆえ、彼方がXSSTに置いてあった似たもの[●●●●]で済ませました。」

「・・・証明は“銘”だけで済んだとはいえ、所詮見る目も持たなかった訳か・・・」

「・・・。」

「殿下、有間のことは・・・?」

「ええ、―――先ほど聞き及んで居ります。
・・・人格が乖離し、もはや復帰が望めないことも。

しかし此度の仕儀、有間一人のことではありません。
喪われた人々、そしてそれに連なる今なお生きている人々にも同じように悲惨な、あるいはそれ以上に残酷な境遇にあった方も大勢居ります
そしてそれでも強く明るく生きている方もいる。

本来それを奪ったのはBETA。
また彼の心を毀したのもBETA。

けれど・・・弱かったのです、彼は・・・。
何よりもその精神が。

―――そう思い、納得することとしました。


何かに依存することでしか、自らの生を実感出来なかった。
そして、それを喪うと、誰かを恨むことでしか精神を保つことが出来なかった。
だから怨嗟を本来向けるべきBETAにではなく、恨みやすい人に向けてしまった。

その隙を九條周辺に付け込まれたのでしょう。

後催眠暗示こそありませんでしたが、効き目の強い向精神薬を多用していたことも判じているとのこと・・・。
彼の怨嗟が増幅するように仕向けていたのでしょう。

彼の境遇は仁恕すべきでしょが、その行いにより更に同胞を悲劇に巻き込む斯様な仕儀は許されないのです。
軍人である我らは、勁く在らなければならぬのです。
体も、―――そして心も。」

「「「・・・御意。」」」


弱き者でも、それは殿下の臣民。
思うことは幾多あろうが、より弱き民草を守るべき軍人として割り切るしか無い。
為政者、或いは指揮官として厳然と対処すべき事柄である。




「・・・で、そんだけのことを仕組んだ張本人は、何処に?」

重くなりかけた空気を切り替えるように白銀が尋ねた。

「関係者のほぼ全員が此処新潟に居るのです。
斯衛軍1連隊分を含め横浜のA-0部隊すら全てBETA防衛に当たった今、尤も手薄なのは横浜基地か、さもなくば帝都。
・・・そう仰って早々に戻られました。」

「「「「 !! 」」」」

「此方に到着する直前には、連合艦隊の艦砲砲撃に因り佐渡島地表の光線属種が殲滅されましたので、悠々と最大戦速で。
遠征の期間に横浜でG-コア化を進めていたXJF Evolution4や試作品を取りに行くと。」

「成程―――。彼方をXFJ Evolution4に乗せれば、大方の事は軽く抑えそうだ。」


帝都の現状に全員が一時緊張したものの、あ奴が逸早く戻ったと聞いてそれを解いた。

・・・何故だろう?
極めて謀略に近しいことをしているにも拘らず、このような“裏”仕事に関しては妙な安心感を覚える。
黒い、流石黒い。
ユーコンで付けられたという“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”なる二つ名を聞いたときに、思わず納得してしまったのは私だけではあるまい。




「ところで殿下、冥夜のこと、公表してしまって宜しかったんですか?」

先程から恐縮しきったように隣で畏まる御剣訓練兵を気遣うように更に白銀が尋ねた。
実質的にA-0大隊に配されているとは言え、未だ正式な任官もされていない訓練兵の立場で、この場に居る。
殿下は訓練兵に向き直り真っ直ぐな視線を向ける。


「―――冥夜、ワタクシは嬉しかったのです。
そなたの、有馬への説得を聞いて確信致しました。
そなたの心は、常にワタクシと共に在る、―――と。」

「!、―――勿体無きお言葉「冥夜、斯様な謙遜は必要ありませぬ。此処に居られるのは、謂わば全て“身内”。白銀や純夏の様に楽になさい。」・・・・は、しかし・・・。」

「良いのです。
―――今朝方までワタクシが第2帝都城に在ったことは厳然たる事実。
なにより証人が皇帝陛下その人ですから詐称するわけには参らないのです。
今回こそ上手く入れ替わりましたが、ワタクシに影武者が存在する事実は既に覆しようがないのです。
・・・であれば、影武者がワタクシの信に足る者だという内実を公表し、ワタクシと共に在る者と公言してしまった方が今後の益になると判断いたしました。
無理に隠そうとするから、利用されるのです。
よくよく考えれば、既に戸籍上双子でもありませんので、共に居たところで煌武院家の禁忌にも当たらない。」

「・・・あ、・・・殿下・・・。」

「―――冥夜、・・・姉上、とは呼んでくれぬのですか?」

「え、あ・・・。」

「公の席ではどうあれ、今は事情を知る者しか居らぬ席。」

「あ、・・・斯様にお呼びしても宜しいのですか?」

「・・・そなたにはこれまで言葉には言い尽くせぬ多大な苦労を掛けました。
謝ることはそなたの矜持に悖る事ゆえ致しませぬが、ワタクシも心痛めて居りました。
―――そして、まだまだ面倒を掛けることになるやも知れません。
けれど、今からはそなたが一人で悩むことはないのです。
・・・ワタクシと共に在って貰えますか?」

「あ、・・・姉上ッ!!」


しばし寄り添う二人。
暖かな沈黙がそこには在った。





「しかし城代省当たりが難癖つけて来ませんか?」

「―――なんとでも。」

やがて居住まいを正した二人。
危惧した斉御司中佐に飄然と応える殿下。

「既に明日の大権奉還は揺るぎません。
即日、“粛清”を実施し、“高天原”も公表します。
城代省すら、冥夜のことなど何も言えなくなる程の激震に見舞われるでしょう。
鎧衣より冥夜の事を排除しようと意見していた者こそが米国CIAと繋がっていた証拠も掴んで居ります。
国連横浜軍は世間的には米軍親派と見做されておりますが、内実は真逆。
冥夜を闇に引き込む事で逆にCIAが拐取、正しく傀儡に仕立て上げる謀略でも練っていたのでしょう。

此度の仕儀、対応等取らせぬまま、本年中に喀什を陥落せしめ、更に佐渡島を奪還するのです。

ワタクシは残念ながら同道できませぬが、冥夜は恐らくその実行部隊。
ワタクシの名代として“紫”を派遣すれば、城代省とて一切の文句は言わせませぬ。」

「「「・・・。」」」

「・・・更に年が明ければ拡大婚姻法が発効し、純夏と共に“白銀の雷閃”白銀の妻とも成る冥夜。」

「えッ!?」

「・・・今公にしたところで何の問題が在りましょう?」

「ウワァァァ、吹っ切っちゃったよ、この方!」


殿下の宣言に、真っ赤になって俯く御剣訓練兵と温かい眼差しの周囲。


「―――帝国の磐石はワタクシが担います。
オリジナルハイヴ攻略と佐渡島奪還は、そなたらに架かっています。

―――然と任せましたよ―――。」

「「「「「「「 御意ッ 」」」」」」」



「―――そして月詠真那中尉。」

「はッ。」

「冥夜はこれまでより重要な立ち位置となります故、第19独立警護小隊は冥夜任官後も引き続き国連太平洋方面第11軍A-0大隊に兼務とします。
香月女史とも話は通って居りますので、A-00中隊フレイヤ小隊とし、その警護に当たりなさい。」

「はッ!」

傅いて命を拝領する真那に微笑み、そして殿下は皆を見回した。

「―――では、帝都に凱旋いたしましょう。」


殿下の明るい声が徹る。

まだまだ遣ることは山積。
決して楽な道程ではない。
それでも今はその未来が信じられる。













「・・・時に真耶。」

散会になり皆がそれぞれの部隊に散った折、この場の片付けに残っていた真那がボソっと呟いた。

「・・・殿下のあの[●●]突き抜け様、・・・何か在ったか?」

「・・・知らぬ。」

「・・・・・・。」

斜に流す視線に、口元を僅かに釣り上げる。

「・・・唯、一昨日の朝よりお固い侍従長も居らぬ地で、実質2昼夜[●●●]共に在ったのだ。
狙いを定めた[●●●●●●] 殿下がどの様な手管に至ったか・・・、私は関知していない。」

「!・・・。」


納得顔で離れる真那を、私は笑を浮かべたまま見送るのみ―――。



Sideout




※あとがき?
 永らく文章を綴る事と離れていたにも拘らず拙作を応援していただいてありがとうございます。
 感想や誤字報告も読ませて頂き、参考にさせてもらっています事、この場で御礼を申し上げます。

(この部分は問題が解決されたので削除しました)





[35536] §73 2001.11.12(Mon) 09:30 PX
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/09/05 17:34
'15,02,06 upload
'15,09,05 誤字修正


Side 冥夜


画面に映るは、帝都城内裏豊明殿―――。
簀が上がり、長いまつげを伏せた姿が顕になる。

―――その立ち姿は一幅の絵の如く。


大日輪の釵子。
正絹純白の水干を纏い、梔子の五衣、紫紺の裳を重ねた政威大将軍としての正装。


そして眼差しを上げる。
勁き意志を宿す、玲瓏たるその瞳で正面を見据えた。



  我が親愛なる日本国民の皆様。
  長きにわたり多大な苦難を強いている事、誠に申し訳なく思います。


その声が流れてゆく。
周囲には此度の演説を聞こうと大勢の人が居たが、身じろぎひとつしない。



  尚戦乱の終わりは未だ見えず、皆様の心には不安の大きなうねりとなって
  押し寄せていることでしょう。

  しかし正しく今―――、ワタクシは明日に繋がる曙光を感じております。

  昨日新潟の地に生じた未曾有の大侵攻。
  27,000にも及んだ全てのBETAを、同胞の一命をも喪うことなく殲滅せしめたことを、
  ここにご報告致します。



そう―――。
此度の全ては曙光。
直前の事変故、私自身はあの方の“影”となりJIVES訓練には参加すること叶わなかった。
そして予測されていたという現実のBETA侵攻発生。
当初14,000と言う数字を耳にした時、覚悟も決めた。

だが、その後の信じられぬ様な展開―――。

関わった全ての将兵に、紛れも無く希望の光を灯すものであった。



  これは[ひとえ]にご助力を戴いた帝国連合艦隊、
  帝国海軍、帝国本土防衛軍、そして帝国斯衛軍、国連太平洋方面第11軍、
  全ての皆様の果敢と精勤の賜物。
  ―――改めて心より万謝致します。
  誠、大儀でありました。

  そしてこれこそが日本の目覚めを願い、不撓不屈を以って日々の鍛錬を為してきた成果であり、
  在るべき日本人としての真の姿であることを改めて確信致しました。
  延いては人類が一丸となり立ち向かう事で、強大な敵にも抗し得るという証でも在ります。



此度のBETA侵攻。
後の統計に拠れば、総BETA湧出数は最大師団級―――。

当初だけでも大型・中型種で14,000超、小型種を加えると20,000超に及んだ。
更に湧出しようとしているBETAを連合艦隊が艦砲射撃による面制圧で2,000程度阻止している。
そして大勢の決した瀬戸際でHQを狙ったように突如湧出した大深度地下侵攻。
これが約5,000。

合計では、総数27,000に達したと言うことだった。
実質的に佐渡島ハイヴに存在するBETAの凡そ10%。
それをほぼ2時間半で殲滅せしめ、怪我人はそれなりの数出ていたが死者は0という快挙を越える大偉業を成し遂げた。



  だからこそ、私達はその明日を信じ、更に強靭な精神を持って歩まねばなりません。
  此度、ワタクシ煌武院悠陽は、改めて全ての権限を政威大将軍に集約しその行使を行うとともに、
  全責任を負う所存にございます。
  今日まで民と国の為、その身を捧げた者達、そして己の責務に殉じた者達の心を忘れる事なく、
  数多の英霊の遺志を背負い、私は歩み続けます。
  本日此処に日本という国の、長きに渡る雌伏の日々は終わりを告げ、
  再起を果たすことをお約束致します。



“新潟の奇跡”

既に、そう呼ばれているその報は瞬く間に世界を駆け巡った。

伝説と成った西日本からの撤退、多摩川のBETA防衛、そして“奇跡のOS”と呼ばれ始めたXM3供与に続く、姉上の4度目の奇跡。
嘗て、27,000にも及ぶBETAの大侵攻を人的損耗0で殲滅した事例など一度もないのだ。

勿論、様々なプラス要因は在る。
抑々が実弾演習と称して斯衛軍1連隊相当が当地に遠征していたこと。
単騎世界最高戦力と目される白銀少佐を含む国連太平洋方面第11軍が新装備の実戦実証という名目で随行していたこと。
“ 奇跡のOS” XM3が参加した全機に導入されていたこと。

しかし、それらを除いても、圧倒的な戦果。
XM3だけでは最早説明が付かなかった。

余りにタイミングの良い演習と侵攻の発生にBETAの侵攻予測までしたのではないかという憶測も彼方此方から聞こえるが、その点に付いては斯衛も地方軍も黙して語らず。
各国の注目は、公開された“新装備”に向いた。

XM3。
それが各戦線で戦術機の機動能力を向上し、死者を皆無としたことは疑う余地もない。

更には、“Amazing5”と呼ばれる5騎の突出した戦術機。
取り分け、その内の4騎を擁し異様な戦果を上げた国連太平洋方面第11軍A-00戦術機概念実証試験部隊―――。

連隊規模のBETAを1弾で殲滅するS-11X炸裂榴弾。
突撃級の衝角すら断ち切った74式戦闘長刀“改”。

そして―――。
HQへの大深度地下侵攻を殲滅せしめたのは、“ 白銀の雷閃[シルバー・ライトニング]”と共に“殿下”の搭乗していた“紫”の武御雷が使用した電磁投射砲と思しき光芒を発した突撃砲。
その齎した戦果は、初陣参戦での単独BETA殲滅数レコードともなる3,000。
尤もそう言われても、私は実質引き金を引いていただけ。
寧ろ過分なレコードなど入れ替わった姉上が引き取ってくれて本当に良かった、とホッとしている。



実際にはこの後に、世間には明かしていない突然の謀反も起きたが、戻ってきた姉上と入れ替わり事無きを得ている。

そして昨日、あの胸に縋った―――。
画面に映る姉上をみてまたそう思う。

私の存在を明かし、その上で血を分けた妹と公言し、姉上と呼ぶことすら許容してくれた。
勿論モーラー大隊の襲撃以降の事は緘口令も敷かれた故、世間一般に公知されたわけではない。
だが参加した将兵の数だけでも相当数、周辺地方軍は当時の回線を傍受している。
軍内部にはほぼ認知されていると考えるのが妥当であろう。
事実今朝になってこのPXでも、私の顔を見て引く者が多かった。

けれど、望むことすら許されないと思っていた。
物心もつかぬ日に裂かれ、そして決して二度と交わることもないと諦念していたその道は今、望外の奇縁を以て重なっている。


だが、これは始まりに過ぎぬ。
年内に落とすべきハイヴは2つ―――。

武と純夏、この新潟でその存在を魅せつけた彼らと彼の地に赴くことは規定。
気を引き締めなおさねば・・・。




唐突に画面が切り替わる。

これは・・・?


―――海上、だろうか。
光る大海原に、浮かんでいるのは小さな六角形の周囲に大きな六角形が6片集まり、全体として大きな六角形を形成する花弁の様な構造物。

更にその外側に、それら全てを合わせたよりも大きな六角形も薄く浮かび上がりつつある。
縮尺が上手くつかめないが、かなりの大きさであることは、波が殆ど見えない距離から判る。



  日本国民の皆様。

  本日ここに、更なるご報告を申し上げます。

  長らく準備に時間を取られ公表が遅れましたが、漸く太平洋上に浮かぶギガ・フロート、
  通称“高天原”の本格稼働が開始されたことをお知らせ致します。
  画面がご覧になられる方は、現在の“高天原”のライブ映像を御確認いただいて居ります。


PXがざわついた。


  今後、日本帝国軍・帝国斯衛軍は本格的な反攻作戦を実施する計画を推進しております。
  しかして、一度BETAに蹂躙された国土は、奪還を為してもその養生に暫くの時間を要します。

  “高天原”はその間、皆様に提供する仮初の大地。
  年内に現在見えている6葉の管理区域・居住区域の他、外片に造成途上のギガ・フロート1基、
  凡そ1000平方kmの面積を水耕地として開放致します。、

  その後も3年後に計18基、5年後には計30基にまで拡張致します。
  10年後、最終的に1基当たり40万、合計で1200万人が居住し、
  様々な労働が可能な環境を作り上げる予定で居ります。


な―――。

花弁が増えるように、六角のギガ・フロートが増殖する姿が画面にオーバーレイされる。
5年後の合計が3万平方km!?
日本の国土の12分の1にも相当する面積ではないか!
何というスケールっ!!

姉上はこんな超弩級プラントを極秘裏に用意していたというのかッ!?


  明日より避難民の皆様を優先とし、移住受付を開始したします。
  先日、噴火の兆候が観測されたことにより、やむを得ず一時避難をお願い致しました天元山の皆様も、
  ご希望により優先的に案内させて頂きたく存じます。
  また、この“高天原”は同様に国土を失った日本国以外の避難民の方々にも
  10%を目処に開放を予定しています。
  更にそれとは別に、3年後に完成する内の3基については、
  EU連合、中華人民共和国、ソビエト連邦に1基づつ租借の交渉に応じる用意があります。


何という―――存在。
私など、まだまだ届かぬ。


  日本国民の皆様―――。

  希望を捨てないで下さい。
  夢を諦めないで下さい。
  未来を閉ざさないで下さい。

  どうか、皆様のお力を、今暫くお貸し下さい。
  輝かしき明日を信じ、各々が為すべきを為せるよう未来を見据え、共に歩んで参りましょう。



高天原―――さながら“奇蹟の大地”―――であろうか。
だが、姉上は新潟に赴いた将兵のみならず、全ての日本国民に、否、世界の人々に紛れもない希望の光を灯した。


―――唯感謝を胸に。
為すべきを為す―――。


両の拳をギュッと握りしめた。



Sideout





Side 慧

横浜基地屋上 11:00


11月の空が高い。
屋上もそろそろ寒いな。

それにしても基地全体がざわついて居る様に聞こえる。
午前中の殿下の演説は、それほどのインパクト。


「悪いな、遅れたか?」


手すりに座って空を見てたら、後ろから声がした。


「白銀、おそ・・・。」


その手元に視線が惹かれる。
アレは・・・。


「コレを用意してたんだが・・・余計なお世話だったか?」


目の前で振られると、目が追ってしまう。
白銀は、笑って渡してくれた。


この前初めて食べさせてもらった。
焼きそばパン―――。
最優先事項。



とは言え、本来上官にあたる白銀に此処まで来てもらった理由は勿論大事。
代わりに持っていた手紙を渡す。

少佐なのにプライベートでは同期の様に振舞う。
最初は皆畏まっていたが、余りのあけすけな態度に馬鹿らしくなり、普段はこんな扱いに戻った。
その方が気楽でいいと本人が言う。


「これは?」

「・・・今朝になって届いた、あの人[●●●]からの手紙。
読んでみて―――。」


遠慮無くパンに齧り付く。
至福。

誰からの手紙なのか、白銀は既に知っている。
以前手紙を見られたときに、名前だけは教えた。
その時は気にしなかったが、今回の内容・・・。
上官の立場でもある白銀には些か問題のある話かもしれない。

この場での喫食は不謹慎かな。
―――でも私にはこれくらいがちょうどいい。


文面を開き目で追った白銀の表情が変わる。
暗喩とか、私じゃないと理解できない所もある筈なんだけど・・・。

―――不思議。
白銀は理解しているみたい。
当然その示す内容の危うさ[●●●]も。



ずっと、気にしてた。
忘れたいのに。
心のなかに押し込めて、沈めようとしてきたけど、澱のように何時までも残り、ふとした折に浮かび上がる。

恥じていた?
憎んでいた?
嫌っていた?

“敵前逃亡者”と言う、烙印。


―――違うね。

ヘタレの癖に、常に前を向き。
どんなにおちゃらけていたって、ただ一向に明日を追い求める。
あの[●●]地獄のハイヴを潜りぬけ、尚も挑むその闘志。
生きることに、生かすことに、常に真摯。
それが私が見た白銀武という男。

そんな白銀に比して、気付かされた。

私はただ忌避していただけ。
触れること、思い出させること、―――その全てから逃避していただけ。


ポツリポツリと届くこの手紙―――。
昔を、忘れたいことをイヤでも思い出させるから苦手。


そしてまた時折この基地で私を名指して面会を求めてくる人がいる。
大抵は軍務でこの横浜基地を訪れた大東亜連合の関係者。
仕方なく会えば、その誰もが私に謝罪し、私の父さんに礼を伝えてほしいと言う。
見ず知らずの人に謝られ、そして感謝されても私には身の置き場がない。


だけど昨日―――。
撤収作業を終え、あとは陸路で帰るとだけというその時。
“影”を務めていた御剣とともに、A-00部隊の詰め所を訪れたのは、煌武院悠陽殿下その人。

御剣のコトは皆薄々察していたし、敢えて触れる者もいなかったが、謀反からの経緯は誰もが知っている。
殿下が御剣を血縁上の妹だと認めたのも皆聞いていた。
そこにいらしたのも、白銀や篁大尉と何か御用があるのかと思ったんだけど。

個別に声を掛けて頂いたのは、207Bのメンバー、その一人ひとりだった。

榊。
珠瀬。
鎧衣。

其々に複雑な事情も絡む同期たち。
今までは、ずっとその部分に触れるのはお互い避けていたんだけど、鑑が来て以来変わった。
今では、皆がお互い大凡把握している。

その一人ひとりにお言葉を添えられ、私の番になったとき。
まさか、殿下の口からあの言葉[●●●●]が紡がれるとは思っても居なかった。
心に留め置く言葉。
恩師―――。

間違いなく殿下はそう仰った。





「・・・それで、彩峰はどうしたいんだ?」


パンを食べ終え、その事を思い返していると、白銀はそう聞いてきた。


「・・・その前にひとつだけ聞かせて・・・。
白銀は、私の父さんのこと・・・どう思っているの?―――知ってるんでしょ?」

「ああ―――。
そうだな。
・・・自らの信じる道を貫いた人・・・かな。
尊敬する人だよ。」

「・・・・・・敵前逃亡・・・したのに?」

「それは一つの見方でしか無いだろ。
確かに拠点防衛という立場で見れば、司令部は壊滅したんだからそういう見方もできる。
けど、地域防衛、あるいは人命救助と言う見方をすれば、当然必要な措置だったとも言える。

その時点でどちらが間違っていて、どちらが正しいなんて言えない。
後の歴史次第で、世間的な評価なんかいくらでも変わっちまうからな。
もし司令部の防衛がもう少しマトモで、BETAの侵攻を防げていたら今頃中将は光州の守護者って言われていたかも知れないだろ。」

「・・・・・・。」

「・・・けどさ、昨日も殿下が言ってたけど、中将は自らの信念に従い、どちらがより国の為になるか量った。
そして自らの信じることに則り、実行した。
俺は何よりもそれを尊敬する―――。」

「・・・・・・。」

「そりゃ後の結果だけを見て色々言う事はできるし、立場が違えば見方も違う。
事実司令部は壊滅し、それも自らの選択の結果だから本人は何の抗弁もなく潔く責を取った。
それすら覚悟の上の選択だったとも言える。
・・・けどさ、今になってみれば、自分たちも追い詰められた立場にある大東亜圏の国々が、これほど帝国に協力してくれているのは、間違いなく中将の判断が正しかったお陰だと想うぜ。」

「 !! 」

「・・・ただまあ、残された者・・・特に家族は堪ったものじゃなかっただろう、とも思うけどな・・・。」


白銀は、世間的な正誤ではなく、その在り方を尊敬できると言ってくれた。

そして・・・。

残された者の想いも。



「なら・・・お願い・・・止めて。」

「は?」

あの人[●●●]を、止めて!」


その胸に詰め寄る。


「・・・。」

「私には、まだ力がない・・・あの人を止められるだけの力はない!
だから上官でもある貴方にお願いするしか無い!
あの人のしようとしていることは、きっと国のために為すべきことじゃないッ!」


その肩をふわりと抱かれた。
そのまま胸に引き込まれる。


「―――大丈夫だ。
心配しなくていい―――。」

「・・・。」

「彼らがしたかったのは、国を糾し、殿下に復権を齎すこと。
その殿下は既に今日、大権奉還を成された。
この後、彼らの暴きたかった奸臣も粛清される。
だから、彼らが起つ理由が無くなった。」


―――白銀ズルイ。
不意打ち。
クッ! 榊が嬉しそうに言ってたヤツね、同じ手にヤラれるなんて!

そんな事、耳元で囁かれたら[心臓][子宮]に被弾。
―――損傷・・・甚大。

安堵―――しちゃう。

全身から力が抜ける。



―――でも、そっか。

父さんは、人として国のためになると信じたことを為したんだ。
それが良いか悪いかは別にして、その事だけは素直に腑に落ちる。


―――今度、手紙書いてみようかな。

そう思いながら、白銀の胸に縋ったままだった腕をその背に回し、抱きついた。


Sideout





拝啓 津島様


はや暦には冬が立ち、木枯らし舞う時節とも成りました。
御身におかれましてはご健壮のことと祈念致します。

過日幾度も便りを戴きながら、永きに渡り返信すら出来ず誠に申し訳なく思います。
亡き父の遺し痕は今以てあまりに深く、未だ若輩なる私には、何が真実で、何が虚偽か判断が付かず、惑乱するばかりに御座います。
どうかご容赦ください。


それでも先頃、唯一確信致した事も在ります。
父は、父が信じた為すべき事を為す途[●●●●●●●●●]に、覚悟を以て殉じた[●●●●●●●●]のだ、と言う事です。
結果はどうアレその在り方は尊敬すべき、と言って呉れた者が居りました。
今はその事を誇りとし、日々の精進を重ねようと決意いたしました。

凡そ不器用な父は、遺される者の想いまで斟酌出来ず、今更ながらにしか気付けなかったこと、甚だ遺憾なれど、その結果のみを省みそれに拘泥すること無き様、自らの途を歩まんと志す次第です。


私も先日衛士演習を通過し、今は正規任官を待つ身ともなりました。
国連軍の所属故、貴兄との途は違えど、輝く未来を信じ新たな歩を進めます。


願わくば貴兄の征く途が、父の信じた途に悖る事無きを、父の覚悟を涜す事無きを希むばかり。
真の正道を、堂々とお徹しください。


冬来たりなば春遠からじ。
人類の春も遠からんことを切願し筆を置くこととします。


敬具











Side 唯依

21:00 A-00部隊執務室。


昨日新潟を昼過ぎに撤収し、陸路で昨夜遅く横浜に帰還した。
世間は“新潟の奇跡”や“大権奉還”、“高天原”で大騒ぎの様子。
その喧騒を他所に、参加したA-01中隊や、仮配属の訓練兵は隊長・中隊長以外1日休暇が言い渡されたらしいが、A-00戦術機概念実証試験部隊としては別。
寧ろ戦闘後からが本格的な調査となる。

勿論、クリスカやイーニァは無理、戦闘後の検査に回っている。
そして色々と戦闘経緯の報告がある白銀少佐も除外。
残っているのは、大佐と神宮司大尉、鑑少尉だけ。

と言っても鑑少尉は“森羅”のまとめが膨大な為、他には手を出さない。

各機体の整備による状況把握や検査・測定の手配、記録されている機動の整理、戦果の確認。


それらの整理に漸くめどが着いたのは、夕食を喫食した後の午後9:00。
既にまとめ段階に入っており、専門ではない神宮司大尉も鑑少尉も既に居ない。
残った大佐と二人だけで、モニターの確認をしていく。


実戦に置けるG-コアの戦時消耗特性把握  予測誤差範囲内
         EMLC-01X連射時  50%増/1門当たり
         IRFG起動時    30%増
 別添 A-00 Rep.001-011111 参照


試製S-11X炸裂弾効果範囲         予測誤差範囲内
 別添 A-00 Rep.002-011111 参照


試製IRFG 反ラザフォード質量軽減装置 被験者 篁唯依 白銀武 鑑純夏
                  起動時バイタル 要注意所見無し
                  起動後バイタル 要注意所見無し(40時間経過後) 
 別添 A-00 Rep.003-011111 参照


試製01型電磁投射砲筒  機関部   通常使用と偏差無し
             砲筒部   各部摩耗 想定内 推奨交換中央値 50,100発
 別添 A-00 Rep.004-011111 参照


試製74式“改”近接戦闘長刀     予測誤差範囲内
                   特記 剣術熟練者ほど刃先摩耗小
 別添 A-00 Rep.005-011111 参照


試製120mm対BETA弾          通常弾同等
                   詳細不明


大まかに纏めると以上。
効果の在ったものは、概ね良好。
損耗や摩耗が無いわけではないが予測の範囲内であり実用上の問題点も出ていない。


最も危惧していた試製74式“改”近接戦闘長刀の結果も満足行くものだった。

御子神大佐に言う、“ネタ”武器、心配していたのはその刃先摩耗。

試製74式“改”が表面振動を利用し防汚を目的としたものだが、“ネタ”武器は通常は振動させることにより切れ味を増すという高周波ブレード・振動刀等と呼ばれる装備設定があると言う。
―――大佐はありえない、と失笑していたが。

切れ味に関係する“振動”は、刃に沿った方向、つまり伸縮方向の振動が必要となる。
しかし刃物は、その構造上刃面に垂直な方向が最も剛性が低く振動しやすい。
これは刃物の形状から避けることは出来ず、切れ味に対して有効なほど伸縮方向に振動を加えると、刃面に垂直な方向には必ず振動が発生し、その振幅も鋒に行くほど大きくなる。
切れ味に重要な刃先が対象に当たった時、刃面に垂直な振動が加わったらどうなるか。
刃筋を立てることが剣の極意だと言うのに、全く無関係に振動などされたら堪ったものではない。
刀を扱っている以上、最も忌むべき力の加え方なのだ。
余程凝った構造を取らなければその方向の振動は抑えられず、逆にそんな構造をとれば、複雑化による重量増加、作成難易度上昇、結果生産コストが跳ね上がり、幾許かの性能向上と全く吊り合わない仕様となる。

試製74式“改”は刀身であるスーパーカーボンの表面にC60カーボンナノフラーレン層を形成し、そこに電流を流すことにより表面性状を整え、微細な超音波表面振動を誘発する。
更に印加する電圧は、刃面の表裏で完全に逆位相となる波形とし、刃先で問題と成る方向の振動を発生させない様にした。
その甲斐あって、試製74式“改”は振動させない状態よりも寧ろ良好な刃持ちを示した。
刃先に汚れが着き過剰な力が発生する事が無かったためと推測される。
更にこの傾向は、剣に対する熟練度でも違う。
紅蓮大将など剣術に長けた達人クラスの方が顕著となり、余り頓着していなかった紅の姉妹の方が劣化が進む。
最終的には動く対象に対しても常に正確に刃筋を立てられる方が劣化が少ないのは以前と変りなかった。



「そう言えば、試製120mm対BETA弾と言うのは、あれで宜しかったのですか?」


そう、今回検証した中で、唯一何の成果もないのがこの試製弾だった。
事前から効果はないとも言われていたので、気にもしていなかった。


「ああ。
お陰で目処は立ったかな。」

「 ? 」


先刻まで大佐は件の試製弾発射時の映像をチェックしていた。
相手は何れも要撃級。
正確に胴体部に当たれば、通常弾でも致命傷を与える。
それは今回試した3発の試製弾も同じ。
私もその3発、そして通常弾の映像を比べたが、どれもが要撃級を一撃で沈黙させただけの映像だった。


「・・・それならば良いのですが、―――報告書はこれで宜しいですか?」

「ああ、ご苦労様。」

「ハッ! それではお先に失礼します。」

「あ、ちょっと待った。」

「―――何か?」

「―――そういえば、昇進祝いを渡して居なかったな、と思ってさ。」

「はい?」

「何か欲しい物はあるか?」


余りに唐突な質問に戸惑う。


「―――他意はないから気にするな。
無理言って引っ張ってきたが、予想以上に助かってるんだ。
検査の手配とか、整備部のヤツ等、篁からの依頼だと気合が違うからな。
―――普通即日でなんか上がってこない。」


苦笑い。
そう言われればそうだ。
戦術機の各部損耗状況から、使用した装備に到るまで、かなりのボリュームある検査なのだ。
因みにユーコンのドックにはまだ私のポスターが掲げられたままだとか。


「そんな・・・戴けません。
それを言ったら2階級特進した大佐だって・・・。」

「俺のは単に対外上の都合だ。
篁の昇進は、正当な論功行賞に基づいたもの、まりもが言っていただろう? 誇れって。」

「・・・。」


―――全く。
此度の装備、“森羅”を除けばそれを齎したのは全て大佐だというのに。


「しかも昇進祝いを部下から貰う奴なんて居るか。
―――逆は無いと俺が恥を斯くと思うが?」


ちょっと強引。
でもニヤニヤ笑っているから自分でも判っているのだろう。

そこまで仰るならと少し思案。


「―――以前、殿下に正宗 銘・一の太刀を見せて貰いました。」


今思い出しても、ため息が漏れる。
あまりの素晴らしさに息を飲むどころか呼吸を忘れるほどの業物であった。
神韻と言うのは正にあのようなモノを表すのだろう。

ユーコンでユウヤに緋焔白霊を託してしまったため、今私の手元には携刀がない。
篁家とてそれなりの武家故、京都の蔵にはそれなりにあったと聞いたが、帝都防衛の折り殆どが持ち出せなかったと聞く。
今は母のもとに数振りが残るが、それも重要文化財級の古刀で在るためおいそれと常備するわけには行かない。

大佐はかなりのマニアらしく、多数の銘刀を所持しているとも聞く。
XSSTにも殿下の節刀に似た刀を準備していた位だ。
身近に無いと修練もままならないため、無銘で構わないから一振り探していた。
今後の参考に、幾つか見せて[●●●]頂きたかった。


「太刀、か。
そういえばブリッジスに渡したと言ってたな。
―――OK、一振り譲ろう。」

「え?! まさか、今後の参考に見せていただくだけで十分ですッ!」

「―――そんなけち臭いこと出来るか。
それとも篁は俺に恥をかけ、と?」


意地悪そうに笑いながら言う。
――ズルイです、大佐。
そんな言い方されたら断れないじゃないですか。


「・・・・・・良いのですか?」

「構わん―――どんなのが良いんだ?
篁は、悠陽と違って普段から振りたいんだろ?」


国内でも多くの刀鍛冶が喪われた今。
その価値は無銘の軍刀であれとても尉官クラスが簡単に手にできるものではないのだが、ここは大佐のご厚意に甘えるしかない様だ。


「はい・・・。 勿論無銘で良いので、扱いやすければ・・・。」

「確かに、古刀は美術品的な価値の方が高いからなぁ。
実用という意味ではな・・・。
無銘―――か、なら俺の鍛えたものでもいい?」

「え?、大佐の?」

「一応、それなりに極めたんだぜ、鍛造も。
コア・セクションに個人の工房があるから、今は思考が行き詰まった時や、G-コアの調整の合間、精神統一替わりに鍛ってる。
もちろん古刀と違い、素材も処理も拵えも全て現代技術だが。
・・・これも気に入ってるレベルの自作。」


そう言って置かれたのは、一振りのナイフ。
ユーコンの、そして先日PXの厨房でもキングサーモンを三枚に卸したあのナイフだ。


「刃渡りで約1尺。
所謂短刀を敢えてドロップポイントで作った。
形式は洋風だが製法はまんま日本刀だな。」


無機質なカイデックスシースを鞘走れば、歯厚が8mmはあるフラットグラインド。
ドロップポイントなのでそりもなく、鎬もない。
だが、完全鏡面のフラットなのに、湾れと乱れを掛け合わせたような刃紋が浮かび、そこから刃に向かい、緻密な沸がさざ波のように走る。先に行くほど、細かくなる沸は、匂いと化し、その粒度と引き替えに自ら輝くような神気を帯び、刃先は光の一線となって見えた。
形状はナイフであるが、確かに完全な日本刀鍛造なのだ。


「現代技術を駆使して鍛えたから。
その刃紋、接合強度が最強に成るまで試したらそうなった。
波紋を周波数解析すると1/fゆらぎだったのは笑ったけど。」

「・・・。」


ゴクリと唾を飲み込む。
これだって、相当の業物だ。
ユーコンで見た時から、誰か高名な鍛冶師の作と思っていた。
剣に携わった者なら、それだけでも魅了されずに置かない逸品。
これが、大佐の自作とは・・・。
戦術機の材質、製法に於いてもその知識は並々ならぬ物がある大佐。
自らの経験で、鋼の扱いまで理解しているのだ。


「・・・これと同じレベルの現代刀が在るのですか?」

「そいつは普段使いのユーティリティ、そこそこ[●●●●]さ。
・・・ああ、この前出来た会心があるけど・・・ちょっと篁には異端・・・でもないか。
ちょっと待ってな。」


そう言って大佐は一度背後のクローゼットに消えた。
そして戻ってきた時には、随分と長い布巻を持っていた。
布を取り払い、取り出したのは、長刀。


―――長い。

大太刀、或いは野太刀と呼ばれる3尺以上の太刀。
江戸期には幕府により3尺以上ある太刀の帯刀が禁じられたため、それ以上尺の有った有名な銘刀は殆どが大磨上されその刀身を短く詰められている。
故に現存する大太刀の多くが儀礼用で、人の振るうことの出来ない重いものばかり。
実用性の在る大太刀は殆ど現存せず、大佐が殿下に譲られた3尺3寸の正宗などレア中のレア物。
世が世なら国宝指定間違いなしの極品。


だが大佐に掛かれば、無ければ作ればいいじゃない、と言わんばかり。


鞘に収まる刀身は、殿下に見せていただいた正宗の3尺3寸を超え、ほぼ4尺、1.2m。
反りは緩めで7cm程度に見える。
柄も長い刃長に合わせ1尺3寸・・・40cm位あり、その全長で言えば私の身長程。
鞘が漆黒に透明感在る編み込みを幾重にも重ねたような一体成形。
妖しくくゆる最高品質のドライカーボンの塊。
そして鍔も鞘と同質の漆黒で塙を形取り、一房の羅紗が編まれている。
柄は同質の刻みに、やはり漆黒の糸が菱に編み込まれていた。


だが、無造作にその長大な大太刀を渡された瞬間感じたのは、軽い!、という事だった。

全長で5尺を越える大太刀でありながら、刃丈2尺7寸だった嘗ての帯刀―――緋焔白霊とほぼ同等。
1kgちょっとしか無い。


「・・・拝見しても?」

「勿論。」


力を込めると、コツン、と小気味良い手応えがあり、鯉口が切れる。
長刀故、通常の腰の位置ではなく、腕を伸ばした状態から鞘走る必要があるが、鞘元、手を添える部分が僅かに回転して反れる機構を有しており、私のリーチでも1.2mの刀身が無理なく抜けた。


「―――!!」


鞘を置き、チャキ、と刀身を翻した瞬間、知らず、背筋が粟立つ。

鏡面に磨き上げられた地金は、僅かに青味をを帯びて見える。
刃紋は鍔元から切っ先まで、湾れと乱れを伴う、大佐の言う1/fゆらぎ。
沸から匂いへの遷移も完璧で、微塵の乱れもない。
そこに筋金が、綾織のごとく絡む。


一際強い刃先の閃光。

それどころか、刃金自体が幽かに蒼い燐光を纏っている。

それだけでも、この刀の完成度、凄味が感じられる。


「これは・・、しかし・・・」

「・・・自画自賛すれば現代刀の、まあ一つの到達点かな。
総て機能を突き詰めた在り方しかない。」

「・・・・」


軽く構える。

手に吸い付く様な柄の握り。
刃長4尺に達する大太刀でありながら、切っ先が手の内にあるような感覚。

軽い、―――が決して不足無く、それでいて重心位置がかなり手前、3尺の刀と同じくらいの位置にあり、構えがブレもしない。

緋焔白霊に慣れた私なら、片手でも扱えそうな程の扱いやすさ。

その一方で感じる、この長尺を真に使いこなすには、相当の技量を要求されるだろう、底知れない奥深さ。
これは大佐の目指す道具・・・武器・兵器の在り方そのものだ。


「・・・これは鋼ではないのですか?」

「―――Ti-Zr。
特殊な二元合金で、鍛造すると極めて強固なマルテンサイト相を作る上に、比重が鋼の6割程度。
靭性が高いから刃厚も比較的薄く仕上がる。
芯金は同一素材でも可能な限り靭性を高め、徐々に組成率を遷移した層を何層も重ねることで、外に成る程匂いが立つ。
その表面に現れている遷移組織が、内側にも立体的に組成されている。
普通の3尺だと逆に軽すぎるんで、このサイズになったけどな。
加えて柄も鍔もカーボンだから、その刃長で1260gに抑えた。
まあ伝統的な拵えが好みなら変えるけど。」

「え?・・・まさか!?、これ、を・・・戴けるのですかッ!?」

「自作なら値も付かない[プライスレス]、気兼ね無く受け取れるだろ?
それに・・・篁が実戦に使う日本刀として相応。
ユーコンじゃ強化装備すら無しでBETAと戦ったとも聞いた。
兵士級や闘士級ならともかく、戦車級とガチならこの位必要。」

「はあわッ! あ、あれは若気の至りで・・・、あの、生身では二度と遣り合う気はないのですが・・・。」

「なら、普通の長さが良いか?」

「!!、・・・これが[●●●]良いです―――。」


したり笑顔の上司に、嬉しいのと悔しいのと恥ずかしいのがない混ぜになった変な表情を向けてしまったかもしれない。


「―――どうぞ。」

「あ、ありがとうございますッ!」



―――ひと目で魅入られた。

確かに素材・製法・熱処理、すべて古典的とはいえない現代技法であろう。
美術品としての価値は、古刀と比べるまでもない。

だが、実戦―――。
その一点に於いて、これ以上の刀、望む事叶わない。
基本極めれば切っ先しか使わぬ剣に於いて、3尺と4尺では、その間合い、そしてその速度が33%も異なる。
通常は刀身を長くすることで重量が増大するため、大太刀を振り回すには相当の膂力を必要とする。
しかしこの大太刀はその比重により重量負荷を受けることなく、さらに絶妙な重心調整をすることで3尺の刀身とほぼ同じ感覚で扱える。
架空と言われる佐々木小次郎の剣ではないが、キチンと扱えるのであれば有利であること間違いない。


「―――銘は何と付けたのですか?」

「つい先日鍛えた自作だからな、まだ特に無い。―――篁が好きに付けな。」

「では、“縹緲蒼月[ひょうびょうそうげつ]”、と。」

「・・・早いな。」

「刀身を―――見た瞬間、浮かびました。」

「そっか。―――気に入られたんだな。」

「え?」


気に入ったのではなく、気に入られた?


「ほら、偶にあるだろ?、魂を持つかの如き刀が―――。
俺もコイツは途中から導かれるように[●●●●●●●]鍛ったからな。」


・・・・・・それは伝説の業物、例えば鬼丸国綱とか、鬼包丁村正とか、蛍丸とか、雷切とか?

よしッ・・・・・・スルーしよう。

今のは大佐の独り言。
私は何も聞いていない。

私が気に入ったのだ。―――全てはそれで良い。








勿論、この時の私は知る由もなかった。

後日、この刀が本当に“β切蒼月”と呼ばれるようになることなど・・・。


Sideout




[35536] §74 2001.11.13(Tue) 09:00 帝都港区赤坂 九條本家
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Date: 2015/04/11 23:27
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Side 純夏


・・・なんでわたしが此処に居るんだろ?
昨日の今日なので、正門の前にはチラホラとマスコミも張り付いていたし。


昨日“大権奉還”、そして“高天原”公表の裏で行われた大粛清の嵐。

それは軍部・政界に限ったことではなくって。
公官庁に於いても、地方に到るまで著しい不正は次々に捕縛された。

復古の大獄―――と冠した新聞さえあったくらい徹底的に。


何せ今回の検挙には、陰ながら彼方君が関わったのだ。
流石に裏仕事をわたしにさせるわけには行かなかったらしい。
なので電子情報に残る疑惑は尽く、全て白日の下に晒された。

けど、その彼方君のハッキングを以てしても、九條当主本人の直接関与は出てこなかったみたい。
呆れるほど周到に、あらゆる記録から自分の存在だけは消していた。
極端な写真嫌いとも言われ、今の姿を探すことすら難しいのもその事に由来するのだろう。
勿論わたしが直接リーディングすれば、黒も黒、真っ黒だろうけど、それを裁判の証拠とするわけには行かない為、深入りはしない筈なんだけど・・・。

それでも、両腕とも言える一條・二條当主を始め、その十指にあたる係累、また九條とは繋がりがないかに見せていた裏閨閥も完膚なきまでに連行された。
特に注力されたのが、裏閨閥。
九條が今の殿下に取って政敵であることは既知であるため、表面上の中道、あるいは殿下サイドの切り崩しに腐心していたらしい。
MPに捕縛された佐官クラスには仲御門や大伴と言った名前も散見された。
その容疑は軽くて収賄、横領から背任、詐欺、重きは殺人教唆や殺人、そして国家騒乱・教唆にまで及び、その内容が尽く暴かれ詳らかに明かされていった。

結果的に統合幕僚本部はその半数を刷新する羽目に陥り、本土防衛軍トップもまた更迭を免れなかった。
本土防衛軍指揮系統には、即日各方面隊から元陸軍の将官が呼び戻され綱紀粛清することと成る。
またそれと同時に帝国軍・斯衛軍内部に潜伏していたCIAの工作員もその殆どが検挙されている。

つまり九條は軍事的・政治的・官僚的・外交的伝手を全て奪われた形となったわけで―――。

例え本人に累が及ばなくとも周辺のほぼ全てが検挙されるという事態には、流石に元枢府とて看過出来る状況ではなくなった。
日和見的に九條サイドに近かった元枢府であるが、此処に来て新潟防衛、そして高天原と今の帝国にとって必須ともなる要素を携えた殿下の復権に棹さそうものなら、次の粛清対象と見做されるだけ。
当然態度を翻した元枢府から九条家への緊急勧告に対し、九條兼実は即日当主を辞し、疎遠だった姪の頼子が九條を継ぐこととなった。
周囲が検挙された以上、例え本人の関与が証明できなくとも、一族の監督責任というのは当然当主に帰する。
このまま捜査が進めば今後益々その責任を問われる事になるわけで、元枢府の寝返った今、辞さねば御家断絶ともなる状況。
批判の及ばぬ今の内に家長の権限を移譲させる事で、五摂家断絶ともなる不祥事を避けたかったのは元枢府とて同じ、その勧告に従わざるを得なかった。
この唐突な当主交代で断絶こそ回避できたかもしれないが、当然家格は五摂家末席にまで落とされる事となったらしい。


そして当の本人は、自身の権勢を以てしても全く抗し切れなかった怒涛の政変に憤慨、あまりに激高した挙句、脳血栓の発作を起こし倒れたとの報もあった。
尤も病院に運ばれることもなく、主治医の処置により自宅内療養との事だったので、世間的には仮病ではないかという憶測も出ている。
一方で、倒れた時間と当主交代の前後は定かにされておらず、断絶を危惧した周囲や元枢府の陰謀ではないかと疑うものも多数居るらしい。





―――で、なんでわたしが、その九條家の裏口に居るの?


もう一度思う。

しかも目前には憎悪で人を射殺せそうな目でわたしの[]を睨みつける女性。


「―――貴様が何故此処に居るッ!?」

「久しぶりだな、クマ。」

「クマではない!、久那だ!」


刀に手を掛ける相手に、相変わらず飄々とした態度。
―――そう、わたしをここに連れて来たのは彼方君。

断絶したんじゃないの、と聞けば、出入り禁止は喰らっていないの一言。
わたしがクラックするまでもなく、裏門の電子ロックを平然と解錠し、勝手知ったる様に裏口に御免と一言、入り込んだ。


「おやめなさい、月輪。」

「お嬢・・・御館様! しかし此奴ッ!」

「・・・非は伯父上にあるのですよ。
それはソナタも承知のはず。」

「・・・クッ!」


奥から現れた若い女性がそう声を掛けてくれなければ、抜刀されていたかもしれない。


「―――とは言え、この時期におなご一人の共しか付けず、不法侵入とは如何なものでしょう・・・御子神彼方大佐。」

「―――挨拶はしたから訪問と言ってほしいな。
正規を望むなら、正門から訪問し直すが? 九条家当主、九條頼子殿―――」


この女性が、九條の新たな当主・・・。
まだ20をいくつも超えていないように見える。


「・・・・・・ふう。
貴方は幼少の昔からそう―――。
久那を揶揄するのも相変わらずですか。」

「少しは流せるようになったかと試したが、何時までもノリがいいな。」

「全く・・・。
伯父が倒れたという今、確執在る貴方が正面切ったら、マスコミには恰好の話題作りですね。
―――では、凋落した宗家に今更何の御用ですか?」

「・・・隠居の様子を見に来た。」

「・・・仮病を疑っているのですか?
まだ意識は戻っていませぬが、医師の見立てではかなりの後遺症が出ているはず。
―――良くて半身不随、悪ければ寝たきり。
何れにしても蟄居は確定です。
2度と権勢を握ることは無いでしょう。
―――その伯父にトドメをお望みですか?」

「どうせ邸内のICUに居るんだろう? その姿を見せてもらうだけでいい。」

「・・・。」


彼方君を良く知っているのだろうその女性は小さく溜息を付いた。










都心の超一等地に構える広い屋敷。
典雅な庭を望む茶室。


彼方君はわたしを連れ、本当に邸内に存在したICUのベッドに横たわる壮年、いやすでに老人の様に老けこんだ男性をガラス越しに一瞥しただけだった。
その意識は何を思うのか・・・。
反射的にチラリと彼方君にもリーディングを仕掛けたが、その思考は相変わらず読めない。
ホント、チート―――。
主となる思考を普段からアストラル領域で行っているらしい。
通常のリーディング/プロジェクションは脳波に干渉するもので、彼方君の場合、生体部分ではその断片を不連続に処理していると見えて、それだけでは意味をなさなかった。



当主自らが亭主となり茶を淹れてくれた。
優雅な所作や、嫋やかな手付きは流石お姫様とも思う。

前当主の様子を見たその後、少しは話しを、と請われここに居る。


「―――伯父の行ってきた所業。
確たる証拠こそ無いものの、繋属の殆どがそれら大罪に組みしていた事実。
領袖の責と成れば、此度の沙汰も致し方なきこと。
むしろこれだけのことをして、御家が断絶しないだけでも僥倖と言うべきなのでしょう。
・・・彼方の積年の恨みも少しは溜飲が下がりましたか?」

「・・・俺には別に私怨なんぞ無い。
抑々俺には今年年初までの“記憶”は無いことは聞き及んでいるのだろう?
過去の経緯は“記録”で知っているが、感覚で言えば“他人ごと”だ。」

「・・・。」

「―――ただ人類の存続を阻む、その在り方が相容れなかっただけだ。」

「・・・伯父は第5計画の移民船に一縷の望みを賭けていた。
確かに早々にBETA大戦を忌避し逃避に走るは、武家の在り方としては認められぬかもしれません。
けれど、前帝都が陥ちようとする過日、他の五摂家は何れも年端も行かぬ女子を当主に立て、将軍への推挙を回避しようとした・・・。
それと如何程の違いがありましょう?
それがそんなに咎められる事なのでしょう?」

「・・・判って言ってるんだろ、頼子。
その為に、・・・第5計画派に与するために、隠居が帝国内で何をやったか・・・。」

「・・・。」

「忌避するだけなら構わない。
自らの高齢を理由にその年端も行かぬ女子に政威大将軍の大役を押し付け、それでいて悠陽がただのお飾りに収まらないカリスマ性を発揮すれば、それを危惧し直ぐ様潰しに来る。
政威大将軍は辞退したのに、その権勢の干犯と物資の蚕食には執心。
“記録”を見ただけでも知れたぜ。
そして挙句が今回の遠征妨害、クーデター煽動と米国傀儡政権誘導か?
その意志は紛れも無く本人のものだ。」

「・・・私があの時[●●●]、崇宰と同じく、九條の当主として起っていれば違った未来が在ったかも知れませぬね・・・。」

「それも一つの未来・・・だったかもな。
ただ、同じ第5計画に縋ったならどの道未来はなかった。
そもそも隠居が固執したあの移民計画、今の第4計画の認識で言えば、“蟲毒”の壺、BETAの罠だ。」

「――え?」

「・・・恐らく隠居は、月面基地[プラトー1]でBETAに洗脳[●●]されたのではないかと予測している。
多分、自覚すらないままに―――。
その為に第5計画に固執した。
今地球上を席巻しているBETAなぞ只の作業機械、その背後には人類を搾取せんとする高次の知性が在る可能性が見え隠れしている。
今日は、それを確かめに来ただけだ。」

「!!、―――あ。」


彼方君の忌憚ない暴露に、心当たる節が在る様子。
形の良い唇を強く噛み締める―――。


―――そう、先程垣間見たICU。
こんな所までわたしを連れてきた理由を漸く理解した。

確かに重度の脳血栓を起こし運動野のかなりの部分が壊死していた。
あの規模では今後も回復は望めず、日常生活すら自力では出来ない事となるだろう。
それでも、思考野や記憶野は健在。
目覚めない九條前当主の中では、夢見る様に残った記憶野が活動しており、その中には確かにその痕跡[●●●●]が存在した。

強烈な、焼き付けられた様なイメージ。
神性―――としか言えない存在の刷り込み。
昏睡中の、記憶の断片となったそれ[●●]を僅かにリーディングしただけでもこちらまで帰依したくなってしまうような崇高な存在感。
それが無意識下でBETAと繋がっている。
そこ[●●]に至りたいという狂信的な意識が移民計画への渇望に繋がり、その手段として第5計画に与した・・・。

BITA―――傀儡級、その在り方―――。

けれど、其れ以外は所詮人の力しか持たない存在だった。
たまたま前当主が権力を握っていた者だからこその影響力。
だが、その権力を失い、動く術すら喪われた今、そこに何が残るのだろう。
刷り込みゆえの強烈な渇望と無力感、決して届かぬ妄執への煩悶・・・。
―――本人に取っては飢餓の煉獄に等しいかも知れない。
この状況に陥ったのは、或いは喪われた人々の因果なのかな・・・。


「―――得心がいきました。
確かに伯父が変わられたのは月面基地滞在以来と聞きます―――。
神性を感じた―――宇宙に出てそう言う体験をする人は多いとも言われますので、そんなモノかとも思って居りましたが・・・。
そういう事だったのですね―――。」

「―――その事実が見えて来たのは、ここ最近。
そして残念ながら今後洗脳が証明されても隠居の責は変わらない。
支配を受けていたわけではなく、言うなれば凡そBETAと言う宗教に帰依し、その為に他者を陥れても構わぬ行動に出たようなもの。
そこで“何を為すか”は個人の自由裁量だからな。
もっと早く判っていればとも思うが、先の当主云々と同じ、今更だな―――。」

「・・・そうですね、今言っても詮無きこと―――。
寧ろ伯父の妄執が帝国を滅ぼす前に阻止できたことがせめてもの救い、でしょうか。」

「気に病むなとは言わんが・・・オマエは、隠居じゃない。
洗脳もされていない。
オマエは、オマエのすべき事を為せばいい。」

「・・・相変わらずです、貴方は―――。
あの時、当主として起てていれば、今も貴方が繋属で居てくれたかも知れない、・・・その事が心残りの最たるものですわ。」


ずっと張り詰めていた能面のような表情が崩れ、初めて泣き笑いのような表情を見せた。


「頼子―――。」

「・・・何でしょう?」

「やる。
オマエが当主なら、問題ない。
今の九條には必要だろう。」


差し出したのは、分厚い紙封筒。
受け取り、中を改めるその顔が驚きに染まる。


「・・・これはッ!? 合成半透膜の補完特許?
―――貴方と伯父の諍いの元となった特許ではありませんか!?」

「嘗ての分家として、新当主への[はなむけ]とでも思え。
・・・元々、権利に固執なんかしてなかったからな。
BETAの侵攻に伴う水不足を補えるなら、九條が持っていても何ら問題はなかった。」

「・・・では何故?」

「隠居に相談した段階でこの装置は、わざと仕掛けた欠陥[トラップ]の他にもう一つ、重大な欠陥[●●●●●]を残していた。
―――濾過過程で、ある種の環境ホルモンが混入する、というな。
人類という種に対する遅効性の毒と言っても良い。
長く蓄積することで生殖率が格段に下がるというシロモノさ。」

「ッ!!!」

「・・・隠居は俺の説明でそれを解っていながら、その修正すら指示することなくこっそり企業に横流しにした。
だから[●●●]完全に離反し、対立した。
修正特許の実施過程でその欠陥も改修したから今は問題ないが、それで隠居を“人類の敵”と見做した―――。」

「・・・成る程、その段階で既に貴方は伯父の異変を見切っていたのですね。
子供だった私にはただ違和感しか覚えなかったというのに・・・。」

「まあ、当時の記憶を喪った俺が言うのもなんだが、もう少しオマエには相談したほうが良かったかもという記述はあったよ。」

「・・・そう言って戴けるだけで救われますわ。」


そう言って浮かべた微笑みは儚げに見えた。












「悪かったな、鑑。
重い話に付き合わせて。
流石に昏睡している相手のリーディングは、鑑くらいしか出来ないんでな。
その表情は、・・・在ったんだろ?」


横浜への帰りの車。
車種は元の世界で夕呼先生が乗っていた、ランチア・ストラトスだったりする。
なんか微妙に跳ねられた記憶も在る。
元がラリーカーだから、多少荒れた道でも大丈夫らしい。
確かに無舗装[グラベル]舗装[ターマック]の混在する道をかなりの速度で流している。
バンプで低く跳ねたり、時折お尻の下が横に流れたりする感覚もあるが、タケルちゃんの超絶機動にも慣れているわたしには何のことはない。
高天原のコア・セクションにあるネイティヴ倉庫から引っ張り出して来たらしく、夕呼先生がイタく気に入って基地内をドリドリ乗り回していた、と付き合わされた教官がうんざりした顔で言ってた。


「うん・・・。
強力な洗脳、というか意識付けというか・・・。
でも、九條家と色々遣ってたのって、彼方君の言う御子神[ネイティヴ]なんだよね?」

「ああ。
ブログに在るだけだけどな。
御子神[ネイティヴ]なりに、もう少し上手く運べたんじゃないかって言う悔悟はあるらしいから。
ま―――俺のこれも所詮、自己満足に過ぎないさ。」


その言葉になんか、少し安堵しちゃった。
完璧に見える彼方君でも、迷いも後悔もある。


わたしが捻じ曲げ、タケルちゃんが閉じてしまったこの世界。
この彼方君はそんな世界に無理やり引きずり込んじゃった存在。
実際、今までの記憶にあるどのループでも表立った活動のないその名前。
今のループに遺された準備を見る限りネイティヴの彼方君も相当のチートだったはずなのに・・・。
大方の場合悠陽殿下が、政威大将軍に起っているからいつも“弾劾”に近い事が起きているのに、その後の痕跡は今まで辿ったどのループにも存在しない。
つまりこの世界の彼方君[ネィティブ]は、強烈な支配因果律で排除されてきたのかも知れない。

その支配因果を飛び越えて、元の世界群から送り込まれた今の彼方君。
紛れも無くこの世界を変えることが出来る、恐らく唯一の“鍵”。
でも“鍵”は、“錠”を解くだけ。
“扉”を開けるのは、誰でもない、わたしやタケルちゃん―――。




「そういえば、この前武が言ってたけど、“桜花作戦”の時、ヤバいの[●●●●]が出た記憶が在るんだって?」


そんな事を思っていたら、唐突に訊かれた。


「あ、うん、―――超重光線級ね。」

「超重光線級?」

「“桜花作戦”後も残ったタケルちゃんの傍系記憶にあった。
エヴェンスク・ハイヴに出現したみたいで、00ユニットの記憶はないから、具体的な映像や能力の記憶はないの。
桜花が成功した時は、対応したソ連軍がどうにか殲滅したみたいだし・・・。
ただ、その存在について副司令がまとめたコメントが記憶に残ってる。」

「・・・エヴェンスクとはまた辺鄙なとこだな。」

「エヴェンスクは長らく周辺に光線属種の出現が確認されてなかったみたいだし、今のループでも確かに同じ状況みたい。
当時の副司令もそれ[●●]を制作してたせいじゃないかって推測してる。
他の地域でも同様の傾向がある場合は注意がいるだろうって。
出たのは、要塞級・重光線級・頭脳級を合成したキメラみたいな全くの新種らしくて、もしこの新種がもう1体他のハイヴに出現していたら、桜花作戦は完全に失敗してた、って言うのが当時の副司令の考察。」

「・・・その組合せだけで相当ヤバいな・・・。」

「うん・・・。
実際“桜花”で失敗した傍系記憶の中には、軌道周回中に撃墜されたコトもあって、今考えるとその新種にやられてたんじゃないかってパターンもあるから・・・。
当時の副司令はODL交換で00ユニットから漏洩した人類の戦略や、カムチャッカの電磁投射砲試射が影響して、作成された可能性があるって考察してたけど・・・。」

「・・・何れにしても、何らかの対策は必要って事か―――。
鑑、現在の各ハイヴのBETA種別出現比率ってカウントできるか?」

「ん――――――、直接やろうとすると、00ユニットで横浜の反応炉に接続すれば出来るかも。
細かい“言語”や“意味”は読み解けないけど、“図”や“量”みたいなイメージになりやすいものなら解ると思う。」

「・・・コチラ側の情報漏洩リスクは?」

「00ユニットのODL戻さなきゃ大丈夫、だよ。
接続もプロジェクションせずに、リーディングだけ使うから・・・。」

「・・・OK、戻ったら早速頼む。」

「了解!」


こういうとこ、相変わらず鋭い。
先手先手で準備していく。
っていうか、彼方君は傍系記憶に関することをなるべくタケルちゃん本人に訊かないようにしているみたい。
タケルちゃんに細かいところまで思い出させることを避けている。
だから同じ記憶を持っていて、且つ00ユニットであった故に細かいところまで覚えているわたしに訊く。
タケルちゃんの心理負担を軽くしてくれてるのだから、わたしとしても大歓迎だけど。
ホントは私達がどうにかしなくちゃいけないのよね。


「で、―――鑑も最近いろいろヤってるみたいだな。」


う―――。


「・・・彼方君、鋭すぎるよォ。」

「・・・別にいいんじゃないか?
具体的には知らんが、鑑が武の為にならないことをするとは思えないし。
いっそ―――もっとやっていいぞ。」

「え? ホント? やっちゃってOK?」

「ああ、無問題。」

「・・・。」


機密開示とか漏洩とかイロイロ抵触するかもって、躊躇っていたんだけど・・・。
既に大佐格で、夕呼先生どころか、悠陽殿下まで落としちゃってる彼方君。
権力中枢をしっかり握っちゃてるのが凄いけど、その彼方君にお墨付きをもらえば、全部クリア! よね?

・・・うん。
大丈夫。
漲る―――。


「・・・よ~しッ!!」


わたしはレカロのバケットシートに丸くなり、拳を握りしめて気合を入れた。


Sideout





Side 壬姫

ブリーフィングルーム 10:07


それはA-00中隊として新潟防衛戦のデブリーフィングしている時でした。
新潟の参戦、戦闘の“経緯”はすでに纏められていて、報告も済んでいますが、今後中隊あるいは個人がこの経験を踏まえて如何に対応していくか、の思索とのこと。
そう、たけるさんに依ると、次はハイヴ戦。
あの[●●]追体験を、実際に行うことになるのです。


そこにノックの音。

神宮司教官が応えると、ピアティフ中尉の声。
そして、姿を見せたのは。

―――は? パパぁー!?


「起立ッ! ―――敬礼!」


榊さんの号令が飛んで、反射的に敬礼をしました。


「ああ―――楽にしてくれ給え。
わしは珠瀬 玄丞斎、国連事務次官なんぞをしておる。
そこに居る珠瀬訓練兵の父でな。
会議中、失礼とは思うが、何かと忙しい身、僅かの時間挨拶するのを許してくれ給え。」


そ、それは職権濫用よ!

とは言え此処は国連軍基地―――。
しかも帝国に地権を借りている横浜基地なのだ。
日本の国連事務次官と言ったら、下手すれば基地司令より偉い事になる。
教官や、たけるさんだって苦笑しているだけで何も言わないというか、言えない。


「と言うわけで、たまは元気でやっておるか?」

「―――職権濫用は困ります!、事務次官!」

「おォ、凛々しいたまも良いぞ。
元気そうで重畳、重畳。」

「え?、う・・・、もう!」


文句を言ってもニコニコ笑っているだけのパパに二の句が継げない。

その間にパパは教官の前に進んでいる。


「貴女が神宮司大尉ですな、極めて優秀な教官であり上司であると聞いております。」

「は、お初にお目にかかります。神宮司まりもであります。」

「・・・ところで、うちのたまは総合戦技演習に合格したとは言え、訓練兵であった筈、実戦に赴くなどないと伺っているが・・・?」


え? だ、だめパパ!
教官に絡むなんてやめてぇぇぇ!!


「―――お言葉ですが、この訓練小隊はXM3教導の先行事例として白銀少佐の下、訓練を重ねてきました。
既にその練度は素晴らしく、優に一般衛士をも超えております。
故に最新鋭機である試製XFJ-01を与えられ、検証部隊に仮配属となりました。
現在の人類には斯様に優秀な衛士を遊ばせておく余裕はありません。」

「・・・それは新潟防衛戦に参加した・・・と?」

「はッ。
機密部隊ゆえ、公開はされておりませんが、ご息女は先日の横浜防衛戦に参加し見事“死の8分”を突破したのみならず、初陣での撃破BETA数では、煌武院悠陽殿下に次ぐ、2,800のレコードを打ち立てております。」


平然と応える教官に、パパの雰囲気が緩んだ。


「・・・そうですか。
それも、貴女のような素晴らしい教官の指導の下、上官の指揮の下と言うことですな。
これからも宜しくお願いしますぞ。」

「ハッ!」


穏便に済んでほっと、息を付くが、パパが榊さんに前に向かった瞬間、教官の凄艷な流し目が私を射抜いた。

・・・冷や汗が止まらない。


その後も一人ひとりに何事か言い、その度にジロリと睨まれる。
鎧衣さんなんか、何か叫びながら走り去った。


・・・もう、パパってば、何しに来たのよぉぉぉ・・・。




そして―――。


「・・・うむ、君が“白銀の雷閃”、白銀武君だね。」

「は、白銀武であります。」


パパが最後にたけるさんの前に立っていた。


「新潟防衛戦の君の戦い、見せてもらった。
―――誠に天晴であった!」

「―――ありがとうございます。」

「先程からみていたが、うむ、聞きしに勝る好青年、しかも顔も悪くない。
更に、性格もいいと聞いている。」

「は?、はぁ。」

「今このご時世で君以上の男は望むべくもない。」


え? なんか先刻までと様子が違うんですけど。


「君ならば・・・うむ、よかろう
たまのこと[]よろしく頼むよ。
傍で支えてやって欲しい、今までも、そしてこれから[●●●●]もね。」


は、はぁ!?
何言っちゃってんのぉ~!?


「いやはや楽しみだ・・・わははははは。
いや、そろそろわしも、孫の顔がみたいかな、ま、ご、の、か、お、が、な!」


orz

―――私、死んだ。

私だって、たけるさんと鑑さんや御剣さんが親密なのは判ってる。
榊さんや彩峰さんもかなり怪しい。
鎧衣さんだって、なにかと仲がいい。

そりゃ私だってって思う。
鑑さんは、私の応援もしてくれている。

―――皆で支える、って言ってくれてる。
戦術機に乗った時の武さんを見ていると、凄すぎてそんな事が本当に必要なのかと思っちゃうけど。




なのに、なのにぃ~!
それにしたって、こんな“婿”宣言なんて!
・・・パパってば・・・。

皆に付いて睨まれるのは、あることないこと手紙に書いちゃった私も悪いけど。

皆を威嚇してそんな事言うなんて!

しかも“孫”なんて言われたら、たけるさんに引かれちゃうじゃない!

ほら、たけるさん苦笑しているし!




「はい―――。
―――俺なんかで良ければ、お任せください。」


え―――?


「・・・うむ、その意気や良し。
呉れ呉れも良しなに頼む。」

「ご要望にも、ASAP叶うよう努力します。」


な、な、な、なんでがっちり握手なんかしちゃってんですか?

武さん、そんな・・・私なんかも傍にいていいんですか?

ご要望って・・・、あの、私と、・・・その・・・アレしちゃう[●●●●]んですかぁ~?


あ・・・、そんな―――、そんな優しい眼差しで見つめられたら・・・気が・・・とお・・・。


Sideout





Side 武


珠瀬国連事務次官の突然の訪問。

今回のループでは色々やらかして居るから、今までより随分早いし、微妙に話の内容は異なるものの、最後はいくつものループで記憶にある“孫の顔”発言。
・・・いつもこの後拉致られてトイレに放置プレイだったっけ。
トイレのタイルは常に冷たかったなぁ・・・。



けど今回のループ、純夏の完全生身復活とまさかのハーレム画策。

彼方によると、プロジェクションに因る刷り込みは、相当強力らしい。
“傀儡級”と彼方が呼ぶBITAはそれで仕込まれたんじゃないかと予測していた。
それを確かめに、今純夏は居ないわけで・・・。

勿論純夏はみんなには使っていない・・・よな?


一抹の不安が無いわけじゃないが、何れにしても今までのループに比べ、207Bの皆の、好感度上昇が半端ない。
冥夜の様に幼馴染という今回のループ特有の付加項目が在るならまだ判るが、何故かみんなオレに関してはまとまっていた。
しかも責任範囲8人という純夏の説得にも納得している様子。
実際殿下がそういう法案を提出すると言うのだから信憑性は高い。
男が少ないこの時代、変に争って弾かれるよりは、枠内に収まっているなら問題ない、と達観しているらしい。




それに対してオレはといえば、正直ヘタレていたのは確かで・・・。
純夏や冥夜と早々にデキてしまった事もあり、ハーレムと言う状況も腰が引けていたというか。

けれど、今度の新潟での完勝が何かを変えたことも確かだ。
自信に繋がったと言うこともあるかも知れない。



オレの意思―――、それが、それだけが世界を変える―――。

彼方にそうは言われ、自分では判っているつもりで居た。
けれど今まで幾度と無く繰り返された“負け”のループに、無意識の“諦観”を持っていたのかも知れない。

そこに新潟防衛戦の死者0、そして殿下のこの時点での大権奉還や高天原が齎す“希望”。
その端緒となる、新潟戦。

これはオレにとっても今回のループにおける初のBETA戦、その大勝利―――。
死者0を狙って、そして実現できた“奇跡”。
彼方の齎す展開が寧ろ早すぎて、なんとなく夢見心地だった感覚から、実戦を経てやっと地面に足が着いた、と言うか・・・。


抑々今回のループで、この早い段階からとても夕呼先生らしからぬ程、機密の公開や提供の約束まで行っているのは、[ひとえ]に“支配因果律”に抗する為。
つまり全世界の人々に少しでも未来に希望を感じてもらうために、先行して出せる情報は公開し、渡せる技術は渡す、という方針のためだ。
勿論技術公開がBETA戦後の国家間闘争に障害となる場合もあり得るが、それも全てBETAを駆逐して後の事。
最優先は、支配因果に打ち勝ち、人類の存続を決定づけることだった。

すべては“希望”を灯すため。
そしてそれはオレ自身も、彼女たちもまた同じなのだ。

嘗て冥夜が口にした、“せめてもの”、と言う意識。
愕然とさせられた。
それは“希望”ではなく、一種の“諦観”。


―――純夏に冥夜、霞、そして委員長や彩峰、たまに美琴。
いつのループでもオレを支えてくれた彼女達。
オレには、全員を幸せにする“義務”がある。
幸せな未来を予感させる必要がある。
それなのに、オレのほうが妙に遠慮し、引いていたら意味はない。

その“意思”を誰よりも持たなければいけないオレが、みんなに遠慮することの方が筋違いだと気がついた。




だから、たまパパの発言程度で怯むこともない。
オリジナルハイヴ戦以降なら、いっそ妊娠させたって構わない。
孫の顔が見たければすぐにでも見せてやる、―――その位のつもりで視線を返す。


尤も、顔を真赤にして、挙句卒倒したのは、たまだったけど。
あわてて抱きとめたら、あうあう言っていたから、座らせてみんなに介抱を頼んだ。
たまパパ発言のフォローは・・・、まあそのくらいの意趣返しは甘んじて受けな。

多分、皆可愛がってくれるから・・・。


Sideout




[35536] §75 2001,11,13(Tue) 10:30 B19フロア 夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/12/26 14:19
'15,02,14 upload   ※明日も投下出来るかもしれません^^;
'15,02,20 誤記訂正
'15,02,27 誤字修正
'15,09,05 齟齬修正
'15,12,26 誤字修正


Side 武


色々爆弾発言は在ったが、事務次官もその位で切り上げ、今は夕呼先生の執務室に案内されていた。

元々事務次官は夕呼先生との会談に向かう途中で、娘の様子を見に少しだけ立ち寄ったらしい。
事務次官を案内してきたピアティフ中尉に拠れば、その場にオレも呼ばれていると言う事だった。
たまを見たのも久しぶりだろうから、親バカが爆発した、というところか。
前のループでは事前連絡くらいあって、たまの一日分隊長とか無茶したっけな。


苦笑しつつデブリをまりもちゃんに任せて、夕呼先生の執務室に向かったのだ。

彼方と純夏はまだ帰ってきていない。
昨日の“大粛清”に伴う、九條当主、突然の交代。
夜には脳血栓で倒れたという報道も在った。
先の傀儡種疑惑確認含め、それを確かめてくるというので、純夏が同行している。

午過ぎには帰ってくるだろうが、今回は車移動なのでまだ時間的に無理。



―――あれ?

けど、事務次官の訪問って、なんかイベント無かったっけ?










「ようこそいらっしゃいました、珠瀬事務次官。」

「ご健勝そうで何よりです、香月博士。
訪問当日のご連絡になってしまい、誠に申し訳ない。
―――しかし、最近何かと色々な噂も聞こえてきておる。
特に一昨日の“新潟の奇跡”、そして昨日の“高天原”は、国連としても詳細に把握せねばならぬ事項。
早急に確認する必要があると判断し伺わせて頂いた。」

「ご心配には及びませんわ。
第4計画としても、近々安保理に緊急動議[●●●●]を提出する予定、予めご相談差し上げたかったところですので、丁度よい頃合かと・・・。
唯、わたくしから申し上げるのは、第4計画に関することのみ。
“高天原”に関しては、わたくしの管轄外ですわ。」

例の装備[●●●●]の半分が、彼地のドックに入庫したとも聞いたのだが?」

「まあ、それは良いお耳をお持ちですのね。
けれどわたくしは、“高天原”の主である、煌武院悠陽殿下からスペースをお借りしただけ。
特に機密の観点ですわ。
あちらは、未だフレームから組み立てる状態、多数の作業員が出入りいたします故。」

「うむ、ならば“緊急動議”の内容について報告願おう。」

「畏まりました。」







「これは本年の春先に極秘計画として提出させていただいた“オリジナル・ハイヴ威力偵察”にて回収されたデータから採取されたログとなります。」

「・・・作戦は失敗、部隊は全滅、と前回聞いたが?」

「そこにいる白銀が本作戦唯一の生き残り、しかも本人もそれまで記憶喪失だったのですが、部隊全滅のショックによる記憶の復帰が生じ、混乱状態に陥りました。
記憶の整理含め暫く療養を必要としておりましたので、データが回収されたのはつい先月になってから。
以前の報告の訂正はこれから、となります。」

「・・・なるほど、白銀君の復帰とデータ回収遅れには其の様な事情が在ったのか。」

「回収された内容は、搭載した試作00ユニットを介し、白銀とオリジナルハイヴの重頭脳級との会話[●●]ログ、―――心してお聴きください。」


そして流される音声。
オレの声は肉声だし、声紋の一致も取れている。
一方のBETA重頭脳級のイメージを翻訳した霞の声は、電子音に差し替えられ、声紋も取れない様に加工されていた。
今では、当時の位置情報や経過に関しても、00ユニットで参加していた純夏がバックデータを引っ張り出し、日時・状況を構成しなおして付帯させているため、何処をどう調べても破綻のない完全なデータと成っている。



ログを聞くに連れ、顔色を無くし、厳しい顔つきになる珠瀬事務次官。


「・・・・・・・・・うむ。
このログを得たが故の、現在の第4計画の行動、と言うことか。」

「はい―――。
例え、このログを以て即座に第4計画の報告としたところで、そこには“絶望”しかありません。
そして恐らくは米国の第5計画派が暴走、人類滅亡の自決行為に至るでしょう。」

「・・・その為に、事前に“香月レポート”や“バーナード星異説”を流布し第5計画派を牽制した・・・。」

「それらの内容が全て真実で在ることは、世界中の研究機関が認めています。
第5計画派だけは、必死に否定して居りますが―――。」

「・・・それで第4計画は今なにを?」

「お忘れですか、事務次官。
―――第4計画が目指したのは対BETA諜報だけではありません。
現在は得られた情報を元に対BETA戦略の構築途上。
そしてその一部が示されたのが、一昨日の“新潟”―――。」

「 !!ッ 」



夕呼先生が大きめのディスプレイに完成した装備関係のリストを出す。

XM3。
森羅。
そして、G-コア。
電磁投射砲筒や、戦闘長刀(改)はG-コアのサブオブジェクトとしてある。

―――さすがに“ IRFG[反質量場]”は伏せていたが・・・。


「・・・抑々XM3は、第4計画に於いて白銀が構築したハイヴ潜行機動概念を具現化するために御子神が組んだOS。
それを用いて、現行の戦術機全て[●●]の底上げを実現しました。
そして先日完成した“森羅”は、情報公開こそ差し控えましたが、BETA諜報の枠に留まらず、新潟に於けるBETAの行動をほぼ完璧に予測して見せました。」


ディスプレイに展開される“森羅”の予測と戦闘経緯。
地域戦に於ける光線級の優先排除を実現したのは、紛れもなく“森羅”。
その後もその圧倒的な戦域把握能力により、極めて有機的な部隊対応が行われたのは疑いの余地もない。
公表はしていないが、その恩恵にあやかった将兵の間では早や、伝説化されているとも聞く。


「“森羅”はこの後、凄乃皇弐型のラザフォード場を完全に制御し、ハイヴ攻略に多大な戦果を齎すことが期待されます。」

「・・・うむ!」

「・・・またBETAとの接続は、言語体系や思想背景が全く異なるため、残念ながら完全とは言えず部分的ではありますが、BETA及びハイヴ情報やBETAの有する技術の一部鹵獲にも成功しております。
一例を上げれば、ヒトゲノムの完全理解に依る生体組織の調整―――。」

「! あれもBETA由来の技術であったか!」

「はい。
―――そして、遂には今の燃料電池スタックとは比べものにならないほど高出力・大容量の小型反応炉・G-コアをも生み出す事に成功し、今回新潟に於いては、5機の戦術機にて実戦証明を行っております。」


G-コアのパフォーマンスとそれに依って齎された装備の結果が画面に映される。
昨日純夏や、彼方、篁大尉がまとめていた資料―――。
勿論、原理や詳細は記されていないし、IRFGに関する部分は伏せられているが、その結果だけでも戦果の大きさは言うまでもない。


「・・・これが、新潟に現れた“Amazing5”の秘密・・・か。
なんと、既にこの装備が実用段階に在るのか・・・。」

「G-コアは本来ハイヴ突入戦を前提とする長時間の戦闘継続を目的に設計されたリアクター。
その恩恵は、地上戦に於いても遺憾なく発揮されています。
―――但し、必須部品の製造工場がBETAにより破壊されているため、現在手持ちの部品では最大468基しか製造ができませんし、1週間に3基の製作が限界となっております。
既に必須部品の製造工場再建を高天原にて行っておりますが、その稼働には最短でも10年掛かる事が判明しております。」

「・・・香月博士は、この強大な“力”を独占するお積もりですかな?」

「・・・様々な勘案は御座います。
ですが、大きすぎる力の集中は、不必要な軋轢を生むのもまた必定―――。
現在開発者含めた第4計画の意向としては、適当数を各国に分配供与し、相互管理するのが妥当・・・と考えております。」

「!!・・・なるほど・・・。」

暫しの黙考。
たまに付いては過剰な親ばかでも、生粋の外交畑。
悠陽殿下もが信頼するとういう辣腕―――。


「・・・・つまりこれらは、対BETA諜報に依る“絶望”ではなく、対BETA戦略構築による“希望”を準備している、と?」

「―――それが第4計画の目的ですから。」

「――――――素晴らしいッ!」


感極まった唸るような一言が漏れた。


「・・・・・・素晴らしいですぞ、香月博士ッ!!
貴女は―――、貴女は、地球人類の救世主と為られたッ!!」

「―――いいえ、事務次官。
わたくし達は未だ、BETA殲滅のための可能性を創出したに過ぎません。
真の救世主はこれらを使い、上位存在と自らを呼称した重頭脳級:あ号標的を殲滅した者にこそ与えられる称号。
・・・結果はまだ出せていないのです。」

「・・・そうなれば貴女は差し詰め、“救世主[メシア]”を生みだした“聖女”と言った所ですな!」


夕呼先生は、薄く微笑んだ。





「・・・して、この成果を元に貴女が提出する緊急動議とは・・・?」

「はい。
―――オリジナルハイヴ攻略計画―――神鎚作戦[Op.ミョルニル]です。」







引き続きモニターにグラフを示しながら説明する。
年末が人類滅亡の不可逆分岐点であると予想されること。
佐渡も年末には大侵攻を引き起こす可能性が高いこと。
BETAの新しい装備に対する対応を封じるためには、上位存在を真っ先に殲滅する必要があること。

その上で、今の段階における作戦規模と達成率を提示する。
G-コアの実装で、突入部隊の損失率は一桁にまで落ちている。
但し、降下部隊に付いては、重金属雲でカバーしきれない為、30%程度と成っている。
また、ハイヴの規模が大きすぎて、崩落工作が使用出来ないことから、上位存在殲滅後の汪溢BETA殲滅も極めて厳しい状況にはある。
周辺ハイヴへの合流と、ユーラシア規模での汪溢も有り得るが、そこは予測が困難で被害想定は記されていない。

それでも、現時点であ号標的を殲滅しなければ、人類の衰退は必至。
引けない一線がそこに在るのだ。



勿論、作戦内容は今までのループでオレが経験した“桜花作戦”によるものだ。
00ユニットとして正確に記憶していた純夏がまとめている。
そして元々“桜花”は特攻を前提として造られた第2次世界大戦当時の自爆兵器の名称。
実際にはその搭載母機が“銀河”だった。
しかし全員生還を目指す今回の作戦には縁起が悪い、ということで験を担ぎ、作戦名も変更した。




―――だが、珠瀬国連事務次官は、難しい顔をして長考を始めた。

そして語った内容―――。





「・・・日本は今、世界の注目の的なのだ。

既に“奇跡のOS”とさえ呼ばれるXM3を開発し、それを以てラプターをも完全に凌駕し、米国の軍事ドクトリンすら見直させるに至った。
今や国連内でもプロミネンス計画は、反オルタネィティブから、親第4計画に塗り替えられた。

―――そして此度の新潟防衛戦。

27,000ものBETA侵攻を人的損耗[]で済ませたのだ。

今回は秘匿した“森羅”やAmazing5と言われる突出した戦力が確かに存在したが、戦術機全体の底上げが無ければ決して実現し得ぬ奇跡の数字。
新潟が奇跡と呼ばれるのは、正にこの0と言う数字だからこそ・・・。

そして香月博士は関与を否定したが、仮初の大地、“高天原”。
既に借款の可能性を明言されたソビエト、中国、EUからは、視察の申し込みから具体的内容検討の要請など、外務省がパンクするほどの状態。
10%と言う移民枠にも、全世界から高い関心が集まって居る。
恐らくニューヨークの国連本部に戻れば、わしとて質問攻めに遭うのだろう。



―――その中で、米国だけが蚊帳の外。


表向きはG弾とステルスに偏重した軍事ドクトリンの欠陥を指摘され、裏では第5計画の両輪双方を否定され、そして昨日の大粛清では帝国に蔓延らせていた様々な謀略ルートさえ根こそぎ断たれた。

確かに日米安保の一方的な破棄や、横浜でのG弾試用強行―――。
更には、九條閨閥を尖兵に策略を用いて帝国の傀儡化を謀略した第5計画派に近しい一部勢力。

個人的には快哉を上げたい。

内政干渉を排除するのは当然、その他の装備や施設についても、BETAに対抗する為、必要不可欠であることは理解する。

勿論米国内にも良識派が多数派として存在し、第5計画派の様な急進派を牽制しているのも確か。


―――しかし、基本的にあの国民には、自らの国が“世界の盟主”という意識が大なり小なり存在する。


現状、全ての面で突出しているのは米国のみ。
その力が無ければ、今の世界が立ちゆかないのもまた事実なのだ。

現在の帝国には勿論、過去にも、そして恐らく未来にも、今の米国の立ち位置に帝国が立つことはないと断言できる。
何よりも謙譲を美徳とする控えめな日本人の国民性では、世界の管理などとしゃしゃり出る訳がないのでな。

高天原の租借は将来的に、ソビエトや中国、EUとも提携を強化する可能性も見え隠れする。
何れは技術供与に依る、第2、第3のギガフロート建造を含めてだ。

けれど、今この時点に於いては、例え他のどの国をどんなに味方にしたところで、米国にNoと言われれば世界規模の作戦など実施できない。

逆に言えば、米国にYesと言わせれば、他の国はなんとかなるのだ。




簡単に言えば、この作戦プランには、米国を納得させるだけの、“利”が存在しない―――。



更に言えばもう一つ―――。

この作戦に必要な、軌道降下時の安全性が実証されていない。

凄乃皇のラザフォード場により、レーザー回避が可能とあるが、抑々凄乃皇は弐型ですら未完成。


この状態で安保理の承認が得られるか、甚だ疑問であるとしか言えない・・・。」







そして、小一時間後、珠瀬事務次官は席を立った。


「―――何れにしろ、第4計画が極めて偉大な功績を成し遂げた事は確認できた。
改めて人類を代表し、香月博士に最大の敬意と惜しみない感謝を表しますぞ。
また、それに基づく緊急動議が必要なことも深く理解し、それに向けてこちらも準備を進めよう。
期日は、11月29日としたい。
しかし―――、提案作戦内容については、もう一考して頂くことを望む次第、ですな。」

「・・・承知いたしましたわ。」



去ってゆく珠瀬事務次官を見ながら唐突に思い出す。


あ!!
HSST―――ッ!
どうなったんだ?


Sideout




Side 夕呼

B19フロア 夕呼執務室  19:30


「さて、じゃあこの後、どう詰めていくか決めましょうか。」


篁がドリップし、鑑が配ったコーヒーを一口啜り、口元を少し湿らせると徐ろに切り出す。

ここは何時ものアタシの執務室。
午前中の珠瀬事務次官との協議を踏まえ、今後の作戦展開を決めなければならないため、午後の訓練を終えた後、必要な面子を再度集めた。
本来この階のセキュリティパスを持たない篁は、彼方の同伴が無いと入れないのだが、何故か毎回連れてくる。
―――と、言って落した様な雰囲気はない。
彼方は相変わらずポーカーフェイスだが、そういう関係に成ったら篁が変わるだろうに、それが全くない。

ま、いいけど―――。

彼方の他は、白銀、そして鑑。
既に特別な位置付けである彼らは、ほぼアタシに準じるセキュリティパスを持っている。
未来知識、そして00ユニットでもある二人の意見も外せない。



「珠瀬事務次官の言っていた事ですか?」

「そうよ。
自分たちじゃ何もしないクセに、その先の利ばかり気にするバカばっか。
でもそういうバカが現実に国際社会を動かしている以上、事務次官の言うことも一理ある。
Gコアを餌にしても、いまのG元素の取り合いを見れば、確かに凄乃皇の戦闘証明[コンバット・プルーフ]を求められる可能性は否めないわね・・・。」

「・・・珠瀬事務次官? 何時来た?」

「午前中。
アンタが出てったあとすぐ電話があって、10時過ぎには来てたわよ。」

「・・・それでか。
ニュースになってたぜ、貨物用のHSSTが佐渡の突入コースに間違って乗ったせいで、重光線級に狙撃されたって。」

「え!?、何時?」

「帰りの車の中だから、11時過ぎか―――。
軌道降下が佐渡に向いていたらしく、若狭湾沖の海上でレーザー被弾・爆散して、破片は全部福井沖の日本海に散った。
―――若狭の連合艦隊の基地にも被害はないらしいけどな。」

「・・・事務次官の対応で気が付かなかったわけか(彼方なんかやった?)・・・・・・。」

「だろうな、此処に直接関係ないし(聞いてたからな、横浜基地の座標をセットすると、佐渡に誘導するようにハックした)。」

「(相変わらず・・・)・・・って、そういえば彼方いつ還ってきたんだ?」

「―――昼過ぎ。
鑑と一緒に遅い飯をルシェフに貰って、その後、鑑の護衛で反応炉。」

「反応炉?」

「ああ―――。
鑑の対BETA:MAcPro-IIIの予測で、新種が出現する可能性が示唆されたと言うから、鑑に此処の反応炉にリンクして貰った。」

「!!、情報漏洩はしないの?」

「勿論―――。
ODL交換はしないし、リーディングオンリーで各ハイヴの構造や成長度、保有BETA比率なんかを探ってもらった。
俺が障壁[クッション]に成ることで、鑑の心理ブロックと情報漏洩には対処したから、結構時間は掛かったが、さすが“森羅”だな、リーディングが有効で、俺じゃ届かない所まで浚って[サルベージ]くれた。」

「そう、情報漏洩しなら良いわ、ハイヴ詳細情報は何れにしても有用だし。
・・・で、なによ、その新種って?」

「予測されている出現場所はエヴェンスクなんだけどな、此処はハイヴ建設以来、周辺地域の光線属種比率が極端に低い上、ハイヴの成長自体もかなり鈍化していることが判った。
初めは母艦級でも作っているのかと思ったが、母艦級なら光線属種の出現比率が低いことに繋がらない。
地下茎構造もフェイズ2らしからぬ広大な大広間と主縦坑が存在することが鑑のリーディングで判ったから、今の重光線級よりもかなり大型の光線属種だろうと予測されている。
―――謂わば、“超重光線級”だな。」

「・・・エヴェンスクでしょ? そんなトコにそんな新種作ってどうするのかしら?」

「・・・そこは試製99型電磁投射砲 EML-99Xの試射をして、重要保安部品をBETAに齧られたエリアです―――。
何か関連が在りますか?」

「んん―――、過去の光線属種の出現を辿るに、結構前、つまり電磁投射砲試射前から作っている様子。
EML-99よりは、大凡アサバスカの核飽和攻撃やその他核ミサイルの対処を目論んだ対応だと考えたほうが自然だろうな。
今後或いはG弾頭を搭載したICBMの軌道を考えると、かなり効果的だぜ、この位置は。」

「!! 米国内からミサイルでユーラシアを狙うには、必ずその空域を通り、レーザー射程内に入る、と言うわけね。
原潜や艦艇を考慮してないのは、今まで使っていないから・・・。
けど・・・そんなのが出現したら、第5計画の機動性は益々落ちるわけね―――。」

「G弾でならラザフォード場で回避できる・・・のでは?」

「そこは出力次第ね。
G弾って米国が言うほど万能じゃないわ、少なくともBETAには。
確かに人類には対処出来ないけど、BETAなら苦もなく大出力のレーザーを当ててくる。
実際凄乃皇だって、重光線級でも照射を同時に10本も喰らえば、負荷が増大するからG-11[グレイ・イレブン]の消費が半端無くなる。
出力を越える負荷にはラザフォード場ではなく、それを発生するジェネレーターが耐え切れない場合もある。
G弾だって起爆に使うG-11[グレイ・イレブン]まで消費したら爆発もしないし、過大負荷には対応出来ないわ。」

「・・・そんな、対岸の火事と言ってられない可能性もある。
最悪BETAに軌道降下用の再突入艦が危険と認識されれば、軌道修正に実質地球を数周する軌道艦隊も狙われかねない。」

「―――!!」

「通常軌道降下は投入ルートに乗せる際、地球自転に合わせ、東から[●●●]から遷移して目標に寄せる。
つまりユーラシアに在る目標[ハイヴ]を考えた時、今あるハイヴで一番東[●●●]にあるエヴェンスクに衛星軌道を狙撃できる“超重光線級”を配置するのは、かなり理に叶っているぜ。」

「・・・それもそうね。」

「―――出力次第じゃ、凄乃皇でも厳しい・・・って事か。」


確信したように応える白銀、頷く鑑。
・・・要するに、二人の傍系記憶に在った脅威を引っ張り出してきたわけね。






「ま、その対応は追々考えるとして・・・で、事務次官が何だって?」

「―――簡単に言えば、オリジナルハイヴ攻略には、実戦検証が足りないって事。
少なくとも凄乃皇弐型がレーザーを回避できることを示さないと、国連の協力を得られない可能性がある、とさ。」

「・・・そのココロは?」

「ぶっちゃけ、日本が活躍しすぎて米国が面目無いからよ―――。」

「ああ・・・・・・なるほどねェ。
高天原やG-コアでいくら雑魚釣っても意味はない、と言うことか。
―――確かに色々ハブったな、このところ。

要するに、今オリジナルハイヴ攻略作戦を出しても、

・第5計画派はG弾戦略を予備案に出来ず
・G-コアも欲しいがこれも運用はG元素次第
・他国にまで配られれば自前でハイヴ攻略されてしまい、米国に旨みはない
・唯一釣れるのはH-1のアトリエ攻略を任せる位だが、これも軌道降下のリスク不明
・そもそもオリジナルハイヴを早急に殲滅する必要性が曖昧
・仮に攻略出来ても残存BETAの侵攻による脅威が不明

で、少なくとも00ユニットが出来たなら渡したXG-70の実戦証明しろ、と―――。」

「―――判っているのね、ほぼその通りよ。」

「バランス感覚のイイあのオッサンの言いそうな事だ。
無理すれば、米国の“良識派”まで敵にまわすってんだろ。」

「・・・それって、まずいのか?」

「ん―――、まあやって出来ないことはない。
けど、ものっっすごっく[●●●●●●●●]、メンドクサイ―――から遣らない。」

「めんどくさいって・・・。」

「米国の国民性って言うのは、対外的には外弁慶[ド◯エモン]ガキ大将[ジャ◯アン]みたいなもんだ。
何時でも自国が一番偉くて正しいと思い込んでるクセに、擦り寄って来る弱小国には平然とたかる。
守ってやるんだからオマエのものはオレのもの、みたいにな。
・・・過去の石油、今のG元素もそうだろう。
その癖過去自国の領土を侵略されたことは無いから、国防関連には異常なまで神経質―――。」

「・・・うへぇ―――。
けど、国連の作戦なんだろ?
米軍なんてどうでもいいじゃん。」

「その国連軍だってスポンサーはほぼ米国だけどな。」

「―――え?」

「自分で稼ぐことのない国連の予算が何処から出てるか判ってるか?
各国に割り当てられた拠出金からだぞ。」

「あ・・・。」

「BETA侵攻が始まる前でさえ、米国の拠出金は全体の22%、勿論トップ。
拠出金の比率は厳密に決まっていて、2位の日本が10.833%、米国の半分以下だった。
当時の常任理事国はフランス:5.593%、英国:5.179%、中国:5.148%、ソビエトに至ってはたった2.438%。
それがBETA侵攻が進んだ今年の拠出金で見れば、国土を喪った国や、最前線国家は分担金も半分に減じられている。
全体で見ればそれでも日本が2位で、5.4165%、欧州で辛うじて国土が残っている英国より僅かに多い程度。
BETA侵攻が進むに連れ、拠出金を出せる国自体が減っているんだ。
その現実問題減っている比率を支えているのは、何処か―――。」

「・・・。」

「―――言うまでもなく、今や米国が元の倍、その44%を支えている。
後方支援国家である豪州なんかも元の2倍、南米諸国も1.5倍まで比率は上げているが、元が少なめだからせいぜい4%台でしか無い。」

「―――うゎぁぁ・・・。」

「因みに今米国以外の先任常任理事国4カ国を全部足したって12%弱にしかならない。
日本とオーストラリアが常任理事国に追加されているが、実質その最大の権利である拒否権の発生は、2007年度以降。
現状国土のない3カ国は窮々で辛うじて拒否権に縋っている状態、生産拠点を上手く第3国に移したイギリスだけが気を吐いているけど、完全な米国寄り・・・。
米英、そしてカナダやメキシコ、或いは南米を含めた米国親派は、軽く50%を越える。
この状況下では国連や国連軍が米国の支配下って呼ばれるのは、むしろ当たり前だろ。」

「・・・国連の実態ってそんな状況なんだ・・・。」

「実際俺達が敵視しているのは第5計画派って言う、謂わば米軍の中のごく一部だ。
帝国軍の中の九條一派みたいな物だと思え。
帝国軍や斯衛軍にも色んなヤツが居るように、米軍も色々、それこそ第4計画の協力派もあれば、プロミネンス派もいる。
そしてほとんどは派閥に属さない一般兵士だ。
俺達は、米軍全体に逆らっている訳じゃないのさ。」

「・・・そっか―――。」

「第5計画派は、実際米国内で比較的少数派だが、今まで明確なドクトリンと脱出作戦による米国内富裕層の支持を占めいていたためにその発言権は強かった。
良識派は良識故に基本的に穏健だからな。
だから、逆に米軍の第5計画派を納得させれば、国連軍をも動かすことも出来た。
―――例えば[●●●]、オリジナルハイヴ殲滅作戦が失敗したら、G弾殲滅作戦を予備化して即発動させる―――、とかな。」


―――彼方の言うとおりだ。

白銀が辿ったループで言えば、“桜花作戦”を実行する差し迫った理由があり、そして第5計画派とのギリギリの駆け引きで実施に漕ぎ着けた、とも言える。
00ユニットからの人類戦略漏洩の対応期限、トライデント作戦の即時発効予備計画化、H-1ハイヴ・アトリエの米軍優先確保。
そして少なくとも甲21号作戦でラザフォード場によるレーザー防御を実戦証明していた。

其れらが無ければ、国連ひいては米軍は動かなかった可能性が高い。
本当にギリギリの、細い細い道筋を辿ったのだ。
それでも結局今、世界がループしているのは、その先で何れ破綻し白銀が死んだからに過ぎない。


今の世界に於いても、第5計画派を此処まで叩かず、同じ経緯を辿れば、計画の発動は可能だっただろう。
しかしそれは、余りにもリスクの高い細い途。
そして結果的に重い損耗を人類が負う選択であり、最終的なカタストロフは避けられない途でもある。
戦略を漏洩してしまえば、もし予備の重頭脳級が出現した場合、一気に人類の反抗が全て封じられる。

所詮何時迄も人類に希望を灯せない状況では、支配因果律に抗しきれない―――。
其れ故の、今回の第5計画徹底排除と言う選択だったのだ。




「もうひとつは・・・正常性バイアス・・・か。」

「正常性バイアス?」

「そうだ―――。
俺達は、今人類の置かれた立場をほぼ正確に把握している。
けれどそれを知らない人、あるいは知らせても信じない人は、[]の安定が今後も続くものだと思いこむことによって心理的ストレスを回避しようとする。
―――大災害時に自分は大丈夫と過信して逃げ遅れるようなものだな。

さっき言った
・そもそもオリジナルハイヴを早急に殲滅する必要性が曖昧
・仮に攻略出来ても残存BETAの侵攻による脅威が不明
に関わる事で、正常化バイアスが働くと、今は大丈夫なことを、ワザワザ崩して危険に晒す必要があるのか、という疑問が生じる。

それを突破するには、作戦が“絶対成功する”と信じさせるしか無い。

―――だから凄乃皇の実戦証明を示せ、ってんだろ。」


“世界”の状況は中々に頑固なのである―――。


「 つまり―――簡単に言えば、やり方として、

1・BETAの対応を危惧し予定通りH-1を先に攻略する場合は、、
ゲリラ的に先行して極少数であ号のみを叩く
2・世界規模の作戦展開を行い、人類の決戦とする場合は、
H-21で戦闘証明[コンバット・プルーフ]した後、19日以内にH-1の順に叩く

何方[いずれ]かってことだ。」

「「・・・」」

「―――簡単にいえば、そう言うことね。
元々BETAの対処を最大限減じる為に、オリジナルハイヴ殲滅を先行させて来たけど、確かに事務次官の言うとおり、現状の作戦のままでは、いきなりのオリジナルハイヴ攻略に国連は動かないと見たほうがいいでしょうね。
勿論、時間を掛ければ説得も可能かも知れないけど、コッチにはその時間がない。
となれば、“銀河作戦”と同じく、今ある戦力だけで威力偵察[●●●●]として実施し、そのまま、あ号だけを破壊してしまえばイイ―――と?」

「・・・。」

「―――まあ正直1番手っ取り早い。
こ難しい国際調整も面倒な根回しも要らず、今以上の準備も少ない。
但し、国際的な合同作戦は取れないから軌道降下は無理、と言うか無謀。
流石に凄乃皇でも、H-1一帯の光線属種一斉砲火を浴びたらもたない。

突入できるのはXSSTに載せられる2騎のみ―――。
超低空、超音速で接近、一気に潜行となる。
鑑の得た情報によると、外縁スタブのBETA密度はそれほどでもなく、ある程度の広さを持つルートも存在する。
BETA密度的にもルート次第でXSST程度のサイズならSW115辺りまで強行潜行可能―――。
お約束の渓谷・トンネル通過ミッションってとこだ。
ハイヴ潜入さえ成功すれば、Evo4と荷電粒子砲装備なら、・・・ま、不可能ではないな。」

「・・・シミュは?」

「“銀河作戦”のデータで千回ほど計算した。
武と・・・俺でなら達成率は約90%―――。」

「―――90・・・ね。
で、損耗率は?」

「 50% 」

「「「 !! 」」」


―――コイツッ!!

ここは白銀が死ねばループする世界。
2名のエレメントアタックで損耗50%ということは、その損耗は一択。


・・・なるほどね―――。
アンタがこの手の話に毎回篁を連れてくる理由が解ったわ。


白銀が何度も巡った世界。
“桜花作戦”の支援に回った世界全体陽動作戦の損耗は、毎回40~60%と聞く。
“桜花作戦”そのものの損耗に至っては、一緒に宇宙に上がった国連の軌道艦隊は文字通り全滅―――。
生存者はたった2名。
随伴した米国軌道艦隊も残存戦力は、10%前後だったらしい。


全世界で言えば、各々の正確な数値は伝えられていないが恐らく死者は数万―――あるいは10万に届く規模。
それが、あ号を叩く為の一作戦で消える―――。
その膨大な損耗を一人の命で贖えるなら、悪いコストじゃない、ということなのだろう。

・・・確かに数字だけ見れば凡庸[まとも]な指揮官ならそれを選ぶかもしれないわね。


その時、あるいは万が一の不慮[●●●●●●]に備え、篁を後継と考えているわけか―――。
だから装備関係に関して全部開示しているし、その製造にも携わらせている。
確かにG元素関連、アタシか鑑が理論を理解し、篁が実践出来るなら、それも可能・・・。


―――けど無駄よ。

アタシは今更アンタの居ない世界になんか、もう興味は無いのだから。



「―――却下よ。

アタシは例え100万の命だって、見ず知らずの有象無象よりアンタ達の命を選ぶから。
あ号で終わりじゃないんでしょ?
まだまだハイヴは残っている。
“創造主”がアンタの予測通り周到な知性なら、予備の上位存在が復活することも十分在り得る。
月も、火星も手付かず―――。
だったら100万の使えない人間が居たところで、BETAに蹂躙されて終わりよ。
歴史がそれを示しているわ。」

「―――ま、そんなオプションも在るって事だ。」


彼方は肩をすくめてみせた。


「・・・で、肝心のアンタはどう考えるの?」

「―――そうだな。
そこまで言って貰えるなら、期待に応えないとな。
俺としては、・・・全く別の理由なんだけど、H-21の[]反応炉が欲しい。」

「・・・はァ?」


Sideout




[35536] §76 2001,11,13(Tue) 19:50 B19フロア 夕呼執務室 考察G元素(2)
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/05/06 12:19
'15,02,15 upload  ※G[ご都合]弾投下! v^^;
             感想、誤字・誤記ご指摘、いつもありがとうございます。
             個別に返信しておりませんが、大変感謝しています。
'16,05,06 誤字修正



Side 唯依


全く別の理由―――。

大佐はそう言うと、それを取り出した。
一辺が10cm程度の正四面体、その角を切り落とした形状の金属フレームに、透明なガラスをはめ込んだオブジェの様な容器。
見ればその四面体の内部中央にキラキラと光る透明な、靄の様な何か[●●]が蟠っていた。


「・・・なにこれ?」


受け取って覗いた副司令が首を傾げる。
それは、容器を傾けると、溶液にでも密封されているのか、崩れるように形を変え、常に[]に流れて張り付いている。


「―――G-6[グレイ・シックス]
H-21で、こいつが欲しいのさ―――。」

「「「・・・はぁ!?」」」



G-6[グレイ・シックス]!?

“負の質量”を有するというエキゾチック物質。
ウィリアム・グレイ博士がアサバスカから回収したBETA着陸ユニットの残骸内で発見したと言う人類未発見元素の一つ。
その時に回収されたG-6[グレイ・シックス]は、その後の事故で散逸したと言われ、質量が負で在る事以外の詳細は全く不明。
一部ではその存在さえ疑問視されているG元素だった。


「・・・なんでそんな物が、今、此処に在るのよ?」

「前回G元素を説明したときは、存在が未確定だったから詳細を飛ばしたがな、大凡の予想はしていた。
これは、G-コア[ジオメトリー・リアクタ]で、G-11[グレイ・イレブン]を完全に核子崩壊させた後に残ったモノ[●●]
―――それがG-6[グレイ・シックス]なんだ。
因みに計測した質量値とかは、ロスアラモスの公表通りだから同一物質であることは間違いない―――。」

「・・・核子崩壊なんでしょ?
―――G-11[グレイ・イレブン]の全質量を消費した後に何が残るっていうの?」

G-11[グレイ・イレブン]を構成していた中性子の[●●●●]全質量を消費するんだから、残るのはその中性子を結びつけていた[]、つまりグルーオン[●●●●●]が残る。」

「! グルーオンって“強い相互作用”のゲージ粒子でしょ?
そんなものが安定的に残るわけ無いじゃない!」

「ま、普通そう思うよな―――。
実際グルーオンは他のゲージ粒子、フォトンなんかと違い、通常の温度・密度では単独で取り出すことは不可能であるとされているからな。
―――けれどグルーオンには、“色荷”という3相相互作用があるから、グルーオンのみの構造体、所謂“グルーボール[●●●●●●]”の存在は、幾つかの有力理論から示唆されている。」

「!!、グルーボール!」

「そう―――。
G-6[グレイ・シックス]は、 中性子クラスタの緩やかな“核子崩壊”なんていう特殊状況に於いてのみ生成される極めて特異なケース、安定的な“グルーボール”の一種、と考えられる―――。」

「!!―――それは・・・標準模型にも反しない、と言うことね?」

「ああ―――。
但し、元々グルーオンは質量0の粒子なんだが、本来核子と干渉しその質量を決めていたヒッグス粒子、あるいはヒッグス場の一部を内側[●●]に閉じ込めているらしく、質量は外の場に対して反転、つまり負の質量を示す。
その部分は、今後重力理論を構築する際に検証・追記が必要だと思うけどな。」


・・・相変わらず大佐と副司令の本格的な量子力学の話には、中々ついて行けない。
大佐が既知のようにあっさり口にする内容は、この世界における物理学の最先端、それも幾つか突き抜けてしまったレベルの話なのだろう。
もしこれらのG元素構造に纏わる話が公開され実証されたら、それこそノーベル物理学賞級の発見と成るのではないだろうか。
それに平然と応える副司令も勿論同じレベルに存在する。
目のあった白銀少佐も苦笑い。
・・・人類の英知を纏めたと言われるウィキ博士にでも訊けば理解できるのだろうか?
鑑少尉だけはキラキラした目で、手にした容器のG-6[グレイ・シックス]を観察していた。

それでも乏しい知識で理解するに―――つまり簡単に言えば、中性子という荷を纏めるのに木枠[●●]が必要だったが、中にあった中性子は核子崩壊でエネルギーになって消えてしまった。
通常の枠はその消滅の際、激しい反動で壊れてしまうが、内部の消失が穏やかであったため、“色荷”という“釘”で構成されていた木枠は崩れること無く残った―――、とでも考えれば良いのか。
それは現象として直観的には理解できるし、G-6[グレイ・シックス]という実物があるのだから、専門的にも何らかの実証はできるのだろう。

しかし、問題はそんな学術的な探求の話ではない。
前回、大佐が説明したG-11[グレイ・イレブン]G-9[グレイ・ナイン]の構造。
その理解から今のG-コアや00ユニットが構成されているという事実。

そして今度のG-6[グレイ・シックス]の構造解明は、何を切り開いてくれるのだろう?



「・・・で、そんな怪しい物質を何に使うの?」


副司令も、思いは同じらしい。


「―――最初に結論[●●]から簡単に言えば、
G-6[グレイ・シックス]を当量混入した G弾[●●]を高度500km程度でハゲ[ High Atitude Graviton Explotion ]させると、
地球上では爆心中央から半径約840km以内の地表上BETAを全て無力化[●●●●●]することが可能―――
ってとこかな。」

「「「「・・・・・・はぁッ!?」」」」



御子神大佐の投下した爆弾発言は、正しくG弾並みの破壊力を有していた。












「・・・・・・“ハゲ”、ってアンタ・・・・G-弾を“ハネ”の様に使おうって言うの?」

「“ハネ”?」


私も疑問に思った単語を白銀少佐が返してくれた。


「ああ―――。
HANE・・・High Atitude Nucluer Explotion、高々度核爆発の事だ。」

「高々度核爆発?」

「要するに核爆弾を上空500km位で爆発させる。
勿論大気圏外だから、地表に爆風や熱の影響は出ないし、放射能も問題にならない。」

「なんでそんなことを?」

「目的は核爆発の際に発生する強強度のEMP:Electromagnetic pulse。
規模にも依るが、この強烈な電磁パルスは半径100~1000km内の半導体を一瞬で焼き切る。」

「!! 半導体の範囲殲滅!
―――!! じゃあ“はげ”って・・・!」

「そ。
HAGE・・・High Atitude Graviton Explotion、―――高々度重力爆発。
その時に発生する崩壊重力波Gravitic Disintegration WaveでBETAの重要器官[●●●●]を破壊するって訳。」

「―――全く、何処からそんな話が出てくるのよ・・・。」


副司令が、頭痛を抑えるように額に指を当てながら呆れたようにつぶやいた。


「その発端としたワークス・レポートの一部を読もうか?

―――更に地下茎構造深部に存在していたBETAの多くが謎の機能停止[●●●●●●]に至り、地表に撤退した部隊が再度地下茎構造に突入することで反応炉を始めとするBETA施設の制圧に成功した―――。」

「!!ッ、―――それって明星作戦、この横浜ハイヴ制圧時のレポートじゃないっ!}

「そうだよ。
―――この一文が、全ての起点[●●●●●]さ。

そして―――当時使われたのは、G弾。
まさしく此処に投下されたG弾の超臨界に達したG-11[グレイ・イレブン]は多重乱数指向重力効果域を形成し、地上構造物や地表のBETAを分解した。
けれどその重乱数指向重力効果域外でも、スタブ内部のBETAを相当数無力化[●●●]している。
その事で人類初のハイヴ制圧が成功した訳だ。

まあ―――支払った犠牲もまた多大だったがな。」

「・・・。」


多くの犠牲―――帝国軍・斯衛軍も多数・・・父もその明星作戦で戦死しているし、前身のA-01にも犠牲はあったらしい。
そういう本人だってその余波で記憶を喪っている。


「無論、当時の米軍のやり方が正当化出来る訳もないが、それでもG弾が様々なモノを齎したことは否めない。
俺達に出来ることは、その事実に目を背け忌避することではなく、得られた知見を有効に活かすことで人類の存続を叶えることだろう。
それが出来てこそ多大な犠牲に報いるってコトだ。」

「・・・。」


確かに元々御子神大佐はG弾の使用にあまり忌憚を持っていない様子ではあった。
飽くまで第5計画派のG弾運用[●●]方法を否定していただけだ。

全ての起点[●●●●●]―――。
事実を否定せず、齎された結果を忌避せず、重要なポイントを見逃すことなく受け止め、そのメカニズムを理解することで最大の効果を醸す―――。
それが犠牲に報いる最大の手向け・・・。

技術将校として、最も見習うべき御子神大佐の本質が、そこに在る―――。



G-11[グレイ・イレブン]がジオメトリ崩壊を起こす際に、超臨界状態なら次元崩壊範囲は拡大し多重乱数指向重力効果域を形成する。
そして、それとは別に核子が崩壊する際、乱数重力波[●●●●●]を周囲に放出していると考えられる。
周辺地殻の重力を狂わし、“大海崩”を引き起こす引き金になるのも、この乱数重力波の、特に超低周波数領域の影響だろう事は、前に“香月レポート”でも触れた。
この乱数重力波は超臨界が継続し崩壊が続く間放出される核子の崩壊重力波であり、ホワイトノイズ・・・あらゆる周波数成分を含むランダム波であると予測される。
そしてこの強烈な崩壊重力波Gravitic Disintegration Waveが、当時横浜ハイヴに潜んでいたBETAの重要器官・・・恐らくは感覚器[●●●]を破壊したために機能停止に至った―――と推測している。」

「・・・つまり強烈な崩壊重力波はBETAの感覚器を破壊し、機能停止させる事が出来る、・・・と?」

「当時のデータを確認したところ、G弾単体でのBETA無力化効果範囲は、地表でもせいぜい10km程度。
但し地表は既に爆風で飛ばされていたから具体的事例は殆ど無い。
後日外傷のないBETAの死骸が数体存在したと記述されてる。
そして、恐らくBETAに対して効果が在るのは超々高周波数の虚数波動と予測されるため、質量透過力が弱い。
それ故、横浜ハイヴでも最深部、反応炉や反応炉周囲のBETAは機能不全に陥らなかったと記録されている。」

「・・・確かに最深部では戦闘があったとそう報告されているわ。
でもそれじゃ効果範囲はせいぜい10kmなんでしょ?」

だから[●●●]G-6[グレイ・シックス]を混入する。
と言うのも、BETAの感覚器・受信機を構成しているのは、G-6[グレイ・シックス]を利用していると予測しているからな。」

「・・・G-6[グレイ・シックス]そのものを破壞する事で励起される共振周波数[●●●●●]の重力波を、多重乱数指向重力効果域で増幅することにより、共鳴破壊[●●●●]を引き起こす、と言うことねっ!?」

「正解―――。
謂わばResonant[共鳴]-G弾―――。
―――気がつけば単純なんだけど、辿り着くのに結構手間は喰ったな・・・。

で、これにより得られる効果域は、計算上、今のG弾規模で約1,000km。
残念ながら先述のとおり地下の効果範囲は、恐らく深度100m程度までだから、反応炉殲滅にハイヴ潜行が必要なのは今と変わらないんだけどな。
そしてG-6[グレイ・シックス]の共振周波数は質量がマイナスだから、今の人類の技術では測定も出来ない程の超々高周波虚数波動。
その周波数帯なら“大海崩”には全く寄与しないし、その他の生物にも一切影響しない。」


背中が冷たい。
ゾクゾクと冷気を覚えているというのに、油汗がにじむ。
―――大佐の話が真実であるならとんでもないことだ。
対BETA戦略が、激変する―――。




「・・・・・・検証は?」


尋ねる副司令の声さえ震えている。


「―――この前新潟で篁に試して貰った“試製120mm対BETA弾”なんだけどな。
実はアレ、1mgにも満たない量のG-11[グレイ・イレブン]を使った謂わばマイクロG弾なんだ。」

「え―――?」

「着弾時に超臨界に入るんだけど勿論、多重乱数指向重力効果域のサイズは数ミリで、継続時間も1msec程度だから、それ自体には破壊力はないし地殻にも影響もしない。
試してもらったのは、No1がG-6[グレイ・シックス]無添加、No2は1ユニット=仮定元素量に対して1モル相当、No3が3ユニットの3種。
――――まあ、見てもらったほうが早いな。」


そう言ってモニターに映像を並べる大佐。


「―――因みに確認して欲しいのは、120mm弾そのものの威力で倒した要撃級ではなく、その周囲の闘士級や、兵士級の動き。」


!!!―――。

確かに!

比較された動画に於いて、無添加では倒した要撃級の影からすぐに闘士級や兵士級が湧いてでた。
1ユニット添加の場合、その数が減り、3ユニット添加した3では、画面内のBETAの動きが確かに停止していた。
撃破した要撃級の後ろのBETAなど映像の最後の一瞬にしか映っていないため、その事を意識して見なければその違いは解らなかった。


「この時の効果範囲は、最大でもせいぜい20m―――。
結果を元に効果試算したんだけど、これ以上効果エリアを広くしようとすると、どうしても起爆するG-11[グレイ・イレブン]が大量に必要となり、地殻に影響を与える。
故に局地戦用の装備としては使用困難。
実用運用としては広域殲滅の高高度重力爆発[ High Atitude Graviton Explotion ]が最も適している。」

「「「・・・・・・。」」」




場を沈黙が支配する。
私自身、呆然とし暫く思考すら忘れていた。

御子神大佐には今までにも、何度も驚かされてきた。
が、―――これは無いだろう。


何と言う―――、何と言う―――!!



Resonant[共鳴]-G弾。

対BETA超広域大量殲滅兵器―――。
しかも他の何物も破壊しない運用方法。


それは正に―――遥か遠き理想。








「問題は―――、必要とされるG-6[グレイ・シックス]の量がそれなりに必要で、今あるだけだと1発[●●]しか作れない、って事だ。」


・・・但し、まだまだその道程は険しいと言うことか。










淹れ直したコーヒーを配る。
余りの衝撃に、副司令からリクエストが入り、一息入れた。


「さっき、G-6[グレイ・シックス]がBEATの感覚器に使われてるって言ってたじゃん、ヤツラからは回収できないのか?」

「・・・至極尤もな意見なんだけどな、G-6[グレイ・シックス]に関しては、結構難しいんだ。
武の持ってる其の容器、実はマイクロML装置で作った“重力籠[グラビティ・ケージ]”だぜ。」

「え?」

G-6[グレイ・シックス]は、さっき言ったようにグルーオンの“色荷”による相互作用のみで構成されている。
つまりはマイナスという特殊な質量を持つ以外は、一切の電荷を持たない。
クォークも無いから、核子内部の半端な電荷すら持たないわけだ。
この場合“色荷”の相互作用が外側にも多少及ぶから、かろうじて隣の原子とクラスタ様結晶構造をとるけど、その結合力は通常分子の共有結合他に比べてもかなり小さい。
・・・故にちょっとした重力変動[ショック]で、すぐ単原子に分解される。
その瞬間に地球重力に反発して、宇宙の彼方に飛んでいってしまうのさ。」

「な?」

「電子ニュートリノよりは大きさ的に幾分マシって程度。
本来電荷のない粒子を一所に留めるのは極めて難しいんだ。」

「電子ニュートリノ?」

「電荷を持たない電子サイズの粒子。
宇宙線と共に地球にも多数飛来しているが、簡単に地球を透過してしまう。
その検出や性質を把握することで平和な世ならノーベル賞が貰える程の代物。」

「―――透過って、どういう事なんだ?」

「・・・一番小さな水素原子の大きさは凡そ100pm[ピコ・メートル]
小さめの分子間距離も同じくらいで、ダイヤモンド結晶で120pm[ピコ・メートル]程度。
その大きさの殆どが電荷を有する電子雲の大きさだ。

其れに対し、電荷がなく電子雲を持たない中性子の大きさは、1fm[フェムト・メートル]程度。
グルーボールであるG-6[グレイ・シックス]の大きさもそれに近いと推測される。

因みにp ピコは0.000000000001、10のマイナス12乗、f フェムトは0.000000000000001、10のマイナス15乗の単位。

イメージがし難いだろうから例えて簡単に言うと、G-6[グレイ・シックス]単原子の大きさを1mm[●●●]程度の砂粒とすれば、その辺にある物質は、120m[●●●●]程度の間隔をもつ点の集合体、ということになる。
電荷が無いので、電子雲に阻まれないのはニュートリノと同じだからな、通常その点群間にある電子雲の網[●●●●●]に一切引っかからない。
―――負の質量で地球重力に反発するG-6[グレイ・シックス]を捕まえて置けると思うか?」

「!!―――」

「米国が一端回収したG-6[グレイ・シックス]を事故で散逸したのもそれが理由だろう。
何かのショックでクラスタ分子構造が崩れ、通常物質[●●●●]の密封容器を簡単にすり抜けて[●●●●●]宇宙の彼方に飛散したと推測される。
その構造を理解していなければ、正しく原因不明の“消失”、事故で散逸としか、言い様がないさ。」

「・・・。」

「そしてそれはBETAの場合も同じ。
恐らく通常は近ML器官で重力拘束しているはず。
けど、BETAを破壊殲滅し、その拘束エネルギーを断ってしまえば、G-6[グレイ・シックス]はすぐ虚空に散逸してしまう。
もしBETAから集めるには、生け捕りしてきて専用の施設で屠殺するしか無いってことだ。
勿論将来的には可能かもしれないが、近々には必要な設備を構築するなんて到底無理。

今こうして手元に残っているのはG-6[グレイ・シックス]の構造を予測して、予めG-コアに負の質量に対する“重力籠[グラビティ・ケージ]”をセットしてたからさ。」

「・・・そのG-6[グレイ・シックス]を獲得する為に、H-21の攻略、反応炉の確保が必要、ということなのね。」

「ああ―――。
G-6[グレイ・シックス]の人工合成など到底不可能。
得られるのは緩やかな核子崩壊を実現しているG-コアとBETA反応炉だけ。
G-コアは稼働数がまだ少なすぎて且つ燃費が良いだけに大量には稼げない。
逆に凄乃皇のML機関は臨界域の反応が激しすぎてG-6[グレイ・シックス]が残らない。」

「・・・。」

「勿論反応炉は、G-11[グレイ・イレブン]の燃えカスであるG-6[グレイ・シックス]を利用してBETAを造っているから当然溜め込んでいる。
此処のH-22反応炉をX線CTスキャンして質量密度分布を測ったんだけど、密度がマイナスになる領域が存在するから、内部に在ることは確認した。
ただ、そこに穴開けると反応炉そのものが停止しかねない位置なので、00ユニットの駆動にODLを必要とする現在、横浜で確保するわけにはいかないのさ。」

「・・・それで、先に佐渡を陥としてG-6[グレイ・シックス]を確保できれば、その量によっては全ハイヴの湧出BETAを一気に無力化できる・・・と言うことか・・・。」

「そ―――。
軌道降下時に光線属種の集中砲火を浴びたくないからな。
蜂の巣突いて誘い出し、それを一気にRes-G弾で無効化すれば、降下時間は十分稼げる。
H-1の反応炉については、重頭脳級を殲滅する以上、G-6[グレイ・シックス]を確保できるかどうかはかなり微妙。
G-6[グレイ・シックス]はその性質上アトリエで精製されるG-11[グレイ・イレブン]と違い、そのG-11[グレイ・イレブン]を消費する反応炉内部に存在している。
降下時の光線属種排除と、反応炉破壊後の汪溢BETA殲滅を考えれば、最低でも2発が必要。
可能なら、人類の損耗を抑える為に陽動を掛ける周辺ハイヴにも使いたい。」

「・・・。」

「―――それに、最悪実戦証明のためResonant[共鳴]-G弾を佐渡で使うことに成っても・・・これはBETAにも対策不能だと思う。」

「え?」

「共鳴破壊を防ぐほどの質量でBETAの感覚器を覆えば、そもそもBETAの知覚である“重力波”感知を阻害する。
自分で目隠ししてしまう様なもの。
高度500kmで爆発するRes-G弾を覆うラザフォード場の展開はいくらBETAでも無理。
せいぜい爆発前のミサイルを狙うくらいしか対応できないだろう。
さっき言った、エヴェンスクに出現が予測される新種みたいにな。」

「なるほど、そう言う事ね・・・。」

「―――何れにしろ、BETAが利用しているG元素にこそ、BETA最大の弱点[●●●●●]が内包されているのは、皮肉としか言いようがないが、な。」

「「「・・・・・・。」」」






「ところで、さっき、G-6[グレイ・シックス]がBETAの感覚器に使われているって言ってたけど、その検証は?」

「そこは今のところ仮説でしかないけどな。
何しろ重力波そのものでさえ、人類は未検出。
けれど、BETAが何らかの方法で周囲を知覚し、電波以外の何かで通信しているとすれば、重力波くらいしか考えられない。
そして、G-6[グレイ・シックス]が負の質量を有するグルーボールであるなら、一切の電荷を持たないから、全ての電磁波の干渉を受けない。
それでいて負の質量を有するため、重力波は感知する。
G-11[グレイ・イレブン]を使った近ML器官でその挙動を観測することが出来、電磁波のノイズが乗らないからS/N比は無限大、感度は上げ放題―――。」

「―――つまりBETAは、周囲全ての質量の動き[●●●●●●●●]を感知している―――と言うの?」

「元々重力波による力は小さい。
グルーオンの力を1とすれば、電磁波のゲージ粒子であるフォトンは0.01。
それに対し、重力子は10のマイナス40乗とも言われる。
にも拘らず、その減衰は小さく到達距離はほぼ無限。
今仮定しているのは、10km程度圏内でなら電子の質量[●●●●●]さえも知覚しているんじゃないか、ということさ。」

「「「な・・・。」」―――例え検出が可能でも、そんな膨大な情報処理が出来るわけ無いじゃない!」

「勿論、周囲全部を把握する必要なんかない。
おそらくはパターン認識しかしてないと思う。
自己に向かって来る高速で重い飛翔体、そして小さな範囲で激しく動く電子―――その密度が高ければ高いほどBETAは指向性が上がる。
或いは、その有する質量に対し、一切電子挙動の存在がないG元素、とかな。
より高速なCPU、あるいは人の脳だって物質交換という形で電子が激しく動いているんじゃないか?」

「あ・・・・・・。」


・・・一致する。
一致してしまう―――。
BETAの持つ特性、誘引の優先度。
同じ生命なら、より活動の激しい植物より動物。
同じ動物ならより知能の高い、脳内活動の高い対象を選ぶ。
同じ電子機器なら、より高性能、つまり小さくてクロックが高く、実装密度の高いCPU、といった具合。
電磁波を感知しているわけではないから、ステルスも、光学迷彩も、無効。
電波を遮断してしまう重金属雲も無関係。


「―――序に言うと、BETAは通信もこの重力波を使って居る可能性が高い。
光線種が同種を攻撃しないこと。
光線種の照射前に群れが割れること。
しかもこの時後列も最前列も同時に割れる。
反応炉が停止した途端に一斉に逃げ出す。
何れも個体間、或いは反応炉(も個体だが)、との間に電波並みの高速通信が存在していなければ不可能な事象。
と言って作業用生体機械であるBETAには、社のようなESPも認められない。

けれど、G-11[グレイ・イレブン]を使った近ML器官を重力波発振器、G-6[グレイ・シックス]を使ったグラビトン・センサー[●●●●●●●●●●]を受信機とすれば、可能。
尤も、下位種間では、複雑な情報伝達は行われていないみたいだが、反応炉との伝達は在る。
先の撤退や、はぐれBETAも迷わず手近な反応炉を目指すのは、言わずもがな、だろう。」

「・・・元々BETAには微量のG元素が使われている、って言われてたのはそれらの感覚器・受送信機に使っていた・・・と言うことね?
広範囲の索敵や一部通信を行うことを考えれば、光線属種のG元素コストが高いのも当然・・・。
辻褄は合う・・・のね。
逆にG-6[グレイ・シックス]を使って、人間がそれを作ることは出来ないの?」

「―――残念ながら、今の技術じゃ人間には無理そう。
G-6[グレイ・シックス]の細かな制御にはナノレベルML場を制御する必要がありそう。
BETAはそれをナノマシンと思われるODLで行っているらしい。
夕呼センセのmmレベルML場ですらそんなに簡単に作れるもんじゃない。
何より何でもかんでも “電子”で制御しようとすると、その変換だけで多大なロスを生む。
マイクロマシンすらマトモに動かせない現状で、ナノマシンなんか遥か先。
多分、そのスケールで言うと、今の技術で光線属種並の重力波センサーを作ろうと思ったら10km位の構造体に成るんじゃないか?」

「・・・それは、すぐには利用できないけど、逆に他国に利用される可能性も無いってことね。」

「苦労して作ってもRes-G弾一発で速攻無効化されるしな。」


ふっと息を付く副司令。


「・・・アンタ・・・一体、どこまで予測してたのよ―――。」

「―――いや、G元素がBETAの製造に使われているとしたら、感覚器や発信機だろうと当たりを付けたし、それがG-6[グレイ・シックス]ならBETAの知覚や通信に重力波を利用している事も想定した。
そして明星作戦で崩壊重力波がBETAに何らかの作用をした、ということも事実―――。
―――ただ、最初は崩壊重力波がその“組織”を破壊するものだとばかり思っていたから、まさかG-6[グレイ・シックス]そのもの[●●●●]を破壊するとまでは予想していなかった。
お陰で当初試した施策は全部空振りだったしな・・・。
ふと思いつきで作った試製弾を篁に託した段階では、正直50/50で、余り期待してなかったな。」

「・・・何よ、思いつきって?」

「さっき言ったけど、G-6[グレイ・シックス]には、“重力”と色荷による“強い相互作用”以外の力が作用しない。
―――逆に言えば、“減衰”が無いんじゃないか?ってコト・・・。」

「・・・成る程、通常の物質、あるいは原子、クォークに至るまで、内部に何らかの電荷を有し、それが逆に周囲と干渉することにより、摩擦、即ち“減衰”を有する。
減衰は抵抗によるエネルギーロスそのものだけど、それは共振を起こした時に増幅を抑制するリミッターにもなる・・・。
―――それが無いということは、一旦共振を起こすエネルギーが与えられれば自己崩壊を生じる、という事なのね。」

「ああ―――。
効果があるなら、あとは必要な周波数の重力波をどうやって発生するか、だけだからな。
G-11[グレイ・イレブン]必要量の兼ね合いで運用が高高度重力爆発[ High Atitude Graviton Explotion ]に成ったのも予想外。
・・・個人的にはS-11程度の効果範囲が一番使い勝手が良いと思っていたんだけどな。」

「・・・それは、贅沢というもの、今の効果だって望外の僥倖よ。
―――結論として、BETAはRes-G弾の共鳴破壊で破壊されることにより、感覚器である目も耳も喪う・・・と言う事はほぼ確定。
そして、その実証と、次のH-1攻略実現の為にも、佐渡のH-21を陥落する必要がある―――。」

「―――そういう事だ。
・・・で、実はこのプロセスにはもう一つ、大きなメリットがある。」


御子神大佐は、ニヤニヤと黒い笑顔―――。


「・・・なに?」

「次の神鎚作戦[Op.ミョルニル]で、第5計画派を利用[●●●●●●●●]できる。」

「「「・・・は?」」」

「奴らが使いたがっているG弾を、G-6[グレイ・シックス]を提供することで、全部Res-G弾化し、吐き出させればイイ。
コッチはG-コアや凄乃皇の燃料だから、1発10kgなんていうG-11[グレイ・イレブン]の余計な消費はしたくない。
今や使い道なくて余してるんだから、堂々と使える方法を教えれば、第5計画派が喜んで[●●●●●●●●●]協力してくれる。
効果はBETA限定で実質人類間の闘争にはなにも寄与しないし。
―――世界の盟主を自負しているんだ、さぞや面子も立つことだろうさ。」

「「「「・・・あ、悪どい・・・。」」」」



あれだけ落としておいて、そこまで持ち上げる?
どんだけな規模のマッチポンプですか!


―――そして彼らはそれを喜んでヤルだろう。

第5計画派とて、G弾こそが対BETAに対する切り札と信じていたから固執していた者が殆ど。
その実行に障害だった第4計画を敵視していたに過ぎない。
BETAを殲滅することそのものに反対する者など、傀儡級と目される者を除けば、居ない。
その傀儡級とて、表立った反対は出来ない筈。

今までは他国の反対、使用の反動や与える環境影響が大きすぎて運用出来なかった問題が、全て一気に解決する。
確かにハイヴ内部までは届かないが、広域殲滅範囲は、むしろ多重乱数指向重力効果域より余程広大。
オリジナルハイヴから流出する200万に及ぶBETAだって、それこそ1発で殲滅できるBETA専用大量破壊兵器。

そんな“手柄”を譲ってくれるなら、使わない選択肢がない。
その評判を地まで落した第5計画派だけでなく、それこそ穏健派含めた全米軍で・・・。


―――いや・・・と言うよりも、米国には神鎚作戦[Op.ミョルニル]を断るという選択肢が存在しないのかも知れない・・・。

もし断れば・・・、オリジナルハイヴ攻略を含め、第4計画はハイヴの存在する中国やソビエト、EUと共闘するだろう。
佐渡である程度のG-6[グレイ・シックス]が得られれば、今第4計画が有するG弾だけでも、それは不可能ではないのだ。
今は足りなくても、ハイヴ攻略が成れば、G-11[グレイ・イレブン]は手に入る。
それをサイクルし当然その後のハイヴ攻略も同じ様に進めていくことになる。

そして、そうなった場合、米国は本当に蚊帳の外、G元素獲得に一切関われないことになりかねない。
米国としては、神鎚作戦[Op.ミョルニル]含め今後も貢献することでG元素の分配を主張する事しか出来ないのである。


Res-G弾は、何よりも確実に米国を引き込み、全世界規模の作戦を展開できる布石の[]に他ならない―――!



―――しかも、である。
その状況下に於いてさえ、米軍は今までの対人類戦に偏る誤ったドクトリンから、ハイヴ潜行を実行する戦術機・ノウハウを有していない。
Res-G弾にて地上を一掃することは出来ても、反応炉を攻略する戦術を構築できていないということ。
つまりは、既にG-コアというハイヴ潜行装備・戦術を確立し、ノウハウを獲得している第4計画を今後も無視することができない、と言う状況に追い込まれることになる・・・。


副司令ですら呆れ顔をして、次に心の底からこみ上げるような、妖艶で凄絶な笑みを溢した。


「勿論、―――移民派、アイツ等はダメだけどな、建造している宇宙船は、月や火星への足代わりにするって手もある。」


・・・・く・・・黒い、・・・余りに黒い、極黒です! 大佐!

さすが“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”。

しかも暗黒[光でない]の重力波で、大量BETA殺戮を齎した者―――。

・・・正しく二つ名そのもの[●●●●]じゃないですか!!






副司令は、暫しの瞑目―――。


「―――いいわ、得られるものが甚大なのだから、H-21を先に潰しましょう。
・・・そして10日以内には、H-1、ね。

あたしはその方向で安保理緊急動議をかける準備をするわ。
当然米軍を釣るために、遠慮無くRes-G弾も使う。
―――彼方と篁はその準備ね。
佐渡を先に攻める以上、当然殿下にも話を通さないといけないでしょうし・・・。

白銀も、その順番で攻略するからA-00及びA-01にシミュレーションさせなさい。
鑑はそのデータ構築と、帝国軍も含めた戦術構築。

当初予定通りハイヴ潜行は必須、しかも今回H-21は反応炉温存がミッションオーダーよ!」

「「「「 Yes,Ma’am!! 」」」」







後からにして思う。

―――この日、世界は変わったのだ、と。


Sideout




[35536] §77 2001,11,14(Wed) 09:00 講堂
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/05/06 12:25
'15,02,20 upload  ※久々にちょいエロ注意
             R15くらい・・・ですよね?
'16,05,06 誤字修正



Side まりも


普段使われない横浜基地の講堂―――。
11月のヒンヤリした静謐な空気が身を引き締める。

今朝方、出し抜けに集められた207B訓練小隊のメンバーはまだ少し戸惑っている。
何が行われるのか、伝えては居ない。



そこに現れたのはラダビノッド基地司令だった。


「―――整列ッ!」


号令を掛ければ、反射のように隊列が揃う。
壇上に上がった基地司令に、全員が敬礼した。


「―――突然ではあるが・・・、
ただ今より国連太平洋方面第11軍衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を行う―――!」


その言葉に、全員が姿勢一際姿勢を正した。




榊千鶴。
御剣冥夜。
彩峰慧。
珠瀬壬姫。
鎧衣美琴。
鑑純夏。

私が送り出した衛士訓練生の中でも、いろいろな意味で、最も印象深い教え子たち・・・。
その解隊式が執り行なわれる。



「・・・諸君は本日をもって訓練過程終了―――晴れて任官というめでたい日だ。
本来であれば盛大にその門出を祝ってやりたいところだが―――諸君らは既にとある部隊への所属が内々に決まっているのは既知のこと。
その性質上派手な行事は控えていることを理解してほしい―――。」



この訓練小隊・・・各人の有するは複雑な政治的背景。
跳ね除ける力も、抗う術も無かった彼女たちは、その狭間で翻弄されるしか無く、出口も見えず、迷走した時期もあった。
だが、彼女たちは全員、それすらを乗り越えて、今ここに巣立つ。



そんな私の回顧をよそに、基地司令の祝辞が続く。



・・・そう、当面、このコたちの後に、私の教導予定はない。
人員的に、そして夕呼の求める水準的にも達する者が居なかった為でもあるらしいが、最大の理由は既にタイムリミットに至ったコト・・・。


次は無い―――。

それが今の人類が置かれた状況なのだ。
先にオルタネイティヴ4と言う夕呼の指揮する計画下に併任し、秘されていた状況を知ることで改めてその事を認識させられた。

故にこれから彼女たちが進む途は、すぐ目の前に峻烈な山が聳え立つ、極めて過酷な途。
しかし、それが人類の存続に繋がる一縷の途―――。


自らの背景をも乗り越え、希望を得て、その途を征くことを決めた、強い意志。
どんな未来を齎すのか、今は判らない、
けれど今はそんな彼女らを教導できたことを、誇ろうと思う。



「―――今この刻をもって諸君は人類防衛の前衛たる国連軍衛士の資格を得た。
その栄誉と責任を噛み締め必勝の気概を持ってその持てる力を尽くしてほしい。
―――人類の勝利と・・・未来をつかみ取るために!」



衛士は勇敢だと言われる必要など無い。
臆病でもいい。
ただ永く生き残り、一人でも多くの人を救って欲しい。

何時も心に秘め、その想いが少しでも伝わればと、導き、教えてきたつもり。
・・・でも、実は最近少しだけ、宗旨替えした。


“生き残る”、という受動的な結果論的な姿勢じゃ足りないのだと。
生き抜く[●●●●]―――自らの意志で能動的に、運命さえも凌駕して見せる。
それは、その強烈な意志を持って、この基地に帰還した二人の姿勢そのもの。

一人は、私では届かなかった彼女たちの琴線に触れ、光を指し示した。
そしてもう一人は、迷子だった夕呼、そして私の憂いさえも払い、未来を感じさせた。

その期待に沿うためにも、望む途を征く―――。



「最後に・・・極めて異例のことではあるが諸君の任官に際し御言葉が寄せられている。
日本帝国政威大将軍煌武院悠陽殿下からの御祝辞・・・心して賜りたまえ。」



もうすぐ、彼女たちは私の教え子ではなくなる。
そして、人類の決戦を控え私の部下に成る―――。



『―――此度の新潟防衛戦に於ける貴隊の働き、誠に大儀でありました。
一つの命をも喪うこと無く本土防衛を完遂せしめた慶ばしき事に、多大なる貢献を為した貴隊の勲功は輝かしきものであります。
それと同時に、未だ訓練兵で在りました貴隊の御力までを借りねばならなかった我が力不足をお赦しください。

されど、この混迷の世にありながら、祖国を守らんとするそなた達の強き意志を間近に感じる事ができ、大変嬉しく在りました。
先人達は、この日本という国を愛し、民を慈しみ、八千代にも続くことを願ってきました。
その想いを託され、受け継ぐ若者が今も数多いることを改めて確信させて戴きました。

今人類の置かれた状況にて、それを果たすことが並々ならぬことで在ることも重々存じております。
しかし一人一人が己のなすべきことをなし、相克を凌いで琢磨することにより、叶わざる願いなどありはしないのです。
この国の、そして人類の未来を切り拓く魁として、皆様が正道を征かんこと、切に願います。

わが心は、如何なる時もそなた達とともに在ります。
そなた達は決して独りではないと心に留め置きください。

―――いつの日か、再び共に語れる未来を信じ、皆様への餞の辞とさせて戴きます―――』


「・・・昇任に際し殿下から御言葉を賜るという名誉は諸君自身の手で掴んだ栄光である
国連軍兵士としてそれに相応しい活躍を期待する。
―――以上だ。」



・・・ホントよね、と心のなかで苦笑。

先の新潟防衛戦―――。
私の中では当初、半ば見学に近いポジションの予定だったのだ。
配属は“仮”であり、繰り上げ任官もしていない訓練兵。
珠瀬事務次官にも指摘されたが、本来私だってV-JIVES以外に参加させるつもりはなかった。

だが、最初のV-JIVES演習から、あのコたちは与えたオーダーを遙かに上回るレベルでクリアし続けた。
XM3教導の先行事例、早期慣熟を目的とした最新鋭機・試製XFJ-01の先行支給。
白銀クンと言う偉大なお手本を傍に感じ、その技量にも気後れせず、貪欲に食らいついていく。
彼方クンにも譴責覚悟で何やら頼みに行ったらしいし、先任であるA-01中隊、篁大尉、衛士復帰したビャーチェノワ少尉・シェスチナ少尉にまで時間さえ有れば果敢に挑んでいった。
彼方クンはそんなあのコたちの教導環境を最適に整え、そして個別のスキルアップにも協力してくれたらしい。

その成果は覿面―――。
尤もそれは余りにも余りな結果となり、今後のXM3教導の参考にはならないかもしれない。
斜め上過ぎる。
初の実戦に参加した訓練兵でありながら、新潟戦後には、すでに全員がXM3の制御レベル4に届いていたのだから・・・。


実際新潟に於いて、海岸に配された機甲連隊を守りきり、第2陣光線属種の優先殲滅を為せたのは、あのコたちの力故でも在った。
今“Amazing5”とも呼ばれるA-00部隊のEvolution4とは言え、4騎では届かなかった事も理解している。
そこに207Bのサポートがあってこその戦果。
あのコ達が参加していなければ、取り零した命がどれほどあったことか。
そしてそれは、殿下の影としてHQを守り切った彼女についても、また同じ。
突然の急襲にも臆することなく対応し、自らの為せることを為してみせた。

―――殿下の御言葉にあるのは紛れもない事実なのだ。



「続いて衛士徽章授与を行う。

―――榊千鶴訓練兵!」

「はいッ!」

「・・・ただ今をもって貴官は国連軍衛士となった。
おめでとう、少尉!」



そう、それでもこれは一つの区切り。
私は、今は教官の立場として、素直に祝福しよう。


次々に任官する教え子を見ながら、其々の訓練を思い返す。
有能であれば有能であるほど消耗の激しいこの世界。
それでも、彼女たち、そして彼等ならこの世界を変えていける。

そんな希望を覚えながら・・・。








「―――以上をもって国連太平洋方面第11軍衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊解隊式を終わる!」

「「「「「 ありがとうございました!! 」」」」」


歓声と共に、皆が拳を突き上げている。
帽子は高く飛ばないけど、ね―――。


Sideout






Side 美琴

B17フロア 機密エリア備品倉庫  19:00


「これで、終わりだネ。」

「ああ。
これで全員分OKだ。
助かったよ、アリガトな、美琴。
中々他に頼みにくくて、な・・・。」


傍らの棚に備品を置きつつ、チクリと、胸の奥に疼痛―――。



午前中の解隊式、そして正規任官。
ボク達は、予定通り国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-00戦術機概念実証試験部隊に正式任官となった。
式は節目としてそれなりに感動したけど、実質で言えば(仮)が取れただけだし、神宮司教官には教官として涙のお礼を言った後、部隊に行ってみれば今度は上官の中隊長として一緒だし、何も変わらないと言えば変わらない。
まあ機密部隊だけに内輪とは言え、夕食には先任含め祝賀・歓迎会として、ちょっとした祝宴になっていたのだけが唯一の違い。

それでも衛士となればイキナリ正規兵の尉官と成るわけで、正規軍装から強化装備までが全て変わり、またロッカーやシャワールーム含め今後のブリーフィングルームに至るまで一般エリアから機密エリアに移動となる。
今まではA-00ハンガーまで入るのも、上位者の同行が必要だったのがなくなる。
実質A-00部隊執務室までのセキュリティパスが付くのだ。


けど、そうは言っても元々A-0大隊は機密度が極めて高く、その為逆に人手が極端に少ないとも聞いた。
実際大隊長で少佐なのに補佐官さえ付いていないタケル。
本来社少尉がそのポジション、今までよく一緒に居た理由として納得したが、少尉は少尉で他にもいろいろ在り、最近は特務である純夏さんに付いていることが多いらしい。
しかも行動範囲が機密エリア中心と成るため、元々人の出入りは制限されている。
タケルの場合、更に年が若いせいか人に頼むことも慣れていないので、雑用に関しては結局自分で遣っちゃう事が多い。
謙虚というか、タケルらしいというか・・・。

だからこんな倉庫にも入る。
任官の祝宴を終えた直後だというのに、足りない備品を探しに行くタケルに会った。
で、そのままボクが手伝ったりすることは、往々にしてあるんだよね・・・。
何故かそういうタイミングで会うのはボクらしい。
2本のアホ毛センサーの所為だとタケルは言うが・・・。


「まあ、そうだよネ。
普通の娘じゃあ・・・引くかな。」


・・・人気のない倉庫。
こんな用事でも無い限り、立ち入る人も居ない。
ある意味とても危険なんだけど前にも何度か在ったし。
・・・尤も、同じ元207Bの同期なら、逆にみんな喜んで付いて来そう。
―――肉食だよね。

そう、こんな些細なことでもタケルを手伝えることは嬉しい。
公式の場なら、相手は少佐様。
今日の午前中に、漸く正式任官したばかりのボクとは、立場も権限も技量も雲泥の差。
それでもプライベートならこうして気安く話ができるのは嬉しいし、雑用とは言えこうして二人きりになれるのも、そりゃあちょっとは・・・ボクだって期待もする。

でも、何かの折、男扱い―――。
どちらかというと、気安い親友ポジション。

じゃれあっているだけ。



初めはそれでもイイかな、なんて、思ってた。
タケルがこの基地に復帰して、まだ20日余り。
戦術機機動に関しては凄腕を通り越した“神”級の技量の持ち主。
世界最高単騎戦力と言われるけど、それが素直に納得出来る。
数多の地獄を自らの技量で生き抜いて[●●●●●]来た者―――。
何よりもその強靭な意志・・・。
憧れた。

けれど気安くフレンドリーなタケルの態度に、ボクはすぐ馴染めた。
普段のタケルは少しも押し付けがなくそばにいて安心出来る。
それが心地良くていたけど・・・。
自分が惹かれていることもすぐ気付いた。


でも・・・。
先月末に純夏さんが復帰して、様相が変わった。
タケルの幼なじみで、長い間入院してて、でも実は凄い事の出来る人―――。

タケルと惹かれあっていたのは一目瞭然。
その余りの素早さに、失恋の痛みも感じなかったよ―――。

ところが、純夏さんはタケルを独占する気はないらしい。
しかも、冥夜さんも既に一緒!?

そして、ボク達にも一緒にタケルを支えて欲しいと純夏さんは言う。
初めは皆も半信半疑だったけど。

ここ2,3日で・・・慧さんも、千鶴さんもその気になったみたい。
そして昨日も、事務次官の訪問があった。
小さなボクの胸を更に抉るような攻撃にボクが逃げ出した後、タケルは壬姫さんにも子作り宣言までしたと後で聞いた。
因みに・・・壬姫さんの参戦にちょっとは希望が持てたから、ボクはあまり報復をしなかった。

確かに今の若い男女の人口比は1:8。
既に国民の数が激減していながら、このままでは更に次世代の人口が激減するのは必定。
今までは先の見えない状況もあり、そこまで積極的な人口対策はされていなかったけど、殿下が公表した“高天原”はそれにも一定の目処を付けた。
なので悠陽殿下が進める拡大婚姻法案も、本気。
既に法案は提出され、まもなく審議入りする。

それじゃなくても、帝国はてんてこ舞い。
大権奉還して一段落、所ではなかった。


数々の奇跡を生んだ新潟防衛戦。
仮初の大地、と言いながら、実質今後の日本帝国を支えていくだろう高天原。
その一方で、揺るぎない殿下の姿勢を内外に示したとも言える大粛清。

それらは国内にも、そして国外にも強烈な衝撃を与えた。
父さんから珍しく泣き言の手紙が来たけど、なんで貿易会社がそんなに忙しくなるんだろう?
縁者とて犠牲は厭わない、って何時も言われてたのに・・・。



けどさ・・・。
そんな皆の話を聞いちゃうと、こうして人気もない倉庫に二人きりで居るのに、襲われもしないボクって・・・。
やっぱり・・・。



小さく付いた溜息。


「美琴?、オレ、なんかした?」

「・・・え? 何もしてないけど?」

「・・・そっか。
ならいいけど―――なぁんか最近美琴が余所余所しく感じるんだよなぁ」


これだもんネ・・・。
溜息には気づくのに・・・。
それは・・・逆なんじゃないかな。
何もしないから、・・・だよ。


「・・・そんなコト、無いと思うよ。」

「・・・じゃ嫌われた訳じゃないんだな?」

「ボクがタケルを嫌うなんて―――、有り得ないよ。」


タケルに取っては、親友ポジションかもしれないけど、さ―――。


「・・・。」

「じゃ、行こうか」


断ち切るように背を向けてドアに向いた瞬間。



え―――?。

無言で腕を引かれ。
当然バランスを崩してタケルの胸に背中から受け止められる。
そのまま後ろからフワリとその腕に包まれた。


―――心臓が大きく跳ねた。


「ど、どうしたのさ、イキナリ―――。
わるふざk「華奢だな、オマエ―――」ッ!・・・・」


ギュッと抱きすくめられる。
肩から回された腕に無いながらも胸が当たっているのも構わず・・・。


「あ・・・え―――?」

「・・・悪ふざけなんかしてねぇよ。
オレはもう、大事なモノは手放さない―――、って決めたんだ。」

「あ―――、でもほら、タケルはボクのコト、男扱いだし・・・」

「・・・してねぇし・・・ってか、この際男でも女でも関係ない・・・、美琴は美琴。
オマエは、オレの大事[モノ]だ。」

「あ・・・。」


大胆な行動と、直接的な言葉。
背筋をゾクゾク、とシビレが走る。
嬉しさが心を満たしていく。
僅かに抵抗するようにタケルの腕に添えていた手から力が抜け、辛うじてBDUの袖に捕まる。


背中に感じるタケルの体温―――。
鼓動。
タケルの左手がボクのおとがいを包む。
恥ずかしくて俯いた顎を持ち上げられても、抵抗も出来ない。


「―――んッ!」


唇を奪われたんだと気がついたのは、抵抗するまもなく舌を絡め取られた時。
勿論抵抗なんかする気もなかったし、力も抜けちゃってたから、タケルのなすがままだったけど。
確かに甘く感じられるモノが粘膜に触れたその感触は、一瞬でボクの全身をシビレさせ、完全にボクは囚えられてしまっていた。
初めは確かめるように、控えめにそっと触れてくる。
驚きと嬉しさと恥ずかしさと、色んな感情がごっちゃになって拒むことも応えることも出来ないボクの舌に、そっと優しく絡んでくるタケルの舌の感触が、徐々にそんな思考さえ奪ってゆく。


初めてのキス―――。

激しい訳じゃない、でも深く滲み込むような、息もが融け合うような感覚。



しばし頭の中が真っ白で、絡みつく舌の甘い感触に支配されていたボクにもわかってくる。
胸に回された腕の力強さ。
遠慮会釈無くささやかな膨らみを包む掌の熱さ。


・・・タケルがボクを求めてる・・・。

漠然とそう思った瞬間、下腹部がキュンとして、それが熱い塊になって背筋を這い登る。


男みたいにも扱われていたけど、女の子で良かった―――。
そんな思いさえが熱く舐られる感覚に白く埋め尽くされて・・・。

嬲られる舌に抵抗も出来ないまま、今度は熱さが甘いシビレになって全身がタケルに占められていく。





クちゅル―――。


気がつけば無意識のうちに、タケルの舌に応えていた。

ハジメテのキス、なのに濃密に触れ合う粘膜、それがキモチイイ・・・。

右腕は胸に回され今も抱きしめられているから、密着したままのお尻に熱いものも感じられる。


・・・タケルがボクに欲情している。

それが嬉しくて、そこからの熱にじわじわとボクが侵されてゆく。
応える様に身体の芯が昂ぶっていく。





時間感覚も曖昧・・・。
おそらく長い・・・長いキス―――、鼻で継ぐ息が小さく弾んでいる。

舌も少し痺れて。
もう頭の中はとろとろに蕩け切っている・・・。

ダラシナイ表情にされちゃって居るのが自分でも判る。


・・・でも、タケルならいい・・・。
ボクはタケルのモノ[オンナ]・・・。


そう思った途端、ボクの小さな膨らみを包んでいた手が少し動いた。


「ンfmッ―――。」


軽く握られただけで。
ビクンと身体が竦む。
息が鼻から漏れる。
ボクの知らない感覚が電気ショックのように、胸から背筋、背筋から頭の中を焼き、そして腰から下腹部をしびれさせる。
胸の先にゾワゾワと感覚と血が集まっていく。


まだ、唇は奪われたまま。
舌は絡みついたまま。





そして―――。
タケルの指が、いつの間にか尖っていた胸の先をキュッと摘み、同時に一際深く舌が絡まり、強く吸われた瞬間―――。


うぁn・・・fぁあ!!


ボクの体の芯で、沸々としていた熱い何かが、弾け飛んた。


Sideout




Side 武


後ろを向いた美琴のその姿が、儚げで寂しげに見え、反射的に抱き込んでしまった。
後ろから抱きしめたまま、小さな頭を支えて仰向かせ、そのまま唇を奪った。


最初は勿論、軽いキスだけのつもり。

何時もつい気楽な男扱いしてしまう美琴にちゃんとオレの想いを伝えるだけの行為だった。


なんとなくキッカケが無かった美琴が、結局気持ちを伝える最後になってしまったし、妙に気安い関係を築いてしまった為、普通に言葉で言ってもなかなか信じて貰えない事は判っていた。
今の関係に馴れてしまったから、それを覆すには直接的な行動が必要―――。
美琴もここのところ周囲の変化に気づいて気後れしているようにも見えたから、確認の意味も込めての直接行動[キス]だった。






―――けど、これは反則だろッ!

なんでオマエ、こんなにエロい[●●●]んだよっ!!




キスだけで全身の力が抜け、クタリと身を委ねながらも、やがてその舌だけは怖ず怖ずと健気に応えてくる美琴が可愛くて、そのまま舐る様なキスを続けていた。

続けている内に、どんどん美琴の身体がトロケるように、熱く、そして柔らかくなっていく。
その反応に、いつの間にか張っていた股間、なのに美琴は嫌がる素振りも見せず、無意識だろうか、幽かに身じろいで擦りつけてくる。
煽られる―――。
抱きしめた位置に丁度あった胸の感触も徐々に一部が硬くなってゆく。
キスしたままでも、美琴の鼻息が少しづつ跳ねてくるのが感じられる。
重ねた唇の隙間から、熱い吐息と湿った音が漏れる。



コイツどんな表情[かお]をしているんだ、と目を薄目にして見てみれば―――。

それを見た瞬間、ガツンと意識をぶん殴られた。


桜色に上気しきってなまめく頬や眼瞼・・・。
その無意識に僅かに開いた眼瞼の隙間から見えたのは、美琴のトパーズと濃い琥珀が混ざったような瞳が滲んで潤み、霞んで飛んだ瞳―――。




―――コイツ、マジ、ヤバい!!


元の世界で男だったイメージもあって、この世界でも気安く接してくれる美琴にいつもふざけあっていたのに・・・。
どちらかと言うとサッパリした性格、スレンダーで少年ぽいスタイルも相まって、普段は性的なイメージを一切抱かせない。


・・・それが、こんなの[●●●●]見せられたら・・・。
元の世界でもヤバかったかもしれない!
薄い本の世界が垣間見える。

―――こっちの美琴がオンナで良かったと、心底感謝した。



キスだけで、美琴が蕩けている―――。

オンナであることを確かめる様に、そっと胸を包んだ右手に力を込めれば、ピクンとその華奢な身体が震える。
それでも、自分から唇を外そうとはせず、懸命に応える舌が可愛くて、力がないのにBDUの袖を握る指がいじましくて、鼻息だけで幽かに喘ぐ美琴をもっと虐めたくて、益々深くその唇を、口を舐る。




徐々に応える舌の動きが緩慢になってくる。
それでも交わす唾液の粘度が上がったように、ねっとりと絡みつく。
抱きしめている美琴の身体が小さく震えている。


オレのモノだと印を刻む様に―――。

右手に触れていた尖った先端を少し強めに摘む。
甘い舌を更に深く絡め強く吸った瞬間。
ビクンッと一際大きく、その華奢な肢体が腕の中で跳ねた。



次の瞬間、完全に力が抜けたのか、カクンと膝が墜ち、崩れる身体を咄嗟に抱きとめる。


離れた唇に糸が引いた。


地に着けた膝の上に、そっと支える。




上気し紅潮した頬。

薄らと湿り、艶めく肌。

今も滲む様に飛んだ瞳。

細かく震える長い睫毛。

尚も誘うように薄らと開き、桜色に濡れる唇。





・・・マズい・・・。

―――完全にヤラれた。


―――ギャップ萌え?
いや・・・、コレが男の娘属性ってヤツか?
・・・あ、まあ、この世界の美琴ならノーマル、うん、普通普通。
ホント、マジ、元の世界じゃなくて良かった。


傍系記憶には美琴と結ばれ、ちゃんとイタシタ記憶も在るっていうのに、―――こんなにも美琴に煽られた記憶は無い。

なんか今回のループは、オレが虚数空間から全部ひっくるめて持ってきたせいか、色々余計な因果が混入している気がしないでもない。
今までも既に関係を持った純夏や冥夜だけでなく、千鶴[委員長][彩峰]壬姫[たま]にも、色々ドキッとさせられていたけど、一番気楽な関係で居られると思っていた美琴にまで、こんなにギュッと心を鷲掴みにされるとは思わなかった。






その場に座り込むと、崩れた美琴の身体を横抱きに膝に載せ、そのまま左腕で頭を支える。


まだ幸せそうな蕩け顔を晒す美琴の頬を指でなぞる。
緩慢に反応して、n・・・と無意識に甘やかな吐息を落とす。



クるなコレ・・・。




コイツがちゃんと意識を覚ましたら、きっと先刻の濃密なキスに抗議してくる。
確かに唐突だったし、美琴に取ってはファースト・キスなのに歯止めが全く利かなかったし、挙句此処まで追い込んだ・・・。
批判は甘んじて受け入れる。


けど―――、その時、男の娘風・涙目・上目遣いの必殺三連コンボなんかされたら・・・。


・・・オレの理性、ヤバイかも知れない―――。


Sideout






Side 武

B19フロア 夕呼執務室  21:30


「トライアル依頼・・・ですか?」


まだ痺れる足をさすりながら部屋に戻った後、伝言に気付いて夕呼先生の執務室に向った。
そこには、既に彼方と純夏が居て、相談をしていたらしい。
告げられた言葉がそれだった。


先刻、危なくそのまま事に及びそうになったオレを、探しに来た他のメンバー、冥夜・委員長・彩峰・たまが発見し、その場で正座[おすわり][おしおき]と成ったのだ。
尤も、説教の内容は良く良く聞くと、初めてなんだから時と場所を考えろ、という内容だったが・・・。
冥夜は仕方ないなぁと言う顔だったが、他は微妙にそれ以外も在ったみたいだし・・・。
美琴自身も安堵半分、残念半分と言った表情だったのだが、コトの最中に乱入されるよりは良いだろう。
むしろ最後は美琴が庇ってくれて、ようやく解放された。
自業自得なので仕方ないが、こうも団結されてしまうと弱い。
やはり今後のヒエラルキーが非常に心配だった。



「そうなのよ・・・。
“新潟の奇跡”がセンセーショナル過ぎちゃったみたいね。
ま、正直、あたしだって本当に死者0が出来るとは思っていなかったし。」

「―――そうですね、あれだけの規模に成れば何処かで破綻が出るし。
あれは運が味方した部分もあると思います。
支配因果はBETAの側に振れてたはずなのに・・・。」

「・・・そんなに一方的に振れてたら、とっくに人類は滅びてるな。
確率分布の中央値がそんなに一気に変化することはそうそうないだろ。
今回は、数で大きくBETAに振れた分、揺り戻しで小さな運は人類側に振れたのかもな。
その小さな運を勝利に結びつけるのは各自の努力だし、一気に振れないからこそ、地道な人類意識の変革をしている。」

「なるほど・・・。」

「その努力を重ねて、最終的な人類の勝利に結び付けないとならないんでしょ。
トライアルもその一環といえば一環ね。
で、話戻すと、XM3関連だけでも相当数の希望が舞い込んでいるわけ。
まあ国外に関しては実質プロミネンスでLTEの供与が進んでいるからいいんだけど、単純にXM3の実装だけではなく、その機動の極みを確認したい、と言うストレートな要望が多いわね。
とにかく新潟戦以降、特にEUの喰い付きが凄いらしくて、ハルトウィックからもとうとう直接の要請があったわ。」


なんとなく機嫌がいいのはそのせいか。
余程したでに要請されたのだろう。

けど、解らないでもない。
EUはイギリスが最後の砦。
そこからの祖国奪回が悲願。
その防衛に賭ける執念には並々ならぬものがある。

新潟に於ける海を挟んだ侵攻の完全防衛、今後の大陸侵攻を目指すEU連合軍に取っては外せない条件。
誰よりも興味を示すのも致し方ない。


「正規のXM3には、アンタ達が確立した新概念機動モデルがあるからねェ。
LTEの機動基礎モデルには入っていないんでしょ?
例の近接戦闘機動概念CCCA:Concept of Cross range Combat Actionや、それに基づく近接戦術機格闘術MACROT:Martial Arts in Cross Range Of Tsf。
更に白銀が3次元機動に発展させた慣性制御機動概念MCLIC:Maneuver Concept of Linked Inertia Control。
それらを体系立てて有しているのは、この横浜だけ―――。
アルゴスにだって、MCLICは教えてないんだっけ?」

「タイミング的に、並行したからな。」

「勿論、EUだけじゃないわ。
殿下が帝国軍も掌握して、横浜[第4計画]との関係を明確にしたから、帝国軍にも味方と認知されたし、国内外含め、相当数―――。
とてもじゃないけど、此処だけじゃ捌ききれない数ね。」

「・・・そういえばこの先、前のループで大きなイベントって在ったのか?」

「あァ―――、11月の末頃に、所内でXM3の内々のトライアル。
タマの親父さんはもう来ちゃったし、そのタイミングのHSST落下も彼方が流したから・・・。
次は12月5日のクーデターだったけど、今の状況からこれも無さそうだし。
大体何時もはこの時期、22日まで総合戦技演習、その後は夕呼先生の理論を補完するために、元の世界に還っていた。」

「本当は、皆の死亡フラグを確実にへし折る為に、とっとと佐渡攻略したいんだけどな、なにぶんG-コアの数がある程度揃うまでは、ハイヴ潜行が実施出来ない。

いっそ3次元機動元祖の武が、A-00連れて2,3日ユーコンでも行って教導してきたらどうだ?
どうせ何時ものループでも別のところに行っていたみたいだし。
そのタイミングで、欧州やソビエト、アラブ圏からも集めさせればちょうどいいデモンストレーションに成るだろう。
ビャーチェノワやシェスチナも完治したから、帰さないとならないし、アルゴスならMACROTまで慣熟してるから、MCLICくらい教えるだけで済む。
一番初期の機動モデルくらいなら、LTEでもパッチが当てられるかな。
国内分は仕方ないとしても、横浜で全部が全部抱えて、神鎚[本命]の方が進まないんじゃ、本末転倒だろ。」

「そうね、神鎚[ミョルニル]の実施時は全世界挙げての陽動作戦があるから早めに広める必要があるから、プロミネンスをそのまま教導隊化するのね。
まあ、ソフトだってハルトウィックの言う技術の演繹、プロミネンスの基本理念にも沿うことよね。
欧州やアラブ圏、西アジア位までの要望は、あっちで受け持って貰えばいいか・・・。

横浜[●●]は、国内と大東亜圏・・・あとは米国・・・かしら?」

「プロミネンスも表立って拒否はしないと思うが、まあ、色々在った米国の部隊をすぐ受け入れろと言うのも難しいかもな。」

「・・・同時に“Amazing5”についても問い合わせ凄いんだけど。」

「11月29日にある程度公表するんだろう?」

「・・・そうね。
当然取引材料ではあるわ。」

「なら・・・早めにまずユーコン、11月下旬に横浜でXM3公開トライアル。
月末の緊急動議の後、12月初旬に“G-コア”関連の公開トライアル・・・って流れか?」

「それであれば、今予定している16日、甲21号、24日、神鎚には十分間に合う・・・ってところかしら?」

「―――そんなところだろう。
今回のユーコンに関しては、俺や篁はRes-G弾の仕上げがあるから、多分無理。
残念だけど鑑も機密上、あと流石に御剣も警備の関係上、今海外は厳しいだろうな。
それでも、概念構築者の武、XM3教導のパイオニアでもあるまりもセンセ、そして、デモンストレータとして、榊はXM3チーム戦術構築特化、彩峰はMACROT特化、珠瀬はXM3射撃特化、鎧衣は武に継ぐMCLIC特化、それに剣術は“紅の姉妹”でいいだろ。
御剣の剣術はまだIRFGを出さない以上、今回はどの道公表出来ないしな。
面子としては、上々だぜ。」

「その紅の姉妹はどうするつもり?」

「軍籍は国連軍所属だから、篁はアルゴスにでも置くつもりらしい。
ハイネマンには通知済み。
流石に今のEvo4をそのまま渡すわけにはいかないから、ハイネマンにPhase3を追加で用意させる。
その位は2つ返事でやってくれるだろ。」

「・・・妥当な線かしらね。
他のメンバーの機体は?」

「新規のG-コア2基と、俺と紅の姉妹の機体から抜いて既に換装してるから、明日から使える。
勿論、最初はリミッターが掛かってレスポンスや出力は機体重量比でPhase3相当だが、早めに重量バランスの違いには馴れて欲しいからな。
ユーコンでトライアルするなら、その慣熟には丁度良い。」

「まりもも入れると G-コア持ち[ Evolution4]ばかり6騎ね・・・。
その気になったらユーコン基地くらい陥とせそうだわ。
・・・むしろその位の方が、安心ね。

―――そうね、白銀、16日から4日くらい、行ってきなさい。
再突入艦くらい用意してあげるから。
現地では・・・15に着いて、19に帰ってくるくらいかしらね。
ハルトウィックにそう返事しておくわ。」

「Yes, Ma‘am。」

「鑑も悪いな、武駆り出だして。」

「ううん、大丈夫だよ! 冥夜もいるし。
むしろ折角行くんだから、他のみんなとももっと[●●●]仲良くなって帰ってきてほしいな。」

「・・・出来た嫁ね―――。」

「ま、“神鎚”終わったら、武と絶海のコテージにでも招待してやるから。
楽しみにしてな。」

「うんッ! ありがとッ!」


なんかオレを置いて話がどんどん決まってゆく。
こういうトコ、男に主導権はない。
けど、まりもちゃんを除いて、先刻の4人で4日―――。
計ったようなこの符合。





「―――で、帝国軍は名実共に悠陽殿下麾下になったからいいとして、米国はなんだって?」

「・・・所謂穏健派や第4計画の協力派からの正式な要請ね。
ど真ん中の直球―――XM3の供与と教導の依頼。
可能であれば“Amazing5”についての情報提供。
同じ要望は、榊首相を通して、殿下にも行ったらしいわ。」

「・・・パチもん造りはもう早諦めたのか?」

「渡した仕様書を見ただけで、殆どのソフトウェアメーカーが降りたと聞いたわ。
残っているのはMicro SUNだけだって。
それも期限を設けない、っていう特例付きだそうよ。」


苦笑する。

正直彼方の組んだXM3は、オレから見ても前のループのモノと殆ど別物と言っていい。
実現している機動上の機能は一部を除きほぼ同じでも、別ループのソフトでは摩耗やエネルギー効率にまで及ぶ統合機動制御等実現出来ていなかった。
その上でレベリング、V-JIVESやAI教導システムなどどれだけ積み上げたことか。
その仕様を今のCPUで実現しろと言われたら、元の世界のようなゲームの発達による基本概念の無いこの世界では、実現は極めて困難になるだろう。
むしろそれがないのに曲がりなりにも実機で使えるソフトを実現できた夕呼先生や霞が凄いとも言える。


「・・・対価は?」

「非公式だけど、一方的な日米安保破棄に対する謝罪、日本有利に振った条件での再締結。
あとは正式なライセンス料とは別に、日本帝国に対する無償食糧援助、だそうよ。」

「明星作戦は・・・、形式上あれは米軍の参加した国連軍、という解釈か。」

「そうなるわね。」

「微妙に対価になっていないのがガキ大将[ジャイ◯ン]らしいが、・・・ま、その辺の判断は悠陽に任せる。
俺の口出しすることじゃないし、XM3の所有権筆頭者は、悠陽、だしな。」

「そうね・・・。
これだけで十分とはとても言えないけど、この先G-コアもあるし、Res-G弾もあるし。
第5計画派を釣る以上、少なくとも当面の味方[●●●●●]とはあまり揉めたくないわ。」


・・・魔女とその使い魔の会話は怖い。






「あの・・・ところで副司令、00ユニットってどうなっているんですか?」


話が一段落したところで、珍しく純夏が夕呼先生に質問を投げた。

現在の00ユニット適合者は、純夏一人。
適合可能性は高いはずなのに、オレを含めA-0大隊の誰もが現状使えない。
ノイズに依る頭痛のほうが問題で、装着出来ていないままだ。


「そうね・・・、正直芳しくないわ。
ま、余りホイホイ適合されても危険だから良し悪しだけど、もう少しは数を確保したいトコなのよね。
・・・でも―――どうして鑑が気にするの?」

「実は霞ちゃん・・・社少尉と、色々試してみたんです。」

「・・・何を?」

「前のループで社少尉は、意識の無かったわたしを通して、00ユニットで上位存在と通信しました。」

「・・・。」

「今のわたしを通しても、それは出来るみたいなので・・・。
ただ、その時別に“人格”は要らないみたいなんです。
だから、擬似生体でイメージを変換する“インターフェース”を作れば、社少尉のリーディング/プロジェクションで、“量子脳”のエミュレーション[●●●●●●●●]が出来るかなァ・・・って。」

「!!―――ッ
なるほど・・・可能性は・・・・・・在るわね!

・・・ナイスよ!、鑑!
挑戦する価値は十分ある!

―――そうね、・・・なんかご褒美あげるわ、鑑。
何がいい?」

「え?・・・あ―――」


純夏がちろん、とオレを見た。
―――その流し目に背筋を舐ぶられた感触。

多分、先刻の美琴やみんなとのコトもバレてる。
それも知られたところで推奨してくるし、全く文句も言わない。
むしろ喜んでくれる。
―――しかし、先刻の皆の状況と同じく、対抗意識[●●●●]は別らしい。


「―――じゃあアレが良いです!
例の―――無重力の!」

「え?、あ―――。
あちゃー・・・。
まあ、あたしはいいけど、―――彼方次第よ、それ。」

「彼方くんにも、この前の九條家訪問で、何か欲しい物があれば、って言ってもらえてるから、副司令に許可貰って、彼方くんに実行して貰えれば可能です!」

「・・・夕呼話したな・・・。
―――まあ、仕方ない、こっちも確かに約束だし、そういう事ならOKだ。
今からなら、―――8時間かな、朝6時帰還でいいか?」

「うんッ!」

「・・・ほどほど[●●●●]にな。」




―――??

無重力?

オレには、純夏が何を希望しているのか、サッパリ判っていなかった。










マサカ―――。

XSSTに載せるカーゴユニットには、宇宙空間でのシェルターとして使える居住ユニットなるものが在るなんて聞いてなかった。
更にはそれに乗って衛星軌道まで上昇すれば、無重力[●●●]の宇宙旅行が手軽に実現できるなど想像もしていなかった。

勿論操縦制御はリモートで、シェルターと言うかベッドルーム[●●●●●●]は、無限の星空の中究極の二人きり・・・。
食料品もある程度揃っていてミニキッチンはあるし、無重力対応の吸引式ミストシャワーも完備。
当然、この世界の御子神[ネイティヴ]が作っていたモノらしいが・・・。

―――彼方ェ~。




その日、夜もすがら―――。
無重力に特化したバルジャーノンの機動に慣熟しているはずのオレが、生身のバトルで純夏に撃墜されまくったのは言うまでもない。


Sideout




[35536] §78 2001,11,15(Thu) 22:22 B15 通路
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Date: 2016/05/06 12:31
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'15,09,05 誤認訂正
'16,05,06 誤字修正



Side 晴子


その夜、珠瀬を見かけたのは、ホントたまたまだった。
もっと正直に言えば、最初は猫を幻視したのだけど・・・。

もう22時過ぎ、明日も過酷な訓練であるコトを思えば、早く眠った方がいいのは理解している。
その日は、本当になんとなく[●●●●●]、フラリと散歩して個室エリアまでもどってきた時。
ふと通路の角に猫を見た様な気がした。
この基地内機密区画に?、と追った少し先には珠瀬が歩いていた。

最初は声を掛けようとしたが、何しろこんな時間、何やらありそうな予感。
好奇心がむくむくと湧き上がり、つい、後をつけてみることにしたのだ。


―――それが私の運命をも変えてしまうとは思っても居なかった。





何気なく珠瀬の追えば、すぐに行き先は上級士官の私室エリアに入る。
むむ・・・。
まさか・・・白銀少佐との逢い引きか?

