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[9779] 【習作】あいとゆうきと、ふしぎなめいじ。(マブラヴオルタネイティヴ×ゼロの使い魔)
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/03/28 03:47
 はじめまして、日常生活では文章どころか会話すら少ない茶太郎と申します。

 当SSは、以下のものに辛抱ならないという方には、閲覧をおすすめできません。

 ・とんでも設定、ご都合主義
 ・ユーモア欠乏状態
 ・冗長、稚拙な文章や構成
 ・TS(トランスセクシャル)、それに準ずるもの
 ・キャラクターの性格・設定・ストーリー改変(再現不足によるもの含む)
 ・不定期更新、更新途絶
 ・原作レ○プ、色々無双

 他にも挙げるべき点はあると思いますが、なにぶん言語と知能が乏しいので、これ以上の列挙ができません。ご了承ください。


 ともあれ、ビッグタイトル二つを使って書く以上、なるべく頑張っていきたいと思います。
 よろしければ、ご感想、ご指摘等よろしくお願いいたします!

 派手な設定ミスがあれば、そちらもご指摘いただければ……されたら話が破綻するかもしれませんがお願いします……




追記1:マブラヴオルタネイティヴは本編のみ(外伝などは知りません)、ゼロの使い魔はアニメ全てと、原作少々を確認しています(設定は、アニメやWikiを基にしています)
追記2:更新が不定期になっています。

---------------
主な更新履歴(アバウト)
---------------
  (色々)
06/22 うっかり全削除
  (色々)
08/13 16、17話投稿
09/02 18話投稿
09/14 19話投稿
09/21 20話投稿
10/05 21話投稿
10/17 閑話1投稿
11/05 22話投稿
12/07 23話投稿
12/24 閑話2投稿
12/25 24話投稿
12/31 25話投稿
  2010
01/01 26話投稿
01/04 27話投稿
01/18 28、29話投稿
02/05 30話投稿
03/28 31話投稿



[9779] 01
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:15
01


 トリステイン魔法学院の広場は今、異常な雰囲気に包まれていた。
 まるで珍獣の博覧会である。一つ目の球体、巨大な土竜、尻尾に火のついた蜥蜴など、どこか妙な特徴のある動物達を少年少女たちがそれぞれ一匹ずつ従えていた。
 毎年春に行われる、使い魔召喚の儀の真っ只中だった。
 この学院で魔法を修練する学生は、二年次に、恐らく一生を共にするだろう使い魔を召喚することで、正式に二年生へと進級できるのだ。

「ではプラチナ、召喚の儀を」

 それほど歳を取っていないにも関わらず頭の天辺が寂しい壮年――教師コルベールに呼ばれたプラチナは、どこかけだるそうに杖を構えた。
 肩まで伸びる雪のような銀髪と、他の女生徒のものよりはるかに長いスカートが異彩を放つ少女だった。
 変な使い魔が出てこなければいいんだけどなあ。
 彼女はそんな事を思いながら、即興で呪文を紡ぎはじめた。



 爆発と共に召喚されたのは、少年だった。まるで日向ぼっこでうたた寝をしてしまったように、広場の真ん中で呑気に眠っていた。
 青いパーカーに黒いズボンといった出で立ち。黒髪のその少年は、どう見てもメイジには見えなかった。

「『平民』のプラチナが平民を呼び出したぞー!!」
「はははは! お似合いのカップルじゃないか! 俺達はお二人の幸せをお祈りします!」

 周囲から野次が飛ぶ。しかし、そんなことを気にせずプラチナは考えた。

 ――――まさか人間が召喚されるなんてな。面倒な事になったが……いや、この身なり……まさかコイツ、日本人か? ひょっとしたら、この世界と向こうの世界、繋がっているのかもしれないな。

 プラチナは少年に顔を寄せた。顔にかかった髪をかき上げつつ、契約の呪文を呟く。そして、少し顔を朱に染めてから、その桃色の唇をその少年の唇に重ねようとし――
 そこで少年が目を覚まし、飛び起きた。勢い余って唇どころか歯と歯を激突させる二人。

『痛ってええええ!! な、なんだ!? って唇!? キス!? え? 今俺キスされた!?』

 口元を押さえのた打ち回りつつ、不思議な言語で喚く少年。一方のプラチナは、同じく口元を押さえながら恨めしそうな目で少年を睨んでいた。涙目である。

『って、ここどこだ? みんな変な格好だなあ……って、あの子がさっき俺にキスしてきた子だよな? ちょっといいかい? あ、あー、エクスキューズミー?』

 言って、少年はプラチナに近づいた。しかし少年はプラチナのそばへたどり着く前に、体の違和感に気づき立ち止まった。
 体が燃えるように熱い。それ以上に右手が燃えるように熱い。もはや熱いを通り越して痛かった。

『しばらくの辛抱だ』

 もがく彼の肩を押さえたプラチナは、彼と同じ言語――日本語――でそう語りかけた。
 右手に使い魔のルーンが刻まれるのと、そのルーンが刻まれる苦痛で少年が気を失うのは同時だった。

「珍しいルーンですね……いや、人が召喚されるなどというのも珍しい話ですが」

 といって、コルベールは少年の右手に生まれたルーンを書き写した。



 さて、『召喚の儀』も大詰めである。生徒の一人が平民を呼び出したというハプニングはあったものの、特に滞りなく儀式は進んでいた。
 しかし、この最後の段に来て雲行きが怪しくなっていた。
 『ゼロ』のルイズと呼ばれる桃色の髪の少女が、その場にいる全員に注目されていた。

「『ゼロ』のルイズは何を召喚するんだろうな」
「どうせ失敗だろ」
「あの『平民』と同じように平民を召喚したりしてな」

 と、周囲は小声で言いあっていた。
 ルイズはその二つ名が示すとおり、魔法を成功させた事がない。何故か放った魔法のことごとくが謎の爆発という結果になるのだ。

「うるさい! 私だってこの前コモン・マジックを成功させたんだから! 召喚だって成功して見せるわ!」
「ホラ吹くなよルイズー! 言い訳はいいから早くやれー!」

 ルイズは仏頂面になりながら、杖を空高く掲げ、前日より練っていた召喚の呪文を朗々と紡ぎだした。

「宇宙の果てのどこかにいる、私の僕よ! 神聖で、美しく、そして強大な使い魔よ! 私は心より求め訴えるわ! 我が導きに答えなさいッ!」



 プラチナ以上の爆発の結果は、またしても人間の召喚だった。

 全体的に白く、頑丈そうな服。恐らく百八十サント(=センチ)はあろうその身には、均整の取れた“重み”あった。しかし、それを見とれるのは教師コルベールと若干の生徒くらいだろう。
 僅かに茶色がかかった黒髪だが、服装を見るにやはり平民だろう。
 青年は先ほどの少年と同じく、地面に倒れたまま微動だにしない。

「今度は『ゼロ』のルイズが平民を呼び出したぞー!」
「そうだよな、魔法成功したら『ゼロ』じゃないもんな! やーい嘘つきー!」
「さっすがルイズ! 俺達が期待した事を平然とやってのけるッ! そこに痺れるけど憧れないィ!」

 しかし、ルイズはそんな野次が全く耳に届かないようだった。

「こ、こんなのが、神聖で、美しく、そして強力な、私の使い魔……?」

 ヴァリエール家の面子を破壊してしまったという恐れのせいか、体どころか焦点まで揺れていた。
 辛うじて正気を取り戻すと、

「ミスタ・コルベール! もう一度召喚させてください!」

 と願い出たが、コルベールは首を横に振った。

「この儀式はメイジとして一生を決める神聖なもの。やり直すなど、儀式そのものに対する冒涜ですぞ?」
「ででででも、『平民』のプラチナと同じだなんて……! それに平民を使い魔にするなんて聞いた事ない!」
「ダメですミス・ヴァリエール。儀式を続けなさい」
「そんなッ――――ヴァリエール家ともあろうものが、こんな、こんな――――」

 ルイズの脳裏に、漆黒の未来が見えた。
 ――『平民』のプラチナと同じ種族を召喚したため、ヴァリエール家の拾い子だったんだなと苛められる。
 ――平民を家門に加えるなどと貴族の恥さらしめ、と、家族が周りの貴族達から叩かれる。
 ――「貴族じゃなかったなんて騙したのね!」 とアンリエッタ殿下に捨てられる。
 このままでは、この未来が現実のものになってしまう。
 ならばどうするか。
 そうだ。
 『消して』、なかったことにすればいい。

「ファイアー・ボール!!」
「お、おい馬鹿!!」

 ルイズは全力を込めて、倒れていた青年に杖を振りかぶった。しかし、その射線上にプラチナが割って入り――

「チョバムッッ!!」

 『ファイアー・ボール』とは到底呼べない強烈な爆発を受け、奇声を上げながら明後日の方向へ飛んでいった。

「……いい加減にしなさいミス・ヴァリエール!! 契約しなければ貴女は退学となるのですよ! 二年次の使い魔召喚の儀に失敗した生徒は在学の権利を剥奪されるという事をお忘れですか?」

 ぐっ、と声を詰めるルイズ。その通りであった。一応召喚は成功した。契約を交わせば名目上、使い魔召喚の儀は修めたということになる。その後で気に入らなかったり都合が悪かったりした場合は、改めて『消して』しまえばいい。
 そう思い直したルイズは、いまだに気を失っているその青年と口付けを交わし、契約を終了させた。


「……大丈夫?」

 頭から地面に着地したプラチナを見つめながら、まるで子供のような体格の少女――タバサが無感情に呟いた。

「ああ、平気平気、慣れてる慣れてる」

 顔に付いた泥を払いながら、プラチナはルイズを見た。どうやら契約は終了したようだった。

「先生のところへ戻ろう。心配してくれてありがとな」

 タバサの頭に手を置くプラチナ。
 プラチナとタバサの雰囲気は――プラチナが黙っていればだが――似ていた。ただ、身長差が二十サント(≒センチ)以上もあるため、傍から見れば姉妹に見える。

「それにしてもすごいよなタバサは。風竜を呼び出すなんて……シルフィードって名前だっけ」
「そう。でも、貴女の方が凄い。平民の使い魔は聞いた事がない」
「皮肉かよ……っていうかルイズだって召喚してたじゃないか。実はそんなに珍しくないんじゃないか?」

 タバサは返さなかった。ルイズもプラチナも、メイジとしては異端と取れる使い手である。タバサは、その異端性が顕著に出たものだと考えていた。
 ――メイジの実力を見るには使い魔を見よ。
 使い魔は、メイジの性質や能力に見合ったものが召喚されるという。使い魔の平民は、メイジの何を示しているのだろうか。



 少年が目を覚ましたのは、真夜中だった。
 見慣れない天井だった。天井からはカーテン状の布が垂れ下がっている。背にしている地面は無闇に柔らかい。程なく、ここが西洋風の高級ベッドの上である事を理解した。
 ベッドから身を起こすと、傍らでは少女が座っていた。
 まるで氷河のように青い影を持つ白い髪が肩まで伸びている。青い瞳はサファイアを思わせるほどに美しく輝いていた。

「具合はどうだ? どこか痛むところは無いか?」

 とその少女、プラチナが少年に尋ねたが、残念ながら彼にはこの世界の言語が分からない。

『え?』
『……具合はどうだ?』

 困惑した少年を見て、プラチナはやや不安定な日本語で尋ね直した。

『あ、ええと、大丈夫。ところでここは……』
『その前に自己紹介しておこうか。ワタシはプラチナ。呼び捨てでいいし、敬語もいらないぞ。お前は?』
『えーと、平賀才人。才人でいいッス。で、ここは?』

 才人は辺りを見回した。今まで見たことの無い拵えの家具が辺りに点在していた。

『平賀、才人か……ここは……ああ、口で説明するより見たほうが早いか。ちょっとそこの窓から空を見てみなよ』

 訝しがりながら才人はそれに従う。窓の向こうには、大きな月が見えていた。
 青い月と赤い月。それが寄り添うように浮かんでいた。

『は?』
『トリステイン魔法学院』
『魔法?』

 状況がつかめないようで、鸚鵡返しに答える才人だった。

『月が二つあるんだけど』
『まるで月が二つあっちゃいけないような言い方だな才人。君はどこに住んでたんだ?』
『日本ってとこだけど……』
『聞いたこと無いな』

 しれっとわざとらしく答えるプラチナ。それを聞いて才人は不安げな表情を隠せない。

『なんだよこれ……ファンタジーかよ。なんで俺こんなとこにいるんだ?』
『……多分、お前からすれば、ここは異世界ってとこだろう』

 聞いているのかいないのか、それを聞いても才人は反応を示さなかった。

『いや、急な話で申し訳ないと思ってる。っていうかワタシもまさか人間、それも異世界の人間を召喚しちまうなんて想像にもしてなかったんだ。そこのところ、ホントいくら謝っても足りないと思うけど……』
『召喚って?』
『ああ。召喚。ワタシ達はメイジ――魔法使いみたいなものなんだが、使い魔を召喚する必要があるんだ。で、出てきたのがお前』
『じゃあ、戻れるのか?』
『いや、多分無理だと思う。ワタシも先生に聞いてみたが、そんな魔法は聞いた事すらないらしい。悪いが、少なくとも当分はここの世界で暮らさなきゃならないと思う』

 才人は絶句した。
 それを見てプラチナは心を痛めた。
 『オレ』も昔、BETAのいた世界に飛ばされた時は相当に憤ったな……

『もちろん、今回の件は謝罪したいと思う。この世界の衣食住もワタシのできる限りで用意したい。元の世界に戻る方法も極力探す』

 前者はプラチナとして、後者はかつての自分の願いでもあった謝罪だった。

『……拉致だとか、夢だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じて無い訳なんだな』

 才人はヤケクソ気味な口調で確認した。プラチナは黙ってうなずく。

『で、今回の召喚は、いわば事故、と』

 これに対してもうなずく。
 才人は顎に手をやって少し考える素振りを見せた後、

『まあいいや。プラチナさん――プラチナ、悪い人間じゃないっぽいし。じゃあ、いつまでになるか分からないけど、しばらくの間よろしく頼むよ』
『思ったより軽いな……本当にいいのか? ひょっとしたら一生この世界かもしれないんだぞ?』
『って言っても……俺、他にどうしようもないんだろ? っていうか反発して逃げ出したりしたら、たぶん野垂れ死ぬし。考えるだけ無駄ってさ』

 才人はプラチナが思っていたより飄々としていた。もっと食いかかってくるというのは覚悟していたが、とプラチナは心の中で苦笑した。

『ところで、俺って使い魔なんだよな。召使みたいなもんか? 具体的に何すればいいんだ?』
『いや、別に構わないよ。謝っておいて人を召使扱いなんてとてもできない。気楽にするのが仕事と考えてくれたらいい』
『つってもさ、プラチナだって体面あるだろ? 少なくとも使い魔らしく振舞ってないとまずいだろ』
『うーん……その話の前にメシ食いに行かないか? お前が起きるのを待ってたら腹減っちまってさ』

 同時に腹を鳴らす才人。

『……すんません、いただきます』


 廊下を歩いていると、何やら後方が騒がしい。
 誰かを呼び止める高い声。時折悲鳴のようなものも聞こえる。

『何かあったのかな?』

 才人がプラチナに聞いたが、知るわけが無い彼女は肩をすくめた。
 と同時に、廊下の影から大柄な男性が飛び出してきた。
 白くパリッとしたその服を着たその青年は、昼間召喚された使い魔――白銀武だった。
 どう見ても、逃亡する気満々である。

「させるかッ!」

 プラチナは反射的に懐から杖を取り出すと、風の魔法で武を拘束した。白い光状の何かに手足の動きをを封じられ驚き、焦る武。

『な、なんだッ!? くそ、こんなものッ!』

 しかし武は、その拘束を力でもって引きちぎりだした。次に驚いたのはプラチナだ。

「才人ッ!」

 呼ばれた才人はそれで意図を了解、武を後ろから羽交い絞めにした。

『なんだ!? 離しやがれ!!』
『落ち着けって! ここ異世界だぞ! 帰る手段も分からないってのに逃げ出してどうするってんだ!』

 魔法の拘束と才人の拘束の両方で、武は動く力をようやく失ったように見えた。

「見つけたッ!! ファイアー・ボール!」

 そこへやってきたルイズが武を見るや否や、状況確認もせず武を失敗魔法で吹き飛ばした。もちろん、組み合っていた才人も飛んでいった。



「痛ってえええ……!」
「何だよ今の……!」

 黒焦げになる両名。特に巻き込まれた才人はとばっちりである。

「ルイズ、お前の失敗魔法は危ないってこの前も言ったばかりじゃないか」
「だって! あの馬鹿犬、ご主人様である私に無礼を働いたのよ! 躾が必要じゃない!」
「ワタシの使い魔も巻き込んでおいてよく言うぜ……あー、大丈夫か才人」
「な、何とか……」

 差し伸べられた手をつかみ才人が立ち上がる。

「なあ」

 そこへ武が、少しバツが悪そうに才人に尋ねた。

「ここって、どこだ? まさか異世界とか?」
「ああ、そうらしいな。プラチナが、元の世界に帰れるよう努力するって言ってくれたけどさ」

 そのやり取りを聞いたプラチナは、首をかしげた。

「お前ら、何で公用語喋れてるんだ?」
『……そういえばそうだな。っと、意識すれば日本語も喋れるのか? 喋れてるよな?』
『ああ、ちゃんとフツーに聞こえてる。失敗魔法って言ってたよな、もしかしたらそれが原因なのかも』
『公用語とやらは、注意すると二重音声に聞こえるな……」

 二人して原因を相談しあう。プラチナもそれに耳を傾けていたが、蚊帳の外に立つ事になったルイズは仏頂面である。

「二人とも何喋ってるの?」
「うーん、どうやら二人とも、故郷が一緒らしいな。故郷の言葉で状況確認してるっぽい」

 今まで公用語が喋れなかった事の説明は、面倒だったので省略した。
 心の中でプラチナはルイズに感謝した。才人には公用語を教えるつもりだったが、その手間が一気に解消した。

「ええと……プラチナ、って言ったか? 帰る方法がないって話は本当なのか?」
「ああ。そもそもサモン・サーヴァント……召喚の魔法は、この世界にいる動物を召喚する魔法だ。異世界の人間が召喚されるという異例は想定していない。当然、元の異世界に送り返す方法は存在しない……っていうのがコルベール先生の話だな」

 実際にはプラチナの意見だ。コルベールに聞いたのは、逆召喚の有無だけである。

「ワタシはこれから先、才人を元の世界に戻す方法を探すつもりだ。人間を使い魔にするなんて倫理的に良くないからな」

 武はしばらく真面目そうに考えた。しかし、どうやら頭の中で解決案が思い浮かばなかったようで「うがー!」と奇声を上げた。

「ああもう! 考えても埒があかねー! プラチナ、本当にオレ達を帰す方法を探すのか?」
「別にお前を帰すって言ってないだろ! まあ、才人が戻る方法を見つけたら、一緒に帰してやるよ」
「じゃあ一つよろしく頼む! 使い魔でもなんでもするからよ!」
「ちょっと! 貴方は私の使い魔よ! 何でプラチナの使い魔になろうとするのよ! 馬鹿じゃないのこの犬!」
「はッ! お前の使い魔なんかゴメンだね! 誰がお前みたいなコーマンチキに従うかってんだ!」
「こ、この馬鹿犬! 言わせておけばー! ファイアー・ボール!」
「うわ、ちょ、待っ……ガガーーーリンッッ!!」

 武は二階の窓からの豪快なダイブを決めた。着地は零点だった。



 その時、コルベールは、自室で古い資料を漁っていた。
 目的は、二人の人間の使い魔のルーン。彼の記憶が正しければ、あのルーンは伝説のルーンだった。

「……ガンダールヴと、ヴィンダールヴ……! 急いでオールド・オスマンに報告しなければ!」

 果たして、コルベールの予想は正しかった。
 武と才人に刻まれたルーンは、始祖と呼ばれるブリミル、その伝説の使い魔二人の、それだった。



「だ、大丈夫なのか……?」
「何とかな、鍛えてるから」

 心配する才人にそう言って力瘤を作ってみせる武だが、その髪はやや焦げていた。
 プラチナ、才人、武の三人は食卓を囲んでいた。
 食堂は残念ながら終了してしまったので、料理長のマルトーに無理を言って用務員用のスペースを貸してもらっていた。

「無理言ってすみません、料理長」
「いいってことよ」

 マルトーは、彼女の生い立ちのこともあったが、それ以上にプラチナの人柄が気に入っていた。平民、貴族と分け隔てなく『人間』として付き合うその姿はすがすがしいものだ。
 貴族嫌いの彼にしては珍しく、彼女には好感を覚えていたのだった。

「賄いで悪いな」

 そう言って出されたのはミネストローネとビーフのサラダ、塩味のスパゲティだった。
 それを見た武の目の色が露骨に変わった。
 武と才人は「いただきます」、プラチナは長ったらしいブリミルへの祈りを捧げてから料理に手をつけた。

「うーまーいーぞーッ!! こんな上質の飯食ったのは何年ぶりだろうなあ!?」
「おお、嬉しいこと言ってくれるじゃないか! さすがプラチナの使い魔は人も良い!」
「いや、俺がプラチナの使い魔なんだけど。でも確かに美味しいッスよ。味がしっかりしているのに、誰の味覚にも合いそうな口あたりです」
「おや、お前がプラチナの使い魔なのか! するってえと、そっちは誰の使い魔なんだい?」
「確かルイ十六世なんたらって言ってたかな。なんか小さくてピンクで乱暴な奴」
「あーあの跳ねっ返り娘か! そりゃご愁傷様だな!」

 和気藹々と話をする男三人。その様子を見ながらプラチナは考えていた。

 ――なぜ、白銀武がこの世界にやってきたのか。
 魔法の拘束から脱しようとしたときの力などから、BETAが蔓延る世界を繰り返した白銀武であることは想像できる。
 あの人曰く、無数の平行世界が存在するということだが、彼はもしかしたら、そんな世界からやってきた自分の知らない白銀武なのかもしれない。
 いずれにせよ、白銀武がどこからやってきたか、今まで何をしていたか……せめてその気概だけは知っておく必要があるだろう――

 食事が終わり、マルトーに改めて感謝をしてから食堂から出る三人。そこでプラチナは才人に、先に戻れと言った。

「眠かったらベッドで寝てていいぜ。ワタシはちょっと白銀に話があるからな。というわけで白銀、ちょっと時間をくれないか」
「ん? ああ、分かった」

 満足そうに腹をさすりながら武は答えた。



 やってきたのは広場である。武は空に浮かぶ大きな双月を見て驚いていた。

「本当にここは異世界なんだな。綺麗な月だ」

 と武が感動している間に、プラチナは錬金でアルミ製の棒を二つ生成した。
 そのうち一本を武に投げ渡す。

「一つ手合わせしてくれ」
「は? 何の冗談……じゃないのか」

 プラチナは既にその棒を正眼に構えていた。その瞳は、これから相手を倒す者のそれである。
 その様を見て、武は背筋が凍るような感覚を受けた。

「マジかよ」
「マジだぜ」

 仕方なく武も棒を剣に見立て、プラチナに相対した。



 タバサはその様子をつぶさに観察していた。
 今日召喚した使い魔、シルフィードの様子を伺おうと使い魔小屋に向かっていたところで、偶然に出くわしたのだ。
 凄まじい速度と技術が生む攻撃の応酬。そこには無駄な動きなど存在せず、まるでお互い示し合わせたダンスのようにも見えた。
 しかしその見目美しい動きが、実戦では確かな力として発揮するのは誰が見ても明らかだろう。
 一目見て実力者だと見て取れた武はともかく、プラチナ――非力な人間の多いメイジが、それも魔法を使わずにあれほどの動きを見せるなど、夢かと疑うほどに非常識なものだった。
 しかも、あれほどの動きを見せながら、彼女の顔にはどこか余裕が見えるのだ。
 まず、彼女には勝てない。
 タバサは心の奥底で確信しながら、その一部始終を固唾を呑んで睨みつけていた。



 二分ほど組み合っていただろうか。勝負はお互いが一撃を与える直前で終了した。
 一拍置き、互いに棒を引っ込めると、武は大きく息を吐いた。

「悪い、その棒ちょっと返してくれ」

 言われた通りに武がその棒を返すと、プラチナはそれを錬金で土塊へと戻した。

「しかし、何でそんなに強えんだよ……オレだって自信あったのに、ヘコむぜ全く」
「いや、お前も十分強かったさ。特に、その身体錬度は目を見張る……だけど、ワタシ相手は少し不足役だったってことだな、はっはっは」
「って引き分けなのに何で偉そうなんだよ! ……ああ、手抜いてたんだろうなやっぱ」
「そんなつもりはなかったんだが、そんな腹痛そうにしてたら手心を加えたくもなる。あれは食いすぎだぞ白銀……」
「悪い」

 ははは、と言いながらお互い広場に転がった。まだ少し冬の気配が残る春の夜風は、運動後の体には丁度良かった。
 プラチナは先ほどの武の動きを見て考えていた。
 少なくとも技能は、自分より高くない。となると、意識的にループを行ったのは数回程度か。紅蓮師匠には手ほどきを受けていないはずだ。
 しかし、男女の筋力差は馬鹿にならない。このまま競り合っていたら、いつかこの手を駄目にさせてしまっていただろう。

「それにしても、ホント不思議だよな。なんかさ、お前の動き、オレの知り合いに似てるんだよ」
「へえ。どんな奴なんだ?」
「御剣冥夜って言って、無現鬼道流っていう剣術の使い手だ。性格はまさに“武人”って感じでさ。日本……俺の国なんだけど、自分の国をいつも憂えるような奴だった」
「そうか……」

 プラチナはまるで自分の子供を見守るかのような、優しい表情になった。

「白銀の国の話、もっと詳しく聞かせてくれないか?」



 武は少し戸惑った後、ゆっくりと元の世界について話を始めた。
 こことは全く違う世界からやってきたということ。その世界では、BETAという、宇宙からやってきた化け物が人類を脅かしていること。BETAは様々な種類と膨大な物量で次々に人類を追い詰めていること。それに対抗して人類が戦術機という兵器を作ったこと。
 恐らくハルキゲニアの人間が聞けば理解の少しも得られないようなそんな話を、プラチナは神妙な顔で聞き入っていた。

「……まあ、ちょっと信じられないような話ばっかりだけど……実際こんなもんだった。オレも、そんな世界を少しでも変えるために頑張ってたんだけど」
「志半ばで召喚された、と」
「ああ。だからオレは何としても元の世界へ戻らなきゃならない。そして、今度こそ――」

 最後の台詞は小さく、プラチナが聞き取ることなく夜空に溶けていった。



「ほら、水」

 帰る段になって、錬金で作った水を武に渡すプラチナ。武はそれを有り難く貰い、一気に飲み干した。

「便利なもんだな、魔法って」
「そうだな。でも、イメージや意志力ってのに頼る面が強いから、いざって時に安定しないってのが弱点か」

 プラチナも、作った水を一気に飲んだ。

「しかし久々に動いたから疲れたな。さらしキツくしとけばよかった」

 そう言ってプラチナは、自身の胸の上をさするように揉んだ。

「……そういうのは他所でやってくれよ」

 女性のきわどい姿は何度も見て馴れているはずの武だったが、不意打ちでのそれはさすがに来るものがあったようだ。









----------
あとがき

 書いて早々死亡フラグ(作品の存続的な意味で)が見えた気がします。習作にしては元ネタがビッグタイトルすぎるでしょう?
 プラチナの正体は、皆様には隠すつもりはありません。でも、登場人物には悟られないよう努力しないと! バレたらそこで物語終了ですよ!



[9779] 02
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:15
02


 すがすがしい朝である。六時に起きたワタシだが、何故か才人はワタシの前にバッチリ起きていた。ベッドが大きいとはいえ、二人共用は寝辛かったか。
 このベッドをくれたルイズには悪いが、このベッドは廃棄して、もっと小さいベッド二つを新しく用意したほうがいいな。

「さて、着替えも終わった事だし、食堂に行くか才人……どうした?」
「いや、なんでもないです……」

 背中を向けてしょげた声を出す才人。大方、召喚されたのは夢じゃなかった、って感じなんだろうな。

「それにしても、いつかお前に服を買わなきゃな。さすがに服一枚はまずかろーし」
「え、ああ、そうですね、はい」
「ほら、敬語いらないって言っただろ? ……ところでお前、BETAって知ってる?」

 才人はこっちを振り向くと、不思議そうな顔をして首を傾げた。

「アルファ、ベータのベータか?」
「……いいや。なんでもない」

 予想通り、才人はBETAのいない平和な地球からやってきたようだ。
 しかし、いよいよこの世界の位置が分からないな。ここは遠く離れた平行世界なのか、それともどちらかの世界と続いている世界なのか。



 廊下に出たらルイズ達とバッタリ出会った。白銀はどことなく顔が煤けていた。まあ、またルイズにやられたのだろう。
 ともあれ合流し、食堂へと向かったが……

「そうか、空いてる席が無いんだな」

 迂闊だった。昨日のうちにマルトー料理長に席を用意しておくようお願いするんだったな。

「タケル、あなたの席はここよ」

 ルイズは空席の横を指差した。そこには古びて欠けた皿があった。上にはパンが置いてある。

「オレは犬畜生か何かかよッ!?」
「文句あるの犬。犬は犬らしく犬のように地べたで食べていればいいのよ」

 あまりに高圧的なルイズにムッとくるワタシ達。いくらなんでも言いすぎだろ。

「いい加減にしとけよ。お前そんなことして、いざって時に白銀がお前のために動いてくれると思うのか?」
「あら、使い魔はご主人様のために身を粉にするのが当たり前でしょ?」
「使い魔がゴーレムだったりしたらな。残念だが白銀は、使い魔である前にお前と同じ人間だ。ちゃんと人として扱えよ」
「何よアンタ、やけにタケルの肩持つじゃない。それとも『平民』同士気が合うのかしら?」
「……お前いい加減にしとけよ? つーかなんかお前おかしいぞ? そんなに白銀が使い魔なのが気に食わないのか?」
「ええ気に食わないわ。私は『神聖で、美しく、強大な』使い魔を召喚しようとしたの。それがこんな生意気な平民よ? 気に入る訳ないじゃない」
「そうかよ……まあ、確かに白銀は神聖じゃないし、美しくもないなあ」
「プラチナよ……」

 聞いてうなだれる白銀。無視しておく。

「でもな、強大な、ってのは正解だと思うぜ。仲良くしてても損は無いと思うんだけどな」
「は? アンタにタケルの何が分かるってのよ」
「そうだな、少なくとも、お前よりかは分かるぞ」
「――ッ! そうよ! 貴女昨日タケルと何してたのよ!」
「別に。ちょっと楽しく話してただけだよ。そう言うお前は昨日、白銀と何してたんだ? どうせまた怒って爆発させたくらいだろ」
「何よ! ちょっと魔法が使えるからって馬鹿にして! 私だってそろそろ魔法が使えるようになるんだからッ!」
「別にそういう意図で言ったわけじゃないんだけどな。とにかくルイズ、お前はもう少し白銀のことを見てやれよ。使えないって初めから決め付けてかかったら、使えるものも使えない」
「……ああもう! とにかくタケル! 今日は席無いからそこに座りなさい!」

 ため息一つ、肩をすくめその場に座る武。

「プラチナ、俺も床に座った方が良いのか?」

 それを見た才人が聞いてくる。

「座らんでよろしい……おーい!」

 仕方なくワタシは、料理を配膳していた近くのメイドに声をかけた。
 黒髪をきちんと切りそろえたショートカットの、日本人を思わせる美人だった。確か名前はシエスタって言ったか。

「はい、いかがなさいましたか?」
「すまないが、この二人を厨房で食べさせてくれないか? プラチナの頼みだって料理長に言ってくれれば、大体の事情は分かってくれると思う」

 メイドは男二人を一瞥すると、席が無いことを察したようでにっこりと笑った。

「分かりました。ではお二方様、厨房に案内します」

 そう言ってメイドは二人を食堂の外へ誘導していった。

「……何勝手なことしてるのよ」
「悪いかよ」
「悪いわよ。犬を躾けるせっかくの機会が台無し――――」

 いい加減堪忍袋の緒が切れそうになった。
 ワタシは少し殺気を込めて睨みつけてみる。

「今度白銀をそう呼んだら、本気で怒るぞ」

 ルイズは体をビクリと震わせ、何よとそっぽを向いた。
 ……ルイズはこんな奴じゃないと……心根は優しい子だと思ってたけど、ちょっと失望したかな。



     *****

 おはようございます、平賀才人です。昨日からステレオ魔法世界に住む事になりましたが、俺は元気です。自分でも驚くほどに適応できてます。ですのでお父さんお母さん、どうか心配しないで下さい。
 『ご主人様』のプラチナが親切なのと、どこかで聞いたような名前の、同郷っぽい白銀武さんって人が一緒にいるのが、あまり取り乱してない理由っぽいです。不幸中の幸いってやつかな。
 どちらかというと、俺達のせいでプラチナとルイズの仲が険悪になってるのが気になります。俺から見ればどう考えてもルイズが悪いと思うけど、理由の一端を担ってるっぽい俺も、ちょっと罪悪感を感じちまってたり。

 ところでプラチナ。親切なのはいいけど無防備すぎて困る。いくら俺が使い魔だからって、異性と一緒のベッドで寝るとかどういう倫理なんだ? 俺がいるのに平気で着替えやがるし……しかし、斜め後ろからしか見えなかったけど、スタイルよかったなあ……つーかもしかして、他の人もプラチナと同じ文化してるのかね?

 とにかく今は朝飯をいただくため、厨房に向かってるところ。目の前には秋葉原でのビカビカしたメイドとは違う、某英国戀物語寄りの、しっとりした感じのメイドさんが先導してる。今気づいたけど俺、こっちのタイプが好みかもしれない。

「ここです」

 案内された食堂は、昨晩見たときの閑散とした感じとは違って、中々にぎやかな感じだった。
 どうやら今はデザートを作っているらしく、甘い香りが漂っている。
 っていうか、さっき食堂に行ったとき机の上に凄まじい量の飯が置いてあったのにまだ作んのかよ! 貴族ってやつは凄まじい浪費家だな。

「マルトーさーん」
「おおシエスタじゃねえか。お? お前ら昨日の使い魔二人だな……あー、席がないからこっち来たのか」
「そうなんですよ。プラチナさんが二人に食べさせてくれるようお願いしていました」
「あの娘さんの頼みなら聞かざるを得ないな。んじゃまお二人さん、ちょっと騒がしいところだが入ってくれな」

「ほらよ。残り物ですまねえな」

 出されたのは、何かステーキ二段重ね。間に何かソース的な何かが挟まってる。それとクロワッサン。見てるだけでヨダレズビッ。
 白銀さんも出された料理を見て唖然としている。いや、お預けを食らった犬みたいに目が血走ってる。

「それじゃあ、いただきます」
「いただきますッッ!!」



 料理長のマルトーさんがヒくほどの速度で、白銀さんはステーキを平らげてしまった。

「うンまぁぁぁぁ~~いッ!! こんな肉食ったの何年ぶりだっけかー!!?」
「……いや、美味く食えてるなら文句言わねえけどよ……」

 なんか、普通のリアクションで食べてる俺のほうが恥ずかしくなってきた。

「いやあ、昨日に続いて今日もお世話になりました! 何かお礼とかできたらいいんスけど……」

 そう言って白銀さんは厨房を見回した。

「そういえば、今作ってるデザートは食堂に?」
「いんや、これは昼に回すデザートだ。今回は時間をかけたほうがうまくいくデザートを用意しているんでな」
「その配膳手伝わせてくれませんか? 人は多いほうが良いでしょう」
「まあそりゃあ構わねえが……」
「あ、なら俺も手伝います」

 俺も手伝おうと思った。これだけ世話してもらって何もしないというのは、仁義にもとる。

「ふむ。おーいシエスタ。昼、二人が手伝ってくれるとよ。エプロン二つ確保しておいてくれ!」
「わかりましたー」
「……じゃあよろしくな。でもな、気をつけろよ? 貴族ってのは色々と俺達平民にイチャモンつける生き物だからな、とにかく粗相のないようにな!」

 ただの配膳のつもりでやってると痛い目をみるってことか。緊張するけど、貴族ってのがどういうのか再確認するチャンスかもな。



     *****

「――だから! ワタシは常々思っているが、今までの貴族の平民に対する政の形は古いんだッ! そう! 恐怖政治はもう古いッ! 今は頼れるご主人様の時代だ! 義に厚い貴族にこそ、真に忠誠を誓う平民がつくのだと、ワタシは確信しているッ!」

 教室の中でプラチナはルイズに熱弁を振るってた。オレのご主人たるルイズはやたら疲れた顔をして「はいはい」としか答えない。

「聞いてるのかルイズ! ワタシは今、たぶん凄く良いコト言ってるんだぞ!?」
「はいはい。分かったから静かにしなさい。みんなの注目集めてるし、恥ずかしいったらありゃしない」

 ごもっとも。ぶっちゃけオレも恥ずかしい。
 プラチナは黙ってたら深窓の令嬢みたいな雰囲気なのに、なんでこんな残念な性格なんだろうな。
 ややあって、京塚のおばちゃん――BETAがいた世界で食堂をきりもりしてた――みたいな体型の人が入ってきた。教員か。プラチナもさすがに黙って席に着く。オレ達もその横の席に割って入った。

「皆さん、二年生への進級おめでとう。本年度からこのトリステイン魔法学院に赴任しました、ミセス・シュブルーズです――」

 属性は土らしい。するってえと、やっぱ水に弱かったりするんだろうか?

「春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね。このシュブルーズ、毎年さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのです」

 シュブルーズはそう言いながら、オレ達を見て目を止めた。

「おや、そこの貴女達は、変わった使い魔を召喚したようですね」

 すると辺りが笑いで包まれる。よく見ると、生徒が従えてるっぽい使い魔は、どれも……あれだ、ゲームとかのモンスターみたいな奴らばっかりだった。

「ルイズー! 魔法が使えなかったからってそこらの平民連れてくるなよなー!」
「プラチナもなんだよお前ー! あれか、平民のお友達でも連れてきたのか? あははははは!」

 その野次に、再度部屋が笑いに包まれる。黙っていられなかったのはオレのご主人様ルイズだ。才人のご主人様プラチナはどこ吹く風だ。

「み、ミセス・シュブルーズ! 風邪っぴきのマルコリヌが侮辱しました!」

 これに反応したのが小太りの男子生徒だ。

「んなッ!? ぜ、ゼロのくせに生意気だぞ! 僕は『風上』のマ・リ・コ・ル・ヌだ! 間違えるなよこのゼロ!」
「ゼロって言うな! 私だってちゃんとサモン・サーヴァントも使えたんだから! もうゼロって呼ばせないわよ!」
「ゼロをゼロって言って何が悪いッ! 大体その使い魔だって本当に召喚したのか怪しいもんだよ! 地面に埋めたりしてたんじゃないのか?」
「そんなことするわけないじゃない! 大体あなたの使い魔だって――」
「あなた方いい加減にしなさい! 授業を始めますよ!」

 シュブルーズはそんな様を一喝して黙らせると、ため息一つしてから授業を再開した。

「さて皆さん、魔法の四大系統は何でしょうか?」

 質問するシュブルーズ。すると前の席から薔薇が生えた。

「火、水、風、土の四系統です」

 と、キザっぽい口調で説明したのはギーシュという貴族らしい。うわ、口に薔薇くわえやがった。ハグキから血が出ればいいのに。

「そうですね。私たちメイジは、これら四系統をいくつ組み合わせることができるかでレベルが決まりますが、そのレベルは」
「はい先生」

 と挙手したのは、後ろに着席していた金髪縦ロールの女の子だ。なんかタカビーっぽい。さっきのギーシュと並べたらいい組み合わせかもな。

「一つでドット、二つでライン、三つでトライアングル、四つでスクウェアと呼ばれますわ」

 ……そういえばルイズはどんなメイジなんだろう。
 と思って聞こうとしたけど、やめた。『ゼロ』っていうんだからゼロなんだろうな。うん。

「さて、私は先ほども言いましたが、土のメイジです。土の属性は万物の組成を司る重要な魔法、それをまず知ってもらうため、基本である錬金の魔法を覚えてもらいます」

 といって取り出したるは、何の変哲も無い小石。それをシュブルーズが杖で指すと、それが一瞬光り輝いた。すると、その小石が金色になっていた。

「それって、ゴールドですか!?」

 赤髪の派手な女子生徒が身を乗り出して凝視する。

「いえ、真鍮です。では、誰かにやってもらいましょうか……そうね、先ほどの貴女。名前は……そう、ミス・ヴァリエールですね、やってごらんなさい」

 シュブルーズはルイズを指した。さっきの汚名を返上させてやろうという腹積もりらしい。

「先生危険です! ルイズに魔法を使わせるのは……!」

 さっきの赤髪が慌てだす。他の生徒も同様に、危ないだの、やめろだの焦っていた。

「先生! 私やります!」

 しかしルイズは意固地になって前に出た。そして錬金を始めた。
 シュブルーズのときとは違う、強い光が辺りを支配した。
 もしかしたら、何かこう、マジでヤバイのかもしれない。オレは、いつのまにか周囲がやっていたように机の下に隠れようとした。
 しかし、オレが隠れきるその直前にヤバイ光は収まった。

「これは」

 シュブルーズの落ち着いた声。周りの生徒も、恐る恐る顔を持ち上げた。そして、シュブルーズの鑑定を固唾を呑んで見守った。

「これは……銅ですね。なかなかの出来ですよミス・ヴァリエール」



「「ええええええええええええええええええ!!!!?」」



 たっぷり時間をかけた後、部屋のガラスを割らんばかりの絶叫が爆発した。


 どうやら、マジにルイズは魔法を成功させたことが無かったらしい。
 そんなルイズがいきなり魔法を成功させたから、あの驚きようとのこと。
 しかし、失敗したらどうなるんだ?
 ……ああ、あのファイアー・ボール。あれ失敗だったのか。確かにシャレならないな。

「どうよツェルプストー! どうよ! ちゃんと魔法成功させたわよ! どうよ!!」

 ルイズは、さっきの赤髪の生徒に突っかかってた……うわツェルプルトー胸でかッ。彩峰、まりもちゃん以上だ。

「ええ。見ていたわよ。おめでとうルイズ」

 そのツェルプストーとやらに素直に褒められ固まるルイズ。

「でも土メイジだなんてね。銅を錬金したから、さしずめ青銅のルイズかしら? ギーシュとお似合いね」
「や、やめて! それは何か凄く嫌ッ!!」

 ギーシュってアレか、あの薔薇の。青銅ってアイツの二つ名か?

