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[14976] ある店主と迷惑な客たち【完結済み:外伝更新中……】
Name: ときや◆76008af5 ID:311c7d70
Date: 2010/03/22 14:19
近頃ある国の首都に珍しい酒場ができたと聞く。

酒場、酒場というには少し趣が違うと有名だ。

本来酒場というと仲間たちと立ち寄り、酒を飲み、料理を口にし、談笑する。

すなわち酒を飲む場所。

それが一般的な酒場だ。

だが件の店はそれらとは一切無縁。

行くならば一人、多くて二人で行くのが望ましいと噂されている。



……興味深い。



この無意味に長い生の中で退屈は死より恐ろしい。

故に興味を引いた事柄にはたとえその先に地獄があろうともとりあえず行ってみる。

そういう、まあ一族の習慣によって私は件の店に寄った。



表通りから二本外れた通り。

表通りほどではないが、それなりに活気がある。

正直、人が多くて息苦しい。

そんな通りにある店の一つ。

店先には店名ではなく、二股に分かれた尾を持つ猫と三日月が描かれた看板が釣り下げられている。

うむ、およそ店名らしきものはない。

どうやらここのようだ。

皆が口を揃えて世の奇人変人有象無象がこぞって立ち寄る店と言う。

ある意味世界の縮図とも採れる場所。



ドアを開けると、そこは別世界だった。

鼻をつく古い木の臭い。薄いがしっかりとある酒の匂い。

人混みの息苦しさも外の喧騒もここにはない。

あるのは歴史の重み、何とも言えない重厚感。そして、静寂。

息苦しいが、悪くない。悪くない、場所だ。



――いらっしゃい。席は自由にしていいよ。



若い。まだ十六、七といったマスターがカウンター越しの向こう側でグラスを磨いている。

改めて店を見渡す。

カウンター席しかなく、席の数もおよそ十程度。

酒場とは思えない狭さだ。

私は真っすぐに壁際の席に向かった。



――ご注文は?



席に着いてしばらくしてからグラスを拭くのをやめ、マスターは穏やかな声で私に問いかける。

彼は本当に、男なのだろうか?

男にしてはひどく細い肢体、艶やかな髪、柔らかな声。

ここいらでは珍しい黒髪は艶やかだ。

何よりその双眸、世界全土でも黒髪黒眼は非常に珍しい。

化粧を施せばそこらの女よりも映えることだろう。

だがその女々しい雰囲気を軽く壊す後ろに陳列された多くの酒。

無言の重圧のお陰でそのような妄想はいとも容易く打ち壊される。



――……では、お勧めを貰おうか。



マスターはなら、と少し考えるとグラスに大きめの氷を入れ、選んだ酒を注ぎ、私の前に置いた。

琥珀色をしたウィスキーは今まで見た宝石の何よりも蠱惑的な色をしている。

グラスを近づけ、匂いを嗅ぐ。

酒特有の匂いに隠れて芳醇な匂いが鼻腔をくすぐる。

様々な匂いの中で感じられる、一年という重み。

長く生きる、それゆえに忘れやすい一年という時。

私たちにとって刹那であるが、それでも一年。過ごすには長すぎる。

春、夏、秋、冬。この酒は多くの時を過ごしてきただろう。

時の重みが私の手に伝わった。

からん、とグラスが鳴る。

なるほど、粋な計らいだ。

重みに囚われた自我を取り戻し、口に含む。

本来なら一息で終わる量だが、ここは敢えて少しずつ。

同時に嗅ぐだけでは分からなかった姿が脳裏に映った。

多くの生命、年月、感情。言葉で言い表せないほどのそれら。

だが、一言で言い表すなら、ああ。



――重い、な。

――口に合わなかった?

――いや、悪くない。むしろ良い酒だ。

――なら良かった。



ただの一口が重い。

私たちは何と一年を、移ろい行く四季を無意味に消費してきたことだろう。

あの軽々しい過去のせいで、ただの酒がとても重く感じる。

静かに差し出される、クッキー。

私は小さくありがとうと呟き、一つ口にした。

ああ、甘い。そして、重い。

酒の年月とは違う、培われた技術の重み。

これが生命、これが年月。私達が忘れやすい、確かな重み。



――マスター、何故これを?



いつの間にやら紅茶を淹れ、優雅に飲んでいたマスターはその問いに少し考え、答えた。



――あなたが何か、大切なものを忘れている気がしたから、かな。



否定できない。

事実として私は今という大切なものを忘れていた。

似て非なる、決して同じではない四季の移り変わり、日の顔、月の表情、星のざわめき。

晴れた日には外に出かける。

雨の日には音を楽しむ。

満月の日には親しき友と酒を飲み。

星の夜に独り思いを馳せる。

大切な、本当に大切なこと。



――何ていうのかな。今を楽しむ、そんなことを。ま、僕が勝手に思ったことなんだけど。



頬を掻き、苦笑する彼につられて私も苦笑する。

全く、至高と言われる存在である私がまさか矮小な人間に劣るとは。

まだまだ私も若造ということか。



――所詮、粋がっている小童の言葉だ。あなたのような人には煩わしいかな?



何を、馬鹿な。

私は無意味に長い年月を消費しただけ。

君は存分に今を生きてきたじゃないか。

むしろ私の方が、粋がっているだけの小者だよ。

その思いは口に出なかったが、彼には見透かされた気がして恥ずかしくなった。



――無意味と、無駄と、無価値と思える時はあっても、そんな時は存在しない。



そうだろうか? 本当にそうなのだろうか?

ならば私の過ごした時間は一体、何だというのか?



――だって、ほら。もし無意味で無駄で無価値な何かが存在するというのなら、世界はつまらないものになってしまうよ。



……ああ、そうだな……

この世に無駄なものも無意味な時も無価値な存在もあるはずがない。

何故なら世界は何よりも、美しいのだから。

悪くない。こういう時も悪くない。

人によっては無駄とも取れる時間。

私にとっては全く無駄ではない。

静かな、包まれるような時が流れる。



多くの者が言う。

己と向き合い、大切な何かを取り戻す店。

今までの自分を見つめ直す場所。

全くだ。全くもって、そうだ。



飲み干すのが惜しい酒の最後の一口を口に含む。

どうやら私はたった一夜にしてこの店の虜になってしまったようだ。



――ありがとう。有意義な時を過ごせた。



代金に感謝の意を上乗せしてテーブルの上に置く。

マスターは穏やかな笑みを浮かべながら、それは良かったと言った。

悪くない。こういう店も悪くない。

そう思いながらドアノブに手をかける。



――ああそうだ。



その足を止めさせるのはやはりマスターの声。



――店を出たなら深呼吸をして空を見上げてみるといい。きっと良いものが見つかる。



何か、などという無粋なことは聞かない。

それが何かが私にわからなくとも、だ。

何せこのマスターの言うことだ。

きっと良いものが、いや見落としていた何かが見つかるのだろう。

不思議と、彼の提案に嫌な気分はしない。



――そうか。



外に出て、ゆっくりと瞳を閉じ、深呼吸をする。

他人の目など一切気にしない。

そして、空を見上げ、瞼を開けるとそこには――――



――ああ……良いものだ、これは。



近かったはずの空がこんなにも遠くに見える。

遠いはずの町並みがこんなにも近くに見える。

されど手を伸ばせば星や月に手が届きそうで……



歩いて帰ろう。どれだけ時間がかかるか分からないが、歩いて帰ろう。

何せ今日は、こんなにも月が綺麗だから。

こんなにも月が綺麗な夜に、空を飛ぶなんて無粋だ。

月は手が届かないからこそ、遠くにあるからこそ、美しくあり続ける。

ありがとう、マスター。

素晴らしいことを教えてくれてありがとう。





我々龍族の寿命は定かではない。

またこの身はとても強靭で、自殺も他殺も許さない。

故に私たちは普段から生き飽いている。

変わらぬ時の中に置き去りにされたことを憎み、容易く変化する四季に嫉妬する。

何度も見る変わらない光景に飽きを覚える。

しかし、彼は私に思い出させた。

四季の素晴らしさ、世界の美しさを。

そして長き生の中で、何よりも長くそれを楽しめることの素晴らしさを。

ただの人間でしかない彼が、世界で最も神に近い龍族である私に、だ。

礼を言おう。

君のおかげで私は再び生きる喜びを得た。

ただ…………私は彼が人であることが残念でたまらない。

たった百年しか生きれない人であることが。

私たちから見れば、その生は余りに短すぎる。

瞬きしかできないほど、短すぎる。

もしも彼のような人が同族であるなら、そして私の隣に立つ者であったならば。

夢のような世界に眩しさを覚える。

何と、その素晴らしきことか。

されど現実は非情で、あの人は人であると突き付ける。

彼を眷族にすれば私たちと同等の生を手にするだろうが、それだけは止そう。

不思議と彼が今の彼であることを私の中の何かが望んだ。

たとえその先に永遠の別れが存在すると分っていても。



悪くない。

この刹那とも思える短い時を心に然りと刻むのも悪くない。

まるで短い生を精一杯生き足掻く人のように、私もこの短い時を生きよう。

彼がなくなるのは惜しいが、私には今が、先にある明日が何より愛おしい。

こんな気にさせるのは彼が初めてだ。

そして、本来作るはずの無い、作れば悲しみしかないことが分かっているから作らない人の友も。



……ああ、そういえば名前を聞き忘れたな。

名乗ってもいなかった。

今度、聞けばいいか。

そう、次の機会に。

それを考えると自然と頬が緩んだ。



そんなことを思いながら私は家へと帰った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




何の因果かファンタジーな世界に来てしまって早五年近く。

少しばかり若返っていたのにも、竜や魔王や魔法が存在するこの世界にも驚いた。

正直、驚くのに飽きたほど。

それから文明が存在し、どういうわけか言葉は通じることが分かるとすぐに使えない携帯、硬貨を高く売り払い、資金を作った。

そして表通りは目立つという理由から、外れた三番通りにあった廃屋を占拠、改修。

これが違法である場合、即刻牢獄だからね。

売ってはいなかったので買ってはいないが、使っていた人がいなかったから別にいいよな?

むしろ今となっては出て行けという人がほしい。

四十秒で支度して出て行くから。

まあ今経営しているようなバーとしてオープンしたのが四年半前。

それから、口伝えで噂が広まり、いつの間にやら人外魔境とも取れる妙な店へと……

そのくせして良く閑古鳥が連呼している。

来客0で閉めることなんて良くあることだ。

それでも店を維持できるのは一重に洒落にならないほど金払いの良い客が常連であるせいとしか言いようがない。

未だに今一つ金の価値を把握しきれていない僕だが、金貨一枚を軽々しく払っていく人を見て異常だと思うぐらいの常識はある。

分かり易く言おう。

金貨一枚というのは庶民が一年間さほど遊ばずにのんびり暮らしてお釣りが来る価値がある。

一般的な酒場が一日で儲けれる純利益の限界が銀貨二十数枚だ。

金貨は銀貨1000枚と等価である。

明らかに酒一杯とつまみ少々の価格をオーバーしていないか?

ひどい時には金貨百枚以上に至る宝石や宝物を置いて行く客もいる。

これなら迷惑でも金を払わない客の方が嬉しい。気が楽だ。食い逃げしてくれ。追わないから。

考えてみよう。

ただの酒一杯に一兆円を払う客。

どう考えても"閉めたら……分かっているな?"と脅しているようにしか採れない。

そんなわけで今日も定時となり、問題の客0で喜々として店を閉めようとした時だ。

来客である。泣きたい。

それもガチの御方だ。

鈍感な僕でもわかる、意識しなければならない圧倒的存在感。

見事、としか言いようのない肉体美は性別年齢関係なく目を惹くところがある。

身に纏う服および装飾品も審美眼がなくてもわかるほど高級。偽物の可能性はない。

それを軽々しく着こなす様は嫉妬を忘れて羨望を覚える。拍手を送ろう。

これは……応対を間違えればやられるかもしれない。

立った四年で鍛え上げられたセンサーが最高のレッドアラートを鳴り響かせる中、僕はいつも通りを装った。



その人はしばらく入り口で内装を評価した後、真っすぐに壁際の席へと向かった。

鋭い瞳は今は店ではなく僕へと向けられている。

かなり怖い。

恐怖を紛らわすために苦しまぎれに注文を問う。



――……では、お勧めを貰おうか。



艶のある声。確かにこんな人に身を委ねるのも一種の快楽だろう。

だが僕は対象外だ。決して命以外で許されることはないに違いない。

とにかくお勧め。

下手なものを選べばすぐに泣くことになる。

それは嫌だ。故に妥協しない。

結局選んだのは秘蔵、100年物の、家宝にしたいぐらいの最高級ウィスキー。

飲み方は、ロックでいい。いや、ロックがいい。

その方が絵になる。

気に入ってもらえるとありが――――たくもない。

こんな人が常連になればさらに胃が痛む日々が始まってしまうじゃないか!

それも、嫌だ。



その人は絵になる仕草で差し出されたグラスを口に近づけていく。

先ず匂いを楽しみ……固まった。

暇だ。意識を覚醒させるためにも紅茶でも淹れよう。濃いめで。

しばらくして客は氷がグラスにあたる音で意識を取り戻し、酒を口に含んだ。

もしも僕が無関係な観客ならその動作一つ一つに見入っていただろうに。



――重い、な。



しばらくして呟かれた言葉に僕は素早く遺書の内容を纏めていく。

遺書の内容を纏めるのにはもう慣れた。

最初に記すことは常に一つ。

"平穏に生きたかった。"



――口に合わなかった?

――いや、悪くない。むしろ良い酒だ。

――なら良かった。



第一段階、きっとクリア。

けれどグラスを見つめる客。

何か足りないものがあるのだろうか?

少し考える。

……ああ、そうかつまみか。

クッキーでいいか。



――ありがとう。



酒だけでは酒を楽しむことができない。

そういうこともある。

クッキーを食べたその人はまた黙り込んだ。

誰か、良く効いて即効性のある胃薬ください。

副作用はこの際文句を言わないから。



――マスター、何故これを?



不意の質問。

これは酒を指すのか、それともつまみを指しているのか分からない。

どちらでも正直返答に困る。

どちらも元々理由は存在しないから。

………………胃がきりきりと痛む。

もういいや。思いつくままに答えてしまえ。

それで死んだならそれも良し。

むしろこの地獄から我が身を解き放ってくれ。



――あなたが何か、大切なものを忘れている気がしたから、かな。



今更ながら臭いセリフだ。



――何ていうのかな。今を楽しむ、そんなことを。ま、僕が勝手に思ったことなんだけど。

――所詮、粋がっている小童の言葉だ。あなたのような人には煩わしいかな?



そういうと客は顔を伏せた。

死亡フラグですね、わかります。

せめて首を洗って遺書をしたためる時間ぐらいください。

もう僕は反省を止めた。

決意した僕の口は止まることを知らず、意思とは無関係に言葉を並べる。



――無意味と、無駄と、無価値と思える時はあっても、そんな時は存在しない。

――そう、だろうか?

――だって、ほら。もし無意味で無駄で無価値な何かが存在するというのなら、世界はつまらないものになってしまうよ。

――ああ……そうだな…………悪くない。



どうやら僕は決定的な死亡フラグを逃したようです。また死ねなかったスイーツ(笑)。

何かを得たのか、客は嬉しそうに酒を飲み始めた。

今更ながら、首、繋がっているよね?

うん、繋がっている。繋がっているよ……

奇跡だ。今生きていることが奇跡だ。

今なら怪しい宗教のいるはずの無い神様でも心から信じれる気がする!!



――ありがとう。有意義な時を過ごせた。



て、抜かったァア!!

短時間でこんなにも胃を痛めさせる人が常連になると正直困る。むしろ嘆く。

どうすればいい? どうしたらいい?

悩む。考える。神よ! 僕に救いを!!



この時、脳裡に電流が走る。



――ああそうだ。店を出たなら深呼吸をして空を見上げてみるといい。きっと良いものが見つかる。



ここで僕の変人っぷりを絶賛アピールすればきっと呆れて二度と来なくなるはずだ!



――そうか。



ありがとう、どこかの今孔明。

君のおかげで僕は一つ平穏への道を間違えずに歩めた。

さて、片付けを――――





パタン、といおうドアが閉まる音で我に返る。

目の前にあるのは金貨なんてちゃちなものじゃない。

拳大の、金塊。

正直に問おう。どう処分しろと?

まあいい。二度と来ない客の文句は言わない。

はぁ……明日は客が来ませんように……

できれば貧乏神辺りが店が潰れるまで居座ってくれるとありがたい。









一月後、僕はこの世界全ての神々と悪魔を親の仇の如く恨むことになる。

あのガチレズ女帝様オーラ天上天下超銀河天元突破中の女性、ティオエンツィア――愛称ティア、むしろそう呼ばないと窓ガラスが割れる、はここの常連となってしまった。

ちなみに僕の名、ユウキ・カグラは言わなければ殺すというオーラを放たれながら聞かれました。

マジ迷惑な客だ。



――ああ……悪くないな。



しかも金払いが良いと問題の有り過ぎる。

ますます僕は店を閉めれない。

誰かいっそ、僕を殺してください。



[14976] 二話
Name: ときや◆76008af5 ID:311c7d70
Date: 2010/01/01 21:25

腹立たしい。

その思いが今、私の胸を焦がしている。

こういう日は酒でも飲まなくてはやっていられない。

ああ、溺れるほど、今日という日を未来永劫思い出さなくても済むほどの酒が欲しい。

そう思いながら表通りから少し外れた道を歩く。

表通りにはもしかしたら父上の手の者がいるかもしれない。

相手先の部下が私を探しているかもしれない。

またアレの前に立たされるなんて、想像するだけで手当たり次第に何かを破壊したくなる。



今日は国民の休日ということもあって、大半の店が閉まっている。

開いているのは表通りの店ぐらいだろう。

やはりここは多少の危険を冒してでも表通りの方を行くべきだったか?

いやいや、流石の私でも多勢に無勢は無理がある。

特にこの動きにくい服装で徒手空拳など、無謀の極みでしかないだろう。

表通りに行くべきか、多少の質の悪さを我慢してでもこの辺りの店に行くべきか……

そう悩む私の眼にある明かりが移った。

看板はあるが、店名は明記されていない。

ドアの隙間から匂う酒の匂いから酒場か何かと思うが、さて。

ここまで狭い酒場というのは私は今まで一度も聞いたことがない。

きっととてもさびれた店なのだろう。



はずれか。



静かにそう判断した私は他の店をあたろうと思った時、遠くから聞きなれない声で私の名を呼ぶ声が聞こえた。

もう迷っている暇はない。

一縷の望みを託して私は勢いよくその、名前すらない店のドアを開けた。

店内に入ってすぐ、目を見張った。

そこには何の調度品も無い。

気の効いた絵画の一枚も目を見張るような食器もため息つかせる家具の一つすらない。

普通の椅子、普通の机、普通のコップに普通の道具。

だが、ここにある空気はそのような凡百のものではない。

生死を分ける戦場でのあの重い空気にも似た、それでいてそれとは全く違う重厚感。

その店のマスター、否、この世界の支配者であるマスターはまだ若い。

私よりも一、二歳ほど年をとった程度ではないのだろうか?

なのにこの店を経営している……そのことはどうでもいい。

それよりも知りたいのはこの空気を、何とも言えない空気を醸し出しているのか。

私はそれに驚きを隠せずにいた。



――……立ったままじゃ辛くない?



いけない。放心していたようだ。

空いている、というか全席空席だが、席に座る。

イスがまだ温かい。

どうやら先ほどまで客がいたようだ。



――酒各種から紅茶、東方の珍しいお茶までそろえているけど、ご注文は何かな?



重い気配に全く似合わない穏やかで優しい声で注文を尋ねる。

私は普段からそれほどお酒を飲まない。

だから銘柄なんて興味ない。

どれが美味しいのかも理解していない。

ワインは飲み慣れているが、美味しいと思えたことはない。

今を忘れたいから酔いたい。酔いたいから酒に呑まれる。

そんな飲み方をしている私に、酒の味も銘柄もどうでも良いが、飲むなら安いものは飲みたくない。

だから注文なんて最初から決まっている。



――この店で、最も高い酒を。あるだけ。



酒の銘柄に興味がないといっても酒の銘柄を知らないわけではない。

社交辞令としてどのような酒がどのような値で取引されているのか。

その味を一流の人がどう表現するのかぐらいは暗記している。

酒というのは良く社交界や交渉の場で使われるものだから、仕方がない。

今回はその注文でどのような酒が出てくるかだけではなく、どのような酒を出すのかに私は興味があった。

こんなにも寂れた酒場なのだからどうせ下らない、庶民の酒だと思う一方。

いやこんな空気を醸し出すのだ。きっと見たことも無い酒が出てくるに違いないという期待が胸にある。

一見すれば女のようにも見えるマスターはしばらく悩んだ後、やれやれとため息をついて湯を沸かし始めた。

何のために?

分からない。お湯を使った酒など私は聞いたことがない。

淡い期待が強くなる。

が、それもすぐに裏切られることとなった。



――どうぞ。これが僕が今の君に出せる限界だ。



目の前に出されたのは紅茶とクッキー。

私が彼に注文したのは酒。

この差は一体何であろうか?

まさか彼は紅茶と酒の違いも分からない狂人なのだろうか?

いや、そんなはずはない。

彼はかなり悩み、戸惑いながらも明確な意思を持って紅茶を出した。

これは、喧嘩を売られていると考えていい。

むしろそう考えなければ勇猛果敢で世に知れ渡るダルクヴァロワ家に泥を塗ることになる。

誇り高き獅子の家紋が意味するのは逃げない強さ。

喧嘩を売られたというのにそれを無視しては、私は二度と胸を張ってダルクヴァロワを名乗ることができなくなる。



――マスター、これは何です?

――紛う事なき紅茶だね。冷めないうちにどうぞ。

――……喧嘩を、売っているのですか?



スカートの下に隠している自害用ナイフに手をかける。

それを見ているはずのマスターは相変わらず穏やかな笑みを――――



睨んでいる。

明らかな怒りを浮かべて真っすぐに私を睨んでいる。

有無も言わせない眼光、それが嘘ではないことを示すような威圧感。

まるでこれは……幼き日に見たお爺様の、本気の怒りのようで。

私は何も言うことができなくなった。



――つべこべ言う前に先ず飲め。全ての文句はそれから聞く。

――…………



ただの睨みで負けた屈辱、敗北感よりも彼の威圧感から大人しく私は紅茶に目を落とした。

器に注がれている血のように赤い紅茶。

器に描かれた薔薇と紅茶の赤のコントラストが非常に美しい。

この磁器は紅茶があってこそ映え、それでいて紅茶を引き立てる。

脇役にして主役。正直飲むのが勿体ない。

今なお湯気を上げる紅茶の匂いは春爛漫のよう。

ゆっくりと深呼吸をし、肺の奥まで紅茶の鮮烈な匂いを入れると、不思議と気持ちが落ち着いた。

カップを持ちあげ、もっと匂いを嗅ぐ。

紅茶の匂いに隠れて微かに匂うこれは……薔薇の匂い。

ああ、ローズティーか……

心が安らぐな。

ちょうど良い熱さの紅茶を口に含む。

すると同時に分かる紅茶の華々しさ。

脳裡に浮かぶのは初夏の陽気、生命力、爽やかさ。

そして心を安らげる清涼感。

まさかここまで引き出しているとは、見事の一言に尽きる。

お茶受けに出されたクッキーは今までに食べたどのクッキーよりも歯触りが良く、この紅茶と良く合った。



――…………ふぅ……



零れる吐息は口にするのも愚かしい称賛を含めたもの。

もしもここで結構なお手前でや美味しい紅茶でしたなどという奴がいるならそいつは全員空気の読めない愚かどもだ。

この紅茶は褒めるほど蔑む。

褒める言葉なんていらない。

褒め称えたい気持ちは必ずマスターに私の満足感として伝わるから。



――落ち着いた、かな?



先ほどとはうって変わってとても穏やかな声でマスターは私に語りかけた。

思い出した。

私は家を侮辱されたことで起こったのだった。

が、それが今は何故か恥ずかしく思う。

何故だろうか?

彼に怒る気がしないのは、むしろ己を恥じるのは何故だろうか?



――気が立ってようだったから、落ち着けるものを出したつもりだったのだけど……落ち着けたようだね。

――ええ、おかげさまで。

――なら良かった。



まるで、私が落ち着けなければならないような言い草。



――何故、紅茶を? 私は酒を頼んだはずですが?

――ああ、理由? 下らないけど、聞く?

――ええ、是非。

――正直に言って、酒が飲みたいだけなら他所行けって思ったから。そして酒が好きでも無いのに無理して酒を飲もうとする君に腹が立ったから。いや、酒だけじゃない。紅茶も、緑茶も、水も食べ物も何もかも、愚弄した君に腹が立ったから。



ますます理由が分からない。

だが、何となく理解できている気がする。



――この店は酒を飲むための店じゃない。酒を、そして昨日を明日を、何より今を楽しむための店なんだ。

――……ああ、だから、雰囲気がこんなにも違うのですね……

――だから酒が飲みたいだけなのにここに来た君に出すものなどなかった。けれどね。



マスターの説明が始まる。

朗々と、諭すように。

その言葉は尊敬する母の言葉のように私の心に浸透していく。



――君は、決して物事を無駄にする人じゃない。だけど最近何か嫌なことがあって、自分を見失っていた。酒に溺れようとしていた。そう思えたんだ。



絶句。少し会話しただけでそこまで読まれるとは思いもしなかった。

そこまで読まれた自分の浅はかさ、何より見詰めなかった事実を突き付けられ、私はますます恥ずかしくなった。

それと同時に理解できない嬉しさに包まれた。



――だから僕にできる最高の紅茶を出した。ローズティーを選んだのは、君が薔薇が好きそうだから。

――何故、薔薇が好きだと?

――だって、そのドレス。薔薇が主役でしょう? 髪止めも、指輪も。そこまで薔薇が使われているなら気付くよ。

――……ああ、そうですね。



槍が得意な人は槍を持ち、剣が得意な人が剣を持つ。

音楽を奏でるのが好きな人はほぼずっと楽器を持ち、読書が好きな人は本の多い所にいる。

そう、彼は私が身につけているもので想像したのだ。

言われてみれば簡単なことだった。

言われるまで考えもしなかったことだった。



――何となくね、君は紅茶を飲みなれていると思ったんだ。



確かに、私は良く紅茶を飲む。

朝起きて、昼間、間食時、夕食後。多くの時で紅茶を飲む。

少なくともそこいらの紅茶好きよりも紅茶が好きであると自負している。



――長年の習慣というのは恐ろしいもので、例え自分がどのような状態であってもそれを無視することができないんだ。今回はそれを、利用させてもらった。

――紅茶を出されると、それを静かに味わってしまう習慣を、ですか?

――その通り。紅茶を出されたら必ず味わう。それによって落ち着く。この習慣の連鎖。



まあ、最初の方で口をつけようとしなかったのには焦ったけど、と続けるマスター。

初見でそこまで見抜くあなたには驚嘆の意を述べよう。



――お陰で、落ち着けたでしょう? 何に怒っていたのか分からないけど、もう怒っていないでしょう?

――ええ。まるで先ほどまでの最悪の気分が嘘のよう。むしろこのような店を知れてとても良い気分です。

――それは、良かった。



静かに私の前に紅茶が出される。

お礼を言って、それを味わう。

でも、これは何か違う。今まで飲むのとは何かが違う。



――ちょっとだけ、趣向を凝らしてみました。分かるかな?

――少し、待ってください。

――もちろん。ゆっくり待つよ。



そういって自分の分の紅茶を優雅に飲むマスター。

マスターが出す紅茶を楽しむ私。

二人だけの時間がとても美しく見えた。

長く続けばいいのに。

だけど知っている。

そう願えば願うほど、夢のような時間は早く終わってしまうことを。



――……まさか、これにお酒を?

――そう。ブランデーを少し。で、こっちはそれとは違うブランデーを入れているんだ。

――…………ああ、膨らみが違いますね。まさかお酒が違うだけでここまで違うなんて、思いもしませんでした。

――僕の中では、結構一般的だけど……まあいいや。これも一つのお酒の楽しみ方だね。



紅茶は紅茶だけで楽しむものだとばかり思っていた。

それにお酒を入れるなんて言うことは邪道としか聞いていない。

が、これも美味しい。



――悪く、ないですね。

――その言葉、被っているからやめて。

――?

――ああ、こっちの話。何でもない。



静かに紅茶を味わう。

お茶受けも美味しい。

まるで夢のようだ。

だが、夢とは覚めるもの。そして良い夢は覚めてしまうもの。



――そろそろ、家にお帰り? きっと両親が心配しているよ?

――あと少しだけ、居てはだめですか?

――だめ。子供はもう帰る時間だ。

――子供ではありません。私は十分に大人です。

――子供だよ。親の意思に従い、その庇護下にある限り、人は永久に子供だ。

――……そう、ですか。なら、仕方がありませんね。



そういって席から立ち上がる。

普通の家具が、こんなにも名残惜しいとは思いもしなかった。

ああ、普通が羨ましい。

家の縛られ、家に従わなければならない自分の身が憎い。

それに比べて、ああ何とこの人の強いことか。

自分をはっきりと持ち、それを誇る。

例えどれだけ汚れていようと、蔑まれようとも彼の誇りは決して揺るがない。

私は、何と弱いことか。

彼は心が強く、私は心すら弱い。

私など、彼の前では逃げだすことしかできなかった、愚かな子供だ。

どれだけ周りが強いと褒め称えようとも、この心は家紋の獅子に恥じるところがある。



――いつか、来るといい。その時に夢の続きを見させてあげよう。

――……マスター……



その穏やかさがとても身に沁みる。

逃げ場所を用意し、そこに逃げることを弱さと言わない彼の優しさが心の隙間を突く。

今、この時になって理解できない嬉しさの正体に気付いた。

嬉しいのだ。自分を、王家の姫である自分を純粋に私として見てくれる、見詰めてくれる彼が。

だから愛おしく感じる。

ああ……私は、彼が欲しい。

何よりも、誰よりも彼が欲しい。

たとえ運命がこの身を割こうとも、彼が欲しい。



――名前を、お教えしていただけ――

――…………



穏やかな笑みのまま、指で唇を抑えられる。



――初恋は口に甘く、咽喉に苦い。国の言葉だ。だからね、初恋は夢のままで居させてあげるのが一番なんだよ。

――……マスター……

――またね。良い夜を。

――……ローズブラッド・フォン・ダルクヴァロワです。

――ん?

――私の名前です。覚えておいてください。

――……しばらく来なかったら、忘れるよ?

――なら、明日も来ます。その次の日も、また次の日も。覚えてくれるまで。覚えてくれても。

――やれやれ、熱心なことだ。

――そしていつか…………



言うだけ言って私は急いで店を出た。

正直、恥ずかしすぎてマスターの顔を見ることができなかったためだ。

ああ駄目だ。まだ顔が熱い。

本当に、何をしているのだろうか、私は……

恋など、しないと決めていたのに。

そもそもこの身は自由にできないから、何も望まないと決めていたのに。

誰もいないところで涙を堪える。

ここが表通りではなくてよかった。今日が祝日でよかった。

そうで無かったら、私は彼の優しさに耐えきれなかった。



――…………



頭が冷えてから、唇に触れる。

先ほど、マスターの指が……私の、口に……

考えてはだめだ。考えてはだめだ。考えてはだめだ。

うん、とりあえず何よりもまずお父様の顔面を殴ろう。

今なら爽やかな気分で殴れるはずだから。

あんな愚鈍な者と縁談を結ばせようとしたお父様に感謝の意を込めて本気の拳を送ろう。

もしもお父様が縁談を結ばせようとしなければ。

もしもその相手があのような家畜同然でなければ。

そしてそれに自分が怒らなければ。

私は、マスターに出会えなかったから。





待っていてください、マスター。

必ず、夢を現実にしてみますから。

それまで待っていてくださいね?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




よく金を払わない迷惑な客が帰ると同時に入れ替わるように客が来た。

全く、あの人はまた食い逃げ。

風のように逃げるものだから怒る暇もない。

あの好々爺は……次来たら殴ろうか?

というわけで、絶賛気が立っています。

とにかく、初めてのお客が来た。

豪奢な、それでいて動きやすさも考えられたドレスの裾に少し泥をつけたお譲さん。

瞳には強い意志の炎を宿している。

ふむ……何か嫌なことがあって逃げてきた、というパターンか。

面倒だけど。まあいい。



――……立ったままでは辛くない?



入口に立たれるのは来るわけがないだろうけど、他の客の邪魔になるので席に移動する。

髪の色は赤、瞳も同じく。

だけどその赤は炎のような赤ではなく、むしろ薔薇の赤。

とりあえず美人女性。

この世界にブスはいないのかと不思議になる僕は何もおかしくない。



――酒各種から紅茶、東方の珍しいお茶までそろえているけど、ご注文は何かな?

――この店で、最も高い酒を。あるだけ。



その注文はムカつく。

お勧めならまだ耐えれただろうが、そんな酒を愚弄する注文をするなら、良かろう。



その喧嘩、僕が買った。



とりあえずこいつに出す酒はねぇ。

だからといって納得させないのもまた腹立たしい。

なら……世間一般的に飲まれている紅茶だな。良し。



――どうぞ。これが僕が今の君に出せる限界だ。



そして出したのはもちろん最高の茶葉を最良の水で、最適の方法で淹れた、至高の紅茶。

さらに使っている茶器は最高級だという。

この店の常連の、数少ない常識人がこれで紅茶を淹れてくれと頼んだものなので間違いない。

あの人が碌でもない茶器や茶でそんなことをお願いするわけがないから。



――マスター、これは何です?

――紛う事なき紅茶だね。冷めないうちにどうぞ。

――……喧嘩を、売っているのですか?

――つべこべ言う前に先ず飲め。全ての文句はそれから聞く。



はっきりいって今の僕の沸点は非常に低い。

故に軽々しいことで怒る。

現にすでに怒っている。

きっと目は殺気立っているだろう。

彼女が怯えているのをいい気味だと思えている。



――…………ふぅ……



そして、彼女が一杯の紅茶を飲んだ。

僕はその優雅さと気品にすっかり怒気を抜かれた。

そして後悔。

何て短絡的なことやってんだろう、自分……



――落ち着いた、かな?



ばれないうちに言い訳を並べようじゃないか。

既にそれは慣れたものだろうが。



――気が立ってようだったから、落ち着けるものを出したつもりだったのだけど……落ち着けたようだね。

――ええ、おかげさまで。

――なら良かった。

――何故、紅茶を? 私は酒を頼んだはずですが?



うむ、早速痛いところをついてきたけどさ。

この世界に未成年者飲酒喫煙禁止法なんてないんだよねー。

その常識概念もあってつい紅茶を出したなんて、説明できるわけないさ。

でも醜い言い訳を並べる。

だってさ、この子。

スカートの下に刃物を忍ばせるほど怖い女性なんだよ?

正直言って僕は勝てないね。

その上上流階級のようだし、下手したら獄門後打ち首?

アレ、何か近頃そんなことばっかりじゃねぇ?



――ああ、理由? 下らないけど、聞く?

――ええ、是非。

――正直に言って、酒が飲みたいだけなら他所行けって思ったから。そして酒が好きでも無いのに無理して酒を飲もうとする君に腹が立ったから。いや、酒だけじゃない。紅茶も、緑茶も、水も食べ物も何もかも、愚弄した君に腹が立ったから。



少しは本音を。嘘をつくときのコツらしい。



――この店は酒を飲むための店じゃない。酒を、そして昨日を明日を、何より今を楽しむための店なんだ。

――……ああ、だから、雰囲気がこんなにも違うのですね……

――だから酒が飲みたいだけなのにここに来た君に出すものなどなかった。けれどね。

――君は、決して物事を無駄にする人じゃない。だけど最近何か嫌なことがあって、自分を見失っていた。酒に溺れようとしていた。そう思えたんだ。

――だから僕にできる最高の紅茶を出した。ローズティーを選んだのは、君が薔薇が好きそうだから。

――何故、薔薇が好きだと?



見ればわかるというか何というか。

何となくで納得してくれるほど、彼女は柔らかくなさそうだし。

結果論も駄目だ。となると……



――だって、そのドレス。薔薇が主役でしょう? 髪止めも、指輪も。そこまでバラが使われているなら気付くよ。

――……ああ、そうですね。



ドレスなんて何がどうかわかりませんが何か?

苦し紛れの言い訳万歳。



――何となくね、君は紅茶を飲み慣れていると思ったんだ。

――長年の習慣というのは恐ろしいもので、例え自分がどのような状態であってもそれを無視することができないんだ。今回はそれを、利用させてもらった。

――紅茶を出されると、それを静かに味わってしまう習慣を、ですか?

――その通り。紅茶を出されたら必ず味わう。それによって落ち着く。この習慣の連鎖。



僕もたまに利用している。

例えばこんな、死ぬかもしれない状況下では特に。

なら良かった。この言葉とか。

とりあえず自分も何か飲むとか。

矮小だよね、こんなの。醜いと思うよ。

でもさ、それが人間らしいとも思うんだ。

精いっぱいの背伸び。良いじゃないか、その格好悪さ。

僕はそれを格好良く思う。

身も心も弱い。守るべき誇りも無い。されど僕は僕を貫き通す。

地獄の果てまで、さ。

うむ、きざっぽい。誰だこいつ?



――おかげで、落ち着けたでしょう? 何に怒っていたのか分からないけど、もう怒っていないでしょう?

――ええ。まるで先ほどまでの最悪の気分が嘘のよう。むしろこのような店を知れてとても良い気分です。

――それは、良かった。



ちょっとだけ僕の懺悔を込めて新しい紅茶を出す。

ここでは余り聞かないけど、僕にとっていは一般的な飲み方だ。



――ちょっとだけ、趣向を凝らしてみました。分かるかな?

――少し、待ってください。

――もちろん。ゆっくり待つよ。



さほど時間もかからず。



――……まさか、これにお酒を?

――そう。ブランデーを少し。で、こっちはそれとは違うブランデーを入れているんだ。

――…………ああ、膨らみが違いますね。まさかお酒が違うだけでここまで違うなんて、思いもしませんでした。

――僕の中では、結構一般的だけど……まあいいや。これも一つのお酒の楽しみ方だね。



のんびりと時を過ごす。

こういう時も、悪くないかな?

だけど、そろそろ時間だ。

これ以上上流階級のご息女(?)をこんなみすぼらしい家に閉じ込めようものなら、絞首刑?

知らないけど。とりあえず保身のために帰らせる。



――そろそろ、家にお帰り? きっと両親が心配しているよ?

――あと少しだけ、居てはだめですか?

――だめ。子供はもう帰る時間だ。

――子供ではありません。私は十分に大人です。

――子供だよ。親の意思に従い、その庇護下にある限り、人は永久に子供だ。

――……そう、ですか。なら、仕方がありませんね。

――いつか、来るといい。その時に夢の続きを見させてあげよう。

――……マスター……



シックスセンスがイエローアラートを鳴らす。

まだ取り返しはつく嫌な事態の前兆だ。

急いでカウンターから身を乗り出し、その口を塞ぎにかかる。



――名前を、お教えていただけ――



間に、在ったです。

続いて言い訳の羅列。



――初恋は口に甘く、咽喉に苦い。国の言葉だ。だからね、初恋は夢のままで居させてあげるのが一番なんだよ。

――……マスター……



うっとりした眼はやめてほしいなぁ。

小説だのの夢の世界を現実に持ってくる奴は嫌いなんだよ。面倒だから。

白馬の王子様? その前に狼を進呈しよう。

悲恋? 劇の中でこそ映えるものだ。

下らない。現実も見えないガキの戯言など耳に痛いだけの喜劇だ。

もう充分です。聞きたくもない。

さっさと帰ってくれないかなぁ?



――またね。良い夜を。

――……ローズブラッド・フォン・ダルクヴァロワです。

――ん?

――私の名前です。覚えておいてください。

――……しばらく来なかったら、忘れるよ?

――なら、明日も来ます。その次の日も、また次の日も。覚えてくれるまで。覚えてくれても。

――やれやれ、熱心なことだ。

――そしていつか、夢を現実にしてもいいですか?

――え? それはどういう……

――マスター、絶対に逃がしませんからね? この恋の値段、ちゃんと払ってくださいよ?



どうやら、間に合っていなかったようですorz。

何と世界は無情なことなのだろうか。

僕はしばらく、夢を見て、それでいてい本当にそれを現実にしようとする何とも強い彼女の後姿を、出て行ったドアを見つめることしかできなかった。

願わくは、彼女の妄想よりも恰好のいい人が彼女を救わんことを。

……神に祈ろうか?

処分できない宝石砕いて貧しい孤児院にばらまいているあたり、寄付は足りていると思うのだが。



……あ、代金貰ってねぇ。

また食い逃げされた。

畜生。もう今日は閉店だ。

こういう日は独り酒に溺れるに限る。



[14976] 三話
Name: ときや◆76008af5 ID:f1167c4b
Date: 2010/01/01 21:27

店内をのんびりとした空気が流れる。

今日の僕はかなり上機嫌だ。

何せ週二日の頻度で来る悲劇のヒロイン演じるローズブラッド、一月に一日の頻度で立ち寄る、胃に穴を開かせるかの如くの圧倒的カリスマを垂れ流すティアさんなど色々と問題のある客ががまだ来ていないのは勿論のことだ。

それ以上に今日、酒の補充を兼ねて何か珍しいものは入荷していないかと行き付けの酒屋を訪ねた時。



それを見つけた。



その存在があるだろうとは思っていた。

東方、ここは惑星で球状なので西方でも可、での衣食住の形態は古き日の極東に似ているということをおかしな常連の話で想像がついていた。

だがその文化を象徴するようなものにはほとんどで会っておらず、特に僕が望むそれに出会うことまだなかった。

故に見つけた時の僕の喜びと言ったらああ、年末ジャンボ宝くじで四等が当たったようなものだろうか?

もちろんその商品において、妥協の無い味見をして良い品であったから即商品差し押さえ。

店主から値段を聞かずに僕が下した見合った価格を払った。

具体的には金貨四枚。



――こんなにももらえません。

――なら他にも良い品を入荷してくれる? その時に資金は必要でしょ?

――はぁ……ユウキさんには礼を言っても言いきることができませんよ……

――僕も店主には感謝しきれないよ。



この店主とは知り合いと言うか、まあ友だ。

彼のおかげで僕の店の地下にある酒専用倉庫には素晴らしい酒の数々が出番を待って静かに眠っている。

中には表に出さず、個人的に楽しみたい品も大量に。

もちろん全て僕と店主が自信と誇りを持って提供できる品だ

と言うわけで、例の品は全て自宅まで配達してもらった。

ああ、本当に半年の努力が報われたというか何と言うか。

良し、今夜は店を早めに閉めよう。



そう興奮しながら新月の夜にこそ映える満点の星に思いを馳せていた時のことだ。

ドアが開く。客が来た。愕然とした。



どうしてこうも世界はタイミングの悪い時に碌でもないものを寄越すのであろうと恨みつつ、入り口を見る。

と、そこには二十代後半の格好良い男性が立っていた。

静かに店内を見渡す目には申し訳なさが漂っている。



――やぁ、久し振り。

――……閉じるなら、またの機会にするが?



ここで帰ると言わないのが彼の常識的心遣いを示している。

だが、彼の危惧は無意味だ。

何故なら、まさかまさか一週間に一度しか来ない、数少ないこの店の良心とも言えるお方の折角の来店を無碍にするほどの僕の心は荒んでいないから。

それに何より僕は今、一年に二、三度あるかないほど上機嫌だ。

なおさら彼のような親友を帰らせるわけにはいかない。

むしろこの喜びを共感してもらいたい。



――いや、どうぞ。注文はいつものでいい?

――ああ。済まないな。それからこれを。探していたのだろう? ……自然薯、だったか?

――ああ、ありがとう。本当に律儀だね、ヴァル。別に僕は君が来てくれるだけでいいのに……

――何、私の自己満足だ。喜んでくれるなら嬉しいよ。



グラスに氷を入れ、僕の喜びを添える。

酒の銘柄はウィスキーの64年物、メメント・モリ。僕のお気に入り。

この人――ヴァランディールはロックよりもストレートの方を好む。



――やけに上機嫌だが、何かあったのか?

――うん。色々とあるよ。

――……気になるな。教えてくれるか?

――今日はね、まだティアさんとか夢見るバカとかアウル爺とかアリーシャさんとか来ていないんだ。でも本当に良いことはまだ内緒。すぐに分かるよ。

――ほう……それは楽しみだ。ところでティアとは?



結構きついはずの酒をつまみなし、ストレートで軽く飲む彼はウワバミ。

そしてそれを淡々と、映画のようにこなす渋さに僕は憧れる。

こんな細い身体なのは良いが、あんな渋さがないのが残念なんだよ。

一応これでもそろそろ三十路なんだが。

やはり見た目の問題か……



――あー……そういえばまだヴァルは会っていないんだね。まあ仕方がないか。あの人月一でしか来ないし。

――の、割にはよく覚えているようだな。

――うん。だってあそこまでカリスマと言うか威圧感と言うか存在感を放つ人、そんなにいないし。印象には残るよ。



あの人が月一以上の頻度で来られたらこちらの胃がストレスと気遣いとカリスマで死ぬ前に死亡宣告される。

観客にとっては別に毎日来てもらいたいのだろうが、内野にとってはまさにホームラン打率九割という絶望的敵エース。

来た瞬間終わったとしか言えない。



――ティア……ティオエンツィアっていう女性。何か本当に、一目見たら忘れない類の美人だね。ああいう人を世界に愛されたとか言うのかな?

――…………もしや、髪は金髪か?

――うん。絹糸のような髪だよ。

――瞳は蒼穹を濃縮したような?

――その通りだけど知っているの?

――……者によるが……そのティオエンツィアから何か、贈り物を貰わなかったか?

――貰ったけど……見たい?

――ああ、是非。



普通ならふざけているのじゃないかと思われる発言もヴァルのものであるならば納得できる。

それほど僕は彼を信頼し、信用している。

何より彼は僕の親友だ。

疑う可能性がないほどの親友だ。

ならばこの提案も僕を気遣ってだろう。

だから僕は素直に二階の倉庫からティアから貰ったプライスレスなロングコートを取り出す。

色は純白、生地はどの絹よりも滑らか。

薄手で軽くありながら通気性、防水性に優れ、夏でも冬でも快適な環境を提供する、多分マジックアイテム。

価格は知らないが、結構高いと思う。

個人的に気に言っているから売る気はない。手放すつもりもない。



――はい、どうぞ。

――……ありがとう……もう十分だ。

――良いの? かなり手触りが良いよ?

――十分だ。何より私はそれを見たことがある。

――ふぅん……分かった……

――あと……隣に立ってほしいなどと言われなかったか?



面白い質問だ。

まさかあのやり取りを知っている? 

……それこそ、まさか。



――良く分かるね。言われた。珍しいお願いだったけど、まだ営業中だったから断ったよ。代わりにあのコート送られたけど。

――何故、か分かっているか?

――人肌が恋しかったんじゃないの?



ヴァルの瞳に諦めに似た何かが過ぎったが、どうしたのだろうか?

とにかくコートを仕舞う。



――もしかして、ティアさんとは知り合い?

――知り合いたくもなかったが……旧友だ。

――腐れ縁、幼馴染か……良いね、そういうの。ちょっと、羨ましい。

――そうか? 迷惑なだけだぞ。

――でもさ、そういう気心知れている人がいるならその人とやり易いんじゃないのかな? ほら、気軽に喧嘩したり、でもやっぱり何かと付き合ったり。昔を思い返したり……きっといつか、いてくれてありがとうと言える時が来るよ。



思えば遠くに来たものだ。

あの人は元気なのだろうか。良く喧嘩したあいつは、何をしているだろう。

あのバカをやりまくった日々が懐かしい。

時々そう、過去を思い返すことがある。

僕はこの世界に来ることで全てを失い、昔の夢を叶えた。

彼らはどうなのだろうか?

この思いは、決して届かない。



――それはない。あいつとそんな仲……いや確かに喧嘩するが、決して付き合う仲ではない。

――うん。でもね、そういう自分を知ってくれる人、自分の知る人がいるのはいいことだよ。僕は一度、全てを失ったからね……その大切さが身に染みて理解している。

――…………そうか……

――その人の大切さは失わなければ分からない。失えば、どのような思いも届かない。

――……ユウキ……

――だけど、ヴァルはまだ失っていない。間に合うよ、まだ。まだ、間に合うよ。

――……ありがとう。やはりユウキは、私の友だ。

――そういってくれるだけで、僕は十分だ。



バカをやりあえる、喧嘩できる親友はいいものだ。

中学の時にそれを知り、ここに来た時にそれを理解した。

故に僕は友を大切にする。

何より今を大切にする。

二度と失わないために。失っても泣かないために。



――済まない。辛いことを思い出させて。

――だからいいって。だって僕は今、不幸じゃない。幸せだ。何よりここに掛け替えのない親友がいる。そうでしょ?

――……ああ、そうだな……



少し微笑みながら酒を味わうヴァル。本当に格好良い。

多分どのような女でもこの姿だけで釣れてしまうだろう。

どうしてこうも、僕の店には常識外れな世界のバグキャラが集まるのか、ちょっと神に問いただしたい。

ついでに僕の身に起こった数々の不幸も。

具体的には拳を交えて。

人間、殴ったところで何も分からない、事態は好転しないと分っていても、殴らないと気が済まないなら僕は殴るべきだと思う。

むしろ事態を悪い方向でも良いから進ませないと、解決には至らないことだってある。

事実として、僕には本気で喧嘩して得た親友がいる。

人は不器用だ。恐ろしく不器用だ。

この思いを、感情を、気持ちを全て言葉にすることなどできない。

本の少しだけしかできない。

だから喧嘩も、殴り合いも一つの心を伝える手段だと思う。

荒っぽいから、最終手段だけど。



――そろそろ良い時間だな……

――どうした?

――今日さ、東方の珍しい酒が手に入ったんだ。飲まない?

――もちろん。親友の誘いを断るほど、私は落ちぶれていない。

――そう来ると思った。ちょっと待って。今この酒に合うつまみを用意するから。

――……ほう……綺麗な色だな。それにこれは……果実の匂い?

――吟醸香っていうんだ……まだ飲んだらだめだよ?

――やれやれ……待ち遠しいな、全く。



いつの間にやら取り出した金で装飾された見事なグラスに酒を注ぎ、嗅いでいたヴァランディールがいた。

仕事が早い。恐ろしく早い。

僕も急いでつまみの準備をする。

地下倉庫の木戸を開け、そこにある複数の木の樽を上にあげる。

さらに木の樽から野菜を取り出し、丁寧に水で洗う。

他には壺に放り込んでいた野菜なども。

そしてそれをちょうど良い大きさに切り、樽や壺ごとに分けてさらに彩る。

ここで楊枝や箸がないのが惜しいが、フォークで我慢する。

それらをカウンターの机に置いて完了。



――準備はできたか?

――うん、完了。

――それでは――

――待った。まさかここで飲むとは言わないよね?

――……ああなるほど。確かに風情に欠ける。

――それじゃ、最後の大詰めと行こうか。

――全く、君には驚かされてばかりだ。

――……たった一週間で見たこともない自然薯を探し当てて掘りだす君に言われたくはない。



酒や皿を持って三階にあるテラスに移動する。

テラスにある机を仕舞い、赤い敷物を敷く。

そこに皿を並べ、酒、とにかく酒。

朱塗りの椀があれば言うことがないほど最高。



――あるぞ?

――マジで!?

――使うか?

――もちろん。その方が綺麗なんだ。

――ふむ…………ほう、この朱がまた何とも。

ー―でしょ? それじゃ、乾杯。

――乾杯。む、これはうまいな。何と言うんだ?

――これは奈良漬け、こっちが浅漬け。一夜漬け、千枚漬、ぬか漬け。たくさんあるから少し持って帰る?

――……いや、ここに来た時の楽しみに取っておく。

――大丈夫だよ。それまでに君の見たことがないだろうものを作る。ああ、日本酒も持って行きなよ。まだあるし、ティアさんと飲んでみれば?

――君は……全く、人を楽しみにさせるのが得意だな。

――感謝の極み。



月の無い夜。満天の星空の下。

僕とその親友ヴァランディールは珍しい東方の米で造られた酒、某日本酒を酌み交わし、小さな、それでいて記憶に残る宴会を楽しんだ。

ああ、世界は広い。世界は美しい。世界は楽しい。

友は良い。喧嘩しあえるなら最高だ。後は時々酒を飲めるなら、文句を言わない。

失礼ながら見えない月に会えない友の顔を映す。

僕は元気にやっている。

気にせず君たちも世界を楽しんでもらえるとうれしい。

届かないとわかっていながらも、この思い、今なら届くような気がした。





次の日の朝。

いつの間にやら僕はベッドの上で寝ていた。

多分風邪を引かないようにヴァルがやってくれたのだろう。

ふと、近くの机の上を見るとそこには朱塗りの椀が二つ、酒の代金が少しと置手紙。

だから律儀だな。



――ああ全く。手紙なんて残さなくても、言いたいことはわかるのに。



どうせ書かれていることは。



酒と漬物ありがとう。ティオエンツィアとおいしくいただく。次来る時には東方の果物を用意しよう。

それでは、また会う時まで。



やっぱり。

本当に、律儀な人だ。

自然と笑みが零れる。

さて、今度は何を作ろうか?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




私はつい最近まで世界で最も強い毒、病とも取れるものをずっと飲んでいた。

それに致死量は明確に決められていない。

それが効かない存在などこの世のどこにも存在しない。

万を上回る世界、億を超える存在、兆を凌駕する生命の全てに効果のある、世にも珍しい毒だ。

たとえ飲んでいたとしても、気づかなければ決して効くことの無い毒。

だがしかし、一度気づいてしまえばすぐにこの身を滅ぼすことになるという恐怖の毒。



その毒の名は、孤独と言う。



だが、恐れる必要はない。

この毒の特効薬はすぐに手に入る。

私はそれを実感し、実体験した。

少し、私の昔を話そう。



私の名はヴァランディール。家名は捨てた。

魔王に匹敵する力を持つと世の人々、同族、多種に恐れられ、敵視されている孤高の悪魔と呼ばれている存在だ。

だが昔から国を滅ぼすほどの力というわけではない。

ただ偶然母親を殺して生まれ、父が不幸に遭い、兄弟が相次いで死に、幼い私は死にたくない一心でその肉を食らった。

生きるために多くの者を殺し、その過程で多くの知識と技術、それに見合う力を得た。

行く先々で戦乱が起こり、災厄が降り注ぎ、たまたまそこにいただけという理由で原因とされ、多くの同族に恨まれ、命を狙われた。

だが、私も生きている。

何よりこの身は生まれる時から多くの命を犠牲にしてきた。

故に死ねない。何があろうとどれほど恨まれようと、生きて生きて生き抜かなければならない。

その生き汚さが功を奏したのか、何度も死の淵を渡ったが死ぬことは今まで一度もなかった。

がしかし、私は生き続けると同時に孤独を手にしてしまった。



最初から一人であれば、一人であったなら良かったのだろう。

生憎私の記憶には兄弟と過ごした日々、父の笑い声がある。

故にすぐに孤独を知った。気づいてしまった。

もちろんすぐにそれをどうにかしようとしたが、既に事態は手遅れなところまで進行している。今なお、そうだ。

親しくしようとしても世界は私の命を狙ってくる。

どれだけ自分の無害さを唱えても、誰も聞く耳も持たない。

そんな生に怒りを覚え、何も変わらない世界を破壊したくなっていた。

そうして、勇者がこの地に降臨したという噂を耳にはさむ。

その過程で彼らは私を殺しにくるかもしれない。

だがしかし、もしも私が勝ってしまったなら? 勇者を殺してしまったなら?

その時は、私に死すら許さないこの世界を滅ぼそう。



そう決めていた、ある日のことだ。

街をふらふらと歩いていた日。急な雨に見舞われた。

雨を避けるためにも私は手近にあった酒場らしき場所へと逃げ込んだ。

逃げ込んだ先の店は狭く、席は十ほどしかない。

雰囲気も今までにいった酒場の全てと違う。

そこで適当に酒を注文していた。

当時13ほどの若いマスターは急に私に話しかけた。



――まるで必死に牙を立てるウサギのようだね。どうしたの?



最初の言葉をよく覚えている。

それに怒ったことも。

だがしかし、彼は私に恐れることなく会話した。

会話の中で私は彼に世のつまらなさ、無情さ、冷酷さを、彼は私に世界の素晴らしさ、美しさ、無情さを語った。



――世界は何もしない。何もしてくれはしない。でも、そこで自分すら何かするのをやめたなら、一体誰が自分に何かしてくれるんだい?



会話の内容は良く覚えている。

あの雨の日を私は決して忘れないだろう。

そして、あの日を境に私はマスターと知り合いになり、いつしか友となった。

もう私に世界最強の毒は効かない。

手に入れた掛け替えのない、最初で最後のただ一人の友。

決して失いたくない、我が宝石。魂。

世界を破壊するのは、あと百年は待とう。

今日もそのマスター、ユウキ・カグラのいる店へと、手土産片手に向かった。



ドアを開けると、いつもの世界が広がっている。

ああ、落ち着くな。

我が友はこちらを見ると、嬉しそうに顔を綻ばせた。



――やぁ、久し振り。

――……閉じるなら、またの機会にするが?



グラスが仕舞われている。

今日は早めに閉店準備をしていたようだ。

何かあったのか分からないが、彼の都合を優先しよう。

ここで帰ると言わないのは、私がここ以外に帰る場所がないからだ。

雨風を凌ぐ場所はある。

どこかの城だった場所が、しかしそこは雨風を凌ぐためだけの場所でしかない。

やはり、私の家はここしかない。

それを彼は受け入れてくれるだろうが、言えない。恥ずかしすぎる。

そして、きっと彼には迷惑だろうから。



――いや、どうぞ。注文はいつものでいい?



だがしかし、ユウキはいつものように席に座るように勧める。

その表情には迷惑そうなそぶりは一切ない。

むしろ私の帰宅を喜んでくれているようだ。

そのことは非常に嬉しい。ありがたい。



――ああ。済まないな。それからこれを。探していたのだろう? ……自然薯、だったか?

――ああ、ありがとう。本当に律儀だね、ヴァル。別に僕は君が来てくれるだけでいいのに……

――何、私の自己満足だ。喜んでくれるなら嬉しいよ。



差し出されたストレートの酒に混ざっているアクセントの柑橘類の匂いが鼻を刺激する。

ああ、非常に良い。

どうやらかなり上機嫌のようだ。

何があったのだろう?



――やけに上機嫌だが、何かあったのか?

――うん。色々とあるよ。

――……気になるな。教えてくれるか?

――今日はね、まだティアさんとかどこぞのバカとかアウル爺とかアリーシャさんとか来ていないんだ。でも本当に良いことはまだ内緒。すぐに分かるよ。

――ほう……それは楽しみだ。ところでティアとは?



ティア……知り合いの中でそう呼ばれている奴が一人いる。

まさかとは思うが、あいつじゃないよな?

嫌な予感が脳裏をよぎる。

何せユウキだ。

こいつの奇妙な運は神々どころか世界に呪われているのではないかと言うほどがある。

別にいまさら、音に聞く三千世界を支配する異界の魔王に会っていても不思議じゃない。

もしそうなら驚くが。嘆くが。呆れるが。

それでも私は、彼の友を止めない。

彼に降りかかる災厄の全てを死力を尽くして、敵わぬと分っていてもなお、この身を持って防ぐだろう。

それだけの恩が、絶望から救ってくれた恩が、私はある。



――あー……そういえばまだヴァルは会っていないんだね。まあ仕方がないか。あの人月一でしか来ないし。

――の、割にはよく覚えているようだな。

――うん。だってあそこまでカリスマと言うか威圧感と言うか存在感を放つ人、そんなにいないし。印象には残るよ。



もう嫌な予感しかしない。



――ティア……ティオエンツィアっていう女性。何か本当に、一目見たら忘れない類の美人だね。ああいう人を世界に愛されたとか言うのかな?



頼む、私の知らない誰かであってくれ。

あんな奴では流石に私でも、死にそうだ。

勿体ない。今以後、彼と時を共にできないなど、我が人生の汚点でしかない。

胃の痛みを抑えながら一縷の望みを託して私は彼に質問をする。



――…………もしや、髪は金髪か?

――うん。絹糸のような髪だよ。



頭が今までにないほど重くなる。



――瞳は蒼穹を濃縮したような?

――その通りだけど知っているの?



絶対に死ぬ呪いを受けたら今のような感覚か?

胃の痛みと頭の痛みが加速度的に上昇する。



――……者によるが……そのティオエンツィアから何か、贈り物を貰わなかったか?

――貰ったけど……

――ああ、是非。



無茶な望みはわかっているが、素直にユウキは答えてくれた。

そして持ってきたものを見ると同時に、私は死亡宣告を受けたような気がした。

どうやらユウキの言うティアとは、私の知っているティオエンツィアのようだ。



――はい、どうぞ。

――……ありがとう……もう十分だ。



見せられたのは純白の聖衣。

本来勇者に送るための、世界にたった一つしかない龍族の至宝。

龍族の長老である聖峰の古龍が保有する宝。

それは魔王の一撃すら耐えきると言われる最強の防具。

少なくとも軽々しく人に送って良い物でもない。

うむ、どうやら今回の勇者は早目に死ぬようだ。



――良いの? かなり手触りが良いよ?

――十分だ。何より私はそれを見たことがある。

――ふぅん……分かった……



嫌というほど見た。

彼女が私を殺しに来た時、纏っていたのを。

アレには本当に悪戦苦闘したのだが……形が変わっていないか?

マントだったはずだが……

ああ、ティオエンツィアが縫ったのか。

本格的にユウキ以外が汚したら魂ごと消されるな。

そして私は最後の質問をした。



――あと……隣に立ってほしいなどと言われなかったか?



この質問の意味、それは求婚したかという意味だ。

龍族の生は長く、それ故に誰か一人を永遠に愛し続けることなどない。

だからこういう形、隣に立つ者という形になった。

しかし内容的には人族の結婚と変わらない。

もちろん私の望む答えは否定。

だがユウキは面白そうに顔を綻ばせて。



――良く分かるね。言われた。珍しいお願いだったけど、まだ営業中だったから断ったよ。代わりにあのコート送られたけど。



おいおい、恋する聖峰の古龍か。

本当に相手するのが無理な話になったぞ。

ただでさえ聖峰の古龍は魔王と同等の力を持つのに、それが恋をしたとあっては。

力の差は、絶望的だ。

雄龍は守るものがあると強くなるように雌龍は恋をしていると強くなる。

具体的に通常の十倍。

多分異界の魔王でも悪戦苦闘、再悪死ぬほど強くなる。

だがまあ、ユウキのことだ。

何のことやら全く理解していないだろうな。



――何故、か分かっているか?

――人肌が恋しかったんじゃないの?



無念だな、ティオエンツィア。

そもそも自身が龍であることを明かさず、彼がこの世の常識に疎いことを知らないとは、報われないな。

今日も酒が美味い。



――もしかして、ティアさんとは知り合い?

――知り合いたくもなかったが……旧友だ。

――腐れ縁、幼馴染か……良いね、そういうの。ちょっと、羨ましい。



何故? 私は君以外の友を望まない。

特に殺し合った過去を持つ友なんて。



――そうか? 迷惑なだけだぞ。

――でもさ、そういう気心知れている人がいるならその人とやり易いんじゃないのかな? ほら、気軽に喧嘩したり、でもやっぱり何かと付き合ったり。昔を思い返したり……きっといつか、いてくれてありがとうと言える時が来る間柄になるよ。

――それはない。あいつとそんな仲……いや確かに喧嘩するが、決して付き合う仲ではない。

――うん。でもね、そういう自分を知ってくれる人、自分の知る人がいるのはいいことだよ。僕は一度、全てを失ったからね……その大切さが身に染みて理解している。

――…………そうか……



自分の話をするユウキの瞳にはひどい悲しみがあった。

昔の私の瞳に酷似している。

それでいてここではないどこかを見るような瞳。

ああ、そんな瞳をしないでくれ。

私は君が私にしてくれたように、君の悲しみを晴らすようなことはできないんだ。

私ができるのは、君の身体と命を守ることだけなんだ。

だから、笑ってくれ。そんな悲しい顔をしないでくれ。

お願いだ。我が友よ。



――失う前に、思い返してみるといい。その人の大切さは失わなければ分からない。失えば、どのような思いも届かない。

――…………ユウキ……

――だけど、ヴァルはまだ失っていない。間に合うよ、まだ。まだ、間に合うよ。

――……ありがとう。やはりユウキは、私の友だ。

――そう言ってくれるだけで、僕には十分だ。



愚かだ。私は愚かだ。

殺し合った? 下らない。

殺し合っただけではないか。

まだ私も彼女も生きている。

ならばやり直せる。

いや、どれほどの時をかけてでもやり直せなければならない。

ユウキのために、そして私のために。

先ほどまで美味であった酒がひどく、まずく感じた。



――済まない。辛いことを思い出させて。

――だからいいって。だって僕は今、不幸じゃない。幸せだ。何よりここに掛け替えのない親友がいる。そうでしょ?

――……ああ、そうだな……



ユウキ…………

君のおかげで私は救われた。

君のおかげで私は光を得た。

君のおかげで私はやり直せる。

この返せそうに無い恩を私はどうやって君に返せばいい?

私にはその方法が、分からない。



――そろそろ、いい時間だな……



しばらくして、急にユウキが席を立った。

外にある看板を閉店のものに変え、鍵を閉める。

一連の動作を眺める。



――どうした?

――今日さ、東方の珍しい酒が手に入ったんだ。飲まない?



誘ってくれるのか。

ならば乗ろう。断る理由もない。

いや、断れない。

もしも私がいることで君の寂しさがなくなると言うのなら喜んで君のそばに居よう。

それでも、私は君から貰った恩を返せそうにないが。



――もちろん。親友の誘いを断るほど、私は落ちぶれていない。

――そう来ると思った。ちょっと待って。今この酒に合うつまみを用意する。

――……ほう……綺麗な色だな。それにこれは……果実の匂い?



出された酒をグラスに注ぐ。

その色は澄みきった透明。

白ワインのような色ではない。

もっと透明。まるで、最初に見たユウキの瞳のようだ。

匂いも素晴らしい。

ああ、是非とも飲みたいが。



――吟醸香っていうんだ……まだ飲んだらだめだよ?

――やれやれ……待ち遠しいな、全く。



だろうな。

全く、時間の進みが遅々としている。

だが、こういう時が好ましい。

彼がいて、私がいる時間が。

この世界を壊す?

とりあえずそんなことをする奴らから魂ごと消そうか。



――準備はできたか?



机の上に見たことの無い料理を並べ、一段落したような彼に聞いた。



――うん、完了。

――それでは――



ああ、やっとこの酒が飲める。

本当に、君との酒宴は非常に楽しみで仕方がない。



――待った。まさかここで飲むとは言わないよね?



が、そんな私にユウキは待ったをかける。

その意味をすぐに察知すると、悪い気も起らない。

うむ、確かに君の言う通りだ。



――……ああなるほど。確かに風情に欠ける。

――それじゃ、最後の大詰めと行こうか。

――全く、君には驚かされてばかりだ。

――……たった一週間で見たこともない自然薯を探し当てて掘りだす君に言われたくはない。



いや、それほどでもない。

そして三階にあるテラスへと全てを運ぶ。

赤い敷布を床に大きく広げているあたり、座って飲むようだ。

それもいい。

さて、グラスを取り出そうとした時、彼の口から朱塗りの椀という言葉が漏れた。

私は彼が東方の生まれであることを知って以来、東方に興味を持ち、そこの珍しいもの、興味がわいたものを集めるようになった。

もちろんその中には酒を飲む席で使われる朱塗りの椀も含まれている。



――あるぞ?

――マジで!?

――使うか?

――もちろん。その方がきれいなんだ。



ならば、と良く使う武器で空間を引き裂き、城の倉庫から朱塗りの椀を引き寄せる。

それに酒、ユウキ曰くニホン酒を注ぐ。



――ふむ…………ほう、この朱がまた何とも。

ー―でしょ? それじゃ、乾杯。

――乾杯。



ああ、私は幸せ者だ。

たとえこの世界が地獄であるとしても、私はこれを胸を張って言える。

これも君のお陰だ、ユウキ。

世界もまだまだ捨てたものではないな。



――む、これは美味いな。何と言うんだ?

――これは奈良漬け、こっちが浅漬け。一夜漬け、千枚漬、ぬか漬け。たくさんあるから少し持って帰る?

――……いや、ここに来た時の楽しみに取っておく。

――大丈夫だよ。それまでに君の見たことがないだろうものを作る。ああ、日本酒も持って行きなよ。まだあるし、ティアさんと飲んでみれば?

――君は……全く、人を喜ばせるにさせるのが得意だな。

――感謝の極み。



満天の星空の下、私と彼は静かに酒を楽しみ、言葉を結んだ。

だが所詮彼は人間。

私ほど酒が飲めるわけもなく、しばらくして私の肩に頭を預けるようにして眠った。

その寝顔は非常に穏やかで、幸せそうだった。

それが何より、嬉しかった。

こんな私でも側にいることを許し、あまつさえ親友と呼んでくれる彼が、嬉しかった。



世界よ、感謝しよう。

神よ、感謝しよう。

君たちのお陰で私は、掛け替えのないものを手に入れた。



病気になるといけないので軽いユウキの身体をベッドに移動する。

気に入っているようだから朱塗りの椀を二つ、それから酒代。

後は、置手紙を置いておこう。

こんな文字で私の思いが全て伝わるわけがないのだが、ないよりマシなはずだ。




そしてその二日後。

私は珍しく、決して足を向けることの無い龍族の住処へと言った。

道中多くの龍族が勝負を仕掛けてきたが、生憎私は戦いをしに来たのではない。

ユウキのためにも全て逃げ切り、ようやく頂上、すなわちティオエンツィアのいる場所へとたどり着く。

そこでは珍しく人型をとっている彼女が忌々しげに私を睨んでいた。



――ヴァランディール、ここがどこか、分っているだろうな?

――もちろんだとも。

――ならば、この地にその汚らしい足を踏み入れた罪も理解しているな?

――ああ……



私は彼女の同族を殺し過ぎた。

彼女は私を殺しに来すぎた。

故にここから始まるのは単なる殺し合い。

だがしかし、それは昔の私だ。

だから私は、さらに言葉を続ける。



――ユウキ・カグラ。



地面に亀裂が入る。

大気が歪み、空間が軋む。

その力は絶望的かつ圧倒的。

だから恋する聖峰の古龍の相手は嫌なんだ。



――安心しろ。手は出していない。

――貴様……相当に私を殺したいようだな……

――それは有り得ない。私と彼は、親友だよ。親友の知り合いを殺したいわけがないだろう?



その言葉で辺りを支配してた力が急速にその勢いを失っていった。



――どういう意味だ?

――私も、あの店の常連と言うわけだよ。ならば分かるだろう? 彼を失うと言う恐怖を。彼の大切さを。

――……嘘は、ついていないようだな。ならばなおさら、何故ここに来た?

――何。ただ酒を飲みに来ただけだ。飲むだろう? ユウキお勧めの酒だ。

――もちろん。



迷いもない。そんな時間が微塵も感じられない即答。

いやはや、本当に彼女はユウキのことが好きだな。



――彼の手作り料理もあるぞ。

――出せ。全部。隠せば殺す。

――隠さないさ。もちろんな。



そう言って、彼と飲んだような場を作る。

もちろん時間帯は夜。狙っている。

月が出ているのは残念だが、それもまた良いだろう。

しばらく、無言で私と彼女は酒を飲んでいたのだが。

漬物が急速に無くなっていく。

原因はティオエンツィア。



――おい。

――何だ?

――味わえ。

――……そうだな。折角のユウキの酒だ。味わない方がおかしい。



酒を、料理を、星を月を。何より今を。

だから何をとは言わない。

それでも通じるところがあるのはユウキ、君のお陰だ。



――ついこの前、ユウキが言っていた。

――……どうぞ。

――腐れ縁、幼馴染が羨ましいと。そういった気心の知れた人が羨ましいと。時に喧嘩し合え、語り合える友がいれば、いつかその存在に感謝できる日が来る。大切さは失わなければわからない。失えばどのような思いも届かない、と。

――私たちには関係の無い話だ。

――ああ、そう私も思っていた。殺し合った君とそんな仲にはなれないと思って、否定した。だがな、ティオエンツィア。



――あの時垣間見たユウキの悲しみは、本物だったぞ?



思い出すのも忌々しい記憶。

救えない彼の悲しみ。

彼はそれを決して口に出さない。

ならば我々に彼を救う術は、ない。



――今から言いに行くか? 全てを失ったユウキに、こんな奴とは付き合えないと?

――…………

――何なら彼の前で殺し合ってもいい。君がそれを望むなら遠慮なくやり合おう。

――やるわけが、ないだろうが。ユウキに悲しんで欲しくないのは、何も君だけじゃない。



再び訪れる静寂。

彼女は過去を思い出しているようだ。

道中に時間をかけ過ぎたためすぐに朝日が昇り始める。

それと同時に考えに耽っていたティオエンツィアが話しかけた。



――なぁ、ヴァランディール。私たちは殺し合って、どの位になる?

――おおよそ……三十四万年か?

――長いな。その長い間、私たちは何をしてこなかったのだろう?



その私たちと言う言葉に私が含まれていないことを容易に理解した。



――君は常に誠実だった。君は常に正しかった。生きるため、必要最低限の戦闘しかしなかった。殺しも可能な限り避けてきた。だと言うのに私たちは、ただ同族を殺したという理由で、常に殺されかけてきた君を、憎悪し、恨み、殺意を燃やし続けてきた。

――ああ全く。碌でもない人生だったぞ。まあ今となってはどうでもいいことだが。

――ユウキのおかげか……全く、彼には敵わないな。



何をバカなことを。

彼のような私の胃を痛ませる存在がごまんといたら頭痛しかしないじゃないか。



――ヴァランディール。



どうやら酒もなくなってきた。

つまみもない。見る星もない。

遠くの空が赤く燃え始める。



――何だ?

――私たちはやり直せるだろうか? 殺し合ったというのに、それ以外できないというのに。

――……答える必要もない質問だが、敢えて答えよう。来年には、やり直っているさ。

――何故? その自信はどこから来る?

――簡単なことだ。今この世界にユウキがいる。充分だろう?



この酒の場を作るきっかけとなったユウキ。

その上私の孤独を癒し、ティオエンツィアを篭絡した張本人。

その程度、できない方がおかしい。



――そうだな……ああ……悪くない。こういうのも、悪くない。

――……最後の乾杯と行こうか。

――ああ。次会うときは、あの酒場で。

――心躍る提案だ。



最後の一杯がなくなる。

それと共に私は一人の腐れ縁を得た。



――時にティオエンツィア。

――何だ?

――ユウキ、お前の求婚自体を理解していないぞ。

――……何……だと……?



愕然とする彼女を後目に剣で距離を引き裂き、寝床へと帰った。

今日は本当に良い夢が見れそうだ。



[14976] 四話
Name: ときや◆76008af5 ID:afc536a2
Date: 2010/01/01 21:28
人が一か所に留まることがないよう、私もまたどこかに出かけることがある。

当然周囲の従者がそれを止めようとする。

だが常識的に考えてみてほしい。

どこか一か所に幽閉されるのを良しとする者がこの世界のどこに居ようか?

例えそこに完全な平穏があるとしても、飛び方を知った鳥は飛ぶことを望むように世界の広さを知った者はそれを見たいと願う。

危険の中の自由と籠の中の平和。

どちらが良いかなんて、そんなことを決められても下らない。

とにかく私は危険の中の自由を選び、そしてその危険の中を渡り歩くための力を得た。

ならば、旅に出よう。

この思いの赴くままに旅に出よう。

しかし力を得た代償か。

この手にあるはずの自由はいつの間にか、別の何かで押し潰されようとしている。

そう、王の責務と世界の宿命と言う下らないもので。





私は酒が好きだ。

特にワイン。血の色のような鮮やかな色彩の赤ワインが好きだ。

されど私は酒場嫌いだ。

飲むのであれば静かで落ち着いた場所が良い。

しかしその雪の降る日はこの世界に魔王を滅ぼす勇者が降臨なされた日とあってどこもかしこも人で一杯。

耳障りな喧騒の中に身を置くぐらいならいっそ、どこにも行かない方が。

そう思っていた矢先のこと。

一つの店が目についた。

こんなにも周りは賑やかだと言うのにそこはまるで別世界のような静けさを保っている。

人もあまり寄らない。

いや、見向きもしない…………これは……

結界がかけられている。

それも、あの孤高の悪魔が張った。

この店の空気を乱す者に店の存在を自然と意識させないという特殊な結界。

もしも周りがこんなお祭り騒ぎのおかげで際立った異常さに気付かない限り決して気づくことはないだろう絶妙な力加減。

興味がわいた。

なにせあの、誰かと接触することの無い孤高の悪魔がよりにもよって人間の店などにこんな大層な結界を張ったのだ。

むしろわかない興味などない。



――やぁ、いらっしゃい。



店に入った途端、何の間違いだと動揺した。

外の喧騒がないのは結界のおかげでわかっている。

故に店内はきっと静かだろうと思っていたら、その予想をはるかに上回っていた。

これは……私たちのように長い時を過ごすか、あるいは絶望の地で真理に至るかしないと手に入らない存在感。

重厚感、生の重み、死の儚さ。

まさか、こんな齢15に達していない小僧がその境地に達するとは。

一体どのような人生を歩んできたのか、私は彼の過去に興味を持ったが……

魔法で過去を見るのはやめよう。

ただでさえ強いというのにその上卑怯武器を装備したヴァランディールの相手は、流石の私でも荷が重い。

下手をすれば首が飛ぶ。

ここでの行動の甘さを危惧しながら静かに中央の席を陣取った。



――外は寒かったでしょ? 先にお茶でもいかが?

――良い提案ね。何があるのかしら?

――ん。ちょっと知り合いがね、東方の珍しいお茶を持ってきてくれたんだ。それ何かどうだい?

――東方の……でも前に飲んだのは渋かったわ。

――ああ、これはほうじ茶で、それほど渋みはないよ。

――へぇ……色々とあるのね。なら、一つ貰おうかしら。

――わかった。すぐに淹れるからちょっと待ってね。



外は息が白くなるほど寒い。

こういう時は温かいものを欲しくなる。

それをわかってだろうか。

とにかく店主の提案はとてもありがたいものだった。

叶うならホットワインが嬉しかったのだが、時には茶も良いだろう。



店内に紅茶の豊潤な香りとも酒の芳醇な匂いとも違う、何と言えばいいのだろうか。

店内が香ばしい匂いで満たされた。

差し出されてもいないのに良くわかる。

その中には微かに火の匂いが混じり、まるで秋の森の気配のように感じた。

脳裡に映るのは何故か、刈り入れ時の金色に輝く小麦畑と喜ぶ農家の人々。



――はいどうぞ。お茶受けはサービスだから、味わって貰えるとうれしい。

――見たことの無い色ね。紅茶の赤とも違う……秋の紅。

――綺麗な色でしょ?

――ええ、本当に綺麗な色。前に、最高級と言われた緑茶は濁った緑だったわ。

――それは淹れ方を失敗したんだよ。多分、酷く苦かったんじゃないかな?

――本当に……酷い味だったわ。でもこれは期待できそう。

――ああ、それと気をつけてね。このお茶は緑茶よりも熱いのが適温だから。



器はほんの少ししか絵柄の無いほぼ純白の磁器。

その控え目さが何とも言えない味を出している。

もしもこの時カップに色や多くの装飾をつけていたりしたならば、それはこの茶の雰囲気を損なうことだろう。

良く考えられている。

一緒に出されたお茶受けもまた見たことがないもので、透き通るような黒に栗の金色がある。

こちらも黒と金のコントラストが美しい。

ただこれらを見ただけで、私は次の遠出は東方にしようと決めた。

決めさせるだけのものがここにはあった。

とにかく冷めるといけないので、お茶を飲む。



――ひゃん!



だが口に含んだ時、その熱さに驚きの声を上げた。

私は猫舌で、紅茶を差し出されても最初のうちは手をつけない。

だから、本来温い温度で出されると言う東方のお茶は温いと思い、安心していたのに。

これは、このほうじ茶は淹れ立ての紅茶のように熱かった。

熱いのが嫌いだから断熱用の魔法を全身にかけていたのが不幸の原因だ。



――……だから、熱いって言ったのに……でもひゃんか。可愛いね。

――これは本当にこの温度で飲むものかしら? 嘘なら、ひねり潰すわよ?

――どうぞご自由に。僕を殺したことで君の何かが満足するならすればいいじゃないか。



いい度胸だ。

私は彼の度胸に敬意を払い、苦しむ間もなく殺すことにした。

静かに手に魔力を集める。

ただの人間には過ぎた攻撃だ。冥府の土産に誇れ、下等生物。



――でもさ、君はこんな僕を殺したことを自分に誇れるのかい?



その言葉と共に魔力が霧散する。

誇れる? わけがない。

たかが出されたお茶が熱かっただけで殺したなんて言うのは明らかに、恥だ。



――こんな僕を殺して何が満足できる?



一時の自尊心が。

その後にあるのは、醜い後悔だけだろう。

何せあの孤高の悪魔が結界を張るほど保護する人間だ。

きっと怒り狂い、私を明確な殺意を持って殺しに来る。



――そして、君は僕に殺す価値を見いだせたのか?



殺す価値?

そんなこと、考えたことがなかった。

ただ殺したいから殺し、やりたいからやった。

常にそのような行動をしてきた。



――もしも何の理由もなく、いや下らない理由なんかで僕を殺すならば、僕はネズミのように抵抗しよう。



ネズミのようにとは大きく出たものだ。

その足が震えているのを隠し切れていないくせに。

本当に矮小な人間だ。



――そして見下そう。下らない理由で容易くその命を奪う獣にも劣る君を。その行為の重さも知らない無知な君を。



言葉が槍に例えられるのは良く聞くが、その気持ちは今一つ理解できていなかった。

しかし今なら分かる。

彼の言葉は的確に、私の急所を指し貫いた。

自分ですら気づかない疑念、本当にそれでいいのかという疑念を指し貫いた。

長い時抑えつけ、無視してきたものだ。

表に出たのならばそれを止めるすべを私は持たない。

疑念は強さを持ち、確固たる意志を築き、我が体内に城を立てた。

もう私は、この矮小な下等生物すら、殺せない。



――弱さは強さだ。良く言われる言葉だけど、ちょっと言葉が足りないよね。本当はこう言うべきだ。弱さを認める心は強い、と。

――……あなたの国の言葉かしら?

――うん、そう。人それぞれで解釈が違うけど、僕の解釈でも聞いてみる?

――お願いするわ。

―― 誰かしら何かしら、世界に存在する上で弱さを持つ。完全無欠な存在など存在しない。もしもそんな存在があると言うのなら、そもそも存在する必要がないから。だからこの世界に存在するのは、きっと自分の弱さをどうにかしたいからじゃないかな。でも、強さを得ると同時にどこか弱さを得てしまうからどうにかできないけど。



少し自分のことを考える。

私は力を得た。

その力は純粋な暴力で、心の強さではない。

力を得たと同時に、私は心を許せる友を失っていった。

思い返せば昔はよく皆と遊んでいたものだ。

酒を酌み交わし、現状を報告し合い、過去を懐かしんだ。

今はどうだろう?

あの日あの時笑いあった友は今、私と一定の距離を置いて接している。

その距離が私は嫌いだ。

だから私はあの場所が嫌いだ。

今となっては、私と対等に在れる存在で、昔付き合っていた者など。

ああ、ヴァランディール・クグォルファぐらいか。



――だから自分が何かに弱いことを認め、他者の弱さを認める。多くの人ができないけど、それを僕は弱さの無い強さだと思う。人はね、一人じゃ生きていけない。いや人だけじゃない。この世の全てがそれ単独では生きていけないようにできている。

――全てが巡り巡っている。たがいに相互関係にある、という考え方ね。

――理解が早いね。

――別に。聞いたことがあるだけよ。

――そう……なら話は簡単だ。弱さを認めるなら、ついでに弱い存在を認める。これもまた強さじゃないのかな? 獅子も必要以上に獲物を狩らないと言うし。



呆れた。私が彼を殺せないことを良いことにここで今更生きようとするなんて。

だが、本当に……彼は強い。

私たちのように身体や力が強いわけでもない。

見える全てが己と相手を騙すための嘘偽りでできた虚像。

でも、彼の存在の強さは本物だ。

全てを在りのままに受け入れ、抗いはするものの死すら受け入れる。

正邪も思想の違いも彼の前では関係がない。

そんな強さに、私は憧れを感じた。

このような心の持ち主こそが、王として在るべきなのだろう。

望んで立った場所に相応しくない私は、望んで立った場所に相応しくない器を持つ彼に、醜い嫉妬を抱いた。

彼をこちらに引き込むにはどうすればいい?

きっとマスターは頑なに今を保とうとするはずだから……

ああ、篭絡してしまえ。虜にしてしまえ。

この店を忘れさせるほど私に溺れさせてしまえ。



――何よ。最終的には生きたいんじゃない。

――当然。まだこの世界を味わい尽くしていないというのに、誰が好き好んで死にたがるか。

――それが理由?

――や、でも十分でしょ? 目の前にまだまだ面白いことがあるんだよ。それを楽しまずにして死ぬなんて、ねぇ。未練しか残らない。

――でも人の生はたった百年よ。まさかその間に世界の全てを楽しむつもり?

――うん。ただし、僕の世界だけどね。



何だ、この人間は?

世界のことなど何一つも考えていない。

考えているのは常に自分のこと。

何と自己中心的なことだろう。

だがその姿が、本当に素晴らしいと私は感じた。

もう少し、彼の生き方を見てみたい。

勇者は必要なら殺すとして、世界を征服するのは百年はやめよう。

征服されるのも破壊されるのも百年は防ごう。



――ああ、お茶が温くなっちゃったね。淹れ直そう?

――いえ、これでいいわ。

――不味くない?

――ちょっと香りが飛んじゃったけど、十分においしいわよ?

――なら良かった。



お茶受けも素晴らしい。

見たこともない木のフォークで切り分け、口に運んだのだが、その時口に広がった柔らかな甘さと言ったら、ああ。

今までに食べたどのケーキよりも、私はこういった控えめな方が好きだ。

マスター曰く、これは栗ヨウカンと言うらしい。

お土産に他のも含めていくつか貰えると約束をしてもらった。



――ねえマスター。あなた名前は?

――……ユウキ・カグラ。

――そう、良い響きね。私はアリーシャ。今後ともよろしく。



何故かこの時マスターは人生が終わったような顔を一瞬見せた。

ちょっと、気に食わない。

自意識過剰に聞こえるかもしれないが、私の容姿は世界でも有数なほど整っている。

そんな美女を前に、あんな顔をするなんて。

私の何が嫌だと言うのだろう?



――東方では言葉に複数の意味を含ませると聞くわ。特に名前には。あなたの名前の意味は、何かしら?

――鬼より優れよ。全く、面倒な話だよ。そんなことできるわけないじゃないか。

――そうかしら?

――そもそも、僕は鬼を見たことがない。



この私、災厄の魔王アリーシャを前に、挙句の果てには孤高の悪魔ヴァランディールに気に入られた人間が何を言っているのやら。

何よりその存在に力ではなく、それ以上に難しい心で圧倒した存在が何をほざく。

もう充分にユウキはその名の意味を満たしていた。

私は彼の思い違いをおかしく思い、少しだけ笑った。



――何?

――何も。ただ、面白い人間ね、と思っただけよ。

――この凡百もいいところな人間を捕まえて何を言っているのやら。

――そうかしら?



最後のお茶を飲む。

さて、十分に体も温まったところで、マスター?



――はいはい。シードルワインでいい?

――今が林檎の季節だから?

――それもあるけど……昨日良いシードルワインが手に入ったから。

――ええ、もちろん。



本当に、よくわからない。

魅了の魔法も効かないみたいだし、何かあるとしか思えない。

まあでも、おいしく頂くのはもう少し後にしよう。

まだまだ青いから。

それにしても、だ。

まさか虜にするつもりだったのに、私が彼の虜にされるとは。

想像すらしていなかった。

この責任、本格的に取らせても問題はないはずだ。

懐から常に居場所を知らせる指輪を取り出し、机の上に置く。

ちょっとした独占欲の現れだ。

このぐらい許されると信じよう。



翌週。東方の地へと足を運んだ私だが、彼が作った和菓子がないことに絶望した。

そもそも彼の言った、弱さは強さなんて言う言葉もなかった。

けれど、彼は絶対的な自信を持っていた。

さて、この差は一体どこから生まれているのだろうか?