向かった先にふとそう思うが、珠瀬は彼の個室前を素通りした。
次の角を曲がった先でノックの音、そして角から覗いた時には閉じかける扉。

殆ど何も考えず、或いは運命に誘われるままに、私は咄嗟にその扉に滑り込んでしまった―――。





「遅かったな、珠s・・・柏木!?」


室内に居たのは、御剣ほか元207Bのメンバー全員・・・に加え、うさ耳を付けた少女の姿。
その長い耳がピコピコ動いた。
確か社臨時少尉・・・副司令の研究補佐をしてたはず?
時折機密区画のPXで、白銀少佐と喫食していた光景を見たことがある。
アーンについては・・・何も言うまい。
他のメンバーは御剣の言葉に私を振り返り、すこし驚いたような顔をしている。
特に、後をつけられていた珠瀬は、すぐ背後に居た私に目を丸くしていた。


「・・・なんか、お邪魔しちゃったかな・・・?
パジャマトーク?
恋バナ女子会?」

「・・・なんで柏木来たの?」


・・・相変わらず彩峰はストレート。


「ん―――メイワクなら帰るけど・・・なんでかな。
珠瀬を見かけて声を掛けようとしたら此処に着いただけなんだけど・・・。

そうね―――うまく言えないけど、乗り遅れる[●●●●●]様な気がしたんだよねェ。
・・・逆に聞くけど・・・みんなこそ、こんな遅くどうしたの?
彩峰達なんかは明日早くからユーコンに遠征って聞いたけど・・・?」


閉じかけるドアに“〆切り”を連想したのはホント。
珠瀬が居ることで変なことではないと直感したし、ここが確か鑑の部屋、と言うことも頭にあった。
顔を見合わせる面々。


「我等は・・・純夏に乞われたのだ。
大事な話がある、と。」


その鑑は私の顔を見て、仕方なさそうに笑った。


まったく、タケルちゃんてば・・・。


幽かに聞こえた呟き。
スマン、少佐―――なんかフラグ立てたみたい・・・。



「しょーがないなぁー、もー。
・・・ま、いっか、柏木さんも対象といえば対象だし・・・。」

「は??」

「じゃ、始めるね、『第1回 タケルちゃんの全嫁[ All the Brides Of Takeru](予定)会議』を!」

「「「 な? 」」」 「 え? 」 「・・・ん」 「ウム!」 「・・・。」


ちょっと・・・と言うか、かなり吃驚。
承知なのは鑑と御剣、あと社、かな。
他は驚いた声をあげた。
・・・彩峰は知らん。


「・・・柏木さんも、拡大婚姻法・・・知ってるでしょ?」

「あ・・・ああ。
男子ひとりに、女子8人・・・って何!?
ここに居るのって、皆そういう事ッ!?」

「うん。
だから、タケルちゃんの嫁(予定)。
でも、今からする話は、そんなお気楽な話じゃなくて、思い切りダークサイドだから・・・。
―――みんなも、心して。
多分、聞いたら戻れない―――。」

「「「「 な? 」」」」 「・・・ん」 「「・・・。」」


茶化そうにも、鑑の思い詰めた様に真剣味を帯びた表情がそれを許さない。


「・・・話を聞いちゃうと、それは副司令の実施している極秘計画の最高機密に該当するんだ。
同じ覚悟を持ってタケルちゃんと居る、と言うならわたしは彼方くん[御子神大佐]の許可を得ているから護ってあげられる。
でも、その覚悟がないなら、今、ここで降りて[●●●●●●]欲しい・・・。」

「「「「「・・・。」」」」」


押し黙る。
副司令の機密―――それは軍でもトップシークレットに当たるのだろうことは想像に難くない。
となれば、副司令の対応次第で最悪秘密裏に処分される事もありうると言うことだ。
A-01が機密部隊とは言え、元は連隊規模の部隊だったハズが、少佐や大佐が来るまでは僅かに一個中隊規模だった。
ここのところ大規模な戦闘はなく、横浜基地という立地からもむしろ帝国軍に護られている様な状態なのに、A-01だけは別・・・それにしても幾ら何でも損耗率が激しすぎた。
横浜ハイヴ攻略時には、人の脳髄が沢山残っていて、副司令がその研究を引き継いでいるという怪談話さえある。
魔窟とさえ呼ばれる横浜基地で、最も昏い深淵が副司令の“秘密計画”であることは間違いない。
鑑の言葉は、それに触れると言うことだ。


「・・・選ぶ為の情報はもらえない、って事なのね、それ。」


榊が問う。


「その情報自体が機密に当たるから無理。
世の中には、人の思考が読める能力者の存在も確認されているから、聞いてから黙っているという選択肢も上げられない。」

「「「・・・。」」」

「―――そのように難しく考えるでない。
武と今後も共に在りたいか、それとも今スッパリと諦めるか、―――それだけなのだ。
私は何があろうと、自分の心に嘘はつけぬ。
・・・だからここにいるのだ。」

「フ・・・そうだったわね。
単純に言えば、それだけね。
・・・なら私は残るわ。」

「先に言われた。
でも同じ、私も残る―――。」

「私も残りますゥ!」

「ボクも!」


そして皆の目が私に向く。
このドアに入っちゃったばっかりに、イキナリ究極の選択を迫られるとは!

―――けど、冷静に考えれば、乗り遅れたらこの選択肢すら与えられなかったのだろう。


白銀武・・・、か―――。

ふと思う。
世界的に有名な“白銀の雷閃[シルバー・ライトニング]”なる二つ名持ち。
余りに隔絶した技量の持ち主だった故に、憧れこそ抱いたが、今までそういう対象として考えたこともなかった。

でも・・・。
単騎世界最高戦力とも言われ、それに悖らぬ技量を持つ佐官でありながら、厳しいのは教導中だけ。
普段は歳相応に気さくで、決して威張ることもなく、・・・そして甘い。
A-01では、何時も宗像中尉に弄られ、速瀬中尉に絡まれている・・・笑顔で。
先日任官と成ったこの207B分隊が、直属のA-00に配属となった事を正直羨ましく思った。

・・・そう、そんな白銀武の傍に居る自分の姿がいとも容易く想像が出来たのだ。
その中で、私は笑っていた。
一方・・・。
他の男性と一緒になる自分を想像をしてみたが、まるでイメージが湧かない。
別に知っている男性が他に居ないわけでもないのだが、例えば同じような御子神大佐を考えても、私が傍に居るという情景が欠片も浮かばなかった。


・・・ならば、そういうコトなのだろう。



幻視した[タマ]に誘われて運命の扉とか、何処の寓話[FABLE]だと思う。
でも、それが運命ならば、乗ってみるのも悪くない。


「・・・判った、残るわ。」

「「「「・・・」」」・・・そう、ちょっと気分的には複雑だけど、私達もまだ新参だし、宜しくね。」


本当に複雑そうな表情で榊が返す言葉に、私は微笑んだ。












「・・・で、どういう話なのだ?」

「うん―――。
細かい話は色々在るんだけど、徐々に解ってくると思うから結論だけ先に簡単に言うと、
―――タケルちゃんはこの世界で極めて特殊な存在なんだ。」

「・・・それは承知しているわね、あの技量は考えられないわ。」

「人外。」

「神様です。」

「・・・でも純夏さんの言いたいのはそこ?」

「・・・鎧衣さん正解。
勿論、特殊な存在だからこそ、あそこまで天元突破したって言うのもあるけど、ここで言うのは、副司令の提唱する“因果律量子論”的に一つの特異点[●●●]、って言うコトなんだよ。」

「「「「「・・・。」」」」」

「・・・タケルちゃんは、BETAとは全く関係なく、この世界を消失させてしまうかも知れない存在―――。」

「「「「「・・・。」」」」」

「・・・頭湧いてる?と思われても仕方ないけど、これは彼方くんが予測し、わたしが“森羅”として弾きだした一つの帰結だよ。」

「「「「「 !! 」」」」」


鑑の言葉は真剣だった。
あの御子神大佐が予測し、鑑が“森羅”として結論付けたと言い切る。


「そして、タケルちゃんが世界を消失する、その結末を回避する為にここにいる全員の協力が必要―――、わたしはそう判断した。
正直言えば、柏木さんもその因子を持つ可能性があるから、参加を認めた。

・・・でも、一方でそれをみんなにお願いすることは、想像も出来ない負荷を負わせることにもなる・・・。
今なら降りられる、・・・だからもう一度訊くね?

本当に―――その覚悟はある?―――」

「・・・私の命はそなたに預けたのだ。」

「・・・当然ね。」

「問答無用。」

「・・・大丈夫です!」

「退けないよね、今更。」

「・・・はぁ、重いわね。
―――でもそれが運命の重さなら賭けてみるのも悪くないかな。」

「・・・・・・ありがとう・・・。」


鑑は泣き笑いの表情で深く頭を下げた。












その30分後―――。

私たちは打ちのめされた。

呆然とする榊・彩峰。
天を仰ぎハラハラと声もなく哭く御剣。
小さなテーブルに突っ伏した珠瀬に、頭を抱える鎧衣。





「・・・これは、何なの?」


尋ねる私の声も震えていた。
悲痛な表情の鑑と、悲しげな瞳に涙を浮かべたうさ耳、それでも凛然と前を向く二人。


「・・・これが、この世界[●●●●]の真実・・・。今まで辿ってきた歴史[ループ]、その全てに於ける、各々の記憶[●●●●●]だよ。」


意味は判る。
繰り返される場面。
重複する記憶。


「どうやってそんなものを・・・?。」

「“森羅”―――00ユニットっていうのは、本来副司令の因果律量子論に基づき、虚数空間、言い換えればこの世界のアカシックレコード[●●●●●●●●●]に至る為の装備なの。
隔絶した計算能力も数多の世界を繋げているから発揮できるんだよ。
勿論かなり限定的で、出来ない事のほうが多いから、こんな記憶を引き出せるのはタケルちゃんと縁の深かった人に限定されるけど・・・。
元々アカシックレコードにあったみんなの記憶が“特異点”であるタケルちゃんに付随していて、それを渡したって言えばいいのかな。」

「そんなコトが出来るんだ・・・。」

「“プロジェクション”と言う“森羅”の能力の応用なんだよ。
因みにこの辺の情報は全部計画絡みのトップシークレット。
間違っても副司令や、タケルちゃん本人にも知っていると知られないほうがいい・・・。

記憶を渡せるのは正確に言うと、この前クリスカさんとイーニァちゃん・・・ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉が行っている並列同調効果:ナストロイカって言うのを、参考にしたんだよ。
霞ちゃんの協力で特定の条件に当てはまる人には、その現象を任意に起こす事が出来るようになった、と言うことなんだけどね。
・・・簡単に言うと、わたしの意識と一体化することで、わたしが持っていたみんなの記憶因子を渡した。
尤も個人的な記憶因子は本人じゃないと解らないので、わたしも其々の中身は知らないから安心して。」

「・・・けど、これは・・・。」


それ以上言葉が出ない。


「・・・まだ混乱していると思うけど、みんなに渡したループの中を、タケルちゃんはずっと辿ってきたんだよ。
そして、タケルちゃんが死ぬと、再び起点、今年の10月22日に戻る・・・。
“特異点”であるタケルちゃんは、今も、そういう存在なんだよ。」

「「「「「「 !!!ッ 」」」」」」





そして鑑が語ったそれは、正しくお伽話じみていた。


BETAに囚われた鑑の資質。
喪われた白銀。
壊された鑑の身体と精神。
狂気。
G弾、G元素。

それらによって喪われた白銀を他の世界[●●●●]から強引に引き込んだのが、“超因果体”だった鑑。

そしてその事で“因果導体”と成った白銀は、ループの起点となり、この世界を繰り返し繰り返し生きてきたという。
今渡されたのは、その全てのループに於ける私達の記憶。


「・・・純夏・・・一つ教えて欲しい。
別の世界から引き込んだ武、と言うのは、この世界の武とは別人、と言うことなのか?」

「・・・彼方くんに言わせると、根源の魂魄は同一だって。
肉体は一度BETAに壊されたかも知れない。
冥夜が肉体も同じではなければ別人、と言うのなら、タケルちゃんも、私も、それからループしているみんなも全部別人、となる。
けど、記憶も人格の一部だと言うなら、この世界の記憶も持っている今のタケルちゃんは、間違いなく“同じ”タケルちゃん―――。
そして、少なくとも前のループであ号標的を撃ったのは、紛れもなく今のタケルちゃん。
・・・何よりも冥夜の魂は、タケルちゃんを偽物だと思った?」

「・・・愚かだな私は。
見せかけの肉体など唯の入れ物、武の魂は同じ、それ以外の何者でもない―――な。
・・・今の問い、忘れるがよい―――。」

「多分、記憶は膨大でまだまだ整理がつかないと思うから、仕方ないんだよ。
無意識に世界をねじ曲げたわたしが言うのもなんだけど、そもそもわたし如きにねじ曲げられてループし続けているこの世界の状況がおかしいの。
もし意識してそんな事が出来るなら、とっくに直してるんだけど。」


苦笑するしか無い。
そんな力が意識して使えるなら神様だ。


「一応、解りやすく言うと、わたしが此処横浜基地に現れず、G弾によるハイヴ総攻撃とバーナード星移民計画が実施されたのが、タケルちゃんの言う、“1周目”の記憶群。
これは何十周、何百周と在るから全部ごっちゃになって細かくは解らないと思うけど、多分、その記憶群には、様々なパターンがあると思う。
みんなにも其々にタケルちゃんと結ばれた記憶もあれば、それを見ていた記憶、更には移民船に乗った事もあるかも知れないし、“大海崩”を経験して尚、戦い続けた記憶もあるかもしれない・・・。

―――それら全てが、この世界が辿ったかも知れない確率分岐の世界、あり得た過去、あるいは未来の一つの姿。」

「「「「・・・・・・。」」」」


確かに私にも、白銀と結ばれた記憶がある。
―――それも、何通りも。
刹那的には甘い、ほんのささやかな幸せも在った。
だが、果てはその全てが崩壊していく世界の記憶そのもの。
国を喪い流れるか、移民船で諍いながら漂うか。
悲しみが、絶望が全てを塗りつぶす世界・・・何れにしてもとても再び辿りたい記憶とは言えなかった。

そして、みんなと照らし合わせれば、その記憶に齟齬がないのだ。
記憶の中に居る皆には、やはり同じ系列の記憶が全員にあった。


「・・・そしてタケルちゃんがXM3を発案し、12月にクーデターが起きるのが、“2周目”の世界―――。」


みんなの顔が歪む。
そう、それは、一番新しく、一番鮮烈で、一番生々しい記憶―――。

“1周目”が過酷で悲惨な世界なら、“2周目”は凄惨で壮絶な世界―――。

私の記憶で言えば、この先12月24日の“甲21号作戦”まで。
先の新潟戦までにも幾人もの先任を亡くし、この後同期の高原や築地を喪い、神宮司教官までもが殉職となる。
かくいう私自身も甲21号作戦展開中、佐渡で凄乃皇弐型の護衛に残った後、最期の記憶は管制ユニットを突き破る巨大な衝撃・・・。


「・・・柏木さんは甲21号作戦の結末以降を知らないだろうから簡単に言うと、甲21号は伊隅大尉が凄乃皇弐型を自爆させて佐渡島ごと消滅。」

「なッ!?」


周囲のみんなが俯く。
同じ記憶を全員が有しているのだ。


「・・・けれど、その4日後に佐渡の大深度地下に残っていた数万のBETAが反応炉に向け、ここ横浜を襲撃、基地は大半の機能・装備を喪失、その際速瀬中尉、涼宮中尉が殉職。
他の先任A-01メンバーは全員重傷―――。
その混乱の中で、12月31日にオリジナルハイヴ攻略“桜花作戦”が決行された・・・。」

「!!、オリジナルハイヴ? え、だって今先任は皆重傷って・・・」

「・・・ハイヴ潜行し、重頭脳級“あ号標的”の破壊に向かったのは、今ここに居る元207Bの皆と社嬢、そして武の8名なのだ。
武と純夏・社嬢は、凄乃皇四型、他は殿下と私の警護小隊から借り受けた武御雷にて出陣した。
その時の横浜基地にはマトモな不知火すら残されていなかった―――。」

「・・・無謀でしょそれ? なんでそんな無c「仕方がなかったんだよ・・・」・・・。」

「・・・その時の00ユニットは今ほど効率よくなかったから、機能を保持する為に必要な“循環流体”の確保をここの反応炉に頼っていたんだよ。
佐渡で凄乃皇弐型が擱座したのも、この“循環流体”の劣化が原因。
でも本来BETAの機能を保持する“循環流体”は、一方では情報伝達の役割も持っていて、そこから00ユニットが有していた人類の戦略がBETAに漏洩したことがその時になって初めて判明した・・・。」

「なッ・・・!!」

「・・・だから人類の戦略が、凄乃皇四型が有効なうちに、BETAの総司令塔であるオリジナルハイヴの重頭脳級“あ号標的”を破壊できなければ、人類の敗北が決定的と成る・・・。」


衝撃的な鑑の言葉。


「・・・そんな事が・・・。
結果は・・・?」

「全人類を挙げた反抗作戦は、膨大な犠牲の上にA-04と私達がオリジナルハイヴ潜行に成功。
でも・・・私と彩峰は30万のBETA流入を防ぐためにS-11で自爆したわ。」

「・・・30万・・・。」

「ん、・・・タイミングは合ってた?」


余りの数と、あっさり自爆と言う榊に呆然とする私に、軽く彩峰が問い、鎧衣が応える。


「ウン、バッチリだったよ。
ボクと壬姫さんは、その後、門級っていうBETAの破壊と隔壁閉鎖のために残って、そこで・・・、ね。」

「あんな大きなBETA、反則ですッ!」


軽く言うが、そこでBETAの中に没したということか・・・。


「・・・最後に残った私が、あ号標的の触手攻撃から四型を守り、最後は荷電粒子砲で、私の武御雷ごとあ号を破壊してもらったのだ。」

「えッ!? タケルが冥夜さんごと撃ったの? 荷電粒子砲を?」


先に戦死した者は、結末を知らない訳で、鎧衣が訊く。
確かに、あの甘い白銀が御剣を犠牲にするのは腑に落ちない。


「ウム―――。
その時私はあ号の触手に全身が侵蝕されていて、既に助かる状態ではなかったのでな・・・。
・・・光に包まれた事が最期の記憶だ。」

「・・・わたしもその時はもうほとんど意識もなくて、しかも横浜ハイヴが破壞されて機能の維持に必須な循環流体が切れたから、帰還途中で完全機能停止―――。
わたし自身の記憶はそこまでなんだ。」

「・・・無事に基地まで帰還したのは、ワタシと、武さんだけです。
そして武さんは、帰還した次の日、元の世界に還りました・・・。」

「「「「「「 なッ!? 」」」」」」


最終的に驚愕の結末を語ったのは、社。
みんなも死んだ後のこと、記憶にはない結末。


「・・・そう、タケルちゃんを因果導体にして、わたしに辿りつくまでずっとループさせていたのは、無意識領域のわたし・・・。
そのわたしが、・・・わたしの意識が完全に消えたことで、タケルちゃんは、元の世界に戻った。
そして、この世界は“2周目”にわたし達が辿った歴史のまま、続いていく・・・筈だった[●●●●]。」








「・・・何が起きたのだ?」

「・・・その前に一つ訊かせて欲しい。
オリジナルハイヴに潜行して、誰に言われるまでもなく、相談する事もなく、みんな同じことを思っていたんだよね?
タケルちゃんを、タケルちゃんだけは護る―――って。

榊さんや彩峰さんが自爆しても、残った3人はニセのマーカーまで作って、最後まで生きているように見せかけた。
壬姫ちゃんや鎧衣さんとの通信が途絶しても、冥夜は通信が在るように欺瞞した。

誰が決めるでもなくそう成った。
残ったものが、そうした。
勿論誰かが死んだことを知ってタケルちゃんが折れてしまえば凄乃皇四型も墜ち、人類の希望は絶える。
凄乃皇のコントロールを受け持つタケルちゃんを最優先させる状況も理解できる。

でも、タケルちゃんの・・・好きな人の為に死ぬことって、幸せだと思わなかった?」

「・・・1周目の悲惨な状況よりは、達成感は在ったわね。」

「少し返せた。」

「精一杯、やりました。」

「・・・満足だったかな。」

「・・・・・・私は・・・今際の際、愛する者の手で逝きたいと武に願った。
それが叶ったのだ、後悔など無い。」

「・・・わたしも幸せに成りたかった。
でも、タケルちゃんが幸せになるなら、それでもいいやって思ってたんだ。」








「・・・私はイヤだな、そう言うの・・・。」

「「「「「・・・え?」」」」」

「・・・例えば御剣、私が佐渡で死んだ時、どう思った?」

「・・・む・・・、勝手に死におって、と、余裕を教えると言っていたでは無いかと、思ったな。」

「同じことでしょ?
残された方は、堪らないわよね。
それも6人分も・・・。
・・・ま、私も人のこと言える立場じゃないけど・・・特に白銀だと引き摺りそうだよね・・・。」

「「「「「 あ 」」」」」

「・・・柏木さんの言うとおりなんだよ。
霞ちゃんが先刻言ったように、大部分の[●●●●]タケルちゃんは、元の世界に戻った。
でも、前のループの結果に、どうしても納得が行かなくって、喪った私達に拘泥して、他の大部分が元の世界に戻った後もこの世界に残ったタケルちゃんの想い―――。
それを核にして、今までの全てのループや、因果導体解放後に確率分岐したタケルちゃん達、今のループのBETAに殺されるまでの記憶をも統合した、因果特異体[●●●●●]が新たなループを生じさせた―――それが、今のタケルちゃん―――。

―――この世界は“因果特異体”であるタケルちゃんを起点に今も閉じちゃっているんだよ。」


“因果導体”とかからは解放されたのに、白銀だけがその傷を引きずって戻れるはずの世界にも戻らず、再びループを繋いでしまうほどに、喪ったものが大きすぎた訳か・・・。
この世界を閉じたループにしてしまったのは、武の心に生きていたいという強烈な我儘を通した私たち自身、と言う事になる。

死ぬ者の方が幸せ。
想う人を守り、想う人の手で逝ける。
しかし立場を変えてみれば、それは残された者の心情など考慮せぬ究極の我儘。




「―――でもでも、“桜花”の時は本当にギリギリで、他に選択肢はなかったですゥ・・・。」

「―――うん。
そうなんだよね。
わたしも、別にわたし達は悪くないと思うんだよ。
死んだわたし達なんかほっといて、タケルちゃんが元の世界に戻れば新たな未来が拓けたんだから。
わたしたちはそれで良いって納得してたしね。」

「・・・ウム。」

「・・・そう言われればそうね。」

「そだね。」

「そうですッ!」

「だよね。」

「・・・それは結局、白銀がヘタレ[●●●●●●]ってコト?」

「そう!
それが言いたかったの!
タケルちゃんは究極のヘタレなのッ!


―――でもわたしはそれ[●●]にスッゴク感謝してるの!
そんなタケルちゃんが、何よりも大事なの!
タケルちゃんが、引き摺って、拘って、諦めきれなかったからこそ、“現在”が、あるの!

―――タケルちゃんが・・・わたし達に、この世界に、最後のチャンス[●●●●●●●]を与えてくれたとも言えるんだよ?」

「「「「・・・あ」」」」


白銀の甘さ、ヘタレッぷり故に起きた今のループ、それが最後のチャンス[]


「私達が追い込まれたのは、つまりそれはそういう状況に陥った前提が間違っているということだよね。
元の世界に戻ったタケルちゃんも残した心を認識していたみたいで、周囲で一番チートだった友人を、自分が戻った反動で送り返してきた。
それが、―――彼方くん・・・。」

「・・・今の状況が、記憶にある嘗てのループと違い、余りに好転しているのは、そのお陰・・・か・・・。」


冥夜の言葉にみんなが同意した。

純夏の話によれば、今回はその最悪の状況を脱しつつある。
確かに、今までのループにはない存在、御子神大佐がいらっしゃる。
純夏の言う元の世界に還った武が送り返してくれた反則級の存在。
最悪の状況が変わりつつあるのは確かだった。


「唯、彼方くんは今回限りのイレギュラーだから、もう一度ループが起きればもう存在しない。
そうなれば、次は恐らく00ユニットも完成しない1周目の様なループに陥る。
それはもう喪い続ける無限ループ・・・タケルちゃんの精神が持つと思う?」


・・・考えるまでもない。
そこまで拘泥したみんなを延々と失いつづける繰り返し。
当然ヘタレの白銀が耐えられる訳がない。
そして世界を閉じている存在が精神崩壊したら・・・、恐らく世界は消失するだろう。


「・・・武がこの世界で死んだら、その無限ループに入る、と言うことなのだな?」

「タケルちゃんだけじゃないんだよ。
タケルちゃんが拘って、守りたかったみんな・・・、喪ってしまった親しい人たち・・・。
その誰かが欠けただけで、ループが生じるかも知れない。」

「「「「「 !! 」」」」」

「な・・・つまり武は・・・今の状態なら、私達の誰かが死んだ時点で壊れてしまうと言うのかッ!?」

「うん・・・。
そこまでヘタレで、ワガママなの、タケルちゃんは!
自分が前回取り零した人を、誰も喪わない事だけを望んでいる―――。」

「「「「・・・。」」」」

「・・・でも、それは逆に言えば、一種の“呪縛” 。
仕方なかったとは言え、わたし達の“死”がタケルちゃんをこの世界に縛り付けてしまった結果―――。


わたしは、その呪縛からタケルちゃんを開放したい・・・。
どんなにヘタレでも、わたしたちに拘り、この世界を救いたいと足掻き続けている今のタケルちゃんを!

このままじゃいずれタケルちゃんの魂は、この閉じた世界と一緒に消失してしまうんだよ!!」

「「「「「・・・・・・。」」」」」」






「―――でも、わたしだけじゃ、ダメなの!

足りないッ!!



・・・みんなにループの記憶を戻すことが、どんなに酷い事かも判ってた。
真実を知ったコトで、色々思うこともある筈・・・。
元を正せば、無意識とは言え世界をねじ曲げたのはわたし・・・。
だけど、―――今の状況を完全に理解して貰うには、こうするしか無かった。
わたしの事ならどんなに恨んでもいい―――。

でも、タケルちゃんを、この世界を救うには、みんなの協力がどうしても必要なのッ!!



だから・・・。




―――おねがい・・・、力を貸して・・・!!!」















「―――純夏・・・私を・・・我等を無礼るでない。」

「―――冥夜・・・。」

「・・・むしろ―――そなたに心よりの感謝を。
―――私は武を愛しておる・・・愛する者の力になりたいと思うのは当然であろう?
その機会を与えてくれたそなたに感謝こそすれ、恨むなど有り得んぞ?」

「―――私もお礼を言うわ。
確かに白銀はヘタレだけど、・・・ホント筋金入りのヘタレね。
―――そこまで行くと、逆に愛しいわ。」

「ん、最大級に感謝。
そんなに拘泥してもらえるのは、むしろ女冥利。」

「知らせて貰って嬉しいですゥ。
武さん、可愛いッ!」

「覚悟は在るって言ったんだし、今も在る・・・純夏さんが気に病む事じゃないよ。
そしてボクたちが逆にタケルを助けることが出来るなんて最高だよ!」

「・・・私もその中に居れることが、凄く嬉しいとおもってるんだけど・・・?」



「―――ありがとう!!」











「しかし・・・前のループ、確かに我等には柏木の言う余裕が無かった様だ。
それを此度は学ばねばならん。
柏木の参入は、僥倖かも知れんな・・・。」

「記憶を貰った私たちは、“桜花”を経験しているせいか、逆に白銀に入れ込み過ぎる嫌いがあるから、一歩退いた立場の意見は有り難いわね。」

「・・・柏木、白銀好き?愛してる?」

「う、え?、あ・・・、―――そうね。
好き、・・・かな。」

「なら、仲間ですゥ。」

「宜しくね!」

「・・・多分、なんだけどタケルちゃんに重い因果を残しているのは、“2周目”のループでタケルちゃんが喪った人たち、それに霞ちゃんと副司令までだと思うんだ。
でも、副司令と神宮司教官は、彼方君が引き受けてくれたことで、大分因果が解けているみたいに感じる。
実際前回喪った柏木さんは、むしろ此処に加わってくれて凄く嬉しい。」

「・・・そうなると、残るは伊隅大尉、速瀬中尉、涼宮中尉・・・であろうな。」

「大尉は好きな人が居るみたいだし、速瀬・涼宮中尉はライバルだって茜が言ってたね。」


サクっとA-01情報を暴露する。


「ウム、実質それほど接点のなかったA-01の内情に通じる者が居るのも良いな。」

「・・・今のまま行ければ、大尉達は大丈夫だと思う・・・。
今年のクリスマスまでには、オリジナルハイヴを攻略する予定だから。」

「そうか、それは重畳。」


方針は決まった。
協力もする。
―――で?


「・・・ところで、私達が白銀を救うって、具体的には何をすれば良いの?」


私が切り出す。


「簡単に言うと、タケルちゃんと仲良くなって、たくさんエッチして、心繋げて欲しい。」

「「「「 え? 」」」」

「わたしが態々みんなの記憶を渡さなくても、タケルちゃんには好意を持ってくれてるから、何れはそうなったかも知れない・・・。
でも悠長なことはしていられないし、ちゃんと状況を認識してもらうためには、こうするのが一番だと思った。」

「それはそうね。
なんで鑑が私達までけしかけるか、ずっと疑問だったし。」

「それはタケルちゃんと目指して欲しい事があるの。
“合一”・・・って言うんだって。
先刻言ってた並列同調効果[ナストロイカ]って言うのは、その合一を人為的に行った結果の人格の融合状態を示すみたい。
霞ちゃんの力を借りて、わたしがみんなと部分的に“合一”することで、記憶因子を共有したんだ。
合一中は人格や記憶が融合し、凄い力が得られることもあるみたいで、実際紅の姉妹は、戦闘中その状態を維持することで、数秒先の未来を観ることが出来る。」

「「「「・・・。」」」」


なるほど、それが紅の姉妹の秘密か。
知ったところで対処の仕様がない、厄介な能力。
でも何故白銀との“合一”を目指すの?


「元々魂は“完全”な形じゃなくで、欠けたところを埋めようとする情動があるんだって。
そして互いに欠けたところを求め合う・・・。
私とタケルちゃんの適合率が高いのは確かだけど、みんなも相当高いはず。
じゃなければ、こんなにすぐ惹かれたりしないでしょ?」

「・・・ウム、魂から惹かれ合ったのだな―――。」

「そして適合率が高いと、先刻みたいにわたしや霞ちゃんのサポートが無くてもセックスする事で、いずれその境地に至れるんだよ。
互いに信頼と愛情を深めるには、むしろサポートとか邪魔でしょ?
みんなと合一に至れれば、喪い続けて無意識に世界に呪縛されちゃったタケルちゃんも、その呪縛を外すことができると思うの。
完全合一に至れば、記憶や能力の共有とかも出来るらしいし。
そして全ての呪縛が外れれば、タケルちゃんは世界の“特異点”では無くなる・・・。」

「なぜ外すことが出来るのだ?」

「―――“合一”に至ることは、謂わば“永遠”を得ること。
物質[エレメント]の世界だけでなく、精神[アストラル]魂魄[イデアル]の世界で繋がることだから。
拘泥したわたしたちとの“永遠”が得られれば、もう拘る必要が無くなる。
それが私達の“死”に囚われ閉じちゃったタケルちゃんの、“無意識の世界”を変えられる。」

「―――そういう事か・・・。」

「・・・それでこのタイミングなのね、ユーコン遠征前の・・・。」

「・・・そっか、肉体で餌付け。」

「あうあう・・・本当に孫、出来ちゃいますゥ。」

「・・・良いかも♪、・・・こんどこそだね!」

「彼方くんが、タケルちゃんに避妊の気功を掛けて呉れているから、妊娠については年内大丈夫だよ。
年明けたら、出来ちゃっても全然問題ないし・・・。

因みに、みんなでこんな画策していることは知られないほうがいいと思う。
基本このABOT[武の全嫁]会議の内容は、部外秘。
タケルちゃんとは“完全合一” に至ればお互い隠し事も出来なくなるけど、それまではループの記憶を得たことも言わないほうがいい。」

「心得た。」

「そうね、変に気を回されても困るわね。」

「ん・・・。」

「了解です。」

「うん解った・・・、ゴメンね、晴子さん、ボク達だけ先に・・・。」

「私は最後発だから、その辺は構わないわ。」

「柏木さんは、アプローチから始めないとね。」


鑑がそう言ってくれる。
―――普通ならライバルで恋敵だと思うのだけど・・・。
案外いい関係なのかも知れない。


「・・・それなんだけどさ、とりあえず印象だけはつけたいから、明日行く前に告ってもいい?
ほら、私完全に出遅れてるじゃん。
ま、殿は殿なりに、前を煽ったりしないからさ。」

「構わぬ。」

「まあ、良いんじゃない?」

「無問題。」

「応援しますゥ」

「協力するよ!」


うん・・・。
こうなった以上、早めに意識だけでもさせたい。
どうせ鑑の言う“合一”に至ることだって、そうそう簡単にできることじゃないはず。


「・・・ところで、素朴な疑問なんだけど、社嬢―――、大丈夫なの?」

「「「「 あ 」」」」


皆の顔が引き攣る。
ここに居ると言うことは彼女も“嫁”。
好きな人が炉裏と言うのは確かに微妙・・・?。


「・・・大丈夫です・・・。
身体がまだ成熟していないので、リアル[●●●]では2,3年待って貰う事になります。
でも、“合一”はバーチャル[●●●●●]でも可能なので・・・。」


耳がぴくぴく動き、透き通る様な白い頬がうっすら桜色に染まる。


「・・・霞ちゃんと副司令は、前回も喪っていないからそこまで縛りきつくないし、大丈夫なんだよ。
―――あ、あと、記憶を得ると、ループの中で得ていた技量は重畳されるみたいだから気を付けてね。」


鑑が少し強引に話を変えた。
バーチャル云々には色々興味を惹かれるものはあるが・・・今は、その内容に突っ込まない方が賢明だろう。


「技量の重畳?」

「辿るルートは同じでもループごとに状況は違うから、経験値は上がるんだってタケルちゃんが言ってた。
だから、今のみんなは、少ない人でも出撃回数200以上に相当するハズだからね。」

「「「出撃回数・・・」」」

「「「200以上―――?」」」

「「「「「なんじゃそりゃーッ!!」」」」」







「・・・まあ、戦術機の技量が上がるのは吝かでないから良しとしよう。
だが、しかし―――、これ以上の参入を認めるわけにはいかんな。」

「・・・柏木が人数的にも滑りこみセーフね。」

「・・・だね。」

「にゃはは!」

「ウンウン。」

「・・・。」


今思えば、先刻降りなくてホント良かった。

神宮司大尉と香月副司令は、御子神大佐が抑えてくれていると言ってた。
そういえば最近副司令も穏やかだし、神宮司大尉も肌艶が見違えるように良くなったのは、そういう事か。
篁大尉も・・・今更白銀には靡かないだろう。
ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉は、ユーコンに帰り相手が居るという。


「A-01の動向は、柏木に任せればいいわよね?」

「あー、うん・・・。」


伊隅みちる大尉・・・、それに遠乃優莉少尉・相原美沙少尉はどうやら同じ男性に懸想中。

涼宮遙中尉・速瀬水月中尉、そして涼宮茜も同じなんだけど、こっちはおそらくA-01の先任で、明星作戦で亡くなっている可能性が高い。
まだ引き摺っていそうだから、当面は除外。

辻村晶代中尉、高原眞美、麻倉美波は既に特定の相手持ちと見た。

風間祷子少尉、宗像美冴中尉と、築地多恵は・・・・訳わからん。
ここが・・・不明ね。


「・・・そういう意味では、不明要素はあるけど、当面の問題は無いかな・・・。」

「引き続き警戒頼むわね。」

「りょーかい。」



「・・・そして最大の問題は、此度のユーコンであるな。」

「・・・マズいわね。
参加は小隊単位で既に50と聞いたわ。
世界的に見ても積極的に参加してくる最前線国家は軍も女性比率が上がっているから、その60%以上が女性―――。」

「混ぜるな危険。」

「ガードですぅ。」

「チェックだね。」


あ―――、確かに・・・。

聞いたところによると今回のXM3トライアル―――まあ実戦証明も済んでいるのだから、デモンストレーションでも構わないのだが、模擬戦メインに成ることから、敢えてトライアルとしたらしい。
世界・・・欧州や中東、ソ連と言った最前線で戦い続ける猛者に、白銀を放り込むのだ。

到底遅れを取るコトなど有り得ないだけに、その手の誘惑も多そうだ。




「冥夜さん・・・。」


ふと、[うさ耳]が御剣に声を掛けた。


「ウム・・・そなたに感謝を。
忝ないが私は此処で中座する・・・許すがよい。

ユーコンでのコトはそなたらに一任するしかないのでな。
武運がそなたたちと共に在らんことを祈ろう。」

「・・・わかったわ。」

「ん・・・。」


御剣はそれだけ言うと、そそくさと部屋を後にした。



「・・・なんなんですかァ?」

「なにか用事なのかな?」

「・・・タケルちゃんが戻ってきたの。
明日からの機体のチェックとか、彼方くんと一緒に全員分、全部やるって・・・。」

「「「「・・・。」」」」

「いいなぁ、愛されてるねぇ。」

「―――でね、今晩は冥夜の番なんだ。」

「な」

「あ」

「え」

「!」

「・・・そういう事か・・・。」

「みんなは、ユーコンから帰って来たら、だね。
代わりにユーコンの基地や周辺情報、プロジェクションしてあげるよ?
篁大尉や、彼方くん情報だから、超正確。
日程は比較的緩いから夕方からは自然素材が食べ放題!
デートコースもバッチリ!
今の時期はもう冬至に近くて真昼でも日没時みたいな感じだけど、運がよければオーロラが見られるかも知れないって!
もってけドロボー!」



・・・なるほど。

鑑の願うみんなの協力―――。

それは、BETAと戦うコトとは全く別次元、つまり白銀に幸せを感じて貰うコト。
辛く厳しいBETAとの闘争の中でつい忘れがちになり、余裕が無いと置き去りにされるコト。

その為には、みんな其々が心から幸せを感じていなければならないのだ。
個別に恋の鞘当てをし、いがみ合っていたら辿りつけないだろう。

だから、ABOT[武の全嫁]会議、か―――。



でも―――悪くはない、な。

私はもう一度、みんなと一緒に白銀の傍で微笑む自分を思った。


Sideout


 ※ “合一”についての彼方的説明は§49内に在ります。蛇足まで。




[35536] §79 2001,11,15(Thu) 15:00(ユーコン標準時GMT-8) ユーコン基地滑走路
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/10/07 16:54
'15,03,06 update   ※口調に違和感が在ると思われますがご容赦
'15,10,07 誤字訂正    チェックしようにもWin8では止まる・・・orz


Side ユウヤ


 暮れ泥んだ空を滲ませた鈍色を背景に、赤と青の標識灯が徐々に大きくなってくる。
光線属種の警戒高度を避ける為に、東南から低空で接近。
網膜投影視界を望遠に振らなくても既に視認できるのは、HSSTが3機―――。

基地管制とのやり取りも、傍受している。
既に先頭の1機が誘導に従い、着陸体勢に入ったところだった。


戦術機用のカーゴを積んだ3機のHSSTは、“横浜”を現地時間11月16日早朝6時に離陸、そのまま地球を周回すること無く、2時間後にはユーコン基地に到着。
現地時間[]は11月15日午後3時、緯度の高いユーコン[]の地、もうすぐ太陽は地平線下に姿を隠し、南西の空だけが明るい、そんな薄暮の刻だった。


「CP、〈Argos-01〉、Go ahead」

『〈Argos-01〉、CP、Go ahead』

「All the area is clear、over」

『Roger、out』


重要なゲストを載せたHSSTの、滑走路へのアプローチ。
その空域を警護するのに、何故かアルゴス試験小隊が就くことが多々ある。

“ラプター・クラッシャーズ”というさして有難くもない呼び名は、しかし、最強と言われたF-22EMDをF-22以外で凌駕した唯一の小隊。
今4騎の展開する MSR[マルチスタティック・レーダー]は戦術機のステルスも看破する。

ま、基地司令とハイネマンのおっさんに体よくプロパガンダとして駆り出されている訳だが、今回についてはそればかりではない。

勿論、今現在該当空域は護衛隊以外立ち入り禁止で、更にこの時間は通常の模擬戦や実機訓練も制限された。
過去にトラブルが在ったせいだが、その当事者が居る小隊で、一方の当事者が乗るHSSTを護ると言うのも皮肉と言えば皮肉なのだが・・・。
当時は“紅の姉妹”も試験運用中、融合状態では特にイーニァの破壊衝動が強く出てしまったため、抑制が効かなかったんだとかあとでクリスカに聞いた。

勿論XFJに深く関与し、“横浜”に一番近しい部隊がアルゴス。
最優先待遇で招待された形のゲストに対するホスト&ホステスとして抜擢された仕事の一環でもあった。

アルゴスでは最近“御大[Great Colonel]”と呼ぶあの御子神大佐が進めるXFJの更なる特化を概念実証する部隊、A-00―――。
そう、あのHSSTには、XM3のトライアルに参加する“白銀の雷閃”ほか“新潟の奇跡”で名を上げたA-00部隊と共に、クリスカとイーニァが乗っているのだ。


神経系の治癒には、横浜で行っても当初1ヶ月程度は掛かるだろうと言われていた。
それでも数年から十数年と比べれば破格だったのに、“横浜”には魔物だけでなく癒しの女神でも居るらしい。
二人の問題だった神経系は既に完治し、実はリハビリがてら先日の新潟迎撃戦にも参加したと聞かされた。
極秘部隊故、名前は出ていなかったが〈Fenrir-01〉唯依のエレメントだった〈Fenrir-02〉が横浜での二人のコード、・・・つまりあの[●●] “Amazing5”の一角と言うことだ。
無論、ユーコン復帰に際し横浜仕様の機体は外に出せず、プロミネンス側でハイネマンが用意したのが、今オレが乗っている機体、XFJ-Phase3の3号機。

昨日届いたばかりの新品で、今日からアルゴス所属となるクリスカとイーニァの乗機となる。
“横浜”に提供されたXFJ-01のフレームに、ハイネマンのオッサンがボーニング社製パーツを組み込んだもので、昨日の内にハードチェックを終え、今回のフライトが最終機動チェックを兼ねている。
OSについては横浜から届いたフレームに、予め正規版XM3が搭載されていた。
普通、最終チェックは担当衛士が行うのだが、実はオレ自身の1号機は、イロイロあって今はドックで部品の換装中―――。
チェックついでの間借り、である。
勿論、俺の機体も明日には仕上がる予定だった。



もうすぐ逢える―――。

2週間もかからずに、二人が帰ってくるのは結構・・・いや正直言えば滅茶苦茶嬉しい。
今朝方部隊エリアを徘徊していたら、ステラにもVGにも苦笑された。
チョビだけは、苦手意識が在るらしく、微妙な表情だったが。
横浜で完治と共に、“力”も安定させた故の、新潟迎撃戦参加。
以前の様に、もしかしたら以前以上に強くなっていることも、それを求めた彼女たちには僥倖であろう。



そして今回については、二人が戻ってくることと、同じくらい愉しみにしていることもある。


覚醒した“紅の姉妹”、けれど新潟迎撃戦に於いてそれ以上に隔絶した動きを見せていた“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”―――。
プラチナ・コードや、インペリアルガード戦から見ても、そのキレが違う。
機動が更に進化しているのが判る。
御大[Great Colonel]”がすぐ間近に居る。
彼の齎す機体の進化が、更に“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”を遙かな高みに押し上げているのは明白。

トライアルという名の“教導”。
それはその“単騎世界最高戦力”とガチンコ出来る機会なのだ。
期するモノが無いかといえば、嘘になる。


前回、“御大[Great Colonel]”の帰国以降、俺達だって遊んでいたわけではない。
XM3というOSが齎した異次元の機動は、一朝一夕に極められるそんなに浅いものではなかった。
そして不知火・弐型[セカンド]、今はXFJ-Phase3である機体との融合は、正しく“御大[Great Colonel]”が言ったとおり、様々な可能性を示した。
プロミネンス計画にXFJを置く事には、情報陽動の意味があることは理解しているが、一方で進化に携われと言われたのもまた事実。
―――要するに、ヤッちゃいけないとは一言も無く、好きに任されたのだ。

結果。
連日オレやチョビはPhase3の機体を、それこそ限界の限界と言えるまでブン回した。
如何に燃費も優れたPhase3とて、最大戦闘機動では、1時間が限界。
それを1日6回から8回も繰り返した。
ハイネマンのオッサンにすら顔を合わせるたびに小言を言われるくらい、推進剤を消費した。
こんな開発は絶対日本では出来ないな、と思うが、使えるものなら何でも使う。

こんがり飴色に焼けた噴射跳躍器のバーナーノズルにヴィンセントから賛辞すら貰った。
曰く戦術機も衛士もそして機動も極限状態まで達しないと、不完全燃焼の瑕疵が一切無いこの色は出ないそうだ。

その積み重ねから見えた方向性を更に突き詰めて、先日その結果をハイネマンのオッサンに具申したのだ。
推進剤の異常消費もその内容で納得してくれたらしく、その後は小言が消えた。
俄然興味を示したオッサンが即応してくれた成果が、今1号機に施されている換装である。


―――今のオレで、そして、この新たな試みが“単騎世界最高戦力”と言われる白銀少佐に何処まで迫れるのか、それが楽しみでしょうがない。



ま、それは飽く迄個人的希望。
今回のトライアルが勿論それだけじゃないことも理解している。


プラチナ・コードが世界に公開されたのは先月の10月27日。
その驚異のシミュレーション結果に於いて使用されたのがXM3と言うOSだった。

ユーコンのプロミネンス計画で、その新概念OS・XM3が公開・供与されたのは僅か4日後の10月31日。
様々な思惑が絡み合った結果なのだろうが、“御大[Great Colonel]”は、そのOSを搭載した不知火・弐型 Phase3とACTVを用い、AH戦にて世界最強と言われたF-22EMDを完封、米軍の軍事ドクトリンすら覆した。

そして“新潟の奇跡”が現地時間で11月11日―――国際標準時では11月10日。


量産体制の整備が来年となるため、軍、或いは国単位の供与については、日本帝国内の事情もありようやく協議が開始されるといった段階であるらしいが、このプロミネンス参加部隊に関しては、先行優先供与とされている。
その為、11月初めの時点では、先のテロにて実質壊滅に追い込まれ、機材や人員の不足から撤退を検討していたアフリカ連合・大東亜連合・東欧州社会主義同盟・豪州軍第二からも代替小隊が順次派遣される事が決まり、欧州連合も残されたスレイブニル小隊の人員・機材補充とともに、新たな欧州第二となる実験小隊を送り込んできた。
但しその実質は、XM3LTEの受領と教導を一月程行い、人員・装備を入れ替えていくコトで、国家間供与に先行しXM3搭載機を拡充、検証する事を目論んでいたのは明白。
と言っても技術の演繹も標榜するプロミネンスとしてその事に何ら問題はない。


だが、“新潟の奇跡”は、国連や各国の軍部を激震させた。

あれだけ戦域の広がった迎撃戦に於いて、人的損害“0”と言うのは、それほどの意味を持つ。
ほんの一部突出した技量の持ち主が数名居たところで、達成できることではない。
無論、その一因に光線属種先行撃破という戦術が在ることは間違いないが、それでも取りこぼしは多いのだ。
損耗の激しい最前線国家の防衛戦である。
今回の新潟が“初陣”である衛士だって相当数、存在している。
謂わば、その全員が“死の8分間”をクリアしたというのは、正しく“奇跡”。

つまりはXM3の齎したのは、新兵までをも含む“全衛士の底上げ”―――。
既に使いものに成るかという“実戦証明[combat proof]”ではなく、使うことによって何が齎されるかという“効果検証[ verification of benefits ]”に於いて極めて高い利得を示したというコトにほかならない。


特に最前線国家や、それらを取りまとめる各国連基地が一刻も早い確認と供与を求めたのは、最早必然であった。


それを受けての、“白銀の雷閃”を迎えたXM3トライアル。


更には“新潟の奇跡”がXM3の力だけではないことも、既に公然の秘密。
世界中の最前線から、一線級の部隊が中隊規模で三々五々集まってきたのは、XM3というOSにも勿論興味があるが、それ以上に“白銀の雷閃”を擁する“横浜”が何を見せてくれるのか、―――そういうことだ。



そんな周囲の思惑を知ってか知らずか、3機のHSSTは、順次滑走路へと滑り降りて行った。


Sideout





Side イルフリーデ (Ilfriede von Feulner西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊第1中隊第3小隊長) 

 ユーコン基地 バンケットホール  18:00


若いなぁ―――。

初めて見た生“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”、白銀少佐の第一印象は、それね。
過去の経験を思い出し、日本人は若く見えるからなぁとも思ったけど、聞けば来月で18に成るという若さ。
昨年の研修にてドーバーを訪れ、弟の様に接していた清十郎より背は高くて、流石に小学生には見えないけどね・・・17で少佐、―――か。

まあ、世界的に衛士の生存率を劇的に向上させ得るXM3の発案、あの異次元の機動を創始した“単騎世界最高戦力”であるコトを考慮すればおかしいことでは無いのだろうけど、それでも私より僅かとは言え年下とは想像すらしていなかった。
プラチナ・コード、インペリアルガードジェネラル戦、そして先日の新潟迎撃戦など、戦術機機動は目にしていても、その衛士としての姿を見るのは初めて。
少佐といえば憧れのアイヒベルガー様の様な精悍にして剛毅なイメージを抱いていただけにちょっと拍子抜け・・・。
むしろ歓迎式典[Welcome Ceremony]の舞台上での少し緊張した様子は、やはり清十郎を思い出させた。



その状況は、この歓迎会[Welcome Party]でも同じ。
始まる前、ハルトウィック大佐と話している様子や、同じXFJを駆るアルゴス試験小隊―――通称“ラプター・クラッシャーズ”と談笑しているのも見たけど、プライベートでは気さくで奢らず、寧ろ階級に拘らず目上に謙る様子。
それ自体は好ましくも思えたけど、逆に“単騎世界最高戦力”としての霊光は感じられない。
その彼が、グレートブリテン防衛戦の七英雄の一、"黒き狼王[ Schwarzerkönigswolf ]"と呼ばれしアイヒベルガー様よりも強いのだと思うと、ちょっと・・・と言うか、かなり複雑。
ルナも威厳が無いと少し失望していたけど、逆にヘルガはあれこそが“謙譲の美徳”であると力説していた。


今回のトライアル、最終的な参加人数は、衛士だけでもプロミネンス計画から10小隊、ゲストとして外部から14中隊の合計200名余りと聞いた。
各中隊のサポート人員を含む総勢では250名に達する規模。

歓迎式典で揃えられた200を超える多種多様の戦術機隊列は、まさに圧巻―――。
師団規模の戦術機が一堂に会するコトなど滅多にないだけに、戦術機狂いのルナが狂喜乱舞するのも仕方ないこととは思ったけど―――EF-2000[タイフーン]で踊るのは止めてよね。


そしてここは、ハルトウィック大佐が饗してくれた宴の会場。
基地司令の主催だけに、式典の後全ての隊は一度散会し、今は正装にて参加している。
件のA-00中隊も、メンテナンスサイトを完備した野外格納庫が割り当てられているはずだが、公式に場所は明示されていない。
新潟迎撃戦でお目見えしたXFJ-01横浜仕様も、整備中らしく先刻の歓迎式典には並んでいなかった。
機密上、整備場を完全隔離することが要請に応じる条件だったとも聞いた。

ホールの中は勿論国連のC型軍装が多いけど、それにも地域色が在ったり、または各国からの参加もそれなりの数が居るだけに多種多様。
こう言うのを見ると、プロミネンス計画の標榜する理念も満更じゃないと思うけど・・・、今回は何しろ米国の参加がないし、ね。
米国に関しては、大隊規模での参加が見込まれるため、月末に行われる横浜でのトライアルに参加するそうだ。
今回参加しているチームは殆どが最前線国家であるだけに、同じような境遇、相互理解と近親感が湧くのは必然かもしれない。


―――まあ、そんな細かいことはどうでもいいんだけど・・・。

要は、最前線国家が多いだけに、此処で用意された食事に気を取られている方も大勢いる。
気取らない立食形式とは言え、BETAに侵食されていない豊かな米国にある基地を象徴するような、自然食材に溢れた豪華な食事。

ハルトウィック大佐の歓迎の言葉に続いた乾杯に、会場は大いに沸いた。


2,3摘まんでみて、うん、確かに、美味しいけど・・・。
味音痴と言われるのは心外だけど、他の人が食事に気を取られ、動き出さない今がチャンス。
威厳が無かろうが、称号に疑問を感じていようが、今回の目玉、今後を考えれば友誼を結ぶに越したことのない相手。
先ずは基地司令と我が大隊長様と雑談しているから、流石に他の隊は近づかず、食事に専念している様子。
私も同じ隊といえど、上位の会話を遮るような無礼は出来ない。
ブラウアー中尉にはいつも“天然”と言われるけど、これでも貴族の端くれ、その位の気配りは出来るんですのよ?
オホホホ―――。


「―――お初にお目にかかるが、ご挨拶をさせていただいて、宜しいだろうか?」


そう思っていたら、いつの間にかハルトウィック大佐と大隊長との会話が途切れ、白銀少佐が場を離れていた。
そのタイミングで彼を確保してくれたのは、ヘルガ。

うーん、脇に居並ぶ天然素材のスイーツを横目に、断腸の思いだったのは想像に難くない。

―――その尊い犠牲、無駄にはしないわ!

すかさずルナと共にヘルガに並ぶ。



振り向いた少佐は既に何かを食していた様子。
咥えていた肉片を強引に飲み込んだ。
間を置かずに彼の両サイドには、外連無くC型軍装の尉官が付く。
その隙のない動きは、寧ろ彼女たちの方が只者ではないと感じさせるほど機敏な動きだった。


「―――食事中にご無礼を致しました。」


私が謝罪を入れるが、やっぱり清十郎を思わせる。
顔は・・・うん、悪くはないけど、アイヒベルガー様のような精悍さはあまり感じず、寧ろ唐突な接触に慌てた様子。
すかさず隣から差し出されたグラスの水を少し煽り、改めて向き直る少佐。


「―――失礼致しました。」

「―――私、国連軍大西洋方面第1軍・ドーバー基地所属・西独陸軍第44戦術機甲大隊、ツェルベルス大隊第1中隊第3小隊長大尉 イルフリーデ・フォイルナーと申します。
以後、お見知りおきを・・・。」

「国連太平洋方面第11軍A-0大隊長少佐であります、白銀武です。」

「・・・同じく同小隊に所属しています中尉、ヘルガローゼ・ファルケンマイヤーと申します。
先程の唐突なお声かけをご容赦ください。」

「あ、いえこちらこそ。」

「―――お会いできて光栄に存じます、同じく第1中隊第3小隊中尉、ルナテレジア・ヴィッツレーベンです。
よろしくお願い致しますね。
―――そちらのお二方は、同じ隊の方ですか?」

「は―――。
白銀と同じく、国連太平洋方面第11軍A-0大隊にて、A-00概念実証試験中隊に所属致します少尉、榊千鶴です。
ツェルベルス大隊と言えば、ドーバー地獄門[コンプレックス]の雄、先程ご挨拶申し上げた七英雄様の麾下とお見受けします。
ご高名は予予拝聴致しております。」

「・・・失礼を承知で付かぬ事をお聴きするが、榊――と言うのは、日本では多い苗字なのだろうか?
つい先日も“高天原”の推進総責任者の名で、耳にしたが・・・?」


日本通のヘルガが不思議そうに尋ねる。
これもつい先日公表されたギガフロート“高天原”は欧州でも各国政府が情報収集に躍起になっている人工の大地。
欧州各国も勿論国土奪還が悲願だけど、BETAに侵された大地はその本格的な復興までどれほどの時間がかかるのか、正直解らない。
日本政府は移民の受け入れや将来的な借款にも含みを持たせており、国土を喪った状態の大陸各国としては、垂涎の技術。
・・・悔しいけど北海にしか面していなかった我が西ドイツには、無かった技術ね。


「・・・榊是親は私の父です。」


ヘルガが息を呑む。
眼鏡の奥の清冽な瞳に、透徹した明確な意志を宿す。
・・・なるほど、日本国首相のご令嬢とも成れば立場上任官拒否も可能なはず。
それをおして、しかも損耗率の高い国連軍衛士に任官するには、相応の覚悟があることが伺える。


「・・・榊と同じく、A-00概念実証試験中隊に所属します少尉、鎧衣美琴と申します。
“メグスラシルの娘たち”と呼ばれる御三方にお会いできて光栄です。」

「は?―――“メグスラシルの娘たち”って、なんですか?」


続いて言われた挨拶に、私は殆ど素で反応してしまった。
でもヘルガもルナも同様な疑問符を頭上に浮かべていたから、構わないわよね?


「―――北欧神話の原典の1つ、“詩・エッダ”の“ヴァフスルーズニルの言葉”にある一節ですね。
曰く、

【メグスラシルの娘たちの血統の3つが村へ行った。
彼女たちは、世界中に幸運を運ぶ者である、しかし、彼女たちは巨人の中で成長する。】

・・・ツェルベルスで七英雄に鍛えられ、欧州を転戦するフォイルナー大尉の小隊が参加すると、負けがないことから、そう呼ばれていると聞きました。」

「 まあ! 」



―――このコ達、凄い。

今回のユーコン・トライアルは提供側の彼女たちに取っては、XM3のPRの場に過ぎないハズ。
即応が常のツェルベルスでさえ、完全にそのエリアを外れる今回のトライアルは、昼間の教導を除き、半ば休暇の意味も暗黙に含まれているのだ。
なのに、参加する隊の情報を、詳細に調べている・・・。
“メグスラシルの娘たち”等と呼ばれているなんて、私達自身が今初めて聞いた。
少なくとも私たちは、白銀少佐のパーソナリティはおろか、率いる中隊の構成員すら知らない。


ヤルわね―――情報戦では、後塵を拝したと言うコトね。


「もし、宜しければ先程中断させてしまいました食事をしながら新潟でのおはなしを聞かせていただいても宜しいでしょうか?」


ルナが尋ねたのは、少佐ではなく、敢えて榊少尉。
少尉は素早く周囲を見回し、最後に少佐を見てから了承してくれた。


その後、中断させてしまった軽い食事を取りながら詳しく聞けば、彼女たち4名はあの新潟戦にて“8騎駆け”を行った“Amazing5”の内の4騎を完璧にサポートしていた4騎。
しかも、実戦はそれが初陣だと言う新兵[ルーキー]とのこと。
主に説明は榊少尉が行ってくれる。
その間、鎧衣少尉はルナと一緒に居なくなっては、幾つかの皿を運んでくる。
鎧衣少尉が居ない時には、榊少尉が少佐の同意を得ながら話を進め、鎧衣少尉が戻ってくると、
少佐は次から次へと渡されるモノを食すという循環。
その所為で少佐はあまり口を挟まない、と言うか話す機会を与えられていないかの様子。

話自体は色気もなにも無いが、やはり彼女たちが参加した“新潟迎撃戦”になってしまうのはしかたない。
衛士としても、指揮官としても、現場に居た生の声は貴重よね。

榊少尉の語る内容は、基本レポートにあるものなのだけど、一部隊の一個人としての視線は、俯瞰的なレポートと異なり、やはり生々しい。
徹底されていた光線属種優先排除と、逐次誘導を駆使した面密度上昇に依るキルレート向上戦術―――。
私とヘルガは、つい聞き惚れていた。

ふと気づけば、ルナは鎧衣少尉と戦術機の装備について話し込んでいる。
更に視線を巡らせれば、白銀少佐はいつの間にか、別のグループに居た。


あれは・・・見知った顔ね。
たしか、ユーロファイタス国連派遣部隊“レインダンス中隊[レインダンサーズ]”のメンバー。
派遣部隊だけに、明確な基地所属をせず、英国から貸し出された2隻の改装空母を母体に、主に地中海を周回するEF-2000の先行検証機による教導部隊―――その実質は私達と同じ即応部隊。
イベリア半島周辺の作戦では、何度か共闘したことがある。

今話しているのは、その中隊長〈Raindance-01〉モニカ・ジアコーザ大尉以下、第2小隊長〈Raindance-02〉レイチェル・ナイトレイ中尉、第3小隊長〈Raindance-03〉ナディア・マンツェル中尉の3人。
“プリマ・ドンナ”と呼ばれる突撃前衛長を兼ねる中隊長は、ツェルベルスの第2中隊長をして、ブンダ~バ~ルゥ~と言わしめた程の女傑。

・・・本当に人類最前線のACE級が集まったんだなと、思わずに居られない。

但し、勿論その場にもやはり二人の〈Garm〉が少佐の両脇に張り付いていて、場のコントロールは彼女たちがしている様に見えた。
何せ、周囲には少佐に声を掛けたそうに見える、他のパーティ参加者がそれとなく屯しているのが判る。
甲斐甲斐しく少佐の食事を仕切りながら、上手く実力者との会話に終始し、他からのアプローチを巧みにさばいている・・・と言うことなのね。

視線を戻すと、榊少尉がクスリと笑った。


なるほど、見事な連携―――。

当初目標の白銀少佐よりも、このコたちが欲しい、と思ってしまったのは、仕方ないじゃない?
後でヘルガには呆れられたけど・・・。






今回ツェルベルスは、プロミネンス計画の司令官であるハルトウィック大佐から、直々のご指名を戴きこのトライアルに参加となった。
大隊長である、憧れのアイヒベルガー様がハルトウィック大佐の知己という伝手もあり、また先の大きな掃討戦を終え、次の作戦までの狭間に当たったことも幸いし、ここユーコンに訪れることが出来ている。
とは言え、地獄門・ドーバーを守護する最強の一角であるツェルベルス大隊を全て動かして基地を空けることは出来るわけもなく、第1中隊 Schwarz(黒)隊のみのが参加、第2、第3中隊はお留守番。
今は中佐となられ大隊指揮官として中隊編成からは外れた〈Zerberus-00〉アイヒベルガー様以下、13名が参加。
〈Zerberus-01〉ジークリンデ様が中隊長兼第小隊長、先般大尉となった私〈Zerberus-03〉イルフリーデ・フォイルナーが第3小隊を率いている。
因みにメンバーは、突撃前衛:〈Zerberus-05〉ヘルガローゼ・ファルケンマイヤー中尉、制圧支援:〈Zerberus-07〉ルナテレジア・ヴィッツレーベン 中尉、強襲掃討:〈Zerberus-08〉ヴォルフガング・ブラウアー中尉と、同格の中尉3名ばかりで構成された若干特殊な小隊。
今、口の悪いブラウアー中尉は、第2小隊のメンバーと飽食中の様子。

正規任官から既に1年半が過ぎ、出撃回数は先月で20回を超えた。
消耗の激しい最前線にてツェルベルスで在ってすら先任や同期、そして部下を喪うことも珍しくなく、昨年末の作戦で大きく損耗したSchwarz(黒)隊に再編成され今に至っている。
そして何故か私達第3小隊は出撃の半分近くが、小隊規模の出向先でのコト。
中尉ばかりの隊になっているのは、そのためなのよね。
出先の分隊指示を行うには、中尉以上であると遣り易いのは確かだし。
広い戦域をカバーせざるを得ないドーバー基地群でも、最強と言われるツェルベルスの名前を借り、士気を高めたい要望は各地多々在る様で、中隊単位では第3中隊、小隊規模では私達が担当する事が多い。
しかも、それでツェルベルスの名を落とすわけにはいかない。

今のところ出向いた先々での合同戦、その全てに勝利していることもあり、かなり早い昇進なのは自覚している。
勿論、地方とは言え公爵家という出自が多分に影響していることも理解しているし、それに応える覚悟も、まあ多分だけど、在る。
そうは言っても、死ぬときにはあっさり死ぬのがBETA戦だからね。

貴族であり騎士の家系、安全な後方に下がることなど良しとせず、常に最前線に立つ家系。
そんな私達に、“メグスラシルの娘たち”なる二つ名が付けられていることを知ったのも初めてだけど。




「・・・なんでアンタが居るのよ?」


そこに突然飛び込んできたのは、耳に馴染んだ感のあるツンツンボイス。


「―――まあ、御機嫌よう、ベル。
相変わらず可愛らしいわ!
貴女も来ていらしたのね。」

「―――ちッ! 久々の自然食材をたんまり堪能してたら、出遅れたわ。
ご一緒しているのは白銀少佐麾下、〈Garm〉隊の方とお見受けするわ。
イルフィ紹介して下さらない?」


状況を見回して、白銀少佐に絡むのは難しいと判断した模様。
見れば鎧衣少尉も苦笑していた。


「仕方がありませんわ。
・・・榊少尉、鎧衣少尉、ご紹介しますね。
―――此方の少々口の悪い御方は、国連欧州方面軍モン・サン=ミシェル要塞所属、仏陸軍第13戦術竜騎兵連隊、第131戦術機大隊ロレーヌ中隊長、ベルナデット・リヴィエール大尉、ですわ。」

「相変わらず一言余計だけど、紹介に預かったベルナデット・リヴィエール、よ。
階級は気にしないから、気軽にベルと呼んで下さらない?」


あ、ズルイ!
私達だってまだそこまで踏み込んで居ないのに・・・。
これだからラテン系はもう!


「国連太平洋方面第11軍A-0大隊、A-00概念実証試験中隊所属少尉、榊千鶴です。
お初にお目にかかります、ベル大尉。」

「公式の場以外、・・・と言うかここでも大尉はいらないわ。」

「・・・わかったわ。」


苦笑するも即応。
慣れた感が在るのは、何故?


「同じく、A-00概念実証試験中隊所属少尉、鎧衣美琴、です。
・・・薔薇の“前衛砲兵”がこんなに気さくな方だとは思わなかった。
宜しく、ベル。」


にっこり笑う鎧衣少尉に、親指を立てるベル。


「ええ―――、こちらこそ宜しく。
で、どうせツェルベルスの三つ首娘に早々捕まって、碌な物食べてないんでしょう?
取り分け美味だったモノを2,3種がめてきたから、一緒にどう?
・・・ま、紹介してもらったし、味音痴のイルフィは兎も角、ヘルガも構わないわよ?」


大きめの皿に載せられたスイーツの数々。
早々に無くなったのは、コイツががめた所為か!
先刻そこを盛大に後ろ髪引かれつつ横目に通り過ぎたヘルガ、コレまで止めたら・・・後で殺されるわね。






「・・・ご相伴、良い?」


天然素材スイーツを咥え、至福の涙にくれるヘルガを躱して、唐突に声を賭けてきた者が居た。


「―――え?、あ、ああ。
・・・貴様等も〈Garm〉、か―――。」

「A-00概念実証試験中隊所属少尉、彩峰慧。
―――宜しく・・・。」

「あ、同じくA-00概念実証試験中隊所属少尉、珠瀬壬姫です。
よろしくお願いします!」


いつの間にか白銀少佐に付いていた残りの2名が戻ってきた。
これもスイーツの効果なの?
・・・ヤルわね、ベル。
大食いだけ在る見事な手並み―――。


「仏陸軍第13戦術竜騎兵連隊、第131戦術機大隊ロレーヌ中隊長、ベルナデット・リヴィエール、よ。
ベルで良いわ。」

「ん、―――了解。
で、ベル、中隊指揮官は基地司令や白銀と別室に向かった。
ツェルベルスは良いけど、―――行かなくて良いの?」


見れば、白銀少佐とジアコーザ大尉の他、ハルトウィック大佐と共にアイヒベルガー様やジークリンデ様も別室に向かっている様子。
他にも中隊長レベルには伝令が走っている。
―――なるほど、それで白銀少佐のガード役が不要に成ったわけか。


「!、感謝するわ、彩峰少尉。」


ベルは彼女に大皿を押し付けると、そう言う。


「言いずらそう・・・慧でいい―――」

「わかった、“K”、この礼は後日、ね。
皆も失礼するわ―――。」


そう言って、小さな身体をいからせて、離れて行った。
・・・相変わらず慌ただしいわね。


「―――ところで、私達も“K”とお呼びして宜しいでしょうか?
私の事は、ルナとお呼び頂いて構いませんので・・・。」


ルナ、Dunke!
日本人の名前は、少し発音しづらくて、苦手なのよね。



その日決まった彼女たちの呼び方[TAC NAME]は、“Cz”、“K”、“Miky”、“Mikt”だった。


Sideout






Side まりも


私は、この基地でのホストであるアルゴス試験小隊と一緒にテーブルを囲んで、久々の自然食材と美味しいカリフォルニアワインに舌鼓を打っていた。
勿論、こんな席で“狂◯モード”になる事は自重。
最近彼方クンが体質改善と言う名の怪しい施術[遺伝子改善]で酒精耐性を上げてくれたから、多少のお酒なら大丈夫。
尤も根本は変わっていないらしいから、深酒するとダメらしいけど。


先刻までここで弟さんに絡んでいたモニカは、白銀クンに挨拶に行った。
彼女とは私が夕呼に乞われて特務部隊の教導隊に着任した直後くらいに、一度会ったことがある。
今回A-00に着任するまでは知らなかったが、ユーロファイタス国連派遣先行検証部隊“レインダンス中隊[レインダンサーズ]”は、第4計画とも繋がりがあったのだ。
その縁もあり、レインダンサーズには、彼方クンがユーコンに供給し始めたタイミングでXM3LTEと教導用のシステムが配備されている。
モニカはその中のAI・まりもちゃんが誰なのかすぐ判ったらしく、早速挨拶に来てくれた。
いきなり渡されたOSの理解・慣熟に、かなり助けられた、と。

ついでと言ってはなんだけど、ラブ・ハントに出ていた筈の、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉も引っ張ってきた。
奇しくもアルゴス隊に属する彼は、モニカの実弟。
流石の彼も姉には弱いらしく、頭を抱えていた。



「大尉、白銀少佐は・・・大丈夫なんですか?」


アルゴス隊専属オペレータのフェーベ・テオドラキス伍長が訊いてくる。


「そうねェ、一人で放逐したら、何本かフラグ立てて来そうだけど、あのコ達が付いてるから大丈夫でしょ。」

「フラグ・・・ですか?」

「白銀クンや彼方クンがよく使うのよ。
ソフトウェアでサブルーチンに入るか入らないかの条件分岐なんですって。
つまりキッカケが無いとその先には進めないのよ。」

「なるほど、勉強になります!」


白銀クンは、あのコ達に任せている。
別に国際的に遺伝子ばらまいても良いんじゃない?って夕呼はケラケラ笑っていたけど、あまり心配していない。

あのコ達は明確に変わった。
実戦で死の8分を呆気無く超え、一部は初陣撃破数のレコードさえ打ち立てた。
そしてずっと望んでいた任官・・・。

でも、それだけでは無さそうだ。
既にあのコ達は、衛士に成ることが目的じゃない。
―――未来を見据えている。

悪い方向では無さそうだし、基本私は見ているしか無いんだけどね。



ここは日本を遠く離れたユーコンの地。

世界的に有名な単騎世界最高戦力、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の国際的デビューと言っても良い。
技量は世界一でも素のパーソナリティはかなり甘々。
政治的な意味ではギリギリ不足無いけど、搦手には微妙?
微塵の隙もない御子神クンと違って若干の危惧はしていた。

若い少佐だけにハニトラでも引っ掛ければ有利に成ると考える勢力が存在するのは仕方のないこと。
今回の参加14中隊にも、明らかにそれを狙ったのでは?と思える色気過剰のチームも在る。

その辺はあのコ達も敏感で、他意の無さそうなツェルベルスやロレーヌ、レインダンスとは談笑しているのに、それを盾にしてその他は寄せ付けない。
そのツェルベルスやレインダンスに対しても、本人にはあまり話をさせていない。
鑑によれば、“無自覚フラグビルダー”である白銀クンに語らせてはいけないらしい。
新任と知れたらそれはそれで恨みの一つも買いそうだけど、そんな事で潰れる柔な覚悟ではない。

けど・・・いつの間にあんな技量[スキル]まで付けたのかしら・・・?




「神宮司大尉は、行かなくて宜しいのですか?」


穏やかな声はステラ・ブレーメル少尉。
彼方クンがアルゴス隊メンバーのパーソナリティを教えてくれたとき、唯一ファーストネームで呼んだ娘。
その気になれば手早いから墜としちゃったのかと思ったけど、そこまでは未だみたい。


「ありがとう。
でも大丈夫よ、内容は知っているから。
既に正規版XM3に換装されているアルゴス試験小隊には、関係ないし、ね。」

「・・・。」

「・・・帝国は軍のトップの一元化が成されたことから、XM3も正規版の配備計画が決まったの。
それに伴い、ソフトウェア版のXM3LITE国外供給の前倒しを検討している。
XM3LTEはUSBと言うハード込みだから、生産性が悪くて大量頒布には適さないから・・・。」

「!!、LITE版をもう頒布するんですかッ?」

「LTEを大量に作る時間が無いの。
知ってると思うけど、彼方クンは対人戦なんか歯牙にも掛けてない。
何処までも対BETA戦の為なのよ。」

「!・・・・」

「今回は、それに留まらず、今回のトライアル参加者に限り、6中隊・・・レインダンサーズは既に確定だから、残り5中隊分の“正規版”供与も行う・・・それが今、白銀クンが説明しに行った内容。」

「!!、正規版までッ!?」

「あら、もうとっくに貴女達に出しているもの、今更でしょ?
供給量の問題で、帝国の後、ってだけで、いずれ希望すれば工場出荷から付くように成るわ。
来年度以降のユーロファイタスはほぼ確定じゃないかしら・・・。」


アルゴスのみんなが押し黙る。
開発衛士や、そのサポートをしてきたメンバーだけに、軍事機密の取り扱いにはイヤと言うほど神経を使ってきたことだろう。
軍事戦略的には極めて有利な立場となれる有用性の高いシステムをこんなにもあっさりと頒布することなど普通の感覚ではない。


人類の勝利の為―――。

それは理想ではあるが、一方では綺麗事でもある。
この期に及んで互いの足を引っ張り合う人類の敵は、最終的には人類なのだから。


「でもね、彼方クンは、“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”って言うんでしょ?
歯牙にも掛けてないけど、対策してないわけでもない―――。」

「え?」

「XM3LTEは、基本的にスタンドアロン―――。
つまり機動モデルも、最初からUSB内メモリに保存されたものをBASEに、自己進化していく。
データリンクには繋がらないし、セキュリティは強固で、個人認識までしているから、基本漏れる心配はない。
その代わりに、XM3全体のグローバル進化・・・機動モデルの追加や新しいコンボの入手には、アップデータに接続することによる、データ交換が必要となるわ。」

「・・・。」

「一方でXM3LITE版はソフトウェアインストールに依るXM3環境の実現。
但し、それこそ第1世代機の戦術機環境にまで合わせてあるため、モデルの保存エリアを、戦術機そのものに求めていない。
その為、データリンクを介して個人モデルの管理までしている。
何時もクラウド上にデータが在るから、機体の乗り換えにも対応できるし、グローバルな進化も勝手に済ませてくれる。
・・・その代わり、機密性は無いわ。」

「―――!!ッ LITEにすると言うことは、自軍の戦術機機動特性を全て握られる[●●●●●●]、と言うことですか!?」


返したのはドーゥル中尉。


「XM3は、知っての通り進化する[●●●●]OSなのよ、ね。
同じXM3を使う数多のデータ・・・メガデータを使って、最も適した機動モデルに集約していく。
勿論、細かい機体種別や、装備、状況、地域性、作戦内容に分類しながら、行う。
個々人のモデルは、そのグローバルモデルとの差分で表現されカスタマイズされるため、操作性が激変するような激しい変化はしないけど、個人のクセや指向に合わせたパーソナルモデルとして形成される。
最近では、難易度の高い高度なコンボを構築した場合、最初に実施した人の名前が冠されるそうよ。
昔の体操競技の高難易度技の様に。
それも全てのデータを管理しているから出来ることね。」


ある意味、これは踏み絵。

XM3の進化はそのまま戦術機機動の進化にも等しい。
それがBETAに対する最大の武器に成ることは間違いない。
個人モデルが残されることで、例えば極端な個性を有する場合でも、その個性を殺すような統合はしない。
常に更新され、何時でも享受できる環境に成る。

その一方で、集約されたデータは謂わば開発者には筒抜けに成るわけで、秘密主義・国粋主義者には受け入れられないかもしれない。

だが逆に言えば、それを忌避するのは後ろめたいモノを有していると公言しているようなものなのだ。


“人類”としてBETAに対峙するのか、“国家”としてBETAを横目に相克を繰り返すのか―――。

その選択を突き付けた、と言って良い。


「・・・流石“御大[Great Colonel]”、ヤッてくれるなぁ・・・。」

「―――あら、今までのOSだって個人の間接思考制御に於けるフィードバックモデルや機体の制御ログはデータリンクで管理されていたわ。
今までも共用・標準化され応用されてきた。
それ自体に機密って意識が在ったのかしらね。
使いたいところは、黙って持っていったでしょう。
明示されてその進化の恩恵を受けると思えば、今までよりどれだけマシなことか。
しかも基本管理できるのは開発者である彼方クンだけ・・・。
彼さえ敵に回さなければ、垂れ流しだった今までよりセキュリティレベルは格段に上がるわ。」


唖然とする面々。
私だって、彼方クンに言われて初めて気付いたのだ。
一応のセキュリティは存在していても、基本何処からでも繋げられるデータリンクのハッキングなど、その手の知識を持っていれば造作も無いことらしい。


「けど、そんなら正規版まで配布する必要なんか、無いじゃん?」

「機動上は、LTEがレベル4,LITEがレベル5、正規版がリミットレスって成っているけど、正規版が別格[●●]なのは、理解しているわよね?」


私は思わず微笑みながらジアコーザ少尉とマナンダル少尉を見つめて言う。


「・・・以前御子神大佐にお聞きしました。
解像度、サンプリング周波数、全く別物だと。」


応えたのはブレーメル少尉だったけど。


「そうね。
今までのOSは、1秒間24枚のフィルムムービー、時折ジャムしてつっかえるわ。
XM3LITEは秒間30枚のTV放送。
そして正規版は、軍用に転用され始めたHDTVを更に5倍位早くしたもの―――。
画像解像度は約7倍、1秒間に300枚。
―――けれど、確かに、人の目で見た場合の情報量は実質あまり変わらない。
それは人の感覚がそんなに細かくも速くもないからよね。
拡大したりスローにしたりして初めて細部に違いが在るのが判るのよ。

でも、その情報を“機械”が使うのなら、話は変わってくる。
人が認識できない時間に機械が感知し対応することでより肌理の細かい制御ができる。

・・・だから1秒間に10発以上発射される突撃砲の射撃管制までアビオニクスに取り込める。
その為の、ファームウェアのクロック周波数更新まで行うのが“正規版”。

―――XM3が、人の認知しているサンプリングの隙間を埋めてくれるのよ。」


彼方クンにとってLITEやLTEは飽く迄、今ある末端の戦術機まで使えるようにし、次の正規版に慣らす為のチュートリアル、暫定ダウングレード版に過ぎないのだ。


「・・・それを限定とは言え供与するのは、“飴”であり、“問い”。
XM3は、此処迄到達出来るという希望と、いずれ日本の帝国軍は全て正規版が装備される。
それで良いのか?、という問いかけ、かしらね。」


アルゴスのみんなが引いていた。
ひとり、ブレーメル少尉だけが可笑しそうに微笑む。


確かに歯牙にも掛けていない。
敵対したら、殲滅―――、だもんね。


まあ、今日のところはレインダンサーズ以外様子見よね。

明日、その差を歴然と示してくれるわ。

―――白銀クンがね♪


Sideout




[35536] §80 2001,11,16(Fri) 10:15(GMT-8) ユーコン基地 モニタールーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/09/05 17:41
'15,03,13 upload
'15,03,22 一部追記
'15,09,05 誤字修正



Side ベルナデット (Bernadette le Tigre de la Rivière フランス陸軍第13戦術竜騎兵連隊・第131戦術機大隊ロレーヌ中隊長大尉)


―――ここまで突き抜けてると、もう呆れるしかないわ・・・。
理不尽な迄の差に、ホント、ムカつくけどねッ!



模擬戦開始前には、ガヤガヤと騒がしかったモニタールームも、今は静まり返っている。

―――そりゃあそうよね。

前半戦は、第1世代機からなる中隊より始まった、vs“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”単騎戦。
XM3の換装前に、その効果を体感してもらうためゲスト参加した全中隊と対戦する、と白銀少佐[アイツ]が宣言したのは昨夜。
確かにプラチナ・コードとか単騎世界最高戦力とか言われているけど、公開されている対人戦はインペリアルガード・ジェネラル戦で見せた近接戦闘のみ、対部隊戦の記録は無い。
逆に言えば、紅蓮大将[ジェネラル・グレン]以外、誰もその対人戦の実力を知らない。
それを、率いてきた小隊込みではなく単騎で相手にする、と言われた参加全中隊の長が各々獰猛な笑みや失笑を浮かべたのも仕方ないこと。
いかな単騎世界最高戦力でも搭乗するのはXFJ-01、レーダーで見えない F-22A[ステルス]でもあるまいし、中隊単位なら幾らでも手はある、と言うのがその時の反応だったのだろう。

主に後半戦メンバーであるモニタールームの観客には、当初単騎で何隊行けるか、っていう賭けを行っている者さえいた。
相手が第1世代でも、数は暴力、単純な火力比でほぼ12倍なわけで―――通常はそう簡単にひっくり返せる訳がないんだけど。


少しは頭使えばいいのに・・・。
単騎世界最高戦力とまで言われる相手がそんなに甘いわけないじゃない。

ホント、バカばっか―――。




―――案の定、最初のF-4E中隊は秒殺だったわ。







ユーコンの広大な演習場、そのテストサイト18は近代的な都市戦を想定した入り組んだビル街。
今じゃユーラシアにはこんな街、何処にも無いっていうのに。
BETAに侵蝕されていない広大な大地に衛星都市のように突如大都会が点在する、如何にも米国[●●]ならではの都市戦を想定した状況設定。
対人戦[●●●]の設定としては不穏当だけど妥当なのかも知れないわね。
異様に国防に拘るクセに、自国の都市戦を想定しているのが自虐的で笑えるけど。
テストサイトはプロミネンス計画以前にこのユーコン基地に在ったらしいし。


開始時間は09:00。
朝の遅い冬場のユーコン、正確には日の出前、薄暮くらいの明るさしか無い。
勿論網膜投影の視界は光量増幅しているし、ドローンチェイサーによるモニター映像も増感しているから若干カラーが薄いと言う以外に問題はない。


初戦の部隊が、相手は単騎ということで迎撃戦を目論んだことは間違いじゃない。
実際XFJ-01に対し機動力に劣るF-4Eが、その優位な火力を生かすには集団戦に持ち込む事が正しい。
ある程度広さを有するスクエアを拠点に中隊を布陣。
不用意に切り込めば、集中砲火を浴びせられるから、通常単騎では踏み込めないシフトだった。


けど、〈Thor-01〉は状況開始とともに、真っ直ぐ接近し、あっさり飛んだ。
それは繰り返し見たあの“Case-29”の映像を彷彿とさせる垂直噴射跳躍―――。

当然射線を得た相手機が銃撃する。
次の瞬間、〈Thor-01〉の姿は、400インチのメインモニターから消えていた。
一瞬で、チェイサーを振り切ったのだ。

そして―――。
次々にオペレータが読み上げる撃墜報告。
撃墜速度に対し、読み上げが間に合わない。
漸くそれが途切れたとき、〈Thor-01〉は残った6機が揃っていたスクエアの、そのど真ん中に着地した。


―――何度も見た映像のフラッシュバック・・・。


圧勝は予測はした、だが、それでも速度が違いすぎる・・・。

そう感じたとき、今までの映像は、シミュレーションの動きを画角の狭い望遠で俯瞰していて、しかも小さいモニター画面で見ていたモノであることに初めて思い至る。
このユーコンでのライブ映像は、テストサイト内に設置された無数のカメラと、複数のドローンチェイサーにより、人の視野に近い画角で撮影され、且つこのモニタールームは実視界に近い大画面での確認が出来る―――。

つまり、現実には此処まで速い―――。



・・・フンッ!

私でもまだ認識が甘かったと言うことは、悔しいけど認めざるを得ない。
単騎で光線級吶喊を実行出来る―――というその機動を間近に見て、改めて背筋を寒くされた。


―――要するに、ロックオンアラートとともにパワーダイブを敢行した〈Thor-01〉は、その速度を殆ど落とさずに超低空の匍匐飛行に移行、ビル群を縫う様に翔け抜け、街角の死角に居たはずの敵性機体を次々に切り飛ばし、挙句敵陣のど真ん中に着地した・・・と言うわけ。

しかも、測った様に絶妙な着地の位置取り、対応した相手は味方識別装置[ Identification of Friend or Foe]が邪魔して射撃不能。
〈Thor-01〉は銃爪を引きながらその場でクルリと一回転するだけで、残りの6機も全機ペイント弾に染めた。


単騎での中隊撃破に要した時間は、状況開始から55秒―――。
接敵してからは、わずか27秒という秒殺だった。







そして、それ以降F-5、F-14、F-15、F-16、Mig-29、Su-27等々第1世代機から第2世代機に至る戦術機で構成された参加中隊を尽く殲滅した。

勿論、それらの中隊だって第1戦の映像を見ていたはずで、相手にする単騎が尋常な存在でないことは理解したのでしょうね。
戦術的にも、散開しての迎撃や、逆に包囲強襲、高い位置に陣取っての長距離砲撃、集団近接格闘と様々に変えてきた。
けれど、そのあらゆる戦術に対し、すべてを撃破して見せた。


なにせ機動が速くて、且つトリッキー。
水平噴射を駆使して見事なスラロームを見せたかと思えば、ピンポン玉の様にビル街の間を跳ね回る。
通常、軍のCQCによる人間の格闘戦ではジャンプによる回避は禁忌とされる。
跳躍中はそのベクトルを空中で変えられない為、予測が容易で狙われやすいからだ。
だが、スラスターを有する戦術機となると話は違う。
跳躍中の加減速から横滑り、旋回、スピンまで、自在に組み合わせてくるのが白銀少佐。
当然人間の感覚には存在しない機動だ。

それを反射的に行うと言うんだから超絶機動と言うか、もう既に“変態機動” ね。

・・・頭ん中、可笑しいんじゃないの?





結局、前半戦、第1・2世代機の8中隊96機を撃破するのに要した実戦闘時間は、57分。
XM3の齎す脅威の反応速度と、全く概念のない機動モデルに付いていける者は居なかった。
XFJ-01は途中予定されていた推進剤の補給すら必要としなかったのだ。


今は休憩に入り、連戦したXFJ-01も弾薬と燃料の補給中。
あの機動を1時間継続できる機体も既に破格。
初の第4世代機とも評されるXM3装備のXFJ-01―――。
その性能を遍く引き出すことが出来るのが“単騎世界最高戦力”。



そして休憩を挟んだ後半戦は、いよいよ第3世代機の中隊戦となる。

私も既に強化装備着用の上、ラファールに乗り込んでいる。
隊のメンバーを見回しても、今朝ブリーフィングでこの中隊戦を告げたときの笑みを浮かべている者は一人も居ない。
“単騎世界最高戦力”と言わしめる相手の強大さを、漸く理解したらしい。


前半戦、最も時間が掛かった隊でも10分を切る時間で殲滅されている。
最も時間がかかったのは、相手が散開狙撃戦を仕掛けた時で、アイツ[●●●]が苦戦したわけでもない。
レーダーで捉えられないのがF-22Aだけど、射線が取れても当てられないのが“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”と言うことだ。
ロレーヌ中隊の順番は後半戦4番目だが、20分もしないうちに回ってくる可能性もある。



前半戦でその隔絶した実力を、まざまざと見せ付けた。

鎧袖一触―――。
否、アイツは此処まで一合すらさせていない・・・。

近接で間合いに入った時には斬撃判定。
不用意に射線に入った時には被弾判定。


対戦術機という今までの概念が全く通じない相手。





―――しかしそれが今、人類の希望でもあった。


目の前で展開されたら対応のし様がない、反応速度による異次元の機動
姿が見えてすら自動照準、そして追尾が追い付かない反応速度。
元々対BETA、或いは対人ですら基本的に“地面[Surface]”を想定しているのが今までの戦術機の機動モデルだ。
噴射跳躍による上空からの掃射など、光線級の存在しない幸運な戦域でしか出来ない。


近年、その概念が徐々に固まりつつある“光線級吶喊”だって、AL弾を駆使し、中隊規模で突撃、それでも出る損耗で隊が全滅する前に、照射の間隙を縫って光線属種を殲滅する一種の特攻戦法に等しい。
そこでの3次元機動が漸く検討され始めた段階だが、実践していた者ほど先に消耗していく現実。

その状況に、革命的な衝撃を与えたのが、光線級排除を単騎で行い、しかも生存を可能とする回避機動だった。
貴重な人的資源を消耗せずに光線級の排除を行えるのなら、戦線の維持継続が可能。
消耗に補充が追いつかない欧州の現状に示された希望の光。

当然EUの統合参謀本部は、早急にその効果検証に乗り出したハズ。
恐らくは、“情報元”と同じ国連計画であるプロミネンスとその“横浜”に繋がりのあると見られるユーロファイタス社・・・。
求めたのは、シミュレーションの機動が本当に“現実”で可能なのか?、と言うことだっただろう。

勿論、当初超重要な軍事機密であるOSの情報把握と、魔窟とも飛ばれる“横浜”との交渉は極めて厳しい状況が予想されていた。


・・・けど現実はその遙か斜め上を行ったわ。

プロミネンスでは、まさかのLTE版供与[●●]が開始された。
序に開発者本人はXM3搭載機で、米国の奢り偏ったドクトリンの象徴でもあるF-22まで撃墜してみせた。

そして統合参謀本部が慌ててプロミネンスに補充した実験部隊による検証が終わらないどころか始まらない内に、現実に日本帝国で起きたBETA大規模侵攻・新潟迎撃戦―――。
そこで、XM3を装備した帝国軍は、27,000ものBETA迎撃に際し奇跡の人的損耗“0”を成し遂げたのだ。
公開されたデータを検証したが、光線級優先排除の戦術も見事とは言え、後半、残存した光線級も各個で光線回避による殲滅を確実に実践していた。


・・・つまりは、XM3実装に依る光線回避戦術は、謳われているようにレベル4以上の機動を実現した者なら誰でも可能・・・と言う揺るぎない事実―――。


その“極み” が、白銀少佐[アイツ]の機動―――。



一瞬とは言え、あの稲妻のようなダイヴに見蕩れさせられたコトが悔しいッ!

―――大体ねッ!、部下の女性衛士達がデキルからって、チヤホヤされてるだけのヘタレかと思ったら、強化装備を着けた途端、表情まで引き締まるなんて、反則よッ!!
"黒き狼王[ Schwarzerkönigswolf ]"が持つ威厳とはまた違う、発散されるような霊光[オーラ]、昨夜からの余りのギャップに、周囲の女性衛士も生唾を飲み込んだ気配が幾つも感じられたわッ!

―――ホント、気に入らないッ!





昨夜、中隊長クラスが集められたのは、大まかなスケジュールと“横浜”からの提案。

今日は、午前中に参加中隊との模擬戦。
午後は旧OS搭載機へのXM3LTE換装と、既にプロミネンスに参加している各実験小隊との模擬戦。
その後エキシビジョンマッチとして、プロミネンスで唯一正規版XM3を配備しているアルゴス試験小隊のエースとアイツの1on1が組まれていた。
最後は全体に依るデブリーフィングとなる。

アルゴス試験小隊はプロミネンス側ながら、既に正規版が導入されF-22EMDを撃破した経験もある為、今までも他の試験小隊に教導してきた実績を持つ。
当然教導側に入り、最初の模擬戦は組まれていない代わりに、所々で個別の1on1や小隊模擬戦を行うらしい。
2日目以降は、1日目の結果を見ながら決めると言うことだった。


そして、同時に為された提案―――、それは何と今回参加した中隊に限定的に正規版を供与する、と言うものだった。


戦略上超高位の軍事機密を惜しげも無く提供する―――。

・・・バッカじゃないの!?


―――その時は、そう思ったわ。

自軍がそれをやったら、激烈な批判が起きるだろう。
それが自分であっても、・・・恐らくは同じ行動など取れない―――。

―――でも、こんなバカは嫌いじゃない・・・わね・・・。




白銀少佐[アイツ]はXM3の概念も説明してくれた。

旧OSの制御は、言わば逐次反応型、間接思考制御による動作モデルをコマンドに応じて実行するノイマン型アーキテクチャと言っても良い。
操縦者の入力に対し動作を実行、その結果を以てまた操縦者が入力をする、といった動作になる。
入力の間には操縦者の認知と判断が入る為、一連の動作に対する応答速度:動的応答速度は実は操縦者の熟練度にも影響される。
練度が上がれば動作中に認知と判断を行い、動作完了と同時に次の入力ができるため、応答速度は上がるが、そのタイミングはシビアで通常マージンを取ることが普通。
早すぎる入力が跳ねられてしまい、再入力が必要となるよりは、わずかでもタメを置いた方が結果的に速いからだった。
更にはその動作によっては硬化時間が発生する場合もあり、熟練者ほどそれを回避する傾向が在る。
インペリアル・ガードにはそれを突き詰めた“斯衛式[IG メソッド]”と呼ばれる硬化時間回避の操縦法も在るらしいが、その内容は機密扱いで詳細は伝わっていない。

だがXM3は、その機能である“先行入力”や“コンボ”を実現する為に、複数のコマンドを連続して流す謂わばデータフロー型のアーキテクチャを構築していた、ということ。
操縦者が連続した入力をすることで、その一連の動作を淀みなく実行する。
当然入力マージンも無く入力操作そのものも短縮、そして硬化時間の発生に対してもその“ 繋ぎ” の中で吸収される“統合機動制御”を実現している。
勿論、結果が予測とズレて来た時には、“ モジュレーション”による調整や、“ キャンセル”による再入力を行うことが出来る。

このデータフロー型と言う全く新しい概念のアーキテクチャにより、動作全体の動的応答速度を劇的に向上させたのがXM3、と言う事なのね。

先行入力の選び方やコンボの使い所と言った練度に依存する部分も多く、また早過ぎる応答は時に過剰反応を引き起こすから慣熟や練度の上昇が不要なわけはないけど、反応速度のレベル化を行い訓練兵にでも使える様に成っている優れもの。

OS一つでそんなに変わるものなのか、と言う疑問もこう説明されたら理解したわよ。


正規版XM3で換装される新型CPUでは、単一コマンドに対する単純な応答速度:静的応答速度も30%程度向上しているとの事だけど、既存のCPUでもOSアーキテクチャの変更により動的応答速度を引き上げたのが、LITEやLTEと言うことになる。
但し、既存CPUでの実施はソフトウェア的にも幾つかの画期的な進歩無くしては実現できなかったみたいだけど。

威張り腐ってる米国のソフトウェアメーカーが一斉に白旗上げたと聞けたのは、爽快だったわね―――。



結果的にXM3の制御レベルの指標となる動的応答速度の差は、レベル1でも旧型のOSに対し約15%の上昇となる。

USBであるLTE版は、限界制御レベル4で約28%上昇を齎すが、そこに到達できる人の統計的存在確率は2シグマより上、即ち2.5%―――。
勿論衛士は戦術機適性を有していることが前提なので平均以下が存在しないため、実際の衛士比率で言えば、約5%の衛士がそのレベルに到達可能ということ。
それでも20人に一人・・・中隊に一人出れば良い方ってことだ。

そしてソフトウェア版LITEは限界制御レベル5で約32%まで上昇するが、このレベルに行ける者の存在確率は3シグマより上と言っていたから、衛士全体の0.2%しか居ないと言う事になる。
師団から旅団に一人、の確率ね。

極めつけに正規版の限定解除となれば4シグマより上であり、その存在確率は0.006%・・・実に衛士10万人に6人、人類全体で見れば10万人に3人という頻度にまで落ちるらしい。
軍団というか、今となっては全衛士の中に数人、と言うくらいの確率。
その意味でもアイツ[●●●]はその頂点に位置するわけだ。

反応速度と到達者数の観点から言って、全体の底上げを考えればLITEで十分、というのが大方の見解だった。


けど、正規版にする意味はそこではなかった。
制御の緻密さが齎すアビオニクスの進歩―――。

この一連の模擬戦はそれをまざまざと魅せ付けているのだ。


間接思考制御から、“何をするのか”ではなく、“何をしたいのか”を読み取り、“機械”が人間の知覚の隙間を補助する―――。
銃爪を引くのは、弾を撃ちたいのではなく、敵を斃したいのだ。
一方では無駄な弾薬の消費はしたくないという思考も入っている。
結果、自機のベクトルと銃器のベクトル、敵の距離とベクトル、弾丸の予測速度、弾道、到達時間・・・全てを検討し、最も着弾が近くなるタイミングで撃発がされる。
単射の時にその制御は実施されない為、通常使用では気づかないが、連射、つまり人間の知覚速度を超える場合には、威嚇射撃などを除く状況によりそのモードに入る。
プラチナ・コードで御子神大佐が組んだと会話していた射撃管制が、より洗練されて搭載されていると言うことだ。
連射時の発射間隔に違和感があるとしたら、自分の射線取りが下手くそだと言われていると言うコト。

そんな人の認識を埋める緻密な制御が、機体の姿勢制御や、噴射跳躍、空力に到るまで、細かく行われている。

そしてその規範モデルは、各戦術機から得た挙動ログの集合体、所謂メガデータから逐次更新され、再び各個に還元されていく。
実際の戦術機に於いては、その規範モデルにパーソナルモデルという“個性”を重ねるため、劇的な変化はなく本人は気づかなくても、認識外制御がどんどん洗練されていく、と言うものだった。

この、本当の意味でのフィードバックモデルは、正規版でないと受け取れない。
LTEやLITEでは、戦術機側に全てを受け取るキャパがない。


そう―――その恩恵を受ける対価は、自らの戦術機動のデータ・・・。



これには、全中隊長が一瞬怯んだ。
個人の機動データを握られるということは、弱みを握られることに他ならない。
圧倒的に不利な状況に追い込まれかねないということだ。

だが続けられた言葉に慄然とした。
今までのOSでは、間接思考モデルを更新するために、何ら警戒されることもなく勝手に使われているのだと言うことに―――!!


その点、LTEはスタンドアロン動作が可能なので、アップデーターに接続しない限り、データの更新は自己記録だけで行われる。
機動ログは流出しないが、全体の進化からは取り残される可能性も大きいし、セキュリティを含めたハードが量産できないため、即座の全戦術機配布は困難。

一方LITEはソフトウェアアップデートであり、全部隊即時更新も可能。
但しコレまでと同じくデータリンクを用いてデータ管理がされるため、機動モデルは常に更新される一方、機動ログの流出・使用は避けられない。
尤も、今までのOSはセキュリティがボロボロだったらしいけど、今度はXM3専用回線を使い、セキュリティも“横浜”が管理するらしいから、そこと敵対しない限りは他に漏らす事はしない、と言う。
既にEUは帝国や横浜にはLITEの供給打診もしているらしい。
もし供給が同じ条件で行われるなら、時間を取るか、機密を取るか、今後統合参謀本部は選択を迫られる事になるだろう。

そして、XM3本来の性能を引き出す正規版―――。

今回は限定供与。
搭載したとしても、機動データの流出は該当中隊だけと言う事に成る。
効果検証として実証部隊は必要だし、最終的にLITE導入に舵取りするなら、どの道同じね。


何よりも・・・認めるのは癪だけど、確かに凄い―――。
狭量な個人主義や、偏屈な秘密主義など嘲笑う迄の遙かな高み。



・・・フン、面白いじゃない―――!。

XM3―――何が何でもモノにして見せるわッ!







管制ユニットの中で思う。


その為にも・・・一矢入れたい。


ケタ違いの緻密な制御。
自動照準のマーカーを簡単に振り切る隔絶した反応速度と規格外の機動概念。
同じ機材が無いのだから現実を見るに負けは必至。

けど・・・。


「―――ロレーヌ隊全機に通達。」

『『『『『『 はッ! 』』』』』』

「・・・自動照準と IFF[味方識別装置]を外しなさい。」

『『『『『『 は? 』』』』』』

「どうせマーカーは振り切られるし、IFFは邪魔になるだけよ。
頭、使いなさい。
今回は訓練なんだから、無茶やって見ましょう?
味方を犠牲にしてアレを墜とせるくらいなら、御の字・・・よ。

だから、相手が今居る場所に撃っちゃダメ、“勘” だけでいいから、次に動くと思う方向に偏差射撃しなさい。
そして相手の攻撃は空飛ぶ重光線級位のつもりでいなさい。
これは、光線級吶喊と同じよ。
ハンマーヘッドで行くわ。

―――相手は“雷閃級BETA”、その位がちょうどいいわ。」

『『『『『『 ・・・Oui, madame ! 』』』』』』



フン―――。

所詮、苦肉の策に過ぎないけどね・・・。








その日〈Lorraine-01〉[わたし]は、唯一、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”から3%の被弾判定を奪った。


Sideout




Side ジークリンデ・ファーレンホルスト (西独陸軍第44戦術機甲大隊第1中隊長大尉)

ユーコン基地 管理区画 ツェルベルス隊割り当てハンガー 10:40


「―――XM3の極み、此程のものか・・・」

前半戦の様子をモニタールームで観戦した際、ヴィルが呻くように言った一言が全てだった。



昨夜、白銀少佐が切り出した、中隊単位の模擬戦。
今朝予定通り始まったそれは、当初予定より1時間も早く前半戦が終了した。
第1・第2世代機で構成された中隊であれ、8中隊相手の模擬戦を1時間で済ませてしまった、と言う事になる。
しかも全てに完勝、そして被弾0―――。


相手はたった一騎―――。

なのに未だ一合交えた者すら居ない。

今朝方のブリーフィングで単騎でツェルベルスに挑むのかと嘲った笑いを浮かべていた者も、顔色を無くし引き攣っていた。

挑むのは私達の方、なのよね・・・。




昨夜の何処か緊張した様子の“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”:白銀少佐に覇気はなく、何気にオドオドした様子にも見えた。
その様子が、幾つもの驚愕映像や吃驚情報と余りにもかけ離れて見えたので、両者が上手く繋がらなかったみたいね。
先行情報の信憑性を疑い、あの様子を自信の無さや緊張と取った者も多いのでしょう。


私はと言えば、あらあら、と微笑んで見ていた。

私の見立てでは、少佐が気を使っていたのは同じ中隊の部下に、である。
何か、大きく機嫌を損ねる事でもしたのでしょう。
A-0大隊のもう一つの中隊、A-01もヴァルキリーズと言う名称に違わず女性だけの中隊と聞くし、今回率いてきたA-00中隊も白銀少佐以外は全て女性、辛うじて顧問に“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”と言われる御子神大佐がいらっしゃるくらい。
女性ばかりの中隊では、上官と言えど辛いわね。

彼女たちと離れた中隊長レベルのブリーフィングでは寧ろほっとした顔をしてたし、少佐とは言えまだまだ若いわァと思って見ていた。



それが、今朝には払拭されていた。
妙にスッキリした表情に、昨夜はなりを潜めていた悍気すら感じる。

そして初の第4世代機と言われるXFJ-01に騎乗すれば、最早手が付けられなかった。




補給のための休憩も終え、今は第3世代機を擁する中隊戦が始まっている。


私達も既に準備を終え、其々の機体に搭乗し、網膜投影で状況を見ていた。
中隊編成とは言え、今は編成外の大隊長〈Zerberus-00〉を含む13騎。
それでも構わないとの了承を得ている。


網膜投影の中では、最後のEF-2000がペイント弾に染められ、英国のロイヤルガードが為すすべなく敗れた。


多少時間は掛かるように成ったが、第2世代機が第3世代機に代わったところで結果は何も変わらない。
実際搭載されているOSは同じなので、世代が変わってもOSの応答速度にはそれほどの差は無いと言うこと。
戦術機の主機出力等スペックは上がっているから、信号を受けてからの機動は向上している。
けれど、その信号を発するタイミングが旧OS機ならほぼ同じなのに対し、XM3はその部分が30%以上早い、と言う事。
スペック云々の前に、OSの応答速度がこれほどの差を生むもので在ることを改めて思い知った。




『・・・“単騎世界最高戦力”・・・看板に嘘偽りないと言うことだ―――。』


あら珍しい、ヴィルが褒めるなんて。


「中佐でも敵いませんね・・・少なくともXM3の無い今は―――。」

『―――ああ。
XM3の“極み”、なるほど理解した。

戦術機そのものの反射が違いすぎる。

そしてあの“横浜仕様”XFJ-01は、おそらくXM3を搭載することに合わせ調整された機体・・・。

確かにXM3を後付しただけで、ほぼ一世代分応答速度を上げるだろうが、専用ともなれば更にその上と見た。

・・・極めつけはそれらを、ほぼ反射のみで意のままにするあの技量―――。

―――俺があの領域に届かなければ、他と同じ、一合することも適わんな・・・。』


周囲の部下が引き攣ってますよ、中佐殿。


「―――では、模擬戦はお辞めに成ります?」

『・・・彼がどの様な基準で計るかは知らんが、出来るなら正規版を手に入れたい。
我等の機動データが後の機動の規範になれるコトなら、それこそが名誉なこと。
ご大層な軍事機密偏重や国家間謀略などクソくらえだ。

その点でも、機動ログ以外の何も要求せず重要な軍事機密を頒布する帝国、そして“横浜”は我等の信を置くに足る。
―――流石敵にさえ塩を送ったという、武士の国、ではないか。

何よりも、XM3を手にする事で、我々には、まだまだあの頂にまで達せられる伸び代がある、と言うことだ。』

「・・・・・・。」

『そして、届かぬまでも、足掻いてみせよ。
何時もの如く戦い、何時もの如く帰還せよ。
訓練などどれだけ負けても構わん。
寧ろ何度でも地を甜め、その都度立ち上がれ。
但し―――、各自必ずコレ[●●]、と言うものを掴んで来い!』

『『『『『『 Ja, Sir!! 』』』』』』


ウフフ・・・。
相変わらず、お上手ですこと。







『ツェルベルス第1中隊、スタンバイ願います―――。』


ハンガーにCPからのアナウンスが入る。
ツェルベルスの前の中隊、ロレーヌ中隊戦が始まったということだ。



外に出れば、漸くの朝の光。
ドーバーは気候上曇りがちで、こんなに冴えた青空を見ることは滅多にない。

とは言え、ユーコンも来週には今季最大級の寒波到来が予測されている。
晴れ間もこの週末だけらしい。

今日から明後日は、オーロラが旺盛に成るかもとの予報も出ていた。





「 あ・・・! 」


思わず声が漏れた。
先刻からロレーヌ隊の撃破状況を読み上げていたCPが初めてその名を呼ぶ。


『〈Thor-01〉、右脚部被弾、機能障害3%―――!!』


勿論、〈Thor-01〉は初めての被弾。
それを為したのは〈Lorraine-01〉、中隊長でありながら、未だ突撃前衛砲兵の可愛らしいあの娘。


「・・・当たりました、ね・・・。」

『・・・ああ、当たった。
彼の機が“鏡花水月”では無く、実体[●●]がある、と言うことだな・・・。』


現実にヴァーチャルを被せるJIVESにはそれなりの部隊伝説―――所謂怪談話も多い。
設定されたBETA迎撃戦に於いて仲間の戦術機がいつの間にか一機多いとか、過去喪った仲間からの通信が入る、とか、果ては倒した要撃級の顔が仲間の顔だったとか・・・。
そんな噂はエスカレートして、被せるヴァーチャルデータにプログラマーが紛れ込ませている、という所まである。

今回も、白銀少佐の余りにも常軌を逸した強さに、一部ではコンピュータの造った幻影を被せているんじゃないか、という話すら出ていた。

そう思うほど相対した衛士に取っては、悪夢。

鏡花水月―――掴みどころのない幻影を相手にしている様にしか思えなかったのだろう。



それでも今回、ロレーヌ中隊は光線級吶喊と思しき布陣で果敢に強襲した。
薙ぎ払われた突撃砲で染められる5騎の僚機すらを盾に、応じる射線は自動照準を切っている様に見える。
どうせ追えないなら、追わなければイイという潔い割り切り。
あの娘らしいわね。
それでも尚、躱されるのは、BETAや戦術機でも行う者が居ない3次元・・・縦方向の挙動が入るため、間接思考制御が機動モデルのない上下方向の偏差射撃に的確なサポートが出来ていないのだろう。

その頭を抑えたのが、4門の突撃砲を駆使する“前衛砲兵”リヴィエール大尉だった。


白銀の雷閃[シルバーライトニング]”に初めての被弾判定!


だが、そこからの白銀少佐の動きは、まさしく二つ名に恥じぬ電光石火。


ビルの壁面を蹴って全く別角度に切り返すと、真っ直ぐ[●●●●]残っていた後衛に突っ込む。

射線の回避を予測して、偏差射撃をしていた彼等は、その逆を突かれ、回避なしの最短距離で接近を許してしまった。


一閃―――。

それだけで4騎を大破判定に追い込む。


残3。


追撃した左翼には、縦方向の連続シザーズ。
自動照準を最初から切っていたと思われるロレーヌですら、銃身で追う動作が追いつかない。
否、偏差射撃をしようとした、その先を彼が往くのでしょう。

外連味のまるで無い接近に、近接武装を展開するまもなく、2騎が大破判定。


そんな中で、残った〈Lorraine-01〉だけは、主腕で操る2門で追いつつ、副腕の2門を勘任せの偏差射撃。

だが、結局〈Lorraine-01〉の予測範囲も、彼女の今までの経験にある、普通の戦術機[●●●●●●]の機動範囲だった。
咄嗟の判断が必要な偏差射撃に余りに常識を逸脱したエリアは撃てない。

〈Thor-01〉は、メインストリートのど真ん中で、〈Lorraine-01〉に向かい、その瞬間、見えないチューブを廻るように、半径20mそこそこの超高速連続バレルロールをしてみせた。
その機動には流石の前衛砲兵も追従できず、その一瞬で間を詰められた〈Lorraine-01〉はJIVESの画面上、管制ユニットを掠めるように上半身を斜めに切り飛ばされていた。



『―――〈Lorraine-01〉大破判定、戦闘不能―――状況終了します・・・。』


アナウンスが14戦目の結果をコールしていた。






圧巻―――。


兎に角、応答速度・機動概念が共に違いすぎる。

BETAにはない、そして人間の日常生活にも無い空中機動というのは、それほどまでに厄介、ってことなのね。
飽く迄戦術機は、“Tactical Surface Fighter”、地表面を主戦場として開発された概念。
歩行戦闘機であり、跳躍噴射装置が付いた今でも滑走戦闘機であって、その端緒でいえば、戦車の延長、なのよね。
戦闘機のような空中戦の概念ですら、光線属種の脅威がない米軍にしか無いだろう。
上空からは突撃砲の斉射、近接格闘は地上戦の機動モデルしか持ち合わせていない旧型OSで、その動きを3次元にまで拡張してしまった相手は荷が重すぎた。

しかも白銀少佐はXFJ-01の4つのスラスターに加え、機体モーメント制御まで巧みに使い、直線機動までフラフラと揺れる様に幻惑する。
その揺れに、偏差射撃の射線が誘導されてしまう。


旧OS搭載機を翻弄する応答速度―――。
衛士の先読みすら凌駕する3次元機動―――。

しかし、それはとりもなおさず、今後のハイヴ戦で必要となる技量。
それが在るからこそあのプラチナ・コードが生まれた。

対する我々はいままで照準を上下に追尾する機動モデルさえ碌にできていない、ということ。


何をしてたんでしょうね・・・。

All TFSドクトリンとか標榜しながら結局今までは間引き戦に窮々とし、それでも押されている現実。
ハイヴ攻略など遠い話・・・でした。


帝国は・・・“横浜”は、此処まで先を走っているというのに・・・。
米国のドクトリン崩壊を嘲笑っている場合じゃないですわね。


F-22Aは相手から見えないことで、対F-16キルレートが144に達したというけど、たとえ見えても旧OSでは対応できない応答速度と、異次元の機動概念が、ここまでの差を生む・・・。


今更、機動モデルを把握されるなんて今まで放置していた事柄を危惧している段階ではないでしょう。

XM3、そして進化し続けるこの3次元機動モデルの更新は、今後祖国奪還に向けハイヴ攻略を目指す我等にとってなくてはならぬもの・・・。


先ずはその洗礼をこの身に刻みましょう―――。


Sideout




[35536] §81 2001,11,16(Fri) 10:55(GMT-8) ユーコン基地 演習区画 テストサイト18
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/10/07 16:57
'15,03,22  ※ 続・タケルちゃん無双
         感想板にご指摘いただきましたので、前話に少しだけXM3解釈の加筆しました。
'15,10,07 誤字修正



Side 武


12戦を終えて被弾3%―――か。

ほぼ盲撃ちで当てられるとは思わなかった。
逆に言えば、勘任せの予測不能偏差射撃だから喰らったとも言える。

―――ま、そこは流石としか言い様がない。

ベルナデット・ル・ティグレ・ド・ラ・リヴィエール大尉―――。


傍系記憶には、1周目のバビロン作戦後[The Day After]に共闘した覚えもある。
この記憶のループはいろいろ理不尽な事ばかりあり、当時のオレは滅茶苦茶荒んでたから余り思い出したくない部類の記憶なんだけどな―――。



次はツェルベルス、・・・こちらは2周目の桜花以降に欧州戦線で共闘した事がある。
その時のメンバーには今いるメンバーが数えるほどしか居なかった。

世界各地の陽動作戦を含む桜花作戦での消耗が甚大だった2周目。
1周目の世界群よりはましとは言え、夕呼先生に言わせれば、10年が30年に伸びただけ。
彼方の言う不可逆限界点が今年いっぱい、そのギリギリだっただけに天秤はまだ危ういバランスをとっていたとも言える。

今、傍系記憶を思い返せば、1周目でバビロン作戦以降関わった人たちは、寧ろ2周目の世界では桜花作戦までに亡くなった人が多かったような気がする。
まりもちゃん、冥夜、狭霧大尉に、ウォーケン少佐・・・。
他にもオレが知らないだけで、同じような例はたくさんあるのかも知れない。

そう考えると2周目の世界ではベルナデット大尉は桜花陽動で亡くなっていた可能性もあるのか。
逆に1周目の、JFKハイヴ戦ではドイツ仕様のEF-2000を少数見かけた記憶も在るのでツェルベルスのメンバーも、2周目の桜花陽動で生死を分けたとも考えられる。


様々な“可能性の未來”を知っているだけに複雑な想いは在った。

―――けれど、今回目指すのは、あるいはその双方を生かせるかも知れない道。
支配因果律を人類側に寄せると言うことは、取りも直さずそういう事だ。

―――貴方達にも、是が非でも生き抜いて欲しい・・・。
その為のXM3先行供与と教導、そしてこの模擬戦なのだから―――。


その光、指し示してきなさい―――まりもちゃんにもそう言われた。




そして、正直今日のオレはかなりテンション高かったりする―――。














今朝目が覚めると、左胸には柔らかな存在、それを腕で抱いていた。。


まあ朝チュン、と表現する状況ではなかったけど。
今の時期、ユーコンの朝は異様に遅い。
日の出は10時過ぎ、日の入りは4時半前。
まだまだ外は暗く、鳥も鳴いていないのだった。


回した腕の指に触れる髪をそっと撫でた。




何せ、昨日はいろいろと気疲れした。

コトの発端は横浜をHSSTで出るとき。
起床ラッパ前の早朝なのにわざわざ見送りに出てきてくれた柏木に、いきなり首に抱きつかれてキスされたのだ。
しかもオレが混乱している隙を突いて、舌まで絡めてくる濃厚でディープなヤツを・・・。


アハハ、私の気持ちよ。
行ってらっしゃい―――!


・・・じゃねぇーよ!!
―――ふっくらした唇の感触と、薄ら頬を染めて走り去る柏木に一瞬見惚れてたのは、確かだけど・・・。

そこに残されたオレの周囲には、一緒に行く委員長、彩峰、たま、美琴の醸す冷え冷えとした空気。
柏木は選りに選ってみんなの目の前でやらかしてくれたのだ。


お蔭で2時間のフライト、そして歓迎式から歓迎会の間、ずっと針の筵状態。
立食パーティで甲斐甲斐しく世話してくれるみんなが、逆に怖かった。



部屋に戻った後、訪ねてきた委員長には、更に問い詰められるのかと覚悟した。

けど、そのまま縋られた胸の中で、
・・・やっぱり悔しい。
私にもあんなキスしてくれる?
と言われたときには、そのまま掻き抱いていた。






柏木の事を聞かれたのは、コト[●●]の後。


「実際、白銀はどう思っているの?」


そうは言われたが、その尋ねる声が甘い。
何時もの声が僅かに掠れて、トーンも優しい。
大きめの胸がしっとりとすいついてくるその素肌の感触が悩ましい。


「・・・正直、吃驚した。
こざっぱりしたヤツだから、今までそんな素振りも見せなかったし・・・。」

「・・・やっぱり悔しかったからあんな態度取ったけど・・・大人げなかったわね、ゴメンナサイ。」

「イヤ、千鶴に謝られても・・・オレに隙があったのは確かだし。」

「・・・千鶴って呼んでくれるんだ。」

「・・・こうして髪解いて眼鏡してないと、“委員長”って感じじゃなくて、なんかオレのもの、って感じるんだ。」

「・・・ありがと・・・、嬉しい。
・・・でも、柏木は・・・柏木も、白銀に取って大事な存在?」

「え?―――あ・・・。」


記憶がフラッシュバックした。
前のループで、凄乃皇弐型を護る為に飄々と去っていった柏木。
それはオレが取り零してしまった命―――。
当時のオレでは為す術も無く。
確かに桜花には既に居なかったので今まで意識していなかったが、そう云う意味では今回護りたい、護るべき存在であることは間違いない・・・。
傍系記憶には確かに柏木と結ばれた記憶も在る。
思う人が居た伊隅大尉や、何故かまりもちゃんとは、最終的に結ばれたことはない。
涼宮姉妹や速瀬中尉もだ。
だが、柏木とは確かに在った。
幾つもの情景が浮かぶ。


「・・・柏木が白銀に取っての大事な存在なら、私達[●●]は認めるわ・・・。
8人目だし、ちゃんと上手くやる・・・。
まあ、スネることくらいは在るかも知れないけど、邪魔したりしないし、晴子とも仲良くする。

―――でも今は、私を見て・・・?」


首筋に顔を埋めてくる、愛しい存在に、ああ、そっかと思った。


前回喪ったみんな。

それを再び失いたくないからこそ、戻ってきた。
彼方が来てくれたお蔭で、今のところ順調に推移している。
H-1攻略にも目処が立った。

けれど、まだ支配因果律が人類に傾いたとは言い切れない。
この先は今までの記憶にはない、何が在るか判らない領域に入っているのだ。

ならばオレは未来の可能性の全てを護らなければならない。



何時もの三つ編みが解けた長い髪。
眼鏡で隠していた、光の加減で翡翠にもトパーズにも見える瞳を閉じて胸に寄り添う。
大胆にも怖ず怖ずとオレの股間に伸ばされた指は、けど少し震えていた。

まだ・・・時間はあるな。
時計をチラ見してそう思った。








閑話休題―――。


そんなこんなで、昨日の憂鬱が晴れスッキリした朝を迎えたオレ。
更に、一緒にとった朝食の席で他の3人にも謝られた。
もちろん、委員長が代弁してくれたような物なので、気にしてない、むしろゴメンと返したけど。

正直、彼女たちには出来る限りのことをしたいと思う。
一人に絞りきれない優柔不断な自分にも呆れるが、それを全て許容してくれてもいる。
集まると怖いものもあるが、オレのことを想っての行動であることは理解している。
・・・前のループの、“桜花作戦”の時のように・・・。

間違っても今回は、あんな行動を取らせちゃダメなのだ。

そして、そんな彼女たちと未来を紡ぐ為にも、“神鎚”作戦前に世界にXM3を散蒔き、少しでも支配因果律を人類側に引き寄せる為にも、こんなところで躓く訳にはいかない。

オレが強ければ強いほど、抱かれる“希望”は大きくなるのだから―――。






『コンバットオープンまで60秒―――。』


CPからスタンバイの指示。

意識を網膜投影に向ける。




そして13戦目、ツェルベルス戦が始まった。







レーダーの光点が一斉に動き出す。
状況開始と共に、迷いなく突っ込んでくる。


先のリーピング・ジャガーズと言い、ロレーヌと言い、流石激戦区のトップガン部隊―――。
XM3未搭載とは言え、侮ることは出来なかった。


思考を切り替えると、網膜投影からさえカラー情報が希薄になる。


陣形は・・・変形型のアロー・・・いや、ハンマーヘッド?
こっちの突撃砲による薙ぎ払い斉射を警戒してか、前後衛を立体的に重ねてきた。
こういう所、即応部隊ならではの柔軟性。

個人技に長け、それでいて高度な連携の取れるチーム。
元の世界、欧州サッカーのトップチームの様な相手だ。


背部担架から、長刀と突撃砲を手にしつつ、噴射跳躍装置を吹かした。


ビル街を翔け抜ける。

思考はのんびり考察しているけど、機動の方は殆ど反射的に先行入力を入れ、モジュレーション調整を熟している。
これも一種のマルチタスク、と言っても良いのだろうか?
純夏みたいな多重思考は出来ないが、反射とのパラレルなら出来る。


装備は左手に突撃砲、右手に戦闘長刀。

勿論、弾はペイント弾で、長刀はシリコン製ブレードの模擬刀。
突撃砲に付けたブレード[●●●●]も、同じシリコン製に変えてある。




―――元々Evolution4の装備する突撃砲・試製EMLC-01式は、先端に放熱ガイドの付いたサプレッサタイプの電磁加速砲筒を装備する改造87式突撃砲である。
放熱ガイドの組み付けはフレーム一体化され、それだけでもかなり強度が高いが、放熱面積の拡大のため、上部の120mm砲の射線を妨げない銃身下部に、下部フレームに固定された2本のヒートレールを兼ねるガイドレールが追加されていた。
そのガイドレール部を、彼方に頼んでスーパーカーボン製のブレードにしてもらったのが、オレの装備するSPL仕様、彼方は“ガンブレード”と呼んでいた。
簡単に言えば銃剣の拡大版なのだが、殆どフレームと一体成型なので、取り外しは出来ない。
刃長は、87式突撃砲の元々の全長よりも僅かに長いくらい。
それでも87式の本体が間に入るため、銃床から鋒までの長さはちょうど74式近接戦闘長刀と同じくらい、刃渡りは2/3くらいになる。
銃口より先の部分はプラズマ火箭を避ける為、ドロップポイントと成っている。
即席とはいえ凝り性の彼方のワンオフ、 CNF[カーボンナノフラーレン]被覆による超振動防汚と、瞬時給電に依るエッジ部超硬化機能も付けてある本格派。
勿論、今はダミーだけど・・・。

最近の訓練に於けるオレの戦闘は、このスタイル、左腕に試製EMLC-01式“改”ガンブレード突撃砲、右に試製74式“改”近接戦闘長刀、が多い。
副腕に残したもう一門は、同じ仕様でも後方射撃に使うことが多いが、メインは左手の支援射撃と右手の斬撃、となる。

元々XM3の射撃管制で機動中に離れた目標を点射出来るのが楽なのだが、その分近接格闘戦で左側が心許ない為、ダメもとでブレードの設置を頼んだら、2門だけ作ってくれた。
通常なら銃剣を装着するのだろうけど、ヤワなモノだとV-JIVESで要撃級を4隊くらい捌いただけで劣化するし、何より剛性感が低く重量バランスもイマイチで苦手だった。
その点、試製EMLC-01式は元々剛性の高い放熱ガイドのお陰もあり、かなり具合がいい。
バレル本体はフローティング構造なので剣への多少の衝撃は射撃精度には影響しないし、伝熱シリコングリスで熱だけは伝えるためブレードが大型の放熱フィンとなることで、EMCL使用時の熱害対策改善にもなった。
まあ、握りが銃把なので、ちょっと癖があるが87式の握りは元からかなり傾いていて取り回しし易く、重宝していた。



通過するビルの隙間から、キラリと光る点群が見えた気がする。

射撃モードを予測偏差にし、大まかな方向に向けてトリガーを引いた。
が、発砲しない。
このモードではトリガーロックをした状態でも撃発されないのだ。
敵と識別された相手と自分の位置情報・運動ベクトルを計算し、当たる可能性が生じた段階で勝手に撃発が起きる完全お任せモードだったりする。
それでも距離があると撃発エリアそのものがホンの僅かな領域なので、おまかせとは言え相当にシビアなのだが―――。

銃口をその方向に向けながらビル街の次の通りを過ぎる瞬間、36mmが撃発された。


『! 〈Zerberus-09〉機関部被弾、大破判定! 戦闘不能―――』


CPのアナウンスも少し遠い。
ZONEに入っていて狙いも精緻になっているだけに、この距離でも正確な射線がとれたのだろう。
反則染みたアビオニクスと射撃管制の融合に任せたタナボタなのだがコレも正規版の一機能、後半戦ともなると正直出し惜しみで勝てる相手じゃない。


そう、今回はXM3正規版の供与に際し、表に出すものは全て使う設定にしてあった。
今のところ出せないのはG-コア周りの装備。
その為、電磁スラスタのレスポンスや軽量化分も考慮した主機出力に抑えているし、突撃砲のEMLモードも当然封印。
反対に、XM3正規版が齎したアビオニクスや、バッテリー駆動でもなんとかなる試製74式“改”近接戦闘長刀などはJIVESにも設定が反映されていた。



次の交差点に差し掛かる直前、翳が兆す。
反射的に直前のビル陰で最小半径・限界Gのインメルマンターンを敢行。

先刻のお返しだろう、先の十字路上アスファルトが削れるほど着弾しているのを尻目に、来た方向斜め上に飛び出した。

瞬間―――そのオレを1発の弾丸が掠めていく。


完全に裏を取ったと思ったが、かなり勘の鋭いのが居るらしい。

構わず錐揉みに近い半径5m程度の連続バレルロールをしながら、更に半径20mくらいのバレルロールを行う、“二重螺旋”機動で、中隊ど真ん中に飛び込む。

途中、2度ほどトリガーロックしたままの突撃砲が火を吹いていた。


『・・・〈Zerberus-07〉頭部被弾、センサー大破、戦闘不能。
続いて〈Zerberus-06〉機関部被弾、戦闘不能―――。』


その遠い声を耳にしながら、メインストリート中央、目前に居た白いEF-2000に長刀を振り下ろす。
刹那、右の黒いEF-2000から跳ね上がった特有のハルバードタイプの長刀BWS-8が交差する直前、左側方にスラスタースライド。
振り下ろす速度は全く変えないまま、Mk-57をコッチに向けていた機体の右肩から切り裂く。


4つ―――。

そんな取り回せない長物銃器を近接で使うな、って!



目まぐるしい機動に撃墜を告げるCPのアナウンスさえ更に遠い。


左からの斬撃には、体幹を僅かにロール、一重で躱す。
横向きのままスラスタ推力も載せた踏み込みでガンブレードを叩きつけると、自分はそのままそのベクトルに載せ、跳躍。
目の前のビルを踏み台に切り返す。


5つ・・・もう一騎―――。

思った瞬間、右にスライドで流す。


地面が跳ね踊り、更に追ってくる。
上空からの援護射撃を回避しつつ、更にビル壁を蹴って反対の路地にダイヴした。



5つ撃墜したのに、直ぐに態勢が整えられる。
ハンマーヘッドのど真ん中を抜いたからか、エレメント単位の包囲陣形に変わっている。

やはり・・・中隊全体の練度はピカ一。
欧州最強と噂されるのも頷ける。
ホント、欧州のトップチーム、タレント揃い。

そういえばドイツサッカーのナショナルチームは、歴代強かったっけな。



中でもあの七英雄黒白ペアと、妙に勘の鋭い砲撃支援を含む連携の上手い3騎―――。



戦術機がギリギリ通る路地を匍匐飛行。
ビルの隙間の射線に出た一騎をそのまま撃ちぬいた。


6つ。

足を止めなきゃ撃てないなら、掃射しながら相手射線を切って出な!



ペアとトリオ・・・、合流されての対峙は流石にヤバそう・・・。
出来れば個別に対応したい。
レーダーの配置を確認する。



ならば!


路地を斜めに飛び出し、そのままヴァーティカル・シザーズで駆け上がる。
ランダムに軌道円半径を徐変しているから、ランダム・シザースとかトルネード・バレルロールとでも呼んだほうがいいか。


―――通常こんな速度のこんな機動制御は人の神経じゃ出来ないんだけどな。
先刻の二重螺旋機動も同じ、オレが制御できる最大速度でコンボ化したあと、彼方が追加したモジュレーション[●●●●●●●●]を使いCPUの許す限り高速化することが出来る。
勿論コンボは難易度設定がされ、制御レベルにより使用制限がつくから、初心者がこんなのを発動して突っ込むことはない。


けど、マジ勘の良い砲撃支援、何発か脇を抜けて行ったから、これが定常円旋回だったら被弾していただろう。


旋回円半径を大きく取り、速度を上げたところで一気に距離を詰める。

サブスラスターで上下左右ランダムに機体を振りながらの接近、オレがナックル・ラッシュと呼んでいる機動に、小半径の高速連続バレルロールを組み合わせた。
―――これも難易度Gコンボ。



!!

なるほど、―――けれどそれは悪手!

視界に捉えた〈Zerberus-03〉は既にMk-57を背に、長剣を構えていた。

当てられない、と踏んだ見切りはいいけど、若いな―――ホバリングは悪手。



右手の長刀を伸ばしながら、射撃モードをノーマルに戻し、背後を向いている背面担架の突撃砲と共に掃射。

後方で動こうとした相手僚機の足止め、威嚇だから当たれば儲けもの、と思っていたら後方射撃を警戒していなかった一騎を喰った。



正面に剣を構える〈Zerberus-03〉、速度は秒速にして50mの交差。
30m手前で進路を左に修正、長刀を翳す。
〈Zerberus-03〉が剣を構える。


相手スラスターに揺動はない―――避けずに相対する、か!

・・・そういえばこの大隊、ほぼ全員騎士の末裔、だったな。
一騎打ちが基本・・・なのかもな。


〈Zerberus-03〉の剣が疾る。

コッチは接触10m直前で、左に流していた軌道を強引に右に振る。

刹那の交差―――。


EF-2000の左をかすめながら、[]に持った長刀ではなく、[]のガンブレードがその胴を薙いだ。



当然オレが誇示した長刀と右側を通る軌道を見せたオレに対応するように右側[●●]を意識していた〈Zerberus-03〉、突き出された剣はそこを擦過する機体を狙った物だった。
けれど接触0.2秒を切ってからの切り返しに、人の持つ反射は追従できない。
こればかりは認識に至る神経伝達に依存するので、“紅の姉妹”の未来視の様な反則技を有していない限り対応不可能。
恐らく〈Zerberus-03〉は何が起きたかも判っていないはずだった。

・・・そう言えば似たような技が、前の世界で親父の持っていた忍者漫画に在ったような気がする。


何れにしろ相手の高速機動に自分の足を止めちゃ無理―――。





取り敢えず追撃の射線を外し、一端着地した。

レーダーには残5。
エレメント単位の行動。

機動中射撃の精度を警戒して固まることは避けたらしい。


メインストリートから1本西、高速道路高架下。
望遠視界に映る影。

射撃モードはノーマル、レーダーロックしないから相手のロックオンアラートは鳴らない。

網膜投影にレティクルを出し。左腕の突撃砲を照準する。


彼方がたまと組んでいた有視界狙撃のモード。
距離は約3,500。


発砲後、高速高架上を匍匐飛行。


残4騎が迎撃態勢に入った。。







まず・・・、こっち!



―――キィンッ!!


耳が鳴るほど強く高い音がする。
剣は贋物のくせに、効果音は現実の硬度を考慮しているからこんな音がでる。

さすがは七英雄の筆頭、"黒き狼王[ Schwarzerkönigswolf ]"、
発動した試製74式“改”近接戦闘長刀を振って、倒す気の一閃が止められたのは、初めて。
真っ直ぐ受けてくれれば、そのBWS-8ごと叩き切っていたのに・・・。
勿論JIVESなので本当に刃が通るわけではなく、現実そうあるように見せるだけなのが。
けれど、〈Zerberus-00〉は刀の側面で受け、弾くことにより斬撃の軌道を逸らす。
その捌きは寧ろ日本の剣術に在る動き。
槍や重い剣を多用する欧州の剣技ではない。

―――それだけ、多様な研鑽を重ねている・・・と言うことか。


そのまま流れるコッチの機体、追ってくるBWS-8を体幹そのものをロールして回したガンブレードで弾く。
そのまま、撃発。
〈Zerberus-00〉が後方に跳躍回避するのを視野に感じながら、此方も噴射後方[バック]宙返り。
影のように〈Zerberus-00〉に追従していた〈Zerberus-01〉"白き后狼[ Weißwolf]"の一閃を躱す。


『〈Zerberus-00〉、右主腕被弾、機能低下60%―――。』


それでも致命傷を避けるとか、反応速度から見て、この方々も一種ZONEに入れるらしい。
加えてこの連携・・・。


入れ替わり立ち代わり交互に繰り出される斬撃―――。

何処まで息合ってるんですか!


チラリとレーダー画面に残り2騎が接近しているのが見える。


此方の斬撃は鮮紅に発動した長刀の性能が判っているらしく、刃を合わせずに払われる。


ならば―――。




戦術機の近接戦に於いて機体を接触する肉弾戦というのは、まあ彼方や彩峰の投げなんかを別にして、通常はしない。
ブレードエッジという思想も接近するBETAに対した防衛の意味合いが強く、AH戦でそれを利用した体当たりと言った戦法は取らない。
戦術機同士では、ブレードは良くてもフレームが当り方に拠っては結構簡単に歪むからだ。

つまりは遠方からの射撃や、移動しながらすれ違い様の斬撃がAH戦攻撃の基本となる。
特に、相手は欧州奪還を目指し主に平らな大地を主戦場とする騎士たち。
一撃即離脱による騎士戦に近い。
ハルバードタイプの大剣も通過後に引っ掛けて斬撃を与えるための形状と言えた

本来、1対1の手数ならXM3装備のオレが圧倒的に有利なのだが、しかし比翼連理、その完璧な連携に於いては、相手の手数は2倍になるわけで・・・。

一騎打ちなど到底望めないBETA戦、その圧倒的な対多戦を生き抜いてきた彼等のスタイル、それがこの形だった。





数度目の交差、〈Zerberus-00〉が払おうとした動作に、僅かに長刀の角度を変えて受け、そのまま機体ごと退いた。
ハルバードの先を引っかけ、交差しようとした瞬間に発生した力は向心力となって互いの機体を回す。

直線運動が円運動に変わり、落ちた速度をスラスターで補う。
XFJ-01の高ロール特性を利用した転回運動は、“紅の姉妹”の十八番。

〈Zerberus-00〉が何が起きたか察した瞬間には、咬ませたハルバードを放つ。


今までの息もつかせぬ連携から、当然の如く次の斬撃を敢行していた〈Zerberus-01〉―――。
〈Zerberus-00〉の表裏一体のユニゾン。

交差による斬撃もその後の回避も予定調和。
しかし、"黒き狼王[ Schwarzerkönigswolf ]"の動作は予測できても、オレの動作までは予測できなかった。
一瞬の交差でオレが強制的に行ったキャスリングは完全に想定外。


剣を払う〈Zerberus-01〉の目前に飛び出したのは〈Zerberus-00〉だった。




本来完全に反応出来ないタイミングを狙ったのに、それでもその斬撃を止めた〈Zerberus-01〉は凄いと思う。

―――けれど、それで完璧だった両者の連携が、その刹那、止まった。


その時には、〈Zerberus-00〉から離れてもう1回転、スピンした機動にそのまま載せた長刀が2騎纏めて薙ぎ払っていた。




うーん、・・・ヤバいな。

今日のところはOS性能差で圧倒できたけど、この人達がXM3に慣熟したら、4や5は簡単に届きそうだ―――。

・・・同じ装備で近接2対1なら負けるかも。



そんなことを裏で思いながら、残り2騎に意識を向ける。

―――けど、やはり此方を先に倒して正解。

それまではずっと警戒して接近していたのに、共に崩れる隊長機2騎を見て動きが単調になったところを射線に捉えるのは、雑作なかった。


Sideout



Side ユウヤ

アルゴス試験小隊専用野外格納庫 衛士詰所 11:30



「・・・スゲーな、ハンパネーゼ、レインダンサーズ・・・。
VGのネーちゃんなんか、機動に重力感が全くないぜ!?」

「・・・今の俺と違ってアネキはずっと火事場渡り歩いてるからな、経験量がダンチ―――。
男が軽佻浮薄なせいで、イタリア女は基本堅いんだけど、未だ敵わねェ・・・。」


チョビの揶揄にVGが愚痴を返す。
堅いのは敵わないのと関係ないと思う。


「・・・LTE版とは言え、相当XM3に適応しているわ。
連携も、3次元機動も、今までの中隊とは明らかにSTAGEが違う・・・。」

「―――それでも届かない・・・か―――。」


ステラの言うように、隊全体の動きが違う。
この中隊戦では唯一のXM3LTE既装備部隊。
第4計画の息も掛かっている精鋭とも言える。


そして、その上を往く“単騎世界最高戦力”、白銀少佐。



此処は、野外格納庫詰所。
アルゴス隊衛士はずっとここのモニターで観戦し、各自勝手なことを言っていた。

今日の出番は俺だけ。
今はヴィンセントが最後の調整をしてくれている。



「あ、また墜とした・・・。
ヤッパ、あのガンブレード、いいなァ―――。」


空中で一合、止まらずに抜けようとした相手を、背を回したガンブレードが薙ぐ。

後方への威嚇射撃の序で、戦術機の関節自由度が高いとは言え、忍者みたいな使い方をする。


「“御大[Great Colonel]”に頼んだら作ってくれねーかなァ・・・。」


チョビはまだ言ってる。
今朝見た時からだ。
民族の武器である“ククリ”と銃把の角度が似てるとかなんとか。
ちょっと違うような気もするが、そこは好き好きだから突っ込まない。



見惚れるような鋭角シザーズで射線を躱しつつ翔けあがる。

レインダンサーズが仕掛けたのは、低空空中戦・・・。
地表滑走ではなく、突撃級の突進を躱す高度50m以下の表層戦闘だった。

相手に制空権を奪われたら勝てない―――その意志のもと欧州らしからぬ空中戦が展開されていた。


確かにXM3の動きの良さ、練度もあり拮抗している。
今までのように、一合もせずに切り捨てられてはいない。

先刻地上近接格闘戦では、初めて打ち合った王狼・后狼の神的連携でさえ、数合いで切り伏せた白銀少佐だ。


多重ミサイル弾幕、立体的な連携、隙のない展開・・・。



それでも、尚その上を往く白銀少佐は、やはりオカシイ。

レインダンサーズのメンバーが、空中戦を繰り広げながらも、基本の飛行姿勢、つまり地面に同一角を為すのに対し、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”は全く無頓着。
上と下の概念を完全に消失しているような天衣無縫の動き。
旋回しながらの錐揉みはロールと呼んでいいのかどうかさえ迷う。
普通あんな機動をしたら、一瞬で天地の認識ができず、怖くて加速できない。
それを事もなげに姿勢を持ち直し・・・というかそのまま閃くように移動する。
姿勢などもう滅茶苦茶なのに、その機動は正しく雷閃。
―――気づいたらそこにいる。


そんな相手なのだから、対峙できても数合―――。


昨夜の歓迎会、空中戦を仕掛けるわ、と言っていたVGの姉貴。
異次元と言われる空中機動に挑むなんて無謀だと返した弟に一言。

どうせなら、一番得意な機動を見たいじゃない!


それにしても空中機動の練度が桁違い。

レインダンサーズはXM3装備とは言えLTE、。
対全体のレベルは見たトコ2から3。
同じ時期に渡された俺達は、正規版でV-JIVESも可能な恵まれた環境にあり、全員が3には上がっている。
オレがもうすぐ4と言うところ。
レインダンサーズも中隊長だけは既に4に近いと見る。

そのVGの姉、“プリマ・ドンナ”の異名を持つ MG[モニカ・ジアコーザ]の機動は、ヒラヒラと舞う蝶と言うより重力を感じさせない、水中バレエの様な浮遊感。
機動の一つ一つが靭やかで軽い。
独特のリズムと、舞うような空中機動を持つ彼女が、単騎では最も長く “白銀の雷閃”と打ち合ったが、それでも9合。10合目の剣戟を避けたその姿勢から縦のローリング・ソバットの様に繰り出された一撃に沈んだ。


終了のアナウンスが流れる。



「ユウヤ、後で戦うんでしょ?」


イーニァが聞いてきた。


「ああ、一応プロミネンス側の代表ってことでな。」

「タケル強いよ?
クリスカと一緒でも、まだ勝ったことないもん!」

「・・・だろうなぁ。
御大[Great Colonel]”は底知れないけど、白銀少佐は突き抜けてる・・・“青天井”だな。
既存の戦闘では、まだまだ届くとは思えねェよ。」


相手が途轍もないのは理解した。

“単騎世界最高戦力”という触れ込みは、詐称でも誇張でもない。
たとえXM3非搭載機とはいえ、14中隊を相手に、僅かに被弾1,3%の被害のみ。
それで全てを撃破した。

脚を止めての近接戦闘で自分にできるとは思えなかった。



だが。

予想通り、なのだ。


即ち“横浜”仕様は、ハイヴ潜行[●●●●●]スペシャル。
停止から中低速度状態を機動の基本としている。
前線国家の悲願が通常兵器に依るハイヴ攻略なのだから、それは当然の流れである。
“Evolution4”と言う呼称はイーニァが教えてくれた。
機密じゃないのか?、と慌てたがあまり頓着していないとの事。
今のところ言っちゃいけない事は別にあるらしい。



しかし、ここは米国。

それは俺にしても同じ―――。
例え血に日本人が混じっていようが、ずっと馴染んできた環境が違う。

そんなオレがどこまで通用するのか、漸く試すことができる。


その時が来るのが、楽しみでしょうがなかった。


Sideout




[35536] §82 2001,11,16(Fri) 16:30(GMT-8) ユーコン基地 モニタールーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/05/31 10:24
'15,03,28 upload
'15,05,31 誤字修正


Side ルナテレジア(Lunateresia von Wizleben西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊第1中隊第3小隊中尉)


画面の隅に映った機体が、瞬く間に迫り来る。
増大する爆音にオートアッテネータが間に合わず、スピーカーの音がガリガリと割れた。

画面が明後日の方向に激しく振られ、即座に切り替わる。
ドローン・チェイサーの画角と追尾がその速度に追いていない。


次の画面もすぐ振り切られて視野が切り替わり、空域を映す仰角画面。
刹那、大小の弧を描くバーナー炎が接触寸前まで交差。
モニタールームに生じた小さな悲鳴と共に火花を散らして互いに弾ける。


ロールしながら水平に旋回回避した白い機体[White One]に対し、グレーの機体[Gray One]は縦に落ち、ビル間に消えた。


―――墜落ッ!?


周囲からも引き攣るような悲鳴が上がるが、切り替わった画面に息を呑む。
そこには、ビル街のメインストリートを0高度背面飛行[●●●●●●●]で翔け抜ける戦術機[●●●]の姿!!

それも爆音と共に大量の埃を舞い上げ、一瞬でフレームアウト。

切り替わった次のカメラでは、その姿勢のまま副腕に固定されたままの2門の突撃砲を上に向け、ビルの谷間で銃撃。
反動で微かに地面を擦過する跳躍ユニットが激しい火花を上げ、相手銃撃の盾にしたビル群の破片が跳ね回る。
その[TUBE]を、超高速で潜り抜けて行く。


転景―――俯瞰視点。


ビルの谷間からの銃撃を一重で躱した白い機体[White One]は、メインストリート前方に120mm弾を点射。
遠い順に左右のビル角を崩し、その行く手を潰す。
ルート沿いに上昇を余儀なくされるだろう相手に偏差射撃の突撃砲を構えた。


再び画面はメインストリート。


ビルの破片を避けたグレーの機体[Gray One]は、その速度を維持したまま錐揉みで強引に進路を変える。
ロールとピッチを同時に、しかも完璧なタイミングで行わなければ成し得ない起動で、メインストリートに区画一つ隔て並走する隣の街路・ハイウェイ高架下にくねる様に強引に機体を割り込む。


映像は高架下―――。


跳躍ユニットロケット点火の長い焔。
更に加速し瞬く間に離れる機影―――。

高速道路の架橋を潜りぬけ、チェイサーの追尾も、相手の銃撃も振り切って高空に脱した―――。








フゥ―――――。


私はずっと詰めていた呼吸を漸く開放し、長く息を吐きました。

それでも視線は釘付け、画面から目が離せません。
今は2騎とも様子見の旋回、ですが何時切り込むかわかりません。
勝負は瞬きした一瞬でも決してしまいそうです。

モニタールームも今の映像にざわついています。


全員で幻でも見たような気分です。

戦術機による0高度背面[●●]飛行なんて、見たことも聞いたことすらありません。
そんな事が出来る戦術機と衛士が出現する事さえ想像を絶していました。

複雑で突起や可動部が多く、高速度では乱流発生が夥しく変化する戦術機の形状―――。
それにより空力が安定しない戦術機は高速度域の飛行姿勢がかなり制限されています。
つまり戦闘機動時の噴射跳躍による瞬間的な状態としては在り得ても、通常安定的な背面飛行の継続ですら難しいのが実情なのです。
と言うのも殆どの戦術機では背面状態に於いて揚力が不足するため高度の維持は出来ず、高空からの降下時くらいにしか不可能な機動―――。
さながら旅客機で背面飛行を行う様なもの、と考えればそれがどれだけ荒唐無稽なことであるのか、理解出来ると思います。


それを、0高度で敢行―――。
尚且つ、その姿勢から突撃砲による反撃までして見せた・・・。

有り得ない速度でしたが、逆に言えばその速度だからこそ可能であったとも言えます。
ほんの僅か間違えれば、彈け飛ぶ限界ギリギリの瀬戸際―――。


今此処に集う衛士がそれを知っているからこそ、モニタールームもざわついているのです。



けれど、私が更に衝撃を受けたのはメインストリートから並走する高架下に滑り込んだあの機動―――。
白銀少佐ですら読んでいなかったルート。

0高度背面を実行できた戦闘機はパイロットの腕次第とはいえ、過去いくらでも存在しました。
けれど・・・あの速度であのレーンチェンジを行える戦闘機は存在しなかったでしょう。
だからこそ白銀少佐ですら予測し得なかった。

ピッチレート・・・しかも構造上機首上げ[●●●●]が異様に高い戦闘機では、最初の回頭は出来ても、次の切り戻しにはロールに依る反転が必要となります。
故に、あの短い距離で連続した反対方向への急旋回を要するレーンチェンジは戦闘機では不可能なのです。
勿論、既存の戦術機で、平面機動[サーフェシング]であれば可能ですが、その場合の速度は300km/h前後が限界でしょう。

それを常軌を逸した速度の空中機動でヌルリと抜けていった・・・。



―――今も私の身体は、全身が総毛立ち、小さく震えています。

これは畏怖?、それとも歓喜?
命さえ削るような極限のぶつかり合いに対する畏怖なのか、戦術機という概念を超越した歴史的場面に遭遇することが出来た歓喜なのか、私にも判りません。

これ以上は危険、と危惧する傍らには、この瞬間に立ち会っているんだと言う、意識があります。
目前の巨大モニターに繰り広げられる極限の映像は、一方で戦術機という概念の、一つの黎明。

今までの常識を遥か彼方に放逐し、目に飛び込む映像が全て新しく、只々目の前に繰り広げられる2騎の機体を目で追うのみ。



主役は日本帝国の次期主力戦術機候補である試製XFJ-01。
そのBASEとなった不知火[TYPE 94]弐型[セカンド]から Phase3まで変更を受け、更に“横浜”と“ユーコン”で個別の進化を遂げていると思しき試作機同士の模擬戦―――。

それは正しく、今までの戦術機戦闘の常識を根底から覆すものでした。











そもそも、A-00中隊の戦術機が披露されたのは、今朝になってからです。
昨日の歓迎式典では、到着直後ということもあり、点検整備中。
専任のメカニックも引き連れカーゴを開ける事無く割り当てられた野外サイトの機密区画に篭ってしまったので、一目拝むことも出来ませんでした。
尤もXFJ-01については、歓迎式典でもユーコンに於ける試作先行型、不知火[TYPE 94]弐型[セカンド] Phase3の2号機と3号機が並んでいました。
Phase3はあの不運の名機とも言われるYF-23の流れを汲むとも噂される機体。
ステルスと言う機能には全く魅力を感じないのでYF-23そのものはそれほど好きな機体ではありませんでしたが、機動性を向上させる不知火[TYPE 94]弐型[セカンド]とのハイブリッドには思わず見惚れてしまいました。
正規版XM3を積むことで、第4世代の魁とフランク・ハイネマン氏が認めた、初めての機体でもあります。
それだけでも眼福だったのです。


・・・そう今思い出しても感動が蘇るトライアルのオープニングは200機以上の戦術機がズラリと並んだ歓迎式典、余りの僥倖に私は天まで舞い上がりましたわ!
何という“炭素筋肉祭り[カーボン・マッスル・ハーレム]”なのでしょう!?
トライアルの遠征メンバーに私達を選んでくださったジークリンデ様に嬉し涙に塗れながら深く深く感謝し直した位です。
余りの幸せ[エクスタシー]に危うく気が遠くなりかけましたもの。

―――我が人生一片の悔いなし!!


ただ、思考が飽和するほど炭素筋肉過多の為か、その時見た“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”白銀少佐自身の印象については割愛致しますね。
昨日と今朝、そして戦術機機動中の印象が余りにも違いすぎて上手く表現できない、と言うのが現状ですから。



そして、今朝になって並んだA-00の部隊機―――。
白地に国連ブルーが配色された試製XFJ-01は、昨日の“炭素筋肉祭り[カーボン・マッスル・ハーレム]”とは別の、不思議な雰囲気がありました。
―――孤高の存在、とでも言うのでしょうか。
底知れない霊光[オーラ]を纏った、妙に存在感のある機体・・・。
新潟戦に於ける“Amazing5”と呼ばれた5機の内、3機は“横浜”仕様XFJ-01、そして2機は日本の斯衛軍[インペリアルガード]専用機“武御雷”を改修した機体と観測されていましたが、その5機にも同じ印象を抱きました。
今回此処には6機、全てその“横浜”仕様XFJ-01“Evolution4”が、並んでいたのでした。
試製XFJ-01の中でも横浜で改修される特定の任務を想定したというスペシャルバージョン、それが横浜では“Evolution4”という呼称で呼ばれている、と教えてくれたのは壬姫[ Miky]です。

基本はPhase3を踏襲しながら細部には更に手が入っていることが伺えます。
各部の空力仕様も異なりますが、何よりも跳躍装置[ジャンプユニット]が違います。
余程のハイエンド・チューンを施しているのでしょうか?
外側の形状は同じでも、奥に見えるバーナーノズルの仕様が異なることは見て取れます。
寧ろそれを従来と見た目同じとし、なるべく隠蔽している意図が伺えました。

そして、表面上最大の違いはその装備。
各個の装備は、帝国の87式突撃砲をベースとした“改”仕様、恐らく支援砲に近いロングバレル化だと思われますが、サプレッサ的な所もあり個人的には意図が理解できませんでした。
それもそのはずで、この87式突撃砲“改”仕様が“新潟の奇跡”では、帝国の“姫将軍”その人が突如地下侵攻で湧出した5000近いBETAを殲滅した未公表の新兵器―――恐らくは電磁投射砲と推測されている突撃砲と同じ形状なのです。
通常は36mm弾を使用しながら緊急時は電磁投射砲として運用可能・・・その理想的な思想は理解できましたが、その実現に必要な莫大な電力の供給を、このサプレッサに有しているのか?
今はアフリカにある本国研究所、技術者の興味の的は、その一点でした。
その新兵器が各戦術機にほぼ2門装備できる程に完成されいるのか、それともデコイなのか、それすら解りません。
しかも今回、白銀の雷閃[シルバーライトニング]機と思われる機体が装備する87式突撃砲“改”は、更なる強化を施されていました。
ガイドレールを廃し、大きなブレードをフレーム一体成型した、恐らくは完全なワンオフ仕様―――。
その存在感は圧倒的で、銃剣とは一線を画し、形状的にはガス避けのスウェッジを持つドロップポイントのナイフ、サイズ的には日本で言う脇差にも近いものがあります。
戦闘長刀の2振りと共に背面担架にマウントすると、鋭利な刃が4本並ぶストライプとなり、その姿は流麗でありながら、極めて剣呑な雰囲気を醸しておりました。
この突撃砲2+長刀2の装備が試製XFJ-01の基本装備であるらしく、横浜の他の2機とアルゴス試験小隊の2機もブレードでは在りませんが同じ仕様となっています。

無論A-00の場合は実戦を兼ねる部隊なので、残る3機の内2機は突撃砲と長刀担架を1に減らし、代わりにミサイルポッドと思しきボックスを背にして、主腕にもう1門突撃砲を抱える制圧支援のスタイルでした。

そして、最も私の目を引いたのは最後の1機―――。
その機体は、欧州[われわれ] EF-2000[タイフーン]が主に装備する中隊支援砲:ラインメイタル社製Mk-57中隊支援砲を改造したと思しき長いバレルの支援砲を抱えていました。
背面担架はの2つは突撃砲と長刀、残りは恐らくMk-57“改”の専用のマガジンだと思われます。
砲撃支援担当と思しき装備―――。

Mk-57“改”・・・。
極めてソリッドな感じのする長いヒートガイドとそれを支える2本のガイドレールの構成は、87式突撃砲“改”と同じ意匠構成。
我がドイツの名狙撃銃DSR-1を彷彿とさせる雰囲気があります。
内部の銃身は当然フローティングされているのでしょう。
バイポッドは省略されているのか、付いていない様に見えます。

けれど何故か纏う雰囲気がMk-57と何処か違う・・・。

試作品故なのでしょうか、見ているだけでもその質感を感じる、極めて精度が高い物作りに、秘められた力を感じずに居られないのです。
機関部はMk-57を流用しているのが丸分かりなのですが、これも専用マガジンボックスに変更されていますし、なんといってもヒートガイドに保護されたバレルから先の精度が桁違い・・・、底知れない迫力を感じました。

まさか・・・このMk-57“改”も電磁投射砲化出来る―――なんて言いませんよね?




そんな私の興奮を他所に、午前中行われた単騎vs中隊戦は、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”白銀少佐の圧勝。

相手はXM3の極みに在る“単騎世界最高戦力”、私に言わせれば当然の帰結です。
聞き及んだXM3の性能が今のOSと違いすぎました。
寧ろ既存OSで、彼の完璧に3%の瑕疵を付けたベルと、あの捉えどころのない機動を相手に、剣を交えたアイヒベルガー様とジークリンデ様が別格。
イルフィの偏差射撃ももうちょっとだったんですけど、相手の機動が凄すぎて僅かに届きませんでした。
私とヘルガは最後まで残っていましたが、アイヒベルガー様とジークリンデ様が共に倒された事で動揺、ヘルガとともに相手射線に不用意に出てしまい、被弾判定。
あまり良い所なく終わってしまいました。

個人的にはダメダメでしたが、あの機動を齎すXM3が私達のEF-2000にも換装されるのです!
今後に期するものが無い訳ではありませんわ!


でも、白銀少佐のワンオフらしいとされる、ブレード仕様87式突撃砲“改”もやっぱり素敵!
叶うならXM3正規版を装備したEF-2000で、左にMk-57“改”、右にあのブレード仕様突撃砲を装備して戦いたい、と思ってしまいました。


・・・そうなのです。

今回参加した14中隊中13中隊には既にXM3LTEが配布され、現在はOS換装インストール作業中。
終わり次第、XM3慣熟に入ります。
元々XM3LTEが配備されていたレインダンサーズは、その時間を使い先行してXM3正規版の搭載を進めています。

またツェルベルスを含む5中隊に、今夜中に正規版が支給・搭載されることも決まりました。
供給数は14中隊中6と言う事で、モメるかとも思いましたが、基本国連基地に属する中隊が対象となりました。
各国の軍隊から個別に参加した部隊は、やはり機動ログの提出に付いて本国との調整に手間取り、明確な意思表示の回答が間に合わなかった模様。
白銀少佐から帝国の配備が終われば個別に対応するとの回答も在り、特に不満も出なかった様子。
先ずはXM3のレベル向上が必要と認識している為で、正規版への換装はそれからでも十分間に合う、と言う判断のようです。


ゲスト中隊の戦術機が整備に入った午後の時間に行われたのは、XM3の検証と習得にプロミネンス計画に参加している各実験・試験小隊の模擬戦。
アルゴス試験小隊は既にXM3教導側として除外されておりますので、残り9小隊。

その相手は、出撃回数1回の壬姫[ Miky]達、新兵[ルーキー]小隊。
プロミネンスに参加する各小隊以上にXM3に習熟していたレインダンス中隊さえも単騎で退けた白銀少佐では、小隊規模で挑んでも余り得るところはなかろうと言う判断・・・まあ、瞬殺は判り切っているのでそれでは意味が無いと言うことでしょう。


A-00小隊が“Evolution4”を駆るとて、相手は各国の試験小隊、出撃回数二桁を優に越えているトップガンクラス、歴戦の猛者たち―――。
新兵[ルーキー]小隊では慣熟にもならないのでは?、との大方の予想を完全に裏切り、そのプロミネンス所属の実験小隊を新兵小隊が事もなげに撃破していく理不尽を魅せ付けられました―――。

初めは神宮司大佐を隊長とするGarm小隊で行うのかとも思っていましたが、メンバーは〈Garm-02〉[Cz]〈Garm-03〉[K]〈Garm-04〉[Mikt]そして〈Thor-04〉[Miky]新人[ルーキー]4人編成での対戦。
けれど、いざ始まってみれば彼女たちの技量は既に熟練の域、出撃回数が20を超えているベテランに対しても、黙っていればどちらが新人か判らない程の落ち着き様なのです。
制圧支援で小隊長代理の千鶴[Cz]が相手の動きに合わせ新人とは思えない対応で小隊指示を行い、強襲前衛の[K]が切り込んでは相手を上手く散らします。
それを千鶴[CZ]と、同じ制圧支援である美琴[Mikt]が、各個撃破していく。
その中で僅かにでも突出した機体は最後方にホバリングする砲撃支援壬姫[Miky]がMk-57“改”で撃墜してしまいます。

それも一気に潰すのではなく、詰めチェスの如く理詰めで追い込んでいく―――。


後からよくよく聞けば、昨日の歓迎会で仲良くなった壬姫[ Miky]達A-00中隊の新人4人は、訓練兵の時点からXM3のみの教導しか受けていない純血種[サラブレッド]、しかもその教官は“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”その人と、XM3教導の祖とも言われる神宮司大尉、更には“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”その人にも個別にサポートを受けていると言う超エリート部隊。

そのせいなのか、本人たちの資質がもとより高かったのか、多分双方なのでしょうが、既に全員がレベル5に到達しているという驚愕の事実が発覚。
昨夜の話を聞いたジークリンデ様によれば、レベル4は衛士20人に一人、レベル5は、衛士千人に二人の発現確率とのことなのに、A-00中隊は神宮司大尉含めて全員レベル5er[ファイヴァー]だとか。
他にA-01中隊にも新潟迎撃戦で見せた光線級回避が実行出来るレベル4er[フォウアー]以上が数人居る事が知られていますから、A-0大隊がどれだけの精鋭を集めた特殊部隊なのか、深く、海より深く理解しました。

対する実験小隊は、各国のエース級とは言えその殆どが今月半ばに入ってから漸くXM3教導を始めたばかりで、実際の到達レベルはまだ2や3の小隊。
その実力差は明白で、実は最初からA-00小隊側の教導モード。
訳が分からない内に撃墜されるのではなく、徐々に追い込まれることにより自分たちのミスや欠点を浮き彫りにさせ、認識させる、且つ1小隊ジャスト20分ずつ・・・。
休憩を挟み3時間、見事に“XM3慣熟の基礎模擬戦”を熟してみせたのでした。









そんな小隊戦の後、藍色に染まりゆく空の下、今日最後に行われたエキシビジョン・マッチが、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”と、同じXM3正規版でF-22EMDを下したアルゴス試験小隊、通称“ラプター・クラッシャーズ”のエース、ユウヤ・ブリッジス中尉の模擬戦でした。

片や“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”が操る白い機体[White One]“Evolution4”は、ハイヴ潜行を意図した事が明白である近接戦闘力の拡大版。
それと同時にレインダンサーズ戦で見せた高度50m以下での高速飛翔戦闘力、時速300km/hを超える速度でビル群を縫う機動と、その機動からでも突撃砲を当てて来るアビオニクスを併せ持つ第4世代機。
確かに今朝方ジークリンデ様に説明されたXM3正規版の細密制御が在ってこそ、と納得させられたものです。

もう一方はユーコンでのAH戦を元に、更に突き詰めたであろう機体。
昨日から今朝も整備中と言う事で、此方も見ることが出来なかったグレーの機体[Gray One]はPhase3-1号機。
しかしPhase3と言うよりも、既に“Phase4”と言っても過言ではないのでしょう。
“Evolution4”はとまた方向性の異なる、各種改修が施されている様子。
基本フォルムは変わっていないのに全体のシェープが、より鋭く、空力を意識した形状に変更されている感じがします。

実際、開始直前のモニターの中で、〈Argos-01〉は2振りの戦闘長刀を予め引き抜いていました。
更に背面担架の突撃砲をマウントした副腕を胸部まで展開し頭部センサーの両側に上に向けた形で固定、空いた長刀マウントは、折り畳む形で展開した副腕の基部に嵌め込まれました。
周囲の形状もそれに合わせて変更してあり、結果的に“Phase4”は背中がほぼフラットな形状を得ています。



―――そして始まったのが、今目の前に繰り広げられている驚愕の一戦でした。



開始の合図と共に、〈Argos-01〉はビル街のメインストリートを全力加速。
恐らくはロケット推進剤も使って一気に速度を上げ、離陸。
しかしスクランブルと言うより基地強襲されたときの様―――。
脚が離れたその直後には機体をロール、そのままビル街を急旋回するシザースに入りました!


これは・・・!!


匍匐飛行の姿勢、前傾が深いのです。
戦術機の上半身が水平を僅かに超えるまでに倒し、その為ほぼ上を向いていた突撃砲が正面を狙う固定機銃と化しています。
また、跳躍ユニットを殆ど水平に出来、脚部を僅かに下げることで機体全体で翼形状を構成、それにより十分な揚力を得られるであろうことが見て取れました。
ココまで前傾というか完全匍匐姿勢を取れば、最大戦速時の前面投影面積が大幅に減ります。
背面担架を畳み、フラット化することで、揚力を稼ぎCd値を大幅に減らしているはず―――!。
各パーツ形状の形状変更も、全てこの姿勢での空力に寄与するためのブレンデッドウイングボディを為すモノであることがはじめて理解できました。

通常姿勢に於ける操作性の変化を少なくしつつ、飛行姿勢に於ける揚力と空力制御性に特化した機体形状―――。
全体的に空力の邪魔になる突起をなるべく無くし、曲面で構成したシャープでスッキリしたラインに変更されているのです。
担架から外し、両手に逆手で持つ戦闘長刀ですら、空力制御に於けるカナード代わりに機能して居ました。

機体で十分な揚力が得られるため、推力の殆どを前進に使える・・・。
・・・これはジェット燃料に依る最大巡航速度でさえマッハに届くかもしれません。
ロケット燃料をアフターバーナーにした最大推力時は更に上にまで達することが出来るでしょう。
勿論その速度で不用意に飛行姿勢を崩せば、瞬時に空中分解する事もあり得ますが、電磁伸縮炭素帯の硬直化とXM3のモデル化を組み合わせ、巡航速度に合わせた可動範囲モデルを設定することは出来るはず―――。

亜音速から恐らくは超音速域までの空力に特化した形状進化―――それが“Phase4”の本質でした。


その結果、過去の戦闘機ですら難しい離陸直後の超低空旋回を失速すること無く成し遂げ、一旦は離れる方向に加速する〈Argos-01〉、一気に上昇に移りますが、その機動も細く速いシザースを伴うもの。
その速度が既に戦術機では在り得ないほどに達していました。



対する〈Thor-01〉も加速を始めます。

高速機動をする相手に対し、足を止めての迎撃が難しいことはあれほど午前中に自らが示していました。
正規版XM3の射撃管制が極物だとしても、今までこれほどの超高速域は戦闘経験になく、モデル化も出来ていないはず。
脚を止めての対峙は下策、少しでも相対速度を少なくするには、自らも高速機動をするしか無い、と言う少佐の判断が見て取れます。
先程は、時速300km/h級の機動を見せていましたが、何処まで行けるのでしょう?


それは―――超高速超低空空中戦。

2騎の平均時速は、なんと700km/h前後―――!
〈Argos-01〉に至っては瞬間的に900km/hにも達していたのです!!


亜音速から遷音速に踏み込む程の速度で、通常の戦術機としてはフルパワーによる一瞬の最高速に近い領域にまで達していました。
午前中、白銀少佐がレインダンサーズ相手に見せた飛行戦闘でさえ、有り得ない速度域の空戦機動だと思っていたのに、ユウヤ・ブリッジス中尉の速度は更に常軌を逸しています。
先程の少佐の凡そ倍の速度。

しかも、通常戦闘機が数千m上空で行う速度域の空中戦を高度300mの範囲で行っているのです。

その速度を秒速にすれば約200m/s―――
1秒疎かにすれば、地面に激突する速度!


白銀少佐も、高速で制空権を取られ頭上を抑えられると劣勢に立たされることが判っているため、午前中より更に速度を上げていますが、改修の方向性が異なるその形状の違いから、当然そこまで速度が上がりません。
その速度差を、機動で躱しているのが今の戦いでした。

確かに狭いスタブを潜るハイヴ戦に於いて、ここ迄高速域の空力特性を振る必要があるかと言えば疑問ですが、少なくともオープンエリアに於けるAH戦に於いては、新たに提示された一つの解であることは間違いないのです。

“Evolution4”の機体に施された空力特性は、恐らくは“ニュートラル”―――全ての速度域で出来るだけ空力影響を排し、機動の安定化を図った仕様。
対して“Phase4”は正しく“エアリアル”でしょうか。
機体が高速化すれば高速化するほど、先鋭化する空力特性。
けれどその特性はピーキーとは異なり、線形性[リニアリティ]を保持した制御性[コントローラビリティ]を維持しているのです。
敢えて言えば“Phase4”に施された改修は、中低速域の機動を悪化させる類の改修ではありません。
制御性を確立する線形性さえ維持できれば、機動モデルの中で如何様にも制御できるのです。
つまりは極めればハイヴ攻略も熟し、BETA殲滅後はその超高速機動で制空権も奪取できる―――。


それにしても戦術機にコレほどの空戦特性を付与するとは・・・。
―――いかにも米国らしい進化と言えるのではないでしょうか。



XM3を極め、独自の3次元挙動を駆使する白銀少佐、その中低速域に於ける機動のデタラメさは午前中の中隊戦で遺憾なく発揮されました。
その中にはXM3の高密度アビオニクス補佐による精密射撃も入っています。

ブリッジス中尉の“Phase4”が同じ正規版XM3装備だとて、その慣熟による反応速度は限定解除の白銀少佐が上。
通常の1on1では勝負にもならない、と言うのが周囲の雰囲気でした。

相手は1騎で連隊規模の戦術機を凌駕できる“単騎世界最高戦力”―――。

単騎で抑え得る者など皆無―――それが始まる前の認識でした。



しかし、だからこそブリッジス中尉はこの戦法を選んだのでしょう。
戦術機で遷音速に踏み込む速度域での高速戦なら、厄介な銃器管制が極小化出来る。
加えて超高速故に、白銀少佐独特のトリッキーな3次元機動も空気抵抗の観点から大幅に制限される。

彼はその為の機動モデルも、遷音速前提で積み上げてきたはず。
その容量は、遷音速域に限れば、あるいは白銀少佐すら超えている可能性もあります。

故にその要望に応える機体の進化も、相当に煮詰められた物なのでしょう。
そこはフランク・ハイネマン氏とボーニング・・・培ってきた戦闘機の経験が存分に生かせるのですから。

・・・でなければ、こんな危険な模擬戦をプロミネンスが静観してるわけがないのです。





何度目かの交差で〈Argos-01〉を縦に弾いた〈Thor-01〉がビル街に追い詰めたかに見えましたが、〈Argos-01〉は0高度背面飛行という離れ業から、超絶的な空力制御で高架下を翔け抜けて見せました。

そう、往年の戦闘機にさえ不可能なこの機動が可能な理由は、全身を一つの翼と見立てたBWB[ブレンデッドウィングボディ]に在るのでしょう。
主翼やボディが固定されている戦闘機と異なり、戦術機は姿勢変更[●●●●]が可能なのはず。
その姿勢制御で揚力特性を反転できれば、機首上げと同等の機首下げピッチレートを実現することも可能―――。
あの滑らかなレーンチェンジは、姿勢制御を含めた戦術機ならではのピッチレート実現により為されたものである可能性が高いのです。


何れにしても―――2騎とも凄い・・・!!

隣で観ているイルフィの口があんぐりと開いたままだったので、閉じてあげました。



突撃砲はペイント弾、長刀はシリコンで基本殺傷力はありません。
けれど機動は実機で現実なのです。

つまりこの速度域で地面や、或いは相手に激突すれば、確実に命はない―――。

なのに平然とバーティカルターンを敢行し、旋回円をクロスする。

2騎ともが、戦術機の超高速飛行を完全に制御下に置いているから出来る機動・・・。
この速度域でのXM3の補佐する制御モデルが、二人の中には既にある、と言う事に他ならないのです。


まさしく手に汗握るドッグファイト、否、イーグルファイトと言うべきでしょうか。

頻繁にチェーサーが振り切られ、固定カメラに切り替わります。
如何に非常識な速度域で戦闘を行っているのか、如実に物語っています。


戦術機の場合、戦闘機とは異なり後方危険円錐に入られることが必ずしも不利とはなりません。
副腕にマウントされれた突撃砲は、そのまま後方にも射線が取れます。
後方が有利なのはホーミングタイプのミサイルが追尾を外し難く成るためで、その手のミサイル装備が珍しい戦術機に於いては真後ろに着いたとたん突撃砲を斉射される可能性もあります。
故に後ろを取る事には固執せず、飽く迄相手の機動を予測し、旋回円をクロスさせる一瞬に捉えるしか無いわけです。
後ろを取り合うドッグファイトではなく、交差の一瞬で爪を突き合うイーグルファイト。

XM3の射撃管制が幾ら高性能であっても、この速度域とも成れば、その機会はほんの刹那―――。
その時間的にも空間的にも僅かな、“微塵の刹那”を奪い合う空中戦。


―――こんな戦い方は欧州にはありません。
恐らくは帝国にもないでしょう。


戦術機[Tactical Surface Fighter]という概念を産み出しておきながら、それを超えて、戦闘機の様に運用する概念拡張そのものです。

正に米国だからこそ出てくる発想。
ブリッジス中尉が自分の得意な領域に白銀少佐を否応なしに引き摺りこんだ戦い、と言えるのでしょう。



その戦いは、さながらあらゆる空中機動の見本市のような模擬戦―――。
時間など忘れていたけれど、気がつけば既に20分以上、この空戦を続けています。

機体の速度は平均値でいえばほぼ同等―――、しかしその機動は違います。
超高速域を想定していないハイヴ潜行仕様の“Evolution4”は、その機動の7割をスラスターに頼っています。
サブスラスターも含め強力な推力ですが、その速度を継続するには、各部の空気抵抗が大きすぎました。

一方の〈Argos-01〉、“Phase4”は、空力に最大限配慮した姿勢で遷音速巡航すら可能。
同じ系統のスラスターを装備していますから、白銀少佐と同じ機動が可能なだけでなく、空力を有効に利用する分多彩で鋭利な機動モデルを有している・・・。


実際空戦は機体スピードと空力制御に勝る〈Argos-01〉が優勢。
交差するたびに僅かづつでも近づく射線に、〈Thor-01〉は時折カメラのピントがぼやける様な絶妙の機動で躱すのがぎりぎりになってきています。

基本攻めの立ち位置にある〈Argos-01〉が、〈Thor-01〉の回避機動を学習することで空力機動にスラスター制御を加え、相手のその回避マージンを削っているのに対し、守りに徹さざるを得ない〈Thor-01〉は、しかし空力機動性の不足から現状以上の回避が出来ない―――。
そんな図式が見て取れます。

―――あの“単騎世界最高戦力”を追い詰める者が存在する!!




そして〈Thor-01〉の旋回円に下から抉り込むような垂直上昇を見せた〈Argos-01〉。
シザーズで躱す〈Thor-01〉に、読んでいたように機体を前転させ、背面全てを使う極大ブレーキング。
失速直前に跳躍ユニットを全開噴射にして空中でドリフトする様にスライドしながら〈Thor-01〉の軌道に切り込みます!
空力制御性とスラスター推力を最大限組み合わせた超高速機動!!

〈Thor-01〉もブレーキングシザースから離脱を図りますが、〈Argos-01〉も想定済み―――。


決まる―――!!



刹那の射線、けれどそれを外すとは考えられない完璧な位置取り。
見ていた全ての者が、ペイント弾に黄色く染まる“Evolution4”を幻視しました。


そして旋回ラインが重なった次の瞬間―――。



画面には〈Argos-01〉の機体、腰から下が袈裟懸けに断たれて墜ちていく映像が合成されていたのです!!




『・・・・・・あ・・・〈Argos-01〉大破判定・・・?、―――戦闘不能。
よって〈Thor-01〉の勝利です―――。』



半ば呆然としたオペレータの疑問形アナウンスと共にモニタールームは一気にどよめきが湧き上がります。

恐らくは、本人のブリッジス中尉を含む、戦闘を見ていたほぼ全員が白銀少佐の撃墜を幻視したはず。

にも関わらず、少佐の“Evolution4”は確かにペイント弾の痕跡を残さず、暮れ残る空を背景に4条の蒼い翅を棚引かせ宙に佇んでいました。




・・・何が、・・・一体、何が起きたのでしょうか!?


