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[22236] 異聞・銀河英雄伝説 第一部・第二部完結、外伝更新
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2011/02/06 21:29
前書き 誤って削除してしまいました。
これも罰と考え、もう一度第一話から再掲載させてもらいます。もしもそれがだめだというのであれば言って下さい。再度、削除しますでは第一話どうぞ。


無音のはずの漆黒。そこに聞こえないはずの音が聞こえる。
光。光。また光。漆黒の闇を切り裂く緑色の艦艇。
その正体は銀河共和国軍第13艦隊の艦艇2万隻である。



第一話 会議は踊り・・・・・



side ヤン・ウェンリー



ヤンは司令官席にだらしなく足を組み、ベレー帽をアイマスク代わりにして座っていた。
何も知らない第三者から見れば眠っているようにも思える。

(2万隻。さして重要でもないこの時期にこの出兵。一体なんの意味がある?)

2万隻。自動化されているとはいえ、一隻辺り120名、合計240万名の将兵の命と未来と家族を預かる身としては今回の作戦に、いや、帝国領への侵攻に対して大きな疑念を抱いていた。

(戦えば必ず人が死ぬ。それを分かっているのか?)

そう、敵味方を問わなければ、必ずおきる現象。それは勝利と敗北。そして・・・・誰かの死。
誰もが家族を持ち、夢を持ち、可能性を持つ。
それら全てを粉砕するのが戦争だった。

(私がイゼルローンを落として以来、共和国はこんな無益な戦闘を続けている・・・・これでは講和による戦争終結どころか殲滅戦になるぞ)

ベレー帽をだらしなくかぶりながらデスクに足を投げ出すさえない男。
もしもこんな姿を何も知らない人間が見たら驚嘆するか呆れるか。まあ後者の方が絶対的多数になるだろう。
もっともその男の役職をしれば更に不安と不信が加わるかもしれない。

ヤンは思考を歴史考察へとふける。
或いは逃げ出したかったのかもしれない。
この現実から。もっとも、ヤン・ウェンリーという人物はそこまで無責任ではない。

(人類の歴史上最も大きな事件はラグラン市事件とそこから集った4人の英雄たちであると言われている。
あのシリウス戦役後に登場したのが銀河共和国。
彼らのリーダーが生きていた事で人類は100年以上早く黄金期を迎えられた。
その国で建国百周年を祝い、暦がシリウス暦から宇宙暦に変わり、帝国の登場で帝国暦が生まれた。
いやはやそのまま人類が平和裏に進めば私も今頃は歴史学者の一人として生きていられたろうに。
・・・・それが親父の事故、共和国軍への入隊、極めつけはエル・ファシルか。
・・・・まったく、いったいどこでボタンを掛け間違えたんだ?)

そうしている内に、一人の女性士官が来る。

「閣下」

ヘイデルの瞳を持った金髪の副官の声に思案の海から引き上げられる。

「やあグリーンヒル大尉」

ヤンは椅子にかけ直し、振り向く・

「お休みのところ申し訳ありません、ですが時間ですので、その」

グリーンヒルが申し訳なさそうに言葉をつむぐ。

「ああ、いいんだよ。そんなに申し訳なさそうにしなくても、で、みんなは来たのかい?」

「ハイ。ムライ参謀長、パトリチェフ副参謀、ラップ作戦参謀、アッテンボロー、フィッシャー、グエン各分艦隊司令が席についております」

フレデリカ・グリーンヒル大尉の発言を受け、艦橋の司令席から作戦会議用の司令官席に移る。



side ムライ



「閣下、敵艦隊はこちらの2倍、約4万隻、三方向から包囲しようとしています」

ムライ中将の発言から実質的な会議は幕を切る。
それはヤンが艦隊司令になってからの恒例行事だった。

「ふーん、そいつは一大事だ。」

ジロリ。そんな擬音語が聞こえそうな目線でアッテンボロー少将を睨む

(全く困ったものだ。もっと共和国軍人として、特に将官としての意識をもって欲しいものだ)

だが、この雰囲気こそヤン・ファミリーであると彼の日記には記載されていた。
何だかんだと言っても彼もまたヤン・ウェンリーの薫陶を受けた人物なのである。

「あ、いや、ですがね、その辺の事はラップ大佐やヤン提督がなんとかしてくれますって。ね?」

アッテンボローが取り繕う。
しかし、それはあまりにも楽観的、いや、人任せ過ぎる考えでもあった。

(何故そうも楽観的なのだ!! このままいけば我が艦隊はダゴンの殲滅戦で敗れた帝国軍と同じ目にあうのだぞ。)

ダゴン会戦。
共和国と帝国が史上初めて激突した会戦。
約百五十年前の話である。
時の共和国は必要最低限の軍の動員しかしておらず、時の帝国軍5万8千隻に対して3万2千隻しか辺境部へと迎撃艦隊を回せなかった。
無論、その第一陣、リン・パオ宇宙艦隊司令長官(当時)とユースフ・トパロフル参謀長(当時)にはあくまで増援部隊である第5、第6、第7艦隊到着まで時間を稼ぐ命令、所謂、遅滞戦術を命令していた。
そして、その時のコード・ギアス大統領とリン・パオ大将の逸話も残っている。



約150年前、首都シリウス・シリウス 大統領官邸

『というわけで、リン大将には残りの3個艦隊動員の為の時間を稼いで欲しい。そうすれば我が軍は合計8万近い艦隊で帝国軍の阿呆を撃退できる』

『命令は受諾しましたギアス大統領・・・・ところで一つ良いですかな?』

『何かな、司令長官?』

『第1から第3までの三個艦隊しか動員できない以上、遅滞戦術を取る事は理にかなっています』

『そうだと思う・・・・何か言いたい事があるのかね?
先に言っておくがこれ以上の動員スピードを早める事は出来んぞ?
何せ、戦略的に奇襲を受けたのだ。既に各地の警備艦隊は民間人の撤収作業や防御陣地構築、補給線破壊に投入している・・・・すまんな』

『いえ、そうではありません。大統領閣下、この敵艦隊、殲滅してもよろしいので?』

『!?』

この発言の後の数秒間、ギアス大統領は開いた口が塞がらなかったと言う。

結果、祖国防衛に燃える共和国軍と宮廷闘争を艦隊にまで持ち込んだ帝国軍は、数で勝るはずの帝国軍を共和国軍が包囲殲滅するという異例の大戦果を挙げてしまう。

当時の共和国は誰もが言っていた。

『戦争はこれで終わりだな、所詮は国境紛争なんだ』、と。

だが、誰もが見や誤った。
ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの怨念、その深さを。
そして戦争は何度かの自然休戦期間を除き、約1世紀半もの長きに渡って継続される事となった。



・・・・・そして時を宇宙暦796年4月アスターテ恒星系に戻そう。



ヤン率いる第13艦隊では活発な議論が展開されていた。
そんな中、慎重派筆頭のムライ参謀長が発言を続ける。

「しかし、三方向から2倍の敵に包囲されては退却もままなりません。ここは戦わずにイゼルローン要塞に後退すべきかと。」

(慎重にことを進めるに越した事はない)

敵の包囲下に置かれた軍が勝利した例は古今東西あまりにも少ない。
だからこそ、ムライは撤退論を主張した。

「なるほど、確かに参謀長の言うとおりですな。」

パトリチェフ准将が賛同する。
彼にも戦わずに兵を引く意味があると思っていた。
何しろ敵は二倍。何度もダゴン会戦や第2次ティアマト会戦の様な少数により多数の撃破を行えるはずも無い。
まして、自分たちは約一年前にイゼルローン要塞を、あの難攻不落の大要塞を通常の半分の艦隊で、味方の血、それを一滴も流さずに、陥落させたことで帝国軍から悪い意味で注目されている。

ここでこのヒューベリオン会議室の中で一番の年長者が手を挙げた。

「逃げる時間はまだありますからな。ダゴンの、しかも敗者の二の舞役は避けるべきでしょう」

そう言って、エドウィン・フィッシャー少将も意見を述べる。

(そう、まだ逃げる時間はあるのだ)

ムライも心の中で同意する。

「しかし、敵を前に逃げたならば最悪軍法会議で銃殺ですぞ? それならば一戦交えた方がよろしいのではないですか」

グエン・バン・ヒュー少将が交戦論を主張する。
グエンとて撤退が最も理にかなっているとは分かっている。
しかし、共和国軍部、特に宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥派に疎まれている自分たちの危うさも自覚していた。


(通常編成1万3千のところを、2万隻まで増強した艦隊。これで何もしなければ窮地に陥るのではないか?)

そう思い、グエンは交戦することを主張した。
単に戦場の猛将であれば良い立場ではないことを分かっていた。
それは第13艦隊司令部全員の共通認識だった。

「いやしかし、二倍の敵相手に戦うってどうやって?」

だが、対応策は無い。
アッテンボローの指摘はもっともである。
そう、我々第13艦隊は二倍の敵と戦わなければならない。それも包囲されている状況で。
アッテンボローは現実に策が無い以上撤兵すべきではないかと思っていた。
だが、それ以上に気がかりがある。

「それは・・・・」

グエンが腕を組み考え出す。
他の者もそれぞれ似たような感じで考えを、勝利するか撤退するかを考える。
そして、アッテンボローは矛先を別の人物に向けた。

「それにです、ラップ作戦参謀、この2倍の敵、ロボス元帥からの直接命令、こう、なんか・・・なにか作為を感じません?」

アッテンボローの指摘。
それは不自然なまでの情報統制と交戦命令を送るロボス宇宙艦隊司令長官への不信感から端を発した。

「アッテンボロー提督、そう言う事は私事に言うべきでいま言うことではないと思われますが。」

ジャン・ロベール・ラップが切り返す。
だが、アッテンボローの発言につられる人物もいる。

「確かに。今までは最低3個艦隊が帝国領へ侵攻して通商破壊作戦を展開していましたからな。妙といえば、妙です。」

パトリチェフ副参謀長だ。
彼の言は、艦隊全員の共通見解でもあった。

宇宙暦795年10月からつい先日の3月まで行われた帝国領への威力偵察兼大規模通商破壊作戦では最低でも3個艦隊が同時に動いた。
まあ、効果の方は甚だ疑問であったが・・・・・それでも、いくら増強一個艦隊とはいえ、この命令は余りにも異例である。

(まるで死んで来い、そういってるみたいじゃないか、ロボスのやろうめ!)

アッテンボローは内心でこんな馬鹿げた作戦を立案し許可したロボスを糾弾する。
一方、ラップは上層部批判の嵐になりそうな言論を統制すべく、二人を牽制した。

「副参謀長も。あまりに不謹慎です。」

それを聞いて自分たちが如何に危うい橋を渡っているかを気が付かされてアッテンボローが冗談半分に、

「まあ、なんです。800年近くに渡って共和国は自由の国ですから。ルドルフ大帝の築いた銀河帝国とは違いますし」

と言った。

「で、戦うのか戦わないのか、戦うならば勝つにはどうするべきか。退くならば何時、後退するのか」

誰ともなしに、そんな呟きが聞こえる。

第13艦隊ではこうした政治的な発言が一切制約されず、パトリック・アッテンボローの銀河NETでは「もっとも自由をもつ艦隊」と皮肉交じりに賞賛されていた。

(会議は踊る、されど進まず、か。やはり私の役目は常識論を唱えることでありヤン提督に一杯の水を注ぐことだけか)

ムライはここまで議論をしたこと、常識を自らの上官に提供できた事に満足した。
そして彼の思惑通り、奇跡のヤンが動いた。

「みんな、いいかな?」

撤退論と交戦論とで混沌としている会議にヤンの一言がのぼった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

宇宙暦796年2月 首都シリウスにて。

宇宙艦隊司令部に呼ばれたヤン・ウェンリー大将は思わず聞き返した。
その場にいるのはラザール・ロボス元帥、アンドリュー・フォーク准将の二名。
なんとも居心地の悪さを感じつつヤンは疑念を述べる。

「は、2万隻でありますか?」

二万隻などという中途半端な兵力は聞いたことが無い。
ヤンは内心でそう思った。

「そうだ、2万隻の艦艇を貴官に与える」

ロボスは忌々しそうな目線で、それでも社会人の常識、営業スマイルで年下の大将閣下に命令する。
横にいるフォーク准将が楽しそうなのが、ヤンの気に障った。
いや、正確にはヤンの感覚、戦場で身に培われた第6感に、であろうか。

「お言葉ですが、通常艦隊は13000隻を基本として中将をその任に当てるのではないでしょうか?」

一応、疑念を述べる。

「普段はそうだが、貴官は大将だ。しかも史上最年少30歳にして、な」

「はぁ」

危うく、成りたくて成ったのではない、と言いそうになる。
だが、流石のヤンもそれを言っては成らない雰囲気だと悟った。
まあ、ロボスにとって既にヤンは排除対象なので何を言ってもその気分を変えることはなかっただろう。
そう、『嫌いな奴、死んでもらいたい人間』という評価には何の変化ももたらさない。

「はぁ、では困るのだよ、大将。貴官は我が軍の英雄。あの難攻不落のイゼルローン要塞を半個艦隊で攻略した救国の英雄ではないかね?」

更にロボスは続けた。

「その結果、ハイネセン、シリウス、ベガ、オリオンの駐留艦隊それぞれ2000隻、合計8千隻を貴艦隊に合流させる。」

「これは宇宙艦隊司令長官としての温情だ。イゼルローンのような大戦果を期待するぞ、ヤン・ウェンリー大将?」

「失礼ですが司令長官、あれはまぐれに過ぎま・・・・・」

フォーク准将が咳払いをしてヤンの発言をさえぎった。
本来であれば上位者のロボスが注意を喚起するべきであるが、敢えてしない。

「まぐれだろうが何だろうが貴官は共和国の大将であり尚且つ英雄でもある言いたい事が分かるかね?」

ロボスの発言に相槌をうつヤン大将。
史上最年少の大将は自分がどんな立場に置かれているのかを悟る。
無論、本人は悟りたくなかったし、さっさと退役してこんな重圧から逃れられたかったが。

「なんとなくですが、分かります」

「よろしい、フォーク作戦参謀、説明を」

こうしてアスターテ(イゼルローン要塞建設、その後の帝国軍による銀河共和国領域への侵入以前に共和国軍によって確保されていた恒星系。よって、アスターテと呼ばれる)威力偵察作戦が発令された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



帝国領アスターテ星域



side ヤン



「という訳で、これが私の考えた作戦だ」

作戦構想を語り終える。
グエンはうなずき、パトリチェフはしきりに肯定し、ムライは唖然とし、ラップやアッテンボローはいたずらが成功したような顔で、フィッシャーは目を閉じ腕を組み、グリーヒルは畏敬の念を向けた。

「三方向から包囲される前に、私たち共和国軍は2万隻の大軍を持って各個撃破に打って出る」

方針は決まった。

後は実行するのみ。

「こういうのは好きじゃないんだけどね、今回ばかりは仕方ない。」

ヤンのつぶやきは表面上は誰にも、本当は副官のグリーンヒル大尉にだけ聞かれ、消えていった。




[22236] 第一部 第二話 策略
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2011/02/06 22:25
第二話 帝国の事情、共和国の策略


銀河共和国。それはシリウス戦役を母体に誕生した星間国家である。
シリウス戦役の後、人類は地球のくびきを脱し黄金時代を迎える。
百年続いたシリウス暦は、宇宙暦へと改定された。それから300年、人類は穏やかな、しかし確実な停滞期に入る。
宇宙暦300年代、新進気鋭の若き英雄がシリウス政界に登場した。
彼の名はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。人々は熱狂し、人類社会は彼を中心に新たな開拓時代へと突入した。
フロンティア・エイジ。宇宙暦200年代後半から300年代を指す言葉である。

だが、彼は急進的過ぎた。
ルドルフ=地球(圧制)政権という構図ができ始める。
それは彼の命まで危険にさらし、彼はニュー・ランド(彼の名づけではノイエ・ラント)になかば亡命する形で彼の支持者(この時点で数億人、後に共和国全白人人口の半分、数十億)と共に共和国を後にする・・・・・・彼個人の深い憎悪を抱きながら。


それから300年、両者は国力の差もあり何もなかったが、オストマルク大公らの帝位継承権争いが火種となり銀河帝国軍が、協定により不可侵地帯であったイゼルローン回廊を突破、ダゴン星域会戦を契機に両者は戦争状態へと突入した。

そして、150年近い月日が流れた。



アスターテ星域



side キルヒアイス



「星を見ておいでですか?」

赤髪の青年は10年来の親友に声をかける

「ああ、星はいい・・・・・だが」

金髪の青年は途中までは機嫌よく、途中から棘のこもった声で答えた。

「作戦会議で何かありましたか?」

キルヒアイスが穏やかな口調でラインハルトに尋ねる。

「キルヒアイスは鋭いな」

ラインハルトも最も心を許す片割れに問いかける。

「艦隊、についてですか」

艦隊、そう3個艦隊を別々に運用していることだ。

(でなければ説明がつかないものな)

キルヒアイスの懸念は当たった。
ラインハルトは我が意を得たとばかりに、赤毛の親友に話しかける。

「そうだ。わざわざ倍の兵力を3つに分派している。シュターデン中将は例のダゴン会戦を再現したいのだろうが・・・・」

ダゴン会戦の再現。
それは帝国軍にとっての悲願と言っても良い。
あの奇襲作戦から130年余り、初手に躓いた銀河帝国ゴールデンバウム王朝は国力で圧倒的に勝る銀河共和国の攻勢に対して受け手とならざる得なかった。
それを変えたのが大反抗作戦『アイン』『ツヴァイ』『ドライ』の作戦であり、イゼルローン要塞建設であり、その後の攻勢であった。
だが、それも一昨年にイゼルローン要塞が無血占領されたことで変わった。
状況は再び、およそ30年ぶりに、攻める共和国軍、守る帝国軍へと変化した。

それを分かっている帝国軍は今度こそ完勝を収めるべく共和国軍の2倍の兵力を派遣した。

派遣したのだが・・・・キルヒアイスとラインハルトは今の現状を危ぶんでいた。

「もしも敵艦隊が各個撃破に転じたならば、という事ですね」

キルヒアイスがラインハルトの思考を先読みする。

「エルラッハ艦隊12000隻、ゼークト艦隊13000隻、俺たちの本隊15000隻。どれをとって見ても敵に劣る」

そう、どの艦隊も総数では負けているのだ。
それを進言したのだが・・・・・

「気にしすぎ、とシュターデン提督に言われましたか?」

「ああ、ついでに俺が同じ中将であるのが気に食わないらしい。指揮官は私だ、とまで言って下さった」

キルヒアイスはラインハルトの言葉から、

(怒ってるな、これは。心底。)

と、推測する。

「ですが、決まってしまったものは仕方ありません。それより策がおありなのでしょ?」

その言葉にラインハルト・フォン・ミューゼル中将はにやりと笑った。

「共和国軍が無能でなければ、武勲を立てる機会が回ってくるかも知れぬな」

(ご自分が戦死する、とはお考えにならないのか)

のちのローエングラム王朝建国者とその最大の功労者はまだ見ぬ敵と古きに固執する味方に挟まれながら星の海を征く。




ところかわり、銀河共和国首都シリウス星系4番惑星シリウス
宇宙艦隊司令部
丁度、標準時12時になった。

「まもなく、ですか」

顔色の悪い、しかし、秀才であるという雰囲気を出す将校が元帥の肩書きを持つ男に声をかける。

「そうだ、まもなくだ」

男は頷いた。

「これであの生意気な青二才も終わりですな」

そしてそれに便乗する准将の秀才。

「めったな事を言うものではないよ、准将。我々は彼の友人だぞ?」

ふふふ、と笑いながらも言う。

「そうでした、友人でした。であるからには・・・・・」

そうして同じく准将も笑みを浮かべた。

「そう、であるからには、彼の勝利を期待しなければならぬな」

准将と呼ばれた男が声色も変えずに続ける。

「共和国の主要メディアは抑えてあります。二倍の敵に立ち向かうことが如何に愚かな事か。それを宣伝してくれるでしょう」

現在、マス・メディアは何故か詳細な戦場データを手に入れていた。
そして新聞をはじめ市民の関心はアスターテへと注がれていた。
そう、3方向から包囲殲滅を目論む帝国軍と成す術の無い友軍。
そんな感情が世論を覆っていた。

「よしんば戦わずに逃げ帰ればそれはそれ。それを理由に彼奴らをまとめて更迭できる」

命令無視の敵前逃亡。階級と現状を考慮するとあの目障りな大将を銃殺刑にすることは出来ない。
しかし、更迭ならば可能だ。

「辺境の分艦隊司令官にでもしますかな」

もう一人の男が相槌を打つ。

「さて、な。まあ国葬あたりが妥当だろう」

元帥号を授与された男の発言とは思えない発言。
だが、彼には演技をする必要もあった。
しかし、目席の粛清劇にとらわれてそれを忘れている。

「奇跡の魔術もネタ切れであると思いたいものです」

アンドリュー・フォークは心のそこで思った。
自分こそ英雄にふさわしい。分裂した銀河を統一するのはヤン・ウェンリーなどという冴えない男ではなく共和国士官学校主席卒業の自分にこそふさわしい、と。

ラザール・ロボスは思った。これであの小生意気で目障りな大将を排除できる。万一勝利したならば、異例の上級大将昇進もありうるが・・・・まあ、2倍の敵に3方向から包囲させるようフェザーンを経由して小細工したのだ。負けてもらわねば困る。シドニー・シトレ。やつを蹴落とすためにも。



side フェザーン自治領



禿の男といかにも神経質そうな男の二人が、一目見て安物ではない、豪華なインテリアに囲まれている部屋で話し合っている。
一人は第四代フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキー、もう一人は首席補佐官のボルテックである

「共和国の件はそれでよい。イゼルローン陥落以降、共和国は些か図に乗りすぎている」

そう、帝国領土に第1から第12艦隊までを一回ずつ出兵させている。
特に、第2次リューゲン会戦での第5、第10、第12艦隊による第2任務部隊の挙げた戦果はすさまじく、2割の犠牲で帝国軍二個艦隊を壊滅、一個艦隊を半壊させる戦果を挙げた。
これは帝国にとって決して看過できる状態ではなかった。

「はい、此度の遠征で2万もの艦艇を失えば暫らくは大人しくなるでしょう」

だからこそ、フェザーンはバランスを、天秤を少しでも元に戻すため努力しようとしていた。

「国民感情もあるしな」

ルビンスキーはそう言って締めくくった。

(240万名もの戦死者を出せば暫らくは共和国も大人しくなろう。
その間に帝国を支援して軍を再建させる。それが必要だ。)

ルビンスキーは内心で次の策略を立てている。
さて、ここで交易国家フェザーンの設立について話をしたいと思う。

フェザーン自治領は今から100年ほど前に地球出身の商人にして共和国中央議会代議員でもあったレオポルド・ラープが共和国、帝国双方に合法・非合法の各手腕を用いて建設した事実上の独立国家である。国防兵力として約二個艦隊を保持し、帝国、共和国間の交易を独占すること、過剰な反応を両陣営から買わぬことを念頭に今日では共和国・帝国・フェザーン=6・5・2の微妙な均衡を維持してきた。

故に、帝国は存続できたといって良い。
実際、帝国が発行する赤字国債の大半はフェザーンが購入している。
また、銀河共和国財界上層部、つまりイルミナーティと呼ばれる人々もフェザーン経由で帝国の赤字国債を購入していた。
無論、売国行為以外の何者でもないが、G8とNEXT11の影響力は強大であり文句の言える人間は癒着しており、誰もがそれを諦めていた。
尤も、イルミナーティのメンバーとてそれが下手をしなくても売国行為であるのは知っており、慎重かつ少量に事を進めていた。

ルビンスキーが思考の海に潜っている頃、遠慮しながらもボルテックが声をかける。

「ですが、自治領主閣下。」

「ん?」

補佐官の疑問に反応するルビンスキー。

「あのイゼルローン攻防戦があったからこそ帝国は曲がりなりにも共和国と対等であった訳で、要塞が落ちた今となっては・・・・」

「均衡が崩れつつある、と言いたいのだな?」

そう、イゼルローン要塞とはそれほどまでに重要な存在だった。
失ってみて、初めて分かるという奴。
それがイゼルローン要塞の戦略的な、政略的な価値である。

「ケッセルリンク補佐官のレポートでは既に共和国6・帝国4・フェザーン3となっております。このままですと」

「うむ、共和国が帝国を併呑するのではないかと、そうなればフェザーンの価値も急速に薄れるのではないか、そう言いたい訳か」

「ご明察、恐れ入ります」

頭を下げるボルテック首席補佐官。

「なに、案ずるな。その為に帝国に共和国の情報を流したのだ」

そう、ロボスの提案は正に渡り舟だ。
銀河共和国の戦力を一時的に削る。
その為に危険を承知で詳細なデータを帝国軍上層部へと送りつけてやった。

(もっとも、あの艦隊はヤン・ウェンリー指揮下の艦隊。はたしてロボス元帥の思惑通りに行くかな?)



side 銀河帝国 フリードリヒ4世



「此度は勝つか」

やる気のない、といわれならがこの数年間貴族の自尊心をくすぐり平民への重税を課すことなく共和国の侵攻に対応してきたフリードリヒ4世が国務尚書リヒテンラーデ侯の報告を受ける.
この灰色の皇帝とまで言われた彼がやる気をだした、と、言われるようになるのはヤン・ウェンリーのイゼルローン陥落以降断続的に行われてきた共和国軍による帝国領侵攻作戦に端を発した。
イゼルローン要塞建設の契機はブルース・アッシュビー貴下の宇宙艦隊による侵攻、いわゆる第二次ティアマト会戦まで遡る。
共和国軍に惨敗した帝国軍は恐れた。
大規模な侵攻を。徹底的な進軍を。そして当時の大敗した銀河帝国軍にそれを防ぐ術は無かった。
また、如何に多産政策を奨励したとはいえ絶望的な国力差は変わりはしない。
国力差を活かした大規模な消耗戦。それに耐え切れるだけの地盤は無い。いいや、無くなってしまった。

故に恐れた。

結果論ではあるが、帝国の不安は杞憂に終わる。

共和国が本気で攻めて来ないのは、攻めた場合の犠牲、全土制圧成功時の経済的な負担と増税(何せ英語(銀河語)とドイツ語(帝政ラテン語)と言語に通貨、標準規格まで全て違う)、それによる有権者の反発を恐れてのことである。

また、時の共和国の為政者ら、つまり共和国議員達が、言葉にはしないが帝国下級貴族の持つ『高貴なる義務』の名の下に行われる無軌道なゲリラ戦を恐れたのだ。

人類が地球にいた20世紀と21世紀、超大国と言われたソビエト連邦とアメリカ合衆国は奥深い土地とそこに住む者のゲリラ戦術に苦杯をなめ続け、最終的に前者は崩壊、後者も覇権国家からの転落という道を歩んだ。

『賢者は他者の経験から学び、凡人は自身の経験から学び、愚者は自身の経験からすらも学ばない』

そう考え、帝国領土完全併合をしなかった時の共和国指導者達は賢者だったのだろう。
もっとも、帝国との和平は両者の国内事情と国民感情に軍部や経済界の思惑により実現はしていない。


「真に。陛下の温情で軍部も二倍の艦艇を動員できました」

そうだ。本来ならば二個艦隊、約26000隻を派遣する予定だった。
先の3度の共和国軍による出兵とそれへの迎撃、所謂、リューゲン攻防戦ではほぼ同数の艦隊を送った。
否、財政の問題からそれ以上の艦隊を送ることが出来なかったのだ。
それを今回は特別に皇帝が私財をなげうって、(この時点で、帝国の歪さが分かる。皇帝個人の私財が一個艦隊を動かすほどに巨額であったことと、それに対して銀河帝国が課税しなかった事も)新たに艦隊を一つ増援に送り出した。

「これで勝てぬようではゴールデンバウム王朝も終わり、という訳じゃな」

(国運をかけ軍事費の半分を投入し、そのイゼルローン要塞の建設過程で失われた艦隊10個以上。
じゃが、あのイゼルローン要塞が無血占領されるとは・・・・考えもしななんだな。
てっきりわしの生きている間は存在すると思ったが・・・・ふふふ儘ならぬことよな。
・・・・そして四半世紀もの間、国力に劣り、政治的に相容れぬ我が軍の攻勢に耐えてきた共和国のフラストレーション。
あの者らの怒りや不満は如何ばかりの事か・・・・)

「陛下!?」

リヒテンラーデが思わず言葉を遮る。
本来ならば経験豊かなこの老人がそんな事をする筈が無いのだが、そう言わせるほど衝撃が大きかったといえよう。
まあ、誰しも自分の国の最高指導者が自分の国は滅びる、などと言えば驚くか。

「なに、冗談よ」

(もっとも、こんな腐敗した国なぞ滅びても良いのやもしれんがな)

そこでフリードリヒ4世は別の事に思い当たる。
正確な情報、いや正確すぎる情報。
795年1月のイゼルローン陥落以来フェザーンは帝国よりの支援をしてきた。
だが、ここまで共和国軍の正確な情報は無かった。

「それより此度の情報、妙に的確すぎる。フェザーン以上に共和国にも網を張るよう軍部に通達せよ」

そう言いながらもフリードリヒ4世は一つの仮説を立てていた。

(共和国軍部の一部が、あのヤン・ウェンリーを殺したがっておる、そういうことじゃな)

そして・・・・・今でこそ味方だが、イゼルローン要塞とイゼルローン回廊が帝国側にあった当時は明らかに非好意的な中立ないし共和国よりの政策を行っていた。

(・・・・フェザーン。共和国は大義名分がなければ軍事侵攻できぬ。
となれば彼奴らの存在が第二のイゼルローンとなるやもしれぬ。
そして共和国内部の不協和音・・・・まだ滅びるにはいかぬ。まだ、な)

もっともそれは口にせず、リヒテンラーデ国務尚書に次の議題に移るよう命じる。

「御意のままに」









フェザーン、共和国宇宙艦隊司令部、銀河帝国、それぞれが第13艦隊の敗北を予見しながらアスターテ会戦の火蓋が切って落とされる。
それは停滞の終わりであり、新たな英雄たちの登場でもあった。



[22236] 第一部 第三話 アスターテ前編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2011/02/07 08:04
いよいよ両軍は激突する。
帝国軍の思惑、共和国軍主流派閥の一つ、ロボス派の狙い、フェザーンの蠢動を他所にヤン・ウェンリーは起死回生の一手を打ち出してきた。
それは三個艦隊を分裂させたまま、各個撃破するというものである。


さて、アスターテ星域会戦の前に銀河帝国設立を振り返ってみよう。ルドルフの築いた帝国は100年ほど共和国の探知外に存在した。
そう、彼らの言う長征1万光年は伊達ではなかった。
そして銀河共和国では彼らの国葬が執り行われた。共和国政府、国民は本気でルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの新領土開拓が失敗に終わったとそう信じていたのだった。
が、彼は、ルドルフは生きていた。
以後国家建設と打倒共和国を合言葉にゴールデンバウム王朝の黄金期が始まる。
彼らはヴァルハラ星系第3惑星に首都「オーディン」を築き上げたのだった。

またノイエ・サンスーシに代表される古典的な建物は、宇宙暦550年代に登場し、580年代に成熟した政治家、共和国再興の父アーレ・ハイネセンによる対外宥和政策の間隙をもって建設されている。
ノイエ・サンスーシは一種の公共事業であった。そして、帝国は共和国に対して何ら興味を持たないという一種の政治的アピール、メッセージでもある。
事実、ノイエ・サンスーシ建設を依頼された共和国資本家はその余りの広大さと
古典趣味に馬鹿馬鹿しさを覚えた。
そしてこんな馬鹿な工事と歪な政治体制、国力で圧倒的に劣勢である銀河帝国を舐めてしまった。

『あいつ等は馬鹿だ、気が狂っている』

これは工事関係者のヤマト・インダストリー(後のNEXT11加盟会社)の役員の一言だが、正にこの一言に当時の共和国世論が集約されるだろう。

ところで疑問点がある。何故ルドルフはイゼルローン回廊開拓に成功したのか?
あの暗礁宙域をどうやって個人の力で、10億の民を率いて突破できたのだろうか?

それは、彼個人が一種の株式の株券でありヒーローであったからだと言われている。
長征において幾人もの人々、支持者を失ったルドルフではあったが、共和国に残した親ルドルフ的な政治的な基盤、軍部からの支援、企業や民間支持団体からの大規模な援助はイゼルローン回廊開拓に大きく役立った。
確かにルドルフ=地球政権、圧制者という構図があったが、それを信じない人々も存在したし、サルガッソスペース、所謂、暗礁宙域より先に存在するであろう恒星系とその開発に莫大な富を夢見た人々がいたのだ。
実際、接触戦争前の銀河共和国と銀河帝国の関係は良好であり交流も活発であった。
そして、共和国は移民とそれに繋がる企業の進出により第二の黄金期、アーレ・ハイネセン時代を迎える。(最も、銀河帝国に進出した企業は人員とともに戦争開始と同時に接収されたが)

時を宇宙暦300年代に戻そう。そんな経済界の欲望、あるいは願望を利用したルドルフは驚くべき程の犠牲の少なさで宇宙の暗礁宙域を突破した。
・・・・・そして、自らの痕跡を抹消し一切の連絡を絶った。
余談だが、先にも述べたように、このルドルフ開拓艦隊消失事件は共和国国内に大きな波紋を呼んだ。
彼らが数億の民と共に全滅したのだと考えられ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは国葬を持って処遇された。
なお、大規模な資金援助をした団体の半数は倒産や解体を余儀なくされルドルフ不況というべき状態に共和国は入ってしまう。

やがて銀河帝国と銀河共和国が接触すると共和国の市場開拓、経済原理という状況と負い目もあった事から数十年の蜜月時代を迎える。

接触時、銀河共和国大統領を務めていた第二の国父アーレ・ハイネセンはこう語ったという。

「我々の先祖は罪深いことをした。いくら急進的とはいえ、その思想を持って個人を抹殺するなど民主主義の行うべきことではない。失意の中に消え去った彼、ゴールデンバウム氏の為にも、また我が国民にいらぬ犠牲を出さぬ為にも我々は銀河帝国と不可侵協定、ならび相互通商条約を結ぶべきであろう」

そう述べて。
それが正しかったのか、それとも一方的に戦火を開いて銀河帝国がまだ20億に満たない少数勢力、弱小国家であるうちに併呑すべきだったのか。
それは今も尚、歴史学や政治学、軍事戦略を学ぶものに問いかけている。




宇宙暦796年4月 アスターテ星域



side ヤン



結論から言うと、魔術師の戦術は功をそうし、第13艦隊は勝利を収めつつあった。
ヤンの構想どおり比較的近距離にいたエルラッハ中将の艦隊は約1.6倍の第13艦隊の強襲をうけ前方集団3000隻が瞬時に壊乱、その後艦隊中枢に第13艦隊得意の一点集中射撃を受け指揮官であるエルラッハ中将が戦死、その後は残敵掃討といって良い段階まで追い詰められていた。

(・・・・そろそろ頃合か)

ヤンは思う。

「グリーンヒル大尉」

副官を呼んだ。

「はい、なんでしょう?」

ヤンはフレデリカ・グリーンヒルに確認を取ってもらう。

「敵艦はあとどのくらい残っている?大雑把な数で良いんだ」

後何隻残っているかと。
彼の目論見では・・・・・

(3000隻程度か)

そう思っていたが。
予想とは違った。

「そうですね、報告によりますと残り2000隻程、更にその半数が損傷しているとの事です」

予想以上の戦果。

(・・・・2千隻。撃沈艦艇数約1万隻。対して味方の損害は約500隻・・・・悪くない)

そしてヤンは続ける。
味方の損害、6万の死者を数字でしか見れない戦場の自分を嫌悪しながら。

「そうか、ならば良いか。ムライ参謀長」

参謀長に命令を下す。
個人的な感傷に浸っている場合ではない。
まだ艦隊には230万名もの将兵がいる。
そしてかのナポレオン・ボナパルトが言ったように最も貴重な、『時間』を浪費するべきではない。

「ハッ」

彼の反応に自身の命令を乗せて続ける。

「アッテンボロー少将達に連絡。フィッシャー少将の指導の下艦隊を急ぎ再編せよ、とね。」

それに驚くのは副参謀長のパトリチェフ准将だった。

「眼前の敵を放置して、でありますか?」

そう、敵は組織的な交戦力を失ったとはいえ、未だ2千隻もの艦艇が存在している。
戦果の拡大を図るべきではないか、というのが常識だろう。

「パトリチェフ副参謀長の意見はもっともだ。でもね、もはや敵は艦隊と呼べるものではない。放置しても構わないさ」

だが、艦隊として見た場合、最早目前のエルラッハ艦隊は脅威ではない。
ランチェスターの法則を使えば、10の三乗、つまり1000倍近い戦力差がある。
これだけあれば帝国軍強といえども最早動けないだろう。

(それにこれ以上の殺戮は無意味だ)

「なるほど」

その言葉に周囲の空気が納得したものとなった。

「それに戦いはまだ3分の1が終わったに過ぎない。更にロボス元帥の厳命でここで引く事も出来ないからね」

そう、ロボス元帥は勝利を、しかも大戦果を期待していた。
それに応えなければ、自分はともかく部下たちが危うい。
ヤンには自分を信じて付いてきてくれた部下を軍内部の政争の渦中に放り出すことなど出来なかった。
政争が誰よりも苦手だと自覚しているヤン・ウェンリー。正に矛盾の人である。

「それとだ、グリーンヒル大尉、敵艦隊に向け通信を送ってくれ。内容はこうだ『これ以上の追撃はしない、生存者の捜索・救出と貴官らの退路は保障する』、以上だ」

それから30分、銀河共和国最精鋭と謳われた第13艦隊は整然と列を整え漆黒の中に消えた。
次の獲物を求めるかのように。
宇宙を遊泳する肉食の、かつて地球にいた人食い鮫と呼ばれたホオジロザメ、その大群の様に。
ヤン率いる第13艦隊は漆黒を進む。



side ゼークト艦隊 エルラッハ艦隊壊滅から8時間後



艦橋内に艦隊司令官の怒声が響き渡る。
ゼークトは怒っていた。
せっかく2倍の戦力で敵を包囲し殲滅する。そうしてイゼルローン失陥の汚辱を少しでも注ぐ、そのつもりだった。
それが、通信妨害とそれに続くエルラッハ艦隊交戦せり、の電文。加えて更なる通信障害。

「どう言う事だ!! 敵は密集隊形をとり我々を迎え撃つつもりではなかったのか!?」

艦隊司令官の怒号が艦橋にいる幕僚たちに降り注ぐ。
誰も応えられない。
当然だ。
こんなケースは出征前には想定していなかったのだから。
最も、それでは軍の高級参謀としては失格であろう。
そんな中、一人の情報参謀が進言する。

「閣下」

誰が進言したのか、確認後一瞬嫌気が差す。

「新任のオーベルシュタイン大佐か。なんだ。何か策があるのか?」

ゼークト中将は内心思った。

(こいつは優秀だ。だが、その目が気に入らぬ。第七次イゼルローン攻防戦の時もそうだ。
反乱軍の策を尽く当てて見せたが、その薄気味悪さゆえに、そしてルドルフ大帝の定めた劣悪遺伝子排除法に引っかかるくせに30前後の若さで大佐までのぼりつめた・・・・・気に食わんが、他の者が何も言わない以上聞くしかあるまい)

ゼークト中将の内心など思いもせずにその男、パウル・フォン・オーベルシュタインは発言する。

「ハイ。今すぐ艦隊を転進させるべきです」

味方を見捨てろ、と。
シュターデン艦隊と合流し戦力を整えろ、そう言ってきた。

「窮地にある味方を見捨ててか!?」

思わず幕僚の一人が叫ぶ。
が、これを無視してオーベルシュタインは正論を展開する。

「残念ながらエルラッハ艦隊は既に壊滅しているものと思われます。なによりこの『我、敵艦隊と交戦中至急来援を請う』という文ですが、本当にエルラッハ艦隊から発信されているかが怪しいものです」

通信妨害の中届いた不自然な状況報告。
オーベルシュタインはそれを罠だと考えた。
だが、世間一般の常識は違うようだ。

「卿の意見ではこれは敵の偽電だと言いたいのか?」

ゼークトの問いに肯定する。

「左様です、ここは敵の手に乗らず」

だが、

「いや、ここで味方を見捨てるわけにはいかん。唯でさえ国力で劣るわが国が味方を見捨てたとあっては平民階級に動揺が走る」

ゼークトはあくまで初期の三包囲の案を捨て切れなかった。
また、大将時代の悪い癖が出た。
後一歩で上級大将昇進、そして、巧くすれば帝国元帥への昇進も可能であったあの時代の政治的な判断を戦場に持ち込んでしまった。
共和国軍上層部が大統領と結託して出兵を許可したことを考えると、両軍似たようなモノであったが。

オーベルシュタインは続ける。
馬鹿な上官とともに犬死はごめんだ、そう言わんばかりに。
それがゼークト提督との軋轢を本格化してしまうのだが、それを気にしない辺り、オーベルシュタインにも責任はあるだろう。
これは参謀という職があくまでスタッフでしかない旧暦=西暦のアメリカ軍時代からの弊害なのかもしれなかった。

「しかし、今ここでは生き残ることが最優先。政治的な問題は帰国してからの宣伝でどうとでもなりましょう」

オーベルシュタインの言は正しい。

「・・・・だが」

たて重ねにオーベルシュタインは続ける。

「それに、国力の点をご指摘なさるのでしたら既に一個艦隊を失った以上全軍撤退をも視野に入れるべきではないかと」

全軍撤退。
そう、既に総兵力数で互角の可能性が高い以上、共和国と帝国の国力差を考えれば最適な判断なのかもしれない。
だが、それを選ぶことは即ち、現皇帝フリードリヒ4世の私財を無駄に消費したことになる。

「・・・・・・・」

そしてゼークトは決断した。

「いや、敵将はまだ若い。それに対してエルラッハ中将は歴戦の勇士だ。今尚彼の艦隊を引き付けているに違いない」

対するオーベルシュタインが珍しく声を荒げる。

「閣下! それは希望的な観測に過ぎません。数で劣るのはエルラッハ艦隊です。
ランチェスターの法則を考えるまでもなくエルラッハ艦隊は」

ゼークトはオーベルシュタインの正論を聞きつつも、自身の政治的判断からそれを遮断する。

「もう良い!!全艦全速前進。艦隊の最高速度でエルラッハ艦隊を救援に向かうぞ
各艦に伝達、最大戦線側を出せと・・・!?」

その時、艦橋が揺れた。
そしてスクリーンに多くの光の華が咲いた。

「なんだ、どうしたのだ!」

通信参謀に状況を確認させる。

「左舷後方に敵艦隊。ジャミングが激しくそれ以上のことは分かりません」

「何!」

絶句する。

(何故だ? 何故ここまで気が付かなかった!? 敵のジャミング能力はそこまで高いというのか!?)

ゼークトは瞬時に判断した。
彼とてイゼルローン要塞駐留艦隊司令官に任じられるほどの実力者だ。
その原因を瞬時に突き止める。
もっとも、突き止めたところで現状はそうそう打つ手が無い。

「閣下、敵はやはり戦場を移動したのでしょう。ここは迎撃を」

そんな中、オーベルシュタインの冷静な声だけが旗艦の艦橋に響き渡る。

「やかましい。言われなくともわかっておるわ」

このやり取りの間にも戦火は拡大していく。
そして義眼の参謀は、最早見切りをつけていた。

(ゼークト提督も所詮この程度の人か)

そして一人、幕僚たちの間から離れ、脱出用のシャトルに向かった。
彼にはなすべき事がある。
その為に、自分を扱いきれない上官と共に、或いはゴールデンバウム王朝を神聖視する、もしくは受け入れる愚者に付き合う必要を認めなかった。



side 第13艦隊



側面を突いた第13艦隊は浮かれていた。
緒戦のエルラッハ艦隊、無論その艦隊名称を知るのは会戦後になるが、を破った第13艦隊は士気の面で帝国軍を圧倒していた。
そして帰還を絶望視していた将兵たちも、この敵艦隊、即ちゼークト艦隊を撃破すれば生きて本国に帰れると分かり、否おうにも活躍する。

・・・・・全ては自分たちが生き残る為。

それは各分艦隊司令官も変わらない。

「よーし、後はドンちゃん騒ぎだ。みんな着合い入れて行けよ!!」

アッテンボローが士官学校の学園祭ののりで発破をかける。
それに答え砲火を集中させるアッテンボロー分艦隊。
壊滅し、壊乱して行く目前の帝国軍。被害は殆どない。戦術的に無視して良い位だ。

更に、

「はは、こいつは良いどっちを向いても敵ばかりだ。撃てば当たるぞ。弾薬を惜しむなよ」

敵陣へと強行突入しゼークト艦隊中央を分断そのまま反時計回りに分断した後方の更なる中央に突撃したグエン・バン・ヒュー少将も気勢を上げる。
ヤン・ウェンリーの絶妙な突撃の指令、そのタイミングに合わせただけでこの戦果。
グエン分艦隊は熱狂的な攻勢をかける。

加えて、

エドウィン・フィッシャー少将は二人の分艦隊司令を援護すべく、冷静に帝国軍の分艦隊旗艦周辺へと砲火を集中させる。
或いはアスターテ会戦、いや、現代の宇宙戦争ではこれが一番厄介かもしれない。
なにせ、帝国軍は指揮を取ろうにも、その指揮官ばかりが集中的に討ち取られていくのだから。

「慌てず、焦らず、敵艦隊の通信量が多い部隊を集中して叩くのです」

フィッシャーの的確な艦隊運用がその輝きを見せる。

第13艦隊は敵の後背を取った。圧倒的な有利の下、ヤンはグエン分艦隊を先頭に突撃を命じた。
それを支援するアッテンボロー、フィッシャーの両艦隊。

「ヤン提督、敵がワルキューレを発進させつつあります」

ジャン・ロベール・ラップ大佐が進言する。

(・・・・愚策だな)

ヤンは自問自答しつつ、新たな命令を下さす。

「了解した、ラップ大佐。各艦に伝達、敵空母部隊に砲火を集中させよ、と」

「ハッ」

空母部隊への集中砲火は迅速に行われた。
ワルキューレという艦載機発進途上を狙われた帝国軍は成す術も無く撃破されていく。
それを確認しながら、

(どうもラップに敬語を使われるのは違和感があるな・・・やりにくい)

思ってしまうヤンだった。

戦況は確実に共和国軍に優位のまま進んでいる。



そして、戦闘開始から2時間後、ゼークト艦隊はエルラッハ艦隊同様の損害を出してしまう。
違うのは指揮官が未だ健在かどうかといった程度であろう。
それほどまでに甚大な損害を受け、生き残りの半数は司令官の命令を無視したのか逃げ出し始めた。
その動きは各分艦隊に、生き残りの帝国軍ゼークト艦隊全体に広がる傾向にある。
このとき、ヤンは決断した。

「敵艦隊司令に連絡を入れてくれ。降伏せよ、しからざれば退却せよ。追撃はしない、とね」

だが、ヤンの期待は最悪の形で裏切られる事になる。



side ゼークト艦隊



ゼークトは一瞬何を言われたのか分からなかった。
だが、理解した途端に爆発した。

「降伏だと!? しかもそれが嫌ならば逃げろだと?馬鹿にしおってからに!!」

敵艦隊司令官を確認させる。
もしも、このときの司令官が1年前に自分を汚辱の淵へと叩き込んだヤン・ウェンリーではなかったら話は変わったかもしれない。
だが、通信士は無情にも、そして薄情にも現実を告げる。

「通信相手は第13艦隊司令官ヤン・ウェンリー大将です」

ゼークトから正常な判断を奪うのには十分だった。
自分を屈辱の汚泥に突き落とした男が、もう一度同じ事をしようとしている。
そう受け取った。

「あの、あの、あのヤン・ウェンリーか!!!? イゼルローンのみならずここでも恥辱を受けろというのか!!!」

「閣下!」

流石に戦況を理解している参謀の一人が止めに入るが、それを突き飛ばすゼークト。
怒りの度合いが分かるというものだ。

「砲撃だ。これほど無残に敗北して我々はおめおめ帝都には戻れん。
よもやここにきて命を惜しむ者はおるまいな!!」

この敗戦で生きて帰れないのは司令官であって、将兵ではない。
それに気が付いたものがどれ程いたのかは・・・・・戦後半世紀を経過しても尚不明である。



side 第13艦隊



「ヤン閣下、返信です。」

ラップ大佐が手を震わせながら続ける。

(ラップが怒っている? 嫌な予感がするな)

ヤンは目線で読めと促した。

「読みます。『汝は武人の心を弁えない卑怯者である、我、無能者とのそしりを受け様とも臆病者と誹りは甘受できず。この上は皇帝陛下の恩顧と帝国の繁栄の為全艦玉砕し帝国軍の名誉を全うすべし』以上です」

その瞬間、ヤンは椅子から立ち上がった。
余りの変貌振りに驚くグリーンヒル大尉たち。
オペレーターやマシロ艦長も同様だった。
ヤン・ウェンリーはどんな時でも冷静沈着である、それがこれ程までの怒気を発するとは。

「武人の心だって!? 臆病者の誹りは受けられないから玉砕するだと!!」

普段のヤンらしからぬ態度に幕僚たちの視線が集まる。
そして彼らしくない冷徹な命令が下される。

「敵旗艦を判別できるか?」

(死んで詫びるなら一人で詫びれば良い。なぜ部下を巻き添えにする!)

砲術長が少し怯えながらも答える。

「出来ます」

それを聞き、決断する。

「集中的にそれを狙え。これがこの戦い最後の砲撃だ」

各艦の砲術士が慌てて敵艦隊旗艦周辺部へと照準を合わせる。

「照準完了」

その報告と共にヤンは、恐らく人生史上最も苛烈な命令を下した。

「撃て」


こうして、光が貫き、炎の花が宇宙に咲き、ゼークト艦隊旗艦は消滅した。
ゼークト提督は戦死し、他の生き残った艦艇も四散して逃げ散っていく。
そんな中、砲撃で撃沈される前に一機のシャトルがゼークト艦隊旗艦から脱出した事を気に留めたものはこの時点では誰もいない

宇宙暦796年1月、アスターテ会戦前半戦と後に言われる戦いは終わった。
これ以上の犠牲を出したくないヤンは、艦隊を帰路に着かせようとしていた。



[22236] 第一部 第四話 アスターテ後編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2011/02/07 20:49
第四話 アスターテ後編

『諸君らは共和国を守る精鋭部隊である。民主主義の大儀を掲げるこの国と、第1から第18艦隊までの国防戦力とが共に手と手を取り合えば圧政を掲げる銀河帝国軍の侵攻を跳ね除け、やがては悪の拠点イゼルローン要塞をも陥落させることが出来るであろう。このヨブ・トリューニヒトは諸君らの愛国的な活動を期待するものである』

宇宙暦795年8月、ハイネセンスタジアムにおける各艦隊司令官と将兵への激励文より抜粋


『アーレ・ハイネセンは確かに偉大さ。だがな完璧な人間がいないように彼も完璧ではなかった。銀河帝国の底力と当時の少数派であったゲルマン系白人民族の鬱憤を軽視してしまった。それがこの戦争の一つの要因さ。もっとも当時の私が同じ立場にいたらやはり和平を選択しただろうよ。何故かって?そりゃあもちろん世論には勝てんからだよ』byホアン・ルイ

宇宙暦770年2月2日、ベガ州州知事ホアン・ルイの発言より抜粋。


『シトレ元帥は仰っていた。我々は偶像と戦っている、とね。わしもそう思う。わしが初陣を飾った第二次ティアマト会戦までは攻勢に転じていたのは共和国軍じゃった。しかし、目先の勝利に拘泥し艦隊増強を行った為、要塞建設という発想の転換を行えなんだ。その結果が6度にわたるイゼルローンの敗北であり、度重なる帝国軍の侵攻であろう。わしの子供の頃は選抜徴兵制度などなかったものじゃよ?じゃがあの要塞が完成させてしまってからそれは開始され、物事は悪い方向ばかりへと進んでいる、そんな気がする』by アレクサンドル・ビュコック



『銀河帝国軍が侵攻してきただと?何かの誤報だろう』byコード・ギアス大統領



『我々は帝国に逆侵攻する必要はないのです、ウィンザー議員。何故なら我が国のほうが人口比で勝り、開拓すべき惑星を多数保有しております。一方銀河帝国は国防に力を傾け内政問題を疎かにしています。もしも我が軍が大挙して侵攻するなら敵を団結させ、更には平民階級への弾圧を招きかねません。また、あの広大な領土を維持するには18個艦隊では絶対数がはるかに足りません。更に言わせてもらいますが、戦勝をもぎ取ることと治安維持は全くの別物であります。小規模ならともかく、5個艦隊以上の出兵は臨時国債などで賄われ財政の悪化につながりますので、民意が納得できる理由が必要です』byシドニー・シトレ

以上、銀河共和国アングラ出版社・『共和国の名言・迷言集』より抜粋。
宇宙暦820年3月30日 ヤン・ランの卒業論文発表時。




第四話 アスターテ後編




side ラインハルト



「無能どもめ」

おもわず悪態をつく。
艦隊は予想通りに壊滅させられ、残った艦隊は本隊15000隻のみ
対して敵は未だ20000隻近くの艦艇が残っている。
しかもフェザーンからの情報が確かならば不敗の名将ヤン・ウェンリーの指揮する艦隊が、だ。
対してこちらの司令官はシュターデン。通称、理屈倒れのシュターデン。
はっきり言って勝ちは、否、勝負にすらならないだろう。

「これでは話にならぬ」

敵軍が引き返す、という報告を受けたときは何かのデマかと思ったが予想通りデマだった。
おかげで戦場深く誘い込まれてしまったようなもの。

(俺に全軍の指揮権があれば、いや、一個艦隊の指揮権さえあれば必ず逆転させられるものを)

赤毛の親友が周囲に聞かれないようにラインハルトに囁いた。

「シュターデン中将は最早正常な判断を下せないものと思われます」

続ける

「艦隊行動に関してラインハルト様の為さりたい様に成すべきかと」

ジークフリード・キルヒアイス大佐が副官として意見を述べる

「キルヒアイスもそう思うか?」

ラインハルトがブリュンヒルトの司令官席から傍らに立つ自らの分身に問いかけた。

「はい、この期に及んでなお前進命令を出すなど自殺行為です」

会話が続く。

「そうだな、本来であればゼークト艦隊壊滅と同時に速やかにオーディンへと帰還するのが『常識』というやつだ」

「それをおやりにならないのは、司令官個人がもはや意固地になっているとしか思えません」

赤毛の親友は正しい。いつも正しい意見を述べる。・・・・述べるが

「ああ、そうだろうよ。だが、だからといって私の指揮下にある艦隊だけでも逃げ出すわけにはいかん」

指揮シートをつかむ手に血管が浮かぶ。
何も出来ない自分への腹立たしさ、将兵への申し訳なさ、宮廷貴族どもの無能さとこの国の理不尽さに怒り、呆れ返っている。

「でしたら、やはりラインハルト様のなすべき事を為さるべきでしょう」

そう言って彼は姿勢を正した。
それは私人としての時間を終わらせ、公人としての時間に移った事を意味する。

(こいつは・・・・全く敵わんな)

ラインハルトは苦笑いしながら、

「キルヒアイス、このメモリーデータを全艦艇に流してくれ。くれぐれも内密に、な」

と、キルヒアイスに頼んだ。

「畏まりました」


そうしている内にシュターデン中将から命令が来た。

『全軍第一戦闘配置』

それはまだ不要であった。

(本当にどうしようもない。今から兵士たちに要らぬ警戒心を抱かせてどうするのか!?)

ラインハルトは警戒態勢のまま進むべきと進言したが、却下された。
そして見た。シュターデン中将の憔悴しきった顔を。

(キルヒアイスがいてくれて本当に助かった・・・・あれを一人で相手取るには・・・・俺の忍耐が持たないな)


それから2時間後、ラインハルトの下に報告が届けられた


「敵影確認」

緊迫する艦橋。
誰もしゃべらない。

(距離約800、方位は一時から二時の方向)

そんな中、ラインハルトとキルヒアイスは独語する。
そして、

「距離920。方位1.25時の方角」

観測士がそれを裏付けた直後、光が走った。

「敵艦発砲!!」

第13艦隊がアウトレンジから攻撃を仕掛けてきたのだ。
こうして、アスターテ会戦は新たな局面を迎えた。



side 第13艦隊 4時間前



「全艦、これよりイゼルローン要塞に帰港する、転進用意」

ヤンはゼークト艦隊を葬ると幕僚たちに命令する。
帰港せよ、と。

「帰港されるのですか?」

聞き返すのはパトリチェフ。
彼としてはこのまま戦果の拡大を図るべきではないか、それがヤン提督の安全にも繋がるのではないかと思っていたからだ。
だから、この撤退命令は以外だった。

「ああ、敵二個艦隊を撃破したんだ。もう十分さ」

(全く、これだけの勝利を得たんだ。もう十分だろう)

ヤンは指揮官席の上に胡坐をかきながら考える。
どうやら、パトリチェフは、否、幕僚たちはヤンを心配しているらしい。
だがそれも杞憂だろう。

(ロボス元帥も納得するはずだ。二個艦隊を相手に損害はほとんどなし、対して敵艦隊はほぼ壊滅・・・常識的に考えて十分な戦果のはずだ)

ヤンは人殺しを嫌っている。そんな彼をイゼルローン要塞防御司令官ワルター・フォン・シェーンコップは『矛盾の人』と称している。

だが、ヤンの期待はものの見事に破れる事のになる。
一人の仕官がグリーンヒル大尉に通信文を渡し、彼女の顔が強張った。

「閣下、その、宇宙艦隊司令部より暗号通信です」

驚くのも無理は無い。
こことシリウスは数百万年光年離れているのだ。
なのに、暗号通信が届いた。

(なんでこのタイミングにこんな命令が? しかも命令発進時刻は標準時12時・・・・会戦開始前だわ
とにかく、ヤン閣下に伝えなければ)

無言でヤンの横に立つ。

「なんだい大尉、撤退命令かい?」

フレデリカ・グリーンヒル大尉は無言で首を横にふった。
それを見てロボスとの会話を思い出す。

『貴官は我が軍史上最年少の大将であり、イゼルローンの奇跡を起こした提督なのだ』

『イゼルローン以上の戦果を期待するよ』

あのシリウス宇宙艦隊司令部での発言が呼び起こされる。

(・・・・・何だか、いやな予感しかしないなぁ)

だが、通信が来た以上無視することも出来ない。

「読んでくれ。」

グリーンヒル大尉は息を整え、読み出した。

「読みます・・・・『敵艦隊を全て殲滅せよ』・・・・以上です」

「・・・・・・・・・全く」

ヤンはその一言を搾り出す。
内心で別のことを考えながら。

(上層部は現状が分かっているのか!?超能力者でもいるんじゃないのか・・・・いや、実際の戦場の現場をこんなに詳しく分かるはずがない)

(つまり、私は嵌められたという訳か・・・・アッテンボローの言った通りになるとは・・・・まったく)

ヤンはベレー帽を被り直すとグリーンヒル大尉に視線を向けた。

「了解したと返信してくれ。ああ、それと先ほどの命令は撤回。全軍に通達、最後の戦いだ、死なないように戦い抜こうと激励してくれ」

ヤンの第13艦隊はこうして司令官の望まぬ第3ラウンドへ突入する。



4時間後



士気の上がっている第13艦隊は、散開陣を展開するシュターデン艦隊の中央に砲火を集中。

全艦隊が一丸となって突撃する。

そして・・・・・中央から正面衝突したシュターデン艦隊は第13艦隊の中央突破戦術と近接戦闘により半壊しつつあった。
更に、戦闘開始から約1時間、イワン・コーネフ少佐、オリビエ・ポプラン少佐のスパルタニアンによる連携攻撃によりシュターデン提督が戦死した。

その報告は即座にラインハルトの下へ届いた。

「キルヒアイス!」

ラインハルトが叫ぶ。
ブリュンヒルト艦橋の、否、帝国軍全軍の激減した士気を高めるかのように。

「はい。全艦に告ぐ。これより我が艦隊はラインハルト・フォン・ミューゼル中将の指揮下に入る。全軍C-4回戦を開き即座に行動せよ」

各艦がその命令を受信する。
第13艦隊の中央突破を逆手に取る戦術。
今正に、銀河帝国軍が反撃の狼煙をあげんとしていた。

一方この放送はヒューべリオンでも受信された。
急速に穿つ共和国軍、分裂していく帝国軍。一見すると勝利は確実なものとなったかに見えた。

「・・・・脆すぎる」

ヤンが何か引っかかりを覚えた頃、各分艦隊司令官達も同じ様な感触に囚われていた

「どういう事だ、何故敵の反撃がこうも薄い!」

グエンが、

「やれやれ、何かこうラップ先輩やヤン先輩の予想とはかけ離れてないか?」

アッテンボローが、

「予想では死兵になる前に片をつける筈・・・・それが」

フィッシャーが、それぞれの言葉で敵の脆さを指摘する。


・・・・その頃、ラインハルトの旗艦では・・・・

「どうだ!!」

「はい、我が軍は敵に分断させつつあります」

「よし、今だキルヒアイス、全艦全速前進!!敵の後背に食らいつけ!!」


・・・・ヒューベリオン・・・・

「っ、しまった」

ヤンの気付きとオペレーターの悲鳴はほぼ同時だった。

「閣下! 敵が、左右に分断した敵が我が方の後背にくらいつつあります」

「反転、いいや、待て。ヤン提督、このまま時計回りに前進。さらに敵の背後を突くべきです」

ラップが即座に進言する。
時間はこの際、黄金よりも貴重だった。

「ラップ参謀の言うとおりだ。全軍に厳命、時計回りに敵艦隊後背へ食らいつくように。なお、敵前回頭は慎み防御に全力を注ぎ込むべし、だ。急いでくれ」


更に2時間、両軍は二つの蛇がお互いの尾を食らい合う陣形になった。
そして消耗戦を嫌った両者はお互いが息を合わせたかのように兵を引いていく。

・・・・・そんな中・・・・・・

「閣下、敵艦隊司令官ラインハルト・フォン・ミューゼル中将から通信が入っています。如何為さいますか?」

ヤンは、グリーンヒル大尉の進言に耳を貸し、考える。

「・・・・・・・・・・」









ヤンは熟考の末、決断した。

そして、稀代の名将は初めて顔をあわせる事になる。



[22236] 第一部 第五話 分岐点
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/01 14:12
第五話 分岐点

『お前たちを叩きのめしたのはこのブルース・アッシュビーだ。そして次に叩きのめすのもブルース・アッシュビーだ。よく覚えておけ』



『我々は屈しない。銀河共和国から苦節1万光年、ついに我々は新天地を得たのだ。余はここに銀河帝国ゴールデンバウム王朝の成立を宣言する。そしていつの日にか必ず正当な支配者として共和国を僭称する輩に反撃するであろう』byルドルフ・フォン・ゴールデンバウム



『帝国は怖いのさ。自国の権益を我ら共和国が全て掻っ攫うのではないかとね。だがな、それも仕方ない。圧倒的、とまではいかないが国力の差は歴然としているし、なにより人口差が違う。貴族制という一種の専制政治は確かに効率の良い制度だ。その結果ルドルフの作り上げた帝国は、軍事面において我が国とほぼ互角といって良い・・・・もっとも、我々が限定戦争を望んでいるのに対して向こうは常時戦時下のようなもの。いずれ破綻するのは目に見えている。だから大規模な出兵などする必要はないし、イゼルローン要塞が落ちた今、選抜徴兵制度も廃止すべきなのだ・・・・・まあ、人口差を10対5にまで埋めた歴代皇帝の多産政策は賞賛に値するがな』by ジョアン・レベロ



『イゼルローン要塞は陥落した。それも半個艦隊で。成功させたのはヤン・ウェンリー少将。これで我々は帝国領土へ約30年ぶりに侵攻できる。宇宙暦795年1月は記念すべき年月となるだろう。彼を二階級特進させ軍を嗾けさせよう。彼に、魔術師ヤンに続け、とね。そうすれば戦略的劣勢で戦力を削がれてきた軍部のことだ、喜び勇み出兵命令に賛同するであろう(そして再選だ)』byラザフォート大統領



第五話 分岐点

第13艦隊は凱旋の途上にあった。三方向から包囲されながら2個艦隊を殲滅し、更にもう1個艦隊を半壊させ味方の損害は1割にも満たない。まさに、圧勝である。
それは初期の予想を大きく裏切る形であった。
特にダゴン会戦の勝利の再現を目論んだフェザーン、共和国軍首脳部、帝国軍の者達にとって凶報以外の何者でもない。



「全艦警戒シフトに移行」

ムライ参謀長の命令が各艦に伝達される。

「各艦はフィッシャー提督の命令に従い、秩序ある行動を行うように」

当たり障りのない命令。弛緩した空気。
誰も彼もが笑顔を浮かべ、今日生きていることを喜んでいるようだ。

(無理もない)

ヤンは思う

(本来なら殲滅されるのは私たちの筈。それが逆に敵艦隊を殲滅した・・・人事でなければ私だって無邪気に喜べただろう・・・)

ヤンの思考は続く

(しかし、それでも私は喜ぶことは出来ない。1289隻、戦死者13万17名。帝国軍の方はざっと400万はくだらないだろう)

(そして私はまた偶像にまつり上げられる。英雄という名の監獄に・・・)

(・・・そんな私が・・・)

「参謀長」

「何でしょう?」

「私は数時間ほど私室にもどる。何かあったら連絡をくれ」



side フレデリカ・グリーンヒル

化粧室の前で念入りに彼女は化粧をしていた。
それはこれから彼女自身の一世一代の賭けに出ようとしていたからだ。

(思えば14年前から私はあの人に憧れ、恋してきた)

14年前、宇宙暦782年、帝国軍が威力偵察兼労働階級確保(共和国内部では組織的拉致行動として強く非難されている)を目的とした軍事行動に出た。目標は共和国外縁恒星系エル・ファシル。参加兵力は一個分艦隊2000隻
無論、反撃した共和国軍であったが、アーサー・リンチ司令官は戦闘途中にエル・ファシルに帰還、指揮系統を失ったエル・ファシル駐留軍2000は壊乱してしまう。
そんな混乱の中、任官して一年の若い中尉が民間人脱出計画の最高責任者となった。
一方帝国軍は慢性的に不足する労働力を少しでも増やし、各貴族領土の荘園に働く平民階級を手に入れるべく艦隊を増派。戦力比は1対5にまで膨れ上がりエル・ファシル駐留軍は玉砕か撤退か、降伏を迫られることになる。

(そしてみんながパニックに陥った・・・・大人で冷静だったのはあの人くらいの者かしら)

パニックに陥った市民をなんとかなだめる新米の中尉。
一方でリンチ少将は一部司令部幕僚ともに独自に脱出計画を進める、それはあまりにも常識的な、故に帝国軍にも察知される行動であった。

(・・・・あの日に遡る・・・・あの人の初めての奇跡の日を)

司令官敵前逃亡。その報道はエル・ファシル全土に駆け巡った。
そしてそれを待っていたかのように中尉は動いた

『お静かに。何、司令官が一部の幕僚と共に逃げただけです。それよりみなさん、我々も脱出します。急いで割り当てられた便の船に乗り込んでください』

脱出船団は対レーダー装置を働かせる、という固定概念とエル・ファシル惑星上に展開した500隻あまりの無人艦隊に気を取られ見事民間人400万人を脱出させる事に成功した。それは一人の英雄の始まりであり、いまや偉大な英雄となった者の第一歩であった。


そして、現在。フレデリカは司令官室の前まで来た。

『ヤン司令、この会戦が終わって生きていることが出来たならお話をさせてもらってもよろしいでしょうか?』

返ってきた答えは『YES』

アラームを押す。程なくして『どうぞ』という掛け声が扉越しに聞こえた。



side ヤン

『卿が、あのヤン・ウェンリーか。卿らのアスターテにおける各個撃破の活躍は見事である。私が国政の全権を掌握した暁には良き関係を築きたい』

『また、共和国が攻撃せぬ限り、こちらからも攻撃はせぬ様、ラインハルト・フォン・ミューゼルの名で確約しよう』

『卿らの勇戦に敬意を評す。お互い再戦の日まで壮健でいたいものだ』

(敗軍の将の中にこれほどの器の持ち主がいたとはね)

あの通信で初めて話した相手。ラインハルト・フォン・ミューゼル。
まさか自分より若い若者が艦隊司令官とは思わなかった。
そして匂わされた野心も。

(たった数言の会話の中で彼は私に伝えた)

(いずれゴールデンバウム王朝は自分の手で滅びるであろうと)

灰色の頭脳と呼ばれた彼の知略は、若い金髪の司令官の思考を読み取った。

(大胆な青年だ。如何に言葉を選んだとはいえ不敬罪とやらにあたるかもしるぬというのに)

その自信の表れにも驚嘆させられる他なかった。

(全く、味方には嫉妬されるは、敵には賞賛されるは・・・・普通逆じゃないのかい)

その時アラームがなる。
心当たりは・・・・・ある。

(グリーンヒル大尉・・・だな)

「どうぞ」

『失礼します』

ドアが開き、グリーンヒル大尉が入ってきた。
その瞬間、あのヤン・ウェンリーが、色恋沙汰にそれ程縁のなかった灰色の頭脳が直感を感じた

(・・・・私もどうして・・・・度し難い低脳だな)



side フレデリカ

鼓動がとまらない。こんな事は初めてだ。

「あ、あの」

ヤンは何もいえない。何故ならサーブを打つ権利は彼女にある。
アスターテの前夜、わざわざヤンを捕まえて話があるといったのは彼女だったのだから。

「閣下」

「・・・うん」

「わ、私と、その、あの、えっと」












「私と付き合ってもらえませんか!!」

(言ってしまった!!)



side ヤン

(やはり・・・・・そういう話題か)

「あの?」

グリーンヒル大尉の思いは知っていた。知っていた上で躊躇してきた。
はっきりと分かったのはイゼルローン攻略戦後だった。
そして、今、自分の気持ちに嘘をついてきた、あるいは向かい合わなかった報いを受けているのだろう、ヤンはそう思った

「グリーンヒル大尉」

「ハイ」

彼女の声が震える。顔が強張る。

「私は人殺しだ」

彼は言い放った。まるで断罪を望むかのように。

「それに、生活能力はないし、見ての通りさえない人相だ。しかも政敵もいる・・・・・そんな私で本当にいいのかい?」

(私の心は決まっていたんだな。彼女と再会してから・・・・ずっと)

それは彼女のもっとも聞きたかった言葉

『私でいいのか』



side フレデリカ

「はい。そんな貴方だからこそ、私はここにいます」

そして彼女は驚くべき事実を告げだした

「実は今回の出兵に対して父から艦隊を降りるよう申し付けられました。『もはや命令の撤回は叶わぬ、ロボス元帥はヤン提督を生贄にするつもりだ』と」

彼女は続けた。たった今、自らの伴侶に選んだ人物に。

「父は続けてこうも言いました『卑怯者と罵られようとも構わない。恨まれても構わない、だからお前だけでも』と」

それは父が、ドワイト・グリーンヒルが全てを捨てる覚悟の発言であり行動であった。
そこまで娘を想う父親の気持ちを振り切ったフレデリカにヤンは改めて問うた。

「何故、残った?」

と。

「決まっています。どうせ死ぬのなら貴方と一緒に死にたかったからです」

その言葉と共にフレデリカはヤンに抱きついた。
そして口付けを交わす二人。
ヤン・ウェンリーは生涯のフレデリカ・グリーンヒルという伴侶を得た瞬間である。




このときを後世の歴史家はこう批評する。
「ヤン・ウェンリーが政治の世界を目指すきっかけのひとつは間違いなくこの出会いであったろう。彼は守るべきものが出来た。正確には増えたというべきか。どちらにせよ政敵から自分の大切な人々を守り通す力を彼は手に入れざる負えなくなったと言ってよい。その事はフレデリカ・グリーンヒルに告白された当時のヤン・ウェンリーには分からなかった。だが、嫌でも分かることとなる。それは別の男との出会いによってもたらさるのだった」



[22236] 第一部 第六話 出会いと決断
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/01 14:14
第六話 出会いと決断

『ユリアン、アーレ・ハイネセンの一番の功績は何だと思う?』

『帝国と争わなかった、でしょうか?』

『そう。彼はわかっていた。新興国とはいえ貴族制と専制制度を両立させた国が、国力差が著しい共和国の、特に沸騰した国民世論の前と総力戦体制に移行すれば帝国は勝てないであろう事を。』

『ですが、ヤン提督。僕たちはまだ帝国と戦っています。それはどうしてでしょうか?』

『一般的にはルドルフの怨念といわれているけど私は違うと思う。まず帝国は恐怖から戦っていると思う。特に大貴族にとっては負ける事=処刑される事だと思っているんじゃないかな?もちろん、口には出さないけどね。だから最近のイゼルローンを進発した艦隊が何度も足を止められているんだろうね。そして帝国が当初の予想以上に艦隊を動かせるのは、軍部が貴族の援助を受けていて、それを使った皇帝が軍を強化している、そんなところかな』

『でしたら! 尚のこと帝国を打倒しなければならないのでは?』

『そう、問題はそこだ。ユリアン、思い出してごらん。接触時の平和は何十年続いた? そのときの共和国の繁栄はどうだった?』

『・・・・・第二の黄金期、そう学校で教わりました』

『そう、第二の黄金期だ。人類は争うことなくそういった価値あるものを手にいれられる、そう私は思っている』

『では提督は銀河帝国と和平を結ぶべきとお考えなのですか?』

『いや、今は違う。少なくともゴールデンバウム王朝の現体制が継続するなら和平は結べないだろうし、結ぶべきではない』

『それは?』

『軍産複合体』

『・・・・・軍?』

『簡単に言うとね、共和国内部で軍隊に利権を持っている人々の集団のことさ。大は軍艦の建造会社から小は統合作戦本部のコーヒーショップの店員まで。彼らの職を斡旋できないと議員でも大統領でも次の選挙で劣勢になるか失職する。特にタカ派の議員は、ね。私の危惧はそれなんだ。仮に現時点で講和を結んだとしても銀河帝国は鎖国してしまうだろう。そうなると交易・貿易対象として意味がない。第二次黄金時代は銀河共和国と銀河帝国との共存と貿易、帝国領土の開発でなりたった。民需に関して言えば共和国産のほうが優れている。私の予想ではフェザーンの様に貿易で儲けることで戦後不況を乗り切れると考えている。ところが、55億の人口を持つ国家が一方的に鎖国するとそれは起きない。つまり貿易による失業回避という代替案にならないんだ。そして不況で職を失う人々が街に溢れれば旧暦(西暦)1900年代のファシズムのような国粋主義の台頭を生むだろう。そして、また戦争だ。経済を回らせるための、終わらせるつもりのない、無計画な破滅へと続く戦争だ・・・・そう丁度今のようなね』

『・・・提督』

『軍人では戦争を終わらせられない、そいつは分かっている。だけど、政治家になっても戦争を終わらせる環境にもっていけない。イゼルローンを落とせばこちらの負担が減るかと思った。だが、甘かった。見通しが甘すぎた。軍内部は私のような若造が大将閣下になっているのがよほど気に食わないらしい。私に続けと煽られて既に3度も出兵している・・・・大規模な敗北も占領もなかったから良かったもののもしも広大な占領地を持ち、それ全土に焦土作戦を取られていたら・・・・大敗北を喫してより軍備に経済が依存するような事態になればと思うと・・・・正直ぞっとするよ』



第六話 出会い


フレデリカとヤンが熱烈なキスを交わしていた頃、ジャン・ロベール・ラップは頭を抱えていた。
捕虜の一人が面識を求めてきている、という報告をアッテンボローから受け取ったのだ。
ご丁寧に護衛つきでトリグラフからヒューベリオンに送るとも付け加えて。

「はぁ、なんでまた一介の大佐がこんな情報を知っているんだ?」

彼が目を通しているレポート、それにはロボス元帥が裏で情報を帝国側へ流した状況証拠が多数書かれていた。

「会わせない訳にはいかないだろうけど・・・・いま会わせるのは・・・・でも」

ラップは気付いていた。
あの親友に春が訪れるのではないか、特にグリーンヒル大尉の唯らなぬ様子。
そしてヤンの普段では考えられない、だがよほど注意しなけば分からぬ態度、それを長年の勘が感じ取った。

(はは、これを邪魔したら正直銃殺ものだな)

「だが、そうとばかり言ってられない。」



side ???

(どの艦も私のシャトルを拾わなかったのは予想外だったな)

男は無機質な目で自分に与えられた個室に目を見やる。

(まあ、あえて火中の栗を拾いたがる者はおらぬ、ということであろう)

出された食事に手をつける。
それは先ほど通った士官食堂のレパートリーと同じものだった

(共和国は平民・貴族の差別はないと聞くが本当のようだ)

もくもくと食べる捕虜に、ある種の感動を覚える兵士もいる

(毒殺を恐れないのか?)

(ここは敵艦だぞ?その上ヤン提督を呼びつけておいてこの態度は一体なんだ?)



side ヤン

フレデリカと熱い包容を交わしているところに端末に無線が入ってきた。
正直無視をしたいがそうは言ってられない

(すまないね、大尉。続きはまた今度だ)

ヘイゼルの瞳はまだ物足りなさを感じていたが、流石に軍務中であることを思い出したのか、慌てて離れる。

「し、失礼しました」

思わず頭を下げるフレデリカ。
それを困ったように見つめるヤン。

「いや、そのね、僕たちはもうそういう関係なんだからプライベートの時はそんな風にしなくても」

このあと数分間二人は謝り合戦を続けた



side ラップ

(・・・・いい加減出ろ)

こめかみに青筋を立てながら電話する。
確かに内線番号は合っている。居るのも分かっている・・・・・あとはそこで何をしているか。
怒りを通り越して呆れて来た。

(はぁ、本気で銃殺されそうに思ってきた)

やっと繋がった。

「ヤン提督、捕虜の一人が面会を求めています。興味深い資料をお持ちのようですので是非会って頂けませんか?」

新しい出会い。
人は出会い、別れを繰り返す。そんな中、一人の人間との出会いが、その人物の進路を決めてしまう事も往々にしてある。

『分かった、彼を司令官室に通してくれ』



side ヤン

『彼を司令官室へ通してくれ』

連れて来られたのは如何にも参謀です、といった雰囲気を醸し出す男だった。
堂々としてはいるが、威風を感じないのは何故だろう?

「貴官の名前を聞く前に、こちらから自己紹介しよう。私がヤン・ウェンリー。階級が大将で・・・彼女が」

「フレデリカ・グリーンヒル大尉です」

二人の挨拶にとくに感銘を受けた様子も、恐怖した様子も、憎悪した様子もなく彼が会釈する

「銀河帝国軍ゼークト艦隊情報参謀パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐です、お初におめにかかります」

「それでオーベルシュタイン大佐は私に何を提示してくれるのかな?」

「その前にお人払いをお願いします」

「ここには私と大佐と大尉の3人だけだが?」

ヤンの問いに男は淡々と答えた。

「そう、グリーンヒル大尉がいらっしゃる。私の記憶で間違いがなければ総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将殿のご令嬢が」

ヤンの顔に嫌悪感が浮かんだ

「つまり、政治的な話だと、そう言いたいのかい?」

「ご明察恐れ入ります」

両者はなにも言わず視線をぶつける。
だが、先に折れたのはヤンの方だった。

「大尉、その、すまないが・・・・」

「はい、隣室に控えさせていただきます」

フレデリカの姿が完全に消え去った頃合をみて語りだす。
そしてヤンにラップに見せたものと同じ報告書を渡す。
それを熟読するヤン。今までもこの捕虜と面会してから緊張のしっぱなしだった。
それが今まで以上に顔が強張る。

「ヤン提督、貴方は非常に難しい立場に立たされているようですな」

そこにはヤン・ウェンリー謀殺の為に上官たるロボスがフェザーン経由で流した事を裏付ける資料があった

「貴官は一体どこでこれを?」

「アスターテに出兵する直前に担当の各将官、参謀に配布された資料です。容易に手に入りました」

「どう、しろと?」

「もはや知らなかった、では済まされますまい。それに薄々感づいておられた筈です。この会戦には裏がある、と」

ヤンは何も言わない。ただ無言で続きを言うようオーベルシュタインに求めた。

「それは貴方を謀殺ないしは敗北させることです。その状況証拠に今回の出兵では我が国は非常に詳細なデータを手に入れれました」

「ヤン提督、貴方の人となりはわが国でも研究されてきました。当然ですな、あのイゼルローン要塞を無血占領されたのですから」

「そこから導き出されたのは、お人よし、という事です。政治的野心も表面上は見えない」

ヤンが口を開く

「ああ、そうかもしれない。それで良いんじゃないか?誰にも迷惑はかけていないし」

彼は首を横にふった後、発言した。
それはヤンの隠れた本心を見事に突く発言だった。

「嘘、ですな。貴方は自責の念にとらわれている。自分についてきた部下に対して謀略に巻き込まれたのを許せない、そう思いのはずだ」

ヤンは薄気味悪さを覚えた。

(何故だ、何故この男はこうも簡単に自分の懐へ入り込んでこれる?)

何故、自分の懸念をこうも的確に当ててくるのだ?

その時、何を思ったか、オーベルシュタイン大佐は片目に手をやった。

・・・・そして

「ご覧の通り、私の両目は義眼です。弱者に生きる資格なしとしたルドルフ・フォン・ゴールデンバウム時代に生まれていれば生まれた直後に抹殺されたでしょう」

「お分かりですか? 私は憎んでいるのです。彼が築き上げた帝国を。」

ヤンが口を開く。

「・・・・・・それを撃ち滅ぼす為に私に手を貸せ、そう言いたいのかい?」

彼は我が意を得たとばかりに頭を下げる。

「御意」

続けてヤンは、自分を襲う何かから逃れるように話を続けた。

「だが私は一介の大将に過ぎない。共和国大統領でも中央議会議長でもない、何より私自身が政敵に暗殺されるほど立場が弱い。なにより私は退役するつもりだ。貴官には悪いけどこの戦いで帝国軍は浅くない傷を負った。その回復には相当な時間がかかるだろう。だから私は悠々自適な予備役生活を・・・・」

そこでオーベルシュタインが手を挙げる。そして発言を求めた。
次の瞬間、ヤンは凍りついた。

「選抜徴兵制度、そしてその対象者ユリアン・ミンツ。これらを無視して退役されるとは思えません」

(っ、どこまで知っている!?)