まあとにかく腹いせに少しこの地を破壊しようとした時、何故かいたヴァランディールに止められた。

曰く、それらお菓子の材料を探しているらしい。

ああ、そうか。



ないならユウキに作らせればいいじゃない。



そう呟いた瞬間、ヴァランディールが刺し違えても殺す表情で何故お前が知っていると迫ってきた。

素直に答えた方が、面白そうだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




雪の良く降る日のことだ。

外はお祭りムード一色だと言うのにこの店は相変わらず閑古鳥ののどを潰していた。

いやむしろこういったお祭りムード一色の時の方が客が来ないのではないだろうか?

ならば今後、祭りの時はいっそ休業して祭りを楽しもうか。

こう見えても僕は日本人だ。

祭りは好きだし、パレードも大好き。

出店巡りは心が躍る。

その上現在自宅には金が腐らせたいほど存在する。消費したい。

それにしてもだ。

去年はこんな祭りをしなかったというのに、今年は何があったのだろうか。

結構派手だから歴史的を揺るがす何かが起こったには違いない。

全く分からない。明日、酒屋の店主に聞いてみよう。

そう思いながら暇つぶしに本を読んでいた時のことだ。

来客である。まともなお方だと嬉しい。



――やぁ、いらっしゃい。



素早く本を隠し、席を立つ。

ドアの方を見ると襲いたくなるぐらいの色香をまき散らす妖艶な女性が僕を興味深げに観察していた。

しかし僕はドラマや小説で知っている。

こういう人ほど手を出すと身の破滅を招くことを。

良し、初見で悪いが彼女を危険人物として保留。

平穏を望む僕は自ら身を滅ぼす危険に飛び込む真似はしない。

だけど美女に対しジェントルになるのは男の性。故に男性。

静かに僕の前の席に座った彼女にドキドキしながらも表面上は平静を装う。

できているかな?



――外は寒かったでしょ? 先にお茶でもいかが?



隙のない完璧な提案。

特に外の喧騒は凄まじく、正直場にいるだけで心が沸き立つ。

だがしかし、この店ではゆっくりと落ち着いて貰いたい。

そういった時、やはり酒ではなく茶の方が効果的だろう。

薦めるとしたら……ああ、ほうじ茶でいいか。



――外は寒かったでしょ? 先にお茶でもいかが?

――良い提案ね。何があるのかしら?

――ん。ちょっと知り合いがね、東方の珍しいお茶を持ってきてくれたんだ。それ何かどうだい?

――東方の……でも前に飲んだのは渋かったわ。

――ああ、これはほうじ茶で、それほど渋みはないよ。

――へぇ……色々とあるのね。なら、一つ貰おうかしら。

――わかった。すぐに淹れるからちょっと待ってね。



そういってコンロ(?)のスイッチを入れる。

習ったから簡単な魔法を使うことはできるが、時間が足りなかったので本当に初歩的なものだ。

それでも日常生活には十分なのでこれ以上習うつもりはない。

鉱物である火晶石に魔力を流し、反応させて熱を生み出すのだったか。

オンオフは魔力を流せば切り替わる。

火晶石を装置から取り外せば反応することもないため火事の心配もなく、ガスで死ぬ心配もない。

また純粋に熱を生み出すだけの装置のため一酸化炭素中毒も気にしなくていい。

この世界に来て喜んだものの一つだ。

明かりも似たような晶石を使っている。

どれも日常生活で使うもののためそれなりに安い。

耐久年数も結構長い。

そうしてヴァランディールの贈り物であるお茶を淹れた。

茶器の方も彼の贈り物。

貰ってばかりだけど、どうやってこの恩返せばいい?



――はいどうぞ。お茶受けはサービスだから、味わってもらえると嬉しい。

――見たことの無い色ね。紅茶の赤とも違う……秋の紅。

――綺麗な色でしょ?

――ええ、本当に綺麗な色。前に、最高級と言われた緑茶は濁った緑だったわ。

――それは淹れ方を失敗したんだよ。多分、酷く苦かったんじゃないかな?

――本当に……酷い味だったわ。でもこれは期待できそう。



良くある誤解だ。

日本茶の色は鮮やかなものが良い。

しかも水色は薄く、と紅茶のようにはっきりとした赤色が出るわけでもない。

それをしっかりとした色が出るように四苦八苦したものなら。

さらに温度も玉露ならば紅茶よりも圧倒的に低い。

それらを間違えた結果は渋いだけの何かがあるだけとなる。

それでも、それを味わってなおこの人は日本茶を頼むとは……

日本人としては非常に嬉しい限りだ。

それはともかくとして、このほうじ茶。

間違えることなく生粋の日本人である僕が入れたものだから、西欧人にとって結構熱い。

せめて日本茶、東方の茶は温いという先入観がなければいいのだが。



――ああ、それと気をつけてね。このお茶は緑茶よりも熱いのが適温だから。

――ひゃん!

――……だから、熱いって言ったのに。



注意したのに。

でもひゃんか。

可愛いね。

思わずどきりと……あの、このレッドアラートは一体何でしょうか?

なぜ虎の尾を踏んでしまったような後悔の念があふれているのでしょうか?

え? もしかして、妙なことが口に出た?



――これは本当にこの温度で飲むものかしら? 嘘なら、ひねり潰すわよ?



ぞぶりと背筋を突き刺される感覚に見舞われる。

これは、ヴァランディールと最初に出会ったときと似ている。

気持ちが悪い。吐き気がする。言葉がつまる。

それとは別に身体は脳の支持がないことをいいことに思ってもいないことを言った。



――どうぞご自由に。僕を殺したことで君の何かが満足するならすればいいじゃないか。



女性が突き出した掌に圧倒的暴力をかき集める。

ああ、これこそが、魔法か。

すごく…………オーバーキルです。本当にありがとうございました。

少なくともこんな小市民にやることじゃねえ。

もっと大らかな心を持ってよ!!

僕は世界に嘆いた。



――でもさ、君はこんな僕を殺したことを自分に誇れるのかい?



やめろ、これ以上死亡フラグを立てるな。

その思いを身体は受け付けない。



――こんな僕を殺して何が満足できる?



足が震える。咽喉が枯れる。

だと言うのに体は今に必死に抵抗する。

しかし考えずの行動がどのような結果を生み出すのか、わからない僕はそれが不安だ。

怖い。先が予測できない恐怖がより一層僕の思考を縛りつけていった。



――そして、君は僕に殺す価値を見いだせたのか?



OK、僕の身体。

君がそこまですると言うのなら僕も腹をくくろう。

とりあえず先ずは遺書をしたためようじゃないか。

書き出しはアレかい?

手を出せばよかった。

…………違うな。



――もしも何の理由もなく、いやくだらない理由なんかで僕を殺すならば、僕はネズミのように抵抗しよう。



走馬灯が脳裏をかける。

ヴァランディールと出会ったあの雨の日。

初めて死は身近にあり、避けても意味の無いことを知覚した。

この世界に迷い込んでしまった時。

世界と言うのは残酷であること、友の大切さ、平穏の尊さを理解した。

大学時代。どういうわけか飛行機が墜落し、その時偶然生き残り、共に行動した人間が世界有数の企業の副社長と知った。

だからといって、別段何かあったわけではない。

高校時代、自殺しようとしていた陰気なクラスメイトに下らない世間話をした。

そしたらいつの間にかカメラマンになって、諸国を漫遊し始めた。

中学時代。何かやって妹を泣かした奴と本気で殴り合った。

高校卒業と同時に世界を変えると言ってどこかに行った親友は今、何をしているだろう?

思い返せば二十七年。

短いが、それなりに楽しい人生だ。

それもこれも、周囲の人のおかげだ。



――そして見下そう。下らない理由で容易くその命を奪う獣にも劣る君を。その行為の重さも知らない無知な君を。



良いぜ、我が身体。

決意は固まった。過去を振り返るのも終わった。

遺書は破り捨てた。死ぬ覚悟は整った。

生きる貪欲さは十分。汚れる覚悟は溢れるほどに。

それでは、我独り、世界と言う舞台の上で喜劇の道化を演じ切って見せようではないか。

それと同時に、身体は僕の支配下に戻った。



――弱さは強さだ。良く言われる言葉だけど、ちょっと言葉が足りないよね。本当はこう言うべきだ。弱さを認める心は強い、と。

――……あなたの国の言葉かしら?

――うん、そう。人それぞれで解釈が違うけど、僕の解釈でも聞いてみる?

――お願いするわ。



普段は道化、キレると何するか分からない不確定要素として中高大学時代知れ渡っていた僕をなめるなよ?

言葉の情報量に埋もれて勝手に思考に埋没していろ。



――誰かしら何かしら、世界に存在する上で弱さを持つ。完全無欠な存在など存在しない。もしもそんな存在があると言うのなら、そもそも存在する必要がないから。だからこの世界に存在するのは、きっと自分の弱さをどうにかしたいからじゃないかな。でも、強さを得ると同時にどこか弱さを得てしまうからどうにかできないけど。



言葉に嘘は添えない。

ただ事実を、感じ取ったことのみを連ねる。

本来は考えて言いたいのだが、そうしたほうがどういうわけかうまくいかない。

何故なのだろうね?



――だから自分が何かに弱いことを認め、他者の弱さを認める。多くの人ができないけど、それを僕は弱さの無い強さだと思う。人はね、一人じゃ生きていけない。いや人だけじゃない。この世の全てがそれ単独では生きていけないようにできている。

――全てが巡り巡っている。たがいに相互関係にある、という考え方ね。

――理解が早いね。

――別に。聞いたことがあるだけよ。

――そう……なら話は簡単だ。弱さを認めるなら、ついでに弱い存在を認める。これもまた強さじゃないのかな? 獅子も必要以上に獲物を狩らないと言うし。



もう僕の中の警報は鳴っていない。

彼女からも不穏な、戦いの気配はなくなっている。

どうやら僕はまだ死ななくてもいいようだ。

やはりまだ、世界は捨てたものではないな。



――何よ。最終的には生きたいんじゃない。

――当然。まだこの世界を味わい尽くしていないというのに、誰が好き好んで死にたがるか。

――それが理由?

――や、でも十分でしょ? 目の前にまだまだ面白いことがあるんだよ。それを楽しまずにして死ぬなんて、ねぇ。未練しか残らない。



竜に魔法に悪魔にとファンタジーなことには事欠かない世界だ。

欲を言えば災厄の魔王と言うのがどんな者か見てみたいし、噂に聞く聖峰の古龍も拝んでみたい。

先ほど呼んでいた本に出てきた孤高の悪魔、世界を創造した神もいるのだろうか?

いるならばちょっと話がしたい。

ただしどれも生命の安全が保証されるという条件を満たすなら、だが。



――でも人の生はたった百年よ。まさかその間に世界の全てを楽しむつもり?

――うん。ただし、僕の世界だけどね。



世界は広く、決してその全てを知ることはできないだろう。

だがこの足で行った場所、この目で見た風景、この耳で聞こえた音を味わいつくすことは誰でもできる。

そんな普通はしないこと、自分の世界を楽しみつくすということを僕はしたい。

それがまだなんだ。

僕はこの、ファンタジーを含んだ僕の世界を楽しみ尽くしていない。

だから死にたくない。当然の願いだ。



――ああ、お茶が温くなっちゃったね。淹れ直そうか?



ふと気付くと長い時間が経っていた。

お茶も温くなっていることだろう。

おいしいことにはおいしいが、淹れ立てよりは少し味が落ちる。



――いえ、これでいいわ。

――不味くない?

――ちょっと香りが飛んじゃったけど、十分においしいわよ?

――なら良かった。



来てほしくないが、もしも次来るのならば水だし茶でも出そう。

そのぐらいの懺悔はさせてほしい。



――ねえマスター。あなた名前は?



何故そのような無意味な質問をするのだろう?

だが、この問いに答えなければやばいことが起こりそうな気がした。

小心者な僕は正直に答える。



――……ユウキ・カグラ。

――そう、良い響きね。私はアリーシャ。今後ともよろしく。



先ほどからずっと首筋に軽い電流のようなものが走っている。

薄気味悪い。

何と言うのか、通るはずの無い抵抗に無理やり電気を通そうとするような、そんな感じ。

何があるのやら。

と言うか、この人常連になるつもり?

かなり首と生命に悪いんだけど。



――東方では言葉に複数の意味を含ませると聞くわ。特に名前には。あなたの名前の意味は、何かしら?

――鬼より優れよ。全く、面倒な話だよ。そんなことできるわけないじゃないか。

――そうかしら?

――そもそも、僕は鬼を見たことがない。



そう、僕の名前は神楽 優鬼。

両親曰く、鬼にすら優しくあれ。そして鬼より優れよという祈りを込めて名付けたそうだ。

だが僕にはどうしてもその祈りを叶えられている気がしない。

しかし他に親が何を望んでいるのかもわからない。

だからせめてそのわかっている祈りだけでも叶えたいのだけど……やはり、無理なようだ。

そんなことを考えていると、アリーシャは面白そうに笑っていた。



――何?

――何も。ただ、面白い人間ね、と思っただけよ。

――この凡百もいいところな人間を捕まえて何を言っているのやら。



あー……もしかしたら僕の道化を見抜かれたのかもしれない。

それはちょっとまずいな。

酒も欲しそうだし、酔わして忘れさせる?

泥酔されて居座られたら、僕が困るのですが。

仕方がない。諦めようか。

出すのは、彼女の視線の先にあるワイン類で……ああ、そういえば。



――はいはい。シードルワインでいい?

――今が林檎の季節だから?

――それもあるけど……昨日良いシードルワインが手に入ったから。

――ええ、もちろん。



本当に、色っぽいなぁ。

何、色香のバーゲンセール中?

そんなにも売っていいものじゃないと思うのだけど。

そして帰り際。



――ユウキ。私は猫舌でワインが好きなの。覚えておいてね?

――…………え?

――じゃあまたこの店で会いましょう、ユウキ。



見惚れた。

とても優しげな、愛しい者を見るような眼差しを含んだ頬笑みに僕は見惚れた。

あんな表情もできるんだ……

ふと机の上を見ると銀貨が数枚と、何だか呪われていそうな指輪が。

どう処分せいっちゅうねん。

とりあえず、処分の困る品を置く戸棚に呪いの指輪は仕舞っておこう。

少なくとも何があろうとも着ける気にはならない。





三日後。

鬼気迫る表情でヴァルが僕に詰め寄って、何故君は迂闊な~とかどうしてあんな奴と~とか言って酒を飲んで帰って行った。

その時どういうわけか指輪の存在に気づかれ、奪われた。

アリーシャさんに脅されたら、どうしよう……?



[14976] 五話
Name: ときや◆76008af5 ID:e83b8b37
Date: 2010/01/01 21:29
大切な前書き

本編登場人物は主人公を含めて七名に決定。

つまりあと一人。次話で全員登場となる。

それでは、本編をどうぞ。




世界、というのは非常に簡単にできている。

過去があり、その全てが現在に繋がり、それらが未来を構築していく。

時折世界の境界から開いた穴より不確定要素が入ってくるものの、それは少々の誤差。

解決を要する問題ではない。

それらは全て自然と解決する問題だからだ。

だがしかし、未来とは何が起こるか分からないものだ。

たとえ我でも所詮は人より世界を知ることのできる一個人。

見えることは限られており、できることはそれ以上に少ない。

そも、世界の核に近い一部である我が世界の流れを乱すような行為を許されるわけもない。

故に過去に戻れない。

未来を知ることができない。

現在以外、手を尽くす時がない。

そのためか、ある至急解決を要する問題に気付いたのはかなり遅く、それも世界からの報せによって気づけた。

そしてその時には既に、問題は手をつけれない段階まで進行していた。

だが、何とかしなければならない。

その問題の中心核が世界を滅ぼすような真似を、世界の流れを乱すような真似をしないように手を打たなければならない。

そう思い、我は問題の場所へと足を運んだ。



――やぁ。いらっしゃい、お爺さん。

――…………

――ご注文は何にする?

――ラム酒を。飲み方はマスターのお勧めで。

――ラム酒……ストレートでいいね。つまみは……アレにしようか……



目の前にいる少年が中心核。遠き世界より迷い込んだ人。

一目では決してそうは見えない。

少年には聖峰の古龍、災厄の魔王、孤高の悪魔、異界の魔王のように世界を壊すほどの力を持っているわけではない。

また彼らのように約束された死があったわけでもない。

ごくごく普通の、魔法抵抗力が尋常じゃないほど高い一点を除いてどこにでもいる人間。

だがしかし、彼は生まれつき世界と言う機械に属さないという特殊性を持っている。

故に彼は関わりを持った者の運命を捻じ曲げる。

他者の運命に用意に干渉し、世界が定めた採るべき道ではなくその者本来の道へと引きずり戻す。

もしも少年が今までもこれからも平凡な運命をたどれば、そのような特殊性はほとんど意味を持たなかっただろう。

されど、彼は違った。

数奇な運命を辿り、奇妙な経験をした。

そして、この世界で前例のない酒場を作った。

ここに集った者の多くが定められた運命から外れ、別の道を見つけ出し、歩んでいる。

特に問題なのは、その中に聖峰の古龍、災厄の魔王、孤高の悪魔が含まれていることだ。

ただでさえ世界を壊す程度の力を持つ彼らが世界に従わなくなった。

あの三体の加護を得た限り、もう世界でも我でも彼を止める術はない。



――えっと……僕が何かした?

――何故、そう思う?

――だって、かなり剣呑な気配を僕に向けていたから。確か僕とおじいさんは初対面だよね?

――ああ、そうじゃ。

――だから、何かしたのかなって。

――いや、そんなことは……

――なら良かった。



割と他者の気配には敏感なようだ。

こう見えても我は長き年月を過ごしている。

故に感情を隠し、表に出さないことなど手慣れたことだ。

それでも彼に見透かされた。



――はい、どうぞ。



だが剣呑な気配に気付いても何食わぬ顔で我の前にグラスに注いだラム酒とチェイサー、そして嗜好品であるチョコレートを差し出す。

本来人と言う存在は自分に害意を向けられ、それに気付いたなら相応の態度を採る。

当然だ。自らの命を脅かす相手に対し、如何して対等に見れようか。

神に至った我ですらそうであるというのに。

ああ、受け入れたと言うのか。

自分に害意を持つ存在すら、世界に在る者として。

なるほど。確かにあの三人を受け入れるだけの器はあるようだ。

少しこの者に好感がわいた。

力無くとも強く在る姿に我は興味がわいた。



――マスターよ。一つ聞きたいことがあるが、宜しいか?

――どうぞ。でも答えに期待しないでね。ほら、僕は若造だから。お爺さんみたいに年季がないから。

――ああ、構わぬ。行き詰った問題を解決するのは常に新しき風と相場が決まっておるからな。答えてくれるだけで良い。

――ん、了解。ところで、緑茶を淹れてもいい? どうやら真面目に答えないといけないようだから。



仕草で促す。

マスターはそれにありがとうと答えると流れるような仕草で緑茶を淹れていった。

それにしても我は何をしているのだろう?

よりにもよって問題の中心核に問題の解決策を問うなど。

気が狂っているとしか思えない。

ああ、だがこの気持ちは解る。

我は期待しているのだ。彼と言う存在に。

何かを。我では成し得ない何かを。



――もしも至急解決しなければならない問題があり、されどそれが既に手遅れとなっておる。その問題に対し何かしら解決策を考え、実行しなければ命が危うい。この時如何すれば良い?

――ちょっと……難しい質問だね。ちなみに命が危ういって、自分の? それとも、誰かの?

――両方じゃ。それも、知人他人関わらずで。

――うわ、規模がでかいな……



マスターは本当に困ったような表情で考え始めた。

見る見るうちに緑茶がなくなっているあたり、本気で考えているようだ。

迷惑と、我の行為を迷惑と捉えていないのか……

興味が次第に強まっていく。



――うん、状況が想像できない。いくつか質問してもいい?

――ああ。こちらからお願いしたのじゃから、当然の権利じゃ。

――そんなにも重く捉えなくていいのに。とりあえず、まず一つね。解決策を実行して、もしもそれが失敗した場合、挽回することは?

――出来ぬ。許されている機会は一度限り。

――提出期限は? いつまでに解決策を導き、実行しないといけないの?

――分からぬ。期限は明日、一週間後、来年かもしれん。しかし、少なくとも十年後までには出さなければならぬ。



この時我は嘘をついた。

期限はそもそも存在しておらず、本当にこの問題が世界に悪影響を及ぼすのかも解らない。

されど我はこれを解決しなくてはならない。

何故ならそれが管理者としての使命であり、宿命であり、義務であり、責任であるから。

例え我が危惧が現実に成らずとも、最悪の事態を回避するための努力はしなければならない。



――現在、その問題に対し何の被害を受けている?

――特に何も。されどそれは着実に周囲に影響を及ぼしておる。

――ふむ……その影響は全て悪影響なのか?

――いや。判断がつかん。現状は良いも悪いも解らなぬものばかりじゃ。

――そう……ああ、大体わかった……となると……



自然な動作で彼は手元に置いていた菓子を一つ口に含んだ。

しっとりとしたホットケーキに挟まれた黒いダイヤと見間違いそうな何か。

見ただけで解るその完成度。

数も多く、四十はあるだろう。

口寂しさを覚えた我も差し出されたラム酒を口に含む。

ほほう、これは中々に美味だ。

つまみとして差し出されたチョコレートには酒の類が一切含まれていないが、そこが良い。

このラム酒を純粋に楽しむならば、他の酒は不要となる。



――よし、受け入れてしまえ。

――……今、何と?

――だから、受け入れてしまえ。お爺さんの抱えている問題が猛毒なのか世界規模の呪いなのか分からないけどさ、受け入れてしまえばいい。



有り得ない。

世界を破壊してしまうほどの事柄を受け入れてしまうなど、普通の考え方では至れない。



――だってほら、影響を受けている人たちはなんともないんでしょ? なら別に放っておいてもいいじゃないか。だって世界は常に在るがままに動き、流れている。この流れも在るがままなんだと思う。

――…………いや、確かに世界はそうじゃが……

――きっとさ、その問題も世界が望んだというか、起こるべくして起きたものじゃないのかな? で、それが今までに前例のないものだから影響の判断がつかない。

――じゃが、放置すればこの世が滅ぶかもしれん。その場合の責任はどうする?

――それはあり得ない。世界が自ら滅ぶようなことを容認するのはあり得ない。



思い出す。

世界がこの問題に対し、我に行ったことは特異存在の報告。

非常に大きな問題に対し、消去指令でも隔離指令でもなく、警告ですらなく報告。

そう、既に世界はこの存在を受け入れているのだ。容認したのだ。

今後の行動も、以前の行為も、与える影響も。



――全ては在るがままに流れている。どのような存在もその流れを止めることはできないし、狂わすこともできない。世界に存在している時点で、その存在は世界に望まれ、必要とされて生まれてきたんだ。ここにいるんだ。



朗々と、諭すように。

その言葉を我は静かに受け入れていった。



――だから、受け入れる。もしもそれで滅ぶような事態になると言うのなら、それこそあなたは人を弱く見過ぎている。人はね、いや人だけじゃない。この世のありとあらゆる存在は自らが滅ぶことを良しとしない。もしもその存在が世界を滅ぼそうとし、世界がそれを容認しているというのなら。



――その他の全てが世界を守る。自らを守るため、守るものを守りたいために、世界でも更生させる。あまり、僕たちを弱く見るな。



きっと少年は自らが原因で世界が滅ぶ時、全力でそれを阻止しようとするだろう。

そしてその思いは彼の特異性より世界の運命を採るべき道へと戻す。

在るがままに全てを受け入れている。

その結果すらも受け入れる。

だが、結果が気に食わないのなら抗う。

正に神に相応しい器だ。



――という結論に至ったのだけど、どうかな? 本当はもっと難しい問題のはずなんだろうけどね、ちょっとそう考えるのが無理だった。

――ああ……そういう考え方もあるのか。

――若造だからね、短絡的になってしまったけど。

――いや、構わんよ。それよりマスター、お代わりを頼む。

――はいはい。飲み過ぎないようにね。



我ら神と呼ばれる存在に死の概念はないものの、それでも死は存在している。

永遠に変化せず、存在する。

この重みに耐えきれず、自己と言う存在を自ら消去する。

これが我らの死であり、終わりである。

この図式だと世界の末端機関である神の数は自然と減少し、何時かは消えてなくなる。

故に、神は後継の神を作ることも義務の一つに加えられている。

後継の神を選ぶのは各々の裁量に任せられている。

また、神になれるのは何も知的生命体とも限らない。

例えば人々の願いや思い、自然災害、美しき光景、長き時を経た物体。

これらも神になれる。

が、基本的には知的生命体の方がやり易い。



――……先ほどまで行き詰った顔をしていたのに、今度はとても楽しそうだね。

――ああ、良いことがあったのでな。



この者を神にしよう。

我は自然とそう思えた。

だが、急に神にするのは良くない。

先ほども言ったように、彼の魔法抵抗力は目を見張るものがある。

もしも急に変化させようものならば、きっと拒絶反応を起こし、存在していた過去すら消滅する。

ああ、本当に。

全てが在るがままに流れ、過ぎていく。

我がここに来、そして少年――ユウキを神にしようとするのも世界が望んだことだろう。

きっと彼なら上位の権限を手に入れるはずだ。

そんな輝かしい未来が楽しみだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




今は春、僕の誕生日がある季節だ。

だから、というわけでもないが、僕は見事に咲き誇る花、特に桜が好きだ。

もちろん満開の時だけではなく、散り際、咲き始めの時も好ましい。

夏の陽気で成長し、秋の寒暖の差で蓄え始め、冬の厳しさに耐え抜き、そして春に見事に咲き誇る。

何よりも鮮やかに、美しく。そして儚く。

今際に咲き誇り、そして惜しまれて散りゆく。

散り始めの桜の下で春の儚さに心奪われながら飲む酒も格別だが、茶も良い。

だが残念なことに、この国には、僕が足を運べる範囲には桜の木など一本もない。

山桜も枝垂れ桜も八重桜も何もかも。

それでもチェリーのブランデー漬けがあることからきっとどこかに桜の木はあることだろう。

まだ見ぬ期待を胸に、迷惑な客のせいで旅ができない絶望を胸に、誰かこの辺に桜を植えると言う気の効いたことしてくれないかなと日々望みながら今日も開店した。

と、この前ヴァランディールを連行してきたアリーシャさんに作れと脅された和菓子その二十八、どら焼きを作り終えながら思う。

にしてもあの時ぼろ雑巾になり果てていたヴァル…………何があった?

とにかく、アリーシャさんにはばれないように練切は今晩来るだろうヴァル用に隠しておこう。

今晩に限りアリーシャさんはさっさと帰ってくれるとありがたい。

それと同時に、来客だ。



――やぁ。いらっしゃい、お爺さん。



中々に老獪なイギリス紳士。

ただその両眼は見たことの無い色、金色に輝いている。

見た目は綺麗だが、見た瞬間に僕は何とも言えない不気味さを感じた。

アレはまずい、と思った。

理由はわからない。

だが直感的な何かが僕に今まで感じたことの無い警報を鳴らした。

それでも彼は客だ。

客が無礼を働くまで相応の礼を尽くすのがこちらの義務だ。

故にその警報を僕は意図的に封じ込める。

僕は道化。自分を騙すのに特化した道化。

故にすぐにこの警報も気にならなくなった。



――…………

――ご注文は何にする?

――ラム酒を。飲み方はマスターのお勧めで。

――ラム酒……ストレートでいいね。つまみは……アレにしようか……



年月を感じさせる声だ。

そんな彼には地震のせいで埋もれ、最高に寝かせてしまった自慢のラム酒を進呈しよう。

そしてつまみは、この前ノリで買ったチョコレートで作った生チョコレート(ビター)でいいか。

ふと妙な視線を感じ取り、カウンターの方を見るとお爺さんがすごい視線を僕に向けていた。

観察するための視線でもない。

殺意を含んだ視線でもない。

それらとは何かが違う視線だ。

とにかく剣呑な気配である。



――えっと……僕が何かした?

――何故、そう思う?

――だって、かなり剣呑な気配を僕に向けていたから。確か僕とおじいさんは初対面だよね?

――ああ、そうじゃ。

――だから、何かしたのかなって。

――いや、そんなことは……

――なら良かった。



とりあえずラム酒だ。

チェイサーはお酒を味わってほしいから無駄な味がないけどおいしい軟水を。

硬水は胃の弱い高齢なお方には悪いだろう。

もちろん香り付けなんて一切していない。

いや、してもいいけどね。

レモンとか、ちょっとリンゴの果汁を混ぜたりとか。

でもさ、僕は最初に出会った酒はそれを楽しんで貰いたいんだ。

だから余分なものを取っ払う。

飲めないならいいよ?

飲みなれないなら構わないさ。

ただの僕の我がままだから。



――はい、どうぞ。



深く、艶のある黒をしたラム酒を差し出す。

隣には生チョコレートがいくつか。

差し出されたラム酒をお爺さんは見つめている。

さて、その視線の先には一体何があるのやら。

少なくともラム酒ではなさそうだ。

暇なので今度は何を作ろうかと悩む。

しばらくして、お爺さんが声をかけてきた。



――マスターよ。一つ聞きたいことがあるが、宜しいか?

――どうぞ。でも答えに期待しないでね。ほら、僕は若造だから。お爺さんみたいに年季がないから。

――ああ、構わぬ。行き詰った問題を解決するのは常に新しき風と相場が決まっておるからな。答えてくれるだけで良い。

――ん、了解。ところで、緑茶を淹れてもいい? どうやら真面目に答えないといけないようだから。



仕草に促されて僕は緑茶を淹れる。

それにしても新しき風か。

まあ凝り固まった価値観を壊すのは必要なことだよね。

ただ、それを忘れてはいけないけど。

さて、準備も整った。

思考も切り替わった。

話を聞こうか?



――もしも至急解決しなければならない問題があり、されどそれが既に手遅れとなっておる。その問題に対し何かしら解決策を考え、実行しなければ命が危うい。この時如何すれば良い?

――ちょっと……難しい質問だね。ちなみに命が危ういって、自分の? それとも、誰かの?

――両方じゃ。それも、知人他人関わらずで。

――うわ、規模がでかいな……



他人も知人も関係がないとなると世界規模の問題か?

どこかの国が世界破壊兵器でも作ったとか?

でもこの世界に核兵器を作るだけの技術はおろか、銃を作ることすらできない。

世界を破壊するほどの魔法は作れてもそれに必要な魔力も人は持ち合わせていない。

龍や魔族には大半の毒物、呪いの類が効かないし、基本龍は人間に不干渉、魔族襲来は天災の一種だから考えない。

また魔王は勇者が何とかするので別問題として。

となると、この人はどこかの国の王またはそれに類似した地位についている存在で、現状敵国家が何かやっているということ?

分からない。圧倒的に情報が足りない。



――うん、状況が想像できない。いくつか質問してもいい?

――ああ。こちらからお願いしたのじゃから、当然の権利じゃ。

――そんなにも重く捉えなくていいのに。とりあえず、まず一つね。解決策を実行して、もしもそれが失敗した場合、挽回することは?

――出来ぬ。許されている機会は一度限り。



さらに問題が重くなった。

失敗を許されないってそれ、成功したのか失敗したのかもわからないじゃないか。

本当に面倒な問題だな。



――提出期限は? いつまでに解決策を導き、実行しないといけないの?

――分からぬ。期限は明日、一週間後、来年かもしれん。しかし、少なくとも十年後までには出さなければならぬ。

――現在、その問題に対し何の被害を受けている?

――特に何も。されどそれは着実に周囲に影響を及ぼしておる。



全体像は見えていないが、それがあるのはわかっているのか。



――ふむ……その影響は全て悪影響なのか?

――いや。判断がつかん。現状は良いも悪いも解らなぬものばかりじゃ。

――そう……ああ、大体わかった……となると……



世界規模の問題があるが、それが正直問題なのかどうかがわかっていない。

確かにそれが存在することによって国民に何かしらの影響が出ているが、別に何も変わったことはない。

その上こんなところでこんな若造に言うような問題だ。

結構前からあった問題に違いないというのに、今も何ら問題なくあり続ける。

………………

…………ふと疑問。

それってさ、本当に問題なの?

僕にはどうもそう捉えられない。

なら……ああ、そうか。

それがあると分ってしまったから、問題なんだ。

見たことがないから問題と誤解しているんだ。

そんなことじゃないの?

僕が出した結論。



――よし、受け入れてしまえ。

――……今、何と?

――だから、受け入れてしまえ。お爺さんの抱えている問題が猛毒なのか世界規模の呪いなのか分からないけどさ、受け入れてしまえばいい。



清濁併呑。全てを在るがままに受け入れる。

と言うより考えることを放棄した。

確かに僕の中の警報は鳴っているが、別に恐怖にかられるとか首筋が寒いとかそういったこともない。

よって久し振りに考えたのだが、面倒になった。

それ以前に全く理解できない問題を考えられるか。

だがこれで納得するお爺さんじゃないだろう。

故にこれより言い訳じみた説明をする。

そのための時間は十分にあった。



――だってほら、影響を受けている人たちはなんともないんでしょ? なら別に放っておいてもいいじゃないか。だって世界は常に在るがままに動き、流れている。この流れも在るがままなんだと思う。

――…………いや、確かに世界はそうじゃが……

――きっとさ、その問題も世界が望んだというか、起こるべくして起きたものじゃないのかな? で、それが今までに前例のないものだから影響の判断がつかない。

――じゃが、放置すればこの世が滅ぶかもしれん。その場合の責任はどうする?

――それはあり得ない。世界が自ら滅ぶようなことを容認するのはあり得ない。



むしろこの世界が滅ぶというのは一体どれほどの話じゃっちゅうねん。

ここより科学技術に優れ、戦争の規模が違う僕のいた世界では確かに地球を何度か焼き払うほどの火力を保有している。

でもそれは地球上だけの話だ。

世界規模でいえばいまだに宇宙は光速で広がり続けている。

それを、無理やり消滅させる?

無理無理。人間技でも魔王技でもない。

その上このファンタジーな世界だ。

どこぞの弓兵や傲慢な金ぴか王、腹ペコ騎士王みたいなやつらがいてもおかしくはない。

だからそもそも、世界が滅ぶなんて事あるの?

この星の上だけと限っても、人では理論上魔力が足りないというし。

災厄の魔王や孤高の悪魔は今まで世界を壊さなかったからこれ以後も壊さないだろうし。

故に僕が下した結論は問題として成り立たない。



――全ては在るがままに流れている。どのような存在もその流れを止めることはできないし、狂わすこともできない。世界に存在している時点で、その存在は世界に望まれ、必要とされて生まれてきたんだ。ここにいるんだ。



全知全能かは知らないが、神も実在していると聞く。

ならばそいつが世界の問題をどうにかするだろう。

しないならそれはどうもできない問題。

諦めた方が気が楽だ。



――だから、受け入れる。もしもそれで滅ぶような事態になると言うのなら、それこそあなたは人を弱く見過ぎている。人はね、いや人だけじゃない。この世のありとあらゆる存在は自らが滅ぶことを良しとしない。もしもその存在が世界を滅ぼそうとし、世界がそれを容認しているというのなら。



――その他の全てが世界を守る。自らを守るため、守るものを守りたいために、世界でも更生させる。あまり、僕たちを弱く見るな。



――という結論に至ったのだけど、どうかな? 本当はもっと難しい問題のはずなんだろうけどね、ちょっとそう考えるのが無理だった。



良し、格好良く締めた。

と思う。さて、採用なるか。



――ああ……そういう考え方もあるのか。

――若造だからね、短絡的になってしまったけど。

――いや、構わんよ。それよりマスター、お代わりを頼む。

――はいはい。飲み過ぎないようにね。



ま、それが妥当だろうな。

それにしてもこの、危ない橋をぎりぎり渡りきったような安心感は一体何でしょうか?

僕にはその原因がわかりません。



――……先ほどまで行き詰った顔をしていたのに、今度はとても楽しそうだね。

――ああ、良いことがあったのでな。

――ふぅん……それは良かったね。



そしてのんびりグラスを拭いていた間のことだ。

いつの間にやらあのお爺さんは帰っており、机の上には代金が置かれていなかった。

つまり食い逃げ。

確かに大金を置かれるよりも食い逃げされた方が楽だが、それでも腹立たしい。

少し、気分が悪くなった。



――ユウキ、例のものはできた?



それと同時に入ってくるアリーシャさんと我らが良心ヴァランディール。

もちろん、と僕は答えながら、横に置いていたどら焼きを――

ない。山のように作っておいたどら焼きがものの見事に一つもない。

代わりにおいてある置手紙には妙なことが書いてあった。



少し貰っていく。アウル



アウル、多分先ほどの客の名前だろう。

さて、この少しをどうとらえればいいか。

そんな話よりもどら焼きはと目を輝かせる目の前の犬に何を差し出すべきか?

……あのくそったれ爺の首でFA。



――ごめん、先ほどまでいた客に盗まれたっぽい。

――何……ですって……?



ショックを受けてカウンターに倒れ伏すアリーシャ。

非常に疲れた顔をしているヴァランディールが嫌な汗を流している。

ああうん、僕も嫌な予感しかしない。

一つは作れ、と無理な注文をされる。

一つは取り返しに行くわよ、と我が良心が何処かに。



――……ねぇ、その人どこに行ったのかしら?

――知らない。でも名前はアウルとかいうらしい。金色の、特徴的な瞳をしていたよ。

――アア……アノえろ爺カ……ヨシ、ヤロウ。



そう言ったアリーシャさんは般若を背負いながら嵐のように消えた。

それを確認した僕は玉露を淹れて、隠しておいた練切を取り出した。



――はい、どうぞ。

――……盗まれたのでは、なかったのか?

――それはどら焼き。こっちは練切。嘘はついていない。



たまには誰かに意地悪な日もいいよね?



アウルという老人が常連になってからしばらく後、僕の身体から絶好調が消えた。

常に普通か、時に気分が悪い。

病気、のようには感じられないが、何故だろう?



[14976] 六話
Name: ときや◆76008af5 ID:74d9be7c
Date: 2010/03/21 22:14

この世界で最も強い破邪の力を持つ者がいる国。

そこの城下町にある、この世界唯一のバーは俺にとって癒しの場であり、同時に胃を傷める地獄でもある。

何せそのバーには俺にとって死んでもらわねばならない存在が集っているからだ。

特に孤高の悪魔ヴァランディール、災厄の魔王アリーシャ。

二人はこの世に招かれた勇者に殺されてもらわなければ、今後の計画に大きな支障をきたすだろう。

俺の計画に大きな影響力を持つ彼らが今何を考え、どのような行動を取っているのか。

それを知るために先ず、場所の判っているアリーシャよりも居場所の定まらないヴァランディールのことを調査した。

その過程で知り得た彼が定期的に、まるで帰るかのように足を運ぶ店。

今俺が足を運んでいる先の、ユウキ・カグラが経営するバーである。



孤高の悪魔ヴァランディール。

純粋な戦闘能力もさることながら、連日連夜行われた生命の遣り取りで培われた確固たる戦闘倫理も彼の強さを示す重要なファクターだ。

しかしそれらのどれよりも強さの元と成っているものは生きるという欲望。

どれほど絶望的な場面であろうと生き抜こうとする汚さ。

それが彼の強さの源だろうと俺は判断している。

だが、それだけではない。

彼の持つ太古の武器。

神話の時代以前、世界創造のさらに前から存在する神すら殺せる禁忌の武器。

存在の優先度を操作するという卑怯な武器のせいで彼は危険人物となっている。

武器の説明をしよう。

川に棒を立てた状況を考えて貰いたい。

この時水は棒を避けるようにして流れる。

これは棒の存在が水の存在よりも優先されるからだ。

物理学的には原子間力や液体と固体の関係などといった説明をするが、今はそういうものだと考えてほしい。

さて、今度は剣と肉を考えてみよう。

剣で肉を切り裂くと若干の抵抗はあるものの切れる。

これは剣の方が肉よりも若干優先度が高いからだ。

だが肉は固体であるので液体のように元に戻らない。

彼の武器はこれを操作し、その攻撃において魂よりも優先度上げる、もしくは下げるなどをして攻撃をする。

もっと判りやすく言おう。

魔力さえあればありとあらゆるものに有効且つ不老不死の存在すら殺せる、全能力無視のチート武器。

やろうと思えば世界から神から無まで切り裂くことが出来る。

さらには斬られた対象が元に戻ることは不可能にすることも可能。

どれだけその武器が危険なものかご理解して頂けただろうか?

その様なチートも甚だしい、出来るなら俺が回収したかったその武器に対抗できるのは唯一、聖峰の古龍ティオエンツィアが持つ無縫天衣。

今代の勇者にはそれを回収してもらわなければ災厄の魔王は勿論、孤高の悪魔にすら適わないと俺は判断している。

勿論その無縫天衣は役立たずの聖峰の古龍を殺してでも回収するとして、今は孤高の悪魔だ。

彼の弱点、習性を一つでも良いから知っておきたい。



そういう思いで俺はバーの常連になったのだが。

元々酒好きということもあり、良質の酒と最高の空間を提供するバーの常連になるのはそれほど苦でもなく、時間も掛からなかったのだが。



我が生全ての不幸を濃縮したような誤算が生じた。



三ヶ月だ。

溜めに溜まった仕事を片付けるために三ヶ月、そのバーに行かなかった期間で状況は最悪な方向に向かっていた。

いつの間にやら孤高の悪魔ヴァランディールだけではなく災厄の魔王アリーシャ、挙句の果てには聖峰の古龍ティオエンツィアがその店の常連となっていた。

久しぶりにまじめに雑務に取り組んだ疲労を癒すため早めにバーに行ったのは良いものの、最初に慣れたように来店したアリーシャに口に含んだ酒を噴きかけ、続いて帰るように入ってきたティオエンツィアに唖然とし、最後に重い空気を背負って入ってきたヴァランディールにこの世の悪意全てを見た気がした。

さらに翌々日、街中で無縫天衣を着て買い物をするユウキの姿を見た時、この世の地獄を悟った。

もうこれ以後勇者がどうなど言っていられない。

いや、確かに賢者として彼を導かなければならないが、それでもだ。

それでも、思うところはあるだろうが。



――や、いらっしゃい、ゼノン。



そんな地獄の数々を目の当たりにしてきた俺でも店に足を運び、情報を集めるのは止めない。

あの三人の関係が良好であることは余りに危険すぎる。

可能な限り早く世界という舞台から退場して貰わなければ安眠が出来ない。

最低でも過去のように無関係であって貰わなくてはならない。



――注文は?

――いつものウィスキーを、ボトルで。飲み方はロックで頼む。

――ボトルって…………飲み過ぎないようにね?

――問題ない。そのぐらいの判断は付くさ。



今回珍しく、死んで貰わなくてはならない存在のいない日に来た。

勿論時々ではあるが、彼らが目的で俺が来店しているのではないと思わせるために彼らが来ていない日にも足を運んでいる。

だが、今回は違う。

今回はユウキ個人に用があってきた。

あいつら世界のバグ共に胃を傷め、頭を悩まし、睡眠時間を削るのを一旦止め、少し目線を変えた。

そして気付く。

特に問題の三人組を容易く篭絡した人間をこちら側に取り込めば良いのではないか、と。

そうすれば奴らで頭を痛ませる必要もなくなる。

まさに発想の転換だ。

もしも思ったより上手く行ったなら、三人をこちら側に取り込めるかもしれない。

そのためなら望みの品の一つや二つくれてやっても何ら痛くない。

何せほぼ世界最強の三人組が同時に手駒になるのだ。



――ユウキ。

――ん?



人の欲望を強くする呪を発動する。

これを掛けられたら最後、どれほど無欲と言われた聖人君子であろうとも欲に溺れ、最終的には欲に満たすだけの傀儡となる。

シュレディンガーの猫で死んでいない方の可能性を選択し続けることができるチート防具、無縫天衣を着ていない今なら、確実に届く。

そして不安定になったところで魂に新たな呪、従属の呪いを刻む。

俺は一切の手抜きを許さず最初の呪を構築し、ただの人間にそれを放った。



――……何?



だというのに彼は、何も変わらない。

通常なら眼は虚ろとなり、魂は不安定化する。

霊体と肉体を繋ぐ精神の鎖は緩く、この瞳にその魂の形、本当の欲望が見えるはずなのに。

何も、変化がない。



――お前は何か、願いがあるか?

――この世界に願いのない人はいないよ。誰しも何かしらを願い、それを叶えようと日々努力する。だから願いを持たない人はいない。

――確かにそうだな。質問を間違えた。ユウキは何を願う?

――……それは、自己満足からの疑問かな?

――ああ。そんなものだ。

――ふぅん……言っとくけど、落胆しないでよ? 僕は見ての通りの小者だから願いなんて小さいよ。

――それでも、聞いてみたいんだよ。世界で前例の無い事をしているユウキの願いが。何を原動力にし、何を願い、何を夢見て歩んでいるのか。それを、な。



孤高の悪魔、災厄の魔王、聖峰の古龍を篭絡するなど前例の無い事をやり遂げた者。

三人を篭絡するほどの器を持つ者の願い。

今後の計画の為は勿論、個人的に興味が沸かないわけがない。

呪が通じないのは不思議だが、それでも彼の本心を隠す壁、欲望を縛る鎖は緩くなっているはず。

効果の程を期待しよう。

ユウキはしばらく、眼を閉ざし、黙考する。

そして、その重い口を開いた。



――僕の願いは、簡単なこと。

――…………

――叶うなら、静かにのんびり幸せに暮らしたい。



いや最初の二つはもう無理だろ、常識的に考えて。

というか現実を見ろ、現実を。

そんなツッコミが口から出そうになったのを必死に抑え、渾身のポーカーフェイスを決める。

そういえばあいつら、自分のこと一切言ってねえなぁ……

あいつらの名前も俗世では一切出てこないし……というか普通人間の店にそろって来るとか考えないよな……

むしろ来ないのが普通。来ているこの店が異常。



――時々賑やかに。偶に皆で馬鹿をやりあえたなら最高。それを肴に語り合えたなら文句は無い。



なんと、下らない欲望だろうか。

多くの者は強欲に願う。

もっと金を、女を、美貌を才能を力を幸せをあの人を。

叶わない欲望を世界に訴える。

だというのに彼は、常連を考えると実現することは無いが、叶うかもしれない願いを口にした。

無欲…………否。これは願いだ。

純粋に未来を思った願いだ。

人の本心である欲望ではない。



――でも、本当のことを言えば帰りたい。家族のいる場所に、僕の家に、友が待つあの場所に、故郷に帰りたい。

――帰ればいいじゃないのか? 確かに東方の地までの道のりは長いが、別に辿り着けないと言う訳ではないんだろう?

――うん。いつかは東方の地に着くだろうね。でもそこは僕の帰りたい場所でも帰るべき場所でもない。



遠くを見るような目で外を見る。

その時浮かべた憂いは世の女性の多くを保護欲などで虜にするものだろう。

だが、それにすら気付かないのが彼のクォリティ。

鈍感レベルEXと女難レベルRANDOM、ついでに数奇な運命。

このトリプルコンボで正直未来がどうなるとか全知全能の神でも判るわけがない。



――今の生活に不満があるのか?

――無いよ。ヴァルとローズが良く来て、時々アリーシャさんが僕に悪戯をする。それを見たティアさんが何故かふてちゃって。ティアさんとアリーシャさんの争いを君が仲裁に入る。他の常連客の土産話にも心躍らされる。胸を張って言える。僕は最高に幸せだ。

――ならば、何故今更帰りたいなど望む? 今幸せならそれでいいじゃないかと思うんだが。

――そうだね。ゼノンの言うとおりだ。でもね、だからこそ僕は不安になんだ。



やっと出てきた欲望もわけがわからない。

帰郷などすれば良い。

だというのに彼はしていない。

いや、それどころか故郷の東方の地を故郷ではないという。

何故だ?



――似ている、かな。多分そんな場所だよ。



思い出した。

ユウキは一度たりとも、東方が故郷であると言っていない。

それどころか故郷がどこなのかすら言っていない。

では、彼は一体どこ出身の人なのだ?

勇者は遠い異世界の出身者と聞いたことがある。

まさか、彼もまたそこの出身なのか?

可能性として、否定できない。

世界に穴を開けたとき、偶然巻き込まれたという可能性も捨てきれない。

いや、だがそうであるならば、時間軸のズレが説明できない。

ならば……さらに別の異世界の住人。

俗世では世界から追放された咎人という蔑みを込めて局外者と呼ぶ、その存在か。



――この幸せを、僕は本当に受け入れてもいいのかなって。でも分かるよ。分かっているよ。この幸せは本物で、それを与えられているのは僕だと。

――ならば受け入れるのが筋だろうが。さもないと世界の多くの不幸に申し訳が立たない。

――それも理解している。でもね、やっぱり不安は消せないんだよ。頭で分かっていても、心がそれを疑う。僕がそれを認めても、知らない僕がそれを疑う。身体が理解していても、何かがそれを受け入れない。



何という疑心暗鬼。

欲望にすら満たない小さな葛藤。

それを解消するのが、彼の欲望。

俺はこの問いに、彼の心の問題に肯定すればいいのか、否定すればいいのか。

旅の仲間から賢者と呼ばれる存在であっても、その答えを導き出すことは出来なかった。



――だから、僕は故郷に帰りたい。故郷に帰るというその行為がしたい。



ユウキはここを写さない眼をしながら朗々と語る。



――それによって取り戻したい、僕の原点。帰郷、これ自体は正直どうでもいいんだ。いや、確かに旧友とは会いたい。それ以上に僕は思い出したい。それをするには帰郷が最も都合が良い。

――人の心は状況と行動によって容易く移り変わる。故に僕は帰郷という、原点にかえるという行為で僕の心の原点を取り戻したい。

――きっと、僕は僕の原点を思い出すまで、この幸せを受け入れることは出来ないから。これが、僕の浅ましい欲望。ここにある幸せを受け入れたいという、下らない欲望。



無理。こんな問題俺では解決できない。

むしろ本人ですら解決することは出来ないだろう。

何故ならユウキはこの欲望が叶わないことを理解したうえで、それでも望んでいるのだから。



――……ふぅ、言いたい事言ったらすっきりした。ごめんね、つまらない愚痴につき合わせて。

――いや、非常に興味深いことが聞けた。にしても帰郷、か……俺もそろそろ、どうしてここまで来たのか思い出したほうがいいかもな……

――うん、思い出せるうちに思い出したほうがいいよ。人生何が起こるかわからないから。

――の、ようだな。



呪を解除し、最後の質問を口にする。

どうしてもこれは聞いておきたいこと。

ユウキは俺のお気に入り、本当に手に入れたい者だから聞いておきたいこと。



――ユウキ、お前の故郷ってどこなんだ?

――何、探してくれるの?

――ああ、気が向いたらな。

――いいよ、別に。僕は他の場所に故郷を作るから。大丈夫だよ。



その大丈夫ほど、人を不安にさせる言葉を俺は聞いたことが――――ある?

何故? 判らない。思い出せない。

あやふやな記憶が脳裏を巡る。

はっきりと思い出すことの出来ない人が、どこかで……何をしている?

赤く、赤く燃える空。暗い場所。地下。あいつが、外に行って……何をした?

あいつは、誰だ?



――大丈夫? 顔色悪いよ。

――いや、大丈夫だ。ちょっと、酒を飲みすぎたみたいだ。

――だから飲み過ぎないようにって言ったのに。ボトルの方は保管しておくから、今日のところはもう寝たほうがいいんじゃないの?

――……ああ、そうする。

――気をつけてね。もう夜が更けているから。

――また今度。

――ん、またね。





頭痛を懸命にこらえながら、転移の呪を使う。

辿り着いた先は、先ほど視界に写った光景と良く似たもの。

ただ一つ違うところはそこが荒廃しているということだ。

先ほどの映像に出てきた建物は廃墟と化し、既に木が絡まっている。

長い年月が経っているらしく、木々がこの地を埋め尽くしていた。

それでも分かる。

ここが先ほど見た場所である事を。



――……ああ、思い出した。



本当に欲しい者があった。

あいつが側にいてくれたならそれだけで俺の世界が見違えるように光り輝いた。

だけどそれは、異界からの侵略によって永劫に失われ、二度と手に入らなくなった。

死ねなかった俺はそれを憎み、長き時を掛けてそいつらを根絶やしにした。

それから今まで、俺は…………何を考えていた……?





一月後。

ユウキがうんざりしたような顔で苦笑している。

どうやらアリーシャにちょっかい、というか誘惑されているようだ。

やれやれ、男ならそこは獣のように…………ああうん。その後死ぬな。



――いい加減にユウキを困らせるのはやめろよ、アリーシャ。

――あら、少しぐらい良いじゃない。

――お前の少しは段階を踏んでいないんだよ。

――ああ、なるほど。ユウキ、先ずはベッドに行かなくちゃね。

――そういう意味じゃねえ!

――ユウキ?

――…………はっ。



ちょっとこのバー、常識人が少なくて困るのだが。

頼む、ヴァランディール。俺の良心。

もう殺すなんて考えないから今すぐ来てくれ。

壁際の瘴気を放出するティオエンツィアの視線が余りに怖くて酒が不味いんだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




今夜は客が来ない。

こういう日は僕の胃に非常に優しい日となるが、心にはかなり悪い日となる。

正直に言って近頃の幸せな日常が、度が過ぎているために不安を呼び起こしているからだ。

過ぎたるは及ばざるが如し。

故人は上手く言ったものだ。

自分の器にあっていないものを簡単に与えられたなら、それを受け入れるのに苦労する。

特に、幸せなんて世界でも本の少数にしか与えられない貴重なもののさらに上を行く幸せなんて。

客が来た日はそれを気にすることはない。

だけど来ない日は、心の不安が、知らない僕が僕に囁く。

これで良いのか、本当に幸せを受け取っていいのか、と。

現状の僕が胸に生まれた知らない僕に出来ることは、ない。

不安に押し潰されそうになりながら過す今夜、喜ばしいことに来客があった。

十八ぐらいの男性。瞳は赤く、髪は白い。

左腕に刺青があり、それが首筋まで来ている。

時々その刺青が蠢いているように見えるのはきっと目の錯覚。



――や、いらっしゃい、ゼノン。



嬉しいことにその人は常連の中でも希少な常識人。

むしろ常連の中で常識人はヴァランディールと彼、ゼノン・カオスしかいない。

アウル爺は金を払わない上に見た目にそぐわないラッキースケベだから、ちょっとね。

ゼノンはいつものように入口付近の席に座った。



――注文は?

――いつものウィスキーを、ボトルで。飲み方はロックで頼む。

――ボトルって…………飲み過ぎないようにね?

――問題ない。そのぐらいの判断は付くさ。



まあ信じるけど。彼もまたウワバミだし。

いつものウィスキーというとモルトウィスキーの……これか。

ボトルは問題なくあるから、あとはつまみを。

それらを出してしばらく。

ふと、首筋に嫌な電流が流れた。

それも今までのいつよりも強烈な。

吐き気がする。



――ユウキ。

――ん?



ゼノンが早くも三杯目のロックを飲みきり、僕の名を呼んだ。

その瞳には見たことのないものを見るような、そんな光がある。

いや僕は普通の一般人ですよ?



――……何?

――お前は何か、願いがあるか?



電流を必死に無視しながら聞いた質問は余りに不可思議なものだった。

何故、その様なことを聞くのだろう。

僕にはそれが理解できない。



――この世界に願いのない人はいないよ。誰しも何かしらを願い、それを叶えようと日々努力する。だから願いを持たない人はいない。

――確かにそうだな。質問を間違えた。ユウキは何を願う?

――……それは、自己満足からの疑問かな?

――ああ。そんなものだ。



ああ、なら仕方が無い。

自己満足であるならばそれは全ての理由を超越する。

でも、悪くはないかな。

そういう他者のことを知ろうとするのは。

何かに興味を持つのは。

それに他者を知ることで自分を知ることが出来るし、彼はきっと迷っているのだろう。

何せ十八歳だ。青春真っ盛りの青年。

情緒不安定なのは仕方が無い。



――ふぅん……言っとくけど、落胆しないでよ? 僕は見ての通りの小物だから願いなんて小さいよ。

――それでも、聞いてみたいんだよ。世界で前例の無い事をしているユウキの願いが。何を原動力にし、何を願い、何を夢見て歩んでいるのか。それを、な。



自分の歩みに疑念があるのか、それとも本当に興味本位か。

どちらなのか分からない。

その場合大概が両方であるのだが。さて。

どちらでも僕は正直に答えよう。

その方が良いと思うから。



――僕の願いは、簡単なこと。

――…………

――叶うなら静かにのんびり幸せに暮らしたい。



何さ、その眼は。

表現のし辛い微妙な視線を送られて、ちょっとだけ僕はたじろいだ。

同時に何故か世界の中心で訴えたくなる。

僕は無実だ! 無実なんです!! と。



――時々賑やかに。偶に皆で馬鹿をやりあえたなら最高。それを肴に語り合えたなら文句は無い。



思い浮かべるだけで本当に幸せな生活。

今の日常は賑やかさが多いけど、許容範囲内だ。

それを考えれば、この願いは叶っていると言えよう。

故に、これは僕の願いだったもの。

今の願いでは、ない。

本当の願いは、あの魔物を――――



――でも、本当のことを言えば帰りたい。家族のいる場所に、僕の家に、友が待つあの場所に、故郷に帰りたい。

――帰ればいいじゃないのか? 確かに東方の地までの道のりは長いが、別に辿り着けないと言う訳ではないんだろう?



出来るなら、既にしている。

でも僕は異世界人。そもそもこの世界の住人ではない。

故に帰る方法など存在していない。

孤高の悪魔に、災厄の魔王に、聖峰の古龍に、世界神ならば異世界に行けるだろう。

人が良ければ連れて行ってくれるかもしれない。

だが、世界というのは無限に有るようで、その中から砂の一粒を任意で選ぶなど不可能。

まして世界は時々刻々と変化しており、僕が望む場所はもう無くなっている可能性が高い。

だから帰れない。帰ることが、出来ない。



――うん。いつかは東方の地に着くだろうね。でもそこは僕の帰りたい場所でも帰るべき場所でもない。

――今の生活に不満があるのか?

――無いよ。ヴァルとローズが良く来て、時々アリーシャさんが僕に悪戯をする。それを見たティアさんが何故かふてちゃって。ティアさんとアリーシャさんの争いを君が仲裁に入る。他の常連客の土産話にも心躍らされる。胸を張って言える。僕は幸せだ。

――ならば、何故今更帰りたいなど望む? 今幸せならそれでいいじゃないかと思うんだが。

――そうだね。ゼノンの言うとおりだ。でもね、だからこそ僕は不安なんだ。



先ほどまで、ゼノンが来るまでずっと不安を考えていたものだからすらすらと口から出て行く。

まるで日ごろの鬱憤を言葉として身体から追い出すように。

鬱憤も溜め過ぎたのだろうか。

やはり何かで心労を発散するのは大切か。



――この幸せを、僕は本当に受け入れてもいいのかなって。でも分かるよ。分かっているよ。この幸せは本物で、それを与えられているのは僕だと。

――ならば受け入れるのが筋だろうが。さもないと世界の多くの不幸に申し訳が立たない。

――それも理解している。でもね、やっぱり不安は消せないんだよ。頭で分かっていても、心がそれを疑う。僕がそれを認めても、知らない僕がそれを疑う。身体が理解していても、何かがそれを受け入れない。



矛盾しているというのは分かっている。

分かっていてもどうしようもないこの問題の解決方法すら分かっている。

さらにはその解決方法が不可能だということすら僕は理解している。

それでも願ってしまう。



――だから、僕は故郷に帰りたい。故郷に帰るというその行為がしたい。



思い出は既に色褪せ始め、明確に両親の顔を思い出すのも今では一苦労だ。

良く行った場所の風景すら、何度も見た家の間取りすら思い出すのが難しい。

時々忘れているものが何なのかすら分からなくなってしまっている。



――それによって取り戻したい、僕の原点。帰郷、これ自体は正直どうでもいいんだ。いや、確かに旧友とは会いたい。それ以上に僕は思い出したい。それをするには帰郷が最も都合が良い。

――人の心は状況と行動によって容易く移り変わる。故に僕は帰郷という、原点にかえるという行為で僕の心の原点を取り戻したい。

――きっと、僕は僕の原点を思い出すまで、この幸せを受け入れることは出来ないから。これが、僕の浅ましい欲望。ここにある幸せを受け入れたいという、下らない欲望。



出来ないから諦める。無理だから諦める。

その方が合理的と分かっていても、それを望んでしまうからこそ人はそれを欲望、もしくは業と呼ぶ。

望み、欲さねばならない人の業と。

時にそれが人の成長を促し、滅びを招く。

まさに魔物と呼ぶに相応しい存在だ。



――……ふぅ、言いたい事言ったらすっきりした。ごめんね、つまらない愚痴につき合わせて。



吐く、という行為できっと心労も少しは減ったのだろう。

その分ゼノンに要らない迷惑をかけてしまったに違いない。



――いや、非常に興味深いことが聞けた。にしても帰郷、か……俺もそろそろ、どうしてここまで来たのか思い出したほうがいいかもな……

――うん、思い出せるうちに思い出したほうがいいよ。人生何が起こるかわからないから。

――の、ようだな。



彼もまた何か忘れていることがあるのだろうか?

分からない。

そういえば僕は、皆のことをあまり知らない。

知っているのは容姿、名前、好きな酒、好きな料理など。

彼らが何に悩み、何を望んでいるのかを僕は知らない。

でも、深入りは止そう。

僕の悩みと欲求は誰に話しても良いものだが、時に聞かなければ良かったと思うこともある。

聞いたせいで心労が増えた、聞いたせいで友が減ったなんて事があるから。

向こうが言ってくるまで、僕は静かにここで待ち続けたほうが良いな。



――ユウキ、お前の故郷ってどこなんだ?



…………ああ、気付いたか。

でも残念。僕は既に、この手があの世界に届かないことを理解している。

何故だろうね?

頭が理解するよりも先に、心が結論を出し、それを僕は自然と受け入れた。

だが、その思いに僕は感謝しよう。



――何、探してくれるの?

――ああ、気が向いたらな。

――いいよ、別に。僕は他の場所に故郷を作るから。大丈夫。



届かないなら、ここに築こう。

それだけの話。

出来るかどうか、分からないけどね。

ふとゼノンを見ると、その顔が真っ青になっていた。

飲みすぎたか? 一般的に見ていつも飲みすぎているけど。

それでも彼のいつもの飲酒量から考えて、まだ少ないほうだ。



――大丈夫? 顔色悪いよ。

――いや、大丈夫だ。ちょっと、酒を飲みすぎたみたいだ。

――だから飲み過ぎないようにって言ったのに。ボトルの方は保管しておくから、今日のところはもう寝たほうがいいんじゃないの?

――……ああ、そうする。

――気をつけてね。もう夜が更けているから。

――それじゃ、ユウキ。また今度。

――ん、またね。



それから客は来ず、僕は少し軽くなった心で店仕舞いをした。

ヴァランディール、ゼノン、アリーシャ、ティオエンツィア、アウル……

君たちはこの世界で一体何を望み、何を夢見ているのだろうか?

そしてその夢は今、叶っているのだろうか?

もしも叶うなら、その夢の手伝いをさせてほしい。

そうでもしないと君たちのくれた幸せを、僕は受け入れることが出来そうにない。





一ヵ月後。

何だか激しく秘蔵のワインをせがむアリーシャさんにどうしようかと考える。

この人はもう既に五本のワインを空けている。

これ以上飲むと急性アルコール中毒にでもなって倒れてしまうだろう。

それはやめてもらいたいのではぐらかしているのだが……

おお、ゼノンが止めてくれた。

でもね、問題はそれだけじゃないんだ……

ティアさんの方も、どうしよう?

それを考えていた僕はゼノンとアリーシャさんが何を話しているのかなんて聞こえてこなかった。

そしたら後でアリーシャさんに思い切り怒られたのだけど、僕が何かした?



[14976] 七話
Name: ときや◆76008af5 ID:d87f00d3
Date: 2010/03/21 22:13

人が一人もいない城、誰も帰らない場所。

ここがこんな所になって何年が過ぎるのか。

考えたこともない。

そんな人々の記憶から既になくなった城に私たちはいる。

考えることは常にユウキ絡みだ。

普段は余り頭を悩まさず、ただ彼の望むものを手に入れればいいのだが、今回はそういうわけにもいかない。

何せユウキの身に問題が起きたのだから。

その問題はユウキの神格化。

右隣に座っているティオエンツィア曰く、それを行っているアウルというご老人はこの世界の神であるそうだ。

神、と言っても全知全能ではない。

ただ只管に世界で起こる問題に対し、対抗策もしくは抗体として世界より使役される、自我を持った末端機関。

与えられる力は問題に対し、十分に対処できる程度。

もう一点、世界は決して神格化を命じない。

ならば今回のユウキの神格化もアウルが独断で行っていることだろう。

ユウキが神になることについては正直どうでもいい。

せいぜい不老不死となって、世界に使役される手駒になるのだろう。

その辺りはユウキが何とかしそうなのでさほど気にしていない。

特に手駒となる所。

彼がそんなものに大人しくなるとは、思えない。

それよりも問題は神格化にある。

本来は対象に負担などなく神となるそうだが、ユウキに限っては負担が発生している。

そのせいか、近頃ユウキが開店中に寝るようになった。

本人は大丈夫だといっているのだが、そうは見えない。

明らかに無理をしている。

これは私たち三人の共通意見だ。



――神格化に失敗すると、存在そのものが消えうせ、記憶すら忘れてしまうか。

――そんなことが億分の一の確立しかないとしても、問題だ。

――ええ、事実として今のユウキは不調を抱えている。それは神格化を施し始めてからのようよ。

――となると、不調は神格化にあると見て間違いない。一体、何が問題なんだ?

――アウル曰く、あの高い魔法抵抗力が原因ではないか、と。だが、神格化はあくまで存在の格上げ。魔法とは無縁のはずだが……

――……もしかしたら、ユウキ自身が変化を嫌っているのではないか?

――待って、ヴァル。人間がそんなこと、神格化を嫌うなんて出来るの?

――出来んな。普通なら。

――…………ああ、ユウキは普通じゃなかったわね……

――そろそろ異界の魔王に会っていてもおかしくはないほど普通ではないな。



アリーシャが頭を抱えて俯く。

そもそもだ。

私やアリーシャやティオエンツィアの殺意を込めた殺気を受けて普通で居られるのを鈍感という言葉一つで片付けられるわけがないだろうが。

おまけに神に目をつけられたとあっては、例えどれだけ力が無くとも異常としか考えられない。

とりあえず、神格化成功の暁には彼にまともな常識を持って貰いたい。

さもなくば本格的に私の胃が心配になってくる。



――神格化を途中で止めると、どうなるのだったか?

――人間なのか神なのか、どちらにも属さない存在となるそうよ。その中途半端さのせいで世界に押し潰されて早死にし易い。

――なかったことには出来ないとなると、今更止めさせる訳にもいかないか。

――ええ、私たちは見守ることしか出来ないわ。



ユウキ、どうやら私は君の身体すら、守れないようだ。

私は本当に、無力だ。



――ヴァル、君の武器で抵抗力を無かったことにするのは出来ないか?

――止めておいた方が良い。ユウキは神格化すら抵抗する人間のようだ。その様なことをすればどうなるか、見当すら付かない。

――下手な手出しは出来ない、か。

――ああ、私たちに出来るのは余計なことを口にせず、要らない心労を掛けさせないだけだよ。



もしもユウキに神にならなくてはならないと言ってしまえばどうなるだろう?

彼は人であることに拘るだろうか?

いや、どちらかというと仕方が無いと受け入れるかもしれない。

だが、彼の身体はきっとそれを良しとしないだろう。

だからこそ今この時も有り得ない事に神格化を拒み続けている。

事実を知らない現在ですらあれほどの拒絶をしているのだ。

もしもそれが何なのか知ってしまえば、更なる拒絶をするかもしれない。

されど神格化の失敗は許されない。

失敗すれば、ユウキがいた過去すら消えてしまうというのだ。

……今の内に殴られる覚悟をしておこう。



――心労を掛けないように、か。



話すだけ話し、私の秘蔵の酒を飲むだけ飲んだ彼女らは既に帰った。

一人場に残された私は言葉を反芻する。

正直、彼の心労の原因は彼女たちのような問題のある存在のためだとは分かっている。

故に神格化が終わるまで出来ればユウキに近付くなと言いたいのだが、無理だ。

それを彼女らが良しとする訳がない。

やれやれ、先が思い遣られる。

思い返せばこの五年、本当に私は変わってしまった。

昔なら人間の一人が死んだところでどうとも思わないだろう。

きっと全力で抗ってもなお、迫った自分の死ですら、そうなのかと受け取っていたかもしれない。

だが今は違う。

今は何があろうと私は死にたくなく、そして一人の人間であるユウキに死んでほしくは無いと考えている。

かといって私たち二人がこの世界で生きていれば良いと言う訳でもない。

むしろ今が地獄であるとしても、この世界がこの世界のままでなくてはならない。

全てが愛おしく思える。

まさか一人でここまで変わるとは、誰も予想はしないだろうな。

少しだけ、苦笑が漏れた。



――……行くか。



向かう場所は世界の根源。

神格化の情報が余りに足りない。

どの様に行っているのか、そして何故彼が拒絶出来ているのか。

知ってどうなるか、などという下らない疑問は持たない。

知ったところで何も出来ないと分かっていても、救う努力すら無くしたのならば、何故彼を救えようか。

何もしなければ状況は何も変わらない。

そう彼に、教わったから。

故に私は前に進むことを止めない。

止めるわけにはいかない。



――さて、世界よ。情報の方は万端か?



そう呟き、私は世界の壁を切り裂いた。





こちらの世界に戻ってきたのは凡そその三日後。

向こうでは時間という概念がないのでどれほど潜っていたのか分からないが、それでも長くいたのだろう。

死に掛ける事態が何度かあったのだが、正直に行って収穫はなかった。

ただ分かった事が一点。

神格化の拒絶は、彼の性質によるものだということ。

それが何なのか、世界は頑なに公開しようとはせず、物量作戦に出てきたので流石の私も退かざるを得なかった。

それにしても、魔法抵抗が神格化を拒めるほどのものなのか?

失礼ながらユウキに対して普通という言葉が使えないが、それでもモノが違う。

分からない。

本音はさらに行ってこれ以上の情報を知りたいが、これ以上行けば向こうは私を本気で消滅させる気で来るだろう。

故に行けない。

とりあえず、店に寄ろう。

今日は何かと疲れた。



――やぁ、いらっしゃい。



そう思い、店に寄ったところ、アウルが先客として存在していた。

これは、都合が良い。

いつもの席に座りながら、隣にいるアウルに殺意を込めた視線を送る。

先ほどまで身を包んでいた倦怠感はいつの間にか消え去り、今なら全力でこの武器が使える。

そういう確信が私にはある。



――今日はワインを。それから何か作ってくれないか?

――……何も食べていないの?

――ああ、調べ物があってな。ここ最近碌な食事を取っていない。

――良いけど……そんな注文をするのは君たちぐらいだよ、全く。

――迷惑をかける。

――気にしないで。このぐらい、どうってこともないから。でも少し時間が掛かるよ。大丈夫?

――ああ。そのぐらいは待とう。



ユウキが二階に行くのを私とアウルが見送る。

さて、これから先に居て欲しくは無い者が失せたことだ。



――私が知りたい事実のみを簡潔且つ明確に話せ。貴様が生きられる選択肢はそれだけだ。



それに対し、アウルの口から出た答えは「何も知らない」。

眼には嘘を付くとき特有の揺らめきがなかった。

その上、自分は拒絶反応が出た時点で神格化を一時中断したという。

ならば誰が、彼に神格化を施しているというのだろうか。



――彼が拒絶できている原因は?

――おそらく、魔法抵抗力とは全く無縁の、いやその力の源となっている何か。

――……何故神の力にすら反抗できる力が?

――局外者、という言葉を知っているか?

――ああ、知っている。

――彼は、それだ。故に特異な力が世界の壁を超えるときに手に入れたか、あるいは目覚めたかしたのだろう。全ては推測だが、あながち外れているとは思えない。

――そう、か。

――どちらにせよ、我々には失敗しないことを祈るしか出来ない。神である私が言うのもなんだが、な。



そう言いながらゼノンの贈り物であるコーヒーを飲むアウル。

アレは苦いから私は好きになれない。

ユウキは懐かしいと呟きながら飲んでいるが、本当にコーヒーのどこが美味しいのやら?



――お待たせ。ビーフシチューだよ。

――良くこんな短時間で作れたな。

――晩御飯用に多めに作ったのを温めただけだからね。碌な食事を摂っていないんでしょ? それなら消火に良い物の方が体に良いよ。

――ああ、ありがとう。

――全く、食事はちゃんと摂りなよ?

――心配掛けるな。以後気をつける。

――……やれやれ。



とにかく健康を気遣うのは神格化の問題が片付いてからだ。

ただ、どういうことだろうか。

意外とどうにかなりそうな気がしてならないんだが。

ああ…………ユウキだからか。

過去の重なりで今がある。

その今が明日に繋がる。

例え今日という日が地獄だとしても、それでも人は明日に期待するだろう。

世界は常に明日に続いていく。

されど今日という日は今日しかない。

明日何とかしようとは思わない。

ただ私は明日こそ何とかしようとは考える。

今に続く明日に期待する。

ふむ、こういう感覚も悪くはない。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




ユウキの神格化、これ自体は順調とは言い難いが、ゆっくりと進んでいる。

ただその進行速度が遅々として進まず、むしろ進行状況だけを見ると彼の体にじっくりと慣らしながら進行しているように見える。

もしくは病魔が彼を侵食しているように。

何故そのようにせねばならないのかという質問は愚問でしかない。

彼は局外者であり、尚且つ世界という枠組みに囚われるのを嫌った人間。

そこから至る推測はいくつかある。

一つは魔法抵抗力は実際全てに抵抗する力であるもの。

一つは彼自身が変化を嫌う特殊な性質を持っているもの。

一つは神という言わば世界の奴隷になりたくないという願望。

他にもあるが、主にこの三つが上げられる。



――コーヒーを。

――珍しいね。また行き詰った顔をしているよ。

――そうかも、知れんな。

――悩むのは良いけどね、悩み過ぎるのは良くないよ。周りが見えなくなって本来見るべきものが見えなくなるから。

――ああ、そうじゃな……

――……相談できないことなんだね。

――どうしてそう思う?

――何となく、かな。うん、何となくだよ。そんな気がしただけ。



事の中心人物は何事も無いように振る舞う。

本来なら立ち続けるのも辛いはずだというのに、そんな素振りを一向に見せない。

こちらを心配させないために、か。



――どうしようもなくなったらおいで。お酒の一杯、コーヒーの一杯、つまみの一つや二つは出すから。

――済まんな。迷惑をかける。

――僕は気にしていないよ。



何よりも受け入れる強さを胸に。

それでいて抗い続ける。

嫌だ嫌だと駄々をこね、事実を否定する子供ではなく、淡々とその事実を受け入れ、それからどうしようかと悩む。

きっと死ですら、自らの存在が完全に抹消されてしまうことすら、彼は容易に受け入れるだろう。

だからといって神格化のことなど彼に言えるわけがない。

言ったところで無力な彼が出来ることなど一切なく、言ったことにより状況がこれ以上悪化しては元も子もない。

そう思いながら、時を過ごす。

今日あたりに彼が、ヴァランディールが来るはずだ。

彼も先日のティオエンツィア、先々日のアリーシャ同様、我に聞きたいことがあるに違いない。

そして、来た。

彼は我をみると早々に殺意をこめた視線を送ってきた。

そんなことをせずとも我は逃げないというのに。

むしろ逃げた後が怖くて逃げれない。



――私が知りたい事実のみを簡潔且つ明確に話せ。貴様が生きられる選択肢はそれだけだ。



先ほどの殺意はどこへやら、いつものように注文を終え、ユウキが二階に行ったのを確認するとこちらに向き直った。

その手には現在極限まで優先度を高めた武器が。

見ただけでも切られた先の記録が消失し、不老不死である神でも殺せると解る。



――彼が拒絶できている原因は?



完全に殺す声。

流石に肝が冷える。

ただ、ティオエンツィアよりはまだ手が出ていない分幾分ましだ。

話し終わった後に足が出たならアリーシャと同等だ。

そして、彼に対しあの二人と同じように言葉を紡ぐ。



――おそらく、魔法抵抗力とは全く無縁の、いやその力の源となっている何か。

――……何故神の力にすら反抗できる力が?



それは我が知りたい。

そもそも世界の中心が定める運命すら拒絶するのだから今更神の力、世界の意思に拒絶しても、然程驚きはしないが。

ただ、彼らが運命を狂わす性質を持つなど知ったら、どのような反応をするのだろうか。

少しだけ見てみたい気分になった。



――局外者、という言葉を知っているか?

――ああ、知っている。

――彼は、それだ。故に特異な力が世界の壁を超えるときに手に入れたか、あるいは目覚めたかしたのだろう。全ては推測だが、あながち外れているとは思えない。

――そう、か。

――どちらにせよ、我々には失敗しないことを祈るしか出来ない。神である私が言うのもなんだが、な。



そう、祈る対象などいないというのに。

それでも祈ってしまうのは神ではなかった頃の名残だろう。

そういえば、あの頃は一体何があったのか。

この身が神となって長く生きている為に昔を思い出すのも一苦労だ。

特に情報が保存されない神以前の記憶は。

ちょうど良い。

気分転換に悩むのをやめ、少し昔を懐かしむか。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




近頃は久しぶりに調子が良く、気分よく店を開けることが出来ている。

そういう日に限ってまともじゃない客が来たり、剣呑な空気が店を支配するのだが。

今日はまだそんなことはない。

これは期待できそうだ。

だがそんな淡い期待も壊されることとなる。

アウルの来店だ。

何せこの三日間、こいつが来て剣呑な空気にならなかったことがない。

しかも今日はさらに胃を痛めていそうな顔をしているし。

というかティアさんの拳を喰らって、さらにはアリーシャさんに蹴られていたけど、もう大丈夫なのかな?



――コーヒーを。

――珍しいね。また行き詰った顔をしているよ。



まあ大丈夫そうなので一安心。

ただ、また問題を抱えていそうな顔をしている。

本当にこの人が治める国(?)というのは危険な事態が好きなようだ。



――そうかも、知れんな。

――悩むのは良いけどね、悩み過ぎるのは良くないよ。周りが見えなくなって本来見るべきものが見えなくなるから。

――ああ、そうじゃな……



雰囲気が重たい。

この前の問題は確かに切羽詰まっていたが、この空気よりも雰囲気は軽かった。

だというのに何だろう、この空気は?

どこから手をつければいいのかさえ分からない?

やれやれ、難儀なことだ。



――……相談できないことなんだね。

――どうしてそう思う?

――何となく、かな。うん、何となくだよ。そんな気がしただけ。



ゼノンから貰ったコーヒーを淹れる。

遊び半分でアウルにこれを出した瞬間偉く感銘を受けられて、以来彼はコーヒー中毒者になり果てた。

酒よりは大丈夫なのだが、カフェインの方は問題ないのだろうかというのが僕の心配。



――どうしようもなくなったらおいで。お酒の一杯、コーヒーの一杯、つまみの一つや二つは出すから。

――済まんな。迷惑をかける。

――僕は気にしていないよ。



金を払わないと言っても常連だ。

老い先短いのだからこのぐらいはしてあげよう。

老人は大切に、老害は死すべしが基本ですよ、世の中。

それに、別に僕の店は金が余っているしね。

そこまで金が欲しいとも思っていない。



――やぁ、いらっしゃい。



のんびり過ごしているともう一人来た。

いつもより疲れた顔をしているヴァルである。

本の少し血色が悪い。

見た目は怪我がないことをみるに、魔法で塞いでから来たと仮定した方がいいのか。

店内を汚さない配慮と、僕に心配をさせない気遣いか。

馬鹿げているし、無駄なことを。

そもそもそんな事をするなら、闘うなと言いたい。

それでも言えないのは、きっと彼が譲れない何かのために戦っているから。

仕方がない。

だったらいつも通りに振る舞うまでだ。

正直気分が悪くて今すぐにでも座りたいけど、少しやせ我慢。

出来るよな、自分?



――今日はワインを。それから何か作ってくれないか?

――……何も食べていないの?

――ああ、調べ物があってな。ここ最近碌な食事を取っていない。



そこはちゃんと三食摂ろうよ。

ただでさえ血色が優れないんだからさ。

全く、仕方がない。

長く待たすのも忍びないから晩御飯用に作っておいたアレでいいか。



――良いけど……そんな注文をするのは君たちぐらいだよ、全く。

――迷惑をかける。

――気にしないで。このぐらい、どうってこともないから。でも少し時間が掛かるよ。大丈夫?

――ああ。そのぐらいは待とう。



少しふらついていたヴァルを一階に、僕は二階に上がった。

そして鍋に火を掛け、中身を温める。

その間にサラダを作り、買い置きしているパンを少しだけ焼く。

それにしても、近頃こういう酒場としては間違った注文が増えているような気がしてならないんだが。

いや、この世界の酒場としてこういう注文は本来あるべきものだ。

でも、増えてきたのは近頃だしな。

まあ良いか。まだまともな注文だから困っていないし。



――お待たせ。ビーフシチューだよ。

――良くこんな短時間で作れたな。

――晩御飯用に多めに作ったのを温めただけだからね。碌な食事を摂っていないんでしょ? それなら消火に良い物の方が体に良いよ。

――ああ、ありがとう。

――全く、食事はちゃんと摂りなよ?

――心配掛けるな。以後気をつける。



その以後っていう言葉が、実際のところはどれだけ先の話になっているのやら。

だからと言って口出ししない。

したところでヴァルに要らない負担を強いるだけにしかならないだろう。

それ以上にきっとヴァルは無茶はしても無理はしない。

どんな時でも約束を守ることを諦めないから、だから言って変な約束はするべきではない。

本当にしてほしい約束だけをした方が良い。



――……やれやれ。



本当に、律義な人だよ、ヴァルは。

きっと将来、というか今も苦労しているのだろうなぁ……

僕は少しだけ苦笑を零した。



[14976] 八話
Name: ときや◆76008af5 ID:d87f00d3
Date: 2010/03/21 22:12

近頃は警護の目が厳しく、中々彼らの隙を突くことが出来なかった。

しかしながら今日は、パーティということもあって監視が緩くなり、久しぶりに城を抜け出すことに成功した。

そして足を運んだ先はいつもの店。

ユウキさんがいる店だ。

表通りから外れた道を歩き、恋しい明りを見つける。

やった、今日も開いている。

私の足取りは先ほどとは比べ物にならないほど軽やかになった。



――誰がって言われても、僕はそんな気はないんだよ。

――だが、あの二人は確実に……



ドアから微かに声が聞こえる。

一つはユウキさん、もう一つはまだ知らない人の声だ。

いったい誰だろう?



――いやヴァル。実は……

――何?

――ゼノン、もしかして……

――他に誰がいるんだ?



もう一人増えた。こちらも男性。

いったい誰の話をしているのだろうか?



――……ユウキ、一つ言おう……誑し。

――そんなつもりは、無いんだけどね。

――けけけ、自分のやっていることの人外さには気づけていねえな。

――えっと……僕そんなにも……



もう少し聞いてみよう。

何故か今は入る気にならなかった。

だがそんな私の興味を他所に、近頃勘の良くなったマスターが話しかける。



――そろそろ入ってきなよ、ローズ。秋口とは言っても夜は冷えるんだよ。



話の続きを聞きたいが、これ以上隠れるのも忍びない。

何よりユウキさんに入るよう誘われたのにそれを断る選択肢なんて、私にはない。

静かにドアを開け、店内に入る。

そこにはゼノン・カオスという男性と、それからまだ会ったことのない男性がいた。

ユウキさんは相変わらずこちらに微笑みかけながら、お酒の入ったグラスを弄んでいる。

グラスに入っているお酒の色は琥珀色。

ならばウィスキーだろう。

それはちょっと、飲めない。



――久しぶり。一か月ぐらい来なかったけど、元気にしてた?



そう言いながらユウキさんは紅茶を準備する。

ああそうか。まだその程度しか来ていなかったのか。

私はつい、半年も来ていないかと思っていた。



――ユウキさんに会えなくて、死にそうでした。



マスターの名前はここの常連さんに教えてもらえた。

本当なら様付けをしたいのだが、ユウキさんがそれを頑なに拒み、話し合った結果さん付けに落ち着いた。

今はそちらの方が親しみを持てるので気に入っている。



――やれやれ、たかだか僕に会えない程度でそんな大げさな……もしも僕が急死したら、どうするんだ?

――その時は……その時です。

――頼むから、後を追うなんて愚かな真似はしないでよ。僕はそれを、望んでいない。

――…………

――返事は?

――分かりました。

――本当に、君は……



そう呟きながら私の前に紅茶を出す。

お茶受けはマロングラッセ。秋だからか。

近頃ワインを味わって飲めるようにはなったが、やはり私は紅茶が好きだ。



――…………なあ、ゼノン。

――お前の問いに対し、俺は全てにおいて肯定の意思を示そう。

――破邪の剣姫、ローズブラッド・フォン・ダルクヴァロワ……



どうやら私のことを知っている人がいるようだ。

それも無理はない。

破邪の力、実体を持つ持たないに関わらず全ての魔性の者に対し強力な毒となる力。

教会はその力を聖なる力、神の力と呼びたがっているが、持っている本人からしてみればそうとは言えない。

力は力。これもまた一つの、暴力だ。

そんな力を世界で最も強く持つ姫君、それが私。

勇者を除けば世界でただ一人、災厄の魔王や孤高の悪魔を殺せる存在ではと言われているが、どうなのだろう?

会っていないので分からないし、彼らは非常に強いと聞く。

実力の面で負けているなら、私は敵わない。



――ローズってすごい人なの?

――まあ、じゃじゃ馬姫として有名だからな……

――ああ、そちらの名が通っているな。

――……姫? どこかの貴族の令嬢かと思っていた。

――ユウキ、何も知らないのか?

――だってほら、興味無いし。



興味が無いとは……自分の住んでいる国の姫すら知らないほど興味がないのか。

いや、そのおかげで私は非常に楽しい時間を過ごせれているのだが。

それでも、何故か残念な気になった。

隣の男性二人も頭を抱えている。



――ところでユウキさん、こちらの方は?

――ああ、ローズは初めてだったね。ヴァル、良い?

――構わない。

――ん、了解。この人はヴァランディール。ほら、良く僕が巷では売られていないお菓子作っているでしょ? その材料とか持ってきてくれる親切な、親友だよ。



ユウキさんの、親友。

だとすればこちらも挨拶をしないわけにはいかないだろう。

彼の妻として当然の勤めである。



――初めまして、ヴァランディール様。私はローズブラッド。ユウキさんの妻です。

――ローズ、君は入れてはいけない言葉を入れた。やり直し。

――…………えー。

――僕が彼らに妙な偏見を持たれたらどうするんだよ?

――事実を述べたまでですが?

――最後は事実でも現実でもない。だからやり直し。

――ああ、安心しろ、ユウキ。私はちゃんと分かっている。

――なら、良いんだけど。



妙なことを、言っただろうか?

それはともかくとしてヴァランディール。

彼は何か隠しているような気がしてならない。

幾度の戦闘で鍛えられた本能が、何より破邪の力が彼を敵だと叫んでいるのだから間違いない。

だが、彼はユウキさんの親友だ。

ならば敵であるはずがない、と理性でそれらの叫びを押さえつける。



――ところで、今日は何かあったの?

――何故そう思うのですか?

――だってほら、服装。君がここに来る時っていつも動きやすい軽装で来るでしょ? なのに今日は、結構着飾っているからさ。何かあったのかなって。

――えっと……怒りません?

――内容による。



不安だ。正直不安だ。

パーティを抜け出したぐらいなら良くやってきたことなので別にユウキさんは怒らないだろう。

だが、そのパーティの内容が問題だ。

だからと言って誤魔化すことは、出来そうにない。

仕方がない。ここは事実を言おう。



――私の誕生日を祝うパーティを、抜け出してきました。

――……それって、抜け出すほど嫌なこと?

――ええ。今回のパーティは私の誕生日という名目を使った大規模なお見合いですもの。嫌になります。

――…………ああ、そうか。そういえばローズはそんな年なのか……

――もう私には婚約者がいるのに。お父様は分っていない。

――頼むから妄想は夢の中だけにして。



そう、会場はまだ未婚既婚を問わず多くの殿方で一杯だった。

全ては私の政略結婚相手として集められた。

中には私以外の相手も狙っているようだったが、そのことはどうでもいい。

正直、既に五人と結婚し、あまつさえ四十を超えている男性を招いたお父様の感性を疑いたいのも一旦置いといて。

兎に角一度、私はある殿方と以外結婚する気はないとちゃんと剣で言っておいたはずだが。

どうやらもう一度、説得しなければならないようだ。

私は既に既婚者であると。

ふと思考に耽っていた時、耳に入ってきた結婚という言葉で目が覚める。



――冗談、としておきたいのだがな……そろそろ身を固めないと二人が夜襲ってくるぞ?