Sideout




[35536] §83 2001,11,16(Fri) 21:00(GMT-8) リルフォート歓楽街 “Da Bone”
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/10/07 17:03
'15,04,11 upload
'15,06,19 誤認修正
'15,10,07 誤字修正



Side タリサ


「え? じゃあそっち[ユウヤ]も?」


美琴[Mikt]の問いにチラッと奥のテーブルで渋い顔をしているユウヤを見てニヤリと口元を歪める。
その隣には今もツンドラの様に冷たい視線のビャーチェノワとまだ少し涙を溜めたシェスチナがいて、その表情とは裏腹に、二人してユウヤの両腕を抱き込んでいる。
食事の間も左右から交互に供給されていた。
傍目には何処のバカップル[リア充爆ぜろ]だァ?、という状態なんだけど、嫌いなモノまで有無を言わさず突っ込まれていたから、微妙。
ってか―――あのビャーチェノワまでが表情は兎も角、こんなに軟化し[デレ]ているのには吃驚だけどな。
何故かうさ耳少女を幻視したから、きっと横浜[魔窟]でいろいろ触発されるものがあったんだろうとは思うけど・・・。
以前のことも改めて直に謝られたし、日本に行く前の憔悴しきった様子も知っているから一応受け入れたけど・・・、シェスチナ、チビのくせにその胸はぜってぇ認めねェぞ!


「そっちもってことは、白銀少佐もかよ?」

「うん、結構カオスだった。
千鶴さん[Cz]は噴火するし、壬姫さん[Miky]が泣きながらふくれてるし、何よりも何時も飄然としてる慧さん[K]が何も言わずハラハラと涙落とすし・・・。
流石にタケルも悪いと思ったらしくて、目一杯平謝りしてた。
―――まあ、アレ[●●]は本来実機JIVESでヤッちゃうレベルの模擬戦ではないよね。
高速機動はそれじゃなくてもリスクが高いんだから、 V-JIVES[シミュレーション]で行うのが妥当な内容、・・・リスクヘッジは基本だよ。」


美琴[Mikt]の真っ当な指摘に周囲も苦笑。
味方の居ない当のユウヤはガックシうなだれる。
ちょっと・・・うん、世間的に見てまあかなり行き過ぎた内容だったことは否めない。
ユウヤにしても事情を知らせていなかった二人の“嫁”達にはどれだけ心配掛けさせたコトか、模擬戦中の様子を知っているだけに、軽口も挟めない。
それが今ユウヤの置かれた状況。

確かにあの化物じみた強さの“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”と互角に戦うには、相手に経験が無い超高速戦闘[自分のエリア]に持ち込むしか無いってコトは理解するけど、少しは自重しろって言ったじゃん!


「・・・けど、ある意味衝撃的でしたわ。
戦術機というシステムの一つの未来の姿―――、とも言えます。」

「技量は驚異的だけど、・・・残念ね、BETA相手には0高度背面飛行なんて意味ないわ・・・。」


隣のテーブルから肯定的なルナテレジア中尉の意見と、滅茶苦茶冷めた言い方をするベルナデット大尉の批評が突っ込まれた。

・・・そう、此処はリルフォートでも一応有名所のステーキハウス。
同じテーブルには、話をしている美琴[Mikt]の他、“紅の姉妹”を含むアルゴス隊の衛士メンバー、そして隣のテーブルには、ツェルベルスの3人娘とロレーヌ中隊の隊長が座っている。
たまたま此の店で鉢合わせした時、美琴[Mikt]を見つけて隣に寄ってきたのだ。

トライアルは基本17時迄でそれ以降は各隊自由だから、基地要員含めても人口10万の小さな町、こういうことはよくある。
中には早くもシミュレータを予約して換装されるXM3教導に入っている部隊もあれば、夜間演習でXM3LTE版が換装された機体に慣熟を始めている部隊もあるから、こればっかしは各隊のカラー次第だけどな。
そして勿論こんな自由時間を取っている部隊も存在した。
・・・そーいえば、ツェルベルスもロレーヌも今夜機体はXM3正規版換装作業中だったっけ。
ヴィンセントもEF-2000やラファールに触れる、と喜んで手伝いに行っていた。


もともと昨日の歓迎会でA-00中隊のメンバーに寄ってきていたのは知っていたし、そのままの流れで近くに居たから何となく顔見知りに成った面子。
今日の“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”戦でもツェルベルスはXM3未装備の中隊としては最も練度が高かったし、“前衛砲兵”と言う矛盾した様な異名を持つロレーヌ隊隊長は、白銀少佐に唯一被弾判定を付けた人物。
自分の技量がそんなに高いと自惚れているわけじゃねェけど、ヤッパそれなりの技量を持つ相手は認めちまうのが衛士。
食事をしながら、お互い結構打ち解けた空気になるのにそれほど時間は掛からなかった。
ユウヤの座る一角は隔絶していたにしても・・・。

A-00の他のメンバーはといえば、白銀少佐を模擬戦の休養という名目で折檻?しているらしいし、神宮司大尉はそんな少佐の代わりに基地司令主催の晩餐に出ている。
整備関係者もXM3正規版換装の為、今日は徹夜覚悟。
そんな中で、少佐の糾弾から途中で抜け、一人で基地のPXに行こうとしていたマイペースな美琴[Mikt]を見つけ、リルフォート[ここ]に誘ったのはアタシだ。

一方ベルナデット大尉もツェルベルス隊の正副隊長と共に基地司令主催の晩餐に招待されていた筈だが、腹の探り合いとお上品な食事の量に物足らず、雑談モードに入ったところで早々に退席。
たまたま見かけた街に繰り出そうとするツェルベルスの3人娘に強引に割り込んで此処にきたとか。
その場所で今宵のA-00では唯一フリーだった美琴[Mikt]を引き当てるあたり情報に対する嗅覚は侮れねェぜ。


「・・・でもその様子を見る限り、アルゴス隊のみんなは、それほど危険って思って無かったみたいね。」

「まあ、な・・・。
俺たちは、“今まで”をずっと見てるからな。」


イルフリーデ大尉の疑問にVGが応えた。

それもそうか・・・。


御大[Great Colonel]”が帰国してまだ2週間経っていない。
けれどその2週間弱、アタシとユウヤは、それこそXFJ-01 Phase3を乗り潰す勢いで駆り倒した。
その殆どが戦術機としては高速域の限界機動―――。
VGが言うように、アタシらに言わせればその時の、まだ空力が改善されていない不安定なPhase3による限界飛行のほうが余程際どかった。
常識的に考えれば長距離の匍匐飛行が可能なことすら可笑しい、と言われる戦術機。
個人的には世界の七不思議になって居ないコトが不思議。
その全てを跳躍装置[ジャンプユニット]に頼っている訳で、空力は寧ろ挙動を安定させるためのものだった。
人がロケットエンジンだけ背負って空飛ぶ様なモノ、なにせ姿勢一つで重心位置が大幅に移動し、加えて速度に応じ空力もコロコロ変化する複雑な形状。
航空力学なんて難しい理屈は解んねェけど、過去何度も“片肺飛行”を経験してきたアタシに言わせれば、その制御がどんだけ難しいか知っている。
推力さえ確保出来れば取り敢えず飛んでいられる飛行機とは決定的に違う。
例えれば、針の上に卵を立てる様なもんだ。
けどそれが開発衛士[テストパイロット]責任領域[レスポンシビリティ]ってコトも理解している。

そんな綱渡りの成果として得た実機機動データを以て、高速域シミュレーションの再現性を飛躍的に高め、そこから更に超高速域に踏み込む空力特性に特化した機体形状を求めた。
その試作が出来る迄の間、最終的に導きだされた機体でユウヤもアタシも今度はシミュレーションの中に籠ってギリギリまで操作を煮詰めてきたのだ。

この12日間、実機機動だけでも毎日6時間以上、シミュレータに依るチェックも入れれば毎日14時間以上飛んでいた事になる。
ユウヤが新しい空力外装に換装したばかりの“Phase4”実機をあそこまで自信を持って乗りこなせたのは、その凝縮された経験が在るからで、模擬戦レベルでコケるとは思えないって言うのがそれに付き合ったアタシの感想だ。
勿論模擬戦には相手も在ることだし、絶対に安全な訓練なんてないのは確かだけど、その経緯を知っているからドーゥル中尉もハイネマン氏も、ついでにハルトウィック大佐もこの危険に見える模擬戦に何も言わなかったのだろう。
けど、知らない人には殊更に常軌を逸した機動に見えるだろうから、心配させたことに違いはない。


・・・ってかさ―――。

寧ろその速度領域に直ぐ様適応しちまった白銀少佐こそ異常。
この模擬戦に危惧が在るとすれば少佐の対応だったんだけど、同じ領域に踏み込んできたのにはこっちだって驚いたんだから、少佐の部下の心配は半端なかっただろうと思う。
しかも、それで最終的にはユウヤに勝っちまうんだから、今も信じられねェけど・・・。


「その割には美琴[Mikt]は平気そうね?」


ケラケラ笑っている美琴[Mikt]にステラが尋ねる。


「ああ、ウン、まあね。
心配しなかった訳じゃないんだけど、ボクだけ[●●]は御子神大佐から聞いて、知っていたからね。
『どうせブリッジスが絡むと武は無茶するだろう』って、一応タケルの機体には対衝撃“最終防御”っていうのが組み込まれているんだってさ。」

「「「“最終防御”?」」」

「えと、IR何とかのMAX掛けとか200分の1とか言ってたけど、そこは流石に機密らしいから効能だけ言うと、マッハで地面に突っ込んでも、コアセクションだけ[●●]は護る緊急措置だって。
防げるのは2000G程度迄の衝撃だけで、光線級のレーザーとかは勿論、防御出来ないらしいけど。」

「「「 な!? 」」」


・・・ヲイヲイ―――簡単に言ってるけど、マッハの激突を緩衝するってだけでも半端ねェぞ、それ・・・。
けど、“御大[Great Colonel]”が断言したなら、あの人を知っているアタシらはそうか、って思えちまうから不思議。
少なくともアルゴスのみんなは“紅の姉妹”含めて納得したように頷いている。
けど、なるほどね・・・。
ユウヤの様なアクティブセーフティではなく、究極とも言えるパッシブセーフティが在ったから白銀少佐はあの領域[ユウヤの牙城]に躊躇なく踏み込んできたわけか。

アルゴスメンバーとは逆に、疑問顔なのはゲストのお嬢様方。
コレばっかりは、まあ本人に一度会わないとどんだけ説明しても理解しては貰えねェだろうな。

ツェルベルスは見た目貴族のご令嬢然とした3人娘、階級も既に中尉と大尉なんだけど、そんなことには拘らず、気取らない気さくなところは嫌いじゃない。
天然、おっとり、生真面目っぽいという三者三様、けど衛士として損耗率の高い前線ドーバー要塞[ドーバーコンプレックス]で生き抜いてきた猛者、中身がそのままとは思っていない。
午前中に垣間見た3人の連携は、ツェルベルスの大・中隊長の連携に次いで、相当な域に達してると思う。

・・・けど、やっぱちょっとアタシとは何かと違いすぎる気がして少し苦手。
同じ欧州出身のステラやVGをさりげなく間に挟むことにしている。
VGも流石に MG[モニカ姉]の居る今、貴族様に粉を掛けたりはしない・・・よな?

反対にロレーヌの中隊長は、此方も大尉様でありながら歯に衣着せないかなりの毒舌と来ている。
が、何故かアタシや美琴[Mikt]には雰囲気が柔らかい気がする・・・。
ちっちゃいものクラブ[同族意識]のよしみなんじゃね?とウンウン頷いていたVGにはカエルアッパーをお見舞いしておいた。
MGにも通報しようと思ったけど、ヤメた。
MGもその意味では“向こう側”の女。
本人は無自覚だろうけど、下手にチクると逆に弄られそうだし・・・。
妙なところで似ているのはやはり姉弟だからなのか?



「・・・でもそれならば、なんで美琴[Mikt]だけ知っていたのかしら?」


ルナテレジア中尉が聞いてきた。


「・・・先刻チラッと千鶴さん[Cz]が言ってたと思うけど、ボクらは横浜で各々の得意分野に関して御子神大佐から個別にサポートを受けているんだ。
最初はなんとなく、だったんだけど正規任官してからは、結構真面目に頼み直してさ。
千鶴さん[Cz ]は、戦術に関してリアルタイム戦闘行動予測プログラム:CAP-RT。
今回は来ていないけど、冥夜さん[御剣]ていうメンバーが、特殊場に於ける剣術・・・これはアルゴスのみんなは知っている篁大尉と同じ類のものだね。
あと、慧さん[ K]は、近接戦術機格闘術:MACROT。
壬姫さん[ Miky]は、動的銃器管制。
そしてボクは、慣性制御機動概念:MCLIC、って言う具合。
で、“最終防御”は慣性制御機動概念の拡大派生機能なので、たまたまボクだけが説明されて知っていた、ってとこかな。
今回の模擬戦みたいな高速域の飛行機動に関わるのはMCLICだけだしね。
一応みんなにも事後に話してタケルの援護はして上げたんだけどね、理性で理解は出来るけど感情で納得出来ないって言うから後は任せちゃった。」

「・・・ちょっと待って美琴[Mikt]、それって帝国のセキュリティ・ポリシーに反しないの?」

「ああ、ありがと、ベル。
心配しなくても国連軍[●●●]の機密条項には触れてないよ。
今の装備関係は、全部国連軍[●●●]の御子神大佐が発案しているから、帝国の機密条項には当たらないんだ。
アルゴス隊に開示した範囲は、同じ国連軍[●●●]なら問題ないって御子神大佐にも言われてるし。
殆どの内容については、付随するナビゲーションAI[まりもちゃん]に聞けば幾らでも答えてくれる内容だから、正規版配布が決定しているここに居るメンバーについては無問題。
逆に本当に言っちゃいけない事は知らないって言ったように殆ど知らされていないから大丈夫、かな。
それに、新兵[ルーキー]の得意分野なんか午後の模擬戦でバレバレでしょ?」


そう言やその辺に付いては“御大[Great Colonel]”もかなりいい加減だったっけ。


「それは、此方の質問にもある程度答えられる・・・ってコトかしら?」

「・・・抜け目ないねベル。
まあ、ボクの知っている、許される範囲で良いならどうぞ。」

「そう―――、じゃあ先ほど神宮司大尉が言っていたレベルアップの可能性だけど、どういう事なの?」


美琴[Mikt]の言うとおり、抜け目ねぇな、このチビッ子[同志]大尉。
この年で大尉まで成っただけはあるのか?
っていうか、当然ツェルベルスのお嬢方も興味津々。
大陸の最前線・・・一つの情報が生死にも直に繋がるだけに貪欲に成るのは仕方ない、か・・・。

そして大尉が訊いたのはあの模擬戦の後行われた、全体ブリーフィングでの説明のコトだろう。
最後が激しい模擬戦だったから直ぐに戻らないのも仕方ない少佐ではなく、A-00中隊の中隊長でもある神宮司まりも大尉からの講評だった。

XM3のシミュレータ教導に出てくるAIキャラは、既にプロミネンスに関わる衛士の中では有名だった。
実装されているのは、ナヴィゲーションAI[まりもちゃん]アグレッサーAI[たけるくん]
そして“たけるくん”が白銀少佐であることは、周知の事実。
脳天気に見えて、時折決して諦めない熱い闘志を垣間見せ、その技量はべらぼうなAIだ。
その一方、“まりもちゃん”のモデルに付いては今まで謎とされてきた。
教導は厳しいながら、時に激励し、諭し、語りかけるその内容は千差万別。
受ける人の応答に因って教導手法まで変えてくる事が最近明らかになった超高性能AIだった。

既に歓迎セレモニーでの紹介でも噂になっていた。
そう、“まりもちゃん”のモデルは、“たけるくん”と同じ、現実のXM3教導官。
本人も今まだ数少ないレベル5er[ファイヴァー]にして新潟防衛戦における“Amazing5”の一角、〈Garm-01〉。
その講評は的確で鋭く、XM3の初期教導として今後の参考に成ることばかり。
寧ろ天才肌でその機動が余人には真似しにくい白銀少佐に比べ、教導に関してのエキスパートだと各国指揮官クラスに認識されたのは間違いない。

チビッ子大尉が訊いているのは、その講評の中に在った言葉だ。


「ああ、神宮司大尉の仰った“努力の可能性”だね。
んと・・・、昨夜タケルは、レベル4erやレベル5erの発現が、2シグマ、3シグマの確率ってコトで説明したと思うけど、その存在確率は単純に“戦術機適性”っていう“才能”のみで語った場合なんだってさ。」

「・・・天賦の“才能”のみ[●●]で考えれば、という事?」


チビッ子大尉が確認する。


「うん。
でもレベルの上昇や上限に付いては、はっきり言えば今のところサンプルが少なすぎて仮説でしか無いんだよ。
今後帝国の各部隊、そしてプロミネンスや今回正規版を配布する部隊ともデータを交換しあって検証していくけどね。
そしてタケルが言った確率は、何よりも“努力値”の重積を一切考慮しないとそうなる、ってだけで、もしかしたら努力次第ではシグマ分布が中心の偏ったポアソン分布に変化していく可能性も高い、って御子神大佐は考えているみたいだね。
少なくともボク達を含む横浜の教導実績では、資質によって上達速度に個人差は在っても、経験の蓄積や技能の研鑽に因って向上出来ることが確認されているからね。
―――簡単に言えば、努力次第で必ず報われる、ってことかな。」


難しいことはわかんねェけど、これが才能にのみ従って決まることならば、レベル上位に達する者はかなり少ないということに成る。
けど努力と研鑽により向上できるって言うなら、その可能性は無限―――。
全員が“レベル5er[ファイヴァー]”、それ以上の“限定解除[アンリミット]”に至れる可能性を誰も否定出来ないって事か・・・。


「因みに美琴[Mikt]達はどの位XM3に慣熟したのでしょう?」


すかさずルナテレジア中尉の質問。
チビッ子大尉とは、一見仲悪そうなのに、息合ってんな・・・。


「ボク達は正式任官する前、訓練兵の時からXM3教導を始めていたし、御子神大佐って言う技術サポートの反則[チート]級が傍にいたから参考になるか解らないけど・・・、期間で言えば約10日とちょっと、その間にシミュレーションによる出撃回数では凡そ100回超かな―――。」

「「「!!――10日ちょっとで、100ッ!?」」」

「・・・あと、ちょっと説明出来ない事情があって、5に上がるには200相当の嵩上げが在ったんだけどね。」


時間圧縮とかループ回収とかイロイロ有り得ない裏技なんだよ、と苦笑しながら軽く流す美琴[Mikt]
―――それにしたって10日強で100でも異常、そんなのが出来るのも化物だ。
シミュレーションとは言え平均しても1日10回以上の出撃・・・まあ、機体のV-JIVESが自由に使える今なら確かに不可能では無いが、通常の基地では不可能。
それを置いても自分が出来るかと訊かれれば微妙、1日10回以上のBETA戦・・・普通は有り得ねェだろ?
それに加えて200の嵩上げって・・・。
これはA-00は御子神大佐の被験者[おもちゃ]ってことなのか?、とさえ思ってしまう。

尤も、じゃなきゃ新兵[ルーキー]で“レベル5er[ファイヴァー]”なんて無理ってことか。


「・・・なるほど、シミュレーションでも100でレベル4、プラス200熟せばシグマ分布を無視してレベル5程度まで上がれる可能性がある・・・って言うことね―――。」


関係なくウンウン頷くチビッ子大尉。
・・・サラッと部下にヤラせそう・・・。
そして、更にキランと瞳を輝かせる。


「・・・で、美琴[Mikt]が得意なのは“慣性制御機動概念”って言ったわよね?」

「ウン。
まぁ、ブッチャケればタケルの次に空間把握能力が高いらしいんだ。」

「・・・なら、今日のエキシビション・マッチ、白銀少佐が最後に何をした[●●●●●●●]か説明できるのかしら?」


さっきまでの嫁や周囲の攻撃に凹んでいたユウヤがビクンと反応し、顔を上げる。
オイオイ、確かに最大の謎ではあるけど、幾ら何でも普通切り札は明かさねェだろ?
そいつァ突っ込んでいくところか?


「・・・先刻、一応神宮司大尉にも質問したんだけど、案の定それは知らないって言われちゃったのよね。
基本的に“直観的”な少佐の3次元機動は余人には不可解、参考にならないことが多い、ってイイ笑顔で返されたわ。
けど大尉は、本人に訊けば答えてくれるかも、と仰っていた。」

「・・・踏み込んで来るねェ、ベル。
本人には訊かないの?
そんなのをペーペーのボクが知っている・・・と思う?」

「そうね・・・。
白銀少佐に訊く気はないわ。
彼、自分の機動に関しては直観と反射で動いてるカンジだし、同じ感覚を持っている人じゃないと本当の意味で理解出来ない気がするのよね。
OSや装備の解説なら良いけど、動作に関しては、“なんとなく” って返ってきそう。
その意味では、“なんとなく”弾を当てちゃうだれかさん[イルフィ]なら理解できそうだけど・・・。」

「・・・なんか妬ける。
もうそんなに理解してるんだ・・・。」

「あら、心配要らないわ。
衛士として、憧れて、目標にするだけだから。
異性としては、A-00[あなたたち]に任せるわ。」

「・・・。」

「私は貴女と[●●●]、お友達になりたいの。
―――貴女じゃ無かったら訊かないわ。
模擬戦を見た限り、美琴[Mikt]も一見直観で動いているように見えるけど・・・、結構技術的なコトも精通してて、計算もしてるでしょ?」

「・・・よく判るね――、ボクですらイロイロ思い出したばかりで、ちゃんと整理付いてないのに・・・。」

「それこそ“なんとなく”だけど。
タネ明かしについては、勿論、知らないなら、それでも構わない―――。」


溜息を付いた後、興味深そうに大尉を見返す美琴[Mikt]
ちっちゃいとは言え欧州大陸では歴戦の勇士にしてこの洞察力だろう、若くして大尉という階級に着いている女傑、しかも今日午後の模擬戦からしっかり把握されているような相手。
だと言うのに、まるで物怖じしない態度はコイツも断じて“新兵[ルーキー]”じゃねェな。


「・・・正解だよ、ベル。
タケルに訊いても、多分ボクに遠慮して答えなかったんじゃないかな。
―――あのコンボ[●●●●●]を登録したのは、ボクなんだよね。」

「「「 は? 」」」「「「・・・。」」」

「タケルはあーいう騙し系の小技[●●●●●●]は不得手だからね。」


カラカラ笑う美琴[Mikt]にゴクンと唾液を呑み込む。


「―――イーニァさん、此処で話しても大丈夫?」

「えと、ん―――うん! 大丈夫だよミコト。」

「ありがと。
・・・一応タケルの切り札の一つでもあるから、他の人には内緒ね?
ボクもベルと仲良くしたいから、今日此処に居る人だけの特典ってことでよろしく。

―――アレは、簡単に言うと“サブリミナル・ミスレコグニション”だよ。」

「「サブリミナル」」「「ミスレコグニション?」」

「うん。
認識外誤認[サブリミナル・ミスレコグニション]
タケルは“夢幻泡影”って呼ぼうとしてたけど、御子神大佐に“チュウニ”って言われて躊躇してた。
そんな大層な名前を頂く様なコンボでもないしね。
あの模擬戦でユウヤの意図・・・遷音速戦を仕掛けられた事を理解したタケルは、最初から戦術機の機動にこのバックグラウンド・コンボを掛けていたんだ。」

「最初から?」

「うん。
時速で600km/h以上の機動については、“1秒間に、0.1秒だけ減速、即、0.1秒だけ加速する”―――っていう常時発動[バックグラウンド]コンボをね。」

「・・・0.1秒の減加速―――、そんな事が可能?・・・いえ、そもそもそれなんか意味在るの?」

「・・・人間のモノを認識するサンプリング感覚は凡そ0.2秒毎って言われているんだ。
テレビの黎明期には1秒に30枚の画像に一枚だけ商品の映像を入れ、見ている人は認識しないけど深層心理に画像が焼き付いて購買意欲をそそる―――って言うサブリミナル効果を利用した広告が造られたのは有名でしょ?
勿論、すぐ規制された手法だけどね。」

「・・・認識できないのは解かるけど、広告と違って深層心理に影響なんてしないだろ?」


ユウヤが突っ込んできた。
何故負けたのか、一番知りたいいのはユウヤだろう。


「戦術機戦闘に限ったことじゃないけど、バトルに強い人程、速度の認識が一瞬で予測が正確なんだよね。
目で見た映像が脳に伝わるのは時間遅れがあるし、対応してトリガーを引くのも時間遅れが生じるから、脳内の“認識”と“現実”には時間差が存在する。
それは速度が早くなれば早くなるほど大きな差になる。
巧い人ほど瞬時で相手の速度を把握し、正確に相手の未来位置を予測し、自分の動作遅れを考慮した必要なタイミングを瞬間的に割り出す。
そして戦闘中はそんな事を一々考えてるわけじゃないから、そういう速度域・相手に準じた脳内モデルを組み上げてしまうのが早い人ほど強いってコトだね。」

「「「 ・・・。 」」」

「1秒毎に0.1秒の減加速は今のタケルの機体性能だと、秒速200m、時速にして720km/hの場合で1秒間の到達距離にして1m程のズレ[●●]を生じさせる。
つまりタケルはユウヤにずっとその速度と距離感を認識[●●]させていたんだ。」

「・・・ユウヤなら速度の認知は一瞬、けれど認識できない極短時間の減加速により到達位置の誤差を含め認識させた―――と言うことね?」

「ステラさんの理解で合ってる。
勿論、0.1秒の減加速はコンボを使っているタケルにも認識されないから、XM3正規版の緻密な制御とそれに応え付いて来る機体性能が在ってこそ、・・・のトリックだけどね。
その機動をずっと・・・先刻の模擬戦だと20分ほども続けて、ユウヤの脳内モデルを、“誤認”させた。
そしてユウヤが決めに掛かった最後の一合いだけ、それまでの減加速[●●●]を、加減速[●●●]に切り替えた。」

「「「 ! 」」」

「あの時の最後の動き、反転から交差まで約3秒―――。
瞬時に判断している“見かけの速度”は同じでも、今までずっと減速されていた分を今度は加速させたから、ユウヤの認識と現実のズレは、約6m[●●●]になった―――。」

「・・・それがオレが的を外し、少佐の斬撃が届いた距離・・・って訳か―――。」

「実際コレをタケルに使わせたユウヤは凄いと思うよ。
本来使うつもりは無かったんじゃないかな。
けどユウヤの最初の加速で、この模擬戦がどんな領域の戦いになるか、それこそタケルは直観的に理解した。
だから使った。
それに、今回コッチでアルゴスにも教える予定だった空中機動に於ける慣性制御機動概念MCLIC:Maneuver Concept of Linked Inertia Controlだって、ユウヤはタケルの機動を見て模擬戦中に徐々に使いこなしていたし、何よりも超高速機動に特化されたPhase4の“キレ”はタケル以上に研ぎ澄まされていたよ。
もしこれがレインダンサーズ戦くらいの戦闘速度だと、0.1秒の減加速で稼げる誤差は半分の0.5m程度にしかならないから射線を躱せるかどうかは微妙だよね。
ユウヤの速度が速くて、そして脳内未来予測が極めて正確だったが故に、覿面の効果が出たってことだね。」

「「「 ・・・・・・」」・・・もしかすると見ていた私達も速度錯誤させられていた・・・と言う事なのか?」


ヘルガローゼ中尉が呟くが、確かにアタシも少佐の被弾を幻視したのを思い出す。


「当たり―――。
同じ効果は当然対戦していたユウヤだけではなく、画面を注視していた全ての人が嵌った。
モニターで見ていたみんなが、認識できない繋ぎの間に、被弾する〈Thor-01〉を幻視したはずだよ。
速度予測が巧い人ほどより明確に・・・。
瞬時で相手の速度を認識する、目の良い人ほど掛かりやすいトリックだからね。」

「・・・やけにあっさりバラしたと思ったら、超精密制御を可能とするXM3正規版限定コンボ、そして600km/h超の超高速機動時のみ有効・・・と言う事ね。
使いどころは思いっきり絞られるけど、コンボなら私にも使えるって言う事かしら?」

「一応難易度がGのコンボだから使えるのはレベル4になってからだし、認識外と言っても極短時間にかなりの加減速Gを受けるから長く連続使用すると酷い吐き気を催す。
20分も使って平然としてるのはタケル位だけど、ベル達が“レベル4er”になる頃には、数分単位でなら使えると思う。
あと、コンボの公開は一応最初の登録者に権限が与えられるんだけど、ボクは公開するつもり。
―――と言うのも、バラした理由はこのコンボ、BETAにも有効らしいんだよねェ。」

「 え? 」「 な? 」「 は? 」

「・・・BETAにも効くのか?」

「現状でも機体性能で超高速機動が出来るユウヤやタリサなんかは使えるかな。
加速が付いてこられるか・・・ちょっと微妙だけど。
御子神大佐によると、BETAの飛翔体に対する知覚はその感知方法こそ違うけど、信号の伝達・反射系は同程度の速度を有していると観測出来るんだって。
これは炭素系生命と殆ど同じ塩基を基本としているからで、その伝達速度は地球型炭素系生命の理論値とほぼ同値。
だから0.1秒レベルの変化は認識出来ないし、照射は予測に基づく偏差射撃、上手く使うとレーザーの直撃を免れることが出来ると思うよ。
照射時間が長いから、追尾が躱しきれれば、だけどね。」

「「「「・・・。」」」」


それでも初撃が躱せれば、遮蔽域に逃げこむ可能性は高くなる。
敵はBETA・・・。
それが対BETA戦に有効であるなら、将来的には対立するかも知れない陣営にも惜しげもなくあっさり公開する・・・、そんな当たり前のことを当たり前に実行しちまう。
対人戦など歯牙にも掛けない。

御大[Great Colonel]”といい、・・・ホントにブレねェな、コイツら―――。


Sideout




[35536] §84 2001,11,17(Sat) 17:00(GMT-8) イーダル小隊専用野外格納庫 衛士控室
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/06/20 23:51
'15,05,02 Upload
'15,06,12 語句統一
'15,06,19 誤認訂正
'15,06,20 誤字修正



Side マーティカ(ソビエト連邦陸軍実験部隊イーダル試験小隊)


ドンッッ!!

合成ボードの壁を思い切り殴りつけた。
壁は拳型に凹み腕全体に鈍い痛みが伝わるが、強化装備の所為で骨折までは至らない。
―――自傷行為ですら中途半端、それさえ忌々しい。

いっそ毀れてしまえばいいのに・・・。


同じ隊のイーダル2・3・4は控室に入る事もなく、そそくさと離れていく。
所詮、他国の実験小隊に合わせる様補充された人数合わせの人員に過ぎない。
形式的に模擬戦にも出ていたが、未だ名前すら知らない一般衛士。

唯一、私の副操縦士[コ・パイロット]であるスィミィ・シェスチナ少尉だけが控室にいる。
けれど、ソレ[●●]は、私が隣でここまで激昂していても、怯えるでもなくただそこに座っているだけ。
焦点の合わない虚ろな目は、実際目の前のモノを何も認識していない―――。


ガンッ――!!


それが更に私を苛立たせる―――。


壁に八つ当たりした反動か、先刻の模擬戦でブツケた背中の痛みを感じる。
蘇るその時の失墜感―――。




ガクンと視界が落ちた。

JIVESにより表示されるコンソールの画面、そこに自機の損傷度が示されていた。
レッドアウト―――機動不能を示す。
JIVESの判定では人間で言う胴を両断された状態なのだ、動けるわけがない。

訓練された思考は、瞬時に状況を認識した。

だが、その事実を認められない、―――認める訳にはいかなかった。
作られた兵士として、存在意義[●●●●]を否定されたことに他ならない。


『〈идол[イーダル]-01〉、大破判定、戦闘続行不能、〈Argos-05[●●]〉の勝利です。』


だがアナウンスは、なんでもないコトの様に、淡々と事実のみを伝えた、あの瞬間―――。


噛み締めた唇に鉄の味。

失墜・・・。


―――何故ッ!?

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!


私は、今日最後の模擬戦で、“元廃棄処理決定者[紅の姉妹]”に、無様なまでに敗北したのだった。










コチラの機体はSu-47pz。
そして勿論プロミネンス計画参画機であるこの機体には、既にLTEとはいえXM3が換装されているのである。
搭載機体を一世代進化させる、との言葉通り第3世代機として最後発とも言えるSu-47はXM3の搭載により素晴らしい性能を発揮した。

XM3の開発者[プログラマー]だと言う御子神大佐の帰国以降、プロミネンス計画の参加小隊にはXM3LTEが配布されている。
テロ時の小隊壊滅から極めて速やかに補充が行われ、御子神大佐の訪問時には既に十全に機能していたイーダル試験小隊。
当時の〈идол[イーダル]-01〉であったクリスカとイーニァはテロ時の無理による機能不全と見做され最終的には転籍となったが、すぐに私が〈идол[イーダル]-01〉となり、小隊にも欠員は無かった。
つまりユーコンではアルゴス試験小隊に次いで、尤も早期にXM3を導入できた小隊となる。
そして私自身もイーニァに代わるプラーフカ対象の補充として、スィミィという新しいバディを得ていた。
その恩恵もあってだろうが、私のXM3慣熟速度は異様に早い。
同じ様にXM3を得て同様に慣熟をすすめる各試験小隊との模擬戦、それらに於いても全てを圧倒していた。
他の開発に掛かりっ切りだった為、他隊との模擬戦を実施していないアルゴス試験小隊を除けば、全勝と言うのがここ2週間の状況だったのだ。

個人の応答レベル的にも直ぐ様3にまで上がり、すでに4に近い数値。
それがスィミィとのプラーフカによる私の知覚領域拡大の恩恵であることも理解している。
しかしその一方で何度並列同調効果[ナストロイカ]によって意識の融合状態になっても、スィミィの意識は何時も同じ、何の感情もない空っぽのままだった。
何に対しても一切興味を示さない素の状態と同じ、自我さえ無いように感じる空虚な心は、私の神経を逆なでしつつも底知れない不気味さを漂わせる存在でもある。
それでもサポートとして私の知覚領域が広がるのは確実で、相手の動きがゆっくりに見えるまでに至るのは戦闘に於いて強力な武器にはかわりない。
今思うとイーニァとの意識融合は、イーニァ任せの自発的な攻撃衝動による圧倒的な攻撃力、未来を予期する直観のような勘の鋭さが強みであり、私はその過剰な破壊衝動の抑制役だった。
イーニァが私に怯えを示していた為か、融合率は最高時のクリスカに届かない事は判っていた。
それに比べ今は常に私が主導的に動ける状態であり、その際安定的に得られる知覚速度の大幅な向上は、寧ろ私の望む極めて扱いやすいものだった。

それはスィミィを完全に性能向上の部品と見做し、制御を乱す感情や意志さえ奪った状態・・・。

苦々しい感情がジワリと湧き出す。
しかし―――私達は、所詮都合で造られた仮初の命。
今はそれを斟酌する時ではない。
今後自らを高め、軍に不可欠な存在にまでなれれば、また違う世界が見えてくるだろう。
クリスカやイーニァの様な意味のないモノを求めてむざむざ廃棄される轍は絶対踏まない。

その為にも・・・。

XM3を先行実装したアルゴス隊、しかも一度は“紅の姉妹”を廃棄処分[●●●●]に追い込んだXFJ-01との模擬戦は、自らの能力を示す機会として期するものも多大だった。




だが、そんな行き過ぎた自信は、昨日あっさりと打ち砕かれた。
白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の招待中隊との模擬戦、それに続いて午後実施されたプロミネンス計画参加小隊とA-00小隊との模擬戦に於いて、イーダル小隊は物の見事に完封された。

無論、イーダルの場合、参加単位は小隊であるが、実質的には小隊として挑んだわけではない。
数合わせの隊員など空気であり、私は“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の如く、相手小隊を1騎で殲滅するつもりだった。

それが、1対4どころか、1対1でも敵わないなんて・・・。


機動は確かにゆっくりと見えるのに、裏へ裏へと回り込む〈Garm-03〉の動作に反応がついて行けない。
加速された知覚に対し、機体の応答はその上がり幅が少ない。
今までの相手はそれで十分だったのだが、瞬時に一切無駄のない的確な動きをしてくるA-00はそんな容易い相手ではなかった。
ゆっくりに見える視界の中で、自分もゆっくりしか動けない様なもの。
そして同じゆっくりでも粗い動きのSu-47に対し、XFJ-01は肌理の細かい滑らかな機動をしてくる。

XM3を得て格段に上がった筈の機動なのに、再び思い通りに動かない焦燥にイライラした。
加えて相手が“新兵[ルーキー]”だという先入観が焦燥を増幅させ、知覚と操作に齟齬を生み、益々機動を乱した。

後で聞けば、A-00小隊は全員が“レベル5er[ファイヴァー]”に達しており、到底新兵[ルーキー]の範疇に収まらない。
その強襲前衛である〈Garm-03〉がそんな隙を見逃すわけもなく、気付いた時には鮮やかな“隅落とし”と言う投げで墜とされていた。



模擬戦後明らかにされた相手のレベル故、表立った譴責こそ無かったが、何れにしろ戦闘経験は浅い筈の新兵[ルーキー]に為す術も無く敗北したのである。
それまでの万能感に酔っていた私への周囲・・・特にサンダーク大尉の視線が冷たかったのは言うまでもない。




その汚名返上とばかり挑んだ今日のトライアル。

そこでアルゴス隊として、“紅の姉妹”が在籍して居ることに初めて気がついた。
私やスィミィはイーダル小隊としてプロミネンス計画に参加しているが、基本はПЗ[ペー]計画の検証でしかない。
外部に漏れることを警戒し私やスィミィは歓迎式典や歓迎会などの公式行事には参加していなかった。
その為、教導座学で見かけるまで知らなかったのだ。

“廃棄”されたはずの存在がいまもそこに在ることにザワつく心を宥めつつ、午前中のプロミネンス参加小隊向け教導の課題を最高点で通過した後、午後のトライアルと言う名の模擬戦の相手は、奇しくもその“紅の姉妹”が駆るXFJ-01。






ПЗ[ペー]計画主任技師であるベリャーエフからは、XM3を得る対価に、転籍と言う形で譲渡[廃棄]された、としか聞いていなかった。
指向性蛋白[ABS]のことは、自らも投与されているので知っている。
それは人工的に生み出された第5世代クローンである自分たちでは身体機能上体内で作り出せない必須アミノ酸、つまり第5世代人工生命体はその供給無しに生存を継続することが出来ない。
一方第6世代は指向性蛋白[ABS]が生死には関わらないが、その突出した能力ゆえに精神の脆弱性を抱えるため、その安定を母集団に委ねていると聞いていた。
それが真実かどうかは知らないが、イーニァも今はその精神をクリスカに紐付けされていた。
それが機密漏洩の都合上脆弱性を敢えて残したのか、元々技術的に限界であったのか、私には関係ない。

XM3の対価として何故彼女たちが選ばれたのか、経緯など知る由もないが、転籍して横浜に渡ればクリスカは間を置かず自壊に至ることは自明。
そしてクリスカが自壊すれば、イーニァは精神安定を欠き自我崩壊に至る。
そもそも無理な最大プラーフカにより人格維持が厳しいくらい神経系が損傷して復帰は絶望的、死に損ないの廃棄は決定的であり、単に廃棄先が横浜だっただけのはず・・・。


それが1 0日余りでこの変貌―――。

確かに、ABS無投与による自壊進行にはまだ少しの猶予が在るかも知れない。
しかし、もはや修復など望めなかった筈の神経細胞は、何事も無かったかのようにまで回復していた。



―――そして何よりも、対峙した模擬戦に於いて、プラーフカも無しに私を一蹴した。






模擬戦後―――。

自らの存在意義[●●●●]すら喪いかねない状況に動揺しパニックしていた私の視界には、そのクリスカとイーニァが、ブリッジスと楽しげに会話し去っていく姿。
その二人はソビエト[コチラ側]に居た頃には見せたこともない笑顔だった。


転籍した二人は間を置かず、治療も虚しく極東の地で果てる。
そうなれば、サンダーク大尉が最も気に掛けているブリッジスの気を引くのはプロミネンス最強となった自分・・・。
そんな予定調和を構想していただけに、その光景が信じられなかった。

あの位置に居るのは、自分の筈。
そこに何故、死に損ないが居るのか?






おかしい。

何かがおかしい。


スィミィ・シェスチナを得て、私は進化したはずでは無かったのか?

何がおかしい?


そして私はそこに在る“モノ”を眺める。


―――スィミィ・シェスチナ少尉。

ベリャーエフ曰く、最後の第6世代。
もともと同じ細胞からのクローン体、容姿は多少の調整範囲内であり、薄紫の髪、アメジストの瞳を基本としている作られた存在。
なのにスィミィは白髪紅眼、余りにも儚い透き通りそうに白い肌―――遺伝子欠損状態からの促成成長―――所謂アルビノだった。
しかも、最近公表されたヒトゲノム情報を利用して超短期間に成長させたため、その精神は全くの未成熟、与えられた命令を実施することしか出来ない、という人間以前の代物。
―――それは同じ作られた存在である私にとっても、色素と共に自我や感情までがが抜け落ちた不気味な生き物だった。

そしてそれ故に、確固たる自我すらなく、ただそこにいる。
恐らく食事をしろと命令しなければ、そのまま餓死するだろう。


コイツ[●●●]は、本当に私の進化[●●]に寄与しているのか?


その虚ろな紅い瞳に、冷たい物が背筋を這い上がる感覚が私を捉えて離さなかった。


Sideout




Side ヘルガローゼ(Helgarose von Falkenmayer西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊第1中隊第3小隊中尉)

A-00中隊専用野外格納庫 衛士控室 22:30


 幾分開け広げた感のあるA-00中隊の機密意識だが、現物装備に関してはきっちりと区分されている。
故にここは臨時に割り当てられたA-00中隊専用野外格納庫―――。
だが今、その衛士控室では幾つかのテーブルで戦術機議論や機動議論が行われている。
その衛士控室も中隊規模だけに、ブレーメル少尉によれば他の野外格納庫と違いそれなりに広いらしい。


勿論、我がツェルベルスやベルナデットのロレーヌも基地格納庫群に各々専有領域を割り当てられているが、基地から若干離れたエリアに中隊規模を格納できる施設として割り当てられたのはA-00中隊のみ。
昨夜から今朝早朝までずっと此処でXM3正規版の換装が行われていたらしい。

当然この場所も本来機密エリアで、A-00の責任者、具体的には白銀少佐か神宮司大尉の承認した者しか立ち入ることが出来ない事になっていた。


が、その衛士控え室に今居るのは合計20名。
ツェルベルスは第3小隊の4名に加え大隊長中隊長の2名、ロレーヌのベルナデット、レインダンサーズの中小隊長3名、アルゴス小隊が小隊員6名、そしてA-00は、中隊長の神宮司大尉、榊少尉[Cz]珠瀬少尉[Miky]鎧衣少尉[Mikt]の4名。

今日も白銀少佐は居ない。
徹夜で換装をかんばってくれた整備関係者の慰労という名目で、今夜はリルフォートに出かけたらしい。
中隊からも彩峰少尉[K]が補佐として随伴したとか。
それでも、私達の目標は寧ろ白銀少佐ではない。
解らないことを頭で理解しようとすると、実は白銀少佐より神宮司大尉やA-00中隊員の説明の方が理解しやすいのだ。
白銀少佐という天才から個々にその技術を会得しつつ在る彼女らは、謂わば彼と我々凡人との境界に立ち、上手に翻訳してくれる位置に在るのである。
だから、今も他隊の視線を引きずる白銀少佐を他所に、懇親会で上手く顔を繋いだこの3隊はA-00に集まってくる。
そんな我等に神宮司大尉もあっさり野外格納庫立ち入りの許可をくださったのだった。



今日、基本得意な分野に別れてXM3のトライアルと言う名の教導が行われた。
昨夜美琴[Mikt]が区分した専門性―――戦域指揮、近接格闘、剣術、射撃、空中機動、それに加えてブリッジス少尉やマナンダル少尉が専門とする高速飛行に分かれ、A-00 + アルゴスの衛士が個別の指導に当たる。
指導と言っても受講側も完全な初心者である訳がなく、寧ろそれなりの腕を有する者が抜擢されてこのユーコンにきているのだから、ミニ模擬戦をしながら質疑形式で従来OSとの機動差を理解していく、と言った内容。
講師側は適宜交代をしながら、午前、午後とテーマを変更可能とし、各個の習熟を深める方向だった。

現実に即した実践は何よりも得難い。
彼らが通ってきた道だからこそ、躓きや落とし穴も見えている。
簡単な疑問でも、調べたり検証が必要であれば、その解決には時間がかかる。
それを問えば即座に答えてくれる指導者が存在することで、その進度はとてつもなく早くなる。
無論、自分で解決すべき問題に関しては、その方法のみを伝え、自らが実践することで理解させる。

これらはナビゲーションAIである“まりもちゃん”にも反映されているとも聞く。
しかしどれほどそのAIが高性能だって、本人とその愛弟子の直接指導に勝るワケもない。


故にその効果は劇的で、初めてXM3に搭乗した者でも、もう既にレベル3に届いた者まで居た。

イルフリーデやベルナデットもその中に入る。

私はと言えば、同じ剣術を最初に取ったアイヒベルガー様やジークレンデ様と共に、寧ろじっくりと吟味するように検証を行っていたため、今日のところはレベル2止まり。
それでもXM3というOSの有用性は予想以上であった。
“奇跡のOS”・・・その呼称も納得出来る。

ルナテレジアも動作より射撃の精度を重視したため、2止まりだったらしい。
先の二人のように、苦笑する美琴[Mikt]の前で、狂ったような空中戦を繰り広げたりしていない。
それでも今の段階であんな模擬戦が成り立つのは間違いなく、才能アリ、だとか。


「2人とも空間把握の能力が破格なんだよね。
イルフィは、スカッシュが大得意って言ってたから、四角い空間でボールの反射を空間・時間的に予測する能力が鍛えられていると思うし、ベルは元々戦闘機動が動きながら4丁の突撃砲を駆使するスタイル、これも同様に空間・時間的に弾道を予測するモデルが出来ていないと成立しない技能だからねェ。」


美琴[Mikt]にそう説明されれば、なるほど、と納得してしまう。
つまりは、ベルナデットが“天然”と称するイルフリーデの直観と、イルフリーデが“野性的”と称するベルナデットの偏差射撃能力は、元を正せば同じ才能と言えなくもない、と言うことだ。

因みに二人とも午後は壬姫[Miky]の指導する射撃でまた鉢合わせしてたから、確かに似たもの同士ではあるわけだ。


今ここでも些細なことで言い争っている二人と苦笑気味の美琴[Mikt]を横目に周囲を見回せば、ブリッジス少尉・マナンダル少尉と笑いながら話しているブラウアー中尉。
相手が女性ばかりと今まで引いていたが、アルゴス隊に男性が居ると聞いて今日は付いてきた。
貴族らしからぬぞんざいな口調も寧ろアルゴスでは受けが良いらしい。
ブリッジス少尉には、相変わらずビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉がくっついているが・・・。

ルナテレジアは、ブレーメル少尉やレインダンサーズの小隊長2人とともに、千鶴[Cz]と何か図を広げて説明に聞き入っている。
断片的に聞こえる単語から推測すると“新潟の奇跡”の概説だろう。

アイヒベルガー様とジークリンデ様は、神宮司大尉やジアコーザ大尉と穏やかな大人の話。
ジアコーザ少尉が何かと姉の小間使いの様にフライドポテトを用意しているのはご愛嬌。
そういえば先刻立ち寄った街中のレストランで大量にテイクアウトしていた。

微笑ましくなるような空間が、ここには確かに存在した。




ふと、美琴[Mikt]が立ち上がると神宮司大尉に具申する。


「大尉、大佐から伝えられた時間まで、あと10分程です。」

「あら、そうね。
じゃあ、彼方クンのオススメ、拝見しましょうか。」

「―――神宮司大尉、一体何を?」

「ジークリンデ大尉もご一緒しませんか? 勿論アイヒベルガー中佐も。
外に出ますので、防寒対策だけは厳重にしてくださいね。」


何の事か解らなかったが、言われて結局全員で出ることにした。

行き先は、この野外格納庫の屋上―――。





「・・・何かあるの?」


屋上への厳重な扉を開け、順番に出て行く。
訊いたベルナデットに美琴[Mikt]が微笑む。


「出れば判るよ。」


灯火がなければ真っ暗な屋上・・・の筈が、屋上に残る雪が薄ぼんやりと仄明るい。
見上げれば、まだ闇に慣れていない目にも満天の星空を背景に、緑の靄がゆったりと棚引くように揺らめいていた。

彼方此方で小さな歓声が上がる。


「 !!、ノーザン・ライツッ!?」

「うん―――。
先刻のトライアル後、御子神大佐から連絡が在ったんだ。

今日のユーコン標準時で、22:50―――。
屋上でも、外でもいいから空見上げな、って。

・・・多分、タケル達も何処かで見ていると思うよ。」


耐極寒仕様ジャケットの襟を立て、屋上を進んだ。
・・・流石に寒い。
ユーコンの11月の平均気温は-6℃程度、今は既に-10℃を優に下回っているのだろう。
それでも全員が外に出て、空を見上げていた。


戦術機を納める格納庫は周囲の木々とほぼ同じくらいの高さを持つ。
その屋上は、ほぼ全天周に遮るものがない。
本部の建物は遠く、滑走路は木々の向こう。
建物周囲の照明は死角、視界に入る人工の明かりは屋上への出入口位で、それも消すことが出来る。


暗闇に目が慣れたのか仰ぎみれば、隙間なく星が散りばめられた様な雲ひとつ無い全天に、先刻よりも明るい光の靄が畝っている。
緑、そしてより高いところには、赤が混じる。

ゆったりとした緩慢な動きは、登り始めた Große Bär[北斗七星]の方角から真上に流れてくる。
徐々にその形を変えながら、やがてゆったりとした淡い赤から緑のグラデーションを持つ、光のドレープをはためかせた。


「・・・凄いな・・・。」


初めて見る、幻想的な光景に漏れた自分の呟きに、頷く気配。
視線は揺らめく光の襞に釘付け。

次々に現れ、幾重にも重なり、そして見えない風に煽られるかのように棚引くドレープ。
それらが真上に到達することで囲まれるような放射状に見える。

気がつけばそのドレープは全天周、視界一杯に広がっていた。



アラスカのオーロラは有名で、映像くらいは見たことがある。
勿論北欧でも以前は見られたが、今はそれを言っても詮無い。


「・・・確か一昨日が新月だったけど、夜に雲が出ちゃったんだよね。
運が良ければ見られると言われてたんだ。
それでも昨日の夜は北の空が少し赤いな、と思った程度だった。
今日はまだ月齢2日で早々に沈んでくれたし、この快晴―――。」


美琴[Mikt]の言葉は、今宵絶好の観測条件、と言うことか。
全天を覆う光のベールに、居合わせた人々はただ無言で空を見上げるだけ。



「―――もうすぐ50分なんだけど・・・。」


そして美琴[Mikt]がそう小さく呟いたとき・・・。




ピシッ―――。


鋭利な呼気にも似た大気の裂ける様な音が聞こえたような気がした。
同時に、天の一角に強い光が溢れ、重なるドレープに沿って光の筋を落とす。

その一部は緑端を突き抜け、桃色に変化しながらより低空まで降り注ぐ。

緩やかだった襞の動きは、強い風に煽られ、複雑にはためくかの如く、見る間にその形を変えていく。


「―――WAOOOOOッ! Break Upだッ!!」


ユーコンに常駐し、オーロラもそれなりに見慣れている筈のVGが声を上げた。

―――BreakUp・・・オーロラ爆発!?


確か、極地の空を彩るオーロラの中でも、極めて明るく活動的な、極稀にしか見られない現象だと聞いた。


それは正しく天頂から溢れ出し零れ落ちるような光の奔流、様々にその色彩を変化させながら、最後には一際明るい桃色の光になって空から垂れる。
その位置がそれまでよりも近く、まさに周囲を取り囲む様に視野の全てを埋める。


「・・・スゲェ、スゲェッ!、スッゲェッ!!
ユーコン[ここ]が中心の大爆発なんて、何十年に1度の幸運じゃんッ!!」


マナンダル少尉が大騒ぎしている。
そう、いまこの大爆発を起こしているドレープ群の間に、ユーコンが存在する。
光帯は緩やかに北東から南に徐々に流れていたが、丁度真上に来たとき爆発が起きた、と言う事になる。

それ故、光は放射状に降り注き、視界に満ちる。



その余りに荘厳で、神秘的、例えるものが無い美麗な光の氾濫を、ただ声もなく眺めているしかなかった。







やがて、ショウは終わったとばかりに光の氾濫が止み、元の緑の靄と控えめなドレープが揺れ、オーロラの光に遠慮していた星の海がその背後に戻ってくる。

BreakUpそのモノは、多分5分前後だっただろうか。



「ファンタスティコォ~~~ッ!!!」


ジアコーザ少尉が叫んだ。
それに釣られ、一斉に感嘆の言葉が聞こえる。


「・・・ウン、大佐が見逃すなよと言っただけある!
規模でも10年に一度、位置や天候も含めれば、此処に住む人でも一生に一度見られるかどうかの一大スペクタクルに間違いないッ!」


美琴[Mikt]も興奮気味。
実質5分程度の時間、確かにオーロラ観察をしている最中にでも発生しないと、見逃すだろう。
太陽表面の爆発[フレア]によりコロナの荷電粒子放出が主因、と言われているから、太陽表面を観測していれば予測も出来るだろう。
御子神大佐はそれを態々伝えて来たわけだ。


「明日からは寒波の接近で天気は下り坂だから、最後の機会。
こんな凄いものが見れたなんて、最高に運がいいよ、ボクら!」


このプロミネンス計画を母体として集った部隊。
そして太陽の祝福とも思える壮大なオーロラ大爆発[Break Up]


―――またこのメンバーで、こんな時間を過ごしたい。

夢のようだった光景を心に刻みながら、唐突にそんな想いに駆られた。


Sideout



Side ベリャーエフ

イーダル小隊専用野外格納庫 地下研究施設 ミーティングエリア 22:50


「どう言う事なのだ?」


底冷えのする言葉、その背後には今日の模擬戦の映像。
〈Argos-05〉としてXFJ-01を駆る“紅の姉妹”と、現идол[イーダル]-01〉、マーティカとスィミィの一戦。
同じSu-47であっても、XM3装備していないXFJ-01に対して優勢であった。
XM3装備で一旦付けられた差は、LTEの搭載で詰まっている筈。
にも拘らず、そこには厳然とした格の違いが存在している。


「か、観測された映像からの数値で言えば、“紅の姉妹”の機動が、融合率が最大値を記録した時の動作を、僅かだが上回っている―――。」


記録された数値を比較しながら答える。
機体やXM3搭載の違いがあるが、それらハードの応答性は問題にするほど大きな違いはない。
そこにあるのは、衛士の違い・・・それも相当な値であることは間違いない。
大規模な神経細胞損傷を受けていたクリスカでは到底出し得ない数値。
それ以前に屈託ない日常生活を送る2人が観測されている。
・・・尤も横浜に転籍となったクリスカとイーニァがユーコンに復帰したことは、昨日知ったのだが。


「それは・・・あれだけボロボロだった神経細胞を修復するだけでなく、投薬も後催眠暗示[プラーフカ]も無しで意識融合を自律制御している、ということか・・・。」

「・・・か、確証は無いが、恐らくは―――。」

「だとすると・・・外から見る限りイーニァの破壊衝動もなりを潜め極めて理性的―――あの魔窟[●●]にとんでもない素材を与えてしまったのかも知れぬな・・・。」

「・・・・・・。」


神経細胞の修復だって驚異的だ。
元々横浜が技術供出したという、ヒトゲノム情報による生体適合技術。
今回スィミィの超促成培養が叶ったのもその技術が在ったからである。
―――しかし、脳内の神経細胞は違う。
思考や意志によってその繋がり方が全く異なる神経細胞は、ただ無秩序に構成して良いものではない。
それは重々承知している、否、思い知らされた。
そうした無作為の結果が、無感情で無意志になったスィミィの精神だからだ。
どうにか命令を聞くように馴致できたが、結局はそれだけ。
最後の第6世代は、拙速すぎた都合本位の促成培養に因り意志を持たぬ生体部品に留まってしまった。

クリスカのあそこまで欠損した神経細胞の修復も同じことで、適当な細胞修復や無秩序な連結の構成は、寧ろ人格破壊に直結する事になる。
それが今のクリスカの日常を見る限り何の齟齬もない。
ソビエトではその端緒すら掴んでいない脳内神経細胞の再生を、僅かに10日余りという短期間で完了させた。
“横浜”・・・恐るべき魔窟である。


「―――指向性蛋白は?」

「ぜ、前回20日を目処に最終投与した。
い、何時もよりも5割り増しなので、若干の誤差が出る可能性は否めないが、発現は20±2日と推定される。
今までの統計で言えば、既に可逆限界を超えている。
観測結果では、既に軽度の自覚症状は現れている様子だから確定的だが、周囲には気付かせないようにしている。
―――あ、あと5日以内に崩壊に至る。」

「・・・そうか。」

「ど、同志サンダーク大尉、クリスカ・ビャーチェノワ少尉とイ「・・・諦めろ。」・・・。」


言い掛けた具申を途中で潰された。
最後まで聞く気もない戯言、とでも言うのか。


「な、何故!?
極めて貴重なサンプル、回収すべきだ!」

「・・・まだ崩壊は始まっていない様だが、既に可逆限界を超過している事は貴様の観測より明らか。
この短期間であのボロボロだった神経系を治癒した事は驚異的だが、それだけだ。」

「し、しかしッ!、神経系さえ健全なら、可逆限界を超過しても“繭化”すれば、“性能”の維持は可能だ!」

「―――アレらは既に転属ではなく転籍、人事権は実質御子神大佐が有している。
此方からは既に復隊を強要することも不可能なのだよ。
もし強制的に拐取などしようものなら、その生死に関わらず我がソビエトには間違いなく査察が入り、ПЗ[ペー]計画の内容まで全て奪われるキッカケになりかねん。」

「!ッ・・・。」

「―――加えてそんなコトをして御子神大佐の機嫌を損ねれば、間違いなく我が邦だけXM3の供給を停止させられる。
その状況を想像してみたことが在るのか?
それらを踏まえての具申、と理解して良いのかね?」

「・・・。」

「・・・本来なら横浜で治療中に自壊してくれれば良かったのだが、ここに戻ってきてしまった以上これ以上関わると、逆に自壊そのものにも疑問を持たれかねん。」

「―――ぷ、プラーフカの処理をせず、推定融合率98%・・・。
これを諦めろとッ!?」

「スィミィの融合率が上がらないことに焦るのは理解するが、なに、切れかかる電球の、刹那の輝きに過ぎんだろう―――。
そう思って捨ておけ。」

「・・・・・・。」

「そんな埒も明かない事でなく、マーティカとスィミィの融合率改善についてはどうなっている?」

「!―――て、手は尽くした。
これ以上の改善となると“繭化”しか、残っていない。」

「・・・根本的な事を訊くが・・・、ヒトゲノム情報による超促成栽培が可能だというのは何を根拠としていたのかね?」

「・・・擬似生体の馴化や、自己細胞増殖に依る臓器移植例だ・・・。」

「・・・その中に脳神経系の再生例は?」

「・・・クッ!、無い―――。」

「・・・つまり最後の第6世代が人形に成ったのは予想の範疇である、と?」

「―――じ、人格は互いに填れば融合率の向上に繋がるのはわかるが、その場合相手の制定が極端に狭められる。
対象人数が限られる以上、その範囲で最大効率に辿りつく可能性は低い。
逆に相性が悪ければ、平均値にも届かない。
く、クリスカとイーニァのペアが、寧ろ特殊な例だったと考えたほうが良い。
人格の平坦化はその不安定な要素を排除したと考えている。」

「つまり700番目のポテンシャルなら、精神が未熟でも高い融合率が得られる、と?」

「・・・す、スィミィ単体の数値は歴代2位という高水準、十分な性能に届くはずだッ!」

「・・・マーティカとイーニァの融合率に届いたのかね?」

「・・・クッ―――。」

「・・・つまりその結果は最高に近いポテンシャルを以てして、凡庸な数値しか出せん失敗作に貶めた、と言う解釈で良いかね?」

「―――。」

「ここまで来ても人格は影響しない、と言い張るのかね?」

「・・・・・・。」

「“レベル5er[ファイヴァー]”とは言え新兵[ルーキー]に及ばず、プラーフカなしの“廃棄予定者”に負けたモノを凡庸と言わず、なんと言う?
ПЗ[ペー]計画は、最高の衛士の創出を目指した。
量産が効かないからこそ、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”級の衛士を、だ。
元々そこそこの性能など必要ないのだよ。」

「・・・・・・。」


ちっくっっしょうっ!!

何故それがオレの所為になる?
そもそもテロの時に加え、2度も無謀な最大プラーフカを行ったのはオマエじゃないかッ!
結果稀有のペアを壊し、XM3と引き換えに横浜に譲渡したのもッ!!
次の素体熟成を早急に求めたのもッ!!!
それでいて手の届く範囲に戻ってきた逸材を接収する事に何故躊躇う!?


「・・・ゲストが帰る19日以降、試作中の先行実証機が1機回されてくる事になった。
まだ計画すら正式に公表されていない極秘機体だが、今となってはXM3前提で開発することが急務、LTEの換装がプロミネンスでしか行えない故の措置との事だ。」

「!!、ま、まさか、“PAK-FA”か?」

「・・・スフォーニ設計局は来月と予想されるLITEの供与を待つ間も惜しいらしい。
まあ、データリンク前提のLITEはそもそも搭載できんから、LTE一択なのだがな。」

「・・・。」

「・・・だが、開発する以上は当然既存の機体を凌駕することが求められる。
それに合わせて融合率95%を必ず出せ。
―――言い訳は聞かん・・・これは最後通告だ。」

「―――ッ!!、わ、判ったッ!」


Sideout



※PAK-FA(T-50)の初飛行は2010頃ですが運用開始予定は2016、けどF-35の量産検証が2006以降、運用開始が2015以降で在ることを思えば先出してもいいですよね?
メカデザインなんかしないから出来る無茶ぶりですが




[35536] §85 2001,11,18(Sun) 17:20(GMT-8) ユーコン基地 演習区画 テストサイト37 幕間?
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/05/31 20:15
'15,05,31 upload

※予定していたプロットに矛盾を感じ、再構成中―――間が開いてしまい申し訳ありません。
 どうにか形になってきたのでもう少し?お待ちください。
 今回はプロットが煮詰まらない間、進まないタイピングの慰みにつらつらと打っていた駄文です。
 幕間感全開・ネタ要素強めなので、そんなのでも構わない、というお方だけお進み下さいm(_ _)m





Side 壬姫


伏射姿勢で右肩をストックに添え、トリガーに指を触れてトリガーガードをつまみます。
頬をチークパッドに寄せスコープを覗くと、そこは一種独特の世界[killing zone]

ゆらゆらと不規則に揺れる視界に、ただ閑かに息を詰める―――。



手にしているのは”ULPRECS-408”と御子神大佐が呼称していたフル・カスタムメイドの超長距離用狙撃ライフル、総合戦技演習前に横浜で大佐が調整していたのを手伝ったことがあります。
“ULPRECS-408”がそのまんま超精密カスタム[Ultra Precision Custom]のことだと知ったのは代理のエージェントと接触した一昨日なんですけど・・・。
以前調整したのは大佐が前回ユーコンを訪れた際、とある筋に貸し出したらしいんですが、それとは別の同種機材を調整して欲しいとの依頼があり、今回は私が御子神大佐から交換用のバレルとサプレッサを受け取り、持参して来たんです。

受け取った機材のバレル組み替えと機械的な調整は横浜基地から一緒に来た整備兵が行う段取りに成っていましたが、XM3正規版換装と続く模擬戦での、特にたけるさんの機体整備に彼らが追われていた事、また狙撃銃の組立もきちんと納得したかった事から、全部自分でやりました。
・・・重かったのは確かですが・・・。
実際に同じ機材を大佐と組んだ経験、そしてループの記憶を回収したことによる経験値は十分に在りました。
幾つものループで扱った大量生産品のライフルに比べれば、この加工精度の極みとも言える“ULPRECS-408”が珠玉の様に感じられるのは致し方ないこと、その組立すら楽しい時間でした。




既にプロミネンス計画に於けるXM3トライアルのメニューは今日で全て完了し、今夜はこの後19:00からフェアウェル・パーティ。
トライアル自体は内容も充実・成果も多大で、参加した者のレベルは軒並み上昇しているとのこと、欧州やアラブ圏におっきな貸しが作れたと副司令は喜んでいたみたいですが、そこは正直私には関係ありません。
私達自らの思い出した膨大な経験値と現状や装備との齟齬認識、それらが各国トップガンとの模擬戦を通じてリアルに確認出来たことの方が重要でしたし、アルゴスや、ツェルベルス・ロレーヌにレインダンスと言った欧州戦線の錚々たるメンバーともお知り合いになれたのが、大きな収穫です。

勿論オプションであったこの狙撃銃の件に関しては、スケジュールの合間に組み立てていたんですが、一昨日の夜はたけるさんと、えっと・・・その・・・、まあ、あれです、ずっと一緒だったので時間が取れず、昨夜もオーロラまで見ちゃいましたので、最後の実射によるチェックがこんな時間になってしまいました・・・。
狙撃銃そのものは、極めてシンプルな構造なので、問題がなければ試射も18:00までには終わるし、逆に問題があれば大佐の判断が必要となり、此処で対応は出来ないので横浜に持ち帰りとなります。
予備装備のバージョンアップとのことで、緊急性はなくただ受け取って持ち帰りでも構わなかったらしいんですが、私の生身での超長距離射撃実践のため依頼を受けたとたけるさんが教えてくれました。

たけるさんも大佐も私たちがループ記憶を受け取ったことは知りません。
総合戦技演習の狙撃だけでも繰り返した回数は幾百・・・、そして吹雪に搭乗して超水平線砲、というトンでもレベルの狙撃までが経験値として多数在るんですが、生身で撃つ実体弾で、しかも2,000mと言うレンジはこれが初めて。
308クラスではそもそも届かないし、50BMGでも狙って当てるには難易度が高すぎるレンジです。
超水平線砲は最大で500kmと桁の違う極超長距離ですが、アレは電子制御の火薬による砲腔内逐次加速と、衛星データリンクを用いた2度の軌道修正を可能とする半誘導弾みたいなもの。
乱暴ですがその口径比から換算すれば、発射後の軌道修正無しで実に240km先を狙う事と同じになります。
2,000mがどれだけ規格外の距離なのか、と言うのを実感しました。

ユーコン基地の演習区画、狙撃訓練サイトを借りセットアップを終えたのは先刻ですが、そもそも2,000mのレンジは、戦術機に依る狙撃訓練サイトであり、その横に人用の設備を併設しただけ。
担当者によると人用の設備は殆ど使った事が無いとか。
”ULPRECS-408”は人工芝の伏射用射撃ブースに静かに蹲っていました。




その姿は、サプレッサからストックまでほぼ一直線、一本芯の通った太さの変化する長い棒の様、です。
それが、マガジンとグリップを付けバイポッドとストックから突き出たモノポッドで3点支持されたフレームに組み込まれている極めてシンプルな印象。
唯一ライフルらしくないのは、サプレッサ部後端にチューブが接続され、地面に置かれた小さな静音タイプのコンプレッサから圧縮空気が送られていることでしょうか。
微かですが空調機器の様な気流音がします。
かなり高周波なので、遠くまでは聞こえないらしいですがこれ以上の遮音は困難でこのレベルは避けられないとか。
リスクと精度のバーターです。

バレルは凡そΦ30mm、精緻さを感じさせるソリッドな削り出し、薬室までが一体形成。
チタンのような鈍色にマットな質感で反射を抑えています。
バレルの有効長は34インチ、サプレッサを装着しない全長は1230mmありますが、その半分が剥き出しのバレルです。
口径は.408、直径約10mmなので、量産品のアンチマテリアルライフルを見慣れた私には、ずいぶんと肉厚で重厚に見えます。
事実バレルはその重さだけでも7kg近く、全体では9kg弱あり、設置にはこの超長距離狙撃に興味をもったルナやブレーメル少尉が手伝ってくれました。
先刻から実射のスポッターも努めて貰っていますが、特に機密とは言われていないので、無問題です。

バレルを支えるフレームもシンプルな円筒を基本とし、その最前部、全体ではほぼ重心位置となる中央にバイポッドを有しています。
構成はストックの前にボルト機関部と装弾数5のマガジンが配され、その前方にグリップのあるプルバップ形式であり、通常の配置に比してバレル長に対し全長が若干抑えられています。
機関部が後方になり通常のボルトアクションがし難いのでは?、とルナに訊かれましたが、これは長距離精密狙撃では外せないバイポッドを用いた伏射姿勢を取ったとき、ストックに添える左手でボルトアクションを可能にするためで、ボルトの操作角度もそれ用に上方にシフトしています。
遊底のスライド操作も極めて精度が高く滑らかなため、通常のボルトアクション程の力を必要とせず、慣れればトリガーに右手指を掛けたままスコープサイトを視野から外すこと無く次弾の装填が可能になります。
射撃時の反動に依る跳ね上がりを極力抑えるため、銃身と同軸に配されたストック、そのストック後端に取り付けられたモノポッドには、同じく伏射時に左手で操作できる上下・左右の2方向にミクロン単位のリング式マイクロスライダ機構が付けられていました。

バレルの支持は、薬室付近機関部のみが接するフルフローティング構造なのは勿論、フレーム側に配されたリニアスライダーに差し込む形式、射軸方向とその回転方向にある程度移動代を有する2軸フリーフリー構造。
組み付けには基本的に脱落防止のネジしか使わないため、私でも組み立てられたんです。
バレルの歪をバランス調整しながらボルト締め付け軸力を調整する、といった職人技の技能は私には在りません。
更に機関部周辺のフレームと前方のバレルの間には、バレルの振動減衰と放熱のため熱伝導性と減衰の極めて高いグリースジェルが充填されます。

この機構が有する“遊び”は、超長距離超音速弾として再設計された408SH[シアーズ・ハック]弾に最適化されたワンオフバレルを使用したとき、その内腔を弾体が通過する時間、約1000分の1秒の間にバレルが受ける反動を、全てバレル質量で受けきる為にあります。
発射の反動は、1000分の1秒で軸方向に約3.5mm、ライフリングの通過により回転方向にも約2度移動するとの事で、その分の“遊び”により、弾丸の反動に依る最初期の跳ねや捻じれを生じさせない構造です。
昨今ではスーパーカーボンを使用して軽くて強靭なバレルの作成も可能ですが、軽ければ軽いほど変位量が大きくなりバレルのブレが発生する為、精度を追求するがゆえに重いバレルを選択しているんです。
細かく言えばバレル自重による銃口部の撓みが20ミクロン程度存在し、その分の跳ね返りのみが残るとの事ですが、その値は常に重力方向に一定のため、弾道計算に組み込んで補正しているとか。
勿論弾丸射出後それ以上の変位については組み込まれたダンパーが抑制することになります。

そしてフレームとバレルが浮いている構造であるため、スコープマウントはバレル一体の機関部に設置されています。
スコープはフレームとのクリアランスに依存すること無く、常にバレルと同軸が取れます。
このスコープの設置に関してだけは、微細なボルト軸力の調整が必要になりますので、御子神大佐や恐らくは使用者が残してくれていた微細なメモを参考に実施、・・・その調整だけで今朝の3時までを費やしました。
尤も、今のように2,000m先を狙えば、その到達時間は2秒強かかり、重力による弾丸の落下は20m以上と成ります。
正確な光軸調整の後には、距離に応じた軸角度調整が必要なんですが・・・。






スコープに見えるT字センターを見ながら風を感じます。
ユーコンの17:00は既に濃い紺の空、空は雲に覆われ星も瞬きません。
明日には雪がちらつき始めそうです。
照明に照らされた的場だけが、遙か遠くに明るく見えます。







横浜で御子神大佐が話してくれた情報によれば、元々この”ULPRECS-408”は、米軍一(つまり世界一?)とも讃えられた狙撃兵、ロエベ・ラギース[Loebbe Wragges ]元軍曹が依頼した一品物ということでした。
彼はベトナム事変に従軍し、絶望的な撤退戦から狙撃で僚軍を救ったという英雄でしたが、当時の軍部が狙撃の戦果を表に出さなかった為、受勲はしていません。

第2次世界大戦以降、顕著に成ったイデオロギーの対立により米ソの代理戦争として起きた1950年代の朝鮮争乱に続き、1960年代にはベトナム事変が勃発しています。
旺盛な宇宙進出競争の裏で、特に明確な宣戦布告も無いままに始まったベトナム事変では、戦闘は早期にゲリラ化したため、地雷や狙撃、アサルトライフルといった対個人用の装備・戦闘手法が一般化され進化したと言われています。
狙撃でもそれまでの1,000m前後の射程では足らず、338Rapua、あるいは50BMG、と言ったそれ以上の長距離を目指すべく進化・設計されたカートリッジが出現しました。
けれど―――、1967年に月面基地で起きたサクロボコス事件の発生により、その状況は一変しました。


明確に対立する地球外生命体の顕在化―――。
月の状況は、そのまま第1次月面戦争に突入。
以降、BETAと名づけられた存在との月面戦争が激化するに従い、米ソの視線も明確にBETAに向けられることとなり、人類同士の戦争は、少なくともこの時点では、一気に収束して行きました。
そして経緯を同じくして対人戦争では多大な成果を生む狙撃という攻撃手段も、対BETAでは使いどころが無い事を知らされていくんです
少なくとも、あ号以外明確な指令系統の存在しないBETA戦では、ロングレンジで寡数を相手にする狙撃という手段がそぐわなかったのは確かなんです。


私は、ラギース元軍曹本人について詳しく知りません。
ベトナム事変後期にソビエトの狙撃兵に狙われ瀕死の重傷を負ったとか、その時の後遺症に悩まされ今もソビエトを憎んでいるとか、復帰後月面戦争に駆り出されレミンドンM700で月面に於ける20kmを凌駕する超地平線狙撃に成功したとか、帰国退役後精度を求めてChey-Tec M-200の開発に関与したとか、語られているエピソードには事欠きませんが、真実かどうか不明です。
これらの話も、90年代に起きた1,500m級の狙撃に依る暗殺事件の容疑者とされ裁判になったことで出てきたんですが、判決自体は無罪が確定、事件は迷宮入り、その後彼は再び表舞台から姿を消しています。
類まれな狙撃能力から陰謀に巻き込まれ、その相手がCIA関連だったため更に偏屈になった、と言うのがその時、[まこと]しやかに追加されたエピソードでした。

但し数年前、御子神大佐にワンオフの狙撃銃を依頼したのは確からしく、先日大佐が調整していたのはその試作品と言うことです。



元々ラギース元軍曹が開発に携わったと言うChey-Tec M-200は、極大レンジにおける狙撃精度を求めて計算を繰り返し、求められた408という弾丸に適合するライフルを組み上げたもの。
もっと言えば、Chey-Tec社とTHENIS社の開発した、統合狙撃システムLRRS(Long Range Rifle System)を用いて運用されるシステムそのものを言います。

通常、精度を競うベンチレストの様な競技で使用されるカートリッジは、弾速は280m/s前後に抑え音速には届きません。
それは音速に近づくに連れ急激に増大する非線形の造波抵抗が弾道に与える影響が大きく精密さを欠くのに対し、例え偏差が存在しても線形であるため計算できる層流の方が、精密な射撃を可能にしていたからです。
けれど一方、軽い弾丸・遅い弾速は超長距離の射撃には適しませんでした。
故に長距離弾は大口径化・高速化しましたが、音速の壁を超えるときの非線形乱れが精度に影響し、高い精度は望めず、アンチマテリアルライフルとして進化したとも言えます。
実際大口径高速弾は、加速時に銃腔内でまず音速を超え、そして数100mの飛翔後減速により再度音速を下回るため、音速境界の乱れ影響を2度に渡って受けます。
特に後半の遷移領域は、旋転も弱まってから層流域に戻されるため、大きな乱れが生じる可能性が高いとのこと。
それ故有効射程も特殊な大口径弾を除けば、1マイル(1,600m)も届けばいい方で、それも単に届くだけという状況でした。


その超長距離での狙撃精度を求めたのがChey-Tecです。

個人的にはChey-Tecの思想はベンチレスト競技と逆で、“超長距離射撃に超音速が必要なら、超音速のまま到達させればイイじゃない”、としたんじゃないかと考えています。
加速時の銃腔内の様々な干渉を可能なかぎり小さくする弾形状を取ることで、非線形の不確定要素を低減し、弾速が再び音速近辺を遷移して姿勢を乱す前にターゲットに到達する、と言う思想。
超音速飛翔中の圧力波発生は、弾丸の形状精度を上げることでランダムな乱れを均質化することで対処する―――。

結果、メーカー公称射程は当初M200がリリースされた時点で2,300m、先頃公表されたM300では、2,500mを謳い、2,000mに於けるグルーピングは、90cmとも言われています。
但し、超音速を安定的に飛翔するために求められる弾丸の製作精度は非常に高く、特殊な製法を必要とするため高コストとなり、マーケティング的には成功したとは言えないのでしょう。
勿論物量対策を基本とする対BETAでは必要性のない武器である事が最大要因でしょうが。


そして開発に関わったとされながら、達成された射程と精度では納得がしなかったのが、ラギース元軍曹だったのでしょうか。
408カートリッジという一つの超音速弾の可能性は示しましたが、コストと精度に制約がある工業生産品では届かない彼の目標には、彼自身が実践した月面で空気抵抗が皆無の状態における理想的な狙撃が在るのかも知れません。

それがカスタムの作成依頼に繋がり、生まれたのが、先の”ULPRECS-408”―――。

純夏さんがネイティブと呼ぶこの世界の御子神大佐とラギース元軍曹の接点が何処にあったのかはわかりません。
それでも過去シャノアを指揮し渡米したことも多数あるらしいので物理的には不可能ではなく、またネイティブさんが今の御子神大佐と同じ気質なら、気難しいと言われるラギース元軍曹と話が合ったのも理解できる気がするのは私だけでしょうか?
射撃の精度に関しては病的なまでに拘りを見せるラギース元軍曹と、何処までも果てしなく原理と結果を求めるタイプの、謂わば加減を知らないマニアックな御子神大佐は、何処か似ている様な気がするんです。

つまりラギース元軍曹の月面に於ける狙撃の経験を踏まえ、ネイティブさんが構成したのが”ULPRECS-408”とも言えます。


そのスタートは弾丸特性として突出していた408でしたが、弾形状は超音速飛翔に理想的なシアーズ・ハック体になっています。
元々前半部は同様の形状でしたが、やるなら徹底的にやっちゃうのが御子神大佐、結果前後にも対称な、後端も尖った特殊な弾丸となりました。
そして408SH [シアーズ・ハック]弾では、飛翔中の旋転をより長く維持するため、質量を変えず慣性モーメントを増やす製法を取っています。
つまり最大径部を中心にタングステン削り出しの樽型外郭にニッケル合金を射込んでいます。
この構成は、通常芯に使う重い金属を最も外側に使うことで、同一重量でありながら慣性モーメントを50%程度増しているんです。
更にその後精密加工により重心位置と軸精度を飛躍的に向上させていて、元々精度が高かったChey-Tec408が裸足で逃げ出す様な数字を実現しています。
25gとなった最適重量に対する火薬の調合や充填均質化により理想とされる加速を実現したカートリッジは一弾一弾湿度と温度を管理し、酸化を防止する窒素封入容器に密封され、その価格も高いとされるChey-Tec弾から更に桁が違うとのこと、勿論一般に流通なんかしていません。
その特製カートリッジに応じた徐変角ライフリングも施し、実現した弾速は1,100m/sにまで達し、2.6kmまで超音速を維持していました。
こうして出来た”ULPRECS-408”の2,000mレンジに於ける機械計測のグルーピングは45cm。
既に当時50半ばで、とある森に隠遁していたラギース元軍曹の射撃では、15cmだったらしいと言うのが御子神大佐の話でした。

それは2,000mレンジでのヘッドショットを1発で决める数字―――、震撼したのを覚えています。




今回はその”ULPRECS-408”に、更に今の[●●]御子神大佐によって追加されたオプションが在るんです。




専用のZeizz 6-60×80という特製ズームスコープは、最大倍率の60倍に振ってあります。
照準用の光学機器としてもレンスの各種収差や部品加工公差からすれば限界スレスレの実用性―――それを実現するためにレンズ研磨に求められた精度の桁からして違うと聞きました。
そんな自国製のスコープが使われていることに気付き、ルナが涙していました。
今の欧州では作れず、工場移転したアフリカでも残念ながらまだ望めない精度だそうです。
尤もその倍率でさえ半径10cmの目標最小円は1m先にある大豆くらいにしか見えず、既に2射していますが、スコープでは弾痕を確認することも出来ません。
装着された統合狙撃システム[LRRS]によりスコープ内にオーバーレイ表示される距離は、2,000mジャスト―――。
データリンクから齎される周辺気温・気圧・風向きと風速、そして赤外線レーザーで測距されたターゲットまでの実距離と射角、更には方角と緯度。
装填された弾薬と、この銃身の現在温度までをも含む各種特性値。
それらをすべて・・・コリオリ力まで考慮して弾道計算された結果を輝線レティクルとして表示してくれます。

そこまで示してくれるシステムなら、後は照準を合わせて撃つだけの簡単なお仕事・・・と言う人は、超精密を競うベンチレスト競技や、あるいは超長距離狙撃のスコープを覗いた経験のない人でしょう。
実際狙撃銃のグルーピング判定にはテストする人間の技量という要素を省くため専用のスポッティングマシンを使用しますが、そのグルーピングは概して千々に散るんです。
それを人が撃つと、7割近くの人が機械よりも悪い成績となり、残り3割近くが機械同等の成績を示します。
そして僅かに1%弱の人は、明確に機械よりも優れた集弾成績を残すと言われています。


トリガーガードに射撃時と同じ荷重を掛けながら、左手は肩に触れるでもなく添えた銃床から伸びるモノポッドのマイクロスライドリンクを回し、レティクルを微調整します。
フレームとバレルを保持するリニアスライダにもフローティングが施されており、細かい高周波は減衰させますが、ゆったりとした長周波は残ってしまいます。
こうしてバイポッドとモノポッドで支えてすら射手の呼吸はおろか、心臓の鼓動や、筋肉の微かな痙攣が伝わっただけでも60倍の視界は台風の波間のように大きく揺れてしまうんです。
この距離では、銃床が50ミクロン動いただけで、着弾は10cmずれます。
更にはリアルタイムで送られてくる現在状況、特に風やその温度の変化から示されるレティクル自体も常に微動しています。
2射目以降となれば、バレル温度も安定し難く成る訳で・・・。
結果、何時まで追っても揺れて捉えきれないセンター、2,000mと言うのはそう云う距離です。
なのでレティクルを合わせるのはそんな揺動する範囲の中心―――確率密度として最大と成るポイント。
勿論バレルの温度勾配、気温上昇や気圧の変化など、一方向に変化し続ける要素も在るから、できるだけ短時間で仮想中心を見極め、レティクルの中心に捉えなければならないんです。



絶えず揺れる視界の中で、放つタイミングを図る・・・、それは正しく、弓道で言う“会”―――。

弓による射形の完成状態であり、“離れ”、を待つ状態です。
既に引かれたトリガーは、激発前の紙一重で保持しています。
“何時”が激発する最適なのか?―――それは一種の未来予測とも言えます。
何せ、発射から到達まででも2秒以上掛かるんです。
その間の風や造波抵抗分散に依る、射軸のズレ以外の不確定乱れを予測しなければならないんです。






日本の武技に於いては、常に“術”と“道”が存在します。
剣術と剣道、柔術と柔道、そして弓に於いても弓術と弓道と言うように。
基本的に技能を伝えるのが“術”、精神的な修行の要素を多分に含むのが“道”、でしょうか。
勿論、“道”だから技能の習得を蔑ろにしているわけではなく、“術”だからといって精神的な鍛錬を否定しているわけでもありません。
その“弓道”に於いて宗教的な素養が色濃かったと言われる故阿波研造範士が遺したのは、“的と私が一体になるならば、矢は有と非有の不動の中心にある”、と言う言葉です。
“的中は我が心を射抜き、仏陀に到る”に至っては、明らかに弓を通じての宗教ですが・・・。

それは例え目を殆ど閉じた状態で弓を絞っても、的が自分に近づいてきてやがて一体化し、狙わずに中てることが出来る・・・、と言うお話。
弓道の完成形として、矢は技術で狙って放つ[●●]のではなく、刻が至れば自然に離れる[●●●]と言い、それを総じて弓道では自らの中の“真我”が射る、と称します。
範士の言葉もその表現の一つなのでしょう。

これだけ聞くと弓を知らない人には明らかにオカルトや超常現象の世界ですが、稀代の達人、先の故阿波研造範士は狙わずに中てるというこの矛盾に満ちた言葉を体現してみせたんです。
納得出来ない弟子を招いた夜の道場で、通常は使わない三寸(10cm)の小的を設置。
その後道場・安土ともに一切の照明を点けず、辛うじて蚊取り線香だけが灯る暗闇での一手。
この状況に於いて、範士の放った甲矢(一射目)は小さな的のど真ん中を射抜き、続く乙矢(二射目)は甲矢の矢筈に中り、その甲矢を引き裂いていた―――と記されています。
因みにこれを目撃した筆者は日本文化の研究に弓道を学んだドイツ人哲学者だったりします。





視界に揺れるレティクルを見ていると、そんな話を思い出します。


闇の中、見えない的を狙う事など出来ない状態で在りながら、神業を為した範士。
しかも、同様の事を幾度か行ったとも伝えられています。
私自身範士のエピソードは読んでいて、“真我”云々も理念としては知っていましたが、今までは漠然としか感じていなかったし、その境地を特に意識したこともありませんでした。


けど・・・。

幾多のループの、数多の狙撃の記憶―――。
擬似的にしても純夏さんと行った“合一”、そして一昨夜のたけるさんとの時間に生じた感覚・・・。
フェインベルク現象で“紅の姉妹[彼女たち]”が“未来”を感じているのも、同じ境地なのかも知れない、・・・とも思うんです。

勿論、故阿波研造範士だって矢の届かない的に中てる事は出来ないでしょう。
“真我”は物理現象をねじ曲げる超常の力ではないんです。
存在する事象の未来における最尤解を識る―――、恐らく小難しく言えばそういう事。

この狙撃にしても弛まぬ技術革新がこの距離でまとまった範囲に着弾を揃える事に成功しました。
それでも残る、弾丸射出以降の不確定要素が弾を散らします。
けれど父母未生以前の本来の面目・・・謂わば時間を超越した因果に触れる―――その事が出来れば、その不確定要素さえ見透す事が出来る―――。

機械計測の集弾特性を凌駕する1%未満の“名手”とは、実はそこに明確に届かぬまでも近しい人たちなのかもしれません。




―――そんな雑念も薄れ、刻は至ります。


雑多な思考が霧散し、すっ、と意識がスコープに引き込まれます。


周囲がモノクロに変わり・・・、音が―――、消える―――。




トリガーが落ちた瞬間、バネを使ったメカニカルな機構よりも応答時間の短いFireByLightで信号は伝わり、同様バネよりも反応の速い電磁伸縮炭素芯がカートリッジの雷管を穿ちました。
カートリッジ底部に拡散した火焔は、均等に込められた火薬に音速を超えて反応を起こしながらその自らの圧力で急激に膨張していく・・・。
瞬間的には最大1000MPaにも達する圧力で押し出され、加速された弾丸は、進み始めて僅か10cm程度で音速を突破し、34インチ=86cmの銃身をとび出すときには、1,200m/s―――熱の壁ギリギリのM3.49まで加速されています。
雷管の撃発から、弾丸がマズルを飛び出した1000分の1秒後、ダンパーを含む緩衝機構で受け止められますが、かなりの衝撃が肩に掛かりました。
ストックはバレルと同軸上に配されるため、無闇に銃口が跳ね上がることはなく、その分リコイルは大きいんですが、それでも総合戦技演習で撃った50BMGの半分ほどですみます。




その反動が収まり、視界に色彩が、聴覚に音が蘇って来ました。

反射的に左手でストック部のボルトを操作し薬莢を排出すると、冷気が吹き出して来ます。


「―――Aim X-Center Hitッ!!
8時方向、目測2cm!
凄いですわ! 壬姫[Miky]、全弾センターですッ!!」


傍らには的場の様子を移すカメラのモニター。
ルナが賞賛する様に半径20cmの的に、3つ目の穴が空いていました。
今のは一番中心に近いですが、グルーピングはだいたい10cm・・・、ですか―――。


暫くバレルを冷やすと、ヴォルテックス・サプレッサに圧縮空気を送るコンプレッサを停止しました。




そう、マズルの先、更に400mm伸びているΦ40mmのスーパーカーボン製サプレッサが今の[●●]御子神大佐が追加したオプションになります。

マズルに近い部分が少し太くなっていて、圧縮空気を送るホースが付いています。
圧送された空気はマズルに近い部分のヴォルテックス・ジェネレータで音速近くまで加速され、高速で流れる螺旋流としてサプレッサ管内を旋回し先端から吐出されるんです。
バレルにカートリッジが装填され銃腔内部気密が保たれている状態に於いて、旋回流は竜巻のようにマズル直前の中心部を減圧します。
当然巻き込まれた銃腔内の空気は螺旋流と共にサプレッサマズルから排出されるため、結果的にバレル内は装填されたカートリッジ直前で1/10気圧程度まで減圧されることになります。
宇宙での狙撃を理想としたラギース元軍曹の思想を元に、擬似的にバレル内を減圧し弾丸の加速抵抗を減らすのがこのヴォルテックス・サプレッサと言うことです。
そしてそれは単純な空気抵抗だけではなく、音速突破時の乱れに関しても寄与します。
この減圧により空気の音速は通常大気圧の1/3以下になり、また密度が低下していることから衝撃波そのものも弱くなります。
本来狭い銃腔内で乱反射し、弾丸の運動量にも大きな影響を与えるそれら反射波が、音速の鈍化により反射して戻ってきたときには既に弾丸が通過していた、という状況を齎しました。
マズルに向け、気圧は高まり音速も早くなりますが、その時には更に弾速も上がっているわけで、マズルを飛び出すその瞬間まで大きな反射波に乱されることがなくなりました。
また弾丸のマズル突出時に弾丸を追い越し、弾道を乱す突出圧力も、サプレッサ内壁を旋回する螺旋流に巻き込まれ減速されることから、弾丸本体に与える影響は、サプレッサがない状態よりも大幅に小さくなります。
一方で音速を大きく越えている弾丸は、サプレッサ通過中も円錐状の衝撃波を発し、内部旋回流との間に丁度断層を作ることで、弾道そのものに旋回流が与える影響を排除できます。
マズル音の主因ともなるそれらは弾丸の後部で旋回流に幾度も反射しエネルギーを喪って減衰、マズルでの突出音と共に低減されます。
弾丸がサプレッサを突出する頃には、通常大気圧に戻るため、勿論新たな衝撃波を生成しますが、線形に昇圧されたいるため、空気に壁に突入するような爆発的なものではありません。

結果的に位置を最も特定されやすい単音源であるマズル音は綺麗に抑制されることになります。
弾丸の飛翔に伴う衝撃波は仕方ありませんが、こちらは移動音源であるため位置の特定はされにくいでしょう。

ヴォルテックス・サプレッサは、こうして銃腔内空気抵抗の削減・音速突破の際の干渉低減と、突出時の気流影響低減、そして本来の目的であるマズル音の消音、更には僅かですが突出流の減速によるマズルブレーキの効果も得ることとなりました。
また、ボルトを廃莢の為に解放しバレル内に流路が形成されると、螺旋流境界層で熱交換された冷却流が機関部に向かって流れるヴォルテックス・チューブとして機能するため、燃焼ガスで加熱されたバレルの強制冷却も可能となるおまけ付き。

唯一の欠点は、先にも言いましたがそれなりの空気を圧送する為、かなり消音していてもある程度気流音がしてしまうこと、10mも離れれば聞こえない程度の音ですが、不利であることは間違いないでしょう。




銃腔内の減圧することで、加速時の抵抗が大幅に減り、それに合わせてバレルのライフリングも変えているのが今回の改修仕様。
結果的に得られたサプレッサ付き”ULPRECS-408”で同じ408SH弾を使用したとき、初速は1,200m/s、超音速維持距離は、約3,000m、そして2,000mに於けるグルーピングは、機械計測値で20cmでした。
今回それを上回るグルーピングが出たので、十全であることは証明され、これで調整は完了。
もう少し撃ちたい気もしますが、バレルのクリーニングをしないでこのまま続ければ内部ライフリングの早期劣化を招きます。
ADNR[ダイヤモンド・ナノロッド凝集体]化してあっても基本は大事ですから。
時間も無いし、私のお仕事は此処迄です。
機材はこのまま再分解して清掃、専用のケースに入れ、代理エージェントに引き渡します。
この子が誰に使われるか、何に使われるか、NTK[Need To Know]ですが、大佐が託した相手です。
きっと誰かを守るために使われるのでしょう。


件のラギース元軍曹は、機械計測値45cmのヴォルテックス・サプレッサ無しで15cmを叩き出しています。
今回のオプション有り仕様なら、確実に7cm以下にしてくる、ということです。
対して私は10cm―――。

―――まだまだ精進の余地が在る、と言うことですね!


Sideout




[35536] §86 2001,11,18(Sun) 22:00(GMT-8) アルゴス試験小隊専用野外格納庫
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/05/06 11:46
'15,06,05 upload
'16,05,06 誤字修正



Side ユウヤ


この時間の野外格納庫には、流石にヴィンセントも居ない。
それじゃなくても、今日はA-00他参加ゲストを含めた今回参加部隊のフェアウェル・パーティ。
プロミネンスとしては望外に成果が大きかったせいか、ハルトウィック大佐が奮発したらしく、ウェルカム・パーティ以上の豪華な内容、部隊関係者は整備兵まで含め鱈腹飲み食いしていた。

夜間殆ど無人の野外格納庫、それでも関係者なら出入りはできる。
無論今入れるのは控室とデッキくらい、戦術機メンテナンスベッド周りはモニター監視されているが、ここは簡易メンテ用だから、この時間アルゴス隊の機体は、よりセキュリティーの厳しい本館のボーニング専用格納庫にある。


「・・・すまんな、こんな時間に呼び出して。」


そこに居たのは相変わらず角い顔にグラデーションサングラスのオッサン。
正直敵だか味方だが未だに解らねぇが、職務上情報だけは持っている。


「まったくだ・・・が、まあ、いいさ。
あんたには前回世話になったからな、―――デイル・ウェラー捜査長。」

「結局全ては徒労に終わったがね。
君に関しても、煽るだけ煽った形で終わってしまった。
―――謝罪しよう。」

「・・・何もしてねぇから、オレに謝罪なんか必要ない。
それよりも―――、こんなとこに呼び出して何の話だ?
“高度な政治的判断”、なんて言う裏を説明してくれる訳じゃないんだろ?」

「・・・そうだな、正確に現状を認識してもらう為には、そこから説明しよう。」


な?
あっさりと言い切る内容か?


「君は“於地球上G弾使用による大規模重力偏向と大規模潮位変動予測”と言うレポートを知っているかね?
ああ、“香月レポート”と言った方が通りが良いか。」


それは、最近良く耳にするG弾使用後の世界を予測した報告書 。


「・・・ああ、“大海崩”だっけ?、G弾の使用は大規模津波を引き起こす、“人類自決兵器”じゃねえかってヤツだろ?」

「そう、それが今や一般にまで公開されているが、・・・あの日リークされたんだ。」

「―――え? ・・・それってちょっと待てッ!?
TVじゃ“可能性がある”なんて言っているが、これは本当のコトだってのかッ!?」

「政府が混乱を招かぬよう、マスコミにそういう表現に留めてもらっているだけで、内容は事実。
少し専門領域を齧っただけの大学生でもシミュレート出来る話らしい。」

「・・・そんな大事なことに気づかず、米国はG弾ドクトリンとか謳ってたってコトか!?」

「そこは糾弾されても仕方ないだろう。
尤も、計算には実際に使用された横浜の詳細な観測結果が必要になる。
使用前には、その影響が見積もれず、誰もその事に気づかなかった。
そしてまた、使用地点が1箇所では、この現象は生じないのだ。
よくぞ気がついた、としか言い様がないが、示された理論に一切の破綻なく数式に一片の齟齬もない。
もしあと2箇所、地球上に横浜と同等規模以上の重力影響を及ぼした場合、それらの重力波が重畳され、形成される三角形の面に垂直方向の固有潮汐作用が働く事になる。
それが少なくとも数100m規模の“重力津波”を引き起こす、と言うことが検証をした全ての研究機関で確認された。
政府が表立って正式に認めることは在り得ないが、自滅覚悟の状況にならない限り、G弾が使われることはないだろう。」

「・・・つまりそれは、米軍の掲げるGドクトリンの、・・・事実上の崩壊・・・ってことか・・・?」

「使用したら、今BETAに侵されること無く平和で居る我が国の少なくとも3/4を喪う、と予測されている。
そんな欠陥兵器を誰が好んで使うのかね?」


・・・言葉もない。

どうせ何処かのインチキ学者が言い出した、反G弾のためのネガティブキャンペーン位にしか捉えていなかった。
BETAが米国に攻めて来たら、最後はG弾撃てばいいじゃん、みたいな感覚が米国人にはある。
カムチャッカでBETAと戦う前は、オレだってそうだった。
同じ地球の為に戦っているつもりでも、何時だって自分には被害のない、対岸の火事。


「そしてG弾が使えない以上、BETAを抑えるのは戦術機がメインに成る―――。」


・・・ああ、そう云うコトか・・・。
G弾に頼っていたドクトリンが崩壊した今、BETAより対人戦に重きを置いたF-22やF-35、ステルスに偏重したロックウィードの開発だけでは事足りず、対BETA、しかもハイヴ攻略が可能な戦術機が要求される。
そもそも、ハイネマンも、プロミネンスも、日米の共同計画であるはずのXFJも、G弾在りきのドクトリン故不要と判断されCIAが嫌疑を掛け抹殺を目論んだ、というのが前回の機密漏洩疑惑に対するウェラーの説明だった。


「・・・前にも言ったが、国連の対BETA計画であるオルタネィティブは現在第4計画が進行している。
推進国は日本で、その本拠地は国連横浜基地―――そう御子神大佐や白銀少佐の所属するのはその第4計画本体で、香月夕呼博士は、その第4計画の総責任者だ。
まあ噂は色々あるが、天才的な科学者で在ることは確実だ。」

「―――!!ッッ」

「そして現在予備計画として第5計画も並行して進められている。
オルタネィティブと言う一つの国連計画が並行して2つ推進されているのは異常なのだが、その経緯は省略する。
この第5計画の推進国は我が米国、その根幹を為すのがバビロン作戦という、G弾によるBETA殲滅作戦。
そしてそれを強力に推し進めていたのがCIA―――と言うことだ。
・・・此処まで言えば・・・理解しているようだな。」


台頭する日本製の戦術機、彼らは自国内にハイヴを抱え、通常兵器に依る攻略を悲願としている。
世界でも唯一のG弾被曝国である日本は、殊にそのアレルギーが強い。
欧州やソ連・中国も爆心地を不毛の土地に変えるG弾の使用は断固拒否をしている。
だからこそ、第5計画派は、ハイネマンの機密漏洩を掴み、XFJ、ひいては欧州戦術機ドクトリンの実現手段を担うプロミネンスを潰しにかかった
それがソ連の売り込みに乗じたCIAのやり口だった訳だ。


そこに、投下された逆G弾級の爆弾があのレポート―――。

否、それだけじゃない、時期的にプラチナ・コードも公開されたはずだ。
戦術機に依るハイヴ攻略の可能性を明確に示したあのシミュレーションは、米国の戦術機メーカーにも激震を与えたはず。


「・・・発信者が第4計画指揮官なので、第5計画派でも急進派は只のブラフとしてみたが、中には慎重派も居ないわけじゃない。
そして米国内にもG弾使用に反対する第4計画派、更には何方側にも組みしない穏健派が多数いて、彼らにもそのレポートは渡った。
結果、真偽確認までは日米の溝を決定的にする例の査察[●●●●]は保留となった。」


・・・だろうな。
日米間に決定的な溝を刻み、プロミネンスも潰してEUとの関係を壊し、ボーニングの戦術機部門を国内戦術機開発の第一人者ごと抹殺する査察をそのタイミングで実行するわけには行かない。

・・・あの顛末にはそんな裏が在ったのか・・・。


「G弾ドクトリンは勿論崩壊、・・・まあ、自分でも知らずに自爆装置を作動させるところだったんだから、これは寧ろ喜ぶべきことなんだろうが・・・第5計画派は、レポートの検証結果が出る前に、すかさず第4計画へのカウンターを強行した。
それがXFJやXM3にかこつけた第4計画主要メンバーの暗殺計画およびXM3の強奪計画・・・君が戦った対インフィニティーズとのAH戦だったのだよ。」

「―――え?」


・・・あの慌ただしい設定と、後催眠暗示まで使ったなりふり構わない暴挙はそういう訳か。
インフィニティーズはテロの時もCIAに使われ、ソ連のG元素研究施設を破壊していたらしいから、いいように使われてブルーフラッグを行ったコトになる。


「・・・その暴挙の所為で、F-22はステルスさえ見破ってしまえば近接格闘戦に弱い、という弱点も晒すはめに陥ったがね。
結局CIAの仕掛けた暴挙は、G弾ドクトリンに加えF-22の失墜によってATSFも見事に崩壊させた、と言うことだ。
尤も、元々G弾ドクトリンの所為で、ATSFの矛盾には多くの関係者が鬱憤を溜め込んでいたから、君たちがF-22を墜とさなくても、遅かれ早かれ同じだったかも知らんがね。」


・・・ラプターを墜としちまったオレへの批判がやけに薄いのは、その所為なのか?
プロミネンスという特殊環境のせいだと思っていたぜ。


「そしてプラチナ・コード、それを為したXM3という存在が明らかになり、即座に動いたのがサンダーク。
何しろ戦術機によるハイヴ攻略の可能性を示唆して居るわけだから、自国内に多数のハイヴを抱えるソ連に取っては垂涎の的。
奴は第4計画と第5計画の確執も知った上で、利用していたフシが在る。
つまり先のインフィニティーズ戦を予期したんだろう。
正確に言えば、XM3の価値を最も早く評価したのも奴かもしれない。
結果、より正確にXM3の真価を図るために、ビャーチェノワ少尉を残した。」

「―――え?」

「考えても見給え。
サンダーク大尉に取ってもESP発現者は、数が少なく貴重なのだよ。
XM3の価値を見極めるとて、ポンポンと他のサンプルを使い捨てに出来るものじゃない。
限界を超えた調整などしようものなら、確実に破綻するのは分かっている。
その点、廃棄実験に使われようとしていた彼女は適任だったといえる。
つまりは、最大値でXM3にぶつける被験体として残した訳だ。」


―――グゥ!

限界を超えたプラーフカは、絶命するまで暴れ回る、とも言っていた。
テロの時はオレと唯依で止められたから助かったようなモノ、それでもクリスカとイーニァは二人ともボロボロだった。
唯依との模擬戦時のあの雰囲気・・・、やっぱりもう一度それを遣らせたわけかッ!

クソッ!!
いつかその澄ました面、ぶん殴ってやるッ!!


「・・・御子神大佐か・・・。
前回逢ってみたかったとつくづく思う。
彼は、XM3の齎す価値も、危険性も、重々承知していた。
それを持って、第5計画派の謀略渦巻く敵地に平然と乗り込んで来たのだから、その豪胆さには驚嘆する。
まあ、第4計画が推進している作戦に必要な機材をボーニングが握っていたのだから、仕方ないとも言えるが、それにしても尋常じゃないな。」

「・・・・・・。」

「此処に来て早々にハルトウィック大佐とサンダーズ大尉、そしてハイネマン氏と話をしている。
内容については、君が知らないほうが良い情報もあるから、割愛しよう。
君の知っている結果で言えば、ハルトウィック大佐にはXM3の供与を、ハイネマン氏にはXM3の仕様書を開示、そしてサンダーク大尉とは模擬戦とXM3供与の見返りに、“紅の姉妹” の身柄引き渡しを要求している。」

「なッ!?」

「なにせ、こちらはその時“香月レポート”の検証と、市井にまでリークされた情報の統制、そして崩壊したドクトリンの後始末で此処に来る余裕など欠片も無かったのでね。
後で報告を聞いて絶句した―――、在り得ない、とね。」

「・・・・・・。」

「だが・・・細かいことは省くが、結果としてその行動が全てを平穏に済ませた。」

「・・・・・・。」

「考えても見給え。
今でこそ、XM3は搭載した機体をほぼ一世代分進化させてしまうOSとして知られている。
けれど実際米国の場合、今保有する全ての戦術機を一世代先に置換するとしたら、いったいどれだけの金と時間がかかると思う?」

「―――あ・・・」

「それが、XM3なら正規版でも1機当たり数10ドル、LTEで数ドル、LITEならほぼ0―――。
単純な貨幣換算だけでも途轍もない価値があり、加えてXM3の普及により生存することが出来るだろう衛士の数を考えると・・・、な。」

「!・・・。」

「それだけに、このXM3を日本が独占したら・・・?。」


・・・そうか。
戦術機がBETAに対する唯一の対抗手段である今、時間を掛けない戦力の向上は、何に代えても欲しいのは何処の国も同じ。
もし秘匿しようにも、一国規模の部隊に展開した時点で、確実に漏れる。
特に日本は何時侵攻が起きてもおかしくない状況にあるんだから、使わない選択肢はない。
そしてそれを独占していたら、日本は世界中から総スカン、内容を知る関係者は親類縁者含め世界中から狙われる。
更に言えば・・・その中には、オレ達、アルゴスのメンバーも含まれているってことだ。


「・・・大佐はユーコンに来た直後、プロミネンスにXM3の供与を約束した。
イーダルとの模擬戦、ましてやブルーフラッグでF-22を叩き潰す前に、だ。
逆に言えば、その時点ではXM3の価値は実はそこまでとは考えられていなかった。
プラチナ・コードや、白銀少佐の斯衛大将戦は公開されていたが、一方では白銀少佐の突出した機動能力故とも取れる。
もし、君たちがインフィニティーズを墜とした後で、XM3を供与する動きがあったとしたら、確実に米国側から待ったが掛けられただろう。」


・・・図らずも、XM3が万人に絶大な恩恵が在ることを、オレ達が一番最初に証明して見せた・・・、って事か。


「先も言ったように、第5計画は大佐を暗殺し、アルゴスに遺るXM3を徹底解析してそれ以上のOSを作る積もりでいた。
当然、日本はXM3を秘匿、乃至、公開するにしても何らかの交渉材料にしてくると読んでいたし、占有することが大きなアドバンテージになるのは眼に見えている。

だが、大佐は殆ど見返りを求めず、XM3を公開し供与を約束した。
協議や契約内容の検討もなく、つまりは米国が口をはさむ一切の暇を与えず即決で、謂わばEUの代弁者であるプロミネンスとソ連に対して、だ。
それにより秘匿・独占することで生じる全てのリスクを回避してしまったわけだ。」


・・・最重要機密の供与にも驚いたが、そう言われれば納得もする。
それにより結果的にはオレたちまでもが護られた訳だ・・・。
御大[Great Colonel]”がXM3を公開していなければ、米国を始めEU、ソ連も同じものを再現しようと目指すだろう。
御大[Great Colonel]”暗殺の成否に拘らず、日本以外で唯一XM3に換装されたアルゴス隊は狼の中に取り残されるスケープゴート、どう考えても碌なコトにならない。


「・・・実際、独占するのが理想ではあったが、全面公開は米国に取っても悪い話ではない。
とある一国の戦術機だけが一気に性能向上すれば危機感を覚えるが、全世界頒布は全ての戦術機がほぼ同時に上がることになる。
それは元あった性能差、在るいは機体数差はそのままのこると言うことだ。
否、全ての機種に恩恵があり、性能向上に繋がると言うことは、戦術機の保有台数が多い国ほど上がり幅が大きい、と言う事に他ならなかった。」


最善ではないが次善・・・米国が黙る事をちゃんと読んでいたってことか・・・。


「・・・詰まるところ、大佐が行う全世界への供与は、国家間の軍事バランスを変えず、時間も金も掛けずにBETAに対してのみ人類が優位になる、と言うことだった訳だ。

・・・それを証明したのが、“新潟の奇跡”―――。

尤も、新潟防衛戦ではXM3だけではなく、いろいろ仕掛けていたみたいだがな。」


ああ、27,000のBETAに対し人的損耗0、正に奇跡の防衛戦。
だが公開されている映像を見ただけでも、何かと突込みどころ満載の内容。


「ついでなので、ソ連の状況についても言及しておこう。

ソ連は、イデオロギーの問題があり、西側諸国とは一定の距離を保っている。
しかし国土の殆どを喪い、アラスカを租借している今、最近は体制さえ維持できるのならイデオロギーに拘らず西側に迎合すべきとの意見も強くなっている。
将来的にBETA攻略が成れば、自国内に多数のハイヴを抱えるソ連は、最大のBETA由来物質保有国になる可能性もある。
だが今現在、領土を喪ったソ連の売れる物は、武器技術しか無い。
先月XFJに仕掛けられたSu-47との評価試験・・・あれもその一環だと言える。」

「・・・・・・。」

「サンダーク大尉のПЗ[ペー]計画については、ソ連上層部でも疑問視されているのは、以前も言及した。
あの国の権力構造的に、リスクを冒した大きな成功よりも、安全確実な小さな成果を求めるからとも言える。
その中で、今回のXM3だ。

以前上層部は“ПЗ計画<ステルス技術” という優先順位だった。
それがXM3の公表とインフィニティーズ撃破により、“ПЗ計画<ステルス技術<<XM3”と言う構図に変化した。
理由は、言わずもがな―――。
機を見るに敏いサンダーク大尉も同じ、否、誰よりも早くそのポテンシャルを察知していた可能性がある。
だから自らの最大の研究成果であるビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉の転籍まで認めた。
当時満身創痍で・・・君には悪い言い方だが・・・廃棄予定者で在ったとしても、機密に厳格なソ連としては異例中の異例。
国連軍の中であれ人事権まで渡す転籍は、殆ど亡命容認に近い。
今、国連横浜基地に籍を置き、ユーコンに転属となっている二人は、少なくとも本人たちが希望すれば何時でも日本か米国に亡命出来る状態にあるわけだ。」

「 !!ッ 」

「・・・一方でサンダーク大尉は、自らの研究に見切りを付けた感もある。
第3計画を引き摺り時間と金を掛けた割に、得られた成果が少ないと言うことだろう。

だが、当初サンダーク大尉が廃棄処分も止むなしとしたビャーチェノワ少尉がこの短期間で復帰した。
・・・まったく、あの魔窟には何があるのかね。
復帰しただけではなく、“新潟の奇跡”にて目覚しい機動を示した5騎・・・Amazing5の一角とさえ目されている。

こう言ってはなんだが、彼女たちが今も横浜で治療中なら問題はなかった。
しかし、XM3によって戦術機が全て同等にレベル上げ出来る以上、次に求めるのは白銀少佐や君の様な、突出した存在なのだ。
彼女たちがПЗ[ペー]計画の体現者である以上、その秘密を知ることで、それが量産できるのでは?、と考える人間が必ず居る。
第3国、テロリストを含む非合法組織、・・・そして残念ながら我が国にも居るだろう事は否定出来ない。
御子神大佐を刺激したくないサンダーク大尉は否定するだろうが、復活した“紅の姉妹”を調べれば更に成果が上がると、ソ連側が考えても不思議はない。」

「―――ッッ!!!」


何を浮かれていたんだ、オレは・・・。
言われてみればそのとおり、クリスカとイーニァが元気になって還ってきたことは、新たなリスクの種でもある。
その存在自体が機密である彼女たち。
今のまま何時までも居られるわけじゃないのは、頭じゃ理解しているって言うのに・・・。


「君を・・・、君たちを取り巻く情勢が理解して貰えただろうか?」

「・・・ああ、オレがアマちゃんだってことが、イヤってほどな。」

「・・・勘違いしないで欲しいのは、君はいまや重要人物、謂わば米国の希望の星なのだよ。」

「・・・はぁ!?」


今までの話の流れの何処に、そんな要素が在るんだ?


「―――G弾という拠り所が幻と消え、その偏ったドクトリンに歪められたATSF、その産物であるF-22を墜とした。
だが、一方でF-22を墜としたチームの筆頭が、米国民である君であることに軍事関係者はみな安堵している。
間違っていた幻想を打ち砕いた、唯一の“米国民”。
それを為したXFJの主席開発衛士にして、XM3エキスパートが米国人初の“レベル5er[ファイヴァー]”。

今や無視することの出来ない横浜の第4計画、その主要人物である、御子神技術大佐・白銀少佐とも知己。
今回その白銀少佐との1on1で、あそこまで拮抗してみせたのは、紛れもなく君だけだ。

米国はこれから新たな軍事ドクトリンを創出し、F-22に代わる抑止力として“最強”の実現も求められる。

そこに於いても君がXFJ-Phase4で示した可能性は、今後目指すべき方向の一つの示唆でさえある―――。」

「・・・・・・。」

「・・・無論、君が彼女たちを気にしているのも理解している。

―――ここからが、こんな密談の本題、君への提案・・・寧ろ要請と行っても良い。
無論、ダンバー准将とも同意した内容だ。」

「―――!!」

「既にG弾ドクトリンの崩壊とF-22失墜を受け、米国防総省高等研究計画庁(DARPA)、陸軍、NASAがATSFに代わる“第5世代戦術機開発計画”を立ち上げようと画策している。

君にはその開発衛士を率いる部隊長として開発に参加して欲しい―――。」

「なッ―――!?」

「君が此処に来る理由だったXFJ計画は完了しており、議会承認も終わる。
確かにフェニックス計画は継続しXFJの機体もその参考として存在するが、正確に言えば、2号機と今回の3号機に付いては、予算上米国側ボーニングの所有と成っている。
1号機について所有権は基本日本側にあるのだが、正直搭載されている“装備”が装備だけに、大佐は敢えて貸与という形式で遺したと言える。
統合補給支援機構[JRRS]は兎も角、第2世代アクティブ・ステルスも、OSその物が変わってしまうXM3では、弾いてしまう可能性が高い。
時代遅れの機密でこれ以上余計な嫌疑を掛けられるのを避けたとも言えるが、まあこれは、我々が機密漏洩だと騒いだ“装備”など歯牙にもかけないと言う御子神大佐の皮肉と見ている。」

「・・・だろうな。」

「もともとフェニックス計画はF-15の焼き直し計画、ハイネマンとは別系統で新たな開発計画が必要だというのが上層部の一致した見解だ。
戦術機に関しては国境を感じていない彼に危機感を覚える向きもあるのでね。
ロックウィード・マーディンでも新たなスカンク・ワークスが発足した気配もある。
幸いXFJは“共同開発”計画故に、今回開発された内容については、米国が独自に運用することも可能であるわけだ。
勿論、機密漏洩の嫌疑を掛けた件については、内情はどうあれ正式に謝罪することに成るだろう。」

「・・・・・・。」

「君にはこの後、原隊復帰した上で、極秘裏にラングレーかエドワーズ、ネリス、いずれかの基地に転属してもらう事になる。
当然階級は中尉昇格、乃至2階級特進で大尉も有りうる。

そしてビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉については、君から強く亡命を勧めてほしい
米国市民として正当な保護を与えるためにも、できるだけ早期に亡命を申請してほしいのだ。
その上で国連軍から転属して貰い、彼女たちも同じ部隊所属とし君の部下につける。
彼女たちもまた、XM3“レベル5er[ファイヴァー]”にして、Amazing5の一角。
BETA実戦をくぐり抜けてきた者として戦力に申し分ない。
基地を特定していないのは、彼女たちの存在を第3国や非合法組織からの防衛上、秘密裏にしておきたいからだ。
場合に拠っては、証人保護プログラムの申請も検討し、国内の不穏分子についても対処する。
当然、米国市民として遇する以上、意に添わない検査や実験は行わせない事を約束しよう。」



―――破格・・・なんてもんじゃねぇ・・・。

確かに今回のPhase4に関しては、自分としてもやり切った感がある。
今オレにある、ありったけをぶち込んだのだ。
白銀少佐との模擬戦こそ惜敗だし、高速戦闘以外まだまだなのは理解しているが、手応えは感じた。

だから、XFJで遣り残した事が在るのか?、と訊かれれば、正直無い。
ここに残れば、オレがやる事は、むしろ各国プロミネンス派遣部隊へのXM3教導、という事になる。
それは、本当にオレがやりたい仕事なのか?

なるほど・・・。
ウェラーの要請も理解できる。
オレ自身の待遇については余り頓着はしていなかったが、クリスカやイーニァに絶えずリスクが付き纏うのは勘弁して貰いたい。
それを少しでも守れる立場と言う意味では、昇進も大きな意味を持つ。

このまま中途半端な立場でユーコンに留まれば、米国内の後ろ暗い勢力を含む世界中から狙われる、という事になる。
存在を秘匿して何処かの基地に転属すれば、少なくともそのリスクは大幅に減る・・・と言うことか。

その為にあの[●●]尊大な米軍が譲歩し、曖昧だったXFJ計画への嫌疑についても謝罪してくれるとなれば、唯依の誇りもまた守られる。

加えて仕事の内容。
XFJとして限界ギリギリまで踏み込んだ自覚はある。
これ以上となれば、それはフレームや主機から構成する必要性が生じ、それはもう基礎を不知火に置いた機体ではない。
自国内にハイヴの存在しない米国では、求める戦術機のコンセプトが違うのは当たり前。
米国に依る米国のための最強を作り出す事に他ならない。
・・・それを、クリスカとイーニァと出来るなら・・・。

そもそも日本と米国の共同推進プログラムだったXFJが正式に完了した以上、オレには何時復隊命令が来てもおかしくはない。
新潟防衛戦、そしてそれを受けた今回のトライアルが在ったから保留されている可能性もある。
その上で、復帰したクリスカ達の様子から、この提案になったのだろう。



だが・・・。

―――この空気が抜けていくような現実感の希薄さはなんだろう?

ウェラーの示す未来が望みうる最上の状況であることは、判る。
ジャックポットを当てたような物なのに、―――なぜかピンと来ない。



「・・・提案・・・いや要請は理解した。
オレとしては、確かにかなり条件の良い話ではある。
が、亡命の話は二人に確認してみないと、回答できない。」

「ああ、勿論それは構わない・・・が、可能であれば2,3日中に回答を貰えると有り難い。
君については遅かれ早かれ原隊復帰が命じられるだろう。
そうなってからでは、イロイロと準備が必要なのでね。」

「ああ・・・、了解した。」


・・・感傷、だよな。
事実、唯依はすでに新しい横浜の地で、バリバリやっている。
少なくとも“御大[Great Colonel]”の下だ。
オーダーはきついかも知れないが、その他の事からは絶対に護ってくれる安心感がある。
階級も大尉になったと聞いた。
ならばオレも今の心地良い環境に甘んじること無く、新天地で腕を磨くのも悪くはない・・・。



その時、突然控室のドアが開いた。


「・・・おやおや、こんな所で密談ですか。
まさか君たちが居るとは思いませんでした。」

「・・・その言葉、そのままお返ししますよ、Mr.ハイネマン。
しかも相手は、白銀少佐・・・どんな内容か、大変興味がありますな。」


皮肉の応酬。

そう、入ってきたのはハイネマンと、鎧衣少尉を伴に連れた白銀少佐その人だった。


Sideout




Side 武


誰も居ないと思っていたそこには、二人の男が居た。
咄嗟にされた敬礼に、返礼する。


「・・・?、ブリッジス少尉と?」

「ああ、失礼、私は米国国防情報局に属するデイル・ウェラーだ。」

「・・・ご丁寧にどうも。
国連太平洋方面第11軍、通称横浜基地所属の白銀武です。」

「同じく、鎧衣美琴です。」

「・・・ヨロイ?」

「ああ、そっか、DIAと言うことは父と知己・・・と言うかきっと商売敵ですね。
まあ、父が何をしているのか、ボクは内容を全く知らないのでスルーしてください。」


ウェラーと言う渋めの男性、美琴の親父さんと同類、か。
情報局というだけで身構えたが、名前に微かに反応したのを美琴に見破られるなんて迂闊すぎる。
但し、CIAの系列なら警戒すべきだろう。



彼方からハイネマンに渡して欲しいと、数枚の画像が送られてきたのは、夕方だった。
機密ではないが、俺からハイネマン氏に接触すれば、何かと要らない憶測も飛ぶだろう。
仕方なくフェアウェル・パーティの席でコソッと打診すれば、夜の22:30にアルゴス試験小隊専用野外格納庫を指定された。
この衛士控室なら本当にセキュリティフリーらしい。
どうやら前回彼方が来た時に隠蔽された監視を嫌い、欺瞞情報を流すよう細工して行ったらしく監視サイドの人間は未だに気付いていないとか。


「まあ、そちらの話は終わった様子。
場を譲っていただけると有り難いのだがね?
最近私の周囲は監視が厳しくてね、自分の執務室よりも此処の方が自由なのだよ。
ウェラー捜査長も、それを知っているから此処を選んだのだろう?」

「・・・申し訳ないが・・・職務上、看過出来ない。」

「ユウヤこの人、あたま固い人?」


美琴が訊く。


「ああ・・・まぁ、融通は利くけどな、基本的には堅物だ。」

「・・・では、ウェラーさん、別に職務に忠実なのは構いません。
ですが一つだけお尋ねします。
その答え次第で、考えさせていただきます。」

「・・・。」

「・・・今のCIAは、お好きですか?」

「・・・・・・・・・個人的には、大嫌いだ。」

「・・・判りました。
居て頂いても結構です。
但し、一切の質問は受け付けません。
それでも宜しければ、ですが・・・。」

「・・・約束しよう。」

「・・・オレも居て構わないのか?」

「ああ、まあ、彼方・・・御子神大佐からこの写真をハイネマンさんに渡して欲しいと頼まれただけだからな。
密談って程の密談じゃない。」


そう言ってオレは、数枚の写真をテーブルに広げた。



何の情報かと見れば、見知らぬ戦術機の写真だ。
真上から陸送される途中、熱感知カメラでカバー内部を透視したものだった。
恐らくはこの基地周辺状況把握のため、彼方が自律飛行で飛ばしているXSSTからの情報。
A-00メンバーの安全保安上の措置だとか。
オレも過保護な自覚はあるが、彼方だって相当だぜ。
写真は熱感知カメラ故、色彩は微妙だが、形状で言えば今まで見たことのないタイプ。
ソ連領から国境でもあるユーコンを目指しているらしく、少し気になるのでハイネマンに確認してくれ、とのことだ。
彼方の見立てでは、今までの流れと違うソ連の戦術機ということで、それなり[●●●●]らしい。
その言い方から、F-22よりはかなり評価していることが伺えた。













以前彼方にこの世界の戦闘機と戦術機について説明してもらったことがある。

そもそもオレがF-15と聞けば、前の世界なら当然の様に戦闘機[●●●]を思い浮かべたもので、それがそっくりそのまま、戦術機[∨∨∨]に成っているのかと思っていた。

が・・・、どうも、そうではないらしい。


元の世界ではF-4ファントム戦闘機が登場する前に作られていたセンチュリーシリーズという、遷音速速度域の戦闘機群が在るらしいのだが、この世界でのそれらの写真をみて驚いた。
F-104、F-105、F-114、F-115、F-116、F-117、F-118、そしてYF-122、YF-123・・・、つまりは元の世界で何処となく見たことのある様な戦闘機ばかり。
しかも若いナンバーの機体は、既に1960年代のベトナムの空に舞っていた、というのだ。

記憶を整理して思い返すと、元の世界では1969年に漸く達成したアポロ11号による月面着陸を、この世界では1950年台、それもかなり前半で成し遂げ、1970年代には恒久的な月面基地すら作っていた。
元の世界では1990年代に入っても国際宇宙ステーションの運用までで、21世紀に入っても継続的な月面着陸さえ行われていなかったと記憶している。

つまり宇宙航空分野では、スタート時点で約20年、その後に宇宙開発に至っては50年以上この世界が先を行っている、と言う事になる。
故に、その分野の歴史を顧みれば技術進化の過程上、元の世界では第2次世界大戦で飛んでいた最強のレシプロ機と言われた戦闘機が既に第1次世界大戦の空に飛び、第2次世界大戦で遷音速領域のジェット戦闘機、そしてベトナムの空には元の世界の近代戦闘機に似た超音速戦闘機が飛んでいたのだ。


だが、1973年のBETAによるオリジナルハイヴ建設と、そしてその後の光線級出現が決定的な歴史の転換点になった。
光線属種の撃破能力は、航空機、特に軍用機の進化を完全に打ち止めてしまった、と言うことになる。

宇宙へのシャトルや、HSSTはそのまま正常進化しているものの、大気圏内を運用する航空機については、この世界での1970年初頭、元の世界では1990年初頭に相当するレベルで停止している、と彼方は言った。
ハイヴが建設された当初、BETAへの攻撃に当時最先端だったステルス戦闘機や爆撃機を使うのは当然で、それが一切通じなかった事から、航空機の運用は主に軌道高度を運行するHSSTや一部の輸送機に絞られて行ったからだ。

そして対BETA主力戦闘装備が、MMUから発展・進化し、戦車に代わり高速で平面移動が可能な噴射跳躍ユニットを装備した戦術機Tactical Sureface Fighterへと遷移して行ったのは自然な流れだろう。
当然元々の戦闘機メーカーは、その全てが戦術機メーカーに変化した。
だからこの世界では、空軍の担当領域が存在せず宇宙軍となっており、一方噴射跳躍ユニットの進化で、対人戦に於いては空中戦も可能であっても、その所属は陸軍となる戦術機が進化してきた、との事だ。



その戦術機の進化にエポックメイク的な功績を遺した天才のコトも教えてくれた。

ジョンソン・ボイド[Johnson Boyd]―――退役時は陸軍大佐。
元々1960年代は空軍教導隊所属であり、“40秒の男[Forty Seconds Boyd]”と呼ばれ、当時最高の空戦能力を持っていたらしい。
だが、先に言ったように、戦闘機に依る空戦は光線級に制され、米国に於いて空軍は淘汰されていった。

元の世界にも米空軍に同じような伝説の存在が居たらしいが、この世界のボイドはその空戦能力を買われ、戦術機に依る空戦指導に招かれて陸軍に転籍していたのだ。

そして元の世界同様、それだけに留まらなかったのが天才たる所以、その後戦術機機動の教導の中で、戦術機に依るE-M(エネルギー機動)理論という独自の機動理論を構築していく。
しかもこの世界のボイドは、戦術機に於ける空戦時の3次元E-M理論と、地上戦時の2次元E-M理論、その双方を確立している、とのことだった。
3次元では、高度と運動量、そして姿勢の変化に依る抵抗係数の基準式を示して居るのに対し、2次元では、運動量に対する空気抵抗と接地抵抗・・・摩擦抵抗ではなく、地上構造物のピボットとしての抵抗・・・及び、機体の電磁伸縮炭素帯出力を考慮した機動理論であるらしい。
この理論に興味を持った当時の参謀総長であるジョン・マコーネス[John McCornes]が、当時まだ一介の教導官で少佐であったボイドを迷走していたF-15の開発に突っ込んだと言う。

そのF-15は当初ボイドの理論に沿って設計されたものの、その後の陸軍の過剰な要求をとり込むうちに、最終的にはボイドの理想と乖離していった。
最終的にボイドの理想は半分も叶わなかったらしいが、それでもその機動は既存の戦術機と一線を画し、長く最強の戦術機として君臨、今も世界各地で使われているのである。
しかし、ボイドはそれに飽きたらず、理想の戦術機を実現すべく戦術機マフィア・・・非承認で活動する裏チーム・・・で勝手に開発を推進して行った。
その計画は後日LWTSE計画として正規化され、YF-16、YF-17の実現に繋がったが、その段階では如何せん試作する予算も無い。
そこでボイドは “Hi-Low-Mix構想”と言う適当な言い訳をでっち上げ、予算を捻出させたというのは有名な話だとか。

結果F-16は若干の変更はあったもののボイドの理想に最も近い最高の運動性能を得るに至り、構想からたった5年で量産に移行した。
更にはF-15の1/3程度の価格と維持費だったこともあり、現在西側最大のベストセラー機になっていると言う。
一方のYF-17は、海軍での運用を目的とした度重なる設計変更に、完全にボイドの理想から離れ、最終的にはボイドの手を離れF-18として世に出たものの、評判は良くなく、度重なる改修を受けることになった。

また、攻撃力と機動能力をバランスさせた名機として、各戦線でBETAと対する海兵隊に非常に高い評価を受けているA-10も、ボイドからE-M理論の薫陶を得た戦術機マフィアの一人、ピア・スプライ[Pierre M Spray]が中心と成って実現させている。

つまり、ボイドは海軍が中心と成って進めたF-14の開発以外、米国陸軍の第2世代中核機であるF-15、F-16の開発に中心的な役割を果たし、最後は理想とかけ離れたとはいえ海軍の後継機と成ったF-18の開発を開始した人物であった。
これだけの功績を為したが、ボイドの突飛な発想や強引な遣り方は、一方で陸軍内、特に上層部に敵を量産し、結局ボイドはF-16完成後、軍を去る。
その後、一種軍事コンサルタントとして、意志決定理論の一種であるOODAループを提唱、各地のBETA戦線に直接関与した海兵隊の戦術に大きな貢献をした、と言うのは別の話。
90年代・・・F-22の先行量産機が出たその年に、その功績を殆ど知られぬままここの世を去っているという。

実はこの世界の戦術機について、明確な知識など全くなかった彼方が、横浜で戦術機の改修をするときに使っているのが、このE-M理論だという。
勿論彼方なりにパラメータを調整したり、剰余項を追加したりしているらしいが、基礎理論が在ったことでかなり手間が省けたのは確かだとか。
もしワシントンに行くことがあれば、アーリントンに墓参したいとまで言っていた。



元の世界に於いても存在した、戦闘機のE-M理論―――それを過去のものとし、新しい最強戦闘機の在り方を打ち立てたのがステルスという概念だった。
相手に補足されること無く遠距離から瞬殺し、即離脱する・・・、そのコンセプトには近接格闘戦の優劣など全く問題にならないのだ。

だが、彼方に言わせると飽く迄これは戦闘機[●●●]だからこそ成立する機能で、戦術機[∨∨∨]に於いては完全に的外れだと言う。
そもそもがBETAに対抗するための戦術機が、その基本理念を外れ対戦術機戦のみを追求すること自体がナンセンス、という意見には、激しく同意する。
なにせBETAにはステルスは効かない。
ならば最も重要視すべきは機動性・近接格闘能力であって、ステルスなどという方向に走るべきじゃないだろ。

そしてそのステルス能力も戦術機では中途半端、なのだ。
この世界では言った通り、1970年代には既に航空機のステルス技術が存在していた。
高度はせいぜい5km程度、数100kmを移動する戦闘機同士の空戦に於いて、レーダーの電波は基本水平方向から飛んでくる。
それが航空機の形状であれば、水平方向から来る電波の反射を制御することで、形状的にも高いステルス能力の確保が可能。

けれど、戦術機[∨∨∨]の形状は、どんなに頑張っても自ずと限界がある。
匍匐飛行でも、水平方向の投影面積・反射角は、決して戦闘機レベルまで低減することなど不可能なのだ。
まあ、それをある程度可能にしているのが戦術機のステルス技術だというのは判るが、物理的限界は厳然と存在する。
結果、最も隠蔽性の高いステルス戦闘機[●●●]のレーダー機影がピンポン玉ぐらいだとすれば、ステルス戦術機[∨∨∨]であるF-22EMDのレーダー機影は、せいぜいソフトボール程度。
だから小隊レベルのチャチなマルチスタティックレーダー程度で容易に補足できる、と言うことだった。


―――戦術機は飽く迄“対BETA兵器”。
目的を履き違えた対BETA兵器としてのF-22という戦術機は、オレにも完全な駄作としか思えない。


大体がATSFの前提も間違っている。
まあ、これは彼方の推論の結果、今のところ第4計画だけが掴んでいる情報なので、仕方ないといえば仕方ないのだが・・・。
ハイヴが攻略され、反応炉が制圧出来れば、エネルギーを反応炉に頼っているBETAは活動を停止する。
エネルギー消費が半端ない光線級は、真っ先に活動停止する。
つまりハイヴさえ攻略してしまえば、BETA完全殲滅まで20年などという時間は掛からない。
実際、ここに来る前に明かしてくれたRes-G弾を利用するG-6[グレイ・シックス]ループが回れば、早くて2,3年、遅くとも5,6年で地球上からBETAは駆逐される。
因って早期に光線級が排除されれば、空は戦術機のエリアではなく、戦闘機のエリアだ。
戦術機はその形状からどんなに頑張っても遷音速の速度域であり、中途半端なステルス性しか持てない以上、空に在っては戦闘機の敵じゃない。

結局所詮は奢った陸軍の暗愚、それがF-22と言う戦術機だった。



そういう意味で、ハイネマン氏は判っていた。

F-15の再開発に携わる彼には、ボイドのE-M理論にも、当然触れているはず。
それはYF-23を見れば一目瞭然で、ステルス性よりもE-M理論に沿った近接格闘能力を重視している。
だから重くなり機動を阻害する形状ステルスには拘らず、謂わばポン付できるアクティブステルスをメインとした。
結果的に形状ステルスの効果がイマイチ望めない戦術機に於いては、その方が効果的で、ステルス性能でもYF-22を凌駕してしまったのだが・・・。
性能では勝り、経済性で僅かに劣っていたYF-23だったが、対BETA兵器であるという前提を踏まえれば本来YF-23一択だったのだ。

その選択を決定的に歪めたのがG弾の完成による、G弾ドクトリンの成立だった。
当時の軍上層部は、戦術機に依る対BETA戦必要なしというもので、在っても小規模であり、寧ろハイヴ鹵獲物質の争奪戦に於ける対人戦がメインになる、と想定した。
その先走った蒙昧は、不必要な近接格闘性能に優れたYF-23を不要とし、更には勝者であったF-22でさえ、要らないんじゃね?、との声まで上げた。


ハイネマン氏の軍上層部に対する失望はどれほどだったのか、オレに理解出来るとも思わないが、上層部の無能は聞いただけでも呆れるばかり。
ハイネマン氏が日本やソ連に傾注しても仕方ないレベルだと思うぞ?














プリントアウトされた数枚の写真。
それを手にしてハイネマン氏が唸った。


「PAK-FA・・・T-50か?」

「!!ッ、実在していたのか!?」

「T-50?」

「タケル、T-50って?」

「・・・彼方に依れば、存在が噂されていたソ連独自のステルス戦術機、だそうだ。」

「・・・まさか、貴様コレにも?」

「君は質問禁止のハズだが、まあいい。
・・・ボクとしては甚だ残念ではあるんだけどね、T-50には直接関与していない。
この写真を見る限り、是非関わりたかった処ではあるがね。」

「・・・・・・。」

「勘違いしているのは、君の方だよ、ウェラー捜査長。
ステルス技術は、元を正せば1970年代の戦闘機で進化した技術、当時のソビエトにもステルス戦闘機の基礎技術は存在したのだよ。
CIAの主張するような米国独自の技術では決してない。

PAK-FAとてソビエト版ATSF計画である多機能前線戦術機計画(MFPTI=МФПТИ)で企画された戦術機。
MFPTIの開始はATSF計画から1年遅れただけ、PAK-FAの開発そのものはスフォーニ開発局の別ルートでSu-47はおろか、Su-35やSu-37と並行して行われていたはずだから、例えソビエトが領土撤退に依り疲弊していたとしても今出てきて驚かないよ。
そう・・・、今後の戦術機がXM3をBASEとするのは必須だから、早期のフィッテイングが望まれる。
今直ぐそれが出来るのがプロミネンスで在る以上、此処に来ることは必定、と言うことなのだろう。
G弾ドクトリンが崩壊し、F-22最強説の幻影が霧散した今、最強候補XFJ-01の対抗としてソ連が名乗りを上げる事は、今後の海外輸出を睨めばおかしなことじゃない。」

「・・・ココのところの急激な状況変化に、機を見た・・・と?」

「そうだね。
・・・Su-27、Su-37からSu-47の流れは、近接格闘機動に劣っていると言うわけではないが、それよりも平面制圧を目的とし、継続攻撃能力を重視したコンセプトだからね、重量増は避けられなかったんだよ。
まあ、ソ連製にしては値段もそれなりだしね。
ハイヴ攻略を行う近接格闘能力で言えば、コンセプトがXFJ-01やYF-23に近いと思われるこのT-50の方が上だろう。」

「それは、E-M理論から見て、ですか?」

「・・・白銀少佐は若いのに良くそんな事を知っているね?」

「ああ、使っているのは彼方ですけどね。」

「・・・さすが御子神彼方、知っていたか。
Evolution4の構成を見たとき、もしかしてと思ったが。
ジョンソン・ボイドは、私がたった一人、師と仰ぐお方だ・・・。
―――F-14の設計時にはまだ知らなかったんだが、その後は・・・、ね。」

「・・・。」


氏の技術協力が在ったと噂されるSu-27からの流れには考慮した、と言うことか。


「・・・そうだね、この写真を見る限り、サイズは大柄なSu-47よりもXFJに近い。
スリムな構成をしているから、重量も抑えているだろう。
しかも3次元推力偏向ノズルや可変ストレーキ・・・LEVCONと言ったかな・・・と思しき機構が副翼に着けられている。
正確にはちゃんとスペックを見た上で、計算しないと判らないが・・・、見て取れるサイズから無理矢理出せば、・・・2次元機動はXFJ同等以上の可能性もある。
元々E-M理論を使った第2世代戦術機機動の集大成とも言われるのは、MiG-29だしね。
一方で3次元機動は、・・・XFJには届かないかな。
形状ステルスの名残が邪魔で、抵抗が大きいようだね。
まだ概念実証・・・いや先行量産に近いかな。

何れにしても、XFJ-01のライバル候補、と言うわけだ。」

「ステルス性能は、高いのか?」

「見た限り形状ステルスは大したことない。
F-22の倍は見つけやすいかな。
但し・・・断定は難しいがレーダー波放射面と思われる箇所が各所に見受けられる。
これはYF-23と同じく効果が薄くて重量増に繋がる形状ステルスを一部捨て、ソビエトが得意としたアクティブ・ジャマー・・・恐らくは第2世代か第3世代のアクティブ・ジャマーで位置を撹乱する方向だろう。

YF-23の第2世代アクティブ・ステルスは、謂わばハッキングで存在を隠蔽する。
逆に言えばハッキングが出来ないシステムには無効化される。
しかしアクティブ・ジャマーはレーダー波の反射元を他の位相を持つ電波で撹乱し幻惑するからシステムには関係ない。
存在は認識されるから隠密行動は出来ないが、これが完全に機能すれば、対人戦では存在は感じられるのに位置が特定できない、まさに近接格闘戦に特化した厄介なステルスとなるだろうね。」

「・・・。」


―――ウン、まあ厄介そうな相手ではあるかな。
数枚の写真だけからこれだけ予測するこのハイネマン氏もやっぱ只者じゃない。
内容は・・・帰ったら彼方に伝えるとするか―――。


Sideout




Side ベリャーエフ

イーダル小隊専用野外格納庫 地下研究施設 23:50


「・・・クッ!、こ、これもダメだッ!」


繰り返すプラーフカの調整―――後催眠深度や向精神投薬の配合・比率。
それらをいくら弄っても、所詮誤差範囲。
記録されている最大融合率は、92%・・・。

要求された融合率は95%―――、恐らくはオレの生命線[ボーダーライン]、それが研究者生命なのか、文字通り命の閾値なのか、無能な上司の意向など知らんが、粗暴なKGB上がりなら後者だろう。

そもそも要求が無茶すぎる。
大体物事の進化は漸近線に倣うのだ。
融合率も70%程度までは、順調に上がった。
そこから伸びが鈍化し、90%台に入ってからはたった1%を上げるのにどれだけ苦労することか。
それが自然の摂理でもあるのだ。
だと言うのに、無知な上司や党本部はそのことも理解せず、同じペースで上がるものと捉えている。

特例的な成功例と言えた“紅の姉妹”を除けば、マーティカとスィミィの融合率は91%前後だった。
スィミィのポテンシャルが史上最高に近く、イーニァ・シェスチナを超えていた所から、通常の育成プログラムに沿って制御用のバディを作成し、時間を掛け一緒に育てれば、あるいは95%をあっさり超えていただろうとも予測できる。

けれど拙速すぎる要求にその選択肢は元よりなかった。
スィミィの発現が確認されたのは先月、培養期間としては幼児期の終わり、発生3年目だ。
あれ以外の個体は、平凡な値でしかない。
更に悪いことに、それ以降の分離で培養していた胚珠が全て死滅していた事が明らかになった。
その後の調査では“白き結晶”自体のテロメア枯渇が確認された事から、培養初期の旺盛な細胞分裂に耐えられなかったと考えられる。
つまりПЗ[ペー]計画に於けるESP発現体は、この個体群が最後となり、スィミィは“白き結晶”から発現した本当の意味での“ラストオーダー”。

にもかかわらず・・・。
結果的に、失敗した、としか言えない。
―――何もかも、無知で結果ばかり要求する無能の拙速に拠って・・・!!



強制的に行われた人ゲノム情報による急速な超促成培養は、身体の成長こそ予定通り行えたが、精神の発育を完全に置き去りにした。
自我の発達によって齎されるべき脳神経細胞の連結が無作為に行われた事により、全く自我の感じられない、正に人形になってしまった。
促成前に移植されたイーニァからクローニングされた脳幹周辺組織は、促成同調後に部分切除されている。
クリスカのクローニングであるマーティカとの意識融合でもフェインベルク現象まで再現性が確認されているから、マーティカとスィミィでも可能だと予測していたのだ。

結果としてマーティカとの並列同調効果[ナストロイカ]―――意識融合は生じる。
その融合率は91%―――。
けれど、それだけだった。


本来、フェインベルク現象に於いては、主となる人格のポテンシャルが重要で、それを抑制・制御する副人格はそれこそ第5世代で十分なのだ。
だが、スィミィが完全に自我を確立出来ていないことから、マーティカとの意識融合に於いては、本来副であるマーティカが主人格になってしまった。
実際には、第5世代を主人格としながら91%の融合率は極めて高いレベルにある。
前頭葉視床下部活性化による知覚拡大は、発現した。
しかし、一方ではそれが限界で、それ以上は望むべくもない。
“紅の姉妹”が融合率95%以上の時に見せるフェインベルク現象:確定した可能性の予見は、今のところ再現が確認されていない―――。


そして今日、貴重な時間を使ってスィミィとマーティカとの融合調整を繰り返した結果が、これ―――。

融合率は、91%から辛うじて92%に上がったのみ、それさえ厳密に見れば誤差レベル。


スィミィが主人格になれるなら、マーティカを“繭化”し余計な制御を全て切り捨てて、完全に生体部品とすることで、融合率を上げることは可能だ。
しかし、今現在スィミィがマーティカの性能をブーストする増幅器としてしか機能していない以上、意味はない。
一方で余計な自我すら未発達のスィミィを“繭化”しても、今となにも変わらないのも判り切っていた。



「・・・無理だ―――。」


だが、無知で無能な上司はそれを認めることは絶対にない。

既に今日何度もプラーフカを繰り返したマーティカもスィミィも、被験用のベッドで完全に弛緩し、時折ピクリと筋肉が痙攣するだけの屍と化している。
その瞳は虚ろで、血の気の感じ無い白い顔も不気味な程表情がなく、目、鼻、口から体液を垂れ流していた。

最大に掛けたわけではないから神経細胞そのものを破壊する様な過負荷は無いが、繰り返し掛けた事で既にレセプターの統合が失われている。
クスリが抜ければじき元に戻るだろうが、今々これ以上はテストも不可能なのだ。



八方塞がり―――。


今、サンダーク大尉は居ない。
明日19日以降・・・具体的には20日にも搬入されるPAK-FAの受領にセラウィクに出向いている。
その機体にXM3LTEを搭載し、“紅の姉妹”並の衛士によるテストが求められていた。

つまり与えられた時間はあと1日しか無いのだ。
最早迷う余地すら無かった。


もう―――腹を括るしか無い・・・な。


私は、傍らにある受話器に手を伸ばした。


Sideout




[35536] §87 2001,11,19(Mon) 13:00(GMT-8) ユーコン基地 居住区フードコート
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/06/19 20:13
'15,06,12 upload
'15,06,19 誤字修正


※視点変更が多めです ご容赦m(_ _)m



Side タリサ

ふゥ~~~ッ。
PXの椅子に座って大きく息をつく。
なんせ、今朝は早くから大忙しだった。


昨日でXM3トライアルの日程は全て完了、今日はそのゲスト部隊が帰還する日・・・なんだけどな。
今回来たのは緊急性の高い・・・つまり世界中のBETA最前線から無理を押してXM3を得に来た部隊ばかり、当然休みなんか無く急いで帰国するわけで、そのために基地周辺は昨夜から世界中のHSSTが集まって来た。
今朝の宇宙帰還機整備場や駐機場は足場の無いくらいにHSSTがひしめき合っていて、その間をカーゴに載せられた戦術機がクロスする、と言うカオスな戦場だった。
ゲスト全14中隊、内、ソ連租借地のБ-01基地から来た部隊は早朝陸路で出たし、国連北極海方面第6軍ペトロパブロフスク・カムチャツキー基地の部隊もアントノフ6機で通常滑走路から早々に飛び立ったが、他の12中隊分、戦術機合計145機、加えてA-00中隊の6機は、全てカーゴ付きのHSSTで帰還。
つまり76機ものHSSTがこの時期に集まったのだ。

結果予備まで含め3本の衛星軌道用滑走路をフルに使い、信じらんねェ事にHSSTがほぼ5分間隔での蜘蛛の子を散らす様な殺人的な離陸が敢行された。
・・・よく事故起きなかったな。


何故そんな過密で―――と、言うのも実は天気が急激に下り坂。
北極圏の境界である北緯66.34度にほぼオンラインのこの土地、長い冬は殆ど明けない夜と雪に閉ざされる。
最低気温は-40度に落ちることも珍しくない。
昨日あたりからこの地方に、何度目かの、しかもこの冬最強クラスの寒波が近づきつつある。
既に朝からチラついていた雪は、その密度と速度を順調に増し、漸くA-00が搭乗した最後の機体が南西の空に低く飛び立った時には、直ぐに白くかき消され見えなくなるほどになっていた。
この後、3,4日、ブリザードも交えた荒天が予想されている。

つまり今日の午前中に飛び立たなければ、ユーコン基地が暫く雪に閉じ込められるのは必至、その所為で本来今日一日8時間掛けて飛び立つ予定だったHSSTを、午前中の2時間に詰め込んだんだから、そりゃあ忙しいわ。


それでも無事にみんな飛び立てば、慌ただしかった基地の空気が一変。
気が抜けたような安堵と、後に残されるのは何処か空虚な空気、所謂一つの祭りの後ってヤツか・・・。
白い闇に閉じ込められるような陰鬱な天候も相まって、殊更寒々しく感じた。


慌ただしい数珠繋ぎ離陸のため、降りしきる雪の中、各滑走路の空域哨戒に当たっていたアルゴス隊は10:00から出ずっぱり、A-00やツェルベルス、ロレーヌのメンバーとも朝のPXで顔合わせしたきりになってしまったのが心残り。

ま、戦術機乗りの別れの挨拶なんて、それぞれの離陸直前、音声で交わした“Good Luck”しかねェけどな。
お互い、運がよければまた逢うことも在るだろう。




―――けど、ま、確かに濃いメンバーだった。
単騎世界最高戦力と噂に高い“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”は正しく看板に偽りなし。
こちとらもそれなりにXM3を使いこなしてる自負は在るってのに、模擬戦で勝てる気がしねェ。
威圧感ハンパねェとか、強者のオーラ出まくり、とか言うレベルさえ超越してやがる。
―――まるっきり普通。
イマイチ意味分かんねェけど、“無碍の境地”ってヤツ?
けど相手をするコッチに取っては寧ろ空気?
そう、空気を相手にしているような感覚。
此方の攻撃は全部スカされて、けど、在り得ない所から重い一撃が来る。
その尽くがクリティカル―――ほぼ一撃で戦闘不能とJIVES判定される。
日本で言う“武道の達人”と言うのはこんな感じなのか、と実感させられちまった。

そしてその部下(?)もハンパねェ。
神宮司教官は言うに及ばず、周りの新兵[ルーキー]でさえ皆“レベル5er[ファイヴァー]”というある意味異常な集団。

なのに、普段の様子はあまりにも普通すぎて、寧ろ歳相応っぽいそのギャップは笑えた。
何時も気を張っていた唯依みたいなのが、真面目、あるいは堅物と言われる日本人の典型だと思っていたから、気のおけないその雰囲気は、ちょっとした驚きではあったけど、悪いもんじゃなかった。



一度は此処に集い、そしてまた散っていった彼らを待っているのは、BETAとの戦い。

残るアタシたちに、何処か取り残された感があるのはそう云うことかも知れない。
けど、実際XFJ計画は正式に完了しているから、アタシとユウヤだって何時原隊復帰命令が来てもおかしくはない。
まあ、ユウヤは米国内の基地だろうから、そうそう前線に立つことはないだろうが、アタシは違う。
戻れば、即、最前線―――。
それでも、XFJから正式にボーニングの所有となった2号機が在るから、もう暫くはこの雪とも付き合わなきゃなんねェんだろうけどな。
無理とは判っちゃいるけど、あのXFJでBETAとガチやりてェなァ・・・。

ユウヤはこの前の超高速空中戦で“レベル5er[ファイヴァー]”に達したらしいし、“紅の姉妹”も既にそのレベル・・・、あいつらに一矢報いるためにもアタシもまずはそこを目指すコトにすっか・・・。

―――勿論、今日明日の休暇で十分英気を養ってから、だけどな!




「チョビ、クリスカしらね?」


そんな事を考えていたら、通りかかったユウヤにいきなり聞かれた。


「ん、あ?
一緒じゃなかったのか?
・・・そういえば、朝食の後、珍しく見かけたソ連の“這い寄る者[ストーカー]”っぽい似非学者に声掛けられてたけど・・・その後は空域哨戒で一緒だったんだろ?」

「えッ!?、あの白衣男[コモオタ]が居たのか?、―――このあたりに?」

「あ、ああ・・・。
と言っても2,3言だったから、無事戻ってきた挨拶程度だろ?
別にトラブルっぽい状況でも無かったし・・・。」

「・・・そうか、判った。」


ユウヤは思案顔。
戻ってきた女が心配なのも分かるケドよォ、行き過ぎは嫌われるぜ?


「それよかユウヤ、今夜も高速慣熟飛行訓練の申請してるんだって?
またバーチ・クリーク辺りか?
クレージー山地まで行くと滅茶苦茶荒れるぞ?
・・・昨日の日曜まで出ずっぱりだから、明日まで休みだってのに・・・。」

「・・・まあ、な。
白銀少佐と戦って、まだまだって事が判ったからな・・・。
あの時、掴んだ感覚を忘れたくねぇんだ。
それにBETAは天気なんか関係ねぇよ。」

「解かるけどよ、自主訓練とは言え付き合うヴィンセントやオペ娘も居るんだぜ?」

「ああ、悪いとは思ってるが、こればっかりはな。
一応今日は1本にしといたから、19:00には終わる。」

「確かに・・・。
酷いときは4本とかだったもんな。
―――ま、ホドホドになッ!」

「ああ、―――Thanks。」


言って踵を返すユウヤ。


なんでもない、何時もの日常。

―――そんなとこにも、“深淵[●●]”はぽっかり口を開けてたりするんだよな。


Sideout




Side ステラ

ユーコン基地 医療センター 13:00


「・・・だいぶ顔色も良くなってきたわね。」

「すまん・・・。」


静養室に戻り声を掛けると、謝罪が返ってきた。
その声も、もうしっかりしている。
傍らに置かれたサーモメーターも基準値を示している。


「―――熱も無いようだし・・・、ここの所強行軍だったんでしょ?
ちょっと疲れが出たのね。」

「・・・・・・かも知れん。」


帰還するゲスト部隊を見送った空域哨戒から戻ったドレッシングルームで、蒼い顔をしたクリスカを見つけたのは少し前。
大したことはないので大げさにしたくない、と言う彼女をそれでも医療センターに連れてきたが、確かにさしたる異常は見当たらず、ただの貧血だろうとのこと。
その後、休ませれば顔色も戻った。

前回、傷ついた神経細胞の治療にと横浜に行った“紅の姉妹”は、今回のXM3トライアルを機に横浜のA-00部隊と一緒に帰ってきた。
予定では治療で2,3ヶ月と聞いていたのだが、実質二十日足らず、相変わらずアノ人はどんなマジックを使ったのやら・・・。
なのでユウヤが殊の外浮かれていたのだから、そのクリスカが体調を崩したと知れば、確かに大騒ぎするかも知れない。
イーニァにはさりげなく先に戻ってもらい、クスリをもらうからと此処に来た。


帰任後アルゴスに所属した二人には、以前の様な、妙に突き放した態度や過剰に人見知りの様子もなく、寧ろクリスカは控えめで、イーニァは元気いっぱい。
トライアルでチーム単位の模擬戦も数こなした今では、名前で呼び合うくらいにはアルゴスメンバーとも打ち解けている。
タリサとイーニァが、どこか張り合っている風なのが微笑ましい。
その辺は、上手くとりなしてくれたA-00のメンバーに感謝だろう。
横浜の治療中馴染んだらしい彼女らが、訓練以外にも積極的に私達と行動してくれたことで、自然に接することが出来た。
これがベッタベタのユウヤだけだったら、二人はユウヤの影に隠れそうだから、今もぎくしゃくしていたかも知れない。


「横浜で全快したからって、まだ病み上がり、体力はもどっていないのだから無理しちゃダメよ。
今日午後と明日は休暇扱いだから、ユウヤにでも甘えて、ゆっくり休みなさい。」

「・・・・・・。」


私の言葉に、不思議そうに見つめ返してくるクリスカ。


「・・・何?」

「・・・その、・・・甘えるとはどのようにすれば良いのだろうか?」

「え―――」

「・・・申し訳ないのだが、私はその辺の経験や知識が全く無くて・・・どの様に接すればユウヤが喜ぶのか、解らないのだ。」


・・・小さく息をつく。
素直じゃない唯依に比べ、此方は本当に判っていない様子。
変にスれている娘よりはよっぽど良いけど・・・。
ユウヤの相手は、ホント難儀な娘ばっかりね。
イーニァの方が、よっぽど素直に甘えてるのに。


「この前の夜は、ユウヤにくっついて離さなかったじゃない?」

「あ!、あれは・・・、危険なコトはしてほしくなかっただけで・・・。
我を通して困らせてしまったと、後で反省したのだが・・・。」

「―――呆れた。
アレくらいで良いのよ。
ユウヤはちっとも困ってなかったわ。」

「・・・・・・そうなのか?」

「ええ。
一緒にいて、寄り添っていればいいのよ。
貴女が一緒にいたいと思うなら傍に居れば良いし、触れたいと思うなら手を伸ばせば良い。
―――よっぽどのヘタレじゃ無かったら、あとは勝手に男がヤッて呉れるわ。」

「そういうものなのか・・・。
しかし・・・・・もう―――」


憂いを帯びて思案する顔はかつての冷たいソ連兵のそれではない。


「そう言えば・・・・・・ユウヤは、―――唯依とはどうなのだろうか?」

「あらあら・・・。
横浜で唯依に訊かなかったの?
私は過去のことを気にしないタイプだけど、クリスカは昔の女も気になる?
ホントは・・・私が言っていいことじゃないけど、傍から見ても唯依は唯依なりに折り合いを着けたみたいよ?」

「・・・以前、唯依に私達の関係を“コイガタキ”と言われた事がある。」

「―――そうね、世間一般的に見てそう言う関係だったコトは間違いじゃない。
・・・そしてユウヤは貴女を選んだ。
勝ち負けじゃないけど、貴女がユウヤの傍にいる権利を得たのよ。」

「・・・・・・。」

「ま、世界的には男性数が圧倒的に少ないから、複数の婚姻を認める国も多くあるし、私も上手くシェア出来るなら否定するコトも出来ないけど、今のところBETA被害の殆ど無い米国は、基本重婚は認めないでしょうしね。

―――貴女は覚えてないかも知れないけど、私達が居たレストランに倒れこんできたとき、ユウヤは大佐に貴方達の全責任を取る、と言い切ったのよ。」

「―――ッ!」


一瞬嬉しそうにし、そして目を伏せ唇を噛む。


「・・・その・・・もし私が消えれば・・・、ユウヤは再び唯依を選ぶのだろうか・・・?」

「無理ね―――。
プライドの高い唯依は譲られたって絶対受け取らないし、ユウヤも此方がダメならあっちと切り替えられる器用な性格じゃないわ。
それは、誰も幸せになれない選択よ。

そんな無駄なこと考えないで、ずっとユウヤにくっついてなさい。
そしたら貴方の体調も良くなるから。」

「・・・そうか・・・。」

「疲れているから、そんなコト思うのよ。
新潟にも参戦したんでしょ?
結果は完勝だけど、内容は激戦、紙一重だったと聞いているわ。
あれからまだ1週間しか経っていないのだから。

このままもう一眠りしなさい。
暫く静かにしておいてあげるから。」

「・・・わかった。
すまない―――。」


ブランケットを掛ける。

その戦闘機動とは裏腹、―――ホント華奢な娘だ。
線が細い、と言うか、何処か存在感が希薄。
この娘が拘るのは、戦うこととイーニァのコトだけ、いつも自分のコトは二の次だった。
高飛車な態度とは矛盾する過剰な祖国への滅私奉公―――、いつ消えてもおかしくないと感じていた。

そこに唯依との応酬もあり、ユウヤと言う要素が加わったのは、この娘にとってもいい事だったのだろう。
心情的にはずっと唯依を応援してたけど、唯依自身が納得したのなら、この儚い娘を応援することも吝かじゃない。
女心に鈍感で、機微に疎いあのユウヤが固執したのはこの娘―――。
レッドシフト、Su-47評価試験、そしてインフィニティーズ戦といろいろ在ったみたいだし、ずっとバタバタだったけど、こうして無事戻ってきてくれて、本当に良かった。


彼女たちがどんな運命を辿ってきたのか、私は知らない。
冷酷なソビエトの、一時は最高戦力とまで言われた彼女たち。
何を喪ったのか、何を奪われたのか―――。
とても私では想像も出来ない過酷な運命に翻弄されてきたのだろう。


だからせめてその手にした小さな幸せを、自ら手放すようなことはしてほしくない。


この世界がもっと優しければ・・・。


Sideout



Side ジアコーザ

ボーニング社アルゴス隊専用ハンガー 13:00


オレとそして、アルゴス隊専属のオペ娘の一人―――ニイラム・ラワムナンド軍曹は二人して蛇に睨まれたカエルのように固まっていた。
ここはアルゴス隊専用ハンガー、機体を収めた後に機動記録を紙で貰う、オレに取っては何時もと全く変わらないパターン化した行程の一つに過ぎない。

なのに・・・。


目前には、ニコニコ笑っているチビッ子、横浜から復帰したばかりのイーニァ・シェスチナ少尉。



仲良しなんだねッ!・・・それが唐突に掛けられた言葉。

俺の反論も、ニイラムの否定も、全て封殺するようなその笑顔。
唇が、上手く言葉を紡げない。
これが、金縛りってヤツなのか?
・・・脂汗が浮く。


その様子に気付いたのか、不思議そうに、じぃーッと見詰められる。

なんか、見透かされるような気がするが、別に気にすることでもない、と思っていたら。
傍らのニイラムが紅潮していく。

―――おォ。

何時も超然と取り澄ましたコイツの赤面など初めて見た。

クッ、可愛い・・・じゃん。


―――ってそうじゃない!

此処でそれはマズいだろッ。
褐色の肌だから気付かれ難いが、このままでは周囲にもバレる!



「・・・イーニァは飯喰ったのか?」

「ううん、まだだよッ。
クリスカがご用事だから、ユウヤ探してたの。」

「ユウヤは戦術機の事で、ちょっと司令部行ったぞ。
なら、今日はこの後休みだし、昼はこのジアコーザ兄さんが、イタリアンの旨い店でパスタなんぞを奢ってやるが・・・、行くか?」

「・・・いいの?」


視線がニイラムに向く。


「あ~、あぁ、よければラワムナンド軍曹もどうかな?」

「!、は、私で宜しければ、喜んでお供します。」


そこッ、潤んだ瞳で見るなァ!
―――コイツ、今度は何を妄想したんだ?
全く・・・そう言うのは然るべき状況下で、是非見せてくれ。


けど―――おかしいだろ?

衛士がオペレータと話すのは頻繁にある。
今の状況だって、プライベートとはかけ離れた、事務的な何時もの行動だけ。
もちろん此方は何時も通りの馴れ馴れしさで、それに対する相手の反応も、何時も通り浮気な男を嫌悪するような極めて素っ気無いものだった。

・・・何処をどう考えてもバレる要素はない。


今回も姉貴にしつこく釘を刺された。
基地内外、複数の女と関係在るのも確かだが、それでも同時進行[フタマタ]はしてない・・・つもり。


―――テロの時、ナタリーのコトは、正直ショックだったからなぁ・・・。

進行形で自分の腕に中に居た筈の女が、ユウヤやチョビに銃を向けてきたわけだ。
寧ろ助けられる形で情報提供を受けたと聞いたが、その為に仲間のテロリストに射殺された。
結局、俺の知らない所で、俺の知らない理由で、勝手に逝っちまった―――。
テロだ、思想だ、難民開放だ、主義主張は人の数だけあるだろうが、そんなことを言う前に何故理解してやれなかったのか、何故気づけなかったのか・・・。
結局上辺だけしか見ていなかったのかと、正直かなり凹んだ。

幸い、と言うのが遣り切れないが、あの後のBETA侵攻にも遺体は残っていたらしく、埋葬されていた。
漸く基地も自分も落ち着いてから、こっそり郊外にある小さな墓に花を手向けに行ってみれば、そこで偶然逢ったのがニイラムだった。

ナタリーの店はアルゴスの行きつけだったから、オペレータ・メンバーも面識在るのは知っていた。
それが、たまたま訪れたのか、或いは彼女達に何らかの繋がりがあったのか、それは聞いていない。
多分・・・お互い怖くてそこは今も踏み込まずに居る。
それでも、なんとなく何時もの軽い調子でリルフォートに誘えば、何故かそのままついてきて、なんとなくそのまま収まっちまった。


トンガッた眼鏡とひっ詰めた髪で隠しているが、それを取って髪を解いてみれば、生粋のオリエンタル・ビューティー、結構な別嬪さんだ。
アーリア系の血が混ざるインドには、彫りの深い、それでいてオリエンタルな雰囲気の美人が多いと聞くが、その例にもれない。
実は伸びやかなプロポーションを、何時もイカツイ制服に隠している。
それでいてヨガをやっているせいか、異様に身体が柔らかかったりする。
切れ長の瞳の奥に、イマイチ読めない不思議な感性の持ち主。
それ故か、ヨーロッパ人が東洋人に求めるどこか神秘的なオーラも纏う。
まあ、恐らく彼女の場合そこはミステリアスってよりは、ニヒリズムってヤツかも知れないんだけどな。
意識して入れ込まないようにしている節がある。
多分・・・喪ったときに自分が辛いから―――。

いろんなモノを無くしてきたのは誰もが同じ。
このユーコンは、多かれ少なかれ、そんな奴らがより集められた最果ての地なのだ。


だから、そんな仮面を溶かして、快楽に声を忍び、褐色の艷めかな肢体を打ち振るわせる、その姿が思いの外、気に入ってしまった。
・・・互いの瑕を舐め合うような、行為なのかも知れないがな・・・。


本当は職場の近いメンバーは相手にしない、と決めていた。
周囲に隠すのも別れた後も面倒くさいから。
勿論、何時ものお誘いは社交辞令、褒め言葉の一種だから止めはしないが。

けど、あのテロの後、立ちゆかない状況にこれでプロミネンスも終わり、少なくともそろそろ原隊復帰かな・・・とか感じていたから、つい一度くらい、と思ってしまった。

それが予定外に壺って、深く嵌り込んで・・・、今に至ると言うんだから男女の仲はままならない。


お互い、周囲に知られたくないのは同じだったので、完璧に隠蔽していた筈なのだ。
会うのはリルフォートにある密かに借りたアパートメントの一室。
階段からは他の部屋の出入口から見られること無く入れる角部屋。
通りの違う出入口が2つ在る優れもので、出入りする場所も変えていた。
食事でさえ、わざと気軽に誘うが、他に人が居るとき以外全て無下に断られる。
こんなだから実際、無理じゃね?とチョビに憐れまれたコトはあるが、他の誰にも、一欠片の疑いを持たれたこともない。



それを、一目で完全に見ぬかれた・・・ってコトか・・・。



ホント随分と勘の鋭いお子ちゃまだ。
不思議ちゃんでもある。
以前の人見知りは、少なくともアルゴス隊のメンバーには見せない。
くまのミーシャを抱えてクルクルと変わる表情を見ているのは確かに可愛い。

・・・胸は確かに立派だが、流石にお子ちゃまに手を出すほど不自由はしていないからな!



「姉ちゃんはどうしたんだ?」

「クリスカはお薬貰って来るって。
ちょっと貧血気味?、とか言ってた。」

「そっか、此処んとこ忙しかったからな。
ゆっくり休めって。
そういや、二人で日本の新潟防衛戦にも参加したんだって?」

「うんッ!
カナタがエボ4貸してくれたから、BETAやっつけちゃって良いって。
いっぱい倒して、いっぱい褒められた!」


・・・そういえば、レッドシフトでも単騎で1,500くらい屠ったんだっけ。
今この基地が健在なのは、この娘達のお陰と言っても過言ではない。


ホントは、例えどんなに腕が良くても、こんな子供にそんなコトして欲しくない・・・。
けどよう、結局ソビエトはそう云う国で、そして世界はこんな子どもでも能力が在るなら前線に送っちまう。


ままならねぇもんだなぁ・・・。


Sideout





Side ヴィンセント

ボーニング社アルゴス隊専用ハンガー 17:50


「何もこんな日にまで慣熟飛行にしなくたっていいだろ?」

「こんな日だからさ。
最悪の状況での限界を知らないと、いざって時振り回せないだろ。」

「だからって、イーニァまで乗せるなんて・・・。
一応エマージェンシー・ハーネスも一番性能の良い奴に替えといたから、強化装備ならそこそこ動けるけど・・・。」

「わたしが、お願いしたの。
ユウヤの高速機動が知りたいって!」

「・・・そう云う訳だ。
勿論無理はしないさ・・・。
―――ま、許せ。」

「!、なんだよ急に・・・、オマエが謝るなんて気味悪いな―――」

「・・・午後半日休暇のはずなのに、自主訓練なんかで手間かけさせたからな・・・。
オペ娘[リダ]にも言っといてくれ。」

「―――付き合うのは1時間きっちりだかんな。
悪いと思ってんなら、謝罪なんかより晩飯奢れ。」

「そうだな、・・・いつか[●●●]、・・・な。」

「ああ、どうせオマエはそうだろうさ。
期待せず、気長に待ってるよ。」


昨日トライアルが終わったばっかりだって言うのに・・・、クリスカとイーニァが還ってきて、漸く落ち着けるって言うのに・・・、コイツの戦術機バカは多分死んでも治らない。
インフィニティーズ戦の後、本当に狂ったかと思うまで、そして正に機体の限界ギリギリまで攻め込んだ騎乗。
速度域が高すぎて、これだけ広大なユーコンでも通常の演習区ではすぐ隣の区画に逸脱する。
その為、演習区外で飛行訓練することも常態化していた。
当然、国境を跨る国連管理地ではあるが、演習区域外と言うことは、米国領との緩衝地帯に成るわけで、米国人のユウヤだから認められていた、とも言える。
当然、機密保全の立場上、安全も考慮されてしかるべきだが、米国との共同開発であるXFJ、乃至、フェニックス計画の一環というのも大きい。
無論、ソビエトの租借地である北側は、兵器である戦術機での侵入厳禁、無用に立ち入れば撃墜されても文句は言えない。

ユーコン基地の南側、東から南東はじきにカナダ領。
南東側の、連隊規模のBETAに蹂躙された爪あとも、今は雪に覆われている。
南はバーチ・クリークを超えてクレージー山地、南西は同じくホワイト山地、何れも100km程度の距離がある。
バーチ・クリークの西寄りには人口にして数十人の小さな集落も在るが、それ以外は人も住まない無人の大地。
大抵は南から南東にかけてのなだらかな丘陵と湿地帯が主な飛行空域になる。
その地を流れるアッパー・マウス・バーチは、[River]ではなく小川[Creek]と記される様に極浅い川だが、ポプラや白樺の林の間を幾重にも蛇行し、その流れの変遷で多くの三日月湖など湖沼を形成していた。
テロの時のBETA進路からは僅かに外れていたため、被害は無い。
天気のいい時なら、蛇行するクリークの木々の間を限界ギリギリで翔け抜けるのがユウヤの日課だった。
夏場なら、カヌーや釣りも楽しめるらしいが、勿論今の季節、既に全面凍結している。
白い大地、屹立した木々達だけが、その流れを示していた。


CPの許可にハンガーを出て行くXFJ-1号機、Phase4を見送る。

外に出れば、吹き荒れる白い闇が直ぐにその姿をかき消す。
シャッターが閉じ、入り口付近に舞っていた雪が勢いを喪ったように舞い落ちた。



試験中隊に実弾や大型の実戦装備が無いのは、あのテロの後も変わっていない。
けれどユウヤの高速機動では、2振の長刀をカナード代わりに使用するため、強度や空力特性も考慮して刃引された74式近接戦闘長刀の装備が特別に許可されていた。
刃引されているとは言え、強度は同じ・・・模擬戦で使うシリコンラバーでは撓ってしまい空力デバイスとしてまともに機能しないのだ。
なので、本気で振るえばそれなりの殺傷力も有する。
重量で斬るタイプではないので、飽くまでそれなり、だが。

しかし、実はこのトライアルで白銀少佐とハンガーで話す機会があった。
その際、テロの時に実弾が無くて困ったことも話題になった。
今回少佐達は招聘された時の条件として機密保安上実弾や戦闘長刀を持ち込んでいるが、勿論模擬戦中は野外格納庫に封印されていた。
だが、既存の試験小隊には相変わらず、短刀以外の実戦装備は携行不能なのを聞いた白銀少佐から貰ったのが、XFJ-01の前腕部ナイフシースに格納できる65式近接戦闘短刀と同じサイズのダミー装備。
実はダイヤモンド・ナノロッド凝集体[ Aggregated diamond nanorod](ADNR)と言うスーパーカーボンよりも更に硬い物質で構成されたそれは、スーパーカーボン長刀用のタッチアップシャープナー、つまり砥石だった。

バレればギリギリ反則っぽいが、機動用に認められたユウヤの74式近接戦闘長刀は実質刃がついていないだけなので、スーパーカーボンが研げる物さえあれば、多少時間はかかっても刃を付けられる。
尤も通常ダイヤモンド並みの硬さの持つと言われるスーパーカーボンを研げるものは少なく、大型の設備が必要になるのが常なので、特に問題なく認可されたという経緯も在る。
ところが、このダイヤモンド・ナノロッド凝集体[ Aggregated diamond nanorod]、ビッカース硬度でダイヤモンドの2倍強と言う代物。
XM3で細かい操作も可能になり、戦術機で戦闘長刀を研ぐなんてギャグみたいなことが可能なのだ。
勿論こんなモン、横浜以外じゃ、手に入んないんだろうなぁ。
今回、タッチアップでもゴリゴリスーパーカーボンが研げるそれが、右腕の前腕部には格納されていた。




杞憂・・・ならばいいが―――。


そう・・・、引っ掛かったのは、ユウヤの言葉。
あの周りの迷惑など一顧だにしない、呆れるほどに我武者羅で、それでいて何か期待させずに置かない、無理のしがいが在るユウヤ。
今回の対“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”だって驚愕の超高速戦闘を魅せてくれた。
それもこれも、あの狂気の騎乗から、ついにはハイネマンさんまで動かしてしまったPhase4という機体のお陰でもある。
尤もその後のトライアル、地上戦ではボコボコにされてたし、そもそもその程度で天狗に成るようなレベルの戦術機バカでもない。
故に、こうした地道な自主訓練なのは、判る。


―――だからこぞ、あの零れた一言が不自然。


何時もの様に、此方の迷惑なんか顧みず、征けばいいのに・・・。


鉄砲玉みたいに飛び出して行ってもいいからさ・・・ちゃんと還って来いよ―――。


Sideout



Side リダ・カナレス(XFJ計画専任オペレーター 伍長)

総合司令室 CPルーム 18:10


今夜の訓練プランは、1本だけ―――。
何時ものコース、何時ものメンバー+1。
インフィニティーズ戦直後の、取り憑かれた様な機動から見れば、随分落ち着いて見えます。

Phase3での遷移音速域飛行は、それはそれは限界ギリギリで、管制しているコチラでさえ1本終わると緊張でヘトヘトになる始末。
それを多い時には、正規の訓練時間に4本、日付が変わるまでまた4本とかヤるんです。
それも、ブリッジス少尉だけではなく、マナンダル少尉まで・・・。
それはもう大変でした。
訓練域も、演習区では手狭になって、外縁の無人域まで拡げてしまうし、地面近くを飛行されるとレーダーロストする事もあって何時もヒヤヒヤ。


けど、その介あってか、今回ぶっつけ本番で白銀少佐に挑んだPhase4は、善戦していました。
結果は惜敗でしたが、機動でなら完全に白銀少佐を上回っていたんだけどなぁ・・・残念です。


今回は、トライアル明けての最初の自主訓練。
ブリッジス少尉だけ、それも挙動を確かめる様に1本。
天候は勿論最悪ですが、近い状況は前にも在りました。
何よりもPhase4に変わった空力装備により、時速200マイル以上、大体320km/hの速度域における機動が非常に安定して居るのが、レーダーを追っていてさえ判ります。


「こちらCP、〈Ardos-01〉指定空域東端まであと5,000―――。」

『―――了解。』


その瞬間、2,3度、レーダーの輝跡が瞬きます。

進路変更に伴う、電波障害・・・?