「・・・・・・・・・・」

沈黙。

「・・・・・・・・・・」

口を開いたのはオーベルシュタインだった

「私を買っていただきたい。貴方を、貴方の敵から守るため。そして貴方を覇者にする為に」



その後、公式にはパウル・フォン・オーベルシュタイン『少将』が自由意志で銀河共和国へ亡命し、ヤン・ウェンリーの権限で共和国情報部第三課「国内諜報部門」の局長に就任させた事が記されているのみである。



[22236] 第一部 第七話 密約
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/01 15:36
第七話 密約

『ここで、銀河共和国の歴史、特に政治制度について述べたいと思う。諸君らに知っていのとおりラグラン・シティ事件をきっかけに4人の建国の父たちが生まれた。それから黒旗軍の活躍により地球正規軍を撃破し、当時、第三次産業の中心であり、持久力の無い地球連邦、その本拠である地球全土を戦略爆撃と戦略封鎖で飢餓に追い込んだ。『我々に殺されるか、餓えて死ぬか、自分で選べ』というある士官の言葉が地球政権への植民地側惑星の憎悪の深さを物語っている。その後、シリウス暦が採用されるがシリウス暦を採用し続けることが地球政権時代、西暦を採用し続けた事とそれがシリウス単独政権の圧制へと他の星系がダブらせる事を恐れた、時の大統領レギウム・ドラグノフ氏は中央議会に掛け合い、公募した中から宇宙暦を採用する。それが宇宙暦元年であり今から780年ほど前のことだ』

『さて、政治制度であるが、時の4人の英雄がまず参考にしたのは旧暦(西暦)のアメリカ合衆国だった。旧暦1900年代もっとも完成された三権分立を採用することで共和国のなばかり民主主義化を防ごうとし、それは成功した。行政権を握る大統領府、立法権を持つ中央議会、最後の審判にして良識の砦、最高裁判所を設立させた。中央議会の定員は450名。うち150名は75ある各星系(州と呼ばれる事もある)から2名、残り300名は各地の小選挙区制度から選らばる。その為、中央議会は『州民連合』と『自由共和党』の二大政党政治が展開されてきた。そして中央議会には最高評議会と呼ばれる行政への諮問機関がある。これは行政の暴走を防ぐために設けられた機関で中央議会から12ある委員会(国防委員会、人的資源委員会、財務委員会など)の委員長12名から構成され大統領の職権(特にダゴン会戦以降は軍事大権)を1度制限することが可能である。行政権を持つ大統領は直接選挙、任期5年3期までと決まっており立法権を持たない代わりに、議会の提案を一度拒否できる。解任請求は原則されない。また大統領が行う重要な行動は評議会に諮問され、ここで2度否決されるとその軍事行動や提案などは廃案となる。また、現役軍人の入閣や大統領就任は共和国憲章で明確に否定されているが、退役軍人は問題ない。むしろマーシャル大統領の様に大軍を指揮した人間を国民が優秀と判断し、大統領へと就任させた例もある。』

『(故に大統領職は人気職でもあるわけですか、校長。)』

『最高裁判所の役割は民事・刑事・行政裁判を抜かせば違憲審査権にあると言えるだろう。立法府が行う議題、法律が共和国憲章に反する場合に効力を発揮し、それを差止め、棄却させられる。だが悲しいかな、現在の情勢、そうイゼルローン要塞が帝国軍の手にあり、共和国軍は防戦一方のため、違憲審査が行われるのはあまりにも少なくなった。』

『例えば、例の選抜徴兵制度の導入でしょうか?』

『ヤン候補生の指摘は相変わらず毒舌だな。そう、その制度も議会に論争の末可決された。本来なら違憲審査なり大統領拒否権の発動なりがあってもよかったのだが・・・・』

シドニー・シトレ中将による士官学校特別講演会より抜粋。著者パトリック・アッテンボロー 『銀河共和国の矛盾』




第六話 密約




首都星シリウスは勝利の報告に色めきたっていた。
アスターテの大勝利が伝わったのであり、当然の結果といえよう。


『やってくれました、エル・ファシルの英雄、イゼルローンの奇跡、魔術師ヤンがアスターテで悪逆非道な専制君主の艦隊を撃破しました』

『共和国軍の事前の報道によりますと、2倍の敵から包囲され勝った例はないとの事。しかも帝国軍は著作権料を支払わずにダゴン会戦を再現しようとした模様。』

『と言うことは、リン・パオ、ユーフス・トパロフル両元帥以上の活躍と言ってよいのでしょうか?』

『そうですね、史上最年少の大将であり、ダゴンの逆転劇を演出したのですからそう言っては良いのでしょうか?』

『それ以上にブルース・アッシュビー元帥より若い元帥の登場です。本人が聞いたら喜ぶ・・・・』

ブツン。
ソリビジョンの電源が切れた、いや、正確には切られた、というべきか。



side ロボス 

宇宙艦隊司令長官室で苦虫を何十匹もすり潰した顔でフォーク准将を睨み付ける。
そこには第11艦隊ウィレム・ホーランド中将、作戦部参謀アンドリュー・フォーク准将とロボス元帥の3人がいた。

「どう言う事だ!! 本来であれば逆ではなかったのか!!」

ロボスが怒鳴る。

「そもそも、ダゴン会戦を再現させるよう情報を流させたのは貴官ら二人の為だったのだぞ」

言っていることは責任転換の何者でもない。
確かにヤンが気に食わないことで一致している3人であるが、最初に謀殺を提案し、実行するよう命令したのはロボスだ。

「それが、アスターテでの空前絶後の大勝利。メディアはこぞって元帥号授与を規定事実として報道している」

そう、フォークの流した情報が裏目に出た。
勝利前は反ヤン・ウェンリーと言う様な報道が多かったが、勝利の報告が入るとメディアは一変した。
惑星ネットの批評も批判から大絶賛に変貌している。
これで勲章などで済ませればロボス自身への非難に向かいかねない勢いだ。

「しかも有り難い事に、国防委員会委員長のトリューニヒト閣下まで乗り気と来ている!!」

シドニー・シトレ統合作戦本部長がヤン・ウェンリーの元帥昇進を後押ししているのは分かる。
同じ大将格でありながら、何故だか総参謀長のドワイト・グリーンヒルも親ヤン・ウェンリーだ。
だから二人が賛成するのはわかる、分かっていたが・・・・・

『ロボス君、国防委員会はヤン大将を元帥に昇進させるよう勧告する。これは正式な決定だ』

トリューニヒトがヤンを擁護するとは思わなかった。
彼の思惑はだいたい読める。政治力のないヤンを傀儡にしたいのだろう、と。
だが、パエッタ中将をはじめ軍内部の宇宙艦隊司令官の親トリューニヒト派将校の反発を買うような言動はさけるものと思っていた。
そう考えフェザーンを経由して情報を流したのだ・・・・だが、それが、全て裏目にでた。

「一体全体なぜこうなった!!! 帝国軍は居眠りでもしていたのか!?」

ロボスはこれ以上ヤンを活躍させないため、三人で新たな策謀を開始した。
それは図らずしもヤン・ウェンリーを上らせるための策謀となるのだが、現時点ではそれは誰にも分からない事だった。





side ヤン

『貴方を覇者にするために』

「貴官はいったい何を言っているのか分かっているのかい?」

思わず聞き返す。

(・・・・そうであれ、しかし)

ヤンの中で渦巻く迷い。
足を踏み外しそうな気分だ。いや、この場合は道をそれる気分と言った方が正しいか。

「そうです、私は私自身の目的のため閣下を利用する、閣下は閣下ご自身の身を守るため私を利用する、そういう事です」

(私が覇者になる・・・・それで本当に守れるのか?)

頭の中でぶつかり合う論争。
フレデリカ、ユリアン、アッテンボロー、キャゼルヌ先輩、ラップを初め私を信じて付いてきてくれた人々。ジェシカやシェーンコップのように期待する人々。守りたいもの。

(私はどうしたら良い?)

オーベルシュタインを見つめなおす。
冷徹な義眼には回答が一つだけあった。
ただそれは、ヤンの感じ方とは全く逆方向の回答であった。


「貴官は・・・・・私を裏切らないと確約できるのかい?私が貴官の意にそぐわぬ時は私をも排除する、そうではないのか?」

オーベルシュタインは眉一つ動かさず答えた。

「そうですな、そうなるでしょう」

(言い切ったか・・・・それほどまで自信があるのか)

その時、先ほどまでフレデリカと抱き合っていた感触が急激にもどってくる。

(・・・・フレデリカ)

思い出されるのは養子の笑顔。
大佐、提督、と自分をしたってきた今年16になる少年。

『ヤン提督、僕、軍人になろうと思います。』

(私が反対してもユリアンは戦場に向かう運命にある。あの悪法、選抜徴兵制度がある限り)

ヤンの心は固まりつつあった。
彼に芽生えつつあるのは政治的野心。
その発端は家族を守るため。
たったそれだけをするのに30歳の大将は茨の道を歩まざる負えなくなってしまった。

「やれやれ私は劇薬を手に入れたらしい、それもとびっきりの劇薬を」

皮肉にも動じないオーベルシュタイン。だがヤンはもう驚かなかった。

(まるでドライアイスみたいだな、この図太さは)

「オーベルシュタイン大佐」

「ハッ」

「私を共和国の覇者にする為にはまず何をしたら良いとおもうかい?」

そこで返ってきたのは質問

「失礼ながら、閣下は何が必要だと思われますか?」

ヤンは簡潔にいう。

「停戦、そして講和。ただし、現在のゴールデンバウム王朝以外の勢力と」

ヤンの答えに半ば満足したオーベルシュタインはなお促す。

「さらにあるでしょう。閣下ご自身の身を守るために」

ヤンの顔がゆがんだ。

「・・・・・・・・最低でも宇宙艦隊司令長官と同等になること。つまり元帥号の授与だ」

(いや、それだけじゃ満額の回答にはならない)

「・・・・・・・・そして、親ヤン・ウェンリー派を立ち上げる。」

オーベルシュタインは無機質な賞賛をあげる。

「お見事です、閣下。それに付け加えるならば」

「付け加えるならば、軍内部だけでなく、国民、政界の双方に基盤を持つこと」

さらにヤンは続ける。

「政界への転出。講和の達成。すくなくとも通商条約の締結」

「その理由は?」

「貴官なら、言わなくても分かるだろ?古来より戦争を動かしてきた魔物の一つにして筆頭、経済、さ」



それから沈黙が流れた。



永遠ともいえる沈黙。



そこでヤンは重い口を開いた。


「私が元帥になったら、いや、帰還したら貴官をシドニー・シトレ統合作戦本部長に会わせる。また、キャゼルヌ後方主任参謀やドワイト・グリーンヒル総参謀長にも力をかしてもらう。元帥号を一旦捨ててもこの人事を認めてもらう」

(何故だろうな・・・・こんな陰謀劇を繰り広げるほど私は卑しい人間だったのか?)

オーベルシュタインは相変わらずの姿勢、声色で聞きなおした。
まるで、ヤンが自分が使えるに値する主君であるか確認するかの様に。

「その人事とは?」

今度はヤンも即答した。

「共和国情報部第三課、国内調査・防諜部門。そこで貴官に働いてもらおう。共和国は軍事面以外で国内の防諜にあまり力を入れていない」

「理由は簡単。帝国で作れるものは共和国で作れる。しかも帝国が1作る間に、10を作れる計算だからだ」

(ここまで言った以上、もう・・・・・後には引けない)

そして義眼の男が答える。

「そして国内にいるヤン提督のシンパを集め、国内の敵を掃討する、というわけですね」




「・・・・・・・・・ああ」


義眼の男は敬礼をしてその場を下がった。

そしてヤンは、聞こえるはずのない音を確かに聞いた。

それは、自分の背後で扉がしまる、そんな音だった。



[22236] 第一部 第八話 昇進
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/01 15:37
第八話 昇進

『 イゼルローン攻防戦の原因について考察する手記より

今となっては遅いが、イゼルローン回廊に要塞を建設する案は共和国にもあった。では、何故それをしなかったかと言うと第二次ティアマト会戦にその要因があると思われる。第二次ティアマト会戦は当初の予想通り帝国軍の壊滅に終わった。それはいい。しかし、その結果軍上層部は安易な、だが確実な艦隊増強案に走った。当時の国民世論は勝利に沸いており、その原因を見た目で分かる、宇宙艦隊に求めた。それは正しいものの見方だった。だが、それは新たなるものの見方ではなかった。イゼルローン回廊を巡る戦いは、フレデリック・ジャスパー提督のジンクスではないが、勝勝負勝勝負を繰り返しており、共和国軍優位のまま進んでいた。だから要塞建設案よりも艦隊増強案を議会は可決したのだ。これは私案としてブルース・アッシュビー提督(時の宇宙艦隊司令長官)が宇宙艦隊増強を認めさせる代わりに要塞建設を簡単に放棄した点でも分かる。当時の為政者たちは、『要塞』、それは過去の遺物であり、現在の戦争にはそぐわないと思われたのだ。それが大きな間違いだと気づくのに、我々は二千万に近い人命を浪費してしまった。罪深いことだ。あの要塞をもし我々が建設していればより優位な立場で外交なり戦争なりを継続できたであろう』



『 銀河帝国宇宙艦隊司令長官より皇帝陛下への奏上

此度のティアマトでの敗戦、真に申し訳ありません。まさに臣の不徳の致す所でございます。されど陛下、もしもご温情いただけるならば臣にもう一度機会をお与え下さい。必ずや共和国を僭称する反逆者どもに目にモノを見せてやります』



『銀河帝国勅令 帝国暦462年 5月

帝国領土防衛のためのイゼルローン回廊における新要塞建設のメリットについて
1、帝国内部へ侵攻する共和国軍への防壁となる。
2、帝国軍艦艇を駐留させる事により、防戦一方であった我が国が逆侵攻にでれる。
3、イゼルローン回廊に戦略物資の貯蔵施設を設けることで国庫への負担を軽減できる
4、共和国軍をイゼルローン回廊へ向かわせることで、フェザーン回廊からの同時進行を避けられる(余はフェザーン自治領の中立政策に頼るのは危険と判断した)

以上の点をもって、帝国艦隊は共和国軍の動きを万難をもって排除し、要塞建設を支援することを命じる、これは勅令である』



第八話 昇進



二週間後、アスターテの戦場よりイゼルローン要塞を経由して首都星シリウスに帰還したヤンたちを待っていたのは凱旋式を思わせるほどの熱狂的な歓待であった。
新たなるブルース・アッシュビー、第二のリン・パオ、ユースフ・トパロフルの再来を一目見ようと、あるいはインタビューに答えてもらおうと巨大な人の壁、人の渦が辺り一面を多い尽くしていた。

『ヤン提督だ、魔術師ヤンだ!』

『何!? どこだ? どこにいる!?』

『いた、ヤン提督だ。奇跡のヤンだ。』

『ヤン提督、何か一言!!』

『アスターテでの感想を!』

そういったシュプレッヒコールは無視していたヤンだが、ある記者の一言には胸を痛めた。
それはこんな内容だった。

『今回の無駄な出兵で死んだ遺族にはなんと説明するつもりですか?』

ヤン自身、今回の出兵が自分を排斥したい宇宙艦隊司令長官ロボス元帥の独断と選挙に勝ちたいラザフォート大統領の思惑が一致した為と知った今、自責の念に駆られている。

(違う、私は英雄なんかじゃない! ただの人殺しなんだ!!)

そう叫べたらどんなに良かったか。

(だから、もう私に付きまとわないでくれ!)

そう、言い切れればどんなに楽か。

だが。それはもう彼には許されない。

フレデリカと関係を持った以上、彼女を見捨てて無責任な事は言えない。
彼女には打ち明けた。



side フレデリカ 一週間前


(何かしら) 

フレデリカ・グリーンヒルはこのところ彼女の伴侶が元気がない、いや、何か思いつめているのに気が付いていた。

(私にも言えない・・・・他の女? まさかね)

少しばかり見当違いをしてしまうのは恋する乙女の勲章だろう。
だが、そんなほのぼのとした感想は彼の呼び出しを受けた時に瓦解する。

「フレデリカ」

いつになく険しい表情。
怒っているような、泣いているような、戸惑っているような、そんな表情。

「ごめん、フレデリカ」

(何がごめんなの?)

「・・・・実は」

深刻そうな彼の表情を見て彼女も決意した。

「別れ話、でしょうか?」

それを聞いてきょとんとするヤン。

(あれ?違うの?)

一瞬拍子抜けしたフレデリカ。
一方ヤンも何を言っていいのか戸惑う。

「ええと、ちがうんだ、そうじゃない、そうじゃなくて・・・・・」

そしてヤンは話した。オーベルシュタイン大佐との話を。



side シドニー・シトレ 統合作戦本部本部長室

白のベレー帽に白い軍服で入室してきた青年士官をみやる。
軍服を着てなければどこかの大学の芽の出ない学者にしか見えない男。
だが、いまや小学生以上の国民なら9割は知っているに違いない英雄。

(思えば10年前にも似たような事があったな)

思い出すのはエル・ファシル脱出直後の彼。
まだ何も分からない子供と言っても良い若手の中尉が怒涛のインタビューラッシュ、講演会への強制参加といった混乱と騒動の洗濯機に叩き込まれていた。
そんな中、私が挨拶しに行くとどこか安心したような表情を見せた彼。

(・・・・だが)

だが、今まさに元帥へと昇進する彼の目は変わっていた。
明らかに10年前の、あるいは、イゼルローン要塞陥落時に辞表を提出した彼とは違った。

(何かあったな・・・・やはりアスターテの件か)

無能では軍の最高指揮官は務まらない。
彼とて政界や財界に独自の諜報網はある。
そして知った。ヤン・ウェンリー謀殺計画とでも言うべき暗躍を。

「ヤン・ウェンリー、ただ今帰還しました。」

「ご苦労だった、大将。ところでわざわざ呼ばれた理由は分かるかね?」

ヤンは少々考える振りをしてから切り出した。

「自分の艦隊と昇進についてだと考えます」

「そうだ、まあかけたまえ。」

「失礼します、本部長」

(やはり変だ。ここまで物事をはっきりいうタイプではなかった・・・・まあ良い事なのだろう)

ヤンはヤンでタイミングを計っていた。いつ、オーベルシュタインの件を切り出すか。

「此度のアスターテにおける活躍は見事だった」

本部長ともヤンとも違う声が聞こえる。
それは総参謀長ドワイト・グリーンヒルであり、ヤンがフレデリカと共に事前に根回しをした成果でも合った

「いえ、運が良かっただけです」

その後なんどか謙遜の応酬が続き、本部長が本題に入ってきた。

「さて、ヤン大将、貴官の処遇だが・・・・貴官にとって喜ばしいかどうかは不明だが、ヤン大将、貴官を明日1200を持って元帥へと正式に昇進させる。何か異義や要請はあるかね?」

ヤンは即答とした。
それは彼にとって始まりの第一歩であった。

「人事の件、でもよろしいでしょうか?」

「うむ、許可しよう。で、どんな人事かな?」

「亡命者の中にパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐がいます、彼を少将の地位にいたことにして、彼を准将の階級に据え置き国内諜報部門のトップに据えていただきたい」

ヤンは堂々と言ってのけた。
これにはグリーンヒル大将もシトレ元帥も即答はさけた。

「理由は?」

「彼が非常に優秀な諜報員であり情報参謀であるからです。彼自身が共和国への憧憬を抱き、隙を見て敵艦隊旗艦からシャトルを奪い脱出。我が軍に亡命してきました」

「それだけ、かね?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「それだけでは話にならない、他になにかないのか?」

グリーンヒル大将も聞いてくる。

・・・・そして、彼はジョーカーを切った。
最強にして最悪の鬼札を。

「アスターテの裏側」

「「!!」」

二人の顔がこわばる。いや青くなったと言っても良い。

「彼はアスターテを知っています。それをマスコミにリークすることも出来ます。でしたら、彼の言うとおりにしたほうが良いと考えます」

ぶつかる視線。
だが、何故か笑みをたたえる本部長。
それをみて遣外な表情をとる総参謀長。

「ヤン候補生、私は君の味方かね?」

「私としては味方であって欲しいと考えます、校長先生」

「君は相変わらず笑顔で毒を吐く。その癖を直してもらいたいものだ」

ヤンが苦笑いをする。
自覚しているが、どうにも直らない。
フレデリカにも言われた。『閣下は毒舌家ですね』と。

(私はそんなつもりは無いんだけどなぁ)

「元帥ともなればなおりましょう。部下たちの安全の為にも、ですが」

それはシトレの望んだ回答でもあった。

「よかろう、人事局には明日にでも正式に伝えよう。で、偽名はなんと言う?」

少し戸惑った、いや罪悪感に苛まれた後でヤンは告げた。

「恐らくアスターテで戦死した佐官でポール・サー・オーベルトという人物がいます。彼の軍歴を利用し、同姓同名の別人を作り上げては如何でしょう」

二人で話を進める中、グリーンヒル大将が苦虫をつぶしている。

「グリーンヒル大将、何か意見がありそうだな。遠慮はいらん述べたまえ」

彼が発言する。

「本部長、これは利敵行為ではありませんか?得体の知れない帝国軍人を国内情報部のTOPに就任させるなど狂気の沙汰としか思えません」

「それに、如何に救国の英雄とは言えあまりにも滅茶苦茶な要求・・・・・」

「では、軍内部の不祥事を世間にもらせと? 私はそれでも構わんがそれこそ彼の、帝国の狙いだとしたらどうする」

「・・・・しかし」

「失礼ながら本部長、総参謀長、彼の件は直接本人に会ってから決めては如何でしょうか?」

グリーンヒルはしぶしぶ納得した。
それはヤンの策略にまんまと乗せられることとなる。

「では、入ってきてもらいます。オーベルシュタイン大佐をここへ」

軍用携帯電話で従卒に命令したヤン。
二人が止めるまでも無く、一人の、冷徹を表現した男が入ってきた。

「お初にお目にかかります。『元』銀河帝国軍ゼークト艦隊情報参謀のパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐です」

そして彼は語った。彼自身の身の上を。
そして伝えた。彼が如何にゴールデンバウム王朝を憎んでいるかを。

「よろしいですね?」

シトレは鷹揚に、グリーンヒルは渋々と言った感じで。
だが、二人も老練な策士だ。
釘を刺すことを忘れない。

「ヤン提督」

「グリーンヒル閣下?」

「ここまでしたのだ、娘を不幸にだけはするなよ」

初めて浮かんだ両者同時の笑顔は、確かな信頼関係があった。
そしてシトレ元帥は伝えた。
かつて、教え子が二階級特進で少佐になった時、初めて声をかけたあの時の様に。

「ああ・・・言い忘れた。元帥昇進、おめでとう、ヤン候補生」



一方、帝国では。

ラインハルトが残存艦艇およそ6000隻を率いて帝国本土、首都オーディン宇宙港に帰還していた。
帰還へとかっかた時間は約3週間。ヤンの第13艦隊とは違い敗残の艦隊である。また、生存者の救出にも時間をかけたので通常2週間弱のところ3週間近くもの時間を費やした。

「大貴族らならばここで平民主体の軍人を見捨てるでしょう。ですが、ラインハルト様の道にはその平民たちの支持が不可欠です」

「敵艦隊は完全にアスターテから退却しました、ですから助けられる限りはぎりぎりまで助けるべきでしょう」

このキルヒアイスの進言を受け入れたランハルトはシュターデン艦隊だけでなく、エルラッハ、ゼークト艦隊の残存兵力をも吸収し一時は1万隻もの大軍となった。
しかし、傷つき航行に支障をきたす艦艇が多く結局のところ廃艦せざるをえなかったが。

そして戦勝祝い(共和国軍によるアスターテ星系進入を阻止したのだから強ち間違いではない。)としてシュワルツラインの館にあるアンネローゼ・フォン・グリューネワルトに会いに行く途上だった。
無論、親友のジークフリード・キルヒアイス中将を連れて。

「遅いな、この馬車は・・・・」

金髪の若者が不機嫌そうにぼやく。
彼こそ、皇族を除けば銀河帝国最年少の上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラムだ。

「ラインハルト様にとってはアンネローゼ様にお会いする全てのものが障壁なのでしょうね」

穏やかな口調のキルヒアイス。
それに毒気を抜かれたラインハルト。

「キルヒアイスらしいな」

「ええ、もう10年来の付き合いです。ラインハルト様の事でしたら大概のことは分かりますよ?」

「ふん」

そっぽを向いているラインハルトに、キルヒアイスは思った。
アスターテで敗北した自分たちを取り込んだ皇帝の思惑を。



3時間前 ノイエ・サンスーシ

人事を司る軍務省ではなく皇帝の宮殿に直接呼ばれた事に違和感を感じるラインハルト。
それは赤毛の親友、ジークフリード・キルヒアイスを伴うように、という勅令で不信感は頂点に達した。

(元帥ならともかく、一介の中将を呼び出すとはいったい何事だ?)

(まさかアスターテでの通信のことか?)

思い出されるのはヤン・ウェンリーとの通信。

(いや、あれは極秘通信で俺とキルヒアイスしか知らないし、記録にも残していない)

即座に懸念材料を振る。

(では、何故?)

そうしている間に彼らは皇帝の間(銀翼の鷲)に到着した。
そして頭をたれる。
そこには皇帝フリードリヒ4世と、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー、国務尚書クラウス・フォン・リヒテンラーデの三名がいた。
皇帝は腰を掛け、残りの二人は直立不動のまま傍らに立っている。

「此度の戦、まことにご苦労であった」

灰色の皇帝。彼の声が木霊する。
自分たちは何も言えない。
言えば、不敬罪として断罪されるであろう。
何せ自慢じゃないがラインハルト・フォン・ミューゼルの大貴族からの嫌われっぷりは半端なものではない。
ベーネミュンデ侯爵婦人やラードル・フォン・フレーゲル男爵など宮中には敵しかいない。

「艦艇34000隻を失いながらも、よくぞ全軍崩壊の危機を乗り切った礼をいうぞ」

皇帝が臣下に礼を言う。
その前代未聞の言葉に衝撃をうける国務尚書のリヒテンラーデ侯爵。
だが口を挟めない。如何に大貴族で宮廷貴族(閣僚)とは言え皇帝の発言に口を挟めばそれだけで不敬罪になるのは目に見えているからだ。

「そこで、だ。卿も20歳を超えたことだし此度の武勲を持ってローエングラム伯爵家を正式に継がせる」

普段では聞かれることのない断固とした意思。それが存在した。

「またな、元帥、例のものを」

そういって皺くちゃな手で威風堂々たる宇宙艦隊司令長官を名指す。

「ハッ」

そして恭しく取り出される一枚の紙。

「ラインハルト・フォン・ローエングラム、アスターテ会戦で味方の全滅を防ぎ、のみならず共和国を僭称する反逆者の侵入を阻止した功績をもって卿を二階級特進させ、上級大将へと任ずる。また、ジークフリード・キルヒアイスを中将へと3階級特進させ、エルラッハ、ゼークト、シュターデン艦隊を一つにまとめキルヒアイス艦隊の司令官に抜擢する、以上だ」

驚いたのはキルヒアイスだ。
彼は平民。しかも普通の家庭出身で20歳で大佐という異例の出世を遂げている。
それが更に3階級、しかもさしたる武勲もなく出世するのだ。
驚くな、というほうが無理であろう。

「なに、余からの誕生日プレゼントじゃよ」

それを見抜いたかのように笑う皇帝。

「それにここは銀河帝国。誰も余の決定には逆らえぬ。ああ、それとローエングラム伯には近い将来、キルヒアイス提督を含めた三人の中将を部下につける」

今度はラインハルトも驚く。
ローエングラム伯爵家の継承問題はアスターテ以前に一度話し合われたきりだが、こうも簡単に野望への階段を上ることになろうとは。
そして、二人の提督にも心当たりがあった。

「何か、意見はあるか?」

「いえ、ございません。」

「そうか、ならばみな下がれ。バラの手入れの時間なのでな」



side リヒテンラーデ

(陛下はいったい何をお考えなのだ?)

老人と言って良い彼だが、その脚力はいささかも衰えていない。
それはそうだろう、このノエイ・サンスーシは『弱者に生きる資格無し』としたルドルフ大帝の遺言を繁栄してエレベーターだとかエスカレーターだとかそんなものは存在しない。
で、あるならばら、脚力がなくなった時点で引退を余儀なくされる。
だから、意外かも知れぬがこの老人は朝のランニングを欠かさずに行ってきた。それは今でも変わらない。

温室の前まできた。中ではフリードリヒ4世が一人バラの世話をしている。

「陛下、よろしいでしょうか?」

皇帝はバラを切りながら答えた。

「国務尚書の言いたいことは分かるつもりだ。余がアンネローゼの弟、そしてそれに付随する者に権力を与えすぎた、そういいたいのであろう?」

内心の驚愕を隠しながら続ける。

「陛下のご晴眼真に恐れ入ります。なればこそ、宮中に不穏な空気をばらまくのは危険と臣は考えます」

「というと?」

「ブラウンシュバイク公爵やリッテンハイム侯爵ら貴族への配慮を承りたく存じ上げます。上級大将昇進はともかく、特にローエングラム伯爵家の継承問題は新たなる火種になりかねません」

必死に訴えるリヒテンラーデ。
だが返ってきた答えは彼の想像を脱していた。

「良いではないか?」

「は!?」

思わず絶句する。

「銀河帝国とて元を正せば銀河共和国の一部に過ぎぬ。それに不死の人間が存在しないよう不滅の国家もありえんのだ・・・・余の台で銀河帝国ゴールデンバウム王朝が終焉を迎えても仕方のないことやも知れぬな」

「それに外敵の存在もある。あの赤毛の青年は分からぬがローエングラム伯は紛れもない武勲を立ててのし上がってきた。それで大貴族どもは納得すまいが・・・・まあ、国務尚書も近いうちに分かるじゃろうて。何故余がローエングラム家を与え、彼の者を上級大将に昇進させたのかが、な。」

リヒテンラーデを退出させた皇帝は一人思った。

(さて、あの若者は余の寿命が尽きるまでに目的を達成できるかな?)


side アンネローゼ

弟が帰ってくる。ジークと共に。

『アスターテでの帰還艦艇数6000隻、3名の司令官は全員戦死』

という凶報には耳を疑った。
それが真実だと知った時は胸が押しつぶされそうだった。

ヴェストパーレ男爵夫人が『弟さんたちは無事よ、それどころか武勲を挙げて帰ってくるんですって』

という言葉で心底安堵した。

だが自分はどっちにより安堵したのだろうか?

ラインハルトに? それともジークに?

どちらでも良いことであった。今はただ生存を喜べばよい。

『ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵、おなーり』

そして数分後。
金髪と赤毛の若者が入ってくる。

「姉上、ただいま帰還しました」

「お久しぶりです、アンネローゼ様」

知らずに涙が流れる。

「あ、アンネローゼ様?」

先に気が付いたのはキルヒアイスであった。

二人を抱き寄せるアンネローゼ。

(良かった・・・・本当によかった。二人が無事に戻ってきてくれて)

しばしの幸福に浸る3人。だが誰もが分かっていた。これが一時の事でしかないと。

「ごめんなさいね、取り乱して」

「いえ、こちらこそ姉上に心配をおかけして申し訳ありませんでした」

ラインハルトが謝る。もしもこれをフレーゲル男爵などがみたら目を疑うだろう。
あの金髪の小僧が身上に謝っているのだから。

「そうだわ、今日は二人に会いたいという方をお招きしているの」

「ラインハルト様だけ、でなくて、私たちに、ですか?」

「ええ、是非に、というものだから・・・・ごめんなさいね、勝手に決めて」

「いえいえ、姉上の紹介ならいつでも喜んで。なあ、キルヒアイス」

「ええ。それでどなたなのですか」

呼び鈴が鳴る。
ドアが開いた。
金髪のショートカットの女性、おそらくはラインハルトらと同年代の聡明そうな女性が入ってきた。

「はじめまして、ラインハルト・フォン・ミューゼル中将、ジークフリード・キルヒアイス大佐」

「私はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。此度は閣下にお願いとお頼み、そして誓約のためにまいりました」




ラインハルトがヒルダと面識を得た日から約一月後、銀河共和国ではある議案が最高評議会賛成9、反対3で可決され、大統領令A108が実行されようとしていた。



[22236] 第一部 第九話 愚行
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/22 10:58
第九話 愚行

『選抜徴兵制度 宇宙暦776年3月 中央議会

近年の帝国軍侵攻により、我が国のフロンティア・サイド開拓は大きく停滞している。また、現在の志願制では必要絶対数の兵士の確保が難しいのが現実である。そこで私は以下の法案を提出するものである。

1 軍人家庭の子供の職業の継承

2 孤児の軍人家庭への引き取りとその後の士官学校への入校義務の付与

そうすることで、我々は俗に言う予備役を確保し、また、幼い頃から軍人教育を施すことで優秀な軍人を手に入れられるだろう。この議案は兵士の絶対数不足に歯止めをかけ、尚且つ孤児の養育費を軍事費に回せるという利点がある。その結果、軍も強化され国庫への負担も減らせられ、増税による市民の反発をもさけらる事であろう。以上の点から、私は本議案を中央議会に提出する』



『帝国領土深遠部分について 宇宙暦774年

帝国は我が国の詳細な航路図を知っている。当然である、ルドルフは帝国を築くために共和国全土を利用したのだから。代わって我らにはそれはない。ハイネセン大統領時代の帝国との交易・貿易のデータはフェザーンに移ってしまい、それから100年余り。誰も帝国領土奥深くへと進発したものはいない。また、その必要性も薄かった。その為、帝国領土の地形を知るにはフェザーン経由の情報と数度にわたる威力偵察で分かった辺境の辺境部分しかない。また、オーディンの位置も捕虜交換時の情報や帝国軍艦艇へのデータベースをサルベージした情報しかないため、大雑把にしか分かっておらず、どこにどんな恒星系が存在するのかが不明瞭であり、ここ100年の間にどのような航路が開拓されたのかが分かっていない。下手をすれば挟撃をうける恐れのある。艦隊の侵攻は危険が大きい。よって帝国領土深遠部分への軍事侵攻は控えるべきであると私は判断する』byアルフレッド・ローザス大将



『共和国侵攻作戦 帝国暦 781
共和国へ侵攻を決定する。参加兵力は2000隻の一個分艦隊。目標はエル・ファシル恒星系。そこに住む共和国を僭称する反逆者をひっとらえる事だ。また、共和国軍正規艦隊の目を掻い潜る為、別方面で大規模な陽動をかける。なんとしても共和国から人的資源を手に入れるのだ』



『職業選択の自由を奪われるとは、共和国も落ちたものだ。だってそうだろう?選抜徴兵制度と言えば聞こえがいいが、やってることは帝国と同じさ。軍人って言う名前の農奴階級を作ろうって魂胆さ』by ボリス・コーネフ



『A100シリーズ
銀河共和国大統領府が軍部に動員令をしく際に発令される命令。主にイゼルローン攻略作戦といった大規模な出兵に際して発令される。A101からA109まで存在し、番号が大きいほど大規模な動員命令となる。最高評議会が二度否決すれば効力を発しないが一度可決すると効力を発生させる・・・・そのたびに膨大な物資を用意するんだ。後方担当者の現場の身にもなってみろ、冗談抜きに過労死する命令だ・・・・もっともこんな命令に付き合わされて最前線に送られるよりはマシだがね』by アレックス・キャゼルヌ



第九話 愚行


side 宇宙艦隊司令部


宇宙艦隊司令部にはそうそうたるメンバーが揃っていた。

統合作戦本部本部長、シドニー・シトレ元帥

総参謀長、ドワイト・グリーンヒル大将

第1艦隊司令官、フォード・クブルスリー大将

第2艦隊司令官、ロード・パエッタ中将

第3艦隊司令官、レイク・ルフェーブル中将 

第4艦隊司令官、パトリオット・パストーレ中将

第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将

第6艦隊司令官、ムーリ・ムーア中将

第7艦隊司令官、アレキサンダー・ホーウッド中将

第8艦隊司令官、アルビオン・アップルトン中将

第9艦隊司令官、アル・サレム中将

第10艦隊司令官、ウランフ中将

第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド中将

第12艦隊司令官、シグ・ボロディン中将

第14艦隊司令官、ラルフ・カールセン中将

第15艦隊司令官、ライオネル・モートン中将

そして、第13艦隊司令官にして宇宙艦隊副司令官、ヤン・ウェンリー元帥

以上、編成途上にある第16から18までの艦隊司令官(未定)を除いた15名の宇宙艦隊司令官とその副官が勢揃いした。
これほどまでの作戦会議は50年ほど前の第二次ティアマト会戦以来なく、軍の高官たちも緊張の色を隠せないのか、私語や水を飲む音がしきりに聞こえる。
そこへこの会議の主催者がアンドリュー・フォーク准将と共に入ってきた。
一斉に椅子を立ち敬礼する将官とその副官。
身振りで座るよう指示するロボス元帥。シトレのみ座ったままでいたが。

「よく集まってくれた諸君」

それに対してヤン元帥は心の中で思う。

(よく言うよ、命令の拒否権なんて軍隊にはないじゃないか)

そんなことを知らずに続けるロボス元帥。

「今回の遠征は大統領令A108を使って行われている。よって軍部に拒否権はない」

(もっとも拒否するつもりもないがな)

ロボスが腹の内で打算をしているころ、幾人かの提督たちが頷いた。
そこでウランフ中将が発言を求めた。

「そもそも今回の遠征目的を伺いたい」

ボロディン中将も続ける。

「我々は軍人であり文民統制だ。だが、今回の出兵の目的すらはっきりしていない」

ボロディンは過去に参加した作戦を引き合いにだして疑問を投げかける。

「前回のような通商破壊戦術で帝国経済を圧迫させるには、A108、あまりにも動員する艦艇が多すぎるのではないか?」

ここでもっとも老練なビュコック中将も続けて発言した。
もっとも、発言というよりは皮肉に近かったが。

「中央議会の選挙が近いからではないかね?」

それを無視し、話を始めるよう命令するロボス。

「その点についてはフォーク准将から説明がある。説明を」

「ハッ、この度の大規模な攻勢に参加できるのは武人の名誉と心得ます。ですから小官としては帝国領土へと奥深く侵攻する先達方に畏敬の念を禁じえません。」

ウランフが横槍を入れた
演説を中断され不機嫌になるフォーク。
だが、彼の自制心を必死に働かせ抑える。

「能書きは良い、我々は軍人だ。行けと言われればどこにでも行く」

盟友のボロディン提督も続ける。

「まして、それがかつての同胞にして現在の悪の帝国の首都なら、な」

だが、毒を含むのを忘れない。

「今回の出兵は基本計画が定まっていない」

突如、シトレが発言した。

おもわず唸る数名の提督。
ヤン元帥にいたっては露骨に頭を抱えている

「それを決める為の作戦会議だ。不要な発言は双方とも慎みたまえ」

そこでヤン元帥が発言する。
注目が集まった。

(当然だな。フォーク准将や副官たちを除けば誰よりも若いのに、誰よりも階級が高い元帥閣下だからな)

「では遠征の目的をお聞きしたい」

「帝国軍の震撼を脅えさせる事にあります」

(はぁ?)

(あの准将は何を言っているんだ?)

(いくら大規模な出兵とはいえ・・・・脅かす?)

(おいおい、今日は4月1日だったのか?)

フォーク准将にあきれ返った視線が行くが・・・・全く気づいていない。

フォークの独演は続き、ますます混乱する。

「ようするに、行き当たりばったりという事ではないのかな?」

ビュコック中将に続けてパエッタ中将も言う。

「そんな無計画な作戦で小官は部下を死地にやれません」

反論するフォーク。身振り手振りで俳優のように。

「そんなことはありません。共和国が民主共和政治の大儀の下、一致団結し侵攻すれば民衆は挙って我らを迎え入れます」

「また、帝国を支える腐敗した大貴族たちも我が軍の軍門に戦わずして下るに違いありません」

エスカレートする演説に反論する提督たち。
だが、彼らには権限がなかった。出兵計画を変える権限も、やめさせる権限も。

誰もが諦めたその時、ヤンが動いた。

「具体的に何個艦隊動員するのですか?」

それに同格者となってしまったロボスが答える。

「第2艦隊から第9艦隊、そして第11艦隊だ」

((((9個艦隊))))

ざわめきが大きくなる。
当初の予定では五個艦隊と聞いていたのだから突然の変更に驚くのは当然だろう。

「ヤン元帥はもちろん賛成なのであろう? 何せ史上最年少の元帥閣下だからな」

「それにヤン提督は第10、第12艦隊を指揮下にいれ、公式にもヤン艦隊の通称を認めよう。それで良いかね?」

明らかに侮蔑を含んだ言葉で問うロボス。
3個艦隊を指揮下にもつ、軍人としては大変な栄誉だ。それだけにロボスもヤンが黙ると思ったのだが・・・・

「私は反対です。そもそもこの出兵計画自体に否といわせてもらいます」

会議のざわめきがさらに大きくなる。
あの、ヤン・ウェンリーが反対したのだ。
当然、様々な感情が交差する。そんな中を彼は泳ぎだした。

「まず第一に、補給の面が心配です。帝国軍が辺境地帯から洗いざらい物資を引き上げたときはどうするつもりですか?
まさか、艦隊の補給部隊で補えると思ってはおいででないでしょうね?」

そう、艦隊の人員は精々200万人。対して帝国領は分かっているだけで50億を越す。
辺境地域にどれほど住んでいるかは分からないが1億を下回ることは無いだろう、そうヤンは予測していた。

「第二に、作戦参謀は貴族たちが平気で軍門に下ると仰っていましたが本当に下るのですか?むしろ処刑なり財産没収なりを恐れ徹底抗戦されたらどうするおつもりですか?」

これは歴代の政権、特にイゼルローン要塞建設前の政権がお茶を濁すような出兵で満足してきた理由でもある。
『窮鼠猫をかむ』、それを今回はどう考えているのか分からない。

「第三に、帝国軍と帝国領土の奥深さを侮っているとしか思えません。帝国領土は長征1万光年の長旅で建国された領土です。うかつに攻め込めばその距離の長さ自身に足をすくわれると考えます」

距離は防壁である。これは古代の戦争を見れば分かる。
ヤンの頭には補給が追いつかず敗北した大日本帝国軍の姿が映し出されていた。

「第四に、いったいいつ撤兵するのかが不明確です。敵艦隊に打撃を与えてよしとするのか、オーディンを制圧するのか、先ほどのウランフ提督の発言ではありませんが、いったい何処まで進むのか、それをはっきりさせてもらわなければ前線部隊が迷惑です」

確かにそうだ。無秩序な侵攻は引き際を誤りかねない。

ヤンの指摘で紛糾する会議。
それに対してフォークは精神論を展開するだけ。
思わずヤンは言ってしまった。

「この遠征は利敵行為です」

フォークの顔が真っ赤にそまる。

(なんだと、この、運だけの男が!!)

「ヤン提督!! 貴官の態度は増長が激しすぎるぞ!! 以降の発言を禁止する!!」

「どういった理由で!」

ダン。ロボスが机を叩き付ける。

「理由などわかっておろう」

ヤンも反論する。
ここで黙ってしまえば数千万が犠牲になるかもしれないのだ。黙っていられるか。

「異議を求めます」

二人の元帥の押し問答。
すかさずシトレが止めに入る。

「待ちたまえロボス元帥、彼は確かに言い過ぎた、だが提督の発言を禁止する、そこまでの権限も貴官にはない」

出兵に反対の提督たちからも援護射撃が行われた

「そうじゃな、確かにヤン提督は言い過ぎた。だが、間違ったことをいっとる訳でもなかろうて」

「そうだ、今回の出兵計画は空前絶後なのだろう? ならば慎重に慎重を施す必要がある」

「まあ、若いのだから大目に見てあげてください」

ビュコックが、ウランフが、ボロディンがヤンを擁護する。

だが、ヤンは知っていた。
前線の指揮官がいくら騒いでも、文民統制の共和国で、大統領が決定した戦争行為を撤回させることは出来ないと。

「ヤン元帥はイゼルローン要塞に残り、ヤン艦隊の指揮を取れ」

それは武勲を立てさせたくないロボスとフォークの思惑だった。

「必要とあらば出撃してもかまわないが、出撃にはそれ相応の理由を設けること。もしも勝手に武勲を手に入れるために出撃し、イゼルローンが戦場となった場合は抗命罪に処する」

「首都シリウスには第1艦隊、第14艦隊、第15艦隊の3個艦隊が駐留することとする」

ヤンの思惑通り、否、最悪の予感が的中し、会議は出兵することだけを決め、重要なことは何一つ決めないまま終わってしまう。



side フェザーン 自治領主府 ランドカー


レムシャイド伯爵は急いでいた。急ぎ帝国へ報告せぬばならない。

(9個艦隊、それだけの動員が本当に可能なのか?)

それは今から1時間前のことだった。
至急の知らせがある、との事で、高等弁務官事務所からフェザーン自治領主府に出向いた。

(ここでも国力の差か。共和国の同時進行を防ぐ為にも屈辱的だがこちらから出向くしかない)

その高等弁務官事務所を後にしたレムシャイド伯はとんでもない報を耳にする。

『共和国は貴国に対して大規模な、そう、9個艦隊もの大兵力で侵攻する構えをみせております』

ルビンスキーは差し出されたウィスキー片手に語った。

(あの黒狐。これみよがしに笑いおった)

内心でははらわたが煮えくり返る怒りを感じながら。

『それは興味深い。しかし、その情報を帝国に流してフェザーンにいかほどの利益がおありかな?』

『これは異な事を。われらフェザーンが一度でも帝国に不利益を与えたでしょうか?』

『いや、過分にしてそのような記憶は無いのぉ』

『帝国の安寧を願い、この重大な情報を急ぎレムハイド伯爵にお伝えせねばと思い、お伝えした所存でございます』

退席しようとするレムシャイド伯を止めるルビンスキー。

『ああ、どうです、帝国暦440年ものワインがあるのですが一杯いかがかと』

『お生憎であるが、医者から休養を進められましてな。それでは失礼する』

(とにかく、一刻も早く軍部と皇帝陛下に伝えなければ)




side 帝国 ノイエ・サンスーシ



軍務尚書エーレンベルク元帥の報告を聞きながらフリードヒ4世は思った。

(ついに動きおったか、共和国軍)

「ローエングラム伯を呼べ、ああ、それと書記官を呼ぶようにな。勅令を出す」

(来るが良い、共和国軍。そちらの思惑通りにことは運ばさぬ。我が国は滅びてもかまわぬ、構わぬが共和国に滅ぼされる訳にはいかぬのだからな)

「ハッ」

参事官の一人が退出する。
そこでエーレンベルク元帥が疑問を投げかけた。

「陛下、ローエングラム上級大将に与えた4個艦隊をもってしも我が軍が総動員できるのは残り2個艦隊のみ。しかもそれは宇宙艦隊司令官直卒の艦隊とメルカッツ艦隊です。」

イゼルローン失陥以来、明らかに変わった皇帝に、軍部も好意的な視線を送るものが多くなった。

「続けたまえ」

「艦隊の絶対数が足りません。このままでは我が国は共和国の・・・・」

エーレンベルク元帥は発言を続けられなかった。
皇帝が右手をあげた。つまり、もう発言をやめろという意思表示だ。

「その点は抜かりない。何の為に書記官に勅令を書かせると思うか?」

よほど自信が在るのか、フリードリヒ4世に迷いはなかった。
だが、次の瞬間、軍務尚書はその思考を止められてしまう。

「ブラウンシュバイクとリッテンハイムに勅令を出す。貴下の私兵から2個艦隊ずつ軍部に無償で提供せよ、とな」

「陛下!」

思わず止めに入ったのは国務尚書のリヒテンラーデであった。

「お考え直し下さい、陛下。仮にそのような勅令を出したとしても、その後陛下は宮廷から疎まれます」

リヒテンラーデは続ける。己の政治信念に基づいて。

(皇帝陛下だけでも守らねば)

「2個艦隊といえば、貴族が持てる私軍の三分の二にあたります。それを取り上げたとあっては・・・・真に申しにくいのですが」

皇帝が続けた。

「余の命さえも危険にさらされる、と言いたいのか」

「御意」

「だがな、国が敗れて荘園だけ残っても仕方あるまい?」

それはそうだ。
共和国に貴族制度がない以上、『銀河帝国ゴールデンバウム王朝』あっての貴族領であり、荘園であり、私兵集団を保有できるといえる。

「ですが、指揮官が足りません」

今度はエーレンベルク元帥が実務面で指摘する。彼もまた貴族。
その反発の恐ろしさを知っているからこそ自身の保身の為にも前言を翻して欲しかった。
だが、皇帝の意思は固い。まるで開祖ルドルフ大帝が乗り移ったように。

「じゃからこそ、ローエングラム伯を呼ぶのだ。伯は平民階級や下級貴族の有能な将校と親しいと聞く。艦隊司令官も作戦も彼に選ばせればよい」

「「陛下!」」

それでは現職の宇宙艦隊司令長官の立場がない。
それを指摘しようして、皇帝は続けた。

「わしは自他共に認める無能な皇帝だ、だから失敗も三度まで許そう。じゃがイゼルローン陥落、帝国領土への通商破壊作戦、そして極めつけのアスターテ会戦」

それは暗に宇宙艦隊司令長官グレゴリー・フォン・ミュッケンベルガーをさしていた。

「これが最後の奉公とあの者も奮起するであろう」

それは、勝てば勇退、負ければ引責辞任のことを指していた。
そしてローエングラム伯が謁見の間に現れ、その命令を承った。



side 第5艦隊司令官室



「どういうことですか!」

ヤンが珍しく詰め寄る。

「まあ、落ち着きたまえヤン元帥。これを知ったのはわしもつい今しがたじゃ」

それは一枚の辞令。

『ユリアン・ミンツ、スパルタニアン訓練生を軍曹待遇とし、パイロットとして第五艦隊に配属する』

「・・・・・・私が暴れたせい、でしょうか?」

ヤンのトーンが落ちる。

「いや、違うじゃろうな。これほどタイミング良く辞令が交付されることは常識からしてありえん」

「では」

ビュコックは一呼吸おいてから言葉を放つ。

「言いにくいが、貴官はまた嵌められた、ということじゃろう」

「!!」

ヤンの顔に驚愕が走る。

「ご存知だったのですか?」

それはアスターテの件をこの老提督が知っている、と言うことだ。

「まあ、伊達に年をとってはおらん。貴官が政界への転向を目論むのも分かる」

ヤンの目が鋭くなる。
そこまで知っていて何故自分に接触したのだ?

「・・・・ビュコック提督・・・・私はただ」

彼は派閥争いとは無縁な人物のはず。
それが何故?

「戦争を終わらせたい、そうじゃな?」

ビュコックの目が鋭くヤンを射抜く。

「はい」

「ならば年長者を信用することじゃ。少なくともわしはロボス元帥のように貴官を嵌めるような真似はせぬ」

「提督は私に味方してくださる、そう仰っていると伺いますがよろしいですか?」

ビュコックは無言で頷いた。そしてヤンを退出させた。

「ジャック、ルード。御主らが生きていてくれたらわしも今頃は悠々自適な隠居生活をおくれたはずじゃ」

独語は続く。

「じゃからわしは戦争が憎い。戦争を止めたい。だが、今から何かをするにはわしは年を取りすぎた」

「じゃからわしはあの若者に賭けてみようと思う。同じく家族を守るため、そして、同じく選抜徴兵制度の犠牲になった子を救うため」

「だからな、許してくれまいか?」





宇宙暦796年8月、『新年には帰るよ』と言い残し、多くの将兵、総兵力3600万名が帝国領へと出兵した。
そして数ヶ月間、彼らは焦土戦術と無軌道なゲリラ戦に悩まされるのだが、現時点でそのことを予測する共和国首脳部は、ヤンを除いて誰もいなかった。



[22236] 第一部 第十話 協定
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/30 01:55
第十話 協定

『フェザーン建設の歴史

フェザーン自治領(共和国名称は特別自治州)が建設されたのは今から約100年前宇宙暦690年になる。それは独立国家フェザーン建国、そういっても良いかもしれない。名目上は帝国の自治領、共和国の特別自治州としても外交・軍事・内政・司法の4つの権力を保持しているのだから。フェザーン人はフェザーン人としての独自性、独立性を保障されており、それ故に両国家間を行き来できる。だて本筋の歴史について述べよう。銀河帝国とどう接触したのかはあまり知られていない。公式的には時の皇帝マクシミリアン2世と個人的友誼があった為、と、言われている。共和国の情報網をもってしてもそれ以上のことは分かっていない。分からない以上それが真実なのやも知れぬ。
時の皇帝マクシミリアン2世は政治闘争で身の危険を感じた彼は、共和国に一度亡命し、その後帝位についた。彼は共和国との宥和政策を掲げ、その治世5年ほどは両国に平和への兆しが見えた。だが、共和国憎しとの念に駆られた一部の貴族が彼を暗殺してしまう。
その5年間、その5年以内にフェザーンは、我ら共和国人が『休戦期間』と呼ぶこの時期に、帝国と何らかの密約を結んだものと考えられる。
帝国史から見たフェザーン建国の謎であり、恐らく真実であろうと学者たちは考える。
一方でマクシミリアン2世がフェザーン自治領を建設を認めた背景には、幼い頃をすごした共和国への憧憬と底力を知っており、またその責任感の強さから帝国の改革と存続を目指していた。その為の講和の仲介役としてフェザーンを使いたかったのではないか?
それが現在の共和国の一般的なものの見方である。

一方、共和国内部には詳細な資料が残っている。レオポルド・ラープ以前に3名の地球出身の代議員がいた。名前は活除するがこれら3人もラープ氏に負けず劣らずの活躍を中央議会で行った。
彼らは、当時未開拓地域であり軍の管轄下(帝国領と接しているのだから当然である)であったフェザーンのテラフォーミングと開拓を強く訴えた。否、訴えただけでなく新型テラフォーミング技術の実験として、フェザーン恒星系第7惑星でそれを実行させた。
当時の軍部は帝国侵攻の後方拠点として、経済界は単なる新技術の実験として行ったと後にコメントしている。
兎にも角にも、テラフォーミングは成功し、後は州への格上げを行うのみ、となる。そこで登場したのがレオポルド・ラープだった。
歴代の自治領主の中でもっとも中央議会に近かった彼は(彼自身、最高評議会、国土交通委員会委員長を務めている)その政治力を利用して、ある時は経済的な利益を、ある時は軍事的な脅威を、ある時は帝国との架け橋の可能性を訴え続けた。
その結果、独自の州軍2個艦隊を保有を認めさせ(共和国からみれば帝国への無言の圧力となると当時は考えられた)、特別自治州として外交権(この点は大論争になったが情報を定期的に共和国へ流す、という事で了承された。それが帝国にも流していると気が付いた時にはフェザーンは確固たる地位を確立していた。余談だがこの事態を知った、時の大統領は辞職に追い込まれている)、司法権(この点は各州が州裁判所と州法、州立議会を持っているので特に問題視されなかった)、内政権も同様だ。他の州が持っているのにフェザーン『州』にだけ認めないのはおかしい、とラープ氏の弁は的を得ていたので付与された。
さて、ここで問題となるのは軍事拠点としてフェザーンを利用したかった軍部である。経済界は新しい取引先の成立と独立系商人(G8やNEXT11などの財閥に属さない、準大手の企業や個人商社など)が大挙したおかげで追い払えた感があった為、さして問題にはしなかった。では軍部は? 意外なことにある程度の文句をつけた程度で終わっていた。
宇宙暦646年4月のダゴン会戦(接触戦争)から当時までの軍部は宇宙艦隊の増強を少ない予算(それでも帝国軍の1.5倍は出ていた、出ていたが、共和国全土を守るにはあまりにも少ない。その理由はダゴン会戦の圧倒的勝利に求められるだろう。当時の共和国上層部は向こう数十年の本格的な武力侵攻は双方ともに無いと判断したのだ)の中でやりくりしており、その予算代わり(盾代わり)を自前で用意してくれるなら寧ろありがたい、そういう風潮であった。
すんなり、とはいかないがフェザーン特別自治州の案件は通ってしまう。それはフェザーンという交易国家の始まりでもあった』



『成績優秀なユリアン・ミンツ訓練生並びカーテローゼ・フォン・クロイツェル訓練生を第五艦隊に配属とし、帝国領土侵攻作戦「ストライク」に参加する事を命じる』 統合作戦本部人事局より



『帝国軍上層部が我々を反逆者、と呼んでいるのには訳がある。彼等にとって現在の広大な共和国領土は本来、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム氏が継承するはずだった、そう考えているのだよ。しかし、それは大きな誤りだ。ゴールデンバウム氏は自己の意思で共和国を離れたのであり、私たちが追い払ったような言われようは不本意であるからな。また、共和国の公式文章には戦争中にもかかわらず、否、戦時かだからこそ慢心することなく帝国を銀河帝国ゴールデンバム王朝と明記している。これは我が国の方が銀河帝国に比べて言論の自由を保障し、また、敵を侮らないという鉄則を守っている証拠に他ならない』by ヨブ・トリューニヒト


『新たな恒星系の一つバーラト恒星系にある惑星ハイネセンは第二の首都だ。首都機能をそのまま移転できるよう整備されている。だからハイネセン州の発言力は大きい。人口30億を数えればそれだけ多くの議員を輩出できるからさ。あの、若い女史、ジェシカ・エドワーズなども、ね』by ある自由共和党議員の日記より


『ジェシカ、今度はシリウスで会わないか?テルヌーゼンへの帰省はまた今度になりそうだ。
ヤンとお前と、それとグリーンヒル少佐、それにアッテンボローとユリアン君の6人で大切な話がある。よい返事を期待している。
ジャン・ロベール・ラップより』


『銀河帝国軍・国防白書 帝国暦437年7月 

軍務尚書の上奏より抜擢

新要塞郡建設について。臣は新たにガルミッシュ、レンテンベルク要塞を建設し、それぞれの主要航路に配置し、共和国軍の侵攻を食い止めることを念頭に入れております。特にガルミッシュ、レンテンベルク要塞を結ぶ線は帝国防衛の為の必須条件と考えます。いわば絶対国防圏であります。ブルース・アッシュビーなる反逆者の蠢動のため宇宙艦隊の大半を失い、反逆者どもの大規模侵攻の可能性にさらされている今、帝国が存続する為にも要塞建設は必要不可欠であります。また、宇宙艦隊再建の暁にはイゼルローン回廊にも帝国軍の要塞を設置すべきと考えます。残念ながら第二次ティアマト会戦の結果、我が国は向こう20年間は迎撃に特化せざる終えません。そこで艦隊再建の傍ら、本土決戦の補給・防衛線として要塞が必要との結論に達した所在でございます。どうか、要塞建設のご聖断を』



第十話 協定




side ホアン・ルイ 
帝国領土侵攻作戦「ストライク」発動の二週間前 首都シリウス



『和音の亭』
俗に言う『和食料理』を出す高級レストラン。
だが、ただ高級ではない。
ここは多くの政治家や企業家が愛用する場所。
それはここが秘密を守るのに適したセキュリティーシステムを装備しているからだ。

そこに中高年の少し頭皮が薄い男が入ってくる。
カーゴ色のスーツに薄い緑色のネクタイ。明らかに高級素材でフルオーダーとしたと分かるシャツ。

「英雄からのお誘いとは恐れ入るね」

それは共和国最高評議会人的資源委員長ホアン・ルイだった。
そして向かい側に座っている、ブルーのジャケットに白のスラックス、黒のシャツを着ている男。
冴えない風貌とそれに似合わない鋭い眼光。

「お初にお目にかかります、ヤン・ウェンリーです」

そう言ってヤンは頭を下げる

「いやこちらこそ、彼の英雄とご一緒できるとはうれしい限りだよ」

右手を差し出す。

「人的資源委員長のホアン・ルイだ。よろしく頼む」

(そう、この男こそ今や国民的な英雄となったヤン元帥だ)

(だが、レベロから聞いている印象とはまるで違う)

(やはり、あの噂は本当だったのだな)

握手をしながら、ホアン・ルイが頭の片隅でアスターテの噂を思い出している。

(・・・・出所は不明だが・・・・)

『アスターテの噂
アスターテ会戦の初期の過程がダゴン会戦と似たようになったのは銀河帝国に情報を流した軍高官が存在するからだ。その目的は目障りなヤン・ウェンリーの謀殺。』

(あの噂の出所はついに掴めなかった。噂の噂では軍部からと聞くが・・・・まさか自分の失態を、下手をすれば軍法会議ものの情報を流すはずがない)

「それで、私に何を頼みに来たのかね?アスターテの噂の真偽を問いただすならば無駄だよ、元帥」

ヤンにかまをかけてみる。
だがヤンの反応は彼の予想を斜めに行くものだった。

「とんでもない、もっと政治的なことですよ、人的資源委員長閣下」

ヤンは何事もなかったかのように言い切った。
政治的野心が自分を持っている、と。

「ほう?」

興味がわく。
あのヤン・ウェンリーが何を目的に、何を狙っているのか。

(政治的野心の無い、稀有な人物と見ていた私の観察眼は間違っていたのか?)

ホアン・ルイは言葉にださず、日本酒のグラスをあおる。
ヤンもまた彼に習い、グラスをあおった。

「閣下は今回の出兵に反対しましたね」

ヤンが確認するのはA108と「ストライク」作戦の議題だった。

「ああ、反対した。もっとも私とレベロ、それにトリューニヒトの3人では否決できなかった。共和国の法に則り、君を含め多くの軍人たちを無謀な出兵に参加させてしまって申し訳なく思う」

それは紛れもない本心。

「そうお考えですか?」

ヤンが切り込もうとしてきた。

(?)

「ああ、そう考えるね。」

ヤンが切り込んだ

「でしたら、お願いがあります。戦争を終わらせるために」

ホアン・ルイは思わずグラスを落としかけた。

(彼は何を言った? 今、戦争を終わらせる、そう言わなかったか)

戦争。
聞き間違い出なければこの長い戦争のことか?
まだ誰も終わらせるどころか終わらせる糸口も見えない戦争のことなのか?
ホアン・ルイの衝撃を無視してヤンはカバンから一枚の分厚いファイルを取り出した。

(ほう、今時めずらしい、紙媒体のファイルとは・・・・それだけ重要な事だという事だな)

「ここに私がまとめたむこう1世紀の共和国の情報と推移が乗せてあります。どうぞごらんになってください」

渡される資料。
最初は流し読みをしていたホアン・ルイだったが、どんどん真剣に、そして熱心に何度も何度も読み返した。

「これは君が書いたのかね?」

「ええ、ある人物には手伝ってもらいましたが」

そこにはむこう半世紀以内共和国軍は徴兵制度をしき、民間需要を萎縮させ、軍備拡大路線に傾き、帝国を滅ぼし、その新領土の重さと軍需産業の依存により自壊していく事が事細かにデータ付で乗せられていた。
その未来予想図にホアン・ルイの顔が青ざめる。

(よく出来てる。それに否定できる材料がほとんどない!)

さらにヤンは畳み掛ける。

「その切っ掛けとなるのがこのたびの遠征でしょう」

一口飲む。
飲んでのどを潤す。ヤンも緊張しているのだ。

「勝っても負けても共和国は軍備増強路線に走ります。勝てば占領地維持のため、負ければ損害回復と復仇戦を挑むために」

ホアン・ルイが後を引き継ぐ。

「そして軍需産業は今以上に増え肥える、という事かね」

ヤンは続けた。

「ええ、そして議会は安易な軍人確保手段として徴兵制の議論を開始するでしょう。それが中長期的に見ては国庫の破綻や国家の人的資源能力の枯渇へと繋がります」

さらに言葉を重ねる。

「それを避けるには、大敗北をきっした直後に帝国と、それも通商条約を含んだ講和を成立させることです」

「軍人の君から敗北と言う言葉を聴くとはな。新鮮な驚きだよ」

「委員長!」

ヤンが怒ったような声で、実際には怒っているが、彼を怒鳴りつける。

「分かっている、そう怖い顔をしんさんな。だが、確かに君の言うとおりだ・・・・しかし、ただ戦争を終わらせるだけでは駄目なのかね」

ホアン・ルイは至極真っ当な質問を返す。

「それでは失業者問題に対応できません」

そしてヤンはかつてユリアンに語った事をそのまま語った。

「なるほどな」

先ほどから何杯も口につけているが二人は全く酔ってない。

「もしもだ、仮に講和が成功すれば良いとしてゴールデンバウム王朝が存続し、鎖国したらどうするかね?」

「その時は、選抜徴兵制度の廃止と辺境恒星系開発、フェザーンの三角貿易への直接介入とで不況を乗り切ろうと思います」

ホアン・ルイは驚いていた。
それは彼やジョアン・レベロが考え、夢物語として捨て去った構想。
それをヤン元帥は蘇らせた。重大な危機感と共に。

「第3の黄金期、それを創造するというのかね?」

ホアン・ルイは新しいグラスに手をつける。これで何杯目かはもう分からない。
だが、むしろ普段以上に鋭い感覚で物事を見ていた。

「ヤン提督、君の案は確かに正論だ。だがね、惜しいかな軍人では・・・・・言い難いが・・・・・共和国の政治には何も出来んよ?」

ホアン・ルイは語る。
それはこの国の常識だった。

「君の戦争を終わらせたい気持ちは分かった。私たちは同志と言っても良い」

嘘偽りはない。
彼は本気で戦争を止めたいというヤンの思いに応えたかった。だが、応えられない。
・・・・何故なら彼は軍人だからだ。

「だが、敢えてもう一度言う、軍人は政治に関与できんし、するべきではない」

ホアン・ルイも譲れぬものがある。
彼は確かにヤン・ウェンリーを支持したいと思う。仮に彼が本当に政治の場で活躍するつもりなら。
だが、それが分からない。

(この男はどれほどの覚悟を持って停戦、講和、通商条約の締結といった言葉を並べたのか)

言葉だけの政治家は古来から現代まで極めて多い。
だが、口先だけで終わらせてしまう、あるいは鈍らせることは多々ある。

(それに絶対的権力を持って人が変わるかもしれん。アーレ・ハイネセンのような人物はむしろ稀なほうなのだぞ)

ヤンはすこし考えた後口に出した。
恐らく、アスターテがなければ彼が絶対に拒否したことを。

「それは分かっています。ですから、閣下にもうひとつお頼み申し上げたいことがあります」

真摯な目。
ホアン・ルイも思わず姿勢を正す。

「何かな?」

ヤンは一呼吸置いていった。

「ホアン・ルイ委員長と同じ自由共和党に属している、今回の出兵にも反対票を投じた方、国防委員会委員長のヨブ・トリューニヒト氏と面接の機会を下さい」

と。

(!!! あの反トリューニヒトのヤン元帥が自らトリューニヒトに会いに行く、だと!?)

それは、彼が茨の道を歩むことを覚悟した言葉だった。




side ジェシカ・エドワーズ代議員 帝国領土侵攻作戦「ストライク」発動の12日前 首都シリウス


久しぶりに夫に会える。
アスターテの報道を聞いたときはどうなるかと思ったが、それは幸運なことに杞憂で終わった。
ヤンが彼を、ジャン・ロベールを救ってくれた。

(私に話って何かしら?)

ヤンが奥さんを手に入れつつあるのは知っている。
以前、ジャンから通信が来たときのことだ。

『あの時はほんとうにびっくりしたよ』

『信じられかい?あのヤンに優秀な女性だぜ?』

『しかもエル・ファシルから10年もの片想い』

『普通なら諦めるか、他の男に目移りするはずだろ?』

『それがずっと、エル・ファシルからずっとだ。そして想いを遂げた』

『まさにミラクル・ヤンだ』

続けて、その奇跡の瞬間を邪魔せざる負えなくなった愚痴が続く。

『冗談抜きで愛し合っていたらどうしようかと思ったよ』

『電話にはでないし』

『ヤン閣下に銃殺される、と、少し本気で思えたね』

回想はおわりジェシカは学園祭の頃のヤンを思い出した。
ダンスの一つもまともに踊れない新米候補生。
私に気があったのは分かっていたけど、彼は私をもう一度ダンスに誘うことはなかった。

その、ヤンに彼女か。

(私を振っといてよくもできたものね)

ジェシカは笑みを浮かべながら、彼女を乗せた機体はアーレ・ハイネセン空港に到着した。




side ラップ 帝国領土侵攻作戦「ストライク」発動の12日前 首都シリウス


ヤン、ラップ、ジェシカ、フレデリカ、ユリアン、アッテンボローの6人はヤンの官舎で歓待を受けていた。
といっても、フレデリカははさむモノ以外は苦手だし、ヤンはご存知の通り生活無能力者。
そいう訳で訓練学校から帰宅したユリアンがジェシカとともに厨房に立つことになる。

雑談が過ぎ、ワインのビンが2,3本空けられた頃、ヤンは切り出した。

「みんな、話がある」

いつになく深刻そうなヤンにみなの視線が注目する。

「私は今度の大統領選に出馬するつもりだ。戦争を止めさせるために」

ラップが思う。

(やはり、か)

ジェシカは絶句する。

(なっ!)

ユリアンは突然のことで何といってよいのか分からない。

「ヤン、詳しく話をしてくれないか?」

ラップはうすうす感ずいていたが、敢えて彼に話を振った

「うん、まずはみんなに知ってもらいたいのはアスターテの件だ」

そして彼は語りだす、オーベルシュタインとの出会い、本部長との密約、ホアン・ルイとの会談。

「そんな、そんな事ってあんまりです!!」

ユリアンが怒り叫ぶ。
むろん、そのベクトルはヤンを謀殺せんと企む軍上層部にむかっていた。

「それで、どうする? 俺たちに何をして欲しい」

ヤンは逡巡した後に絞りかすのような言葉で口を紡いだ。

「友でいて欲しい」

と。

「どういうこと?」

ジェシカが問う。

「軍部はシトレ元帥や私自身の名声で抑えられる。財界にも手はうつ。だが、国民は駄目だ。自由共和党が与党とはいえ議席の過半数をかろうじて保有するのみ」

「待って!自由共和党は右翼よりよ?講和を望むなら何故、私たちの州民連合に参加しなかったの!?」

「それは・・・・・」

ラップに視線をやる。
それだけで分かった。

(長い付き合いだからな)

(そして、俺たちを呼んだ理由はそこだな、俺たち、じゃなく、ジェシカ、か。)

「ジェシカ」

ラップが口をはさむ。

「ヤンはね、君の政治基盤を当てにしているんだよ」

「ヤン!!」

その言葉に顔を上気させるジェシカ。
(裏切られた!? 私たちは親友ではなかったの!?)

バチン!!!

ジェシカが身を乗り出し、ヤンに平手打ちを食らわした。

「あなた!」

「提督!」

「先輩!」

フレデリカはジェシカを鬼のような形相で睨みつけた。
一方ユリアンとアッテンボローはどうしていいのか分からないまま場違いな感想を持った。

((女って怖いんだな))

お構いなしに怒鳴りつけるフレデリカ。
それを涼しい顔で受け止めるジェシカ。

「何をするのですか!?」

ヤンの頬におしぼりを当てながら反発するフレデリカ。

「それはヤンに聞きなさい! 私を利用するつもりで今日呼んだ、貴方の彼氏さんに、ね!!」

フレデリカもすかさず反論する。

「あの人は、ウェンリーはそんな人じゃありません」

ジェシカも半ば泣きそうな表情で言い返す。

「ええ、私もそう思っていたわよ。今の今までは。」

「でも違った。こうやって自分の派閥を作ろうとしている、そうでしょ!?」

「しかもヤン、貴方、私が断れないようにする為にジャンを巻き込んだわね!?」

ジェシカはヤンが最初からラップを懐柔し、自分を抜き差しならぬ状況に追いやったと感じた。だから思わず手が出てしまった。
一方フレデリカは、ジェシカが感情的になって手を出したとしか思ってない。

「戦場でこの人がどれだけ苦心したか、あなたには分からないの!?」

フレデリカは知っていた。アスターテで、イゼルローンで犠牲になった両軍の兵士たち、その遺族。それに心を痛めているヤンを。

「わかるつもりよ!」

「嘘だわ! でなければこの人が、ウェンリーがどんな思いで今日を迎えのか分かる筈だわ!!」

エスカレートする二人の女、女の戦い。

「いいかな」

ラップが仲裁に入る。

(アッテンボローは役に立たないし、ユリアン君には荷が重過ぎる。そしてヤンは当事者)

(結局俺が仲裁に入るのか)

その態度はいかにも恐る恐る、といった感じだった。

(絶対にヤンに酒を、それも飛びっきりの良い奴を奢らせてやる、必ずだ)

「ヤンの話を最後まで聞いてからでも良いんじゃないか?第一、謀殺されかけたのは事実なんだし、戦争終結の為に協力する事がそれほど理不尽なこととも思えない。それにだ、ジェシカ。俺だってヤンが政界への転出を考えているって知ったのは今日が初めてなんだぜ?」

「だから、ジェシカ。ジェシカの思うような卑劣な策をヤンが弄した訳じゃないんだ・・・だからな、少し落ち着いてくれ」

ラップの言葉に憤懣仕方ないといった表情で座りなおすジェシカ。
ヤンはフレデリカの手を止めると自分の構想を語りだした。

「ジェシカ、議員では駄目なんだ。今回の出兵をみてもA100シリーズは大統領権限になる。逆に言えば大統領ならば行政権を利用して戦争を止めることができる。そして私が欲しいのはたかだか数十年の平和なんだ」

ヤンはかつてイゼルローン攻略作戦時にシェーンコップたちに語った事と同じようなことを。

「だが、ジェシカ、議員は国民から選ばれる上に任期の制限がない。そのため、一度選ばれると多くの人はその地位にしがみ付きたがる」

「・・・それは」

思い当たる節があるのかジェシカの声のトーンが下がった。

「そして現在の議会は和平派と継戦派が半々で、継戦派が有利だ。だが、彼らの大半はG8やNEXT11といった大規模な企業、特に軍産複合体の代弁者でしかない」

「本気で帝国全土制圧を考えている人間なんて一握りしかいないのさ」

そこでラップは思った

(今回はその一握りに動かされたわけだな)

ラップの思惑を知らずに彼、ヤンは続ける。

「そこで私は、軍産複合体、通称イルミナーティに新しい利権を与える。戦争以上のうまみを持つ恒星開拓と・・・・銀河帝国55億との和睦による貿易」

「私の予想ではだが、せいぜい1億2千万人の利益よりも開拓された55億の購買層に彼らの目を向かわせることが出来る」

「だから私は超党派の議員連合と、市民の支持、財界への新たなる利権をもって大統領選にでる。そしてこの無意味な戦争を終わらせる」

珍しくヤンが断言した
そんな親友をみてジェシカは思った。

(私はテルヌーゼンの中央議会代議員に選ばれた。そして多くの同志、とくに戦争で大切な人を失った人々派閥を作り上げた)

(いえ、祭り上げられたというべきかしら。でも私は精一杯の努力を、反戦に向けた活動を行った)

(でも、私たちは無力だった。今回の「ストライク」作戦に反対したけど、数の差に押し込まれてしまった)

(政治は結果。結果がなにより評価される)

(そして講和派代表であるはずの、州民連合の代表者である評議会議員7名の内、出兵に反対したのがジョアン・レベロ先生だけだった)

(そして、私にはヤンのような経済への視点が欠けている)

長い沈黙が流れた。
そして、ジェシカが口を開いた。

「いいわ。協力しましょう。ただし、ここまでするからには大統領になりなさい、ヤン。そしてこんな馬鹿げた戦争を終わらせて」

数秒の沈黙の後、強い口調で彼は頷きいった。

「ああ。終わらせるさ、こんな馬鹿げた戦争を」

そして4人は後にした。ユリアンは訓練学校の寄宿舎へ、アッテンボローとラップは官舎へ。ジェシカはホテルへ。




side アッテンボロー


無人タクシーを捕まえる二人。
ジェシカはまだ拘りがあるのか、一人でホテルへと戻ってしまった。

「ラップ先輩、何故ヤン先輩はあんなに嫌がっていた政治の世界に飛び込む気になったのでしょうか?」

アッテンボローは疑問を投げかける。
それはラップにとっても疑問だった。

「さて、それはお前さんの方が分っているんじゃないのかな」

アッテンボローが肩を竦める。

「あんまり分りたくないんですけどね」

だがラップは笑いながらも逃げ道を残さなかった。

「言ってみな。ここには俺とお前の二人しかいないしな」

数秒の間。

「俺達の為、ですよね?」

「ああ、そうだろうな」

ラップは続けた。苦虫を噛み砕きながら。

「今回の出兵が成功するとロボス元帥は統合作戦本部長になるだろう」

伊達に26歳で中将に昇進してないアッテンボローは即座に続けた。
なお、アスターテ会戦参加者はヤン元帥を筆頭に一階級昇進している。

「そうなると人事権をえる。俺たちをバラバラにして最前線送りにする、ですか?」

「うん、それもある」

どうやら、ラップ先輩の問いの半分しか正解点には届いてないみたいだ。
ラップは補足した。

「逆に一生辺境めぐりというパターンもあるわけだ」

アッテンボローもようやく我が身の危うさを理解した。

「それから身を守るためには二つの道しかない」

アッテンボローが引き取る。

「辞めるか、偉くなるか、ですね?」

それは答え。

「そう、そしてヤンはもう辞めれないだろう。ユリアン君の件は聞いているな」

ラップが確認を取るかのように聞いてきた。

「選抜徴兵制度・・・・・」

そこでアッテンボローは気が付いた。
この悪法の重大な欠点、いや悪点を。

「あれ? いやちょっと待ってください、あれって片親が軍人でも適応される制度でしたよね?
だったらラップ先輩とジェシカ先輩の子供も対象じゃないですか!?」

アッテンボローが叫ぶ。

「そう、軍の頂点を極めても、戦争が続けば俺たちの子供は軍人になるしかない。そして親より早く死ぬかもしれない。
丁度、第5艦隊のビュコック提督の二人の息子のように、ね。何よりの親不孝だ。親より先に死ぬなんてな。」

ここでようやくアッテンボローも気が付いた。
ヤンが政界に転出してまで平和を求めた理由を。

「じゃあ、ヤン先輩があそこまで戦争終結に拘るのは・・・・・」

「俺たちの子供たちのためでもあるのさ。そしてジェシカもそれに気が付いたから一旦ホテルに帰ったのだろう。覚悟を決めるために」




side オーベルシュタイン


フレデリカが後片付けをしている頃、ヤンは一人の人物と連絡を取っていた。
彼の名前はパウル・フォン・オーベルシュタイン元銀河帝国軍大佐。
現時点では国内諜報部門第三課局長ポール・サー・オーベルト准将。

「お久しぶりです、閣下」

無機質な声。
感情を感じさせない声にもなれた

「やあ、准将。元気かい?」

あえて明るく振舞うヤン。
誰が盗聴しているか分らないのだ。ことは慎重に運んで損はない。

「はい、閣下の要望通りの品、確かに手に入りました」

要望した品、それは軍産複合体19社の汚職、売春、脱税、暗闘、不良債権などの資料である。
むろん、二人以外は誰も知らない。

「いやあ、悪いね。ただ航路図は今回の遠征に必見だからね、どうしても予備が欲しかったのさ」

航路図は要望した品の暗号だ。

「御意、ところで閣下のお会いしたい人物ですが、どうしても日程が合わず小官のみで先方に伺うこととしました」

「うん、先方にはくれぐれも例の件を強く押しておいてくれ」

例の件、それは55億の市場の魅力と辺境のフロンティア・サイドの可能性、そして徴兵制導入による購買層の激減の可能性のことだ。

「御意」

「それではまた後ほど、統合作戦本部で。」

通信が切れる。
携帯の液晶パネルを見つめ続けるヤン。

「あなた」



side フレデリカ

「あなた」

ヤンは答えない。

フレデリカは聞いていた、今の会話を。
それは決してヤンが望んだ会話ではないことも分っていた。

「泣いても良いのですよ?」

ハッとするヤン。

「泣きたい時くらい誰にでもあります」

フレデリカは続けた。

「良い友人方じゃないですか。ラップ准将にアッテンボロー中将、ユリアンにジェシカさん」

「誰も貴方のことを恨んではいません」

ヤンがようやく答える

「そうだろうか・・・・私は・・・・ジェシカを、ラップを」

唇を唇で塞ぐフレデリカ

「フレ」

「私は何があっても貴方の味方です。たとえこの宇宙が原始の塵に還ったとしても」

フレデリカはさらに言葉を紡ぐ。

「貴方はね、戦死なんてカッコの悪い死に方をする人ではありません。私たちの孫に囲まれて、もうだれも貴方の武勲を覚えていなくなったころ、静かに生きを引き取る、そして孫がそれに気づいて子供たちを呼ぶ、そんな死に方が相応しいと私は思います」

子供、孫、といって言葉に少し動揺するヤン。

「・・・・・しかし」

そんなヤンを意図的に無視してフレデリカは続けた。

「少なくとも・・・・貴方だけを逝かせません」

それは決意表明。
一生を添い遂げると。一生を共にすると。

「フレデリカ」

今度はヤンの方から口付けを交わす。
それはフレデリカのプロポーズに対する答えだった。

(私から言うのも、なんだか変な気分ね。まあ、恋する乙女の特権という奴かしら?)

「今日は一緒に寝て、愛し合いましょう? 貴方が少しでも軽くなるよう、努力させていただきます」





ヤン・ウェンリーの蠢動は続く。
それは彼が望まない行動であり、現実が彼に要求した行動でもあり、もしかしたら時代が求めた行動なのかもしれなかった。
宇宙暦796年7月22日、パウル・フォン・オーベルシュタインはある人物と面会を果たした。
そしてその面会は彼の思惑通り進み、ヤンを政治の表舞台へと押し上げる原動力となるのだった。



[22236] 第一部 第十一話 敗退への道
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/29 14:55
第十一話 敗退への道

G8とNEXT11について 宇宙暦835年 3月30日 ある士官のレポートより

G8やNEXT11は所謂大財閥の一員である。その設立は様々だが、一番古い企業、『ヒイラギ重工』は旧暦3600年代まで遡る。他の企業、特にG8加盟企業はシリウス戦役を母体に登場した新興企業であった。『同盟工廠』『ネルガル重工』などその典型例であろう。彼らは共和国の事実上の支配者といわれている。
何故なら、共和国が選挙制度をとる以上選挙多額の資金が必要であり、それを供給してきたのだから。実際、全盛期には大統領の首さえも代えられると豪語する者もいた。
だが、宇宙暦300年代と宇宙暦500年代に新たなる潮流が登場する。その新たなる潮流の企業群、NEXT11と呼ばれる新興(彼らからみて)の財閥により地位を脅かされることとなる。いわゆる、ライバル出現、という奴だ。
その後の暗闘、両陣営は今でも秘密にするほど合法・非合法な活動が展開されたと聞く。その後は緩やかな協調関係にもどり共和国経済を裏から操る巨大企業群に変貌して行った。
それがG8とNEXT11がたどった歴史的経緯である。やがて戦争が始まるとまるで謀ったのかのように企業群は各々の得意分野で戦争に貢献した。軍艦の建造から軍服の製造まで、ほとんど競争原理が働かないままダゴン会戦から30年あまりが経過する。流石に見過ごせなくなった最高裁判所はG8とNEXT11の合計19社に談合の中止と独占禁止法違反の疑いで莫大な課徴金を課す。
もっともこれは一種の増税であり、その課徴金(なんと当時の共和国年収の1割強に匹敵した)は軍備増強へとまわされるので、あまり意味が無かったと言われている。それから120年、兎にも角にも共和国経済を支えてきた19社はある男たちとの出会いで一世紀に渡る軍産複合体からの脱却を迫られることとなるだった。』



『銀河帝国軍上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラムより、フリードリヒ4世皇帝陛下への奏上

現在行われようとしている共和国軍をイゼルローン近郊で縦深陣をしき迎撃するのは困難なものと考えます。
それは以下の点から成り立ちます

1、共和国の物量
(当然ながら共和国艦隊の全軍が9個艦隊であるわけでもなく、他に予備兵力として6個艦隊が存在することが確認されております。遺憾ながら陛下の温情そろえた11個艦隊では15個艦隊に勝てるとは思えません)

2、補給線の短さ
(前途した1に関係しますが補給線が短いほど、彼ら共和国軍は戦い易いのです。その為、共和国軍との決戦をイゼルローン近郊に選んだ場合、士気の高い9個艦隊相手に大いに苦戦するものと考えます)

3、艦隊錬度の低さ
(皇帝陛下の温情の下、各貴族領土から集めた艦艇ですが、それはテストもしていない新造艦艇から、廃艦寸前の旧式艦艇まで様々です。また共同訓練も実地しておらず、最低3ヶ月は各艦隊の訓練が必要であります)

以上の点を持ちまして、臣、ローエングラム上級大将は以下の作戦を提案します。

『ガルミッシュ、レンテンベルク要塞、両防衛線までの後退と辺境外縁部を放棄することによる長期持久戦』

1、二つの要塞からの補給を受けられること。

2、艦隊編成・練度の向上の為の貴重な時間を稼げること。

3、辺境惑星から物資(主に嗜好品、医薬品)を引き上げることで、共和国軍の負担を増大させられること。

4、要塞自体を囮にし、治安維持のために後方に展開しているであろう共和国軍を各個撃破できること。

5、依然、保有する各貴族艦隊を危機感で統率しこれによるゲリラ作戦を展開すること。

以上をもって共和国軍迎撃にあてたいと臣は考えます

帝国暦488年8月 宇宙艦隊司令長官主席参謀兼宇宙艦隊ローエングラム師団司令長官 ラインハルト・フォン・ローエングラム』



『帝国領土に敵影無し』 試作巡洋艦『レダ2』艦長より報告。宇宙暦796年9月3日



第十一話 敗退への道



side ラインハルト 帝国暦486年 7月22日

キルヒアイスが不機嫌だ。
それが最近の彼らの日課である。
ここはラインハルトの官舎。
さっきまでは有能な若手将官たちが勢ぞろいしていたが今は誰もいない。

「怒っているな?」

赤毛の親友に問う。

「怒ってなどおりません」

返事は素っ気無かった。

(嘘だな)

ラインハルトは頭を下げ謝る。

「すまなかった」

キルヒアイスも流石に驚いた。
アンネローゼとの会話や幼い頃を除けばラインハルトがこんなに正直に謝るなど無かったからだ。

「キルヒアイスに相談もせず勝手に焦土戦術をとったこと、悪いと思っている」

「ラインハルト様」

「だが、キルヒアイス、お前とて分かっていよう?俺たちには時間が必要なんだ」

キルヒアイスは答えない。
だが、沈黙は先ほどまでの沈黙とは違っていた。

「貴族どもから接取した艦隊は訓練が足りない」

それはそうだ。
貴族の私兵といえば聞こえは良かったが、いざ集めてみると名ばかり艦隊ばかり。
最低でも向こう2ヶ月は訓練に当てなければならない。

「向こう数ヶ月はこちらから積極的な攻勢に転じられない」

ラインハルトがキルヒアイスの内心を見透かしたかなのように言葉を紡ぐ。

「だから、仕方ない、そう仰るのですか?」

「・・・・そう、言えば、キルヒアイスは気が済むのか?」

「・・・・いえ」

「俺だって食うや食わずの下級貴族出身だ。空腹感の辛さは分かるつもりだ」

思い起こされるのは父親がガス代・電気代を止められ真っ暗になった少年時代のこと
姉上のベッドに逃げ込んだ程の怖さ。
そして、食べるものがないからと先祖伝来の土地を手放し、幾ばくの報酬かと共にこいつの、キルヒアイスの隣に移ったときの事。

「・・・・・・・」

親友の言葉を待つキルヒアイス。

「だがな、こんな策を弄するのは一回だ。この一回限りだ。だから頼む、俺を許してくれ」

数瞬をおいてキルヒアイスが放った

「頭をお挙げ下さい、ラインハルト様。もしもこれが完全な焦土作戦であれば私も断固反対したでしょう。しかし、領民に食料を残す、例えそれが我が軍に不利な事であっても、です。ですから今回だけは私は受け入れます」

「ですが、ラインハルト様?」

そこでキルヒアイスの言葉が止まった。

「うん?」

怪訝な顔をするラインハルトにキルヒアイスは怖いくらいの笑顔で釘を刺す。

「一回は一回です。この意味、お忘れにならないようお願いします」



side イゼルローン要塞 宇宙暦796年9月25日

戦勝。戦勝、また戦勝。
無血で解放(占領)が進むにつれロボスの機嫌は良くなっていく。
それは作戦を主導したアンドリュー・フォーク准将も同様だった。

「いや、ここまで帝国軍が抵抗が無いとは・・・貴官の予測通りだな、フォーク准将」

呼ばれた准将は答える。

「はい、やはりヤン元帥は神経質になりすぎていたのでしょう」

それはロボス元帥の望んだとおりの回答だった。

「ああ、そうだ、その通りだ。
そんな神経質な元帥にこれほどの高度な柔軟性を維持しつつ行われる作戦に口を挟まれてはたまらぬ。
ヤン元帥には休養を兼ねてシリウスで第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊の合同演習を命じておいて良かったよ」

続けるフォークには侮蔑の炎がその瞳にあった。

「もっとも、あの目障りな、失礼、神経質な元帥閣下も今年末には到着する見込みです」

「それまでに、決着をつけたいものだ」

ロボスは故意にフォークの上官侮辱罪を見逃す。
彼自身がそう思っているのだから、仕方の無いことかもしれない。

「以前のアスターテ同様、マス・メディアはヤン元帥が出兵に反対した事を知っています」

少し驚いた顔をするロボス。

「ほう?我々はリークしてないが?」

(そうだ、アスターテの隠蔽のためにわしの政治力はほとんど削がれてしまった。黒髪の青二才め)

的外れな、当人にとっては死活問題の苦言。

「ヤン元帥自ら報道に出ているそうです。これは一種の売名行為です」

それをきいて心底嬉しそうな、だが口には深刻そうな言葉で、

「・・・・売名行為、か、それはいかんな」

と言う。

「左様です、軍人は政治に口を挟むものではありません」

これを後世の歴史家が知ったとき、同じ事を感じたという。
((大統領府にかけあって出兵計画を立案したのはお前たちではないか!!))