――ちなみに残念なことにこれに冗談はねえ。マジで近頃画策しているところがある。

――……うわぁ……マジ引くわ。



何の話をしていたのだろう?

二人というのは……誰のことだろう?

夜襲う? 分からない。

誰かが彼を傷付けるというのだろうか?

それは、防がなくては。



――にしても、誕生日ねぇ。もうちょっと早く言ってくれたらケーキぐらい作るのに。

――本当ですか?

――うん。でもちゃんと次に来れる日を教えてね。ケーキは生物だから、日持ちしないんだよ。

――では来年に、是非!

――わかった。



毎年似たようなパーティで飽きていたはずの誕生日が急に楽しみになった。

ユウキさんの手作りケーキ、どんな味がするのだろうか?

きっと味わったことのない味がするのだろう。

楽しみだ。

ケーキについて考えていると、いつの間にかユウキさんは遠くを見るような目をしていた。

それを穏やかな目で見る私とヴァランディール様とゼノン様。

この静かな時間が愛おしい。

ただ、余計な物が二人いるのは残念で仕方がない。



――そういえば、ユウキさんの誕生日はいつなのですか?

――うんと……桜の散り始め辺り。正直正確な日付は分からない。

――そう、ですか。



もしも分かったならユウキさんのためにパーティでも開こうと思ったのだが、残念。

諦めるしかない。

そう思いつつ、最後の一口となった紅茶を飲み干す。

さて、次は何を飲もうか?



――ワインをください。

――良いけど、多分君の家で出す物よりも安物だよ。構わない?

――ええ。だって、向こうではお酒を楽しむことは出来ませんもの。楽しめない酒は何より劣ります。

――……言うようになったね。

――それなりには、ですけど。



しばらくして出されたお酒は私の好きな白ワイン。

憧れの女性であるアリーシャ様は血のような色をした赤ワインが好きなようだが、あちらは渋みがあって好きじゃない。

やはり私は白ワインの方が好きだ。

だからといってアリーシャ様の好みをとやかく言うつもりはない。

美味しい酒を美味しく飲む。

そこに酒の貴賎、優劣など絡ませてはいけない。

ユウキさんが本気で拳骨を入れるから。



――もしもサクラが見つかったとき、君の誕生日は祝えるか?



ふと、隣に座っているヴァランディール様がこぼした。

ユウキさんは春生まれだが、正確な日付は彼の言うサクラという花しか知らない。

ならばサクラさえ見つかれば、その花散る頃にユウキさんの誕生日を祝えばいいのか。



――良いよ、別に。もう僕は誕生日を祝ってもらうような年じゃないんだから。むしろこれからは祝う年齢なのかな。

――私のお父様は齢三十ほどですが、まだ誕生日を祝ってますよ?

――それは祝わないといけないからだよ。年齢じゃなくて義務の話だ。

――そうなのですか?

――そういうものさ。



でも、私は彼の誕生日を祝ってあげたい。

この世界に生まれてきた彼を祝福したい。

何より彼は私の夫なのだ。

その妻が良き人の誕生日を祝わなくてどうする?

そんな願いから、私は彼の誕生日を祝いたくて仕方がなかった。



――……ま、何はともあれ、ローズ?

――はい?



返事をすると共に眼の裏に星が散る。

頭がぐらぐらする。首が痛い。

これは、間違いなく殴られた。

少し涙目になりながらユウキさんを睨む。

本当に何故このようなことをするのか、皆目見当が付かない。



――例えどの様な下心があってそのパーティを開いたのか分からないけどさ、主賓が抜け出して何油売っているの? それにそのパーティは君のために開かれたものなんでしょ? 君のご両親は君のためを考えて開いたんだろう?

――それは、そうですが。でもパーティというなの見合いなど、私はしたくありません。

――言う相手が間違っている。それは親に向かって言うべき言葉だ。何があろうと僕に言う言葉じゃない。

――両親には何度も言いました。ですが、一向に理解してくれないんですもの。私のせいじゃないです。

――ハァ…………とにかくお帰り。それでも両親は、君の帰りを待っていると思うよ。

――そうであっても私はここにいたいです。

――もう一発殴ろうか? 子供はもう帰る時間だといっているんだよ?



拳骨は痛い。それは嫌だ。

ユウキさんに愛想を尽かれるのもはもっと嫌だ。

ここは、やはり大人しく従うべきか?

いや、ちゃんと意見を言うべきだろう。

さもないと何時までもユウキさんの言葉に従順な人形になってしまう。



――私はもう大人です。

――子供だ。叶わない程度で逃げ出すことを選んだ時点で君はまだ子供だよ。

――ではいつになったら大人になれるのですか?

――ああ……難しい質問だね。



そういえばユウキさんは子供の定義は言っても大人の定義を言っていない。

子供の定義に当てはまらない人を大人としているようにも見えない。

彼にとって大人とは、いったいどのような人を指すのだろうか?



――簡単に言ってしまえば完全に自分で責任を取れたら。原因を受け入れ、過程を受け入れ、結果を受け入れる。そしてその全てに責任を持てる人。それが僕にとっての大人だよ。

――ガキの定義に当てはまらないやつじゃないのかよ?

――人はね、急に大人になることはできないんだよ。それにここから大人でここまで子供とはっきり線引きもできない。だから大体だし、隙間、子供から大人になる準備期間が存在する。その結果が僕の持論。

――自己責任……自分の行った全てに責任を持つ、ですか。難しいですね。

――まあね。でもさ、正直自分の行動に責任も取れない奴が権利だの義務だの喚かれても耳障りなだけなんだよ。原因が自らの過去のせいだと言うのなら、その行動を自ら選んだと言うのなら、望んでいない結果であろうとも受け入れる。それは当然の責任だよ。

――マスターは、できているのですか?

――どう……なんだろう。心掛けてはいるんだけど、完全にできているのかは分からない。それでも僕は全ての結果を甘んじて受け入れる覚悟はできているよ。

――私は、まだ……そんな覚悟は出来ていません。



自分の行動でユウキさんに嫌われたら。

自分が蒔いた種で誰かが傷付くことになるとしたら。

結果として最悪の事態になってしまったなら。

きっと私はユウキさんのように事実を強く受け入れることは出来ない。



――……ローズ、難しく考えることはないよ。

――ユウキさん……

――子供が急に大人になるわけじゃない。ゆっくりで良いから、少しずつで良いから、全力で本気で今を生きよう。そうすればきっと、いつか大人になっているよ。

――……分かりました。今日の所はもう帰ります。今の気持ちのまま、両親と今一度話し合った方が良いと思いますから。

――ん、分かった。気をつけてね。これから昼と夜の気温差は大きくなる。風邪、引かないようにね。

――はい、ユウキさんも皆様もお大事に。

――ああ。夜道は気を付けろよ。

――またな、ローズ。



閉めたくもないドアを閉める。

さて、お父様は一体どこにいるだろう?

それにしてもケーキ……

早く来年にならないだろうか。

おっといけない。

ちゃんと今を精一杯生きながら楽しみにしなければ。

ユウキさんに怒られてしまう。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




時と言うのは意外とあっさり過ぎているもので、ふと思い返せば僕はもうここに来て六年を過ぎた。

そんな秋口のある日のこと。

いつものように客がほとんど来ない。

と言うより店先に出している看板をオープンからクローズに変えているので客は来るはずがない。

だと言うのに店内の明かりは灯り、僕を覗いて二名の常連が寛いでいる。

それなのに閉店にしている理由は下手な奴に来てほしくないから。

店を閉じて現在、この店の常識人であるヴァランディールとゼノンと酒を酌み交わしながら話をしている。

その話題は全て僕に関することなのだが。

全て心当たりがないのは一体どうして?

そもそもだ。

僕があの絶世の美女であるティアさんや妖艶な魔女であるアリーシャさんに求婚されるほど好かれているというのは初耳なのですが。

それなのに今選べと?

無理だ。僕には選べない。

そもそも結婚自体、僕はしたくない。



――だから、誰がって言われても、僕はそんな気はないんだよ。そろそろわかってくれ。

――だが、あの二人は確実に君の事を好んでいる。どちらか選んでくれないとこちらの胃が持たないんだ。



そうは言われても、ねぇ。

彼らの言う事、あの二人が僕をそこまで好いているのが事実とするならば、どちらかを選んだとしてもその先にあるのは破滅だけだと思う。

第一、僕は昼ドラのようなことはしたくない。

あんな泥沼な恋愛サスペンスの中心は全力でお断りしたい。

胃腸薬がどれほどあっても足りないことが目に見えているから。



――いやヴァル。実は二人だけじゃないんだぜ。

――何?



そんな時にゼノンが爆弾を投下した。

彼が知っていて、ヴァルが知らない人。

思い当たるのは複数いるが、想像できるのが一人しかいない。

まさか、悲劇を演じる道化少女?



――ゼノン、もしかしてあの子のこと?

――他に誰がいるんだ?



やはりか。

悪くはないんだけど、妄想癖が酷いからね。

あの子も僕としては遠慮願いたい。



――……ユウキ、一つ言おう。この女誑し。

――そんなつもりは、無いんだけどね。



三人が三人とも、落とそうとして落としたわけでも、落としたくて落としたわけでもない。

むしろ二度と来なくなってくれていたらどれだけ僕たちの胃に優しかったことか。

もしも過去に戻れるなら、今すぐアリーシャさんに会った前日に戻り、自分と熱く論議したい。



――けけけ、自分のやっていることの人外さには気づけていねえな。

――えっと……僕そんなにも……した?



含みのある物言いだ。

高々女性三人が一人の男性に夢中程度で人外認定を受けるとは甚だ遺憾な所がある。

それでも何故か、僕は反論する気になれなかった。

場に妙な空気が流れる。

ちょっとこの空気を一変したい。

仕方がない。客の一人でも招こう。



――そろそろ入ってきなよ、ローズ。秋口とは言っても夜は冷えるんだよ。



そう思い、先ほどから扉の前で固まっている彼女に声をかける。

するとしばらくして静かにローズが入ってきた。

やはりローズか。近頃こういう勘が鋭くなってきて非常に嬉しい。

時々迷惑な客が来るのが分かって空しくなるが。



――久しぶり。一か月ぐらい来なかったけど、元気にしてた?

――ユウキさんに会えなくて、死にそうでした。



恒例の挨拶に妙な言葉が混じっているが、誇張表現として受け止める。

夢だけを見ることは少なくなったが、しかし彼女の妄想は痛々しい。

本当に白馬の王子様マダー?

別に狼さんでも僕は一向に構わないから。



――やれやれ、たかだか僕に会えない程度でそんな大げさな……もしも僕が急死したら、どうするんだ?

――その時は……その時です。



ぞわり、と不吉な気配が背筋を撫でる。

きっとこのまま放置すれば碌でもない未来が待っているという前触れだろう。

未然に打つ手は一つ。

後追いを禁止しておく。



――頼むから、後を追うなんて愚かな真似はしないでよ。僕はそれを、望んでいない。

――…………

――返事は?

――分かりました。

――本当に、君は……



いい加減に妄想を止めてほしい。

見ていて痛々しいし、何より耳に痛い。

好んでくれているのは純粋に嬉しいのだが、それでも現実を見ないのであれば話は変わる。

やれやれ、彼女がまともな人間になるのは当分先の話のようだ。



――…………なあ、ゼノン。

――お前の問いに対し、俺は全てにおいて肯定の意思を示そう。

――剣姫、ローズブラッド・フォン・ダルクヴァロワ……



ヤカンに水を入れる音のせいでヴァルの言葉が一部聞こえなかった。

だが、剣姫?

確かにイメージとしては蝶よ花よと言われているよりもあっているが。

僕は彼女がそう呼ばれるのを初めて聞く。

はてさて、そんな大層な二つ名が付くからには武芸で名が通っているのだろうか?



――ローズってすごい人なの?

――まあ、じゃじゃ馬姫として有名だからな……

――ああ、そちらの名が通っているな。

――……姫? どこかの貴族の令嬢かと思っていた。

――ユウキ、何も知らないのか?

――だってほら、興味無いし。



ふむ、口を開かなければ存在する気品からどこかの上流階級だとは思っていたが、まさかお姫様だとは。

似合うには似合うが、だからといって普通の姫とは違う。

その違いがローズの良さなのかな。

僕には分からない。



――ところでユウキさん、こちらの方は?

――ああ、ローズは初めてだったね。ヴァル、良い?

――構わない。

――ん、了解。この人はヴァランディール。ほら、良く僕が巷では売られていないお菓子作っているでしょ? その材料とか持ってきてくれる親切な、親友だよ。



そう親友。

だから妙な妄想を口にして、変な印象を与えないでと願いを込めるが、現実とは非情であるのが常。

むしろローズの場合は妄想がひどいのでそもそも届くことがない。



――初めまして、ヴァランディール様。私はローズブラッド。ユウキさんの妻です。



さらりと何の迷いも戸惑いもなくこの子は妄想を口にする。

僕の胃は少しだけ痛みを覚えた。



――ローズ、君は入れてはいけない言葉を入れた。やり直し。

――…………えー。

――僕が彼らに妙な偏見を持たれたらどうするんだよ?

――事実を述べたまでですが?

――最後は事実でも現実でもない。だからやり直し。

――ああ、安心しろ、ユウキ。私はちゃんと分かっている。

――なら、良いんだけど。



はあ、どうしてこうも女性で苦労するのか。

神よ、僕が何かした?

妙な空気が漂いだしたので、少し話題を変える。



――ところで、今日は何かあったの?

――何故そう思うのですか?

――だってほら、服装。君がここに来る時っていつも動きやすい軽装で来るでしょ? なのに今日は、結構着飾っているからさ。何かあったのかなって。

――えっと……怒りません?

――内容による。



話も聞かずに怒るほど、僕は短気ではない。

ただ、家族が傷つけられたというのはら話は別となるのだが、今となってはそのことで怒ることができない。



――私の誕生日を祝うパーティを、抜け出してきました。



王族だからその程度の規模は当然か。

僕の方でも誕生日は結構盛大に行っていたし。

ただ、アレは明らかに大人たちが平日の朝からでも酒を飲みたいと言う欲望の表れだったけど。

苦労するのは一部良識人とつまみを作らされ、酒を飲まされ、片付けをさせられる僕だけでした。



――……それって、抜け出すほど嫌なこと?

――ええ。今回のパーティは私の誕生日という名目を使った大規模なお見合いですもの。嫌になります。

――…………ああ、そうか。そういえばローズはそんな年なのか……

――もう私には婚約者がいるのに。お父様は分っていない。

――頼むから妄想は夢の中だけにして。



このファンタジーな世界では日本のように義務教育や未成年者保護法などと言った面倒なことこの上ない法律はない。

また事実として魔族、魔物、竜といった人間の天敵が多く存在する。

彼らを討伐していくためにこの世界の人の死亡年齢は低く、結婚年齢も低い。

とりわけ王族は政略結婚が多いため、結婚年齢も一際低い。

それでも、庶民でも結婚適齢期が十六なんて言われているんだから、まあ、ねえ。

ローズは大体十五程の少女だしねぇ。

姫様であることを考えるとまだ結婚していない方が不思議だ。

そんな横で二人が声を小さくして話し合っている。



――で、この娘が件の三人目?

――妄想が痛々しいが、そう。

――どうしてこうも、ユウキに周りにはまともな人が集まりにくいんだ? ユウキがまともじゃないからか?

――失敬な。僕は至ってまともだよ。それから彼女を数えないでほしい。二人より後が怖い。



ヤンデレに需要はありません。

ツンデレに供給はありません。

クーデレは非売品であります。

デレデレは付き合い始めと二次元の中です。

だと言うのに彼女は需要の無いヤンデレ予備軍。

結婚以前に付き合うことなんて望むわけがない。



――……その辺は、諦めろ?

――カリスマと色気と妄想、どれも甲乙つけがたいな。

――あのね。僕はそもそも結婚する気はないんだよ。そろそろ分らないと本気で殴るよ?

――冗談、としておきたいのだがな……そろそろ身を固めないと二人が夜襲ってくるぞ?

――ちなみに残念なことにこれに冗談はねえ。マジで近頃画策しているところがある。

――……うわぁ……マジ引くわ。



僕のような男のどこが良いのか全く分からないのですが。

むしろティアさんにアリーシャさんだよ。

絶世の美女が今なお売れ残っているのが不思議。

公認の世界七不思議に登録しても良いぐらい。



――にしても、誕生日ねぇ。もうちょっと早く言ってくれたらケーキぐらい作るのに。

――本当ですか?

――うん。でもちゃんと次に来れる日を教えてね。ケーキは生物だから、日持ちしないんだよ。

――では来年に、是非!

――わかった。



来年の今頃、アップルパイでは芸がない。

大きめのモンブランで良いかな。

ああでも、この世界にはまだタルトタタンがないんだよな。

何にせよ紅茶に合う方が良いだろう。



――……ユウキ。

――ん?

――その……誕生日とは、祝うものなのか?



思考に耽っているとヴァルが問いかけてきた。

ああそうか。

度重なる戦争や貧困で祝うことの出来ない家庭だって存在するのか。

日本もこの国も基本的に恵まれている国家だったから忘れていた。



――まあ、基本的に。魔族や龍族がどうなのかは知らないけど、人はその日を祝うよ。だって多くて人生に百回ぐらいしかないからね。貴重なんだよ。特に子供のうちはね。

――そういうものなのか……

――それに親にとっては子供が一年健やかに成長してくれたことを喜び、また来年と祈る。そんなための日でもあるよ。

――ユウキも、祝ってもらったのか?



本の少し、顔を綻ばせる。

人の誕生日を言い訳に酒宴を開き、主賓を働かすことを祝ってもらったとは言い難いが、それでもアレも祝い方だろう。

確かにあの日も楽しかった。

ちょっと、懐かしい。



――それは勿論。と言っても、ウチの両親は酒が飲みたいだけだろうけど。

――どういう意味だ?

――えっとね、僕は春生まれなんだ。母国ではちょうど桜という花が咲く頃でね、花見をするぐらいその花を好んでいるんだよ。で、両親はもう一度花見がしたいからって僕の誕生日を桜の下で祝うようになって……準備と片づけが、面倒だったなぁ……

――色々と、あったんだな。

――うん、あった。

――そういえば、ユウキさんの誕生日はいつなのですか?

――うんと……桜の散り始め辺り。正直正確な日付は分からない。

――そう、ですか。



この世界とあの世界の日付がどう違うのか分からない。

一年が三百六十日だから計算するのも面倒。

何より僕は若返っているために正確な日付が分かるわけもない。

故に春が終わったら一歳カウントしている。

桜があれば、もっと分かり易かったんだけど。

ローズは少し残念そうに紅茶を飲みほした。

もしかして僕の誕生日を祝おうとしたのか?

気持ちだけで十分だ。

実行されたら何が起こるか分かったものじゃないから。



――ワインを頂けますか?

――良いけど、多分君の家で出す物よりも安物だよ。構わない?

――ええ。だって、向こうではお酒を楽しむことは出来ませんもの。楽しめない酒は何より劣ります。

――……言うようになったね。

――それなりには、ですけど。



僕として嬉しい傾向だ。

さてワイン……ああ、これでいいか。

当たり年の白ワイン、二十年物。

贔屓にしている酒屋の知り合いの酒造の店主と一晩飲み交わした時に貰えた。

あまりに美味しくて売りたくなかったから売っていないらしい。

良いのか、それ?



――もしもサクラが見つかったとき、君の誕生日は祝えるか?

――良いよ、別に。もう僕は誕生日を祝ってもらうような年じゃないんだから。むしろこれからは祝う年齢なのかな。

――私のお父様は齢三十ほどですが、まだ誕生日を祝ってますよ?

――それは祝わないといけないからだよ。年齢じゃなくて義務の話だ。

――そうなのですか?

――そういうものさ。



天皇陛下と似たようなことだろう。

国の権力者、特に文明の発達していない現在では部下の忠誠の確認や権力の誇示のために祝うだろう。

だから普通とは違う。

まあ彼女もいつか、知ることになるだろう。

今後彼女に伸し掛かる義務と責任のために釘を打っておこう。

誕生日の度に抜け出されてはこちらの店も問題となる。

僕は火炙りよりも醜い権力争いの中に組み込まれたくはない。



――……ま、何はともあれ、ローズ?

――はい?

――……あー、痛い。



彼女がグラスを机の上に置いているのを確認し、握りしめた拳を振り降ろす。

さて、どうしてこの世界の女性は石頭なのでしょうか?

冗談抜きで手が痛い。

この光景を見たゼノンはやはりかと天を仰ぎ、ヴァルはおいおいと頭を垂れた。



――例えどの様な下心があってそのパーティを開いたのか分からないけどさ、主賓が抜け出して何油売っているの? それにそのパーティは君のために開かれたものなんでしょ? 君のご両親は君のためを考えて開いたんだろう?

――それは、そうですが。でもパーティというなの見合いなど、私はしたくありません。

――言う相手が間違っている。それは親に向かって言うべき言葉だ。何があろうと僕に言う言葉じゃない。

――両親には何度も言いました。ですが、一向に理解してくれないんですもの。私のせいじゃないです。



所詮彼女はまだ子供、か。

何度も言った? 理解してくれない?

自分の心が相手に通じていない時点でそれは一回の会話よりも劣ると言うことに気づけ。

醜い言い訳は己を貶める。

理解していないのは両親のではなく、さっさと諦めたテメエの責任だ。

そういった本音を全て理性で抑え込む。

これ以上彼女をここに置いといてもあまり意味はない。

招いたのに悪いが、早めに帰らせた方が良いだろう。



――ハァ…………とにかくお帰り。それでも両親は、君の帰りを待っていると思うよ。

――そうであっても私はここにいたいです。



意気地になって。

そういえば、この世界では世間一般的に十五を越えれば大人として見られるのだったか。

大人として見られるだけで、大人であるのとは違う。

僕の家庭は一定年齢を越えると情け容赦なく大人であることを強要されるから、少し違和感がある。



――もう一発殴ろうか? 子供はもう帰る時間だといっているんだよ?

――私はもう大人です。

――子供だ。叶わない程度で逃げ出すことを選んだ時点で君はまだ子供だよ。

――ではいつになったら大人になれるのですか?

――ああ……難しい質問だね。



確かにそうだ。

僕はローズを子供子供とばかり言っている。

僕にとって大人とは一体どのようなものかを言っていない。

ただ、僕の場合は実家がねぇ。

自分で責任を取れという環境のせいで大人の定義が特殊になってしまっているんだよ。



――簡単に言ってしまえば完全に自分で責任を取れたら。原因を受け入れ、過程を受け入れ、結果を受け入れる。そしてその全てに責任を持てる人。それが僕にとっての大人だよ。

――ガキの定義に当てはまらないやつじゃないのかよ?

――人はね、急に大人になることはできないんだよ。それにここから大人でここまで子供とはっきり線引きもできない。だから大体だし、隙間、子供から大人になる準備期間が存在する。その結果が僕の持論。



青春時代、第二次成長期、大人離れ。

様々な言葉で言い表されるそれら。

その過程が人が子供から大人になる期間。

この子にはそれも足りていないのだろう。



――自己責任……自分の行った全てに責任を持つ、ですか。難しいですね。

――まあね。でもさ、正直自分の行動に責任も取れない奴が権利だの義務だの喚かれても耳障りなだけなんだよ。原因が自らの過去のせいだと言うのなら、その行動を自ら選んだと言うのなら、望んでいない結果であろうとも受け入れろ。それは当然の責任だよ。

――マスターは、できているのですか?

――どう……なんだろう。心掛けてはいるんだけど、完全にできているのかは分からない。それでも僕は全ての結果を甘んじて受け入れる覚悟はできているよ。



むしろしなければならなかった。

それほどまでに僕の家庭は普通とは違った。

そのことに気付いたのは中学の時、喧嘩した後のことだ。

うちの親は学校に来ず、むしろ電話で何故行かなければならないのかと教師を一時間以上説教していた。

アレには相手先の親が唖然としていたのを今でもよく覚えている。



――私は、まだ……そんな覚悟は出来ていません。

――……ローズ、難しく考えることはないよ。

――ユウキさん……

――子供が急に大人になるわけじゃない。ゆっくりで良いから、少しずつで良いから、全力で本気で今を生きよう。そうすればきっと、いつか大人になっているよ。



むしろ急に大人になられたら子供であることを言い分に帰らさせることができなくなる。

それもそれでまずい。



――……分かりました。今日の所はもう帰ります。今の気持ちのまま、両親と今一度話し合った方が良いと思いますから。

――ん、分かった。気をつけてね。これから昼と夜の気温差は大きくなる。風邪、引かないようにね。

――はい、ユウキさんも皆様もお大事に。

――ああ。夜道は気を付けろよ。

――またな、ローズ。



ローズの気配が遠のく。

それにしても、どうしてこの店は問題のある女性客が多いのだろうね。

世界はそれほどまでに僕の胃に穴を開けたいのだろうか。



――ユウキ、お前はいつ大人になったんだ?

――……十五、の時かな。多分十二辺りから僕は子供を止めていって、大人になり始めた。

――随分と早いな……

――古い習慣を守る特殊な家ですから。全く、元服のせいで小遣いとか全部自分で稼がなければならなかったよ。



小遣いの他には高校および大学の学費、一人暮らしに必要な費用などなど。

中学までは最低限の面倒は見てくれたけど、問題起こしても親は来なかったね。

お陰で洒落にならないほど責任感が育ちました。

全く、武家だからといってそこまで守らなくてもいいのに。



――結婚をしようとしないのも家のせいなのか?

――いやいやいやいや、それは単に、僕の問題だよ。

――良く分からねえな。別に問題なんてないだろうが。

――見た目の問題じゃないんだ。心の、問題。



ちょっと、結婚にはトラウマがあるもので。

正確には結婚生活があまりに幸せすぎて、不幸すぎた。

だから、結婚したらどうしても、その不幸を思い出してしまいそうなんだよ。

僕が結婚できない理由はそれ。



――二人には悪いけどね、したく、ないんだ。



左手薬指を触る。

そこにあった絆は既になく、ただ空しく冷たい肌の感触があるのみ。

まだ僕はあの過去を振りきれていない。

受け入れはしたが、振り切ろうともしていない。

僕の事で頭を悩ませる二人には本当に、悪い事をしている。



――そこまで言うなら、私は無理強いしない。

――俺もだな。結婚は人生の墓場と言うし、しないのも選択の一つだ。

――あら、理由は聞かないんだね。

――…………まあ、な。

――ていうか、聞けねえだろ。常識的に考えて……



なんか、うん。

秘蔵のお酒を出しても良い?




[14976] 九話
Name: ときや◆76008af5 ID:80a90243
Date: 2010/03/21 22:13

今日は珍しく公務が早めに終わったのでいつもよりも早めにユウキのいる店へと足を運んだ。

途中、何の祭りかは分からないが、街は非常に賑やかで人混みにあふれていたため、とても気分が悪くなる。

全く、ユウキもどうせなら私の国か片田舎に引越せばいいものを。

どうしてこんな国の首都で店を構えているのだろうか?

そう思いながら浮き立つ心を抑えつつ、足早に店へと向かう。



――久し振り、ユウキ。

――……今日は早いね。アリーシャさん。

――仕事が早めに終わったからね。

――やれやれ……



店に入るとユウキがテーブルを拭いていた。

客はまだ一人として来ていない。

特にあの邪魔者たちがいない。

非常に素晴らしいことだ。



――所で外がやけに騒がしいのだけど、今日は何かあるのかしら?

――ああ、うん。何でも今日は豊穣祭があるそうだよ。

――そう……迷惑な話ね。

――何で? アリーシャさんはお祭りは嫌いなの?

――祭典と言うより、人混みが嫌いなの。何か息が詰まるような気がしてね。

――なるほどねぇ……でも、祭りはちょっと違うよ。

――同じよ。どこもかしこも人で一杯。本当、息苦しくて嫌になっちゃう。



私の国でも祭典などはある。

もちろん王としてほぼ全ての式典および祭典に出席しなければならないのだが、やはりその時間は苦手だ。

それは私が王であるから、あの無意味に陽気な雰囲気に溶け込めない、馴染めないのが原因だ。

周りの者と壁を感じる。

全ての人が私を王として見る。

故に、馴染むことが出来ない。

そう言う王としての環境が私を人混みとあの陽気な雰囲気を苦手とさせた。



――まあ人混みについては僕の同意するけどさ。お祭りは違うでしょ。

――そう、かもしれないけど……でも苦手。

――……何かなぁ……



ユウキは珍しくワインの瓶を手でもてあそんで悩んでいる。

いつもならすぐにグラスに注いでつまみと一緒に出しているのに。

何かあるのだろうか。



――…………良し、決定。

――ちょっと、何ワインを片づけているのかしら?

――折角の祭りなのに楽しまないのも楽しめないのも全面的に不幸だ。と言うわけでアリーシャさん。祭りに行かない?

――嫌よ。私はここでゆっくり過ごしたいの。

――別にいるのは自由だけど、余り店を荒らさないでよ。それじゃまたねぇ。

――ちょっと。まさかあなただけでも行くつもり?

――もちろん。で、本当にどうするの?

――むー…………



ユウキのいない店で酒を飲んでも余りにつまらない。

ユウキがいることに意味がある店だと言うのに。

本当に仕方がない。

あの馴染めない空気の中に入るのは嫌だが、きっとそれでもユウキがいるならマシなものになるだろう。

そう言う期待を胸に抱く。



――一緒に行くわ。でも誘ったのだからちゃんとエスコートしなさいよ?

――あはは。僕で良ければ、アリーシャさん。

――ん、及第点。

――……厳しいなぁ。



差し出されたユウキの手を持つ。

ここでもっと自信たっぷりにしてくれたなら嬉しかったのに。

そう思いながらも掴んだユウキの手はちょっと冷たく、柔らかかった。

もしかしたら自分の手よりも柔らかく、指は細いかもしれない。

本当に、どこも男らしくない。



――それじゃ、行こうか。



ああ、それともう一点。

あのティオエンツィアから貰ったコートを着ているのも気に入らない。

普通女性を誘う時に別の女性から貰ったものを身に着けない。

だと言うのに彼は着ている。

私に頼めば魔法の一つや二つ……は無理だったか。

異常に高い魔法抵抗力と現在の彼の体調を考えるとあのコートの方が良い。

全ての攻撃を中っていないことにするのだから防御においても不備はない。

不測の事態への備えも万端だが、気に食わない。



――そう言えばアリーシャさん。

――何? それから今は呼び捨てにして。

――へ、何でさ?

――今は、普通でいたいの。

――……ん、分かった。

――ところで、何かしら?

――ああそうそう。アリーシャはもう晩御飯食べた? 食べていないなら先に出店を見るけど。



魔族と人族の身体の作りは似ているが、性能が全く違う。

人は飲まず食わずだと三日程度で死にいたるが、魔族の場合は一月程度なら問題ない。

酒とつまみさえあれば何の不足もなく生きていける。

また一人でという食事もあまりにつまらないため、私は基本的に食事を摂らない。

そう言った丈夫さのため、今は空腹ではないのだが。

ふむ、ユウキと同じ物を食べる、か。

それはとても良い響きを持っている。



――ええ、良いわね。そうしましょう。

――なら……あっちかな。



そう言ってある方向に歩きだす。

しばらく歩いていると表通りの出店が並んでいる場所に到着した。

私は祭典に出されてもこういった城下町を歩かないために何があるのが普通なのかを知らない。

故に見るもの全てが新鮮だ。



――ねえユウキ。アレはどうかしら?

――あそこ串焼きの店? やめておいた方が良いよ。香辛料が強すぎるし、火加減が間違っている。選ぶなら……あっちの店の方が良い。

――そうかしら? あの店の方がとても美味しそうな匂いがするわよ。

――あー……まあ匂いや見た目だけならね。

――……ユウキは鼻が良いのかしら?

――鼻と言うか……感覚全般。思考速度、反射神経、動体視力、可聴域、その他全ての感覚だけが常人離れをしているらしい。



らしい、とはどういったことだろうか。

まるで自分ですらそのことに不安があるような気がする。



――学校……ああ、ここでは学院と言うのだったか、そこにいる医師に相談したら、僕は脳や神経だけ異常と言われた。

――ノウやシンケイとは、何?

――まあ感覚の事かな。とにかく感覚。僕はね、昔から感覚が鋭かったんだ。それこそ、人として有り得ないほど。例えば……この串焼き。

――これが?

――嗅がずとも匂っただけで使われている材料のほぼ全てが分かる。一口かじれば配分が分かり、作っているのを観察すれば作り方すら理解する。さらに、記憶力と自分の肉体をミリ単位以下、秒刻み以下で操れることによる操作力で多分二、三度の失敗で再現できる。



彼が買った一人分のお勧めの方の店の串焼きを眺めながら呟く。

その言葉に嘘は一切含まれていないように感じる。

私でも集中して嗅いだところで使われている香辛料の三つか四つが分かる程度だろう。

魔族ですらそうなのだから、彼の異常性が理解できた。



――全ての料理でそう。いや、料理だけじゃない。技術のありとあらゆるものを僕は理解出来ている。そして、復元ができる。



多分それが彼の特異性の一つ。

私には理解できない範疇の話だ。



――ねえアリーシャ。君は、心の底から美味しいとしか感じられないものを食べたことがある?

――いいえ。美味しい料理を食べたことはあるけど、流石にそこまではないわ。

――僕は、ある。そのせいでね、食べる料理全てが、不味いことはないんだけど、物足りなく感じるんだ。



そう話す彼はとても懐かしいものを思い出すようで。

私を映さない瞳に少し、嫉妬を覚える。

彼は今、何を見ているのだろうか。

彼は今、何を思っているのだろうか。

私はそれを知りたくて、そして私の事を考えてほしいと浅ましく、考えた。



――人の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲と言われている。そのぐらい人は食事に重点を置いている。僕は本当に美味しいものを食べて以来、その食欲が満たされなかったんだ。

――だから、美味しいものを見分けるようになったの?

――いいや、当時五歳程度だった自分は、浅はかなことに自分で作ることにしたんだよ。再現においては不備はなく、理解力において十分で、記憶力において不足はなかったからね。

――ああ、だからユウキは料理が上手なのね。それで、今作れているのは満足できているのかしら?

――まあ……及第点かな。徹頭徹尾工夫や修練には励んでいるつもりでも、中々思い出の味には追いつけなくてね。何でだろう?

――……あの、味で?

――あの味で。真似ては見たよ。体得したよ。世界最高の料理人と呼ばれた全員の技術を全て。それでも、まだ何か足りない。その何かを僕は今も常に追い求めている。



有り得ない。

ユウキの店で出されるつまみ一つとってもその完成度は私の城の専属料理人がたどり着いていない域にある。

確かにいつかはたどり着くだろう。

しかしそれでも、そこまでだ。

そこから先には行けれない。

だと言うのに彼は、その先を望んでいる。

いや、その先を知り得ているから、渇望していると言った方が正しいのか。



――まあ何と言うか。この料理人の全てをなめ切った理解力と再現力のせいで一人当たり長くて一年ほどしか修行できなかったけどね。

――何故? もっと長い方が良いのじゃない? 師としても自分の全てを教えられるからありがたいのではないかしら?

――そういう考え方もあるんだけど。考えてみて。自分が培ってきた全てがたった一昼夜で真似される気分。自分を愚弄されているとしか考えられない。それを僕は、理解していた。だから一年。僕自身がその限界を決めたんだよ。

――色々とあったのね。

――まあね。あ、去年採れたブドウで作ったワインだって。飲む?



ほほう、初めて出すワイン。

それは一ワイン好きとして是非とも飲まねばなるまい。



――あら本当? なら是非。

――アリーシャは本当に、ワインが好きだね。

――もちろん。でもあなたの次にね。

――……冗談を。



冗談ではないんだけど。

本当に、感覚だけは鋭いくせしてこういったことには鈍感なのだから。

そういう面も私はかわいいと思う。



――へぇ……ヴァンホルトの……これは買いかな。

――そうかしら? 私にはちょっと酸味がきついように感じるけど。

――今は、ね。でも十年もすればちょうどいい具合に熟成されるよ。

――そこまで分かるの?

――まあね。



街のあちこちでざわめきが聞こえる。

陽気な雰囲気の中に私たちがいる。

こういう時も良い。



――あ、あのピッツァ屋。あそこのおじさんの作るピザは絶品なんだ。食べる?

――出来ればユウキが作ったのを食べたいんだけど、ダメかしら?

――ああ……残念。再現したくない料理があるんだ。僕が楽しむためにね。あそこのピザもその一つ。ごめんね。

――別に良いわよ。あなたの楽しみを壊したくはないから。ほら、行きましょう? ユウキが言うほどなんだからすぐに行列ができちゃう。

――だね。



初めて、祭典が楽しいと感じる。

周りが私の事を王として見ないためか、それともユウキが隣にいるからか。

どちらにしてもどうでもいい。



――おいユウキ。

――何かな? とりあえずピッツァ二つ。具はお勧めで。

――何スッゲェ美人連れているんだ?

――祭りが嫌いとぬかしやがったので連れてきた常連ですが、何か?

――それは独り身の俺への当てつけか?

――先に君には自業自得という言葉を贈ろうか? 大体幼女で巨乳で金髪で成人済みなんていないんだよ。いい加減に分かれ。

――男の浪漫を否定するな! 貴様それでも男か!!

――黙れ店主。そしていい加減に焼け。



食べたピッツァはいつもより美味しく感じる。

祭典だからだろう。

そう思いながらもユウキの分を少し頂く。

やれやれ、と苦笑した彼に少し取られた。

出来れば食べさせてほしいのだが、無理だろう。



――そろそろ、踊りましょう?

――そうだね。



差し出した手に乗せられる手。

既に周囲の人は音楽に合わせて陽気に踊り、それを眺める人はビールを飲んでいる。

ああ、本当に楽しい。

ユウキは私を見ながら見ながら周囲の人々を観察し、丁寧にエスコートする。

私もそれに合わせて踊っていく。

それでいて人にはぶつからないように細心の注意を払っているあたり、私の人嫌いを気にしているのだろう。

自然と笑顔が零れる。

ユウキには気付かれていないのを祈る。



――こういう祭典も楽しいわね。

――それなら、嬉しいね。



長いが短い、そんな楽しい時間が次第に終わっていく。

いつもよりはワインを飲んでいないはずなのにいつもよりも酔ってしまった気がする。

そんな私の首筋に冷たい感触がした。

ふと見ると、ユウキが私の後ろに手をまわしていた。



――うん、やっぱり似合っている。

――これは……ペンダント?

――途中でね、ちょうど見つけたんだ。アリーシャに似合っていそうだったからつい買っちゃった。

――私にくれるのかしら?

――うん。僕にはちょっと、似合いそうにないしね。

――そう……ふふ、ありがとう。



ぞわり、と肌が泡立つほどの殺気を身に受ける。

この感じ、大方ティオエンツィアだろう。

残念だが、今この時は私のものだ。

あなたが出る幕は一切ない。



――どう? 今日は楽しかった?

――ええ、とても。出来れば今後毎回誘ってほしいほどに。

――その気持ちはありがたいんだけど、ちょっと僕にも用事があるからね。無理だと思う。

――それは、残念。



そう言いながら首に手を回す。

もうここは踊っている人々の中心だが、別に気にしない。

人を避けて避けて踊っていたらいつの間にかたどり着いていたが、別に良い。



――ユウキ、誘ってくれてありがとう。今日はとても楽しいわ。

――うん。だからってキスするのはどうかと思うんだ。

――あら、良いじゃない。こんな美女の接吻よ。嬉しいでしょう?

――まあ……だけどねぇ……



やはり、堕ちない。

だがそれが良い。

この程度の誘惑で落ちたならそれはそれでつまらない。

ゆっくり、溶かすように。

そちらの方が、楽しい。



――それじゃ、アリーシャ。またいつか。

――ええ、また明日。おやすみなさい、ユウキ。

――おやすみ。



祭典も終わり、意気揚々と家路に着く。

首元には黒い真珠と銀が輝くペンダントがある。

もうこれは私の宝だ。

たとえそれがどれだけ安ものであろうと、いくら積まれても売る気はない。手放すつもりもない。

そう思いながら城にたどり着き、ベッドに飛び込んだ後の事。



――あ、泊まればよかった……



後悔先に立たず。

何だか、泣きたくなった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




外が賑やかだ。

理由は分かっている。

去年取れたワインが作り始めてからちょうど一年経ち、その品評会ついでに祭りがあるからだ。

その祭りの分類は豊穣祭。

一年の収穫と豊作を祝い、来年の豊作を祈る物。

きっと街中では美味しい匂いで立ち込め、新物のワインの初々しい匂いで溢れていることだろう。

そんな日でもこうして客も来ないと分っているのに店を開いている自分が憎らしい。

何故、本当にこんな目に遭っているのか。

そんな疑問が尽きずにいる。



――久し振り、ユウキ。



そんなとき、迷惑な客が来た。憎らしい。

いや、来なかった場合はどうして開いたのか憎みたくなるが、来た場合も場合でどうして来るのか憎みたくなる。

常識人ならまだ良い。

だが彼女は、アリーシャさんは金払いも色香も良い迷惑な客だ。

どうしようもない。

これは祭りへ行こうとしている自分への警告なのだろうか。

少し、世界を殴りたくなる。



――……今日は早いね。アリーシャさん。

――仕事が早めに終わったからね。

――やれやれ……



どちらにしろ来るな。

そんな言葉が喉の奥まで来たが抑える。

言ったら最後、僕はグッバイ現世を実行することになるだろう。

そう思いながら赤ワインを取り出す。

もしもこれが初物なら、僕も少しは祭り特有の陽気な気分になれただろうか?



――所で外がやけに騒がしいのだけど、今日は何かあるのかしら?

――ああ、うん。何でも今日は豊穣祭があるそうだよ。

――そう……迷惑な話ね。



確かに。

この祭りへ行きたいという日本人特有の欲求を抑えなければならないのが迷惑だ。

それ以上にあなた方のような客の存在が。

いや止そう。

そればかりでは来てくれた客に対し余りに失礼だ。



――何で? アリーシャさんはお祭りは嫌いなの?

――祭典と言うより、人混みが嫌いなの。何か息が詰まるような気がしてね。

――なるほどねぇ……でも、祭りはちょっと違うよ。

――同じよ。どこもかしこも人で一杯。本当、息苦しくて嫌になっちゃう。



人混み、息苦しさ。

その言葉で思い出すのは中学の修学旅行で初めて体験した東京の朝の通勤列車の混雑。

アレには見ただけで乗るのを拒んだ記憶がある。

それでも周囲の人によって乗せられ、人の波に押し潰されそうになった。

だが、アレと比べたら祭りの人混みなんて。

良く出来たスポンジと固めに仕上がったホイップクリームの差はある。

例えに失敗したか?



――まあ人混みについては僕の同意するけどさ。お祭りは違うでしょ。

――そう、かもしれないけど……でも苦手。

――……何かなぁ……



人混みと祭りを混同している。

どちらか片方しか体験していないことに良くあることだ。

その中で、彼女はきっと悪い方しか体験して来なかったのだろう。

それは残念だ。不幸だ。

仕方がない。



――…………良し、決定。

――ちょっと、何ワインを片づけているのかしら?

――折角の祭りなのに楽しまないのも楽しめないのも全面的に不幸だ。と言うわけでアリーシャさん。祭りに行かない?

――嫌よ。私はここでゆっくり過ごしたいの。



多分この決定は外の陽気さによるものだろう。

その場の勢いに任せた決定故に、僕は終わった後に後悔することに気付けなかった。



――別にいるのは自由だけど、余り店を荒らさないでよ。それじゃまたねぇ。

――ちょっと。まさかあなただけでも行くつもり?

――もちろん。で、本当にどうするの?

――むー…………



悩み始めるアリーシャさん。

僕には理解できない葛藤が存在するようだ。

その間に二階にコートを取りに行き、さらにある程度の金を持った。

準備が出来て、しばらく。



――一緒に行くわ。でも誘ったのだからちゃんとエスコートしなさいよ?



やっとのことで彼女は決定を下した。

だが、エスコート。

いつもどおりにすれば良いのだろうか。

そう思いながら、手を差し出す。



――あはは。僕で良ければ、アリーシャさん。

――ん、及第点。

――……厳しいなぁ。



だが、落第点でなかっただけましか。

そう思いながら、ちゃんと灯りを消して鍵を閉める。

誰が来ても閉じていることが分かるようにしておく。



――それじゃ、行こうか。



さて、この世界に来て三度目の祭りだ。

骨から出汁を残さず出すつもりで楽しみ尽してやろう。

そう意気込む。

そのためにはまず、やはり腹ごしらえか。

昔の偉い人も言っていた。

腹が減っては戦も出来ぬ。

何か違う。

普通飢えていて、隣の国が豊作だった場合、憎しみを力に戦争でも起こさないか?

歴史でもそれが如実に語られているし。

いや、それはどうでもいいか。



――そう言えばアリーシャさん。

――何? それから今は呼び捨てにして。

――へ、何でさ?

――今は、普通でいたいの。



普通、そういえば……

この世界の町中でも彼女ほどの存在感と色香を醸し出している人は珍しい。

と言うより見かけない。

ならば彼女は何か特殊な事情を抱えている人なのだろうか。

故に祭りを楽しめない。

まさかとは思うが、超危険な指名手配犯ではないよな?



――……ん、分かった。

――ところで、何かしら?

――ああそうそう。アリーシャはもう晩御飯食べた? 食べていないなら先に出店を見るけど。

――ええ、良いわね。そうしましょう。



なら、どっちだろう。

少し目を閉じて嗅覚に集中する。

お酒やら香水やらの臭いに交じって漂う香辛料の匂い。

そちらの方角は、ああ、あそこの通りか。



――なら……あっちかな。



嗅ぎ分けたところで歩を進める。

手は、何故かしっかりと繋がれているので解けそうにない。

逸れなくて済むからいいか。

逸れた場合、どういう責任の取らされ方をするか分からなくて怖い。

そうして



――ねえユウキ。アレはどうかしら?

――あそこ串焼きの店?



ふと、アリーシャさんがある出店を指す。

そこに五感を集中させると、即時却下の判決が下った。

不味いことはないだろうが、良くはない。



――やめておいた方が良いよ。香辛料が強すぎるし、火加減が間違っている。選ぶなら……あっちの店の方が良い。

――そうかしら? あの店の方がとても美味しそうな匂いがするわよ。

――あー……まあ匂いや見た目だけならね。

――……ユウキは鼻が良いのかしら?

――鼻と言うか……感覚全般。思考速度、反射神経、動体視力、可聴域、その他全ての感覚だけが常人離れをしているらしい。



そう、鋭い。

可聴域は蝙蝠並みとはいかなくとも少なくとも人よりかはひどく広い。

味蕾の数も半端なくある。

多分、舐めるだけで血液型が分かるぐらい。

視覚だって本気でやればきっとサーモグラフィの真似事ぐらいはできるだろう。

そのぐらいの異常性を僕は抱えているくせして、他はすべて一般的。

むしろスタミナ消費量が人よりも多いためスプリンターとしてしか活躍できないような肉体だ。



――学校……ああ、ここでは学院と言うのだったか、そこにいる医師に相談したら、僕は脳や神経だけ異常と言われた。

――ノウやシンケイとは、何?

――まあ感覚の事かな。とにかく感覚。僕はね、昔から感覚が鋭かったんだ。それこそ、人として有り得ないほど。例えば……この串焼き。

――これが?

――嗅がずとも匂っただけで使われている材料のほぼ全てが分かる。一口かじれば配分が分かり、作っているのを観察すれば作り方すら理解する。さらに、記憶力と自分の肉体をミリ単位以下、秒刻み以下で操れることによる操作力で多分二、三度の失敗で再現できる。



むしろこの程度なら一度で十分。

手筈も既に見ているのだから、失敗はない。

断言できる。



――全ての料理でそう。いや、料理だけじゃない。技術のありとあらゆるものを僕は理解出来ている。そして、復元ができる。



思い返せば爺さんに無理やり叩き込まれた合気術。

それも初見で八割復元できた。



――ねえアリーシャ。君は、心の底から美味しいとしか感じられないものを食べたことがある?

――いいえ。美味しい料理を食べたことはあるけど、流石にそこまではないわ。

――僕は、ある。そのせいでね、食べる料理全てが、不味いことはないんだけど、物足りなく感じるんだ。



五歳のころだったか、その料理を食べた。

以来全ての料理がどこか物足りなく感じる。



――人の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲と言われている。そのぐらい人は食事に重点を置いている。僕は本当に美味しいものを食べて以来、その食欲が満たされなかったんだ。

――だから、美味しいものを見分けるようになったの?

――いいや、当時五歳程度だった自分は、浅はかなことに自分で作ることにしたんだよ。再現においては不備はなく、理解力において十分で、記憶力において不足はなかったからね。



最初の師匠は僕の家の料理人だった。

その人に二年かけて料理に対する心構えと僕の異常性に対する対処を教えられた。

次の師は洋食、中華。

だが僕も人間だ。

甘味が食べたくなる。

故に和菓子、洋菓子、中国のお菓子。

全ての技術を手に入れたのが、十四の時か。

そこからは地道な反復練習の日々だった。



――ああ、だからユウキは料理が上手なのね。それで、今作れているのは満足できているのかしら?

――まあ……及第点かな。徹頭徹尾工夫や修練には励んでいるつもりでも、中々思い出の味には追いつけなくてね。何でだろう?

――……あの、味で?

――あの味で。真似ては見たよ。体得したよ。世界最高の料理人と呼ばれた全員の技術を全て。それでも、まだ何か足りない。その何かを僕は今も常に追い求めている。



何かが足りない事は分かっている。

しかし何が足りないのか、それが分からない。

こんな才能を持って生れてしまった故の、苦悩みたいなものだ。

もしもあの味に出合わなければ、こんな苦労はなかっただろう。

そう言う後悔はなかったと言えば嘘になる。

だが、僕はきっと悔みをしない。

だって、皆が僕の作った料理を美味しいと言ってくれるのだから。

後悔するのはその人たちとこの技術を培った人たちに失礼だ。



――まあ何と言うか。この料理人の全てをなめ切った理解力と再現力のせいで一人当たり長くて一年ほどしか修行できなかったけどね。

――何故? もっと長い方が良いのじゃない? 師としても自分の全てを教えられるからありがたいのではないかしら?

――そういう考え方もあるんだけど。考えてみて。自分が培ってきた全てがたった一昼夜で真似される気分。自分を愚弄されているとしか考えられない。それを僕は、理解していた。だから一年。僕自身がその限界を決めたんだよ。

――色々とあったのね。

――まあね。あ、去年採れたブドウで作ったワインだって。飲む?

――あら本当? なら是非。

――アリーシャは本当に、ワインが好きだね。

――もちろん。でもあなたの次にね。

――……冗談を。



何で僕が料理と同列視されているのか。

カニバリズム?

食われる前に逃げて良い?



――へぇ……ヴァンホルトの……これは買いかな。

――そうかしら? 私にはちょっと酸味がきついように感じるけど。

――今は、ね。でも十年もすればちょうどいい具合に熟成されるよ。

――そこまで分かるの?

――まあね。



どこまでと言われたら、どこまでもと答える。

例えば料理を口にすると使われた食材に該当する食材、調理方法、手順、調理者の腕前その他諸々。

それら全てを僕は分かってしまうのだ。

多分、理解していないだけで本来はもっと分かっているのかもしれない。



――あ、あのピッツァ屋。あそこのおじさんの作るピザは絶品なんだ。食べる?

――出来ればユウキが作ったのを食べたいんだけど、ダメかしら?

――ああ……残念。再現したくない料理があるんだ。僕が楽しむためにね。あそこのピザもその一つ。ごめんね。

――別に良いわよ。あなたの楽しみを壊したくはないから。ほら、行きましょう? ユウキが言うほどなんだからすぐに行列ができちゃう。

――だね。



今はないが、その内匂いに釣られて人が来ることだろう。

そうなる前にさっさと僕たちは店の前に言った。



――おいユウキ。

――何かな? とりあえずピッツァ二つ。具はお勧めで。

――何スッゲェ美人連れているんだ?

――祭りが嫌いとぬかしやがったので連れてきた常連ですが、何か?



思えば早まったものだ。以下略。



――それは独り身の俺への当てつけか?

――先に君には自業自得という言葉を贈ろうか? 大体幼女で巨乳で金髪で成人済みなんていないんだよ。いい加減に分かれ。

――男の浪漫を否定するな! 貴様それでも男か!!

――黙れ店主。そしていい加減に焼け。



後ろのアリーシャさんが笑顔になってきているんだよ。

背筋にうすら寒いものを感じてしまうじゃないかバカたれ。

そう思いながらも出されたピッツァは熱々で、とても美味しく感じる。

若干アリーシャの方がチーズが多く見えるのだが、気のせいじゃない。

現に食べてみてアリーシャさんの方が具も良いものを使っていた。

あの畜生め。次会ったら殴る。



――そろそろ、踊りましょう?

――そうだね。



陽気に揉まれて陽気になる。

祭りの何が良いと言われたらきっとこの空気だろう。

死も不幸も何もかもを楽しくさせるこの空気。

僕はこの雰囲気が、やはり好きだ。



――こういう祭典も楽しいわね。

――それなら、嬉しいね。



一祭り好きとして、同志が増えることをありがたく思う。

出来れば祭りの日には来ないことを切に願う。

そう思いながら、祭りもやがて終りに向かった。

静かに僕はポケットに入れておいたペンダントを取り出す。

つい衝動買いしてしまい、処分に困っている品だ。

箪笥の肥やしにするのも物に失礼だから、この場で消費しよう。



――うん、やっぱり似合っている。

――これは……ペンダント?

――途中でね、ちょうど見つけたんだ。アリーシャに似合っていそうだったからつい買っちゃった。

――私にくれるのかしら?

――うん。僕にはちょっと、似合いそうにないしね。

――そう……ふふ、ありがとう。

――どう? 今日は楽しかった?

――ええ、とても。出来れば今後毎回誘ってほしいほどに。

――その気持ちはありがたいんだけど、ちょっと僕にも用事があるからね。無理だと思う。



毎回? それは僕に死ねと言う宣告ですか?

ただでさえ今回、連れ出したことで知り合いの一人身の男性に嫉妬と憎悪の目線を向けられたんだ。

明日一日を思うと今更ながら怖くて仕方がないよ。



――それは、残念。



そう言いながらアリーシャさんは、何の前触れもなく唇を重ねた。

いや、前触れはあった。

ただそれに気付けても身体が付いて行かなかった。それだけの話。

良くあることだ。



――ユウキ、誘ってくれてありがとう。今日はとても楽しいわ。

――うん。だからってキスするのはどうかと思うんだ。

――あら、良いじゃない。こんな美女の接吻よ。嬉しいでしょう?

――まあ……だけどねぇ……



確かに柔らかく、どこか甘く、良い匂いがしたけどね。



――それじゃ、アリーシャ。またいつか。

――ええ、また明日。おやすみなさい、ユウキ。

――おやすみ。



そうして僕は陽気な気分で眠りに着いた。

片付けはしていない。

明日にすればいい。

そう思って眠りに着いた。






次の日の朝。

眼が覚めるとそこには。



――昨夜はお楽しみだったようだな?



アリーシャさんではなく、ティアさんが布団に潜りこんで僕の上に乗っかっていた。

はて……やけに重いのですが?



――次は、私と一緒に過ごしてくれるか?

――いや、それは……ちょっと。

――駄目か?

――駄目と言うか……威圧感が……

――駄目か?



捨てられていく子犬の眼をした時点で折れた僕は正常。

畜生。ここで圧倒的カリスマを放ってくれたら断れたものを。






――……やっと、見つけた。



[14976] 十話
Name: ときや◆76008af5 ID:80a90243
Date: 2010/03/21 22:13

どこか遠くで狼が上げた勝利の雄叫びを聞きながら茜色に染まる空を見上げる。

視線を東に向ければ既に深い藍色に染まった空が移り、もうすぐ夜であることを如実に知らせる。

今度は視点を背に。

そこには岩の壁と言うより崖が存在し、きっとその上には多くの男性にとっての理想郷、ユートピアが広がっていることだろう。

しかし僕はそこを目指そうとは思わない。

倫理的にその行為は何時如何なる時であろうと、それこそ如何なる世界であろうと犯罪だし、殺されても文句は言えない。

何より行ってはいけない気がするからだ。

こういう時の本能が出す警告には素直に従っておくべきだ。



――ふぅ…………



両手で乳白色の湯を掬う。

これはいわゆる、天然の温泉だ。

そしてここはその温泉を利用した宿、格式的にはホテルだ。

本当にビバ魔法。

まさか科学技術が無くともこんなところまで湯を引き上げることが可能とは。

お陰でナイアガラほどは広くはないが、それでも結構広く、見事な滝と紅葉のコラボレーションが素晴らしい絶景を堪能できる。

そしてそんな高い所から見下げる街の光景も乙としか言いようがない。

あと地元の伝説であるが、ここら一体は精霊や妖精の住む里に近く、時々人がそこに迷い込んだり、また妖精たちが辺りをうろついていることがあるそうだ。

事実として、ここに住んでいた若者がたった一日で海向こうに行ってしまったことがある。

まあ魔法が存在しているのだし、そのぐらいいても良いと思うけど。



――ふにゃ~……。



それにしても温泉。温泉である。

日本人の心、和みと癒しの究極形其の五。

素敵且つ無敵な無限怠惰空間を僕は今満喫している。

ああ、店のこと?

ごめん。ここから家への方角すら分からないから帰れない。

ごめんね。今日は休みなんだ。明日も。

多分三日後から開店(予定)。



さて、そろそろ僕がここに至る経過と理由を話さねばなるまい。

残念ながら僕は迷惑な客のプレッシャーに打ち勝ち、こんなところに慰安旅行に行く精神は持ち合わせていない。

では何故こんなところにいるのか?

答えは非常にSimple&Smart&Strange&Sudden。

ついでに僕の胃がStressで悲鳴を上げそう。

今から二日前、誰かに気付けない速度で気絶させられた上で拉致された。以上。

起きたらここの一室にあるベッドの上だった。

割と落ち着いた感じの部屋が持つ雰囲気のおかげで取りみだすようなことはなかったけど。

部屋については良いとして現状確認。

持ち物は一切なくなっても増えてもおらず、首輪や手錠の類もない。

衣類の乱れはなく、疲れているのにすっきりした感覚もない。

胃の痛みもいつも通りだ。

最後……言っていて空しくなった。

胃が痛い事が普通であると、認識し始めている自分が空しくなった。



――……問うよ。ヴァル、何やってんのさ?



身体を起こして最初に見たのが土下座するヴァランディール。

しかも丁寧に額が床に押し付けられている。

正にこれこそ土下座の理想形。

何故あんたがそれを知っている?



――済まない、としか言いようがない。

――……もしかして、僕を気絶させたのは君?

――ああ……

――ここに連れてきたのも?

――そうだ。この罪は必ず償う。何でも言ってくれ。

――別に良いよ。ただ次からは、もうちょっと優しい方法にしてくれると嬉しい。



未だに首がひりひりする。

彼のことだから加減はしただろうが、それでも気絶するほどだ。

痛くないわけがない。

だが安心した。

これが常識を生前に故意に捨ててきたような人たちのせいだったなら、今頃どうなっているだろうか。

考えたくもない。



――理由、話してくれるよね?

――ああ、もちろん。



簡単にまとめてみた。

何か近頃僕が疲れているように見えた。

昔旅行したいと言っていた。

そう言えばとして観光と療養で有名な温泉地はどうだろう。

と言うわけで、連れて行くことにした。

僕に言わなかった理由は、言っても何かと理由を付けて断りそうだったから。

それはそうだ。

閉店時間後に来ては開くまで店の前で待ち続けるティアさんは周辺住民への迷惑にしかならない。

アリーシャさんは鍵かけているにも関わらずぶち壊して侵入してくる。

ローズは投げ込む手紙の量が異常。何かの血で書かれた文字を見るだけで怖気が走る。

他にも様々な人がいるけど、代表格はその三人だ。



――はあ……全く。こんなところまで連れて来られちゃ、仕方がない、か。

――済まない。

――謝らなくて良いよ。これは心配をかけた僕の責任だから。



それに久し振りの温泉。

楽しまない愚行は犯せない。



――ただ……着替えとかどうすればいいの?

――その辺で買えばいいのではないか?

――ああ、それもそうか。

――一応コートの方は持ってきた。

――ん、ありがとう。



こんな感じで僕はこの観光を楽しむことにした。

アレから街に買い物に出かけて二時間。

たかが服を買うまでのその間にナンパにあった回数は何と二十五回。

それから夜も遅かったし、昼食も抜いたから街中で買い食いをしてからホテルに戻った昨日。

まあナンパは隣に歩く人がヴァランディールだから仕方がないとしてだ。

お姉さま方の中に結構な割合で視線が小動物を食らう肉食獣のそれと同一の人がいたのですが。

一体如何なることでしょうか?

理解できません。



――……寛いでいるな。

――まー温泉は好きですし、久し振りだからね。存分に楽しませてもらっているよ。

――やはり、東方の方が温泉は多いのか?

――いや、どうだろう。火山がなければ水脈は温泉脈にならないし。こう言うのは土地によるなぁ。ただ、僕の住んでいた場所は結構温泉があったよ。事実として実家の風呂が温泉だったし。



家が武家で在り方が極道で生業が大企業の社長。それが父さん。

そんな父さんに一目惚れされて、さらにしてしまって自分の親の反対押し切り結婚したのが実家が神社の母さん。

よくもまあこんなネジが飛んだ家でまともに育ったものだと常々感心する。

それはともかく家が無意味に広いわけで。

温泉や池や道場の類は当然のように存在する我が家です。



――それは、王族でもやれていない生活だな。毎日温泉に入れるとは、ユウキの家は富豪か何かなのか?

――……そーいう見方もある。あと、王族が出来ないのは安全面での問題だと思うよ。温泉のあるところでは火山の噴火や地震と隣り合わせだし、特に城なんて何度も作れるものじゃない。だから、うん。別荘が自宅だった、みたいな、かな。

――ああなるほど。確かに別荘に温泉を引いている人は多くいる。そう言うことか。



夜風をあたって身体を冷ます。

それでも足は湯につけたままだ。



――……酒が欲しいな。

――やめておきなよ。酔いも早く回るし、何より身体に悪い。

――そうか。残念だ。

――やれやれ……



今はまさに秋だと言うのに夜はもう冬の気配が顔を見せている。

山々の紅葉は峠を越え、今頃地面を真紅や黄金で染め上げているだろう。

そんな中を歩き、紅葉狩り。栗拾いに蜜柑狩り。

牡丹鍋にはちょっと早い。

野生の獣に脂がのるのは確かに今頃だが、今はまだ乗り出している所。

食べるなら、晩秋から初冬への変わり目。

そうそう、この時期忘れてはならないのが茸狩り。

椎茸しめじ、舞茸に松茸エリンギエノキ茸、なめこなどなど。

七輪で焼いてそこに醤油を少々。

…………明日の予定が決定しました。

犬より鋭いと言われる僕の嗅覚で全種良心的に狩ってやる。

だが僕が秋で一番好きなのはやはり新米だ。

何故か新米の炊き立てご飯だけで二杯いけるのだから不思議。



――そろそろ、上がろうか。今はまだ食堂も席が空いているだろうから、楽に座れると思うよ。

――そうだな。長く並ぶのはきつい。

――さて……どんな料理が出てくるのやら。



ヴァランディールは何故か庶民が泊まることのできる最高の部屋を所望した。

結構な金を持ち、きっと王族専用の部屋でも泊まることのできる存在だと言うのに。

これは僕が慣れない環境にいると落ち着かないだろうという配慮と考えている。

この心遣いはありがたく思うが。

一方で、そんな庶民用に泊まったことにより僕たちが入れる食堂のランクもやはり庶民用に落ちていることが残念でたまらない。

十中八九、料理は手抜きされている。

いくらサービスで有名でも人は心の内でそう言った差別がされている。

事実として食堂が庶民用や王侯貴族などといったVIP専用と区別されている。

まあ礼儀作法を気にしなくていいという観点から、庶民用の方が気楽だけど。



――ユウキ、そちらではないぞ。

――へ? でも食堂はこっちだよ。

――ああ、そっちの食堂ではないんだ。向こうの、なんだ。

――へえ。分かった。



どうやらここでの食事だけは王侯貴族用の方らしいです。

こんな小市民が庶民の服装でうろついて良い場ではありません。

きっと周りは礼装で居ることでしょう。

かなり、恥ずかしいのですが。



――ところで、僕は礼装を用意していないんだけど、大丈夫なの?

――安心しろ。部屋に用意してある。



さすがヴァル。

常識的に準備が良い。

だけど僕としては、あの重そうな礼装は着たくないんだけど。



――持ってきているのはユウキの仕事着だが?

――それでいいの?

――アレでいいだろう。必要最低限のマナーは守っているから、文句は言われまい。



エプロンの無いバーテンダーの服装でいいのか。

後ジャケットって……普通に喪服です。本当にありがとうございます。

ネクタイが唯一黒字に白の逆十字だから完全にそうとは言えないけどさ。

今更ながら僕の服装の異端さを知った。

まあ良いけど。

ちなみにこのスーツはゼノンに貰いました。

どこで手に入れたのだろうね?

ちょっと気になる。

それは良いとして。

食堂、いや高級レストランと言った方が正しい場所にやってきた。

意外と先に来ていた王侯貴族各国要人の方々が僕とヴァルと言う異色のペアを見ている。

この娯楽の無いご時世、少しでも話題が欲しいのだろう。

特に王族然としているヴァルと一般人代表な僕だ。

話にならないわけがないが、やはり気分が悪くなる。

正直に言って動物園の獣の気持ちなんて分からないが、動物園の獣のように展示された人間の気持ちはこんなものだろう。

うっとうしいのでそれらの視線を意図的に遮断する。



――ヴァランディール様とユウキ様ですね。どうぞこちらへ。



ボーイに窓際の席にエスコートされる。

こちらの方が外を良く見れて良い。



――さて……何を飲む?

――料理にもよるなぁ。すいません。今日の献立、持ってきてくれますか?



渡された紙を一読したところ、どうやらメインはここが名産の肉料理のようだ。

だが残念、僕はその肉料理に合う酒を知らない。

むしろ聞こう。

魚竜の肉を使った料理は魚料理に含まれるのか?



――最初は、白ワインかな。

――好きなのを注文してくれ。金は腐るほどある。

――ん、了解。



最終的にちょっとヴァルに魔法を使ってもらい、店からいくつかの白ワインを取って貰った。

仕方がないよね。

五回注文して尽くないと返されたのだから。



――それじゃ、乾杯。

――乾杯。このまま平穏に終わってくれればいいな。

――……不吉なこと言わないでよ。

――…………すまん。



グラスは鳴らさず、ただ掲げるだけで終わらす。

別に恋人同士とかじゃないからロマンティックにする必要はない。

むしろもっと気楽に行くべきだ。

そう言えば、こんなところに来て二人だけで食事するのは新婚旅行以来だな。

何だか、懐かしい。

といってもあの人は僕の正面ではなく、隣に座ったけど。



――そう言えば、ユウキ。

――ん?

――身体の方は大丈夫なのか?



その質問で良いが一気に冷める。

やはり、我慢しているのはばれているか。

答え方に注意しないといけないようだ。



――見ての通りだよ。問題ない。

――なら、良いのだが。

――全く、気絶させた程度で人は死なないよ。君も心配症だな。



僕はその質問をはぐらかした。

嘘を言えばきっと見抜かれる。

本音を言えば心配させてしまう。

だから僕はどちらもしなかった。

そして、はぐらかした。

心の中で心配してくれるヴァルに謝る。

本当に、僕は卑怯だ。



――まあそれは兎も角として、あの三人に対しこれ以上迂闊な行動は採るなよ。

――どういうこと?

――豊穣祭の日、ティオエンツィアの相手は疲れた。

――あー……ごめん。祭りにさ、行きたかったんだよ。



何だ、ヴァルも来ていたのか。

ついでにティアさんも。



――でもどうせなら、ヴァルも来ればよかったのに。

――それは、また機会にしよう。

――そっか。分かった。



少しだけ、次のお祭りが楽しみになった。

そんな話をしながら見たことの無い料理に舌鼓を打っていると、頼んでもいないのにボーイが白ワインを持ってきた。



――……頼んでいないよね?

――あちらのお客さまからの贈り物です。

――どちら様かな?



僕の慰安旅行終了のお知らせ。

ちょっと……帰らせて良い?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




ついこの前、とうとう、むしろやっとユウキが倒れた。

可能な限り訪れてはその顔色や身体の具合を調べていたのだが、今まで一度も倒れなかった方が不思議なぐらいな状態だった。

やせ我慢をしてたのかもしれない。

とにかく彼が数秒とはいえ気絶したのは事実。

私は彼の心労を軽減する手段を模索し、そしてティオエンツィアやアリーシャに見つからないようにユウキを旅行に連れ出すことにした。

だが、きっとユウキは私の提案を拒むだろう。

なぜならユウキは優しいから。

例え彼女たちが自分の健康を脅かすとしても、知人であるを理由に勝手に居なくなるのを拒むに違いない。

それは非常に嬉しいが、今この時に限って迷惑だ。

故に私は、嫌々ながらも強硬手段を取った。

ユウキに嫌われるのも当然避けたいが、だがそれ以上に彼が心労を溜めたままであることも辛い。

例えその傍に私がいなくとも、彼には健やかに笑っていて貰いたい。



――やあ、いらっ

――済まない。



そうして誰もいない時に来店し、ユウキを一撃のもと気絶させ、事前に予約しておいた宿に連れ去る。

ユウキに不味い料理を味わってもらいたくないが、かといって王侯貴族用の部屋はあまりに豪華すぎる。

落ち着いた雰囲気を好む彼は庶民用の部屋の方が良いだろう。

故に世界最高の宿に無理を言って一週間で東方の部屋を作らせた。

金額は気にしていない。



――………………

――…………



ユウキが目覚めてからの短いはずの沈黙が重く、果てしないほど長い。

怒っているような雰囲気はないのだが、状況が飲み込めていないせいだろう。

きっとこうなった原因を知れば、ああ。

激怒するに違いない。



――……問うよ。ヴァル、何やってんのさ?

――済まない、としか言いようがない。

――……もしかして、僕を気絶させたのは君?

――ああ……

――ここに連れてきたのも?

――そうだ。この罪は必ず償う。何でも言ってくれ。

――別に良いよ。ただ次からは、もうちょっと優しい方法にしてくれると嬉しい。



部屋以外の嘘は吐かない。

故にユウキも私が嘘をついていないことをすぐに悟ったはずだ。

だと言うのに彼の態度は相変わらずのもので、一切の憤怒は感じられない。



――理由、話してくれるよね?

――ああ、もちろん。



いや、どちらかと言えばどう怒れば良いのか、まだ分からないと言うところか。

嫌われることを覚悟しながら、私は簡潔に理由を説明した。

それをユウキは少し困った顔をしながら静かに聞いた。



――はあ……全く。こんなところまで連れて来られちゃ、仕方がない、か。

――済まない。

――謝らなくて良いよ。これは心配をかけた僕の責任だから。



気絶させた上で拉致したと言うのに、君はそれを許すのか。

いや、許すのではない。

この罪を私のものではなく自分のせいとした。

確かにそちらの方が嬉しいが、出来るならば処罰の上で許してくれた方が、気が楽だ。

だがそんなことを言ったところでユウキは何もしないだろう。

ならば、自分で自分を裁くしかない、か。



――ただ……着替えとかどうすればいいの?

――その辺で買えばいいのではないか?

――ああ、それもそうか。

――一応コートの方は持ってきた。

――ん、ありがとう。



それから商店街に足を運び、服を買った。

勿論その間に支払った代金は全て私持ちだ。

このぐらいは当然の義務であるのだが。

たかが二時間の間に茶に誘われた回数が何と二十五回。

その大半がユウキ狙いと言うことに彼は気付いていないようだった。

いや余りに細く可愛いから保護欲が掻き立てられるのは分かるが、正直鬱陶しい。

全く、ユウキの無自覚さはどうにかならないものかと周囲に殺気を当て、近寄る女性及び一部男性と人外を黙らせた。

そして、今に至る。



――……寛いでいるな。

――まー温泉は好きですし、久し振りだからね。存分に楽しませてもらっているよ。

――やはり、東方の方が温泉は多いのか?

――いや、どうだろう。火山がなければ水脈は温泉脈にならないし。こう言うのは土地によるなぁ。ただ、僕の住んでいた場所は結構温泉があったよ。事実として実家の風呂が温泉だったし。

――それは、王族でもやれていない生活だな。毎日温泉に入れるとは、ユウキの家は富豪か何かなのか?



今更ながら思い返せばユウキはこういうところにも場慣れしている。

この宿も世界最高級であり、良く要人が療養に来る場所だ。

全てが一般人の立ち入れる場所ではない。

だと言うのに彼は、それに相応しい雰囲気を纏って優雅に過ごしている。

本当にユウキが何者なのか分からない。



――……そーいう見方もある。あと、王族が出来ないのは安全面での問題だと思うよ。温泉のあるところでは火山の噴火や地震と隣り合わせだし、特に城なんて何度も作れるものじゃない。だから、うん。別荘が自宅だった、みたいな、かな。

――ああなるほど。確かに別荘に温泉を引いている人は多くいる。そう言うことか。



富豪と言うわけではないのか。

まあ良い。

それにしてもニホン酒が欲しいな。

こんな場所で飲む酒はまた格別な味がするだろう。



――……酒が欲しいな。

――やめておきなよ。酔いも早く回るし、何より身体に悪い。

――そうか。残念だ。

――やれやれ……



彼が飲まないのならば諦めよう。

一人飲むのも良いが、やはりそれは寂しい。



――そろそろ、上がろうか。今はまだ食堂も席が空いているだろうから、楽に座れると思うよ。

――そうだな。長く並ぶのはきつい。

――さて……どんな料理が出てくるのやら。



どのような料理であろうとユウキの作る料理と比べて味が劣るだろう。

それはユウキが作るからという理由ではなく、事実として彼が非常に美味な料理を作るからだ。

少し残念な思いを抱えながら、ユウキの方を見れば彼は貴族用の食堂へと向かっていた。

ああ、そう言えば部屋の格をだますために貴族用を庶民用と嘘ついていた。

私たちの待遇は王族と同格なので貴族用ではなく、場所は王族用だ。



――ユウキ、そちらではないぞ。

――へ? でも食堂はこっちだよ。

――ああ、そっちの食堂ではないんだ。向こうの、なんだ。

――へえ。分かった。ところで、僕は礼装を用意していないんだけど、大丈夫なの?

――安心しろ。部屋に用意してある。



そう言うと彼は安心した表情と共に、少し嫌な顔をした。

ああそうか。

ユウキは着飾ると言うことしないから一般的な礼装が嫌いなのだな。

だが、問題ない。そのぐらいの気配りはしている。



――持ってきているのはユウキの仕事着だが?

――それでいいの?

――アレでいいだろう。必要最低限のマナーは守っているから、文句は言われまい。



むしろ文句を言う奴がいるならば、後でここの支配人に話を付けに行こう。



――ヴァランディール様とユウキ様ですね。どうぞこちらへ。



案内された場所は注文通り窓際。

下手に中央近くの席に座らされ、見世物にされては堪らない。

それならまだ冬空の下、冷飯でも食べていたほうがましだ。



――さて……何を飲む?

――料理にもよるなぁ。すいません。今日の献立、持ってきてくれますか? ……最初は、白ワインかな。

――好きなのを注文してくれ。金は腐るほどある。

――ん、了解。



結局のところほしい酒が全てなかったらしく、私が彼の店から取り寄せた。

それも仕方がない。

彼が言った酒は全て王族ですら垂涎ものの希少品ばかりなのだから。

こんなところで置いているとしても出すわけがない。



――それじゃ、乾杯。

――乾杯。このまま平穏に終わってくれればいいな。

――……不吉なこと言わないでよ。

――…………すまん。



伝説級の白ワインを取り出したことにより発生した羨望と嫉妬の視線を振り切り、グラスを掲げる。

ちなみにこれらのお酒は私の贈り物の他にティオエンツィア、アリーシャ、アウル爺の贈り物だ。

出所不明で見たことのない酒は全てゼノンの贈り物である。



――……スオウ……



ふと、何かを懐かしむ表情でユウキが言葉を漏らした。

一体その言葉は何を意味するのか、私は聞くに聞けない。

本能的に、他者がそのことに簡単に立ち入ってはいけないことを悟ったからだ。

とにかく、ユウキにこんな表情をさせる原因が人である場合、殴らなければ気が済まないな。



――そう言えば、ユウキ。

――ん?

――身体の方は大丈夫なのか?



十分に酔いが回ったところで聞きたい事を口にする。

旅行一日目はこの質問を警戒していたが、二日目になるとそのような気配もなくなっていた。

さらに温泉で心の壁も緩くなっているだろう。

ユウキの本音が聞けるかもしれない。

いや、是非とも現在どのような状態なのかを話してもらいたい。



――見ての通りだよ。問題ない。

――なら、良いのだが。

――全く、気絶させた程度で人は死なないよ。君も心配症だな。



ならば是非とも実際の所を言って貰いたい。

だが、そんな質問は出来ない。

場の空気が悪くなった。

話を変えよう。



――まあそれは兎も角として、あの三人に対しこれ以上迂闊な行動は採るなよ。

――どういうこと?

――豊穣祭の日、ティオエンツィアの相手は疲れた。

――あー……ごめん。祭りにさ、行きたかったんだよ。



衝動に任せたことは分かっているから、別に行ったことは気にしていない。

むしろ行きたいのなら行った方が良い。

が、だ。

アリーシャだけを誘ったことに憤怒したティオエンツィアの八つ当たり後愚痴を受けるのには苦労した。

理由を知るまで本当に理不尽だと思った。

知った後も理不尽で呆然としたが。



――でもどうせなら、ヴァルも来ればよかったのに。

――それは、また機会にしよう。

――そっか。分かった。



少なくとも迷惑な三人がいない時にしてもらいたい。

さもなくば祭りを楽しむことすら出来そうにない。

しばらくして使用人の一人が注文していないのにもかかわらず白ワインを運んできた。



――……頼んでいないよね?

――あちらのお客さまからの贈り物です。

――どちら様かな?



向けた視線の先には、ローズブラッドが笑顔で手を振っていた。

どうやら世界は全力で私たちにまともな休暇を与えないつもりらしい。

ユウキもユウキで終わったような顔をしている。

さて、どうしようか。





ローズが絡みながらも意外と胃を痛めなかった休暇も終わり、私はユウキを店へと運んでから一時の別れを告げた。

これからしばらく、店に足を運ぶことが出来ないだろう。

そう思いながら私は、踏み出した。




[14976] 十一話
Name: ときや◆76008af5 ID:9bcc9dad
Date: 2010/03/21 22:16

竹が岩を打つ音が響く。

確か、ユウキ曰くシシオドシと言う物だったか。

他には草で作られた見たことの無い絨毯、タタミ、紙のドアであるフスマ、ショウジ。

人工的に作られた池にはアーチ状の木の橋がかかり、美しい模様を持つ鯉が泳いでいる。

ここは美に無頓着な者でもどこか心を落ち着かせる何かがある閑静な木造住宅。それも一階建て。

だが問題はそんなことではない。

ここがどこであるか、だ。

私は少し前にユウキを彼の自宅に送り、これからティオエンツィアとアリーシャの拳を交えた一方的な説教を受けなければならないかと意気消沈しながら一歩を踏み出した。

ここまではしっかりと覚えている。

生憎私の武器で空間を引き裂いたわけでもない。

そもそもこのような場所は知らないので意図的に来ることは出来ない。

さて……一体どこの誰の仕業だ?

私は久し振りに戦闘のための意識に切り替え、剣として顕現させ、優先度を上げる。

風情のある庭に風景も考えられておかれた平らな石の上を渡り歩いて行く。



――ようこそ、ヴァランディール。



周囲に最大限の警戒を払っておきながら私は誰かに声をかけられるまで一切気付けなかった。

気配を消していたのか。

いや、違う。

先ほどまで存在していなかったのだ。

それが私に声をかけたことによって存在が確定された。

なるほど、私が気付けなかったのも道理か。



――君が、私をここに招いたのか?

――ええ、その通りよ。



私に声をかけた女性は前にユウキに書いてもらった和服と言う服を着て立っている。

髪は黒、瞳は金色。

どうやら神の一柱のようだ。

それもかなりの上位神。

とうとう世界が全力を出して私を滅ぼしに来たのか?

武器に力を込めていく。

彼女に対抗するためにも少し時間を稼がなければならない。



――何のために、私を呼んだ?

――話が、大切な話があるの。あなたにとっても聞く価値があるわ。

――それを決めるのは私だ。

――ええ、そうね。でも、聞きたいでしょう? ユウキの話。何故彼が神格化を拒絶で来ているのか。それ以前に彼は一体何者か。

――……何?

――向こうで話すわ。着いて来て。



ここで着いて行けば相手の術中に嵌るのだろう。

そう思いながっらも私は彼女に着いて行った。

信頼できるから、ユウキの名前を出したからといった理由ではない。

ただここで着いて行かなければ私は後悔することになる。

そう思ったからだ。



――何だ。意外と遅かったな、ヴァランディール。

――ふぅ……一つ聞くけど、これで全員なのかしら?

――…………



たどり着いた先にはティオエンツィア、アリーシャ、そしてアウルが居た。

世界が私たち三人をそろって相手するとは思えない。

となると、この行動は世界が命令したものか、それとも彼女が独自に取ったものか。

いや、ユウキ絡みの件となるとこの場合は後者である確率が高い。

何せユウキだ。

この際神の一人や二人、篭絡していも別におかしくは…………

自重してくれ。私とゼノンの胃のために。



――待たせたわね。これで全員よ。

――これで? ……ゼノンは呼ばないのか?

――ゼノン……ゼノン・カオスのこと?

――ああ、そうだが。



見た限り、あの店の常連の中でも一際力の強い人を呼び寄せている。

ならばここにゼノンがいるのも当然だが、いない。



――はぁ、あの人にも会っているなんて……彼には話せないわ。話せばどうなるか、分かるからこそ話せない。

――どういう意味だ?

――まあ、彼は彼なりに独自の方法で真実に行きつくと思うから、呼ばなくてもいいわ。

――……そうか。



一切納得できないが、交渉する余地などない。

ならば交渉するための時間を話の方に裂いた方が良い。



――さて、先に私は君が何なのかを聞きたいのだが?

――ええ、そうね。私は……御神。元ユウキがいた世界の、管理者よ。

――なるほど。となると、君も?

――もちろん。私もあなた達と同じ思いを持つ者。



嘘を吐いているようには見えない。

むしろその瞳に映っているのは彼が時折見せる悲しみに良く似た、後悔の念。

彼女はユウキと別れたことを後悔しているのだろうか?

いや、そんなはずはない。

それならもう再会し、それを喜んでいるはずだ。

何故、ユウキと逢おうとしないのか。

その原因が分からない。



――さて、そろそろ彼について、私が知っていることを話すわ。その前に一つ。この話を信じるも信じないも自由よ。



そう言って彼女は姿勢を正す。

近くで響いていたはずのシシオドシが遠くで響いているように感じる。



――優鬼は、ユウキ・カグラは人間ではない。いや、人間ですらない存在。アレは存在する者が定められた運命に抗い、世界を滅ぼす運命を変えるため、世界の根源によって創られた唯一の運命に縛られない存在。他者の運命を狂わせる者。



話が最初から想像の域を超えている。

ユウキが、人間ではない、だと?

いや、人間ですらない存在。

神でも魔族でも、そもそも生命ですらないと言うのか。



――世界の根源によって創られた機械仕掛けの神。最初で最後の運命調律者。それが、彼の存在。



機械仕掛けの神がどういったものか分からない。

ただ、言葉のニュアンスから定められたことしかできない超常的存在、そう感じ取れた。

あながち私の考えは間違っていないだろう。



――その力は強大で、本心から滅びを望めば世界の運命を狂わせて世界を滅ぼす程の影響力を持つ。



どうやらあの店の常連客よりもユウキの方が規格外だったようだ。

ここにいる三人がそろったとしても世界を滅ぼすのには一苦労すると言うのに、彼は心から望んだだけで終わらせることができると言うのか。

だが、そんな危険な存在を世界が野放しにするとは思えない。

必ず何らかの枷があるはず。



――ええそうよ。ヴァランディール、あなたの考える通り。ユウキには幾つかの枷が存在する。一つは無条件で世界を愛すること。

――妥当だな。

――一つは役目を遂行する上で必要以上の力を保有できないこと。



ああ、だからユウキは生活する上で必要十分以上の魔法を習得しようとしないのか。

便利でも得ようとしないのではなく、得ることが出来ないから得ようとしない。

彼は本能的にそれを悟り、従っているのだろう。

ただそれでも、愚直に知識は得ようとしているが。

事実として彼の私室には魔導書が大量に存在する。



――そして最後に一つ、与えられた役目を完遂するまで自分が手を出さないために与えた体質、干渉嫌忌体質。たとえそれが世界であろうとも神であろうとも、存在そのものに干渉することをある程度拒絶することができる、体質。

――つまり、魔法が効かぬのか? 神格化も?

――全ての魔法が、と言うわけじゃないわ。攻撃は効くけど、呪いや強化、治癒が効かないだけ。いえ、効かないわけじゃないわね。そう言った存在に干渉する魔法は彼にとって毒以外何物でもないの。

――……それは何とも、損をする体質ね。

――全くよ。お陰で重傷でも負ったら手の着けようがないわ。



存在に干渉するとなると、魔法薬の類も逆効果だろう。

通常なら死に至るほどではない怪我や病気でも彼の場合はそれが深刻化し、致命傷となるのか。

世界も要らない能力を与えたものだ。



――そして、ここからがあなた達の知りたいこと。どうしてユウキが死にそうになっているのか。



今までで得た情報を整理しよう。

ユウキは世界の根源によって創られた存在。

役目は世界の滅亡を食い止めること。

そのために世界にとってあってはならない能力とも言える運命を狂わせる力を与えられた。

力の危険性より世界を愛す、必要最低限の力しか持てない、干渉を嫌う制約を刻まれている。

役目、世界の滅亡を食い止めた後、ユウキの存在意義はあるのだろうか?

いや、存在意義なんてそもそもない。

むしろ世界にとっては……

待て待て。それでは何だ。

ユウキに与えられた、枷には、まさか。



――それはユウキに与えられた役目が終了し、もう必要ないと、これ以上世界に存在させる必要はないと世界が判断したから。



彼は世界にとって危険すぎる。

確かに無条件で世界を愛す制約がかけられているが、それでも何があるのか分からない。

何せ彼はどのような運命も狂わせるのだから。

その程度の制約がいつまで効力を持つのか、分かったものではない。



――故に世界は彼を消滅させる運命を定める。方法は千差万別、自然災害に巻き込まれる。不運な事故に遭って。通り魔にあった。何せ彼には治癒魔法が効かないのだから、ほんの些細な重傷、致命傷で十分に事は足りる。



可能な限り早く、出来るなら今すぐに危険因子の排除を。

故にいつか来る未来ではなく、自らの手駒、そう世界の管理者を使って。

だが最も運命に縛られている管理者ではすぐにユウキによって篭絡されるだろう。

ならばどうすればいい?

簡単だ。彼を殺すのに自分が加われる方法を使わせればいい。



――特に多く取られるのが、存在の神格化。ユウキにとって最も忌むべき、鬼門とも言える存在干渉。特にこれには世界が絡むため、最も確かで効率が良い。

――ああ、なるほど。故に世界は我に対し、神格化を施させるように仕組んだのか。



そこに不自然さがあってはならない。

大方彼には運命を狂わせる力以外にも、無条件で多くの人に好かれるようにされているのだろう。

そして彼を好く者は世界を、揃えば世界の根源すら滅す事が出来る存在ばかりだ。

彼の死によってその人らが世界を滅ぼそうとして元も子もない。

だから、その死に不自然さがあってはならない。

自然に、彼が世界を愛したまま死んでもらわなければ。

そうすればその人らはユウキが愛した世界を守ろうとするだろう。

だから、なるべく自分の手でやった方が良い。



――そのための干渉嫌忌体質。運命で縛らないために、最悪己の手で殺すために与えた枷。



そして何より――



――死んでもらう上で、殺せないほどの力があってはならないから、力を持てない枷を付けた。



死んだ後は、どうするだろうか。

ユウキが唯一の存在なら、殺した後もそこに蓄積された経験や記憶が残る。

ならば微量とはいえ力が蓄積されるはずだが。



――殺した後は初期化する。今までの記憶を。手にした力を。感情を、器を、設定を、何もかもなかったことにして、封印する。そして必要とあればまた器を与え、役割を与え、世界に放り出す。彼こそが真の、世界の傀儡。

――冗談にしては度が過ぎているわね。全く笑えないわよ?