何時ものこと・・・。

そう、考えた瞬間でした。


ピィ―――――――――――――――――


突然の連続音。

え?
何ッ!?
何の警こk・・・・ッ!!

「!!、〈Argos-01〉機影ロストッ!!
通信―――途絶ッ!!
ブリッジス少尉、シェスチナ少尉、データリンク切れましたッ!!
―――共にバイタル不明ェッ!!!」


状況を悲鳴の様に叫びつつ、頭の中が、真っ白になりました―――。



「カナレス伍長、アルゴス隊招集を。
私は司令部に報告に赴き、NORADの衛星情報取得を申請してくる。
以降、呼びかけの継続と、救難信号の探知を継続しろ。」

「い、Yes,Sir―――。」


―――そうです。
不死身のブリッジス少尉が、訓練でMIAなんて在り得ません―――。
カムチャッカでも、レッドシフトでも、ブルーフラッグだって絶体絶命を何度もくぐり抜けてきたエースが!

こんな所で―――!!


Sideout




[35536] §88 2001,11,19(Mon) 18:12(GMT-8) ユーコン基地 演習区外米国緩衝エリア
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/12/26 14:23
'15,06,19 upload
'15,12,26 誤字修正



Side ユウヤ


『こちらCP、〈Ardos-01〉指定空域東端まであと5,000―――。』

「了解―――。」


オペ娘[リダ]の声に応答しつつ、時刻を確かめれば18:12―――。
時間が限られている以上、可及的速やかに行動に移らないとならない。


解っている―――。
解っていて、やっている。

それでもコレは、オレが絶対退けない一線。


隣のイーニァに視線を送ると、コクリと頷いた。


前回ウェラーから教えられた、秘匿封印を解くためのキーワード―――“Be Free”―――とはね。
皮肉、だな・・・。

何時もの極端な匍匐飛行姿勢から、機体を120度近くまでロール、急激なピッチアップを敢行する。
基地方向から見れば、斜め下へのシザーズ機動―――。
当然急激なマイナスGに視界が一瞬暗くなる。
状況はブリザード、一面の白い闇。
それでも近づく地面を頭の中で意識しながら、アクティブ・ステルスを発動させた。
スロットルを急速に絞りつつカナード代わりの長刀角度を微妙に調整、同じ白で境界の判らない積雪面を微かに掠る感触―――そのまま0高度背面飛行に移行する。

目指すは、北―――。
クリスカ―――。













事の発端は3時間前・・・15:00頃に遡る―――。



その時オレは降りしきる雪の中、自室に戻ってきていた。
ハイネマン[おっさん]に指示されていた“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”戦の自機機動記録を提出し、さらに記録には残らない操作性に対する感覚の話をしたら、つい興に乗り、戻りがこの時間になってしまった。
あのオッサンも益々元気・・・嬉々としてなにやら動いている。
期するものがあるらしい。

帰り際聞いたタリサの情報は少し気に掛かったが、その後会ったステラによるとクリスカは買い物に行ったと言う。
実際彼女たちの私室は、まだ何も無い。
元々私物の少ないソ連の兵士だが、それに輪をかけて物に執着してこなかった。
唯一の例外が、イーニァの抱いているくま[ミーシャ]だとか。
言ってくれれば一緒に行ったのに、と呟けば、一緒では買えないモノもそれなりに在るものよ、察しなさい、とステラに窘められた。
一瞬キョトンとしていたのだろう、ユウヤはどんなランジェリーが好みなのかしらね、と笑顔で揶揄された。
確かに一緒に選ぶなど出来はしないし、と言ってこの吹雪の中、女性用アンダーウェアの店先で立っていたくはない。
それでも、二人が狙われる可能性が在る以上、可能な限り一人にしたくない。
流石にサンダークが抑えている以上、白昼衆目の拉致はないと思うが、着替えたら直ぐにでも迎えに行く。
イーニァはVGが昼飯に連れて行ったと言う事で、珍しいことも在るもんだとは思うが、二人がメンバーと打ち解けてくれるのは有り難いし、オレの手が回らないところで、誰かが一緒に居てくれるのは二人の安全確保上も歓迎すべきことだった。


ウェラーに頼まれた亡命の推奨・・・。
タリサに言われた様に、今日も1本だけ自主訓練で高速機動慣熟を入れてある。
それが終われば明日は休みだから、訓練後二人をリルフォートに晩飯にでも誘って亡命を打診しよう。

それが刷り込みかも知れなくても、横浜に転籍となっていても、変わらず祖国に感謝している二人。
確かに、どんな形であれ彼女たちを産み出してくれた、と言う言い方もできる。
その後の扱いについて、オレは到底納得できないが、ただその一点についてなら感謝しよう。
二人はその祖国よりも、オレを選んでくれた。
実際、亡命を勧めることは、その祖国を捨てさせることに等しい。

その対価は・・・。


責任・・・か。
亡命して一緒に違う基地に赴任して欲しい・・・ってこれはもう殆どプロポーズに近い気がしないでもない。
と、言うか、オレ自身がクリスカとイーニァに約束できるものなど、それしか無い。

―――家族に成ること。

遺伝子工学から生み出されたというデザインド・チルドレン。
明確な言葉を耳にした訳ではないが、クリスカが“家族”に憧れを抱いているのは時折感じられた。

本当なら指輪くらい用意したいけど・・・あ、在るか・・・!、確か、お袋の形見が・・・!!


オレが物心付いた頃には、身を飾ることなど全く興味のなかったお袋。
着けていたのは、ほんの小さな石の付いた、指輪だけ。
今思えば、恐らくはお袋を捨てた男に貰った唯一のプレゼントだったのだろう。
お袋の死後、オレがそれを持つはずもなく、こっそりと一緒に墓に埋めた。
それとは別に、お袋が一つだけ大切にしていたのは、お袋の母・・・つまりオレの祖母に譲り受けたという指輪。
じいさんには黙って渡され、オレにいつか大切な人が出来たら渡せと言われた。
確か遠縁に当たる地質学者がアフリカから米国の有名宝石店に持ち込んだ希少石で、後日その1つを指輪にして貰ったとか聞いた気がする。
南部の名家と言うだけ在って、結構大きな宝石だった。
当時は全く興味が無かったし、じいさんに見つかってもまたうるさいから見向きもしなかったが、今なら少しは判る。
確か、ネリスから来る時もバッグに放り込んでおいたはず・・・。

そういえばクリスカの瞳色に似た、透き通る様な青紫色だったっけ。
私物を突っ込んできたバッグを漁れば、確かにそこに在った。
中身を確かめると、正しくクリスカの瞳を思わせる青紫、見る角度によって紫色に寄るところまでそっくりだった。

シンプルなロゴが刻まれた小さな箱を、そのままポケットに突っ込む。




「ユーヤァァッッ!」


そこに泣きながら駆けこんできたのが、イーニァだった。


「クリスカが居ないのッ!!!


抱きとめて何事かと訊こうとした思考が止まった。


―――え?


「―――これが・・・。」


イーニァの掴んでいた一葉の紙には、辿々しい筆致の短い英単語の羅列。


【 Never look for me.[探さないでくれ]
  Please, be well about Иния.[イーニァを頼む]  】



・・・・・・ちょっと待て―――。

なんだコレは・・・??



ドサリと椅子に沈み込んだ。



何が、起きた―――?


拉致はないだろうと油断していた。

なのに・・・自ら行った?

何処に?

何のために?

何の相談も無しに?





強制?

どうやって?

或いは脅迫?

例えば・・・!
狙撃!?
Su-47の評価試験を強要するの時の唯依の様に、イーニァかオレを対象ととする?

否―――、こんな書き置きを残せるなら何らかを伝えて来るはず

メッセージが簡素過ぎる。

そもそも、ソ連に行ったとは決まっt
「クリスカは、クリスカは向こう側[●●●●]に居るのッ」

「ッ!!、イーニァ・・・クリスカが何処に居るか判るのか!?」

「うん!
私はクリスカと繋がっているから・・・。
此処からは遠すぎて“色”は見えないし、“声”も聞こえないけど、どっちに居るか、判るの!」

「―――そっか・・・。」


―――深く、息をついた。





取り敢えず、今のところは無事・・・かどうかの保証はないが、最低限生きている。
行き先はソ連、それも確定事項。


―――今、オレが為すべき最優先事項はなんだ?


混乱している暇はない。
―――考えろ、考えるんだ。

細かいことは全部後回し―――。
何故とか、どうしてとか、どうせいくら考えても判る訳ない。
推測に足る情報がないのだから。
書置きの真意を質す為にも、安全を確保する為にも一刻も早く本人に会わないとならない。

そしてクリスカが恐らくは以前行った研究所に居る、と言う事実。
ソ連に何らかの理由で戻ったと成れば、その理由に拠らず当然クリスカが治った理由を調べられるはず。
最悪解剖とか、されかねない。
どう考えても危険が差し迫っている。


ならば、遣ることは唯一つ―――奪還[●●]

―――全てはそれからだッ!



ПЗ計画研究施設―――前も潜入し、クリスカを奪還しようとした場所。
今、潜入が可能か?

流石に以前サンダークに貰った入出許可がもう取り消されているのは確実。
あの用心深い大尉が二人を“御大[Great Colonel]”に譲渡した以上、そのままにしておくわけがない。

イーニァが居ても相手は軍事施設、潜入・救出ミッションなど、そうそう出来るわけがない。
オレに蛇やIMFの様なスキルを期待されても無理だ。

となれば、前回実行されなかった計画と同じ、戦術機を使った強襲強奪[●●●●●●●●●●●]くらいでしかできないだろう。



ウェラーに相談・・・は無理か。

以前とは状況が違う。
あの時ウェラーがオレを唆したのは、元々XFJの査察を防ぎたかったからの様な気がする。
オレがクリスカの救出に成功したとしても、米国の得られる対価が余りにも小さいのだ。
言い換えれば個人的な事情で起こした暴挙をチャラにする面倒だけ被るようなモノだったはず。

前回口にはしていなかったが、当時からCIA・・・第5計画派の専横を嫌っていた様子。
昨日も今のCIAは嫌いだと言っていた。
キタねぇ仕事と自らは言うが、そんな仕事でも米国の矜持は喪わない、・・・そう在りたいとする良き米国人の典型、とも言える。
その米国人として、他国の土地だからとG弾をばら蒔くような作戦は容認しかねる、と言うところなのだろう。
第5計画の暴走を抑制するには、日米の関係を悪化させ、プロミネンスの縮小に繋がる漏洩の事実が明らかになっては困る、と言う意志が存在したに違いない。

今回も、どんな手管かしらねぇがクリスカを再び略取したソ連には憤ってくれるだろう。
けれど、そこにオレが戦術機で突っ込むのは、どう考えても反対される。
祖国のために、諦めてくれ・・・そう言う姿が目に浮かぶ。
オレが救出に成功したところで、今更第3計画とやらや、ПЗ[ペー]計画の人道的非道を訴えたところで、ソ連には何の痛痒も与えない。
何故なら、被害者であるはずのクリスカ達ですら、それが当たり前[●●●●]の国だからだ。
それ以上は、此方の論理や価値観を強引に押し付けるだけの水掛け論に終始する。
かと言って、米国がクリスカとイーニァを調べ、同じような存在を創り出せば、それこそ本末転倒、到底オレが容認できない。
つまりは、今回も米国の得るものなど何も無い。

対して、失敗したときに喪うものが大きい。
XFJ Phase4―――がソ連に渡る。
XFJ-01が次期主力候補と成っている日本にも、これから開発をする米国にも重大な懸念を与えることは間違いない。

―――しかも、この機体、今もハイネマンの不発弾が眠っている。

昨日のハイネマンの話では、ソ連はアクティブ・ジャマー関連技術は得意とのコトだったが、それは逆に言えば、形状ステルスやアクティブ・ステルス等、“認識されない技術”が不得意であり、ソ連が欲しいのはその分野の技術、と言うことだ。
そこが弱いからG元素研究施設を潰されたりしているわけで、XM3を除けば、喉から手が出るほど欲しい技術、と言う事になる。

けど、待てよ・・・?
ハイネマンや米国にしてみれば、そのアクティブ・ステルスはI/Oまで進化したXM3正規版には通じないし、前回だって同じリスクは在ったわけだから問題は無いのか―――?


ならば問題は・・・、何だ?

ソ連を領域侵犯しソ連軍を襲撃した戦術機が、アクティブ・ステルスを搭載したXFJ-Phase4で在ることをソ連が明らかし、米国を糾弾にすること・・・なのか?

・・・いや、ならばそのリスクは寧ろ救出に成功して戻ってきた時の方が大きいのかも知れない。

―――それは、政治決着した機密漏洩疑惑に決定的な証拠を示してしまう[●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●]行為。
前回オレを唆してまで有耶無耶にしようとした事柄を、今度は逆にオレ自身が根底から覆す事に他ならないじゃねぇか・・・!!

前回はそれを避けるために、奪還後は態々ウェラーのコントロール出来る帰投地を指定してきた。

これは、無理だ・・・。
・・・そうだよな、成功しようが失敗しようが、Phase4で襲撃した事実が明らかに成れば、第5計画派であるCIAに利する行動になる。
ウェラーが止めないはずもない。



―――けれど、オレとしては絶対に譲れない一線。
ウェラーの提示した未来予想図の前提は、クリスカとイーニァが居ることなのだ。
それを欠いた未来にオレは、何の未練もない。

その為に使えるものは何でも使う。


サポート無しに夜中のハンガーから戦術機を盗み出すコトは厳しいが、今のオレにはこの後Phase4を堂々と乗れる時間がある。

17:00以降は隊単位での追加訓練をしない限り基本自由。
但し、22:00以降の外出には申請が必要だし、戦術機や攻撃性の装備を使った自主訓練には許可や、監視が付く。
今日もこの後18:00から1時間、自主訓練を設定していた。
インフィニティーズ戦以来、恒例ともなっているオレの自主訓練には、武器の使用も無いことから最早監視も制限も付かない。
状況を伝えるCPが一人付くくらいのもの。
チョビも今日は休むと言っていた。

内容も、何時もの高速飛行慣熟。
申請はアッパー・マウス・パーチ・クリーク流域・・・。


何時もならクソッタレなこの荒天も、今回は寧ろ僥倖。
この後、益々吹雪く中では衛星からの画像監視やIRトレーサーさえ殆ど効かない。
慎重を期すなら、積もった雪面でゼロ高度背面飛行をすれば良い。
背面飛行は、通常の匍匐飛行よりもバーナー炎が下向きになるため、0高度なら排熱は積雪を穿って拡散せず、雪渠内で急激に温度低下する。
巻き上げた雪も吹き荒ぶブリザードと同化し瞬く間に溝を埋めてくれるから短時間サーチにも引っかからない。


そして、基地の追跡は―――アクティブ・ステルスを起動する事で振り切る―――。
Phase4になっても眠っているハイネマンの爆弾。
統合補給支援システム[JRSS]については空力に対する交換対象部位ではなかったことからそのまま。
アクティブ・ステルスも時間の関係で回収しなかったんだろうが、これこそが[]―――。
クリスカ奪還の切り札になるし、かと言って見つかれば最悪な状況を招く最大の弱点にもなる・・・とはな。

確かにI/Oまで支配し、独自の制御をするXM3正規版には通用しないらしいが、I/Oは旧来のままで、機動制御のみを変更しているLTEやLITE相手には有効。
基本同じプロトコルを制御している基地レーダー群にも未だ有効・・・YF-23が採用されなかったことで一般化されなかったアクティブ・ステルスは、その無名故に基地レベルでも殆ど対策が進んでいないのが現状だった。

演習先でアクティブ・ステルスの隠蔽コードを解除し作動させれば、バーチ・クリークから誰にも捕捉されずに東回りでソ連領に侵入できる。
―――勿論、CPのレーダーもロスト・・・オレは2度目のMIA・・・か。
当然強化装備のデータリンクも欺瞞するから、またオペ娘を泣かせちまうが・・・許せ。

今のユーコン基地に於いてこの機体を捕捉できるのは、正規版を有する同じアルゴス隊の4機のみ―――。
XFJやACTVのレーダー範囲から言って、タイミングによってはバレる可能性も在り・・・か。
コレばっかりは、アイツらを信じるしか無いな。


推進剤は満タンだが、ウェラーの援護を受けられない以上弾薬の搭載はない。
それでも刃引きされているとは言え、74式近接戦闘長刀が2振り在るのは幸運。
F-22の騎乗経験でステルス近接格闘の経験もあるし、近接戦術機格闘術[MACROT]慣性制御機動概念[MCLIC]訓練を怠っていない。
加えてこのXFJ Phase4は、不知火とYF-23のハイブリッド進化系、その機動は現状世界最高峰と言っても過言ではない。
戦闘など最後の手段ではあるが、最悪突撃砲を奪うから無問題―――。



―――タイムリミットは・・・?

機体がレーダーロストしても、ブリザード下の視界では夜間捜索を断念するだろう。
米国領との緩衝地帯だから、他国籍の戦術機が大量に捜索に出ることも嫌うハズ。
救難信号が無いのは不自然だが、不時着のショックで意識を失っていたとすれば、少なくとも日付の変わるくらい迄ならそんなにおかしくはない。

・・・但し、その時にクリスカが搭乗していたら流石にマズい。

となれば、やはり22:00がタイムリミット―――。
それまでにクリスカが居住区に戻っていなければ、誘拐や逃亡も視野に捜索が始まる。
大抵は無申請のままリルフォートで飲んだくれて居るのが発見され、譴責で済むのだが。
申請すれば延長は可能だが・・・本人が居ない今、ID無しで代理申請は無理だ。
MPの捜索が始まってしまえば隠れて戻すことは事実上不可能と見て良い。

オレが訓練中ロストすれば当然アルゴスメンバーには召集がかかるから、その時点でクリスカの応答が無いのはバレちまうが、そこは部隊内だけの問題・・・、戻ってからクリスカが拐取された差し迫った状況を話せば理解は得られるだろう。

クリスカさえ22:00までに居住区なりリルフォートなりに戻すことが出来さえすれば、奪還ミッションクリア―――ってことか・・・。
その後はパーチ・クリークに戻り、片側の主機でもぶつけて、救難信号を出せば良い。
深めの吹き溜まりに填っていたことにすればレーダーロストも誤魔化せる。
アクティブ・ステルスの再封印は出来ないが、作動のオンオフは可能。
・・・事後本体は早めにハイネマンに撤去してもらうしか無いな・・・。



・・・と成ればやはり最大の難関は、研究施設への潜入か。
ただクリスカが自分で行ったのなら、少なくともイーニァはある程度行ける気もする。
―――つまり、気は進まないが、クリスカの位置を特定できる可能性が高い事もあり、イーニァの同行は必須。

国連横浜軍転籍と成っているが、今のところ亡命したわけではなく、二人はソ連に国籍がある。
機密区画に入れるかどうかは微妙だが、イーニァの能力を考えれば可能とも思えるし、それでもダメなら最終手段は戦術機での強行突破だ。


―――何れにしろクリスカ本人と逢って真意を質さないとどうにもならないのだから。



もう一度辿るべきプロセスをなぞって、覚悟を决める。


・・・考えたくは無いが、最悪、クリスカの死亡が確認されたら―――、残されたイーニァを守るためにも即時撤退、バーチ・クリークに戻るしか無い。

そして、門限[シンデレラ・タイム]に間に合わなかった場合は・・・。
やはりクリスカの同乗がマズい。
予めイーニァと一緒に騎乗申請しておくことは出来るが、訓練開始時のデータリンクは隠蔽できないからバイタルで不在がバレる。
救難信号に迎えに来てくれるのが、アルゴスなら話せば理解してくれるだろうが、他のメンバーが他国籍で在る以上、救難チームは米国側の警備部隊である可能性が極めて高い。
―――誤魔化しは通用しない。


・・・まあ、コレは今考えても仕方ない、か。
間に合わないと決まったわけでもない。
先を憂いて尻ごんでいたら間に合うものも間に合わない。
最優先事項は、クリスカの可及的速やかな確保!



「ふッ・・・。」


相当に分の悪い賭―――。
杳として見通せない先行きであるが、不思議と落ち着いている自分に、失笑した。
ウェラーから輝かしい未来予想図を聞いた時には現実感がまるで無かったが、死地に自ら飛び込むに等しい今、それをひしひしと感じる。

これがオレのリアル―――。
二人と一緒なら―――それもでも、良い―――。

だから、征く。

別にまだそうなると決まった訳じゃないし、クリスカを喪う未来に比べたら、希望は在る。



「・・・イーニァ、聞いてくれ―――。」

「ウン・・・クリスカを迎えに行ってくれるの?」

「ああ―――。
オレにはクリスカとイーニァが必要なんだ。
先刻のクリスカの位置が判るってコトなんだけど・・・。」

「横浜で純夏や霞と練習したの。
お薬や眠くなるのをしなくても一つに成れるように・・・。
そしたら、―――クリスカだけなんだけど―――、何処にいるか、大体判る。
それに他の人は10mくらいじゃないと見えないんだけど、クリスカとは、100mくらいでも“声”が聞こえる様になった。」

「・・・それは、クリスカ限定?」

「他の人は、・・・純夏と霞なら同じくらい出来るかもしれないけど試してない。
その他の人は、無理。」


なるほど、強力な相手限定のテレパスってコトか?
やはりクリスカの位置を特定するには、イーニァが必要って訳だ。


「・・・ちょっとオレにも試して貰って良い?」

「ん!」


どうせ訓練開始まで時間があるので検証してみると、当初何も起きなかったが、やがて幾つかの映像が見えた。
前にも見せてもらったプロジェクションってヤツなのだろう。
それは最大で100mくらい届く。
以前聞いた、というか他の人だと今でも10m前後と言うから、能力が拡大しているのか、オレ限定なのか、研究者ではないオレには判断が付かない。


「ごめんなさい・・・やっぱり“声”は届かないみたい―――。」

「ああ・・・いや、十分!」


不安げなイーニァを引き寄せ、頭を撫でた。

―――流石に通信機代わりなんて、そうそう都合良くは行かないよな。
けれど、クリスカと繋がるだけでも僥倖。
それ以上は、ESP発現体ではないオレの所為で、イーニァに強制することでもない。


「・・・OK、じゃあ段取りを詰めよう。」


Sideout




Side ウェラー

ユーコン某所DIC事務所 18:12


「未だ、見つからんのか!?」


つい、苛ついた声が漏れてしまった。
しかし、昨夜ブリッジス少尉に、二人の亡命推奨を依頼したばかりで、この状況―――。


「は・・・。
やはり強引な拉致の事実は在りません。
ビャーチェノワ少尉本人は、ウェラー部長の仰る通り、エージェントが周囲に存在することに気付いていたと思われます。
その、いわば味方のエージェントを撒いて振り切ったのは、彼女自身。
女性モノのアンダーウェアショップから、まさか一人で裏口から抜けるとなると、状況から見て、本人の意志[●●●●●]で、行方を眩ませたとしか・・・。」

「―――ムウ・・・。」


XM3トライアルに合わせて派遣された我々は今回、言うなれば“ユウヤ・ブリッジス”サポートチームの一面を持っていた。
“紅の姉妹”の亡命申請が為されれば、即座に発効される原隊復帰命令―――それまでの万全のバックアップ、それが今後の国防に直結しているからだ。
本人は全く斟酌してない感じだったが、彼の存在は今現在、本人が思っているよりもずっと重要な位置に在る。

第5世代戦術機開発計画[ADFX-01]”―――。

米国がG弾という切り札を失った今、可及的速やかに成立させなければならない計画の一つ。

それは、昨夜のPAK FA、“T-50”リークで、益々重要性が高まった。
日本のXFJ-01、そしてソ連のT-50。
近接戦闘能力に長け、ハイヴ攻略を目指したコンセプト―――。


我が米国には幸運なことにハイヴが存在しない。
しかし故に、その経験とK/Hに於いては、後塵を拝していると認めざるを得ない。
勿論、世界各地に派遣する海兵隊や、国連軍協力部隊にはBETAと戦っている兵士が居ないわけではない。
しかし基本的に我が国の政府は、国土防衛に直接関係ないところで米国人の兵士が失われることを極端に嫌う。
朝鮮、ベトナム、そしてパレオロゴスやスワラージなど、過去、他国で多くの犠牲を出した政権は次の選挙で尽く敗退しているせいで、一種政治的トラウマと化していた。
故に各地に展開している部隊も、最前線は現地当事国に任せ、側方・後方からの支援が主流、故にBETA接敵経験を持つ者が、比率として圧倒的に少ない。

元々オピニオンリーダーだったG弾推進派が描いていたのは、正に明星作戦[Op.Lucifer]の様な殲滅戦なのだ。
当初の陽動は現地部隊任せ、G弾投下後突入する。
それなら最深部の制圧以外は殆ど戦闘が無い状況となる。
当然G弾の功績は大きく、それに合わせて突入できる米国部隊がG元素確保の最重要拠点である“アトリエ”を制圧できる可能性が高い。
米国に取ってはむしろ反応炉などどうでもいいのだ。
つまりは、この戦術なら他国にあるハイヴであっても、最重要戦略物質である、 G-11[グレイ・イレブン]の確保が可能だった。
それこそがG弾推進派が提唱していたループでもある。


だが、その目論見が根本から崩れた今、米国が行わなければならないのは、本気でハイヴ突入戦を想定した部隊の創設―――。
他にも幾つもの計画が立ち上がってはいるが、この計画は一番早期実現できる可能性が高い。

そこに、最も相応しいのが、彼なのだ。


高い近接戦闘能力。
カムチャッカやレッドシフトでBETA近接戦闘も経験している。

御子神大佐や白銀少佐の愛弟子とも言え、近接戦術機格闘術[MACROT]慣性制御機動概念[MCLIC]にも習熟。

米軍唯一のXM3エキスパートにして既に“レベル5er[ファイヴァー]”。

そして、戦術機による遷移音速域戦闘という、新たな領域の開拓者でもある。
その機動領域では、機体構成含め、白銀少佐すら凌駕したと言っても過言ではない。

加えて、深い考察と、重層的な思考、指揮官としての作戦展開能力―――。


今後の機体開発、そして部隊創設とその運用、その象徴性に於いて、少なくとも現状欠くことの出来ない存在―――それがユウヤ・ブリッジスだった。


G弾が使えないのに G-11[グレイ・イレブン]が戦略物質足りえるのか、と言う議論も別にあるが、今後ML機関の活用研究なども再開されるため、その重要性は変わらないとされている。
存在が確実視されている第4計画のBETA鹵獲技術でも、使われる可能性が高い。
非合法破壊工作の代償として第5計画が秘匿していたG弾を支払ったとの話もある。
G弾の危険性を指摘した第4計画がそのまま使う訳がないから、原料である G-11[グレイ・イレブン]確保に動いていると見ていいだろう。

そう、その分野でも、過去の遺産であったHi-MARFの残骸を接収したのもやはり第4計画―――。
危険極まりない、搭乗員をミンチにしたXG-70を使える目処が立ったからこその接収・・・。
ここまで完全に出し抜かれている、と言って良い。

第4計画は、“00ユニットによる、対BETA諜報と、齎された情報による対BETA戦略の構築”―――を目標としていた。
だが、遅々として捗らない00ユニットの制作に、年内打ち切りの声も高まっていた。
所詮妄想理論に依る、インチキ装備・・・それがロスアラモスの見解でもあった。


―――それが約1ヶ月前、突然変わった。

プラチナ・コード―――つまりXM3とその周辺機動技術
“香月レポート”に“バーナード星異説”。
地味ではあるが重要だった“擬似生体の改良技術”は今まで人類には未知だったヒトゲノムの操作技術が含まれていることも判明したし、何よりも新潟防衛戦で“Amazing5”が概念実証した装備の数々―――。
そこには“BETA鹵獲技術”が使われているとしか考えられないのだ。

つまりは“00ユニット”完成によるBETA情報の鹵獲・・・それが既に一部成功していると言うことであり、既に11月29日に国連の安全保障理事会に第4計画から緊急動議提出が打診されている。
プラチナ・コードの公開に始まり、XM3、香月レポート、ラプターショック、そして新潟防衛戦―――。

その、今後のBETA戦略を根底から変えてしまうかも知れない“第4計画”と、最も近しい“米国人”もまた、ユウヤ・ブリッジスと、・・・困ったことにフランク・ハイネマンなのだ。


実態はどうあれ、日本と米国は同盟国、国防上の問題は顕在化していない。
BETA戦略における米国の立ち位置、そしてBETA戦後を睨んだ国際戦略―――。
一方的な安保破棄やG弾の無警告投入等、懸念事項も多数あるが、今日本との関係を悪化させる訳には行かないし、日本政府とも内々の準備は進んでいる。
―――あの帝都の怪人[ヨロイ]がチョロチョロしているのが、気に食わないが・・・。
少なくとも米国内の多数派[マジョリティ]である良識派はその方針だった。

どんな最新の技術であっても、公開すればやがて陳腐化していくのは進歩している証でもある。
BETA鹵獲技術も一旦技術提供さえ受けてしまえば、研究も開発も、そして生産も、米国は他の追随を許さない。
技術は更なる発展を遂げ、世界をリードし続ける“力”が、米国にはある。
BETAに国土を齧られた日本では、決して世界の領袖には成れないし、また日本はそれが判っているから、その気もない。


だが―――。
危険なのは第5計画派。
今は、そのアイデンティティを喪った形であり、一時の勢いは喪っていようが、過激な一部は更に先鋭化する可能性も否定出来ない。
“欲しければ奪えば良い”という、ある意味悪い面での米国人の典型。
手段は、金、謀略、暴力、なんでもあり。
あらゆるモノを狙ってくると考えられる。

その意味でも、彼の確保は重要だった。



そこにこの、ビャーチェノワ少尉の失踪―――。

前回、あの無茶苦茶な計画にも飛び込もうとしたブリッジス少尉だ。
彼女が行方不明と成れば、どんな無茶でも為出かし兼ねない―――。




「なんだと?、ビャーチェノワ少尉がソ連領へ?、何時だ?」


唐突に通信員が叫ぶ。


「・・・何処だ?」

ПЗ[ペー]計画研究施設です―――。」


私の問いに、即座に答えが返る。


「・・・あの研究施設に自ら戻った?
確かに、国籍はソ連、国連軍所属であれば、施設の入り口までは行けるだろうが・・・。
何故発見が遅れた?」

「連絡が入ったのは、先ほど・・・、彼女が入ったのは15:00前後かと思われます。
・・・たまたまモグラの交代時間が18:00だったのが遅延理由、ですね。
その間は、警備室で全体を俯瞰していた者が不在でしたので、ビャーチェノワ少尉の動向を見落とした可能性が高いと思われます。」

「・・・モグラも万全とは行かないにしろ、大失態だ・・・。
狙われる可能性を重々承知していたのに、捕捉しきれず対象を3時間も見失った結果、敵地に戻られるなど・・・。
―――現状からのリカバーは可能か?」

「・・・最重要機密区画内まで入室した形跡が在るとの事ですが、拉致の事実が確認されていないことから正面からの抗議は通りません。
最重要機密区画の中までは、目が届かないので状況把握も不可能・・・。
・・・我々の敷いた体制を根こそぎ壊す覚悟があれば非合法の略取も可能だと思われますが・・・正直オススメは出来ません。」


確かにそれは無理だ。
米国の諜報の事実を明かす訳にはいかない。


「・・・・・・ブリッジス少尉は?」

「―――つい先程、何時もの夜間高速飛行慣熟訓練に出かけたようです。」

「・・・ビャーチェノワ少尉失踪の事実をまだ知らない・・・と言うことか・・・?」

「まあ、22:00迄は基本自由な休暇扱いですから、その可能性も・・・。」


その時、別の係員が声をあげる。


「!!―――、〈Argos-01〉、訓練飛行中レーダーロストしましたッ!!」

「はぁッ!? レーダーロストッ!?」

「バイタルも不明・・・墜落?・・・撃墜?」

「-――映像は?、NORADの衛星IR追尾は?」

「!、確認します・・・が、この悪天候では無理だと思ってください。
・・・NORADの時間推移IRトレーサーでも、数点しか捉えられていません!」

「天候が・・・っっっ!!、まさかっっ!?」

「 ?? 」

「シェスチナ少尉の動向はどうなっている!?」

「・・・シェスチナ少尉はブリッジス少尉の訓練飛行に同乗しています。
共にバイタル、感ありません。」


―――やはり、そうかッ!!

彼の機体のアクティブ・ステルスは未だ撤去されていない!
この天候をも味方に付け、ビャーチェノワ少尉を奪還に動いたかッ!!


・・・何という思い切りの良さ。
全く・・・諦める、と言う言葉は彼の中にはないのだな・・・。
アレだけの輝かしい未来を提示したのに、場合によっては全てを捨てる事になるのを理解した上で―――それでも、征く―――。

恐らくは、速やかに奪還し、MIAの間に戻ってくる算段なのだろう。
彼がPhase4に存在するアクティブ・ステルスの危険性を理解していないとも思えない。
だからこの悪天候の中、訓練中行方不明などという手段をとった。
・・・これからソ連軍の研究施設を襲撃するのは、G元素研究施設と同じ、正体不明のテロリストと言うわけか。

正直相談して欲しかったが・・・、相談されたらやはり反対しただろう。
リスクが・・・大きすぎる。

―――かなり分の悪い賭だぞ、ブリッジス。


だが、彼はもう走りだしてしまった。
当然、相当の覚悟を以て決行したのであれば、止める手段は皆無。
だとすれば―――、我々は如何なる状況でも戻って来られるよう手配するだけか・・・。


「・・・該当地区の潜入工作員[モグラ]に通達―――。
恐らくブリッジス少尉は、訓練中行方不明を装い、例の研究施設に向かっているものと想定する。
でなければ、シェスチナ少尉の同行が不自然だ。」

「ッ!!、そうかッ!!」

「今、合衆国は彼を喪うわけにはいかない!
潜入・奪還・帰還、全てに於いて可能なかぎり、サポートしろ!」

「了解・・・施設警備状況確認・・・・・・え??
ПЗ[ペー]計画研究施設のセキュリティレベルが極端に下げられています!
これは・・・パスワードがワイルドカード状態・・・何を入れても通過できます!」

「な―――ッ!?」


まさか、他にも協力者が!?

―――或いは・・・“罠”、かッ!?


Sideout




Side リダ・カナレス(XFJ計画専任オペレーター 伍長)

統合司令部B01 C-108 18:30


「全員・・・あつま・・・ん?、ビャーチェノワ少尉はどうした?」

「・・・今戻ってきているところと推測しています。
午後軽い貧血でしばし医療センターにて休養していましたが、その後は回復し、リルフォートに日用品の買い物があると、出掛けました。」


ドーゥル中尉の問いに応えたのはブレーメル少尉。


「食事して戻る途上とも考えられるが・・・、何時も二人で行動している彼女が、シェスチナ少尉の行動に無頓着、と言うのも解せんな・・・。」

「「「・・・。」」」

「まあ、いい、先に始めよう。
カナレス伍長、状況説明を―――。」

「は、はい。
本件は、ユウヤ・ブリッジス少尉及びイーニァ・シェスチナ少尉の自主訓練に於けるユーコン基地演習区域外MIAについて、です。
訓練目的は、XFJ-1号機 Phase4の高速飛行慣熟。
行先は、基地外縁部バーチ・クリーク地区、アッパー・マウス・バーチ・クリーク流域です。
現地天候は、ブリザード状況、風速は事象発生当時で20m/s前後でした。
参加は2名で、ユウヤ・ブリッジス少尉がパイロット、操作取得を目的にイーニァ・シェスチナ少尉がサブ・ハーネスで同乗していました。

18:00 申請定刻通りに第7カタパルトにて離陸、帰還予定は18:50。
18:05 基地外縁より、当該地区に進行。

当時の高度は約30m、飛行速度は500km/h前後。
これはシェスチナ少尉を同乗させて居るためと思われ、以前のブリザード時飛行記録では高度15m、速度も600km/hで巡航しています。


以降〈Argos-01〉は機首を東に向けて順調に飛行。
時折10mくらいブレる事がありましたが、以前のPhase3機体に比べ、高速域の安定性は格段に上がっており、何の問題も確認できません。

18:12 申請演習区域東端まで5,000と警告
了解、との応答がありましたが、後の確認ではその直後速度が一気に0近くにまで落ちて居ることが判明しました。
その時には、レーダーから機影が消え、同時に戦域データリンクによる反応もロスト―――。

以後、現在に至るまで、レーダー機影、音声通信、データリンク、救難信号、どれも確認されていません・・・。」


最後は半ば泣き声になってしまい、テオドラキス先輩に肩を抱かれました。


「・・・因みにNORADにも確認したが、画像確認及びIRによる航路トレースは、この天候下では不可能。
機体が燃料満載だから、万が一墜落すればその爆発なら十分捉えられるが、〈Argos-01の〉レーダー消失時間前後にその様な熱源は観測されていない。
状況から考えて、〈Argos-01〉は当地に墜落、乃至不時着したものと推定される。
現在、短時間観測の時間履歴を確認してもらっているが、不時着地点の特定はまず無理だと考えていいだろう。
レーダーもこの天候では時折電波が乱れ、精度が極端に落ちている。
同様にGPSの電波も撹乱されまともな計測もできていない。
よって捜索隊の派遣も現在見合わせている。

―――状況は厳しいが、直ぐに我々が動ける状態でもない。
まずはアルゴス隊各員の意見を訊きたい。」


3人のメンバーを見回す中尉。


「・・・大丈夫なんじゃねェの?、アイツがこんなヌルい状況でクタバル訳ねェじゃん!」


不貞腐れたような声を出したのはマナンダル少尉。


「速度は時速にして500km/h程度って事は、秒速で140m/s程度か・・・今のブリザード最大瞬間風速で30m/s程度・・・。
戦術機に搭乗しても衛士が見ている世界は、一面の雪・・・ってか光度増感しても、全周360度、何処を見ても何も見えない白い闇みたいなもんだ。
その中で、10mも不意に跳べばパニックに陥りそうだけど、それはルーキーの話、アルゴスの・・・今ではユーコン基地のエース様だぜェ?
アイツ、反射的に0.2秒程度で修正してくるんだ。
殆ど、無意識レベル。
自分の機動の中で、正確に地面を把握している。
それでなければ、cm単位で0高度を飛行する機動なんか出来るわけねェじゃん・・・。」

「・・・俺もマナンダル少尉[チョビ]に同意。
最後の急激な速度変化は、何かに衝突したのではなく、急激な旋回に依るシザーズ機動だと思う。
何らかの障害があった可能性は否定できないが、アイツの力量から言って、急減速し、生存可能な状況で雪面不時着する確率が高い。
・・・一番可能性が高いのは何らかのトラブルで不時着したことだが、意識が在るならデータリンクが切れるコトは通常ない。
となれば、その際立木等に接触し、雪に投げ出されたと同時に、データリンク用のアンテナを破損、通信途絶した・・・という事態が最も妥当、じゃねえか?
何れ気がついて、救難信号を出してくる事を待つしかないが・・・な。」

「・・・成る程、あの地区の川や湖沼は、今は凍って雪が覆っているし、仮に戦術機の重さで氷が割れても、そもそも機体が沈むほどの深さがない。
状況にもよるが、あの地区はなだらかで障害と成るのは立木程度、地面が数mの雪であることを鑑みれば、不時着したとても強化装備を着ている彼らは致命傷に至らない可能性が高い、と言うことか。」

「「―――ああ。」」


応えたのはジアコーザ少尉とマナンダル少尉。

・・・なんとなく、ほっとします。
誰よりも彼の腕を知る二人が、生存を確信している・・・。


「・・・ブレーメル少尉は―――どう考える?」

「・・・ブリッジス少尉の技量を鑑みれば、私も同じ、この程度の天候でもMIAとなる事自体が信じられません。
故に・・・その他の可能性は皆無なのでしょうか?
例えば、Phase4の情報が欲しい勢力の罠であったり、・・・あるいは自らデータリンクを切った可能性は?」

「・・・常識で考えれば、現実的ではない・・・な。
当該空域に、〈Argos-01〉以外の機影はなかった。
F-22並のステルス性能なら、この吹雪で隠れることも出来るが、消失直前に戦闘は疎か接敵報告も無い。
それこそブリッジスが何の反撃もできず沈黙する相手は、まず居ないと考えていいだろう。
しかも、今回はあの直感の塊みたいなシェスチナ少尉が同乗している。
―――まして、自らの意志でデータリンクを切る意味が判らん。
あんな何も無い原野に戦術機を置いて、このブリザードの中、何処に行くと言うのだ?」

「・・・・・・。」

「・・・何が疑問なのだ?、ブレーメル少尉。」

「・・・不自然なんです。
未だ戻ってこないビャーチェノワ少尉も、何時も決して他人を乗せなかった高速慣熟飛行に、シェスチナ少尉を今回急に乗せたブリッジス少尉の行動も・・・。
―――何か・・・、何かキーワードが足りない・・・。
私達の知らない、重要なキーワードが足りないから判らない・・・、そんな気がするんです。」

「「「・・・・・・。」」」


そんな・・・。
何か別の理由が、在ると言うんですか?


「・・・違和感が在るのは認めよう。
だが、少なくとも論理的に説明できない事で動くわけにはいかん。
・・・そこは、理解してくれ。」

「・・・判っています。」

「だが、ビャーチェノワ少尉の不在は確かに懸念事項ではある。
・・・MPが動き出さす22:00にはまだ間がある。
ジアコーザ少尉は悪いが、一応リルフォートの飲食店を回ってみてくれ。」

「は―――、了解です。」

「何れにしても、不時着地点が曖昧である事と、米国との緩衝地域である事、夜間、且つこの最悪な天候を考えると2次遭難の危険性もあり、捜索隊派遣は暫く見送られるだろう。
レーダーロストしているとなると、吹き溜まりに埋没している可能性が高い。
救難信号の受信を待って動くことに成る。
ブレーメル少尉、マナンダル少尉は救護に備え、出撃できる状態で控室待機とする。
無論、位置が位置だけに他国籍の我々では許可されない可能性もあり、その場合は警備部隊が出向くだろう。
天候状況、情報取得の推移に伴い、適宜連絡する。
・・・何か、質問は?」


もどかしいけれど、救難信号が出ていない以上、雪に埋れていると考えられる機体を、夜間、しかもこのブリザードの中捜索するのは不可能なのです。
不時着であれば、強化装備を着けている衛士、生死に関わる事態には成っていないことを祈るのみ。
いずれかの意識回復を待ち、救難信号を捕捉次第救助に向かう準備だけして待機することしか出来ません。


「では、各自行動を!」


―――元々長いのに・・・更に長い夜が始まりました。


Sideout




[35536] §89 2001,11,19(Mon) 18:50(GMT-8) ユーコン基地 ソビエト占有区画 ПЗ計画研究施設
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/12/26 14:25
'15,06,26 upload
'15,12,26 誤字修正



Side ユウヤ


ПЗ計画研究施設の潜入は、拍子抜けするほど簡単だった。


今季最大と言うだけ在ってブリザードもいよいよ荒れ狂い、視界が2mも確保できない為、外部の監視カメラさえ効かない。
XFJ-01を建物の死角にある使われていない非常階段近くに置く。
当然監視カメラの死角になる位置、吹き溜まりになっているため下肢を堆い雪に埋める事が出来た。
そのまま置けば、じき上体も薄く雪が覆ってくれるだろう。

しかしステルス―――確かに剣呑な性能だ。
今までF-22EMDが当面のライバルで、ステルスをなんとなく敵視していたが、隠密行動に於けるその有効性を改めて認識させられる。
ソ連がトラウマを抱えるのも尤もだった。

ある程度のリスク覚悟でこの位置にしたのは、イーニァが感じるクリスカの居場所に近い、と言う。
当然脱出は速やかにしたい。
下手に距離を置いても、雪中移動だけでかなりの時間をロスする。
このクラスのブリザードとなると数十mの距離に辿り着けず、凍死する例も数多い。
刻限は決まっているのだ。

衛星のIRサーチを考えれば全開で匍匐飛行するコトは避けたい為、出力は抑えた。
来るだけで15分、人気のない且つ目立たない位置を探すのに更に15分掛かっていた。
一方で無事脱出したとしても、今度はクリスカを居住区に送るのにも同じぐらいを見込む必要がある。
脱出のリミットは、21:30と言う事に成るだろう。

イキナリ戦術機で破壊・・・というのも在るかも、とチラッっと思った。
けれど、10m以上の距離でイーニァが判るのは、クリスカの位置だけ。
しかも、眠らされているのか、今は“声”も届かないという。
生きていることは確かだが、予断を許す状況でもない。
だが、施設破壊となれば当然大騒ぎ、哨戒部隊も急行してくる。
運次第でもXFJ-01を目撃するものも出てきてしまうリスクは増大する。
肉視だけならしらばっくれるが、アクティブ・ステルスが欺瞞するのは飽く迄レーダー情報と戦域データリンクだけ。
戦術機の光学センサーまでは欺瞞しないから、撮影されてしまえば証拠が残る。
一切姿を見せぬまま終わらせる事が前提なら無茶は出来ない。

流石に非常口からの潜入は無理だったが、以前の侵入経路に回ってみれば、サンダークの設定したセキュリティパスが未だ生きていてオレ自身が難なく入れた。
監視カメラの映像だけは厄介だが、コレも持参のPDAから所内のLANに繋ぎ、前回念の為にウェラーに貰ったウィルスソフトをサーバーに転送することで欺瞞する。
LANで繋がっている構成の監視カメラ映像を、指定時間だけ固定化するだけのシンプルな欺瞞、その後は自己消滅するとか。
最重要機密区画のパスコードも、ウェラーに教わってメモしていたコードがそのまま使えた。
・・・こうなるとウェラー様様だな。
たまに巡回はあるがそこはイーニァが一緒なのでやり過ごせる。


けど・・・セキュリティが妙に緩い。
クリスカの帰還が自主的なものであるなら、確かにセキュリティを引き上げる理由が無いのか?
だが、勿論そんなに甘くはない。
病室エリアを前にイーニァが呟く。


「・・・ダメ・・・、通路がない・・・。
歩哨が居るの。」


テーザーガンを手にする。


「・・・遣るか?」

「―――ううん、その先は居ないはずだから、わたしが引きつける。
その間に進んで?
適当に撒いてから、追いかける。
いっつも抜け出してたから、そういうのは得意なんだよッ。」

「・・・解った。
でも気を付けろよ。」

「うんッ!」

「・・・そうだ、オレへのプロジェクションなら出来たよな?」

「出来るけど・・・。」

「一応辿った途を分岐毎に送ってくれ。
コッチが先になれば、それに追いつくようにするから。」

「判った、やってみるねッ!」


そう行って離れるイーニァ。
ハッキリ言って心配だが、この施設内での立場とその能力からすれば、危ないのは寧ろオレの方。
イーニァは見つかった場合、捕縛はされても攻撃はされないだろう。
オレの方は・・・問答無用に掃射だな・・・。


やがて遠くからロシア語が聞こえ、離れてゆく。
イーニァが上手く呼び寄せたのだろう。
戻ってくる前に済ませなければならない。

そんな事を思いながら以前もモニター越しにクリスカと話した警備室までたどり着いた。

中には入らず、モニターだけ確認すれば、以前イーニァと来た時と同じ病室のベッドに突っ伏している姿が見える。
・・・眠らされているのか?


先を急ぐ―――。
この先が最難関・・・のハズだったのに、前回ウェラーが日替わりだと言っていた病室区画のパスまでが難なく通った。


・・・此処迄来ると不自然。

ウェラーが気付いて仕方なくサポートしてくれているのか・・・。
或いは誘い込まれた?

前者なら良いが、後者はマズい。


ドアの内側操作版を適当に探し、“開放”設定する。
罠だったとしても、もう行くしか無いのだが、閉じ込められるのは、勘弁願いたい。
更に脇に在ったパイプ椅子を挟み、閉じないようにしておく。


そして目的の病室に侵入した。
ここでも扉には椅子を挟んでおいた。



殺風景な病室、照明も薄暗く、この建物全体、何処を取っても陰鬱な印象しか受けない。

その傍らのベッドに突っ伏す薄い紫の髪。
小さく、ゆっくりと上下するその背に安堵する。
服装だけはリルフォートに出たときと異なり、薄い布地のプルオーバーになっていた。


19:50―――時間はない。
ハッキング設定や、歩哨の回避に思ったより時間を取られている。

その華奢な肩を揺する。
2,3度目に一度ピクンと反応して、寝返り、ベッドの上にモソモソと身を起こした。


「クリs・・・」


声を掛けようとした途端、柔らかいものが懐に飛び込んできた。

そのまま受け止めると、無防備に抱きついてきた為、薄い布一枚の下で、下着も着けていない胸が柔らかくひしゃげ、反発するように自己主張する。
コッチだって強化装備だけ、そこに当たる尖端の感触さえ判ってしまうのだ。
しかも―――それだけじゃない。
抱きとめた際、脚が内側に入り込んだ。
太腿の内側が柔らかく密着する感触。
強化装備の場合アレはプロテクターで覆われているため、直接刺激を受けずに助かったが、全身で感じる“女の肉体”は刺激的すぎた。
今までは余り感じたこと無い、圧倒的な“女”が煩悩を直撃する。


「!、クリスカ、寝ぼけてんのかッ!?」


有無も言わさずギュッと抱きついてくる。
首筋に顔を埋め、密着する胸、擦りつけてくるような下腹部の柔らかさ。
コチラに全幅の信頼を寄せて抱き縋る女体、無防備に、寧ろそうされることを渇望しているかのような、男を誘う艶めかしさ―――。
・・・触れれば、墜ちる―――、それが判ってしまう。

男の本能に従い、キツく抱きしめようとするその手が肩を掴み―――





―――強引に引き剥がした。



「―――てめえ・・・クリスカじゃねぇな!?」


自分でも驚くような冷たい声に、女は臆することもなく、蠱惑的な、嫣然とした笑みを魅せる。
勁い瞳の煌きに逆に圧倒される。
その姿は、紛れもなくクリスカ・・・けれど、纏う雰囲気が違う。


「―――私[]クリスカだ。」


女はオレに肩を掴まれたまま、気にすることもなく右手の指を薄いプルオーバーの襟元に添える―――と、一気に引き裂く。
仄暗い照明にもヌメるように白い肌、美しい曲線を描くまろやかな膨らみが零れ、控えめに主張する淡い桜色の乳首、脂肪の一切浮かない滑らかな腹、ささやかに淡い茂みまで惜しげなく晒す。


「・・・この身体は、細胞の一片までクリスカと同じ・・・。
唇も、胸も、脚も、そして性器までも、この肢体[カラダ]は全部、貴方のモノ。
奪っても、嬲っても、壊しても構わない・・・スキにして、構わない。
思う存分、欲望をブチ撒けて―――。」

「・・・てめぇ、マーティカか!」

「・・・そうだ。
・・・アレ[●●]から聞いていないのか?
私はアレ[●●]の優性クローンだ。」

「・・・なに?」

「なんだ、アレ[●●]はなにも話してないのか?
唯の試作品が人間ぶっても仕方あるまいに、・・・男に媚びるタチか。」

「・・・てめェ。」

「憤ったところで、事実は変わらん。
私達は、明確に目的を有して設計された“道具”、素材が金属やプラスチックではなく、“肉”と言うだけだ。
こんな無駄な肉、何に使うのかと思っていたが・・・、貴方が気になるならそれも一興。
アレ[●●]と同じ、というのが少々気に食わないが、・・・存分にイジって構わないぞ?」


顕な自分の胸を下から掬うように白い指を食い込ませる。
指に挟まれて、淡い色の先端がツンと尖る。


―――チクショウ!

思わす、肩を突き放した。
クリスカと同じ顔で、同じ身体でそれをヤラれると無性にイライラする。

評価試験の時に似たような娘が居ることは気がついていた。
それでも、居住区も違うイーダル試験小隊とは普段の接点はない。
コチラ側にしょっちゅう入り込んでいたイーニァが特殊なのだ。
コイツの事は、二人の後を埋めたидол[イーダル]-01〉との認識くらいしかない。
今までは面と向かって話すことが無かったし普段は遠目で、しかも髪型が違うから気付かなかったが、確かにその顔の造作や身体つきは双子という範疇を超えてそっくり。
―――クローンという存在、黙っていれば錯覚してしまいそうだ。


「・・・何故、オレにハニトラなんか掛ける?、オマエにとっても意味が無いだろうがッ!」

「・・・心外だな。
これはハニートラップなどではない。
私も貴方に興味が有るのだ。
自らの意志も込めて、貴方を求めている。

・・・フフン、貴方は自らの重要性をちっとも理解していないのだな。」

「・・・どう言う意味だ?
クリスカを略取しただけじゃ無いのか?」

アレ[●●]の確保は別の意味も在るが、端的に言えば、ユウヤ・ブリッジス・・・貴方を誘い込むためのオトリに過ぎない。」

「!!ッ―――、道理でセキュリティがザルな訳だ・・・。
まんまと誘い込まれたって訳か。
クリスカとイーニァを確保して、後は不法侵入したオレを射殺すればOKってコトだな。」

「―――バカだな、だったら私がこうして誘う必要もない。
・・・もうとっくに射殺している。」


クスクスと本当に可笑しそうに笑うマーティカの言うとおり・・・。
潜入が誘い込まれたというのなら、いくらでも実行可能だ。


「それどころか、真実を全て知った上で、それでも貴方が戻ると言うなら、妨げもしない。
アレとイーニァが欲しいなら、連れていけば良い。」

「な―――!?」

「言っただろう?
私が欲しいのは、貴方なのだよ―――。」

「・・・・・・。」


・・・意味が判らねェ。
クローンと言うことも含め、コイツもПЗ[ペー]計画の生み出したデザインド・チャイルドであることは明確。
何故コイツがオレなんかを求める?


「・・・譲渡された時点でもう、アレらは使えなかった。
XM3を搭載したTYPE-00戦が最後・・・2度目の極限プラーフカを行ったのだ。
その顛末は貴方の方が知っているだろう?
サンダーク大尉にしてみれば、死亡も廃棄処分も譲渡もさして変わらない状況だった。」

「・・・XM3の対価ってヤツか?」

「まあ、そうだ。
だが、驚いたことに通常は修復不能レベルの広範囲脳神経細胞損傷を、かの大佐[●●●●]は短時間で修復せしめ、しかもトライアルでの模擬戦ではプラーフカを使わないフェインベルク現象の発現までして見せたんだ。
サンダーク大尉は全く取り合わなかったが、研究者であるベリャーエフ主任の興味を引かないわけがない。
そして最後の第6世代調整に失敗したベリャーエフ[ヤツ]は、切羽詰まり、サンダーク大尉に釘を刺されていたにも拘らず、復活・強化されたイーニァを確保するため、クリスカが自主的に戻るよう唆した・・・。」

「・・・オレがクリスカを奪還しにイーニァを連れてくることを見越した・・・って訳か?」

「そう言うコトだ。
ヤツ[●●]が立てた最初の計画では、アレに成り済ました私が隙を見て貴方の強化装備を強制解除、警備兵が女性衛士暴行犯として射殺・・・という碌でも無い筋書きだったがな・・・。」


舌打ちする。
目の前には薄いプルオーバー一枚、しかも襟から引き裂かれて顕な肢体・・・。
いくら強化装備である程度見慣れているとは言え、ここまで無防備だと目に毒。
この光景を一見すれば、どう考えてもオレが暴行犯だ。


「・・・なぜ計画が変わった?」

「―――私が変えさせた。
ヤツは研究バカだ。
唯々イーニァ欲しさにサンダーク大尉の頭越しに杜撰な略奪計画を上に打診し、不在の間に実行した。
だが、考えても見ろ。
譲渡されたはずのアレらが行方不明、貴方が施設襲撃犯として射殺されたら、かの大佐[●●●●]はどうすると思う?」

「・・・成程な。
御大[Great Colonel]”なら、どんな証拠を見せられようと、そんなの関係ねェ。
その瞬間にXM3供給を停止する、―――だろうな。」

「・・・私は遠目に見ただけで、直接知らないのだが・・・、どうもそう言う御仁らしいな。
サンダーク大尉もそれを恐れ、ヤツにも手出し無用と厳命したらしい。」

「・・・それをアホなその上が認可したわけか・・・。」

「元々ПЗ[ペー]計画の功績を自分の功績であるかのように吹聴して昇進したゲス[●●]だ。
ベリャーエフの甘い見込みに気付かず、また欲に塗れ目が眩だんだろう。
―――結果、喪うのはXM3だけでも大事だと言うのに・・・、かの大佐はBETA鹵獲技術の供与も仄めかしているらしい。」

「BETA鹵獲技術ッ!?」

「―――先の新潟防衛戦・・・、“Amazing5”と呼ばれる機体を見たか?」

「やはり・・・電磁投射砲―――か?」

「それだけじゃない。
機動も何かと隔絶していたが、何よりもあの新潟防衛戦、“Amazing5”は、一度の推進剤補給も受けていない。
公開映像で明示はされていないが、移動距離を考慮しながら時系列を辿ると、補給している空白時間が一切無い。」

「な―――!?」

「ハイヴ攻略を悲願とする欧州・ユーラシアの国々に取って、それがどんな意味を持つか、貴方にも判るだろう?」


実際のBETA上陸時間は6:50前後、掃討完了が8:30過ぎだったはず・・・。
その間、1時間40分・・・否、事前移動や、事後の処理を考えれば、優に2時間強―――。
しかも、あの戦闘機動を行った上で!!
なるほど・・・、ハイネマンのおっさんが期するものもそれか。


「・・・大佐は前回来たとき存在を仄めかしただけだったが、新潟を見る限り既に実在することは確実。
あれはその実戦検証であり、その技術も今後供与するつもりらしい。
一国が余りにも突き抜けた技術を独占すれば、世界を、特に米国を敵にまわす。
米国にも配慮しつつ、それでいて傾注しすぎないように、他国にも同様に供与する・・・。
それが国の軍事戦略として正しいかどうかは判らないが、既にXM3と言う前例がある。
少なくとも世界を相手にして過剰な機密防衛に多大なコストと時間を掛けるなら、いっそ公開してしまえ、という考え方が在ってもおかしくはない。」

「・・・・・・。」

「だが、当然そこは供与相手が“信”足りえるか、という条件が付く。
強力な兵器を供与して自国を攻められましたじゃ洒落にならん。
今回ベリャーエフがしでかしたこの事態は明確に大佐の信を裏切る行為、本当にそれらの技術を公開すると成れば、我が邦だけが享受出来なく成る。
その責任が取れるのか?―――先刻ベリャーエフ、ヤツ[●●]に具申した。」


・・・コイツ、抜け目ねェ・・・。
上司の性格や、行動パターン、世界情勢まで見越してやがる。


「―――指摘されたヤツは、ビビって私の修正プランに乗ってきたよ。
・・・だから貴方は安全で、―――そして私が1番引き込みたい相手なのだ。」


・・・そういう事か―――。
漸く合点がいったぜ・・・。

“紅の姉妹”を奪取し、オレを嵌め殺しても、“御大[Great Colonel]”が納得しなければ、ソ連は今後技術的にハブられる。

けれど、オレが納得ずくでソ連に取り込まれ、そこに彼女たちが居るのなら・・・。
恐らくだが“御大[Great Colonel]”は何もしない。
クリスカ達の責任を持てと言われたが、その遣り方に指定はなかった。
彼女たちの心情からコレが最善、とオレが判断したなら何も言わないだろう。
最終的にたどり着く“結果”の責任が全てオレにある、というコトだけだ。

つまりは―――オレを引き込めばソ連は、全てを手に入れられる!


それをこの女・・・、ベリャーエフとかは勿論、当事者のオレですら気付いてなかったことを見切っていた。
しかも気に入らなければ、戻って良いとまで言い切る程の条件が在るってコトなのか?


「・・・その対価が、オマエって訳か。」


フフン、と勝気そうに笑うのが、妙にハマって見える。


「コレは対価なんかじゃない、寧ろそれを望んでいるささやかな私の希望だ。」


外連無くスッと近づくと、身構えたオレを手を取る。
その害意のない手弱かな所作に、振り払うのを逡巡した瞬間、その手を胸の膨らみに導かれた。


「・・・どうでも良い肉と思っていたし、こういうのは初めてなのだが、―――結構気恥ずかしいものなのだな。」

{―――ッ!}


大胆な動作とは裏腹の、はにかむ様な恥らいを滲ませて自嘲的に微笑む。
その笑みに気を飲まれ、引っ込めかけた手が止まってしまった。
押し付けられた掌には、指を動かさなくてもその柔らかさと張りが極薄の強化装備皮膜を徹して伝わってくる。


「・・・あぁ・・・貴方に触れられるのは、確かに悪くない・・・。
この身体も・・・、勿論、イーニァも、そしてあんなモノでよければアレ[●●]も貴方のモノだ。」

「クッ!―――何故、碌に知らないオレをそこまで誘う?」

「・・・協力して欲しいのだ。
アレからも聞いているだろうし、薄々感じていると思うが・・・、現状ソビエトに於いて私達人工生命体の地位は極めて低い・・・。
底辺、というより、もはや人として扱われていない。
・・・兵器として、恐れられてはいるがな。

尤も・・・上層部はスラブ以外の民族・・・いや、寧ろ兵士や平民など虫けら程度にしか見ていない腐った国・・・。
―――だが、貴方の協力があれば、その状況を変えられる可能性がある。」


クソッタレな国なのは同意する。
しかし・・・、オレの協力?
何を言っているのか、理解出来ない。


「・・・それにオレが何の協力が出来るっていうんだ?」


言いながら、薄皮越にも吸い着いてくるような肌から手を離す。
背筋がゾクゾクするヤバい感触・・・このまま触れていたら、ついもっと弾力を確かめたく成る。
マーティカは心底残念そうに呆れた表情。


「・・・私達は、オルタネィティブ第3計画の遺児だ。
そのくらいは、聞き及んでいるのだろう?
ESP能力によるBETAとのコミュニケーションを図った第3計画であるが、本来の目的に成果が期待できなくなった計画の後期には、攻撃性をより高めた第6世代の設計が行われていた。
ただ、シェスチナ姓を与えられた第6世代は能力の発現率が非常に少ないため、極めて貴重な個体なのだ。
現存数は・・・一桁の下の方・・・。」

「・・・その一人がイーニァだって言うのか?」

「そうだ―――。
そして第6世代は、攻撃性をより強化しているため、能力を解放する際、視床下部と中脳灰白質の異常活性が起こり、破壊衝動に支配される。
・・・キレまくって狂化する訳だ。
それ故単独運用を断念し、攻撃衝動を司る脳幹機能を分離、別個体に移植して共に成長させる―――それをコミュニケーション能力に特化していた我々第5世代が担った。
アレは、イーニァの制御を担当するプロトタイプとしてデザインされた試作品、と言うことだ。」


いままでのクリスカの言葉が思い出される。
―――イーニァの為に・・・。
その言葉は、そのまま設計時に企画された目的そのものだというのか!?


「・・・当然試作品ゆえ、不具合も多くてな。
特に感情の抑制がきかず、性能の安定化が図れなかった。
それが何故か貴方との接触によって、アレもそしてイーニァも安定して行った。
その効果は“調整”の範囲を遙かに超えて高かったのだ。
―――貴方の存在が“触媒”として進化に寄与している、というのがサンダーク大尉の見解だ。」

「・・・触媒?」

「―――私達の基となる特殊胚・・・“白き結晶”と、遺伝的に共鳴し高め得る存在・・・なのだそうだ。」


・・・そんな珍奇なモノになった記憶は無いが、そう考えるとサンダークがやたら好意的で、クリスカやイーニァとの接触を積極的に図った理由も理解できる。
クソッ!
人を出汁に、クリスカやイーニァの底上げを図った、と言うわけか!


「私達にとって、貴方がどれだけの存在なのかは未知数だが、その程度によっては私達の価値を再認識させ、地位の向上を図れる可能性がある―――。」


これは・・・恐らくはサンダーク、或いはソ連という国の要望ではなく、飽く迄マーティカの個人的な願い。
クリスカやイーニァの扱いについては、オレも正直憤りを感じていて、その思いには共感出来るものもある。
クリスカやイーニァはそれを従容と受け入れているが、コイツは周りが見えているが故に、理不尽を感じているのかもしれない。



・・・だからこそ、納得が行かない。


「・・・オマエに取ってクリスカは何なんだ?」

「・・・折角貴方との接触で進化したのに、最終的には、余計に情動に支配され、自らを壊す選択をした存在―――。
それら試作品で確認された欠点を修正・強化したのが、正規品である私。
クローンする際のES細胞に、更に操作を加え脳幹との適合性を高めた。」

「・・・その正規品様が、クリスカに負けたって訳か!」

「!!、な、何をッ?」


図星・・・、か。
初めてマーティカの余裕こいた表情が歪む。


「決まってんだろ?、イーニァが性能だけを求めたんならSu-47の最終評価試験の時、パートナーはオマエになっていたはずだ。
それでもイーニァはクリスカを選んだ。」

「!!!ッ・・・・。」


一瞬激高するかの表情を見せたが、すっと消える。
―――大した自制心だ。


「・・・そうだな。
イーニァは何故か、アレを選んだ。
それが、貴方との接触の結果なのか・・・そこも確認したいところだ。」

「フンッ!、そんなことも解らねェから選ばれねェんだよ。
いいか―――、オマエ等は性能のみで決まる機械じゃねェ、ちょっとだけ凄いことが出来る人間だってだけじゃねえか!
命を預けるパートナーに血の通う、気持ちの通じる相手を選ぶのは、当然だろうがッ!!」

「―――有り得んッ!
私達には、感情など不要、精緻な制御の妨げに成るだけだ!
感情に振り回され、挙句男のために自分が壊れる選択をするなど、認められないッ!」

「・・・感情が無いだァ?
オレに言わせりゃ、そうやってクリスカを貶めて、自分の優位性を主張して居ることこそ、現状を認めたくない、認めることが出来ない自分勝手な感情そのものにみえるがなァ!」

「―――!!ッッ・・・」


想定外の反撃を喰らったのか、暫く呆然としたマーティカは、やがて心臓を打ち抜かれた様に、ペタンとベッドに墜ちた。


「・・・何故だ・・・?
同じ形態、同じ遺伝子なのに、―――何故だ?
何故、イーニァも、ユウヤ・ブリッジス、貴方も私ではなく、アレを選ぶ?

・・・私は軍で唯一無二に成ることで、人工生命体の地位を高め、解放したいと密かに思っている。
私達が、どんな差別を受けているのか・・・貴方も知っているはず・・・。
それを解放することは、クリスカやイーニァの地位向上にも繋がる。
―――それが間違いだというのか・・・?」

「・・・ばーか。
性能ばかり拘り、自分で自分を人工生命体なんて言ってる時点で、差別しているのは自分自身じゃねェか。
同じ遺伝子を持つクリスカを、性能が低いと見下している時点で、大きな矛盾を抱えているのはオマエ自身だ。

―――オレはクリスカをそんな風に思ったことはないし、クリスカもイーニァも、―――そうして戸惑うマーティカだって、綺麗な人間の女の子[●●●●●●]にしか見えない。」

「!ッ―――作られた私が、・・・人間?」

「・・・世の中には、身体の90%が義体だって人もいる。
生まれつき、四肢の何れかが欠損している例なんか探せばいくらでもある。
その人達は人間じゃネェのか?
みんな人間として自分で考え、自分で判断して、そして“現在[いま]”を生きている。
オマエらの基になった細胞―――“白き結晶”だっけ?
それは生命の誕生以来ずっと受け継がれてきた進化の塊、紛れもなく人間の遺伝子だろうが?
要するに、オマエらはみんな姉妹だ。
人工的に生まれたにしろ、遺伝的には受け継がれてきた父母やその祖先が連綿と存在している。
遺伝子が少しぐらい弄られたところで、せいぜい“個性”の範囲、うだうだいうことじゃねェ!」

「あ・・・・・・。」

「―――自分が否定したいことを、自分で実践してちゃ世話ねェ。
理想を否定しているのは、他ならない自分じゃねェか!
そんな矛盾を抱えて、たかがオレが協力したくらいで何が出来ると言うんだ!?」




しばしの沈黙。


「・・・ウフフフ・・・・・・アハハッ!
・・・より高みに・・・それがユウヤ・ブリッジス、貴方の存在―――。」


そして突然笑い出したと思ったら、先刻とは打って変わった、熱に冒されたような潤んだ瞳で見上げられ、そっと伸ばされた手にゾクリとして、飛び退いた。


―――ヤヴァい!

これが噂のデレ?
白銀少佐の言う、ツンデレ、いや、コレがヤンデレなのかッ!?
性格はともかく、形態はクリスカそっくりでかなりクル[●●]ものがあるのも、その開けっぴろげなしどけない姿も、全部ヤヴァいッ!!


「わ、悪いが・・・、どれほど遺伝子が一致していて、容姿が寸分違わなくたって、オマエとクリスカは別人、中身が、そう―――魂が違う。
それこそが天上天下唯我独尊って奴?、唯一無二の人間だからだ。

オレは容姿のみに惹かれた訳じゃない

別人である以上、オマエにはオマエの相手が居るはず。
オマエの相手は、残念だがオレじゃない。
“触媒”だって唯の推測、他にもっとオマエに合う男が絶対居る。

―――そいつを探すんだな。」

「・・・・・・酷い男だ。
私に内在する矛盾を情け容赦なく指摘し、求めて止まなかった人間で在ると認めてくれて、・・・本気で惚れさせておいて、その場で振るとは・・・。」

「・・・諦めてくれ、所詮オレはそう云う朴念仁らしい。」

「・・・だが、断る!
これから言う事をよく、考えて欲しい。

アレは・・・クリスカは、間もなく死ぬ。」


―――なにッィ!?


「・・・私達第5世代は、特殊な蛋白が自己生産出来ないよう、遺伝子操作されている。
定期的にその指向性蛋白を外部より摂取しなければ、細胞が壊死するようにプログラミングされているのだ。」

「なんでそんなことをッ!?」

「貴方は否定してくれるがな、実際そう云う見方しかしない奴らにとって私達は遺伝子操作で作られた一種の特殊な兵器、その機密保持が個人の行動に左右されてはならない。
その為、拐取や逃亡の際データが取れないように、だ。」

「・・・・・・。」

「なにしろ下手に遺伝子を調べられたら、そこから解ってしまう可能性も否定出来ない。
故に、生体を離れ培養された細胞1個であっても、先の指向性蛋白の欠如により、アポトーシスを引き起こす様設計されている。」


ウェラーが言っていた機密漏洩防止措置かッ!?
本当にそんなことをしていると言うのかッ!?


「・・・クリスカはそんな薬、知らないと言っていたぞ?」

「―――甘いな。
ソビエト連邦が最重要機密を譲渡するのだ、機密漏洩に最大限配慮するのは当然のこと。
本人には厳重な心理ブロックを掛けて、重要項目は忘却させたのだ。
・・・今朝方、ベリャーエフが心理ブロックの解除ワードを与えたらしいからな。
元の記憶を思い出しただろう。」

「 ッ!! 」

「・・・通常指向性蛋白の最終摂取から2週間程度。
クリスカの場合は譲渡される際、少し多めに投与されたらしいが、それでも持って20日―――。
そして、クリスカには既に自壊プロセスが発動した兆候が出ている。」

「・・・どう言うコトだ?」

「残念だが、プロセスが発動したということは、既に可逆限界を超えている。
つまり今から指向性蛋白を摂取しても、もう崩壊は止まらない。
過去の例では、自壊プロセスが始まると、通常2,3日、長くても4日で死亡した。」

「な・・・・・・。」


―――クリスカが死ぬ?
ベリャーエフがそれを思い出させた?
自壊プロセスが発動―――?


「待てよ・・・今更遅いなら何故、クリスカが此処に来る必要があったんだ?」

「・・・先の指向性蛋白不摂取による細胞の崩壊は、脳神経系細胞が一番最後になるのだ。
能力保全の関係上、不要な干渉を極力排除した結果だそうだ。
―――その分、酷く苦しむ事になるのだがな・・・。
ПЗ[ペー]計画に於ける研究の延長に、“繭化”というクソ技術がある。
研究過程で偶然発見された特殊な伝達物質を使い、脳波の増幅や安定化が可能な技術だが・・・但しその際、人としてのその他の部位の制御は放棄される。
―――即ち、肺も心臓も止まる。
ならば、不要な部分は削除して、機械が代わりをすれば良いというゲスな考え、それが“繭化”だ。」

「・・・それはつまり脳だけを取り出して生きながらえさせる、と言うことかッ!?」

「これにより、能力の安定化とともに細胞分裂の鈍化が得られる。
もともと人工発現体は“白き結晶”よりクローンを実施する関係上、テロメアが短い。
普通の人間の、ほぼ半分以下の寿命しか無いのだ。
その“性能”の安定化と延命化・・・部品として生まれた私達が、より高性能になれる技術、だそうだ。
私ならそこまでして生きるより、死んだ方がマシだがな。」

「ふっざッけんなッッ!!!、命を何だと思ってやがるッッ!!」

「・・・その“繭化”を望んだのは、他ならぬクリスカ自身だとしても?」

「え―――?」

「先刻言ったように脳細胞の自壊プロセス発動は、他に比べて遅い。
通常は脳細胞のプロセス発動が起きる前に、先行発症する内蔵・循環器系が壊死して血流が止まり、脳細胞も死に至る。
裏をかえせば、今ならまだ脳細胞だけ“繭化”することで生き長らえる事が出来るのだ。」

「・・・なんでそんなことを?」

「クリスカは、壊れて死ぬことよりも、“繭”となってもイーニァと共に在ることを望んだ。
ベリャーエフはそれを生き残る唯一の選択肢として伝えた。
ま、細かい内容までは伝えていないと思うがな。
ヤツ曰く、我が邦は、国連横浜軍籍のクリスカを拉致もしていなければ、施術の強要もしていない、だとさ。
飽く迄本人の希望に依る人道的緊急措置・・・なんだそうだ。」


指向性蛋白を摂取せずに一定期間を超過すると、細胞を壊死させるアポトーシス・プロセスが発動―――。
そうなれば、最早指向性蛋白を摂取しても止められない。
待っているのは緩慢な、そして脳神経細胞を除く全身の細胞が壊死する凄絶な死―――。
発動から4日以内には、死に至る―――。

それを回避するたった一つ残された手段が“繭化”・・・。
けどそれは・・・完全に戦術機の生体部品となることじゃねェかッ!!


「・・・なぜ、クリスカがそんな選択を・・・。」

「・・・そうしないと、イーニァも死ぬからだ。」

「なにッ!?」

「コレだけ冷徹な機密管理に於いて、イーニァに危機管理処置が施されていないなど在り得ないだろう?」

「・・・・・・。」

「ただ発生率が極端に低い、個体数が僅少な第6世代は貴重―――万が一の事故や単純なミスで細胞自壊させるわけにはいかない。
故にイーニァには、母集団からの一定期間分離をトリガーとする脳細胞溶解処置が施されているそうだ。」

「は・・・?」

「指向性蛋白の欠如と一定期間特定の人物と離れている状態だと、クリスカとは逆に脳細胞の特定部位が結合不全に陥り、それにより人格と能力が壊失する。
ПЗ[ペー]計画の技術があれば、その状態からの再生が可能と言うが、これとて繰り返したり、長期間壊失状態を放置すれば脳の全域不全に進行し死に至る。」

「・・・・・・。」

「母集団とはПЗ計画―――それは即ちサンダーク大尉・・・だった。」

「だった?」

「そう、サンダーク大尉であった母集団を、イーニァは無意識にクリスカに変えてしまっていたらしい。
本来深層心理に打ち込むブロックで、対象の変更は本人には出来ない筈が、何故か元に戻してもいつの間にかクリスカになってしまう。
第6世代の能力故、とも言えるが、遺伝子と異なり心理の面ではまだまだ未知の領域が大きいそうだ。
極めて貴重な第6世代である筈のイーニァを、サンダーク大尉が諦めて御子神大佐に譲渡したのは、そのせいだ。
クリスカが使えない以上、自らクリスカに依存するイーニァも何れ自壊する。
クリスカとイーニァの譲渡は、大尉に取っては完全に廃棄処分と同義だった訳だ。」

「・・・・・・。」

「だが、横浜の魔術はクリスカとイーニァの傷ついた神経組織を完治させた。
それでも、サンダーク大尉は興味を示さなかったが、先のベリャーエフが色気を出し、クリスカを誘いだした、というコトだ。」

「・・・クッ!!」

「しかし、考えてみて欲しい。
自壊プロセスが発動した以上、このままではクリスカの死は免れず、それによってイーニァも死亡する。
クリスカの“繭化”だけが、イーニァを救う選択肢である以上、クリスカに否応はない。
しかも脳細胞であれ、自壊プロセス自体は細胞内に存在する。
数十万という種類がある指向性蛋白のたった1つを限られた時間で特定することは、事実上不可能。
他では摂取出来ない以上、ПЗ[ペー]計画の庇護下でなければ生き長らえることは出来ない
それはクリスカに依存するイーニァもまた同じ・・・。
作られた生命は、その庇護下でなければ生きられないよう、設計されているのだ。」

「・・・・・・。」

「貴方の望みは、二人と共に在ること・・・。
その望みが叶うのは、我が邦でしか在り得ない。
クリスカとイーニァとの未来を望むのであれば、クリスカの自壊プロセスが発動してしまった以上、クリスカを“繭化”し、イーニァと共にソビエトに帰属する途しかないのだ。
“繭化”については、残念としか言えないが、将来的にクローン培養した身体に再移植する技術が完成する可能性は高い。
それまで我慢してもらえるなら、クリスカと同じこの身体を貴方に捧げよう・・・。
何、貴方に触れることで、私も進化できるかもしれないからな。
対価としては十分、私のことは愛さなくて構わない・・・、クリスカの代わりで良い。


―――これでも、受けてもらえないか―――?」


Sideout




[35536] §90 2001,11,19(Mon) 20:45(GMT-8) ユーコン基地 ソビエト占有区画 ПЗ計画研究施設
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Date: 2015/10/07 17:13
'15,07,03 upload
'15,10,07 誤字修正



Side マーティカ(ソビエト連邦陸軍実験部隊イーダル試験小隊)


「スィミィ、出撃準備だ。」


強化装備に着替え、控室に戻った私は、何時もの様に片隅でただじっとしているだけの存在に声を掛ける。
・・・今までは、ずっとその存在自体が不気味だったのに、今は忌避感が無い。

―――成る程、認めてしまえば勝手なものだな、感情とは・・・。
フッ、と自嘲的な笑みが落ちた。

ずっと感情を否定、というよりは自分に無いかの様に振る舞っておいて、一方で感情を一切示さないスィミィに畏怖していた・・・、と言うことか。

考えてみれば、姿こそ極めて華奢で身長は130cm半ば、それでもスラリとして見えるのは、小さな頭と殆ど脂肪による丸みない肢体の所為、・・・10代に入ったばかりの身体そのもの。
しかし、実際には最近能力の発現が確認されたばかりの最終ロット・・・、つまり、実年齢でまだ2,3歳なのだ。
すでに製造・・・否、誕生から16年前後経ている私たちは、幼年期ずっと施設で訓練され、選別淘汰されながら成長してきたのだが、最新の遺伝子工学に寄る超促成成長を施されたこの子には、その過程・思い出すら無い。
どうせ見込みと詰めの甘いベリャーエフの事、元々不要な感情など関係なく促成したのか、こんな体だけ大きな幼女になってしまった訳だ。

しかも―――余程無理な遺伝子操作でもしたのだろう。
私達は皆遺伝的に、薄紫の髪に青紫の瞳を共通の特徴としているが、この子はそれさえ無いアルビノ・・・色素が殆ど無い。
髪は、絹の様な光沢こそあるが、“銀”ではなく完全に“白”。
それどころか、眉毛から、長い睫毛さえも白いのだ。
そして血の色がそのまま透ける瞳は鮮やかなブラッドカラーであり、同じく薄い皮膚に血の色が透ける唇が、やたら紅い。
その風情は余りにも儚げで、この天候で外に出したら、そのまま白い闇に溶けていってしまいそうな存在感の無さは、さながらこの子の運命を暗示しているかに思えてならなかった。

相変わらずの無表情だが、立ち上がったスィミィの頭に掌を載せると、その行動の意味がわからず、小首を傾げる。

―――見かけは少女、中身はまだ2,3歳の幼女・・・この子も、また同じ“人間”なのだな・・・。

“姉妹”・・・か―――。






ユウヤ・ブリッジス―――。

躊躇う素振りも見せず、行ってしまった・・・。




『クリスカやイーニァ・・・オマエも含めて“人間”と認めないような組織に帰属する気はない―――。

そもそも、クリスカやイーニァにこんな陰惨な機密漏洩防止措置を施したのはПЗ計画、到底それを認められないオレがその組織に居た所で大きな矛盾を孕むのは必至。
・・・矛盾をかかえて組織に帰属しても、クリスカもイーニァも絶対幸せになれない―――!』



確かに、そうだ。
考えて見れば、あのユウヤ・ブリッジスが我が国の組織と噛み合う訳がない。
私は提案に当たり、自分と、そしてブリッジスの“利”しか考えなかった。
だが、ブリッジスは自身の満足よりも、クリスカとイーニァにとってどうしたら最善なのか、それだけを考えていた。

本来クリスカが自らの延命のために“繭化”なんぞ望むわけもない。
記憶も意志も奪われ命令のままに動く“部品”・・・、最早“人形”ですらない。
ベリャーエフになんと言われたのかは知らないが、クリスカだって事実を知れば逡巡しただろう。
私だって御免こうむる。
その選択は、自分の事を考えず唯只管イーニァの為・・・それだけだ。

だが―――。


『イーニァがクリスカの“繭化”を望むとでも思うのかッ!?』


それも・・・その通りだ。
イーニァは、間違ってもそんなクリスカを望まないだろう。

ブリッジスの為に謂わば祖国も捨てたクリスカが“部品”として何の希望もなく生きながらえる事を、彼も、そしてイーニァも喜ぶ訳も無い。
たとえ、残された僅かな時間であっても共に在り、“人間”として尊厳在る死を看取る・・・それがブリッジスの選択であり、イーニァもまたそれを望むだろう。

―――結果、自分も死ぬことになっても・・・。


いくら私が感情を否定して居たとしても、私とてイーニァと意識融合したコトも在る。
その位は理解していた。

同じようにイーニァを理解している筈のクリスカがその途を選んだのは、それでもイーニァに生きて欲しいと言う、自分は部品で構わないのでブリッジスと共に在って欲しいというクリスカ自身の我儘なのだろう。
・・・まあ実態は“繭化”の詳細を知らされず、生き残る方法がある、とでも伝えたのだろう。
通常なら乗るような誘いではないが、記憶の復活により自分の避け得ぬ死を明確に自覚してしまったクリスカなら、乗ってもおかしくはない。

・・・しかし、ブリッジスはイーニァの死をも容認すると言うのか?


『つまり貴方は、自分本位のつまらない感傷でクリスカを見殺し、イーニァまでも殺すと言うのか!?』

『見縊んじゃねェ!
イーニァはそんなに弱くない。
勝手にサンダークからクリスカに替えたなら、次はオレに替える、替えさせて見せるッ!』


そんな都合のいいコトなどあるものか・・・とも思ったが、何よりも強力な“触媒”のいう言葉、あながち可能性の無いことでも無いのかもしれない。
そしてイーニァさえ生き延びる可能性があるなら、クリスカは“繭化”など望むわけもない。





「―――所詮、引き抜きを夢見た浅はかな愚策に過ぎない・・・か。
フッ・・・・・・マザコン[●●●●]め―――。」


独り、恨み言を落とす。
“指示”の意味が判らず、小首を傾げるスィミィ。

何故ブリッジスにイーニァが惹かれたのか、なんとなく解る気がする。
米国という最も恵まれた国に生を受けながら、彼もまた家族或いは肉親と言うモノに恵まれず、彷徨い続けた訳だ。
存在すら蔑まれる環境に、自らの半分の祖国を疎み、母を捨てた父を恨みながらも、実は渇望して止まない矛盾した深く冥い負の望み。
それが激烈であるが故に輝き、けれどそれを凌駕すべく尚高みに届こうと足掻き続けるその生命―――。
そもそも人工子宮から産まれ、明示的な父母さえ居なかった私達にとっては、その冥い輝きが強い吸引力に成ったのは確かだ。

そして接してみればぶっきらぼうではあるが、彼自身が幼少時より差別にあってきた所為か、偏見や差別をしない。
人種や国籍といったモノだけでなく、それこそ私達のような特殊な出生の人種にも極めてニュートラルに接してくる。
そう云う人間はこの国の、私達の周囲にはハッキリ言って皆無だった。
機密の塊、人の気持ちを読む化物、BETAに対する情報収集で謂わば使い捨てられる“消耗品”。
そんな物騒な相手に近づくような物好きは、この国では長生きしないのだ。

だが、彼は違う。
ESP発現者・・・それを知って尚、普通通りに接してくれる。
しかも、それがどれだけ稀有であることか、自分自身で気付いても居ない。

そう、呆れるほど鈍感なのに―――決して見失わない本質。


だが、一方でそんなブリッジスが女性に求めるのは、彼の人生において強烈な印象を遺した“母”の在り方、なのだろう。
断片的なリーディングで得たブリッジス自身のイメージでしか知ることは出来ないから偏っているかも知れないが、自身の愛を最期まで貫いた気高くも勁い女性。
それは決して周囲を変え、全てを奪うような外的な強さではなく、全ての困難を自らの想いにのみ昇華させる内的な勁さ、とでも言えば良いのだろうか。
結局その“母”を、クリスカに重ねているのだろう。
いや、重なって見えるクリスカに惹かれた、と言うことか。

私達に植えつけられた忠誠・・・それを私の様にそれ自体を変えていきたいという方向ではなく、彼女は唯従容と受け入れた。
勿論国の在り方と、ПЗ[ペー]計画は別物だから一概には言えないが、文字通り命を掛けて国に報い尽くしてきた“姉妹”達を、国はその生命に感謝さえすること無く、ただ無慈悲に使い捨ててきた。
そんな在り方に、私自身は我慢が出来なかったが、クリスカは此処迄酷い仕打ちをされても今も本気で感謝さえしているのだ。
それも一つの勁さ、であろう。
そしてクリスカが、その祖国を捨ててさえ選んだのがブリッジス―――。


だからこそ―――私の様な攻撃的な性格は、お気に召さないのだろうな・・・。
我慢が出来ない、それは内部ストレスを攻撃することで解放しようという、見方を変えれば一種の弱さであるからだ。
先に彼との接触を重ね、そんな心情を理解していれば、もう少しやり方があったかも知れない・・・とも思う。
が、それも今更だし、姑息な策略は何れ破綻する。
真摯に純粋に・・・それこそ最大プラーフカで身を削るまでに焦がれれば・・・。


フン―――やはり感情というのもやはり難儀なモノだな・・・。

リーディングなんぞ出来る所為で、何故自分が振られたのか、理性では[●●●●]理解できてしまう。
それでも感情は納得など出来ない・・・・・・か。
勝手に望み、勝手に期待し、そして淡く儚く消えたこの喪失感。

―――確かに、これが人間[●●]というコトなのだろう。


強化装備を着け終わったスィミィに手を伸ばし、そして抱きしめる。
幼い、・・・自我さえ発現していない無垢な魂―――。


「・・・悪いな、こんな事に付きあわせて・・・。
・・・オマエに自我のないことが私の贖罪にはならないだろうな―――。」









スィミィを連れてハンガーに急ぐ。


「こんな時間に、この天候で何なんですか?」


イグニッションからタキシングを進めて貰った整備兵があからさまな不満顔。


「・・・正体不明の戦術機が施設に急接近している。
緊急発進[スクランブル]だ。」

「!、・・・まさかそんな・・・。
警戒網には、何のアラートも」


そこまで言った瞬間、建物が軋むように揺れ、重い地響きとドーンという衝撃音が伝わっれくる。
追って、館内を警報と赤色灯が埋めた。


「・・・これで信じたか?
明確に施設破壊を狙ったテロリズム―――崩れる建物の下敷きに成りたくなければ、とっとと逃げるんだな。」


前回のテロの記憶はまだまだ生々しい。
ここは無事だったが、プロミネンス基地内のイーダル試験小隊専用ハンガーや、野外格納庫では整備兵まで尽く射殺されていた、
顔面を蒼白に変えた警備兵は、2,3度口をパクパクとしたが、声は出せず、周囲の仲間と共に慌てて走り去った。




―――しかし潜入するのに、まさか戦術機で来る・・・とはな。
リーディング出来たときには、声が出そうになったぞ?
先般、機密漏洩疑惑騒動もあったXFJ-01。
話はウヤムヤになったと聞いたが、それ[●●]が現実に実装されているとは・・・、そしてそれを使ってしまう彼には呆れる。

ベリャーエフの事だから、私が勧誘に失敗したと知れば、再び強硬手段に出てくる可能性もある。
交換条件的にブリッジスが断らない、と自分も踏んだから私の具申を認めたのだろうから。
ヤツの想定はせいぜい軍用車による移動。
この施設の警備兵だけで十分制圧出来ると踏んでいる。
ヤツに取っては、イーニァの確保こそが最優先、襲撃犯として射殺返還が不味ければ、今度は全ての潜入の痕跡を消して完全抹殺してしまえば良いと、と考えるだろう。
あとは知らぬ存ぜぬ・・・この国ではよくあるコトだ。
そんな論理が御子神大佐に通じるかどうかは、考えても居ない。
それ以前に、まさかブリッジスが反撃可能な、戦術機で来ているとは思っても居ないだろう。



だが、現実的に私の代案は失敗したのだ。
ブリッジスを懐柔出来ず、結果ベリャーエフの望む“紅の姉妹”も留め置けはしないだろう。

恐らく事後、その責任をベリャーエフは私に被せる。
そしてあの大佐[ゲス]も、自分の欲に駆られた作戦承認のミスをサンダーク大尉に押し付ける。

サンダーク大尉なら私のしたことを理解してくれるとは思うが、この国における自分の保身となれば、大尉にとっても唯の部品である私を擁護することは決してない。
寧ろ積極的に切り捨てる―――、か。


・・・腐り切った権力依存構造―――なるほど、彼がクリスカの死を覚悟しても、この国を選ばなかった理由が嫌というほど理解できる。
先刻までの私と同じ、矛盾を含む存在では何れ破綻が訪れる。

そもそも私達をそうなるように仕組んだ卑怯者に帰属することを良しとせず、人間としてのクリスカの尊厳在る死を尊重した。
―――そう、確かにそんな彼ならイーニァの依存先をクリスカから自分に替えさせてしまうに違いない。


「貴方が戻ると言うなら、妨げもしないと言ったが・・・スマンな、あれは嘘だ。
ユウヤ・ブリッジス・・・悪いが、征くならば、私の屍を越えて行け―――。」


既に未来の閉ざされた私には、もはや人としての尊厳在る死など許されないだろう。
ならば貴方が認めてくれた“人間”として、せめて貴方の手で死なせてくれ。


идол[イーダル]-01〉、マーティカ・ビャーチェノワ、スィミィ・シェスチナ、―――出る!」


Sideout




Side ユウヤ

ユーコン基地 ソビエト占有区画 ПЗ計画研究施設 21:00


ベリャーエフという引き篭りお宅[コモオタ]は、マーティカの言うとおり、クソでカスでバカでゲスだった。
改めてマーティカの誘いに乗らず正解だと思う。
こんなヤツの研究材料に成るとか、死んだってお断りだ。


イーニァがプロジェクションによるイメージを送ってくれていたお陰で、その行き先を辿るのは直ぐだった。
ただ、マーティカの言っていた状況とは違い、クリスカを奪還して戻る、と言うのはそう簡単ではないらしい。
マーティカの説得の成否が伝わっていないのか、セキュリティは甘いままだったが、ベリャーエフとやらの研究室に着いたときには、武装した警備兵に遠巻きに囲まれていた。

研究室内に確保されていたイーニァを奪還し、一足先に逃がす。
慌ててセキュリティ操作していたが、悪いな、主要なドアは、閉まらないよう工作してきた。



クリスカの事を聞いてみれば、既に圧倒的な優位にあると信じているヤツは、どうせオレは死ぬと思っているらしく、時折どもりながらもペラペラと、"語って"くれた。

自らの研究の有効性と正当性―――、一応それでも勧誘しているつもりらしいが、それは、取りも直さず、人間性の蹂躙に留まらず。命・・・生命の冒涜の軌跡。
自らの技術に酔い、恰も神であるかのように数多の生命を弄び、殺してきたか、と言う事に他ならない。
それをまるで自らの功績でも自慢する様に“語る” 姿は見るに耐えない。
いくらBETAに勝つ為だとしても、それで人間辞めてしまったら、意味はない。

・・・イーニァを逃がす時間稼ぎじゃなかったら、とっくにキレていただろうな。

そして施設到着後眠らされたクリスカは、既に“繭化”準備中。
オレをマーティカの居る病室に誘導するためその近くに置いていたが、イーニァと分断後、手術室に搬送されたらしい。
それだけ聞けば十分―――、しかも手術までの時間はない。


「―――ヤれ、イーニァッ!」


強く思ったことが、つい口に出た。

刹那の間を置いて、何かが爆発した様な身体を震わす衝撃波、地響きと揺れ、そして破壊音が盛大に室内を満たした。



オレへの強いプロジェクションを繰り返すうちにパスを確立したのか、多少離れてもオレの強い想いをリーディングすることが出来る様になったとか。
マーティカとの話で、全部の内容は読み取れないものの、オレの強い感情や意志は伝わってきたという。
この状況下でも攻撃はされず、警備兵の裏を掻い潜れるイーニァにXFJ-01を託したのだ。
施設を抜けだすルートを熟知しているイーニァは、警備兵の追跡を振り切り、3階の非常階段から飛び移ったヴィジョンがプロジェクションされてきた。

・・・けっこうなお転婆さんだ。




「!!!―――ま、ま、まさか、貴様、戦術機で侵入してきたのかッ!?」

「ああ―――、こんな剣呑な所に丸腰で来るとでも思うのか?」

「ば、バカなッ!?
警戒網を潜り抜けたというのかッ!?
ハッ! まさかステルs、ッふべラッ!!」


もう、その言葉を聞いているのもイヤだった。

顔面の中心を強化装備の拳で打ち抜かれ、頭蓋の中央を凹ませたままベリャーエフが吹っ飛んだ。
CQC訓練なんてあまりやっていないが、これは戦術機MACROTの講義の一環で“御大[Great Colonel]”に叩き込まれた生身に依る正拳。
一昨日見てくれた彩峰少尉によれば、まだまだらしいが、筋は良い[You have potential]、とか。
飛び出す様な踏み込みによる素早い体幹の重心移動と、その際の体重分重力落下の運動量を、全て撃ち出す拳に載せる技法―――、とでも言うのかな。
瞬発力とタイミングが勝負の単純系なので小難しくはないが、強化装備でなければ一発でコッチの拳から肩から粉砕してしまう為、既存の格闘技や拳法には存在しない打法らしい。
例えるなら2mからの落下の衝撃を突き出した拳で受けるようなものだとか・・・。
まあオレがまだヘタクソで相手が派手に吹っ飛んだ分エネルギーが逃げたから、恐らく致命傷ではない。
それでも、鼻骨周辺を粉砕した感触は、拳に残っていた。



《ユウヤッ!》


イーニァのプロジェクションが、音声を含んで伝わる。


「・・・二度とオレ達に近づくんじゃねェ」


どうせ聞こえちゃいないが、白目を剥いて泡を吹いている鼻血塗れの男に捨て台詞だけ残し、プロジェクションの導く方向に走る。
もう2,3発イッときたいが、その時間は無い。


イーニァは、長刀で建物を切り抜いていた。
刃は無くても建物程度なら十分斬れる。
相手は戦術機、警備兵の持つ小銃など豆鉄砲、既に皆逃げ出していて周辺には誰も居ない。

警報が鳴り響き、赤色灯が瞬く中、拾われた手から制御ユニットに飛び移る。


「クリスカの居場所、解るか!?」

「ウンッ!」

「じゃ、その近くも斬ってくれ!、おそらく麻酔状態らしいから、このままオレが連れてくる!」

「わかったッ!」


当然、この騒ぎ。
戦術機に依る基地施設襲撃、だ。

手術をしようとしていた技師も泡喰って避難しているはず、代わって哨戒部隊がスクランブルしてくるだろう。
主機立ち上げからなら、猶予は5分前後―――!


ハッチが閉じ、エマージェンシーハーネスを繋ぐ。
建物の切れ目[●●●]に入れていた上半身を引き抜いた途端鳴り響く警報。

―――接近アラートだとッ!?


咄嗟の噴射跳躍で飛び退いたXFJ-01に、白い闇の中から突然湧いてでたようなモーターブレードが襲いかかる。

ギンンッッ!!


「ッッ!!、マーティカッ!?」

「―――な!?」


感覚的に察知したのだろう、イーニァが叫ぶ。

―――チッ! 好きに還って良いんじゃなかったのかよ。
なるほど、リーディングで戦術機で来たことを読まれていたか。
敵対すれば油断も隙も在ったもんじゃねぇな。
イーニァ達第6世代が戦闘能力特化なら、寧ろクリスカやマーティカ達第5世代はBETAとのコミュニケーションを求めた感応能力の最終世代とも言えるのか。
だから第6世代[イーニァ]の制御を担当したのだろう。
イーニァは“色”と言うが、クリスカの表現は聞いたことがない。
実は・・・結構読まれているかもな。


《―――前言翻して悪いが・・・、戦術機で乱入ともなれば、所属衛士としての立場上動かない訳にはいかないのだよ。》


イーニァから、マーティカのプロジェクションがそのまま流れてきた。


「どーしよう、ユウヤ・・・」

「・・・このまま繋いで[●●●]いて、オレの思うように動けるか?
マーティカへのプロジェクションは無しで。」

「・・・やって見る!」


此方はステルス、しかも視界は今も3mとないブリザード。
なのに正確に此方の位置を把握しているのは、お互いがESP発現者だからと言うことか?


《・・・信じられないことをする―――!
それこそベリャーエフにでも教えれば、狂喜しそうだ・・・。》

《なにッ!?》

《此方は、スィミィとのプラーフカによる並列同調効果[ナストロイカ]で、漸くイーニァの位置を把握している。
イーニァは素の単体で同じことを行い、しかもプラーフカも無しでESP非発現者のブリッジスと意識融合・・・いや、流石にそこまでは行かないか、・・・意識接合[●●●●]までするとは!
第6世代とは言え、ここまで進化した例はない。
・・・サンダーク大尉ではないが、貴方は本当に興味深いな。》

《・・・悪いが、時間を掛ける暇はない、邪魔をするなら一気に排除させてもらうさ。》


多分、イーニァでも出来る。
相手がSu-47pzでXM3LTE装備機体でも、マーティカはギリギリ“レベル4er[フォウァー]”。
機体の機動性含めて、XFJ-01の方が疾い。
けど、相手がマーティカ。
イーニァが攻撃衝動を開放していない今、縁ある相手を倒すのはオレの役目だろう。
と言ってシートを替りフィッテイングしている暇はない。


「・・・シッ!」


どうせ気配は読まれている。
実弾のない試験小隊装備だったのか、幸い突撃砲は持っていない。
モーターブレードなら、長刀でどうにかなる。


噴射跳躍で一気に間を詰める。
オレの描く機動にイーニァが同調し、タイムラグも無く機体が動く。
白一色の増感視野に赤い機体がぬっと現れ、迎撃する剣筋を右の長刀で往なす。
弾いたブレードを掻い潜り、左の長刀で相手の跳躍噴射ユニット機関部を貫いた。


ヴィンセントのメッセージメモとこっそり仕込んでくれた偽戦闘短刀形状のシャープナーは見つけたが、悠長に研いでいる時間はなかった。
戦術機相手だと、上手く関節を狙うか、或いはこうして突き刺すかになる。

被弾して離脱を図るSu-47、しかし片側の噴射跳躍ユニットが破壊されていて、方向が限定される。
・・・誤差範囲内!
モーターブレードを装備する右肩を狙い、動いた。

その瞬間、Su-47は不自然に上体を捻る。
正面になった制御ユニット部に、74式近接戦闘長刀の鋒が吸い込まれ様とする。


「―――なッ!?」

《・・・・・・フ・・・ッッ!?》

「!ッ、ダメェェェェェッッッ!!」

《・・・ィYaaaaアァァァァァァッッ!!!》


幾つかの叫びと思惟が交錯する。
イーニァが強引に逸らせた鋒と、Su-47の更に蹲るような不自然な動きにより、制御ユニット部を貫くかに思えた突きは、Su-47の頸部を突き刺さり、強引に切り飛ばす。

そのまま、Su-47は地吹雪荒ぶ大地に沈んだ。



「・・・・・・なんだ?、今の動き?」

「・・・わかんない・・・。
でもマーティカじゃ・・・マーティカだけ[●●]じゃなかった・・・。
今まで真っ白だった所に、急に紅い色が・・・。」

「・・・まだ来るか?」

「・・・凄く混乱してる・・・。
色がぐちゃぐちゃで・・・。」

「・・・来ないならもうイイ、マーティカは取り敢えず無事だし、戦術機ももう動けないだろう。
クリスカの方に急ごう。
流石に哨戒部隊に囲まれると、マズい。」

「・・・ウン、わかったッ!」





・・・凄ェ女。

オレ達の攻撃を読み切ってのあの動き・・・いっそ殺して欲しかったとでも言うのか・・・。


・・・アイツはまるで青紫の“冬薔薇[ふゆそうび]”―――。
その“才”と“色”、そして何よりも強烈な“意志”を宿す瞳の勁さ。
・・・咲く“場所”を、“季節”を、そして人工的にしか出ない稀有な“色”でさえなければ、或いは世界をも我が物にしたかも知れない、そう思わせずに置かない煌きが確かに在る。


その運命の残酷さに憐憫や悲哀を感じつつ、今はクリスカの確保が最優先。

・・・此方だって悠長に構える状況でもない。
焦る気持ちを抑えつつ、実験棟に向かった。


Sideout




Side イェージー・サンダーク

ユーコン準州ソビエト連邦租借地 ベネチ周辺上空 21:20


現首都のセラウィクを出たのは18:00。
ユーコンに近づくに連れ激しさを増すブリザードを向こうに、どうにかБ-01基地迄辿り着いたのが20:30―――。
そこからはSu-37を自ら翔って、ユーコン基地を目指していた。
推進剤の増槽はつい先刻投棄した。



秘匿通信が入ったのは、その時だ。


『同志サンダーク。』

「同志ゼレノフか―――何が起きた?」

『あ―――、戦術機に依る施設強襲ですね、コリャ。
指示通り小娘が非常階段に逃げるまではサポートしてたんですが、流石にこの天候で外の追跡は断念した直後―――ですな。』


起きている事態は重大だというのに、相変わらず口調はのん気でのぞんざいな対応。
だが、此奴はそれでいい。


「・・・やはりあの機体には、アクティブ・ステルスが搭載されていたか・・・。」

『ステルスッ!?、・・・じゃあブリッジス少尉は訓練を装って機体を隠し、車に乗り換えたんじゃなく、ステルスを発動させてそのまま侵入してきた・・・と?』

「そう云うコトだ・・・。
―――同志ゼレノフ、ご苦労だった。
多分、ブリッジスもそのまま戦術機でビャーチェノワを確保し、離脱するだろう。
後はベリャーエフの確保だけ頼む。
戦術機で出てきた以上、それ以外は遣ることがない。」

『・・・ごもっともなコトで・・・了解しました。』


秘匿通信を打ち切る。

ユーコン基地まで、あと10分程・・・。
未確認戦術機による基地襲撃とも成れば、当然哨戒部隊、そしてテロを警戒して警備部隊が即座に動き出す。
いくら自機がステルスとは言え、中隊+大隊規模に包囲をされたくはないだろう。
そして当然国境線の警備は厚くなるから、それは迂回をするはず・・・。

さて、どうしたものか―――。







今回受領したT-50、機番は006、限界試験用の機体だった。
とはいえ、機体は既に吹雪を避けるように、今日のうちにБ-01基地に到着している。
限界機動試験では、今後の運用を鑑み、可動部に強いストレスを発生させるXM3に於ける評価が必須であり、ユーコンに於ける利益代弁者となっている私に話が舞い込んだのは幸運だった。

既に書類上の機体の受領も済んでいる。

だが、私には更なる目的が在ったのだ。


前回ユーコンに来た御子神大佐が示した“2つの数字”、それを知る者はそこに居た者でもそのメモを見たハルトウィック大佐とハイネマン氏、そして私の3名だけ。
当然桁の外れたその数字に誰もが懐疑的で、ハッタリか策謀にも取れた為、他に漏らして躍らされるような愚は誰も犯していない。

だが、先の新潟防衛戦・・・“Amazing5”の示した機動。
それが全てを変えた。

公開された画像の運動量や、最後に見せた電磁投射砲と思しき射撃を含む総エネルギーを綿密に積算していくと、現行の戦術機が持つ数値から離れ、示された数値に近づくことが確認されたのだ。
となれば、先行して持てるスペックを知るメリットは多大、次世代、次々世代の戦術機設計に於いて一番の基礎を確定できるのだ。
つまりは、他国に少しでも先んじる為の極めて重要なキーナンバー[●●●●●●]なのである。
当然何れは公表されるこの情報を塩漬けにする気はない。
この数字とXM3はユーコンで私が手に入れた、鍵。
ПЗ[ペー]計画を見限った私にとっても、次のステップへのキーともなる重要なアイテムだった。

それ故、現在の上官とは別の人物[●●●●]に、この“2つの数字”と“Amazing5”解析結果をプレゼンしたのは当然の帰着でもあった。



―――だが、釘をさした筈のベリャーエフが問題を起こしたと、密かに監視させていたゼレノフから連絡のあったのは、今日の16:00―――。
私が居ない間に強行拉致になど及ばぬよう、その手の工作員は全て遠ざけて置いたのだが、どうやら詐術によってビャーチェノワを誘いだしたらしい、との事だった。
更に詳しく探ってもらえば、マーティカとスィミィの調整に失敗したベリャーエフがロゴフスキーに計画の承認を取り、実行したもの。
内容は、指向性蛋白の一件を思い出させてビャーチェノワを誘き出し、奪還に来るだろうブリッジスを襲撃犯として射殺、シェスチナも確保すると言うモノ。
目先の事にのめり込むタイプの研究バカと思っていたから、そんな策略が描けるだけでも驚いたが、実際計画は杜撰で稚拙、実にマズいことをしでかしてくれた。
計画自体は幾らでも阻止できるが、既にビャーチェノワの心理ブロックは解除されてしまった。



ビャーチェノワが指向性蛋白の事を忘れたままならば、もし仮に自壊しても、人工生命体に有りがちな突然死、としての言い訳が出来たのだ。
だが、思い出させてしまえば、組み込まれた非人道的な機密漏洩防止措置発動の結果、という事が関係者に知られてしまう。

私としては、既にПЗ[ペー]計画は見切りを付けた。
後は如何に綺麗に終わらせるか、と言う事。
ベリャーエフ、そしてロゴフスキーが勝手に暴走して、勝手に潰れるのは全く構わない。
だが、今後の為にもそこにかの大佐[●●●●]が絡むのは容認できないのだ。


実際たった一人[御子神大佐]の意向をここまで慮らなければならない今の状況は、甚だ遺憾ではあるが、差し迫った現状で他に手がないと成れば致し方ない。
何よりも大佐にはXM3と言う前例がある。
個人的には国家戦略的に今でも信じられないが、通常のライセンス料だけで他に何の見返りも求めずプロミネンスという口輪を通じ、全世界に頒布している。
イデオロギーによらず・・・と言うか、実際には米国やその他後方国家よりもBETAと直接対峙している前線国家優先で頒布は進行していた。
因みに“紅の姉妹”は直接XM3の対価ではなく、“賭”のチップだ。
実際あの模擬戦で篁大尉が負けていたら、譲渡は為されず、今の状況にはないだろう。
言ったことは実行する・・・、それが御子神彼方と言う男。
で在るならば、次の技術供与にも信憑性が増すと言う物。
少なくとも“2つの数字”を実現する技術を獲得するまでは、決して大佐の機嫌を損ねる訳には行かない。



・・・取り敢えず、ビャーチェノワ略取とブリッジス射殺はマズい。

正面きってロゴフスキー大佐には反旗を翻す事になるが、致し方ない。
だが、特殊部隊によるベリャーエフの拘束とクリスカの解放を指示しようとしたところ、マーティカ・ビャーチェノワよりベリャーエフに意見具申があり、計画の修正を在ったコトを知った。


マーティカが具申した修正案・・・?
内容を聞けば・・・なるほど、ベリャーエフよりずっと現実が見えている。
これなら確かにユウヤ・ブリッジスを取り込める可能性も在った。
もしこの修正案が上手く行けば、見限った計画とは言え、残った素体の更なる有効利用が図れる可能性も生じる。

更には何れにしろビャーチェノワが思い出してしまった機密漏洩防止措置について、何らかのの対策を講じる必要はあったのだ。
しかしこの案ならば、仮にブリッジスの篭絡が成らなかった場合でも、それはブリッジスが納得尽くで戻る事に他ならない。
機密漏洩防止措置が非人道的と謗られようと、生まれついて設定された遺伝子への組み込みであり、生まれてしまったらどうにもならない。
それが発動している以上、“繭化”を使った延命策しか無いと言う話は極めて妥当。

この提案はそれを蹴った場合、ビャーチェノワを救える唯一の可能性を拒絶したのはブリッジス本人、と言う状況に持ち込める。
黙っていて死亡されると納得は得られないが、説明した上で選択枝を与え、結果死亡に至っても、選んだのはブリッジス、と言う事になる。
それはブリッジスが決断したコトであり、筋を通す御子神大佐は何も言わない可能性が高い。



なかなかによく出来た修正案―――。
そう考え、特殊部隊にもブリッジスの潜入、もし脱出するなら、その脱出も最大限サポートするよう指示を出した。




―――まあ尤も、ビャーチェノワが本当に自壊に至るのか、未だ判断がつかないところではある。

御子神大佐が指向性蛋白そのものの情報さえ気に掛けなかったのは、2つの可能性がある。
機密漏洩防止措置の存在を全く考慮しなかった場合と、それを回避する策を既に有していた場合しか在り得ないだろう。
前者であるなら、私が気に掛ける事すらなかっただろう。
当然後者であるから、コレほどまでに警戒させられているのだ。


何しろBETAからの技術鹵獲を匂わせた御子神大佐、である。
すでに“横浜”が公表している技術に擬似生体の調整手法が在ったが、アレは我々遺伝子工学に携わった者から見れば、ヒトゲノムの完全実用化技術に他ならない。
実際、ベリャーエフがスィミィを促成成長させた手法だって、その技術を転用したモノである。

つまりは、BETAが横浜ハイヴで行っていたと言われる人類の調査・・・それを既に鹵獲していると考えられる。
そもそも、御子神大佐がビャーチェノワ達を要求した際、言った言葉。


“繭”とも、・・・“白き結晶”とも言わんよ―――。


あまりにもあっさり言われた故、しばし気付かなかったが、“白き結晶”はまだしも、“繭”・・・それは第3計画が第4計画に接収された時点では存在しなかったПЗ計画の最重要機密のキーワードなのだ。
あの言葉は、あの時点で大佐がПЗ計画の全容を把握しているぞ、と言う暗示そのもの。
当然、機密漏洩防止措置についても、対処可能と言う見込みがあったのだろうし、交渉材料にもならない、と言う宣言でもあった。

普通に考えれば、数多ある指向性蛋白を特定し、自家製造するような遺伝子組み換えは、現状の遺伝子工学では極めて困難である。
仮に出来たとしても、その定着には細胞の更新が必要となり、60兆ある全身の細胞が大方更新されるには2年程度の時間が掛かる。
そして中には脳神経細胞や心筋細胞の様に生涯更新されない細胞もあるのだ。
指向性蛋白自体は細胞間の流動性が在るため、恐らく体細胞の50%が自己生成出来るよう更新されれば自壊プロセスの危険はなくなるだろう。
しかしそれでも、その更新に掛かる時間は、約2ヶ月―――。
結局指向性蛋白を外部摂取しながらでなければ、ビャーチェノワは救えない。
米国や、例え“横浜”がどんなに頑張っても、我が邦に帰属しない限りビャーチェノワは助からない・・・・・・、と普通は思う[●●●●●●]

だが、同じように多大な時間がかかるはずで、我々には今以て手法も思い浮かばない脳神経細胞を修復するという技術をも有しているのだ。
何らかの手法で、その崩壊を防ぐ手立てを既に講じている、と考えるのが妥当だった。




だからこそ、あの者達がこの地に戻ってきたと聞いたときには驚いた。
そして、ビャーチェノワに自壊プロセスに入った兆候が出ていることにも・・・。


ベリャーエフがトリースタを狙っていることにすら釘刺してきた大佐が、信じられない短期間で治癒せしめ、その能力さえ向上させた“紅の姉妹”を、今も国際謀略が渦巻き魑魅魍魎が跳梁跋扈するこのユーコン[魔境]に戻す事こそが、全くの不自然。
もし何事も無く機密漏洩防止措置が解除できているなら、リスクを冒してまで態々2人をここに戻す必要は皆無。
そしてまさかの自壊プロセスの発動―――。

―――つまりは、御子神大佐をして、“紅の姉妹”を戻さざるをえない何らかの事案[●●●●●●]、乃至トラブル[●●●●]が発生した・・・と言うことなのか?


とすれば、意図が判らず静観していたが、―――逆に千載一遇の好機かもしれん・・・。


何の思惑であの者達をこの魔境に戻したのかは判らないが、この手の事態を想定していない筈もなく、当然リスク覚悟だろう。
用意していた自らの策が外れたのであれば、今更ビャーチェノワやシェスチナが機密漏洩防止措置の発動で死亡しても、大佐は何も言うまい。

だが、ブリッジスは違う。
殺してしまうのは最低の下策、強化装備を着けている限りバイタルモニターくらいしていそうだから、隠蔽しようが同じこと、技術の供与どころか、通告も無しに我が邦のXM3搭載機が動かなくなっても驚かない。
しかし・・・ブリッジス本人が納得ずくで我が邦に帰順させることが可能であれば・・・確かに全て[●●]を手に入れることも可能・・・か。




そして、今の報告―――。

ブリッジスが戦術機で突入、と言うことは、やはりベリャーエフ[あのバカ]は、シェスチナに固執したのだろう、修正案を無視して警備兵に依る武力制圧に出たか。

それはブリッジスが、マーティカの提案も一蹴したと言うことだ。


マーティカにとっても残念なコトだったな・・・。

―――この具申がマーティカからと聞いた時は驚いた。
無論今まで、こんな提案をしてきた人工生命体は皆無―――。
以前から薄々感じてはいたが、我が妹の成れの果て、“白き結晶”から生み出された数千にも及ぶ人工生命体の中で、最も当の妹本人に近い資質を有するのがマーティカである様だ。

その、謂わば乾坤一擲の具申だっただろうに・・・。

煌めくばかりの才が[]と成らなければ良いが、・・・な。

―――嘗ての、妹の様に・・・。




・・・・・・だが、出来ればやはり彼にはコチラ[●●●]に帰属して貰うのがベスト・・・か。

御子神大佐の思惑も、今ひとつ見えない。

大佐にとってはブリッジスもビャーチェノワも所詮他国の兵士、最悪どうなろうと構わない、と言う見方もできる。
それが必要であれば、切り捨てることくらい平然とするだろうが、それでも神経損傷を直してくるのだから、ある程度以上に気にかけているのは確か。
何らかのトラブルで自壊プロセスが進行しているなら貸し一つ作るだけでも、重畳だろう。

ビャーチェノワを“繭化”できれば、日本帝国以外に存在する唯2騎の“レベル5er[ファイヴァー]”も独占確保できる。
今後の私の計画[●●●●]に在って、“レベル5er[ファイヴァー]”でありXFJ-01の開発経験を有するブリッジスは、別の意味でも魅力的だ。


―――ならば、再度挑戦してみるのも悪くない。


秘匿通信で、ユーコンテロの時使った履歴に繋ぐ。
返事が在るかは、知らぬが・・・。


「聞こえるか、ユウヤ・ブリッジス―――。」


Sideout




[35536] §91 2001,11,19(Mon) 21:30(GMT-8) ユーコン基地 ソビエト占有区画
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/10/07 17:15
'15,07,10 upload
'15,10,07 誤字修正



Side ユウヤ


「・・・ユウヤぁ―――。」

「ああ・・・。
けど、気にすんな。」


不安げなイーニァを抱きしめる。

21:30―――。
終演の[アラート]
本来ならギリギリセーフなのだが、もうシンデレラタイムには間に合わない―――。



あの後、強襲した実験棟に潜入、イーニァのプロジェクションでナヴィゲートしてもらい、手術室の寝台に固定、放置されていたクリスカを無事回収。
医師や研究員は、案の定クリスカの保護など全く頭になく、強襲のサイレンに逃げ散っていた。
スクランブル後、迫ってくる哨戒部隊からブリザードとステルスを頼りに、間一髪、北に抜けた。
強めの噴射跳躍を使ったから、偵察衛星のIRサーチには引っかかったかも知れないが、データリンクで確認しても、今現在NORADの情報は何故かロックされている。
今は、林に身を潜め、麻酔から覚めないクリスカに強化装備を着けてもらっていたところ。

何せ、国境線には哨戒部隊とは別に、既に警備部隊も展開していた。
襲撃の警報と同時に基地全体にテロ発生のコードが流れたのだ。
ユーコン基地の警備は、米国・ソ連の両国、それに国連所属の警備部隊は合わせて3大隊が在り、テロ後暫くは欠員もあったのだが、プロミネンスがXM3の頒布窓口となって以降、即座に再編されていた。
警備部隊枠には最優先でLTEが導入されるメリットも在ったからだ。
その内各々2個中隊が既に出撃、計72騎が犇めく国境方面、行きたくても近づくことも出来ない。
テロの教訓が生々しい今、まだまだ反応は過敏で且つ過剰でもあった。

当初予定に於ける戻り30分と言う見積もりは、こんな状況下での数字ではない。
この警戒を掻い潜って刻限までにリルフォートに戻る時間は、最早無かった。


―――というか・・・。

既に戻る気そのものが失せていた。



マーティカの話が真実ならば、クリスカに残された時間は残り少ない。
聞いた限りベリャーエフも否定しなかった。
信じたくはないが、ПЗ[ペー]計画の今までの遣り口を見れば、真実である可能性のほうが高いと言わざるをえない。


自壊プロセスの発動―――。

既に開発者のПЗ計画でも“繭化”以外手立てがないと言うのなら、戻っても米国がどうにか出来るとも思えない。
そして戻れば、恐らくクリスカとは物理的に離される。
クリスカ達に対する機密漏洩防止措置を知られたら、その延命だ、証拠固めだ、サンプルだと言って、検査・観察され、挙句死亡した後は解剖と言うコースもあり得る。
そうなれば2度と会えなくなるのは明白だった。

残されたのは僅かな時間・・・。
その間、ずっと一緒に居るためには、戻るという選択肢は無い。



そもそも―――この選択が正しかったのか。

今もオレには判らない。
だが、マーティカの誘いに乗っても、言うような状況には到底現実感が湧かず、碌な未来は描けそうにない。
どちらも迷うのなら、少なくともこのXFJ-01をソ連に渡すようなことだけはしない。
他の全部を投げ捨てる選択をしていながら、開発衛士の矜持だとか言うつもりはサラサラないが、裏切者にだけはなりたくなかった。




『聞こえるか、ユウヤ・ブリッジス―――。』


な?
秘匿回線ッ!?
この声・・・サンダークかッ!?

レーダーには北西から接近しつつ在る機体が1騎―――。
そうか!、テロの時の交信記録から・・・、ってこの天候で、セラウィクからもう帰ってきたのか!?


『・・・聞こえているのだろう?
投降しろ―――、いや、コチラに帰順しろ―――。
決して悪いようにはせん―――。』


・・・此方の位置を完全に特定しているわけではないらしい。
ゆっくり哨戒しながら近づく角度が、僅かにずれている。
が、展開している哨戒部隊の配置や、国境線の警備から離脱方向を見極められた・・・と言うことなのだろう。
悪いことに、今は雪が少し薄くなり、視界が確保しやすくなっている。
上空は未だ厚い雲だから監視衛星の可視光映像にはまだ映らないが、戦術機相手だと視認される。


『・・・考え直せ、ブリッジス・・・!
マーティカ・ビャーチェノワ少尉の言ったことは真実だ。
その者達を救うたった一本の細い途は、既に“繭化”しか残されていない!
それも今しか無いのだぞッ!!

ビャーチェノワに施された機密漏洩防止措置の存在自体をブラフと見做しているのかも知れんが、考えてもみろ。
ベリャーエフは兎も角、私に取ってはその者達は既に“亡き者”、その生死に興味はない。
だが、このまま自壊プロセスが進行してビャーチェノワが死亡すれば、貴様を引き抜く機会は永久に失われるだろう。
その瀬戸際、今、だからこそ交渉しているのだ。』


そう言う賭に出たということは、クリスカが手遅れ[●●●]ってのは本当ってコトか・・・。


「・・・そして、今度はオレを同じような措置で組織に縛り付けてしまえば、アンタのスキに出来る・・・ってコトか。」

『・・・沈黙を破ったと思えばソレか―――貴様は2つ意味で誤認している。』

「なに?」

『貴様はXFJ-01を直々に貸与されるほど、御子神大佐に認められている。
例え、それが陽動やプロモーションの意味合いが強かろうが、気に掛けられているのは確実・・・。』

「・・・。」

『その謂わば“愛弟子”が、我が邦に帰順後理不尽な扱いを受けたら、大佐が黙っていると想うかね?』


オレなんかに“御大[Great Colonel]”が本当にそこまでしてくれるかどうかは全くの不明だが、少なくともサンダークにそう意識させるだけの庇護は帰属後も継続する、と言うわけか。


『そしてもう一つ・・・、遺伝子操作技術はそこまで融通の効くモノではない、と言うことだ。』

「・・・・・・。」

『機密漏洩防止措置とて、細胞分化の最初期、複製胚の段階だからこそ遺伝子操作が可能なのだ。
分化が進み、成熟した成体の持つ60兆もの全細胞に、短時間で遺伝子操作を施す技術は、未だ確立されていない。』

「・・・・・・、」

『もちろん、ベクター等を使って細胞に遺伝子を転写することは可能だが、細胞の分裂に依る更新がなければ、転写した遺伝子は発現しない。
この細胞の更新周期はまちまちで、中には一生涯更新されない細胞も多々在る。

つまり、後付の遺伝子操作で、貴様を縛る鎖など作れない・・・と同時に複製胚の時点で施された遺伝子組み換えを、完全に取り除く技術もまた無い・・・ということだ。』


・・・チキショウ―――。
結局オレを縛るコトは、技術的にも庇護的にも出来はしないが、クリスカやイーニァを生かし続ける為には、どうあってもПЗ[ペー]計画の下に居るしか無い、ってことか!


『放っておけば・・・その者は直ぐにでも死ぬ。
自壊プロセスが発動したら、遺伝情報を有している我々でももうどうすることも出来ない。
今のうちに、健全な脳神経系を保全するしか手は無いのだ!』

「・・・御子神大佐に全部譲渡したんじゃ無かったのか!?」

『・・・機能保全のための周辺施設の譲渡までは要求されていない。
それは指向性蛋白の情報も含まれる。
寧ろ、“繭”も“白き結晶”も要らないと大佐は言った。
つまりは延命措置と成り得る付帯設備や、遺伝子の基本情報も必要ない、と大佐自らが言ったのだ。
詭弁と言われようが、この点については要求されたのは飽く迄“身柄”のみ。
大佐は自身の言葉を翻したりはしない。』


状況からの行動予測と、カンを頼り少しずつ近づいていたサンダーク。
むしろ動けば捕捉される危険が在ったためじっとしていたが、視界の隅に国連ブルーを視認したらしい。
動きを停めた。


『・・・・・・やはりXFJ-01―――。
―――なるほど、貴様の杞憂はソコ[●●]か。』

「・・・なにッ!?」

『このまま我が邦に帰順すれば、まさに日米の軍事機密の粋であるXFJ-01を敵に譲り渡した裏切り者。
そしてXFJ-01にステルス機能が搭載されている、と知れれば一度は政治決着した機密漏洩疑惑に決定的な証拠を与える・・・と言うわけだ。』

「・・・チッ!」


ちゃんと裏まで知っているってコトか!


『―――ならば、それについても対処を約束しよう。
私自身XFJ-01には、それ程の興味を感じない。
それを熟成した貴様の手腕をこそ買って居るのだ。』

「な・・・?」

『なに、某顧問[●●●]から売り込みが来ているのでね。
貴様が帰順するなら、XFJ-01には手を出さず、秘密裏に戻すことを約束しよう。
・・・いや、それが信用できないなら、いっそ貴様自身がアルゴスの野外格納庫に持って行くと良い。』

「・・・は?」

『ビャーチェノワ少尉を我々に預けて、演習地区に戻り貴様の筋書き通り救難信号を発するが良い。
ビャーチェノワ少尉さえ騎乗していなければ、幾らでも言い訳が出来るはずだ。』

「・・・・・・!」

『ビャーチェノワ少尉についてはコチラで“繭化”を進めるが、これは緊急を要する避難的な措置として一時的に我慢して欲しい。
即刻“繭化”しなければ、その者は永遠に失われる。
その後のクローン細胞による身体の再生を約束しよう。
・・・或いは、これも“横浜”の技術が借りられれば、より良いだろう。
“譲渡”したビャーチェノワの再生と言えば、大佐もNOとは言わない。

ヒトゲノムの解析に依る自己細胞再生・・・これも基はといえば“横浜”から提供された技術だ。
今回、我々には不可能だった広範囲の脳神経細胞修復を行った“かの地”なら、ビャーチェノワの再生が可能だと踏んでいる。
勿論、―――指向性蛋白の情報も提供しよう。』

「・・・・・・。」

『更にビャーチェノワ少尉の行方不明については、機能障害発生の緊急救命措置として、対処可能な施設に一時収容したことをプロミネンス側に伝える。
査察が始まる22:00以前・・・今ならまだ間に合う。
22:00を過ぎると連絡が無かったことが不自然となり、内容の開示等求められるから、此方の機密漏洩防止上応えられず、こじれる可能性が高い。

貴様たちは一度アルゴスに戻り、そして機を見てソ連側に入り込み亡命という手続きを取れば良い。』


・・・クソッ!!
一旦戻れはするが、クリスカの身柄を押さえられている以上、否応無しってコトじゃねェか!

けれどサンダークの提案が二人を救う最も確実な途なのは、理解できる。
XFJ-01のコトも、確かにこの提案ならトラブルを全て回避できるのだ。
クリスカの緊急措置についても、ПЗ[ペー]計画ではなく、“横浜”との内容にしてしまえば、プロミネンスも米国も、口を出さない。
何よりも、オレやクリスカ、そしてイーニァは安心できる・・・と言うことか。


うぐぅ・・・。
さすがマーティカの親玉―――。
マーティカの提案でも一瞬グラッときたが、サンダークは更にガクガク揺さぶってきやがる・・・!


「・・・その言葉が真実だと、どうして信用できる?」

『我々の欲しいのは、ユウヤ・ブリッジス―――貴様なのだ。
ビャーチェノワもシェスチナも、一度は諦めた存在、私に取っては貴様という逸材の付録に過ぎない。
そのモノ達が欲しいだけなら、こんな面倒な提案はしない。

そして今後御子神大佐の齎すであろう技術・・・。
それは次世代、次々世代の戦術機に繋がる技術である。
その開発において、貴様のXFJに於ける功績・経験は何よりも得難い珠玉なのだ。

貴様が納得し、自分の意志で来るので無ければ、真の協力は得られないだろう。
何なら、横浜との交渉が完了し、“繭”からビャーチェノワの復帰が見込めるまで、貴様の亡命は延期しても良いのだぞ?』

「・・・ベリャーエフや、ПЗ[ペー]計画の干渉が無いと言い切れるのか?」

ПЗ[ペー]計画は、間もなく打ち切られる。
貴様たちは、実質新たな戦術機開発に携わることになるだろう。
これ以上の干渉はないと約束しよう。
唯、ブリッジスについては、計画の遺児たちについても面倒を観てもらうことになるかも知れん。
“触媒”と言う事についてもマーティカに聞いたはずだ。
無論、そのマーティカも貴様に譲ろう。』

「・・・・・・。」

『―――アレは理解している。
貴様を引き込めなかった場合、ベリャーエフやロゴフスキーはその責任を私や彼女に被せるだろう。
そうなれば、最早彼女に未来はない。』

「―――!!」

『・・・哀れな彼女を救ってやれるのも、貴様だけだ。
皆―――全て、貴様のモノ[●●]だ。』




―――ああ、よく判ったぜ。
お前らみんな同じ思考をしやがる・・・ッッ!。

人はモノじゃねェ・・・!
テメェがその意識でいるかぎり、何も変わらねェってな!!



「・・・だが、―――断るッ!!」

『―――馬鹿な事を・・・。

―――自壊まで数日しか残されていないのだぞ!?
全身の細胞が壊死し臓器の崩壊を伴う、極限の苦痛だ・・・!!
―――貴様はそれを・・・ビャーチェノワに強制しようというのかッ―――!?』

{フザケンなッ!}


やっぱり、一発お見舞いしないと腹の虫が収まらない。


ガキンッッ!!

刹那の抜き打ちにも、反応したサンダークに弾かれる。
なるほど、衛士としても一流。


「―――都合のいい責任転嫁してんじゃねェッ!!
クリスカやイーニァをそんな状況に追い込んだのは他ならないテメェ等じゃねェか!
テメエにクリスカをどうこうする資格なんか、ねェ!」


追撃。
一合い・・・、二合い―――。


『資格だと?
フン・・・、その者達は我が妹のなれの果て・・・。』

「!!・・・けッ! 重度のシスコン野郎かッ!!
妹だろうが、母親だろうが、その人の人生はその本人のモノだ!!
遺された細胞を弄って、報われない魂を量産し、その死を冒涜してんじゃねェッッ!!」

『!!クッ―――、BETAとの戦いは、そんな生温い戦いではない!
―――BETAの殲滅こそが我が妹の悲願・・・その為に託された“遺志”そのものだッ!!』


モーターブレードを弾き飛ばす。


「―――ああ、オレも思ったさ、カムチャッカやレッドシフト・・・コイツは半端ねぇってな。
人間性を踏みにじるのも、その勝利のためなら仕方ないかも・・・とな。

―――とんだ思考誘導詐欺だったぜ。

御大[Great Colonel]”に関わって、そして今回“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”に逢って、そんなの嘘っぱちだと、結局は悲劇を利用した権力者の都合の良い解釈だと理解したぜッ!」

『!!ッ・・・・・・“御大[Great Colonel]”・・・御子神大佐か・・・。
―――なるほど、かの者なら今の閉塞した状況を、或いはひっくり返す準備をしているのかも知れぬな・・・。』

「・・・サンダーク、[]てめェの言う言葉に嘘はないかもしれねェッ!
アンタの提案は、極めて現実的で妥当。
確かにクリスカは助かる可能性が高いし、示される未来は魅力的でもある。

―――けどなァ、アンタの国は、それこそそんなに甘い国かァ!?」

『―――ッ!!』

「それがクリスカを救える唯一の途かも知れないが、それ故に利用される可能性のほうが遙かに高い。
やる気もない“繭からの再生”を餌に、そしてその次は“指向性蛋白”の為に、次々と要求を飲まざるを得ない可能性がなッ!

確かにПЗ[ペー]計画は終わるかもしれねェが、ソビエトと言う国の、腐りきった権力構造が変わる訳じゃねェ!
目先の利に走り、踏み出せば底なし沼に嵌る、2度と抜けることの出来ない深淵の底なし沼にな!

そんなところに帰属するなど、有り得ねェんだよッ!!」

『・・・・・・。』

「・・・応えの無いのは、自分でも在り得ないコトではないって思うんだろ?」

『―――では、どうすると言うのだ!?
既に刻限は迫っている。
今からでは私の協力なしに米国にも戻れず、そしてソビエトにも帰順しない。
行き場など無い、ただ逃亡兵となって流離うしかないのだぞ?
しかも、米国にもソビエトにも行ける条件でありながら貴様が自らの意志で逃亡兵と成れば、流石の御子神大佐でも庇護はするまい・・・つまり領域侵犯者として殲滅されるのだ。
米国、ソビエト・・・何れに於いても約束された輝かしい未来を蹴って、人形一体、女一人のためにその全てを捨てると言うのかッ!?
全てを断ち切れば、その女も、間を置かず死ぬというのにッ!?』

「・・・コレばっかりは自分でも可笑しいとは思うがな、所詮これがオレの生き方だ。
元より大佐の庇護を頼って逃げる気もサラサラねェ!

カムチャッカやこのユーコンでも米国内に居たら絶対に知ることが出来なかった“現実”って奴を嫌って言う程認識した。
オレは、BETAに食い散らかされるこの地球で、輝かしい未来なんて戯言に全く魅力や現実感を感じられねェのさ!

その中で、何よりもオレが大事にしたい女の"今"が、最優先事項だッ―――!!」


瞬時の噴射跳躍による接近。
一瞬の強い風と舞い上がる地吹雪を見逃さなかったオレと、その背後からの風に気づかなかったサンダーク。
刹那奪われた視界と、レーダーの効かないステルスによりサンダークの反応は遅れた。


「ベリャーエフとやらには、キツい一発をお見舞いした。
アンタにも一発、―――呉れて遣らァ―――ッッ!!」


ブラフの一刀を反射的に逸らした相手に、そのまま突っ込んで肉薄する。
通常は長刀もモーターブレードも近すぎて振るえない超クロスレンジ。
その急接近に危機を覚えたか、緊急退避しかけたSu-37の下肢に、踏み込んだ脚を掛ける。

ガツンッ!

過大なモーメントを発生した機体はもんどり打ち、自分の推力で宙を舞う。
添えた前腕で肩口を引き込めば、姿勢制御をしようと反転した噴射跳躍ユニットの推力と重力が相まって、頭から背にかけて地面に甚だしく激突した。


『―――グ、ブァッ!!』


投げに柔道の要素の取り込んだMACROTで言う、“大外車”から“隅落し”へのコンボ。
刃のない長刀では仕留め切れないし、かと言って戦術機でブン殴ると此方の機体損傷も洒落にならない。
制御ユニットに当たれば本気で致命傷になる。
・・・クリスカは、きっとそんなこと望まない。

それでもこのコンボが綺麗に極まると、搭乗者は制御ユニットの背面に強烈に叩きつけられる。
強化装備を付けていてさえ、喰らった瞬間は死ぬかと思うほどの呼吸困難と、運が悪ければムチウチ症、酷い時には脊椎損傷に寄る半身不随も引き起こす。
雪がクッションにはなったはずだが、結構本気で掛けた。
大佐に、ムチウチにならないギリギリのを何度も喰らったからなァ・・・。


勿論、次の瞬間には離脱を掛けている。


「・・・悪いが、クリスカとイーニァはオレが連れて行く。」


遠巻きの哨戒待機部隊―――ソビエト陸軍第231哨戒中隊がサンダークの撃墜と同時に動き始める。
12騎の近接格闘に特化したMig-29はヤバい。
落下の衝撃にまだ息が出来ず返事のないサンダークに捨て台詞を落としながら、視界が遮られているうちに白い闇に紛れる。



もうココには用はない。
この二人と一緒なら、それでも良かった。

サンダークもクリスカ拐取の事実が在る以上、襲撃は公には出来ない。
このまま消えれば、正体不明のテロリストとして存在を消し去る事を選択しただけだ。



はぁ―――。


ウェラーに示された平穏で輝かしい未来など、所詮オレには無縁だってコトだな。

・・・さて、何処に行くか・・・な。


Sideout





Side イェージー・サンダーク

ユーコン基地 ソビエト占有区画 ПЗ計画研究施設 22:30


その通信が入ったのは、医療センターから自分の執務室に戻った時だった。

ズキリと頸が痛む。
外傷性頸部椎間板ヘルニア・・・か。
重症とは言えないが、今後の予後次第では麻痺も発症する可能性も在るとか。
遣ってくれたな・・・。


『どういうコトなのだ?、同志サンダーク。』


相変わらずの粘着質な話し方。


「―――どういうこととは、何のコトを仰っているのでしょう?、同志ロゴフスキー大佐。」

『・・・何故、あの機体を取り逃がしたのだッ!?』

「・・・意味がわかりかねます。」

『ステルスを装備した機体だッ!
あれが手に入れば、人形の奪還よりも遥かに大きな功績と成ったものを・・・。』

「・・・同志ロゴフスキー。」

『・・・なんだ?』

「・・・つまり、貴方はあの機体と、搭乗者をご存知・・・と言うことですか―――。」

『な・・・?』

「私は、本日イーダル試験小隊に一時的に預託されるT-50の受領にセラウィクまで出向いていました。
先程戻った折、正体不明[●●●●]のステルス機を偶然発見し、捕獲を試みましたが一蹴され、今まで医療センターに居りました故、何が起きた[●●●●●]か一切知らないので、是非[●●]教えてい頂きたい。」

『!!な・・・、べ、ベリャーエフは君も承知だと・・・。』

「・・・ベリャーエフ?
ああ、あの者には決して短慮せぬよう、言い聞かせたのですが・・・。
なにせ、御子神大佐に“XM3”の代償として引き渡した“壊れた人形”を今更欲しがるものですから。
間違って、ブリッジス少尉など我が領内で死亡するような事態が起きたら、理由如何に拘らず、その瞬間に我が邦への“XM3”供給は絶たれるでしょう。」

『!!!―――』


ベリャーエフ程度のでまかせに弄されたか。
よっぽど欲の皮が突っ張っているらしい。


『・・・・・・正体不明のステルス機はどうした?』

「さあ、ステルス機なのでなんとも。
私を倒した後は、“北”に離脱しましたが。」

『・・・私の責任に於いて、テロは誤報だったとプロミネンスに申し入れる。
施設の破壊は、戦術機試験の暴走だとする。
ブリザードの為、目撃者が見間違えたと・・・。
貴様の責任は問わん!
・・・謎のステルス機など、存在しない!!』

「・・・・・・。」

『そして不法侵犯機[●●●●●]は速やかに、確実に殲滅せよ。ネジ一個足りとも、存在を残すな!
決して・・・決して米国側に帰還させるなッ!』


・・・自分の仕出かしたコトの重大さに思い至ったか。
それを全て“無かったこと”にしてしまう強引さ。


『―――貴様の責任に於いて[●●●●●●●●●]、なッ!』


―――あいも変わらずその責任は部下に押し付ける、・・・か。
典型的な、そして圧倒的多数のソビエト軍クソ上司。
・・・ユウヤ・ブリッジス、貴様の読みはなかなかに正鵠だぞ。


『尚、今後一切、私はПЗ計画に関わらない!』


更に輪をかけて今更完全無関係を装う。
ПЗ[ペー]計画がレッドシフトを阻止した功績で大佐に昇格した下衆が。
上に行くほど席数が絞られる階級社会、権力争いも熾烈。
私の大尉昇格など、その人数比から言えば、1/10にも満たぬ論功行賞だろうに。
相変わらず失敗は部下の責任、成功は自分の功績か


「・・・それは、此度のトラブルの処理一切からも手を引く・・・と?」

『同志サンダーク、君の計画だ、全て君の好きなようにしたまえ・・・君の責任に於いて、な。』



来た時と同じく、通信は一方的に切れた。

・・・まあ、いい。
どうせ、後は閉めるだけだ。
此処でПЗ[ペー]計画をロゴフスキーに押し付けて逃げる手もあるが・・・、そうなると逆恨みされ次の計画[●●●●]に絡まれても困る。
計画を見限ったなら私のことも放置するだろうから、計画中止後隠遁しその間に移籍してしまえば良い。
下士官が居なくなることも、我が邦ではありきたりの出来事だ。

ブリッジスは米国にも戻る気が無さそうだから領域侵犯機の殲滅命令など放っておける。
流石に米国に帰れる状況であるにも拘らず、ソビエト領内をウロウロしているのなら、撃墜しても文句は来ないだろうが、そもそもステルスのブリッジスを補足する術がない。
今回は前回の様なハイネマンの裏もないから、推進剤が切れればどこかで野垂れ死ぬだけだ。
凍土に閉ざされれば、永遠に見つからないこともある。
人形に殉じる程度の男なら、それでも構わない。



痛む頸をさすりつつ、半壊の研究室に戻る。

そこには陥没した顔面に大きなガーゼを貼り、時折苦痛に顔を歪ませながらも、狂喜しているベリャーエフが居た。







「で?
どういうことなのだ?」

「・・・わ、わたしは、悪く[]い!
マーティカが余計[]コトを・・・。」
それ[]、無茶苦茶だ!、戦術機で突っ込んでくる[]んて!」


―――吃りはもう慣れたが、鼻骨を骨折しているせいで、子音Иの発音が怪しい。


「・・・そんな無謀な計画を誰が許可したのか?」

「・・・ロゴスフキー大佐だ。」

「・・・。」

「大佐は、サンプル回収の意義を認m・・・あ、が・・・。」


トカレブの銃口を口に突っ込む。
鼻がひしゃげ、骨折はしていても、基本的に整復前、ギブスなど無い、
その生白い顔が更に蒼白になった
歯が当たりカチカチと時を刻む。


「・・・大佐は基地襲撃など存在せず、テロ・コードは誤報、施設の破壊は、戦術機の暴走に依る自爆とするそうだ。
貴様、大佐に私が了承していると騙ったそうだな。
・・・逃げたユウヤ・ブリッジスの完全殲滅を指示された。
それに失敗すれば、ロゴフスキー大佐は、杜撰な貴様の計画を承認したミスを我々に被せるだろう。
・・・独善的な頭越しの計画でこの様な事態を招いた責任、―――覚悟はいいだろうな。」

「あへ、あひぇ!!、あしぇッ!!!」


そのまま引き金を引きたい衝動をどうにか抑える。
どうせ閉めるのだから、こんな奴居なくても良い。


「・・・何だ?」


漸く銃口を抜かれ、崩れて荒い息を付くベリャーエフ。

無理に喋ったことで口の中を切ったのか、血が垂れる。


「・・・さ、先の戦闘で、スィミィの自我が覚醒した・・・。」

「・・・なに!?」

「精神えん[]齢でさ、3,4歳程度の幼稚[]自我だが、ぼ、防衛反応が強く、その際の攻撃衝動が飛び[]けて突出している。」

「・・・それは、ブリッジスと戦ったからか?」

「か、確証は[]いが、恐らくは・・・。
先刻確いん[]していたマーティカとのプラーフカでは、ゆ、融合率96%を記録した。
問題は・・・スィミィの攻撃衝動が強すぎて、マーティカでは抑制しきれ[]い可おう[]性が高い。」


・・・成る程、面白い。
見放した計画だが、まだ使い道が残っていたか―――。


「・・・“繭化”すれば?」

「・・・か、可おう[]だと推測する。」

「―――早急にやれ。
明日、XM3LTEを搭載するT-50に載せる。
その結果を見るまで、貴様の処分は保留してやる。」

「ば、ばか[]ッ!
今から明日など無理[]きまっている!」

「逃げているのは世界最先端の機体に、世界最高レベルの衛士―――。
第2世代のアクティブ・ステルスを持つあの機体は、電子機器での捕捉はもう不可能なのだ。
追尾できるのは、“繭”以外にあるまい。

・・・浅はかな計画が、この事態を招いていることが理解できているのか?
米国に戻られれば、我が国への“XM3”供給は停止されるだろう。

先ほどロゴフスキー大佐は、この件に関する処理の全権を私に移譲した。
・・・つまり、勝手に承認した貴様の計画の、尻拭いを押し付けられたのだ。

ブリッジスが此方に帰属しない以上、撃破に依るビャーチェノワ略取の事実殲滅が必要、
少なくとも明確な口実を与える訳には行かない・・・というのが大佐の指示だ。

どんなカタチであれ、ビャーチェノワ少尉の拐取が知られれば、ソビエトだけが“XM3”、そして“Amazing5”の技術開示を得られない結果に成りかねない!
決して奴らを還らせてはならない。
我が邦の領内で完全殲滅しなければならない!
折角G弾という呪縛が消失したというのに、同じ轍を踏むわけには絶対にいかんのだ!!

この失態の責は、貴様に在るのを忘れたか?

それでも出来ないと言うなら、もはや貴様など必要もない―――。
軍法会議さえ時間の無駄だ。」


再びトカレブを構える


「わ、わわわ~、わ、判った!、判ったッ!!
すぐヤる!、すぐ始めるッ!!」


慌てて動き出すベリャーエフ。


「ああ、同志ベリャーエフ・・・。」

「・・・。」

「―――“繭化”の際、このリストにある部位は残せ。
スィミィの自我が覚醒したのなら、融合率向上の可能性がある。」

「・・・り、―――了解した。」





ユウヤ・ブリッジス・・・。
全く飽きない男だ。
“輝かしい未来なんて戯言”、とはな・・・良くも言ったものだ。

しかし・・・・・・。
スィミィ・シェスチナまで自我の覚醒に導いたか。

・・・惜しい、実に惜しい事だ。
スィミィの覚醒まで促すとは、やはり貴様は、ПЗ[ペー]計画で生み出された者に取って、最高の触媒。
恐らくは“白き結晶”が有する遺伝子と、何らか強く共鳴する遺伝子を有する“運命の相手[homme fatal]”だったのだろう。
だからこそビャーチェノワやシェスチナとコレほどまでに惹きあってしまったとも言えるがな。

既に“白き結晶”が失われた今、考えても仕方ないことではあるが、計画初期に貴様が居れば、或いはПЗ[ペー]計画は、今とは全く異なる展開を見せていたかも知れんな。


そして・・・。
神がダイスを振ったようなこの機会―――。
XM3装備Phase4の実力・・・確実に量りたいものだ。
だが、相手は“レベル5er[ファイヴァー]”に達したユウヤ・ブリッジス、マーティカや私程度では一蹴されただけだったが。

ならばこそ、融合率が96%を超える“繭化”マーティカ+“未知数”スィミィ、そしてT-50の組み合わせで何処まで迫れるか・・・。
何よりも[]への重要な資料となることは確実だ。


計画最期のフィナーレとしては最上の仕儀となりそうだ。


Sideout





Side マーティカ(ソビエト連邦陸軍実験部隊イーダル試験小隊)

ユーコン基地 ソビエト占有区画 ПЗ計画研究施設 23:00


ベリャーエフの検証から開放されて暫く経つ。
サンダーク大尉が帰ってきているらしい。

それも今の私には関係ない。

傍らには膝に縋り付いて眠っている“白い雪娘”。
だが、その容姿とは裏腹に、何よりも温かい・・・。



あの戦闘で覚醒したスィミィの自我は、まだまだ幼いものだった。
通常プラーフカによる意識融合を行うと、様々な記憶・知識も共有するため、元に分離しても精神年齢を引き上げてしまうことが多いと言う。
しかしスィミィの無垢で純粋であるが故に、頑なで強固だった自我は、私のそれを今まで受け入れようとはしなかったのだ。
だが、私が死を選ぼうとしたあの瞬間、確かに私達は融合した。

それが、スィミィ自身の生きたいという希望だったのか、模擬戦ではない生死を賭けた戦闘に感化されたのか、あるいは“触媒”だというブリッジスに触発されたのか、それは判らない。
おそらく本人も理解していない。
さっきまではブリッジスの存在に怯えるような臆病さと、それに相反するように峻烈な攻撃衝動・・・。
初めて私が制御側に回る意識融合でありながら、その激しさに抑制しきれないことすら在った。

だが・・・。


そう、私を選んでくれたバディとの融合―――。

クリスカがイーニァの為に、と言っていた感覚が初めて理解できた。


そっと、その白絹の様な髪を撫でる。





カチャン、と音がして入ってきたのは、サンダーク大尉だった。

形式的な敬礼と答礼。


儀礼的な戦闘の労いに続いて告げられた命令。


T-50の戦闘機動限界―――。


だが、その話は殆ど私の頭に入らなかった。


そんな・・・


「生まれたばかりの自我とは言え、その攻撃性は・・・」


まさか・・・


「・・・貴様が“繭”に成れば十分に制御可能・・・」


―――私が“繭”?


「・・・サンダーク大尉―――ブリッジス少尉を説得出来なかったのは、私の力不足であることは否定しません。
しかし、本来私の策なら斯様な状況には」

「そこは実に感謝している。
当初ベリャーエフが立てた計画のまま進んでいたら取り返しのつかぬ事態に陥っていた。
あの献策は実に素晴らしい提案だった。
・・・だから、これは貴様への褒美でもある。
―――これで通常よりも、長く祖国に奉仕できるのだからな。」

「・・・。」


ほんの僅かな意見具申も直ぐ様遮られた。


「・・・設備破壊の責は問われないが、正体不明の襲撃者逃亡に関しては、私が責任を持って当たることになった。」


ああ、そうか・・・。
やはり・・・考えていた通りなのだ。

あのゲスは、今回の事態の責任をサンダーク大尉に被せた。
だから表向きは、自国戦術機の暴走による施設破壊と言い繕う。
かと言って今更表沙汰になっては困るクリスカ拐取の証拠隠滅を押し付けてきた。
どうせ、何処かの最前線にでも送られる、とは思っていたが、まさか“繭化”!?


「君には残念なコトであるが・・・。
―――我が国では・・・切れ過ぎる[●●●●●]ナイフは喜ばれないのだ。」

「・・・クッ・・・。」


冷酷に告げられる最後の言葉。
何を言っても無駄―――。
所詮、私達は最期まで“モノ”でしか無かった。
分をわきまえぬ“モノ”など不要と言うことか―――。



腕に何かが触れた瞬間、私の意識は何の慈悲も無くブツリと途切れた。


Sideout




[35536] §92 2001,11,20(Tue) 03:30(GMT-8) ソビエト連邦租借地 ヴュンディック湖付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/08/28 20:32
'15,07,18 upload
'15,08,28 誤字修正



Side クリスカ


ふと目覚めれば、そこは見慣れた戦術機管制ユニットの中だった。
けれど、何時ものフロントシートではなく、サイドのエマージェンシーシート。
一瞬、何故こんな所に、と想う。

少しの覚悟と、殆どの諦観を持って臨んだ“施術”のはず、初めはぼんやりと視界を眺めていただけだった。
が、すぐに傍らから声が掛かる。


「目が覚めたかクリスカ。」

「・・・ゆ、ユウヤ・・・?」


声の主を確認しても現実感がない。
何故、ここに・・・?
これは一体、如何なる状況?

―――呆然と見詰め返す。
2度と逢うことはないと覚悟を決めた相手・・・。


「クリスカぁ~ッ!」


更に後ろから抱きつかれる。


「“繭”になんかなっちゃ、イヤだよぅ!」

「・・・・・・!!ッ」


リーディングをしなくとも受けたのは、圧力さえ持った押し寄せるような膨大なイメージ。
イーニァの“経験”を時間的に圧縮して一気に流し込まれた。
それだけでも、自分が如何に間違った選択をしてしまったのか、理解できてしまった。

ベリャーエフ博士が言った延命の“施術”とは即ち“繭化”・・・。
ちゃんと考えれば、イーニァが私の“繭化”など望まないのは判り切ったこと。

更に思い返せば解除ワードによる記憶の復活が切っ掛け。
以前の経過観察時にベリャーエフ博士から聞かされた自壊プロセスの内容を思い出した動揺と混乱。
ソレすらも国家の貴重な資料と考えていた以前の思考と、今ではイーニァも巻き添えになる、という言葉に、まんまと誘い出されてしまった・・・と言うことなのだ。

―――そして、その愚かな私の選択により、ユウヤが取った行動も、イーニァのプロジェクションで全て理解してしまった・・・。


「!!・・・貴様は―――なんて馬鹿なコトを・・・。
私なんかに貴様の未来と引き換える価値など在りはしないのにッ!
私は、もう―――!」


グイッと腕を引かれる。
背中にイーニァが抱きついたまま、ユウヤの胸に抱き込まれた。


「・・・知ってる。
けど・・・、だからこそ、オレはおまえと一緒に居るって、決めたんだ。」

「あ・・・。」


そのままユウヤの勁い輝きに包まれる。
・・・・・・ダメだ。
反論したくとも、何も言えない。

イーニァが、伝えてくれた経緯。
博士を殴り飛ばし、サンダーク大尉の提案を一蹴し、ユウヤが自分の祖国を喪っても私の、・・・私達のそばにあることを選んでくれたユウヤの言葉。
―――そして何よりもそれを顕すユウヤの中の一点の瑕疵もない、その輝きに言葉を失った。


勿論、それで全ての不安がなくなるわけでもない―――。


「それも・・・大丈夫だ。
オレを・・・そしてなによりイーニァを信じろ。
もし・・・そう[●●]なっても、トリガーの対象をサンダークからオマエに変えちまったイーニァなら、次はちゃんとオレに変える。」

「あ・・・あぁ!・・・そうだな・・・。
きっと・・・!、そうだ!」


ユウヤは、やはり発現者なのでは無いだろうか?
何故、言葉にしない私の気持ちを汲んでくれるのか。
その唯一の杞憂さえそう断言されると、確かに、と思えてしまう。
このまま私の存在が無くなっても、ユウヤが居ればイーニァは・・・私の分身はユウヤのそばに在り続けられる・・・。


「・・・しかし・・・私の浅慮が貴様にこんな途を選ばせてしまったのだな・・・。
謝って済むことではない・・・。
私は、・・・私には、もう何も還すコトが出来ないと言うのに・・・。」

「クリスカ―――。
オレの気持ちは見てるだろ?
・・・・・・そこに一片でも“後悔”があるか?」

「・・・・・・。」

「そんなん、誰だって同じだよ。
軍人、特に戦術機パイロットなんて言うまでもないし、一般人だって同じだ。
先刻まで話して居た奴が、1時間後に突然居なくなることだって、往々にして在る。」


遠い目をするユウヤ。
そこにあるのは・・・悔悟?


「―――だからこそ、オレはクリスカとの今を大事にしたいんだ。
オマエの存在だけで、オレだってオマエに還せない程の大きなモノを貰っているんだ。」

「・・・ユウヤ―――。」

「・・・その為ならなんだってするさ。
そして、それを決めたのは、他の誰でもない、オレ自身だ。
だからさ、クリスカに謝られると、寧ろ困る。

逆にオレの我儘で、クリスカが助かるかも知れないサンダークの提案さえ蹴飛ばしたんだぜ?
・・・謝るのはオレの方だ。」

「・・・ズルイ言い方だ。
そんな風に言われたら、謝ることも出来ないではないか。
そして・・・貴様にわが祖国は絶対合わない・・・。
大尉の提案は、私でも受けないから問題ない。」


抱きしめていた腕を離し、真っ直ぐに瞳を覗き込まれた。


「―――なら、お相子だ。
気に病むコトはないからな。」

「・・・・・・ウン―――。」


もう一度、イーニァ共々、勁く抱きしめられた。







漸く落ち着き、状況が見えてくる。
ユウヤが出してくれた流動タイプのレーションを吸いながら相談。


「・・・問題は、何処に向かうか、だな。
既に推進剤も電源も半分を切った。
まあ、統合補給支援機構[JRSS]があるから、いずれ補給は出来るが、手持ちのレーションに関しては、3人だと3日程度が限度。
天候は2,3日荒れるらしいが、その間に目処だけは着けたい。」


網膜投影にマップが映る。


「・・・米国に戻る気は、無いのだな―――。」

Phase4[コイツ]に、イロイロついてちゃいけないモノが着いちゃってるからな。
機密漏洩疑惑の関係で、戻るわけにはいかないんだ。
そう考えると・・・一番現実的なのは、アサバスカか―――。」


アサバスカ迎撃戦跡地[グランドゼロ]
あぁ―――、BETAの落着ユニットを核殲滅した死の大地。


「半壊した核不発弾がまだ大量に残存していると聞くが・・・?」

「確かに重度放射能汚染で広範囲が立入禁止だけどな、逆にそのために通常の軍でさえ立ち入らない市街地なんかが放置されていて、数千以上の不法難民が流入し幾つかの独立したコミュニティが形成されているんだそうだ。
これらのコミュニティは各国人権保護団体やNGOの支援で成立しているから潜伏するにはちょうどいい。
ま、中には例の難民解放戦線他武装組織が支援している暗黒流星街もあるから、そうそう長居する気も無いけど。」


環境的に厳しいが、確かにそんな所に入り込んでしまえば、そうそう追っ手が掛かることもない。



「―――ユウヤの故郷は?、何処?」


そんな思惑とは関係なく、熱心に地図を見ていたイーニァが聞いてきた。


「故郷?・・・うーん、認めたくはねェが、物理的には・・・。」


マップが移動する。
北アメリカ大陸を縦断・・・南部。
ここからだと、距離にしてほぼ5,000km―――。
確かに行ってみたいが、無理な相談だろう。


「わぁ、どんなところ?」

「・・・まぁ、オレ自身にはあんま、いい思い出もねェからな。
存在しない親父のせいで滅茶苦茶だったから。
今はもうみんな死んじまったけど、お袋は頑なに親父を庇い続けるし、ジイさんはそれで何時も逆上、バアさんは完全無関心。」

「Hmm、それが貴様の家族か・・・皆個性的で楽しそうだな・・・。」

「あれを個性的と言うのはオマエくらいだぜ・・・。
まあ、いいけど、それが毎日でさ、外では良いとこの家柄のハズが日系の容姿で虐められるし、嫌になって逃げ出したことが在るんだ・・・。」


幼少期のユウヤ―――。
周囲の家族の対応。
その意味を、今更ながらに反芻し、理解しているのだろう。


「―――で、さ一度だけ計画的に集めた物資―――菓子とかジュースとかをデイバックに詰めて家を飛び出したことがあんだ。
ホンの4,5時間の、ささやかな逃避行という自己主張、だったんだろうな。
結局ジイさんの敷地を出ることすら出来なかったんだけどな。」

「・・・・・・。」

「その頃はお袋とオレは屋敷から出て、敷地内の一軒家に住んでたんだけど、なにせ南部の大地主、見える範囲地平線まで敷地って言う規模でさ、まるで絶海の孤島みたいに周りには何にもないトコだった。
だから、子供の足で飛び出したって何処まで行っても変わり映えしない平原・・・。
しかも夕方だったんで、あたりはすぐ暗くなって、妙な動物の鳴き声までする始末。
足元も見えないほど暗くて、スゲェビビってた。

けど、その日はたまたま満月で、ちょうど雲が晴れて何にも無いと思っていた平原が明るい月明かりに見渡せたんだけどな。

―――そん時見た風景だけは今も忘れない・・・。」


脳裏に飛び込んできたのは、満月の月明かりに浮かぶなだらかな起伏をした広大な野原、その野原を全て埋め尽くす青紫色―――。
ユウヤの思い出をそのまま映した幻想的なイメージが、視界全体に広がる。


「―――わぁぁ!」


同じイメージを受け取ったイーニァが嬉しそうな声を上げた。
これがユウヤの故郷・・・。
このまま米国に行けるなら、こんな景色も見てみたかったと思う。
5,000km・・・そして春はそれ以上に今の私には余りにも遠い―――。


「―――ブルーボネットって言う地元特有の花らしくてさ、州の花にも成ってる。
ちょうど家出した春が盛りで、家から丘一つ越えたところが群生地に成ってるらしいんだけど、何時も町に行く途とは反対側で、他の花畑は規模が小さかったから知らなかったんだ。
・・・この時の光景には子供心にも圧倒されて、呆然と見入っちまった。
コーンフラワーブルーより、ちょっと紫に近い青で―――あ・・・。」


一瞬動作が止まったユウヤは、突然ガサゴソとグローブボックスをかき回すと、何か小さな箱を取り出した。


「昨日さ・・・、本当は夕食に誘おうと思ってて、そん時クリスカにコレを渡すつもりだったんだ―――。」


箱の中には、今イメージで見た花色によく似た透き通る青紫色の大きな石をあしらった指輪。
今見せてくれたあの遠いユウヤの故郷を一つに凝縮したような存在。
戦闘一辺倒で、一般常識に大きく欠ける私でさえ見惚れるほどの美しい宝石、そしてそれが意味することくらいは、知っていた。


「・・・・・・コレ・・・を、私・・・に・・・?」

「ああ―――。
イーニァにはコッチな。」


指輪の台座の下には、同じ石で作ったと思われる色合いの、少し小ぶりのペンダントが揃っていた。


「―――オマエと、・・・そしてイーニァとも“家族”になる証として、・・・受け取ってほしい。」


そんな―――。
コレがユウヤの母親から渡された、謂わば形見であることも読めてしまう。

そんな大事なモノを人工生命体である私が―――?


「イーニァは、勿論良いよな?」

「ウンッ!」


嬉しそうにペンダントをつけてもらうイーニァ。
そして次に未だ呆然とする私の左手を摂ると、強化装備をグローブだけ外す。
自分の薬指が、吸い込まれるように指輪に嵌るのを、信じられないように見ていた。


「・・・証人も、紙切れも無いけど、これでオレ達は家族・・・良いだろ?」

「あ・・・、ユウヤ・・・ユウヤァッ!」









暫く3人で抱き合って、そしてその胸でトクントクンと正確なゆっくりとしたリズムを刻むユウヤの鼓動を感じていると、何時しか私は耳馴染んだメロディを口ずさんでいた。
同じ曲で育ったイーニァもそれに合わせてハミングしている。


「この曲は・・・・・・いい曲だな・・・。」


何処の、誰の曲かも記憶にない。
どこかもの悲しくて、でも優しい感じの、・・・綺麗な曲。


「―――この曲は、私達の故郷の思い出なんだ・・・。
ユウヤの故郷の話を聞いていたら、つい・・・な。」

「・・・おまえらの故郷・・・?」

「うん・・・私達の故郷だ・・・。」

「まさか、あの研究施設ってコトはないから―――ソ連のどこかか?」

「そうだ・・・。
でも、場所はわからない・・・街の名前も知らないんだ・・・。」

「・・・なんか目印になるような建物とかなかったのか?」

「・・・微かに記憶している。
・・・真っ白な建物と、私と一緒に生まれ育った姉妹たち。」

「・・・!」

「高台から見える遠くの町並み・・・。
金色の尖塔を持つ白い建物・・・。」


故郷の風景をユウヤにプロジェクションする。


「・・・これが・・・二人の・・・。」

「そうだ・・・だが、もう、BETAに壊されてしまっていると思う・・・。」

「・・・かもな。」

「・・・うん。」

「二人の故郷か・・・。」

「・・・・・・。」

「行ってみたかったなぁ・・・」

「ん・・・?」

「おまえらの故郷・・・行ってみたかったな・・・。」

「・・・・・・ユウヤ。」

「あ、なんだ・・・?」

「私は・・・。」


私に残された時間は少ない。
伝えなければならないことは、沢山ある。
今は可能な限り、伝えなければ・・・。


Sideout





Side デイル・ウェラー

ユーコン某所DIA事務所 09:33


朝・・・と言ってもこの時期のユーコン、太陽はまだまだ顔も出さない。
事務所内の淀んだ空気、徹夜明け独特の倦怠感。

昨夜のソビエト施設損壊事故[●●]についての向こう側の公式な報告書。


「・・・結局ソ連は戦術機試験の暴発事故―――で押し通した訳か。」

「は。
テロとすれば、プロミネンス側の検証も受け入れなければなりません。
それを嫌い、自軍の事故とすることでビャーチェノワ少尉の略取そのものを無かったコトにしてしまうつもりかと・・・。」

「・・・その間、先の政治的合意を覆しかねない爆弾を抱えたブリッジスは米国に戻れず、領域侵犯者として抹殺すればいい、と。」

「そう言うコトでしょう・・・。
―――あ、あと、その“暴発事故”により、モグラが1名、死亡しています。」

「は?・・・何故だ?、何か危険要素があったのか?」

「いえ、事故そのものに関わることではなく・・・他のモグラに拠れば、死因は脛骨骨折・・・とか。」

「!!・・・スペツナズの得意技―――か。
ブリッジスの脱出補助していて、見つかったか・・・。」

「―――いえ、それも違いますね。」


少し前に入ってきて報告を待っていた別のメンバーが否定した。


「なに?」

「・・・先程裏が取れました。
此方のビャーチェノワ少尉サポートメンバー・・・昨日朝の彼女とベリャーエフの接触を報告しなかった護衛ですが・・・と、殺されたモグラ・・・此方はビャーチェノワ少尉の施設入場報告を3時間余り遅延させた担当ですね・・・は、共にCIAとの接触がありました。」

「CIA・・・ッ! つまり第5計画派かッ!?」

「恐らくは・・・。
ブリッジス少尉に対するラプターショックの逆恨みってヤツでしょう。
第4計画と近い“紅の姉妹”やブリッジス少尉をハメれば、相手方の戦力削減にも繋がると考えた様です。
モグラはむしろブリッジス少尉の脱出を妨害するのにベリャーエフを炊きつけた節があります。
むしろ、事態の推移を推し量ると少尉の脱出を援護したのがスペツナズかと・・・。
実際サンダークは“紅の姉妹”奪還に釘を刺していたようですから、“魔窟”の癇に触りXM3供給停止を恐れたと推察されます。」

「―――ブリッジス少尉の脱出を致命的に妨害したのが、選りに選って我が国組織の確執で、逆に彼を生かしたのは、ソビエトの特殊部隊だ、と言うわけか―――!?
しかし第5計画・・・G弾は死に体だというのに、何という・・・余計なことを―――ッ!!」


だから今回はCIAの色濃い国家安全保障証ではなく古巣のDIAで動いていたというのに・・・。
いつもソビエトのダブルを警戒していたが、まさか第5計画派のダブルがDIA協力メンバーの最先端に迄入り込んでいたとは・・・。
これではもう一度、組織内部も洗い直す必要がある。
何時裏切られるかも判らない現状では、迂闊にブリッジスを原隊復帰させることも出来ない。

しかし、ブリッジスがこのまま米国に戻れず、ソビエト領内を彷徨する状況はマズい。
幾らあの機体がJRSSにステルス付きとは言え、一切の整備なしでは稼働時間は限られる。
可及的速やかに米国に戻れるよう取り計らなければならない。


・・・心情的には問題があるが・・・背に腹は代えられぬ・・・か。

私は意を決すると、受話器を取った。


Sideout






Side ステラ

統合司令部B01 C-108 15:00


「わけわっかんねぇっ!!」


途中、交代で仮眠をとったとは言え徹夜明け、それももう午後。
タリサの叫びが全員の気持ちを代弁していた。

〈Argos-01〉、ユウヤとイーニァのMIAから既に既に20時間以上―――。
天候は回復の様子も見せず荒れ狂っているが、夜は明けても動きは無かった。
捜索隊の出動さえ無い。
ずっとブリーフィングルームに待機していたが、さっきドーゥル中尉とラワヌナンド軍曹が入ってきた。

結局未だに救難信号も受信されていない。
そしてクリスカも戻らず、MPは脱走や拉致も視野に入れ捜索を開始していた。
VGが聞き込んだリルフォートの飲食街に彼女が立ち寄った様子もなく、けれどそこで会った顔見知りのランジェリーショップ店員から、情報を得ていた。
彼女は化粧室を貸して欲しいと申し出た後、そのまま裏口から出てしまったらしい。
商品の不正持ち出し等ではないので、なにか用事ができたのだろうと思っただけだったが、その後、2,3人の男が店内の様子を伺っていたのを他の店員が見たと聞いて、気になったという。


そして昨夜21:00頃に発生したという、ソビエト占有区画施設でのテロ発生騒動―――。
当初、戦術機による施設破壊との話で、一時はソ連の哨戒部隊を初め、プロミネンス計画の警護部隊や、米国側フェアバンクスの部隊まで動き出す事態となった。
しかし、その後自国戦術機実験の事故による施設破壊と訂正され、テロ・コードの発令は取り消された。
当然米軍やプロミネンスの警護部隊は退いたが、何故かソ連側の哨戒部隊はそのまま残り、更には最寄りのБ-01基地からも1個大隊が国境線の哨戒行動に出ているという


訳わからない・・・コトもない。
余りにも連続した事態に繋がりが在るとすれば、当然一つの疑念がある。

そしてこのブリーフィングルームに、ハイネマン氏が顔を出すに至って、私の疑念は確信に変わった。




「・・・実はPhase4にはYF-23由来のステルス技術が搭載されているのだよ。」


ブリーフィングが始まった直後、思ったとおりのハイネマン氏の言葉。
“ステルス”・・・それこそがミッシングリンクであったキーワード―――!
それを認めてしまえば、全部繋がるのだ。


タリサの見た、クリスカへのベリャーエフの接触。

私が感じたクリスカの逡巡。

VGが聞き込んだランジェリーショップ店員の話とクリスカの失踪。

そしてユウヤのMIAと、ソ連施設の事故。


―――簡単に言えば―――自分の女を拐かされたユウヤが、ステルス戦術機で殴り込んだ[●●●●●]―――、と言うコトね・・・。


当然ソ連はクリスカを拐取したコトがバレるからテロとは言わないし、でもソ連領に実質領域侵犯している〈Argos-01〉を放置しておくわけにもいかない。

けれど、解らないのは、首尾よく奪還できたなら何故、ユウヤは戻ってこない―――?
拐取の状況はクリスカが証言してくれるから、何も問題は無いのに・・・。

あ―――。



「・・・ハイネマンさん・・・一つ質問宜しいでしょうか?」

「構いません。」

「・・・以前XFJ計画が受けた機密漏洩疑惑って・・・もしかして“ステルス[それ]”ですか?」

「・・・その通りです。
私としては、日本側に提出義務のないボーニング独自のPhase4から付けた[●●●●●] んですが、当局は形状がYF-23に似ているというだけで、以前から疑って掛かっていました。
しかもブリッジス少尉も以前から付いていて査察対象となった、と勘違い[●●●]している様なのですよ。」

それで[●●●]帰ってこない・・・と。」


単独での潜入による奪還・・・それはそのまま査察の疑惑を証明してしまうような行為。
政治決着を覆す行為ともなれば帰って来ないのも当然。
けど・・・コレはハイネマン氏がその“当局”と“握った”わね―――。
諸事情をチャラにして、ユウヤが帰ってこられるように、Phase4からとしたわけだ。


「―――ブレーメルは理解している様だが・・・マナンダルはどうだ?」


ハイネマン氏の話をドーゥル中尉が継いだ。


「・・・解っちゃぁいます・・・けど、・・・だったら少し位相談してくれたって良いのに・・・。」

「・・・以前の査察もそうだが・・・、米国は国防に関する機密に特に五月蝿い。
米国籍の自身はともかく、他国籍である我々が関わると、迷惑がかかると言うブリッジスの配慮だろう。」

「―――で、そのユウヤ以外他国籍のアルゴス隊にどうしろ・・・ってんです?」

「・・・ソ連は、テロではなかったとすることで、ブリッジスの襲撃そのものを無かった事にしてしまった。
それでいて国境線を固め、帰還を許さない構えをとっている。
ブリッジスが帰還すれば、ビャーチェノワの略取が明らかになり、更に彼女たちが受けていた様々な実験内容にも踏み込まれる可能性がある。
そうなれば国際的非難は免れないからだ。
当然不法領域侵犯として殲滅し、ビャーチェノワ略取の事実隠蔽を図るだろう。
しかも機体はステルス搭載機体・・・ステルス技術に立ち遅れたソ連には垂涎の的だ。
他方ブリッジスはブリッジスで、ステルス搭載を明らかに出来ないと考え、米国領への帰還を避けている。」

「え?・・・だってPhase4からで問題無いって・・・。」

「〈Argos-01〉の通信は途絶している。
遠距離の秘匿回戦すら完全に切っている状態だ。
どうやってそこのコトを伝えるのだ?」

「あーーね。」

「・・・接近して部隊内通信を繋がせるしか無い、ってコトか。
けどステルスなんだろ?
幾らアルゴスのマルチスタティックレーダーだって、ある程度包囲できなけりゃ捜索は困難、しかもソ連領と来ている。
お手上げじゃね?」

「Phase4に搭載されているのは、F-22Aに搭載された形状や第1世代のパッシブステルスではないのだよ。
YF-23に付けられた、第2世代ステルス―――これは簡単に言うと、ハッキングにより戦術機I/Oそのものを欺瞞してしまうものだ。
データリンクそのモノは支配できないが、データリンクからの接続を書き換え欺瞞する。
統一規格で制御ユニットのI/O周りを米国の特許に頼っている限り、逃れることが出来ないステルス技術なのだ。」

「・・・マルチスタティックも関係ねェのか。
じゃあ、どのみち探し出せないってコトじゃん。」

「旧OS、XM3もLITEやLTEはそうなるが・・・XM3の正規版だけは違う。
正規版は制御のサンプリング周波数を引き上げるために、ファームウェアも全て刷新しているのだ。
つまり、正規版にはアクティブ・ステルスのハッキングが無効であり、欺瞞が一切通じない。」

「「「「 !!! 」」」」

「・・・それでアルゴスって訳ですか。」


そうか―――。
正規版はまだ日本帝国の一部とアルゴス、そして昨日帰還した6中隊にしか実装されていない。
勿論帝国は論外、今回換装された6中隊中、5中隊は欧州の国連基地所属、残る1中隊はソ連であるがカムチャッキー国連基地の所属中隊。
当然昨日の今日で戻ってこれるわけもない。

実質的にこのユーコンで〈Argos-01〉を捕捉できる可能性が在るのは、アルゴス隊に残る4機だけと言う事になる。


「―――けど、ユウヤのヤツ、ソ連領内なんだろ?
いくらプロミネンスだって言っても、アルゴス隊にソ連が領域侵入を認めるわけねェし、近づくことも出来ねぇぜ?」


タリサの言葉にハイネマン氏は静かに頷く。


「―――アクティブ・ステルスは、謂わばソフトウェアなのだよ。
勿論専用の高速演算DSPを実装した専用ボードは必要となるが、基本ポン付けで動作する。
残っていた専用ボードは2枚、今朝方XFJ-01の2号機と3号機にも装備させてもらった。」

「!!―――潜入ミッション・・・ですか。」

「―――戦闘は必要ない。
と言っても当然見つかれば戦闘行動になる可能性は否めないがな。

XFJ-01のレーダーは最新型とは言え前方120度範囲で、約180km。
世代としてはBASEが古いACTVは120km程度だったので、2基しかない演算ボードはXFJ-01に装着した。」

「・・・米国は、米国籍以外の私達がステルス機に乗ることを容認しているのでしょうか?」

「ソフトウェアなので、もし持ち去られたとしても当然不法なアクセスや解析が在ればプログラムそのものを消去するセキュリティーが組み込まれている。
今回は、時限式でもあるから、25日の0時には、自己消去する事も含めてね。
それに、高速演算の為のDSPは、米国でしか生産されない。
更には、長いこと塩漬けにされたカビの生えた技術、XM3正規版には通用しないなら存在意義は何れ亡くなる。
―――問題は無い。

あとは君達の行動予測に掛かっている。
―――任せるよ。」

「―――つまり、我々のミッションは、与えられたデータから〈Argos-01〉の進路を予測。
XFJ-01のレーダで捕捉し、国境に関わらず接近。
可能であれば、随伴して帰還。
不可能であっても、ステルスは既に機密として問題はなく、何時でも帰れると・・・そう伝えれば良い―――ということだ。

では、続けて検討に入る。
ラワヌナンド軍曹、データを。」

「はい。
こちらは、NORADから提供された、短時間IRトレーサの履歴から、〈Argos-01〉と思しき位置を示したものになるます。
ブリザード下なので、数点しか補足できていませんが、襲撃した施設の周辺で3点、その他はソビエト哨戒部隊の包囲を抜け、北東方面に逃走していると見受けられます。
但し、これらの行動は、包囲を突破するのに大出力を使用した為、辛うじてセンサーが拾ったと考えられ、実際、演習地区から施設襲撃までの軌跡は皆無ですので、今どの方向に向かっているのか、不明です。」

「北東・・・。取り敢えず向かうとしたら、カナダか。」

「―――妥当ね。
米国に戻れず、かと言ってソ連に追われない状況としては最善。
当然カナダだってソ連軍戦術機の侵入は許さないだろうし、アサバスカの飽和核攻撃の所為で、米国ともしこりを残すカナダは、米国の言いなりでもない―――。」

「・・・素直過ぎね?」

「―――最初のAH演習、それ以降の行動傾向などからも明確ですが―――
ブリッジス少尉は示威的、或いは直情的に見えて、その実、自己犠牲を厭わず、相手の心理要因を考慮した重層的な戦術を好む傾向があります。」

「・・・初手は当然ブラフ。目的地は別で裏がある、とすれば東南か?
―――東南といえば・・・!アサバスカ迎撃戦跡地[グランドゼロ]ッ!!」

「・・・アサバスカ―――。」

「・・・旦那らしい選択といえば選択かもな。」

「それこそ直情的過ぎね?
それに難民解放戦線の暗黒流星街もあんだろ?
戦術機なんか持ち込んだら、ヤバいだろ。」

「ステルスなんだし、隠せばいいだろ?
基本世界にも捨てられた難民達・・・来るものは拒まないって言うし。」


ステルスという鍵は見つかったけど・・・、なんか未だ腑に落ちないのよね。
事態が発生して既に1日―――。
当然6,400km離れていても情報はとっくに把握しているはず。
あのひとは意味のない事はしないだろう。
だとすれば、この逃避行さえ必要なことだと?
ユウヤやクリスカに試練を与えるようなこの状況が?