「なあ、ところであのツェルプストーっていうのはルイズの何なんだ?」

 微笑みながらその様子を見ていたプラチナに聞いてみた。

「ん? ああ、キュルケね。キュルケはルイズの犬猿の仲だってさ。よくわかんないけど」
「それにしてもプラチナ。貴女のおかげね。ルイズもちゃんとプラチナに感謝しなさいな。魔法が使えるようになったの、彼女のおかげでしょ?」
「……そ、そうね。私まだプラチナに大したお礼言ってなかったわね……ありがと、プラチナ」
「はは、どういたしまして」

 よく分からないが、プラチナはルイズに何か教えたらしい。剣だけでなく、魔法の才能も達者なのか。コイツ本当に何者だ?

 昼飯はプラチナが手配してくれたようで、ちゃんと席に座って食事にありつくことができた。その間、周囲の目がかなり気になったが。

「そろそろ厨房に行ったほうがいいんじゃないですか?」

 貴族達が残した飯を片っ端から食べていると、才人が呆れながら忠告してきた。
 確かに、そろそろ約束の時間だ。残った飯は名残惜しかったが、別れもそこそこにオレ達は厨房へと向かった。



     *****

 シエスタに仕事の内容とかを教えてもらってから、白銀さんと俺はマルトーさんからケーキを手渡された。
 これを適当に、広場で口に暇してる貴族に配ればいいらしい。しっかし、見るからにうまそうなチーズケーキだ。やべ、ヨダレが。
 ちなみにプラチナは、ルイズとさっきの赤い髪の……キュルケって人と、あとタバサ、小柄な子だ。その子達と一緒にどこかに行ってしまった。広場の席についてたら配ってやろう。

 いくらかケーキを捌いていると、いつのまにか、広場の奥が騒がしくなっていた。

「うわ、ギーシュの奴容赦ねえな……」
「つーか、あれどちらかというと逆恨みだよな。シエスタって言ったっけ。災難だなあ……」
「そりゃあ二人に振られたらヤケにもなろうってもんだよ。あの小瓶、モンモランシーのご謹製だろ? あーあ、粉々だ……」
「俺見てたけどさ、ありゃ完全に事故だよ。ギーシュのポケットから落ちた小瓶が、吸い込まれるようにあの給仕の足元に転がっていったんだ。でもギーシュ、不幸な事故で終わらせるつもりなさそうだな」
「でも大人気ないわよね。というか、二股してた時点でどうなの?」

 ……話を統合すると……
 ギーシュって貴族がモンモランシーって子からもらった大切な小瓶を落とした。それをタイミング悪く踏み抜いたシエスタ。よく分からないけどそれが原因で二人に振られた……二股かけてたのか。で、今まさにシエスタはそのギーシュに八つ当たりをかけられてる。と。
 見れば、芝生に額をこすり付けるほどに謝罪するシエスタの背中を踏みつけ、聞くに堪えない罵声を浴びせるギーシュがいた。

 ――なんだよこれ。

 気づけば俺は、手に持っていたチーズケーキをギーシュの顔面にぶつけていた。
 ずり落ちるケーキ皿。その向こうに見えたギーシュの表情は、びっくりするほど冷めていた。

「――――君は……ああ、『平民』のプラチナに召喚された使い魔か。どうやら、この平民以上に礼儀がなっていないようだな。君は万死に値する。決闘だ。ヴェストリの広場で待つ」



 わ、我ながら後先考えないコトしちまったな……!
 正直、睨まれた時点で死ぬかと思ったぜ。つかどうするよ。決闘ってことは殺し合いってことだよな。ヤベエ! 俺ケンカもしたことねーぞ!?

「だ……ダメですサイトさん! 殺されてしまいます!」

 さっき謝ってた以上に怯えた感じで、シエスタは俺にしがみついてきた。

「大丈夫だって」

 そんなシエスタの頭にに俺は手を置いて答えた。絵的には頼れる男を演出できたと思うけど、正直ちびりそうです。
 魔法ってのがどんなモンかはよくわかんねーけど、たぶんルイズの失敗魔法以上に手ごわかったりするんだろうなあ。

「じゃあ、行ってくる」

 後ろで何か呼び止めるような声がしたけど、耳鳴りのせいでろくに聞き取れなかった。
 ――あーあ、ここが異世界だってんなら、なんかこう、秘められた力的な何かで大逆転とかないかなあ。










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あとがき

 小説に関する経験値が凄まじく乏しいので、書くに当たっては一人称が良いのか三人称が良いのか分かりません。状況によって書き分けるのが一番良いのかなあ?
 それにしても書き分けが難しい! 特に武と才人とプラチナが! あと、俺とオレ、私とワタシを書き間違えそうです。カタカナの一人称は漢字のそれと何が違うんですか白銀さんら。



[9779] 03
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:15
03


 学院長室に干からびた死体が転がっていた。
 生前の名前を、オールド・オスマン。最強のスクウェアメイジと名高く、その年齢は百年とも三百年とも言われている伝説級のメイジだった。このトリステイン学院の学院長も勤めていた。
 その名実高い彼を、誰がこのような無様な姿とさせたのか? 答えは簡単。近くで粗い息をしている秘書、ミス・ロングビルが犯人なのだ。
 彼女の怒りに任せたハイキックは、オスマンの魂を一時的に飛び出させることに成功したのだった。

 やがてオスマンが頭を抑えながら立ち上がると、何事も無かったように落ち着き払い、学院長の席へ座った。

「うむ。見事な白じゃった」
「もう一回どうですか」
「遠慮しておこう」

 白とは、ロングビルの下着の色である。このご老体、蹴られる直前に彼女のスカートから覗いたそれを鋭く確認していたのだった。ハイキックなのでバリ見えである。
 なお、蹴られた理由はその前に、彼の使い魔でその下着を見られたからである。その更に前には尻も触ったのだった。これで笑って無視できる程、ロングビルはスレていなかった。

「儂はやはり、ミス・ロングビルには黒が似合うと思うのじゃが」

 それにしても、老いて益々だった。



 唐突に、学院長室の扉の向こうから、あわただしい足音が響いてきた。

「オールド・オスマン!」

 学院長室の扉を勢い良く開けたコルベールは、そのままの勢いでオールド・オスマンに詰め寄った。

「なんじゃいミスタ・セルベール。そんなに焦ると剥げるぞい」
「もう剥げてますッ……じゃなくて私はコルベールです! とにかく話を聞いてください! ヴェストリの広場で決闘です!」
「ふむ? 誰と、誰が決闘なんじゃ?」
「ギーシュ・ド・グラモンと……」

 言いにくそうに言葉を止めるコルベール。横目でちらりとロングビルを見た。

「ふーむ。スマンがミス・ロングビル。少し席を外してくれんかね?」
「かしこまりました」

 ロングビルが学院長室から出るのを確認すると、オスマンは続きを促した。

「それが……相手が、先日報告したヴィンダールヴ……ミス・プラチナの使い魔なんです」
「なんと。ふむ……」

 コルベールはマジックアイテム『遠見の鏡』を使い、様子を確認した。まだ決闘は始まっていないようだが、ギーシュの殺気が高い。
 その様子は、既に実戦を体験した者に近い。

「動物を従えていないヴィンダールヴが、本気になったメイジに勝てるかの?」
「さ、さあ……?」



     *****

 何か騒がしいと思ったら、決闘なんていうけったいな単語が聞こえてきた。
 オレは配膳予定のケーキを燃料にしつつ、その群衆に近づいた。

「平民がギーシュと決闘だってよ!」
「マジかよ! 何で?」
「なんでも、ケーキをギーシュの顔面にぶつけたらしいぜ。つかヤベエよ、ギーシュ完全にキレてるぜ。死ぬぞあの平民……」
「確か、プラチナの使い魔だったっけかアイツ……見上げた根性だけど、終わったな」
「おい! 今何つった! 誰が決闘するって!?」

 オレは近くの貴族に食って掛かった。

「うげえ!? 苦し……ゲホッゲホッ……ギーシュとプラチナの使い魔だよ! なんかメイドを助けるために、ギーシュにケンカふっかけたらしいんだ」

 ――あいつッ!?
 考える余地なく、オレは人ごみに突っ込んでいった。



「いいかい。僕は君を許す気はさらさらない。君が喚こうが叫ぼうが許しはしない。じっくり痛めつけてから、殺してやろう」

 目がマジなギーシュが、杖を才人に向けて宣言する。

「別に謝る気なんてねえよ。お前こそ、痛い目見てママに泣き付かないようにしろよ?」

 対する才人は強がりで返していた。確かに見上げた根性だが、足が完全に笑ってる。丸腰だし、例えギーシュがザコでも、こりゃまず勝てないな。

「全く、この平民は本当に礼儀がなっていない……主人が主人なら、使い魔も使い魔ということだね」
「何が言いたい」
「君の主人のプラチナも、君と同じ野蛮人ということだよ。さすが平民と混ざって暮らしていたことだけはある。全く、なんだいあの男みたいな女は、メイジの高潔な血を侮辱しているよ。優雅さの欠片も無い……僕はこの学院に一緒に暮らしていることが、いや、同じメイジであることが辛抱ならないね」

 あ、才人の足の震えが消えた。
 ……キレたかな?

「すいませーん。ギーシュさん、って言いましたよね。ちょっといいですか?」

 なるべく大きな声で、ゆっくりと呼びかけた。ギーシュはその殺気を少し緩めながら、こちらを振り向いた

「……君はルイズの使い魔か。なんだい? この決闘に不満でも? 残念ながらこの決闘を取りやめる事はできない。これは貴族の誇りを守る戦いだからね」

 そう言って、ギーシュは持っていた薔薇を口に咥える。余裕をアピールしているように見える。

「――お前のその薔薇ファッションのつもり? 似合わないんだけど。それともその薔薇、アメちゃんの味でもすんの? ママの味でもするんでちゅか?」

 オレは適当に罵倒してみた。我ながら頭悪い内容だと思うが。
 すると、ギーシュの顔から余裕が抜けた。問題の薔薇はゆっくりと、その口元から離れた。
 辺りには多くのギャラリーがいるにも関わらず、誰の声も聞こえなかった。

「……今回呼び出された平民は相当に死にたがりと見える。いいだろう。二人とも一緒にかかってくるがいい。このギーシュ・ド・グラモンが引導を渡してくれよう」

 挑発は上手くいった。後はどうやってこの場を逃れるかだが……

 ともあれ、オレは才人と共闘することは確定だ。大人しく才人の横に並ぶ。
 ギーシュは薔薇を振るった。花びらが散る。その花びらが地面に落下すると、そこから緑色の鎧が出現した。
 どこか女性的なフォルムだ。肩のせり出したそのバランスは戦術機にも似てなくはない。ゴーレムって奴か。

「行けッ、ゴーレムたち!」

 オレは反射的に才人を押し飛ばした。間髪入れず、一体のゴーレムがオレに肉薄する。
 繰り出された左手のブローを紙一重で避け、クロスカウンターの要領でゴーレムの額に当たる部分を掌底で打ち抜いた。
 強いベクトルが頭にかかり、バランスを失して倒れるゴーレム。それにしても、やはり金属。打ち付けた手の平がかなり痛い。
 勢いで、倒れたゴーレムを踏みつける。しかし殆どダメージを受けた様子は無い。そうこうしている間に、今度は二体のゴーレムが左右から飛び掛ってきた。
 一体は剣、もう一体は槌を持っている。オレはそのうち剣を持っているゴーレムに相対し、その懐に先手で入る。
 そのまま、振りかぶりきっていないその腕を取り、一本背負いの要領で投げ飛ばす。オレの手には剣だけが残った。
 これで何とか戦う事ができそうだ。

「ふん、させるわけがないだろう」

 だが、ギーシュが杖を振ると、その剣はボロボロに崩れてしまった。錬金で生み出した物は消すのも容易なのか?
 慌てて周囲を確認しつつ、他のゴーレムと間合いを取る。
 ゴーレム一体が相手なら十分勝てるだろうが、数が捌けないほど多すぎる。才人も庇わないとならないし、ウッカリ挟み撃ちとかされるとダメージはどうしても受けちまうな……つーか才人いつのまにか突っ込んでボコボコにされてるし。
 ……逃げるのも、ゴーレム意外と素早いし、才人もアレだし、無理だな。
 くそ、いよいよ勝ち目の薄い戦いになってきたか。



     *****

 キュルケが改めて私を褒めてくれた。
 さっきの錬金の授業のアレだ。本当かどうか分からないけど、キュルケは私が錬金を成功するって信じてたらしい。
 キュルケに褒められるなんて気味悪かったりするけど……まあ、嬉しいかな?

 その後、広場に行ってプラチナとゆっくりとお茶を楽しんでいたら、急にマルトーが走ってきた。そして、プラチナの使い魔とあの馬鹿犬が、ギーシュにケンカを売ったなんて言いだした。
 何考えてるのかしらあの馬鹿犬。体だけ大きくて使えない馬鹿とは思ってたけど、メイジの恐ろしさまで分かってないほどの馬鹿だなんて思ってなかったわ。

「おいルイズ! 早く行くぞ!」

 プラチナが珍しく取り乱して私を引っ張る。でも、私は内心、このままあの犬が死ねばいいなんて考えてた。



 タケルとサイトは、何も持たないでギーシュが作ったゴーレムから逃げていた。
 ギーシュが作ったゴーレムは……十体!? 私が知る限りじゃ、ギーシュは七体を作るのがやっとだったはずなのに!

「何しでかしたかは分からないけど、アイツら、相当ギーシュを怒らせたみたいだな。見ろよルイズ」

 私はギーシュの顔を見た。いつもの余裕めいた顔つきはどこへやら、まるで親の敵を討つみたいな目つきになっていた。

「アイツもあんな顔できるんだな。っと。すると一層まずいな。どうにかならんもんか」

 プラチナは悔しそうに目の前の光景を睨んでいた。でも、私はなんとも思えない。あのタケルどころかサイトにも、何の興味も示せない。
 ……私はこんなに薄情な人間だったのかしら?
 ううん、それは多分、あれが平民だから、使い魔だからよ。
 でも。平民だからって薄情にしていい法律は無い。使い魔ならなおさら。使い魔はメイジの分身とも言うべき存在。主人は使い魔の面倒を見ることも義務だったはず。
 もし私がこのままあの使い魔を見殺しにしたら、どうなるの?
 もしかしたら新しくまともな使い魔を召喚することができるかもしれない。でも、その前に私はメイジとして、貴族として大切なものを永遠に失ってしまうかもしれない。
 それが具体的に何かは分からないけど――でも、絶対に何かを失ってしまう。

「タケル……」

 見ると、タケルは何も持っていないのにゴーレムと同等に渡り合っていた。背後からの攻撃も紙一重で避け、すれ違いざまに殴って攻撃する。でも、その手はとても痛そうに赤く染まっていて、足も少し悪そうにしている。

 プラチナの使い魔も、ゴーレムに向かっていっては返り討ちにあい、倒れ、また立ち上がって向かっていくのを繰り返していた。顔はもう大変なことになってる……

「ねえ、サイトって言ったかしら……? 何で貴方はそうまでして戦うの?」

 たまたま近くに転がったサイトに聞いてみる。答えなんて期待してなかったけど――

「うっせえ! テメエら貴族なんて糞食らえだッ!!」
「な、あ、アンタ、貴族に向かって、く、く」
「どうどう、ルイズ。喧嘩中の暴言くらいは多めに見てやれ……ほら才人。倒れついでに深呼吸だ」

 私には暴言吐いたくせに、プラチナには従順に従う……うう、何でウチの使い魔は言うこと聞かないんだろ?

「さて、ルイズの質問に答えてやってくれないか?」
「何か言ったっけ?」
「ほら、どうしてお前等は戦うんだ、って」

 とりあえずうなずく。

「……そりゃアレだ、アイツ倒さないと死ぬからな」

 でも、それなら決闘から逃げればよかったのだ。それで十分。名誉を重んじるギーシュはそれでそれなりに満足できるはずなのに。

「逃げねえよ……アイツムカつくし」
「え?」
「だからムカつくんだよ。良くわかんねーけど貴族だからってやたら偉そうにしやがって。それにプラチナまで侮辱した。絶対に負けてやるもんか。謝っても許さないって言ったけど、そんなの、こっちから願い下げだぜ」
「な、何でそんな」

 サイトは私に答えないで立ち上がると、近くのゴーレムに飛び掛っていった。

「ったくあの馬鹿……あんなボコボコになっちまってまあ」

 入れ替わるように、ゴーレムを組み伏せてその顔面を踏み抜いたタケルが聞いてきた。

「……聞いてたぜ。何で戦うかって話だろ?」
「そうよ。どうして貴方達はそんなになっても戦うの? 逃げればいいのに」
「逃げるのは難しいなあ。それに、戦って思ったよ。オレ達は、ギーシュに勝たなきゃならない」
「分からないわ。平民なら平民らしく、貴族に頭を下げればいいのに、どうして戦うの? アンタ達は――――」

 そう、それが、私が分からなかったこと。貴族に刃向かっても、何も良いことなんてないのに、なんでこの二人はこうして戦い続けるんだろう。

 タケルは倒れたゴーレムの頭を外すと、サイトの近くで剣を振りかぶっていたゴーレムに投げつけた。そして、私に向き直って、笑ってみせた。
 泥で汚れた顔なのに、どうしてか、その笑顔がとても綺麗に見えた。

 ――――ああ、この顔は、信頼してる顔だ。
 分かるだろ、って言いたげな、そんな表情だ。
 憎たらしいったらありゃしない。何でアンタは私なんかにそんな優しくできるのよ? 使い魔どころか犬みたいに扱った私に、どうしてそんな顔ができるの?

 ホント、憎たらしいったら。



     *****

「ぐッ! くそッ……」

 ついに白銀さんが倒れた。俺ももう、体に力が入らない。どうにかギーシュの懐に潜り込もうとしても、五体くらいのゴーレムが円陣を組んで通す隙を作らない。
 ゴーレムには攻撃が通らない。ギーシュにはそもそも近づけない。俺達はもう勝ち目が無いのか――――
 と、倒れた俺の目の前に、やたらとデカいモグラが出てきた。

「モグモ、モモグモグモグモ(やあ、僕はヴェルダンデ。体は大丈夫かい?)」

 と、そのモグラはいきなり喋りだした。いや違う、モグラの言う事が俺にはなぜか理解できた

「い、いや、正直ヤバい」
「(それは……申し訳ないね。うちのご主人様は本当は心優しい人なんだけど、どうも二人に振られたことが凄くショックらしくてね。君のケーキがトドメのようだけど)」
「ご主人って、ヴェルダンデ、お前、ギーシュの使い魔なのか?」
「(そうだよ。で、ものは相談なんだけど。君、一つ僕に彼を止めろと命令してくれないかな? 僕としても、今の彼の様はとても心苦しいんだ)」
「は?」

 そのモグラ、ヴェルダンデはつぶらな瞳を瞬かせながら妙なお願いをしてきた。

「(僕は彼の使い魔だ。だから彼に害する事はできない。でも、君ならその縛りを超えて命令することができる)」
「何で」
「(君にはその力があるからさ。手遅れになる前に、さあ早く!)」

 俺には正直よく分からないが……とにかく助かるのなら何だってやってやる!

「――よし! ヴェルダンデ、ギーシュを拘束して集中を逸らせ!」

 それを聞くや否や、ヴェルダンデは地中に潜った。
 俺はなけなしの体力を振り絞って、立ち上がる。
 ゴーレムの半分ほどは白銀さんの攻撃を受け、パーツを欠損したり変形させたりしていた。いや、二体ほど戦闘不能か? 凄いな、あの人は……
 白銀さんも、ようやく立ち上がったところだった。たぶん俺以上にダメージを受けているはずなのに、その足はしっかりと地面を掴んでいた。

「……そろそろ終わりにしよう。ゴーレム達よ! 奴らを――うわぁ!?」

 勝負を決めようとしたギーシュが急に倒れた。主人の命令が止まったゴーレムは、当然のように動かない。
 それを見計らったように、どこからか剣が飛んできた。地面を滑ったその剣は、丁度白銀さんの足元で止まった。

「これは……とにかく助かったぜ!」

 それは、拵えのまるでない刀だった。鍔どころか柄もなかったけど……ナカゴっていうのかな、白銀さんはそれを力強く握り締めて、構えた。
 それだけで、それこそ、まるで今までのダメージがなかったことになったみたいに彼は落ち着いた。
 一拍の呼吸の後、白銀さんはギーシュへ突進した。
 そしてゴーレムとすれ違ったかと思うと、甲高い音と共にそのゴーレムの上半身だけが飛び上がった。下半身は全く動いていない。
 周りから、びっくりするような歓声が聞こえてきた。
 正直、何をしたのか分からなかった。いや、刀で切ったんだろうけど、その太刀筋がまるで見えなかった。それ以上に、あの金属のゴーレムをああも綺麗に両断するっていうのは……
 白銀さんはそのまま、円陣を組むように立つゴーレムの頭を踏みつけて飛び越えた。その先は丁度、ギーシュの倒れた場所。
 ゴーレムのせいでギーシュの姿が倒れていたから詳しい様子は分からなかったけど、しばらくして、ギーシュの負けを認める声がした。
 改めて、周りから大きな歓声が鳴り響いた。



     *****

「僕はこの一件で心を入れ替える事にしたよ。まず……シエスタ、と言ったかな。理由はどうあれ、女性を足下にした上罵倒するという、紳士として決して許されないことをしてしまったことを、心から詫びようと思う。本当にすまなかった。そして、そこの使い魔……ヒラガサイトとシロガネタケル、君達にも謝ろう。平民だからと戦う前から見下した時点で、僕は戦いに負けていたのだと思う。もちろん、僕が傷つけてしまったあのレディ達にも、きちんとけじめをつける――――改めて、僕はここに、この決闘の敗北を宣言する!」

 などと、先ほどのキレっぷりとは別人みたいになったギーシュだった。あの戦いの中でどんな電波を受信したのか。しかし、うん。よいことだ。

「ち、ちぎしょお……一発も殴れなかった……」

 面白い顔になった才人が、フラフラになりながらもワタシの前にたどり着く。そして、倒れるタイミングでシエスタに支えられた。

「サイトさんッ! ああ、私のためにこんな……」
「……シエスタが気にする事じゃないよ。俺があの貴族にムカついたからやっただけさ。それに、実際やってくれたのは白銀さんだしね」

 そんな白銀は、刀を杖にしながらようやくこっちへたどり着いたところだった。

「……大丈夫?」

 ルイズが、さすがに心配そうに尋ねた。

「いや死にそう。マジ死にそう。あ、もうダメ」

 白銀は答え、ガクリと立ち往生。

「え…………嘘!? ねえ、嘘だって言ってよタケル!」
「嘘」

 そして叩かれる白銀。まあ、さすが白銀と言うところか。マジ痛そうにしてるけど。

「でも、本当にありがとうございました。早く保健室に行って傷を――」
「ああ、大丈夫だ。こんなところに水の秘薬がありまして」

 言ってワタシは懐から水の秘薬を取り出した。売れば一本五千エキューくらいか、これ一本で庭付きの豪邸が買えるだろうよ。土地代付き。

「……いつも私疑問に思ってるんだけど、アンタ、そんなお金どこから出てるの?」
「バイトしてますから」
「どんなバイトよ!」

 ルイズの声を無視しつつ、モゴモゴ呪文を唱えながらゆっくりと才人の体に降りかける。ちなみに呪文の中身は意味の無い言葉の羅列。

「お、おおお?」

 見る見るうちに才人の体の腫れが消えていく。うむ。自前の薬の効果は抜群だな。

「オレにもそれを……」

 おずおずとお願いする白銀に、そうだな、とうなずき水の秘薬の蓋を開けようとすると、

「やめてプラチナ、借りは作りたくないわ。このくらい何とかしてみせるから」

 と止められた。

「……まあ、そうだな。骨は折れてないし、二週間くらい経てば十分か。気持ちだけ受け取っとくぜ。ありがとな、プラチナ」

 言ってニカッと笑う白銀。ムチャしやがって。っていうか戦った直後よりボコボコなのは何でだよ。

「そういえばこの刀って、プラチナが」
「さあ。どこかの優しい奴が投げてくれたんじゃないのか?」

 思い出したように聞いてくる白銀に、さらりとしらばっくれてみる。ちょうどいいタイミングで放ることができたからよかったものの、ルイズにまた何か言われそうでやだからなあ。

「そうなのか? まあ、当面の得物にさせてもらうか」

 そんな鉄くずだったらもっとやるよ。

「はあ。それじゃあプラチナ。悪いけど、午後の授業は休むって言っておいて」
「……ああ、ルイズ、あの時の答えだけどな」

 すっかり元気になった才人がルイズに話しかける。

「要約するとあれだ。『意地があんだよ、男の子には!』」

 お前は何を言っているんだ。



     *****

「……勝ちましたね」
「うむ。ガンダールヴの力は確実じゃな。ワシの目をもってしても動きが見えんかったわい……歳かのう?」
「じゃないんですか」
「……そこはウソでもそんなことはない、と言うべき場面じゃよ、ミスタ・コルベール」
「それはとにかくとして、多分ヴィンダールヴも」
「そうじゃな。あのタイミングでギーシュの使い魔を引き入れるとは、中々やるの」

 オスマンは遠見の鏡を仕舞うと、髭をさすった。

「ところでオールド・オスマン。このことは、やはり」
「そうじゃな。関係者含め、当面隠したほうが良かろうて……しかし、まさか『伝説』が一気に二つもとはのう。この学院で隠すには力不足じゃわい。ミスタ、改め念を押すが、この事は誰にも知られてはならんぞ」
「分かりました。ところで、決闘を行った彼らの処罰は」
「せんでも良かろう。知らぬ存ぜず、ということにしておくわい」

 その会話の始終を、学院長室の扉に張り付いて聞いていたロングビル。彼女はその内容に戦慄を覚えながらも喜んだ。
 ――まさか盗みのために入ったところで、こんな大きな情報を得るなんてね。
 一瞬だけ獰猛な笑みを浮かべた彼女だったが、次の瞬間には、柔和な顔の秘書の顔に戻っていた。



     ******

「――ということよ。私は貴方の衣食住の面倒を見る。その代わり、貴方は私の使い魔として動いてもらうわ。ギブ・アンド・テイク。分かる?」

 部屋に戻るなり、ルイズは使い魔の性質などを仔細に説明し、こうシメた。
 何でいきなりそんな気になったのかオレには分からんが……とにかく、今回の一件でオレは犬から使い魔にクラスアップしたらしい。アップしたんだよな?

「分かる。まあ、いいぜ」

 ともあれ、待遇が改善されるなら良いことだ。これで元に帰る方法を探してくれたら一生懸命にやるんだけどなあ。
 ……あの世界に戻るまでだけど。

「……ホント?」
「あ? ああ」
「ホントにホント?」
「だからマジだって」
「……今までのこと、怒ってたりしてない?」
「怒ってないから。いや、ちょっと怒って――いや怒ってない怒ってないぞー?」

 顔を真っ赤にしながらやたら突っかかってくる。これは、また気分崩したらコトだぞ。

「……そ、それじゃあ、改めてよろしく、タケル」
「ん。よろしくな、ルイズ」

 かくして、オレはようやく正式に使い魔扱いとなったのだが――――

「また床で一人ザコ寝かよ……寒ッ」

 待遇はあまり変わってない気がする。
 ……あ、打ったトコ床に付けるとひんやりして気持ちいいな。



     *****

 ギーシュは使い魔のモグラ、ヴェルダンデと見詰め合っていた。

「ヴェルダンデ。僕は、君のような立派な使い魔に相応しい、誇り高い薔薇のような貴族になる事を誓うよ」

 その両頬には椛が咲いていた。先の件で泣かせてしまった彼女二人からの手痛い洗礼だった。

「モグモグ」

 ヴェルダンデは、彼の言っている事が分かっているのかいないのか、鼻をピクピクと動かして返した。

「だけど、本当にありがとう。正直あの時、僕も決闘を後悔していたんだ。自分のやっていることは貴族として恥ずかしい事なんじゃないか。その迷いを後押ししてくれたのはヴェルダンデ、君さ。君が邪魔してくれなかったら、僕は今頃、私闘で平民を殺した恥知らずと評されていただろうね」

 ヴェルダンデは答えない。そもそも彼は言葉を使う事ができないので、こうやって見つめ返すくらいしかできない。

「とにかく、僕は誇り高い貴族になる。そして、ケティとモンモランシーに相応しい男になってみせる!」

 つまりそれは、堂々と二股を掛けるという宣言である。
 同じことを聞かされた彼女達が頬を叩きたくなるのも当然であった。

「モグ」

 ヴェルダンデが人語を駆使できるのならば、このタイミングでこう言っただろう。
 ――ダメだコイツ。









----------
あとがき

 キャラクターの性格や設定ですが、例えば今回のギーシュはプライドを少し強くしたりしています。その方が面白くなると思ったためですが……その改変が悲劇を呼ぶのだと、書き始めの自分は知る由もなかったのだ……

 投稿後、色々訂正しました。ご指摘ありがとうございます。



[9779] 04
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:15
04


 寒いわ体が痛いわで中々寝付けず、気分転換に部屋を出たらデカいトカゲがいた。新種のBETAかと思って一瞬ビビッたのは秘密だ。
 尻尾に火がついてる。なんか昔のゲームにこんな奴いたな。
 そのトカゲはさも当然のように俺の服に噛み付くと、そのままどこかへ引きずり出す。

「お、おい!」

 抵抗してみる。多分百キロはあるそのトカゲだが、さすがに踏ん張られるとオレを引きずるのは難しいようだ。

「げー!」

 だが、これが我が仕事なりと言わんばかりに全力の服を咥えて離さない。
 服がやぶけちまうぜ。

「……使い魔ってのも大変だなあ。分かったよ、付いてってやるから引っ張るなって」

 オレがそのトカゲの頭をポンと叩くとトカゲは意図を分かってくれたらしく、口を服から離した。





 と思ったら、次の瞬間には襟を咥えられて吊り上げられていた。
 カワイイヤツダナ。





 で、たどり着いたのは近くの部屋だった。

 なんか色がピンクだった。
 少し水っぽい匂いがする。香水の類だろうか?

「いらっしゃい」

 出迎えたのは赤髪のナイスバディ――キュルケだった。紫色の下着くらいしか着ていないという、なんとも無防備な格好だ。

「ようこそ私のスイートルームへ。シロガネタケル」

 言いながら何やらポーズを決める。うーむ?

「イケナイことだとは思うわ。でも私の二つ名は『微熱』。松明みたいに燃え上がりやすいの」

 その目つきに何かイケナイものを察知したオレは、さいですかと答え回れ右。いざ往かん娑婆の世界へ。っていうかルイズは確かこの女のことを嫌っていたはず。変に関わるのはやめておこう。

「待って!」

 間髪入れずオレにしがみつくキュルケ。うおう、何かやらけえものが背中に! つか打撲が痛え!

「お分かりにならない? 恋してるのよ、私、貴方に!」
「は!?」
「恋は全く、突然ね。貴方がギーシュを倒したときの姿、カッコよかったわ……あれを見た『微熱』のキュルケは『情熱』のキュルケに」
「キュルケ!」

 そんなキュルケの台詞を中断させたのは、窓からの男の声。

「スティックス?」

 ガッシリした格好のメイジ――多分オレと同程度の年齢だろうが――が窓の向こうで浮いていた。

「待ち合わせ場所に君が来ないから来てみれば!」
「じゃあ二時間後に変更して?」
「話が違う!」

 食い下がるスティックスは、キュルケの炎の魔法で墜落した。
 凛々しいバリトンがドップラーだ。

「いいのかよ……あんなことして」
「ただのお友達よ。とにかく今一番私が愛しているのは――」
「キュルケ!」

 そんなキュルケの台詞を中断させたのは、窓からの男の声。

「ペリッソン?」

 金髪の、均整の取れた体型のメイジ――多分オレと同程度の以下略。

「その男は誰だ! 今夜は僕と激しく燃え上がるわああああぁぁ」

 言いきる前にキュルケの炎で撃墜されるペリッソンだった。
 ここ三階だぞ? 容赦ない女だな……

「今のも、お友達?」
「そうよ。とにかく、夜も短いわ。貴方との時間を無駄に過ごしたくな――」
「「「キュルケ!」」」

 次にやってきた三人組はフレイムの一撃で一絡げに落ちていった。

「おわっ」

 じれったそうにしたキュルケはオレを床に押し倒すと、扇情的な目つきで迫ってきた。
 こ、これは……! イケナイことだ!

「ちょーっと待てって!」

 俺はキュルケの肩を押さえて引き離すと、そのままキュルケの目を見つめて言った。

「仮にお前のその気持ちが本当だとしよう。でもそしたらあの男たちの気持ちはどうなる? オレは人の気持ちを傷つけてコトを成そうとする奴は嫌いなんだ。分かるな?」

 どこかで『お前が言うな』みたいな声が聞こえてきた気がするが、気のせいだ。

「分かったわ、シロガネタケル!」
「うわコイツ分かってねえ!」

 キュルケは再度オレを押し倒すと、その勢いでその唇を合わせ――――おいおいッ!?

「キュルケ!」

 今度は女の声。っていうかルイズの声。
 さすがにキュルケもまずいと思ったらしく、オレから離れる。

「取り込み中よヴァリエール」
「ツェルプストー、誰の使い魔に手を出してるのよ」
「仕方ないじゃない、恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命。恋に身を焦がすことこそが本望なの」
「……来なさい」

 ルイズはキュルケの弁明を無視し、オレに命令する。オレもいい加減ここから立ち去りたかったので失礼することにした。

「待って! 彼は貴方の使い魔かもしれないけど、れっきとした人間よ!? 恋路を邪魔するなんて横暴」
「分かってるわよツェルプストー。彼も立派な人間だわ。だから私が彼の面倒を見なきゃいけないの。そもそもキュルケ。今彼の体がどうなってるか分かってるの?」

 は、と息を詰めるキュルケ。ああ、ぶっちゃけると押し倒された時もかなり痛かった。我慢の子で顔にも出さなかったが。

「今、彼には安静が必要なの。その上で彼にもう一度同じコトを聞いてみなさい。まあ、主人の私は許さないけどね」

 と言って、ルイズはオレの腕を掴んだ。ぶっちゃけそこが一番痛いんだけどさ。

「タケル、戻るわよ」
「……悪いな、ええと、キュルケ。っていうかオレはちょっと諦めてくれ」

 言いながらオレはルイズに付いて行って退散した。





     *****

「ルイズ……変わったわね」

 キュルケは少し嬉しそうな表情で、その後姿を眺めていた。

「でも。拒まれれば拒まれるほど燃え上がるのがツェルプストーよ……シロガネタケル……タケル、絶対にモノにしてみせるわ!」

 褐色の肌でも分かるほど顔を赤くして、そう宣言したキュルケだった。





     *****

「怪我してるってのになにしてんのよ貴方は! まるで盛りのついた犬じゃないの!!」

 部屋に戻ると、ものっそい剣幕で怒りながらルイズはオレに噛み付いてきた……怖ええ!

「待て待て! なんか勘違いしてないか!? オレは別にそんなつもりであの部屋にいたわけじゃ――」
「仮に貴方が盛っていても、とにかくツェルプストーはダメよ!! 私のヴァリエール家とキュルケのツェルプストー家は昔から不倶戴天の敵同士なんだから!」
「何で?」

 プラチナからちょっと話は聞いてたけど、念のために聞いてみる。

「あの家系はね、みんなああなのよ。うちのご先祖様とか、みんな恋人をあの血筋に取られたりしてるんだから! 最ッ低の血筋よ! だからあのツェルプストーはヴァリエールの敵なの」

 最低の血筋、ね。

「だからあのキュルケには冷たいのか」
「文句ある?」
「イヤ、ベツニ?」
「何でカタコトよ……もういいわ。ああそうそう、さっきようやくベッドが搬入されたのよ。使いなさい」

 見ると、ルイズのベッドから離れたところに、小さめながら、中々豪華な拵えのベッドが置いてあった。

「高そうなベッドだなあ。いいのか?」
「いいのよ。四の五の言わずに早く寝なさい! 明日は早いんだから……」

 欠伸しながらベッドに潜るルイズ。実際、かなり眠そうだ。

「それじゃあ失礼して、と」
「……ああそうそう、朝はちゃんと起こすのよ」
「へいへい」

 最後に念を押すルイズの声は、少し明るく思えた。
 まあ、軍紀はまだ体に染み付いたまんまだし、寝坊する事はないだろ。





 起こしてみたら蹴られた。
 かつてオレをスマートに起こしてくれていた霞の技量の高さには、全く驚くばかりだよ。
 それにしても、やはりしっかりしたベッドは偉大だなあ。
 この世界に来てからあまり休まらなかったけど、昨晩はようやく一息つけた気がする。





 明日早いとルイズは言っていたが、何をするかと言えば買い物だった。
 今日は虚無の曜日という、こちらで言えば日曜日に当たる日で、学校は休みだ。で、この日を使って買い物と。
 昨日のオレの動きを見て、というか、一つハクをつけるためにも剣を買ってくれるということだ。
 この世界には刀はあるんだろうか? まあ、ギーシュとの戦いではそれっぽいものが宛がわれたから、似たようなものはありそうだ。

 ……ちなみに、昨日の刀は捨てられた。『こんな粗末なもの持ってたら貧乏って疑われるじゃない!』とかなんとか言って。

 体のほうは一日だけでかなり回復した。まだ少し腕とかが痛いが、行動に支障は無いレベルだ。

「あら? プラチナじゃない」

 オレが少し苦労しながらルイズに乗る馬の後ろに乗ったところで、ルイズはプラチナを見かけたようだ。

「む、お前たちもどこかに行くのか」
「プラチナもどこかに行くの?」
「近くで買い物だよ。まあ、目的地は近いし、徒歩で良いかなって」

 プラチナの後ろでは才人がいた。手を振ってみると才人はぎこちなく返した。

「一緒に王都に行かない? せっかくだからちゃんとしたところ行きましょうよ」
「えー……丸一日かかるじゃないか」
「馬鹿ね、馬使いなさい馬」
「そんなんだったら飛んでいく」
「そこの使い魔どうするのよ」

 などという問答があった。

「ワタシ乗馬苦手なんだけどな。いつも馬が暴れるんだよ」

 ようやく話が纏まったようだ。ぶつくさ文句を言いながら、プラチナは馬舎へ消えた。





「何よ、アンタ乗馬も上手いじゃない」
「いや、おかしいな。この馬が良いのか分からんけど、今日は調子がいいみたいだ。っていうかルイズこそ、上手いな」
「ふふん、私の鞍数なめんじゃないわよ」

 それなりの速度で併走しつつ、オレのご主人様はプラチナと会話を楽しんでいた。
 プラチナの腰にしがみつく才人が目に入った。何か神妙そうな顔つきをしている。

「才人も馬に乗るのは初めてなのか?」
「え? あ、いや……」

 酔っている、というわけでもなさそうだった。

「そういえばまともな自己紹介もしてなかったな。オレ、白銀武。武って呼んでくれ」
「あ、俺、平賀才人です。今まで通り、才人でいいです」
「敬語なんて使わなくて良いぜ。って、お前いくつ?」
「十七です……だけど」
「勘違いしてそうだから言っておくけど、オレも十七だぞ?」
「え、マジ?」
「誰がフケ顔だゴラァ!!」
「ちち違う! ってーかまだ何も言ってない! 同い年にしては鍛えてるなーって!」
「へー。そういえば教えるの忘れてたけど、ワタシとルイズは十六だぞ」
「「えぇ!?」」
「誰がフケ顔だゴラァ!!」
「誰が幼児体型ですって!!」
「「だ、誰もそんなこと言ってない!」」

 なんて、オレ達もワリと楽しく馬上の旅を楽しんでいた。





     *****

「タバサ」

 キュルケは、ルイズ達が馬に乗って旅立った事を知るとタバサの部屋へやってきた。
 あわただしい様子のキュルケにタバサは一瞥もせず、黙々と本を読んでいた。

「出かけるわよ」

 しかしタバサは動かない。やはり本を読み続けている。

「ダーリンがヴァリエールと一緒に馬に乗って出かけたのよ。私は二人がどこに行くか突き止めなくちゃならないの! わかるでしょ?」

 首を振って答え、やはり本を読み続けるタバサ。

「あーもう! だから! シロガネタケルを追いかけたいけど、今からじゃ貴女の使い魔じゃないと追いつかないの! 貴女の使い魔を貸してよ!」

 タバサは仕方なさそうに頭を上げると本を閉じ、部屋の窓を開けた。そして指笛を鳴らす。
 すると、程なくタバサの使い魔、風竜シルフィードが飛んできた。

「乗って」





「そういえば、プラチナもいたわよ」

 シルフィードに乗ってしばらく経った時、キュルケは思い出したように言った。タバサがプラチナに興味を持っていることを知っての発言だった。

「そう」

 簡潔に答えたタバサだったが、本来、興味を持たないものには反応すら示さない彼女。その声色には少し焦るものすらあった。
 




     *****

 王都はその人口が多い。
 つまり、犯罪者の数もそれに比例して多い。奴らは結託して貴族を好む。その貴族が年端もいかない小娘ならば、なおさらだ。
 特に最近はトリステインの財政が悪化しているので、このような稼業をしている人間が増えた。
 というわけで、時々怪しげな視線を送る通行人がいる。
 だが、彼らは結局ワタシ達に対して何もしてこない。それは全て、屈強な戦士であるところの白銀武が彼らにガンをつけているからだった。
 おかげで、最も人通りの多いこの王都――ブルドンネ街でも、スリ一人寄ってこない。
 うーむ、冴え渡る白銀フィールド。

「イエスだぞシロガネタケル」

 某微妙に怪しい人の口調を借りて呟いてみる。よし、見事に誰も聞いてない。

「ところでさ、まずどこに買い物行くんだ?」
「ああ、ルイズは武器屋に行きたいって行ってたから、まずそっちに行く予定だ。そのあとに昼食。最後に服を買いに行きたい」

 聞いてきた才人に、今後の予定を教える。武器屋という単語に少し目を輝かせたのは気のせいじゃないだろう。

「で、ルイズ。武器屋ってどこだ?」
「そこの細道を通った先ね」





     *****

 シデカシタマンの悪役の細い方に似た店主が出迎えてくれた。

「最近は貴族様がよく下僕に武器を買い与えておりましてねえ。土くれのフーケっていう盗賊が暗躍しているせいですわ」

 言いながら店主はレイピアを渡してきた。とりあえず手に取って見つめてみる。
 すると、何故かその武器の性能が分かる気がした。

「店主、これ欠陥品なんじゃないか?」

 その勘のままに言ってみる。店主は呆れたような顔をして答える。

「ンな馬鹿なイチャモンは止してくだせえ。そいつはこの店で一番の売れ行きの――」

 聞きながら、オレはその刃を横に曲げてみた。本来の刺突用刀剣は弾力があり、ちょっとやそっとじゃ曲がらないはずだけど。

「ごめん。曲げちまった」

 まるで針金細工だ。
 店主は露骨に嫌そうな顔をしてオレを睨む。だってしょうがないじゃないか。こんなの横からハタかれるだけでパーだ。

「……ははは、御仁はお目が高い! ではこの店で最高の業物をご用意致しましょう!」

 店主はくるりと身を翻し、控えの部屋に消えていった。悪いことしたかな。

「何してんのよタケル……」
「だってしょうがないだろ。実際、こんなもん買ってたまるか」

 言って曲がったレイピアを見せる。しかもこれ、取っ手と刀身との付き方も甘い。

「才人も何か欲しい物があったら言ってくれよ」

 プラチナが才人に言う。才人は既に、陳列された武器に釘付けだった。オレもその気持ち分かるぞ~。
 しかし、周りを見ても、刀どころか曲刀の類一つもない。この世界には、刃物は直剣であるべしとかいう法律でもあるのか? ともあれ、刀は諦めるべきか。
 訓練でも模造刀をよく使ってたしなあ。刀ならその動きも使えるんだけど。他に買うとしたら、ナイフか。ナイフには期待できるかもな。さらっと見ても種類は豊富だ。

「お待たせしやした。かの有名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛え上げた、最高級の大剣ですぜ!」

 店主が金色に輝くデカい剣を持ってきた。迷わずそれを手に取る。
 ……ん、ちょっと重い……硬いかもしれないが、脆い剣だ。シュペー卿とやらの剣というのは間違いなさそうだが。

「ダメだな。これ観賞用じゃないのか?」
「は、はははは、全くこの御仁は冗談がきつい! 新金貨三千もするこの業物を、観賞用呼ばわりと!」
「立派な家と森付きの庭が買えるじゃない……でもタケル、どっちみち気に食わないんでしょ」
「ああ――店長さん、コレ多分本物だけど、鈍らだぜ。こういう剣を業物呼ばわりするのは、店の信用的にもまずいんじゃないか?」

 唖然とする店主を傍目に、オレは店に無造作に置かれている剣を手にとってみた。
 どれも似たり寄ったりだな――ん?