――ええ、冗談ではないもの。笑えないのも仕方がないわ。



運命、強大な者に与えられる世界の役割、枷だったか。

それを三つも付けられ、さらには死の宿命を背負っているユウキは、運命に縛られたと言うよりも世界に拘束された存在だな。

全く、本気で世界の根源に対し喧嘩を売りたくなった。

何の間違いもなく、隣の三人も同じ気分であろう。

そして、もしかしたら目の前にいる彼女も。



――だが、その話はおかしい。ユウキは前にいた世界の記憶を持っている。記憶を消去すると言うのならそれはないはずではないのか?

――世界は必要のないものを与えない。だから、きっとその記憶は世界の滅びを食い止めるのに必要になる可能性が高かったのよ。ただ、彼が行った方法では必要なかった。そう言うことだと推測しているわ。

――なるほど……



その疑問を口にしたのはティオエンツィア。

彼女もまた世界を滅ぼそうとしたのだろうか?

もしくは、私のせいで巻き込まれた、か。



――ちなみに神格化を、いや彼の死を食い止める方法はあるのか?

――ないわ。もうその権限は世界に移行している。例え私でも中止をすることは出来ない。もちろん、アウル、あなたでも。



手の打ちようがない。

もう既に彼の死は決定している。

ふざけるな。そんな事認められるか。戯けが。

だが私にはどうしても、例えそれが世界によって与えられる感情であるとしても、分かっていてもユウキが愛す世界を壊すことが、出来ない。



――ユウキについての話は、以上よ。何か聞きたいことは?

――早速だけど、あなたとユウキの関係は何だったのかしら?

――……悪いけど、それは言えないわ。

――そう……残念ね。



最初に聞くところがそこか?

いや確かにアリーシャらにとっては重要なことかもしれないが。

それよりも聞くべきところは別にあろうに。



――何故、ゼノンを呼ばなかったんだ?

――……ユウキだった存在が、ゼノンの親友だったからよ。まさか今更言えと言うの? ユウキはあなたの友であった者だけど、違うわよ、と。ユウキはね、どのような時でも本質的には一緒なの。似ているのよ。だからきっと、彼も耐えられない。些細な違いに、耐えることが出来ない。

――そうか……済まない。

――良いわ。私はもう、納得したから。



ゼノンにはどうやら、人には言えない辛い過去があったようだ。

今度酒を奢ろう。

奢る意味などないだろうが、それでも奢ろう。



――世界は、我々の事など興味がないのか?

――いいえ。それよりもユウキの方が優先度が高いだけよ。



待て。優先度が、高い?

ああそうか。世界にとってユウキの優先度が高いのか。

ならば、彼を救う方法があるのかもしれない。



――ミカミ、これで世界にとってのユウキの優先度を下げることは出来ないのか?

――……それは、考えてなかったわね。というか、あなたそれを持っているのね……

――どうなんだ?

――難しいわ。世界の根源の最奥まで行かなくてはならないし、それに永久的に優先度を書き変えなくてはならない。いいえ、それ自体はそこに満ちる力を使えば事足りるわね……問題はそれを実行するだけの力とたどり着くまでの道のりね。

――……無縫天衣を使えば、行けるだろう。アレは世界だろうがなんだろうが、そもそも中っていないことにするものだ。干渉なども意味がない。

――ああ……何よ。揃っているじゃない。

――運が良いな。

――運命が狂っているとしか思えないわ。

――ただ、問題はそれを今ユウキに上げていることだが……

――渡してくれと言えば渡してくれるだろう。

――そうだな。それから、少し手を加えておくか。



すごく楽しくなってきた

ああそうだ。ゼノンも誘っておこう。

むしろ誘わなければならない。

全てにおいて失敗は許されないのだから、人手は少しでも欲しい。



――で、何時にする?

――当分先ね。人手が十分にそろったら呼ぶわ。

――わかった。



それからアリーシャ、ティオエンツィア、アウルの順に元の場所に戻って言った。

私も開けられた門の中に入る。

とした時、ふと聞きたいことが出来た。



――時にミカミ。サクラを知らないか?

――桜? 桜と言うと……ああ、なるほどね。あの花よ。あそこの、薄紅色の。

――ああ……あの木か。



似たような気をどこかの山で見た気がする。

後で今一度詳しく調べよう。



――最後に一つ。スオウとは君のことか?

――…………その名を、どこで?

――ついこの前、ユウキが寂しそうに呟いていた。

――ええ……私の名前よ。

――とても会いたそうにしていたのだが、会わないのか?

――違うわ。会えないのよ。どんな顔をして彼の死の原因が会えばいいのか、分からないから。

――何、普通にすればいいのではないか?

――それができれば、苦労はしないわ。それにきっと、もう彼は私の知る優鬼ではない。ユウキの言うスオウも私じゃない。だから、会えば辛くなるだけ。だから、会えないの。



会いたくても会えない。

手が届く距離にあるのは全てまやかし。

眼に見えるものが良く出来た幻覚。

何とも、辛いことだ。



――済まない。配慮に欠けることを聞いた。

――良いわ。例え彼が私の知らないユウキでも、優鬼はちゃんとここにいるから。



そう言って彼女は自分の胸に手を置いた。

その表情はまるで慈しむようで、酷く悲しみに濡れている。



――強いな。本当に強い。

――もちろんよ。ユウキと付き合うには強くなくちゃ。



そのせいで近頃、私の胃に穴があきそうなのだが?

とにかく帰ろう。

戻って情報を整理しよう。



――それではスオウ。また会おう。

――ええ、その時は彼を救える時であることを。

――ああ……一つ聞き忘れた。



そう言って下らない疑問を口にする。

それを聞いた彼女は非常に驚いた。

そんなにも妙なことを聞いたのか?

答えを聞く前に門の向こう側にいる二人に引っ張られて戻された。

どうやら……彼女らのいない間にユウキと旅行に出かけたことがばれたようだ。

光の無い目で影を背負いながら指を鳴らすティオエンツィア。

殺気だけで空間にひびを入れるとは、今更ながら恋する聖峰の古龍は化け物だな。

素晴らしい笑顔で破格の威力を持つ魔法を構築するアリーシャ。

にじみ出る魔力は混沌で、その量は普段の倍を行っている。



不味い……殺されるかもしれない。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




数えるのも忘れるほど長い時の中、唯ひたすらにこの一瞬を待ち望んでいた。

それがようやっと叶ったというのに、既に事は手遅れだった。

ユウキは、いいえ、優鬼だった存在は今やもう手遅れなところまで役目を終えていた。

だがそれでも私は彼らに知識を与えよう。

もう二度と、私のような人を増えないように。

後悔と懺悔に満ちた人生など、何一つとして楽しくないのだから。

あんなにも映えた世界がほんの一瞬で色褪せるぐらいならいっそ、消えてしまった方が良いのに。

それでも消せないのは、やはり。

本当に、あの人を恨む。

今までにないほどの幸せな時間をくれたあの人を恨む。

さっさと死んだことも、その原因である世界も、切っ掛けとなった自分も。

いや、原因は自分にあるだろう。

どれだけ世界にあの行為を命令されても人であることに執着していればきっと。

やめよう。

そんなことを考えていてもそれはあり得ない未来の話だ。

もう、終わったことだ。



――ようこそ、ヴァランディール。



そう思いながら最後の招待客である孤高の悪魔ヴァランディールを出迎える。

ここは世界と世界の隙間に作った世界。

場所のイメージとしては優鬼の実家である。

十分に広いのでそこだけで世界が埋まってしまっているが。



――君が、私をここに招いたのか?

――ええ、その通りよ。

――何のために、私を呼んだ?



そう言いながらヴァランディールは殺気を放ってきた。

今以上近づいたのなら容赦なく殺されるだろう。

強いだけの悪魔が高位の神である私に対し何が出来るか分からない。

それでもこの恐怖は彼が何か決定打となるものを持っているからに違いない。

私はこれ以上近づくのを諦めた。



――話が、大切な話があるの。あなたにとっても聞く価値があるわ。

――それを決めるのは私だ。

――ええ、そうね。でも、聞きたいでしょう? ユウキの話。何故彼が神格化を拒絶で来ているのか。それ以前に彼は一体何者か。

――……何?

――向こうで話すわ。着いて来て。



私が背を向けてしばらくの間悩んだ後、ヴァランディールは着いてきた。

やはり警戒しているのだろう。

一息では詰めれない距離を保ち、周囲への警戒を決して緩めない。

そして何時でも一瞬で私を殺せるような気配が鎮まらない。

緊迫した空気の中、私と彼は開放的な茶室に到着した。

この世界には普通の、四畳半の茶室もあるが、壁の無い開けた茶室もある。

それも一つだけではなく、五つほど。

何故そこまで茶室を作ったのかは未だに理解出来ない。



――何だ。意外と遅かったな、ヴァランディール。



着いた先で最初に口を開いたのはティオエンツィアだ。

元々彼女には世界を滅ぼすような意思も抵抗もない。

となればヴァランディールや隣のアリーシャの運命が変わったせいで巻き込まれたのだろう。



――ふぅ……一つ聞くけど、これで全員なのかしら?

――…………



アリーシャは時間が勿体ないと言わんばかりに苛立ちを隠していない。

またこの世界の管理者であるアウルは何も言わず、時の流れに身を任せている。

もしもここにユウキがいたなら、私の知る優鬼がいるなら間違いなくアリーシャは殴られている。

優鬼は何時もほんわかしているのに妙なことに怒ったり、変なことに強く拘りを持つ。

まあ、そこが良いのだけれど。



――待たせたわね。これで全員よ。

――これで? ……ゼノンは呼ばないのか?

――ゼノン……ゼノン・カオスのこと?

――ああ、そうだが。



呆れた。

確かにあの存在は世界を滅ぼすかもしれないけど、まさか世界はユウキと接触することを許容するとは。

いや、違うか。

ユウキがそれを望んだから、世界が狂ってしまったのか。

どうやら彼は一人で世界の根源に抗うつもりのようだ。



――はぁ、あの人にも会っているなんて……彼には話せないわ。話せばどうなるか、分かるからこそ話せない。

――どういう意味だ?

――まあ、彼は彼なりに独自の方法で真実に行きつくと思うから、呼ばなくてもいいわ。

――……そうか。



ゼノンが事実を知ればきっと世界を憎む。

特に私のように世界を滅ぼすことが出来ないよう制約が課せられているわけでもないから、きっと幾つかの世界が消滅してしまうだろう。

そこで泣くのは、友を無くしたユウキか狂ってしまった世界か。それとも取り戻せないゼノンか。

何にせよ、その先にある未来は何一つとして楽しくない。



――さて、先に私は君が何なのかを聞きたいのだが?

――ええ、そうね。私は……御神。元、ユウキがいた世界の、管理者よ。

――なるほど。となると、君も?

――もちろん。私もあなた達と同じ思いを持つ者。



もう、管理者ではないのだけれどね。

既にあの世界の管理を止めた。

今ではきっと別の誰かが管理しているのだろう。

私はもう知らない。

束縛されることにより与えられる力よりも、外に出れる自由の方が欲しい。

だから、管理者を止め、特定の世界に留まらない渡り神となった。

その分同位の管理者よりかは力が劣るが、それでも後悔はしない。



――さて、そろそろ彼について、私が知っていることを話すわ。その前に一つ。この話を信じるも信じないも自由よ。



何せ中身は信じられないような内容ばかりなのだから。

それでもきっと彼らは信じるだろう。

そのぐらい優鬼に対し常識は通用しない。

いや彼の前では非常識すらまだ生温い。

そう思いながら、姿勢を正した。



――優鬼は、ユウキ・カグラは人間ではない。いや、人間ですらない存在。アレは存在する者が定められた運命に抗い、世界を滅ぼす運命を変えるため、世界の根源によって創られた唯一の運命に縛られない存在。他者の運命を狂わせる者。



朗々と、ただ詠うように言葉を並べる。

これに感情を籠めたら確実に壮絶な憎悪と憤怒、殺意が籠もってしまう。

故に無感情無表情を貫く。



――世界の根源によって創られた機械仕掛けの神。最初で最後の運命調律者。それが、彼の存在。



Deus ex machina、機械仕掛けの神、創られし者。

世間一般で言う神が超常現象もしくは生命がその存在の格を上げて成るのに対し、彼は生まれつき神であった。

だが神として、管理者として存在したことは一度たりともない。

むしろ人として存在させられていることが多い。

故に人であり、神でありながらも何でもない存在。



――その力は強大で、本心から滅びを望めば世界の運命を狂わせて世界を滅ぼす程の影響力を持つ。



彼が純粋な暴力を持ったことは数少ない。

何せ起こり得る滅亡を食い止めるのに力など必要とせず、そもそも彼が力を持ちすぎると問題があるから。

だが、それでも彼の持つ影響力は何よりも巨大だ。

ふと見ればヴァランディールが何か言いたげな目でこちらを見ている。

ああなるほど。そう言うことか。



――ええそうよ。ヴァランディール、あなたの考える通り。ユウキには幾つかの枷が存在する。一つは無条件で世界を愛すること。

――妥当だな。



私もこの枷については全く否定的な意思を持たない。

むしろ肯定的な意思を持つ。

彼が世界を愛してくれたおかげで、私も世界を愛せたのだから。



――一つは役目を遂行する上で必要以上の力を保有できないこと。



これ自体は正直どうでもいい。

力があろうが無かろうが、そんなものに拘りはない。

ただ優鬼をありとあらゆる害意から全力で守り抜く。

それだけで、十分な話だから。



――そして最後に一つ、与えられた役目を完遂するまで自分が手を出さないために与えた体質、干渉嫌忌体質。たとえそれが世界であろうとも神であろうとも、存在そのものに干渉することをある程度拒絶することができる、体質。

――つまり、魔法が効かぬのか? 神格化も?

――全ての魔法が、と言うわけじゃないわ。攻撃は効くけど、呪いや強化、治癒が効かないだけ。いえ、効かないわけじゃないわね。そう言った存在に干渉する魔法は彼にとって毒以外何物でもないの。

――……それは何とも、損をする体質ね。

――全くよ。お陰で重傷でも負ったら手の着けようがないわ。



治そうと干渉したらむしろ背中を押していた。

では怪我や病気を治すにはどうすればいいのか。

技術、それも純粋に肉体に作用するだけの科学技術以外手の施しようがない。

そういう意味で、魔法などがない私の世界は彼にとって都合が良かったのかもしれない。

薬も科学技術によるものであったし、医学もそれに基づくものだったから。

それでも彼は、早くに亡くなってしまった。



――そして、ここからがあなた達の知りたいこと。どうしてユウキが死にそうになっているのか。



それと同時に皆の眼の色が変わる。

今から言う言葉を一字一句聞き逃さない構えだ。

出来るなら、最初からそうであったなら良かったのに。



――それはユウキに与えられた役目が終了し、もう必要ないと、これ以上世界に存在させる必要はないと世界が判断したから。



浅ましき傲慢。愚かな判断。

彼は無条件で世界を愛す枷がなくても、世界を愛すと言うのに。

だと言うのに、世界の根源は嫌っているのだろう。

自分の手に負えない存在を。自分の言うとおりにならない存在を。

例えそれが、自分が作った存在であるとしても。



――故に世界は彼を消滅させる運命を定める。方法は千差万別、自然災害に巻き込まれる。不運な事故に遭って。通り魔にあった。何せ彼には治癒魔法が効かないのだから、ほんの些細な重傷、致命傷で十分に事は足りる。



事実としてそのような死に方があり、未遂で終わったのも良くある。

例えば航空機墜落事故。

奇跡的に生還した二人のうち一人である優鬼だが、それは生きるべき一人の運命をちょっと狂わせて自分もそこに入っただけにしか過ぎない。

本来なら彼はあそこで死ぬはずだったのだろう。

だが彼はそれを捻じ曲げた。

故に私は、彼を殺した。



――特に多く取られるのが、存在の神格化。ユウキにとって最も忌むべき、鬼門とも言える存在干渉。これには世界が絡むため、最も確かで効率が良い。

――ああ、なるほど。故に世界は我に対し、神格化を施させるように仕組んだのか。



現在でもユウキの周りには世界を破壊できるほどの力量を兼ね備えた物が複数名。

普通の方法でもしも悟られた場合、世界を壊されることを恐れて早々と彼の神格化を始めたのだろう。



――そのための干渉嫌忌体質。運命で縛らないために、最悪己の手で殺すために与えた枷。



そんな体質を持つ者はユウキ以外存在しない。

そもそもこの世界の全てが運命で縛られている以上、そんな体質を持つ者が生まれたらすぐに死んでしまう。

それでも運命に、世界の束縛に抗える者はやはり存在している。

ただ、それを自覚している者は全くいないが。

そもそも今行っている選択が自分の意志なのか、世界の意思なのかすら分かっていない。

自覚できるはずもないが、それでも抗う者は抗う。

例えばヴァランディール。

彼は本来既に死んでいる。

だが、親の肉を食らい、兄弟の血を浴び、向かい来る敵を屠り、世界が仕組んだ全ての死を実力で拒んだ。

例えばアリーシャ。

彼女はこれから勇者に殺されるはずだった。

その運命はユウキによって狂わされ、どのような状況でも生きようとするだろう。



――死んでもらう上で、殺せないほどの力があってはならないから、力を持てない枷を付けた。



世界による強制。

強くなりたいと言う欲望がなく、得たいと言う願望がない。

お陰で彼は告白や恋愛と言う概念、欲望を知らない。

得たいという願望がないから付き合おうとしない。

優鬼ですら只管に守り、大切な人が幸せになり、時々談笑できたらそれで十分。

自分がその隣に居なくても良い。

と言う恋を捨ててきたような聖人君子になり果てている。

正直に言って、性欲すらほとんどない。

どんなに迫っても押し倒さなければ何もしないほどに性欲もない。

具体的には人間の三大欲求が睡眠欲、食欲、性欲であるのに対し、優鬼の場合睡眠欲、食欲、守護欲とわけの分からないものとなっているぐらい。



――殺した後は初期化する。今までの記憶を。手にした力を。感情を、器を、設定を、何もかもなかったことにして、封印する。そして必要とあればまた器を与え、役割を与え、世界に放り出す。彼こそが真の、世界の傀儡。



もうきっとユウキは私の事を覚えていないだろう。

そのような不要な記憶を世界が与えるわけがない。

無駄なことをせず、失敗をしないのが世界なのだから態々失敗するような要因を与えるとは考えれない。



――冗談にしては度が過ぎているわね。全く笑えないわよ?

――ええ、冗談ではないもの。笑えないのも仕方がないわ。

――だが、その話はおかしい。ユウキは前にいた世界の記憶を持っている。記憶を消去すると言うのならそれはないはずではないのか?

――世界は必要のないものを与えない。だから、きっとその記憶は世界の滅びを食い止めるのに必要になる可能性が高かったのよ。ただ、彼が行った方法では必要なかった。そう言うことだと推測しているわ。

――なるほど……



確か、この世界には優鬼の親友が召喚されている。

もしも彼がユウキとあった場合、そして運命を狂わせてヴァランディールを殺させる場合、優鬼だった時の記憶がなければおかしい。

だから別れる時までの記憶を与えた。

そう考えている。

私が優鬼と出会ったのは大学に入ってすぐで、優鬼が親友と別れるのが高校卒業と同時だから、ユウキは私のことなど知らないだろう。

ただ、もしかしたら、どこか懐かしんでくれるかもしれない。

叶うはずの無い夢だが、期待してしまう。



――ちなみに神格化を、いや彼の死を食い止める方法はあるのか?

――ないわ。もうその権限は世界に移行している。例え私でも中止をすることは出来ない。もちろん、アウル、あなたでも。



もう神格化の制御は世界の根源に移行している。

ならばそれを中止することは世界の根源以外できない。

忌々しいことに、私の時もそうであった。



――ユウキについての話は、以上よ。何か聞きたいことは?

――早速だけど、あなたとユウキの関係は何だったのかしら?

――……悪いけど、それは言えないわ。

――そう……残念ね。



口に出せば、ただ悲しくなるだけだから。

左手薬指を撫でる。

そこにあった絆は神楽 優鬼の消滅と共に外した。

そして、私の名も。

この行為はけじめで、逃げだ。

過去の事を思い出さないように逃げ、決して優鬼だった存在を優鬼と思わないよう、けじめをつけた。



――何故、ゼノンを呼ばなかったんだ?

――……優鬼だった存在が、ゼノンの親友だったからよ。まさか今更言えと言うの? ユウキはあなたの友であった者だけど、違うわよ、と。ユウキはね、どのような時でも本質的には一緒なの。似ているのよ。だからきっと、彼も耐えられない。些細な違いに、耐えることが出来ない。

――そうか……済まない。

――良いわ。私はもう、納得したから。



ゼノンがこの事実を知れば、ほぼ間違いなく狂う。

ただでさえ大切な人を無くした後、二、三の世界を滅ぼしたのだから。

その原因が世界であると知れば、どうなるか予想が着く分できない。

そんなことをされて優鬼の存在を消去されたらこちらとしてもたまったものではない。



――世界は、我々の事など興味がないのか?

――いいえ。それよりもユウキの方が優先度が高いだけよ。



その言葉にヴァランディールは過剰反応を示した。

ほんの数瞬で思考を巡らし、その手に完全無色の球体を出した。

アレは、禁忌の武器。

優鬼と同じ唯一存在。

それも世界の根源と同時に生まれたもので、世界の根源ですらそれを消去することが出来ない代物。



――ミカミ、これで世界にとってのユウキの優先度を下げることは出来ないのか?

――……それは、考えてなかったわね。というか、あなたそれを持っているのね……

――どうなんだ?



世界の根源にとってユウキとは決して封印を解きたくない災厄。パンドラの箱。

それをこちらが無理に開放しようとするのだから、抵抗は当然の如く存在する。

その規模はかつてないほど。

大方自由になっていない神々全てに加え、英雄や勇者と言った存在から概念に至るまでの全てを総動員して抵抗して来る。



――難しいわ。世界の根源の最奥まで行かなくてはならないし、それに永久的に優先度を書き変えなくてはならない。いいえ、それ自体はそこに満ちる力を使えば事足りるわね……問題はそれを実行するだけの力とたどり着くまでの道のりね。

――……無縫天衣を使えば、行けるだろう。アレは世界だろうがなんだろうが、そもそも中っていないことにするものだ。干渉なども意味がない。

――ああ……何よ。揃っているじゃない。



無縫天衣は可能性を操る物。

それさえあれば怪我をしても問題なく、力の消費や不足も考えなくて良い。

後は、道のりだが。

気合いで何とかなるだろう。



――運が良いな。

――運命が狂っているとしか思えないわ。



もしかしたらこれは優鬼が仕組んだことなのかもしれない。

彼らに共通してある三大欲求の一つは守護欲。

大切な者を守りたい、泣かせたくないと言う欲望。

人ですら認めたくない運命に抗うのだ。

数万年続いた存在なら、例えどれだけ世界の鎖で縛られようとも願いを否定され、思いを消去され続けたなら、消されたとしても運命に抗う。

さらにそこに欲望が絡むのだ。

ユウキがここに来たのも、彼らにあったのも、彼らがこの武器を持っているのも優鬼たちが仕組んだことなのかもしれない。



――ただ、問題はそれを今ユウキに上げていることだが……

――渡してくれと言えば渡してくれるだろう。

――そうだな。それから、少し手を加えておくか。



ただ気に食わない事は遅かったことだ。

もう少し早ければ、きっと私は。



――で、何時にする?

――当分先ね。人手が十分にそろったら呼ぶわ。

――わかった。



そしてアリーシャに半強制的に十五杯目の茶を点てさせられ、今回は解散となった。

ティオエンツィアは何時までもここに居座ろうとする。

二度とあの二人をここに連れ込まない。

そう誓った。

ヴァランディールと結託して二人を無理やり元の世界に戻した後、ヴァランディールも帰ろうとした時。



――時にミカミ。サクラを知らないか?

――桜? 桜と言うと……ああ、なるほどね。あの花よ。あそこの、薄紅色の。

――ああ……あの木か。



桜と言えば思い出すのはいつも一つ。

ただし思い出して意識すれば赤面すること間違いないと言う。

もう一つは、優鬼の誕生日。

ユウキは優鬼の記憶を持っているからきっと誕生日も同じなのだろう。

だが詳しい日付が分からない。

だから桜散る頃、とでも決めているのだろうか?

本当に、住んでいる場所が南半球だったらどうするつもりだ?



――最後に一つ。スオウとは君のことか?

――…………その名を、どこで?

――ついこの前、ユウキが寂しそうに呟いていた。

――ええ……私の名前よ。



優鬼が居たころの私の名は御神 蘇芳。

高校卒業する前に彼と会った記憶はないのだが、会ったのだろうか?

それともいつあの世界に迷い込んだというつじつまを合わせるためにもう少し記憶を与えられているのだろうか。

大学の時まで?

分からない。



――とても会いたそうにしていたのだが、会わないのか?

――違うわ。会えないのよ。どんな顔をして彼の死の原因が会えばいいのか、分からないから。



何より、ユウキに会えば彼に優鬼の面影を重ねてしまいそうで怖いから。

だから私は会うことが出来ない。

会えば二つの後悔に押し潰される。

一つは彼を殺した後悔。

一つは彼を無くした後悔。

それは優鬼に対して、何より今を生きるユウキに対しても失礼だ。



――何、普通にすればいいのではないか?

――それができれば、苦労はしないわ。それにきっと、もう彼は私の知る優鬼ではない。ユウキの言うスオウも私じゃない。だから、会えば辛くなるだけ。だから、会えないの。

――済まない。配慮に欠けることを聞いた。



確かに過去の私も私だ。

だが過去の私は現在の私ではない。

嘘は吐いていないが、事実も言っていない。

ただ、その言葉に込めた絶望は、本物だ。



――良いわ。例え彼が私の知らないユウキでも、優鬼はちゃんとここにいるから。



そう言って、胸に手を置く。

例え絆を外してもそれを捨てることは出来なかった。

ただつけることも出来なかったため、鎖に繋いで首に下げている。

だから、寂しくはない。

寂しくとも、寂しいとは思わない。



――強いな。本当に強い。

――もちろんよ。優鬼と付き合うには強くなくちゃ。

――それではスオウ。また会おう。

――ええ、その時は彼を救える時であることを。

――ああ……一つ聞き忘れた。



そう言ってヴァランディールはゲートの前で立ち止まった。

はて、まだ聞いていないことでもあるのだろうか?

そして彼は、有り得ないことを聞いた。



――ユウキの左手薬指につける物を知らないか? とても思い出深い物のようなんだが?



そんな記憶は、少なくとも桜の木の下で告白した以降の記憶は必要ない。

なのに何故、ユウキはそれを持っている?

まさか……別れ際に囁いた「済まない」というのは……先に死んで済まないという意味ではなく。

やっている人が優鬼な為、思いついた可能性を私は否定することが出来なかった。



[14976] 十二話
Name: ときや◆76008af5 ID:23cb45a3
Date: 2010/03/21 22:15

誰もが寝静まった深夜。

耳を澄まさなくとも風の音すら聞こえてきそうなほど、静かな夜。

だが私の耳に入ってくるのはそのような風の音ではなく、胸元で深い眠りに就いているユウキの息遣いだ。

余程、まあ求め過ぎたという点も否定できなくはないが、それ以前に無理して疲れを溜めていたせいか、少々のことでは起きそうにないほど眠っている。

それほど私の事を信頼してくれているのか。

そう思うと心がさらに満たされるような感じがする。



――ユウキ……済まない。



安らかに眠る彼の頭を撫でながら、謝る。

これからするのはきっとユウキにとって余りされたくはないことだ。

それでも私はやろう。

より彼の事を知りたいと言う欲望で。

彼女、スオウが知っていて私が知らないということに嫉妬して。

もちろん私はそのようなことをする自分を浅ましいと思う。

だがそれ以上に、嫉妬や人間らしい欲望を私に与えたユウキが悪いのだ。

愛しい人の額に口づけを落とす。



――だがユウキ。私は君の事が、知りたいんだ。



もうこれ以上謝りはしない。

そう思いながら、私は――





人と言う種はどうにも分からないことをすることが多い。

例えば生まれた日を祝う。

これは脆弱な種であるため、一年も生きられたことが奇跡だと考えているからだろうが、だとすれば今生きていることすら奇跡だ。

今を祝わない理由が分からない。

例えば救いもしない神を信じる。

確かに神と呼ばれる者は存在する。

しかしそれらは我々に対し、行うことは唯の管理だ。

世界と言う機構において不具合が起きた場合それを直す、そのためだけの存在だ。

別に彼らの言うような全知全能でも慈悲深いわけでもない。

なのに彼らは、それを分かっていてなお心の拠り所にする。

ユウキはそれを。



――その程度で心の安寧が保てるのなら、他人に迷惑をかけないうちは別に良いんじゃないかな。



肯定とも、否定とも取れない意見でバッサリと切った。

例えば年月日時という区分を作った。

所詮どれだけ経とうとも世界は延々と巡り続ける。

だと言うのに何故そんな、下らない物差しを必要としたのか。

そこまでして自らを世界に拘束したいのか。

もっと自由に大らかに生きれば良いものを。せっかちな種族だ。

だが、それも良い。

時として人には生き急ぐのではなくこの時を精一杯に生きる者も存在する。

そう言った者には非常に好感を持てる。

それは別の話として。

年月。特に一年という区切りに人は強いこだわりを持っているのは間違いない。

何せ一年の節目、年末は一家で静かに祝い、年始には盛大な祭典を開くのだから。

そう、祭り。祭典である。

豊穣祭からおよそ二か月たった大晦日、やっと次の祭典の日が近くなった。



――…………

――………………



今店にはユウキを除いて私以外に客はいない。

当然だ。

アリーシャは先々日に黙らせ、ローズブラッドは昨日から公務で城で拘束されている。

浮かれていたヴァランディールは先日闇討ちしておいた。

ゼノンは知らないが、来ることはないだろう。

アウルは、睨んでおいたから問題ない。

と言うわけで、現在私はユウキと二人きりだ。



――ユウキ、こちらに来ないか?

――いや、ティアさんはお客さんだし、営業中だからそんなこと出来ない。

――私以外客はいない。そして私が良いと言っているんだ。少しぐらい構わないだろう?

――そういう問題じゃ、ないんだよ。

――そうか……そういう拘りを持つのも、悪くはないが……



是非ともユウキには私の隣にいてほしい。

こんなテーブルと言う壁は要らない。

ならば、仕方あるまい。

意気地になっているユウキが悪いんだ。

私をこんな気持ちにさせているユウキが全て悪いんだ。



――ん? どうしたの?



静かに席を立つ。

外にかかっている営業中の看板を閉店中のものに替え、鍵を閉め、強固な結界を張る。

その様子をユウキは静かに見ていた。



――さ、ユウキ。



ぽんぽんと私の隣の席を叩き、ユウキを催促する。



――……ああもう。全く、仕方がないな。



何とも言えない表情をしたユウキは少し待っててと言うと何やら奥の方に行った。

そして戻ってきては手に持っていた酒をカウンターに置き、また行ってはつまみを取ってきた。

それを何往復か繰り返してから。



――お待たせ。それじゃ、始めようか。

――ユウキ。



またぽんぽんと席を叩いて催促する。

別にこういった酒宴を開くのは悪くない。

だが、彼が向こう側にいては先ほどまでとさして変わらない。

それでは意味がない。

ユウキには是非とも私の隣に座ってほしい。



――……やれやれ。



諦めという空気を纏って彼は私の隣に座る。

それでも嫌そうな空気を纏っていない。



――それじゃ、乾杯。

――乾杯。



カチンとグラスを合わせる。

本来ならグラスを開け、毒物が入っていないことを示す礼儀作法である乾杯だが、中に入っている酒の度数はワインやビールよりも高い。

それに量も量だ。

一気に飲むにはいささか、人間の身体には悪すぎる。

そう言うわけでグラスを空けることはしない。

何よりそんな飲み方は身体に悪い以前に長い時間かけて作られた酒に悪い。

やはりここは味わいながら飲むべきだ。



――これは……中々の酒だな。

――うん。あまり手に入らなかったから、表には出さないんだけどね。大晦日だし、別に良いかなって。

――ああ、悪くない。

――なら、良かった。



私の隣、手を伸ばせばすぐに届く距離にユウキがいる。

その事実が殊更に酒を美味しく感じさせる。



――そう言えば、ユウキ。

――ん?

――何故人は、一年の始まりと終わりを祝うんだ?

――…………別に、意味なんてないと思うけど。それでも強いて言うなら、そこが明確に存在している大きな区切りの一つだから、かな。

――どういうことだ?

――例えば四季や昼と夜。これら巡っているものには明確な区切りが分かっていない。人はね、目に見えないもの、理解できないあやふやなものをどうにかして理解しようとするんだ。

――ああ……その結果が月日や、一年。それから四季の名前か。



そう言えば今は亡き祖父母から聞いた話だが、人も魔族もいなかった頃は春夏秋冬と言う固有名詞はなく、ただ花咲く頃、暑い頃、実る頃、雪降る頃と言っていた。

昼も夜も日が出ているから、月が出ているからとどこから昼で、どこからが夜かとも決めなかった。

それが魔族が出現し、人が出て文明が出来てしばらくしてから昼や夜、一日と言う境が生まれ、私たちもまたそれが便利な故に取り込んだ。



――うん、そう。とはいってもその区切りすら人が作ったものだけどね。

――それらの節目に祝う習慣は、人の生が短いからか?

――それもある。けど、まあなんというか、基本的に人は誰かと一緒にいたいんだよ。脆弱で、どうしようもなく寂しがり屋で、孤独を嫌うから。一人じゃ生きていけないから。誰かとの繋がりを知らなければ、生きていけないんだ。



確かに人は弱い。

どうしようもなく非力で、服や家がなければ生きていくことは叶わず、武器がなければ戦うことすらできない。

彼らの使う魔法ですら精霊がいなければどうしようもない。

本当に弱い種族だ。

ユウキのように心の強い人すら、その数は片手で足りるほどしかいないだろう。



――出来るなら多くの人と何かしらで繋がっていたい。そのために盛大な集会を行う。方法は宗教、祭典、社会。様々ある。祭りはその内の一つ。

――そういうものか……

――そう僕は考えているけどね。



誰かと共に在りたい。

この思いに私は共感できる。

だが、だからといって誰とでも共に在りたいと望むことはない。

私が共に在りたいと願うのはユウキと腐れ縁。

そこにアリーシャがいて、ゼノンがいて、ローズブラッドがいるのも悪くない。

一人で居るのが寂しいか。

昔はそんな事、分かりすらしなかったというのに、今ではそれを恐れてしまっているだろう。

そのことを私は弱くなったと思うとともに、強くなったとも感じている。



――そう言えば、ティアさん。

――何だ?

――大晦日ぐらい家族と過ごさないの?

――ああ。家族はもう死んだからな。

――……ごめん。不謹慎な事聞いた。

――別に構わない。生きている存在はいつか死ぬ。私の両親は私より前にその時が来ただけだ。死に目に会えただけ、良かった。

――そう、か。



私の場合は別に会いたいとも思わない。

今となっては既にその顔すら思い出すことが出来ない。

だが、ユウキの場合はどうだろうか?

スオウ曰く、彼は元居た世界では既に死んでいる。

もう親に会うことも叶わず、もしかしたら彼はそのことに気付いていないのかもしれない。



――ユウキ。君は、家族に会いたいか?

――いや、別に。僕の両親は、たかが会えない程度で悲しむような人じゃないから。それにまあ、幸せでやっていると信じているし。それほど会いたいとは思わない。でも会いたくない事はないな。

――そうか……やはりすごいな、ユウキは。そこまで誰かを信じられるなんて、そんなに出来ないことではないぞ。

――違うよ、ティアさん。それは違う。僕は弱いから、本当に弱いから、身勝手に信じることしか出来ないんだよ。



信じることしか出来ない、か。

だが、彼のように信頼できる人とは言え完全に信頼することは難しい。

人は誰しも、例えそれこそ血を分けた相手であろうと完全に信じることは出来ない。

そんなことが出来る時点で彼は強い人間だと思うのだが。

何よりここまで私やヴァランディールを変える人間が弱いとは思えない。

ただ、問題としてそれらは比べることの出来ない、見えない強さということだ。

故に自身がその強さを信じなければ何の意味もなく、そもそも存在すらしない。

そんな強さに、私は憧れを抱いたのだが、はてさて。

私は一体理解できないあやふやな強さをどこまで信じることが出来るやら。



――それでも全面的に信じてもらえるのは嬉しい。少なくとも私はそう思う。

――そうかな?

――そうだ。

――なら、良いんだけど。



そう言いながら彼はグラスを傾ける。

しばらく静かな時間が流れ……



――……大丈夫?

――ああ、済まない。



気付けば少し眠っていた。

思い返せばここ一週間は不眠不休だ。

特にアリーシャを黙らせるために多大な魔力を消費した。

それによって出た精神面の疲労のせいで少し眠ってしまったようだ。



――……ユウキは良い匂いがするな。

――いやいやいやいや。そんなことはないでしょ。

――いや、不思議と落ち着く匂いがするぞ……

――それは絶対気のせいだ。あと酒のせいだ。僕の匂いじゃない。



頭を彼の肩に乗せたついでに少し匂いを嗅ぐ。

多くの種類の酒の匂いに加えて様々な調味料の匂い、それから何とも言えない、懐かしい匂いがする。

その匂いはどこかで嗅いだ事があるようで、だがどうにも思い出すことが出来ない。



――……やれやれ。



ユウキの細い指が私の髪を梳いていく。

ゆっくりとした動作がくすぐったくて、心安らげる匂いのするユウキに甘えたくなる。

ユウキは甘える私をどう思うだろうか?

妙なものを見る目で私を見るだろうか。

それともいつものように仕方がないという、困ったように笑っている表情で受け入れるだろうか。

それとも。



――不自然な格好で寝たら身体に悪いよ。そんなにも眠いのならそろそろ帰ったら?また明日会えるから、ね?

――…………



また明日。

その言葉の響きはどこまでも甘美だ。

だが残念。今の私はそれでは満足できない。



――……ユウキ、泊まっては、駄目か?

――えっと…………まあ、別に良いか。

――ふふ、済まないな。

――嬉しそうだね。



ユウキと一緒に年を越せるのだ。

これが嬉しくないわけがない。

今までにないほどの上機嫌で最後の一杯を飲み干す。



――あそこが手洗いで、この部屋が客室。

――ふむ、わかった。

――それじゃ、おやすみ。良い夢を。



酒とつまみを片づけ、二人で店仕舞いをし、案内された客室は非常に質素で物がなかった。

そもそもそんなにも使わない部屋なのだ。

物があるだけ不自然なのだが、さて。

微かに鼻腔を突くヴァランディールの臭いは一体どういうことなのか。

そう思いながら暫し、備え付けの椅子に座って時が経つのを待つ。

三十分ほど経過した時。



――そろそろ、良いか?



身体の疼きを抑えながら部屋を出る。

目指す先は当然ユウキの寝室。

別に教えてもらってはいないが、前に一度入ったことがある上、ユウキの匂いがするからすぐに分かる。



――…………



魔法を用いて消音をし、音を鳴らさないよう、ユウキを起こさないようにゆっくりと忍び寄る。

案の定ユウキはベッドで静かに寝ていた。

その寝顔は非常に安らかで、見ているこちらも眠くなる。

が、今回はちょっとユウキに用があるのだ。

だがまあ……その前に少し手を付けても別に構いはしないだろう?



――……ユウキ……



そっとベッドに潜りこみ、耳元で囁く。

眠りがまだ浅かったためか、ユウキは割と早く目を覚ました。



――……ティア、さん?

――…………

――どうしたの? 一人が寂しくて眠れない?

――それも、ある。ユウキ……私の我が儘を一つ、聞いてもらえないか?

――……まあ、可能なことなら、良いよ。

――ありがとう。



支えにしている腕から力を抜き、ユウキに乗りかかる。

布越しに感じるユウキの体温はそんなにも私と変わらないはずだと言うのにとても温かく、居心地良く感じられる。



――ユウキ、しないか?

――えっと……それは、これ?



返答は唇で返す。

スオウから聞いた話では、このまま何も出来ないでいるとユウキは間もなく死んでしまう。

それを食い止めることが出来るだろうが、その前に一つぐらい、私の我が儘を叶えてもらっても良いだろう。



――今だけは、今だけは私だけを見てくれ。

――……やれやれ。



彼の優しげな瞳がこちらを向いた。

何とも言えない光を宿して私を映す。

だがそれらが全て私を映している。

その事実が、何より満たされる感じを私に与えた。







――……ん、ぅ……

――…………



ふと、胸元でユウキが寝相を変える。

頭を撫でると意外と癖がある髪が指をからめる。

肌で感じる彼の体温と息遣いに安心を感じる。

その感触に幸せと、罪悪感を感じながら心の中でユウキに謝る。

これから、ユウキの過去を覗く。

見るだけなら干渉には入らないので、ユウキの負担はないだろう。

だが、これのせいでユウキの知られたくない過去を知ってしまうかもしれない。

それでも私は知りたい。

何故ユウキが悲しい瞳をするのか。

純粋に彼を愛する者の一人として、あんな眼をしてもらいたくはないから。

だから、覗く。




直前にもう一度、ユウキに心の中で謝りながら、私は静かに魔法を発動した。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




意外と時の流れは早く、来年の春でこの世界に来て約七年になる。

割かし長くこの世界に住み、ここでの生活に何の疑問を持たなくなってきた。

だと言うのにいまだに金銭感覚が身に着かないのは金払いの良い客のせいとしか思えない。

まあでも、彼らのおかげで一年を楽しく過ごせているのだから感謝しよう。

そう思いながらヴァランディールの来店を待ちながらグラスを拭いていた。

彼もまた独り身であったため、暇だからともに年を越さないかと誘ったのだ。

そしたら彼は迷うことなく了承し、久し振りに一人ではない年越しを味わえるのだが。

さてはて。まだ来ない。

もうすぐ閉店だと言うのにまだ来ない。

そう思いながら、グラスを拭いていた時のことだ。

ティオエンツィアの来店である。

危険な香りがする。どうして?

この時心の中で無意識的にヴァルに冥福を祈ってしまった僕を許してくれ、ヴァル。

まあでもティアさんのことだ。

閉店時間になればきっと帰ってくれるだろう。

それを見計らってヴァルが来るに違いない。

あれはそんな信じたいのに信じることが出来ない事に期待していた後のことでした……



――…………

――………………



いつものカリスマ二割増しに加え、何か良からぬことを企んでいそうな雰囲気を纏った沈黙が重い。

本能が今すぐここから逃げ出せばまだ間に合うと言う警告を出している。

しかし鍛え抜かれた第六感がもう手遅れなんてふざけていることを言っている。

だが、どちらにしても逃げることは出来ない。

そんなことをすれば明日も怖い。



――ユウキ、こちらに来ないか?



そんな僕の不安を他所に、ティアさんは自分の隣の席を叩き、来るように誘った。

つまりあれですね。

隣で胃に穴を開けろという善意無い配慮ですね、分かります。

確かにそんなことを抜きにして絶世の美人の隣で飲む酒は格別だろう。

異臭漂うブスよりも彼女のような人が隣にいる方が良いに決まっている。

一人酒も良いが、二人で居る方がはずむ話もある。

だが断る。

ティアさんの隣でという言葉が入った瞬間、その誘いは死神の手招き以外見えないんだよ。



――いや、ティアさんはお客さんだし、営業中だからそんなこと出来ないよ。

――私以外客はいない。そして私が良いと言っているんだ。少しぐらい構わないだろう?

――そういう問題じゃ、ないんだ。



あなたの隣に座ると未来が見えません。

ここいらで颯爽とゼノンがメイン盾の如く来てくれるとありがたい。

僕よりも気の利いたセリフで言い逃れさせてくれるだろう。



――そうか……そういう拘りを持つのも、悪くはないが……

――ん? どうしたの?



急にティアさんが立ち上がり、ドアに近付く。

帰ってくれるのかと期待する一方、冷や汗が一向に止まらない。

縁起でもないのに辞世の句を考え始める。

そして外にかけている営業中の看板を閉店中のものに替え、さらに鍵を閉める。

その様子を僕は茫然と見ていた。

何で彼女が隠している看板の場所を知っているんだ?

……脅されたのかな、ヴァル……

それなら仕方がない。



――さ、ユウキ。

――……ああもう。全く、仕方がないな。



流石にこれ以上断ると何が起こるか分からない。

と言うわけで諦めた。

諦めて、酒宴の準備をした。

今日は飲もう。

飲んで記憶に残さないようにしよう。



――お待たせ。それじゃ、始めようか。



それでも彼女の隣には座らない。

これが僕の最低限守るべきプライド。



――ユウキ。

――……やれやれ。



アレは断ったら殺す目です。

流石に僕はまだ死にたくないので恥も外聞も気にせずさっさとそのプライドを捨てた。

グッバイ現世。よろしく来世。

来年は僕の胃に優しい年になると……良いな……

瞳から漏れる食塩水は心の汗です。気にしないで貰いたい。



――それじゃ、乾杯。

――乾杯。

――これは……中々の酒だな。



すぐ隣で見るティアさんの仕草はやはり度の絵画よりも勝る優雅さや気品がある。

これらは一朝一夕では手に入ることはない。

そしてそれを自然体で醸し出すのに一体どれほどの月日と努力が必要なのか。

僕には予想もつかない。

本当に、綺麗だよね、ティアさん。



――うん。あまり手に入らなかったから、表には出さないんだけどね。大晦日だし、別に良いかなって。

――ああ、悪くない。

――なら、良かった。



最初に開けたワインは今年でちょうど六年、つまり僕がこの世界に来た年に出来たお酒だ。

酒を飲みだしてから大晦日では自分の年と同じ年に出来た酒の中で良い物を飲むことにしている。

熟成の具合から風味は味は変わるから通年同じ酒が美味しいとも限らない。

やはり年が変わるのだから別の酒を飲みたいと言う欲望もある。

と言うわけで、毎年違う酒を飲んでいるのだが。

今年になって六年。来年で七年。

さて、五十年物飲めるかな?

前の世界では二十四年物で終わったからなぁ。

残念だったよ。



――そう言えば、ユウキ。

――ん?

――何故人は、一年の始まりと終わりを祝うんだ?

――…………別に、意味なんてないと思うけど。それでも強いて言うなら、そこが明確に存在している大きな区切りの一つだから、かな。



確かに、考えてみればそれは妙なことだ。

世界は常に続いているというのに、何故勝手に区切りを設けてそれを祝うのか。

人の常識による疑問を持てない概念だ。

それらは暇な時、本当に何もできることがない時の暇潰しとして重宝した。



――どういうことだ?

――例えば四季や昼と夜。これら巡っているものには明確な区切りが分かっていない。人はね、目に見えないもの、理解できないあやふやなものをどうにかして理解しようとするんだ。

――ああ……その結果が月日や、一年。それから四季の名前か。

――うん、そう。とはいってもその区切りすら人が作ったものだけどね。

――それらの節目に祝う習慣は、人の生が短いからか?



人生百年。それでも今は一瞬。

過ごすには長く、生きるには短い。

掛け替えのない一度きりの今を楽しむと言うため、この世に生まれたことに感謝するためと言う理由もある。

だが何より、僕がこれだと思った理由は別だ。



――それもある。けど、まあなんというか、基本的に人は誰かと一緒にいたいんだよ。脆弱で、どうしようもなく寂しがり屋で、孤独を嫌うから。一人じゃ生きていけないから。誰かとの繋がりを知らなければ、生きていけないんだ。



弱いから社会を形成し、寂しがり屋だから家族を欲し、孤独を嫌うから友を守る。

世界に本当に孤独な人などいるわけがない。

だっていつも隣には、誰かが居てくれるから。

居なくとも心は繋がっている。

そう思えるから人は生きることができる。



――出来るなら多くの人と何かしらで繋がっていたい。そのために盛大な集会を行う。方法は宗教、祭典、社会。様々ある。祭りはその内の一つ。

――そういうものか……

――そう僕は考えているけどね。



これは勝手な自己解釈。

こうあれば良いなと言う願望。

何せそれは答えの無い問題だから、明確な答えを必要としていないから。

だからそんな自己満足がちょうど良い。



――そう言えば、ティアさん。

――何だ?

――大晦日ぐらい家族と過ごさないの?



ふと思った疑問を口にする。

ティアさんは良く僕の店に来る。

式典の日だろうが宗教上宜しくない日だろうが関係なく来る。

彼女はきっと王族か、もしくはそれに近しい類の人間のはずだ。

そうでないとこのようなカリスマを持っているはずがない。

ならある程度家や宗教に拘束されるはずなのに、気にしている様子はない。



――ああ。家族はもう死んだからな。

――……ごめん。不謹慎な事聞いた。



わお、思ったよりヘビィ。

聞くんじゃなかった。



――別に構わない。生きている存在はいつか死ぬ。私の両親は私より前にその時が来ただけだ。死に目に会えただけ、良かった。

――そう、か。



そう言えば僕は親の死に目に遭っていないな。

むしろその前にこれ以上あの人を僕で拘束したくなかったから自殺した。

そして気付いたらこの世界に存在していた。

考えてみれば結構な親不幸を犯している。

死後、三途の河原で両親に逢ったら謝っておこう。

許してもらえるとは思わないけど。

少なくとも出会い頭に七度は殴られるだろう。



――ユウキ。君は、家族に会いたいか?

――いや、別に。僕の両親は、たかが会えない程度で悲しむような人じゃないから。それにまあ、幸せでやっていると信じているし。それほど会いたいとは思わない。でも会いたくない事はないな。



これは他愛もない嘘だ。

重い話をこれ以上重くしたくはないから出た嘘だ。

むしろ、実は自分死んでいますなんてどのようにいえば分からない。



――そうか……やはりすごいな、ユウキは。そこまで誰かを信じられるなんて、そんなに出来ないことではないぞ。

――違うよ、ティアさん。それは違う。僕は弱いから、本当に弱いから、身勝手に信じることしか出来ないんだよ。



もしも強ければ、両親に声を届けれるほどの力があれば信じることなんてしていない。

「親不孝者は来世で元気にしています」とでも声を届ける。

そして彼らが幸せにやっていると、もう僕の死を悼むわけがないと傲慢に考えるだけだ。

あ、少し間違えた。

「親不孝者は来世で絶賛胃を痛めております」だね。



――それでも、全面的に信じてもらえるのは嬉しい。少なくとも私はそう思う。

――そうかな?

――そうだ。

――なら、良いんだけど。



彼女が力強く否定してくれたおかげで、少し心が軽くなった。

正直誰かを信じることは不安を感じる。

その信頼がその人の枷になっていないか、不安でたまらない。

だから、そんなことはないと否定してくれたのは結構嬉しい。



――……大丈夫?

――ああ、済まない。



静かな時が流れると急にティアさんが僕の肩に頭を乗せた。

一瞬身を固くするが、眠っているのに気付き、揺すろうとした手を下す。

見た目とは裏腹に疲労が蓄積しているようだ。

酒が良く効いたのかな?

そして、意識が覚醒してきたところで起こす。



――……ユウキは良い匂いがするな。

――いやいやいやいや。そんなことはないでしょ。

――いや、不思議と落ち着く匂いがするぞ……

――それは絶対気のせいだ。あと酒のせいだ。僕の匂いじゃない。



寝足りないのか、いつものカリスマが形を潜めている。

代わりに若干閉じられた瞳で頭をこすりつけてくるこの生き物は、何?

いつもの雰囲気と姿とのギャップがすごいのですが。

萌えませんけど。



――……やれやれ。



鼻を刺激してくしゃみをさせようとする彼女の髪をどける。

余りに滑らかな為、思い通りに纏まってくれない。

ティアさんも何だかこのまま放っておいても本格的に眠りそうな気がする。

それは頂けない。

明朝までここで彼女に肩を貸していたことがアリーシャさんやローズにばれると……あの人たち何するかな。

それをネタに脅迫してきそうだ。



――不自然な格好で寝たら身体に悪いよ。そんなにも眠いのならそろそろ帰ったら?どうせまた明日会えるから、ね?

――…………



一時固まる。

眠たい頭で言葉を理解しているようだ。

そのまま、状況を理解できない思考のままで帰ってくれるとありがたい。

具体的には明日の賽銭が百倍になるほど。

だが、どういうわけか僕の祈りはことごとく神々に逆の意味で取られてしまうもので。



――……ユウキ、泊まっては、駄目か?

――えっと…………



どうせそうだとは思っていましたよ、畜生。

世界はいつもこんなはずじゃないことばかりだ。

旧友から聞いたあるアニメの脇役の言葉を思い返す。

今なら言える。

世界はいつも、そんなちゃちなものじゃねえぞ、ませガキ。

本当に、カリスマですら逆らえないと言うのにこんな捨てられていく子犬の目をされたら断ったら罪悪感で死にそうになるじゃないか。

ああ、どうしてこうなる……?



――まあ、別に良いか。

――ふふ、済まないな。

――嬉しそうだね。



結局のところそれを受け入れ、ティアさんと店の片づけをした。

それから家を案内する。

この家は地下一階と地上三階建てで、一階は店として使用、地下は倉庫として活用している。

で、三階にキッチンとダイニングを設置している。

理由は簡単。バルコニーから夜景が見えるから。

んで、二階に寝室と客室、物置、風呂がある。

風呂は、明日の朝でいいか。

それらをティアさんに案内した。

どうせ分かっているだろうけど、念のため。



――あそこが手洗いだから。で、この部屋が客室。

――ふむ、わかった。

――それじゃ、おやすみ。良い夢を。



それから寝間着に着替え、ベッドにダイブ。

軽く自棄酒をしたため、いつもより酔っているので気持ちよく眠れるだろう。

願わくは、夢の中だけは良識あることを。

そう思い、瞼を閉じた。



――……ユウキ……

――……ティア、さん?



起こされたと思ったらティアさんの顔がアップで視界に在りました。

ああ、これは夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ……

そう思いたくても肌で感じる彼女の何故か熱っぽい吐息は本物で、如実にこれが現実であることを僕に自覚させる。

本当に良識や常識は夢の中の空想ですね、ジーザス。



――…………

――どうしたの? 一人が寂しくて眠れない?

――それも、ある。ユウキ……私の我が儘を一つ、聞いてもらえないか?

――……まあ、可能なことなら、良いよ。

――ありがとう。



そう言ってティアさんは僕の上に乗りかかった。

正直に言って僕の身体は軽く、力もそこまで強くない。

現在日本人の平均体力より貧弱であり、当然女性一人の体重は軽いとは思えない。

むしろ言おう。

こんな僕が軽いと思える人が居たなら、その人は既に病気か不健康かだ。

正常じゃない。

まあ、重くもないんだけどね。

そんなティアさんが耳元で囁く。



――ユウキ、しないか?



……わんもあぷりーず。

口走ったら極刑だな。間違いない。



――えっと……それは、これ?



返答は言葉ではなく行動で示される。

アリーシャさんの妖艶で甘い匂いじゃない。

優しい匂い。太陽の匂いとでも言うべきか、そんな感じの匂いがした。

彼女は何だかんだ言っても結構大切な人だ。

肌を重ねるのも悪い気はしない。

それに、さ。

スオウと約束したんだ。

女性を余り泣かせないと。



――今だけは、今だけは私だけを見てくれ。

――……やれやれ。



全く、女性は何故そのような下らない事を頼むのだろうか。

あの人もだけど、僕はちゃんと見ているというのに。

特に二人きりの時は、その人だけを見ないと失礼にあたるから。

ティアさんの顔にかかる髪をどけながら、僕は彼女の唇をそっと塞いだ。

本当に、どうしてこうなるのかなぁ?

僕なんかを好きになるのか。

良く分からないことばかりだ。





次の日の朝、起きると僕はティアさんに優しく抱き抱えられるようにして眠っていたことに気付いた。

彼女と寝たというのに夢見は少々悪いが、目覚めも素晴らしい。

ただ、何か忘れてはならない夢を見た気がするのにその内容を覚えていない。

そんな自分が腹立たしい。

そう思いながらふと、ティアさんを見る。



――……やれやれ。



眠りながら泣いたのか、少し涙の痕があった。

だから僕は彼女がしたようにそっと抱き締める。

その頭を撫でながら、力はさほど込めずに抱き締める。



――大丈夫だよ、ティア。僕はここに居るから、大丈夫。



囁くように、語りかける。

今年は、ティアさんにとっても僕にとっても去年よりもっと良い年になりますように。

そんな祈りを込めて。



――それじゃ、僕は朝ごはんを作るから。良い夢を。

――…………



部屋を出る時に見たティアさんの表情はとても幸せそうだった。



[14976] 十三話
Name: ときや◆76008af5 ID:1efef3d6
Date: 2010/03/21 22:15

その日、僕は急に光と自由を失った。

下半身不随、盲目等々。

とにかく病院のベッドに縛り付けられることが確定的な病気。

理不尽すぎるが、きっと仕方のないことなのだろう。

これらは今まで無理をして耐えてきた、そのつけなのだから。

これはそれからの記憶。

僕の中で最も忌々しい、それでいて楽しかった頃の記憶。

それを理解したうえで、久し振りに見る夢を傍観した。



前触れもなく下半身不随に盲目となり、不自由な生活に慣れるまで病院にいる。

盲目の他にも血液中の成分が異常な数値を示すようになったり、食欲が急速に無くなったり、本当に色々。

とにかくこれまで送っていた日常生活は遠い夢のようになってしまったのは間違いない。

そんな、動けない上に見えない生活にも慣れ始めた頃、割かしそれらを悲観することなく受け入れた僕は普通の人より早く、見えないことによって気づけた世界の美しさを堪能している。

例えば窓から入ってくる様々な匂い。

雨の匂い、日の匂い、花の匂い。

例えばこの病院が山の中腹に建てられているために聞こえる森のざわめき。

鳥の声、木々の音、風の音。

そう言った、見えていたために気付けなかった世界を楽しんでいた。

だが、暇なことには間違いない。

故に僕は様々な方法で暇を潰す。

例えば怪我や先天的病気で入院している児童たちにお話を聞かせたり。

知らないのに知っている場所で、覚えても居ないのに懐かしく感じる人たちとの夢で見た日々の営みの話など、幸い話題に尽きることがない。

時として日常について考えたり。

別にそんなに長く暇を潰せなくても良い。

もうこの時にはすでに僕は、残された時間はそれほど長くはないことに気付いていた。

周りの医師たちは口を揃えて、必ず良くなると言っている。

しかし僕には分かっているのだ。

現状に何の問題もなく、死に向かっているのが正常だと言うことに。

長くてあと二カ月。

これが、僕に残された時間だ。

これを覆すことは誰にも出来ない。

だからせめて、願わくは桜散る頃にその華の下で静かに永き眠りにつきたい。

そして、あの人、蘇芳はさっさと僕の事を見捨てて別の誰かと幸せになってくれないかと祈るばかりだ。



――…………



冬の厳しい寒さの中で時として見せる太陽の温かさにつられ、いつものように夢の中に落ちていた日のことだ。

余り嗅ぎ慣れない匂いにまぎれて懐かしい匂いが鼻腔を刺激する。

前者は香水だろう。

匂いの中に化学薬品のそれと類似する物を感じるから。

後者は、蘇芳の匂いだ。

こんな僕を今日も見舞いに来てくれたのだろう。

まだ眠っていたい意識を叱咤し、覚醒する。



――……すおう?

――おはよう、優鬼。もしかして、起こしちゃった?

――ううん、大丈夫だよ。

――無理しないでね。ところで、調子はどう?

――……いつも通り、かな。というか、昨日今日でそんなにも変わらないよ。

――でも、優鬼がこうなったのは急なことでしょう? なら容態が急変するかもしれないじゃない。

――まあ……確かに始まりは急だったけどさ……でも約一年もこのままなんだよ。きっとそんなにも急に変わらないよ。



もう僕の視界に彼女の表情は映らない。

それでも彼女がすぐそばに居ることは容易に分かる。

理由も根拠もいらない。

そう思える心とそれを信じる意思があれば十分だ。

それだけで彼女はきっと、僕の傍に居てくれるから。



――昨日ね、法月さんが林檎を送ってきてくれたの。食べる?

――ああ…………少し、貰うよ。

――ちょっと待ってね。今切るから。



法月とは僕の母方の祖父母のことだ。

昔とは名前の漢字が変わったそうだが、それはまた別の話。

とにかく両親の結婚には反対していたものの、それでも自分の娘の幸せは心から祝福し、願っているようで。

二人の子供が生まれた時は父さんより早く病院に駆けつけそうになったらしい。

ちなみに神社の名前はこれまた法月神社。



――いつも、ありがとう。

――気にしないで。私が好きでやっていることだから。だから、早く良くなってね。そうじゃなきゃ、私はちゃんと笑えないから。

――うん、頑張るけど……蘇芳も無理しないでね?

――ええ、もちろん。



三回、三回も後は捺印とサインして役所に届けるだけの状態にした離婚届を彼女にわたした。

その度に破かれ、頬を叩かれ、泣かれた。

二回、両親に頼んで弁護士を紹介してもらい、法的手続きを経て離婚しようとした。

途中彼女がやってきてすごい勢いで殴られた。

こんなベッドに縛り付けられ、そんなに長く生きられない僕を見捨てて、もっと良い人と良縁を気付けば良い。

そのための行動だったのだが、尽く裏手に出てしまったようだ。

というか、次やったらシュールストレミングのフルコースを食わせると脅された。

それは正に、犬より鋭いとされる僕の五感にとってこの世の生き地獄なわけで。

冷汗かきながら謝りました。

二度としないどころか話題にすら出さないと誓ってしまいました。



――ねえ、退院祝いは何をしようか?

――そうだな……このまま妹に会社を任せて……隠居しようかな。

――私は……子供が欲しいな。

――……前向きに検討します。



どの夢は叶わないと知っているから、僕はそうたいしたことを口に出来ない。

大きな期待し、叶わぬ現実に絶望した時の痛みを知っている。

叶わぬ希望は絶望よりも性質が悪いことを理解している。

だから、僕は叶わない夢を見ない。

そんな事をするぐらいなら最悪の未来を捉え、それがないように現実に抗う。

それだけの、話だ。



――はい、あーん。

――ん、ありがとう。

――……どう? 美味しい?

――うん、美味しいよ。



僕の食欲は近頃滅法ない。

それに伴い、日々の食事も少なくなってきている。

一日に米一合食べたら良い方なぐらい食べない。

故に起こる、栄養失調で死ぬことを防ぐため僕は四六時中点滴されている。

それでも大概は使われず吸収されずに体外に出ていくのだが。



――そろそろ桜は咲くかな?

――気が早いわよ。まだ、咲かないわ。

――そうか……まだ、咲かないか……

――桜が咲いたら、何かあるの?

――うん……蘇芳。

――何?

――多分僕は、最初の桜が咲く時



桜は好きだ。春が好きだ。

だから咲く時が待ち遠しく、毎年毎年今か今かと待ち望む。

ただ今年の桜は、出来れば永遠に咲いてほしくはない。

桜に咲いてほしくはない。



――死ぬ。



咲けばこの生活が終わることを知っているから。

夢と散り、僕を織りなす全ての記憶が消し去ってしまうことを理解しているから。

そんな夢物語で終わらせられるような一抹の不安を僕はどうしようもなく事実であると理解しているから。

分かりたくもないのに、分かってしまった残された時間。

それに伴い何故か理解出来た僕の終わり方。

だから。

桜よ、咲かないでくれ。

僕は忘れたくはない。

あの日々を、この日々を、そして明日を。

せめて最初からなかったことになれば良かったともう思わないから。

差し出されたあの手を振り払えばよかったなんて、思わないから。

桜よ、まだ咲かないでくれ。

最後に一つ、身勝手な欲望。



――笑えない、冗談ね。

――僕としても冗談に終わらしたいな。

――全く……悲観的になるなんてあなたらしくないわよ?



ここで必ず良くなるからなんて見え透いた嘘をつかないのはそれが悟られることを恐れたからか。

ふと、死後に思いを馳せる。

来世でも彼女に会えるのか。

死んだ先で何があるのか。

そんなことは分からない、保証できない。

だから、だから僕は忘れてほしくない。

例え今までの記憶が残された人々に残酷な未来を彩るとしても、それでも。

僕の事を覚えてほしいという欲求がある。

今までの幸せは決して不幸なんかではなかったということを誰よりも誇ってほしい。

そのために、まだ。

まだ、咲かないでくれ。



――ごめん。

――本当に、酷い人。



そう言いながら、彼女は笑った気がする。

願い、想い、望み、夢見る。

もしも輪廻転生があるなら。

もしも死後の世界があるなら。

いつかどこかで、また彼女に会えるだろうか?

僕の死が確定事項であることに抗わない。

だから、世界よ。

来世でまた彼女に会う。

この願いを、望みを。

叶うなら、叶えてくれ。

例えこの記憶が、この思いがなくなっても、それでも僕は。

彼女にまた会いたいと願う。



――蘇芳……

――どうしたの?



つい先月、左腕も動かなくなった。

残された自由である右腕を伸ばす。

それに静かに蘇芳が手を添える。

まだ、僕は死んでいない。

ちゃんと生きている。

蘇芳が傍に居てくれる。



――温かいな、蘇芳は。それに良い匂いがする。

――そう、かしら?

――うん、そうだよ。

――そっか……嬉しいな。でもね、優鬼。



彼女は大学、いやこの生の中で出会った誰よりも最初から印象的だった。

綺麗だから、優しいから、映えるものがあるから。

そう言った理由ではない。

僕は彼女の存在に、在り方にどこか懐かしさを感じた。

今までどこであっても感じなかった、自分をだまさなければ感じることの出来なかった懐かしさを感じた。

まるで、同郷の者に出会った時のような、そんな喜びを。

蘇芳とは初対面であったにも拘らず、何故かそれを感じた。

不思議に思ったが、疑問を持たなかった。

以来、気付けばそばに居て、気付けば周りがうるさくて、気付けば桜の下で告白されていて、気付けば結婚していて。

だが、幸せだった。

僕はその時間を、今をとても幸せに感じている。



――……眠たい?

――うん……ちょっとね。

――無理せず寝て良いよ。私はまだ、ここに居るから。

――うん……お休み……

――お休みなさい、優鬼。



そんな日々が続く。

不自由な、それでも幸せな日々。

嫌ではなかった。

不満もない、ささやかな幸せ。

だと言うのに世界はこの日々、正確には僕の命に終りを告げる。

冬が終わり、雪解けの匂いがし始めた春先。

来月になれば桜が咲くだろう。

そんな空気を肌で感じていた如月のある日。

容態が悪化したわけではない。

それでも僕は、命の灯が少ないことを感じた。

頑張れば、あと二週間ぐらいは生きられるかもしれない。

だが、惨めたらしく限りある蘇芳の時間を僕に費やさせるぐらいなら。



――……蘇芳……



本日立春、今宵望月。

冬特有の星の綺麗な日。

昼間は雪が降っていた。



――謝るのが卑怯なのは分かっている。君の思いを踏み躙って許して貰おうとは思っていない。けれど、蘇芳……済まない。



隣で眠る、蘇芳の柔らかな髪を撫でる。

降雪を理由に今日は病院に泊まっている。



――さよなら。



久し振りに自分の足で地面に立つ。

長くベッドの上に居たためか、かろうじて歩くこと出来る程度だ。

きっと今が昼間なら余りの眩しさに目も眩んだことだろう。

ほのかに辺りを照らす月光の下、僕は中庭にある桜の樹を目指す。



――…………



そして、辿り着いた先の桜は当然のように咲いていない。

まあまだ冬だし、仕方がない。

それでも冷たい幹の中に力強い生命の鼓動を感じる。

あと一押し、それさえあれば満開の花を咲かせるような、そんな気配がある。



――ごめんね。無理をさせる。



しっかりとした幹をさすりながら、僕は己の内に意識を集中した。

幼き頃、幾度も夢で見たあの感覚。

自分の中の何かを引っ張り出すような、そんな感覚。

命に干渉し、力を引きずり出す。

これは唯の我が儘だ。

僕の身勝手な我が儘だ。

桜の下にて春死なんと言う傲慢だ。

そのためにこの桜を傷つけることになるだろう。

それでも僕は、最後の最後は夢のように死にたい。

誰かの意思によってなら、せめて僕の意思で死を迎えたい。

初めてのくせに何度もやっているかのような手つきで吸い上げた命の力を桜に流す。

人の夢は儚く、春は生と死に溢れる。



――完全に咲け、我が桜。



眼を開けるとそこには――



――ああ、綺麗だ……本当に、綺麗だ――



命一つ使った甲斐のある見事な桜が、咲いていた。

如月の望月の頃に咲く桜の下にて僕は、永き眠りに着いた。

人生二十五年余、心残りはあっても後悔の無い、満ち足りた人生だった。



そして、気づけば似たような雪原の望月の下、僕はこの世界に来ていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




久し振りに夢を見る。

思い出したくもない忌々しい記憶だが、それでも私は自力で覚めることが出来ない。

何故ならこれは、優鬼との短い生活の夢だから。

例えそれがどれだけ不幸であろうとも私は見ないことが出来ない。

忘れることも思い出さないことも出来ない。

それだけ、彼との生活は幸せに溢れていた。

あの時間は短くても、決して忘れたくないほど綺麗に輝いていた。

その時間を否定したくないから、私は忘れない。



少しでも優鬼と長く居たかった。

決して逃れられない別れが何よりも怖かった。

出来るなら永遠に共に居たい。

私の傍に居てほしい。

彼と共にこの世界、いやこの世界と言わず全ての世界を巡れたならどれだけ素晴らしいことか。

これ以上望めない幸せを夢見て、私は彼に神格化を施した。

成功させるはずだった。

なのに…………

何の前触れもなく彼は倒れ伏し、自由を失った。

その瞳は役立たずになり果てた。

原因は私が行った神格化。

無理が出始めた時点で私はそれを中断したのに。

だというのに、彼の体調は一向に良くならず、ただ悪くなるだけ。

理由は何故か、どれだけ世界の根源に問いを投げかけても世界の根源は何も答えてくれない。

沈黙を保ち続けている。

まるで彼のことなど何も言いたくはないとでも言うかのように。

それを不思議に思いながらも、私はどうにか彼の体調を良くしようと情報を集めていく。

そうする一方で、彼の見舞いは一日も欠かさない。

その日も昼、優鬼の居る病院へと足を運ぶ。

病院の清潔感あふれる白がどこか死装束に見えて忌々しい。

ここは優鬼の高校時代の友の親が経営している病院だ。

実態はとある土地のせいでやけに近くなった内包する別世界等々からやってくる妖魔を退治する人々専用の治療機関の一つだ。

それ故に普通では到底考えられない治療方法があるのだが、また別の話。

とにかくそれらの技術を持ってしても彼の体調を良くすることは出来ない。

当然だ。

神格化は存在の格上げ。

それを止める方法など、人である限り不可能だ。



――優鬼の容態は?

――昨日と変わらん。お手上げだよ、全く。このままでは一族の名が廃るが……本当にアレは何だ? 何の冗談だ?



そう医師である彼が言う。

何の冗談と言うのは優鬼の容体のことだ。

下半身不随、盲目、心不全、免疫力低下などなどの原因不明の体調不良を加味して、彼の身体は健康その物。何ら異常なし。

科学技術及び霊的医術の粋を集めて調べた結果分かったことがこの事実だ。

確かに人は死ぬ。

生きている限り全ての物は死へと向かう。

だと言うのに、まるで殺されるかのように死に向かっている優鬼が正常とは、何の冗談だ。

私が聞きたい。



――あー……すまん。

――別に構わないわ。あなた達のおかげで優鬼は無事に生きていられるのだから。

――だが、治せないのは俺たちの恥だ。何としても治してみせる。

――そう……ありがとう。

――やめろ。俺は何も出来ていない。感謝されるべきじゃない。にしても……

――何かしら?

――本当におまえは、優鬼が好きだな。いや俺もだが。

――それはもう。この世界で最も好きな人ですから。だって――

――あー…………そこの君。濃い目のコーヒーを淹れてくれ。もちろん砂糖とミルクは一切なしで。



会話を終えるとすぐに優鬼の居る病室へと向かう。

その入り口で呼吸を落ち着かせ、身だしなみを整える。

彼は盲目となったが、それでも綺麗にありたいのは好きな人に対する女性の我が儘だ。



――こんにちは、優鬼。



決心を付けてから入った病室はいつものように静かだった。

いや、いつもより静かだった。

優鬼が死んだように眠っている。

余りに静かに、それこそ死体のように眠るのだから、つい。



――…………



触れると伝わってくる温もりにふと、ため息が漏れる。

不安になるのだ。

余りに静かに眠っているのだから、まるでもう死んでいるのではないかと思ってしまう。

管理者としての力を使えば死んでいないことなどすぐに分かると言うのにそれでも、それでも触れて、この手で確かめたい。

確かめるまで、落ち着かない。

彼の首元に置いた手をそのまま頭へと伸ばす。

少々癖のある髪が指先に絡まる。



――……すおう?



急に冷たい手を首筋に充てられたので起きたのか、起きぬけの優鬼特有の、少々間の抜けた声が聞こえる。

この声を聞くことは私の特権だ。

それから彼の寝顔を眺めるのも。

昔は彼が起きるよりも五分ほど早く起きて、それから堪能していたのだが。

今はこういう時にしか見れなくなって残念に思う。

そう思いながら彼の頭を優しく撫でる。



――おはよう、優鬼。もしかして、起こしちゃった?

――ううん、大丈夫だよ。

――無理はしないでね。



その大丈夫はあまりに私の不安を掻き立てる。

むしろ彼のように、今にも散りそうなほど儚い人がそんな言葉を言ったところで嘘にしか感じられない。

そう思いながら私は彼の頭を撫でるのだが、どこかおかしい。



――ところで、調子はどう?

――……いつも通り、かな。というか、昨日今日でそんなにも変わらないよ。



嘘だ。それは嘘だ。

右腕の動きがどこかぎこちない。

左腕同様、その自由が徐々になくなっているのだろう。

この事実を知りながら隠しているのか、はたまた気付いていないだけか。

どちらにせよ彼の容態は正常に悪化する一方だ。



――でも、優鬼がこうなったのは急なことでしょう? なら容態が急変するかもしれないじゃない。

――まあ……確かに始まりは急だったけどさ……でも約一年もこのままなんだよ。きっとそんなにも急に変わらないよ。



人よりは早く、それでもゆっくり死んでいく、ということか。

急に容体は変わらないと安心させる一方で嘘をつかない。

事実を言わないが、嘘もつかない。

私を心配させないための手段か。

そんな彼の優しさが心を痛めつける。

こうなった原因と思しきものが自分にあるため、彼の優しさは私の心を痛めつけていく。



――昨日ね、法月さんが林檎を送ってきてくれたの。食べる?

――ああ…………少し、貰うよ。

――ちょっと待ってね。今切るから。



法月、正確には少し違う名なのだが。そもそも神社ですらない一族なのだが。

優鬼の母方の祖父母が原因不明の病で倒れ伏した孫を気遣い、林檎を送ってきた。

その中でも最高の物を本日持ってきている。

こうなってからユウキの食欲はほとんどなくなった。

だからこそ、最高の物を食べてほしい。

でも、出来るならちゃんと私の手料理を。

そう思いながら林檎を切り分けていく。



――いつも、ありがとう。

――気にしないで。私が好きでやっていることだから。だから、早く良くなってね。そうじゃなきゃ、私はちゃんと笑えないから。

――うん、頑張るけど……蘇芳も無理しないでね?

――ええ、もちろん。



一瞬、ここに来ていない時はずっと、家にも帰らず彼の情報を集めているのがばれた気がした。

そんなわけがないと自分でも信じられないようなことを内心何度もつぶやき、言い聞かせていく。

優鬼は妙な所で勘が良いから困ったものだ。

せめてその勘の良さを少しでも鈍感さに向けてもらえたら、きっと彼から告白されたのかもしれない。



――ねえ、退院祝いは何をしようか?

――そうだな……このまま妹に会社を任せて……隠居しようかな。



彼と二人で田舎で。

どうせならあの土地に行っても良いのかもしれない。

いや、そちらの方が私は過ごしやすい。

きっと彼も神楽家の一員として見る世間の煩わしさとも開放される分、良いのかもしれない。

どうせならあの薬師から不完全な不老不死の薬でも……

やめよう。

次こそ何が起こるか分からない。

彼が無事に生きられる。

そのことをただ望もう。



――私は……子供が欲しいな。

――……前向きに検討します。



そして、子供を三人四人と言わずたくさん作って。

そう思いたかったのだが、相手が悪い。

性欲はあるものの、そういった遺伝子を残す本能がほとんどない。

誘っても乗ってこないことがある。

襲わなければ何もしてこないのが普通だ。

これは、結構私から頑張らなければ。

まあでも、そんな生活は今よりは楽しいだろう。



――はい、あーん。

――ん、ありがとう。

――……どう? 美味しい?

――うん、美味しいよ。



そう言いながらも四分の一しか食べずに終わる。

食が細いとか、そう言った話ではない。

もしも点滴がなければ彼は既に、死んでいる。

まるで肉体がそれを望んでいるかのように栄養を欲さない。

生きようとしていない。

なのに彼は必死に生きようとしている。

本当に、どこの誰がこんな残酷な真似をするのだろうか。

残された四分の三の林檎を食べながら頭を冷やす。

そんな思考、今は必要ない。



――そろそろ桜は咲くかな?



ふと、優鬼が窓の方向を見ながら呟く。

その先には雪で覆われた木々がある。

そして今なお雪が降っている。



――気が早いわよ。まだ、咲かないわ。

――そうか……まだ、咲かないか……

――桜が咲いたら、何かあるの?

――うん……蘇芳。

――何?

――多分僕は、最初の桜が咲く時



聞きたくない、と思った。

そこから先の言葉を私は聞きたくないと願った。

それでも世界は、彼は残酷で。

はっきりと、良い逃れられないほど鮮明にその言葉を紡ぐ。



――死ぬ。



ああ、何故そんなことを言うのだろう。

何故ここまで世界は残酷なのだろう。

そして何より、どうして私は賢いのだろうか。

もしも愚かだったのなら、それが事実ではないと気付けないほど愚かであったのなら、その言葉を笑い飛ばせたのだろうに。

そうすれば彼は笑いながらごまかしの言葉を並べるのだろうに。

なのに賢すぎる頭脳はそれを事実と認識するよう強要する。



――笑えない、冗談ね。



本当に笑えない。

何一つとして笑える要素がない。



――僕としても冗談に終わらしたいな。

――全く……悲観的になるなんてあなたらしくないわよ?



あんな現実、言ってほしくなかった。

良くなったらどうしようとか、そう言った夢を聞かせてほしかった。

なのに彼は、私が無駄な夢を見てそれが叶わぬことを知り、絶望した時、少しでもその心が軽くなるように現実を押し付けた。

本当に優しい。

優鬼はきっと誰よりも残酷で、間違いなく優しい。



――ごめん。

――本当に、酷い人。



こんな時まで、自分の明日すら保証されない時まで私の未来を気遣うなんて酷い人だ。

こんな気持ちにさせるほど恋させるなんて、酷い人だ。

ああ本当に、こんな思いをするほど彼の事が好きだなんて、私も酷い人だ。



――蘇芳……

――どうしたの?



ゆっくり差し出された手を握る。

そしてそのまま彼の右腕を私の頬に当てた。

彼はそれを頼りに私に顔を近づけた。

年甲斐もなく心拍が跳ね上がる。



――温かいな、蘇芳は。それに良い匂いがする。

――そう、かしら?

――うん、そうだよ。

――そっか……嬉しいな。でもね、優鬼。私はそれだけじゃ、物足りないな……

――……仕方がないなぁ。



その日、雪を理由に無理言って病院に泊まらせてもらうことにした。

何をしたのかは言わない。

ただしかなり満ち足りた。

次の日看護師たちに色々と言われ、優鬼の友に病院は何する場所じゃないと叱られた。

そんなことを言いながらも一度も止めない彼らに感謝する。



――……眠たい?

――うん……ちょっとね。

――無理せず寝て良いよ。私はまだ、ここに居るから。

――うん……お休み……

――お休みなさい、優鬼。



こんな日々でも永遠に続けばいいと思っていた。

だが、始まりがあれば必ず終わりが来る。

これは絶対の法則で、私も彼もこれからは逃れられない。

ある日のことだ。

二月四日、満月の晩。

稀に我慢できなくなるほど寂しくなったときにあるように、その日は無理に雪を降らせた。

そして病院に泊まった、ある日の晩だ。

まどろみの中にあった私は急速に眠気を増し何故かそのまま熟睡してしまった。



――蘇芳……済まない。さよなら。



起きたいのに起きれない。

眠りたくないのに眠ってしまう。

そんなどうしようもない不甲斐無さを感じつつ、やっとの思いで起きた時にはすでに。

優鬼はこの世界から消えていた。

謝ってほしくなどなかった。

全ての原因は私にあるのだから。

「さよなら」なんて言ってほしくなかった。

そうすればきっとまた会えることに期待できたから。

彼の父親は言う。



――行ったか……当然だな。優鬼は昔からそんなガキだった。いつもここではないどこかを見つめ、常に届かない誰かに思いを馳せていた。むしろ遅いぐらいだ。



彼の母親は言う。



――そう……全く、愚かな息子。こんなにもけなげに尽くす伴侶を置いて行くなんて、馬鹿な子……ねえ、蘇芳さん。もしも彼と出会ったなら、私の分も怒ってね?



彼を診た、友は言う。



――どのような言い訳は並べない。治せなかった医師にそれを並べる資格はない。存分に殴ってくれ。



林檎を作った法月神社に住む規格外は言う。



――生憎、俺は長くこの世界から離れられない。だから、見つけ出せ。あの馬鹿孫を。そして俺の前に引き連れてこい。あいつはまだ約束を果たしていない。



人々は、優鬼の事を忘れていない。

もしかしたら、優鬼はこれを願っていたのだろうか。

神格化の失敗による消滅で、自分と言うものが消えることを恐れていたのだろうか。

だとしたら、優鬼、ありがとう。

あなたのおかげでまだ、私の心は温かい。



だけど……

優鬼、この思いはもう届かない。

優鬼、その声はもう聞こえない。

優鬼、あの願いはどこへ向かう?

この世界に居るのは優鬼、あなたじゃないユウキ。

私の知らない私を知るユウキ。

会いたくても、もう会えない。

だけど私は、良いですか?

あなたを殺した人だけど、良いですか?

優鬼じゃないユウキに優鬼の面影を重ねても、ユウキの幸せを願っても、良いですか?

こんな私でも、まだあなたの事を愛しても、あなたを愛したことを誇っても、良いでしょうか?

けれど、本当は。



私はあなたに、逢いたいです。



残された絆、胸元にある二つの指輪の冷たさが、何よりも痛かった。



[14976] 十四話
Name: ときや◆76008af5 ID:ecfa65b4
Date: 2010/03/21 22:15

ユウキにヴァルと三人で年末年始を祝わないかと誘われた。

もちろん俺たちはそれを快く承諾したのだが。

ただ、年末の方が用事があったために行くことは出来なかったが、年始の方は問題ない。

後々になってよく考えてみると、世の中そんなにうまく行くのだろうか。

特にこの世界では思った通りに行かない事の方が多い。

今回も例外に漏れることなく、面倒なことが起こりそうだ。

そう思いながらも俺はユウキの家へと足を運ぶ。

懐には念のために三人分十セットの胃薬を携えて。

裏にある玄関から中に入り、三階へと行く。

そして、付いた先の台所では。



――やあ、いらっしゃい、ゼノン。

――何? ゼノンも呼んでいたの?

――全く、ユウキは相変わらず味な事をするな。



早速ですが、胃薬を使わせていただきます。

そう思える光景が広がっている。

相変わらずのユウキは別として、アリーシャとティオエンツィア。

二人とも揃って言葉に何故そのような真似をしたのかと言う感情をこめている。

怒気も隠そうとしていない。

しかしそう言った感情を台所で調理しているユウキに全く感じさせていないのは流石と言うところか。



――……ユウキ、二人も呼んだのか?

――ん? まあ……



語尾がはっきりしない。

つまり成り行きか。

時にティアの肌がやけに艶やかになっているのだが、これは。

聞かない方が良いと本能が叫ぶ。

聞けばアリーシャが怒ると理性が知る。

本気でやめてくれ。



――もうすぐ全部できるから、座ってて。

――いや、手伝う。呼ばれてそのまま至れり尽くせりも、何かと悪い気がするからな。

――ああ、悪いね。ありがとう。

――気にするな。



それ以上にあんな絶対零度も唖然とする極寒地帯に一人単独で足を踏み入れたくはない。

ただ、ユウキの隣に立ったせいで二人からの擂り潰すような視線を背中で感じる。

行くも地獄、行かぬも地獄。

隣にユウキが居る分こちらの方がまだ良いか。



――それは何だ?

――カズノコだよ。ニホン酒に合うんだ。味見してみる?



そう言いながら菜箸でカズノコを一つとり、差し出してくる。

良く思うのだが、明らかにこいつは生まれてくる性別を間違えていないだろうか。

仕草と言い、その雰囲気と言い、何より態度と言い、男らしい所が全くない。

そう思いながら差し出されたカズノコを食べる。

確かな歯ごたえと共にしっかりとした味が感じられる。

背中で感じる視線の槍が二割以上増量したが気にしない。



――どうかな?

――良いんじゃないのか?

――なら良かった。

――それにしても、たくさん作ったな。明らかに三人分を超過していないか?

――まあ、僕の国での正月料理は三が日主婦がほとんど働かなくてもいいようにしてあるから。大概が保存が効くし、三日間かけて食べるからそれなりに量もある。それに三人分だ。どのぐらい作れば良いとか分からなかったんだ。

――それを加味しても余りに量が多いだろう。明らかにさじ加減間違っているって。

――あはは……ごめん。実は張り切っちゃった。



ユウキは苦笑いをしながらはにかんだ。

だからこいつは生まれてくる性別を以下略。

気のせいか、背中に突き刺さる視線の種類が二つから四つに増えた気がする。

一つはローズブラッドのものとして、もう一つは何だろうか?



――ところで、ヴァルは? 一緒に来るのかなって思っていたんだけど。

――ああ、それなんだが、ユウキ。彼は今日、急用で来れないそうだぞ。



絶対違う。

その言葉が咽喉から出かかったが、ティオエンツィアの無言の圧力で外に出ることはなかった。

これは、明らかに何かやらかした。

気の毒にな、ヴァランディール。

後でユウキ手製ショウガツ料理の数々を貰って行くから許せ。

そうしつつも机の上に料理を並べていく。

タヅクリ、カズノコ、クロ豆、タタキ牛蒡、カマボコ、ダテマキ、クリキントン、コンブ巻き、ナマス、鰤のテリヤキ、鯛の塩焼き、煮しめその他様々。

他にも雑煮や善哉などがあるそうだが、本当に良く作ったものだ。



――さて、それでは……

――お前ら、何始めているんだ?



全部並べて熱燗を作っていたらいつの間にやら、龍と魔王が仲良く酒宴を始めていた。

しかも魔王持参の赤ワインで。

確かに気持ちは分からないこともない。

むしろ俺だってそうしたい。

だがそれを耐え、待つのが人と言うものだろう。

……ああ、そうか。

こいつら元より人じゃないな。



――済まない。余りに美味しそうだったもので、我慢できなかったんだ。

――こんなにも美味しそうな料理を前に待てるわけがないじゃない。

――…………



余りの言い分。特に魔王。

傲岸不遜を通り越して清々しいまでに図々しい。

呼ばれてもいないのに来て、優しいユウキが仕方なく招待したと言うのに何たる言い草。

やはりここは一度SYUKU★SEIをしておくべきか。

そう思い、右手に力を込めると――



――アイタ!

――……!



お玉が空を切り、アリーシャの額に直撃!

ほぼ同時に包丁がティオエンツィアのすぐ前の机に並んで突き刺さる!!