と。

「うむ、ヤン元帥には査問会を招集し、被告に立ってもらう必要もありそうだな」

もっともそんな後世の批評など知らぬロボスはヤン元帥の待遇を口にする。

「必要とあれば」

便乗するフォーク。

「ところで前線の状況はどうだ? 何か変化はないか?」

「順調です。下級貴族たちは捕らえられませんでしたが、解放政策と相まって民衆の支持は我々にあります」

後方主任参謀のセレブレッゼ中将は頭を抱えている。

(良く言いますな、その民衆3億の嗜好品を届けるのにどれだけ国庫を圧迫しているか分かっているのですか?)

「たしか、趣向品や医薬品がないと聞いたが?」

「病院施設や宇宙港、電力供給施設も破棄されておりました」

それを副後方主任参謀アレックス・キャゼルヌ少将が聞いて内心怒鳴った。

(分かっているじゃないか! それを直すためどれだけの工兵を初めとする後方支援部隊がどれほどの期間を拘束されると思っているんだ!?)

だがロボスは理解していないようだ。
事の重大さに。インフラ施設の全滅、それの普及には数ヶ月を要することを。

「まあ、些細なことだ。それよりも帝国軍宇宙艦隊のほうだ、何か動きは無いのか」

だが、彼はそれを些細なことだと言い放った。
彼の関心は一向に出現しない帝国軍宇宙艦隊に注がれていた

「正規艦隊は我々に恐れをなして逃げたものと思われます。貴族の私兵艦隊がいくつか戦闘の末仕留めた程度です」

実際はゲリラ戦を組織的に仕掛けられ、補給部隊や艦隊から分派した哨戒部隊が少なくない損害を払ったのだが・・・・それはフォークの胸のうちに秘められたままだった。
というより、フォーク自身が重要視していない。そしてゲリラ戦を仕掛けてきた艦隊の7割を逃がした事などすっかり忘れ去られていた。

(その程度で撤退してくれたらありがたいんだが・・・・ヤンならそうするだろうな)

「うむ、作戦は順調のようだ」

「ええ、作戦は順調です。このまま一気にオーディンまで攻め上がりましょう」

本気で言う二人。
一方、キャゼルヌは叫びだしたいのを必死に押さえていた

(ちょっと待て! そんな物資は予算に計上されていないし、用意できない。今だって3億の帝国人を慰撫するための輸送に精一杯でこれ以上占領地を拡大されたら補給計画は確実に破綻する!!)

「占領地をさらに拡大せよ、これは宇宙艦隊司令長官の厳命である!!」

共和国軍の9個艦隊はさらなる領土拡大に向けて分散出撃した。
各地の占領地帯(解放区)に1000万名を越す将兵を治安維持・インフラ整備に残して。
それが、それこそがラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将の策力であるとも知らずに。



side 占領地

一方占領地では、解放軍として共和国軍を迎え入れたかというとそうではない。
辺境地帯になればなるほど共和国軍の侵攻を受けてきた、そしてそのつど撤退している為、ある種の達観があった。
今回もそうであろう、と。

さらに。

とある屋敷で有力者が会合を繰り広げていた。
豪華な、とはいかなまでもそれなりの料理が並んでいる。

「確かにインフラを直してもらえるのはありがたい」

一人が口を開く。そこには感謝の念があった。

「だが、共和国軍が未来永劫ここにいるとは限らぬ」

また一人が口を開く、それは疑念。

「それに共和国が来訪した惑星はほんの一部と聞く」

そうだ。9個艦隊で全惑星を制圧できるはずがない
帝国の航路も全て掌握できているわけではない。
これは、先ほど、飲みにきていた共和国軍の補給部門の左官が漏らした言葉だ。
恐らく間違いないだろう。

「貴族様は自分たちが侵略者と戦うのだと喜び勇みワシらを置いていってしまった」

思い起こされるのは100隻から2000隻までの艦艇の出撃。
たぶん他の星でも行われたに違いない。

「いざとなれば、武器を持て、と言われてな」

露骨に迷惑そうな顔をする老人。

「ふん、国民皆兵制度をとっとる国じゃ。わし等に戦え、そういうに決まっておる」

それに付随する別の老人。

「では共和国軍が狼藉を始めたら・・・・・」

それは恐怖。
長い駐留期間の間、インフラを破壊され、満足に娯楽を提供できない今、いつ暴発するのか。
特に前線に来ている将兵たちのストレスと欲求不満はいかほどの事か。
それが怖い。

「自分の身は自分で守れ、と言う事だろう」

そうして最初の老人が締めくくる。
彼らの隠し部屋にはいくつものライフルが置かれていた。

これから2ヵ月後、共和国軍の下士官の一人が婦女子に暴行を働き死なせてしまう事件が発生。
もちろん、残っていた住民が抗議に出たが黙殺された。
そればかりか、対応に出た士官がガチガチの共和主義思想家で、第11艦隊のウィレム・ホーランド中将のようにこの遠征で皇帝の首をとると公言して歯ばかりなかった。
その士官は最悪の行動に出る。それは、デモ隊への発砲であった。




side ドワイト・グリーンヒル大将 宇宙暦796年12月1日


グリーンヒルはヤン艦隊と共に要塞へと着任した。
ヤン艦隊はそのまま査問会への出頭を命じられ、ヤンは司令部に顔を出せる事さえ許されずにいた。
査問会は3日続き、ヤンの神経をすり減らし、決意をより強くするのだが、その時点では本人以外は分からなかった

そしてグリーンヒルは状況をキャゼルヌ少将から聞くと顔を青ざめ、急ぎロボス元帥へとアポを取る。

「閣下、各地の占領地で暴動が相次いでおります」

(まさかここまでひどい事態になろうとは)

グリーンヒルは思った。
これは不味い、と。そして早く撤退しなければ、と。

「このままでは我が軍は戦わずに疲弊します」

だがロボスの反応は鈍い。

「即時撤退すべきです」

しかし返ってきたのは予想だにしなかった発言だった。

「ならん、帝国軍と一戦も交えずに撤兵したとあっては我が軍の沽券に関わる」

(軍の沽券?)

もしもヤンが聞いたら激怒していただろうう、軍人としての名誉を全うするために、いや、今回は司令官個人の自尊心を満足させるために撤退しないと言っているのだから。

「事はそういう問題ではありますまい、閣下。それに数度にわたって帝国軍を撃破しているではありませんか」

グリーンヒルの脳裏にヤンが見せた資料が流れる。
あんな未来はごめんだ。自壊する共和国など見たくもない。

孫のためにも。




side ヒューベリオン ヤン元帥の私室 宇宙暦796年11月15日

3人いる。
一人はヤン・ウェンリー。
一人はドワイト・グリーンヒル。
一人はフレデリカ・グリーンヒル。

ヤンが頭を徐に下げた。
そこには統合作戦本部長室で見せた謀将のかけらもない。

『お義父さん、と御呼びすれば良いのかも知れません、フレデリカをもらいにきました』

『・・・・・・』

頭を下げる二人。
ちょっとした沈黙の後、グリーンヒル大将が口を開く。

『フレデリカ、本当にヤン君で良いのかね?』

『はい』

即答するフレデリカ。
しばしの間、目を瞑るグリーンヒル

(・・・・・・)

(・・・・・・)

二人が黙っているとおもむろに言葉を発し始めた。

『・・・・・こんな娘だが、私にとっては妻の形見でもある。前にも言ったが・・・・』

グリーンヒルが睨む。
それに答えるヤン。

『不幸だけには、決してしません』

ヤンの決意を見るグリーンヒル。そこには外見とは全く似合わない決意が表示されていた。
頷くグリーンヒル。

『よろしい』

『ありがとうございます』

心からお礼を述べるヤン。

それから3人で雑談をしていたが、グリーンヒルが突如話題を切り替えた。

『ところで、ヤン君、私に何か見せるものがあるのではないかね?』

核心を突く言葉。第三者が聞いても分からないであろう言葉。

『・・・・ご存知でしたか』

驚くヤン。それをいつ伝えるか迷っていたのだから。

『総参謀長という役職を舐めないでもらいたいものだね、ヤン君?
君がオーベルト准将と何か作成している事は知っていたのだよ?』

『何故、放置を?』

フっとグリーンヒルが笑った。
そしてヤンにとっても意外な言葉を続ける。

『我が国にとって大切なことではないかと、そう直感を感じたから。それと・・・・・娘の夫を収監したくなかったからだ』

そしてヤンはホアン・ルイに語った事と同じ事をグリーンヒルに事となる。




side グリーンヒル 宇宙暦12月1日 イゼルローン要塞司令部。


「閣下! お考え直しください。まだ間に合います」

必死に訴えるグリーンヒル大将。もしも今損害らしい損害を出さずに撤退できるなら、あのレポートの前提が崩れる。
そうすれば孫が軍人になるのを防げるかもしれない。
何せあのレポートの大前提は広大な占領地帯を保有するか、大敗北を喫するかどちらなのだから。

「撤退が無理ならば、せめてヤン元帥の軟禁を解いてください」

ヤンは売名行為のかどで艦隊に軟禁されていた。
さらに理由がある、それは早期撤退論を誰振りかまわずしゃべった為である。

「いいや、だめだ。彼には礼儀が足りん」

実際ヤンに撤退の進言をする権限はあっても、撤退命令を下す権限はなかった。
だからヤンは要塞内部に撤退論をつくりロボスを少数派に追い込むつもりであった、あったのだが。

「彼は私を無視したのだぞ!」

ロボスを無視したのは悪かった。いや、結果を急がずに回り道をしてしまったヤンが不運だったのか。
温厚で紳士的と呼ばれているグリーンヒルも流石に呆れた。

(それは感情論ではないか!)

結局、双方の論理は平行線を走り、侵攻作戦は継続されることになる。
ただし、流石のロボスも罪悪感を覚えたのか、比較的後方地帯を占領していた第7艦隊のアレキサンダー・ホーウット中将に補給船団の護衛を命じた。
だが、補給艦隊の総数に比べ、護衛艦艇の艦艇数はあまりに少なかった。

それが新たなる悲劇を呼ぶことになる。




side ラインハルト 帝国暦486年12月5日


宇宙艦隊司令長官の命令でラインハルトが訓示をたれる。
ミュッケンベルガー元帥は既にガルミッシュ要塞防衛の任についており、ここにはいない。
彼がどれだけ皇帝に疎まれたかが分かる人事だった。
また、貴族連合軍を纏め上げ新たに艦隊を編成したアーダベルド・フォン・ファーレンハイト中将(いくつもの小規模な艦隊を統合し練兵し、1個艦隊を再編した腕前をもって皇帝より少将から中将に任じられた)はレンテンベルク要塞防衛の為に進発しており、同じく帝都にはいなかった。

「卿ら、時はきた」

ラインハルトは9名の提督たちを座らせると言った。
彼らの傍らに副官たちが座る。

ウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将

ウォルフガング・ミッタマイヤー中将

オスカー・フォン・ロイエンタール中将

ジークフリード・キルヒアイス中将

カール・グスタフ・ケンプ中将

コルネリアス・ルッツ中将

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将

エルネスト・メックリンガー中将

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将

いずれも有能な9名の提督たちである。

「共和国軍は罠にはまった」

ラインハルトの端正な顔が一瞬ゆがむ。
もっとも気が付いたのは赤毛の親友だけであったが。

「キルヒアイス中将、説明を」

「ハッ」

キルヒアイスが端末を操作する。
そこには各地に分断され半ば孤立している共和国軍とレンテンベルクに1個艦隊、ガルミッシュに1個艦隊を釘付けにされた状況が映し出された。

「ごらんの通り、我が国の3分の1を占領した共和国軍ですがその距離、そして各地に派遣した分艦隊のゲリラ戦術で満足な補給が受けられている状況ではないと情報部は判断しました」

分艦隊規模のゲリラ戦、各地に備蓄されていた物資を切り崩して行われた。
それは皮肉にも50年以上前、第二次ティアマト会戦敗北後に本格的に議論された本土決戦を想定しての作戦であり、それが実った形となる。
いわば共和国軍は50年前の大勝利のつけ、それも予想だにしなかったツケを払わされていたのだ。

「それを裏付けるかのように、帝国深遠部に近い共和国艦隊は物資の略奪を始めております」

そう、共和国艦隊は無計画な進出にしたがい、自己の艦隊を維持するだけの水や食料が不足していた。
帝国軍はもちろん知らなかったが、共和国軍の最前線の艦隊に至っては汚水を浄化して飲み水に変えているくらいである。
それはヤンが指摘した距離の壁であり、撤兵時期の無計画さのツケでもあった。

「そしてそれに対抗すべく艦隊の占領地域では大規模なパルチザンが展開されており少なくない損害を出しているとの事です」

陸戦部隊を投入しても数で圧倒される、しかし投入しなければ自分たちが餓える。
そんなジレンマを抱ええる共和国軍。もはや解放者としての仮面はなかった。

「さらに、4ヶ月前に占領された辺境各地でも大規模な暴動が発生しております。これは軍規の甘さとそれによって生じた問題、対立とが原因と思われますが、その対処に武力を持って望んだため民心は急速に共和国軍を見放しております」

キルヒアイスの握られた左手から血が滴り落ちる。
怒っているのだ。彼は。

「そして各艦隊はあまりにも遠く相互支援できる状況にはありません。また、前線の物資不足を補うためイゼルローンから100億トンもの物資を輸送する計画が持ち上がり、今年12月中旬に実行される見通しです」

「そしてその補給艦隊を私が急襲します」

キルヒアイスは締めくくった。
そしてキルヒアイスが先に退席する。作戦を実行するために。

「卿ら、現状は分かったな?」

メルカッツが手を挙げる

(メルカッツほどの人物が分からぬとも思えぬが)

「何か不可思議な点でもあるのか?」

「いいえ、上級大将閣下。現時点で共和国軍が息切れした点は良く分かりました。
しかしながら、何故ここまで民衆を苦しめる必要があったのですか?」

幾人かの提督がハッとして金髪の若い司令官を見る。

「・・・・・国を変えるためだ」

彼は小さな、小さな声で呟いた。
それは全員に聞こえた。
メルカッツが聞き間違いかと反復する。

「国を?」

そこには先ほど沈んだ若者の姿はなく、英雄の姿があり、彼は断言した。

「勝つためだ、それ以外の何がある?」






宇宙暦796年、帝国暦486年12月24日

クリスマスイブの惨劇と呼ばれる戦いがタラニス恒星系で発生する。

キルヒアイス艦隊は共和国軍が掌握できなかった航路を使って、各地のスパイや偵察艦艇、フェザーンから野情報を総動員し第7艦隊と補給艦隊の位置を割り出したのだ。
そしてタラニス恒星系の隕石地帯で待ち伏せを行い、一気に急襲。共和国第7艦隊旗艦『ケツァル・コァトル』が沈み、ホーウッド提督も戦死した。艦隊旗艦を撃沈され艦隊が一時混乱。そこをキルヒアイス艦隊につかれ前後に分断、分断後キルヒアイスは前方集団の殲滅に全力をそそぐ。
前方集団7000隻は突如現れた15000隻の艦隊に対応できず崩壊、中央攻撃で2000隻を、その後はほとんど何も出来ずに味方7000隻を失った後方の4000隻は、かろうじて生き残った副艦隊司令官アーノルド少将の命令により補給艦隊ともども投降する。

この戦闘でキルヒアイスは、その戦闘速度の的確さと戦闘時間の短さ、犠牲の少なさから、味方の帝国軍から、絶大な信頼を得てローエングラム陣営No2の座を確実なものとなる

100億トンもの物資もキルヒアイス艦隊の手に落ちた。
それは共和国軍の補給線が完全に瓦解した事を意味する。

そしてそれから1週間後の宇宙暦797年、帝国暦487年1月1日、帝国の逆襲が始まった。



[22236] 第一部 第十二話 大会戦前夜
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/21 03:47
第十二話 大会戦前夜

『         大統領召集の安全保障会議議事録 1198

記録では、最高評議会議員12名とラザフォート大統領、報告のためイゼルローンから帰還したドワイト・グリーンヒル大将の14名が参加していたとある。

『貴官を前線のイゼルローンから呼んだのは他でもない、ストライクの事なのだ。大将、私は正確な情報がしりたいのだ』

『ロボス元帥は戦勝の報告しかしないが、本当に勝っているのかね?』

『それとも、実際は負けているのではないかな?』

『今回の閣僚人事に現役の軍人アドバイザーとして、秀才の誉れ高いアンドリュー・フォーク准将をいれたが、彼も戦勝を報告している』

『だが、国庫、特に軍事予算関連は当初の見積もりの4倍にまで膨れ上がり、福祉や教育、恒星開拓といったほかの分野でも悪影響を与えだしている』

『この点はどう考えるのかね?』

『現時点、9月18日時点で侵攻軍3600万に目立った被害は出ておりません、大統領』

『そうか、つまり勝ているのだな?』

『ですが、大統領。現在の作戦は帝国領土全域を制圧すると言う無計画な作戦で、これ以上の作戦遂行は国庫に多大な負担を加えます』

『うん? 何が言いたいのだ、ドワイト・グリーンヒル大将?』

『即時撤兵を進言します』

『!!』

『それはなりません!』

『何故ですか、ウィンザー国土交通委員長?』

『これは専制政治を打倒する正義の戦い、国庫に負担があるからといって一戦も交えずに撤退するなど・・・・聖戦にあってはならない行為です』

『そもそも今回の侵攻計画はグリーンヒル大将、あなた方軍部から持ち出されたものではありませんか?』

『それが良識派のグリーンヒル大将ともあろうお人が臆病風に吹かれたようでは・・・・とても安心して夜も眠ることが出来ません』

『そうお考えでしたら、一刻も早く撤退すべきです。確かに帝国軍正規艦隊とは交戦し、これを撃破しておりませんが小規模な艦隊ならばいくつも撃破しております』

『大統領閣下。もう戦果としては十分ではないでしょうか?』

『・・・・いや、だめだ』

『何故です!?』

『有権者により目に見える形で成果をあげなければならぬ。このたびの遠征で議会は臨時増税を可決した。消費税の10%への値上げをな。それは来月にも異例の速さで施行される』

(・・・・・そんなことが・・・・・いつの間に)

『だからな、大将、目に見える成果を挙げるのだ。特に、我々が有権者の支持を会得するためにも、な』

『大統領閣下、それは命令ですか?』

『そう、命令だ。付け加えるなら最高評議会の三名の議員を除く全ての議員の総意でもある』

『さしたる大戦果も無しに占領地からの撤兵など、もはや国民世論が納得しないのだよ、大将』

(それは貴方たちの理論では・・・・いや、止められなかった私も同罪か)

『よって大統領府としては今回の作戦を継続する事を命令とする』

『もちろん、帝国軍に大打撃を与えれば撤兵してもかまわんよ?』

宇宙暦860年 『愚行の過程』より抜粋





第十二話 大会戦前夜



side オーベルシュタイン 宇宙暦796年12月22日

ホテル・ローマ、スィートルーム。
ここに一人の老人と一人の若者がいた。

一人はG8筆頭『ヒイラギ総合商社』の、つまり軍産複合体連合議長のアキラ・ヒイラギ。
茶色の着物を着た大人しそうな爺、といった雰囲気だ。
もっとも、眼光は鋭く、第一印象で彼を侮ると痛い目を見る、そんな風格がある。

もう一人は次席筆頭の『同盟工廠』のミルド・ダン。
両者は三十歳近く年が離れているが、両者ともこの国を影で操る実力者といって良い。
とくにブルーのネクタイにブルーのスーツできたダンなど、若干31歳で『同盟工廠』を取り仕切っているのだから。

「オーベルト准将、じゃったな? 此度はどういった用件かのう?」

「ええ、そうですね。まさか僕らの正体を知らずに迎え入れたわけではないのでしょう?」

二人は挨拶もそこそこに本題に入る。
本来であれば別の要件で忙しいのだ。
それを無視するほどのものをこの男は提示してきた。
だからこそ、ここにいる。しかも、イルミナーティ幹部の二人が。

「そうですな、まずこれをご覧下さい」

紙媒体の資料が手渡される。
それはヤンに命じられてオーベルシュタインが作成した、G8とNEXT11の表沙汰にしたくない資料だった。
それを読み終える二人。
もっとも驚きは少ない。最初の手紙に載せられていた自分たち個人の汚職、売春などに比べれば想定の範囲だった。

「確かに良くできた脅しじゃな」

「ええ、これは立派な名誉毀損罪になりますね」

二人の返答は予想のものだった。
白を切る、当然だろう。

「では、明日の朝一番にでも公表してよろしいので?」

「・・・・・」

「!!」

まさかそう返してくるとは思わなかった。
そんな中、老人は薄く笑い、青年は絶句する。
この辺は修羅場をどれだけ潜ったかによるのだから、二人の反応の違いは仕方ないのかもしれない。

「わしはこういった駆け引きを好まぬ」

一番の年長者が口を開いた

「何が望みじゃ? 言うてみぃ」

オーベルシュタインは淡々と答えた。

「ヤン・ウェンリーを支援していただきたい」

若者が聞く。
彼の目は、老人と同じく真剣であった

「見返りは?」

当然だ。彼らは商人。
ボランティアで誰かを支援することなど無い。
そういう物好きは理想に燃える者の特権だ。
ジェシカ・エドワーズ代議員などその良い例だろう

「戦争の終結による民需産業の更なる勃興とフロンティア・サイドの開拓、そして」

ほう、と老人が頷く。

「そして?」

若者が促した。

「銀河帝国55億の民への貿易権」

それは銀河帝国との講和を前提にした話であった。
さすがに二人とも驚く。
それは150年に渡って議論され、誰も成しえていない偉業だからだ。

「銀河帝国と講和じゃと?」

老人が訝しげに聞く。

「左様です」

オーベルシュタインは淡々と答える。
まるで機械のように、感情にこもらない声で。

「できるのか?」

老人が確認する。
できるのか、と。

「ヤン・ウェンリーならば確実に、と言いたい所ですが確証をすることは出来ません」

オーベルシュタインは正直に答えた。
ここで確証を与えて自分たちの手足を縛っては何も意味がない。
あくまで自発的に味方になってもらわなければならないのだから。

「それでは話にならないよ」

若者が侮蔑を隠さず言い放つ。

「ですので、こちらの資料をご覧下さい」

さらに二つのファイルが手渡される。
そこには銀河共和国の自壊への道しるべが掲載されていた。
食い入るように見入る若者と、老い先短い性か達観している老人。

「お主は優秀じゃな?」

若者はまだ衝撃から抜けきれないのか何も言わない。
だが二人は理解した。
このままでは600億の市場を失うことを。

「恐れ入ります」

オーベルシュタインは頭を下げる。

「共和国の自壊。そう言われればそうかもしれない」

若者にとっては衝撃だった。
まさか数十年先に自分の故郷が崩れ去ると言われたのだから。

「これが本当になるなら協力しなければなりませんね、会長」

「果たしてなるのかのう?」

「ですが徴兵制度はまずい。若い良質な労働力を奪われます、引いては民需の弱体化に繋がります」

若者と老人が言い合う
彼らG8やNEXT11とて何も軍事だけで食っているわけではない。
むしろ、軍事の利益はそれほど大きくない。民間企業だけあって、600億の市場を席巻するほうが甘味があるのだ。

「かといって選抜徴兵制度を続ければ同じことです。いずれ不公平感から世論はいずれかに傾くでしょう」

そこへオーベルシュタインが爆弾を投げ込んだ。

「徴兵制度導入か、志願制度への移行か。そして後者の可能性は戦争が継続していく限りあまりにも低いでしょうな」

そう、民意は時として誰にも止めるられなくなる。不公平感が爆発すれば時の政権はオーベルシュタインの言う選択を迫られるだろう。

「そうじゃが、軍需産業で儲ければよいでのはないかな? 敢えて火中の栗を拾わずとも良いではないか?」

オーベルシュタインは即座に反論した。
まるで待っていたかのように。

「購買層の低下、民需製品の方が利率が高い事は経済を知っている者の常識でしょう。それを捨て去るとは思えません。」

更に煽る

「そして軍需産業に傾倒して、戦争に勝った暁はどうするのですか? 内戦でも起こさない限り軍需の利益は縮小されます。その時莫大な損失を被るのはあなた方イルミナーティのメンバーでしょう」

そうだ、戦争中は良い。だが、万一大勝利を収め、圧倒的な国力差で帝都オーディンを落としたとしたらどうなるか?
戦後不況だ。それも今、戦争に勝って終わるのとは比べ物にならないほどの。

「そこまで分かっていて、講和派のヤン元帥を支持せよと命令するか」

「御意」

チャキ。
ダンがブラスターを取り出す。

「ここで君を殺せば全て無かった事にも出来ますが・・・・どうでしょう?」

「話は全部無かったことにしませんか? お互いそれが一番利益を、少なくてもここ数十年間は生む」

オーベルシュタインは無言で懐からある装置を取り出した

「「ゼッフル粒子発生装置」」

二人の声が重なる。

「そういうことです、代表」

しばしのにらみ合い。
先に折れたのはダンのほうだった。

「やれやれ、あなたは怖い人だ。自分自身をも賭けの道具に使えるとは」

それは賞賛の声。
彼は素直に感心した、この不気味な男の覚悟を。

「そうでもありません。私にも怖いものはあります」

「それは是非とも次の機会に聞いてみたいものじゃ」

「ええ、そうですね」

老人が口を開く。

「ヤン・ウェンリーの件は了承した。悪行ばかりの人生じゃったが、だからこそ一度くらい善行をしても罰はあたらんじゃろう」

老人は損得計算で、一度の賭けならば決して悪くないと考えた。
それに例のレポートもある。あれをばら撒かれるのはやはり痛い。

「全く、とんでもない人物だ。私たちイルミナーティを手玉に取った。それだけで賞賛に値しますよ」

「まあ、信じないでしょうけど僕も戦争は嫌いです、儲けが少ないですからね」

彼も老人と同様の結論に達した。
新たなる市場開拓、その可能性に一度くらいかけてみようと。
なあに、掛け金は思いのほか少ない。

「ヤン・ウェンリーという小僧を支援する、それだけで良いのじゃな?」

確認する。
ヨブ・トリューニヒトのように、支援すればよい。
奴が何か言ってくるのは目に見えておるが、そんな事は次の一言でどうとでもなる

『順番が変わった』
と。

そこでオーベルシュタインが彼らを思考の海から引き上げた。

「ではそちらの資料はお渡しします。信頼の証として」

「信頼か、利用の間違いじゃろう?」

「ま、僕も協力しますよ。そう言うのは嫌いじゃない」

こうしてオーベルシュタインはパイプを手に入れた。
そのパイプは共和国という大樹の地下深くに根をはるイルミナーティ、軍産複合体連合は、彼の目論見どおりヤンへの大きな支持基盤に変貌するのだった。




side ビュコック 宇宙暦797年1月3日



「今すぐ、総司令官にお繋ぎしてもらいたい!!」

ようやく繋がった。
全く何基の中継衛星を利用しているのかわかっているのか。

「それが、その」

対応に出た士官は少尉。
老練な名将の怒りの前にたじたじだった。

「貴官では話にならん。急いで繋げ」

そこで向こうで、イゼルローンでひと悶着あった。
ある人物がオペレーターを押しのけて通信に割り込んだのだ。

「あ、ちょっと」

「失礼しました、アンドリュー・フォーク准将です、ビュコック提督」

不思議に思うビュコック。
わしは確かにロボス元帥との面談を要求したはずだ、と。

「何故貴官が出るのだ!? わしはロボス元帥に直接進言したいのだ!!」

「ですから、まずは小官を介してもらいます」

フォークは柳のようにビュコックの怒りを無視して話を始めた。

「何故?」

「それが規則だからです」

(埒が明かんな、これは)

「じゃな、ならば言わせてもらう。補給作戦が失敗した今、今すぐに退却の命令を出してもらいたい」

フォークは舞台俳優のようにビュコックの正論を精神論で拒否してきた。

「これはこれは、60年近くも帝国軍の侵略を阻んできた勇将の発言とは思えません」

(ふん、何とでも言えばよい)

だが次の瞬間、ビュコックの堪忍袋の緒が切れた

「臆病風に吹かれたのですか、提督?小官なら撤退などしません。むしろこれを好機に帝国艦隊を撃滅してご覧に入れます」

数瞬の間。
ビュコックは静かに口を開いた。

「そうか、わかった、ならば代わってやる」

「は?」

なにを言われたのか分からない、そんな様子のフォーク。
実勢なにを言われたのか頭の中で整理がついていないのだろう。

「代わってやると言ったのだ。そこまで自身がおありならば安全なイゼルローンにモグラのように引き込んでいないで前線に出てくるが良い」

そしてビュコックは代弁した。
今前線にいる全ての艦隊司令官たちの言葉を。

「そしてわしらの代わりに艦隊の指揮を執れ!!」

フォークはたじろいだ。思えば前線に立ったことなど彼は一度も無かったのだから。

「む、無茶を言わないでくさい」

ビュコックの怒りは収まらない。

「無茶を言っているのは貴官の方だ、貴官は自己の才能を示すのに弁舌ではなく実績を示すべきであろう」

「それができないからヤン元帥に嫉妬している、違うか!?」

「しかも他人の影に隠れて功績を横取りしようとしているのではないのか!!」

そして一枚の命令書を出し、手の甲ではたき付ける。

「極めつけはこれだ・・・『現地調達せよ』だと? 自らの失敗を棚に上げてよくもぬけぬけと戦えなどと言えたな!!」

その途端。スクリーン越しのフォーク准将が引き付けを起して倒れた。
軍医が呼ばれ、診断し、ビュコックに事情を説明する。
ビュコックは心底あきれ返った声で言う。

「やれやれ、わしらは赤ん坊の立てた作戦でこんなところまで来てしまったようじゃな」

「お見苦しいところをお見せしました」

ドワイト・グリーンヒルが通信に映し出される。
肩で息をしているところをみるとよほど急いできたらしい。

「なんの。自業自得じゃて。それより総参謀長、撤退の許可はいただけるのでしょうな?」

無言で首をふるグリーンヒル。彼は良識派の軍人だ。
だからこそ、自分の職権以上の事をしてはならないと考え行動してきた。
それ故に、軍内部で出世できたと言っても良い。
得てしてそういう人物ほど若い頃からの生き方に囚われてしまいがちであった。

「私には権限がありません、そしてロボス元帥は今昼寝中で誰も起こすなとの命令です」

「昼寝・・・・ですと?」

「はい」

呆れた、諦めにも似た空気が双方に漂う。

「分かりました、司令部がその気ならば仕方ない。こちらは現地裁量でやらせてもらうとお伝え下さい」

「・・・・・提督」

「ああ、それとグリーンヒル大将、ロボス元帥が起きたら、『このアレクサンドル・ビュコック』が良い夢を見れましたかなと、気にしていた点をお忘れなくお伝え下さい。では」

敬礼して画面から離れるビュコック。

「閣下、言い過ぎです。ヤン元帥の拘禁の件もあります、あまり」

ファイフェル少佐が苦言を言う。

「そういうな少佐。それより撤退準備だ。人員の収容を最優先にする。急げ。荷物は全て置いていって構わぬ」

有無を言わせぬ命令。

「・・・・・ブービートラップは仕掛けますか?」

参謀長のチュン・ウー・チェン少将の提案も拒否する。

「いや、そんな時間は無い。撤退を最優先にせよ。他の艦隊にも通達。責任はこのアレクサンドル・ビュコックが全てとる、とな」




side キルヒアイス



補給艦隊と第7艦隊の残存艦艇を拿捕し、全速力で根拠地にもどるキルヒアイス。
根拠地の名前はロンギヌス。
ロンギヌス基地は来るべき共和国軍との決戦を支援する目的で建設された惑星要塞である。
その為、通常航路から若干外れたところにある、後方支援の秘密基地としての役割を持っていった。
故に、ロンギヌス基地は共和国軍の航路データバンクには搭載されておらず、今回の大遠征でも平穏を保っていた。

だが、それも過去形で語られることとなる。
キルヒアイス中将が100億トンの物資と4000隻の敵艦艇を拿捕して戻ってきたのだ。

「ベルゲングリューン大佐、報告をお願いします」

「戦況の、ですね?」

ベルゲングリューンは確認する。
自身がはじめて認めた上官に。

「はい」

説明が始まった。

「まず帝国暦489年1月7日、ガルミッシュ要塞攻略中の第4艦隊と判明しました。これを後方から我が軍のルッツ艦隊が強襲、それに呼応してミュッケンベルガー元帥も出撃、第4艦隊は8隻を除いて全て撃沈したとの事です」

「続けてレンテンベルク要塞ですがこちらも同様であります。同日7日にはファーレンハイト中将とワーレン中将の艦隊に挟み撃ちにあい第6艦隊は消滅。残存艦艇2000隻あまりが捕縛されたそうです」

大勝利と言ってよい。
もっとも、共和国の回復力を考えればそれほどではないのかもしれないが。

「ほかの星系は?」

キルヒアイスが続ける。

「キフォイザー恒星系ではロイエンタール艦隊が8日に敵第3艦隊と交戦中。7日には要塞攻防戦と時を前後して、イザヴェル恒星系ではミッタマイヤー中将が敵の第8艦隊と、グラズヘルム恒星系ではケンプ艦隊が敵の第9艦隊と、我が軍の先鋒であるメルカッツ艦隊はヴィグリード恒星系で敵の第5艦隊と9日に交戦中との事です」

ふと疑問に思う。第2艦隊は遠すぎて狙えないから報告に無いのはわかる、わかるが。

「敵の第11艦隊はどうしたのです?」

ここでビューロー大佐が変わりに報告する

「逃げました」

キルヒアイスは一瞬目を丸くした。
そしてビューロー大佐に聞き返した。

「逃げた?」

「はい」

「それほど早く撤退準備が整っていたとは聞いていませんが・・・・・」

「ローエングラム伯によりますと、共和国軍はエルムト恒星系に展開させた自軍の陸戦部隊15万名を放置していたとのことです」

「な!」

(そんな非常識なことが!)

キルヒアイスが怒っている間にも報告は進む。

「恐らく、どこかイゼルローン近郊の恒星系で決戦を挑み、その場でその失態を取り戻そうとする魂胆でしょう」

「卑劣なまねを・・・それでビッテンフェルト中将、メックリンガー中将を率いるローエングラム伯はどうされたのです?」

「追撃しております、おりますが・・・・」

「どうやら友軍を見捨てるつもりのようで追いつけない状況だとか」

キルヒアイスが言った。

「卑劣な男、ですね」

と。

「全く同感です」

そこでキルヒアイスは今に戻る。

「捕虜にした共和国軍将兵は丁重に扱ってください。暴行、略奪は一切厳禁、破った者は極刑に処す、と」


この後、帝国軍は各地で共和国軍を撃退。特に緒戦で無傷だったのは全てを捨てて逃げたホーランド提督の第11艦隊と、最後尾を守っていたため帝国軍の攻撃範囲外にいたパエッタ中将の第2艦隊だけであった。
その他は疾風ウォルフの異名を持つほどの快速で撃退された第8艦隊のアル・サレム中将。
ヘテロクロミアのロイエンタールにより戦力の半数を失った第3艦隊。
お互い近接戦闘には移行しなかったものの、双方2割の損害を出した第5艦隊とメルカッツ艦隊。
逆に近接戦闘で4割の損害を出した第9艦隊。

だがそれでも各艦隊は10日午前には撤退を完遂し、後はイゼルローン要塞に逃げ込むだけとなった。
そのときである、イゼルローンから艦隊が進発したとの報告が入ったのは。

宇宙暦797年1月11日、ロボス元帥がイゼルローンの予備兵力8000隻を率いて出撃し、そのほかの艦隊は恒星系アムリッツァに集結せよとの命令を伴っていた。
戦力分散の具を犯した共和国軍は各地の味方を見捨ててアムリッツァに集結する。

一方帝国軍も少なくない損害をおったが、士気の面、国力の差から今、敵艦隊を少しでも減らす必要があるため艦隊を再編成し、アムリッツァに兵を進める。

ここに第二次ティアマト会戦以来50年絶えてなかった5個艦隊以上の大規模な艦隊決戦の舞台が幕を挙げようとしていた。



[22236] 第一部 第十三話 大会戦前編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/24 07:18
第十三話 大会戦前編

『帝国軍艦艇と共和国軍艦艇の差異について

第一に挙げられるのは大気圏内活動力の有無であろう。帝国軍は治安維持と共和国軍の侵攻にそなえ、各地の惑星に潜伏する事を念頭に置かれて設計されている。その大きな結果がこの度の遠征におけるゲリラ作戦である。ゲリラ作戦には根拠地が必要であるが、共和国軍の艦艇はそれを宇宙基地に求めるほか無い。必然的に敵に見つかり易い。航路を逆に辿っていけば容易に発見できるのだから。一方、積載量が多く、万能艦として設計された帝国軍は違う。物資の積載量の多さは長期作戦行動を可能とし、大気圏内外の活動を可能とした万能艦は各惑星で補給(特に水や食料)を受けられる。また、ある意味では帝国全土が巨大な兵站基地でもあるので武器・弾薬の補給について心配も必要ない。特に貴族領土として内政自治権が共和国よりも強い(治外法権や独自の宇宙艦隊兵力の保持は共和国憲章で禁止されている)のでゲリラ戦には持って来いの地形と言える。そして人的資源の面からか貴族の保身からかは分からないが、被弾時のダメージコントロールが優れている。その為にある意味で沈みにくい。防御のソフト面では帝国が優位にたっていると言えよう

一方、共和国艦艇の特色として、徹底した合理化が挙げられる。小型化に大火力、艦艇の大きさに比べての重防御力(帝国軍艦艇と同様の防御スクリーンを持つ)を持っていっる。また、共和国があくまで自衛目的で宇宙艦隊を保持した経緯(これは地球圧制時代を参考に最後まで論争された。いや、今現在でも帝国軍の存在が無ければ論争され軍備は縮小・解体の傾向にあったとされていただろう)と、各地の治安は地上軍である州軍と中央警察、地方警察が維持すると言う大原則があるため宇宙戦闘用に特化した宇宙艦艇となっている。小型化については敵艦隊からの砲撃命中率の低下を意図して、また大量生産を可能にするために行われた。さらにセンサー類など民需関連技術で帝国を凌駕しているため共和国軍艦艇は総じて帝国軍に較べて、若干ではあるが、広範囲の槍と目を持っていると言えるだろう。これにより先制攻撃や敵襲からの回避を可能にした。また、もっとも優れているのはジャミング技術であり、アスターテ会戦で証明されたように最新式の障害電波発生装置は近距離まで敵に察知されない特徴を持つ。惜しむべきは「ストライク」参加艦隊は比較的古い艦艇で構成されており、それら新技術が搭載されず活かされなかった点であろう。もしもこの技術が活かされていればアムリッツァ会戦の結末は大きく変わったものと考えられる。

                                                宇宙暦900年 『共和国と帝国の艦艇、共和国編』 』

『帝国暦487年 1月10日 全軍、アムリッツァに向けて進軍せよ  ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵』




第十三話 大会戦前編




side グリーンヒル

(何を言っても無駄だった!)

ロボスを止めようとした。
これ以上の犠牲は無意味だと。
最早、各地の駐留部隊を艦隊が回収することは不可能だと。
だから艦隊だけでも撤収させるべきである、と。

だが、だめだった。
先日の会話が思い出させる。
ロボスは何度も撤退論をかざすグリーンヒルを怒鳴りつけた。

『まだ6個艦隊も健在なのだ!!』

そして言った。

『共和国軍の意地を見せんでどうする!!』

と。
もう意地を見せるしか彼の頭には無いのだろう。
それでもグリーンヒルは反論する。

『傷ついた6個艦隊です、無傷の艦隊ではないのです』

続ける。

『確かに帝国軍にも打撃を与えたでしょう、ですがそれ以上に此方の方が損害を受けているのです』

そして最後の説得を試みる。

『どうかご再考を。今はヤン元帥やビュコック提督の言うとおりにして、撤退を。』

ロボスは急に思い出したかのように付け加えだした。

『2000万以上もの味方を置いては行けぬ』

唖然としたグリーンヒル。
確かにそれは正論だ。
反論しにくい。だが、その原因を作ったのは何だ?
要因になったのは誰だ?

(あなたがそれを言うか!? 無計画の出兵を行わせたあなたがそれを言うのか!?)

ロボスの無責任な発言にグリーンヒルも正論で返す。

『ですが、まだ艦隊にも800万以上の将兵がいます。ここは苦渋の決断でしょうが・・・・撤退すべきです』

そうだ、報告では無事な艦隊や損害が軽微な艦隊も多数いるのだ。
そこにいる人名を救うのも軍人の、特に作戦部の義務ではないか?

『幸い、帝国軍も戦力を一時再編成するほどの打撃を受けました。今なら周辺部の人員と共に脱出できます』

そうだ。ここで艦隊を分派して助けられる限り助ける、そういう時間は幸いにしてある。
だが総司令官閣下のお考えは違った。

『くどい、ようは勝てば良いだけであろう、総参謀長。予備兵力8000隻をわし自ら率いて合流する。それで数の不利は覆せよう』

あまりにも楽観的過ぎる回答。

『それくらいで覆るとは思えません。それに士気の面もあります。さらに言わせてもらいますがいっそのこと』

それは暗にある艦隊を指していた。

『ヤン艦隊を出せ、そう言いたいのか?』

『左様です、首都で5万隻にまで増強されたヤン艦隊ならまだ逆転のチャンスがあるはずです』

そう、ヤン艦隊は第13艦隊2万隻、第10艦隊15000隻、第12艦隊15000隻、合計5万がヤン元帥の指揮下に入っている。
彼が軟禁されているので出撃準備状態で待機だけしているが・・・・これがアムリッツァの艦隊と合流できれば。

『言いやだめだ』

それでもロボスは首を縦には振らなかった。
もはや頑迷とまで言って良い。

『何故です? 何故そこまで拘るのですか?』

『国防の為だ』

グリーンヒルはそれがヤン元帥に功績を横取りされたくない故に出た詭弁だとようやく、本当にようやくだが分かった。
だから反論する。艦隊800万の将兵のためにも。

『真に国防を考えるならば出すべきではないのですか? それか撤退するか。』

『後方支援部隊には捕虜交換なり身代金なりで引き上げましょう』

帝国を支援することになるが仕方ない。
フェザーン経由でならば可能だろう。

『ならん! これは命令だ。わし自ら予備兵力を率いて帝国軍と決戦を行う』

『貴官は要塞に残れ、そして後の指揮をとれ』

そう言い残しロボスは出撃した。
出撃から1時間後、予備兵力、通称ロボス艦隊が完全に要塞の探知範囲外に出た頃、グリーンヒルはヒューベリオンの司令官室にいた。

「失礼するよ」

アラームを押して入室するグリーンヒル。
そこにはだらしなくベレー帽をアイマスク代わりに、机に足を投げ出して元帥の姿があった。

「なんだい、また査問会かい? いい加減にしてくれないかな」

のんびりと返すヤン元帥。

「十分反省しているかね?」

グリーンヒルが答える。
その声に聞き覚えがあるのか慌て出すヤン。

「え、あ、グリーンヒル閣下。失礼しました」

思わず敬礼する。
それを笑って不要だと答えるグリーンヒル。

「ヤン元帥、君のほうが上官なのだ敬礼は不要だよ」

「は、申し訳ありません」

それでも敬語はやめない。
こまったものだ、軍隊では階級が下の者が上の者に対して敬語を使うのであって、逆ではないと言うのに。

「まあいい、時間も無いことだし掻い摘んで話そう。実はな」

そしてグリーンヒルは話した。帝国の逆襲を。

「それで閣下がこの要塞の最高責任者に・・・・・それでは」

ヤンは察した。何故グリーンヒルがここに来たのかを。

「察しが早くて良いな、私も良い義理の息子に恵まれたものだ」

義理の息子と言う言葉に戸惑うヤン。

「あ、いや、その」

グリーンヒルは断固たる口調で命令しだした。

「ヤン元帥」

「はい」

「ヤン艦隊を率いて直ちに進発。目標はアムリッツァ恒星系。目的は友軍の救援である」

ヤンは投げかける。
ロボス元帥はそんな命令はしなかった。これは独断専行になるのではないか、そう心配して。

「本当によろしいのですか?」

だが杞憂だった。

「遅すぎた感はあったが、私も足掻いてみようと思う・・・・もっとも、やはり、遅すぎたが」

グリーンヒルの覚悟はもはやそんなレベルではなかったのだ。
例え軍法会議にかけられようとも、そういう覚悟でヤンを釈放しに来たのだ。

「了解しました」

それを受け取るヤン。

「それとお願いがあります」

頼みごとなら何でも受けよう、そういう意思の表れでグリーンヒルは応じる。

「何かな?」

と。
だがヤンの頼みは相変わらず常人には理解できない頼み事だった。

「ローゼンリッター連隊をお借りしたい」

聞き間違いか? そんな表情を見せるグリーンヒル。

「うん?あの要塞特務守備隊のローゼンリッター連隊か?しかし何故?」

そこでヤンが頭をかきながら説明する。自分の策を。

「まあ、手品師は最後まで手品の種を言わないものですがあいにくお義父さんの手前言わざる負えないでしょう」

あごに手を当てて考えるグリーンヒル。確かに魅力的ではあるが。

「そんな方法が成功するとでも・・・・」

「ええ、思います、それもかなりの確率で」

思い起こされるのは現要塞守備隊司令官にして第13代バラの騎士連隊連隊長、ワルター・フォン・シェーンコップによる、先々代、つまり第12代バラの騎士連隊連隊長にして帝国への逆亡命を図ったリューネブルク大佐の殺害。

「確かに・・・・第6次イゼルローン攻防戦を考えれば不可能ではないか」

「お願いします」
 
ヤンが頭を下げる。
グリーンヒルとてもとより断るつもりは無い。

「了承した、それでは改めて命ずる、出撃準備にかかれ」

「ハッ」




アムリッツァ恒星系 宇宙暦797年、帝国暦487年、1月14日

ここにいま、共和国軍の艦隊が集結した。

第2艦隊司令官、ロード・パエッタ中将

第3艦隊司令官、レイク・ルフェーブル中将 

第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将

第8艦隊司令官、アルビオン・アップルトン中将

第9艦隊司令官、アル・サレム中将

第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド中将

の、6個艦隊であり、ロボス元帥の予備兵力を振りわけ、約63000隻の艦隊が集結していた。
士気は低い、だが、戦わなければならない。
それが分かっているからこそ、共和国軍は窮鼠と変貌していた。現に後背には9千万個の機雷群をひき背水の陣を取っている。
その事がありえない事態を生み出すことになる。

ロボスもまた貴下に500隻の艦艇を従え、陣形中央の後方に待機して督戦していた。



そしてそれに相対するのは帝国軍


ローエングラム艦隊

ミッターマイヤー艦隊

ロイエンタール艦隊

メックリンガー艦隊

ケンプ艦隊

ビッテンフェルト艦隊

ワーレン艦隊


の、7個艦隊およそ8万5千隻であり、数の上では圧倒していた。
だが・・・・問題もある。
問題の無いときほど幸せなことは無い。
まず、貴族から摂取したメックリンガー、ケンプ、ワーレン、ビッテンフェルト艦隊で抗命罪が多発していた。
それは勝利したことに原因があるのだから世の中は複雑怪奇である。

これらの艦隊は貴族士官の割合が多い。当然、爵位持ちの貴族が艦隊指揮や艦長として指揮を執ることもある。
そして、何故平民の士官に命令されぬばならないのかという自尊心の高さが艦隊士気を大きく上げ下げしていた。

緒戦でこそ、自分たちの領地が占領されると言う危機感を利用して、何とか従順に従っていたがどうなるかは分からない。

第二にファーレンハイト艦隊、ミュッケンベルガー艦隊、ルッツ艦隊の不参戦である。
これは純粋に死兵と成って戦った共和国軍第4艦隊、第6艦隊の交戦結果であり、両者とも艦隊の半数を失いこれる状況ではなかった。特に残存数8隻まで減少した第4艦隊と激突したルッツ、ミュッケンベルガー両名の艦隊の喪失は頭痛の種だった。

そして別同部隊のメルカッツ、キルヒアイス艦隊を別働隊として後方へ回り込ませる作戦を取る。
そのため、ラインハルトは不本意ながらも正面からの衝突を選択せざるえなかった。


両軍は横一文字で激突する


共和国軍左翼 第11艦隊・第9艦隊
帝国軍左翼  ワーレン艦隊・ロイエンタール艦隊

共和国軍右翼 第2艦隊・第8艦隊
帝国軍右翼  ケンプ艦隊・ミッターマイヤー艦隊

そして、

共和国軍中央 第5艦隊・第3艦隊
帝国軍中央  ローエングラム艦隊・ビッテンフェルト艦隊・メックリンガー艦隊

さきに攻勢に出たのは共和国軍の方だった。全艦艇の同時一斉射撃。
アウトレンジからの攻撃。艦船の能力の差から行われたアウトレンジ砲撃に撃沈される帝国軍艦隊。
だが帝国軍も止まらない。即座に前進し距離を詰める。
右翼、左翼も同様だ。

距離をつめ帝国軍が砲門を開く。

「砲撃だ!!共和主義者どもにきついのをかましてやれ!!」

黒色槍騎兵艦隊のビッテンフェルトが、

「全艦砲撃、敵を迎え撃て」

ケンプが、

「全速で敵の陣形に楔を打ち込む、ファイエル」

疾風ウォルフの異名を奉られたミッターマイヤーが、

「ふん、さてどうでるか第11艦隊に第9艦隊。砲撃を開始しろ」

ヘテロクロミアのロイエンタールが、

「先手を取られたが気にすることは無い、数の上ではこちらが有利なのだからな。慌てずに攻撃を行え」

メックリンガーが、

「醜態をさらすな、十分にひきつけよ」

ワーレンが、

それぞれの艦隊指揮官が激励する。
反撃する帝国軍。一方の共和国軍も負けてはいない。
いちおう、宇宙艦隊司令長官が陣頭指揮を執っているのだ。
各艦隊とも遅れをとるわけにはいかないと砲撃の手を休めない。


そこで右翼の第2艦隊が動いた。

『この星の大気はヘリウムとガスで出来ています。一発のレーザー水爆で我々は全滅です』

それは青二才と思っていた、だが、自分など到底及びもしない偉大なる英雄の言葉。

(ふ、ヤン准将・・・・いやヤン元帥、私は貴官を誤解していたようだ)

パエッタが決断する。

「恒星にレーザー水爆を三発投下。そのごの太陽風を使い一気に攻め立てるぞ。アップルトン中将にも伝達、急げ!」

恒星風にのり急突進する第2艦隊、第8艦隊。
そこには死兵とかした軍の恐るべき勢いがあった。

「後退だ」

「一時後退せよ」

たまらず引くミッターマイヤー、ケンプの両艦隊。
だがただでは戻れなかった。
砲撃の手が緩んだ瞬間、逆撃を受ける第8艦隊。第2艦隊はその物量差でなんとか耐え切ったが、第8艦隊はそうは行かなかった。
ミッターマイヤーが即座に艦隊を再編、反撃に転じたのだ。
その攻撃は苛烈を極めた。もしも艦隊の定数が満たされていれば問題は無かったかもしれない。しかし、緒戦でミッターマイヤーから受けた打撃を完全に回復できていない第8艦隊は瓦解する。
旗艦クシュリナは数隻の敵戦艦を撃沈した後、動力部に被弾、総員退艦命令が発令された。


「アップルトン中将もお早く!!」

「残存艦隊はパエッタ中将の指揮下にはいれ・・・・・・退艦だが・・・・・・私は良い」

そう言って彼は艦と運命を共にした。



一方左翼。

「はは、見ろこの芸術的艦隊運動を」

ウィレム・ホーランド中将はエピメテウスの艦橋で悦に入っていた。
それは敵艦隊がものの見事に壊乱して行くサマが映し出されていたからだ。

あえて艦隊陣形を取らないで行動する。

その常軌を逸した行動は緒戦は大きな戦果を挙げた。
そしていま尚戦果を挙げつつある。それはなぜか?
ワーレン艦隊は何故、この様な醜態をさらしたのか。


「ええい、味方が命令に従わないとは!」

思わずワーレンが怒鳴りつける

「再度命令だ、敵に乗せられるな。艦隊陣形を保て、とな!!」

だが返ってきたのはオペレーターの悲痛な叫びだった

「だめです、混乱しているか意図的なのかは分かりませんが、通信を遮断しています」

そう、ワーレン艦隊は貴族艦隊であった。その為、ワーレンという平民出身の上官の命令を無視した対応をしている艦艇が続発した。
これは正規軍ではありえない行為であり、私軍の弊害といえよう。


一方、第9艦隊は必死に第11艦隊旗艦を呼び出して、陣形を取るよう要請していた。

「あのばかを呼び出せ!」

「ホーランド提督応答願います、応答願います!」

だが通信は繋がらない。
その一方ではロイエンタール艦隊(当時は分からなかった)をなんとか釘付けにして第11艦隊の壊走を食い止めていた。


「ワーレンが貴族どもを御しえぬとは、な」

(それともローエングラム伯の予想以上に貴族どもの不満が溜まっていたということか)

ロイエンタールは冷静に戦局を眺めていた。
あの行動がそう長く続くはずが無い。あれは物資が無限にあればという設定だ。
それを無視している。・・・・ならば

「敵艦隊がとまったら報告せよ。それと同時に主砲一斉射撃三連を行う」

そしてその時はきた。

敵第11艦隊の動きがやんだのだ。
それを見逃す二人ではなかった。両者は指揮下にある全艦艇に命令を下した。

「「ファイエル」」

ワーレンとロイエンタールの命令が炸裂し、火達磨となる第11艦隊の各艦艇。
かろうじて生き残ったホーランド中将は撤退命令を下す。だがそれは、第9艦隊に砲火が集中することを意味していた。



中央


「生きて提督の下に帰るんだ」

ユリアン・ミンツは必死に戦っていた。既に巡洋艦を1隻撃沈したが、それを誇っている余裕は無い。
彼の周りにはワルキューレが3機も展開していた。

「やられる!!」

そう彼が思った瞬間、ワルキューレが2機撃墜された。
不利を悟ったのかもう1機のワルキューレは後退した。

「ミンツ軍曹無事ですか?」

通信から入る女の、いや、女の子の声。

「クロイツェル伍長かい、ありがとう、助かったよ」

感謝の念を送るユリアン。

「な、べ、別に当然のことをしたまでで、そこまで礼を言われることではないですよ!」

「あ、ああ」

(どうもよく分からない女の子だな)

(なんなの、あいつ)

「それよりエネルギーが少ない、一度帰還しよう」

二人は帰還する。
かろうじて戦線を維持している第5艦隊へ。


中央


「なかなかやるではないか」

ラインハルトは賞賛の念を漏らす。
基点というべき第5艦隊が崩れない以上、戦線の全軍崩壊へとは繋がっていない。

「ですが閣下、これ以上の犠牲は後の覇業に影響が出ます。ここは一旦お引きになっては」

女性の声が聞こえる。
彼女の名前はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ伯爵令嬢。
何故こんなところにいるのかはヒルダとラインハルト、そしてキルヒアイスしか知らない。

「フロイライン、いや、ヒルダ。ヒルダの言は正しいが、ことここに至った以上はひいてはならぬ、ケスラー参謀長!」

参謀長を呼び出す。憲兵出身の、柔軟な思考を持つウルリッヒ・ケスラー少将を。

「はっ」

「ビッテンフェルトに連絡だ、目標は敵の左翼第9艦隊。敵艦隊のベレー帽をその槍先に掲げてこい、とな」

「中央の戦力が空きますがよろしいのですか?」

あえて確認するケスラー。

「ケスラー、卿も分かっていよう? 中央の第3艦隊はもう瓦解している。第5艦隊だけでは突破できん、とな」

実際、ク・ホリンは撃沈。
ルフェーブル中将はこの時点で戦死しており、第3艦隊は第5艦隊の指揮下に入っていた。

「は、一応念には念を入れておくのも参謀の務め。出すぎた真似をしました」

そして戦況はさらなる展開を見せる
もっとも攻撃力の高い黒色槍騎兵艦隊が動き出したのだ。



[22236] 第一部 第十四話 大会戦中編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/30 01:20
第十四話 大会戦中編

帝国暦486年 11月10日 ローエングラム上級大将官邸

『ブリュンヒルトに乗りたい?』

『はい、閣下。この目で戦場の現実を目に焼き付けておきたいのです』

『それは駄目だ』

『危険、だからでしょうか?』

『それもある』

『私が、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが女だからでしょうか』

『・・・・・・・』

『それでしたら無用の気遣いと言うものです、閣下』

『私は閣下に全てを賭けたのです。その上で閣下にお頼み申し上げているのです』

『・・・・・キルヒアイスには何と言う?』

『同じ事を・・・・それに、です』

『それに?』

『閣下ほど私の心を躍らせてくれる人物はいませんから』

『ああ、それともう一つ。私は閣下のものですからヒルダ、で結構ですわ』



「 バグダッシュの感想日記

宇宙暦796年5月、アスターテ会戦から2ヵ月後、俺は統合作戦本部の人事課に呼ばれた。そこで第3艦隊の情報参謀の任を解く旨を受けた。正直唖然としたよ。自分は確かに士官学校は中の中で卒業したが、それでもこれまでは何一つ大きな失敗をしてきた記憶は無い。むしろ有能な情報参謀としてルフェーブル中将から重宝されていた自信が在る。それがいきなり国内諜報部門第三課への転属だ。怒りたくもなるね、この左遷人事には。だからさっさと転属、それも対外諜報部の第一課に転属して貰うようかけあうつもりだった。あの男に会うまでは。あの男は俺の全てを見透かすように語りやがった。それに引き込まれる俺もどうにかしている、だが、悪くはなさそうだ。あの男についていけば今以上の階級が上がりそうだ。主義主張なんてものは単なる道具に過ぎない、それが邪魔ならば捨てるだけのこと。それを言い当てられたときの恐怖。そして「大佐」の階級章。とりあえず責任は彼のものだとも言った。気楽に、いや、あの男は楽をさせてもらえそうに無いな。ならば必死でやらせてもらうとしようかな     」




第十四話 大会戦中編



side 第5艦隊

戦況は五分五分に見える。
だが、もう間もなく崩れるだろう。
ビュコックはそう予想していた。

「もはやここまで、じゃな。」

「閣下!」

リン・ファイフェル少佐が叫ぶ。
まさか敬愛する上官がここで弱音を吐くとは思わなかったからだ。

「第9艦隊、第3艦隊の司令長官は既にこの世に無く、第11艦隊は訳の分からぬ行動をとった挙句、半数を失いましたからな」

チュン・ウー・チェン参謀長が同意する。

今は小休止となってっているが、どうなるか分からない。
中央には2万5千隻が、左翼の第2艦隊は1万隻が、右翼の第11艦隊、第8艦隊には合計1万3千隻の合計4万8千隻が健在だが、もう時間の問題なのは明らかだ。
無傷の艦艇など一隻もいないと言ってよかった。無事なのはたまたま重防御スクリーンと隔壁のおかげであろう。
あと数時間もすれば戦闘継続は不可能になる。
それは火を見るより明らかだ。
そしてセンサーで確認された黒い艦隊。

「敵中突破後に撤退させよう。第3艦隊の1万2千隻はパエッタ中将に預ける」

「そうなると敵左翼ですな、こちらの第9艦隊と第11艦隊はいかが致しますか?」

チェン参謀長が聞いてくる

「指揮系統をアル・サレム中将に統合するよう命令せよ、司令部の命令と偽ってもかまわん」

総司令部からは臨機応変に対応せよ、としか言ってこない。
ホーランドが煩いだろうから、こちらも臨機応変に対応して黙らせよう。

「では尚のこと敵をひきつけなければなりません。1万3000隻で。」

1万3000隻の犠牲。
囮部隊。
殿部隊。
古来よりもっとも犠牲が出る部隊である。

「ああ、苦労をかけるが・・・・頼む」

参謀長も覚悟を決めているようだ。

「ハッ」

(総司令部はどうするのだろうか?)

そんな中、ファイフェル少佐の疑問には誰も答えるものはいなかった。



一方帝国軍別働隊


「時間がかかりますね」

キルヒアイスが珍しく苛立たし気に放つ。

「まあ、9000万個の機雷を除去するのだ、いかにゼッフル粒子とて時間がかかる」

それを窘めるメルカッツ。
彼は分かっていた、待つことも戦いであると。
このあたりは若手で構成されているローエングラム陣営に欠けている性質と言っても良い。

「メルカッツ提督」

「それにだ、前線は我が軍が優位と聞く。それほど恐れることはあるまい」

試作型指向性ゼッフル粒子発生装置。
天才と言われたゼッフル博士が共和国に亡命して以来、停滞していた帝国軍の技術。
それを進めたシャフト技術大将。
この作戦には試作品しか間に合わず、当初の予定よりはるかに作業は遅れていた。

「わかっているのですが、こう、なぜか漠然と嫌な予感がするのです」

キルヒアイスが艦隊司令官らしくない発言をする。

「嫌な予感?」

(この若者はそんなあやふやなものに脅かされるほど神経質だったか?)

メルカッツの感想を知らず彼は続けた。

「ええ、嫌な予感です」

そこで、メルカッツが反論する。

「センサーには反応が無いが」

キルヒアイスが懸念材料を持ち出す。

「ですが、哨戒に出した偵察艇からの定期連絡がありません」

と。

「それは戦場のジャミングとこれだけの質量を持つ恒星系の傍であるからではないかね」

「そう、ですね」

確かにメルカッツ大将の言う通りかもしれない。

「今は一刻も早く作戦を成功させることだ。これに成功すれば向こう数年間は共和国軍の侵攻に対処しなくて済む」

「そうですね、そうしましょう。」

キルヒアイスも気持ちを切り替えた。
そうだ、所詮は直感でしかない。

試作型指向性ゼッフル粒子装置を数機使い、帝国軍は待つ。
機雷源に穿つ穴を作るために。



一方、敵左翼ではビッテンフェルト艦隊が突撃を開始した。
ビュコックの再編命令よりそれはすばやく実行される。
伊達に高速戦艦を中心に編成された部隊ではない。
そして、この司令官の気質は貴族たちにとっても好ましかった。
突撃好きの貴族たちとビッテンフェルトの呼吸が合致する。

「突撃だ!! ロイエンタールにコーヒーを飲む時間を作ってやろう!!」

猛攻。

まさにその一文字。

残存する共和国艦隊は必死の反撃を試みるも次々と敵の突破を許してしまう。
ここで凡将ならば壊乱に転じただろう。
だが、良くも悪くも第11艦隊司令官は凡将ではなかった。
敵の中央突破を許してしまう第11艦隊。そしてビッテンフェルトが第9艦隊を捉えた瞬間、


「今だ反転迎撃せよ」

なんと指揮下に残っていたわずか4000隻の艦隊で逆にビッテンフェルト艦隊へ突撃をかけたのだ。
普通の常識ある提督ならばここで戦力を再編するだろう。
事実、見捨てられた形になった3000隻はロイエンタール、ワーレン艦隊に崩壊の瀬戸際に立たされていた。

そして、第11艦隊の突撃に呼応するかのように第9艦隊もわざと敵に中央突破をさせビッテンフェルト艦隊を前後から砲火を集中。
さらに第5艦隊の全力の側面砲撃で敵中に孤立してしまう。

「ビッテンフェルトは何をしているのか!」

金髪の司令長官が叫ぶ。
本来であればビッテンフェルトは賞賛に値する行動を取ったであろう。
何せ敵艦隊を二つも分断したのだから。
ところが、中央の第5艦隊にまで欲をかいたのがいけなかった。
第5艦隊は想像以上に堅牢な陣形を引いていた。そして耐え切った。さしたる損害も出さずに。

そしてラインハルトももまさか敵の第11艦隊がここまで大胆に味方を見捨てるとは思いもしなかった。
その結果、半ば偶然の産物で包囲網が完成することになろうとは。

「ビッテンフェルト提督をお叱りになる前に、新たなる命令を」

ケスラーが進言する。
そこにオペレーターから通信が入った。

「ビッテンフェルト提督より入電、我救援を求む、以上です」

硬直するラインハルト。
そして激発した。

「救援? 私が艦隊の湧き出る魔法の壺でも持っていると思っているのか!」

「我に余剰戦力なし、現有戦力を持って武人の名誉を全うせよ、と返信」

その命令を下そうとした瞬間、ヒルダが瞳で訴える。

(あなたもあの第11艦隊の司令官と同じですか?)

と。

そこでラインハルトは命令を撤回する。
幸い、中央は自分の艦隊で十分支えきれる。
敵の狙いは左翼のようだ。ならばメックリンガー艦隊を増派しても問題はあるまい、そう判断した。

「いや、まて、不本意だがメックリンガー艦隊を送る。それまで現地にて防衛線を張るよう伝えよ、以上だ」

だがこの命令が届く頃、戦局は更なる転機を迎える。



side 第5艦隊

「閣下、敵艦隊に動きあります。一時的に敵左翼・中央が空きます」

「よし、今じゃな。パエッタ中将!」

通信妨害に苦しむ帝国軍と予め数十機の偵察衛星を配置することで通信の潤滑さを図った共和国軍。
その差は確実に現れていた。

「ハッ」

「苦しかろうが当初の予定通り頼む」

「了解しました」

そしてパエッタは自分の指揮下の艦隊に命令を下した。

「第2艦隊全速前進、左翼の敵を叩き付けに行くぞ!」

パエッタの檄と共に動き出す共和国右翼艦隊。一方でそれの追撃を阻む第5艦隊。
この時、第5艦隊は超人的な働きを見せていた。黒色槍騎兵艦隊を殲滅しつつ、反対側の側面砲撃で追撃する敵右翼の足止めを行い、主砲で戦力の減少しつつあった敵中央を削り取ったのだ。

「このままでは中央が危ない」

メックリンガー艦隊がそう判断せざる負えないほどの猛攻撃。
それはビッテンフェルト艦隊と同様、いや、それ以上の苛烈さを持っていた。
そしてとうのビッテンフェルト艦隊は何とか自力でロイエンタール艦隊に合流したものの、戦力の9割を失うと言う大打撃を被る。


「艦隊全速前進」

「いまだ、敵左翼を突破する!」

アル・サレムが、パエッタが命令を下す。
自分たちが生きる道、それは敵艦隊の後ろにあることを知っていた将兵たちは死に物狂いとかして命令を実行する。

ロイエンタールは油断などしていなかった。正確な用兵家はこの攻勢をワーレンと共に支える自信が在った
艦艇の半数を失ったワーレン艦隊だが数では互角。ならばあとは指揮官の力量のみ。
そして指揮官同士の力量ならヘテロクロミアの男は負ける気がしなかった。

「ワーレン艦隊に連絡」

ロイエンタールが命じる。

まさにその時である、ワーレン艦隊において司令官左腕切断の重症の報告が入ったのは。
運命の女神のいたずらとしか言いようの無い一撃がワーレン艦隊「火竜」に直撃。
轟沈こそ免れたものの、艦橋にて爆発が発生、司令官の左腕が吹き飛ぶと言う重傷をおった。
ワーレンの意識を奪う。すかさず副艦隊司令官に指揮権が移譲される。

そしてラインハルトらが貴族たちを御せなかったように、ワーレン艦隊副司令官も御せ無かった。

第2艦隊、第8艦隊、第11艦隊が更なる猛攻撃を加える。
ロイエンタールをもってしてもパニックを起した群衆とかした各艦を抑えることは出来なかった。
いや、正確には抑える時間が無かったと言うべきか。
それほどまでに死兵とかし、生存への欲求に満ちた艦隊の突撃を抑えきれることは出来なかったのだろう。

本来のロイエンタールであれば、あるいはワーレン艦隊もまた正規軍であれば共和国軍の中央突破を抑えられたかもしれない。
だが、何度もいうように共和国軍は死兵だった。そして用兵家の計算を狂わすものは敵味方の熱狂的な士気。
その士気に敗れ去ったと言うべきか。

だが、ただでは通れない。
第2艦隊18000隻は10000隻まで、第11艦隊は1000隻まで、、第8艦隊は5000隻まで撃ち減らされた。
それでも、帝国軍の包囲網を突破した。

そのときである、第五艦隊後方で爆炎が生じたのは。

それはキルヒアイス艦隊とメルカッツ艦隊の来援であった。



side 第5艦隊


「後背に新たな敵です」

「なんじゃと!」

参謀長の報告にさすがに驚くビュコック。

「機雷は、機雷源はどうなったのでしょか?」

ファイフェル少佐が信じられないと言った感じでうろたえる。

「恐らく何らかの方法で無効化されたものと思われます」

それを冷静に受け止め、報告するチェン参謀長。
そこでビュコックははたと思い出した。
そう言えば、ここには督戦しかしない有害な司令長官がいたと言うことを。

「総司令部は?」

ファイフェル少佐に尋ねる。

「だめです、連絡がつきません」

それに続けてチュン・ウー・チェン少将が付け加えた。

「恐らく降伏か玉砕かいずれかを選択したものと思われます」

ビュコックは数秒間無言を保った。・・・・・そして

「・・・・・わしらもそうするしか無さそうじゃな」

と、発言した。

「やはりロボス元帥はヤン元帥の出撃を拒絶されたのですね」

いくら待っても来ないヤン艦隊。逆になぜか8000隻と言う中途半端な数で援軍に来たロボス。
そして後方深く陣取り、前線に「臨機応変に対応せよ」としか言ってこない総司令部。

「ああ、そうじゃろうて」

ビュコックは悔やんだ。己のミスを。

後背からのおよそ3万隻。
前方の敵、およそ5万隻。

対して味方は1万隻。

もはやその差は絶望的だ。
逆転の秘策など無い。

(さて、どうしたもんかな。)

ビュコックは思う。

(わし一人の命ならばここで散らすのも悪くない)

だが、即座に否定する。

(じゃがここにはユリアン君をはじめ多くの将兵が、家族を持つものがおる)

(いたずらに殺してよい法があるまいて)

確かに捕虜になれば自分の名誉は失われよう。
だが、自分ひとりの名誉でまだ生きている200万人以上の人命が無事で済むのならば。

「敵艦隊旗艦に通信を」

そこまでビュコックが考え降伏しようと思ったときだった。

「敵旗艦より閣下に通信が入っています、どうしますか?」

オペレーターが報告してきた。

「サブスクリーンに出せ」

即答するビュコック。
両軍の砲火が自然と止んでいく。

そして合間見える二人の名将。
一人は帝国軍の若き英雄、ラインハルト・フォン・ローエングラム。
もう一人は共和国の生きた軍事博物館とまでいわれた、老練なる名将アレクサンドル・ビュコック。

敬礼する二人の名将。

(若いな。ヤン・ウェンリーも若かったが、この若者も若く、覇気に満ちておる)

「銀河共和国軍第5艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコック中将です」

「銀河帝国軍上級大将、ラインハルト・フォン・ローエングラムだ」

お互いに名乗りを上げる。

「卿の戦い見事である。そして卿ほどの人物ならば分かっていよう、既に退路は立たれたと」

金髪の若者は正確に物事を洞察しているようだ。
次の言葉に自分は、いや、艦橋全体が一瞬息が止まった。

「どうだ、いっその事銀河帝国で大将の地位につかないか?卿ほどの人物を一艦隊司令官に備え付けるとはもったいない」

それは思いもよらぬ勧誘条件。
だが確かめなければならない。

「それは、降伏勧告の条件ですかな?」

ビュコックの問いは、彼の中でとても重要だった。
彼が彼自身であり続けるために。
金髪の若者は無言で首を振り、続けた。

「いや、降伏勧告とはまた別の個人的なお節介だ」

と。

「では、まずそのお節介について言わせてもらいましょう」

「うむ」

「残念ながらその申し出、銀河帝国軍大将の申し出は拒絶させていただきます」

それは老将ならではの矜持。
人生の大半を共和国に捧げたものにしか、いや、何かに人生を捧げた者にしか分からない矜持だった。

「理由は?」

だから若いラインハルトには分からない。
なぜ、其れほどまでに拘るのか、を。

「これは私事です、ですから最後まで聞いていただきたい」

「よかろう、私の名に基いて最後まで聞こう」

そして語り始めた。

「私は常々孫がいたらと考えました。そしてこの間、一人、孫のような人物に会いました」

「また、もう一人孫が出来るのなら貴方の様な覇気に飛んだ孫が欲しいと思います」

そこでビュコックは戦死した二人の息子を思い出す。

「・・・・・わしは誰かにとって良い友人でありたいし、良い友人が欲しい」

「だが、良い主君も良い臣下も持ちたいとは思わぬ」

「ですから、あなたの友人にはなれても臣下にはなれません」

「貴方は、かのヤン・ウェンリーとは面識があるそうですが、彼もあなたの友人にはなれても臣下にはなれません。
他人事ながら保障してくれても良いくらいですな」

そしてビュコックは語気を強めた。

「だが、だからこそ、やはり貴方の臣下にはなれん。だからこそ、貴方と私は同じ旗を仰ぐことは出来んのだ」

「なぜなら、偉そうに言わせてもらえれば民主主義とは対等の友人を作る思想であって主従を作る思想ではないからじゃ」

それは彼の生き様。
渡される紙コップ。注がれるウィスキー。
ファイフェル少佐も覚悟を決めた。

「ご好意には感謝するが、あなたのような若者には、この老体は必要ありますまい」

「民主主義に乾杯」

チュン参謀長がビュコックの気持ちを代弁する。
いつの間にかウィスキーの入った紙コップが握られていた。

ラインハルトが怪訝な表情で確認しようとした。
この老人は無益に将兵を死なす人ではない、そう感じたが。

「では拒否すると」

そしてビュコックが口を開こうとしたそのとき。



そのときである、ビュコックが降伏を受諾する旨を伝えようとしたその時、その瞬間、数十万のもの光が帝国軍後方の下方45度から帝国軍右翼・中央に向けて貫いた。そして大混乱が発生した。



戦局は予期せぬ第三幕を迎えた。



[22236] 第一部 第十五話 大会戦後編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/29 14:56
第十五話 大会戦後編

『このたびの敗戦の責任はひとえに敵の捕虜となったロボス元帥に上げられるといえる。これは査問会においてのグリーンヒル総参謀長の言であるが、ロボス元帥は度重なる撤退の進言を退けた。その証拠もここにある。
これはイゼルローン要塞中央作戦会議室の議事録であるが、これを国防委員長の権限で公表しよう。・・・・・・・・・・聞いたかね、記者諸君。
ロボス元帥は予備兵力であるヤン艦隊の出撃を拒否した。そればかりではなく、あれほどまでに危機感を募らせ、大敗を防ごうとしたヤン元帥を査問の名の下に収監し、自分の思い込みで占領地を無計画に拡大して、補給線を崩壊させ、結果、2400万名もの将兵を、あなた方の親や子供を、あるいは恋人や孫を置き去りにしてきてしまった。
一部ではヤン艦隊が救出すべきであった、という意見があるがそれは違う。ビュコック提督の言によるとヤン艦隊はアムリッツァ到着時には推進剤の半分を使い切っていた。
これはヤン提督が如何に味方を救うべく腐心した現れである。それと同時に、遠方の味方を救出する物理的術が無かった事を意味する。不幸なことに、ヤン元帥の予想通り我が軍は動き敵の術中にはまった。悲しいことだ。
だが、だからこそ、私は絶望的な状況下で、誰の支援も無かったにも拘らず早期撤退論を展開し、最後には友軍の全軍崩壊を防いだだけでなく帝国軍に一矢酬いたヤン提督を尊敬したいと、このヨブ・トリューニヒトは考える。
もしもの話であるが、彼が大統領選なり中央議会選挙に出馬するならば喜んでヤン提督を支援しよう』 

宇宙暦797年2月4日 ヨブ・トリューニヒト、ヤン・ウェンリーを支援すると言う大ニュースより抜粋。



『今こそ、戦争をやめるべきなのです。幸いにしてイゼルローン要塞はこちらの手にあります。そして国力差があり依然9個艦隊が健在な以上は、私たちはまだ帝国と対等の交渉につくことが出来ます。
ここで戦争をやめれば捕虜交換で2400万もの友人を取り返すことが可能なのです。そしてその為にはヤン・ウェンリーの様な前線の悲惨さを知っている人物がこの国のTOPに立つべきです』

宇宙暦797年2月3日 ジェシカ・エドワーズ代議員、正式にヤン・ウェンリーを擁護する。この報道は瞬く間に共和国全土に広がり、共和国の反戦団体は親ヤン・ウェンリー派閥として一致団結した行動を見せ始める。と惑星NETニュースは伝えた。



『二人の言うことは正しい、私も同意見だよ。これほどの大敗を喫した後だ、主戦論者ではなく、非戦論者が国家の頂点に立っても良いのではないかな?幸い、選挙は来年の4月から6月にかけて行われる。現職のラザフォート、新人のヤン・ウェンリー、同じく新人のリンダ・クーラー氏。面白い選挙になるだろうな。え?私は誰を支持するかだって?それはもちろん、この出兵に反対した英雄さ』

宇宙暦2月20日ホアン・ルイ、銀河ニュースの会見にてコメント。良識派議員の擁護に俄かに大統領ヤン・ウェンリー論が高まる。





ところ変わって、首都星シリウス・ホテル『ヴィクトリア』
そこで19人の男女が会談を開いていた。

『と言うわけで、次回の選挙はヤン・ウェンリーを支持する』

『指示せざる負えない、と言ったほうが正しいのでしょうけどね』

『イルミナーティとしてはそれで良い。ヤン・ウェンリーの非公式の公約だが、軍需産業の維持のためフェザーン回廊出口に要塞を建設するとの事だ。あの懐刀のオーベルト准将の言だ、間違いあるまい』

『イゼルローンクラスの要塞建設と同時に内部に人工都市を建設し民需にもつなげる、確かにおいしい話ではある』

『艦隊も再建するのではなく、増強し、全艦隊を2万隻単位にするとの事。艦隊全軍の再編よりはうまみが減りますが・・・・』

『このレポートを見ればそれも仕方あるまい。それに譲歩は交渉の基本じゃ』

『たしかにその通りね。まあ、民需のほうが私たちにとっては有り難いんだからヤン提督を非難する理由も無いわ』

『同感じゃな。それに孫が軍人になって共和国を守るとか言いおる。それは避けたい』

『ふふ、それはお気の毒ですわね』

『では皆さん、我々の意思はヤン・ウェンリーの大統領選勝利でよろしいですね?』

『我ら19人、全員一同異議は無い』

『では、ミドル・ダンの名においてイルミナーティ最高幹部会を閉会します』

『諸君、忙しい中ご苦労じゃったな』





第十五話  大会戦後編





「どこからの攻撃だ!」

ラインハルトが叫ぶ。

「後方約10字の方向、角度下方45度前後、後方の下からです!!」

ラインハルトが珍しく逡巡する。

「ちい、前方の敵に謀られたか。で、敵の数は」

ロイエンタールが愚痴る。

オペレーターから返信が来た。
それを副官が読み上げる。心なしか声が震えている気がする。
いや、実際に震えていた。

「敵艦、およそ・・・・およそ・・・およそ五万三千隻!!!」

あのロイエンタールが絶句し、何もいえなくなった。

(5万3千隻もの艦隊に後背を取られたというのか)

そのころ猛攻撃を受けたミッターマイヤー、ケンプ艦隊では。

「各艦隊の被害状況は!?」

ミッターマイヤーが叫ぶ。
何とかして艦隊を立て直さなければ。
それには正確な情報がいる。
それが分かっているから、煽るミッターマイヤー。

混乱が広がた帝国軍。
そしてもたらせられる凶報。

「カール・グスタフ・ケンプ中将、先の砲撃で戦死された模様」

「「「ケンプが!!?」」」

報告は全軍に伝わった。
思わずラインハルトが、ミッターマイヤーが、ロイエンタールが叫ぶ。
左翼にメックリンガー艦隊を派遣し、後方を突いたキルヒアイス、メルカッツ艦隊と合流していない今、その時点でのケンプの死。
それは右翼艦隊の瓦解を意味していてた。




数十万の光の槍、そう、ヤン艦隊の来援である。




side ヒューべリオン 会戦参加4時間前



「まもなく恒星の迂回を完了します」

エドウィン・フィッシャー中将がスクリーン越しから報告する。

「いよいよヤン元帥の魔術のお手並みを拝見できるのか」

ウランフ提督がどこか楽しそうに言う。

「ウランフ、味方が窮地にあるのだ。そういう感じの言は人を不愉快にさせるぞ」

それを盟友のボロディンがたしなめる。

会議室には

イゼルローン要塞防御司令官、ワルター・フォン・シェーンコップ少将

参謀長、ムライ・アキラ中将

副参謀長、フョードル・パトリチェフ少将

第1分艦隊司令官、ダスティ・アッテンボロー中将

作戦参謀、ジャン・ロベール・ラップ准将

第2分艦隊司令官、グエン・バン・ヒュー中将

第10艦隊司令官、ウランフ中将

第12艦隊司令官、シグ・ボロディン中将

副官、フレデリカ・グリーンヒル少佐

ら、が勢ぞろいしていた。

会議は進む。

「無茶だ、ローゼンリッター連隊を危険にさらしますぞ」

いつもながらムライが常識論を展開する。

「そう、我ながら無茶な作戦だとは思っている。だから第6次イゼルローン攻防戦に参加した貴官の意見を聞きたい」

ヤンも認めた。
何せこの作戦はぎりぎりまで現場に判断がゆだねられ、それでも成功する可能性は五分五分だったからだ。

「やれ、とはお命じにならないのですかな?」

その作戦指揮官はどこか面白がっているように確認する。

「ああ、命令しない」

ヤンも即答する。

「理由を、あの時の様に理由を聞かせて願いますかな?」

ヤンを問い詰めるシェーンコップ。
場の雰囲気に飲まれてか、だれも何も言わない。

「貴官に、いやローゼンリッター連隊全員に無駄に死んで欲しくない、それが理由かな」

それはまた彼らしい答え。

「ほう」

そして続けるヤン。

「まして、私の個人的な我が儘の様な作戦だ。無理に付き合う必要も無い」

「我が儘?」

少し驚くシェーンコップ。イゼルローンの時もそうだが、この提督は面白いことを平気で言う。
だから、興味がわく。

「ああ、会戦後を見越した政治的な我が儘。それだけさ」

そこでボロディンとウランフが口を挟む。

「失礼だがヤン元帥、会戦後の政治的なものとは何だ?」

「それは私も聞きたいな」

ボロディンも疑念を提示する。

ヤンの返事は素っ気ないものだった。

「捕虜交換」

シェーンコップは少し失望した目でヤンを見る。

「なるほどね、ここで点数を稼いでおけば後に役立つわけですか」

だが、それは次に一言で変わった。

「それにだ、捕虜の交換は終戦にも繋がると私は思っている」

「と、いいますと?」

パトリチェフが聞いてくる。
そしてヤンは語りだす。

「捕虜の交換で国民もある程度は納得できると思う。誰だって自分の大切な人には側にいて欲しい」

「そしてこれ以上こんな思いをするのはごめんだと言う気風を作る。そうすれば世論は復仇戦より講和に傾くだろう」

シェーンコップから失望の目は消えた。

(あのヤン提督をして渡らしめるはそういうことか。茨の道だな)