ウーーン。

まだまだ私達には見えない裏がたくさん在りそうね・・・。


Sideout




[35536] §93 2001,11,21(Wed) 14:30(GMT-8) ユーコン基地 ソビエト占有区画内 総合司令室
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/10/07 17:20
'15,07,25 upload
'15,10,07 誤字修正



Side イェージー・サンダーク


「〈неизвестный[UNKNOWN]〉出現座標特定!!」

「―――第372小隊、奇襲により障害発生、作戦遂行不能―――弾薬・燃料を奪取された模様。
対象は南東方向に逃亡!」

「―――哨戒中の全部隊に告ぐッ 〈неизвестный[UNKNOWN]〉出現座標を包囲せよ、繰り返す―――出現座標を包囲せよ!」


CP[コマンドポスト]の声に司令室内にも緊張が走る。


特定位置は北東エリア―――当該地を哨戒していた1個小隊が急襲により全機行動不能、・・・か。
ヤルな、ブリッジス、―――そう来るか。

報告は武器弾薬、どうやったのか推進剤から電力まで奪われたと言う内容。
これでまたヤツの行動範囲・攻撃能力が拡大した訳だ。
衛士の生命に支障はなく、アウノウン[ブリッジス]の逃走方向も確認されていた。

南東・・・。
今までの経緯が皆無であるためブラフとも取れる。
カナダに抜ければ、アサバスカ暗黒流星街という国際的にも手出し為難い場所もある。

その選択は米国に戻れず我が邦にも帰属しない逃亡兵としては―――妥当、だろう。


だが―――。
ブリッジスのことだ。
必ず裏がある。
そして、その裏の裏を掻くコトを本当は狙っているはず・・・。

今の行動に裏があるのか、それとも裏の裏で素直に出たのか、それは判らない。
しかし逃亡兵の目的などどうでもいいこと。
何方でも構わないのだ。
上司の指示は不明機の抹殺だが、私としてはT-50の評価試験が行えれば、それでいい。
―――故に、この国境だけは通すわけに行かない。



「ところで・・・・・・、“連結”は完全なんだろうな。」


隣に居たベリャーエフに尋ねる。


「とっ、当然だッ!
融合率は、既[]98%を記録した。」

「それは結構―――。」

「どうする[]だッ?
このままでは、カナダいう[に抜]けられてしまうぞ?」

「そうだな・・・では、そろそろ動くとしよう。」

「―――よしッ、いいぞっ!
理想の生体おう[] “繭”―――いよいよ初の実戦データ収集だっ!
これで・・・これでっ私はッ!」


鼻梁の再形成手術はしている隙がないらしい。
まあ、“繭化”を急がせた所為ではあるが、相変わらず子音Иの発音がおかしいベリャーエフが妙に興奮していた。
だが、“白き結晶”を喪い、ロゴフスキーも暗に手を退いたПЗ[ペー]計画に最早未来はない。
コイツは研究一筋なだけあって、コストと成果の比率になど構わず最高性能だけを追い求める。
その偏執的なまでの手腕は認めないでもないが、その反面バランスに大きく欠ける。
“白き結晶”が失われても、今在る発現体から孫クローンをすればいいと考えているらしいが、そうなるとテロメアは更に短縮し、有効期間は20年にも満たなくなる。
今まででさえ歩留まりが最悪で量産化目処すら立っていないのに、さらに寿命短期化とは・・・。
その状態では、例え今後量産化の目処が付いたところで、コストに見合う成果は到底見込めない。
この後は、ゆっくりと治療する時間が取れるコトとなるだろう。

一瞬の煌きを放ち、潔く散る存在―――。
だがその在り方は、限界機動試験に対しては渡りに船でもあった。
私に取って、勝てばT-50の優秀さの誇示でき、負けてもПЗ[ペー]計画の性能不足と出来る、・・・何方の目が出ても良い、最後の戯れに等しかった。



「―――イーダル試験小隊、実証試験[●●●●]を開始せよ。」


徐にその、終焉を告げる。


「―――CPよりイーダル試験小隊発進、〈идол[イーダル]-X1〉、実証試験を開始せよ―――繰り返す、実証試験を開始せよ。」


CPの復唱に、モニターでは逆巻く雪を切り裂き、カタパルトを滑るように出て行く噴射炎。
やがて3機のSu-47pzを従えた、少し小柄なT-50が今も辺りを逆巻く白い闇に霞むように消えていった。


Sideout






Side タリサ

アラスカ州ビーバー付近 ユーコン川河畔  16:00


「・・・なぁ、ホンットウに、こんなトコにいていいのかよ?」


誰に訊くでもなく、つぶやく。
アルゴス隊による〈Argos-01〉捜査任務が開始されたは良いが、実態は昼前にココに来て雪に埋まっているだけ。
先刻もソ連側に展開している哨戒部隊に大きな[]への移動が見られたが、変わらず“待機”。
元々じっとしているのは大の苦手、いい加減じれていた。


「・・・そうね、 CAP-RT[リアルタイム戦闘行動予測]の結果が出てきた時は私も驚いたけど、結構妥当かもしれないわ。」


アタシのボヤキに、後ろの席のステラから答えが返って来る。
ここはXFJ-01 3号機―――クリスカとイーニァが乗っていた複座の管制ユニット。
そして今居る位置は、ユーコン基地から100kmほど西[]に離れたユーコン川河畔。

ブリーフィングで確認された、捕捉位置の軌跡は北東方面ばかりだったのに、である。
このXFJにはアクティブ・ステルスまで装備したというのに、ここはソ連領ですら無い。


『しっかし、雪ン中ってのは寧ろ暖かいとはな。
春まで凍りつくかと思ってたぜ。』


2号機からはVGの声。
この地にXFJ-01が2騎、レーダー部分だけを出し、他はすっぽり雪に埋めてアンブッシュ状態。
なにせ、追っかける相手はPhase4、すなわち超高速機動型。
Phase3で普通に追いかけたんじゃ、追いつかない。
そこで行動を予測し、先回りして強襲するしか無い、という判断のもと取られた作戦だった。


「なに暢気なコト言ってんだよ・・・。
そんなに居心地いいなら春まで冬眠してろよ―――。」

「・・・あんまり心配しなくても大丈夫よ、タリサ。
クリスカの調子がイマイチだったでしょ?
あのユウヤがクリスカの体に触るアサバスカに向かうとは思えないのよ。」

「んあぁ・・・そういやそっか・・・。」

「それに、ハイネマンさんに聞いた1号機の持つもう一つの機能、統合補給支援機構[JRSS]だって、燃料を強奪する相手がいてこそ成り立つのよ?
早々にカナダ領に入ってしまったら、ソ連は基本手出できないし、カナダ軍はステルスなんて相手にしてくれないから、何れ推進剤が尽きる。
アサバスカまでも辿り付けないわ。
そんな選択を―――ユウヤはしない。

逆に西なら、領域侵犯を繰り返す限りソ連軍の哨戒部隊が何時までも構ってくれるから幾らでも補充できる・・・。
まあ、これはまさかとは思うけど、カムチャッカから千島列島まで行ければ・・・その先は・・・。」

『―――日本・・・ってコトだろ。』

「オイオイ・・・、あのユウヤがそんな選択するかぁ?」


ユーコンに来た頃よりかなり緩和されているが、ユウヤの日本嫌いは筋金入りだ。
しかも、そこを頼るような行動をするとは思えねぇ―――。


「―――しないと想うわ、独り[●●]なら、ね。
でも今はクリスカとイーニァが居る。
あの二人にとっては、米国でもリスクは高いかも知れない。」


それもそうか・・・。
詳しい話は聞いてないが、イロイロ人体実験されていたらしいってのは知ってる。
その結果があの“鬼神”のような強さだとしたら、米軍だって狙うかも知れない。


「あぁ・・・日本てより“横浜”・・・ってコトかぁ・・・。」

「もっとも CAP-RT[リアルタイム戦闘行動予測]の結果に、勝手に理由を後付しただけだから、プログラム内でどう判断されたのかは知らないわ。
実際日本まで行こうと思ったら、スーパークルーズが出来るPhase4だって10回以上の補給が必要になる。
当然目的もバレれば対処もされる。
ソ連軍がそこまで馬鹿だと見積もるほどユウヤも楽天的ではないでしょうから。」

「・・・ユウヤの事だから、もっと単純なんじゃねぇの?」

「・・・かもね。」


そう、戦闘や対外的なコトではイロイロ気を回すヤツだが、殊自分のコトとなると、まるで無頓着。
何時だって任務には固執したが、自分については全部後回しだった。
強引で我武者羅で、任務に忠実でありながら、自分を蔑ろにするからつい誤解されがち・・・。
損な性格。
そのユウヤが、初めて自分の欲で動いたのがこの奪還劇ともいえた。


『・・・どっちでもいいさ、けど―――どうやらビンゴだぜ!』

「「 !!――― 」」


VGの言葉に意識を向けた。
レーダーの隅に現れた輝点。
識別信号[コード]〈Argos-01〉―――。





その輝点が10kmに近づいたところで秘匿の部隊内通信を繋げる。
遠距離のデータリンクは遮断しているが、通常のエリア内通信機は生きている。


「―――ユウヤァ! テメェ・・・そんなに急いで何処行こうってんだよッ!?」

『―――ッ!』


Phase4が、停まる。




「・・・良くもアタシ達まで騙してくれたなァ!?」

『・・・・・・。』

「オイオイ、返事くらいしろ、コラッ!」

「ユウヤ―――、機密漏洩疑惑なら、もう気にしなくていいわよ?
私達に気を使う必要もない・・・。」

『―――なッ!?』

「―――貴方を補足する為に、ソ連領内に侵入する必要もあるかと、この2機にもアクティブ・ステルスが搭載されたわ。」

『なん・・・だと―――?』

「貴方は勘違い[●●●]してるかも知れないけど、ステルスやJRSSが搭載されたのは、“Phase4”から。
ボーニング独自進化のPhase4は、機密漏洩に当たらないのよ。」

『―――そういうコトか・・・。
・・・そっか。
ハイネマンのおっさん、ウェラーと握りやがったな・・・。

で―――ステルス無効のXM3正規版を搭載した、オマエ等が脱走兵を捕縛に来た・・・と?』


Phase4がギリと闘気を纏う。


「慌てんじゃねぇよ、コラッ! ンっと気ィ短けぇな。
―――事情は判ってんだ、漏洩疑惑が問題ないなら、帰って説明すればいいだけジャン。」

『・・・・・・まだ・・・まだ帰れない―――。』

「何か―――目的が在るって言う訳?
迷走時間が長いほど、例えクリスカ奪還の為であっても、説明が難しくなるわよ?」

『・・・・・・。』

『旦那、還ろうぜッ!?』

「還りましょう、ユウヤ。
此処にいても、ソ連に狙われるだけよ。」

「だからさッ、ユウヤは堂々と米国に凱旋すれば良い。
―――行こうぜッ!!」

『・・・だが、悪いな。
[]はまだ戻れない。』

「「・・・。」」

『・・・詳しくは話せないけど、こんな仕打ちをされてまで、クリスカとイーニァはソ連を祖国と感謝している。
それが・・・、例え植えつけられた忠誠だとしても、本人が望んでいる以上オレはその状況を望まない。

このまま戻れば、米国の思惑により、二人を出汁にしてソ連を非難する。
それは、二人の本意じゃない―――。』

「「・・・・・・。」」

『―――そしてこの状況で戻れば、クリスカとイーニァは人体実験の証拠を確定するため様々な検査を要求されるだろう。
その中には米国と言えど邪な考えを持つ“意志”が働く可能性も高い。』

「―――そんな・・・、戻んないって、宛はあんのかよッ!?」

『―――心配掛けて悪いとは思うが・・・、もう少し時間をくれ―――。』

「・・・Mwwww。」


そう言われっと、そんな気になっちゃうじゃん・・・。


『―――ユウヤ気を付けろッ! ―――新手だッ!! 詰めてきたぞ!』

『「「―――なにッ!?」」』


レーダー見れば10時方向、ソ連側から1個小隊・・・このコード―――!
また[●●]イーダルか!

・・・つくづく絡んで来る奴らだぜ。
当然目標はユウヤ―――。

今んトコ此奴は還る気はないようだし、伝えるという最小限のミッション…オーダーはクリア済み。

アンブッシュの鬱憤晴らしに、一丁暴れっかぁ!!


『アルゴス試験小隊に告ぐ―――私はソビエト陸軍、ドミトリー・ガヴェーリン中尉だ。
そこにいる〈неизвестный[UNKNOWN]〉機にはソビエト領域侵犯の嫌疑が掛けられている。
速やかに引き渡すよう、要求する。』

「あ~、当地は緩衝地域とはいえ米国領である。
我々アルゴス試験小隊は、米国の依頼により行動している。
―――というわけで、引っ込みなッ! これはあたしらの問題だッ!!」

『―――我々の行動は自衛権の行使である。
不明機を擁護する場合、実力で排除する。』

「ふざけんな、このタコッ! ヤロウってなら、遣ってやるぜッ!!」

『仕方ない―――抑えるぞ!』


あたしとVGはPhase4をすり抜けて、正面に立つ。


「ホント、困ったモノね―――。」


ステラが後ろでヤレヤレと息を付いた。


Sideout







Side ユウヤ

アラスカ州ユーコン川河畔ビーバー付近  16:40


オレ達の行動を完璧に読んで待ち伏せていたアルゴスのメンバー。
どうやらハイネマンのおっさんとDIAのウェラーが小細工して、もしこのまま米国に戻っても機密漏洩疑惑の問題は無いと言うことを知らせてくれた。
戻ろう、との言葉に一瞬揺れたが、今度はクリスカの略取とその奪還を説明するとなると、また他のリスクが生じるコトは必至・・・。
・・・今はまだ、還る状況ではなかった。


その間隙を縫って急接近したのがイーダル試験小隊―――。
元々追尾されていたのは知っていたし、コチラは衛星にIRトレースされないよう、出力を絞っていたから追いつかれるのは時間の問題だった。
情報交換の足止めに気付き、一気に差を詰めてきたらしい。


けれど、包囲展開しようとした3機に〈Argos-02〉と〈Argos-05〉が対峙する。


行け―――。

その背中が語っていた。


・・・オマエ等―――。

感謝を抱きつつ、その“仲間”を置いて、距離を取る。

戦闘が避けられないなら、米国領は下策、恐らく多少なら踏み込んでくる。
その戦闘で、態々退いた米軍部隊を再び呼び戻すわけには行かない。




しかし―――アレ[●●]はヤバイ。
正面に来た3機のSu-47とは離れ、まだ雪に隠れて視認できない機体。
レーダーに寄る認識がうまくできていない。
そして離れていてさえ最大プラーフカを掛けた時の“紅の姉妹”以上の圧力[●●]を感じる。

正直アレ[●●]込みで、今のイーダル試験小隊と単騎で当たったら、此方に勝ち目は無い。
アルゴスが他の3機を牽制、釘付けにしてくれただけでもかなり有難かった。


霞む吹雪に未だ姿は見えないが、レーダーには輪郭のはっきりしない4機目。
その〈идол[イーダル]-X1〉は、他の足止めされた3騎を気にかけることさえ無く、国境線を西になぞるコチラの追撃に掛かり、確実にその差を詰めている!

恐らく・・・一昨日倒したマーティカと、確かスィミィのペア。
その際、彼女たちのSu-47は結構な損傷が在ったはずだから、恐らく別の機体なのだろうが、その見えぬプレッシャーが半端ない。

本来コッチはステルス、レーダーには捕捉されていない筈。
なのに視認すら出来ないブリザードの中、何故が迷うこと無く真っ直ぐコチラに向かってくる。


「―――クッ、完全に捕捉されてる!」

「―――アレは、この前模擬戦で戦ったマーティカとスィミィ・・・最後の第6世代[ラストオーダー]って言ってた娘だ。」

「!、まさか、イーニァがクリスカの居場所を感知できたように、マーティカとスィミィも、イーニァやクリスカを位置を感知できるってコトか?」

「恐らくそうだ・・・。
わたしにも漠然とだが向こうの存在が感じられるから、同じなのだろう。
・・・それに、彼女たちは既にプラーフカで融合人格になってる・・・、その融合率はわたし達の最大値よりも高いかも知れない―――。
それも・・・どこかヘン[●●]な違和感があるのだが―――。」

「!!、来るッ!」


イーニァの言葉の前に動いている。
イーニァももう意識の解放をして、オレの意識と接続している。
―――故に、動けた。



刹那、紙一重の銃撃。
そしてブリザードを衝いて現れた機体は、紅い塗装の、つい最近写真で見たばかりの試験機―――。


「!!、コイツがPAK FA・・・T-50かッ!!」


すれ違い様、鋭いモーターブレードの剣戟。
その一閃を弾くのが精一杯で、躱すことは愚か、透かしたり逸らしたりも出来ない!

大振りなSu-47と違い、大きさでXFJとほぼ同等。
潜り込む死角も見当たらず、そもそもその機動が―――疾いッ!

弾かれつつ、霞む視界にレーダーと同調、瞬く間に旋回する位置に合わせ、偏差射撃を試みる。
が―――、XM3正規版のアビオニクスをもってして当たらねェ!

レーダー捕捉を欺瞞するという第2世代アクティヴ・ジャマーかッ!
―――これがT-50―――!


クッ!
これは脚を止めちゃダメだっ、鴨撃ちされる―――。









ここ一連のブラフで完全にソ連の裏を掻いたつもりでいた。
ルートを東に取り、推進剤補充のついでに騒ぎを起こし、ソ連の哨戒部隊が米国そしてカナダとの国境線を封鎖するよう仕向けた。
範囲は結構な距離になるから、その動きに合わせ雪の中で移動する哨戒部隊をやり過ごし、逆方向である西[]に向かった。
当然哨戒部隊の殆どを3国国境線に集めることで、反対側は手隙になる。

戦域データリンクによれば、ソ連施設の襲撃は事故とされており、テロコードが解除されたため、既に米国側国境線には米軍が殆ど展開されていない。
それを確認したオレ達は、一路西側国境線を目指した。
ソ連領内でずっと侵犯機で居るよりも、視認される危険性が少ないなら、米国側の方が安全。
かと言って、推進剤が足りないときは、ソ連の哨戒部隊を襲うしか無いため、結局国境線を辿るのが一番効率が良い。

そうして、西に・・・クリスカとイーニァの故郷に少しでも近づく事にしたのだ。

どこまで行けるか不明だが、他に明確な目標はなく、クリスカに残された時間を共に居るための行動。
理由なんて、オレがそうしたいだけ、で十分だった。


―――だが、そんなオレの行動を予測している者が存在した。


一方はアルゴス隊。
見事な行動予測とアンブッシュ。
まあ CAP-RT[リアルタイム戦闘行動予測]とか在るし、それはオレもかなり使っていた・・・ってことは逆に予測対象データとしてサンプリングされていた可能性が極めて高いから、この精度は仕方ない。
それでもアルゴスの皆は、捕縛を強行しようとはしない。
飽くまで自主的な帰還を待ってくれている。


そして、もう一方が恐らくサンダーク・・・。
ヤツは哨戒部隊をコチラの思惑に乗ったように見せかけながら、一方でイーダル試験小隊を刺客にしやがった。
サンダークはオレが米国領に戻らないのを知っている。
ステルスである以上、通常の探索は困難―――故にカナダへの国境だけはガチガチに固めて行き場を無くし、マーティカ&スィミィのプラーフカ + T-50で正確にクリスカ達、ESP発現者をトレースする、と言う戦法に出てきたのだ。

勿論機密漏洩疑惑の状況が変化した今、米国側深くに逃げ込めば、或いはこの戦いは避けられる。
だが、それは同時にオレとクリスカの時間がその時点で終わることも意味する。

―――オレにとっては、それだけは絶対認められない!!
その為には、この刺客部隊を打ち破って押し通すしかないのだ。






間を稼ぐ。
高速のシザースから、漫然と切り替えし・・・。


「ダメェ!」


イーニァの静止が意識に突き刺さる。
その機動を咄嗟に中止すれば、切り返すはずだった空間を薙いで行く銃弾。


この距離、この視界でかッ・・・!
―――くっ、マジ、油断も隙もねぇ!!



ケッ―――、何しろ相手は“未来視”持ちだったな!


過去、レッドシフトの時のクリスカとイーニァの最大プラーフカは、唯依とのコンビネーションでどうにか抑えた。
そしてモニターで見たXM3との模擬戦、装備が非XM3ほど異なる状況下でなら、単騎でも圧倒できることを唯依が証明していた。

しかし、横浜で治療し復帰して戻ってきて以降、かなり自在に最大プラーフカと同等の、彼女たちが“合一”と呼ぶ状態維持が出来るように成っていた二人とは、まともに戦ったことがまだ無い。
―――が、トライアルの合間に軽く手合わせして感じた限り、おそらく“未来視”を全開にした二人には、1on1で敵わない可能性が高いことも予想していた。
装備もXFJ-01、OSもXM3正規版となった今、二人に勝てるのは多分、“レベル5er[ファイヴァー]”を超えた“限定解除[アンリミット]”保持者のみ。
正確には、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”と、表向き明示していないが、“御大[Great Colonel]”くらいだけじゃないだろうか。
そして、今クリスカやイーニァが感じているこの相手は、二人の最大フラーフカ時を上回る予測能力かもしれないと言う。


今のイーニァはオレと“接続”はしているが、クリスカと“未来視”できる“合一”状態に入っているわけではない。
そもそも操縦桿[スティック]はオレが握っていて、移る暇も無い。
イーニァの警告は、マーティカとスィミィの動向を把握しているだけなので、どうしても応答が遅れる。
オレとの接続、相手の動向把握・・・2つので能力を割り振っている今、“合一”が出来ていない。


「ユウヤッ!」


ズガガガッッッ!!
イーニァの警告にも、機体が激しく振られた。

ちッ―――被弾ッ!!

注意してたってこれだ、
―――右肢20%。
噴射跳躍を使う限り問題はないが、切り替えし動作が制限されるのは地味に痛い
コッチはステルスだってのに平気で当ててきやがる!

これでも相手はLTEだからアクティブ・ステルスが有効なのだ―――と言うか故に救われているとも言える。
彼女たちの予知能力は、アビオニクスに直結していない。
飽くまで個人の感覚に頼るしかない、とクリスカに聞いた。
コレがもし、アビオニクス連動でもされた日には、一撃で決まるだろう。
相手がアクティブ・ステルス無効の正規版だったら、今ので墜ちていたと言うことだ。


「―――ダメだッ!!
二人の並列同調効果[ナストロイカ]が強すぎて、介入できないッ!」


一方で同じく“合一”に能力をふっていなかったクリスカはクリスカで、マーティカとスィミィの“同調”に介入を試みていたらしい。

その事に意識を向けた一瞬、回避が遅れた。



こちらの間合いに外連無く滑り込むT-50。

咄嗟に出した突撃砲ごとモーターブレードに弾き飛ばされる。


「―――クアッッツ!」

「!、止めて、マーティカッ!!、ユウヤが死んじゃうッ!」


避けられないと判断し、反射的に噴射跳躍を合わせて衝撃方向に敢えて跳んだ。
それでも咄嗟に盾にした哨戒部隊から奪取した突撃砲が使い物にならなくなった。
―――まあ、いい。
ソ連製で元々マウント機構ともシックリしなかった装備。
左手にも昨日苦労して研いだ長刀を抜く。


「!!―――マーティカは必死にスィミィを留めているッ。
でも、幼いスィミィには、ユウヤに対する恐怖しか無くて!
抑えが効かない!」


今の接近で相手の状況を察知したのか。

・・・なるほどなぁ。
一昨日の襲撃時、その印象がトラウマになっちまったか。
だが恐怖に依る防衛反応だろうが、戦術機の攻撃は剣呑、当たれば当然ただじゃ済まない。

機体性能で言えば、同等か、寧ろ僅かだが向こうが上。
低速域では特に・・・。
コッチのアドバンテージは、特化した高速域しかない。
―――が、“未来視”持ちに高速機動はリスクが高すぎる。
高速になれば成るほど回避の範囲が狭くなる。
“未来視”で精度が格段に上がる偏差射撃は脅威だ。

―――通常機動で上回るしか無いってか・・・。

だが、今でも意識を重ねたイーニァに頼っている状態。
未来を見ている相手は、ソレよりもさらに早い!

―――このままじゃジリ貧・・・八方塞がり・か・・・・・?




「・・・イーニァ、横浜で純夏と遣ったこと、覚えてるか?」

「ウン、覚えてるよッ!」

「・・・その時、霞が遣ったことは、―――出来る?」

「―――遣るッ!」

「?!―――」


オレの思考をリーディングしていたのか。
打開策が在るなら、ウェルカムだが。

二人が突然頭に付いていた制御装置を引き剥がした。






驚きに声を上げる間もなく、繋いでいたイーニァからイメージが流れてくる。


―――ユウヤに。


そしてイーニァに接していた意識が、一気に“中”に引き込まれていた―――。


ウワッ―――・・・・・・これは―――!

一体なんと表現していいのか・・・。


既に “合一”していたのだろう、その“中”にはイーニァだけでなく、クリスカをも感じる。
取り込まれたオレ自身の自我・・・ “個”を仕切っていた“境界”は、昇華していく水面の如く、淡く掻き消えるように崩れた。

触れる側から融合する意識―――。

それは―――個でありながら全、全でありながら個・・・。


―――あァ・・・。

まるで世界をも取り込んだような一体感。

思うこと無く融け合うクリスカの意志、イーニァの希望。
これが、以前聞いたクリスカの言葉。
違いや、自己の差―――。
二人に包まれ、そして二人をも包む今の感覚。
溶け合い、混じり合い、自己の境界すら霧散していく。
真の相互理解。
この“知覚”や“思考”ですら、“個”のものとは言えず、クリスカとイーニァとも共有している。


そして確かに感じる“未来”―――、初めてそれが認識できた。
―――視える。
確定した未来情報という“世界”。


これは・・・。

こうして見れば、今の状況だってスィミィが実戦不足で、垣間見た未来を忠実に再現できなかったから助かっていたのだと判る。
さらにマーティカがそのスィミィをなんとか抑制してくれていたからどうにか均衡を保っていたのだと。




――――――それらの事象と理解が、ほんの僅かな時間・・・刹那の間に生じていた。






意識を向けるまでもなく、視えた未来に姿勢を変える。

確かに戦闘に於いて、この情報を一方的に得るアドバンテージは計り知れない。
余程の技量差、一世代分の機体性能差が無ければ、引っくり返すコトは出来ない。


だが―――今なら条件はイーブン!



見える銃弾の射線を避け、懐に飛び込む。

ギェリィィィィンンン――――!!

互いに長刀とモーターブレードが弾けた。




“未来視”。

確定した未来、とクリスカは表現したが、より正確には、“その瞬間から帰結する未来”なのだろう。
と言うのも、そこに至る自分の動きを変えていくことで、けれど相手の動きもまた変わり、ソレに連れ、視えている“未来”もまた変化していくからだ。
その変化は遠い未来ほど大きく、近い未来ほど小さい。

つまりは、“未来視”同士の戦いは、先の先を予測する、究極の読み合い。


何度でも仕掛ける。

徐々に弾かれる量が少なくなる。
先刻までなりふり構わず防御に振られていた姿勢にも、ようやく余裕ができてくる。


変化する相手と、変動する未来に合わせ、機動を詰めて、詰めて詰めて、更に詰めて、結局双方決定打とはならず、互いの刃を打ち合わせて互いに飛び退く。



まだ、わずかではあるが“未来視”は向こうのほうが上らしい。
実現した結果が予測とほんの僅かずれる。
それでもその差は矮小!


呼び合うように再びの接近。


ギィィィィーーーーーンンン!!!


そこからの変化にも、“未来”は対応し、互いに一歩も譲らず。



けれど取り得るバリエーションは、コチラが上。
当然それには戦闘経験や、機動理論に基づいたものである。


この状況では、突撃砲のアドバンテージが無いと見たか、モーターブレード一本に絞ってきた。

弾かれては寄り、寄っては弾き、何度も刃を交える。

その中に、一つとして単なる攻撃はない。

そのどれもが十重二十重に“未来”を重ねた“結果”。


読み合い・・・しかしそれは心理戦ではない。
相手の意識や思考、狙いを読んでいる訳ではないのだ。
飽くまで視える未来は、“事象”。
こうしよう、と思っただけでは未来は変動せず、機体の動きを変化せせることで初めて未来が変化する。



それは一撃一撃が相手を凌駕しようという研ぎ澄まされた一手でありながら、一種完成された舞踏の様な、完璧な殺陣の様な、そんな戦い。




その中で、徐々にだが、気付いたこともある。

あの時・・・ハイネマンのおっさんの、E-M機動理論による分析を聞いていてマジ良かったと思う。
応答速度が、2次元機動は確かに向こうの方が疾い―――と言うことは此方が勝てるとしたら3次元―――。


この予定調和に嵌った状況を毀すには、要は相手が・・・正確には機体が応答できないタイミングで動作を変化し決着を変える必要がある。

意識をクリスカとイーニァに向ければ、即座に頷く感覚が返ってくる。


―――仕掛ける。


相手の攻撃に発展する芽を先んじて尽く潰す。
幾つかの攻撃パターンに誘導、それを折り込みながら何度も激突し、弾かれる。


しかしこのT-50、ぶつかっても剛性感が半端ない。
さすが頑強をもって鳴るソ連の最新鋭機―――。
それに比して、コチラは “合一”するまでに受けた被弾が徐々に、けれど重く伸し掛る。
同じ動作にも、僅かな歪みが出始めていた。


その歪こそは、彼女[スィミィ]が自分で作った勝機―――。
やっと見つけた“怖い相手”の僅かな綻び―――。

だからこそ疑わない。

膠着した千日手にも思える“未来視”の応酬に、見出した一筋の“勝ち筋”に乗ってきた。




勝敗は刹那の差―――。



繰り返された斬撃―――。
だがその終端に傷ついた機体ゆえの応答遅れが出る!

“未来”が歪む。

“勝機”に固執した相手。


その瞬間、今まで何度も繰り返し行って来たサーフェス機動から、全く変え、縦にロールを敢行。
それでも、見えた“隙”に追従したT-50は追随、故にXFJ-01の小半径バレルロールと高速スピン―――3次元機動に遅れた。

それは言うなれば経験の差。
生死を潜り抜けた者達と、まだ無垢な怯えるだけの幼子―――。
焦りから勝機に縋り、未来を見失った者と、未来予測の変化をも予見した者、それが応答の差を生んだ。


その瞬間、正面には、“未来”を見失ったT-50の機体が無防備な“腹”を晒していた。



2騎が交差した瞬間、今まで一度も使っていなかった左の長刀が、空間を薙いでいだ。








荒い息。
強化装備で強制除去されているにも関わらず、全身に感じる脂汗。

“合一”が解かれると、隣でクリスカが崩れる。
強化装備、そしてハーネスが最高レベルの物でも、サイドシートやバックシートでの戦闘機動は厳しいはず。
特に体調の悪いクリスカは!

慌てて顔を覗き込めば、潤み切った瞳に、上気した頬。
見ればイーニァもバックシートに突っ伏していた。


「―――ナストロイカ・・・“合一”は、一方で脳内麻薬物質の分泌を促進させるのだ・・・。
それも、より未来を得ようとするほど、その度合は昂るのに・・・。
・・・貴様は、初めて[●●●]の相手に無茶[●●]させるのが趣味なのか?」


甘く睨まれながら、昨夜も何処かで聞いたセリフ。
勿論オレだって“合一”も初めてだ。
過去のプラーフカでも二人はケラケラ笑っていたし、オレ自身何故にこんなにハイ[●●]なのか理解した。
無茶させたつもりは無かったが・・・けれど、“初めて”であの機動は無いらしい。
・・・あとからイーニァにもプンスカ怒られた。


だが、今はそれを斟酌している暇は無い。
斬ったのは腰なので、管制ユニットは被害がないはずだが、お互いそれなりのスピードは出ていた。
当然地面に叩きつけられれば、相当の衝撃はある。


管制ユニットを飛び出し、ひしゃげたT-50の胸郭に飛び乗ってハッチを開ける。

中には、マチカ、マチカァと泣きながら丸い器に抱きつく白い少女。
後部シートに設置された丸い器は、クリスカの拘束されていた手術室で見た“繭”そのもの。
その時は余りの悍しさに破壊して来たのだが、当然予備も在ったのだろう。
瞬間、オレは理解してしまった。

スィミィは背後のオレたちに気付くと、今度は背中で“繭”を庇うように、ヴ~~~と唸り、涙ぐみながら睨みつけてくる・・・。

この絵面では、完全に悪役はオレ達の方だった。




「・・・ユウヤ、銃を貸してくれ。」

「・・・!!ッ」


それがクリスカの覚悟だとでも言うのか?


「・・・マーティカは、この姿をユウヤに見られたくないと言っているんだ・・・。
そして、この姿でこれ以上生かされるのはイヤだとも・・・。
―――出来れば、見ないでやって欲しい・・・。」

「―――かと言って、スィミィも殺すのか!?」

「・・・・・・。」


悲しそうに微笑んだクリスカは、しかし口をつぐんだ。


コレはクリスカが陥りかけた深淵の底なし沼―――。
代わりに受ける事になったのがマーティカなのだろう。
そして、それを予期していたから、マーティカはオレの前に立ちふさがり、オレに“殺される”コトを望んだ・・・。
今、クリスカを止めここに残せばあの忌々しいベリャーエフが回収してまた使う―――。


―――クソゥゥゥゥッ!!

鼻柱を折る程度じゃてんで甘かった―――。
こんな事になるなら、一思いに殺しておけばよかった・・・。
オレが、オレが甘かったばかりにッ・・・!!


状況を知っている今、殺すのは余りに忍びない。
だが、マーティカやクリスカの覚悟にもまた抗えないものがある。


その時、イーニァが叫ぶ。


{!!ッ、ユウヤ、この戦術機、S-11が搭載されてる!
起爆・・・ロック・・・ッ!!
―――時限装置が作動してるッ!」

「なにィ!?―――退避するぞ、急げッ!」


ちィ―――ッ!
ヤリやがった!!
サンダークの奴、結局全部吹き飛ばすハラかッ!

―――間に合うのか!?









ブリザードが支配する荒野の白き闇を、一瞬、埋め尽くすような光が閃いた。

周囲に迸った光は、けれど吹き荒ぶ地吹雪は直ぐに何も無かったかの様にかき消され、爆風で均された大地は吹き飛ばした雪をも伴って、即座に再び全てを白く染めてゆく―――。


Sideout






Side イェージー・サンダーク

ユーコン基地 ソビエト占有区画内 総合司令室 17:32


「!・・・S-11起爆確認―――。
идол[イーダル]-X1〉パイロット、共にバイタル途絶。
неизвестный[UNKNOWN]〉ロスト・・・S-11の爆発に巻き込まれたモノと推測されます。」


淡々と告げるCP。


[]ぜだ・・・?
идол[イーダル]-X1〉の融合率は99%[]迄達していたと言うの[]ッ!
あい[なに]が起きたッ!?
あ、あ[]男は、未来を覆せるとでも言うのかッ!!
“繭”が!、わ、私の“繭”がぁぁッッ!!」


隣でわめき散らす男が欝陶しい。
―――が、これで私の目的は達せられた。
T-50の限界機動性能確認、そして領域侵犯機の殲滅。
ついでに言えば、これでПЗ[ペー]計画の終了も宣言できる。
フェインベルク現象を発現できる可能性がある第6世代の予備は、―――もうない。

―――しかし、ユウヤ・ブリッジス、99%にまで達したフェインベルク現象発現者を相手に、土壇場であのパフォーマンスを魅せるか。
ほんの戯れに、自爆まで僅かなタイムラグを設定しておいたが、逃げ延びたか否かは貴様の運次第。
巻き込まれる程度なら、所詮そこまでの存在。
・・・お互い、悪運に恵まれれば、何れまたまみ[]えることも在るかも知れんな。
―――それを楽しみとしよう。




イベントの完了した統合司令室を離れ自らの執務室に戻ると、盗聴器のチェックを行ってから秘匿通信を繋いだ。


「私です―――限界機動性能評価試験、只今終了致しました。」


「―――は。
今回の計測は、現状で考えうる最高の機動データと言えます。
これ以上は、たとえ“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”を評価対象[T-50]に載せても、叶わないかも知れません。」


「―――は、勝敗は衛士の差であるとの解析も完了しております。
ПЗ[ペー]計画のラストオーダー、確かに最高レベルのポテンシャルを有して居りましたが、反面稼働年数が極めて少なく、戦闘経験は殆どないことから、取り得る戦術の選択肢が少なかった故の敗北であります。
評価対象[T-50]そのものの機動性としては、寧ろ比較対象[XFJ-01]を凌駕して居たのは明白であります。」


「―――は、つまり評価対象[T-50]が、最初の第4世代機と言われる比較対象[XFJ-01]同等以上であることが確認されました。
今回の機動データは決して表には出せませんが、幾つかの僥倖が重なった最高の条件、2度と同じ状況は作れないでしょう。
試作機1機を賭ける価値が十分に在ったと結論しております。
実際比較対象[XFJ-01]には、これ以上の拡張性など望めませんが、評価対象[T-50]はまだまだ実証機段階、このデータを元に更に洗練されるコトが期待できます。」


「―――は、上層部が危惧しているステルスに関しましても、我が邦のアクティブ・ジャマーは、XM#正規版に対しても有効であることが確認されております。
対してアクティブ・ステルスに関しては、正規版にてその効力を失うことが確認できました。
勿論XM3正規版の入手については現在未定ですが、先行的には、既にペトロパブロフスク・カムチャツキー国連基地の所属中隊に導入されておりますので、その一部を流用することは可能であると愚考しております。
F-22Aの形状ステルスに関しましては、既に幾つもの対策が始められておりますのでご心配は無用です。」


「―――ПЗ[ペー]計画は既に死に体です。
計画は終了しますので、今後は僅かな残滓を運用することしか出来ません。
閣下の計画に影を落とすことは在り得ません。」


「―――は、手筈通りに。
では詳報をお待ちください・・・アターエフ准将、では。」



・・・同志ロゴフスキー、悪いが私が貴方に遺すのは“カス”だけだ。
そのリスク回避のノウハウ含めて勉強はさせて頂いた。
そしてПЗ[ペー]計画が為した“粋”は全て私が戴こう。


Sideout




[35536] §94 2001.11.22(Thu) 03:00(GMT-8) アラスカ州ランパート付近
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/12/26 14:28
'15,08,01 upload
'15,12,26 誤字修正



Side ユウヤ


「・・・こいがたき、か」


素肌のまま腕の中にいるクリスカがぽつんとつぶやく。

時刻は、午前3:00―――。




T-50の爆発からギリギリ、間一髪逃げ切ったオレ達は、この後なにかと調査の入るであろう爆心地を出来るだけ遠く離れた末に、昨夜この山小屋を見つけて入り込んだ。

爆発後一旦確認のため戻ってみれば、爆心は結構な範囲が楕球状の東に向けた偏心クレーターになっている。
オレ達がS-11による広い爆発範囲から逃げ切れたのは、その爆発に指向性が設定してあった為らしい。
通常の無指向性起爆であったら完全に巻き込まれていた。

当然最高機密の保持を図った狙い通り、T-50の機体は跡形も無く消し飛んでいて、それがオレ達の戦闘の痕跡もキレイに吹き飛ばしてくれた。
当面、ソ連の大部隊に追い回されるコトは回避できそうだ。
・・・後はステルスを頼りに、時間の許す限りクリスカ達の故郷に近づきたい。



ここは、小屋と言っても夏場の別荘なのか、結構瀟洒な室内に十分な備蓄もあった。
勝手に入り込んで備蓄も一部戴いたが、申し訳ばかりに僅かではあるが代金を置いていくコトにする。
昨日の激しい戦闘でかなり疲れているらしく、食事を済ませると早々に眠ってしまった二人を隣室のベッドに寝かせた後、戻ってきたクリスカと暖炉の前で愛し合った。

昨夜は感情の昂ったクリスカが慟哭する場面も在ったが、今はそれもストンと抜け落ちたように達観している。
まるで“刻”を悟ってしまったようなその態度が辛い。
が、オレが悲哀を感じればクリスカが懊悩する。
今は全てを意識の奥底に、強引に沈めておくしかない。



「ふ・・・認めてしまえば・・・何のことはないな・・・」

「・・・なんだ?」

「ふふふ・・・」


心から可笑しそうなその笑顔。


「・・・?」

「なあ、ユウヤ・・・私、やっとわかった・・・。」

「ユウヤの心にある負の輝きは、ユウヤが生きた証・・・。
ユウヤが選んできたすべての輝き・・・。」

「・・・・・・。」

「その最も美しい輝きにイーニァが惹かれ・・・受け取った私がユウヤに・・・恋した・・・。
そして・・・マーティカも・・・」

「・・・・・・。」

「私たちの想いは・・・作り物なのかもしれない。
・・・紛い物なのかも知れない。」

「・・・・・・。」

「それでも私たちのユウヤへの想いが・・・確定しているはずの未来を・・・凌駕したんだな・・・。」

「ああ・・・そうだな・・・。」



「・・・クリスカ」

「・・・なんだ」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「あっている・・・。」

「え・・・?」

「私も同じだ・・・。言ってみろ」

「・・・へっ
・・・ありがとう、クリスカ。」

「・・・ありがとう、ユウヤ。」


もう一度、その存在を抱きしめる。

万感の想いを込めて―――。






何よりも、この時間を大切にしたい・・・。

その想いを引き裂く様な警報音が無機質な音を立ててがなる。


「ッッ!!、警戒用にばらまいていた動体センサーだ。
念のため強化装備を―――。」


イーニァもベッドルームを飛び出してきた。
素早く装備を着けながら、センサーを確認する。
位置は・・・。


「―――ッツ!! 直上ッ!?」


ヤラれたッ!

完全に捕捉されている。

今から振り切れるか?




外に飛び出せば、漸く強い風は治まったが、今も降りしきる雪の中、聳え立つ2騎。
雪明りに増感された網膜投影に映るのは、国連ブルーに彩られたXFJ-01―――しかもこの機体は!


「こ・・・れって」

「エボ4だぁ!」


イーニァが嬉しそうに叫ぶ。


「エボ4―――やっぱ“御大[Great Colonel]”・・・かァ。」


全身から力が抜けた。

これでノーサイド―――。

最早そこには、ソ連も米国もない。



元々インフィニティーズとのAH戦で“御大[Great Colonel]”が横浜から持ち込んだ機体―――ハイヴ潜行スペシャル、それが新潟で“Amazing5”と呼ばれた5騎の特異な戦術機のうちの3騎。
つい先日の白銀少佐麾下A-00中隊がユーコン・トライアルで大暴れし、全ての模擬戦に勝利した機体―――。
不知火弐型Phase3が、正式に試製XFJ-01の開発コード付与されて以降、先行試作が進められる中にあって、更に“横浜”でチューンされる“横浜”にしか存在しない限定版“Evolution4”がそこに在る。



―――まあなァ。

・・・来るのが遅すぎるくらいだぜ。


アルゴスにXFJを貸し出しているのは“御大[Great Colonel]”その人。

オレとイーニァが表向きMIA、クリスカは行方不明。
とはいえ、ハルトウィック大佐やハイネマンのおっさんからも実情は伝えられていると思うし、昨日のS-11爆発程度で誤魔化せるわけがない・・・か。


XM3正規版や恐らくXSSTでもアクティブ・ステルスなんぞ無効だし。


見上げる機体は、2機共ガンブレードに長刀各2装備・・・ガチガチの実戦仕様。
対してコッチPhase4はT-50との激戦で、あちこちにガタが来ている。
突撃砲すら無い。
推進剤だって既に殆ど無く、今後の長駆にはどこかの国境線哨戒部隊を襲撃する必要があるレベル。
ここでエボ4、2機を相手に今更逃げ切れるとは思えない。

しかも、2機の内の1機は“Evolution4”から更にその形状が異なる。
これは・・・!
高速空戦型・・・今まで乗っていたXFJ-01、1号機Phase4の改修を受け継ぎ、更に洗練させたような機体。
オレの改修案がハイネマンから“御大[Great Colonel]”にも流れているとすれば、採用も可能・・・ってコトか。
Phase4唯一のアドバンテージも差は無いと見るべきだろう。



勿論、最早抵抗の意味はなく、手を挙げて投降の意志を示せば、2機とも膝を折ってハッチを開いた。



降りてきたのは、案の定御子神大佐と、篁唯依大尉。
唯依は厳しい顔で睨んでいたが、大佐は相変わらず飄々とした態度。



「・・・おたのしみのところ、邪魔して悪いなブリッジス。」

「え?、あ、・・・なッ?、ちょッ!」

「あんま野暮はしたくないんだが―――お蔭で漸く覚醒[●●]したか。
ビャーチェノワ、ちょっとチェックするから、このコードを強化装備のLANコネクタに繋いでくれ。」


クリスカの強化装備に結線したPDAで、バイタルの詳細チェックを始める大佐。

訳が判らず唯依を見れば、ギン、と睨まれた。


「・・・どういうコト・・・」

「・・・MIAを装っておいて、軍から敵前逃亡とはな。
更に米国・日本帝国からは、資産の奪取・窃盗、ソビエト連邦には、施設破壊、戦術機の破壊、燃料・弾薬の強奪、そして衛士の誘拐、―――それが現状貴様に掛かる嫌疑だ。
・・・・・・公に成ればな。」

「・・・・・・。」


orz――――――だろうな。

言われなくても理解している。
けど・・・言い訳なんかないさ。
同じ状況になったら、オレは何度でも同じ行動を取る。
逡巡も、そして後悔もない。
大佐に向き直る。


「―――お願いがあります。
オレはその後どんな罪で捕まるのも構いません。
けど・・・、クリスカに残された時間だけでも、一緒に居たいんです!」


・・・多分、あと1日もないのだろう。
それでも、同じ時を過ごした思い出があれば、生きて行ける。
・・・きっとお袋も、同じだったんだろうな。


「残された時間って・・・、ブリッジス、おまえあと70年も逃亡するのか?」

「はァ?!、―――違います! クリスカには機密漏洩防止措ch「知ってる。」・・・え?」

「想定外の事態にヒヤヒヤさせられたがな。
―――超簡単に言えば、ブリッジスの愛がビャーチェノワとシェスチナを救った、ってコトだ。」


3人で顔を見合わせる。


「・・・すいません、大佐。
もうちょっと詳しく・・・。」

「そうだな・・・。
まあ、真面目な話、第3計画を接収した第4計画は、内容を大まかに承知してたし、その後の極秘計画であるПЗ[ペー]計画についても、俺は内容をある程度把握していた。
ビャーチェノワやシェスチナの機密漏洩防止措置については、第3計画当時からあるからな。」

「あ・・・・・・。」

「第4計画には、シェスチナと同じ第6世代の社が居る。
社の場合、“母集団”が第4計画・・・つまり夕呼・・・香月副司令に設定されていたから今まで問題無かったが、何れにしろ既に対処した。」

「・・・そっか、既に経験があるんだ・・・。」

「勿論、外科的な切除処置や後付のインプラントと違って、成体の遺伝子改竄を修正するのが結構厄介だったのは確かだが、・・・横浜で神経細胞修復する合間に、特殊な自己増殖型のベクターによる遺伝子修復と、“再分化”と言う手法で細胞更新する対処はしていた。」

「!!、そんな事までしてたんですかッ!?」

「同じ処置を他で行うのは無理だが―――、“横浜”は違う。
公開情報ではないが、“横浜ハイヴ”にはBETAに捕獲された人が多数いたことを聞いたことがあるか?」

「・・・噂レベルですが、BETAが人体の調査や実験をしていたのではないか、とは。」

「・・・残念ながら、事実だ。
BETAの犠牲になった数十億という人の中で、最も凄惨と言える犠牲者たちだろう。
その数は横浜だけで数百人に及び、様々な実験や遺伝子操作の対象とされた。
ビャーチェノワやシェスチナは知っているが、横浜にはそこからの唯一の生還者も居る。
謂わばBETAが凄惨な人体実験の末に集めた膨大な人類の調査結果・人体や遺伝子の操作技術・・・それらもすべて“横浜”は鹵獲した訳だ。」

「ッ!!、BETA鹵獲技術ッッ!」

「その中には、当然アポトーシスやネクローシスに関わる情報もある。
なにせヤツらアポトーシスと“再分化”を使った人体の“変態”まで制御してた。

で、問題の第5世代用機密漏洩防止措置である自壊プロセスも、その在り方はプログラムされたアポトーシスの様態を取る。
だが、本来アポトーシス・プロセスは穏やかな細胞の更新をするためのもので、周囲の細胞にまで悪影響をおよぼすことはない。
そもそも自壊プロセスの説明に在る“壊死”と言う単語は、アポトーシスてはなくネクローシスと言う細胞の破壊死を指す言葉だ。
現在人類の生理学的知識では、ネクローシスは突発的に起きると考えられていたが、中にはプログラムされたネクローシスが存在することもBETAのデータから判明した。
つまり・・・ビャーチェノワに施された自壊プロセスは、それに該当する訳だ。

ここで通常細胞自身のアポトーシスは極めて複雑で、多様な作用が複雑にからみあっているから原因蛋白の特定が難しいんだが、逆にネクローシス・プロセスに絡む蛋白はかなり少なく、特定もそれ程苦労は無かった。
勿論、仕組みを知っている“横浜”でしか出来ないが、な。
それがFADD:Fas Asociated Death Domainと言われる特殊蛋白―――。

これ以上は更に専門的なんで端折るが―――要するに、2人を治療するに当たって、機密漏洩防止措置が組み込まれているのは判っていたから、遺伝子治療も実施した。
ただし成体の場合、全身60兆の細胞を一気に更新すると、重篤なショック症状を引き起こすので、その更新には約1ヶ月掛ける。
更にその遺伝子の更新が完了するまでの1ヶ月間については、先のネクローシス・プロセスを阻害するカウンター機構・・・これは主にミトコンドリアDNAに対してROS(活性酸素)耐性を向上することで自壊プロセスの発動を抑制する措置・・・を施した。」

「・・・じゃあ、・・・オレがこんなコト引き起こさなくても、クリスカは無事だった?」

「―――当初の予定では、な。
と言うか、そもそも二人を偏執的研究者の居るリスキーなユーコンなんかに戻す気はなくて、ブリッジスを原隊復帰させてそこに亡命させるつもりだった。

それが、・・・そう言うわけにいかなくなった。」

「え・・・?」

「組み替えた遺伝子について、核遺伝子の修正は問題なく発現したし、使われているインプラントを取り出せば済んだんだけどな。
ビャーチェノワは、そのカウンター機構に組んだミトコンドリア遺伝子が、発現していない[●●●●●●●]事が新潟戦後の検査で判明したんだ。」

「な・・・?」

「此方も晴天の霹靂―――完全に想定外だったんだが、・・・遺伝子の発現に条件が必要、つまり特定の状況でしか発動しない遺伝子って言うのがあるんだ。

実際人の遺伝子の90%以上は生涯発現しない謎遺伝子で、それは生命進化の過程を記録しているとも言われている。
胎児の時には指の間に水かきがあるのもその名残とされているし、時折起きる先祖返りも偶発的に謎遺伝子が発現したのではないかと推測されている。
例えば彼女たちの有するESP能力だって、その遺伝子を持っている人も居れば、持たない人も居るし、持っていても大多数は発現しないで生涯を終える。
彼女たちは、そういった中で発現しやすい人の遺伝子を更に人工的に発現確率を上げただけに過ぎない。」

「・・・・・・。」

「で、今回のネクローシス・カウンター機構を構成したミトコンドリア遺伝子は本来、普通に発現するはずだったんだがな・・・。
実はそこに発動条件が在ったということだ。」

「・・・・・・。」

[エキスパート]が調べてくれた結果―――その遺伝子が発現する鍵は、簡単に言えば本人の“意志”―――、生きたいという強い意志[●●●●]に関わるらしいんだ。」

「 ッッ!! 」

「普通は生命の持つ根源的な欲求であるはずの生への渇望が・・・多分、誰かの為とか、祖国の為とか、そんな理由付けのない、純然たる“生”への意志・・・それがビャーチェノワの場合、妙に希薄だった。
そしてこの本人の意志[●●●●●]ばっかりは、生命工学や、遺伝子操作でどうにかなるものじゃない。

―――だからベリャーエフに狙われるリスクも覚悟の上でユーコンに送り返したし、一連の逃亡にも此処迄なんの手助けもしなかった。

ビャーチェノワが、自ら望む生きたいという意志―――、それを引き出せるのはブリッジス、オマエしか居ないだろう?」


あぁ・・・そう言うことか。

確かにウェラーの話を聞いたときから違和感があった。
二人にとってユーコンは決して安全ではないはず、それを十分承知している筈の“御大[Great Colonel]”が、何故早々に送り返してきたのか、と。

そして―――その理由も納得してしまった・・・。

死ぬことさえ冷然と受け止めていたクリスカ自身は、つまり自ら生きるコトに全く固執していなかった。
自分の命は国家のために在ると納得し、イーニァのバディとしてのみの存在意義しか持たなかったクリスカには、自らの根源的な生への渇望が欠如していた。
それは、オレ自身も薄々感じていたのだ。


「―――!!ッ、じゃあ、もしかして夕べの・・・!!」

「―――心当たりが在るなら、多分そういう事だ。
・・・細かい詮索は馬に蹴られるからしないが、ビャーチェノワ自らが、生きることを強く望んだ。
ミトコンドリアは核細胞分裂とは別のサイクルで常時分裂融合を繰り返しているから、カウンター遺伝子が発現しさえすれば、FADDの欠失に関係なく即座にネクローシス・プロセスそのものを停止させる。」


昨夜・・・どこか生きることを達観していたようなクリスカが、初めて貴方と生きたいと、死にたくないと、感情を吐露して慟哭したのだ。

こうして3人で幾つもの危機を乗り越えて、そして漸く掴んだ生だからこそ、貴重で愛おしい、
残された時間を共に過ごす事しか出来ることはなく、従容と受け入れるしか無いと思っていた。

それでも生きることを切望した魂の慟哭―――それこそが、トリガーだったとは・・・。


その願いが、叶う―――?


「・・・でも記憶に混乱があったし、リーディングも出来ないって・・・」

「記憶については悪液質ってヤツだな。
アポトーシスと違い、ネクローシスは細胞壁の破壊を伴うから、色々な物質の血中濃度を増加させるため、謂わば末期癌のような様態を示す。
重い倦怠や悪心、意識レベルも阻害するし、酷いと朦朧としたりもする。

今細かくチェックしたが、ネクローシス・プロセスの進行は既に停止し、今までに破壊された細胞の残骸も問題ないレベルまで改善されつつある。
今後更に悪液質が緩和されるから、夕べより体調は良くなっている筈だが・・・どうだ?」

「は、・・・はい、そういえば、だいぶ楽になっています。」

「あと、リーディングに関しては、別の問題。
二人とも制御装置を外しただろ?
なので自衛措置で自動的にリーディングを抑制しているんだ。

第4計画には同じ第3計画の第6世代である社がいるから、その問題に関してはクリア済み。
神経細胞再生の過程で、社が抑制方法を無自覚領域にティーチングしておいてくれたはず。
それが徐々に発効されてきたから読めなくなったように感じるだけだ。
リーディングが本当に必要なときは、強く念じれば出来るようになる。」

「―――じゃあ、クリスカは・・・?」

「・・・ああ、もう大丈夫だ。
先刻も言ったが威張[ドヤ]っていいぜ、ブリッジス。
オマエの言葉で言えば、此処までのコトを為したからこそ、ビャーチェノワを救えた。
それは俺じゃない、此処迄粘り抜き最終的に共に生きたいと強く思わせたオマエだ。
生きる意志は当人の問題・・・こればかりは、技術云々でどうにも出来ないからな。

―――オマエとビャーチェノワ、そしてシェスチナは、自らが望む未来を、自分たちで掴み取ったんだ。」

「「「・・・ハイッ!」」」


二人を抱き上げて快哉を叫びたかったが、流石にここはじっと我慢・・・唯依の目が怖い。
それでも体の奥底からゾクゾクと滲み出てくる歓喜。
握りしめた両拳がフルフルと震える


「・・・能力[ちから]が無くなることは、ないの?」

「ないよ。
もうクスリも催眠も使わず、自分たちで“合一”できるだろう?
しかも、昨日はブリッジスまで含めて3P[●●]とはな。
それは、単純な脳細胞の活性化なんてレベルじゃない、君らの精神が獲得したスキル。
もうしっかり定着している。」

「・・・じゃあ、大佐がこのタイミングで来たのって?」

「データリンクでバイタルは監視していた。
通信で送れるデータ量は少ないんで、先刻細かくチェックしたけどな。

その様子から見て最悪、 mtDNA[ミトコンドリアDNA]が発現しなかった場合、今日の午にでもビャーチェノワは昏睡に陥ると予測していた。
そうなったら、外科的に自壊プロセスの影響を受けていない脳神経細胞を保全して別途再生するしかない。」

「え?・・・なら、最悪サンダークの提案通り “繭化”でも直せたってコトですか?」

「“繭化”ってПЗ[ペー]計画のか?
・・・まあ、俺が把握している術式通りの施術なら、横浜[こっち]の“保全”とかなり違うから微妙だったな。」


は?


「アレは本来戦術機の生体制御部品化する技術で、“個の資質”を保全する技術じゃない。
元の術式通りなら、記憶野も、感情を司る部位も、意志を持つ領域も全て不要とされ切除される。
そこから再生した身体は、確かに本人の遺伝子ではあるが、果たして同じ人格、自我が再現されるか何とも言えない。
・・・少なくとも記憶はないと想うぞ?」

「あ・・・。」


オレ達は顔を見合わせた。
少なくとも、クリスカについてはサンダークの提案を拒否って正解と言うことか。


「それに、クローンによる全身再生そのものにリスクが無いわけじゃない。
特に“能力[ESP]”に関しては偶発的要素が強い。
元々偶発的な遺伝子発現は、クローンによっても遺伝子が必ず発現するとは限らない・・・ようするに、ESP発現者は、クローンが困難なんだ。
第6世代の発現率が低いのは知っていると思うが、第5世代だって決して高くはない。
今回のように脳と身体の発現遺伝子が異なっていた場合、その齟齬が問題になるコトもある。
能力の弱化や喪失、最悪は拒絶反応に因る死亡も有り得るから、この手段は最後の賭け、ってとこだった。
そっちが安全確実ならとっくに遣ってるさ―――。」

「・・・・・・。」


様々なリスクを計り、結果としてオレに託された訳か・・・。
そして此処迄の道程を思う。
危機ではあったがこのプロセスが無ければ、そして何かが一つズレたら、クリスカを失っていたかも知れない。
昨夜の慟哭に至る、本当に細く解り難い一筋の途を選んできたという事なのだ。
・・・その末に辿り着いた結末―――。
僥倖を噛み締める・・・。


だが・・・。


「・・・けどなブリッジス、問題なのは―――お前だ。」

「あ」


やっぱり?
冷や汗がたらり。


「今も表向きはパーチ・クリークでシェスチナと訓練中MIAだ。
もうアルゴスも、ハルトウィックも裏の状況を知っているから、捜索隊も出ないけどな。
拐取されたビャーチェノワの救出、って事にするには、その後の逃亡が意味不明。
アルゴスの説得にも応じる様子はなかったと訊くし、それが筋立てて説明できないと現状では先刻篁が言った罪状が列挙される。」


Q√Z


そうだった。
御大[Great Colonel]”が来たってオレの状況が変わるわけじゃない。

ベリャーエフに拐取されたクリスカを奪還するために、皆を騙して戦術機を持ち出し、ソ連側エリアに入り込んで施設破壊。
サンダーク、更に追撃に当たった中隊規模を薙ぎ倒し、推進剤や弾薬も強奪。
アルゴスの皆の提案も振り切って、最後に繭化されたマーティカ・スイミィのT-50を撃破し此処まで来た。


「まあ、ブリッジスの取り得る選択肢としては4つ、か。
1・やっぱり米国に戻る
2・意を決してソ連に出頭する
3・意表をついて日本に行く
4・我を徹して彷徨う」

「・・・それって選択肢ですか」

「米国に戻るには、やはりソ連に強制略取された国連軍兵士の奪還を主張するしかないな。
まあ、被害者であるビャーチェノワやシェスチナの証言が得られるから、逃亡罪は推定無罪。
機密に関しては、XFJが完了した後の独自検討ということでPhase4から付けたことになっていて、問題なしってのはアルゴスに聞いて知ってるだろう?
まあ、ソ連はしらばっくれるだろうが、コレ以上の査察は上層部としても望ましくないはずだから、少なくとも施設破壊や戦術機強襲とチャラにするしか無いだろう。
米国にしてみれば、その彼女たちを救いソ連軍の追撃を振り切った英雄譚―――、だな。
迷走の理由は上手く考えることだな。」


楽しそうな“御大[Great Colonel]”にジト目を向ける。


「・・・それは選べません。
オレはクリスカとイーニァの在り方や今も在る祖国への想いを否定したくない。
ここまでの仕打ちを受けていても、二人にとってソ連は自分たちを生み出したてくれた祖国なんです。
オレはその想いごと、二人を受け入れるって決めた。
自分たちの事で米国の政治に利用されてソ連が貶められるのは望まない。
そして人体実験の証拠を得るとして、二人に強制調査とか確認とか行われれば、結局同じような状況になり、本末転倒。
ウェラーは今後の展望を語ってくれましたが、無防備にその途を選べば、クリスカやイーニァのリスクは寧ろ高くなる。」

「―――なるほど、それで仲間の説得にも応じずそのまま逃走か。
ならば逆にソ連に出頭すれば、それも高待遇だろうな。
不知火弐型Phase4、しかも第2世代アクティブ・ステルス、BETA戦線でこそ欲しい統合補給支援機構[JRSS]付き。
今のビャーチェノワやシェスチナはサンダークがПЗ計画で目指したひとつの理想形。
横浜のサポートを受けて既に自律制御ができ、安定性・再現性は言うまでもない。
ソ連に対する全ての罪は帳消し、凄腕の衛士として優遇される。」

「・・・マーティカにもサンダークにもしつこく誘われましたが、それもダメです。
何より不知火弐型Phase4を・・・、唯依の誇りを売るような真似は絶対出来ません。
サンダークにはXFJ無しでも構わない、とまで言われましたが、当面の障害が排除されていても、ソ連の権力構造上、クリスカとイーニァの能力を考えれば何れまた同じことが起こる。
二人を物のように扱うのも我慢出来ない。」

「嫁には過保護なヤツだな・・・。
なら日本に来れば・・・横浜だろうな。
F-22EMDを落とした英雄だから斯衛って線もあるか・・・。」

「・・・日本の立場はどうなるんですか?」

「フム・・・。
そういえばそうだな。
不知火弐型1号機はまだ帝国の財産だが、Phase4はボーニングが独自に進化、此方もそれを認めているから、協議事項。
書類上Phase4からアクティブ・ステルスが付き、ソビエトの哨戒部隊を向こうに回して逃げ切ったんだ、その扱いは揉めるだろうな。
まあ、国内のステルス信奉派は接収を望むだろうし、DIAとの駆け引き次第。
何れにしろPhase4がイキナリ日本に現れれば、荒れるのは必至、か。
ビャーチェノワやシェスチナは横浜で籍を抑えたが、国連軍出向とは言えブリッジスは原隊米国。
DIAがどんな未来を示したのか知らないが、大方次世代機開発関係だろう。
実際現時点で米国人唯一のXM3“レベル5er[ファイヴァー]”を国外に出すなど問題視されるのは確実。
一方のソビエトに関してもサンダークが居れば強引にも出れたが、どうもこの件の不始末と言う名目で配置換えが在ったようだし、二人はその突き抜けた能力を見せつけてしまったから、欲深いあの国なら尚も固執する所もあるだろう。
当然、何らかの政治決着を計る必要があるな。」

「・・・正直日本政府には何の借りもありませんが、それをすれば矢面に立つのは結局唯依や大佐になる。
オレの不手際で二人にそんなビハインドを強いるなんて死んでも出来ません―――。
結局・・・4番目・・・彷徨うしかないってことですね。」

「・・・律儀で損な性格だな。
まあ、こだわりや気遣いを優先するなら、致し方無し、か。

4番ね―――。

なら・・・当面カムチャッカの東海岸に忘れられた寒村がある。
シャノアが補給基地に使ってるんだけどな。
そこに難民や逃亡兵なんかが集まって隠れ里を作っている。
一応、ソビエトの地方軍司令には話を通して目こぼしてもらってる。」

「カムチャッカ・・・。」

「どうせこのご時世、所詮何処に行っても安定などない。
これは実際他の選択肢も同じだ。

今月末に公表されるが―――、第4計画は対BETA戦略の魁として、来月下旬に神槌作戦[Op.ミョルニル]を決行する。」

「オペレーション・ミョルニル?」

「H-1・・・オリジナルハイヴ殲滅作戦だ。」

「「「!!!」」―――来月ッ!?、しかもいきなりオリジナルハイヴですかッ!?」

「H-1が他の全てのハイヴを支配下に置いていることが判明したからな。
勿論、実戦証明を兼ねた前哨戦は佐渡だが・・・神槌作戦[Op.ミョルニル]は国連軍のみならず、全世界規模の人類が一丸となった一大反抗作戦となるだろう。
全世界同時に周辺ハイヴへの陽動が開始され、次いで国連横浜軍のタスクフォース他H-1降下部隊がスタブに侵入。
全てのハイヴの頂点、主幹反応炉“重頭脳級”の破壊を目指す。」

「・・・そんな全世界規模の作戦が・・・。」

「XM3の性急な全世界頒布も、新潟で実証・公開した装備の数々も、全てその為の布石だ。」

「・・・!!」



・・・そっか―――。

世界は・・・人類はそこまで切羽詰ってたって訳か。
最重要機密をバラ撒く信じられないような大佐の行動も、ウェラーの言った自分たちのリスク回避なんかじゃなく、本質はそのための布石ってことか。
その日[●●●]の、全世界の衛士生存率を上げ、BETA駆逐率を稼ぐため、破格とも言える条件でばら蒔いている・・・。

・・・恐らく唯依が突然横浜に引っ張られたのもそのせい。
前回インフィニティーズ戦でユーコンに戻ってきた時から、その覚悟まで違って見えたのは、唯依が既にそれを見据えていたからってことか・・・。
目指すものの違いが、決定的な差となって顕れていたんだな。

結局大佐や唯依は、ウェラーの言ってた国家の思惑や米国の国防なんかより遥かに上のレベルで動いていたわけだ。

だとすれば、そんな“御大[Great Colonel]”の顔色を気にして要らない気遣いをしているサンダークが滑稽に思える。
イデオロギーなど関係なく、“御大[Great Colonel]”は末端の衛士の為にXM3を頒布しているのだから、一国の上層部の思惑なんか一々構って対処することなどしない。
謀略ばっか気にしてるから、大きな意志が見えない愚者・・・って事か。

―――尤も意趣返しにソ連だけ新技術の公開分量を減らすくらい“御大[Great Colonel]”なら、これまた平気でヤリそうだが・・・。




全世界規模の人類反抗一大作戦・・・か。

・・・オレはなにも返せていないってのに。
クリスカやイーニァにすら還してもらってばかりだと気づいてしまったのに。
逃亡したまんまじゃ、何もできない―――。



「・・・参加したいか?」

「―――当然です!!」

「じゃあ話すが・・・実は第4計画では、一つの重大な危惧を抱いている。

「重大な危惧?」

「ああ―――。
例の行動予測プログラムに於いて推定されたBETAの今後として、この作戦の際エヴェンスクハイヴに新種のBETAが出現する可能性を探り当てた。
エヴェンスクの光線属種出現比率が、他のハイヴに比して極端に低いんだ。
カムチャッカ防衛戦に参加したことのあるオマエ等は心当たりがあるだろう?
―――その素材を使って、何か作っている、と。
的中する確率は50/50だが、素材から言って大型の光線級亜種、それが出現した場合この反攻作戦が瓦解する可能性が高いことも、な。」

「エヴェンスク・・・、って、カムチャッカの!?」

「・・・ああ。
決戦の際には、全世界規模の陽動が実施されるから、正規のソ連軍がこのエリアを担当するだろうが、そんなのが出現した日には、壊滅しかねない。
けれどその際、横浜から戦力を割くわけには行かない。
ブリッジスが4を選択すれば、どの道そこに集う兵士と共にその殲滅に向かうだろうな。」

「・・・遣ります―――やらせて下さいッ!」

「新種だから事前対策検討不能。
―――過酷・・・下手するとH-1潜行より損耗率が厳しくなるとしても?」

「構いません!
オレはまだこの世界に何も返せていない!」

「―――判った。
・・・ビャーチェノワやシェスチナはどうする?」

「私たちは、ユウヤの生きるこの世界を護ると決めています。
そしてユウヤと共に[●●]生きることを切望しました。
その望みが叶った今、その世界を・・・未来を護るために戦います。」

「・・・OK。
―――じゃ、辞令だ。」

「え?」

「ユウヤ・ブリッジス[]尉、クリスカ・ビャーチェノワ少尉、イーニァ・シェスチナ少尉。」

「「「 は 」」」

「貴君らは11月18日に遡って、国連太平洋方面第11軍・通称横浜軍に一時的に転属、それに伴いブリッジスは中尉昇格。」

「え?、は「「はいッ!」」」

「―――その上で、極秘任務を命じる。
神槌作戦[Op.ミョルニル]発動の折り、貴エレメントにてエヴェンスクハイヴに出現する新型BETAを殲滅、オリジナルハイヴ軌道降下部隊の安全を確保せよ。」

「―――は?」

「ちなみに、ダンバー准将には一応話を通した。
中尉昇格も含めてな。
・・・・・・本人が望むなら構わん、とさ。」


ニヤニヤ笑う大佐と、少し後ろでやれやれと呆れる唯依。



これは・・・。

―――つまり、俺とイーニァ、更にはクリスカの行方不明も極秘作戦の準備の為で、その新型をぶっ倒せばALL CLEARってことか?
新型BETAの殲滅に必要な過程だと、面倒なコトは全てぶっ飛ばせる、と。
ソ連区画の襲撃は自国の戦術機暴走で押し通して、クリスカの拐取も実質無しにしちまって、オレとは完全無関係。
MIA偽装ですら一ヶ月後に迫った全世界規模で実施する人類反抗作戦準備の為ってことにすれば、多少の無茶は通せる、って言うかこの大佐なら通す・・・だろうなぁ・・・。
ユーコンからエヴェンスクじゃ、距離有り過ぎで事態が判明してからじゃ間に合わないし、作戦の発動に合わせ、プロミネンスの試験小隊だって解隊されるだろう全世界規模の作戦ならば、予測に備え戦力を隠蔽しとくのは突入部隊の安全確保上必要だったと言えば良いだけ・・・。

けど、―――それならば、作戦完遂の後、堂々と原隊復帰出来る―――ってコトかッ!



クゥウッ!

どの選択肢を選んでも、きっと好きなようにさせてくれただろう。
けど、オレ的には選ばざるを得ない4番で、こんな展開が在るなんて!
なんか手の上で踊っていたみたいで釈然としないが、もう遣るしかねぇって事か!

そして得られる対価は、H-1の攻略=人類の未来。
それはクリスカとイーニァと共にある未来。

そう、ウェラーが示した未来予想図よりも、サンダークに諭された将来構想よりも、滅茶苦茶危険で死ぬ可能性だってずっと高いのに、何より現実感を感じられる新型BETAとの決戦―――。

これが、オレのリアル!



―――悪くない・・・。

それどころか、望みうる最上だ!



「―――はいッ!」

「・・・本当はもう少し穏便な道筋を描いていたんだがな。
本当に無茶しやがる。」

「「・・・申し訳ありません。」」


大佐の愚痴に、何故か唯依の謝罪が唱和[ハモ]った。
その唯依に呆れたように睨まれる。


「・・・まったく・・・[]の男共ときたら・・・。」


何故ここで唯依に怒られるのか、よく判らなかったが、逆らっちゃいけない・・・そう遺伝子が囁く・・・それだけは理解する。
額に指を当てる唯依に大佐が苦笑していた。



「―――で、だ。
ビャーチェノワとシェスチナは、コレを使え。
横浜で騎乗してた機体だから慣れてるだろ。
コールサインは〈Jörmungandr-02〉。」

「え?―――でもその機体にはG-コアが搭載されて居るのでは?」

「ああ、・・・追加装備もある。
ユーコン・トライアルで武の使ったガンブレードの要望が多かったんでな、今必死に量産化している。
見ての通り2機ともその仕様だ。
それと、新潟で篁が使っていたIRFGも搭載した。
タケミーと違ってエボ4だと、ちと制御が難しいんだが、武がそこそこモデル化しちゃったんでな。
タケミーより限定的になるが使いドコロはある・・・自分たちで模索してくれ。」

「「!!―――」」

「・・・おそらくそれほど[●●●●]の相手だって事だ。」

「!・・・判りました。」


オレには3人の会話が今ひとつ通じない。


「? G-コアとかIRFGって?」

「ああ、―――ビャーチェノワ、プロジェクションしてやってくれ。」

「Yes,Sir」

「―――え?、・・・な、・・・な!、・・・ナンじゃこりゃぁぁ!!」



規格外―――。

確かに唯依の言うとおり、まるで次元が違う。
これがハイネマンが想定し、サンダークが何を犠牲にしてまでも渇望し、新潟で垣間見せた“横浜”の魔術・・・BETA由来の技術か!
数字が大きすぎてまだピンと来ないが、既存の戦術機を遙か後方に置き去りにするスペック。
しかも、このIRFGに至っては―――ッ!


「ということで、ブリッジスの機体はこっち、因みにそいつも当然G-コア持ちな。
コールサインは〈Jörmungandr-01〉だ。
2機とも神槌作戦[Op.ミョルニル]時は、国際的に国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-00概念実証試験中隊所属と認識される。
装備の詳細はビャーチェノワとシェスチナに教えてもらえ。
ブリッジスの機体には、オマエがPhase4で慣熟した高速空力仕様が一部織り込んである。
過不足は無いはずだ。」

「・・・はぁ。」


オレにもッ!?
余りのコトに状況についていけず、気抜けた返事になっちまった・・・。


「あと、名残惜しいだろうがXFJ 1号機Phase4は還してもらう。
帰属や装備が微妙なんで回収して極秘裏にユーコンに戻したことにしておかないと五月蝿いからな。」


背後に跪坐する機体を見やる。
試験機だから換装換装で元の部品が何処まで残っているかも判らないが、間違いなく俺が、そして唯依が全てを掛けた機体。
傷だらけのそのボディは―――此処まで共に来た勲章。


その感傷を振り切る様に、新しい機体を見上げる。

XFJ-01 Evolution4―――本来はハイヴ侵攻SPL。
基本的にはPhase3をベースとしているらしいが、レスポンスのケタが違う電磁推進器を装備しているだけに、空力や推進器廻りなどより特化した形状にシェイプされているわけだ。
二人の機体はトライアルで見た機体を複座にしただけだが、オレの機体はPhase4からのフィードバックと思われる改修が何点か見受けられた。

―――ちゃんと、Phase4をも受け継いでる。


そして

コイツは強い―――。
見た瞬間に底知れないポテンシャルを感じさせる。

その心臓部は世界中の軍部が垂涎するBETA由来のG元素利用技術―――G-コア。
一度、カムチャッカで俺が撃ったEMLさえ既に別の形で再現されている。
あの “新潟の奇跡”で唯依の見せた超絶機動が、クリスカとイーニァが見せた突撃級の衝角さえたたき斬る長刀が、そして白銀少佐と日本の姫将軍が5,000のBETA塊を撃破した電磁投射砲が、今手の内にある。


「一応G-11[グレイ・イレブン]アンプルは両機とも予備として10本ほど搭載してある。
武器を使わない戦闘機動継続時間は100時間ほど。
S-11弾以外の弾薬の補充は隠れ里で可能だから、余りソビエト正規軍を虐めるなよ。」

「・・・。」


100時間・・・もう出鱈目だ。
丸4日、戦えってか?
クリスカでさえその数字に驚いている。


「―――序に・・・この2機にはXSST譲りのステルス機能を搭載した。
ハイネマンの言う、アクティブ・ステルスの一種。
世代が幾つに当たるのか知らん。
まあ、相手の戦術機をハックするのではなく、戦域データリンクそのものに介入し支配してしまう。
戦術機に搭載できるレベルだから戦域情報全体を改竄すろようなことは出来ないが、自機についてなら戦域情報からも見えず、網膜投影すら欺瞞する。
強化装備のデータリンクは保持したまま、存在だけを欺瞞することも出来る。
システム特権使っているから、そこらのXM3正規版にも有効―――、戦術機に搭乗している限り視認もできない。
肉眼に関しては、流石に形状が変形する戦術機では光学迷彩が搭載できないから無理だけどな。
同じEvolution4か、“森羅”、あるいはXSSTが居ない限り戦術機相手なら“完全透明化”する。

ただし、同じように演算量を喰うIRFG発生時には作動しないから、新種BETA対戦時はどうせ晒すことになるが、その時にはもう必要ないだろう。

今回は一種の潜入ミッションだから必要なら、使え。」


―――確かにこんなのをいつも使っている大佐に、F-22のステルスなんか玩具の訳だ。


「―――作戦が完了してお互い無事なら、迎えに来る。」

「大佐―――。」

「なんだ?」

「・・・ついでに[●●●●]エヴェンスクハイヴ、―――ぶっ潰してしまっても構わないんですよね?」

「ふ・・・、ああ、構わん。―――嫁達の故郷くらいいずれ取り戻してやれ。
ハバロフスクなら、外縁に近いからH-1さえ墜とせばじきに奪還できるだろ。
エヴェンスクを潰せば更に近くなるからな。」

「―――ハバロフスク?」

「・・・違ったか?
第3計画絡みの施設があったトコと資料に在ったが・・・。」

「・・・。」

「往時で有名なランドマークは、・・・こんな建物だ。」


PDAに示された画像は、“Spaso-Transfiguration Cathedral”とあった・・・。
これは・・・!
クリスカがプロジェクションした金色の尖塔を持つ白亜の建物!

目を見開いてお互い見つめ合ったオレ達に、大佐はイイ笑顔でサムズアップした。



ふと、後ろで控えていた唯依がクリスカとイーニァの前にでる。


「クリスカ―――。」

「唯依・・・。」

「そんな顔をするな、貴様らしくない。
―――色々、しょうもない[(あに)]だが、ユウヤを頼む―――。」


何かをリーディングしたのか、クリスカが吃驚した表情を見せた。


「―――了解・・・した。」

「苦難の途だとは思うが・・・、クリスカ、どうか幸せに―――。」

「―――ありがとう、唯依・・・。」


しばしの逡巡の後、はにかんだような笑顔を見せる。
唯依はその笑顔に頷くと、更にイーニァに向く。


「イーニァも、ユウヤを宜しくな。」

「うんッ!」


無邪気な笑顔が弾けた。


Sideout




[35536] §95 2001.11.23(Fri) 18:00(GMT+9) 横浜基地 B20高度機密区画
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/08/28 20:08
'15,08,21 upload  ※イロイロ迷いましたが、こんなカタチになりました。
'15,08,28 誤字修正



Side XXX


昏い微睡みの中から、ゆっくりと意識が浮かび上がる。
靄が晴れるが如く、思考が鮮明に巡り始める。
それとは裏腹、永い眠りから目覚めたかの様な茫洋とした記憶―――現在の状況が掴めない。


うっすらと開いた瞼の隙間から見えたのは、国連のBDUを羽織った見知らぬ男。

―――侵入者!?

反射的に跳ね起きようとしたその機先を制し、フワリと額に当てられた掌。
攻撃の意図は感じられない柔らかい感触―――、しかしそれだけで、全ての動作を封じられていた。

・・・この男、リーディングが出来ない!?
―――いや、出来ないわけではないが、なんだこの宇宙人のような思考は・・・!?
全てのイメージが混沌―――全く意味が汲めない。
色彩でさえも暖色寒色入り交じり、フラッシングするように切り替わってゆく。


「―――無理すんな。
まだ完全には、身体[●●]が馴染んでいない。
何も心配はいらないから、もう少し休め。」


男は抑揚の少ない落ち着いた声でそう言って、掌を離す。


え?
あ―――!

“身体” が―――在る!?


反射的に飛び起きようとした運動感覚―――。
広がる視界、包みこむ音、流れる香り、そして感触・・・。
全て喪ったはずの―――“繭化”。

・・・そうだ!
漠然とした記憶を手繰れば、今先刻目覚める前は“繭”としてスィミィの抑制部品となり、ブリッジスと戦っていた!
怯えて暴れるスィミィを宥めて・・・、抑えて・・・、そして・・・。
最終的には、クリスカとイーニァ、そしてあろうことか、そこに意識融合してきたブリッジスに敗れた。

“繭”になったその姿をブリッジスに見られたくはない、いっそ殺してくれ・・・そうクリスカに懇願した気もするが、その際発動したS-11の起爆シーケンスに強制介入、起爆自体は阻止できなかったので指向性を強引に変更し、・・・そこで記憶は途切れている。


「・・・その様子だと、元の自我や“繭”だった記憶もちゃんと在るみたいだな・・・。
俺の知っている“繭化”術式と違い、扁桃体だの海馬周辺側頭葉だの随分イロイロな部位を残していると思ったが・・・、サンダークのヤツ、俺が再生する可能性を想定してたってコトか・・・。」

「な―――!?」


その言葉に、“繭化”直前サンダーク大尉に言われた最後の科白がフラッシュバックする。

―――我が国では[●●●●●]、切れ過ぎるナイフは喜ばれないのだ―――

まさか―――!?


「―――まあ、混乱しているだろうが、ココは“国連横浜基地”、俺は御子神彼方、だ。」

「!!―――貴方が・・・御子神大佐ッ!?」

「ソ連から、アラスカ租借地内で起きたS-11爆発については新型機極限テスト中の事故、とアナウンスがあった。
パイロット2名は墜落時の衝撃でKIA・・・残骸は機密保持のためS-11で自爆、だそうだ。」

「あ・・・。」

「・・・実態は、ブリッジスに撃墜され、T-50の自爆に巻き込まれる寸前で接収。
俺がアラスカでアイツと会ったとき、山小屋で眠ってたあの子[●●●]と、スリープモードに入っていた“繭”を託された。」


―――つまり、クリスカに殺してくれと頼んだ時に降って湧いたS-11起爆のどさくさ、咄嗟の判断で、破壊や放置ではなく“繭”のまま回収してくれた―――、と言うことか。
機体との接続を切られ、非常用バッテリーによる強制スリープモードに入ってしまえばその間の記憶などあるわけない。

もう一度、自分の手足を見る。
“繭化”により全て喪った筈の、自分の身体。
大佐は再生と言ったが、記憶に在るのと寸分違わぬ姿と感覚。

見回せば清潔なベッドの周囲には幾つかの専門的な医療機器。
機密区画らしく窓もないが、雰囲気は実験施設ではなく、医療施設の一角と言った感じ。


―――取り敢えずは、“再生”という僥倖に恵まれたことは間違いない。
だが・・・何故?

“繭化”、そしてS-11―――。
それらが本来ブリッジスの追跡・殲滅と、撃墜された場合T-50の機密漏洩防止を意図したモノであるコトには疑う余地もない。
だがその一方で、これらは“私達”という存在を完全に隠蔽してくれる隠れ蓑にもなる。
・・・微妙に設定されていた起爆までの刻限が刹那のチャンス、と言うことか。
T-50と同じく“繭”も最重要機密である以上、撃墜されても残骸の回収は必須だが、全てを灰燼に帰せばそれ以上の追跡はない。

―――細い、余りにも細い一縷の可能性。
それでも―――私に取って乾坤一擲とも言える救いを齎した・・・?
あの大尉が、唯の“消耗品”に温情を掛けたと・・・?


・・・フッ。


どうせ考えても判らないし、今更確かめる術もなければ、その意味もない。
リーディングの“制御”を可能なかぎり外していた私ですら、サンダーク大尉の思考は結局読めなかったのだから。

それに、・・・今の状況とて所詮は仮初―――時計じかけの、見せ掛けの“自由”。

大尉に取っては、おそらくは何方に転んでも良い、戯れ程度の気紛れなのだ。
私がブリッジスを殺せず、スィミィを抑えるコトは恐らく読んでいたのだろう。
その上で、S-11の起爆に巻き込まれ、すべてを終わらすならそれも良し。
生き延びて僅かばかりの時間、再生の幸運に恵まれたのなら、それもまた良し・・・。

―――それが全て。


運命の天秤がコチラに傾いた、とすれば、私はさしずめ御子神大佐への貢物だろうか。

あとは、この大佐の胸先三寸。
大尉の言う“切れ過ぎるナイフ”、けれど、それ以前に得体のしれない私達をどう扱うのか・・・!



まずは、当面最大の疑問を訊こうと顔を上げたとき、ノックの音がした。

入ってきたのは、ウサミミを着けたような見覚えのある面影の少女と、そして・・・。


「ッ!、まちかぁぁッ!」


私を見るなり勢い良く抱きついてきた白く華奢な肢体を抱きとめる。


「スィミィ―――!!」


私はそのまま泣きじゃくる“妹”を抱きしめた。












「人心地ついたかな。」

「はい・・・。」


スィミィは、私が目を覚ましたことに安心したのか、泣き疲れて抱きついたまま眠ってしまっていた。
甘えるような安らかな寝顔。
その身体に毛布を掛け、白い髪を指ですきながら、決意する。


「・・・私を再生していただいたコトと、既に私達が祖国では亡き者となっている状況は理解しました。
御子神大佐には大変感謝しています・・・。
そして・・・厚かましいコトも、図々しいコトも十分理解しています。
その上で、御子神大佐にお願いがあります!
スィミィを・・・、どうかスィミィを助けてください!」

「・・・起き抜けに随分と唐突だな。」

「無礼は重々承知しています。
私はどうなっても、・・・どんな代償、―――どんな扱いを受けても構いません。

―――折角再生していただいた身体ですが、私達のDNAには機密漏洩防止の為、時限装置が組み込まれています。
この身体が同じ遺伝子を元にした“再生”である以上、避けられない“枷”です。
私は必須蛋白の最終投与である11月20日から約2週間で細胞が自壊しますが、スィミィはその後2週間ほどで自我崩壊による自閉モードに移行します。
それを・・・、それを大佐に何とかして欲しいんです!」


そう、再生したところで同じ遺伝子に組み込まれた“枷”は外れていない―――。
こうして“繭”から再び身体を得たが、元が同じDNAである限り、ПЗ[ペー]計画計画を離れた今、待っているのはクリスカと同じ末路―――。

大佐がアラスカでユウヤに会ったのなら、それは知っているだろう・・・。

遺伝子操作による細胞の自壊プロセスを阻止することは困難だが、スィミィの自我崩壊はインプラントに依るレセプター妨害だったはず・・・。
大佐の技術力なら、十分に対処が可能だと思うからこその懇願。






先刻、泣きじゃくるスィミィを宥めながら、どうすればこの娘を助けられるか、すっと考えていた。
祖国からも捨てられた今の私には、対価とするものが何も無い。

能力や身体を提示したところで、身体は大佐が再生してくれたモノだし、それすら時間が限られている。
それでも、自壊まではあと1週間? 10日?
ПЗ[ペー]計画の技術を内包した身体[サンプル]の提供、或いは、色仕掛けと言う手段は一応在る。
・・・大佐が興味を示すのか、それは判らないにしても。

今まで、同じ遺伝子を有する似たような存在が多い中、私は自分の容姿に思うことなどなかった。
容貌肢体など皮一枚の差違、それよりも能力の高さこそが本来の存在理由であった。
ただ、その集団に於いても、周囲の男性に対し自分がとりわけ煽情的な存在であることは、リーディングから感じとっていた。
所謂、“男好きのする”雰囲気を纏っているらしい。

それは成長するにつれ度合いを増し、研究所、そしてユーコンに来てからも同じ。
元々“心を読む化物”と畏怖されたり気味悪がられたりする存在であったが、大抵の男は私を前にした時劣情の色を浮かべる。
本来、そういった対策も兼ねて、我々発現者には頭部に制御装置が装着されているのだが、小さい頃から敢えて積極的に情報収集をしていた私の抑制クライテリアはかなり甘く、その手の情動も全て受けるまで低くなっていた。

―――つまり、周囲の男の頭の中では何度犯されたか判らない、と言うことだ。
しかも、潜在的に畏怖する存在への心理的対抗なのか、その内容は常に暴力的―――時には猟奇的なモノであったりする。
リアルではないから受け流しているが、耐性の低い娘なら1回でPTSDになるレベルの内容ばかり。
まあ、想像の中であっても自分の中に不潔なものを挿入されたり、表現すらはばかれる暴力を振るわれたりするのは、正直気分の良いものではない。
だが幼少からの耐性によりスルー出来ている私に取って、この容貌肢体と纏う雰囲気は逆に男を誘う使える“道具”ともなったのだ。
無論その反動で“行為[SEX]”は私に取って嫌悪の対象となったが・・・。
・・・そういえば自分が抱かれる姿を想像して、また実際身体を触らせて嫌悪が湧かなかったのは、ブリッジスのみ―――だったな。

そんなだからユーコンに来た頃には、リーディング規制が掛けられた上位者ですら、その僅かな表情の変化から大方の劣情が知れる様になっていた。
・・・ロゴフスキー[ゲス]など、その最たる存在だった。

サンダーク大尉自身は、噂レベルの情報ではあるが“白き結晶”のDNA提供者が肉親だったとかで、その手の行為を極端に嫌悪していた。
その為か、イーニァのバディ候補だった私はそんな状況に陥るコトは無かった。
しかし、ロゴフスキーがПЗ[ペー]計画の担当佐官になって以来、周囲は最悪。
能力の発現しなかった個体や、能力の限界が低い個体から淘汰されていく時、技術的な検査の必要性が無い者については処分と称して自分たちの慰み者とし、時には証拠の残らぬ様、廃棄処理手続き後、党幹部への貢物としたり、果ては前線の慰安用に回していた。
実際ベリャーエフがその手配を行う片棒を担いでいたから、ヤツの無謀な作戦実行にもサインをしたのだろう。
その本人[ベリャーエフ]は潜在的に発現者を畏怖していたのかEDだったらしいが、技術的な検査では本来検査とは関係ない淫楽殺人紛いの好き勝手を遣っていたのだから、どっちも同類だ。


そんな下衆と比較するコト自体が失礼かも知れないが、高位の佐官が全てとは言わないまでも、英雄色を好むという例えもある。
リーディングが出来ない御子神大佐がどういう性癖を有しているのか知る由もないが、少しでも、ПЗ[ペー]計画の内容や、色香に興味を示してくれれば、交渉の[いとぐち]になる・・・。








そして今、無言で私を見つめる瞳を見返す。
それは底知れない深淵を覗き込んでいるような戦慄を覚えた。
読めない意識は、色すら特定できず、そしてその表情にも何の劣情も感じない。


―――甘かった・・・。

交渉の余地など、どこにもない。





「・・・・・・機密漏洩防止措置のコトなら、気にしなくていい。」


永い沈黙の末、なんでもない事のようにそう言う。


「・・・・・・はい?」

「FADD・・・指向性蛋白って呼んでるんだっけ?・・・の欠失については、遺伝子欠陥を修復して自己生成出来る様にしている。
君は身体の再生時に更新したし、その子もじき再分化による細胞更新が完了する。
もう必須蛋白欠失によるネクローシス・プロセスや精神崩壊は発動しない。

実際ビャーチェノワ・・・ってクリスカの方な・・・は、別の問題で遺伝子の発現に手間取り、一時は危険な状況に陥ったが、今は無事発現して何の問題もなく元気にしている。
・・・暫くは作戦従事中で逢えないが、な。」

「え・・・?
私・・・もですかッ!?
自壊プロセスが発動しない・・・?」

「―――ああ。」


遺伝子欠陥の修復?
Body再生の片手間で?
しかも、自壊プロセスが発動したクリスカを、あの状態からさえ回復した、と・・・?


「寧ろBody再生についてのESP遺伝子発現の方が運任せだったが、これも拒絶反応は確認されていない。
―――君が2次クローンだったのが幸運だったな。
本来、ESPの様な偶発的遺伝子発現は確実じゃないから身体と脳の発現遺伝子が異なると、拒絶反応を起こしやすいんだが、強発現者からの2次クローン、しかも更に人為的発現強化されていた事が幸いして、問題なく合致した。」

「な・・・・・・。」

「・・・序でに言えば、その子については外科切除された脳内組織は全部再分化して再生したし、神経結合を阻害したり成長を抑制していたインプラントは全部除去した。
再生した組織はまだ上手くリンクされていないから機能し始めるにはもう少し時間が掛かるが、脳自体の発達は未だ3歳相当―――、“合一”・・・君の認識で言うナストロイカ・・・すると共有知識が一気に増えて急速に成長するみたいだが、何れにしろ盛んに発達する時期だから問題なく回復するだろう。
その子がよく眠るのもその為だ。
アルビノそのものには手を加えていないが、紫外線に対する網膜組織や皮膚組織の耐性については、一般レベルに強化した。

君に関しても、同じく切除された組織の再生もしている。
ゆっくりと馴化していけば良い。

・・・ああ、あとは二人・・・というかあっちのビャーチェノワやシェスチナ含め4人・・・とも無理な遺伝子操作で短くなっていたテロメアも平均的な長さに修復しておいた。

・・・要するに健康上の問題は、既に一切無い―――。」

「・・・・・・。」



もう―――返す言葉もない。

・・・なるほど、コレがあのサンダーク大尉をして畏怖させたテクノ・モンスター[技術チート]
その片鱗を知っていたなら、大尉があそこまで気を使う訳だ。
私達ПЗ[ペー]計画の忌み子が持つ幾重にも絡み付いていた重い縛鎖を、尽く絶ち切ってしまうとは・・・。

コレは確かに味方にすれば絶大・・・。


「・・・ありがとうございます―――。」


果たしてサンダーク大尉は、此処迄の予測をしたのだろうか。


「―――対価は、私の全てを―――。」


真っ直ぐ見詰める。
ブリッジスは否定してくれたが見る人によっては、所詮人ではない創りだされた人工生命体。
しかも事実上のKIA認定だから、軍籍上も既に存在しない幽霊扱い。
そんな“貢物”であるなら、非合法の人体実験だってヤリたい放題。
先刻の反応を見る限り、生半可な誘惑など歯牙にも掛けないだろう雰囲気はある。
けれど私はどんな扱いを受けても構わないのだ。
この腕の中の“妹”が無事でいるなら・・・。


「・・・気の早いヤツだな、そう急くな。
君達の身請けは、別の人だ。」

「・・・それは―――今の私達はどの様な立場にあるのですか?」

「書類上は昨年オホーツクで拾われたロシア系難民と言う扱い・・・だったんだがな。
今、君にどうしたい?と訊くのも、後は好きに生きな!と言うのも、意味はないだろ。」

「・・・。」


訊かれても答えられる返事などなく、さりとて祖国に捨てられて言葉も習慣も全く異なる異国で好きに生きていく術も宛も在るわけがない、と言う以前に、そんな“希み”など私が求めていいのか?


「で―――再生や治療の為に横浜基地に出入りする都合上、ふとした縁でとある有力武家[●●●●●●●]が引き取った養女、という事にした。
勿論、その経緯に俺との接点は一切無い。」

「は?―――あぁ!?」

「KIAとなった軍籍や名前を使うわけには行かないからな。
と言って一般人のままココの機密区画には入れないから、極秘の臨時スタッフにして・・・その為の背景にその家格が都合良かったんだ。
なので君は、九條[●●]真愛[まちか]、15歳。
前の名前[ビャーチェノワ]は気軽に呼ぶわけに行かず、といって九條だと紛らわしいから、今後は真愛[まちか]と呼ばせてもらう。
そしてその子は、九條[●●]透未[すいみ]、・・・流石に3歳って訳には行かないから、難民で出生の記録も無い事だし、10歳とした。
もう戸籍登録もしたから、当面の異議は受け付けない。」

「・・・。」


絶句。

―――余りにも予想外の言葉。

養女?

モルモットとして賽の目に切り刻んでも、肉人形として陵辱の限りを尽くしても構わない私達に、態々帝国の籍を与える・・・だと?
日本帝国の社会構成は以前、対戦相手である篁大尉の背景として情報を一度見ただけなので虚覚えだが、“九條”は確か、かなり高位の貴族・・・帝国では武家だったか・・・の筈。
その武家が・・・私を―――、私達を養女に?
どう考えても在り得ない。
しかも、それを大佐がそんな簡単に決めていいことなのか?


「・・・何か問題が?」

「!、違いますッ!
何の宛もない私達に否応なんてありません。
でも・・・こんな・・・得体のしれない者を養女だなんて・・・。」

「真愛達の様な状況だからこそ、打診したとき、養子にしたがった家が3つも在ったんだがな・・・。」

「・・・?」

「―――T-50はS-11で消し飛んだ・・・対戦した戦術機・衛士諸共、と言う事になっている。
ブリッジスも表向きMIAだし、爆発以降は裏の情報筋からも完全に姿を消した。
推進剤や電力の補給さえしていないのだから、爆発に巻き込まれたと見るのが妥当。
少なくとも計画を知るソ連上層部はそう思っているし、仕掛けたサンダークですら真愛の生存・再生など万に一つも無いと踏んでいるだろう。
そのサンダーク本人も既にユーコンには居ないし、ПЗ[ペー]計画も終了。

イロイロ仕掛けてくれたコトに、意趣返しの一つも考えたが、実際今はかける手間のほうが惜しい。
ま、綺麗サッパリ後始末[吹き飛ば]してくれた上に、真愛の再生が想定外に上手く行って気分いいから、チャラにしてもいい。
今回残された神経組織の範囲で言えば、鑑の時より更に厳しい状況からの再生だったから、今後予期される事態への大きな収穫とも言えるからな。

と・・・話が逸れたが―――もしそんな真愛[まちか]の存在がその筋にバレたら、何が起きる?」

「―――!!ッッ」


ПЗ[ペー]計画の遺児―――。
中止になった極秘計画とはいえ、当然ソビエトの上層部や米国の諜報機関、そして耳敏いテロ組織の一部にも知られている。
実際レッドシフトの混乱時、計画の強奪を試みたテロリスト組織も在ったらしいし、米国の諜報機関も一部クリスカやイーニァの確保に動いていたとの情報もある。
確かに大尉は計画の終焉をT-50の限界性能試験とし、 S-11[ピリオド]を打った。
しかし外部から見れば、中止の理由など判る訳も無く、ESP発現者の軌跡として、ブルーフラッグ、レッドシフト阻止、Su-47評価試験、そしてソビエト上層部の一部のみだがT-50限界性能試験、その戦績だけが残る。

それは、明らかに常人を凌駕する性能―――。

殊に、“未来視”同士の戦闘であったT-50限界性能試験[vs XFJ-01]はどう映るのか・・・。
相手であったXFJ-01も今の話では、存在を隠蔽している・・・。

そんな所に私達の存在が明らかに成れば・・・。
あの性能が、人工的に創出出来る可能性を求めて手が回ることは確実・・・!


冷たいものが背筋を這い上がる。

万が一ПЗ[ペー]計画の残滓を漁る組織に知られたら、拉致監禁・実験から解剖コースだってあり得る、と言うコト。
対価として大佐がそれを望むなら構わないと言ったが、それとは話が違う。
それがソビエトであれ米国であれ、あるいはテロ組織でも同じ、囚われてしまえば、薬物、催眠、人質、拷問・・・意志を奪う手段などいくらでもあるのだ。
先刻、大佐は機密漏洩防止措置を外し、テロメアさえ修復したと言った。
ならばその最悪の事態に陥ったとき、自壊プロセス[救済]すら得られないと言う事・・・。


「・・・理解した様だな。
幸い表立った活動期間が短いから“紅の姉妹”ほど有名ではないし、特に従軍期間の短い透未[すいみ]は殆ど認知されていないが、それでもその白い容姿は目立つ。
成長すれば印象も変わるだろうが、数年はマズい。
それは真愛[まちか]も同じ・・・。
・・・確かに人目を惹き付ける溌剌とした霊光[オーラ]を纏っている。
記憶に残りやすいタイプだから、用心するに越したことはない。

なので真愛達の真実を知るのは、俺と夕呼[副司令]と篁・・・あとはここにいる社と後で会うだろう鑑くらいしか居ない。
A-00のメンバーや、此処の第4計画関係者は、ビャーチェノワを知っているから当然会えば似ているとは認識されるが、この機密区画には入れないし、そのメンツに会わせる気はない。
無論ブリッジスや“紅の姉妹”は会えば判るだろうが、その機会も当分無い。

本当は、名前も全く違う語感に変えたかったが、透未がどうしても[●●●●●]了承しなかった。
まあ、発音上は“マティカ[レレレ]”と“シー[]ィ”に近いから許容した。」


あぁ―――、今となっては私達と祖国を繋ぐ唯一のモノ・・・。
祖国に捨てられた今でも、彼の国が故郷で在ることだけは変わらない。
植えつけられた郷愁かも知れないが、幼いこの娘にそれを振り切る理性はまだ無いだろう。


「・・・その危うい状況を理解して、極秘裏に任せられて、且つ護ることが出来る所が少なくてな。
手っ取り早く俺の義妹にするコトも考えたが、この後ここ“横浜”は目立ちすぎる。
当然俺の傍では更に悪目立ちして、変なところから露見するリスクが高い。
その意味でも、多少無理が通せる家格でありながら、暫くのゴタゴタで余計な係累が少なく、俺とも確執在ると見られている“九條”が逆に都合よかっただけだ。」

「・・・そんなリスクを・・・それは多大な迷惑を―――。」

「ああ、そこは心配しなくてイイ。
姉となる当主の頼子に了承を取って、高位武家のお家のコトだから、一応政威大将軍にもことわりを入れたところで、悠陽本人と聞きつけた義兄予定者からクレームが来た。」

「・・・やはり・・・?」

「逆だ、逆。
何故、煌武院や斑鳩ではないのか、とね。」

「・・・はい?」

「―――ここにいる社と、先刻言った鑑という発現者[センパイ]が頑張ってくれたお蔭で、この国の最上層部にはESP発現者の価値が凄まじく高いんだ。
なにせ、鑑に加え、ここにいる社が先日遂に“森羅”という重要システムとの接続に成功する快挙を為した。
これは、対BETA戦略上、極めて重大な意味を持つ。」


ウサミミがぴくぴく動く。
視線を向けると、小さくVサインを作ってみせた。
かなりユニークなうさぎのぬいぐるみを抱いているところなど、確かにイーニァっぽい。


「斯衛軍の最上層部だけが知る極秘情報だから、範囲は極めて限定的ではあるが、な。

そして元の名前や経緯こそ伏せたが、君達二人が第3計画縁の発現者だと言うことは伝えてある。
・・・それは、社と同じく“森羅”接続の可能性が高いってことだ。
しかもオフレコだが、戦術機に乗せたらブリッジスと互角・・・“レベル5er[ファイヴァー]”以上は確実、ともな。

頼子自身もお家改革の一環として斯衛従軍を上申、近く斯衛軍第1連隊に配される予定だから、戦術機手練の供は是が非でも欲しい存在、養子縁組の要請は願ったり叶ったり、是非もなかった。

“森羅”接続可能性大で、且つ超一流の衛士を“家”に入れることが出来るなら、あの程度のリスクなど関係なく、当然他家も躍起になる。

・・・ちなみに、頼子が五摂家・・・西洋風に言えば公爵家相当か?・・・である九條家当主、義兄予定者は同じく斑鳩家当主、悠陽も煌武院家当主にして現政威大将軍・・・大統領、ソ連なら書記長みたいなもんだ。
他、斉御司は、流石に縁者の武が二人も確保しているから控えたみたいが、残る崇宰だって帝都に居れば獲得に参加しただろう。」

「!!!―――ッッ!
なぜ!?
例え能力が在るにしても、格式があるはず・・・私達みたいな寄る辺ない者をッ?」


“森羅”がどれ程のモノかは知らない。
公爵家に当たるという五摂家がこぞって求めるほど価値の在るコトなのか?
どう考えても、リスクが高く、怪しい出自としか思えない。


「―――正しく言うとおり、寄る辺ない[●●●●●]からさ。
直系の血縁者さえ無く、祖国はKIA判定、生み出したプロジェクトは解散。
戻るところが何処にもないと言うことは伝えた。
それはつまり、[]が全く無いということだ。」

「!!・・・裏切りや謀略の可能性が皆無・・・ってコトですね・・・。」

「ああ。
勿論ちゃんとその家族として庇護者として信頼を得ることが前提だが、そうなればそれだけの能力を有する真愛達は、誰よりも鋭利な懐刀になる。
透未にはまだまだ親代わりの存在が必須だから分離も不可、それに真愛だってまだ未成年。
真愛は今までの経緯から相当聡明だと知れるし、何よりも透未の事を大事にしている。
その真愛が一度得た強大な庇護を捨てるとは考えられないさ。」

「・・・切れ過ぎるナイフは喜ばれない―――、“繭化”されるとき、そう大尉に言われました。」

「・・・家族間ですら密告を推奨したソビエト[あの国]ならでは、だな。
だが日本[ここ]は、刀文化の国だ。
刃物は、鋭利であればあるほど、重用される。」

「・・・私は・・・私自身は決して清廉なんかじゃない・・・。
自分の欲に墜ちることだって・・・。」

「欲も野望も無いヤツの方が珍しいんじゃないか?
この国にも“下克上”と言う言葉が在るからな、けれどそこは有能な部下をキチンと統べてこその上位と言う意識が強いのも確かだ。」

「・・・。」


確かに今の私達には、何の後ろ盾もない。
それでいて出自が知れれば狙われる存在。
だが万が一出自が知れたところで、引き取った側からすれば何の“醜聞”にもならない存在。
・・・確かに庇護が得られるなら、力を尽くすことも吝かではない。

しかし、受け入れられたのがそれだけの理由とは到底思えなかった。


サラッと言ったが、日本帝国の公爵家に当たると言う五摂家?、その当主二人を敬称も付けず名前で呼び、残る一人は義兄?、そしてもう一家は、白銀少佐の係累・・・。
フォーカード揃えた様なものだ。
・・・どんだけなんだ、この人・・・。
(後日、篁大尉が最後の崇宰家係累と聞いて目眩がした・・・。)

間違いなく、頼んだのがこの大佐だからこそ、なのだろう。


「先々真愛が遣りたいことが明確になったとき、それに沿った手配をするコトは了承してもらっている。
もし―――ブリッジスの傍に戻るなら、・・・来年以降ならなんとかしよう。」


その名に一瞬心が揺れる。
・・・ユウヤ・ブリッジスの傍―――。

だが、即座に否定する。
クリスカが無事に居る以上、私の付け入る隙はない。
例えクリスカを失っていても、彼は彼の母と同じく一途に想い続けただろう。
その上で傍に居ることが出来るのは・・・、心重ねたイーニァくらいしかいない。

T-50で戦ったとき、彼らは3人で[●●●]ナストロイカに至るという信じ難いコトを実現してみせた。
あの中に入れるとは思えないし、もし入れてもそれはスィ・・・透未[すいみ]を置き去りにすることになる。
透未の自我を覚醒させたのがブリッジスに向けられた殺気だった為か、どうしても彼が苦手らしい。
冷静に考えればイーニァの興味に惹かれて私がブリッジスを意識したのは確かだが、一方で初めて私を、私自身をバディと選び、心から懐いてくれる透未を孤独にすることなど出来るわけがない。


「・・・それには、及びません。
ブリッジスの傍に行っても、当てられるだけです。」

「・・・そうか。
ま、それからのことは、何れにしろ天王山[クリティカル・ポイント]を乗り切ったら、考えよう。

で、―――だ。

一つ確認だが、真愛[まちか]に戦う意志はあるか?

―――本来なら、この国の徴兵年齢にさえ達していない二人、まして幼い透未[すいみ]を巻き込むコトになる。
“森羅”接続者としてなら基本完全隠蔽されるが、かえって目立つリスクもあるから、いっそ参戦しないことも選択肢の一つ・・・。」


クスンと笑いが零れる。

―――全く・・・。
あの醜い“繭”から私を救い出し、新たな身体を与え、ПЗ[ペー]計画の呪縛を全て解き、今また庇護を与えてくれると言うのに、その将来の希望にまで気を配るこの人は、紛れもなく私達を人として認め、人として生きろと示唆している。


「―――私達が唯一還せるコトを、取り上げないで下さい。
大佐は、化物と蔑まれ祖国にも捨てられて寄る辺無かった私達に居場所まで作ってくれました。
戦うことが、取りも直さず自分たちの居場所を護ることに繋がる―――ならば、私達に戦わないという選択肢は在り得ません。」

「―――了解。
なら、“紅の姉妹”と同じく、プラーフカなしのナストロイカ・・・“合一”が出来るよう社に教えて貰え。
後は、“森羅”の適合可能性か・・・。
社、どう思う?」

「・・・接した感覚で言えば、透未[すいみ]さんは同じ第6世代ですが、ПЗ[ペー]計画に著しく影響されて、かなり戦闘に特化している感触があります。
まだ幼く自我も未成熟なので、戦闘しながらの“森羅”接続は却って混乱を招くかもしれません。
寧ろ、真愛[まちか]さんが“接続”や“制御”に特化しているので、戦闘を透未さんに任せれば、“森羅”を使って戦況を見ながら制御もできるキャパシティを感じます。」

「・・・その上で“合一”すると、どうなるんだろうな・・・。」

「・・・ちょっと興味、あります。」


ちろん、とウサミミ少女が私を見る。
背筋がゾクンとしたのは、きっと錯覚だろう・・・。


「ああ・・・紹介が遅れたが、第4計画の社霞特務少尉だ。」

「―――社です。
宜しくお願いします。
ご想像のとおり第3計画の出身で、元の名前はトリースタ・シェスチナになります。」


今まで紹介をすっ飛ばしてとぼけていた大佐に僅かに視線を流しつつ、淡々とロシア語で言う。
決して表情が豊かな訳ではないが、穏やかな柔らかさを感じさせずに居ない。
思ったとおり、“姉妹”―――それも数少ないシェスチナ姓を持つ先達。
300番目[トリースタ]、と言うことは、ベリャーエフが対外的[●●●]に最終としたと言っていた発現者。
秘密裏に継続された研究では、イーニァが同じ300番代・・・バディはその後になるので、私の知る中では最年長・・・それでもロットで言えばイーニァと同じくらいの筈・・・。


「因みに、社も武の嫁の一人だ。」


・・・何処か私達と違うのは、育った水のせいだと思っていたが、発現者にして既に売約済み[リア充]とは・・・。
・・・しかし白銀少佐と言えば、ユーコンに4人も嫁を連れてきたのでは無かったか?


「・・・帝国の風紀はどうなっている・・・?」

「・・・人口減対策の時限立法で、来年から一夫八妻まで認められるんです・・・。」


なん・・・だ、と?









「・・・ま、今日のところはゆっくり休め。
消化器系も再生したばかりだから、悪いが食事は暫く流動食。
透未は先刻社と済ませた。
後のことは、社に訊いてくれ。」


ブリッジスが日本国籍だったら或いはシェアも・・・、と暫く白くなっていたら、大佐にそう言われた。
―――考えたら彼が日本に帰化することなど在り得ないし、あの堅物がそうそう軟化する訳がない。

意味ない妄想を止め、気を取り直して居住まいを正す。




「・・・最後に一つだけ、お訊きしても良いですか?」

「・・・ああ、―――どうぞ。」

「では・・・。
―――大佐は“繭化”された私と透未を託されて、多大な手間を掛けて再生、そしてПЗ[ペー]計画の全て呪縛から解放までして呉れました。
確かに、私達の能力が有用だから、その為に確保した・・・そう言われてしまえばそれまでです。
でも、だったら戸籍など与えず、影で使い潰したって良いコト・・・。
機密漏洩防止措置などそのままにして、指向性蛋白だけを供与すれば、情報が漏れたときのリスクヘッジも要らない。
なのに、そうしなかった・・・。

・・・つまり、私達は貰い過ぎです―――。

今後の戦いだって、言った様に自分たちの居場所を確保するためのものでもあって、大佐個人に還すコトではない。

・・・私達は、結局何一つ大佐に還せない・・・。

―――そこまでして、大佐自身には何の利益が在るんですか?」


脳だけからの再生などそうそう需要があるとも思えないが、脊髄の損傷で全身麻痺や、BETAとの戦闘で四肢を欠損するなど同じ技術が使えることもあろう。
なんでもない事のように言っていたが、それは横浜でしか出来ないとんでもない技術なのだ。
そこに研究開発含めどれだけの費用が掛かるのか―――。

見れば大佐の傍らで社少尉も頷いている。
身内から見ても、この人はそうなのか。


「―――今までが、ソ連しか知らないから理解出来なくても仕方ないか・・・。

なら質問を質問で還すようで悪いが、真愛は先刻、自分はどうなってもいいから、透未を助けてくれと言った。

―――それで、君に何の利益があるんだ?」

「え?・・・・あ・・・。」


言われて思い当たる。
確かに透未が助かるなら、私はどうなってもと望んだ。
何が還って来る?
―――きっと、自己満足だけだ。


「・・・けれど、それで良い、―――だろう?

自分より幼い者や、取り分け母親の子供に対する対価を求めない行為は、“無償奉仕”とか、“無償の愛”とか呼ばれるが、本来は人間という種が存続していくために必要な本能的行動―――、なんだろうな。
個人が持っているリソースを、次代に、その次代に、と注いでいくからこそ、一つの種が連綿と続いてゆく・・・。」

「・・・。」

ПЗ[ペー]計画もそうだが、その国に生まれたコトに恩を着せ、命を以て還せ、などというのは極めてナンセンス。
それを当然のように強要していたら、次代など育たない。
―――そんな国に、未来など無いのさ。」

「・・・・・・。」

「今、この世界の人類は、滅亡の瀬戸際に在る。
実際次代を残すべき若い命を犠牲にして、辛うじて生き延びているような状態だ。
この状態が続けば、よしんばBETAを駆逐できたとしても、人類は先細るだけ。
本気で人類の存続を目指すなら、BETA殲滅と共に若い世代をどれだけ保全できるか、が鍵になるってことだ。

無論、恩を返すな、戦うな、と言う意味ではなく、飽くまで有しているリソースの配分、・・・バランスの問題。
現状は、そのバランスが大幅に狂っている。」

「・・・・・・。」

「ま、俺の場合は、たまたま相続したリソースがべらぼうだったから、個人単位で見れば確かに損している様に見えるかも知れないが、“種の存続”と言う観点で見れば、まだまだ足りない位だ。

俺に恩を感じるのは構わないし、今は人類存亡の秋―――、戦力は多いに越したことはないから、手伝ってもらうことも在るだろう。
けれど受けた恩を全部還す必要なんてない。
何よりも命を捨てるなど最大の冒涜、―――必ず生き抜け。

そして、その分を君より幼い者や、あるいは将来の自分の子供に惜しみなく注いでやれば、それでいいのさ。」

「・・・・・・・。」



渦巻く様々な想い。


―――正直、その応えは私に取って衝撃的だった。

自分の子供・・・?
人工生命体という意識が、何よりも自分に在ったのか、そんなこと・・・今まで考えたコトすら無かった。
だが、祖国を追われ拾われた先で、手にした僥倖、人工生命体の枷が外れた今、自然そうなる成り行きも在ると言うこと・・・。


産み出してくれた恩。
育ててくれた恩。
・・・例えば、今こうして命を救われた恩。

けれどそれは、そもそも全て返せるものではないし、また一方的に恩着せられるものでもない。

私達は、ソ連という自分たちを生み出した国にずっと恩を着せられてきたとも言える。

恩を還すことが悪いとは言わない。
だが個人の有するリソースなんて、限られている
そのリソースを次の世代に重きを置かなければ、人という種は衰退する。

“無償奉仕”と見えるのは、次世代に繋ぐための分配そのもの、と言うコトか・・・。

そこに個人の利益など問題外。
そうしてこそ人の世は受け継がれていく―――。

―――その流れの中に、私も居る・・・。


今、初めて自分自身が“人間”で在るコトを、認めることが出来た気がした。




「―――尤も、誰も彼も救う救世主なんかじゃないから、相手はかなり[●●●]選ぶが、な。」


・・・今はこの、傲慢な庇護者に出会えた幸運に感謝しよう―――。


Sideout






※ごめんなさい、連休前に上げる予定がかなりズレこみました。
  どうも連休前後は何かと落ち着かず、文章が進みません。
  つまり繋ぎのプロットが真っ白・・・orz
  次は更に時間をいただくかも知れませんがご容赦下さい。




[35536] §96 2001.11.24(Sat) 15:00 横浜基地 B17 A-00部隊執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/06/03 19:39
'15,09,11 upload   ※見切り発車  盛り杉ツユダクねぎマシマシ・・・収束すんのかコレ?
'16,06,03 誤字修正



Side 純夏


「うば~~~~~」

「・・・・・・何遣ってんだ?、鑑。」

「ホエッ!?―――ビックリしたァ、彼方くんかぁ」


A-00執務室にあるソファーにひっくり返って魂の発する原初の叫びを上げてたら唐突に覗き込まれた。
この部屋に入れるA-00中隊のメンバーなら、神宮司・篁両大尉以外なんとなく何処に居るか判るので、此処迄不意を突かれることはない。
これは、多分クリスカさんやイーニァちゃん、そして真愛[まちか]がお互いの位置がわかるのと同じ、擬似とはいえ“合一”した意識の間に、僅かでも繋がりができるからだろう。
その両大尉にしても、わたしは薄いリーディングゾーンを常に張っているので、思考は読まなくても気配は感じられる。
わたしや霞ちゃんの対諜報警戒網をすり抜けてくるのは彼方くんぐらいだ。

わたしがソファに起き上がり、霞ちゃんが立ち上がろうとするのを掌を翳して抑えると、彼方くんは自分で湯沸しポットをセットし、ドリップの用意を始める。
コーヒーに関しては彼方くんに淹れてもらうほうが美味しいからそれ以上はでしゃばらない。
勿論基地の配給品なんかじゃない。
夕呼先生の執務室はブルーマウンテンだけど、A-00執務室[ココ]はハワイ・コナ。
それも豆をハワイや中米からシャノアを使って定期的に直接袋買いしている。
普通は何カ国かを通関する嗜好品であるため、とてつもない金額に成っちゃうから最初恐縮してたけど、個人的に使える物流網を持ってるので現地原価とのコト、今は喜んでご馳走に成っている。


「疲れたか?・・・午前中は悪かったな。
A-00は本来、久々の全隊非番だったのに・・・。
お蔭でアイツ等、もう覚えたんだって?」

「あ、うん・・・真愛[まちか]、頭よくってビックリしちゃった。
1教えたら、10!、みたいな・・・。」

「・・・・・・。」


彼方くんが一瞬手を止め、黙ってわたしを見る。


「・・・珍しいな、鑑が名前呼び捨てなんて・・・。」

「え?・・・あ」

「―――純夏さん、真愛[まちか]さんとスパーリングしたんです・・・勿論小手調べ程度ですが。
雑談で真愛さんが近接格闘訓練にボクシングしてたって聞いて・・・。」


霞ちゃんが僅かに苦笑いしながら補足してくれる。


「・・・なるほど、それでダブルKOして“強敵”と書いて“トモ”と呼ぶ厚い“友情”を結んだ・・・と?」

「・・・リボン[リーディング制限]してたからお互い純粋なテクニックだけだったんだけど・・・あの絶妙なクロスカウンターは侮れない・・・ッ!」


思わず拳を握りしめる。
拳に感じた熱気と、頬に感じた冷気はハッタリじゃない。


「―――マジで[]ったんかい・・・」

「あ、ううん、二人とも寸止め[●●●]したし、今度ちゃんとリングで[]ろうって約束したから・・・。
だからなんとなく控えめなクリスカさんとは違って、真愛[まちか]ぁ~~っ!・・・・・・みたいな?」

「・・・そして、お互いニヤリと笑い合った―――、と言うことだな。
まー、仲良くしてくれるなら無問題、めいっぱい青春してくれ。」

「でも・・・、A-00の皆にも内緒だし、今夜には“赤坂”に送るんでしょ?」

「まあな。
表向き横浜基地[ココ]との関係性は無いものにしたいし、明日から横浜トライアルの参加者が集まってくるから、―――リスクヘッジだな。
今後手続きが順当に進めば、アイツ等は斯衛軍第1連隊、帝都城防衛が主たる任務となるが、それでも先刻森羅2nd:“天地[あめつち]”の適合確認も取れたし、何れは第4計画にも関連して共闘も有り得るだろ。
そうなれば、スパーも出来るさ。」


ポットがピーピー鳴いて湯が沸いた事を告げる。
最初ネルを湿らせると、今度はかなり細い筋を維持しながら、途切れること無く注ぎ続ける。
辺りには柔らかいコーヒーの香りが立ち込める。

後始末と言ってユーコンに行った彼方くんが、図らずもソ連から奪取?してきたカタチの第3計画の遺児―――。
最悪また引き取ってくるかも、と言っていたクリスカさんとイーニァちゃんじゃなく、別の二人。
仕掛けられたロジックボムの解除や欠損部位の再分化に半日くらいシリンダーの中で“治療”を受けていたらしいけど、今朝会ったときにはもう普通だった。
勿論霞ちゃんの姉妹には違いない。

透未[すいみ]ちゃんはホントに本当の最終ロット[末っ娘]らしい。
最初警戒してたけど、すぐに懐いてくれて超可愛いかった。
イーニァちゃんのミーシャがずっと羨ましかったらしく、霞ちゃんのうささんにも反応したため、彼方くんから“[のろ]いウサギ”と“タレっくま”と言う大きなぬいぐるみをプレゼントされた。
長らく悩んだ末に結局常に両方抱えて居る。

一方小さなカプセルに入れられた様な状態から全身再生された真愛[まちか]に妙な近親感を感じてしまったのは内緒。
“繭”と言うのはいろんな意味で禁句らしい。
彼女も最初はツンツンして見えたけど、頭の回転が速くて礼儀も正しかったし、なによりあの拳に込められた熱い想いは、本物。


「ま、何れにしろ休日半分潰したんだ、埋め合わせは希望があれば何時でも受け付ける。
明日から、また当分休みは無いからな。」

「うん。」

「今日は―――、武は?」

「今日の昼は柏木さん。
勿論偶然を装って、だけどね・・・。」

「え?、・・・・・・あの娘も“嫁”なのか?」

「うん。
過去のループでも何度か・・・。
でも、前のループがアレだし、これで8人[フルメンバー]だから・・・。」

「あ―――理解。

それで・・・?、鑑は未だに“森羅”着込んで何調べてたんだ?
社も“天地”装備だし・・・。」

「うーーん、なんとなく?
装備は午前の流れなんだけど、発端はね、伊隅大尉なんだよ・・・。」

「・・・タケルさん達がユーコンに行って居ない間、A-01部隊の皆さんが交代で、ワタシ達の直衛をしてくれたのはご存知だと思います。」

「そーなんだよ。
それで、その時にたまたま会話の流れで私とタケルちゃんが幼馴染だって知った伊隅大尉が羨ましがって・・・。
前は気付いて貰えなくてって話したら、どうやってブレイクスルーしたか、根掘り葉掘り訊かれちゃった。
タケルちゃんの記憶でも、甲21号作戦に赴くとき“温泉作戦”を伝授したけど、それが死亡フラグになっちまったって凹んでたから・・・。」

「・・・それで帝国軍からのランダム招聘リストに“前島正樹”少尉が在るんだ。」

「うん。
今は戦闘の記録を残す偵察・記録部隊に居るから、今回のトライアルもPR用の記録をお願いするって事で通しちゃった。
副司令は向こうの世界みたいなネットに依るリアルタイム配信を画策してるみたい。
・・・でも、実は遠乃少尉と相原少尉も同じ想い人なんだけどね。」

「・・・なんとなく判った。
伊隅が羨ましがって遠乃と相原が引き摺ってるってコトは、相手が“鈍感系優柔不断無自覚フラグビルダー[エロゲ主人公体質]”ってコトか。」

「そう!、そうなんだよ!!
・・・なんか、伊隅大尉のコト、とても他人ごとって思えなくて・・・。
よくよく聞けば、伊隅四姉妹、みんなライバルだって言ってたし・・・。
ホントなら一人に肩入れするのは躊躇うけど、年明けには8人までOKでしょ?
だったら、温泉は無いけど、トライアルで少しは協力出来ないかなって・・・。」

「・・・その方法をハッキングでネット検索?」

「ううん、コッチは違う人・・・。」

「違う人?」

「・・・リストの前島少尉に反応した人が、もう一人居たんだよ。」

「誰・・・と訊くまでもなく?」

「そう―――香月副司令。
なんでも、お姉さんの弟子[エジキ]の一人だった筈だとかなんとか・・・それで―――」

「・・・皆まで言うな・・・面白がって拡散した・・・と。」

「正解。」

「・・・哀れな犠牲者[ターゲット]は?」

「辻村中尉、高原少尉、麻倉少尉には既に特定の相手がいるけど、もう出来ちゃってる既成のカップルには興味が無いんだって。
新たな恋愛[希望]の成就こそが、BEATに傾いた支配因果律を揺るがすのよ、って力説された。
と言って速瀬中尉と涼宮中少尉は無理だし、風間少尉はちょっとバイっぽくて怖いし、築地少尉はネコだし・・・。」

「残るは・・・。」

「そう、対象は宗像中尉。」

「・・・南無南無。」

「―――冥福祈らないで、止めてあげて?」

「無理。
鑑は俺に死ねと?」

「・・・ダヨネェ。
向こうの夕呼先生も人の恋路に茶々入れることには命かけてたし・・・。」

「しかし・・・宗像ねぇ・・・。」

「調査対象は、過去?の男・・・。
なんでも、元は京都に居たって・・・。
宗像中尉自身が帝都陥落の年の春に207衛士訓練部隊に入っているから、その時別れたままみたい。
タケルちゃんの傍系記憶を隅から隅まで探して、未来ループの富士教導隊で会話したときに聞いた“八雲鷹徳” って人らしいから、一応記録を漁ってたの。」

「・・・それで?」

「城内省に残ってた記録によれば、外様だけど一角の武家出身らしくて京都の斯衛軍衛士養成学校をその’98年に修了してそのまま当時の斯衛軍第1連隊に任官してた。
当然その後の帝都防衛戦で京都守護に回って、伏見の攻防戦に出陣・・・以来不明・・・。
でも軍籍上MIAが付いたのは3ヶ月後なの。
明確な遺体は未確認ってコトだけで、、現場も極度の混乱、把握出来てないみたい。
病院や救護所のリストも残っているだけは見たけど・・・。」

「・・・行き詰って、二人でへたってたんです―――。」

「・・・。」


ドリップの終わったコーヒーを各自に用意した小さめのマグに注ぐ。
わたしと霞ちゃんには、砂糖を付けて渡してくれた。
ミルクは合成になるし、このコーヒーは元から口当たりが良いので、ここでは誰も使わない。

その香り高い淹れたてを一口啜ると、彼方くんはポツリと言った。


「鑑としては、見つからないほうが良いのか?」

「わかんない。
本当に死亡が確認取れちゃったら、後悔するかも。
でも、もし生きているなら見つかって欲しい・・・。」

「宗像の古傷抉ることにはならないのか?」

「今回・・・恐らくテロ対応要員として、またシルヴィオ中尉が招聘されます。」


霞ちゃんが答える。
わたしも2ヶ月前まだ脳髄だったときに逢っているらしい。
本来当時は冬眠状態に近くて覚えているはずが無いのだけど、なんか夢で見てたような気がする。
大方の経緯は霞ちゃんに教えてもらった。


「・・・シルヴィオ中尉・・・って?」

「・・・副司令が“対等”と認めた数少ない相手です・・・。」


霞ちゃんが彼方くんにプロジェクションする。
霞ちゃん自身の体験だから鮮明。
彼方くんのリーディングは出来ないけど、プロジェクションは通る。


「2ヶ月前?・・・うわ、また際どいコトを・・・。
・・・欧州連合情報軍のエース・・・ファルソ・・・“フェニーチェ”?・・・サイブリッドか・・・。
A型軍装[AKGコス]って・・・夕呼絶対にまりもで遊んだな・・・。
嗚呼・・・今度涼宮(妹)には優しくしてやろう・・・。
βブリッド研究の殲滅?・・・黒幕は恭順派・・・?
停滞工作員の炙り出し?・・・ABSキャリアーの検知?・・・なるほど、それで宗像と組ませたんだ・・・。
それでも夕呼の企みの裏の裏、結構いいトコまで読み切った、・・・か。

フーン・・・面白いな、コイツ―――。」

「わたしも・・・嫌いじゃありません。
あの時の純夏さんを一切否定せず、守ろうとしてくれました。
・・・宗像中尉も、その・・・。」

「―――満更でもなかった・・・というコトか。
・・・全く、優しんだか厳しいんだが判らないな・・・ウチの総司令[センセ]は。
まあ、見て愉しむのはデフォだが・・・当人が更に[●●]前に進む為には必要なことでもある・・・ってか。」

「「・・・・・・。」」

「なら、・・・一応探して見るか―――。」

「え―――?」

「シャノアの病院船。
あの当時運河で琵琶湖に入っていたから、結構な数の重傷者が運び込まれたはず。
シャノアの場合、データは俺が隔離しているから、鑑のハッキングでもそうそう入れないだろ。」

「!!―――。」






検索結果―――1件該当。


Sideout




Side 武

B17フロア 機密エリア備品倉庫 19:00


夕食後彩峰が私室に来たのは先刻―――今日の夜は彩峰の担当[シフト]と言う事だ。
なんとなく私的なスケジュールも管理されている様な感もあるけど、ユーコンに行く直前キスされた柏木を含め皆仲良く成ったとのこと、状況はオレとしても願ったりで、その辺は口出ししないことにしている。


なにせ今回のループでは横浜に来てイキナリ少佐となり、207B、A-01に始まり、すぐに斯衛のXM3教導、その後は新潟やユーコンで派手なパフォーマンスをやらかした訳で、最近は斯衛軍に加え帝国軍の教導に関する様な対外的な折衝も増えてきている。
傍系記憶でも佐官くらいまでなら昇進した記憶があるから、そういった交渉自体はなんとかこなしているが、実際にはその場に至るスケジュール調整や今回のループに於ける関係先状況そのものの事前把握等が当然必要であり、オレの手に負えるモノではない。
それらの管理をずっと霞と純夏が対応してくれていた。


とは言え、霞はそうそう外には連れ出せない。
第3計画の遺児ってだけでも様々な諜報機関に狙われるのに、その一方で第4計画が誇る鉄壁のセキュリティの中核、“無菌室”の維持をずっと一人で支えてきた頑張り屋さん。
第4計画では夕呼センセに次ぐ中心人物とも見られている。
そんな霞を基地から出した途端、本人も空けた基地も狙われるのが目に見えていた。

他方“森羅”適合者である純夏については、今のところ機密漏洩がないため、表面上一衛士扱い、あまり心配は要らなかった。


横浜にハイヴからの“唯一の生還者”が存在し、それが第4計画の鍵であると言う話は、そこそこ漏洩しているらしいし、それがシリンダーの中に在る脳髄だと言うことも極一部にはバレている。

一方で“森羅”という名称、そしてその能力は新潟防衛戦に参加した全軍に認知されているが、そこでも純夏の名前は公にしていないし、ほとんどの人はそれが人間であるとすら思っていないだろう。
通信ログにも残していないが、相手方の応答については残っている。
それを時系列で重ねれば、最大10を優に超える相手に対し同時音声対応をしているのだから・・・。

つまりは徹底して“森羅”の呼称を使った上で、『森羅=装着型00ユニット』『装着型00ユニット適合者=純夏』『純夏=脳髄』と言う何段ものステップを明確に知るのは、新潟遠征前に浜離宮に集まった極一部の関係者だけであり、その他は夕呼先生と霞しか居ないという状況―――。
篁大尉やまりもちゃんですら、00ユニット関連のコトは伏せてあり、純夏のコトは森羅適合特性を有する一衛士、としか認識していない。
“森羅”適合性を試したA-00、A-01メンバーも同じ、00ユニットと言う存在自体が秘匿されていた。

確かに装着型にした段階で、非炭素系擬似生命という00ユニット本来の定義とはかけ離れる部分もあり、機能はともかく呼称としてそぐわないのは確かだった。

この急激な変化に追従しきれていない外部の諜報機関は、長年苦労に苦労を重ね掴んだ第4計画の情報『脳髄≒00ユニット』との認識はあるが、それが突然装着型に変わったことなど知らず、また脳髄からの全身再生など反応炉の生きているココ横浜以外では到底不可能であるため、純夏と脳髄と00ユニットを関連付ける事など想像することすら出来ていないのが現状である。

なので純夏に関しては外出も大丈夫といえば大丈夫なのだが、それでもその稀少性重要性から万が一を考え、不特定多数との接触は避け、それ以外でも俺や彼方と一緒でない場合は、基地外に出ることを控えていた。
“天地”に霞やユーコンで彼方が引き取ってきたらしい発現者が適応することにより、AIGISを初めとする戦域BETAの把握・・・つまり新潟で純夏がやった対BETA戦術支援システムとしてや、リーディング・プロジェクションの強化、ハッキングの獲得などは出来るように成る。
しかし、オリジナルハイヴ潜行時の鍵である00ユニット拡張装備:XG-70のML機関については、エミュレーションに依る僅かな時間遅れがラザフォード場制御のネックとなり、“天地”では運用には適さない事が判っている。
―――つまり未だに凄乃皇を制御できるのは、純夏唯一人。
その扱いが慎重になるのも仕方ないだろう。


と言う事で、話が盛大に逸れたが、基本霞も純夏も基地外部での打ち合わせには同行できなかった。
その結果、外部折衝の折には、新潟戦後A-00として正式任官となった新メンバーが交代で補佐官として付いてくれるようになったわけだ。
勿論通常の訓練はオレが不在でもA-01と同じくあるため、専任固定化はしていない。
そして各自が得た情報は純夏と霞が一元管理しているらしく、適宜プロジェクションやリーディングで相互に摺り合わせしているとのことで、次々担当が入れ替わっても全く齟齬がないのが何気に凄い。
霞や純夏の能力を知らせて良いのか?、とも訊いたが許可は得ているとの応え、問題ないらしい。

また当然折衝相手に合わせ、城内関連は冥夜、帝国軍関係は彩峰、政府関連は委員長、国連関係はたま、詳報関係は美琴、とそれぞれに適性を持つメンバーが補佐官としてつくものだから、交渉なら有利に進むし、逆に皆もスキルアップを図れる、というオマケ付き。
正直交渉事が得意とは言えないオレとしては、かなり助かっていた。


但しこの状況は、逆に言えば、当然オレの空いている時間も完全に熟知している事となる。
初めは何時も誰かが傍に居る状況を予想し、嬉しさと、そして息苦しさも感じたのは確かだ。
だが実際には、皆の都合や体調も併せて私的なスケジュールが組まれているのは夜だけだった。
まあ、昼は大抵執務か訓練ばかり、ココのところ休みらしい休みも取れなかったから、昼間のローテなど作っても意味がなかったのだろうと納得した。

実際今日も純夏と霞は、休日返上で“森羅”“天地”関連の調整作業だ。
冥夜も休みを利用して月詠中尉と共に帝都城に参内している。
他のユーコン遠征メンバーもあれ以来久々の終日非番ということで、各々に溜まっている雑事対応。
A-00で残る彼方と篁大尉は、オレ達の帰国以降ユーコンで起きたユウヤのMIAに始まる問題を片付けてきたコトで、此方もなにかと忙しそうだった。



結果として今日の昼間オレにはやることがなく、休みだというのに独りぶらぶらしていたところを、たまたま通りかかった柏木に誘われた。

それは彼方が何処からか引っ張て来た中古車両を使った、基地外周路ドライバーズ訓練。
この時代、勿論免許制度はあるのだが、当然の事ながら軍務優先、尉官には勝手に仮免許が付いてくる。
あとは上官を載せて運転できることを確認してもらえば正式な免許となる。
民間と比べると極めて甘いが、普段そうそう運転する機会も環境もなく、あるに越したことはない程度なので、そんな扱いで問題ない・・・のか?
オレ自身で考えて見ても、元の世界含め運転の経験は永いループの中でも数えるほどしか無かった。
荒れた戦場では普通の乗用車など無かったし、ある程度舗装された場所に戻る時には、既に運転手付きだったりしたからだ。

柏木から誘われたのは、その車の運転慣熟。
基地外縁ではあるが既に公道とは言えない無人の街路を交代交代思う存分走りまわることが出来た。
実際初めはおっかなびっくりで、けれど速度とハンドル舵角でそれなりに曲がれるように成れば、徐々に速度も上がる。
一応教程マニュアルがあって、バックや車庫入れはじき慣れたが、縦列駐車は何気に難しいことも判った。
興が乗り、最後の方は後輪が滑るくらいの互いの運転にギャーギャー言って、笑い転けた。

そして・・・勿論、というか、そんなコトをしていれば、いい雰囲気にもなるわけで・・・。
渡米前に貰ったサプライズには百倍返しさせてもらった。


―――流石に、車のサスペンション性能を確かめる加振試験は自重したよ?




閑話休題。




夕食後、笑顔で別れた柏木に変わり、今、目の前に居る彩峰。
何時も飄々として見えるが、なんとなくソワソワしているようでもある。

・・・やっぱり愛しい―――そう、思う。
昼間柏木で、もう浮気―――、とは違う。
結局どっちも大事。
まあ、やっぱ気が多い・・・と言われても仕方ない。

だが、そもそもオレが拘って、固執して、巡って来たこの世界・・・。
その対象が今は未だ喪うこと無く、全てこの腕の中に在る―――。
他を一切知らなかった過去のループなら確かに一人に絞れたが、それら彼女たち全員の想いを知っている今、その何れを切ることもオレには出来るわけがない。
そして、それを取り零すことも・・・。

―――ヘタレといわば言え。
だったら開き直り、ヘタレ道を突き詰めて、全員幸せにする―――ッ!

そう思って抱きしめようとして、それ[●●]に気付いた。


「・・・彩峰なにそのリュック・・・?」

「ちょっと・・・、行きたいトコ在る。
一緒に来て?」


彩峰は美琴に負けず劣らず、通常通りのマイペースだった。






その彩峰に促され案内されたのは、B17、ユーコン遠征に赴く前に一悶着あったこの倉庫だった。
・・・美琴と一緒に備品を探しに来て、彼女に初めてキスをした時、つい盛って暴走し、すんでのところで捜索に来た207Bメンバーに捕縛されるという事態に陥った場所。
今更何故?、とも思う。
あの時持て余したリビドーは、ユーコンで各自に十倍返ししているので、問題ない筈・・・。
だが、何故かリュックを背負った彩峰は珍しく鼻歌を歌いながら何時ものマイペースで中に入り込み、そしてとある壁の前に立った。


「コレ―――。」


見せられたのは、補修された板壁の痕。
手前の床に残るうっすらとした窪み。

あ―――。


これは確か美琴を押し倒したオレを皆が見つけ取り囲んだ時、目の前にいる彩峰が無言で強烈な震脚と共にパネルを打ち抜いた通背拳の名残・・・。
今はその穴をキレイに四角く切り取り、新たな板で塞いである。


「・・・今日はアレ以来の非番だった。
だから午前中に鎧衣と直した。
後はペンキ塗るだけ―――。」


なるほど、午前中に彩峰と美琴を見かけなかったのはその為か。
実行犯の彩峰が美琴に頼んだのだろう。
サバイバル系含めこの系統なら何でも得意な美琴はDIYもお手の物、その修繕出来栄えもプロ並みだった。
塞いだ板が髪の毛1本入る隙間もなく、見事に嵌めこまれている。
これで同色のペンキを塗れば、周囲と見分けなど付かない。
流石に基地設備の破壊は譴責にあたる為、今までは応急処置でカムフラージュし、気付かれる前に直してしまえ、と言うことだ。
実際機密区画の補修はセキュリティが面倒だから軽微な場合譴責しても放置されることが屡々、だったら自己責任で修繕した方がよっぽどマシ。
勿論本来オレが注意する立場にあるわけだけど、元はといえばこんな場所で部下である女性士官とコトに及ぼうとしたオレのせい・・・。
言葉にしてみると元の世界ならセクハラで訴えられるレベルの行為だな・・・。


「う・・・、申し訳ありませんでしたァーー!」

「え?、あ、うん、そうじゃ、ない。」

「え? 違う?」

「―――白銀は強引[それ]くらいでいい・・・ポ・・・じゃなくてコレ・・・見て?」


前半はスルーしたくなるコトを言うと、彩峰は補修されたパネルそのものの繋ぎ目に手を掛け、パコンッ、と外す。


「お、おい!、彩峰・・・。」


言いかけたオレを置いて彩峰がパネルをずらすと、そこにはたたきの様な空間、その打ち放しのPCにドアが在った。


「・・・なんだこれ?」

「作りかけの非常口・・・、脇にうっすらとチョークで書いてある。
今朝このパネルを鎧衣と補修しててたまたま見つけた。」


扉に近寄って見れば、確かにB17非常口(3)の文字。


「―――元々突貫工事で作った横浜基地。
その先は、横浜ハイヴのスタブに成ってるから、最初は非常階段でも通す予定だったはず?」


軽く言いながら何故か背後のパネルを戻す彩峰。


「スタブって、オマッ!、まさか・・・?」

「こんな楽しそうな“秘密”、ほっとけない。
勿論既に鎧衣と探検済みで、危険はない。
それに・・・ジャンケンで勝ったから、“初”を貰った。」


じゃんけん?
初?
オレの疑問をスルーして彩峰は閂状のロックを外し、鋼鉄製の扉を開く。
その向こうは、確かに蒼く、淡く、薄ぼんやりと光る壁を有する、ここ横浜ハイヴのスタブ。


「・・・危険はないって、こんな機密区画に抜け穴なんて完全にマズイだろ・・・。」

「だから調査して報告する為、探検した。
この横坑、基地が在る側が本坑だから、先が完全に行き止まりになっている。
侵入の危険性はないけど、逆に非常口としても出られない。
結果、壁で塞いで放置?」

「―――ああ、そういうコトか・・・。」


反応炉が生きている以上、強固なスタブはそうそう掘り抜けない。
広大なスタブを全て埋め戻す手間を掛けるわけがなく、セキュリティ上問題ないため、そのまま放置されたのだろう。

手を引かれて扉をくぐれば、確かにスタブ。
細い枝坑なのだろう、大型トラックが一台通れる程度、BETAなら戦車級くらいまでしか通れない。


「ってか、何故出る?
しかも、ドア閉めてるし?」

「これ重要。
上司である白銀にも安全確認してもらうって言うのもある・・・。」

「・・・ああ、確認ね。」


言われて辺りを見回す。
一応佐官だし、筋は通っている・・・のか?

仄蒼い壁面はシミュレーションやループ記憶でも戦術機のカメラを通して見慣れているが、こんな軽装でしかも生身で見るのは何時以来だろう・・・?
なんとなく、記憶に在るような・・・。
ああ―――そうか、純夏と一緒にBETAに捕まったこの世界の記憶だ。
勿論その時の横浜ハイヴ[ここ]は、BETAで溢れていて、それを想い寒くは無いのに一瞬ブルッと身が震える。
ここはB17相当―――2,3階層下のシリンダールームに近いということは、実際この辺りの階層に閉じ込められていた可能性だってあるわけだ。

だが機密区画に直接繋がる抜け穴である以上、恐らく建設時にチェックは行われているだろうが、再度調査して確認する必要があると言うのも判る。
何故、彩峰とふたりきりでプライベートな時間に?、と言うのは置いても。


壁面に亀裂や分岐、或いは偽装抗が無いか一応注意しながら進むが、彩峰は相変わらず鼻歌交じり。
結局分岐もないまま100m位進むと、確かに横抗は行き止まり小広間に突き当たった。


「コレ―――。」

「・・・はぁあああ!!??」


問題は、その行き止まりに存在した、仄蒼い壁を映す水面・・・。
畳にすると18畳程度・・・近付けば感じる湯気と熱気―――!
唐突に何処かの傍系記憶にあるイメージが蘇った。
先刻の既視感も、コレか・・・。


「・・・温泉・・・か?」

「・・・調べたけど温度は午前中大体41度くらい。
変わってないと思う。」


彩峰がリュックを下ろし、温度計を差し出された。
先端を浸けてみれば、水銀がスルスルあがり、確かに41度前後を示す。
底も淡く光る壁面と同じ構造だが、凹凸もそれほどなく、深さも・・・うん、適当。


「―――泉質は単純泉で、有害な物質が入っていないことは、さっきサンプルを調べてもらった。」


後ろからの声に、湯に手を入れる。
こんなとこに何故?という疑問は湧くが、元の世界の記憶でも横浜に温泉が皆無だったわけではない。
日本の場合、大体どこでも深く掘れば温泉が出るとも言うし、ここのハイヴだって現実最下層は1,200m掘られているわけだ。
傍系記憶では美琴が探検して見つけたことになっていたように思うが、今回も美琴と彩峰、か。
B17は、層で言っても17層―――地下600m程度に相当するはず・・・。
何らかの水脈が熱せられても不思議じゃない・・・のか?
僅かに熱めの温度がオレには丁度イイ―――。

僅かな水音がするのは、右手の壁面の一部から、チョロチョロと湯がしみ出し流れているから。
左手には溢れた湯が流れていく僅かな裂け目がある。

―――正に天然掛け流し、地下温泉洞窟風呂・・・ッッ!!


「彩峰、コレッ―――!!」


振り向けば、彩峰は既に臨戦態勢。
全裸にタオル一枚で前を隠し、もじもじしながら立っていた。
オレが温泉に気を取られているうちにさっさと脱いだらしい。
あのリュックはこう言うこと、手桶とタオル・ボディソープ類が傍らに置いてある。

何より極めつけは、彩峰の背後で勝手にインフレーションしているピンク色のエアマット・・・。
超小型ポンプが付いているのか、既に2m四方に展開しつつ在る。
確かに下はゴツゴツした岩肌で素足でも痛そうなのは判るが、それにしては太いエアチューブ、―――洗い場としてはクッション性が良過ぎやしませんか・・・?


「オマッ・・・えっと―――そう、な、なにそれ?」


どうにか理性を保ち、背後の存在を質す。


「これ?、大佐に貰った・・・。
―――使い方は白銀に訊けって言われた。
・・・察するにレスリング[●●●●●]の練習用?」


そんなん、知るかァァァァ・・・と思いつつもゴキュン、と唾を飲み込む。
正直言えば実経験はないが・・・元の世界のアングラメディアによる多少の知識は・・・確かにある。

何よりも手を伸ばせば届くところにある肢体・・・仄蒼いフラットな照明に浮かび上がる彩峰の白い肌は、陰影がなく、幻想的なまでに艶かしくて・・・。
腕で抑えていながらタオルを仮借なく押し上げるボリュームの理性破壊力が半端ない。

慧・・・恐ろしい娘。

直撃されたリビドーが叫ぶ!
・・・正に超進化[メジャーバージョンアップ]した温泉作戦やぁぁぁっっ!!


「・・・白銀、入ろ?」


―――トドメの一撃。
潤んだ瞳で上目遣いに誘われて、オレは呆気無く理性を放棄した。


Sideout




Side シルヴィオ・オルランディ(欧州連合情報軍本部第六局・特殊任務部隊“ゴーストハウンド”中尉)

B19フロア 夕呼執務室 20:00


ノックの返答に、室内に入る。
―――相変わらず本やら書類やらあちこちに散乱した乱雑な執務室だ。
前回ダミーに使われた1階層上のコピー部屋ではない。

デスクの向こうで、モニターに向かっていた大きなワークチェアがくるりと回る。
端正な口元に、あるかなしかのアルカイック・スマイルを浮かべたこの部屋の、否、この横浜の主がそこに居た。


「―――欧州連合情報軍、シルヴィオ・オルランディ、・・・要請により参上した。」


息を呑む―――。
彼女の流儀に従い敬礼はしない・・・いや、出来なかった。
それでも気を飲まれたのは数瞬―――、その相変わらず凶悪な存在感を撒き散らすバスト[魔性]のせいでは決してない。
ないったらない―――。


寧ろ前回もその怜悧な美貌に見惚れたが、今思えば判る、判ってしまった。

あの時、この目の前の魔女がどれだけの焦燥にその身をやつして居たのか―――。
行き詰っていると言いつつ余裕も見せていたあの大掛かりな謀略戦さえが、実はギリギリの、正しく計画存亡を賭けた窮余の一策ではなかったのか―――、そう理解してしまった。


それほどまでに、今の[●●]香月夕呼[ドクター]は満たされていた。

勿論、未だ翳りが無いわけではない。
だがそれさえ憂い[アンニュイ]なアクセントとして、雰囲気を更に引き立たせている。
前回垣間見たその飽く無き闘争心は寧ろ更に研ぎ澄まされ、現状に甘んじること無く、その目的を見据えた瞳と、何者にも犯せない気高さ、そして強靭な意志をその身に纏わせる、凄艶の魔女―――。


そして、その事は取りも直さずここ一ヶ月、この横浜の情報として入って来たとても信じられない様な数々の話が、“真実”であることを告げているのだ。



久しぶり[Long time no see]、でいいのかしら?―――早かったわね。」

「・・・もう2ヶ月なのか、まだ2ヶ月なのか知らんが、俺は今、猛烈に嫉妬している―――。
―――貴女にそんな顔をさせられる男が存在したんだな。」

「あら、バレた?」

「・・・ああ。
2ヶ月前の余裕の笑みが、実は無限の懊悩と煉獄の焦燥、その裏返しだったってことに、今更気付かされた。」

「ふ・・・ン、今気付けただけでもイイ線よ・・・。
あの時気付いてたらちょ~っとは、靡いたかもねェ~。」


ケラケラ笑う魔女に、唇の端を引き攣らせるしかない。
あの魔性に挟まれてみたい気もするが、どう考えても気苦労の方が多いだろう。
大和撫子は惚れた相手に尽くすとも聞くのに、目の前の相手にはまるでその光景が想像できない。


「・・・何よゥ、あんた失礼なこと考えてない?」

「いや・・・。
先だってレンツォに会ってきた。
アレほどまでに再生可能だとは思わなかった。
感謝する―――改めて礼を言う。」


眇める流し目に背筋を削られながら強引に話を変える。
机の端でピョコンと金色の何かが動いたが、取り敢えずは気にしない。


「そう、喜んで貰えて何より・・・礼は一応、受け取っとくわ。
ま、抑圧されていた古い記憶は戻ったんだけど、サイブリッドにされた以降の記憶は、前も言ったとおりABSで物理的に欠落させられていたらしく回収は無理だったわ。
組織の行った悪事の証拠に出来ないのは残念だけど、本人的には無い方が良さそうな内容だろうから、これ以上の再生は挑戦しないけど?」

「構わない・・・心遣い、感謝する。
しかし、サイブリッド・・・しかも完全体だったのに、態々全て“擬似生体”にしたんだな。」


気にしなくても視界には入る。
金色の、見事なプラチナブロンド・・・頭か。
小さな少女?
あの薄い紫に近い髪色と触覚・・・もといウサミミ・・・が無いから社少尉ではない。


「予測通り一部にβブリッドが使われていたせいね。
アレ、確かに性能は高いんだけど―――ダメね。
倫理的にも技術的にも色々問題あるデバイスだけど、基本的にβ細胞は、エネルギーの生成プロセスがミトコンドリアを使う地球型動物細胞と致命的に異なる―――と言うことよ。
内呼吸をしないβ細胞を、地球型動物細胞に組み合わせる事自体ナンセンス。
無理矢理組み込んでも、抑々必要とされるエネルギー量が異なるから、β細胞を十全に使うことは出来ない・・・寧ろエネルギーの無駄遣い、ね。
そんなことしてたら、周囲の細胞のほうが疲弊するわ。
彼の場合も結果としてβ-サイブリッドのまま、記憶を回復させることも出来たけど、その場合余命は2,3年だったでしょうね。」

「な・・・!?
いや、横浜は、そこまで―――!!、BETA鹵獲技術かッッ!!」


今まで集めたβブリッドの研究成果にも、今香月博士があっさり口にした内容は無い。
β細胞のエネルギー発生プロセスすら解明されていないのだ。
余りの呆気無さに絶句して・・・そして思い当たった。


「そうよ。
全身の再生は、横浜[ココ]だからこそ可能―――、ラッキーだったわね。」

「やはり横浜は・・・アレ[●●]が完成していると言うのか?
イヤ―――XG-70を接収した以上、最早確定―――!?」

「―――いちいち面倒な性格のボーヤだな。
こんなのが使い物になるのか?」

「は―――?」


唐突に聞こえた天使のような美声は、乱暴で辛辣な科白を突きつけてきた。

見れば、香月博士の横に、仁王立ちで腕組みするゴシック調の黒いドレスを纏う美童女―――。
未就学の幼女程では無いが、身長は130・・・140弱、中学生ほど背もなく、恐らくはティーンにも達していない学童だろう。
にも拘わらずとにかく目を引くのはその見事なまでのプロポーション―――脚が長い―――コルセット風ビスチェの腰位置が極めて高い理想的なスタイル。
そして透き通る様なプラチナブロンドをストレートに落とし、きっちり切り揃えた前髪の下には卵型の小さな頭。
この年にして既に最高級のカメオさえ霞むほどの“美貌”。
ボルダーネックのノースリーブレースブラウスに、二の腕まであるロンググローブ、シンプルだが僅かにパニエが覗くフレアスカートはかなり短く、そこから伸びる長い脚はベルトをアクセントとした腿まである編み上げブーツ・・・。
昔雑誌で見た、まだBETAに奪われる前の欧州ファッション・・・確かヴィヴィアン・イーストウッド女史を彷彿とさせる装い。
確かに童女なのに、その強烈なイメージに全く引けを取っていない。
・・・その一種背徳的な服装とも相まって、このまま齢を重ねれば、一体どれだけの男を惑わすのか知れない、魅入られそうな妖しい霊光を纏う。

何よりも、幼なさを一切否定するような理知的な瞳は、深く透した氷蒼[アイス・ブルー]―――。


「―――これは失礼を、お嬢さん。
はじめまして、ですね・・・。
俺ははシルヴィオ・オルランディ・・・・・・何だとッッ!?」


美童女が見るも鮮やかに、そして獰猛に微笑んだ。


「・・・ほう、気付いたか。
X-rayスキャンは装備されていないと聞いているが・・・。
夕呼が目をかけるだけ在って、抜け目は無いと言うことか。」

「・・・サイブリッド?―――いや、まさか!?、あのシリンダーの・・・?」

「―――フフン、その目に報い特別に名乗ってやろう。
我はアナスタシア・E・K・マクダネル―――。
―――所謂“00ユニット”という存在だ。」

「!!!―――」


優雅に微笑む香月博士の隣、その最高級ビスクドールにも勝る造形に覚えた違和感・・・。
自分自身の3本の手足や、嘗てのレンツォを見ているオレだからこそ気付けた齟齬。

・・・そういうコトか―――。


第4計画の目標が00ユニットに在ることは知っているが、00ユニットがどのような存在であるのか、その詳細は俺のレベルには伝えられていない。
恐らくは第4計画でもトップクラスの機密事項。
しかしそれが凡人には到底理解出来ない、相対論以上に難解なあの理論に基づくものであり、BEAT諜報を目的とした第4計画の切り札であることは類推できた。
そして“彼女”の存在からも、それが横浜ハイヴからの唯一の生還者であり、凄惨なBETA犠牲者であった“彼女”とサイブリッドを繋ぐものである事は疑う余地もない。

その結果が、ここ横浜ハイヴで得られたBETA鹵獲技術・・・。
それらを元に、今やXG-70をも接収し、BETA反攻一大作戦を立案していると言う事実―――。


全てを確信させるに足る“存在”―――。




溜息を付く。
此処まで優位に展開しておきながら、何故・・・?


香月博士[ドクター]・・・ならば訊こう。」

「・・・何かしら?」

「―――貴女の勝ちだ。

第5計画は既に失墜、G弾が天変地異を引き起こす欠陥兵器だってことは、脳天気な米国民以外全世界が認知した。
世界のステークホルダーは、そのバビロン計画とセットに成ったリスクの高い移民計画を見限り、BETA鹵獲技術をチラつかせる第4計画支持にシフトしている。
そして、BETAに対抗する術を得た貴女は、今正に反攻に打って出る準備を着々と進めている。
新潟・・・ユーコンでのデモンストレーション・・・そして“彼女”、全てがそれを示している。

・・・もう一度言おう、貴女の勝ちだ。」

「・・・勝負は下駄を履くまで解らないものよ。」

「そう・・・。
それでも、貴女の勝ちは揺るがない―――今の儘なら。

―――それなのに何故、ココに来て危険な賭けをする?

今度は何の冗談だ?

横浜基地内でトライアル?
しかも艦隊ごと米軍を招いて?

あんな国なんか、放っておけばいいだろう?

そして米国の戦術機を懐に入れるどころか、果てはこの世界一安全な“無菌室[クリーン・ルーム]”を出て国連本部[●●●●]で緊急動議、だと?

護衛する身にもなってくれッッ!!!

まるで狙ってくれと言わんば・か・・・り―――。」


そこで、香月博士とアナスタシアの黒い笑みに気がついた。
前回の重要事項プレゼンの時は、全てが仕組まれていた・・・あのレンツォの襲撃さえも―――。

ならば、今回もそれ[●●]が狙い、か!!


「―――気がついたみたいね。

アンタの言うとおり、BETAに対する準備は進んでいるわ。
クソッタレな現状を打ち破る目処も立った。
余程のことが無い限り、負ける要素は無いわ。

第4計画の対抗勢力も、まあ、一応は封じた。」

「・・・・・・。」

「―――でもそっちは完全じゃない・・・。
今もBETAに滅ぼされることを目的とする“敵”が残ってる。」

「!!・・・恭順派かッ!」

「アンタもあれ以来、頑張っているみたいだから、欧州や国連内の状況も、イヤってほど知っているでしょう?
宗教が絡むから結構がっちり食い込んでいる訳。
信仰には結構チャランポランな日本人と違い、キリスト教が生活の一部とも成っていた欧米ではその影響力は侮れない。
敬虔なクリスチャンであるアンタには痛いほど判るわよね?
そして、・・・それは、米国も同じよ。

人類の敵はBETAだけど、結局人間の敵は何時まで経っても同じ人間。
予定外の、信じられないような余程のことを起こすのは、いつも人間だわ。
後ろから撃たれる危険性を排除出来なきゃ、足元を掬われることだってある。」

「・・・。」


・・・否定できない。
10月の後半以降、更に強度が上がったと言われる横浜の無菌室[クリーン・ルーム]
その中で“00ユニット”の完成によって醸された“BETA鹵獲技術”と言う、信じられない程の“成果”。

一つの結果が、死者0で成し遂げた新潟防衛戦であり、日本帝国・政威大将軍の復権であることは想像に難くない。
そしてその際に吹いた粛清の神風は、日本政府は愚か、帝国軍内部に蔓延っていた米国傀儡をも尽く吹き飛ばしたという。

第4計画の母体である日本帝国の杞憂は排除した。
それでも、米国そのものの裏には今も恭順派がいる事実、欧州や国連の現状とも何ら変わりはない。


「―――残念だけど、米国そのものは強大よ。
今、この世界が滅びていないのは米国が健全だから、と言うコトは揺るぎない事実。
実質世界を支える相手に、“勝てないことはないが、めんど臭い”と言ったヤツがいるけど、全く以て同意だわ。
今の状況で米国全体を敵にまわすのは、時間的にもコスト的にもどう見たって得策じゃない。

―――けどね、その陰に隠れて死にたがりにコソコソされるのは御免なのよ。」

「・・・だから此処迄追い詰めた上で、撒き餌を撒いた・・・と?」

「そうよ。
ここまで見え見えの“誘い”、罠と見て忌避するか、でも第5計画派・・・特に狂信派にもう後はないから罠を食い破る気で誘いに乗るしかない。
国連内にも既にG弾不要論が浮上しているみたいだし、米国の第5計画派そのものも内部分裂が始まっているしね。
そりゃあ、G弾で世界を獲れる、と信じていたから参画していたのに、使えば嘗て一度足りとも侵略されたことのない国土さえ失うと在っては、普通の感覚を持っている人なら使えないわ。」

「―――狙いは、狂信派、ということか。」

「先鋭派・狂信派・恭順派・・・呼び方なんて何でもいい。
未だにG弾を使いたがっている一派がいるのは確かね。
恐らく、彼らはそれが引き起こす災厄を理解していないわけではないわ。
確信犯―――それは、難民救済と言いつつ、死こそが救いと嘯いて大量虐殺を目論む恭順派と繋がっている。

現世の地獄を忌避し自殺が許されないから救いだと言ってBETAに殺してもらう。
本人が望むなら構わないけど、それを他人まで強要するのは神の救いなんかじゃない。

キリスト教恭順という耳触りの良い言葉に隠れた人類自決強要者―――それを世界に晒すのよ。」

「・・・人類を滅ぼそうとする人間、謂わば『人類に敵対的な地球[]起源生命』、Beings of the Intra Terrestrial origin which is Adversary of human race――“BITA”の存在を暴き、世界に示す・・・と?」

「!!・・・・・・」

「ほう―――。
面白い・・・確かにポテンシャルは在るようだな。」

「?」

「・・・自分でその発想にたどり着くなんて・・・アンタ、やっぱりイイわ―――。
今からでも手駒に成んない?、代わりに宗像あげるからさァ。」

「ブッッ、美冴は関係ないだろッ!!・・・ん?、“BITA”と言うのは既存の概念なのか?」

「―――そのBITAが実際に居るとすれば?」

「な!?・・・概念的な意味ではなく?」

「“傀儡級”BITA―――私達はそう呼んでる。
“星系統括級”BETAの有すると考えられる強烈なプロジェクションで、正しく“BETA”が神の使徒かのように精神に焼き付けられ、BETAの尖兵と化した人間の事よ。」

「!!??―――そんな人間が現実に存在する・・・と!?」

「確認例は、まだ1例よ。
日本帝国五摂家である九條家の前当主、九條兼実―――。
知ってると思うけど飽くまでリーディングの結果なので、超能力が公式に認められていない以上、公には出来ないわね。
恐らくは、ルナベースでBETAと戦っていた間に、人類情報と引換に植えつけられた、と推測している。」

「!!!―――。」

「尤もBITAそのものの存在証明をしたいわけじゃないし、その必要性もないわね。
要は、人類自決を目論むキリスト教恭順派の名を騙る狂信者集団[癌細胞]が存在する、と言う事を明示したいのよ。

なにせ“見えない敵[ステルス]”が最も厄介なのよね―――。」


―――確かに、言われてみればキリスト教恭順派の思想は過激すぎる。
神は自ら助く者を助くのであって、安易に諦めろとは一言も言っていない。
現世を人類の罪に対する地獄とし、BETAを神の使徒と崇め、それに恭順するのは個人の判断と自由だが、それを他人にまで強要するのは単なる殺人行為だ。
だが・・・。
傀儡級BITAの存在を是認すれば、その構図も頷ける。

勿論、前提としてBETA乃至、その“星系統括級”とやらがそれだけの知性を有している、と言う事になるが、“00ユニット”、それが齎すBETA情報は、それを裏付けるに足るものなのだろう。


思っても居なかった人類内部の敵・・・!
確かに完全に見えていなかった想定ッッ!!

だが、それがBETAに利する“人間”で在る以上、第4計画によってBETA攻略の可能性が高まれば高まるほど、致命的な妨害を仕掛けてくる可能性が高い、ということか!!