恐る恐る隣を見ると、米神に青筋浮かせたユウキが、否、勝てないオーラを身に纏ったユウキさんがいた。

ああ、明らかに怒っていらっしゃる。

光が消え、単一食となった瞳で俯きがちに一言。



――こう言う場では全員そろってからにしろ。そして妙に殺気立つな。日々の糧が不味くなる。



両腕に持っているものは包丁ではなく良く切れそうな短剣。

温厚な奴でも怒る時は怒るものなのか。

現実逃避をしてこの場面をやり過ごしたいが、出来そうにない。

視線を無理やり正面にずらす。

ユウキの虚ろな瞳の先に居る二人は余りのことに固まっている。

気持ちは存分に分かる。

こいつ、隣に立たれるだけで十分に言葉では言い表せない恐怖と圧迫感を与える。



――理解したなら言葉を。

――わ、分かった。今後から注意しよう。

――ちょっとふざけが過ぎただけよ。ごめんね?

――アリーシャ。少し表に出ろ。

――分かったわ。我慢する。

――なら良い。



いつものユウキはどこに行った?

むしろこいつはどこぞのマフィアのボスですと言われた方が非常に納得が行く。

いつもの彼を知っている分、その差による印象の違いが俺たちをしばらく硬直させる。



――ふー……ごめんね、変に怒って。



いつもではない彼が急に形を潜め、いつもの彼が表に出る。

二重人格にしては見慣れない方が表に出たことが少ない。

ならば、別の何か。

習慣によって性格を変えているのだろう。



――でもね、実際こう言う祝いの場ではみんなでそろって食べたいんだ。怖がらせてごめん。

――いや……それは良いが……今のは“何”だ?



あの二人が少しまともになったので別に困ることはない。

むしろ嬉しい限りだ。

しかしそれだけではやはり納得が行かない。



――えっと、怒っただけだよ?

――それであそこまで変わるのか?

――うん。そのせいで良く驚かれて困るよ。



嘘をついているようには見えないが、かといって真実を言っているようにも思えない。

納得はしていないが、余計な詮索はやめた。

そちらの方が彼にとって良いだろうし、俺も別に何があろうとそんなにも関係はない。

故に俺はこの変化を黙認した。



――それじゃそろそろ、食べようか。

――ああ、そうだな。

――やれやれ、本当に待ちくたびれたわよ。

――それでは早速、頂――

――待った。新年に挨拶はやっぱり、あれでしょ?

――……ああ、そうだな。違いない。

――ニホン酒も良い感じに温まっているぜ。

――ん、ありがとう。



小さな、一口程度で終わるような小さな器に酒を注いでいく。

ユウキは先ほどから楽しそうに笑い、アリーシャはきつくなった酒の匂いに少し顔をしかめた。

ティオエンツィアはユウキの隣を陣取り、とても嬉しそうだ。

この特異極まりない面子なのだからユウキの隣の席を二人が座るのは致し方がない。

故に仕方がなく、俺は窓に背を向けると言う余りよろしくない席に座ることになった。



――新年明けまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

――明けましておめでとう、ユウキ。今年は良い年になると良いわね。

――明けましておめでとう。今年と言わずにこれからもずっと頼むよ。

――明けましておめでとう。



途中、魔王と古龍が箸の持ち方の間違いを指摘され、結局フォークやスプーンを使うことになった。

俺の場合は暇つぶしに箸の持ち方などを習得しておいたため問題ない。

むしろ旅をしている時はその辺に落ちている気を使った方が楽だ。

スプーンやフォークではどうしても洗わなければならない。

そう言った意味でこの技術は便利なのだ。



――あー……食べた、飲んだぁ……



食事は楽しく賑やかに終わり、片付けも完了した。

あの二人がいるというのに特筆すべきことが何一つないことは僥倖だ。

今は玄米茶を飲んでゆっくりしている。

酒には強いため、ニホン酒一升二升では酔いもしない。

だが今ならゆっくり眠れる。

そのぐらいのくつろぎがここにある。

が、それをぶち壊すようなことをやはりティオエンツィアは行った。



――さてユウキ。そろそろ年明けの祭りに行かないか?

――……お祭り?

――ああ、そうだ。もちろん私とふた

――忘れてたぁ!! ゼノン、今何時? ねえ何時!?

――まだ……昼過ぎだが?

――ヤバ……遅れるかも。



祭りと言う言葉で急に焦り出す。

時間を気にしているあたり、何か用事があるのだろうか。

ユウキは本人にとっては大切な言葉を中断され、意気消沈するティオエンツィアを他所に下に降り、慌ただしく準備を始める。

とりあえず追ってみる。



――なあユウキ。祭りに何かあるのか?

――ちょっと役目がね。遅れるとみんなに怒られる。

――そうか……着いて行っても良いか?

――うん、良いよ。



彼は自室で着替えていた。

袖が広い白い上着には妙な文字が書かれ、緋色のズボンはかなりゆったりとしている。

上下とも見たことの無い服装だ。

さらにその服に大量の鈴を付けた帯を巻き、足は素足。



――それじゃ、行こうか。

――私も行って良いか?

――もちろん。祭りはみんなで行った方が楽しいからね。

――ユウキー、私も行く。

――はいはい。ならその酒は置いて行こうね。



変わった、普段身につけていない服装だと言うのに、その服を着たユウキの姿は意外と様になっていた。

むしろこちらの方が普段着ではないかと言うほど着こなし、似合っている。

ただ雰囲気として近づきにくい清潔感があるため、どちらかと言うと俺はバーテンダー服の方が良い。



――で、先ずはどこに行くんだ?

――用事を先に終わらさないとね。祭りを楽しむのはその後になる。ごめんね、付き合わせて。

――構わないわ。むしろこれから何があるのか楽しみ。

――…………



先ほどまで乗り気だったティオエンツィアが珍しく黙っている。

アリーシャが居ることがそれほどまでに気に食わないのだろうか。

だがその目線はアリーシャではなく、優鬼の周囲に固定されている。

ならば、何故彼女は黙っているのだろう?

いや、止そう。

下手に触れてこの世界から抹消されてはこちらとしても困ったものだ。

むしろ問題を起こさないだけ助かる。



――ユウキ。あのピッツァ屋はやっているかしら? なら後で寄りたいのだけど。

――どう……だろう? まあ寄ってみる価値はあるね。



一瞬、妙な何かが見えた気がする。

それはユウキの足元から伸びてきて、彼の周囲を漂った。

だが、今は見えない。

きっと気のせいだ。

そう思いながら、人混みの中を快適に歩く。

人々がこぞって道を開ける様は面白い。

普段なら決して見れない光景だ。

ティオエンツィアとアリーシャの威圧感のせいに違いない。



――間にあった、かな?

――遅刻だボケ。と言うより両手に花とは良い身分だな、ユウキ?

――それは誤解だよ。彼女たちは僕の店の常連だ。ただ、共に新年を過ごしているだけだよ。

――ほほう、共に、とな? それだけで十分にご褒美だ!!



普通はそうだな。普通は。

こいつらの正体を知ったならご褒美もくそったれもへったくれもなくなるのは間違いない。

むしろ片方は殺さなければならない敵で、片方は畏敬の念を払うべき存在だ。

それが仲良く祭りに来ているものだから、さあどうなる。

むしろどうしてこうなった。



――それじゃ、ちょっと行ってくる。

――何があるのか分からないが、まあ頑張ってこい。

――うん。ああそうだ。おじさん、この人たちを特等席に案内してね。

――へいへい。始まるのはもう少し先だが、もう座っておいた方が良いだろう。着いてきな。一等良い席に案内するぜ。

――落第点。品格も何も、全てが採点するに満たない。

――……厳しいねぇ……



採点すらしないとは、厳しいどころの話ではない気がするが。

まあ気付いていないのならまだ救う道はあるだろう。

ここはあえて言わない方が良い。

おじさんと言うにはまだ若い男性に案内された場所は冬空の下に作られた舞台だった。

急造のためか、作りもそれほど精巧ではなく、ただ木で台座を作っただけのような、そんな舞台。

後は四隅に篝火が取り付けられている。

ここで一つ思い出す。

最も多くの人が信じる宗教には司祭の他に巫女と言う、神の声を聞き、その言葉を下々の者に伝えると言う役割を持った人がいる。

彼らの信じる神と言うのは実際には世界の管理者でもこの世界の元となった根源でもなく、人々の信仰を必要とし、出自すら不明な非常にあやふやな存在なのだが。

それはともかくとして巫女。

彼女らもしくは彼らがどうやってその神の声を聞くのか。

いや、そもそもその声は聞こえているのか。

もしかしたら断食や引き篭もり、舞踊や泥酔によって一種のトランス状態になっているだけかもしれない。

それを考え、この舞台、今までのユウキの雰囲気を思い返すと。

まさかお前は巫女であるとでも言うのか?

だが、それはあり得ない。

それならば教会が彼を拘束しているはずだ。

ならば……何だろうか?

そんなことを考えながら、俺たちは静かに待った。

そして、意外なほど集まった民衆が道を開け、その道をユウキが歩く。

先ほどまでは軽い違和感として感じられていた妙な雰囲気も今はくっきりと分かる。

現在の彼の首と四肢には重し付きの細く長い鎖のついた鉄製の枷が付けられ、彼が歩くたびにそれが音を立てる。

まるで自らの力を抑えるような、そんな姿をしたユウキが舞台の上に上がる。

空を見上げる彼の瞳は今この時この場を映してはいなかった。



――…………始まるぜ。



言われなくても分かっている。

ユウキが大ぶりな動作で拍手をする。

響いた音は結界の如く空間を清める。

続いて、振り上げた足で地を踏み鳴らす。

それは静かながらも確かに、地面を揺らす。

これらの動作をもう二度繰り返し、さらにもう一度風変わりな拍手を。

それと同時に、世界は目に見える形で変化を始めた。

いや、変化と言うよりも正常に戻ろうとしているのか。



ユウキが舞台の上で舞を披露する。

両腕両足だけではなく、足踏みの音、伸びていく鎖を用いて。

激しい動作ではないが、ゆっくりとした動作でもない。

力強く、全身を使って何かを奉るような、そんな舞だ。

ふと、妙なものがいくつか目に付く。

まず一つ、ユウキの周りに漂う極彩の光。

飛び散っては集まり、集まっては飛び散るを繰り返しながら着実にその量を増やして言っている。

アレは、何だ?

次に、木であったはずの舞台に地面と言うか、草と言うか、そんな黄金の蜃気楼。

雰囲気は壊していないが、今はまだおぼろげで、集中しないと見えないが、一体どうして出現している?

そして最後に、ユウキの額辺りに角のようなものが見えるのは何故だ?

確かに角を持った生物は存在する。

例えば龍族、竜種、悪魔種一部その他牛など。

だが彼は人間だ。本来角を持たない種族だ。

当然彼は角を持っていない。

だからこそ、何故。

何故、彼は急に漆黒の角を生やしたのか、それが理解できない。

何らかの魔法だろうか?

いや、そんなものが使われた形跡はない。



――……精霊が、具現化した……?

――地脈も安定しているわ。いえ、むしろこれはより一層良くなった。

――だが、ユウキは力を使ってはいない。となると。

――全ての原因はあの舞、もしくは彼の気質にあるか。

――そうとしか考えられないけど……どうでもいいわね、別に。

――ああ……悪くはない。



まあ、そうなるだろうな。

元来龍族および悪魔族は人とは比べ物にならないほど地脈や精霊に敏感だ。

むしろ人と言う種が大概のものに鈍感なだけだが、それは割愛。

とにかく敏感であり、ある理由で彼らが使う魔法で地脈や精霊の力を借りれないといっても精霊が上機嫌の方が居心地が良い。

地脈が安定している方が安心できる。



――これは、一体いつからやっているんだ?

――大体、四年前か。東方の楽団が舞を披露した時にあいつが怒って舞を披露してからこうなった。

――続ける意味、あるのか?

――さあな。だが事実、収穫は良いし、魔物の被害も少ない。悪いことは少なくなったよ。それがあいつのお陰かは知らないが、だがまあ、見ていて悪い気はないだろう?

――それは……確かに。



あの舞は教会が定期的に行う説法よりもわかりやすい。

神がどうとか、死後がどうとか、寄付したかしていないかとかそう言ったことが一切ない。

純粋に世界を奉り、精霊に感謝し、地脈を鎮め、より良い明日を望んで舞い踊る。

拳を大きく振り上げる。

それと同時に鎖が天に昇り、まだ上ったばかりの月を裂く。

鎖はあまりに細いため、まるで月を割ったように見えた。

既に鎖は遠心力のせいで伸び切り、舞台一杯まで伸び切っている。

短かったはずの黒髪は光のせいで長髪のように見え、地脈すらも揺らす足踏みは地震を彷彿させる。

まるで、どこかの化け物が躍っているようだ。

そんな感じの舞が三十分近く続いた……





――お疲れ、ユウキ。

――ちゃんと舞えたかな?

――ああ、綺麗だったぜ。

――なら、良かった。



舞い終えたユウキは全身で汗をかき、舞台の上で大の字になっている。

ティオエンツィアとアリーシャには飲み物を持ってきた方がユウキにとって良いのではと提案させてもらった。

今頃最高の物を探してこの人混みの中駆け巡っているだろう。

どこかで悲鳴が聞こえるが、彼女らによるものではないと祈るばかりだ。



――ほらよ。果汁水だ。

――ああ、ありがとう。

――なあ、少し聞いていいか?

――どうぞ。

――あの舞はお前の実家のものか?

――らしいよ。代々うちの、母方の家の娘が行うカグラなんだけど、僕がどうにもうまく出来たらしくてね、以来やらされ続けていた。といっても、十年以上前の話だけど。

――カグラって、何だ?

――ああ……ここではあまり使わない言葉か……神様、と言うよりここでは精霊に近いかな、そう言った良く分からない存在に奉納する舞だよ。

――なるほどね。



良く分からないのに奉る、か。

いやむしろ、良く分からないがすぐそばに居ることが分かっている存在である分、胡散臭い奴らが言う神よりも分かり易い。

昔は多くの人がこのような、精霊を敬い、奉ることを行ってきていた。

しかしそれは神々の出現と共に排他されていく。

当然だ。

そんな精霊よりも自分らの信じる神を信じてもらいたいし、何より彼らの言う神はこの世で剄愛すべき唯一の存在なのだ。

そんな、人に使役されるために生み出された存在である精霊を同じように奉るなどあってはならない。

むしろ精霊は人間の奴隷、奉る必要などない。

それが力を持ち始めた頃の教会の、ざっと二千年ほど前の教会の言い分。

今ではその思想が定着し、古い頃の記憶を持つ人たちは全員異端者だとして教会に殺された。

故に、こんなことをしているユウキが教会に見つかったら速攻で異端者狩りに会うだろうな。

しかも彼らの質問に馬鹿正直に答え、火炙りか絞首刑か斬首刑か、何らかの方法で殺される。

そんなことはさせないためにも目を見張らせておいた方が良い。



――……何怖いこと考えてんだよ。

――ああ、すまん。

――まだ今年は始まったばかりなんだからさ、もうちょっと楽しいこと考えようよ。

――……そう、だな。年始から不謹慎なことを考えていたら、楽しいことも楽しめないな。



とりあえず、つい溜めてしまった面倒な仕事は後進の育成を武器に全て部下に押し付けるもとい任すとして。

そろそろあの馬鹿どもの旅についても放置を敢行し。

その上でこの近くに別荘でもかまえて優雅に暮らすか。

金は十分にある上、もう魔王も悪魔も殺す必要性がなくなった。

どうせなら酒を作ってみるのも一興かもしれない。

そう考えていると、後ろから吹き飛ばされる。

噂をすれば魔王と古龍襲来である。

ユウキに飲みものを渡したという一方的な恨みが籠もっている分、事前に強力な障壁を張っておかなければ今頃ミンチ確定だった。

そう思わせるだけの力が籠もっていた。



――……大丈夫?

――まあ、慣れているからな。

――無理はしないようにね。

――分かっている。



むしろその言葉、そっくりそのままお返ししよう。

たった三十分激しい運動しただけで顔面蒼白の死に体になっていた奴が何をほざく。

体力がないとかそう言った話ではない。

明らかに何かがおかしいとしか言いようがない。



――ティアさん、アリーシャさん。これからお祭りを楽しみたいところごめんね。ちょっと、疲れちゃったから帰って寝たいんだ。良いかな?

――ま、無理はいけないし、祭りはまだ明日もあるしね。良いわよ、別に。

――構わないさ。むしろ疲れた君を無理やり連れて歩くのも気が引ける。さあ、帰ろう。

――ん、ありがとう?



疑問形になるのは当然だ。

何せこの二人、さも当然のようにユウキの家に帰ろうとしているのだから。

だが俺はそのことに対し、何も言えない。

何故なら俺も彼女らの同類だからだ。

……いや、小言の多い部下の集う場所や心労のたまる馬鹿どもが群がる場所に行くよりもユウキの店で一夜明かすほうが良いという意味で、彼の家に泊まろうと言うだけだ。

別にその他の行動方向性が同じであるという意味ではない。

似通った部分は幾つかあるが、だがそれでも決定的に、あいつらのように自重の無いことはしたくはない。

そう思いながら、ユウキの店に入ろうとすると。



――……がちゃり?



内側からカギをかけられた。

周囲に有り得ないほど強力な結界が張られた。

明らかにどこぞのバカ二人のせいです。本当にありがとうございます。

しかもさりげなく侵入を拒む結界だけではなく防音結界も張ってある。

今頃中では二人がユウキに俺が居ないことをうまく説明しているだろう。

……やられた、畜生。手の着けようがない。

おのれの無力さに嘆く中、誰かが肩に手を置いた。

誰か確認するために後ろを振り向くと、そこには。



――同志よ!!

――…………



見るからに怪しい、ご丁寧に目の部分に穴を開け、額の部分に嫉妬と刺繍した大きな三角帽子ですっぽりと顔を隠し、ローブを着こんだ黒尽くめの野郎どもがたくさん。

とにかく暑苦しい。そしてイカ臭い。

何となくこれに混ざると負けかなと思い、近くに居る奴を殴る。

ちょうど良い。

ストレス解消の的を得た。

今晩は、少し長くなりそうだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




この世界に来て七度目となる正月。

今回は今までの正月とは違い、良識のある常連客を誘ってみた。

だから今年は一人で寂しく正月料理をつつくこともない。

そう言う意味で大晦日前の準備の時から僕の心は浮足立っていた。

のだが、ここで予定になかった参加者が一人増える事態となった。

ティオエンツィアである。

大晦日から店に泊まって行った彼女はどうやらここで年末年始を過ごす思惑のようだ。

別にそれ事態は構わない。

だが、出来るなら事前に言って欲しかったという願いはある。

まあいい。

あの二人がどれだけ食うのかなんて分からないから料理の方は多めに作っておいた。

それこそ一人ぐらい増えたところで問題はないぐらいには。

そう思いながら年末予定が食い込んで来れなかったゼノンと、どういうわけか昨日来なかったヴァルの来訪を待っていた時のことである。



――明けましておめでとう、ユウキ。

――ああ、うん。明けましておめでとう、アリーシャさん。

――もう、私の事は呼び捨てで良いのに。

――いや、女性を呼び捨てにするのはちょっと抵抗があるんだよ。ごめんね。



台所のある三階の窓からアリーシャの襲来である。

念のために言っておくが台所があるのは三階で、普通はそんな所に登れない。

周囲には僕の店よりも高い建築物もない。

もしかしたら屋根伝いにでもやってきたのだろうか?

だとしたら手の込んだことをしたものだと言おう。

にしても、これで五人前か。

仕方がない。

自分の分を大幅に減らし、調整するしかない。



――たくさん作ったわね。

――つまみ食い禁止、だよ。ちゃんとみんな揃ってからにしようね、アリーシャ?

――……ユウキ。卑怯よ、あなたは。

――ん?

――けち。



ふてくされながらも席でうずうずしながら待ってくれる。

だからといって、残念。

僕にはそれほどこだわりはないものの、全てにこだわりがないわけではない。

特に五感が鋭いため食事には一定のこだわりを持っている。

また行事、特に祝い事にはやはり身内総出で、もしくは親しき友と行いたいと言うこだわりがある。

今回の元旦は友が来る。

それに今は他にも人がいる。

だから、待った所ですぐには始まらない。

残念だが、これが現実。

僕のこだわりは激戦区ド真ん中の地雷地帯で優雅にティータイムを楽しむ英国紳士の如く、例え異世界だろうが地獄だろうが揺らぐことはない。

とまあ、ただ何も出さずに待たせるのも悪いので玉露と籠に持ったミカンを出す。



――……ユウキ……

――えっと……おはよう、ティアさん。

――ああ、おはよう。



そうして料理の仕上げを行っていると、疾風の如く入ってきて僕に抱きついてきた誰か、というかティアさん。

何かに脅えているようなのでとりあえず撫でておく。

これは本格的に怖い夢でも見たのかな。

現実におびえるとは何とも不吉な初夢だ。



――はいはい、ティアさんもいい加減離れようね。これじゃ料理が作れないから。

――ああ、済まない。それにしてもユウキは相変わらず、良い匂いだな。

――そんなことはないと思うんだけど……



何だかアリーシャさんがすごい勢いで睨んでいるだが、誤解を受けていないか?

僕は決して彼女を押し倒すような野獣の、道徳的にやるべきではない行為は行っていない。

むしろ押し倒された側だ。

しかしそんなことを声を大にして唱えても無意味だろう。

女性と男性の間にある壁は基本的にそんなものだ。

弱者に対し強者は基本的に悪い。

世知辛い世の中になっているものだよ、全く。



――ねえユウキ、待っているのは彼女のこと?

――いや、ティアさんは昨日から泊まっていたんだ。招待したのは、別の人だよ。

――そう……昨日から……ふぅん、中々面白いわねぇ、ティオエンツィア?



わぁい、アリーシャさんが怒った。くわばらくわばら。

僕は胃の辺りに懐かしの痛みを感じつつ、久し振りに辞世の句を考え始めた。

押し倒されたにせよ押し倒したにせよ、手を出した時点で言い訳を並べても無駄なことなんて既に理解しているから。

本当に、何とも言えない世の中だ。



――やあ、いらっしゃい、ゼノン。

――何? ゼノンも呼んでいたの?

――全く、ユウキは相変わらず味な事をするな。



そんな時にちょうど良くやってきたのは招待した常連客のゼノン。

彼のおかげで場の雰囲気は良くなるかと思いきや、逆に何か物々しくなった。

はて、何を間違えたのだろうか。



――……ユウキ、二人も呼んだのか?

――ん? まあ……



ドアの所で立ちすくんでいたゼノンが問いかける。

招待した、か。

生憎アリーシャさんは押し入り、ティアさんは昨日から居座っている。

招待したとは言えないが、かといって今更事実も言いにくい。

やはり正月、元旦は皆で楽しく賑やかに祝いたいものだ。

ならばここは、言い淀んでおく。



――もうすぐ全部できるから、座ってて。

――いや、手伝う。呼ばれてそのまま至れり尽くせりも、何かと悪い気がするからな。

――ああ、悪いね。ありがとう。

――気にするな。



ゆっくりくつろいでもらうことを提案したのだが、ゼノンは若干鬼気迫る雰囲気でそれを断り、僕の手伝いを申し出た。

その妙な雰囲気に呑まれて僕はそれを承諾した。

彼も彼であまり選択を間違ったような後悔の念はないし、良かったのだろう。

何故あのような剣呑な雰囲気を纏っていたのか分からないが、深い詮索はしない。

と言うより、しない方が良いと思いつつ、手前の料理に集中する。

人を招いた以上、人がここに来た以上、自分がそれを認めた以上、出す全てに手抜きは許されない。

それが僕の、料理人としてのプライドだ。



――それは何だ?

――カズノコだよ。日本酒に合うんだ。味見してみる?



そう言えばここは異世界だ。

つい乗りと勢いと懐かしさとその他諸々で日本の正月料理を作り上げてしまった。

今更ながら考えてみると、欧州に良く似た異世界人の口に合うのだろうか。

黒豆や伊達巻きなどはまあ良い。

鰤の照り焼きも許されよう。

ただ数の子、こいつは良いのだろうか?

キャビアやイクラを好んで食べている欧米人の口に問題なく合うのだろうか。

悪いがゼノン、ちょっと実験台になってくれ。



――どうかな?

――良いんじゃないのか?

――なら良かった。

――それにしても、たくさん作ったな。明らかに三人分を超過していないか?



まあもう一人ぐらい来るんじゃないのかと思って一人分余計に作ったから。

それにしても、ヴァル、遅いな……

彼が約束に破るなんて信じられないんだが。

このままでは彼を抜きに始めてしまいそうで怖い。



――まあ、僕の国での正月料理は三が日主婦がほとんど働かなくてもいいようにしてあるから。大概が保存が効くし、三日間かけて食べるからそれなりに量もある。それに三人分だ。どのぐらい作れば良いとか分からなかったんだ。

――それを加味しても余りに量が多いだろう。明らかにさじ加減間違っているって。

――あはは……ごめん。実は張り切っちゃった。



四人分どころか五人分ぐらいあることがばれましたか。

それぐらい嬉しかったんですよ。

久し振りの、一人ではない正月と言うのは。



――ところで、ヴァルは? 一緒に来るのかなって思っていたんだけど。

――ああ、それなんだが、ユウキ。彼は今日、急用で来れないそうだぞ。



何故ゼノンにした質問に答えるのがティオエンツィアなんだろう?

納得できないが、何となくここは深く追求しない方が身のためだと、僕は心にそっと蓋をした。

正月早々良からぬことは少ない方が良い。

そう思いながら片付けも終え、早速元旦の祝い事を始めようと思った時のことだ。



――さて、それでは……

――お前ら、何始めているんだ?



あの二人が勝手に始めていた。

余りのことに一瞬脳が状況把握を拒絶した。

それでも一秒も置かず、理性が的確に状況把握を務め、これが現実と押し付けてくる。



――済まない。余りに美味しそうだったもので、我慢できなかったんだ。

――こんなにも美味しそうな料理を前に待てるわけがないじゃない。



繰り返すが、僕には拘りがある。

それが少ない分、拘り様は他人から見れば異常なほどだ。

そして、そのこだわりに反することをされた場合の怒りも普通に比べひどいのは当然だ。

行動は迅速に。

手は自然と近くにあった物を掴み、脳はそれを識別し、身体は的確に使用した。



――…………

――アイタ!

――……!



久し振りに自分が切り替わる。

神楽 優鬼のそれではなく、神楽家御曹司として鍛え上げられた冷徹な性格。

普段から温厚とされる僕だが、それでも数少ない拘りを無視されて何とも思わないわけではない。

と言うか今回は、久し振りに怒りました。



――こう言う場では全員そろってからにしろ。そして妙に殺気立つな。日々の糧が不味くなる。



口調に加えて雰囲気が変わるのは明らかに父親のせい。

あの極道を参考に社会で生きていくための副性格形成を行ったものだから、出来た性格が軽く極道なのは当然だ。

まあそのおかげで意思の弱い大概の人間が是非も唱えず従ってくる。

それでも自分の信じる何かを言える奴が選定出来て結構重宝している。



――理解したなら言葉を。

――わ、分かった。今後から注意しよう。

――ちょっとふざけが過ぎただけよ。ごめんね?

――アリーシャ。少し表に出ろ。

――分かったわ。我慢する。

――なら良い。



この性格に代わると手を出しやすくなるのだからたまったものではない。

しかし今更変更することも出来ない。

僕はスプリンターだと言うのに。

全く、喧嘩は嫌いだ。疲れるから。



――ふー……ごめんね、変に怒って。



二人に口約束とはいえ、約束を得たので表に出したそれを引っ込める。

今はめでたい時だ。

場違いに怒り続けるのも面倒くさい。



――でもね、実際こう言う祝いの場ではみんなでそろって食べたいんだ。怖がらせてごめん。

――いや……それは良いが……今のは何だ?



ああ来た、その質問。

ある程度覚悟してはいる。

何せあそこまで人が変わるのだ。

疑問を持たれて仕方がない。

むしろ持たない方がおかしい。



――えっと、怒っただけだよ?

――それであそこまで変わるのか?

――うん。そのせいで良く驚かれて困るよ。



性格には古くは神武天皇の頃から流れるとされるうちの母方のある血のせいで怒りが人のそれと違うそうだ。

度合いが違うとかそう言った物ではなく、系統、毛色、質が違う。

つまり周りから見て僕ら法月家の人たちの感情は人間のものとはいささか違うらしい。

まあそれでも怒りは怒り、別にそうたいして変わる話でもない。

むしろ僕も詳しい話は出来ないので詳しく言えない。



――それじゃそろそろ、食べようか。

――ああ、そうだな。

――やれやれ、本当に待ちくたびれたわよ。

――それでは早速、頂――

――待った。新年に挨拶はやっぱり、あれでしょ?

――……ああ、そうだな。違いない。



やはり正月を始める時はあの言葉で、しっかりと乾杯して始めたい。

そのためにゼノンには無理言って御猪口や徳利を調達してもらった。

どこで手に入れたのは知らないが、別にそんなものに興味はない。



――ニホン酒も良い感じに温まっているぜ。

――ん、ありがとう。



熱燗を皆の御猪口に注いでいく。

アリーシャは猫舌なのでぬる燗を注ぐ。

むしろここで熱燗を注ぐほど僕は命知らずではない。

それから新年のあいさつを始める。



――新年明けまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

――明けましておめでとう、ユウキ。今年は良い年になると良いわね。

――明けましておめでとう。今年と言わずにこれからもずっと頼むよ。

――明けましておめでとう。



途中無理して箸を使う二人を注意し、スプーンを使わせた。

間違った使い方を見るのもなんだか嫌なものがあり、また無理して使っているのを見るのも妙な気分になる。

酒も一年間かけて集めた良い物を大放出する。

久し振りに楽しい正月なのだ。出し惜しみはない。



――あー……食べた、飲んだぁ……



そうして楽しい正月はつつがなく終了する。

面倒な片付けも終え、玄米茶を入れて寛ぐ。

ゼノンもどこからか持ってきたリクライニングチェアと本を取り出し、暖炉の前で優雅に読んでいる。

アリーシャさんは暖炉の前で横になっている。

ティアさんは僕の右側の席でのんびりと五杯目の茶をすすっている。

それにしても、はて。

何かやらないといけないことがあったはずなのだが、思い出せない。

のんびりしすぎて思い出せないことに頭を悩ませつつ、茶をすすっていた時のことだ。

時々時計を気にしていたティアさんが急に切り出した。



――さてユウキ。そろそろ年明けの祭りに行かないか?

――……お祭り?



ああ、そう言えば去年の豊穣祭の翌日の朝、次の祭りは一緒に回ろうと無理やり約束させられていた。

そうか、次の祭りはこの新年祭なのか。

さて、どこを回ろうか。

余り出店もなく、またどちらかと言うと教会に行き、一年の祝福と安全を祈って貰って終わりみたいな祭りだ。

回るべき個所はそんなにない。

そう言えば……そう言えば……ぁあ……やることが、あった。



――忘れてたぁ!! ゼノン、今何時? ねえ何時!?

――まだ……昼過ぎだが?

――ヤバ……遅れるかも。



それには余り着ない服を着なければならず、着替えに少し時間がかかるし、装飾品もある。

さらに指定された場所に行くのにも時間がかかる。

日が沈むのはおよそ五時頃と見て、最終的な準備の時間を考えると四時までに着いておきたい。

現在時刻が二時ちょっと過ぎならば、急いで着替えれば何とか、徒歩で間に合うか。

そう思い、少し急ぐ。

三人には悪いが、これを遅れるのも相当に頂けない。



――なあユウキ。祭りに何かあるのか?

――ちょっと役目がね。遅れるとみんなに怒られる。

――そうか……着いて行っても良いか?

――うん、良いよ。



着替えている途中、ゼノンが入ってきた。

ふむ、着いてきたい、か。

アレに一件の価値があるのかどうかはさておき、家にただ居るよりも楽しめるだろう。

それに着いてきたいのなら別に止めはしない。



――それじゃ、行こうか。

――私も行って良いか?

――もちろん。祭りはみんなで行った方が楽しいからね。

――ユウキー、私も行く。

――はいはい。ならその酒は置いて行こうね。



少し時間の方は遅くなりそうだが、構いはしない。

そもそもここの世界に明確な時間を定める時計は存在していない。

だから遅刻もその人の気分によるものなのだ。

別に少々、この浮かれる正月の空気なら許容範囲内だ。



――で、先ずはどこに行くんだ?

――用事を先に終わらさないとね。祭りを楽しむのはその後になる。ごめんね、付き合わせて。

――構わないわ。むしろこれから何があるのか楽しみ。

――…………



ティアさんが妙に見つめてくるけど、それほど僕の衣装は変なのだろうか。

確かにこの世界で巫女装束するのは変だが、それ以前に男が巫子ではなく紅と白の巫女服を着るのも変だが。

見ているだけなので、観察しているのだろうか。

ただ、どちらかと言うとその視線が僕個人ではなくその周囲に向けられている気がするのが疑問だ。

一体彼女はその目で何を見ているのだろうか?



――ユウキ。あのピッツァ屋はやっているかしら? なら後で寄りたいのだけど。

――どう……だろう? まあ寄ってみる価値はあるね。



大方今日は閉店している。

何故なら僕と同じように今年は彼も役目があるのだ。

それを疎かにし、店を開けるほど彼は無責任な人間でも自己中心的な人でもない。

人混みをかき分けながら目的地へ。

今年はカリスマを垂れ流すティアさんが隣に居るせいで人混みがモーゼが海に道を作った如く別れ、歩きやすい。

たどり着いた先で顔見知りのピッツァ屋のおじさんに声をかける。

だから今日は閉店なんだよ。



――間にあった、かな?

――遅刻だボケ。と言うより両手に花とは良い身分だな、ユウキ?

――それは誤解だよ。彼女たちは僕の店の常連だ。ただ、共に新年を過ごしているだけだよ。

――ほほう、共に、とな? それだけで十分にご褒美だ!!



また良く分からないことで熱くなって。

ええい、君は永遠に叶わない夢を追い求め、独り身のままこの地に骨を埋めると良い。

とにかく、ここから先は関係者以外立ち入り禁止なため、三人と一緒に行けない。

悪いがここで一時の別れだ。



――それじゃ、ちょっと行ってくる。

――何があるのか分からないが、まあ頑張ってこい。

――うん。ああそうだ。おじさん、この人たちを特等席に案内してね。



どうせならアレを、法月神社に伝わる神楽を最も見やすい席で見てもらいたい。

それが今僕が彼らに出来る最大限のもてなしだろうから。

奥へと進み、最後の仕上げをする。

コートを脱ぎ、重い拘束具を身につける。

軽く化粧をして、酒を一口二口。

さてそれでは、法月神社の鬼神楽。

始めますか。



素足で木の道を歩く。

正直に言って、僕は舞っている間の記憶が一切ない。

舞っている間の感覚はあっても記憶が尽く抜けてしまう。

そんなことはいつものことで、そうであっても法月神社の居候のイザヤおじさんは僕の舞が今までの巫女の中で最高だと褒める。

だから僕は男なのに。

まあ良い。雑念を振り払い、柏手を一つ。

僕は踊る。この世の全てに感謝をこめて。

震脚で大地を踏み鳴らす。

この世界に生まれたことに、楽しい時を素晴らしい友と過ごせたことに感謝し。

同じ動作を二度繰り返し、場を清める。

さらにもう一度柏手を一つし、精神を集中する。

さあ踊ろう。今夜は楽しい、祭りの時間だ。



法月神社、昔はもっと違う名で、当初は崩月という鬼を奉る崩月社だった。

また彼、崩月が僕らの祖であるそうだ。

時は流れ、崩月が神であるという説が出たため崩月神社となり、いや崩月神だけではない。他の者、鬼や神も奉ろうと奉鬼神社になった。

だがこれがお上にその名は止せと言われたため崩月神社に戻り、月を崩すとは縁起が悪いので現在の法月神社になった。

どれをとっても結局のところうちが奉っているのは崩月と言う鬼で、故にこの舞も鬼たちに捧げられるもので、鬼を表現するもの。

首と四肢にある枷は強すぎる力を抑えている表現だ。

また鬼も人間の天敵であり、力の象徴である鬼ではなく、良く分からないものと言う意味での鬼。

僕はこれには精霊や世界の意思も含んでいると考えている。

故に、全てに感謝の意をもって僕は舞う。

どう舞っているのか、ちゃんと舞えているのかは分からないが、それだけは実感をもって言えることだ。





――お疲れ、ユウキ。

――ちゃんと舞えたかな?



どれだけ舞ったことだろう。

最終的に舞えるところまで舞ったのだが、僕はちゃんと舞えたのだろうか。

やはり記憶がない分その辺りが不安だ。

そんな不安を胸に、ゼノンに質問を投げかける。



――ああ、綺麗だったぜ。

――なら、良かった。



帰ってきた返答は終わった後何時も誰かから聞く言葉だった。

だがその言葉に何時も安心する。

それにしても疲れた。

近頃は体調も悪く、体力も低下してきた分いつもより疲れている気がする。



――ほらよ。果汁水だ。

――ああ、ありがとう。



彼に差し出された冷たい飲み物を受け取る。

そう言えばティアさんとアリーシャさんはどこに行ったのだろうか。

まさかと思うが、おじさんが手を出したとか?

それこそまさか。

あの人はロリコンであって痴漢ではない。

その辺の矜持は持っていると信じたい。

まあ手を出したのならその時はその時で容赦なく私刑にあってくれと僕はその背中を押そう。



――なあ、少し聞いていいか?

――どうぞ。

――あの舞はお前の実家のものか?

――らしいよ。代々うちの、母方の家の娘が行うカグラなんだけど、僕がどうにもうまく出来たらしくてね、以来やらされ続けていた。といっても、十年以上前の話だけど。

――カグラって、何だ?

――ああ……ここではあまり使わない言葉か……神様、と言うよりここでは精霊に近いかな、そう言った良く分からない存在に奉納する舞だよ。

――なるほどね。



鬼、という言葉は使わない方が良いだろう。

僕らの言う鬼が居なくともこの世界には吸血鬼などがはびこっている。

そんな人間の敵を奉りました、なんて言って良い気になる人がいるとは思えない。

だからここは表向きの理由を並べておく。

どちらにせよ事実だしね。

崩月は鬼であり、また神である。

だからどちらでも構わないんだよ。

ふと、ゼノンを見ると何か教会の方を睨んでいた。



――……何怖いこと考えてんだよ。

――ああ、すまん。

――まだ今年は始まったばかりなんだからさ、もうちょっと楽しいこと考えようよ。

――……そう、だな。年始から不謹慎なことを考えていたら、楽しいことも楽しめないな。



そうそう、と言おうとした瞬間、ゼノンが消える。

訂正、ティアさんとアリーシャさんに吹き飛ばされる。

車にはね飛ばされたように派手に飛んだのだが、二人とも自重しようね。

何の恨みがあって彼に体当たりをかましたのか知らないが、あんなことされて無事で済む人間は少ないから。



――……大丈夫?

――まあ、慣れているからな。

――無理はしないようにね。

――分かっている。



慣れているとは、また妙な日常生活を送っているのだろう。

僕はあえてそのことを聞かずに、そっとしておいた。

人には気安く触れて良いものと良くないものがある。

そう言うことぐらい自覚しておかないと、大切な友人も失ってしまう。

だからあえて触れないのも優しさ。

僕はそう、自分に言い聞かせた。



――ティアさん、アリーシャさん。これからお祭りを楽しみたいところごめんね。ちょっと、疲れちゃったから帰って寝たいんだ。良いかな?

――ま、無理はいけないし、祭りはまだ明日もあるしね。良いわよ、別に。

――構わないさ。むしろ疲れた君を無理やり連れて歩くのも気が引ける。さあ、帰ろう。

――ん、ありがとう?



アレ、何この流れ?

何二人とも僕の家に帰ることを当然としているのかな。

おかしいよね?

絶対におかしいよね?

そう思いながら家に帰ると、ゼノンが入ってこない。

むしろアリーシャさんが玄関の鍵を閉めた。



――彼は疲れたから今夜はゆっくりするそうよ。

――そっか……それは残念だ。

――さユウキ、寝ましょう? 今日は疲れたでしょう?

――こら、アリーシャ。勝手なことをするな。ユウキが困るだろう。

――あらいいじゃない。昨晩は譲ってあげたんだから、ねぇ?



……何でかなぁ……

僕はどうしようもなく天井を仰ぐ。

客室のベッドも二人では少し狭いサイズから何時の間にやらキングサイズのものに変更されていて驚いた。

いや本当に……



――何でかなぁ。



どーでもいいから自分安売りするのやめないか、二人とも?

そう言っても、無意味そうだ。

僕は諦めながら大人しく二人に押し倒された。



[14976] 十五話
Name: ときや◆76008af5 ID:dff348bb
Date: 2010/03/21 22:15

今月は二月。

この世界ではこの言い方はせず、もう少し長ったらしい名前を使っているので正確には違う。

おまけに僕の言う二月、僕の命日がある二月四日と言うのもこの世界と元の世界とでは暦に差があるため、もう何時が僕の命日なのか分からない。

まあいい。とにかく二月だ。

中旬には妹と母親及び女性多数からチョコレートなどの菓子を寄越せと押し寄せてくる、余り良くない恒例行事のある月。

この頃になると冬の気配と言うのにどこか衰えを感じるようになって、春が待ち遠しくなる。

だが、それでもまだ冬。

朝方は非常に寒く、夜の帳は昼より長い。

そんなある日の、昼下がり。

用事というほどの事でもないが、僕は少し遠くにある廃墟に出かけた。

実際は廃墟でなくても人気のない場所であるならどこでも良い。

ただその廃墟、廃棄されて長い年月の経った教会の静けさが心地よく感じられる。

あることのため僕はあの廃墟に少し、足を運んだ。

到着して早々無事な長椅子に積もった雪を払い、腰に下げている物騒な物を背もたれにかけて仰向けになる。

穴のあいた天井からはちょうど良く空が見える。



――……皆、元気にしているかなぁ……



置いてきた人々は数え上げればきりがない。

もう会えないと分っている存在も多い。

個人的な事情により会ってはならない人も星の数以上にいる。

彼らは無事に過ごしているだろうか。

心残りは、そのぐらい。

ふと、視線を横にずらす。

そこには壊された、歴史に出てくるある英雄の石像がある。

彼女は多くの人々を救い、多くの敵を殺して来たのだろう。

歴史や逸話はそれを美化して話すため、どうしても話半分にしか見れないものの、だがそれでも分かる事実はある。

ただ思うのは彼女は、最後にはちゃんと笑えたのだろうかということだった。

良く分からない。

僕はその時その場にいなかった。当然だ。

だから分からない。

壊れた石像は何も答えてはくれない。



――……ああ、嫌だな。本当に嫌だな。



置いてきぼりにするのも、置いてきぼりになるのも嫌だ。

失うのも嫌だ。

どちらにせよ悲しい思いをするから、僕は嫌いだ。

視線を空に戻す。

今まで様々な人々にあった。そしてこれからも、ずっと。

少々変わった人ばかりだが、それでもいつも楽しい。

笑いながら「死ね」という言葉を望み、それを人の義務だと言った連中がいた。

結果を理解した上でその人は彼らの望みを叶えた。

失いたくないから失うことを選んだ人が居た。

辛さを理解しているからその人は仕方がないと笑った。

重すぎる期待を小さな背中で背負い、それを叶えようと必死な少女が居た。

とりあえず、出会い頭にぶん殴った。

近頃よく夢を見る。

知らない場所で知らない人との記憶だけど僕はそれが、どうしても他人の物とは感じられない。



――痛むのは、この心ばかり。どうせならその傷も夢のように消えてくれれば……



夢の中の幸せな日常は突然の不幸と共に終わる。

常に自分だけが早く、常に自分だけが先に、常に周りの人を置き去りにして。

ああ、本当に嫌だ。

自分が泣かせたくない人を泣かせてしまうなんて、本当に嫌だ。



――また、会えたら良いのに。



ああ、叶わないことなど分かっている。

叶ってはならないことも分かっている。

死者が生者に逢うことは死の冒涜だ。

それは他の、他の悲しい思いを乗り越えた人たちに失礼だ。

それでも、それでも。

痛む心に嘘は付けない。



――寒いな。



立春が過ぎたとはいえ、季節はまだ冬だ。

流石に隙間風の入る廃墟では体が冷える。

帰るべきかと考えながらもまだ帰る気は怒らず、僕はまだここにいることにした。

ふと、この身について考える。

死後、僕はこの世界に迷い込んだ。

実際のところはその表現は正しくなく、考えてみると転生の方が正しい。

だが転生、これすらも的を射ておらず、憑依と言った方が間違っていない。

異世界迷い込み、転生、憑依。

この三つのどれにも当てはまらずにかつ、それらの一部を満たしている。

さて本当に、どうしたものか。

ああ、そう言えば去年の暮れに旅に行ったな。

面倒な奴らに出会ってなければ良い。

とはいってもこれば希望的観測、裏切られるのが世の常人の常。

さてはて、未来は一体誰の手の上で踊っているのやら。



――……考えていても始まらない、か。



何とかなるとは世迷言だが、何とかしないといけないことがあるのも事実。

とにかく何事も問題が見えなければどのような対処も出来ない。

いるはずの無い敵に怯えて手当たりしだいに何でも行うのは愚策だ。

そろそろ家に戻り、開店準備をしなければならない。

そう思い、コートに付着した雪を払う。

ティアさんから貰った純白のコートは何やら手直しするらしく、正月を終えた時に一時返却した。

元々あのコートは彼女の物であるから、名残惜しくても返却を迫られたのなら当然返さなければならない。

今身に着けているのはコートを貰う前に買った茶色のコートだ。

ジャンバーなんて便利な者は存在しないため、防寒着は必然的にそう言った化学繊維を使わないものになる。

布の間に綿を詰めた防寒着もあることにはあるんだが、僕はアレは好きじゃないんで却下しているだけだけど。



――…………



扉の役割も失ってしまった入り口で振り返って教会を見渡す。

二百年ほど前に起こった宗教内の革命で聖書の解釈、信仰の対象などが変わったために出来た廃墟。

朽ちた木材や穴の他には壊れた石像が目に映る。



――だから英雄なんて下らない。成る者じゃないと、忠告したのに。



声は木霊し、やがて消える。

そして僕はその場所を後に店へと戻った。

帰って早々温かいホットショコラを作った。

実を言うと鍋や熱燗が美味しくなり、風情ある雪が美しいので冬は好きだが、寒いのは苦手だ。

こういうわがままは人が普段から持っているものだと思う。



――はぁ、やれやれ。



定時頃に店を開けたのだが、本日もやはり客が来ない。

特に冬になると家から出るのが億劫になるのか、客入りが非常に悪くなる。

むしろ春夏秋冬お構いなしに行動する人間の方が異常なのだ。

やはり季節に合わせた行動が自然に優しいだと思う。

良し決めた。

いつか必ずスローライフを実現してみせる。

ふと、ローズの姿が脳裏をよぎる。

いつか、スローライフを実現してみせる。

ティアさんのコート、温かいよな。

スローライフを実現できたら、良いな。

ああそうだ。赤ワインを用意しておかないと。

どうやら夢への道のりは恐ろしく険しく果てしなく遠いようです。どっとはらい。



――やあ、いらっしゃい。

――久し振りじゃな、マスター。

――そうだね。お爺さんが一人で来るのは久し振りだ。注文は何にする? いつものコーヒー?

――ああ、それを貰おう。

――分かった。ちょっと待ってね。



考え事を一時中断し、湯を沸かしてコーヒーを淹れる。

お茶受けはチョコレートで。

毎年チョコレートを、と言うかお菓子を大量に作っていた癖で今年も作ってしまった。

だが、余りの量に全て処分することが出来ずにいる。

いい加減にこの癖を直さなければならないと思う一方で、こうでもしないと金がたまる一方なのだから仕方がないと考えている自分がいる。

しばらくは日持ちする物を作っているつもりなので当分の間は問題ないだろう。

例年の如く十四日の次の日に孤児院にばらまいても良し。

そう言うわけで近頃のつまみ、茶受けは嗜好品であるチョコレートとなります。

あんまりにも品質がばらばらなんで、まともな物を全て嗅ぎ分け、余すことなく大人買いしたわけだが。

聞いた話によるとどういうわけかこの世界にも日本版ヴァレンタインデーらしきものが存在するらしく、特に上流階級の子供たちは嗜好品であるチョコレートを美味しく加工して意中の相手に送るのが流行っているようだ。

さて、発作と昔の習慣と言うダブルラリアットのせいで発狂し、良質のチョコレートの買い占めを行ってしまった今年、彼ら彼女らは大丈夫なのだろうか。

そんなことは僕の知る所ではないので考えない。



――ふー、やはり美味いな。何より落ち着く。

――まあ茶道は基本的にそう言った寛ぎを求めたものだしね。変に凝り固まってやるものじゃない。けど、どうしてか人は礼儀作法に求める。あんなもの、最低限守れば十分なのに。

――全くじゃ。人の心を落ち着かせない茶の場など、茶を飲まずに水を飲めば事足りる。何のための茶なのか、それを人は理解しておらん。

――そうだね。



続いて自分の分のコーヒーも淹れる。

ブルーマウンテンやキリマンジャロ、モカといった銘柄がない分、そう言った他人が作った指標による味の補正もなく、純粋にコーヒーが楽しめる。

やはりおいしい物は美味しいのだから純粋にそれを楽しめばいいのだが。

どうして人はブランドなどと言う下らない物に拘るのだろう。

未だに理解できない。



――また暗い顔しているね。



それにしても、だ。

この人はどうしてこうも問題を抱えてから来るのだろう。

もしくは問題を抱えてばかりいるのだろうか。

どちらにしても迷惑なことだ。



――ああ、済まん。それにしてもマスターは敏い。我は表情に出ぬ方だと自覚しておるのに。

――そうだね。表情には出ていない。でも何となく分かるものだよ。

――そのようじゃな。



肌で感じる空気が良くない。

例えどれだけ表情でだませたとしてもその問題を考えているならば雰囲気に不安や悩みがにじみ出る。

それを完全に抑えることは不可能だから問題を抱えているのだ。

やれやれ、面倒だ。



――どう足掻いたところで物事はなるようにしかならないんだし、出来る範囲で全力を尽くせばそれで良いんじゃないのかな?

――それでも、失敗を恐れるのは当然じゃろうが。

――むしろ失敗を恐れないのは愚行だ。だからといって何でも疑うのもまた愚行だよ。やると決めたなら成功を信じる。そうしたほうが良いさ。少なくとも心にとって。

――所詮一度決めたこと。それに逆らわぬというのなら、疑わん方が良い、か。

――そう言うことだね。だからといってこうしたほうが良いという案があるなら検証したほうが良い。世の中絶対的に正しいことなどないのだから。

――全くじゃ。未来は何が起こるのか分からない。故に面白く在り続ける。そうじゃろう、マスター?

――その通り。



ああ、そろそろコーヒー豆を調達しないと。

ゼノンに頼まないといけないな。

さて、次彼が来るのは一体何時になることか。



――考えることは悪くないけど、たまには休むようにね。考えてばかりいると、無駄なことまで考えてしまうから。

――それでも考えてしまうのは人の性。だが、時に心を落ち着けるのも悪くない。



テストでも良くある。

簡単な問題であるのに難しく考えてしまったために解けなかった。

考えることが悪いとは言わない。

考えないといけないことがあるのも確かだから。

でもやっぱりそういう生き方は疲れやすい。



――分かり切ったことではあるが、マスターは何時もゆっくりしておるな。

――急ぐのは性に合いませんから。



第一急ぐほどの人生じゃないし。特に僕の人生は。

まあ人それぞれ、堪能できればそれでいい。

人生なんてそんなものだ。

チョコレートを一粒口に含む。

ああ、後で商会の人に差し入れで持っていかないといけないのだった。

あそこの女性職員たちのおかげで発作を満足させることが出来たのだから。

こう言った融通が聞くのは米や昆布など珍しい物を回してもらう代わりに時々差し入れしている成果だ。

それにしても女性は、本当に甘いものが好きなようだ。



――何でだろうね?

――「何が」が抜けておるぞ。

――んと、色々とさ。



分からないから楽しく、分からないから恐れ、分からないから不安になる。

何時か別れることを分かっているからこそ人はそれを悲しく感じる。

分かるから、分からないから。

その違いは素晴らしい物でありながらもやはり、理解できない。

ああ、本当に何故だろうか。

何故こうも世界は万華鏡の如くあるのだろうか。



――良く分からんが、悩め若者。考えるのは生きている者の特権だ。

――深く考えるのは好きじゃないんだけどねぇ。

――ほお、理由を聞いても良いか?

――簡単に言うと、己の無力さが悔しくなるから。考えると自分に力があれば、とありもしないもしもを考えてしまうんだよ。それが嫌い。

――なるほど。故に悩み、考えることを止めたのか。

――やめてはない。嫌だと言う理由で逃げたくはないから。ただ、無意味に悩むのが嫌いなだけさ。

――間違ってはいない判断だ。



間違っていない。

正しいというわけでもなく、かといって間違っているわけでもない。

凡庸性はあるものの、正確性がない。

その場においての誤答と言うわけではない。

そんなある意味最悪の判断。



――冬もそろそろ終わるな。

――気が早いね。春はまだ先だよ。



ふと窓の外を見つめるアウルがそうこぼした。

僕も窓の外を見るが、やはり曇っていて良く見えない。

だが雪が積もっていたのは知っている。

まだ春は遠い先だ。待ち遠しい。



――だがもうすぐ終わる。

――そうだね……ねえアウル、春が来たら皆で花見をしようか。

――皆、とは常連の者たちのことか?

――うん、そう。



考えてみれば十分に話の分かる人が集まっていると思う。

花見に誘えば快く乗ってくれるのではないだろうか。

見る花は出来るなら桜が良いが、そこまでの願いは言わない方が良い。



――そう言う息抜きも良いな。分かった。他の者にも伝えておこう。

――皆と連絡取れるの?

――ああ、任せ給え。

――ん、分かった。じゃあ酒とつまみはこちらで用意するよ。日付、決まったら教えてね。



およそ春と言える時まで二カ月。

それまでにどれだけ材料を仕入れることができるのにか。

そして僕はどこまで作ってしまうのだろう。

やれやれ、材料集めのためにも商会の人達への差し入れが増えそうだ。

ところで、このチョコレートとかを露店で売ってみてはと近所のおばさんに言われたのだが、それをやると取り返しのつかない事に成りそうなのはどうしてだろうか。



――それでは、またの。

――うん。皆によろしくね。



やはりアウルは代金を何も出さずに行ってしまった。

別にそのことは気にしていないし、行きすぎるほど払われるよりも気が楽だ。

本当なら適正価格を支払ってほしい所なのだが、それは物価を理解していない僕が悪い。

客に文句を言うべきではない。

だから何も言えない。



――……春、か。



閉店準備をしながらふと、外に眼をやる。

春、花見はきっとその盛りに行われるだろう。

親しき者と飲む酒は格別な味がするに違いない。

ああ、今から本当に楽しみだ。

楽しみだが、本当に。



――保つと良いなあ、僕の身体。



さて、この生は一体いつまで続くのか。続いてくれるのか。

僕が常々考えていることはそれだ。

まあでも春、最悪でも夏の終りまでは続いてくれるだろう。

そこから先のことは知らない。

呟きながら僕は、口元に付着している汚れを拭った。

本当に、未来は分からない。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




彼女、スオウは同志を集めるために他の世界を巡っている。

その間、我はユウキを監視し、もしも体調の悪化などがあれば即時彼女に伝える。

我々に出来ることなどスオウよりも少ない。

むしろ勝手に手を出すよりも入念に情報を集めたスオウの考えを聞いた方が的確だ。

何より彼女は世界に囚われていない。

その自由が我にはとても、羨ましく思える。

さて、そんな問題の渦中で何も知らずに普通に生活しているユウキ。

ついこの前に無縫天衣をティオエンツィアに返却していた。

どうやらティオエンツィアも準備を始めたようだ。

ヴァランディールもしっかりと療養を取り始めている。

ゼノンは我々に知らない所で行動しているようだが、問題ないだろう。

ただ、アリーシャ。それからティオエンツィア。

少しはユウキの体を労わってやってくれ。

そう思う年明けが、今年はあった。



――やあ、いらっしゃい。

――久し振りじゃな、マスター。



思えば年明けから始めてこの店に足を運んだ。

ふと考えてみると彼とこうして対面するのも久し振りだ。

普段は遠くから見守り、迫る害悪を払いのけているため、彼のように久し振りとは感じない。

例えば本日の昼間のように、何の前触れもなく近くの棄てられた街に足を運んだ際、五度越冬の準備が出来なかった魔獣に襲われかけ、その都度我がそ奴らを塵と変えた。



――そうだね。お爺さんが一人で来るのは久し振りだ。注文は何にする? いつものコーヒー?

――ああ、それを貰おう。

――分かった。ちょっと待ってね。



注文を受けたユウキは慣れた手つきでコーヒーを淹れる。

しばらくすると店内にコーヒーの良い香りが漂い始めた。

他の者は独特な香りと苦みを嫌ってこれを飲まんが、我はこれが好きだ。

特に甘いチョコレートとの相性が良い。

ユウキが静かにチョコレートを差し出す。

これは、非常にありがたい。



――ふー、やはり美味いな。何より落ち着く。

――まあサドウは基本的にそう言った寛ぎを求めたものだしね。変に凝り固まってやるものじゃない。けど、どうしてか人は礼儀作法に求める。あんなもの、最低限守れば十分なのに。



サドウ、スオウによれば茶の道と書くのだったか。

ああ、確かにあの時に呑んだ抹茶は周りの剣呑な雰囲気を物ともせずに我の心を落ち着かせた。

ユウキのことだから自分の都合のよいように曲解しておるだろう。

それでも、やはり良い物は良い。



――全くじゃ。人の心を落ち着かせない茶の場など、茶を飲まずに水を飲めば事足りる。何のための茶なのか、それを人は理解しておらん。

――そうだね。



笑いながら答える。

年明け早々あれだけのことをしておきながら何も変わらない彼に心の中で称賛の拍手を送ろう。

いや、むしろこの程度当然か。

普段から神格化の拒否反応に押し殺し、耐えておる。

たかが数人と褥を重ねた程度で雰囲気が変わるわけもない。



――また暗い顔しているね。



今後の事を考えていた時、ユウキが声をかけてきた。

雰囲気の些細な変化を敏感に感じ取ったか。

隠すこと、悟ることには妙に長けおって。

もう少し人にまじめに心配させてくれ。

そうもうまく隠されてはこちらは裏に隠れて様子をうかがうことしかできん。

時々真剣にそう願う。



――ああ、済まん。それにしてもマスターは敏い。我は表情に出ぬ方だと自覚しておるのに。

――そうだね。表情には出ていない。でも何となく分かるものだよ。

――そのようじゃな。



これ以上ユウキを心配させないためにも一時考え事を止める。

考え続ける限り、彼はこちらを気にする。

自分の事を顧みずにひたすらに。

それしか出来ないからというのは理解するが、だがそれでも少しは自分のことを考えてほしい。

本人は声を大にしてそんなことはないと言いそうだ。



――どう足掻いたところで物事はなるようにしかならないんだし、出来る範囲で全力を尽くせばそれで良いんじゃないのかな?

――それでも、失敗を恐れるのは当然じゃろうが。

――むしろ失敗を恐れないのは愚行だ。だからといって何でも疑うのもまた愚行だよ。やると決めたなら成功を信じる。そうしたほうが良いさ。少なくとも心にとって。



確かにユウキの言うとおりだ。

何でも疑ってしまっては身動きが取れなくなる。

かといって猪の如く突っ走ることは論外。

全ては程よく、そのさじ加減がかなり難しい。



――所詮一度決めたこと。それに逆らわぬというのなら、疑わん方が良い、か。

――そう言うことだね。だからといってこうしたほうが良いという案があるなら検証したほうが良い。世の中絶対的に正しいことなどないのだから。

――全くじゃ。未来は何が起こるのか分からない。故に面白く在り続ける。そうじゃろう、マスター?

――その通り。



我の分に続いて入れた自分の分のコーヒーを飲みながらユウキは答える。

口に含んだチョコレートは絶妙な甘さとほろ苦さの調和を奏でつつ、すぐに溶けて消えた。

曰く、生チョコレートだったか。

もうここまで行くと完全な高級品、一部王族のための食べ物だ。

それを平然と作り、惜しげもなく出すユウキ、少しは場違いさを自覚してもらいたい。



――考えることは悪くないけど、たまには休むようにね。考えてばかりいると、無駄なことまで考えてしまうから。

――それでも考えてしまうのは人の性。だが、時に心を落ち着けるのも悪くない。



差し出したカップに静かにコーヒーが注がれる。

もうじきこの時間を本当に楽しめる日が来るだろう。

その日が非常に待ち遠しく感じる。

ただ問題は、その日が来た時この店に全員が入るかどうか、である。

大切な人のことを真摯に想うユウキのことだ。

例えその記憶に残っていなくとも彼はきっと覚え続けることだろう。

自分にとって大切な人の事を、心のどこかで。

優しい彼のことだ。

忘れるという選択肢は決してなかろう。

もしかしたら逢えば思い出すやもしれん。



――分かり切ったことではあるが、マスターは何時もゆっくりしておるな。

――急ぐのは性に合いませんから。



確かに、急がないからこそ我らは彼に興味を抱いた。

我らと同じように時をゆっくりと歩むのに、何故彼は彼だけは素晴らしい生を歩んでいるのか。

彼のように生きてみたくて近づいた。

そんな彼が急ぐ。

少々おかしな話だ。



――何でだろうね?

――「何が」が抜けておるぞ。

――んと、色々とさ。



不意にユウキが言葉が欠けている疑問を口にする。

疑問文としては成り立っている。

会話の途中であるならばある程度推測は出来よう。

だが、こんな疑問文が文頭に来るのならば理解できない。

彼は一体、何を聞いているのだろうか。



――良く分からんが、悩め若者。考えるのは生きている者の特権だ。

――深く考えるのは好きじゃないんだけどねぇ。

――ほお、理由を聞いても良いか?

――簡単に言うと、己の無力さが悔しくなるから。考えると自分に力があれば、とありもしないもしもを考えてしまうんだよ。それが嫌い。



確かにその仮定は余りに辛い。

過去を振り返る、そのときもしも何をしておけばと言う仮定は良く脳裏をよぎる。

しかしそれらは起こる未来を知っている故に出来る仮定であり、その時その場では取らなかった選択肢の一つだ。

特に彼はどれほど努力を重ねた所で力を手に入れることは出来ない。

伸ばした手が届かないのは良くある。

それでも彼は、残された人のために普段を装う。

道化、心の中でその言葉が響いた。



――なるほど。故に悩み、考えることを止めたのか。

――やめてはない。嫌だと言う理由で逃げたくはないから。ただ、無意味に悩むのが嫌いなだけさ。

――間違ってはいない判断だ。



ああ、なるほど。

過去のことは振り返っても仮定はしない。

ただ振り返り、届かない手を見つめ、決して忘れることなく抱えて歩き続ける。

全く、世界も酷い事をする。

無力なユウキからその記憶すら奪おうとするのだから。

だが、その呪縛ももうしばらくで終わる。

終わらせて見せよう。





――冬もそろそろ終わるな。

――気が早いね。春はまだ先だよ。

――だがもうすぐ終わる。

――そうだね……ねえアウル、春が来たら皆で花見をしようか。

――皆、とは常連の者たちのことか?

――うん、そう。

――そう言う息抜きも良いな。分かった。他の者にも伝えておこう。

――皆と連絡取れるの?

――ああ、任せ給え。

――ん、分かった。じゃあ酒とつまみはこちらで用意するよ。日付、決まったら教えてね。



ああ、スオウに伝えてみるのも悪くないかもしれん。

さて、彼女はどのような反応を示すか。

そもそも来るのかどうか。

非常に楽しみだ。



[14976] 最終話
Name: ときや◆76008af5 ID:368f24a6
Date: 2010/03/21 22:14

静かに頬をなでる風は懐かしい春の匂いを含み、心地よく流れていく。

その風に乗って春とは違う匂いを感じる。

枕にしている何かから漂う優しい匂い。

ああこれは、山の匂いだ。それから太陽の匂い。

もぞり、と枕に顔をうずめる。

もうちょっとだけ寝ていたいのに、誰かが髪を梳いた。

誰か近くにいる。

誰だろうと意識を無理に起こし、目を開けると。



――おはよう、ユウキ。

――…………



あまりの光景に刹那で完全に起きてしまった。

良し、少し状況を整理しようか。

開店しても誰も来ないのでのんびりお茶を入れて寛いでいたら次第に眠くなったので寝てしまったまでは覚えている。

だがしかし、それはあくまで店内での話だ。

決してこのような突き抜けるような蒼穹の下ではない。

何よりどうして僕はティアさんに膝枕などされているのだろう?

起きたばかりのためその表情は良く見えないが、絹のような金髪と今更ながら感じるカリスマは間違えようがない。



――まだ眠いのか?

――いや、もう眠くないけど……とにかくおはよう。良い天気だね。

――ああ、そうだな。



上体を起こし、ようやっと見えたティアの表情は非常に穏やかなものだ。

さて、現状を説明できるものは、とあたりを見回すと。

先ず右手側にアリーシャさんが凄まじい視線をティアさんに送っている。

続いて奥の方。ローズが嗤っている。笑っているのではなく嗤っている。

さらに何故か左手側。ヴァルが黒い何かを背負いながらぶつぶつ言っている。

ついでで視界に納めたアウルは、まあ無理だな。

消去法で行くとそこで困ったような顔をしているゼノンになるが、さて。



――ゼノン、分かり易く現状の説明希望。

――あー……すぐに分かる。

――…………



悪いことではないだろうが、それでも事が余りに急だ。

僕を巻き込んだと言うのに何も知らせなかったことに対して腹が立っている。

それでも少しだけ、その怒りを我慢した。

ここで怒っても仕方がないし、何よりだ。





久し振りに見れた散り始めの桜の下で、最初にするのが怒るなんて、余りに無粋じゃないか。





そう桜。満開の峠を越え、今散りゆく儚き花。

春の匂いを懐かしいと感じたのは、これのお陰か。

今一度、深く息を吸う。

それと同時に思い返す、古き日々。

そこには家族がいた。親友がいた。懐かしい知り合いがいた。

何より、隣に蘇芳がいた。



――……さて、それでは。



誰かの声で眼が覚める。

アレは過去だ。過去の光景だ。

今の話じゃない。

そう言い聞かせるのに、脳裡から離れてくれない。



――ユウキ。誕生日、おめでとう。

――サクラを探すのに二年もかかってな、すまねえ。

――おめでとう、ユウキ。

――各種お酒は取り揃えているわよ。今日は酔い潰れるまで飲みましょう。

――おめでとうございます、ユウキさん。

――全く、人使いの荒い連中じゃったわ。



桜、赤い敷物、大量の酒に料理。

突き抜けるような蒼穹。

ここにいる人の数こそ少ないものの、そこに広がっている光景は僕の過去と完全に重なっていた。

ただ一点、隣にいるべき人がいないことを除いて。





――ああもう。遅れちゃったか。





その時、耳を掠める懐かしい声。

振り向けば逢うことは出来ないと思っていた人がいて。

見間違え、と言うのは有り得ない。

僕が大切な人を見間違えるということは決して有り得ない。

言葉に出来ない感情の波が僕を襲う中、いつものように言葉を紡いだ。



――久し振り、蘇芳。

――ええ、本当に久しぶり。優鬼。



どこか若返っているのはこの際どうでもいい。

彼女が僕の傍にいる。

それだけで本当に、全ての事が嬉しく思えた。



――元気にしていた?

――あなたこそ。もう大丈夫なの?

――うん。わけのわからない病気も治ったし、至って普通だよ。

――そう……良かった。



視線を下にずらす。

彼女の左手にあった指輪はもうつけられていない。

それも無理はない、か。

あんな別れ方をしたのだから、嫌われるのも無理はない。

嫌われないとしても、指輪が外されるのは当然だろう。

少し、胸が痛くなった。



――何だ。来たのかよ、スオウ。

――もちろん。自分の旦那の誕生日祝いに参加しない妻はいないでしょう? それに今日は私と彼の結婚記念日でもあるのよ?

――……死に別れた奴が何を言う。むしろ後悔に押し潰されて影すらなくせば良かったものを。

――残念でした。私の心はそれほど弱く在りませんので。



後悔? 憎しみではなく?

良く分からない。

何故勝手に謝り、勝手に死んでいった僕に対し彼女は後悔するのだろう。

何も出来なかったことを悔やんでいたのか?

いや、それはない。

世界中の医師ですら原因不明の不治の病と断定した僕の病気だ。

一介の主婦でしかなかった蘇芳に出来ることなどない。

そもそもだ。

何故彼女はここにいる?



――蘇芳。何で、こんなところにいるの?

――……それを説明するにはちょっと、自己紹介しないといけないわ。

――ああ……やはり隠しごとがあったのか。

――……気付いていたのね。

――まあ。時々態度が余所余所しかったから。確信はなかったけど。

――……ありがとう。

――感謝、されるようなことじゃないんだけどなぁ。



むしろここはどうして聞かなかったのか逐一に問い詰め、怒るところだろうと僕は思う。

それが普通なのだけど、僕たちの間が変わっているだけか。

どうでもいいけどね。

あの生活は幸せだったから。



――改めて自己紹介するわ。私は蘇芳。あなたのいた世界の神にして、あなたの病気の原因を作った者。

――…………マジ?

――やっぱり、驚くか。あなたの下半身の自由を奪っただけじゃなくて、視界まで奪ったものね……驚かない方が、無理か……

――いや、それはどうでもいい。

――……え?

――神と言う方に驚いた。



病気になった原因なんてどうでもいい。

失ったおかげで手に入れたものだってあるから別に後悔も憎悪もしない。

確かにあの別れは僕の心に言えない傷を生み出したが、再会できた今となっては気にもならない。



――何でこんなにも身近な所に神がいるの?

――…………ねぇあなた達。まさか自己紹介していないの?



僕の素直な疑問に対し、蘇芳の回答は他の人に対するもの。

なんか、納得できない。



――……お前と同じことだよ。

――以下同文。

――……そういうこと。この際みんな自己紹介しましょうよ。煩わしい仮面を付け続けるのも、面倒でしょ?

――何の話か全く分からないのですが。

――すぐに分かるわ。だからちょっと待って。

――……仕方がない、か。



今はちょっと、黙っておく。

だってそうしないとこの事態は何も分からないのだから。

行動は分かってからでも遅くはない。



――先ず私からだな。私はヴァランディール。人々からは孤高の悪魔と呼ばれている。



待てこら。

最初から何言っているんだ?

冗談と取りたい気分だが、残念ながら場の空気がそれを許さない。

嘘と言うものが一切ない。

そんな気がする。



――俺はゼノン・カオス。勇者を導く賢者にして異界の魔王なんて呼ばれている。とはいっても、もう世界を支配するつもりはないけどな。



さらに飛ばしました。

妻が神で、我らの良心が孤高の悪魔、友が異界の魔王。

もうこれ以上驚かないよ。

と言うか早速ながら驚けないよ。



――私はティオエンツィア。聖峰の古龍、すなわち龍だ。

――私はアリーシャ・ラプラス。魔族の国の王。言ってしまえば災厄の魔王ね。五代目だけど。

――我はアウル・アイザック。この世界の神をしておる。神といっても所詮は世界の末端機関、不具合を修正する自我を持った道具にしかすぎん。



一般人が僕しかいない、何この状況。

ほんの少しの間で悟りが開けたような気がする。

世界は思ったより、滑稽に出来ているようだ。



――全部、事実なんだよね……



口からもれた言葉は疑問の意味を持たない。

それでも蘇芳は静かに頷く。

その時の表情はとても苦しそうで、気まずそうだ。



――言わなかったのは、僕のため、自分のため。要らない気遣いをさせないため、店に寄れなくなるのを恐れたため……



これには他の人たちが頷いた。

一人、部外者と言うか比較的一般人であるローズが未だに驚いた表情で固まっている。



――…………ハァア……



大きく溜息。小さく失望。

何で本当に、この人たちは……下らない。





――僕がその程度で君たちに対する価値観を変えるとでも思ったの? ふざけないでよ。何がどうあろうとも、君たちは僕の店の常連で、友達だ。





むしろその程度のことで付き合いを変える薄情な存在と見られたのが悲しい。

孤高の悪魔? だからといって彼が僕のために何かしてくれてきていることが揺らぐわけじゃない。

異界の魔王? だったら僕を助けてくれてきた過去が消えるのか?

聖峰の古龍? 付き合う相手が人間じゃないといけないことはないというのに。

災厄の魔王? 呼ばれているだけで僕に何もしていないじゃないか。

この世界の神? それでもアウル爺はアウル爺だ。

蘇芳が神? じゃあ嫌いにならないといけないわけ?

冗談じゃない。

僕は大切な人を守り、愛す。そう誓った。そう決めている。

そこに種族云々の細かい事はどうでもいいんだよ。



――そんなこと言われてもね、僕は何も変えないよ。変わるならまだしも、幸せな今を変えたくはない。



下らない、と呟いて近くに合った酒を飲む。

何だか猛烈に全てが馬鹿馬鹿しくなってどうでも良くなった。

そうだ。そうじゃないか。

神だろうが悪魔だろうが死神だろうが、僕が愛したのは彼女、すなわち蘇芳だ。

神である蘇芳なんかじゃない。

蘇芳が好きになって、蘇芳を愛したんだ。

今更、それを何疑っているのやら。

疑いを持った自分が本当に、下らなくなった。



――全く、ユウキさんも大概ですね。

――うん、本当だね。まさかこんな交友関係を持っているとは思ってもいなかった。

――いいえ、そうではなくて……

――じゃあどういう意味?

――結婚していたのを黙っていたなんて、酷いじゃないですか。今更諦めれませんよ。



ローズブラッド、破邪の剣姫。

夢を見る道化は夢が覚めるまで踊り続けるだろう。

でも彼女の夢はどうやら、現実になるまで終わらないようだ。

やれやれ、意志の強い子だ。



――……ありがとう、ユウキ。

――急に何さ?

――いや、君を騙し続けてきた私を親友と呼んでくれることが、嬉しいんだ。

――それはそうだよ。だって君の嘘は全て僕のためだったから。だったら嫌うわけがないでしょ。

――そう、か。

――そうだよ。



ヴァルはとても嬉しそうに顔をほころばせた。

孤高の悪魔、実は誰よりも孤独が嫌いなのかもしれない。

今となっては、どうでもいい問題か。



――なんつーか、器がでかいなぁ……

――そんなんじゃないよ。ただ、否定しても無意味と分かっているだけさ。

――そーいうもんかねぇ。

――そういうものだよ。



ゼノンはやれやれと敷物の上に腰を降ろし、杯を取り出した。

彼は何かを失ったのだろう。

それが非常に大切なものだから、何かを間違えて来てしまった。

でもね、本当に大切なものは意外と身近にあるものだよ?



――……ユウキ……

――ねぇティア、人間と龍って仲良くしたらダメなのかな?

――いや、そんなことはない。

――なら良いじゃん。

――ああ、そうだな。



龍族、お伽噺に出てくるほど長生きする彼女達。

世界が見えなくなったのは時のせいか、その長き生か。



――何もしなければ何も変わらない。

――……はて……誰の言葉?

――あなたの言葉よ。私なりの解釈だけど。所でユウキ。

――うん?

――人間と魔族が仲良くなってもいいわよね?

――アリーシャ、僕とヴァルの仲を否定するな。

――ふふ、そうね。



魔族と人間は大昔から憎みあってきた。

今ではどちらが先に手を出したのか分からないほどに。

だけど思う。どちらが先でも失った痛みが消えるわけじゃない。

これ以上傷を増やさないためにも分かり合うのは今からでも遅くはない。



――……はぁ……

――重い溜め息だね。そんなものついても幸せは来ないよ。

――解っておる。されど吐かねば気が済まない事もある。

――ふぅん……



世界の神、不具合を修正するための末端機関。

全知全能じゃないんだ。

まあ所詮僕らの言う神と言うのは空想の産物。

現実として完全無欠な者がいたなら、それはそれで恐ろしい。



――ねぇ、優鬼。

――……何、蘇芳?

――また、受け取ってくれる?



最後に蘇芳。

彼女が差し出したのは銀色の指輪。それも二つ。

もう手に戻らないと思っていたのだが、持っていたのか。

そしてこの状況。

誕生日に桜の下で蘇芳に指輪を二つ差し出される。

まるで本当に、告白された時のようだ。

年齢は少し違うけど、一体何の再現だよ。

猛烈に、世界に対し感謝したくなった。



――良いの? あの時みたいにまた泣かせるかもしれないよ?

――後悔はしないわ。だって私は、優鬼の事を愛しているもの。

――何と言うか……僕でよければ、喜んで。



静かに小さい方の指輪を受け取る。

そして、彼女の左手薬指にそれを嵌めた。

その光景をティアさんやアリーシャさんやローズが殺す勢いで睨んでいたけど、はて。

どうしてそんなに悔しがるのかな?



――優鬼、あなたは、世界が好き? 皆が好き?

――もちろんだよ。だってこんなにも、綺麗なんだから。嫌いになる理由がない。



蘇芳が俯きがちに暗い声で問う。



――私は、世界が好き。皆が好き。でも憎い。只管に憎い。あなたを苦しませた自分が、あなたから自由を奪った自分が、殺した原因の自分が。それでも、あなたは私を愛すの?

――だとしても、だよ。それでも、僕は蘇芳のそばに痛い、蘇芳に傍にいてほしいと望んだ。望んでいるだ。この心に後悔はない。

――優鬼……本当に……バカ……



そうして蘇芳は僕の左手薬指に指輪を嵌めた。

懐かしい銀の感触に心が少し軽くなる。



――ああ、そう言えば、久し振りに見るな……

――何を?

――君の笑顔。最後の方は、見れなかったからさ。

――もう……いつでも見れるわよ。

――はは、それは良いね。



そう言いながら僕の隣に座る蘇芳。

それじゃ、そろそろ。



――花見を始めるとしますか。



隣に最愛の人がいる。

傍に僕を慕う人がいる。

ここに掛け替えのない親友がいる。



途中女性陣が喧嘩になって。

ちょっと呆れたから男性陣だけで酒を飲んで。

女性陣が余りにも煩かったから黙らせて。

久し振りに食べた蘇芳の手料理がおいしくて。

初めて食べた料理の数々が新鮮で。

どこからともなく現れた他の常連客連中が飲み食い騒ぎ。

何だか本当に、本当に嬉しい一時だった。



世界最高のプレゼントをありがとう。

明日はもっと、楽しくなりそうだ。









そんな楽しい宴も終わり、僕は店へと帰った。

蘇芳は少しやり残していることがあるそうなので別れ、今ここにはいない。

でもまた会える。

そういう確信があるからこそ、寂しくない。

幸せを受け入れさせなかった戸惑いも暗い気持ちにさせた致命傷もない。



そんないつになく幸せな気分で、グラスを仕舞っていた時のことだ。

つい手元が滑り、グラスが床に落ち、割れた。


身体が重く、だるい。

どうやら結構飲み過ぎたようだ。

とにかく割れたグラスだけでも片付けよう。

雑巾は、と足を運ぶ。

運ぼうとする。

だけど身体は思うように動かなくて。

ふらり、と僕は床に倒れ伏した。



――…………



視界に入る指先が透けてきている。

何故かは知らない。

だがどうなるかは分かる。

全く、何度も言っていると言うのに。

悲劇は全て、劇の中でこそ映えるものだと。



――ああ、本当に……



今日と言う日が幸せすぎたためか、今までなかった不幸のしわ寄せか、気を緩めてしまった自分のせいか。

どうやら僕はこんなところで終わりのようだ。

本当に……もう誰も泣かせたくなかったのになぁ……

感覚が鈍ったか、残された時間を計り間違えてしまった。

そして僕は傲慢に、少しでも長く共に在ることを望んだ。

それを望まなければ、もっと安全策を行けば、こんなことにならなかったのかもしれない。



――ごめん……皆……



薄れゆく視界の中、走馬灯のように今までの事が流れゆく。

その度に僕の胸は痛くなって。

出会った日々がなかったならと思う一方で、恵まれた人生だったと思う自分がいる。

僕は幸せだ。

大切な人がいて、楽しい時間があって。

だからこそ、この終わりに納得がいかない。

どうして、どうしてよりにもよって僕が、大切な人を泣かせなければならないのだろうか?

それが僕には耐えられない。

だから、もしかしたらこう言う終わり方の方が良いのかもしれない。

誰の記憶にも残らず、静かに消える。散っていく。

全て消え去ったなら、きっと僕は記憶すら消えてしまうだろう。

例えどれだけ悲しい別れであろうと今までが幸せだったなら記憶に残る方と記憶に残らない方、どちらの方が良いのか。

今回は悩むまでもなく、記憶に残せないのかもしれない。



――ユウキ!!



もう普通に喋ることも出来なくなった時、蘇芳が来た。

思い返せば僕の我が儘に散々彼女を突き合わせてしまった。そして今も。

泣かせないと誓ったのに、幸せになろうと約束したのに、たった一日すら経たずに僕はそれを破る。

もう謝ることすら許されないに違いない。



――……すおう……



像をはっきりと写さない目で蘇芳を眺める。

言葉に出来る思いはなく、胸の中にあるのは全て言葉にならない思い。

蘇芳、君は泣いているのだろうか。

今にも泣きそうなのを必死に堪えて、いつものように微笑んでいるのだろうか。

分からない。僕にはそれすらも、分からない。



――……もう、むりみたい……

――そんなことはない。絶対に助けるから。だからもう少し、もう少し耐えて。



感覚が遠くなっていく。

耐えて、その言葉がどこが他人行儀で、一つも信じられそうにない。

僕はどうすべきだろうか。

このまま自然と消えるべきか、それとも彼女たちの力を頼って死ぬべきか。

分からない。

判断がつかない。だけど。



――すおうは、あったかいな……

――春とは言っても、夜は冷えるからね。そんな薄着じゃ体も冷えるわよ。

――そう、か。



蘇芳、君は悲しむのだろうか?

奇跡に等しい悪戯によって出会えたというのにすぐに別れてしまう世界の残酷さで。

また別れてしまうという不幸で。

ならば忘れてくれ。

僕のことなど、その記憶の全てからなかったことにしてくれ。



――ねえ優鬼。私が居ない間、幸せだった?

――それは、もちろん。すおうは?

――私は、忘れちゃったな。



今までずっと忘れられないせいで辛い思いをしてきただろう。

忘れたという君が何よりも証拠になる。

ならば僕はわがままは言わない。

覚えてくれなんて辛いことは決して言わない。

忘れて。そして幸せを。

ありもしない死後の世界でそれを永遠に祈り続けよう。

それでも僕は。

欲を言えば、覚えていて欲しい。

消えるのは、忘れられるのは辛い。

しかしそれが重荷になるのなら忘れてほしい。

もうあんな思いは嫌だから。

夢の中の僕だけが覚えているのは嫌だから。

だから僕は、辛い選択を君に送ろう。



――ころして?



僕を抱えている手に力が籠もる。

動揺が伝わる。

だが遠慮なく残された時間はなくなっていく。



――…………で……こと……



やはり、無理か。

仕方がない。

それほどまでにつらい思いをさせる僕はやはり忘れられた方が良い存在なのだろう。



――済まない。



最後に聞こえた誰かの言葉。

それは一体誰のものだったか、僕は分からず、短いながらも充実した人生を終えた。

最後に一つ、皆は僕の事を忘れてくれただろうか?

そして存在の神格化。

僕と言う存在に与えられた、理不尽さ。

起こる存在の抹消。

奈落の深みに落ちている時、習ってもいないのに唐突に理解した事実の数々。

僕はこれを恐れていたのか。

僕はこれを考えていたのか。

なるほど、今更ながら理解したが、遅すぎる。

とにかく世界の根源よ。

全ての生みの親にして世界の守護者よ。

君に僕を創ってくれた最高の感謝の言葉と共に一つ言わせてもらいたい。





――ふざけるな――





[14976] 終幕
Name: ときや◆76008af5 ID:df331026
Date: 2010/03/09 00:09
推奨BGMを二曲
涙腺が弱い方は聞かないほうが良いかも?

 Last Fantasia 東方ヴォーカルアレンジ

サークル:Sound Online様の「Trois Bleu」より
ヴォーカル:三澤秋


 旅の途中 狼と香辛料OP曲

歌手:清浦夏美







虫の知らせでもあったのだろうか。

本来なら万全の準備をし、祝うはずのユウキの誕生日を何故か三日も早めて行った。

自分でもなぜそのようなことをしたのか分からなかった。

だが、今なら理解できる。

三日後では間に合わなかったからだ。

それを予感したからこそ、私たちは彼の誕生日を三日も早めて祝った。

しかしそのことに何の救いもない。

ユウキが死んだのでは何の救いにもならない。



――…………何故、私はそのことを覚えているんだ……?



アウルからユウキが死んだことを聞いた時、ふと口から漏れた疑問。

神格化によって死んだのであれば、その世界に存在する者は管理者である神を除いて例外なくその存在のことを忘れる。

いや、影響を除いてなかったことにされる。

だと言うのに私はユウキの事を忘れていない。

何故、だろうか?



――それは……我が殺したからだ。

――……そうか……



ユウキを殺した。ユウキはアウルに殺された。

ああ、なるほど。だから覚えていられるのか。

神格化によって消滅したわけではないから、覚えていられるのか。



――憤慨するとばかり思っていたのだが、意外と怒らないのだな。

――……そう見えるか? 見えるならその目に存在する意味はないな。



怒れるものなら怒りたい。

だがそんなことをしてもユウキが戻ってくることはない。

何より、アウルは私たちのためにユウキを殺したのだ。

私たちがユウキの事を忘れないように。

きっと、彼を救うには僅かに時間が足りなかったのだろう。時間を計り間違えたのだろう。

それしか出来ない判断だったに違いない。

もうそれ以外の手段がなかったとしか思えない。

事実として、アウルは私に殺される覚悟をしている。

もしも彼が別の、ユウキや私たちのために以外の意思で彼を殺したというのであれば、そもそもそのような事実を私に言う必要はない。

むしろそのようなことをする意味が分からない。



――辛い役を押し付けて済まない、アウル。

――いや……我こそあのような思慮に欠ける行為をして済まない。これらの責任は原因である我にある。

――もう、今となってはそんなことはどうでも良い……いや、そうではないな。



私にとって最初で最後の親友、ユウキ。

彼を失えば私に残るものはない。

故に心は絶望で塗りつぶされるはずだと言うのに、何故かそうはならない。

何故だろうと考えた時に、思い当たったのは記憶。

彼と出会い、語らい、分かりあった歴史。

それが心の中に残っているから、辛くはない。



――何故だろうな、アウル。

――何だ?

――何故か私は、ユウキがまだ死んでいないように感じている。今もどこか遠くで、生きているような気がするんだ。



存在しえない希望は人々をそこに縛り付ける分、絶望より性質が悪い。

そのことは既に理解している。

何度も偽りの希望に裏切られ、傷つけられ、絶望してきた。

私の心はその度に壊れ、直し、鍛えられた。

そして今となっては偽りの希望、存在しえない希望は私の心にとって何の色も持たないものだ。

しかし彼が生きているかもしれない。

この光は、私の心の中に存在する。

いや、言葉を間違えた。



彼は、ユウキは生きている。



私は不屈の意志を持ってここに断言しよう。



――だから、私は行くよ、アウル。彼の居る所に。私が在るべき場所に。

――そうか。言い残すことはあるか?

――……別に、ないな。



ああ、そうだ。

その道中で多くの孤独な者に会うことだろう。

ユウキが私にしてくれたように、私もまた孤独に泣いている人々を救っていこう。

そうしたらいつか、昨日のような輝かしい世界に、たどり着けるだろう。



――ならば我はここを守り続けよう。いつか汝がユウキと来ることを待ち続けながら。

――ああ……良いな、それは。素晴らしい。

――行って来い。ついでに、ここまで心配させたあの馬鹿の顔面を、我の代わりに殴ってくれないか?

――それは別に構わないが、一発で足りるか?

――残りは汝らが帰ってからの楽しみに取っておく。

――了解した。それでは、行って来る。



そう言って私は世界の壁を超えた。

今日から私も局外者か。

それも、良いな。








今日もまた日が昇る。

ユウキが死んだというのに世界は何も変わっていない。

ここから見える光景にも何の変化もない。

いつもの色褪せた夜明けだ。

ユウキが教えてくれた四季の素晴らしさ、世界の美しさも彼がいなければ意味がなく、色を持たない。

変わらなければ良かった。

あの日がずっと続けば良かった。

だと言うのに世界は、常に変化し続けることを止めない。

今日もまた、日が昇る。

やがて日は遠くの空に沈んでいく。

そして明日も日が昇る。

来月も、来年も、百年後も。

……いつまでも。



――…………



何度も日が昇り、死ぬまで私はここで色褪せたそれを見続けるだろう。

そう思った時、ユウキの匂いがした。

ふと、そちらを見ると改良中の無縫天衣があった。

今となっては何の意味もないものだが、何故だろう。

私はそれを着ているユウキに、呆れられているような気がしてならない。

ふと思い出す、彼と初めて会ったあの夜の事。



――……済まない、ユウキ。



私はユウキを無くした。

それでも私は死ねない。

どれだけ長い事絶食しようが死ぬことはない。

この強靭な肉体が死ぬことを許さない。

長い生が私を世界に縛り続ける。

だから、私は代わりに見てこよう。

早くに亡くなってしまい、世界の全てを見ることが出来なかったユウキの代わりに。

彼が愛した世界を、彼と同じように愛しながら見て回ろう。

ほんの少し、世界に色が戻ったような気がした。

すぐに側仕えを呼んだ。



――しばらく、旅に出る。

――ああはい、分かりました。行ってらっしゃい。

――……構わないのか?