だが、今度はムライが質問する。

「失礼ながらヤン提督、少し楽観過ぎるのではないでしょうか」

ヤンはその言葉にうなずぎながら返す。

「うん、我ながらそう思う」

「だが、やってみる価値はあると私は思っている」

アッテンボローがフォローする前に、シェーンコップが続けた。

「ユリアンの為でしょう?」

それを聞いて首をかしげるウランフ。

「ユリアン?」

「ヤンの養子だ。例の選抜徴兵制度いわゆるトラバース法の犠牲者だよ」

ボロディンの説明に納得するウランフ。幸い独身の自分にはいないが、ヤンにはいたようだ。

(そう言えば、ボロディンにもカリンとかいう娘がいたな)

そんな二人の雑談が一段落するとヤンは話を再開した。

「ああ、そうだ。もしかしたら私が捕虜交換に拘るのはそういった理由があるからなのかも知れない」

シェーンコップが皮肉げに、

「ふ、相変わらず正直な方だな、あなたという人は。で、この会戦戦後はどうするのです?」

と、聞いてきた。
シェーンコップの疑問はもっともだ。
捕虜交換は政府の権限、如何に元帥といえども自由に出来る権限ではない。
だからヤンは即答した。

「退役する」

「「「!!!」」」

おどろくグエン、ムライ、パトリチェフの3人。
思わず聞き返すグエン。

「この情勢下に退役するとおっしゃるのですか?」

ヤンは澱みなく伝える。

「そう、その情勢というやつさ。こう言っては変だが今回の遠征で両軍共に信じられないほどの傷を負った。互いに攻勢にはでられないほどのね」

確かにそうだ。占領地でのゲリラ戦、辺境部でのインフラの破壊、艦隊の損害、要塞へのダメージ。
なによりも、イゼルローン要塞の健在。

「なるほど、確かに我が軍は善戦していると聞きますし、我々を含めまして国内にはまだ9個艦隊が健在ですからな」

「逆侵攻を防ぐのはわけないと言うことか」

ウランフとグエンが納得する。

「ちょっと待ってください、その9個艦隊でまた今回のような遠征を企画したらどうするんですか?」

そこでアッテンボローが発言した。
そして、それこそ、ヤンの望んだ発言でもあった。

「それはない」

「ん?」

ウランフが首をかしげる。

「だから、私は退役するんだ。戦争を終わらせるために」

爆弾発言。そう言ってよかった。

「戦争を・・・・ヤン元帥、君はまさか」

ボロディンがどもりながら続ける。其れほどまでにインパクトの高い爆弾だった。

「ボロディン提督の想像通りだと思います」

ムライ参謀長が結論を促す。

「つまり、ヤン提督、それは・・・・」

ヤンが断言する。

「今度の大統領選に出馬します」

「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」

ラップとアッテンボローを除いて誰も知らなかった事。
まさかアムリッツァに向かう前にこんな話になるとは思っていなかったのだろう。
だれも、いやシェーンコップを除いて何もいえない。

「それでシェーンコップ少将、私の理由はこんなところだが、どうだろう?」

「最後にもう一つだけ、よろしいですかな?」

其れは疑問。イゼルローンとアスターテの件は知った。
ヤン・ウェンリー謀殺計画の存在を知ったときはさすがに持っていたコーヒーカップを叩き付けて割ってしまった程である。

だからヤンが大統領になると発言した事はあまり驚くに値しなかった。
その上での疑問である。敢えて問う。

「何故、急に大統領になろうと思ったのです?名誉欲ですか?それとも権力欲ですかな?」

さすがに言い過ぎだ。
そう思った二人の名将がシェーンコップを、この亡命貴族上がりの将官を窘めようとする。

「「シェーンコップ少将!!」」

ボロディンが怒鳴りつける。

「さすがに無礼だぞ!」

ウランフ提督が続ける

「我々が言えた事ではないが、節度、というものが在るのではないかね?」

だがシェーンコップはにやりと笑うだけで二人の名将の問いに答えない
答えたのはヤンだった。

「家族と、ここにいる仲間、そしてこれからの世代の為に」

それは偽りの無い本心。
心を動かされる会議室の面々。

(ヤンがここまで本気で国を思っていたとは)

ウランフは感心した。そして思った。

(なるほどな、戦争の終結・・・・我々軍人全員が争いを望んでいるわけではない)

(私も出来る限りのことはやってやろう、この不毛な争いを終わらせるために)

と。

ボロディンは思った。そして考えた。

(これは協力するしかあるまい。私だって如何に養子の娘とはいえ、娘の葬式を見るのは嫌だからな)

ヤンに協力する、それが娘を死なせずにすむと信じて。
シェーンコップからは先ほどまでの殺気は消えていた。

「相変わらず、ルドルフ大帝かよほどの正直者ですな、ヤン提督。まあいい、今回も期待以上の答えをいただいた」

そしてシェーンコップが立つ。

「あの時と同様、微力を尽くすとしますか。永遠ならざる平和のために」


のちの歴史家はこう語った。このときに出来たヤン艦隊の絆。これにシドニ・シトレー、ドワイト・グリーンヒル、パウル・フォン・オーベルシュタイン、ジェシカ・エドワーズ、ホアン・ルイ、ヨブ・トリューニヒト、ミドル・ダン、アキラ・ヒイラギによる、ヤン大統領誕生を目標にした半ば独裁的な支援体制を、かつての730年マフィアにかけあわせて、こう呼んでいる。ヤン・ファミリー誕生、と。


現在

ヤン艦隊は緒戦の勝利、と言ってよいかは分からないが、緒戦の占領地域拡大で得た迂回航路を使ってアムリッツァに到着した。
そして周囲の偵察艇を全て拿捕、または撃沈し、アムリッツァ恒星を大きく上下に迂回。
帝国軍の後背下方を突いたのだった。

それは帝国軍にとって悪夢に等しい事態だ。
事実、ケンプ中将の指揮下の貴族私軍艦艇は敵前回頭を行い一気に半数以上も撃沈されその混乱の中、ヨーツンハイムが撃沈された。
ケンプ艦隊は副将のナイトハルト・ミュラー少将の指揮下に入るも、年若い上に平民出身、さらに少将と言う事もあいまって貴族艦艇の混乱を収集できていない。
そしてこの事態を引き起こした艦隊中央にヒューベリオンの存在を確認する帝国軍。

「またしてもヤン・ウェンリーか!!」

ラインハルトは叫ぶ。

だが、叫ぶだけではなかった。

「各艦隊に通達反転迎撃は禁ずる、全速をもってキルヒアイス・メルカッツ艦隊と合流せよ、と」

そこへオペレーターから悲痛と言うべき報告が入る。

「前方の艦隊が砲撃を再開しました!!」

「敵の通信を傍受、全速力でミッターマイヤー艦隊、ケンプ艦隊を中央突破するつもりです!!」

驚いたのはケスラーだ。
前方の老将のあそこまで言っておいて、この反応。

「してやられた。あの通信自体が時間稼ぎの擬態だったのだか」

ケスラーが唸る

「その点については疑問があります」

ヒルダが戦闘中にもかかわらず、疑念を口にする。
いいかげんにしろ、と言いたいが中将待遇で乗っている手前、そうも言えない。

「なんですかな?」

「あの目です。あれは降伏ですべてを失うことを覚悟した者の目だと思います」

思い起こされるのはビュコックの目。
あれは追い詰められ達観したものの目ではなかったか、と。

「ではこの攻撃は・・・・・偶然だと?」

「はい、でなければ今になって慌てて攻撃する必要がありません。むしろ、より砲火を強め我々の眼を欺くことを目的としたでしょう」

(確かにその通りだ、あそこであのタイミングで砲撃を中断する必要はない)

「・・・・・・・」

黙るケスラーに現実へと引きずり戻す声が聞こえた。

「ヒルダ、ケスラー」

「はい」

「ハッ」

反応する二人。

「そのことは私の不覚とする所だ、あの老人を責めるな」

ラインハルトは自分の失敗には怒っていたが、何故かあの老人を責める気にはならなかった。
第一、自分が逆の立場だったら自分も同じ事をしたであろう、そんな確信が彼の中にはあった。


「全艦隊全速前進。後背の味方と合流する!」




side 第5艦隊、ヤン艦隊



「わしは卑怯者じゃな」

ビュコックが重い溜息と共に吐く。

「卑怯者、ですか?」

ファイフェル少佐が聞きなおす。

「ああ、そうじゃ。わしはあそこまで啖呵を切って置きながら自分は降伏しようとした。そして好機が来たらそんな事をお構いなしに攻勢に出るよう命じておる」

ビュコックはまるで懺悔する様に続けた。

「さぞかし、帝国軍の連中には憎まれているじゃろうな」

そこへチェン参謀長が口を挟む。

「お言葉ですが、司令官。司令官は共和国の艦隊司令官です。ただその義務をお果たしになっただけのこと、違いますか?」

「・・・・・参謀長」

チェンは続ける。

「ここで、自責に駆られるのは一種の逃げと考えます、どうか艦隊の指揮をお取りください」

ビュコックの目に、体に闘志が戻ってきた。
それは目に見えないもの。だが確実に全艦艇に伝わりだした。
古来より指揮官の心情が戦局を左右する。
それは人類が宇宙に飛び出して十数世紀経過した、この宇宙艦隊戦にとっても違いは無かった。

「そうか、そうじゃな」

ベレー帽をかぶり直すビュコック。
そこにはもう、懺悔に悔やむ老人の姿はない。

「逃げる訳にはいかんのぅ・・・・・全艦近接戦闘用意、スパルタニアン隊は全機発進!! 敵を混乱の坩堝に叩き込め!!」



「ヤン閣下、敵が混乱しています」

ラップが報告する。
スクリーンには混戦状態になった右翼が映し出されている。

「ローゼンリッター連隊はうまくやるだろうか」

混戦は待ち望んだところ。
ヤン艦隊は今度は中央に砲撃による追撃をかけていた。
特に首都で改装された第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊は射程距離が従来の1.5倍まで威力も二割増になっており面白いように帝国軍を撃沈していた。
まるで赤子の手をひねるように。

この会戦終盤、共和国と帝国の国力の差が如実に現れ始めていた点を後世の軍事ジャーナリストは特色としている。

「わかりません、ですが。」

ラップは正直に答えて、促した。当初の予定通りやるべきだろうと。

「ああ、当初の予定通りにやろう、ムライ参謀長」

彼も頷く。

「了解しました、全無人揚陸艦突入を開始します」



side ミッターマイヤー艦隊


「醜態をさらすな、陣形を整えよ」

そのとき付近を航行していた戦艦と巡洋艦が同時に撃沈された。
ゆれる艦橋。

「グ」

思わず唸る。
戦局はもはや指揮官の手を離れつつあった。
いや、正確には帝国軍の、と言うべきか。

先手を取られ、さらに正面から混乱状態に突撃をくらい、近接戦闘に移行された。

「全て後手に回るとは・・・・・情け無い」

ミッターマイヤーが弱音を吐くほど混戦は、否、統率された攻撃は続く。
そして極めつけは敵の3千隻強襲揚陸艦による自爆攻撃だ。

「神風か!」

ミッターマイヤーも我が目を疑う行為。
帝国軍艦艇に所かまわず突っ込み、自爆する共和国軍の強襲揚陸艦たち。

だが、それこそが擬態だった。
混戦の中。
スパルタニアン隊が切り開いた穴。そこに刺客が飛び込む。

幾多もの強襲揚陸艦、木を隠すなら森の中。

ベイオ・ウルフ艦橋に強襲揚陸艦ケイロン3が突入した。


side シェーンコップ

『敵の指揮官、できればウォルフガング・ミッターマイヤーかオスカー・フォン・ロイエンタールのいずれかを捕縛してほしい』

『人質にするのですかな?』

『そうだ』

『ふ、だれの差し金かは知りませんがヤン提督、あなたも随分と悪辣になったものだ』

過去を一瞬だけ振り返ったシェーンコップは即座に訓練用の刃の部分が強化プラスチックのトマホークを振るう。
ゼッフル粒子の散布は待っていられない。
一気にローゼンリッターがベイオ・ウルフ艦橋に流れ込んだ。

そして見つけた、敵司令官の座る指揮シートを。
狼狽しながらも銃を向ける兵士たちをリンツが、ブルームハルトが次々と切り裂く。

そして。

「ウォルフガング・ミッターマイヤー中将ですな?」

男はゆっくりと頷いた。
ナイフを構えるミッターマイヤー。

「そうだ、そういう卿は何者だ?」

「私の名前はワルター・フォン・シェーンコップ、短い間だが覚えてもらおう」

数回のトマホークを避けるミッターマイヤー。
だが、今回ばかりは敵の数が違った。
後ろからリンツがミッターマイヤーを羽交い絞めにする。
そこへ鳩尾に強力な一撃を食らわせるシェーンコップ。

(エ、エヴァ)

それがミッターマイヤーが意識を失う直前に思った光景だった。



side ラインハルト



「ミッターマイヤーが敵に捕縛されただと!?」

ラインハルトは怒鳴った。
それは自分への怒りか、それとも失敗した疾風ウォルフへの怒りか。

「虚報ではないのですか?」

ヒルダも信じられないと言うようにケスラーに確認を取る。

「信じられませんが事実です」

「その証拠に、ミッターマイヤー艦隊は指揮系統を損失、敵の一方的な中央突破を許しました」

ケスラーも信じられないといった表情で、若い主君に報告する。

「そして、敵艦隊は合流。アムリッツァを離れつつあります」

そうだ、ヤン艦隊はその圧倒的な火力でラインハルトの貴下の艦隊を削りつつも距離を保ち続けた。
そして、友軍の脱出とミッターマイヤー捕縛の報が入ると即座に軍を引き始めた。

撤退するヤン艦隊。

それを追撃するだけの余力はもうラインハルトには無かった。



宇宙暦797年、帝国暦487年1月17日

こうしてアムリッツァ会戦は終了した。双方の失った艦艇は共和国軍4万隻、帝国軍5万7千隻。
アムリッツァだけでみれば共和国軍の辛勝に見えるかもしれないが、緒戦で失われた艦隊をあわせれば約9万隻もの大艦隊を失っている。
そして棄兵とされ、帝国領土に残された将兵およそ2400万名。
実に侵攻軍総兵力の三分の二を失ったことになる。



共和国は宇宙艦隊の総兵力の約半分を失った。
そして、得ることは何も無かったと言ってよかった。

一方の帝国軍も、からくも共和国軍の侵攻を押し返しただけでその被害は甚大であった。

向こう数年間は両者とも大規模な軍事侵攻はできない、それだけの損害をうけた。



だが、この戦いが、ヤン・ウェンリーを更なる英雄へと駆り立て、あの頂へ、大統領と言う名の頂へと推し進めることとなる。



[22236] 第一部 第十六話 英雄の決断
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/09/29 14:56
第十六話 英雄の決断

『 セブンシスターズの変貌

セブンシスターズ、それは地球政権時代に金融系を中心とした巨大財閥のことをさす。だが、不滅の企業が存在せぬよう、セブンシスターズも不滅ではなかった。黒旗軍の攻撃で中心都市であるプリスベーンが陥落すると、その勢いを急速に失ってしまう。ただ、その莫大な富、主に貴金属類は黒旗軍が地球全土を制圧した時から見つかってはおらず、現在も行方不明のままとされている。一方で、金融を支配することで間接的に製造業を支配するという構図が崩れ去った時に勃興した新興企業が7社存在した。それに付随し、唯一黒旗軍の攻撃から逃れた、すなわち本社をJ-001恒星系に移転していた『ヒイラギ総合商社』を含めた8社が後のG8を形成することになる。ここから先は著者の思惑に過ぎないが、そのセブンシスターズの、いやヒイラギを除くのだからシックスシスターズか、その富の行方がどうも気になる。近年、といってももう半世紀近いが、フェザーンは地球出身の、準州としてしか認められていない、しかもシリウス暦時代の報復から一人しか選ばれることの無い代議員があれほど活躍した点が気になる。その資金源はどこからきたのか、それも不明のままだ。いち、ジャーナリストとしてはこの謎を解明したい、そいう欲求に駆られている』

宇宙暦755年 ジョン・ビック 「セブンシスターズの変貌」より抜粋 なお本人はこの著書発行後に行方不明となる。


『臨時ニュースをお伝えします。帝国領土侵攻作戦「ストライク」は失敗に終わりました。総動員兵力数3600万人の内、帰還した者は1200万人、特に第4艦隊、第6艦隊、第7艦隊は帰還率0%となっております。この事態を受け、最高評議会議員は全員が辞職を、「ストライク」作戦擁護者であったロボス元帥は的中に囚われの身となったものと思われますが、元帥号の剥奪と軍法会議の開催が決定されました。また、中央議会において作戦継続審議に賛成票を投じた議員の中からも辞職が相次いでいます。一方で州民連合を中心とした反戦派グループは勢力を勃興させており、来月中旬に行われる選挙では全議員数の3分の2以上を獲得することが確実視されています。なお、軍部ではシドニー・シトレ元帥が辞表を大統領に提出しましたが、却下されたとのことです。国民世論が絶望的な状況下で説得を続けたシトレ元帥、ドワイト・グリーンヒル総参謀長の見識を高く評価する声があり、彼らの進退を注目するところであります』

宇宙暦797年 1月23日 シリウス放送の緊急放送より



『発・統合作戦本部本部長  宛・第5艦隊司令長官

貴官の勇戦に敬意を評する。
また、これまでの共和国への献身から貴官を特別に二階級特進として元帥の称号を与え、宇宙艦隊司令長官に任ずる

宇宙暦797年1月23日』





第十六話 英雄の決断



アムリッツァ会戦は終了した。
約二週間の道のりをかけて、敗残の共和国軍兵士を収容したヤン艦隊と第2艦隊、第5艦隊、第8艦隊、第11艦隊は首都シリウスへと帰還する。
それはまさしく、敗残の群れといってよかった。





side トリューニヒト 宇宙暦797年 1月31日



今だ信じられない。
この30になったばかりの男が次期大統領候補だということが。

「お久しぶりです、国防委員長閣下」

(閣下、ときたか)

「いや、こちらこそ久しぶりだね、魔術師こと、奇跡のヤン元帥」

トリューニヒトが世辞を言う。

「ありがとうございます、これも委員長が我が艦隊を増強してくださった結果です」

確か似そうだ。
前例なきアスターテでの2万隻、アムリッツァでの5万隻もの戦闘艦艇を個人に与えるのは国防委員会の採決がいる。
軍や政府からの申請を受理するかどうかを決めるのは国防委員会だ。
決済するのは軍部では無い。出なければクーデターの可能性があるからだ。

「それはそれは・・・・骨を折った甲斐があると言うものだよ」

ヤンの世辞にのる。

「ええ、それに」

それを遮るトリューニヒト。
何が言いたいのかは想像がつく。

「それに、このたびの大統領選への支援について、かね?」

ヤンがまた頭を下げた。

「ご明察恐れ入ります」

(これはどうやら本当らしいな)

トリューニヒトは巷で流れている噂を思い出す。

曰く、ヤン元帥が大統領になる、その為に犬猿の仲といわれたトリューニヒトに頭を下げる、と。

「頭を上げたまえ、ヤン元帥。私は私の職権で当然のことをしたまでだよ」

トリューニヒトは考える。
別の言葉を発しながら。

(この若者を支持するようイルミナーティから指令が届いたのは驚いた)

無理も無い。あの連中は自分からは決して動かない。
自分の存在に感づいた者に利権を与え、傀儡とする。

(だが、彼の、オーベルト准将の提示したレポートを見ればイルミナーティの反応も分からなくも無い)

それは市場の崩壊。企業家にとっての悪夢。

(そして、軍のみならず民衆にも熱い名声)

圧倒的な名声はそれだけで武器になる。
芸能界や政界で無名より悪名のほうが良いとされる由縁だ。

(あの名声を敵に回しても不利なだけだ)

(ましてイルミナーティを敵に回せば再選など絶望的になる)

そうだ、選挙資金の半分は彼らからの支援。
それを失うのは愚の骨頂。

(なに、大統領の任期は最長3期の15年まで)

(私もまだ40歳だ)

計算では50代で大統領になれる。
ヤン・ウェンリーほどではないが十分に若い大統領の誕生だ。

(それにこの男はあくまで戦争終結を目的にしていると聞く)

(ラザフォートの様に3期目を狙うことはあるまい)

(そしてこの男の片腕、オーベルト准将だったか、彼の提示した新要塞建設とその利権)

そう考えながらヤンと話す。
驚いたことにヤンは更に民需利権の増大を指摘した。

(悪くない取引だ)

トリューニヒトも決断した。
やるかやらないか、ならばやるしかない。そしてやるからには徹底的にやるべきなのだ。

(ならば、ここで『次』を狙うため恩を売っておいて損はあるまい)

何度かの応酬の末、ついにヤンは言質を勝ち取った。

「よかろう、ヤン元帥、君を支援しよう」

ヤンは無言で頭を下げた。その胸の中に渦巻く複雑な感情を抑えながら。

それから数10分後、ライトブラウンのスーツを脱ぎ寝巻き姿になったトリューニヒトは思う。
左手に極上のウィスキーを傾けながら。

(戦争を終わらせる、か)

(私も若い頃は、あの青春の日々はそう思っていた)

思い出すは大学時代のゼミ。
みなに笑われながらも言い切った色あせない思い出

(だが、政界に入って何もかもが変わってしまった)

自分の力だけではどうにもならない世界。
そして、金、という名前の魔物たち。いや、麻薬たち。

(ヤン元帥、君は色にたとえるなら白色だ)

そう。何色にも染まってない、無垢な存在。

(だがね、政界はそんな存在を許さぬ魑魅魍魎の世界だ)

それは自分の体験談からきた思い。

(そして世界は君が思うほど甘くは無い)

(君は知らぬが、地球教徒という存在もある)

地球教徒。地球教。
セブンシスターズ、いやヒイラギを抜けば、シックスシスターズを中心とした怨霊。
銀河共和国警察最大の敵。暗殺された大統領も幾人かいる。

(あの地球時代の亡霊だ)

(君が何色に染まるのか・・・・見せてもらうとしよう)

そして一口、ウィスキーを呷る。

(願わくば私のようにならないで欲しいものだ)




side ジェシカ、ヤン



(私は会いに行く)

(この国最高の英雄へ)

そこには冴えない男がいた。一方は白人の美人だ。
どう見ても釣り合いが取れているとは思えない。
だが、その冴えない男こそが、アムリッツァで敵の追撃という全軍崩壊を防ぎ、400万もの将兵を救った。
そして稼いだ貴重な時間を使って再度アムリッツァ近郊の帝国領土へと侵攻。
取り残されていた1200万人もの人命を救ったのだ。

(メディアにでて「ストライク」を批判したのはそういう事だったのね)

メディアは「ストライク」作戦失敗を早期から予言したとして、魔術師ヤンを更に褒め称えていた。

(あなたは変わったわ・・・・いえ、変わらずにはいられなかった、そうよね)

そうであって欲しい。
決して、権力欲に目覚めたからではないと信じて。

「お帰りなさい、ヤン」

白色のスーツで出迎えるジェシカ。
動きやすいようにスカートではなくズボンをはいていた。

「ただいま、ジェシカ」

一方、軍服姿のヤン。
二人は「三日月亭」という高級レストランで食事していた。
かつて、ヤンがホアン・ルイと面識をもつためセキュリティーが高いところを選んだように、今回もそういう場所を選んだことになる。

「用件は分かってるの、だから手短に話して頂戴」

ジェシカが切り出す。

「・・・・・・」

ヤンは少し迷っているのか中々答えない。

「ヤン」

ヤンを煽るジェシカ。
そしてヤンが動いた。

「大統領選挙に出る。力を貸してくれ」

ヤンははっきり言った。

「そういうと思ったわ」

だがジェシカの反応はこの前とは違っていた。
今回も引っ叩かれるのを覚悟していたヤンにとっては拍子抜けする展開だった。

「ジェシカ?」

そんなヤンの疑問に答えるかのように続けるジェシカ。

「私たち州民連合は、各地であなたを支援する。それは党首のソーンダイク氏や副党首のジョアン・レベロ先生も了承したわ」

「すまない」

「あやまらないで。それでね、ヤン、お願いがあるの」

ジェシカからのお願い。
できれば、受けてやりたいものだが。

「なんだい?」

「捕虜になった人々、戦死した人々のリストを一般に公開して欲しいの」

確かに共和国にも戦死者通達システムがある。
だがそれは親族と婚約者以上の関係者にしか通達されないシステムだった。
ヤンは逡巡する。

「それは軍機に・・・・」

だがジェシカの視線がヤンの言葉を制する。

(それは知っているわ)

「だから、あなたにお願いするの。今もっとも軍に影響力のあるのはヤン、あなたなの。あなたにしか出来ないことなの」

腕を組み目を瞑るヤン。
そして。

「ひとつ聞いていいかい?」

「ええ」

「何故急にそんなことを?」

そう、ジェシカはそういう無茶を言う人間ではなかった筈だ。
それが何故?

「私の友達でその彼氏が軍の、第4艦隊にいたの」

(よりによって第4艦隊か)

ヤンは思う。一隻も帰還しなかった第4艦隊の惨状を。
正直生きているとは思えなかった。

「その人物の安否を確かめたい、そう言ってきたの」

「そして、そう感じる人は一人や二人ではないわ」

ジェシカの言うことは2400万人の家族、恋人、友人、知人、全てに当てはまる。
ヤンの頭が回転する。

「その男の名前は分かるのかい?」

「あなたも知っている人よ」

「私が?」

それは意外な返答だった。
そしてそれは確かに知っている名前だった。

「ワイドボーン、覚えは無い?」

「・・・・ある、同期生だ」

ジェシカが畳み掛ける。

「彼よ」

「・・・・・・・・・」

そして政治家としてのジェシカ・エドワーズ代議員が発言した。

「ヤン、それにこれはあなたにとって悪いことではないわ。軍部の秘密主義を剥ぎ取るリベラル派という側面をアピールできる」

それはヤンが望み、ヤンが聞きたくなかった言葉。

「ジェシカ」

「だから、お願い。不安にあおいでる人のためにも」

「・・・・・分かった」

ヤンは承諾した。




side ユリアン



「提督が大統領に!?」

ユリアンは思わず叫んだ。
そこはシルバービレッジと呼ばれる官舎街。
その一角で。

「ええ」

ヘイゼルの瞳を持つ、左手の薬指に指輪をした女性が答える。

「ちょっと、ちょっと待ってください少佐。急に何でですか?」

ユリアンの疑問はもっともだ。
敬愛する義理の父が、あれほど嫌がっていた政治の世界に自ら飛び込むのだから。

「それは・・・・・」

そしてフレデリカは語った。
彼との馴れ初め、否、切欠と、その後の共和国の辿るであろう道しるべを。

「そんな事って・・・・」

ユリアンは呆然としていた。
それは信じたくない事実。
だけれども、目の前の人物が語る以上、真実なのだろう。

「じゃあ、僕を守るためにヤン提督は自分の嫌いな政治家の道を志したようなものじゃないですか!!」

「そんなのおかしいですよ! フレデリカさん!!」

耐えられない。
ヤン提督は自分を犠牲にして、自分の道を変えたなんて。そんなこと。

「ユリアン・・・・辛いのは分かる。私だってあの人に政治の世界が向いているとは思えない」

それでもフレデリカ・グリーンヒルは続けた。
その手が震えていることにユリアンは気が付いていない。

「でもね、ユリアン。あの人はあの人なりに考えた結果なの。ならば家族である私たちが受け止めて上げなくてどうするの?」

家族。
それは重い言葉だ。

しばしの沈黙。

「少佐は、いえ、フレデリカさんはお強いんですね」

そこで耐えていたものが切れた。
フレデリカが取り乱す。

「いいえ! 私は決して強くなんて無い!!」

「今だって止めたいの!!もうやめましょう、楽になりましょう、そう言いたいの!!」

ユリアンは驚いた。てっきり納得しているものと思っていたからだ。
それがこんなに取り乱すなんて。

「フレデリカさん」

ユリアンはなんと声をかけてよいか分からない。

「でもね、ユリアン、私にはあの人が選んだときの気持ちが痛いほど分かるの。だからね言えないわ」

それはフレデリカの決意。
そしてユリアンにとっても選択を迫らせる言葉。

「どうしてですか?」

「決まってるわ。あの人を愛しているのだもの。全身全霊をもって。この身を捧げたくらい愛しているのだから」

この日、ヤンの家族は心を一つにした。




side 統合作戦本部本部長室 宇宙暦797年5月7日



そこにはヤン元帥の姿があった。

「辞表、やはり辞めるのかね」

「はい、本部長」

そこにいるのはシドニー・シトレ元帥。
本来ならば引責辞任として引退しているはずの人物である。
実際はそうなるはずであった。

そう、ヤン・ウェンリーと彼の命令を受けたオーベルシュタインが蠢動し、マス・メディアに「ストライク」作戦の議事録を公開するまでは。
そして世論は動いた。まるで謀ったかのように。
全ての責任はラザール・ロボス元帥とその一派にこそあり、他の人物は全て被害者であると。

オーベルト准将の世論操作で世論はシトレ擁護に傾いた。
この点はわずか半年で銀河共和国国内の主要メディア、主要人物を抑えたオーベルシュタインの力量の恐ろしさといえる。

もっとも、流石に誰も処罰しないというわけには行かず、本人の強い意向もあってドワイト・グリーンヒル総参謀長が一階級降格の上、査閲本部長へと左遷された。
なお、空いた宇宙艦隊司令長官には最後まで戦場にとどまったと言うこと、前任者が元帥であったという慣例上、特別に二階級特進したアレクサンドル・ビュコック元帥が内定している。
ちなみに予断だがアムリッツァ生存者、いや、「ストライク」作戦参加者は全員が一階級特別昇進しており、軍事費を圧迫していた。

それを聞いたヤンは立った一言漏らしたという。

「私もずいぶん阿漕な人間になったな」

そして宇宙艦隊司令長官の辞令を受けたビュコックは、こうチェン参謀長と会話したとファイフェル中佐は伝えている

『これはやはりあれかな、戦死による二階級昇進の間違いで、生きて帰ってくるな。ということかな?』

『いやぁ、単なる自棄でしょ。アムリッツァで敗れた中で英雄が欲しいんじゃないですか?』

と。

そして現在、シドニー・シトレはヤン・ウェンリーをデスク越しに見上げた。
この30歳の若い元帥閣下を、そして誕生するであろう31歳の大統領閣下を。

「前にも言ったが、我が軍は君の用兵家としての才能に期待している、それではだめかね?」

「はい、駄目です」

即答だった。
理由を問うシトレ。

「理由を聞いても良いかな」

「今回の「ストライク」作戦が理由です。軍人では戦争を止められません。自然休戦状態に持っていくのでさえ難しいでしょう」

確かに、あの作戦は矛盾と穴だらけの作戦であった。にも拘わらず、軍人たちは一度発動された作戦を誰もとめることはできなかった。
そして政治家たちはとめる権限と時間があったにも拘らず止めなかった。
それが、この大敗北へと繋がった。

「だから、今度の大統領選挙に立候補すると?」

「はい」

シトレとしてはヤンを失うのは痛い。
それが保身に近いことは分かっていた。
だが、それでも止めたかった。
そして最後の切り札を切る。

「では君の第13艦隊はどうするのかね?不敗艦隊だ、無敵艦隊だの散々に持ち上げられた第13艦隊だ。君がいなくなったらどうする?」

その問いは以前にもあった。
そしてあの時は答えられなかったが、今は答えられる。
そう、あの仲間なら。

「ダスティ・アッテンボロー大将に任せたいと思います」

そこでシトレは諦めた。ここまで決めたのなら仕方ない。
そう感じたのだ。

そこでシトレがにやりと笑う。

「ではヤン元帥、私が味方だと言うことを証明しよう。入りたまえ」

「「「「失礼します」」」」

そこにはアレクサンドル・ビュコック元帥が、ロード・パエッタ大将が、ドワイト・グリーンヒル中将、アッレクス・キャゼルヌ中将、チュン・ウー・チェン総参謀長がいた。

「ヤン元帥」

「パエッタ提督!?」

「大統領選挙にでるそうだな」

「は、はぁ。そのつもりですが」

「ならば軍部のことは私たちに任せたまえ。安心してこの国を変えてくれ」

パエッタが両手でヤンの右手を力いっぱい握る。
思わず顔をしかめるヤン。

「ヤン」

「ビュコック元帥」

「後のことはわしに任せろ。決して、あのような無謀な出兵はさせん。じゃからな、ヤン。体に気をつけてな」

敬礼するビュコック。
それにヤンも全身全霊をもって敬礼した。

「ヤン提督」

「グリーンヒル閣下」

「このたびは迷惑をかけてすまなかった」

「迷惑だなんてそんな。」

「幸い、私は国内を統括する部門の長だ。なにかあれば言ってくれ」

ヤンが何かを言う前に、キャゼルヌ中将が口を開いた。

「まるで、軍閥政治の一歩手前ですね」

「キャゼルヌ先輩」

「ですがヤン元帥、ここにいる者全てが戦争終結に向けて尽力する覚悟です」

思わず涙が出そうになる。

「だからな、ヤン候補生、精一杯やってこい」

シトレが、

「なーに、後のことは年寄りに任せておけ。年の功というやつをみせてやる」

ビュコックが、

「ヤン元帥、すまないが、この国の未来をよろしく頼む」

パエッタが、

「そいうことだ、お前さんは怠け癖があるからな、大統領くらいの激務と掛け合わせるのが丁度良いのさ」

キャゼルヌが、

「まあ、そういう事です。軍部の責任は我々が取りますから、しっかりと国の舵取りをお願いします」

チェンが、

それぞれ思い思いに激励の言葉をかける。





side シェーンコップ



彼も首都に来ていて。名目は退役願いを出すための有休。

「どうでした、シトレ元帥の反応は?」

「その言葉はイゼルローン奪取時にも聴いたね、少将」

「ふ、あの時はだめでしたが・・・・今度はどうでしたかな?」

ヤンは無言で首を縦に振る。

「実はですね、私も退役しようと思います」

「へえ、そいつは一体何故なんだい?」

「決まっています、あなたを見届けるためです」

ヤンが怪訝そうな、そしてすぐに納得した顔で頷く。

「見届けるね、監視するの間違いじゃないのかな。私がルドルフにならないように」

ヤンは言葉をつむぐ。

「じゃあ、貴官らローゼンリッター連隊は大統領権限で特命を出し、私のSPにする、で良いんだね?」

亡命貴族出身の男はにやりと笑った。

「そうですな、そうでなくては私の人生が面白くない」

そして彼は敬礼し、去っていった。

去り際にこう言い残して。

「あなたがアーレ・ハイネセンの王道の道をたどるのか、それともルドルフ大帝の覇道を突き進むのか楽しみにみさせてもらいます」



宇宙暦797年 5月7日、こうしてヤン・ウェンリーは退役し予備役となった。
翌日、宇宙暦797年5月8日、ヤンは正式に大統領選への出馬を決意し、実行した。

それは、第三の国父の誕生でもあった。



[22236] 第一部 最終話 ヤン大統領誕生
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/06 07:31
第一部 最終話 ヤン大統領誕生


「アドミラル・ヤン!!」

「ミラクル・ヤン!!」

「魔術師ヤン!!」

「ヤン・ウェンリー提督万歳!!!」

人々は熱中と熱狂の中にいた。
それは自分たちの英雄が、新たなる英雄として登場したことへの現れであり、憧れであった。

英雄の名前はヤン・ウェンリー。

イゼルローン要塞を無血占領し、アスターテ会戦で史上空前絶後の大勝利を収め、アムリッツァでの全軍崩壊を防いだ英雄。

誰もが知っている英雄、ヤン・ウェンリー。

そんな地位と名声を得た男は新たなる階段を昇った。

それは銀河共和国大統領という頂。

そう、彼は手に入れたのだ、銀河共和国の最高権力者としての地位を。

だが、彼は薄ら寒さを感じた。



side ヤン



黒い高級なツーボタンスーツを着た男と黒い、体の線がはっきりと出たドレスを着た女が赤い絨毯の上を歩く。
外から聞こえる熱狂。
それを聞きながら黒いツーボタンのスーツの男は思った。

(500年前にルドルフを支持した民衆もこうだったのではないだろうか)

(・・・・・そして私もルドルフのように棄てられるのではないか?)

(何を馬鹿な想像を)

(第一、私はルドルフじゃない。この戦争を終わらせたいだけなんだ)

彼は首を振る。

そして歩く。
今やファーストレディとなったフレデリカ・G・ヤンと共に。
オーバーホールオフィス、大統領執務室へ。

そして。

最高裁判所長官が立っていた。

「ヤン大統領」

「はい」

「君は共和国憲章を遵守し、共和国の未来と平和と繁栄のために働くことを誓うかね」

大統領執務室の上に置いてある共和国憲章。
それも初代共和国憲章だ。

(実物を見るのは初めてだな)

場違いの感想を持つヤン。

それを手に取り条文を唱和する。

「銀河共和国は自由と平和と平等への道しるべとしてここに建国を宣言する。願わくば、その原則が子々孫々まで伝わるように」

最高裁判所長官が頷く。

「よろしい、では、その条文にしたがって行動すると誓うかね?」

ヤンは即答した。

「誓います」

と。

「ファーストレディ、君はこれから待ち受けるであろう困難を夫共に支えていく覚悟があると誓うかね」

フレデリカも即座に答えた。

「誓います」

鷹揚に頷く最高裁判所長官。

「ではここにサインを、大統領」

「はい」

大統領誓約書にサインする。

「ではここに第435代銀河共和国大統領ヤン・ウェンリーが誕生したことを宣言する」

そのとたん、ソリビジョン中継を見ていた市民からは熱狂的な反応が返ってきた。

(そして、私は監獄の中に入る。歴史という永遠の監獄へ)

知ってかしら、知らずかフレデリカが手を握る
過去は変えられない。
現在は全ての選択の末に成り立っていることだ。
ヤンは決意を新たにした。何よりも今隣にいない家族の為に、仲間たちのために。

(フレデリカ、ユリアン・・・・そしてみんな)

(戦争を・・・・・終わらせるよ)








宇宙暦798年 7月1日

ヤン・ウェンリーは圧倒的な多数はで大統領選に勝利した。
彼はラザフォート大統領の任期を受け継ぎ、更に通常の大統領任期5年の合わせて7年という、特例として1期7年のヤン大統領時代を迎える。

その内の前半は謀将大統領の異名を取るほど苛烈なまでの謀略を銀河帝国ゴールデンバウム王朝に展開した。

また安全保障の一環としてイゼルローン要塞、フェザーン要塞を設置し、外敵からの侵入を防ぐと同時に、国内の広大な、後数世紀は富を生む恒星系開拓に全力を注ぎ、方やローエングラム王朝と講和・通商条約を結び民需を活性化させる。
銀河帝国ローエングラム王朝との講和は、フェザーンを仲介に行われた。
そして、フェザーン方向に新たな航路が発見されると人々は銀河共和国設立当時の熱狂をもって開拓に向かい、後年、ローエングラム王朝と銀河共和国の子孫が共同し運営する『自由惑星同盟』を設立させることになる

こうしてヤン・ウェンリーは人類に第3の黄金期を出現させた。

ヤン・ウェンリーはまたしても、奇跡のヤンとして国民から褒め称えられることになる。

その後のヤン・ウェンリーは妻、フレデリカ・G・ヤンとの一男一女をもうけ、養子のユリアンはアムリッツァで知り合ったカーテローゼ・フォン・クロイツェルと結婚し、こちらは二人の男の子を授かった。

そしてヤンが願ったとおり、その子供たちが戦場にたつことは無かった。









宇宙暦849年 8月1日





ヤン・ウェンリーの時は、83で永遠に停止した。

そしてそれから二日後の8月3日、フレデリカ・G・ヤンも75歳で死去する。それが自殺だったのか自然死だったのかは今でも論議されている。

その後二人は生前の遺言に反し、大々的な国葬を持って葬られる。
先代の大統領、ユリアン・ミンツは小さな身内だけの葬儀を希望したが、それは叶わ無かった。

その国葬はヤンの思いとは裏腹に壮大で厳粛なものとなり、銀河共和国からはかつてのヤン・ファミリーの生き残りたちが、銀河帝国からは老齢のジークフリード・キルヒアイス副帝とその妻アンネローゼ・キルヒアイス、そして第3代皇帝ラインハルト2世が、自由惑星同盟からはアーレ・ハイネセンの直系の子孫、リーグ・ハイネセンらが出席した。


こうして英雄は伝説から歴史へとかわり、人類は新たならる一歩を、英雄のいない世界へと足を踏む出すことになる。



[22236] 第二部 第一話 野心
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/02 12:35
『銀河帝国ゴールデンバウム王朝についての考察

ローエングラム王朝は帝国暦491年、宇宙暦800年5月に設立した銀河帝国の後継国家である。そう言われれば先代の銀河帝国ゴールデンバウム王朝と変わりがないと思われる方も多々おられよう。だが、両者は同じ帝国の名前を持ちながら大きく違う制度体制を持っていた。その一つが大貴族制度、すなわち荘園制度の廃止である。荘園制度はルドルフ大帝時代から始められた制度である。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは知っての通り、銀河共和国を追われた。
そしてたどり着いたヴァルハラ恒星系の惑星オーディンで9億の民の前でゴールデンバウム王朝の歴史を開始させた。荘園制度の導入は、ルドルフ流の経済原理導入といえよう。10万の貴族(男爵以上の爵位もち貴族)を生み出し、そして残りの8億9千万人に割り振った。ルドルフが大帝と恐れられたのはこの制度を導入したからだとも言われている。
ルドルフはこの制度を利用し、もっとも効率よく人口を増大させ、産業化を成功させた者を側近に取り立てた。当時のノイエ・サンスーシは共和国大統領府(ライトブルーハウス)と変わらない大きさだったが、そこに集うことのできる貴族階級は名誉ある貴族として爵位以上の功績をたたえることになる。そしてルドルフは共和国への復讐を諦めていなかった。まず下級貴族の積極的な軍務への参加を強制にきりかえ、続けて治世から6年目、彼が80歳に達したときには国内全土に徴兵制度と、治安維持と思想犯弾圧のための『憲兵』『帝国警察』を設立させている。それから数十年、ルドルフは死んだが、彼の鋼鉄の意志は生き続けた。それはやがて150年にもわたる不毛な戦争へと発展することになる』

著者 ヤン・ラン 宇宙暦833年 シリウス大学歴史学部卒業論文 『銀河帝国ゴールデンバウム王朝の興亡』より



『銀河帝国内務省・帝国警察庁より各員へ 

皇帝陛下は美少女をお求めである、どうかその旨を忘れずに行動してもらいたい』



『発・銀河帝国統帥本部本部長シュタインホフ元帥 帝国暦487年2月1日

宛・銀河帝国軍上級大将 ラインハルト・フォン・ローエングラム

卿を一階級昇進させ元帥の地位へと上らせる。また、それに伴い宇宙艦隊司令長官の職務に着くことを命ずる』





第一話 帝国の野心家



side ロイエンタール 帝国暦487年2月10日


(あの方が来る)

そう思っているとブリュンヒルト司令官用ドアが開いた。
今ここには6人の提督たちが並ぶ。

ウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将

ジークフリード・キルヒアイス中将

エルネスト・メックリンガー中将

ナイトハルト・ミュラー少将(ケンプ艦隊司令官代理)

肩を落としているフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将

そしてこのおれ、オスカー・フォン・ロイエンタール中将の6人だ。

(思えば少なくなったものだ)

会戦前にはこれにアウグスト・ザムエル・ワーレン中将とミュラー少将の代わりにカール・グスタフ・ケンプ中将がいたのに。

もっとも、ワーレンは「火竜」の医務室から通信で出席しているが。

(それになによりも・・・・ミッターマイヤー・・・・卿がいないとはな)

それはロイエンタールにとっての最大の誤算。

まさかローエングラム陣営の双璧と謳われたミッターマイヤーが敵の策略に乗り敗北を喫しただけでなく捕虜になるとは。
この双璧をして思いもしなかった事態。

(それだけ、ヤン・ウェンリーが優れていた、ということか)

ヘテロクロミアの男は考える。
本当にこのまま、この若い元帥についていってよいのだろうか、と。

そして一斉に敬礼をする。

「卿ら遠慮はいらない、着席せよ」

「「「「ハッ」」」」

唱和したのはメルカッツと俺を除いた4人だった。

「閣下」

ビッテンフェルトが震える声で発言する。

「此度の敗戦、全て私に帰す事です。お許し下さい」

頭を下げるビッテンフェルト。
その下げた頭は今にもテーブルにこすり付けそうであった。

(さて、どうでるかな?)

少し面白がって成り行きを見守るロイエンタール中将。

「頭を上げよ、ビッテンフェルト提督」

それは意外な言葉だった

(ほう、まずは許すか)

「此度の損害の責任は全て私にある。卿らの誰も罰することはせん」

(・・・・・・・・)

金髪の主君は続けた。

「そもそも敵司令官たちの力量をみやあやまり、ヤン・ウェンリーの艦隊来援という事態を想定していなかった点で全ての責を問われるべきは私のみである」

「だから、ビッテンフェルト中将、顔を上げよ」

ビッテンフェルトが恐る恐るといった感じで顔を上げる。

「卿の罪は問わぬ。他の者も同様だ」

「閣下」

ビッテンフェルトが感極まった声で反応する。

メックリンガーやミュラーはしきりに頷き、通信越しのワーレンにいたっては敬礼している有様だ。

(・・・・・まあ、俺も人のことを言えた口ではない)

思い起こされるのは第2、第8、第11艦隊の敵中突破の成功。あれは殲滅する自信が在った。
だが出来なかった。

ここで凡人ならば指揮系統を失ったワーレン艦隊に責任を擦り付けるだろう。
だが、良くも悪くもロイエンタールはただの名将ではない。

(あの時点で敵の突破を許したのは俺のミス)

(それにヤン・ウェンリーの来援に気がつかなったのは俺も同罪)

ロイエンタールは心の中で独白する。

(ならば、もうすこし、この若者を支援してみても良かろう。幸いまだ30歳。野心を実行に移すにはまだ時間がある)

「・・・・・タール、ロイエンタール!」

その言葉に、金髪の若者の言葉に呼び戻されるロイエンタール。

「何かいいたい事があるのか?ミッターマイヤーの件ならどんな批判でも甘んじてうけよう」

ロイエンタールは答えた。
胸の中にあるわだかまりを抑えながら。

「いえ、ミッターマイヤーの件に関しましては彼自身の不覚とする所存。私が閣下を批判したところで彼が帰ってくるはずも無し」

「よって閣下を非難する言われはありません」

「そうか、すまなかった」

今度はロイエンタールが衝撃を受けた。
主君が臣下に謝ったのだ。
銀河帝国の常識では考えられないこと。衝撃を受けないほうがおかしい。
現に他の提督たちも衝撃を受けている。

「何を驚く。失敗を失敗と認められない主君など害悪なだけだ、そうではないか?」

彼の言は正しい。
そしてまともな人間ならその言をそのまま受け止めただろう。
そう、ミュラーやメックリンガー、ビッテンフェルトのような良くも悪くも『いい』人間ならば。
だが、ロイエンタールは違った。

(弱気か? これは本当に考える必要がありそうだ)

二人の野心家はお互いの心を交差する。




side キルヒアイス 



そこは司令官室の私室。
豪華なソファーをはじめ、数々の高級なインテリアが置いてある。
この点は質実剛健、合理主義を掲げる銀河共和国とは大きく異なる点だ。
もしも銀河共和国でこんな内装をすれば査問会直行間違いなしである。

(ラインハルト様の様子がおかしい)

キルヒアイスは気が付いていた。
会議室に入る前の通信では彼が非常に怒っていたことを。
そして懸念していた。それが他の誰かに向くことを。
だが、会議室に入ってきたラインハルトはそんなこととは無縁だった

「どうした、キルヒアイス? 俺が怒ってないことがそんなに珍しいか?」

思惑を当てられるキルヒアイス。

「ラインハルト様」

そこでラインハルトは親友に背を向けソファーに腰掛けた。

「以前のアスターテで言ったな、俺とお前はもう10年来の付き合いだと」

そして首だけを後ろに向け親友を見上げながら言った。

「だからお前の言いたいことも分かる」

「そんなところに立っていないで座れよ、キルヒアイス」

座るキルヒアイス。
そして気が付いた。
テーブルの上においてある二つのグラスとワインクーラーに入った帝国暦440年物のワインを。

「俺の宇宙艦隊司令長官昇進に乾杯しないか」

「・・・・・ラインハルト様」

だがキルヒアイスの顔色は悪い。
まるで何かを諭したいように。

「・・・・・自棄になっておいでではありませんか?」

ラインハルトは一瞬手を止め、そして二人分のワイングラスにワインを注ぎ込んだ。

「そんなことは無い」

ワインを煽るラインハルト。
それを見てキルヒアイスは己の想像の正しさを実感した。

「ラインハルト様、敢えて言わせてもらいます」

「何だ?」

「ケンプ提督、ミッターマイヤー提督の件は一度お忘れ下さい。」

それはキルヒアイスらしからぬ言葉。
ラインハルトの手が止まる。
長い付き合いだ、それが驚きと困惑のためだと分かった。

キルヒアイスは続けた。ラインハルトのためを思って。

「常勝・不敗で味方に犠牲を一人も出さない指揮官などこの世には存在しません」

常勝・不敗という例外はいるかもしれない。
だが、味方に損害を出さない指揮官という例外は存在しない。

「そうであろうとするならば、その心構えが必ずラインハルト様を押し潰してしまいます」

それは親友からしかいえない言葉。
臣下が言える言葉ではないし、言ってよい言葉でもない。

「此度の辛勝、いえ、敗戦をお考えになるのでしたらまずは失敗に目をむけ、それを繰り返さぬようにする事です」

そうだ、ラインハルトが傷付いたのは常勝将軍としての誇りを汚されたからだ。
そうキルヒアイスは感じていた。

「その上で、此度の敗戦で失ったものの事は、少なくとも表面上はお忘れください」

「でなければ・・・・・ラインハルト様のお心が持ちません」

キルヒアイスは一気に言い切った。
それはキルヒアイス自身が言いたくなかった言葉であり、言わなければならないと感じた言葉でもある。

「・・・・・・キルヒアイスはいつも正しいな」

ラインハルトの目にあの覇気が戻ってきた。

「ラインハルト様」

「キルヒアイス、俺はゴールデンバウム王朝を打倒して姉上を助けられるか?」

キルヒアイスは即座に、そして真剣な表情で答えた。

「ラインハルト様以外の何者にそれがかなましょうか」

二人の意志は固い。


そしてキルヒアイスは思い出す。
あの忘れられない記憶、帝国暦477年6月を。
見たことも無い、いやソリビジョンで頻繁に見て自分には関係の無いものだと思っていた高級車、貴族専用のレンツ社のX105が止まった日の事を。

そして化粧をしたアンネローゼが出てくる。
数人の男たちに囲まれて。
それに見入る11歳の赤毛の少年。
暴れるのを取り押さえられる金髪の少年。

『ごめんなさいね、ジーク。もう貴方とは遊んであげられないの』

『これからもラインハルトをよろしくね』

そしてボストンバックを片手に去っていくアンネローゼの儚い後姿。
ランドカーに乗り込み去っていくアンネローゼ・フォン・ミューゼル。
衝撃だった。

(そんな!)

『姉さん!!』

キルヒアイスとラインハルトは駆け出した。
姉を、アンネローゼを取り返す為に。

だが無常にもランドカーから引き離される。
そしてラインハルトが転んだ。
続けてキルヒアイスも転んだ。
足がしびれる。足が震える。
それでも進もうとする二人。

だが、それをあざ笑うかのように雨が降り出してきた。


そして現在に戻る。

「キルヒアイス、覚えているか、あの日姉上が連れ去られた日のことを」

それは奇遇か、それとも必然か。

「はい、丁度今、私もそれを思い出しておりました」

「うん」

ラインハルトは先ほどとは違った声でキルヒアイスに語りかける。
それは少年のように高揚した声。

「俺は宇宙艦隊司令長官になった」

「それは、宇宙軍を全て掌握したということだ」

「そしてアムリッツァには間に合わなかったものの、その損害を埋めるだけの艦艇、艦隊」

「皇帝に思い知らせてやるときが来た」

「そうだろう、キルヒアイス」

だが、親友の意見は違った。

「すこし、早いと感じます」

怪訝な表情を浮かべるラインハルト。

「皇帝は大貴族に疎まれています。それだけではありません、この宇宙艦隊再建計画には大貴族の資産を切り崩して行われました」

シュタインホフ元帥の愚痴から知った事実。
恐らく、事実であろう。でなければただでさえ平民階級から毟り取る様に増税を課しているのだ。
これ以上の増税は革命を呼び起こしかねない。
その上でラインハルトが要請した宇宙艦隊再建計画の実地には多額の資金が必要となる。
平民階級に増税は使えない、現状では到底足りない。となればその資金源は大貴族でしかない。

「皇帝は大貴族の支持を急速に失いつつあります」

キルヒアイスは知らなかったが、それはリヒテンラーデがもっとも懸念した事態であり、それの現実化であった。

「やがて反皇帝を掲げる貴族連合が誕生するでしょう」

「そして問題は数ではなく質にあります。」

アムリッツァ会戦の序盤から終盤にかけて摂取された私軍に損失を相次いだとはいえ、依然貴族領土全土には総勢6個艦隊程度は健在のはずだ。
そして再建される宇宙艦隊は9個、確かに数の上では圧勝できる。だが、質が問題だ。
自分たちの思いはゴールデンバウム王朝の打倒であり、新秩序の樹立。ただ勝てばよいというものではない。

キルヒアイスはそう親友を説得する。

「私とて耐え難いのですが、ラインハルト様、あと数年は辛抱のときです」

それはアンネローゼを皇帝の手に預けること。
それも貴族から疎まれだした、決して安寧とはいえない状況で。

「キルヒアイス!」

叫んで気が付いた。ガラスのテーブルに赤いしみが出来ていることを。
ジークフリード・キルヒアイスの握り締められた両手から血が滴り落ちていることを。

「・・・・・キルヒアイス」

「ラインハルト様、今は、後暫らくの辛抱です」

それは恐らく自分自身に向けた言葉。
キルヒアイスは最後に続けた

「ラインハルト様がゴールデンバウム王朝をお倒しになる為です」

と。

帝国暦487年2月、ラインハルトはオーディンに帰還した。
そして正式に元帥号を授与することとなる。それは宇宙艦隊司令長官の交代であり、帝国国内に新勢力の誕生を意味していた。





side フェザーン 宇宙暦797年、帝国暦487年9月4日



共和国は大統領選挙で盛り上がりを見せていた。
ヤン・ウェンリーが大統領選に出馬し、いくつかの公約を発表している。
その大半は防御を基本とし、向こう数年間はこちらから攻勢に出ないという内容であった。
大敗北を喫し、反戦気運の高まりを受けて、ヤン大統領の誕生は確実視される、そんな現状である。

一方、第三の独立国家といってよいフェザーンでは意外な事態が発生していた。
それは首脳部において発生しており、より深刻であった。



「帝国軍がこれほどの損害を受けるとは」

黒狐の異名を取るアドリアン・ルビンスキーが頭を抱えていた。
そこにはボルテックとケッセルリンクの二人の補佐官が書いたアムリッツァの損害が出ていた。

「4個艦隊、貴族から吸い上げて水増しした11個艦隊中、4個艦隊を完全に喪失、さらに5個艦隊が半壊するほどのダメージ」

「これでは共和国の再度の侵攻を止められぬ」

そして思い出させるはフェザーンに隣接するアマテラス恒星系に建設する予定のイゼルローンクラスの要塞、通称、フェザーン要塞。
これと既存艦隊の再編が組み合わされば帝国に対しては向こう数年間は反撃できまい。
そしてそれを見越した上で行われた政治工作。カミヤ・バグダッシュなる者の提案。

「仕方ない、不本意だがヤン・ウェンリーの思惑に乗るしかあるまい」

ヤンが提示してきた外交方針にあるのは捕虜交換。
成立すれば向こう1年間は軍事侵攻を行わない、という一種の休戦交渉。

「だが、あの男の、バグダッシュの裏にいる男は知っているのではないか?」

ルビンスキーは彼らしくない薄ら寒さを覚えた。
一枚のレポートをめくる。
それは各地のダミー会社がスパイ容疑で捕らえられている報告であり、捕らえられているのは地球教関連の会社であった。

(何故ああも的確なのだ? しかも共和国内の反地球感情がまた火を噴出しつつある)

『反地球感情』

それはシリウス戦役から続く、地球への反感であった。
当然だ、銀河共和国は反地球政権を下地に成立した国家だ。地球教徒が怨念なら、反地球感情のこちらは執念だ。
最近は帝国との150年にもわたる戦争で下火になっていたが、アスターテ会戦後から再び燃え出し、アムリッツァの敗戦で暴発した。
まるで誰かが細工したかのように。

『共和国中央議会は地球出身の代議員ヨーク・タウニー氏をスパイ容疑で拘束することを決定する。理由は彼がフェザーンを経由して我が軍の侵攻作戦「ストライク」の詳細を帝国に漏らしたからである』

(たしかに、地球教である奴が俺にその情報を流したのは確かだ。それがバレて弾劾されるのは分かる)

(だが、ならば何故今なのだ? 本来であれば「ストライク」を中止に追い込むことが出来た筈)

ルビンスキーは必死で考える。
ここから先は、帝国にも共和国にも、地球教にも聞かせたくない。

(まさか、ヤン・ウェンリーの策謀か!)

それしか考えられない。
この敗北で一番得をしたのは、結果論であるが、ヤン・ウェンリーなのだ。
よくいうではないか、三流ソリヴィジョンでもあるではないか。

『一番得をする人間が真犯人だと』

(これは見誤っていたかもしれん)

再びルビンスキーに冷たいものが走る

(あの男は、いやもしかしたら補佐役かもしれんが、謀将だ)

そして地球教徒の存在をかぎつけ、先手を打ってきている。
それも大統領選という大掛かりな祭りを隠れ蓑にして。
事実、ダミー会社が潰され資金源が断たれているなどほとんどニュースにはなっていない。
だが、ボルテックの報告では既に8割方が壊滅させられているときている。

(残りの二割も時間の問題か)

ルビンスキーはその問題を冷酷に切り捨てた。
確かに地球教にとっては大損害であろう。
信仰・信教の自由があるからこそ、教会にまで手が出ていないだけで、その活動資金の大半、いやほぼ全てを奪われているのだから。

(だが・・・・・・果たして生き残るのはどれかな)

ルビンスキーはそこで思考を切り替える。
別に彼自身が地球教徒ではなし、地球に崇拝の念を抱いているわけでもない。

(先ほどの大主教の言葉も焦りがあった、これからは帝国にヤドリギを移すとも)

(だが果たしてそう巧く行くかな? シリウスの執念を舐めてもらっては困るな)


ルビンスキーは今だみぬ未来に思いをはせ参じた。


それから約1年後の宇宙暦798年、帝国暦488年8月8日、ラインハルトが指揮下の艦隊を自分の私兵集団へと変貌させたのと同時期に、銀河帝国ゴールデンバウム王朝は、いや、ラインハルト・フォン・ローエングラムは正式に使者を派遣する。
それは、ヤン・ウェンリーが公約に掲げていた捕虜交換の議題についてであった。



[22236] 第二部 第二話 軋み
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/02 13:56
『銀河帝国ゴールデンバウム王朝の考察・2

銀河帝国は新興国であり、人口比で圧倒的に劣勢であった。600億対55億人ではランチェスターの法則を用いればそのさは1800億対150億と歴然としている。実際、無人工場地帯を多数保有する共和国側の国力比率は10対1と圧倒的に銀河帝国を上回っていた。ところで銀河帝国初期の人口は10億に満たないにもかかわらず、アーレ・ハイネセン時代には45億人まで拡大した理由は何であろうか?
それは主にドイツ系住民の憧れと不満があったものと思われる。当時のハイネセン、という名前からも推察されるように、銀河共和国はアングロ・サクソン系白人種、ラテン系白人種、黒人種、黄色人種が主導権を握っていた。それも数百年もの間。実際、G8やNEXT11にドイツ系企業は一社も無く、大統領の9割が非ゲルマン系民族出身者だった。そこへルドルフ・フォン・ゴールデンバウムというドイツ系移民が作り上げた帝国である。銀河帝国にあこがれるものは少なくなかった。また、それなりの資産家には爵位を与えるという政策もあいまって多くの資産と人間がルドルフの作り上げた銀河帝国へと移民した。そこで彼らは現実と理想の狭間に立たされるのだが、それはまたの機会に語るとしよう。
兎にも角にも、銀河帝国はおよそ30億の人口を手に入れた。その後の多産政策で人口を55億人まで増大させる。一方共和国は、少子高齢化による人口の自然減少で最盛期の五分の一まで人口が減った。もっとも、人口減少は正常な人口ピラミッドの再構築とつながり、やがては我が父ヤン・ウェンリーの政策と合間って第三の黄金期を迎えるのだから皮肉なものである。話がそれた、人口比の話であったな。当時も、現在のローエングラム王朝も、開拓中の新興国、自由惑星同盟も国力比、人口比率では我が国はかなわない。銀河共和国・銀河帝国ローエングラム王朝・自由惑星同盟=590・40・25であるからだ。ところで、何故銀河帝国でこれほどまでに人口が減少したのか、読者の諸君は不思議に思わないであろうか?それは我が父ヤン・ウェンリーも参加した史上最大の失敗の異名を持つアムリッツァ会戦に要因があるといわれている。・・・・・・・・・』


『通貨について

銀河帝国では帝国マルクが、共和国ではクレジットが使われている。代替交換比率は帝国マルク3対クレジット1である。これは銀河共和国のものを全て否定したルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの政策の結果である。特にゴールデンバウム王朝時代は帝国マルク6対クレジット1が基本だったのだから、ローエングラム王朝の成長ぶりと、共和国の企業家や投資家がどれだけ未開拓地域へと関心を高めているかの表れといえよう。
実際、銀河帝国と銀河共和国の講和が成立すると総合商社や貿易会社、開拓会社に運送会社の株は一気に値上げしている。なお、1クレジットは旧暦(西暦)の日本円に直すと1円にあたり、1、5、10、50、100、500クレジット硬貨と1000、2000、5000、1万クレジット札に分けられる。帝国マルクも同様に区分けするが、1帝国マルクは0.5円に相当する』

著者ヤン・ラン 銀河共和国シリウス大学歴史学部卒業論文、添削前より時の教授シャルロット・フィリス・キャゼルヌ氏が抜粋



『ラン、あまりお父さんを誉めるのは止めなさい。これは政治学の授業でもなければ士官学校のカリキュラムでもないのですからね。それにお父さんはあまり戦功を誇る人ではないでしょ?』byフレデリカ・G・ヤン





第二部 第二話 軋み





side ミッターマイヤー 宇宙暦798年、帝国暦488年10月10日



あれから約一年が過ぎ去った。

(エヴァはどうしているだろうか)

帰れない故郷に哀愁を漂わせる。

(そしてあの方とロイエンタール。二人は今何をしているのだろうか)

ミッターマイヤーはそう思いながらも疑念を感じずに入られなかった。
一週間前、将官専用の捕虜収容所から追出された時は銃殺刑かと思った。
それも当然だ、まるで最後の晩餐会のような豪勢なホテルの料亭で食事をさせられたのだから。
だが、一向に銃殺する気配は無い。

「これが捕虜への対応か?」

そして今もミッターマイヤーは銀河共和国第二首都星ハイネセンのニューハインセン・ホテルで食事をしていた。
それは地上30階建ての高級リゾートホテルであった。
ちなみに一般人のビジネスマンが泊まるならば月収の半分を覚悟しなければならないホテルである。

「やはり何かの罠か」

そう思うのも無理は無い。
普通ここまでの対応などしない。

(俺を懐柔するつもりだな?)

そうとしか考えられない。
そこへ二人の、恐らくラテン系の男と恐らくゲルマン系の男が入ってくる。
たしかあの階級将は少将と中将のはず。

(対立するゲルマン系で中将とは珍しいな)

「ウォルフガング・ミッターマイヤー中将ですね?」

確認の為の一言。

「そうだ」

ミッターマイヤーも返事をする。
どうせ向こうも分かっていてこちらを呼んだに違いない。

「小官はジャン・ロベール・ラップ少将。現在ヤン大統領の安全保障補佐官を担当しております」

(若い、俺と同い年くらいではないのか)

「それは光栄ですな」

嫌味。だが返答は予想だにしなかったものだ。

「小官個人としてはあまり光栄な職務とは思えませんがね」

それは政治に興味が無いと言っているのと同じこと。

「しかし、その若さであのヤン大統領の幕僚とは、うらやましい限りです」

ラップはその言葉を待っていたとばかりに繫げて来た。

「そのヤン大統領がお目にかかりたいと仰せです」

「!!!」

流石に驚いた。

「一介の捕虜である俺にか!?」

そうだ、一国の国家元首がただの捕虜に会うなど異例も異例だ。
それは向こうも感じているのだろう。
一瞬だが、口元がゆがむ。

「そうです」

肯定する目の前の男。

「内容は?」

そこまではラップも知らない。
知らない以上、こう答えるしかなかった。

「それは本人から直接お聞きになる方が宜しいかと思います」

逡巡の末、ミッターマイヤーはらしくなく迷い、決断した。
だが、まずは確認しなければならないことがある。

「部下たちの安全は保障されているのでしょうね?」

そこで例の官吏様な男が発言しだす。
正直言ってあまり関わりたくない部類の男だとミッターマイヤーは感じた。

「はい、閣下がYESと仰るならば」

「な!」

それは一種の恫喝。
ミッターマイヤーも強張る。

「小官の権限であなたとあなたの捕虜期間を延ばし更に抑留することも可能です」

しかし、その言葉は逆に捕虜交換が近付いているという意味でもある。
そして、このまるでドライアイスのようなこの男。

「失礼ながら、卿とは一度会っている気がするが、気のせいか?」

確認と同時に殺気を叩きつける。

「気のせい、でしょうな」

それを柳のように回避する男。
目が光った。
どうやら義眼らしい、それも帝国製の。
正直言って信用できない。だが、選択肢は無い。

「ならば卿の姓名を名乗って欲しいものだ」

「これは失礼しました、今年新たに発足した銀河共和国中央情報局、初代局長ポール・サー・オーベルト中将です。現在はその傍ら、ヤン大統領の情報補佐官を担当しております」

そして密約が交わされた。





side ノイエ・サンスーシ  帝国暦487年1月30日(約一年半前)



ノイエ・サンスーシでは2400万名もの捕虜を得て、敵艦隊を全て撃退したと言うことで久々の勝利にみな表情が明るかった。
もっとも実情を知ったエーレンベルク元帥やシュタインホフ元帥、リヒテンラーデ侯爵は顔が真っ青であったが。

「此度は勝ったか」

灰色の皇帝が余り感情を感じさせない声で言う。

「御意にございます」

確かに勝つには勝った。
もしも当初の予定通り、イゼルローン回廊付近で決戦を挑んだならばどんな犠牲がでたか、否、勝てたか分からない。

「国務尚書、これで異論はないな」

そうだ、異論などもう出せない。
何せあの金髪の小僧は勝ったのだから。
そして宇宙艦隊司令長官の交代も皇帝の意思。

「・・・・・・ハ」

「ではローエングラム伯を宇宙艦隊司令長官に任ずるとしよう」

そこでエーレンベルク元帥が動いた。

「陛下、恐れながら申し上げます」

「ん?」

「宮廷内での配慮を賜りたく存じ上げます」

フリードリヒ4世は心底不思議そうな顔で・・・・

「何故じゃ?」

と、尋ねた。
そこでリヒテンラーデが引き継ぐ。

「陛下の身の安全のためでございます」

「それはそれは・・・・フフフフフ」

含み笑いをもらす皇帝。

「笑い事ではありません。このたびの課税、必ずや災いを招きます」

それは宇宙艦隊再建計画を指していた。
本来であれば対象から外れるであろう大貴族を第一の対象にしたこのたびの臨時課税。
反発が無いはずが無い。ただでさえ、4個艦隊もの艦隊を無条件で提出されたのだ。

「それでリヒテンラーデ侯爵、卿はどうしたら良いと思うのじゃ?」

「ブラウンシュバイク公爵、リッテンハイム侯爵に格別のご配慮を願います」

ふと思い出したように戦況報告に来ていたエーレンベルク元帥を呼び出す。
リヒテンラーデは無視された格好になるが仕方が無い。
なにせ、相手は神聖不可侵の皇帝陛下だ。それに長い付き合いで慣れている。
・・・・・・・・・・遺憾ながらな

「ところで軍務尚書?」

「ハッ」

「先に軍費を提出したのはどちらじゃったかのう?わしはみての通り無能な老人に過ぎぬから物忘れが激しくてな」

エーレンベルク元帥は内心で、

(どこが無能ですか?)

と思いながらも質問に答えた。

「リッテンハイム侯爵であらせられます、付け加えるなら軍事費の総額もリッテンハイム侯が多く寄付されました」

そこで頬に手を当てて考えるフリードリヒ4世。
そして約3分の沈黙の後、発言した。

「では、リッテンハイムには公爵位を、ブラウンシュバイクには帝国直轄領土のひとつヴェスターラントをくれてやろう」

「・・・・・・・陛下」

リヒテンラーデは苦虫を何十匹もつぶした顔をする。
それを見て面白そうに笑う皇帝。

「ははは、まだあるのか?さしずめバランスが、と言いたいのであろう?」

それは核心を突いた言葉。
リヒテンラーデは我が意を得たとばかりに続ける。

「はい、リッテンハイム侯爵はそれで納得するかもしれませんが、ブラウンシュバイク公爵は納得するとは思えません」

またもや考えにふける皇帝フリードリヒ4世。

「ふーむ、ではエリザベートの誕生日会をこのノイエ・サンスーシで開くとしよう」

爆弾発言。

「それでは・・・・・エリザベート様を後継者に選ぶので?」

そうだ、いまや帝国の後継者はエリザベート、ザビーネ、ヨーゼフ2世の三人しかいない。
そのうちの一人を特別にノイエ・サンスーシで開くとなれば・・・・・・・

「いいや、その点は言明せん。ただ誕生日会を開くだけじゃ」

だがリヒテンラーデの想像は外れた。

「これでバランスは取れたであろう」

そしてリヒテンラーデは思う。

(たしかに、バランスは取れる。リッテンハイム侯爵は公爵へと階段を進めブラウンシュバイク公爵と名実ともに並ぶことになる)

(方や、ブラウンシュバイク公爵は自分の娘を皇位継承権争いから一歩リードしたことになる)

しかし彼はその危険性にたどり着いた。両雄並び立たず、という危険性。
しかもだ、自分たち宮廷貴族(閣僚)が今までの策を作り行ったと考えている。

(だが、危うい。これではわし等を君側の奸として帝国を二つに割る口実にもなるぞ)

そして固有の武力を持たないリヒテンラーデはすぐに失脚するだろう。
まあ、抵抗しなければ財産の半分の没収とリヒテンラーデ一族の社交界からの永久追放で済むであろうが。
問題は戦後。

(最悪なのはリッテンハイム・ブラウンシュバイク二党体制の確立)

(いや、それはありえん。どちらも同じ公爵で後継者問題が言明されていない以上、再び内乱になる)

最悪、二度にわたる内紛が起きる。
そうなれば圧倒的な国力を保有する共和国軍のことだ、今度こそ銀河帝国軍を叩き潰しに来るに違いない。

現にあれだけの損害を受け、こちらもあれだけの損害を出したのに奴らはまだ9個艦隊が健在で、しかも報告が正確なればレダ級、トリグラフ級という次世代戦闘艦に全て切り替えると聞く。
こちらは従来の旧式艦艇でしか再建ができないと言うのに、だ。

帝国領土への再度の侵攻。
内乱で疲弊した帝国軍を鎧袖一触する共和国軍。
オーディンに、ノイエ・サンスーシにはためく共和国の国旗。

(それを避けるには・・・・・あの金髪の小僧と手を組むしかない)

(彼奴の武力を持って両公爵を排除し、その後に奴を排除する。そしてヨーゼフ2世殿下を皇帝陛下へと奉り上げる)

(これしかない)

そうしてリヒテンラーデは決断した。

一方、健康の悪化を理由に宮廷への参入を拒否していたリッテンハイム侯爵が公爵位に叙せられると聞くと喜び勇み宮廷に登城。
これを聞いたブラウンシュバイク公爵は歯軋りするも、自分の娘の誕生日会がノイエ・サンスーシで開かれることに溜飲を下げることとなる。





side フェザーン 宇宙暦798年、帝国暦488年10月10日



ミッターマイヤーが密約に応じるよう仕向けられた頃、遠く離れたフェザーンでも共和国に対して謀略が展開されようとしていた。


「共和国の件はあれでよい」

ルビンスキーが頷く。
だが、ボルテックは浮かない顔だ。

「アーサー・リンチでしたか、先に帰国させてクーデターを起させる、本当によろしいのでしょうか?」

今まで忠実だった部下が始めて疑問を提示してきた。

(興味深いな)

ボルテックは言いにくそうだ。
仕方ないので、発言を促す。

「というと?」

「まずクーデター自体が成功するか疑問です。ここ1年で共和国の情報網は飛躍的に強化されてきました」

中央警察、軍情報部、地方警察、各地の警備艦隊情報局、はては女性士官の給仕ネットワークや男性士官の居酒屋ネットワークをも統合した一大組織が誕生していた。
その名前を『銀河共和国中央情報局』、通称RCIA(リシア)である。

「ふむ」

ルビンスキーもRCIAの噂は聞いている、というより実地で知っている。
送り込んだスパイの大半が捕縛されるかダブルスパイとかしている。
厄介極まりない組織だ。それを作り上げたオーベルトとヤン。

(侮れん。今までの共和国には無いパターンの人物らだ)

「それにこれは噂なのですが、軍部内部にクーデターを起す輩が存在する、という噂が実しやかに流れております」

意外な顔をするルビンスキー。
それに驚くはボルテック。

「・・・・・それは初耳だ。ボルテック補佐官、それは誰から聞いたのかね?」

彼は言いにくそうに話す。
こういうときの彼の口調は裏づけの証拠が無いことを指している。

「また聞きですが、バグダッシュ大佐からヘンスロー高等弁務官へ報告があり、この間の立食パーティで聞きだしました」

「そうか、また、バグダッシュか」

何度か聞いた名前。
だが、彼は小物だろう。大物は別にいる。

「はい、ですが単なる大佐がそのような行為をするとは思えません。やはりこれは・・・・」

ボルテックも同意見だ。

「ヤン・ウェンリーの謀略だと言いたいのだな」

「ですぎた真似かも知れませんが。このたびの計画、延期なさっては?」

一瞬考え、否定する。

「・・・・・いや、それは出来ん。あのお方が共和国の弱体化を望んでいるのだ」

そう、地球教という秘密結社がそれを望んでいる。
それだけ共和国で追い詰められている証拠といえよう。
やはりシリウスの執念は強い。一度火がついたら枯れ木のように燃え出した。
もはやDNAレベルの拒絶反応だろう。

(そういえば、教会で信者がサイオキシン麻薬を吸っているところが見つかったというニュースをハイネセン報道から聞いたな)

事実、サイオキシン麻薬摘発を名目に、地球教徒の逮捕者が続出している。
その逮捕者の中には無理やり中毒患者にさせられた女子供も含まれており、ヤン大統領の怒りを買った。

『サイオキシン麻薬製造、販売者を即刻逮捕せよ。
これは大統領の直接命令である。軍も憲兵を動員し、中央警察、地方警察を支援せよ。
必要とあらば軍事介入も辞さない』

そうして地球教徒の大半はフェザーンを経由して帝国領土へと逃げ込んでいた。
シリウスの反地球感情とあいまって地球は中央政府直轄領土になり、準州の資格と代議員資格は剥奪された。
これに賛同して喜び勇み地球教を捕らえるのに尽力した民間団体が、かつてフェザーンが網と根をを張っていた憂国騎士団なのだから、もう目も当てられない状況だ。

(よくもまあ、粛清されずに俺は生きているものだ)

ルビンスキーは本気でそう思う。RCIA登場以降、こんな事は日常茶万事だ。

いわば、クーデター計画はその地球側の復讐戦にあたる。
だから本音を言えばルビンスキーは乗り気ではなかった。
そう視線でボルテックを諭す。

「ですが・・・・・いえ、失礼しました」

ボルテックもあの方々、地球教幹部の命令と知り引き下がる。

「ボルテック、君の懸念は十分分かった。分かった上で対策を立てる、それで良いかね?」

「はい、自治領主閣下」





side ロイエンタール



ワーレン艦隊、ケスラー艦隊、ルッツ艦隊、ミュラー艦隊の計4個艦隊の大規模演習の査察を終えたその帰路。
ロイエンタールは思った。

(このままあの方についていく、それは俺が本当に目指している道なのか)

アムリッツァ会戦の後に感じた疑問。

(本当に俺の喉の渇きは癒されるのか)

それは彼にとっては深刻な疑問だった。

(本当はあの方と戦い、戦って充足感を得ることこそ俺の望みなのではないか)

思い起こされるは父親の言葉。
死んだ母の姿。

『生まれてこなければ良かったのだ』

それは彼の、オスカー・フォン・ロイエンタールの心に深く刺さったトラウマ。

(もしも生まれたことに意義があるとしたならば)

ロイエンタールは思う。自分の存在意義を。

(俺はそう何かを得るために生まれてきたはずだ)

それは長らく自分の中に燻ぶっていた疑問。

(ならばなんだ。俺の意義、俺の生。俺にとって満たされないこの渇きは)

それは慟哭か?それとも愚痴か?

「俺は何者なんだ?」

彼の独白は誰にも聞かれること無く空中に消えた。





side ヒルダ



「今日も元帥府への出向か、正直疲れるわね」

ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフはさすがに辟易していた。

「でもここで負けてはだめよ、ヒルダ」

自分に活を入れるヒルダ。
分かっているのだ、皇帝・リヒテンラーデ派と目されるマリーンドルフ伯爵家の危うさは。

「ここで負けたら全てが無駄になってしまう」

あの金髪の若者に全てを賭けた。マリーンドルフ伯爵家の未来も、そして自分自身の未来も。

「ブラウンシュバイク、リッテンハイム両公爵が良からぬ行動にでたと聞くし」

ブラウンシュバイク公爵の私邸、リップシュッタトの森である密約が交わされたことは貴族階級の常識だ。
それは反皇帝同盟とでも言うべきものであった。
帝国は、共和国ほどではないが、先年生じた帝国領土侵攻作戦の損害からある程度回復しており貴族領土に11個艦隊、帝国宇宙軍正規艦隊に10個艦隊が並ぶ。

ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥指揮下の下

ラインハルト・フォン・ローエングラム直卒のローエングラム艦隊

オスカー・フォン・ロイエンタール大将のロイエンタール艦隊

ウォルフガング・ミッターマイヤー中将のミッターマイヤー艦隊(バイエルライン少将が代理として運用)

コルネリアス・ルッツ中将のルッツ艦隊

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将のワーレン艦隊

ウルリッヒ・ケスラー中将のケスラー艦隊

エルネスト・メックリンガー中将のメックリンガー艦隊

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将のビッテンフェルト艦隊

ナイトハルト・ミュラー中将のミュラー艦隊

そしてジークフリード・キルヒアイス上級大将のキルヒアイス艦隊

の合計10個艦隊が再建された。
貴族たちの資産を大幅に削りだして。たとえば親皇帝派のマリーンドルフ伯爵家でさえ資産の四分の一を提供させられた。
伯爵以上は国家緊急の時を名目に、半分近い財産を没収されたと聞く。
これで怒らないほうがどうかしている。

「かたや共和国軍も戦力の再編成を完了させたらしいし」

それは事実だった。もっとも大部分の貴族たちはそれを共和国側の偽電と信じ込んでいた。
いや、信じたがっていたが。

「共和国側では私たちとは異なり、艦隊は第2、第5、第8、第10、第12、第13、第14、第15、第16、第17艦隊がそれぞれ2万隻、それも従来艦を凌駕するレダ級巡洋艦、トリグラフ級艦隊旗艦、更にはかつての艦隊旗艦アキレウス級を増産して全ての分艦隊旗艦にしたと聞く。そしてフェザーン方面の要塞建設。」

それはヤン・ウェンリーの公約だった。
そしてそれを一年でやり遂げた共和国の圧倒的なまでの生産力。
もっとも、ハードの面にソフトの面がついていっていないのが現状で、彼個人の思惑もあって再度の侵攻をするつもりは無かったのだが。
イルミナーティとの約束を守る形になった。

そうも言ってられないのが帝国側の事情。
帝国は一年かけて、貴族の私軍・正規軍をかけて従来の1万2千隻を1万隻にすることでなんとか乗り切った。

「うらやましい限りの物量だわ。こちらは従来の艦艇で戦闘力が劣り、いくつかの例外を除けば、編成も一個艦隊は1万隻丁度。もしも再度の侵攻があったら・・・・・とめられない」

「それにそれだけの軍備増強を行いながらも国庫にはそれほど負担になっていない。こちらが国庫の割合に占める軍事費が半分に達しようかというのに」

ヒルダの苦悩は続く。




そして捕虜交換式を迎える。



[22236] 第二部 第三話 捕虜交換
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/01 20:03
『これは・・・・・・』

(まさかこの男が!?)

『はじめまして、ウォルフガング・ミッターマイヤー提督』

『ではやはりあなたが?』

『そうです、私がヤン・ウェンリーです』

『ヤン提督、いや、ヤン大統領とお呼びすれば良いのですかな?』

『どうも大統領と呼ばれるのにまだ慣れていなくて・・・・・銀河帝国の方ですしヤン提督でもかまいませんよ』

(これが魔術師ヤンか)

(どこにでもいそうな風貌の男ではないか)

『それで私に何を求めておいでですか?』

『何、ローエングラム伯への親書と共和国とローエングラム王朝の未来についてのお話を持ち帰って欲しいだけです』

(!)

『どういうことです?』

(なんだ、この男は。)

『なーに、簡単なことです』

『銀河帝国ゴールデンバウム王朝を滅ぼしていただきたい、そう言っているのです』

『それは・・・・・不敬罪ですな』

『本心からそう思いですか、ミッターマイヤー提督?』

『ここには私とあなたしかいません。そして共和国の中心地帯のひとつ』

『盗聴の類は無い、それは保障します』

『本音を話してくれても良いのではないですか?』

『・・・・・・・・』

『・・・・・・・・』

『・・・・・・・・』

『・・・・・・・・』

『具体的にはどうしろと?ヤン元帥?』

『まずは大貴族の暴発。これは簡単でしょう』

『どうしてそう言い切れるのですかな?』

『ミッターマイヤー提督はご存知ないかもしれませんが、今現在皇帝は貴族たちに疎まれています』

『そしてそれを我々が加速させました。軍備増強に名を借りて、貴族から資産を返上させました』

(あの軍事拡大政策にはそんな裏が!!)

『誰だって増税は嫌いです、ましてそれが今まで対象外であった大貴族ならね』

『そう言われればそうかもしれない、だが肝心な点を抜けている』

『何でしょうか?』

『ヤン元帥、先年のような大規模侵攻にその軍事力を使わないと確約できるのか?』

『できます』

『理由を聞いても良いかな?』

『笑われるかもしれませんが、家族を死なせたくない、それが理由です』

(これが魔術師の正体か)

『だが、それだけでは公的な約束にならない。何か公的なものを』

『だから、あなたを先に返すのですよ、ミッターマイヤー提督』

(!?)