「ぅどわぁぁぁあぁぁぁああ!!」

 いきなり剣が絶叫しやがった!

「な、何だ!? 『スクリーマー』?」
「知っているのか才人!」
「うむ、強い音波で敵を攻撃する事ができるっていう魔剣だ! ゲームだけかって思ってたけど、まさかこの世界にもあるなんて――」
「スクリーマーって何だ!? 俺にはデルフリンガーっていう立派な名前が」
「デルフリンガーだって!?」

 プラチナはそんなやり取りを聞いて驚いた。

「店主、これはいくらだ!?」
「え? あ、ああ。百エキューのつもりだったが、ちょっと待」
「買った!」

 プラチナは言うや否や懐から金貨を大量に取り出し、カウンターに叩き付けた。

「行くぞ皆! 飯だ飯!」

 そのままオレからデルフリンガーを奪い、店を飛び出してしまった。

「……何、あれ」

 唖然とするルイズに、オレも同じ台詞しか返せなかった。





「ほらよ白銀」

 プラチナはデルフリンガーとやらと何か話をしていた。その後、五分くらい鞘から出したり引っ込めたりしていたが、飽きたように手渡してきた。
 全体的に赤く錆付いている。でも、あの店にあった剣のどれよりも頑丈で頼りになりそうだった。何気に、不思議な特殊能力もありそうで……何でそんなことが分かるんだオレ。

「いやあ、しっかしおでれーた! おめえ、相当な使い手だな。掴まれた瞬間ビビッと来てビビッちまったぜ! 俺はデルフリンガーっていうんだが、聞いて驚けよ! 実は俺は」
「始祖ブリミルの左腕ガンダールヴが使っていたインテリジェンス・ソード」
「始祖ブリミルの!?」

 ルイズが驚く。確かブリミルってのは、プラチナが食事前にも言ってた名前だな。神様みたいなものなのか?

「おい白髪の娘ッ子! 俺の台詞を取るなっつーの!」
「ねえ、デルフリンガーって言ったかしら。それ本当?」
「お、おうよ。俺ってばデルフリンガー、ガンダールヴが使っていた剣、さ……?」

 デルフリンガー沈黙。外見はまるっきり剣だから表情も読めず、壊れたようにも見える。ちょっと小突いてみた。

「痛ぇ! やめろよーデリケートなんだよ俺ー! っと、思い出した思い出した。六千年も生きてると、どうも色々と忘れちまってな」
「六千年……始祖ブリミルが生きていた時代と符合するわね。で、何を思い出したの?」
「いや何も? ただ、自分で自分のこと紹介しておいて、ちょいと自信が無くなってな。おう、確かに俺はデルフリンガーだ。オッケーオッケー」
「ボケてるんじゃないの? このボロ剣」

 オレもそう思う。錆びてるしな。
 それにしても、そう、錆びてる以外は結構良い剣だ。特殊能力云々はともかく……刃渡り一メートルと半の、片刃の大剣。重いが、片手でも持てるような良いバランスだ。さすがに刀のような撫で斬りはうまくいかないだろうが、刀と西洋の剣の中間ぐらいの使い方ができるだろう。錆びてるように見えて切れ味もかなりありそうだし、性能は十分か。

「ところでプラチナ? 何で急に店を飛び出したの?」
「ヒント。新金貨三千――二千エキューで『立派な家と森付きの庭』が買える」

 確か、店主はこの『ボロ剣』を百エキューで売るつもりだったんだよな。『立派な家と森付きの庭』が五千万円くらいの価値と仮定したら、その二十分の一で二百五十万円。

「ああ、ボッタクリか」

 元の世界では、業物の刀で百万足らずだったと思う。プレミアもついてないボロ剣にその値段は、いくらなんでもあり得ない。

「ま、ワタシ達が貴族……に見えたから吹っかけたんだろうけどな。ちなみに、百エキューは平民が一年間に使うお金に匹敵するらしい」
「そうなの……あの店主、今度会ったらただじゃおかないわ」

 ルイズがその答えを聞いて黒いオーラを漂わせた。
 頼むから、それ、オレに向けてくれるなよ。





     *****

 デルフリンガーには、白銀がガンダールヴであることを教えないよう釘を刺しておいた。
 いや、白銀が自分をガンダールヴだと分かる事自体は構わない。ただ、ルイズにはあまりそのことを教えたくなかった。
 ルイズは、精神力もメイジとしても、未熟だ。そんな彼女が虚無だと周囲に知れたらどうなる? 
 恐らく、彼女には多大な期待が寄せられる事だろう。そして、彼女もその期待に報いるよう全力を尽くすだろう。
 ……だが、その先に待っているだろうものは――――少なくとも、彼女のこれまでの生活は完全に破綻するはずだ。
 いつかあの力が必要になる日は来るだろうが、ルイズはもう少し、このぬるま湯につかっていてもいい年頃だ。

 それにしても、デルフリンガーか。たまたま名前を覚えていたとはいえ、まさかあんなところで聞くとは思わなんだ。
 図書館の教員専用書架のほうも見れたらいいんだけどな……そこにあったブリミルの伝承の本をコッソリ見てたらバッチリばれてシッポリ怒られたのは思い出したくない思い出だ。
 でも、使い魔の呼ばれ方とかデルフリンガーのこととか、普通の本には書かれていないような情報がノッケから書いてあるとか……本当、宝みたいな本ばかりなんだろうなあ、あそこは。どうにかまた見てみたいもんだ。





 食後、いい店を探そうというルイズの提案で、ワタシ達は街を散策していた。
 白銀はいい加減疲れたらしく、少し眠そうにしていた。全周囲に気を張りながら歩いてたら、さすがにお前も消耗するか。
 という訳で、今度はワタシが周囲に目を光らせる番になっていた。おかげでろくにモノを考えられない。

「なあルイズ。そろそろ決めないか?」
「っていうか、何でワタシにタメ口聞いてるのよプラチナの使い魔……でも、そうね。もう昼食の時間にしても遅くなってきたし、思い切って決めちゃいましょ」

 とルイズが言ったあたりで、感じなれた気配が近くにあるのに気づいた。
 背中にピリピリ来る。でも、殺気の類じゃなくて興味程度の何か。

「ちょっと待った」

 ワタシは三人を止めると、思い切って後ろを振り向いてみた。
 遠くに、よく映える赤髪と青髪の組み合わせがあった。気づかれるとまずいのか、雑踏に隠れようとしていた。

「何やってんだあの二人」
「どうしたの?」
「いや、なんか、キュルケとタバサがいた」
「追いかけましょう」

 ルイズはワタシの話を聞くと、そのままワタシが見ていた方向へ突っ込んでいった。

「おいおい……こんな人が多いと見失うだろ」
「っていうかもう見失ったぞオレ。あいつ、たままでとはいかないけど小さいからなあ」

 疲れもあったせいか、白銀はすっかりご主人様を見失っていた。

「そういえば白銀も、ルイズと目線の共有ってできないのか?」
「あ? そうだな、確かルイズもそんなこと言ってたけど、人間だからかそういう能力持ってないな」
「っていうかプラチナ、ルイズ探さないとまずいんじゃないか」

 確かに、無駄話してる暇ないな。ピンクを目印に、さて探すか。










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あとがき

 視点が切り替わって分かりづらいということでしたが、今の自分ではちょっと一視点にまとめるのは難しいようです。今回は武さんメインのつもりでしたが……少なくとも三人称はシリアスでないと難しい気がします。もっと人間の言語に慣れていかないと!

 自分には、アニメでの武器屋のおっちゃんがポチッとする泥棒さんに見えるんです。



[9779] 05
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:16
05


 そういえば、せっかくの異世界来訪だっつーのに某定型句を言うのを忘れていた俺だ、平賀才人だ。
 別にあの作品好きってワケじゃねーが、もったいねえ、あの台詞が吐ける状況ってのは滅多にねーぞ。
 友達のアイツが今の状況なら、間違いなく連呼してたね。
 今から考えてみれば、当時はそれなりに驚いてたんだなあと思う。





 鉄砲玉みたいにどっか行ったルイズを探したけど、見つけたのは夕方だった。
 路地裏で爆発音がしたから何かと思ってみてみたら、ルイズがいたいけなオッサンを焦がしていた。イチャモンつけられたらしい。
 まあ、無事だったんならいいんだけど。

 ともあれ、二人は結局見失った上に服も買えなかった。
 謝る素振りを全くしないルイズに呆れながら、俺達はまた馬で学院に戻ったって寸法さ。






「うおおお、疲れたー」

 馬が頑張ってくれたからといっても慣れない乗馬だ。俺は降りるとすぐさま腰を鳴らした。すげえ鳴った。

「ありがとな」

 と、馬への配慮も忘れない。文句一つ言わずに従ってくれたコイツが今日の隠れたMVPだ。
 馬は誇らしげに鼻を鳴らして答えてくれた。ちゃんとしたレスポンスがあって嬉しい。

「何だお前、馬と喋れるのか?」

 そんな俺を見て、プラチナが不思議そうな顔で聞いてきた。

「え? いや、そういうわけじゃないんだけど、コイツ、人の言葉が分かるらしいんだ」

 言って馬の頭を撫でる。ぶるる、と気持ち良さそうに鳴く馬。どこかしら誇らしげでもある。
 出かける前、乗馬は初めてだからお手柔らかにな、と言った時、任せとけと言わんばかりに力強くうなずいたのは見間違えじゃあ無いだろう。

「へえ、賢いんだな」

 言ってプラチナも、馬の頭をさすろうと手を伸ばしたけど――――

「あいたぁーッ!?」

 全力で噛まれていた。

「こ、この馬鹿馬ッ! ……なんでワタシはこうも動物に嫌われるんだ!?」

 後から聞いた話では、どうもプラチナ、動物各種に嫌われる体質らしい。この前は犬にも噛まれたとか。





「ワタシだって疲れてるんだけどな……」
「オレだって疲れてるから、その気持ちよーく分かる。でもよ……」
「ああ、仕方ないよなこれ……」

 俺とプラチナ、武は、プラチナの部屋で悩んでいた。
 というのも、ご老体が口やかましいからである。

「相棒ー! 俺を使ってくれよー! 相棒ー! あいぼぉー!」

 これが老害だとでもいうのか……ッ!

 さっきからこの調子だった。旅の間は黙っていたがもう辛抱ならないと、さっきから喚き散らしてる。
 ルイズの部屋にはもう入れない。ルイズは迎撃の用意あり、らしい。
 薄情者、とルイズを罵ることは俺にはできねえ。だって俺もちょっと、武ごと放り出したくなってきたもん。

「だぁーッ! オレは今日疲れたの! 明日使ってやるから、お前もさっさと寝ろ!」
「俺は寝る必要ないの! っていうか今まで寝まくってたから寝たくねぇ! 使ってくれー! 相棒ー! AIBOOOOO!」

 ヌカに釘っていうか、なんていうか。っていうか壊れてんじゃねえの?

「武、諦めてちょっと使ってやったらどうだ?」
「いや、コイツ、練習程度じゃ我慢できない、実戦させろって」

 そうか、こんな真夜中じゃ試合とかも難しいだろうな。もう子供はネンネの時間だし。

「うるさいッ」

 たまらず、プラチナがデルフリンガーを鞘に叩き入れた。しかし、程なく自力ではみ出すデルフ坊や。

「……騒がしいと思って来てみたら、シロガネタケル、こんなところにいたのね?」

 騒ぎを聞きつけたのか、いつのまにかキュルケとタバサが部屋に入っていた。

「他人の部屋に入るときにはノックしてもしもしするもんだって、ママに教わらなかったのか?」
「あら失礼。もしもし? お邪魔するわよ」

 二人は適当な場所を見つけ、座った。
 プラチナの部屋は小物で溢れていることもあり、五人も部屋にいるとかなりの圧迫感を感じる。

「で、どうしたんだ? ってその剣」
「あら、目ざといわねプラチナ。ご存知シュペー卿の剣よ。シロガネタケルのために買ってきたの」
「オレに?」

 急に暗い顔をする武。確か、ダメなんだっけその剣。

「そうよシロガネタケル。どうかしら、この美しい光沢……やっぱり、なんにしてもゲルマニア製よねぇ。素敵な貴方に似合いそうな、素敵な剣だと思わない?」
「いや、残念だけどキュルケ。これ、なまくらだ。使えない」

 手にとってつまらなそうに見て、俺に渡してきた。

「やるよ、才人」

 うわ重ッ!? これ強い弱いの前に俺じゃ振れねーぞ!
 貰えるものは貰っておくけどさあ、できれば使える剣のほうが良かったなあ。

「シ、シロガネタケル? シュペー卿の剣よ? なまくらな訳ないじゃない?」

 キュルケはかなりうろたえていた。ああ、確か三千……エキューだっけ?

「三千新金貨を五百に値切って買った」

 タバサだったか、その子がプラチナのベッドに座り本を読みながら教えてくれた。
 六分の一かよ、すげえな。でもなあ、使えないのに五百はなあ……

「でも、仕方ないわね……ヒラガサイト? 貴方はどうかしら? その剣、貴方にも似合いそうだけど」
「ああ、貰える物はビョーキ以外貰っておくけど」
「なまくらと分かってる武器を渡すなんて、遠まわしに死ねと言っているもんじゃないか」

 急にプラチナが俺から剣を取って、武に付き返した。

「プラチナまで! 何よ、そんなに私がその剣を買ったのが気に食わないの? 当て付けか何かだと思ってる訳?」

 さすがにたまらないといった感じでキュルケはプラチナをにらみつけた。

「い、いや。そういう意味じゃなくてだな、なまくらだって言い切ったのに他人に渡した白銀が気に食わなかったんだ! うん、カノユーメーなシュペー卿が作ったんだし多分すごい剣だと思うぞワタシも!」

 え、とプラチナは一瞬言葉に詰まった後、凄い勢いで弁明して武から剣を奪い返した。

「くれるってなら有り難く頂いておくよ! 才人、優しいキュルケと白銀に感謝感謝だ! あははははは」

 ヤケクソ気味にバシバシと肩を叩かれた。俺は突っ伏すようにしながらキュルケに感謝した。

「ま、まあ、そこまで言うならそういうことにしておくわ。じゃあヒラガサイト……サイトって呼んで良いかしら? 私だと思って大切に扱ってね?」

 なんか凄くエロい動きでキュルケ寄ってきた。
 ――なんという乳か! しかもなんか良い匂いするし! プラチナもアレだけど、キュルケも凄いな……

「え、あ、ああ。大切にする」

 そんな俺はしどろもどろに答えるしかないのだった。だって男の子だもん!

「シロガネ……タケル? フラれちゃったのは残念だけど、そうね、今度お洋服でもご用立てさせていただくわ」
「あー、悪いな色々と。せっかく買ってきてくれたのに、なんか悪口になっちまったみてえだ。オレのほうこそ、今度何かお礼するよ」
「ふふっ、期待しているわね」

 それじゃ、と立ち上がり、

 胸揺れた!

 ああいや、手を振りながらキュルケは部屋を出て行った。

 その後、しばらく部屋が静かになった。デルフリンガーも疲れたのか、それとも武が鞘に押し込んでいるからか何も言わない。
 俺はしばらく、キュルケがくれた剣を眺めていた。薄い金色の、鏡みたいな刀身が眩しい。鍔の中央と端には、不透明な赤い石がはめ込まれている。特別風変わりな模様とかはついてないけど、その分シンプルな剛健さが感じられる。鞘は白い金属製で、聖騎士の剣、って感じの雰囲気が出てる。
 これがなまくらだっていう武も凄いよな。俺には到底そう思えないけど。

「ん、デルフリンガーがようやく収まったみたいだ。じゃあ、オレ戻るわ」
「お休み」

 武も部屋を出て行った。
 改めて俺は剣を見てみた。やっぱり綺麗だ。刀身に指を這わせてみると、ひんやりと滑らかな感触がした。

「ちょっと悪い。才人、その剣貸してくれ」

 声に振り向くと、そこにはすっかり平静さを取り戻したっぽいプラチナがいた。





     *****

「ちょっと悪い。才人、その剣貸してくれ」

 才人は少し残念そうな顔をしたが、快く貸してくれた。

「ちょっと出るわ。先に寝てて良いぞ……そういえばベッドはまだ来てないんだよな。仕方ない、悪いが今日も一緒のベッドでカンベンしてくれ」

 言って、ワタシは部屋を出たんだが。

「タバサ、ついてくるなよ」
「どこに行くの」
「広場、っていうかその隅っこで野暮用だよ。ワタシには秘密が多いの」

 タバサは答えず、ワタシの後ろをついてくる。
 ちょっと脇道にそれてみるが、背後霊のようについてくる。

「だから、何の用なんだ?」

 振り向いてタバサを見る。
 遠い昔に見た誰かのような、こちらの心を見透かすような……それと、感情を押し殺しているような、瞳だ。

「……分かった、ついてこい」

 その、真っ直ぐこちらを見つめるその瞳が、どこか懐かしかったからか。ワタシは何となく、この後を見せたい気分になった。





 ――ワタシの錬金を見て、タバサは驚いていた。
 まあ、今回やったワタシの魔法は普通と違う。
 錬金しなおしたシュペー卿の剣は、外見はほとんど変わっていない。だが、重すぎたそれはより軽く、頑丈になったはずだ。
 ディテクト・マジックを通してみると、狙った効果もきちんと実装できたようだ。

「……何をしたの?」
「錬金」

 にべもなく答える。というより他に答えようが無い
 ただ、今回の錬金はその複雑さが類を見ないだけだ。





 ……さっきも言ったが、ワタシの魔法は普通の魔法と違う。

 普通のメイジが使う魔法は、結果のイメージを頭の中に作りつつ対象に杖を振るうことで発動する。変化の幅が大きすぎるなどして技量の枠を超えた場合――つまり、失敗した場合には何も起こらない。無駄に『精神力』を使うだけだ。

 一方でワタシの魔法は、その結果のイメージを作る前に、いわば、属性に見合った下準備をしなければいけない。
 自分がいつもするイメージは、小さな粒子を固めて、その粒子を違うものに変化させるというもの。もう少し突っ込むと、とある原子を合体させてより原子量の大きいものにする、みたいなイメージをするわけだ。これは、要求している魔法の種類によりその必要量が違ってくる。例えば、錬金なんかをする前にはかなり大きくしておかなければならない。
 さて、この粒子の正体だが……いや、これは今おさらいしても仕方がないか。
 とにかく、これを先にしてから、恐らくは他のメイジと同じようなイメージをもって魔法の力を発動させる。

 この最初の練りこみが足りなければ、概ね爆発する。どのようなものかといえば、ルイズのあの物騒なアレだ。
 ルイズもワタシと同じ魔法特性を持っているが、先のイメージがどうにもうまくいかないらしく――原子などという概念がこの世界にないからだろうか――、慣れさせるまでに時間がかかった。
 だが、錬金ができたんだ。他の魔法もどんどん使うことができるようになるだろう。

 その錬金だが、これはワタシの一番得意とする魔法だ。

 どうもこの世界、魔法で生活のほとんどをカバーしているためか科学力が凄まじく低い。メイジの中には、魔法を使わなくても銅が鉄になるような自然現象がある、と信じる輩もいるほどだ。
 合金についても、土のメイジさえそれが鉄と同じような単一金属のように認識している者が本当に多い。ギーシュは錆びた青銅ばかりを錬金するが、初めから錆を作るなど、ワタシから見れば無駄にしか思えない。あの色に固執しなければもっと頑丈な合金も作れるはずなのだが。

 ここよりずっと科学力の発達していた世界に住んでいたワタシは、当たり前だがそのような轍は踏まない。
 化学も知っているし、元素の特性も把握している。合金の組成率も、昔取った杵柄、使える物はきっちり覚えていて利用することもできる。
 魔法の出力は、その才能も必要だろうが、何よりそのイメージ力が大きく左右する。適当に魔法を使うのときっちりイメージをして魔法を使うのとでは数倍の出力差が出ることは周知だが、特にワタシは物理現象を把握しているために、熟練した他のメイジよりずっと効率的に魔法が使えるのだ。

 ちなみにシュペー卿の剣、これの表面は黄鉄鉱、芯にはなぜか鉛がある。知識の無い者にはこれが金か何かと思ってしまうだろう。ひょっとしたら、シュペー卿も金と勘違いして売りに出したのかもしれない……いや、仮にも有名な土メイジがそんなヘマをするわけがない。確信犯だな。
 というか、金でできたものを武器として出す時点で、この世界の物理発展度が知れるというものだ。

 なお、今回は杖を使わず、気合だけで錬金してみた。
 普通の剣としても自信作だが、ちょっとカラクリも混ぜておいた。これなら、才人が使ってもそこそこのものになるだろう。
 形式どおり呪文を唱え、杖を振ってやっても良かったが、タバサがいる手前、せっかくだから無詠唱に杖なしだ。直で魔法を使うと精度は下がるんだが、うまくいった。

 ……呪文は、イメージ力の強化に一役買っている。普通のメイジも、無詠唱で魔法を使うことはできる。
 だが、杖がなければ、普通のメイジは絶対に魔法は使えない。普通のメイジは幼い頃からそのように刷り込みがされているからだ。私も、魔法が使えることが発覚した際にそんな教育を徹底して叩き込まれたが、その前に素手で散々魔法を使っていたからか、今でもこのように無手で魔法が使えたりする。
 恐らく、この刷り込みはリミッターの役目だ。メイジが無手でも魔法が自在に扱えるとなれば、歩く武器と言えよう。それを防ぐための教育がいつのまにか定説になったのだと、ワタシは考えている。





「貴女は」

 魔法について振り返っていると、タバサが儚げに囁いた。

「貴女は、何?」

 今度は、やや強めに尋ねてきた。

「だから言っただろ? ワタシには秘密が多いんだ――お前と同じようにな」

 タバサは無表情でワタシの台詞を聞いていた。
 一分近くが経っただろうか。ワタシが欠伸をしてみせると、タバサは踵を返してどこかへ去っていった。





     *****

 詠唱どころか、杖も使わずに、あれほどの魔法を実現するなんて。
 ううん、杖を持たないのに魔法を使えるなんて、メイジの規格外。
 先住魔法? かもしれない。
 先住魔法には詳しくないけれど、もしかしたら錬金と同様のものがあるのかもしれない。
 それなら、プラチナはエルフ? でも、耳は尖っていない。
 ……時折見せる、年齢に合わない雰囲気。もしかしたら、私なんかでは及びもつかない壮絶な過去を送ったのかもしれない。
 メイジ殺しもかくやという体術を誇る上、私達が及びも付かないような見地も持つ。もしかしたら全ての属性の魔法を使えるかもしれない彼女は、一体どんな過去を歩んできたのだろうか。

 ――――彼女に裏で使われているもう一つの二つ名が、『奇術』だというのを思い出す。
 
 曰く、火事になった家を水の魔法で鎮火し、中の住民を救出した。
 曰く、誰もいない厨房のかまどに魔法で火をつけて、勝手に料理をしていた。
 曰く、様々な秘薬やアクセサリーを錬金して売りさばいている。
 曰く、グリフォンを軽く抜き去る速度でどこかへ飛んでいった。

 初めこの話を聞いた時は、まさか、と思った。でも、今ならこれら全てが信じられる。
 実際、彼女の部屋の中には水の秘薬や火の秘薬などが無造作に置かれていたりするのだ。

「きゅいきゅい、おねえさま悩みごとなのね? シルフィに相談するのね」

 思考に落ちていた私に、シルフィが心配そうに聞く。

「大丈夫。ただの考え事」
「そうなのね? でも、もしも何かあったら遠慮なく言ってくるのね。シルフィはおねえさまの味方なのね!」

 私は、使い魔小屋から頭だけを出したシルフィの頭を撫でた。硬くて滑らかで、少し暖かい。

 悩みがないわけではなかった。
 プラチナが最後に言った『お前と同じように』という台詞。あれはもしかしたら、私の正体を見破っての発言かもしれない。
 もしかしたらタバサ、という偽名を受けての鎌かけかもしれないけれど。
 いずれにしても、プラチナに寄せる期待の前では、この程度どうでもよかった。




     *****

 そういえば、白銀はどこにいったんだろうか。
 硬化と固定化の魔法を剣にかけてから、ふと思った。
 もし起きていたら、性能を試すために一戦交えたかった。ついでに、デルフリンガーの悲願も叶えられて一石二鳥。

「って、プラチナか」

 で、こっちが探す前に白銀がワタシを見つけていた。手にはやはりデルフリンガー。鞘から微妙にはみ出していて、喋れるようになっていた。

「おう、不思議な娘っ子じゃねーか! なんでえ、そんななまくら持ちやがって。シュペー卿ってのが何だか知らねーけど、あの店主、ボッタもイイトコだぜ。それとも目が節穴だったりしてな?」
「白銀、ちょっとこの剣を持って鑑定してくれ」
「鑑定?」

 白銀は訝しがりながらシュペー卿の剣を手に取り、しげしげと眺めた。すると、見る見るうちにその顔色が驚きに変わっていく。

「これ……ホントに昼間の剣と同じやつか? 強度も重量も切れ味も……まるで別物だ。少なくとも強度だけならデルフと同等か、いや、何か変な力がかかってるから多分それ以上に頑丈かも」
「硬化の魔法だな。ちょっと特別製の硬化だから、その読みは正しい」
「はァ!? ちょっと待てちょっと待てちょーっと待て! 兄弟、おめ、まさかその剣に乗り換えるってんじゃあねえよな!?」
「いや、そういう気はないぞ? でも素直に凄いと思っただけだ。でも、どうしてこんな変わったんだ?」
「錬金とかをかけたんだ。ほら、この前の授業でルイズが見せたやつ。それで使いやすくしてみた。重量バランスとかはどうだろう?」
「そうだな、最初の頃より重心が手前に来てるから、安定して振りかぶれそうだ。さすがに打撃力は下がるけど、そもそも、元々の材質であの重さだったら折れてただろうな」

 錬金は狙い通りに出来たらしい。
 白銀は片手でシュペー卿の剣を振った。そこで少し不思議そうな顔をしたが、すぐにそれは消えた。
 
「でさ白銀。ちょっと振ってみたいから、練習試合でもしてみないか?」
「え、マジ!? ベッピンさん心が深ーい! キスしたくなっちゃった! 口ねーけど!」

 ワタシの提案に狂喜するデルフリンガー。これからは白銀と同じく、デルフと呼ぼうか。

「……いいぞ。ところで、その剣で大丈夫か? 軽量化されたといっても、デルフよりずっと重いし」
「問題ないよ」

 言って白銀からシュペー卿の剣を返してもらう。大体二キロか。やっぱりかなりの重量だけど、それでも使いようは十分だ。

「よし。この前は油断したが、今回は本気で行かせてもらうぞプラチナ。今日は負ける気がしないぜ?」





     ******

 おや、使い魔小屋に誰かいると思ったら、タバサか。いつのまにか部屋からいなくなったから驚いたな。

「よ、タバサ」

 声をかけると、少し驚いたような動きで振り向いた。タバサの向こうにはデカい竜がいる。あれはタバサの使い魔の……名前なんだっけ? カッコいいなあ。

「聞いてた?」
「何を? ところで、プラチナ知らないかな。さすがに先に寝るのは憚られるからさ、できれば先にあの人を寝かせたい」
「そう」

 タバサは何か思案しているようだったけど、少し経ってから俺を見上げた。
 身長差が三十センチくらいあるから、子供を相手にしてるような気分になる。

「プラチナのこと……何を知ってるの?」

 そんなことを聞いてきたタバサだけど、俺だってよく分からない。最近になって、ようやく、プラチナは他の貴族達から大幅に浮いているということが分かったくらいで、彼女の何か深い事情だとかそういうのは全然分からない。
 平民って呼ばれてるのも気になるけど、そういうのに突っ込む勇気、俺にはない。

「……あ、そうだ。そういえばプラチナ、なんか日本語使えてた」
「ニホン、ゴ?」
「ああ日本語。って、タバサ達には色々言ってなかったな……実は俺、違う世界から来たんだ。地球っていう星の、日本って国」
「詳しく聞かせて」
「ああ。でも長くなるから、ちょっとどこか座れるところ探そうか」





 寮の中にある噴水に腰掛ける。コーヒーでも飲みたい時間帯だけど、文句は言えない。ってーかこの世界ってコーヒーあるのか?

「じゃあ、どこから話そうかな」
「貴方の事」

 ……タバサは、俺の事を聞きたいのか、それともプラチナの事を知りたいのか。 

「どうしようかな。とにかく、日本語ってのは、俺が住んでる日本っていう国固有の言語でさ。“こんばんはタバサ”……今のが日本語だよ」
「コバンワ、タバサ……コバンワって?」

 いきなりタバサが、外人が無理矢理日本語を喋ったみたいな口調になった。多分俺の受け方が変化してるからだろうけど、あっちが日本語を使おうとした場合、こっちにはたどたどしく聞こえるらしい。逆に言えば、俺は公用語を本当に正しく聞いたことがない、ってことになるんだよな。注意して聞いていれば、ちゃんと『公用語だ』って分かるんだけど……ややこしい状態だなあ。

「“こんばんは”っていうのは、こんばんは。夜の挨拶だな」
「……ニホンには、公用語もあったの?」
「いや。でも、この世界に来てしばらく経ったら使えるようになってた。文字は英語と同じっぽいけど、どうも文体が違うな。半端だなあ」

 別に英語の成績が悪いとかそういうわけじゃないけど、公用語は全く読めなかった。

「もっと聞かせて」
「あ、ああ。そうだな……俺が住んでた世界、地球は、この世界と違って月が一つしかなかった。あと、魔法ってのも、少なくとも俺が知る限りじゃ、なかったな」
「月が一つで、魔法もない?」
「ああ。ここは俺達からすりゃあファンタジーの世界だな。月はともかく、魔法は小説とか漫画とかしかなかった」
「マンガ?」

 またタバサがおかしな口調になった。もしかしたら、こっちの世界にないものは日本語で出力されてるのかもしれない。

「この世界には無いのか。漫画ってのは、そうだな。キャラクターの絵とかを描いてだな。そこにフキダシとかでセリフを入れる。それを読みやすい形で並べたのが漫画だ。童話本ならそっちにもあるだろ? 絵と文字のウェイトは、その逆みたいな感じかな」
「読んでみたい」
「ごめん、持ってないんだ。絵心もないしなあ……俺じゃあ作れないか」
「頑張って」
「いや無理だから」

 手先の器用さにはそれなりに自信があるけど、それとこれとは別問題だ。つーかいい加減、元の世界の文明が恋しくなってきた。
 ……あー! ネタサイト巡回してえ!

「そういえば。俺の世界には魔法が無いんだけど、その代わり科学ってのが発達してるんだ」
「科学……」
「そう、科学だ。物理学だとか化学だとか、そういうものを突き詰めて、生活に役立ててる。例えば、俺達はもう馬を移動の手段として使ってない。今は専ら、車とか電車とか、あとは自転車とかがその役目になってる」
「クルマ……どういうもの?」
「車は、ガソリン……あーと、凄く良く燃える油だ。地面深くにある、石油っていう黒い油を精製して作ってる。これを動力として動く乗り物だ。ええと、箱の下に四つ車輪があって、その車輪が自動的に動くことで前進するものだとイメージしてくれたらいい。生き物じゃないから飼育しなくても大丈夫だ。馬より速度が出るのもポイントだな」
「乗ってみたい」
「無理だって。当たり前だけど持って来てないし」
「頑張って」
「いや、これは絶対作れない。個人でできる代物じゃないもん」
「ん? 二人とも何話してるんだ?」

 いきなり声がした。見上げてみると、武が棒立ちしてた。顔と服に土が付いてる。土木作業でもしてたの?

「ああ、さっきプラチナと試合しててな。本気出されてこのザマだよ」

 苦笑する武。って、ちょっと待て。ギーシュとの戦いでデタラメな動きを見せた武より強いのか!?

「見逃した」

 表情と口調は平坦だが、その落胆ぷりが伝わるタバサの台詞。
 さっきから思ってたけど、この子まさか、対有機生命体うんたらかんたらインターフェースじゃないよな?

「で……どのくらい強いんだ?」
「そうだな。アレ、本気なら喧嘩無双の不良男児を片手だけで秒殺できるくらい強いんじゃないか?」

 例えわかんねえよ。っていうかバケモンじゃねーか!

「ちなみに武はどんなレベルなんだ?」
「さあ? でも心得あるし、そこそこなんじゃないか」
「いやぁ……俺、六千年生きてて、こんなに嬉しかった日はねえよ……春だよ、我が世の春が来たよ……」

 武の背中に差されたデルフリンガーが、寝言のようにつぶやいた。

「一体何なんだか……あ、今、タバサに日本の話をしてたとこ」
「お、そりゃ面白そうだな。こっちとあっち、全然違うから面白いだろ、タバサ」
「うん」

 ポン、と武がタバサの頭をよしよしする。武の身長が百八十くらいなのもあって、その様は教師と小学生みたいな風情だ。
 タバサは照れているのか、少し頬を赤くした。
 ……ナデポだとおッ!?

「じゃあ俺も混ざろうかな。っと、その前にちょっといいか才人――BETA……って知らないよな?」

 BETA。プラチナも聞いてきた、その単語。

「いや、知らない」

 武が聞いてきたその単語を、何でプラチナも聞いてきたか。俺は今更ながら、BETAの正体が気になった。

「じゃあいいや。よし、我らが世界の自慢話でもしゃれ込もうぜ! つっても、俗世しばらく離れてたから話合わないかもだけどな!」

 武は一瞬ホッとしたような顔をしたと思うと、すぐに表情を崩して俺の肩を組んできた。
 ウホッ、細身な外見なのに、凄い筋肉……
 そんなこんなで、俺達は元の世界の文明について夜通ししっぽり語り合おうとしたら、ルイズに武が拉致されてお開きになっちゃったのだ。





 ちなみにプラチナは結局部屋に戻ってこなかった。明日には新しいベッドが来るって聞いてたから、今日が添い寝できる最後だってのに。
 いや、添い寝は全然慣れてないからこのままじゃ寝不足が恒常化するだろうし、ベッドそのものは歓迎なんだけど。
 なんかもったいなかったり思うのはしょうがないよな?
 ……ちぇっ。









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あとがき

 プラチナによるチートの説明を少ししてみましたが、何か逆にワケワカメになった気がします。
 ……っていうか、自分が言うのもなんですが、ムチャクチャだな! ひょっとしたら後にこっそり直すかもしれません。
 それにしても、原作でルイズの失敗魔法はどのようなメカニズムで彼らに公用語を植え付けたのでしょうか。ファンタジー故致し方なしなのでしょうか。

 そして今回も視点がぐるぐる変わる……目を回してしまった方、申し訳ありません。



[9779] 06
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:17
06


 迂闊ながら、昨晩はあのまま、芝生の上で寝てしまった。
 疲れていたこともあったが、考え事に嵌ってしまったのが一番の理由だ。





 白銀のあの力。あれは間違いなくガンダールヴだった。
 その力に気づいた白銀は、すぐさまそれを自分のものにして行動を起こした。

 技術力はともかく、圧倒的なその膂力。慣れない剣だということを考えても、到底ワタシには防ぎきれないその剣筋だった。
 その一撃で刀をこれでもかと弾かれたワタシは、反撃に魔法を使うことにした。
 風の力を使い彼を吹き飛ばすと、その隙を突いて高速でその背後へ。
 彼はそれを読み、振り向きざまに剣で薙ぎ払うが、ワタシはそれを飛び越えつつデルフの腹を踏み込むと、その反動を生かし体を回転させながら剣を浴びせかけた。
 蹴り落とされてデルフを地に着ける白銀だが、すぐさまそのその体勢から迎撃を行う。
 ワタシの全体重と遠心力を生かした打ち下ろしは、しかし彼の切り払いによりそのベクトルを返された。
 その勢いでワタシの手から剣が離れたと見るや、彼は体当たりによる面攻撃を敢行した。
 人外としか思えないその力に高く吹き飛ぶが、空中で剣を拾い体勢を立て直すとベクトルを切り返して突進した。
 白銀は体勢を整えると刀を胴に構えて、相対する。突き込む様に落下するワタシに対して半身をずらすと、デルフをバッタースイングのように振るってきた。
 剣の周囲が歪むほどの驚異的な速度で迫る剣筋。ワタシの首元めがけてデルフが接近する。
 そこでワタシは急降下し、それをすんでで避ける。その勢いを体勢で調節して彼の背後に回りつつ地を蹴る。
 ゴム鞠をイメージした重力反転。剣はその力を受けてほぼ自動的に白銀へと向かう。
 その力に逆らわず、全力でその背中に突き込んだ。
 しかし白銀は、それにすら凄まじい反射で対応する。先ほど振ったデルフをそのままの勢いで背中にまで回し、まるで目が付いているかのような正確さでワタシの突きを防御した。
 さすがに体勢を崩してたたらを踏む白銀。彼は追撃を察知してそのまま転がり距離を取った。

 そして片膝を立てて顔を起こす白銀だったが、その顔は憮然としていた。

「……ずるいぞッ! 魔法使うなんて!」
「そういうならそのルーンを自重しろッ!」

 前回とは明らかに違う動きと力だった。前よりも戦闘の密度は濃かったが、十五秒も経っていないのではないだろうか。

「ルーン、これか。光ってるな」
「それがお前の動きをサポートしてるんだ。魔法使わないで勝てるわけないだろ。じゃなきゃ一撃目の後にやられて……あ」

 そこで、タケルの近くに白い何かがいくらか落ちているのに気づいた。

「……最後のあれか」

 それはワタシの髪の毛だった。触ってみると、腰まであった後ろの髪の毛が、肩甲骨あたりまで斜めに切れていた。
 それに気づいた白銀が慌てだす。

「や、やべえ……悪い、プラチナ」
「別に良いさ。纏めてなかったこっちが悪いんだしな。でも、お手数だけどちょっと切ってくれないか」

 ワタシは錬金を使い、空気をハサミに変換した。
 別に自分でやってもいいが、いい加減、コイツとの戦いは肝が冷える。区切りをつけるためにも、ワタシは白銀に切ってもらうよう頼んだ。

「模擬戦はここで終わりってことで。はい、ハサミ」
「おう……お客さん、今日はどのような髪型で」
「スポーツ刈りで」
「マジで!?」
「嘘。均一に切ってくれれば良いよ」

 白銀は苦笑すると、ワタシの髪をさくさくと切り出した。

「あまり切り過ぎるなよ、ルイズに怒られる」
「何でルイズ?」
「いや、アイツ、ワタシに女らしくしろってうるさいからな。長い髪の毛でも結構なプラスポイントだ」
「じゃあ、最低限にしておくか」

 程なく、白銀はハサミを止めた。その後、手櫛で髪の毛を整えてくれる。

「いやあ、しかし本当に、どうしてそんなに強いんだ? あのまま続けてたならオレ、間違いなくやられてたぞ。つうか最後はマジ焦った。なにあの復帰」
「武芸が趣味ってことにしてくれ。にしても、白銀もお強い。軍隊だっけ?」
「ああ。っつても、生身での戦いはメインじゃないんだけどな」
「戦術機ってやつか。まあいいや。そろそろ夜も遅いし、またいつか手合わせ頼むよ」
「ああ。正直もう精神的にダメだ」
「だな。一分もやってないのに、何回か死ぬと思った」
「オレは死んだ。もうお前とやりあいたくない……っと、こんなんでいいか?」
「ん、ありがとう」

 ワタシの髪型をもう一度確認して問題ないと判断したらしい白銀は、ハサミを手渡してきた。

「じゃ、オレ戻るな」
「……ああ。お休み」

 敬礼一つ。ワタシは少し躊躇したが、礼儀として、返した。





 改めて考える。果たして、ワタシは何なのか。

 デルフほどではないが、もはや思い出すのも億劫になるほど、いや、平和だったあの頃など忘れてしまうほどに長い時間を生きた。

 生まれたときから流入を続けた、幼児では処理しきれない膨大な記憶。
 何とか整頓しようと頭を働かせても、幼児の頭はそれだけでも暴走を起こす。未完成の頭に負担をかけないようゆっくりと記憶を咀嚼していったのだが、処理しきれない端からそれはみるみる劣化を続けた。
 流入した記憶全てを解釈した頃には、かなりの記憶が欠損していた。
 他のループで振り返っていた記憶を使って補填したのだが……今となっては大半が――夢のよう。そう思わせるほどに形があやふやだ。
 それでも、彼として最後に生きたループは昨日の出来事のように鮮烈に覚えている。