――別に。いつか帰ってくるのでしょう? ならば我々一同、それを待つだけです。

――そうか……済まない。



この手に残った無縫天衣を身に纏う。



――行ってくる。留守は任せた。

――お任せください。ああ、それと。

――ん、何だ?

――挙式は帰ってからで?

――…………それは、悪くないな。



ユウキはどこかでまだ生きている。

それを期待しながら世界を巡るのも悪くはない。

そして彼とまた会えた時、自慢話を聞かせよう。

ユウキはどのような反応を示すだろうか?

考えるととても楽しくなった。







技術が最も進歩しているため、居住世界として利用している世界の中心都市。

その中央行政府の近くにある俺の自室に一人いる。

まただ。

また、欲しいものがこの手から零れて行った。

最初は力が足りなかった。

故に俺は力を手に入れた。

次に欲しかったユウキは俺に願いを思い出させた。

何のために力を得たのか、その理由を。

だが、そのユウキは先日に死んだ。

何故だろうか。

俺はそんなにも多くを望んでいないと言うのに、それらが尽くこの手から零れていくのは何故だろうか。

この手が届かないのは何故だろうか。

考えたところで答えは出て来ない。



――なあ、ユウキ。大切な人を守るには、どうすればいいんだ?



対面の誰もいない席に語りかける。

その席と俺の間にあるのは小さな机。

机の上にはワインとグラスが二つある。



――守れなかったら、失ってしまったらどうすればいい?



ここには俺以外いないので帰ってくる答えなどない。

それでも俺は、そこに問いかけることがやめられない。



――俺のしてきたことは、無駄なのか?



ユウキを失ったことにより、生きる気力がなくなった。

未来も見えなくなった。願望が消えた。

最終的にこの手に残っているものは役立たずな力と空虚な心だけ。

またあの目的を、願いを無くした頃に頃に逆戻りだ。

もう俺の目には、何の光も入らない。



――なあ……俺に、意味はあるのかな?



世界は何時も残酷な事実のみを俺たちに与える。

何故ユウキは死ななければならないのか。

何故、ユウキのような存在を創り、あまつさえそれを残酷に処分するのか。

そして、何故ユウキは記憶を残そうとしたのか。



コンナ気分ヲスルグライナライッソ、ソモソモ出会ッタ事カラナカッタコトニナッテシマエバ良イノニ――



――…………はは、バカだな、俺。



何を考えていたのだろう。

何に絶望していたのだろう。

何を間違えていたのだろう。

あの日々は楽しかったではないか。

あの日々が何よりも愛おしかったではないか。

あの日々は今も、俺の心の中でいつまでもあり続けているじゃないな。

それを、なかったことに?

それこそふざけるな。認められない。認めてたまるか。



――……シッ!



きっとまだ見ぬ世界のどこかで俺のような存在が生まれているのかもしれない。

世界や侵略者に襲われている人がいることだろう。

手始めに、そいつらから蹴散らそう。

この届かなかった手が届くようになるための練習台として、不幸を叫ぶ人々に傲慢に否定できないほどの幸せを押し付けよう。

そしていつしか、世界。

お前が奪ったもの全て、この手で奪い返してやる。



――それじゃ、俺旅に出るから。後よろしく。



そう言って俺は政務その他諸々の全てを部下に押し付けた。

部下共の悲鳴が聞こえた気もしなくはないが、気のせいにする。

あ、ついでに酒やつまみでも集めよう。

いつか全世界の美味珍味美酒銘酒全てを集めた酒宴を開くために。

調理? ユウキに押しつければ問題ないだろう。







ただ運命に流され、力を手に入れた。

望まぬまま魔王と言う存在になり、気付けばその死が約束されていた。

別にそれを嫌だと思ったことはない。

何せ私はこの世界に飽きていたから。

あまりに単調でつまらない世界から逃れられるなら、これ以上怠惰で苦しむことがなくなるならいっそ、殺されても良いと思っていた。

そんな下らな生まれて生きて死ぬだけの人生がただ一人の存在に逢って終りを告げる。

誰よりも弱い存在。

それでも強く在るその姿はきっと何よりも美しい。

そこに自分では至れない気高さを見た。

彼の背中に誰にも穢せない誇りがあった。

ユウキの心は何時でも誰でも受け入れる温かさがあった。

私はそれを見て、まるで子供のように憧れ、欲した。

それ以上に彼の困った顔が何よりも可愛かった。

どんな時でも優しく迎え入れてくれたあの店が愛おしく感じた。

彼のような人が私の代わりに王になれば、そうすればきっと。

その時私は彼を、彼が護りたい者を彼の隣で護れば良い。

そんなきっと素晴らしい未来を思い描いていたら、指先で描いた未来図は砂上の楼閣の如く消え去った。



――…………もう、死のうかしら。



生きるのに飽きた。

死ねない自分に嫌気がさした。

これ以上生きているのもつまらない。

何の楽しみも興味もない。

もう二度とユウキはこの世界に足を運ばないだろう。

この推測は確信に近い。

故に、これ以上生きる価値がない。



――おや、魔王様。まだ居たのですか?

――……あなたこそ、何か用かしら?

――いえいえ、別にどこぞの怠けものが何もせずにただいるだけのため仕事が溜まる一方でそれを片づけるためにここに来ただけですよ。



相変わらず口の悪い腹心だ。

これで腕も良く、意外と市井のことを思っているのだから性質が悪い。



――所で魔王様。さっさとその席を開けて出て行ってください。

――……あなたにそれを命ずる権力はないはずよ?

――ええ、ありませんでした。先ほどまでは。ですがあなたが日々ここで怠惰に過ごしている間に民衆の心はあなたのもとを離れ、私に着いたのです。

――……ま、それは当然ね。で? なら仕方がないわ。



国ですら出て行けと言うのならちょうど良い。

このまま風吹くままに旅をして死に場所を探そう。



――さようなら。もう二度と会うことはないでしょうね。

――ええ、そうですね。それでは魔王様。幸せな余生を。



そう言ってあっさりと私は王室を出た。

その時彼が何か言っていた気がするが、興味はない。

さて、これからどこに行こうか。

そう考えながら城を出て、街を歩き、外へと向かう。

ふと顔を上げると王都に住む全員がいつの間にやら街道を整列していた。

口々に何かを言っている。

その内容は余りの騒々しさに鮮明に捕えることは出来ないが、全て私への言葉であることは理解できる。

彼らが共通して言っていることは唯一つ。



――行ってらっしゃい、魔王様。



………………

…………ああ本当に。

……全員揃いも揃って。

バカらしい。

当然じゃないか。ここは私の国だ。

私が王だ。

誰が何と言おうと私がこの国の王だ。

その王が納めるべき国に帰ってこないことなどあり得ない。

仕事をしないなどあってはならない。

世界で最も幸せそうでなくてはならない。



――ああ……行ってくる。留守は頼んだ。



そう言って私は城門を後にした。

ユウキ、私はまだ、対価を貰っていない。

逃げることは許さないから。







誰もいない店内。

そこで私は一人、紅茶を飲んでいた。

こうして待っていればいつかユウキさんは帰ってくる、そんな淡い期待を胸に。

だけど三カ月。

それだけ待ってもユウキさんはおろか、誰一人としてこの店に足を運ばない。

もちろんその理由は分かっている。

もうこの世界にユウキさんはいないからだ。

理由や原因はわからないが、ユウキさんはもう死んだ。

そうアウル様が教えてくれた。

なのに私はそれをどうしようもなく否定したくて。



今日もここで紅茶を飲む。

どれだけ待っても彼が帰ってくることはないと知りながら。

その事実に目を背けたくて。



――おい、馬鹿娘。



聞き慣れた声が耳を掠める。

そちらの方に目を向けると、案の定お父様がドア付近に立っていた。



――何か、御用ですか?

――用と言うほど用はないが、少し気に入らないことがあってな。



感情を隠さず、あからさまな怒りをまき散らしながら私に近付く。



――お前は何時まで、過去に縋るつもりだ?

――…………



否定できない。

私はユウキさんの陰に縋っている。

それでも、それでも良いじゃないか。

誰かに迷惑をかけるでもないのだから。

私は私に与えられた責務をちゃんとこなしている。

お望みとあらば政治の道具ともなろう。

だが、だからこのぐらい許してほしい。

夢を見るぐらい、許してほしい。



――ああ、別にそれは構わんがな、見ていて気に食わないんだよ。何もかもを捨てているお前の姿がな。



構わないのなら放っておいてくれ。

見ていて気持ち悪いなら見なくて良い。

だからここを壊すな。



――……はっ、下らん。まさかユウキに強い人だと言われた奴が、この程度だとは。下らん。お前がそこにしがみ付く限り、あいつは永遠に浮かばれない。

――あなたに! お父様にユウキさんの何が分かるのですか!?

――付き合いが短いからな、特に何も。だが今のテメエがどうしようもなくカスだと言うことは分かる。

――……なら、私にどうしろと言うのです? どうすればいいのですか? ユウキさんを無くし、何を支えに生きていけばいいのかも分からなくなって、夢もなくなって、何もかも失って……私は、どうしたらいいのですか?



これは醜い八つ当たりだ。

それでも私は言わずにはいられない。

叫ばずにはいられない。



――そんなもの、自分で見つけろ。



それに対し、お父様が行ったことは、無視。

それではあまりに虫が良すぎる。

散々自分の欲望を言って、それに対する解決を何一つ言わないなんて。

私には到底受け入れられない。



――お前にはユウキに貰ったものがたくさんあるだろうが。何でそれを使わないんだ? 何故それらを持ってして見付けれないんだ? 私が聞きたい。

――……見付けれませんよ……



ああ、確かにユウキさんから貰ったものを使えば見つけられるだろう。

だが、それには余りに世界が狭すぎる。

こんなこの街と、そして限られた場所だけしか自由の無い檻では狭すぎる。



――籠の中では見つけられません。

――なら旅でもすれば良い。もしも家が枷になると言うのなら絶縁もしよう。

――……お父様?

――だがローズ。一つだけ覚えていてくれ。お前の帰る場所はここだけじゃない。他にもあると言うことを。

――よろしいのですか?

――ああ、問題ない。胸を張って行って来い。

――ありがとう、ございます。

――ただ一つ。たまには顔を見せに帰ってこい。お前は何時だって、俺の娘なのだから。

――はい!



ふと、昔のことを思い出す。

昔聞いた、ユウキさんの言葉



――子供が急に大人になるわけじゃない。ゆっくりで良いから、少しずつで良いから、全力で本気で今を生きよう。そうすればきっと、いつか大人になっているよ。



私は生きていなかった。

ただ怠惰に何をするわけでもなく、ユウキさんの陰に縋って生きてきた。

私が彼から教えられたことは多い。

その割に出来ていることは少ない。

恥ずかしいばかりだ。

本当に、恥ずかしい。



――行ってきます。

――ああ、道中も気を付けろよ。



翌日、私は家族と重臣たち、親しい人に見送られて王都を旅立った。

当分の間は戻ることはないだろう。

だが、次戻る時には、私は。

ユウキさんとまでは行かなくても良い。

それでも、彼のように強く在りたいと願う。







どのような表情で死んでいったのだろう。

最後まで笑顔で、幸せだと言う表情で死んだだろうか。

それとも何故このような死を受けなければならないのかという疑問を思って死んだのだろうか。

はたまた残してしまう他の人に済まないと謝りながら、死んだのだろうか。

今更それをどれだけ考えようと意味はない。

私はまた、彼の最後を見なかった。

見たくなかった故に見なかった。

見なければならないのに、目を背けた。

ユウキはもうこの世界にいない。

もう彼の事を知る術はない。

そして、きっとどの世界からも居なくなる。

世界の根源に神楽 優鬼と言う存在を二度と創らなくさせるほど、彼は影響力を持ちすぎた。



――汝はまだ、旅を続けるのか?

――ええ、もちろん。



もとより私が旅をしている目的は自分のように不幸になる人を減らすため。

出来ればユウキ個人も救いたいが、もう叶わぬことだろう。

そこは素直に諦めている。



――……それは外さぬのだな。

――今度外したら、二度と付けてもらえそうにないからね。外せないわ。



そう言いながら薬指につけている指輪を撫でる。

前回はユウキを殺した罪悪感から外した。

今回は外せない。

二度と外さないと誓ったから。

だから外すことなど出来ない。

外せばユウキが本当に手の届かない遠くに行ってしまうような気がするのが、本音だが。



――さよなら、アウル。もう二度と会うことはないでしょうね。

――それはどうだか。存外早く、再会するかもしれんぞ。

――それは……どうかしら?



アウルがどうして自信を持って言っているのか分からない。

だがそれはもう関係の無いことだ。

私はすぐにここを経つ。

もうこの場所に彼が存在しないことを知っているから。

ユウキであった存在はもういないことを分かっているから。



――汝も身体には気を使え。

――もちろんよ。



別れはいつものように悲しいが、私の心は寂しくない。

ユウキは何時までも私を愛してくれた。

こんな私でもユウキは愛してくれた。

彼はそれを望み、私はそれを願う。

この事実だけで十分だ。

私は何時までも、もう疑うことなく前に勧める。

そう思いながら私は、まだ見ぬどこかへと旅立った。









――やあ、久し振り。



神楽 優鬼

「鬼より優れし迷い神」

クラス/全てに適性あり
性別/男性
属性/混沌・中庸

筋力/E~ 耐久/E~ 敏捷/E~
魔力/E~ 幸運/E~ 宝具/Ex

 保有スキル
絶対干渉拒絶体質:Ex
 精神や存在に干渉する系統の全て、どのような物であってもが無効となる。
 それは世界であっても例外ではない。干渉嫌忌体質が進化したものである。

必要最低限の力/-
 目的を達成するにあたって必要最低限の力しか世界から与えられない。
 そのためパラメータが目的の難易度、発生する障害によって変動する。
 なお、目的とは世界が定める他に本人が定めることも可能。

運命の調律者/Ex
 彼に関わった者全員に対し、世界によって定められた運命を覆す。
 そのため未来予知が意味を無くす。

絆/?
 全てにおいて不明のスキル。そもそも実在するのかが不明。

 宝具
無縫天衣
 ランク/Ex 種類/対界宝具 対象/1名~
未来に起こる可能性を選択する宝具。
これの前ではどのような攻撃も中っていないことになるため因果を逆転する攻撃であろうとも無効となる。
実際のところは非常に上質な布であるため、見られても宝具とは思われない優れ物だ。


なお本人は全く自覚していないが、他にも宝具クラスの代物、スキルを多数保有している模様。
要調査の対象である。



[14976] 後日談
Name: ときや◆76008af5 ID:ed14d296
Date: 2010/03/09 00:35
長い長い旅路の果て、最終的に帰ってきた場所は親のいる城ではなく、誰もいない家だった。

当然の如く誰もいない場所など誰も掃除するわけもなく、帰ってきた時はそれはもう埃まみれの店だった。

しかしそれでも、やはり帰ってきた気になるのはここが私の帰ってくる場所だからか。

店内に木霊する自分の声に少しさびしい気持ちに成りつつも掃除し、腐っていた食材を処分し、旅で手に入れた伝手を頼って物を発注し、開店してから早三年。

私の店はそこそこ賑わいを見せている。

当然最初の方はもしやあの人が、と足を運ぶ客しかいなかった。

私も今なおこうしていたら、いつの日かあの人が帰ってくるのではないかと淡い期待を抱いている。

何せあまりに静かに逝ってしまったのだ。

正直、あの人の死は未だに現実味を帯びていない。

いや、この話は止そう。

した所で何の意味もなく、ただ悲しくなるだけだ。

とにかく、今はそんな客は来ず、ちゃんといないことを理解した上で来店する客がいる。

まあ中には、求婚してくる輩もいて。

全く、私は既に良縁結んだ身であると何度言えば分ってくれるのやら。

長い髪を後ろで一纏めに縛り、いつもの仕事着に着替え、さあ今日はどんな客が来るのか。



――いらっしゃいませ。



そんな普段通りに店を開けた、秋のある日のことだ。

初見の客が来た。

見事な純白のコートを着た黒い髪にアウルさんのような金の瞳をした男性客。

彼は真っすぐ入り口近くの席に座り、店内を見渡した。



――ご注文は何にします?

――うん、そうだね……お勧めの紅茶を一杯、貰えるかい?

――分かりました。少々お待ちください。

――…………



湯を沸かしながら紅茶を淹れる準備をする。

お勧めの紅茶と注文を頂いたのだがさてはて、彼はどのような紅茶が好みなのだろうか。

黒い髪から東方の血を引いているのは何となくわかる。

金色の瞳は長い旅の中でもアウルさん以外には見たことがない色だ。

服装は軽装で、とても旅をしているようには見えない。

ではここに住んでいる人なのだろうか?

いや、彼のような人は今まで一度も見かけたことがない。

素直に言えば、店側としておいしいといってもらえるようなものを出したいが。

こうも判断のつかない客を相手だと何を出せばいいのか。

正直迷ってしまう。

……仕方がない。

彼はお勧めの紅茶と言ってきた。

ならば本当に、私のお勧めを出そう。

そう思い、少々奥に隠している茶葉の缶に手を伸ばす。



――お待たせ。私の一番好きな紅茶よ。

――ふむ……この匂いはローズティーだね。



そう、最終的に私が選んだ紅茶はローズティーだ。

それもユウキさんが最初に出会った日に淹れてくれた茶葉である。

思い返せば紅茶を上手に淹れるのに二年、さらにこの茶葉を完璧に淹れるのに一月もかかった。

それでもやはり、ユウキさんが淹れてくれた紅茶には一味劣るのは何故だろうか。



――うん、お見事。とても上手に淹れられているよ。

――あら、ありがとう。

――…………



褒められるのは嬉しい。

だが、その何か言いたげな視線はやめてほしい。

言いたいことがあるならはっきりと言えば良いのに。

昔の私ならここでしっかりと問い詰めていたのだろうが、今は違う。

今は相手が言うのを待つようになった。

しばらく静かな時間が流れる。

今日は珍しく他に客が居ないからとても静かだ。

既にその男性客は懐から一冊の本を出し、読み始めている。

私も自分の文の紅茶を淹れ、ゆっくりしよう。

店主が寛いでいなければ客もくつろげないだろうから。

落ち着いた静かな一時。

私はこの時間がとても好きだ。

だが世界はそれを壊すかのように手を出して。



――ローズさぁん! 今日もあなたのために来ましたよぉ!

――……ごめんなさいね。五月蠅い客が来て。

――ああ良いよ。この程度気にしない。



五月蠅い客、何度振っても求婚して来るバカ。

だがそのバカも好ましく思える時があるのだから世の中不思議だ。



――ん、貴様は誰だ?

――ごく普通の客だよ。

――むぅう……怪しい。



平和だ。

人族と魔族が無意味に争いを止めて不干渉条約を締結してからこの世界は非常に平和になった。

それでも人同士が争いを止めないにはやはりその愚かさと欲望のせいだろう。

ふと気付けばバカはいつものようにバカをやっており、初めての客は何故か穏やかな目でこちらを見ている。

さて、この込み上げてくる懐かしさは何だろう。



――だから何度も言っているように私は今後一切、他の誰とも添い遂げる気はないわ。いい加減諦めなさい。

――いいえ、諦めません! この想い、叶うまでは!

――はは、一途だね。でも君、一つ良いかい?

――こちらは話の途中なんだ。後にしてくれ。

――本当に彼女のことを思うなら、その幸せを願うべきだ。自分の所有物にしようとするのは、いささか間違っていないか?

――所有物ではない! ただ妻になってほしいだけだ!

――ただ言葉が変わっただけで、君の言っていることの本質は変わっていないよ。



急に会話に割り込んできたその人は朗々と、諭すように穏やかに言葉を紡いだ。

途中、相手の意思を無視しているようだが、その辺は気にせずにおこう。

しつこい輩に少々気が滅入っていた私にとってありがたいから。



――少し、考えてみると良い。彼女の幸せには何が良いのか。自分は何が出来るのか。冷静に考えれば気付くはずだよ。

――……チ、仕方がない。そんな事を言われたなら退く他ないではないか。



やれやれ、やっと帰ってくれるか。

このバカは下手に権力を持っている貴族の御曹司の分こちらも強硬策には出れない。

私の親の権力を使えばあしらえるが、一般人として、ローズ・カグラとして生きるためにも余り頼りたくはない。

いやはや、本当に参った。

少々灸を据えたら間違いなく、あのバカの親が出てくるだろうな……



――また来ますよ、ローズさん。

――…………

――…………



バカが帰った後、溜め息が重なる。

顔を上げると助け船を出してくれた男性客が苦笑していた。

釣られて私も笑ってしまう。

助けてくれたお礼に紅茶を淹れよう。

そう思って再び湯を沸かす。



――大人になったね、ローズ。



懐かしい響きが耳を掠める。

反射的に後ろを振り向くと、客が穏やかに微笑んでいる。

まさか……本当に?



――やあ、久し振り。

――ユウキ、さん……?

――うん。ちょっと、見た目が変わったけどね。



涙を拭い、小さく深呼吸をする。

この日のために取っておいた言葉がある。

さて、ちゃんと言えるだろうか。

高鳴る心臓を鎮め、込み上げてくる思いを抑えつける。

そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



――お帰りなさい、ユウキさん。

――……ただいま、ローズ。





その日の晩、現在の私の名前を明かしたらユウキさんに呆れられた。

ヴァランディールやアリーシャさんに会ったのかと聞くとあやふやな返事を得た。

何でも世界の壁や時空を超越できるとか、会ったと言えば会ったとか、未来の話だけどとか。

そして、どうやらユウキさんは現在忘れものを探して道に迷っているいるらしい。

いろんな場所に置き去りにしたものを集めるため、交わした約束を果たすため、やらなければならないことをするためだそうだ。

とりあえず、百年ぐらいはここに留まると言ってくれた。

ふむ、この際ユウキさんが何者であろうと別に構いはしないか。



後書き

実は後日談のためにローズを出した。
まあと言うわけで、これにて「ある店主と迷惑な客たち」は一応完結。
さあここからは自由気ままに優鬼の放浪記とイフの外伝、語っていない常連客についてでも……
とりあえず現在ある構想は――

1勇者来店。(現在半分完成。サークルで新入生勧誘用冊子のために書きました)
2if外伝TS。ヴァルたちと正月二日目の日のこと。(オチがひでぇ)
3某USC攻略日記(オリジナルじゃねえ)
4……ああ……迷った。(これまた二次創作)

以上四つ。さあ、先ずは1から消化しようか。

最後に、聞かない方が良いという意味での推奨BGM、聞いて読んでしまった人。挙手。
…………涙腺とか大丈夫?



[14976] 外伝その一
Name: ときや◆76008af5 ID:ed14d296
Date: 2010/03/09 01:11
 思えば遠い所まで来てしまったものだ。

 理由すら説明されない内に世界の尻拭いの役目を負わされ、拒否権も与えられない内に強制的に始めさせられ、逃げる隙も文句を言う暇すら与えられずに死と隣り合わせの生活を送ること早四年。今更考えればこの生活、創作で良くある剣と魔法の世界で勇者が魔王を倒してハッピーエンド的な幻想喜劇の主役にも慣れを覚えている。鬱になりそうだ。
 だが俺にとって、当時一般人である俺にとってそれ以上に衝撃を受けたのが、風変わりとは言え俺と同じごく普通の日本人である親友の言う言葉がこの世界でも間違ってはいなかったことだった。現実しか見ないあいつの言葉は生と死の壁が薄いこの世界において普通は理想、もしくは異端者の言葉でなくてはならない。だと言うのに何故間違わないのか。それは別に良いとして問題は現在だ。
 現在俺たち一行は魔王を倒すための旅をしている。目的を達成するため、勇者を除けば魔王を殺せる最有力候補のある国の剣姫に協力を求め、その国まで足を運んだ。この計画自体は旅を始めた頃から出ていたもので、実行に移すのは割と遅くなっている。

――…………

 その姫様の返答は一時保留。あの時の表情から察するにこの地に何かしらの執着があると思える。ならば仕方がない。相手が心から望んでやらないというのであれば潔く諦めよう。普通の日常を奪われた者として他人の日常を奪うのはよろしくない。事実そこまで戦力が欲しいわけでもないからな。
 でだ。話は変わるが、俺たちには想像を絶する知識量より賢者と呼んでいる奴がいる。そいつは昔から勝手にパーティを抜け出してどこかに行く癖がある。いつ抜けるのか、どのくらい抜けるのかはまちまちだが、安全な宿に泊まれた日の深夜、一晩だけ抜けることが多い。だからそれが旅に支障をきたしていないので俺たちが口を挟むべきではないのが、それでもだ。それでも帰ってきた時、時折疲労困憊なのは心配になる。そう思って聞いてもあいつは何も言わない。言ってくれはしない。
 そんな仲間同士のすれ違いとでも言うべきか、妙な気まずさを抱えて旅をしていた時に新たな仲間を求めてこの国に立ち寄った。

――……あれは……ゼノン?

 謁見も終えた日の晩のこと。今宵も賢者が抜け出す。だが今晩はいつもと違い、転移魔法を使わずに移動している。これは、チャンスだ。あいつがどこに行っているのか、そして何をしているのかを知るチャンスだ。そう考えた俺は賢者を見失わないようこっそりと後をつけた……



 感じの悪い雨の中、表通りから二本外れた人通りの少ない寂れた道を歩く。彼が向かったのはそんな通りにあるどこかだ。さて、どんなところなのかとそこを見ると、疑問を感じる。

――いやいやいやいや、待て待て待て待て。

 ここの場所が一瞬分からなくなったどころではない。慌ててそこを見るとそこには道があった。まさか、彼は俺に転移魔法をかけたのか。もしくは今まで見ていたのが幻影か? いや、違う。この感じは。
 急に閃き、店を探すのではなくあいつが残した足跡を探すと今度こそ見つけた。一度認識してしまえば何の支障もない。
 ふと思い出す、我が親友の言葉。昔は鼻で笑えたほどの夢物語なのだが、近頃はそれらを全面的に同意したり、利用して実戦的に誰かを罠にはめたりしたため、鼻で笑うどころか頭を抱えたくなった。
 そんな言葉の、一つ。


――人の頭は性能が良い。僕らではその性能の二割も発揮できていないだろう。だが、性能が良い故に弊害としてバクが起こり易い。例えば先入観、例えば幻覚、例えば常識の壁。
――こう言った認識を利用すれば人なんて意外と騙しやすい。特にあの三点を完全に掌握できたなら、誰かを意識的に隔離するのも容易いことだ。


 つまりはこう言うことだろう。俺が店を見なかったのはあくまで与えられた幻覚。そこに店はあるが、自分はそれに興味を持てない、認識できない、無意識的に避けると言う強制認識の魔法がこの店にかかっているのだろう。専門家ではないので詳しいことは言えないが、間違ってはいないはずだ。だがこう言うものは一度認識してしまえば後は無意味だ。

――店名は、ないな……

 問題の店を観察する。店先には営業中を示す看板と三日月と猫又が描かれた看板が一つ。およそ店名と呼べるものはない。
 窓から漏れる明かりは頼りなく、それでも営業には十分であると言える。さて、個人的に精神衛生上宜しくない相手はどのような手段を用いてでも排除して良いと言うあの腹黒賢者は一体何のためにこんなところに足を運んだのだろうか?
 …………悩んだ所で分からない。手っ取り早く店内には言った方が良いだろう。そう思い、俺は店内に足を運んだ。


――やあ――――やあ、久し振り。元気にしていたかい?


 そこに居たのは、決して会うことの出来ないと思っていた親友の、いつも通り姿だった。

――いや、元気そうだね。御門。

――…………そういうお前こそ。久し振りだな、優鬼。

 神楽 優鬼、元居た世界の親友。しかし、妙だ。こいつはあの世界にいるはずなのだが、どうして異世界でこんな、バーなど開いているのだろうか。どのような数奇な運命でこんな場所に来たのだろうか。疑問は尽きないが、それよりもまずやるべきことがある。

――いつものを頼む。

――いつもの……ああ、なるほどね。ちょっと待って。

 初の来店であるが、慣れたように口から注文が出る。一件無遠慮で何言っているのだという注文だが、優鬼はすぐに準備を始める。俺たちは二人とも家庭内事情のため未成年の頃から酒に慣れ親しんでいる。もちろんお互いの好みも分かっている。故に出来る注文だ。

――はい、緑茶と練切。

――……ふむ……これはまた上品な甘さが口の中で花開いて……ああ、この一時こそ日本人の和みの調和、至福の極み……あの頃が懐かしいな。

 酒などよりもやはり和の心の方が異世界では非常に沁みる。程良く甘い練切を食べ、ずずりと緑茶を啜る。緑茶も最高級の玉露に匹敵するうまさだ。よくぞこんな世界であっても和の心を生み出してくれた。
 余りに久し振りのためもあり、俺は感無量のため息を漏らした。ああ、やはり良い物は良い物だ。特に作り手の技術が素晴らしい。

――て、何言わせているんだ!

――ごめんごめん、出来心でつい。はい、ビール。良く冷えているよ。

――ああ、ありがとう。全く、ここらのビールは生温くて敵わない。そう飲むように加工されているとはいえ、日本人たる者やはりビールは冷えてなくては、な。

――ま、そう言う先入観はあるだろうね。

 差し出されたビールを一気に飲む。これがもしも風呂上がりなどであれば言うことなど何もなかっただろう。いや、それは下らない欲望だ。高望みはあまり良くない。故に今を楽しみ、今ある幸せを噛み締めた方が良い。俺は差し出された枝豆を頬張りながら店内を観察する。
 店は狭く、僅か十席のカウンター席しかない。そしてバーテンダーである優鬼の後ろには多くの酒があり、その手元にはコンロやまな板などが見える。特にコンロ、薪を使って火を起こすのではなく、火晶石と呼ばれる特殊な魔石を使って熱を生み出す完全な高級品だ。貴族でも持っている奴は上位の連中に限られるだろう。全体的に見て非常に落ち着いており、悪くない雰囲気だ。好ましい。
 店内評価もいい加減に、まずは我らが賢者ゼノン・カオス。驚愕の表情でこちらを見ている彼はしくじったという雰囲気を漂わせながらも手元にある料理を食べている。ああなるほど。夕食を抜いた理由はそれか。地球上のほぼありとあらゆる料理を習得した優鬼の料理は世界最高峰のうまさを誇っているといっても過言ではないからな。納得。
 そしてもう一人、黒髪黒眼の超絶美形(男)。年齢は二十歳後半。町中を普通に歩けば言い寄る女性のせいでまともに歩けないのは確定だ。これで性格も良く器量よし、金持ちだと言うのならアレだ。リア充死すべし。むしろ今殺す。美形ではないにせよ、性格人格器量包容力その他諸々全てにおいて完璧かつ大企業の御曹司、挙句の果てにメシウマなんて言うリア充は優鬼一人で大量の釣銭が来る。
 一息ついた所で我が友を見据える。やりたいこともやらなければならないこともあるが、何よりもまずはこいつだ。

――で、だ。優鬼よ。いくつか質問したいことがあるのだが?

――まあそうだろうね。良いよ。答えられる範囲内で答えよう。

――別れてから今に至るまでの経緯を話せ。

――あの後は普通に大学行って、二十歳で結婚して、二十五で謎の病に侵され死んだ
――はずなんだが、気付けばこんなところに。まあいわゆる転生かと。

――お前もお前で中々テンプレな人生を歩んでいるんだな……

――そういう御門こそ、数奇な運命を歩んでいるようだね。

――まあ……嫌々ながら英雄もどきをさせられている。お代わり。

 似合っているよ、とグラスにビールを注ぎながら語りかける優鬼は昔と同じように笑っているが、その言葉は明らかに皮肉だ。俺は無条件で赤の他人を助けることも知りもしない誰かを誰かに言われただけで殺すことも嫌いだ。救うなら個人の傲慢で、殺すなら自分の強欲で。そのぐらいがちょうど良いというのが優鬼との共通意見だ。故に、皮肉。それでもこいつは分かってくれない。

――にしても転生……転生な。何時からお前はここに居るんだ?

――五年ぐらい前かな。ちょっと情報収集には手間取ったけど、売れる物は手元にあったからね。割と早く今みたいな生活が送れたよ。

――そうか……と言うか、転生と言うよりそれは迷い込みじゃないのか?

――ああ、そうとも言えるね。でも事実として僕はあの世界で死んだ。だからどちらかと言うと転生かな。

 来たのが五年ほど前と言うことは俺よりも早くにこの世界に足を運んでいたということか。しかも優鬼は俺みたいに生活も生命の安全も保証されない完全孤立無援の所から始めた。それを考えるとたった五年で普通の生活を送れる彼はやはり順応性が高い。

――ユウキ……君はこの世界の住人ではないのか?

――多分。少なくともこの大地の上で純粋に生まれ育った者じゃない。

――やれやれ……異世界から来たんなら実はお前にも勇者の適性があったりしてな。

――何もそれだけが条件じゃないと思うよ。だから僕は違うな、きっと。

 それが実現したら優鬼の大切な人が傷つくまでこいつは何も行動せんな。むしろさせようとするあいつらから脱走する。例え魔物がどれだけ人殺そうとしてもそれは決して変わらない。異世界であっても狂っているより異常識者。普通ではない常識を持つ者だ。

――ま、詳しいことは話してもどうせ解らないんだろ?

――あはは、話が早くて助かる。

 説明しない奴に詮索しても情報は得られない。俺は時間を無駄にしないためにさっさと質問を止めた。事こいつに限って諦めたところで別にどうなるわけでもない。

――…………ゼノン、何故ここのことを黙っていたんだ?

――いや、言わない方が良いかと思って。色々とさ、ここには問題があるんだ。厄介な、問題が……

――どんな問題だ?

 立地で問題があるわけがない。一般人なので政治とも無縁だ。異世界に来たのだから過去の因縁もない。ならば問題とは一体どこにあるのだろうか。

――例えば……ああいや待てよ……むしろここの連中と知り合っていた方が……得策か?

 刹那、ここに来てから鍛えられた危機感が前触れもなく最大級の警報を発す。理由は分からないが、納得は出来る。ここは「あの」と言うのも何だが、高校時代はそれで伝わったほど有名な優鬼の店だ。色々と想定外の問題を抱えていてもおかしくはない。むしろ抱えていない方がおかしい。

――何さ? すごく嫌な視線を感じるんだけど。

――気のせいだ。

 肝心な時は鈍感なくせに妙な所で敏感な、と口に出さず悪態をついたとき、ふと肩に手を置かれた。そちらを見るとあの二人がイイ笑顔で俺を捕まえていた。ああ、この笑顔を俺は知っている。仲間を、同志を捕獲した時の笑顔だ……

――何でしょうか?

 逃げるのはもう手遅れ。むしろこう言う笑顔が出来る所まで行っているなら逃がさない。分かり切った運命を前に俺は二度目の悟りを開いた。


――世界は常に、喜劇を望んでいる――
             綴喜 御門


――お前はユウキの知り合いなのか?

――うん、僕にはもったいない親友の一人だよ。

――ほうほう……それはそれは……良い盾を手に入れた……

――……今、人の事を盾と言わなかったか?

――気にするな。別にどうってことはない。

 逃げられないように挟まれた。と言うか肯定せずに否定してくれよ。

――問おう、ユウキ。酒の貯蔵は万端か?

――……ヴァル、君も意地の悪い質問をするね――もちろん。

――それじゃ、始めるとするか。行くぞ、ユウキ。逃がすなよ、ヴァランディール。

 玄関のカギが閉まる。窓にカーテンが敷かれ、まるでそう、閉店したかのように。そしてヴァル――ヴァランディールと言う男性が店全体に結界を張り、侵入者を遮断する。ついでに防音対策もばっちりだそうだ。
 そして有無も言わせず三階にある台所に連れ去られ、気付けば目の前に見るからにうまそうな料理が並び、ふと見渡せばワインや珍しい日本酒、焼酎など酒類を問わない酒がひしめき、視線を下にずらすといつの間にか持たされた杯に限界まで酒が注がれていた。

――それでは、二人の再会を祝して。

――カンパ~イ♪

――乾杯。

 幸せそうに酒を飲む優鬼の隣で料理に舌鼓を打つゼノン。その光景を非常に渋く見守るヴァルさん。ふむ、超スピードか催眠術か分からない内に巻き込まれたのだが、こう言うのも悪くはない。そう思いながら俺も酒を飲んだ。

――ねえ御門。今幸せ?

――お前ほどじゃないがな。あの世界よりかは充実しているよ。ただ一点、自由がないことを除けば。

――まあそれは仕方がないね。でもどうにかなりそうなんでしょ?

――確かに。納得しない以上、どうにかはするさ。

――ぶっちゃけると手っ取り早く宗教改革すれば自由どころか世界が手に入るけどな。やっちまうか? 黒幕は任せろ!

――そんな荷物いらねー。俺が欲しいのは……何だろうな。普通の生活だよ。

 宗教改革の方は優鬼を教主にでもすれば問題なく出来そうだが、こいつが拒絶する。面倒なことを背負わされるのも面倒なことを背負わせるのも嫌う人間だ。仕方がない。

――……普通か……結構難しいよね、それ。判断も、何もかも。人それぞれ普通を抱えている分、自分のがどれなのかが分からない。

――ああ……難しいな。その上どれだけ普通を唱えても世界は一度出した判断を覆そうとはしない。過去は永遠に付きまとう。全く、昔は普通がこれほど価値あるものだとは思いもしなかったのに。

――だが、諦めることも出来はしないんだよな……

――まあな。最終的には今いる所に普通の生活を作るのが手っ取り早いんだがな。

 ゼノンがそう言うと同時に、俺たち三人は揃って優鬼を見た。そして納得する。なるほど、こいつほど異常な所で普通を行っている人間はいないだろう。

――何だよ?

――いや、何でもない。

――下らない事実の確認だ。

――反論の余地がないな。

――全くだ

 合わせようとしていないのに俺たちの声が揃う。今も本人は気付いていない内に大変なことをしているのだろう。間違いない。だが……それでも良い。優鬼の雰囲気はどこか落ち着かせるものがあり、また何よりこいつの話は聞いていて楽しい。参考になる。

――他人の幸せを妬む暇があるならさっさと今ある幸せに気付け、か。

――……言ったなあ、そんなこと。

――くくく、言われたよ。

 隣の芝が非常に青く見えて仕方がなかった頃の記憶だが、俺たちが付きあうようになった切っ掛けの言葉だ。実際のところは俺がこいつとその妹の幸せそうな雰囲気に嫉妬し、妹に暴力を振ったためこいつがマジギレをして俺をぶちのめしたのが原因。

――色々と、ごめん。あの時はやり過ぎた。

――それ十回目。いい加減にやめろ。

――ああ、そうだったね。ごめん。

 優鬼は純粋に優しい。大切な人が幸せになればそこに自分がいなくても構わない。唯今笑えていたのならそれだけで十分。その姿はどこの聖人だと考えたくなる。一方で見もしない他人の全てに一切の興味を抱かないという残酷さも併せ持つ。まあ善人さのせいでこちらは非常に迷惑を被り、これからも被るわけだが、それは割愛。

――ところでミカド。お前はゼノンの知り合いなのか?

――知り合いと言うか、旅の仲間?

――思い切り未熟な奴だがな。ま、人格が狂っているだけましかと。

――おい待て。人が狂っているとは何だ?

――は、常識的に考えて物を言え。

――…………いや、普通死にたくはないだろ。

――それが狂っていると言えるんだよ。他人の生死よりも自分の傲慢を尊重できる。普通の人間にそれは出来ない判断だ。

――それはそうだ。己の未熟さを痛感するまでその事実は理解できない。どうしてももしかしたらと出来もしないことを考え、戸惑う。

 誰かの命を奪ってまで生き残ることが正しいこととは言えない。だが、だからといって自分の命を捧げてまで誰かを生かすことは間違っている。
 思えば何時から俺はこんな歪んだ価値観を持ち始めたのだろうか。思えば何時から死ぬのが怖くなったのだろうか。思えば何時から俺は、今生きることに今生の幸せに感じるようになったのだろうか。
 人の記憶は時と共に薄れていく。大切な記憶は色褪せ、哀しかった記憶は浮き彫りになる。それでも変わらず、今を楽しいと感じれることは非常に幸せなことだ。それを実感できないことはとても悲しいことだ。
 時は流れる。久し振りに友と酌み交わした酒の席は大口を開けて笑うことはないものの、それでも非常に楽しかった。ああ、多分俺は本当に、もう局地的災害誘因体質保持者の優鬼からは逃げられない。
 いい加減に宴を終えて城に戻ったのは次の日の日の出前であった。その帰宅途中。

――……そういやあいつ、何時髪なんて染めたんだ……?

 転生の影響か、優鬼は別れた時よりもここに来た年齢よりも幼く、まだ十代のようであり、何より白かった髪が、紅かった瞳が日本人であるかのように黒く染まっていた。いや、どうでもいい些細なことか……


――こんばんは。


 ところで、この妖艶な美女さんはどなたでしょうか? 脳内会議にて賛成オンリーでもう手遅れと言ったのですが。


――世界は常に、喜劇を望んでいる――
             綴喜 御門




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 今日は久しく妙に平和だ。いやそれ自体は別にかまわない。平穏ならば僕は喜んで現在を受け入れよう。だがそれはあくまで平穏だけであって、決して妙な平和ではない。むしろ妙な平和であるならば現状より一歩下がってしまう。まあいい。緊張しすぎたところで僕にできることは高が知れている。むしろほとんどないといっても良い。ならば、ああ。結局のところ僕は受け入れることしかできないのか。
 さて、そんな春と夏の境のある日。薄気味悪くというか感じの悪い雨の降る夜のこと。近頃は迷惑な客も鳴りを潜めており、僕のいは絶賛療養中かつこの先合間見えるだろう、否遭遇する災害に怯える日々を過ごしている。結局のところまあ、良くも悪くもいつも道理な日々わけだ。そこに僕の臨む平穏があるかといわれたら、イエスと即答できない曖昧な日常。
 感じの悪い雨の中、割と早くに来店したヴァランディールとのんびりボードゲーム――正式な名称に興味はないが、内容的にはチェスに似ているゲームを楽しんでいた時のことだ。誰か来たようだ。

――いよう、ユウキ。

――いらっしゃい、ゼノン。

――ああ、ヴァランディールも来ていたのか。

 雨の中を傘などといった雨具を持たずに来たというのに一切濡れていないことに一切の疑問も持たず、むしろ常連客の中で雨に濡れる客のほうが少数花わけだが、この世界においてそれが普通なのかな。疑問は尽きないが、興味はない。別にその程度のことでもはや驚くことはない。第一、知っている? 人間は地面と平行に飛べるんだよ。そして飛ばせるんだよ。細腕の女性が。もはや何も言うまい。ここはそういう世界なのだ。それに比べて魔法があるここで雨に濡れないぐらい、ねえ。普通。
 来店したゼノンはまっすぐにお決まりの席に座る。そして意味ありげに口の前で手を組み、言わなくとも分かるよな、的な視線を送ってきた。はてさて、いったい彼の望みは何やら。酒、という安直な思考は開始三秒以内に捨てた。それは問いに解答ではなく常識だ。問いかけるまでもない。ならば、何であろうか。ふむ……

――トラップ発動、落とし穴。

――賽の目は……成功か。これで騎士部隊が行動不能。相変わらずえぐいな。

――それは、ね。歩兵部隊を行進。で、終わり。

 ゼノンの視線の先を追う。彼の視線はまっすぐに僕、ではなく近くの調理器具に向かっている。ああ、なるほどね。分かったところでまず言わせてもらおうか。いつから僕の店は喫茶店あるいはレストランになったのですか。いや、できるけど。

――全く、ちゃんと食事を摂りなよ、二人とも。

――ああ摂るとも。ただし場所と物は選ぶがな。

――いや、アレ以来私はちゃんと摂っているぞ。

――好き嫌い言わずに、なんて言わないけど。バランス良く摂りなって。

――それは……ユウキに任せる。

――はいはい……全く、ここは飯屋じゃないのに……

 ゼノンがそれは宝の持ち腐れだと零し、ヴァルが非常に残念な顔になった。とにかく、この欠食常連客二名に何を出すべきか。手の込んだものを作るにはあまり二時間が足りない。簡単なもの、それでいて大量に作れるものといったら。いや、その前に作り置きしている金平、ひじきの煮物、南瓜の甘露煮、酢の物、肉じゃがをつきだしとして出しておくべきだ。ああ、ならばご飯を炊かねばならない。いやはや本当に手のかかる連中だ。僕は苦笑しながら調理に取り掛かった。
 さて、実はここに小さいながらもしっかりとしたフライヤーが一台ある。とある常連が良くフィッシュ&チップスを頼むものだから本格的に設備したものだ。もちろん火は火晶石を用いているためエコ。次に、野菜は当然のものとして、良い具合に熟成された良質な豚肉、加えて玉葱があり、さらに趣味と実用目的で作った竹串がある。小麦粉はある。パン粉はパンがあるので彼らに頼めば理由を聞かずとも一瞬で作ってくれた(すでに過去形)。ならば僕が後すべきことは、すなわち。

――揚がれ! 美味しくかつジューシィにっ!

 唯ひたすらに完璧に仕上げる、それだけだ。というわけで出来上がった幻想は揚げ立てで冷めないうちにが最も美味しい。そこに僕特製ソース――時には口直しにポン酢、レモン。ああ醤油も捨てがたい――をたっぷりつけて召し上がれ。というか食え。天下無敵の食卓の覇王ゴハン襲来はちょっと先だけど。

――というわけで、今日のうちゴハンは串カツ各種です。

――始めてみる料理だが、ふむ。なかなかにうまいな。特にこの出来立てを食すのが良い。ただ……

――豚と玉葱の愛称が最高だな。ただ……

――酒、というか、一部酒にしかあわないんでしょ。というわけで、冷えているビール。

――……ふむ、悪くない……失礼。

――うん、気持ちは分かる。分かるけど不穏な発言はやめよう。

――いやー、夕食抜いて正解だったわ。本当に空腹は最高のスパイスだな。

 …………ゼノン。いや、下らない発言は止めよう。そう思いながら僕はフライヤーの中に次の串を放り込んだ。ええいくそ。食材を無碍にできない自分が恨めしい。そう思いながらも何夜間やで自分も結局楽しんでいる。そういう自覚があるからこそ、僕は何も言えないのだが。
 ゼノンが原因の遅めの夕食を二人に提供していると人の気配を感じた。店の前を行ったり来たりしてどうにも入ってくるような動きがない。しかしどうにもここの何かに用があるようだ。それだけなら別にいつものことなので露ほども気にはしないのだが、今回ばかりはそうできない理由があった。何せ今感じている気配、どうにも知っている人の気がする。


――やあ。やあ、久し振り。元気にしていたかい?


 のんびり待つこと暫し。入ってきた人はやはり僕に知っている人だ。幼馴染ではないが腐れ縁、悪友に近いものがあるものの親友。中学からの付き合いの綴喜 御門。最初の出会いは非常に悪いものであったが、その後の付き合いは良好であった。ただし高校まで。高校卒業と同時に世界を変えるなんて気障ったらしい台詞を吐いて消息不明になったと思ったらこの人。一体全体何の運命でこんなところで何やっているんだ。
 そう言葉を選ぶ自分とは別に体は結構いつも通りに動き、旧き友を出迎えた。件の親友は俄かには信じられないものを見ている、もしくは今が夢であるかのように虚空を凝視している。そこまで僕に出会うことが想像もつかない事だろうか。そんなわけはない。世界はいつだって喜劇と悲劇を望み、そして満ち溢れている。ならばこの程度の三文喜劇があっても不思議ではないというのに。

――いや、元気そうだね。御門。

――…………そういうお前こそ。久し振りだな、優鬼。

 やっと今が現実であることを認識できた御門は嬉しそうな苦笑を零しながらゼノンの二席隣に座る。しばらく思考すると、静かに注文に入った。

――いつものを頼む。

 一応ここで特筆しておくと、彼が僕の店に来たのはこれが初めてだ。もちろん高校の文化祭などで出店をした際に来店されたことはあるが、現在のこの店に来たのは初めてだ。故にいつもの、と言われてもすぐにはピンと来ない。少なくとも店の雰囲気、置いている各種酒からここが酒場であることに確信は持っているに違いない。ならば、ふむ。それを理解したうえで注文しているならば。
 ちょっと過去のことを思い出す。僕も彼も、ほかの不特定多数の人も日本国憲法の観点から言うならば決して清廉潔白な青少年とは言いがたい生活を送っていた。僕だけにしても、周りの保護者のせいもあるがごく平然と齢一桁のころから酒を嗜んでいる。さすがに煙草は臭いが嫌いなのでやっていない。御門も高校のころから酒に手を出し、さらには付き合い始めの頃から重度の刀剣蒐集癖がある。そのせいで崩月家倉庫から大昔の道具が少し減った。使わないからこれと言って誰も何も言わないけど。
 話を戻そう。ここは酒場だ。そこでいつものと頼むならばその注文の対象は自ずと見えてくる。が、やはりな。

――いつもの……ああ、なるほどね。ちょっと待って。

 久しぶりにあった友に出す以上、半端物は認められない。故に最高のものを。店の雰囲気も内装も変えることはできないが、わかってくれるはずである。そう信じ、用意した物をそっと差し出す。もちろん夕餉を終えたヴァルとゼノンの両名にも同じ物を。差別は良くありません。

――はい、緑茶と練切。

――……ふむ……これはまた上品な甘さが口の中で花開いて……ああ、この一時こそ日本人の和みの調和、至福の極み……あの頃が懐かしいな。

 分かってくれたか。いや、分からなければ母さんと妹ら神楽家女性陣によって封印された禁断の三獄フルコースが炸裂する。例え相手が肉親であろうと時として心を悪鬼羅刹の如くなければならない時がある。内容が下らなくとも日本人としてやらなければならない時が、あるのだ。

――て、何言わせているんだ!

 まあ和菓子は本気の冗談ですが。ここはバーですよ。酒ではなく抹茶を、つまみに和菓子を出すわけがないじゃないですか。ご注文とあらば出しますけど。とにかく本来は酒を飲む場所。ならば酒を出すのが正道。
 改めて僕はグラスを手に取り、ビールを注ぐ。本来なら串カツを出したいところなのだけど、出せば確実に明日の食材がなくなるんだよね。悪いが今回は枝豆だ。本格的なのは次の機会にしてもらおう。

――ごめんごめん、出来心でつい。はい、ビール。良く冷えているよ。

――ああ、ありがとう。全く、ここらのビールは生温くて敵わない。そう飲むように加工されているとはいえ、日本人たる者やはりビールは冷えてなくては、な。

――ま、そう言う先入観はあるだろうね。

 冷えていないと言うよりもむしろ冷やす手間がない。そもそも酒はアルコールが入っており、醗酵済みで、基本的に常温保存できる。そしてそれを目的に作られている。むしろ一手間かけて冷やすと言うことを理解しないに違いない。そもそも僕の店のように氷を入れること自体が異例のようだ。
 事実として日本酒の冷は常温でも可であり、諸外国ではビールは常温で飲まれ、ワインを冷やすなど言語道断で、冷蔵保存される酒は全くないと言って良い。だが、良くも悪くも僕たちは日本人。ビールは冷えているのが基本。周りが何と言おうがそれは揺るがない。御門も同じく。

――で、だ。優鬼よ。いくつか質問したいことがあるのだが?

 一息にグラス半分ほどビールを飲み、枝豆をつまみながら周囲を観察し終えた御門は今度は僕を睨む。見つめるなんて生温いものじゃない。嫌悪感や害意こそ含んでいないが、それは睨むに相応しいものだ。奏される心当たりは十二分にあるものだからとやかく言うこともできず、静かにため息をついた。
 やれやれ、面倒ごとが増えてしまった。せめてこれ以上に僕のいをいためなければ良いのだが。このトラブルテイカー・御門はきっと素敵に無敵に僕を巻き込んでくれるだろう。今のうちに丁重にお帰り申そうか。この時ばかりはそれも悪くないと思う自分がいた。

――まあそうだろうね。良いよ。答えられる範囲内で答えよう。

――別れてから今に至るまでの経緯を話せ。

――あの後は普通に大学行って、二十歳で結婚して、二十五で謎の病に侵され死んだ。

 一つ一つ起こったことを説明するのも面倒なので大部分を端折った。むしろ知ったところでいまさら何ができると言う話にしかならない。もちろん御門もそれを理解している。しないほど能無しではない。
 それ以上に僕の人生、武勇伝になるほどの奇抜な体験で満ち溢れていることもない。僕はごく普通の人間だ。語るようなことなどほとんどない。ただ、一部県を除く日本の観点からちょっと早くに結婚した感じはあるが。そしてあまりに早くに死んだ気もしなくはない。その分充足していた。ならばそれで良い。

――はずなんだが、気付けばこんなところに。まあいわゆる転生かと

――お前もお前で中々テンプレな人生を歩んでいるんだな……

――そういう御門こそ、数奇な運命を歩んでいるようだね。

――まあ……嫌々ながら英雄もどきをさせられている。お代わり。

 やはり、か。世界を変えると豪語しただけではなく異世界に来たものだからもし矢と思ったら想像通りだ。見ず知らずの赤の他人を助けるのは面倒だとか言いながらも結局のところ見捨てきることができない。そして助けてしまう。本当に、人の性質は死ぬまで直らず、死んでも直ることはない。
 似合っているよ。僕は皮肉としか伝わらないと知りながらも本心から彼を称える。御門は顔をしかめたが、照れ隠しだろう。まあそんな人間だ。褒められるのも自分に素直になるのも苦手とする人間だ。分かっている分、ちょっと楽しい。
 なら僕は。僕は僕のままでいよう。決して彼が道を迷わないよう、間違えないよう、そして殺されないように。ここでずっと静かにいよう。

――迷ったらここに追いで。いつでも歓迎しよう。

 口に出せなかった言葉は御門に伝わっただろうか。分からないが、不思議と不安はない。ならば大丈夫なのだろう。僕はばれないように微笑んだ。

――にしても転生……転生な。何時からお前はここに居るんだ?

――五年ぐらい前かな。ちょっと情報収集には手間取ったけど、売れる物は手元にあったからね。割と早く今みたいな生活が送れたよ。

――そうか……と言うか、転生と言うよりそれは迷い込みじゃないのか?

――ああ、そうとも言えるね。でも事実として僕はあの世界で死んだ。だからどちらかと言うと転生かな。

 正確には本当に良く分からない。事実として僕はあの雪の日に桜の下で死んだ。肉体的に間違いなく死んだので迷い込みと言う可能性は消える。続いて転生、実はこれも最初に気づいたときに僕の肉体がそれなりに成長していたため、むしろ憑依と言ったほうが正しい。しかし憑依、これを説明する上で日本の通貨やここの技術力では決して造ることのできない携帯電話が障害になる。
 ならば何か、それが分からないために僕はこれを説明するのが嫌いだ。基本的に黙っているし、聞かれても可能な限りはぐらかす。ま、今となっては携帯がどうのも誰にも分からないことだと思うし、ばれないよね。きっと。

――ユウキ……君はこの世界の住人ではないのか?

――多分。少なくともこの大地の上で純粋に生まれ育った者じゃない。

――やれやれ……異世界から来たんなら実はお前にも勇者の適性があったりしてな。

――何もそれだけが条件じゃないと思うよ。だから僕は違うな、きっと。

 もしもこの世界に生まれていないだけで勇者になれるというのなら世界は低くない確立で滅ぶ。何故か、簡単な話だ。どの世界においても少なからず殺す他無害化する術がない外道は多数存在し、事実として善人よりも数が多い。また彼ら異端者よりも圧倒的に一般人の方が数を占め、一般人はまず自ら生命の危険にあることを良しとしない。
 そんな人間がよりにも寄って世界最強、たぶん最強である魔王と少数精鋭で戦えと言うのか。考えるまでもなく選ばれた一般人は高確率で死ぬ。常識的に考えて神の加護など死の恐怖の前では何の役にも立たない。それこそ狂戦士か、はたまた異端者か。最悪自己犠牲の精神がカンストを起こした善人改め生物以下か。彼らのような異常者でなくてはまともに戦うことすら難しいだろう。死を恐れていない時点でまともではないが、一般的な勇者の価値観でまともに。
 他常識的に考えると、世界が滅ばない勇者とはまず良識を持ち、死を恐れず、慈愛の精神にあふれる善人という三点が浮かび上がる。正直これら三つだけで満たす奴が本当に世の中存在するのか、という疑問が尽きない。もっとも本当は違うだろうけど。こんなのが本当ならそれこそ、勇者こそ化け物だ。

――ま、詳しいことは話してもどうせ解らないんだろ?

――あはは、話が早くて助かる。

 閑話休題。話が脇道にそれすぎた。失礼。
 さて、中学三年から約四年の付き合いである御門は手早く詮索をやめた。短い付き合いながらもちゃんと分かってくれる。本当にありがたい。そして次に隣に座っているゼノンのほうを向きなおした。ああそういえば、何故彼はこの店に足を運んだのだろう。何も聞いていないし、僕は何も知らない。

――ゼノン、何故ここのことを黙っていたんだ?

――いや、言わない方が良いかと思って。色々とさ、ここには問題があるんだ。厄介な、問題が……

――どんな問題だ?

――例えば……ああいや待てよ……むしろここの連中と知り合っていた方が……得策か?

 へえ、ゼノンと御門は知り合いなのか。どこで知り合ったとか言うのはこの際聞かずとして、彼と御門は一体どういう間柄なのだろうか。親友と言う言葉で飾れるような友好的な関係には見えなくもないが、少々無理がある。戦友と言うには些か、少々、割と、結構、思いの外。違うな。間違いなく御門は足枷。手のかかる仲間、ゼノンから見た御門はそんなところか。
 御門を見ると妙なものを見る目で僕を見ていた。懐かしい。あのような目はここに来て以来一切見ていないものだから懐かしい。学校では、特に男子からはあんな目で見られることが多かったな。本当に懐かしく感じる。全く気持ち良くないが。むしろはっきりしない気配で感じが悪い。

――何さ? すごく嫌な視線を感じるんだけど。

――気のせいだ。

 なわけねーです。しかし今回も保留。理由は簡単。ヴァルとゼノンがいつの間にか御門を囲んでいたから。

――何でしょうか?

――お前はユウキの知り合いなのか?

 御門が一瞬答えづらそうに顔を顰める。全く、この照れ屋め。恥ずかしくて言えないのなら代わりに僕がはっきりと言おう。

――うん、僕にはもったいない親友の一人だよ。

――ほうほう……

 三人が小声で会話する。その声はあまりに小さくて僕の耳に届かない。なるほど、僕は省かれたか…………自棄酒して良い?
 こいつらに禁断の三獄フルコースでも振舞ってやろうかと画策していたとき、ヴァランディールがこちらを見た。

――問おう、ユウキ。酒の貯蔵は万端か?

――……ヴァル、君も意地の悪い質問をするね――もちろん。

――それじゃ、始めるとするか。行くぞ、ユウキ。逃がすなよ、ヴァランディール。

 刹那にして視線から思考を読み取り、即座に行動を起こす。外にかかっている看板を閉店中のものに変え、出入り口の鍵を閉め、カーテンを閉める。その間にヴァルは店全体を結界で多い、空気読まない侵入者を遮断。カーテンを閉めるとき、見覚えのある爺が走っていたような気がするが、気のせいだと信じよう。そもそも爺さんが若者のごとく走れるわけがない。うん。その間ゼノンは御門を押さえていた。
 そして僕とゼノンは三階に急いで駆け上がり、僕はつまみを、ゼノンは場所の準備をする。ヴァルは倉庫から酒を持ってきている。続いて全員にグラスを持たせ、並々と酒を注ぎ、完了。

――それでは、二人の再会を祝して。

――カンパ~イ♪

――乾杯。

 宴会が始まれば後はこちらのもの。最初は乗り気でなかった御門も数分で諦め、素直に酒宴を楽しみだす。ふと大切なことを思い出す。御門に聞かねばならない大切なことだ。きっと何よりも、正直異世界に迷い込んだなどどうでも良いぐらいに大切なことだ。

――ねえ御門。今幸せ?

――お前ほどじゃないがな。あの世界よりかは充実しているよ。ただ一点、自由がないことを除けば。

――まあそれは仕方がないね。でもどうにかなりそうなんでしょ?

 嘘は感じられない。ならば大丈夫だ。きっと彼は自分の選択に後悔はしておらず、またこれからもしないだろう。だから大丈夫。

――確かに。納得しない以上、どうにかはするさ。

――ぶっちゃけると手っ取り早く宗教改革すれば自由どころか世界が手に入るけどな。やっちまうか? 黒幕は任せろ!

――そんな荷物いらねー。俺が欲しいのは……何だろうな。普通の生活だよ。

――……普通か……結構難しいよね、それ。判断も、何もかも。人それぞれ普通を抱えている分、自分のがどれなのかが分からない。

――ああ……難しいな。その上どれだけ普通を唱えても世界は一度出した判断を覆そうとはしない。過去は永遠に付きまとう。全く、昔は普通がこれほど価値あるものだとは思いもしなかったのに。

 ゼノンの不穏な発言は華麗にスルー。ただ、ヴァル。彼の言葉は真実味を帯び、少し重く感じる。おそらく容易には想像できない過去を経験してきたためだろう。僕のような軽い言葉とは違う。

――だが、諦めることも出来はしないんだよな……

――まあな。最終的には今いる所に普通の生活を作るのが手っ取り早いんだがな。

 前触れもなく揃って僕に視線が集中する。何故そんなにも見つめるのでしょうか。それ以前にどうしてそこまで息が合うのか聞きたいです、御三方。

――何だよ?

――いや、何でもない。

――下らない事実の確認だ。

――反論の余地がないな。

――全くだ。

 まるで何度も練習してきたかのように三人の声が揃う。実はこの三人、ずっと前に知り合っていたのではないか。それでもまあ、悪く……良いか。そう思いながら僕はグラスに赤ワインを注いだ。あ、これアリーシャさんが次来た時に飲むからって言っていた銘柄だ。やっちまった。どうしよう。もう一本ぐらいあると嬉しいな。

――他人の幸せを妬む暇があるならさっさと今ある幸せに気付け、か。

――……言ったなあ、そんなこと。

――くくく、言われたよ。

 御門が零した言葉、それは僕が彼と付き合う馴れ初めの喧嘩の最後のほうで僕が彼に言い放った言葉だ。たぶんあのときの彼は寂しかっただけなのだろう。どれほど努力したところで褒めてくれない両親、必死に頑張ったところで流石綴喜家のという言葉が出る環境。逆に結果が残せなければ怒号が飛び交う。そこで幼少期から溜まった鬱憤が僕ら兄妹を見て溢れた。僕はそう考えている。実際のところはもう分からないけど。ただ彼がここの生活のほうがあそこよりも充実していると言ったので的を射ているとは思う。

――色々と、ごめん。あの時はやり過ぎた。

――それ十回目。いい加減にやめろ。

――ああ、そうだったね。ごめん。

 そうは言われても僕にとってアレは正直、やりすぎた事件だ。うちのネームバリューと問題を起こした綴喜家の家名のため警察には世話になっていないが、それでも、アレはひどかった。精神的にも肉体的にもやりすぎた感が否めない。もう少しうまくやれよ、自分。大人になってから反省するそれを人は黒歴史と呼ぶ。

――ところでミカド。お前はゼノンの知り合いなのか?

――知り合いと言うか、旅の仲間?

――思い切り未熟な奴だがな。

 楽しい時でも時間は無邪気に進み、進むから楽しく感じる。久しぶりに見た友は何とも言えない後悔と諦めの念を背負いながらも割と楽しそうに笑った。そこになぜか悟りの境地に似たものがあった。
 本当にこいつは時々人を何だと考えているのだろうか。甚だしく勘違いしていないだろうか。わけも分からず僕はそう思う。
 とにかく明日、昼ごろに酒を仕入れなければアリーシャさんに何をされるか怖くて仕方がない。そう思いながら小さな酒宴を楽しんだ。


――世界は常に、喜劇を望んでいる――
             神楽 優鬼



後書き

外伝その一、勇者来店。
昔に言っていたことが目に見える結果になりました。如何でしょう?
さて、今回は文体のほうを普通の小説にしてみました。
と言うか最初からこの形で書かないと段落が分からない……
やれやれ、困ったものだ。
で、読者の皆様に一つ質問。どちらのほうが読みやすいですか?
意見の多いほうになるべく形を合わせようと思います。
ただ、力足らずだったらすみません。

ちなみに禁断の三獄フルコース主な内容。
とにかく美味い。ユウキが丹精こめて作った料理ではないと物足りなく、最悪不味く感じられるほど。
非常に辛い。便秘の人はここら辺で死ぬ。それでも美味いからつい手が、ああ手が。
栄養バランスは良いがカロリーが不味い。平均成人男性が一日に必要とするカロリーの数倍はあるらしい。
漢方によって非常に吸収も良くしてある為、女性にとっての地獄はこれからだ……
基本的に人体にはとても良いんだが。特に味のほうを変えれば病院食としてこれ以上ないものではある。




ではマスター。後頼んだ。


>>麒麟様

ありがとうです。
早速の外伝の1です。
ちなみに4は二次創作ですよ?
え、良いの?



>>tomato様

いやいや三話で緩んだら先行き不安なのですが。
とにかく最後まで読んだときの感想、お待ちしております。


>>SPOOKY様

誤字報告ありがとうございます。
訂正させていただきました。


>>aaa様

ありがとうです。


――え……と……遠慮させてもらうよ。


>>yasu様

内容や曲調が小説の内容とあっている気がしたため涙腺の弱い方には勧めれないと言う意味ではお勧めできない曲になります。
訂正しておきました。
誤解させてすいません。


>>RMEXE様

……ここまで三ヶ月かかったのですが。
十分に長いかと。


――食いすぎ飲みすぎはだめだとあれほど(ry


>>Sabata様

途中で書き方を変更するとなんか妙な気がして、すいません、変えれませんでした。
とりあえず外伝の方を先に普通の小説の書き方にしたのですが、どうでしょうか?


>>ガルス様

ローズから妄想抜いたらそれローズやない。
ただの麗しき淑女や。
ええか。病みがかった妄想あってこそのローズなんやで。
……ん? 誰か来た様だ。

あ、あはは…………ぴぎぃ。


――あはは……それは災難だったね。僕から二度と台所に立つなってきつく言っておくから、許してあげて? だめかな?


>>ハリネズミ様

最後に超展開は作者の病気。あなたのせいではありません。
そして、ありがとうございます。
いやまさか、ここまで感想が増えるとは思ってもいなかった……

…………終わらせて良かった……


>>エミタイ様

誤字脱字報告ありがとうございます。
そして期待やめて。それ重い。


>>きよふみ様

未発表のオリジナル作品に限ると言われたのにあげちゃった。てへ。
反省はするが、後悔はない。


――ローズ、紅茶の修行ばかりじゃだめだよ。

――……はい……


ユウキさんと二人きりユウキさんと二人きりユウキさんと二人きり



……救いようがない。




[14976] 外伝その二
Name: ときや◆76008af5 ID:249ca3d1
Date: 2010/04/02 22:03

 意識が回復する。それと同時に体中にある痛みを自覚し、短く呻き声を漏らした。

――……一体、何が……

 痛みを我慢して瓦礫の山から起き上がる。それにしても一体何があったと言うのだろうか。ユウキが正月を共に過ごさないかと誘ってくれ、私はそのために意気揚々と世界各地の特産物を集めていたのだが。何故こんなところで瓦礫に埋まっているのだろうか。
 この場の惨状から魔法で攻撃されたと言うことは予測できる。しかし頭を強く打ったためか、攻撃された記憶があっても誰に攻撃されたのかが思い出せない。こういう場合心当たりが少なければ今すぐ挨拶に行けるのだが、残念、心当たりが多すぎる。
 本来なら可能な限り早く犯人を特定し、即時抹殺すべきだ。しかし、こと今に限って私はそんな事よりも優先すべきことがある。それはユウキの所に行くことだ。朦朧とする意識の中でもそれははっきりとしている。
 問題は自分がどれほど眠っていたのか分からないことだ。ただ間違いなく正月には遅れているだろう。そのことを謝るためにも早くユウキの元に行かねばならない。だから。



――やあ、遅かったね。

――申し訳ない。

――時間ぐらい守れよ、ヴァランディール。

 肉体の酷使など顧みずに到着したユウキの家。約束の時間を守れなかったにもかかわらず彼はいつも通りに迎えてくれる。コーヒーを飲んでいるゼノンも疲れた顔をしながら迎えてくれた。ただ一点、どうしても腑に落ちない。いや理解できるが納得したくないものがある。

――ユウキ、何故私は誘わなかったのかしら?

――……意外と……

 そう、アリーシャと何か問題発言をした気がするティオエンツィアだ。ユウキが呼ぶはずもない彼女らがこの場に平然と居る。勝手に押し入ったことぐらいは簡単に予測が付くが、出来れはいてほしくはなかった。とはいっても家主でもない私がこんなところで帰れと言うわけにもいかない。むしろ現状、彼女らと戦うのは可能な限り避けた方が身のためだ。

――ヴァル、何か飲む?

――そうだな……緑茶を貰えるか?

――あ、私のもついでにお願い。

――はいはい。ちょっと待ってね。

 そう言うと湯を沸かし、茶を淹れる準備を始めた。この時私が手伝えることなど何一つとしてないだろう。ここは大人しく席に座って待っていよう。
 開いている席、と考えた所でティオエンツィアとアリーシャの間は確実にユウキの指定席なので却下。とすればゼノンの隣になるのだが、椅子がない。故に剣で空間を切り裂き、適当な所から椅子を失敬する。
 そう言えば今年のユウキの髪は少し長めのようだ。家の事情により年末にしか髪を切らない。故にいつもは少々短めに切っているはずなのだが、今年は肩口辺りで揃えている。いや、私の口出しすることではないだろう。
 ちなみに髪を年に一度しか切らない事情だが、髪を切ると言う言葉が神との縁を切るに通ずるためだそうだ。それでも年の末に厄神との縁を切るため髪を切る。妙な考えだが、トラウマがあるため守っていると言う。

――いつ見ても魔法は便利だね。

――確かに使い勝手は良いけど、そこまでは良くないわよ。なんて言ったって疲れるし。

――使いたいなら教えるが、ユウキ。どうする?

――や、僕は今で十分だから。遠慮するよ。

 ゼノンの提案を何の迷いもなく遠慮した。本当に変わった人間だ。魔法の才能があり、またまだ伸び代があると言うのにそれを極めようとしない。確かにこのような生活であれば必要最低限の魔法でも十分だが。だがやはりある程度使えた方が便利なのには違いない。
 それなのにユウキは魔法を拒む。理由の一つに自分の手でやるという不便を楽しんでいるのだろう。私たちが口出しすることではない。

――そう言えばユウキ。

――ん、何?

 そうして、のんびり過ごしていた正月二日目の昼下がり。皆でカードゲームをやっていた時のことだ。

――今朝、ユウキの部屋でこんな招待状を見つけたのだけど、行かないの?

 アリーシャが手紙を取り出した。何の招待状なのか非常に気になる。それ以上に何故彼女が今朝ユウキの部屋にいたのかが聞きたい。返答次第では今ある疲労と痛みと理性が嘘のように吹き飛ぶ。まあ大概、どうせこいつらユウキを押し倒したのだろうがな。こちらは今までの付き合いからユウキに女性を押し倒すような解消がないことぐらい先刻承知だ。

――ああ……ローズからの……正直に言って面倒だから行きたくないな。

――折角の正月なんだから、いつもはしないことをしてみない?

――ああ、そうだな。それに私はユウキの正装を見てみたい。

 どうやら招待状とは剣姫の城で行われる年明けのパーティの招待状のようだ。王侯貴族が催すものなのでダンスも含まれているとみて間違いないな。

――正装か……何が似合う? やはりここは白か?

――いえ、赤じゃないかしら?

――それは暗に自分と同じ色であって欲しいんだろう? やはり白黒じゃないか?

――白黒は普段着と変わらないだろう。折角のパーティなのだから普段とは違うよそいをすべきではないのか?

――ねえ、僕が行くのが当たり前のように話が進んでいない?

――行かないのか?

――…………

 あの二人に下手に逆らわない方が身のためだ。それにその程度のパーティに参加して何か損があるのかということもない。精々どちらがユウキにエスコートしてもらうかでまた島一つ消える程度だろう。うむ、迷惑だから空でやれ。魔王と古龍の決闘はさぞや新年のパーティの華となるだろう。
 後何か一押しあれば即殺し合いに発展しそうな雰囲気の二人を他所にゼノンがユウキに話しかけた。念のために背後の剣呑な雰囲気がいつどうなろうと構わないように備えて防御結界の準備だけは怠らない。

――で、ユウキはどんな服が良い?

――そうだな……色は紅と白で。形はあまり興味ないけど、動きやすい方が良いな。

――了解。じゃあ適当に見つくろうから、パーティは何時からだ?

――日が沈むあたりじゃないのかな?

――分かった。それじゃまた後で。

――ふざけ過ぎるのは余り選ばないでね。

――ま、それはな。

 そう言ってどこかに行ったのだが、出るときドアを別の空間に繋いでいた。魔法を使ったような隙は一切見せなかったあたり、彼も只者ではない。今後戦力として勘定しておいた方が良い、か。
 さて、私も正面を向く。そこには私が一人になったことを良い事にどちらの色の方がユウキに似合うのか、意味もない最終決定を求めている鬼が。この場合どちらを選んでも碌な未来にはならない。かといってどちらも選ばなくとも結果は同じ。最善はユウキに判断を預けると言うものなのだが、その場合困るのはユウキのため選べない。
 まさか、ゼノンはこのことを予測してさっさと逃げたのだろうか。だとすれば後で少し話をしなければなるまい。

――で、あなたはどちらがユウキに似合うと思う?

――もちろん清廉潔白な白に決まっているだろう?



 生きていればの話だが。



――ああ、悩んでくれている所悪いんだけど、もう決めちゃったよ。

 そんな所にユウキが助け船を出してくれた。流石の二人もこの発言には勝てず、一瞬にして石像のように固まる。

――色は紅と白。あとはゼノンが決めてくれるんだ。

 ああゼノン。君はうまく逃げたつもりなのかもしれないが、残念。どうやらこの時点で私刑が宣告された。色は二人の意見も取り込んでいるのでそこまでひどいことにはならないだろう。しかし、良い物を選ばなければ間違いなく今晩寝込む。良い物を選んでも裏で殴られはする。
 数少ない常識を持つ友人の冥福を祈りつつ、私は茶を啜る。やはりユウキ手製の茶菓子が一番だ。

――ところで、そのパーティには私たちも行って良いのか?

――細かいことは気にしない。その程度に拘るようなら王失格よ。

――いや、それでも尽くすべき礼儀はあるだろうが。

――そうね……でも分かってくれるわ。必ず。

 そう言いながらアリーシャは手でコインを回す。なるほど、袖の下と言うわけか。強欲な人間はこれには勝てない。特に巨大な権力を持つ人々の欲は他者を容易に踏み潰す。それこそたとえ肉親であろうが愛人であろうが構わず。そう言う面があるからこそ人はあまり好きになれない。
 中にはそう言った強欲を忠義などで抹殺する者もいる。あのローズブラッドが育った場所なのでいない確率は決して低くはない。もしもいた場合は、彼らが門番をしていた場合は、どうすべきだろうか。認識を歪める魔法を使うか、もしくはその辺にいる奴から招待状を■■言語で譲って貰い、催眠術を用いて入る……
 少々頭を捻れば方法はいくらでも思いつく。ただ、問題としてこの二人。いや私たちを含めてユウキを除く全員。もしもユウキの身に何かあれば理性を保てるかどうか。特に私やアリーシャの正体が知れ渡ってしまえばユウキに何かと迷惑がかかるだろう。もしかしたら魔王や悪魔と繋がっていた人類の裏切り者として処刑されるかもしれない。現在の教会ならやりかねない。

――と言うわけで念のために封印具をつけておきたいのだが、アリーシャ?

――仕方がないわね。でも何故封印具? 魔法を使えば良いじゃない。

――何を言っている貴様。魔法では有事の際にすかさず外すことが出来ないだろうが。

――……あなたも大概ねぇ。

 とまあそんな事をユウキが昼寝をしている間に話しておいた。そして時は流れ、そろそろ時間になった頃。私とアリーシャは元より普段着が正装であるため着替える必要はなく、ティオエンツィアは魔法で服を編んでいるため着替えると言うよりも形を変えるだけで済み、ゼノンは向こうで着替えてから来た。
 そのため後はユウキが着替え終わるまで待つだけである。今のところゼノンがどのような服を選んだかは彼しか知らない。そしてその彼は現在、いるはずもない神に縋るようにして何かに祈りを捧げている。さもあらん。骨は拾ってやる。

――お待たせ。やっぱり気慣れない服を着るにはちょっと時間がかかるね。

 しばらく後、どのような拷問であってもそちらの方がまだ良いと自信を持って言える極寒地獄の終焉が来る。それと同時に審判が下る。

――と言うかゼノン。この布やけに薄くないかな?

――俺が知っている中で最高品質の布だ。見た目とは違って結構丈夫だぜ。

 上は白く、下の方は燃え上がるように紅い。全体的に体の線がはっきりと映し出される服だ。ノースリーブ、背中と足の部分にあるスリットがユウキの控えめな肉付きでも十分な色気を醸し出している。また装飾品も黒瑪瑙の首飾り、両腕にある銀の腕輪とこれまた控えめだ。
 全体的に見て本来ならパーティの背景になるはずの衣装だ。しかしユウキの持つ異様な、生物として妙としか言いようがない雰囲気が強制的にユウキを意識させる。そして見れば、また見事なもので。
 これが元より会場の華としてあるような服であったならきついだけで終わるだろう。ふと見たときにああと溜め息を零す。そうさせる服だからこそ映える美しさ。うむ、良く分かっているではないか、ゼノン。これで少なくとも骨は残るはずだ。

――それではそろそろ行くとしよう。

――既に外に馬車を準備している。ま、それほど急がなくても良いだろうよ。

――あ、ありがとう。ゼノン。

――いやいや、この程度当然の義務です。

 ゼノンの用意した馬車を前に湧き出した疑問の全てを敢えて堪える。最高の物とは言いづらいが、目立たないという点においては何の不足もない。ただ……
 念のために認識疎外の魔法をアリーシャがかけたので馬車関係で人間如きがどうこう言うことはない。ただ……
 何故馬車馬が幻獣の一種である一角獣、それも極々稀にしか生まれない雷属性の一角獣なのか。どこでこんな暴れ馬を手懐けたのか。襲われないと言う一点においては不備はない。しかし、目立つだろうが。

――うん。確かにやり過ぎたかもしれん。だが後悔はしない。

――骨、残ると良いが……

――後悔は、したくない。

 ちなみに彼ら一角獣はその背に純潔の乙女以外乗せないという悪癖を持っている。それは雷精霊の加護を受けた異端種であっても同じであるため、何と言うか、非常にユウキに懐いているわけで。

――あはは、人懐っこい馬だね。

 うむ、非常に勇猛果敢な馬なようだ。素晴らしい。



 急用により少しばかり出発の時間が送れたが、そんなものは誤差の内。馬車馬が頑張ってくれたためにすぐに取り戻すことが出来た。なお、馬車の方はゼノンが誰かに預けていた。

――ユウキさん! 来て頂けたのですね。

――うん、まあね。

 ローズブラッドが私たちのことなど一切気にもしないことぐらい簡単に予想できる。そして現実としてそれが実際に起こっている。

――そのドレスもとてもお似合いですよ。

――ありがとう。でもやっぱり、本場には負けているな。

――いえ、私なんか見た目だけですよ……

 アリーシャとティオエンツィアはあのスタイルと存在感から即座に思慮に欠ける藪蚊に付きまとわれている。あと少しは我慢できそうだが、それも時間の問題だろう。ゼノンも似たようなもので多くの女性にダンスに誘われている。
 一方で私は来たと同時に壁の華となった。命からがら逃げる上で身に付けた技術がよもやこんな場所で行かされることになるとは、中々に滑稽なことだと他人行儀に観察しつつ、ワインを傾け、会場を見渡す。

――…………五人、か。

 明らかにこの場において相応しくない雰囲気を放った人数だ。広い視野で見ればさらに増えるのかもしれないが、そいつらには興味がわかない。私が気になったのはある五人。揃ってかなりの権力を持っている人物ばかりだ。

――何が?

――……ユウキ……頼むから驚かさないでくれ。

――ああごめん。でも何だか殺気立っていたから、気になって。

――そうか。ところであのじゃじゃ馬姫のお相手は良いのか?

――どーにもこーにもこういう空気には馴染めなくて。気不味くて逃げてきた。

 指さす方を見てみるとローズブラッドは見知らぬ男性と共にいる。当然のように見覚えなどない。

――彼は?

――何でも婚約者の王子様だそうだよ。本人は近頃否定気味と父君が零していたけど。

――……君は国王とも知り合いなのか?

――ちょっと前にね、色々とあったんだよ…………62点。

 既にダンスの方は始まっている。当然のように三名もしつこくそれに誘われている。特に男性陣は夏の夜の夢の思い出にという下心があるせいか、非常に熱心だ。女性陣はこのような殿方と踊ってみたい以前に勇者の仲間である賢者と知り合い、ゆくゆくは勇者とという親の欲望だろう。関わり合いたくはない。

――そろそろ帰るか。

――三人はどうするの?

――放っておいても隙を見て抜け出すさ。むしろこのまま、君が無理をし続ける方が問題だ。

――……気付きましたか。

――それは勿論、気付くさ。

 何らかの理由でここにいることを嫌っている。そんな自分の感情を隠してユウキがここにいるのは彼女を見ていて気付いた。何せ最低限の人にしか話さず、後はなるべく目立たないようにして行動していた。
 本来なら最後まで残り、あの輩に疑問をぶつけたい。三人も私同様にそれとなく注意を払っているので今回は三人に任せよう。私は私でユウキに無理をさせないように善処する。

――後で少し、奮発しないとな。

――やめておけ。何を言われるか分からないぞ。

――まあ無理なことは言わないでしょう。だって、あの人たちだから。

 無理な事、確かにそれは言わない。しかし無茶なことは言うに違いない。特にアリーシャ辺りが。

――ワインでも飲みながら待てば、その内帰って来るだろうよ。そうすればいいのじゃないか?

――ああ、うん。じゃあつまみも用意しようか。

――ローズブラッドも来たりするかもな。

――……来るだろうね。紅茶も用意しておこう。

 のんびりと星空の下を歩く。もしかしたらローズブラッドだけではなく国王、その婚約者まで来るかもしれない。そう思うと少しばかり胃が痛くなった。流石にこれ以上厄介な連中と知り合いになっては欲しくない。

――良い夜だね、ヴァル。

――ああ……良い夜だ。

――ねえ、折角だから踊らない?

――ここでか?

 一方で彼の身の安全のためにも常連客を着実に増やしてほしいと矛盾した願いを持ってしまう。何にせよこれから会う人々が良識と常識を兼ね備えてくれていたならば問題ない。しかし残念なことに天才と変態は似たようなものだ。特に頭のネジが五本ばかし違っているという点で。

――うん、ここで。

――そうか。喜んで。だが期待しないでくれ。私はダンスは苦手だ。

 流石に天才かつ良識及び常識を兼ね備えた超人はいるはずもないだろう。ここは早々諦めておいた方が胃のためか。
 やれやれ、先が思いやられると星空を眺め、遠ざかる自分にお前も頑張れと声援を送った――――





 ふと目が覚めると見なれた天井が目に映った。どうやら私の家にいるようだ。確かあの日、私は何者かに襲われたはず。ならば現在いる場所はこのような城ではなく、野ざらしのどこかが妥当。しかし現実は違う。ならば何者かが、私の家の場所を知る何者かがここに運んだとみて間違いない。さらに私に恨みを持たない者となると自ずと限定される。
 それにしても幸せな夢を見ていた気がする。そのおかげで少々気分が良い。しかしながら、流石にこれは許容できそうにない。

――あらヴァランディール、おはよう。昨夜は激し――

――二度とその口を開くな、アリーシャ。

 とりあえず起きぬけに魔力砲を全力で一発。うむ、身体の調子は素晴らしく好調だ。文句の一つもないな。



[14976] 外伝その三 後編追加
Name: ときや◆76008af5 ID:4c690df4
Date: 2010/04/13 22:30
 風の音で目が覚める。さて、ここはどこだろうか。少なくとも僕の店ではない。ならば、まさかまた拉致されたのか。それにしては拘束されておらず、自由に動ける。当然拉致された記憶も一切ない。では、何が。
 そう考えた時、自分が変わっていることに気付いた。先ず服装が違う。寝間着などではなく、また仕事着であるバーテンダーの服でもない。普通の旅人が町中で良く来ている服装だ。何気に着古した感じがあり、結構着慣れている様に感じる。
 何はともあれ、顔を洗おう。そうすれば少しは朦朧とする意識がまともになるだろう。そう思い、水音のする方へと足を運んだ。運ぼうとした。

――…………

 だがその思考とは別に僕の身体が先ずしたのは近場に置いていた双剣を身につけること。それから天幕から外に出て、軽く柔軟をする。ああ、なるほど。この時になってようやく僕は違和感の正体に気づけた。
 余りに久し振りに、余りに懐かしく、余りにここが今いる場所の空気に似ているものだからつい、気付けなかった。そう、ここは夢の世界なのだ。自分は今、夢を見ているのだ。ならば、仕方がない。この夢を静かに、見届けよう。

 僕は静かに意識を静め――




――私は意識を覚醒させた。

 いつものように日が昇る少し前に起床し、少々体を動かす。そして与えられた仕事である調理を開始する。世知辛い世の中かな。例えどれだけ功績をあげた英雄であろうと働かない奴に与える衣食住はない。特に乱世では常に弱肉強食、働かざる者食うべからずという暗黙の了解がある。
 当然それは共に行動している傭兵集団にもあてはまり、特に助けられた身である私は語らずとも当然である。それが嫌ならさっさと街に立ち寄った際に逃げれば良い。しかし私は何となく、本当に何となくここに身を寄せた。ただし所属したわけではない。

――おはよう、オルタ。

――おはようございます、シルヴィア。今日は珍しく早起きですね。何かありましたか?

――ああそれはほら……この前紅茶を手に入っただろう? それが飲みたくて頑張ったんだ。

――そう言うことにしておきましょう。

――……助かる。

 目を見張る金髪、蒼穹の如く青い瞳をした妙齢の美女騎士。彼女こそが傭兵騎士団「紅い月」の団長だ。ただ団長というと拳が飛んでくるため隊長と呼ばなくてはならない。
 曰く団長では野郎っぽいそうなのだが、このならず者や込み入った事情を持っている人間が初期構成員である騎士団「紅い月」の頭をやっている時点でもう女として終わっているとしか思えない。今更呼び名の一つや二つを気にした所でもう変わらないだろう。それでも何か、あるようだ。

――して、注文の紅茶は私の私物のはずですが……知っていますか? それにあなたもご自分のをお持ちでしょうに。

――そんな堅いことは言わず、一杯ぐらい良いじゃないか。なあ?

――はぁ……仕方がないですね。

 諦めの決断は早い方が良い。特に彼女の場合はその実力ゆえに隊長の座についているのだ。接近戦で十分も全力で戦えない私が戦うのは余りに馬鹿げている。戦えば十分後にはぼろ雑巾の如くその辺に捨てられることになるのは想像に容易い。
 朝食の下ごしらえをしながら湯を沸かし、私費で買った紅茶を淹れる。シルヴィアも割と名門の出らしく、こう言った嗜好品は好きなようだ。特に好物は甘いお菓子。料理長特権で団員の好みなど全て知り得ている。

――……君は、今回の召喚をどう考える?