『そしてローエングラム伯爵に親書を渡していただきたい。交渉はそれからです』

『もしも渡さなかったら、あるいは皇帝に直接渡したりしたらどうするおつもりですか?』

『そのときはローエングラム伯も終わりです。万一彼以外の人間が見れば彼が簒奪をたくらむ証拠になりますし、見せなくても構いません。
それにです、どうせ武力侵攻するならばあと3年待って行ったほうが確実ですから。
今度は2万隻の艦艇を伴ったそれぞれ18個の艦隊が銀河帝国帝都オーディンを直接武力制圧するだけです』

(・・・・・・・エヴァ)

『もっとも、私としてはそんな無駄な犠牲を出すことをしたくない』

『だから、か?』

『ええ、だからです』

『敢えて言わせてもらいます、ミッターマイヤー提督、私はこれ以上の犠牲を望んでいない。だから貴方に手伝っていただきたいのです』

『永遠ならざる平和のために』

『・・・・・永遠ならざる平和、ですか』





第二部 第三話 捕虜交換





side ラインハルト 帝国暦 489年 11月2日 宇宙艦隊司令長官室



そこには三人の人物がいた。一人は金髪の青年。一人は赤毛の青年。
二人は向かい合って座っている。その赤毛の後ろにもう一人の人物が後ろに腕を組み立っていた。
ミッターマイヤー釈放される、その報告はフェザーンを経由し、統帥本部長からラインハルトの下へともたらされた。
それはラインハルトにとって意外な報告でもあった。

「何、捕虜帰還の先遣隊としてミッターマイヤーが帰ってくる?」

確認するラインハルト。

「はい、フェザーンのレムシャイド伯高等弁務官に共和国のヘンスロー高等弁務官が直接伝えた模様です」

キルヒアイスが返答する。
シュタインホフ元帥から直接聞いたのだから恐らく間違いは無いだろう。

「その証拠は?」

まだ信じられない。
こちらから譲歩すると思っていたのが、逆に先手を取られたような気分で気色が悪かった。

「既にイゼルローン要塞から我が軍の、恐らく鹵獲艦ですね、その補給艦がオーディンに向けて出発しております」

「人数は?」

重要なこと聞く。

「ミッターマイヤー提督を含めましておよそ1000人かと」

思ったより少ない。それに1000人ならばすぐに尋問できる。
ならば。

「洗いざらい探さねばならんな、特にフェザーンルートを」

そこで話を聞いていた一人の女性が手を挙げる。
ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。
この部屋にいる3人目だ。

「ヒルダ?」

一礼して自分の考えを述べる。

「ローエングラム伯はミッターマイヤー提督を中心とした艦隊に工作員が紛れ込んでいるのではないかと心配なのでしょう?」

「そのとおりです、フロイライン」

相槌を入れるキルヒアイス。

「ですが、私の予想は異なります。もしも工作員を紛れ込ませるなら1000人と言う少人数にはしないでしょう。むしろ本陣である250万人の中に紛れ込ませるのが普通のはず」

250万人の捕虜。
それは捕虜変換の事前交渉で銀河帝国が確認した人数だった。
そして2000万人の共和国軍捕虜。本来ならば農奴階級に落としてやりたかった。
だがヤン・ウェンリーがこれ見よがしに艦隊を使い、けん制し、この一年半の間、捕虜として扱わざるえなかった。
そんな現実の中でたったの1000人。工作員を紛れ込ませるには囮が少なすぎる。

「だから、これは本物だと?」

ヒルダは続けた。

「はい、キルヒアイス提督。それにキルヒアイス提督やローエングラム伯の思っている事態の起きる可能性は低いと思います」

それは面白い発想だ。
そう、ラインハルトの目が言っていた。

「ほう?」

「まず、ヤン大統領の人となりです。彼は大統領選挙の公約で防衛を宣言しています」

それはフェザーン経由で散々に聞いた。
というよりも、防衛重視だからこそ当選したといってよい。

「共和国は帝国と違って、その選挙公約とやらを重要視すると聞きます」

(そこが良くわからないのだけれどね)

ヒルダは内心の疑問を押し殺し話を進める。

「また、先年のアムリッテァ会戦の損害から回復したとはいえ、質の面ではどうでしょうか?」

そうだ、優秀な将兵は一日でできるものではない。
できれば何年もかけて育てたい。
それが分かっているのは前線指揮官だったヤン・ウェンリーその人のはずだ。

「依然第3艦隊をはじめとする一ケタ台の艦隊の再建を済ませておりません」

そこでキルヒアイスが納得する。

「なるほど、その状況で魔術師の異名を持つあの人物が先年のような無謀な侵攻作戦に出るはずは無い、そう仰りたいのですね?」

「はい」

「もしも、破壊工作なり撹乱工作に出るのは今しばらく後かと。でなければ1000人という中途半端な数を送ったりしません」

「もしも私がヤン・ウェンリーの立場で破壊工作を完遂しようとするならば、もっと大掛かりなダミーを紛れ込ませてから行います。」

ヒルダは我が意を得たとばかりに顔を綻ばせて頷いた。
そしてキルヒアイスも。

「ラインハルト様、自分も今のフロイラインと同意見です。ここは様子見になっては如何でしょうか?」

そしてキルヒアイスらしい言動が続く。

「それにラインハルト様、せっかく帰還する我が軍の将兵たちです。我々が暖かく迎えなくてどうするというのですか」

それを聞いてラインハルトも決断した。

「二人がそういうならばそうしよう、それにミッターマイヤーが何か知っていそうな気がするのでな」

それは英雄としての直感か。

「性には合わぬが、サーブ権はあちらにある。まずは様子を見よう」

「それが賢明かと」

ヒルダが無言で頷き、キルヒアイスが同意した。





side エヴァンゼリン・ミッターマイヤー



一年半ぶりの我が家は変わっていなかった。夫が帰ってきたことを除けば。
私は最初は驚き、次に泣き出し、彼の胸の中に飛び込んでいった。
義父と義母も、特に義母と私は人目を憚らず泣く。

「ウォルフ、もう戦場には行かないで欲しいの」

「そういうと思ったよ、エヴァ」

夕食の最中だった。
エヴァンゼリン・ミッターマイヤーがこうもはっきりと意見を述べたのは。

「だが・・・・行かぬばなるまい」

夫の覚悟は知っていた。
だけれども、止めたかった。

「・・・・・・どうしてもですか?」

夫は頷く。

「ああ、どうしてもだ。俺たちの最後の戦いに行かぬ場ならない」

「最後?」

夫は私の言葉に慌てて前言を撤回した。

「あ、いや、言葉のあやだ。気にしないでくれ」





side 元帥府



驚いたことに元帥府の執務室には3人いた。
いや、キルヒアイス中将、ああ、上級大将か、は想定の範囲内だ。
だがフロイライン・マリーンドルフがいたのは想定外だ。

「よく帰ってきてくれたミッターマイヤー大将」

金髪の主君が笑顔で迎える。
明らかに変わった気がする。それも好ましい方向へ。
そして気になる言葉。聞き間違いか?

「大将?私は中将ですが?」

だがミッターマイヤーの聞き間違いではなかった
首を横に振る金髪の若き獅子。

「いや、ちがう。卿はあの劣勢下で必死に艦隊を纏め上げた。その功績を称え大将へと昇進させる」

そうだが、結局は捕虜になる醜態をさらした。
それで昇進というのは気が重い。

「しかし」

そこで閣下は語った。
かつてアムリッツァで語ったのと同じ事を。

「ミッターマイヤー、卿には悪いことをしたと思っている。これは私の贖罪でもあるのだ。」

そこで傍らのキルヒアイス提督も援護する。

「そうです、ミッターマイヤー提督、どうかローエングラム伯の贖罪を受けてください」

さらにはフロイライン・マリーンドルフも。

「私からもお願い申し上げます、ミッターマイヤー提督」

「キルヒアイス提督、フロイライン・マリーンドルフ」

そして訪れる沈黙。

「・・・・・・・」

沈黙の後、ミッターマイヤーが口を開いた。
そうだ、やはり自分の主君はこの方だ。失敗を失敗と認められるからこそ仕える価値がある。

「分かりました。敵軍の捕虜になると言う失敗をした自分をそこまで買って頂けれるのでしたら幸いです。
これからもローエングラム伯の為に全力で軍務に当たらせてもらう所存でございます」

「うむ」

頷くローエングラム伯。
そこで懸念の例の親書をハンドバックに入れてある取り出そうとした。

「ところでローエングラム伯、ひとつお渡ししたいものがあるのですが・・・・・」

ラインハルトが確認する。

「私にか?」

「はい、銀河共和国で得た知己の者からどうしても伯に渡して欲しいと頼まれまして」

銀河共和国の知己。
とても興味がわく言葉だ。

「ほう、それは嬉しいことだ。キルヒアイスとヒルダも居てよいのかな?」

彼は安堵して続けた。
やはり、良い主君に恵まれたと信じて。

「むしろ居てくれたほうが助かります」

肯定の返事。

「ほう。それはますます興味深いな。で、知己になった者の名前は?」

一呼吸おいて喋る。

「銀河共和国大統領ヤン・ウェンリーです、閣下。あの魔術師ヤンからの親書です」

流石の3人も驚いた。

「「「!!!」」」

そして約1分の思考の後、ラインハルトはヒルダとミッターマイヤーに命じた。

「すまないが、キルヒアイスと二人だけで読ませてくれ、すぐに呼ぶから隣室に待機してもらえないか?」

「「御意」」

二人が退室するのを見計らって話し出す二人。
まずはキルヒアイスから口を開いた。

「やはり・・・・なにかしらのアプローチをしてくるとは思いましたが、まさかここまで大胆とは思いもしませんでした」

それを聞いてラインハルトはもう二年も前になる帝国暦487年の1月を思い出す。
あのアスターテ会戦での自分の言葉を。

「そうかな、キルヒアイス。アスターテでのあやつと俺のやり取りもかなり大胆だったぞ」

苦笑いするキルヒアイス。
二人だけの秘密だ、他の者に知れたら最悪口を封じなければならない。

「で、なんと書いてあるのですか」

「まあ、そんなに慌てるな」

それから数分後。

「なるほどな、ヤンは休戦、いや、講和と通商条約締結を望んでいるらしい」

「ラインハルト様にとっては願ったり叶ったりですね」

それはラインハルトの打倒ゴールデンバウム王朝の夢と合致する。

「ああ、俺としても銀河を統一するなんて夢は見ちゃいない」

もしかしてヤン・ウェンリーはそこまで考えてこの親書を書いてきたのではないだろうか?
ありうる話だ。もしもそうならばアムリッツァの時点で俺の考えを見破っていたことになる。
途端に体が一瞬震えた。武者震いと思いたい。
だが、得体の知れないそれを追い払うことができなかった。
そこまで考えた可能性はきわめて高い。でなければ危険を冒してミッターマイヤーを捕縛するか?
そんなラインハルトの思考を引き戻したものがいる。キルヒアイスだ。

「現実的にゴールデンバウム王朝の、いえ、銀河帝国の国力では不可能ですから」

国力比は10対1、圧倒的に共和国が上だ。現に共和国は全艦隊を約倍の2万隻体制にしながらフェザーン方面に要塞を建設している。
そして、それを妨害するすべは無い。
さらにいうならば、帝国軍が貯金を切り崩しているのに、共和国軍は月収だけで対等以上の優位さを持っている、そんな感じだ。

「その上でこの申し出か。ヤン・ウェンリーと言う男、案外指導者に向いているのやもしれんな」

それでも軍事偏ることなく、民需を活性化させて、軍需への依存を減らし、国内辺境部分の開拓に全力を尽くしていると聞く。
よほどまともな、いや、恐らく史上まれに見る偉大な指導者へとなるであろう。

「で、どうしますか?この申し出をどう返答しますか?」

ラインハルトの答えは決まっていた。

「キルヒアイス、お前が直接イゼルローンに捕虜たちと共に赴き、魔術師ヤンと面会してきてくれないか」

即座にラインハルトの思考を読み取るキルヒアイス。
親友の名前は伊達ではない。

「その間に、ラインハルト様は国内をお固めになる、そういうわけですね?」

「そうだ、分身のお前が行ってくれればこれほど心強いことは無い」

そこまで言われては行くしかないだろう。
もっとも、断るつもりも無いが。

「わかりました、その点は十分にお頼り下さい」

「では、二人を呼び戻そうか」

そうして二人に方針を告げた。



side ロイエンタール私邸



ヘテロクロミアの親友が迎える。

「久しいな、ミッターマイヤー」

それに答える疾風ウォルフ。

「ああ、久しぶりだなロイエンタール」

「まさか卿が捕虜になるとは思いもしなかったぞ」

思わず苦笑いをする。
まあ、絶対に話題に上ると確信していたが。

「それを言うな。卿だって同じ目にあったかもしれんのだから」

確かにあの戦況ではそうだ。
たまたま右翼が狙われる状況を作り出されただけで、左翼の可能性も十分にあった。

「ふん」

「で、ミッターマイヤー、今日の酒のつまみは何だ?」

「まさかウィンナーとビールだけではあるまいな?」

念を押すロイエンタール。

「ああ、実はな」

(こいつになら言っても良いだろう)

そうして元帥府での出来事を話した。
ヤンと自分が知り合ったこと。
共和国が和平を望んでいること。
私見だが、それにはゴールデンバウム王朝の打倒が不可欠であること。

そして二人はこれからの未来を酒の肴に酔った。

「おっと、いかん。こんな時間か」

時計は夜の10時を回っていた。
もう5時間も飲み続けたことになる。

「奥方の下へ帰るのか?羨ましい事だ」

ロイエンタールが皮肉を言う。
それを笑って受け流すミッターマイヤー。

「せいぜい愛するさ」

「ふん」

そしてミッターマイヤーはロイエンタール邸を後にした。

そんな中、ロイエンタールは。

「ゴールデンバウム王朝打倒、銀河共和国との講和」

(それで俺の気は晴れるのか?)

(それが望みか、オスカー・フォン・ロイエンタール!!)

彼の魂の叫びは親友には届かない。





side ヤン



「いやあ、久しぶりだね。ここに来るのもさ」

ヤンが懐かしそうに、いや本当に懐かしく思えるのだろう。

「ヤン先輩」

可愛い後輩が、いまやイゼルローン要塞方面軍司令官のダスティ・アッテンボローが出迎える。

「お久しぶりですヤン大統領閣下!」

と、突然、オリビエ・ポプラン中佐が敬礼していた。
その後ろにはイワン・コーネフ中佐が同じく敬礼している。

「ポプラン中佐」

ふと見ると、ポプランのスカーフはちゃんと首に巻かれている。
思わず笑ってしまうヤン。

「らしくないことはしなくていいよ?」

「いや、ヤン提督、こいつはちょっとした罰ゲームなんです」

そこでコーネフが説明した。
曰く、もしもヤン提督が政治の世界なんていうろくでもない世界に自分から飛び込んだら、自分も規律と言うろくでもない世界に飛び込んでやる、と。

「それはそれは、ご愁傷様だね」

ヤンは人事のように言うとかつての司令官席に戻ってきた。

(ここに座ったのは数える程しかないのに・・・・なんなんだろう、この懐かしさは)

後方にはSPへと抜擢されたルイ・マシュンゴ伍長、ライナー・ブルームハルト少佐ら30名、そしてSP指揮官のワルター・フォン・シェーンコップ中将がくる。

「大統領閣下、まもなく捕虜交換式です」

ファーストレディのフレデリカがスクリーンを映し出す。

そこには赤い艦隊旗艦戦艦、諜報部の情報によるとキルヒアイス艦隊旗艦『バルバッロサ』、が映し出され、今入港した。
そして接舷する。
赤毛の青年提督が参謀二人を連れてエスカレーターと共に降りてくる。

「いやはや、どうやら本物のようだ」

アッテンボローの安堵したため息が聞こえた。

「どういう意味です、アッテンボロー提督?」

カスパー・リンツ第二代要塞守備隊司令官が聞き返す。

「いやぁね、爆弾でも積んでるじゃないかと思ってさ。」

それに答えたのはヤンだった。

「そんな無意味な真似はしないさ、あのローエングラム伯ならね」

「第一今イゼルローンを取り戻してもデメリットが大きすぎる」

そしてヤンは時間の許す限り説明した。

「一つは共和国の国民感情。これで騙し討ちを食らったらいくらアムリッツァの敗戦があるとはいえ黙っているとは思えないし、押さえ切れる自信も無い」

「一つは国内対策。ただでさえ、万全とは言いがたいローエングラム陣営の戦力を分散させることになる」

「一つは国力比。ここでイゼルローンを落とされれば我が国はなりふり構わぬ戦力増強に走るだろう。それは恐らく私の力だけでは避けられない」

(だから、あの親書が役に立つんだが・・・・とどいただろうか)

「閣下。お時間です、式典の方へお向かい下さい」

フレデリカの声で説明を中断するヤン。
そして式典上へ向かう。
式典は順調に進んだ。

「ヤン大統領閣下、形式と言うのは必要かもしれませんが、ばかばかしいものでもありますね」

「いや、同感ですね、キルヒアイス提督」

二人のサインがそれぞれの公式文章に記入された。
こうして帝国は250万名、共和国は戦死者・帰国拒否者・行方不明者をのぞく2000万名もの捕虜を交換した。

そしてキルヒアイスが切り出した。

「ヤン大統領、どうです、折角の縁ですので紅茶の一杯でも奢らせてもらえませんか?」




それは、歴史の変換点であったと後世の歴史家は記述する。

宇宙暦799年、帝国暦490年2月1日、歴史は新たなる流れを見せだす。



[22236] 第二部 第四話 会談
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/02 12:34
注意、少し大人描写がはいります。読む前にそういった事に嫌悪感を感じる方は読まないことをお勧めします。PG12です。
まずければ削除します。では第四話をご覧下さい。


『帝国との架け橋と謀略

きっかけは何だったのだろうか?ポール・サー・オーベルト中将は帝国を憎んでいた。それは確かだ。恐らく共和国の中で誰よりも何よりも憎んでいたにちがいない。もしもの過程の話であるが、ヤン・ウェンリーとラインハルト・フォン・ローエングラムが生まれた場所が逆であったならばどうであろうか?そして国力比が逆転していたとしたら?これは著者の創造に過ぎないが、ラインハルト・フォン・ローエングラムという傑物の英雄を利用して、その持てる国力の全てを帝国打倒に費やした筈だ。そう、私は考える。その証拠に後年見つかったおそらくオーベルト、いやパウル・フォン・オーベルシュタインの日記がある。状況証拠でしかないその日記には彼の愚痴とも言うべきものが書かれていた。以下それを抜粋したい

『これは予想外のことだ、私のシャトルを回収したのがかのアスターテの英雄の艦隊とは。
これでは帝国でラインハルト・フォン・ミューゼルと面識を持った意味がないではないか』

『ヤン・ウェンリー、あの金髪の若者以上に底が知れない。まさか自分がこのような感情を抱くときが来るとは』

『自身の名前を捨て、新たなる人生を歩む、いや歩まざるを得ないとはな。私も焼きが回ったものだ』

『ヤン・ウェンリーがここまで政治的才覚をもち、自分の予想をことごとく当ててくるとは・・・・やはり一筋縄ではいかぬな』

『此度の件は、ヤン大統領の発案だった。どうやら私に毒されてきたらしい、結構な事だ』

『地球教徒への苛烈なまでの弾圧、政策としては正しい。国民を守ると言う公約にも合致する、そして厄介者を帝国へと送り出すという事も』

『何故、直接武力侵攻をしないのか、それを問いただしたら一言返ってきた。簡単さ、私がしたくないからさ、と』

お分かりいただけただろうか、特に最後に抜粋した文にポール・サー・オーベルト、いや、パウル・フォン・オーベルシュタインの本音が有ったものと思われる。ここからはオーベルシュタインに統一するが、彼は共和国が武力侵攻しないことに不満を持っていた。当然だろう、彼の目的は銀河帝国ゴールデンバウム王朝に滅亡であって、銀河共和国の繁栄ではなかった。だが、結果的に銀河共和国第3の黄金期を作り出した陰の功労者としてその名前を残す。それが彼の心代わりなのか、それともヤン・ウェンリーの対人関係の操り方の妙だったのかは戦後半世紀たった今でも論議されている。唯一つ言えることは、ヤン・ウェンリーがいたからこそ、銀河は三つの国家の共存繁栄を迎えられたし、オーベルシュタインがいたからこそ、ゴールデンバウム王朝はあれ程までにもろくも崩れ去ったのであり、そのオーベルシュタインをヤン大統領が御しえたからこそ、銀河共和国は銀河帝国併呑という悪夢を乗り越えられたものと私は考える』

新帝国暦52年 6月5日 ジークフリード・キルヒアイス元帥兼銀河帝国ローエングラム王朝副帝



『勇戦むなしく敵中に捕らわれた我が軍の将兵たちよ、私宇宙艦隊司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラムは卿らが捕虜になったことを責めるべき愚劣なるなる風習を断固として排除すると確約する。卿らに恥じるべきは何物も無い。真に恥じるべきは勇戦虚しく敵中に卿らを置き去りにした卑劣で無能なかつての軍司令部にある。卿らの善戦は万人が認めていることである。そしてこのラインハルト・フォン・ローエングラムも卿らに感謝ししつつ詫びねばならない。我が英雄、我が戦友諸君。卿らは胸を張って帰国せよ。しかるのち全将兵に一時金と特別休暇を与える。そして自らの意思で軍務に復帰するものは自らの意思で名乗り出て欲しい。そして最後に人道と軍規に基づいて捕虜交換に応じてくれた銀河共和国政府ヤン・ウェンリー大統領に感謝の意を表したい。
宇宙艦隊司令長官、ラインハルト・フォン・ローエングラム』

こうしてラインハルト・フォン・ローエングラムは脱落者20万名を除いた230万名の精兵を得て、銀河帝国軍内部の地位を各個たるもにした。



『まずは帰還する全将兵に謝らせてもらいたい。すまなかった。私たちの戦略上のミスで君たちを帝国本土に置き去りにしてしまって大変申し訳なく思う。かの銀河帝国宇宙艦隊司令長官の言葉ではないが全ての責任は私たち軍上層部にある。だから、約束しよう。二度と、少なくとも私の在任期間中は帝国からの攻撃が無い限り、二度と諸君らを最前線に立たせるような真似をしない、と。私は演説下手だ。ここで気の利いたことを言えば諸君らの、いや、あなた方の心を掴むのかもしれない。だが、私にはそれは出来ない。私にできるのはあなたがた全員に特別休暇を与えることと一時金を与えること、そして、退役志望者を全員退役させてあげることだけだ。英雄諸君、という言い方はもしかしたらあなた方の耳に一番残る嫌な言葉かもしれない。だから最後に言わせてもらう、本当にすまなかった』

イゼルローン要塞にて、ヤン大統領の謝罪演説より抜粋。この後、将兵1400万名が軍に残留を希望する。
そして今までの司令官や政治家とは違うとして個人的にヤン大統領を崇拝する切っ掛けとなるのだが、この時点ではヤン・ウェンリーはその事を知らない。



第四話 会談



side ヤン 宇宙暦799年、帝国暦490年2月1日 イゼルローン要塞特別応接室



お互いのボディチェックを済ませてイゼルローンの応接室に入る。
ここは帝国時代からの芸術品がこれでもかというくらいバランスよく、豪華に飾られていた。
あまり二人の趣味には合わないものだ。
だが、キルヒアイスが言った様に形式というのは大切だ。
それが全権大使とでもいうべき人物と、共和国大統領の会談では下手な部屋は使えない。
そこで念のために、と、取って置かれた銀河帝国時代のそのままに残したこの特別応接室だ。

「はじめまして、ヤン・ウェンリー大統領閣下」

キルヒアイスが挨拶をする。

「ええ、はじめまして。ジークフリード・キルヒアイス上級大将」

ヤンも返す。

「キルヒアイス、で結構ですよ?」

苦笑いしながらキルヒアイスが訂正を求めてきた。

「ならば私もヤン提督で構いません。そちらの方がしっくりくるでしょう?」

ヤンも自身が大統領閣下と呼ばれて日が浅いため、昔の名称で呼ぶよう頼む。

「確かにそうですね」

キルヒアイスが笑った。

(感じの良い好青年だな)

「それでヤン提督、あなたは何をお望みですか?」

ヤンは内心先手を取られたと思いながら。

「私の望み、ですか?」

「ええ」

それでもキルヒアイスには本心を打ち明けることにした。
この若者ならば信じられる、そうヤンの直感を信じて。

「私の望みはたかが知れています」

「と、言いますと?」

「今後数十年の平和です」

「数十年の平和、恒久平和ではなく、ですか?」

「そうです」

「理由をお聞かせ願いませんか?」

「これは私見もは入っているので一概には言えませんがそれでもよろしいですか、キルヒアイス提督?」

無言で頷くキルヒアイス。

「私は政治家志望ではなく、まして軍人志望でもありませんでした」

それはヤンの願望。
これにはキルヒアイスも若干驚いた。
てっきり野心溢れて軍人の道を歩んできたのだと思っていたのだから。

「それが何の因果か軍人になり、30歳で軍の最高位、元帥まで昇りつめ31歳で大統領になりました」

それはヤンの本心。
本当は歴史学者として歴史を紐解く人生を歩みたかった。
それが何の因果か、自分が紐解かれる人生を歩むなんて。

「ですが、私の心は変わっていません」

「それは平和です」

言い切るヤン。
そしてそれは銀河帝国への領土的野心が無い表れであった。

「知っていますか、キルヒアイス提督?人類には恒久的な平和なんて一度も無かったことを」

キルヒアイスに疑問を、まるで友人のように投げかけるヤン。

「ええ、それは歴史を知る者の常識ですね」

ヤンは我が意を得たとばかりに続ける。

「はい、その通りです」

「それでも平和で十分豊かな時代は存在しました」

思い出されるのは第二次世界大戦終結後の日本、西欧諸国。
そして地球統一政権発足時の地球政権時代。
シリウス暦時代の銀河共和国に、アーレ・ハイネセンが作った第二の黄金期。

それをヤンはキルヒアイスに語った。
まるで歴史学を教える先生のように。
そしてキルヒアイスも不可解なことにそれを不快に思わなかった。むしろ好ましいと思えた。

「ようするに、私が求めているのはそういった時代の再現なのです」

「それはもしかしたら15年程度の平和で終わってしまうかもしれません」

ヤンの顔が一瞬歪んだ。

「ですが、その15年はこの150年の戦争に勝ること幾万倍だと私は思うのです」

そしてキルヒアイスの目を見る。

「だから、こうしてあなたとお話しているのです」

「・・・・・よく、分かります」

「そして、頼みがあります」

突如、ヤンが話題を変えた。
ご丁寧に一国の国家元首が頭を下げて。

「?」

「あなたに架け橋になってもらいたい。新たに成立するであろうローエングラム王朝と銀河共和国との架け橋に」

それは静かな、だが、キルヒアイスの退路を断つ言葉でもあった。
キルヒアイスは一瞬手に持っていた紅茶のカップを止めた。
そして聞きなおす

「まるで私たちが簒奪を企んでいるかのようなお話ですね、ヤン提督」

「そうですね、キルヒアイス提督」

しばしの沈黙。
さきに口を開いたのはキルヒアイスの方だった。

「・・・・・・ごまかしても仕方ありませんね、誰から聞きました?」

ヤンもごまかしは特にならないと悟った。

「パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐、覚えがありませんか」

その名前は聞き覚えがあった。
アスターテ会戦出発前夜のこと。

『ジークフリード・キルヒアイス大佐ですね』

『そうですが、失礼ながらあなたは?』

『私の名前はパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐』

『なるほど、卿の上官たるミューゼル中将は良い覇気に恵まれているようだ』

『それはありがたい言葉です、ところで所用を思い出しました。失礼させてもらってよろしいですか?』

『ええ、中将閣下とあなたの覇業が達成されるのを心より期待しております』

あの時は薄気味悪さを覚えて自分から去っていった。
そして今、再び聞く名前。

「ええ、存じております」

全て繋がった。
あの男は妙に帝国軍の、いや銀河帝国の内情に詳しかった。

「彼からの情報です」

「・・・・・・」

キルヒアイスは沈黙する。
あの男がいると分かれば迂闊な事は言えない。
だが、この男、ヤンの本心も聞けた。

『戦争の終結』
それは万人にとって幸せなことではないのか?

キルヒアイスはしばしの間、自問自答する。
そして、ヤンが動いた。

「キルヒアイス提督、これを」

差し出されたのは一枚のマイクロディスク。

「これは?」

「大統領府への直接通話回線です」

「!」

キルヒアイスは驚く。
何故ならそれは暗号の一部を渡した事を意味し、ある意味で売国的な行為だからだ。
もっとも共和国は定期的に(通常の大統領選挙の年、つまり5の倍数の年)変更しているのでキルヒアイスが思うほど重要視されてない。
付け加えるならば、アムリッツァで多数の艦艇、後方要員を失ったので暗号の書き換え急務と言う裏事情もある。

「そんなに驚かれると・・・・困りますね」

頭をかくヤン。
だが、それとは裏腹に目は笑ってない。

「いいでしょう」

キルヒアイスが言った。

「いいんですか?」

キルヒアイスが決断した。

「私の責任を持って銀河帝国は抑えます。ラインハルト様にもそうするようお頼みします」

「ですから、ヤン提督もヤン提督の責任を持って銀河共和国内部を抑えてください」

頷くヤン。
ちょうど見計らったようにオーベルト中将から連絡が入る
音声のみで受信するヤン。

『閣下、捕虜の交換の実務手続き、キャゼルヌ中将の下終了しました』

それを聞いて立ち上がるヤン。
そしてキルヒアイスに手を伸ばす。
図らずも握手する二人の両雄。

「お互い良い会談になりましたね」

キルヒアイスが笑いながら続ける。

「ええ、まったく。」

「敵としたならば貴方はとても恐ろしい男です、ヤン提督」

ヤンが怪訝な顔をした。
なぜなら今までの話ではキルヒアイス提督は自分の味方になろう、そういう流れだったはずだ。
だがその心配は杞憂に終わる

「ですが、友とすればこれほど頼りになる人物を私はラインハルト様以外にしりません」

続ける。

「こういった形でお会いできて幸いでした」

「こちらこそ、キルヒアイス提督」



side ヤン 宇宙暦799年、帝国暦490年2月2日未明 イゼルローン要塞特別応接用寝室


キルヒアイスが艦隊を率いてオーディンに帰還しだした頃。
帝国の一流家具屋が手作りで作ったダブルベッドの上で二人の男女がいた。
それは銀河共和国の大統領夫妻だった。

さらにいうならば、ヤンはフレデリカの胸の中にいた。
両者とも何も着ていない。そして汗だくだった。

「あなたどうしたのですか?」

フレデリカが心配する。

「フレデリカ」

ヤンの返事は心なしか鈍い。

「昨日からまた悩んでいますね?」

「キルヒアイス提督に何か言われましたか」

無言で首を振る夫。

「では、キルヒアイス提督に何か言ったのでしょう?」

そうだ、その通りだ。

「私は卑怯者だ」

ヤンは独白する。
大統領になってからの初めての愚痴。

「私のあげたチップは古いものでキルヒアイス提督が心配するようなものじゃない」

「それに私はうそをついた。ミッターマイヤー提督の件だ。彼に盗聴器が無いと言いながら、オーベルト中将は盗聴してそれを録音していた」

フレデリカがフォローする。

「でもそれはあなたが知らないことで、貴方に罪はないと思います」

ヤンは否定した。
やはり断罪を求めるかのように。
懺悔は続く。

「いいや、罪はある。最高指導者は知らなかったでは済まされないんだ」

「そしてオーベルト中将は昨日の会話も録音した筈だ」

でなければあのタイミングで電話がかかるとは思えない。

「フレデリカ、私はどんどん卑しい人間になっていくそんな」

ヤンはそれ以上言えなかった。
フレデリカが泣きながら彼の頬を叩いたのだ。

「フレデリカ」

立ち上がるフレデリカ。
そして夫の上に体重を乗せる。

「そんなことはありません」

フレデリカは大粒の涙をこぼしながら否定した。

「貴方は卑怯者じゃない」

涙がヤンの頬を、額を濡らす。

「少なくとも、私を、ユリアンを、みんなを救おうとしている」

そうだ、それが私の原点のはず。

「だからこれ以上抱えるのは止めてください」

フレデリカの心からの言葉。

「貴方はね、銀河共和国の大統領なんです。だから銀河共和国の事だけを考えれば良いんです」

それは妻が初めて言った独善的な言葉。
だが、だからこそ痛いほど分かった。
自分を心配してくれてのことだと。

無言でフレデリカの背中に手を伸ばすヤン。
そうして二人はまた一つになった。




宇宙暦799年、帝国暦490年3月1日 大統領府



そこには3人の男がいた。
一人は黒人で階級章から元帥と分かる。
もう一人も元帥だがこちらは七十代後半だ。
そして温厚なイギリス風紳士とも言うべき人物。

彼らの名前はそれぞれシドニー・シトレ、アレクサンドル・ビュコック、ドワイト・グリーンヒルと言った。


「一体何の呼び出しかな?」

シトレが疑問を提示する。

「宇宙艦隊司令長官たるわしと、統合作戦本部長たるシトレ元帥、そして査閲本部長たるグリーンヒル中将」

ビュコックが続ける。

「まあ、お二人とも。直接大統領に聞けばよいではありませんか」

そういうグリーンヒル。

そこへヤン大統領とラップ補佐官が入ってきた。
何やら深刻そうな顔だ。

「大統領に代わり、私が説明させていただきます」

ラップは極めて深刻な表情で伝えた。

「実はこの国でクーデターの動きがあります」

「なに、クーデターだと!?」

グリーンヒルが驚きの声を上げる。
いや、叫ばなかっただけで他の二人も同様だ。

「では、わしらの任務はクーデターを未然に防ぐことですな」

ビュコックがその聡明な脳で瞬時に命令を先読みした。
頷くラップ。

「そうです、実はクーデターの首謀者は分かっているのです」

「これは驚かされてばかりだな」

シトレが皮肉を言う。
ヤンがすまなさそうな顔でこちらを見る。

「RCIAの成果か。あまりやり過ぎると秘密警察と言われかねんぞ?」

グリーンヒルが懸念を提示した。
そこへオーベルト補佐官が入ってきた。
どうやら話を聞いていたらしい。

「ご心配なく、その為に軍諜報部、情報省を存在、独立させて対立をあおっているのですから」

あまり愉快な話ではない、ヤンの顔がそういっている。

「一つの組織だけでしたら暴走は防げません」

「しかし、それが3つも存在するならば話は別です」

「いわゆる、3権分立というやつですな」

オーベルトの正体を知っているグリーンヒルとシトレは苦虫を、それを知らないビュコックは露骨な嫌悪感をあらわにした。

「っ、では貴官は最初からそのつもりであのRCIAを作ったのか?」

ビュコックは尋ね、オーベルト中将は無言で肯定した。

「それで、クーデターの話だが、何故逮捕しない?」

シトレの疑問はもっともだ。
ここでオーベルトが説明を開始する。

「第一に証拠がありません。アーサー・リンチなる人物にあったという事、軍内部の不穏分子に声をかけていることだけでは軍法会議にさえ持っていけないでしょう」

確かにな。グリーンヒルが納得したように声を出す。

「第二に、こちらのほうが重要ですが、膿を取り除くときは一気にやらねばなりません。そういう意味ではまだ早すぎます」

つまり。シトレが先を促す。

「そこでダブルスパイを送り込みます、それも首謀者クラスとして」

「「「!!!」」」

ラップもヤンも嫌悪感から顔を背けたかった。
だが、オーベルト中将の言は正論だ。
ここで中途半端に摘発に成功してしまったらより地下深く潜るかもしれない。
そして内乱が発生するかもしれない。
それだけは避けたかった。

「それで、誰を送り込むのじゃ?」

ビュコックの問いにオーベルトは意外な、そしてある意味で想像通りの人物を送り込むことを伝えた。





宇宙暦799年、帝国暦490年4月15日 某所


深刻そうな将官、佐官が会合を開いていた。
いや、会合と言うよりは密会と言う言葉が正しいか。
その中でもっとも階級が高いものが発言し会合が始まった。

『このままでは銀河共和国は滅びる』

『衆愚政治とかして、ヤン・ウェンリーなる黒髪の青二才に権力を譲る現在のシステムを我々が浄化せぬばならん』

『作戦は辺境4惑星で反乱を起こし首都の戦力を分散させる』

『そうして宇宙艦隊司令部を抑えてしまえば、既存の宇宙艦隊は司令官不在の為、行動できん』

『さて、ここで問題になるのはイゼルローン駐留の第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊、フェザーン要塞方面軍の第14艦隊、第15艦隊だ』

『時間が無くて彼らを説得できていない』

『提案、説得する前に刺客を送り、司令官たちを暗殺すべきではないでしょうか』

『それはそうだが、うまくいくか?』

『それよりヤン大統領を味方につけたほうが良いのではないか』

『彼の力なら打倒帝国も夢ではない』

『そうだな、そちらのほうが良いのかもしれん』

『いや、それでは本末転倒だ』

『あんな男を同志にする必要は無いでしょう?』

『その通りだ、あんな青二才は必要ない。排除すべきだ』

『しかしだな、あまり強硬姿勢をつらぬけば・・・・・』

『中将、そんな弱腰でどうするのですか?』

それからも議論は続いたが一向に結論はでない

『一時閉会とする。議論の続きはまた1週間後のここで行うこととしよう』

その傍らで。
アルコールを浴びるように呷る男がいた。
ブランデーのビンが半分近く減っている。

アーサー・リンチ少将だった。

(踊れ踊れ、フェザーンの黒狐の手の平の上とも知らず)

さらに呷る。

(最後まで踊れるかは、お前たち次第だ)





side 宇宙暦799年、帝国暦490年2月21日 元帥府



ラインハルトは池の畔に座っていた。
そこへ歩み寄るキルヒアイス。
そこで一瞬だが目をこする。
なんとラインハルトの横にヒルデガルド・フォン・マリーンドルフがいたのだ。

(ラインハルト様にも恋の季節がきたのかな?)

などと思っているとフロイラインが気づき慌てて席を立ち一礼した。

「失礼しました、キルヒアイス閣下」

「あ、いや」

戦場では的確な判断を下せる名将も流石になんと言ってよいか分からなかった。
そしてラインハルトに一礼して去っていくヒルダ。

「キルヒアイスか、どうだったイゼルローンの、いや、ヤン大統領の様子は?」

後悔や引きずるものは何も無かった

(春が来たと思ったのは気のせいか)

キルヒアイスは一人で自己完結し、報告を始める。

「ヤン・ウェンリーはこちらへの侵攻する意図は無いと国内で言及しているそうです」

そしてあの演説を思い出す。

「また、返還時の演説でも帝国軍の攻撃がない限り、帝国へは攻撃しないとの公式発言が残っております」

「やはり、彼も今は国内を固めたいものと思います」

そう続けるキルヒアイスに金髪の親友は悪戯する様な視線を向けた。

「他に何かあるんじゃないのか、キルヒアイス?」

「敵いませんね、ラインハルト様には」

そしてキルヒアイスはヤンから渡された極秘回線の入力されたMDカードを提示する。

「で、どんな男であった。実際にあってみて」

ラインハルトに、自分が感じた正直な感想を伝える

「恐ろしく自然体で、奥深く、平凡な人物でした」

「ですが、それこそがヤン大統領の恐ろしさだと思います。少なくとも敵とすればこれほど厄介な人物を知りません・・・ですが」

「ですが?」

キルヒアイスは続けた。

「友とできればこれほどの人物はおりません」

と。

「ヤン、ウェンリー、か、もう一度会ってみたいものだな」






side オーベルシュタイン 共和国中央情報局局長室 宇宙暦799年、帝国暦490年4月15日 



そこでオーベルシュタインは、いやオーベルト中将はバグダッシュ大佐からの報告を聞く

「以上です」

報告を終えるカミヤ・バグダッシュ。

「共和国不穏分子の件は近い将来片付けるからそれでよいとして、やはり実行部隊はあれを選ぶか」

その言葉に思わず口を挟む。

「政治、ですか」

オーベルトは珍しく、部下の疑問に答えた。
普段であれば義眼で抑制するか、自分で納得させるのがざらなのに。

「そうだ」

「それと帝国に潜入させたスパイですが、上手くやっているようです」

そう、キルヒアイスたちが無害と判断した、ミッターマイヤーを除く1000人全員(佐官と尉官中心)がスパイだったのだ。
まさかそんな少人数ではこないだろうという油断、木の葉を隠すなら森の中、という諺を裏目にした作戦だった。
もっとも、成功率は低く、失敗しても本命であるミッターマイヤーと第二次捕虜帰国船団1万名がいたのでオーベルトは問題視していなかった。
なお、ヤン・ウェンリーはこの件は知らない。知らせるつもりもない。
いざとなれば自分が責任を取って嗅ぎつけた者を『事故死』させればよいだけだ。

そういう意味ではバグダッシュは非常に危うい立場にいる。
もっとも、当人もその危険性に気が付いている。
でなければ情報部や諜報部門を志願したりしない。

「これで帝国内部にはリヒャールゼン客員中将以来の諜報網が誕生するわけですな?」

そして気が付いた。
自分が言い過ぎたことを。

「ご苦労だった、今日はもう下がってよい」

「はっ」

敬礼するバグダッシュ。退出した頃を見はかり、オーベルトは、いや、オーベルシュタインは独語した。

「ヤン閣下には綺麗なままでいてもらわなければ困る。光には影が付き従うもの。そして踏みつけられるものだ」

「それは私でよい、ヤン閣下はヤン閣下の王道を歩まれるがよかろう」




宇宙暦799年、帝国暦490年4月20日

銀河帝国で政変が勃発する。それはエルウィン・ヨーゼフ2世を中心としたブラウンシュバイク・リッテンハイム両公爵によるリップシュタット連合軍の結成とガイエスブルグ要塞での武装蜂起であった。



[22236] 第二部 第五話 内乱勃発
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/03 17:02
『 リップシュタット連合軍

リップシュタットの森にて盟約を結んだ貴族の連合体をさす。参加した貴族、4076名、中心人物はオットー・フォン・ブラウンシュバイクとウィルヘルム・フォン・リッテンハイム両公爵である。両者の目的は一致していた。君側の肝であるラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵とクラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵を打倒し、かつてのように皇帝フリードリヒ4世を傀儡とすることであった。だが、それだけでは大義名分に薄いと感じた両名は、皇太孫フリッツ・ヨーゼフ2世に目をつける。いわく、真の後継者は彼であり、国政を壟断し、秩序と誇りある伝統的な階級を無視し、私腹を肥やすローエングラム・リヒテンラーデ枢軸を打倒する、と。だが、彼らは重大なことを忘れていた。というより、後世の目から見ると忘れたように思える。それは現皇帝がフリードリヒ4世であり、彼が健在な以上彼に反旗を翻すということはそれ即ち逆賊の汚名をかぶることになると。事実、皇帝は勅令を発した。ガイエスブルグ要塞に立てこもった4076名の貴族全ての爵位と領土を召し上げ、本人たちは逆賊であり処断の対象であると。こうして貴族連合軍は大きな爆弾を抱えたまま戦闘を余儀なくされる。逆賊としての汚名、それは戦闘後半で大きな意味を持つことになる』



『 銀河共和国軍内部における不穏分子にて報告

銀河共和国軍内部にクーデターの動きあり、注意されたし。目標は首都星全域の占拠。その為に辺境各地で反乱を起すものと思われる。
現在はRCIAが対応中であり、近日中には吉報を報告できましょう 報告者 ポール・サー・オーベルト中将』



『ある皇帝の独白

わしは孤独が嫌いじゃった。わしの若い頃は兄弟仲よく育った。あの頃は良かった。誰も簒奪だの暗殺だの考えもせななんだ。
だが、長兄が大逆の罪で誅殺されてから変わってしまった。宮廷内部に渦巻く陰謀に巻き込まれたと言って良かった。わしは酒に女、ギャンブルにのめりこむ事で全てを忘れようとした。弟が長兄を殺したなどという報告は、いや、噂か、聞きたくなかった。あんなに一緒だったのに。夕暮れは違う色とはよく言ったものよ。そして無能な振りをし続けた。そうすれば宮廷内部の貴族どものことだ、将来有望な弟を推すに決まっている。
そしてそれは上手くいった。そう、途中までは。まさか、弟までもが陰謀の犠牲になるとはなぁ。わしは一人になってしまった。そして共和国との戦争。絶え間ない戦い。わし一人の力では国是はもう変ええられない。何より、わしは一人だ。友の一人もおらぬ。それは皇族の宿命だったのか。
だからわしは待った、30年もの長きにわたって、いつの日にかこの腐った矛盾した国を変えるものが現れれると期待して。もっともその間の空白を埋めるため多くの女に手を出した。彼女らならばその無垢な心でわしの寂しさを紛らわせてくれると信じて。だが裏切られた。いや、この際、裏切ったのはわしの方か。誰も彼も皇帝たるわしの権力に媚を売る輩ばかり。わしにとって後宮は宮廷となんら変わらない舞台となってしまった。そんな中、シュザンナという一風変わった少女に出会った。その少女は純粋無垢の可憐な子であった。しかし、わしはおろかにもその子の純潔を奪い、その子の純粋さを失わせてしまった。
そんなおりじゃった、アンネローゼ・フォン・ミューゼルに、わしの孫娘に出会ったのは。』




第五話 内乱勃発




side ブラウンシュバイク




貴族連合は演習の名目でガイエスブルグ要塞に集結した。
その数、およそ13個艦隊。将兵3800万人。
そしてエルウィン・ヨーゼフ2世を擁立し、君側の肝を取り除くと称して銀河帝国中央政府に反旗を翻した。
盟主ブラウンシュバイク公爵、副盟主にリッテンハイム公爵をたてて、銀河帝国の正統政権に徹底抗戦の意思を示していた。

豪華な私室。高級家具が所狭しと並べられている。
恐らく庶民は一生かかっても買えることは無い家具類だ。
そこに三人の軍服を着た男がいた。

「賊軍だと!」

手に持っていたグラスを投げつける。

「あのリヒテンラーデめ、いや、金髪の小僧だな!!」

彼はいうまでも無く怒っていた。
といより激怒していた。

「アンスバッハ、すぐに兵を出せ!オーディンを攻めるぞ!!」

感情論だ。
一時の感情に流されてはいけない、そうアンスバッハは考え、諭す。
我々の財力は度重なる重税で大きく削がれており決して十分な量があるとは言えないのだから。

「しかし閣下、それでは本来の持久策を捨て去ることになります」

持久策、それは作戦会議の場で満場一致で可決された事。
とくに、こと軍事に関してはマールバッハ伯爵に一任したではないか。
それに反発するブラウンシュバイク。
彼が欲しいのは「はい」の一声のみだ。

「賊軍といわれて黙っていろとは、ブラウンシュバイク公は中々立派な部下をお持ちのようだな」

そこで口を挟むものがいる。
皮肉めいた口調はわざとだろう。
両頭体制といえば聞こえがいいが、リップシュッタト連合軍は最初から二つの派閥が牽制しあっていた。
その片方の雄が彼である

「リッテンハイム公爵」

そう、近年、名実共にブラウンシュバイク公爵と並んだ男だ。
もっとも内実も似たようなものなので、下級兵士は鏡の中の自分と喧嘩していると揶揄していた。
このことから分かるとおり、開戦直後から貴族連合への忠誠心は遥かに低かった。

「どうだろう、ブラウンシュバイク公爵、当初の予定通り持久策を維持しては?」

それは単にブラウンシュバイクの言葉に反対したいだけで、大した戦略眼がある訳でもない。
単に感情的に反発しただけだ。

「ほう、それでは卿には貴族としての誇りはないと、仰せですかな?」

それに反発し、挑発するブラウンシュバイク。

「何だと?」

そこにおかっぱ頭の軍服を着たものが仲裁に入る。

「まあまあ、叔父上もリッテンハイム公爵も落ち着きなさってください」

ブラウンシュバイク公爵の甥、ラザード・フォン・フレーゲル男爵だ。

「ほう、フレーゲル男爵、何か良い方法でもおありですか?」

警戒するリッテンハイム。当然だろう。
潜在的な敵なのだから。

「ここは兵士を出して一戦し、敵を殲滅させ出鼻を挫くのが得策でしょう」

やはりブラウンシュバイクの策を推してきた。

「それはつまり、ブラウンシュバイク公爵の案に賛成ということですか?」

「というより、叔父上の案に更なる修正を加えたという点でしょうか」

ここでは形勢不利と見たリッテンハイムはカードを切る。
軍事司令官としてのマールバッハ伯爵というカードを。

「それでマールバッハ伯爵が納得するとは思えんが・・・・」

「そこはお二人の協力しだいです」

結果論だがマールバッハ伯爵は条件付で合意した。
一つは作戦に参加するのが自分が連れてきた艦隊ではないこと。
一つはシュツーカ・レーダー、ティーゲル・デーニッツ、カール・ティルピッツの歴戦貴族派の3個私兵艦隊を自分の指揮下に入れることである。
特に後者はこれからも自分の部隊として運用したいとしてブラウンシュバイクに這い蹲ってまで願い出た。
これに気を良くしたブラウンシュバイク、リッテンハイム両公爵はこれを承諾。ご丁寧に貴族連合全軍に通達した。
これでマールバッハ伯爵は貴族艦隊の中で正規軍に対抗できる唯一といっても良いほどの精兵を指揮下に収めることとなる。


そして貴族連合軍13個艦隊のうち、2個艦隊が帝都オーディンに向け出発した。

結果、この2個艦隊はアルタナ恒星系においてミュラー艦隊、ミッターマイヤー艦隊の挟撃を受け指揮官ヒルデスハイム伯爵とともに壊滅する。
貴族連合軍は宇宙暦799年、帝国暦490年5月11日の時点で早くも艦隊の六分の一を失った。





side ノイエ・サンスーシ 宇宙暦799年、帝国暦490年4月21日



宮廷には皇帝派の貴族が参内していた。
だが、それはわずか300人あまりと少ない。
特に伯爵家以上のものはリヒテンラーデ公爵、ローエングラム侯爵、マリーンドルフ伯爵、エーレンベルク伯爵、シュタインホフ伯爵の5名である。

「苦しゅうない、面を上げよ」

皇帝が命令する

「「「「「ハハ」」」」」

皇帝が確認するかのように聞く。

「ついに動いたか?」

誰が、何が、とは聞かない。
それは貴族連合軍出撃の報告の確認だった。
その冷静さにシュタインホフ元帥が聞く。

「陛下はこの事態を予見しておいでですか?」

「シュタインホフ元帥。そうだといったらどうする?」

皇帝が試すような口調で、いや実際に試しているのだろう。
シュタインホフを問いただす。

「何故このような暴挙をお許しに、いや、そうなる前に手を打たなかったのです?」

それは疑問。
そして不敬罪に当たるかもしれない発言でもあった。

「そう慌てるな、シュタインホフ元帥、エーレンベルク元帥が顔を青くしているではないか」

少しからかうフリードリヒ4世。

「そうじゃな、理由はこの場の通りじゃ」

周りを見渡す。勅命により馳せ参じたものたちを。

「少し専横が過ぎた者どもを懲らしめるためよ」

それにリヒテンラーデが悲鳴のような声を上げる。
貴族の数=力と考えるリヒテンラーデにはこの事態は早すぎたし、味方する貴族の数が少なすぎた。

「陛下!」

「それにまだ負けると決まったわけではあるまい。確かにガイエスブルグを奪われたのは遺憾じゃ」

ここで皇帝は思いもかけぬ言葉を続けた。

「じゃが、それがどうしたというのだ?」

そして歌うように続ける。
ラインハルトはその歌を背筋が凍りつくような寒さで聞いていた。

「彼奴らには指揮系統の一本化など到底できまい」

「また忍耐力も無い」

「そして賊軍と呼ばれることの恐怖」

そう、下級兵士にとって怖いのは賊軍と言う名称。
いや、大貴族たちも心の奥底では怖がっているはずだ。
何故なら、賊軍=大逆罪=死刑しかない。
まさか、フリードリヒ4世がここまで強硬姿勢にでるなど思いもしなかっただろう。

「当然じゃな、玉璽も玉座も余が握っておるのだからな。離反が相次ごう」

いったん口を閉ざす皇帝。
そこでマリーンドルフが口を挟む。

「しかし、その離反も勝てばの話。もしも勝てぬときはどうするお積もりですか」

心底驚いたと言う感じで、

「ほう、マリーンドルフ伯爵が軍事に詳しいとは知らなんだな、これからは伯爵にも軍議に参加してもらうか?」

と、投げかけた。

「恐れ入ります、して、その場合はどうするつもりですか?」

だが、彼も役者だ。皇帝のボールを即座にキャッチし投げ返す。
誠実さだけがとりえだと言われてきたが、実際はそんなことは無い。
これでも彼も宮廷という毒蛇の中を歩んできた男。
政治的駆け引きは得意とするところだ。

「まあ、負ければ余の首一つで済ます。ここにおるもの一人たりとも犠牲にはせぬ」

「「「「陛下!」」」」

感涙か、安堵か、不安か。
エーレンベルク、シュタインホフ、リヒテンラーデ、マリーンドルフの声が一致した。
そこで何も言わず最前列にて跪く若い元帥を指差す。

「それに此度の戦、勝つであろう、なあローエングラム侯?」

ラインハルトは答えた。自信満々に。

「はっ、陛下の威光を必ずや賊軍に思い知らせて見せます」

そこで皇帝は思いもしないことを口にした。
それはラインハルトが今まさに口にしようとした構想であり、勝因の分析だった。

「うむ、敵軍は高級士官の士気こそ高いが、錬度が低い。それに下級兵士は命令に従っているに過ぎずその士気も低い」

「第二に侯爵の艦隊の結束力だ。これは貴族軍、いわば私兵集団にはない貴重な鉱脈といってよかろう」

「第三に余の勅令に反すると言う点で、ブラウンシュバイク、リッテンハイムには大義名分がない」

「第四に、第一と関連するが、下級兵士の反感。いつ暴発するか楽しみではないかな?」

「第五に資金面の不足。これは痛いであろうな。何せ自分たちの資金でローエングラム侯爵を支援したものじゃからな」

「第六に従来艦艇の没収。此度の戦に際して先年アムリッツァで失った精鋭たち。
その大半はローエングラム侯爵に吸収されるか共和国軍との戦闘で宇宙の塵に消えた。ふふふ、兵士には気の毒なことをしたな。
貴族連合13個艦隊と言っても内実は数だけそろえた寄せ集め。」

「第七に反逆した貴族どもはまともな軍事教練を受けてない」

「そうであろう、ローエングラム侯爵」

ラインハルトは得体の知れない恐怖を始めて皇帝から感じていた。
その構想は彼の構想そのままであった。

「はっ、陛下の御意のままにございます」

そこでエーレンベルク、シュタインホフ両元帥の顔を見やる。

「ん?不満そうじゃな、両元帥。死ぬのが怖いか?」

それは図星だった。

「い、いえ。滅相もありません」

「は、陛下の為にこの身を捧げる所存です」

必死に取り繕う二人。

「その言葉にうそ偽りはないか?」

「「ございません」」

二人の声合致したの見計らい、フリードリヒ4世は新たな命令を下した。

「ならばローエングラム侯爵を支援したまえ。勅命、と言うことにしようか。なによりも卿らの命のためにな」

そしてリヒテンラーデを残し下がらせる。
不本意だが仕方ない。死んでは意味が無い、だから積極的に協力する。
いや勅命を受けたうえは、下手なことをすれば自分が死ぬ、そう感じてエーレンベルク、シュタインホフ両元帥は動く。
この場にいないかつての僚友、ミュッケンベルガーをほんの少しだけうらやましく思いながら。

「「は」」

下がったあと、リヒテンラーデは聞いた。
皇帝が笑っている。
まるで、図工の工作が完成した小学生のように心底楽しそうに。

「ふふふ」

「陛下?」

「はははははははははははは」




side  オーベルシュタイン


RCIAの局長室でオーベルシュタインは報告を受けた。
それは貴族連合内部に潜入させたコウプトマン少佐からの正確な報告であり、ゴールデンバウム王朝崩壊の序曲でも合った。

「そうか、ついに始まったか」

無機質な義眼の声とは違い、どこか嬉しそうな声のオーベルシュタイン。
そこにアラームがなる。

「バグダッシュ大佐です、入室を許可願いたい」

「入れ」

許可するオーベルシュタイン。いや、オーベルト中将。

「ご要望の通り、マールバッハ伯爵に接触、彼は貴族連合へと走りました」

そう、あの男は自尊心と共に咽喉の渇きとも言うべき感情を覚えていた。
それは不幸なことか、戦場でしか癒されるものの無いものだった。

「結構だ」

だからとびっきりの獲物を、極上の部類に入る獲物をくれてやった。
ラインハルト・フォン・ローエングラムという稀代の用兵家という極上の獲物を。

「しかし、宜しかったのですか?」

バグダッシュが疑念を提示する。
帝国時代と異なり、誰かとコミュニケーションをとるのも悪くない、そう感じながら続ける。

「うん?」

バグダッシュの懸念はもっともな事だった。

「そうなると貴族連合が勝利する可能性もあります、そうなればせっかくのスパイ網が水の泡に・・・・」

「それはない」

断言するオーベルト中将。

「え?」

思わず聞き返す。

「貴官には伝えておくが、彼の人となりからしてブラウンシュバイク公爵、リッテンハイム公爵は憎悪の対象だ」

「それを無視してまで貴族連合に加入したのは恐らく・・・・」

「恐らく?」

だが、そこから先は聞けなかった。
いつも通りの宿題という奴だ、そうバグダッシュは己を納得させる。

「いや、これは憶測に過ぎぬ。それより例の件、整っていような?」

例の件。カウンタークデーター作戦。
一歩間違えれば得れば自分たちが失脚する、危険な綱渡り。
だが、不思議なことにバグダッシュは高揚感を覚えていた。

「はい、あの部隊を召集すると言う大統領命令を発令していただきました。
そして潜入させたあの方からの報告によるとどうやら来月中旬をめどに行う予定です。」

事情を聞いたヤン大統領は即決した。
彼もまた良識派出身の軍人。
文民統制が原則の自由の国銀河共和国でクーデターなど許せなかったのだろう。
もっともその後のわだかまりを捨てられないのがヤンらしいと言えばらしいが。

『わかった、バグダッシュ大佐。対応は貴官らに一任する。ただし、首謀者は可能な限り生かしておくこと』

『彼らにはしっかりとした法律の裁きを受けさせる』

と。

「ならば、十分に時間はあるな」

バグダッシュの報告で頷くオーベルト中将。

「はっ」

そうして退出しようとするバグダッシュは意外な言葉を聴く。
それは幻聴かと思うほど意外な言葉だった。

「バグダッシュ大佐、退室する前に一つだけ教えておこう、私の行動原理だ」

「はぁ」

それしか言えない。
何を言おうとしているのだ、この義眼の上官は。

「私はゴールデンバウム王朝の打倒とヤン閣下の覇業の成就、それ以外のことに興味はない」

「・・・・・・」

「無論、これは機密事項だ。あまり言いふらす物ではないからな」

それは勝手に言いふらせば容赦なく粛清すると言う一種の契約。
だが、言いふらさなければ准将の階級も夢ではない。

「下がってよい」

「ハッ」

退出するバグダッシュを見ながらオーべルト中将は遠く反対側の銀河系に思いを寄せた。

「ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム」

「これであなたの作った帝国は終わりだ」

「支柱になる大貴族、そして三人の皇太孫への逆賊の汚名」

「最早後継者はいない」

「そしてあの金髪の覇者、ラインハルト・フォン・ローエングラム」

「受けるが良い、500年にわたる、いらぬ存在として除去されて来た者の怨念を」

オーベルシュタインの呪詛は誰にも聞かれること無く虚空に消え去った。





side ヤン



大統領執務室でラップからの報告を聞くヤン大統領。
そこには三人しかおらず、口調も砕けたものになっていた。
バグダッシュの、いや、オーベルト中将からの報告を聞いたヤンは自分が何か別のものに染まっていく気がして怖かった。
だから、今のヤンは弱気だった。

「ラップ、私は卑怯者かな?」

「さあな。でもヤン、お前さんのおかげで軍内部のこの1年間での戦死者数は0人だ。誇って良い事だとおもうぞ?」

それは事実。帝国軍の侵攻が無い以上イゼルローン要塞は戦場にはなってない。
そしてアッテンボロー大将指揮下の下、ウランフ、ボロディンの艦隊も訓練による死者すら出してない。
それは他の艦隊でも、否、軍全体でも同様だ。珍しい、いや奇跡に近い時代といってよい。

「ヤンらしくないわね、いえ、らしいというべきかしら?」

そこに国内担当補佐官に大抜擢されたジェシカ・エドワーズが口を挟む。

「ジェシカ・・・・・」

「悩んでいる暇は無くてよ、ヤン」

ジェシカが断言する。
悩む時間はないと。

「あなたにはクーデターを止める義務がある、そうでしょう?」

「もしもクーデターが成功すれば何千万と言う人々が不幸になる、ちがう?」

それはヤンも考えていたこと。だが、その手段が騙まし討ちの様で嫌だった。
だが理性の部分はそれが正しいと訴えてきていた。

「違わない」

そうだ、クーデターを成功させるわけには行かない。

「だったらもっと自信を持ちなさい。それができないのならば、いる資格のないこの場所から出ておいきなさい」

それは今のヤンにとって辛らつな、それでいてなぜか暖かい言葉だった。

「いいすぎではないか、ジェシカ?」

ラップがそれとなく窘めると、意外な笑みが帰ってきた。

「これくらい言わないと、この優柔不断の士官候補生は決断しないもの」

ジェシカは笑って答えた。もしもクーデターが発生したならばわが身を犠牲にする覚悟の笑み。
それにつられてヤンもラップもひときしり笑う。

宇宙暦799年、帝国暦490年4月17日。
共和国は今だ平穏の中にいた。人々はこの平穏な時代を心から噛み締め、奇跡のヤンとヤン大統領を称えている。





side ローエングラム元帥府 宇宙暦799年、帝国暦490年4月22日



ラインハルトは10個艦隊の指揮権を持つ宇宙艦隊司令長官である。
その内容は以下の通りだ。

ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥指揮下の下、

ラインハルト・フォン・ローエングラム直卒のローエングラム艦隊

オスカー・フォン・ロイエンタール大将のロイエンタール艦隊

ウォルフガング・ミッターマイヤー大将のミッターマイヤー艦隊

コルネリアス・ルッツ中将のルッツ艦隊

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将のワーレン艦隊

ウルリッヒ・ケスラー中将のケスラー艦隊

エルネスト・メックリンガー中将のメックリンガー艦隊

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将のビッテンフェルト艦隊

ナイトハルト・ミュラー中将のミュラー艦隊

アーダベルト・フォン・ファーレハイト中将のファーレンハイト艦隊

そしてジークフリード・キルヒアイス上級大将のキルヒアイス艦隊

例外として中立派を貫いた(この点は出自不明の憲兵隊によってメルカッツ家が全員がガルミッシュ要塞に護送されてきた点が大きい)ガルミッシュ要塞方面軍のウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将。
そして反皇帝、というより反ラインハルト派のレンテンベルク要塞司令官のクリーク・オフレッサーの二名である。

それ故に、11名の提督があつまる、筈であった。
だが、一人足りない。

(おそい、こういう軍議に遅れてくるやつではなかったはずだが)

ミッターマイヤーをして、そう思わせるほど件の大将閣下は遅かった。
カール・ロベルト・シュタインメッツ参謀長と、一年半前自ら編成し私兵集団とした艦隊を持参してきたアーダベルト・フォン・ファーレンハイト中将は出席しているといのに。
そして代わりに入室してきたフロイライン・マリーンドルフが幾部か緊張の面持ちで主君に伝える。

そしてみた。
一瞬だが、主君の顔が紅潮し怒りに駆られたのを。
そしてキルヒアイスの目線で怒りを静めたことを。
フロイライン・マリーンドルフが説明を開始する。

「参加した男爵以上の爵位を持つ貴族4076名、参加兵力13個艦隊、参加将兵3800万名」

どよめきが走る。
こちらは10個艦隊、それも貴族の資金を搾り取り完成させた。
それが今になって13個艦隊もの大軍を編成するなど、貴族領土ではいったいどれほどの搾取を行ったのか。

「そして・・・・・そして。」

フロイライン・マリーンドルフの手が震えている。
そういえば、オスカー・フォン・ロイエンタールも来てない。

「まさかロイエンタール提督に何あったのですか?」

ミュラーが疑問を生じる。
それに肯定するマリーンドルフ伯爵令嬢。

「まさか暗殺か!?」

ビッテンフェルトが叫ぶ。

「ビッテンフェルト提督、めったなことを言うべきものではない」

ワーレンが窘める。
だが、ミッターマイヤーはそれ以上に嫌な予感がしてならなった。
フロイライン・マリーンドルフは覚悟を決めて話を続ける。

「敵軍の、リップシュッタト連合軍の司令官はマールバッハ伯爵」

「マールバッハ?」

ケスラーが疑問を提示する。
憲兵時代に宮廷世界といささか縁のあったケスラーであるが、それを思い出せない。

「マールバッハは母方の姓です、ケスラー中将」

「!!!」

その言葉に勘の良い全員が反応する。

「それは、つまり」

メックリンガーがまだ信じられないといった雰囲気で、いや、誤報であると信じたいという雰囲気で続ける。
だが、報告の結果は、最悪の結果だった。

「はい、旧姓はロイエンタール。オスカー・フォン・ロイエンタール大将。彼が貴族連合軍の最高司令官です」

「ばかな!!!」

その頃、ロイエンタールは指揮下の艦艇1万5千隻と共にガイエスブルグ要塞へと到着した。
ミッターマイヤーの叫びとは裏腹に。



宇宙暦799年、帝国暦490年4月23日 18時45分

こうして後にリップシュッタト戦役と呼ばれる内乱が勃発する。
それは銀河帝国ゴールデンバウム王朝の存亡をかけた戦いの始まりであり、ラインハルト・フォン・ローエングラムの覇者への道筋のけじめでもあった。



[22236] 第二部 第六話 内乱前編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/04 09:44
side ロイエンタール



『何故です閣下?』

『何故、か。何故かな?』

『はぐらかさないで下さい』

『レッケンドルフ大尉、別にはぐらかしてはいないさ』

『ローエングラム侯爵が勝つのは閣下ご自身の判断であったはず』

『それがなぜ、わざわざ敗者の側におつきなるのですか?』

『それは卿には関係ないことだな』

『いいえ、大有りです。尊敬する閣下を無駄に死なせたくありません』

『ふむ、そういわれると困るな』

『閣下! 今からでも遅くはありません艦隊を転進させるべきです』

『いや、駄目だ』

『閣下!』

『いいか、レッケンドルフ、一度しかいわないから良く聞け』

『はい』

『俺は戦いたいのだ、あのお方と』

『!!』

『そして、この内戦が終われば、勝てばあのお方は銀河共和国と和平の道を選択するだろう』

『和平、戦争が終わる・・・・』

『それは良い。逆に負ければあのお方は確実にギロチン台行きだろうな』

『どちらにせよ、俺が俺自身の欲望を達成するには今しかない、と言う訳さ』

『・・・・欲望・・・・』

『それよりもだ、レッケンドルフ、卿こそ今ここで俺を拘束したらどうだ?そしてあの方の下へ馳せ参じる』

『グリルパルツァー、クナップシュタインも喜んで卿の行為に賛同するであるだろうよ』

『悪くないアイディアと思うがな?』

『・・・・・』

『どうする、そうするか?』

『私の上官は閣下お一人と決めております。ですので、お供します。それは艦隊将兵全員の気持ちでしょう』

『そうか、存外世の中には馬鹿が多いな』

『それともう一つよろしいですか?』

『ん?』

『何故マールバッハ伯爵家の名前を使うのです?確かに閣下の母君はマールバッハ伯爵家唯一の跡取り。』

『それを捨て、父親の姓を名乗っていた俺が突如マールバッハ伯爵となるのが不思議なわけか?』

『はい』

『決まっている、俺の野心のためだ。マールバッハ伯爵家当主なら無碍な扱いはできん』

『帝国貴族、騎士階級のロイエンタール家と違ってな』

『・・・・・』

『さて、もう良いだろう、卿も別れを済ませてこい』

そして去っていくレッケンドルフ大尉。

(そうだ、共和国との和平を結べば必然的に軍縮となる)

(そして平時に乱を起すだけの力量は、いや戦力は俺には無い)

(たとえ起したとしても数に圧倒されるだろう)

(それでは駄目なのだ。曲がりなりにも対等な今でしか駄目なのだ)

(たとえそれが破滅の道を歩んでいようとも)

(それでも俺は戦う。俺の渇きを癒すために)





side ファーレンハイト



『ザンデルス大尉、何か言いたそうだな』

『いえ、何も』

『ふ、俺が何故貴族連合を見限ったかが不思議なのだろう?』

『ご存知でしたか』

『理由は二つ、まず第一は貴族連合に勝利はないと確信しているからだ』

『あれだけ烏合の衆では勝てる戦にも勝てはしない』

『第二は焦土戦術の際にローエングラム侯が食料を置いていってくれた点だ。これが無ければ俺も侯爵憎しで貴族連合に参加していたかも知れんな』

『と、言いますと?』

『俺はローエングラム侯にも劣らない貧乏貴族の小倅として生まれた』

『そこで俺は食うために軍人になった』

『だから食えない辛さを知っている。それが理由さ』

『たったそれだけの理由で、この重大な局面をお決めになったのですか?』

『いけないか?』

『い、いえ』

『なーに、案ずるな。勝つさ』





第六話 内戦前編




side キルヒアイス 宇宙暦799年、帝国暦490年4月25日


元帥府には4人の提督がいた。
一人は赤毛の青年で上級大将のジークフリード・キルヒアイス。
一人は射撃の名手で、コルネリアス・ルッツ中将。
一人はアムリッツァから奇跡の生還を果たした左手が義手のアウグスト・ザムエル・ワーレン中将。
最後の一人は、最後の参加者といわれているアーダベルト・フォン・ファーレンハイト中将。

「では、辺境地区一帯の制圧はお任せ下さい」

キルヒアイスが握手しながら答える。

「うむ」

ラインハルトも満足げに答える。
どうやら失敗するとは恐れてないようだ。

「3ヶ月以内に全て掌握し閣下にお渡しします。それまではオーディン近郊とオーディン-ガルミッシュ要塞のラインを確保する事に全力を注ぎください」

そこで手を離す二人。
二人は立ったまま話を進める。

「そうだな、ガイエスブルグにロイエンタールがいる以上、迂闊にオーディンを離れられない。姉上のこともあるからな」

少し不安になるラインハルトとキルヒアイス。
ロイエンタールは英雄の素質を持った艦隊司令官だ。
だからこそ、手元においておきたかったが。

「・・・・今は戦いに集中してください」

「ああ、そうだな、そうしよう」

キルヒアイスの言葉で現実へと戻るラインハルト。
そして残り3名の提督に命令した。

「ルッツ、ワーレン、ファーレンハイト!」

「「「ハ!」」」

威勢良く答える提督たち。
だれもが覇気に満ちている。

「キルヒアイス提督の命令を聞き、よく補佐してやってくれ」

「了解しました」

「畏まりました」

「御意のままに」

それぞれの言葉で命令を承る。

こうしてキルヒアイスは本隊1万7千隻、ルッツ、ワーレン、ファーレンハイト艦隊各1万隻もって合計4万7千隻艦艇を率いて辺境恒星系掌握の作戦、「ハイル」作戦を決行した。



side ロイエンタール 宇宙暦799年、帝国暦490年4月25日


キルヒアイスが「ハイル」作戦に従軍を開始した頃、ガイエスブルグ要塞でも動きがあった。
といっても、2個艦隊を派遣することと例の3名の老提督を味方につける点である。

「これが小官が考えた作戦です」

「・・・・・・・」

デーニッツ中将が無言で頷く。

「ははは、こいつはいい」

ティルピッツ中将が楽しげに笑う。

「ふむ、滅び行く我らには丁度良いかも知れぬな」

レーダー中将が納得する。

「ではよろしいので?」

「ああ、我々の目的とも合致する」

「そうだ、次の世代のために、次の次に世代のために」

「我々は卿に協力しよう」

「して、その証拠は」

「これだ」

ブラスターを取り出すデーニッツ。他の二人も同様だ。

(所詮ここまでの男か? この俺は)

ロイエンタールは一瞬、自分の判断と人を見る目の無さを悔やんだ。

(ミッターマイヤー)

だが、ロイエンタールが思っていたこと。
数条の光の刃が自分を撃ち抜くことは無かった。
そればかりか、

「慌てるな大将閣下」

レーダーが年長者らしく、

「そう慌てられると出した甲斐があるものだ」

ティルピッツが相変わらず楽しそうに、

「これはな、こうするのだ!」

デーニッツが覚悟を決めて。

そして各々が各自の利き腕とは反対の手の甲を撃ち抜いた。

鮮血が飛び散る。

そしてデーニッツが、レーダーが、ティルピッツが血で押印する。
その上に書き込むのは作戦の概要。
それでも足りないと、3人は血文字で書き足していく。己の名前を。

「これで契約になったな?」

無言で頷くロイエンタール。
そして誓約書を自分の鞄に入れる。

「それではヒルデスハイムが戦争に行くらしいので見送るとしよう!」

ティルピッツが本当に楽しげに言う。

そして、2個艦隊がアルタナ恒星系を経由し、オーディンへと向かう。





side ブラウンシュバイク 宇宙暦799年、帝国暦490年5月2日



「何、敗れたと申すか!!」

手当たり次第にモノに、人に八つ当たりするブラウンシュバイク。
それをみて笑みを浮かべるのはリッテンハイム公爵だった。

「どうかなブラウンシュバイク公、これはマールバッハ伯爵の命令を無視した盟主にこそ責任があるのではないか?」

それは正論だ。

(たしかにリッテンハイム公爵の意見は正しい、だが、みなの前で言って良い言葉では無い)

シュトライト准将はそう思う。

(リッテンハイム公爵は何を考えておいでなのだ?)

アーベル・フォン・アンスバッハが疑念を感じている。
そしてそれはいやな方向へと議論が進んでいくのを意味していた。

「いや、それはヒルデスハイムの失敗であり、より優秀な指揮官が艦隊を率いれば勝てた筈だ」

その瞬間、リッテンハイム公爵の口元がつりあがったのを、シュトライトとアンスバッハの二人は見逃さなかった。

「ならば次は私が出よう」

「何?」

「辺境で鳥なき里の蝙蝠を気取る無礼者がおる、そやつらを退治してくるというのだ」

そこで止めに入った者がいた。

「お待ち下さい、リッテンハイム公爵」

「なにかね、アンスバッハ准将?」

アンスバッハは戦力分散の愚を必死で説いた。

「戦力を分散すべきではありません。既に2個艦隊を消失した今、ローエングラム侯爵との戦力差はほとんどありません」

シュトライトも諌言する。
マールバッハ伯爵が何も言わないのを不思議に思いながら。

「付け加えるならば、我が軍には辺境まで出張るだけの補給物資がありません」

そこでリッテンハイムが返答する。

「物資ならば平民どもから搾取すればよい。それにだ、わしが負けると言いたいのか?」

怒声にこそなっていないものの、自分たち二人の諫言で怒りを持ったらしい。
それも悪い方向に。

「卿らに言われて臆するようでは帝国貴族の名折れ、そうではないかな、敗北主義者を抱えるブラウンシュバイク公爵?」

わざとらしく公爵を強調するリッテンハイム公爵。
リッテンハイムにとってみれば、ようやく並んだのだ。ここで出し抜かなくてどうするか、という思いが強かった。

「敗北主義者だと!」

ブラウンシュバイクの怒り。
それを見計らったようにマールバッハ伯爵が動いた。

「そこまで言うのでしたら副盟主のリッテンハイム公爵に出撃をお願いしてもよろしいので」

「「「!!!」」」

シュトライト、アンスバッハ、ブラウンシュバイクが驚く。
特に前者二人の驚きは強かった。
あの稀代の名将の一人が自分から軍の分裂を支持したのだから。

「うむ、まかせてもらおう」

リッテンハイムは鷹揚に頷く。

「では指揮下には何個艦隊必要でしょうか?情報によるとキルヒアイス提督の、いえ、赤毛の小僧の艦隊は3万隻だとか」

これはうそだ。
本当はロイエンタールは知っていた。知っていた上で報告書を握りつぶしたのだ。
だからアンスバッハもシュトライトも知らない。本当は約5万隻、ローエングラム陣営の半数近い艦隊が動いていることを。

「ならば4個艦隊で十分だな、軍司令官閣下、盟主、出撃の許可をくれるかね?」

「好きにするが良い」

「御意のままに」

ブラウンシュバイクは、厄介者を追い払えると考え、マールバッハ伯爵は自身の目的のためにリッテンハイム公爵に出撃命令を出した。




宇宙暦799年、帝国暦490年6月22日 レンテンベルク恒星系

リッテンハイム艦隊は混乱の窮地にあった。
最初の話では3万隻、対してこちらは4万隻と、数で圧倒する筈であった。
だがふたを開けてみればどうだ、圧倒されているのはこちらだ。

「ふ、ふざけるな!!」

リッテンハイムは叫ぶ。
だが叫ぶだけで指揮を取るような事はしない。
各艦隊の貴族士官ではワーレン艦隊とルッツ艦隊の陽動にも対応できてない。
そこへ司令部に悲痛な報告が入る。

『金髪の小僧のおまけの赤毛の小僧では役不足も甚だしいがこの際仕方ない』

そう言って余裕を見せていたリッテンハイムの姿はなかった。

「敵艦隊、およそ1万、いえ、2万が突入してきます」

それはキルヒアイスの命令を受けたファーレンハイト艦隊の突撃だった。
キルヒアイス艦隊は第二陣として待機している。
まるでキュウリを包丁で切るかのような手軽さで左から右への突破を許すリッテンハイム艦隊。
それを待っていたかのように、絶妙なタイミングで突撃を行うキルヒアイス艦隊。

「敵旗艦、オストマルクを発見しました!」

キルヒアイス艦隊の全軍が歓喜にわく。

「あれが戦乱の元凶だ。この機を逃してはならない。攻撃を続行せよ」

キルヒアイス艦隊の猛攻を味方を捨てることで何とか逃げ切るリッテンハイム。
そこへ新たな艦隊が現れた。

「あれはなんだ!?」

「味方の補給艦隊です、長期戦に備え後方に待機させてあったものです」

それを聞いてリッテンハイムは決断した。
自分が生き残るためだ、他の者などどうでもよい、と。

「撃て」

「は?」

参謀長が聞き間違いかと尋ね直す。
だが聞き間違いではなかった。

「味方ならば何故私が逃げ、あ、いや、転進するのを防ぐのか、撃て。撃てと言うに!」

こうして、レンテンベルク会戦最悪の事態と後の世にまで言われる、味方戦闘艦隊による味方補給艦艇への全力射撃が行われた。



side レンテンベルク要塞



「うわ」

また一人の兵士がトマホークの餌食になった。
ミンチメーカーと共和国軍に恐れられたクリーク・オフレッサー上級大将である。
キルヒアイス艦隊の揚陸部隊は5度にわたり上陸し、5度にわたり撃退された。
そんな手詰まり状態の中、キルヒアイスの下に一人の佐官が訪れる。

「コンラート・リンザー中佐です、義手が間に合いませんので左手で失礼します」

「私のお役に立てると、貴官は語っているそうですね」

そして彼は自分たち補給艦隊の惨状を伝え、それをレンテンベルク要塞にいる兵士に伝えるべきだと進言した。



リッテンハイムは自棄酒を飲んでいた。指揮下の艦隊を全て失い、わずか200隻が今の彼にあるだけ。
たとえここを脱出してもブラウンシュバイクは自分を処刑するだろう。
帝都オーディンも同様だ。皇帝に逆らって負けたのだ、許されるはずが無い。

そう思い、自棄酒を飲んでいると血まみれのオフレッサーが入って来た。

「なんです、この醜態は?」

「卿のような野蛮人には理解できぬ苦しみがある、ということだ」

「なんだと!」

一触即発の両者。
衛兵がオフレッサーに銃口を向ける。
それに気が付いたオフレッサーとその部下たちもトマホークを構える。

その時だ。
一人の士官が入ってきたのは。




side オーベルシュタイン 宇宙暦798年、帝国暦489年11月9日


『卿らは本気で死ねるのだな』

『ああ、家族の仇を討たせてもらえるなら喜んで死んでやる』

『そうだ、俺は妻をレイプされ、娘を殺された。その貴族様はいまや侯爵だ!』

『俺だってそうだ、あんだけ働いたのに、立った一口の悪口で両親を、妹を、みんな殺された』

『いかがです、この者ら、今回の潜入任務には適任かと』

『よかろう、私はオーベルト中将。貴官らに任務を与えるから忘れずに聞け』

『この書類は共和国の技術を持って作った正式な偽装書類だ』

『これでレンテンベルク、ガルミッシュ、ガイエスブルグの3要塞に潜入し、貴族連合の分断工作を図れ』

『可能とあらば、貴族連合の盟主であろうブラウンシュバイク、リッテンハイムらを謀殺しても構わぬ』

『卿らも復讐の機会が到来したのだ、またとないチャンスだ』





side レンテンベルク要塞



「汚い格好ではこまります」

それを聞いて俺は怒りを抑え切れなかった。
汚い?
それが味方を撃っておいての言い草か?
やはり共和国でのあの義眼の男は正しかった。
俺に復讐の機会をくれた!!!