「今此処で打って出ることが・・・必要な措置、なのだな?」

「―――全世界を巻き込む程の反攻のチャンスは1度切り―――今の人類に同じ規模のやり直しをするだけの余力は無く、その乾坤一擲[●●●●]に勝利してこそ次の未来が拓ける―――。
―――だからこそ、今、万全を期すのよ。」

「―――解った・・・。

只今を以てシルヴィオ・オルランディ、―――着任する。
―――好きに使ってくれ。」


Sideout




Side 夕呼


「なかなか弄り甲斐の在るヤツだな。」


シルヴィオが退室すると、傍らのゴスロリが薄い胸を反らせて偉そうに言い放つ。
ヤケに様になっているし、ま、いいんだけどね・・・。


「・・・そうね。
前回此処での芝居に噛ませたけど、色々吹っ切れたみたいだわ。」

「ククク、そう言いつつ[]を見せたのは、ヤツやその背後にミスリードさせる為だけではないのだろう?
・・・さしずめ、サイブリッドに対する護衛・・・。」

「当然―――。
プロミネンスを懐柔して欧州連合とは共闘体勢に成ったけど、恭順派が幅を訊かせている事実は変わらない。
所属が異なる以上、齟齬は存在するし、人は同じ間違いを犯すこともある。
―――なにより本人が自覚していなくても操る術もあるわ。

このフロアで銃器は登録した指紋と一致しなければ撃発しないけど、膂力は別。
アイツの抱擁は、容易くアタシの脊髄を砕く・・・。
でも、強力な“ハッキング”能力を有するアンタなら、サイブリッドや強化装備・機械化歩兵のシステム・セキュリティごとき紙よね。
こーゆーこともあろーかと・・・ってヤツよ。」


彼方は想定外だったアノ子達の環境整備で不在だし、森羅込みの社や鑑は、勘の鋭いヤツには見せたくない。
この尊大な物言いをする“00ユニット”は過保護な彼方が、アタシやあの子達を護る為に創り上げた存在―――起動したのは一昨日だ。
但しあの彼方をして、2度と作らないでござる、と泣き言を吐かせた程手間がかかったらしい。
24時間耐久拡大鏡下脳外科手術に匹敵したとかしないとか・・・。


「ククク・・・バッフワイトの感知距離が短い為、戦術機無双は無理だがな。
慎重な指揮官で重畳、流石彼方が惚れた女と言うことだ。」


―――くっ!
そんなアタリマエのこと、言ってんじゃないわよ。


「それで・・・?、アナスタシア―――今日一日自己分析してたんでしょ?
・・・アンタ一体、何者なの?」

「さぁな―――。

有り体に言えば、必要のなくなった純夏用義体を流用したガイノイドに過ぎん。
知識・思考は彼方から、問われて齟齬が無い様BETAに囚われた記憶だけ純夏から受け継ぎ、人格の元となったAIは彼方が洒落で組んでいた前の世界のアニメキャラベース・・・。
それ以上の情報は無かったぞ?」

「アニメキャラって概念がイマイチ不明だけど・・・ここまでの“自我”がAIで再現できるか、甚だ疑問なのよ?」

「・・・記憶のプロジェクションはコンプレスしてあったから、そこに純夏が虚数空間に漂っていた何らかの“存在”を混ぜてしまった可能性は在るが、・・・前世の記憶はないな。」

「・・・。」

「フフフフ・・・ハハハハッ!
何者、・・・か。
そもそもその問いに明確に答えられる“人間”が居るのか?」

「・・・所詮人間でさえ、真の自分のコトなんか判らない・・・と?」

「そうさ。
私はアナスタシアの名を貰った、“00ユニット”―――β-サイブリッドの身体と、量子電導脳を有するAIに過ぎん。
尤も・・・私に取っては、AIだろうが人間だろうがどうでもいい些末。
cogito ergo sum―――、故に私は、私だ。」


・・・・・・確かにその思考は彼方っぽいわね・・・。


「名がアナスタシア[再生・復活]とは、またよくも付けてくれたモノだがな。
なに、心配は要らん―――純夏の為に数ヶ年掛けて積み上げてきたβ-サイブリッドの義体を使い、4個目[最終試作]の量子電導脳を使用してまで私を作った目的も十分理解しているし、また放棄もしない。
・・・何しろ私は本質的な意味での“00ユニット”でありながら、XG-70のML機関は制御出来ないからな。
せいぜい、“デコイ”として立ちまわることとしよう。」


・・・それだけじゃ済まないから困るんだけど、ね。
―――全く、ほんと予想の斜め上を行くんだから・・・。


Sideout




[35536] §97 2001.11.25(Sun) 02:00(GMT-?) 某国某所
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/12/26 14:33
'15,09,25 upload   ※直接的なグロ表現では在りませんが、想像するとエグイ部分があります。苦手な方はスルーして下さい。
'15,12,26 誤字修正


Side XXX


「・・・やはり“外”からの殲滅は無理か―――。」

「―――申し訳ありませんが、仰せの通りかと。
現在“巣穴”には極めて強力な電子欺瞞が存在していると推定されます。
各サイバーチームが全力で解析を行って居りますが、今以て全容さえ掴めていないのが現状。
この電子欺瞞が突破できない限り、例えICBMやIRBMであっても先のHSSTと同じ、“佐渡”に誘導され光線級に蒸発させられるものと思われます。」

「・・・高高度は佐渡からの光線級により撃破され、低空では帝都の防空網に排除される為、爆撃は不可能。
核ミサイルは距離と精度の必要上、全てが電子化された誘導型・・・、高度な技術故に電子防衛されると全く手が出ないとは・・・皮肉なものだ。
しかし、大陸間弾道弾はまだしも、艦艇発射の中距離弾までクラッキングするとなると、いよいよ“アレ”の存在する可能性が否めなくなる・・・と?」

「―――それが“牝狐”の、斯様に大胆な行動の根拠にもなりましょう。」

「・・・本来なら“神”の御子たる“器”が堕天[●●]したか・・・。
ともすればその“器”が聖杯[●●]であった可能性もある・・・な。
何れにしろ・・・到底看過は出きん―――。」

「御意―――!」


指導者[マスター]”の指摘に拳をきつく握る。
“堕天使”―――即ち魔王[ルシファー]の誕生。
明星作戦[Op.ルシファー]爆心地[グランド・ゼロ]で堕天とは何とも皮肉な巡りあわせ。
しかしそれは[]の使徒としてこの地・地球からの人類の駆逐という“吾等”の目的を阻む最大の障害と成り得る存在。
それでなくても此処1ヶ月の間に、急激にその脅威度を上げてきた第4計画の地“横浜”。
今の“横浜”は、放置するには余りに危険過ぎた。



ほんの2ヶ月前、その横浜で密かに開催された国連上層部への重要事項プレゼンに合わせ、謀略を仕掛けた。
件の重要事項がただのブラフであり、それが遅々として進まない状況の裏返しだということは把握していたが、折角殲滅の機会を提供して呉れたのだからと誘いに乗った。
牝狐が掲げた量子電導脳の開発は暗礁に乗り上げ、国連内部でも年内打ち切り判断と言うのが当時の評価であり、その脅威度は[最低]に近いDに過ぎなかったが、進展の更なる妨害を仕掛ける意味で、奪われた“器”の破壊を目論んだのだ。
無論麾下の「難民解放戦線[RLF]」として主導的な立場ではなく、キリスト教恭順派の漠然とした第4計画反対派に僅かに協力しただけだが。
“パペット”の高度機密区画潜入を図る都合上、欧州から敢えて“フェニーチェ”を派遣し道筋を作る必要があり、その為には時間を掛け潜入させた停滞工作員を捨て駒にするコトになったが・・・。
それでも、“器”の破壊には成功と聞き及ぶ。
無菌地帯である基地内はブラックボックスと化していて状況把握も一苦労だが、その当時官邸や城代には連絡員が存在した為、計画の実質的スポンサーである首相への秘匿回線を拾った結果であった。
非人道的な予備の“器”候補は在るらしいので、それで第4計画が潰えるわけではなかったが、量子電導脳の開発難航に加え、“器”の喪失が更なる遅延を招き、結果として打ち切り確定まで追い込んだのは確実と思われた。




元々、“吾等”の裾野は反国連の立場で様々なテロ活動に関わる「難民解放戦線[RLF]」であり、その裏には常にキリスト教恭順派と呼ばれる母体がある。
多方面からの資金的なスポンサーであり、欧州連合や第2時世界大戦以降徐々に宗教弾圧を緩めた東欧諸国の指導者層にもパイプを有する反米・反ソ・反国連の宗教団体である。
だが、裏の最上層部である“吾等”は、対抗している国連計画の一つである「第5計画」及びそれと密接に繋がる「中央情報局[CIA]」上層部とも極秘裡に繋がっていた。
元々、このキリスト教恭順派は明確な実体のない宗教集団で、終末思想に取り付かれた民衆が“指導者[マスター]”のカリスマ性に惹かれ集まってきた烏合の衆に過ぎない。
中身は真摯に救いを求める敬虔な信者から、興味本位で参加しているミーハーまで多種多様であり、“指導者[マスター]”の教義を各自解釈し、各自勝手に動いている状態だった。
それ故、時には恭順派が神の使徒と見做すBETAに対する脅威として、反G弾に走るのも致し方ない。
暗に粛清も進言したが、懐深き“指導者[マスター]”の言葉を借りれば、それすら“神”の意志だとか。
表向き対立する双方を巧く制御し、真の目的の障害を両面から排除しつつ、最終的に“第5計画”に導く―――それが“神”の望みであり、“吾等”の目標である。
“神”に比して塵芥に等しい人類には、“神”の御業であるG元素など過ぎたる力であり、その使用によって神の下僕[ BETA]が一時的に減少したとしても、それ以上の“災厄”が人類を平穏に導くと認識させられていた。
―――そう“吾等”とは、“指導者[マスター]”から直接の “イニシエーション”を受けた選ばれし者だけを指し、“指導者[マスター]”自身が“同志”と呼ぶ協力者を含めても十数名しか居らず、その存在を特定される固有の自称すら持たない集団。
指導者[マスター]”の存在はキリスト教恭順派の最上位と見られているが、当然“吾等”は、キリスト教恭順派ですらない。
私自身元々イスラム教徒であったが、“イニシエーション”に依り知ったのだ。
宗教に於ける概念の“神”などではなく、BETAを遣わした“創造主”こそが人類をも創生した真の“神”であることを・・・。

その神の目的に至る活動として、「難民解放戦線[RLF]」のミッションは、横浜襲撃と時期を前後して起こしたユーコン基地での大規模テロであった。
一部試験部隊の反撃によりこちら側も“少佐[クリストファー]”や、ヴァレンタイン、ジゼルと言ったそこそこ有能な手駒は消えたが、米ソの間に楔を打ち込み、尚且つ国連計画であるプロミネンスに大打撃を与え、脅威度を大幅に減じたのは大きな成果と言って良い。
横浜に遠ざけていた筈の“フェニーチェ”が想定外に参入してきたことも在り、完全なピリオドを打つことは叶わなかったが、プロミネンス計画が死に体に陥ったのは確実、帰還の機内では勝利の美酒も味わった。
当時の計画では、まだ無駄な足掻きを続ける“横浜”に爆薬入のHSSTをプレゼントして息の根を止め、我々は次の予定地欧州[古巣]に戻り平定の準備に入る予定であった。




だが、そこまで予定通り進行していたプロセスに、何時の間にか破綻が生じていた。
その兆し[特異点]が何時であったのか、未だ定かではない。

気がつけば、XM3というOSがエマージング・ウイルスの如き猖獗を極めていた。
その感染力は凄まじく、瞬く間に日本帝国帝都城を席巻し、すぐさま帝国軍にも蔓延していた。
そればかりか、“同志”の余計な画策により海外にまで飛び火したXM3は、ユーコンにてF-22EMDをも完封し、即座にプロミネンスにまで感染した。
それにより、死に体だったプロミネンスはゾンビの如く復活を遂げてしまった。

指導者[マスター]”によれば、“同志”と云えども“格”が存在しており、“格”の低いものは全体が見えていないのだという。
目先の利益優先で第4計画関係者抹殺に無理を通したため、逆に大きなものを喪う結果と成った悪い例でもあった。

だが、このOSはマズイ。
これがハードを伴う兵器なら対処・規制のしようもある。
開発に時間がかかるし、配備にも費用がかかる。
原料や物理的輸送路を押さえれば、拡散は防げる。

しかし相手がソフトウェアの場合は実質インストーラさえ手に入れば、通信だけでも拡散していく。
しかもXM3の場合、その性能向上幅が尋常ではない。
実質一世代分機動性が上がるOSを導入しない衛士は居ない。
これでライセンス料設定すら格安となれば、全世界にアウトブレイクし、全てのOSが書き換わるのは時間の問題と言えた。

此の様な状況は予測すらされておらず、“吾等”の対処想定にも含まれていなかった。


だが派手なパフォーマンスを魅せたその裏で、震撼すべき事態が進行していた。

XM3と同時に世界に対して音もなく漏出された禁断の猛毒・・・原理を踏まえた“情報”は、深く静かに浸透し、“吾等”の気付かぬ間に世界を汚染していた。
人類自決兵器・・・G弾の乱用が地球環境に何を齎すのか、明確に解明してみせたのだ。
・・・図らずも私自身、“神の災厄”の内容をそのレポートで知る。

ド派手なXM3デモンストレーションに気を取られ、“吾等”が気がついたときには、地味な猛毒の汚染は既に致死量を超えていた。
当然“吾等”を除くキリスト教恭順派は、反G弾論者が多数を占める。
御使と認識するBETAを殲滅し、そして“自決”に至るG弾は、自殺を忌避するキリスト教では到底受け入れられない。
御使に導かれるのは天国だが、自殺の行き先は地獄であるとの認識が強い。
それが中立派までも反G弾に傾かせてしまった。
それは計画を推進する第5計画内部でも同じ、“同志”を除く推進派はG弾こそがBETAを駆逐すると信じていたからこその推進派で、結果国土を沈めることなど容認できるわけがなかった。

たった一編のレポートが、あの強大だった第5計画を瓦解に追い込んだ。
目標に至る勢いは一気に失速し、既に瀕死の状態、第5計画内部は闘争の真っ最中―――。



何れにしろ“吾等”は目標に至る道筋を大幅に変更する必要に迫られることになった。
それもコレも、全て発信源は、“横浜”第4計画―――。


そんな中、“横浜”第4計画の実行部隊は、インペリアル・ガードや帝国軍をも巻き込んで、暢気に新潟に遠征―――と思いきや、今度はその地で27,000という BETA[下僕]の侵攻を妨いでみせた。
影響はそれだけに留まらず、権限干犯により実権を持たないはずの“将軍”が復権し、その勢いのまま電撃的に軍部国政の大粛清を断行した。
帝国内部に幾重にも構築されていた各諜報組織の情報網はあらゆる所で千々に分断され、殆ど根こそぎ刈り取られた。
何よりも、“指導者[マスター]”が“同志”と呼ぶ一人、九條兼実が失墜したのだ。
“格”が低いとは言え、帝国内には相当の権力を有していただけに、今後の日帝に対する影響力激減は免れない。



日増しに悪化する状況に危惧すら覚えつつ、全ての汚染源である横浜の浄化を目標に決行されたHSST突入は、しかしあっさりルートを誤って佐渡からの照射で爆散―――。

コト此処に至り、漸く“吾等”も認識する。

この事態は、“情報”と言う今迄とは全く異なる概念の“武器”を駆使した“情報戦”であったのだと。
しかも効果証明と根本原理を有する情報の信頼性は高く、脆弱性が微塵もない理論に一切の反証が封殺されてしまう。
言いがかりレベルの反論は、寧ろ自軍の論理性の欠如を露呈するだけの悪手となった。


こうした情報戦の一方でBETAを殲滅し得る具体的な“兵器”をも新潟で示した“横浜”の脅威度は、今や最高レベルのAを突破したSであった。




「フムン・・・。
たしかに“魔王”の存在を肯定すれば、今の事態も全て説明可能―――。
つまりは成功したと聞いた“器”の破壊も、牝狐の“欺瞞”であったと言うことか、或いは新たな“器”を創る禁忌を犯したか・・・。」

「御意。
・・・今となっては唯一の機会であったあの折、木偶の坊[パペット]には“器”の破壊など指示せずに、首魁である“牝狐”を真っ先に排除すべきでした・・・。」

「フッ・・・仕方なかろう、それは未来を知るものだけが言える言葉だ。
何事にも段取りと言うのはある。
事実当時の状況はそこまで差し迫ったものではなかった。
拙速が過ぎれば逆に大願に達しない事もある。
それはしかし横浜の牝狐もまた同じ、故に緊急安保理出席などという賭けに出たとも言える。
だが―――これ以上は・・・。

それで?・・・オマエなら、殲滅可能か?」

「―――見え透いた罠、明らかに誘いでしょうな。」

「・・・無理、だとでも?」

Ja[いいえ]―――、当然喰い破ってご覧に入れましょう。」


そう、今回の外部にオープンしたトライアル、そして“牝狐”香月夕呼の外遊は、恐らく最大の罠にして基地内部を直接攻撃できる最後のチャンス。
強固な罠を承知で喰い破れば、そこには最大の好機が生まれる!


「・・・最大効率の第5計画が封殺されたとて、BETAの有利は揺るがぬ。
しかし第4計画に、“魔王”が存在する以上、何をしてくるか予想できない。
これ以上“神の御業”が流出することも許されない。
・・・私も他方面の方策を当たるが・・・オマエはどうする?」

「お預かりした“聖遺物”より合成した、新たなABS[指向性蛋白]を使用します。」

「・・・“フェニーチェ”は?」

「既に対策は講じてあります。
伊達に今まで様々なパターンでキャリアーを捕捉させた訳では在りません。
奴の放つ思考波は、より複雑な指示を与えた暗示部分に効果を及ぼしている事が判明しています。
故に、思考・判断を介せず、即時発動する種のABS[指向性蛋白]であれば、奴の思考波で “誤作動”を起こさない事が、確認できています。」

「即時発動・・・“パイロキネシス”系か。
しかしアレの威力は、せいぜい手榴弾並と聞くが?」

「今までの“パイロキネシス”系ABS[指向性蛋白]は、細胞の内呼吸であるAPT結合を強引に過剰進行させるものでした。
60兆の細胞が一気に熱を発生することで、細胞内の水分に依る水蒸気爆発を引き起こします。
けれど、ATPの結合エネルギーそのものは、爆薬に比すればモル当たり1/8程度、重量比では更に下がります。
しかも反応に酸素を必要とするため手榴弾程度の威力が限界だったのです。」

「・・・執事[バトラー]は元々戦闘工兵だったな―――。」


ニヤリと唇端が歪む。
潜入・爆破のスペシャリストとしての腕は曇っていない。


「しかし今回開発されたABS[指向性蛋白]・・・今知られる最も簡単なレトロウイルスの半分程度の分子量を持つのですが・・・は真核生物には存在しなかったベンゼン環合成酵素を生成する遺伝子そのものを付加します。
生成するニトロ化合物の関係で、取り付くのは骨格筋細胞ですが、それが存在する限り自己増殖を続ける最強の自爆ABS[指向性蛋白]・・・。
このABS[指向性蛋白]を摂取すれば2日程で全身の骨格筋細胞に取り付き、そのまま潜伏するでしょう。
動作に暗示は必要なく、特定の音韻を含む起動キーで発動、即座に全ての骨格筋をニトロ基を有する芳香族に強制置換した後、起爆します。
発動後の進行解除は不可能であり、音律は変更可能で、既存の曲の特定部位を設定することも可能です。
今までの“パイロキネシス”系と異なり、爆薬置換に3分程掛かりますが、人体体重の2/3を占める骨格筋が全て[●●]TNTを凌駕する“爆薬”に置換されるコトになる・・・。
唯一残念なのは筋肉内部でのみ増殖するのと、遺伝子を有していた嫌気性細菌の名残か、大気中酸素に触れると崩壊するので、人から人への感染や他の生物を媒介する伝播をしないことですが、それでも100人程に摂取させれば、“巣穴”を内部から完全破壊出来るでしょう。」

「・・・フッ―――良かろう。
但し、“牝狐”と“魔王”は確実に屠れ。」

「御意――――。」

「朗報を待つこととしよう―――。」

「ハッ! 必ずや“牝狐”を仕留め、“巣穴”を壊滅してご覧にいれましょう。」


Sideout





Side 晴子

横浜基地 ブリーフィングルーム  09:00


傾注[アテンション]ッ!」


姿を見せた副司令に伊隅大尉の号令が飛ぶが、それすら何処か照れを含んで聞こえた―――。

日曜、朝9時―――。
ブリーフィングルームに集められたのはA-01部隊の面々だけで、A-00部隊は居ない。
本来なら休養日ではあるが、A-0大隊は来るハイヴ前に向け、既に臨戦態勢と言っても良い。
当然、明日から始まるここ横浜でのXM3トライアル、今日の午後から続々と参加部隊が到着する予定。
それに合わせてA-01部隊の任務指示といった所なのだが、軽い挨拶と共に入って来た香月副司令は私達の姿を見て、以前にも増してニヤニヤ顔。
あー、先が思い遣られる・・・。



元々A-01連隊と呼ばれた時から極秘部隊であり、その詳細は秘匿されていた。
それが再編成されA-0大隊のA-01中隊、ハイヴ攻略の中核タスク・フォースとなる“特殊潜行”部隊と成ったわけだけど―――以前と同様機密度が高く公には何も公表されていない部隊である。
その辺が“概念実証”部隊であり、新装備のデモンストレーションやPR任務を含むA-00部隊と趣が異なり、・・・要するに此度の横浜トライアルでも“裏方”との事だ。

―――A-00は、“概念実証” 部隊、そしてA-01は“特殊潜行”部隊・・・。
明確に役割が区別されているし、その意味が判らない訳ではない。
それでも先週のユーコン遠征等、衛士として華やかな表舞台にある彼女らに羨望や嫉妬が無かったわけでもない。
軍なんて理不尽なんだよと達観した先任はまだしも、特に涼宮(妹)なんかは、明らかに不満顔してたっけね。
本来同期であり半年遅れて後から任官した彼女たちが、易々と追いぬかれて先を征くのは釈然としないのも、まあ理解は出来るかな。

勿論、A-00が特殊な立ち位置に在るコトは誰もが理解もしていた。
その苗字から家柄も知れるし、特に新任である207B訓練小隊メンバー全員は、既にここA-01でも白銀少佐の“嫁達”として知られている。
そもそも白銀はA-01教導の度に宗像中尉や速瀬中尉からからかわれていたのだが、ここ最近は開き直ったように言い訳すらしなくなった。
大っぴらに宣言したわけではないが、その変化は劇的、同じ大隊にいて今は既に普段の訓練が合同だから、感じるものもあるわけで、そこは女同士ある程度は判ってしまう。
彼氏持ちや、片思いが多いA-01では、そこに羨望する者が少ないのは、寧ろ驚いた。
新兵[ルーキー]に有り得ない技量も、“白銀の嫁だし”、というフレーズが定着しつつある。
・・・今のところ私は最後発でまだその枠に入っていないけど・・・。

極めつけ、遠征したユーコンではメンバー全員の“レベル5er[ファイヴァー]”到達が確認された。
当然余りにも急激なレベル上昇にはA-01からも特別待遇が在ったのではないかという疑問の声が上がったが、帰国後開示されたのは、『仮想現実[VR]シミュレータ:“VRS”による模擬戦闘システムの試験運用』という返答だった。
疑問の声と言っても半分ヤッカミに近いので、“Need to Know”で片付ける事も可能だが、同じA-0大隊内に変なしこりを作りたくない白銀少佐と、効果実証は出来たので、A-01にも公開していんじゃね?という御子神大佐の意向だとか。

そしてその事がA-00への隔意を大幅に減らしたのは確かだった。

元207Bのメンバーが実施していたのは、寝る間も惜しみ実時間の二倍速で展開されるヴァーチャル・シミュレーション。
それは人体や精神に与える副作用さえ未知である、一種狂気の訓練システムとも言えた。
コレを彼女たちは、小隊の総意で大佐に依願作成してもらい、そして弛まず修練し続けていたというのだ。
―――ただ強くなり、白銀に少しでも追いつくために・・・。

勿論最終的にステップアップに至ったのは、鑑とのナストロイカ[疑似合一]によるループ記憶の取得だということは、同じ立場の私には判っているし、VRSを実施していなかった私については、今のところ鑑が意図的にレベル4に欺瞞してくれている。
それでも彼女らの努力は鬼気迫るものがある訳で、なにしろ一度そのVRSを体験して、真っ青な顔で戻ってきた速瀬中尉が以降一切の文句を付けなかったシロモノなのだ。
中尉も詳しくは明言しなかったが、どうやらオリジナルハイヴ攻略ルートでBETAに喰われる捕食ENDを実体験したらしく、訓練でPTSDを量産しかねない超危険なシステムと言うのがあの速瀬中尉の評価。
一発でトラウマになりかねない程“リアル”な戦場を、訓練兵の時からかれこれ1ヶ月、人の2倍速で就寝後・起床前に全員がずっと挑戦し続けてきたと言うのだから、もう誰も何も言えない。
望むならどうぞ、という選択肢が与えられてしまったら、文句があるなら遣ればイイ、と言う事。

まあ、“概念実証”とは、悪く言えば“テストケース”、“被験者”、“実験台”・・・なんだよね。
毀れて戦場に立てなくなるくらいならマシ、最悪テスト中の事故で死亡、と言ったリスクが常に付き纏う、ということ。
成功例のデモンストレータと言う華やかな立場の裏側にあるその過酷さを、A-01全員が明確に認識したとも言える。




そのA-00が表向きデモンストレータなのだから、つまりA-01は“裏方”の筈・・・。

それが何故、こんな[●●●]デザインの正装で集められているのか・・・?

A型軍装[AKGコス]―――各国の国連基地で文化や気候に配慮した地域性・独自性を求めて設定される個別軍装の一つとして、2ヶ月程前に副司令が制定したそれは、まるで何処か異世界のアイドルグループを彷彿とさせるコスチュームだった。
実際殆ど世界共通とも言われるC型軍装でもスカート丈は結構短いのだが、華やかさのないタイト系に黒いタイツとの組み合わせは正しく正装らしい堅さしか感じられない。
それに対し、タイトなベストに明るい国連ブルーのチェックを多用したボレロ、同じチェックでフレアミニのボックスプリーツと、ハイソックスやニーソックスを組み合わせることも出来るこのスタイル。
ブラウスにネクタイ、ベストに襟付きのジャケットと、確かに“制服”の要素を踏襲してはいるが、幾分先進的[プログレッシブ]・・・というか寧ろ前衛的[アヴァンギャルド]な?なんちゃって要素を多分に含む。
白銀が妙に固執する“絶対領域”が醸しだすチラ見せ効果も併せ、着る者が恥ずかしくなるくらい艶やかなのだ。
しかも2ヶ月前は選抜メンバーだけに支給され召集されたのに対し、今回はA-01全員・・・13名全てに支給され着用の上集合とされた。

前回私は着ていないが、その時と比べると冬仕様として生地が厚めになり、ボレロが7分袖、脚まわりの選択にニーハイソックスやニーハイブーツが追加されていたが、まあどう考えてもエコじゃなく、副司令の趣味全開。
正直、着る者に相当高いレベルを要求する服装でもある。
だがA-0大隊員は全員が素材レベルが高い上に毎日の訓練で駄肉も無く、極めて高レベルのスタイルを維持しており、それが13人も集まると、何処ぞのアイドル慰問団?と言った雰囲気になる。
本当のモデル経験もあると聞く相原が堂々としている分僅かに頭抜けているが、恥ずかしがる素振りすら様になる、いずれ劣らぬ百花繚乱と言う状況だったりする。

だが、こんな服装で召集したということは、ロクな任務では無いのだろう、微妙に引き攣る先任達の顔がそれを物語っていた。
そう言えば2ヶ月前、新任で唯一選抜メンバーに入った筈の涼宮(妹)の魂が、暫く戻ってこなかった・・・。



「はいはい、堅っ苦しい儀礼は要らないわ、楽にしていいわよ。
判ってるとは思うけど、明日から始まるトライアルについてアンタ達の“任務”を伝えるから。
・・・しっかりヤッて頂戴。」


言葉はそれらしいが、副司令の顔はニヤニヤが加速し、それはそれは愉しそう・・・。
全員の背筋に簾が掛かる・・・“魔女”だ、“魔女”が居るッ!


「―――まずは、こんな馬鹿騒ぎを遣る理由なんだけど、・・・要するにPRよ。」


あっけらかんと言う言葉は、けれどバリバリの違和感が否めない。
秘密主義の塊である副司令の言葉とは到底思えないのだ。


「まァ、極秘極秘と煩く言われたアンタ達にはすっごくなじまないと思うけど、プラチナコードにブルーフラッグ・・・その実戦証明は新潟で知らしめて、先週ユーコンでもぶっちゃけちゃったから、今更よ、今更。
本来国連の予算で開発してるから、建前上は全人類の共有資産・・・勿論権利は認められてるって言うか、そっちが暴走して殆ど公開なんかされてないのが現状なのよね。
だから本質に立ち戻って出すんだけど、・・・当然隠すものは徹底して隠す、その為のデコイと思ってくれてもいいわ。」


成程―――。


「XM3については、言ったとおり既に公開もし、限定的でも供与を始めた・・・ならばその圧倒的な優位性を示すのよ―――米国に、ねッ!」


―――そう、今回のトライアルは、正しくその一点、米国に対する優位性のPRに尽きる。
G弾=人類自決兵器という等式が成立した今、米国の、特に親日派が第4計画に急接近を始めているとも言う。
最近姿が見えないのは、副司令の公式な会談要請が一気に増えたらしい。
御子神大佐がぶっ壊したATSFドクトリン、香月レポートによるその根幹だったG弾ドクトリンの崩壊は米国内の急進派を沈め、良識派を台頭させつつ在る、と言う訳だ。
そこにXM3トライアルを踏まえての副司令の安保理緊急動議・・・当然A-01が年内2つと予言されていたハイヴの攻略戦に間違いない。

BETAによるユーラシア侵攻でタナボタ式に世界の覇権をほぼ手中にしていながら、G弾を用いた横浜以外、結局ハイヴには手も出せず、その潜行装備すら準備のない米国にとっても、それを実行しうる第4計画の動向は以降の世界趨勢を決め兼ねないものとして注目しているのである。

今後のハイヴ殲滅戦に戦術機が必須である以上、不可欠であるXM3―――。
その優位性を魅せつけて高く売る―――ウン、そう考えれば副司令の行動原理として全く違和感がないかな。



「―――それは理解しました。
でも、それとこの服装に何の因果関係が在るんですか?」


宗像中尉が突っ込む。
詳細は明かしてくれないが、前回の最大の被害者にして功労者?とも聞いた。
色々吹っ切ったとかで、ムフフな話は聞いていないが、風間少尉は宣言されてしまいましたわとぼやいてた。

―――曰く。
Yesバイ、No百合―――ってマジ?
両刀王に、オレはなる―――ってウソん!?
ハンサム・ウーマンだからそれもあり?ってか、余りに嵌り過ぎて“無い[ノーマル]”と思っていたのに、裏の裏で“有り[ガチ]”ってこと?
中途半端はしないと言うポリシーらしいけど、それって両極端な気もする。
そう思って訊いても、それ以上はうふふと微笑むだけの風間少尉、躱す躱す。
・・・結局何処までがホントで、何処からがウソなのか、判別すら出来なかった自分の未熟さを反省した。


「当然A-01にはコンパニ・・・ナレーターとして説明を行ってもらう為よ。
今回のお題はXM3トライアルなのよねェ。
同じ横浜基地とは言え、一般衛士はXM3の中身を詳しく知っているわけじゃないわ。
ましてや白銀や御子神に直接指導されてきたアンタ達との差は歴然、問題ないでしょ?」

「はいはいはいッ、ってことはあたし達はトライアル期間中戦術機乗れないってコトですかァ!?」

「ま、脳筋の速瀬には酷だけど、公式に“特殊潜行”部隊は依然極秘よ。
逆にその格好でナレーター遣らせて、本質を隠すって意味もあるわ。

―――でもそうね、最終日の大トリに一度だけV-JIVESでハイヴ攻略戦やってもらうのもいいわねェ。
アタシの緊急安保理壮行って意味で、衛士は隠してエボ4[●●●]仕様、で、ね。
まだ実機のG-コア換装が終わってない者も居るだろうから、トライアルが終了する17時以降、機密区画でなにしようとアンタ達の自由よ。」

「・・・今ある装備の性能を見せつける―――訳ですか。」

「少しでも“可能性”を見せなきゃ後方支援国家は乗ってくれないでしょ?」

「・・・・・・ナレーターと大トリの件、了解しました。
たった一度のデモンストレーションだろうと、全力を尽くします。
・・・しかし態々警備部隊だけではなく、我々を会場に配備するには、それだけでは無い・・・ということですか。」

「―――そう言うことね、察しが良くて助かるわ。
前回は所詮狐と狸の化かし合いだったけど、今回は白銀語でいうガチンコ[●●●●]ね。
しかも今回は仕方ないこととは言え、他国の軍隊、それも戦術機大隊規模の入場を許した。
当然、何か[●●]が起こってもおかしくはない・・・。」

「「「「「・・・。」」」」」

「だから裏ミッションはあと2つ―――。

一つはを米国始めとする全世界へのPRの為に、帝国軍偵察・記録部隊を招聘しているのよ。
これは参加部隊に公開も有りうることを確認済みだから問題ない。
ただ撮影する方は、基地に慣れていないから機密に類する事を無意識に撮られても困る。
なので、大尉権限を持つ伊隅が、その案内と機密管理をしてちょうだい。」

「・・・帝国軍部隊・・・ですか?」

「そうよ、偵察専用戦術機を有する唯一の部隊。
伊隅、アンタがディレクターね。
撮影はレベル1制限区域まで可能とするから機密管理も任せるわ。

それと第4計画側の放送専属ナレーターとして相原が喋りなさい。
あとは、撮影助手として遠乃、アンタも手伝い。」

「「は、はいッ!」」

「撮影時、及び映像のチェックは大尉である伊隅が相当よね。
勿論、これは裏ミッションでもあるから、撮影された映像から不審な動きをする人物をピックアップしてマークすること。
相原は元々タレント志望で中学からその手のモデルしてたと聞くし、遠乃も撮影に関しては経験者なんだってね。
じゃ、紹介するわ、・・・入って来なさい。」


入ってきた男性の姿に伊隅大尉だけではなく、相原や遠乃までが凍りついた。
・・・副司令が選んだのがその3人、当然裏がある。


「・・・本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦第5戦術機甲戦隊所属、―――前島正樹です。
この度、此処横浜のXM3トライアル専任記録係を任されました。
―――宜しくお願い致します。」


型通りの挨拶、3人に一瞬反応したものの、何事もないように流す。
だが驚愕に見開かれていた伊隅大尉の瞳は、徐々にその様子を見、痛々しいものを目にした悲しげな色に移ろっていた。

本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦第5戦術機甲戦隊―――たしか通称“パパラッチ”部隊。
だがその呼称が使われることは殆ど無いらしい。
聞いたことがあるのは・・・“アルコル[死兆星]”隊―――それが帝国軍や本土防衛軍の中での部隊通り名だ。

まだ二十歳に届いていないだろうシュッとした端正な相貌に張り付いているのは、感情そのものを感じさせないのっぺらな仮面。
微かに引きつったような口元にも、その深淵を見つめてきたような目は、微塵も笑っていない。
ループにある記憶・・・この先戦況が絶望に近づくに連れ、そんな目をした人々が増えていた。

―――諦念・・・。


「・・・特殊戦隊長・香月中佐[ミツコ]から追伸が来てるわ。
腑抜けた映像[モノ]しか撮れないなら、帰って来なくてイイ―――だそうよ?」


後ろから副司令の声がかかる。


「・・・ハハ、相変わらず厳しいや・・・」

「・・・ま、いいわ。
―――伊隅、後任せるから。」

「ハッ!」



ループ記憶の一つに在った。

戦術機甲戦闘団―――帝国軍に存在している特殊部隊であり、そして基本極秘部隊。
偵察や記録は勿論、中には督戦隊も含まれるという噂もある。
主に戦域偵察を任務とする特殊戦第5戦隊もその運用は公にされることはなく、所謂パパラッチの様に目立つことも全くない。
寧ろ一部ではその存在さえ疑問視される。
―――その理由は運用される機体にある。

戦術機甲戦闘電子偵察機SR-71“黒烏[レイヴェン]”―――。
米国でも32機しか生産されなかった偵察専用機体で、機密の塊だったその導入には当時まだ蜜月であった日米間でさえ高度な政治取引があったとも噂される曰く付き。
当然導入数は極めて少なく、1個小隊4機のみ、損耗しても補充はない条件で運用されたと聞く。
既に帝都防衛戦で1機、明星作戦で1機撃墜された為、現在は2機しか残っていない筈だ。

その姿だけは写真で公開されていて、肩から膝裏にかけ長大な主推進器を有する。
推進器の間には、殆ど縦に配された制御ユニットと平たく尖った頭部を有し、全身、腕や脚の全てがブレンディットウイングであるウェッジシェイプであり、匍匐飛行では全て推進器に張付ける形状であるが、それは逆に電磁炭素帯を極限まで削ぎ落とし運動機動を潔く切り捨てた結果だろう。
主推進器が大きすぎるため、地表滑空用に別の小型スラスターを装備している。
最高速度は公表されていないが、飛行速度のみを求めた結果、戦術機でありながら地表付近でM2を超えることが出来る唯一の機体であるとされる。
加え、真っ黒なフェライト塗料など極めて初期のステルス装備が施された機体とも言われ、特に匍匐飛行時はその形状から存外にステルス性は高いらしい。
近年では、ステルス性を向上する塗料や細部形状の小変更等帝国技術に依るテストも兼ねたステルス性向上を繰り返しており、国内では全く手が付いていないアクティブ・ステルスを除けば、F-22と同等レベルの性能を有しているとの噂もあった。
当然機体に攻撃装備は殆ど無く、その少ない容積の全てが光学系電子系の観測機で占められていると言う。
突撃砲の装備くらいは出来るが、機体に給弾機構も存在しないため、突撃砲内の弾薬を消費すればそれで尽きるシロモノだし、速度重視のため担架機構も存在せず、音速飛行時は手にも持てない。


つまりは、幽霊の様に希薄な存在であり、攻撃力はほぼ皆無。
そして記録だけ行い、例えそこで戦闘する部隊が壊滅の危機に在っても、全てを置き去りに帰還する。

―――その姿を戦場で見てしまった時、彼らに訪れるのは“死”・・・そんな都市伝説が生まれるのはある意味しかたないことだった。。

部隊に付いた仇名が“アルコル[死兆星]”なら、その機体に付いた2つ名は、“タナトス”―――ギリシャ神話の死神そのものを指す。
元々発見されにくいステルス性の高さ、通常では考えられない高速飛行機動、そして最前線に赴いた時の友軍帰還率の低さ―――、それらがこの偵察機を死神と呼ばせた。


・・・前島少尉、か―――。
偵察特化とは言え、国内に2機しかない貴重なSR-71をこの齢で任されているのだから、撮影も含め腕は良いのだろう。
だが、BETAを屠ることも出来ず、ただ迫り来る友軍の“死”を撮り続ける日々だったのだろうか。

副司令は打ち合わせをするように、と4人を隣の会議室に追いやる。
勿論部外者に内容を訊かせないためなのは解かるけど・・・。


「・・・ったくミツコの奴、こんなだから交換条件もなしに寄越したわね。」


・・・察するに伊隅大尉以下を弄るつもりで前島少尉を呼んだのに、いきなりのハードモード、余りの落差に流石の副司令も面食らったと言うことか。


「ま、いいわ、チャッチャと進めましょ。
基本的に残る10人でヤッて貰うのはもう一つの裏ミッション―――当然カウンター・テロ、だからね!」


切り替え早ッッ!

けど・・・だろうなァ。
ここまで悪目立ちしている横浜基地が本殿を“御開帳”するのだ。
2ヶ月前の重要事項プレゼンだって偉い人しか招いていないのに重要機密区画である19層襲撃というテロが起きている。
それが今度は他国の、しかも一番怪しい米国の戦術機部隊まで招き入れてのトライアル。
起きて当たり前、と言うか、相手が起こすことを誘っている節がある訳で・・・。


「勿論、アンタたちだけでヤレとは言わないわ。
―――入って。」

「「・・・え・・・」」「「・・・あ・・・」」


入ってきたのは、サングラスに金髪のイケメン顔。
再び何人かの動きが止まった。
サングラスがサイドまで周りこむ様なグッヂに替わっているのは流石伊達な伊太利野郎。
生産地がアフリカに替わってもグッヂはグッヂらしい。
それでもさりげなく、微かに哀愁さえ感じさせる、無駄にイイ男。
見たことあるのは、前回私達選抜組じゃないメンバーも宗像中尉とイチャつく様を見てるから。
異常行動を取り始めたABSキャリアを回収したのは、私達だったのだから・・・。


「・・・改めて、シルヴィオ・オルランディだ。
2度目になるが、嬉しくも華麗なる“戦乙女”達とまた同じミッションに携わるコトとなった・・・宜しく頼む。」

「―――と言うわけで、内容は判っていると思うわ。
前回紹介してないメンバーも居るけど、そこは後で勝手にやって頂戴。
―――それとも、パートナーはアンタが改めて選ぶ?」

「・・・何れ劣らぬ美しい花々だが、俺のパートナーは決めている。
宗像中尉―――頼めるだろうか?」

「あらァ、アンタの為に折角新しい娘も入れたのに。
今は得意の盗撮も機能してないみたいだし、イタリア男の名折れじゃない?
どっかで頭打った?」

「ドクターの期待に添えないのは心苦しいが、俺は本来北部産まれなんだ。
ミラノやトリノ・・・主要な工業都市は北部にあって、そこは結構勤勉でお堅い性格でね。
南部生まれのお気楽男に憧れていたが、本人が生きていたので肩代わりをする必要がなくなったのさ。」

「・・・それは、私のコトも盗撮しないと誓う、と言う事で良いのだな? オルランディ中尉。」


ニヤニヤ顔の副司令。
悪戯っぽい微笑を浮かべながら、天に翳した掌で指し指を作る何時ものポーズで宗像中尉が突っ込む。


「ム・・・、それは同意できないな。
君だけが唯一無二・・・君じゃないと任務に支障をきたす。」

「「「「「 オオオオォォォォーーーー!! 」」」」」

「へぇ・・・フーン・・・そこまで言い切るんだ・・・。
アンタも変わったわね―――まいいわ、支障をきたされちゃ堪んないから、宗像、いいわね?」

「ハッ! ・・・ご命令とあれば。」

「命令よ。
コイツと一緒にキャリアを炙り出しなさい。
ま、篭絡してコイツを引きぬいてくれるのは許可するけど、陥落して引き抜かれるのは許可しないからね。」

「・・・・・・鋭意努力します。」

「さて、他のメンバーはナレーターを扮しながら伊隅と宗像のサポートに当たる訳だけど、CPは涼宮(姉)として、今回はサポートを付けるわ。」

「・・・サポート、ですか?」

「アスタ、いいわよ。」


3人目―――現れたのは、小学校高学年位の超高級アンティーク・ドール?
豪奢な金髪、透き通るような肌に、魔性さえ感じさせる美貌、華奢でいて小さくても完璧な黄金率。


「な、な、な、なんですか~!?
この可愛い生き物はァ~~~!!??」

「―――抱きつくのは止めないけど、高原・・・、この子一応“臨時特務大尉”なのよねェ~。」

「「「「 は!? 」」」」


その瞬間、抱きつく寸前だった高原が倒立して宙を舞った。
飛びついた勢いと重力加速度そのままに、背中から叩きつけられる!、と危惧した瞬間、極めた腕を引いて着地寸前に一瞬止まる。
直後、ぽふん、と床に墜ちた。


「―――次は、・・・死ぬか―――?」


―――ウソん!?
この齢で御子神大佐並のキレ、達人ぢゃないッ!


「はぁ―――それで、何者なんですか、臨時特務大尉殿は?」


速瀬中尉の双眸がキランと光る―――こんな小さな子相手だっていうのに、また病気が・・・。


「・・・アナスタシア・マクダネルだ。
階級は気にせんが、敬語も使わん。
ソビエト式の略し方は気に入らんから、アスタ[●●●]と呼ぶがいい。」

「・・・何かと、訳ありってことですか―――。」

「―――そうよ、何せこの子こそがアタシの極秘計画の、“最終目標”なのよねェ~。」


―――またそんな特大の爆弾を放りこまないでほしいかな・・・。


Sideout





[35536] §98 2001.11.25(Sun) 13:30 横浜基地 北格納庫管制制御室
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/06/04 14:06
'15,10,09 upload    ※数話でサクっと流す予定がががががg・・・orz
'16,06,04 誤字修正


Side 美冴

午後になると、滑走路には戦術機を載せたムリーヤやHSSTが次々と到着し、衛士を始め戦術機機体とその整備員等が続々と降りてくる。
士官である衛士は本館[メインブロック]に宿泊となるが、機体及び整備員については、北地区[ノース・ブロック]の格納庫と付随する施設での宿泊となる。
私とシルヴィオは、その北格納庫管制制御室にて、入庫してくる戦術機に随伴する整備要員のスクリーニングを行っていた。

来日した衛士との接触は今後も機会があるが、整備要員に関しては北地区[ノース・ブロック]を離れることは少ない。
此処に引き篭もられると逆に表立った査察が為難くなるため、今のタイミングになる。
例によってシルヴィオの性的劣情を煽るためにイチャイチャ・・・しているわけではなかった。

シルヴィオは私と少し距離を置いて座り、視線はミラーガラスの向こうに向けている。
前回それなりに際どい接触ばかり仕掛けたため、今の状況は肩透かしと言えば肩透かし。


「・・・シルヴィオ、一つ確認させてくれないか?」

「Si、Prego・・・なんなりと。」


ブリーフィング以降昼飯も共に喫食したが、衆人が居るPXで任務や機密の話をするわけにも行かず、ここまで持ち越した。
北地区[ノース・ブロック]は機密レベル1のゲスト・ハンガーだが、この管制制御室は機密レベルが1つ上がり、基本一般衛士や整備士、そしてゲストは入室出来ない。
一応、CPの遥に連絡して、サポートだというアナスタシアに盗聴の確認を取ってもらうと、問題ないとの応えが即座に返ってきた。
人の波が切れたのを見計らって、尋ねてみる。


「その・・・、貴様のABSキャリアを触発する例の能力は、本人が自覚したら使えないのではなかったのか?」

「―――ああ、そのことか。
ドクターはそう説明したらしいが、そもそもこんな能力が確認できたのはオレだけらしいからな、自覚による能力の喪失も断言されていた訳ではない。
まあ、この手の能力の場合、自覚するとどうしても自意識過剰になって機能しなくなる場合が多い、というのは確かで、その可能性を考慮して俺自身には伏せられていた、と言うのが正しい。」

「・・・それは・・・今も使えていると言うことなのか?」

「―――あの後、任務で何箇所か行ったが当面使うコトも無かったし、確認する暇もなかった。
情報部に戻った折、自ら使えないことを想定して“それ”を目的とした任務は断ったからな。
実際に能力を喪失していた場合、コトが上司にバレれば、そのまま上層部に癒着している恭順派にも漏れる可能性が大きい。
今も俺が能力を使えると思っていれば、存在するだけでABS拡散の抑止力にはなる。」

「・・・つまり、実際は確認していない・・・と?」

「確認手法が問題だったからだが・・・、実は、10日程前に香月博士[ドクター]からプレゼントが届いたんだ。」

「プレゼント?」

「残念ながら色っぽいものではなく、思考波を電気信号として捉えることの出来る簡易測定器と、俺が横浜で、件のABS撹乱思考波を出していたときの測定パターンのデータ。
―――つまり、自分の意志で同じパターン放出が再現できるか、試せとさ。
ついでに美冴の言っていた、ヨーガや禅の瞑想方法も添えて・・・頭で倒立して坐禅を組むとか、超難しかったけどな。」

「!!ッ―――まさかそれ・・・遣ったのか?」

「―――ああ。」

「・・・ヨガとか禅なんて、出任せだぞ。
そもそも前回は全てが計画だったんだから、本来私が思考を隠す必要もない。」

「―――な!?」

「・・・それに、ヨガのポーズに頭倒立坐禅なんて聞いたことない。
そんなことしてたら、・・・禿げるな。
―――完全に副司令の悪戯だ。」

「ぐむむ・・・ッッッ!」


固まってるシルヴィオに近付くと、柔らかそうな金髪をワシワシと確認する。
頭倒立するその姿を想像して、笑うよりも先に頭頂部が心配になった。
そうしている裡に劇画調の顔と背景でショックを受けていたシルヴィオが還って来る。
誤魔化すようによしよしと頭を撫でて慰めた。


「・・・で?、肝心の思考波はどうだったんだ?」

「ああ―――。
基地の女性に協力してもらって試したんだけど、結局同じパターンの思考波は再現できなかった。」

「それは―――デートしてエロエロしてただけって訳か。」


状況を想像して声が冷えこむ・・・コイツ、やっぱりサイテー。
他の女と試して、結局効果なかったのにこうしてやって来て私を指名した。
能力喪失して抑止力以外任務にならないなら、私は必要ない。
こんな役はさっさと降りる―――そう冷たい視線を向けたはずなのに、彼は嬉しそうに苦笑する。


「妬いてくれるなら嬉しいが―――まずは最後まで聞いてくれ。
誰に頼んでも・・・と言っても2,3人だけだが・・・思考波を出す前に、その気にならないことに気付いたんだ。
・・・つまり、その相手に性的劣情を抱けないんだな、これが。
相手はダイナマイト級の我儘バディもいたんで、レンツォなら大いに盛り上がったはずなのに、な。
最後にはその気が無いならバカにしないでと、怒られる始末。
仕方ないから女性に頼らず、いろいろ他の方法を試しても結局ダメ、確かに自覚すると意識してしまい発現しないのかもと思った。」

「・・・能力発現以前にその齢で不能[ED]とか、枯れるの早すぎないか?」

「ああ、―――ところがだ、俺の画像ホルダーに秘匿されたとある画像を見て妄想をふくらませた時だけは、猛烈に劣情を抱いて、そして、その時にはキャリアの撹乱思考波と同じパターンの波形を記録することができた。」

「・・・え?」

「・・・先刻言っただろ、君じゃなければ任務に支障をきたすって。
俺の我儘なジュニアは、前回撮った美冴の画像[●●●●●]にだけ、反応したんだ。」


―――なん、だ・・と?

私の画像?

状況を思い出すと赤面してしまう位なのに・・・。
それをおかずにしていただと?

・・・クッ!
そんなオチだったとは!


「・・・それは、この距離でさえ発情している・・・とでも?」

「刺激が強すぎると与える影響も過大になるらしい。
この位で、十分判別できる。」

「・・・私に取って、今の二人きりの状況は危険過ぎる、と言う事に他ならないか?」

「・・・確かに焦がれる相手と居るんだ、それだけでも俺は思考波ダダ漏れ状態になる。
でも、信用してほしいな。
―――俺が君の嫌がることをするわけがない。
前にも言ったとおり、美冴がその気になってくれるのを待つさ。」


―――ヤバイ。
オアズケをされた子犬のような切なそうな顔で言われると、こっちもそそられる。
トライアルは明日から3日間―――その間この無駄にイケメンなワンコとずっと組むのか?
確かにキャリア撹乱思考波が出せるなら任務の遂行には支障がない。
しかし、他の女ではED[ダメ]とか本当に私なんかに本気[ぞっこん]なのか、コイツ?!




「―――そら、ちょい待ちぃな。」


唐突に、ドアが開いて背後から声がかけられた。
その久しく忘れていたが聞き覚えのある声に、浮いていた心がザワリと波立つ。

反射的に拳銃を抜きながら迎撃体勢をとる。
ドアの所にば、スーツを少し崩して軽妙に着こなした若い男と、秘書風のお堅いパンツスーツの若い女。
肩口から斜めに切りそろえたストレートヘアが鋭い理知的なすまし顔の女に比して、屈託のない眩しい笑顔を向けてくる男の、懐かしい面影。


「何者d・・・・・・た、鷹兄!?」

「ああ―――、久しぶりやな美冴、・・・けど積もる話は後で、な。
任務を邪魔しはる気はあらへんが、コレやけは言わせ。
漸く還って来れたって言うに、我が愛し従妹は他ん男に陥落寸前とか、ホンマに危機一髪やわ。
―――つーわけで、そない簡単に美冴[コイツ]は譲れへんで。」


鷹兄が私への言葉などそこそこに、挑戦的な視線をシルヴィオに向けた。

は?
なんだこの状況は?

突然現れて、しかもそんな行動―――、鷹兄らしくないとも思えたが、その一方でそういった激しい面を持っていたことも知っている。
だが、かつて私に対してその激情を向けたことは無い。

―――いやいやいや!、そもそもその前に、鷹兄・・・八雲鷹徳斯衛軍少尉は、京都の帝都防衛戦で、MIAだったではないかッ!?
漸く還って来た?
本物!?
まさか、クローン・・・有り得ないか。
生きているなら、斯衛復隊は?
何故、今横浜基地に?
どうしてこの機密区画にまで入れる?


「・・・それは、宣戦布告という認識で構わないのか?」


私の混乱をよそにシルヴィオが低い声で確認する。
けど、そっちかッ!?


「当然やな!
―――半端な男になんや、絶対渡さへん。
シルヴィオ・オルランディ・・・肩書きや面なんかや納得せーへんで?」

「・・・コチラのコトは知っている様だが、そう云う君は?」

「八雲鷹徳・・・今はシャノア病院船“ミーミル”の医局員や。」

「!!、君があのβブリッド-HIVワクチンの作成者!?」

「・・・モノ[●●]βブリッド[モノ]やから世間には知られてへん筈やけど、やっぱ知っとったか。」

「馬鹿な!、開発者はまだハーバード・メディカルスクールの学生だったはず・・・。」

「お陰さんで、研究テーマで取ったそのワクチンでスキップが認められたんや。
7月にUSMLEも合格したさかい米国ならお医者はんな。
たまたま広義の意味ではβブリッドやけど、武器転用の可能性があらへん極めて平和的な利用やさかいな。
機密の縛りも無く9月から晴れて病院船勤務、尤も同じワクチンの件で、横浜[ココ]に呼ばれたってことや。」

「・・・βブリッド・・・美登里川博士か・・・!
それで北地区のセキュリティパスを・・・。」


混乱中の私を置いて、勝手に会話が進む。
βブリッド?
美登里川博士?


「ま、そやな。
―――美冴、任務中すまへんかったな。
詳しい話は、整備の受け入れが仕舞うてから・・・ウェルカムパーティん後にでも話す時間、貰ろてもええか?」

「あ、・・・ああ、勿論―――医局だとか、βブリッドだとか・・・、今まで連絡もなくさんざん人に心配させて置きながら、何処で何をしてきたのか、じっ~~くり聞かせてもらおう。」

「あ~~~手加減しいや、・・・ほなな。」


額に油汗を滲ませた鷹兄が退出する。
・・・混乱しまくったが、どうも“本物”らしい。
京都弁はどことなく女っぽいからと普段は標準語なのに、興奮したり相手が身内であったりすると京都弁が混じるから余計変な言葉になる。
態々鷹兄のクローンを造る意味など無いし、ましてや京都弁を教え込む事など有り得ない。
何よりも私の直観が認めている。
警戒した拳銃さえ完全にスルーして自分の言いたいことだけ言うのも鷹兄らしい。
そして随伴していた女性秘書?はその状況にも結局一言もしゃべらず、ただ一礼して去った。
しかも、あのはんなりとした礼は情の強い京女と見た。

だが・・・!、そう・・・ッ!!
―――生きていた・・・生きていて呉れた・・・!!

思い立って過去にケリを付けるため、消息を探し始めて2ヶ月・・・情報は行き詰っていたから九分九厘諦めていたのだが・・・ッ!
温かいものが湧き上がるのは、止めようもない。


「・・・アレが美冴の心を占めている相手か・・・。」

「・・・従兄でな、―――寧ろ幼馴染に近い。
帝都が陥ちる前に逢ったきりだった。
嵐山の景色を護る・・・そう言ってくれたのだが・・・な―――。」

「・・・・・・。」


こっちも聞きたいことはいくらでもある。
何が在ったのか・・・随分印象が変わった。
少なくとも私の所有権をストレートに主張したことなど一度もない。
そして・・・医者だと?

鷹兄は私の一つ上・・・つまり徴兵制前の学年で言っても大学3年相当・・・伊隅大尉と同じ筈だ。
確かに訓練校に入る直前までは望めば兵役免除も受けられる程の、全国一桁の成績ではあったが、故郷を護ることを希望して衛士訓練校に行った。
そこを無事終了し任官した直後の西日本侵攻、そして帝都防衛戦・・・。
MIA・・・そう、MIAなのだ。
あれから3年しか経っていないのに?
しかもハーバードだと?
極めつけにシルヴィオがずっと追ってきたβブリッド―――平和利用とは言え、それにも絡んでいるらしい。


―――しかし、今は任務を全うしなければならない。

また何処かの参加者が到着したのだろう、人波が近づいてくる。
鷹兄もそれを察知して退いたのだ。
先刻まで傍に居るだけでよかったのに、流石に今の乱入ですっかりシルヴィオのジュニアも鎮まってしまったらしい。
人波は管制室の向こうに、そろそろ達する。

私は、苦虫を噛み潰したようなシルヴィオの首にスルリと腕を絡みつかせ、その首筋に顔を埋めた。
そのまま身を寄せ、ニーハイブーツの膝を片方滑り込ませる。
シルヴィオがピクンと反応してくれた―――。

・・・この位は乱入し任務遂行を邪魔した“身内”のお詫び・・・仕方ないじゃないか、任務だよ?任務。



「・・・美冴。」

「・・・ズルイ言い方だが、[]は気にしないで欲しい。
前にも言ったが、ちゃんと答えは出す・・・中途半端は、しない。」

「・・・判った、美冴の出す答えを待とう。」


Sideout




Side 武

横浜基地 GF[グランドフロア] メインバンケット 17:00

横浜基地の本館[メインブロック]、メインゲートとAゲートの間にあるこのメインバンケット、正面の大きな一枚ガラスの向こうは戦術機の観閲式等で使用する広場となっている。
そこに、18:00からのウェルカム・パーティに向け、続々と戦術機が集まって来るのを傍に控えた純夏と眺めていた。
この集合も、一種儀礼的示威行為、かな。
名称こそトライアルだが、内容的にはXM3LITEの供与と教導である。
多様な試験小隊が居ない分、ユーコンのそれよりは若干少ないとは言え、ゲストだけで5大隊、見上げる様に林立する180機の戦術機群は、はやり圧巻としか言えない。



今回のトライアル参加は、国内から1大隊分、中華連合2中隊、大東亜連合2中隊、オセアニア連合1中隊、南米連合1中隊、そして米軍からはなんと2大隊分の、全15中隊と言う構成だった。
その一方で本土防衛軍や横浜基地の一般衛士の参加はない。
戦術機だけで7大隊を擁する横浜基地は、国連基地として極東最大規模。
それを同時に行うわけには行かず、既に順次内部トライアルを実施しているし、少なくともXM3LITEへの換装は完了している。
今回基地からは、デモンストレーター或いは教導側としてA-00中隊の一部が参加するくらい。
寧ろ基地の一般衛士は有事の際の防衛戦力として極秘裏にスクランブルの待機状態にある。

受け入れに関しても、外部からの駐留を前提としたユーコン基地に比べ、国連の1方面基地として機能している横浜基地にはそれほど大量の戦術機を滞在させる施設はない。
故に基地内に貸与ハンガーを持つのは、国内及び米国を除く6中隊分のみである。
国内富士第一基地から参加する富士教導団富士教導隊の第10・11・12中隊は帝国軍厚木基地に間借り逗留するし、今回最大規模となる米軍に関しては、横浜港に停泊した2隻のニミッツ級戦術機母艦“セオドア・ルーズベルト”“ジョージ・ワシントン”を一時的な駐留基地とすることに成っていた。
簡易整備を除く重整備は、それぞれの基地で行う為、整備要員も絞り込める。

前回との違いはまだ在る。
それはユーコン・トライアルが、BETA最前線基地の実働部隊中心とした構成だったのに対し、横浜トライアルは参加国毎に完全にその目的が異なっていることだ。
例えば、国内からの参加は富士教導団―――、XM3の理解を高め、より高度な教導を行うためのスキルアップが主目的である。
と言うのも他の本土防衛軍は既にXM3LITEで習熟を始めて居るし、最近V-JIVESやシミュレーターモードをXM3LITEで実施するための“コプロ” と呼ばれるアダプターと、それを制御するターミナル・サーバーが各基地に配備され始めていた。
勿論彼方と篁大尉、巌谷中佐含む帝国技術廠の仕事である。
正規版に劣る演算能力を補完し特定エリア内での訓練を補助するもので、当然連隊規模のV-JIVESや、“たけるちゃん”“まりもちゃん”による対戦・教導も出来るのだから、更に上を求める教導隊以外は参加数が限られるトライアルに来る意味が無くなっていた。

一方で中華連合・大東亜連合に関しては、前線を抱えるだけに最前線衛士中心のレベル向上を目的としていて、ここはユーコンと同じ、XM3導入による早急な底上げを狙う。
対して、オセアニア連合や南米連合は、寧ろテスト・開発部隊によるXM3の様子見と今後の方向性判断と言った雰囲気に近い。
各国の置かれた状況を如実に反映していたりする。

そして、残る米国は強烈だった―――。
流石彼方の言うガキ大将[ジャイ◯ン]としか言えない。
今目の前にズラリと並ぶ2個大隊分の戦術機―――米国本国でも、これだけの機体が揃ったことは無いのでは?と思うほどの陣容である。
参加はグアム準州・アンダーセン基地から米国陸軍第66戦術機甲大隊のハンター中隊とスパイク中隊、機体は全てF-22A“ラプター”。
それだけでも、24機が並ぶ。
キルレートをそのまま鵜呑みにすれば、師団規模の戦術機甲部隊を軽々と凌駕するわけで、中華連合や大東亜連合の衛士が引き攣った顔をしていた。
そこに海軍からは、同じグアム準州・アプラ海軍基地から仮宿とするニミッツ級戦術機母艦“セオドア・ルーズベルト”と共に、第102戦術歩行戦闘隊アンボニー中隊・F-18D“ホーネット”に加え、海軍特殊部隊“SEALS”から特務戦術機部隊であるスープリーム中隊は、なんと先行量産の配備が始まったばかりのF-35EMD“ライトニング”で参加。
更に同じニミッツ級戦術機母艦“ジョージ・ワシントン”を擁した海兵隊まで動員して、ブラックパール中隊・F-18E/F“スーパー・ホーネット”、トドメとして強襲揚陸戦術機甲部隊から、エル・ドラコ中隊に至っては、A-12“アヴェンジャー”まで引っ張り出してきたのだ。

何処の国と戦争をするというのか。

要するにG弾が封殺される中、戦術機による今後の戦略再構築に向け、今米軍が有する最新鋭機を全部ぶつけてきた、という布陣そのもの。
トライアルの内容も伝えてあるため、現在配備を進める最新鋭戦術機が、新たに第4世代と定義されたXFJ-01に対し、対人、そして対BETA戦闘でどう違うのか、またXM3の導入は、それらの機体に対して何処まで寄与できるのか。
それは今後の米国の軍事ドクトリン再構築にも多大な影響を与えかねない大規模な実証実験でもあるわけだ。
米国で最前線といえば、ソビエト租借地をクッションにしたアラスカと、大東亜そして日本を睨むグアムがそれに当たるわけで、最新鋭機がそこに集中するのも理解は出来るが、原子力戦術機空母2隻と2/3が最新鋭ステルス機で構成された3大隊分の戦力―――普通に考えて日本帝国を乗っ取れそうな布陣を平然と横浜に招くとか、夕呼先生も認可した殿下も肝が据わっている。
勿論、第5計画派そのものが割れている状況だから当面、そこまで強硬手段に出るだけの暴挙は無いと踏んでいたが、横須賀や横浜を含む首都圏のマルチ・スタティックス・レーダー網が完成していて、戦術機に関しては何が起こっても対処できるだけの備えはしていた。

そうなると寧ろ警戒するのは第4計画中心人物の暗殺。
当然夕呼先生の護衛には彼方が着くし、00ユニットであることを隠している純夏も常にオレと一緒、そしてスパイフィルターとして一部には知られている霞にも篁大尉とまりもちゃんがさり気無く付いていた。
逆に、Amazing5と言われる中心戦力のオレや篁大尉・まりもちゃんも暗殺対象にされておかしくないが、そこは逆に純夏や霞が“森羅”“天地”装備で警戒もしていた。

彼方?

・・・心配するだけ無駄だろうな。
アイツを本気で殺すには、生身でBETA犇めくハイヴにでも放りこまなきゃならないんじゃないか?
・・・それでも生還しそうな気もするが・・・。



―――ふぅ。

180機の戦術機が聳える威容を眺め、改めて息をつく。

このトライアルで、夕呼先生が狙っているコトも大体予想できている。
そこでの、オレの役割も解っていた。


この威圧されそうな戦術機群を前にして尚、圧倒的な存在であること―――。


それを知らしめるトライアルの日程は3日。

初日は、例によってJIVESによる中隊毎の対人戦―――相手はXM3未装備であり既存OSとの違いを理解してもらう為、例によって単騎で相手する事になる。
A-00小隊戦も検討されたが、ゲスト、特に米国側からの希望というコトで変更はない。
時間に余裕はあるので、様々なCASEの対BETA戦も並行して実施できるようにした。
その後、夜には全ての戦術機に対しXM3LITEを導入、機動データを取られたくない場合は設定でリンクしない様にも出来る仕様と成っているため、既に参加国の了承は取っている。
勿論機動データを出さない場合は、自機のデータ更新も行われない仕様になる。

2日目は全日、そのXM3を使った教導に充てる。
それに合わせて、“コプロ”も戦術機台数分用意されていた。

そして3日目、今度はV-JIVESを使った大規模な対BETA戦となる予定だ。
平面制圧からのハイヴ潜行戦、しかもヴォールクではなく喀什[オリジナル]ハイヴのデータを使った一種の無理ゲー。
オレもA-00、と言うよりは霞を除き2週目のループで共に征ったメンバーと挑むことになっている。
使用機体は、エボ4だが試製XFJ-01相当モード、G-コア装備不使用では正直攻略が超難しいルートである。
それでも考えて見れば、前のループでは性能的にさほど差がない武御雷と凄乃皇四型だけで反応炉破壊に漕ぎ着けた。
凄乃皇四型は軌道降下時のレーザー防御には必須だったにしろ、ハイヴ内で凄乃皇は寧ろ侵攻速度を遅くする原因でもあったことを考えると、その枷が外れ戦術機が1機増えることになるから、今のメンバーなら出来ないコトでもない様に思える。
存在をG-コアに依存しない試製S-11X炸裂弾と試製74式“改”近接戦闘長刀は使用可能なのだから、攻略上凄乃皇が行ったS-11による範囲殲滅や、重頭脳級を吹き飛ばした荷電粒子砲の替わりにもなるだろう。

―――そう、夕呼先生から貰った宿題は、“15中隊単独撃破”だったが、オレが自分に課したクリア条件は、“A-00小隊による試製XFJ-01モードでのオリジナルハイヴ反応炉破壊”―――これだった。




「白銀少佐―――、少し宜しいですか?」


声を掛けられ振り向けば、お澄ましモードのA-00中隊相原少尉。
後ろにはビデオカメラを構えた男と、そこに伊隅大尉、遠乃少尉が付き添っている。
傍に居た純夏がさり気無くカメラの画角を外していた。

!!・・・ってその服装は伝説[●●]のA型軍装!
しかも七分袖の冬仕様、新作ではないかッ!!
幾つかの傍系記憶の世界では、極秘の筈の横浜基地で僅か数日着用されただけなのに、その1ヶ月後には池袋や秋葉原の裏路地でパチ物がディスプレイされたとも噂されたッ!
オタクな日本人気質はこんな世界でもアングラに存在しているのかと嬉しくなったものだ。

うむむ・・・、相原少尉はもとより、遠乃少尉も、伊隅大尉だってよく似合っている!
A-00の柏木にはあとで見せて貰うのは決定事項として、ここは夕呼先生に頼んでA-01中隊だけでなく、A-00中隊の分も確保すべきか?
純夏や冥夜にも、是非おねがいします。
委員長や彩峰も似合うでしょう。
美琴にたま、霞だって、絶対可愛い筈。
もう、それだけで10[かい]はイけます。

・・・けどまりもちゃんは既に夕呼先生の犠牲になってるとして、A-00に抵抗勢力はあるか?

篁大尉は・・・うん、きっと彼方に勧められれば多分着るだろう。
彼方なら確実に賛同してくれる!
年齢的にも同い年だしビジュアル的に全く問題ない。
ユーコンの整備要員連中に送ったら、狂喜乱舞しそうだ。

ん?―――なんだろう?、最大のネックを忘れている様な・・・。

[ピキーン]!・・・月詠中尉かッ!!

・・・マズイ・・・。
あの人が着るなら、確かにこの色では軽すぎる!、―――恐らく・・・いや、絶対浮く!

―――ならばどうする?
・・・例えば、明るい国連ブルーをもっとダークにして、ニーハイ―――それも編み上げ仕様のブーツ、そこにウィップを持たせれば・・・、どうだ?
・・・・・・イケル!、これはこれで有りだ!
・・・新しい世界が拓けるかもしれないが、オレ的にはただ見るだけなのでそこはスルーってことで!

いや!、しかし!
その仕様なら、いっそ夕呼先生だってOKじゃないかッ!?
夕呼先生だって、酔えばミニスカサンタも着るんだし・・・。



「・・・少佐?」

「―――あ、スマン。」


つい視覚に幻惑されて、トリップしてしまった・・・。
3人をガン見していたわけではないので、そっちはセーフだが、見れば純夏のジト目に冷や汗が流れた。
此処でDMPは勘弁してくれ!


「・・・もうしっかりしてよね!
じゃあ気を取り直して・・・、ではXM3の発案者の白銀少佐に、今回のトライアルに期する、抱負を伺いたいと思います。」


げ、無茶振り!
そう云うコトは事前に伝えて欲しいぜ。


「・・・そうですね、先週のユーコン・トライアルに続き、ここ横浜でもこれほど大規模なトライアルが敢行できて、とても嬉しく思っています。
XM3の発案者としては、このOSに直に触れてもらい、少しでも“希望”を感じてもらえたらそれに勝る喜びは無いでしょう。」

「“希望”・・・ですか?」

「はい。
元々、戦術機でこんな挙動ができたら良いのに、というホンの小さな願いから、このOSは誕生しました。
こんな風に動けたら、こんな事が可能なら・・・XM3は、そう言った操縦者一人ひとりの“希望”を叶え、戦術機を思い通りに動かせるコトを目指しています。
そしてなにか一つ出来るように成れば、また次の要望が生まれる。
そんな風に、操縦者と共に成長していくOSでもあります。

このXM3の可能性[ポテンシャル]をこのトライアルで、来て、触れて、感じてもらいたいと思います。」

「では、そんなXM3のトライアルに関する注意点は、何ですか?」

「今言ったように、XM3は只のOSです。
BETAを殲滅してくれる剣ではなく、黙っていて守ってくれる盾でも在りません。
戦術機と操縦者を繋ぐ、カタチさえないソフトウェアに過ぎないのです。
こうしたい、ああしたい―――、こんなのはどうだ、あんなのはイケルか―――、そういった操縦者の試行錯誤がなければ戦術機が動くことすら無いのです。
そして、それがどんなに性能のよい戦術機でも、どんなに強力な兵器であっても、使用者の思い通りに動かないものでは、害悪でしかありません。
XM3の可能性を広げるのは、全て操縦者の意志に依存します。
その為には、戦術機という型に嵌っていた今までの動作を一旦忘れ、どう動きたいのか、自らの理想とする動きとはなんなのか、それを明確に創造していくことが最も重要なことです。

もう一度言います。
XM3は希望です。
より正確には、操縦者の希望する動きを戦術機に伝え、操縦者と共に成長するソフトウェアです。

これら、操縦者の希望とする動作は、何れ必ずBETAを凌駕するでしょう。
弛まない積み重ねが、やがては地球を、そして太陽系を人類の手に取り戻すでしょう。

その[きざはし]を感じてください―――。」

「・・・正しくXM3の発案者に相応しいお言葉を頂きました。
ありがとうございました。」




「・・・・・・フぅ。」


相原少尉のMCと共に、ビデオカメラの録画ランプが消えるのを見て、息を付く。


「・・・突然済まないな・・・。」

「けど、お蔭で良い画が撮れました。
ありがとうございます―――。」


苦笑いの伊隅大尉とカメラを下ろした見知らぬ男性。
服装は、帝国軍のBDUだ。


「伊隅大尉はPRに回ったんですね―――彼は?」

「ああ、今回のトライアルをPRするカメラマンを務めてくれる、前島少尉だ。」

「本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦第5戦術機甲戦隊所属―――前島正樹です。
よろしくお願いします。」

「!!―――、国連太平洋方面第11軍A-0大隊長、白銀武だ。
こちらこそ宜しく・・・。」


なるほど、な・・・。
この人が、伊隅大尉の“温泉作戦”対象者―――か。
傍系記憶でも話は良く聞いたが、直に会った記憶は・・・無いみたいだ。
2週目はアレだし、1週目も第4計画瓦解後部隊は散り散りだったからなァ。

・・・なんとなく、覇気を感じないがそれを此処でオレがツッコむ事でもないだろう。

そういえば美琴と慧が見つけた温泉の件は、既に夕呼先生には伝えたし早めに確認もするというから、近々B-15層を行き来出来るA-0隊員には公開される可能性が高いんだっけ。
トライアルにトラブルがなければ、伊隅大尉が温泉作戦を決行出来るチャンスくらいはあるかもしれない。
A-0メンバーの私室があるB-15なら、大尉権限で彼の入室許可も取れるだろう。

尤も、今でさえ肉食系女子に囲まれてる感が半端ないから、伊隅大尉が抜け駆け出来るかは、定かではない。
大人しそうだった遠乃少尉ですら、負けじと主張している様子が見て取れる。
どうせPR班をこんなチームにしたのは、夕呼先生だろうから。
A-0大隊長と言う立場上、オレが伊隅大尉にだけ贔屓ってわけには行かないし、心情的には寧ろ近しいものを感じる前島少尉に加担したいところだったりするなァ。


「この後、白銀はレセプションか?」

「ええ。
一応“顔”だそうで。」

「それもそうか。
“XM3発案者[オリジン]”、“プラチナ・コード1”、“単騎世界最高戦力[ザ・ハイエスト]”、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”。
この前のユーコンで付いた二つ名が、“天空の魔術師[アンリミテッドソーサラー]”・・・だったか?」

「・・・・・・勘弁して下さい、イヤ、マジで・・・。」


orz・・・一撃でHPが0になる。


「そうか?、まあ、今夜のレセプションは、珍しくA-01メンバーも参加するからな。
一応、PR対応とナレーターという肩書きだが宜しく頼む。

・・・ところで、随分豪勢な食事が並んでいる様だが・・・あの副司令が奮発したのか?
2ヶ月前は国連のお偉方相手だから仕方ない、と零していたが・・・。」

「あ、いえ・・・。
アレも一種のデモンストレーションですね。
食材は“高天原”に建設中の合成食料製造プラントの先行試作品です。」

「先行試作品?」

「彼方が遺伝子技術使って、合成時に肉や魚、野菜の組織を擬似的に再現できるようにしたんですよ。
まあコストは限られるんで素材としては、最高級の天然モノには及びませんが、今までの合成食料とは雲泥だし、横浜基地はメインシェフが京塚のおばちゃんだから、どれも絶品の仕上がりです。
物資に余裕が有ると取られると困りますが、歓待の意味を込めるのに貧相なのものマズイので、落とし所としては丁度良いってことで。
個人の好みの範囲でランダム性も有しているから、画一的な味にならないとか。」

「―――そんな事まで可能なのッ!?」

「まあ、彼方だし・・・。
今までは、合成食料を敢えて不味く作ることで心理的に摂取量を控えさせ、国全体としての食料消費を抑える様にしていたみたいで、彼方も手出し[飯テロ]を控えていたんですけど、高天原が機能し始めれば食料事情もかなり改善されるから、国威発揚の意味でも公表するんじゃないかな。」


頷く面々。
喰いついた相原少尉が一番食いしんぼらしく、会場に用意された様々な皿にジュルリと唇を舐める。
けど、やっぱり、食事は基本だよな。
旨い飯が喰えると思えば頑張ることもできる。


当面の人類の勝利に対し、最大にして最後の難敵、“支配因果律”―――。
こうして少しずつ、様々なことから人類の“希望”を積み重ねていくしか無い。

―――その為にもオレは、オレにしか出来ないことをやるだけだ。


Sideout




 ※御承知の事とは思いますが、本作中の前島正樹・八雲鷹徳も名前だけ借りた別のナニカ[●●●]です。ツッコミは無しでお願いします^^;



[35536] §99 2001.11.25(Sun) 18:00 横浜基地本館 メインバンケット モニタールーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2015/10/31 14:40
'15,10,31 upload



Side 霞


「―――社、次の大東亜連合衛士が取り敢えずラスト。」


一旦視線を切ったモニタに映るその最後の衛士を、御子神さんが何故か再度確認したのが見えました。
最後であることをチェックしたのでしょうか?

大東亜と言えば激戦区、その中でも多分ベテランの域に入るでしょう。
けれど歴戦の衛士らしくなく、落ち着いて紳士然とした佇まいの相手は壁の向こう側、意識を集中します。
その思考の色に、瑕疵は感じられません。
食いしん坊なのか、それとも苦戦を強いられているアジア諸国では仕方ないのか、強く感じられるのは食事への期待?
その豪華に見えるメニューへの羨望や妬心は覚えているみたいですが、害意は無いと判断します。


・・・そして、その判別を終えたとき、ずっと張り詰めていた緊張感が一気に解け、そのまま意識が淡く白く崩れていきました。



気がつけば平衡感覚を喪って椅子から倒れた掛けたのでしょう、支えられた腕の中、額と項に添えられた優しい感触から温かいモノが頭に流れこんできます。

それはささくれた精神に染み込み、トンガッていた感覚を宥め、罅割れた意識を癒していくような感触。
貧血で霞んだ意識がすぅーっと明瞭に覚醒するのが解るほど劇的な効果・・・。
“氣功”なのか“心理技法”なのかワタシには判りませんが、御子神さんがサイコダイヴを代表とした、オカルトと表現される領域のスキルに卓越しているのは確実。
ESPなんていう不可思議領域にはみ出しているワタシ達発現者の最大の理解者でもあります。


「・・・有難うございます。」

「・・・こちらこそ少し無理させた、お疲れ様―――。」


意識がはっきりしたことで御子神さんの掌が離れました。
普段御子神さんは、人前であまり、というか殆ど女性に触りません。
親密な関係にある博士や神宮司大尉でも同じ、人前で接触しているのを見ることはかなり稀です。
すぐハグしたり、撫でたりしてくれる武さんと違い、接触することがレア[●●]なのです。

例外が、こうして体調を崩したとき―――。
特にESPを使い過ぎた時など、普通は眠ってゆっくり休まないと戻らないのですが、御子神さんの手当てだと、驚くほど早く回復します。
武さんに触れられるとドキドキしますが、御子神さんのは安心するので嫌いじゃないです。
ワタシにはいませんが―――お兄さんや、お父さんと言う存在は、きっとこんな感じなのでしょうか?
言うと怒られるので言いませんが、香月博士が実質上養母なのですから、その博士と所謂一つの内縁関係にある御子神さんは、やはりお父さんに当たるのではと気付きました―――口にはしませんが・・・。


「―――流石にこの数はキツかったか。」


代わりに比較的甘みの強いドリンクを渡されます。
エネルギー補給の他、ビタミン・ミネラル・必須アミノ酸の補給飲料だそうですが、件のゲロマズドリンクとは大違い、御子神さんのお手製です。


「・・・はい。
独りでは・・・とても無理でした。」


向こうのバンケットでは、簡単なオープニングセレモニーが始まった様子。
基地司令が挨拶している声が聞こえますが、ワタシはパーティそのものには参加しません。
相当奮発したように見える豪華な食事に釣られて、今回参加した衛士・整備兵、事務方含め、別基地や空母待機者を除く全てのゲストが参加しているウェルカム・パーティ。
それを狙ったスクリーニング―――リーディングでその意識を浚ったのです。
正直、かなり疲れる作業です。
例え純夏さんへのサイコ・ダイブや、イーニァさんやクリスカさん、そして真愛[まちか]さんや透未[すいみ]さんとのナストロイカに至る訓練で、私自身の技量やスタミナもそれなりに向上していても、この人数を短時間に全て走査するのは不可能です。


此処はバンケットの入り口袖、クローク裏にあるモニタールーム。
元々リーディングの有効範囲は約10m―――。
それはスパイフィルターとしての防衛上、トップシークレットだったりします。
スパイフィルターが広範囲に及ぶと考えているからこそ、各国の諜報機関は迂闊に手を出して来ませんが、それが狭小範囲だと知られると、この横浜基地の危険度は跳ね上がるでしょう。
かと言ってテロが予測される今、要注意人物を割り出すのは必須―――。
勿論パーティ会場を小さな私が歩きまわるのも悪手―――既にスパイフィルターとして一部に認知されているのだから、その行為は疑っているんですと公言して回るようなものです。
なので、自然こういうやり方・・・入り口での濾過となるのですが、これもまた完璧ではありません。と言うのも同時に大勢の人を“視る”ことはできないのです。

ワタシにとってリーディングは、視覚ではなく人のそばにある霊光[オーラ]の根源を感じる様なモノ。
その色や温度、固さと言った感覚的な情報でその心理や思考がなんとなく解る、といった能力ですが、慣れてきてそれに同調出来ると、直接的な画像や音声の記憶そのものに接触していることもあります。
実際は相性や資質、訓練にも因るので一概には言えませんが、ある程度の集中が必要なのは確か。
入り口で流れる人を視る場合、リーディングが追いつかず、結局4割方をスルーしてしまいました。


2ヶ月前の時は、国連のお偉方とのコトで、随行や護衛を入れても総勢で80人程度でしたから、一人でも何とかなりましたが、今回は戦術機衛士だけで180名、整備その他で1チーム平均10名、合計330名もの“客”であり、前回の約4倍に当たります。

当然今回の任務は、過保護な武さんに反対されました。
ワタシも戦います、と言う強い意思を示し、御子神さんが護衛がてら傍にいて無理をさせない、とフォローして貰えたので武さんも渋々折れてくれました。
ちょっと意識を失いかけましたが、御子神さんにとって即時回復可能な想定範囲内なのでしょう。
もしワタシが大丈夫と思っていても、御子神さんが無理と判断したら、止められていたはずです。


結局4割はスルーさせていますが、大丈夫―――。
今のワタシは、独りではないのです。


会場にはA-01隊のメンバーがナレーターとして、そしてA-00の新任メンバーがホステスとして、配されています。
全員がナレーション用と称したインカム様ヘッドセットを付けており、それが網膜投影を可能とし、専用のデータリンクに繋がっています。
細めのカチューシャ程度に小型軽量ですが、骨伝導による秘匿音声受信まで可能な、御子神さん謹製の装備です。

メンバーの網膜投影には視覚にそのままオーバーレイして会場の3次元情報が表示されます。
その中には各ゲストの判別・・・色分けされたマークが含まれています。
それだけではなく視野内の対象を視線による間接思考制御でピックすれば、所属や名前まで示すポップアップウインドウが開きます。
勿論システム化された横浜基地内限定ですが、必要に応じて音声や視覚情報の記録も可能というスグレモノ、武さんが言うゲーム感覚の情報端末なのです。
当然ワタシも装備、ウサ耳ヘッドギアに後付けして貰いました。

その視覚情報の中で、ワタシが読み逃した未判別対象には、注意[コーション]表示され、目立つようになっています。
会場内にいるナレーター[A-01]ホステス[A-00]涼宮(姉)[CP]さんの指示でさり気無く武さんの周囲に誘導します。
そこには勿論純夏さんが居て、未判別対象をリーディングし、取りこぼしを回収してくれるのです。
走査結果は、即座にオーバーレイに反映され、青緑黄赤のマーカーが表示されます。


そのスクリーニング結果に因って会場を見れば、ゲストの大部分が害意のない非対象[Blue]に示されています。
今はまだ未判別対象も3割ほど残っていますが、開始前から純夏さんが頑張っているので、パーティの終了を待たずに完了するでしょう。
ただ、何らかの理由で純夏さんが判別しない裡に退出する人がいるかも知れないため、未判別者がゼロになるまでは、ワタシも此処で待機です。


既に今の時点で監視対象とされたマークが3種類、存在しています。
感触は敵性ですが明確な破壊工作の意思が見えない不明[Green]が12、明確な害意と行動の意志を示す確定[Red]が2。
加えてリーディングでは分かりませんでしたがオルランディ中尉が判別した停滞工作員陽性[Yellow]が5、存在していました。

マークされた対象は、今後トライアルの3日間その行動がトレースされます。
流石に招待したゲストに関しては、明確な破壊工作に及ばない限り、状況だけで拘束することは出来ません。
その為に基地内の各撮影機材に加え、メンバーの録画機能、更には撮影専門の部隊や、潜入技能を有するオルランディ中尉にマークした対象を追ってもらい、決定的な証拠を握ると言うのが今回の作戦となります。
当然テロ行動迄に至ったときは、機先を制して対処することになるでしょう。


これら基地各所に存在するセキュリティのための監視装置やセンサー類を全て統合し、更に追加された3D振動センサアレイや3Dミリ波レーダーアレイによるメガデータを背景に、ゲストに対する横浜基地内の行動監視が行われます。
つまりは、純夏さんが“森羅”を使って新潟でBETA相手に実践したシステムを、今回はゲストを対象にこの巨大基地で展開し、基地内での動きを24時間態勢でトレースしている訳で、今回はその中核存在がアナスタシアさんでした。

・・・恐らくですが用心深い博士のコト、コレが実現出来るからリスクの高い米軍を基地内に誘いこむ決断したのだとも言えるのでしょう。

膨大なリアルタイムデータを瞬時に演算し域内を把握する運用は、実績ある純夏さんはもちろん、“天地”を装備したワタシでも可能です。
でも、今回のようにリーディングをしながら、流れてくる膨大なデータを背景に多層重積デジタルホーミングを行い、尚且つそれを24時間継続するのは絶対無理。
そこは眠らなくても良い量子電導脳とサイブリッド体で在るガイノイドのアナスタシアさんの独壇場なのです。
けれど・・・彼女は謎の存在です。
事実上の“00ユニット”・・・博士の最終目標であることは理解しています。
でも当初予定されていた人格の移植は行っていません。
リーディングは効きませんが明確な人格を匂わせ、機械やBETAに対しても一切感じたことのない霊光[オーラ]を微かに感じる様に思うのは、ワタシの思い過ごしなのでしょうか?




ふと思い出してモニターを切り替え、会場内のABSキャリア[Yellow]の対象を確認します。
―――私的な懸案事項です。


「・・・・・・“イルマ”さんが居ません・・・。」

「ん?、イルマ・テスレフのコトか?」

「―――はい。」


ホンの微か、つい、漏れた小さな声に御子神さんが反応しました。
うぅ・・・ミスです、と心の中で反省し舌を出しつつ、認めるしか有りません。


「―――彼女なら、武に前ループでのクーデター経緯を聞いてたから、武と相談して先んじて手を打った。」

「・・・え?」

「―――具体的には高天原に受け入れる外国人枠に、米国の難民キャンプ収容者も対象にして、彼女の家族を引き抜いた。
一応抽選ってことにはなっているが、周りに知られるとヤッカミもあるし、米国軍部の邪魔が入る前に鎧衣課長の部下が連れ出して、もう日本に向かっている。
正式な書類は出国後に米移民局に受理されたらしいが、米移民局も元々なるべく国内に受け入れたくない立場だから流入には極めて厳しいが、流出はあり得ないほどヌルいんだと。
状況的に米軍の一部派閥が、特に戦術機適性の高い難民に対し、グリーンカード取得を餌に過酷な部隊への派遣をしてるみたいだが、逆に地元の移民局はそんなこと知ったこっちゃないんだとさ。」

「・・・・・・。」


・・・遣ることが早すぎます。
高天原が公表されて、まだ2週間も経っていません。
国内からの移住でさえ先週始まったばかりです。
恐らく公開と同時に現地で手続きが進むよう、周到に手配していたのでしょう。


「・・・本人には先週グアムで家族の状況を説明、除隊を推奨したらしいから、既にその意志を上申したんだろうな。
流石に米国だって重要と見なしているこのトライアルに、除隊予定となった難民志願兵を連れてはこないだろ。」

「―――それはイルマさんが気に掛けていた家族が高天原に住む・・・と言うことですか?」

「ああ・・・。他にも何組か作為的に操作した相手が居るけどな。
今の高天原は圧倒的に人手不足だから、本人も除隊したら家族と一緒に普通の仕事を探してもいいし、逆に彼女にまだ戦う意志が在るなら、そのうち国連軍にでも志願してくるだろう。
もしまだ暗示が残っていればその時に対処すればいい。
・・・今のCIAに末端の停滞工作員に一々斟酌している余裕は無い。」

「・・・。」


ワタシは小さく拳を握ります。
武さんと珠瀬さんの杞憂がこれで解消です。
ハンター大隊で後催眠暗示を受けているとおぼしきイルマさんには、恐らくABSが使われているはず、此処に来れば確実に停滞工作員とみなされてしまいます。
ハンター大隊の隊長さんは寧ろ厳格でも清廉な感じだったというのがA-00隊皆さんの印象なので、コトの経緯に関わりなく、暗示を受けている難民志願兵の立場は相当に悪いものになるでしょう。
そうなる前に手を打ってくれた御子神さんと武さんに感謝です。


「・・・所で、彼女が家族を気にしていた、って誰に聞いた?」

「え・・・?」

「武からは、彼女が操られていたらしいコトや、珠瀬との会話を立ち聞きしたって聞いたけど、他の誰にも話していないって言ってたんだけど・・・?」

「―――。」


アガ~~~~~。
相変わらず、御子神さんは鋭すぎます。
勿論、この話は珠瀬さんの、前ループの記憶から出てきた話です。
でも全嫁[ ABOT]の皆さんがループ記憶を有している、と言うのはナイショなんです。


「・・・ま、いい―――社は結構、武の記憶も読めるんだったな。
今言ったコトは伝えても良いが、―――他の人には気取られるなよ。」


あ・・・。
―――ズルイです。
それなりに妥当な説明を、先に言われてしまいました!
これは・・・咄嗟に言い訳できるか、カマを掛けられたみたいです。
無意識のうちにアワアワしていたウサギ耳に軽い調子で笑って呉れますが、そもそも迂闊な一言は深く反省―――。
細かく説明してくれたのは、きっと伝えていい内容だからなのでしょう。

・・・お父さんは、相変わらず優しくて怖い人でした。


Sideout




Side 唯依

横浜基地 本館地上層 PX 22:00


宗像中尉からの連絡で、指定場所に向かう。
本館グランドフロアは既に何時もの静けさを取り戻していた。
ウェルカムパーティも恙無く終わり、一部の上級将校を除き他は皆、それぞれの宿舎に戻った。

ちなみに上級将校は、専用のバーラウンジにでもいるのだろう。
今回のトライアルは、表向きはどうあれ、米国穏健派の要請に第4計画が応えたから実現した。
末端や裏側の意図は知る由もないが、米国第7艦隊の総司令官も表敬訪問して来ている。
ウェルカムパーティは寧ろ一般衛士向けのレセプションであり、香月副司令は顔も見せなかったが、大佐によれば夜の部こそが狐狸闘争の場らしく、そこには出席するとか。
当然御子神大佐が副司令のエスコート及び護衛につく。


既に、窓越しの前庭にも観閲式の如き壮観な隊列など無く、漆黒の帳に沈む。

明確な消灯時間は無いがエネルギー節約のため、一般施設は22:00に減灯される。
PXも自販機が並ぶカフェエリア一角を除き、照明は落ちている筈。
網膜投影に示されるトレーサーマップには、カフェエリアにブルーの輝点がポツンとひとつだけ。
他に人気は無く、陰に潜むような存在もいない。
が、待ち合わせ相手を待たせるには、少々寂しすぎる。
私は足を早めた。


・・・それにしてもこのシステムはやはり反則だな、と思う。
新潟では“森羅”が齎したBETA位置情報に舌を巻いたが、コレも半端ない。
ミリ波電波の通らないB-6以下の大深度地下区画を除けば、建物もほぼ透過しているのだ。
このシステムがあれば、少なくとも横浜基地に居る限り、不意を突かれることがないだろう。
無論現状はゲストに限定してトレースしており、他には一切触れていないが、基地要員にも同じことが出来ない理屈は無い。
全ての要員のリアルタイム位置把握・・・それだけでも様々な状況を想定した有効な使い方は幾つでも思いつくが、逆に邪な使い方も同じくらい浮かぶのが悩みどころ。
セキュリティとプライバシーは常に相反する。
基地内での軍人にプライバシーなど無い、と言ってしまえばそれまでだが、居住空間も基地内に在る以上人権擁護も標榜する国連の基地としては微妙なところだろう。
もしすべての行動がモニタリング出来ると聞けば、むしろ上位者のほうが嫌がるかもしれない。
軍とて清濁合わせ持つ存在、すべてが清廉潔白であることなどあり得ないのだから。

なればこそ御子神大佐は、このシステムの存在自体を重要機密とし、更にその管理を鑑少尉や社少尉ではなく、人ならぬ人工知能であるアナスタシアに限定しているのだろう。
このヘッドセットも個人認識し、登録した者しか使えない様になっている。



今回のトライアルに於けるA-0大隊の任務は、A-01はナレーター、A-00の隊長と新任組がデモンストレーター、そしてA-00古参組の任務は重要人物の護衛である。
勿論テロの未然防止、そして可能な限りその背景を詳らかにする、との裏の目的もある。
護衛に関しては、フレイヤ隊の警護対象は常に決まっているので、あとは副司令、社少尉、鑑少尉、そしてアナスタシア・・・“00ユニット”がその対象だった。
実際には、Amazing5―――事実上ユーコンでMIA扱いである“紅の姉妹”と帝都城の殿下を除いた3名、白銀少佐、神宮司大尉、そして自分もテロの攻撃対象と成り得ると言われたが、気にも留めなかった。
狙撃まで経験した身、今更である。

と言ってもその護衛対象だって一癖も二癖も在る面々。
鑑少尉は白銀少佐のナヴィゲータにして、“森羅”を装備していれば感知能力は破格、近接格闘能力も相当にあり、白銀少佐の傍に居る限り対象から外れる。
同じく副司令とアナスタシアは、G弾をも耐えた横浜ハイヴ深部に作られ、核が落ちても揺るぎないと言われる要塞のB-19に引き篭る。
副司令は今の時間だけ、バーラウンジで嬉々として騙し合いをしているだろう。
完成した“00ユニット”アナスタシア・マクダネル大尉も同じ、ゲスト全員のリアルタイム・トレースなんていう芸当を今もサラリとこなしているが、B-19で情報ターミナルと化していた。

結局、護衛対象らしい護衛対象は、スパイフィルターとして頑張っていた社少尉位だったが、それも御子神大佐が走査のサポートに付いたことで、その間の護衛は不要になったし、以降はずっとB-19に居る。
要するに明日からは、実質警護対象が居ない。
神宮司大尉はXM3教導の祖とも言える立場であり、トライアルが始まれば演習にも参加するが、私にはそれもない。
先刻のレセプションでは神宮司大尉と苦笑しあって、新しい合成食材を使い師匠の仕上げた珠玉のパーティメニューを久々に心ゆくまで堪能した次第である。

と言うのも新潟迎撃戦以来、ユーコンに決着をつけに行ったことを除けば、横浜基地ではなく、ずっと帝国技術廠の最高機密エリアに篭っていた。
当然、対BETA戦略の切り札、Res-G弾を完成せしめるためである。
実際、G弾は以前第5計画から譲渡された内、 G-11[グレイ・イレブン]未摘出の弾頭が半分残っていたので、それを改修し、G-6[グレイ・シックス]を配置する作業である。
勿論燃料用に使うと言う事で、譲渡される際、起爆できないよう重要な部品は全て抜かれていたが、そこは御子神大佐が起爆できるレベルまで修復してあった。
その起爆に対し、最大効率で崩壊重力波Gravitic Disintegration Waveを発生する配置も計算してある。
しかし、通常弾頭を共鳴弾頭に変更する現実の作業手順実現までは至って無かったのだ。
そして今回、限られた手数で御子神大佐抜きでも製造が可能なレベルにまで作業工程を普遍化し、現在保有するG-6[グレイ・シックス]の量からたった1発ではあるが、Res-G弾の完成を見た。
この後の作戦で、その威力が実証され、結果佐渡島ハイヴ制圧が成り、G-6[グレイ・シックス]を確保出来れば、量産もできる―――。

―――トライアルの期間、私に実質何の任務も無いのは、休みない2週間の振り替え休日代わりらしい。
正直、無用の心遣いである。



Res-G弾―――それはBETA大戦に革命を齎す一弾。
人類の希望、世界の曙光そのもの。

その存在を知る者はまだ極めて僅かだが、その誰もがG弾と聞いてあからさまに嫌悪し、運用方法を聞いて怪訝な表情に変わり、効果とその理屈を聞いて愕然とした。
―――そして最後には、その齎す未来を思い描き、涙する。

出来ることなら、一刻も早くその効果を確かめたかった。

あれから、更に3度の確認実験も行った。
BETAに効果が在ることは検証できたし、大気や地殻に対する崩壊重力波Gravitic Disintegration Waveの透過性も、貴重なG-6[グレイ・シックス]を消費することで検証された。
効果は99%まで保証されたが、実際の大規模爆発による高高度試験だけはぶっつけ本番となる。
最悪の1%は、計算通りの効果が出ないことも考えられるから、佐渡ではそれを考慮した作戦を展開する必要もある。

だが、期待する計算値通りに威力を発揮すれば・・・。
G-6[グレイ・シックス]の確保にもハイヴ潜行という難関が消えたわけではないが、今までは為す術も無く蹂躙された数十万クラスの大侵攻にも対処が可能となる。
西日本を喪失したあの悲劇を繰り返すことは、もう無くなる。
佐渡という喉元に突き付けられた刃を外すだけではなく、大陸のBETAも押し返せる未来が来る。


その実戦検証の場でもある“鳴神”作戦―――甲21号作戦の隠語として使い始めた名称―――が、静かに浮上しつつ在る。
来る29日―――国連の緊急安保理事会で、第4計画から緊急動議として喀什に繋がる一連の侵攻作戦が上申される。
その初端である“鳴神”作戦に関しては、安保理の動議可否に関わらず、国連太平洋方面第11軍と帝国主導の局地的BETA反攻作戦として来月16日に決行される。

―――今はその日が、待ち遠しくさえあるのだ。
BETAと相対する作戦決行を心待ちにするなど考えたこともなかったが、人類反抗の狼煙を上げるのである。
休暇などどうでもいいくらいに、期すものがあるのは仕方のないコトだろう?





「ごめんなさい、待たせた―――、上総、久しぶり!」

「大丈夫ですわ、唯依・・・、久しぶりね。
―――そして最年少での大尉昇進、おめでとう!」

「あ―――、ありがとう。」


人気無いカフェスペースの椅子に座っていた相手は、私の接近を察して立ち上がっていた。
キリっとしたキツそうな目尻が綺麗な三日月型に下がる、滅多に見ない満面の笑み、そのままハグしあう。
ユーコンで徐々に慣れ、親しい者にはしていた所為かつい出てしまったが、一方の上総もシャノアで世界をまたにかけている身、慣れているのか極自然な対応だ。


「―――唯依の活躍は海外まで聞こえてきましてよ。
同期が頑張って居るのは、とても誇らしいですわ!」

「―――ありがとう、上総。
けど―――、まだまだ、これからが正念場・・・。」


慢心など、無い―――。
喪ってきた人を想う。
父様を・・・、恭子様を想う。
志摩子や安芸、和泉を想う。
私達の間で、同期といえばどうしても偲ばずには居られない。
勿論それを解っている上総はしっかり頷いてくれた。


「・・・そう云う上総の活躍も、大佐から聞いている。
クアラルンプールでは、不義理をした中華連合の将校を一喝したんだって?」

「―――え?、あ、アレが御子神様・・・“統括”とお呼びしましょうか・・・にまで知られているんですのッ!?」


前回、帝都城で逢ったときのシャノア制服とは違う。
抜群のプロポーションを際立たせる細身のスタイリッシュなパンツスーツに、敢えてラフなゴアテックス・ジャケットを羽織る。
それがデキル女で在りながら、状況を厭わない行動力も感じさせる。
スーツの襟章と、ジャケットにある控えめな肩章だけが、シャノア関係者であることを示していた。

搬送のためのヘリや航空機、護衛や救助のための戦術機すら有し、排水量で原子力空母にも匹敵する巨大なシャノアの病院船“ミーミル”。
世界の最前線各地を転戦し医療支援中枢として機能する、機動医療基地。
ミーミルに在って、現地政府や軍、そして国連との連携に於ける補給や要加療者の受け入れ等を行う渉外チーム、上総は今、そのマネージャーとして世界を相手にしている、とあの後シャノアの統括でもある御子神大佐に聞いた。
シャノアに関して実質的な総指揮を摂っているのはハワイ本部の副統括だが、大佐も情報は随時確認しているらしく、しっかり把握していたりする。
前述のように、上総が既にかなりの辣腕で知られているとも伝えてくれた。
お互いあれから3年の時を経たが、それでも武勇伝に誇るでもなく受け流す姿もあの頃のまま。


「もう、仕方有りませんわね・・・。」

「ふふ、―――でも今回こんな時間てコトは、横浜基地[ココ]滞在[とまり]?」

「ええ―――。
9月からミーミルに戻ってきた、と言うか新規採用になった医師が居るのですわ。
今回は彼がHMS在学中に開発したワクチンの件で2,3日・・・。」

「―――だったら、私の部屋に来ない?
私室の方なら入室許可出せるし、セキュリティも一つ上。
この前は立ち話の時間しか取れなかったから・・・。
それにPXは営業終えたけど、部屋ならお茶も・・・、あ、今なら試作したスイーツとかも在るけど?」

「勿論!、お邪魔いたしますわ!」


即答だった。










「βブリッド・・・人工生化学物質[Airtificial Biochemical Substans]関連か・・・。」

「―――ええ。
彼が開発したワクチンは、何でもレトロウイルスであるHIVウイルスが、核の中でDNAに結合するのを阻害する酵素を生成する効果があるのだそうです。
その酵素を作るのに、僅かにβブリッドの転写を利用したとか・・・。
これ以上詳しいことは専門でなければ判りませんが、その技術がABSの機能阻害にも使える可能性が在ると、声が掛かったそうです。」

「成程―――、私にはさっぱり解らないことが判った。
けど、現実にABSが悪用されているのは確かで、今回もABS使用によるテロも警戒しているわ。」


大尉になって与えられた私室は、半分が執務室として使えるよう、ちょっと広い。
だが、部隊執務室隣にも個別に執務室があるから、機密の関わる書類仕事はそちらで行うので問題はない。
上総が既にABSの検査と社少尉のスクリーニングは受けていたため、申請は私の権限だけで通せた。

今はそこにサブベッドを持ち込んでいる。
既にお互いの近況は伝え合い、今回の横浜訪問を聞いていた。
京都駅で上総を喪ったと思っていた時から既に3年が過ぎている。
聞きたいこと、語りたいことはいくらでもあった。

既に上総はスーツを脱ぎ、私の貸したスエット姿で焙じ茶を啜り、わらび餅をつついている。
その姿さえどこか凛としているのは、やっぱり上総ならでは。
実はジャリジャリ君ラ・フランス味も上総の好みだったらしいが、甘味も大好きらしい。
私もあの夏以降は口にしたことは無かった。
大佐の試作した疑似合成食料のサンプルが、何故わらび粉などというコアな食材なのか微妙だが、粉物の分化を試す関係で、一般的な小麦粉の他、片栗粉、葛粉、わらび粉と色々試した結果らしい。
何れにしろ、ありがたく頂戴した次第だ。


「・・・防諜上重要なのは理解しますが、本来病院船には無縁の存在ですわ。
ワクチンや薬剤も広義の意味ではABSでしょうが、今のABSとは“特定機能性蛋白”のみを指しているのですから。」

「・・・となると本当に2,3日なんだ。」

「ええ。
“ミーミル”だって、今も一人でも即戦力が欲しい状況なのですわ。
此処に“統括”が居らっしゃたって、引き抜かれたら現場が困るし、権利に関しても可能な限り有利な条件を付けて貰います。
―――なんて、実際は彼の“疑似生体”調整、正確には“再分化”もして戴いた後なので、“統括”の意向次第、なのですけど。」

「・・・大丈夫、大佐なら悪いようにはしないわ。」

「・・・随分理解しているのね。」

「―――そうか、な?
まあ、・・・かなりお世話に成っているのは確かだが・・・。」


自分で言いながら、苦笑いする。
と言うか、ここ横浜に出向以来お世話になりっぱなしだ。
抑々命の恩人だというのに・・・。
それに対し、果たして私はどれだけを返せているのだろうか。
・・・恥ずかしながら、今はまだ、何も返したという実感がない。
恭子様は、受けた恩は全て返せない分、他の人に分け与えれば良いと仰っていらしたが・・・。


「・・・ところで、その“新人医師”と言うのは、上総の、あの・・・コレ[●●]?」

「・・・下品ですわよ、唯依。」


少しニヤついた私に、上総がツンと返してきた。
心苦しくて強引に話題を変えたが、“当たり”みたいだ。


「・・・上総が否定しない―――ってことは、満更でもないわけか―――。」

「ぐ―――、そう・・・ですわね、尊敬できる方ですわ。
一見してチャランポランに見える怪しい京都弁野郎―――ですけど。
・・・彼は、私と同じ・・・京都防衛戦でBETAに貪り食われて、ミーミルに収容された斯衛軍の新人衛士でしたわ。」

「え・・・?
新人医師って言わなかった?」

「ええ、私と同じく当時BETAに喰われ、衛士の道を断たれて・・・。
それから3年で米国の医師になって戻ってきたのですわ。」

「3年!?・・・・・・それって、物理的に可能なのか?」

「大学統合された日本では無理ですわ。
けど米国の場合、必要単位さえ揃えれば、学歴に関係なく医科学校入学資格であるMCATの受験資格を得られるのです。
無論これも、通常は語学習得を含めて資格取得まで3年程掛かるらしいですが、彼の場合、半年はリハビリしながら病院船で履修して、次の半年はハワイのシャノア本部に奨学生として滞在し、結局1年で資格を取得してしまいましたわ。」

「・・・超優秀なんだ・・・・・・。」

「勿論シャノアの医療部門には、救難した負傷者の社会復帰を促すプログラムが多数存在しています。
それは肉体的な機能回復だけではなく、子供や若者に対する様々な奨学支援プログラムもその内の一つで、通信講座に依る学習や単位習得も可能ですし、更には各国の大学・・・今となっては殆どが米国ですが・・・への奨学制度も存在します。
・・・とは言え、現状希望する母数が多すぎるから、国内の進学許可が聞いて呆れるくらいの極めて狭き門ですが―――。」

「・・・つまり・・・それを通過した?」

「―――ええ。
元々男子16歳の徴兵を控えた中学卒業時にも、兵役免除を受けて大学進学できるくらい成績は良かったみたいですわね。
お能が趣味で、勉強は嫌いやから平和なら能舞っとたで、って今でも言ってますけど。
当然の如くその年のMCATに合格、HMS[ハーバード・メディカル・スクール]に留学しましたわ。」

「・・・HMS・・・今度はそこを2年で・・・?」

「正直、私も聞いて呆れましたわ。
米国の教育形態が帝国とは違うので一概には言えませんが、それでも2年というのは破格だそうです。
普通は5年、スキップがあるから優秀なら4年、超優秀でも3年だそうですわ。」

「・・・・・・。」

「先刻話したHIVワクチンの功績が単位に上乗せされたとのコト。
宝くじブチ当てたようなもんや!、とういうのが本人の弁ですが、履修で取った生化学演習のエクステンドコースで、適々研究室にサンプルとして在ったβブリッドの転写を応用したらしく、ミーミルの医局員に言わせると、欧州が無事な世ならノーベル賞ものだそうですわ。
平和な世ならβブリッドがないから無理やな―――、と笑ってましたけど。」


・・・何処かで同じような科白を聞いたことがある。
やはりBETAの有する科学技術が人類のそれを遥かに上回って居ることは、紛れもない事実。
βブリッドの平和利用、ということか。


「・・・少し妬ける―――随分と愛おしそうに話すんだ・・・。
上総のそんな表情は初めて見た。
私には男なんか必要ありません!って表向きツンとしてた昔からは、想像もできない。」

「―――あら、その言葉、そのまま唯依に返しましてよ?
お互い様ですわ。
・・・私も同じですが、当時は何もかもがギリギリで、余裕なんか少しも無かった・・・。
唯依も随分と物憂げな顔をするようになりましたわね。」

「・・・違いない。」


帝都陥落以降の日々。
幾多の人に守られ、支えられ、今日まで生き延びてきた。
迷い、行き摺り、すれ違い、喪った。
求め、抗い、ぶつかり、拘りもした。
そして・・・幻だった恋も、・・・今は思い出・・・。


「そうですわね・・・。
私が辛うじて生きながらえたのは、ミーミルに搬送してくれた“統括”のお蔭ですが、―――本当の意味で“生還”することが出来たのは、“彼”のお蔭かもしれません―――。」

「・・・・・・。」

「・・・正直に言えば、前回唯依には結構偉そうなこと言いましたけど・・・あの当時、私は完全に心折れて、壮絶に腐っていたのですわ。
何故殺してくれなかったのかと唯依を恨んでたは、かなり本気でしたのよ。」

「・・・・・・。」


四肢欠損・・・特に左下肢は骨盤まで喰いちぎられて、疑似生体による再生後も正常な歩行は出来なかったと大佐に聞いた。
今でこそ再分化により完全再生を果たし、通常の運動は勿論、諦めろと言われていた妊娠や出産も可能になったらしいが、当時の疑似生体ではそれも望めなかった。
加えて当時実験的に使われていた向精神薬や後催眠暗示は相当強いものだったらしい。


「・・・衛士復帰は絶望的、女性として子供も産めないポンコツで、普段の生活さえ支障が残る・・・外様とは言え武家に生まれながらお国の周囲の足手まといにしか成らない―――。
本気で自害も考えましたわ。」


気位と言うより気概に溢れていた上総にとって、その状況が生き地獄だったのは想像に難くない。
私が同じ立場だったら・・・上総の様に笑って話せるだろうか・・・。


「・・・・・・けれど、同じ境遇に在るはずの彼は違いましたわ―――。」


自分は衛士の道が絶たれたけど、幸運にも生きながらえた。
ならば、散って行った多くの同胞の為にも、約束を守れなかった自らの償いとしても、今、出来るコトをする―――そう言っては腐る上総を連れてリハビリに行っていたという彼。
彼も、欠損した四肢を再生した体であり、リハビリの負荷は耐えられるギリギリまで掛けられるため、その辛さは同じ。
彼も当時の技術では歩行は出来ても走ることは出来ないと言われ、衛士の道が断たれた状況は上総と変わらなかったと言う。


「・・・彼も私と同じ、外様とはいえ武門の家柄、故郷である京都を護りたいと京都にある斯衛の衛士訓練校を修了し、3年前のあの年の春に斯衛に任官していたそうですわ。
その初戦が帝都防衛・・・。
ヘラヘラ笑いながらリハビリを続ける彼に一度聞いたことが在りますの、・・・なぜ夢破れても頑張れるのか、と―――。
・・・力足らず、願い届かず、京都は奪われた・・・なら、その奪還を目指すだけ・・・。
衛士という直接的な手段が閉ざされたなら、その衛士を支援するだけのこと―――そう言って彼が次に目標としたのは、その私達を救ってくれた医師の道でした。」

「・・・・・・。」

「諦めたら終いや、諦めん限り道はあるんや・・・だ、そうですわ。」

「・・・。」

「しかも時間が無いと言って、安易に国内の大学に編入するのではなく、最短で帰ってくると笑って、過酷な米国留学に征きました。
最短という言葉通り、通常6,7年掛かる米国の医師資格を3年で取得したのです・・・。
そこでは私など想像もできないくらいの・・・無謀とも言える頑張りがあった筈・・・。
けれど彼に取って、HMS[そこ]もBETAと戦うための戦場としていたみたいですわ。
衛士としてダメなら、一人でも負傷者を救い、完璧に癒し、再起させ、何れは故郷である京都を奪還する為の力となる・・・それだけを胸に、前進することを諦めませんでした。」

「・・・・・・。」


そして約束通り最短時間で医師として最前線に還って来た訳か・・・。
確か米国の医師資格では帝国国内の医療機関で医療行為をするわけには行かない。
別途帝国の医師免許を取得する必要がある筈で、それなりに時間も掛かる。
しかしミーミルなら国境なき医師団と同じ、国際的に認められた国の医師免許さえあれば、従事できる。
ミーミルに勤務する理由もシャノア奨学金返還免除が適用されるからと言うが、最短時間で医師資格を取り、ノーベル賞級の新薬開発を為した彼には、幾つもの研究所からオファーが在ったらしい。
と言うか、今でもミーミル渉外の上総の下にも様々なオファーが舞い込むという。
相当に優遇された条件も多いため、奨学金の即時返還など条件としてはざらに存在するだろう。
それでもミーミルに固執するのは、そこがBETA最前線に最も近い医療施設であり、BETAの前線を維持、反抗することでしか最終的に帝都奪還に至れない、と考えているからに違いはない。
国内に従事することも考えたらしいが、硬直化している組織に下っ端として属するよりも自由度の高いミーミルに残る方が最終的に多くの人を救える、というのが二人の結論だった。


「結局私も・・・気がついたら、リハビリを乗り越えて、BETAから地球を、京都を取り戻す為、ついでに何れ還って来るだろう“彼”の為に、ミーミルのスタッフとして従事させてもらいましたわ―――。」


一足先にリハビリを終えた彼は、単位履修のため半年後にハワイに移ったし、その後はそのままHMSの在るボストンに留学となった。
諦めたら終わり―――逆に言えば、諦めない限り道は在る。
例えそれがどんなに細く険しい道でも―――。
その時点では、何年掛かるか判らないわけだが、その忙しい合間にも手紙のやりとりは途絶えなかったという。


「・・・元々は、βブリッド・ワクチンも、再分化による生体の完全再生を狙った技術だったらしいですわ。
その分野を、“統括”が先に実現してしまったのですけど、今回の滞在ではその技術をミーミルに移植する事も含まれていますの・・・。
彼自身の再分化を行うことと・・・更に言えば、彼がずっと探していた“約束”の相手[●●]に会うことも、今回の滞在目的の一つです。」

「―――え? “約束”の相手[●●]?」

「・・・彼の従妹・・・故郷であった嵐山の風景を護ると約束したのは、宗像さん、とおっしゃる方ですわ・・・。」

「!―――宗像美冴中尉か!」


そういえば、先刻私に連絡を呉れたのも彼女だった。
クスンと上総が笑う。
同じ境遇で共に頑張り、遠く離れても手紙で繋がっていた相手。
けれど彼の“約束”の相手[●●]は、別の女性・・・。
宗像中尉の飄々とした風情が浮かぶ。
流石に私は直接からかわれたことは無いが、上位である白銀少佐を弄っている様子は時折目にしていた。
階級こそ上に成ったが、年齢では上であり、その視野の広さは見習うべきものが在った。


「・・・鷹徳が不義理をした後、彼女は仙台の衛士訓練校に行ってしまったらしく、関係を修復できないまま約束していた嵐山も護れず、帝都戦後探せるようになった時には彼女も行方不明だったのです。
彼が頑なに京都奪還を目指していたのも、それが一因でしょう。
ボストンに行った彼の代わりに、日本に来た折には私が探していましたわ。
まさか、国連軍の機密部隊に任官して所属も明らかにしていなかったとは、考えませんでした。
今回、たまたま“統括”の方から連絡を頂いて、来る直前に初めて解ったのです。」

「・・・それは、その・・・特別な関係だったのか?」

「ええ・・・。
明確な言葉はないものの、本人同士の意識では結婚も視野に入れていたみたいですわ。
・・・ただ当時、従兄妹と言う事で彼女の母が猛反対、鷹徳の方が躊躇して彼女の願いを無下にしてしまったらしく・・・。
―――今、その辺を話しているはずですわ。」

「・・・あ、え、・・・と、その・・・。」


なんと声を掛けていいか判らない私に、上総は嫣然と微笑んだ。


「大丈夫ですわ。
幸い年明け早々拡大婚姻法も施行されます。
私は他に女性が居ても気にしませんわ。
それでももし宗像中尉が重婚を拒まれるのでしたら、その時は子種だけ戴いて人工授精で子供を産みたいと思っていますから・・・。」

「・・・は?」

「―――私も兄二人を大陸で喪いました。
山城の家を存続させなければ成らない身、とはいえ殿方の少ない今の時勢ではそうそう結婚の縁もままならないでしょう。
婿養子となればなおの事。
無論ミーミルにも殿方は居りますが、出来れば日本の方、それも仕来りに理解ある武家の方が望ましいのですわ。
・・・私が尊敬できる、優秀な遺伝子の持ち主なら、その子を授かることが出来るだけでも言う事は有りません。」

「な・・・・・・。」

「・・・可笑しいですか?」


呆気にとられた私に、悪戯っぽい笑み。
何というか、腹を据えた女の貫禄・・・母様に似たものすら感じさせる。


「・・・あ、いや・・・それは・・・うん、必要なコトだと思う。
けれど、それなら折角だからちゃんと妻の座を目指すべきだと・・・。
―――えっと、知ってる?、白銀少佐―――、既に今、嫁が7人は居る。」

「ええ、存じてますわ。
主に情報元は、時折シャノアに来る帝都の怪しい人ですけど。」

「・・・滅亡の危機にあるからこそ、次代を望むのは生物としての自然な摂理らしい。
その中でも、優秀な遺伝子はできるだけ多く残せというのが、殿下を唆した此処の香月副司令の意向って聞いた。
個人的には、倫理的にどうなのかとも思うけど・・・、当人たちが納得し、法が必要性を認めた以上、口出しするべきじゃない。
確かに私生児が増えて責任の所在が曖昧になるよりは、女性とっても歓迎すべき法なんでしょう?
・・・白銀少佐に関しては、一種プロバガンダ扱いよね。
優秀な遺伝子なのも、当人たちの仲が良いことも知っているから、是非もないけど・・・。」

「理解が在るようで嬉しいですわ。
―――でも、評論家[ひとごと]の様なコメントでしてよ?
・・・唯依―――唯依も私と同じ立場であること、―――解っています?
譜代篁家の一粒種でしょう?」

「――――――え・・・?」


あ―――。


家の存続・・・。
それは・・・決して、失念していたわけではない。
実際ユーコンで崔中尉に言われたとき、初めてだが強く意識した。
だがその後ユウヤとの血縁を知って諦めたことで、家の事も意識から外れていたのは否めない。
文字通り命懸けだったXFJ開発、そしてその後のここ横浜での怒涛の展開、新潟を乗り越え新たなBETA戦略にずっと没頭していたが、逆に言えばそれらに逃避していたとも言える。

今、この地で秘密裏に進められる計画―――その計画が荒唐無稽な夢想などではなく、現実味を帯びれば帯びるほど、現在[いま]とは違う“来年”がやってくる。
日本帝国が佐渡を奪還し、オリジナル・ハイヴの支配を討ち果たし、人類反抗の狼煙を上げる日が近い。


その悲願が成ったとき、篁一統、そして仕えるべき崇宰家は?
今の当主が皇家守護代として仙台にいらっしゃる関係でその関連の圧力は希薄だったが、佐渡奪還が成れば当然陛下の遷宮も現実的になる。
高天原という選択肢もあるが、その後の復興の象徴としては東京が有力だろう。
篁にしても今後の崇宰を支える譜代として、その責は否応にも増すに違いない。
当然、独身女性の当主となれば、婚姻の話が噴出するのは、自明の理だ。
しかも母の出自、血筋でいえば、宗家筋から話があることも、十分考えられる。
篁の血筋を疎んじていた分家筋もXFJ-01という成果に掌を返した。

勿論ユウヤの存在を表にする気はない。
私が篁の当主なのである。
であれば、家を継ぐ次代を成すのは、避け様のない絶対の責務であった。



「―――?、何を思案することが在るのです?
唯依には、“統括”・御子神大佐がいらしゃるでしょう?」

「―――は・・・?」

「・・・XFJのXM3搭載に依るF-22の撃破、加えて国連横浜基地仕様[XFJ カスタム]や武御雷の先行改修によるAmazing5の実現、・・・まだ公表は在りませんが、電磁投射砲の実用化や更なる対BETA戦略の構築―――。
武闘の白銀少佐も知れ渡っていますが、知略の御子神大佐も有名ですわ。
皇帝陛下御自ら宗家に依らず赤を纏う事をお許しになった孤高の武門、その御子神家男子が未婚の武家子女である唯依を常に随伴しているのです。
今更他の話など押しこむ痴れ者は居りませんわよ?」

「ま、・・・まさか―――。
―――大佐は殿下のご伴侶であろう?」

「ええ。
勿論、数多の功績を為し、殿下の信厚く、陛下の覚え目出度き唯一の存在と成れば、何れご成婚の話が持ち上がるでしょう。
けれど、拡大婚姻法を提案したのは殿下ご本人、その殿下が大佐の重婚を認めないとは思われていませんわ。
煌武院家の後嗣は殿下が、篁家後嗣は唯依が産めばいいだけのこと、何の問題が在りまして?」

「・・・・・・。」

「抑々五摂家の御側役を始め、武家に於いて長く随伴する者は同性か、異性の場合いずれかを既婚者とするのが基本。
昨今はそこまででもありませんが、少し古い仕来りでは双方未婚の異性の場合、婚姻の意思ありと見られますわ。
斑鳩公が真壁家の他に傍に置くのは、許嫁でしょう?
唯依は大佐が唯一傍に居ることを許した武家の女子、・・・適齢の武家女子に取っては、垂涎の立場にありましてよ?
実際の関係はどうあれ、今更唯依を放擲したら大佐は無責任の謗りを受け兼ねませんし、唯依は唯依で何か婚姻に致命的な欠陥が有るのかと疑われますわ。」

「・・・・・・・・・」



声もない。

確かに、横浜に出向以来、ずっと御子神大佐に随伴させて貰っている。
技術将校としての知識・技能、そしてその広い視野と、深く慮る思考にはただただ頭が下がるばかり。
それを学ぶことが技術将校として必要なことだと、そればかりに目が行っていた。

・・・だがそう言えば、横浜出向を打診された時、上位命令ではないとまで言われた。
紅蓮閣下も巌谷のおじさまも、何処か歯切れが悪かった。
それは、上総の言った事を気にしての選択肢の提示だったに違いないのだ。
・・・全く以て今更だが我ながら迂闊にも程がある・・・。

逆に言えば、私がそうなることを容認した、とも取れる。
巌谷のおじさまに会う度に、大佐とのことを聞かれるのは、そう云う意味か・・・。
だが二人きりの作業は無数に在ったが、そういえば大佐とそんな雰囲気になった事は無い。
・・・つまりはそんな意図など全くない私に大佐が気を使ってくれていたと言うコト・・・。
上官にそんな気を使わせるなど汗顔の至りでしかない。

更に私の方と言えば・・・。
思い出して見ても、XM3の個人教授をして戴いたのも大佐で、ブルーフラッグを勝ってXFJ完遂を成し遂げてられたのも大佐だ。
その後ユーコンで初めて飲んだお酒に、大佐の膝枕で眠っていたと後でステラにからかわれた。
滞っていた電磁投射砲の実用化、武御雷の“魔”改修、・・・何よりもその基となる極めて貴重なG-コアを当たり前のように授けられている。
―――挙句は手ずから打った日本刀まで貰ってしまった。
傍から見れば、どう見ても優遇、特別扱いされているのは明白、その一方でどう考えても、妙齢の武家女子が、上官とは言え独身の殿方にして許される態度ではない。

先般の篭りの間、手の空いた夜は篁家東京屋敷に戻っていた。
と言って帰れても殆ど午前様なのだが、久々にばあやの手料理と和風の風呂を堪能した。
その居り、刀剣鑑定に詳しい母様に“縹渺蒼月”を見せたところ、古刀の名作と比しても全く遜色ない出色の出来との評を受け、目が点になった。
刀は献上品など上作ほど無銘である事が多いため、その価値は銘ではなく造りや出来で決まる。
無銘でも名工の作と認められた作は多く、正宗など銘が在る方が珍しい場合も少なくない。
例え本人がプライスレス[ただ]と言う自作だろうと、国土と共に古刀の多くが喪われ、刀鍛冶そのものが絶滅に瀕した現代に於いては正しく値がつかない程[プライスレス]の逸品だと鑑定された。
相当の出来とは感じていたが、現代刀で母様にそこまで言わせた作はない。
今思えば、信じられない様な技術を有し、且つ異様なまでに凝り性の大佐が、半端な刀鍛冶などする訳がなかった。
そして、逆に母様がそれ程の刀を貰った事に何のお小言もなかったのは・・・、つまり私にその認識があるものと思っているからに違いない。
・・・今更何も無いとは、とても言えない。


「・・・そんな・・・殿下に何と・・・。」

「恐らく、歓迎されるはずですわ。
シャノア含め世界的にも大きな影響力を有する“統括”です。
今後海外有力者、国内他家含め、更に積極的にハニートラップを仕掛けてくるでしょう。
今は斯衛ではなく、国連基地の機密部隊に所属しているのが調度良い防壁と成っているのですわ。
そこに信頼できる唯依が随伴しているのは、殿下にとっても都合が良いでしょう?
もし・・・唯依が本当に望まないなら、“統括”の事ですからきっと何とかしてくれます。
―――後は当の唯依がどうしたいか、・・・だけですわ。」


上総が嬉しそうに微笑みながら余りに鈍感だった私を虐める。
指摘されればそれは今の状況の正鵠を射ているわけで、反論の余地もない。
上総の恋バナを聞く筈だったのに、まさかブーメランだったとは・・・。
上総自身は既に開き直っているとも思える為、私には有効打がないのだ。
一方の私はサンドバック状態、もう反撃するだけの気力すらない。


もうすぐ日本は、捲土重来の反攻作戦に打って出る。
それを超えられれば、確実に歴史が動き、世界が変わる。
拡大婚姻法が施行され、人口維持に今以上に多産が奨励される。
日ノ本の、そして人類の未来を紡ぐだろう赤子―――。



―――私が御子神大佐と・・・?
篁の家を継ぐ子を為す・・・?

・・・コトを夢想して烈火の如く火照る顔に、私の思考は真っ白になった。



Sideout




[35536] §100 2001.11.26(Mon) 06:30 横浜基地本館 ゲスト棟
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/05/06 11:44
'15,11,13 upload
'16,05,06 誤字修正



Side XXX(とある大東亜連合衛士)


11月も末の、日本の朝―――6:30は、漸く東の空が明るくなって来る頃。
照明の抑えられた廊下を玄関に向かう。

―――体調は悪くない。
慌ただしい準備と移動の疲れ、そして昨夜饗された食材の余りの旨さについ飲み食いが過ぎたのだが、日課にしているランニングの癖は抜けず、今日もいつも通り目が覚めた。
アレで合成食料と云うのだから、日本人の食に対する拘りは侮れない。
普段の食事がどうなっているのか興味はあるが、その期待の朝飯にはまだ少しの時間が在った。
今回の滞在、グランドや地上階トレーニングルームの使用は許可されている。
朝飯前のルーティーンを熟すとするか。

此処には基本ゲストしか滞在していないので移動途中挨拶するのは、清掃員やプラントやマットを交換する業者ばかりだが、他にも僅かばかり宿泊した衛士の姿も見える。
尤も此処に宿泊するのは大東亜、中華、オセアニア、南米連合の衛士だが、見かけるのは大東亜か中華連合のBDUばかり。
自分が勤勉だとは決して思わないが、衛士としての体力維持は自らの生死に関わる。
生き残るために遣る自主訓練は、やはり後方国家では流行らないらしい。

大東亜連合に関しては、部隊を丸々派遣する余裕など無いため、各部隊から選抜された寄せ集め中隊。
階級も所属もバラバラで、見知った顔もない。
今後の頒布に先駆けてのXM3の受領と教導が主たる目的だから、その場限りの連携など考えても居ないのだ。


降りてきたエレベータには、プラントとマットを載せた台車。
そのプラントが一様に萎れていた。

不思議に思い挨拶された中年女性に訊けば、1週間ほどでヘタルらしい。

・・・そう此処はG弾爆心地[グランドゼロ]の地だった。
雑草さえ生えない呪怨の大地―――。
此処に来て気にしたことも無かったが、植物に対しては置いてあるプラントでさえも、影響されるのだという。
特に背の高い鉢植えが顕著だとか。
短時間で駄目になるのが解っているにも拘わらずこうして毎週替えるのは、G弾の影響を把握するのに、その様子さえモニターしているとのこと。
流石に高レベル機密区画には置いて無いらしいが、周囲に一切の緑がない基地には潤いも必要との事で、調査を目的と名目とし結構なプラントが毎週出入りしていると教えてくれた。

ホールに降りると取り替えたマットを重ね始める話好きな彼女に挨拶して、踵を返す。
そこに集められた萎れるプラントの群れ、その横に積み上げられたマット。

―――なぜか、それを一瞥すると身体の芯が醒めた。


その自らの裡にある得体の知れないものを振り切るように、気を取り直してグランドに向かった。


Sideout





Side 前島正樹(本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦第5戦術機甲戦隊)

 横浜基地 第2演習場 13:30


網膜投影に映る戦術機を視線で追う。
俯瞰―――。
そして視野を左に振りながらズームアウト。
枠内に疾る噴射炎が4条。
射撃用よりも視野の広い撮影用レティクルだが、それさえが、ともすると振り切られる。

この偵察専用機SR-71[レイヴェン]に搭載されているのは、Cannon製の多連装レンズによるフェイズドアレイタイプの3次元多点参照動的予測自動焦点・・・要するに世界最高のマルチポイント・アクティブ・オートフォーカスになのに、それでも一騎だけ、時折ピントを外し、映像がブレる機体がある。


廃墟と化したビルの谷間、街路を隔てて瓦礫を避ける高速スラローム。
片方の戦術機が崩れたビルを踏み切り台にして機体を跳ね上げ、そのままバレルロールと云うか、コークスクリュー機動―――。
交差する街路で一瞬の倒立姿勢―――刹那の射線確保!
転旋機動による減速[●●]で、本来無かった射撃のタイミングを創出したのかッ!?。
走らせた視点の先、並走していた対戦機が回避行動を取る事もできず、胸部装甲が鮮やかな黄色に染まり、被さるように仮想映像が姿勢を崩し廃墟のビルに突っ込んで爆散した。

―――撃墜、9騎目。


視点追尾による間接制御が間に合わず、手動ズームでパンし画面ギリギリに辛うじて捉えた。
カメラ撮影に依る映像は実像だが、そこにJIVESの視野映像をオーバーレイするため、実戦宛らの動画になる。
勿論、フレームに捉えていることが条件で、撃墜シーンを収めきれなかったら師匠に何を言われるか判ったモノではない。
幾つか補助撮影用のドローンも飛んでいるが、国連ブルーの試製XFJ-01式(改)―――国連軍横浜基地仕様―――通称“Evolution4”を追い切れず、何度も振り切られてフラフラしていた。


戦闘開始から15分―――、相手は公式では初めてカメラの前に姿を表したA-12“アヴェンジャー”、米軍海兵隊が誇る特殊部隊“SEALS”仕様の虎の子であるにも関わらず、これで既に中隊12機中9機が沈んだ。
高いステルス性と固い装甲、攻撃機[アタッカー]の名に恥じない分厚い攻撃力。
だがしかし、中隊規模ならミサイル巡洋艦に匹敵するその多連装ミサイルの雨を嘲笑うように掻い潜り、鴨撃ちの如く呆気無く喰っていく“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”。

攻撃機でありながら、結構なステルス性能を有する A-12[アヴェンジャー]、このSR-71[レイヴェン]のレーダーでは捉えきれていない。
混戦になったからこそ、反応が見え隠れしているが、隠密行動を取られたら背後から襲われかねない。しかしあの白い機体には一切利いていないらしい。
コチラも横浜基地のデータリンクから情報を補完することで位置が掴めている。
と言うか・・・。
白銀少佐の機体は元より、横浜基地周辺は当然のようにマルチスタティックス化してある、と言うことだ。
A-12から待機するF-35EMDも、F-22Aも全て見えていた。

一方の白銀少佐―――、相手に射線を確保されても、トリガーを引いた瞬間にはそこに居ないと云う。
先読みをして偏差射撃を心がけようにも、その変幻自在の3次元機動に予測がつかない。
面で捉える撮影だから何とかフレーム内に収めることが出来ているだけで、点、乃至連射でも線で捉えるしかない突撃砲では追いきれないのが実情だろう。
・・・見えるのに、捉えられない―――それ程までに機動の次元が違っていた。


その姿は劇的―――。

それがレンズを通し網膜投影で見た、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”だった。







元々今日トライアル初日は、XM3のデモンストレーション・・・極みと言われる白銀少佐の動きを“体験”してもらう為の、単騎対中隊の模擬戦。
白銀少佐一騎に対する中隊は、XM3未換装とはいえ、各国の開発部隊や最前線衛士、米軍の最新鋭戦術機部隊、そしてXM3実装済の帝国軍教導部隊とという凶悪なラインナップ
それでも先日ユーコン・トライアルで行った同じ中隊戦で白銀少佐が残したキルレートは、0.03対169と言う途轍もない数字。
故に相手に数の過信はなく、当然少佐の戦闘機動や戦法も検討され尽くしているはずだから、寧ろ白銀少佐といえ不利との見方も在った。

予定では1中隊30分―――補給の時間も入れて、南米・オセアニア・中華・大東亜の6中隊で12:30迄、昼食を挟み残りの米国・帝国9中隊では18:30までかかる長丁場、それを一人で行うには厳しく、しかも後になるほど新しい機体、精強な部隊が相手になる凶悪なスケジュール。
中華・大東亜は各前線の中堅クラス以上を寄せ集めで、連携を望むべくもないが、その分前線を生き抜いた各個の技量は高い。
撃墜が出来るかは微妙でも被弾ぐらいは稼げるし、30分という時間枠ならば相当数が生き残るのではないか、と言うのが開始前、参加側関係者の大方の見方だった。


だが、此処までの戦闘を自分の目で視る限り、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”はユーコンの映像よりも更に早くなったように見える。
午前の部、十分な対策を取ってきたはずの南米、オセアニア、中華、大東亜の各中隊は、30分どころか、何れも15分を持たせる事すら出来ず、殲滅された。

鎧袖一触にも能わず、視認即撃。
その影が目に入ったときには、もうペイント弾を喰らっているという凶悪さ、予備照射の無い光線級に近い。

戦いにすらならない、極東の幻に魅せられただけ―――オセアニアの中隊長はそう零したという。


結局午前の部は、1チーム10分から15分程度しか掛からず、時間を繰り上げていくうちに11:00過ぎには予定していた6中隊が全て終了、昼食を1時間前倒しという出鱈目な状況だった。






昼食の間には戦術機を降りて殲滅された各中隊を足で取材したが、驚いたことに、その何れの部隊も短時間で撃破されたにも関わらず、その表情は明るかった。
午前の部は、運用機体も第2世代から2.5世代機でありOSも旧式、中隊とは言え大東亜や中華連合に至っては即席の寄せ集め、端からユーコンであのパフォーマンスを魅せた白銀少佐に勝てるとは考えて居なかったと言う。
有名な“レインダンサーズ”や欧州最強と言われる“ツェルベルス”をも無傷で下した相手。
機体は史上初の第4世代機であり、ファームウェアすら書き換えた正規版XM3搭載機、そこに単騎世界最高戦力と言われる“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”、である。
勝つことよりも、どれだけ粘れるかを目標にしていたらしい。
目にも留まらぬ裡に瞬殺された、正面から撃ち合ったが自弾がすり抜けた、部隊は10分以上持ちこたえた・・・、つまりは実際に“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”と模擬戦をした、それだけでも名誉なことで、地元部隊に戻れば自慢できるそうだ。


BETAにより確実に追い詰められつつある人類に在って、明確に数万の侵攻を退けた新潟防衛戦、そこに現れた英雄。
プラチナ・コードだXM3だと前評判だけは高かったが実際のBETA戦で使い物になるのか・・・後方支援国家は冷めた目で見ていたという。
だからこそ、その前評判以上の戦果を示した新潟防衛戦は相当センセーショナルだったらしい。
それは今も前線にいる中華連合や大東亜連合の衛士に取っても同じ。
旺溢するBETAを必死に押しとどめることで精一杯、徐々に深刻になる損耗に未来が見えない現況。

だが抗いきれないと感じていた圧力を、新潟では押し返したのだ。
更に次の大規模反攻は、日本帝国が基点となる H-21[佐渡ヶ島]奪還と期待されている。
同じ立場にある大東亜にとって、正しく希望であった。

つまりはその象徴的な衛士が強ければ勁いほど、後方国家に累が及ぶ可能性が減り、大東亜や中華連合にもBETA反攻の可能性が見えてくる・・・。
敵はBETA―――。
自分たちと隔絶した強さを魅せつけられることで、逆にBETA反攻の希望の星と捉えていることが感じられた。

しかも、あの機動にいつかは辿りつける可能性を秘めたOS、XM3を入手できるのだから・・・。


XM3―――。
既に帝国新潟防衛戦で実戦証明されており、その生存率は100%―――。
その後先行して配布されたユーコンからの欧州・中近東帰還組も、前線各地でBETAと接敵し始めていると言う。
まだサンプル数は圧倒的に少ないが、明らかに生存率が跳ね上がっているらしい。
既に欧州中近東に続き、大東亜や南アジアの幾つかの国は、供給に時間の掛かるUSB型LTEではなく、即時大量に配布できるソフトウェア型LITEの導入を、トライアルに先行して契約を打診してきているとも聞いた。

午前中、洗礼とも言える一方的な模擬戦の終わった機体は、直ぐにLITEがインストールされ、更にV-JIVESや教導システム稼働用のコ・プロが装着されている。
それさえ終われば、XM3慣熟訓練も開始可能。
用意されたモニタールームで午後の中隊戦を観戦することも出来るが、先のコ・プロが装着されると配信映像を網膜投影で観ることも出来る。
このトライアル中にレベル2まで全員を上げ、早い者はレベル3に至るのが目標だとレセプションで説明されていたから、いち早く慣熟に入りながら立体感のある網膜投影による観戦を選ばない衛士は居なかった。






その後、12:30から開始された米軍の各中隊との模擬戦―――、コチラは単なる前線衛士の英雄的崇拝とはまた別の米国の思惑も見て取れた。
要するに世界のリーダーを自負する米国、今はXM3と白銀少佐に後塵を拝しても、直ぐに追い付き、追い抜くという信念と言うか執念とでも言うのか・・・。
それがこの最新鋭機ばかりを集めたような参加布陣にも現れている。

だが僅か30分で、その米軍の2中隊が喰われ、今や3中隊目も残り少ない。




初戦はF-18D“ホーネット”を駆る米海軍アンボニー中隊。
2戦目はF-18E/F“スーパー・ホーネット”にバージョンアップした海兵隊のブラックパール中隊。

何れも多連装ミサイルを数多く揃えるなど面制圧を行う装備、勿論模擬戦なので炸薬ではなくペイント散弾を撒き散らず弾頭だが、誘導推進装置は必要故、使い捨ての模擬弾とは言え36mm弾とは比べ物にならない高価なシロモノ・・・それを各中隊に揃える辺り、金にモノを言わせた物量とパワーで押す米国らしい所作。

―――それでも午前中と異なり開始早々に近接戦闘に切り替えた“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の敵ではなかった。


相手に接近を許さない過剰なまでの火力により一気に圧倒するかに見えたが、そのミサイルの雨の中でも白銀少佐に直撃はなかった。
フィールドが市街戦であることに加え、チャフやフレア、ジャマーを駆使し、赤外線・レーダー追尾も的確に振り切り、それでも接近する尽くを躱す。
全てを見切ったような、無駄を一切排除した最短最速の機動。
幾ら物量に厚くてもミサイルが無限湧きする訳ではない。
弾幕が息を継ぎ、弾幕密度が薄れたその瞬間、一気に距離を詰めていた。

そうなると回避しようにも重火器込みのF-18系初期加速は遅く、旧OS故瞬時の反応が鈍い。

離れた位置での足止めは出来ていたのだが、一旦接近を許せば味方を巻き込むミサイル等の重火器が使えない。
パワーに振った分、直線機動なら重火器の重さを物ともしないが、その大きすぎる慣性故、細かい動作や体捌きは苦手、加えて一般的な米国標準装備には長刀も無い。
混戦に引き込んだ少佐は、左右に持ったガンブレードの斬撃と点射で瞬時に周囲の敵を屠っていった。

アンボニー中隊F-18D“ホーネット”に関しては、対“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”戦では常識となりつつ在る自動照準[Auto Aim]敵味方識別[IFF]さえ外していない始末。
近接に持ち込まれて以降散々だったが、実際にはそれらを外していたブラックパール中隊も近接で詰んだから、その2つを外すことは、おまじないのような物、あまり意味はないのかもしれない。
なにせ、そのブラックパール中隊は接近された半分の味方を無視してミサイル飽和攻撃を実行した。
この奇襲には流石の“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”も沈んだかと思われたが、廃墟と捕獲した敵機体を盾にすることにより、それすら凌いでみせた。
自分たちのミサイルで僚機6を喪ったブラックパール中隊は、仕留め切れなかったことで逆に一気にジリ貧。
手持ちのミサイルを撃ち切ってウロウロしていた4騎を釣瓶撃ち、隙を突いて近接短刀で踊りかかった隊長騎は、そのまま腕を取られ体落しで大地に叩き付けられた。

JIVESの模擬戦でも地面は同じ・・・訓練とは言え墜落すれば死亡事故もある。
故に通常、近接格闘戦は剣技までで、戦術機にも被害が出る肉弾戦に近い格闘戦は控えるのだが、流石に白銀少佐もたかが模擬戦で囮戦術を使い、更には短刀で格闘戦を仕掛けてきた指揮官に腹を立てていたのかも知れない。
投げ落とす動作に微塵の躊躇も感じられなかった。
このえげつない戦法には米軍司令部からも批判が上がったらしく、後日、半壊したスーパーホーネットの修理費や、ムチ打ちの治療費を国連に回すようなコトは無かったと聞いた。






白銀の雷閃[シルバーライトニング]”に対し物量が決め手に成らないのは、F-18以上の攻撃能力を誇るA-12“アヴェンジャー”も同じ。
加えて最大メリットのステルスが効果を発揮しないとなれば、火力に特化し機動が劣化したF-18の様な機体、展開は同じようなものだ。
その特化した火力をも躱し切るのだから、A-12“アヴェンジャー”も“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の敵ではなかった。



しかし・・・これが米軍戦術機部隊の実態・・・御子神大佐が否定したというATSF、その弊害か―――。

機体が違っても、目指すコンセプトはほぼ同じ。
ステルス艤装と大パワーで隠密急速に接近し、大火力で一気に殲滅する―――。
どう考えても元々ステルスの利かないBETA戦を想定した機体ではない。
勿論BETA戦でも戦術機に依る面制圧は可能だし有効な場面もあるが、物量を最大の武器とするBETAに物量で対抗して押しきれるわけはない。

つまりは極めて穿った見方をすれば、BETAは前線国と戦わせ、残った前線国戦術機を叩く為の概念、それがATSFだとも言える。




不意に流したフレームの中で、鮮紅のガンブレードが閃く。

あ―――、最後のアヴェンジャーが堕ちた。


A-12がアタッカータイプとは言え、第3世代から、3.5世代機とも言われる中隊を、20分足らずで片付ける。


そして・・・、珍しくわくわくしながら撮影している自分に気がついた。







・・・何時からだろう?
こんなにも情熱を持てなくなったのは・・・。
・・・ただ惰性で目の前のありふれた“悲劇”を映像として遺すだけの存在でしかなくなったのは・・・。


元々衛士になんかなりたくなかったから、尚更かも知れない。
中学卒業時の検査で、何故か戦術機適性が高かった為、衛士訓練校に行かされた。
情報が統制され、戦場の状況など概況しか判らない世間一般、知らないことは不安でしか無い。
なので可能であれば渡米して知り合いの戦場カメラマンに随行し、やがては自らカメラマンとして、世間に世界の現状を伝えたいと考えていたが、徴兵制の前に儚い夢でしか無かった。

それでも教練を熟し、衛士として任官が出来たとき、引っ張ってくれたのが中学の時押しかけ弟子をしていたカメラマンのミツコ師匠・・・師匠ですらその時は本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦隊長の香月ミツコ中佐だった。
階級が部隊長で中佐なのにも驚いたが、元々偵察隊を率いてスポット参戦していたらしい。
相変わらず謎多き女性だ―――実は中学生以下が守備範囲のショタだけどコレは記憶を封印。


アンタの“目”で真実を写しなさい―――

言われてその気になって、そして初めて“現実”に直面した。


そう・・・戦場に満ちていたのは、まごう事無き“絶望”だった。



政府や軍部が詳細を伝えず情報統制を行っている理由も理解した。
これ[現実]を知らせれば、戦うすべを持たない市民は、今辛うじて保っている理性さえ破壊されかねない。
悲観した大量の自殺者や、自暴自棄に依る暴動がどれだけ発生するか知れない。

真実を伝えることが正義だなんていう、子供の論理はその現実の前に微塵に砕けた。
あと10年で滅亡するという現場が、どれだけ無慈悲で容赦なく凄惨なものであるか、余りにも想像を絶していた。



任官以来、日本各地を転戦、というか戦闘の在る所を渡り歩いた。
偵察部隊という任務、しかも自らは戦う術もほぼなく、ただ数多の同胞の死を見つめ続けるだけの日々。

それは、“絶望”を追認していくだけの、行為。

勿論、稀に小規模の間引き戦で勝利に沸く事もある。
だが、共に任務達成を祝った人たちが、次の戦闘ではBETAに喰われていくその現実。


隊が“アルコル[死兆星]”と呼ばれていることも、騎乗する戦術機甲戦闘電子偵察機SR-71“黒烏[レイヴェン]”が“タナトス[死神]”と呼ばれていることも理解した。

任務はBETAの戦闘時における記録、それを確実に持ち帰ること。
勿論その記録から、少しでも人類が生きながらえるヒントを探していることは理解できる。
だが、そこにヒントが存在する可能性はあるのだろうか。
無駄でも何でもそれが任務ならば、例えそこで戦闘する部隊が壊滅の危機に在っても、その姿だけを撮影し、全てを置き去りにして帰還する。
戦場にデータリンクが生きていれば、確かに転送することも可能だが、膨大な容量になる映像記録を送れば、細い回線自体を長時間独占し通信不能を発生しかねない。
もし重金属雲の影響を受ければ、データリンク自体が繋がらない。

故に、特殊戦にはSR-71という戦闘力僅少で逃げ足だけが早い機体が与えられている。

壊滅する部隊を見捨てて逃げる―――二つ名は妥当であろう。


まだ任官から1年半程なのに、自分が見捨てた部隊だけで、どれだけ程の人数になるのだろう?
思い浮かぶ無数の断末魔。
100や200では利かない・・・。

その中で受けた怨嗟も数えきれないほど在る。
そっちはまだマシ。
恨まれなくても、いつかは辿る道。
どうせ先が同じなら関係ない訳で、そのうち何も思わなくなった。

けれど、後を頼む、帝国を任せた、敵を・・・言われたって到底無理、無理無理。
今際の際に託されても、何もどうすることも出来ない自分に、ただただ凹む。
解っていても、更なる無力感に支配される。


任官からずっと見てきた“真実”―――。
余りにも残酷な“現実”―――。


それがすっかり心を支配してしまったみたいだった。




昨日横浜に来て、久しぶりにみちる姉に会った。
相変わらずキレイだった。
驚いたことに、美沙や優莉も居た。
弟子入りしてた師匠のスタジオ以来・・・ハーフの美沙は前からモデルをするくらい美形だったが、たった2年で磨きがかかり、優莉も幼さが抜け眩しいくらいになっていた。
戦乙女部隊[ヴァルキリーズ]は他の人も異様にレベルの高いアイドルグループみたいな集団だったが、顔なじみの3人が撮影の指示やサポートもしてくれるという。


みちる姉は両親から離れて暮らしていた自分をずっと世話してくれたヒト。
同年代でよくケンカした伊隅家三女まりかよりもちょっとお姉[次女]さんで、密かに憧れていた女性。
今は戦乙女部隊[ヴァルキリーズ]の中隊長で大尉とか、相変わらず優秀でしっかり者みたいだったけど、今では身長も追いぬいて、やっと少しは男としてみてもらえるかもしれない、なのに・・・。


―――心が動かなかった。



浮かぶのは、目の前で泣き叫びながら戦車級に貪り喰われていく女性衛士達―――。

悲鳴。
啼泣。
絶叫。

その声が、ぶつん、と途切れる。
その時の断末魔の表情が、喰いちぎられた肉片が、彼女たちの顔とラップする。

美沙や優莉、そしてみちる姉の、そんな姿を見たら確実に精神は崩壊する確信がある。

―――そして、何れその時は来る・・・。



だから・・・。

求めてはいけない。
望んではならない。

今以上を望めば、絶望もより深くなる。

ただ淡々と・・・与えられた任務を果たせばイイ―――。











なのに―――。

今目の前に展開される光景はなんなんだ?

余りに、衝撃的―――。


米軍の最新鋭機であるF-35EMD“ライトニング”を平然と置き去りにし、射線を掻い潜る様に反転、追う曳光弾をバレルロールで躱しきり、一瞬の交差、撃破する。
SMGに刀で勝つとか現実には在り得ないコトを平然と実行する。

午前中6中隊を平らげ、午後にも既に米軍の物量3中隊を下している機動からも、更に速くなっている。
見て解るほどに、“Evolution4”のギアが一段上がっているのだ。
F-35EMDは、確かに最新ではあるけれど、性能的に言ってしまえばF-22の劣化版・・・とはいえ、その運動性能は、やはりF-18やA-12より数段格上。
・・・にも関わらず、“Evolution4”はその機動を凌駕する。





噂を聞かなかった訳ではない。
27,000のBETAを迎撃・殲滅し、戦死者0という結果も聞いた。

けれど、何度も明るい噂に期待し、現実に蹂躙されて深く失望する事を繰り返してきたせいか、現実感が伴わなかった。
新潟防衛戦の時は、他の任務の関係で四国に居り、参加できなかった。
自分が見て、自分が感じたことしか信じられなくなっていた。


だが、今目の前で宙を舞う“空宙の鬼神[Daemon Load of Aerial]”は、紛れもない現実。


もっと、もっと見たい・・・。
ずっと、ずっと見ていたい・・・。


そんな想いさえ抱かせるほど見事な“舞”。



華麗? そんな既存の概念など超越している。

奇天烈で出鱈目で変幻自在で融通無碍―――。

それでいて僅かな破綻もない、天衣無縫。



正直、意識の高揚とは裏腹に、撮影のためその動きに追従することすらしんどい。

撮影距離[カメラレンジ]だからどうにか可能にしているわけで、交戦距離[コンバットレンジ]だったら、一瞬で振り切られる。

それでも、戦術機甲戦闘電子偵察機SR-71“黒烏[レイヴェン]”が何時もより思い通りに動いてくれる。
帝国の機体だということで、昨夜遅く御子神大佐自らが、XM3正規版の換装と副推進器や電磁伸縮炭素帯の調整を行って呉れた。

今までは間接思考制御でカメラを操作し、手足で機体を制御していた。
だが、白銀少佐の動きは、追いきれない。
代わりに機体そのものを動かしてフレームに捉える。
それが、XM3なら出来た。


まだ、行ける・・・。
まだ、見られる・・・。


ただ只管、その姿だけを追って・・・。



Sideout





Side みちる

横浜基地管制塔 映像調整室 15:10


XM3トライアル初日。
私はライブ画像編集のためにコントロールルームに居た。
その対象である対“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”という模擬戦も、既に終盤にきていた。


同じA-0大隊でもA-00中隊はすでに、模擬戦を継続している演習場とは別のサイトに散り、午前中に模擬戦を終了しXM3LITEを導入し終えた部隊の教導や、単発のデモンストレーションを実施している。
御剣を除きユーコンでも経験した事であり手慣れたものだし、その御剣にしても戦術機動剣術に関しては部隊内でも篁大尉と双璧とも言える腕前であり、何の不安もない。
一方昨夜ナレーターとしてゲストの対応に当たったA-01中隊は、今の時間サポート対象の衛士の大半が戦術機に乗り込み出払っている為、過半数が此処コントロールルームに居る。
今現在XM3換装中の機体の衛士や、整備要員・事務方もサポート[監視]対象である為、宗像など別途哨戒しているメンバーもいるが、それも殆どが公式モニタールームで観戦している対象に付いていた。


ここでは、XM3プロモーション動画のディレクターとして、撮影された動画の編集と確認、そして配信を行う。
今回の模擬戦はユーコン・トライアルにも習いドローンによる近接映像・固定カメラの映像を利用するに加え、戦術機甲戦闘団特殊戦所属の偵察機SR-71“黒烏[レイヴェン]”による撮影が行われている。
要するに、この部屋ではその全ての映像がモニター出来るのである。
それらのソースを編集し、配信用映像にまとめて、10分遅れで専用データリンクに配信する試みだ。出来るだけライブ感を出すのはいいが、編集・確認を10分で行うなどなんて無謀な、と聞いた時は顔が引き攣ったが、実際始めて見ると何とかなっていた。

このデータリンクはV-JIVESのシステムが使える環境であれば、網膜投影で何時でも閲覧できる為、今回参加できなかった殆どの帝国軍や斯衛軍でも主要な基地エリアであれば、全模擬戦が視聴出来、それはまた同じシステムが稼働するユーコン基地でも可能であった。
今でこそV-JIVESが稼働可能な基地及び機体は殆どが国内にしか無いが、既に欧州は設置基地の具体的検討に入り、大東亜圏やオセアニアからは引き合い、当然米国も興味を示している。
共有される機動モデルを囲い込みたい等思惑も有るようで、まだまだ紆余曲折はありそうだが、教導システム、アグレッサーシステム、V-JIVESに続く、動画コンテンツの配信と成る。
受信が戦術機であれば、機動データも追加できる訳で、現在は映像だけだが将来的にはV-JIVESと組み合わせたリプレイモードの実現も視野に入れているらしい。
また映像ソースとしてなら、専用データリンク以外通常のネットワークにも載せられるので、別途視聴権を設定すれば通信に依る配信も可能であると云う。
白銀の機動を公にして良いのか、という疑問が無かったわけではないが、寧ろ横浜へのちょっかいの抑止力にもなると言う事で、公開される事になった。
横浜基地の有するソースは、プラチナ・コードのガンカメラ映像など衛士や戦術機の開発者に取って垂涎の的となるものが多数存在するわけで、その動画が何時でも閲覧可能と成ればその価値は計り知れない。

その初手となるのが、今回の動画配信だ。
たった10分で編集と確認など無理、と思ったが今回は対象が単騎・白銀をメインにすれば良いだけなので、殆どが自動作成で済む。
それもSR-71“黒烏[レイヴェン]”の撮影映像が角度的にも距離的にも一番臨場感がある。
メイン画面は殆どがそれを追えば良く、どうしても死角となる場面だけ、他のソースに差し替えるくらいなので、今回の撮影助手である遠乃だけでも十分に対応できていた。
そして、機密関連のチェック、つまり機密上映って不味い物についても、本来画像を差し替える等の措置が必要となるが、今回はJIVESの仮想映像を被せるとき機密対象物も自動的にカバーしてしまうため、殆ど手をかけることなく違和感ない隠蔽ができている。
隠蔽結果は確認時グレー領域で表示してくれるので、承認するだけであり、拍子抜けするほど手間はなかった。

と、なるとどうしても展開されている模擬戦の内容に引き込まれるわけで・・・。


そう、どことなく、SR-71“黒烏[レイヴェン]”の・・・正樹の映像に午前中よりも明るさを感じるのは私だけだろうか。
部下であり恋敵でもある二人も昨日、正樹の余りの変質に驚いていたが、今の映像には何処か安堵している雰囲気がある。
先刻の昼食で大東亜の衛士が言っていたが、白銀は一つの希望にまでなっている。
この神がかりとも言える機動は、勿論米国には大きな脅威となって映るのは間違いない。
だがその大きな力に、誰もが憧憬を抱かずにもいられないのだ。

私とて今は未だ機密部隊の中隊長という立場、正樹といえど多くを語る事は出来ないが、白銀の機動に何かを感じてくれたならそれでいい・・・そう願うのが精一杯だった。



それにしても―――。


「・・・相変わらず出鱈目な強さだな、白銀は・・・。」


今の相手はF-22A“ラプター”―――。

“ラプターショック”と米国に言わしめたブルーフラッグ戦―――御子神がユーコンでF-22EMDを撃墜したのだって、4vs4の小隊戦だった。
まあ、三味線弾いている御子神もまだまだ底が知れないのだが、少なくとも本人は無理無理と全くやる気がない。

一方で、白銀のユーコン・トライアル模擬戦結果は映像含め知っている。
それを踏まえたとしても、F-22A相手に中隊12騎vs単騎などという図式が成立する事自体が可笑しいし、あまつさえ相手を終始圧倒しているというのは、余りにも常軌を逸している。



XM3搭載の試製XFJ-01が初の第4世代機として認知され、米国軍事ドクトリンの崩壊に依って、確かにF-22Aは評判を落としたが、仮にもそれまで世界最強を標榜した機体なのだ。
旧OSであっても、根本がATSFに基づいたロングレンジファイターであっても、米国が威信をかけて作った機体、決して弱いわけではない。
近接戦闘が劣るのは飽くまで何処に重きを置くのかというバランスの問題であって、F-16の様な小回りこそ効かなくても、現実にF-15以上に機体を振り回せるだけのパワーと、可能な限り硬直を廃した柔軟な操作性に基づく敏捷性は、十分最高水準レベルを有しているのである。
それは、今の戦闘状況を見ても解るし、御子神がシミュレータに入れたF-22Aを実際に操縦しても解っている。
ステルスを抜きにしても機体性能は不知火よりかなり上だ。
近接機動に限定すればXM3搭載の不知火でそこそこ対等と言えるが、旧OS機や近接以外のロングレンジ戦ともなれば、その差を覆すのは相当に困難だろう。
実際ステルスの無効化が出来なければ、試製XFJ-01でも苦戦を強いられるのは間違いない。

今回参加したグアム基地の部隊は、謂わば米国における最前線を張る強面ばかり、米軍最後となるハンター隊も練度・連携ともに高い水準にある。
XM3トライアルということで、通常もっと多い難民系志願兵の比率を下げたらしく、隊が半分に割れている感はあるものの、そこは中隊長が巧く指揮している感じだ。

プレスを掛け、包囲し、逃げ道を塞ぎつつ、圧倒する―――。

警戒すべき単騎に対しての作戦も正しいし、指示も真っ当だ。
少なくとも同じF-22Aで五月雨式に各個撃破を狙ったスパイク中隊よりも戦術としてずっと良い。



それでも尚―――。


今までの部隊よりも明らかに撃墜速度は遅いが、ポツリ、ポツリとF-22Aが墜ちていく。
白銀は包囲されるたびに、穴を見つけ、あるいは強引に穿ち、一騎づつ喰いながら次を狙う。
4騎が堕ちた時点で、フォーメーションが変わった。
相手の指揮官が、白銀の意図に気付いたのだろう。
要はわざと包囲させて数を減らしていたのだ。
常に対角に僚機が居ない様包囲展開する中隊に対し、巧みに位置を変え、誘い込み、対角に味方の存在する状況に追い込む白銀。
包囲戦は自隊の弾幕を薄くしていることに気付いたと言う事。
尤も気付いたところで、打てる手など無いが・・・。




―――というか、そんなに簡単に届いて貰っても困る。

F-22Aよりも確実に近接戦闘に優れる“Evolution4”で我々A-01中隊が未だ届かない高みに居る“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”。
漸く被弾を取れる様になり、30分の中隊損耗が50%を切る様になってきたが、それでも未だ撃墜には至っていない―――。
この前、“レベル5er[ファイヴァー]”に達したというA-00中隊の新任5名を追加し、17対1で漸く堕としたのだ。




メイン画面で、また一騎、墜ちる。


「・・・コイツ―――良いモン持ってるな。」


当然こんな動画編集システムを組んだのは御子神で、システム確認の為一緒に画面を見ていてポツンと呟いた。
御子神は、普段白銀を褒めることなどしないし、堕ちた相手に視るべきところが在ったとは思えない。


「・・・は?、誰が・・・だ?」

「カメラマン―――SR-71[レイヴェン]を駆ってる彼さ。」

「・・・え?」

「戦闘を邪魔しない位置取りも悪くないし、フレーミングも及第・・・。
何よりもいままでのドローンや、カメラに慣れないA-01の誰が撮っても、武の撃墜シーンをこれだけ的確に捉えた奴は居ないだろ?」

「「「「あ―――!」」」」


・・・確かにそうだ。
編集がこれだけ楽なのも、一本幹になる映像があるからで、今まで自分たちやドローンで撮った時にはこんなに楽ではなかった。
午前中からリアルタイム配信用の画像チェックをずっとしてきたが、撃墜シーンを逃したことが無い。
参考としたユーコンの映像は、結構そこが抜けてて面白味・・・コホン、参考に成らなかった事も思い出した。

実際白銀の機動は、記録班泣かせある。
ドローンの追跡もあっさり振り切り、偵察機で出ても切り替えが早すぎて追えない。
大抵がその確認は自機のガンカメラか、固定のカメラ映像を組み合わせることになる。


「・・・カメラマンの嗅覚って言うか、要するに状況の先読みが巧い。
ビデオだから、その先、決定的な一瞬[シャッターチャンス]に対する“勘”を持っているかどうか知らないし、経験量が違うから、まだ武には比べるまでもないが、―――マジで鍛えればそこそこ迫れるかもな。」

「!、正樹が白銀にかッ!?」

「・・・5,6年扱けば・・・或いは。
尤も、その時武はもっと先に行ってるが、な。」

「・・・5,6年―――。」

「ハイハイハイ、ちょーっとまった大佐!
それで言うと私達[●●]はどの位で届くの?
10年?、20年?」


速瀬が慌てたように訊いてくるが、その目は真剣。
大佐が珍しく褒めた他の隊員。
相手が正樹だから私自身嬉しいことは嬉しいが、自分たちの評価ははっきり言って聞いたことがない。
周囲もその質問には興味が有るようだ。

大佐がメンバー全員を見回して小さなため息をついた。


「・・・夕呼センセが態々集めたお前らが、才能で負けてるわけ無いだろ。
“神鎚”を生き延びれば同じとこまでで3,4年だ。
前島も同程度なら、此処[●●]に居るだろうが。」

「あ―――そっか・・・!」


聞いていた全員がほっと息を付くが、私としては、微妙・・・。
正樹の才が僅かに足らなかったことで一緒の隊に成れなかったのを惜しめばいいのか、それともこの獰猛な部下共に喰い荒らされなかったことを喜べばいいのか・・・?


「・・・お前らなんでそんなに自己評価が低いんだ?」

「あ~~、なんて言うかさ、少佐はアレ[●●]じゃん?
完全に突き抜けてるって言うか、私達も未だ中隊じゃ敵わないし・・・。
それはそれで仕方ないんだけどさ、最近新任に先越されたって言うのがちょっとね。
寝る間も惜しんでの実験台って凄いと思うし、自分でも体験していつまで続けられるか自信は無いって頭じゃ判ってるけど―――気持ちが、・・・さ。」

「ああ、あれか・・・。
まーあいつらも流石武の嫁、無茶ばっかりするからなぁ・・・。
実際アレは極めて特殊なケースだから、気にするな・・・と言っても気になるだろうが、例外と思って諦めるしか無いな。
けど、徐々に上がっているお前らが今のままで行けば、“鳴神”或いは“神鎚”後には1つ上がる可能性が高い。
そうなれば“5”に届く奴もいるだろ。」

「!!―――ホントに?」

「ああ。
生産速度の関係で未供与のメンバーもいるが、G-コアを与えられているって時点で理解しろよな。」

「「「「 あ 」」」」


そう言われればそうだ。
A-01は、この後“鳴神”に赴く前には、メンバー全員がG-コア装備の“Evolution4”が与えられる。
今はV-JIVESを使って該当機体による慣熟に入っていた。
当然佐渡ヶ島ハイヴでも、反応炉制圧を目指すことになる。


「そう言えば御子神・・・、“Evolution4”用装備として一緒に支給された試製01式衛士強化装備は、00式とは違うのか?
白銀は大佐に聞くといいって言っていたが・・・?」

「ああ―――、元々武御雷の運動性能を背景に、不足する耐G性能や応答性を改良したのが00式強化装備なんだけどな。
試製XFJ-01そのものなら00式で事足りるが、“Evolution4”のエクステンドモードとなると更に突出した機動が実現できるから、00式でも足りない。
で、作ったのが試製01式衛士強化装備なんだが・・・実は“横浜仕様”のコイツには一つ、とあるBETA由来の素子がつかわれているのさ。」

「―――え?」

「元々強化装備は第1層皮膜で筋電反応を拾う機能を有し、それを間接思考制御で機体の制御に使用しているってことは承知していると思う。
けど脳の指令が神経を伝播して筋電反応を起こすには当然時間が掛かる・・・。
その時間を削れるように、意志そのものを戦術機の制御に伝え、望む動作をそのまま戦術機で実現する直接思考制御[●●●●●●]のシステムが取り入れられている。」

直接思考制御[●●●●●●]ッ!?」

「そう云う類のBETA由来素子が存在するんだ。
勿論重要機密で、採取量もそれほど取れるわけではないから、数作れるものじゃないし、機能的にも誰もが直ぐ使えるようなシロモノじゃないから、飽くまで横浜仕様だけど。
ちょっと前に篁に試してもらったんだが、素のままだと一般には使いにくいんで、制御を間接思考制御とのハイブリッドにした訳だ。」

「「「「・・・・・・。」」」」

「尤も“直接”といっても思うだけで戦術機を動かすには、思考と今までの筋電位モデルそして動作が一致しなければ話にならないから結構難しいんだぜ?」

「・・・なんで? 思うだけなんでしょ?」

「・・・例えば、頭で思い描くだけでバック転が出来るなら、誰でも出来る―――ってことだ。」

「あー、そっか・・・。」

「けれど、普通の人は出来ない。
身体が思い通りに動かない、と云うよりは考えた動作と、現実に実現する動作には結構齟齬があって、その差を詰める練習をしないと実現できない―――ってことだな。
つまり筋肉に経験から来る様々な制御の掛かった厳密な動作モデルがなければ、実際のバック転は出来ない。
それを戦術機のコンボは、コマンド入力と間接思考制御で最適な動作モデルを実行しているわけで、それに依存している限りは“直接思考制御”なんか関係ないのさ。
モデル化もろくに出来ていないレベルじゃ無意味。
レベル4から僅かに混じり始めて、レベル5でも直接率は30%ってとこか。
殆どの機動モデルを構築した武でさえまだまだ発展途上、現状直接率は50%にも達していないはず。
鑑が“森羅”を使えば即100%だが、アイツは逆に実戦経験値が乏しいから動作が十全に機能しない。」

「!、白銀少佐はまだ早くなるって言うのッ!?」

「―――思考から戦術機動作までの“反応[レスポンス]”速度が・・・ってだけだがな。」

「―――ちぇッ!、少しは追いつけるかと思ったのにィ。
まだまだ遠いのか・・・。」

「速瀬は・・・そんなコト言ってると一生掛かっても追いつけなくなるそ。
武が反応速度だけでアレ[●●]を為してると思ってるのか?」

「は―――?」


画面ではまた一騎、F-22Aが墜ちる。


「速瀬このまえ、XM3換装の吹雪に乗った武に墜とされていただろ?」

「ぐ・・・む―――。」

「確かに武はZONEも使えるし、XM3も直接思考制御の領域に入ってる。
伝達経路を短くして、反応時間こそ短縮しているが、思考のサンプリングや、伝達速度そのものを早く出来ているわけじゃない。
それらは状況の変化に対する修正のマージンを広げているだけだぜ。」

「・・・じゃあ、なんであんなに・・・。」

「―――前にも言ったと思うけどな、予測と同調[●●●●●] が重要って・・・。
武はさ、戦術機操作に於けるその“時空間的一致性[Spatiotemporal Coincidence]”能力が超絶的に高いんだ。」

予測と同調[●●●●●] ・・・」

「戦術機の・・・」

「時空間的一致性・・・?」

「―――御子神・・・それは?」

「難しく言っただけで、大したコトじゃない。
お前らも日常的に使っている。
例を言えば、突進してくるBETAに36mm突撃砲弾を当てる能力だ。」

「「「「―――は?」」」」

「止まっている突撃級に36mmを当てるのは、誰でも出来る。
なら、走っている相手には?
それも慣れればそれなりに当てられるだろう?

元々、我々の脳による“認識”と“現実”の間には、0.15から0.2秒ほどのタイムラグが有る。
視覚情報の伝達と、理解にその位の時間がかかるからだ。
その時差は、静止している物なら、問題ない。
しかし相手が動いている場合は、その位置と速度を認識し、時間差のズレを織り込んだ上で未来位置を“予測”し、これも自分の操作遅れと弾の着弾までの時間を考慮して“同調”しないと、当てられない。
謂わばみんな0.2秒の未来予測と動作同調を行っているわけだ。」

「「「「・・・・・・」」」」

「―――では次に、時速140km/hで突進してくる突撃級の、前肢に当てるのは?
更に、自身が噴射跳躍で移動しながらだったら?」

「あ―――。」


御子神が説明した映像・・・。
それは、以前白銀が、CASE-29シミュレーションの中で当然のように実行して魅せた動作であり、新潟の防衛戦では、A-01中隊の幾人かが成功した突撃級無力化の攻撃手法。


「・・・当然、早く動く物、複雑な挙動をする物に対しては、その予測とタイミングの難易度が極端に上がる。
さらに自分も動けば、相手だけではなく自分の空間における位置、運動を把握・認識し、時間的に一致するタイミングで必要な動作をしなければ要求を満たすことが出来ない。
つまり武はその空間的時間的状況認識と、それに対する自分・・・正確には戦術機操作タイミングの取り方が桁違いに精確なんだ。
尚且つ武はそれを、殆ど反射だけで遣っている―――。
才能とか天禀が無いとは言わないが、反射モデルをあそこまで形成するのは、愚直なまでの経験の積み重ねが必要。
―――前話した武が少年時代から遣り込んだゲーム、そしていきなりの戦地任用以降、死地で動かしてきた戦術機・・・、それら全ての経験を訥々と重畳し、只管に累積してきた夥しい動作の記憶・・・、それが昇華したものがアレ[●●]ってコトだ。」

「「「「 ・・・・・・。 」」」」

「・・・例えば[●●●]未来が見える相手が居たとしても、予知事象が起きる時間的精度が低ければ、所詮“同調”することは出来ない。
何処かの誰かの目論見など、武は歯牙にも掛けないのさ―――。」

「「「「 ・・・・・・。 」」」」

「相手の動作を予測し、位置を把握するのは、武術なら“見切り”とか“先読み”って言われる。
当然空間的な位置だけではなく、時間的な概念も含んでいる。
その概念のみを突き詰め、身体による近接格闘術にして極めたのが、植芝翁―――“合気道”とも言えるかな。
相手の力と自分の力を空間的時間的に一致させることで、効果を為し相手を倒す。
勿論武術だから、誘いや受け、躱し、往なし、崩しと様々な技や型は在るだろうが、本来の極意は如何に彼我の動作を見切り、如何様に合わせれば相手を倒せるか、と言う事にあるだろう。
ま、他の格闘技に比べ速度や力を重視しないところが理解し難く不可思議だったのか、あるいは時空間把握は“覚醒”や“悟り”に通じるものがあるのか、妙に宗教っぽくなった節もあるけどな。

どんなに力が強くても、どんなに速度が速くても、有効に作用するような場所・時間に当てなければ、意味が無い。
逆に言えば、必要最低限の速度とパワーがあれば、ある程度の差は覆せる。
武は戦術機に於ける“合気の極意”を自分自身で獲得したようなもんだ。
だから、武は戦術機が非力な吹雪になったって、“武御雷”や“Evolution4”を倒すなんてことを平気でやる。
少なくともXM3なら余計な硬直は無いし、タイミングを取る最低限の反射速度は得られるからな。
―――尤も、ノーマルじゃ武の機動に何処まで機体が耐えられるか、微妙だが・・・な。」

「「「「 ・・・。 」」」」


・・・今もノーマルモードの“Evolution4”で、パワーに勝るF-22Aの中隊を相手にしても圧倒しているのは、そう云うコトか・・・。
見切り、先読み・・・時空間を刹那的に一致させるのは、攻守に渡る“一重の極み”とでも云うのだろうか。
当然自分の攻撃が出来るということは、相手の攻撃も見切っていると云うことで、ギリギリなのに余裕を持って躱している訳だ。
加えてそれを理解している御子神が、白銀の能力を十全に発揮出来るよう開発したのが“Evolution4”―――。
応答性、耐久性、継戦能力―――ノーマルモードではパワーこそ封印されているが態々“Evolution4”を謳っているのだから差別化と云う意味で、応答性の抑制は然程大きくなく、試製XFJ-01よりも少し早い。

F-22Aを苦も無く圧倒する今の状況は、必然でしかない・・・か。


「・・・アイツは、敗けることが在るの・・・?」

「当然、捌ききれない密度の攻撃を受けるか、反射出来ない時間[タイミング]で “先読みの裏”を突かれれば、敗ける。
実際17騎なら、勝てたんだろ?
―――此処横浜に集められた才が、そうそう劣っている筈がない。
アイツは追いつけないほど彼方にいる訳じゃないんだぜ―――?」

「「「「 !!・・・。 」」」」


白銀が自らの才に溺れること無く、連綿と積み重ねたのは死と隣り合わせの膨大な経験―――。
技量を得たその苦行を羨むのは、同時に重ねた悲劇を無視した行為、どう考えてもお門違い・・・。
空間把握、動体把握、時間把握、そして身体把握。
剣術も砲撃も“根底”は同じ、・・・か。
先人の得た極意を“型”に遺す流派に依らず、自らの“経験”でそれを昇華させたその意味では正しく“天禀”。
だが、彼が辿ったその“道”は、我々の前にもだた“在る”。

征くか、停まるかは各人の意志次第、―――と云うことか・・・。



Sideout





[35536] §101 2001.11.26(Mon) 17:15 横浜基地 モニタールーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/05/15 12:14
'15,12,26 upload
'16,05,15 誤字修正

※折角100話に届いたというのに、急な仕事で時間が取れず、またも間が空いてしまいごめんなさい。
 駄文に付き合って頂いている読者様には申し訳ない限りです。
 年の瀬・年初もどうなるかわからずこのままではまた休眠しかねないため、書いた分だけでも投下します。
 なんとか週1頻度くらいに戻したいのですが・・・今しばらくご容赦ください。




Side アルフレッド・ウォーケン(米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官・少佐)


モニタールームの大きな画面には、互いに対峙する試製XFJ-01[Prototype-01]が映っていた。


片方はソ連軍迷彩仕様だが、こうして同じ画面でみればオリジナルの機体と、横浜仕様にチューンされた“Evolution4”の違いも目に付く。
あの“XM3”搭載を考慮して調整された試製XFJ-01[Prototype-01]が“第4世代機”と言われ、既存機と一線を画す事は紛れもない事実、その完成度は極めて高いと言わざるを得ない。
OBLが第3世代機の要件で在ったように、第4世代機の要件とまで言われる“XM3”―――無論現時点で公式にはまだ米軍への供与は開始されていないが、ユーコンを通して前線にはそれなりの数が出ている為、“回収品”の名目で開発関係部署には既に存在しているのも事実。
そこで比較検討されている性能が言われているように“革命的”であることも、また米国のソフトウェア開発会社がボーニングが入手した仕様書を元に複製しようとして匙を投げたことも、聞き及んでいた。

何しろ仕様書を手にする僅か数日前には機密漏洩疑惑が取り沙汰され、日米の共同開発計画は疎か、国連の大規模計画であるプロミネンスまでもが、あわや破綻の瀬戸際に在ったのだから・・・。

そのオリジナルの姿にYF-23の片鱗が見てとれる事は否定しない。
だがユーコンで共同開発を行っていた米国側アドバイザーがYF-23の開発者である以上、形状が似るのも仕方のないこととも言える。
それを言い掛かりの発端として、あるいはG弾に反対する欧州を黙らせる意図により、本気でプロミネンスの瓦解を狙ったのかも知れないが、G弾=人類自決兵器との説が理論的に裏付けられたことにより裏工作を仕掛けていた組織が退かざるを得なくなった。
その後、帝国は国内で極秘裏に開発していたXM3をXFJに搭載することで最終仕様とし、ラプターショックまで起こし機密漏洩疑惑そのものを蹴散らしてしまった。
XM3に付随する拡張機能により域内全てのレーダーを統合するマルチスタティックレーダー網構築はF-22のステルスを無効化し、米国特許に依らないOSはYF-23に搭載されていたアクティブ・ステルスにも対処出来るとされている今、過去の技術に固執する意味は皆無なのだ。

今や、米軍上層部は混乱の渦中にある。
G弾ドクトリンの崩壊、ATSFの根幹を成すステルス技術の無効化―――。
G弾による世界戦略を推し進めていた急進派は恐慌状態に陥り、逆にその強引な世界戦略を苦々しく見ていた良識派はその攻勢を強めている。
今や様々な選択肢[オプション]を求めて全米軍が展開している、と言っても過言ではない。

・・・硬軟取り混ぜて様々な計画は在るだろうが今は一介の戦術機甲大隊指揮官として、帝国との溝を深める余計な陰謀を企てるよりも、共同開発[●●●●]で培った技術を、即座に我が国の戦術機にも活かして欲しいものである。




流れる画面は、極めて緻密な殺陣でも見ているような、縦横無尽に暴れ回るもう一方の機体・国連ブルーは、横浜仕様である“Evolution4”を映している。

より洗練された空力、高レスポンスを示す謎の跳躍ユニット、装備兵装・・・その更なる進化は外から見える範囲でも枚挙にいとまがない。
技術の進歩は得てして抜きつ抜かれつつを繰り返すものではあるが、現状完全に頭一つ以上出し抜かれている試製XFJ-01[ Prototype-01]から、更に一歩先に在るコトは否定しようのない事実であろう。
最も生存競争が厳しい時にこそ最も劇的な進化を遂げるのも一つの真理、その意味では後方国家として安穏とする我が国の研究者と、既に後のない国家存続の危機に瀕しながら今尚抗うこの国の研究者では、有する覚悟に於いて隔絶していると言っても過言ではあるまい。

我が国は、言ってしまえば建国以来ずっと世界の先頭にいて、他ならぬBETAの侵攻によりソ連が壊滅状態に陥って以降で言えば肩を並べるライバルさえ居ない独り勝ち状態。
だが、その奢りから他国を見下し、自国の技術に拘泥し囲い込むことばかりに注力してきた結果、新しい技術に取り残されるという愚を冒すわけには行かない。
今回のトライアル参加も、主たる目的はその評価にあるとも言えよう。


XM3の発案者として、その機動に於いて燦然と輝く存在―――それが単騎世界最高戦力と言われる“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”―――。



実際に戦ってみても現段階に於けるその差は歴然。
最強と謳われたF-22A中隊が、掠り傷一つ付けることも出来ずに20分足らずで全機撃墜―――。
ラプターショックで明らかにされた様に、近接格闘戦に持ち込まれると試製XFJ-01[相手]に利があることは理解していたし、加えて衛士が規格外であることも否めないにしろ、指揮官としては忸怩たるモノがある。

―――が、飽くまで模擬戦、その勝敗に拘る気はない。
今の状況を、今後の戦術や部隊編成・兵器開発に如何に反映させるかが重要であろう。




・・・だが、これは・・・!

先刻からずっと感じていた違和感、展開される画面に目を見開く。


背筋が寒い・・・。

戦慄―――していると言うのか?、この私が・・・!







画面には、帝国軍アグレッサー部隊を一方的に蹂躙していく“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の姿。
今の相手は、先程までのXM3未換装者とは違う。
そろそろレベル3に達し様という帝国軍きっての衛士、帝国陸軍富士教導団富士教導隊。

その歴戦の猛者達を相手にしても、今以て無双を続ける。

既に同じ富士教導隊の不知火[Type-94]で編成された2中隊を下し、最後、先行配備されている試製XFJ-01[Prototype-01]を駆る第12中隊と対戦しているが、それをも圧倒している。


―――しかし、それ自体は大きな問題ではないのだ。


白銀少佐の機動が常軌を逸しているのは、様々なデータからも解っている。
この横浜に来て、独自に持ち込んだ高精度で撮影出来る高速度カメラによって、彼の応答速度が今まで言われていた観測結果より更に数%速い事も判明した。
それは過去公開された白銀少佐の映像に於ける映像の初動部分が、微妙にモジュレーションしているらしい、との報告だった。
解析した技術士官の説明では、本来ほぼ1/30秒毎に記録される動画映像が、動きの速い所だけその時間間隔が数%程度縮まり、その後徐々に伸びることで全体としては正確な時間に収まっているのではないか、とのこと。
それが意図的に行われた映像加工なのか、或いは余りに疾い変化に対応出来ない映像記録機器の性能限界なのかは不明である。
この速度域であれば通常の動画に於ける静止画像の一枚一枚は動きがブレて映るため、数%の誤差等取り方によってどうとでもなるレベル。
今回の高速度撮影によってその誤差範囲が狭まり、本来の実力が明らかになったと思えばいい。
画像操作が仮に意図的であったとしても膨大な映像記録から速度に比して時間軸をずらして補間し、それをリアルタイムで記録する演算技術など、少なくとも現在の我が国には無いとも聞いた。

いずれにしても白銀少佐が数値上規格外なのは折り込み済の確定事項、さしたる問題はなかった。


そして同じXM3正規版を換装した基本同じ機体であっても、“Evolution4”もまた隔絶した別物[●●]と言うことも、また事実。
新潟防衛戦で“Amazing5”が見せたあの機動は、このトライアルでも未だ封印されている。
つまりはXM3ではない別の要素が既に存在しているわけだ。
あの時の動きを封印していて、それでも尚その機動は既存の戦術機を遥かに凌ぐ。



その2要素が複合しているのである。
例え試製XFJ-01[Prototype-01]が相手でも一方的な展開になること自体は当然の帰結であった。



それでも、いずれ技術の差は埋まる。
そして白銀少佐自身の技量がどれほど高かろうと所詮彼は一個人に過ぎない。
例え1個中隊では相手に成らなくても軍に於いて“個”を“量”で封殺するやり方は幾らでも在る。
“軍”と言う物量の組織に対して、その技量がどれほど高くても“個”の力などさしたる脅威には成らない。
現状に於ける白銀少佐の存在は、広大な戦域に於ける“特異点”でしか無い。
一例を上げれば、白銀少佐と“Evolution4”とて補給は必要なのだ。
中隊毎の模擬戦というのは、実はデモンストレーションとして横浜側が用意した彼が最大限のパフォーマンスを発揮し、勝ち続けられる特殊なルール、と解釈することも出来る。
それが様々な要素が複雑に絡みあう現実の戦場に於いては、必ずしもイコールではないのだ。





ならば私のこの戦慄は何か―――?