 紅茶を淹れてしばらくした時、シルヴィアが口を開いた。その内容は現在の雇い主からの召喚だ。一部団員たちは此度の戦争での功績から追加報酬がもらえるのではと皮算用をしている。一方で最前線に残してきた、残さざるを得なかった副長以下頭が良い者たちの考えは違う。
 シルヴィアの魔力は特殊だ。それは本人以外の全ての生物にとって猛毒となる物だ。もちろんそれは魔王らにも同様で、魔力が主食の魔獣らの王、魔獣王にとっては天敵としか言いようがない。そんな特異な力を求めて各国からの勧誘や謀計は後を絶たない。
 そんな魔力の血筋を自分の所に取り込める。そしてもし魔王の一柱を倒すことが出来たなら……。後は言わなくとも楽に考えることができる。

――彼らの目的は、私の力なのだろうか?

――少なくとも半分はそうでしょうね。

――そう、か…………何故人は力を求めるのだろうな?

――人は弱いから、と昔答えたと思いますが。

――ああ、そうだったな。

 弱いから力を求める。当たり前だ。強く在るなら力を求める必要がない。だからといって力を求めるから強いとも限らない。例えば私のように求めた所で手に入る力などないことを知っているから力を求めないものだっている。ただ、外せない理由の一つとして認められない弱さがある。

――さて、そろそろ皆が起きるな。

――そうですね。それから移動を開始して……日が落ちるまでには王都に着く予定です。

――無事に着けると思うか?

――まず無理でしょう。今までが少々、静かすぎましたから。

――なら装備の点検をしておかねばな。

 そんなある日の、穏やかな朝。別段平和でなくても良い。ただ笑って暮らすことが出来るならばそれで良い、と願いながら私は二杯目の紅茶をカップに注いだ――



――少し、良いかな……?

 シルヴィアに呼び止められ、何故か紅茶を淹れさせられてから早三十分。さて目の前の物体をどう処理すべきか。先ほどから私はそのことばかりに思考を傾けていた。
 思い返すこと二年前、戦争の終わり際、彼女とここの国王二人だけの密談で何かがあり、「紅い月」はこの国の独立騎士団となった。まだ独立して動けるだけ忠誠を誓わされるよりましか、と騎士団全員は静かに受け入れた。それに合わせて私も勝手に着いて行き、使用人と調理師の特別顧問をしている。
 そう使用人。部屋の掃除の一つも出来ない王族に代わってその身の周りの世話をする者たちだ。すなわちほぼどこにでもいて、故に様々な話が聞ける。例えばどこそこの貴族の趣味がげふんげふん。誰と誰が夜中にわーわー。などと聞いてもいないのに菓子と茶に釣られて女は良く喋ってくれる。
 そのおかげでこの国、特に王城内部の諸事情については熟知している。もちろんそれはシルヴィアにおいても例外ではない。

――したいのならすれば良い。残念ながら私はその選択のどちらが最善か、という答えを持っていません。いえ、そんな答えなどそもそもないのでしょう。

――…………知っているのか?

――人並みには。

――本当に、私はどうすべきなのだろうな……彼の事は好きだ。権力や地位を用いてではなく、純粋に私を慕ってくれる。必要と、言ってくれた。私の力を見ず、私を見てくれた。それが嬉しい。

 ならばさっさとくっつけば良いのに。皆の噂を聞き、使用人という立場で近づき、そして判断したその王子の人物像は悪くない。むしろ人としても王としても十分に釣り合いの取れている人間だ。それは国のためなら犯罪者であろうが我が子であろうが平等に残酷に死を宣告することもあるだろう。だがそれは王として仕方のないこと、むしろしなければならないことだ。考える必要はない。
 だが、現実はその求愛を受け入れられずにいる。ならばその原因は、と思い当たるのは確証のない噂話。何でもシルヴィアには初恋の人がいるらしく、未だにその人のことが諦め切れていない。そのため受け入れることが出来ない。

――私はどうすれば良いのだろうな?

――選択を他人に求めてばかりいると肝心な時に決断できなくなりますよ。そろそろ他人離れしなさい。

――……むぅ……

 時に今更な話だが、元「紅い月」の人たちは良く私に茶を入れるよう強要する。もちろんその茶葉も私の私物を使わせる。彼らはもう好きなときに茶を飲めるぐらいの給料はもらっている。何故今もなお他人の私物を使っていくのか。そろそろ殴っても良いころだと思う。

――オルタ。君は好きな人がいるか?

――……ええ、います。

 恋愛、その感情を私は良く理解できない。だからこの回答は不完全で半分以上は間違っている。それでもまあ、問題はないだろう。そう思いながら私は静かにタルトを差し出した。

――その人とは付き合っているのか?

――それは……返答に困りますね。肯定も否定も出来る関係ですから……ただ、私は今で満足しています。それだけは確かに言えます。

――満足している、か。

 はて、この残念な空気は何だろうか。まさか先ほど出しだした苺のカスタードタルトが失敗作だったとか。いや、そんなことはない。先ほど私自身も食べてみたが、これといった欠点はなかった。むしろ上々の出来である。

――羨ましいな。

 何となく気まずい空気に少々戸惑いを感じながら、温くなった紅茶を飲んだ――



 今日、シルヴィアと王子の婚約発表があり、それを記念した式典が開かれた。正式な結婚式は明日開かれるため、そのため使用人たちが慌ただしく動き回っている。何せ常に戦場で勝利を導いてきた大乱の英雄シルヴィアの結婚式だ。諸国は様々な思惑を抱えて目を向けている。重鎮たちもこぞってこの国にきている。
 で、だ。話題の中心人物であるシルヴィアはというと何故か私の横に立っている。本来ここは婚約者の側にいるのが普通ではないか。少なくとも他の男と二人きりという状況は頂けないという疑問を一切隠せない。それでもポーカーフェイスを保つ。

――少々気が早いですが、結婚おめでとうございます。

――本当に気が早いな。私たちはまだ婚約しか発表していないんだぞ。

――いえ、ただ……その結婚式の時私はいないような気がして。ですからこうして少々早目に祝いの言葉を挙げておこうかと。

――何か用事があるのか?

――今のところはありません。ただ、少し気になることがあるのですよ。

 大乱の終戦後、しばらくした時に現れる災厄――魔獣王。近頃何だか胸騒ぎがして気になっている存在だ。
 何故魔獣王が大乱の終戦後に現れるのか、定説はないが、有力説の一つにはこうある。自然の浄化能力を超えた穢れ――死者の未練や怨念――が戦争という行き場を無くし、魔獣化した存在が魔獣王である。そもそも魔獣は本来そういった負の感情が結晶化した存在だ。それを踏まえると魔獣王は強力な負の感情が結晶化した存在だと捉えることも可能だ。

――あまり不吉な事を言わないでくれ。折角の気分が重くなる。

――ああ、これは失礼。

――全く……

 天を仰ぐ。そこにはいつもと変わらない星空が広がっている。風が頬を撫でる。昔と変わらない日常の風だ。だからこそ私の不安は拡大する。
 私ではなく血に刻まれた呪い、それによって与えられた存在意義が胸の中で疼く。私があの存在を知覚できるのはそれのおかげだ。さて、本当にアレが目覚めていると仮定するとそろそろ教会より命令が下される。
 魔力などが結晶化した存在である魔獣王にとって最も効果的な攻撃が出来る力を持つシルヴィアに、魔獣王の討伐任務が下されるはずだ。だが一方で彼女は結婚式を迎える。できるなら、叶うならそんな危ない事をやらせたくはない。危険な目に合わせたくない。
 ならば、ああ。本当に私は不器用だ。

――シルヴィア、一つお聞きしたいことがあるのですが。

――ん、何だ?

――結局のところ、初恋の人とはどうなったのですか?

――……よりにもよって今、それを聞くか?

――……気を悪くしましたか?

――いや、構わない。ここらでちゃんと言っておいた方が彼とも何の後ろめたさもなく付き合えるだろうから、言っておくべきなのだろうな。

 そう言うと彼女はグラスに注がれたワインを一息に飲み干した。

――初恋の人との関係は、結局変えず仕舞いだよ。所詮これは私の片思いだ。むしろ変に表に出し、事態をややこしくしない方が良い。それに、私は今の関係で満足しているんだ。

――浮気ということにならなければ、良いですね。

――ああ、それはない。ちゃんとそのことについてはあの方の了解も得られている。初恋の人とあっても何も言わないさ。

 シルヴィアと王子の関係は割と冷めきった関係のようだ。いや、ただそこまで他人の人付き合いに首を突っ込まないと言う方が正しいのか。ここは格好良く信頼し合っていると表現しておこう。
 それに、この関係は少なからず私の影響が存在しているのだろう。下手に言うことなど当然できなかった。

――それに現に、言って来ないだろう?

――…………はい?

 一瞬思考が停止した。それだけのことがあった。
 とりあえずワインを一口飲み、思考を冷静にしてから考える。話の流れから推測するに初恋の人今あっているのに何も言って来ないと言うわけだ。いや、ここは期待を込めて異性の友と会っていても何も言って来ないと言っているわけだ。

――何だ、その表情は? 私の初恋の人とは君のことだぞ。

 神は決まって微笑んでほしくない時に微笑む。そんな言葉が脳裏をよぎった。

――いや、初耳なんですが。

――まあ君には言っていなかったのだが……気付かなかったのか?

――精々周りの視線が痛い程度にしか。

――……この鈍感。

 何故かその言葉に素晴らしく既視感を感じた。

――そう言う君の初恋の人は一体誰なのだ? 私は言ったのだから君もちゃんと言わないとな?

――……貴方ですよ。シルヴィア・エンデ・アイリッシュ。現教皇の一人娘にして隠し子。

 もうすぐ私の生も終わるだろう。口には出さないものの、確信できる何かが私には存在した。故にそろそろ、思い出して貰いたかった。私の本名を、彼女がくれた、私の名前を。
 オルタという偽名でもなく、■■という役目の名でもなく、本当に純粋に生まれたことを祝福してくれたその名を。私はその名で呼ばれたい。それが最後の、心残り。

――…………ちょっと待て。何故それを知っている?

――おや、思い出しませんか? 私は昔、貴女に逢ったことがあるのですよ。いえ、正確にはあなたが私に逢ったのですが。

――……思い出せないな……

――幼い頃の話ですし、仕方がないですか。

 見た所封印の魔法がかかっているようだ。あの教皇も味な真似をしてくれている。記憶改ざんや消去ならまだ諦めが付くと言うのに封印とは。無理をさせてシルヴィアの身に何かがあってはいけない。かといって私としては今すぐにも思い出してほしい。やれやれ。

――済まない。

――何故、謝るのです?

――何となく、悪いような気がして。

――ああ……気にしないでください。私はあなた方のおかげで幸せです。この生に満足しています。私は感謝こそすれ、特にあなたに罪を押し付けることは出来ません。

――だからオルタ、不謹慎なセリフを吐くな。

――済みません、つい。

 空のグラスを通りかかった給仕に下げさせる。二杯目を勧められたが、生憎飲む気にはならないので断る。

――本当に、奇妙な物だな……

――何が、ですか?

――両思いなのに片思いのままでいた。もっと素直に打ち明けていたのなら、今頃私たちは何をしているのだろう……

――それは、たぶんこの国に永住していたと思いますよ。何だかんだ言ってここは割と居心地が良いですから。

――それもそうか。

 城下町にある家。夢に見たバーという店を参考に建てた家だ。もしも自分の気持ちを彼女が打ち明けていたのならきっとそこで店でも営んでいたのかもしれない。ああ、そう言う未来も悪くはない。
 今のところまだ使っていない。念のために強化に強化を施させ、地脈なども使って二千年たっても朽ち果てないようにはしている。要らなければ売りに出せばよいだろう。

――なあオルタ。

――何でしょうか?

――明日からは私の自由は大きく制限される。だが、一曲ぐらい、ワルツの一曲ぐらい踊る時間は、残されているだろう?

――……ええ、喜んで。

 もしも、もしも私に未来があると言うのなら、あの場所で店を開こう。そして人々の悩みに応え、疲れを癒す場所としてただそこにあり続けよう。そうしたらきっと彼女も気軽にそこに足を運べるから。騎士団長と使用人長という関係でも王妃と料理長という関係でもなく客と店長という関係で。
 それもまた悪くはない。いやむしろ良いと言うべきだ。だが、現実は酷な事かな。私は幸せだった頃の走馬灯から意識を逸らし、現実に目を向けた。



 人並みの知能、二足歩行、赤黒く、全身鎧を着ているような姿、腰から生え、先が槍のように鋭い尾、そしてその身に隠された数々の機能。どれ一つとしても今までの魔獣王には見られなかった特徴を持つ今回の魔獣王。彼の持つ特徴の中でも厄介なのは知能だ。それのせいで今もなお民衆は彼を見つけられないでいる。
 私も身に宿すアレがなければ彼を見つけられずにいただろう。そして二度目、三度目と大乱を重ねる度に強くなり、やがては……
 どう考えても放置すると言う選択肢はない。いやそもそも逃げると言う選択肢すら私には与えられていない。戦い、そして最悪相打ちとなってもこいつを殺さねばならない。やれやれ、面倒だ。

――■■■■■■ーーーーッ!!

――いやはや、本当に面倒ですね。

 彼を倒す方法を分かっている。そして実行できることすら理解している。何が面倒か、何故自分がそれを知っているのか分からないから面倒なのだ。さらにこの世は常に等価交換、少なくとも無条件で力を得られるほど甘くはない。
 だが、だからといって我が儘を言っていられないのも事実。だから面倒なのだ。

――……さて、終わらせようか。

 私は純粋に魔王を殺すためだけに創られた剣を抜きながら、運命という悲劇を演じる。




そんな語られない、人々の記憶に残らない歴史より長い年月が過ぎ、ある場所にて。



――ユウキさん、茶葉はどこに置いておきましょうか?

――んー、そこで良いよ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 遠くの空が紅く染まる。今日は熱気が良くなかったため珍しく早くに起きたのだが、正直に言おう。やることがない。空腹の度合いから見て腹ごなしに鍛錬をする時間もない。体を温める時間にしては少々長すぎる。さて、どうすべきか。
 今この場は最前線というわけではなく、むしろ安全地帯だ。身体を温め、いつどこであっても十全に戦える状態を維持する必要はない。あ、良いこと思いついた。

――おはよう、オルタ。

――おはようございます、シルヴィア。今日は珍しく早起きですね。何かありましたか?

 思いつくとすぐに外に出ていつものように朝食の用意をしている黒髪黒眼の青年――オルタに声をかける。魔獣に襲われていた所を助けて以来、私たちと共に行動をしている人だ。料理が得意で、今となっては士気高揚のためにも欠かせない人物となっている。
 本当に体力がない事を考えてもそれを容易く凌駕するほどオルタには利用価値がある。何せ知識面及び技能面ではその道を極めた者たちに匹敵するほどの実力を持っているのだ。正直に言ってどうして彼が今も私たちと行動を共にしているのか、分からない。彼のような優秀な人材は引く手あまただろうに。

――ああそれはほら……この前紅茶を手に入っただろう? それが飲みたくて頑張ったんだ。

――そう言うことにしておきましょう。

――……助かる。

 やはり、彼の前で隠し事は無意味か。それでいて本当に知られたくないことには気付かない振りをしてくれる。そう言った引き際はちゃんと見極めてくれるようだ。
 私は朝食の匂いに空腹感を覚えながら、国の騎士団に与えられた馬車より机と椅子を取り出し、設置する。魔法を使えば取りださなくとも良いが、そんな下らないことに魔力を割いてはいられない。何せ今は戦争中、何があろうと不思議ではないのだ。

――して、注文の紅茶は私の私物のはずですが……知っていますか? それにあなたもご自分のをお持ちでしょうに。

――そんな堅いことは言わず、一杯ぐらい良いじゃないか。なあ?

――はぁ……仕方がないですね。

 支給品の嗜好品は色付き水の様に不味かったため、何の迷いもなくすぐに捨てたのは記憶に新しい。それに比べて彼の持っている紅茶は商人から買ったちゃんとした紅茶である。飲むならそちらの方が良いのは当然の欲求だ。
 オルタは何を言っても無意味だと分ってか容易く注文を聞き入れ、湯を沸かし始める。私はその背中を見つめながら物思いに耽る。
 悩み事、まあ何度か経験したことのある雇い主からの強制召喚なわけだが、正直に言ってあの王は近寄りがたい。そんな王族からの召喚。それも戦争の最中、たかが要塞一つ落とす際に活躍したぐらいで普通は呼ばない。それを呼ぶというのだから普通ではない策謀があるのは言わずも理解できる……が、なぁ。あの王は個人的に苦手だ。その心が読めない。

――……君は、今回の召喚をどう考える?

 差し出された紅茶は非常に美味しく、体面に座ったアルトは何も言わず、小難しい本に目を落としている。
 欲を言えばあの時、何があったのかと聞いたときにその悩みを聞こうとしてくれたらこちらは一女性として非常に嬉しい。まあそんな男の解消など最初から期待できないのは既に理解している。別に、聞かれなかったことに落胆などはしていない。それでも、少しは気にしてくれたらいい物を。
 いや、無理に聞こうとしないからこそ良いのかな。近頃そう考えている。普通とは違う。それでもいつも同じ。変わらない毎日。明日死ぬかもしれないそんな今でも私は――私たちは彼の傍で平穏を感じられる。

――彼らの目的は、私の力なのだろうか?

――少なくとも半分はそうでしょうね。

――そう、か……

 ふと口から漏れた疑問に対し、彼は少々の間も置かず答えた。答えについては一応わかり切っていたつもりだが、半分か。さてそれは私の力を目的としている人間が半分なのか、それとも雇い主の策謀のうち半分がそうなのか。いや、この場合は両方か。
 ただ、私が気になるのは残りの半分だ。話が騎士団の全員がそうであるように、私も私で人に言えない厄介事を抱えている。本人の言い分を信じるならばオルタもそうだ。どちらかと言えば周知の事実である猛毒の力よりもそちらの方を悟られている場合が問題だ。何せその時、私は無力だ。暴力に頼った抵抗以外取れない。
 昔、酒の席にて、いざという時は相手の内情の一つや二つ、人の記憶の三回や四回、権力と欲望の五つや六つ、と零す裏オルタが出現した。あの時に全員で決めた。黒歴史は何があっても守り抜こう。主に自分らの良心のために。あの時垣間見た裏オルタなら本当に帝国すら敵に回しかねない。そして自らのわがままを通す。

――……何故人は力を求めるのだろうな?

――人は弱いから、と昔答えたと思いますが。

――ああ、そうだったな。

 人は弱いから。故に強くあろうとする。故に力を求める。暴力権力財力知力……その力はどのような力でも良い。心の渇きを癒せるのなら求める力でなくとも人は求める。
 弱者は弱い故に強くあろうとする。弱さを認めて人は強くなれる。私もそうだった。何も出来なかったあの頃がいやだったから力を求め、籠から飛び出した。だからその思いが分かる。否定できない。
 何かに満足したように微笑んだオルタはまた本に目を落とした。私もまた寒い朝の気配で早くに温くなり始めた紅茶を飲む。

――さて、そろそろ皆が起きるな。

――そうですね。それから移動を開始して……日が落ちるまでには王都に着く予定です。

――無事に着けると思うか?

――まず無理でしょう。今までが少々、静かすぎましたから。

 そう、静かすぎる。何よりもまず厄病神に祝福されているのではと思う我々の旅路にしては余りに静かすぎる。今まで悩み事で気にしていなかったが、ここまで静かだといささか、むしろ確実に嵐の前の静けさとしか思えない。
 そしてこの中で私が信頼できる人物はというと、片手で足りるぐらいしかいないのが問題だ。ここまで人を絞るぐらいならそもそも呼ぶな。私は王の顔面をとりあえず三発は殴ると決意した。

――なら装備の点検をしておかねばな。

 静かに空になったカップに紅茶が注がれる。何かといっておきながら結局は優しい彼の心遣いに感謝した――



 見なれた後姿に私は戸惑いがちに声をかけた。本当は話をしようとは思わなかった。しかし、心の中でどこか彼に頼りたいという思いがあったのだろう。私の身体は意図せず自然と声をかけていた。

――少し、良いかな……?

 そうして立ち話も何だと言うことで彼の私室で持て成しを受けたは良いが、正直何と言えば良いのか分からない。本来ならこの話題は同性の者に相談すべきものだ。普通は異性の者に言うものではなく、間違ってもオルタに相談すべきではない。
 さて、本当にどうすべきか。先ほどから彼はこちらの出方をうかがうような眼で見ている。やはりここは言うべきか。そう思う一方で口に出したくはない。何故か。簡単に言えばそれが私の弱さだろう。変化を恐れ、恐れるあまりに昨日に拘る。
 そんな私の弱さに痺れを切らせたのか、彼は静かに口に開く。

――したいのならすれば良い。残念ながら私はその選択のどちらが最善か、という答えを持っていません。いえ、そんな答えなどそもそもないのでしょう。

――…………知っているのか?

――人並みには。

 人並みに――そう言いながらどうせ細部に至るまで知っていることだろう。もっと言えば付き合う前からその恋心に気付いていたのかもしれない。今更ながら振り返ってみれば何やら使用人などの行動や態度に統率があった。
 こちらから相談を持ちかけておいて真に失礼ながらほんの少し、ほんの少し怒りを覚える。何故他人の関係にはこれほどまでに敏感で、そこに自分が関わると即座に鈍感になるのだろう。少々その不釣り合いさに殴りたくなる感情を覚えた。

――本当に、私はどうすべきなのだろうな……彼の事は好きだ。権力や地位を用いてではなく、純粋に私を慕ってくれる。必要と、言ってくれた。私の力を見ず、私を見てくれた。それが嬉しい。

 場違いな感情を一時抑える。今ここで怒ってもどうしようもないのは明白だ。それにきっとオルタは過去に拘る私のためにしてくれたのだろう。怒るのはいささか、間違いな気がする。
 相手はこの国の王子。そのくせして一切王侯貴族らしくはない人物。それは王位継承権が第三位であり、相当な強運と才能がなければ王に慣れない立場にあるからだろう。もしかしたら私に恋をしたのは自分の伴侶を自分の思いで決めたいと言う我が儘があったからかもしれない。

――私はどうすれば良いのだろうな?

――選択を他人に求めてばかりいると肝心な時に決断できなくなりますよ。そろそろ他人離れしなさい。

――……むぅ……

 これは手痛い返しを。確かに私は自分で決断できない問題を他人に預けることもしばしあるが、それらは全てどうしようもなく日常のことだ。どちらを選んだとしても人命にも他人の平穏にも関わらないことばかり。
 だから、別に構わないと思っていたのだが。何だか近頃オルタの対応が冷たくなったように感じる。もちろんその理由はある程度納得できる。私は既にこの国に仕え、そして人を率いる者。例え内容が個人的な物であるとしても自分で判断できないようでは駄目か。むしろ今もこうして話を聞いてもらえるだけでも割かし甘えさせてもらっているのかもしれない。
 本来、この話題は相談する必要などなかったことだろう。どうするか、どうすればいいのかなんて実を言えば分かり切っていたのかもしれない。それでも、それでも私は望んだ。もしかしたら、という願いを夢見た。その弱さのために私は今、ここにいる。所詮、既に結論は出ていると言うのに。

――オルタ。君は好きな人がいるか?

――……ええ、います。

――その人とは付き合っているのか?

――それは……返答に困りますね。肯定も否定も出来る関係ですから……ただ、私は今で満足しています。それだけは確かに言えます。

 夢破れた私はふと、昔からあった疑問を口にした。返答は予想に近い。ああ、ならば問題ない。きっと彼は彼のまま幸福に生きるだろう。だから私も気兼ねなく、選択できる。

――満足している、か。

――羨ましいな。

 そっと差し出されたタルトは絶妙な加減で甘味と酸味の調和がなされている。流石だ。やはり失恋というものを味わったためか、素直に美味しいと感じることが出来なかった――



 日取りを見て婚約発表を行う。どれだけ名声を挙げようとも元はならず者の集まりの長である私とあの人との婚約発表は並大抵の努力では済まなかった。彼の父親は良識人だったものの、その他大勢がどうしてもあの人を政治の道具としてしか見ない。それに仕立て上げようとする。先ず彼らを黙らせるのに一苦労した。
 まあ本当に苦労するのはきっとこれからなのだろう。問題の色々とある騎士団の中でも最も重い問題を抱えている私。王族と結婚してはその問題が世間に露呈される。それにより発生する外交上の問題をさて、どうするか。だが、何と言うか、何とかなるような気がするのだから問題なかろう。

――少々気が早いですが、結婚おめでとうございます。

――本当に気が早いな。私たちはまだ婚約しか発表していないんだぞ。

 権謀術数が複雑に絡み合った月日を過ごし、やっとの思いで婚約を発表した日の夜。諸国の重鎮たちが集まったため開かれたパーティには参加せず、バルコニーで酒を飲んでいるアルトを認めた。それを誰も認めないとしても彼こそが今回の、そしてこれかの功労者だ。
 己の私利私欲のために婚約に反対する者どもに対し徹底的な裏工作を行った。その全貌を誰も知らないが、結果として我が国だけでも貴族の数が半分以下になったことからその内容はきっと凄まじいものになるのだろう。うむ、知らなくて良かった。

――いえ、ただ……その結婚式の時私はいないような気がして。ですからこうして少々早目に祝いの言葉を挙げておこうかと。

――何か用事があるのか?

――今のところはありません。ただ、少し気になることがあるのですよ。

――あまり不吉な事を言わないでくれ。折角の気分が重くなる。

 ごく自然な動作で空を見上げる。それが余りに不自然に見えた。そもそも彼の瞳は星を映していない。もっともっと遠くにある――何? わけも分からず私は遠くの空に、不気味な気配を感じる。しかしやはりそれは、良く分からない。

――ああ、これは失礼。

――全く……

 胸の内でとぐろを巻く不安を誤魔化すためワインを飲む。それでもやはり不安は一向に消えない。あの遠くの空に何かあると言うのだろうか。私では気付けない、オルタは気付いた何かが。
 何かがあるのは間違いない。それは長年の経験が警告している。では何があるのか。私はそこにたどり着けない。オルタは既にたどり着いている。何故?

――シルヴィア、一つお聞きしたいことがあるのですが。

――ん、何だ?

――結局のところ、初恋の人とはどうなったのですか?

――……よりにもよって今、それを聞くか?

 急な話題転換に少々呆れつつも、その内容に正直戸惑った。どうして今までの行動で気付かないのか。考えていた最悪の事実についグラスを割りそうになる。
 他の団員も良く口を揃えて言っていた。オルタの鈍感は鈍感ではなく、アレは既に一種の欠陥だ。オルタは人間として既に失格である、と。今更ながらそれが余りに腹立つ。そろそろお留の恋心をことごとく無視し、知らず知らずとは言え弄ぶ彼の顔面を殴っても私は無罪だろうか。

――……気を悪くしましたか?

――いや、構わない。ここらでちゃんと言っておいた方が彼とも何の後ろめたさもなく付き合えるだろうから、言っておくべきなのだろうな。

 だからとはいえ、ここらでちゃんと言葉にしておくべきだ。勝手に自分の心の中で肩を付けるのではなく、最も関係する人にも伝えておかなければ、いつの日か頼ってしまう。だからこそ浮気があるのだろう。そしてそれは、私には許されていない。
 だが、付き合いまではやめたくないという欲求がある。それは私が望まなければ終わらない。今のまま付き合うことは私の立場上許されない。あの人のためにもこれ以上問題を増やすわけにもいかない。

――初恋の人との関係は、結局変えず仕舞いだよ。所詮これは私の片思いだ。むしろ変に表に出し、事態をややこしくしない方が良い。それに、私は今の関係で満足しているんだ。

――浮気ということにならなければ、良いですね。

――ああ、それはない。ちゃんとそのことについてはあの方の了解も得られている。初恋の人とあっても何も言わないさ。

 だから、ここで変えよう。今までの関係を清算し、それでいて今のような関係であるために。そう思いながら私は、本来もっと昔に言うべきだった言葉を口にした。

――それに現に、言って来ないだろう?

――…………はい?

 何とも予想通りの反応を。まあだが、だからこそ良いのかもしれない。だからこそ私はいつも通り彼に甘えれていたのだろう。のんびりと彼の驚きが尾を眺める。

――何だ、その表情は? 私の初恋の人とは君のことだぞ。

――いや、初耳なんですが。

――まあ君には言っていなかったのだが……気付かなかったのか?

――精々周りの視線が痛い程度にしか。

 他人ですら容易く勘づける殺意と嫉妬の視線をその程度に感じないとは、流石オルタ。
 私はそんな彼に一言つぶやく。

――……この鈍感。

 さて、そろそろ私の不安も解消させていただこう。もしや彼の好きな人が自分ではなかったら、と連日連夜不安を抱えて告白できなかった日々の悩み解消のため。そして彼がその恋人とくっつけるように。

――そう言う君の初恋の人は一体誰なのだ? 私は言ったのだから君もちゃんと言わないとな?

――……貴方ですよ。シルヴィア・エンデ・アイリッシュ。現教皇の一人娘にして隠し子。

――…………ちょっと待て。何故それを知っている?

 次に思考が停滞したのは自分だった。
 オルタが口にした私の語るに語れない事情、それを安易に口にした。もちろんその事実を彼に話した覚えはなく、団員にすら言った覚えはない。むしろ誰にも語ろうとしなかった。
 触れられたくない事実を口にした彼の眼は確信を吐いている光を宿している。嘘を言っても意味はないが、本当に一体どこでそれを知った。精々その事実を知るのは私が聖地にいた短い期間に会った人たちだけだ。勿論彼らと会うような愚行は犯していない。

――おや、思い出しませんか? 私は昔、貴女に逢ったことがあるのですよ。いえ、正確にはあなたが私に逢ったのですが。

――……思い出せないな……

 絶望を知っている瞳に私はどうしようもなく胸が締め付けられた。理由は分からない。どうしてこんな瞳になるのかが分からない。理解できない。それでいて思い出せない。私は何かを思い出せない。そう、思い出せない。

――幼い頃の話ですし、仕方がないですか。

――済まない。

――何故、謝るのです?

――何となく、悪いような気がして。

――ああ……気にしないでください。私はあなた方のおかげで幸せです。この生に満足しています。私は感謝こそすれ、特にあなたに罪を押し付けることは出来ません。

――だからオルタ、不謹慎なセリフを吐くな。

――済みません、つい。

 ふと横を見ると私が居ないにもかかわらず先ほどまでと同じ賑やかさを保つ人々の姿が見える。ここはあそことは大違いだ。勿論好きな雰囲気は権謀術数で満たされるあんな場所ではなく、心置きなく自分で居られるこちら側。しかしそのうち慣れるだろう。向こう側に慣れなければなるまい。面倒な話だ。

――本当に、奇妙な物だな……

――何が、ですか?

――両思いなのに片思いのままでいた。もっと素直に打ち明けていたのなら、今頃私たちは何をしているのだろう……

――それは、たぶんこの国に永住していたと思いますよ。何だかんだ言ってここは割と居心地が良いですから。

――それもそうか。

 空を見上げるとそこには相変わらずの夜空が広がっている。遠くを見ると先ほどまで会った不安は割と薄れていた。さて、私は何を恐れていたのだろうか。今更ながら考えてみても余計に分からない。ならば、残された残り僅かな自由を大いに楽しもう。

――なあオルタ。

――何でしょうか?

――明日からは私の自由は大きく制限される。だが、一曲ぐらい、ワルツの一曲ぐらい踊る時間は、残されているだろう?

――……ええ、喜んで。




 そんな語られない、人々の記憶に残らない歴史より長い年月が過ぎ、ある場所にて。



――へえ、ユウキさんも同じ夢を見たのですか?

――……夢、なのかなぁ……



下らなくも平穏な、そんなお話。



後書き

とりあえず次はリリカル編を書きたいと思う。
というわけで問題。
リリカル編でのヒロインは誰でしょう?



[14976] 外伝その四 優鬼消滅ルート
Name: ときや◆76008af5 ID:e16efd8c
Date: 2010/04/13 22:08

 静かに頬をなでる風は懐かしい春の匂いを含み、心地よく流れていく。その風に乗って春とは違う匂いを感じる。枕にしている何かから漂う優しい匂い。ああこれは、山の匂いだ。それから太陽の匂い。
 もぞり、と枕に顔をうずめる。もうちょっとだけ寝ていたいのに、誰かが髪を梳いた。誰か近くにいる。誰だろうと意識を無理に起こし、目を開けると。



――おはよう、ユウキ。

――…………

 あまりの光景に刹那で完全に起きてしまった。
 良し、少し状況を整理しようか。開店しても誰も来ないのでのんびりお茶を入れて寛いでいたら次第に眠くなったので寝てしまったまでは覚えている。だがしかし、それはあくまで店内での話だ。決してこのような突き抜けるような蒼穹の下ではない。何よりどうして僕はティアさんに膝枕などされているのだろう?
 現在の位置ではその表情は良く見えないが、絹のような金髪と今更ながら感じるカリスマは間違えようがない。

――まだ眠いのか?

――いや、もう眠くないけど……とにかくおはよう。良い天気だね。

――ああ、そうだな。

 上体を起こし、ようやっと見えたティアの表情は非常に穏やかなものだ。さて、現状を説明できるものは、とあたりを見回すと。先ず右手側にアリーシャさんが凄まじい視線をティアさんに送っている。続いて奥の方。ローズが嗤っている。笑っているのではなく嗤っている。さらに何故か左手側。ヴァルが黒い何かを背負いながらぶつぶつ言っている。ついでで視界に納めたアウルは、まあ無理だな。消去法で行くとそこで困ったような顔をしているゼノンになるが、さて。

――ゼノン、分かり易く現状の説明希望。

――あー……すぐに分かる。

――…………

 悪いことではないだろうが、それでも事が余りに急だ。僕を巻き込んだと言うのに何も知らせなかったことに対して腹が立っている。それでも少しだけ、その怒りを我慢した。ここで怒っても仕方がないし、何よりだ。



 久し振りに見れた散り始めの桜の下で、最初にするのが怒るなんて、余りに無粋じゃないか。



 そう桜。満開の峠を越え、今散りゆく儚き花。春の匂いを懐かしいと感じたのは、これのお陰か。
 今一度、深く息を吸う。それと同時に思い返す、古き日々。そこには家族がいた。親友がいた。懐かしい知り合いがいた。何より、隣に蘇芳がいた。



――……さて、それでは。

 誰かの声で眼が覚める。アレは過去だ。過去の光景だ。今の話じゃない。そう言い聞かせるのに、脳裡から離れてくれない。

――ユウキ。誕生日、おめでとう。

――サクラを探すのに二年もかかってな、すまねえ。

――おめでとう、ユウキ。

――各種お酒は取り揃えているわよ。今日は酔い潰れるまで飲みましょう。

――おめでとうございます、ユウキさん。

――全く、人使いの荒い連中じゃったわ。

 桜、赤い敷物、大量の酒に料理。突き抜けるような蒼穹。ここにいる人の数こそ少ないものの、そこに広がっている光景は僕の過去と完全に重なっていた。ただ一点、隣にいるべき人がいないことを除いて。





――ああもう。遅れちゃったか。





 その時、耳を掠める懐かしい声。振り向けば逢うことは出来ないと思っていた人がいて。見間違え、と言うのは有り得ない。僕が大切な人を見間違えるということは決して有り得ない。
 言葉に出来ない感情の波が僕を襲う中、いつものように言葉を紡いだ。



――久し振り、蘇芳。

――ええ、本当に久しぶり。優鬼。



 どこか若返っているのはこの際どうでもいい。彼女が僕の傍にいる。それだけで本当に、全ての事が嬉しく思えた。

――元気にしていた?

――あなたこそ。もう大丈夫なの?

――うん。わけのわからない病気も治ったし、至って普通だよ。

――そう……良かった。

 視線を下にずらす。彼女の左手にあった指輪はもうつけられていない。それも無理はない、か。あんな別れ方をしたのだから、嫌われるのも無理はない。嫌われないとしても、指輪が外されるのは当然だろう。少し、胸が痛くなった。

――何だ。来たのかよ、スオウ。

――もちろん。自分の旦那の誕生日祝いに参加しない妻はいないでしょう? それに今日は私と彼の結婚記念日でもあるのよ?

――……死に別れた奴が何を言う。むしろ後悔に押し潰されて影すらなくせば良かったものを。

――残念でした。私の心はそれほど弱く在りませんので。

 後悔? 憎しみではなく? 良く分からない。何故勝手に謝り、勝手に死んでいった僕に対し彼女は後悔するのだろう。何も出来なかったことを悔やんでいたのか?
 いや、それはない。世界中の医師ですら原因不明の不治の病と断定した僕の病気だ。一介の主婦でしかなかった蘇芳に出来ることなどない。そもそもだ。何故彼女はここにいる?

――蘇芳。何で、こんなところにいるの?

――……それを説明するにはちょっと、自己紹介しないといけないわ。

――ああ……やはり隠しごとがあったのか。

――……気付いていたのね。

――まあ。時々態度が余所余所しかったから。確信はなかったけど。

――……ありがとう。

――感謝、されるようなことじゃないんだけどなぁ。

 むしろここはどうして聞かなかったのか逐一に問い詰め、怒るところだろうと僕は思う。それが普通なのだけど、僕たちの間が変わっているだけか。どうでも良いことだ。あの生活は幸せだったから。

――改めて自己紹介するわ。私は蘇芳。あなたのいた世界の神にして、あなたの病気の原因を作った者。

――…………マジ?

――やっぱり、驚くか。あなたの下半身の自由を奪っただけじゃなくて、視界まで奪ったものね……驚かない方が、無理か……

――いや、それはどうでもいい。

――……え?

――神と言う方に驚いた。

 病気になった原因なんてどうでもいい。失ったおかげで手に入れたものだってあるから別に後悔も憎悪もしない。確かにあの別れは僕の心に言えない傷を生み出したが、再会できた今となっては気にもならない。

――何でこんなにも身近な所に神がいるの?

――…………ねぇあなた達。まさか自己紹介していないの?

 僕の素直な疑問に対し、蘇芳の回答は他の人に対するもの。なんか、納得できない。

――……お前と同じことだよ。

――以下同文。

――……そういうこと。この際みんな自己紹介しましょうよ。煩わしい仮面を付け続けるのも、面倒でしょ?

――何の話か全く分からないのですが。

――すぐに分かるわ。だからちょっと待って。

――……仕方がない、か。

 今はちょっと、黙っておく。だってそうしないとこの事態は何も分からないのだから。行動は話を聞いてからでも遅くはない。

――先ず私からだな。私はヴァランディール。人々からは孤高の悪魔と呼ばれている。

 待てこら。最初から何言っているんだ?
 冗談と取りたい気分だが、残念ながら場の空気がそれを許さない。嘘と言うものが一切ない。そんな気がする。

――俺はゼノン・カオス。勇者を導く賢者にして異界の魔王なんて呼ばれている。とはいっても、もう世界を支配するつもりはないけどな。

 さらに飛ばしました。妻が神で、我らの良心が孤高の悪魔、友が異界の魔王。もうこれ以上驚かないよ。と言うか早速ながら驚けないよ。

――私はティオエンツィア。聖峰の古龍、すなわち龍だ。

――私はアリーシャ・ラプラス。魔族の国の王。言ってしまえば災厄の魔王ね。五代目だけど。

――我はアウル・アイザック。この世界の神をしておる。神といっても所詮は世界の末端機関、不具合を修正する自我を持った道具にしかすぎん。

 一般人が僕しかいない、何この状況。ほんの少しの間で悟りが開けたような気がする。世界は思ったより、滑稽に出来ているようだ。

――全部、事実なんだよね……

 最初に口からもれた言葉は疑問の意味を持たない。それでも蘇芳は静かに頷く。その時の表情はとても苦しそうで、気まずそうだ。

――言わなかったのは、僕のため、自分のため。要らない気遣いをさせないため、店に寄れなくなるのを恐れたため……

 これには他の人たちが頷いた。一人、部外者と言うか比較的一般人であるローズが未だに驚いた表情で固まっている。

――…………ハァア……

 大きく溜息。小さく失望。何で本当に、この人たちは……下らない。



――僕がその程度で君たちに対する価値観を変えるとでも思ったの? ふざけないでよ。何がどうあろうとも、君たちは僕の店の常連で、友達だ。



 むしろその程度のことで付き合いを変える薄情な存在と見られたのが悲しい。
 孤高の悪魔? だからといって彼が僕のために何かしてくれてきていることが揺らぐわけじゃない。
 異界の魔王? だったら僕を助けてくれてきた過去が消えるのか?
 聖峰の古龍? 付き合う相手が人間じゃないといけないことはないというのに。
 災厄の魔王? 呼ばれているだけで僕に何もしていないじゃないか。
 この世界の神? それでもアウル爺はアウル爺だ。
 蘇芳が神? じゃあ嫌いにならないといけないわけ?

 冗談じゃない。僕は大切な人を守り、愛す。そう誓った。そう決めている。そこに種族云々の細かい事はどうでもいいんだよ。

――そんなこと言われてもね、僕は何も変えないよ。変わるならまだしも、幸せな今を変えたくはない。

 下らない、と呟いて近くに合った酒を飲む。何だか猛烈に全てが馬鹿馬鹿しくなってどうでも良くなった。
 そうだ。そうじゃないか。神だろうが悪魔だろうが死神だろうが、僕が愛したのは彼女、すなわち蘇芳だ。神である蘇芳なんかじゃない。蘇芳が好きになって、蘇芳を愛したんだ。今更、それを何疑っているのやら。疑いを持った自分が本当に、下らなくなった。

――全く、ユウキさんも大概ですね。

――うん、本当だね。まさかこんな交友関係を持っているとは思ってもいなかった。

――いいえ、そうではなくて……

――じゃあどういう意味?

――結婚していたのを黙っていたなんて、酷いじゃないですか。今更諦めれませんよ。

 ローズブラッド、破邪の剣姫。夢を見る道化は夢が覚めるまで踊り続けるだろう。でも彼女の夢はどうやら、現実になるまで終わらないようだ。
 やれやれ、意志の強い子だ。

――……ありがとう、ユウキ。

――急に何さ?

――いや、君を騙し続けてきた私を親友と呼んでくれることが、嬉しいんだ。

――それはそうだよ。だって君の嘘は全て僕のためだったから。だったら嫌うわけがないでしょ。

――そう、か。

――そうだよ。

 ヴァルはとても嬉しそうに顔をほころばせた。孤高の悪魔、実は誰よりも孤独が嫌いなのかもしれない。
 今となっては、どうでもいい問題か。

――なんつーか、器がでかいなぁ……

――そんなんじゃないよ。ただ、否定しても無意味と分かっているだけさ。

――そーいうもんかねぇ。

――そういうものだよ。

 ゼノンはやれやれと敷物の上に腰を降ろし、杯を取り出した。彼は何かを失ったのだろう。それが非常に大切なものだから、何かを間違えて来てしまった。
 でもね、本当に大切なものは意外と身近にあるものだよ?

――……ユウキ……

――ねぇティア、人間と龍って仲良くしたらダメなのかな?

――いや、そんなことはない。

――なら良いじゃん。

――ああ、そうだな。

 龍族、お伽噺に出てくるほど長生きする彼女達。
 世界が見えなくなったのは時のせいか、その長き生か。

――何もしなければ何も変わらない。

――……はて……誰の言葉?

――あなたの言葉よ。私なりの解釈だけど。所でユウキ。

――うん?

――人間と魔族が仲良くなってもいいわよね?

――アリーシャ、僕とヴァルの仲を否定するな。

――ふふ、そうね。

 魔族と人間は大昔から憎みあってきた。今ではどちらが先に手を出したのか分からないほどに。だけど思う。どちらが先でも失った痛みが消えるわけじゃない。
 これ以上傷を増やさないためにも分かり合うのは今からでも遅くはない。

――……はぁ……

――重い溜め息だね。そんなものついても幸せは来ないよ。

――解っておる。されど吐かねば気が済まない事もある。

――ふぅん……

 世界の神、不具合を修正するための末端機関。全知全能じゃないんだ。まあ所詮僕らの言う神と言うのは空想の産物。
 現実として完全無欠な者がいたなら、それはそれで恐ろしい。

――ねぇ、優鬼。

――……何、蘇芳?

――また、受け取ってくれる?

 最後に蘇芳。彼女が差し出したのは銀色の指輪。それも二つ。もう手に戻らないと思っていたのだが、持っていたのか。
 そしてこの状況。誕生日に桜の下で蘇芳に指輪を二つ差し出される。まるで本当に、告白された時のようだ。年齢は少し違うけど、一体何の再現だよ。猛烈に、世界に対し感謝したくなった。

――良いの? あの時みたいにまた泣かせるかもしれないよ?

――後悔はしないわ。だって私は、優鬼の事を愛しているもの。

――何と言うか……僕でよければ、喜んで。

 静かに小さい方の指輪を受け取る。そして、彼女の左手薬指にそれを嵌めた。その光景をティアさんやアリーシャさんやローズが殺す勢いで睨んでいたけど、はて。どうしてそんなに悔しがるのかな?

――優鬼、あなたは、世界が好き? 皆が好き?

――もちろんだよ。だってこんなにも、綺麗なんだから。嫌いになる理由がない。

 蘇芳が俯きがちに暗い声で問う。

――私は、世界が好き。皆が好き。でも憎い。只管に憎い。あなたを苦しませた自分が、あなたから自由を奪った自分が、殺した原因の自分が。それでも、あなたは私を愛すの?

――だとしても、だよ。それでも、僕は蘇芳のそばに痛い、蘇芳に傍にいてほしいと望んだ。望んでいるだ。この心に後悔はない。

――優鬼……本当に……バカ……

 そうして蘇芳は僕の左手薬指に指輪を嵌めた。懐かしい銀の感触に心が少し軽くなる。

――ああ、そう言えば、久し振りに見るな……

――何を?

――君の笑顔。最後の方は、見れなかったからさ。

――もう……いつでも見れるわよ。

――はは、それは良いね。

 そう言いながら僕の隣に座る蘇芳。それじゃ、そろそろ。



――花見を始めるとしますか。



 隣に最愛の人がいる。傍に僕を慕う人がいる。ここに掛け替えのない親友がいる。


 途中女性陣が喧嘩になって。ちょっと呆れたから男性陣だけで酒を飲んで。女性陣が余りにも煩かったから黙らせて。久し振りに食べた蘇芳の手料理がおいしくて。初めて食べた料理の数々が新鮮で。どこからともなく現れた他の常連客連中が飲み食い騒ぎ。何だか本当に、本当に嬉しい一時だった。


 世界最高のプレゼントをありがとう。明日はもっと、楽しくなりそうだ。









 そんな楽しい宴も終わり、僕は店へと帰った。
 蘇芳は少しやり残していることがあるそうなので別れ、今ここにはいない。でもまた会える。そういう確信があるからこそ、寂しくない。幸せを受け入れさせなかった戸惑いも暗い気持ちにさせた致命傷もない。

 そんないつになく幸せな気分で、グラスを仕舞っていた時のことだ。つい手元が滑り、グラスが床に落ち、割れた。身体が重く、だるい。どうやら結構飲み過ぎたようだ。とにかく割れたグラスだけでも片付けよう。
 雑巾は、と足を運ぶ。

 運ぼうとする。
 だけど身体は思うように動かなくて。ふらり、と僕は床に倒れ伏した。

――…………

 視界に入る指先が透けてきている。何故かは知らない。だがどうなるかは分かる。全く、何度も言っていると言うのに。

 悲劇は全て、劇の中でこそ映えるものだと。

――ああ、本当に……

 今日と言う日が幸せすぎたためか、今までなかった不幸のしわ寄せか、気を緩めてしまった自分のせいか。どうやら僕はまたもやこんなところで終わりのようだ。本当に……もう誰も泣かせたくなかったのになぁ……
 感覚が鈍ったか、残された時間を計り間違えてしまった。そして僕は傲慢に、少しでも長く共に在ることを望んだ。それを望まなければ、もっと安全策を行けば、こんなことにならなかったのかもしれない。

――ごめん……皆……

 薄れゆく視界の中、走馬灯のように今までの事が流れゆく。その度に僕の胸は痛くなって。出会った日々がなかったならと思う一方で、恵まれた人生だったと思う自分がいる。僕は幸せだ。大切な人がいて、楽しい時間があって。だからこそ、この終わりに納得がいかない。どうして、どうしてよりにもよって僕が、大切な人を泣かせなければならないのだろうか? それが僕には耐えられない。
 だから、もしかしたらこう言う終わり方の方が良いのかもしれない。誰の記憶にも残らず、静かに消える。散っていく。全て消え去ったなら、きっと僕は記憶すら消えてしまうだろう。
 例えどれだけ悲しい別れであろうと今までが幸せだったなら記憶に残る方と記憶に残らない方、どちらの方が良いのか。今回は悩むまでもなく、記憶に残せないのかもしれない。いや、記憶にすら残らないだろう。それもまあ、悪くはないか。
 胡蝶の夢、束の間の平穏。それが与えられただけでも僕には十分だ。もうこれ以上の高望はしない。

 だから、だから最後に一つ。

 言いたくなくともただ一言、いわなければならない言葉を君たちに。

 聞きたくなくとも、聞いてくれ。



――さよなら――



 喋るのも億劫な身体に檄を飛ばし、言いたくもない一言を呟いた。



後書き

IF ENDその一、ユウキ消滅ルートの場合。
これから派生するのはワーストエンドとデリートエンド。
それを決めるのは常連の行動次第という。



[14976] 外伝その五 VS世界ルート
Name: ときや◆76008af5 ID:e16efd8c
Date: 2010/06/20 19:29
最終話外伝2



 冬の気配もなんだか頼りなくなり、風に混ざり始めた春の匂いに街の人々も浮き足立つ今日この頃。昔読んだ小説の一説に農民はにおいに敏感だとあったが、農民だけではなく時計や季節分けされていない未熟な文明ではそうなのではないだろうか。
 一部の人々によって何時からその季節だと言うのが決められていない分、今がどの季節なのかと言うのは各々の感覚で決められる。だから、匂いに敏感なんだ。
 一時考え事を止め、深呼吸をする。灰に満ちる春山の匂いに少々残念な気分を味わった。やはり、桜はない。今いる山は昔から山菜取り、狩り、渓流釣りによく利用する場所だ。当然桜などないことぐらい知っている。だが、春はいつも期待してしまう。

――うむ、今年もすくすくと育っている。上々上々。

 予定通り日が上る直前に目的の場所――竹林にたどり着いた僕は早速旬の筍を掘り始める。市販の筍水煮は確かに便利だが、やはり年に一回ぐらい生の筍を自分で灰汁抜きして食べていただきたい。年に一回なのだからその程度の手間隙かけて貰いたい。
 地面から芽も出ていない筍を目敏く見つけ、何の迷いもなく掘り出してからさて、こやつをどうしてくれようか。出汁と酒砂糖味醂でしばらくにそれから醤油を入れて煮詰め、煮詰まる直前に火を止めて鰹節を投入する筍のうま煮も良い。正直、アレと日本酒の相性は異常だ。
 かといってテンプレ通りの筍ご飯、春巻きも捨てがたい。そんな答えの分かっている幸せなジレンマに葛藤しつつ、早くも三つ目を収穫する。

――…………

 それにしても懐かしい。親の会社を継がされる前までは家族総出で、家の敷地にある竹林でこうして筍を取っていたものだ。まあ一部はこちらが必死で収穫していると言うのに酒を飲んでいる輩もいたものだ。
 特に色強く思い出されるのは大学生のころ。たった三回だが蘇芳とこうして掘りながらどの料理に使うか言い争っていた。
 最終的には全部出来るほど収穫してしまうのが世の常人の常。ああ、ついでに青竹も少し。これで米を炊くのも割かしおいしく出来る。

――なんだかなぁ……

 ふと思い返せば近頃良く昔を思い出すようになった。人肌恋しくなった、というわけではなさそうだ。どちらかと言うと針鼠のジレンマ。触れ合いたくてもなぜか触れ合えない。そんな苛立ちを僕は感じている。
 どうがんばっても彼女に会えないというのに、本当に馬鹿なものだ。だが、そんな愚かさも僕は好ましく思う。

――……皆も、元気にしているかな……

 日が昇る。いい加減に筍を採るのもやめよう。疲労で山を下りられなくなったら困る。いくら山の主だと思われる巨大な狼と仲が良くとも人が山に住み着くのは間違いだ。
 人は里に、獣は山に、神は天に魔は夜に。そういう区分が出来ていてこそ僕らは共存できる。だから社員さん、定時で帰ってください。別に与えた仕事は今日明日で仕上げろなんて言っていませんから。期限を少々超過しても文句は言いませんから。残業代も馬鹿にならないんですよ。いや本当に。

――早く来ないと、筍全部食べちゃうよ?

 近頃、二月の終わりごろから常連の一部が来なくなった。彼らも人だ。長旅に出ることぐらい有り得ることだと何時来られても良いように用意はしている。しかし、まあ何と言うか、来ないんだよね。
 音沙汰も一切無い。噂話すら聞かない。便りが無いのは……昔からか。本当に手紙の一つでも寄越してくれたならこの不安もなくなるのだが。いや、ここは便りを送らなくても問題ないほど平穏無事であると考えるべきか。
 家に帰り、早速筍の灰汁抜きをする。米糠はある。無ければ糠漬けが作れない。
 何から作るか。まだ決めていないが、適当に作っていこう。そうすればきっと何時の日か誰か来るだろう。皆のことだ。どうせいつの間にか来ていて、いつものように催促するに違いない。

――え? 家出してきた? ご飯は出すけど泊めないよ?

――もっきゅもっきゅ。

――いやローズ、泊めないって。

 そんな幸せな日を夢見ながら僕は、とりあえず青竹でご飯を炊いた。うむ今年も鰆が旨い。後でローズの専属使用人に知らせておこう。





――…………あなた達、何しているの?

 何の前触れも無く暗い影を背負った四人に声をかける。これからだと言うときに一体彼らは何があったと言うのだろうか。

――何故だかな……無性に惜しいことをしたとしか……

――ニホン酒…………ユウキと……

 今あの世界の季節は春だ。春と言えば、何をやっていただろう。思い返すことといえば山菜取りをして花見をし、旧正月を祝って祭りを行い、筍を採って。ああ、なるほど。

――そういえば春はいつも筍を掘っていたわね。取立ての筍を蒸し焼いて食べるととても美味しいのよ。

――ちょっと用事を思い出しちゃった。帰っても構わないかしら?

――俺も不安があるんだぜ。少し部下の様子見てきても良いか?

――寝言はやること終えてから言いなさい。それにさっさと終わらせれば良いだけの話じゃない。

 それでも旬の料理を夢見て昨日の方向を向く常連客一向。少々その背中に砲撃を加えたい。だが、彼らは外せない戦力の一部。下手な真似をするのは愚かだ。やる気がマイナスであるのも好ましくない。
 私も今すぐユウキに会いたい激情に抗っているというのに身勝手な。強く握ったこぶしから血が溢れそうになる。一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、仕方なく魔法の言葉を口にする。

――そんなことして、手遅れになっても良いの?

――おいスオウ。何油を売っている? 早く行くのだろう?

――ほら早く行くわよ。あなたがいないとあそこにはたどり着けないのだから。

 口にした言葉のせいで彼らのやる気が俄然上がり、私の殺意が別方向で滾る。とりあえずそれは今はお預け。世界の根源に向けた余りを彼らにぶつけることにしよう……



[14976] 優鬼消滅ルートより、分岐エンドが一つ
Name: ときや◆76008af5 ID:e16efd8c
Date: 2010/06/20 23:05
 壊れる。壊れていく。何かが、何もかもが。
 何が壊れていくのかが分からない。何が失われていくのかがもう分からない。それでもそれはとても大切な物で、奪われたくない僕の、私の、私たちの――



 亡国の古城を覆う廃墟に久しく聞かない人々の足音が響く。数からしておよそ数十万。種族も統一されておらず、大勢の人間の中にはエルフや獣人といった亜人の姿も数多く見られる。
 やれやれ、元はと言えば彼ら魔法を使う者達の祖である魔族も嫌われたものだ。私のためにここまで大勢の軍が動くとなれば祖国のほうもすでに存亡の危機に立たされているかもしれない。近頃付き合いだした旧友の魔王、アリーシャがいるだろう方角に目を向ける。
 冬の厳しい寒さに春の温もりが混ざり始めたこの季節。誰が言い出したのか思い出せない定例の花見は今回ばかりは延期になりそうだ。

――全く、花を愛でる暇すら与えないとは……人も落ちぶれたものだ。

 呟きながら剣を抜く。魔力を滾らせ、目の前の敵をにらむ。先日、龍族の曰く強硬派の連中が喧嘩を売ってきた。彼らが表立って行動できるとなれば、あの古龍の身に何かあったのだろう。
 本当にやれやれだ。たかが力を持ちすぎただけで群れて殺す理由になるとは。私は、少なくとも私たちは平穏に行きたかっただけだと言うのに。

――いや、どうでも良いことか。

 残念ながらどのような大軍で来られようとも私は殺されるつもりは無い。死ぬつもりも無い。そんなことをしては早々と死んでしまった彼に向ける顔が無い。
 ああ、また「彼」だ。名前も顔も、接点すらも思い出せない人。何も思い出せないくせに私は何故か、彼のことを覚えている。不思議と彼のことを考えるのは悪い気はせず、むしろ楽しい。それがことさらに彼が誰なのかを知りたくさせる。

――……行くぞ。

 本来なら私はアリーシャと手を組むべきだ。しかし異端者と蔑まれ、悪魔と恐れられた存在を果たして魔族の国の皆は受け入れるだろうか。答えは否。故に先日の誘いは断った。
 今思えばそれは確実に愚行であり、今考えればそれで良かったと思える。何せ、私はそう簡単に死ねない。ティオエンツィアもアリーシャも、ゼノンも同様に異常なほど死ににくい。
 だから今、この時になってようやく死ねると思えば、あの手を振り払った決断は愚かしくも正しいと言える。例え彼に怒られ、呆れられようとも、きっとその先でまた会えるなら。きっとこの先に、会うことが出来るなら。

 紅の、それを持つ者以外に取って皆等しく猛毒である魔力の奔流が身を襲う。どうやらダルクヴァロワ国の姫も来ているようだ。しかしその力に前ほどの冴えはない。おそらく手段を選ばない人間どもに洗脳されている。
 出来れば今の記憶が残っていなければ嬉しい。残ればきっと彼女は悲しんでしまうから。そうすれば私自身も辛い。何故か、辛い。

 私を襲うは幾千幾万の殺意。それが形となって身体を切り刻む。その度に身体は熱を帯び、瞬間的に再生する。やはり、死ににくい。
 どうして世界は私をこのようにしたのだろう。もしも容易く死ねるのならば、人のように儚く、今際の際に咲き誇ることが出来るならば我が人生は大輪の花となり、散りゆくことが出来るのに。

――アリーシャ、悪いが先に行かせてもらう。何……席は残しておくさ。

 冬の厳しい寒さも終わりをつげ、春の暖かな日差しが眼に眩しい今日この頃。未だ咲かぬ桜の花を思い浮かべながら私は、残された力を全て剣に捧げ、やるべき事を行う。

――残念だが人間ども、貴様らにこれをくれてやる気にはならない。まだ私には、私たちにはこの剣が必要なのでな。

 そして、落とすようにして振り、この地の全てを消し去った……

――…………

 言葉が出ない。出そうで出てこない言葉が出ない。もしも今、その言葉を言えたなら、もしも今、あの声が聞けたなら。私はそれだけで、救われるのに。



 咲いた花は散りゆく運命に逆らわず。

 ただ咲き続けた花は散る運命に憧れ。

 長く咲いた桜は、冬の到来とともに散り。

 それを夢見た者は胸に切なさと痛みを抱えつつ見送り。

 伸ばした手は――伸ばされた手は果たして誰に届いたのか。





 とうとうこの時が来たか。いや、やっとこの時が来たか。
 待ち焦がれていた時を眼前に控え、私はゆっくりと玉座より腰を上げる。我が同族たちには彼らが来る前に避難を命じている。今となっては世界に散らばり、やがてはその血を多くの種族と混ぜ、世界に溶け込むことだろう。やることは、全て終えた。

――私の役目……王の役目。

 王の役目、別にそれは国を守ることではない。いや、確かにそれだが、ただ土地を守ればいいのではない。確かに現在、魔族の国は形を失い、千年もすればお伽噺に出てくるような伝説となるだろう。
 それでも我々の思いは、我らの血は世界に脈々と受け継がれていく。民もきっと、生きて行く。私が居なくとも生きていける。

 玉座より腰を上げる。ふと気まぐれに作ったもう一つの玉座は未だに冷たい。本当にどうして、こんなものを作ったのだろうか。座る者など、誰一人としていないのに。滅びゆく運命にある国の玉座に座って良い者は、私以外いないと言うのに。
 まさか、ヴァランディールのため? いや、それはない。あれは私の幼馴染で、旧友で、親友で、ライバルで。だから私が背を預けることはあっても、決して隣にいてほしいとは思わない。
 では、何故。それが、分からない。

――ようこそ、というべきかしら? 勇者御一行。

――やっと、見付けたぞ……魔王!

 そう言って勇者が血で濡れているためか、それともそもそもそんな色なのか分からないほど黒い剣を振る。それがどうしようもなく胸を痛めつける。
 確かに、あの聖剣――聖剣とは名ばかりの魔剣は余りに狂っている。一国の全ての国民を可能な限り残虐な殺し方で惨殺し、そして生まれた血、怨念、魂を元に生み出した、負の感情により相手を殺す聖剣。
 曰く、魔王がいない時は教会の教皇の娘を鞘にするそうだ。ただ抜く時はどういうわけかその娘は死に至る。そしてまた聖剣は強くなる。彼はそれを知っているのだろうか。命を食らい、命を必要とする狂った秘密を。
 いや、知らないだろう。知ればきっと即時破壊しようとする。そう言う人物が代々勇者となっているのだから。

――やっと見つけたも何も、私は逃げ続けた覚えはないのだけど?

――……確かに、そうだな……

 勇者一行の一人、賢者の振りをしていたゼノンはどこに行っているのか。もしやどこかに帰ったか。それとも私たちと繋がっていることがばれて殺されたか。まあ気にするほど出のことでもないか。

――とにかく、人々の平和のためにその命、貰い受ける。

――はい、分かりました……と言えるほど、軽い命じゃないのよ。欲しければ奪ってみなさい。男の子なんでしょう?

――無論、元よりそのつもりだ。

 障壁を張る。そこに叩きつけられた怨念は気持ち悪い。遠慮なく私の命に手を伸ばす。だが、悪い。残念ながら私に触れて良いのは、私を奪って良いのは、私がこの体、命に至る全てを捧げると誓ったのは、貴様らなどではない。

――失せろ。汚らわしい。

 心には心で。何故か非常に不快に感じたその怨念を一声で祓う。
 ああ、そう言えばあの口うるさい腹黒、私が殺されて勝手に仇を取ろうとか思わないでくれるだろうか? むしろそう民草を先導し、国を立てそうだ。いや、しないか。
 彼は良くも悪くも善き為政者だ。決して個人的な感情で民を不幸に陥れるような真似はしないはず。

――ハァア!!

――弱いわね。人間のくせに、勇者のくせに、あの人より弱い。

――何、だと!?

 剣を弾く。魔法を返す。周りに浮かせた高圧縮魔力弾を放つ。未だ私は先ほどから一歩も動いておらず、二つの玉座は傷一つどころか塵一つ積もっていない。

――死ぬ前に覚えておきなさい。力だけでは守れず、思いだけでは救えない。運命がある限りこの手は届かず、それでもこの手を伸ばさずにはいられない希望を人は――



――夢というのよ。



――あなたにそれは、あるのかしら?

 私には、どうだろう。あったのかもしれないし、もしかしたらそれは勘違いかもしれない。それでもきっと、あったのだろう。そして今なおあるのだろう。
 心が焦がれるこの感情を何と言うのか。そんな言葉すら知らない私でも、分からない今も求めてやまない何かが存在する。それは確かに言えること。
 だから、あるはずだ。何せこの感情を忘れずにいられることにとても喜びを感じるのだから。



――アリーシャ、悪いが先に行かせてもらう。何……席は残しておくさ。



 ふと、耳に耳障りな音が響く。その声はヴァランディールの者だ。内容としては悲しまなければならないのに、だがそこに悲しみは一切ない。そして私もまた、古き友が逝くと言うのに何故か静かに見送っている。
 彼は差し伸べた手を振り払った。それは余りに愚行と言えるが、それでも何故か私は、アレで良かったと思う。
 強すぎる私たちは容易く死ねない。死ぬことが出来る時など人生の中でも数回程度だろう。それを逃せば、きっと永遠に世界に囚われ続ける。
 だから、ああ。やっと死ねると言うのなら私は喜んで見送ろう。

――戦いの最中に余所見とは余裕だな。

――……無粋な人ね。友一人を見送る暇すら与えないなんて……まあ、仕方がないかしら。

 右腕を失った。それだけだ。まあ人間にしてみれば割と善戦している方か。はたまた私自身、この戦いに気が入らないのか。ここは圧倒的に後者だ。
 死が訪れない長い生に、流石に私も飽きてきた。ここいらでそろそろ幕を下ろすべきだ。

――ティオエンツィアも死に、ヴァランディールも逝った。ゼノンも今やこの地にはおらず、アウルも消滅した。スオウは姿を消した……

――……何の話だ?

――……良いわ、勇者。あなたにあげるのは気に食わないけど、私を殺させてあげる。

――は?

 呆けている間に彼が残した希望を引き寄せる。そしてそれにありったけの力を込める。

――まあせいぜい、人間同士殺し合うことね。それじゃ、さようなら。

 そして、私を十分に消滅させることが可能なほど強まったそれを心臓に突き刺した。



――当然。まだこの世界を味わい尽くしていないというのに、誰が好き好んで死にたがるか。

――それが理由?

――や、でも十分でしょ? 目の前にまだまだ面白いことがあるんだよ。それを楽しまずにして死ぬなんて、ねぇ。未練しか残らない。

――でも人の生はたった百年よ。まさかその間に世界の全てを楽しむつもり?

――うん。ただし、僕の世界だけどね。



 ごめんなさい。名も姿も思い出せない人よ。私は何もできずに終わる。それをあなたはしかるだろうか。それとも、どうするのだろう。
 ごめんなさい。誤ることしかできないほど私は無力だけど、でも私は、今でも。

 その姿、その名前、その声、あなたの全てを忘れた今でも、私は――



――この思いは、忘れない。



 奪われたものは多くとも、それでも奪われないものがある。

 輝きを支えに生きていけども、焦がれる想いに逆らえず。

 唯一つの蕾はきっと美しい花を付けただろう。

 しかし光無くしては蕾は咲かず、枯れ果てた。

 だがきっと泡沫の、夢幻の空の下で蕾は、咲くことだろう。





 眼が覚めるとそこは暗闇の中だった。起き上がろうとも既に両腕両足はない。力も封印されている。
 何故このようなことになったのか。理由なんて考えても分からないが、ただ同族――否、龍族の敵が私を眠らせ、その間にこんな風にしたのだろう。何とも、酷い話である。
 そこまでしてヴァランディールが憎いのか。そこまでアリーシャが恐ろしいのか。そこまでして貴様らは、自らの言葉に逆らう私が気に食わないのか。
 こうなった手前、どれだけ恨みを募らせ、憎しみで牙を研いでも意味がない。もう私には彼らを処罰する力も、ましてやここから逃げ出す力もない。

――もう、彼らは死んだのだろうな。

 何となくそう思い、不謹慎ながらもそれが事実であると感じた。ならば、良かったと言えるのは何故だろうか。
 私はこれからどうなるだろうか。少々思考を巡らせる。殺せたのに殺さなかった。そこに理由がある。

――子を、作らせる気か……

 無理にでも自らの子を作らせ、それを族長にすげ帰る気か。考えてみれば容易く分かることだ。吐き気がするほどおぞましい。全く、そこまで知能が浅いとなると龍ではなく竜ですらなく、唯の羽付き蜥蜴だ。害獣以下だ。
 さて、再び思考を巡らせる。私を眠らせ、あまつさえ四肢を切り落とし、再生を不可能にしたあのおぞましい、何故かなくなった無縫天衣に良く似た布。あれは一体、なんだったのだろうか。少なくともこの世の物でもなく、人が作れる物でもない。

――何はともあれ、備えあれば憂い無しか……礼を言おう、ヴァランディール。

 空中に浮かぶ剣を引き寄せる。力はないが、これに込められている二人の力をもってすれば、弱まった私など十分に消滅できる。むしろできないわけがない。

 夢を、夢を見ていた気がする。それは幸せな夢で、乾いた心が満たされていた。見失っていたものが見えていて、全てがとても輝いていた。だがそれは夢で、記憶に残っていない。
 ただ幸せだったのは良く覚えている。とても分かっている。何故か犬猿の仲だったアリーシャ、ヴァランディールとも何気なく酒を飲む仲となっていた。
 その夢はずっと見ていたいものだった。しかしながらすぐに覚めるものと、終るものと分かっていた。だと言うのに、何故だろう。終わり方が気に食わない。何時終わったのかもわからないのに、そう感じる。

――…………

 三文字の言葉を出したい。でも出ない。出そうでも何故か、どのような言葉なのかが分からない。それがとても口惜しく思う。
 きっとその言葉が分からずともこの口から漏れたなら、この乾いた心が満たされると分っているのに。だからこそ、焦がれる。

――まあせいぜい、派手に逝こうか。

 今後世界はどのような形となるだろうか。それを私は見たいと願わない。何故ならもうここで夢を見ることは叶わない。故に私はまどろみの中、夢を見れる場所を夢見て、ただただ剣を、突き刺した。



 四季は巡り、花は移ろい、風が吹く。

 いつか見た幻想は、あの日見た夢の続きは果たしてどこに在るのか。

 唯それを求めて彷徨い歩くその先の。

 求めて止まぬ夢の果てに。

 咲き誇る桜花の下で……





 両手が黒みを帯びた赤で濡れている。これは血の色だ。未だに生臭いその臭いに気分が悪くなる。慣れているはずなのに吐き気が襲う。
 ふとおぼろげな視界で辺りを見回せば、そこには何もなかった。唯ただ少々焦げた土が地平線を見せるほど広がっている。なのに花は敏感に肉の焦げた臭いを嗅ぎとる。
 ではここは戦場か。その割には辺りにしたいなど無く、むしろ何もない。本当に何があったのだろうか。

――気持ち悪い……

 やってはいけないことをした気がする。こんな時は飛び切り美味しいローズティーを飲みたい。だがそれも叶わない。何故なら周りには何もないのだから。
 いや、ある。少し離れた所に唯一の何かが存在した。私はそれに引き寄せられるかのように歩み始める。

――……剣?

 脈動するかのように赤黒い魔力を放ち続ける漆黒の剣。見たことの無いそれに感じたことのある温もりを感じる。

――ヴァラン、ディール様?

 そっと風が頬を撫でた時、不意にそんな言葉が漏れた。ああ、そうか。そう言うことか。
 このような状況を作ったのはヴァランディールで、このような状況を作らせたのは私か。大方、操られていたのだろう。そして戦わされた。彼らに叶う人間は数少なく、私を含めても片手で足りる。その内私を除いた人々は魔王の方に向かったに違いない。
 辺りを見回す。そこには何もない。もう私を拘束する五月蠅い人々も無く、権力も無く、地位も無く。薔薇のようで綺麗だと褒められた神は既に白く、誰が見ても私をローズブラッドだと思う人はいないだろう。
 だから、自由だ。自由でも、こんな自由は余りに、余りに。

――救われない……

 例えそこが箱庭であろうと、私はあなた達と居たかった。親しい人と共に酒を酌み交わし、笑いあいたかった。もう、私だけでは、足りない。
 空に浮かぶ満月は煌々と夜空を照らす。その儚き天上の花に想いを馳せる。

――願わくは、来世も彼らと、共にあらんことを。

 どれ一つとっても欠けることを許さず、それなくしては完全ではない。私は救われない。だから、逝こう。彼らのいる場所へ、彼らの向かった場所に。
 ああ、この人生、無駄に終わらせてしまう。

――ごめんなさい。

 不意にそんな言葉が漏れた。その理由は分からない。でもどうしても謝らなければならない気がした。多分きっと、月のせいだ。



 凍えるほど寒い夏。

 満たされない心ではどのような温もりも無く。

 身体が知った温もりを求めて幻想の華に思いを馳せる。

 焼けるほど熱い冬。

 求めて止まない願いは、雪月の中咲く桜に届いたか。





 草木が生い茂る廃墟を見下ろせる丘の上、唯一つある名もなき墓。その下には何もなく、別にこんな場所に作る必要はない。なのに俺は作らなければならなかった。逆らえない衝動にかられた。
 その墓の主の名前は知っている。だから本来は掘るべきなのだろう。しかし何故か、その名だけでは不十分な気がした。故に、名無しの墓。

――なぁ……これで良かったんだよな?

 圧制を引いていた世界の者どもを懲らしめ、他者を侵略する奴らを滅ぼしまわった。あの日俺たちにされた悲劇は二度と繰り返されないよう、回り続けること幾星霜。
 酒を酌み交わせる友もいない世界で一人生き続けるのに流石に疲れた。だがその甲斐あって、今は多くの人々が救えたと言える。当然それは俺の傲慢なわけだが。

――なら、そろそろ寝ても良いよな……

 幾万幾億の世界を巡った。そこに求めるものがあると信じて回った。しかしどこにも俺の求めるものはなく、今となってはもう世界より無くなったと悟った。
 もう、疲れたんだ。

――というかよ、あいつら絶対死ぬの早過ぎるぜ。俺一人だけこんな所に残しやがってよ……

 近頃夢で良く見る。咲き誇り、散り始めの桜の下で皆が等しく笑いあう光景を。しかしそこに俺の姿はなく、手を伸ばせど見えない壁に阻まれる。
 空いた席は、存在した。空の器がそこにあった。主催者らしき人が時折をそこをきにしていた。その都度俺は、もう少し、あと少しだからと伸ばした手を引っ込めた。

――なぁ……俺の分はまだ、残っているか?

 もっと綺麗に咲く桜を知っている。もっと良い酒を知っている。もっとうまい料理を知っている。もっと、もっと、もっと。
 だから、そろそろ逝っても良いか?

――いや、残しているよなぁ……

 親友が残した剣を構える。これにはたびたび助けられた。その分誘惑も強かったが、まあ割愛。
 後釜は残した。俺と腹心との間に出来た子だ。まだ幼い所はあるが、上手くやるだろう。少なくとも悪くはしない。そう信じる。

――まあ味気はなかったが、それなりに楽しめた人生だ。心残りがあるとすれば……結局本当に欲しい物は一つしか手に入らなかったぐらいだな……

 全ての力を剣に込め、我が身に突き刺した。



 温かな日差しの下、峠を越え散り始めの桜。

 その花びらを数えながら歩みを進める。

 もちろん、ここは存在しない。

 それでも構わない。

 構わないだけの、幸せが存在する。





 蝕むようにこの身が消滅していく。何の前触れもなく世界によって管理者を止めさせられた結果だ。
 消滅する、その結果に抗おうとは思わない。むしろ喜んでそれを受け入れよう。もう世界の在り方には飽きた。我はもう、ここにいたくはない。居たいと望まない。生きることすら、拷問に感じる。

――だが、のぅ……

 奪われ奪われ奪われたままでは気が進まない。攻めて彼らの記憶だけでも。例えその名や姿がもう思い出せないとしても、しかし思いだけは、奪わせない。
 滅びゆく体に渇を入れ、残されたわずかな力を総動員する。忘れらせない。忘れさせてたまるものか。ありもしない力が沸いてくる。

――良いか、世界よ。人は、強いものじゃよ?

 事実としてユウキはこの世界に存在した。そのあかしを残せないとしても、それでも絆は。皆が思ったその思いまでは、消させてなるものか。
 消させてしまっては、奪われてしまっては余りに救われない。皆も、何よりユウキ自身が。だからこそ、この身滅びるとしてもそれだけは守り抜かねばならない。

――ああ、確かにわしは管理者。主の下僕じゃ。されどわしは、人である。いと弱き人であることを誇りに思う。

 そんな思考を持ったからこそ、我は消される。こんなことを思わなければ、我ら管理者だけが彼の存在を覚え、その痕跡を胸に刻み続けることが出来るだろう。
 しかし、それでは余りに意味がない。我らだけでは余りに意味がない。そんな事、彼が望むわけがない。だからこそ、力を込める。



――行くぞ、世界よ。これが人間の、夢を諦めぬ者どもの、意地と言うものじゃ。



 奪われ、消され、そして滅ぼされる。

 それを良しとしないのが人であり。

 無駄と分かりながらも抗う者。

 弱くともいと強く、賢くとも愚かである。

 故に人の夢は、儚くも咲き誇る夢は美しく。





 だんだんと感覚が消えていく。感覚が消えている所は既にもう、身体自体がなくなっているのだろう。優鬼はこんな感覚に身を襲われながらも大丈夫と笑い続けたのか。今思えばそれはとても、強いことだ。
 優鬼が消された。完全に消された。だからもう、あの人たちの記憶から優鬼の事は消されている。それが無性に悲しくあり、それが無性に辛い。でもお陰で泣かずに済んでいると思えば、さて優鬼は笑うだろうか。

――…………

 もうそれも分からない。必死に伸ばしたこの手が優鬼に届かなかった今、そんな事は分からない。
 消されたくない。消してほしくはない。だから伸ばしたのに、一歩、いや二歩。三歩四歩五歩、どちらにせよ圧倒的に私の手は、彼に届くことはなかった。一人ではどうしようも出来なかった。

――でも、これで……

 世界に逆らった者の末路、それは消滅。しかしそれは、優鬼が居なくなった今となってはとてもありがたい。何せ死ねるのだから。こんなにも辛い思いをせずに済むのだから。そう思えば、救われる。

――優鬼、あなたの元へ、行ける……

 そんな事を喜ぶ不甲斐無い妻を、彼はどう見るだろう。でも、あったら最初に甘えさせて欲しい。その胸で今までためてきた涙を枯れ果てるまで流させてほしい。
 眼を閉じる。それだけであるはずの無い温もりが身を包み、綺麗だったあの日々の夢がまぶたに映る。



 どこか遠くで響く風鈴の音。少々暑い、夏の日。眼を開ければそこに優鬼がいて、夏の日差しにやられた私に膝枕していて。

――疲れた?

――……少し、ね。

――そう。じゃあ少し休憩しようか。

――ええ……

 人より若干低い体温がとても気持ちよくて。木漏れ日と、心地よい風がどこまでも気持ち良くて。
 夢の続きが、どこまでも輝いて見えた。もしもあの大学生活が何時までも続いてくれたなら、それはそれはとてもきれいだっただろう。でも現実には終りが存在し、遂に訪れた終わりに私は、嬉しさを覚え……



――疲れた?

 不意に、そんな言葉が心に響く。有り得ない、そう感じながらも瞼を開けると、何故かある優鬼が、あの日のように私に膝枕をしていて。

――……少し、ね。

 黒い髪ではなく白い髪、黒い瞳ではなく紅い瞳。昔の、いや本来の優鬼の姿だ。なのにだんだんと、身体から光が漏れて行って。
 今ではもう、向こう側がかすかに見えているほど薄くなっている。

――そう。じゃあ少し休憩しようか。

 耐えて、来たのだろう。消される運命に抗わず、消される時間に抗って。だからこの姿は残りかす。どちらにせよ、消されるのには変わりない。手は届くとも、この手は届かない。

――ええ……

 でも、私は構わない。最後の最後に優鬼に会えたのだから、もう構わない。私は、幸せだ。



――おやすみ、蘇芳。

――おやすみなさい、優鬼……



 どちらが先に消えたのか、そんな事はどうでもいいことだ。





 僕の、私の、私たちの、大切な記憶。

 壊れないよう胸にしまって歩いていこう。

 この先何があるのか分からない。

 何より、僕らはもう死に行く運命だ。

 それでも忘れずに……



後書き。

感覚思い出すにはオリジナルを書くしかないと思って頑張った結果がこれだよ。
ちなみに、分かるかい?

これでまだワーストじゃないんだぜ?

まあバッドやノーマルは優鬼視点の判断だけど。

とりあえず分かったことが一つ。
全部決めるオリジナルとある程度決まっている二次創作じゃ、どうしようも出来ないことがあるようだ。



拍手返し。遅れて済まない。詫びの言葉もない。
そして優鬼消滅よりマスター出て来ず。済まない以下同文。



>>ガルス様

とりあえず、優鬼に戦闘させるのは結構無理がありました。
また書き直すのは面倒なんだよなぁ……



>>きよふみ様

悲劇エンドから書きたくなる、この思い…………まさか嫉妬?


>>taisa様

ネタさえ頭にあれば後は周りの環境によっては……
レポートってすごいね。あるとないとでは筆の進み具合が違う。
レポートって……すげぇな……締め切りヤベぇ……


>>RMEXE様

後でちゃんと、ユウキに届けておきます。
安心してください。


>>ILLUSION様

頑張って、行きたいなぁ……



[14976] 2010年クリスマス特別短編
Name: ときや◆76008af5 ID:e16efd8c
Date: 2011/01/31 16:32

 この世界は非常に興味深いところがある。その一つにあげられるものといえばやはり年月と行事だろう。一年は十二ヶ月、一月はおよそ三十日。そして年中行事のほうもどこか日本に似ている。
 正月に始まりバレンタインデー。花見を繰り返して夏祭り。収穫を祝って彼岸を行い。何故かハロウィンのようなものがあってクリスマスを過ごし、年末を偲んで来年に心を躍らせる。ハロウィンと言えば昔にアリーシャさんがハロウィンとクリスマスの行事内容を間違えたか。それも今となっては懐かしい思い出だ。
 それぞれ謂れは生前の日本の謂れとは違う。起源も違う。当然の話だ。しかしそれでも似たような行事が多いというコトは即ち、どこであっても人の心は同じ。年月の数え方が似ているならば逸れも似るということか。
 今更そんなことを思い出す理由はそろそろ年末を控えたので大掃除をし、その行動のお陰で色々と思い出されたからだ。特に一年を振り返ることが多い年末、今日やるべき全ての仕事を終えたので少しのんびりしよう。



 一方的に死に別れた蘇芳、確認とも思える行為でしかないのだが、思えば僕が彼女とした恋人らしいことは少ない。稀少だとも言える。告白するわけでもなく自然と付き合い始めたのだから無理もないといえるが、しかしながらデートの一つすら切り出さなかったのはいようと思えよう。あるいはそれは、自分がこうなることを見越して自然と行ったのか。
 いや、下らない。ともかくそんな稀少な出来事にあるクリスマスが数えられている。性格にはその前夜だが、同じだろう。さて、いつものようにゆっくり過ごすわけではなく、珍しく彼女が我侭を言った日の出来事。我侭、は言い過ぎか。それは恋人として当然の欲求だ。

――ねぇ、優鬼。

――ん?

――ちょっと、お出かけしない?

 先日に大学も冬季休講となり、取り立ててすることもないためゆっくりしていた午後、蘇芳が前触れも無く切り出した。取り立ててすることもない。現に今ものんびりと本を読んでいるだけだ。ならば冬に出掛けるのも悪くない。
 蘇芳はその返事を聞くととても嬉しそうに事実に戻っていった。さて、今日は何かあったのか。考えても一向に分からないため手早く諦め、自分も用意する。コートを羽織り、マフラーをして手袋をはめる。冬は冷える。身体を冷やすのは健康に悪い。肉体が異常に弱い僕なら当然だ。
 念のために車の鍵も用意して玄関いて彼女を待つ。お出かけといってもそれほど長くは出掛けることもないだろう。その時は夕食の時間までには戻るのではと考えていた。

――お待たせ。

――ん、それじゃ行こうか。

 そんな甘い考えも準備を終えた蘇芳の姿を見て消し去った。いつも通りのように見えるが、しかしながらいつもより入念だ。気合の入れ方が違う。ならばやはり今日は何かあるのだろう。考えてもやはり分からない。
 恐らく聞けばすぐに答えてくれるに違いない。しかしこんな時に聞くのはどこか野暮ったい気がして僕は聞くことをしなかった。
 それから車で中心街に出掛ける。車のほうは駐車場に止めておき、そこからは徒歩のようだ。中心街も何故か大量に飾られている。夜間で歩くことが無いので余り気にしていないが、恐らく夜はイルミネーションでかなり煌びやかになるだろう。
 辺りを見渡す。そこかしこでメリー・クリスマスという文字が見受けられる。クリスマス、僕の記憶が家族で静かに救世主、キリストの生誕を祝う行事だったか。しかしながらキリストの生誕がいつかで論争があるため、もしかしたら日が変るかもしれない。
 ともかくクリスマスは明日のはずで、今日はその前日にしか過ぎない。なのに既にクリスマスとはどういうことだろう。良く分からない。

――最初に何をする?

――ちょっと買い物。ほら、優鬼は余り買い物しないじゃない。こんな機会でもないと……出来ないし。

――えっと……何が?

――内緒。さ、行きましょ。

 手を繋いで腕を引く。まだ日は高い。そう入っても冬であることに違いは無く、手袋無しで過ごせるほどここの冬は優しくない。当然蘇芳もそれを知っているはずだ。しかし彼女は何故か手袋をしていなかった。
 そのためだろう。心なしか僕の手を引く彼女は少し辛そうで、残念そうだ。後で服飾店に寄った時に手袋を買おう。流石にそうやって凍えられるのは気分が悪い。僕の手袋を渡すという手もあるが、しかし彼女はきっとそれを良しとしない。
 そこそこいる人の中を二人歩く。今まで春は桜林の中で過ごし、竹林の中を彷徨った。梅雨の時期に紫陽花を鑑賞し、夏には避暑を求めて清流の近くを歩いた。秋には紅葉を集めた。しかしその中でこのように人ごみの中を歩くことは決してなかった。僕も彼女も人ごみを嫌うため、それは当然の帰結だ。
 だから今を新鮮に感じる。どうせ正月に比べることが馬鹿らしくなる人だかりの中にいることになるが、しかしその隣に誰がいるのかでこうも感じが変わるのか。そんな単純な人の心を何となく嬉しく感じた。ただまあ、何か足りない気がする。

――ここに寄りましょうか。

――……欲しい物があるなら作るけど。

――だめよ。それじゃあつまらないじゃない。折角いつもと違うのだからいつもと違うことをしないと。ね?

――そういうものかな?

――そういうものよ。

 最初に寄った場所は僕自身生涯で一度たりとも客として寄ったことがない場所、宝飾店だ。作製、製造、創造。それに呪いを求め、自ら呪われた狂気の一族。勿論装飾品も例外ではない。故に全てを作り、買う行為を必要としない。

――ねえ、似合う?

――んー、サファイアが少し大きい気がする。こっちのほうがいいんじゃないかな?

――そうかしら? 私はこちらの方が好きだけど。ほら、いろんな種類があって綺麗だから。

――悪くは、無いんだけどね……いろんな種類があるほうが良いならこちらの方が似合うと思うよ。

 結局、その店で何か買うことは無かった。もとより何か欲しい物があってという雰囲気もない。宝飾品の類も家に十分にあるため、これ以上求めることもない。
 どうやら本当に何となくのお出かけなのかもしれない。明日がクリスマスというのも何らかの偶然でしかないのかもしれない。続いて服飾店に立ち寄った。都合良いとこっそり手袋を購入しようと品定めしているところを捕まり、似合っているかどうかを何度も聞かれた。
 とりあえず言わせて貰いたい。寒いなら手袋をまず買いなさい、と。それでもやはり前回同様何もかわずに出て行ったのは何故か。少し問い詰めたくなって止めた。
 自分も時折理由も無く、意味のないことをする。無駄だ、無価値だ、無意味だ。そう分かっていてもしてしまう時がある。恐らく蘇芳にとって頑なに手袋をしないのはそういうものなのだろう。ならば自分が口出しする必要はない。ただ、凍えていられるのは正直目に毒だ。

――はぁ……

――やっぱり寒いね。

――ええ、本当に……もう冬ね。

 手を合わせて息で暖める姿がとても痛々しい。果たしてそう感じてしまうのは自分だけだろうか。辺りを見渡すと何故かカップルが多い気がする。クリスマスは家族で祝う行事だ。それともやはり日本では違うのだろうか。違うのだろう。
 まあいい。ともかく彼ら、彼女らは一様に手を繋いでいる。その姿が本当に羨ましい。僕の基礎体温は基本的に低く、繋いだところでそこまで温かいものではない。だから軽々しく繋げない。

――ねぇ。

――ん?

――今日、雪は降るかしら?

――あー……どうだろう。でも僕としては降ってほしくないな。

――どうして? 綺麗でしょう?