「これはお前に撃たれて死んだ、俺の部下だ! 褒美のキスでも受け取りやがれ!!」

そして起爆スイッチを入れる。


爆発。




side ファーレンハイト

「あれは確か司令室の方角だな?」

かつてレンテンベルク要塞で共和国軍撃退の指揮を取ったから瞬時に分かった。

「内部からの爆発ですね」

ザンデルス大尉が発言する。

「なにかあったな」

ファーレンハイトも同感だ、という感じで頷く。

「閣下、キルヒアイス提督から入電です、全揚陸部隊を上陸、この機に一気にレンテンベルク要塞を攻略せよ、以上です」

かくして第8通路の死闘と呼ばれた戦いは6度目にして決着がついた。
なぜならオフレッサー上級大将が戦死しており、また、コンラート・リンザーの姿と報道で投降者が続出した為だ。

「オフレッサーもあの爆発で死んだか」

ファーレンハイトは部下からの報告を聞き納得する。
たとえ爆発に耐え切ったとしても遠目から見える外壁の大穴。
急激な気圧の減少と真空中に放り出されて助かるはずが無い。

「閣下、オフレッサー上級大将の右腕ならび下半身を回収したとの事です」

案の定だ。
それにしても死んでまで祟ってくれるな。

「・・・・焼き捨てろ」

「は」

ザンデルス大尉は復唱し、即座に実行された。


こうして貴族連合軍は副盟主ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム公爵と、クリーク・オフレッサー上級大将、そして全艦隊の三分の一を失った。


一方、ラインハルトの本隊はその報告を受け、疾風ウォルフを先頭にレンテンベルク要塞へと到着。
キルヒアイス連合艦隊と合流する。
さらにミッターマイヤー艦隊をシャンタウ恒星系にまで艦隊を進めた。
それはガイエスブルグ要塞の眼前であり、新たな敵艦隊との遭遇でもあった。


ラインハルト陣営の指揮官はウォルフガング・ミッターマイヤー。
対して敵陣営の指揮官はオスカー・フォン・マールバッハ、いや、オスカー・フォン・ロイエンタール。


帝国軍の双璧といわれた二人の衝突は目前に迫っていた。



[22236] 第二部 第七話 内乱後編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/08 17:29
『シャンタウ会戦とそれに前後する事件について

シャンタウ会戦は初めて双璧がぶつかった会戦である。だが、その前にこの開戦前にブラウンシュバイク公爵の甥であるリーム・フォン・シャイド男爵の死亡を伝えなければならない。これは新領地ヴェスターラントで発生したもので、主に食料の徴発が端を発していた。これが会戦終盤に大きな影響をローエングラム陣営に与えるのだが、まずは会戦事態について説明しよう。
この会戦の構図は攻めるローエングラム陣営、守るリップスシュッタト連合軍にあった。当時のリップシュッタト連合軍は、ローエングラム陣営の別動部隊であるキルヒアイス艦隊により、リッテンハイム公爵領土の大半を切り取られており、追い詰められていた。依然7個艦隊を有するとはいえ、ローエングラム陣営は10個艦隊を保有しており戦力比の上での劣勢は明らか。
さらに、中立を表明していたメルカッツ艦隊が皇帝の勅令により、ガルミッシュ要塞を進発したと聞き、危機感を募らされていた。そこで発生したのがシャンタウ会戦である。シャンタウ会戦は皇帝派のウォルフガング・ミッターマイヤーとリップシュタット連合軍のオスカー・フォン・ロイエンタールが衝突した稀有な戦いである。
会戦自体は両者一歩も譲らず、ロイエンタールが別同部隊を大回りさせ背後を突こうとすると、それに対応しバイエルラインを迎撃に、ミッターマイヤー本隊は敵ロイエンタール艦隊本隊足止めすべく10個の小集団に別れ、それを線で結び、ロエインタール艦隊防衛線突破を許そうとした。だが、それは叶わなかった。ロイエンタールはクナップシュッタイン、グリルパルツァーを巧みにスライドさせることでそれを回避して逆に横一文字に展開した艦隊へと出血を強要したのだ。
一方で別同部隊もバイエルライン分艦隊に阻止され、後背を突くというロイエンタールの計画は失敗に終わる。こうして戦線は膠着状態に陥る。結果、消耗戦を嫌った両者は撤退を開始。ミッターマイヤー艦隊のほうが先に撤退したのでこの戦いはロイエンタールの勝利として記録されることになる。もっとも、当時の日記などでは、当人たちは敗北したのは自分だと公言しておりシャンタウ会戦は事実上の引き分けに終ったと言ってよいだろう。兎にも角にも連戦連敗、副盟主とそれに連なるリッテンハイム公爵派貴族全員の死亡とで士気の低下が発生していたリップシュッタト連合軍はなんとかその士気と規律を維持することになる。』

著者ヤン・ラン 『帝国内戦編』より抜粋


『無能で無知蒙昧なる貴族たちよ、貴様らの副盟主ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム公爵は自らの悪行の所業の末に無残で敢え無き最期を遂げた。今降伏すれば寛大な皇帝陛下の名の下に、お前たちを辺境の収容所送りにするだけで済ませてやろう。それがいやならガイエスブルグ要塞と言う穴倉にモグラのように引っ込んでいるが良い。それがお前たちにはお似合いなのだからな。精々その足りない脳みそで十分に考えるが良い。銀河帝国軍宇宙艦隊司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラム』

皇帝ラインハルト1世の挑発文より抜粋。


『皇帝の憂鬱

アンネローゼと話をしていて分かったことがある。それはかのものの祖母がかつてわしが初めて愛した、そして初めて宮廷というものの醜さを実感した女性だった。アンネローゼの祖母、アンネローゼ・フォン・リンデールといった。それはわしとの間にクラリベルという長女を授かった。だが、宮廷は侍女と皇族の恋愛など許しはしなかった。
アンネローゼは即座にノイエ・サンスーシを追われ、わしは一人になった。いや、この場合は自業自得というべきか。もしもあの時皇位継承権もなにもかも捨て去ってかのものを追いかければこんなことにはならなんだやも知れぬ。だが、わしにはその度胸も気概もなかった。そうしてわしは女は娼婦に、酒は高級酒に、そして国庫からの資金を湯水のごとくギャンブルに投資した。
わしの所業を最初は兄も弟も苦言したが聞かなかった。そんな事はどうでも良かった。わしは埋められない何かを追い求めて逃げた。そうしてわしはもう一人の孫と出会う。もちろん、そんな事は二人とも知らぬがな。
ああ、あるいはアンネローゼは薄々気が付いているやも知れぬ。だが、ローエングラム伯爵、いや、此度の叛乱を契機に爵位を一つ上げたからローエングラム侯爵か、は、知らずとも良い。実の祖父がわしなどと。それでは簒奪に影響が出よう。そしてこの国改革にも影響がでよう。ならば、わしの残り少ない人生はたった一つの目的のために活かす必要がある。
それは、生きること。あの若者がこの内戦に勝利し、凱旋し、クーデターを起すまで生き残ること。ただそれだけだ。わしの最後の希望、ラインハルト・フォン・ローエングラム、いやミューゼルよ、期待しておるぞ』 





第七話 内乱後編





side マールバッハ


シャンタウ恒星系をからくも死守したマールバッハ伯爵を待っていたのは盟主自らの歓迎であった。
それは派手な歓迎であり、マールバッハ伯爵にとっては不本意極まるものであった。

「ブラウンシュバイク公爵」

「おお、マールバッハ伯爵、よくぞ君臣の肝を排除してくださった」

「流石はマールバッハ伯爵家を継ぐ者。成り上がりの小僧どもとは違いますな」

「そのとおり、このランズベルク伯アルフレッド、感極まりましてございます」

ランズベルク伯爵が感極まったといった感じでマールバッハ伯爵を褒め称える。

「いえ、当然のまでのことを下までのこと」

だがマールバッハ伯爵は心の中ではまったく別のことを考えていた。

(だめだな、こいつらは。早く何とかしないと)

それを知らずに上機嫌に話を進めるブラウンシュバイク公爵。

「園遊会の準備が整っておる。どうじゃ、戦勝祝いに参加せぬか?」

(あれが戦勝か・・・・ふん、よほど頭の中がおめでたいと見える。まあ良いか)

世辞の一つも言えずして、本当の目的は達成できない。
そう判断したマールバッハ伯爵はそれを受け入れた。

「それはそれはこのマールバッハ感謝の極み。
ぜひ参加させてもらいたい、その後でティルピッツ、レーダー、デーニッツという将官らと話がしたいのですが」

ブラウンシュバイクは深く考えもせずに

「うむ、許可しよう」

とだけ言った。

そして宴会もたけなわな頃、一つの報告がもたらされた。
それはシャンタウを奪取したラインハルトの挑発文であり、妙な行動を取る疾風ウォルフの艦隊であった。

そして続いてレーザー水爆ミサイルの直撃である。

振動。食器が割れる。ところかしこから上がる悲鳴。
マールバッハにはそれが超長距離レーザー水爆ミサイルの直撃と分かった。
要塞射程外からの遠距離攻撃。
もっともこの程度で突破されるならイゼルローン要塞で共和国軍があれほどの苦労はしない。
イゼルローンのプロトタイプとして設計されたこの要塞は伊達ではない。

「な、なんだ。アンスバッハ、いったい何がおきておる!?」

アンスバッハは艦隊の整備でシュトライトと共にこの場にはいない
しかたなく苦言するマールバッハ伯爵。

「盟主、敵が要塞主砲射程ぎりぎりで攻撃してきております、如何いたしましょう?」

そこでブラウンシュバイクの悪い癖が出た。
ブラウンシュバイクはこれ以上こやつに、マールバッハ伯爵に人望が集まるのを嫌った。
そこで子飼いの二人に出撃命令を出す。

「ランズベルク伯爵、フレーゲル男爵」

「「ハッ」」

反応する二人の帝国貴族。

「それぞれ1個艦隊を与える、うるさいはえどもを追い払って来い」

それを聞いたマールバッハ伯爵は静かに頭を下げた。
その口元には笑みが浮かんでいた。
艦隊が敵を追い払い、凱旋してきた。
もちろんマールバッハは擬態だと気が付いていたが。

(ふん、俺にはゴールデンバウム王朝もお前たち大貴族どもの未来などどうでも良い)

母親の姿を思い出し、父親の言葉が木霊する。

(むしろ滅びてしまえ、そう思う)

(だが、滅びる前に利用させてもらうぞ、精々な)

そこへシャイド男爵死すの報告が入る。

「シャイドが!?」

「卑民どもめ、よくも我が甥を殺してくれたな!!」

ブラウンシュバイクは人目を気にせず怒鳴る。
まあ、それに賛同する貴族もいつもの事なのでマールバッハは止めなかった。
だが次の瞬間、彼をして耳を疑わせた。

「ヴェスターラントに核攻撃を加える!!」

「お待ち下さい、ヴェスターラントは閣下が皇帝陛下から直接いただいた御領地です」

シュトライト准将が止めに入る。
アンスバッハも同様だ。

「首謀者を処罰すれば良いだけではございませんか」

「それに核兵器を惑星上で使うのは、人類が絶滅しかけた13日間戦争以来の禁忌の筈」

アンスバッハは正論だ。
そしてマールバッハも何もしなかった無能者として歴史に悪名を残したくない。

「臣もそう考えます、どうかご再考を」

マールバッハも流石に慌てて止めに入るが、怒り心頭のブラウンシュバイクは聞こうとしない。
そして親ブラウンシュバイク公爵派の貴族はほとんどが賛成のようだ。

(この下種が!!!)

マールバッハは内心の怒りを抑えながらそれでも説得する。

「戦力を分断します、軍司令官として認められません」

だが、駄目だった。

「盟主はこの私だ!」

こうしてブラウンシュバイクは巡洋艦。駆逐艦を中心とした1000隻の分艦隊を進発させた。




side ラインハルト、キルヒアイス



そうした陽動攻撃を仕掛けている最中だった。
ミッターマイヤーから緊急の報告が入ったのは。

「何、ヴェスターラントへの核攻撃だと!?」

ラインハルトが驚く。

「はい、ロイエンタール大将から直接ミッターマイヤー大将へと連絡があったようです」

ロイエンタール、久しぶりに聞く名前だった。
自分と戦うため、あえて、貴族連合へと走った男。

「何故、ロイエンタールはそんな事を・・・・偽電ではないのか?」

ラインハルトは信じられないという感じでキルヒアイスに確認を取る。
キルヒアイスの代わりにヒルダが発言した。

「ローエングラム侯もロイエンタール提督の人となりはご存知のはずです、その様な策を弄するとは思えません」

キルヒアイスも続けて、

「フロイラインの言うとおりだと私も思います。それに事実であれば絶対に阻止せぬばなりません」

と、同意する。
心なしか普段よりも強い口調で。
いや、心なしではない。断固阻止しろとその目が言っていた。

「そうだな、キルヒアイスとヒルダの言うとおりだ。ミュラーに1個艦隊を率いて防衛戦にあたらせよう、それで良いか?」

キルヒアイスも同感だったのだろう、それに同意した。
そしてヒルダも。

「その通りでかまいませんわ、ローエングラム侯」

と、言って同意した。
即座に書類を作成するラインハルト。

「ヒルダ、すまないがこれをシュタインメッツに持っていってくれないか?」

手渡す。

「ヴェスターラントの件ですね?」

ヒルダも即座に悟った。

「そうだ、相変わらず聡明な女性だな、ヒルダは」

それを聞いてにっこりと笑うヒルダ。

(どうやらこれは、満更でもないらしい)

そうキルヒアイスは感じて。

「ところでラインハルト様」

キルヒアイスが話題を変える。

「そうか、本題があるのだったな」

そう、本題はヴェスターラントではなかった。

「はい、貴族連合軍2個艦隊が陽動に引っかかりました」

「では、せいぜい派手に負けてやるとしよう、貴族の盆暗どもにも分かるように、な」

ラインハルト指揮下のミッターマイヤー艦隊は4度にわたり敗北の擬態を続けた。
そしてそれを勝利と勘違いした貴族連合軍は盟主指揮下の下全戦力を挙げてミッターマイヤー艦隊追撃の準備を開始した。
しかし、キルヒアイスとラインハルトはこの時の決断を死ぬまで後悔することになる。





side ロイエンタール



「いよいよ時が着た」

ロイエンタールは3名の提督を集めてこう言った。

「老兵は死なずただ消え去るのみというが、な」

レーダーが過去の偉大な将軍の言葉を引き合いに出す

「何を言う、すばらしいではないかレーダー提督、これで戦争ができるぞ」

ティルピッツが戦争卿の異名をとる彼らしい発言をする。

「相変わらずだな、ティルピッツ」

デーニッツが抑えにかかる。

そうして密会は進む。

「では、次の会戦時が勝負どころだな。盟主自身から出撃するというし」

レーダーが確認する。

「できるだけ味方には生き残ってもらいたいものだ」

デーニッツが哀れむような言葉をつむぐ。

「ふふ、敗残兵の群れを率いる敗将の艦隊、胸がときめくなぁ」

ティルピッツが案外的外れな、そして正確な論評を下す。

「では、各自の健闘を祈る、幸いにして我々は後衛だ。撤退も容易だろう」

ロイエンタールは計画通り疎まれた。
それは彼の予想通りであったが、ヴェスターラント核攻撃は予想外であった。
そして思い起こされるは盟主との会話。

『マールバッハ伯爵には後衛を担当してもらう』

『前衛はライン侯爵、フレーゲル男爵、ランズベルク伯爵、中衛はわしみずから指揮を取る!!』

『決戦だ!!』

貴族たちの思惑は、ロイエンタールの計画のうちにあった。





side キルヒアイス



(この戦いが終わったら、次の戦いが待っている)

次の戦い、それは帝都オーディンでの軍事クーデター。
詳細はラインハルトとキルヒアイス以外も知っている。
というより、ゴールデンバウム王朝に見限りをつけた者、恨みを持つ者、ラインハルト個人を崇拝する者でローエングラム元帥府は構成されている。
それは偶然ではない。

(それが終わったらアンネローゼ様を解放できる)

キルヒアイスは思う。

(だが、いや、ラインハルト様ならご理解して頂ける筈だ)

キルヒアイスは密かな決意をしていた。
この戦いが終わったら、人生の中で一番の決意を。

それは出撃の前だった。
たまたま二人だけになったときの事。

『ジーク、一つだけお願いがあるの』

『なんでしょうか、アンネローゼ様?』

『私が自由になったら・・・・・・・・・・』

沈黙。

『アンネローゼ様?』

『私を貰って下さらないかしら』

『!!!』

間。

高鳴る鼓動。

そしてようやく捻り出せた言葉。

『私などでよろしいのですか?』

『ジーク、あなただからお願いしているの』

再び沈黙。

『私の答えは・・・・・・』

そこへラインハルトが戻ってきた。

『ひどいなぁ、姉上は』

『あら、ラインハルト。遅かったわね?』

『あんなところに隠すように置いてあるなんて酷いですよ』

それからしばしの雑談の後、時計を見やるアンネローゼ。

『それより、時間じゃないのかしら』

『ちっ、そうですね、元帥府に戻る時間だ。仕方ない、このワインは全員が凱旋した時に3人で飲むとしましょう』

『ラインハルト、ジーク、どうか無事でね』

ラインハルトが先に退出する。
キルヒアイスが席を片付け退出しようとしたまさにその瞬間、消えるような声でアンネローゼがキルヒアイスに語りかけた。

『そしてジーク、今言えなかった言葉を待っています。だから必ず生きて帰ってきてください』

と。

(死ねないな、絶対)

キルヒアイスは決意を新たにする。
生きて、例えどんな汚名を甘受してでも生き残ると。
そう確信して。





side ローエングラム陣営



偵察艇からの報告、『ガイエスブルグより敵7個艦隊進発する』、の報告が旗艦ブリュンヒルトに駆け巡った。

「ついに出てきたか」

ラインハルトが独語する。
ヒルダは専門外な事なので口を慎むようにしている。
アムリッツァの敗戦と犠牲の多さ(と、彼らは考えている)の一つに自分のでしゃばりがあったと感じているからだ。
それを知ってか、知らずかラインハルトは命令を下す。

「ミッターマイヤー、予定通りの行動をとれ」

ミッターマイヤーは少し考えた後、

「ハッ」

と言って命令を承諾した。

「諸卿らも同様だ。ミュラーがいない分戦力は少ないがキルヒアイス艦隊と合流した今、十分だろう」

「「「「「「御意」」」」」」

ラインハルトがマントをはためかせて諸提督を激励する。

「では行こうか、賊軍の立てこもるガイエスブルグ要塞へ」




戦闘が始まった。
いや、戦闘らしきものと言うべきか。

ミッターマイヤー艦隊への発砲。
だが、遠い。
当たらない。いや、もしもこれが共和国軍の新鋭艦艇ならば防御スクリーンを貫通していただろう。
だが、惜しいかな、そんな技術は帝国正規軍にも貴族連合軍には無かった。
もしも次に共和国と衝突する機会があるならば、次は見えない場所からのアウトレンジ攻撃を一方的に食らって沈むのが落ちだろう。
まあ、現在戦闘中の提督たちには関係の無い話であるが。

「ふん、遠いな。間合いも分からぬと見える」

ルッツがそれをみて独語する。

「首尾は?」

ワーレンが確認を入れる。
先年のように伏兵による奇襲攻撃を受けたらたまらない。
だから念には念を入れた索敵網を構築していた。

「ビッテンフェルト提督、敵艦隊、所定の位置まで艦列を伸ばしつつあります」

オイゲン参謀長の言葉に無言で頷くビッテンフェルト。

「ミッターマイヤー提督、ブリュンヒルトから連絡、反撃せよ、以上です」

ミッターマイヤーの顔に喜色の色がともる。

「そうか、待ちかねたぞ、総反撃だ!!」

そして閃光が走った!

「な、なんだ!」

「うぁぁぁ」

ライン侯爵が、その他の貴族連合軍が一気に瓦解する。
それはもっとも難しいとされていた敵前回頭の成功であり、疾風ウォルフに率いられた15000隻の艦隊の総反撃でもあった。
瞬時にして崩壊する前衛。
そして動き出す各艦隊。

「今だ砲撃を開始せよ」

メックリンガーが、

「この戦乱の元凶はブラウンシュバイクだ。生死は問わぬから必ず連れてこい」

ケスラーが、

「ブラウンシュバイクを捕らえたものには一兵卒でも提督にしてくださるとの元帥閣下のお言葉だ。諸君、機会を掴めよ」

ビッテンフェルトが、

「やはり、な。言った通りの結末だったろう?」

ファーレンハイトが、

「焦らずに慎重に敵兵力を削ぐのです。また、投降する艦を砲撃することは禁じます」

キルヒアイスが、

それぞれ思い思いの言葉で嗾ける。
将兵たちも、今こそ今までの大貴族への恨みを返せると感じたのか士気も高い。

そして、結果論であるがガイエスブルグ要塞に逃げ込んだ艦隊は約5個。
うち、4個艦隊はマールバッハ伯爵で戦場の途中で盟主を見限り帰港していた。




side ブラウンシュバイク


「マールバッハは、マールバッハはどこにいる!?」

「銀の鷹の間にいます」

シュトライトが被害艦艇の処理に謀殺されながらも、律儀に答える。

「叔父上!」

フレーゲルも怒り心頭といった感じでついて行く。
そう行って生き残った貴族たちは『銀の鷹の間』に行く。

そして見た玉座に座って頬杖をついているマールバッハの、いや、ロイエンタールの姿を。

「人は平等ではない・・・・・か、それがこの国の国是だな、いや、人は平等だ」

「こと死ぬ、ということに関しては人は平等なのだ」

「何を言っている!」

フレーゲルが叫ぶ。
この男は何を言っているのだ!?

「そうだ、何故わしらを置いて先に逃げ帰った!!」

ブラウンシュバイクがもっともな疑問を投げかける。

「知りたいか、低脳」

バシュ。

思わずフレーゲル男爵がブラスターを引き抜き放つ。
だがそれは強化ガラスの壁に阻まれた。

「ふん、やはりそれが答えか」

ロイエンタールの答えは泰然としていた。

「何故だ、あの精神的に未熟な金髪の小僧を見限って我々に付いたのではないのか!」

ブラウンシュバイクの言葉に露骨に嫌悪感をだすロイエンタール。

「ちがうな、貴様らがゴールデンバム王朝を食い物にしようと俺の知った事ではなかった。
だが、貴様ら如き下種が批判してよいお方に俺は背いたのではない」

そして咆哮する。それはロイエンタールの魂の叫びだった。

「俺が叛いたのは、あのお方と戦い充足感を得るという俺自身の野心の為だ!!!」

その叫びと共に4つのドアから装甲服とレーザーライフルで身を固めた兵士の大群がレーダー、ティルピッツ、デーニッツに指揮されは入ってきた。
それをみて形勢逆転だとばかりに笑う生き残りの貴族たち。

「よくきてくれたレーダー提督、あの裏切り者を処刑してくれ」

貴族の一人が彼にそう言って近付く。
レーダーは無言で頷き、そしてブラスターを引き抜き、放つ。

件の貴族の眉間へ。

それが合図だった。一斉に発砲するレーザーライフルの光。
光、光、光、光、光。
銃声が一斉に木霊する。
そして、静粛が訪れた。

「ふふふふ、まあ、裏切りは戦場の華ともいうべきですからな」

まだ生きている貴族に止めを刺しながら鼻歌を歌うティルピッツ。
ブラウンシュバイクは生きていた。
だが瀕死の重症だ。

そこへ強化ガラスが開けられ、ロイエンタールが降りてくる。

「く、くそ」

同じく瀕死のフレーゲルが発砲するが当たらない。
撃ち返すロイエンタール。
そしてフレーゲルは死んだ。

「帝国、万歳」

と言い残して。

「マールバッハ伯爵、なんだ、何が望みだ、わしを、わしを助けろ。わしは死にたくない」

「わしを助けてくれたら、孫のエリザベートをやろう、そうすれば次期皇帝は・・・・・・・・・」

最後まで言えなかった。容赦なく、額を打ち抜く。

「ふん、最後まで不愉快な男だったな。俺が最後に殺した貴族どもの中で唯一武器を持ってないとはな」

そこで胸騒ぎを駆けつけたアンスバッハが駆け込んできた。
10名ほどの部下にはアントン・フェルナー大佐、コウプトマン少佐も混じっている。

「閣下! マールバッハ、貴様!」

即座に撃つロイエンタール。
このときのロイエンタールには容赦というものが無かった。
利き腕と脚を打ち抜かれ、倒れ付すアンスバッハ。

「フェルナー大佐、アンスバッハ准将を手当てしてやれ、そして監禁しろ」

「よろしいのですか?」

フェルナーが恐る恐るといった口調で確認する。

「ああ、そこで裏切られ刃向かって殺されるのならば俺もそこまでの男だということだ」

そしてコウプトマン少佐が近付いてくる。
思わず銃を向ける兵士たち。
それを抑える3名の提督。

「気が晴れましたか?」

ロイエンタールはその言葉に無言で首を振る。
そして付け加えた。

「オーベルトに伝えろ、義理は果たしたとな」

そうしてロイエンタールはガイエスブルグ要塞の指揮権を完全に掌握した。
そこで数万人の脱走者を意図的に出し、コウプトマン少佐は脱出する。
ラインハルト・フォン・ローエングラムも知らない諜報網を使って共和国全土にこの内戦の詳細を伝えるために。

貴族連合4076名中、4070名が命を落としたこの戦いは誰もが収束に向かうと信じていた。
だがそれは、さらなる大決戦の前ぶれに過ぎなかった。



[22236] 第二部 第八話 クーデター
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/05 13:09
『ブラウンシュバイク公爵とリッテンハイム公爵の死

両名がリップシュッタト連合軍の最高指導者たちであったのは疑いようの無い真実だ。現に最終決戦に置いてリップシュタット連合軍を指揮したのはブラウンシュバイク公爵で、オスカー・フォン・ロイエンタール大将ではなかった。
だが、それこそ彼の真の目的、ラインハルト・フォン・ローエングラムに挑戦するという目的に合致した行動だった。
ラインハルトは卑怯な行為を嫌う。後年だが、皇妃ヒルダは何故かラインハルト1世はロイエンタールの行動を支持したと公表している。これは多くの歴史学を学ぶものに貴重な題材として多くの問いを投げかけている。
何故、あの潔癖症のカイザーラインハルトは裏切りを許したのか、何故、貴族どもへの虐殺を黙殺したのか、という点である。これは面白い点だ。本来であれば、カイザーラインハルトは怒りと共にロイエンタールを断罪する筈である、にもかかわらず、彼にはそう言った怒りの炎が見えなかった』




『ゴールデンバウム王朝の滅亡

ゴールデンバウム王朝は一部の貴族が大部分の平民を支配するというある種の歪んだ政治制度をもって発展してきた国家である。それが500年にわたり銀河共和国と対等に渡り合えたのは一重に政治上の理由である。
初期は交易・貿易相手として、次は仮想敵国として、次は適度な緊張感を保つための道具としてである。言い過ぎかもしれないが、戦後半世紀を経って公開された公式文章の中、特に銀河共和国側の中にはそういった表現があいついで発見されている。これは片手間で戦争を継続できた銀河共和国の国力の恐ろしさをも同時に物語っている。
さて、話を銀河帝国ゴールデンバウム王朝滅亡に戻そう。ゴールデンバウム王朝は先述した通り、貴族が平民を支配する制度を採っている。
その大貴族たちが死に絶えればどうなるか?それは上からの革命である。ラインハルト・フォン・ローエングラム、いや、カイザーラインハルトはそれを達成した偉大なる英雄だった。リップシュタット連合軍を撃滅する傍らで、その間隙を突いてガイエスブルグを掌握したオスカー・フォン・ロイエンタール。
そこにおける容赦の無い苛烈な粛清劇は結果としてゴールデンバウム王朝の屋台骨を圧し折った。彼は最後まで認めなかっただろうし、今もう一度彼に会えたとしても認めないだろうが、ゴールデンバウム王朝打倒の立役者はラインハルト・フォン・ローエングラムとオスカー・フォン・ロイエンタールの両名である。』

ヤン・ラン 『銀河帝国ゴールデンバウム王朝の興亡』より抜粋





第八話 クーデター





宇宙暦799年、帝国暦490年4月22日



時は変わり、銀河共和国某所。
数人の佐官と将官が深刻そうな顔つきで話し合っている。
階級は大将が一名、中将が二名、少将が三名、大佐が八名だ。
全員が軍服を着ている。

「いよいよ決行の時だ、そうですなアル・サレム大将」

サングラスをかけたアル・サレム大将は否定も肯定もしない
その代わりにウィレム・ホーランド中将が同意する。

「ああ、これであの青二才もおしまいだ」

そこには憎悪の炎があった。
黒髪の青二才、若干30歳で元帥に、31歳でこの国のTOPにたったヤン・ウェンリーに。

「ホーランド中将、我々は国を思って立つのです、決して私利私欲のために立つのではないのですぞ」

苦言するクリスチアン大佐。
だが、彼もそう思うことがある。あんな10歳も年下の若者にこの国を任せて置けない、と。

「クリスチアン大佐の言う通りです」

ベイ大佐が補足する。
ベイ大佐には大佐なりの思惑がある。
それは保身だ、いざとなったらトリューニヒト議長に逃げ込めばよい、クーデターが成功すればそれはそれでよいと考えて。

「第8艦隊と第11艦隊はお二人が司令部に到着すればよい。それだけで首都在住戦力の半分を制圧できる」

エベンスが発言する。
艦隊司令官の命令さえあれば艦隊は掌握できる。
それは共和国軍軍法の規定どおりなので問題視していなかった。
問題は首都にいない第5、第2艦隊。まるで図ったかのように演習にでている。
これでは当初の計画、宇宙艦隊各司令官を人質にして艦隊を掌握するという手段が使えない。

「首都シリウスとヤン大統領暗殺に成功してしまえば何とでもなります」

そうだ、現在の共和国の繁栄はヤン・ウェンリー一人の力といってよい。
もしもそのTOPがいなくなれば?
大混乱が発生するだろう。
そこをついて、自分たち救国軍事会議が全権を握る。

「ですが、もはや後戻りはできません。あとは実行あるのみです」

アンドリュー・フォーク予備役大佐が発っした。
彼はアムリッツァの敗戦の責任を取らされ、当然といえば当然な結果として一階級降格の上、予備役へと強制編入されていた。
だから、彼にとっては死活問題なのだ。自分が英雄になるために。

そこでアル・サレムが発言する。

「だが、気をつけたまえ、エベンス大佐。ダブルスパイがいるとも限らんぞ」

その時だ。

爆炎が、否、何発もの閃光弾が投擲されたのは。

「うがあああああ」

目をやられるフォーク准将。
恐らく、いや確実にフォークは失明しただろう。
他のものは何とか目を瞑るのに間に合ったが、目が正常に働いてないのは同様だ。
軍用のサングラスをかけていた一人の例外を除いて。

「だ、だれだ!!」

「何者だ!」

全員が慌ててブラスターを片手に叫ぶ。

ガシャガシャガシャ。
何人もの、いや、数十名の装甲服を着た兵士たちが突入してきたのが音で確認できた。
そして目が慣れてくる。

「ふふ、あまり抵抗しないほうが身の為であると思いますがね」

不遜な声が部屋中に響き渡る。

「き、貴様らは!」

それは同盟の装甲歩兵部隊だった。
しかもその肩のマークが正しければ、ローゼンリッター連隊だ。

「おや、ベイ大佐、でしたかな?大統領警護隊副隊長がこんなところでクーデターの密会とは見苦しいものですな」

それは自分を閑職へと追放した男の声だった。
嘲る将官。
そしてホーランド提督に、このクーデターの最初の企画者にライフルの銃口を向ける。

「さて、第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド中将ですな?」

続けて不遜にも大胆に罵倒をする。

「聞きますが、アムリッツァで指揮下の兵士を見捨てて、それで昇進できなかったことを逆恨みしたクーデター計画の首謀者、間違いありませんかな?」

それを聞き青くなるホーランド。
その表情の変化は罵倒が真実であることを物語っていた。
同志であるはずのエベンスは忌々しげにホーランドを睨みだした。

(そういう理由だったのか!?)

(救国が目的の筈ではなかったのか!)

エベンスの目には侮蔑の色が浮かぶ。

「そ、そういう貴様は何者だ!」

ホーランドが取り繕うように叫んだ。
そこでやっとその将官、いや階級章から中将と分かった男が口を開いた。

「ワルター・フォン・シェーンコップ」

そして謳う。高らかに。

「第13代ローゼンリッター連隊連隊長と言う方が通りが良いですが、今は大統領警護隊隊長をさせてもらってます」

ブロンズ中将がどもりながら反論する。

「け、警護隊に司法権はないはずだ」

それを鼻で笑うシェーンコップ。

「ほう、これはけったいな話だ。司法権は確かにないが大統領護衛権はある、それを行使したまでのこと」

そう、この計画ではヤン大統領暗殺も計画に入っていた。
だから強弁することもできる。
なにより、これは軍諜報部からの正式な依頼。
法的根拠はこちらにある。

「それに、だ、司法権うんぬんをいうならば貴官らこそ問題なのでは?」

クーデターは言うまでも無く違法。それはルドルフ大帝時代に定められ、アーレ・ハイネセン時代に厳格化された法律の一つ。
だから古い言葉だが、『正義は我らローゼンリッターにあり』ということになる。
そしてゆっくりとアル・サレムは彼らの、ローゼンリッターの後背へと着く。
それを庇うローゼンリッターの面々。

「アル・サレム大将!」

驚いたのはクーデター派の人々だ。
ベイ大佐が代表して驚きを表明する。

「どういう事です、何故そいつらの後ろに!!」

そこでエベンス大佐が気が付いた。
あれほどのタイミングの良い突入と、密会施設の場所、時間を指名をしてきたのは誰かということを。

「まさか、ダブルスパイというのはあなたか!!」

クリスチアン大佐が驚き叫ぶ。そして視線が集まる。
アル・サレムはその驚きの視線を受け止めた。

「そうだ」

「何故!?」

それは当然の疑問だ。
彼が参入したからこそクーデター計画は現実味を帯び、かつ、彼自身積極的に議論に参加していたのだ。
その彼が裏切り者。いや、ダブルスパイ。
驚くなと言う方が無理だろう。

「それはこちらの台詞だエベンス大佐。貴官らこそ何故こんな暴挙に出た?」

逆に質問するアル・サレム大将。

「それは打倒帝国のために・・・・」

シェーンコップが遮る。

「ちがうな。ヤン大統領派が疎ましい、それが理由だろう?」

「ヤン大統領誕生以来、軍部は穏健派の牙城だ。さぞ、居心地が悪かったでしょうなぁ」

シェーンコップが皮肉を言い続ける。
それはある側面で真実を言い当てていた。
ヤン大統領、シトレ統合作戦本部長、ビュコック宇宙艦隊司令長官と軍事を掌るTOPレベルが全員穏健派。
付け加えるならば、前線の将官達も非戦派や良識派。
これでは帝国打倒など夢のまた夢だ。

アル・サレムが続ける。

「私は貴官らと違ってクーデターなどという法律を犯すつもりも無い!!!」

思わず、

「卑怯者」

と罵倒された。
罵倒を聞いてアル・サレムの表情が変わる。
罵倒したブロンズ情報部中将の声に咆哮にて答える。

「見くびるな、小童!!!」

一括。

「このアル・サレム、例えどれほどの目に遭おうともクーデターなどという野蛮な行為には断じて参加せぬ!!」

それはアムリッツァで死んだ僚友アップルトンの、ルフェーブルの言葉でもあった。
彼らがどう思うかは分からない。死者の気持ちなど誰にも分からないものだ。
だが、今の共和国を見てクーデターを起こそうなどとは思わないのは確かな筈、そうアル・サレムは信じていた。

「共和国の未来など小官にとってはどうでも良い事ですが、ヤン・ウェンリーに死なれてはこれからの歴史の展開が面白くないですからな」

大胆不敵とはまさにこの事だろう。

「さて、小官も時間が無いことですし、軍事法廷で裁判を受けてもらえますかな?」

そこで一条の閃光が放たれた。
エベンス大佐が自殺したのだ。
一方、狂乱に駆られたホーランド提督はブラスターを乱射する。
それをローゼンリッター連隊のミルズ大尉が正確な射撃でブラスターを撃ち抜き、続いて彼の額を撃ち抜いた。
倒れ付すホーランド。
ガタガタと震え神に祈りを捧げるブロンズにベイ。
逃走を図り取り押さえられるクリスチアン。
いや、彼は逃げられないと知ったとたん自殺したからある意味で逃走に成功した。
現実という名前の真実から。

「ふふふふふふ、はははあっはあはあははああははあは」

そこで部屋の片隅で狂乱した笑い声が聞こえる。
即座にクルーガー中尉を先頭に確保する。

「貴様の名前は!」

ブルームハルト少佐が詰問する。

「アーサー・リンチだ。小僧、聞いたことがあるだろう?あのエル・ファシルの悪役さ!」

エル・ファシル。それはヤン大統領の第一歩を示した土地。

「エル・ファシル・・・・・まさかリンチ少将か」

グリーンヒルが正規の憲兵を連れて入ってくる。
そして生き残りの人物を次々に拘束している。

「ほう、その声はグリーンヒル大将閣下、いや今は中将閣下か」

リンチのところまで来る。

「何故貴官等はこんなまねを」

それは疑問だった。
共和国は良い方向へと舵を切った。戦争から平和へ、退廃から繁栄へ。
リンチらの、いや、ホーランドらのクーデター計画はそれに逆行するものだ。
だからこそ、アル・サレム大将を送り込み、盗聴し、盗撮し、証拠固めに奔走したのだが。

「別に俺は誰でもよかった」

リンチは捨て鉢な気分で、いや、実際に捨て鉢な気分なんだろう。
そんな声色だ。みればブランデーのビンが半分は減っている。
彼一人で全部飲んでいるのだろうか。

「誰でもよかった?」

グリーンヒルはかつての後輩に問いただす。

「そうだ、俺は誰かに弁解のしようのない恥をかかせてやりたかったのさ。
どうだブロンズ。救国軍事会議などという妄想がもろくも崩れ去った気分は?」

ブロンズの顔は、いや、クーデター参加者の顔色は青い。

「誰にも弁解できない恥を書かされた気分は!」

リンチの、恐らくこの12年間溜めに溜まった気分を吐き出しているに違いない。

「ついでに言うとな、ブロンズ、救国軍事会議を考えたのは俺じゃない。
フェザーンの黒狐なんだよ!!どうだ、思い知ったか!?」

それは驚くべき情報。
クーデターを企画したのがフェザーンであるというのだ。

「あは、あは、あはははははははは」

連行されるリンチたち。そんな中、彼の嘲笑が響いた。





side ヤン  宇宙暦799年、帝国暦490年4月23日 19時45分




二人の女性と三人の男性が大統領専用ラウンジで話し合っていた。
食事はほとんど進んでない。
一人は国務補佐官ジェシカ・エドワーズ。ライトグレーのスーツにスカートで決めている。
一人は安全保障補佐官のジャン・ロベール・ラップ。こちらは軍服だ。
なお、二人は夫婦だが夫婦別姓を選択した。
この時代の共和国ではどのタイミングでも夫婦の姓を変更できるので結構気軽に別姓を選択する人物が多い。
もっともこの二人の場合は、ジェシカが政界にいるというのが最大の要因であったが。

「そうか、ローエングラム侯爵かと思っていたがフェザーンか」

男性陣の残り二人のうち、ヤン大統領が答える。
その姿はネイビーストライプのスーツに白いシャツ、赤いネクタイである。

「あなた、どうします?」

妻の、青いドレスを着たファーストレディのフレデリカ・G・ヤンが聞く。
それには答えずヤンはラップに話題を振った。

「安全保障補佐官としてはどう思う?」

彼はこわばった顔で言った。

「制裁の必要があるかと」

何に、とは言わない。
だが、軍人としてはそういうしかない。

「国務補佐官のエドワーズ女史はどう考える?」

今度はジェシカに振る。

「第一に国民には秘匿しておくべきですわ」

「理由は?」

ジェシカは反戦論者だ。
一応確認の意味で聞いてみた。

「フェザーンへの侵攻は帝国にいらぬ疑念を提示します」

そう、フェザーンへの武力侵攻や武力制裁は微妙なバランスの上に立っている三国のバランスを崩壊させかねない。
特に内戦中で過剰な反応が返ってくるのは明らかだ。
それは帝国全土への併呑へと繋がるかもしれない。それは避けるべきだ。

(あるいはそこまで見越して今回の謀略を展開したのか?)

「そうだな、今は秘匿しておこう。」

そこで最後の男、ラップとは違い黒のスーツに黒いネクタイを締めた男が発言してきた。

「お待ち下さい、ヤン閣下。ここは秘匿せずに公開するべきかと」

「何故だい、情報補佐官?」

それはオーベルト中将だった。

「秘匿してもあれだけの人数が聞いたのです、必ず秘密は洩れます」

そこでヤンはオーベルトが何を言いたいのか察した。

「洩れるなら、此方の操作がし易い様にするべき、と貴官はいいたいんだね」

一礼するオーベルト。

「ご明察の通りです」

「では、どうしろと?」

ラップが疑問を提示する。

「ラップ補佐官の疑問ももっともです。ですので裁判を公開し、リンチ少将を供述場に立たせます」

それは生贄の羊を用意するのと同じ意味だった。

「なるほどね、リンチ司令は重度のアルコール中毒症状、そして物的証拠は何も無い」

ヤンは乗り気ではなかった。だが、フレデリカの言葉と支えを思い出し、決断する。

「ヤン、あなたまさか?」

ジェシカが信じられないという顔で彼を見た。
普段は変わらない彼。でも、たまにだけど、ぜんぜん違う側面を見せるヤン。
どちらが本物のヤン・ウェンリーなのだろう?
それとも両方ともがヤン・ウェンリーなのだろうか?

「国務補佐官には悪いけど、この際だリンチ少将に証言してもらう」

「それでよろしいかと。世論はフェザーンの工作というより、単なるアルコール中毒者の妄想とお考えになるでしょう」

そうかもしれない。
だが、正論だが、あまり使いたくない方法だ。
誰か一人を犠牲に押し付けるなんて。

「・・・・・・」

「ジェシカ」

あまり納得できていないジェシカをサポートするラップ。

「分かってるわ、ラップ。私たちは茨の道を歩んでいるのだから仕方ないわ」

こうして裁判は翌日から公開しつつ始まり、ヤンとオーベルシュタインの目論見どおりフェザーンに疑念が行くことはなかった。
そして国民は味方の血を再び流すことなくクーデターを未然に阻止した大統領を支持した。
その支持率は異様で、戦争も無く、辺境恒星系の開拓とフェザーン要塞建設特需に沸く国民の8割がヤン大統領を支持していた。
そして後世の人々は一度たりとも支持率が過半数を割ること無かった歴史上稀有なヤン大統領をして『奇跡のヤン』『魔術師ヤン』と褒め称えている。




side オーベルシュタイン 宇宙暦799年、帝国暦490年9月30日



何度かの会議の後、救国軍事会議も過去のものとして忘れ去られようとしている頃。
帝国全土を二分する内戦の報告がヤンの手元に上がってきた。
それはRCIAに手柄を奪われている形になっている情報省と軍諜報局が独自に調べ上げたものである。

ヤンは普段とは違うライトブラウンのコットン製品のスーツを着こなしながら退出していくオーベルトを呼び止めた。
他のものは退出し、大統領執務室には彼とオーベルト中将の二人だけが残っていた。

「ああ、オーベルト中将は残ってくれ」

呼び止めるヤン。

「何でしょうか、閣下?」

無機質な返事にもなれた。

「何、君が構築したスパイ網についてそろそろ報告があっても良いじゃないかと思ってね」

そこでヤンはオーベルト中将のスパイ網に言及してきた。
さすがに驚くオーベルト。

「! ご存知でしたか」

「大統領は無能者では務まらない、これはアーレ・ハイネセンの、いや、建国の国父カール・パルムグレンの言葉だ」

そうだ、国のTOPが無能など害悪と悪夢極まりない。
その点ではヤン大統領は十分及第点に達している。

「わかりました、一度RCIAに戻り詳細なデータを」

そう考え、いったん退室しようとするオーベルト、だがヤンは引き止めた。

「それは貴官に任せるよ。今現在の大まかな状況を知りたいんだ。」

ヤン大統領の特色として、各地の補佐官、評議会議員に任せられることは全て任す、ただし、責任をつけて。というスタンスがある。
特にアムリッツァ敗戦後に評議会議長に当選したヨブ・トリューニヒトは人が変わったかのように精力的に国力増強へと舵を切った。
ホアン・ルイをして、『ヤン提督の毒牙はあのトリューニヒトにもかかったか』と言わしめたほどである。

「御意、そこまでご存知でしたら報告します」

オーベルトが説明を開始する。

「ああ、頼む」

航路図をだす。それはフェザーンの独立商人たちからRCIAが非合法に手に入れた航路図だった。

「ガイエスブルグ要塞に立てこもった貴族連合軍、通称リップシュタット連合軍は6月に副盟主リッテンハイムをレンテンベルク要塞で、8月上旬に盟主のブラウンシュバイクを失いました」

ガイエスブルグの存在は軍諜報部から聞いている。
なんでも、イゼルローン要塞のプロトタイプとか。

「それじゃあ、内乱はクーデターに変貌したわけかい?」

そうだろう、内乱終結後にあの金髪の若者、ラインハルト・フォン・ローエングラムが黙っているとは思えない。
恐らく、いや必ず、簒奪を企む筈だ。

「いいえ、依然ガイエスブルグは健在です」

それはヤンにとっても予想外の発言。

「何故?」

「オスカー・フォン・ロイエンタールが指揮を取っているからです」

納得した。
確かに、彼と面識がある訳ではないが、彼は名将だと聞く。
要塞を維持することは訳なかったのだろう。
あるいは、他の理由があるのかもしれない。
最初からローエングラム侯と結託しており、この対立自体が帝都オーディンへの擬態なのかもしれない。

「それで他には?」

「ヴェスターラントという惑星上に核攻撃がありました。6月3日のことです。もっともこれは私にとっても予想外でしたが」

淡々と述べるオーベルト中将。
驚いたのはヤンだ。

「何だって!?」

核兵器を惑星上で使ったのか、貴族連合軍は!
そこまで腐った連中だとは思いもしなかった!!
ヤンに怒りが宿る。

「閣下には関係の無いことと考え報告しませんでした」

オーベルトの言は正しい。
介入が不可能である以上、それは正しい。
知ったところでどうしようもなかっただろう。時間も、距離も、外交も。

「それを公表しない理由は?」

ローエングラム侯爵やキルヒアイス提督の人となりからして公表できないのはわかる。
だが、共和国国内でも情報管制を強いた理由がわからない。
そして共和国で公表すればフェザーン経由で帝国全土にも広まり、戦乱の早期終結へと向かうはず。

「帝国軍にはもう少し力を削いでもらいたいからです」

それは表気向きの理由だろう。
ゴールデンバウム王朝打倒を第一の目的に掲げるオーベルシュタインがそんな手の込んだ事をする筈が無い。
むしろ、積極的に貴族連合の瓦解とローエングラム侯爵への支援を行うだろう。
ヤンはそう考えた。そしてヤンはある重大な事実に気が付いた。

(・・・・・そういうことか)

共和国軍が義侠心に駆られ帝国領土へと侵攻する可能性。
それを防ぐヤン大統領。
だが軍部が穏健派主流といえども世論には勝てない。

(つまり、私を守ってくれた訳か)

それにヴェスターラントは3ヶ月近くも前のことだ。
もう公表しても大部分の国民は、それはそれはお気の毒に、で、済ませるに違いない。
所詮は外国のことだ。今は未曾有の経済発展と始まりつつある人口爆発に対応するのが先決だ。
もっとも、国内政策(国外)ではヤンは致命的な失敗をだしてない。人口爆発に対応する術もある。

「あまり遣り過ぎるとクーデターに支障をきたすのではないかい」

ヤンの疑問はもっともだ。
だからオーベルトも即答した。

「その点はぬかりありません。宮廷内部にもスパイがいます」

(自爆専用の特別スパイがな)

内心の本音を押し殺し、オーベルトは続けた。

「恐らくそろそろでしょう。というのも理由があります。
ガイエスブルグに潜入させたものの報告によりますとロイエンタールは35歳未満の将兵を下艦させており、決戦を挑むつもりのようです。」

「将官のほうは?」

ヤンは気になる点を聞いてきた。

「その点につきましてはまだ調査中ですが、かなりの数が残っているとか」

オーベルトらしくないあやふやな報告。

「わかった、それで進めてくれ。あと共和国内部への発表はどうする?」

ヤンは最後に聞いた、この危険な劇薬に。

「明日にでも発表すればよろしいかと。口実は帝国の内乱の詳細な報告を受けたという点で結構かと」

「そうヤン閣下もお考えでしょう?」

オーベルトの言に無言で頷くヤン。
そして定例の記者会見で銀河帝国の内戦の情報を発表したが、記者たちの反応は当初の予想通り薄く、人々の関心は一週間もすれば他へと移っていった。

次に日の明け方、フレデリカとヤンは妙に疲れた顔をして大統領執務室に登場した。





side アル・サレム 国立戦没者慰霊墓地 宇宙暦799年、帝国暦490年9月31日



「あやつらに許しを請うとは思わぬ」

アル・サレムがアップルトン提督、ルフェーブル提督の墓地の前で独語する。

「だが、軍内部の腐敗の芽は誰かが正す必要があった」

雨が滴る。

「そういう意味で俺は間違ったことはしてない。何よりも国民を守る、それをみなで誓ったな」

傘をうつ雨。
周囲の視界も悪い。

「お前たちなら分かってくれよう」

そして黙祷する。
クーデター派に加担したブロンズ中将をはじめとした首謀者の面々は軍事法廷において銃殺刑が言い渡された。
それの執行は、国内世論を反映してか異例の速さで執行された。

「あやつらには地獄で詫びるとしよう」

再度、黙祷し、アムリッツァ会戦で散った僚友たちを思う。
だから気が付かなかった。
一人の喪服の女が近付いてきたのを。

「夫の仇!!!」

「閣下!!!」

衛兵が叫ぶのと、その婦人が自分に果物用ナイフを突き立てたのは同時だった。
それは致命傷の一撃だった。

「軍医を、医者を早く!!」

「ハッ」

一人の衛兵が走り去る。
もう一人が必死で止血し、3人が婦人を抑えかかる。
その女性には見覚えがあった。

「エベンス婦人、か」

「人殺し!!」

婦人は猛烈な殺意で自分を見た。

「黙れ!」

鳩尾に一人が鉄拳を食らわせ黙らせる。
心配そうに見守るアムリッツァからの、いや、それ以前から自分を守ってくれた衛兵たち。
そんな彼らには不安と後悔の念が浮かんでいた。

「そう、嫌な顔をするな、楽に死ねないではないか」

「閣下!?」

「ずっと後悔していた・・・・アムリッツァの、帝国領土侵攻作戦「ストライク」を阻止できなかったことを」

それは遺言。

「これで・・・・あやつらに詫びれるな」

そうしてアル・サレム大将は目を閉じた。

(アップルトン、ルフェーブル、俺は正しかったよな?)

そう最後に思いながら、彼の意識は途絶えた。



宇宙暦799年、帝国暦490年10月2日

アル・サレム大将は元帥への昇進と、クーデターを未然に防いだ功績を持って国葬に処されることとなる。



一方帝国では、あの乱世の英雄がついに兵を動かした。
長い対陣で疲れたラインハルト軍へと、敢えて残った精鋭部隊5個艦隊をもってロイエンタールは決戦へと望む。
それは5世紀にわたる銀河帝国ゴールデンバウム王朝宇宙軍最後の宇宙艦隊の出撃でもあった。



[22236] 第二部 第九話 決戦前編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/06 16:49
『ヴェスターラントの惨劇

ヴェスターラント。それは人口200万人を抱える小さな星である。
帝国領土に点在する各地の星とそれほど代わりが無い。
代わりというか、特徴を挙げれば、荒野ばかりが存在し、オアシスの畔に集落が存在するという点である。
また皇帝直轄領土であった手前、工業化が進んでおり、7大湖周辺の工業・農業地帯は貴族連合軍の重要な補給基地としての役割を担っていた。だからこそ、手厚く保護せぬばならない土地であった。だが実態は逆だった。
統治を任されたシャイド男爵(ブラウンシュバイク公の甥、フレーゲル男爵にとっては従兄弟にあたる)は苛烈なまでの支配で臨んだ。
それは民衆から明日のパンさえも取り上げれることになる。『民衆はパンさえあれば耐えられる、尊厳があれば我慢できる、だがその二つがなくなるとどうしようもない』とは古代(旧暦=西暦)の支配者の言葉であるが、まさにその通りであった。
『パンが無ければケーキを食べればよい』そう教わり、そういう恵まれてきた環境で育った者にパンの無い人間の恐ろしさは分からなかった。
暴動が発生し、暴動が暴動を呼び、そして小さな革命が勃発する。それはシャイド男爵を殺した。
甥を殺されたブラウンシュバイク公爵は激怒し、7大湖近辺への核攻撃を実地する。もちろん、オスカー・フォン・ロイエンタール、ラインハルト・フォン・ローエングラムは敵味方の垣根を越えて一致団結し、ヴェスターラント攻撃阻止を望んだ。そしてミュラー艦隊が派遣される。
そのとき最大の誤算は、艦艇の編成比率。ミュラーは命令を実行するべく艦隊を急行させたが、1000隻という少数とした親貴族派の駆逐艦・巡洋艦の混成艦隊は目標を、すなわちヴェスターラント核攻撃を成功させてしまう。ミュラー艦隊は間に合わなかったのだ』




『皇帝と皇帝妃のなれそめの小話

それはミュラー艦隊が帰還し、ヴェスターラントでの惨劇を防げなかった事に端を発する



『閣下、敢えて申し上げます、ヴェスターラントの悲劇を帝国全土へと公表するのです』

『いや、駄目だ。ヴェスターラントの民を守れなかった俺がそんな政治的な行為をして許されるはずがない』

『キルヒアイスにも申し訳が立たない。あいつは今はバルバッロサだが、俺と同じ自責の念に駆られているだろう』

『だから駄目だ。子供と笑えば笑ってくれ。だが、俺にはできない』

『・・・・・閣下』

『ヒルダ・・・・・すまないが今日は一緒にいてくれないか。一人で寝れる気分には・・・・・とてもではないが・・・・・なれそうにない』

『・・・・・はい、閣下の仰せに従います』


ヒルダとラインハルトはこの一年で急速にその距離を縮めていたが、宇宙暦799年、帝国暦490年6月13日のこの日は二人にとって特別な日となる。
こうして、大虐殺の後、皇妃(カイザーリン)と第二代皇帝アレク1世が誕生するのだから歴史と言うものは未曾有の皮肉に満ちているものである』




『諸君、良くぞここに集まってくれた礼を言う。
諸君らの人生、守りたいものは最早存在しない。
だが、だからこそ、今我々は最後の儀式を行うのだ!
諸君らは既に40代から60代までに老兵であり、新たなる人生を歩むにはもう遅すぎる年代だ。
なればこそ、新たなる世代に最後の試練を与えるのだ!
全軍出撃用意!! 小童どもに、旧世代の恐ろしさを思い知らさせてやれ!!』

デーニッツの演説より



『諸君、我が親愛なる戦友諸君、時は満ちた。
さあ、戦争の時間だ。
諸君と私は所詮は戦争というワルツの中でしか踊れない存在に過ぎない。
だがなればこそ、諸君と私で編成される1個艦隊は一騎当千の活躍を行えるのだ。
全軍に発令! 最終決戦である!! 諸君、いかれた時代へようこそ!!』

ティルピッツの演説より



『第二次ティアマト会戦の生き残りの古強者から、第一次イゼルローン攻防戦の新兵たちまでよくも私についてきれくれた、礼を言わせてくれ。
ありがとう。
もはや我々が、職業軍人として命をかけて守ろうとしたゴールデンバウム王朝は無い。
だから、諸君らは逃げてよかった。だが一兵の脱落もなく集ってくれた。
これほど嬉しいことはない。では行こう。
滅び行く王朝の鎮魂歌を奏でるために。滅び行くもののために。』

レーダーの演説より





第九話 決戦前編
 




宇宙暦799年、帝国暦490年 10月1日 



某所にて。

『それでは裏切り行為ではないか!?』

『裏切り? 口を慎んでもらいたいな、クナップシュタイン。我らはもともとローエングラム閣下に見出された者』

『それがたまたま上官の裏切りで貴族連合へと付いたまでのことだ』

『グリルパルツァー、そうかもしれないが、だからといって』

『おい、考えても見ろ、俺たちが何故若干22歳で准将の位を手に入れらたと思う?』

『それは俺たちの戦功とローエングラム侯爵の見る目があったからだ』

『だが、その武功を立てる機会ももうなくなる』

『共和国との講和!』

『だからさ、今しかないんだよ、クナップシュタイン』



宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 10時00分



ついにガイエスブルグ要塞からロイエンタール指揮下の艦隊5万隻が出撃した。
その編成は以下の通り。



シュツーカ・レーダー中将、12000隻

ティーゲル・デーニッツ中将、12000隻

カール・ティルピッツ中将、12000隻

オスカー・フォン・ロイエンタール大将、14000隻

合計50000隻。



方や対陣するはローエングラム陣営。



ラインハルト・フォン・ローエングラム直卒のローエングラム艦隊、15000隻

ジークフリード・キルヒアイス上級大将のキルヒアイス艦隊、15000隻

ウォルフガング・ミッターマイヤー大将のミッターマイヤー艦隊、13000隻

コルネリアス・ルッツ中将のルッツ艦隊、8500隻

アウグスト・ザムエル・ワーレン中将のワーレン艦隊、8500隻

ウルリッヒ・ケスラー中将のケスラー艦隊、8500隻

エルネスト・メックリンガー中将のメックリンガー艦隊、8500隻

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将のビッテンフェルト艦隊、7500隻

ナイトハルト・ミュラー中将のミュラー艦隊、9500隻

アーダベルト・フォン・ファーレハイト中将のファーレンハイト艦隊、7500隻

総数93000隻。全軍の総量ではローエングラム軍が圧倒的であった。

だがこの戦いはオスカー・フォン・ロイエンタールの大胆な戦略目標で始まる。
そう、ロイエンタールは金髪の主君ただ一人を目的に軍を動かしたのだ。


ロイエンタール軍は、

レーダーを先頭に、左翼をティルピッツが、右翼をデーニッツが、そして中央をロイエンタール本隊が構え紡錘陣形をとる。


一方ローエングラム陣営は、
キルヒアイス艦隊を中心に、前衛左翼ワーレン、ミュラー、前衛右翼キルヒアイス、ルッツが。
中衛にはミッターマイヤー指揮下にビッテンフェルト艦隊、ファーレンハイト艦隊の打撃部隊を。
そして後衛に、ラインハルトの本隊がケスラー艦隊、メックリンガー艦隊と共に布陣した。



そして宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 10時30分



双方がまるで合意したように戦端が開かれる。

「撃ち方はじめ!!」

レーダーの声と共に全艦隊がミュラー艦隊へ歓迎のビームを浴びせる。

「反撃してください」

キルヒアイスの号令と共に、左翼・右翼が敵の中央レーダー艦隊へと総攻撃を仕掛ける。

双方数十分の撃ち合いの末、意外なことに数で勝るはずのローエングラム軍が劣勢にたたされる。
ミュラー艦隊旗艦『リューベック』が被弾したのだ。
それはレーダー、ティルピッツ、デーニッツというメルカッツの同期生たちの老練な連携攻撃の成果だった。
そして損害著しいミュラー艦隊は開戦からわずか40分で旗艦沈没という事態を招く。

「ミュラー提督の安否を確認してください」

すかさず、キルヒアイスが確認を取る。

「ミュラー提督、健在です、現在はノイシュタットにて指揮を継続中」

「了解しました、ミュラー艦隊の穴に突入してきた敵艦隊を包囲します」

だが、キルヒアイスの構想する包囲網はできなかった。

「一時後退だ!」

「ふふふ、撤退せよ、諸君」

「後退して陣形を立て直せ」

一気に後退する三提督。
それは今までの貴族連合には無い鮮やかな撤退だった。
そしてすかさず反撃する。

今度の標的は最左翼のワーレン艦隊。次に攻撃の主役となったのはティルピッツ。

「いいぞ、そのままだ、そのまま敵を押し込め」

ティルピッツの巧みな攻勢に阻止限界点を超えそうになるワーレン。
そこへミュラー艦隊を送るキルヒアイス。

「閣下、敵が密集しました」

「よし、全艦、ありったけのミサイルとビームを敵に叩きつけろ!!」

肥満体のティルピッツが咆哮した。
混乱するミュラー、ワーレン艦隊。

「ワーレン艦隊旗艦を確認」

「はははは、そいつは良いな、存外に良いな、べらぼうに良いな。砲火をそこに集中させるのだ」

ワーレン艦隊「火竜」はまたしても被弾する。
そのとき、ワーレンの義手が宙を舞った。

「閣下」

「一度失ったものをもう一度失っても問題は無いさ。さあ、これで悪運を切り離したぞ。恐れるものは恐怖のみだ!!」

「ワーレン提督は無事なのだな!よし、我らミュラー艦隊も反撃に転じる」

反撃に転じだすローエングラム軍。

「おやおや、これでは殲滅されてしまうな、しかたない、あれを使うとしよう、工作艦に打電だ」

そうティルピッツが独語した頃、それを知っていたかのようにデーニッツが本隊へと連絡した。

「扉を開け」

と。

そうして工作艦が指向性ゼッフル粒子を艦隊上空に撒き散らす。

「ファイエル」

デーニッツが命令した。
突如発生した爆風に踊らされる両軍。
だが、事前の計画でこれあることを予期していたロイエンタール軍は違った。
ここぞとばかりにレーダーが、ティルピッツが左翼に攻勢をかける。

混乱と破壊と死が乱舞する。
そして今まさに、前衛が崩れた。

「まずい!」

「突破されるぞ!」

ワーレンが、ミュラーが叫ぶ。

そこへティルピッツ艦隊へ光の刃が側面から叩き込まれた。



20分前。ブリュンヒルトでは。

「やるではないか、ロイエンタール」

ラインハルトは素直に敵を、ロイエンタールとその部下たちを賞賛していた。

「閣下、このままでは前衛左翼が突破されます」

シュタインメッツが進言する。

「うむ、少し計画とは違うがミッターマイヤーに連絡、敵の左翼側面に回りこみ砲撃せよ、とな」

中衛は打撃部隊で構成されていた。
その中衛を一気に回転させて敵の背後を突く、そのつもりだったが、予想外の敵の善戦で狂ってしまった。



現在



ティルピッツ艦隊は窮地に立たされていた。
そして、本隊にある電報を発した。

『我、成功せり』

「ティルピッツに繋げ、いや、通信を送れ。卿の奮戦に最大限の感謝を、と」

ロイエンタールが動いた。
レーダーが前衛左翼を、デーニッツが前衛右翼をおさえ、中衛部隊がティルピッツに向かう。
全て予定通りの行動だ。

このときのロイエンタールはかの魔術師をしのぐ軍事的センスを見せた。
それは戦場になってない下方を無傷の本隊15000隻で一気に突破するという作戦である。

その頃ティルピッツ艦隊では。

「よう、デーニッツ、それにレーダーも、なんだ一体?」

「お別れを言っておこうと思ってな」

「別れ・・・・ふふふふ・・・・そうだな、それもまた戦場の華だ」

「さらばだ、ヴァルハラで、いや地獄で会おう」

「さようなら、我が友よ」

ティルピッツ艦隊は脅威の粘りを見せる。
黒色槍騎兵艦隊、ファーレンハイト艦隊、疾風ウォルフの攻勢をなんと1時間に渡って耐え切った。
それだけではない、敵前回頭を成功させ、ビッテンフェルト提督の旗艦「王虎」に直撃をあたえ、撃沈した。
さらにファーレンハイト艦隊をも押し返していた。

もしもビッテンフェルトが戦死していたならば、ティルピッツは、いや第2次ガイエスブルグ会戦はロイエンタール軍の勝利に終わったかもしれない。
だが、奇跡の人ビッテンフェルト提督は生きていた。
そして自分の旗艦が撃沈され逃げるようでは家訓の、「猪突猛進こそ我らが信条」に反する。

「突撃だ、あのくそ爺に目に物見せてくれるわ!!!」

再編された黒色槍騎兵艦隊がティルピッツの防衛網に穴を開ける。

「今だ。全艦全速でビッテンフェルト艦隊の開けた穴に突入せよ!」

ミッターマイヤーの号令が響き渡り、中衛全軍が一丸となって突撃する。
それはティルピッツの防衛線を完全に破壊した。

「ふふ、ここまでのようだな?」

「はい、閣下、いえ、少佐」

「少佐か、懐かしい響きだ。そうだ、君とは第2次イゼルローン攻防戦以来の付き合いだったな、大尉?」

「そうですな、まあ、年貢の納め時という奴ですね」

そうしてティルピッツ艦隊旗艦「タンホイザー」は撃沈された。
だが問題はここから生ずる、なんと艦隊司令官を失い降伏するかと思われた残存戦力2500隻から組織的な反撃が行われたのだ。
これはティルピッツ艦隊の、戦争卿の異名をとった彼の薫陶が如何に凄まじかったかを物語っている。
そうして、ミッターマイヤーは戦場では宝石より貴重な時間というものを失った。



「ティルピッツがなぁ」

レーダーが人事のように思い出す。
そして思いはせる、メルカッツと自分とティルピッツとデーニッツでつるんでいた幼少の頃、軍人の頃を。

そんな中、焦燥に駆られながらも的確な指示の下、レーダー艦隊を削るキルヒアイス、ルッツ艦隊が存在した。

「閣下、予定通り、前衛は我々を半包囲してきました」

「すまんな、諸君。全軍密集隊形をとれ!!」

そうして時間を稼ぐ。
ロイエンタールの突撃を支援するために。

「デーニッツは?」

「ティルピッツ艦隊を突破した敵と正面衝突したもようです」

「ですが、既にデーニッツ艦隊も半数を割りました、もはやこれまでかと」

「ふん、いまさらだな。怖気づいたか?なんなら俺を殺して艦隊毎、今から投降しても構わんぞ?」

「だったら最初から退艦してます、ロイエンタール司令官の勧めたとおりにね」

艦橋に笑い声が木霊する。

「ばか者め」

その間にも、自軍はどんどん劣勢に立たされていく。

「まあ、あれです」

「ん?」

「ゴールデンバウムの誇りという奴です」

キルヒアイス艦隊が前衛を壊滅させた。そしてミュラー艦隊(旗艦を4度変更して戦い抜いている)とワーレン艦隊が左翼を、右翼をルッツ艦隊が突破する。
もう全滅は時間の問題だった。

「閣下、キルヒアイス提督から降伏勧告が届いております、握りつぶしますか?」

「いや、最後に若い者の顔を見るのも良いかもしれん、通信回線をつなげ」

「ハッ」

程なくして戦火が止む。

「ジークフリード・キルヒアイス提督です、レーダー提督ですね? 見ての通り最早退路も活路もありません。降伏してください」

それには答えず、レーダーは言った。

「答えは否だ、上級大将閣下。わしらはもう何十年もゴールデンバウム王朝に忠誠を誓ってきた。それが滅びるならばせめて共に滅びようとも思う」

「キルヒアイス提督、卿はまだ若いな。年寄りの御節介として言わせてもらうが、人生というのはどす黒い面も多々あるのだ。
それを今から実感してもらおう。」

キルヒアイスが怪訝な顔をしたその瞬間、

「全艦発砲、目標は手近な敵艦だ!!」

レーダーの奇襲が始まった。損害を出す各艦隊。
だが、そこでだ。復仇にもえる4個艦隊の総反撃を受け爆沈していくレーダー艦隊。

「ふ、ゴールデンバウム王朝に栄光あれ! だな」

数分後、レーダー艦隊旗艦「モルオルト」に数条の光が貫く。

爆沈。

レーダーは死んだ。



同時刻、



中衛のミッターマイヤー連合艦隊もデーニッツの猛反撃に阻まれていた。
だが、それは蟷螂の斧であり、最後の輝きでもあった。

「レーダーも死んだか。」

「は」

「では我々も逝くとしようか、滅び行くものの為にな!」

デーニッツ艦隊が突撃する、いや、特攻する。
もはや戦術もなにもあったものではない、それは意地。
ゴールデンバウム王朝に人生の全てを捧げてきた、男たちの魂の輝きだった。

「一隻でも多く地獄に引きずり込んでくれるわ!」

デーニッツが吼え、僚艦が敵艦を爆沈させる。
だが、そんな狂信的な攻撃がいつまでも続くはずは無い。
デーニッツ艦隊旗艦「グレンデル」にまで砲火が及びだした。
それは、周囲の護衛部隊までも壊滅していることを意味していた。

「ロイエンタールは、敵の本隊に到着したかな?」

「おそらく」

「そうか」

「閣下、お供できて幸せでした」

「ふ、39歳以下は強制離艦、40代以上からの志願兵で編成したロイエンタール軍にしてはやるほうだったかな?」

「ええ、きっとヴァルハラでティルピッツ提督やレーダー提督も満足しているでしょう」

「たんなる、私事の戦だが、滅び行くゴールデンバウム王朝のレクイエムにはなったか」

それが最後の言葉だった。
デーニッツ艦隊は3時間の死闘の末、メックリンガー、ケスラー艦隊までもおびき出し、奮戦し、健闘し、全滅し、壊滅し、消滅した。

だが。

彼らは義務を果たした。

そしてロイエンタールはラインハルトの下へとたどり着くのである。
それも同数の艦隊で。



[22236] 第二部 第十話 決戦後編
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/06 16:45
『新生銀河共和国宇宙艦隊に再建計画について

1つ、従来の艦艇13000隻体制から20000隻体制へと移行する。これにより12000隻の帝国軍に対して数で圧倒する。
   また、フェザーン要塞駐留艦隊の第5艦隊とイゼルローン要塞駐留の第13艦隊のみは25000隻体制にする。

1つ、改良型ユリシーズ戦艦級、新造のレダ級巡洋艦、新造のペガサス級駆逐艦、艦隊旗艦にトリグラフ級、各分艦隊旗艦としてアキレウス級を配備する。

1つ、各艦艇には最新式の防御スクリーンと索敵システム、照準システムを搭載する。

1つ、各艦艇には最新式の主砲BG-08を搭載し、帝国軍の射程外からのアウトレンジ、射程内からの大威力を現実化する。

1つ、軍事費抑制のため、第3艦隊、第4艦隊、第6艦隊、第7艦隊、第9艦隊、第11艦隊は再建を延期する。
   この理由には宇宙要塞フェザーン建設費用を軍事費内部で賄うことを含める。

1つ、各艦隊司令官には中将を当てるが、現在は例外として第2艦隊、第5艦隊、第10艦隊、第12艦隊、第13艦隊、第16艦隊、第17艦隊司令官は大将を当てる。

以下、各艦隊司令官は以下の通りとする

第1艦隊司令長官兼宇宙艦隊司令長官 アレクサンドル・ビュコック元帥

第2艦隊司令官 ロード・パエッタ大将

第5艦隊司令官(フェザーン方面軍) フォード・クルブスリー大将

第8艦隊司令官 ロック・ビューフォート中将

第10艦隊司令官 ウランフ大将

第12艦隊司令官 シグ・ボロディン大将

第13艦隊司令官(イゼルローン方面軍) ダスティ・アッテンボロー大将

第14艦隊司令官 ラルフ・カールセン中将

第15艦隊司令官 ライオネル・モートン中将

第16艦隊司令官 エドウィン・フィッシャー大将

第17艦隊司令官 グエン・バン・ヒュー大将

第18艦隊司令官 ミスリー・ルグランジュ中将

の合計12個艦隊、総数240000隻である。
これが国防体制の基本であり、国防戦略は防御を基準として帝国領土への逆侵攻は行わない。

1つ、各地の星域守備隊を2000隻から3500隻に増強する。ただしこれは、今後20年間をかけて緩やかに、また各自治体の意見・自治を最優先に行う事。

1つ、財源は、再建しない宇宙艦隊と選抜徴兵制度の廃止、経済発展による余力で行う。
   現在の経済発展の規模から言って、これは向こう数年以内には達成可能である。また国防費比率もGDP1%未満に抑えられている。

宇宙暦801年 新帝国暦2年 8月8日 ヤン・ウェンリー大統領の国防白書より抜粋。
以降、この英雄の基本方針が銀河共和国の不文律となる。』




『銀河帝国ローエングラム王朝基本国防計画上奏

臣、ウォルフガング・ミッターマイヤーが考えますに、我が国の国力では銀河共和国との正面決戦は不可能でございます。よって、先年行われたアムリッツァ会戦緒戦のような焦土戦術が必要と思われます。また、民全員が一致団結して侵略軍と戦う覚悟が必要と存じ上げます。
そこで提案するのは第二、第三のガイエスブルグ移動要塞建設であります。
レンテンベルククラスの要塞を2つ、ガルミッシュ要塞クラスを2つ新たに建造しておりますが、これは民需拡大政策でもあり、共和国軍の侵攻に対応できるとは言いかねます。
そこで臣は、ガイエスブルグ級要塞の増産を推し進めます。
もっとも、これは共和国軍が自由惑星同盟軍と共同して侵攻してきた場合を想定しており、自由惑星同盟ならば現有宇宙艦隊で防衛が可能と判断しております。
さらに付け加えるならば、銀河共和国は、ヤン政権、トリューニヒト政権、レベロ政権、エドワーズ政権と約半世紀にわたって講和状態を維持し、共和国内部では戦争が無いのが当たり前という風潮があります。
よって、臣が考えますに、こちらから戦端を開かない限り、銀河共和国の武力侵攻の可能性は政治的に見て低いと考えます。』

宇宙暦840年、新帝国暦41年 銀河帝国宰相ウォルフガング・ミッターマイヤーより銀河帝国皇帝アレク1世への奏上』



『俺は何者なのか知りたかった、だが、それは叶わなかった』 

オスカー・フォン・ロイエンタールの独白より





第十話 決戦後編





side ロイエンタール



依然、レーダーが、デーニッツが、ティルピッツが艦隊の指揮を取り、若造どもを翻弄していた頃。
ロイエンタール艦隊は遂にブリュンヒルトをその眼前に捕らえた。

「ロイエンタール提督、敵本隊を発見しました」

オペレーターが興奮気味に報告する。
彼は知っていた、レーダーやデーニッツの演説を。
それに感化された者の一人といってよい。

「数は?」

重要なことを聞く。
当初の布陣ではメックリンガー艦隊、ケスラー艦隊が後方予備として展開していたはずだが。

「およそ15000隻です」

それはデーニッツが誘き出した成果だった。
デーニッツのあまりの過酷な攻撃と、ラインハルトの一対一で決着をつけたいという気持ちが今の現状を、奇跡を作り上げた。

「存外少ないな、よし、当初の計画通りいく。目標はブリュンヒルトただ一隻だ、全軍作戦開始せよ!!」 





side ラインハルト



ロイエンタールの旗艦「トリスタン」がスクリーン上で確認できる。
そして次の瞬間、敵艦隊から数万の光の刃が放たれた。
それはあたかも旧暦の、まだ鉄砲が登場する前の、騎士の抜刀にも似た戦いの始まりであった。

「閣下、敵艦隊発砲しました」

すかさずラインハルトが言明する。

「こちらも反撃せよ」

「ハ」

それからラインハルトはシュタインメッツに報告を求めた。

「シュタインメッツ、他にはなにかあるか?」

シュタインメッツは今分かっていることを主君に伝える。

「敵はΔ陣形をとりこちらに進撃してきます」

それを聞いてラインハルトはロイエンタールの目標を看破した。
すなわち、自分自身であると。

「王道だな、よし、こちらはそれを両翼を伸ばして半包囲するぞ」





side ロイエンタール



「敵艦隊、両翼を伸ばしつつあり」

オペレーターの報告に無言で頷き、スクリーンを見る。

「我が軍を半包囲下に置くつもりか・・・・・予想通りだな」

スクリーンには急速に左右へと広がるラインハルト本隊の姿が映し出されていた。

「クナップシュタイン、グリルパルツァーに連絡、当初の予定通り500隻単位の小集団に別れ波状攻撃をかけろ」

クナップシュタイン、グリルパルツァーの真の思惑など知らないロイエンタールは彼らにそれぞれ3000隻の艦艇を預けて攻撃命令を出した。

「目標は?」

退艦命令を拒否したレッケンドルフ大尉が聞いてくる。

「決まっている、敵の中央だ!」

ロイエンタールがほえる。





side ラインハルト



「前衛がどうすれば良いか指示を仰いでいます!」

「何の為に中級司令官がいるのか、何もかも私が命令しなければ動けないなら意味が無いではないか。各自の判断で奮戦せよと伝えろ」

そう言いながらも、ラインハルトは内心焦っていた。
500隻単位の小集団がまるで火薬式拳銃の銃弾のように次々と突入してくる。

「これはしくじったか?」

ラインハルトをしてそう言わしめるほど苛烈な突撃だった。
或いは密集隊形をとり、友軍の到来を待つべきだったか?

そう、ラインハルトは独白したという。

「よし、ロイエンタールが引っかかるかどうか分からぬが、賭けに出よう」





side ロイエンタール



「っ! これはしまった!!」

ロイエンタールが思わず指揮シートから立ち上がる。
眼前の敵は中央を突破された。
そう、普段なら敵を分断したと喜んでいて良かったはずだ。
だが実際は逆だった。

「アスターテの再現か!!」

そう、ラインハルトは彼の魔術師をも謀ったアスターテ会戦の再現を行ったのだ。

艦隊陣形は、I(ラインハルト軍) Δ(ロイエンタール軍) I(ラインハルト軍)という形になる

「後背部隊から順に反転。逆Δ陣形でローエングラム侯を迎撃する」

だがロイエンタールも稀代の名将。
即座に、プランEに則り艦隊を反転迎撃させる。



side ラインハルト



「カルナップ、トゥルナイゼン提督戦死」

初めての提督クラスの戦死者。だが、焦ってはいけない。

「アイゼナッハ少将に左翼部隊の指揮を取らせろ、右翼は私が直接指揮を取る」

ラインハルトは即座に命令する。

名将は決断を迷わないというが、まさの本当であった。

艦隊はそのまま砲火を交えながら合流し、横一文字になる。
一方のロイエンタール軍も巧みに兵を動かしてデルタ陣形へと再び姿を変えた。

「来るか。ロイエンタール」

ラインハルトが独語したまさにそのとき、ラインハルトのいる左翼後部へと集中砲火が浴びせられた。
ブリュンヒルトの防御スクリーンが悲鳴を上げる。

「堪えろ! アイゼナッハの右翼が敵を押し返すまで堪えるのだ」





side ロイエンタール



「あの方は、攻勢を主とする方だ。それが守勢に回った時点で我々の優位は変わりはしなくなった」

ロイエンタールの独白。
そうラインハルト・フォン・ローエングラムは戦場で攻勢に出てこそ光り輝く。
3名のゴールデンバウムの誇りが、ラインハルトから、ローエングラム陣営から主導権を奪った時、もしかしたら勝敗は決したのかもしれない。

「どうやら、勝ったようだな」

スクリーンにブリュンヒルトが再び映し出される。
もっとも、ロイエンタール軍とて無傷ではない。
特に右翼からの攻撃はすさまじく、全体数は半分の7500隻を割っていた。

「グリルパルツァーの艦隊はどうか?」

「依然、2000隻程度が健在です」

「よし、奴を後背の守備から呼び戻し、突撃させろ」

その命令が新たなる悲劇と喜劇を呼ぶ。



side ラインハルト



「キルヒアイス、姉上、ヒルダ。俺はここまでの人間だったのか?」

そして思い出した。ここには一人非戦闘員が残っていることを。

「ヒルダ、脱出のシャトルの使用を許可する。逃げろ」

それは衝撃だった。
はじめて、示した彼の弱気。

ヒルダとて逃げるなら逃げ出したかった。
だが、その一方で感情が拒絶した。

「ラインハルト様、死ぬならあなたと一緒で良いです」

と。

「案外馬鹿だな、ヒルダは」

そうしているうちにブリュンヒルトをロイエンタール軍が捕らえた。
覚悟を決めるラインハルト。

その時である、グリルパルツァー艦隊からロイエンタール本隊へと砲撃が走ったのは。

「なんだ!」

ラインハルトは予想外の事態に戸惑う。

「敵艦隊の一部が、敵艦隊を攻撃している模様です」

シュタインメッツが即座に報告する。そして付け加えた。

「閣下、恐らくロイエンタール軍内部の裏切りです」



side ロイエンタール



「どうしたのか!?」

流石のロイエンタールも緊張の意図を隠せない。
何せ、勝利を目前に行われた攻撃。
彼の名将をして、信じたくない気持ちに追いやったとしても無理は無かった。

「グ、グリルパルツァー艦隊からの砲撃です」

「あの青二才め、初めからこうするつもりだったな。クナップシュタインもか?」

「いえ、それが、クナップシュタイン艦隊は依然アイゼナッハ分艦隊の盾になってくれています」

「ではグリルパルツァーの独断というわけか」

それでも、グリルパルツァー艦隊を速攻で艦隊としての機能を消失させたロイエンタールの手腕はすばらしかった。
あえて懐にいれ、側面砲撃で一気に押しつぶしたのだ。
そしてグリルパルツァーは戦死した。

「だが、時間を食いすぎた」

そう呟いた時である、ミッターマイヤー艦隊来援の報告が敵味方に駆け巡ったのは。



side ミッターマイヤー



「ローエングラム侯をお救いしろ!」

ミッターマイヤーが左翼後方から押し寄せる。
その艦艇数はわずか4200隻だ。
だが、その4200隻が勝敗を決した。



side ロイエンタール



「ふ、疾風ウォルフか・・・・・是非もなし」

トリスタンは被弾していた。
グリルパルツァー艦隊の裏切りによって。
そして発生した爆発が艦橋にもおよび、ロイエンタールは放置すれば死に至る傷を負う。

「傷が内臓にまで達しております、放置しておけば死に至ります。ですので、直ぐに医務室で手術を。」

だがロイエンタールは首を縦には振らなかった。

「手術は嫌いだ」

「好き嫌いの問題ではありません。閣下のお命に・・・・・」

意思はそれ以上いえなかった。
ロイエンタールが片手で遮った。

「いや、好き嫌い以上の問題だ。オスカー・フォン・ロイエンタールに病院のベッドの上での死は似合わぬと思わんか?」

「閣下!!」

レッケンドルフが叫ぶ。

「心配いらんさ、どうせ死ぬなら、あの方に会ってから死ぬのも良かろう」

それはロイエンタール流の敗北宣言。

(ついに咽喉の渇きは満たされることは無かったなぁ)

そこへ通信士が報告に来た。

「クナップシュタイン提督から連絡です、通信をまわします」

敬礼するクナップシュタイン。

(俺を笑いに来たか?)

だが違った。

「ロイエンタール提督、一度ガイエスブルグ要塞にお戻り下さい。私が殿を勤めます」

それはある意味で彼を裏切った言葉だった。
どういった心境変化はわからないが、死ぬつもりらしい。

「卿は・・・・いや、お言葉に甘えよう。だが無理はするな、いざとなったら降伏せよ。グリルパルツァーと違ってそこまで俺に尽くす卿だ」

そこで袂を分かったラインハルトやキルヒアイス、ミッターマイヤーを思い出す。

「ミッターマイヤーなら、俺の親友なら分かってくれるさ」

そう言って通信をきる。

結果論であるが、クナップシュタインは任務をやり遂げた。
指揮下の艦隊が一ケタ台になるまで交戦し、キルヒアイスの降伏勧告に従い投降した。

一方のロイエンタールは致命的な負傷をしているにもかかわらず、わずか3500隻の手勢で後の鉄壁ミュラーの防衛線、5000隻のミュラー艦隊を中央突破。

ロイエンタールはガイエスブルグ要塞に帰還した。

そして、ガイエスブルグ要塞の軍港発着光が点灯される。
まるで、いや、確実に、ローエングラム軍を招き入れるために。



宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 20時00分



先鋒としてミッターマイヤー艦隊が、続いて4000隻まで減少させられたローエングラム本隊が、そしてキルヒアイス艦隊たちが入港指示に従って入港する。
それはオスカー・フォン・ロイエンタールらしい、彼の矜持の見せ所であった。



[22236] 第二部 第十一話 生きる者と死ぬ者
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/07 19:16
『宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 19時00分

メックリンガー艦隊旗艦 「クヴァシル」 艦隊司令官室

「失礼します、ブルーノ・フォン・クナップシュタインです」

「よくきたな、忠臣クナップシュタイン提督」

「忠臣、ですか?」

「そうだ、忠臣だ」

「理由をお聞かせ願いませんか?」

「卿は最後の最後までロイエンタール大将を裏切らなかった。そればかりか命を懸けて彼の撤退を完遂させた」

「私だけでなく、キルヒアイス提督やローエングラム侯も卿の働きを高く評価している」

「卿さえよければ少将の地位で再びローエングラム元帥府に参加せぬかとのお言葉だ」

「・・・・・裏切り者のグリルパルツァーと違ってな」

「お言葉ですが閣下、私も裏切り者ではないのですか?」

「確かに卿は一度貴族連合軍についた、だが、それはロイエンタール大将の命令に従ったまでのこと」

「だがら、罪には問わぬ、とのお言葉もある。どうだ?」

「非才の身ながらそこまでの温情をいただけるならば感謝の言葉もありません。全身全霊を尽くすのみです」

「うむ、期待しておるぞ。ところでだ、卿にもグリルパルツァーから誘いは無かったのか?」

(やはり聞きに来たか)

「ありました、ですが・・・・・自分の信念が邪魔を、この場合は阻止をしました」

「信念?」

「裏切って功績を立てるのは勇気ある者にあるまじきこと。子供の頃みたソリヴィジョンの言葉です」

「では、子供のような正義心で裏切らなかった、いや、死ぬ覚悟をしたということか?」

「あきれ返る理由かもしれませんが、自分にとっては重大で譲れない理由でした」

「やはりな・・・・卿は正直者だな。ますます気に入ったよ」

「・・・・・・・・・」

「では何故、グリルパルツァーはあのタイミングで裏切ったのだ?」

「分かりません」

「分からない?」

「はい、ただの勘ですが彼は妙に焦っていた感じがありました」

「焦り?」

「まるで誰かに暗示されたように武勲に飢えていた、そんな感じです」

「ふむ、他には?」

「それとやはりローエングラム侯爵を討った後を恐れたのではないでしょうか」

「こう言ってはロイエンタール閣下に失礼ですが、閣下の作戦は殆んど特攻に近いものでした」

「キルヒアイス提督、ミッターマイヤー提督をはじめその他の敵艦隊、あ、失礼しました!」

「かまわんよ、続けたまえ」

「敵艦隊にどう対処するのか、自分を含め誰も知りませんでした」

「自分もこうして生き残っているのが不思議なくらいです」

「なるほどな、自分が生き残ろうとしてあのタイミングで無謀な攻撃を行ったということか」

「そうとしか・・・・考えられません」

「そうだな、全ては闇の中。誰も真相を知らぬわけか・・・・・グリルパルツァーを除いて」

「・・・・・・メックリンガー閣下」

「いや、すまないな、卿にとっては友人でもあったのだな。この話は私から元帥閣下に伝えよう、それで良いかね」

「分かりました」

「下がってよい」




第十一話 生きる者と死ぬ者





side ロイエンタール 宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 20時40分



ビチャ。吐血する。

「遅いな、ミッターマイヤーは」

血の池ができている。
輸血パックももう全て空だ。

「卿が来るまで生きているつもりだったのに」

そうも言ってられないみたいだ。

「これでは疾風ウォルフなどという大層な綽名が泣くぞ?」

ロイエンタールは待つ。
ここに来るであろう、自分の親友と自分の主君を。





side ラインハルト  宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 20時15分



ブリュンヒルトが、バルバロッサが、ベイオ・ウルフが、そのほかの艦艇が続々と入港してくる。
そうして数百の警護に守られながらタラップを降りるローエングラム元帥の前に一人の尉官が敬礼して待っていた。

「ローエングラム元帥閣下!」

「たしかロイエンタールの副官の・・・・」

「レッケンドルフ大尉であります、元帥閣下」

合点が突いた。

「ああ、レッケンドルフ大尉が一人で何の様だ? まさかここまできて主人たるロイエンタールを裏切る気か?」

思わず嫌味を言ってしまう。

「違います!! 小官は閣下らをロイエンタール閣下の所まで案内するよう仰せ付かっております」

(嘘とは思えないな)

「よかろう、案内せよ」

そこで憲兵出身の部下に新たな命令を下す。

「ケスラー」

「ハ」

「卿に全軍の憲兵隊・陸戦隊の指揮を任せる。要塞全土を制圧せよ!」

「抵抗するものは排除してかまいませんが、投降する者、降伏した者、協力する者には寛大な処置をお願いします」

そこで親友の赤毛の名将が付け加えた。
さらにラインハルトの命令は続く。

「シュタインメッツは第14連隊と共に要塞司令部を掌握せよ、第13連隊は要塞主砲制御室、第15連隊は動力室を抑えるのだ」

実際、組織的な抵抗はなく一個小隊でも占領できそうであるがどこに跳ね返りが居るか分からない。
何せここはまだ敵地なのだから。

「分かりました、ローエングラム侯、キルヒアイス上級大将」

シュタインメッツが敬礼して命令を受諾する。

「では他のものは行くぞ」

そう言って他の提督たちを連れてロイエンタールの下に向かう。
慌ててケスラーが指揮下の部隊に命令を下す。
ここでローエングラム侯を暗殺されたら何もかも意味が無くなる。

「第1から第3中隊までは閣下を援護、護衛せよ。命に代えても閣下を守れ良いな!」

「はっ」





side ??? 宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 20時35分



独房の中から音が聞こえた。
うめき声だ。

「う」

「うん?」

慌てて確認する衛兵。
そこに蹲り苦しそうな将官の姿があった。

「おい、大丈夫か? おい、くそ何だって、俺がこんな目に」

思わず毒づく。

「放って置けよ」

同僚が投げやりな気分で言う。

「そうも行かないだろう」

一応、衛生兵を呼んだほうが良いかと考えながらドアを開ける。

「大丈夫ですか准将閣・・・」

当身。思わず壁にぶつかる。
そしてその衛兵のホルスターからブラスターを引き出し、衛兵を射殺する。

「悪いな、これはもらっていくぞ」

音に気が付いたのか、もう一人の衛兵がブラスターを構えようとして。

「な、貴様」

バシュ
叫びと共に死んだ。

「すまんな、だが、これも俺の生き方なのだ」

死体を独房に移す。
そして鍵をかける。
幸いというべきか、ローエングラム陣営の戦勝の影響もあって規律も何もあったものではない。

「待っていろ、マールバッハ! いや オスカー・フォン・ロイエンタール!!」





side 銀の鷹の間



ロイエンタールは夢を見ていた。

それは、宇宙暦798年、帝国暦489年 6月頃の夢だった。



『あなたがロイエンタールね?』

『そうだ。そういうフロイラインの名前は?』

『エルフリーデ、エルフリーデ・フォン・コールラウシュよ、漁色家さん』

『で、いったい何のようだ?』

『別に、大叔父さまが懇意にしているローエングラム陣営の中であなたが一番興味のわく対象だったから会いに来たの』

『俺の異名を知っていてこんな深夜にか。今なら餓鬼の夜遊びで許してやらなくも無いが・・・・どうだ?』

『ふん、私、婚約者オイゲン・フォン・カストロプに八股かけられたの』

『で?』

『その代わりよ、ロイエンタール中将』

『言っておくが俺はその婚約者ほど甘くは無いし、やさしくは無いぞ?』

『望むところだわ』

『ああ、そう、言い忘れたけど、私はまだ処女だから少しはやさしくしてよね?』



ところ変わりミッターマイヤー私邸で 宇宙暦798年、帝国暦489年 9月18日 19時15分



『ミッターマイヤー』

『うん?』

『エルフリーデ・フォン・コールラウシュという女を知ってるな?』

『ああ、リヒテンラーデ侯爵の親戚で、結構自由活発な女と聞くがそれがどうした?』

『今の俺の女がそれだ』

『お、おい!』

『仕方なかろう、あそこまで積極的に求められては男として断れん』

『はぁ、またか』

『で、それはいつもの事だろう?まさか大貴族相手に今更びくつくお前でもあるまい』

『問題はそこじゃない、関係を持ったことじゃないんだ』

『何?』

『そうだ、関係を持ったことではないんだ』

『関係を持ったことじゃない・・・・・まさか!?』

『あの女から手紙が来てな、子供ができたらしい』

『らしいって、確認を取ってないのか?』

『ふん、俺みたいな父親がいるよりはと思ってな、この間、別れた』

『馬鹿か、それを人は育児放棄というんだ!』



「・・・・・・夢か」

夢は醒めるもの。
醒めたあとどうなる?