 ――最後のループ。ワタシはBETAを地球上から全て消す事ができた。人類同士の蟠りも、ワタシが人柱になる事で克服する事ができた。
 ワタシはその時まで、自分自身の存在意義を、BETAの駆逐と考えていた。実際、それは恐らく正しかったのだろう。
 ループの原因も取り去ったと思う。あのループで、白銀武は終わったはずだったのだ。

 だが、結果はこのとおり、まだワタシは形こそ違えど存在している。初めこそ世界を恨んだが、今となってはそれすらも懐かしい。

 記憶の流入が安定するにつれて、この転生はもしかしたら、神とやらが自分に垂れた褒美の類かもしれないのではないかと思い直すようになった。この世界は文明が低いものの、少なくともあの世界よりはずっと平和なこの世界で悠々と生きることができるのだ。

 正直、ワタシは戦う事に疲れていた。
 もう、戦いの中で苦しむ事も、苦しむ姿を見ることもない。それを悟った瞬間、涙した。今まで、人類のためと戦ってきたその重課。その重みが取り去られたことを知ったその時、何かに放り投げられたような開放感を覚えたのだ。
 そして、もう二度とあの世界に関わることはしたくないと。あの世界では、良いこともあったが、それ以上に、悲しいことが多すぎた。

 もう二度と、ワタシの前で、大切な人が消えるのを見たくない。
 自分を残して、置いて逝かないで欲しい。
 何度も、消えないで欲しい。
 いかに因果導体でも、皆の死を何度も何度も背負って生きられるほど、自分は強くない。
 確かに、自分は、皆がいなければ、何の力も出すことができない。
 でも、同じように、皆の死をそんなに多く背負っては歩くこともできないのだ。

 だから、ワタシはこの世界に生まれた時、今までのことを忘れて、あくまでプラチナとして生きることにした。
 人として大切なものを磨耗し続けていたワタシにとって、この世界は天国のようなものだった。

 これから支えるべきは、母親と、ワタシ達を世話してくれた小父。それと少しの親友。この肩には、そのくらいで丁度良い。
 もう、戦友を、日本を、人類全てを抱える必要はないのだ。

 幼い頃からあった記憶や想い、それらは全て夢。
 そう思い込み、今までのワタシはプラチナとして、この世界を生きていた。





 だからワタシは、プラチナだ。
 目の前の白銀武は、ワタシではない。

 そう考えても、何故だろうか。
 彼の顔を見ていると、胸が痛い。
 気を抜けば、彼に全てを打ち明けてしまいたくなる。
 ワタシはここにいるぞ、と。ワタシができなかった何かを、お前がやってくれ、と。
 ――しかし、それはプラチナが言うべきことではない。

 ……いや、詭弁だ。
 そもそも、怖いのだ、告白する事が。彼に、ワタシが白銀武を元とする人間だと知られることが、怖い。
 何が怖いのかは分からない。プラチナとしての人生が失われることが怖いのか、自分が否定される事が怖いのか。あるいはその双方か。
 とにかく、ワタシは彼に全てを打ち明ける事ができないでいる。





 久々に、夢を見た。

 何かとても暖かいもの。
 ワタシがワタシであるために必要な、心臓にも等しい何か。
 それが誰かの手に握られていた。
 誰かはワタシの制止も聞かず、蝶の標本を潰すかのように手で粉々にする。
 手の中で、その暖かい物は冷えていく。砕けた破片が掌に深く刺さる。
 その忌避すべき感覚が、どうしてか、他人であるはずのワタシの手にも伝わってくるのだ。

 その後、青紫の眩しい黒が視界をゆっくりと塗りつぶし、気がつけば目を覚ましていた。

 あの何かが何を示すのか。ワタシには、分からない。
 ひたすらどこかに落ちていくような薄ら寒い錯覚を覚えるような、それでいて漠然とした夢だった。

 ――――分からない。





 目が醒めた時には、空が白んでいた。
 休憩として広場に転がり考え事をしていたら、いつのまにか寝てしまっていたらしい。
 夜露で服が濡れてしまっている。土の匂いもついてしまっているから、これは洗わないといけない。
 ……この世界では洗濯どころか、お風呂に毎日入る人間もいないだろう。あまり多くやっていると、逆に、気にされるほどだ。かつて日本人は潔癖だと言われていたが、なるほど、異世界的に見ても日本人の清潔に関する観念は突出しているようだった。
 しかし、さすがに汚れすぎだ。朝風呂としゃれ込むことにした。





 ところでこの学院、地味にこの世界の技術力の粋を集めている。
 トイレは水洗だし、この浴場もスイッチを押すだけでお湯が出るシステムを採っている。マジックアイテムを使っているため、こちらの概念とは少し違うが。
 ……聞いた話では、この学園の水周りのシステム全部で上級貴族の人生数年分の価値はあるらしい。なんと贅沢な。
 もちろん、平民は使えない。平民は別所にあるサウナ風呂がデフォルトだ。

 ともあれ、水浴びの前に洗濯だ。
 水場に来ると、メイドが一人で大量の白い布を洗濯していた。エプロンだろうか。
 名前はシエスタといったな。去年の中ごろから見かけるようになった子だ。というか、先日のギーシュのアレに関係していた子だ。恐らくワタシ達と同じくらいの年齢だろう。

「あ、プラチナ様ですか? おはようございます」
「シエスタ? おはよう。洗濯したいんだけど、いいか?」
「はい」

 言ってシエスタは立ち上がり、こちらの様子を見守ってきた。

「……洗濯板、貸してくれない?」
「あの、私が洗いますよ? 洗濯物はどこですか?」
「いや、ワタシがするよ。この服を洗いたいんだ」
「……裸で洗濯するおつもりですか?」

 ……あがー。





 というわけで、先にお風呂へ入ることにした。
 まずは自室へ戻り、ベッドでノンキに寝ている才人を尻目に、着替えを取り出す。
 部屋を出る際、その部屋を見回した。

「部屋、片付けようかな」

 部屋には、錬金などで作ったものや、蒐集したガラクタが所々転がっていた。
 地味に秘薬なども混ざっているので、宝の山でもある。

「キュルケみたいに部屋に風呂置いてもいいんだけど、管理面倒だしかさばるし水気で本が傷むし……今度改めて検討するか」





 風呂は常に暖かい。魔法の恩恵なのである。ちなみに、水の張替えも必要ないとのこと。こちらに関しても魔法で浄化をしているのだ。全くもって魔法様々である。
 それにしてもこの大浴場、なぜか銭湯を思わせるつくりをしている。勿論デザインはこの世界のものであるが、浴槽とシャワーの位置がそう思わせるのだ。

 この世界に朝風呂の習慣は基本的にないのだが、極稀に、極々稀にこのような時間にも使う人がいるので、なるべく早く出なければならない。
 ……前世の意識があるせいか女性を特別視してしまって、女性と一緒に裸でいることにはどうも慣れないのだ。かつては強化装備などで散々見慣れたはずなのだが……おかしな話だ。
 最近は特に、自分が女である事を意識する事が多くなってきたし……性同一性障害だったか、そういった人達と似たような心境かもしれない。
 ここのところ、精神と肉体がますます乖離してきて、事ある毎に『プラチナごめん』と心で謝る私だった。

 ……そう、時々考える。もしかしたら、ワタシは『プラチナ』という人物に混入した異物なのではないかと。
 白銀武から流れ出した因果が、どういう理屈かでこの世界のプラチナに偶然流入した結果が今の私なのだとしたら?
 ……『オレ』という存在が流入していなければ、間違いなく、今のワタシとは違うプラチナだっただろう。そういった意味では、ワタシは、人を殺したことに――――

「「あ」」

 唐突に、何か聞こえた。
 丁度髪の毛を洗っていた最中で目が使えなかったので、髪の毛を後ろにやって顔の水気を取る。
 そして、改めてその音がした方を向くと、全裸の白銀武と平賀才人が呆けて立っていた。
 いや、才人は腰にタオルを巻きつけているのだが、白銀が大自然だった。
 しかし、なぜ裸? ああ、ここは浴場か。裸なのが正しい。裸であるべきだ。
 うむ、ワタシだって裸でここにいるのだ。何ら不自然ではない。
 不自然だ馬鹿め。ここは女用だ。

「おはよう」

 そう考えつつも、ぎこちなくもとりあえず挨拶をしたのだが、胸などを放り出している状況では締りがない。とりあえず腕で隠しておいた。

「「ぐ」」
「ぐ?」
「「ぐっじょぶ」」
「出てけ」
「「ごゆっくりィ!」」

 二人は跳ねるように体を震わせると、浴場のドアをぴしゃりと閉めた。
 全く。ここは平民はご法度だというのに。
 ……む、顔が熱い。なぜだ。





 さて。
 服を整えて二人を探したが、どうもその二人の姿が見えない。
 まだ食事の時間にも早いし、それほどおかしな場所に言っていないとは思うのだが。

「そこにいるのはミス・プラチナかい?」

 と、声をかけてきたのは、長身金髪のキザ男。

「ギーシュか。この前はワタシの使い魔がお世話になったな。ありがとう」
「ぐ、う、うむ。先日は申し訳ないことをした」

 僅かに怒気を混ぜて挨拶をすると、ギーシュの額にテカリが出た。

「ところで、ミス・プラチナは何を?」
「……才人達を見なかったか?」
「え? いや、見ていないが……」
「そうか。それじゃあ」
「待ちたまえ」

 足早に立ち去ろうとしたが、ギーシュがそれを止める。

「僕も探そう。先日の、せめてもの謝罪だ」
「いや、いいよ。というか、仮に見つけても、今度はお互いを探さなきゃいけないだろ? あまり意味が無い」
「そうか。というか君、使い魔と連絡が取れないのかね?」
「残念ながら。人間の使い魔は普通の使い魔と勝手が違うようで」

 興味深いね、とつぶやくギーシュを尻目に、ワタシはそこを立ち去った。





 シエスタに洗濯物を頼み、ふと広場の片隅を見ると、見慣れた青いパーカーがうずくまっていた。

「一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為ぇ~」

 才人は、なにやら怖い歌を口ずさみながら石を積んでいた。

「何やってるんだ才人」
「ゲェ! プラチナ!」
「何でビビるんだ、そんな疚しいことをしてたのか……ん?」

 才人は別に小石の山を作っているわけではなかった。
 小石はドーナツ状の陣形を作っていた。

「何か上に立てるのか?」
「ああ。ゴエモン風呂作ろうって話になって。今、武は薪を割ってる。風呂釜はあれ」

 厨房の裏口に鈍く光る何かがあった。漫画みたいな鍋だ。遠目から見ても相当な大きさだった。

「でかいな……石は足りるか?」
「大丈夫、向こうにまだたくさんあるし」

 近くに物置小屋があるが、その裏には多くの石が転がっていた。

「手伝おう」
「い、いや、いいよ」
「というか、全然できてないじゃないか。そんな小さい石ばかりじゃダメだ、ちょっと待ってろ」

 自分の手と魔法を使い、大き目の石をたくさん運ぶ。
 それをふんだんに敷き詰め、石の一番高いところがなるべく均一になるように調節する。
 その後、鍋、もとい風呂釜を転がして持ってきて、置いてみる。やや安定性の悪い方向には、違う石を置いたり囲ったりして補強する。もちろん、薪を差し込む隙間も忘れてはいない。
 仕上げにその風呂釜に硬化と固定化をかけて、五右衛門風呂、というかドラム缶の亜種の完成だ。

 ワタシが風呂釜にかかった魔法の完成度に自己満足していると、軽いものが崩れる音がした。
 白銀が、大量の薪を地面に放り投げた音だった。

「薪作ってきたぜ、一回分はこれくらいで……ぷ、プラチナ!」
「だから何でビビるんだ。それにしても……向こうにちょっと見えるのが薪か? かなり作ったな」
「どれだけ使うか分からないからな。手伝ってくれたのか」
「ああ。っていうか、サウナ風呂使わないのか?」

 厨房の近くに石造りの建物があった。それを指差したのだが。

「サウナかあ。あれもいいんだけど、やっぱ俺達日本人は風呂だよな」
「だな」

 言いながら、二人は鍋、もとい風呂釜に手をかけて力をかける。

「安定性抜群だな! プラチナあんがとない!」
「っていうかさっきは悪かった、貴族しか浴場使えないって知らなかったし」

 その前に女子寮の浴場は女専用だ、と突っ込もうと思ったが馬鹿らしくなって止めた。イチイチ突っ込むと意識しているみたいで具合が悪いじゃないか。

「気にするな。お詫びにワタシもこの風呂を使わせてもらおう」
「それくらいならお安い御用……あ?」
「あの浴場は広すぎて落ち着けないからな。入るのはやっぱり夜だよな、もう時間ないし」

 慌てだす二人を尻目に、ワタシは空を見上げた。
 ……もしかしたら、今日はお預けかもな。





 朝食を済ませて授業。
 カリキュラムは主に歴史、国語――公用語――、数学、科学に加え、教員の魔法ネタまがいの魔法の授業で構成されている。
 魔法の授業はともかく、他は既に知っていることだらけだったので全く興味が出ない。というより、教師の教え方がまるでなっていない。
 仕方ないか、この世界には教職免許すら存在しない。教え方が洗練されていないのは当然だ。

  それにしても、幼少の頃は、まさかこのような場所に入学するとは思ってなかったなあ。





 さて、授業は寝ていたが問題なく終了したので、シエスタに洗濯物を返してもらおうと厨房に向かった。
 厨房の奥に使用人の詰め所があるため、彼女達に用があれば大体そこで会えるはず。
 しかし、彼女の姿は無かった。仕方なく、夕飯の準備に取り掛かろうとしていたマルトーに聞こうとしたのだが。

「プラチナ嬢、シエスタからですぜ」

 と、マルトーから洗濯物を渡された。

「そのシエスタはどこに?」
「……シエスタから聞いていないんですかい?」
「いや、何も。どうしたんだ」

 曰く。
 朝方に、近くに住むモット伯からスカウトされたらしい。当然ながら彼は貴族であり、平民であるシエスタに拒否権などあるはずがない。
 しかも、すぐにモット伯の屋敷へ向かえということで、昼直前、その屋敷に向かったということだ。

「――――くそッ!」

 説明をするうちに苛立ちを再発してしまったらしいマルトーは、壁に拳を叩き付けた。

「妾、かな。モット伯は好色って聞くし」
「そうだ、プラチナ嬢。仕方ねえとは思うが、俺は気が気でならねえよ……」
「さすがに人を壊すほどに酷いことはしないとは思うが、ぞっとしないな」

 マルトーはワタシに期待を込めた目線を送っていた。
 だが、ワタシにどうしろと。
 確かに、ワタシだってシエスタを助けたい気持ちはある。だが、方法がない。
 シエスタは、この世界では非常に特徴的な外見を持つ。
 新品の羊皮紙を思わせる、落ち着いた肌色。烏の濡れ羽色の髪。言ってしまえば日本人らしい特徴だが、この世界の人間ではレアな体色らしい。
 これに、均整の取れた肢体を持ち器量よしとなれば、ただの慰み者以上の価値がある。ある意味、彼にとっては値段の付けられない宝だろう。単純に金を積めば良いという話ではないのだ。

「あの子は呪われてるのか?」
「かもしれねえ……俺はシエスタが不憫で不憫で……うぐッ――」

 堪えきれず、男泣きするマルトーだった。
 ……ダメ元で一度、交渉でもしてみるか?

「プラチナ! ここにいたのね!」
「ルイズ、どうしたんだ?」

 肩で息をしながらルイズが厨房に乱入してきた。その剣幕に、そこにいた全員が一瞬体を硬直させた。

「どうしたってレベルじゃないわよ! あの馬鹿とアンタの馬鹿、モット伯の屋敷に殴り込みに行ったのよ!!」

 あ、

「あんですと~~~~ッ!!?」





 徒歩一時間ほどが、この学院と屋敷との距離だ。聞いたところでは、約五十分ほど前に徒歩でモット伯の屋敷に向かったということだ。もうほとんど余裕がない。
 ルイズには先に馬で追走してもらっているが、果たして間に合うかどうか……
 あの単細胞共なら、まず殴りこみ、戦闘になるだろう。
 という訳で、念を入れて戦いの準備だ。ワタシの信義に反するが、この際、本当に戦闘になっていたら殺すくらいの気持ちで挑ませてもらう。
 ――誰をって、白銀を。この世界に来てから、ワタシはすこぶる平和主義者なのだ。

 部屋に戻り、学外用に作った黒い服を着る。デザインこそこの世界に合わせたものだが向こうの世界での訓練服と同様の材質で、この世界のものよりずっと強度が高い。
 水の秘薬も忘れずに多く持っていく。
 ……ひとつ。
 …………ふたつ。
 みっつ。
 ……よっつ。
 いい加減、部屋を片付けようかな。
 さて、四つほど水の秘薬をかき集めた。踏みつけた程度では壊れない瓶に入っているので、気にせずポケットに搭載する。マントも畳んで、ズボンのポケットにしまう。
 そして、万が一のために交渉用の資金だ。五千エキュー。これがワタシの全財産。この金額は恐らくモット伯の資金には匹敵すると思う――――貴族というのがどれほど金持ちかは分からん――――が、これで彼の心を買収できるかどうかは怪しい。
 ……一エキュー金貨一枚で約十グラムなので、全て持って行くと五十キログラムだ。持って行くのは馬鹿らしい。代わりに契約書を手早く作る。
 あとは得物だ。ワタシの杖は短剣が仕込まれているが、この刃はペーパーナイフ程度のイミテーション――どうも収まりが悪いから削った――で、実戦にはとても使えない。ブレイドを使えば力を発揮できるが、これは諸事情で使いたくない。
 見てくれも悪いから、長物を持っていくことにした。

 のだが、部屋の隅に立てかけていたはずの、ワタシの愛刀が無い。
 最後のループで悠陽から賜ったあの刀。それを錬金で丁寧に再現した、あれが。
 どこを探しても無い。タンスの中を、ベッドの下を、いくら探しても見つからない。しかし、まるで代わりのようにシュペー卿の剣が床に放置されていた。

 才人が持っていったのか……仕方ないな、さすがにこの大剣は邪魔になるし、得物は諦めよう。代わりに才人は後でお仕置きだ。
 









----------
あとがき

 ちょっと苦手な方面の描写を練習がてらやってみました。伝わるでしょうか?
 っていうか、これ書いてる時に設定メモが何故か一時期開けなくなりました。納涼には早いよ!?

 あ、あと五千エキューの件ですが、どう考えても金持ち(日本円で一億程度?)です。本当にありがとうございました。



[9779] 07
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:17
07


 林を抜けて、位置感覚が分からなくなるようなほど広い草原を駆け抜けた先に、モット伯の屋敷があった。
 つーか武なんだよその体力! 追従しただけで死にかけな俺がいるんだが!

「おい、大丈夫か?」
「だ、め!」

 全力で息を吸う合間に一文字ずつ丁寧に答えた。正直やばいぜー。

「別に無理しなくてもいいんだぞ。オレがどうにかやっつけてやるから」
「アン、タ、一、人に、いい、カッコ、させて、たまっ、かよ!」
「よーし、いい根性だ!」

 まるで体育会系のノリで、俺達はズンズンとモット伯の屋敷入り口に進軍した。俺達を察知した警備の犬が吠え、それに合わせて警備員が俺達に近づいてきた。

「君達、何の用だね? ……見たところ平民のようだが」
「オレ達は、今日モット伯に買収されたシエスタの友人です。ちょっとシエスタの秘密についてお話したいことが――――」
「そうか、なら伝言を賜ろう」
「それが、ちょっと彼女の名誉に関わることなんで、なるべく関係者以外には……多分、モット伯に益のあるお話だと思うんですが」
「分かりかねるな。話して良い範囲でどのようなものか教えてくれないか?」
「そうッスね……じゃあ、ちょっとコイツにも言えないことなんで、耳貸してください。当たり前ですけど、誰にも言っちゃいけませんよ?」

 武は愉快そうに顔を歪めて警備員に近づき、

 首をひん曲げた。
 なんか、人体が出しちゃいけないような凄い音がした。

 あ、警備員さんのたうちまわってる。今の音は骨が折れたって訳じゃないんだな? ああ、生きてて良かった。

「行くぞ」
「お、おう!」

 俺達は哀れな警備員さんを尻目に、屋敷へ潜入したのだった。

 で、何で犬がついてくる?





 幸い警備員は少なく、偶然廊下で居合わせた警備員も何とか撃退した。武が。
 回りこんで首を蹴り込みで一撃とか、さっきからどこのハリウッド主人公よ。

「手馴れてるな……」
「ちょっと前に需要あったからな。本当にやっちまわない加減も調べておいた」
「需要あったのかよ」
「あったんだよ。つっても、まさか使うとは思わなんだ……」

 頼りになるけど、それはそれで問題だ。
 で、何で犬が俺にまとわりついているのかといえば。

「どうすればいいか、って言われてもな」
「何だ、お前犬と話せるのか?」
「話せるっていうか、言いたいことが分かるっていうかな……何か、俺をご主人様か何かと勘違いしてるのか? 俺もお前にしてやれることもないし……くそ、シエスタはどこだ?」

 ここで犬が小さく吠え、走り出した。複雑なつくりをしたモット伯の屋敷を駆け抜ける。

「……これは、ついてこい、ってことか?」
「ああ。一体どこに連れて行く気なんだか?」





 どう考えても屋敷の隅に移動させられると、なにやら水と香水が混じったような、ちょうど風呂場のようないい匂いがしてきた。
 そこにはドアがあって、どうやらその向こうに風呂場があるらしい。

「あ? なんだって、ここにシエスタが?」
「うぉん」

 犬はそのドーベルマンみたいな外見に似合わない可愛らしい声で吠えると、ドアの前でしゃがみこんだ。俺をつぶらな瞳で見上げている。尻尾はブルンブルン揺れていた。

「ありがとな。食いモンでもあればくれてやったんだけど」
「あ、オレ持ってるぞ。ほら、マルトー印の干し肉」

 武がポケットからそれを取り出すと、その黒くて大きい犬は勢い良くそれに噛み付いた。手ごと。

「おぎゃああああああッ!!」
「武ううううううううッ!?」





「賊が入ったと聞いたが、貴様らか」

 右手から血を噴出した武の手を手当てした後、扉の向こうの階段を下っていると、恰幅の良い髭親父にバックアタックを食らった。
 歴史の教科書でありそうな、スラッシュ装飾つきのピエロみてえな服にマント。手には杖があった。

「どう見ても貴族です、本当にありがとうございました」
「……モット伯、だな?」
「よく見れば子供ではないか。うむ。確かに私がモット伯である。今夜はどのような用件でここに来たのかね?」

 武が強い視線で俺を見た。俺はそれにうなずき、共に言った。

「「知れたこと! シエスタを返してもらうッ!」」





 ライク ア ローリングストーン。
 と頭の中でつぶやきながら階段を転がり落ちた俺だ。同名の曲ってどんなんだっけ。
 ……痛え! 階段の角っことか腰の鞘がぶつかるトコとかがイチイチ痛え!
 床に到着! 慣性が一気に消えてぐはァ!

「さ、サイトさん!?」

 声がしたので見てみると、そこには塗れたタオルで裸体を隠したシエスタの姿が。
 マーベラス! じゃなくて!

「シエスタ! 良かった、無事だったのか!」
「ええ。で、でもサイトさんはどうしてここに?」
「シエスタ助けに来たんだよ。つっても、速攻弾かれてごらんの有様!」

 俺はまだ刀を抜いてすらいない。というか、抜く前にモットの旦那に水で弾かれた。
 なんかアイツ水瓶持ってるの。そこから触手みたいに水が伸びてバチーンってな。

 ……水!?

「っくそ、あの足場じゃ勝手が悪いぜ!」

 嫌な直感が来た俺を尻目に武が降りてきた。

「って、シエスタ?」
「は、はい……右手大丈夫ですかッ!?」

 血の付いた布が巻きつけられた武の手を見てシエスタが慌てる。
 
「あ? ああ、これは別にアイツにやられたって訳じゃなくてだな」
「それより武! まずいぞここは! アイツ多分水のメイジだ!」
「……だから?」
「だから! 見ろよ、ここは風呂場だ! アイツの武器が豊富にあるってことなんだよ!」

 ぐげ、と、蛙みたいな声を出す武。

「くそ、しかも袋小路か」
「だな……やるしかないか。才人、オレは前衛を務める。お前は後ろでヤツの隙を伺ってくれ」
「分かった」」

 今度こそ、俺は腰の刀を抜いた。
 ――やっぱり凄い拵えだ。なんと言うか、シュペー卿のものと違って、持っているだけで心の中に芯が徹る感じがする。
 階段を緩やかに下りてくる足音に向かって構えていると、武がポツリとつぶやいた。

「ところで、お前なんでシュペー卿の剣持ってこなかったんだ? あれ昨日プラチナが凄い強くしてたぞ?」
「えぇぇ!?」

 マジかよ! せめて何か一言言ってくれよプラチナ!

「ああ。あの剣、俺様ほどじゃあねーがかなり強い剣になってたぜ。損したなあ、おめぇさん」
「うっせえ妖刀! これだって凄い強い刀だっつーの、多分!」

 かちゃりと刀を傾ける。波紋のような模様の刀身が部屋の光に煌いた。

「チェックメイトというものだな」

 モットが、ゆっくりとした足取りで階段を下りてきた。
 奴は、俺達を偉そうに見下した後、してやったりという顔をした。

「ほう、二人とも剣を抜いたな?」
「抜いたから何だってんだ」
「それは貴族への反逆とみなす。私が貴様らを殺す大義名分が出来たということなのだよ」

 戦いの素人でも分かるほどの殺気を膨らませて、モットは杖を振った。
 すると、シエスタの背後にあった浴槽から大量のお湯が、つーか津波が――――

「ちょま、うおおおおお!!」

 さっきとは比べ物にならない水が、大口を空けて襲ってきた。
 正直、どんな剣持ってても意味ねえだろこれ!!





     ******

 まるで津波のような魔法だった。
 才人は人形のように力なく波へ飲まれ、浴槽の中に消えていってしまった。
 シエスタは、モットの魔法操作が上手いためか、その波にさらわれることなくその場にへたり込んでいた。

「何か勘違いをしているようだが、これはあくまで正当防衛だぞ? 本来ならば、賊と判断した時点でその命を摘んでいるところだが――改心の場を一時でも与えた私の優しさに感謝するのが正しい姿なのではないか?」
「ふざけんなッ!」
 
 再度浴槽から出てきたデカい水の塊が、モットの懐へ駆けるオレを追跡する。この狭い空間では到底かわせるものじゃない。ならば、追いつかれる前にモットを切り伏せる!
 ――左手のルーンが輝き、オレの体に力が漲る。これならば、ヤツの水より早く接近できるッ!

「くッ、速い!?」

 モットはオレの速度に慌てて杖を振るった。背後で、水が叩きつけられ拡散する音。代わりに、モット伯の周囲から水でできた触手のようなものが生えてきた。
 そんなものでオレの斬撃を止められると思うなッ!

 オレが振るったデルフは、モットの首元を正確に狙っていた。その刃の行く先にモットが作った水のツタがあったが、そんなものはは難なく切り飛ばす。
 その刃がモットに触れる直前、止める。

「チェックメイトだ。シエスタを返してもらおう」

 オレの勝利宣言に、しかしモットは不敵な笑みを崩さない。

「ふん。盗人猛々しいとはこのことだな」
「地位にあぐらをかいて弱者をいたぶる奴の言うことか――――……ッ!?」

 そこで気づく。デルフが凍っている。
 いつのまにかツタは氷に変化し、地面とデルフを強く結び付けていた。力を込めてもきしむだけで、動かない。これはただの氷じゃないのか!?

「勉強不足だな。水のメイジはこのようなこともできるのだよ。ゲームのルールは知っておくものだぞ?」

 見れば足元すら凍っていた。いや、侵食が早い! こうしている間にも膝にまで――――

「ぬおおッ!?」

 急にモットが、氷のツタを破壊しながら斜め前につんのめった。一体何が!?

「やれェ! 犬!」
「ばうッ!」

 いつのまにか、才人が復帰していた。
 背後から不意打ちを仕掛けたのは犬だった。犬は、倒れたモット伯を追撃、もとい、召し物を次々と引き裂いていく。
 ――楽しんでないか、犬よ。いや、絶対楽しんでやがる。

「ぬおおおおお! やめたまえッ! やめろ! やめて! やめてください! あっ、いやァ!」

 ついに下着のみとなり、犬に下着を喰われ引きずられる地獄絵図に。
 ストリップショーを眼前で見せ付けられているオレを誰か助けてください。





     *****

 夕暮れの中を飛ぶ。

 出発に手間取った。これでは間に合わない。
 ということで思い切って使ったこの魔法。
 全周囲に風のバリアを展開し空気抵抗を極限まで減らした上で、ジェットエンジンの機構も組み込むことで音速クラスの速力を得る、ワタシのオリジナルだ。
 多分スクウェアクラスで、名前は適当に『エア・フィールド』とつけている。元々はエア・シールドを全周囲に張ったバリアだからな。

 高空を亜音速で飛んで速攻到着。ルイズの馬は――いない。
 衛兵が一人、門の前でぐったりしていた。

「おい、何があった?」
「……動かさないで、首が凄く痛いの」

 何をなさったのですか才人さん。
 ともあれ、既に屋敷の中へ入ったことは確実か。

 ――――?
 何か、今、妙な悲鳴が聞こえたな。
 行ってみるか。





     *****

「あひー、あひー! ふひー!」

 この光景は、なんと形容すればいいんだろうか。
 まず、手前にほぼ全裸の中年男性が倒れていて、その背には犬が乗っかっている。苦悶のうめき声を上げているが、その顔は愉悦に蕩けていた。汚物そのものである。
 次に、下半身を硬直――足を凍らされて立ち往生している白銀武。何だよ、そんな子犬のような目をしても助けるつもりは無いぞ、少なくとも現状を理解できるまではな。
 そして、ずぶ濡れの平賀才人。そのしょげた表情はモット伯の痴態にやられたということでいいのか? お、くしゃみした。
 極めつけに、タオル一枚のシエスタが怯えた様子でモット伯を凝視している……間違っても、その肢体に見惚れている訳ではない。

 とりあえず、一番元気そうな才人に近づいてみる。

「何やってたんだ?」
「何って……モット伯討伐」
「仮にも人に、そんなモンスターみたいな言い方はやめておこう。っていうかさ、あまりヤンチャしないでくれないかな。もし失敗したらどうするつもりだったんだ?」
「そりゃ――――」

 口を開けたまま視線を泳がせる。ややあって、苦笑い。
 はい、何も考えてない。

「ったく。今回は上手くいったようだから良かったものの、一つ間違えてたら首飛んでるぞ――――すみません、お楽しみのところ申し訳ありませんが、モット伯? ジュール・ド・モット伯?」

 ぺちぺちとモット伯の頬を叩いて現世に戻してみる。後で手を洗おう。

「ふお? おお、お、ぬう? ぬおおお!?」

 うめき声に生気が戻ったと思ったら、現状に驚くモット伯。まあ、知らず知らずの間に全裸になっていたらワタシだって驚く。っていうか勢い余って泣くかも。

「お気を確かにモット伯。こちらをどうぞ」

 言って、私は念のために持ってきたマントをモット伯に被せた。正直もう使いたくないなそのマント。

「う、うむ。すまぬな」

 表面だけでも威厳を保とうと、マントと表情を整えて立ち上がる……だがなモット伯、見えてるぞ……

「お主は何者だ? 見たところ、貴族ではない――――いや、貴族か」
「はい。急ぎ馳せ参じましたので正装でないことをお許しください。ワタシはプラチナと申しまして、そちらの使い魔、平賀才人の主人でございます。この度は手下が多大なるご迷惑をお掛け致したことを深謝する次第です」
「うむ。全く、お主も使い魔の主人なら正しく管理するべきであろう。まだ若いが、その方は心得ておかねばな。して、お主はどのような誠意を見せてくれるのかな?」
「誠意とは?」
「これだけのことをしてくれたんだ。何らかの形で謝罪をするべきではないのかね?」
「はっ、仰るとおりでございます。では――」

 ワタシは周囲を見回した後、モット伯の反応をうかがった。その瞳には、何ら後ろめたいことが無い、ように見えるが。

「そうですね、貴方の妻に、多くの妾がいる、ということを秘密にしておく、というのはいかがでしょうか?」
「な、何だとッ!?」
「確かモット伯は出張の形でこのお屋敷で暮らしているのですよね? 知っていますよ? 貴方がお金にものを言わせて多くの女性を囲っていることを。ここへ至る中で若い女中さんを見かけましたが、彼女達もその関係で雇ったのでしょう? いかに平民相手とはいえ、多くの女性と関係を持っていることを知ったら、貴方の妻はどうするでしょうね?」

 ちなみに、他にもそれなりに多くの兵や執事がいたが、メイジであることを告げて緊急事態だと言うと快く通してくれた。何事も平和が一番だ。

「ぐぬぬ……」
「それに、中々難儀な性癖もお持ちのようですしね?」
「ぐぬぅ!? ち、違うぞ、あれは断じて違うッ! 決して犬に乱暴されて気持ちが良かったなどということは――――はッ!?」
「ですよねー。まさかあのモット伯ともあろう方が、犬に乱暴されて気持ち良くなってしまっただなんてありえませんものねー」

 そこでタイミング良く、犬がモット伯のふくらはぎを舐める。その感触に身を悦ばせ、崩れ落ちるモット伯だった。

「うっわ」
「ち、違う、ワシは断じてこのような……あひん!」
「変態だ」
「変態だな」
「変態ですね」

 満場一致のその罵倒に、モット伯は悶えつつも最後の理性をその顔に滲ませるが……

「豚は豚らしく、豚のように鳴いていなさい……ッ!」
「はひん! ぷぎ、ぷぎいいいいッ!!」

 ワタシの最後の口撃により、それは粉々に粉砕した。





 さて。その後何とか、いくつかの秘薬もつけてシエスタを買収しなおした。これでシエスタは晴れて自由の身だ。
 先程調子に乗った反動はこちらにもキていたが、忘れることにする。正直吐き気がする。

「プラチナ様! ありがとうございます!」

 白銀の上着と才人のズボンを借りたシエスタは、涙ぐみながらそう言った。

「礼ならあの二人に言ってあげなよ。ワタシは単に、二人を迎えに来ただけだ」
「す、すみません……!」

 シエスタは焦りながらも、二人に謝罪した。白銀は平然と、才人は顔を赤くしながら、大したことはしていないと返した。

「……はあ。私は無駄骨ってことね、プラチナ」
「ルイズ、来たか。まあ、そういうことだ」
「ところで、そこで犬に踏まれて悶えている肉饅頭は何なの?」
「新たな性癖に目覚めた偉大なるモット伯」
「……何やったのよアンタ達……」

 ワタシが知るか。分かるのはモット伯が目覚めたということだけだ。

「ともあれ、ちと褒められない方法だが、解決だ。帰ろう」
「そうね。じゃあ、私は先に帰らせてもらうわ。お腹が空いたったらありゃしない」

 ルイズは疲れた顔で白銀の耳を引っ張ると、そのまま彼を引きずって階段を登っていった。

「……じゃあ、ワタシ達も行くか。でだ、才人」
「あ、ああ。ごめん。もうこんなムチャはしない」
「まあ、それもそうだが……お前、ワタシに借りてるものないか?」
「え? あ、そうか、この刀」

 才人は腰に差した鞘を抜き、ワタシに手渡した。しかし――

「中身が無いぞ」
「あぇ? あ!」

 素っ頓狂な声を上げて、才人は風呂に入った。

「どこだ、どこ……あつッ!」

 浴槽に手を勢い良く突っ込んだ才人が小さく叫ぶ。どうやら、刀で手を切ったらしい――って!

「才人!」
「つぅぅ……! なんだ、くそ、切ったのか……あ」

 才人の左の掌が横に大きく裂けていた。白い骨と瑞々しい肉の対比が鮮やかだ。
 その綺麗な断面は一瞬で、すぐさま、脈動にあわせて朱色に近い血が流れ出た。

「おいおい……才人、手を貸せ」

 唯一残った水の秘薬を懐から取り出して蓋を開け、呆けている才人の左手を掴むとその上から降りかけた。
 そして、念じる。
 才人の手の、本来あるべき姿を。
 綻びの無い血の巡りを。磐石な骨を。滑らかに続く肉を。
 すると、傷口は見る見るうちに塞がり、やがて傷跡ひとつ無く復元した。

「全く……才人、あの刀はワタシの大切な物だから持ち出し禁止だ。以後気をつけるように」
「わ、分かった。ホントごめん」

 ワタシは浴槽の中にある刀を見つけるとそれを取り出し、一つ振って水気を取った後、鞘に収めた。

「さて。シエスタ――」

 振り向くと、シエスタが気絶していた。
 ああ。ちょっとしたスプラッタだったからな。





 さすがに高速飛行はできなかったので、大人しく二人を抱えてフライで飛んだ。
 才人がワタシの背に乗り、シエスタはワタシに抱えられている形だった。
 体力にはそれなりに自信があるけど、いくらなんでも二人はキツイ。ちょっと死にそうになった。荷物もあったし。もっと楽な方法が無いわけではないけど、やたら変なことすると目立ってなあ……

「つ、着いたー……もうしばらく飛びたくねー……」

 その甲斐あって、三十分ほどで到着。なんとか夕食の時間には間に合ったか。心身ガタガタで、食欲ないけど。

「それじゃあ、二人は先に行ってくれ……シエスタはマルトーさんに挨拶忘れずにな? 復帰したいんだろ?」
「はい。プラチナさん……本当に、ありがとうございました!」

 飛んでいる最中、シエスタと話をした。
 職場に復帰したいということ。マルトーなら快く許してくれる、むしろ歓迎してくれるだろうと答えたらたら泣き出した。
 そのノリで、様付けは止めろと言っておいた。なんかトラブルメーカーっぽいこの子、今後も色々と付き合いがありそうだからな。こういう勘は不思議と当たる……待て、嫌だぞ、トラブルに巻き込まれるなんぞ。

 ……でも、まあ。
 学舎に戻る二人の伸びた背中を見つめながら思う。
 こんな結果ばかりなら、トラブルも悪くない。





 ちなみに。
 休憩がてら広場で横になっていたら、またしても寝てしまっていた。気づいたのは二時間後、雨が降り出した頃だった。









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あとがき

 ちょっとアレなので、急ぎ書いて投稿ッ!
 ……ああしまった、モット伯がマルコメさんの株を奪ってしまった……さよならマリコルヌ、君の事は忘れない。
 それにしても、オリジナリティという名の調味料をちょっと入れるだけで原作の雰囲気が凄まじい勢いでグズグズに崩れていくから困ります。本当に困ります。

 次回から頑張って三人称を敢行したいと思います。その次回は少しかかるかもしれませんが……



[9779] 08
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/22 20:18
08


 使い魔召喚の儀から二週間が経過した。
 若いメイジと新しい使い魔の関係が安定し、お互いの理解が万全になろう頃。
 それを見越したかのように、使い魔の品評会の日時は組まれていた。

「そ、そうよ! すっかり忘れていたわ!」

 その品評会のことを前日の朝まで忘れていたルイズである。
 部屋の中で慌てふためくルイズを、机に伏しながら下らなそうに眺めているのは、その使い魔、白銀武。

 ――――白銀武は、苛立っていた。
 この世界とあの世界との時間の流れが同じならば、そろそろ衛士になるためのテスト、総戦技評価演習が始まってしまう頃だ。
 もうあまり時間は残されていない。自分がいないあの世界はどうなってしまうのか。
 もしかしたら、総戦技評価演習で誰かが死ぬかもしれないし、それ以前に、何度も同じ展開になるとは限らない。何らかの理由で、既に横浜基地がBETAに襲われてしまっている可能性もある。
 そんな予想を一度でもしてしまうと、彼のネガティブな思考は留まることを知らなかった。

「ちょっとアンタ! 仮にも使い魔なんだから、困ってるご主人様を少しは助けなさいよ!」
「へいへい。そうだな、馬でも適当に拾って使い魔にすればいいんじゃないか?」
「……最近、アンタおかしいわよ?」

 口調はからかうようだったが、苛立ちをそのままぶつけるような目線でルイズを見返す武だった。
 ただの反発ではない、そのただならない彼の状態にルイズは焦った。
 ――最近は衝突が無かったけど、何かまた彼を傷つけることを言ったのかしら?