――雪は冷たくて、寒いから。寒いのは苦手なんだよ。

 空を見上げた彼女に釣られて僕も空を見上げる。商店巡りをしているといつの間にか時間は過ぎていたようで、既に空は茜色を帯びている。そして空にはどんよりとした雲が広がっており、今にも雪が降り出しそうだ。
 雪は綺麗だが、好きではない。雪、あるいは六花と呼ばれるそれは儚く、余りに冷たい。花は儚いものだ。しかし次がある。また次の年に見事に咲く。それに共感を感じるから僕は花が好きだ。しかし六花に次はない。儚さと冷たさだけが身に凍みる。だから雪は好きではない。
 冬の贈り物、それは人が恋をするほど綺麗だ。痛々しいほど綺麗で、僕の心を何故か抉る。まるで叶わない願いをそれが映している。そんな気がするほどに。

――はぁ、

 吐息の音が耳に響く。そんなにも寒いなら近くの喫茶店に寄ろうか。いや、それは止そう。近頃のチェーン店では原液を薄めて出すところもあり、またそうでないにせよ自己満足な拘りを感じる場所が少ない。
 もしもそういうところに言って愚痴を思ってしまえば気分が損なわれる。そんなことをするぐらいなら大人しく家に戻って炬燵に篭る。今晩は鍋でもしようか。それも悪くない。

――……あ、雪。

――ん、本当だね。

 夜になり、辺りはイルミネーションのお陰で夜と昼の境があやふやになっている。幻想的に飾られているといえば聞こえはいいが、しかしながら清流に生きる億万の蛍に勝ることはない。どれだけそれに似せようと、ただ綺麗にしていこうと幻想的という言葉は誇張だ。
 それでも雪がイルミネーションの光を乱反射させて落ちる様は見る者を立ち止まらせる。人には出来ない光景に人は憧れを抱く。今出来ないからこそそれを目指す。そうして人は海を渡り、空を飛び、そして今や星の海へと手を伸ばした。得たものがある。同時に失った物がある。空を飛んだ者に空への憧れは既に、ない。
 だからこそこの光景に立ち止まる。今は届かない、届けば忘れてしまうからこそ今を心に描く。雪が降る。思えばかなり寒くなっていた。吐息が聞こえる。だから手袋をすれば良いのに。その姿は痛々しく、手を合わせて暖める蘇芳の姿に足りないものを感じて。

――……手、冷たい。

――そういう優鬼も、手が冷たい。

 気付けば自然と手袋を外し、蘇芳の手に自分の手を重ねていた。外気に晒されたと同時に自分の体温は急速に奪われていく。おまけに雪が降っている。その雪が手に積もるとさらに体温が奪われ、僕の手はますます冷たくなる。
 断言しよう。こんなことして蘇芳の手が温まることはない。しかしながらせめてこの冷たい手でも風と雪から守れるならば、僕はこの手を重ねる。
 二人の吐息が合わせた手を暖める。相変わらず蘇芳の手は冷えたままで、僕の手も冷えたままで。でも何故か。それでも寒くないと、暖かいと感じるのは何故か。

――どうかした?

――いや、何でもないよ。

――……変なの。

 相変らず空から雪が降ってくる。この降り方であれば恐らく三日ほどは降り続けそうだ。全く、出かける時は一切雪の匂いがしなかったのだが。こんなことになるなら傘の一つでも持ってくるというのに。まあ、いいか。
 辺りを見渡せば行き交うカップルが嬉しそうな声を上げている。雪見酒も中々に乙であるが、しかし僕としては積もった雪と他の季節よりも良く見える月を見ながらの酒のほうが好きだ。
 本当に今年の冬は良く冷える。僕たちがこのようにして寄り添ったところで得られる温もりなんて僅かだ。しかしながらその僅かな温もりが何よりも温かいと感じるのは心まで冷え切っていることがないからだろう。

――優鬼。

――ん?

――メリークリスマス。

 そう言って蘇芳はそれほど大きくない紙袋を差し出した。恐らくクリスマスプレゼントだろう。正直な話、僕は今の今までクリスマスプレゼントを貰ったことがない。何せ何一つをとっても造ってしまうために必要とする必要がないのだ。
 そもそもの問題として自分は欲することがまずない。贈り物も何も望まない。ならばそれらがある必要性がない。そういう感情も相まって貰うことがなかった。それでも貰って、それも大切な相手から貰って嬉しくないわけがない。そこまで人の心が無いのではない。
 差し出されたプレゼントには手袋が入っていた。かなり薄手の手袋であるが、中々に暖かそうだ。一応自分は手袋を持ってきているが、と前自分がいたところに目を向ける。そこには雪が降り積もり、既に手袋の影形すら見えない。探せばすぐに見つかるだろう。しかしいたい思いをしてまで探そうとは思えない。

――メリークリスマス。でもごめんね。僕は何も用意していないや。

――ああ、大丈夫よ。プレゼントはちゃんと貰っているから。

――どういうこと?

――……バカ。

 続く言葉がそれか。否定したいが、否定できない。でもそれも仕方のない話だろう。何せそれが、人の心に聡明であっても人以上の心に疎い。それが自分なのだから。

――今日はクリスマス・イヴよ。それをあなたと祝えただけで、私には何よりのプレゼントよ。

――……そっか。

――でも折角なら、あなたが連れ出して欲しかったな。

――う、ごめん。

――別に構わないわ。あなたがそういう人だって言うのは最初から諦めているから。

 諦めていても僕から切り出して欲しかったのは本望だろう。しかし僕は年の割りに落ち着いている。悪く言えば老成し、枯れ果てている。おまけに傍にいるだけで十分なのだ。恐らく今後も一切デートに誘うことはないだろう。
 振り返ればデートと呼ばれるだろう事は何度もしている。しかしながらデートをしたことは一度もない。ただ揃って散策に出かけている。そんな普通の日常にしか過ぎない。もしもデートをそういった意味合いで訳すならば僕たちの日々が全てデートになる。

――でも……

――何?

――せめてキスの一つぐらい、欲しいな。

――…………

 冬は寒い。特に今年の冬は本当に冷える。だから人は温もりを求めて寄り添う。暖かさではなく温かさを求めて歩く。雪は痛みを感じるほど冷たく、だからこそ触れ合う温もりは愛おしく。
 空は相変らずどんよりとした雲が多い、雪は深々と降り積もる。道を木々を、ここをそこを何処も彼処も、そして世界を白に染め上げる。そんな視界に埋める白の中に見える他の色は良く映える。何より朱色は目に見えて鮮やかだ。
 気付けば茜色に染まっていた空も深い藍色に染まり、街灯とイルミネーションの無機質な光が辺りを照らす。クリスマスの音楽が響き渡り、昼以上の人々が街を行き交う。



――メリークリスマス



 声が重なる。少しだけ照れたように笑う蘇芳がとても眩しい。ああ、なるほど。彼女が言ったこと、今この時が何よりのプレゼントだと。確かにその通りだ。
 普通の日常の何気ない特別で、もしもその時を最愛の人と幸せに過ごせるなら。それは十分に贈り物となる。他の何と比べても見劣りのない贈り物だ。

――ねえ、そろそろ帰ろうか。

――うん、そうだね。

 ずっと立ち尽くすのも身体に悪い。だから再び歩き出した。今までと変らず、手を繋いだまま。しかし以前と違うのは繋がれた手が彼女の温もりを伝えてくれていることか。それが何よりも温かい。
 二人揃って歩く。積もった雪には二人分の足跡を確りと残している。しかしすぐに新しく積もり雪で消されていくだろう。それも構わない。
 過去を振り返れば切りがない。あの頃はよかった。その言葉を幾万と紡いだ所で今が良くなる訳でもない。何より、だ。



――やぁ、いらっしゃい。

――ああ、ただいま。

――ティアさん、それは違う気がするんだけど……まあいいか。うん。お帰り。

 街が聖夜祭といういわばクリスマスで静かに盛り上がっている中、来客である。それも常連でありながらこの春から一向に姿を見せていない人たちだ。ここまで全員が揃って一度に姿を見せるのは非常に珍しい。

――済まない。重大な急用でしばらく留守にしていた。

――いいよ、別に。こうして無事な姿を見せてくれるなら僕は構わない。

――そうか……ところでまだボトルはあるか?

――もちろん。

 その表情はどこか疲労が伺える。恐らく少し前まで大変なことをしてきたのだろう。何せ一週間少々であるかどうかも分からない物を見つけるヴァランディールが疲労を見せているのだ。想像を絶することで無ければ釣り合いが取れない。

――ユウキ、今夜は聖夜祭らしいわね。

――悪いけど、今年は行かないよ。流石に他の人たちを置いて祭りには行けない。

――ええ、わかっているわ。私も疲れているしね。今日はゆっくりしたい。

 珍しいこともあるものだ。いや、アリーシャが半年以上来なかった事を考えればそれほど珍しいことではないか。とりあえず汁粉でも出そう。今日はあの日のように良く冷えるから。

――……まあ、無事のようじゃな。

――いや、無事って……まるで人が危険な状態だったみたいじゃないか。

――当たり前じゃ。人に気付かれないように日常的に吐血しおって。そんな人間の何処が危険ではないと?

――ちょ、それは言わないで。

――ユウキ?

――少し詳しく話そうか。

――欲しかったなぁ……

 今となってはそれもどうでも良い事だが。終ぞ張るまであった体の不調は一時期死に損ないと思われるほど悪くなった。しかしながら峠を過ぎれば何とやら、現在はかなり良くなっている。いや、悪いことがない。

――ゼノン……何、その格好?

――いや、聖夜祭といえばプレゼントが基本だろう。だからまあ。

――とりあえず、似合っていないよ。

――知っている。まあともかくユウキにプレゼントだ。受け取れ。

 赤い服に赤い帽子、流石に口ひげこそ付けていないが、まるでサンタのような服装をしている。しかしながら、さて。確かにこの世界の行事はどこか故郷を彷彿させることも度々あるが、しかしここまで似ていただろうか。後で詳しく調べてみよう。
 からん、とドアに取り付けたベルが鳴る。誰だろうと其方に目をやれば。

――やぁ、いらっしゃい。いや、お帰りかな?

――…………ええ、ただいま。

――うん、お帰り。

――ただいま。

 幸せか。誰かにそう聞かれた気がした。



――お帰り、蘇芳。

――ただいま、優鬼。



 幸せだ。心はやっと、それを受け入れた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 降り積もる雪が街を白に染めていく。祭りだというのに辺りは普通の祭りと違い、ひっそりと盛り上がっている。それもそのはず。今夜は普段の祭りと違い、神を奉る祭典ではない。昔いた、いたとされる聖人に祈る祭りだ。
 そういう意味でこの祭りは故郷にクリスマスに似通っている。それも国教がキリスト教である諸外国ではなく、日本のクリスマスに近い。

――…………はぁ。

 冷たい手を吐息で温める。普段なら寒さを拒絶して寒さから身を守るのだが、現在それすら出来ない。他の人たちも同様に精々それができるか、酷い者だと今倒れても不思議はないほどである。
 何せ世界を敵にしたのだ。全員が全員五体満足であることですら奇跡と言っても良い。その分中身はぼろぼろで、見た目だけが無事という状態だ。もう一戦もしたくもない。むしろ歩きたくもない。
 可能性を支配する無縫天衣を使えばすぐに回復できる。しかしアレはユウキに合わせすぎた弊害だろう。守ることに特化しすぎて内部干渉の性能が劣化している。
 そんな満身創痍であるにも拘らずなぜ私たちは歩くのか。どこかに向かおうとしているのか。簡単な話だ。この目で結果を見るためだ。

――本当、これで遅かったら怨むわよ。

――誰を怨むというんだ? 今回ばかりは誰も怨めないだろうに。

――そんなのユウキに決まっているじゃない。

――ああ、なるほど。

 世界に勝った。勝ったと思われる。しかし結果としてユウキを守れたのか。救えたのか。それを確認するまでは私達は明確な勝利を得ることは出来ない。
 降り積もった雪を踏む音が鳴る。普段から寒暖の差を力で拒絶し続けていた。思えば雪とはこんなにも冷たかったか。冬とはここまで寒いものだったか。全てが懐かしく感じる。

――…………

 冷たい手を吐息で温める。しかしすぐにその体温も外気や雪によって奪われ、一向に温まることはない。どれだけ温めても、温めようと努力しても冷たいままだ。もはや手は痛いほどに冷たくなっている。
 ふと思えば手が冷えるなんてとても懐かしい。優鬼と一緒に過ごしていた頃の冬は外出する際、常に手袋をしていた。それ以後も力で寒さを拒絶していた。こういう風に手を温めるのは思えば、クリスマス以来だ。
 そう、あの日もこんな風にどんよりとした雲から雪が降っていて、人工的な光が辺りを飾って。思い出せばこんなクリスマスだったのかもしれない。場所は人こその際はあれど、風景としてはこんな感じだった。



 私と優鬼は何の理由も無く二人揃って散策することは多々あるが、デートに分類されることをしたことはまだない。特に冬は優鬼が虚弱のためにその散策でさえ機会が少ない。
 確かに見方によっては散策もデートに分類されるだろう。しかしながらそれらは余りに普通すぎた。日常の延長でしかなかった。一般的なデートと呼ばれるほど特別には感じられない。
 長く生きたというのに何を求めているのか。いや、長く生きてきたというのに今だ恋愛の一つも経験したことが無かったためか。だからこそ自分は妙に求めるのだろう。

――ねぇ、優鬼。

 今日も当然のように何事もない。優鬼は居間でゆっくり本を読んで寛いでいる。外を見れば青空が広がっている。それでもやはり冬、どれだけ晴れても寒いものは寒い。だから今日も家でのんびりと過ごす。
 それも悪くない。しかしながら今日はそれだけでは物足りない。いつもどおりの日常では物足りない特別な日なのだ。そう思いながら優鬼を見上げる。ちなみに現在、することがなくなったので優鬼に膝枕をしてもらっている。

――ん?

――ちょっと、お出かけしない?

――珍しいね……でも、うん。そうだね。お出かけしようか。

 今日は一応クリスマス・イヴで、日本では基本的に恋人同士で過ごす聖夜なのだが。もちろん優鬼はそれを知っているだろう。しかしながら知っているだけだ。一切の興味が無く、そんな日であることに気付いていないに違いない。
 それも仕方のないことだ。優鬼は良識人であっても常識人ではない。彼に普通の恋愛を期待するのはお門違いというものだろう。しかし諦めても求めてしまうのは間違いなく妙な乙女心のせいだ。
 ともかく今日着ていく服を選ぶ。今宵はクリスマス・イヴ。定番で選ぶなら赤あるいは白。所謂サンタクロースの格好をすれば流石に気付くだろうが、そうしてまで気付いてほしくはない。
 ならば普段どおりの格好か。いや、それもつまらない。何と言っても今日はクリスマス・イヴ。恋する人にとって特別な日なのだ。そんな日にいつもどおりなんて味気ないにも程がある。折角、優鬼をデートに誘えたのに。それも冬に。

――お待たせ。

 散々悩んだ挙句、結局ほとんど普段と変らない格好になった。それでもファーのついたポンチョを選び、いつもと違う香水をつけた。髪留めも変えて、普段より短めのスカートを穿いて。気付いてくれるだろうか。

――ん、それじゃ行こうか。

 優鬼は聡い。僅かな変化でも見逃さない。私の違いにも気付いているはずだ。なら少しぐらい褒めてくれてもいいのに。ちょっとだけ不貞腐れようか。
 せめてどうしたのと声をかけてくれれば、と考えて迷った。どうしたのと聞かれてもどう答えるべきか。何でもないというには不自然で、正直に答えるのは癪だ。やれ、我ながら困ったものだ。
 それから私の我侭で普段は一切足を運ばない中心街へと向かった。今日はまさにクリスマス・イヴ。本来祝うのは明日であっても中心街はまさにクリスマスムード一色であった。特に辺りを見渡せば年齢の近いカップルがそこかしこを行き交い、石でも投げれば確実に当たりそうだ。
 カップルの大概が手を繋いだり、腕を組んだりしている。私も出来れば手を繋ぎたくてあえて手袋を置いてきたのだが、残念。寒さにも弱い優鬼は抜かりなく手袋をしてきた。これでは繋いだところで肌の温もりは感じられない。
 冷えた手を繋いで互いに温める甘い光景に憧れていたのだが。そう思って力を切って久しぶりに冬の寒さに身をさらしているのに。ちょっといじけて力を戻さないことにした。

――最初に何をする?

――ちょっと買い物。ほら、優鬼は余り買い物しないじゃない。こんな機会でもないと、恋人らしいこと、出来ないし。

――えっと……何が?

――内緒。さ、行きましょ。

 と、本当に何を望んでいるのやら。優鬼の体は脆弱だ。手だけとは言え肌をさらせば直ちに体調を崩す恐れがある。そうなって困るのは優鬼本人であり、そうして後悔するのは間違いなく自分だ。後悔することを知って、私は何を考えたのか。
 冬の外気に晒され、手が酷く痛む。だからといって寒さを拒絶しようとは思わなかった。この痛みが自分の中にある何かを紛らわせてくれる。
 昨夜は雪が降った。その雪は今も積もったままだ。流石に中心街となると多くの人に踏まれ、その白さもかなり薄汚れたものになっている。そうなるともはや見るに耐えない。
 しばらく歩いてある店が目に付いた。宝飾店である。別に何か欲しいというわけではない。ただ何となく目に付いた。故に立ち寄る。

――ここに寄りましょうか。

――……欲しい物があるなら作るけど。

――だめよ。それじゃあつまらないじゃない。折角いつもと違うのだからいつもと違うことをしないと。ね?

 私も優鬼も基本的に無欲に分類される。一部例外を除けば普通人が欲するものを必要としない。金銭に対して興味はなく、権力を必要としない。私は神である故に必要とせず、優鬼は神楽の血のせいで必要としたなら作ってしまう。
 そのせいもあってこういうところとは本当に無縁だ。無縁だからといって思うところが無いわけでもない。欲しい物が無くとも興味が無いわけではない。曲がりなりにも私も女性であるのだから好きな人の前では綺麗でありたい。綺麗だとほめられたい。

――そういうものかな?

――そういうものよ。

 優鬼は何と言うか、自分のことについて余り語らない。聞いたところで明確な答えが返ってこないこともある。あるいは妙に気を使って教えてくれないこともある。
 私はこの時、優鬼が異常に体が弱いということは知りつつも、まさか店内のエアコンでさえ気分を悪くするとは知らなかった。権限を使っても優鬼に対しては一切の情報が得られなかったせいもある。
 それがいけないとは言わない。知ることが出来ないお陰で私は知ることに躍起になれる。もっと知ろうと努力できる。それもまた恋の形。しかし、知りたいことが知れないことにはやはりもどかしさを感じてしまう。

――ねえ、似合う?

――んー、サファイアが少し大きい気がする。こっちのほうがいいんじゃないかな?

――そうかしら? 私はこちらの方が好きだけど。ほら、いろんな種類があって綺麗だから。

――悪くは、無いんだけどね……いろんな種類があるほうが良いならこちらの方が似合うと思うよ。

 無論、そもそも欲しいものがあったわけでもなく、宝飾に人並みの欲望があるわけでもないので何も買わなかった。店側としては非常に良い迷惑だろう。あるいはもしや今後何かを買ってくれるかもしれないと期待したのかもしれない。どちらにせよ、興味のない話だ。
 それから何件か立ち寄り、寄ってみたいと思う店もなくなってふと、腕時計に目をやる。長くするつもりは無かったが、思ったよりも楽しんでしまったようだ。空も気付けば夜の彩を垣間見せ始めている。

――はぁ……

 かじかむ手を吐息で温める。冬の夜ともなれば寒さも一層に強まり、晒している肌から容赦なく体温を奪っていく。もはやどれほど温めようとしても一行に温まる気配などない。
 ポケットに手を突っ込んだならまだ比較的ましだろう。ただそれをしたなら優鬼と手を繋げない。それは嫌だ。結局、このまま耐えるしかないのだろう。そもそもこんな寒さを優鬼に求めた私が愚かだ。

――やっぱり寒いね。

――ええ、本当に……もう冬ね。

 空を見上げる。西の空はすっかり茜色に染まっているのに対し、大半が黒い雲に覆われている。今日は全国的に晴れで、決して雪が降るような天気ではないはず。
 勿論私が何かしたという覚えはない。が、まあいい。天気予報は外れる可能性もあるもので、自然と雪が降るならそれも構わない。少し早めに帰ればそれで済む話だ。
 さて、今日の夕食は何にしようか。こんなにも寒いのだから鍋にするのも悪くない。しかし折角のクリスマス・イヴ。鍋ではなくクリームシチューはどうだろうか。あるいは間を取るか。後で優鬼と一緒に決めよう。

――ねぇ。

――ん?

――今日、雪は降るかしら?

――あー……どうだろう。でも僕としては降ってほしくないな。

――どうして? 綺麗でしょう?

――雪は冷たくて、寒いから。寒いのは苦手なんだよ。

 まあ、確かにその通りだ。誰であれ寒すぎるのも暑すぎるのも嫌いだ。それでも雪見も月見も雪割り草を探しに行くのも平然とする彼だ。今更雪を降ってほしくないというにはその理由がどこかぎこちない。
 雪は綺麗だ。それに違いはない。しかし雪に何を感じ、重ねているのか。それは人それぞれで、きっと優鬼が重ね、感じているのは気分の良くないものなのだろう。それでも雪見はするのだから妙なものだ。

――はぁ、

 冷えた手を吐息で温める。しかしその温度もすぐに外気に奪われ、またすぐに痛いほどに凍える。人はこの寒さに耐えているのか。今まで避けていた分、懐かしさを感じる。
 雪が降ってほしくない反面、降ってほしいとも感じる。これ以上冷え込むのは厳しいが、しかし全てを白に染める儚い雪なら。きっと空も街も道も私も全て白に染めてくれる。そうすれば私も染まれるだろうか。
 白にすら容易く消える、桜色よりも薄い色をした優鬼の色に。儚い白なら、人の温もりで容易く消える冷たさなら。そんな白に私はなりたい。でも、どうだろう。そんな色で優鬼は変らず手を伸ばしてくれるだろうか。

――……あ、雪。

――ん、本当だね。

 考えていると雪が降ってきた。既に痛いほど冷たく、それほどまでに冷え切っているというのに手に触れる雪はしばらくもせず律儀に解け、零れていく。所詮人では雪のように儚く生きれないということか。
 降る雪の勢いはそこまで激しいものではない。深々と静かに降り積もっていく。このペースなら明日の朝には十分に降り積もっていることだろう。となるとかなり冷え込んでしまうのか。今日は普段よりも十分に温かくして寝ないといけない。

――……手、冷たい。

――そういう優鬼も、手が冷たい。

 何を思ったのか、優鬼が手を重ねてきた。それも態々手袋を脱いで。お陰で肌が触れ合っているところは温かく、されど外気に晒されているところは冷える。何故、手袋を外したのか。どうせ聞いたところで明確な答えが帰ってくることはないだろう。
 吐息で手を温める。でも今度は二人揃ってだ。そのため先ほどより手が温まる。本来痛いほど冷えるはずなのに、特に優鬼の手は外側で、私の手より冷えるはずなのに、彼は先ほどよりも嬉しそうだ。

――どうかした?

――いや、何でもないよ。

――……変なの。

 相変らず深々と雪が降る。雪が降るほど凍える冬の夜、辺りは先ほどに比べて少し賑やかだ。確かにホワイトクリスマス。普通のカップルから見れば十分に嬉しい贈り物だ。
 雪は手に触れ、解けて零れ落ちる。どれほどお互い寄り添って温めあっても季節に勝てるわけがない。それでもやはり寒さから逃れようと温もりを求めて人は人を求める。
 痛いほど寒いことには変りはない。手が冷えていることもなんら改善されていない。しかし不思議と、寒いと感じることはない。ただ愛している人と手を重ねているだけというのに。本当に人は都合よく出来ている。
 人、人か。長く管理者の座に着き、世界と一定の距離を置いていると気が滅入る。文字通り、人として生きたときの記憶が色あせ、だんだんと人から管理者になる。だから、だろう。人に戻してくれた彼が何よりも愛おしく、人として生きるこの時間が何時よりも好きだ。

――優鬼。

――ん?

――メリークリスマス。

 星が見えないけれども雪が降る夜。本来なら明日が正式なクリスマスだが、まあその辺は日本という国の特性を考えれば非常に致し方がない。
 名残惜しい気がしつつも重ねた手を離し、服の下から今日のために準備していたそれを取り出す。中身は手袋だ。出来ればマフラーを用意したかったのだが残念。管理者の権限を一切使わずに独力で作ることが出来なかった。
 時間が圧倒的に足りないことを知った私はすぐに予定を変更し、手袋を作った。それも時間が足りなかったので手編みのではなく手縫いのになってしまった。来年こそはもっと心のこもったプレゼントを入念に予定を立てて用意しよう。

――メリークリスマス。でもごめんね。僕は何も用意していないや。

――ああ、大丈夫よ。プレゼントはちゃんと貰っているから。

――どういうこと?

――……バカ。

 私から誘ったとは言え今日のこれは立派なデートだ。しかも今回が初めての、である。不満を大量に並べることは可能であるけれども、やはり嬉しいことには変わりがない。その上今日はクリスマス・イヴだ。こんな日にデートに行けて喜ばない恋人がいないわけがない。
 何より、と手に触れる。今日は本当に冷える。だからこそ、優鬼の微かな温もりであっても感じることが出来る。無論、普段からそれは感じているものであるが、今日の温もりはそれ以上に温かい。私にはこれで、十分だ。

――今日はクリスマス・イヴよ。それをあなたと祝えただけで、私には何よりのプレゼントよ。

――……そっか。

――でも折角なら、あなたが連れ出して欲しかったな。

――う、ごめん。

――別に構わないわ。あなたがそういう人だって言うのは最初から諦めているから。

――でも……

 十分だ。しかしながら満足しているわけではない。

――何?

――せめてキスの一つぐらい、欲しいな。

――…………

 そっと触れた温もりがすぐに体全体に浸透する。そう言えばこれも初めてかもしれない。優鬼の方からキスをしてくれるのは。積極性に欠けるというか、消極的というか、まあともかく色々と乏しい。
 やはり女性として、もう少し私を求めて欲しい所だ。特に冬は。何せ普通に同じ布団に枕をならべて寝ているぐらいなのだから少しは、ねえ。



――メリークリスマス



 なんて事を考える暇もなく時間は無情に過ぎ去る。終わるのが意外と早い気がするが、そうでもない気がする。どちらが正しいなのか、正直区別がつかない。まあでも、続きは家に帰ってからにしようか。流石にこれ以上外にいるのは優鬼の身体に辛いだろうから。

――ねえ、そろそろ帰ろうか。

――うん、そうだね。



 降り積もる雪に多くの足跡が残る。しかしそれもやがては降り注ぐ雪に消されていくことだろう。それがどうしようもなく寂しく感じる。
 二人並んで帰ったあの日はそんな事はなかった。こうして雪に足跡を刻みながら、すぐに消えると言うことを知りながらもどこまでも歩いて行ける気がした。たぶん、それは間違いではない。
 今は、どうだろう。あの日よりも多くの足跡が残る。しかしそのどれ一つとっても並んでいることはなく、一つ一つが連なっているだけにしか過ぎない。きっとそれは誰を取っても同じことだ。

――見えた、な。

――まあ灯りは着いているわね。なら、大丈夫かしら?

――……大丈夫じゃねぇのか? 実際帰ってきたという感覚があるぐらいだ。これは流石に誰にもだませないさ。

――それも、そうね。愚問だったわ。

 確かに。苦笑を零しながら皆が同意する。結局そう言うことなのだろう。自分たちが変える場所など昔から決まっており、ただそこに向かうまでの道中。成功した、失敗したなんて関係がない。
 ただ私たちは帰っているのだ。居たい場所に、帰る場所に。ならばいないわけがない。優鬼はそう言う人だ。昔からそう言う、他人の願いを叶える人だ。ならばそこにいないわけがない。

――……スオウ、どうかしたか?

――いえ、何でもないわ。それじゃ、私はこれで。

 ただ、私が帰って良い場所ではない。何故ならあそこにいるのはユウキ・カグラであり、決して神楽 優鬼ではない。私の知る人であり、私を知る人であっても違うのだ。だからこそユウキはここにいて、優鬼はここにいない。

――逢わないのか?

――ええ、今はまだ。ちょっと、心の区切りが付いていないから。だからまだ、会えない。

――…………

――それにね、夢があるの。もう一度満開の桜の下で彼に求婚する。そう言う再会も悪くないでしょう?

――ふむ、まあ確かに。そう考えるなら引きとめはしない

 さて、私の桜はどこにあるのか。まずはそれから探そう。



――が、今日は聖夜祭だ。久し振りにユウキと会うのに手土産の一つもないのでは余りに失礼だ。なぁ、アリーシャ?

――え? ……ええ、全くね。こんなにも長い間留守にしておいて、何食わぬ顔で帰ると言うのも気がひけるわ。

――ふむ、ここは一つ。ユウキが最も喜びそうな土産を早急に用意するか?

――酒か? いや、それはユウキが用意する。もちろん肴も。では何を準備する?

――諦めよ、スオウ。元より我らはこういうものじゃ。



――え?



 それから、は語る必要もないだろう。どこにそんな力を隠し持っていたのか、すぐさま私は拘束され、ユウキの店に連れて行かれた。しかもご丁寧にゼノンはサンタ・クロスの格好までして。
 でも最後は彼ららしい。入口の所で解放した。結局、無理やりは嫌なのだろう。そういう風にユウキと出会わせるのは、再会にせよ気が進まない。

――…………

 ドアノブに触れる。冬の外気に晒されてその轍のドアの部は痛いほどに冷たい。それでも少しは中の暖かさを伝えてくれる。ただ私は、

――やぁ、いらっしゃい。いや、お帰りかな?

――…………ええ、ただいま。

――うん、お帰り。

――ただいま。

 幸せか。誰かにそう聞かれた気がした。



――お帰り、蘇芳。

――ただいま、優鬼。



 幸せよ、自然と心から笑っていた。



[14976] 拍手返し(過去もの)
Name: ときや◆76008af5 ID:d18449bd
Date: 2011/01/31 16:32

拍手返しまとめ

ドアが開く。来客だ。今回は誰が来たのだろう?



――やぁ、いらっしゃい。ご注文は何かな?



※ここは最新話以前で返した感想の保管場所です。

まだ返していなかった感想については最新話下部の方で返しています。

多分、これで一気読みしやすくなったかな?


>>ぜろぜろわん様

続いてしまったじゃないか。どうしよう……
残念ですが、この小説は作者の勢いでできています。
この先何が起こるかわかりません、あしからず。

時に注文は?


>>まだるっこ様

ご注文のバーボンハウスです。
でも本当に……無理もなく続けてしまった。後悔しかない。


>>だら様

ちょっと手直ししてみました。
行間が空いているのは詰めると読みにくいという作者のわがままです。
つき合わせて、すみません。


>>ty様

だがしかし! ティアさん以外龍族のオネイサンは出て来ない(予定)!!
残念だ……僕が……
あと、正座して待つなら和室で抹茶と和菓子をそえてどうぞ。
日本人の心は大切です(′・ω・`)キリッ


>>コジマ漬け様

マスターは男です。
世界の男子どもがムキムキマッチョなナイスガイなだけです。

魔王ですか…………
あそこが世界最強の店となるのですが、よろしいですか?
正直伝説の勇者でも魔王と古龍を同時に相手するのはムリゲーだと思いますが。


>>かもしか様

( ′・ω・`)続いちゃいました。てへっ☆


>>ハルメ様

たとえテンプレであろうと面白いものは面白い。
それでいいじゃないですか。
今ある何かを楽しめなくなったら、人生つまらなくなると思いますよ?


>>ニッコウ様

でも一年です。思い出すと短いですが、過ごすととても長いです。
というわけで龍族は一年を大概粗末に扱っていますが、そのせいでティアさんにとってかなり重い酒となりました。
あと龍族の寿命は一概に決めていません。
とりあえず長生き。長い奴は多分神話クラスと思っていてください。


>>4様

なりましたね~。


>>ryu様

ご注文のアーリータイムズ、ロックです。
…………違った?


>>かすたねっと様

お待たせしました。紅茶と一緒にどうぞ。
さて、年賀状の準備は万端か?


>>silent様

この作品の書き方。
先ず寝ようとする。眠るまでの間で構想をまとめる。
次の日起きる。深夜、おかしなテンションのまま書き連ねる。
誤字脱字修正以外認めず投稿。
ですよ? 何でさ?
質問の方は、おおむねその通りです。


>>ヒーヌ様

続編です。友達思い過ぎるヴァルの胃は大丈夫なのでしょうか?


>>ryu様

誤字報告、ありがとうございます。
なお、主人公のアラートですが。

イエロー まだ取り返しがつく嫌な事態
  現実:個人的に最悪な事態

レッド  選択間違えば死亡な事態
  現実:国家規模で最悪な事態

だけです。あてになりませんね……


>>我が逃走様

右腕の疼きは本物です。


>>コジマ漬け様

ですが安心してください。
彼女がユウキを殺す前に他の常連に消されます。
また他の常連を殺すにしても次元が違いますので殺せません。
……あれ? 根本的解決になっていなくね?


>>ニッコウ様

とりあえず僕に計画をください。

――これはリュービット。大人用のジュースみたいなものでね、口当たりがいいんだ。あまり甘くもない。それでいて飲みやすく、アルコール度数もきっと低い。ちょっとした時にはちょうどいいんじゃないのかな?



>>きよふみ様

むしろチンピラが哀れです。
金はあるくせして嬉々と閉めようとするわ、閉めたら閉めたで迷惑な客が常識外な行動をするわ。
とりあえず、ヴァランディールだけでも国が滅ぶのは覚悟しなければなりません。


>>鬼水様

お褒めいただきありがとうございます。
今回はユウキにとって常識的な男性客ですが、いかがでしょうか?

外に出る……
旅に出て賊に襲われたらどこかの土地が消し飛ぶしかありませんので出れません。
戦いもさせません。決闘はもってのほか。でも喧嘩はさせようかな。

色恋沙汰……一夏の思いで的なものはありでしょうか?
ありだと嬉しい。


>>良様

彼女は一人舞台上で踊り狂う悲劇のヒロインである限り、ヒロインになれることはありません。
そして、お待たせの続きです。ご賞味あれ。


>>aaa様

残念ですが孤高の悪魔です。ちょっと惜しい。

――メメント・モリ。僕の中で最も思い出の強い酒だよ。


>>ぜろぜろわん様

その良識者の胃にユウキが近頃穴をあけるそうです。
とにかくヴァランディールに敬礼。

――ごめん、日本酒もうない。ローズティーでいい?



>>zan様

――残念だけど、僕はどれが安いとかそういったの覚えていないんだ。それに価格も決めていない。だから君がこの酒に見合った価格を決めてくれると嬉しい。


>>のう様

まどろっこしい表現をして申し訳ありません。
書きたいことがあるのでもう少しだけ、続くかもしれませんのでご安心ください。
それから、貴重なご意見ありがとうございます。
参考にして、少し手直しをしました。


>>ニッコウ様

さらなる大物登場。
ユウキもそんな人に恋されるとは罪な人間です。
変われ。今すぐ。

主人公の死が世界の終わり?
別にそうであっても彼はなんとも思わないでしょうね。

――ああ、ありがとう。梅はあるんだけどね、まだ焼酎や氷砂糖が見つからないんだ……うん、懐かしいな、この味……


>>ムウ様

一晩の熟成(睡眠)を経て唯今完成しました。
どうぞ。


>>亡命ドイツ軍人様

あー、僕も読んで感想書けないことがよくあるので構いませんよ。
こんな小説でも楽しんでいただけるなら幸いです。


――いいね! 一緒に飲も――

――へぇ、良いワインね。

――……アリーシャさん……

――何勝手に私に黙ってこれを味わおうとしているのかしら、ユウキ?

――えっと……それはお客さんからのプレゼントだから……やっぱりもらった人が一番に味わないと失礼にあたるかと思って……

――言ったでしょ? 私はワインが好きだって。ねぇ?

――……はい。



世界は、残酷だ……ああ、クヴァリテーツワイン・ミット・プレディカートのアイスワイン……



――はぁ……一口いる?

――新しいグラスを使わせてください。


>>ryu様

誤字脱字報告ありがとうございます。
一応は注意しているんですが、何分眠いので……
結構どころかかなり見落としているかも……

――……ごめん、苦労をかける。

――気にするな。私が好きでやっていることだ。それに……何もかも悪いことじゃないさ。

――うん……でもごめん。

――やれやれ……


>>良様

ちょっと思考がおかしいところもありますが、本当に小市民です。
自分の何気ない行動によって引き起こされた大きな変化は意外と自分に降り注ぐまで気づかないものですよ。
チンピラが絡む前に空間を引き裂いて現れるヴァルが全員蹴散らします。
あと、ヴァルは週一で店に来ます。
ティアさんは月一です。
故に一月に最高三回、ユウキの安息日があります。


>>CB様

来ませんでした。
と言うか来店したところで何もできないムリゲーです。
何せ味方のはずの古龍はユウキを守り、連れ去り、それに素早く気付いたヴァルが戦線離脱してティアさんを追い、やっと気付いたアリーシャさんがそれを追う。
その間に勇者死亡。されど世界は何も変わらない。
ですよ? 出せるわけがない。

さて、そのインフレももう手をつけれないレベルとなりました。
そろそろ世界の管理者=神でも作るべきか……


>>スミス様

ちょっと改訂しました。どうでしょうか?
うわ、その期待が僕には重い……

威圧感垂れ流すしょんぼりティアさん……ええ、そうですね。
むしろ断られた時のティアさんの姿を見て内心動揺しまくる店主の胃が、僕は心配です。


>>ミアシベス様

確立しちゃいましたねー。
しかも僕のは度合いが激しい。
後やめ時ですが、一応考えていることには考えています。
片方は歓喜、片方は絶望と言う両方唖然とする止め方ですが。
でもそれにはまだ登場人物が足りない……


>>メル様

お待たせの続きです。

――アールグレイね。スコーンもあるから食べる? メープルシロップもあるよ?



>>aaa様

僕も後で呼んで結構気に入っています。
そして、何故か会話文だけでもわりと読めたことにちょっと驚き。

――どう?

――……甘いな……だが、悪くない。

――ソーダもあるけど、割ってみる?

――ふむ、それもいいが……この酒を誰から?

――代金の代わりにこの前来たお客さんから。それが何か?

――いや、別に。ただの興味だ。



こんな人には毒に近い酒をユウキに飲ませようとするなんて……さて、どうしようか?



――眉間にしわよっているよ。碌でもないこと考えていたんじゃないの?

――さあ、どうだろうか?



ああ……ユウキの指は柔らかいな……

もう酒が誰から来たなんてどうでもいい。



――ティア? ああ駄目だ。トリップした。


>>空っぽ様

感想ありがとうございます。
>一話
ガチの御方と言うのは両方の意味でガチです。
>二話
仕方がないじゃないですか。他に処分方法がなかったのですから……
>三話
来店し、常連になってしまった時点で少なくとも百年は平和です。

後、誤字脱字報告ありがとうございます。
「者によるが」ですが、これはティアさんを指示していたのでわざと物ではなく者としました。
後は、おっしゃる通りです。

――無理してお酒を飲む必要はないよ。ゆっくり慣れていくといい。ブランデーを少し紅茶に混ぜるとか、そういった方法で。それでも飲みたいなら……そうだね……カクテル、果実酒とか甘いものがお勧めかな。慣れていない少しだけだよ? あと飲み過ぎには注意してね?

――それが味わえるようになったのなら他のものに手を出してみるといいけど、芋焼酎は匂いがきついし、ウィスキーやラム酒は濃度がきつい。手を出すなら、日本酒やワインとかかなぁ?

――ああ、酒だけじゃ胃に悪いからつまみを用意したほうがいいよ。クルミ、クッキー。甘いお酒なら甘くないものがいいんじゃないかな。


>>アイヤール様

――不器用だなぁ。別に、無理しなくても自分が進めれるお酒なら安くてもいいのに……全く、不器用な人だ……


>>jk様

救おうとしたことも救った覚えもないのですが。
それでも救われたというのであれば、そうなのでしょう。


>>シンドバット様

もしも閉めた時に金払いの良い常連が来店したら、余りに失礼過ぎて閉めれないだけです。
そしてヴァルが不憫だから。
年中無休は全て客のせい。


――ん、わかった。つまみのチョコはサービスだよ。


>>竜様

酒じゃ……ないんだ……
うん、でもまあ、楽しんでもらえるならいいか。


――お待たせ。それにしても寒くなってきたね。汁粉があるから食べるかい? 温まるよ。


>>ディオ様

基本的にマスターは小物で小市民です。
四話ではそれを前面に押し出し、道化を踊らさせました。


>>Sabata様

憑依されている……よし、守護精霊でも考えるか!(マテ
それでもって精霊王を出し、喧嘩させるのですね。わかりました。
ただしそれが実現するかは作者でもわからない。


>>Ika様

冬となり、睡眠時間が伸びつつある今日この頃。
これのせいで思い切り就寝時間が遅くなり、正直一日が48時間あって欲しいと思っております。
それから、絶妙に入れたバイトのせいで執筆が遅くなってすいません。


>>因果丸様

ご意見ありがとうございます。
すぐに手直しさせていただきました。
本当に、作者の浅学をお許しください。


>>亡命ドイツ軍人様

強くあってほしいのはヴァランディールの方です。


――待て、アレはお前にじゃない。ユウキにだ!

――離して、ヴァランディール! ワインが、ワインがあそこにあると言うのに、飲まずして誰がワイン好きなのよ!

――前のはお前がかっぱらっただろうが!! しかも瓶から飲んで!

――……二人とも、喧嘩やめなよ。アリーシャ、ちゃんと君の分もあるからさ、一緒に飲もう?

――もちろん。

――喜んで。



つまみはチーズ各種にスモークサーモン、オリーブ、ビスケットその他色々。

オードブル感覚でつまめばいいと思うよ。



――それじゃ、乾杯。


>>hagg様

器が大海のように広いかと思いきや、実は自分とは無関係なことが心底どーでもいいユウキです。
在るがままに受け入れているのではなく、面倒だから考えずに受け入れているのですが、それもまた受け入れ方。
ちょっと僕は真似できない。


――はい。ティアさんが住んでいるところの湧水なんだけどね、かなりおいしいよ。ああ、勿論煮沸消毒しているから安心して。


>>鼓動様

知った場合の反応


――ふぅん……ああそう。アリーシャが魔王……全然見えないね……こう、圧倒的に禍々しさが足りない?


つまらん。


>>かすたねっと様

だが断る!

一度やってみたかった。
というかね、別に世界を変えると旅だったユウキの親友が勇者でもかまわないんだよ。
ほら、もう周りに魔王やら悪魔やら古龍とか仲良くしていて、( ゚Д゚)ポカーンてなっていたらその原因が自分の親友で。
もう納得するしかないじゃない(ノД`)・゜・。 という状況。
そして威圧感五割増しのティアさんと逆らえないカリスマ放出するアリーシャさんと、武器もって脅してくるヴァランディールに詰め寄られてユウキの昔話をするという。
やべぇ、右腕の見えない眼が疼いた……
とりあえず書くとしても外伝で。


>>まるこ様

マスターの方が相当アレです。
それでもドラクエで言うならレベル3の存在。
常連のチートぶりに周り涙目決定。


>>泥トロ様

えっと……そこまで感情移入激しいともしも最終話の前と最終話まで行けた時、泣くよ?
想像しただけで僕は鼻の奥がツンとしたからね。


>>浮遊人様

それは良かったです。


――クリスマス……ああ、そっちはもうそんな時期か……こっちにはクリスマスなんてないからなぁ。とりあえず、遅くなったかもしれないけど、メリークリスマス。今年もそろそろ、終わるね。


>>きよふみ様

安心してください。町中を散歩中に拉致られるというシチュエーションがあります。
何故かって? そうじゃないと周りが唖然とする世界最強の防具を身につけていないじゃないか!!


――コーヒーと、BLTサンドウィッチでもいかが? あとフロランタンを。


>>ロンキ様

残念ですが、違いました。
と言うか、ユウキすでに勇者を超えている存在だった……
他者に決められた誰かの運命をいとも容易く変える存在って……


>>レー様

ありがとうございます。
とりあえず、そろそろマジで寝てもいいですか?
バイトを零時までやってそれから書いてもいるんで、本当に眠いんですよ。


>>xi様

誤字報告ありがとうございます。
で、言い訳ですが、普通の言い訳を挟む暇がないほどの速さで殺気を当てられたのであんな風になっちゃいました。
不自然ですみません。


>>我が逃走様

国王に妖精に精霊王に一般人、殺人鬼、吸血鬼、ドッペルゲンガー……考えればその他多くありますよ。


――ぬるめね。ちょっと待って。今倉庫から持ってくる。


>>がお様

お待ちどうです。


――水割り、ロック、ストレート。今ならソーダ割りもあるけど、飲み方はどうする?


>>メル様

そして悪魔の人気に嫉妬する作者。


――はい、お待たせのアールグレイとスコーン。


>>ao様

作者:日本酒、おいしいのにねー。あのおいしさを知らないというのは日本人としてどうかと思うよ。


――それじゃこれを。相変わらず銘柄はわからないけど。吟醸香のたたない日本酒。おいしいよ。



さて、それではちょっとだけ。



――ほう……これはなかなか……

――時にときやは岡山県出身だそうだけど、雄町米って知っている?

――知らない。

――ああそう。


>>aaa様

皆さん自己紹介しませんからねー。
そしてユウキに人を見る目はあっても判別する目はないんですよ。


――ああ、いや……まあなんというか、親友の無知さに呆れてな……いやだがそのおかげで……愚痴だ。忘れてくれ。


>>ザクロ様


――はい、熱燗お待たせ。

――眼から出てきたものの根源を年賀状に込めればいいと思うよ。ああ、メールじゃなくて葉書の方ね。筆を使って書くと言う行為には思っているより気持ちがこもるものだから。


>>ウーイ様

前半はしっとり、後半不明を心がけております。
なお、書いていること、今を楽しむやら喧嘩できる友と言ったことは全て僕が日常のふとした時に気付いたことです。
共感してもらえたならうれしい。


>>ニッコウ様

来なかったよ。
代わりに来たのは世界の管理者でした。創造神じゃありません。近いけど。

酒屋の娘ですか。道に迷って開店時間に来るのですね。分かります。
かわいそうな羊ちゃんだ……


――……発酵は何かを人為的に腐らせ、可食もしくは保存、または他の食用用途にすること。自然に発酵させたものは腐敗と言うんだよ? とりあえず聞こう。君はそれを自分の親友に勧めれる?


>>長良様

手直しする前のが残っていた。ぎゃーす。
緑茶の時の名残です。修正します。


>>因果丸様

おおぅ、その方法もあるのか。ありがたく使わせてもらいます。


――作者は殴るとして。貴重な意見ありがとうね。このほうじ茶とどら焼きはサービスだよ。


>>良様

むしろ早いです。そして勇者がやるよりも安全かつ確実。その上三強が永遠に世界を守り続けると言うアフターサービスがつきます。

ユウキぬいぐるみ?
コートを縫えるティアさんは既に等身大を自作済み。アリーシャさんはヴァルに作らせているかと。
この場で持っていないのはローズだけだな。


>>シェルフ様

夜逃げした場合、ティアさんかアリーシャさんかローズに拉致られます。
そしてヴァランディールが東西奔走する羽目に。


――……いや、ありがたいんだけどね……人間が食べられそうなのにしてよ……


>>グラマラヌ様

人を新たに出す時、そのパターンがやり易いですからね。すみません。
でも本編で出てくる人はあと一人。
細部の違いはもうちょっと、待ってください。


>>FAL様


――やあ、いらっしゃい。注文は……いつもの? うん、わかった。



その人は近頃よく来るようになった人だ。

静かに立ち寄って店内を見渡せる席に座るとビールとソーセージ盛り合わせを頼む人。

そして、他の客のやり取りを眺めて、また来るよと帰っていく客だ。

だから今日も静かに帰っていくことだろう。

それもまたこの店の楽しみ方。



――気をつけてね。もう寒いから。風邪とか。道も滑り易くなっているから。じゃ、また明日。



ビール、そろそろ入荷したほうがいいな。


作者:やられたからにはやりかえしてみた。


>>蓮 暁様

良く幼い児童が立ち寄っているあの店のですね。

だがしかし! ことこの小説において幼女は一切出ない!
だって開店時間が子供はさっさと寝ろという時間帯ですよ?
相当な悪ガキでない限り来れるわけがない。


>>アイヤール様

ピッコロって…………その姿も採れますよ?
でもなんか、妙じゃないですか。
ちなみにアウル爺はラッキースケベでアリーシャさんの尻を触り、胸を揉みました。
そして和菓子を盗ったものだからさあ大変。
一回死んだな。

ユウキ君の精神は持ちます。
どうせ誰も自分の正体言いませんから。
代わりに常識者を出さないとヴァルとゼノンとユウキの胃が死にます。


――僕は美味しい物は何でもいけるよ。作者は飲んでいる酒のアルコール濃度が高すぎて、ビールがただの苦い水としか感じられないそうだけど。


>>亡命ドイツ軍人様


※そのコメントはスキマ送りにされました。


――余計な事言ってんじゃねえよ。

――全くだ。ユウキが拒絶したらどうするんだ?

――というわけでその酒は没収ね。

――アリーシャ、君だけで飲もうとするな。



一方、店主。



――今日は静かだなぁ……


>>メル様

僕も好きだけど。
でもねぇ、もうちょっとティアさんとかローズさんとかアリーシャさんのファンがいてもおかしくは無いと思うんだよ。


――それは良かった。

――マスター、私の分は、無いのですか?

――ローズ、それ十杯目。


>>As様

誤字報告ありがとうございます。
ユウキの未来が決定?
……そいつはぁ……どうかなぁ?
だってユウキは定まった運命を狂わせる人間ですよ。
だから、ねぇ……


――果実酒? あるよ、勿論。


>>通りすがりの豚足様


――そうそう、美味しい日本酒は地元だけで売っていることが多くてね。もうちょっと入手が楽にならないものかなぁ……


>>FAL様

とりあえず、その括弧を中身ごと取っ払おうか。
それから日本酒云々は作者の言葉です。
ユウキは関係がない。


――ええい、揚げ物が食べたい。ジャンクフードにファストフードが恋しい。


>>きよふみ様

そして即効で帰ってきて練切を発見し、ヴァランディールと一波乱を起こす魔王様。
なお、来店の順番ですが。

ヴァランディール (ユウキが)13歳

ゼノン      14歳

アリーシャ    15歳

ティオエンツィア 15歳と少し

アウル      16歳

ローズブラッド  16歳と二カ月

てな感じです。


――やった。これで桜餅が作れる。ありがとう。


>>ニッコウ様


――この時期だったら……アップルティーなんてどう? 僕はアールグレイが好きだけど。

――大吟醸の酒粕……甘酒でも作ろうかな……


>>xi様

>変換するか否かに基準はありますか?

ないです。入力、シフト、エンター。
大概この繰り返しで、余り意識したことはありません。
手書きの時の癖が、残っているなぁ……


>>良様

ゴッドマスターというより、上位神ですけどね。
そして悪魔のヴァルの胃に穴を開けるユウキがすげぇ。
あとアウル爺の威厳はありますよ。何もしなければ。
ただラッキースケベなせいで周りからエロ爺と見られたりすることが多々あるだけです。


>>光龍様

絶対にこれは文庫になるほどのものじゃない。
そして酒場のインフレ、もう止められない。


――でも何があっても酒に飲まれては駄目だよ。あと身体のことも気遣ってね。


>>yuki様


――ご注文のアールグレイ、濃いめだよ。ミルクは自分で好きな量入れてね。


>>CHAN様

大賛成でしょうね。
特にティアさん辺りが。
そしてヴァルが女性?
……ローズのヤンデレとタメはれるな。


――カルアミルクね。ちょっと待って。


>>ガルス様

そしてさらにナニカ来たw

あとネタありがとうございます。
ただ、ユウキが既に異世界人なので、ちょっと前者は加工しないといけない気がします。


――……ちょっと……量が、多すぎる……アールグレイならクッキーとか、使い道があるんだけど……どうしよう? ああ、皆で分ければいいか。


>>sou様

――ああ……人伝に。焼酎の湯割りね。麦焼酎で良いのかな? 梅干しは入れる?


>>せーる様

今のところの構想では悟りを開かされた常識人が有力候補。
実際のところは書いた時のお楽しみということで。


>>識様

旅をしながら転移の呪で度々店に足を運んでいる。そんな設定です。
勇者は現在鍛えられ中、かな?
経験値なんて便利がない現実、強くなるためには日々の鍛錬と激レアアイテムの発掘ですからね……


>>七誌様

あはは、そんなまさか……(;゚ω゚)
でもね、考えてみればいるんだよ。そんな奴。

具体的には四話あたり。

世界を変えると言ってどこかに行った主人公の親友。
あいつがもしもこの世界を変えるために旅立ったのなら……
何せ、主人公は運命を狂わす力を持っているからね……何があっても不思議じゃない。


>>メル様

――ウィスキーは例の百年物ので良い?


>>ガルス様

――…………



下に落ちた雑誌を見てみる。

多くの女性が艶めかしい姿で写っているが……でもねぇ……



――総合的に見てティアさんとアリーシャさんの圧勝。



色香で言うなればアリーシャさん、スタイルで言うならばティアさん。

そろそろ観客席に逃げ込んでもおk?



――とりあえず、明けましておめでとうございます。


>>きよふみ様

どちらにしてもゼノンには不幸な明日しかない。
というよりマスターを除いた男性陣悲惨だな。
あの店では常識がない方が楽かもしれない。


――……全部、出来るけど……出来るけど……やる店間違えたかなぁ? フィッシュ&チップスね。ちょっと待って。今から油を準備する。


>>RMEXE様

――百年も人が孤独になれるというのなら、それは思い違い以外ないよ。というわけで日本酒「夢」。悪夢は覚めるために存在するんだよ?


>>As様

修羅場。はい皆、声を合わせて、修wwww羅wwww場wwww

喧嘩が起れば世界が滅ぶ。それなんて修羅場?
そして明かされそうになるユウキの魔法耐性の秘密! 乞うご期待。

とりあえず、最後までは歩いてみる。
そこから先は知らない。


――勿論。にしても、餅にトラウマかぁ……この材料……正月……めでたいよね。良し、赤飯でも炊こうか?


>>l様

ちょっと待ってくださいね。
一気読みしやすいように変更します。


>>“忘却”のまーりゃん様

安心してください。
今考えているのはハッピーエンドですが、ただ泣いてしまうようなハッピーエンドなだけです。
……大丈夫だよね?


――はい、ピーチグレープフルーツ。あとあの人、アリーシャさんからの伝言。もっと頂戴だって。


>>aaa様

まあ、ユウキですし大丈夫なのではないでしょうかね?
だって……やったことがやったことですよ?


――年……越えちゃった……どうしよう? とりあえず明けましておめでとう。


>>コジマ漬け様

――確かに。アレは明らかに行為以外の何かを企んでいる気配だった。妙なことをしてくれなかったら嬉しいけど。アールグレイね。クッキー、もあるけど、リンゴのクランブルもあるよ。


>>l様

明けましておめでとうございます
最終話を上げた時にしようとは思っていたのだけど、予定が早まった。まあいいか。


>>ニッコウ様

最悪でもグッドエンドは目指しております。



――熱々……となると、玄米茶かほうじ茶。玄米茶で良い?


>>ガルス様

ユウキだから。これで片付けれるなんてすばらしい。



――うん。懐かしいものばかりだから嬉しいよ。アッサムね。ミルクは自分で好きな量を入れて。


>>朝凪様

ダイレクトメール詐欺ですね、分かります。

そしてユウキの平穏?
胃を除く身体には傷一つ尽きませんよ。
平和ですね。胃と心以外。


>>良様

まあ……何とかなるのでは?


>>xi様

誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました。

神の定義は世界の使徒と言うよりもむしろ某運命の抑止力、修正パッチのようなもの。
庶民は全知全能の神とあがめてはいるが、所詮は妄想です。
で、神の天敵とも言えるのが実はユウキ。
何せ定めたはずの運命を尽く狂わせますからね。


>>メル様

ぶっ倒れた後にティアさんが現れ、ユウキを攫っていくのですね。了解した。ユウキ吊るす。


――はい、お待たせ。


>>きよふみ様

二章も参照も、そもそもこの話に章自体が存在しません。
可能性を選択する無縫天衣ですらどうにもできない、それが信頼と実績のユウキクォリティ。

さて、妄想したところを悪いのですが、ティアさんの普段着はナース服よりも過激ですよ?
何分本性が龍ですし、服なんて着ないのが普通。
それでもあえて、布一枚だけ身にまとっているようなのが人間形態。

ある意味ナース服なんて目じゃないZE!


――だから飲みすぎるなと言っているのに。茶漬けね。ちょっと待って。


>>カカラ様
>>ベトナム人様

一度sageで更新した時、下がらなくなってしまって……
ちょっとsage投稿するのに抵抗があるのですよ。
次から修正はsage投稿します。
大丈夫、かな?


>>RMEXE様


――母親の手作り料理。これに勝るものはない。


>>アンプ様

感想ありがとうです。


――半分は優しさ……この薬ですら半分は優しさで出来ていると言うのに……何故この世界はこうも……いやユウキが特に……


ヴァランディールは少し鬱になった。


>>tama5様


――ゆっくり出来たなら幸いだよ。


>>アイヤール様

もう既に平穏無事に、穏やかには不可能かと。

そしてだから何故ナース服。
どうやら君たちとは、そこはあえて、普通の服で幼馴染のちょっと不慣れな看護プレイが最良だと酒を交えて論議しなければならないようだ。
ちょうど良い。
あそこの看板が出ていない店で話し合おう。


>>hero様

八話現在の合計160kb(テキスト分量で)
……ふざけ、過ぎた。
と言うか妄想全部書き切れるかな、僕?


>>亡命ドイツ軍人様


――ヴァル達に? 別においしければ何でも飲むよ、ウワバミだし。アレルギーもないようだから。後泡盛、というか古酒ありがとうね。美味しく飲ませてもらうよ。

――それから、肝臓には気を使いなよ? 特に正月明けなんだし、たまには酒を飲まない日も良いと思うよ。


>>亡命ドイツ軍人様

ヴァルの胃? ユウキが生きる限り多分大丈夫です。
穴が非常に開いていますが。


――樽ごと? うわ、頑張ったねぇ……それにしても、ザワークラフトに若い鹿か。近頃めっぽう寒いから鹿は鍋にするとして……ジャンクフード。何故だろうね? 人はそれが美味しくないと理解しておきながら食べたくなる時がある。何故だろう……とにかくありがとう。この懐かしい味を美味しくいただくよ。


>>かものはし様


――玄米茶。緑茶なんて気取った茶よりもなじみ深い茶の方がおにぎりには合うよ。


>>Ⅳ号戦車L70様

プラスマイナスでゼロですが、とても良い親友たちです。
作者にもあんな親友が欲しい。


――はいはい。ところで熱燗にする? 冷にする?


>>RMEXE様


――眼が覚めると言えば……ご飯にみそ汁、冷奴に漬物かな。何の眼が覚めるのか知らないけど。


>>メル様

吊るしたくなるほどの人間なんだよ、ユウキはぁ!!

後登場人物。増えます。
最終話書いたらそうなってしまった。


――それは良かった。


>>ニッコウ様


――ごめんね。ちょっとややこしい事があって。煎餅か。うん、ありがとう。貰うよ。お酒のお勧めは……僕は近頃日本酒にはまったなぁ。数の子は本当に、日本酒と合うんだよ。憎いぐらい。


>>火焔魔神様


――あの常連客……まあ全員分作ればいいか。あと緑茶ね。ちょっと待って。


>>きよふみ様

聖峰の古龍や災厄の魔王と渡り歩くにはこのぐらいじゃないと、ねぇ。
そしてティアさんの衣類は魔法で出来ております。
やる気になればセーラー服からスク水、スーツに至るまで何でもできる。

そしてマスターの料理の腕前は全てないなら作ればいいじゃないの発想によるもの。
意外とすごい。
だがその才能がどこから来ているものなのか。
またいつか、お話しするでしょう。



――雑炊ね。ああそうだ。良いフグが手に入ったんだけど、それで作ろうか? ふぐ免許? 取っていないけどふぐ如き捌く上では問題ないよ。


>>八咫様

安心してください。
きっとユウキが何とかします。


>>Smith様

終幕と後日談でハッピーエンドに持ちこめるよう努力します。
ただ、最終話の部分がねぇ……


>>Nameless様

何にせよ、ピザ屋の主人の理想は叶わない。
と言うかあり得ないでしょう。

 金髪巨乳合法ロリータ。


>>朝ごはん様

その期待が、僕には重い。


>>シヴァやん様

ああ……何か似たような能力あったなあと思ったら、食品処理科か……
ちょっと人類逸脱したので手直し。


>>亡命ドイツ軍人様

あの間に居たって……胃は大丈夫か?


――合計四十羽。宴会ができそうだね。とりあえず一匹鍋にするよ。少し待っててね……黙れ鶏肉。貴様の未来は食卓の主役で決定しているんだ。


>>RMEXE様

少ない常識人のためにも頑張る。


――軍鶏もあるし、チャーハン作るよ!


>>メル様

何、ちょっと不幸に遭って貰えば十分だよ。
ちなみに十話を含めず後、最終話と終幕、後日談を合わせて七話ぐらいを予定。


――温泉饅頭があるよ。


>>きよふみ様

まだキスだけです。
ティアさんは布団に潜っただけなので食べていません。
ぎりぎりセーフ?


――了解。先に黒ビールと枝豆。揚げるのにちょっと時間がかかるからね。ごめんね。

――変態少年? いや、分からないな。


>>ガルス様

何を、今更。
この小説がカオスなのは一話目からじゃないか。


――ブランデー入りの紅茶ね。分かった。


>>火焔魔神様

その一人のせいで何が起こるのか、実は何も考えていない。
て言うかもうすぐ本編終わっちゃう。


――トビウオの干物か。ラーメンでも良く使うね。ありがとう。コーヒーはちょっと待って。すぐに淹れる。


>>亡命ドイツ軍人様

ローズならまだいい。夢見る乙女だから。
これがティアさんやアリーシャさんだったなら間違いなく男湯何それ美味しいの?になる。
それからこの世界に秘湯が存在するほど旅館はない。
銭湯か、ホテルか。後は旅人が泊まる酒場兼宿に泊まるか。この三択。


――ああ、僕はそういったものは極力持たない主義なんだ。ナイフとかなら持つんだけど、どうしても銃はね。殺した感触がない分、命を粗末にしちゃう気がしてね。あんまり、使いたくないんだ。それから、薬膳? 肝臓でも悪くなったの?


>>RMEXE様


――……ちょっと、多いね……どうしようかな……


>>メル様

ユウキの事が憎いのではない。
モテるユウキにしっとしているだけだ。
それからこの話、外伝まで用意できるんだZE。


――うん、わかった。ちょっと待ってね。


>>きよふみ様

そして悪魔友情のため私刑に……

そう言えば、今回の迷惑な客はユウキですね。久し振りだ。
王侯貴族、ローズもそうですよ? 問題がありますが。
最終話はバッドエンドでも、終幕と後日談で何とかしてみる。


――耳が早いね。なら、ああ。乞食鳥でもしてみようかな?


>>雪林檎様

散財ってレベルじゃねえぞ!
でもその使い方は非常に嬉しい。
主人公、バツイチです。今はフリー。


――……コジマって、コジマ粒子? 熊の掌も、料理にするのにも結構時間がかかるしなぁ……ああそうだ。軍鶏の鳥ガラで作ったスープがあるんだ。ラーメンでも食べていく?


>>taisa様

ユウキの女運は何ともなりません。
それからここにもロリコンが……
でも良いよね、ロリコン。
幼女を愛でるのは正義だ。

ただペドフィリア、アレは犯罪者だ。
あんな変態と同列視されるのは精神的に来るものがある。


>>ガルス様

そもそも美味しい酒は知っていてもそれが稀少かなんて考えていないユウキ。
良心的じゃなくて、その酒の値段を自分で決めなければならないと言う余りの迷惑さ。

考えてみてくれ。
世界に五本もない酒を無言で出されてさらに金に着いても何も言わない。
迷惑以外の何物でもない。


――無理して飲まなくてもいいんじゃないかな? 僕は飲めない人に飲めと言うのはどうかと思うし。飲まなければならないというわけでもない。むしろ楽しめないのなら飲まない方が良い。

――それでも飲みたいのなら……うん? そう言えば体質的にアルコールがだめなの? それともお酒はあまり好きじゃないのかな? 前者は体質的なものだから、勧めれる物は……ごめん、知らないや。


>>火焔魔神様

どんな幸せだそれ。


――へぇ……わかった。探してみるよ。

――味噌田楽ね。ちょっと待って。ああ、あと漬物。焼酎だけじゃ、胃に悪いよ。


>>零崎様

普通世界が関わったら神とか英雄とかですからね。
近頃増え始めたのは魔王かな?


――ゴーヤーなら、チャンプルーかな。豆腐もあるし、それでいい?


>>コジマ漬け様

さらにユウキと年越しできなかったという。
余りにヴァランディールが不憫だ……
やり過ぎたZE☆ だが自重はしない。


――ごめん。そのヴァルが近頃見ないんだ。本当に、どこに行っているんだろう?


>>RMEXE様

次回が楽しみで眠れない?
それも小説の醍醐味じゃないか!!


――うん、良い塩加減。にしても、梅干しって良いよね。夏場は炒飯に混ぜたり、ご飯を炊くときに混ぜたり。後はこれをペーストにして酢飯で巻いたり。色々と使える。ありがとうね。


>>亡命ドイツ軍人様

上と言うより、世界にとって危険因子と言うことなのですが。


――ああ、なるほど。なら生姜を多めにした方が良いね。

――ワイン、ありがとう。つまみじゃないんだけど、寒いからね。ポトフと一緒に飲むよ。もちろん、皆の分もあるよ。


>>MOMOMO様

始まった限りには終わらせないと。
さもないと小説として完成しないもので。
そして安心してください。
僕のネタ脳が書かないことを許容しそうにありません。
この右腕の疼きが納まるまで完結しても外伝が出そうです。
具体的には某白い悪魔のいる世界に行っちゃったり。
幻想郷に行ってしまったり。焼き鳥の名前な漫画の世界でバーをやったり。
うん……終わっても続きそうだ……


――僕が言えることは一つ。相当な自信と覚悟がない限り安い酒には手を出さない方が良い。昔一度安物のワインに手を出してね……二口目で捨てた覚えがあるんだ……


>>きよふみ様

その内予想の法線方向を走ってしまったりして。
ただ、作者としてはそんなにもネタを仕込んだ記憶がないのは確定的に確か。

ユウキサイドの戦力ですが、神格化の問題があります。
神格化の失敗による消滅の場合、その世界の人々の記憶に残りません。影響は残りますが。
故に戦力はユウキが神格化以外の方法で死んだ世界で影響を与えたのみです。
それに対し世界は歴史上から幻想と幅広く居ます。
どう考えても世界の方が多いです。

ちょっと長くなりました。すみません。
あとヴァルの事ばらしたのは近所の奥さん。
そして温泉旅行中二人はスオウに捕まっていた。


――ちょっと待ってね。すぐに作るから。


>>火焔魔神様

事実を知ったところでユウキは何も変わらないに一票。


――うん、出来るよ。けど……さて、何を作ろうか……時間があるなら葛餅なんてどうかな?


>>我が逃走様

神のいる話と書いて神話。
全くですね。


>>ガルス様

ユウキは今回は人間です。
存在からして規格外じゃなくて、存在のみ規格外なだけです。
後は普通。たぶん。
少なくとも常連よりかはまともだと思う。

最終回はもうちょっと先です。
少々お待ちください。


――ユウキさん。紅茶とケーキ、貰えますか?

――え? ええ、とても。本当に楽しい旅行でしたわ。(以下、長々と妄想過多ローズの自慢話が続く)



――ああうん。無視していいよ。世迷言が混ざっているから。


>>良様

名前としてはDQNな感じが否めませんけど。

スオウがユウキの元奥さんと知ったら。
問題ないんじゃないの?
「 元 」だし。ここ重要。テストに出しません。

>>taisa様

適度に頑張らせていただきます。
とにかく無理はしない。


>>亡命ドイツ軍人様

その日、地図上からある無人島がいくつか消えるようなことをしたそうです。


――えっと、確かここに……あった、エリクサー失敗作。傷薬にはなるそうだから飲ませて。後ベッドの方は僕の部屋のを使っていいよ。

――にしても、勲章ね……どこに置いとけば良いのかな、こう言った物って。今一分からないんだけど。


>>磁器様


――……少し、オハナシしないか?


ティアさんが来た客を連れてどこかに行った。

触らぬ神に祟りなし。

今日も何もなかった。


>>RMEXE様


――いつも悪いね。本当にありがとう。

――そうそう、今日倉庫を整理していたら懐かしい物を見つけたんだ。

つ……「法月神社製御神酒純米大吟醸・飲む用(1800ml×6)」

――美味しいよ。うちの神様も洒落にならないほど酒好きらしいから。


それにしてもあの人……一体何者だ?


>>シュルフ様


――お上も結構大変なんだねえ……はい熱燗。数の子あるけど、食べていくかい?

――とにかく体には気をつけなよ。近頃風邪が流行っているようだからね。


>>ガルス様


――あの作者、そんなこと言ったの? 全く、僕はごく普通の平凡な人だと言うのに。

――ピンクレディー……酒の方ね。ちょっと待って。


>>雪林檎様


――誰が事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質だって?

――君も大概ひどいこと言うね。否定できない僕も僕だけど。

――それより…………シュールストレミング、捨てて良い? これには悪い思い出しかないんだ。本当に。


>>コジマ漬け様


――ああうん、正月にご馳走食べれたからじゃないかな?

――それにしても……難しい質問だね。何のために過去を振り返るのか。ただ一つだけ言えることは、過去を否定した所で意味はないということだよ。どんな時でも過去は着いてくるからね。

――あと僕は別に、振り返るなとは言わないよ。だって誰にだって振り返りたい過去はあるじゃないか。でもそれでも、過去は過去だ。そればかり見て今ある幸せを見なくなるようでは駄目だろうね。それだけかな。

――強め、ね。熱燗でも良いかな?


>>亡命ドイツ軍人様


――はい、灰皿。あと別荘はいらない。維持管理が面倒だから。

――金塊、ね……分かった。今度来店した時に渡しておくよ。



>>ガルス様

法月神社の居候は蘇芳とは別の意味での神様です。
こいつらが話に出てくる時はこの話はオリジナルではなくクロスになってしまうのが悩みの種。
最終的にハーレム? 出来るかな?


――分かって聞くにせよ分からず聞くにせよ、どちらにしても不謹慎だよ。


>>G-S様

ただマスターが正体不明の化け物になってしまうのが悩みの種。
誰だよ、この世の規格外と渡り歩いているこいつ……


――気をつけてね。冬は良く冷えるから。行ってらっしゃい。


>>MOMOMO様

だからまだ最終話じゃないってのに……
あの話は分類的には前の物語での最終話だけどね。

さて、本当にどうやってユウキを救うのか。
それが問題だ。


>>雪林檎様

僕はBGMのせいもあって書いてる途中で既に半泣きでした。


――潤ちゃん、と言うのが誰を示しているのか分からないけど、何だろう? 赤色って言われて不吉な気分しかしない。

――……時に、キャビック……そろそろ怒っても良いかな?


>>良様

むしろ好かれていない世界がない。
僕の中のユウキはどんなドSもツンデレにする程度の能力者だぜ?


>>零崎様


――良し、じゃあ僕も酒を大量放出だ! つまみは任せろ! 今日は酒宴だぁあ!!


>>きよふみ様

ネタばれになるので何とも言えないけど、終幕は良かったねと言えるものをご用意しております。
最終話は何の保証も出来ん。


――ああ、久し振り。近頃見かけないと思っていたら山に籠もっていたんだ。お疲れ様。はい、先に黒ビールと枝豆。フィシュ&チップスはちょっと待ってね。


>>倭人様


そう言った意見は大歓迎です。
ありがとうございます。十三話、ちょっと修正しました。


>>良様


ヴァルは死んでいない。
むしろまだ死ねない。
だから多分大丈夫。


>>ハスター様


近頃何かマンネリしてきて、これで良いのか疑問に思えてきて不安です。
だけどどうしようもない。病気も同じく。


――了解。ちょっと待ってね。


>>亡命ドイツ軍人様


ここは時空の流れが乱れているから問題ないんじゃないのかな?


――何も聞こえなかったから分からないな。

――あと、注文のコーヒーなんだけど、ついこの前にキラしちゃったんだ。ごめん。

――代わりに紅茶とシュトーレンでも良いかな?


>>妖様


時々思うのですが、この小説一気に読むにはいささか長すぎませんか?
あと、これの一話が他の小説にとっての二話に相当していると思います。
読み応え抜群なのはそのせいかと。


>>シュルフ様


――甘いね。砂糖菓子より甘い。

――敢えてそこは夜中、寝ている所ですりかえるのが子供たちに夢を見させるための常套手段なんだよ。

――というか、何故無駄な機能を付けたの? ぼろぼろと言うことはその人形はきっとその人にとって非常に愛着のある物なんだろう?

――ならば無駄な機能などつけず、補修しておくだけに止めないかな?

――まあとにかくお疲れ様。ホットミルクだよ。本当に、無理はしないようにね。


>>ガルス様


ぶっちゃけると、優鬼が大学生の頃に東風谷と言う中学生の家庭教師をやっていました。
その少女も家が神社だそうです。
追加情報で小学生時代、紫色の服を着た変な女性に追いかけられたことがあるそうです。
以上。

それからユウキ×蘇芳フラグは立たない。
優鬼×蘇芳フラグは立った。


――酔いが覚めると言えば、ご飯にシジミのみそ汁、厚焼き卵、塩鮭、お浸しと漬物、お好みで納豆……完全なる日本人の朝食だね。

――……貧血、ねえ。生傷絶えないヴァルにでも送ろうかな。


>>RMEXE様


――そう? なら一緒に飲もうよ。ちょうど正月料理も余っているしさ。ね?



>>きよふみ様


――ピッツァ屋のおじさんがそんな事をしているとは小耳に挟んだけど……

――いつものね。そう来ると思って既に準備は出来ているよ。ちょっと待っててね。


>>通り縋様


意見、ありがとうございます。
欲を言えば何話なのかが知りたいです。
まあ多分、長すぎる十四話なのかなとは思うけど……あっているかなぁ……


>>シュルフ様

――……そう言えば、シュルフさん。結局花見に間に合わなかったな。まあいいか。

――時間はまだまだある。いつか会えるだろう。

――それまでちゃんと、これは保管しておこう。


>>妖様

そして完結。拍手返しが遅れて申し訳ない。


――本当に、ユウキさんを慕う人は多いわね。羨ましい。

――ねえ、一瞬その言葉が妬ましいに聞こえたんだけど、気のせい?

――……秘密。

――やれやれ。まあでも、悪くはないよ。


>>亡命ドイツ軍人様


いやいやいやいや、「あの」ユウキですよ。
そう容易く消滅するわけないじゃないですか。
まあ、結構無茶苦茶な展開であることは否めませんが。


――寒い、か。身体には気をつけて。無理をして壊さないようにとしか言えないな。

――その言葉、そっくりそのまま優鬼に返しても良い?

――……耳に痛い話です。

――本当に、バカ。心配させすぎよ……

――あはは、ごめんね、蘇芳。


>>零崎様

精神的にきつすぎて書けるかどうかわからんわ。
そして優鬼消滅━下剋上エンド
流石は優鬼、運命の調律者の名は伊達じゃない。


――何と言うか、残念な話なんだけどそう言った亜空間格納庫はこれで五個目なんだ。まあ便利だから嬉しいけど。

――へー。ふーん。ほー。一体誰から貰ったのかしら?

――親しい人たちからだよ?


>>きよふみ様


――もちろん。むしろこう言った宴は多くの人でやる方が楽しいからね。大歓迎だよ。

――えっと……きよふみさんは黒ビールにフィッシュ&チップスですよね?


>>ガルス様

いやだってさ。もう蘇芳は優鬼とゴールイン済みだよ?
フラグを立てる必要性も回収すべきフラグもない。
そして言わせてもらおう。

 計画★通り(キラッ☆彡

あなた方がユウキを甘く見過ぎです。


――はい、苺大福と抹茶。遅くなってごめんね。

――確かにみんな忙しそうだけど、何だか幸せそうだし。良いんじゃないのかな?


>>鴉頭様

実はこの終わり方、二話を書いていた時点で計画していたと言う。
僕は基本的に始まりと終わり方を考えてから小説を書きますんで。
と言うかそもそもは十話で終わらすつもりだったのに……ズルズル延びて十八話……
そもそも蘇芳は出て来ないはずなのに……
プロットなし+完全無計画性が素晴らしい。


――うん、ありがたく花見のときに使わせてもらったよ。ただ人が多かったから、食べていない人もいるかも。


>>きよふみ様

そしてまだ終わらない。
というか僕の気力と右腕の疼きが続く限りネバーエンディングストーリー。


――だから年中無休は誤解を招きやすいの。わかったかしら?

――いやでもね、ローズ。やっぱり店を休ませるのは来て頂いたお客様に悪いじゃないか。それほらまあ……脅すし。

――それは、そうですが……

――まあ、これからは定期的に休日を取ることにするよ。それでいいかな?


店を休ませないとユウキさんと二人きりになれないと思う一方で彼と一緒に営業したいと思うのはやはり、私の我が儘だろうか。


>>taisa様

引きずり戻る前に自力で帰ってきた何か。
目的を自由を勝ち得るに設定し、世界の根源から力の供給を貰い、さらに今まで収集した知識のフル活用した結果です。
すなわちこれが優鬼たちの願望、悲願。そして憤怒。
予想できた人はいるかな?


>>亡命ドイツ軍人様

気が向いたら書くと思います。
ただ先に上で書いた構想の1を片付けないとね……
にしても本当に、綺麗に終われたものだ。


――……迷惑、かけちゃったなぁ。

――そう思うのだったらもう少し早く帰ってきてくれたらいいのに。

――ごめんね。結構道に迷ってさ。これでも急いだほうなんだけど。


>>蓮 暁様


どうやら店を閉めることは不可能のようだ。
それも、まあ悪くはない。
そう思いながら今日も店を開ける。
さて、今日はどなたが足を運ぶだろうか……


>>鈴原舞央

何だか色々とありえない形のこの文章がどんな形の本になるのかが皆目見当もつかないので多分無理だと思いますが。
そこまで楽しく読んでいただけるのなら作者としても非常に嬉しい限りです。


>>良様

だから最終話と終幕と後日談がセットだと最初の方で(ry
そして書けと。あなたもまた申すのか。
……頑張ってみる。とりあえず、ワーストエンドとデリートエンドから。
まあ優鬼消滅ルート、VS世界の根源ルートは花見の後からが違うだけだけど。


>>RMEXE様

頑張った結果がこれだよ。
とりあえず寿命のあるローズから救済しておいた。
ついでに優鬼についても少し語って……
おおう、全員救済行けるのでは?


>>ガルス様

ありがとうございます。
幸せの絶頂から不幸に叩き落とすのはバッドエンドの一つの在り方かと。
それに大人しく従わないのが優鬼。
やりやがったよこの畜生。


>>鴉頭様

我慢してくれ。
同時に出すのはちょっと、味わうにはあまりに時間が短すぎる話なんだ。


>>雪林檎様

俺得な話なのですね。分かります。


――ああうん。またね。元気で。

――まあしばらくはここにいる予定だから、辛くなったら来ると良い。酒の一杯ぐらいサービスしよう。


>>空っぽ様

ピンチどころかアウトだから救いました。
第一世界渡れないしね。


>>なずな様

何とか出来るかもしれない条件はそろっていても、それを実行するに対し少しばかり時間が足りなかった。
まあ現実の悲劇は本当に急に来るわけで。
明日死ぬとかそう言ったことは実際の所誰にもわかりません。
それがちょっと、強すぎましたか。
済みません。でも変えれない。どうしようか。
一応十五話前半ラスト辺りに怪しげな部分を混ぜておいたのですけどね……
さて本当に、ユウキは何の汚れを拭ったのやら?


>>きよふみ様

キャラ作りは慣れと勢いとしか言いようがない。
と言うか本当に、プロットはおろかキャラのプロフィールすら作ってないのに……
しかも終わり方やそれに至る道程の構想も全て頭の中(実話)。
……何でさ?


>>亡命ドイツ軍人様


――何をしているのです?

――ああ、ちょっとね。


扉を異空間で繋いでおけば、まあいつでもここに戻れるかな?


>>ガルス様

でもその分、自分にとって最高のハッピーエンドが想像出来ていいじゃないですか。
僕としてはこう言う終わり方も結構好きだな。


――ごめんね。遅くなって。それからただいま。


>>八咫様


ありがとうございます。
ただ、後日談後の感想返しはどうしても外伝を上げる時になりますが、良いですか?


>>麒麟様

ありがとうです。
早速の外伝の1です。
ちなみに4は二次創作ですよ?
え、良いの?


>>tomato様

いやいや三話で緩んだら先行き不安なのですが。
とにかく最後まで読んだときの感想、お待ちしております。


>>SPOOKY様

誤字報告ありがとうございます。
訂正させていただきました。


>>aaa様

ありがとうです。


――え……と……遠慮させてもらうよ。


>>yasu様

内容や曲調が小説の内容とあっている気がしたため涙腺の弱い方には勧めれないと言う意味ではお勧めできない曲になります。
訂正しておきました。
誤解させてすいません。


>>RMEXE様

……ここまで三ヶ月かかったのですが。
十分に長いかと。


――食いすぎ飲みすぎはだめだとあれほど(ry


>>Sabata様

途中で書き方を変更するとなんか妙な気がして、すいません、変えれませんでした。
とりあえず外伝の方を先に普通の小説の書き方にしたのですが、どうでしょうか?


>>ガルス様

ローズから妄想抜いたらそれローズやない。
ただの麗しき淑女や。
ええか。病みがかった妄想あってこそのローズなんやで。
……ん? 誰か来た様だ。

あ、あはは…………ぴぎぃ。


――あはは……それは災難だったね。僕から二度と台所に立つなってきつく言っておくから、許してあげて? だめかな?


>>ハリネズミ様

最後に超展開は作者の病気。あなたのせいではありません。
そして、ありがとうございます。
いやまさか、ここまで感想が増えるとは思ってもいなかった……

…………終わらせて良かった……


>>エミタイ様

誤字脱字報告ありがとうございます。
そして期待やめて。それ重い。


>>きよふみ様

未発表のオリジナル作品に限ると言われたのにあげちゃった。てへ。
反省はするが、後悔はない。


――ローズ、紅茶の修行ばかりじゃだめだよ。

――……はい……


ユウキさんと二人きりユウキさんと二人きりユウキさんと二人きり



……救いようがない。


>>SPOOKY様

誤字報告ありがとうございます。
手書きなら、こんなこと無いんですけどね……


>>亡命ドイツ軍人様

――やあ、お久しぶり。
――基本的には。まあ僕はどれでも好きだけど。
――さて、まあビール……つまみは熱々のピッツァなんてどうかな?


>>RMEXE様

――世界は常に、喜劇を望んでいる――

お陰さまで胃が痛い……
何と言うそれ真理。


>>麦茶様

選択肢一つ間違えば死亡なFateですね、わかります。
最後の方にしかエロが来ないという点でも共通しているし。


>>零崎様

というか、道に迷う感覚で世界を渡るから迷い神なのですけどね。
行き先も指定できないし、どうしてそこにいるのかもわからない。
全て迷いながら見つけるしかないから、迷い神。
とりあえず、外伝は右腕の疼きが納まるまで。

――……うん、増やしたく、ないんだけどね……


>>雪林檎様

えっと……国王、魔王の腹心、龍族の集落、その他諸々。
これに加えてユウキの設定、世界設定まで全活用したら大風呂敷にも程がある。


>>ガルス様

基本的に男性は苦労人となっていますからね。
似たようになってしまうのは否定できない。

――もとは和洋中の粋を集めた三国フルコースだったんだけどね、カロリーがおかしな値になっていたことと最初にふるまったのが女性だったから……
――アレを食べた結果は太るよ? じゃなくて太るなんだよ。そのために禁断のが付いて、その他色々とあって……
――知っている? 女性は時としてすごく強くなるんだよ。


>>きよふみ様

意見、ありがとうございます。
とりあえず外伝はこのままでいこうかと。

――うん、もちろん。やっぱりおいしい者はみんなで楽しまないとね。


>>tomato様

誤字報告ありがとうございます。

会話に出て来なかった人物とは多分、無事あえているかと。
もうユウキには寿命もありませんし、時空も超えれますから。
気長にやっていれば会えれます。きっと。


>>tomato様

ローズ好き……まあ僕ら一般人に一番近い人ですし、妄想を除けば一途な人ですからね。

エピローグは主人公死んだのでどうしてもハッピーエンドとは言えなかった自分。


――零崎様

――うん、参加して懐かしい人たちと会えたよ。本当に皆相変わらずだったのに驚いた。
――最後の方でうっかりさんなマスターがね聖杯を壊そうとしたんだけど、どうにも本体を消せなくてね。
――おまけに僕を取りこんでこようとしていて……
――結局のところは通りかかった知り合いが消し飛ばしたんだけど……
――ああうん。その節はお世話になったよ。これは異界の珍しいワイン。美味しいよ。


――亡命ドイツ軍人様

そして一番の被害者はいつものヴァルくん。
ユウキは襲われないのは護身術を完全に納め、前世(?)で身に付けた暗殺者の技術をフル使用したから。

――城に寄った覚えはないから、多分他人の空似だと思うよ。
――さて、貴腐ワイン。まあ放っておけばアリーシャさん辺りが来るだろう。
――ゆっくり飲みながら待とうか。


>>kamo様

ああ、二次創作の場合は新規投稿で、題名を適当に変えて投稿します。
前書きにも「ある店主と迷惑な客たち」の外伝であると注意書きをする予定です。
多分そうすれば問題ない、かと。


>>taisa様

誤字報告ありがとうございます。
訂正させていただきました。

そしてさらに言えば、書く気力が沸く時に限って時間がないと言う。


>>空っぽ様

そこは敢えて、深くは言わないのが楽しさ。
そう言う妄想をなさっているのだろうなあとこちらはにやにやさせて頂いたりたり。


>>RMEXE様

――えっと……それは御気の毒様としか言いようがない。
――まあ本当に、日本人は少々働き過ぎなんだよ。
――もう少し趣味に生きればいいのにね。
――いや、世界が優しくないせいかな?


>>きよふみ様

まあ……何とかなるかと。
ただ運命はちょっと難しい気がしてきた。
あれ本当にキルオアデッドな世界だからね……

――はい。フィッシュ&チップスに黒ビーる。
――それからありません(即答)
――やらされかけたことはたくさんあるけど。


>>ガルス様

ああ、そうなんだ……意外。

――その分作るのに最低でも一週間必要だけどね。
――それに改良してカロリー抑えたから問題ないと思うよ。
――美容とかにも気を付けた……のだけど最初の印象を変えられなくてね。
――名称は今もそのままなんだ。


>>RMEXE様

――精のつくものと言われても、この時期はね……
――とりあえず、若筍煮。
――さて何があるかな?


>>亡命ドイツ軍人様

オルタは男性です。異論は聞かない。

――チョコ苺なんてどうかな。
――まあチョコバナナの苺バージョンなんだけどね。


>>きよふみ様

ですです。

――…………さて、注文を聞こうか。


>>taisa様

鈍感はユウキのステータス。
鈍感無くしてユウキは語れぬ。
そもそも何があっても据え膳食わぬ人間ですぜ、旦那。


>>コウ様

訂正させていただきました。
そもそも未だにどこからが二次創作で、どこまでがネタなのかが良く分からない。


>>シュルフ様

――ふぅん……とても、楽しそうね。ええとても。

――そうかそうか。常連の「男性客」で、か。それはつもる話もありそうだな。

……許せ、大魔神様の怒りを鎮めることは誰にも出来ないのだ。
君の活躍は末代まで語り継ごう。

――そんなことばかりしていると、優鬼に呆れられるわよ?


>>ガルス様

――ポテチとは……またここでは手に入らないジャンクフードを……

――まあ貰いものにあるけどね!



>>ガルス様

とりあえず、優鬼に戦闘させるのは結構無理がありました。
また書き直すのは面倒なんだよなぁ……



>>きよふみ様

悲劇エンドから書きたくなる、この思い…………まさか嫉妬?


>>taisa様

ネタさえ頭にあれば後は周りの環境によっては……
レポートってすごいね。あるとないとでは筆の進み具合が違う。
レポートって……すげぇな……締め切りヤベぇ……


>>RMEXE様

後でちゃんと、ユウキに届けておきます。
安心してください。


>>ILLUSION様

頑張って、行きたいなぁ……


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