「今更なんでこんな夢を・・・・」

そうしているうちに音が聞こえてきた。

「足音、それも複数。」

「ついに来たか」

ロイエンタールは独語した。





side エルフリーデ



『あんなカストロプみたいな男に抱かれるくらいならお腹の子供と心中したほうがマシよ』

『エルフリーデ!』

『クラウス、あなたも何か言ってよ・・・・・』

『そんなにカストロプ侯が嫌なのか、エルフリーデ? いや、そもそも一体誰の子供だ?』

『オスカー・フォン・ロイエンタールよ、聞いたことがあるでしょ大伯父様』

『なんじゃと!?』

『大叔父様ならこの子の政略的な価値が分かるでしょ? だからお願い産ませて!』

『・・・・・・・』

『クラウス?』

『分かった』

『ちょっとあなた正気なの?貴族の娘に私生児だなんて社交界からの追放に近いわ!』

『おちつけ、エルナ。これが平民の子供なら、あるいはブラウンシュバイク派やリッテンハイム派の子供ならおろさせた』

『だが、同盟者たるローエングラム伯爵指揮下のオスカー・フォン・ロイエンタールの子供・・・・利用価値はある』

『・・・・・・・そう、かも、しれないけど・・・・・・・』

『それでよいのだな、エルフリーデ?』

『ありがとうございます、大叔父様』





side アンスバッハ



彼は貴族連合の盟主の懐刀。
だから、知っていた。
このガイエスブルグに地図に無い裏通路が存在することを。
もともとガイエスブルグ要塞はイゼルローン要塞のプロトタイプであると同時に、ノイエ・サンスーシの疎開先でもあった。
だからこうした秘密通路がある。皇帝を守る為に。皇帝を逃がす為に。

「待っていろ、ロイエンタール」

そして稀代の忠臣アンスバッハは主君の仇を討つべく走る。





side 銀の鷹の間



軍靴の音が聞こえてくる。
それも数百名単位で。

「ロイエンタール!」

見れば親友が肩で息をしているではないか。

「ミッターマイヤーか」

声も絶え絶えで発音する。

「遅いじゃないかミッターマイヤー」

それは心からの叫び、いや喜び。
生きて再び親友に会えた事への感謝への言葉だった。

「良かった間に合ったか。無事か!?」

ミッターマイヤーが安堵したその瞬間だった。
ロイエンタールが吐血したのは。

「ふん、ごふ、これが無事に見えるか?」

そして再び吐血する。その量は尋常ではなかった。
ロイエンタールは重大な問いをミッターマイヤーに発する。

「ローエングラム侯爵はどこだ?」

それに反応したのはミッターマイヤーではなかった。
霞む視界の中、金髪の主君の姿をようやく視認する。

「ここだ、ロイエンタール」

立ち上がり敬礼する。

「お久しぶりです、元帥閣下」

そういって再び玉座に、ブラウンシュバイクが座り、本来ならば皇帝が座るはずの玉座に座る。
もう立つ気力も体力も無いのだ。
そうと知ったラインハルトも自らの疑念をぶつける。

「久しいな。単刀直入に聞く、何故貴族どもへ走った?」

ラインハルトの目は厳しく、そしてどことなく優しかった。

「あなたと戦い、のどの渇きを癒すためですな」

それにロイエンタールはしっかりと答えた。
まるで重傷が嘘であるかのように。

「そうか」

二人に通じるものがあったのだろう、それだけで意味が通じた。

「衛生兵! ロイエンタール大将の手当てを」

キルヒアイスが入ってきて、即座に叫んだ。
見れば分かる。彼はもう助かる事は無いのだろ。
それでもキルヒアイスは賭けに出た。

(ジークフリード・キルヒアイスらしいといえば、らしいな)

ロイエンタールは思う。
そして金髪の主君が再び問いただしてきた。

「それで渇きは癒えたのか?」

「いいえ、癒えませんでした」

(そうだ、何故か癒えなかった。あれほどまで熱中できた戦いだというのに、何故癒えなかったのだ?)

再び吐血する。内臓がやられているのが分かった。
ミッターマイヤーが鳴きそうな声で嗾ける。

「何をしている、はやくロイエンタールを助けろ」

ロイエンタールの弱弱しい抵抗排除して診察する衛生兵。
だが・・・・・

「ミッターマイヤー提督、キルヒアイス提督、もう手遅れです」

「「「!!!!」」」

あとから入ってきた提督たちを含め全員が絶句した。
やはり頭で分かっているのと、人に言われるのでは違うらしい。

「ほう、ルッツにワーレン、ミュラーに、ああ、卿がファーレンハイトか、そしてビッテンフェルト・・・・メックリンガーとケスラーはどうした?」

ロイエンタールがかつての僚友達に問いかける。

「ケスラーは全体の掌握に、メックリンガーはガイエスブルグ周囲の索敵と警戒だ!!」

それをビッテンフェルトが返答する。

「相変わらずうるさい奴だな、ビッテンフェルト、う」

何度目になるか分からない吐血。
彼の黒い軍服はどす黒い血の色に染まっていた。

「「「「ロイエンタール提督」」」」

そこで思い出されるのは自分の眼を刳り貫こうとした母親の目。
「生まれてくるべきではなかった」という父の言葉。
全ての元凶であり、始まりでもあるヘテロクロミアのこの目と自分の血。

(瞳や肌の色は違っても、血の色は万人が共通か)

「ふん、どうやら時間が来たらしいな」

(人にはそれにふさわしい生き方と、ふさわしい死に方と)

達観する。

「何を言うか、医者だ、医者を呼べ。この馬鹿を医務室に運び込め、まだ助かる」

ミッターマイヤーが泣きそうな声で命令を下した、まさにその時だ。

銀の鷹の間の隠し通路から一人の将官がブラスターを持って現れたのは。
それは隠し通路を使ってきたアンスバッハ准将だった。

「オスカー・フォン・ロイエンタール、ラインハルト・フォン・ローエングラム、我が主君ブラウンシュバイク公の仇、とらせていただく!」

だれもが唖然とする中、1人の将官が動いた。

「ラインハルト様!!」

ジークフリード・キルヒアイスだった。
二条の閃光が交差する。

「ラインハルト様、ご無事ですか!?」

この時のキルヒアイスにはロイエンタールのことを考える余裕は無かった。
親友の安否を確認するのに精一杯だったのだ。

「ああ、キルヒアイスのおかげで助かった」

唯一武器を持って入室を許可されていた親友のキルヒアイス。
彼がいなければ自分は死んでいただろう。

そこへミュラーが命令する。

「衛兵、アンスバッハを捕らえろ」

即座に衛兵が彼を捕らえた。

「申し訳ありません、この無能者めは主君の仇を討つことさえできませんでした」

そういって口を動かす。それを見たワーレンが、

「いかん、止めろ」

と、命令した。したが、ワーレンの叫びも空しかった。

「かくなる上は、非才の身ながらこの私がご案内仕ります」

アンスバッハは歯に入れていた毒薬のカプセルを砕き自決した。

さて、一条の閃光は、キルヒアイスの銃はアンスバッハの左肩を貫いた。

では交差したもう一条の閃光は?

そのもう一条の光線は確実にロイエンタールの腹部を貫いていた。

「ロイエンタール!!!」

ミッターマイヤーが駆け寄る。
己の手が、軍服が、血で汚れるのを無視して止血する。
その表情は誰も見たことも無いほど鬼気迫っていた。

「ミッターマイヤーか?」

「ああ、そうだ!」

息切れした声で確認するロイエンタール。
それは最後の輝きだった。

「卿に頼みがある」

声が小さくなる。

「うるさい! こんな勝手な奴とは思いもしなかった。勝手に逝きやがるな、この馬鹿!! そんな貴様の頼みなど聞いてやるものか!!」

そういうミッターマイヤー。

「そういうと思った。考えてみれば卿とは長い付き合いだからな・・・・・」

無言で頷くミッターマイヤー。その両手は真っ赤に染まっていた。

「ローエングラム侯と・・・・俺とエルフリーデの・・・・俺の子供を頼む」

(昔どこかの偉そうな奴が言っていたな、死に際して子供を託せる親友を持つものは幸せ者だと)

(ならば俺は幸せ者か?)

そうした中、ロイエンタールは夢を見た。
それは胡蝶の夢かもしれない。
そこには自分と、ミッターマイヤーと、自分の子供とエルフリーデと両親が笑って雑談している夢だった。

(そうか、俺は、家族が欲しかったのか・・・・あれほど忌避していた家族の愛を・・・・)

ロイエンタールは最後の力を振り絞って立ち上がり、言った。

「ミッターマイヤー、すまなかった」

「ロイエンタール?」

ロイエンタールは立ったまま微動だにしない。
見れば腹部の銃創からの血も止まっている。
思わず肩を揺さぶるミッターマイヤー。

「おい、どうした、ロイエンタール! 起きろ、起きてくれ!! 頼む、起きてくれ!!!」

誰も何も言えない。ラインハルトでさえ何も言えない。

そしてロイエンタールは二度と口を、瞳をあけることは無かった。

「ああああああああああ」

絶叫。

「ロイエンタールの、大馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!!!」



こうして宇宙暦799年、帝国暦490年 10月7日 22時12分、オスカー・フォン・ロイエンタールは32歳の生涯を終えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・親友に見送られて。



[22236] 第二部 第十二話 決着
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/08 20:41
『乱世の終わり、新たなる時代の到来

リップシュタット連合軍を中から自壊させたオスカー・フォン・ロイエンタール。彼の死に様には彼独特の有終の美がついていた。とにかく、心情面では納得しがたいだろうが、オスカー・フォン・マールバッハ。いや、ロイエンタールの突如の裏切りは貴族連合にとって大打撃、文字通りの虐殺にあたる。それがローエングラム王朝成立への礎となるのだから世の中、不思議なものである。
それから約5日後、ローエングラム侯爵は高速艦隊を再編成し、オーディンへと向かう。中心となる旗艦ブリュンヒルト、その隣にはバルバロッサとベイオ・ウルフの姿が確認されていた。一方、帝国宮廷では思いもよらぬお事態が発生していた。国務尚書、いや、内乱によって正式に宰相へと就任したクラウス・フォン・リヒテンラーデは必死になって隠していた。それは皇帝倒れる、という事態であった』



side ガイエスブルグ要塞 

宇宙暦799年、帝国暦490年 10月9日 09時00分
そこにはルッツ、ワーレン、ファーレンハイト、シュタインメッツ、ミュラー、ビッテンフェルト、ケスラー、メックリンガーの8名の提督たちがいた。



「あれを見たか?」

「何をだ、ビッテンフェルト」

「ルッツ、あれだ、ミッターマイヤーの、疾風ウォルフの涙だ。俺は一生忘れないだろうよ」

「ビッテンフェルト」

「ワーレンか、不謹慎と言いたいのか?」

「そうだ」

「そうだな、俺も悪かったな。少し自重するとしよう」

「しかし、だ、問題はこれからのことだ」

「ファーレンハイト提督?」

「そうだろう、ケスラー提督」

「我ら全員滅びの歌を歌って銀河の深遠にピクニックする訳にはいかないのだから」

「ファーレンハイト」

「参謀長のシュタインメッツ中将には何か異論があるのか?」

「・・・・いや、ないな」

「参謀長まで・・・・ロイエンタール提督には悪いとお考えにならないのですか?」

「メックリンガー、それを言うならミッターマイヤー提督に、ではないのかな?」

「ビッテンフェルト中将」

「ミュラー中将、そういう目をしないでほしい。だがな所詮俺達の人生録は血文字で塗られているのさ」

「・・・・・・そうかもしれませんね」

「だが、二度とやりたくないものだ。戦友と殺しあうなんてな」

そこへ赤毛の提督が現れた。

「諸提督方、ローエングラム元帥と、ミッターマイヤー大将がお待ちです、要塞司令室までお越しください」



宇宙暦799年、帝国暦490年 10月9日 同時刻



「もう良いのか、ミッターマイヤー?」

「はい、お見苦しいところをお見せしました」

「そうは言うがな、もしも私がキルヒアイスを・・・・」

「閣下」

「・・・・・いや、そうだな、なんでもない」

「閣下にとってキルヒアイス提督が無二の親友であったように、私にとってもロイエンタールは無二の親友でした。
なればこそ、ここで立ち止まるわけにはいきません」

「・・・・・・・」

「閣下、私はあの時ほどゴールデンバウム王朝が憎いと感じた事はありませんでした、でしたが」

「が?」

「今はロイエンタールの遺言を果たし、そしてあいつが夢見た新秩序を確立する、それに全力を尽くしたい、いえ、尽くさせてください」

「そうか、卿は強いのだな」

「・・・・・そうですね、私にはまだ帰れるところが残っておりますから。死ぬ訳にも自棄になる訳にも行きません」

「ローエングラム閣下」

「キルヒアイスか?」

「はい、提督方をお連れしました」

「それと・・・・・・ミッターマイヤー提督・・・・・・この度は私の落ち度で・・・・・」

「キルヒアイス提督、そんな顔をしないでくれ、せっかくの決心が鈍ってしまう」

「・・・・・・・・」

「それにだ、キルヒアイス提督がロイエンタールを救おうとしたことには感謝しているし、ロイエンタール自身が反旗を翻したこと、そしてそれに気が付かなかったのは俺のミスだ」

「・・・・・ミッターマイヤー」

「さて、卿らも揃ったことだし・・・・・では、作戦を説明する。ローエングラム侯、よろしくお願いします」

「分かった、ミッターマイヤー」





第十二話 決着





side ラインハルト

全ての将帥が集結した。
そこでミッターマイヤーに促されたラインハルトが発言する。

「作戦名は『ジーク』、勝利という意味だ」

ラインハルトが幾部か影の入った声で発音する。
やはりロイエンタールの件を引き摺っているのだろう。

「勝利? ですか?」

「そう、勝利だ、ルッツ」

ルッツのふとした言葉に返すラインハルト。

「しかし、そこまで露骨ですと感づかれませんか?」

メックリンガーが不安材料を口にした。

「それはない」

断言。

「?」

ビッテンフェルトが訳が分からないという感じの表情を見せる。

怪訝な表情でラインハルトの顔を見る提督たち。

「この「ジーク」作戦は高速部隊を編成し一気に帝都オーディンを占領する」

(いわゆる電撃戦という奴だな)

「つまりリヒテンラーデ公爵に反撃の機会を与えないという事です
また、既存の宇宙艦隊はメルカッツ上級大将指揮下の部隊を除いて全て我々が把握しております」

いつもどおり、キルヒアイスが説明不足を補足する。

「艦隊編成は既にキルヒアイスが済ませている、キルヒアイス」

「はい、ローエングラム侯。では、手元の資料をご覧下さい」

パネルを操作し各員のノート型PC上に編成表を映し出す。


ローエングラム本隊5500隻

キルヒアイス艦隊8500隻

ミッターマイヤー艦隊5500隻

ルッツ艦隊5500隻

ワーレン艦隊5500隻

ミュラー艦隊5000隻

ケスラー艦隊5000隻

メックリンガー艦隊8000隻

ビッテンフェルト艦隊6000隻

ファーレンハイト艦隊6000隻

残留艦隊シュタインメッツ艦隊12000隻

貴族連合から摂取した艦隊、被弾艦艇は全てシュタインメッツに預ける形となる。
そして念のために第二次ガイエスブルグ会戦で失われた艦艇以外の全軍で帝都を目指す。

それが今回の作戦に趣旨だった。

そこでミッターマイヤーが発言する。

「卿らに頼みたい。ロイエンタールは死んだ。死んでしまった。だが、あいつだって今のゴールデンバウム王朝の体制が良いとは一度も言わなかった」

ミッターマイヤーの独白のような懇願は続く。

「今一度言う、頼む、あいつの為にも力を貸してくれ」

そして頭を下げる。

「そうだ、ロイエンタールの弔い合戦だ!」

ビッテンフェルトが同期生らしく先陣を切って啖呵を叫ぶ。

「そうだ、そのとおりだ!」

ルッツが、

「うむ」

「もちろんですとも」

メックリンガーとシュタインメッツが頷き、

「ミッターマイヤー提督のおっしゃるとおりです」

ミュラーが同意し、

「行こう、帝都へ」

ケスラーが、

「ああ、ロイエンタールの仇を討つために」

ファーレンハイトが嗾けて、

「ありがとう、我ら全員の望む公平な新秩序を確立するために!」

ミッターマイヤーが締めくくった。

「では、明日1200時を持って全軍を出撃させる、良いな」

ラインハルトの号令が下された。





side メルカッツ 宇宙暦799年、帝国暦490年 10月19日 



帝都オーディン上空に展開するメルカッツ艦隊。
その司令部で。

「メルカッツ提督、やはりローエングラム侯爵が着ました」

「シュナイダー少佐、それは確かなのだな」

「はい」

敬愛する上官に付き従ってきたシュナイダーが答える。

「では出迎えの準備をするとしようか」

メルカッツはどこか達観した声で命令を下す。

「全艦所定の位置にて待機、別名あるまで発砲も前進も禁ずる。各艦は予定通り白旗を掲げつつ示威行動のみを取れ」

メルカッツがそんな妙な命令をするには理由がある。
意識を回復した皇帝フリードリヒ4世陛下から勅令を、生まれてはじめての勅令をもらったのだ。

『ローエングラム侯爵の道を遮ってはならぬ、せいぜい華麗に滅びるのだ。
だからメルカッツ、卿に命令する、艦隊を使い華麗に奴をここまで、ノイエ・サンスーシまで導け。
これは余が出す残り数少ない勅令である』

と。

だからメルカッツは待った。
あいつらの、デーニッツ、ティルピッツ、レーダーの遺言を思い出しながら。

『ははは、メルカッツ、どうせ面白みのない顔でこちらを見ているのだろう?もう40年、いや幼年学校以前を入れたら50年以上の付き合いだからな。
それくらいは分かるさ。で、どうだった?俺の最期は?精々楽しんで滅びただろう?』

『ティルピッツの戯言はいつものことだ、気にするな。
俺たちは滅び行く王朝に準じる。幸いというべきか不幸というべきか家族がいない分気が楽だ』

『レーダーの言は尤もだ。だがな、メルカッツ、お前は違う。しっかりと家族を守ってやれ。そして勝手な言い草だが新世代を頼むぞ。
どうもあいつらは待つということを知らない。それでは駄目だと言う事を年長者たるお前が教えれる限り教えてやれ』

『そうだぞ、デーニッツの言うとおりだ。死出のダンスを踊る権限はお前にはないんだからな。虐めて悪かった、反省している。』

『今更50年前のことを言うかな?まあ、よい、後の世代を導くのは辛いだろうが・・・・・頼んだぞ』

『ふふふ、さらばだな、友よ。いずれヴァルハラにて会おう』

(そう言われては自決もできん。全く、最期の最期にまで虐めてくれるな、みんな)

シュナイダーは気が付いた。
だが気が付かない振りをした。
敬愛する上官の頬を涙が流れたことを。

それはゴールデンバウム王朝に殉じる事のできなかった、そして新体制に殉じる男の悲しみと不安の涙だったのかもしれない。




side ラインハルト



帝都オーディン上空に観艦式もかくやと思わせるほど整然とした艦隊が展開している。
それはメルカッツ艦隊だと通信で分かった。
そしてどの艦隊も砲口を自分達とは正反対の方向に向け、整列している。

「メルカッツ艦隊3000隻、交戦の意思表示をしておりません」

ヒルダが報告する。

「メックリンガー艦隊、ミュラー艦隊を衛星軌道上に待機させろ。指揮系統はメックリンガーに一任する」

ラインハルトは一応、数の多いメックリンガー、第二次ガイエスブルグ要塞前半で鉄壁の異名を奉られたミュラーを殿に残す。

「はい、ローエングラム侯」

ヒルダが返事をする。

「ところでだ、ガイエスブルグからは未だ連絡がないが、ヒルダは三人の元皇位継承権者がどうなっているか知っているか?」

「はい、存じております。その報告のために参った所存です」

ヒルダは言いたくなかったが正直に言おうと決心した。

「何故、報告が遅れた?」

それはもっともな疑問。

「まず二人、エリザーベト・フォン・ブラウンシュバイクとザビーネ・フォン・リッテンハイムの行方はすぐに掴めました。」

そこでヒルダは躊躇い、露骨な嫌悪感を示して続けた。

「二人は何人、いえ、何十人にも強姦され殺されていました。死体は・・・遺体は・・・・ガイエスブルグにて安置してあります」

同じ女として許せない、そうヒルダの目が語っていた。

「そ、そうか」

ラインハルトはショックを隠せなかった。14歳と15歳の娘。
それが強姦されて殺された。しかも間接的に自分のせいで。
あまりといえばあまり、歴史の必然といえば必然。

「その二人は丁重に弔う事としよう、それで、もう一人は?」

ヒルダが答える。

「行方不明です、閣下」

「行方不明だと?」

「最後の目撃証言では、戦艦ヴィルヘルミナにランズベルク伯に連れられて乗り込む姿が確認されています」

「付け加えるなら、そのヴィルヘルミナは脱出し、我が軍の索敵網から逃れました」

ヒルダの報告を聞き、ラインハルトは思った。

(一隻の戦艦で何ができるか、それにヨーゼフは7歳と聞く。俺が幼年学校に入ったのは10歳の頃)

そして思う。

(実力の伴わぬ覇者が倒されるのは当然のこと。しばらくは放置してもよいか)

ヒルダもラインハルトの心情を察したのだろう、無言で頷く。

「よし、メルカッツも抑えたことだし、このままオーディンを武力制圧せよ」


そうしてオーディン各地は武力制圧されていった。



軍務省ではエーレンベルク元帥がブラスターやライフルで武装した兵士たちに向かって

「無礼な! 何を求めてのことかは知らぬが、なりあがりの青二才は礼儀も心得ぬのか!!」

叫ぶ。

それを聞いたビッテンフェルトはわざとらしくブラスターをしまいこう語った。

「失礼しました、元帥閣下。小官がお求め頂くものは時代の流れとその変化という奴です」

肩を落とすエーレンベルク。
彼にも分かっていたのだ、この時点で、帝国軍実働部隊の全権がローエングラム侯爵に渡る事がどういう事態を招くかを。



統帥本部ではシュタインホフがワーレンに投降した。

「ワーレン提督だったな、わしはともかく、家族の身の安全は保障してもらうぞ?」

彼も武人としての名誉を知っていた、潔く投降する。

「了解しました、元帥閣下。もとよりキルヒアイス上級大将閣下よりの命令で抵抗しない者には寛大な処置をとのご命令です」



ルッツはラインハルトの姉、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人を保護した。

「コルネリアス・ルッツ中将であります、ローエングラム閣下の姉君ですな?」

「そうですが、弟に何か?」

ルッツはこの事態にも動じないアンネローゼの姿を見て、流石はローエングラム侯爵の姉君だと場違いな感想を持った。
だが任務は果たさなくてはならない。
その為にローエングラム侯は自分に3個連隊もの将兵をお貸しくださったのだから。

「いえ、違います。閣下から保護せよとの命令を受けております。」

「コルネリアス・ルッツ中将でしたね、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」



行政府・玉璽保管室に突入したミッターマイヤーはそこで驚くべき光景にであう。

「玉璽がないだと!?」

ミッターマイヤーの驚きに、バイエルラインが答える。

「はい、保管責任者の言うことのよりますと、玉璽は先ほどのノイエ・サンスーシに持ち運ばれたとの事です」

思わず舌打ちする。

「ちっ、だがまあ良い。それでリヒテンラーデ公爵の居所は?」

「同じくノイエ・サンスーシかと」

ノイエ・サンスーシには一個師団を率いたローエングラム侯とキルヒアイス提督が向かっている。



帝都オーディン宇宙港では

「警告する、ハッチを開き我がファーレンハイト艦隊の入港を許可し、指揮下に入れ。さもなくばハッチ共々破壊する」

そこで最高責任者らしい貴族が返事をする。

「ここは帝都上空です、帝国の、皇帝陛下の権威を如何にお考えですか!?」

ファーレンハイトは皮肉げに答えた。

「権威か? 権威とは実力あってのもの、実力なき権威などもはや権威とは言わん。それはこの現状を見れば明らかであろう!」

その言葉に彼は、否、宇宙港防衛隊は屈した。



近衛兵駐屯所

「無駄な抵抗は止めろ、ゴールデンバウム王朝は終わりだ!」

唯一の抵抗らしい抵抗、といっても一個中隊が宿舎に立て篭もっただけであったが。
それを粉砕し、残りの部隊にも投降を呼びかけるケスラー。
もともと近衛兵はお飾りとしての側面が強く、戦慣れしたケスラー指揮下の陸戦隊に一気に制圧されてしまう。



そしてラインハルトとキルヒアイスはノイエ・サンスーシに到着した。
その広大な敷地を持つノイエ・サンスーシであるが奇妙なことに武装した兵士が独りもいない。
不思議に思いつつも足を進める二人。

そして皇帝の間まできた。

「ハンドランチャー隊、構え」

キルヒアイスが命令をし、12名の兵士が一斉に構える。

「撃て!」

命令と共に吹き飛ばされる。爆炎の中突入する兵士たち。

「全兵発砲待て」

ラインハルトが命令する。

そこには、玉座にはずっと憎んでいた皇帝が不気味な笑みをたたえながら座っていた。

「久しいな、ローエングラム侯爵、いや、ラインハルト・フォン・ミューゼル」

皇帝は淡々と言った。

「お久しぶりです、皇帝陛下。そして帝国宰相リヒテンラーデ公爵」

それに反比例するが如く、憎悪を募らせ反発するラインハルト。
だが皇帝はそんな事などお構いなしに話を続ける。

「うむ、ようやく時が来たな。よくぞ余の前に来た。待ちわびたぞ?」

それは本心から。



1週間前。

皇帝倒れるの重病からもう一週間が経つ。
それでもリヒテンラーデは一抹の希望をかけて侍医に尋ねる。

『陛下のご容態は!?』

だが回答は彼の想像通りであり、もっとも聞きたくない言葉だった。

『もう手遅れかと・・・・・』

思わず白衣を鷲摑みにするリヒテンラーデ。

『貴様。それでも医者か!』

『それにローエングラム侯爵が着ます。避難すべきです』

その時だ、意識不明だった皇帝の目が開いた。

『陛下!』

驚くリヒテンラーデ。
彼も半分は諦めていたのだ。

『ラインハルト、フォン、ローエングラム』

起き上がる皇帝。心臓麻痺で倒れたとは思えない強さで彼は起き上がった。

『ローエングラム侯爵をノイエ・サンスーシに通せ、決して抵抗してはならぬ』



そして時は現在に戻る。

「ほう、そちは上級大将になったのか、ジークフリード・キルヒアイスよ」

「アンネローゼ様の仇として仇を討たせてもらいます」

「うむ、アンネローゼの想い人たるそちにはその権利があるな」

「何を余迷いごとを!!」

ラインハルトがブラスターを構えようとしたその瞬間。

「待て!」

皇帝が叫んだ。
それもまるで開祖ルドルフ大帝の様に。
思わず引き金を引くのを引き止めるラインハルトとキルヒアイス。

「その前に済ませることがある。リヒテンラーデ公爵」

見ればいくつかの書類が机の上に並べられていた。
だが、リヒテンラーデは動かない、いや手の震えが止まらない。

「陛下、お考え直し下さい。まだ・・・・」

「公爵とて分かっていよう? もうゴールデンバウム王朝は終わりなのだと」

衝撃を受けるラインハルトとキルヒアイス。
それも当然か。
憎むべき敵、アンネローゼを二人から奪った存在が自らの王朝の最期を認めたのだから。

「リヒテンラーデ公爵?」

だがリヒテンラーデは奏上を持ったまま動かない、いや正式には動けない。

「クラウス・フォン・リヒテンラーデ!!」

それは初めて聞く皇帝の怒声だった。

「は」

そして読み始める。信じたくないという感じでどもりながら。

「余、よ、余、余フリードリヒ4世は、此度の内戦の勝利とそなたラインハルト・フォン・ミューゼルとジークフリード・キルヒアイスの野心の高さを持って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・余は第38代銀河帝国皇帝として、ラインハルト・フォン・ローエングラムに、に、ちょ、勅令として、玉座と玉璽を渡し、ぜ、禅譲することを確約する」

それは想像を超えた言葉。
よくみれば、玉璽が机の上においてある。

「「!!!」」

二人が驚く。
そんな二人を見ながら彼の、皇帝の独白は続いた。

「わしはほとほと嫌気がさした、この矛盾に満ちて、嫉妬と欲にまみれたこの国を。だがわしはそれを変える気概も勇気もなかった」

皇帝の言葉を聞くリヒテンラーデ、そしてキルヒアイスとラインハルト。

「そこへ一人の希望が現れた。わしが欲しくて欲しくて堪らなかったもの、覇気という気概を持った、このゴールデンバウム王朝を崩すという気概」

それは二人の野心をはじめから、あるいは途中から見抜いていた事を意味する。

「ようやく、夢がかなった。どうしようもないこの国で、どうしようもなく生きてきたわしの最後の夢、ゴールデンバウム王朝の崩壊」

そういって傍らのワインを飲み干す。

「陛下、それには毒が!」

リヒテンラーデは、このゴールデンバウム王朝最後の忠臣は最後まで忠臣らしく進言した。

「さてな、やはり極上の酒でも10分もすれば死ぬ毒薬入りでは美味くはないな」

そうして皇帝が立ち上がった。

玉座をおり、衛兵たちが思わず下がる。
いや、あとずさってしまったのはキルヒアイスもラインハルトも同様だった。

「さあ、最後の仕上げだ。撃て、ラインハルト」

引き金が引けない。
まるでルドルフ大帝のような、ラインハルトのような覇気を見せ付ける皇帝に飲み込まれた。

「何をしておるのだ! 撃て!! 撃ってこの国を! ゴールデンバウム王朝を終わらせるのだ!!」

引き金を、引けない。

「撃て! アンネローゼの仇であろう!!!!!」

その言葉にようやく二人は構えた。

そして。

閃光が。

二条の閃光が。

フリードリヒ4世を貫いた。

だが、彼は倒れなかった。
かつてガイエスブルグでゴールデンバウムの意地を、誇りを見せた三人の提督たちのように。

「まだだ・・・・・まだ・・・・・わしは・・・・・・死んではおらぬ」

歩みを止めない皇帝。血が道を作る。

「どうした、若者よ? わしはまだ死んではおらぬぞ!」

そしてラインハルトの視線がフリードリヒ4世の視線とぶつかったとき。

ラインハルトは不思議な感覚にとらわれていた。

まるで、祖父に会った、そんな感じに。

そして現実に戻したのはキルヒアイスのブラスターの銃声だった。

「ジークフリード・キルヒアイスか・・・・・」

「アンネローゼ様の仇!」

老人が笑うように、いや、老いた皇帝は笑いながら言った。

「わしが言うのも変じゃが・・・・・アンネローゼを頼むぞ、アンネローゼの想い人よ」

再び閃光。

「ふ、次はラインハルトか・・・・・・・あとを・・・・・・・銀河帝国55億の民を頼む」

そして、

希望に生まれ、

絶望に沈み、

再び希望を見つけた皇帝は、

ついに斃れ、

その生涯を終えた。

・・・・・・・笑顔を浮かべながら。


「・・・・・・陛下」

リヒテンラーデが放心した状態でブラスターを出す。

慌ててラインハルトを庇うキルヒアイス。

だが違った。

「ローエングラム侯爵、リヒテンラーデ一族の責任は全てこのクラウス・フォン・リヒテンラーデが背負う」

続けた。

「じゃから、生き残った一族には寛大な処置を頼む」

そうして皇帝の傍らにまで歩を進める。

「皇帝陛下、今から臣がお供します」

ブラスターを喉に押し付けた。
そして。

「帝国万歳!」

一条の閃光と血しぶきが散る。

リヒテンラーデは死んだ。

皇帝も死んだ。

生き残ったのはラインハルト・フォン・ローエングラムとジークフリード・キルヒアイス。



そして彼の、フリードリヒ4世の残した遺言は突入してきた全ての将兵、いや、オーディン全土に報道された。



宇宙暦799年、帝国暦490年 10月20日未明、こうしてゴールデンバウム王朝は5世紀に渡るとする歴史に終止符を終えた。



[22236] 第二部 最終話 新皇帝誕生
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/10 09:33
『副帝制度

これはローエングラム王朝初代皇帝ラインハルト1世にのみ見られた独特の制度である。いわゆるご意見番としての制度であり、実権はなかった。事実、唯一の副帝ジークフリード・キルヒアイスが死去してからはこの制度は用いられていない。ただし、ジークフリード・キルヒアイスが妻アンネローゼ・キルヒアイスと共にもうけた3人の子供が皇帝家の傍流として、いわゆる御三家として皇帝本家の跡取りとして存続することになる。だが、副帝という名称はジークフリード・キルヒアイス以外には用いられていない』

新帝国暦172年 ある歴史学者の著書より抜粋。 




『アンネローゼ様』

『ジーク?』

『はい、アンネローゼ様』

『迎えに来てくれたのですね?』

『ええ、あの時言えなかった答えを持って』

『あの時・・・・それで答えはどうでしたか?』

『答えは・・・・・・ヤーです、アンネローゼ様。私の・・・・私の妻になってください』

『ジーク!』

『アンネローゼ様!』

そういってキルヒアイスはアンネローゼを抱きしめた。

それを遠くから見守るラインハルト。

(キルヒアイスが義兄か・・・・悪くない、そうだろう、ヒルダ?)

二人は幼い頃の誓いを果たしたのだ。

姉を助ける、ただ単純で明快で、そしてもっとも難しい、そう言う誓いを。





最終話 新皇帝誕生





銀河帝国はローエングラム王朝は波乱の誕生を余儀無くされた。

それは皮肉にもゴールデンバウム王朝最後の皇帝を殺してしまったことにある。

禅譲するといった相手を一時の感情で殺してしまった以上、政治的正当性をどう主張するのかが鍵となった。

それはこれからの統治で正当性を主張していくしかない。

それがたとえ極めて困難なことであるにしても。

ゴールデンバウム王朝消滅と、ローエングラム王朝誕生を知った共和国では。

『基本的に帝政国家である事に変わりはないのさ、たとえローエングラム侯爵が、いやカイザーラインハルト1世がどれほど善政をしこうとね』

とは、時の銀河共和国大統領ヤン・ウェンリーが養子ユリアン・ミンツへと語った言葉である。

そして彼はこうも続けている。

『たしかに、この改革案を見れば彼は史上稀に見る名君だろう。帝国の国民は幸せといっても良い。
だが、彼の子孫は?彼の後継者は?絶対的権力者が内政の不備を理由に外征へと転じるのは容易な事だ。
それでは我が国の安全保障上危険極まりない・・・・・だから条約という足かせをつけるのさ。もっとも人のことは、言えないかもしれないがね』

兎にも角にもゴールデンバム王朝は崩壊した。
そして残った大貴族たちの令嬢夫人(彼女らはロイエンタールが幽閉していた。皇位継承権者のみが強姦殺人された理由は分かってない、一説には共和国の暗躍があったと言われているが、それも不明である)はいくばくかの財産だけを残し、全員をオーディンの専用高級ホテルならび、専用街にて幽閉する。

そして、


『ジーク・ライヒ!』

『ジーク・ノイエ・ライヒ!!』

『ジーク・カイザー!!』

『ジーク・カイザー・ラインハルト!!!』

人々は予想に反し熱狂的にラインハルトを迎えた。

それはゴールデンバウム王朝とは違う新たなる時代を肌身で感じているからなのかもしれない。

大貴族どもに搾取されることを怯える事無くすめる世界を望んでいるのかもしれない。

その過程が簒奪だろうと、禅譲だろうと構わない、そう言っているのかもしれない。

そうした外の喧騒無視してラインハルトは進む。

ラインハルトはノイエ・サンスーシの皇帝の間を歩む。

親友のジークフリード・キルヒアイスとアンネローゼ・キルヒアイスと共に。

玉座には王冠と皇帝杖が置いてあった。

そして副帝使用の特注の紅のマントをはためかせたキルヒアイスが左横に、右横にはアンネローゼが純白のドレスを着て立っていた。

それは彼が夢にまで見た光景。

赤毛の親友と、姉に祝福されて、そして至高の冠をいだく、その瞬間。

王冠をかぶり、白い彼の専用の、ゴールデンルーベの、黄金の獅子の刺繍の入った白いマントをはためかせる。

「余、ラインハルトは今ここに宣言する。」

「余の帝国では帝国騎士、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵、平民の垣根を取り除き、全て名誉職とし、貴族領土の治外法権を撤廃し、税制度、司法制度の不平等を無くし、全ての民が平等に、帝国の法律の名の下に公平に暮らせる社会を実現する」

「余、ラインハルト一世と余の帝国は先代のゴールデンバウム王朝とは違い、公平明大な世のための政治を行うために存在するものである」

「余はここにローエングラム王朝の開幕と、ゴールデンバウム王朝の終焉、そして銀河共和国との和平を結ぶことを宣言する」


『ジーク・ライヒ!』

『ジーク・ノイエ・ライヒ!!』

『ジーク・カイザー!!』

『ジーク・カイザー・ラインハルト!!!』

『おおおおおおおおおおお!!!!!!』



宇宙暦800年、新帝国暦元年、1月3日。

新帝国ローエングラム王朝は誕生した。その波乱の国生を送るのだが、それは現時点で誰にも分からない。

そして翌月2月3日、度重なる裏交渉の末、副帝ジークフリード・キルヒアイスが正式に銀河帝国の全権大使としてヤン・ウェンリー大統領の待つイゼルローン要塞へと赴き、和平交渉を開始する。

それから半年、長期にわたる交渉の末、惑星ハイネセンのあるバーラト恒星系で銀河帝国皇帝ラインハルト1世と銀河共和国大統領ヤン・ウェンリーの間で和平条約、いわゆる『バーラトの和約』が締結され、両者の戦争は公式にも終結した。

その後の銀河の歴史はまた後ほど語るとしよう。

銀河は、人々の営みなど無視するかのように悠久の歴史を歩んでいる。

銀河の歴史がまた1ページ。



[22236] 外伝 バーラトの和約
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/22 11:02
『これはヤン大統領閣下。こんな辺境まで来ていただけるとは感謝の極みです』

『いえ、ルビンスキー自治領主閣下、これも仕事のうちですから』

『して、此度の件はいったい何ですかな?』

『自治権剥奪、といったらどうします?』

『中々ユーモアあふれる毒舌家ですね、ヤン大統領。だから4月1日を会談日に設定したのですかな?』

『・・・・・・・・・』

『沈黙ですか。ふう、やれやれ、ではこちらも本音で語るしかないようですな』

『身分と地位は保証します。それに落ち目の地球教徒と手を組んでも仕方ないでしょう? ルビンスキー閣下?』

『!?』

『そう驚くことではありません、盟友のトリューニヒト最高評議会議長が教えてくれました。貴方方の闇の部分もね』

『シリウスの執念、ですか』

『そうですね。そういう言い方が適切かもしれません。
私も歴史学上の地球には興味ありますが、地球自身に対しては良い感情をもてないのが正直なところです』

『なるほど。ところで失礼ながら、大統領閣下は大統領職よりも政治学者なり歴史学者なりにおなりになった方が宜しいのではないですか?』

『よく思いますよ。で、落ち目の地球教徒は帝国内部でも弾圧の対象となりました。
そしてフェザーンも1世紀を経過した独立国家のような存在です。
そろそろ、全ての国家が地球の頸木から逃れるべきではありませんか?』

『・・・・・・・・我々も変るべきだと言いたいのでしょうが・・・・・・・・装甲服の歩兵に囲まれたこの状況、まるで恫喝外交ですな?』

『とんでもない、わずか3個艦隊6万隻で表敬訪問しているだけですよ? ただし、極秘の、ね』

『ふ、もしもここで大統領閣下を害すれば、あるいは拒否すればそれがたちどころに制圧部隊へと変貌するわけでしょう?
それを恫喝といわずに何を恫喝というべきですかな?』

『そうですね』

『・・・・・・・・』

『ルビンスキー自治領主閣下、貴方は共和国の国籍を持つ人間だ』

『?』

『そして力量も手腕も野心も経済的なバックボーンもある』

『次期トリューニヒト政権内部で大きな影響力を持てると思いになりませんか?』

『!』

『フェザーンの独立、そういってよい状況は銀河共和国と銀河帝国の戦争状態によって初めてもたらせられました
それももう終わりです。1世紀にわたる富と情報の独占を奪い返そうとする動きが両国で活発化しつつあります』

『つまり、それですか。戦乱になるやも知れない元凶、それを抑える為には』

『そう、フェザーン自身の独自にして自主的な歩み寄りが不可欠です』

『・・・・・・・・・・・・・・・』

『アドリアン・ルビンスキー自治領主、殿、如何ですか?』

『・・・・・・良いでしょう、地球教徒を切り捨てましょう』





外伝  バーラトの和約





side イゼルローン要塞 宇宙暦800年、新帝国暦元年、5月3日


「キルヒアイス提督、久しぶりですね」

ヤン大統領が発言する。

「ええ、ヤン大統領も。お元気そうで何よりです」

キルヒアイスも相槌を打つ。

「ええ、あまりにも高級料理しか出ないんで味覚が狂ってしまいそうです」

ヤンは下手くそな冗談で返す。

「それはそれはお気の毒に」

キルヒアイスは苦笑いを堪えている。

「はは、本当は首都繁華街でジャンクフードを食べてみたいと思うのですが、オーベルト中将が毒殺を警戒して許してくれないんですよ」

(・・・・・ヤン提督にはジョークのセンスはないんだな)

そうキルヒアイスは呟く。
それが聞こえたのかわざとらしく咳払いして交渉に入りだすヤン。

「それでは本題に入りましょうか」

「ええ、これが我が国が貴国に提案する最終的な和平条件です」

・1つ、双方共に賠償金、領土割譲はしない
・1つ、アムリッツァ、アスターテ両恒星系ならび周辺無人恒星系の非武装中立化
・1つ、相互通商条約、ならび安全保障条約の締結
・1つ、軍縮条約の締結(現在の進行中の艦隊再編成計画、新要塞建設計画は規制しない)
・1つ、相互人材交流の活発化とその人物、団体、企業利権の相互保証
・1つ、相互の信頼醸成の為、オーディン-シリウス間にホットラインを引く

「以上の6点にまで絞り込みました」

それを見て感慨深そうにため息をつくキルヒアイス。

「いろいろありましたね。ヤン大統領」

そうだ初期は領土割譲、賠償金の支払い、戦犯である貴族の処刑まで入っていた上、銀河帝国軍の解体と帝国全土の一時的な保障占領。
安全保障費用の名目で毎年支払われる朝貢金にガイエスブルグ要塞への銀河共和国軍平和維持軍の進駐。
さすがのキルヒアイスも認められない物ばかりだった。

事実上の属国化、それを回避するブラッケ、リヒター、シルバーベルヒら官僚団とマリーンドルフ伯爵の交渉術には鬼気迫る凄さがあった。

「ええ、数え切れないほどの譲歩をしましたから」

ヤンもようやくこの手の腹芸を身につけたと見える。
しれっとキルヒアイスの皮肉めいた口調を回避する。

「ですが、我が国の安全は保障していただけるのでしょうね?」

そう、それだ。

銀河共和国が再び『ストライク作戦』のような侵攻作戦を企画した場合、防ぎきれる保障はない。

例えどれほどの名将が揃っていようとも、10倍の敵軍を相手にしては勝ち目はなかった。

「ご安心下さい。その為の安全保障条約です」

ヤンが伊達めがねを直す。
そうなのだ、一度和平が結ばれれば共和国から帝国へと侵攻する必然性は大きく減る。

というか、資源・人口・国土・技術(民需・軍需を問わず)で圧倒する共和国に、通貨から言語まで何もかも違う銀河帝国領土は必要はない。
必要なのは55億人の市場価値、それだけだ。

「その言葉、国内でも言えますか?」

キルヒアイスが再度確認する。

「ええ、言えます。というより、提督もご存知のはずです。私が和平推進論者であることを」

それだけが理由ではないが、イルミナーティが市場進出に積極的な以上、とりあえず、帝国軍が暴発しない限りは侵攻作戦は避けられるだろう。

そして・・・・・ヤンは続ける。
極秘の情報を提示して。

「そしてキルヒアイス提督もご存知のはずだ、フェザーン方面に新たなる開拓航路が発見されたことを」

キルヒアイスも無言で頷く。
そして思う。

(そうだ、その開拓に全力を注げば少しは帝国と共和国との格差も是正されるかもしれない)

それに思う。

(そして共和国の目を共和国国内と新規開拓と帝国国内への販路拡大に向かせられれば・・・・・)

無言のキルヒアイスにヤンが話を続ける。

「どうもこういった腹芸は苦手ですね。ですが、フェザーン航路は双方で管理運営され初めて未来を見れると思いませんか?」

ヤンの発言には彼らしくない毒が入っていた。

「というと?」

キルヒアイスも彼の発言の意図に気が付く。
彼ら二人はこの約半年間で否応無しにこういった政治的駆け引きを学ばされてきた。
そして教える側、ヤンにはオーベルトが、キルヒアイスにはマリーンドルフ伯爵が舌を巻くほど上手くなっていた。

「とぼけないで下さい、銀河共和国のRCIAを舐めないでもらいたいですね」

一瞬の間。

「ふう、やはり敵にするには恐ろしい方だ、貴方は。」

そう言って汗を拭く。

「それでどうなのです、フェザーン都市国家の自治権剥奪ならび同時侵攻の可能性は論議していただけるのでしょうね?」

ヤンは畳み掛けた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

先に口を開いたのはキルヒアイスだった。

「ええ、あくまで示威行動に留めますが、両国が共同してフェザーンに航路開拓権利の利用を求めればよろしいかと」

「そうですね、あまり追い詰めてテロに走られても困ります。フェザーンには開拓の中継地点として大いに潤ってもらいましょう」

そうだ、慌てるこじきはもらいが少ないし、窮鼠猫をかむという諺も有る。
フェザーンをあまり追い込むべきではない。
それにルビンスキーにはジョアン・レベロを向かわせた。オーベルト中将をつけて。
そこから得た回答は『YES』。そして、フェザーン国内で起きている徹底した地球教徒への弾圧。

(8世紀、いやシリウス暦を数えれば9世紀にわたる怨念か。ぞっとするよ)

そう、ヤンはルビンスキーとの秘密会談を成功させていた。

「我々の予想と寛容できる範囲で、ですね?」

「ええ、もちろんです、キルヒアイス提督」

その日、実質的な和平条約が結ばれた。





バーラト恒星系 宇宙暦800年、新帝国暦元年、7月7日



『ヤン大統領万歳!!』

『平和に感謝を!!』

『講和条約万歳!!』

『ヤン大統領と皇帝ラインハルトに安寧あれ!!』

歓声が傍受できる。
ラインハルトは本国にアレクの子守としてキルヒアイスを残し、銀河帝国軍総兵力(再建計画上も含む)の約3分の2である6万隻を率いて惑星ハイネンセン上空に滞在する。

出迎えるアレクサンドル・ビュコック総指揮の共和国軍第1艦隊を中心にした8個艦隊16万隻。
壮大な隊列が一矢乱れね艦隊編成、艦隊行動で彼らを迎えた。銀河帝国軍を。
それはアムリッツァの敗北から銀河共和国が軍備を完全に立て直した事の証明だった。

さらに後方からは安全保障の名目で第10、第12艦隊の2個艦隊4万隻が続く。

「圧倒的な戦力差だな」

ラインハルトをして独語させる。
冷や汗がでる。

もしも自分達が侵攻軍になればどうなるか。

各地の恒星系にも2000隻単位の守備軍がいると聞く。
それが75倍。15万隻。合同訓練も活発であり烏合の衆ではない。
そして、その辺境や各地の警備隊、航路治安維持局の艦艇、それだけで帝国軍全軍を凌駕する。

止めに現有戦力だけでも正規宇宙艦隊で2.5倍の戦力差。

それでも共和国にはまだ半分の艦隊戦力が各地に健在であり、出迎えの艦隊は見たこともない新造艦艇で編成されていた。
従来艦よりも小型化され、それ以前の艦艇より高性能化されているのは疑いがない。
事実、アムリッツァのヤン艦隊はこちらの射程外から一方的に攻撃し、撃沈させてきた。

(あれの再現か。こちらは内政と財政再建、地球教徒なる反乱分子に手を焼いている状態。そんな状況下で艦艇の新規設計など夢のまた夢)

更にはハイネンセンに展開するアルテミスの首飾り。
8世紀の間、各地の有力な(財政的に余裕のある、或いは、戦略・交通上重要な要所の)恒星系が州軍戦力の象徴として、配備し整備している無人迎撃衛星。
イゼルローンほどではないが、1個艦隊から2個艦隊程度には匹敵する防衛システムである。

「これがシリウスを除く全ての重要惑星にあるとなると厄介極まりない」

事実、共和国の内情をつぶさに見てラインハルトは一言だけ記録に残している。

『絶対に勝てない』

それはもはや個人での力量でどうにかなるものではなかった。

そして式典はブリュンヒルトが惑星ハイネンセンに中央湖に着水した時点で、ブリュンヒルト艦内で行われた。


「ヤン・ウェンリーです、例の通信以来ですね、カイザーラインハルト」

「銀河帝国皇帝ラインハルト1世である。このたびは貴国に招き入れてもらい感謝する」

「それでは講和条約にサインを。」

「ああ、そうしよう」

(こんな大軍を相手に他にどうしろというのだ!!)

ラインハルトは心の奥底で叫びながら講和条約に調印した。

二人の会話が公式に残っているのは僅かにこれだけである。
その後の二人はお茶会を楽しんだと、周囲の者、特にヒルデガルド・フォン・ローエングラムやフレデリカ・G・ヤンは後の回想録や日記に記載しているがそれはまた後日。

ヤンとラインハルト、この二人は計ったかのようにその日の夜、妻と愛し合ったという。

一方はある種の恐怖から、一方はある種の開放感から。

その時の夜にヤンは初めての子供、娘ヤン・ランをもうけることになるのだが、それはまた別の話。

そして銀河帝国軍は短い駐留期間を終え、無事に何事もなく帰国した。




銀河の小話がまた1ページ



[22236] 外伝 それぞれの日常
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/26 10:54
外伝 それぞれの日常


side ビュコック



第1艦隊旗艦『リオ・グランデ』からは全艦隊を使用した約2ヶ月に渡る大規模演習『ヴィクトリー』が行われていた。
それは共和国、帝国、フェザーンに中継されている。

「これでようやく揃ったな」

ビュコックが感慨深く発言する。

「ええ、漸くですね」

それは銀河共和国正規艦隊第1から第20艦隊までの合計40万隻の大軍であった。
総数だけで帝国軍の全ての戦闘艦艇の1・5倍を意味する大軍である。
さらに付け加えるならば、全てが新設計の新造艦艇に統一されていた。

第1艦隊(宇宙艦隊司令長官兼任) アレクサンドル・ビュコック元帥

第2艦隊司令官 ロード・パエッタ大将

第3艦隊司令官 ユリウス・カエサル中将

第4艦隊司令官 ハンニバル・バルカ中将

第5艦隊司令官 フォード・クブルスリー大将

第6艦隊司令官 ナポレオーネ・ボナパルト中将(初の女性宇宙艦隊司令官)

第7艦隊司令官 ハシバ・ヒデヨシ中将

第8艦隊司令官 タイ・コウ・ボウ中将

第9艦隊司令官 サラーフ・アッディーン中将

第10艦隊司令官 ウランフ大将

第11艦隊司令官 ルビール・ルグランジュ中将

第12艦隊司令官 シグ・ボロディン大将

第13艦隊司令官 ダスティー・アッテンボロー大将

第14艦隊司令官 ライオネル・モートン中将

第15艦隊司令官 ラルフ・カールセン中将

第16艦隊司令官 ホレーショ・ネルソン中将

第17艦隊司令官 オダ・ノブナガ中将

第18艦隊司令官 ミハイル・トハチェフスキー中将

第19艦隊司令官 アーレイ・バーク中将

第20艦隊司令官 レイモンド・スプールアンス中将

「誰も彼もが実践経験豊富な、若く、そして人望にあつい将官です」

チュン・ウー・チェン参謀長が補足する。

そう、彼ら新編成された艦隊司令官は全員が、アスターテ、帝国領土通商破壊作戦、アムリッツァ会戦に参加しており、全員に実戦経験がある。
さらに言うなば、クーデター騒ぎとサイオキシン麻薬騒ぎで軍内部の不平分子が一掃できたのも大きい。
その為、士官学校の年功序列順位を繰り上げた大抜擢が可能になった。

「そうじゃな、この陣容なら帝国軍相手といえども負けはしないじゃろう」

銀河共和国は全艦隊が2万隻体制を敷きつつもまだまだ余裕がある。
第13艦隊はイゼルローン要塞方面軍として2万5千隻、第14、第15艦隊はアマテラス恒星系で完成したフェザーン要塞駐留艦隊として健在である。
フェザーン要塞は当初の予定より二年早く、宇宙暦801年に完成した。
それはイルミナーティを中心とした銀河共和国の経済界の底力を示すものであった。

そこでビュコックは話をそらす。
というより、こちらが本題なのだろう。

「ところで、ヤン大統領から出撃命令が下ったが・・・・これは本気か?」

「恐らく、本気かと」

総参謀長が答える。

「しかし、実際に白兵戦闘をするのは帝国軍のはず。いくらなんでもこれは遣り過ぎではないのかな?」

ビュコックはあまり今回の作戦に乗り気ではないようだ。
それもそうだろう。

なにせ、命令には。

「地球攻略作戦『クライシス』には化学兵器C-11の使用を許可する」

と、書いてあるのだから。

「ですが、命令です」

チェン総参謀長の言葉は変わらない。

「国民世論に配慮してから、かのう?」

そうとしか考えられない。
共和国はオーベルト中将の流した情報に踊らされて、ヤン大統領暗殺未遂犯の早期殲滅を要請してきた。
とくにヨブ・トリューニヒト最高評議会議長が乗り気なのだ。
なんといういうか、自分が関わった証拠を消したい、そんな感じだ。

「まあ、化学兵器といっても相手は麻薬付けの狂信者です。
それにこの化学兵器はどちらかというと麻酔兵器ですので非難も少ないかと」

チェンが慰める。

「それはそうじゃが・・・・わしは好かんな」

ビュコックは渋い顔をする。

「まあ、そうでしょうね」

チェンも同様だ。

「しかし、ヤンの、あ、いや、大統領閣下からの命令は変わるまい。それに地球教徒に装甲服がそれほどあるとも思えん」

ビュコックの思案は続く。

「ええ、先年の『シールド』作戦で各地の支部を警察が徹底的に叩いたときの戦訓ではせいぜいロケットランチャー程度かと」

「ならば、これも将兵を生かして返す為の苦肉の策というわけじゃな」

ビュコックはしぶしぶ納得した。
そしてパエッタ大将を呼び出すよう命令した。

それは、2年後にクブルスリー大将が総参謀長に内定していることとビュコック自身の高齢を考えると次期宇宙艦隊司令長官を決めるという意思でもあった。



side パエッタ



(なんの呼び出しだろうか?)

大演習の休憩のさなか、第2艦隊司令官である自分はビュコック司令長官に呼び出された。

そしていま、トリグラフ級戦艦『レオニダスⅢ』から同じくトリグラフ級戦艦『リオ・グランデⅡ』に移った。

「ロード・パエッタ大将、到着しました」

「入りなさい」

(ビュコック長官だけでなく、総参謀長もいるのか・・・・・何か演習で不手際でもあったのだろうか?)

「入ります」

そういって入る。

中にはビュコック元帥、チェン大将、それに何故か大統領安全保障補佐官のジャン・ロベール・ラップまでもがいた。

「どうぞ、おかけ下さい」

ラップが嘗ての上官の同期生に椅子に座るよう勧める。
遠慮うせずに座るパエッタ。

「パエッタ提督は何歳になるかな?」

おもむろにビュコックが切り出す。

「は、今年で52歳になります」

「そうか」

ますます訳が分からない、そんな表情をするパエッタにビュコックはさらりと言いのける。

「実はな、次期宇宙艦隊司令長官を貴官にしようと思うのじゃが・・・・・どうだろう」

(!?)

衝撃だった。

「し、しかし、自分の他にも適任者がいるのではないですか?
実績ならばアッテンボローやウランフ、ボロディン、年齢ならクブルスリー先輩が」

思わず同僚たちを呼び捨てにする。

「いや、ウランフ、ボロディンはまだ40代後半と若い。アッテンボローに至ったてはまだ30にもなっておらん」

ビュコックの言葉をラップが引き継ぐ。

「これからは平時です。戦時下のような大胆な採用はかえって諸提督の反発を生みましょう」

チェンが続ける

「それにクブルスリー大将は私の後を継ぐ予定です。
そして私は第2艦隊司令官に。
統合作戦本部長はドワイト・グリーンヒル大将になってもらいます」

パエッタは考える。
伊達にアムリッツァで敵中突破を成功させてはいないし、このたびの演習でも4個艦隊(第3、第4、第6、第7艦隊)相手に防衛線を維持してきた。
その実績は宇宙艦隊司令部で大きく評価されている。

「自信は無いのかのう? 80に近い老人のわしでさえ戦時下の宇宙艦隊司令長官という激務をこなせた。
それに防衛戦闘の第一人者である貴官ならこれからの共和国の防衛を担っていけると確信しておるのじゃが・・・・・」

(そこまで買ってくださるとは・・・・・)

パエッタも考える。
自分は敗残の提督の一人。
それについてくるだろうか。

「パエッタ提督、何も今すぐに結論を出せといっているわけではありません。今年中に決めていただければ結構です」

(今年中か)

チェンの言葉に揺れ動く。

「提督?」

沈黙するパエッタに思わず声をかけてしまったラップ。

「分かりました。非才の身ながらその重責に潰されぬ様、最善の努力を尽くします」

それを聞いてどこかほっとするビュコック。
だが釘を刺すことも忘れない。

「うむ、決して帝国領侵攻などするなよ? またアムリッツァの二の舞はごめんじゃからな」

パエッタも即答する。

(あんな経験は二度とごめんだ)

「もちろんです。大統領が命令したときは小官が身をもって防ぎます」

「頼む」

「引継ぎの件ですが、ヤン大統領の帰還と同時に伝わるので実際はそれからでしょう」

チェンの後にラップが付け加える。

「そして、箔をつけるために地球攻略作戦にも参加してもらいます」

パエッタも知っている。
銀河帝国オーディンであった地球の陰謀とテロリスト行為を。
そして部下たちの中、とくにアムリッツァ以降増えだした和平推進論者に極右的な講和派等の突き上げが痛い。

(私だって怒っているのだぞ? まったく、地位が低いと言いたい事が言えて羨ましいな)

それを察したのかビュコックが笑って答えた。

「なーに、地位が高くなったらなったで、自分よりも高い相手に言いたい放題言えばよいのじゃ!」

思わず苦笑いする面々。
オーベルト中将とビュコック元帥のやり取りは有名だった。
FTL通信でのやり取りにもあった。

『オーベルト中将、今なんと言った?』

『ですから地球攻略作戦時には化学兵器の使用を許可すると申し上げたのです。』

『化学兵器の使用じゃと!? 正気か!?』

『これは老練な閣下のお言葉とも思えません。敵は麻薬付けの狂信者。
確かに勝つことは確定していますが、問題は如何にして勝つかです。
あのようなテロリズム相手に人命を浪費するなど社会にとっての損失に他なりません』

『貴官は人を数字でしかみれんのか!?』

『そうですな、すくなくとも私には敵兵など数字以外の何者でもありません』

『我が国の名誉や国民感情はどうなる?』

『名誉? 名誉で死ななくて良い人間を死なすのでしたら、私は喜んで悪名を取ります』

『・・・・・・そうじゃな、それで国民は納得するか?』

『そうですな、国民はテロの脅威におびえています。
何せあの専制国家の元首カイザーラインハルトの足元でさえテロが起きたのです。
現に中央警察長官のゴトウダ・タケル氏からは装甲服を着用したSWAT部隊の増設要請がでています。』

『テロとの戦い、か、勝てるのか?』

『勝てるのか、では、ありません。勝つのです。』

「か・・・・閣下・・・・・司令長官!」

その声に思考の海から這い上がるビュコック。

「それで、私の任務には例のものを使うのですね?」

「察しが良いな、そうじゃ、C-11を使う」

パエッタが懸念を表示する

「しかし、軍部独断で化学兵器使用など・・・・・ヤン准将、あいや、ヤン大統領が許しますか?」

そこでラップに視線が集まる。

「その点は大丈夫です。こちらが正式の命令書です。
また、最高評議会の決議もあります・・・・・満場一致の」

そうだ、政治家にとって暗殺ほど恐ろしいものは無い。
だから、カイザーラインハルト暗殺未遂の報告に実は一番驚き、恐れたのは中央議会や最高評議会の議員たちだったのだ。
彼ら、彼女らは保身と国益を一致させて、地球教徒の完全なる排除を決定した。

「わかりました、それでは小官が地球へと赴き、狂信者どもを殲滅します」

(シリウスの名において)

「頼む」



side ヤン



「オーベルト中将、貴官の案は読ませてもらった」

ヤンはヒューベリオンの自室でオーベルトと対面していた。

「はい、それで封印された化学兵器の使用を許可していただきたいのですが?」

そこでオーベルトは予想だにしなかった光景を見る

「許可しよう」

ヤンが即答したのだ。

「・・・・・・理由をお聞かせもらえますか?」

あのオーベルトが聞き返す。

「分かっているくせに聞くんだね。まるでアスターテだ」

ヤンは続けた。

「一つは国内対策、決してユリアンが殺されかけたという私怨ではない。沸騰している世論を抑えるにはそれなりの儀式が必要だ」

「一つは見せしめ。テロリストがどうなるかを思い知らせる上で恐怖は有効だ。私個人の好みなど政戦両戦略にとっては些細なことだ」

「一つは犠牲を少なくすること。あの事件で分かったが、連中は死をも厭わない。
そんな狂信者たちの相手をするのはごめんだ。何より、私には将兵に対しての義務がある」

そこでオーベルトは一礼した。

「そこまでお考えでしたならばC-11を使用する事に異議はございません。
それにカイザーラインハルトもお怒りでした。
その証拠に我々が化学兵器を使用することに賛同していましたからな。」

そしてヤンがつなげる。

「ああ、実際の汚れ役はビッテンフェルト、ルッツ、ワーレン艦隊にやってもらおう。なによりC-11は麻酔型化学兵器だ。
装甲服なりノーマルスーツなりを着用してれば意味は無いからね」

(そして決定的な打撃を受けている地球教徒たちにそれを全員分用意することはできない筈だ)

「では、降下部隊の第一陣と化学兵器の第一波はビッテンフェルト提督に頼みましょう。」

ヤンは冷徹に頷いた。
かつての戸惑いは無かった。
もしもアスターテ以前なら嫌悪感を出していただろう。
だが、もう彼はあの頃の自分には戻れないことを自覚していた。

「そうしてくれ」

「ところで、オーベルト中将。一つ聞いていも良いかな?」

「なんでしょうか?」

「何故、カイザーラインハルトと君は彼を呼ぶんだい?
てっきり『陛下』と呼ぶと思っていたが。」

オーベルトは無表情でヤンの質問に答えた。

「私にとっては閣下こそが私の覇者であり、閣下の政策こそが私の守るべきものです」

オーベルトは懐かしむかのように続ける。

「もしもアスターテで閣下とお会いすることがなければ、私は貴方を閣下とはお呼びしなかった。
そしてカイザーラインハルトを陛下とお呼びしたでしょう、そう思います」

・・・・・ですが

と、オーベルトは続ける。

「閣下は私の想像以上に成長され、私を見事に使いこなしておいでだ。
だから、私の上官は閣下一人であります」

ヤンは一言、こう答えたと後世に伝わっている。

「そうか、ありがとう」

こうして、地球攻略作戦の幕は上がる。
これはそんな日常の、英雄たちの知られざる物語である。



[22236] 外伝 アンネローゼの日記
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/23 19:12
新帝国暦2年 アンネローゼの日記が夫のジークフリード・キルヒアイスには公開された。
もちろん、それは夫婦の仲としての公開であり、カイザーラインハルトには公開されなかった。
これは150年戦争から戦後200年を経過した、新帝国暦212年、宇宙暦1012年、自由暦150年(自由暦とは自由惑星同盟が使っている暦である)に時のローエングラム王朝皇帝ジークフリード1世が公表した一部分である。



『帝国暦・・・・いいえ、私にはもう関係ない。
皇帝陛下に尽くすだけの存在。
それが騎士出身の小娘にできる唯一のことなのだから』

『初夜の時間がもうすぐ来る・・・・怖い・・・・誰か・・・・助けて・・・・
駄目よ、アンネローゼ。ここでしっかり立ち回らないとジーク、ラインハルトが・・・・』

『・・・・・来た』

『・・・・・陛下の様子が変だ。
私の顔を見るなり一言発して部屋を出ていってしまった。
なにか不敬罪に当たることをしたのだろうか』

『あれから3日が経過した。だけれども、何かおかしい』

『こう言ってはあれだが、帝国中から選抜された処女なのだから手をつけない方がおかしい気がする。
気のせいかしら?』

『自分も美しさには少し自信があるのだけれども。
・・・・やはりベーネミュンデ侯爵夫人のような方がお好きなのかしら?』

『あれから3ヶ月。
本当に何もない、数時間か数十分の間、喋って去る、本当にただそれだけ』

『私は女としての魅力に欠けるというのだろう。少しショックだ。
でも、それならば何故陛下はこうも頻繁に訪れるのだろうか』

『いつも陛下は優しかった、それが演技なのか本心なのか分からない』

『一度も夜伽の相手をご命令にならない・・・・何故?』

『怖い、ただそれだけ。この不気味な状況がいつまで続くのか』

『今日も今日とて陛下は私と会話して満足気に帰られた。
いったい何時、私は純潔を失う覚悟をすればよいのだろう』

『弟はどうしているのだろうか。
そしてジーク、あの赤毛の可愛らしい少年はどうしたのかしら? 
元気でやっていれば良いのだけれども』

『皇帝陛下が最初に言った言葉を思い出す、アン、ネ、ローゼ? と。
確かに疑問形の言葉だった』

『衝撃の事実を聞いた、アンネローゼ・フォン・リンテーゼ・・・・・祖母の名前だ。
何故こんな場所、ノイエ・サンスーシの後宮で聞くのだろうか?』

『確かに自分は祖母に似ているとは父が言っていたが・・・・・なにか関係があるのだろうか』

『この頃陛下は私と話をするのがお気に入りらしい。『そちはアンネローゼというのだな?・・・・良い名前だ』・・・・・
良い名前と言っても・・・・・私をあの方独自の色に染め上げたいのかしら?』

『侍従たちから聞いたが最近、ベーネミュンデ侯爵夫人が寵愛を失ったらしい。
原因は私でしょう・・・・そして陛下は気にするなと申された
気にしない方が無理です。
方や帝国騎士階級出身の小娘、方や子爵家のお嬢様。格が違い過ぎる』

『・・・・気まずい』

『ベーネミュンデ侯爵夫人とお会いした。殺気をこめて睨まれた。
・・・・私への殺意を抱いているのは確かだ。
せめて弟やジークにそれが向かわない事を祈るしかない』

『特になし』

『この文は不敬罪にあたるかもしれないが、書こう。
最近の陛下と私はまるで祖父と孫娘のような関係でいる。
それが陛下が私に求めた役割なら引き受けよう』

『ジークとラインハルトが軍に志願した!? 
なんて危険なことを・・・・陛下の温情すがれば・・・・いえ、だめよ。
陛下以外に後ろ盾がない今、陛下は最後の切り札、うかつには切れない』

『最前線!? そんな・・・・ジークも行くと聞く・・・・どうか無事で』

『無事に帰ってきた。戦果を挙げてなんてどうでも良いの。無事でさえいれば』

『決闘なんて馬鹿な真似はやめて。
せめて帝都オーディンにいる時くらい平穏な生活をして頂戴』

『 『陛下』

  『アンネローゼか?なんじゃ、最近特に憂鬱な表情を見せるがどうかしたのか?』

  『弟のことでございます』

  『うん?確か・・・・ラインハルト・フォン・ミューゼルと言ったな、どうかしたのか』

  そして私は語った。事の顛末を。

  『それはいかんな、すぐに近衛兵を派遣してリッテンハイムを抑えよう、それでよいな?』

  『ありがとうございます、おじい様!』

  『!!』

  (そこで気が付いた、神聖不可侵の皇帝に自分はなんと言う暴言を吐いたのだろうか!?)

  『あ、そ、その、申し訳ありません!! 大変失礼しました。如何様な罰でもお受けしますのでどうか弟には寛大な処置を』

  『いや、気にするな。それよりもだ。アンネローゼ、これは命令なのだが、二人のとき、わしのことはおじい様と呼んでくれぬか』

  『? はい、分かりました』
                                                                            』

『あれから数年経過した。
ラインハルトは門閥貴族出身でないにもかかわらず19歳で少将に昇進した。
ジークも中佐まで昇進した』

『もう止めて欲しい。でも、私を助け出そうとしているのが良く分かる。
そして他の貴族の方々の視線も集まりつつある・・・・もう二人を止められない』

『・・・・・・やはり・・・・・・陛下が酔って私の部屋に来たときのことだ。
恐らく激務のせいで泥酔していたから覚えてないのだろうけど、祖母の話が出た。
祖母はノイエ・サンスーシで侍女を勤めて、私生児を身ごもって追放同然に去ったと聞く。
そして最初の夜のあの反応・・・・おそらく・・・・陛下は本当に私たちの祖父なのだろう』

『なにやら慌しい。理由はすぐに分かった。久しぶりの戦勝だそうだ。
第4次ティアマト会戦での勝利から約半年、ラインハルトがまた武勲を挙げて帰ってきた。
ラインハルトはそれが私を解放する道と信じているに違いない』

『ジークも中佐という階級に昇進したらしい。
久しぶりに会った二人は、特にジークは私の心を揺れ動かす。
・・・・・私はあの赤毛の小さな坊やに恋をしている』

『陛下は実の祖父、それを伝えるべきだろうか?
でも伝えたところで何になると言うの?』

『・・・・・・葛藤する日々
・・・・・・嘘か真かベーネミュンデ侯爵夫人が弟たちを暗殺するよう手配していると聞く。
ほかの大貴族も同様らしい』

『陛下は祖父に違いない。確証は無いけれど。
二人に言うべきか、言わざるべきか・・・・・やはり誤魔化すべきだろう。
それが一番のはずだわ』

『ラインハルトもジークにも余計なことは言わないほうが良い。
下手をしたら・・・・・それが原因で死んでしまうかもしれない』

『最近、特にお忙しいのか陛下の体調が優れている。
妙な表現かもしれないけど、以前にも増して精力的に動いている気がするわ』

『理由が分かった。イゼルローン要塞が陥落したらしい。
それも僅か半分の艦隊で。無血占領だとも聞く』

『思わず、陛下に言ってしまった。「お体をお休み下さい」と。
そしたら陛下は嬉しそうに「では今夜の夕食会はこの部屋で開くとしよう」と言って下さった』

『昨日は楽しかった。陛下も久しぶりに執務を忘れられた様であられた。』

『アスターテ会戦。勝つべき戦いで敗残の身に陥った二人。何も処罰がなければよいのだけれども・・・・』

『良かった、何も処罰は下されなかった』

『銀河帝国領土への艦隊の侵入が続いている。
そしてこれも宮中の噂だけど、ラインハルトが全軍の総指揮を取るらしい。
お願い、勝ってとは言いません。
ただ、ジークとラインハルトを無事に帰してください。』

『帝国軍は苦戦していると聞く。何でも辺境地帯全てを共和国に奪われたとか。
弟は責任を取らされないのだろうか』

『不安だわ。宮中にも不穏な空気が流れている』

『アムリッツァ会戦の結果が来た。
どうやら勝利したらしい。陛下も久方ぶりの笑顔を見せている。
それが何だか嬉しい』

『帝国中で大きな動乱の気配がある。特にブラウンシュバイク公爵、リッテンハイム公爵らがリップシュタットの森で何か密約を交わしたらしい
らしいというのは、私は所詮庶民上がりの寵愛を受ける女。グリューネワルト伯爵夫人といっても名ばかり。だから詳細は分からないの。
少しでもラインハルトやジークに伝えれれば良かったのだけど。』

『陛下が私に警護の兵を増やすようにご命令してくださった。それだけきな臭いという事かしら?』

『・・・・・内戦・・・・相手は帝国貴族のほぼ全て。
ラインハルトが迎撃の全権を委任されたらしいけど・・・・お願いです、神様。
あの二人を守ってください』

『そういえば、あのイゼルローン要塞を陥落させたヤン・ウェンリー氏が銀河共和国の大統領職についたらしい。
この前、リヒテンラーデ公爵が仰った。
なんでも、彼はかつてアスターテを初め各地で帝国軍を撃破していたとか・・・・それが動かないのが不気味らしい。
私事ながら、他人事のように思うと、今ならば帝国打倒の絶好の機会のはず、共和国軍動かないのは何故だろう?』

『ジークに告白した。
全てが終わったら私をもらってくれと。
それと・・・・・ラインハルト、もう少し場の空気を考えて欲しいわ』

『リッテンハイム公爵が戦死したらしい。追従する貴族数千名と共に・・・・お気の毒、とはいえないわね』

『陛下からの情報によるとガイエスブルグで決戦が行われたそうな。
それに勝利したのに二人はまだ帰ってこない』

『宮中が、とくにリヒテンラーデ公爵が慌しい。何があったのかしら?』

『陛下がお倒れになった・・・・・・・なんだろうこの空白感、虚無感はは・・・・・・・』

『陛下が久しぶりに来て、私の祖母の話を語った。そして言った、「すまなかった」と。私はようやく確信を持てた。
だけどこの事は最後まで、死ぬまで心の底に閉じ込めておこう。二人の邪魔はできない』

『陛下が逝かれた。その顔が満足気だったのが幸いだった。
そして私は泣いた。運命の非情さを呪った。』

『ジークから返事を聞いた。答えはヤー。私は想いを遂げられる』

『戴冠式。ラインハルトが、カイザーラインハルト1世として即位した。これでゴールデンバウムの鎖は完全にたち切れられた
私はようやく自由になれた。そして幸運なことに誰も失わずにすんだ・・・・・祖父を除いて』

『あれから半年あまり、ジークと私は未だ関係を持っていない。
まるで高校生の恋愛だとフロイライン・マリーンドルフに言われた・・・・ラインハルトといい関係だからと言って・・・・余計なお世話です!』

『ジークが驚いていた。私が乙女であることに。くす、人のことは言えないでしょ?』

『ジーク、いくらずっと思い描いたからと言って毎晩これは激しすぎるわ。腰が痛くて立てないじゃない』





外伝 アンネローゼの日記





side  オーディン



オーディンでは歓迎式典の真っ最中だった。
何の式典か?
財政難に、貴族と平民の格差に苦しむ中で強行しなければならなかった。
それは講和条約歓迎の式典であった。

「ジーク?」

アンネローゼは思う。

(私はここにいてよいのだろうか)

そう思っていた。

「アンネローゼ様、大公妃アンネローゼ様がいなければ華がないではないですか」

キルヒアイスが笑って返す。

二人は幸せそうだった。

ランドカーの目の前にいるラインハルトの生暖かい目を見ながら。

「キルヒアイス、姉上」

「ラインハルトさま?」

「なにかしら?」

ラインハルトは重いため息を付きながら言う。

「そういう事は、ノイエ・ルーヴェでやってください」

『ノイエ・ルーヴェ』

共和国のG8加盟企業、ネルガル重工と大家建設、ホテル・モスクワが技術の粋を凝らして完成させた新宮殿である。
その民生技術力は帝国の技術を大きく凌駕していた。
銀河帝国ならば1年半はかかると思われていた事業を10ヶ月で完成させた手腕は賞賛に値する。

「あら、ラインハルト、貴方がいつも私室でヒルダさんといちゃついているのは分かっているのよ?」

グサ

なんかそんな擬音語が聞こえた。
窓の外を見やる。
そこには幾人もの群集がいた。
それを抑える憲兵隊と帝国警察

後列を走るランドカーの中には共和国大統領の護衛(実態は有給気分でゴールデンバウム王朝の歴史に触れられると、公言しているヤン大統領にくっ付いて来た)のユリアン・ミンツやカーテローゼ・フォン・クロイツェルの姿もあった。
この他にも移動に使用した第13艦隊司令官ダスティー・アッテンボロー大将や何故か一緒にきたオリビエ・ポプラン中佐、イワン・コーネフ中佐の姿も後ろのランドカーにある。

「まあまあ、お二人とも。悪いのは私なのですからここは穏便に」

キルヒアイスが仲介に入る。
というか、仲介に入れるものが物理的にも心理的にも他にいない。

ラインハルトの治世はキルヒアイスとヒルダの補佐があって初めて円滑に動いているのだ。

「なら・・・・・うん?」

とたんにラインハルトの表情が変化する。
それは実戦を経験した者にしか分からない変化だった。

「どうしたの?」

アンネローゼがつぶやいた瞬間、キルヒアイスはラインハルトとアンネローゼを押し倒した。

爆発。




side ユリアン



「カリン伏せて!!」

叫び声とカリンを庇うのはほぼ同時だった。
護衛の装甲車が突如爆破された。

そして群集がパニックを起こす。

『なんだ!?』

『キャーー』

『に、逃げろ!!』

『皇帝陛下をお守りしろ!!』

『最優先防衛目標を忘れるな!』

『テロだ!!!』

『何事だ!?』

『くそ、どこだ!』

叫ぶ憲兵隊そして親衛隊。

テロが第二派のロケット弾を撃ち込む。

『RPG!?』

それは共和国軍州軍が使うNEXT11の三合会という会社製品の無反動ミサイルだった。
安くて命中率が高く、単発だから軽いその上、二重の安全装置がかけられているので州軍、特に財政力の弱い州軍に人気商品だ。
それを担いでいるのは何と民衆。

パニックになって逃げ出す群衆の合間を縫って30名ほどの群集が襲撃をかける。

「カリンと提督たちはここにいてください!」

ユリアンは返事も聞かず飛び出した。




side アンネローゼ



流石に皇帝専用車両だけのことはある。度重なるレーザーの攻撃に耐えている。
だが時間の問題だ。
相手は30名とはいえ、奇襲効果と群集のパニックで親衛隊は分断されている。

それにキスリングは車外に飛び出したばかりで指揮系統など全く無い。
対して。
彼らは徹底した訓練を受けたのか、あるいは薬物でも使っているのか、全くよどみない攻撃を繰り返してきている。

「キルヒアイス、俺も戦う」

ラインハルトは我慢ならなかった。
自分が、いや、姉上まで危険にさらしている現状が許せなかった。

(見ているがいい、生き残ったら首謀者全員八つ裂きにしてやる!)

とラインハルトは思った。

幸い、ここにはブラスターもある。

「駄目です、絶対に駄目です!」

が、キルヒアイスは拒絶した。
今の状況で外にでればたちまち蜂の巣だろう。
キルヒアイスは冷静に、といっても、ラインハルトと比べてだが、状況を把握していた。

(ジークとラインハルトがこんな怖い目をするなんて)

場違いな感想を思うアンネローゼ。
当然だろう、いつも笑っていた二人が殺気だった目を向けているのだから。

とたんに前方車両がもう一台爆破された。

これで前には進めない。

「ラインハルト様、アンネローゼ様、あとしばらくの辛抱です。幸いこの車は共和国の新装甲を使っています。
そう簡単には破壊されません」

バッテリー車であり、誘爆の危険性も少ない。
窓もドアも対戦車ライフル防弾使用の防弾ガラスの強化装甲。
なにより、ノイエ・ルーヴェまでわずか500m。
すぐに援軍が来る。

「ですから、私を盾にしてください」

そして二人を強引に車内の床に伏せさせる。

「ジーク!?」

「キルヒアイス!?」

数名のテロリストが車に取り付いたのは。

「不味い!」

キルヒアイスが叫ぶ。
テロリストは懐から時限式のプラスチック爆弾を取り出していた。

「ラインハルト様、アンネローゼ様を頼みます」

キルヒアイスは覚悟した。
ここが死に場所だと。

それを悟った二人が止めようと声を荒げる。

「ジーク!」

「キルヒアイス!」

帰ってきたのはいつもの笑顔。
そしてドアを開けようとした。

その瞬間だった閃光が走ったのは。





side ノイエ・ルーヴェ



「どうしたんだ! これは一体!!」

珍しくヤンが声を荒げる。
怒っているのか困惑しているのか分からないが、目の前の爆発はノイエ・ルーヴェの貴賓室から見えた。
その直後だ。

「ヤン閣下、ご無事ですか!?」

シェーンコップがヤンの姿を確認する。

「ああ、無事だ。それよりなにがおきている」

そこへウルリッヒ・ケスラー中将が顔を真っ青にして入ってきた。
よほど急いできたのだろう。
さして広くないこの屋敷で顔を上気させている。

「テロ行為です」

「テロ!? それじゃあ地球教徒かい?」

「わかりません。ですがその可能性が高いかと」

ケスラーは答えながらもカーテンを閉めるよう部下に命じた。

「ヤン閣下はご覧通り、首から下は要らない人間だ。まして白兵戦なんて夢のまた夢」

事実だけに言い返せない。
シェーンコップは続けた。

「という訳で、ヤン閣下にはシェルターに移ってもらいましょう」

「まて、ユリアンとアッテンボロー、ポプラン中佐とコーネフ中佐が・・・・それにカイザーたちがまだ・・・・」

ヤンの抗議を無視してブルームハルトとマシュンゴが彼を拘束した

「人は運命には逆らえませんから」

「なんだそれは!?」

思わずヤンが聞き返す。
それを無視してシェーンコップは命令した。

「連れて行け! 警護隊の名誉にかけて傷一つ負わせるな!!」





side ユリアン



自分はオーディンで何をしているのだろうか?