 ギーシュとの戦い以来、メイジと使い魔の関係ながら彼にはそれなりの敬意を払ってきたつもりだった。だからこそ最近はそれほどいがみ合うことはなかった。
 一度警戒を解けば、彼はかなり話の分かる好青年であることが分かった。ルイズの苦悩も、こちらが言わないにしてもそれなりに察し、細やかなところで労わっていたのだ。
 しかしこの数日間、彼は苛立ちを前面に出し続けていた。
 それを見かねたプラチナが苦言を呈したことがあったが、『アンタに何が分かる』と一蹴、彼女もそれに怒ったのか、それ以来口を利いていなかった。
 自分より彼と仲の良さそうなプラチナでさえ分からない彼の苦悩が、私に分かる訳無いじゃない。そう彼女は悩み怒りかけたが、ため息をついて心を落ち着けた。

「何があったのかは知らないけど、こっちに悩みを教えてくれなきゃどうしようもないわよ……そうやってイライラしてるより、目先の事を考えない?」
「……分かったよ」

 考えても仕方の無いことだとは武自身理解していた。
 だからこそ、いつもならここで癇癪を起こすはずのルイズが諭してきたのを見て、取り乱しすぎたなと反省する。
 待っていれば、プラチナあたりがどうにか導いてくれるはずだ。
 最近では抑え気味だった楽観的な性格を掘り起こして、彼はそう結論した。

 武は、頭の中のストレスを追い出すように頭を振った後、ルイズに尋ねた。

「で、なんだっけ?」





 ――――プラチナは、苛立っていた。
 しかしそれは子供のように駄々を捏ねた先日の白銀にではなく、帰還の情報を得ていない自分自身にだ。
 帰還に関係すると思われていた虚無の属性、その正体の一端は掴めた。だが、それ以上の手がかりが無い。
 向こうの世界の当事者でないため幾分緊迫感は少ないが、彼の苛立ちがよく分かる上に考えるところも多い分、ストレスは彼に匹敵するものになっていた。

 昔、故郷にやってきた旅の詩人が虚無の伝承を歌ったことを彼女は思い出す。
 その伝承によれば、虚無は、他の属性魔法では再現できない特殊な魔法を使いこなすことができるという。その話の中で、異なる世界を渡る魔法があるというのを聞いた覚えがあるのだが。
 その具体的な情報が、無い。

 そもそも、切欠となったコモン・サーヴァントの原理が特殊なのだ。
 遠く離れた箇所にいる、自分の性質と似た要素を持った動物を、その動物の魔法特性から検索。そして対象の前にゲートを開き、誘い込む。その際に逃げ出さないよう、ゲートに軽い麻痺、洗脳の効果もつける場合もある。
 ともあれ、これはれっきとしたワープ魔法だ。性質をあえて当てはめるなら、風属性に近い。それを理解できたからこそ、プラチナのコモン・サーヴァントは発動したのだが……
 そう、発動したはずなのだが、それが何故か異世界に繋がってしまった。
 その時の感覚は覚えている。だが、再現ができない。規制がかかってしまったかのように、魔法を成功させることができない。

 ゲートの出現位置を強くイメージする。一つは目の前、もう一つは任意の場所に。
 そして、その空間が見えないトンネルで繋がっている図を頭の中で思い描き、それを意志と共に強く杖の先に叩きつける。
 するとゲートが発生するのだが、いくらやっても安定しない。一瞬、青い鏡のような物が出現したと思ったら、すぐさま霞と消える。
 数秒持てばいい方で、それも、近い距離でしか実現しない。向こうの世界を目標にするものなら、問答無用に爆発だ。

 イメージが十分だと仮定すると、使い魔のルーンが何らかの足かせになっている可能性がある。
 サモン・サーヴァントが成立しないことから、それは十分に考えられた。
 ある意味神経接続と同じほどに深く結びついているメイジと使い魔。自分達はそれほど強い結び付きを感じないが、どこかで深く結びついているのだろう。もしかしたら、ルーンの維持に必要な力が、この空間を繋げる魔法にも必要なのだとしたら。

 そうであるならば、平賀才人との契約を破棄する方法を探す方針も検討しなければならない。

 契約については、この世界の誰もそのメカニズムが分かっていない。何せ、彼女は契約をするという念をもって口付けをしただけなのだ。あれも魔法のはずだが誰も杖を使わない、契約。そのところは誰も突っ込まないのか。
 この魔法は、魔法発動のメカニズムと同様にメイジの誰もが持つ生理現象めいた基本的な能力かもしれない。口付けの時点で爆発してしまうかもしれないと危惧したことを思い出した彼女は、軽い頭痛を感じた。

 あの異例極まりない魔法が何らかのスイッチとなって、コモン・サーヴァントに類する魔法を妨害しているというのは、他の例を見ても明らかだった。
 仮に、才人のルーンを右手ごと切断したらどうなるだろう。
 使い魔のルーンはいわば記号に過ぎず、四肢の欠損などでルーンを失ったとしてもその機能は継続する。つまり、これでは破棄できない。
 自分が知っている契約破棄の方法は、使い魔かメイジが死亡すること。ならば才人を殺すか――――愚問である。

 しばらく前から、一番打ち解けている教官コルベールに教員専用書架の使用を願い出ているのだが、学長オスマンがどうも渋っているようで、いつまで経っても認可されない。
 こうなれば、説教覚悟で忍び込んで見てしまおうか。しかし、二度目は本格的に危ない気がする。

 あるいは、ルイズにゲートの魔法を願い出るか。彼女、というより普通のメイジはプラチナと違ってイメージ主体で魔法を実現する。理詰めで構築する自分とは違うので突飛な結果になることが多いが、あるいはそれが上手く働き、向こうの世界に行けるようになるかもしれない。
 だが、これはある意味最後の手段である。虚無であるのなら、周囲の人間が黙っているわけがない。そんな環境に友人である彼女を投げ込むのは、忍びなかった。





 魔法は謎が多い、と、彼女は思考の矛先を変えた。

 魔法は技術ではなく、身体機能だ。人間が生まれつき歩くための機能を持っているのに似ている。
 前例はプラチナ本人しかないが、メイジは魔法の教育を受けなくても自力で使うことができるだろう。自転車を使ったことのない人間が乗ってみたら何故か一発で漕げたという例があるように、きっかけがあれば、それは放置していてもある程度なら可能になるはずだ。そこから先、トリックプレイの仕方は努力や指導が必要になるだろうが。
 
 魔法の存在には大きな意図を感じる。人それぞれに得意な属性が予め決まっている上に、ルーンにも個人毎に割り振られている節がある。というより、ルーン文字を知らない人間が契約しても使い魔にルーンが刻まれる様は、誰かの悪戯かと疑いたくもなる。
 虚無の属性持ちに至っては使い魔のルーンも完全に固定のようだ。物語の登場人物のように、生まれながらに役が決められているようにしか思えない。

 そもそも、このような奇天烈極まりない『構造』を所持する種族が、恐らくは元の世界の人間と同じものだろう平民と呼ばれる種族と共存しているのが信じられない。
 それは別に、動物界の決まりごとに従って平民という劣った近似種族をメイジは駆逐すべき、という話ではない。
 メイジは、進化論をぶっちぎっているのだ。いや、その前に物理法則にも真正面から喧嘩を売っているバケモノだ。香月夕呼のような人物が魔法を知れば、果たしてどんな顔を見せてくれるか。

 始祖ブリミルがこの世界に魔法をもたらした存在とされているが、そもそも彼はどうやって魔法を扱えるに至ったのか。それも分からない。
 ひょっとしたらメイジという存在は、ブリミルという研究者が生み出した実験生物か何かで、このハルケギニアという大陸は、その――――





「プラチナ?」

 プラチナが思考に耽っていると、才人が普通ではあり得ない近距離で顔を覗き込んでいた。それに驚き声も出せずに大きく身を引くが、椅子に座っていたことを彼女が思い出したときには、バランスを完全に崩してしまった段だった。

 後頭部と背中を強打し涙目になりつつ才人にどうしたかと聞いた。そんなプラチナに才人は心配しながらも続ける。

「使い魔の品評会はどうするんだ? 俺さっき武に聞いたばっかリなんだけど、明日って話じゃないか」
「……お前は使い魔じゃないって言っただろ? 気にするな、本当に紹介するだけで終わりにするさ」
「でも、それじゃあプラチナ恥掻くじゃないか」
「大丈夫じゃないか? ルイズ達だってそんなものだろう」
「いや。武は演舞するっぽい。いいよなあ、芸があるって」

 才人はシュペー卿の剣を振りながらむくれた。

「おいおい、部屋で物騒なことはしないでくれないか。お前には他に武器があるだろう?」
「ああ、あの刀?」
「違うッ! だから前に言ってたじゃないか。動物と意思疎通ができる、みたいなこと」

 そういえば、と才人はつぶやいた。
 王都へ行った時の馬、モット伯の屋敷での犬。
 それだけではない。使い魔に至っては言葉が通じるのだ。その上、自分の言うことにはやたらと従順。
 これはもう、特技を超えたレベルだ。

「確かに武器っちゃあ武器かもしれないけど。それでどうするんだ?」
「そうだな。今日中に他の貴族の使い魔と交渉して、当日にサーカスもどきをするっていうのはどうだ。成功すれば間違いなく話題独占だぞ?」
「それは…………楽しそうだな! ありがとなプラチナ! 俺やってみるよ!」

 才人は活躍する自分の姿を夢想したのか、夢見る子供のように輝く瞳でプラチナを見た後、飛ぶような足取りで部屋を出て行った。

「……よし」

 プラチナは、才人に品評会のことを聞かれた時に、反射的に計画を打ち出していた。
 自分がヴィンダールヴのマスターであること、ひいては自分が虚無の使い魔であることを、公表する。
 ――――あの老獪なオールド・オスマンが自分の正体について見当もついていないなどということは考えづらい。
 少なくとも、馬鹿正直と言って良いほどに嘘が苦手なコルベールが、自分の使い魔のルーンについて挙動不審な口調で分からないとわざわざ弁明したというあたり、既に彼からオスマンへ伝説の使い魔の情報は流れていると思って良いだろう。

 つまり、オールド・オスマンは自分達が虚無だということを秘匿したい理由がある。
 それもまた見当がついている、というより、ルイズが虚無であることを隠す自分のそれと同じだ。
 その力を隠すことで周囲の注目から当人達を守る。だが、その思いやりを反故にしてでもやらなければならないものがある。

 明日の品評会でその力を公表し、自らを虚無だと告白。その後、虚無の力を欲しがる者が提供するだろう情報を得る。
 あるいは、それをされたくなければ自分に虚無の魔法の情報を提示しろとオールド・オスマンに脅す。
 多少心苦しくはあるが、そのように脅して情報を手に入れるというのが彼女の企みだった。





 夕食が終わると、プラチナは裏庭に出た。
 最近は専ら、空間を繋げる魔法を試している。サモン・サーヴァントを改良、いや、簡素化した魔法を編み出したものの、これは可視範囲内を瞬間移動できるだけで、到底異世界には届かない。
 その魔法は程なく完成したが、肝心の、異世界へ繋げる方法が思いつかない。
 目下、BETAのいる世界をイメージしながら杖を振るっているが、いくらやってもゲートは完成しなかった。
 だが、この魔法を煮詰めれば成果が出るのではないか。そんな期待を込めつつ、彼女は連日この魔法を練習していた。

「ゲート!」

 気合代わりに、その仮の名前を叫び杖を振るう。目の前に青い鏡が一瞬だけ出現するが、切れかけた蛍光灯のように明滅したかと思うと、それは音もなく消失した。

 息を整え、再度杖を振るう。
 今度は間髪入れずに目の前で爆発。力の練りこみが弱すぎたのだ。
 さらに振るうが、今度は明るい光が一瞬灯っただけで、鏡は発生しなかった。その後思い出したようようなタイミングで、水素爆発のような高い音と共に失敗魔法の光が灯った。

 安定しない。
 世界の認識に誤りがあるのか、それともそれ以前に何か致命的な思い違いがあるのかもしれない。
 そう思いながらもプラチナは、最後にしようと気を引き締め、杖を力強く振るった。

 しかし、今度はゲートどころか爆発すら起こらなかった。

 もう力が尽きたのか。
 そう思ったプラチナは嘆息すると杖を仕舞い、学院長室へと向かった。

 ――――彼女はサイレントを自分の周囲に掛けていたため、その爆発音を聞くことはなかった。
 最後の魔法は、彼女の与り知らぬ所で爆発の形となって発動していたのだ。
 そのあおりを受けた宝物庫の壁は、強力な固定化が施されていたにも関わらず、亀裂が走っていた。





「こんな夜更けに何の用じゃ? ミス・プラチナ」
「脅しに来ました」

 突然学院長室へ入ってきたプラチナに好々爺然とした笑顔を見せるオールド・オスマンに対し、彼女はぞんざいに切り出した。

「脅すとはおどろおどろしいのお、せめて交渉と言って欲しいの。ちょっとした願い出なら聞くぞい?」

 あまり脅しているようには見えない彼女に対してオールド・オスマンはむしろ体を弛緩させながら、言葉を待った。

「では願い出ましょう。ワタシに虚無の秘密をお教えいただけないでしょうか。または、教員専用書架の使用を許可していただきたいのです」
「ダメじゃ」

 オールド・オスマンは笑顔のままに切り捨てると、髭をさすった。

「うむ。その力は確かに虚無であると儂も判断しておる。しかし、それを外に知らしめるわけにはいかんのじゃよ。虚無の力を振るえるようになれば、必ずその情報は外に漏れ出す。ただでさえ各国の要人が多いこの学院では、どこに目がついているのかも分からん」
「分かっています。しかし、それでもワタシには虚無の力が必要なのです」
「理由を聞かせてくれんかの?」
「白銀武を、元の世界に送還するためです」
「元の世界とな」
「彼は、我々とは違う世界から来た人間です。彼を一刻も早く戻すため、虚無の力が必要なのです」

 オールド・オスマンは咳払いをしながら髭を触り、プラチナの瞳を見つめた。
 嘘をついている目ではない。視線は真っ直ぐに、オールド・オスマンの瞳を射抜いていた。

「ふむ。しかし、どうして一刻も早く帰らせなければいけないのかが分からんな。ヒラガサイトだったかの、彼は戻す必要はないのか?」
「いずれ戻したいとは思っています。しかし、それ以上に、彼を早く元の世界に戻す必要があるのです」
「……ふむ。何故、そこまで彼に入れ込むのかは、教えてもらえんのじゃな?」

 プラチナはしばらく目を閉じた。
 十秒ほど後、彼女はその閉じた瞼をゆっくりと開いた。その向こうにある瞳には、少しの恐れを含んだ決意に満ちていた。

「いえ、お聞かせしましょう。ただし、口外は無用です。関係者にも――」

 プラチナはサイレントで、部屋を周囲と隔離した。既にオールド・オスマンが同様の魔法を施していたが、念を入れてというものである。
 ついでに部屋にロックまで重ねがけするプラチナに、オールド・オスマンは苦笑した。

「ほう、それほど大きな話とな。ならば儂も本腰を入れて聞かんとな」
「それほど頑張ってもらわなくても良いのですが……そもそも、理解が及ばないかもしれません。とにかく、これから話すことはワタシの真実です」

 オールド・オスマンは眉一つ動かさずにプラチナの言葉を待った。



「まず、ワタシは前世の記憶を持っています。前世でワタシは、白銀武が生きていた世界にいました」
「……あ?」

 いきなりの突飛無い話に、まるで痴呆症患者のような顔をした学院長だった。
 しかし、プラチナは構わず続ける。

「だからこそ分かるのですが、白銀武は、元の世界で非常に特殊な立ち位置にいます。彼の存在がその世界の人類の未来を左右すると言っても過言ではありません。そんな彼が志半ばでこの世界へと召喚されたのです。これがあの世界にどのような影響を及ぼすのかは分かりませんが、少なくともこのまま放置すればあの世界は近いうち、確実に人類を失うでしょう」

 白銀武がいなければ人類が滅びるとは大げさだろうか、いや、十分ありえる話だ。言いながらプラチナはそう思い直す。
 因果導体とは、それほどまでに特殊な存在だ。他の人間が知りえない情報を持ち、経験を積み重ね、同じ試練に何度も挑戦できる。『あの時こうすればよかった』を実現できる、反則的な存在なのだ。
 今の自分には無縁となったからこそ、それは恐るべき特性に思えた。

「そのため、彼を元の世界に返すことは急務なのです。ワタシは彼が召喚された時から彼の送還方法を探していますが、未だに見つけられません。唯一の手がかりは、違う世界を繋げるという虚無の魔法があるという口伝。勿論それが虚構である線も捨てられませんが、それでも縋らざるを得ない状況です」

 プラチナが年齢に見合わない何かを持っていると、彼女に初めて会った七年ほど前から思っていたオールド・オスマンだったが、その話は彼の理解を拒絶するほどに想像を絶するものだった。

 あの少年が異世界の存在?
 プラチナが前世、それも違う世界の記憶を持つ?
 その世界であの少年が英雄に当たる?
 その世界の人類が存続の危機に晒されている?

 言っていることは理解できたが、多くの人生経験を積んだ彼でさえ、その内容は到底信じきれるものではなかった。

「か、仮にその話が本当じゃとして――――それ以上理由は聞かんが、それでミス・プラチナは、その世界に行くのかね?」
「いえ。ワタシはあくまでプラチナですので、あの世界に干渉する気はありません……今のところは。ですが、彼がこの世界にいる限りは、ワタシは彼への協力を惜しまないつもりです」
「虚無の力を、悪用はしないのじゃな?」
「勿論です」

 オールド・オスマンはいつのまにか険しい顔になった顔をさらに歪め、考える。
 今の話を本当か嘘かと判断する力は、自分には存在しない。同様に、虚無を悪用しないというプラチナの話も信用できない。
 彼女は自分をして驚かせるほどの知恵の持ち主だが、それだけに、彼女が自分を欺いているかもしれないという可能性を捨てきれないのだ。
 今までの話全てが虚構だとしたら? その目は嘘をついているようには見えないが、それすら彼女の演技だとしたら?
 
「考えさせて欲しい」

 じっくり一分は考えた彼がようやく口にできたものは、そんな一言だった。

「……なるべく早くにお願いします。でなければ、彼を送還する意味がなくなってしまうかもしれません」
「それほどまでに、向こうの状況は逼迫しているのかね」

 その質問に、プラチナは自嘲に似た笑みを浮かべた。

「――――四十億が三十年で半減。そして、この勢いは加速しています。数字の意味は分かりますか?」

 彼には、答えられなかった。
 分からなかったのではない。推して知ったその意味に戦慄し、喉が引きつったのだ。

「改めてお聞きします。ワタシに、虚無に関する情報を公開していただけませんか?」





 十分ほどの無言の後に、オールド・オスマンは、否と答えた。
 先程の話が本当であると信じた故だった。
 四十億とは、これもまた信じがたいが、話の流れからして人間の総量だろう。そしてそれだけ、かの世界では文明が発達しているということだ。
 その文明をもってしても防げない滅亡。三十年で二十億も人口を減らすその原因とは、一体どのようなものなのか?
 その破滅の原因がゲートを通じて流入したら? 問うまでもない。我々なぞが対抗できるものか。

 それが想像できて、どうして彼女の言葉にうなずけよう?
 彼一人には、この決断はあまりにも大きすぎた。





「そうですね……万一を考えれば、妥当な判断だと思います」

 首を振るオールド・オスマンに対し、プラチナは答えを知っていたかのように答えた。しかし表情は暗く、オールド・オスマンとも目を合わせる様子がない。

「……シロガネタケル君には、お主の身の上を伝えておらんのか?」
「ええ。ワタシは今はこの世界の人間ですから。必要があれば伝えようとは思いますが――」
「……や、第三者が聞いても詮無いことか」

 沈黙が広がる前にオールド・オスマンがフォローする。立ち位置はとにかくとして、言い出せない心境はある程度理解できた。
 彼の言葉にプラチナは少しの間を置いて、ため息をついた。
 オールド・オスマンは後に控えているだろう脅しの、その内容を気にしつつ視線を横に向けた。
 その先には、窓の向こうで二つの大きな月が巨大な瞳のように光っていた。

「……そういえば」

 そんな光景を見て思い出したことがあった。

「ミス・プラチナ。こんな話を知っているかの? 儂が子供の頃に流行した噂なのじゃが」

 落胆を隠そうともしないプラチナに、オールド・オスマンは体勢を崩しながら語りだした。

 二つの月と太陽が交差する時、その闇の向こうに違う世界への扉が開かれるという話。
 それは、おとぎばなしにもならない陳腐な噂。だが、オールド・オスマンはそれが本当だと信じていた。

「というのも、理由があってな。あれはアカデミーの依頼を受けて調査に出かけていた時じゃったか」

 彼が青年の時、ワイバーンと呼ばれる、竜に似た化け物に襲われたことがあった。それを救ってくれたのが、不思議な服に身を包んだ一人の男だった。
 その男は不思議な杖をもって、その化け物を倒したのだった。
 男は致命傷を負っていた。オールド・オスマンの必死の看護もむなしく、程なく彼は息を引き取った。
 だが、その服装や所持品は、どう考えてもこの世界では存在しないものだったのだ。
 そしてその日は、日食の次の日だった。

「どのような服装でしたか?」
「うむ。体に張り付くような、奇妙な服じゃった。詳しくは覚えていないが、一部、鎧にも似ていたように思う」

 ここでプラチナはオールド・オスマンの机に大きく身を乗り出した。先程の落胆など、欠片も見せていなかった。
 その勢いでプラチナの形良い胸が強調される。オールド・オスマンはそれに一瞬目を見張るが、すぐに顔を平静なものに戻してみせた。

「それで、その、次の日食はいつですか!?」
「ちょっと待っておれ。確か三十年周期じゃったと思うが……おお、タイミングが良いな。恐らくあと一ヶ月、もしくはそれより少し先であろう」
「一ヶ月……どこにゲートが出現するか分かりますか!?」
「わ、分からん。だが、少なくともあの日食が関係していることは間違いない」

 プラチナは目を閉じて、身を引いた。顔はそれなりに満足げだった。

「分かりました。その情報だけでも大きな進歩です。ありがとうございました」

 言いながら、プラチナは己の愚かさを反省した。このオールド・オスマン、彼女が思っていたよりはるかに善人であった。

「――――合わせて、脅しなどという愚策を計画したことをお詫びいたします。初めから打ち明ける形で臨むべきでしたね」
「や、儂もすまぬの、これだけしか力になれんで。ところで、儂をどのように脅すつもりだったのかの?」
「平賀大サーカスを開催する予定でした」
「それは見てみたいのお。でもダメじゃ」





     ******

 よし! 凄いぞこの力! 使い魔小屋の皆に賛同をもらえたッ!
 これで明日のMVPは決まりだね! やったよプラチナ! みんなでできるもん!!

 プラチナ! 俺、明日がんばるよ!

「うん、それ無理」

 何でッ!? 意味が分からないし笑えない!









----------
あとがき

 諦めた……ゼロ使の原作は……買わなかった……ッ! ←あいさつ
 っていうかうっかり破滅のトリガー(全削除)に触れてしまった……まるで核爆スイッチ……ッ!!


 説明長くてすみません。っていうか三人称ってこんな感じでオッケーなんですかね?

 あとすみません、オスマン老を魔改造してしまいました。アニメではマヌケな感じだったのがどうも納得いかなかったので……学院長を任されたのは本当に魔法の力が強いからか、それとも人柄によるものなのか……



[9779] 09
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/06/27 19:19
09


「――――朗報だ、白銀ッ!」

 すっかり寝静まったルイズの部屋に侵入したプラチナに気づいた白銀は、部屋から出ると用件を聞き出した。
 夜中だというのに、彼女はテンションがやたらと高かった。

「何だよ。オレ、明日大勝負なんだけど」
「そんなことより聞いてくれ! 帰る方法が分かったかもしれん!」
「……マジ!?」
「マジマジ! しかも、タイムラグほとんど無いかも! 多分、こっち来た直後の時間帯に帰れるぞ!」
「詳しくッ!」
「ああ! 今から一ヶ月ちょっと後に、日食が起こる。その時に、お前の世界をつなぐゲートが出現するらしい。そのタイミングを見計らってゲートをくぐればミッションコンプッ!」
「おお! あと一ヶ月後だな!? で、タイムラグが無いってのはどういうことなんだ?」
「ここの学長が青年時代……大体六十年位前、前の日食の時だな。その時に、向こうから来た人間を見かけたって話……あ!」

 そこでプラチナは青ざめた。

「ど、どうした?」
「いや、ちょっと待て、待ってくれ」

 プラチナは、調子に乗ったことを後悔した。
 そもそも、自分は白銀の世界について概要しか聞いていないではないか。それなのに、六十年程前にゲートから来た人間が彼と同年代の人間だということがどうして分かる。
 まずい、これはまずいぞ。他に言い訳など思いつかん――――

「プラチナ? 何かまずいことでもあったのか?」
「いや、そうだな、ああ。白銀、誠に申し訳ないが、寝ぼけてた」
「はぁ!?」
「寝ぼけてた。うん、その話、夢だった。っていう訳で、手がかりはもうちょっと待って。それじゃ」

 呆然とする武を背に自室へと向かうプラチナ。その頬には滂沱の涙が伝っていた。





「こればかりは、始祖ブリミルに感謝するべきかしらね?」

 明け方、学院で暮らす人々が起き出す頃。秘書然としたその女性は宝物庫の壁を見つめていた。
 物理による干渉も魔法による干渉にも反応しないその壁は、彼女には不落の鉄壁だった。そのために彼女は秘書としてこの学院に入り、宝物庫へ潜入する手段を模索していたのだが――――
 その鉄壁が、今は脆く錆び付いていた。

 今なら、私のゴーレムで破れるかもしれないわね。

 小躍りしたいほどの興奮が彼女の心を満たしていくが、しかし、あえてそれを押さえ込む。

 状況が悪い。
 今日は使い魔の品評会、しかも、ゲリラ的にトリステイン王女が来るというではないか。
 当然警備も強化されるだろうから、明日に宝物庫を強襲するのは得策ではない。
 しかし、だからといって指を咥えて機を伺う、という訳にもいかない。
 この亀裂が発覚すれば、これは一日足らずで修復されてしまうだろう。運が悪ければ固定化も再現されてしまうかもしれない。
 さらに彼らの頭が回れば、この亀裂をエサに、自分が陥れられる羽目になるかもしれないのだ。

 彼女は、最愛の少女の名前を呟き、覚悟を決めた。





 さて、使い魔の品評会である。
 午後からの催しであるため、午前中は通常通りの授業だった。
 授業直前までサーカス開催を願い出た才人を必死に説得していたこともあり、プラチナは体力を失してしまっていた。
 そのために授業中机に伏していたのだが、隣のルイズに叩かれた。

「聞いてたの!?」
「聞いてない。寝る」
「馬鹿ーッ! 急にここへ王女様が来たのよ! 授業中止ッ! 歓迎しに行かないと!」
「いってらっさい」
「おいプラチナ、行かないとまずいんじゃないか? っていうか教室に残ってるの俺達だけだぞ」
「ワタシ一人抜けてたってバレやしないさ。突っ込まれたら具合が悪いっていうことにしてくれるとうれすい」
「……行こうぜ二人とも。なんかこれ、起きない気がする」
「何よ、アンタやけにプラチナの肩を持つわね。好きなの?」
「い、いや、そういう訳じゃなくてだな。元々寝坊属性があったオレとしちゃあ、何か起こしても駄目な気がするっていうか」
「……まあいいわ。ネボスケ顔で出席されても失礼なだけだし」
「じゃあ、俺、ここに残ってるわ。起きたら出席するように伝えとく」
「ええ。お願いね才人」
「じゃあなー」





「ということがあった、のさ」

 以上のやりとりを、ようやく目を開いたプラチナに説明した才人だった。

「ご説明ご苦労、全く覚えてない。で、今の時間は……ああ、大した時間経ってないな。このままバックレようかな」
「いいのか?」
「いいのよ。諸事情で例の作戦できなくなったし。正直出るだけ無駄っていうか」
「でも俺、武の演舞見てみたいなあ」
「それは構わないだろう。好きにすれば良いさ……むー」

 プラチナは、心底けだるそうに机に伸びた。

「……ひょっとして、マジに具合が悪いとか?」
「おう。ぶっちゃけアレだ、月モノだ。だるいし、腹も痛いし頭も痛いし、心なしか熱っぽい。昨日からなんだが、今朝はどうも重いんだよな」
「……何か生々しいな。保健室行くか?」
「ノーサンキュ。気合溜まったらボチボチ見学させてもらうさ。まだ王女さんは来てないかな? せっかくだから行ってきなよ」
「ああ、じゃあお大事にな」

 母さんとかも重いもんなあ、とつぶやきながら部屋を出て行った才人を視線のみで見送ると、プラチナはもう一度伸びをした。





「プラチナは……まだ寝てるのか?」
「いんや、ええと、何て言えばいいんだ。あの日でダルイから休むってさ」
「あの日? ……ああ、そんなのもあったな」

 二人は、学院の校門に当たるところで整然と並ぶ生徒の群れを見下ろした。
 使い魔はその場に出席できないため、塀の上からこそこそと、その様子を見下ろすことになったのだ。

「やっぱこういう世界だからお姫様っているんだなあ」
「日本にもいるじゃないか、天皇とか、その血筋とか」
「いや、そうかもだけどさ。やっぱファンタジーっていえば王女だよ。うん」
「――――トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下の、おぉなぁぁぁぁぁりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 唐突に兵士の一人が張り上げたその台詞に対し、どこの時代劇だよ、と才人と武は心の中で突っ込みを入れた。

 学院の入り口をくぐる、いくつかの馬車。その中の一つは、やたらと豪華な白いもの。牽引する馬も白く、その額にはユニコーンを思わせる飾りがあった。
 馬車共は歩くような速度で群衆の中央まで移動し、止まる。

 王女が居ると思しき馬車が開く。そこから、地味な服に身を包んだ、眼鏡の女性が降りた。

「あれ王女?」
「さすがに違うだろ」

 才人の呟きに武は冷静に返した。

 眼鏡の女性は馬車の開いた扉に手を差し伸べる。それは、馬車の中から出た白い長袖が受け取った。
 全身を白いドレスに身を包み、紫のマントを翻す王女。まだ幼さと甘さが残る顔立ちだったが、王女と呼ぶに相応しい風格は十分に備わっていた。

「かわいいじゃん」

 面食いである才人はその様に心酔した。武も、なかなかのものだと感心した。






「何としても成功させるのよッッ!!」

 裂帛と言ってもいいような口調で、ルイズは武を鼓舞した。
 その声は、広場で休憩を取っていた生徒の注目を一斉に集めた。

「どうした、やたら気合が入ってるな」
「当たり前よッ! アンリエッタ様が見ているんですもの!」

 顔を紅潮させ、夢見る少女のように体をよじるルイズに、基本的に呑気な武もただならぬものを感じた。

「落ち着けって。まだ会の開催まで一時間くらいあるんだし、今からそのテンションだと持たないぜ?」
「そうね! そうよね! ちゃんと落ち着かないとね!」
「……紅茶飲むか?」

 それを見かねたプラチナが、横から紅茶を差し出した。その顔色は今ひとつだ。

「そういえば、プラチナは品評会を休むのよね。って、大丈夫?」
「駄目だから休むんだろ?」
「それもそうね」
 授業中と同様、机に突っ伏すプラチナを見下ろして、ルイズは呆れたように納得した。

「まあ、見学だけはさせてもらうよ。品評会、見たいしな」
「俺も見てるから、頑張ってくれなルイズ」
「別に私は何もしないわよ。するのは全部タケル」
「頭にリンゴとか置いてくれたら、また一つ違った芸ができるんだけど、駄目か?」
「何する気よ!? 駄目に決まってんでしょ!」





 炎が舞い、火花が散り、風が吹く。
 時にはマジックが披露され、観客の感嘆が場を彩る。
 品評会は、平賀才人の介入がなくともサーカスの様相だった。
 特に目を見張るのは、やはり、召喚当初から注目されていた、タバサの風竜シルフィード。その巨大な体躯と力強い羽ばたきは、観客全員を喝采させた。

「すげえ……ドラゴンサンマジパネェース……」

 才人が瞳を輝かせて、熱い吐息と共に呟いた。

「才人、そりゃ何語なんだ……しかし、凄いというのは同意だ。やっぱり竜はロマンがある」
「確かに、これはタバサの優勝ね。対してこの私の使い魔と来たら」
「人間は集団になってこそ真価を発揮する生き物なんだよ。サシであんなのに勝てるかってーの」

 言って武は席を立った。ルイズ達の順番にはまだ早いのだが。

「準備体操してからのほうが良いだろ。ルイズ、来るか?」
「……アンタ主従関係忘れてない? まあ、ついてくけど」

 ルイズと武は仲良くその場を立ち去った。
 それを見るプラチナの目が、細まる。

「プラチナ? なんだよその子供を見るような目は」
「いや、初日と比べて、ずいぶん仲が良くなったなって」

 才人は、ルイズに吹っ飛ばされた初日を思い出した。

「……つーか、丸くなったな」
「そうとも言う」





 タバサの使い魔の紹介で最高と思われていたその喝采は、最後の使い魔により更新された。
 ヴァリエール家の三女が従える、使い魔の人間に。

 誰からも、何の変哲もないと思われた平民だった。しかし、彼はその第一印象を鮮やかに裏切った。
 踊るような身のこなし、滑るような足運び、煌く剣筋。それらが、彼の力強い体躯により次々に出力されていく。
 力と技を表現した、かつてない舞踏だった。一見法則性がないその動き、それがかえって、彼の持つ磐石な基盤を物語る。
 素人が見ても、瞬きすら損であると思わせてしまうほどの、その演舞。いつしか、観客は息を吐くことすら忘れてしまっていた。
 そして、その最高潮。
 ギーシュが作ったゴーレム三体を一薙ぎで粉砕し、その破片が全て地に堕ちた瞬間、周囲からゴーレムが地に落ちた音を掻き消すほどの大喝采が鳴り響いた。
 特に、武芸に心得のある者は立ち上がっての拍手まで行ったほどだった。

 それほどまでに、ガンダールヴの力を発揮した白銀武の戦闘能力は異常だった。
 元々、軍人として練り上げられた身体能力と技術があったのだが、それが倍以上に発揮されていた。それはもはや、人間の域を軽く逸脱している。

 白銀武は不思議に思っていた。
 ガンダールヴの能力ではない。素の、自身の身体能力にだ。
 確かに彼は、元々体を鍛えていた。しかし、これほどまでに高い性能を誇っていただろうか。
 初めに気づいたのは、この世界に来てすぐプラチナと手合わせした時だ。その時はガンダールヴが発動しなかったが、自身を遥かに超えた剣術を誇る彼女に身体能力で追随できたのだ。本来の自分なら間違いなく一方的な負け試合になっていたはずだったのだが、そうはならなかった。あの日から、この疑問が彼の脳裏に居座っていた。
 この世界に来てから、身体能力がまるで水を得た魚のように活性していたのだ。
 ――――自分の知らないループがあったのだろうか。
 そう考える彼だったが、それにしても、そのループが一部たりとも思い出せないことが不思議だった。





 オールド・オスマンは、武の演舞を見て冷や汗を隠しきれないでいた。
 感動によるものも多かったが、それ以上に、危惧がその内容を占めていた。
 幸い彼の両手には布が巻かれていてルーンが見えないようになっているが、さすがにあの動きは人間の埒外だ。ある程度の武芸を積んだ人間なら、彼がただの平民ではないことが分かるだろう。
 ――――彼等への対処が、甘すぎたのか。
 彼は寿命が縮む思いをすると共に、彼がガンダールヴと看破する人間がいないことを始祖ブリミルに祈るばかりだった。
 そして、心で泣きながら、審査の投票箱ににタバサの名を書いた紙を投げた。





「やべ……なんか泣けてきた」
「ほらハンカチ」

 感動のあまり泣いてしまった才人にハンカチを渡しながら、プラチナは考えた。
 あれはさすがにバレてしまうんじゃないか。オールド・オスマンの思惑を知っている彼女としては、今の学院長の心労が推して知れた。

「つーかさ、アレに勝っちまうプラチナってどこの戦闘民族?」
「……は? 白銀と勝ったって、誰が?」
「いや、プラチナが白銀に勝ったって」
「違う違う、誰がそんな事を?」
「武だけど……あれ? 違うのか?」
「勝ててないって。一応引き分けだけど、あっちのほうがずっと潜在能力が高い」
「なんだ、勝ってないのか……って引き分けかよ! それでも十分凄いよ! この化け物ッ!」
「か弱いメイジを捕まえて化け物たあ、ご挨拶だな……っていうか、二人帰ってくるの遅いな」
「トイレじゃね?」





 発表を終え、休憩がてら散歩していた武とルイズだったが、それは壁の破砕音で中断された。
 三十メートルはあろうかというゴーレムが宝物庫を破壊し、立ち去ろうという段だった。
 彼等が接近までそれに気づかなかったのは不幸と言う他ない。風向き、日の向き、彼等の向いていた方向、全てがそのゴーレムの主に味方していたのだ。

「ちッ、見られたか。でも、目的は達した」

 わざわざ対応し、増援の機会を増やす訳にはいかない。
 宝物庫から出てきた盗賊、フーケは二人を見下ろしながらも、無視した。ゴーレムに撤退を命令する。

「おい、止めるべきじゃ――――」
「ファイアー・ボール!」

 武がルイズに意見を仰ぐより早く、ルイズの失敗魔法がゴーレムの腹の一部を吹き飛ばした。
 しかし、その威力はゴーレムの歩みを止めるには至らなかった。何事もなかったかのように、平然とゴーレムは塀を跨ぎ越えて姿を消した。

「あのゴーレム……もしかしてフーケ?」

 手も足も出なかったことを悔しがりながら呟くルイズを見てから、武はゴーレムが消えた方向を睨んだ。

「『土くれのフーケ』、って奴か。一体何を盗んだんだ?」
「分かる訳無いじゃない。でも、あの大盗賊のことだから相当の貴重品を盗んだはずよ。それより武、フーケの顔は見れた?」
「いや。フードを見ただけだ。多分女だろうが、顔まではさすがに。髪の毛は緑色だったか」
「……情報が少ないけど、仕方ないか。私フードしか見えなかったし……」

 とりあえず報告しましょう、とルイズが振り向くのと、先ほどの破砕音を聞きつけた衛兵が到着するのは同時だった。





 発表会は結果を待たずに終了した。
 その後、宝物庫内部の確認がされた。その時を同じくして、トリステイン王女は学園を後にした。





 明くる日の早朝、学院長室に教員全員と、目撃者のルイズと白銀が集められた。

 オールド・オスマンは無表情で顔をさすると、教員、そして目撃者二人の面々を見回した。

「……王女に警護が集中するタイミングを狙っての急襲とは、さすがに『土くれのフーケ』と言うところじゃろう」
「そうですね。しかも、まさかあの固定化がかかった壁を破壊するとは……」
「うむ、儂も正直、あの壁に甘えていた節があった。今回は儂が全面的に責を負うべきじゃな」

「さて。責任追及は後に会議へ回すとして……これは学院の信用を失墜させる重大な問題である。そのため、まずは学院が率先してこの問題を解決することになったのだが、この汚名を払拭せんと奮起する貴族は、おらぬかの?」

 ざわり、と教員がざわつく。しかし、いくら待っても、参加の意図を示す行動は見受けられなかった。
 教員は、メイジの手腕も名高い『土くれのフーケ』に恐れをなしていた。
 そもそも、ここにいる教員のほとんどは実戦を体験した事がない。気後れするのも当然ではあった。

「……仕方ないの。では、儂が」
「私が行きます!」

 自ら動こうとしたオールド・オスマンを遮って、ルイズが杖を高々と上げた。
 予想外の立候補にどよめく周囲。ルイズはそんな彼らに一瞥もくれなかった。

「ふむ。ミス・ヴァリエールは『土くれのフーケ』の目撃者じゃな。ならば、捜索にも都合が良かろう……おお、そうじゃ。肝心な事を忘れておった。ミス・ロングビル」
「はい。聞き込みをしたところ、ここから馬で四時間の場所にある森の廃屋に出入りする、怪しい人影を見かけたという情報を入手いたしました」

 言ってロングビルが出したのは、その目撃証言から彼女が描いた、フーケのイメージ画だった。

「……ああ、大体そんな感じです。っていうかロングビルさん、絵上手いッスね」

 ロングビルは、そんな感想を漏らした武に対し、笑みを浮かべるだけだった。

「しかし、彼等だけでは心許ないの。他に誰か、参加する者はおらぬか?」
「では、私が行きましょう」

 言ってロングビルは杖を掲げた。

「うむ。ミス・ロングビルはフーケと同じ土のメイジ、それもトライアングルじゃったな。土メイジの戦術に対抗するためのカードとなるか……元々、彼女らの案内を頼む予定じゃったが、うむ、改めてよろしく頼むぞ。他には……」

 ここでコルベールは杖を上げようとした。しかし、その腕が動かない。
 彼は非戦主義者であり、戦いが発生すると予想されるこの遠征に嫌悪を覚えてしまったのだ。

「……仕方ないの。では、儂が」
「お待ちくださいませ。ここで学院長が抜けてしまえば、我々だけでなく生徒にも動揺が広がってしまうでしょう。それは好ましくないはずでは?」

 二度も杖を退けられたオールド・オスマンは、苦笑しながらも賛同した。

「……ほほ。全く、儂は良い秘書を持ったものじゃな。では、儂は責任の追求を受けるとするかの。ミス・ヴァリエール」
「はい!」
「ここにいる腑抜け共の代わりに、友人を連れてはくれんか? そうじゃな、二人、三人程度が好ましいか」
「分かりました。では、早速募集させていただきます」
「うむ。人を揃え終わったらもう一度こちらに来るがよい」

 ルイズは恭しく一礼すると、きびきびした動きで部屋を後にした。

「……シロガネタケル、と言ったかの。彼女をよろしく頼んだぞ」

 武はオールド・オスマンに対し、歯をむき出しにして笑ってみせた。

「ええ。飯の分くらいはつきあってやりますよ」

 言ってオールド・オスマンに敬礼すると、ルイズを追いかけていった。

「これにてフーケ討伐についての会議は終了とする。なお、儂への責任追及は一時間後に執り行う。では、解散」

 オールド・オスマンの宣言に、周囲は疲れたようなため息をついて各々解散する。
 それを見届けたオールド・オスマンは、唯一残ったミス・ロングビルに対し、明後日の方向を向きながら、

「改めて言うことでないと思うが……皆をよろしく頼むぞ。お主も無事に帰ってくるように」

 と、しみじみとした口調で言った。





 勢い良く学院長室を飛び出したルイズだったが、彼女は人に借りを作れる性格をしていなかった。
 もとより友人の少ない彼女は、頼む相手の選択肢も限られたものだったのだが、それでも、彼女は誰にも依頼できずにいた。

「っていうわけで、適当に見繕ってくる」
「ちょっとタケル! 勝手な事しないで!」
「って言ってもなあ。お前の知り合いで強い奴っていったら、プラチナと……タバサくらいじゃないか」
「タバサが?」
「ああ。多分、アイツやり手だ。ってな訳で、ちょっくら頼んでくる」
「あ! 待ちなさいよ……ったく」

 話をしても埒が明かないと言わんばかりにルイズから逃げ出す武の背中を見て、ルイズは苦笑混じりのため息をついた。
 ――――まあ、ツェルプストーを挙げなかっただけ、良しとするわ。









----------
あとがき

 やっぱTS設定使うなら性に苦しむ表現がなきゃね!あんなこともあり、彼女のテンションはしばらくちょっと変になる予定です。べ、別に扱いきれてないとかそういうわけじゃないんだからねッ!