問題は―――そう相手方、帝国陸軍富士教導団富士教導隊の機動にこそ在った。






実際に白銀少佐と対峙したからこそ解る。
公式には唯一の“限定解除者[アンリミッター]”であり、次世代戦術機性能とも相まって、とてつもなく疾いのも体感した。
しかし、彼の機動は疾さだけではない。
画角の広い記録映像では決して伝わらないその機動の特異性・・・。
彼を彼たらしめるオリジナリティ―――即ち、3次元機動にある。



そもそも人間の感覚にある行動は基本全て平面なのだ。
種としての誕生以来地球の重力に縛られていると言っても良い。
それは肉体のみの格闘戦から、船であれ戦車であれ、ヘリや潜水艦でも常に水平を保ち、それを軸として行動するコトからも言える。
例え狙う先が3次元空間であっても、その基準は常に自身を中心とした鉛直軸と平面である。
潜水艦が直立して魚雷を発射したり、攻撃ヘリが背面飛行で射撃したりすることは、緊急時を除けば、まず無い。

人間は地球上の地表面に順応してきた。
外部情報の90%以上を占める視覚に於いて、水平方向の視野は180度を越えているのに対し、垂直方向はせいぜい90度しかないのもその為だろう。

同じ理由で人体の運動機能も水平方向の動作に比べ、垂直方向の動作は苦手であることが多い。
地上に暮らす以上必要性が薄かった訳で、つまりは進化の過程上、人間は縦方向の知覚や動作に適応していない、とも言える。

人間は体幹を鉛直軸から外すことを、本能的に忌避する。
スポーツの世界でも軸を外す様な空中機動をするのは、体操やエアリアルと呼ばれる種の演技種目だけで、それらですら慣性と重力の支配を受けている。
戦闘機動を突き詰めた現代のCQC/CQBに於いては跳躍することすら忌避する。
それは脚を地から離すことにより機動力を喪い、一度跳躍すると着地するまでの予測を容易にし、その間無防備を晒すことになるからだ。

人類の誕生以来、生活中の経験に於いて、空中の運動とは慣性と重力に縛られたものであり、辛うじて鳥や虫の飛翔から空力による運動を眺めていたにすぎない。

現代の戦闘機動に於いても、唯一積極的にその基軸を外し3次元に拡げたのは、戦闘機のドッグファイト位とも言える。
戦闘機や戦術機のドッグファイトを現実に、或いはシミュレーションでも体験した者なら解るはず。
ドッグファイトでは、天地の軸など容易に喪われ、そして低空でのその状態が如何に危険であると言うコトを・・・。



それが今、戦術機に於いてはもはや空力と言うよりはスラスターそのものによる暴力的な加速によって空中機動を行うことが可能となっていた。
しかし例え戦術機にそのポテンシャルが在ったとしても、こんな機動をした衛士は今まで居ない。
3次元空間に於ける自由機動の経験など皆無の人類は、誰も積極的にそんな操作をしなかった。

戦術機と言えど、地表では主脚機動か噴射跳躍装置を使ったサーフェシングであり、飛行に於いては少なくとも第1・第2世代機では空力的にアクロバティックな機動など望むべくもなく、匍匐飛行を主とした単なる移動手段でしか無かった。
戦術機で戦闘機の様な空中戦が行われるようになったのさえ、第3世代が成熟したここ1,2年のことだろう。


その状況に現れた“特異点”、それが“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”:白銀武―――。
彼が此処迄他者を凌駕しているのは、その在り得ない速度で駆使する余りにナチュラルな3次元機動にある。
XM3が出来たからこの機動が生まれたのではなく、彼の3次元機動を実現するためにXM3が創出された、と迄言われるほどに隔絶した存在。
自己の3次元機動を空間の慣性制御機動概念MCLIC:Maneuver Concept of Linked Inertia Controlの概念化までしてしまったいわば“開祖”・・・彼は一人、別次元にいる。


彼に依って実現される空中で立体的にダンスを踊るような素早く激しい機動は、今までの戦術機機動の範疇を軽々と超越していた。
その機動を前にしたとき、通常の衛士は自身で実行した経験も対峙した経験も無いから、まるで予測が付かない。
それをあの速度で行使されたら、対処のしようも無い。




そして、今目の前にある問題―――。

それは、富士教導団富士教導隊のメンバーが、その白銀少佐の3次元機動に対応し追従し始めている[●●●●●●●●●●●]、と言う事実だった。




試製XFJ-01[Prototype-01]が配備された第12中隊のみ成らず、先程から違和感は在った。
不知火[Type-94]で挑んだ第10・11中隊も同じ、対戦時間が長い。
時間稼ぎに戦闘を避けている訳ではなく、寧ろ積極的に接敵しているのに、第10中隊で23分、第11中隊では25分―――。
そして今第12中隊は、25分を経過して3騎残っている。
コレは単にXM3を導入されているだけではないのは、その動作からも解る―――。

要は白銀少佐オリジナルだったその機動が、XM3と言うOSと彼の構築した機動モデルによって、帝国軍では既に普遍化し始めている[●●●●●●●●●]、と言う事に他ならない・・・!!

このことは反応速度を指標とした応答レベルの問題ではない。
3次元機動に適応したミニ“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”化、それが帝国では、着々と進められている・・・!


一人でも手が付けられず放置するしか無い存在が、無限に増殖するのである。
対峙する相手が、全て“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”級―――想像もしたくない。




突出した“力”とはいえ、それが“個”で在る以上、どうにでもなるし、いつかは消える。
だが、その“力”が継承され演繹され、拡散するとなると話は全く違う。

通常技術の進歩に伴い新たなハードが生み出されても、その使い方が確立され、そして定着するまでには幾多の試行錯誤と経験の積み重ね、そして継承手法の整備が必要となる。
ハードの出現に対し、人の対応たるソフトの成熟には時間が掛かるのが常だ。
戦術機のような革新的なハードに於いては、その成熟は未だ発展途上と言うのが実情であろう。
明確に3次元機動を可能とするXM3適合機―――つまり“第4世代機”はその試製XFJ-01[Prototype-01]が漸く検証に入ったばかりなのだ。
故に“特異点”の早急な拡散は無いし、その進化に追従、OSの模倣が成されれば逆転も出来る、と言うのが我が国の国防高等研究計画局[DARPA]所の見解だった。


―――にも拘らず、突然変異の如く唐突に出現した3次元機動に、こともあろうか、教導部隊が適応し始めている。
つまりは帝国に於いて既にその継承ノウハウまでもが整備されている、と言うコトになる!
そして教導隊がそれを会得すれば、拡散速度は飛躍的に向上する。
戦術機[ハード]のみならず、継承・拡散するための教導手法[ソフト]までもが存在する、・・・だと!?

XM3が後から導入された帝国軍でコレならば、白銀少佐の麾下である国連横浜軍A-0大隊や、斯衛軍は更に適応している可能性が高い。
今回の日程に白銀少佐以外との模擬戦が組まれていないのは、敢えてその事実を知らしめない作為であるとも覗える。
解る人しか判らない・・・気付く者しか知りえない―――。
ある種広告塔となっている“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”に比してA-0大隊や斯衛軍の公開映像が極端に少ないのも、そう言うコトか!!


―――何と言う由々しき事態。












―――フッ・・・・。


画面に映る、まるで無重力空間で展開されるキャットファイトの様な、目まぐるしい近接戦闘にため息をついた。


コレが日本帝国―――。

有史以前・・・遥か“縄文”と呼ばれた時代に世界最古級の文明さえあったという説まで在る国。
まあ、独自文明説が行き過ぎな解釈であったとしても、そのルーツ以降数多の国と交錯しながらも、淘汰されることなく隷属することもなく、有史以降連綿と一系の皇帝を頂点に単一民族を繋いで来た国・・・。
世界に現存する国家でそんな国は他に無い。
その3000年とも4000年とも言われる歴史の底力だとでも言うのか―――。

・・・まったく、日本帝国と云う国は・・・。


このところ一方では内在的な政情不安・・・クーデターを含む内乱の予兆さえ報告され、我が第66戦術機甲大隊にも暗に治安出動の可能性すら示唆されていたというのに、それから僅か半月―――。
先の新潟では27,000のBETA大侵攻を危なげ無く殲滅し、その勢いに乗じ国内権力の再統合と不穏分子の排除を一気にやってのけた。
そこには我が国CIAの陰謀も絡んでいたと言う裏情報もあるが、他国への内政干渉などいい加減にして欲しい。
更には帝国として起死回生の隠し玉でもあろう高天原も公開され、国土を喪った前線各国からは大きな注目を集めている。
尤も中心核となる動力炉の製作拠点が既にBETAに破壊され、その再建に10年掛かると言う事で、当面我が国の政府を含め一先ず落ち着いたが逆に言えば僅か10年後には、次なるギガ・フロートが作成出来る、ということでもある。

先進国と言われる中で唯一大規模なBETA被害を受けていない我が国が今や国際社会で圧倒的な優位にあることは確かであるが、欧州が良いように蹂躙され、当時世界第2位の防衛力を有していた日本帝国が僅か1週間で国土の半分を喪い、3600万人―――総人口の4割近くを喪失したように、BETAの物量と侵攻速度は我が国とで決して侮れるものでは無い。
その意味でも、最前線である各国との連携強化は決して失ってはならない。


そう・・・この国は国土も人も、軍隊で言えば全滅(30%損耗)を超え壊滅(50%損耗)に近い規模で喪った。
経済的に見ても今は生産拠点のみ成らず、国内消費をも半分以上がBETAに喰われた。
本来ならば組織だった管理や戦闘の継続そのものが困難と見做される状態なのだ。

かつて単独国として世界第2位のGDPも半分以下に落ち込み、辛うじて海外に移した生産拠点をフル活動することで繋いでいるに過ぎない。
国家は人なり―――生産も消費も全て人の営み。
高度な循環と精緻なバランスによって成り立つ現代国家に於ける4割近い人口の喪失は、その完成された国家基盤の崩壊にも等しい。
いっそ欧州の様に守るべき国土そのものを喪えば、防衛に掛かる多大な負担が不要になるため、1から再構築しやすい、とも言える。

帝国は、その半分齧られた国土に6割の国民が残っているし、その20%が非生産民という極めてバランスを欠いた状態。
・・・率直に言えば、今の体勢を保っていられる事自体が奇跡的だ。


―――その絶体絶命状況から、此処に来てコレか!



“レイジング・ジャパン”―――。

最近耳にする言葉であり、その筆頭で象徴が“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”。
建前上国連軍であれ横浜の内情は、米国主導の国連本部とは隔絶し、帝国独自のものであることは明白なのだ。




今、私に課せられた使命は重い。

横浜に来て、現実を見て、真実を知って、その比重は尚増した。


もはや次世代の戦術機開発―――などという悠長な問題ではない。

今後のBETA戦線を維持・反攻を視野に、国家の安全を保証する新たな軍事ドクトリンの創出、その為の戦略と展開計画の策定は、我が国の最優先急務であり、状況はそこに直接関わってくる。

確かに取り得る選択肢[オプション]は幾つもある。
だが何れにしても帝国との関係性が、その重要な“鍵”となるのは疑いもない。

間違いなく今後のBETA決戦に於いて枢軸となる戦術機、装備、機動、その教導ノウハウ―――我が国が是が非に[●●●●]でも手に入れなければ成らない項目は多い。


・・・さて、我が国にとって最良のオプションは何か―――?


それを見極めるべく、画面を注視した。



Sideout





Side ロア・ヴォーゼル(国連太平洋方面第2軍臨時准将相当官 [CIA Dept.D])

横浜基地 本館地上層5F 特別応接室 17:20


チッ―――
コイツ、ほとほと狂ってやがる・・・。

画面で帝国軍教導隊を淡々と殲滅していく国連ブルーの機体を穏やかに見ながら、内心で毒付づく。
アレで未だ新潟で見せた機動には至っていないと言うのだから、この衛士は掛け値なしのバケモノ。
あの部隊[富士教導隊]にもキャリア[パペット]が少数存在していると報告は受けているが、今は使いようもない―――。
動かしたところであっさり殲滅されて終わり、余計な警戒を招くだけだ。



此方だってF-22Aを始め、最新鋭であるA-12からF-35まで中隊規模で用意したと言うのに、まるで話に成らない。
今までのステルス任せの無双が完全に逆の立場だった。

・・・正面から当たりたくないし、当たる気もないがな―――。


XM3だ3次元機動だと言ったところで、所詮ついて来られる機体があればこそ、つまりその本質は言ってしまえばBETA鹵獲技術に基礎を置く戦術機の先鋭化にある、と第5計画の技術者達は断言している。
そんな戦術機程度の些末性能はどうでも良いが、今後目論見通りこの横浜基地を接収出来れば、それら超技術、そして“生きている反応炉”を含め、既に完成したと思われる“00ユニット”をも略取できるだろう。
対抗勢力を態と[●●]誘ったと思われるこのオープン・トライアルは、第5計画派[我々]にとっても千載一遇のチャンスに他ならないコトだけは、確かだった。

―――だからこそ、態々本局勤務のこの私がこんな極東の、BETAに齧られたちっぽけな島国に来たのだ。




此処は国連横浜基地―――その特別応接室。
壁一面に設置された大型モニターで模擬戦の様子を見ているだけの、実に下らないシゴト。


VIP用観戦ルームとなったこの応接室、他には大東亜の高官とオセアニア連合や南米連合の将官が居るが、横浜基地の関係者は連絡用の補佐官が控えるだけ。
我が国の太平洋大7艦隊司令も昨夜空母に戻ったままで、日参する気はないらしい。
彼は第5計画派[コチラ側]の人間ではなく、空母に残る腑抜けた部隊には工作班が“パペット”を増やしている最中。
此方もその動きも知られたくないし、彼からしても突然押し付けられた“怪しい”私は空母に居ないほうがいいのだ。
加え、状況の変化に適切に対応するには、退屈でも日参はやむを得ない。

勿論横浜基地[ココ]に相手の思考がある程度読めるという“スパイフィルター”が存在することは判っている。
但し少なくともその行動が示すように基地全体を走査出来るほどの遠隔感応能力はない、と確認されている。
もしそれだけの能力が在れば危険を伴う移動の必要性もない筈で、逆に言えば具体的な距離は不明だが、接近を許さなければ読まれる心配はない。
潜入出来ない地下での行動までは把握できないが、一般エリアに出てきたかどうか位は観測できている。
動向を把握し接近さえ許さなければ“スパイフィルター”もどうと言うことはなかった。






“第4計画”―――。


苦々しい思いを押し殺して画面を見る。

その第4計画で運用され、反応炉殲滅を狙うハイヴ潜行仕様と謳うのがこの機体“Evolution4”―――。




残念だが、今の状況でG弾強行使用が難しいコトはアノ方を始め業突く張りなお偉方も理解している。
一部“大海崩”を戯言と決めつけ、強硬に使用を主張する者も少数存在したが、流石に自国を水没させるわけには行かない。
我が国が滅べば人類の滅亡は決定的になる。


本来バビロン作戦はユーラシア大陸に蔓延るBETA殲滅と同時に、それに乗じてソ連・欧州・中国の再興を挫き、全世界の米国一統支配を確実なモノとする大規模で磐石な布石だった。
その手段としてG弾がてっとり早かっただけの話。

その初手として“明星作戦[Op. Lucifer]”でG弾が投入されたとき、最低でも反応炉を含む横浜一帯、あわよくば東京を含む関東一円を削りとって、邪魔な第4計画と日本帝国に止めを刺す目論見だった。
西日本の壊滅に端を発する日米安保の破棄により当時米軍上層部は、日本に対し大陸全滅までの防波堤と橋頭堡としての価値しか認めていなかった。
生産基盤や国民という国家の最重要構成要素を壊滅レベルで喪った日本帝国に明日はないと予測、残る仙台に傀儡政権を樹立する準備は当時既に出来ていたのだ。


しかし、念を入れて2発も落としたG弾の威力は完全に想定外―――。
当初の我々の予測よりも、そして控えめに公表された最低想定値よりも更に低いもので、図らずもBETA技術鹵獲の鍵となる“生きている反応炉”を帝国国内に与える結果となったのは運命の皮肉としか言い様がない。
表向き帝国の安定、裏では第4計画の為の反応炉奪取を目的としていた明星作戦で、通常戦闘は想定外のハイヴサイズにより劣勢が色濃く、あのまま放置すれば完全な失敗に終わったのは確実。
しかし我が国の参謀本部も太平洋への肉盾である日本のBETA占拠を危険視したため、第4計画の目論見破壊、あわよくば帝国の属国化という余録を見込んでG弾の実戦証明という強行投下に踏み切った。
その結果がアレだ。
―――勿論今でも強行した第5計画派の真の狙いなど、口が裂けても言えないが、な。

結果としてハイヴ制圧には成功したものの、想定威力すら偽ったG弾を事前協議も通告もなく強行使用した事が裏目に出て以降、横浜に於ける米軍関与が完全に断たれ、辛うじてG元素の折半を引き出すことしか出来なかった。
何よりも“生きている反応炉”を第4計画に占有されてしまったのが最大の失策なのだ。

おまけに当のG弾は、実効威力範囲は小さかった癖に、永久的に植生回復が見込めない等の深刻な環境汚染が明らかになり、バビロン計画の対象であるユーラシア各国や、米国内の穏健派からも忌避論が噴出する始末。
まあ―――今後の大量使用は挙句の果て、全世界を巻き込む“重力津波”を引き起こすと言うのだから、最悪の欠陥兵器だった、という事である。
今にして思えば、訳の判らないG元素になんぞにドクトリンを傾けた判断[●●]が全てのケチの付き始め、と言うことなのだ。





そして・・・。

その“生きている反応炉”を独占した第4計画は、今の今まで成果が何も無いように見せかけて、その実ここまでその内容を隠蔽してきたのだ。
余りの進展の無さに最後通牒が行われるというこの瀬戸際に来て、驚くような技術を次々に公開。
しかもそれらがBETA鹵獲技術である可能性が指摘された―――。

G弾が無用の長物と化した今、採り得る手段はひとつしかない。
BETA技術鹵獲に成功し実現させた第4計画を協力という接収の下、実効支配してしまえばイイと言うのが第5計画派[我々]の結論でもあった。

幸い第5計画[コチラ]には移民計画で推進している宇宙設備が在る。
最終的には月から火星のBETAすら殲滅対象と想定していると見込まれる第4計画には当然今後必須となる設備だろう。
第4計画が緊急動議を行う30日の安保理事会で、表向きその様な申し出が為されることはオプションの一つに入っている。
公に国連での協力関係を結べれば、以降徐々に乗っ取るだけだ。


実際“第5計画”という “名”が生き残る必要は全くない。
看板などなんでもいい、要は世界を左右する“実”を、我が国が確実に握っていることこそが肝要なのだ。



そして、その為の準備工作も着々と進んでいる―――。





―――尤も、流石に狙われるのを覚悟でオープントライアルを行うだけのコトはある。

今回の派遣された米軍部隊の衛士にも末端の工作員が何人か紛れて居るが、設備の不足を理由に基地内の宿泊は断られ、夜間滞在が出来ない状況。
更にはトライアル中の行動エリアも制限され、果てはPXすら隔てられている始末、基地の一般職員・一般衛士との接触は一切出来ないと言う念の入れよう。
当然、最近の常道であるABSによる洗脳を警戒しての措置であることは、間違いないだろう。

今回準備した工作に於いては、寧ろ不必要な拡散をしない、という意味で此方にとっても好都合ではあるから一向に構わないのだが・・・。
まあ全体の“流れ”をコントロールするために、基地の一般衛士も数名“キャリア[パペット]化”したかったのが本音だが、残念ながらそれは諦めるしかない。

おそらくは、既にスパイフィルターによる篩い分けが行われているだろう。
接近されたときに思考を隠蔽する訓練はしてきたから思考内容は漏れていないが、当然私も“クロ”判定されていよう。
例えそうであっても所属が違うビジターである以上、基地内で制限行為に及ばない限り捕縛はない。
無論“キャリア・バスター”である“フェニーチェ”が派遣されているとの情報もある、―――と言うか、それを見越し、前提とした破壊工作でもある。
ヤツには引金を引いてもらうのだがら、居てもらわないと困る。


そう―――催眠導入を容易にし後催眠暗示を強化するだけがABSではない、と言うことなのだよ。






元はこの横浜[Ground Zero]からハイヴ制圧当時にサンプルとして1体だけ極秘裏に運びだされたBETAの被験体・・・今ではβブリッドの研究所で“聖骸”とも呼ばれる変態した人類?と思しき遺体・・・にはBETAが遺伝情報を駆使して人体に与えた様々な実験の残滓が残されていた。
細胞の分化や変質、神経の制御、意志或いは意識の支配等々、明らかにされた施術は多岐に渡る。
その行為の理由は、人体組織の解明だの、BETAへの変態を目論んだのではないかなど様々に憶測されているが、キリスト教恭順派でもBETA崇拝に近い狂信派職員がBETA[使徒]に最も近付いた人類と言う事で“聖骸”と呼び始めたのである。
ハイヴ制圧当時にはその様な遺体が数100体在ったと言われるが、秘密裏に搬出された遺体以降、持ち出されたサンプルはない。
当然横浜住民の遺体として調査後はその殆どが日本政府により荼毘にふされた為である。

“聖骸”がβブリッドの先例資料として極めて重要であることが判明したのはその後であり、貴重品となったサンプルは、幾つかの部位に分けられ各々の地下研究所で解析が行われている。
勿論BETA技術の全てが解明できる訳も無く、当面の成果として様々な作用を促す人工生化学物質:ABSである。
その形態はベクターレベルの複雑な準レトロウィルスから所謂酵素や酵素に作用するアルカロイド、さらには環境ホルモンに準じる様な多様なカテゴリーに渡っていた。
そこから応用され既に実用化されているものとしては諜報や工作、そして衛士のストレス対処にも使用される使いやすい向精神系統の蛋白酵素型ABSが先行している訳だが、それ以外が無いわけではない。
更にその先には、今の人類には扱い方の判らないナノマシンやピコマシンと思われるものも発見されている。

故に、単に拠点殲滅するだけなら“スパイフィルター”にも“フェニーチェ”にも引っかからない手段が複数あるし、他方傀儡化するにしても後催眠暗示を繰り返す様なあやふやで面倒な洗脳以外にもある。
―――女だけに有効である超危険な手段だ。

それは使用1回でA-10神経に極めて強く作用し感覚を狂わせて、不可逆なまでに精神を汚染、結果マーキングされた相手“主”の言いなりになるまで傾倒させてしまう超強烈な媚薬、“アムリタ”―――。
今までの覚醒剤が子供の玩具に思えるほどの効果を発揮する劇媚薬。
実際“聖骸”と成り果てたBETAの贄は女性だったらしく、男性用は抽出されていない。
が、今や帝国は8割方が女性だし第4計画も総責任者や“スパイフィルター”を始め、獲物[ターゲット]は“Amazing5”―――、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”を除けば殆どが女性だから実用上問題ない。
一旦使用されても、通常時は飽くまで“理性的”で“自主的”な平素の自我を保つため、細かな心理検査でも“キャリア”とは診断されないし、催眠もトリガー設定も存在しない為、“フェニーチェ”でも異常励起できない。
だがその価値基準・判断だけが完全に狂気のレベルまで変容し、常識も法律も関係なく“主”の為だけに表向き理性的に行動する。
尤もその依存作用が強すぎるため、“主”と長く離れると理性を喪失して色情狂[ニンフォマニア]化し、更に自我崩壊して果ては発狂する、なんともアレ[エロゲ的]な鬼畜仕様。
過去の被験者3体は検証による理性の失墜後慰安用に廃棄されたが、2度と正気に戻ることはなかった。
こんな物質を造ってBETAは人類の苗床化でも企んでいるとでもいうのか、と研究者も首をかしげたBETA謹製の危険物質である。
唯一甚だ残念ながら、その入手方法は“聖骸”からの抽出のみであり、未だ構造解析も出来ず、当然精製手法も解明されていない。
既に被験に使われた分や解析・精製研究用を除けば実用分は残り2体しかなく厳重に封印されてきたが、第4計画を堕とすとなれば必要との判断が下され、1体分の使用が許可されていた。

・・・当然投与対象は、第4計画総責任者―――。




今までの調査の結果、その“牝狐”は極めて用心深く、それだけに腹心すら居ないワンマン指揮官であり、これまでの研究成果も国連は疎か宿主である帝国にすら出し渋っている様子。
XM3こそ何故か例外的に頒布したが、その他の装備を未だ公表していないのは周知の事実。
それだけに、天辺さえ抑えてしまえば、第4計画の掌握など出来たも同然と言えよう。

と言っても、今のところ昨夜バーラウンジで見かけただけで接点は無いが、まあ、焦ることもない。


・・・何れあの我侭な肢体が無様に這い蹲る姿が見られる―――。




陽動となる工作[●●]は済んでいるが、その“起爆”が何時になるのか、それは此方にも判らない。


実際効果検証が行われた難民収容所では、“工作”から“起爆”まで4日掛かった。
その直後BETA侵攻に飲み込まれた為、公式上は避難指示が間に合わなかった事になっているが、実際には全住民が互いに殺しあったと報告されていた。

4日と言えばトライアルは終わっているが、許可された空母の停泊期限は過ぎていない。
この工作で使われるABSで増幅された殺意は、ストレスを与える対象に向くと言うからこの横浜基地に在っては何処にその矛先が向くのか予測ができない。
何れにしろその“起爆”が為された時―――国連太平洋方面第11軍横浜基地が甚大な被害を発生するのは確定事項。
例え第4計画が帝国政府や斯衛軍と連携があろうと、此処は建前上国連軍、基地内で騒動が起きても外部に影響しない場合、帝国軍は許可無く介入できない。
一方でその国連軍の代行権を取り付けている“私”の要請の下、第7艦隊による沈静化であれば、帝国政府とて受け入れざるを得ないのだ。
国連基地内で大規模な武力衝突が発生すれば、この基地の副司令でもある“牝狐”を被疑者として尋問する機会は幾らでも得られる。

―――高慢な女を煉獄に堕としめるのは、それからで十分だった。






目の前のスクリーンでは、今また“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”が試製XFJ-01[Prototype-01]を墜した。


・・・そう考えれば、やがてはコレ[●●]すら手駒、か。

―――悪くない。


噂されるオリジナルハイヴ攻略が目的なら、その栄誉くらいは与えてもイイ。
あんな所に我が国の兵士を送りたくない。
反応炉だけ破壊して、華々しく散ってくれるなら言うことはない。


そう思うと、目の前で宙を舞うその姿すら滑稽に見えた。



Sideout





Side ???

横浜基地 本館地上層 PX 17:30


え・・・あ・・・?


カクンと肘が落ちて、唐突に覚醒した。
驚いて見回せば、周囲は見慣れたPX、その自販機コーナーに近い角の席に頬杖付いて座っていた。

ッ!、涎はッ!?―――よしッ。

反射的に身だしなみを確認したが隙は無いし、周囲も人はまばらで私の傍は空いている。
そこに、ざわざわとトライアル参加者達が流れてくる・・・。

時間を見れば、17:30―――、白銀の無双が終わった頃か・・・。


・・・まて。
私は・・・何故こんな所で?・・・居眠りを・・・?
自販機に来た様な記憶は・・・ある。


だが、いつの間に席に座り、眠り込n・・・む!、17:30ッ?、不味いッ!

―――時間ッ!!


私は約束を思い出し直ぐに席を立つ。
ゲストの流れを避けて足早に待ち合わせ場所に向かった。

だが、PXを抜ける頃には、知らぬ間に居眠りをしていて、それを疑問に感じたことすらいつの間にか意識から抜け落ちていることに、その時は気付きもしなかった。


Sideout




[35536] §102 2001.11.27(Tue) 06:00 国連横浜基地 第2グランド
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/06/03 19:42
'16,04,29 upload  ※前回の前書きがフラグだったとは・・・
             年末から、期末・期初に掛け忙殺されてました---
             取り敢えず書けた分投下します
'16,06,03 誤字修正



Side 冥夜

早朝の第2グラウンド、その片隅で上がった息を整える。
ただ長く走る訳ではない。
緩急織り交ぜたランダムインターバルは、装着したヘッドギアの指示[ナヴィゲーション]による。
短時間で、全身の筋肉、そして心肺に対しギリギリの限界負荷を掛けるセットアップ。
しかも、錬成度合い・体調や周囲環境も加味し、毎日その内容が変わる。
如何なときにも即応できる柔軟性と即応性を求めてのことでもあった。


昨日から始まったXM3トライアルにて総合グランドはゲストに開放されているため、今は207訓練校でも使用していた第2グラウンドに居る。
こちらはゲストに解放されない機密エリアに属する為、基地所属の一般衛士の姿もチラホラ見える。
何時もの朝の風景であった。

と、そんな景色を眺めていたら呼吸が整うのもそこそこに、次のアイソメトリック・セットが指示された。



戦術機の機動は激しい。
基地のシミュレータや、戦術機を用いたV-JIVES、そして仮想現実[VR]シミュレータ:“VRS”を用いた訓練は、余人の数倍の密度で行って来たが、やはり感覚に掛かるだけの負荷と、全身に掛かる現実の負荷では、その疲労度が段違いである。
その為に耐G機能を備えた強化装備を装着すると言うのに、OSがXM3になって機動の厳しさに輪をかけた。
更に極めつけ、私に与えられた乗機は“XFJ-01”を飛び越えて“武御雷”・・・、それもG-コア搭載のTYPE-R仕様―――。
新潟防衛戦で篁大尉が試用した“IRFG”こそ未搭載だが、それをもトライアル後には搭載される事が決まっている。
本来悠陽殿下[姉上]の乗機であるこの機体、G-コアと“IRFG”の搭載後には“Type-REX”と呼称され、至高の性能を示現する。
無論、その機動もVRSやV-JIVESにて慣熟してきたし、新潟ではBETAとの実戦を経験し死の8分も超えているとはいえ、現実の限界機動にはまだまだ届いてはいない。

―――そう・・・、あの上位存在から閃光の如く飛来する触手の記憶を明確に有する今、これで良いとはとても言えないのだ。


焦がれた相手とは既に幾度も情愛を交し、果てに魂魄の接合すら垣間見た。
未だ完全な“合一”には届かぬが、その瞬間が近いことも感じる。
他ならぬ武の“魂魄”を繋ぎ止める、吾等のもうひとつの戦い・・・。

何も知らなかった“前回”とは異なり、あの至福を覚え、その途上にある今、この身は既に武のモノ―――。
ならばこそ、2度とあのような触手に侵食され、心身を穢される恥辱に塗れることなど、到底許容できることではない。
さりとて、武とともに人類の未来を賭けて赴くその戦いを忌避することなど出来よう筈もない。


―――故に心技体、極限まで鍛え上げ、融通無碍の境地に至るのみ―――。


目指すは鋭利さと強靭さを合わせ持つ、日本刀のような筋肉。
表層はスピード重視の瞬発力、深層に行くにしたがって、パワーと持久力を有する筋繊維構造。
再誕した純夏が実現し、今も維持しているその理想に至る道程も、純夏との“合一”で理解していたし、その為のナビゲーションプログラムも御子神大佐[義兄上]に組んで頂いた。

―――あとは、実践するのみ。




無機質な終了の指示に、力を抜く。
・・・ふ、と何者かの気配。


「!?―――こ、煌武院悠陽殿下?」


背後で護衛に当たっている巴が動く機先を、拡げた掌で制する。


「―――今は殿下名代の任にはない。
・・・私は国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-00概念実証試験中隊所属少尉、御剣冥夜。
お間違いなきよう、お願いする。」

「!!ッ、これは失礼を致しました。
小官は、本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦第5戦術機甲戦隊少尉、前島正樹であります。」


・・・成程、A-01中隊と共にXM3の動画記録に当たっている前島少尉とはこの方か。
任務中ゲスト以上のセキュリティパスが発行されている為、このエリアなら問題ない。
自主的な自己鍛錬の途上であることも間違いないだろう。


「・・・同じ位階故、楽にされるが良い。
加えて此方は任官したての新兵、先任に敬語を使われても戸惑う故。」

「あ、・・・え、は、はい、わかり・・・了解した。」


A-00との直接接触は無いが、純夏や柏木から聞き及んでいる伊隅大尉の攻略対象。
伊隅大尉[本人]から直接恋バナを聞く機会にもまだ恵まれていないが、面倒見の良い大尉のこと、想いを抱きつつもこの少尉を弟のように可愛がっている姿が想像できて、つい口元が歪んでしまった。


「―――特殊戦といえば、A-01中隊と共同任務に就いていることは聞き及んでいる。
昨日の模擬戦、あの白銀少佐の動きを見事に捉えていたのは、そなたの腕が確かな査証―――、今後もよろしく頼む。」

「あ、ありがとう・・・。
少尉はA-00中隊、と言うことは、白銀少佐直属、―――優秀なのだな。」

「なに、適々任官前の訓練からXM3の教導を受けたサンプルとして暫定的にA-00に任官したに過ぎん。
実力が評価された訳ではない。
己の未熟は誰よりも己が重々承知している。
たk・・・、白銀少佐は、遥か彼方に居られる―――。」

「!・・・そう―――凄いですよね・・・15中隊を一人で殲滅なんて・・・。」

「・・・」

「―――やっぱり全部持ってる人って、居られるんだな・・・。」

「それは違う。」

「は?」

「・・・白銀少佐―――武は全てを奪われ続けてきた。」

「え・・・。」

「・・・肉親も、友人も、故郷も、―――そして希望も、愛も、未来も、全て奪われ、失い続けてきた。」

「・・・」

「武がどんな状況に在っても、どんな苦境に喘いでも、唯一喪わなかったのは・・・、」

「・・・」

「―――その諦めない意志だけだ。」

「!!ッ」

「・・・どんなに奪われても、どれだけ喪われても、ついぞ諦めなかった。
だからこそ、今の武が在る―――。」

「・・・諦めない意志・・・。」


―――そう・・・その不屈の意志にこの世界の全ては救われている。
何度も奪われ、何度も喪い、その度に繰り返して、それでも届かない“未来”。
知れば知るほど絶望的なまでの戦力差。
何をしても好転しない状況。
足を引く人類同士の諍い。

何周も繰り返した1周目のループ記憶では、時に武との蜜時も在ったが、総じてそれ以降何れも砂を喰むような空虚しか残っていない。
武に死を懇願した2周目は余りに鮮烈で、翻ればそれはそれで幸せな記憶であるかもしれないが、未練が残るのは詮無いこと。
確かにループしたときにはその記憶もリセットされてはいるが、無意識に残った絶望感が徐々にその重さを増していたのもまた事実。
―――その押しつぶされそうな絶望に抗い続けた武が居たからこそ、今の僥倖がある。

それを理解しているのは、吾等武の嫁8人と・・・副司令・大佐のみ・・・。


・・・尤も、余人に理解して欲しいわけではない。
それは解っている。
ただ只管にBETA駆逐を目指す今の状況だけを傍から見れば、確かに全てを“持っている”ように見えるだろう。

それでも尚、武が恵まれた星の下に在るよう言われると反発してしまうのは我が身の未熟。


「・・・そなたは何を諦めた?
そんな顔をしているというのに、それは、そんな簡単に譲れるモノなのか?」

「!―――」

「昨日、そなたのカメラ[]に映ったのは、単なる幻なのか?」

「!!・・・ッ」

「・・・私などまだまだ未熟、それでも諦めきれぬモノは在る。
だからこそ―――こうして足掻いているのだ。」

「・・・。」

「・・・ならばこそ、そなたも足掻くが良い。
されば何時か、大切なものも見えてこよう―――。
・・・尤も、新兵などに指摘されるまでもないことであろうが、な。
老婆心と許すが良い。」


唇を噛み締めた前島少尉に、位階は同等といえ、過ぎたことをしたと自省しつつ目礼する。
私は踵を返し、指示の出た次のセットに戻る。
此方にも余裕なぞ、ない。
後に立ち尽くす姿は、直ぐに意識から外れた。


Sideout



Side シルヴィオ・オルランディ(欧州連合情報軍本部第六局・特殊任務部隊“ゴーストハウンド”中尉)

PX 喫食エリア 07:00


「―――な、なんだ・・・なんなんだアレ[●●]は―――?!ッ」


その朝、俺はそこに信じられないものを見た気がした。
自分の網膜に映った映像は、悪戯好きな香月夕呼[ドクター]が仕掛けた虚像ではないのか?
そんな疑問が猛然と湧き上がる程に・・・。

視線の先に広がるのは、砂糖を煮詰めた水飴なる物体よりも甘く、そしてネバ付く桃色空間―――。


「・・・アーーン。」


あの表情の少ない社嬢が抑揚のないセリフで突き出すスプーンを笑顔で咥えているのは、数多の二つ名を有し、単騎世界最高戦力が当確である英雄、白銀少佐その人だ。
その隣でニコニコとその様子を見ているのは、ガーネットの如き赤い髪に大きな黄色いリボンを結んだ少女。
彼女もその手には、次のおかずを載せたスプーンを用意している。
・・・つまり少佐は手にした箸を一切使わず食事を進めていた。

―――いや、箸は使う。
だがそれは、食事を自らの口に運ぶ為ではなく、二人の少女に“お返し”をするためだけに使われていることがその後確認された!



「ん?―――ああ、シルヴィオは初めて見たのか。
―――あれはもはや、国連横浜基地[ココ]では日常の光景と化した朝のひとコマだ。」


呆れたように言う美冴の言葉に、愕然とする。


な・・にッ?

何と言う剛毅!
この様な衆人環視のもと、羞恥を極める様な行為を日常の光景とするまでに、少佐は解脱していると言うのかッ!?
その表情が妙に達観して見えるのは、そのせいか!


―――ん?


「どうした?
シルヴィオも、あーいうのが好みなのか?」

「・・・いや、美冴がしてくれるのなら吝かではないが、この環境で実行する度胸はない。
それより、あのリボンの少女に何処かで在ったことがあるような気がしただけだ。」

陳腐[ベタ]だな・・・。
少尉にか?、それは―――無いと思うぞ・・・?」


僅かに美冴のツッコミの歯切れが悪い。
何かを言い足そうとして、止めた様だ。


「・・・そうか、なら俺の勘違いだろう。」


A-0大隊は元々機密部隊。
その個人情報も機密に該当するのは当然。
同じ作戦を展開するA-01なら付き合いの範囲で多少は踏み込めても、範囲を誤れば美冴に迷惑がかかるだけだ。
別に俺は横浜基地の内情を調べに来たわけではない。
局長辺りには垂涎かもしれないが、ご機嫌取りなど御免被る。


「・・・しかし彼女に興味があるのか?、これは少佐に進言しておかないといかんな。
折角横浜に来たのだから、あの[●●]白銀少佐に個人教導をしてもらうのも、乙だぞ?」


悪戯っぽい瞳をしながら、真面目口調で指差される。


「勘弁して下さい―――。」


それでなくてもイタリア男は軽佻浮薄の謗りを受ける。
あの[●●]白銀少佐に、嫁にこなをかけてる等と誤解されたら普通に死ねる。
当然白銀少佐の相手に関しては、欧州の情報軍にも報告が上がっていた。
アレだけの機動を実現し、一人で一個中隊分に相当するだろう働きをする少佐は、可能であれば取り込みたい各国の攻略対象でもある。
それがハニトラくらいで掛かってくれるならそれに越したことはない。
故にそのプライベートも、別部門の調査対象なわけだ・・・言ったように俺はしないが。
最新の情報でその相手は、ユーコンに随伴した4人の部下、そして国内にも3人、の筈。
日本帝国が人口激減の対策として制定する事が確実の拡大婚姻法、そのプロパガンダとしての側面もあるらしい。
人口比から8人までとのコトだが、その一角を占めるのがあの娘達、なのだろう。


「・・・俺としては、寧ろ美冴の事が知りたい。」


正直、他人の恋路は興味の対象外。


「!、・・・これは切り返されたな―――鷹徳のことかい?」

「いや、それはいずれはっきりすると言ってくれたのだから、それを待つ。」

「・・・。」

「一昨日美冴を目にしたとき、正直驚いた。
何というか・・・視線が変わった様な気がした。
普段から飄々として、なかなか素顔を見せてくれないから勘違いかとも思ったが・・・。
もし、許されるならそのワケを知りたい。」

「・・・流石情報軍だな、いい目をしている。」

「・・・この前、話していただろ、向き合って見る、と・・・。
なにか良い知らせでも在ったのか?」

「―――ああ、それについては逆だな。
漸く踏ん切りが付いて―――最近調べて知ったのだが・・・やはり母は既に亡くなっていた。」

「!!ッ―――それは・・・立ち入ったコト、申し訳ない・・・。」

「―――構わん、シルヴィオに謝ってもらう程でもない。
私も、覚悟してのコトだ。

・・・墓所すらBETAに奪われた。
納める一片の遺骨もない―――。

・・・思うことが無いわけではないが、格段特別なことでもない。」

「・・・。」

「・・・西日本の喪失当時、シャノアの輸送船がかなりの避難民を輸送してくれていた。
―――それでも全員を救えたわけじゃない。
BETAに齧り付かれる殿では、取りこぼしも多かったらしい。」

「あぁ・・・。」

「母もな・・・実際には、救助船に乗れたらしい。
定員はギリギリで、背後にはBETAが迫る中、岸壁に残る人も多かったという。
・・・それを母は、譲った・・・縁も縁もない娘の母に・・・。」

「!・・・」

「・・・御子神大佐が調べてくれたシャノアにな、語り継ぐべき記録として、そう云う人達の名前を遺してあるそうだ。
乗船は子供優先で、残った大人はクジ引き。
母は当たりを引いたが、中学生でも子供と母親は一緒に居るべきだと言って、譲ったらしい。
無論生死を分かつ選択だ・・・それが本当の母の気持ちだったんだろう。
まあ全世界の記録だから、そうして名前が残る人だけでも数千人に達しているらしいがな。
―――その名だけが、母の墓標なのだ。」

「・・・。」

「没落した様な分家筋なのに武家の仕来りに厳しくて、事あるごとに衝突ばかりしてたが・・・、母は母で最後までその矜持を持ち続けた。
母らしい死に様―――、理解しきれなかった放蕩娘がどうこう言うことじゃない。」

「・・・。」

「・・・もし、シルヴィオからみて私が・・・或いはA-01と言う中隊が違って見えるとしたのなら、全ての悲劇の元凶たるBETAに一矢報い、そして更なる反攻を勃す機会を得たからだろう。」

「!!ッ、第4計画・・・か」


唸るように口の中で呟いた言葉。
XM3、そして新潟の奇跡。
BETA技術鹵獲に依る新兵器の噂も絶えない今、確かな希望がここには在る、と言う事か。


「・・・これ以上は、朝のPXでする会話ではないが・・・、このトライアルが終われば、副司令が国連本部に行くことは既知なのだろう?」

「・・・・・・。」

「―――世界は変る・・・いや・・・私達が、変えてみせる―――のさ。」


物静かな、しかし力に溢れた宣言。
俺はといえば、戦乙女の凛々しい姿に魅入られるばかりだった。


Sideout




Side 前島正樹(本土防衛軍戦術機甲戦闘団特殊戦第5戦術機甲戦隊)

太平洋上空 14:00 


フッ―――、と長く息をつく。
毎度毎度のことながら、気を抜けばレッドアウトしそうな際限のない減速Gから漸く解放された。
眼球が飛び出さないよう堅く瞑っていた瞼にずっと押し付けられ、網膜投影すら歪んで見えていた視界が、やっと正常に戻る。

未だその視界、全天に広がるのは遮るもの何もない果て無き世界・・・。
間もなく横浜から西南西に500km、上空46000m―――まだ成層圏と呼ばれる領域の上の方に居る。
背後には燦々と照る太陽、そして真上には瞬きもしない星々が共存する、所謂“神の領域”だった。


網膜投影に映し出される機外360度の視界には、遥か前方に緩やかに弧を描き地平線と水平線が連なり、その下半分は所々霞むように雲の棚引く光る大気。
そして上半分は地平から天頂に掛け群青から漆黒に遷移するグラデーション、深遠の宇宙が見えている。

だが・・・。

ゆっくりとこの景観を眺めて、“神”を感じたことなど一度もない。
未だかつて、地球と宇宙の境界を実感している余裕なんて持てたコトが無いのだ。
と言うのも、頭蓋まで軋む強烈な減速Gが過ぎ去れば、今度は光線属種の照射範囲内を通過する脅威を感じながら時間との勝負―――。



もうこれで何度目になるのか・・・、それすら忘れた。
何時も着陸したあとは精神的にも肉体的にもぐったりで、詳細を覚えていない事が殆ど。
今回[●●]もどうにか無事、此処[●●]迄来た。

―――今朝方早朝の鍛錬もそこそこに、横浜からマスドライバーで打ち上げられたHSSTのカーゴに極秘裏に搭載された再突入殻は、SR-71を内包したままインド洋上高度200kmで射出され、そのまま再突入軌道にて降下している。
無論直接ハイヴアタックを仕掛ける訳ではない。
ハイヴダイバーズの損耗率の激しさは聞き及んでいるから、それに比べれば幸せな事だと言うかも知れないが、それでも何時撃たれるか判らない恐怖を延々と繰り返すのと何方が幸せなのか、自分には判断がつかない。
そう―――、特殊戦は戦場で忌み嫌われながら人の死を撮り続ける以外に、当面の目標である佐渡ヶ島を掠めるような降下軌道を使ったダイブによるハイヴ偵察を繰り返してきたのだ。


SR-71を投下する為だけに地球を一周余計に周ったHSSTは、既に自らの目的地に向け虚空を飛び去っている。
グッドラックの声と共に射出された後は、直後徐々に増大していく減速Gに耐えながら、この宇宙に取り残されたようなたった一人―――。

ここに至る間にも、ハイヴからの照射脅威を減じるため可能なかぎり低緯度周回軌道を通ってはいる。それでも、最大射程は1,000km以上と考えられる重光線級の照射範囲でいえば、上昇過程でH26:エヴェンスクの射程圏内を横切り、単独の降下軌道に入ってからは、H17:マンダレー、H16:重慶にも捕捉され、今はH20:鉄原から重光線級の射程内を通過している事になる。
背中に絡みついてくる様な奴らの視線、降下を開始した辺りからずっと怖気として背中に張り付いていた。


もう間もなく関東上空―――ここは当然佐渡からの第4級光線照射危険空域に該当するわけで、40kmとされる積極的照射範囲こそ外れても、奴らの驚異的な捕捉能力によって追尾されているのは確実だろう。
そもそも20000mから25000mを飛ぶ高々度偵察機が光線属種の格好の標的であることは、過去の歴史が証明している。
例えM3近い速度が在ろうとも、光線属種が有する探知能力と光速の砲撃の前に高々度偵察機は瞬く間に絶滅に追い込まれた。
航空機にとって光線属種の能力は、正しく致命的であった。

だが、BETAは何故か200km以上の上空を周回する衛星や、低軌道往復帰還機の打ち上げ・再突入経路を通過するHSSTには探知範囲内であっても照射しない、という経験的事実がある。
高度200km以上に関しては無数のスペースデブリも周回していることから、BETAがそれらを無視すると言うのは判らないでもないが、低軌道往復帰還機が狙われないことに関しては、専門家をして全くその理由が判っていないと言う。
BETAの気紛れとも言われるこの事象は、今以て迅速な大陸間の物資輸送を可能とし、皮肉にもそれが人類の生存に大きく寄与している訳だが、逆にこの経路を利用すれば最終降下地点がハイヴの30km圏内でない限り有人偵察も可能、と言うことにもなる。

―――それを恒常的に実施しているのが特殊戦第5戦術機甲戦隊であり、その為にHSSTへの搭載性と高々度における自力巡行性能を有するSR-71が未だ運用されている理由でもあった。




で・・・、今回横浜基地のXM3イベントに撮影班として参加した自分であるが、今日のトライアル・メニューは参加した各国の機体に昨日換装されたXM3の慣熟・・・つまりは一日中教導である。
しかし教導の公式記録であれば定点カメラやドローンで十分なため、有人偵察機による撮影は必要ないと判断された。
一方、SR-71にもXM3換装が行われているが、元々地上での戦闘機動など殆どしない特殊戦、慣熟をするとすれば“戦域偵察”とそして今絶賛遂行中の“軌道降下” になるわけで、要するに慣熟と銘打った“実務” 、つまり諜報に関する周辺偵察の敢行となる。

今までの任務に於ける軌道降下による佐渡ヶ島ハイヴ偵察と同じく、高度50000mで早々に再突入殻をパージ、後は自力で降下軌道に乗る。
ここで今回は何時もより東寄り、事実上横浜上空をフライパスした後、仙台周辺に降着する。

―――と、まあ、言葉で言うのは簡単だが、その降下中4,000kmもの間、空気抵抗による熱と戦いながら射出時の周回速度M15程度からからM2.5程度まで一気に落とすため、ずっと強烈な減速Gが掛かっていた。
今も突入角で3度、更に速度を落としつつ100kmで5000m程降下している。
500km手前から横浜通過までは約15分程度、撮影可能範囲は通過後も含め10分程度―――それでも地上200kmを周回する監視衛星よりも鮮明な映像が撮れる。
そしてこの偵察方法には何よりも、周回している十数基の偵察衛星、その全てが“食”となる“空白の時間”、そこを意識的に狙って偵察が出来るというメリットが在った。
当然相手が衛星周期を熟知していると想定すれば、何か腹黒いコトを起こすとすればその“食”の時間が最も確率が高い、と言う予測。
故にこの降下は今日発生する“食”で一番長い1時間というタイミングに合わせてあった。


ちなみにSR-71が横浜をフライパスするときの高度は20000m、20mの機体でも地上から見上げた場合1m先の1mmの砂粒程度にしか見えない。
無論反射の抑制や背景に溶け込むような塗装処理が施されている。
今日の横浜地方は雲の薄い晴れだが、蒼穹の中でその存在を見出す者はまず居ない。
そして元々SR-71は、思いの外ステルス性が高い。
通信も発信は全て遮断しデータリンクの受信のみ。
流行りのアクティブステルスは持たないが、そこは“横浜”がデータリンクでの存在を隠蔽してくれている。

そして更に、この機体が有する特性は、超音速飛行による衝撃波の発生も抑えることができた。


―――戦術機甲戦闘電子偵察機SR-71“黒烏[レイヴェン]”。
最高速度は公表されていない・・・と言うか、気圧や湿度条件でも変化するため、明確な値がない。
それでも、高度20,000mにて全力で噴けば実際にはM3には届くだろうというバケモノ。
但しそんなことをすれば猛烈に燃料を喰う為、最高速は3分も維持できないだろう。
実際今もM1.5前後で継続降下中―――。


レーダーへのステルス性、難視認性、そして排気火焔まで絞っているが、この機体は更に音速で発生する衝撃波も対策してある。

1930年代に提唱されたとだけ聞いただけで正確な理論など知らないが、元は独特な2枚翼によって発生する衝撃波を相殺し下方に発生するエネルギーを減ずる手法、とのこと。
“ブーゼマン効果”と言うらしい。
それをSR-71では3次元に拡張・展開し、結果その飛行形態に因って下方衝撃波の85%を相殺する機構が搭載されている。
このとき干渉により上方への衝撃波は若干増加するらしいが指向性の高い衝撃波に於いてそれは問題に成らず、15000m以上の高空であれば音速を突破してもその衝撃波が音として地表まで届かない程の静粛性を纏っていた。

一方で衝撃波を減じるのは造波抵抗を小さくするのと同義であり、この事に因って空気密度が高く抵抗が大きい地表付近でも音速を突破出来るポテンシャルとなるが、通常ただ単に音速を出しただけでは地面に跳ね返った衝撃波で自分の機体が損傷してしまう。
しかし下方に放射される衝撃波を減少させる機構は、副次的に地表近くでの音速飛行に対しても地面の衝撃波反射に依る機体損傷を低減する効果も得ていた。
まあ、尤も幾ら抵抗を減らしたところで元の抵抗が高く、結局膨大な燃料を消費する為、地表付近での超音速飛行は極めて限定的な緊急避難的な使い方でしかない。


反面それだけの技術なら、通常の戦術機に応用すれば良いとも思うが、はっきり言えば汎用性のない速度特化技術―――つまるところSR-71は“直線番長”なのだ。
戦術機に普通に求められる可動性を考慮した途端、ブーゼマン効果の効率は大幅に落ちる。
曲がることなんか視野に入れてない構造だからこそ、そこまでの指向性を与えることが可能らしい。
SR-71は“戦術機”と称するのも烏滸がましいほど出来損ないのようなブレンデッドウィングの塊、寧ろ偵察機です、と言ったほうが納得出来るフォルムであり、実際その中身は高空でも使用可能な高性能ロケット燃料でピキピキに満たされている。
謂わば自身をロケットブースターと化した様なもの、なにしろ過去撃墜された機体は末端の被弾だったにも関わらず搭載された燃料に引火して爆散した、という超危険物でもあった。

そもそも超音速飛行中、無造作に姿勢変化をさせようものなら、その瞬間大気の壁に激突しその場で空中分解することは必至―――。
・・・SR-71は極めてとんがったコンセプトによる、正に偵察にしか使えない機体だった。


―――こんなに特殊な機体、更に軌道降下という大掛かりな手法を取ったところで、得られる実質的偵察時間は、せいぜい10分程度。
そのタイミングで有益な情報が得られるか否か、は完全に運次第・・・正直言って宝くじ並みに期待値が低い賭けでもある。
確かに想定される相手は米軍部隊内の煽動者だから、セキリティとして配された多数の監視カメラが多数存在し、夜間は巡回するドローンさえ配されているという空母艦内での動きは無かろう。
また停泊している横浜港湾エリア内は上陸も許可されているが、逆に夜間の外出は禁止される。
それら監視の目を逃れて疚しいことに及ぶのは、実質昼間のみであり、空母を少し離れた屋外、加えて衛星監視を逃れる時間しか無い、と言う事にはなる。
しかし、例えそうであっても高々度偵察でその裏工作を捕捉できるかどうか等完全に運まかせ・・・。


結局―――自らの命まで賭けた膨大な無駄を覚悟に臨むしかない、何時もと同じ・・・砂を噛むような任務・・・。






―――そんな虚無感に苛まれながら、徒然に無常を感じつつ、突然視野には横浜・・・“監視領域”の画像が視野全面に展開される。


諦められないモノ―――か。

御剣少尉の言葉と去り際の儚げな微笑みに、とある人の面影が浮かぶ。

手を伸ばせば、届いた・・・否、届くかも知れないのに・・・。



・・・観測エリアが近い。

横浜港に入港した艦船や空母、及び周辺の僅かな港湾施設、そして国連横浜基地を広く俯瞰する。
今言ったエリアにしか人は居ない。
G弾による重力異常によって植生を破壊され未だ荒涼としたまま―――廃墟と化した街を映す。
その視界から視線でピックしたところが拡大され、雲に霞む所は透過する赤外線映像をオーバーラップしていく。

更に今回は、アナスタシア・マクダネル臨時特務大尉のサポートも受け、エクステンデット・データリンクからのデータを追加しているわけだが・・・。

―――その情報を追加した途端思わず息を呑んでいだ。


突然視界に現れたのは拡張現実[AR]による吹出し、つまり横浜基地周辺に張られているミリ波レーダーや各種センサアレイによる追尾情報―――第4計画がマークした人物の現在位置を示していた。
その部分をピックして望遠モードで拡大すれば、さらに細かい動きも見える。
当然の事ながらマークされたその半数以上は、今は衛士としてトライアルに参加している。

・・・が、残りの4割強・・・。
その動き―――。

殆どは室内にいて今回の偵察からの映像記録には残せないが、何故か[●●●]この時間に野外にいる者が存在する―――ッ!!


左手、遥か水平線上には今にも佐渡が姿を見せる―――が今はそれを気にする暇も無い。
佐渡からは、既に捕捉されていることは背筋の怖気からも確定、重光線級であれば地平線の壁が消えた途端、確実に射程内だろう。
けれど、どうせ出来ることはBETAが気紛れを起こさない事を頭の片隅で祈るのみ―――。

それよりも何よりも、今はマークした人物の行動―――。


既に降下コースは決まっている。
ここから記録する映像が、決定的なモノになるか否か、・・・あとは[]のみ。
この果てしなく無為にも思える繰り返し作業が、意味のあるものに変わるか変わらないかの瀬戸際とも言える―――。

そう・・・。
―――この決定的瞬間[チャンス]をモノに出来ないなら、カメラマンなんてッ!!

そして・・・絶対に諦めないッ!!


Sideout




Side 千鶴

A-00部隊執務室 19:00


トライアルの映像を統括している伊隅大尉からその報が齎されたのは、教導が終了しハンガーに戻った時だった。
先に報告した副司令は、部隊長に任せなさいと言っただけだという。


中身をみて納得、まあ、解らなくもない。

横浜基地周辺とはいえ、今のところ基地に何か実害が在ったわけではない。
これが被害者が基地要員である等、明白に基地に害なす内容なら別だったが、この映像をネタに何かを引き出せるわけでもない。
飽くまで、米軍内部の問題、なのだ。

例えその映像が、スタンガンに依る拉致から、薬液の投与、そして催眠暗示に至る一部始終を明確に記録したものだとしても・・・。
被害者も米軍、加害者も米軍。
寄港地である横浜港の周辺で行われた明確な犯罪行為ではあるが、米軍内部に捜査権を持たない日本の治安組織ではどうすることも出来ない。
何よりも映像の出処が問題となる。
下手をすれば、寄港した空母周辺を偵察していた、との抗議を受けかねない。

扱いに困った伊隅大尉が副司令を経て大隊長の白銀のところに持ち込んだ、と言うことだ。



だが、私には処理を白銀に委ねた副司令の意図が解る。

白銀は、過去の数多のループを知る存在、それは今の時点に於いて米軍の中で誰が信用に足り、第5計画派に組みしない人物なのか、知っていると言える。
それはアノ御子神大佐にも無い記憶であり、その記憶を元にプランが練られている重要な情報でもあった。
無論、純夏とのナストロイカでループ記憶を与えられた私達ABOTのメンバーも各々同じループの記憶を有しているが、これに関しては白銀や副司令にも明かしていない。



「・・・成程―――。
面倒なシーンを撮っちゃいましたね・・・。
確かに扱いは難しい―――。」

「―――申し訳ない。」

「あぁ、いえ、謝る必要は在りません。
これが元で米軍内が粛清されれば、結果的に我々[第4計画]が有利になることは間違いありませんから。
寧ろこんな決定的な映像をよく撮れた、と褒めるべきでしょう・・・ただ、ちょーっと面倒くさいだけで・・・。」


珍しく、白銀らしくないねちっこい言い方。
伊隅大尉は兎も角、後ろに控えている前島少尉は憮然としている。
自分が譴責されるなら構わないが、大尉に嫌味を言われるのはイヤだと言うことか。


「・・・私に出来ることなら何でもするが・・・。」

「いえね、実は今日、例の件[●●●]俺の番だったんですよ。
この分じゃ、勿論無理ですけどね。」

「例の件・・?・・・!ッ」


思い当たった大尉が、コクンと息を飲み込んだ。


「・・・例の件[●●●]とは地下の、あの―――?」

「ええ―――。
・・・そうですね、伊隅大尉が俺の“代わり”にアレをヤッて戴けるなら、この件は此方で処理をしましょう。」


・・・なんだ―――そう言うコトか。
切っ掛けの掴めない伊隅大尉に例の作戦を決行させようという腹の、クッサイ演技・・・ちょっと待て!?
もしかして今晩は私の順番だったのにッ!?


「―――発言、宜しいでしょうかッ?」

「正樹!」

「・・・構わない、なにかな前島少尉。」

「ハッ、小官が適々撮影してしまった映像です。
責任は、伊隅大尉ではなく、全て小官に在ります。
ですからその例の件[●●●]の肩代わりは、小官に勤めさせてください!」

「・・・前島少尉には寧ろ報奨を与えなければ成らないのだが、それよりも肩代わりを望む、と?」

「ハッ、そのとおりでありますッ!」

「・・・解りました。
では、前島少尉は、伊隅大尉と共に例の件[●●●]に赴き、しっかり[●●●●]と伊隅大尉を慰労するように!」

「し、白銀ッ!、それはッ」

「Yes,Sir!!、小官は大尉と共に赴き、誠心誠意大尉を慰労しますッ!!」

「ま、・・・正樹―――。」


ここに来て踏ん切りが付いていない大尉に白銀がダメ押し。


「伊隅大尉、純夏に聞きました。
―――頑張ってくださいね。」

「え?・・・あ、な―――」


白銀にイイ笑顔で言われ、真っ赤になる大尉。
目の前の前島少尉が更にムッとしたのが解る。
一種のパワハラか、セクハラと取ったらしい。
例の件[●●●]の内容を理解したときの顔が見てみたいものね。
まあ、それは伊隅大尉だけに与えられる特権だろう。
―――仕方ない、伊隅大尉の幸せの為だ、涙を飲んで今日は譲ろう。


「大尉、ここで極めないと、遠乃や相原に出し抜かれちゃいますよ?」

「・・・!!、う、ウム、判った。
私も女だ、覚悟を決めよう。
―――正樹、末永くよしなに頼む。」

「はいッ!、任せてくださいッ!」


大尉の言い回しが微妙だった気がしないでもないが、前島少尉は気付かず応えていた。





妙にテンションの上がった大尉を見送った後、当然の事ながらハンター大隊の指揮官であるウォーケン少佐と映像を元に密談を交わしたのは言うまでもない。
1周目の大海崩以降の世界や、2周目のクーデターに於いても、かの少佐は米国の規範とすべき真っ当な軍人で在ったことは間違いないだろう。
因みに映像の出処は、御子神大佐のXSSTと言えば、それ以上の追求は無かった。
高空が照射範囲に掛かる日本の上空は、いくらXSSTとはいえ、衛星高度か特殊戦と同じ軌道降下でしか偵察できないから万能ではない、と大佐が仰っていた。
間違いなく前島少尉の“運”が招いた映像だが、対外的にソースを隠す意味では確実に“万能”だった。



―――そしてその夜、私は温泉の代わりに無重力XXXと言う稀有な体験が出来たことを追記する。


Sideout




[35536] §103 2001.11.28(Wed) 09:00 国連横浜基地 XM3トライアル V-JIVES
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/05/14 13:10
'16,05,06 upload
'16,05,14 誤字修正



Side 武


それは・・・何と言う異容[●●]―――。


網膜投影に広がる広大な天地―――。
その眼下に見えるのは、平坦に均された凡そ直径10kmにも及ぶだろうクレータ状の窪み。
所々刺々しい破片状の岩が散るだけの荒涼とした乾いた大地の中央に、それは唐突に存在していた。
物理法則をねじ曲げて積み上げたような巨大な地上構造物[モニュメント]―――地上高にして1000mを優に越える違和感の塊、これこそが正にBETAの巣窟・ハイヴの象徴。
上から俯瞰して尚その巨大さが覗える程の巨塔が空を侵すように聳え立っている地下には、更に膨大な存在――。

まるで周囲の空間さえ禍々しく歪めているような、これが・・・オリジナルハイヴ―――。



1973年に落着した地球上唯一の外来起源ハイヴであり、その刻まで[ほしいまま]に文明を謳歌していた人類に対し、ここまで急速な衰退を強いた全ての元凶でもある。

今や宇宙からも視認できる地球最大のフェイズ6である喀什[H-1]ハイヴ、無論衛星写真や、小さな遠景では何度も見たことがある。
しかし、一方で此処迄細部に渡り鮮明な俯瞰映像は、繰り返して来たオレの傍系記憶に照らしても未だ嘗て見たことがない。
それもそのはず、1周目の世界では幾度繰り返してもオリジナルハイヴなど見える位置に辿りつくことすら叶わなかった。
恐らくは唯一の機会だった前回2周目の軌道降下でも、地上から間断なく晒されるレーザー照射が激しすぎて、まともな視界が確保出来ていなかった。
唯一帰還時の脱出用SSTで、遠く離れていく崩れかけのモニュメントを網膜投影の片隅で垣間見た気がするが、その時も意識は喪った仲間たちのコトで頭がいっぱい、まともに認識もして居なかった。


・・・抑々がこの視点でオリジナルハイヴ全景を見ることなどありえない。
なにせ、この画角が取れる高度を飛行しようものなら、即座に高出力レーザーで蒸散されて仕舞うのだから・・・。



―――XM3トライアル、その3日目。
V-JIVESの起動と共に、いきなり参加全機が喀什上空に放り出されたわけで、最初はざわめいたものの、眼下の異容に誰もが気を呑まれ、やがて言葉も出なくなっていた。






オレ自身、今日のトライアルがオリジナルハイヴ・アタックであることは知っていたが、この段取りは知らされていなかったので度肝を抜かれた。
これがV-JIVESであることを思い出し、網膜投影に説明を付記しその規模を示してみれば、透視画像がオーバーレイされる。
この位置からでも末端のスタブは地平線の向こうまで至り、その半径は100km超、実効支配体積は実に42000立方kmに及び、そこに存在するBETA数は詳細が明らかになるに連れて増え、今では推定300万を超えると見られている。
フェイズ5に近いフェイズ4ハイヴである佐渡ヶ島[ H-21]の実効支配体積がおよそ2000立方kmだったはずだから、その約20余個分―――要するに地球上に点在する他のハイヴを全てまとめただけの規模が、此処一箇所に存在することになる。
―――文字通り桁の違うハイヴであった。


『―――本当に・・・コレに挑むのか・・・。』


初めて目にした敵の本拠。
オープンチャンネルには、その余りの巨大さに気圧されたどこかの衛士の呻くような呟きが空虚に響く。
BETAと戦っている最前線の衛士でも、オリジナルハイヴを生に近い視界で見た者など皆無。
その途轍もない規模に全員が圧倒されるのは仕方ないコトだろう。

考えて見れば、BEATに荒らされていない元の世界にだって、地上高1,000mを越える建築物は、まだ存在していなかった。
つまりは地上構造物[モニュメント]ですら、人類を遥かに凌駕している。
ましてや、全地下茎構造の規模と言えば、BETAの脅威にさらされる以前の世界最大都市の規模をも越えている訳だ。



だが、オリジナルハイヴがどれほど巨大であろうと、この異容の向こう側にしか、人類の未来は無い―――。




勿論、今俯瞰しているのは現実を極めて忠実に再現したV-JIVESモデル―――。
謂わば第4計画の粋を集めて作成されたオリジナルハイヴのフルモデル[●●●●●]、これが今回のXM3トライアル最終日の攻略対象でもある。

実際この情報だけでも、今までのループと比べれば篦棒なアドバンテージだ。
純夏が00ユニットとして蘇った2周目の世界では、人類の戦略と引換に地下茎構造の詳細を手に入れたのが精一杯。
こんな3次元の超精密データや、それをシミュレータに組み込むなど考えることもしなかった。
だが、今回の世界・・・純夏が蘇生され、“森羅”によってODLの劣化制限を気にすることもなく稼働できる00ユニットにより、ループ世界の記録までが再現された。
そこにオレの持つ桜花作戦の記憶を重ね、そして更にXSSTやその他大量の無人観測機器によるデータの収集から、細部を煮詰めをずっと行なってきた。
そして今日、遂にこの規模のV-JIVESモデルを完成、披露したと言うわけだ。

最初にオリジナルハイヴの異容に圧倒され、次にそれをシミュレーターレベルで正確に再現している重要性に気付いた一部の目敏い者たちが、別の意味で顔を引き攣らせているのは仕方ないことだろう。
この一連のトライアルは、当然夕呼先生の緊急動議に向けた一種のデモンストレーションとしての側面もあるのだ。




『XM3トライアル参加の皆様―――』


そこで漸く事務局側ピアティフ中尉のナレーションが入る―――と、言っても内容は知っている。

―――曰く。
攻め方は自由、戦術機のみの攻略。
目標は反応炉:あ号標的、制限時間は17:00までで、基本中隊単位の侵攻だが、他の中隊との共闘も可能。
無論本来オリジナルハイヴの攻略には軌道降下というプロセスが必要となるが、いかなXM3とて降下中のレーザー照射に関しては全くの無力。
今回はXM3の機動を体験してもらうトライアルなので、敢えてそこは省略し、スタートであるこの俯瞰位置から指定した開口“門”に突入し侵攻を開始する。
途中中隊機が全滅したらその隊は攻略をリセットされリスタート、―――と言うわけだ。
またハイヴ内から全ての戦術機が排除さた時点で、BETAの配置も初期化されるが、それ以外は継続的に攻略、となる。
つまりは時間内なら、何度でも挑戦出来、その際のデスペナも無い親切[鬼畜]設定・・・。


―――無論そんな甘いもんじゃない。

先の理由で地表におけるレーザー照射は存在しないが、実はこのミッションには難易度設定が無い。
言うなれば観測されたありのまま[●●●●●]、と言う単一難易度―――つまり現実の喀什をマジ嫌味なほど正確に再現した御子神彼方渾身のMAPである。
その内容は推して知るべし、なのだ。
今までのヴォールクを模したシミュレーションとは、比べる事すら意味のない、異次元の難易度であることなど当然の帰結でしかない。
それはマジで参加者にPTSDを発症しかねないレベル―――しかし人類が置かれた“現実”を認識してもらうためにも必要なこと。


そして今回、A-00も機体はXFJ-01、Evo4とはいえG-コアは封印しバラストを設定したノーマルモードのまま挑む。
本来必要のないダミーの増槽まで付けた[さなが]ら“縛りプレイ仕様”。
故に燃料消費は既存の戦術機よりも若干向上した試製XFJ-01相当に設定されているから、全力機動をすれば1時間程度、背面に増槽を装備しても2時間半が限界。
実際のスタブ内侵攻であれば、熾烈なオリジナルハイヴのこと、保っても3時間前後だろう。

以前207Bの皆に追体験して貰った架空の銀河作戦[Op.MilkyWay]では、反応炉到達までが約2時間、その後オレは単騎で脱出・帰還した事になっている。
実際は、前回の桜花作戦を基本にそれなり[●●●●]に再構成したものであるのだが、何よりも凄乃皇四型が存在しない条件でも、現実と齟齬の無い様に完璧に造り込んだ彼方はやっぱりマニアック。
当時の不知火にXM3を組んだだけの性能でありながら、反応炉到達だけならギリギリ生還可能な設定がきちんと組まれていた。
その後207Bに頼まれてVRSによるシミュレータにした後も、一切破綻が無いほどの完成度らしい。

尤も、あの堅い反応炉:上位存在を殲滅するコトが、H-1攻略上の最大の難関とも言える。
前回体験した桜花作戦に於いて、凄乃皇四型の役割は正にそれ、荷電粒子砲による問答無用の反応炉殲滅であった。
他にも侵攻途上、軌道降下時のレーザー防御、S-11による密集BETA殲滅時のバリア、随伴する戦術機の増槽・弾薬庫も兼ねてはいたが、引き換えに一方では図体がでかくてルートが限定され、侵攻速度が稼げず、過度に密集してくるBETAに手間取ったのも確か。
最後まで対反応炉攻撃手段であった凄乃皇四型を守りぬいた皆の献身と、不安定な情緒の純夏が頑張ったからこそ届いた成果でもあった。

・・・だが、やはり犠牲などは認められない―――ッ!!



実は、リアルな喀什攻略の布陣はまだ決まっていない。
少なくともオレはA-00・A-01誰一人も欠かさずに喀什[H-1]に至るつもりであり、今後のG-6[グレイ・シックス]確保量次第で、布陣も戦略も変更される。
G-コアの恩恵により継戦能力や侵攻火力に不足はないから、本番では寧ろ楽に出来るだろう・・・。

・・・とは思うが、その慢心こそがフラグ[●●●]であることも重々承知している。
未だ支配因果律が人類に傾いているとは言い難い状況、常に最悪を想定する必要がある。
だからこその“縛りプレイ”、即ち“A-00中隊による試製XFJ-01モードでのオリジナルハイヴ反応炉破壊”だった。





『―――それでは、トライアル開始してください。』


ピアティフ中尉の開始の合図に、思考が現実に引き戻された。

参加は、16中隊―――。
その半分は、取りあえずの小手調べとばかりに即座に吶喊を敢行する。
オリジナルハイヴ攻略などそうそう経験できるものではない。
我先に突入するのは、連携の取りにくい寄せ集め部隊だからか。
残りは、データに示される詳細を確認しながら戦術の構築、と言ったところ。

尚、G-コアに依存しない試製S-11X炸裂弾と試製74式“改”近接戦闘長刀は使用可能。
これは不公平の無い様、他の中隊でもV-JIVES内で選べるサービス・オプションとして提供してある。
富士教導隊から参加の3中隊は勿論早速装備していた。

一方の米軍は数の利を活かして共闘らしい。



『・・・さて、A-00はどうする?』


A-00中隊の参加は、実質的に8騎10名。
本来A-00中隊所属となっているフレイヤ小隊は、実質冥夜の警護、つまりV-JIVES中無防備となる現実の戦術機周辺警護に当たる為、トライアルには参加していない。
結果オレが小隊長を兼任するトール小隊は〈Thor-01〉[オレ・純夏]〈Thor-02〉[冥夜]〈Thor-04〉[たま]に、単騎の〈Fenrir-01〉[篁大尉]が編入された4騎5名となる。
一方、ガルム隊は、〈Garm-01〉[まりもちゃん・霞]が複座と成り、〈Garm-02〉[委員長]〈Garm-03〉[あやみね] 〈Garm-04〉[美琴]の同じく4騎5名となった。
無論純夏は“森羅”、霞は“天地”装備であり、これらもG-コアに依存しないアドバンテージであった。


―――因みに大隊顧問である彼方は参加していない。
篁大尉の言に拠れば、流石の彼方もこの超大規模V-JIVESとなるMAP“オリジナルハイヴ”の最後の調整にギリギリだったらしい。
とは言え、恐らくは本番でも、彼方はRes-G弾の管制に回る事になるだろう。
永きにわたるループ、上位存在[因縁]とはA-00で決着[ケリ]をつけたいオレの我侭でもあるのだが・・・。


『―――SW-115を具申します。』


声を上げた委員長の希望は、その史実[ループ]通り、・・・か。
細部の精細データを必要としないVRSでは、既にオリジナルハイヴのシミュレーションは可能だったから207Bの皆で相当数の試行錯誤を繰り返していたはず―――。
それなりに練った戦術を検討してきたと見られる。


『・・・まずは正攻法[セオリー]、か。
・・・なら各自の案を順番に試してみるのもいいかもな・・・。

OK―――、許可する。

・・・じゃ、行くぜッ!
―――A-00中隊、陣形ウェッジⅠ、突入するッ!』

『『『『『『『 Yes,Sirッッ! 』』』』』』』


Sideout




Side XXX(とあるXM3トライアル参加衛士)

国連横浜基地 XM3トライアル V-JIVES 10:00


コレは―――、悪魔の巣窟・・・否、神の怒りか・・・。


我々だって、祖国ではTOP-GUNと言われる部隊、その選り抜きである。
装備は最新とは言い難いが、それでもヴォールクシミュレーションでも上層突破を確実にこなしていた精鋭、でなければこのXM3トライアルに参加など出来ない。
この2日間のトライアルでXM3を確保し、教導によりその機動が格段に向上したことも認識できた。
これなら中層下部まで行ける―――、そう言う自負も在った。


だが、その希望は無残にも打ち砕かれ、持っていた矜持は微塵に粉砕された。




―――何と言うハイヴ、何と言う規模。


ヴォールクシミュレーションに設定された総BETA数は10万。
しかしこのオリジナルハイヴでは、大広間一つに10万のBETAが存在することすら起こるのだ。
そう・・・広大な大広間を埋めるBETAの“壁”など初めて見た。
厚みも判らないその壁は、120mm砲程度では抜けもせず、気がつけば天井に張り付いていた要撃級が視界を埋め尽くすまでに降り落ちてくる。

突入から僅か15分で、中隊は全滅した。


コレがシミュレーションではなく現実のオリジナルハイヴそのものだと言うなら、最早人類に勝機は無いのではないか・・・?
のしかかる圧倒的な敗北感。

XM3による機動性向上の高揚が大きかっただけに、そのXM3を以てしても全く攻略の糸口すら掴めない超巨大ハイヴに底知れない絶望感がひろがっていた。




時間的に多少の前後はあったものの、16中隊・合計188騎、戦術機甲部隊2連隊近い規模で様々な開口“門”から同時侵攻しているのである。
今回はXM3トライアルと言う事で、軌道降下は端折ったが、現実の戦術ではレーザー照射との戦いである。
有効な降下軌道の確保、予測される損耗率から鑑みて、オリジナルハイヴ侵攻時、結果的にスタブ侵入出来る戦術機は最大数でも2連隊規模しか残らないだろうとの予測がある。
恐らくは、その結果も踏まえ、こんなシミュレーションを実施しているに違いない。

それでも統制の取れた16中隊が侵入すれば、内部のBETAもそれなりに分散する、との見込みもあった。。



だが・・・。

そんな希望的観測は、一瞬で霧散。



それは、押し寄せるBETAの“津波”―――。
その途方も無い圧力にたかが12騎の中隊が抗えるわけも無かった。

津波は、一山越えればそれで済む一過性の“波”ではない。
謂わば“段差”であり、延々と押し寄せる果てしない“壁”なのだ。

その津波が、一度[ひとたび]狭いスタブに注がれれば、チューブから押し出される充填剤そのもの、迫り来る“壁”にもはや隙間など無い。
1個中隊が一瞬でBETAに沈む程の氾濫―――。
・・・スタブを満たすBETAに、反撃など何の意味も無かった。


火山の大爆発や巨大津波・・・時に世界で起きてきた大規模災害。
伝えられる言葉では理解しているし、状況を想像出来ない訳でもない。
―――だが、現実にそのモノを目前にしたときに覚える、身体の芯・魂の奥底から震えるような、絶対的・圧倒的な畏怖は、実は自ら体験したものにしか判らない、と言うコトを唐突に理解した。
人間の余りの矮小さと、正しく“神”さえ感じる大自然の脅威には、余りにも隔絶した“差”が厳然と存在することをその“瞬間”、初めて理解できるのだ。


―――そして、今、そのコトを理解した・・・理解してしまった。
これがシミュレーションで在ることすら意識から吹っ飛んでいた。
BETAの渦に呑まれ、絶望に沈み―――気がついたときは、ハイヴ上空―――スタート地点に居た。



カチカチと耳障りな音がする。
歯の根が合っていない。
と言うか・・・。
何時までも身体の震えが抑えられない―――。
部隊内回線からは、同じような音が聞こえ、同じ中隊の誰もが声を発せない―――。

漸く、今の体験がV-JIVESという“仮想現実”であることを認識できても、あの恐怖を拭い去ることが出来ない―――。


そう、このシミュレーションが正真オリジナルハイヴの“現実”であるのなら、BETA禍は正しく“自然の脅威”=“神の怒り”にも等しい。

コレに抗うことは―――反逆とまでは言わないが、つまりは“神”への“抗命”ではないか!?




震える手で漸くデータリンクを拾えば、その状況は、どの中隊も変りない。

広域のエリア通信から絶え間ない絶叫や悲鳴に混じって聞こえるのは、贖罪であり、祈りであり、慈悲を請う哀願ですらあった。
モニターに示されるデータでは、最新鋭機を数ダース単位で持ち込み、XM3に換装されたことでその戦闘力を大幅に向上させたはずの米軍“2大隊”規模が為す術もなく削り取られて行くのだ。

―――そのまま魂さえ磨り潰されるような、絶対的な恐怖。





トライアルの開始から未だ、たった1時間・・・。
いきなり突入して10分で戻ってきた中隊も、そして最初の30分で侵入経路を模索して挑んでいった最大規模の米軍も、今や全てがハイヴを俯瞰する位置に戻っていた。

―――だが、2度目の侵攻を開始する隊は未だなく、デブリの検討を促す言葉すら出ない。



気がつけば・・・、どうも思考が何度もループしている。

あの“壁”を打ち壊すイメージが、全く出来ない。
解く[いとぐち]が見えない、と言うか、その緒を探す気にすらなれない―――。


完膚なき諦念―――。

自分の心がたった一度の侵攻[トライアル]で、ポッキリとへし折られたことを、漠然とだが理解していた。
















『・・・おい、スゲーぞッ!』

A-00[ヴァルハラ]中隊だよ、横浜基地の!
白銀の雷閃[シルバーライトニング]”だッ!』


唐突に入ってきた音は、エリア通信に繋がれているオープンチャンネル、モニタールームの音声。
トライアルで開放されているモニタールームでは、全部隊のモニタリングが出来るようになっていた。
また、V-JIVES参加機の場合この上空待機状態ならデータリンクで各中隊の進行具合を確認することも出来た。

V-JIVESに示される他隊の情報・・・突入した全ゲスト[●●●]隊は既にリスタート位置に戻されていたが、ハイヴのカウントが止まっていない―――つまりまだあのオリジナルハイヴで戦っている者がいると言う事―――。

V-JIVESのモニターモードでは、全部隊を俯瞰することは出来ないが、メインカメラ画像と通常音声のみであれば参加している他隊機体のクローニングをすることが可能だった。
参加リストをスクロールすれば、確かにA-00中隊8騎に、“継続中”、の標記。
A-00中隊―――単騎世界最高戦力である“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”を隊長とし、新潟防衛戦で A-01[ヴァルキリーズ]と共にその名を馳せた国連横浜基地所属の中隊でありこのトライアルでも模擬戦や教導も行ってくれている。
既に一部では知られた存在であったヴァルキリーズが招く戦士の館としてこのトライアルに参加した衛士から“ヴァルハラ”中隊と呼称されていた。


・・・現在位置は―――N層ォッッ!!??

2大隊の米軍がC層にも届かなかったと言うのに??

最深部Z層まであるこの超弩級サイズを有するオリジナルハイヴで、いきなり中層以下に侵攻していると言うのかッ!?


更にリストから選んでクローニングを繋げた先は、―――確か全体を俯瞰できる後衛の砲撃支援[インパクト・ガード]ポジションだったはず・・・。




「―――ヒィィッッ!!」


視界いっぱいに拡がった光景に、自分の喉から情けない悲鳴が漏れた。
発信がクローズで恥ずかしい想いはせずに済んだが、同じような者が多く居たのだろう、オープン回線からは小さな悲鳴や息を呑む気配が伝わってくる。

それは、先に体験したBETAの壁―――仄蒼い広間全体を埋め尽くし、蠢き、立体的な津波となって迫り来る“絶壁”。
―――そのまま呑まれて、蹂躙されたトラウマが甦る。


だが―――。


『距離残200!
目標8の10―――ッ!!』


誰かの指示が飛んだ刹那、“壁”の一部に全機からの砲撃が集中する。
その集中された射撃に崩れかけ、僅かに向こう側の蒼い壁面が透けた時には、白とオレンジの武御雷[ Type-00]が何の外連なく吶喊していた。

瞬時に切り崩され、穿孔された壁の一角―――無論他のBETAが穿たれた“穴”を埋めるべく表面がさざめく。
が、そのタイミングを熟知していたかの様に、残りの6騎が交差しつつ抜けていった。
それすら昔のアクション映画を見ているような鮮やかさ―――。


―――これは・・・作られた映像でも見せられているのか?


BETAの壁を抜けて広がる視界、迫るスタブ壁面をロールで躱すと、そのまま信じられない速度で目に見えた挟路に突入する、―――その直後、背後で閃光が生じた。


「な・・・・・・10万の群れを、一撃・・・だとッ!?」









瞠目―――。


その後我知らず息を潜めるまま10分も見続け、A-00[ヴァルハラ]中隊が何をどうして此処迄達しているのか、漸く理解が出来た。
A-00[ヴァルハラ]の戦術は、敢えて広めの経路を選択し、広間毎に内部のBETAを誘引しては、僅かに出来る隙間や、壁の薄い部分を強引に突破、一方向に固めたBETAをS-11やS-11X炸薬弾で殲滅、後続のBETAが追従できないように挟路は折に封鎖しながら奥へ奥へと侵攻しているのだ。

その速度は、BETAの圧力に脚を止めざるを得ない我々の比ではない。
音に聞いた“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の超絶的な突破力―――しかし追従する中隊の誰もがそれに呼応するだけの資質を有している。
正しくあの“プラチナ・コード”を髣髴とさせる機動―――無論、その技量は遥かに高いにしても、XM3の機動を知った今、理解できないことはなかった。
最大の差は―――何よりも、あの膨大な質量で立ちふさがるBETAに一切臆することなく、果敢に吶喊する強靭な精神―――。


先程のナレーションでは、このオリジナルハイヴMAPは昨日完成したばかり、横浜基地要員でも初挑戦ということだ。
当然、開発途上の試行くらいはしていそうだから完全な同一条件とは言えないだろうが、此処まで至れると言うのか・・・。



侵攻が速い。

速いが故に周辺から集まってくるBETAが少ない。

だが、その侵攻を阻んだのは、これまで見たこともない巨大な隔壁であった。



このシミュレーションモデルを構築したのが、謎の“第4計画”で在ることくらいは、知っている。
XM3、新潟防衛戦で出現した“Amazing5”、全てがその“第4計画”から齎されているコトも。


その巨大隔壁を前にした時、網膜投影にAR表示がポップアップする。
それは、隔壁の開閉手法であり、一種のハッキングによるハイヴ機能の誤作動を生じさせるギミック。


―――こんなコトまでをも第4計画は把握しているのか・・・?


但し、ハッキング作業時間、そして解放に必要な時間は10分前後―――。

集中&殲滅で尽く追撃を減らし、狭路の爆破で周辺BETAの集結を阻んできたA-00[ヴァルハラ]、その時間は十分に確保できている筈だった。


―――もしかして・・・、―――イケるのか・・・?
シミュレーションとはいえ、初挑戦で届くと言うのか・・・?

この戦術は、XM3慣熟の必要性は在れ、自分たちでも可能・・・ならば・・・?




だが、やはり万魔殿たるオリジナルハイヴ―――。
芽生えたその淡い期待も、次の瞬間、儚く消えた。



『!!、追撃BETA、上部R層に集結ッ!!
・・・後方から迂回した模様、体積からの予想総数―――30万!
―――層を抜こう[●●●●●]としていますッッ!!!』

『な―――ッ!!』


悲鳴のような報告に、流石の“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”ですら絶句。


『―――クッソ!・・・追撃路を念入りに潰しすぎたって訳か―――。
床貫き[●●●]とは、遣ってくれるぜ―――。』


・・・そう、最大限持てるS-11を有効に使い、堅実に封鎖してきたルート。
だが、その確実性が裏目に出た。
ルートに沿った再掘が困難と判断したBETAは、大群を迂回させたのだ。
BETA個体にその様な“戦術”が可能なのか疑問だが、何しろオリジナルハイヴ内のBETAのである。
反応炉が噂される様な“頭脳”級なら、オリジナルハイヴのそれはつまり親玉、その位の指示は出しそうだ。

しかも横から侵攻して来るならまだ対処の方法はある。
だが、30万のBETAが降ってくるその圧力は、防ぎようがない。


『“門”級を爆破―――っても数が足りない、か―――。』


計画的に使ってきたのだろう、想定外の事態に対処できるだけのS-11は既に手元に無い。




結果、A-00[ヴァルハラ]は最後の最後まで粘ったが、30万の圧力は如何ともしがたく、降り頻るBETA群に沈んだ・・・。









モニタールームの観戦者含め、場を沈黙が支配する。


あの、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”麾下A-00[ヴァルハラ]中隊でも攻略は不可能なのか―――。







『―――次は、SE-89から侵攻する。』


な―――!?


モニターしている全員を驚愕させる、凛々しい宣言が為された。
重い沈黙をあっさりと破り、間髪入れずに告げたのもまたA-00[ヴァルハラ]中隊。


―――――ッッ!、コイツ等全く折れてないし、一切諦めてないッ!?


それを証明するように、復帰したスタート地点、殆ど間髪も入れず、只の一騎も遅れることなく、SE-89に吶喊するA-00[ヴァルハラ]中隊の姿があった。

















―――静まり返ったモニタールーム。

響くのは、A-00[ヴァルハラ]中隊メンバーの荒い息遣いのみ。


今三度、オリジナルハイヴを俯瞰するスタート地点に浮かぶA-00[ヴァルハラ]中隊―――。


彼らはあれから2回・・・計3度の侵攻を試みた。


隔壁まで至った最初の侵攻に続き、2度目の挑戦では殆どルート取りのみで見事にBETAを引き離すを侵攻をしてみせた。
十分な距離を稼いで辿り着いた隔壁前には、しかし、巨大な新種のBETAが立ちふさがっていたのだ。

母艦[キャリア]級―――。
各地の防衛戦で大量のBETAを地下から運ぶと言われる姿なき運搬者―――それがシミュレーションの中とはいえ初めて姿を見せた。
それは直径だけで150mを超え、長さに至っては2000m近い超大型ワーム型BETA。
細かいルート取りから時間を要し、隔壁に到着したときには開始から2時間が経過していたことで、隔壁前大広間に出現[ポップ]していたらしい。

その巨体に一瞬も怯むことなく攻撃を開始したA-00[ヴァルハラ]は、S-11Xの多用によりその母艦級さえ撃破した。
しかし、そこで予定外の時間を必要としたため、結局後続BETA群の集結を許し、再び隔壁解放にまで至らずに終わった。



一山10万を超えるBETA群の無限湧き、立ち塞がる強固な隔壁、―――そして時限式で出現する超巨大新種BETA―――。

余りに高いハードル、超えられない壁。

A-00[ヴァルハラ]の侵攻でどうすれば切り込めるのか、それは理解している。
ほぼ観戦するに留まっていた中にも、自ら試そうと言う剛の中隊が在る。

だが、昨日からXM3慣熟を始めたビギナーと、A-00[ヴァルハラ]との練度の差は歴然―――。
思い知ったのは、まだまだオリジナルハイヴに挑む、その最低限のレベルにすら達せて居ない現実。

否、あのA-00[ヴァルハラ]ですら、反応炉にすら達していない。
オリジナルハイヴ攻略には、どれだけの時間が掛かるのか、・・・そもそも、それが可能なのか―――?

そんな疑念が支配する。




・・・それでも彼らは諦めなかった。


他の中隊が全滅しリセットの掛かった3度目、今度はNW-57から侵入すると、ガルム小隊が完全先行を始める。
多数のBETAを誘引して囮となり、侵攻路を確保するすることでソール小隊を迅速に隔壁のある大広間まで至らしめた。
無論それぞれが10万を超えるBETAを誘引したガルム小隊員は、その殆どを道連れにS-11の閃光に飲まれている。

その犠牲在ってか、遂には隔壁の突破にも成功し、初めて見る反応炉:あ号標的まで辿り着いた。


だが、しかし、そこに待ち受けていたのは更なる絶望―――あ号標的と呼称される反応炉。
最後にして最大の試練[ラスボス]―――重頭脳級であった。
それは今まで知られている攻撃力を持たないと言われていた反応炉とは、完全にモノが違う。
反則なまでに堅い、無数の触手衝角、その突破力。

それでも2騎の武御雷[ Type-00]が、その超絶した剣技で乱れ飛ぶ触手の攻撃を防いでいたが、いかんせん残るのは1小隊たったの4騎―――。
囮となり自爆したガルム隊の分、完全に火力が不足―――。

3度目の作戦中、白銀少佐が機嫌悪そうに何も言わなかった理由もなんとなく理解した。
自己犠牲による突破では、“足りない”コトを知っている、―――と言うことか。

そしてその危惧通り、―――結果、押しきれずに消耗して終了した。




中隊以上の規模では、迫るBETA群からの回避行動を行う空間的・時間的猶予が取れず崩壊必至。
と言って中隊規模では部隊の半分を犠牲としなければ、目標に届かず―――。
そしてその半分の火力では殲滅しきれない存在・・・。

完全に攻略など不可能な設定[ムリゲー]だとしか、思えなかった。

これがありのまま[●●●●●]のオリジナルハイヴだというなら・・・。
余りにも重い現実―――。

オリジナルハイヴの反応炉到達という快挙、あとはイケる―――と見ているものの期待も勝手に膨れ上がっていただけに、その厳しい現実を突きつけられ、消沈も一際激しかった。


オープンチャンネルのそこここでは、神に祈る声、或いは神への怨嗟、そして押し殺した嗚咽すら聞こえていた。




・・・・・・やはり、オリジナルハイヴは不落の要塞、人類には陥とせないのか―――?

既に時間は16:00―――。

9:00に始まり、最初の侵攻が1時間半。
続く2度目は2時間半の長丁場。
―――それだけでも驚愕の体力と気力。
1時間の喫食・デブリを挟み、今の3度目が2時間―――。
V-JIVESとはいえ、合計で6時間の全力全開機動、疲れていないわけがない。
荒い息が尚も収まらない。
そこには、A-00[ヴァルハラ]のメンバーにさえ諦念に似た無力感を感じ始めているように思えた。
・・・もう、体力も気力も尽きていよう―――。


今や衛士全員が、既にXM3“レベル5er[ファイヴァー]”に達していると言う、“奇跡の中隊”でもあるA-00[ヴァルハラ]

そのA-00[ヴァルハラ]中隊を持ってして、余りに遠い地下要塞陥落―――。

人類最高の中隊が挑んで無理なら、オリジナルハイヴが攻略されることはなく・・・。
そして人類は滅亡の途を辿るしかない―――。




忍び寄る絶望が色濃い。

刻限まで1時間―――。

もう―――無理・・・・・・・・・・・・。








『―――さて、じゃラスト行こうか。』

『『『『『『『 !!ッッ、 Yes,Sir―――!! 』』』』』』』

『ガルムは、NE-73、ソールはSE-59な。』

『『『『『『『 Yes,Sir―――!! 』』』』』』』



それは、余りにもあっけらかんと発せられた言葉。
だが、軽い言い方の中に込められた、不屈の意志―――。

これが・・・“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”―――。

間髪入れず呼応する返答、即座に動き出す視界。




「・・・な・・・・・・コイツら・・・あれだけ[]って・・・まだ諦めてないのか―――。」


しかもなんと2小隊しか居ない中隊を更に2つに分け、別々の開口門から突入するという、戦術的には狂気の沙汰。
先程の3回目で、囮戦法では火力が不足すると理解したばかり。
最初から小隊単位での侵攻など、各個、包囲されて終了ではないのか・・・?

というのもハイヴ内は、ある程度以上離れると通信が途絶する。
データリンクも機能しない。
このシミュレーションに於いても、上空からの俯瞰ならどんなに深くても一方的にデータ取得ができる設定とされているが、一旦中に入れば近くに居る僚機以外との通信は途絶していた。
少なくとも、2小隊が突入した開口“門”間の通信は出来ない。

個別の侵攻で一体何が出来るというのか・・・・?






そんな疑問にもかかわらず、2つに分かれた小隊はまるでお互いの位置が判っているが如く、絶妙な距離感を維持しつつ侵攻していく。

そして片方の小隊が暴れ、派手にBETAを蹴散らせば、もう片方の小隊周辺のBETAさえが誘引されていく。
当然その薄くなった隙に滑りこむように進行、先行したその先で、次は進んだ小隊が暴れだし、新たに周辺BETAを掻き集めるどころか、先に誘引されていたBETAすら掻き集めていく。

―――その繰り返し。


いい加減BETA群が大きくなりすぎた辺りで、今度は先行する小隊が大広間にS-11をセットする。
そして誘引―――起爆・・・。

通信は途絶しているはずなのに、追従する小隊はその爆発圏には入らず、躱すように先に行く。


離れていながら、相手の小隊、そしてハイヴ内の全てのBETAの動きまでをも完全に把握し、行動さえ読みきっているかのような、見事な連携―――。
絶妙なリズムとタイミング
まるで華麗なラリーを繰り返すテニスでもしているかの様に交互にBETAを惹きつけつつ、大広間に終結するタイミングでS-11で一気に殲滅・・・。
それはハイヴ内のBETAの群れを手玉に取る様な、鮮やかな戦術。

こんなことは片方の小隊が主導、では出来ないのだ。
双方の小隊が、同じ未来を予測し、同じ意図を持って動かないかぎり、不可能―――。



これは・・・・・・。
背筋が、沸々と泡立つ。
全身の毛穴がゾワッと逆立つ。


―――人は、極めればこんな境地に至ることすら可能だとでも言うのか?



このオリジナルハイヴに於いて、まるで野を往くが如く・・・。
その侵攻速度が今までに無く異常なまでに速い―――。





その神がかり的な連携は、終ぞ破綻することなく、その結果、僅か40分で達した巨大隔壁。
無論、動きの遅い母艦級が出現する遥か前に突破を果たし、早々に重頭脳級との決戦に持ち込んでいた。


あ号標的:重頭脳級―――その恐るべき攻撃力は、先程も垣間見た。
殺到する触手衝角の下で、悠長にS-11など敷設する暇は無い。

極めて精緻な相互誘引戦術を使っていたとはいえ、BETAとの接敵が皆無で乗りきれるハイヴではない。
どの機体も大なり小なりの攻撃は喰らっており、瑕疵のない機はない。
それでも、先程と異なり中隊8騎、その全てが揃っている―――。
・・・であれば、取れる戦術は無限、手数は十分、火力も十二分に温存してある。



『・・・さあ、往くぜッ―――!!』


白銀の雷閃[シルバーライトニング]”の号令とともに〈Thor-02〉[御剣少尉]〈Fenrir-01〉[篁大尉]突撃前衛[ストーム・バンガード]が飛び込む。
その2枚は同じだが、そこに前回は居なかった強襲前衛[ストライク・バンガード]である〈Garm-01〉[神宮司大尉]〈Garm-03〉[彩峰少尉]が加わり、明らかに厚みを増した。

更に強襲掃討[ガン・スイーパー]〈Garm-02〉[榊少尉]や、迎撃後衛[ガン・インターセプタ]のポジションでずっと全体指揮を取っている〈Thor-01〉[白銀少佐]が更に補佐と攻撃の二役をこなしている。


コレが・・・本来のA-00[ヴァルハラ]中隊の力―――ッッ!!


激しい剣戟を繰り広げる触手の隙を上手く突き、制圧支援[ブラスト・ガード]である〈Garm-04〉[鎧衣少尉]の放ったS-11X炸裂弾は、触手の防御を掻い潜り、炸裂する。
爆発範囲も指向性を持たせて前衛4人にギリギリ届かない絶妙の設定、一方の前衛はフレンドリィファイアなど在り得ないとの如く、一顧だにしない。

その一撃が触手の一部と共に、基幹である制御部を穿ったのか、触手の反応が目に見えて落ちる。
生まれた隙は、砲撃支援[インパクト・ガード] 〈Thor-04〉[玉瀬少尉]の狙いすましたS-11X[一弾]を通すのに十分だった。


その閃光が消えた時、どう考えても男性のアレ[●●]を思わせる形状が、半分抉り取られていた。



これは・・・・・・ッ!

-――遂に届いた・・・決定的な―――致命的な一弾―――ッッッ!!。



動きを止めた触手に、一斉に前衛が引く―――。
引きながらも、機能するだけの副椀が展開し、背面担架から回ったガンブレードがその銃口を向ける。

それらを含め、畳み掛けるように全員から、立て続けに残るありったけのS-11Xが放たれる―――。



そして・・・・・・。

―――それが、トライアル終了のブザービーターと成った。



直後、オリジナルハイヴの最深部を満たす閃光――――――。

















『『『『『『う・・・うぉぉぉぉぁぁぁッッ!!』』』』』』

『『『『『『キャァァァァァ!!、遣った、遣ったわぁあぁァァァァ!!』』』』』』

『『『『『『―――や・・・やりやがったぁぁぁぁッッッッッ!!!』』』』』』


オープンチャンネルが、絶叫や、雄叫びや、―――歓喜の悲鳴で満たされた。


Sideout





[35536] §104 2001.11.28(Wed) 17:00 国連横浜基地 米軍割当外部ハンガー ミーティングルーム
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/06/04 06:10
'16,06,03 upload
'16,06,04 誤字修正時通信不良により尻切れた後半を再up



Side アルフレッド・ウォーケン(米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官・少佐)


電源を入れた基地内のモニターから溢れるように、雄叫びが流れ出た。


これは・・・、歓喜・・・?
―――そうか、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”が達した[●●●]か・・・。


トライアル最終日、そのお題[テーマ]となったのはH-1[オリジナル・ハイヴ]―――。
これだけ詳細なデータを集めていたこと自体にも唖然とさせられたが、事実とすればその中身は想定を遥かに超えていた。
―――どれほどの最新鋭機を集めようと、どれだけの規模を投入しようと、現在[いま]米軍[我々]では、攻略不可能―――。
それが私の下した結論だった。

単に誤ったATSFに基づいた戦術機[対人類用]という事だけではなく、機動・火力・戦術・・・何もかも足りないということだ。
当然“A-00[ヴァルハラ]”中隊による1回目の挑戦も見た。
彼らには、既に下層に至るまでに必要な要素が構築されており、我々には無い。
そこには厳然とした格差があることを認めなければならない。

ならば無駄なことに時間を割く気はなく、私は早々に戦術機を降りた。
今は他に遣らなければ成らない事案がある。


尤も対BETA戦闘の機会が少ない米国一般衛士にとってはまたとない“実戦”経験に近いことも事実、副官[ヒル]には“挑戦”を続けるも良し、“観戦”するも良しといい含めておいたが。
これ程の巨大ハイヴ、攻略可能性が在るとすれば、粛々と情報を集め、直向に必要な“機動”を修練し、侵攻と特化したタスク・フォースを創り上げてきたここ“横浜”のみであろうと予測はしていた。
とは言えあの1回目の結果から現有戦力では確率が低いとも思っていたので、制限時間内に辿り着くとは天晴[エクセレント]としか言い様がない。

・・・灯された“人類の希望”―――か。



「・・・スゲェな・・・。
―――だが、この戦力を、“米国[我が国]”以外が有しているコトを容認できるのかい?、少佐は―――。」


進まない尋問もトライアルの終了時間、これ以上此処で続けるのは問題があろうとモニターを付けてみれば、“被疑者”は早速に喰いつく。


「・・・論外、だ―――他国の主権を侵害するなど、栄えある合衆国軍人として恥ずべき事だ。」

「フッ―――、それが“綺麗事”であることも、佐官様なら重々承知だろ・・・。
過去、“米国[我が国]”の海外派兵に“利権”が絡んで居なかったコトなど一度も無ェ。
寧ろ、此処[●●]国連[●●]基地、ならば本来“米国”の“所有物”、還してもらうだけだぜェ。」


相手は勿論、事も有ろう“合衆国市民”である空母搭乗員に“後催眠暗示”を掛けた“被疑者”、“横浜”から提供された動画に捉えられた工作員。
情報ソースは明示はされなかったがかの大佐が絡んでいることを匂わせた。
今や世界中の注目を集める国連太平洋方面第11軍基地、周辺警戒は当然のこと。
それが2隻もの空母停泊を許可された横浜港周辺にまで及んでも、文句を付ける筋合いはない。
問題なのは、遥か上空から俯瞰する幾つもの監視衛星、その死角に当たる“食”の時間を、この“工作員”も、そして“横浜”側も知っていたということだ。
監視衛星軌道は当然一般職員レベルなど触れることも出来ず、現場指揮官である私とて中々にハードルの高い特別な申請をしなければ得られない情報、つまりはこの“工作”には相当に根の深い裏があるということだ。
“横浜”については・・・色々と現在の人類が有する技術レベルを凌駕している状況、当面捨ておくしかない。

XM3の確認に依る米軍ドクトリンの再構築を主題に派遣されて来たと考えていたが、どうもきな臭い謀略に巻き込まれたのかもしれない。
それ故、今のところ司令官(仮)にも知らせず、自らが信頼できる部下に命じて昨夜のうちに“被疑者”に“任意同行[もんどうむよう]”を願った。
“国連”が米国[我が国]のもの、との発言も同意はしないが、ならば何故、催眠暗示の対象が空母搭乗員なのか・・・?
無論、対象が国連職員や帝国民であったなら、この男の身柄は既に国連軍MPが抑えていた筈。
被害者も同じ国籍故に“コチラ”にリークしたのだろうが、基本的に我が陸軍[ US ARMY]を含め“米軍”は、“合衆国市民”を守護するものであり、米国[ステーツ]はそれを傷つける者に容赦しない。


―――ただ、事が危急を要すると判断し、自白剤を使用したのが裏目にでた―――。
前線のBETA戦など上官の判断で向精神薬の使用が常態化している為、気にも留めなかったが、まさか、“それ用”の訓練までされた工作員[エキスパート]とは思わなかった。
昨夜からの尋問で、“事”が起きた際、状況を撹乱する、ということだけしか判明していなかった。
しかし、誰の指示で動き、どんな“事”を起こし、何をするのか、その肝心なことについて未だ掴めていない。
薬で意識こそ茫洋としながらも、肝心なことははぐらかして余計なことばかりしゃべりつづける。
何処からこれ程の薀蓄を仕入れているのか―――闇の深さに戦慄を覚えざるを得ない。



先日耳にしたクーデター計画の件も大方、帝国内では親米派と見られながらその実、強硬で辣腕の帝国現政権がいろいろな意味で煙たかったのだろう。
その障害の排除―――加え混乱に乗じ、米国の“一部”による傀儡政権の樹立が目的・・・と言ったところか。
相変わらず荒っぽいCIA[ラングレー]の、唾棄すべき薄汚いやり方には違いない。


今や、世界の状況は大きく変わっているのである。
既にCIA[ラングレー]思惑[クーデター]も頓挫した。
・・・にも拘らず、今度は軍内部で“自国民”まで巻き込んで暗躍とは・・・。
この“横浜”で誰が、何をしようと企むのか。
今後の戦略上外せないXM3トライアルとは言え、2隻のニミッツ級戦術機母艦とともに最新鋭機2大隊を派遣するという異常事態もそれにむけてと言うことか―――。
軍内部でも、相当高位の関与があると見られる。
ここで暴挙[●●]に出る程暗愚とも思えないが・・・。
ステルスが万能だった時ならまだしも、看破された今では当然対策が進められているだろう。
情報によれば、帝国内では斯衛軍を皮切りに、帝国軍にもXM3が配備されているという。
たかが空母の2大隊だけで帝国首都制圧など到底不可能、いまさらの裏工作は益々帝国の反米感情を煽るだけだと言うのに、蒙昧も甚だしい。




―――待て・・・。

何かが引っかかる・・・。

なんだ・・・・・・?

・・・・・・・・・。

―――還してもらう[●●●●●●]


何を・・・?

これだけの戦力―――?


此処横浜で計測された結果からG弾の甚大な環境破壊可能性―――“大海崩”の誘発が明らかになり、米軍[わが軍]が掲げていた軍事ドクトリンは根本から覆された―――。
アラスカでF-22EMDを撃破し、対人に先鋭化したATSFを過去のものとしたのも“横浜”発のXM3。
この戦力―――“横浜”こそが、米国軍事ドクトリンの“最大の障害[アンチテーゼ]”と見做していた勢力の陰謀ではなかったのか?

それを・・・?



――――――成る程・・・そう言うことか―――。

最早、矜持も尊厳もなく、形振り構わない・・・とはな・・・。
“対抗”ではなく、“接収”―――。
協力関係を築くことなく、強引な強奪・・・、そんな厚顔無恥を臆面なく実行しようとするのは、欠陥兵器を検証もせず実戦投入した連中しかいないだろう。
G弾という、“切り札”を喪った“急進派”―――それが黒幕[バック]と言うわけか―――。
・・・であれば先の帝国傀儡化も、G弾によるBETA掃討作戦を実行するために、日本帝国が主導する“横浜”を排除しユーラシア制圧の橋頭堡を確保したい“軍部急進派”と、安保破棄以来殺がれた日本帝国への干渉力を回復したいCIA[ラングレー]の思惑が一致してのこと―――。

それが“将軍”の大権奉還により帝国そのものが磐石となった今、一転して“横浜接収”、露骨に言えば、“技術の奪取”に狙いを変えてきたに違いない。
確かに、横浜基地は“国連軍”―――。
帝国に対する主権の侵害ではなく、飽くまで国連内部権力闘争に終始することで、逆に帝国の介入をさせない胆なのだろう。
無論国連上層部の権力闘争に於いて、現国連事務総長はリベラル派と見られる。
急進派よりの派閥に抗するだけの穏健派派閥が存在する以上、帝国内にある横浜基地に米国の恣意的な人事は行われないよう、がっちりと対応はしている筈。
―――だが、それとて何か“[不祥事]”が起きれば話は変わる、と言うことか!



「・・・・・・確かに、“A-00[ヴァルハラ]”中隊は、その予算の40%以上を我が国が拠出する国連軍[●●●]であったな―――。」

「―――ああ、そういうコト・・・理解したかい・・・?」


澱んだ瞳でニヤける工作員。
私が応える前に、漸く歓声が静まったモニターからアナウンスが流れる。


『・・・以上を持ちまして、 H-1[オリジナル]とハイヴ・トライアルを終了致します。
また同時に、3日間に渡り参加頂きました“XM3トライアル”についても終了と成りますが、終了の辞に代えまして、ただ今より国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-01戦術機特殊潜行中隊によるエキシビジョンを敢行致します。』

「・・・!?」


モニタールームを映す画面からも息を飲む気配が伝わってきた。
A-00[ヴァルハラ]”中隊による H-1[オリジナル]ハイヴ撃破―――それ以上に“エキシビジョン”で見せる様なモノがあるというのか?


『―――尚、本エキシビジョンに於きましては、V-JIVESによるクローニング・モード観戦は出来ませんので、戦術機搭乗中の方もモニター・モードにて観戦ください。』

「・・・な―――?!」


そのアナウンスと共に画面はV-JIVESの喀什上空に切り替わる
佇むのは中隊12騎―――これは・・・!
A-01戦術機特殊潜行中隊、通称“伊隅ヴァルキリーズ”。
A-00[ヴァルハラ]”よりも前から、“横浜” に存在する極秘特務部隊[タスク・フォース]
公式な所属こそ最近A-01連隊からA-0大隊に引き継がれてはいるが、その他は中隊長の伊隅大尉以外、部隊員名すら公表されていない。

そして、機体のカラーリングは白地にブルーの国連カラーであるが、さっきまで同じV-JIVESで“A-00[ヴァルハラ]”が騎乗していた機体と明らかに異なる。

―――この透き通るようなクリアカラーは!?
確か・・・新潟防衛戦の“Amazing5”と言われた機体色と同じ!

その後ユーコン・トライアルで姿を見せた“Evolution4”は、先程の“A-00[ヴァルハラ]”と同じ、マットな感じの塗装であったはず。
何よりも、先の“A-00[ヴァルハラ]”が背負っていた“増槽”が無いではないか―――ッ!

手にする装備こそメインは試製74式“改”近接戦闘長刀、及び、銃剣サプレッサ装備・試製87式“改”突撃砲―――通称“ガンブレード”であるが、制圧支援[ブラスト・ガード]砲撃支援[インパクト・ガード]が手にする中隊支援砲が違う。
背面担架に、専用のマガジンを装備し自らの背丈よりも長そうなシルエットは、ユーコン・トライアルで〈Thor-04〉が所持していた、Mk-57“改”中隊支援砲か。
当時のレポートでは、通常のMk-57と同程度の威力しか報告されていないが・・・。
サプレッサ装備・87式“改”突撃砲が新潟防衛戦で垣間見せたように電磁投射可能であるのなら、態々此処で使用するMk-57“改”中隊支援砲も同じ機能を有している、とでも言うのか・・・?


無論、この映像[V-JIVES]が飽くまでシミュレーションであることは理解している。
故にその気になれば、この空間の中で幾らでも“誇張”は可能と言う事。
もし、新潟防衛戦で見たあの驚異的な戦果が無かったら、それこそ日本語で言う“絵に描いた餅”と一笑に付したかもしれない。
だが、このH-1[オリジナル・ハイヴ]モデル・・・伊達や酔狂で構築できる規模ではない。
今の人類にそんな“余裕”など無いことは、誰よりも“横浜”が理解している。

―――つまりはこの“エキシビジョン”、限りなく現実に近いモデルであり、そしてBETA技術の鹵獲を憶測される“横浜”が、その持てる全て投じて“ H-1[オリジナル・ハイヴ]”に侵攻したらどうなるか、と言うことかッ!


新潟防衛戦の公開映像に、多くの“加工”が為されていることも周知の事実―――それが“Amazing5”の性能を隠蔽する為の欺瞞であることも軍上層部には公知。
その意味では、このトライアルに於ける“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”との模擬戦や、昨日の教導に於ける“A-00[ヴァルハラ]”中隊の“Evolution4”の機動も、その公開映像から“欺瞞”を除いて類推される“Amazing5”の真の性能に届いていないとの報告も受けていた。


そのベールを今、かなぐり捨てる、と―――?




開始のブザーと共に、画面が不意に切り替わる。

開口“門”からスタブの躊躇なく侵入する中隊―――。
・・・音声は、無いらしい。

だが後方視点で中隊に追従する視野、そしてモニター地図上の輝点は、ここがSW-115であることを示す。
A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”が選んだ突入経路は、奇しくも“A-00[ヴァルハラ]”中隊が最初に選んだ開口門と同じ位置。
基本的にSW-115からの侵入経路は、広い。
主幹と言えそうなスタブと大広間の連続であり、狭窄部位でも200m以上の高さを有する。
故に、BETAも大型種を含め、大挙してくる。


だが―――。
目を見張る。
この機動―――!!

先程までの、“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”よりも、明らかに機体の応答が疾い[●●]
これは・・・。
新潟防衛戦の映像から予想される欺瞞なしの“上限値”すら凌駕しているのではないかッ!?


やがてSW-115からの侵攻ルートを選んだ訳も知る。

一糸乱れぬ連携。
それでも、一個中隊・フル12騎が、このレスポンスでBETAを置き去りにしながら進むには、狭いスタブでは困難なのだ。
広い空間を最大限に使い縦横無尽に駆け、BETAを散らし、抜き去って往く。
その様は、プラチナ・コードでα-1が見せた機動を彷彿させる。
浅層を、殆ど戦闘らしい戦闘もせずに駆け抜ける“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”、可能なかぎり躱し、やがて後方からの追従BETAが10万単位に成ったところで大広間にS-11を設置、後顧の憂いを殲滅していく。

だが、1回目の“A-00[ヴァルハラ]”中隊が見せたスタブ内反復行動に依るBETA密集度向上戦術を取らないことから、やがて前方にも大広間を埋める“BETAの壁”が生成されていく。


―――無理だ・・・。

しかしその予想は即座に、閃光に埋め尽くされた。


最初はS-11Xかとも疑った閃光、それは圧倒的な火力―――。

これはッ!・・・やはり新潟防衛戦で垣間見せた、電磁投射砲―――ッッ!!!

大広間を埋めるあの絶望の壁を、数条の閃光が舐めて行く―――ッ!
中隊6騎が一斉に掃射する閃光の奔流は、目前に迫った“BETAの壁”を、余りにもあっさりと切り裂いた!



・・・“新潟”は実戦証明・・・しかも既に量産態勢に入っていると言う事か?




驚異的な機動、立ち塞がるBETAの膨大な質量を歯牙にもかけない火力、それによる電撃的な侵攻速度により僅か25分で巨大隔壁にまで到達―――。

A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”中隊は此処ても、更なる驚愕を齎す―――。
驚いた事に、あの強固な“隔壁”に戦術機がギリギリ通れるだけの穴を穿つことで、開閉時間をロスすることなく突破したのだ。

使ったのはMk-57“改”中隊支援砲、その一掃射が巨大隔壁を易々と貫通した。
直径で優に200mを凌駕する“巨大隔壁”、確かに全開にするには、神経回路と思しき部位へのハッキング手法が必要なのだろう。
だが戦術機が通るだけなら、“通路”は20mも在ればいい。
ただし、直径200m超であれば、その 厚さも数十メートルは有る上に、強固なハイヴ特有強化素材、先の“A-00[ヴァルハラ]”戦、S-11Xでも数メートルの窪みを作ったのみ。
その隔壁を、Mk-57“改”のフル掃射は、僅か1分で貫通した。


―――後から技官に聞いた話では、Mk-57“改”が電磁投射砲化されているのは確実だが、実体弾を極超高速化していると思われる87式“改”突撃砲と異なり、投射する弾体の全質量[●●●]を砲塔内でプラズマ化、収束して射出していると推測していた。
36mm劣化ウラン弾で、その質量を全てプラズマ化することは難しい。
固体のまま飛翔した場合、無論空気との摩擦で表面はプラズマ化され質量は減るが、その有効射程内、つまり質量が残るうちに液相以上の障害に着弾すれば、その過大な速度故に運動エネルギーは全てプラズマ化され周辺領域を吹き飛ばす。
が、その分貫通力は無い。
そこで弾体を金属粉体や磁性流体を封入したものとすれば、質量は全て砲筒内で加速されてプラズマ化し、元の弾体が有していた転旋するモーメントのよって収束された超高速プラズマガス噴流が生成される、とか。
V-JIVESの映像が高速度撮影でないため概算だが、M20に近い速度で約0.01秒程度投射されていた。、
長さ換算すれば、およそ68mのプラズマ[スピア]
指向性の高いプラズマは触れたものを瞬時に侵食するが、後続する質量が更に同じ場所を穿ってゆく為、極めて高い貫通力を有し、着弾点射線周囲への拡散が少ない。
謂わば、一種のパルス式荷電粒子徹甲弾―――との結論だった。


―――出鱈目だ。

こんな装備が本当に運用出来ると言うのか?



だが、その開発意図が続く重頭脳級戦で明らかになった。


重頭脳級の有する無数の触手―――。

貫通力のない87式(改)突撃砲の電磁投射は、その触手をなかなか突破できない。
故に“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”は、襲いかかってくる触手に対し、寧ろ迎撃の意味で本体に向けて撃つ。
触手は本体を守るように射線に密集する、と言う構図になった。

ここで電磁投射砲の意外な弱点が明らかになった。
着弾して周囲諸共プラズマ化するが、連続的に飛来する次弾は、そのプラズマ拡散に“着弾”し同じくプラズマ化してしまう。
その為連射しても次弾以降は“無駄弾”であり、“貫通”することが出来ない。
・・・そう言えば、新潟防衛戦でも着弾を散らし、表層を削り取るようにBETA塊に対処していた。
拡散させない為と見ていたが、電磁投射砲の特性故でもあるわけだ。

そして重頭脳級の触手は1本を撃破しても、即座に2本3本と増殖していくタイプらしい。
87式(改)突撃砲の掃射は、触手を集めその衝角攻撃を牽制する効果はありそうだが、その密度は寧ろ増したように思えた。
上手く触手と拮抗し、その隙を付いて本体なり触手の制御部なりを撃破できなければ、突破は困難、と言うことか。


しかし―――。

87式“改”突撃砲によって触手を防御に集中させ、攻撃の間を稼いだところで、Mk-57“改”が火を吹いた。
巨大隔壁すら貫通したプラズマの槍は、密集した触手ごと、重頭脳級本体を蹂躙する。
2門同時に行われた最初の掃射で、触手の制御部らしき場所を尽く破壊し、本体上部を瞬く間に削りとったのだ。

―――比類なき貫通力、これはすなわち、対・重頭脳級装備か―――ッッ!



結果――――――。

制御部が破壊されたことで墜ちる無数の触手の向こう、残る10門の電磁投射砲とS-11X炸薬弾の集中砲火は、残る重頭脳級本体を閃光に埋めた。











・・・・・・声もない。


このV-JIVESがどこまで真実に基づいたモデルなのか、作成者以外知る者は居ない。
だが此処迄綿密に調べた情報収集能力があるならば、当然それを撃破する“対策”も講じていて然るべき―――。

思うことは様々・・・。
疑惑も、・・・懸念も、・・・数多ある。

・・・だが、この魂の奥底から込み上がって来る“熱”は、なんだ・・・?




モニタールームも先程の歓喜とは異なり、いまだ驚愕に支配されている様子。

先刻までの“A-00[ヴァルハラ]”はスリルの連続、繰り返しトライした末の、薄氷の勝利だったことは間違いない。
苦労の先に達成した時、その分“歓喜”で迎えられた。

しかしそれは、言い換えれば人類最高とされる戦力をもってしても攻略の確実性は低いということ。
全てを見ていないので後で精査が必要だが、決して楽勝とは言えないギリギリの内容だったことだろう。
もし、“H-1[オリジナル・ハイヴ]”にこのモデルで想定した以上の“障害”があれば、それだけで潰えよう。
限定解除と言われる“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”を筆頭に、全てのメンバーが“レベル5er[ファイヴァー]”という奇跡の[ヴァルハラ]中隊だからこそ成し得た奇跡。
これがドラマや映画としてならば、最高のエンディングだが、或いは同じことをやろうとしても、2度とは出来ないかも知れないということだ。


―――人類の存亡を賭ける戦い。

何よりもまず、彼らをH-1[オリジナル・ハイヴ]のスタブまで突入させる為に、全世界規模の“陽動”が必要になろう。
そんな事が何度も出来るほど今の人類に余裕はない。

乾坤一擲を決断するのは、余りにも分が悪すぎた。



だがしかし―――。

A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”は違う。

たった1回のトライで危なげもなく完遂。
オリジナル・ハイヴ攻略を前提に、準備され訓練してきた正しく特殊潜行部隊[スペシャリスト]
何回TRYしても完遂できるだろう安定感さえ有している。
多少の遅延など気にもしない余裕[マージン]
膨大な火力に支えられる想定外の事態を歯牙にもかけないだろう頑健性。

無論“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”の技量が低いわけがない。
A-00[ヴァルハラ]”に比すればという前提であって、少なくてもレベル3、トップは“レベル4er[フォウアー]”から“レベル5er[ファイヴァー]”に手が掛かっていることは確実。
XM3を付与され慣熟を始めたばかりのトライアル参加中隊では追従することすら難しいことはすぐに理解した。

それでも、他国がA-00レベルの中隊を望むことは極めて困難であっても、A-01レベルであれば可能性がある。
その中隊で、確実に“実現”可能なH-1[オリジナル・ハイヴ]完全攻略戦術―――。
つまりは、トップガンレベルの中隊とあの装備があれば、取りも直さず“全てのハイヴ”を殲滅できる―――ッ!!


A-00が技巧と戦術の粋を尽くした歓喜の撃破であったのなら、A-01は強靭な殲滅力で現状を叩き伏せる、驚愕の終焉。
そして当然、―――この装備群は“A-00[ヴァルハラ]”も使用できるのだから、この2隊がH-1[オリジナル・ハイヴ]に突入できたなら・・・。



・・・・・・これは・・・・・・勝てるのか?

滅びよという“運命”に人類は抗える―――と言うことか?

正に煌々と灯された、確かな希望―――。





いつの間にか、モニターが“唸り”に満たされていた。


滅亡の瀬戸際に立たされた種の、初めて見えた生存可能性に対する高揚か。
魂魄を揺さぶられる様な、根源的な感情の咆哮か。

モニタールームの、否、基地全体が激しく鳴動しているのを感じる。




しかし・・・何と言う―――。

人類の希望で在るとともに、G弾にも匹敵する超弩級の爆弾。
軍事的にA-00とA-01の戦績、どちらが重要かといえば、明白。
そしてG弾とこの装備、どちらが使いやすいかといえば、それもまた明白。
これらの隔絶した“性能”が齎す“優位性”は、量り知れない・・・。


「・・・これが魔窟“横浜”―――第4計画[●●●●]の隠し玉、―――我が軍から掠め取った“反応炉”から得た “BETA鹵獲技術”―――。
当然“我が国[ステーツ]”が保有するべき[●●●●●●] “技術”だと、少佐は思わ無ェか・・・?」

「・・・・・・。」


その未だ茫洋とした口調の問いかけは、どこか次元を超越した啓示にも聞こえて、直ぐに応えを返すことが出来なかった。




―――ピシィッッッ!!


逡巡したその刹那―――、異様に高まっていた基地の巨大な何か[●●]が弾けたのを知覚した。


―――何が、起きた?

嫌な予感を覚えた直後、部隊内秘匿通信が繋がる。


『―――ロア・ヴォーゼル、だ。
トライアルは終了した。
参加全隊、直ちに横浜港の空母に帰投せよ。』


臨時准将相当官―――名目上混成部隊となるトライアル参加部隊の司令官(仮)である。
実際ハンター隊・スパイク隊は自分の麾下にあるが、その他は各部隊中隊単位の参加。
現場指揮官として任されており、司令官(仮)は名目、とはいえ指揮権はある。
現場など知らない事務職、口出しは無いと思っていた。
何か良からぬコトが起きているのは確かだが、果たして今動くことが正解であるかは別。
先ずは情報収集に当たるべきだろう。


「・・・しかし、この後はフェアウェル・パーティの予定では?」


流れていたアナウンスに話を振る。


『・・・今の“異変”に気付かぬほど鈍いのかね?
我々は空砲とペイント弾しか持たぬ丸腰[●●]なのだよ!?』


・・・ユーコンテロの再現?
その抑止・・・それとも、逆に―――威力による基地制圧?
この臨時准将相当官が胡散臭いのは確かだが、何れにしても丸腰のトライアル装備では無力・・・か。


「―――Roger that」



Sideout




Side OOO (とある国連太平洋方面第11軍 第6戦術機甲大隊オーガ中隊衛士)

国連横浜基地 外郭 17:35



『『『『「  ッォォォォオォォォオオオオオオォォォオオォォオオォォォォォーーーー!!!!  」』』』』


叫ぶ。
吠える。
喚く。

―――キッッ、モッッ、チッッ、イイィィィィィッッッ!!


今まで経験したことのない、“異様”な程の高揚感!
何でも出来そうな、全能感!
ここのところ妙に鬱屈していた気分を吹き飛ばす、開放感!




広大な訓練エリアをも機密区画として行われている、XM3トライアル。

横浜基地の一般衛士には参加は疎か、参加部隊との接触すら認められていないし、その為の周辺警備として大隊ごとに駆りだされていた。
尤も、空き時間はモニター映像の視聴が許可されていて、今みたいな警備中も網膜投影片隅のモニターでならば確認することが出来る。
その措置自体に文句はない。
国連太平洋方面第11軍には、既に月初めからXM3LITEが供与され教導も始まっているのだから、今更トライアルは必要はないのだ。
寧ろ、忙しい合間を縫って実機教導に来てくれた白銀少佐や、“A-00[ヴァルハラ]”中隊メンバーの全力機動、それを見られることが楽しみだった。
・・・あの娘たちが、全て少佐の“嫁”という噂は、容認できないが―――リア充は爆ぜろ!


尤も、トライアルで訪れる部隊の半分は米軍、と聞いて本気で気分が悪くなった。

そこまで嫌悪していた自覚は無かったが、以来晴れない気分、鬱々な感情。
夜は眠れないか、眠れても悪夢に魘され、昼は逆に重く、膜が掛かった視界。
たった3日とは言え、演習エリアが占有され警備以外の戦術機搭乗が無い。
V-JIVESも今は使えないからXM3慣熟で発散することも出来ない。
どことなく周囲の全員が不機嫌そうで、どこかズシンと落ち込むような感覚に押しつぶされそうになっていた。

まあ一昨日、その“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”単騎に、他国を押しのけて2大隊を派遣してきた米軍の最新鋭機部隊が、為す術も無く墜とされていく様は、正に、ザマァ―――、胸のすく思いだったがな・・・。

加えて昨日の教導も、“A-00[ヴァルハラ]”メンバーが練度の高さを見せつけ、威張り散らしていたラプターやライトニングをコロコロと転がす様にPXで笑い転げた。



そして今日―――。
行われたH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略トライアル―――。

モニター映像で見ていても判る絶大なスケール、到底攻略不可能と思われた内容―――。
A-00[ヴァルハラ]”ですら何度も挑んで、そして成し遂げた時の歓喜―――。


だが、最後に目にしたのは、やはり横浜基地が誇る“戦乙女[伊隅ヴァルキリーズ]”が為した完全攻略[●●●●]だった。

その偉業は、先に“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”が灯した“希望”を強く確実にするものであり―――それは即ち喪われた祖国の奪還をも“現実”とすることと同じ。

最初、状況が上手く認識できずに呆然とし、それが実感できるに連れ、周囲含め沸々と唸り声が湧き上がる。


―――昂まる余りに激しい衝動を、抑えることは誰にも出来なかった。












国連太平洋方面第11軍基地―――通称横浜基地。
アジア圏極東の地であり、衛士を含む一般兵士は遠くは欧州・アラブ、そして主にインド亜大陸や大東亜圏から流れ着いた者で構成されている。
誰も彼も、津波のようなBETAの侵攻に家を喪い、家族を喪い、そして故郷である祖国すら失って、居場所を追われながら、流れ着いた果ての地―――。
それがG弾で永劫の未来を喪われた“横浜”だと言うのも何処か因縁めいていた。
・・・ここが自分の終焉の地、なのだろう―――、と。


実際、オレも元はパキスタン国軍の衛士だった。

亡国パキスタン・・・実は首都イスラマバードはオリジナルハイヴのある喀什から、直線距離なら僅か700km弱しか離れていなかった。
なのに、オリジナル・ハイヴ落着後10年でソ連・中国、そして欧州が蚕食されていく中でも、間にあるカシミール地方の山岳地帯を嫌ったのかBETAの流入はなく、寧ろ安定していられた。
それこそ落着直後の子供だった当時、なんの情報も入らず戦況など読めない中で、大人からは強欲なソ連や中国がBETAなんて殲滅するだろうと聞かされたもんだ。
カシミール領有権争いの騒ぎが聞こえなくなってラッキー、位の感覚で居た。

けれど、長じるに連れ世界の危機的情勢がなんとなく判るようになり、周囲の雰囲気がどんどん悪くなっていくことは理解できて、それが尋常でないことも薄々感じ取っていた。
決定的になったのは徴兵年齢に達し、たまたま戦術機適性があったコトからペシャワール付近の訓練校に入った頃、遂にBETAが本格的な南進を始めたコトを知る。

つまりはその時点で自国よりも北は殆どがBETAに占拠され、欧州もアラビア半島も陥落目前、隣国アフガニスタンはそのルート上にあり、半分齧られた状態であった。
そのBETAが、祖国の盾となっていた北部山岳地帯を迂回、西側から雪崩れ込んでくるのだと言うこと。


・・・それから6年―――。
1億を超える人々を擁していたパキスタン[祖国]は、BETAに没した。



必死に足掻き続け、喪い続けた6年―――。

オレは任官後応援派遣されたカラチの国連基地で “死の8分”を越えた。
当時の主戦場はアラビア半島、そして欧州。
何れも人類が劣勢であることに変わりはなく、派遣後早い時期にイラク、そしてブダペストにもハイヴが建設され、やがてパリも陥落した。
同じころ西アジアでも散発的に、しかし継続的に東進するBETAに対し、主にアフガニスタンを戦場とする抗戦を継続していた。
インド亜大陸諸国や東南アジアの各国軍まで投入されたその中心がカラチ国連基地であり、当時は未だ優勢であると誰もが信じていた。


だが。
80年台後半、一気に状況が変わった―――まるで斜面を転がり始めた岩の様に。

北欧の一部を残して欧州の殆どが奪取された後、西のスエズへの侵攻に加え、BETA東進の圧力までが格段に膨れ上がった。
BETAの密度が増し、侵攻頻度が激増する。
戦闘は定期的な“出撃”から、スクランブルによる“迎撃”に変わり、やがて絶え間ない“防衛戦”へと移ろい行く。
ペシャワールからムルタン、そしてカラチに繋がる“インダス川最終防衛線”がいつの間にか主戦場と化し、隣国アフガニスタンは既に地図から消えていた。
BETAは東進圧力が極めて強く、北部の山岳地帯よりも南部のインダス流域に押し寄せていた。
その圧力に抗しきれず、遂にカラチ基地が放棄されたのは80年台最後の年、スエズ防衛戦敗北の翌月だった。


徹底抗戦―――これが当時の国連上層部の指示だ。
欧州が墜ち、アラビア半島も奪われた。
反攻の為にも、BETA本拠地・喀什への橋頭堡維持は絶対条件―――と言うことだ。

実際カラチ放棄後、オレは北部カムラ国軍基地に戻り、再構築されたインダス東岸防衛線の北端を務めていた。
そこには以前にも増して諸国軍、大東亜軍、国連軍による大規模な共同戦線が張られていたのだ。



なのに―――。

無限湧きするが如く絶え間ないBETAの圧力は日々その密度を増し、遂に壊滅的な損害を被り戦線が瓦解したのは、カラチ放棄後僅か3ヶ月だった。
アラビア半島を平らげたBETAは物量を東に集中し、異様なほど高まった東進圧力が防衛線を文字通り喰い破った。
その勢いは衰えず、そのままインド国軍が幾重にも張った国境防衛線も突破、結局翌年’90年にはインドのほぼ中央にまで達し、ポバール・ハイヴの建設を許す結果と成った。



インダス戦線が崩壊した時、オレが所属し戦線北端を担当していた戦術機甲連隊も僅か数騎がカムラ基地に戻ったのみ―――。
だがそこで直面したのは、とても信じられない現実・・・。


首都イスラマバードは内陸に有り、背後をカシミールを控える地域である。
先に言ったように喀什までは僅か700km、北部の高地に阻まれハイヴ周辺光線級のレーザーも届かない死角。
周辺には幾つもの国軍基地を擁し、喀什攻略の拠点として確かに最適であった。
故に最大の基地であったペシャワールは‘84年には拠点化を見越して国連基地となり、カラチ陥落後戦線の全体指揮もそこで執っていた。
元々喀什攻略への橋頭堡となるこの地域は最重要視され、防衛線死守が前提であり、周辺避難に関しては今後戦況の推移を鑑みる、と言うコトになっていた。

だが、南部の戦線が崩壊しBETAの東進は止まらなかった。
アラブや隣国アフガニスタンの兵士も接収していた国連軍であるが、動ける衛士の殆どはインダス川南部の防衛戦に駆りだされており、その戦線が崩壊した今、この基地に戻ってきたものは居ない。
と言うのも、この時点でイスラマバード周辺は南部へのルートをBETAに封じ込まれていた。
つまりは光線属腫の出現以降空路が使えない今、脱出は疎か物資の供給すらままならない、ということだった―――。


その状況に於いて、だ。

全体を指揮していたペシャワール基地の国連軍上層部、あるいは国軍上層部や政府高官は、オレが戻った時点で既にもぬけの殻、最上位の命令系統が全く機能していない、という事態に陥っていた。
聞いた話では、怒涛の南部侵攻状況を察した国連基地の、何時も偉そうにしていた米国高官が真っ先に逃げ出し、時の政府や国軍上層部までが追従したため周辺住民の系統だった避難が全く行われなかった、と言う。
それまでの戦線膠着が避難の判断を遅らせ、そして一転防衛線が余りに一気に崩れ去った為、とも言えなくもないが、何れにしろその時点で首都周辺にはまだ60%の一般市民が残っていたと推定されている。


東へ―――。

それが絶望的な逃避行の始まり。


その時の事は思い出したくない、というか、思い出せない。
恐らくオレだって、その後“シャノア”の大型ホバー輸送船団が来てくれなければ、そのままBETAに完全包囲された地で終わっていただろう。
―――否、覚えているのは・・・このまま最後まで抗戦すると言ったオレに、自主的に基地に残った佐官が船団の護衛と言うカタチで戦術機ごとの乗船を命じた以降のこと。

ま、その逃避行も命がけだったのは違いない。
なにせ、パキスタン北部からインド・パンジャブのガンジス源流まで至り、さらにヒマラヤ南際をガンジス川沿いにバングラデシュのダッカまでの長駆、約2,000km―――それをほぼ1日で駆け抜けると言う無茶振りなのだから。

オレがその後、中アンダマン島の国連オースティン基地に編入されて以降も、件の“シャノア”はBETAの群が掠めるまでイスラマバードを往復し、更にポバールハイヴ建設以降もニューデーリーまで、食料と避難民のピストン輸送を続けていたらしい。
そこまでしても―――到底あの避難民全員を運び出せたわけじゃない。
後年スマトラ島のパキスタン租借地にまで辿りつけた国民は僅か200万―――元の人口の2%に満たないと聞いた。



喀什への橋頭堡に固執した国連上層部、とりわけ中国やソ連領内に影響力を持てない米政府の意向により避難活動よりもBETA抗戦が優先された為とも言われているが、先に逃げ出した政府高官による暫定政府は同じ穴の狢であり抗議もしないし、まして難民レベルが何を言ったところで届く訳も無く、何よりも祖国は既にBETAに没し、死者は何も発しない―――。

―――その年の終わり、祖国はオレの家族親戚縁者含め国民の殆どを道連れに、・・・地図から消えた。





今更悲劇を嘆いたところで、祖国を喪い、国連軍に編入された衛士なんざ、ゴマンと居る。
BETAの侵攻に流れ流されて・・・。
悲劇を比べたところで意味などない。

それでも、後退と共に守るべきモノが喪われていく、取り戻したい祖国とも更に遠ざかる―――。


『目には目を、歯には歯を』

ペシャワールでオレに船団護衛を命じた佐官の、最後の言葉。
余りに有名なイスラムの言葉ではあるが、実は本来“同害報復”と言って、過剰な復讐、謂わば倍返し等を抑制する言葉である。
―――だが、祖国は滅びた。
“同害報復”は、即ちBETAの絶滅しか在り得ない。

以来、それだけを目指し生き延びて来た。


アンダマン基地ではインド亜大陸撤退を決定づけたクソッタレなスワラージ作戦にも参加した。
ポバールハイヴ攻略が目標だった筈なのに、不可解な国連計画優先の侵攻、足を引っ張り合う米ソの確執。
初の宇宙軍すら投入し、最大深度の侵攻記録さえ出しながら、何らかの“調査”を優先し、挙句BETAに喰われる戦術機で偶然目にしたのは、年端も行かない童女を使い潰す意味不明の作戦。
一方の米軍は共同と言いつつ作戦上、常に国連軍や国軍の上位にいて威張りちらし、目指したのは何故か反応炉とは別の“アトリエ”と奴らが呼んでいた区画。
結局BETAに挟み込まれ、都合が悪くなればオレ達を盾にして真っ先に逃げる。
“調査”による遅滞や、目標を“反応炉”にしておけば、当時のハイヴ規模なら届いたかも知れないスワラージの大失敗。


その後インド亜大陸の全面撤退からアンダマン基地が飽和し、異動したフィリピンのクラーク基地からは、あの忌まわしき明星作戦にも参加した。
前年日本帝国の落日に掌を返して逃げ帰った米軍[チキン]の話は聞いていた。
性懲りも無く明星作戦に参加した米軍は極めつけ、ここ横浜でG弾を無断使用し、多くの友軍をも消滅させこの地を永劫不毛と化した。
当時は後方支援であった為、巻き込まれずに済んだが、あの禍々しい黒いドームは今も脳裏に張り付いている。
しかも米国はそれで飽きたらず、今もG弾による攻撃を主張しているのだから・・・。
正にユーラシア[他人の祖国]など、どうでもいいという“傲慢”。
G弾が地球の重力場にまで影響し、多用すれば自国[アメリカ]さえ水没させると指摘されて、尚、一部には推進派が存在するという“気狂”。



そしてオレが横浜に転属になったのは、2001年今年の初頭―――あの明星作戦から1年半程経ち、基地の設備が漸く整い本格稼働し始めた時だった。

祖国から、インド、大東亜圏と流れ流れて極東の、よりによって呪詛の地と化したあの横浜[グランド・セロ]に配属とは・・・。
その爆心地にこそ基地は在るが、逆に基地より外の周囲は寂れた廃墟のまま。
基地近くはG弾により発生した突風の被害で荒れているが、ある程度離れれば、人一人居ない街並みだけが今もそのまま残っていた。
・・・それが逆に無残ですら在った。
草木も生えず人の営みもないから、野良猫や野良犬をはじめ鳩やカラス、昆虫ですら見えない正しく死の世界と化した横浜。
基地内でならカラスだけは見かけるが、他の貧民街よりは残飯が出るからなのだろう。
食物連鎖の根幹である植生が無い、と言うのはそういう事だ。

周辺でも辛うじて港湾施設が動いている程度。
人の住むエリアと言えば、川崎あたり多摩川の際まで行かなければならない。
しかも基地要員とは言え、基地外では普通に外国人扱いだから、外出にかなりメンドクサイ許可まで必要。

そして何よりも帝国民の横浜基地に対する感情は極めてネガティヴ。
帝国民に言わせれば、横浜は米軍のG弾によって永遠に奪われた地。
何よりも彼らは横浜が国連基地だと言うだけで、米国の手先だと思っていることも知った。
遠くは欧州、そしてアラブ、イスラム、インド、大東亜の寄せ集め―――実際米国人は特別占有区画に数人いるらしいが、他には居ない。
全くの誤解である。
尤も実際基地内で何でも揃うから、面倒な外出する必要もなく接触する機会も殆ど無い。
あの米軍の手下とか思われるのは到底納得できないが、さりとて態々出張って誤解を解く意味も、意志も無かった。

―――所詮、無関係。
と言うのも、国内にハイヴを抱え国土の半分はBETAに蹂躙され荒廃したままの日本帝国。
それでも国土防衛は、まだ健在な帝国軍が担っていて国連軍には一切手伝わせない。
辛うじて極秘の特務部隊であり日本からの出向で構成されていると噂されるA-01連隊が時折極秘任務で出撃しているらしいが、レベルの高い機密故に基地要員でも中身を知る由もない。
つまりは、2001年半ばの段階で戦術機甲大隊だけでも7大隊も揃えながら、遠征は一度としてないのが国連横浜軍の実態。

日々膨れ上がる佐渡ハイヴの圧力。
しかし集められた戦力は、次の大侵攻時この基地を死守する為の守備隊そのもの、と言う訳だ。

そして―――。

一般レベルの衛士が真実を知る由もないが、都市伝説ではH-22の反応炉は生きているらしい。
もし真実なら、佐渡を出撃するBETAは、脇目もふらずこの横浜基地を目指してくる、ということ。

そんなだから、来て3ヶ月は、訓練に励んだ。
此処まで生き延びたのは、単に運に恵まれただけと誰よりも自分が知っている。
守るべきものなどもう無く、取り戻したい祖国は余りに遠い。
諦念に驅られながらも、ただただ可能なかぎりBETAを殺す―――。
もう、オレにはそれしか無かった。

だが・・・。

危機感も長く続けば集中力を失う。
オオカミが来た、は直に信用がなくなるわけで・・・。
半年も出撃が無ければ、気持ちは倦み、身体は弛む。
ただ規定通りの生活、マニュアル通りの訓練。
いつの間にか危機感も、工夫も、進歩も、達成感もなく、唯繰り返すだけの毎日。
腐っている、あるいは、ただ塩漬けの毎日。

―――そもそもここはH-22の跡地、ここにBETAが押し寄せるということは、首都を防衛する帝国が崩壊したと言うことになる。
その段階で、一体何を守れというのか?
命がけで守らなければならないモノなど存在するのか?
―――まさか反応炉を守れと?

そう気付いちまえば、モチベーションすら持てず、士気も、気概も、喪った。




その状況が唐突に変わったのは、この11月に入ってからだ。

最初はこの横浜基地に存在する極秘特務部隊A-01部隊によるシミュレーション・データの公開。
単騎で連隊規模のBETAを翻弄し、エレメントでヴォールクを陥落させた驚愕の内容。
初めは、誰もがジョークとしか見なかった。
その時には、その際に使われた新OS、XM3のシミュレータが整備され、希望者への換装も開始されていた。

最初はそんな怪しげなOSに誰も見向きもしなかったが、部隊内の新米[ルーキー]が物は試しと、トライした。

3日後―――。
その新米[ルーキー]に小隊の全員が模擬戦で敗れ、戦慄が走った。

実際に試してみれば、XM3LITEなる新OSの恩恵は多大。
シミュレータには教導から対戦モードまで準備され、至れり尽くせり。
最初は16基中2基しか無かったXM3用シミュレータが、衛士要望から瞬く間に全てがXM3対応になり、それでも稼働率は常に100%という混雑ぶりを呈していた。

そこは腐っても衛士。
自らの生存確率を上げるものには、何処までも貪欲。

そしてXM3の機動を理解し、あのプラチナ・コードがホントなんじゃね?、と思い始めた頃、新潟防衛戦が起きた。
朝の5時からけたたましい警報で起こされれば、Code991―――。
しかも初っ端から20,000超の大規模侵攻。

―――ついに来たか、とい気持ちだったのは否めない。

しかしそのBETAが横浜どころか、新潟さえ抜けることはなかった。


オレはそこに小さな・・・まだとても小さな“希望”を見つけた。

オレの望むBETA絶滅に繋がる“希望”を・・・。














『『『『『『『『『『『『「  オオオォォォッオオオオォォオオォオオォォォォォ~~~~!!!!! 」』』』』』』』』』』』』


コックピットを満たす、雄叫びが止まらない。
自分の声なのか、周辺に展開した僚機の部隊間通信、或いはCPの声なのかすら区別がつかない。


おかしい・・・、おかしいな―――。

けど。


惚れた!
濡れた!
漏れた!


なにせ、あのBETAの親玉、クソッタレなH-1[オリジナル・ハイヴ]の反応炉を、一方的に蹂躙し、殲滅した!!


イケルッ!
勝つるッ!
萌えるッ!


小さな“希望”・・・それは果てしなく遠く思えた“祖国”への道程。
・・・どこか、怪しいと感じた小さな意識さえ、湧き上がる巨大な感情の放流に掻き消える。


開けッ!!
放てッ!!
爆ぜろッ!!










―――アレ?

オレは、何をしている?


基地外郭で、トライアルの警備をしていたんじゃなかったっけ?

此方は機密エリアじゃあ・・・!!ッ―――


その瞬間、網膜投影に幻視したのは、モニターで見たこの横浜[]いる、米軍機[●●●]―――。


・・・そうか―――、コイツ[簒奪者]等がまた[●●]此処に奪いに来たのか―――ッ!。

・・・オレの“希望”を―――ッ!!





視界が赤く染まった―――。


Sideout



※不定期更新になってしまいました。
 ラストまでのラフプロットは在るんですが、間を埋めるのに時間が掛かっています。
 書きあがった分は金曜日にupします。
 来週は恐らくupできるかな・・・。



[35536] §105 2001.11.28(Wed) 17:40 B19フロア 夕呼執務室
Name: maeve◆e33a0264 ID:341fe435
Date: 2016/06/10 23:26
'2016,06,10 upload  ※ごめんなさい、データに不備があり、修正しました



Side 夕呼


ドクンッ!、と一瞬だけ鼓動が跳ねる。

ずっと“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”の活躍を見ていたモニターでも、トライアルの終了とフェアウェル・パーティーの告知をしていたピアティフのセリフでさえが一瞬途切れた。


「・・・今のは?」

「・・・特に変わった動きは・・・・・・いや・・・ちょっと待て―――。」


目を閉じるのは集中するときの癖か。


「・・・・・・・・・この動き、・・・恐らくは“IGNITE”。」

「!!―――ッ」

「―――先刻レポートが来ていた例の件[●●●]が“発動”した、と捉えるのが妥当の様だ。」


応えるのは、アナスタシア。
他の第4計画メンバーは皆トライアルその他に出払っていて、此処B19に2人しかいない。
今の彼女は、この穴蔵のような執務室に居ながらにして、基地内外に設置された数多のセンサアレイを統合し、多重層デジタル・ビーム・ホーミングにより基地内人員全てのリアルタイム・トレースを行っている存在。
先刻の応えはその挙動に“異変”が生じた、と言う事に他ならない。


例の件[●●●]だとするとプラントの交換からまだ2日だったわよね?
たしか“臨界”まで4,5日ってあったけど・・・早くない?」

「さてな、・・・此処は横浜[●●]だからであろうな。」

「!!・・・そういう事、ね―――。
しかも“発動”したってことは、宗像も居ないのにシルヴィオが仕事してたワケ?、規模は?」

「・・・芳しくないな。
多点同時で生じている可能性が高く、範囲が広い。
警備部隊の戦術機大隊が担当警戒エリアを逸脱しようとている。
恐らく・・・アヤツではなく、“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”の結果に誘発されたと見たほうがいいだろう。
北ウイング、Cゲート近くのPXを利用している範囲がほぼ全域だ。」


言いながらアナスタシアがフラットディスプレイに基地全域のマップを映してくれた。
そこには、以前マーキングした要注意人物の動きと共に、新たに現段階で行動が怪しい人物がオレンジの輝点で示される。
それは北部PXを中心に、無数に散らばっていた。
取り敢えず―――戦術機はヤバいわね!

反射的にインカムを引っ掴む。


「ラダビノッド司令―――、香月です。
テロ組織[●●●●]による内部煽動の可能性が在ります!
即時、警備部隊戦術機及び機械化歩兵の火器管制を上位権限でロックして下さい!
同じく戦術機・機械化歩兵ハンガーの閉鎖を!
可能なら、データリンクで基地エリアの噴射跳躍制限、招待部隊には安全のためハンガー内待機指令が必要です!」

『―――警備部隊が命令を逸脱している。
・・・Um、了解した。』


インカムを切り替えながら訊く。


「アナスタシア?」

「・・・今のところ空母に動きはない。
司令の言うとおり、警備に当たっていた第6戦術機甲大隊[06bat]・・・オーガ隊(F-15J 陽炎)、ゴブリン隊(F-4J 撃震)、グレムリン隊(F-4J 撃震)は機密演習エリアに侵入しようとしている。
担当CP[オフィサー]が何度も帰投を命令しているが、―――応えはない。」

「予想目標は?」

「・・・恐らくはエリア51―――US割り当ての外部ハンガー。」

「!!、最悪ね・・・。
ったく、あの国はBETA被害諸国からどんだけヘイト稼いでんのよッ!
白銀ッ、“A-00[ヴァルハラ]”は出られる?」

『―――火器は演習[トライアル]用の空砲やペイント弾のまま換装していませんが、相手も火器管制下なら長刀で十分です。』

「スクランブルよ、基地第6機甲大隊を抑えて。
出し惜しみなし、エクステンデッド・モードで構わない。
命令に従わない場合は、威力に依る無力化も許可するわ。」

『Yes, Ma’am―――!、A-00、出撃する。
ん?・・・この位置ならアレ[●●]が使えるか―――。
OK、なら〈Thor-04〉[たま]〈Garm-02〉[委員長]は、念のため36mm装備後、追従してくれ。』

『『 了解(です)(したわ)! 』』

『行くぜッッ!』

『『『『『『『『 了解! 』』』』』』』』 

「・・・あと―――〈GhostHound-01〉[シルヴィオ]
今何処に居るわけ?」

『―――、メインゲートから、北ウィングに移動中。
隔離した一般区画に仕掛けるとは、な・・・無差別な拡散手段を得ている、と言うことか。』

「・・・伊隅ッ!」

『はっ!』

「“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”は全機実弾装備、 Valkyrie-04[宗像]を除いて可及的速やかに東側[●●]の警備に当たりなさい。」

『東側・・・港ですか。』

「そうよ、・・・空母には護衛戦力として2中隊残っている。
―――そこまで馬鹿じゃないことを望むわ。
Valkyrie-04[宗像]は至急GhostHound-01[シルヴィオ]と合流、“発症者”の状況を把握して。」

『『Roger、Mam。』』

「アナスタシア、一般“発症者”集団の対処は?」

「・・・レポートを信じるなら、意識を刈れば沈静化するらしい。
尤も中途半端な攻撃は、ヘイトを稼ぐコトにもなる。
大規模集団催眠の疑い在りと情報は伝えたから本部では、正常な第116機械化歩兵連隊の一部に、スタン・グレネード装備で既に展開中、・・・だが、数がな―――。
推定 “発症者”は・・・約2000―――。
機械化歩兵も101は非番で未稼働・緊急招集中、北ウイング配備の108連隊は・・・ダメだ、“発症者”側だ。」

「―――そう。」



極秘部隊を除く戦術機甲大隊だけで7大隊、支援戦車大隊や航空機、機械化含め歩兵連隊合わせれば、戦闘要員だけでも3000人に届こうかという国連太平洋方面第11軍。
整備や兵站等後方支援、つまり間接戦闘要員がほぼその倍の人数、更に通常軍属と呼ばれる戦闘には関与しない生活そのものを支える職員・関連業者を含めれば、15000人近い人員を抱える東アジア最大級の基地である。
その戦力は本来、佐渡からの脅威にさらされる此処横浜基地の防衛―――だと言うのに、春先に漸く揃えた部隊の初戦が“内戦”とは、皮肉ね。
基地の主な施設は、H-22のメインシャフトを利用した巨大な六角形のリフター群を中心に、北にCシャフトゲートを含む北ウィング、南東にBシャフトゲートを抱える南ウィング、そして南西に両翼とAシャフトゲートに通じる中央集積場が配される。
それだけでも奥行きで1km、幅で600m近い面積を有する。
外部に通じるのは、中央集積場の3方に存在するAゲート、Bゲート、メインゲートの3箇所。

因みに第4計画の専有区画はBゲートとメインゲートの間に別棟で存在し、そこからは斜坑リフターで90番ハンガーまで通じている。
90番ハンガーはH-22の最大横抗を利用しており、長い辺が1400m,短い辺でも800mあるL字型をしていた。
実際にはメインシャフトも90番ハンガーから更に深く33層まで通じているが、超大型のXG-70搬入出などの特殊な場合を除いては各層が隔壁で厳重に閉鎖されており、一般区画である第4層以下はその存在すら秘匿され極めて限られた者しか知らない。
一般区画は、北ウィングに基地戦術機関連のハンガーが集まり、南ウィングは自走砲や戦車、支援航空機等のピットが多い。
今回招致した部隊のハンガーは米軍や富士教導隊を除き、中央集積場に位置する。

当然これだけの人員を擁する広大な基地である。
PXは大小合わせ8箇所存在するが、中央集積場上部・Aゲート近くが本館であり、他に南北ウイングにも一回の食事で2000人前後が利用する大型PXがそれぞれ存在している。
今回、狙われたのは基地部隊の戦術機ハンガーに近く、当然衛士利用が多い北部PXだった。


―――ったく、タイミングが悪いわねッ!



昨日、舞い込んだ匿名[アノニマス]のリーク情報が、驚いたことにその後の調査で“本物”と判断され、彼方がH-1[オリジナル・ハイヴ]データの最終調整に集中する、と言う名目で潜入ミッションに出向いていた。
図らずも第5計画派絡みの施設で在る裏が取れたからだ。
尤も、それだけなら放置しても構わなかったのだが、ほぼ同時にユーコンと、そしてユーロファイタス社からもXM3LITEの不具合を知らせてきた。
ボード毎交換する正規版なら兎も角、既存CPUを使用するLITEではCPUのBIOS側にセキュリティホールが存在する可能性も皆無ではない。
余りのタイミングの良さにコチラの戦力を分散する策略である可能性が極めて高い、と言うか確定だが、不調の原因は不明であり、万が一ウィルスによる物であった場合データリンクを介して爆発的に感染する可能性もあるため、看過できる事態ではない。
横浜は残るメンバーで対処は可能と思われるが、XM3の対処は勿論、残念なことに潜入のような非合法[ダーク]工作が可能で、且つ自由に即応出来るメンバーが他に居ない。
選択肢の無い、嫌らしい手段だった。

・・・この辺が要員の少ないAL4[ウチ]の弱点―――ね。
それこそずっとβブリッド研究所を調べてきた“裏”にも使るシルヴィオは動かせないし、先刻用事を頼んだ鎧衣も今は帝都の闇から離れることが難しい。
そろそろ公開す[ブッちゃけ]ることだし、涼しい顔して鎧衣とも張れそうな斑鳩閣下でも引きこもうかしら―――?


・・・っと、思考が逸れたけど、先刻その彼方から届いた報告では、リークされた場所は本当に絶賛稼働中の第5計画派のβブリッド研究施設だった[●●●]とか。
処理[●●]含め、いろいろ突込みどころ満載な報告内容だけど、問題は最近そこから“出荷”された “フィトンチッド様指向性蛋白[ABS]”を放出する観葉植物の鉢植え[プラント]だった―――。


フィトンチッド―――植物が細菌殲滅や自己活性化の為に放出する一種の環境ホルモン物質である。
森林浴などで摂取することで、人間に対しても鎮静や免疫を高める効果が確認されている。
対して、細胞改変された観葉植物が指向性蛋白[ABS]として放出する反フィトンチッドは、その効果をそのまま反転して強化する向精神物質だった。
つまり不安・不満の増大を引き起こす効果を発揮し、そのまま蓄積された後4、5日で“点火”される、との事。
丁度、シルヴィオの性的興奮による精神波が、指向性蛋白[ABS]を投与されたキャリアーの脳内物質分泌バランスを崩し、極度の異常昂奮を引き起こすのと似ている。
ここで問題なのは、その作用が全方位的な感情爆発による“錯乱”ではなく、意識的無意識的に拘らず嫌悪や敵視している存在に対する明確で高い攻撃性を有するコト。
さながら白銀語でいう“ブチギレ”状態、条件付きの後催眠暗示の様に戦術機を初めとする既知兵器の操作が可能である。
蓄積が“臨界”に達していれば、本人の意識に基づいた指示なき半条件的暗示なので、シルヴィオの精神波に引っかかるけど、それは即ち“点火”。
そして“点火”された狂気は“伝播”により拡散するという、正にシルヴィオの能力に対する“[カウンター・トラップ]”に他ならない。

効果検証が行われた難民収容所の結果も添付にあり、食料の分配をめぐってで内部対立していた派閥同士が、最後の一人まで互いに殺しあったとか。
直後にBETA侵攻に飲み込まれたから、公式には避難指示遅れによる全滅となっているけど。

今回はこの“点火”が精神波だけで起きる訳ではなく、異常昂奮から“自着火”することもある、と言うわけね。
A-00[ヴァルハラ]”、そして“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”の披露が変な所で裏目に出た。

こんな剣呑なプラントは至極迷惑だから、徹底的に潰したらしいけど。
そして、事態の情報は得たけど発動してしまった以上、後塵を拝している―――今のところ、良いように振り回されている感があるわね。
彼方の報告を受けて、アナスタシアが調べてくれた基地のプラント交換は北地区のPX含め2日前の早朝。
一般区画への工作対策に隔離していたのに・・・プラントを交換した業者とその裏について鎧衣に依頼したけど、流石に元凶に繋がる証拠など残さないでしょう。
報告によれば“臨界”までの蓄積は4,5日との事だったから、発動にはまだ時間的余裕が有ると踏んでいただけに、後手に回った。

けど、これは横浜特有の事象を見落としたアタシのミス。
此処は、G弾の影響が残る重力異常地帯―――植物には過酷なエリア。
普通のプラントは1週間でだめになる。
そして件のフィトンチッドは、通常植物自身が自己調整の為に生成する物質であって、周囲が危機的状況に陥るほど放出されるものだから、基地に設置されたプラントはそれはもう盛大に有害物質を放出してくれたって訳。

けれど、このタイミングの“点火”は第5計画派にとっても想定外の筈・・・。
恐らくは、空母の停泊期限内に、“点火”による国連軍一般兵士の“暴動”を空母の兵力で鎮圧し、そのまま国連横浜基地に居座る算段―――。
問答無用と殲滅に来るか50/50と思っていたけど、ここはBETA鹵獲技術の奪取を目論んだ、と見たほうがいいわね。
―――だとすればCIAの外道[MOB]が考えそうな作戦[下策]だわ。

さて、この後はどう出てくるのかしら?



「―――夕呼、米軍部隊がハンガーを出た。」

「―――!」

「・・・トライアルが終了した今、国連軍の指揮下には無い、とさ。
―――空母に戻るらしい。
・・・基地内は噴射跳躍による飛行制限下にあるから、主脚走行機動でエリア外を目指している。
実弾の持ち込みは許可しなかったからな、丸腰は怖いんだろ。
即刻装備に戻るとは流石銃依存の国だ。」

「・・・ちょっとまって、第6戦術機甲大隊は?」

「同じく主脚走行機動で接近中―――米軍が動いたから、接触[エンゲージ]は3分後。」


―――想定より米軍側の対処が早い。
今の基地の状況を的確に把握している、と言うこと?


「・・・警備部隊の接近が解っていて突破しようと言うの?」

「当人たちは自分たちが攻撃対象と考えていないな。
待機命令違反の威力阻止程度・・・ならば、所詮警備部隊は“陽炎”と“撃震”―――、逃げるだけなら十分突破できると踏むさ。
・・・まあXM3を搭載したF-22A以下第3世代新鋭機なら、あながち間違いじゃない。」

「・・・“A-00[ヴァルハラ]”は?」

「無茶言うな、90番ハンガーだとリフターだけで10分かかる―――?
・・・ま、警備部隊は火器管制しているから、米軍が逃げ切れない事はない。」

「!!・・・・・・。」


そうだった・・・。
鑑や社の安全性も考え、“A-00[ヴァルハラ]”は90番ハンガーに居たんだ―――。

それにしても・・・想定外が多い。
なァーんとなく、嫌な予感がする―――。



「・・・基地内に居た米参加部隊の司令官(仮)は?」

「CPの混乱に何かを感じた様だ。
ヘリで空母に戻るらしい。」


そっか・・・やっぱりコイツ[●●●]、か。
最初の“走査”では、判別不明の“緑”だったけど、スパイフィルタ対策、と言うわけね。
他にも“緑”は米戦術機部隊内に3、一般整備職員にも3存在する。





ズンッッ!―――ズズ、ズズズ、ズンッ!!


それは音というよりは建物全体を揺らすような遠い振動、と共にフラットディスプレイの輝点が揺らぐ。
表示されていた一部が消えた。
この大深度地下にある執務室を揺らすって・・・?


「・・・・・・今度は?」

「・・・中々にやってくれる―――基地のアンテナ塔が一斉に爆破された。
爆発物は不明だが、結構な威力―――複数の通信塔、・・・管制塔上部含め軒並み破壊された模様。
フェイズドアレイレーダードームは無事だから、有線か建物内部通信であれば位置確認は可能だが、受送信端末を根こそぎ持って行かれた。
基地要員トレースも、通信に頼っていたセンサー群信号消失・・・追跡可能範囲は62%。
―――戦術機や本館周囲施設は追尾可能だが、離れた施設・・・外部ハンガーは監視が外れた。
横浜基地発のデータリンク消失・・・戦術機との通信が途絶。
基地戦術機の火器管制は有効だが、データリンク縛りの噴射跳躍制限は外れた。」

「・・・アンテナに爆発物?、それも複数って・・・。」

「―――少なくとも今回私がトレースを開始してから、そんな所に登った者は皆無。
今の爆発時に、飛翔体も確認されていない。
・・・それ以前に停滞工作員を使って仕掛けさせたにしては、・・・やたら数が多いな・・・。」

「そう・・・、当面原因追及は後回し、問題は影響ね・・・。」


・・・不味い。
後手後手で想定外の要素が多重に絡んだ。

―――どうする?


・・・・・・発症者の戦術機は“A-00[ヴァルハラ]”が出さえすればなんとかなる。
その前に米軍は2大隊の最新鋭機―――油断していたとしても発症者が襲いかかれば当然応戦する。
まさか火器管制された旧型に退けを取るとは思えない・・・。
潜入工作員や停滞工作員がネックだけど・・・、緑黄赤合わせても5、その寡数が残り67騎全機を相手に小細工を仕掛けることは出来ないだろう。
その上で帰投を強行するなら―――許可するしか無い。


問題は・・・、一般“発症者”集団が暴徒化したら、今の基地対応戦力では抑えきれない。
通信途絶じゃ帝国への支援要請も困難、距離的にも後手ね・・・。
と言って米軍に介入の機会を与えてしまえば、“A-01[伊隅ヴァルキリーズ]”との衝突は必至、敗けることは無いだけに逆にそれが問題―――。

米国に基地に介入する口実を与えないためには、米軍に損害を与えること無く可及的速やかな発症者鎮圧が絶対条件―――となればリミットは米2大隊が空母に帰投するまで・・・。
となると一般“発症者”集団は-――最悪、戦術機に依る殲滅[●●]も止む無し・・・ね・・・。
血塗れの聖母[Bloody Mary]・・・ま、今更だわ―――。

何れにしろ機械化歩兵の掌握は必須、A-0との連携も含め、通信回線の確保は最優先―――。


インカムを切り替える。


“Valkyrie Mam”[若宮(姉)]、状況は?」

『ハイッ、基地内主要な送受信アンテナが全て破壊された模様。
CP内、レーダー以外全ての外部との通信が途絶しています。
現在緊急用の簡易設置アンテナ設営を推進中、但し全チャンネル回復までは、30分以上掛かる見込み。
戦術機同士の通信は使えている様子ですが、残っている屋内用の無線LAN程度では出力不足でまともにつながりません。
あと、暫定的に移動戦略指令室の稼働も検討していますが、これは搬出するBゲートが東地区に在り、周囲に抗命者が多いため対応に苦慮しています。』

「!・・・アナスタシア。」

「・・・在るよ。
専用機密区画にもA-0大隊所属の移動戦略指令車両が。
メインシャフトのリフトで地上まで出し、光ケーブルでも結線すれば戦域内の通信はほぼ回復する。
ただ・・・」

「ただ?」

「A-0部隊の機密保持を考えると、稼働要員が居ない。」

「それは・・・、アンタなら?」

「―――ああ、FBWだから操縦も出来るし、全管制制御も可能だが、彼方が居ない以上、私が夕呼から離れるわけにはいかんぞ?
・・・まさか夕呼が此処[B19]から出るつもりか?」

「色々と状況が錯綜しているから、中継だけってワケに行かないわね。
リスクは承知、少なくともA-0大隊に関しては状況に即した指示が必要よ―――。」

「・・・・・・よかろう、ならば行こう。」


前線指揮なんてガラじゃないんだけど・・・ま、仕方ないわね―――。


Sideout



Side アルフレッド・ウォーケン(米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官・少佐)

国連横浜基地 演習エリア 17:45


ドンッッ!―――ドド、ドドド、ドンッ!!


基地司令の命に抗してハンガーと飛び出した。
周囲は既に日も暮れ、東の空に膨らんだ月が浮かぶ演習エリアを東進していた時、突如響いた連続的な爆破音。
一瞬遅れて届いた衝撃波に、機体がビリビリと震える。
見れば横浜基地本館の方角で幾つかの火が見えていた。


「―――CP、〈Hunter-01〉、・・・何だ今の爆発は?」


反射的に基地HQに居るCPに尋ねたが、応えはない。
網膜投影から映像が消え、missingの文字。


『〈Hunter-01〉、〈Hunter-02〉、メインデータリンクも通信途絶です。
国連太平洋方面第11軍HQ、乃至、あの炎の位置だと通信施設に致命的な損害が発生している模様―――、over。』

「・・・通信途絶か・・・。」


“事”が起きた際―――あの工作員はそう言っていた。
先刻の“異変”と言い、これが“事”ならば状況の撹乱とは?


『〈Hunter-01〉、〈Hunter-02〉、11時の方向に国連太平洋方面第11軍第6戦術機甲大隊[06bat]接近中―――。
勝手に家に帰るのを止めに来たかな・・・?』


チャンネルをオープンに切り替える。


「―――此方米国陸軍トライアル参加部隊、指揮官アルフレッド・ウォーケンだ。
どうも、この基地が騒がしいのでなるべく手を煩わさぬ様、我々は空母に帰投する事をHQに通告した。
貴隊は速やかに停止し、道を譲ってくれることを望む。」


しばし待つが―――応えは、無い。
そして停止するどころか寧ろ接近速度を上げ、帝国特有装備の74式近接戦闘長刀に手を掛けた事が解る。

再び、部隊内通信に戻す。


「ハンター隊、スパイク隊、お相手して差し上げろ。
どうやら色々と鬱憤が溜まっているらしい。
相手は長刀だが、横浜基地のデータリンクが切れている今、ステルスは有効だ。
一応、国際問題に成り兼ねないので、可能なかぎり穏便にあしらうだけにしろ。
イーグルやファントム相手に出来んとは言わさんぞ。」

『『『『『『『『 Roger That! 』』』』』』』』


どんな謀略が進んでいるのか知らん。
横浜で騒動を起こすのが第5計画派の狙いだとすれば、それに乗る気はない。


「残りの各中隊は、ハンター大隊が接敵、抑えている間に、噴射跳躍飛行で空母に帰投せよ。
これもデータリンク途絶に伴い、飛行制限は解除されている。
・・・誰が起こしたテロだが知らんが、制圧するにも弾が要るからな。」

『『『『『『『『『『『『『『『『 Roger That! 』』』』』』』』』』』』』』』』



相手は集まってくる1大隊分、36騎。
その動きからXM3装備はしている様だが、機体は第2世代:F-15Jと第1世代:F-4J。
しかも、どうやら火器管制が掛かっているらしく、突撃砲は担架にロックされたままだ。
それに気づいて余裕が出来た。
2大隊で一気に掛かれば殲滅も十分可能だろう。
だが、ここで無駄な軋轢を生じる必要はない。
同時に飛んでしまうのも在りだが、追跡されても困る。
なにかと堕ちてはいるが腐ってもF-22A、同じXM3搭載となった今、第2世代機に負ける要素は無い。
練度としては少しだけ向こうのほうが高いようだが、戦術機の応答が違いすぎる。
相手の数に1.5倍程度差があっても、余裕を持って抑制できる。
ましてスーパークルーズが可能なF-22Aなら追従は出来ない。

後方からは、F-18D“ホーネット”やF-18E/F“スーパー・ホーネット”の非ステルス機を先行して跳躍させ、A-12“アヴェンジャー”、F-35EMD“ライトニング”が続く。
ここから停泊している空母までは直線で10km弱、5分も掛からない。


そろそろいいか―――。

距離を取って一気に跳躍すれば、推進器の地力が違う。
火器が無い上にステルスも有効、飛んでしまえば悠々と振りきれる。


「スパイク中隊避退!、先に行けッ!」

『『『『『『『『 Roger That! 』』』』』』』』


残っていた半分、12騎が次々と離脱していく。
僅か数分の接敵。
それでも、相手の1/4は擱座しているし、噴射跳躍で追うものも居ない。

怪我くらいはしているかも知れないが、死んだ者は居ないだろう。
無言で襲って来たのはそちらなのだから、この程度で済んだことに感謝してほしい。


「―――Hunter各機、距離を取れッ!」


潮時だ。


「Hunter中隊、噴射跳躍、帰t」

『ぐわァァッ、』

『げッッ、き、貴様なにをする!?』

「?!、〈Hunter-08〉ッ、〈Hunter-11〉ッッ!」


跳躍に備え、後ろに退いた2騎が崩れた。


「〈Hunter-09〉ッ、〈Hunter-12〉ッ、貴様ら気が狂ったかッッ!?」


崩れたその影に、短刀[CIWS-1B]を持った2騎が幽霊のように立っていた。


『『  ・・・・[くぁswでfrtgyふじこlp;@あzsxdcfvgbhんjmk,l.;・:]  』』


チャンネルを開けば、低く聞こえて来たのは、東洋のマントラのような低く抑揚のない意味不明の音韻。


「!、―――後催眠暗示キー?」


そう呟いた瞬間、立ち尽くす〈Hunter-09〉と〈Hunter-12〉に近づいた機影。
気付いた時には、2機の動力部に突き立てられた短刀[CIWS-1B]―――。
舐めるようにスパークが、疾る。


『―――え?、あ、うあ、ウワァァァァ!』

『な、なにが、―――ヒッ!?』

「!!、〈Hunter-09〉[ジャン]ッ!、〈Hunter-12〉[テッド]ッ!、パージしろォォォォッッッッ!!」



―――Baganッ!!!!


2機がほぼ同時に爆炎に包まれた。
短刀[CIWS-1B]の突き立てられた位置は的確にロケット燃料と酸化剤の混合部、―――スパークが機体内部のロケット燃料に引火してしまった。
内側からの爆裂―――これでは遺体も残らない。



「〈Hunter-05〉ッッ!、貴様アァァァッッ!!」

『・・・悪いな、隊長。
〈Hunter-08〉と〈Hunter-11〉は細工[●●]が間に合わなくてな―――どうしても通信を先に殺す必要があったんだ。』

「―――ならば何故〈Hunter-09〉[ジャン]〈Hunter-12〉[テッド]を何故殺したァッ!?」

『仕方ないだろ、旧型の指向性蛋白[ABS]は、後催眠暗示が解けた後も残留しちまうんだ・・・遺体が残ればそれがバレるからな。』

「何、だと―――?」

『“発動”が想定外に早かったから、まだまだ機会は無いと見ていたが、―――まさかこんな所でお人好しの隊長が人道主義を発揮して、逐次帰投なんて千載一遇の好機を齎してくれるとはな。』

「・・・まさかッ!?、この襲撃までも“謀略”ッッ!!」

『―――もういいでしょう〈Hunter-05〉、あとは“彼ら”に任せましょう。』

『・・・だな。』


見れば、当然内紛を察したのか、残りの第6戦術機動大隊が間近まで迫っている。


「―――クッ!!、貴様もか、〈Hunter-10〉」

『ま、そういう事です―――、隊長、お世話になりました。
隊長の栄えある散り様は忘れません。』


工作員を尋問していながら、ここまで部隊内の侵蝕に気付かぬとは・・・。
白銀少佐に“御守”まで貰ったと言うのに・・・。
今思えば、根拠の無い指摘が出来ない故に、この事態を“警告”されていたのだろう。

先刻から試みているが、全チャンネルの通信が利かない。
横浜基地の施設が破壊されていても、10km先には空母が居る。
この距離で繋がらない訳がない。
少なくとも基地のデータリンク途絶後も、空母からのデータリンクは生きていた。
それさえ今は途絶―――、ハンター中隊のみの部隊内通信しか生きていない。

しかも、隙を見て飛びかかろうとしていたのだが、機体の応答がやけに鈍い。
通信と同じく、機動系の制御も侵蝕されているらしい。
〈Hunter-02〉以下、残された機もおかしな動きをしているから全て状況は同じなのだろう。
否、声がないところを見ると、部隊内通信も切れているのか。


―――コレがCIA[ラングレー]の、否、第5計画[“急進派”]のやり口かッ!
空母の整備兵を汚染したのは、通信と機動を阻害するウィルスを仕込むためッ!
既に工作は進行していたというコト!
つまりXM3の機能を再現できなかったソフトウェアメーカーに、その阻害方法を探らせていた訳か!