そんな疑問を感じながら三台前を走っていた皇帝専用車両にブラスター片手に近付く。
そしてみた。
一人が懐から時限式の爆弾を持ち上げたのを。

「く!」

とっさにその男の額を打ち抜く。
保護者にして義父ヤン・ウェンリーと違って、ワルター・フォン・シェーンコップに手ほどきをうけ、及第点に達したユリアンの射撃は正確にテロリストの頭を貫いた。
爆弾はテロリスト達ごと粉砕してしまう。

ブシュ。

いやな音がした。
見れば左肩をレーザーが貫通していた。
それは残ったテロリストの最後のあがきか。

だがユリアンの傷は浅かった。

4人のテロリストを完全に駆逐する。

そして。

「カイザーラインハルト陛下ですね?」

車内で蹲っている3人の人物。
二人は金髪、もう一人は赤毛だった。

「ええ、そうです、君は?」

赤毛の青年が聞き返す。

「ユリアン・ミンツです、ヤン提督の」

最後まで言えなかった。
それはキルヒアイスが咄嗟に怒鳴ったからだ

「後ろだ!!伏せなさい!!」

そしてユリアンは見た。
私服姿の一人が自分にブラスターを向ける姿を。

(間に合わない!)

(駄目だ、遅い!)

そして閃光がその女を貫いたのを。

「ユリアン!」

「カリン!?」

「あんた大馬鹿者よ! 少しは残された者のことを考えなさい」

そういって彼を伏せさせる。
そして銃撃戦が再び始まった。

だが、こんどは結果は逆だった。

ノイエ・ルーヴェからケスラー中将指揮下の憲兵隊1000名が投入され、人の壁を作り出した。
またポプラン、アッテンボロー、コーネフも防衛線に加わり、テロリスト集団は破滅へと追いやられる。

そして。

「狙撃手だ!」

二階建ての家屋から一人の女が銃を持ち出して狙撃する。
倒れ付す憲兵の一人。

アッテンボローがライフルをひったくる。

「まかせろ!」

構え、狙い、撃つ

「ビューティフル」

思わずコーネフが賞賛する。

それが最後の一人だった。

数名のテロリストを昏睡に突き落とした憲兵隊と親衛隊は鬼の形相で彼らを連れ去った。



side ノイエ・ルーヴェ 事件から10日後



共和国の重鎮たちは衛星軌道上で待機している。
地上と違い、2万隻の艦隊に護衛されているならばテロの可能性は低い。
というか、無いだろう。
共和国ではサイオキシン麻薬の製造は死刑を適用している。そして軍内部もグリーンヒル査閲本部長なる者によって徹底的に粛清されたと聞く。
それに襲撃犯は帝国臣民だった。共和国の謀略の線が消えたわけではないが、それでも、いや確実にありえないだろう。
今、共和国がここを襲っても意味が無い。第一、彼らの英雄ヤン・ウェンリーの息子でさえ死にかけたではないか。

ちなみにユリアンとカリンは帝国黄金獅子十字勲章が授与された。

「誰が真犯人だ!?」

ラインハルトの怒声が提督と閣僚たちに響く。
そこにオブザーバーのオーベルト中将の姿もあった。

「犯人は分かっております、地球教徒です」

ミッターマイヤー統帥本部総長がケスラーに代わって代弁する。
この場にケスラーはいない。
彼はジークフリード・キルヒアイスの命令を受けていた

『ケスラー中将』

『は』

『必ず、真犯人を捕らえてください、これは命令です』

それはキルヒアイスらしくない怒りの篭もった命令だった。
思わず冷や汗がでる。

『了解しました、早速調査に、いえ、撃滅にとりかかります』

そして。

「犯人の主犯格は地球教徒総大主教ルエー・ド・フーラ、そしてド・ヴィリエ大主教です」

ミッターマイヤーの説明が一段楽したところでオブザーバーの義眼の男が発言を求めた。

「よろしいですか?」

「オーベルト・・・・ああ、あのRCIA長官か? で、なんだ、まだあるのか?」

ビッテンフェルトが聞く。
彼はこの男の正体が何となくであるが気が付いていた。
それはここにいる全員がそうである。
少なくともここまで帝政ラテン語を流暢に話せる以上、元帝国軍人であるのは間違いない。

「はい、調査の結果、此度の武器購入、ならびに潜伏先の手配した実行犯の真犯人も分かりました」

それは帝国より共和国の情報網が優れているという証でもあった。
思わずマリーンドルフ伯やリヒターら閣僚はため息をつく

「なんだと!」

だが、ラインハルトはお構いなしに先をすすめるように言った

「答えはシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ。動機は死んだ皇帝フリードリヒ4世の復讐」

義眼の男は冷酷に断罪を下す。

「カイザーラインハルト、貴方の哲学には反するでしょうが、第二、第三の支援者を出さぬためにもベーネミュンデは殺すべきでしょう」

「付け加えるならば、懐妊中の大公妃の子供とアレク皇太子、ヒルダ皇妃も標的でした。もっとも、それは計画段階で終わったようでしたが。」

そしてこの日のラインハルトは二重の意味で怒っていた。
一つは姉上を狙ったこと。姉上が妊娠していることを知った上で
そして。

(俺の半身や姉上だけで飽きたらず、俺の子供やヒルダまで殺そうとしたのか!?)

「カイザーラインハルト、貴方はこの国を安定化させる義務がおありのはずだ。それは奇麗事では済まされない」

「ここは膿をすべて取り除くべきでしょうな」

義眼が光る。
それはまるで悪魔の視線だった。

「・・・・・・・・・分かった。所詮は血塗られた道。俺は何百万人と殺してきた。それにベーネミュンデや地球教徒の血が数滴加算されようと如何ほどのものか」

オーベルトはその答えに満足した。

「結構です。これで後10年は安泰でしょう。貴方が共和国侵攻などという失政を犯さぬ限り」

そういって彼は退室した。

多くの悪意や嫌悪をその背中に受け止めらながら。



それから2日後、ベーネミュンデ侯爵夫人は皇帝に対する大逆罪の罪で死を承った。
また、ヤン・ウェンリーはオーベルトと共に帰国の途に着く。
そこにはヤン大統領の特例で地球攻撃を許可された、ビッテンフェルト艦隊2000隻、ワーレン艦隊1000隻、ルッツ艦隊1000隻の合計4000隻が供として付いていった。


それから3週間後、オーベルト中将の総指揮の下で、地球攻略作戦『クライシス』が発令された。
世論には勝てない、そういったのは誰だったか? とにかくこの作戦は特別な意義を持って実行される。
専制国家の皇帝の苛烈なる怒りと、民主国家の激怒し沸騰した世論は、銀河帝国軍、銀河共和国軍、史上初の共同作業として、テロリスト集団の巣窟に対しての無差別攻撃を決定した。
銀河共和国軍第2艦隊ロード・パエッタ大将と銀河帝国特別連合艦隊による地球全域への集中爆撃。
さらには特殊な、強引に意識のみを奪う化学兵器をも使った陸上戦の末、地球教本部は殲滅された。
そして協定により、捕虜は麻薬中毒患者の被害者以外は全員が帝国へと引渡しされ、カイザーラインハルトの命令によりド・ヴィリエ大主教を初めとした重要幹部全員が射殺された。
他はどうなったのかは、帝国憲兵総監のケスラーなどごく一部しか知らない。

一方、銀河帝国と銀河共和国、フェザーンの三国の本国全域では全警察力と憲兵隊、軍特殊部隊などの総力を挙げた地球教支部壊滅作戦『アサルト』が決行された。
その結果、人類は本来の意味で地球からの呪縛、重力に魂を縛られること無く、新たなる時代、第三の黄金期を迎える。



[22236] 外伝 地球攻略作戦前夜
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2010/10/30 17:08
『ヤン大統領による国家戦略第18号 (軍上層部、イルミナーティ(財界)、司法界との秘密会合)

1 銀河帝国とは武力闘争を行わない。
2 イゼルローン、フェザーン両回廊に軍事要塞を設け、そこに二個艦隊をローテーションで配備する。
3 抑止力として20個艦隊と辺境地域(フォロンティア・サイド)には警備艦隊として3000隻を配備する
  また、その警備艦隊は4つを基本とした各方面軍を編成し、戦時の際には特別任務部隊として遊撃任務に当てる。
4 銀河帝国への市場進出を活発化させる。第一目標は金融機関。銀河帝国を経済面から支配する。
5 帝国辺境部分への分離主義をそれとなく煽る。ただし、内乱には発展させない。
6 フェザーン回廊にて発見された新規航路開拓を行う。ただし、優先順位は国内、帝国、新航路の順番である。
7 銀河帝国の内情について、ポール・サー・オーベルト中将より報告
・ 銀河帝国は度重なる出兵と、イゼルローン建設、我が軍の帝国領土侵攻に加え、内戦とそれに先立つ軍備拡張で財政破綻寸前である
・ 銀河帝国が我が軍と同等の戦力を保持するには、国庫の8割強を毎年投入しなければならない。
・ そこで、我が国が有償で主に民間を中心に支援する。特に民間企業は運営資金と信頼が第一なので、簡単に支配下に入るであろうと考える。

 以上から、我が国は銀河帝国ローエングラム王朝に対して全力を持って経済戦争を仕掛ける    』




side 某所 講和条約交渉開始から1日目



『このたびの講和条約、我らにとっては好都合だ』

『左様、イルミナーティの力を全力で活用すれば銀河帝国の未熟な地方金融機関など半年で乗っ取れるだろう』

『そして地方から中央へとじわじわと侵食していくのね?』

『オーベルト中将の詳細な情報もありますからね・・・・・存外、軍人というのは経済面に疎い』

『そして先日のヤン大統領の議案・・・・・まったく、彼が経済人でないのが惜しいですな』

『あそこまで帝国を辛辣に貶めるとは・・・・・やはり元軍人だからか?』

『とういうより、第二次銀河大戦を起こしたくない、そういうことでは?』

『なるほど、経済面で乗っ取ってしまえば彼らも迂闊には手を出せませんからな。
我々が資本を引き上げる、それだけで手を挙げるでしょう
馬鹿でない限り。まあ、馬鹿の対策としてイゼルローン要塞、フェザーン要塞の二つと20個艦隊の軍拡を許可したのですが』

『ふふ、どちらでも良いではないですか・・・・それより、フェザーン資本の乗っ取りも進めないといけませんよ?』

『いいや、まずは提携だ。独立商人たちを侮ってはいかんからな。彼らは勝手に動く』

『で、最終的にはオーディンを経済的に支配下に置く、それも向こう10年以内でよろしいですか?』

『いや、それは性急過ぎる。もっと時間を置いたほうが良いだろう』

『なーに、150年も戦争をしてきたのだ。そんな戦争馬鹿に我々が、8世紀以上に渡る経済戦争の当事者が、遅れを取るわけもあるまい』

『では、50年を目安に・・・・・それと軍部が帝国軍の情報を欲しがっています。
経済進出の最初の獲物は造船業界と金融業界を押さえることでよろしいですかな?』

『会長の言うとおりだな。金は銀行から流れる。その流れをあの金髪の若造は理解してない。理解できるはずが無い。
もしも理解しているならば軍事力の再編成など後回しにするはずじゃ』

『理解していれば、講和条約に対等な通商条約・相互利権保障を真っ先に叩いてくるはず。それをせずに軍事的な安全を最優先にする』

『まだまだ未熟ですな。カイザーなどといわれても我々の足元にも及ばない』

『あら、それならヤン大統領は? 彼も軍隊出身よ?』

『ヤン大統領は理解した、だから、我々に選挙協力を求めた。戦術は戦略に、戦略は政治に、政治は経済に従属するということを理解している。
ラザフォートやトリューニヒトよりもよほど政治家向きな人間よな。
逆にじゃ、カイザーの様に力ずくで政権を奪ったものは、カウンタークーデターの脅威に絶えずさらされる・・・・・火種もあるしのう』

『ふ、あの黒髪の若造さえよければ大統領退任後はイルミナーティ最高幹部会への出席を許可しても良いかも知れんな』

『お戯れを。あの方の性格からして駄目ですわ。下手をするとバラされます。
私たちがフェザーンを経由して帝国の資本家たちと面識があるということが』

『それもそうじゃな・・・・・あやつは戦争の終結という公約を果たした。史上もっとも偉大な大統領になるじゃろう』

『では、この議題は次回へ持ち越しということで・・・・・今回の決定は銀河帝国への経済進出、それを徹底的に行うことで宜しいですな?』

『『『『我らイルミナーティ一同、異議なし』』』』





外伝 地球攻略作戦前夜





side エル・ファシル



現在銀河共和国の辺境部各州は大規模な好景気に沸いていた。
それは大規模な艦隊演習『ヴィクトリー』に端を発する。
『ヴィクトリー』は各地の州、イゼルローン要塞を根拠地に、奇数番号(侵攻側)と偶数番号(防衛側)に分かれて行われた。
そしてその物資、特に民需製品は、各州が提供(無論、有償)しているので、近年まれに見る好景気が訪れいていた。
フェザーン要塞建設がひと段落した今、急激な不況に陥らないよう、軍需を使ったヤン大統領の景気刺激策、一種の公共事業である。

そんな中、イゼルローン回廊を航行してきた第13艦隊と銀河帝国軍特別連合艦隊。
それを迎えるは第18、第19、第20艦隊の6万隻。

「なんとも、凄まじい数の艦隊による歓迎だな」

ルッツが唸る。
共和国軍の圧倒的な物量。現在展開しているのは共和国宇宙軍の正規艦隊の五分の一。
それだけで、現有する帝国宇宙艦隊全軍を凌駕していた。

(こちらは艦隊の再編さえままならぬというのに・・・・・金持ちというのは素晴らしいものだな・・・・・いや、それを効率的に使うヤン・ウェンリーの存在か)

ルッツはワーレンと、ビッテンフェルト、そしてオブザーバーのシルバーベルヒと会談した。
場所は『王虎Ⅱ』。
かつて第二次ガイエスブルグ会戦で撃沈されたビッテンフェルトの新型戦艦である。
もっとも、トリグラフ級には遠く及ばないため、かなり見劣りしている。
それはビッテンフェルト本人が良く分かっていた。
『王虎Ⅱ』でシルバーベルヒらと今後の協議のために。
何の協議か? それは晩餐会への出席をどうするかであった。

(正直、いきなり砲艦外交を仕掛けている共和国軍部には会いたくないものだ)

ルッツの心情を見透かすかのように、シルバーベルヒが発言する。

「ですが、彼らからの夕食の誘いです。断るわけにもいきません、絶対に」

「シルバーベルヒ工務尚書?」

特別なオブザーバーとして同行を命じられたシルバーベルヒが発言する。
彼は共和国の民生技術を少しでも早く帝国資本へ移植するという、ある意味では戦争より遥かに難しい課題を与えられていた。
もっとも、技術支援に消極的な、そしてM&Aを利用した帝国資本乗っ取りに積極的な共和国資本家たちの妨害に合い難航している。
これは一種の統制型資本主義経済を強いてきた銀河帝国と完全なる資本主義経済を標榜した銀河共和国の経験の差だった。
それは5世紀を経て埋めがたい格差として存在している。

(特に経験の差が大きい。やつらが、銀河共和国が150年間、片手間で戦争をしていたというのは本当だった!)

シルバーベルヒは考える。

(共和国の本気、それを呼び起したのはアムリッツァの戦い。
逆説的ながら、あれに勝ったが故に、共和国軍が甚大な打撃を受けたが故に、彼らはここまで軍備を伸張したとも言える。
我々は共和国の危機感、国民感情という獣の尻尾を思いっきり踏みつけたのだ・・・・・結果論だが、そうだろう。
アムリッツァでは勝つべきではなかったのか・・・・いや、勝たなければ国が崩壊していた・・・・なんとも・・・・笑うしかないな)

シルバーベルヒは心の奥底で自国の現状を嘲笑しながら、ワーレンに話し続ける。

「ワーレン提督の不安はもっともです。この大艦隊とまったく乱れのない艦隊行動。そして各地で見られた警備艦隊。
さらに言うならば我が国が10年かけて建造したイゼルローン要塞を凌駕するフェザーン要塞を3年で完成させた民間技術力。
全ての面において、明らかに共和国は我が国を大きく凌駕しています」

シルバーベルヒは反語形で続けた。

「なればこそ、共和国に付け入る隙を与えてはなりません」

そこでビッテンフェルトがある意味当然の疑問を提出する。
それは軍部全体を代表していた。

「もしも、我が軍がこれと同等の戦力をそろえたらどうだ? それで軍事的な侵攻は防げるのではないか?」

ビッテンフェルトもフェザーン要塞完成の報告は聞いていた。
そしてフェザーン要塞はイゼルローン要塞の約2倍近い大きさと、主砲『ソーラ・レイ』と要塞自体にアルテミスの首飾り12機が展開している。
フェザーンの共和国出口と隣接する共和国領土最辺境のアマテラス恒星系を突破しない限り、フェザーンからの侵攻軍は補給線は絶えず脅かされるだろう。
しかも2個艦隊が駐留しているのである意味、イゼルローン要塞より厄介だ。
とどめに、イゼルローン回廊に設置されたアルテミスの首飾り。民間船団の航行に支障がないように設置されているが、これもイゼルローンを防御するように展開している。
もちろん帝国軍は知らないが、イゼルローン方面軍は第13艦隊に加えて第9艦隊が新たに配下に加わる予定である。

シルバーベルヒはそれを聞いて軍の高官たちにため息交じりで答えた。

「国が崩壊します。革命がおきますよ?」

「「「!」」」

ビッテンフェルトの幕僚たち、いや、軍部全員が驚く。

「現在の帝国の財政は火の車です。
リップシュタット戦役での無理な艦隊増強、共和国軍の通商破壊作戦と侵攻作戦、リップシュタット戦役による物流の一時的な途絶、その後の軍備再建の埋め合わせで最早、軍事費は国庫の5割に達しようとしています。これ以上の増税や軍拡は不可能です。
もしも、仮に帝国と共和国が再戦した場合、我々は確実に負けます。
経済・財政・軍事で圧倒する共和国は次こそ帝国を滅ぼすでしょう。
そして『分割し統治せよ』の原則の下、各地に属国を建設し、我々の分断を図ります。」

シルバーベルヒは絶望的な事実を告げていく。

「財政再建には軍縮しか手は残されていません。それも大胆な。しかし、それは国防上不可能。
ついでに言わせてもらいますが、ノイエ・ルーヴェを始めとする各種公共事業には共和国系列資本が投下されいています。
もしも下手にこれらを接取すれば我々は5倍の敵を相手に、それも質量ともに優れた敵を相手に戦い、そして殲滅されるでしょう」

そしてシルバーベルヒは認めたくない事実を苦渋の顔で公開した。

そこでワーレンが手を挙げる。

「5倍? 何故だ、現有戦力では再建しつつある艦隊の総計は128000隻。ならば三倍強のはずでは?」

「経済面での話です。ワーレン提督。
特にG8やNEXT11の経済進出が激しい。我が国最大の民間金融機関である帝国銀行が彼らの支配下に自ら入ったことは記憶にとどめて置いてください。
既に中小、地方の金融機関の大半は共和国の支配下にあります。その影響が製造業などに普及するのは時間の問題。
第一、艦隊の再建にどれだけの企業が関わっているか分かりますか?
およそ300社。その半分は安くて高品質ということで銀河共和国の会社なんです」

温厚なワーレンまでもが驚愕し、

「なんだと!?それでは共和国に我が軍の機密は駄々漏れではないか!?」

と、叫ぶ。

実際、その証拠にミュラー艦隊の旗艦『パーシヴァル』級戦艦は『帝国造船』を乗っ取り、ダミー会社としたダンの『同盟工廠』が事実上一から手がけている。
RCIAや軍諜報部、情報省は各地の民間企業からの説明だけで帝国の全容、全ての情報を握っているといっても良かった。
その規模も、性能も、技術も、付け加えるならば人材も。
例えば共和国には無かった技術である指向性ゼッフル粒子などは一番初めに接収されている。
また、シルバーベルヒ自身が引き抜きの対象にされていた。それも破格の条件で。G8であるホテル・モスクワの幹部として。

(これが国力比とでもいう奴か。厄介を通り越して脅威以外の何者でもないな)

ビッテンフェルトが苦虫を何十匹もかみ殺す。
だがシルバーベルヒの話はまだ終わってなかった。

「このまま進めば辺境部は向こう20年以内、中枢部も向こう50年以内に完全なる経済的な属国化の道を歩まざる得ません」

止めとも言うべき一撃をシルバーベルヒは刺す。

「これは共和国官僚、イワン・ベリヤ外交官から聞いた極秘の話ですが、実は共和国はまだまだ余裕があるそうです。
その証拠に、銀河共和国中央議会では、イゼルローン回廊出口のイザナミ恒星系に第二のイゼルローン要塞建設の案件が議題に上っています。ついでに宇宙艦隊を30個まで引き上げろと。
最悪なことにアムリッツァの勝利が、彼らから若くて有能な人材を多数輩出するという本末転倒な話になっています。
一例ですが、ヤマグチ・タモン、シャルル・ド・ゴール、ジョージ・パットン、ゲオルギー・ジューコフ、リュウ・ビ、ソウ・ソウなど今回の推薦から洩れた提督たちがいます。
彼らの大半は参謀長として勤務していますが、非常事態に、つまり戦時下になれば確実に艦隊司令官として昇進するでしょう。
そして今回の大演習では、新提督らはミッターマイヤー提督や、亡きロエインタール提督に匹敵する活躍をみせています。
それは誇張でもなんでもない事実です。つまり、銀河共和国はソフトの面でも我が軍を圧倒しており、いつでも帝国を滅ぼせるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・皮肉なことに、それを防ぎととどめているのがカイザーの勝てなかったあのヤン・ウェンリーなのです。
彼は必要以上の軍備拡大を防ぎ、帝国との共存を目指す、我々の守護神なのですよ?」

「・・・・・・」

ルッツが思わず目を瞑り、首を振る。

「そして、共和国は依然として未曾有の経済発展を遂げている。我が国の巨額な貿易赤字と引き換えに」

ビッテンフェルトが思わず叫んだ。

「共和主義者め!」

と。

それはワーレンやルッツも同じだった。
それを文官出身にして経済界の重鎮でもあるシルバーベルヒが窘める。

「ビッテンフェルト提督たちの意見も尤もです。
ですが、そう言う発言は我が軍内部でのみやってください。下手に共和国を刺激するとまずい。
何せこの艦隊の運用費すら一部は共和国が負担しています。そうして始めて行える遠征なのですから」

そういって、シルバーベルヒはそういって議論を打ち切った。
だが、それで止まるようならビッテンフェルトが影で猪武者などと呼ばれたりはしない。


そして、オダ・ノブナガ中将からのエル・ファシル迎賓館での歓迎式典への招待状が届いたのはそれからまもなくのことである。





side エル・ファシル迎賓館





実際に降りてみて、ビッテンフェルト、ワーレン、ルッツ、シルバーベルヒはエル・ファシルの発展度合いに驚いた。
それも当然かもしれない。
以前のエル・ファシルは、あのヤン大統領によるエル・ファシル脱出劇時には400万人しか住んでいなかった小さな州だ。
それが辺境恒星系開拓の影響で一気に3000万人まで人口が急増していた。
ヤン大統領の経済政策と人口爆発による一極集中回避政策の成果だが、州政府にとって見ればこれだけの人口爆発は想定外であり、嬉しい(悲しい?)悲鳴を上げていた。
主にエル・ファシル公務員たちが。ついでにエル・ファシルをはじめとする各地の国境周辺の警備艦隊は3000隻に増強されていた。
帝国が共和国への亡命者や後の自由惑星同盟への人材流失に悩んでいるのとは大違いだ。
しかも嫌がらせのように、共和国への亡命者を新興財閥COP10の10社が手厚く保護し、吸収している。
COP10は最近力をつけた準大手の企業で、帝国への取引で大きな利益を上げ、G8やNEXT11に追いつく気配を見せていた。



そして歓迎式典が始まる。

「レイモンド・スプールアンスの部下である参謀長のブル・ハルゼー少将だ」

「第13艦隊司令官にしてイゼルローン方面軍司令官のダスティー・アッテンボロー大将です、いやはや、こんな辺境惑星までようこそ」

明らかに非好意的であった。
まあ、両名ともがちがちのヤン・ウェンリー派であり、仕方ないのかもしれない。
とくにブル・ハルゼーは准将時代に第6艦隊分艦隊司令官として『ストライク』作戦に参加しており、そこで捕虜になった。

(俺はここで朽ち果てるのだろうか)

そう絶望していた時に、ヤンが彼を助けた。捕虜交換で。
これはオダ・ノブナガやハシバ・ヒデヨシ、ハンニバル・バルカ中将も同様であり、絶対の忠誠といっても良い信頼を彼、ヤン・ウェンリーに持っている。
そして心の奥底では銀河帝国が侵攻してくれないかと心待ちにしていた。復仇戦を挑むために。

そして宴会もたけなわな頃、各州独自の料理に舌を包む提督たちの中で、ある人物が暴発した。



「帝国軍は存外、戦力が少ないようですな、アッテンボロー提督」

それはブル・ハルゼーとアッテンボローの会話だった。

「まあ、仕方ないでしょう。我が軍にはヤン大統領がおられた。彼等にはだれもおられない、その差ですな」

「確かに。彼らには偉大な英雄などいませんからね」

「ハルゼー少将、やはりそういう事実は静かに言うべきではないですか? 本当のことなのだから」

(なんだと!)

ビッテンフェルトが思わず二人に近付く。

最悪なことにルッツ、ワーレン、シルバーベルヒ、オイゲンらは気が付いていない。

ナポレオーネ・ボナパルト(彼女はアムリッツァで第5艦隊分艦隊司令官を務めていた。ヤンにフレデリカがいるにもかかわらず、愛人で良いから一度抱かれたいと公言して憚らないヤン派の一人である)と、レイモンド・スプールアンス(彼は後方勤務としてイゼルローンに残っていた。その為、『ストライク』での実戦経験はないが、ヤンによるイゼルローン攻略作戦とアスターテ会戦に参加している。ちなみに彼はヤンよりの中立派で、中立派閥のTOPである)と話していた。

軍服であってもそのスレンダーの魅惑な肉体を見せるボナパルト提督と温和なスプールアンス提督、そして穏健派のアーレイ・バーク提督の三人と有意義な会話を彼らは楽しんでいた。

(バーク提督はアムリッツァ会戦後にヤン艦隊に救助された経験をもつ。もちろん、心情的には親ヤン・ウェンリーだ。
律儀な性格と戦局を戦略レベルで見渡せることから、将来はアッテンボロー提督の後を継ぎイゼルローン方面軍の担当になるのではないかと言われている)
以上のことから、蛇足ながらも、軍部主要メンバーは殆どがヤン・ファミリーの一員であった。

会話に夢中になり、その為、ルッツ、ワーレン、シルバーベルヒはビッテンフェルトの不穏な動きに気が付くのが遅れた。

ビッテンフェルトが怒りの形相で近付いてくるのに、気が付いているのかいないのか、アッテンボローが話を、それも悪い方向に進める。

「くたばれ、カイザーラインハルト!!の号令かけられないのが残念だ。あ、ビバ・デモクラシー!!でも良いんですけどね」

「ははは、アッテンボロー提督の言うとおりだ」

そして。

「おい」

「ん?」

ビッテンフェルトがアッテンボローの前に来た。
最悪なことに両者ともに酒で酔っている。

流石に、ハルゼーはまずいなと思い、謝罪した。
彼らは国賓だ。自分のせいで開戦になったら目も当てられない。

(今のところは見逃してやるぞ、帝国人め。ヤン閣下に迷惑をかけるわけにはいかないからな)

と、ハルゼーは内心思った。

だが、伊達と酔狂で生きて、自称革命家のアッテンボローは自重しなかった。
それどころか、ふんと鼻で笑った。
ついにビッテンフェルトが怒りを抑えられなくなる。

「今の言葉を取り消せ」

「今の言葉? はて、何か言ったかな?」

アッテンボローが敢えてとぼける。
それは明らかに侮蔑の視線を含んでいた。

(自分だけならまだ許せる、だが、カイザーを貶めることは許さん!!)

「くたばれカイザーラインハルト、だ。取り消せ」

ビッテンフェルトも譲らない。
敬愛するカイザーを侮辱されたのだから。

「ほう、ここは自由の国ですから、小官は自由と権利に基づいて話をしていただけ。取り消す必要は認めませんね」

アッテンボローが反論する。
それも共和国にとっては正論で。

「何!? 不敬罪だぞ!」

「ふん、帝国ではそうかもしれないが、ここでは、くたばれカイザーラインハルト!』、とか言論の自由は常識なんですが、ね!」

そうだ、くたばれヤン・ウェンリー!でさえ許される国で、どうして旧敵国の元首を罵倒しては駄目なのか。
そう付け加えて。しかも『くたばれ、カイザーラインハルト』を徹底的に強調していた。

「貴様! アムリッツァで敗れたこの共和主義者の敗残兵風情が二度もカイザーの悪口を言うな! 今ここで土下座してカイザーに謝れ!!」

イラ。
そんな擬音語が聞こえた。
挑発に挑発で返すアッテンボロー。
流石は伊達と酔狂の自称革命家。やることが過激であり、言うことはもっと過激だった。

「これはこれは、確か・・・・そうだ、連年敗北続きにもかかわらず、何故か降格しない奇跡の人、ビッテンフェルト提督、でしたな?
それは小官に喧嘩を売っているのですかな?」

ボルテージが上がる。
自覚しているが、もう止まらない。

「だったらどうする!?」

「やれやれ黒い猪という噂は本当のようだ。人類の重要にして貴重な権利である言論の自由という意味を本当に知らないらしい」

肩を敢えて竦ませる。

「何を!」

そこでビッテンフェルトも堪忍袋の緒が切れた。
アッテンボローの胸倉を掴む。

「やる気か!」

ハルゼーが思わず叫んだ。
その声で、それに気が付くルッツとワーレン。

「やめろ!」

「ビッテンフェルト、待て!!」

だが遅い。

ビッテンフェルトの一撃がストレートにアッテンボローに決まった。
そこで踏ん張るアッテンボロー。

「やったな!」

「先に喧嘩を売ったのはそっちだろうが!!」

そういって殴り合いが始まる。

(・・・・・・最悪だ、陛下はなんていう人選をしたんだ!?)

比較的良識派のシルバーベルヒでさえも頭を抱え、皇帝の人選を罵る。

だが頭を抱えたところでビッテンフェルトが殴りかかったという事実は止められない。消せない。

(開戦だ・・・・・バーラトの和約の破棄と共和国軍40万の大艦隊による侵攻・・・・・・)

シルバーベルヒは冗談抜きにこのまま亡命してしまいたかった。
それに打算だが彼には才能がある。

(家族で亡命しよう、ああ、そうだ、ブラッケたちも誘うか。それが良いかもしれない)

それは共和国のG8であるホテル・モスクワからスカウトが来るほどの才能だった。

(あのミス・ソフィーの提案に乗るべきかもしれないな・・・・・こんな馬鹿げた理由で銀河帝国と一緒に心中するのはごめんだ)

一方、ルッツとワーレンが駆け足でビッテンフェルトに近付く。
バーク、スプールアンスも同様だ。
こんなくだらない理由で戦争再開など悪夢以外の何者でもない。

「くたばれカイザーラインハルト!」

「共和主義者風情が調子に乗るな!!」

「何が皇帝だ! アムリッツァでもアスターテでもヤン先輩に敗戦、敗北、連敗、惨敗したくせに」

「貴様!! 言わせておけば調子に乗りおって!!」

殴り合いをしている両者を止めようとした。
が、そこで、4人は考える。

「ルッツ提督」

「なんでしょうか、バーク提督」

バークが険しい顔でルッツとワーレンに話しかける。

「このまま続けさせましょう」

「何故です!?」

ルッツが叫ぶ

(まさか、この男、戦争再開を目論んでいるのではないだろうな!?)

ルッツの考えを他所にバークは続けた。

「下手にしこりを残されても困ります、そうでしょう、ワーレン提督?」

スプールアンスも続けた。

「幸い一対一ですからな」

二人の意見を察知する。

「・・・・なるほど、あくまで私闘にしてしまうわけですね? 公的な紛争ではない、一部の馬鹿の独断と偏見と暴走だと」

「ええ、ワーレン提督の言うとおりです。私としても戦争は避けたい」

その一部の馬鹿が、双方とも、出席者の中でも上から数えたほうが早いというのが救い難いのだが。
そして今にも参加しそうな同期のハルゼーをスプールアンスが止めに入る。

「参謀長、絶対に参加しようと思うなよ?」

「ち、レイか、わかった、わかりましたよ・・・・・せっかく共和主義の意地を見せれるチャンスだったのに・・・・・」

そういってハルゼーは仲の良い同じ猛将ハンニバル中将の下へと歩いていく。
満杯のビールジョッキを片手に。
それをみて思わずため息をつくスプールアンス。
ハルゼーも艦隊司令官の選抜者の一人だった。
だが、あの性格が祟って候補からはずされた。もっとも、次期艦隊司令官であるのは違いないのだが。

「あれさえなければ、ブルもなぁ」

『猪突猛進こそ我らが信念』

誰かさんとよく似た性格を持ち、突撃と近接戦闘で無類の力強さを発揮する。
この点はナポレオーネ・ボナパルト中将やアーレイ・バーク中将に、現在第一任務部隊(首都周辺の警備艦隊を統合した部隊、数3万隻)の司令官であるグエン・バン・ヒュー大将に近い。もっとも二人はより柔軟な戦闘行動が可能であるが。

実際このたびの演習『ヴィクトリー』でも彼が臨時で指揮したときの攻撃力は、防戦に定評のあるパエッタ大将を突破しかけた。
だが、流石は次期宇宙艦隊司令長官にして防衛戦闘の第一人者。パエッタも巧みに艦隊を動かし逆包囲網を形成した。

「ハルゼー先輩ですか?まあ、あの性格ではそれもそうですね」

「バーク、結構君も遠慮というものを知らないな」

あんなに素直だったバーク。
それがイゼルローン要塞勤務ですっかり変わってしまった。
ヤン・ファミリーの毒牙にかかったらしい。

(・・・・・人のことは言えない、か)

「はは、スプールアンス先輩、誰かさんの受け売りですよ。伊達と酔狂で戦争、というか、殴りあいやってる人よりはましでしょう?」

「それはそうだが・・・・・ここには帝国軍の将官らもいる。あまり大きな声で戦争などと言うな」

見れば文官のシルバーベルヒ氏が真っ青になっている。
そこまで酷くないが、表情にこそださないもののワーレンもルッツも内心穏やかではない。
そこへ騒ぎを聞きつけたのか、というか、会場の半分近い人間が円を書いて見学している。
そこには金髪の美女、女ラインハルトの異名をとるナポレオーネ・ボナパルトもいた。

さらりと、とんでもない爆弾発言を投げ込む。

「あらあら・・・・それよりみなさん、どっちが勝つか賭けませんか?」

「おい!ボナパルト中将!!」

(こいつは俺の言っている意味が分かってないのか!?)

スプールアンスは思わず眩暈がした。
きっと、昔からこうなのだろう、というか、以前バークが襲われて喰われたので知っている。
自由すぎるのだ。彼女は。

そんなスプールアンスをお構いなしに、スレンダーで魅力的な金髪の女性艦隊司令官は挑発するように話し続ける。

「ここで全員が共犯者になれば、精々叱責程度で済みます」

(確かにそうだが・・・・・この女は苦手だ。まだ29歳で中将閣下。あのアッテンボローが27歳だからな)

どうでも良いことだが、実はナポレオーネ・ボナパルト中将はフレデリカ・G・ヤンの幼馴染であった。

そしてイゼルローン攻略、アスターテ会戦、帝国領土侵攻作戦、アムリッツァ会戦と一気に武勲を重ね、中佐から少将に昇進。
クーデター騒ぎとサイオキシン麻薬摘発の功労者の一人としてジョアン・レベロの推薦で中将になった。
この昇進の速さで、共和国内部で女ラインハルトと呼ばれている。

そんな中、頭を抱えるルッツとワーレンにさらに厄介ごとを持ちかける人物がいた。

「ならば是非もなし、わしはアッテンボローに5万クレジット賭ける」

異常に威厳のある声がホール全体に響き渡る。
オダ・ノブナガ中将だ。伊達に地球時代から続く数十世紀の伝統ある家系の血を受け継いでいない。
威厳だけで言えば、あのルドルフ大帝に匹敵すると皮肉られている。
また、苛烈な反帝国主義者で、情報部時代に帝国人のスパイを自身の手で射殺した経歴を持つ。

(そういえば、彼の先祖も同じ名前だったらしいな・・・・なんの因果やら)

現実逃避をしだすスプールアンス。
エドウィン・フィッシャーに匹敵する艦隊運用とアッテンボロー並みの攻撃力とヤン並みの冷静さを兼ね揃えた名将も打つ手が無かった。
そして、それが合図だった。

「おお、ノブナガ先輩が五万なら某も3万、同じくアッテンボロー提督に賭ける」

ハシバ中将が悪乗りする。

(・・・・・・もう、勝手にしてくれ)

沈着冷静の良識派スプールアンスをして、その声は彼を完全に諦めさせた。

「ハシバ提督、ならば私、ユリウス・カエサルは3万をビッテンフェルト提督に賭ける」

ユリウス・カエサル中将。防御指揮と攻撃指揮の双方にバランスの取れた人物で、ビュコック宇宙艦隊司令長官の一番弟子と言われている。
そして禿の女たらしとも。ベッドの中の撃墜王や第13代バラの騎士連隊連隊長とタメをはれる女性履歴を持つ。

「何? ローマ州の連中に遅れを取るわけいかんな。このハンニバル、ビッテンフェルトに10万だ!」

ハンニバル・バルカ。包囲戦闘のスペシャリストで実は一番年長者。
パエッタ提督の一期下で、帝国軍と戦うこと数十回、そのほとんどを包囲殲滅した猛者である。
ただ、私生活ではよき夫、よき父なのだが、ローマ州に対してなぜか並々ならぬ対抗心を持ち、偶に暴走する。
故に、正規艦隊を任されることは無かったのだが、アムリッツァの大敗で将官を多数失うことで昇進した。

そういってあろう事か新たに正規艦隊司令官となった者たち全員が賭け事に入ってきた。
こうなってはルッツとワーレンも入らざる終えない。
寧ろ、黙ってみていると何故止めなかったのか、何故入らなかったのかと咎められそうだ。
まあ、二人には二人なりの思惑がある。

(ただの馬鹿騒ぎにして外交問題に成長する前に有耶無耶にしてしまおう)

ルッツはそう、判断した。

ワーレンも、

(ビッテンフェルトの猪め・・・・国を滅ぼす気か!? 仕方ない、背に腹は代えられない)

シルバーベルヒも銀河共和国公認の乱闘に政治的価値を見出した。

(こちらから手を出したという事実はもう覆せない。ならば共和国側が用意した逃げ道にのるか。徹底的にな)

その頃、当事者たちは。

「い、意外にやるじゃないか・・・・この黒猪」

「き、貴様こそ軟弱な共和主義者にしては・・・・・しぶとい・・・・はぁはぁ」

そろそろか。

後ろではお祭り大好きのハシバ中将が煽りに煽りまくっており(この点で妙にアッテンボローと馬が合う)、上官が賭け事に自らのめり込むもんだからもう佐官以下はやりたい放題、言いたい放題。
そこまで調子に乗れない帝国軍のオイゲン准将やクナップシュタイン少将などはもう頭が痛くて仕方なかった。
国力差で圧倒しているから楽観できる共和国軍軍人たちと違い、現実をシルバーベルヒから聞かされた銀河帝国軍軍人は気が気でしょうがない。

これが第二次150年戦争の引き金になるのではないかと。
いや、今開戦すれば恐らく3年以内には、帝国は帝都オーディンを確実に失うであろう。
そんな未来図が簡単に思い描かれる。
何せ相手はあの魔術師ヤンと3倍強の精鋭部隊だ。アムリッツァの戦訓もある。勝てないだろう。

もちろん、外野、特に共和国側はそんなことはお構いなしに煽りに煽る。

「やれやれ!」

「アッテンボロー提督、負けるなー、そんな男ぶっとばせー!」

「そこだ、いけ!」

「おお、ビッテンフェルト提督の一撃が入ったぞ!!」

「俺の掛け金が!?」

「どうした、勝負はまだまだこれからだ!」

「やっちまえ!」

「勝利の栄光を君に!」

もうどうにもならない。

(これは・・・・・俺のせいじゃないよな?)

スプールアンスは遠い目をした。

そのとき、ようやく本命が、ヤン大統領が、共和国の文官たち、官僚たちを連れて到着した。
そして一言聞こえた。

心底あきれ返った声で、一言。

「・・・・・・・・なんだこれは」

そして見やる。
騒動の中心を。
そこにはそばかすの自分の良く知る後輩提督と、オレンジ色の髪をした帝国軍の将官の殴りあう光景が目に入った。

近付くヤン。

「ねぇ、バーク、私、飽きてきちゃった」

ボナパルトはカルタゴ州産の葉巻をくわえて火をつける。

「どの口でほざきますか、ボナパルト提督?」

流石のバークも以前の元彼女(?)には迂闊に答えない
というか、口答えするとどうなるか分かったものではない。

(あの時はほとんど拉致とレイプそのものだった・・・・それで付き合っているって・・・・・・何か違うだろう・・・・・)

思い出すのは士官学校校門前に止まっていた一台のスポーツカー。
そしてナポレオーネ・ボナパルト中尉。

『アーレイ・バーク准尉ね?』

『そうですが、なんでしょうか中尉?』

『乗りなさい』

『は?』

『つべこべ言うな、乗れ!』

『お、おわぁあぁ』

そして無理やり車に乗せられ、ホテルに直行し、そのまま・・・・・
そんな若かりし頃の思い出を思っていると。

「だってもうかれ頃、20分は膠着状態よ・・・・なんとか」

そこで言葉を区切る。
怪訝な表情をするバーク。
そして視線を移す。

「ん?」

「あ、ヤン大統領!」

思わず敬礼する。しかし、ボナパルトは嬉しそうだ。
軍隊時代の癖か答礼してしまうヤン。
その後ろには鬼のような形相でボナパルト提督を見つめるファーストレディのフレデリカ・G・ヤンの姿があった。

(ナポレオーネ、この女は幼いときから油断なら無い。ウェンリーを連れ込んでレイプくらい平気でするわ!)

(ち、また貴方なの、フレデリカ? ヤン大統領から離れなさいよ!! どうせ毎晩してるんでしょ?
一度だけで良いんだから大目に見なさいよフレデリカ!)

なぜかヤンを挟んで火花を散らす二人。
おろおろするバーク中将、もうなれたのか、ため息しか出ないヤン大統領。
そこに歓声とも落胆ともつかない声がフロアーに届いた。

「いい加減に・・・・倒れろ」

「・・・・・これで・・・・・止めだ」

ガツン。
二人が同時に床に叩きつけられた。

「ふん、引き分けか・・・・・是非もないな」

オダ中将の声が聞こえる。

見れば二人の将官がそれぞれ仰向けに倒れている。
しかもいつの間にかハシバ中将が10カウントを数えている。
だが、ついにどちらも立つことは無かった。

こうして賭け事はドローで終わった。
ちなみに一番得をしたのが引き分けに10万を賭けたスプールアンスであったのはあまり知られていない。



「で、何が原因なんです?」

ヤンがアッテンボローとビッテンフェルトに尋ねる。
双方気まずい顔をするので仕方なく、シルバーベルヒに話題を振る。

「実は・・・・・・」

事の顛末を聞き、大げさにため息をつく。もっとも半分は演技だ。

「では、どこかで落とし前をつけなければなりませんね」

その言葉に会場は大きく二つの顔に分かれた。
優越感と敗北感である。
もちろん前者は共和国軍軍部であり、後者は帝国軍軍部であった。

「落とし前、ですか?」

シルバーベルヒは必死に事態を打開しようとした。

(こんな馬鹿げた理由でまた足枷を科せられるのは不味い!)

だが、ヤンの言葉には反論できる余地は少なかった。

「そうですね・・・・・とりあえず、今回賭け事に参加した共和国の将官、佐官は全員今月分の給料から1割の減給処分を、帝国軍は地球攻略作戦への先陣を切ってもらいます」

一瞬後悔の念が正規艦隊司令官たち全員に走る。
一方耳を疑ったのはワーレンやルッツだ。

「それは・・・・本当にそれだけで良いのですか?」

ワーレンが確認する。

「ええ、あまり貴国を追い詰めたくないですし・・・・我々にも非がありますから」

ヤンの言葉に救われたのはルッツとワーレン、そしてビッテンフェルト。
元々勅命で動いているのである。
ここで下手に地球攻略から外されたら大逆罪の可能性がでてくる。
それを救ってくれるのだ、感謝しなければ。

だがシルバーベルヒは見抜いた。
ヤンが善意でそんな提案をしたのではないということを。

「それでは犠牲者は帝国軍に偏ります。なにか保障をしてほしものですな」

ヤンも頷く。

「・・・・・そうですね、ですから我が軍が開発した化学兵器C-11をお貸しします。
思う存分に地球教徒の本山のヒマラヤ山脈に撃ち込んでください」

「!」

シルバーベルヒはここで敗北を悟った。
化学兵器使用を拒否すれば、それ以上の譲歩は無いだろう。
だが、使用すれば、惑星上で無差別に化学兵器を使用するという悪名は帝国軍が背負う。
あのヴェスターラントへの核攻撃ほどではないが、帝国軍に拭い去れない汚点を残すのは確実だ。
そしてRCIAはこぞって宣伝するだろう。
ただ単に事実だけを宣伝するだけで共和国と帝国内部に、帝国宇宙艦隊への不信感を植え付けられる。

しかし、先陣を切る以上、化学兵器使用は将兵を生き残らせるには有効な手段であった。

(これが銀河共和国の大英雄、ヤン・ウェンリーか・・・・なんという謀将だ。この小さな騒動を逆手にとってくるとは)

何せこれはあくまで非公式の会談であり、記録に残らない。
だが、噂として流すことは可能だ。
そして銀河共和国の資本がいっせいに引き上げられればもう帝国軍は宇宙艦隊の維持さえ不可能になるだろう。
下手をすると内乱だ。ちょっと共和国が煽れば簡単にそうなりかねない。
ただでさえ、アムリッツァ前哨戦で制圧された辺境部では焦土作戦の影響で軍部・政府への不信感が元に、分離主義が蔓延しているのだ。
それを抑えているのが帝国に投入されている莫大な共和国資本であり、帝国軍。それを止められたら。

(もしや・・・・それを見越しているのか・・・・いや、もしやではなく、確信しているに違いない・・・・・なんという恐るべき男だ)

止めにここは共和国領土。
言論の自由を保障された国で、言論の自由を理由に殴りかかった事実は消せない。

「どうですか? それで手打ちといきませんか?」

シルバーベルヒには、否、帝国軍には『YES』と言うしか道は残ってなかった。





こうして帝国軍特別連合艦隊は共和国領土のランテマリオ宇宙港でC-11を200発ずつ受領して進軍開始する。
その後方には第2艦隊の姿があった。








































艦隊が地球へ向け進発した頃。
その夜である。
アッテンボローはヤンの私室を訪れた。

そして彼は、ヤン・ウェンリーは、フレデリカもオーベルトもいない部屋でアッテンボローと対面していた。
顔面にはいくつものシップが張られている。

「ヤン先輩、上手くいきましたね」

「ああ、すまなかったね、損な役回りを頼んで」

「いえ、何気に楽しかったですし気にしないで下さい。
あの有害図書愛好家時代や乱闘騒ぎでドーソンのジャガイモ野郎に叱られたこと、戦争時代に比べればたかが打撲です」

「はは、いいストレス発散になった、そうなのかい?」

「ええ」

「しかし、まさかビッテンフェルト提督と殴りあいになんてなるとは思わなかった・・・・アッテンボロー、一体全体何をしでかしたんだい?」

「まあ、自由と権利をちょっと過激に行使しただけですよ。ところでヤン先輩、今回の挑発はやはり・・・・あれですか?」

「うん、化学兵器使用はやはり危険だ。特に政治面で。だから帝国軍に押し付ける。
しかし、まさかこうも簡単に挑発に乗ってくれるとは・・・・・我ながらびっくりしたよ」

「オーベルト中将の発案ですね?」

「まあ、そう、だね」

「それにしても、経済界の連中は、進出が素早い。もしかして戦争時代から裏で帝国経済界と結託していた、なんてことは無いんですか?」

「さあ? ありそうでなさそうだね。帝国資本を奪い取っているのは事実だし、そのスピードも速い。
状況証拠は揃っている。しかし、状況証拠だけでは有罪にはならない・・・・・なによりもう罰する必要性が無い」

「・・・・・先輩」

「あ、いや。辛気臭い話をしてしまった・・・・悪かったね」

「こちらこそすいません。言い難い事を聞いて。それで、ヤン先輩。いつ話していいですか、この武勇伝?」

「・・・・・武勇伝・・・・・まあとりあえず、G8とNEXT11の帝国に対する金融支配が終わってからだから・・・・・あと2年後くらいかな?」

「了解しました」

「それよりどうだい、アッテンボロー。帝国の420年ものの赤ワインが3種類あるんだが・・・・成功祝いに久々に二人だけで乾杯しないか?」

「いいですね! そうしましょう。ヤン婦人と中年親父とラップ先輩に、ユリアンには悪いですが、まあ、これも当事者の特権ということで・・・・・」

やがて夜が更けるまで彼らは語り合った。
それは平和な共和国の一日でもある。



[22236] 外伝 ヤン大統領の現代戦争講義
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2011/02/03 12:56
イゼルローン要塞。

銀河共和国軍所属のヤン・ウェンリー少将(当時)により宇宙暦796年に銀河帝国ゴールデンバウム王朝軍から共和国が奪取した人口天体式の巨大宇宙要塞である。
イゼルローンは、銀河帝国と銀河共和国を結ぶ航行可能航路の中間に位置し、時の皇帝オトフリート5世が建造を構想し、フリードリヒ4世により着工された。

ところで、フリードリヒ4世の評価は様々である。
一例を挙げるならば、灰色の皇帝、隠れた名君、不遇の英君と言われている。
だが、そのフリードリヒ4世の統治は平凡の一言であった。

政治に興味を持たず、否、ローエングラム王朝の記録では政治に関して誰よりも、皇兄よりも皇弟よりも、どんな大貴族よりも英明であった故に、銀河帝国の命運が解っていた為に何もしなかった、できなかった皇帝である。
それが為政者として正しい判断なのかどうかは分からない。
いや、恐らく投げ出した時点で最低なのだろう。
事実、ローエングラム王朝初代皇帝カイザーラインハルトや副帝ジークフリード・キルヒアイス、国務尚書フランツ・フォン・マリーンドルフ、軍務尚書ウィルバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツなどは、全身全霊を持って取り組み、内戦と戦争、歪な支配構造と貴族(特権階級)の腐敗によりずたずたにされた銀河帝国を何とか維持し、国家の再統合と再編成を図り、それに成功するのだから。

やはり、凡君だったのだろうか?
実際のフリードリヒ4世は、あまりの困難さに、矛盾に、葛藤に、呪縛に、絶望にとらわれて、国内改革など着手どころか発想もしていなかったと思われる。

しかし、軍事に限っては大きく異なる

その一例がイゼルローン要塞である。
これは、イゼルローン回廊に要塞を建設することは、先代のオトフリート5世の遺言でもあり、銀河帝国上層部の悲願でもあった。

イゼルローン回廊の支配権の奪取。
銀河共和国への逆侵攻作戦。

それは小国、銀河帝国の命運をかけた作戦でもあった。





外伝 ヤン大統領の現代戦争講義





首都星シリウスは黄昏の時期を迎えていた。
実りの時期といっても良い。
人類が今だ地球という一つの惑星に生存していた頃。
黄昏の季節、太陽と呼ばれた恒星が沈みやすくなる秋。
それは黄昏の光景か?
人類が宇宙に進出し、植民惑星を得てから十数世紀。
それでも人類は地球時代の風習を忘れてはいなかった。

そんなシリウスも宇宙暦804年標準時10月の半ばを迎えていた。
自転・公転と大陸の関係上、所謂、南半球にその首都を置くシリウスで、史上初めてとなるある儀式が行われている。
そこには軍服とスーツと学生服を着込んだ人々の群れがあった。

そんな会場で。

ある者が見たら腰を抜かすであろう。
また、ある者が見れば驚くであろう。
事実、壇上の最前列には銀河共和国のすばらしい面々が控えている。

ヨブ・トリューニヒトの娘、士官学校を主席で卒業したソーマ・P・トリューニヒト中尉は思った。

(あれがヤン艦隊の面々、父が畏れ、恐れた人々)

そうして見渡す。

一人はそばかす提督、革命家気取りのクソやろう(銀河帝国の某オレンジ髪の提督命名)、第二の魔術師、イゼルローン要塞方面軍司令官ダスティ・アッテンボロー大将。

一人は査閲本部長ムライ・サダカツ・アキラ大将

一人は、アレクサンドル・ビュッコク退役元帥。

一人は、フェザーン要塞方面軍副司令官エドウィン・フィッシャー大将。

一人は、大統領警護隊隊長ワルター・フォン・シェーンコップ退役中将。

一人は、銀河共和国歴代の中でも史上第2位に入る撃墜王オリビエ・ポプラン退役大佐

彼らの紹介で会場は一気に盛り上がる。
良くありがちな寝ている学生はいない。

(それも当然か。この会場の入場倍率は10万分の1)

ソーマは内心で言葉をつむぐ。

(私も父の推薦枠が無ければ入れなかっただろう)

ここに集うのは次期銀河共和国の精鋭。
政界、財界、軍部、学会のエリート候補生達が集まってくる。

そして父は知っていた。自分がどうしてもこの講演会に参加したいことを。
そして父は政友である、レベロ、ホアンを説き伏せて娘を通した。
ああ見えて身内や友情には激しく甘いヨブ・トリューニト次期大統領。

(・・・・この機会を活かせずして父の後継者に離れない)

だが心の片隅で思う。

(ルイスやサジは怒っているだろうな・・・・私だけ出席させてもらって・・・・特に父が嫌いなアンドレイ兄様は怒り心頭だろう)

と、そのときだ、隣に座っている先輩のカーテローゼ・ミンツ大尉に腕を突付かれる。
彼女は兵卒上がりの士官だ。
それに夫はヤン大統領の義理の息子。女性士官や同僚の間では恐らく将官にまで出世するのではないか、女ビュコック退役元帥になるのではないかと噂されている。
そんな彼女が合図してくれた。

(そうか、いよいよ真打登場だな)

それと同時に白い礼服用の軍服をまとった男が仰々しく、振る舞い、マイクに向かって語った

「それでは、生徒諸君、参加者諸君、これより最後の特別ゲストを紹介しよう。」

ロシア系の野太い声の巨漢が銀河共和国首都シリウス・シリウシ士官学校大講義室に響き渡る。
大げさに手を振るのはフィヨードル・パトリチェフ中将。
かつて、ヤン艦隊副参謀長を勤め、今はシリウス士官学校校長を勤める人物である。

この講義室は入学式や音楽会館としても使えるように設計され、セレモニー用の大画面が設置されている。
収容人数3500名という大会場はいまや立ち見客や多くの報道プレスで一杯であった。

全員の注目が集まる。

そして出た。

白いジャケットに、紺のパンツ、黒のひも付きの革靴、アールグレイのベストに青いワイシャツ。
それは冴えない、漸く助教授に手が届きそうな30代の親父だった。

しかし、彼が見た目どおりの人間でないことは誰もが分かっている。
誰もが知っている。
そう、銀河共和国の人間なら、否、銀河系に住む人類という高度知的生命なら誰もが知っている人物。

銀河を二分する二大勢力、いや、一極の巨大勢力『銀河共和国』の大統領。

エル・ファシル脱出劇の英雄。

第七次イゼルローン攻防戦の奇跡。

アスターテ会戦の魔術師。

アムリッツァ会戦の救世主。

謀略大統領

奇跡のヤン。

魔術師ヤン。

そう、銀河共和国の最大の英雄、第三の国父、ヤン・ウェンリーが入場してきたのだ。


「ええ、みなさんこんにちは。ヤン・ウェンリーです」

相変わらずの二秒スピーチである。
初めの頃は戸惑った報道陣も流石に慣れてきたのか何も言わない。

「今日はお集まりいただき真にありがとうございます。銀河共和国と新生銀河帝国講和締結を記念した講演会に呼ばれることは私自身にとっても非常に名誉なことであります」

フラッシュが一斉にたかれる。
報道スペースからのカメラ、コンパクトDVDカメラが一斉に彼を捉えた。
報道陣もレコーダを作動させ、一文字一句聞き逃すまいと構えている。

「ヤン大統領、どうぞ」

パトリチェフが場を譲る。

「それではまず、イゼルローン要塞建設と宇宙暦760年代の銀河帝国と銀河共和国の関係について語りたいと思います」

そしてヤン大統領は語りだした。

宇宙暦760年代末期から770年代にかけて帝国は大攻勢に出た。
要約するとそうだ。
そして時の銀河共和国は徹底的に敗れ去った。
損失艦艇(廃棄艦艇含む)7万隻を6度にわたるイゼルローン回廊攻防戦で消失し、四段階の戦略、『攻勢』『攻勢防御』『防御攻勢』『防御』のL1からL4の4つのうち、L2の攻勢防御から、L4の防御へと戦略を移行した。
そして銀河共和国はエル・ファシル恒星系、ランテマリオ恒星系、テラ恒星系、アテネ恒星系の4箇所に艦隊を駐留させ反撃のための戦力の再編を図った。

「と、これが770年代の現状だ。そこで・・・・・そこの君、意見があるかい?」

ヤンの目に上の階の最前列に位置する青年が手を挙げているのが見えた。彼を指名する。

「そうだ、そこの黒がみの黒いスーツに紫のネクタイをした君だね。何かな?」

「ソラン・イスマイールです、大統領閣下。閣下はイゼルローン要塞攻防戦についてそこが、あの帝国の逆襲と呼ばれる反撃が何故か重要であると思った、その理由は何ですか?」

アラブ系の青年は臆せずにヤンに質問した。

「いい質問だね。私はこの大攻勢、帝国軍の総力を挙げた攻撃こそ、最も重要なターニングポイントだったと考えているんだよ」

ヤンは紅茶を一口含み意見を述べる

「それは?」

「彼らの行動は全て擬態だった、私はそう思う。
そこで生まれる戦果も犠牲も時の銀河帝国にとっては取るに足らないものだったと私は思う。
そして共和国はそれに騙された。戦略レベルで敗北したんだ」

ヤンの発言は波紋起こした。
ざわめき始める会場。
なぜなら、あの大攻勢、所謂『帝国の逆襲』は労働力確保が目的とされていたからだ。
実際、およそ1000万人が拉致・強制労働の危険にさらされた。
また、帝国軍による拉致の可能性を下げるため、各地の辺境地域からの疎開、リパブリッシュ・チャーチル国防委員長主導の20億人の大移動『ダンケルク』作戦も行われた。
そして、4個艦隊が展開することで、それ以上の進入を食い止めた銀河共和国はそれをもって勝利したと宣言している。

「それでは・・・・閣下は定説が間違っているというのでしょうか?」

ソラン・イスマイールの言葉にヤンは諭すように言葉をつむぐ。

「そうだね、定説なんてものは100人いれば100通りある。古代の英雄の言葉にヒトは自分の信じたいものしか信じない、ともある。
だから定説に拘るのよくないと、私は思う」

それはある種の説得力を持って会場に響き渡った。
150年続く戦争。
終わることの無い戦争。
難攻不落の無敵の大要塞。
そういった常識。

それらを全て打ち砕いたヤンは続ける。

「話が逸れたね。銀河帝国の目的はイゼルローン要塞建設、その為の時間稼ぎだったのだと私は思うんだ。
イゼルローンは知っての通り過去6度にわたって私たち共和国軍の攻撃に耐え切ってきた。
そんな重要な要塞が一夜にしてできるはずはない」

頷く軍人たち。
なるほどと、感心する学生。
うなる財界の若手。
確かにその通りだ。

「では、どうするか?・・・・・・ムライ大将ならどうする?」

そこでヤンはかつての参謀長に話を振る。

「私でしたら艦隊を要塞建設の護衛に回します、それも数個艦隊規模、ですか」

なるほど、と横に座っているパトリチェフが頷く。
だが、ムライも分かっていた。自分の回答は及第点には達していなかった、と。

「そうだね、ムライ査閲本部長のそれが、所謂、常識だ。でも、それだと問題がある」

思わず報道陣の外野席の方から

「何がですか!」

と、声が投げかけられる。

「・・・・・親父」

アッテンボローが一瞬にして声の主を判別した。
それは父、パトリック・アッテンボローの声だった。

(年と分別考えろよ。政治ゲリラ家やってる場合かい!)

もっとも人のことは言えないというのがアッテンボロー一家である。

「それでは共和国に対して受身になってしまう、そして共和国がその気になれば、いや正確な情報を入手すれば確実に、建造中の要塞の奪取、或いは破壊を試みるだろう」

ヤンは一呼吸おき続けた。

「そうさせない為にも帝国軍はある種の賭けに出た、それは一世一代の大博打だった」

「「「「!!!」」」」

察しの良いメンバーが反応した。
ヤンはそれを見て、

(たまには人前で歴史学を講演するのも良いかもしれない。今度はフレデリカにも見に来てもらおうかな)

と思いつつ、結論を述べた。

「あの時代の、あの銀河帝国軍の侵攻は壮大な囮作戦だった。私たちが、当時の共和国上層部が行った避難作戦、『ダンケルク』に象徴されるように、共和国は内部で混乱し、イゼルローン回廊から目を逸らした。それも10年近くにわたって。
その隙に帝国軍は要塞を一気に完成させた」

「・・・・・・」

唖然とする面々。
あれだけの大攻勢が、数年間行われ続けた数個艦隊の遠征が全て囮。
確かに言われてみれば納得できる。
しかし、攻勢の後知恵とも取れる。
そんな雰囲気を前にヤンは自説を展開する。

「我々は帝国軍の積極的な攻勢に脅え、約10年間L4の防御戦略に移行した・・・・そしてみすみす帝国軍に時間を与えた。」

パトリック・アッテンボローが後を引き継ぐように言葉を述べる。

「そう、今我々が失われた15年と呼ばれるようになった時代に、宇宙暦775年から796年までのイゼルローン攻防戦は、その発端となるイゼルローン要塞建設はこうして始まったんだ」

「こんなんでいいかな?イスマイールさん?」

ソラン・イスマイールは着席し、ヤンの講演が再開される。

「帝国軍による辺境地域侵攻は共和国上層部の防衛姿勢に対して国民へ不安を抱かせた。そしてフロンティア・エリア全体からの要請により、政府は軍官民全員の撤退を可決した。
それはある意味で正しい判断だったんだろう。軍隊は国民を守る。
少なくとも民主共和政治を掲げる銀河共和国軍はそうだ。
だから時の政府は国民を守るために戦線を拡大するのではなく、一時的にせよ国民を疎開させ、戦線を縮小させることを選んだ」

そこに大統領護衛隊隊長が手を挙げて発言する。

「それが間違いだと、大統領は仰るのですかな?」

ヤンは頷きながらも反論する。

「そうだ、結果的に見て失策だった。
ただし、それはあくまで後世の判断、私の軍人としての判断であり、当時の政府、民主共和制の政治家の判断としては正しかったと思う」

「相変わらず矛盾の人ですな・・・・で、大統領閣下ならどうされましたか?」

シェーンコップの辛辣な質問が続く。
だが、ヤンは慌てない。
給料泥棒だとか、非常勤参謀だとか言われていた頃の彼とは格段に違う。

「私なら講和を申し込むね」

「「「講和!?」」」

会場内に異口同音のざわめきが続いた。
それはそうだ。
ヤン大統領が講和できたのもイゼルローン要塞を手に入れたから、そして曲がりなりにも対等な戦力を保持できたからだと考える人は多い。
つまり、アムリッツァの敗北とイゼルローン要塞奪取という一種の奇跡が停戦から講和、平和へと流れたと多くの人間が思っているからだ。

そんなざわめきをBGMに聞きつつ、彼は自論を述べた。

「そう、講和の特使を派遣する。もちろんイゼルローン回廊を通過して。
そしてイゼルローン回廊や銀河帝国内部を把握する」

「では、ヤン先輩は、あ、いや、ヤン閣下はこちらから公的なスパイを送ろうというわけですか?」

アッテンボローの指摘に頷く。

「そう、その通り。公的な使節なら攻撃できないし、滞在期間も長い。そしてもしも要塞を建造している事を把握したならば総攻撃を行っただろう」

ヤンは辺りを見渡しながら続けた。

「イゼルローン要塞攻防戦は、戦略的劣勢を戦術的優位と大規模攻勢で戦略的劣勢を一時的に挽回し、恐らく銀河帝国軍宇宙艦隊の全ての戦力を投入して、だね、そして共和国領土内部へ圧力をかける、その隙に要塞を建設し、戦略上のアドバンテージを確保するという戦略の一環だったんだ」

そこでムライ査閲本部長の後ろに座っていた佐官が発言した。
それに気が付き指名するヤン。
その大佐はナンゴウです、と名乗り発言した。

「大した戦略構想ですな・・・・一歩間違えれば破滅への道ですが・・・・何故そんな危険な策をとったのでしょうか?」

「うーん、ここからは私の推測でしかないんだけど良いかな?」

「どうぞ」

シェーンコップのように不敵に笑ったのはナンゴウ・ナオエ大佐。

「ローエングラム王朝のカイザーラインハルトらが編纂したゴールデンバウム王朝史から読み取った事象で正確じゃないかもしれないけど・・・・まずはフリードリヒ4世の人柄、一種の破滅願望が後押ししたと考える。」

そしてヤンは語った。

イゼルローン要塞が建設できず、宇宙艦隊の消耗のみという結果に終わっても彼は仕方ない、その一言で済ましただろうと。
イゼルローン要塞は難攻不落になろうだろう。それを目的にした国家プロジェクトだった。
しかし、それは完成してからのこと。
その完成前にイゼルローン要塞が陥落して、帝国が崩壊の危機に見舞われても仕方ない、そう考えたのではないだろうか。

「彼、フリードリヒ4世は先の見える皇帝だった。
だからこそ、銀河帝国が滅びることも予見していた。
それが早いか遅いかの違いだとも分かっていた」

ヤンは語る。

「だから、巨額の財政を投じたイゼルローン要塞建設という博打を打った。
彼自身は滅びるならせいぜい華麗に滅びるが良いとでも考えていたんじゃないかな?」

「それが、あの大攻勢とイゼルローン回廊消耗戦、その後の共和国領土内での帝国軍が跋扈した理由ですか?」

「ああ、あくまで推測だけど、ね。」

ナンゴウ大佐はその言葉に満足したのか、椅子に座りなおした。

「他に質問は?」

金髪の勝気なお嬢さんが手を挙げる。

「はい!」

ご丁寧に立ち上がって大声で。
これには周囲も苦笑いするしかない。

「どうぞ・・・・ええと、君の名前は?」

「ヒリュウ・カガリ・ユラです、大統領、これは素朴な疑問なんですが、何故要塞を破壊してしまうという発想が無かったのでしょうか?」

「難しい質問だね・・・・・ここからは戦略の問題になるからオフレコで頼むよ?」

「分かりました」

カガリの隣に座っているユウナ・ロマ・ムサシは内心ため息をつきたかった。

(本当に分かっているのか?)

と。

まあ、戦争終結からもうすぐ5年。
軍の再編成も宇宙艦隊司令長官ロード・パエッタ大将、統合作戦本部本部長ドワイト・グリーンヒル元帥、シドニー・シトレ国防委員長の手で成し遂げられた。
不味い事にはならないだろう。
第一、帝国軍との戦力比は単純計算で3倍。イゼルローン、フェザーン方面の制宙権は完全にこちらにある。

「要塞を破壊しなかった、それは補給線の長さと・・・・・恐らく錯覚にある」

「錯覚?」

「そう、錯覚だ。第一次、第二次イゼルローン攻略作戦で失敗した先人たちは錯覚したんだ。
銀河帝国の侵攻から銀河共和国を守るには蛇口を閉めるしかない、銀河帝国軍の前進基地にして後方拠点であるイゼルローン要塞を奪い取るしかない、と」

ヤンの考えは的を射ていた。
当時の共和国軍はむきになって自分たちの面子を守るため出兵した。

それは第4次イゼルローン要塞攻防戦まで続いた。
それからは国民を守る為の出兵になった。

これは軍上層部の暗部であり、ヤンも語らない。

「あとは補給線の長さだ。自前で艦艇の修繕まで出来る宇宙要塞は共和国には無い、というか考える必要がなかった」

「それが敵が用意した。ならば、奪ってしまえ。そうすれば銀河帝国領土への侵攻作戦もより安易になる」

ヤンは紅茶を飲む。

(ユリアンが着いて来てくれて良かったよ・・・・うまい紅茶を飲みながら歴史学の授業をやれるなんてね)

「実際、あの『ストライク』作戦もイゼルローン要塞という策源地があってこそできたものだ」

こうしてヤンの講義はイゼルローンの存在意義にまで述べる。
銀河帝国にとっては国防の最前線基地として。
銀河共和国にとっては、夢のまた夢である銀河共和国による銀河統一という夢の架け橋として。

そして何よりも重要な、軍部の自己満足、軍事費増強理由の最たるものとして。

もっともヤンもそこまでは言わない。

こうしてヤン・ウェンリーによる現代戦争史『イゼルローン建設』は終わった。



[22236] 外伝 伝説から歴史へ
Name: 凡人001◆98d9dec4 ID:4c166ec7
Date: 2011/02/03 12:31
新帝国暦30年。銀河は異様な沈黙に包まれていた。
それはカイザーラインハルト病魔に倒れるという知らせである。




「伝説から歴史へ」



side  ミッターマイヤー

ラインハルトの命令で、部屋には一人ずつ重臣たちを話をする場を設けた。
ラインハルトにとってはこれは当たり前のことだった。
だが、呼ばれる側から見れば・・・・・堪ったものではない。
そう、彼らは最期の言葉を聴くために呼ばれたのだ。

(この方はこんなに小さな方だったのだろうか?)

ミッターマイヤーは病室に横たわる自身の主君を見てそう感じた。
かつて星の大海を征してきた名将が、稀代の名君が、あの黄金の獅子が。

(弱い・・・・・これが・・・・・こんな理不尽なことが!!)

ミッターマイヤーは呻く。
運命の非常さを呪う。

(俺のほうが60歳。最年長のアイゼナッハやシュタインメッツでさえまだ70手前なのに・・・・・何故だ!)

そこでベッドで半身を起こしたバスローブに身を包んだカイザーが話しかけた。

「ミッターマイヤー、卿には詫びぬばならぬな・・・・」

「?」

「分からぬか?」

カイザーラインハルトは少し顔を背けた後、苦笑いしながらミッターマイヤーを見る。

「申し訳ありません」

謝罪するウォルフガング・ミッターマイヤー副国務尚書。

「いや、分かられても困るか・・・・・」

カイザーらしくない歯切れの悪い言葉。
ミッターマイヤーは叫びだしたかった。

(止めてくれ! 貴方にそんな言葉はふさわしくない!!)

そう叫べれば良かった。
だが、叫べれない。

「ロイエンタールのことだ。」

「!!」

オスカー・フォン・ロイエンタール。
銀河帝国ローエングラム王朝建国の影の功労者として歴史に名を残したかつての、いや、死んでも尚親友たる男の名前。

「余は、俺は、戦いたった。だれでも良い、そう思っていたのやも知れぬ」

ラインハルトが懺悔した。

「その気持ちがロイエンタールを貴族どもへと走らせてしまい、結果、彼を殺してしまった。」

そう言って良かった。

「話は変わるが、ヤン・ウェンリーは余に勝った。銀河共和国大統領として政戦両略で余の銀河帝国を押さえ込んだ」

咳き込む皇帝。
思わず医者を呼ぼうとして立ち上がり、

「良い、座れ、ミッターマイヤー元帥」

といってそれを遮断する。

「余は負けた。あの魔術師に。奇跡のヤンに。
アムリッツァで負け、その後の国力増大をめぐる争いで負け、新開拓地獲得戦で負け、何より合同演習『バーミリオン』でも敗北した」

悔しい、そういう表情を見せる。

「だが、今となってはなにもかも懐かしい。そういってしまえばミッターマイヤー、卿が気を悪くするのは分かる。分かっていたが・・・・・」

そこで頭を下げる。
ミッターマイヤーの目が見開く。

「すまなかった。そして、俺は嬉しかった」

ラインハルトは咳き込みながらも続ける。

「友を、親友を奪った俺にここまでつき従ってくれた卿に。感謝している。そして謝罪したい。ロイエンタールを・・・・・殺したのは俺だ・・・・・本当にすまなかった」

「陛・・・下」

「俺は卿から、卿のキルヒアイスを奪っておきながら、更なる忠誠と行動を求めた。そして卿は最後の最後まで見捨てることなく助けてくれた」

ミッターマイヤーの視界が霞む。

(泣くな、そんな事では疾風ウォルフの名が泣くぞ?)

ロイエンタールの声がした。そんな気がする。

(・・・・・お前もヴァルハラで見ているのだろ、ロイエンタール。意地の悪い男だな、卿は)

そんな事を知ってかしら知らずか、ラインハルトが頭を上げ、ベッドに体重を乗せる。

「ロイエンタールの、それだけが・・・・ミッターマイヤー、卿への心残りだ・・・・・」

「陛下。そうお思いでしたら一つだけ臣の頼みをお聞き下さい」

「? なんだ? 帝位でも欲しいのか?」

ラインハルトが至極真面目に聞き返す。

「いえ、陛下より先に死ぬ名誉を受けたいと存じ上げます」

「・・・・・ふふふふ、余にまだ生きろ、そう命令するのだな?」

「ハッ」

だが、それが不可能なのは分かっていた。
二人とも元軍人だ。
誰が生き残り、誰かが死ぬ。そしてそれを止めることも逆転させることも不可能なのは良く分かる。

「命令されるのが嫌で皇帝になったが・・・・・こういう命令なら悪くないな・・・・・」

沈黙が落ちる。
老人に近くなったミッターマイヤーの拳が強く握られる。
だがラインハルトの拳は握られること無く、開かれたままだ。

「ミッターマイヤー・・・・・これからもアレクを助けてやってくれ。フェリックスと共にな」

カイザーラインハルトはそれを伝えた。
そうして、ミッターマイヤーは敢えて立ち上がった。
敢えて軍服で、赤い色のマントを背負った元帥服で自身の主に最高の敬礼を行い、部屋をでた。

それが、ミッターマイヤーとラインハルトが交わした最後の言葉となる。



side  ヒルダ


ミッターマイヤーの次に呼ばれたのは皇妃ヒルダとアレク皇太子であった。
二人の間には何故か一人しか子は恵まれなかった。
しかし、ローエングラム王朝の血筋を引くものはラインハルトにとって息子、孫、甥と姪合わせて6人いる。
王朝の血筋としては不安かもしれないが、共和国憲章を下にした銀河帝国ローエングラム王朝帝国憲法により皇位継承権はしっかりと明記されているので問題は無いだろう

(・・・・・夫は死ぬ)

ヒルダは自分でも信じられないほど冷静に受け止めいてた。
事実は変わらない。ならばこの後どうするか。
そう考えている。

(もしもヤン婦人ならどうしただろう? 私は酷い女なのかしら?)

フレデリカ・G・ヤンの顔をふと思い出す。
だが聡明な彼女は気が付かされるだろう。
自分は酷い女ではない。むしろより情の深い女なのだと。

「ルダ、ヒルダ!」

「母上!」

ラインハルトが自分を呼んでいるのに数瞬気が付くのが遅れた。
夫は病に倒れ絶対安静だというのに。
アレクは気が付いたというのに。自分は気が付かなかった。

「も、もうしわけありません」

「謝ることではない」

ラインハルトは笑みを浮かべる。

「ヒルダにはずいぶんと助けてもらった・・・・・アレクも知っていよう、父と母が初めてあった馴れ初めは決して穏かではなかった事を」

それは簒奪を企む不貞の輩とそれに積極的に加担する不貞の女の密約であり、そこに所謂、男女間の情はなかった。

「存じております」

アレクはその話を多くの家庭教師から聞いた。
伯父であるキルヒアイスや伯母であるアンネローゼからも。
そして冷静に、ある意味では冷徹なまでに政務をサポートしてきた自分の息子を見る。

「ふ、オーベルト、いや、オーベルシュタインやヤン・ウェンリーの下に4年間行かせた経験は無駄では無かったかな?
ヤン・ウェンリーの娘と付き合い、子供が出来た、と聞かされたときには唖然としたが・・・・・どうなのだ? 父親として名乗り出たいか?」

アレク皇太子は銀河共和国を知るために、銀河共和国シリウス大学へと4年間留学した。そこで知り合ったヤン・ランと私生児をもうけてしまったのだが、それは極秘の内に処理された。
その娘は、ヤン・リンはヤン・ランが引き取り、父は事故死したと思って生きている。

「・・・・・会いたくないといえば嘘になるでしょう。しかし、先方も別の男性と結婚しており娘も思春期に入るころ。下手に会えばいらぬ混乱を招きます」

「そうか・・・・・本心か?」

父親は厳しく問い詰める。
母親も厳しく目線で問いただす。

「・・・・いえ、本当は」

アレクはどもりながらも、感情を抑えながらも、しっかりと言い切った。

「会い、たい、です」

父親の目が笑った。
母親も笑みをたたえている。

「ふ、俺と同じかと思ったら、そう言う所はキルヒアイスに似ているな。自分のことを後回しにする、そう言う所は」

そして母が、ヒルデガルド・フォン・ローエングラムが一通の住所と年月日の入ったチケットを出す。
ヒルダは息子の顔を見て続けた。

「貴方が即位するのは1週間後の8月1日。その前々日の7月30日に銀河共和国からユリアン・ミンツ公使にカーテローゼ・ミンツ宇宙艦隊司令長官とダスティ・アッテンボロー最高評議会議長、そしてヤン・ウェンリー一家が帝都オーディン着ます」

そういって、小さな封筒をアレクに手渡す。

「ヤン・ラン氏もヤン・リン氏も一緒にね。そして、ヤン・ラン氏の旦那様は既に演習中の事故で亡くなられています」

「!?」

「貴方に会う気があるのなら、会いなさい。これが父親の、ラインハルトの最後の親としての支援です」

アレクは動揺して、そして小さな嗚咽を漏らし始めた。
それを見守りながら、ラインハルトは本題に入る。

「さて、ヒルダ・・・・・・なにか言いたいことはあるか? 余は最期の願いならなんでもかなえてやるぞ」

「ならば・・・・・ひとつだけ。陛下、聞いてください」

「ああ、なんだ?」

「愛しています」

「「!!!」」

ヒルダはしっかりと言い切った。
あのヴェスターラントの件でなし崩し的に男女の仲になった二人。
情事の際にもらすことをは何度もあった。

だが、こうもはっきりと言い切るのは初めてではなかろうか?

「ようやく、言え、ました。陛下・・・・・いいえ、ラインハルト、私は、貴方を、そして息子たちを、誰よりも、何よりも・・・・・愛して・・・・います」

そしてヒルダは気が付いた。
これこそが、本当の自分の気持ちだったのだと。
長い夫婦生活だった。マリッジブルーなど関係なく皇妃になった。それでもラインハルトについていった。
そして長い旅路を経て、漸く理解した。

(私は・・・・・酷い女では無かった)

そう思いながら、ラインハルトの前で俯く。
気丈な女。活発で男勝りで、時にはカイザーをも凌ぐ女。

(でも本当は、弱い、現実から、夫の死という現実から逃げていた女だった)

そういって皇帝一家の最後の家族の会話は終了する。
この直後ラインハルトが危篤状態に陥った為だ。



side  キルヒアイス



重度の危篤状態を脱したラインハルトは大公夫妻を呼んだ。
副帝のジークフリード・キルヒアイスとその妻にして自身の姉、アンネローゼ・キルヒアイスを、だ。

「ラインハルト」

キルヒアイスが久しぶりに彼を呼び捨てにする。
思わず笑みを、弱弱しいながらも笑みをこぼすラインハルト。

「そう呼ばれるのも久しぶりな気がするな、ジークフリード?」

ラインハルトもかる愚痴で返す。
まるで少年時代に戻ったかのように。

「そうですね、それにジークフリードと呼ばれたことなんて一度しかないですよ?」

そういってキルヒアイスも笑う。

(君は僕の友達になりに来てくれたんだろう?)

(でも俗な名だな、ジークフリードなんて。)

(でもキルヒアイスという響きはいいな)

(そうだ、これからはキルヒアイスと呼ばせてもらうよ)

キルヒアイスは実家の隣に貧乏貴族の一家が引っ越してきたことを思い出した。

(ジーク、弟と仲良くしてやってね)

そして、未来の妻に出会ったあのときを。

そこでたわいの無い雑談を二人でしていた頃。
アンネローゼが辛そうに口を開いた。

「ジーク、ラインハルト」

「アンネローゼ様?」

「姉上?」

そして彼女は言う。

「すみませんでした。」

病床のラインハルトと隣に座っているキルヒアイスに交互に頭を下げる。

「な、何を言うのですか!?」

たまらず、ラインハルトが声を出す。
その瞬間むせ返る。
水を差し出し背中を擦るキルヒアイス。

その光景が一段落したのを見てアンネローゼは謝罪する。

「あの日、皇帝フリードリヒ4世陛下の後宮に召喚されたとき、私はそれが最善の方法だと信じていました。
二人を生かす、そして今は無き父を助ける最善の方法だと」

だが、現実は違った。
帝国軍に入隊して一気に駆け上がった二人の青年。

「でも、それが貴方達の未来を奪ってしまった。可能性を奪い取ってしまった。」

そうだ、ラインハルトはともかく、キルヒアイスは決して喧嘩速い子供ではなかった。
どちらかというと真面目で、何よりも優しい人。
軍人よりも、政治家よりも、教師や医師のほうがはるかに向いている子供だった。

「それなのに、二人の将来を実質決めてしまった・・・・・本当にごめんなさい」

アンネローゼは零れ落ちる雫を拭おうともせずに言葉を続けた。
だが、ラインハルトは笑って否定した。
キルヒアイスも妻を慰めようとしている。

「姉上が気に病む事ではありません」

「そうです、確かに切っ掛けだったのかもしれません、ですが、決めたのは私たちです」

そう、ゴールデンバウム王朝打倒と姉を取り返すと決意したのは自分たちであったのだから。

その言葉にアンネローゼは肩を震わせた。
恐らくずっと考えていたのだろう。感じていたのだろう。
弟が、夫が人殺しになった事を。
そして、その道を選ばせてしまった罪悪感を。

「ありがとう」

そういってアンネローゼは時間を二人に返した。



姉さんを泣かせたな、キルヒアイス

そうですね、ですが、ラインハルト様、その責任の何割かはご自身にあることをお忘れなく。

言ったな、こいつめ。

ええ、もう50年近い付き合いですから。

アスターテでは10年といっていた。月日が過ぎるのは早いものだな。

ええ、ほんとうに、その通りです。



それは、稀代の親友の最後の時間だった。



それから2時間後、ラインハルトは静かに息を引き取った。
かつての好敵手ヤン・ウェンリーのよりも遅く生まれ、早くなくなった。
新帝国暦30年7月20日20時18分、初代皇帝ラインハルト1世はこうして亡くなった。

その後成立する8月の新政権、そして前政権同様和平推し進めるアレク1世の治世を、銀河共和国は「8月の新政府」といって歓迎することになる。


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