06/27 一部文言修正しました



[9779] 10
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/07/04 17:01
10


   ~前回までのあらすじ~

 ルイズという小柄なピンク髪に白銀武、プラチナというスレンダーな白髪に平賀才人が使い魔として召喚された。
 二人はハルケギニアとは違う世界から来た人間で、そんな二人に対してプラチナは、いつか元の世界へ送還すると宣言した。
 その後二人は、使い魔あるいは客人のように振舞いつつ過ごした。
 ギーシュという貴族と決闘をしたり、シエスタという平民を助けるべくモット伯を懲らしめたりというトラブルを起こしたが、彼等はそれなりに充足した生活を送っていた。
 召喚から二週間ほどが経過して行われた使い魔の品評会。その裏でフーケという盗賊が『破壊の杖』というマジックアイテムを奪った。目撃者のルイズは学院長オールド・オスマンから討伐の命を受ける。
 彼女の使い魔である武が、討伐に加わる仲間を募ったのだが――――





「私は、確かにプラチナとタバサを連れて来る、って聞いたわ。でもね」

 そこで一度台詞を区切り、ルイズは武の顔を睨んだ。武は何を怒っているのかまるで分かっていないような呑気な表情だった。

「でもね? 何でツェルプストーまで連れてきちゃってるのかしら?」
「それはあれよ。タバサを一人にさせられるわけないじゃない。ダーリンも手助けしたいし」

 それで理由が十分と言わんばかりの勢いでタバサを後ろから抱きしめるキュルケ。キュルケの豊満な胸がタバサの頭の上に乗っかるその様を見た才人の鼻の穴が広がったが、誰も気づかなかった。

「却下。乗員オーバーよ。馬を殺す気?」
「そ、そんなに私は重くないわよッ!」
「うっさいデカ乳! 今回はそのご自慢のお胸が不幸を呼んだわね!」
「だから大丈夫だって言ってるでしょ。仮に重量オーバーだとしても、貴女のその真ッ平らな胸で差っ引かれるわよ」
「何よッ! ケンカ売ってんの!?」
「最初に噛み付いてきたのはそっちのほうでしょ!?」

 いがみ合う二人。そんな様子を見て埒が明かないと判断したプラチナは、ぼうと立っていた才人へ向き、その肩を叩いた。

「……才人。悪いが留守番してくれ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 何で?」
「別に重量オーバーとかそういうことが言いたいんじゃない。これは実戦なんだ。分かるな?」
「分かんねーよ」
「才人、お前はここにいる全員のうち、誰か一人でも倒せる自信はあるか?」

 才人は少し戸惑い、ややあって、ルイズの名を出した。

「無理だな。彼女の唯一の武器は失敗魔法だが、あの力と連射速度は、場合によっては通常の攻撃魔法を上回る代物だ。それに、彼女はそれを生かすだけの気概がある」
「じゃあ、タバサは?」
「あの子は、見た目以上に強い。お前よりも」
「じゃ、じゃあ、キュルケは」
「才人。そこまで丁寧に説明する気は無いんだ。ここは諦めてくれ」
「でも!」
「……じゃあ言わせてもらう。お前のような未熟者がいたら、足手まといだ。居るだけ無駄だから、留守番をしていろ」
「そ、そんなこと――――」
「まだ分からないか? 最悪、お前のせいで、仲間が死ぬことになるかもしれないんだ」
「だけど」
「お前はワタシ達を殺したいのか?」

 いつしか、プラチナと才人とのやりとりを全員が見ていた。その顔はいずれも、言いすぎだろうという感想に歪んでいた。

「いくらなんでも言いすぎよプラチナ。彼にだって活躍できるところはあるわよ」
「プラチナ、お前は知らないだろうけど、才人は最近トレーニングしてるんだぞ。まだ筋は粗いし体力も揃ってないが、根性はなかなか」
「分かってるし、知ってる。最近コイツがワタシに隠れて努力しているのも見てた。だけど、それでもだ」

 プラチナは全員が作る雰囲気にも全く動じず、才人を睨み続けていた。

「……サイト、ご主人様の言う事は絶対よ。今回は諦めなさい」

 ルイズはプラチナを軽く睨んだ後、無表情にして言う。才人はそんなルイズを見て、心底残念そうに、落胆するかのようにうなずいた。

「行こうルイズ。あまり時間を作るとフーケが遠のく」

 そんな彼の様子を気にもかけないように、プラチナはその場を立ち去った。





「分かってる」

 置き去りにされた才人は、床を見つめながら、うわ言のように呟き始めた。

「俺は弱い。あの中では足手まといにしかならないって、最初から分かってたさ」

 それは、誰かに懺悔するような口調だった。
 彼の頭にあるのは、先程のプラチナの表情。どこかぎこちない怒り顔。怒る事が本意でないように、どこか目線は安定していなかった。
 本当に怒っていた訳ではないのだろう。彼女は恐らく、才人を心配する一心で、あえてあのような憎まれ口を叩いたのだ。
 そして、そういう心配のされ方は、彼にとって何よりも心苦しいものだった。

「俺だって……何とかしてみせなきゃ……」

 才人は顔を上げると、わき目も振らず走り出した。





 荷車を改装したようなオープンな馬車に揺られつつ、ルイズ達は暇つぶしの方法を考えあぐねていた。
 というのも、目撃地点が馬車で四時間の範囲なのである。作戦会議はほどほどに……というより、フーケの出方が分からない以上、状況を見て適量作戦を練っていくという場当たり的な方針となっていた。

 そんな暇そうにしていた面々の中で、プラチナは才人のことを考えていた。
 十中八九、彼はプラチナの言い付けを破ってやってくるだろう。
 彼女は最初、彼を連れて行こうと思っていた。それは、恐らく暴走してしまうだろう彼の手綱を握るためであった。
 しかし今回はあえてそれを止め、むしろ彼を追い立てるような形にした。
 それは彼に、自分勝手な行動がどのような評価に繋がるかという学習をさせるためであり、今の彼のフラストレーションを計るためでもあった。
 仮にフーケが凶暴な犯罪者ならば、戦闘など危険な状況になる前に彼を発見したかった。そのため、彼女は何気なさげなふうを装いつつ、風の魔法で聴覚を強化、捜査し続けていた。

「蒸し返すようで悪いけど。プラチナ、さっきのは言いすぎだと思うぞ」

 そんな彼女に、武が悪びれた様子なしに言う。

「何だ、お前はワタシに賛同してくれると思ってたんだけどな」

 対してプラチナは、そんなことお構いなしという態度だった。

「いや、別に言いたいことは分からんでもないけどなあ……ありゃ、来るぞ?」
「まさか。アイツはそこまで聞き分けよくはないさ」
「いいや、アイツは着いて来かねん……ん?」
「どうした白銀、何かあったのか?」
「いや……お前それ、何か変じゃないか?」
「どれだ」

 身を乗り出して辺りをうかがうふりをするプラチナだったが、もちろん何もなかった。

「異常はないようだな。警戒するのは良いことだが、あまりそう気を詰めてると肝心な時に力が出せないぞ?」
「そういう事が言いたいんじゃなくてだな……いや、いい」

 難解な問題集を投げ出すような勢いで武は馬車に寝転がった。そこで、杖を眺めていたルイズと目が合う。

「……そういやあさ、何でフーケは盗賊なんてやってるんだ?」
「いきなり何言ってんの武。盗賊が盗賊する理由なんて、お金が欲しいからに決まってるじゃない」
「いや、フーケって貴族なんだよな。そんなにお金必要なのかなって」
「借金で首が回らない貴族かもしれないわよダーリン。でも、貴族じゃないんじゃないかしら?」
「そうですね。メイジは必ずしも貴族という訳ではありません」

 手綱を握りながら、ロングビルが話に割り込む。

「様々な事情で、貴族から平民になった者も多いのです。その中には身をやつして傭兵になったり、犯罪者になったりする者もおります」
「へえ……」

 武が、なるほどな、というように納得する。

「そういえば聞いた話なんだけど。フーケって、平民の間では義賊、とも言われてるんだ」
「義賊? 何で?」
「例えば、悪政を敷いてる貴族に集中して盗む。または、たんまり溜め込んでる貴族のそれを盗む。でも、決して平民からは盗まない。で、盗まれた事で、この前平民にとって良いことがあったらしいんだ」





 武は、聞いた話を思い出しながらゆっくりと語りだした。

 五ヶ月ほど前、雪が大いに降る頃だった。
 ルドンという貴族の家がいた。ここをフーケが襲撃した。

 まず、ルドン家について説明しなければならない。
 ルドンは、小さいながらも領土を持つバロン――男爵位を持つ家だった。ここの領主だったアルマールは典型的な放任放蕩貴族でろくな政策を行わなかったため、市は枯れ、土地は荒れ果て、犯罪は横行。人々はその中で寒い生活を余儀なくされていた。
 要するに、駄目貴族もいいところだ。

 ルドン邸が家宝としていた、『豊穣の土』。これは、この土に種を植えればどのような悪条件でも立派に成長するというマジックアイテムで、全て売れば平民ならば一生遊んで暮らせるほどの価値をもったものだった。

 それをフーケは奪取した。ここまではよくあるフーケの話だ。

 しかし、この話には二つの後日談がある。

 当時のルドン家では、その宝を巡って後継争いが起こっていた。そこへフーケが軽やかに宝を奪取。フーケに奪われたと信じなかった後継者達は互いに殺し合ってしまったのだ。
 これによりルドン家は滅亡、程なく新しい貴族がその土地を管理する事になった。
 その貴族が、その隣の地区を管轄していたナデルマン家の、才気溢れる次男。彼は元ルドン領の惨状を見て驚き嘆き、街道の雪を溶かすほどの怒涛の改革を行った。
 結果、なんと彼は三ヶ月ほどで周囲の領土と遜色のない環境へ戻す事に成功したのだった。
 領民はその新しく若い貴族を歓迎すると共に、そのきっかけを作ったフーケに感謝したわけだ。

 ……フーケが感謝される理由はこれだけではない。
 それは、彼女にしては珍しいミスによるものだ。
 実は、盗み出された『豊穣の土』は一つではなかった。三つの袋に分割されて入っていた。
 一つ一つが二十リーブル(約百キログラム)もあるそれを、ゴーレムを使って運んだらしいが、さすがに嵩張りすぎたのか、そのうちの二つ分の中身をそこら中に撒き散らしていったのだ。
 これをナデルマンが回収し的確に使用したことで、土壌が大いに改善されたのだ。

 このため、フーケは新ナデルマン領民に感謝される事となった。
 中には、フーケは我々のために『豊穣の土』を落としていったのではないか。そう噂する者もあった。





「ってな訳だ。まあ、さすがに偶然だとは思うけど、いい話だろ」
「そうね。色々な意味でざまあみろって感じね」
「ナデルマン……聞いた事ないけど、いい男ね。ダーリンほどじゃないにしても」
「感心するトコそこか? いや、ある意味正しいけど。つーか白銀をダーリン言うの止めとけば?」
「何? 貴女白銀に興味あったの? てっきり女に興味あるかと思ってたわ」
「……いや、白銀が迷惑そうにしてたから、ついな」
「あれ? ところで今回、何盗まれたんだっけ?」
「馬鹿、『破壊の杖』よ。詳しい事は分からないけど、筒状の杖らしいわよ。価値も知らないけど、名前からして相当強力なマジックアイテムだと思うわ」
「『破壊の杖』、か。似たものに『破壊の珠』ってのがあったと思うけど」
「何それ」
「ああ、爆弾の強烈な奴らしい。投げたらちゅどーんってな」
「ダイナマイトみたいなものか?」
「なんなの、そのダイなんとかって?」
「ああ。ニトログリセリンっていう特殊な火薬を詰めた爆弾だ。昔ながらの黒色火薬とは段違いの破壊力がある。これも下手したらちゅどーんってな」
「ごめん、アンタが何言ってんのか分かんない」
「聞いた話だと、化学反応を生かしたものじゃないらしい。何でも、周囲の魔法の力……マナを吸収してそれを爆発力にするって話だ。お値段は付けられてないな、そもそも爆発するかどうか分からんらしい」
「どうして? 値段がつけられてないっていうのは、レアだからっていうことで分かるけど、爆発しないっていうのは」
「だって爆発したら『破壊の珠』も壊れるじゃないか。試す事もできないし、仮に試すにしても、ずっと昔からあるマジックアイテムだから、どれだけ力を溜め込んでるか分かったモンじゃないってのが理由だな。実際、爆発するって説明しているのは伝承だけだ」
「まさか、G弾じゃねえよな……」
「ジーダン? 誰よそれ」
「人じゃない、っていうか、何でもない。忘れてくれ」
「ジーダン?」
「おわッ!? って、タバサか。ああ、G弾っていうのは、G元素っていう奴を使ったヤバイ爆弾で……ええと、駄目だ、威力の対比が思いつかねえ」
「何でタバサの質問には答えるのよ馬鹿ッ!」
「痛ぇ! だってしょうがねえだろ、二回も突っ込まれたら!」
「でも、威力の対比が思いつかないってどういうことかしら?」
「大方、無学なのよ」
「ち、違う! いや、この世界について詳しくないから無学っちゃあ無学なんだけど。なんていうか、強すぎるんだよ」
「詳しく聞かせて」
「その、な。多分ここの首都くらいの大きさなら包むくらいにでっかくて黒くて強い爆発を起こす爆弾だ。なんでも、その爆発の範囲にあるものは地上地下問わず粉みじんになるらしい。その後は重力異常っていう地殻汚染が残る。これはずっと、その土地に草一本も生やさないような代物だ」
「……怖い」
「っていうかワケ分かんないわよ! 何よそれ! そっちの世界じゃそういうのが普通にあるの!? っていうか何トリステインを爆破してんのよ!」
「い、いや! 例えに深い意味は無いぞッ! ……オレの世界じゃ、そういう爆弾が必要な局面もあるんだ」
「よく分からないけど、凄いわね、ダーリンのとこの人間って」

 などと、フーケの話が呼び水となって話が発展していたのだが、ロングビルは頭痛に苛まされていたために全く耳に入らなかった。

 ――――人がせっかく忘れようとしていた失敗を~~~ッ!!!




「そろそろ着きますので、お静かになさるのがよろしいかと」

 いくらか憔悴した様子のロングビルが振り返りながら言った。
 突然やつれてしまった彼女に対し、四人は心配を隠さない。

「……やっぱり、ミス・ロングビル疲れているわね」
「だな。ロングビルさん、オレ達だけで捜索に向かいますので、貴女はそこで休んでてください」
「い、いえ。大丈夫です。せめて周囲の監視をさせてください」

 大丈夫だ、と言うように力強く馬車から降りるロングビル。

「……やっぱり疲れてるわね……」
「疲れていませんよ。ほら、行動には支障を来たしていないでしょう?」
「いや、疲れてるな。あのですねミス。まだ、目的地からずいぶん遠そうなんですが」
「っていうかこれ、馬迷走するよな。ルイズ、あとは頼む」
「仕方ないわね。っていうか最近『仕方ない』が口癖になってないかしら私」
「す、すみませんッ!」





 小屋の外に二人、中に三人のチームを組み、行動を起こした。
 ロングビルは、森の中を散策。万が一の時には駆けつけるということになった。

 プラチナと武、タバサは小屋に入った。
 数ヶ月以上使われていないようで、内部には厚い埃の層が覆っていた。
 中を動くことでその埃が舞う。黴臭さも含むその空気に、一行は思わず息を潜めた。

「フーケが根城にしているってワケじゃないらしいな」
「だな。ところで、プラチナは具合は大丈夫なのか?」
「ん。少しだるいが、それ向けの薬、っていうかハーブティーも飲んだし概ね大丈夫」
「……本当に大丈夫なのか?」
「心配ご無用、駄目だと思ってたら最初から参加しなかったさ」

 というのは詭弁である。
 具合がもう少し悪くとも、この作戦には参加しただろう。
 この中でルイズを心配しているのは、白銀を置いては自分が一番なのだ。
 それに、と、プラチナは心の中で笑う。いや、実際にも顔に出ていた。

「何だよその怖い笑い顔。それにしても、どうしてフーケはこんな場所に潜伏したんだろうな」
「休憩なんじゃないか? まあ、さすがに手がかりはないとは思うが……どうしたタバサ」
「これ」

 タバサが部屋の隅から箱を持ってきた。埃まみれの部屋にあって、それは真新しさがあった。
 
 箱の中には、鈍い緑色の筒。タバサには望遠鏡のように見えた。

「これは……バズーカ、か?」
「白銀、知ってるのか」
「ちょっと待ってくれ。触ったら分かるかも」

 言って武はそれを手に取る。

「……M72A2? ……ロケットランチャーだな。対戦車用の……いや、違うな、これ、特別製? 炸裂弾が入って……つーか」

 武は一度そのロケットランチャーを展開して、もう一度戻す。

「何でこの世界にこんなのがあるんだ?」
「……それはおいおい、学院長にでも聞いてみよう。とにかく、それは」
「話に聞いた『破壊の杖』の特徴と一致する」
「だな。何でこんなところに無造作に置いたのか分からんが、とりあえず持ち帰――――伏せろッ!!」

 異常に気づいたプラチナが、同じく気づいたタバサの頭を抑えて伏せる。武も、理由が分からないながらも怖気を感じ、慌てて伏せた。
 武が床に手をつけるのと、小屋の屋根が吹き飛ぶのは同時だった。
 撒き散らされる天井だったもの。爆風で飛んでいく調度品。薄暗かった小屋の中に、かつてないほどの日光が降り注ぐ。

「って、ゴーレム! フーケか!」

 既にキュルケが火の魔法で対応していたが、まるで効く様子がない。ルイズの失敗魔法は虚空で弾けるのみだった。
 首と胴体がつながったような鈍重な印象のゴーレムは、回り込まれるのを恐れたのか、後退を始めた。
 動きそのものは鈍重に見えるが、それは巨大な体躯のせいである。実際の運動性は非常に高い。

「ウインディ・アイシクル」

 タバサが崩れた壁を踏み越えながら魔法を発射する。人の大きさ程もある氷柱がゴーレムの頭部を抉り飛ばすが、すぐさま再生した。

「しぶとい」
「破壊しつくさないとダメなのか?」
「くそッ……! デルフ行くぞ! プラチナは『破壊の杖』を頼む!」
「あいよ相棒ッ!」
「――了解ッ!」

 武がデルフリンガーを引き抜き躍り出る。プラチナは杖を持ってその後を追いかけた。
 ゴーレムは全員の立ち位置を確認するかのように体をゆっくりと起こすと、ルイズに巨木のような腕を振り下ろした。

「させるかッ!」

 ガンダールヴの力を使い、人外の速度でルイズへ詰め寄り救出。ゴーレムの腕が地面と激突し、周囲に爆発のような土煙が舞った。

「怪我は無いか?」
「う、うん……って、離しなさいよッ!」

 ルイズを抱え込んだ武の右手は、ルイズの無念な胸を押さえていた。叩かれた武はそれを気にしない振りをしつつ、剣をゴーレムへ向けた。

「ルイズ、オレがアイツを足止めしている間に、逃げ」
「ファイアー・ボールッ!」

 武の台詞が終わる直前、ルイズの失敗魔法がゴーレムの手を吹き飛ばした。

「逃げないわよ」

 武を怯ませるほどの力強い瞳で、ルイズが宣言した。
 その顔に反しては体が小刻みに震えていた。だが、これが超えなければいけない壁と言わんばかりに、ルイズはゴーレムに失敗魔法を連打する。
 砕け散るゴーレムの破片。ダメージの蓄積に、巨大なその体躯が片膝をついた。

「私は、逃げない。貴族は敵に背中を見せないものなんだから」
「全く、オレのご主人様はめんどくさい――――でも、嫌いじゃないぜ?」
「嫌いか好きかどうでもいいけど、私を援護しなさいよ。アンタは私の使い魔なんだから」

 そんなルイズに、武はデルフリンガーを構えなおしつつ、言った。

「よっし、じゃあオレは前衛を務める。ルイズは後ろから魔法をぶちかませッ!」





 驚異的な復元力で形を戻し立ち上がるゴーレムの両脚を、すれ違いざまに切り崩す。
 そして、停止したゴーレムの背に飛び乗り、デルフリンガーを突き立てながら頭まで駆け抜ける。

「ルイズ!」

 白銀の合図に、間髪居れずに爆発がゴーレムの肩を襲う。肩を半分ほど砕かれたゴーレムはバランスを崩し、横に倒れ沈み込んだ。

 武の着地地点に居合わせた武に、プラチナが感心する。

「……たいしたコンビネーションだな」
「でも、攻撃力が足りねえな。つーか何だよあの回復力は」
「加勢したいところだが、『破壊の杖』が邪魔で刀が使いづらいな。どこかに置こうにも、状況がな」
「才人がいれば持って貰えたのにな」

 プラチナはふと横を向き、その先を見つめた。しかしすぐにゴーレムへと向き直る。

「……一般人に矢庭立たせてたまるか」

 プラチナは杖を取り出すとウインド・ブレイクをゴーレムに叩き付けた。立ち上がろうとしたゴーレムは不意を突かれる形となって、仰向けに倒れこんだ。

「何かこう、強力な魔法無いのか? こう、ドカーンって」
「風と土のラインにムチャ言うな。今のが精々だよ」
「……嘘じゃね?」

 誤魔化すように、プラチナは再度同じ魔法でゴーレムを押さえつける。その間にも、ゴーレムは着々と体を復元させていく。

「私も加勢するわ。ファイアー・ボール!」

 ウインド・ブレイクに混ざったキュルケのファイアー・ボールが、まるで竜巻のようにゴーレムを包む。しかし、ゴーレムは全く怯むことなく体を再生し続ける。

「オイオイッ! だから何なんだよその回復力はッ!?」
「……武、ここは任せた」

 プラチナは杖をしまうと、刀の根元はばきを鞘から抜きつつ前に出た。

「おい、どうするつもりだ?」
「フーケを直接叩く。ゴーレムを動かす以上、術者は近くにいる必要がある。それを叩けばゴーレムも無力化するはずだ」

 プラチナは『破壊の杖』をキュルケに投げるとゴーレムに向かい、腰に佩いていた刀で居合い斬り、返す刃でさらに破砕した。腕を薙がれたゴーレムはバランスを崩し、やや浮いた背中を再度地面に叩き付けた。
 そんなゴーレムに彼女は一瞥もくれず、森の中へと姿を消した。

「ちょ、ちょっとプラチナッ!?」
「フーケを直接叩きに行ったんだ。オレ達はコイツをぶっ壊すぞ!」
「え? ええ、そうねダーリン!」

 プラチナに代わりウインド・ブレイクを使っていたタバサも、その話を聞いてうなずいた。





 ゴーレムが封殺されている様子を遠くから見ていたフーケは、整えられていた指の爪を噛んだ。
 パキッ、という乾いた音が森に響く。音が鳴った親指の爪には亀裂が走っていた。

「痛ッ……まさか、ここまでやるなんてね。念のためにこれを持ってきたけど、使う事になるなんて思わなかったわ」

 割れた爪を忌々しげに見つめてから、フーケは背にある大きな黒い塊を見やった。

 全長は二メートルほどだろうか。犬と蝙蝠が組み合わさったような黒い石像が五体、主人を待つ忠犬のように座っていた。

 彼女は液体の入った瓶を懐から取り出すと、それを石像に振り撒いた。
 その赤い液体は石像に、スポンジのように吸収された。ややあって、石像は瞳を光らせながらその身を浮かばせた。

「お前達……お前とお前以外はゴーレムに加勢して、牽制しなさい。残りは、こっちに向かってきている娘をあしらいなさい」

 言ってフーケは木に飛び乗り身を隠す。

「……これも、あの子のためよ」

 その場を立ち去った時に呟いたその台詞は、誰に対して言ったのか。





 キュルケとタバサの合体魔法も、ゴーレムを倒すには至らなかった。
 炎に包まれ体を黒くしながらも立ち上がると、単身になっていたルイズに向き直った。

「くそ……ッ!」

 させまいと武はデルフを振るい、その腕を弾いた。

「あちぃ! おい相棒ヤベエぞ!? ゴーレムメッチャ熱い! 熱で脆くなってるが、攻撃する時は破片に気をつけてくれ!」
「了解あちぃ!」
「何やってんのよ武!」
「漫才は時と場所を選びなさいよ! ダーリン、この破壊の杖使わない!?」
「駄目だッ! それは一回しか使えない使い捨てだ、使うわけにはいかない!」
「そ、そうなの!? 分かったわ、この杖は私が持っておくわ――」
「ジャベリン」

 タバサの放った巨大な氷の槍がゴーレムの脳天に突き刺さる。脆くなったゴーレムは顔面にヒビを走らせるが、何事も無かったかのように武達を薙ぎ払う。
 武はルイズを抱えてバックステップでそれを避ける。しかし熱風の直撃を受け、武は顔をひりつかせた。

「フレイム・ボール!」

 ファイアー・ボールより巨大な炎の塊がゴーレムを直撃する。熱で一部を赤く光らせながらも、しかし、その動きは止まらない。

「くそッ――――そうだタバサッ! 氷の魔法でコイツをガッツリ冷やせッ!」
「分かった」
「ルイズ! タバサの後に、とにかく強力な魔法を失敗させろッ! いいか、全力でだッ!」
「え? えーと! 分かった!」
「アイス・ストーム」

 タバサの魔法が発動し、氷の群れがゴーレムを余すところ無く包み込んだ。
 急激な温度差により、ゴーレムの体から食器を磨り潰すような耳障りな音が鳴り響く。俗に言う、熱割れである。
 それがゴーレムに損壊を与えたのか、ゴーレムの動きが極端に鈍る。

「カッター・トルネードおおおッ!!」

 そこに、まるで太陽を召喚したかのような『失敗魔法』が咲いた。







---------
あとがき

 ちょっとオリジナル話を入れてしまいました。ナデルマンさんとか今後出る予定はありません。誰だ。
 書き終わってから思ったんですが、破壊の珠って、これじゃあまるで黒の核じゃないか……

 今作、原作キャラクターの行動や設定をおおいに変える予定なのです。その影響が特に強かった今回は特に何回も手直しましたが、果たしてこれが二次創作として正しいのかどうか。
 『原作にはない展開、設定を起こすのが二次創作である』、または『チラ裏だからいいんだよ!』などと思い込んでも良いのでしょうか? 二次創作はこれが初めてなので本当に加減がつかめないのですよ。



[9779] 11
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/07/12 22:01
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 ゴーレムが小屋を襲う少し前のこと。

 眼下の家屋が米粒に見えるような位置を飛んでいるのは、タバサの使い魔、シルフィードだった。
 彼女は有事の際すぐに駆けつけることができるよう、高所を飛んで待機していた。

 そんな彼女の背には、人間以下、多くの生き物がたむろしていた。

「おねえさまには来るよう言われてたし、わざわざかんしゃする必要はないのね!」
「それでも、ありがとう。重いだろ?」
「シルフィは頼れる女なのよ!」

 ぎゅい、と力強く鳴くシルフィード。

「(でもサイト。僕がこんなところに居ても意味が無いんじゃないかな?)」

 才人の傍らで伏せていたモグラが、そんなことを言う。それに対し、才人は分かってる、とうなずいて、

「今後の作戦だ。この後全員が地面に降りる。その後は散開してフーケ……ええっと、なんか怪しい女を捜索、発見したら俺のところまで来てくれ。絶対に無理はしないこと。指笛が鳴ったら集合して、その時に出す命令に従ってくれ」
「(分かったぜ)」

 そう言うと、人間の倍はある体を持つ赤いトカゲが火を噴きながら答えた。

「ん、馬車止まったな。やたら木が多い……もう一度言うが、合図はちゃんと確認してくれ。ってな訳で作戦開始だ。シルフィ、頼む」
「分かったのね!」

 シルフィードは竜らしく勇ましい声を上げると、その高度を下げていった。





 丸いフクロウが森の中をふらふらとさ迷っていると、フードを被った怪しい女を見つけた。
 苛立たしげに手を口にやりながら、はるか前方、ゴーレムが暴れている方向を睨みつけていた。
 その後ろには、何か岩のようなものが見えた。しかし、夜行性のフクロウであるクヴァーシルには、光の中にあったそれのディティールがよく分からなかった。

「(とりあえず、怪しいかなあ。サイト君に教えておこうかな)」

 クヴァーシルはそう判断すると、昼の光にやられて機能低下した目を必死に細ませながら森の中を迷走していった。
 この後の彼に不幸が訪れようとは、誰も知る由がなかった。





     *****

 耳を澄ませる。

 森の中は、気をつけていれば多くの動物達で賑わっていることに気づくだろう。だが、それらはある種のパターンを持って調和しているために、騒音とは思わないのだ。
 こんな環境の中にあっては、特に人間は異常な音を出す。そのため、ある程度ならどこに人が居るのか分かるのだが――――

 ……いつもなら分かるとは思うのだが、どうもこの森はおかしい。
 野生の動物でない何かが、多く紛れている気がする。そのため、フーケの雰囲気を読み取りづらい。
 いや、人と思しき気配を見つけたには見つけたのだが、一人だけだ。これはロングビルだと思う。

 一度、彼女にも連絡を取るべきだろう。
 そう思って気配の方向に向かったところで、背筋に怖気が走る。
 本能に任せて横に大きく跳ぶ。間髪入れずのタイミングで、今まで居た地点の近くを赤い光線が走り抜ける。その後は、考えるのが恐ろしいほどに深い深い溝ができていた。

「気配なんて無かったんだがな……」

 見ると、二メートル近い、黒い獣の石像が、音もなく宙に浮いていた。
 あれはガーゴイルか? にしても異様だが。





 なにはともあれ、敵とみなす。
 腰の刀を引き抜き、一気に肉薄する。
 見たところ、そのガーゴイルは四肢を動かす機能が無い。接近戦は不得手と見て一撃必殺を狙った。

 生き物ならば必殺、会心の袈裟斬りが直撃した。
 が、鋼程度なら切り裂くだろうその一撃は、ガーゴイルに浅い傷をつけるに留まった。
 反動で、右腕の感覚が鈍くなる。

「くそッ、あるとは思ってたけど硬化か! さすがにこの刀じゃ――――」

 台詞を言い終わる前に、ガーゴイルの目が光る。慌てて転がるワタシの後を、どう見ても体に悪そうな赤いレーザーが追いかけた。

「シャレなんねえええええッ!!」

 途中で体を起こして身を隠す。しかし、その拠り代にしていた大木は、その役目をたやすく放棄した。

「お前ドコ製だよッ!? ママは珪素生命体ですか!?」

 回避するほか無い。というより、止まると切れる。いつのまにか追いかけるレーザーが二対になってるし。
 って、ガーゴイル増えてるじゃねえか! フーケ恐るべしッ!

「感心してる場合じゃあないな、どうにかせんと」

 必死に逃げながら、同じく必死に策を練る。
 ガーゴイルの解析をしている暇はない。現状で分かることから考えよう……
 まず、あのレーザーは連続照射時間が多い。仮に一体がレーザーを停止してももう一体がフォローできるだろう。
 その上、レーザーそのものが一撃必殺級だ。照準が甘い上に体を動かさなければ照準が変えられないようだが、旋回性能が高いためデメリットにはなっていない。攻撃力の方は見ての通り、ワタシなぞ豆腐のように真っ二つになるだろう。
 そして、現状で通用するのは恐らくこの刀のみ。ただし、破壊するには何度も斬り付ける必要がある。この刀に魔法による増強を行わなかったことが悔やまれる。
 なお、下手に魔法を、特に風の魔法を使えば、発射されるレーザーがどこに向かうか分からないので却下。
 一か八か、ルイズと同じような失敗魔法をブチ当てて一気に破壊するか。

 と思っていたら、いつのまにかレーザーが一対になっていることに気づく。
 一体が相方のレーザーを食らって、真っ二つになっていた。

「……頭が悪いのが弱点か。っていうかあの防御を貫くか? マジでオーバーテクノロジーだな」

 幾分楽になった状況に笑いながら、ワタシはもう一度石像に斬りつけた。





 遠くで凄まじい爆発音が響いた。
 例の兵器か、ルイズの失敗魔法か、または誰かの秘蔵技か。
 しばらく耳を澄ませたが、戦闘の音は聞こえない。あちらは片がついてしまったようだ。
 となればフーケは次の行動に移るだろう。あまりうかうかしてはいられない。

 対峙したガーゴイルは、思った以上に頑丈だった。
 幸い中身は普通の石だったので、切り口から突き込むことで致命傷を与える事ができた……とはいかず、何度突き込んでもガーゴイルは動きを止めない。
 どこかにコアがあるはずだが、どこにあるか見当が付かない。もう一体は胴を切られた段階で停止しているが、そこにコアがあったのかもしれない。
 唯一の攻撃手段が搭載されている頭部は間違いなく弱点である。だが、射線が近い上に旋回速度がとてつもないため、狙うのはかなり難しい。

 ワタシは仕方なく、懐の杖に手を伸ばした。

「さて、ミスったら吹っ飛ぶ訳だが――――」





     *****

 うおっまぶしっ! ……なんてネタをマジで言っちまったワケだけど、さもありなんって奴だろこれは。

 爆発の光で麻痺った目をこすって見れば、さっきまであったゴーレムが半分以上消し飛んで、残りは瓦礫になっていた。破片どこ行った?
 熱割れを狙ったっぽいけど、こりゃルイズのアレだけで十分だったんじゃないかな?

 ……同じような魔法を食らった俺としては、今の生に感謝するしかねえ。

「……ちょっと、失敗したみたいね」

 爆発に驚きながらルイズがおどけていた。他の三人と俺は呆然と結果を眺めていた。

「ルイズ、いつのまにそんな魔法覚えてたのよ」
「だから失敗だって、ただの失敗魔法」

 確かにあの爆発は失敗魔法と同じ光だったけど、いくらなんでも規模がダンチだ。
 アレを失敗と言い張るとか、冗談にしても怖いって。

「例えそれが失敗魔法だとしても、使いようってな。ルイズ、お手柄だ」
「……ありがと」

 ルイズが顔を赤くしながら武に感謝した。ツンデレ、なのかなあ?

「とにかく、ゴーレムはこれで倒せたな……才人、いるんだろ?」
「って、ばれてら」

 何でか武が俺に気づいてた。あれか、武術の達人だからか。
 仕方ないので、隠れてた小屋の残骸から出てみる。

「アンタ、プラチナに置いてかれたんじゃないの?」
「うん。でもさ、俺だって何かできるだろってことで、ほら」

 背中を見張らせてた一つ目のちっさなバケモン……なんか死の宣告できそうな使い魔を見せた。

「色々使い魔借りてきた。今、フーケを探させてる」
「よく連れてこれたな」
「ちょっと待って、まさか私のフレイムも!?」
「ごめん、連れてきた」
「もう……! なんてことを……」

 さすがのキュルケも呆れ顔だった。
 俺だって良心咎めなかったわけじゃないけどさ。

「フレイムったら……連絡の一つくらいしてくれたらいいのに。全く、主人をないがしろにするなんてイケナイ子ね!」
「シルフィ、あとでお仕置き」

 怒るのそっちかよ。
 タバサも珍しく、眉をVの字にする。
 ごめん、シルフィ。無理言った俺が悪いんだ。

「怒るなら俺だけにしてくれ! 皆は悪くない!」
「別に怒る気は無いわよ。他の主人には了承取ったんでしょ?」
「……してない」
「あら呆れた。プラチナみたいな事言うけど、もしかしたら貴方、人の使い魔を殺すことになってたかもしれないのよ? そしたら貴方、責任は取れるの?」

 ――――取れない。
 使い魔本人の了承を得たからと言って、許される事じゃないと俺だって思う。
 だけど、これが俺の唯一の武器だってんなら、使うしかないじゃないか。

「ま、まあいいじゃねえか、今のところ問題なかったみたいだしよ。で、才人、何匹連れてきたんだ?」

 みんな黙ってる状況が気まずかったのか、少し慌てた感じで武が聞いてきた。

「……シルフィ入れて六匹。うち四匹が森に入ってる。シルフィは上に待機してて、残りの一体はコイツ」

 ぎしぎしと、ロープが軋むような鳴き声を出す一つ目。
 ちなみにコイツは、こんなナリだけど優しいし、気が利く奴だ。

「今プラチナが森に入ったところだ。一端集合したい。集めてくれないか?」
「そうね。できればミス・ロングビルとプラチナも呼び戻したいけど……」
「ごめん、集合は取れるけど、二人を呼ぶようには言ってないからダメだ」
「ちょっと待ってて」

 キュルケは懐から紙を取り出すと、その表面を薄く焦がした。その焦げは文章になっていた。

「これで、もしフレイムがプラチナを見つけてたら一緒に来るわ。サイト、他の使い魔を呼びなさいな」

 確か、視覚の共有だったか。それを使って命令したのか……って、使い魔って文字読めるのか?
 そんなことを思いつつ、俺は指笛を力いっぱい吹いた。

 力みすぎて失敗した。こりゃ恥ずい。





     *****

 結論から言えば、やはり吹き飛んだ。



 
 ガーゴイルは、こちらが動かなければ積極的に攻撃はしてこなかった。
 どうやら、牽制を狙っているようだ――人間と違って表情なぞないから、本当の話は分からないが。
 時折やってくるビームを回避しつつ、魔法のイメージを手早く構築していく。

 例の粒子を、固めずそのまま集めるイメージだ。
 要旨はその集める量。少しでも量を多くしてしまえば、その攻撃力は跳ね上がってしまう。
 あわせて、風の力に属する、斥力を生む粒子も形成しておく。
 こちらは、その力を爆発の周囲に展開することで、爆発を範囲内に封じ込めることができるように。

 数秒でイメージは固まった。後はこれをあのガーゴイルにぶつけるのみ。

 一度その場から退避する。ガーゴイルは追随するが移動速度そのものは鈍いため、間合いは順調に離れていく。
 約二十メートル。ここまでくれば十分だが――――

 そう思ったところで、ガーゴイルが急回転。慌ててしゃがむと、木の幹が数本降って来た。
 ガーゴイルの光線が、木を切り払ったのだ。
 見れば、周囲の木のほとんどに横線が入っている。いずれも、衝撃を加えれば倒れてしまうだろう。

 ともあれ、とっさに前方へ避ける。だが、木に意識を取られていた間、ガーゴイルはその身を隠してしまっていた。
 周囲を見渡すが、木々に隠れているのか見当がつかない。あのガーゴイルは浮いている上に音も出さないため、一度見失うと発見するのは難しい。

 そうこうしていくうちに、頭の中のイメージが急速に冷えていく。こういうこともあろうかと強めにイメージしていたのだが、その余裕すらなくなりそうだった。
 別に、また発見した時にもう一度練り直しても良かったのだが、それはそれで面倒だ。練っている間は、やはり他の行動がおろそかになる。

 と、そこでガーゴイルを見つけた。約十メートルと少しだろうか、そこを滑るように移動していた。
 アイツもこちらに気づいたのか、急旋回する。そして、その目がこちらに向いた瞬間――――

「吹っ飛べッ!!」

 とっさに、光景のイメージで補強した魔法を発動させてしまった。





 ――結果、ワタシは青臭い緑の中に埋もれることになった。木の枝が体のところどころにめり込んで、少し痛い。
 修行が足りないなあ。イメージが甘いと、こんな具合にどのような結果になるか分かったものじゃない。

 ガーゴイルそのものは破壊できた。だが、魔法そのものは暴発、と言って良い。
 ワタシがやったのは、『失敗魔法』を調節したもの。それをあえてイメージし、安定性を高めたものだった。
 正確に放つことができれば、その爆発は限定された空間のみに作用して対象を破壊しつくす。爆風も極限まで抑えられる。単体破壊に特化した魔法なのだ。
 が、本物の失敗になってしまったので、周囲はまるで小型の隕石が落ちたかのような有様になっていた。
 ガーゴイルのレーザーを受けてバランスのみでその形を保っていた木々は、ことごとくなぎ倒されていた。真っ先に吹き飛んで倒れこんだ私は、そんな木々に覆われる形となった。幹が直撃しなくて本当に良かった。

 ……普段のワタシの善行が生んだ奇跡だなッ!