そしてトライアルに参加した“米兵”が、横浜国連軍の戦術機に襲われ、死者が出たとなれば米国の世論は炎上する。
米国を動かす最大のきっかけ―――それは米国人の犠牲!
暴動の鎮圧をする事ではなく、その鎮圧に当たった米兵を犠牲にする・・・それが“目標”。
そうなればもう急進派も穏健派もなく、国連上層部も到底抗しきれない。
暴動に依る国連内の内紛ではなく、米国そのものを動かすためかッ!



噴射跳躍の姿勢を取った2機に、鈍い動きで漸く突撃砲[AMWS-21]を向ける。

コイツラが戻れば、死者は良いように冒涜され、汚れた陰謀のイグニッションにされる。
平然と同胞を手に掛ける―――コイツ等だけは、逃がすわけに行かない。
その罪を白日のもとに晒したいが、叶わぬ願い。


『ペイント弾か?、ハハハ、今更何のマークにもならんがな。』


嘲笑を、凌ぐ。

横薙ぎの36mm砲掃射が、2騎の噴射跳躍装置を穿ち、両下肢を引き裂く。
昨日情報を受け取った際“白銀の雷閃[シルバーライトニング]”に“御守”として一連装100発だけ貰った36mm弾。

地面でのたうち、喚き叫ぶ下衆を無視してチャンネルを切った。
既に残弾は0、無言のままの国連部隊に囲まれている。


―――スマン、マリア・・・ブライアン・・・。


振り上げられた74式近接戦闘長刀に、晩秋の月が映えた。


Sideout




[35536] §106 2001.11.28(Wed) 18:00 国連横浜基地 Bゲート付近 〈Valkyrie-04〉コックピット
Name: maeve◆4e73cb56 ID:56336505
Date: 2019/03/26 22:16
‘19,03,24 upload  ※何年振りでしょう?
            取り敢えず4編ストック 順次上げます
‘19,03,25 表記バグ修正



Side シルヴィオ・オルランディ(欧州連合情報軍本部第六局・特殊任務部隊“ゴーストハウンド”中尉)


「―――これは・・・。」


本館近くで美冴の〈Valkyrie-04〉に拾われ、そのままBゲートに来た。
先のアンテナ爆破により、部隊間以外の通信が途絶、HQからの指令が来ない。
それでも正常な基地職員は本館方面に逃げ、“発症者”は北部PX外に屯していた。

周囲を疎らに囲む機械化歩兵―――火器管制が敷かれたまま通信途絶しているため、今のところ衝突はない。
スタン・グレネードは使用可能であるが、どうにも包囲する側の数が足りない。
先行して放った者が数名居たらしいが閃光と爆音では鎮静化仕切れず、かえって一気にヘイトを集め、同じ機械化歩兵に集られて動かなくなっていた。
攻撃しない限り、彼らの“対象”は基地職員ではないらしく、積極的に襲ってくることはない。
しかしその裡に篭った最早“憎悪”とも呼べそうな怒りはその矛先が見いだせないだけで、静まることがない。
通信が途絶しているため、指揮系統も分断され増援もなく、現場判断で無理に鎮圧を試みようにも今いる警備部隊の歩兵では、只々凄惨な状況にしかならない。






Kill yankee

祖国を返せ

ユーラシアから出て行け


叫んでいる言語や言葉は、様々でも怨嗟の対象は一つ。

兵の他に、戦闘に関わらない一般職員も多数いる。
包囲に当たっている警備部隊側も内心気持ちは同じ、膂力で鎮圧すれば双方に死者が出るし、基地内の兵士感情に大きなシコリを生じるのは確実―――。


故に今のところ包囲した機械化歩兵との全面対決には至っていない。
だが、抑圧されたヘイトは出口が無いまま鬱積している。
戦術機に乗っていた衛士には、米軍戦術機という明確な“対象”が存在したが、一般区画で発症した彼らには当面それがない。
内部的に周囲から嫌われていた対象や、幾つかのグループ間では小競り合いが在ったようだが、今はその憎悪が徐々に包囲する機械化歩兵部隊に向いている。


一触即発、臨界点まで幾ばくも無かった。




『“ Valkyrie-04[宗像]”ッ!!、聞こえるッ!?』


その時、唐突に通信が回復した。
網膜投影に飛び込んできたのは、ドクターの姿。
背景から狭い司令室―――移動戦略作戦室だと推測する。
成程、移動戦略作戦室で基地域内の通信カバーをしたか!
しかし―――まさかッ!?
ドクター本人がB19[絶対安全圏]を出る、だとっ!?


「―――Yes,Ma’am、」

『いい?、―――よく聞きなさい。
基地の通信が途絶していた間に、米軍が使っていた外部ハンガーから整備要員を載せた大型バス2台が、出たわ。
今HQから停止を命令しているところだけど、空母からの帰還指示だと抗命・・・これは強行するわね。』

「・・・まさかッ?」

『・・・3分後に、北部ルート、そこ[●●]を通過するわ―――。』

「なッッ!!」

「え!?、あの星条旗の描かれたバスですかッ!?」

『そうよ・・・。
そんなコトになれば何が起きるか・・・解るわよね?』


“発症者”の攻撃対象は明白、現状単に対象が見当たらないから動いていないだけ。

時間が経過することで鎮静化するとはとても思えない。
“発症者”は一部に警備兵が混じっているが基本一般区画の軍属、管制下の今、火器はない。
とは言え、機械化歩兵の膂力なら数体でバスを転がすことなど造作もない。
一方で全ての火器持ち込みを禁止した米側整備要員。
状況を知らないバスがこの集団を蹴散らして進むこともないだろう。
止まってしまえば多勢に無勢・・・。
通信途絶前に漏れ聞いたアスタの言によれば、ぶん殴って気絶させれば異常興奮は停まるらしいが、普通の整備兵と2000を超える暴徒である。


「・・・そう言う事か―――。」

『そーゆーコトよ。
G弾を失った第5計画派は、この横浜基地の強制接収を目標に変えた―――。
その際一番厄介な自国内の世論を誘導する為に、米国民の犠牲を作るつもりね。』


テロリスト[恭順派]の狙いは第4計画を潰す事で、一般区画とは隔絶したから問題ない、と思っていた裏を掻かれた。
そう、ここで基地要員の襲撃により米兵に死者が出たら、基地司令部の責任問題。
ましてや、戦闘員ではない無抵抗の整備兵を2000人の暴徒が襲ったら・・・。
米国の世論は横浜基地を敵視し自国の管理下に置くべきとの意見に穏健派さえ同意せざるを得なくなる。
例えそれがテロによるモノであると証明できたとしても司令部に大幅な干渉が入ることは拒み切れない。
その為の生贄―――。


「―――“A-01[ヴァルキリ―]”機の火器管制は外れてるわ・・・。
―――暴走した発症者を確実[●●]に止めなさい。」


!!―――。

息を呑む。

幾ら戦術機とはいえ1機で理性のない2000人を、無傷で抑える術はない。
つまりは、暴徒とはいえ生身の人間相手に、戦術機の火器を使うというコト。


「・・・り、―――了解・・・」


美冴の返答が震える。
普段飄然とした美冴をもってしても・・・。
BETAを・・・人類からBETAを駆逐する為の火器を、守るべき人たちに向ける。
その結果の凄惨さは言うまでもない。
現状置かれた状況から仕方ない命令だと理解はする。
米国の横槍を阻止し、第4計画の独立性を死守するための、ある意味こちらも生贄。
何より揺ぎ無いドクターの指示には“覚悟”さえ感じられる。


だが―――。


「・・・ちょっと待った。
―――1つだけ、試させて貰えるか?」

『・・・・・・何?』

「俺は博士にテスターを貰って以来、思考波を制御する訓練を行って来た。
自分の意志で出せることが判明した以降、以前は無軌道に放出していた思考波を、ギリギリまで絞ることで、過剰な反応を起こさず探るコトを試してきた。」

『・・・それが?』

「実は―――抑制とは逆に、目一杯、謂わば衝撃[バースト]と言えるまでに一気に解放する事も試して来た。
異常行動さえ起こさせず一気に無力化出来ないか、とな。
結果、キャリアでテストしたことはないが、逆にキャリアじゃない健常者がちょっとビクっとするくらいの強度で出せることも判った。
・・・今回仕掛けられたABSの様態からも敵に俺の情報が流れているのは確実で、中途半端な刺激で起爆するよう対応されていたとも考えられる。」

『・・・・・・。』

「部隊通過まで―――まだ3分あるなら、それ[バースト]を試させて欲しい。」

『・・・いいわよ、制圧の方法は問わないわ。
但し米整備兵の犠牲は認めない・・・確実に止めなさい。。』

「了解。
美冴、刺激しない範囲で接近を。」

「・・・わかった。」



とは言ったものの・・・。

この切迫した極限状況を前に、“妄想”というのも言うほど楽なものでは無かった。
平常時に基地内を巡回するのとは全く違う。
国連横浜基地[ここ]は殺伐としたエゴむき出しの、陰惨極まる殺しあいの場なのだ。
視界の端には、拉げて血塗れた機械化歩兵の残骸すら存在する。
しかも、切られたリミットは既に3分無い。
つまりは血生臭い戦場を目前にしてその時間内に出せ[射精しろ]、と言うようなもの。
殺人淫楽症[性的異常者]ではないのだ。
凄惨な状況は幾度も潜り抜けてきたが、それに性的興奮を覚えたことは一度としてなかった。

気ばかりが焦る―――気持ちを落ち着けようにも、焦れば焦るほどイメージがブレる・・・。



「・・・シルヴィオ、当人がすぐ傍にいるのに、妄想するわけ?」


唐突に隣から声がした。


「―――え?、いやしかし・・・。」

「当人を目の前にして頭の中の女に欲情されるのって、例えそれが自分でも凄い侮辱よ?
と言うわけで副司令、―――宜しいですか?」

『ナイスよ宗像!、―――犯っちゃいなさい!!』


いつの間にハーネスを外したのか、躊躇なく柔らかいものが絡みついてくる感触に。一瞬、呆然となった。
抗う間もなく首に両の腕が回される。
薄い強化装備越しの圧倒的なまでに生々しい触感。


―――ありがと・・・私の為よね?


囁くような熱い吐息が耳朶を擽る。


人類滅亡の瀬戸際に来て、人間同士の殺し合いなんてもうたくさん。
―――私達は愛し合い、命を繋いでいくために生まれてきたの


鼻先を擦るような位置から見つめてくる瞳の煌めき。


・・・・・・ああ、そうだな。


唇を奪われる。
甘いぬめりが口腔に侵入したと理解した時には舌を絡め取られていた。
右手は既に左手で膨らみに導かれており、膝を割った強化装備の太ももで股間が擦り上げられている―――。

元々強化皮膜は速度感応型の素材、速い速度には極めて硬化するが、人体の動作程度には薄膜のまま伝える。
つまりは、素肌に触れている様な感触で、指に余る柔らかさその傲慢なヴォリュームを知らしめる。
指の間に感じるシコリは、もはや明確に自己主張してくる。
指を窄めて挟むと、舌を絡めたまま小さく呻き、左腕で抱きしめるしなやかな背が震える。



―――焦がれた女が、全身で求めてくれている――――。

その全身全霊に訴える暴虐とも言える感触は、無論妄想の比なんかじゃない!!

身体の奥底から生じるのは際限ない高揚感―――。
背筋から裏筋に集まってくる滾り―――。

本来の目的を忘れてしまいそうになる誘惑・・・このまま熔けて混ざり合いたい。


どこまでも昂奮する感覚を、ギリギリと矯めて、矯めて、更に矯めてゆく。
相手の頂を導くように抑制し、自らのぶちまけてしまいたい爆圧を無理矢理にでも拘束し、只管我慢する。

右手にみっちりと揉みしだく心地良い感触、尖った先端を指の股で転がせば、ビクビクと肢体が跳ねる。
先刻まで首に回されていた右手は、胸に滑りこみ素肌を撫でるようにまさぐってくる。
薄い強化装備の滑らかな腿を擦りつけられる股間は最早猛々しいまでに熱く滾っている。。
支えるよう背から回した左手で掴む尻たぶが、クイクイと早く小さく動く。



―――嘗て無い歓喜。


もっと、・・・もっとこの腕の中にある女体を感じたい。
融けて、交ざって、一つに―――。
無意識だろう、薄く開いた瞼は、恍惚として瞳色が滲んでいた。



―――だが、この掛け替えのない存在を護るためにも、今はやるべきことがある!!。


溜める―――のみならず、更にギリギリと圧縮してゆく―――。


甘くさえ感じる粘膜、唇の隙間から漏れる熱い吐息。
掻き抱いた身体の柔らかさ、求め弄られる指の滑やかさ。

背筋の泡立つ痺れが丹田に凝縮されていく。
ドロドロとした熱い粘りつく塊が抑えきれずに吐出口を求め這い登ってゆく。


霞む視界の端に、星条旗を描いたバスが映る。








――――――光輝一閃。






ギリギリと圧し続けていたモノを放つ―――。
溢れる思慕、迸る欲望、荒ぶる激情―――その全てを一気に。

ドクンッ!と熱い塊が迸った刹那―――、意識までが弾けた。
視界に閃光が溢れ、全身が浮遊する感覚。
腕に固く抱いていた肢体が鋭く跳ね、二度、三度と痙攣した。


Sideout




Side ロア・ヴォーゼル(国連太平洋方面第2軍臨時准将相当官 [CIA Dept.D])

ニミッツ級戦術機母艦 “ジョージ・ワシントン” 司令官室 18:15


「何故救援部隊を出さないッ!?」


激昂して拳を叩きつける。
演出も時には必要なのだ。
―――だが、今は少々頭に血が上っているのも確か。
拳に感じる疼痛さえが忌々しい。


予定外の早期発動―――、仕込みの全ては終わっておらず、故にチャンスを逸したかに見えた。
しかし参加していた戦術機大隊が逐次帰投という選択をした為、最後に残ったハンター中隊に対して工作員[エキスパート]が仕掛けた。
キャリア[パペット]を操り残っていた通信を潰し、ソフトウェアBomb[ウィルス]を発動させた、ということだ。
電磁帯のファームウェアまで管理している正規版や、限定版でもOSレベルで深層データリンクされた機体ではウィルスも無効化されるらしいが、スタンドアロンの機体に限り既存のCPUやファームウェアのセキュリティホールを用いた機能阻害が有効だった。
XM3仕様書の入手以来、ほぼ1カ月が経とうというのに米国ソフトウェア産業の総力を以てしても、未だ全く複製の目途は立たず、こんなお茶を濁す程度のジャミングに留まっている。
その不甲斐なさには呆れもするが。

それでも限定的ながら使い様はあり、実際、既にハンター中隊は艦のデータリンクから消失し、衛士のバイタルも途絶している。
工作員[エキスパート]の“仕掛け”が少なくとも途中まで成功したのは明らかだが、本来は救難信号とともに工作員[エキスパート]だけが帰投する段取り、後は友軍の救助と暴動の制圧という名目で部隊の投入、という流れだった。


だが―――。


「・・・国連横浜基地からも、主権国家である日本帝国からも支援要請はない。
ここで勝手に武装した戦術機を派遣すれば、侵略行為とみなされ撃墜されても文句は言えん。
実際この艦と基地との間にはA-01[伊隅ヴァルキリーズ]が展開している。
―――あの装備[●●●●]と遣り合うのかね?」

「アレはシミュレータだけのブラフに過ぎんッ!!
今もってハンター中隊が帰投せず、通信途絶、バイタルさえ消失したんだぞ!?
更には整備兵の乗ったバスが暴徒に包囲されているとの情報もある!
米国民が殺されるのを貴様は黙って見ていろと言うのかッ!?
・・・構わんッ!
臨時司令権限で出撃を命じるッ!!」

「―――勘違いされても困るな。
貴方は国連軍に参加した“横浜トライアル派遣部隊”の臨時司令であって、本第7艦隊の司令ではない。
トライアル現場にいて、実際の脅威を視認しての命令ならまだしも、国連軍の代行権には、ここ[空母]に待機している米軍の司令としての権限はない。
―――これ以上の戯言[越権行為]は、軍規上冗談では済まんぞ。」

「ぐッ―――」

「・・・通信途絶というが、ハンター隊からのエマージェンシーコールもなく、暴徒に囲まれているという連絡バスからの救難要請もない。
明らかな施設破壊があり、暴動を起こしたのもユーコンの様なテロリズムの可能性がある以上、要請やエマージェンシーコールさえなしに動けば明らかな国際問題となる。
―――そもそも、勝手にトライアルの終了を宣言し、基地HQの待機命令を無視させて強引な帰投命令を出したのは何方かな?」

「・・・出した時点では暴動の情報は無かった。」

「・・・情報の有無、指示の経緯はログを見ればわかること。
気がつかなかった、としても[●●●●]司令官の資質を問われるコトになるがね。」

「・・・。」

「何れにしろ我先に現場を放棄し尻尾巻いて逃げてきた、状況も読めない部外者に口出しは無用。
―――ラングレーでお気楽にシミュレーションするのと違い、空母で動かす部下は貴方の言う生身の米国民なのでな。」

「クッ―――」



そう―――、状況は我々[第5計画]にとって芳しくない。
工作員[エキスパート]が出すはずの救難信号もなく、帰還もしない。
現況を掴もうにも残っている工作員[エキスパート]は既になく、細かい指示などできない他国部隊のキャリア[パペット]では使い物にならない。
最初は有利にも思えた横浜基地の通信途絶も、逆にテロリストの介在を明確にしてしまった。
偶発的な暴動ではなくそれがテロリストの煽動となれば、米兵に被害が出ても基地管理資質の疑義を提起しずらい。
確かに事前のシミュレーションでは常に何事もなく推移し、横浜基地の強制接収まで達した状況に、そこここで齟齬が生じている。


だが―――、まあいい。

ここで強行突入して基地司令部を抑えられれば早かったが、既に米兵にバイタル途絶が出ている以上、以降の展開次第で確実に基地の責任問題に持っていける。
ここで制圧部隊を向けなければそれだけ残留部隊の被害は増える。
逆に援護要請が無かったことで被害が拡大したなら、今後の介入に対する日本帝国のクレームも抑制できるだろう。
整備兵の全滅は勿論、工作員[エキスパート]が最後の離脱でしくじったことも、尊い米国民の犠牲が増えただけの事。
米兵の被害が大きければ大きいほど介入がたやすい。

そして・・・仮に最終的にはテロによる不可抗力となろうが、その査問過程では司令部の人間、特にトライアルの指示を出していた第4計画の最高責任者を尋問する機会は、米側国連軍の指揮官として確実に得られる。

・・・つまりは―――堕とせる―――。

組織などトップがワンマンな秘密主義であればあるほど、頭さえ抑えてしまえばあとはどうにでもなるのだ。


・・・そう考えれば・・・否・・・寧ろ・・・状況は変化している。

強行突入による強制接収は日本帝国の反発を招く恐れもあるが、ならば第4計画を現状のまま手にする方が利得は大きいのか?
噂されるBETA鹵獲技術が本物なら、いっそ米軍の有象無象に接収させることこそ勿体ないではないか?!
米軍の接収となれば、穏健派だの慎重派だの余計な横槍が入るのは必定・・・思うままに使うにはむしろ今のまま秘匿するほうがベター。
何しろ“アムリタ”の依存性はマーキング、つまり最初に性的支配した者にのみ向くという。
そう―――私が、ひいては我々・第5計画こそがその全てを手にする方が望ましい!


成程・・・、こんな極東くんだりでクソみたいな任務と思っていたが、そう考えると悪くない。
淫獄に堕ちた魔女麾下、すべてのBETA鹵獲技術、白銀の雷閃やAmazing5、オリジナルハイヴを攻略できる東洋の戦乙女までも、全てをほしいままに扱える、と言うことなのだ!
当然、私の第5計画内部での地位も極限まで上がる!


「―――ッフンッ―――。」


私は艦隊司令を睨みつけたまま、こみ上げる笑みを全て押し殺し、憤然とした態度で踵を返した。


Sideout



Side 夕呼

国連横浜基地メインゲート 移動戦略指令車両 18:45


『避難・状況、終了―――米整備兵を乗せたバスはミニッツに到着しました。
当該部隊については負傷者0、機材の損害も0。

先程東地区に移動戦略指令車両が搬出されました。
現在臨時HQ設置作業中、あと10分で稼働開始します。

Bゲート付近、機械化警備兵の死者は3、負傷者6。
“発症者”側は死者0、負傷者は現在カウント中―――。
また、失神した一般職員の救護搬送進行中―――。

第6戦術機甲大隊[06bat]は、現在調査中。
A-00[ヴァルハラ]が制圧したので死者は在りませんが、軽度の負傷者、及び、戦術機には相応の損傷が出ています。

あと・・・米・ハンター中隊に付いては』

「あ、それはいいわ。
詳細な調査が終わるまで存在ごと隠蔽して。
今の発言も削除―――。」

『了解』


通信で聞く“Valkyrie Mam”[若宮(姉)]からの報告。
大規模なテロにも関わらず、思ったより被害は少ない。

―――ま、これも強烈な思考波を爆発させたシルヴィオのおかげだけど。
でなければ数千人単位の基地要員を失うところだった。
ここは素直に感謝、ね・・・無論、本人には言わないけど。
今の位置では僅かに感じた位だったけど、HQに居たピアティフはかなりクラッと来る鋭い酩酊感や浮遊感を感じたと言うから、今のアイツは指向性もある程度制御できるみたいね。
キャリアや発症者に対するカウンター・・・うーん、手元に欲しいトコだけど・・・ま、宗像が居れば何時でも呼べるか。

で、問題は、米軍―――。


「・・・米軍[みなと]の方は?」


アナスタシアに聞く。


「・・・まだデフコン1は解除されていない―――、バスや他の5戦術機中隊は何事もなく戻ったが、ハンター中隊が・・・、な。」

「未帰還12・・・ね。
当面A-01[伊隅ヴァルキリーズ]が空母哨戒継続、ハンター中隊はA-00[ヴァルハラ]が後始末中。
・・・GhostHo[シルヴ]ッ!!」


バシュンッ!、という空気の射出音を置き去りに、アナスタシアに抱えられたアタシは、何が何だか判らないうちに緊急脱出ハッチから転がり出た。

次の瞬間、劈く甲高い金属音と共にハッチから噴き出た紅蓮の火炎が地面を舐め、熱風が脇を抜けて行った。
は?・・・強固な装甲を有する移動戦略指令車を“貫いた”?


「・・・徹甲焼夷弾?、火器の持ち込みは出来ないハズなんだけど?」


そこに居たのは薄いアルカイックスマイルを張り付けた温和な紳士然とした男。
頭部だけ外した強化装備は大東亜連合、手には煙を立ち登らせる太い鋼鉄のパイプ。


「おや、流石に堕天した器[00ユニット]ですか、勘の宜しいことで。
少しぐらいは与ダメージを期待したんですが・・・なけなし[ハンドメイド]の徹甲焼夷弾でも無傷ですか。」


穏やかな口調で物騒な内容。
紳士と言うより雰囲気は執事?
今回トライアルに参加した衛士には違いないが、事前調査[フィルター]でもリストアップされていない。
明らかに襲撃者、手には鉄パイプ[手製砲塔]、腰にはコンバットナイフ。


「剣呑なジジイだ・・・。」

「とは言え、“魔王”も排除対象、毀して差し上げましょう。」


一歩出たアナスタシア、男が言うなり鉄パイプが疾る。


ガギィン!


アナスタシアの手にした扇子とぶつかり合い、派手な火花と金属音を撒き散らす。


「仕込み・・・いえ、鉄扇とか言うのでしたか―――優雅なものです―――、しかし」


―――ガィン、―――ギィン、―――ギンッ


躱す間もなく幾度も鉄パイプが疾り、その度にアナスタシアが鉄扇で往なすが、徐々にその余裕が失われているのが素人目にも解った。
アナスタシアの頭脳は量子電動脳、身体は元は鑑に用意したサイブリッド、とはいえ稼働バランスを考慮してサイズは軽量化されている。
総じてパワーは小さい。
通常なら十分往なせる“技”はあるのだが、相手の“技量”も相当に高く、尚且つウェイトにこれだけ差がつくと威力を流しきるのも困難と言うことか。
そのマージンが連撃によってがりがりと削られていく。


「・・・良い動きです―――が、惜しむらくはパワー不足―――。」


キンッ!!


ついに弾かれたアナスタシアは、崩れた体勢を翻し、ズザザ―――と地面を滑った。


「どこまで“覚醒”しているのか知りませんが、リーディングもハッキングも対処済み、無駄です。」

「・・・何処の所属かと思ったけど、アンタ、“執事[バトラー]”ね。」

「おォ~、ご明察、流石博識でいらっしゃる。
不肖ながらこの。執事[バトラー]めが指導者[マスター]の命と、貴基地のご招待により参上致しました。」

難民解放戦線[RLF]のTOPが恭順派の犬として単独潜入[スネ―キング]ってことかしら。」


"執事[バトラー]" は難民に迫害を加える者を粛清するという名目で結成された、反国連を掲げるテロリスト集団「難民解放戦線」のリーダーとされる。
だが、恭順派の支柱と言われる“指導者[マスター]”に帰依したとも噂され、以降の難民解放戦線の行動は一部で結成当初の名目に反している行動を繰り返す。
何れにしろ反国連、反オルタネイティヴを謳うテロリストには違いないが・・・。
今まで何の兆候も見られ無かっただけに外道しか釣針に掛からなかったかと思いきや、まさか超大物[No.2]が単独潜入とは―――。
目標が釣れたのはいいが、要するに他のメンバーはバレるリスクを増すだけで不要というコト。
敵もそれだけ勝算を見込んでいるのは、あのアナスタシアをあしらう動きに伺われる。


「・・・“指導者[マスター]”の命は[創造主]のお言葉ですから。
“勇者”のガラでは在りませんが、先ずは手ごわい“魔王”から殲滅致しましょう―――」


嘲りの皮肉にも眉一つ動かさない。
しかも[創造主]の存在を明確に認識している。
やはり恭順派TOPは相当に深度の深いBITA[傀儡級]と見做せる。

静かにコンバットナイフを抜き、左順手にした。
本気―――。


つ、とアナスタシアが一歩前へ。

だが、一転身を退いた。

空かさず詰める執事[バトラー]
振るわれる鉄パイプでアナスタシアの退路を限定し、受けても躱しても刃の圏内。

数本の金髪が散る。
唸りを上げて迫る鉄パイプを、正に紙一重で躱し、同時に鉄扇を翻す。


ギャリンッ!


刹那の交差、今度弾かれたのは執事[バトラー]の方だった。

そして斬撃を止めたアナスタシア、一瞬動きの止まった執事[バトラー]を弾き飛ばし、その間に立ちはだかったのは。


「おやおやまあまあ―――、ここで“フェニーチェ”の見参ですか。」

「―――アンタが執事[バトラー]か。
ユーコンでは行き違ったようだが。」


遅れて拳銃を構えた“ Valkyrie-04[宗像]”が駆け寄ってきてアタシを庇う様に執事[バトラー]にエイミング。


「やれやれ・・・流石に多勢ですな―――。」

「・・・投降することを勧める。」

「これは異なことを―――圧倒的に有利なのに何故そのような必要が?」

「・・・有利?」

「“魔王”、“牝狐”、“不死鳥”・・・排除対象が纏めてこの場にいる。
これが有利でなくて何なのです?」

「・・・。」

「惜しむらくは未知数故に不気味だった“漆黒”が居りませんが、これは私の責任ですから。
リークしたABS研究所の対応・・・ですか、今頃は地球の裏側でしょうな。」

「・・・陽動のダミー情報ってコトか?」

「いえいえ。
本物であるからこそ、あの“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”が自ら動いたのですよ。
無論・・・別口[第5計画派]の、ですがね。」

「―――つまり、此処でのアンタの余裕は仕込んだABSにある・・・ってことかしら?」

「ご名答。
吾等はフィトンチッドではなく、アスベストですから。」

「「アスベスト?」」


アスベスト―――無機繊維状鉱物の総称よね。
繊維1本の太さがサブミクロン・・・髪の毛の数十分の一から数千分の一。
その綿状体は耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などの特性に極めて優れ、且つ安価であったため、建設資材、電気製品、自動車、家庭用品等、様々な用途に広く使用されてきたはず。
けど、空中に飛散した繊維を長期間大量に吸入すると肺癌や中皮腫の誘因となることが解り規制対象になった物質。


「ええ、なかなかに気難しい嫌気性ABSでして、フィトンチッドでは構造上酸化防止が出来ないのです。
そこで岩塩をアスベスト状にして内部に密封し漸く実用化に漕ぎ着けました。」


“塩”のアスベスト様物質か・・・考えるだけでも厄介ね。
塩なら残留する石綿なんかに比べ、皮膚についてもほんの僅かに痒みを感じるかどうかって言う程度だから、散布されても気付き難い。
そして粘膜に触れればそこで塩は溶けて凶悪な内容物が人体に付着する。
問題は、内部のABS―――。
しかもGhostHound-01[シルヴィオ]の存在を肯定しているということは、効果においても対処されていると思っていい。
つまり―――意識に干渉しないタイプ。
ここは・・・発動させないに越したことはないわね。


―――FIRE


意識的に思考を送る。
その強い意思をバッフワイト素子が電気信号に変換し、拳銃を保持したままの Valkyrie-04[宗像]の強化衛士装備に秘匿通信として伝える。


BANGッ!

チィィ―――ンッ!


通常弾の徹りにくい強化装備を避け、一瞬で意識を刈るヘッドショット―――。
躊躇なく放たれた銃弾は、しかし執事[バトラー][]に弾かれていた。


「!!、サイブリッドかッッ!」


驚愕がGhostHound-01[シルヴィオ]に一瞬の隙を生む。
外連なく動いた執事[バトラー]の速度は、先程とは違い人間の範疇を凌駕した。
軽量級とはいえサイブリッドであるアナスタシアを圧倒出来ていたのはそのパワー故・・・スピードを敢えて抑えていたことで生身と勘違いさせた。
反応したGhostHound-01[シルヴィオ]も飛びのいていたが、翻ったナイフの切っ先が左目を掠める。

避けた先で、パタパタと血が落ちる。
致命傷ではないが、義眼は切り裂かれている。
GhostHound-01[シルヴィオ]は録画機能を失っただろう。



「ク・・・!」

「―――未だ若い・・・切り札は見えないように伏せておくものです。
君の左義眼[映像記録]は、君が死んでも残る厄介モノなので、先んじて対処させていただきました。
別途このイベントには電子戦の方もいらした様ですが、当面覗き見される心配はないでしょうから。」

「チ・・・流石知ってるわけね。」


執事らしい端正な笑顔を見せる。
感情の一切乗らないそれは、むしろ綺麗なだけに不気味。
実際SR-71、あの特殊な機体は運用に難が在る。
一度軌道降下を敢行すると、熱であちこちが歪み、その整備に2日は掛かるシロモノなのだ。


「ま、どのみち皆さんは死んでしまうので、教えて差し上げましょう。。
今回吾等のABSは外部トリガーによる強制発動・・・意識に干渉しないタイプなのですよ。
当然、君の思考波にも一切反応しない。
体内に摂取すれば、2,3日で増殖・全身の細胞に取り付き潜伏。
一たび発動すれば3分程で人体の筋組織をNTN並みの爆薬[●●]に変えて起爆します。
このABS入りアスベストをマッドカーペットに加工して機密区画のエレベータホールに設置させて頂いた、という訳です。

発動時、此処でどれだけの爆発が起きるか、見ものですな。」

「なるほど・・・アンタね、基地のアンテナ塔を爆破したのは。」

「おやおや、何を根拠に?」

「・・・大方その新作ABS入りの肉でもその辺に撒いたんでしょ。
周囲に葉の茂る高木が存在しない今、基地のアンテナ塔はカラスの[ねぐら]になっていたわ。
15000の人員を擁する規模の基地、一部は再合成してもそれなりに残飯が存在するから横浜に少数残るカラスは、ほぼ全てこの基地にいる。
そして第5計画派[MOB]の計画が発動した事に便乗した
さっきの即席徹甲焼夷弾も一羽捕まえてそのABSで高性能火薬を精製した・・・ってとこかしら?
少なくとも基地内にそうそう火薬の原料となるモノは放置してないわ。」

「―――実に聡明ですな。
獲物を巣穴からおびき出すのには聴覚を殺せ[情報を途絶させれ]ば良いのですよ。
・・・そういう意味では、第5計画の茶番も陽動として有効に機能してくれました。
同志[●●]に頭でっかちのエリート司令官を仕立ててもらい、精々派手に動くよう要請したのです。
“吾等”にとって、向こう[第5計画]の目的や成否はどうでもいいことですので・・・。」

「・・・。」


全く別軸で動いていながら、 “恭順派”は深く静かに潜んで“第5計画”を利用していた、と言うことね。
なかなかにやってくれる・・・。


「私の成功条件はたった一つ―――。
なにせ、いきなり巣穴ごと爆破してしまっては生死の確認が取れず、絶対確実とは言えませんので、念を入れさせて頂いた次第。

やはり自らの手で命の潰える瞬間を見届けさせていただかないと、マスターへの報告が曖昧となってしまう故。
潜入するには、少々手間取りましたが、ね。」


確かにこの男、フィルターに掛けているのにレッドマークはおろか、グリーンマークすらついていない。
これだけの悪意を社や鑑が見逃すわけはない。


「・・・アンタ、乖離性同一性障害、所謂多重人格者・・・ね。」

「お見事―――正解です。」


・・・と言っても特殊な例のはず。
今の攻撃的でありながら穏やかな、いかにも執事[バトラー]という主人格に対し、記録にある基地受け入れ時の副人格は、存在感が希薄で実直、控えめな性格だった。
恐らく主人格は、任意に人格の入れ替えも可能で副人格の記憶も有するが、逆に副人格には主人格の記憶はないのだろう。
この主従タイプだと副人格の記憶にない主人格は、社や鑑にも認知出来ない。


「・・・潜入、工作、体術、隠蔽―――ずいぶん多芸ね。」

「お褒めに預かり恐悦至極―――しかし、そちらのお嬢さんは誠に残念です。
私の斬撃を受け切った体術―――サイブリッド体でも過去あそこまで見事に捌いた者は居ません。
史上最高峰の傑作ボディと言っても良い。
・・・だがしかし、悲しいかな、ウエイトが軽すぎる―――つまりはパワーが圧倒的に足りない。」

「フン―――、私は基本、物理攻撃要員ではないのでな。」

「それでもその脳内モデルは生前の研鑽の賜物・・・全く、量子電動脳[(00ユニット)]などにさえならなければさぞや“最上の聖杯”だったでしょうに・・・。」

「―――生前[●●]の研鑽?」

「おや?、君は00ユニットの由来をご存じないのですか?
驚異の量子伝導脳を持つという第4計画[オルタネイティヴ4]の切り札―――。
BETA情報に接続できるのは、生体反応ゼロ、生物的根拠ゼロという意味の非炭素系擬似生命[●●●●●●●●]とされているのです。
つまりは・・・。」

「―――まて。
君はあの脳髄を取り込んだサイブリッドではないのか?」

「―――私の本質はガイノイド、簡単に言えば、量子電導脳に個人の資質をアーカイブしただけの疑似生命体だ。」

「・・・・・・。」

「ははは・・・、今更です、な。
成程成程、前回パペットを欺瞞に嵌め、脳髄[]を護ったのは[フェニーチェ]だった、という訳ですか。
しかし00ユニットを生み出すために、君が護った脳髄の主は殺されたんです。
・・・この香月夕呼という狂人にね。」

「・・・・・・。」


一歩出た執事[バトラー]、それでも合わせるように無言のままシルヴィオが動く。


「・・・おや、まだ遣る、と?」

「・・・契約だ。」

「君の意志を無下にした相手を、ですかな。」

「貴様には関係ない。」

「―――では、まず君から屠りましょう。」


サイブリッドであることを暴露した執事[バトラー]の動きは先刻と異なる。
それも今現在の技術で考え得る最高性能なのだろう、当然アタシの目じゃ、その動きすら正確に捉えられない。
残像だけでも多数見える唸る鉄パイプ、無数に閃く白刃。
対抗できるのはシルヴィオのみ―――。
影と影の交差、硬いモノがぶつかりあう衝撃波。
斜めに断ち切られた鉄パイプが飛び、甲高い音を立てて転がる。

息が詰まるような十数合の攻防、その一瞬、ナイフの斬撃をナイフで迎撃しながら僅かに引いたのか。
振りぬいたシルヴィオの拳が一瞬流れた執事[バトラー]の顔面を捉えたのが見えた。

弾ける体躯。

油断なく、しかしダメージを回復する為かゆっくり立ち上がろうとする執事[バトラー]に、シルヴィオもフィニッシュブローの残身を解く。


「・・・起爆しないのか?」

「言ったでしょう、手ずから屠らなければならないと。
所謂一つの私の“矜持”ですから。
ABSは保険みたいなものです・・・使わなくても勝てますので。」

「ならばその矜持ごと潰え」


BANG―――!


シルヴィオの台詞を途切らせたのは、再度の銃声。
その胸の中心から赤いものが飛沫き、執事[バトラー]顔面に散った。
それを舌で舐めながら立ち上がる執事[バトラー]


シルヴィオの膝が落ちる。
振り向いたそこには、虚ろな瞳で硝煙燻る拳銃を構えた Valkyrie-04[宗像]の姿。


「・・・何故、美s・・・。」


その上体が崩れる。


「―――だから言ったではないですか、切り札は伏せるモノだ、と。
そして切り札[それ]は1枚とは限らないのですよ。
サイブリッドと言えど心肺は常人・・・でしたか。
・・・この出血では、もう聞こえてないでしょうが。」

「クッ!、・・・宗像に・・・仕込んだってわけ?」

「ええ、彼のバディには以前PXで自販機の使い方を聞くのに話し掛け、うまい具合に捕捉できたので試作品を使わせて頂きました。
何度かエレメントを組んでいるのを拝見しましたので。
彼が自分の近しい人であれ、触発出来るのか、賭けでしたが。」

「シルヴィオの“触発”制御が上がったことが、逆に仇になったってコトかしら。」

「さあ、それは何とも。
βブリッドの傑作指向性蛋白―――、それも一番引っかかりにくい、単命令ですから。
とはいえやはり無意識に周囲の者には抑制していたのですかね。
いやはや・・・全てが巧く行きすぎて怖いくらいです。」

「・・・。」


アナスタシアがアタシの前に出る。
が、ゆっくりと歩み寄る執事[バトラー]に、アナスタシアに庇われたまま後ずさる。


「・・・日本語では三味線を弾く、と言うそうですね。
もうその必要は無いので、本気で参ります。
そろそろお別れとしましょう。
貴女方さえ居なくなれば、もうBETA[使徒]の道程に障害はない。
人はみな等しく“神”の御元に召されるのです。」

「・・・とんだ恭順派ね。
アンタの言う“神”とやらは邪教の神[●●●●]・・・BETAの創造主[●●●]のことでしょ。
そんなのに詐称されたらキリストでも激怒するわ。
結局、人類に引導を渡す最悪のテロリストそのものじゃない。」

「おや、ご存知なかったのですか?
―――その通りです。
我が指導者[マスター]の願いは全ての民に救済[●●]を与えることです。」

「言ってることは“救済”でも、遣ってることは鏖殺[ジェノサイド]ってことかしら。
実際既に難民解放戦線[RLF]のリーダーであるアンタは、キリスト恭順派って言うカルト集団にかぶれて、BETA支配地域に近い難民キャンプから順番にジェノサイドを行って来たらしいわね?」

「・・・流石によくご存知で。」

「本来キリスト教は自殺も殺戮も許しては居ないと思うけど?」

「今や人類の唯一の救いは[創造主]使徒[BETA]が齎す平穏にこそあるのです。」

「・・・それはつまり、指導者[マスター]とやらの望みは、キリスト教も恭順派とも、実は全く関係無い人類総自決―――と言うことかしら。」

「・・・そうですね。
元を正せば私はアラーの信徒・・・今はそれ[信仰]さえも捨てましたから。
ただ祈れば救いを与えてくれる[偶像]など居るわけがないのです。
私は創造主[]の御心を体現しているだけですから。」

「・・・・・・。」

「さあ、貴女方も[創造主]の御元に召されなさい!」


凶気に満ちた貌が、ニタリと歪んだ。




ドンッ!!



鈍い音がした。
強化装備の薄い皮膜を強引に貫通して、胸に突き出た鉄パイプを不思議そうに眺める執事[バトラー]
多少の衝撃では打ち抜けない強化装備を貫いたのは、シルヴィオの全体重を乗せた渾身の突き。
角度次第で銃弾さえ弾く強化装備も、尖った切っ先には比較的弱い。
パイプ周りから鼓動に合わせて鮮血が溢れる。
緊縮した筋肉が血止めとなっているが,直径で5,6センチの穴が穿たれた心臓。
余りに綺麗に穿たれたため、逆にその鼓動を喪っていないみたいだが、二度と修復されることはない。
やがてその機能を失う。


「―――サイブリッドと言えど心肺は常人・・・だったな。」

「・・・馬鹿な・・・、何故君が・・・。」


執事[バトラー]が崩れ落ちる。


「何時までも同じ手法[ABS]が通用するなんて思ってないでしょうね?
ABSというネタが割れたら、当然対策は立てるモノよ。」

「・・・暗示に・・・掛かった振りを、した・・・と?」


シルヴィオの傍らには、怜悧な瞳で執事[バトラー]を見下ろす宗像が立っている。


「・・・要するに時代遅れってことよ。」

「・・・フッ―――私の闘争も、ここまで・・・ですか。
まあ、起爆キーは私のバイタルに直結してありますからじき発動、解除は不能です・・・。
―――起爆まで3分・・・逃げ切れたら貴女の勝ちですな。」

「・・・そんな時間保たないから、冥途の土産に教えてあげるけど・・・ソレ、起爆しないわよ。」

「な・・・?」

「何のために八雲[スペシャリスト]をミーミルから呼んだと思ってるわけ?
フィトンチッドやらアスベストやら媒介の新形態も在ったようだけど、所詮特定の機能を有する蛋白質。
既に爆裂系のABSはユーコンで見せてもらったわ。
性能向上を求めてベンゼン環合成を狙った発展形くらい予測できなきゃ到底BETAになんか挑めないのよね。
その為の“00ユニット”、よ。
人の筋肉にベンゼン環込みのニトロ基を生成する遺伝子なんて、ABSと称していても結局一種のレトロウイルスじゃない?
HIVを取り付けなくするワクチンがそんな杜撰なモノを寄せ付けるわけ無いでしょ。

ま―――、流石にカラスにまでは気が回らなかったけど?」

「フ―――
・・・成程・・・“魔王[00ユニット]”とはそこまでの存在ですか。
創造主が・・・求めただけの、ことは・・・あ・・る・・・。」

「・・・切り札は伏せるモノ・・・ってもう聞こえないか。」


現在判っているだけでも数万人の虐殺を先導したジェノサイダー。
その実態は創造主[]に帰依した狂信者。
敵は “創造主” ―――そう言い切った彼方の言葉が実感として理解できる。


「―――宗像、此処は任せるわ。
司令車両も潰されちゃったし・・・。
ソイツの身体は当面隠蔽、アタシの消息は不明ってコトにしておいて。
[緊急動議]の仕込みするから。」

「―――Yes,Ma’am、」


恭順派―――の名を借りたBITA集団、その指導者[マスター]・・・。
明確な創造主像、そしてそれを他者にも認識させる何らかの術を有している。
侮れない・・・。
彼方が警戒するだけの存在・・・ってコトね。


Sideout




[35536] §107 2001.11.28(Wed) 21:00 B19フロア 夕呼執務室
Name: maeve◆4e73cb56 ID:56336505
Date: 2019/03/30 00:03
‘19,03,27 upload  ※ストックの2/4
‘19,03,28 誤字修正  似非京都弁滅茶苦茶やorg



Side シルヴィオ・オルランディ(欧州連合情報軍本部第六局・特殊任務部隊“ゴーストハウンド”中尉)


国連横浜基地研究棟―――地下19階。
ここに来るのは何度目になるのか。

元々H-22:横浜ハイヴの真上に建てられた基地であるが、研究棟は正にそのメインシャフトに蓋をするように造られている。
明星作戦の攻略時フェイズ2と見積もられたハイヴの規模は、想定外のファイズ4相当―――。
B-19・20は横浜ハイヴに捕らわれた虜囚を収めたシリンダールームを中心に構成されたフロア、だったらしい。
ここで俺は前回、元は少女だったという生きている脳髄に出会ったのだ。
B-19と表記するが、その深度はむしろ反応炉に近い900m、核は愚か実際に地表で炸裂したG弾にビクともしなかったエリア。
通常の建物にすれば地下225階相当―――筑波山の山頂に近い高低差である。
非常階段は存在していても、それを使って登り切るのに3,4時間は掛かるという代物だった。


ノックをすれば、一呼吸おいて返事。
何時ものやり取り、何時もの光景。
先の襲撃でドクターは表向き消息不明だが、A-0大隊の部隊内秘匿通信では普通にアポが取れた。

相変わらず散らかった執務室には香月夕呼[横浜の主]がいる。
だが、今回は遅い時間だというのにドクターとアスタの他に、何故か社特務少尉と鑑少尉が控えていた。
社少尉は前回会っているが、今回は“特務”との名目で殆ど会話していない。
無論横浜の誇る“スパイフィルター”、このトライアルで大忙しというコトだ。

そして鑑少尉に至ってはあのPXで白銀少佐とアーン交換していたのを目にしただけ。
名前すらその時美冴に教えてもらった程度で、直接話したこともない。
何故此処に?、という疑問は在ったがドクターが認めているなら問題ないのだろう。



「突然のアポイント了承頂き感謝する。
そしてこんな時間に申し訳ない・・・が、欧州でも大事があったらしく、緊急の帰任命令が在った。」

「緊急・・・ね、此方にも連絡は来てる・・・仕方ないわね。
まあ、アタシもこの後直ぐニューヨークだし、そっちの護衛は頼んでないから構わないわ。
―――ご苦労様。」


唐突なアポに皮肉でも来るかと思ったが、別口で連絡があったなら予測していたのだろう。
中身は妥当な応えと月並な労い。


「・・・。」

「―――なに?」

「・・・突然の帰任で、世話になった宗像中尉には何も言えていないが・・・宜しく伝えて欲しい。」


実は此処に美冴が居なかったことにちょっと落胆していた。
無論ここはB-19、彼女が携われる機密ランクの関係上、仕方ないことでもある。
寧ろ鑑少尉がここに居ることが不自然なのだ。
今朝方テロが起きる前には、HSSTでミーミルに帰る八雲達を見送ったばかり。
ヤツの搭乗前に貰ったボディブロー一発が恐らくは答え。
その後のテロ発生と、どんな言葉よりもずっと明確だったその後の美冴の行動。
しかしテロ後は、起きた事態の後始末や受けた負傷の加療に慌ただしく追われる中での緊急連絡、再び会えないまま自分まで帰国となってしまった。


「そう・・・。
でも、それは帰ってから自分で言いなさい。」

「―――は?」

「・・・ユーロファイタスのウィルス駆除に行った彼方が、ついでにアンタの部隊の戦術機にXM3正規版を換装したわ。
―――当然現地に置いてきたアンタの機体にも。」

「え・・・?」

「知ってるかどうかは知らないけど、XM3正規版はデータリンクも通常とは別に、専用の超高速[エクステンデッド]ネットワークを有している―――。
そして、これは殆ど知られてないけど、それのAdministratorは彼方だけだから、今のところ個別の秘匿回線は実質フリー、なのよ。」

「な―――。」

「ま―――アンタと・・・宗像への個人的な報酬―――って思ってもらっていいわ。」

「―――。」


―――成程、労いの言葉は随分軽かったが、欧州と日本・・・遠く離れる俺たちにとっては何よりも喜ばしい破格の報酬だ。
そして今や世界的に名高い正規版の先行導入となれば、俺を送り出した部隊に対しても望外の報酬と言えるだろう。
個別回線の私用など軍機上問題ないのかとも思うが、管理が大佐である以上構わないというコトか。
要するに表向き口にはしなくても、個人的報酬を出すほどに感謝されている、と言う訳だ。
―――この意地っ張りめ。


「・・・結局、今回も全部仕組まれてたのだな。」

「酷い言われようね。
不確定要素は幾らでも在ったわ。
そもそも、表裏一体と思っていた恭順派と第5計画派が別々に仕掛けて来るなんて想定外も
いいとこ。
―――その中でも、アンタは最良の選択をしてくれた・・・ってコトよ。」

「・・・美冴を信じると決めただけだ。
撃たれたと思った衝撃が、実は空砲に連動して胸の血糊を破裂させるギミックで、それを仕込んだのがアノ時の美冴自身だったからな。
・・・ドクターがアスタとたった二人で指揮車に乗ってきた時点で気付くべきだった。
全てが“誘導”だ、と。
俺の左義眼も、俺が撃たれたのも、―――それ以前、大佐を研究所に向かわせたのも、全ては嵌められたように見せかける演出―――って訳だ。」


前方とは言え衣服を吹き飛ばして血糊を撒き散らす威力を持ったギミックである。
本当に撃たれたかと思うほどの衝撃があった。
しかも心臓の直上、所謂ハートショット―――膝が落ちたのは演技ではないのだ。
そんな愚痴にも魔女は妖艶に呵うだけ。


「・・・なあ、何故そんなにも自分の命を BET[賭け金に]する?」

「最高の釣り餌だからに決まってるじゃない。
―――無論、考え得る限りの安全策は採っているけど?」


そう言いつつも、その瞳には一介の迷いもない。
愚問、か―――。
この基地の独立性、つまりはBETA殲滅への突破口を護るため、2,000人の要員殲滅をも命じた孤高の指揮官。
俺たちが暴徒を沈静化できなければ、そこに躊躇はなかっただろう。
それは即ち、自らの命すら賭けているからこそできる覚悟、なのだろう。


「さっきも言った通りユーコンでATP系の自爆ABSが出てたから、次は威力を求めてニトロ系って言う行動予測は付いていたわ。
蛋白質そのものに複雑な機能を持たせようとすればするほど、それがレトロウイルスに近くなって行く、ってこともよ。」

「―――だから逆にレトロウィルスに有効な八雲のワクチンを導入した・・・。」


そして実質基地の壊滅を防いだのはその知略。


「―――ま、執事[バトラー]がサイブリッドということも高い可能性が出ていたから、ね。
この横浜に潜入するんだからそれなりにデキる奴が来ると思っていたけど、襲撃者が執事[バトラー]単独で、逆に安全だったわ。」

「は?」

「アナスタシア自身が言ってたけど、実際この子の体術なんておまけ。
この子の本質はBETAにも迫れる強力なリーディングやハッキング能力よ。
執事[バトラー]は偉そうに豪語してたけど、人類が考える防止策[ファイアウォール]なんて薄紙みたいなもの。
その点では流石“似非恭順派”の些事を管理していたNo2は美味しかったわ。
予測された執事[バトラー]が来る確率は60%―――最初は感知できなくて誘いに乗らなかったのかとも思ったけど、まさかの多重人格とはね。
副人格は何も知らなかったけど、主人格は関連情報をたんまり持っていたから、戦っている最中は無防備、リーディングで取り放題ってわけ。」

「!!・・・。」


・・・あの時、それなりに戦えるアスタが加勢する素振りすら見せなかったのは、そう言うことか!


「まったく、うちの子[アナスタシア]を舐めないでほしいわ。
その気になれば何時でもハッキングだってできるんだから。」

「!!、・・・つまり、アスタが傍にいる限り、サイブリッドなら俺も含めて何時でも制圧できる・・・と?」


悪寒を感じ傍らを見やれば、ニヤリと嗤う魔王。
偉そうに講釈たれていた執事[バトラー]が滑稽に思える。
第4計画側には、まだまだ明かしていない伏せ札が在ったというコト、―――成程、確かに今回の襲撃に対する安全策は万全、か。
だからこそ大佐が単独で行動できたのだ。


「そーゆーこと。
でも[ハナ]からそうしちゃうと、語って[●●●]呉れないじゃない?」

「・・・目標を誘き出し、圧倒的に有利な状況を与えて油断させた・・・しかし結果的にはセンサーアイを遣られて、ビデオ記録は出来ていな。」

「用心深いヤツみたいだから、アンタを相手にした時点で真っ先にカメラを潰しに来ることは想定内―――当然別口でライブ配信を行ったわよ?」

「―――は?」

「アンタはその場にいて、その後治療だから見てないのも仕方ないけど。
2機目[●●●]のSR-71がバッチリ撮影して、配信したわ。
そのために態々地上に出てあげたんだし。
無論、機密に係る単語を含んだ会話はピーしたけど、恭順派と指導者[マスター]の関係は全世界に、ね。」

「!!ッ
まさか、この緊急帰任もそのせいかッ!!」


あの物騒な会話が配信[公開]されたら・・・それが故の大混乱か!


「―――だからあの時、態々会話の節々に指導者[マスター]難民解放戦線[RLF]の名前まで出したなッ!
トライアルで敢えて1機目[●●●]を意識させ、更にオレの目を潰すことで油断を誘ったって訳だ!」

「裏の裏を掻くのは最早常道・・・、もう一捻りしないとあのクラスは嵌ってくれない。
特殊戦2機目は完全秘匿要員だからね、アタシですら逢ったこともない。
“幻のミュー[美優]”って二つ名を持つ特殊戦香月中佐[ミツコ]の一番[弟子]・・・らしいわ。
00ユニット等の機密をばらす訳には行かないから、アンタとの格闘シーン以降だったけど、アンタの録画機能を知っていれば、当然迂闊に答えもしないでしょう?
全ての障害を排除して、アタシ達を確実に殺せると踏んだら口も軽くなる。
つまりカメラを潰された上で、アンタに死んだふりをして貰うことは、台詞を引き出す必須要件だったわけ。」

「・・・それでもまさか、恭順派のNo2ともあろう執事[バトラー]が、アレほど口の軽い男だとは思わなかったがな。」

「・・・向こうのABSを完全にブロックしたのよ?
ABS由来の自白剤なんていっくらでも知られてる。
参加者の食事はコッチが支配しているんだから、ちょっと特殊な刺激を与えれば口を軽くする程度の指向性蛋白を盛って、アナスタシアの微かなプロジェクションをトリガーに煽ることなんて、簡単だとは思わない?
知っての通り此処にもβブリッドの研究施設はあるわ。
向こうの知らない自白剤もあるし、寧ろ多重人格だった訳だから副人格はそこまで用心深くない。
普通に食事してたもの。
ABSで好き勝手やっていた組織には丁度よい意趣返しよ。」

「!!―――、それで、ABSキャリアも早期排除せず証拠集めに徹した。
―――では、美冴に催眠暗示キーが効かなかったのも?」

「その点について向こうの仕手を完全にブロック出来たのは、アンタのライバル・八雲鷹徳のお蔭だけどね。
βブリッド関連で画期的な研究を続ける若手医学者、短い時間ではあったけど、ここで、トモコの研究とBETA鹵獲技術を融合して、いろいろやってくれたから。
ニトロ化ABSはレトロウィルスに極めて近かったけど、実際その辺の区別は微妙で通常のABSには効かなかったわ。
けど普通のABSだって単独じゃ何も機能しない。
特定細胞や酵素に取り付いてその機能を阻害したり改変したりする作用を持つわけ。
今回新作のA-ABS[アンチ指向性蛋白]は、その取り付きそのものをブロックする―――抗レトロウィルスのワクチンの発展形よ。
流石に試作だから一般区画の人員分までは確保できなかった・・・諸々危惧して隔離したのにね。
第5計画派まで拡散系[フィトンチッド]でしかも一般区画を狙うことは想定外だったわ。」


一般要員とは言えこの巨大基地の根幹で機能する人材なのだ、2,000人の喪失は唯じゃ済まないだろう。


「その発症した基地職員は・・・どうするつもりだ?」

「・・・前回アンタが抽出してくれたABSキャリアだけど、少なくともここ、横浜基地のキャリアに関しては、全員クリーニングした上で元の職場に復帰している。
今回だって問題なければ同じよ。
幸いニトロ系みたいにタンパク質構造そのものを改変してしまうような凶悪なものじゃないからね。」

「・・・そうか・・・それは良かった・・・。」


言葉を区切る。
真っ直ぐにドクターを見据えた。


「―――では、最後の質問だ。
前回此処のシリンダーに閉じ込められていた唯一の生存者・・・あの脳髄は・・・?」


フッ、とドクターが息を突いた。
想定内の質問だったのだろうか?


「―――残念ながら、今の人類には脳髄だけで生かす技術はない・・・。
それは、サイブリッド体を用いても無理・・・だから“意識”を量子電導脳に移植することで、非炭素系擬似生命体[00ユニット]となる。
―――当然BETAの元を離れた脳髄は医学的に死亡するわ―――」

「・・・・・・。」


形振りなど構わない・・・そういうことだ。
答えは聞くまでもなく判っていたが・・・どうしても聞きたかった。
躊躇なく発症した2,000人の殲滅を命じたのだ。
ましてや、それが有用で必要なことなら、たった一つの脳髄に固執するわけがない・・・。
この魔女は何人でも生贄に捧げるだろう。
例えどんなに親しい間柄であっても―――それがBETA殲滅に繋がるなら、迷うことはない。
凄絶なまでの覚悟。

そう―――頭では理解している・・・。
綺麗ごとを並べるほど俺自身も清廉ではない。
それでも、やり切れない、ドロドロした澱みが渦を巻く。
・・・感情はそうそう艦単に割り切れるモノではない―――。


「―――但し・・・それも計画当初の話ね。」

「・・・は?」


いつの間にかそばに立っていた鑑少尉が更に一歩出る。


「改めてご挨拶します。
国連太平洋方面第11軍A-0大隊A-00概念実証試験中隊所属少尉、鑑純夏です。
そして―――貴方が守ってくれた私の未来、確かに返して貰いました。」

「な?!」

「もっとも私、その時は夢の中で聞いただったけど・・・なんとなく覚えています。
たしか・・・『名も知れぬ悲劇の少女』と話しかけてくれました。
勿論当時は聴覚もありませんが、霞ちゃん・・・社少尉がイメージを伝えてくれていたんです。」

「!!、まさか・・・!?、君があの・・・!?、」

「・・・お友達の全身完全再生を見ているのに、気づかなかったわけ?
脳髄だけシリンダーから取り出したら生かせないけど、今の横浜ならその脳髄から全身を再生することが出来るのよ。」

「・・・・・・ファンタスティコ―――。
BETAは結局君の何をも奪えなかったということ―――か・・・!
正しくコレに勝るリベンジはない!!」

「ま、この分野はアタシの専門じゃないから、遣ったのは今アフリカやら南米やらのβブリッド研究施設を破壊しに行っているアイツだけどね。」

「―――は?」

「フィトンチッド型とか、アスベスト型とか、拡散系は無差別も無差別、物騒すぎるでしょ。
横浜[ココ]じゃ無かったら完全にヤラれてた。
これ以上大規模な無差別テロは御免だから、鹵獲した執事[バトラー]の情報も追加して潰しまわってるわ。」


それは・・・。
俺は今回、件の大佐には会えていない。
テクノ・モンスター[技術チート]との噂は聞いているが実際にどの程度なのか知らない。
初日こそ基地に居たらしいが、挨拶を交わす間もなく外の対応に出ているとのこと。
だが・・・、現地はさぞや受難だろう。
その一方で音に聞く苛烈な“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”。
ラプター4機を炭素屑に変えたことで着いた二つ名。
欧州では辣腕で鳴らしたあのハルトウィック大佐をこき下ろしたという噂さえある。
執事[バトラー]よりも余程物騒だと思うのは俺だけか?


「成程、・・・しかし、ドクターも結構口が軽くなった。
その自白剤を自分でも服用しているのか?」

「そんなわけないでしょ。
これすらも、より良い未来を掴むための布石、よ。」

「・・・。」

「これはアタシの因果律量子論に基づく仮説。
小難しいことは端折るけど、要するにこの世界の天秤は、まだBETA優位に傾いている。
それを人類側に傾けるためには、総人類の“強い意志”が重要であり、それを得るには、臭い表現だけど“希望”が必要なの。
だからそれに繋がる表に出せるモノは大々的に出し、隠すものは存在すら知らせない。
今度のトライアルや緊急動議だってその“希望”を灯すことも一つの目的なんだけど、・・・それ以外にも小さなことからやってるわけ。」

「小さなこと?」

「ぶっちゃけ一番手っ取り早いモチベーションは、“恋愛”なのよねェ。」

「!!―――」

「とりわけアタシの周囲は対BETAの最前線―――ここでの“希望”は最重要事項なのよ。
アンタだって宗像を選んだんでしょ?
―――そして宗像も、八雲[過去の男]ではなく、アンタ[未来の男]を選んだ―――。」

「―――ああ、そうだ。」

「なにせ今、優秀な男は貴重だから使えそうな種はウェルカムなのよ。
本当は八雲やアンタにも、A-01からもう2,3人種付けして欲しかったんだけどォ―――。
前島は伊隅がガッチリ“確保”して、行く行く四姉妹丼もイケるみたいだし、基地内でも他に2人付けたから、これがまあ唯一及第ね・・・。」

「な―――?」

ミーミル[彼方配下]で今後も接触が望める八雲はともかく―――アンタは宗像にしか勃たないんじゃ、しょうがないものね。
あ、でも、風間なら3Pでイケるかしら・・・?」


何やら貞操観念的に良からぬ算段をし始める魔女。
クリスチャンで日本国民でもない俺にどうしろと!?
―――本気か・・・?、本気なのか!?
クッ!、流石、“魔窟”とも“万魔殿”とも呼ばれる横浜基地―――。
テロリストだけでなくサキュバスまで出るとは!
絡み着かれ、搾り取られないように気をつけねば・・・。


咳払い一つ、そろそろ時間だ。


「それは別として、・・・近々―――恐らく、遅くとも年内[●●]―――か?」


話を強引に変えた俺に、微かに目を見開いたドクターが直後に浮かべたのは、まるで人とは思えない程、凄艶な微笑。

乾坤一擲―――。

この魔女にしか見えない血塗れの聖女[Bloody Mary]は持てる総てをそこに賭けている。
その戦いこそが、そのまま人類の命運を分ける―――。

やはり―――全ての布石、全ての疑問が、そこに繋がる・・・か。


「・・・また、逢いましょう。」

「・・・ああ―――。」


問に対する答は、ない。
それが答。
けれど今は、これだけでいい。
俺には俺の戦場があるのだから。


Sideout




Side ロア・ヴォーゼル(国連太平洋方面第2軍臨時准将相当官 [CIA Dept.D])

ニミッツ級戦術機母艦 “ジョージ・ワシントン” 司令官室 23:00


ノックの返答もそこそこに、乱暴にドアを開ける。


「デフコン3に移行とは、どう言うことだッ?!」

「・・・行方不明[MIA]のハンター中隊に対する基地側の回答だ。」


執務室に飛び込んだ私の、怒気を湛た問いに返ってきたのは、いともあっさりした艦隊司令の声。
無論、未だにハンター中隊は帰還しない。
ユーコンのブルーフラッグ戦で堕とされたとはいえ、米国最新鋭機F-22A[ラプター]のMIA―――。
経緯を知る身として未帰還も当然だが、表面上は未帰還の米国民を思っての怒り、コイツももっと問題としてしかるべきだ。
・・・実際には遅々として進まない状況へのいらだち。
というのも、横浜基地に発生した暴動は訳も分からず唐突に収束し、整備兵を乗せたバスも襲撃はおろか、何の障害もなく、無事帰還した。

以降、デフコン1を維持しつつ基地側にハンター中隊の消息を尋ねたが、今までずっと調査中とはぐらかされてきた。
それがここにきていきなり空母側がデフコン3への移行。


「―――これが中身だ。」


差し出された文面を見る。


曰く―――

当基地はテロリストによる破壊行為、暴動の煽動により混乱。
現在暴動を鎮圧し、収束に向け更なる調査推進中。
問い合わせのハンター中隊に関しては、当基地の待機命令を無視し一方的な命令権離脱を宣言。
同時にテロリストによる通信網破壊の影響もあり、データリンクからロスト。
依って当基地は、命令権離脱以降、該当中隊の行動に関知しない。
尚、当基地としては該中隊が指定区画以外で発見されることの無きを望む。


最初は意味が解らなかった。

・・・勝手に移動した中隊の消息など関知しない、という意味をどうにか飲み込んだ。
だが、それどころか、混乱に乗じてスパイ行為を行った疑義がある・・・というコトか?

想像して、背筋が泡立つ。
真実はどうあれ、もしハンター中隊の機体が機密区画で見つかった、とされれば、それがスパイ行為の結果。
殲滅されても抗議すらできない・・・だと?!。
しかも不味いことにハンター中隊の機体はステルスを有するF-22A・・・実際ソビエト他に対し諜報活動の実績も多々ある機体―――。
加えて、今の横浜基地は各国垂涎の重要機密の宝庫、当然そのセキュリティが厳重を極めることも周知の事実。
これが他の国であればF-22Aの鹵獲を狙った、という見方もできるが、ここ横浜に関しては件の御子神大佐自身がF-22Aを撃墜し、称して“BETA戦に使い物にならないポンコツ”と貶めたことも有名でこれまで一切興味を示していない。
一物ある機体でテロの混乱に乗じた最重要基地での諜報・・・誰もが納得する状況でしかない。


「・・・隠滅―――かッ!」

「―――国連軍指揮官殿[●●●●●●●]が実際に極秘裏の諜報活動を指示していなければ[●●●●●●●●●●●●●●]、な。
だが、現実こちらのデータリンクもロストしていて、ハンター中隊の行動は一切不明。
仮に機密区画で残骸がみつかっても、向こうの言い分に抗議する物的根拠もない。
ついでに言えば、―――文書には、強引な帰還を命じた担当司令官とのやり取り音声もしっかり添付されていた。」

「!!―――ッ」

「・・・暴動が収束した以上、デフコン1維持は威力侵攻の意志あり、と見做される故の措置だ。」


その声には強い侮蔑すら含まれている。

―――不味い・・・不味い、不味い!、不味いッ!!

このままではその可能性が極めて高い。
ハンター中隊をウィルスまで使い嵌めたのだ。
“発症者”の乗る警備部隊が接近していたのも分かっている。
事態が収束した今もって誰も帰還しない以上、中隊が殲滅されたコトは確実である。
しかしその残骸を機密区画に移動されれてしまえば、こちらにはもはや抗議も出来ない。
それどころか、不自然な命令をはじめ、幾つもの状況証拠が残る私に明らかなスパイ行為指示の嫌疑がかかる!

・・・全てが裏目に出た。

状況を漏らさぬため態々通信途絶させた、それがゆえに行動の痕跡がない。
命令権を離脱しようが工作員[エキスパート]さえ帰還して居ればその証言が得られたのに、それすらない!
米国民の死者がいても、それがスパイ行為の上の殲滅となれば、むしろスパイ行為を指示した者に非難が集中する!!

これでは第4計画を接収するどころではない。
XM3という技術の公開トライアルという謂わば善意のイベントで、卑劣な諜報を行ったと明らかになれば米軍、ひいては米国の信用は地に堕ちる。
糾弾する口実を相手に与えてしまった。


「―――ところで、アンタは“恭順派”か?」

「は?―――何のことだ?」


唐突な質問にぐるぐるしていた思考が止まる。
話が跳び過ぎだ。
しばし“恭順派”の意味すら掴めなかった。


「恭順派?―――キリスト教のか?」


私自身は恭順派ではない、しかし第5計画の大物スポンサーに恭順派が多数いることは聞き及んでいる。
“あの方”と指導者[マスター]が近いことも。


「―――その様子じゃコレも見ていないのか。」


傍らのキーボードを操作すれば、モニターに映る映像―――。


『―――そろそろお別れとしましょう。
貴女方さえ居なくなれば、もうBETA[使徒]の道程に障害はない。
人はみな等しく“神”の御元に召されるのです。』


血に塗れた強化装備の慇懃な男。
何処の3流ドラマかと思うような始まり。

だが、そこからの会話は衝撃的―――。


神・・・?
・・・BETAの創造主[●●●]だと?

指導者[マスター]鏖殺[ジェノサイド]を先導!?

確かにこの顔は、難民解放戦線[RLF]のリーダーかッ!?

恭順派のカリスマたる指導者[マスター]の望みが人類総自決―――!!

しかも対峙していると思われるこの声、第4計画の最高責任者である香月夕呼ではないか!?


『・・・さあ、貴女方も[創造主]の御元に召されなさい!』


悪魔のような嗤いを湛えたその台詞で、映像は停止した。


「―――こ、これは・・・!?」

「・・・4時間程前、各国のTV・新聞をはじめ主なマスコミ、政府及び政府関係機関、更には国連関連機関に匿名で配信された実写映像だ。
現在各国が慌てて裏を取っている。
映像に映っている背景は国連横浜基地―――つまり今回のテロを起こした、乃至テロの混乱に乗じ、会話している人物を襲ったテロリスト・・・。」

難民解放戦線[RLF]執事[バトラー]がか!?」

「・・・画像に映った骨格、声紋からも、確定している。
―――この映像が合成ではないことも、な。
そして、会話の相手は、やはり声紋から香月女史であることも判明している。
だが、最大の問題は、会話の中身―――」


BETA侵攻が熾烈になるにつれ、厭戦感や諦念感を背景に巨大な勢力となって行ったキリスト教恭順派―――。
その精神的支柱であると言われる指導者[マスター]が、実は教義を蔑ろにし、BETAに組するような鏖殺者[ジェノサイダー]
それをNo.2が暴露したようなものである。
他方難民解放戦線[RLF]にしてもテロリストとはいえ難民の味方であり、国連や米国の専横に抵抗する勢力と見られていた。
なのに最前線で鏖殺[ジェノサイド]を繰り返していたことさえ自らが認めている!

―――恭順派は・・・求心力を完全に喪失―――千々に割れる!


「本国や英国を始め、欧州各国・ローマ教皇も移設先で大混乱という状況だ。」

「―――基地司令・・・いや実質トライアルを指揮していた副司令との会談を申し入れる!」


形振りや経緯になど構っていられず、そう叫んだ私に、呆れ果てたような艦隊司令が首を振る。


「それも出来んな。
この映像には続きがない。
騒動は収束したがこの個人アタックの成否は不明―――横浜基地副司令・・・第4計画最高責任者は、現在MIA[●●●]―――、とのことだ。」


足元が消失したような、墜落感が私を襲った。


Sideout




Side 山城上総

シャノア病院船“ミーミル”  19:00(GMT+3)


11月末とは言え、赤道に近いアラビア海アフリカ東岸ソマリア沖の風は穏やかさ、横浜の刺すような冷たさはない。
人類の永続に関わり、達成すれば歴史に残る作戦に携わるだろう“戦友[とも]”の行く末を案じつつ、隣でムスッとしている顔を覘く。

此処は、排水量で原子力空母にも匹敵する巨大病院船“ミーミル”。
そのフライトデッキのテラスだった。
横浜での全ての作業と追加の要請を終えた私たちが様々な機材と共に午前中に横浜を発ち、ミーミル所有のHSSTで母船まで帰投したのは先刻。
今はそれら機材の搬入作業中。。

依頼された仕事は何の滞りも支障もなく完遂されている。
この男が未だむくれているのは、偏にプライベート―――。


今朝の光景を思い出し、クスリと笑ってしまう。


発つことを伝えた時、宗像中尉に朗らかな顔でハグされたのは、私だった。

―――軽佻浮薄な従兄だが、宜しく頼む

そう言われて・・・。
それが彼女の答。
思い返せば、ハグを慌てて引き離したのは彼――――――




「何しとんのやァ!」

「何、親愛のハグだ。
鷹兄の嫁なら、当然私の姉・・・。
―――年下で日本人形のような凛とした姉・・・ジュルリ、うん・・・、アリ[●●]だな。」


そう言って再度手を伸ばす。


「あほかァ!!、触んなぼけェッ!!」


彼が遮るとニヤリと笑いながら踵を返し、背中越しにヒラヒラと手を振る彼女。
どう考えても相手の方が上手だった。


「―――クッ!」


隣で苦笑していたオルランディ中尉に、悔し紛れのボディブロー一発。


「・・・泣かされへんなや。」




――――――その一言が精いっぱいの強がりだった。
そう、実際には既に初日の邂逅後の面会で、それはもう散々に遣り込められたらしい。


曰く――――――




「鷹兄が生きていてくれたことは素直に嬉しい。
だが、しかし!」

「せやかて、・・・美冴かて機密部隊所属で行方も分からへんかったさかい・・・。」

「私は先月までずっと欠かさず月に一度、斯衛に消息確認を続けていた。
KIA認定されるその時まで続けるつもりだった。
生きているなら、一言斯衛に伝えれば良いだけの事ではなかったのかな?」

「う、ぐっ―――。」

「―――あまつさえ、今や私の中では黒歴史ともなった告白を、曖昧なままはぐらかして置きながら、再会早々先般の態度は如何なものか?」

「そ、そらやな・・・。」

「あの時、YesならYes、NoならNoと断言してくれていたらまだ割り切れたのだ。
煮え切らぬ態度のまま、逝ってしまったと思っていた私がどれほど悩んだか―――。
それを今更―――?」

「せやかて、こん問題には時間が必要で、オレかて整理しはる必要がおしたんや!」

「ほう・・・では此度随伴された山城嬢とは何の関係もない・・・と?」

「ぐ―――。」




――――――それからは優柔不断・不義理・下半身思考―――云々。
流石幼馴染の従妹、紡がれた峻険な言葉に一切の容赦がない。
弱点を重点的に、それはそれは盛大に詰られたらしい。
・・・今度、私もコツを聞いておく必要がありますわね。


「―――しかも終いには、上総に懐きよってェッ~~!!」


海に叫ぶな。


「・・・だから言ったではないですか。
私の存在は話を拗らせる、と―――。」

「―――アカン。
今のオレには、上総の存在なしに話を進めることはでけへん。」

「・・・あらあら。
約束の相手に振られたら、返す刀でそれですか―――。
だったら、その不貞腐れた態度を改め下さいな。
他の女の事で何時までも不機嫌でいることは、私に対しても不義理ですわよ?」

「・・・そやな―――。」


隣に立つ。


「・・・・・・本当のコトを、伝えなくて宜しいのかしら?
彼女に不義理だと思われているなら、その誤解を解いておくことも必要でしょうに・・・。
生まれた時、八雲の宗家を護るために、数時間違いで死産になった宋家の継嗣と入れ替えられた実の兄[●●●]であることを、あの時知らされた、といえば、それで済むのではありませんか?」

「・・・今更―――や。
ま、オレが悪モンになって、美冴が幸せになるならそれでいいんや。
所詮、3年前に煮え切らへんかった時点で、切れとったってことやろ。」


あらあら、未練たらたらですわ。
―――と言うか、それを伝えに来たのでしょうに・・・不器用だこと。


「・・・あら、オレの後を追いかけてきた美冴ではあらへん。」


強がりですね。


「・・・そうですわね。
帝都陥落以降、私たちはリハビリという苦行こそありましたが、逆にミーミルに拾われたことで衣食住は足りていた。
残された方々は、失われたモノを忍びながら、また別の地獄を歩んで来たのでしょう。」

「・・・・・・そやな。
故郷の喪失。
母の死に背を向け。
オレの死に目を逸らし。
只管訓練に打ち込み―――やけずっと空虚におったそないや。

ま、そらオレもおんなじ―――。

全ての時間に勉強ちゅう理由を詰め込むことで、逃避してや。
本当にしなきゃ行けへんことを忌避し、忙しさを言い訳に、やな。

それを・・・ビンタ一発で吹き飛ばしてくれたんが、上総やからなァ・・・。」

「当然です。
態度がちゃらんぽらんでも、多少女にだらしなくても赦しますが、己の矜持に反すなど、武士[もののふ]の風上にも置けません。」

「・・・結局、時間が必要やったんやろ、オレかて、美冴かて・・・。
これで良かったんやな。
昔の2人んままやったら、共依存になること請け合い、どっかで断ち切る必要やった。」

「・・・。」

「それが話しいてようわかった。
適々その切っ掛けが、美冴はアイツで、オレは上総やった、ちゅうことやな。」

「―――それで?
もし、彼女が逆に貴方を選んだら如何なされたのかしら?」

「勿論、娶るで―――上総と一緒にな。」

「あらあら・・・血を分けた実の妹と致せるなんて、涼しい顔をして鬼畜ですこと。」

「とゆーてもな・・・。
ちっさ頃から少なくとも性的好奇心バリバリん中坊までそのつもりだったんやで?
医師、助産婦、宗像の母と、八雲の宗主・・・オレと美冴の、真の血縁を証明出来るモンはとーに一人も居らへん。
戸籍上養子の記載もあらへんし、法的な障害は皆無や。
ま、知らされたときはビビりもしたやけ、美冴を大事に思っとるんは本気や。
碌な男がいーひんのやったら、傍に置くで。」

「・・・それは単なる保護者ですわ。」

「そないコトないて。
実際もしこんままBETAに追いつめられて、人類が二人きりになれば、オレは例え母であろうが娘であろうが、子を成すで。
寧ろ純血を保つちゅう名目で赤子の交換が行われ、ほんで養子縁組で血が濃くなるんは、武家にばまま在ったことやし。
先天障害にはちびっと気をつけなければいけへんが、今ならそこらん遺伝子操作も可能や。
そん時は躊躇やらなんやらせぇへん。

―――もしもや、オレが上総の兄やったら・・・それも可能性ん一つ・・・したら、上総は諦めたんか?」


無論私は宗像の父を知らない。
彼が物心付く前には他界したと聞く。
だが浮気な男だったらしい。


「いいえ、何も問題有りませんわ。
まあ、私は両親がしっかり判っているので、その可能性は皆無ですが・・・。
例え貴方が実の兄であろうと。
私も貴方と同じ、一度は四肢すら無くして死に瀕し地獄を見た身、恐れることなど何も在りませんコトよ。」

「頼もしいこっちゃ・・・宜しゅう頼むで―――。」


漸く機嫌が直ったらしい笑顔に、微笑み返す。
人類という種がまだまだ先を―――未来を紡いでいけるように。


Sideout





[35536] §108 2001.11.28(Wed) 21:00(GMT-5) ニューヨーク レストラン “Par Se”
Name: maeve◆4e73cb56 ID:56336505
Date: 2019/06/30 17:55
‘19,04,18 upload  ※ストックの3/4
‘19,05,11 誤字修正



Side マシュー・K・ジョンソン(国連軍宇宙総軍エドワード基地副司令・少将 オルタネイティヴ第5計画執行責任者)


ニューヨーク―――マンハッタン。
久方ぶりに訪れたこの街は、―――相変わらずだ。
ネイティブ・アメリカンから僅か$24相当で買い取った島の上で、1日に動く金額は計り知れない。
我が国の経済、と言うより世界の経済がここを中心に動いているのは最早厳然たる事実。
特にBETA禍以降の世界情勢から必然的に一極集中した頂点。
およそ59平方kmの島に犇めき空を劈く高層ビル群は、その全てを包含したこの国の豊かさの象徴でもある。
それと同時に過剰なまでに先鋭化された様々な欲望を満たすべく、ありとあらゆる享楽が存在する―――摩天楼の街[メガロポリス]
綺羅びやかな華燭と共に、混沌と退廃と、そして狂気すら孕む歪なエネルギーに満ちた空気が満ちていた。


―――にも拘らず、今の私にはそれら全てが空虚にしか感じられない。


前から観たいと思っていた評判のミュージカルも私の目にはすっかり色褪せ、熱狂する周囲の反応さえ疎ましく思えた。
ブロードウェイストリートの過剰な華やかさを煩わしく感じ、無理を言って予約を割り込ませたミヒュラン三ツ星、そのダック[メインディッシュ]でさえが砂を噛む様―――。
愛飲する[飲み慣れた]カリフォルニアワイン[オーパスワン]で辛うじて流し込む有様。

この巨大都市さえ浸食寸前の砂の孤島・・・寧ろ、切れる寸前の過電流に煌めく電球の様に思えて仕方がない。

此処1ヶ月間の激動・・・街が相変わらずなら、変わり果てたのは私自身―――ということなのだろう。





明日、オルタネイティヴ第4計画からの緊急動議要請による国連安保理非公式協議が、ニューヨーク[この地]にある国連本部で開かれる。
第4計画と同じ国連が推進する予備計画[第5計画]の執行責任者として、我が国の国連大使と共に出席するためにNYに来た。

喧騒を避けるため若干早くエドワーズ基地を発ち、此処の所の憂鬱に沈む気持ちを少しでも高揚させようとニューヨークの前夜を楽しむつもりでいたのだ。
そのHSSTに搭乗する出際にも基地参謀から動議書を渡された。
パラパラ捲れば第4計画の動議に難癖をつけて介入し、ただG弾の使用を推し進める暴案。
未だG弾を妄信し、何の工夫もなくゴリ押しするだけ―――断っても尚も熱く語る参謀に妙に腹が立ち、君は恭順派かねと聞いた途端、相手は忍黙った。
動議書を突っ返しながら、状況も読まず此処まで酷いのかと、米軍に蔓延った蒙昧のあまりの根の深さに辟易。


そして今、米国でも最高のレストランで、最高級のワインを呷りながら、また息を吐く。

ユーラシアを支配したBETAが次に狙うのは、北アメリカ大陸かアフリカ大陸か。
驕りでも何でもなく、米国が陥落すれば確実に人類は即座に終わる。
だが、G弾さえ使えればBETAの殲滅は容易く、問題となるのは事後荒廃するユーラシアに対しての国際調整のみ―――実際、ほんの2周間前までは私自身も先の動議書を持参した基地参謀と何ら変わらなかった。



オルタネイティヴ第5計画は謂わば米軍のG弾ドクトリンを世界規模で体現する国連の予備計画。
その原案は1988年時点で国連に提出されていた。
しかし新型爆弾で国土を荒廃させる可能性を恐れたユーラシアの国家が軒並み抵抗、否決された。
ドイツに落としたことによる核アレルギーが、G弾にも伝染した結果だ。
続けてオルタネイティヴ次期計画としても今の第4計画に遅れをとることとなった。
それでも移住可能なバーナード星の発見を機に、支配層を取り込む移民計画を補完することで予備計画としてゴリ推しし、承認される。
事実上1997年には並行して実動する第5計画として開始され、今に至る。
以来、私が主計画(バビロン作戦)を、副責任者が副計画(Nアーク作戦)を指揮してきた、

本来今日は、ここ[レストラン]に副責任者も居て、明日の会議に臨む対応の最終協議をする予定だった。
にもかかわらず、だ―――最近のニューヨークでトップクラスに予約の取れない三ツ星レストラン、その会談用特別席に独りぼっち。
西海岸に姉妹店を持つオーナーシェフと懇意にしてもらっている誼で、かなり無理を言ってこの席を用意してもらったと言うのに、さながら最重要商談[パワーディナー]をスッポカされた敗残者の様相を呈している。



ほんの1カ月前、国連内部で“年内打ち切り”が囁かれていた第4計画[横浜]は、この土壇場に来て驚くべき変貌を遂げた。
プラチナ・コードの公開、それを為した基盤OS・XM3の発表。
その裏ではXG-70Dの接収を要求してきた。
これは第4計画が目指した00ユニットの完成を意味するのだが、その時の最優先事項はXM3の調査・接収と危険分子の排除である、との急進派の主張を黙認した。
しかし結果的には仕掛けた謀略を尽く喰い破られることとなる。
ユーコンではAFTSの象徴とも言えるF-22EMDを全機撃墜され、同時にXM3の世界頒布が開始されるという軍に携わる者として有り得ない展開となった。
その裏で先走りした急進派の非合法攻撃[Black Ops.]をも完封している。
全てが失敗―――私のところには、その後始末だけが回ってきたのである。

今になって思えば、それらの謀略を黙認していたことが信じられないのだが、当時は第5計画の当面の障害である第4計画が邪魔で邪魔で仕方がなかったのは確かだ。
と言うのもその当時、第5計画や母体である米戦略軍は、10月の末に出回った2通のレポート、その火消しに忙殺されていた。
あと1ヶ月で障害が無くなり、計画が秒読み段階に入る直前での地味な嫌がらせ―――位にしか思っていなかったのだ。


そんな最中、日本帝国で突如発生したBETA新潟侵攻。
総数で30,000に近い、それなりに大きな規模だが、世界中の最前線ではよくある事象の一つに過ぎない。
しかしその規模の侵攻を人的被害無しで殲滅せしめたと言う事実は、正に前代未聞だった。
XM3というOSが戦術機全体を底上げしていることは言うまでもないが、それ以外にも見え隠れする常軌を逸脱した装備の数々―――、此処に至り漸く気付いたのである。
オルタネイティヴ第4計画がBETA諜報を目的に掲げる00ユニットの完成、つまりは鹵獲されたBETA技術の具現化可能性について―――。
無論、その事[鹵獲可能性]自体は以前から予測されていたが、現実に実用化するには少なくとも数年を擁すると見られていたし、様々な諜報でも第4計画が既にBETA技術を鹵獲した、という兆候は皆無だった。
しかし、考えてみれば横浜基地は横浜ハイヴの上に建設されており、その大深度地下には“生きている反応炉”が存在する。
00ユニットさえ完成すれば情報は取り放題という事実。
悪辣且つ極度の秘密主義で鳴る“魔女”・・・00ユニットの完成を宗主国にすら秘匿し、秘密裏に装備を準備していた可能性も拭いきれない。
寧ろその準備が揃ったことで、公開に踏み切ったとも取れるのだ。

勿論それらが所詮戦術レベルなら何をしようが歯牙にもかけない・・・が?
・・・まさか、横浜が発信源といわれ“香月レポート”と称される2通もそのレベル[BETA鹵獲]・・・?


そして、その時覚えた悪寒は数日後現実となった。



“於地球上G弾使用による大規模重力偏向と大規模潮位変動予測”、―――所謂“大海崩”を予測した、通称“香月レポート”。
当初単なるG弾のネガティブキャンペーンと見做されたその論文はしかし、検証すればするほど疑いのない驚愕の事実を突きつけてきた。
このレポートは全世界にばらまかれており、既に米国以外の著名な研究所や知識人は早急にその結論を検証し、明確に肯定・支持した。

そして2周間前のその日、厳密な検証を依頼していた国内の全ての研究所・研究者による最終報告があった。
そこでは検証した誰一人として、このレポートの正確性を否定できなかったのだ。

急遽その中の親しい者から詳細を聞いてみれば、唖然とするしか無かった。
国策とも言える第5計画に迎合しこのレポートが欺瞞だと言い張ることすら困難だと言う。
影響はない、と否定する結果を出そうとすれば、確実に設定の間違いを指摘されることは明白。
最早それは研究者としての資質さえ疑われかねないとか。
しかもその詐称が招く事態はユーラシアや極東の島国だけが被害を被るのとは話が違う。
祖国の、詰まりは自分自身の生活や社会に壊滅的な打撃を与える未来、となれば言わずもがな。
―――そのことを整然と理解させられた結果、辛うじて積極的な肯定はせずとも、否定することは出来ない・・・という事だった。



衝撃的事実[1ST IMPACT]―――。
私は初め混乱し、次いで足元が崩壊する錯覚に囚われ、全身が震える戦慄を覚えた。




どんなに少なく見積もっても、今人類を支える後方国家の2/3、通常高地に作らない農地に至ってはその90%以上を喪失する―――大海崩。
これでは例えBETAが殲滅できても、地球上で生存できる人類は幾許か。
今や既に米国以外では“G弾=人類自決兵器”と見做されるまでになっている。

一般米国民でこそ、政府のマスコミに対する緩和表現要請により、今もこのレポートが言いがかり的なG弾ネガティブキャンペーンと思っている者が多数派だが、米国でも知識層は急速に真実に気付きはじめている。
当然、最終手段としてはG弾使用もやむなし、としていた議会中間派は勿論、G弾使用の積極派さえ翻すように反対派に回りつつある。

未だ嘗て敵軍の上陸さえ許したことの無い米国本土―――、その半分以上を自らの行為で海に沈める悲劇が警告されているのである。
明確な理論に裏付けられた予測が在る以上、もはや使うと言う選択肢は、無い。

そしてそれは、我が軍が掲げる軍事ドクトリンの崩壊だけに止まらない。
―――即ち米国は今後侵攻してくるBETAを水際で殲滅する決定的手段を喪失した、という事実。
何が在っても“米国は大丈夫”という盲信が、粉々に砕け散った。


残された唯一の対抗手段となる戦術機、しかし現在全世界で可能な生産速度に対し、遥かに凌駕して増殖するBETA―――。
人類がじわじわと磨り潰されていくことは明白。
極論でいえば人類に残された道は、G弾による自決か、BETAによる滅亡か―――、その二者択一に他ならないという事を、私自身初めて認識した。




以来、オルタネイティヴ第5計画は混迷を極めている。

私の原隊でもある米戦略軍は、92年に核及びG弾を統括するために創設された部隊で、謂わばG弾ドクトリンの構築者であり、嘗て横浜での使用を強行した張本人で、当然第5計画の母体でもある。
BETAに対する最終的な防衛手段として統合参謀本部でも主流と言えた。
その、G弾信仰とも言うべき絶対的根拠が、たった一編の論文によって崩壊した。
当然内部の混乱も様々で、今朝の参謀に代表される只々未だにG弾に拘泥する者、無為に諦観し無気力なったり失踪した者、或いは未来を見据え早急な対策を求める者と様々であったが、実質的な対策案の模索は杳として進まない。


そして、その反動は図らずも第5計画の副計画に跳ね返っていた。

実は副計画も“バーナード星異説”というBETA汚染を示唆するもう1通のレポートによって、一部の支配層は既に計画から離脱していた。
しかしなぜかキリスト教恭順派の指導者[マスター]はバーナード星は“神の慈悲”と認めた―――そんな話があった。
真偽は不明だったが、実際各国の恭順派とされる支配層は、このNアーク作戦を変わらず支持していたため、寧ろ主計画が停滞した分推進された。
更にこの“G弾=人類自決兵器”による諦観や危機感の増大が生じ、一度は離反した支配層さえが一縷の望みを繋ぐように急激に戻り始めていた。



明日、第4計画が動議として何を提出してくるか―――、ハイヴ攻略作戦であろうというのが参謀本部の最終予測。
しかも安保理決議が必要な程のハイヴはそんなに無い。

対する第5計画は存続を問われた時、何を主張するか?
今の流れに乗り、何れにしても種を保存する “Nアーク作戦”は必須且つ重要と捉え、その展開を主張する方針を固めた。
統合参謀本部判断で今回の動議では、第4計画の提案に依らず、
1:第5計画・主計画は更なる地球環境への影響を見極めるまで無期限保留として存続
2:種の保存を目的に副計画の推進促進を確保する
ことを必達、と決議されていた。






だがこの土壇場、NYに向け出立する今朝の未明、それすらひっくり返った。
衝撃的リーク[2nd IMPACT]はやはり横浜[●●]から発信された。



カリフォルニア時間で早朝と言うかまだ深夜―――横浜で実施されていたXM3トライアルでテロが発生したとの報により叩き起こされた。
一部では第5計画の急進派が秘密裏に蠢いているとの情報もあり警戒はしていた。
そこに飛び込んできた驚愕の映像。
暴動と通信破壊を引き起こし―――その混乱に乗じ、恭順派のNo.2と目され、難民解放戦線[RLF]を率いる執事[バトラー]が単独で第4計画最高責任者を襲撃、その様子が恐らくはリアルタイムで全世界に配信された。
その時語られた内容のインパクトは絶大―――。

キリスト教恭順派の精神的支柱である指導者[マスター]が、実はキリスト教の教義をも蔑ろにし、BETAに組するような鏖殺者[ジェノサイダー]であることを暴露したのである。
難民解放戦線[RLF]が実際に行ったという難民虐殺情報も、一切否定しなかった。


その衝撃は客観的な事実を述べた論文“バーナード星異説”の比ではない。

私自身、猛烈な眩暈を起こし、芯が抜け落ち座り込むほどのショック症状を来した。

世間の反応も過剰と思えるほど激烈で、今日1日を経ずして既に巷で“恭順派”を名乗ることは、“人類総自決扇動者”と見做されるまでになっている。
敬虔なクリスチャンが多く、世相を反映してか恭順主義が一種のブームのように最大勢力になりつつあった分、指導者[マスター]の失墜は一種の社会的なショックを引き起こしていた。
これにより諦念や厭戦から恭順派に依った者さえ一斉に離反し、一方で本来の敬虔な“恭順主義者”は指導者[マスター] との関連を明確に否定し、“原理主義”とか“教条派”といった名称変更をし始めていた。
当然、副計画も“鏖殺者[ジェノサイダー]の罠”というレッテルが貼られている。
何しろ今回は副計画を変わらず支えてきた“恭順派”支持層が真っ先に全て離脱したのだ。
これにより教祖である“指導者[マスター]”がBETAを遣わしたのが“神”であり、神の救済とは鏖殺と等しいことを明確に肯定したことが裏付けされた事になる。
エドワーズを発つ時にはすでに国内外計画賛同者[スポンサー]が一斉に離脱しはじめ、その対応に追われる副責任者は、結局安保理会議に出られる状況ではなくなっていた。

私自身は恭順派ではなく、今回の暴露では本計画に影響がないため安保理優先、予定通り午後には独りニューヨークに着いた。
後にその意図に気がついたのだが・・・。

実は上官である米戦略軍司令官とCIA長官が近しいコトも、そのCIA長官と指導者[マスター]が懇意であることも知っていたし、今回のテロにCIAが何らか関与しているらしきことも薄々察していた。
飛行機の中で何度も記憶を掘り返したが、不思議なことに何時だったのか、何処だったのかも覚えていない。
それでも確かにその二人の紹介で副責任者と共に指導者[マスター]本人に会った記憶がある。
よくよく考えると、一部には国際的なテロ組織を擁しながら難民層のみならず我が国や欧州の支配者層まで取り込む“恭順派”―――、その多大な矛盾を抱えた在り方にさえ今まで何の疑問も持っていなかったことに驚愕しながら・・・。


因みに件の映像は執事[バトラー]が動き出したところで打ち切られ、襲撃の結末は不明。
情報部に入る連絡も未だ“調査中”であり、執事[バトラー]も第4計画最高責任者も“消息不明”とされている。
しかし現段階で国連側に緊急動議の中止連絡はない。
音に聞く老獪な執事[バトラー]をまんまと嵌め、隠し撮りであの言葉を引き出した“横浜の魔女”である。
恐らく明日の会議場には平然と出席してくることだろう。




・・・そもそも―――何時、何処から狂ってしまったのか。

―――そう、違和感はずっと在ったのだ。


衝撃的事実[1st IMPACT]に目が覚めたのか、はっきりと自覚したのは香月レポートを認め、G弾に疑義を覚えてから。
出席した第5計画内部会議のたびに感じたのは、BETAを駆逐する事よりも何故かバビロン作戦の実行そのものを目的とするような発言の多さ。
―――そしてつい最近まで何の疑問も持たず、それに流されていた自分自身にも・・・。

そこに例の衝撃映像[2nd IMPACT]―――。



今、オルタネイティヴ第5計画に残ったものがあろうか―――?
まるで進まない代替案の創出、画策した副計画の継続云々も未明の映像に吹き飛んだ。
表向きBETAの殲滅と種の保全を謳いながら、その実、人類滅亡の先導とも取れる2つの計画を擁する・・・それが今の第5計画なのだ。

これでは明日の非公式協議、話の流れ如何では第5計画の即時中止さえ在り得る状況。
―――まるで13階段を上がるに等しい。


それを象徴するように、このレストランに入った私に届いた[統合参謀本部]の出席者通知とただ一つの指示[オーダー]

“最大限米国に利する決着”―――。


確かに形式的には一国の上位存在である国連計画の執行責任者という立場―――。
決断を委ねられた―――というか、完全に転嫁されたのだ。

当然統合参謀本部にも“恭順派”の情報が入っている。
動議における対応の方向性は打合せ済みだったが、それが根底から覆った。
副計画の促進など言えるわけもない。
今更どうすればこの状況から“利”が取れる、と?
というか、この期に及んで未だナショナリズムを振りかざす最高司令部にも呆れる。

対応に当たるのは米国国連大使と、この期に及んで介入してくるCIAの武官だけ。
第5計画からの追加はない―――詰まりは既に“転嫁”を通り越して“尻尾切り”、要するに全責任を取れというコトであり、その傷を最小限に抑えるための、独り、か。


考えれば考える程、後のない第5計画、先のない人類、そして立つ瀬のない我が身・・・。
正に“敗残兵”―――か。

全てが色を無くし、味気なくなるのも当然だった。














「・・・スター、・・・ミスター。。」


唐突にソムリエから声を掛けられていた事に気づいた。。

かなり強引な予約であったため、隙間を埋めるような時間設定になったのは了承している。
正規の客が来たらしい。
一人で居ながら、嘆息と思索に暮れていたため、まだコースのプレートを2、3、ワインも1/3程残っている。
明日の状況次第では、最後のワインとなるかもしれない。
残したくはなかった。
だが退席、或いは席を換われと言われるのかと思ったら、そこは超高級店、隣を使用して良いかという確認だった。

プラントとブラインドで視線を遮り、二重のエアカーテンで音を遮断するパワーディナー用のスペースに、今はテーブルが2つ。
そこを非正規の一人で使っているのだ。
既にこちらは会合相手が来れない旨伝えてある。
無論キャンセル含め2名分の費用は支払うも、このクラスのレストランともなればお金を払えば良いというものではない。
今の専横は店に対する他の客の信用を損ないかねない。
これ以上迷惑を掛けたら、常連であるカリフォルニアの店からも疎外される。
―――嗚呼、今後その機会があれば・・・、だが。

当然、先方が構わないなら、と承諾した。



やがて現れたのは、純白のカッターシャツに漆黒のジャケットをラフに着こなす長身の男。
チラッと見えた袖口のロゴはアルマーミ。
相貌はまだ若いが、着る者を選ぶだろう服にも全く違和感なく、どこまでも自然な所作。
その姿は普通に見えるのに、時に深淵を覘き込んでいる錯覚に陥る、底知れず奥深い雰囲気を垣間見せる―――。


視線を移して、―――思わず息が止まった。

男がエスコートしてきたのは鮮やかなバイオレットの髪を結いあげた、深く青いイブニングドレスの女。
皴一つなくフィットしたホルターネックのドレスは、首周りから大胆に腰骨までサイドを断ち切られているため、
布を押し上げる暴力的なヴォリュームの円い側面が正面からでも目に入る。
胸の中心にはCの文字を対称に2つ重ねた小さな金のロゴマーク。
見事に縊れた腰から下、右は太腿の半ばまでそのしなやかで優美なヒップラインに完璧にフィットし、そこから広がるマーメードスタイル、左は高い腰の位置まで切れ込むスリット。
最高級の青真珠を彷彿とさせる深い照りと光沢を有する滑らかな風合いの生地は、優美で繊細なグラデーションを醸し、しかし光線の関係で時折ガータータイプの光沢ある白いストッキングを着けたその長い脚線を透かして見せる。
足元はそれを更に際立たせる透明素材の高いピンヒール。
二の腕までぴったり張り付く白のオペラグローブを纏う。
剥き出しの華奢な肩、覆うもの何もない滑らかな背中、歩く度覗かせる腰骨から脚への狭い領域、サイドから零れそうな膨らみ、それらの生肌は生地の色と対照的で、日に当たらない、ぬめるような白さ。
背の高いモデル体型と相まって、そのままニューヨーク・オートクチュールコレクションのランウェイに出てきそうなアバンギャルドで妖艶なドレスと容姿。

だが、超高級メゾンのイブニングに引けを取らない暴虐たる我侭ボディも、余分なアクセサリー[宝石]など必要としない小作りで端正なカメオのような美貌も、―――その全てを凌駕して強烈な存在感を放つのは、勁い意志を湛えて炯々と燿るその双眸―――。


「・・・まさか―――。」

「お食事中失礼しますわ、―――ジョンソン閣下。」

「―――Dr.香月・・・。」


現在公式にはMIA[消息不明]とされるオルタネイティヴ第4計画最高責任者、夕呼・香月がそこにいた。








仕組まれた?

―――だが、私が予約を入れたのは一昨日。
既に予約が入っているところに無理に割り込んだのはこちら。

とすれば単なる偶然―――?

確かにこの場に居てもおかしくはないスケジュールとシチュエーション・・・とはいえ、この広いニューヨーク、星の数ほどある数多のレストランで、ピンポイントで遭遇する確率など何という奇禍・・・。

相手は、第5計画を此処まで追い込んだ張本人である。
第4計画にとっては敵地とも言えるこの地で、連れ以外の護衛もなしに最高級とはいえ市井のレストランに出向く豪胆さ。
尤もここで激昂するのは只の八つ当たり、そう・・・、不思議と怒りは覚えない。

―――寧ろ、僥倖・・・?


話し掛ける間もなく隣のテーブルに1皿目のプレートと、ワイングラスが運ばれてくる。
ソムリエが男に確認させるボトルを見て、目を剥き、思わず声が出てしまった。


「ソレはッ!!、この店のワインリストに在ったのか!?」

「お構いなく、閣下―――これは、当方の持ち込みですわ。
そう言えば彼方、カリフォルニアワインは初めてね。
此方の料理に釣り合うの?」


問われた男は何も言わずソムリエを促す。


「・・・御心配には及びません、MIS.
Mr.より持ち込むワインを事前にお送り戴きましたので、オーナー指示の元、グリルではそれに合わせた特別な仕事[●●●●●]を準備させて戴いております。」

「・・・素材は基本米国産天然モノ、カリフォルニアワインの方が合わせ易いだろうからな。
テイスティング用も送っておいた。」


素材が、合うのなど―――、あたりまえだ。
―――と、言うか持ち込み!?
しかも、料理を合わせるためにテイスティング用含め事前に送っただとッ!?
そんなに前からの予約では、先の疑問も偶然としか思えないが、いまはそんなことどうでもいい。

何しろ出てきたワインはカリフォルニア・カルトワインの最高峰と言っていい銘柄―――スクリーミング・イーグル、1995年物の、“白”だ。
カリフォルニアでも比較的新しいこの銘柄[ワイナリー]、ファーストヴィンテージは1992年物であるが、それは赤に限る。
白が初めて出荷されたのは1995年、つまり白としてのファーストヴィンテージ。
元々白は蔵出し出荷時の値段こそカベルネの赤より安いが、その生産量は僅かに30~50ケースで赤の1/20程度しかないはず。
極少ワインゆえ既に殆どが消費され幻と化している。
一般の知名度こそまだそこまで高くないのに、マニアの間では既に争奪戦が激化しており、流通価格は赤の最近のビンテージですらもうすぐ10,000ドルに届く。
今、“白”の ファーストヴィンテージが出たらオークションで幾らになるのか、想像もつかない。
私ですら実物を見たのも初めて―――。

ソムリエが優雅に抜栓すると、それなりに年経た“白”だというのにそれだけで薫りが立った。
ワインを十分落ち着かせるために事前に送り、保存状態も完璧、というコトか。

形式通りのコルクの確認と試飲。

軽く頷くこの男―――彼方とは“漆黒の殲滅者[ダーク・アニヒレーター]”、彼方・御子神!


「わたくしもソムリエとして、得難き貴重な経験をさせて戴きました。
感謝いたします。」


サーブをしながらソムリエが言う。


「・・・そうなの?」

「・・・欧州ワインが絶滅した今、他に比べて相対的にカリフォルニアワインの価値が上がっている。
中でも、これはカルトワインの最高峰―――その名の通り女史[マニア]が拘り抜いて、半ば自分のために採算度外で作ったモノ。
著名なテイスターが過去の欧州産と比べても軒並み高得点を付けた出色のワイン。
極小の奇跡的テロワールで、更に面積当たりの収穫量を絞りに絞っているから凝集度が異様に高く、反面生産量が極端に少ない。
出荷価格は決まっているけど生産者とその周辺で消費するから、まず流通には乗らない。
女史と親交のあった先代でも白は1ケースしかゲット出来てない。」


プレートのセット、そしてワインのサーブも終わる。


「ふーん・・・。
そんなに稀少なら、折角だから閣下にもご相伴戴いたら?」


なん・・・だとッ!?


「・・・こう言ってますが宜しければ、少将[General]。」

「う、Um―――。」


例え相手が昨日の仇で明日の敵だろうと、ワイン通を自負する私がここで断るなんて有り得ない。





追加のグラスに淡い琥珀色の液体を満たし、一礼してソムリエが去る。


「では・・・そうね、人類の夜明けに[For Human Beings’Dawn]―――。」


Dr.の言葉に、軽くグラスを掲げた。





馥郁なる薫り、これほどまで凝縮されながら、何処までも切れを失わない鋭利な飲み口・・・。

―――それは・・・。

全てが虚しくなっていた私の味覚までに深い穴を穿つ、天上の一滴―――。




どのくらい時間が経たか記憶にない。

隣のテーブルは既に3つ目のプレートであるサラダが供されている。
ソムリエは極力会話に触れぬよう、この席にはワインの注ぎに来ない。
2人は料理の評価など軽い会話をしながらも、此方の空いたグラスには、御子神大佐が手ずから注いでくれる。
色を喪った世界で、そこだけ揺れる黄金色の液面を眺めるともなく眺める。


「―――Dr.・・・。」

「・・・何かしら?」

「・・・明日は対立することになるやもしれんが、ここでは素直に感謝を述べておこう―――ありがとう。」

「あら、そんなにこのワインがお気に召して?」

「ワインも無論言い表せないほど素晴らしいが・・・そうではない。
―――貴女のレポートが無ければ、地球に残されたこの貴重なワインを生む奇跡の土地さえ自らの手で海に没め、2度と作れなくするところだったのだな・・・。」

「・・・・・・。」

「今更なのは判っているし、貴国が甚大な人命と共に掛け替えのない数多の文化を奪われてきたことも承知はしている。
―――それでも尚、自らのことに置き換えねば、理解は出来ないとはな・・・。」


軍人として、BETA駆逐の為にユーラシアを潰したという悪名を残すことは気にもしていなかったが、考えてみれば無知故の人類の自決という取り返しのつかない銃爪を引かずに済んだのだ。
それには、敵・・・否、競争相手としても感謝して然るべきだろう。


「―――受け取りますわ。」


楚々と食事をしながら、嫣然と微笑む“魔女”。

そう―――。
自決を選ぶ道はない。
米軍は、この大地とそこに住む米国民を護るために存在する。
そして国連の計画は、BETAの殲滅を目指すもので、自滅を招くものであって良いはずがない。

それこそが、“最大限米国に利する決着”・・・そう決意しつつ珠玉を湛えたグラスを呷った。








この店のメニューはデザートまで入れれば9プレート。
一皿ごとの量を個人にまで合わせ調整してくれるので、1つ1つは軽く、テンポよく供される。
アラカルトはなく、基本プレート数の異なる2コースだけで、メニューそのものは似た感じだったが、流石に味確認用の希少ワインまで送られた特別なプレート、それを意識して素材や味付けが更に吟味されているのが素人目にも見て取れた。


「それで?、明日はどういった仕手で行くの?」


私が居る此処で、平然とDr.がそう口にしたのはプレート4がセットされた後。


「さァ? 出たとこ勝負なんだろう?
まあ、ちょうどここに最大の攻略対象が居るんだから直接聞いてみれば?
どうせ明日には見せるんだし。」

「―――それもそうね。
閣下―――。」

「・・・何かな?」

「凍結と接収と協力―――どれが宜しいかしら?」

「―――は?」


唐突―――とはいえ、その意味はすぐわかる。
凍結・接収か・・・どれも第5計画の事だろう。

主計画は、既に私自身にも実行する意思はなく、謂わば死に体。
副計画も、未だ頑なに固執する副司令が居るが、スポンサーにさえ見限られた今、先はない。

だが、何も残らない第5計画―――何のために接収する?


G弾[アレ]が欲しいので・・・。」


疑問を口にするまでもなく、接がれた言葉。
・・・ああそうか、と思い当たる。
既に提供されたXG-70に搭載されるML機関は大喰らい。
以前も先走った襲撃[海兵隊]の尻拭いに、秘蔵していたG弾の弾頭を提出した苦渋の記憶もある。
今となってはどうせ使えないもの、惜しくもない。
しかし・・・やはり大量にG-11[グレイ・イレブン]を必要とする作戦を提起する、というコトか。


「実のところ、私自身の決心は付いている―――霧が晴れた気分なのだよ。
しかし・・・、米軍という括りで見た場合、凍結や接収は抵抗が大きいだろう。」


第5計画は脇に置いても、所詮尊大な米軍のこと、穏健派の者にも自負やら面子やらプライドやら、面倒なモノがたくさんある。
国連軍も他の方面軍と異なり国連宇宙総軍は米国人比率が異様に高い。


「やっぱりね・・・、では協力、という形で第3国へのG-11[燃料]供与やG弾[アレ]の発射は可能?」

「・・・ちょっと待て―――何を言っているのだ?」


すっ、と彼が無言で眼鏡の様なデバイスを渡してくる。
促されて掛けてみれば、携帯式の網膜投影装置だと解った。
確かに網膜投影なら記憶にしか残らないし周囲にも見られない。
目の前に広がるのは数字の羅列。


「―――なんだこれは?」

「明日非公開会合で提示するG-コア[リアクター]・・・Amazing5[噂の機体]に搭載されたエンジン[心臓部]・・・ですわ。」

「!!―――Mw・・・。」


記載されたスペックは正に規格外。
出力はともかく、サイズとその燃費はML機関などと雲泥の差。
その出力だって、戦術機のリアクターとしては破格。
しかしこれが真実ならば、Amazing5[]の性能も納得できる。

―――これがBETA技術を鹵獲した横浜の力かッ!


横浜[アタシ達]は、これを使ってH-1[原巣]を殲滅します。
でもそれ以降、各地のハイヴ[]は基本当事国に任せるつもり。
実際今の我が国にそんな余力はありませんわ。
代わりに、G-コア[ジェネレータ]を配布したいのです。」

「!!・・・・・・。」

「原材料ストックの関係で、作れる数は468基のみ。
それ以上は向こう10年作れませんし・・・今のところそれ以上作る必要性も感じない。
勿論米国にも渡す予定ですわ。」


網膜に投影される資料を進めると国名と配布数の原案記載もあった。
最高機密に当たる超技術の配布・・・最初は信じられなかったが、やがて納得もした。
今の日本帝国にこの技術をずっと独占するだけの“力”はない。
XM3と同じ、独占したら日本帝国は全世界を敵に回し、結果的に立ち行かなくなるのは必至。
当然我が国だって柔硬表裏取り混ぜて、全力で獲りに行く。
建前は国連管理の配布、実際は相互監視による手間の削減とリスク回避、そして今回の動議における“対価”・・・か。
しかもその燃料は、極めて優れた燃費だとしてもG-11[グレイ・イレブン]―――。
今後G弾凋落により暴落したG-11[グレイ・イレブン]の争奪戦が再激化することも、また必定。
それは我が国も同じ。

ここに至って、この性能を受け取らない道はない。
戦術機を独自に開発するにしてもBETA鹵獲技術はすぐに模倣できるわけもなくサンプルが要る。
半面この技術の分配を望む以上、逆にG-11[グレイ・イレブン]の独占も事実上不可能になる。
しかも―――確かにこの性能ならハイヴ攻略の可能性は高い。
第4計画が昨日のトライアルで示した攻略戦術が俄かに真実味を増す。


だが、しかし―――。


「―――成程、ハイヴ[][]侵攻戦術は完成している様だが・・・開口門[入口] まで[●●]はどうするのだ?」


米軍とで現行装備によるH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略戦術の検討していないわけではない。
それこそ各所各部隊で実施していると言っても良い。
あらゆる想定でシミュレーションを繰り返しているのだ。
明確なことは、H-1[オリジナル・ハイヴ]の物量は何もその膨大な体積に限らないと言うこと。
広大な大地に無数に存在する光線族種―――その集中砲火を搔い潜り、如何に有利な開口門に到達するか。
実はそれこそが戦術機によるH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略の最初で最大の難関とも言える。

XM3は、確かに局地戦における光線級吶喊を可能にした。
数体の光線族種ならその3次元機動で躱すこともできるだろう。
しかし、数十体、数百体の光線族種に高空で狙われたらそれも叶わない。

H-1の場合それが可能なのは、重金属雲を十分に堆積させた後、G弾の集中運用で地表のBETAを殲滅させた時のみ―――、次の湧出まで約10分間クリアになる。。
無論地上BETAの掃討と反応炉破壊は別プロセスは必要となり、更にG弾の連続使用で反応炉が在る深度まで穴を穿つか、或いは大深度地下まで掘り進むバンカーバスターにG弾頭につけて地下で爆発させるかの何れか。
前者を実行するにはG-11[グレイ・イレブン]が不足しており計画当初は辺縁部ハイヴの攻略によるG-11[グレイ・イレブン]接収で増やす計画だったが、バンカーバスターの進化により、現状手持ちの弾頭数で破壊可能との試算が出ていた。、

軌道降下では第4計画が接収したXG-70が予定通りの性能を十全に発揮できたとしても、その出力から防げるレーザー照射は、恐らく数十体程度までであり、守れる範囲は最大2中隊から1大隊が限度。
つまり、受ける照射を突破できる範囲に散らすには、大規模な・・・それこそ世界を巻き込む陽動作戦が必要―――。


「それを協力頂きたいのですわ。」


―――そういうコトか・・・。

G弾が使えない今、バンカーバスターの代わりはXG-70に守られた第4計画がやるから、G弾集中運用の代わりを人命で贖え・・・と。

再突入による軌道降下。
国連宇宙軍と米宇宙軍が合同で当たるしかない。
H-1を対象にした場合、その生存率予測は―――5%以下だったはず・・・。
正直第5計画[私の一存]で決めることではないが、現状G-11を保有し今後の取得に影響する以上、無関係では居られない。

確かにそれだけの犠牲を支払えば、例え突入部隊でなくとも、H-1[オリジナル・ハイヴ]で接収されるG元素の配分を主張することは可能。
とは言え、示された期日は1ヵ月もない。
・・・無理、だ。
余りに性急すぎる。


「・・・我が国にはそこまで急がなければならない、差し迫った理由がない。」

「理由はありますわ―――。」

「・・・・・・。」

「来る12月16日、太平洋方面軍第11軍[ウチ]日本帝国軍[当事者]H-21侵攻作戦[鳴神]を決行します。
実は新潟への旅団級侵攻[この前の事変]的中[●●]した00ユニット[秘密兵器]が年明けに大侵攻[オオコト]があることを予測しました。
実際 H-21[]BETA数[存在数]は年明けに30万に達すると推定・・・飽和状態なのですわ。
そして奴らが目指すのは、―――横浜[地元]。」

「―――だから先んじて叩く・・・か」

「島嶼である H-21[かの巣]光線級[目玉]の被害を受けずに接近できます。
大規模支援無くも十分攻略可能―――。」

「・・・・・・。」

「但し、別の問題がありまして・・・。
00ユニット[秘密兵器]による調査の結果、ハイヴ[]の支配構造は従来言われていた“ピラミッド型”ではなく、H-1[オリジナル]を頂点とした“箒型”であることが判明していますの。
各地の情報は中央で一括処理、状況に対する対応は約2種間で全てのハイヴ[]に戻される・・・。
今回H-21[]を攻略することで、反応炉[]殲滅までの全ての戦術がH-1[オリジナル]に伝われば、19日以内に全世界で対処される。
―――人類の戦術を対策されないためには、対処される前に頂点であるH-1[オリジナル]を破壊する必要がありますわ。」


H-21攻略―――これは方面軍と当事国による地域戦だから、確かに安保理の議決を必要としない。
そこに一国の存亡に関わる差し迫った危機が在る以上、否応は無い。
結果的に影響が全世界規模に繋がるからと言って、今から国連憲章を変更し国際決議をすることも手続き的に無理。


「・・・日本帝国[お国]の都合に過ぎん状況に、世界を巻き込む、と?」

日本帝国[我が国]が占拠されたら、太平洋侵攻[]へのドアが開きます。」


・・・確かに状況は一気に切迫する。
G弾が使えない以上、防波堤は必須・・・。
しかし、H-1[オリジナル・ハイヴ]ともなれば人類の総力戦になるのは必至。
しかも、その損耗は最低でも半分―――軌道降下部隊に至っては7割以上持って行かれる。
今の人類に同じ規模の総力戦を再度仕掛ける体力はないのだ。
その乾坤一擲を、この時期に?
・・・最終的には賛同せざるを得ない・・・か?
しかし・・・その際の我が国民の犠牲は・・・。


「―――我が国には、拒否権[NO]がある。」

「・・・全世界規模の賛同が得られないのでしたら、方面軍[ウチ]当事国[関係者]のみで実行するだけです。」


ブラフを仕掛けても、涼しい顔。
その瞳には揺ぎ無い決意と意志。
統一中華とソビエト・・・成程G-コア関連の供与をちらつかせれば、あの2国なら簡単に釣れる。



・・・斯様の状況を、我が国は容認できない―――、か。

ハイヴはユーラシアにしかないのだ。
佐渡が本当に攻略できれば、今回の決議が否認されても統一中華や大東亜諸国と結託してH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略を狙う。

全世界規模の陽動や宇宙軍の支援なしに?


―――この態度、この自信・・・。
勝算が在るという、ブラフともとれる。
だが、もし本当にH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略が成功したら、何もしていない我が国にG元素の分配は無い。
それどころか、以降中国、ソビエト、EUと全てのハイヴ攻略に我が国は絡めなくなる。





プレート5のダックとカリフォルニア産和牛種のローストが運ばれてくる。
共にソムリエが新たなグラスとワインを持参してきた。
丁度、白のボトルは空いたところだ。
彼がシェフへの称賛を伝言してくれるよう話している。
何度か嘆声を挙げたDr.の反応を見るに料理とのマリアージュも完璧だったのだろう。
そこまでは望むべくもないが、ワインマニアとしてはこの単体だけでも夢のような僥倖と言える。

そして、これだけの“白”を用意したのだ。
肉に合わせた“赤”は、当然のようにスクリーミング・イーグル、1992年物だった。
初ヴィンテージでパーカーポイント99が付き、この新興ワイナリーを一気に世に知らしめた出世作。
ソムリエテストを終えたところで小首を傾げたソムリエに、彼が頷いたため、私のグラスも替えられた。



芳醇―――薫香そのものを凝縮したかのような液体に、濃香が鼻腔を抜ける。。
それが舌に触れた瞬間、じわりと滲み染み透る。


陶然―――。

白が天なら、赤は地―――か。

奇跡のテロワールが生む、その一献。


だが・・・そうだな。

天の雫も、地の恵も、それを抽き出すのは何時だって人の技―――。



「・・・・・・世界規模の協力があれば、確実に―――、墜とせるのだな?」

「―――問題なく。」


米国に・・・、こうして未だ平和な世界で享楽も望むままに居ると見えないものもある。
日本帝国を含め、BETAに蚕食される当事国には既に後が無い。
そこに僅かでも可能性があれば、迷うことなく実施するだろう。
ギリギリの覚悟を携える者に対し、後方国家の大多数の国民は今の平和が明日も続くものだと無意識に信じている。
そんな安定はもう既にどこにもないのに―――。
ここで血を贖わず、妄信する“自国の利”だけに執っすれば、[未来]は無い。


「・・・良い邂逅となれたようですわ。」

「・・・ああ、肚を決めねばならぬようだ。
―――ひとつ、いやふたつ程、訊きたいことがある。」

「・・・。」

「先に貴女はG-11[イレブン]の供与と、―――G弾[アレ]の発射と言ったが・・・それは?」

「言葉の通りですわ。」

「なッ!?、G弾[アレ]人類自決兵器[吊られたロープ]だと―――。」

「こちらをご覧ください。」


網膜投影に新たな資料が追加された。


「え・・・ Resonant-G弾[]?、―――ッッ!! これはッ!!」

「現在のG弾[アレ]に一部の改造を施すことで、広範囲のBETA[対象]の感覚器を破壊できることが判りました。
このRes-G弾[]地上500kmで爆発[HAGE]させれば、一切の地殻の重力異常[悪影響]を招くことなく、爆心[中心]から半径約840km内の地表に存在する全てのBETA[対象]完全無力[鎮静]化します。」

「・・・・・・。」


暫し思考が停止―――理解が追い付かない。




思い返せば確かに明星作戦の折、ハイヴ内で原因不明のBETA無力化が確認され、G弾の特殊効果として期待されたが、その後の小規模実験ではどうしても確認が取れず、未確認のまま放置されたと聞く。
それを・・・Resonant―――共鳴させることで効果を顕すというのかッ!
確かに第4計画の核はBETA諜報、00ユニットはその為の手段。
鹵獲したBETA情報にそのヒントが在ったというコトなのかッ!?。

だが、これは―――。


「・・・実戦証明[確認]は?」


網膜投影に動画が映る。


マイクロG弾[ミニチュア]ではこの通り―――HAGEによる大規模実証は、H-21[]で実施予定。
実際第4計画[ウチ]が所持する Res-G弾[]は試作したその1発のみ。
実戦の運用は多数のG弾[アレ]を所持し、且つユーラシア全土に向けて発射[デリバリ]できるのは貴国のみですわ。」

「―――そういうコトか・・・。」


気付けば、この魔女は支援が大規模軌道降下であるとは一度も言っていない。
これだけの装備、これだけの戦略を構築したのだ。
今の状況下、持って行き方次第では、本気で第5計画を接収し全てを第4計画の手柄にすることも可能だろう。
但し、当然弾頭を運ぶICBMは作成・運用含めて当然我が国の独壇場、帝国にその設備は無い。
数多の軋轢を抱えて自ら運用する事より、相手に花を持たせても委ねることを選んだ、という事か。


にしても―――完全に、して遣られた。


確かに、こんな超弩級の隠し玉[秘密兵器]があるなら、あのハイヴ潜攻能力を有する第4計画[オルタネイティヴ4]と当事国だけでも事は済む。
その時に得られるG-11[グレイ・イレブン]をサイクルすれば、時間は掛かるが個別にハイヴを攻略していける。
その攻略戦術を真似しようにも、Res-G弾の構造もハイヴ潜行戦術も、今は全てを第4計画が握る。
動議を明日に控え、第5計画にそれを覆す術はない。


そして、この出会いが狙いすました故意か、全くの偶然か定かではないが、外野や利害関係者がわんさか居る明日の非公式協議の場ではなく、さしで話せるこの場で切り出した。
重大性からも検討すべき項目の多さからも本来短時間で纏まるような内容ではない。
日程や、G-11[グレイ・イレブン]の分配方法や比率・・・各国の利害が対立する要素は無数にある。
ただし最終的にH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略に繋がるのであれば、動議そのものに他の理事国の否応は無い。
その上でG-コアもXM3と同じく分配するといえば、諸手を上げて歓迎する。
作戦執行のみ即時議決、攻略以降の配分や時期は継続議論、という決着が妥当であろう。
結局、第4計画にとっての懸案は、第5計画ひいては我が国との関係性に、どの選択をするか、ということに尽きる。
だからこそ、米国の覚悟を問われた。
もし、決断をしなければこの切り札を隠したまま、明日の会議を迎えたことだろう。


しかし・・・Res-G弾―――。

この発想が第5計画から出てこなかったのが返す返すも悔しいが、HAGEの実戦証明が為されれば、本気で地球上のハイヴ殲滅に目途が立つ。
先に魔女が口にした人類の夜明け[Human Beings’ Dawn]は皮肉でも揶揄でもなかった。
当然月面や火星の奪還も夢ではなくなり、人類の勝利に大きく寄与する。
そしてG-コアは宇宙空間の機動にも関わり、新たなドクトリンの方向性さえ見えてくる。


―――最早この話を蹴る選択肢は無い。
第4計画、ひいては日本帝国との関係修復は必須とはいえ、第4計画が複数のG弾を持たない現在、受けておけば、我が国はハイヴ攻略における主導的な立場を辛うじて維持できるのだから。
一部の急進派とCIAが私にも知らせず怪しい動きをしているが、ここは妥協すべきだろう。


「最後のひとつ・・・貴女は何故こんな提案を?
これだけの“成果”をもってすれば、接収しないまでも強制的に協力させることもできたはず。」

「・・・米国内にも第4計画[我々]の支持者は多数おりますわ。
そして何れにも属さない中間層や、そのことすら知らない多くの一般人も―――。
対立して、その全てを敵に回すより、自主的に協力戴いたほうが最大効率が良い・・・それだけです。
第4計画[我々]の最終目的は、飽くまで“持続可能な人類の未来”ですから。」


・・・それは、敵はBETAだけではないということ。
鏖殺者[ジェノサイダー]も、人類を総自決に追い込むG弾の運用方法もその定義で言えば敵である。
しかし逆に、米国民もまた未来を有する人類だという意味でもある。
その為に使えるモノは何でも使うのだろう。
悪名さえ微塵も厭わず、狡猾に、暴虐に、傲慢に―――。


「・・・明日の動議、どう言う決着になるかわからないが、少なくとも第5計画主計画[●●●]は協力させて貰おう。」

「あら、主計画だけですの?」

「・・・副計画の一部[不穏分子]ラングレー[CIA]までは目が届かないのでね。」

「・・・ご忠告痛み入りますわ。」


“強欲の魔女”の皮を被った、“孤高の聖女” ―――か。
前回の国連演説ではこしゃまくれた詐欺師にしか見えなかったが、さしで話してみれば、確かに稀代の女傑。
賭けるのは、面白いかも知れんな。

そう思いながら、私はグラスに残る芳醇な液体を呷った。


Sideout




[35536] §109 2001.11.29(Thu) 09:00(GMT-5) ニューヨーク国連本部 安保緊急理事会
Name: maeve◆4e73cb56 ID:56336505
Date: 2019/05/05 21:16
‘19,05,05 upload  ※ストックの4/4



Side 夕呼


国際連合安全保障理事会緊急動議―――。

本来正確には公式決議の準備協議である非公式協議を指す。
しかし全世界がBETAと言う脅威に晒されて以来、危急の非公開全体会合を慣例でそう呼んでいた。
協議の結果、公式決議に掛けられれば正式な番号が付き、決議自体は公開となるけど、そこでは説明や質問もなく、案件に対する採決を取るだけなので、1件当たり数分で終わる手続きみたいなもの。
現実の議論は非公開で行われる非公式協議の場で行われる。
通常の非公式協議では関連する当事国同士の予備協議など数日から2週間ほど掛けることもある。
しかし緊急動議に関しては,BETAに関する即断即決が必要な場合が多く、今回もたった2日の短期決戦で挑む。

議決に加わる参加国は常任理事国である米・英・仏・中・ソ、それに1987年に常任理事国入りした、豪、そして日本帝国。
尤も日豪には2007年まで拒否権は無いけどね・・・。
更に非常任理事国が8か国、2001年現在は、シンガポール、チェニジア、マリ、モーリシャス、ジャマイカ、コロンビア、アイルランド、ノルウェー。
非公式協議で議決に掛けるか否かを決定し、且つ決議において15か国中拒否権を持つ5か国を全て含む8か国の賛成をもって可決される。
と言っても既に、非常任理事国への根回しは済んでいる。
大東亜連合であるシンガポールには政府の方から協力を要請しているし、EU圏のアイルランド・ノルウェーもプロミネンスを通し、打診済み。

此方の勝利条件は神鎚作戦[Op.ミョルニル]―――オリジナルハイヴ攻略計画―――の議決承認である・・・けど、前回珠瀬大使に話した時とはかなり状況が異なっていた。


オルタネイティヴ第4計画の対BETA戦略―――つまりハイヴ攻略順序の変更と、実戦証明のため帝国技術廠にてRes-G弾を試作するに当たり、彼方と共に極秘に、そして初めて帝都城に登城した。
第4計画[オルタネイティヴ4]の発案以来、帝国政府との折衝は全て榊首相や鎧衣を通して居たから、その頃雌伏していた殿下に拝顔するのは初めてだった。
全部彼方に任せたかったんだけど、殿下たっての希望、といわれちゃ、ね。
そして円卓の置かれた会議室に通され、そこで待っていた殿下と目が合った瞬間、理解したわ。
しかも黙って敬礼したアタシに、最敬礼を返された。
無論、これが非公開の極秘会議だからこそ出来る仕儀なんだけど。
言葉など不要―――成る程、元のポテンシャル[極上の原石]御子神[ネイティヴ]長年手塩にかけた[磨き抜いた]だけある日本帝国の宝珠だわ。

そこで行われたのは緊急動議での最終方針を決める極秘会議。
当然試作するブツを明らかにした際は、薄っすらと涙を浮かべた殿下はともかく、榊首相・珠瀬大使・紅蓮大将にまで号泣されドン引きしたけど。
方向性は定めたものの最終的にはアタシと随伴する彼方に一任された。

何故ならRes-G弾の完成は、クリア条件そのものを大幅に引き下げる。
前哨戦となるH-21侵攻作戦[鳴神]をクリアし、Res-G弾の鍵材料[コア・マテリアル]となるG-6[グレイ・シックス]さえ入手できれば、統一中華と手を組むだけでもH-1[オリジナル・ハイヴ]を攻略できるからね。
その際問題となるのは、エヴェンスクに出現するという超重光線級のみで、安保理議決すら不要となる。
エヴェンスクには既に対策[ブリッジス]を打っているけど、念のためソビエトの協力は取り付けたほうがいいくらいのもの。
出現位置が判っているから、予め突入本体のH-1[オリジナル・ハイヴ]への再突入軌道を、軌道傾斜角の小さいギリギリ北緯40°を掠る極低緯度軌道にすることで回避可能である。
高度200km程度の低軌道であれば、エヴェンスクから見た地平線下を周回して喀什[カシュガル]まで行けるのだ。


―――故に動議に関しては、最悪のオプション:米国が拒否権発動し否決されても、何とかなる。



既に最大の当事者となる中国とソビエトの国連大使には昨日の昼間、珠瀬大使と共に極秘裏に個別会談を設けた。
勿論、両国ともBITA[傀儡級]が存在する懸念もあるし、国・個人的に妙な欲を出されても困るので、Res-G弾までは明かしていない。
が、賛成してもらえればAmazing5の心臓部及び関連装備を供与可能なこと、国連方面軍[横浜]と当事国だけでもH-1[オリジナル・ハイヴ]の高い攻略可能性を示唆し、否決された場合の協力を取り付けている。

昨夜、第5計画執行責任者には協力が必要、みたいに言ったけど、H-21侵攻作戦[鳴神]が成功すれば相当量のG-11[グレイ・イレブン]も手に入る。
以前極秘裏に譲渡されて中身[ G-11]を抜いたG弾を再度Res-G弾に改造することは難しいことじゃない。
神鎚作戦[Op.ミョルニル]では、開幕湧出後の光線族種殲滅と反応炉攻略後の汪溢BETA殲滅の2発しか使わないので、彼方のXSSTで事足り、ICBMも必要ない。

その会談自体、実は行動予測[MAcPro-III ]を使った出たトコ勝負の1点賭けにジャックポットした。
無論バビロン作戦の執行責任者が、副責任者のようなBITA[傀儡級]である可能性が低く、引き込めると判断した上で。
アタシとしてはどっちに転んでも三ツ星レストランのディナーを堪能できるんだから最悪外れても構わなかったんだけど。
なにしろ前回来た国連演説の折は折角のニューヨークだって言うのに、襲撃を警戒してホテルのルームサービスが精一杯、だったのよね。
ちなみに今回は、アタシのドレスコーディネートも、ヘアを含めたメイクアップも全て彼方の手配任せ。
狙われる可能性がないわけじゃないのに、そんな気配を微塵も感じさせないエスコート。
あとで聞けばCIAが張り巡らせたサイバーネットによる個人探査システム、その裏を掻いて、入国審査から市中の防犯カメラ映像まで、電子的に完全欺瞞していたらしい。
入国時システム側ののアラートチェックを外して一般人に成りすました。
[CIA]側は司令する[HQ]がターゲット認識出来ていないのだから、手足[実行部隊]は動かない。
CIAがアタシ達の入国に気づいたのさえ会議開催時間的におかしい、と再検索を掛けた12時間後と聞いた。
その際にコチラ側の瑕疵はなし。
ハッキングの痕跡は残してないし、飽くまで単なるアラートシステムのバグによる取りこぼし、としか説明のつかない状況。
パスポートと顔認識による自動サーチを逆手に取り、一度通過させたてしまえば後はフリー。
念の為、バレるまでは撮影映像を光学迷彩で微妙にデフォルメ、肉眼でも判別できない加工をしているとか言ってたけど、なにをすればそんなコトが可能なのかは知らない。
何せ電子機器に関しては00ユニット同等以上のハッキング能力を有する存在。
結果さえ出るなら過程なんてこの際無問題。
お陰で中ソの極秘会合の済んだ午後からは、た~っぷりとセレブ気分を満喫させてもらったわ。

レストランの仕切り、特に相手が無類のワイン好きなのを調べて仕掛けたのも彼方。
そういえばこっちの御子神[ネイティヴ]は、個人でも色々と世界的な特許を持つ金持ちで、相当な個人的備蓄と共に、シャノアを通して世界中にコネクションを持っているんだっけ。
それを“記録”だけで相手に一切の違和感を与えることなく使うんだから確かに魂魄と思考は一緒、というコトか。
当然元の世界でもいろいろ[同じような]経験があるらしいし。
そんなだから料理もワインも最高に美味しかったし、それなりの話は出来たので、一応第5計画の執行責任者の協力は得られるでしょう。
情報は貰えた上に、無駄な手間は省けるから上々ね。
勿論米国としての決定は第5計画執行責任者一人の裁量で決められる事じゃないからこの後どう転ぶかわからない。
ま、米国の上層部がそこまでおバカじゃないことを望むわ。



白銀や鑑の経験した前回のループ。
残念ながら00ユニットとしての鑑は既に失われていたから詳しい数字は不明だけど、白銀の記憶によれば“桜花作戦”の支援に回った世界全体陽動作戦の損耗は、40~60%と聞く。
“桜花作戦”そのものの損耗に至っては、一緒に宇宙に上がった国連含む軌道艦隊は文字通りの全滅、つまり絶滅状態。
光線属腫は投下されたAL弾を選択的に照射せず、一方今まで対象から外れていた再突入軌道にある再突入駆逐艦にまで照射をし始めたと言う。
集中砲火を浴びたXG-70dを降下させるために、全ての再突入艦がその盾となり、虚空に散った。
それだけの犠牲を払ってH-1[オリジナル・ハイヴ]に突入したA-01とA-04。
結果的に重頭脳級撃破に成功したものの、生還者はたった2名・・・。
一足先に再突入した米国軌道艦隊も最終的な残存戦力は、10%前後だったらしい。


この記憶と、それに抗い続けた先で彼方の見出したRes-G弾は、膨大な損耗を大きく減じることができる。
米軍のICBMが必要なのは、神鎚作戦[Op.ミョルニル]本体ではなく、全世界規模の反抗作戦を仕掛ける時の、辺縁部陽動を行う部隊支援。
ICBM支援がない場合、損耗は白銀の記憶にある惨憺たる数字。
人類そのものの犠牲を減らし、世界の天秤を傾ける希望とするには、あまりに比重の大きい数字なのよね。
加えて米からの支援ICBMは地理的に動かし様がなく、しかも高度が1,500kmにも達するため、確実に超重光線級の照射範囲に入る。
勿論SLBMの運用も可だが、これも結局は弾道弾なので発射後高度1,000km以上に上昇する。
となると照射可能範囲はエヴェンスクから3,000~4,000km圏であり確実に避けられるのは欧州、中東・西アジア方面だけとなる。
最悪帝国軍が参加するであろう鉄源ハイヴ[H-20] の支援すら危ういって訳ね。


そのためにも第5計画の協力と、ブリッジスの活躍を期待するしかない。

ま、何を言おうと現状米国が持つ国力が、頭2つも3つも抜けている事は否定できないのよね。
完全にハブっちゃうと、別件含めて色んな意味で問題が出てくる[面倒くさくなる]のは必至。
可能な限り取り込むに越したことはない、と言うのが帝国首脳含め第4計画サイドの結論。

結局、最大の懸案は米国の出方のみ―――。
ホント、ガキ大将[ジャイ〇ン]のあしらいは頭痛いわ。







迎えた非公式協議―――。
理事国の国連大使に欠席者は、いない。
各国の背後に補佐として十数人の関係者が着いている。
つまり議場は満席だった。


今はまず、第4計画の得た成果として、例の会話ログを流しているところ。
内容は前の世界での白銀の記憶を音源化したものだが、過日に於いて喀什辺縁部からXM3試験部隊が潜入し、試作型00ユニットを用いて上位存在に接触した、という事になっている。
現実的課題のスタブ突入に関しては、ハイヴ拡大の過程で丘陵部にてモニュメントから死角となる開口門が偶々発見されたため、急遽実施された威力偵察としている。
無論、その後丘陵はBETAに削られ、既に現在は潜入不能―――と言う設定ね。
帰還機体が1機だけでも、GPSデータを偽造して客観的信憑性は補足してある。
00ユニット以外では偽造できない規模だけど、元々スタブ内部では観測できないから本来完全なんていらない。
もっとも実行者が白銀という事で、そこに疑問を挟むものはいなかった。
白銀の雷閃[シルバーライトニング]”ならH-1[オリジナル・ハイヴ]だろうと単騎脱出くらい出来ると思われているらしい。

むしろその信憑性に疑問を持たれなかったのは、その衝撃的な内容からだろう。
初めて聞いたとき、アタシだって疑問を持たなかった。
地球の現況を何よりも如実に語る、その存在。
珪素系生命体の創造主や、人類の抵抗を重大災害としか捉えていないその在り方。
余りに人間離れした感覚が、直感的に完全に異質な相手を認識させてしまうのだろう。


で、その音源が途切れても、会議場は静まりかえっている。
重金属雲も斯くやと思うほど、重苦しい空気。



「・・・しかし、これは・・・」

「絶望的ではないかッ!・・・」

「これが・・・オルタネイティヴ1以降、30年もの年月と莫大な犠牲を支払って得た結論だと言うのか―――。」


一人がごちると、悲壮な意見とも言えない感想が噴出する。
次いで・・・。
禅問答のような質問が延々と続く。


「―――上位存在、いや創造主とやらに、人類が生命であるという認識を与えることは出来ないのか?」

「存在基盤が異なり過ぎます。
創造主は、珪素を基盤とする自己増殖・散逸型の生命。
少なくともその発生も、進化も、生命としての概念も、全く異なると想像できます。

・・・いえ、炭素系である人類には想像すら及ばないかもしれません。
例えれば、地球が生命体である、と言うようなものかと・・・。
地球が生命と言われて我々は直ぐに納得出来ますか?
そして地球が生命体で在った場合、地球にとって、人類など自分の表面に発生したタンパク質の泡のようなもの、良くて細菌でしょうか。
相手は数億年を生き、更に寿命さえ見えないイモータル。
そんな存在にとって、人類など気まぐれで作った寒天培地に、勝手に繁殖した雑菌のようなものです。
現実的に、この会話からは創造主が地球にも炭素系生命の礎を蒔いた、とも解釈出来ます。」

「・・・人類を含む地球生命の創造主、正しく”神”である可能性もあるというコトか・・・。」


更に会場がザワつく。


「地球生命の起源はこの際、置いておきますが、創造主は神では在りません。
神の概念にもよりますが、少なくとも人類を守り慈しむ存在ではない。
科学者が要らなくなった培養地を廃棄し、リセットしようとしているようなものです。
もし、人類の細菌学者が廃棄する寒天培地の細菌に自我を持つ知性があることを見つけた時、どうするでしょうか?
但し、ライフサイクルが極端に違うので、細菌は1時間で世代交代しますが・・・。」

「・・・なるほど、創造主からすれば知性は認めても継続したコミュニケーションすら取りようもなく、その意味もない、と。」

「興味を持つ可能性も皆無では在りませんが、創造主はBETAも送りっぱなしでしょう。
現実に彼我の距離が数千万から数億光年離れている可能性もあり、もし興味を持ちBETAを止める判断をしたところで早くて数万年後の話になります。」

「創造主そのものの対処は、考えることがそもそも無意味、か。」

「はい。
逆の可能性としては、本体のある恒星系の寿命が尽き、創造主が既に存在しないことも在り得るのですから。
無論、母星系消滅にすら対処している可能性も。
けれどそんな宇宙の果ての事象に何ら関係なく、我々は“現在”を生きています。
細菌が、我々の知らないところでも生きているように、すでに人類は創造主の手を離れて進化しているのです。
理不尽に廃棄されるのを待つ謂われは在りません。」

「・・・そのためにはBETAを駆逐する必要があるのだな。」

「しかしBETAは炭素系生命であろう?」

「いえ、創造主にとっては上位存在を含め、資源回収用の作業用ロボットに過ぎません。
材料が金属やプラスチックではなくタンパク質というだけで。
そして我々に取ってすら生命とは言えません。
自由意志を持たず、ただプログラムされた資源回収をするだけの存在、それはロボットとしか言えないでしょう。」

「だが、あの会話が成立しているが?」

「人工知能でも思考は可能で、会話は出来ます。
彼我の区別は付いているので、仮初の “自意識”は持っていると考えます。
BETAで言えばあ号標的[重頭脳級]・・・今後H-1[オリジナル・ハイヴ]の反応炉をこのように称しますが・・・この個体だけがそれを持ちます。
横浜の反応炉には、存在しません。
“生命”という概念は、実はあやふやで正確な定義は在りません。
しかし問題は、我々が如何に策定しても、創造主の認識、つまりはBETAに組み込まれた定義を変えることができない、というコトです。
上位存在と似非禅問答しても状況は何も変わりません。
BETAは決められた命令に沿って行動しているだけの存在―――ロボットですから。」

「・・・むぅ・・・」


この議論になると何時も思う。
抑々現在の生物学や生物物理学においては、生命の定義そのものが明確には定まっていない。
タンパク質とレトロウイルスの境界は曖昧だったりする。
そして地球人的に生命活動と呼ばれるものは、基本的に炭素系生命体固有の事象であり、創造主のような非炭素系生命体は含まれない。
更には一般論や宗教観、哲学・神智学まで絡んで、定義を定めようとすればするほど境界がぼやけてくるテーマだ。
上位存在の問いに在るように、未だ明確な解に至っていないのだ。

“母生命(根源)を礎とする魂魄と結合した、基質を問わず自我を有する散逸自律体を生命と言う”―――彼方の言う生命の定義。
それは母生命や魂魄の存在を肯定した一種神智学じみたかなり荒唐無稽な解釈とも言える。
しかしこの定義に沿えば、人も創造主も、幾つかのテストで自我が確認されたアナスタシアでさえ“生命”となり、一方で自律行動をするロボットや一般的なAI,そしてBETAも“非生命”と分類される。
また“自我”の定義により、その範囲も拡大する。
“自我”の概念には当然自己と他を区別する境界を含み、本能的な欲望である自己増殖(複製)を有すると解釈すれば、細菌やウィルスさえも生命に含まれる。
寧ろ彼方の推論では、一塊のDNAやRNA、謂わば一種の蛋白質に過ぎないレトロウィルスに自己増殖や進化を促すスイッチ[●●●●]こそが“魂魄”との結合らしい。
対してBETAを生産する―――そのスイッチは自然発生的なものではなく、プログラムに従った他己による操作なので、結局は生命の範疇にない。

と言ったところで恐らく上位存在にはそんな概念はないし、創造主に有るか否かは論じることすら意味がない。


「先ほども説明したように、創造主にとって人類など、人類にとっての細菌と同じ。
我々は細菌を生命体と認めながら、その謂わば生存権を尊重していますか?
我々が細菌を認識したのは、病気の原因となるからであり、むしろ殲滅の対象でした。
無論酵母や乳酸菌のような有益な細菌も存在し、積極的に利用してきた事も事実です。
有用なら利用し、有害なら駆逐する―――創造主にとっての人類の認識は、その程度の存在でしかないのです。」

「・・・つまり、例えBETAとの意思疎通が出来ても、少なくとも和解は成立し得ない、と?」

「命令を履行するだけの存在には、和解という概念がありません。
ロボットと何を和解するのですか?」

「結局、全戦力を以て対峙する以外に道はない、と言うのだな?。」

「会話ログを解析した結果、第4計画[オルタネイティヴ4]としての結論は、―――それ以外あり得ません。」

「「「「・・・・・」」」」


再び議場を沈黙が埋める。
どう転んでも覆らない“現実”を漸く認識したかしら・・・。
はぁぁ・・・くっだらない質問バッカ。
自らの想像力・理解力の欠如を晒してどうするんだか。
全く、これだから国際会議はやんなるわ。
ほんとッ、文官の頭の固さに辟易する。
余りに絶望的な事実からどうにか逃避しようとするのも分からないでもないが、もう少し冷静に現実を把握し、理性的に思考できないものかしらね。



「―――それでは、質問もないようなので、動議本題に移ります。
第4計画[オルタネイティヴ4]によるBETA諜報の結果、人類の置かれた状況は斯様にも厳しいことが判明しました。
そこで第4計画[オルタネイティヴ4]は現在まで得られた情報を元に、“対BETA戦略の構築”を推進してきました。
こちらをご覧ください。」


空間に浮かび上がったのは、全ハイヴの内部構造を示す3次元マップの立体投影。
勿論全世界初公開、その精度に幾つかの嘆声が漏れる。


「過日完成した正規版00ユニットによって、現在地球上に存在する全ハイヴの精査が行われています。
また、この精査や先のログにより、ハイヴの支配構造が従来言われていた“ピラミッド型”ではなく、先の重頭脳級を頂点とする直接支配、謂わば“箒型”であることも判明しました。

嘗てオルタネイティヴ3の対BETA陽動効果実証実験にて推測されたように、BETA個体の持つ情報は各反応炉の通信によって重頭脳級に集約され、2週間程度で対策が検討され、通信により各反応炉にフィードバック、更に5日以内には各ハイヴから全個体にいきわたることが確認されていました。
その際今までは、辺縁ハイヴから順次内側のハイヴに伝達されると考えられていましたが、今回の調査により各ハイヴの反応炉には、周辺の存在する能動BETA群、及びH-1[オリジナル・ハイヴ]に存在するあ号標的[重頭脳級]との電波に依らない直接の通信機能が存在することが確認されました。
先程のMAPは、横浜よりあ号標的[重頭脳級]の通信をハッキングし、そこから各ハイヴの状況を調査し作成したもので、この間には複雑な情報を伝達し得る通信システムが存在します。
一方で各BETAからハイヴへの無線通信は、存在を示す等の簡単なモノしかなく、人類との戦闘において、得られた複雑な内容の情報等は、各BETA個体からエネルギー補給時に接触による循環体液の交換によって伝達されています。

つまり人類がBETAを駆逐するためには、活動エネルギーを生産しているハイヴの殲滅が必要となりますが、今までの戦略のように辺縁ハイヴより攻撃した場合、その情報はあ号標的[重頭脳級]に集約され、解析による対応策が検討されたのち、各ハイヴに通達、順次末端BETAに伝達されるるため、次のハイヴに対し同じ戦術が取れなくなることとなります。
しかし、逆に考えれば、あ号標的[重頭脳級]さえ完全に撃破してしまえば、地球上に存在する全てのハイヴ攻略が可能になるというコトに他なりません。
故に、可及的速やかにH-1[オリジナル・ハイヴ]を攻略し支配構造の頂点であるあ号標的[重頭脳級]を破壊することこそが、人類勝利の肝となります。

以上を鑑み、第4計画[オルタネイティヴ4]からの緊急動議として、本年12月24日にH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略を目的とした“神槌作戦[Op.ミョルニル]”の発動を具申させていただきます。」


再び議場がザワつくが、そう大きなものでもない。
BETAの支配構造に関しては初出だが、提案内容はある程度予測していたのだろう。
珠瀬大使によれば、元々全世界規模の反抗作戦が必要であることは内々協議され準備も始まっていたという。
その一端は勿論第5計画派の突き上げであったが、例のレポート配布以降はその戦略が定まらず迷走していたとか。


「こちらに作戦の概要を示します。

―第1段階
  ユーラシア大陸の前線を押し上げ、BETA支配圏外縁部の全ハイヴを同時攻撃し陽動。
―第2段階
  オリジナルハイヴへ反復軌道爆撃後、地表に湧出したBETAを殲滅。
  突入国連軍本隊・米戦略軌道軍が目標開口門へ降下。
  米軍部隊は第2制圧目標『い号標的[特殊物質精製プラント]』を目指し、本隊は最下層『あ号標的[重頭脳級]』を撃破。
―第3段階
  あ号標的[重頭脳級]撃破から2時間経過後、周辺部への汪溢BETAを殲滅。

―――以上のプロセスとなります。」

「・・・全世界規模の陽動は理解する。
観測された箒型支配の頂点がH-1[オリジナル・ハイヴ]であるなら有効であろう。
・・・しかし、いきなりH-1[最難関]を目標の反抗作戦・・・か。」

「ハイヴの支配構造が正しいなら仕方ないとはいえ、難易度が格段に跳ね上がりますな。」

「Umm―――。」

「成功の見込みはあるのかねェ・・・。」

「・・・第2段階・第3段階にある地表湧出BETAの殲滅とは、具体的に何かね?
随分簡単に表現されている様に思うが・・・」

「G弾―――、による湧出BETAの無力化を行います。」

「「ナッ!?」」「「・・・は!?」」


あっさり応えれば、一瞬で議場には疑問符が満ちる。


「―――ふ、フザケるなぁッ!!
G弾の使用が“大海崩”を招くコトを予測したのは、香月博士、貴女ではありませんか!?」


叫んだのは米国国連大使。
次いで渦巻く怒号。
喧々囂々―――。
非公開会合は勿論非公開で議事録も取られず、関係者の出席も特に規制がないから大抵荒れるらしい。
けど荒れる議場すら、この次の反応を思うと心地よいわね。
その喧騒にも口元に微かな笑を刻み、全てを涼やかに受け流す。

次のスライドが示された。
示されるのはHAGE[高高度重力爆発]のCGアニメーション。
宇宙空間から俯瞰する地球の実写映像に、突如出現する黒い太陽と拡散する黒い衝撃波―――。


「「「な・・・!?」」」

「・・・このように、高高度重力爆発―――HAGE[High Atitude Gravity Explosion]という運用手法を執ります。
起爆は地上500km上空の宇宙空間、発生する乱数重力効果域は遥か上空ですので、勿論地殻への重力偏重効果は微塵も在りません。」

「・・・馬鹿な!!
多重乱数指向重力効果域が全く意味をなさないではないかッ?」

「そんな攻撃に何の意味が!?」

「この特殊なG弾が爆発時に放射する崩壊重力波[Gravitic Disintegration Pulse]には、爆心から約1,000km以内、地下100m程度までの、全てのBETA[●●●●●●●]を無力化する効果が在ります。
即ち高度500kmで起爆する場合―――地表での効果範囲は、凡そ半径840km以内。
そして、この崩壊重力波[Gravitic Disintegration Pulse]は範囲内の地球環境をはじめ、人体や電子機器等に如何なる影響も及ぼさ無いことも確認されております。
勿論、使うのはその効果を高めた特殊な弾頭―――“ResonantG弾”を使用します。」


言葉の意味を理解したのか、喧騒はざわめきにかわり、それも徐々に静まり返る。


「―――地表半径840km圏内・・・だと?」

「・・・ほ、本当にそんなことが可能なのか―――?」

「地殻に影響を与えない極小規模の実験検証は、この通り―――。」


呻くような問に、更に捕獲BETAに対する実験映像を示す。
小さな起爆により画面内で距離の近い檻内のBETAのみが停止した。
停止した個体は突いても叩いても反応しない。


「検証規模での効果範囲は、このような近距離に止まりますが、BETAを行動不能にする原理も推定されております。
謂わば、核爆発におけるEMPのようなモノだとお考え下さい。
G弾の起爆時に発する崩壊重力波[Gravitic Disintegration Pulse]は、―――BETA特有の感覚器を破壊すると推定しています。
一旦感覚器を破壊されたBETAは自己修復ができず、一切の動作を止めたままエネルギーの枯渇と共に活動を停止することが確認されております。」


BETAのみに効く広域大量破壊兵器―――。
物量を最大の武器とするBETAに対する理想的な殲滅を可能とする人類の夢、その実現。

沸々と湧いた呟きや唸りは、やがて叫びや慟哭・歓声と変じ、遂に議場は爆発したような騒ぎとなり、議事は一時中断された。


―――ま、仕方ないわね。













「年甲斐もなく興奮してしまって申し訳ない。
しかし・・・素晴らしい成果、偉業を成し遂げたとしか言いようがない!
国連を、・・・否、全人類を代表して礼を述べよう。」


どうにか場を収めた議長が言葉を紡ぐ。
が、変なフラグは立てないで欲しい。


「・・・その言葉は、作戦の完遂までとっておいて下さい。」

「Umm・・・では改めて質疑を再開させて頂くが―――この効果は既存のG弾には存在しないのかね?」

「既存のG弾にも存在します。
嘗て唯一G弾が実戦使用された明星作戦でも爆心から一部範囲のBETAに行動不能が観測されています。
お手元の添付資料にその一節を記してあります。
但し、我々の検証の結果、既存のG弾の場合、横浜で使用された規模であってもその効果は空気中で最大10km圏内と推定され、ほぼ多重乱数指向重力効果域による破壊とほぼ被る範囲に留まっています。
そのため、地下以外では明確な確認が困難となっていました。」

「・・・つまり、Resonant [共鳴]・・・と呼称される特殊な改造によって効果範囲を大幅に拡大することに成功した、と?」

「はい。
詳細は申し上げられませんが、その効率を高めたことにより、地殻に影響を与えない高高度爆発という運用方法を可能としました。」

「その“Res-G弾”で地表のBETAを一掃し、その間に突入部隊が開口門に軌道降下ができる・・・、という理解でいいかね?」

「はい。
残念ながら先程述べた様に、この崩壊重力波[ Gravitic Disintegration Pulse ]は地殻透過力が低く、地下100m程度までしか効果を持ちません。
しかし地上ではRes-G弾により凡そ10分間、レーザー照射が存在しない空白時間が得らると予測されています。
その間に突入本隊が軌道降下しスタブに侵入、反応炉であるあ号標的[重頭脳級]撃破を目指します。」

「―――突入からは、昨日の横浜トライアルでも示されたデモンストレーションに繋がる・・・と?」

「その通りです。」


背景にA-01のV-JIVES映像を流しながらスライドを示す。


「・・・そして―――こちらが、過日新潟防衛戦で実戦証明致しました、ハイヴ潜行装備の概要になります。」


配布用G-コアのスペックと付随する電磁投射砲筒をはじめとする装備の数々。
無論、本当の意味での切り札となる森羅やIRFG等には触れていないけどね。


「Umw――――――、これが、あのAmazing5の心臓部か・・・。」

「・・・第4計画の得たBETA鹵獲技術―――これほどのモノとはッ!!」


基本文官とはいえ、補佐には軍関係者や技術担当もいる。
ざっと示すスペックだけでも現行の戦術機と隔絶しているのは、見ただけでわかるわよね。
それにしてもBETA鹵獲技術―――便利な言葉だこと。
横浜に於けるBETA鹵獲技術は、人ゲノム情報とそれを基にした再生関連の技術が主。
G-コアに関しては彼方が反応炉内部のG-11[グレイ・イレブン]の使い方を参考にしてるからあながち外れとも言えないけど、元はと言えばG元素周りの構造情報理解が比重は高い。
此方はBETA鹵獲技術なんて一言も言ってないんだけど、勝手に解釈してくれたお陰でG元素の情報[最重要機密]を全て伏せて置ける。


「―――これら装備の根幹であるリアクター、通称“G-コア”は、素材の残存限界により、最大生産数が468基―――、現状生産数も週に3基が限界です。
来月半ばに漸く今回の作戦実行必要数が揃う予定になっています。
しかし、神鎚作戦[Op.ミョルニル]完遂の暁には、続く世界中のハイヴ殲滅に向けて、各国に順次供与することを検討しています。」


議場がザワリと揺れ、嘆声が漏れる。
当然、その目の色が変わる。
これだけの技術―――その提供。
圧倒的―――、故に事後は全世界から危険視されること確実な過大な戦力、それを自ら分配するというのだ。
謂わば第4計画[オルタネイティヴ4]、ひいてはそれを擁立する日本帝国は、世界の覇権には興味がないと最高責任者自ら[アタシ自身]が言い放ったようなものよね。
実際、そんな面倒くさいものには一切興味はないし。
供与に関しても、既にXM3の供与[前例]があるからこそ、その信憑性も高い。
無論、これが今回の動議の議決に対する対価であることは猿でも理解できるでしょ。


「実戦証明は・・・既に新潟にて行ったわけか。」

「―――国連太平洋方面軍第11軍は今回の安保理議決可否に拘わらず、神鎚作戦[Op.ミョルニル]に先駆けて、日本帝国軍と共にH-21攻略を目的とするH-21侵攻作戦[鳴神]を12月16日に実施いたします。
その場にて、提示した“G-コア”関連装備、及び試作Res-G弾の高高度重力爆発[ High Atitude Gravity Explosion]よる最終実戦証明を行います。」

「佐渡島でか!?」

神鎚作戦[Op.ミョルニル]は、謂わば人類総決起となる大規模作戦、おいそれとやり直しの利かない規模の、正しく乾坤一擲となりましょう。
万全を期すためにも、Res-G弾広域殲滅の実戦検証が必要と考えます。
依って、H-21侵攻作戦[鳴神]の結果を以て、神鎚作戦[Op.ミョルニル]発動の最終シークエンスとすることとしています。
無論、先のあ号標的[重頭脳級]による対処時間を考慮し、両作戦の日程設定を行っています。」

「・・・確かにRes-G弾の広域殲滅効果は、先行検証が必要、か。」

「至極妥当ですな。」

「但し―――問題が一つ。
元々第4計画は今回実戦検証用に試作した1発を除き広域殲滅用のG弾を所有していません。
提案するH-1[オリジナル・ハイヴ]攻略や、世界各地のハイヴ攻略における支援を考えると、G弾及びその運用方法を確立している機関の支援が必要です。

因って―――神鎚作戦[Op.ミョルニル]には第5計画の協力を要請します。」


全員の視線が机上に星条旗を掲げる席に集まる。
抑々G元素を略略独占し大量のG弾を有するのは第5計画。
隔絶したBETA鹵獲技術までもつ第4計画だからこそサラッと作ったと言われて何の疑問も持たなかったが、今まで米国以外でG弾が作成されたことはない。
そして第4計画と第5計画の長年にわたる確執は、ここに居る国連大使なら誰もが知るところ。
予想外ではあるが、G弾を使用する以上考えれば極めて妥当な提案。
問題は、当の第5計画、そして米国がどう出てくるか―――。







「異議あり―――。」


応えた声は、米国国連大使でも第5計画執行責任者でもなく、後方随行員の中から発せられた。
立ち上がった見覚えのある男は、怪訝そうな米国フロント席に無遠慮に割り込む。

―――横浜のトライアルで見た、その場限りの派遣部隊司令官・・・だったっけ?。


「CIA戦略作戦局長、ロア・ヴォーゼルだ。
合衆国より国連太平洋方面第2軍臨時准将相当官として横浜トライアルを調査させていただいた。
ここで一つの疑義を申し述べたい。」


発言を制止しようとした大使に書状を一つ。
それを見て大使は発言を認めた。
CIAが第5計画を支援しているのは、米国でも公然の秘密ってヤツ?
今の米国国連大使の人となりは興味ないけど、攻略対象から外す程度に日和見っぽいし。


「此度の動議、この作戦の執行責任者としての資質を糺したい。
・・・元来、第4計画の目的は、基本“対BETA諜報”、そこからの発展として得られた情報による“対BETA戦略の構築”即ち―――本来その執行は含んでいない。
第4計画は、既に十二分に目的を達成されたのではないかね?」

「・・・人類の悲願はBETAの殲滅、第4計画としても戦略の構築だけでは道半ば、ですわ。」

「なるほどBETA情報の鹵獲から装備、戦略・戦術の構築―――為された提案は想像を超えた素晴らしい内容だ!
実に称賛に値するっ!
―――しかし第5計画は、逆に元々G弾運用によるBETA殲滅の執行を検討してきた。
ここで貴女の提案とは逆に、第4計画が協力してくれれば、より効率的に運用が図れると考えるが如何かな?」

「―――つまり、第4計画の成果を丸々“簒奪”するというコトですね。」

「―――そうは言わない。
が、少なくとも執行責任者として、Dr.香月、貴女に疑義があるのだよ。」

「―――資質がない、と?」


粘着質な男だ。
恭順派ではなさそうだけど、コイツは碌な奴じゃない。
雑魚だから今まで気にもせず、此方にちょっかい出さないならどうでもよかったんだけど・・・。


「それ以前の問題だな。
―――昨日、貴女のひざ元・横浜基地で発生したテロで、米国陸軍第66戦術機甲大隊ハンター中隊の戦術機12機がMIAとなった。」

「・・・それは、国連安保理のこの場で議論する必要のあることかしら?」

「非公開会合の議論内容には制限が無いのでね、ああ―――これを見たまえ。」


スクリーンに示されたのは、データリンクの動画。


「・・・昨日のテロ発生時、空母からのデータリンクが切れる直前のデータだ。
MIAであるハンター中隊は基地防衛部隊・・・暴動を起こした部隊だが・・・と基地内で確実にエンゲージしている。
その直後、2機がLOST―――次いで、全機の通信途絶が起きた。」

「・・・。」

「ここに記録された状況からは、横浜基地の警備部隊によってハンター中隊に犠牲者が出た事は明白といえる。
しかし、それに対するトライアルの執行責任者であった貴女の答えは―――」

「横浜基地は、当該中隊の行動に関知致しませんわ。」

「―――そう。
しかし、この状況からは暴動による米軍被害を隠蔽するために、残ったハンター中隊を殲滅した、としか見えないが如何かね?」


議場がザワつく。

米国国連大使は思いもよらぬ展開に、今や期待に満ちた表情を隠さない。
此方が提案した内容の妥当性は誰もが認めるところ、その実行主体が米国でないことだけが米側の不満。
けど、第4計画の最高責任者[アタシ]に軍務上の重大な瑕疵があれば、協力という従属的立場では無く、あわよくば全て、悪くても第4計画内部に関係者を送り込める可能性が高い・・・、とか思っているのよね。


「―――それでは、米国代表として修正動議を提出する。
第4計画の最高責任者には米軍将兵殺害教唆及び隠蔽の嫌疑が在る。
依って第4計画最高責任者の国連軍と米軍による尋問及び軍法会議への訴追を要求する。
尚、今回提出された動議については、別途第4計画執行責任者を選定したうえで第5計画との共同執行を軸に修正案を提出、決議することを提案する。」


言っていることはまともに聞こえるけど、嫌疑を嵩に第4計画の成果を丸ごと接収する、ってことね。


「―――因みにこれは米国としての総意ですか?
それともCIAとしての独自の動議、かしら?」

「米k「統合参謀本部からの連絡はない。」―――。」


棚ぼた動議に欲の皮を突っ張らせた米国国連大使が答え掛けたが、第5計画執行責任者が遮る。


「出された以上は我が国の動議になるが・・・現段階では、他国の成果に集る蝿のようなCIAの独断と言っておこう。」

「そう・・・賢明な判断ね。
議長―――安保理の場には本来そぐいませんが、あらぬ嫌疑をかけられたので新たな関係者に証言をしていただきたいと思います。
許可を願います。」

「・・・Umm、今回の動議議決に関し必要な措置と認める。」

「―――では、こちらも“当事者”に登場していただきますわ。」


第5計画執行責任者からのリーク通り・・・未だに諦めていないらしいCIAの蠢動。
まあ、あれだけ“似非BETA鹵獲技術”[撒き餌]を見せびらかしたのだから喰い付いてくれないと。
せっかく用意した対応策[カウンター]が不発じゃあ勿体無い。
これがオルタネイティヴ第5計画も巻き込んでの陰謀なら端から協力なんか要請しないけど、少なくとも主計画は引き込めたらしい。
これ以上、こんな茶番に付き合って引き伸ばされるのは気に食わないし、粘着な雑魚[MOB]と話す気も、サラサラない。
一撃でキメる―――アタシは薄く嗤った。


Sideout




Side アルフレッド・ウォーケン(米国陸軍第66戦術機甲大隊指揮官・少佐)

ニューヨーク国連本部 安保緊急理事会 11:30(GMT-5)


指名されて、議場に上がる。
無論、驚愕しているのは修正動議を切り出したヴォーゼルのみ。


「?!ッッッッ、ま、まさか、ウォーケンッ!?」

「米国陸軍第66戦術機甲大隊所属、アルフレッド・ウォーケンだ・・・。
いま局長殿が香月女史を告発した根拠・MIAとされるハンター中隊指揮官でもある。」


議場が大きく揺れる。


「な、何故貴様が生きている?
―――当時あの周囲に他の部隊は存在しなかったはず・・・。」

「・・・語るに落ちたな。
ハンター中隊はMIAに過ぎない。
先の襲撃状況説明にしても、ハンター中隊機は腐ってもF-22A、対して横浜基地警備部隊はF-04―――。
順当に考えてあの状況が即ち警備部隊による撃墜とは判断出来ん。
―――にも拘らずそれを断言した貴様には、他にKIAと断じる根拠が在ったというコトだ。」

「!!・・・。」

「尤も、実際謀略に嵌って私も死にかけたがね―――なに、間一髪の所で、隠蔽された埋没坑から飛び出した白銀少佐に救われたのだ。」

「・・・埋没坑だと?」

「横浜基地はH-22ハイヴに被せて作られた基地、その広大なスタブの全てが埋められたわけじゃないそうだ。
以前の開口門だけは基本的に埋め戻してある。
少佐は地下のハンガーから残存スタブを飛び抜け最短距離で駆けつけてくれた、というコトだ。
無論謀略を仕掛けた、工作員[エキスパート]の2名、及びその工作員[エキスパート]に操られ殺害された2名以外は貴様の帰国後、既にアンダーセン基地に帰投した。
内2名に負傷は在ったものの、迅速な加療により問題無かったのでな。」

「・・・加療だとッ?、馬鹿な!、横浜基地はハンター中隊に関知しない、―――と。」

「私は横浜トライアルを舞台に行われていた米軍内の諜報行為について調査を行っていた。
故に意図的に中隊をMIAとして貰った。
香月女史が関知しないと仰ったのは、米軍内部の犯罪、乃至米国の内政に関わる事項であり、国連基地として政治的に関与できない―――と言う意味だ。」

「!!―――。」


手の中にある2枚の焼け焦げたドッグタグを握りしめる。


「確かに昨日の横浜トライアルでは、残念ながら米国民の死亡者が存在する。
〈Hunter-09〉[ジャン]〈Hunter-12〉[テッド]という2名の若者だ。
しかしそれは横浜基地の暴動によるものではなく、米軍内部に仕掛けられた謀略により一部の先鋭化した米兵に背後から殺害されたものだ。
しかも当時ハンター中隊の機体にはコンピューターウィルスが仕掛けられ、機能を阻害されたうえで、暴動に巻き込まれる手はずになっていた。」


再生されるガン・カメラの映像。
Hunter-05とHunter-10の言葉。


「・・・この2名は現場で捕縛し、現在取り調べ中だ。
機体にウィルスを仕掛けた整備兵や、その洗脳を行っていた空母要員も全て摘発した。
―――何れ軍法会議で裁かれる。

ロア・ヴォーゼル、貴様にも逮捕状が出ている。
今回基地の暴動そのものを誘引したのが貴様である証拠も全て揃っている。
国連横浜基地にも暴動による死傷者が多数出ている。
通信破壊と最高責任者襲撃こそ別動した“恭順派”の仕業と見られるが、そっちに被害者はいないともな。
ハンター中隊のみならず、横浜基地内に居た整備兵61名をも犠牲にしようとした件も全てだッ!!」

「クッ―――!」

「ああ―――、因みに言っておくが・・・先程ラングレーの貴様の局長室にも捜査の手が入り、関係書類が押収された。
今回の薄汚い作戦の指示書も発見されている。」

「・・・は?」

「組織ぐるみ、ということが明白だ。
幾ら他国に対する非合法活動を認められた組織とは言え、度が過ぎた。
米国民のために在る組織が、守るべき米国民を犠牲にし、国連軍に謀略を仕掛けるなど国家反逆罪の疑いすらある。
―――追ってこの陰謀を示唆し承認したCIA長官にも逮捕状が出る。」

「ま、まさか―――“あの方”、に・・・?」


ヴォーゼルの顔面が蒼白になる。
全身が諤々震える。
何かと黒い噂の絶えなかった現CIA長官、聖域とまで言われた権力。
そこに手が届く決定的な証拠を残してしまったというコトに気が付いたらしい。

ヴォーゼルは横浜で見せ付けられた第4計画の輝かしい成果奪取に逸り、血眼になってデータを漁ったのだろう。
ついには微かに残されたリンクデータの位置情報を見つけ、そこから強引に横浜基地の責任問題を問うため、安保理非公式会合と言う最後の機会に帰国早々直接乗り込んできていた。
それが逆に作戦完了後には真っ先に行うべき証拠隠滅を行う暇を作らせなかった。
こちらも香月女史が生存を秘匿してくれたため全く警戒されずに動くことができ、迅速な手配が可能となったのだ。



自分の犯した大失態に崩れかけた男の左右を、背後に来ていたFBIの捜査官2名が抑える。


「―――貴様が第4計画の偉大な成果を掠め取ろうなど要らぬ欲を出し、この場で卑劣な修正動議なんぞしたせいで、我が国の威信は地に堕ちた。
CIA長官は業腹だが、貴様に関しては犯行当時国連太平洋方面第2軍臨時准将相当官の軍籍に在った。
FBIの取り調べの後は、終身刑が最重の甘い連邦裁判ではなく、死刑もある軍法会議に掛かることになる。
―――覚悟することだな。」


既に拘束されている男の内ポケットを探る。
顔色は土色、何かブツブツ呟く言葉は意味をなさず、視線は虚ろで抵抗もない。
出てきたのは、小さな1回使い切り射出型の注射器。


「・・・これも証拠だ。
指示書に在った“アムリタ”、か―――下種の極みが!」


引き摺られるように連行されるヴォーゼル。
アムリタを手元に所持していたことから、修正動議が成立しなくても、最悪個別の事情聴取さえ行われれば良いと考えていたのかもしれない。
いずれにしても非公開会合とは言え、国連本部安保理会議での政府関係者逮捕など前代未聞の不祥事。
議事録には残らなくても各国国連大使の前で晒したCIA長官という米国政府高官まで関与した一大スキャンダル。
この後の政府や連邦議会が荒れに荒れ、米国内に粛清の嵐が来ることは必至。
溜息を吐きつつ議場を見回す。


「―――重要な安保理会議の場で、我が国の恥を晒す醜態、誠に申し訳ない。
身勝手な願いだとは重々承知だが、この様な薄汚い謀略を仕掛けるのは米国民の総意ではなく、極一部の先鋭化した人間だと理解してほしい。
此度横浜トライアルに参加させて戴いた部隊指揮官として、Dr.香月の成し遂げた多大な成果と、これから実施される対BETA戦略に心からの称賛と感謝を捧げ、そしてその推進に於いては可能な限り協力を惜しまない事を誓約する。」


一時はヴォーゼルの企みに乗りかけた我が国の国連大使も、修正動議は完全にCIA[一部組織]の勇み足として即時撤回した。
今は各国大使の冷たい視線に小さくなっている。
寧ろオルタネイティヴ第5計画執行責任者は先程CIAと袂を分かつ発言をしている。
当然の如くオルタネイティヴ第4計画の協力要請を受諾した。
係る状況では米国国連大使も拒否権など行使などできるわけがない。




―――ここに、対BETA一大反攻作戦の大勢は決した。









粛々と非公式協議は進められ、いくつかの要望を添えたうえで非公式協議は結審、翌日の採決で全会一致を以て緊急動議は承認された。



作戦名称 神鎚作戦(Op.“Mjöllnir”)

年月日 2001年12月25日
場所 ユーラシア大陸全土(地上戦線延べ約30,000km)
交戦勢力 国連軍・米軍・ソ連軍・日本帝国軍・欧州連合軍・大東亜連合軍・アフリカ連合軍・統一中華軍 他多数
統合作戦司令部 国連軍総司令部
神鎚作戦司令部 国連太平洋方面軍第11軍 横浜GHQ
        (総司令官:香月 夕呼臨時准将相当官)

各方面作戦
黎明作戦司令部 ウダロイII級駆逐艦1番艦アドミラル・チャバネンコ
        (総司令官:ブラート・リトヴィネンコ中将)
  他多数
作戦目的 種の保存。甲一号排除に伴う地球全戦線の安定化。
作戦目標 第一目標、オリジナルハイヴ最深部に存在する超大型反応炉『あ号標的』の完全破壊
     第二目標、特殊物質精製プラント『い号標的』の制圧
作戦立案 オルタネイティヴ第4計画司令部
作戦承認 国連安全保障理事会(決議第3666号)
作戦命令 国連統合参謀会議(命令第24172号)




作戦名称 甲21号作戦(Op.“鳴神[Thor]”)

年月日 2001年12月16日
場所 日本帝国領佐渡島
交戦勢力 国連軍・日本帝国軍・日本帝国斯衛軍
作戦旗艦 最上級大型巡洋艦一番艦最上(提督:小沢久彌)
作戦目的 樺太、日本、台湾、比島からなる極東防衛ラインの安定化
作戦目標 第一目標、甲21号目標の無力化
第二目標、敵施設の占領
第三目標、Res-G弾及びG-コア関連装備の実戦証明
作戦立案 オルタネイティヴ第四計画司令部
作戦発令 国連軍第11軍司令部及び、日本帝国軍参謀本部


Sideout




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