 と、頭の中で冗談を言いつつ起き上がる。
 服はともかく、マントは吹っ飛んだ途中で何かに引っかかったからかズタ布になっていた。
 ありがとう、背中の平和を守っていた君の事は忘れない……と言いたいけど、髪の毛は守ってくれなかったから忘れた。後ろ髪を掴んで見てみると、白銀に切りそろえられた髪がボロボロになっている。
 ってな訳でさよーなら。はいスッキリした。ぶっちゃけ邪魔なんだよなあ、マント。





 森の中にあった気配を辿る。
 辿りながら、嫌な予感が頭をよぎった。

 ――――フーケは、あの小屋の近くにいるはずなのだ。
 そして、隠れるとすれば、この森が絶好。だのに、この森には人の気配が一つしかない。
 これはどういうことか。
 森に隠れていなければ、この気配はロングビルのもの。
 だが、この森にフーケが隠れていたら?
 そう考えると、この森に、気配は二つあるべきなのだ。
 それが一つしかない。なら、やはりフーケは森の外か。
 しかし……
 あれほど派手な戦闘が行われたのに、ロングビルが小屋の近くに戻らないのはおかしい。責任感の強そうな彼女としては、考えにくい。
 ということは――――この、風に僅かに混ざる血の匂いは――――

 ――――考えるのをやめる。
 どうせ、着けば分かることだ。暗い予想に気力を奪われては敵わない。





 果たして、その気配はローブの女のものだった。
 既にこちらを察知していたのか、まったく怯む様子を見せずにこちらへ相対する。
 だが、敵意は見せていない。何か奥の手があるのか。

「なかなかやるねえ、お嬢さん」

 まるでこちらをからかうような声色。

「……まさか」

 やはり、血の匂いがする。
 まだ新しいはずだ。それはフーケが立っている向こうから来るもののように思えた。

「ロングビルを、どうした」
「……年上は敬うものよ。あの女は、もういないわ」

 何故かおかしそうに笑う、目の前の女。

「殺したのか」
「さあ? どうかしらね?」

 耐え切れなくなったのか、くつくつと声を上げて笑い出した。

 あの噂話だけどな白銀。フーケはただのマヌケのようだぜ。
 人を殺してこんな笑い方してみせる奴が、人のために動く訳ないだろ。

 心の中だけで嗜虐的な顔を作りつつ、フーケに向けて刃を飛ばす。
 寸止めのつもりだったが、怒りが刃を数ミリ先へ動かした。フーケの顔を守っていたローブの端が切れる。
 フーケはやや体をびくつかせながらも、それでも気丈に振舞って見せた。

「抵抗するな。動けばただじゃ済まさない」
「――女の顔に傷をつける気かしら?」
「死にたいのか?」
「待ちなさいよ。その前に話をしようじゃない。アタシが放ったガーゴイルは五体、そのうち二体はアンタが倒した。で、残りの三体はどこに行ったのかしらねえ」

 大体そのようなことだと思った。
 自分を殺せばガーゴイルを止められない、とでも言うつもりなのだろう。だが、恐らくはハッタリだ。あれほどのガーゴイルがそんな多くあってたまるか。

「分かった。お前を倒してからガーゴイルを止める」

 殺気を込める。

「ま、待ちなさい! 私が言ったのは本当のことよ! 早くしないと――」

 フーケが何かを言い終わる前に、周囲が赤く照らされる。
 その光に包まれても痛くもかゆくも無かったが、これはガーゴイルのレーザーと同じ色だ。
 射線外にいても光が見えていたが、収束性は悪かったようだ。

 フーケはその光を受けて体をちぢこませたが、やがて伺うようにこちらへ顔を戻した。

「……あくまで足止めのつもりだったけれど、間違って本当に殺してしまうかもしれない……アンタだって、他人の命は惜しいでしょ?」
「アンタだって、だと? 人を殺したお前がそんな殊勝な事を考えるとは思えんがな」
「……惜しいわよ。私だってこんなことを好き好んでしている訳じゃ」
「言い訳は止せ。お前がどんな信念をもって盗みを働いていたかは知らないが、お前は人を殺した。それは事実だ」
「ま、待ちなさいよ! それは――――」
「詳しい話は後で聞く。まずはガーゴイルを止めたい、広場に行くぞ」

 問答をしている暇なんてない。ワタシは刀を仕舞う。
 それで戦意を失くしたと勘違いした彼女にできた隙を突いて当身した。
 すぐさま、手早くゲートを作り出す。座標は森と広場の境界線あたりだ。ガーゴイルがどこにいるか分からないが、森の中ならある程度身を隠すこともできるだろうから。

 フーケはまだ何かを言いたそうに呻いたが、やがて体を弛緩させた。
 その拍子にフードが取れたのだが……

 眼鏡こそしていないが、その整った顔は間違いようがない。髪の色も、長さも一致する。

 彼女の正体を知った直後、どうして彼女があのような態度を取ったのかを理解した。
 ワタシは自らの迂闊さを大いに笑いながらゲートの安定を確認すると、彼女をそれに押し込んだ。




     *****

 森から出てきたガーゴイル三体をルイズ達が確認するや否や、それらは一斉にレーザーを放った。
 その後、一体が高速回転、レーザーを全周囲に撒き散らした。
 慌てて逃げ出した面々だったが、タバサの長大な杖が真っ二つにされてしまった。

「杖が……」
「タバサ危ないッ!」

 短くなった杖に戸惑っていたタバサにガーゴイルの顔が向けられる。キュルケがタバサを庇って逃げたしばらく後に、タバサがいた箇所に穴が開いた。

「な、何なんだよありゃ……これもフーケの」
「ガーゴイル!? でも、あの光は一体」

 才人とルイズがその台詞を言い終わる前に、先程回転したゴーレム以外の二体が真っ二つになり、墜落した。

「……頭悪ぃな……っつーか、何て威力だよ」

 それに呆れた顔を引き締めつつ、武が剣を構える。

「レーザーだよな……おいデルフ、鏡みたいに反射とかできるか?」
「できねえよ! つーか盾になれってえの!? 切れるよ! 俺が! あ、でも、あれ多分魔法の一種だわ。ライトの魔法を凝縮して発射してんの」
「解説ご苦労さん……おおっと!」

 顔がこちらを向いたので武も身を隠す。だが、レーザーは飛んでこなかった。

「動きがランダムみたいね」
「ああ。予測しにくいなこりゃ。しばらく身を隠して様子を見るか……」

 全員が身を隠すと、ガーゴイルは索敵するようにゆっくりと回転しだした。
 数回回転すると僅かに移動、また回転するという繰り返しを行っていた。

「自発的に探す力はないみたいだな。遠距離から攻撃する方法があればいいんだが……ッ!?」

 ガーゴイルの様子を伺っていた武が、ローブ姿の女を捕らえた。
 その女は、森と更地の境界線で倒れていて、微動だにしない。

「あれは……フーケ? 気を失ってるのか?」
「フーケだって!?」
「おい才人ッ! 危ねえぞッ!」

 功を焦った才人が、引っ張られるような勢いでフーケのところへ駆け寄る。
 そして、その顔を間近で見た彼は、何故かそこで怪訝そうに皆へ振り向いた。

「……なあ、この人って学院の秘書の人じゃないか?」
「何ですって……サイト危ない!」

 その間に、ガーゴイルは才人の姿を捉えていた。










----------
あとがき

 難産でした。展開や設定はこれで良いのか、と考えて臆病スパイラルに陥りそうだったのです。モノ書くの難しい!
 ……いつのまにかまた一人称使ってるし! 長く三人称を使っていると息切れを起こすとか、そういう……? 色々スタミナを増やしていきたいものです。

 使い魔の性格は、そのご主人を従順にしたような感じにしています。原作でシルフィード以外が話をしたりしません……よね?
 あ、ガーゴイルは某吉永さん家の彼ではない、ということを念のために注記しておきます。



[9779] 12
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/07/13 23:06
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 ロングビルに気を取られている間に、ガーゴイルは才人の方向を完全に向いていた。慌てて回避を試みる才人だったが、既にその双眸からは光が漏れていた。

「エア・シールドッ!!」

 どこからかの声が響くと同時に、ガーゴイルはレーザーを発射した。
 しかし、その光線はガーゴイルの手前から折れ曲がり、空へと消えていった。

「っしゃあ! 上手くいったぜ!」

 やたらと勇ましい声を上げたのは、森から姿を見せたプラチナだった。
 彼女はしばらく周囲を見回して状況を把握すると、倒れたままの才人を見下ろした。

「やあ才人。こりゃ奇遇だな。元気してたか?」

 そして彼女は、クラスメイトに会うかのような気さくさで挨拶をする。
 
「プ、プラチナ……」

 場違いな明るさに気圧されながらも何とか答えようとした才人だったが、それは暴力によって中断された。

「こンの馬鹿! つーか馬鹿がァ!! この馬鹿がァッ!! 策無しに! 出るとかッ! 死にてぇのかァ!? あ゛ぁン!!?」
「怖いそれ怖いプラチナ痛いストンピング怖い怖い!」

 先程の柔和さから一転、鬼の形相で才人を踏みつけるプラチナ。才人はその連攻のほとんどを紙一重で避けつつ、森の茂みへと消えていった。

「チッ、逃げ足の速い野郎だッ!」
「怖え~ぞプラチナ……って、どうしたんだその格好!」

 プラチナはマントを失い、服もボロボロになっていた。肌が露出している部分は、無数の擦り傷がついていた。
 まるで数多くの激戦を潜り抜けてきたかのような様相だが、このダメージ全てが自爆一発によるものだとは誰も思うまい。

「……ワタシもガーゴイルと戦ってたんだよ。ああ、戦法思いついたから任せろ」

 プラチナは思い出したように杖をガーゴイルへと向ける。だが、一向に魔法を放とうとはしない。

「何をしているの」
「ガーゴイルの顔面にエア・シールドを貼ってるんだ。空気でレンズを作って、レーザーを偏向させる……結果はごらんの通りだ。それにしてもタバサ、やられたな」

 木っ端になってしまった杖を持つタバサを見ながら言うプラチナに、タバサはこくりとうなずいた。

「さて……才人さん?」
「はひぃッ!」

 がさがさと茂みから出てくる才人。完全に怯え、生まれたてのプリンのように体を震わせながらプラチナを見上げている。
 そんな彼を、汚らわしいナニカを見るように見下しているプラチナ。
 その様は主人と奴隷、いや、神と子羊の関係を思わせる。
 はっきり言って、ルイズと武の初日より酷いものだった。

「……お前の処刑は、帰ってからだ」
「しょ、しょけい……」

 着ているパーカーに負けない程に青くなる才人。だがプラチナは、先程の表情から一転して笑顔になった。

「だが、そんなお前にチャンスをやろう。見てみろ。奴は今、ワタシが作った空気の壁に進退極まっている……お、偏向は上々だな、六十度近くは曲がってるか……とまあこのように、今奴は無力だ。お前は奴の後ろに回りこんで斬る。上手くいけば……そう、考えてやらんでもない」
「お、俺が、ですか?」
「そんなに硬くなってると剣は上手く振るえないぞ」
「ぶ、武器は」
「背中にあるその剣は飾り物か? 買った当初のそれならまだしも、ワタシが改造した剣を、まさか飾りとは言わないだろうな」
「滅相もございませんッ!」

 言われ、慌てて剣を抜く才人。その剣先に刺さっていた紙がはらりと落ちた。

「い、行ってきます!」
「おーい才人、忘れ物だ、説明書」

 それに気づかなかった才人にため息をつきつつその紙を渡すプラチナ。

「ほら」
「え、ええと、ええと」

 おたおたと剣を仕舞って、その場でしばらく読む才人。時折、震える手のせいで紙を落としそうになるが、何とか読み終える。
 才人はその説明書を畳んでポケットに入れると、改めて金色に光るその剣を引き抜いた。

「使い方は分かったな――――行けッ!」
「あ、ああ!」

 かなりの前傾姿勢でガーゴイルへ向かう才人。その動きに反応したガーゴイルがレーザーを乱射するが、そのことごとくが空に消えていく。

「うわああああああッ!」

 そんな無力な石像に、悲鳴に近い気合を上げながら才人は大きく振りかぶった。





 凄い、という台詞は誰が言ったのだろうか。
 ガーゴイルは、湖面のように滑らかな切り口を晒していた。
 斬ったのは才人である。彼が持つ元シュペー卿の剣は、その表面を淡い虹色に光らせていた。

「……よし、作戦終了だ」
「た、助かったぁ……」

 緊張が一気に解けたのか、才人は放られた操り人形のように膝を折り、へたりこんだ。
 今だ刀身に輝きを湛える剣は、その身をほぼ全て地中に沈めた。

「あ、相棒……オイラは、おめえの相棒でいいんだよな……?」

 あまりの切れ味に一同が呆然としていた。デルフリンガーに至っては、自分の存在意義を失いかけていた。

「しゅ、シュペー卿ったら、なんて凄い……ちょっとダーリン! あの剣強いじゃない!」
「お、オレは悪くねえッ! プラチナだ、プラチナがやったんだッ!」
「犯人は皆そう言うのよ! 観念なさいダーリン!」

 糾弾するついでに武に抱きつくキュルケだった。

「プラチナが、犯人」
「よく分かったな探偵タバサ。そう――――ワタシがやった。動機を話しても構わんかね? ……今でも瞼を閉じるとあの情景が浮かぶ。まだ冬の冷気が抜け切っていない静かな夜だった」
「何言ってんのよ……で、どういうこと?」

 ビシッと指差すタバサに、後悔したような顔をして答えるプラチナ。そんな彼女達についていけないという具合のルイズが尋ねる。

「武が言っていたことは本当だ。正直、アレはマジモンのなまくらでな。錬金し直さないと使えないレベルだった。だからああいう風に細工したってワケさ」
「にしては切れ味良かったよなあ。プラチナ、この前やりあった時にはデルフ切れなかったけど、後からやったのか?」
「いや、それがカラクリって奴だ。あれは、スイッチを押すことで発動するよう設計してある。動力とかはそこに転がってるようなガーゴイル製作の技術を応用しているんだが……まあ、切れ味の原理は高周波ブレードだな。超振動で分子間力を下げて切り裂く……分かんないか」
「……分かる? タバサ」
「分からない」

 メイジ三人は互いに目配せして、首をかしげた。
 武は一人渋い顔をしながら、プラチナを見つめていた。

「高周波……って、何でお前そんな技術知ってるんだ?」
「ワタシの母親が変わった本を沢山持っていてな、その中に、変わった言語で書いてある技術書があった。その本にこの技術が載ってあったのさ。残念だがその本はゴミの日にウッカリ出した」
「変わった言語?」
「ああ。才人達の言葉、日本語だ。押すと声の出る不思議な教本があってな、日本語はそれで覚えた。ちなみにこっちの本は燃えないゴミの日にウッカリ出した」
「……お前もそうだが、母親も謎だらけだな」
「うさんくせ……」
「何か言ったか才人」
「いえ、なんでもありません」

 ビクリと身を震わせる才人。彼の脳裏には、悪鬼羅刹のようなプラチナの印象がこびりついていた。

「でも、さっきアンタ、ガーゴイル製作の技術って言ったけど、それって水の属性も含まれるるんじゃ」
「あ、ミス・ロングビルが気づいたみたいだな」

 プラチナはルイズの追求を誤魔化すようにしつつ、ロングビルのほうを見た。
 話題の彼女は頭を振りながらよろよろと身を起こしているところだった。

「ミス、そう急いで立つと体に毒ですよ!」

 すかさずプラチナが駆け寄り、彼女の肩を担ぐ。その後、二つ三つほど小声で会話を交わすと、皆の方向へ歩き出した。

「ただ気を失っていただけらしいが、衰弱が酷いな」

 ロングビルは顔を上げるが、どことなく恐怖の色が混じっていた。

「あ、あの……盗賊フーケ、ですが、あれは、私とほとんど同じ背格好、顔をして、おりました。それを見て、動転している隙に、襲撃されました。ローブの方は……恐らく、私を彼女にみせかけようという、工作、なのでは、と……」

 緊張か何かによる理由で浅い呼吸をしながら、喘ぐように彼女は説明した。

「ミス・ロングビル! 焦らなくても大丈夫です! 体調を整えてからでも……」
「……帰りは横になって休んでいてください」
「…………そうさせて、いただきます」

 ロングビルはプラチナに促されるまま、馬車へと向かっていった。





「さて、オレ達も帰ろうぜ!」
「ちょっと待ちなさいよ。まだ才人が使い魔を呼んでないじゃない」
「え? 呼んだだろ?」
「呼ぶの失敗したじゃない」

 あ、と才人は声を上げ、すぐさま指笛を吹く。
 ややあって、フレイム以下、使い魔が四体森の中から出てきた。

「クヴァーシル……何があった?」

 そのうちの一体のフクロウは、体中をボロボロにしていた。その上、頭の毛の天辺が焼き焦げている。具合はまさにコルベールだ。

「確かそれ、マレコリヌの使い魔だったわね」
「違うわよ、マロコレルよ」
「マルコイヌじゃなかったか?」
「マリコルヌが正解。どうして?」
「……日の光で目をやられて上手く飛べなかったらしい……頭のはガーゴイルの流れ弾だって……ごめんな、今度、いい飯食わせてやるから……」

 才人は、頭の禿げてしまったその鳥を、大事そうに抱えた。





「結局眠れなかったようですが、大丈夫ですか?」
「え、ええ……休むことはできたので、大丈夫です」

 学院に着いたが、ロングビルの表情は暗く、足取りも重かった。乗り込んだ時と同じように、すかさずプラチナがその肩を担ぐ。

「念のため、保健室に行ってはどうですか?」
「いえ、それには及びません……私は先に学院長室へて向かいますので、皆様は自室などで待機していてください」
「ワタシが彼女を運ぶから、大丈夫だ。皆は大人しくな。疲れただろ?」

 破壊の杖を左手に持ちながら、プラチナはロングビルの肩を持って教室棟へと消えていった。

「大丈夫かしらねえ。かなり顔色悪かったけど」
「大丈夫よ、プラチナがいるんだし」
「そういえば貴女、プラチナと仲が良かったわね……あら、フレイム?」

 程なく、何かを咥えたフレイムがやってきた。

「それってお肉? サイトがくれたのかしら」

 肯定するように首を縦に振る。

「良かったじゃない。それじゃ、戻りましょ。全く、それにしても何でサイトったらこの子も連れてこれたのかしら」

 ぶつぶつとつぶやきながら、キュルケは使い魔と共に消えていった。タバサもそれについていく。

「いや。何かアイツ、やたらと動物に好かれるらしい。この前も、会ったばっかりの犬に命令してたし」

 二人が立ち去るのを見届けた武は、やがて、思い出したように言った。

「どういうこと?」

 そんな武に、寮に帰ろうと向かいかけたルイズが振り返り注目する。

「ああ。ほら、モット伯の屋敷に乗り込んだことあったろ? その時に、警備の犬と仲良くなってた。その時は、なんか言いたいことがわかるって言ってたな」
「……不思議な力ね。何よプラチナ、ああ見えてかなりの当たり引いたじゃないの」
「オレはハズレかよッ!?」
「外れじゃない、ただ運動神経が達者なだけで」
「そりゃ……って、そういえばオレも力あるぞ。なんか、武器を持つとその詳細が分かるんだ」
「そういえばそうね。馬車で散々破壊の杖の説明をしてたみたいだけど……馬を動かしてたからよく聞いてなかったけど、ロケットランチャーって言ったかしら、それが分かったのはその力?」
「いや、ロケットランチャーそのものは見れば分かるんだが……詳細が分かったのはこれのおかげだな」

 武は、左手を見せ付けた。

「ほら、この、ルーンだっけか。これなんだけど」
「おめえさん、ストップだ」

 そこで、今まで黙っていたデルフリンガーが止める。

「どうしたんだ!? まさかフーケが」
「違う違う。ちょっとそいつの説明はあの娘っ子から止められててな。できればお前さんの口からも言われて欲しくないんだわ」
「何でプラチナがそんなことを……タケルのご主人様の私が命令しても、言わないつもり?」
「ああ。悪ぃけど、こりゃお前さんは聞かない方がいいわな」
「……だそうだ。悪いなルイズ」
「――……もうッ! 何考えてんのかしらアイツ!」

 ルイズはデルフリンガーを武の背から引き抜くと、それを地面に突き立て、さらに踏んで半分ほどまで埋めた。

「お、おい、娘さん?」
「もう一度聞くわ。アンタ、本当に喋らないつもり?」

 その展開に恐ろしい何かを感じたデルフリンガーだった。彼はそれでも、

「あ、ああ。俺っちは口が堅いことで定評が」

 と拒絶の意志を示しかけたが、それはルイズの踏み込みで中断された。

「な、何しやがんでぇ!」
「言わないつもりなら良いわよ。どんどん埋めていくから。で、アンタは喋って楽になるのと、埋まって楽になるのと、どっちが好き?」

 着々と沈んでいく哀れなデルフリンガー。自白できなくなるほどまでその刀身が埋まる寸前、ようやく彼は口を割った。





 ロングビル――――もとい、フーケはプラチナに肩を担がれながら冷や汗を流していた。
 横の女、プラチナは、白々しい演技をしつつも、言葉の通り背筋の凍るような脅しをかけていたのだ。
 マントに隠れた彼女の背中には、何か尖ったものが当てられていた。その位置はちょうど心臓の裏。下手に動いて刺されば、まず命はない位置だ。
 気絶させられた時点で既に戦意は喪失していたのだが、それに追い討ちをかけるようなこの脅しで、彼女の精神力は限界に近くなっていた。

「い、一体私をどうするつもり?」
「さてな。死にたくなかったらお行儀良く、ワタシのすることに従うんだ」

 磨耗した精神の中で彼女は確信していた。
 この女、明らかにこの状況を楽しんでいる。
 変な性格だとは思っていたけれど、こんな趣味の悪いことを楽しむような女だったなんて、信じられない――――

「お、お願い、従うから離して」
「嫌だね。アンタはワタシ達を殺そうとした。これくらいの仕返しはしてもいいだろう?」
「それは」

 言い訳をしかけて、やめる。どうせ言っても信じてもらえないだろうし、下手をすれば激昂される恐れもあった。

「さて、ひとまずはお疲れ様だ。学院長室に着いたぞ」

 言われて気づき、逃げるようにドアを開けて入るフーケ。追って、プラチナも入る。

「おお、ミス・ロングビル。そしてミス・プラチナ。ご苦労じゃったな」
「帰還いたしました。『破壊の杖』はこちらに」

 片手に持っていたロケットランチャーを渡すプラチナ。それを持ってオールド・オスマンは深くうなずいた。

「うむ、これは確かに『破壊の杖』。フーケを取り逃がしたのは残念じゃが、これだけでも十分な成果であると言えよう」

 その台詞に眉をひそめるプラチナを無視して、オールド・オスマンはフーケの顔を見やった。

「それにしても、ずいぶんとお疲れのようじゃなミス・ロングビル」
「え、ええ」
「そして、うむ。ご苦労じゃったなあ、モートソグニルよ」

 ロングビルの陰からネズミが飛び出し、学院長の席に飛び移った。

「それは学院長の使い魔ですか……見ていたんですか?」
「そうじゃよ。サイト君の行軍に参加させてもらったのじゃ。もちろん、ミス・ロングビル。お主のことは良く見ておったぞ」

 二足立ちで誇らしげに胸を張るモートソグニルだった。

「それなのに、何故『フーケを取り逃がした』などと言うのですか? 彼女がフーケだということは知っているのでしょう?」
「もちろんじゃ。そんなもの、彼女をスカウトしてすぐに気づいたわい。いかな儂とて、雇うものの素性くらいは調べる……凄まじく骨が折れたがのお」
「なら、隠すこともありませんね。ちょっと彼女に話したいことがあるので、借りて良いですか?」
「構わんよ。しかし、儂も内容を聞きたいからこの場でな」

 ありがとうございます、と恭しくお辞儀をし、フーケに顔を向けるプラチナ。フーケはやや顔色を戻しながらも、焦燥しきったようだった。

「まず、あの血はどういうことなんだ」
「……使用者の血が、ガーゴイルの起動に必要なのよ。アンタが嗅いだのは、その、しばらく前からコツコツと溜めた血よ」
「で、あんな笑い方したのか。ははは、さぞかし滑稽だっただろうな」

 本当におかしそうに、プラチナは笑う。

「さて、次だ。振り返って考えてみると、あのガーゴイルは殺す気でこちらを攻撃していなかったように思う。あれはどういう意図があったんだ?」
「何だ、分かってたの……私には……殺す気なんて元からなかった。あくまで牽制して、あの『破壊の杖』の使い方を知ることができれば、それでよかった」
「……何故ワタシ達が『破壊の杖』の使い方を知っていると踏んだ」
「ルイズの使い魔……シロガネタケルが、ガンダールヴだということを知っていたから。彼なら、あれも使えるかもしれないと思った」
「残念だったな。あれが本当に杖、マジックアイテムならアイツには分からなかったさ。もっとも、あれは杖じゃなくて……オスマンさん、ちょっと『破壊の杖貸』してくれませんか?」
「口調が砕けておるぞ?」

 笑いながらオールド・オスマンが『破壊の杖』を渡す。受け取ったプラチナは、それをしばらく調べた後、手探りで発射可能状態まで展開した。

「武も言ってたけど、これは兵器……ロケットランチャーって奴で、一回しか使えないんだ。もしもワタシ達がこれを使っていたら、アンタの目的はパーだったってワケだ」

 黙って聞くフーケを尻目に、プラチナは『破壊の杖』を収納した。

「ほっほ。つまり、ミス・ロングビルが作戦を立てた時点で、敗北は決定していた、ということじゃな?」
「その通りです。しかし、振り返ってみれば納得がいきますね。ただ盗むだけなら、あの小屋にあんな大切なものを放置しない……で、もう一つだフーケ。あのガーゴイルは、どこから手に入れた? 何か裏があるんじゃないか?」
「な、ない。『破壊の杖』の奪取を依頼したのはいるけれど、ガーゴイルは私が昔奪ったものよ。アカデミーってあるでしょう? そこの失敗作をくすねて……」
「失敗作?」
「ええ。試しに一回動かした時には何が失敗なのか分からなかった……他のガーゴイルの認識ができなかったのね、破棄される訳よ」
「なるほどな……で、今回の依頼主は? これほどの武器だ、下取りする奴は既にいるんだろ」
「それは教えられないわ。教えたら、殺される」
「教えなければ今殺す、と言ったら?」
「まあ待ちなさいミス・プラチナ。ここは一つ儂に任せてくれんかの?」

 殺気を出し始めたプラチナの肩を叩きながらオールド・オスマンが前に出る。フーケは思わず後ずさった。

「まずは、あの口約束を守ってくれたことを感謝しておこうか」
「口約束?」
「そうじゃ。出る前にな、『誰も殺さず、帰って来い』という意味合いのものをお願いしたんじゃ。真相はどうであれ、こうしてきちんと履行してきたことは良いことじゃな」

 フーケはリアクション一つせず、オールド・オスマンの顔を見つめていた。

「それにしても、一体どれほどの金が必要なのかの、ミス・ロングビル。これでも秘書としての能力を高く買って、それなりの給金は払っていたつもりじゃが。そんなに孤児への金策は苦しいのかの?」

 その台詞を聞いたフーケの顔が、驚愕に歪む。

「孤児? どういうことですか?」
「うむ。彼女はウエストウッド村……正しくは、元々村だったところじゃが、そこに孤児を集め養っておるのじゃよ。そのために盗賊などという稼業に手を出しているらしいが、全く、天晴れ過ぎてため息しか出んわい」
「あ、あの子達は関係ないッ、私は金が欲しいだけよッ!!」

 急に目の色を変えてオールド・オスマンに噛み付くフーケだったが、彼はそんなことをお構い無しに話を続ける。

「……決して許されることではないの。お主が盗賊をしていることを知ったら、子供達はどう思うかの? 実はもう、その孤児達に使いを送っておるのじゃが」
「なッ――――」
「……さて、次のご対面は監獄の中かの?」

 崩れ落ちるフーケ。そんな彼女を一瞥もせず、プラチナはオールド・オスマンを淡々と見つめていた。

「冗談じゃよ。聞くところによると、ウエストウッド村はかなり立地条件が悪いようじゃな。こちらに移り住むだけでもかなり生活環境は改善されるはずじゃ。今回の派遣は、そのためである」
「――――……え?」
「じゃから、こちらに移り住めば、物価もかなり抑えられる上に教育も受けることができる、ということじゃよ」

 あまりの急展開の多さに、フーケはついに思考停止を起こした。
 オールド・オスマンはしてやったり、と小声で言うと、顎ひげをさすった。

「ふむ、結論を言おう。儂は、ミス・ロングビルという優れた秘書が惜しいのじゃ。手放すくらいなら、ある程度の待遇改善も惜しまん。もし良かったらじゃが、このまま秘書の仕事を続けてくれんかの?」
「……オスマンさん、今回の事件を放置していたのはどうしてですか?」
「フーケ、いや、マチルダ・オブ・サウスゴータとしての本当の性格を知りたかっただけじゃよ。幸い、及第点というところじゃな」

 いまだ呆然と座ったままのフーケを起こすと、オールド・オスマンは鋭い顔になった。

「今一度聞こう、ミス・ロングビル。儂のため、この学院のため、その力をまた貸してはもらえんじゃろうか」




「全く、学院長……とんだ狸ですね」
「ほっほ。それを言うならお主も狐じゃわい。彼女の背中に何を押し当てて脅してたかって、ただの爪なんじゃろう?」

 頭を抱えてうずくまるプラチナ。
 種が見破られていたこと以上に、狐呼ばわりされたことが彼女にはショックだった。

「え、あれって刃物じゃなかった……?」
「さすがに、刃物を取り出す気はなかった。殺すって言ってたのも嘘だよ……殺す気ないのに殺気を出すのは骨が折れたけどな。フーケとロングビルが同一人物だって知った時点でかなり萎えたし……」
「ともあれ、今回の件でこれは終了じゃ。それにしても上手くいったわい。儂の責任ものうなったし……弁護してくれたコルベール君には感謝じゃな。さて、ミス・プラチナ。皆を呼んでもらえんか?」
「はい。でも、その前に落とし前をつけさせてもらいます」

 プラチナはフーケ、もといロングビルに尖った視線を送った。いくらか生気を取り戻した彼女の顔が、また血の気を失っていく。

「理由はどうあれ、ワタシ達を騙し、場合によっては死ぬような危険に合わせたんだ……侘びとして一発殴らせろ」
「うーむ、仕方ないの。美人が顔を腫らしているのを見るのは趣味じゃあないが……ミス・ロングビル。これもけじめとして受け取るが良い」
「うッ……え、ええ。分かりました。どうぞ」

 覚悟を決め、硬く目を瞑って頬を差し出すロングビル。
 しかし、いつまで経っても頬に何も飛んでこない。
 十秒ほど後、恐る恐る目を開けてみた彼女だが、丁度その時、頬に何かがめり込んだ。
 プラチナの指だった。

「はい、終わり」

 ロングビルの頬の感触を楽しんだプラチナは指を仕舞った。

「え?」
「だから、終わり」
「いや、あの……?」
「今までので十分仕返しできてましたし。アレですね、ワタシもオールド・オスマンの甘さが移っちまったようです」
「元々甘いように見えるが。しかし羨ましいの。儂も一発『殴らせて』くれんかの?」
「あの?」
「それは彼女と相談ということで。ちなみに、感触は良かったですよ~」
「それは楽しみじゃわい」
「あの?」
「感触良かったといえばタバサですね。あの子童顔だからか、凄くもっちりしてるんです」
「ほう、そっちの方も気になるの。ヴァリエール嬢はどうかね?」
「お目が高いですね。彼女も負けず劣らず……柔らかさでは彼女の方が上かもしれません」
「……あの?」

 二人の漫才もどきは、ロングビルが疑問を放棄するまで続いた。





「あ、あの」

 プラチナが退席した後、ロングビルが慌ててオールド・オスマンに詰め寄った。

「何じゃ? 頬を触らせてくれるのか?」
「ち、違います……あの、孤児の中に、ハーフですが、エルフがいるのです」
「うむ」

 知っている、と言わんばかりにうなずくオールド・オスマン。ロングビルは訝しがりながらも話を続けた。

「あれには外部からの侵入者を防ぐように申し付けております。なので、その、申し訳ありませんが、派遣された方々に戻るよう伝えていただけませんでしょうか」
「……そうじゃな」

 オールド・オスマンは机に向かうと、何らかをしたため、丸めてモートソグニルの背中にくくりつけた。

「すまんがモートソグニルよ。聞いておったな、もう一仕事を頼むぞ」

 了解したそのネズミはため息をつくようなジェスチャーをすると、窓から飛び出していった。

「とりあえず戻らせるわい。ミス・ロングビルよ。しばらくは仕事が多いから認められんが、夏季休暇の中盤頃には終わるじゃろう。そしたら、休暇がてら村の方へ向かいなさい。我々よりお主の方が、色々と説得もしやすかろうて」
「あ、あの、よろしいのですか? エルフなのですよ?」
「噂に聞くほど凶暴というわけでもなさそうじゃし問題ないじゃろ。耳の方は隠させてもらうからしばらくは窮屈な思いをさせてしまうが……仮にばれたとしても、誰かがその子を非難することがあれば、儂の権限でどうにかするわい。伊達に学院長を張っているわけではないぞい?」

 枯れた腕で力瘤を作り、にやりと笑うオールド・オスマン。
 ロングビルはそんな彼に、心からの笑顔で感謝の言葉を口にした。









----------
あとがき

 ガーゴイル製作にあたっての設定ですが、システム部分については水魔法の力ということにしてしまっています。そこまで土属性にしてしまうとちょっと都合が悪かったので……少し無念です。

 アニメの設定と原作の設定は都合のいいように使い分けることにしました。とりあえず、アニメではウエストウッド『村』なんて出なかった気がします。他の孤児? イリュージョンしたのでは。
 途中更新が中断したのは、マチルダさんの設定を知りたかったからでもあります。でも、アルェー? それなりに調べたつもりだったのに全然生かせてないぞー? キャラクターの性格も全然……アレレー?

 っていうかプラチナなんでそんな凄いサドになってんの? おかしいな、もうちょっとこう、冗談めいた展開をはじめ考えていたはずなのに……
 ……まあいいや! この程度気にしていたら、この後にも続く怒涛の原作蹂躙なんて(都合により削除)

 あとがきが言い訳コーナーになってきたぞ……!





NGコーナー。

「それなのに、何故『フーケを取り逃がした』などと言うのですか? 彼女がフーケだということは知っているのでしょう?」
「カーッ!! まさかお主ら、フーケとしての動向を見るために寄越したとでも思っておるのか! 盗ッ人が怖くて学院長が務まるかーッ!」
「では何故、使い魔を寄越したのですか?」
「儂はただ『ミス・ロングビルのパンチラを拝む』ためにモートソグニルを寄越したのだッ! 『ミス・ロングビルのパンチラを拝む』、ただそれだけのためじゃ! 単純なただひとつの理由だが、それ以外はどうでもいいのじゃッ!!」
「…………ロングビルさん、役所に行きましょう」
「ええ、そうします」



[9779] 13
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/07/18 19:48
13


「さて才人。お待ちかね、処刑の時間だ」
「ちょま、処刑ってプラチナ! 無くなったんじゃねえのかッ!?」
「勘違いするなよ才人。確かにお前は見事ガーゴイルを撃破した。だが、ワタシは考えてやる、と言っただけだ。お前が処刑されるのは変わらない」
「……嘘、だろ?」
「これが嘘をついているように見える目か?」
「見える! 見えます! すっごい笑顔です!」
「全く才人は節穴アイだな……さて、今回どうしてワタシが怒っているか、改めて問うまでもないだろう?」
「はいッ! ご主人様の命に背いたことですッ!」
「違うっつの! いや違くはないが、問題は、勝手に人の使い魔を大量に持ち出した上に自殺行為みたいなことをしたっつー事だ! アンタ、ワタシがあの時助けなかったら体に穴が開いてたかもしれなかったんだぞ!?」
「う……ごめん」
「よし、理解したようだな。では処分を言い渡す」
「……え? 処分って……死刑じゃねえの?」
「死刑になりたいのか?」
「滅相もございません。でもさプラチナ、処刑って言ったら普通死刑だろ?」
「まあそこは言葉遊びだな。実際、最初からしてもらうことは決まってたし。っていうか、そもそもお前が来るってのは計算内だったし」
「なーんだ。じゃあ俺が責任取ることないじゃんか」
「……いくらなんでも、人の使い魔をあんなに借りてくるってのは誤算だったなあ。あとあのアホみたいな捨て身とか」
「……何なりとお申し付けください」
「うむ、では言うぞ――――全力でワタシを逃がせッッ!!!」
「は?」
「プラチナ! 着替え持ってきたわよ!」
「チィ、もう追っ手が来たかッ! 予想よりずっと早いッ!」
「観念なさいプラチナ! 今年こそ出席してもらうわ!」
「生理がキツイんでお休みさせてもらいますッ!」
「嘘言いなさい! アンタ昼間元気に動きまくってたじゃない!」
「な~んてこったァ~~! 恨むぞ昼のワタシッ!」
「ま~ち~な~さ~い~ッ!!」





 学院中を逃げ回っていたプラチナだが、ルイズ、キュルケ、タバサ、武の包囲によりあえなく御用となった。

「くそう……この世界に神はいないというのか」
「観念しろプラチナ。っていうか、神っていやあ、ブリミルって奴いるだろ?」
「敬いなさいよこの馬鹿犬!」
「ブリミルの馬鹿野郎」
「あ、アンタまでそんな物言い……」
「そんなことより、早く着せましょうよ。フリッグの舞踏会、始まっちゃうわ」

 プラチナは女性陣の手により、自室に引きずり込まれていった。

 フーケの事件があったが、元々開催される予定だったフリッグの舞踏会は滞りなく進行することになった。
 フーケの捜索に参加すればこの舞踏会を休めるという、プラチナのささやかな願いも滞りなく掻き消えたわけである。





 ――――学院長室に全員が呼ばれた後、メイジ全員に褒章が後にもたらされるだろうという話が、オールド・オスマンからされた。
 その後、才人と武、プラチナはその場に残り、『破壊の杖』の出自をオールド・オスマンに尋ねた。

「その『破壊の杖』は、昔、儂の命の恩人が持っていたものでな。恩人については、先日プラチナ嬢に語ったのお?」
「はい、覚えています。特徴的な服に身を包んだ戦士のことですね」
「その人は今も生きているんですか?」
「いや、残念ながら彼は酷い怪我を負っていてな。手厚く看護したのじゃが……」
「――――死んだん、ですね」
「うむ……結局何者なのか、どこから来たのか分からなかった」

 悔しそうに息を吐く武。才人も同じような顔をした。

「せっかく帰る手がかりができたと思ったのに……!」
「その、服は残っていないんですか?」
「残ってはおらんが、かなり特徴的だったのでな、覚えてはいる」

 そう言って引き出しから取り出したのは一枚の絵。
 体のラインがしっかりと分かるスーツに金属様のパーツがくっついたような服装を身にまとった男性が描いてあった。

「こ、これは……結構ディティール違うけど、多分そうだ、強化装備だ!」
「え?」
「オレの世界の……ッ……才人、後で説明する。とにかく、学院長。これはオレの世界の軍服みたいなものです」
「そうか。ミス・プラチナから聞いていたが……ゴホン、すまんが、現状では彼に関するこれ以上の情報は持っておらん」
「聞いた話では、三十年毎に起こる日食に、向こうの世界をつなぐゲートが発生するらしい。ですよね、オールド・オスマン」
「うむ。それで考えたのじゃが、今回の働きを見て、儂からもミス・プラチナに褒章を与えようと思ってな。かねてより願い出されていた、教員専用書架の閲覧を、許可しようと思う」

 それを聞いたプラチナが、満面の表情を浮かべた。

「ほ、本当ですか、いや、いいのですか!?」
「うむ、儂に二言は無いぞ。存分に調べて欲しい。儂の恩人と同じ世界の住人ならば、儂としてもできるかぎりの努力はしたいからの……間違いも、起こさなそうじゃし」
「ありがとうございますッ!」

 プラチナは一礼した。

「それでは、そろそろフリッグの舞踏会の準備をせねばならん時候じゃし、これにてお開きとさせてもらおうかの。改めて、お主達、よう頑張った。存分に楽しんで欲しい」






「そういえば、あの時後で説明する、って言ってたけど、どういうことなんだ?」

 プラチナの着替えを外で待っていた才人が、同じく待機していた武に聞いた。

「ああ。実はな才人……お前の世界と、オレの世界。違う世界なんだよ」
「え? 日本人なんだろ?」
「そうだが、並行世界って聞いた事あるか?」
「あ、ああ。ええと、可能性の世界って奴だっけ。よくSFであるような」
「そうだ。実はオレは、お前が住む世界とは違う、その並行世界から来た人間らしい。で、ここからが本題なんだが、さっきオスマンさんが見せてくれたあの軍人の絵。あれはオレの世界で、衛士って呼ばれてた人を描いたものだ」
「えいし?」
「護衛の衛に、戦士の士って書く。簡単に言うと、巨大ロボットに乗って人を守る職業だ」
「……巨大、ロボットだとう……」

 それを聞いた才人の目の色が変わった。

「どんなのだ!?」
「おわ、なんか食いつくなあ才人。ええとだな、まずそのロボットの総称は戦術機っていうんだ」
「せんじゅつき……戦術機?」

 才人はいきなり、自らの頬肉を噛み切ったような渋い顔をした。

「……まあいいや、特に捻った名前じゃないし。そういうのがある世界なのか」
「ああ。理解が早くて助かる。たぶん、お前の住む世界と全然違う感じなんだ。で、ここからが本題なんだが」
「帰るときには武の方の世界に行く事になるだろうから、俺の帰還は諦めろって?」
「う、そうだ。お前、思ったより頭回るなあ」
「いや、何となくそう思ってただけだよ。しっかし、そっちも大変だな。そんなロボットがあるってことは、戦う必要があるんだろ? 宇宙コロニーで独立を叫ぶ国とか、世界制服を企む悪の怪人とかと」
「…………いや、そういうのは、ないな」

 武は頭を抑えながら笑った。
 それと同じタイミングで、プラチナの部屋のドアが開き、キュルケが顔を出した。

「あ、やっぱり待ってたわね。ダーリン、才人? 私達も着替えるし、遅れるから、先行っていていいわよ」
「一緒に行かなくてもいいのか? オレ達平民だから、弾かれるかも」
「今回の主役にそんな無礼働く人はいないわよ。特に貴方達、この学院では知名度高いし……ダーリン、私のドレス姿、楽しみにしててね」





 フリッグの舞踏会。
 生徒全員がパーティー用の服に身を包み、談話と食事を楽しむ席。または踊りなどを踏まえ男女の親睦を深める、そんな会だ。

 キュルケは男に囲まれ談笑を、タバサは一人黙々と食事を、プラチナは所在をなくして縮こまっていた。
 武達も、平民然としたその格好では目立つため、バルコニーの近くで淡々と話を続けていたのだった。

 そんな中、タバサが男二人にワインを提供した。
 何かを食べているのか、口を動かすだけで何も言ってこない。

「くれるのか、悪いな」
「ワインかあ。俺、飲んだこと無いんだよな……」
「郷に入れば郷に従えってな。飲んじまおうぜ、乾杯!」

 二人は杯を交わし、一気に飲み干した。

「……ってコレ、絶対ェ飲み方違うよな!」
「こりゃビールのノリだな。で、どうだ才人、味の方は」
「一応飲めるっちゃあ飲めるけど、ぶっちゃけ普通のジュースが飲みてえ。つうか、炭酸が飲みてえよ」
「だな。やっぱ二十歳前にゃ酒よりそっちだよ」

 そこへ、やつれた風のプラチナがやってきた。パリッとした黒い服と白い体色のコントラストが目に焼きつかんばかりだ。
 不思議な事に、彼女の服は男の礼服なのである。

「何でプラチナ、男の服着てるんだ? つか、すげえ疲れてるな、大丈夫か?」
「……男の服だからっていうから喜んで着たんだが……その、思った以上に周囲の目が……」
「アホみてえ。素直にドレス来てくりゃ良かったのに」
「そうだよな。せっかく素材は良いんだから」
「お前ら、ワタシの気苦労も知らないで……」

 うずくまってメソメソと泣き出すプラチナ。その気苦労は、やはり二人には分からない。





「ヴァリエール侯爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなぁ――――りぃ――――――――!」

 やはり時代劇めいた口調の宣言の後、ルイズが階段から姿を現した。
 ルイズは周囲の男のアプローチを無視して、武達の前までやってきた。

「そういえばルイズって、いいトコのお嬢様なんだよな。こうして見ると、なるほどなあ、って感じだぜ」
「ああ。ヴァリエール家って言えば、上流も上流」

 感心する武に、プラチナが補足した。
 ちなみにプラチナは、視線の被爆面積を防ぐべく全力で体育座りをしていた。
 それはそれで好奇の目で見られているのだが、それより、普通にしているのに注目されることが辛抱ならない彼女だった。

「……プラチナ何してんのよ。そんなところにうずくまって」

 そんな彼女に、ルイズはお嬢様に相応しい、下民を見下すような目線を送って言った。

「分かってて言ってるよな?」
「分かってるわよ。ふふん、次こそはちゃんとドレスを着なさいね?」
「…………考えとく」

 顔も上げずにプラチナが答える。ややあって、部屋の照明が落とされ、明るいワルツが流れ出した。

「タケル、踊るわよ」
「は? オレ踊ったことなんて無いんだけど」
「いいから私と踊りなさいよ! それとも私と踊るのがイヤなの!?」
「そういうワケじゃねえんだが……そうだ、プラチナと一緒に踊れば」
「アンタ馬鹿じゃない!? プラチナは女の子よ!?」
「じゃああんな服着させるなよ!」
「何よ文句ある!? ショック療法よ! ああもう、なんか去年と比べて胸も大きくなってるし……なんで男みたいな……憎らしい……ッ!」

 いきなり怒りの矛先が転換したルイズに、やや引き気味の武。

「……おい?」
「もう! 我慢できないわッ!」

 パチンと指を鳴らす。そんなルイズの周りに、数人のメイドがやってきた。

「お呼びでしょうかお嬢様」
「この子を徹底的に女の子らしくしてやってッ!」
「かしこまりました」
「……はぇ? おわぁ!」

 床にのの字を書くことに没頭ていたプラチナはその展開に気づいていなかったため、ほぼ無抵抗のままに担ぎ上げられて舞台の袖に隠れていってしまった。

「はあ、これですっきりしたわ」
「おっかねえなあ……」
「で、踊ってくれるの? くれないの?」
「はいはい……自分でよろしければ、お嬢様」
「よろしい」

 ルイズは武が差し出した手を取ると、リズムに合わせて踊りだした。





 二人はリズムに合わせて踊っていた。
 踊りの経験がない武は、ルイズの動きを読んで足並をそろえる。

「なかなかできるじゃない」
「いやいや。油断すると足踏むかも――あでで!」
「あら」

 武が足を数瞬止めてしまったせいで、ルイズの踵が彼の足にめり込んでしまった。

「ちょっとタンマルイズ!」
「そのくらい大丈夫でしょ? 伝説の使い魔なんだから」
「いや、そういうのはあまり公言するなよ。それと、それはあまり関係ないな」

 む、と唸るルイズ。彼女とて、プラチナが秘密にしようとしていた理由は分かっていた。
 しかし、内心の高揚感は抑えられるものではない。

 伝説の使い魔。それを使役できるのは虚無のメイジのみ。
 キュルケとタバサと別れた後、デルフリンガーが語ったガンダールヴの能力。武の力は、明らかにそれだった。
 そんな彼を使い魔にしているのが、ルイズ。

 それを思い出し、彼女は熱いため息をついた。
 今まで『ゼロ』と揶揄されていた彼女が虚無の力を潜ませているという事実。それは、押さえがなければどこまでも飛んでいってしまうような高揚感を彼女に与えていた。


「……でもでも、虚無って一体何ができるのかしら? ねえタケル」
「そんなに虚無が気になるのか?」
「当たり前じゃない! 私は魔法を自在に扱うのが夢だったのよ。それが叶う、しかも属性は伝説の虚無!もう嬉しくって使い魔の貴方とダンスしちゃうほど!」

 それは尺度としてどうかと思う武だった。
 
「ちいねえさまも虚無の力で治せるかしら?」
「ちいねえさま?」
「言ってなかった? 私の大好きな、大切なお姉様。とてもきれいで優しくて……でも、とても病弱なの」

 先程の高揚した顔とは打って変わって沈むルイズ。そんな様子を見た武は、ルイズの踊りを強くエスコートする。

「治せるように頑張ろうな、お前の姉さん」
「……うん」

 下手な慰めだったが、武の本心を受けたルイズはまた先程の明るい顔色を取り戻し、微笑んだ。





「さて、俺はこうやって一人寂しく取り残されたワケだが」
「食べる?」
「おわっ」

 踊るルイズ達を見て寂しそうに見ていた才人に、タバサがサラダを差し出した。
 もう片方の手にある皿には、レンガと見紛うような大きさの肉が鎮座している。

「あ、ああ。いただくよ」

 言ってサラダを食べてみるが、

「なにこれにっげえええ!!」
「残念」
「肉くれ肉!」

 才人はタバサが持っていた肉を口に突っ込み、先程の野菜を胃まで押し込んだ。

「んぐんぐ……うぁー。びっくりした。なにこれ、なんかくすりみたいなあじすんの」
「はしばみ草」
「はしばみ? へーゼルナッツの葉っぱだっけ?」

 タバサは才人に突き返されたサラダを黙々と食べる。それはまるでシュレッダーのように。

「……凄いな」
「慣れればなんてことないぞ? なあタバサ」

 そこに、プラチナの声が入った。タバサは見向きもせずにうなずくと、またはしばみ草を口に入れた。

「あ、プラチナ――――」

 振り向いた才人は、背中に電流を受けたように体を震わせると、硬直した。

「なにその反応、なんか傷つく……」

 プラチナは顔をキュルケの髪のように赤くしながら、そっぽを向いて言った。

 彼女は、まるで先日のトリステイン王女が着ていたような白いドレスに身を包んでいた。
 その白い肌と髪もあり、まるで雪の女王のようだと才人は感じた。心なしか、彼女の周囲には光の粒が舞っているようにも見えた。

「……な、何だよ、じろじろ見るな」
「いや、だって、なあ」
「なんだよ! 見るなァ! お前ら見るなァ!」

 いつのまにか、周囲もプラチナに注目していた。その視線に、男装の時以上に取り乱すプラチナだった。

「う、うう。ダメだ、せっかくだから普通に参加しようと思ってたけど、これ耐えらんない……」
「なんかよく分からないけど、大丈夫だよプラチナ」

 顔を赤くし目に滲む涙を袖で拭うプラチナに、才人はその肩を優しく叩いて、言った。

「やっぱさっきの服よりずっといい。凄く似合ってる……綺麗だよ。うん、まるでお姫様みたいだ、プラチナ」

 ――――周囲の誰かが、糸の切れるような音を聞いた。

「……ファ」
「ファ?」
「ファックオフ!!」

 慌てて飛びのく才人と周囲の群衆。そのあまりの大声に、演奏も中断する。

「ファーック! うわああああん! ファァーック!!」
「……もうやだこの主人……」

 まるで恋に破れた少女のように涙しながら、それなのに罵詈雑言を吐き周囲を威嚇するプラチナを見て、才人はひたすらに落胆した。





「あ、ミス・ロングビルではありませんか。お疲れ様です」

 書類整理が一通り終わり、ようやく昼のショックが抜けたロングビルが会場の隅でワインを飲んでいると、コルベールがやってきた。

「こんばんは、ミスタ・コルベール。そちらもお仕事は終わったのですか?」
「いえ、これから歩哨のお手伝いを」
「そうですか。その前にワインなどいかがですか?」
「いただきましょう」

 ロングビルは空のグラスを取ると、それにワインを注いで渡した。

「お仕事熱心ですね」
「ありがとうございます……ミス・ロングビルほどではありませんよ。聞くところによると、昨日から一睡もしていないとか」
「そんなことはありませんよ。馬上でも休ませてもらっていましたし、実際、今回の捜索でも、ろくな活躍もできませんでした」

 コルベールはワインを一気に呷った。彼の顔は、ワインによるものか、僅かに赤くなっていた。

「いえいえ、動けるだけでご立派です。実は私、フーケ捜索に参加しようと思ったのですが、臆してしまい、どうしても杖を上げることができませんでした。あの場で杖を上げただけでも私は貴女を尊敬したくなりますね」
「そう、ですか」

 それを聞いたロングビルは、うつむき唇を噛んだ。日常的に人を騙してきた彼女だったが、今は人の良すぎる彼の言葉が胸に痛かった。
 併せて思う。とある事件以来貴族を毛嫌いしていたが、貴族の中にも人の良い者は多い。このコルベールもそうであるし、オールド・オスマンに至っては事情を知ってなお、こちらに情をかけてくれた。
 今でも貴族を嫌っているのには変わりが無いが、果たしてそれが本当に正しい感情なのか考え直す必要がある、と彼女はふと思った。

「私は……どうすればいいのかしらね」
「え? 何です?」
「いえ、ただの独り言です。それにしてもこのワインは美味しいですね。もう一杯どうですか?」
「これはありがたい。ではお言葉に甘えて」

 コルベールが空になったグラスを差し出す。それにロングビルがゆっくりと注ぐ。
 ロングビルも自身のグラスにワインを注いだ。

「これでミス・ロングビルがドレス姿だったら言うことはないのですが……」

 いつもなら嫌悪を感じるはずのそのおべっかに、ロングビルは愉快な気持ちを覚えた。
 彼女はその感情を黙殺しつつ、コルベールにグラスを手渡した。

「そういえば、遅くなりましたが、乾杯」

 コルベールがそのワインが入ったグラスを前に掲げた。ロングビルは少し躊躇したものの、

「――――乾杯」

 と、優しくそれに合わせた。

 その後、彼等は無言で目の前で繰り広げられる舞踏を眺めながら、ゆっくりとグラスの中身を減らしていった。

「それにしても、今日は本当にお疲れ様です。お怪我はありませんでしたか?」
「ありませんわ。幸い、優秀な生徒がいらっしゃいましたので。特にプラチナ嬢などは非常に――――」

 ロングビルが言いかけたあたりで、突然曲が中断された。

「な、何事です!?」
「まさか、曲者」
「コノヨノスベテニクソクラエー!! ひぃぃぃ~~~~ん!」
「落ち着けプラチナァー!! どうしてこうなったー!!」

 突然の中断に驚いた二人だったが、狂乱しパーティ会場を駆け抜けるプラチナ嬢と、それを追いかける使い魔の才人の姿が目の前を通ったのを見て、納得がいったようにうなずいた。

「……プラチナ嬢は、非常に難儀な性格で……」
「…………ですな」

 いつもは生徒に寛大なコルベールも、この時ばかりは呆れ、同意せざるを得なかった。






「――――アァア~~~~~!! ホォォォォォォォォォッッ!!!!」

 プラチナの暴走に負けないような大声で罵倒したのは、ルイズである。

 パーティーから速やかに抜け出したプラチナは、そのままの勢いで広場や教室棟、寮を逃げ回った。
 一時間ほど才人と共に追いかけっこを展開し、ようやく心を落ち着かせて自室に戻ったのは、彼女が狂乱してから一時間半後だった。
 滑らかに光を反射していた絹のドレスは見るも無残に汚れ、装飾の一部も綻んでしまっていた。

 なお、先程のルイズの声はタバサのサイレントのおかげでシャットアウト。騒音対策はバッチリである。

 プラチナはすっかり正気を取り戻し、先程の痴態も思い出したせいで顔が真っ赤だった。

「面目次第も、ございません……ッ!」
「アホォ! アンタ何考えてんのよッ! アンタって時々馬鹿なことするけど、そこまでド馬鹿だとは思わなかったわ! ちょっと本気で友達やめたくなった!」
「わ、私もちょっとアレは……ヒくわね」
「ああ、才人を出し抜いた奴とはとても思えねえな……」
「面白い」

 タバサだけはさほど関心を持たないようで、会場で余った大量のはしばみ草のサラダをついばんでいた。

「いる?」
「……いらね」

 その様を見ていた才人にタバサがサラダを勧めるが、力なく拒否する。この二週間で武に鍛えられたはずの体力を、彼は完全に空にしていた。プラチナに構う気力もゼロになっている。

「っていうかアンタおかしいのよ! いくら子供の頃男として過ごしてたからって、いくらなんでも取り乱しすぎ!」
「男としてって……そうなのか才人」
「いや、俺に聞かないでくれよ」
「これは調教が必要ねッ! ちょっと来なさい」
「助けてくれ才人ぉ~、白銀ぇ~」
「南無阿弥陀仏!」
「敬礼ッ!」

 罪人のように首を掴まれてルイズの部屋に引きずられるプラチナに、才人は合掌、武は敬礼で見送った。





 武と才人はプラチナの部屋で一夜を過ごしつつ、彼女の安否を面白半分に気遣ったりしていた。
 いや、折檻であるはずなのに全く物音が聞こえない隣室の状況に、二人は勝手な想像をして存分に楽しんでいた。

 ところで、舞踏会での乱痴騒ぎで、彼女の二つ名に『狂乱』『暴風』『珍走』『残念』などという不名誉極まりないものが大量に追加されたとか、されていないとか。









-----------
あとがき

 ……うるさくてすみませんッ!!

 これで原作一巻分程度はこなした感じでしょうか……で、十三話……全部書き終えるまでに何話必要なんでしょうこれは。


 07/18 少しだけ加筆修正



[9779] 14
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/12/07 01:26
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「おはようございます才人さん」

 目を覚ました才人だったが、淑やかに挨拶をした目の前の女性が誰だか、今の彼には理解できなかった。

「誰?」
「嫌ですわ才人さん。ワタシですよ、プラチナです」
「……惚れました」

 答えて二度寝を敢行する才人。

「ほ、惚れ……才人さん! 冗談ではありませんよ!」
「冗談はそっちだろッ! 何ですかその口調は! さてはお前、プラチナの影武者かッ!」
「……違いますよ。昨晩ルイズさんが淑女のたしなみを教育して下さいまして。この口調もその成れの果て、もとい、成果なのです」
「そりゃ良かった。ルイズに感謝する他ないなあぶふぅ」

 才人はプラチナが投げた枕に顔を潰された。

「からかわないで下さい! おかげで口調が元に戻らなくて困っているのですよッ!!」

 めそめそと袖を濡らしながら言うプラチナだが、そんな彼女に才人はジト目を送っていた。

「口調どころか仕種まで変わってんじゃん」
「ああッ!?」






 フーケを捕らえることができなかったものの、件の大盗賊と戦い盗品を奪回したという成果は、十分評価に値するものだった。
 その働きをしたメイジであるルイズ、キュルケ、タバサ、プラチナは、王室にて騎士の称号を賜ることとなった
 だが、その全員がそれを断った。ルイズは実力不足、キュルケは別の国の生れで意味が無い、タバサは騎士の称号を既に受けている、プラチナは平民には荷が重いというそれぞれの理由があったためだ。
 そのため、姫アンリエッタはいくらかの報奨金を与えることにした。
 使い魔の平民である武と才人には、褒章が与えられることは無かった。長くこの世界に居座る気の無い二人には、どうでも良い話だったが。

「しっかし。大丈夫なのかよプラチナ」
「正直なところ、恥ずかしいです。本来の振る舞いをしたいのですが、してしまうととても恐ろしいことになるような気がして、できません」

 劇的な変化に心配する武に答える彼女。日常会話を行う際、彼女は僅かに顔を赤く染めていた。

「ぐっすり寝れば治るんじゃないか? ま、しばらく夏休みだっけ。ゆっくりしなよ」
「そう、ですね。もしかしたら、時間を置けば直るかもしれませんし」
「俺としてはそのままの君がいい」

 脛を蹴られる才人だった。しかし、やたら遠慮した蹴りだったので、才人は笑う他ない。

「武、そろそろ行くわよ」
「ああ、それじゃ行ってくるよ」

 王女との私的な話を終えたらしいルイズが、部屋から出てきた。
 武は挨拶もほどほどに、ルイズの側につく。

「潜入捜査をアンリエッタ王女様から賜ったのでしたね。お気をつけ下さい、ルイズさん」
「そうよ。平民に紛れ、悪政を敷いている貴族をしょっぴく……それにしてもプラチナ、私の教育がうまくいっているようで嬉しいわ」
「っていうか、ルイズよりずっと女らしいじゃないガッハァ!」

 ルイズのレバーが武に直撃する。鍛え抜かれたはずのその体が、くの字に曲がり、軋む。

「さっさと行くわよ!」
「ぬぐぅ……へいへい」

 勇み足でその場を去るルイズと、それにとぼとぼと従う武の後姿を見ながら、才人は心配そうに唸った。

「ありゃダメだね、貴族臭がプンプンするもん。プラチナの方が適任だったんじゃない?」
「かもしれませんが……さすがに今の状態で、あまり外には出たくありません……」





「聞いた話では、ルイズさんはあのアンリエッタ姫殿下と幼馴染らしいのですよ」

 馬車内。キュルケとタバサ、プラチナと才人を乗せたその場で、プラチナは思い出したように言った。

「ああ、だから姫様、ルイズにあんな親しげにしてたのね」
「身分を感じる年頃になったせいか、ルイズさんの方はよそよそしい感じでしたけれど」

 プラチナの口調に、キュルケは苦笑した。事情を知っているキュルケと言えど、今の彼女は異常に思えた。
 タバサに至っては、本を読むのをやめてプラチナの顔をずっと見つめ続けていた。

「だな。でもま、久々に話できたから良かったんじゃないか? 行きの時にもそわそわしてたし」
「発表会のときも気合が尋常じゃあなかったわよね。大方、姫様にいい所見せようとしてたのねえ。可愛いトコあるじゃない、ルイズ」
「武、凄かったなあ。いいなあ、俺も早くあのくらいできるまで頑張らないと」

 武の演舞を思い出した才人は、剣を振るジェスチャーをしながら言った。

「才人さん、あまり無理しなくてもいいのですよ。貴方はワタシにとって客人なのですから」
「つってもなあ。仮にも俺、プラチナの使い魔……っていうか、養ってもらってる以上、頼れる男になりたいんだよ。ぶっちゃけコレじゃヒモだ……」
「いいわねえ。ダーリンもサイトくらいの甲斐性があればいいのに」
「いや、本当のダーリンじゃねえのに甲斐性もクソもねえだろ」





 厨房の手伝いをしていた才人だったが、夏休みで人が少ない学院では仕事そのものが少ない。手持ち無沙汰になった才人は体力作りを行うことにした。

 シュペー卿の剣を持ち出し、広場の隅で何度も振る。
 武に剣術を習っているが、基本的にはランニングや筋力トレーニングなどの体力作りばかりだ。剣を握るにしてもその感触に慣れるという程度なので、彼はまだ剣術を学んでいるとは言いがたかった。
 それでも、あの舞踏会で見せた武の動きを思い出しながら彼は剣を振るう。
 デルフリンガーを反りのない刀のつもりで使っている武をトレースした動きのために、叩き斬るという方法で使う大剣には合わない振り方をする才人。そのため、彼は存外に疲れてしまっていた。
 
「何か違うんだよなあ……っとっと」

 ゆっくりと、試すように正面打ちのような動きをするが、バランスを崩して剣の先端を地面に落としてしまう。

「何をしているんですか?」

 そんな才人を見て、不思議そうに尋ねる女。

「え? あ、シエスタか。なんか久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです。お疲れみたいですね」
「っていうか、剣持ってるのに何を、って言われるとショックだな。あれだよ、剣の練習」
「そ、そうですよね、すみませんでした」

 慌てて頭を下げるシエスタ。その動きで彼女の大きな胸が揺れ、それを見た才人はまっこと彼らしい反応をした。

「……っと。ところでシエスタは何してたんだ?」

 彼女が頭を上げた直前にそのだらけた顔を何とか戻した才人は、誤魔化すように質問をした。

「これから洗濯物を干そうと。そしたら才人さんが何かしてたので」
「へえ。手伝おうか? 多いんだろ、貴族の服さ」
「はい。ですが干し方に工夫がありまして。いろんな貴族様の服を干さなければいけないんですが、混ざらないように場所を分けているんです。それで、ちょっとその方法が独特なので……」
「そっか。そんじゃしょうがないか。何か他に手伝うことがあったら言ってくれよ?」
「はい。お気持ちだけでも嬉しいです」

 先程より軽い一礼をし、物干し場に戻るシエスタ。
 その後ろ姿を見て気合を入れた才人は、地面に横たわったシュペー卿の剣を拾った。

「さあて、もうひと頑張りしますか!」
「ですがその前に、そういった剣の振り方を指導しなければいけませんね」
「誰だッ!? ってプラチナ様ですか、いつからいたんでごぜえますか? というか、帰った後寝るなどと聞いておりましたが?」
「その口調、間違いなく悪意がありますね。寝ようとしたのですが、どうも寝付けなくて。私が見ていたのはシエスタさんが貴方に近づく少し前からですよ」

 いつのまにか、プラチナが寮の入り口付近の壁に背中を預けて立っていた。

「……その動きは白銀を基にしたものですよね。ですが、重量を生かして振るというその手の剣には合いません」

 言ってプラチナは近づき、才人の持っていた剣を奪う。

「振るときはなるべく体全体をリラックスさせて、剣の重量を殺さず生かすように――――」

 プラチナは袈裟の形に剣を振り下ろした。強い風切り音が響く。

「こう、振る際には剣の力に逆らわずに振るのです。慣れれば少ない体力でも十分な破壊力が生み出せますよ」
「え、ええと、こう?」

 剣を受け取った才人が同じように剣を振ってみる。だが、振り終わった直後にたたらを踏む。

「体が硬いですね。ボールの投げ方にもあるでしょう、体全体を生かして力を出すのです。そもそも大剣はその重量のせいで隙ができやすいので、いかにその隙を消せるか、いえ、そもそもいかに的確なタイミングで攻撃できるかが一番の問題なはずです。そのためには、いざという時にきちんと動けるよう、正しい動作を体に焼付ける必要があります」

 そこでプラチナは一度話を区切って、今の話を聞いていたかと聞くように、才人の顔を見つめる。

「とにかく、まずは無理の無い振り方を覚えるべきでしょう。そうすれば、自然と疲れることもすくなくなりますし、振りや返しなども速くなっていくと思います」
「ええっと……もう一度見せてくれない?」
「はい」

 プラチナは先程より大げさに体を動かして大剣を振ってみせた。

「足なども曲がっていますよね? 腕だけで力任せに振ろうとせず体全体を使うのです。いかに楽に振ることができるかを模索していけば、おのずとどこに力をいれるべきか判ると思います。間違っても、強く振って体を鍛えようとは思わないで下さい」
「分かった。やってみるよ」
「既にもう三十分は振っているようですが、体力は大丈夫ですか?」
「大丈夫、これでもずっと武に走りこみをやらされ……ああそうか、やっぱ体力は必要だわ」
「そうですね……私など最近は不精でしたので、今の貴方より体力がないかもしれません」
「しっかしプラチナ。口調全然戻らないな」
「人と話そうとすると凄まじく萎縮してしまいまして、今こうして貴方と話をさせていただいていますが、まるで頭の上がらない恩師を相手にしているようです……参りましたね、気さくなのが取り柄だと自分では思っていたのですが」
「その割りには、言ってることは普通なんだけどな。つか、ルイズはどんな調教をしたんだよ」
「……別に凄いことをされたわけではありませんよ、催眠ですね。魔法で人の心を変えるのは禁じられていますが、催眠という平民の技術はあまり知られていないのか禁じられていないので、それを試されたというわけです。それが」
「クリティカルヒットですか」
「ええ、クリティカルヒットです」





 さらに三十分ほど剣を振った才人は、体中に汗を作り座り込んだ。上着はとうに脱いでいる。

「お疲れ様」

 言ってプラチナは水の入ったコップを才人に手渡した。それを彼は返事せずに受け取り飲む。

「ふはー……体力よりこっちが問題だな、痛ぇ、手の皮が剥けちまったよ」
「そんな長く練習するからですよ。剣を使うなら、手袋は欲しいところですね」
「つっても、持ってないし」

 プラチナは自らの口に手をやり思案、やがてその手を離した。

「ワタシの状態が戻れば買い物にも行きたいものですが……そうですね、今度落ち着いた時に、実家の方に行きましょう。首都ほど大きな街ではありませんが、それなりのお店もあるはずです」
「実家か。家族はどんなんだ?」
「母が一人に、小父が一人です。少しややこしいことになっていますので、詳しい話はその時にしましょう。ああ、それと」

 大変なことを思い出したように顔を上げたプラチナは、立ち上がろうとした才人の手を取って、言った。

「昨晩は取り乱してしまい、ご迷惑をおかけしましたね。申し訳ありませんでした」

 その仕種が本当に歳相応の女の子らしく見えた才人は、顔を赤くしてうなずくことしかできなかった。





 部屋に戻ったプラチナが読書、才人が部屋の隅で将棋の駒を作っていると、タバサとキュルケが乱入してきた。
 ジト目で睨むプラチナを無視し、キュルケはプラチナのベッドに座り、タバサはプラチナの隣の椅子に座った。

「遊びにきたわよ」
「見れば分かります。せめてノックをしてください、キュルケさん」

 プラチナの口調を聞き仕種を見たキュルケが腹を抱えて笑う。

「筋金入りね! でも貴女、その方が似合ってるわよ?」
「冗談にもきついものがあります。今でこそ、これは先日の罰として甘受していますが、何日もこのままでいるつもりはありません」
「それにしても……今の貴女、素敵よ?」
「からかわないで下さい。タバサさんも何か言って……タバサさん?」

 タバサはいつのまにか、座るプラチナの膝に頭を預けていた。

「あらあら。タバサも今の貴女の方がいいみたいよ」
「……ぶっちゃけ俺もそう思う。やっぱ今のプラチナ、外見と嵌ってるもん」
「貴方の使い魔のルーンをやすりにかけて消して、新しい使い魔が召喚できるかテストしてみましょうか」
「ご、ごめんなさい! てーか中身全然変わってねえ!」





「――――それ以前に、ここ最近母に会っていませんし、才人さんを紹介したいというのもあります。せっかくなので、数日後、実家に帰ろうと思っているのですよ」

 キュルケはベッドに伏せて、タバサはプラチナの膝枕を楽しみながら話を聞いていた。

「別に今行ってもいいじゃない。女の子らしくなった貴女を見れば、お母さん、きっと喜ぶわよ」
「ところがどっこいですよ。この学院を出る前ですが、一度冗談めかしてお嬢様らしい口調を試してみたら露骨に嫌な顔をしたんだよな。普段はのらりくらりとした性格だから、あのギャップは酷いったら」
「プラチナ、口調戻ってる。というか、ちょっと怖いわよその変化」
「あ……本当ですね……戻ってないですね」

 一瞬喜色を見せたプラチナだったが、またすぐに落胆した。

「……敬語ってのは、その人との距離を示すもんだって話だよ? あまり親しくなかったり、親しくなりたくないような相手には敬語を使うことない?」

 そこで、将棋駒を製作していた才人がその手を止めて話に加わった。

「そうかしら? 私はそういうことないと思うけど。あ、もちろん上下関係は敬うわよ?」
「ワタシは少し分かるかもしれませんね」
「分からない」
「そっか」

 才人は手元に作っていた将棋の駒で山を作ると、自分のベッドに座った。

「うーん……ここは文化の違いが大きいか……とにかく、プラチナがさっき母親のことを話した時に戻ったのは、そっちに意識が集中してたからその距離感を忘れた、ってことなんじゃないかと」
「よく分からないわねえ。つまり、どういうこと?」
「ああ、つまり、仲が良い人と話をしてると、プラチナの言動が直るんじゃないかって」

 それを聞いたタバサが不機嫌そうな気配を出す。

「あ、ああ。別にタバサとプラチナの仲が悪いって言ってるんじゃなくてだな。やっぱ肉親ってのは特別なもんなんだろ」
「とにかくサイトが言いたいのは、積極的にお話をしたらいいってことかしら」
「大体そうだな。できれば母親と話をしたほうがいいと思うんだけど……」
「じゃあ、今から行ってみない? 正直、前々からプラチナの家に行ってみたかったのよ」

 キュルケがそう言うが、プラチナは浮かない顔で返した。

「……せめて明日、できれば明後日にしていただけませんか? 別に貴女を連れて行くのは構いませんが、ちょっと今日は……」
「私も行く」
「タバサさんもですか。いいですよ」

 頭をなでられたタバサが気持ち良さそうに目を閉じた。

「それでは、私は少し横になろうと思います。実は話すだけでも結構な負担があるので、疲れてしまいました」






「湯気がてんーじょかーらーポタリと……落ちねえか」

 才人は、人気の減った学院の広場の片隅にある五右衛門風呂もどきに身を沈めていた。
 初めは火力が強くしすぎて沸かしてしまったり、灰を取ろうとして水の入った風呂釜をひっくり返したりということをしてしまった彼だが、今はもうすっかり慣れていた。
 外出もできなくなるほどの急な大雨だった昼間とは打って変わって、雲ひとつ無い星空の下。都会では決して見ることのできない美しさを誇る星々を眺めての入浴である。
 天気がいい夜に風呂へ入るたび、この世界に来て良かったかもしれない、などと考える彼だった。

「晴れたなあ。今日は行けなかったけど、明日は大丈夫だな」

 ちなみに、この世界に来て一番良かったことは女友達ができたことだ。
 現世では全く女っ気のなかった彼。それが、この世界で女性の友人を多く持つに至ったのだ。
 特に、この世界に自分を召喚したプラチナとは気が合う。やや男っぽさが目立つが、それすらも魅力になるような美しさ。何より、辛辣な物言いもすることがあるが、何だかんだと親身になってくれているのが彼の心に沁みていた。

 俺ってプラチナが好きなのかなあ。と、口の中だけで自問する。
 惚れっぽい性格の彼が長く同じ部屋で寝ているのに全く手を出さないというのもおかしな話で、その面で考えれば、プラチナのことを好きではないということになるが。
 そう、やはり問題が性格だった。
 今日のプラチナはやけに艶かしく、その時々の言動にどきりとする才人がいた。
 今までは彼女の性格のせいで男友達のような印象でつきあっていたの才人だったが、その好意がそのまま女性に対する愛情に反転するような感覚だったのだ。
 もしも彼女が最初からあのような言動ならば、きっと自分は初日で堕ちていただろう。そう彼は思った。

「何が楽しいのです?」
「ああいや、ちょっと考え事。プラチナが元からああなら、惚れてたかもなあ、って」
「気味悪い事言うなって」

 その思考の矛先であるプラチナは服を脱ぎ、風呂釜をまたいだ。

「ん……少し熱くないですか?」
「いや、このくらいが江戸っ子って奴だぜ。それに今トロ火だから、冷める、か……もわあああああ!!」

 目を開いた才人は、いつのまにかプラチナが入っていることを知り、海老のように後ずさった。

「何だかんだで今まで入れてもらってなかったから、ね。親睦を深めつつ会話をする練習をしようと思うのですが。もう二日だし、いい加減治ってもいいはずなんだけど」

 言って風呂のつくりを確かめるように体をゆするプラチナ。

「……すのこもしっかりしてますね。誰が作りました?」
「いや、出てけよ! 何考えてんだ!」
「……つれないなあ」

 言ってプラチナが立ち上がろうとしたが、それすらも拒否される始末だった。
 才人はたまらず、プラチナに背を向けて縮こまった。

「どうすればいいんですか」
「えーと、えとえと、俺が出たあとに出てくれ!」
「じゃあ、そうさせてもらうよ……」

 プラチナは肩までつかり、気持ち良さそうに息を吐いた。

「空が明るいといっても夜だ。細かいところは見えないでしょうし、そもそも、タオルで体は隠していますよ。こちらを向いても大丈夫だと思いますが」

 才人はおずおずと振り返り、プラチナに向かい合った。
 そこで、ふと彼女は何かを思い出したように、あっ、と声を上げた。

「迂闊だ、生理中だったな……」
「おいィ!? お湯が赤くなったら困るんですけどおおお!?」
「うーん。量そのものは全然ですし、三日目ですから多分大丈夫でしょうね。暖めると辛いのも和らぎますし……」

 口調に見合わないえげつない内容を淡々と言ってのけるプラチナだった。

「つか、プラチナって基本的に男みたいな考え方するよな。子供の頃男として生活してた、みたいなこと聞いたような気がするんだけど」
「そうですねえ、この学院に来るまでは、都合上男みたいに振舞っていたしたからね」
「というと?」
「……まあ、そこは今度実家に戻ったときに、ということで。それにしても懐かしいなあ……ここに入学した時はルイズみたいな体型だったし、男の服も着ていたのですよ。髪の毛もオールバックにしていて、そのせいで、ルイズと最初に会った時なんかは男と勘違いされたなあ……寮に男がいる、破廉恥だと言われて失敗魔法で飛ばされたのも懐かしい思い出だ。まあ、寮の出入りそのものは規制されてるワケじゃないんですけどね」
「へえ。今からじゃ想像できないなあ。今はこう……」

 才人はプラチナの顔をじっと見つめた。
 正体の知れない威圧感にプラチナはややたじろきつつ、

「こう?」

 と続きを促した。

「い、言わせんな! っていうか、そうかあ。だから今も男っぽさが抜けないのか」
「今も、そこそこ男のつもりで生活しているんですけどね。それにしても、少しぬるくなってきたかな?」
「慣れてきたんだろ。それに、もしかしたらプラチナが入って冷めたのかも」
「すみませんね、一人の時間を邪魔して。でも、何とか今日までに治したかったしなあ」
「あともう少しだね」
「ご迷惑かけるぜ」

 ははは、と二人笑う。

「何のお話ですか?」
「いや、ちょっと自分の身の上話……ッ!?」

 プラチナはいきなり頭まで潜った。彼女の髪の毛がまるで海草のように水面に浮かぶ。一人取り残される形になった才人は、その声の主であるシエスタに苦笑してみせた。

「うん、プラチナの身の上話だよ。シエスタこそどうしたんだこんな時間に」
「いえ、楽しそうな話し声が聞こえてきたので。お風呂ですか……私も入っていいですか?」
「あはは、一人もう入ってるんだ、せっかくだし一緒に入ろうかー、なんつって」

 冗談めかして言う才人だったが、そんな彼の話を待たないようなタイミングで服を脱ぎ始めるシエスタ。

「ってちょっと待って! 冗談だからシエスタ! まずいって!」
「でも、プラチナさんも一緒なんですよね? 私だけ入れてもらえないのも寂しいです。それとも、やっぱり才人さんも貴族と平民を差別するんですか?」
「い、いや、そんな事は……うわあ!」

 プラチナが入ってきた時と同じように背中を向ける才人。シエスタはそんな様子に笑いながら、風呂に入った。

「一度このお風呂に入ってみたかったんですよ。切り出しにくかったんですがプラチナさんがいてくれて助かりました。はあ、気持ち良い……」
「あ、ああ」

 誤魔化しに夜空を見上げながら答える才人。プラチナの時では何とか落ち着いた才人だったが、さすがに二人目となると、平常心は取り戻せなかった。

「夜で暗いですし、こっちを向いても見えないと思いますよ? ……そんな反応されると恥ずかしいです……」
「え、ええと」

 十分見えるよ、とは言えず、プラチナの時と同じように降伏しつつ姿勢を元に戻した。

「プラチナと同じ事言うんだな……で、プラチナ、何やってんの?」
「さっきからずっとお湯の中に潜っていますよね。凄いです」
「ごぼごぼ」





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あとがき

 数箇所、自分でもどうかと思うネタをあえて入れてみました。このネタが後の伏線になればいいな……と毎度思っていますよ。
 プラチナそのものの話はもっと後で出すという初期プロットがあったのですが、彼女の話、つまりオリジナル部分を前倒しして出していこうと思いました。これで原作の話に手を出す時間を稼ぐ……ッ!

 併せて、原作にある様々な話が圧縮されることになりそうです。うまくいけば、ゼロの使い魔編はわりと早く通過できるようです。
 ……時間を盗みつつマブラヴ二次創作を読んでいたりするのですが、読めば読むほど、あの世界を表現できないのではないかと涙目になってしまう自分がいます。みんな上手すぎでしょう?
 やっぱり頑張って引っ張ろうかな……




2009/12/07 褒賞の部分を微訂正(ストーリーに大きな影響なし)



[9779] 15
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/08/08 00:49
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「……だから、さっきも言ったように女の人にはどうも慣れないんだすよ」

 ようやく顔を出したプラチナは、恨めしそうな視線で才人を睨みながら言った。

「どういうことですか?」
「いや、プラチナってこの学院に入る時まで男として生きてきたらしいんだ。だから、俺の裸見ても動じないっつーかなんつーか」
「それであんなに勇ましい感じなんですね……す、すみません!」
「いや、構いませんですぞ」
「プラチナ、口調が変に混ざってる」
「ふふふ。ところで知ってますか? プラチナさんって意外と平民の女の人に人気があるんですよ?」
「へえ。何で?」
「平民に凄く優しいですし、気さくで気が利く人ですから。男の方には奇異に見えるかもしれませんが、私達からしてみれば、私達のことを分かってくれる男の人みたいな人、っていう感じで憧れなんですよ」
「……パーティーでのアレを見ても?」
「あ、あはははは……」
「ほ、放っといてくだされ!」

 できたての汚点を蒸し返され、顔を赤くして顔半分を水面下に埋めるプラチナだった。

「それじゃあ、そろそろ上がるかな。ってなワケで後ろ向いててくれない?」
「ぷはァ! 待て! ワタシを置いてくな!」
「つっても俺、もうノボせそうだからなあ。とにかく、シエスタのことよろしく頼むよ」
「……残念です。では、また今度一緒に入りましょうね?」
「うぐ、ひ、一人で入ってくれても良いんだけど?」

 才人は焦りつつ風呂釜から出て、隠れるようにしながら体を拭いた。

「……プラチナさん? サイトさんをずっと見てますが、どうかしましたか?」
「うぇ」

 ごまかしのために才人の様子を見ていたプラチナだったが、シエスタに突っ込まれて慌ててそれを止める。

「んじゃなー、お先にお休み」
「薄情者ォ~~~」
「お休みなさーい……ところで、さっきからなんで変な口調なんですか?」
「……ルイズが催眠術ってのをかけたんだす。そのせいで口調が今ひとつ戻りませんって」

 ごぼごぼと顔半分を埋めつつ言う。そんな彼女にシエスタは身を寄せた。

「し、シエスタ?」
「ふふっ、本当に男の人みたいな反応をするんですね。もしかしてプラチナさん、女の人に興味があったります?」
「ぼはッ」

 撃沈し、水面下に沈むプラチナ。だが、すぐに復帰。

「まさかだしょう」
「ふふっ、おかしなプラチナさん」





     *****

 やはり、自分が女ということを意識しているからか、同性――女――の視線がやたらと気になるようだ。
 そもそも、やはり男の感性が残っているから女性の裸は苦手。ちょっと過敏なこのリアクションもしょうがないんじゃないか、と思う。
 ……それにしても、今の自分の体にびっくりするほど愛着持てないっていうのがビックリだ。それがまた、コンプレックスになってるのかも。

 なんか分からんが、男に裸を見られるのも抵抗があるな。っていうかあった。さっきは男のノリで才人が入っていた風呂に乱入させてもらったが、何故だかかなり緊張した。
 やはり、体に思考が引っ張られているのか。それに、この世界に生まれた時に価値観とか更新されたっぽいしなあ……

 それにしてもここ最近はどうも崩れっぱなしだな。なんだろう、あの二人が召喚されて刺激が増えたからか?

「は、離れてくれです」
「いいじゃないですか、女の子同士ですし」

 言ってシエスタはワタシの腰あたりを触ってきた。こそばゆいけど、逃げるのは不恰好。

「すべすべですねえ。やっぱりお肌には気を遣ってるんですか?」
「い、いや、なにもしてないが、むぐぅ」
「やっぱり食べているものでしょうか……顔だってシミ一つなくて羨ましいです。見てください、うっすらとですが、私そばかすあるんですよ」

 そう言いながら顔を覗き込んでくるが、ワタシにはそんな彼女の顔を見返す余裕などない。

「綺麗ですねえ……私が男の人なら、惚れてしまいそうです」
「ばッ、おま!」
「うふふふ」

 くそ、こんなに人をからかうのが好きな子だったのか。純朴そうな顔しておいてやるじゃないか。
 肝っ玉も据わってるし、困ったものだ。こっちの威嚇なんて冗談としか受け取ってくれない。というか、また変な口調になってたな。

「ところで……その、変なことをお聞きしてもいいですか?」
「その手を止めてくれたら」
「あ、すみません!」

 最初は腰だったが、いつのまにか尻と太股にスライドしていたその手を放すシエスタ。この隙にちょっと身を離してみる。

「あ、あの……」

 するとシエスタは伺うようにつぶやいた。
 ワタシのリアクションが気になったとか、そういうワケではないようだ。
 しばらく様子を伺っていると、

「その、プラチナさんは、タケルさんがお好きなのですよね?」
「――……は?」

 ふむ、今、この子は何と言ったか。
 白銀が押す気なんだろう。いや、好きなんだろう、か。
 好きか嫌いかと言われれば、好きと言える。というか、嫌ってたまるか。仮にもあれは昔の自分だ。その上、まだ『疲れた様子は無い』ように見える。とても嫌うことはできない。
 しかし、あえてそのような事を、このようにもったいぶって聞くことはないはずだ。
 ……ああ、なるほど。異性として好きか嫌いかと聞いているのか。
 何を馬鹿な。そもそも、物事は好きか嫌いかという二元論で成り立っているワケではない。両方が混じって判断がつき辛いこともあろうし、逆に無関心でどうとも言えないこともあるだろう。
 だから、この件に関しては、好きか嫌いかでは答えられない。
 ――――異性として? はは、考えたくもない。テメエに惚れるとか、ナルシストじゃあるまいし。

「……そう、ですか」

 そんな私の思考を読んだのか、それとも、沈黙から邪推したのか。シエスタは暗い顔をしつつ視線を逸らした。

「勘違いをしてるかもしれないから言っておくけど。別にワタシは白銀をどうとも思っていませ……いないぞ?」
「そうには見えません」

 もしかして、この子、白銀に好意を持っているのか? この子に何かしたのだろうか白銀は。モット伯の件でも響いたのだろうか。同じ条件なら才人だって良い線いっていると思うが。

「失礼しますね」

 いきなり風呂から上がるシエスタ。くそ、不意打ちで見てしまった……いや、そんなことより、その勘違いをどうにかしておかないと。

「いや、本当にワタシは白銀を何とも思っていないぞ?」
「嘘はいいです。ルイズさんも言っていましたよ。自分の使い魔なのに、プラチナさんの方が仲が良いって」

 おおルイズ、お前もか!

「は、早とちりは良くないぞ~。ああ、そうだ、白銀は女の子らしい子が好きだって言ってたですよ! シエスタなんて性格もしっかりしているし容姿バツグンだし、条件にあってるんじゃないですか?」
「……もう知りませんッ!!」

 一層怒りを強くして、服を素早く着て駆け出すシエスタだった。
 ……ああ、説得というのは難しい。





     *****

「そんなことがあったのか」

 昨晩に引き続き晴れた空の下、シルフィードに乗りながらプラチナは才人に昨日の顛末を語った。

「で、実際のところ、どうなんだ?」
「そうよ、ダーリンの事、どう思ってるの? まんざらでもないんじゃない?」

 側で聞いていたキュルケも話に加わる。この手の話、彼女は大好物だった。

「何でお前らまでそう言う……だから、好きでも嫌いでも何でもないんだって」
「その割りにはかなり仲が良さそうじゃない。時々のケンカも楽しそうにしてるし、まるで昔からの友達みたい」
「っていうか、ぶっちゃけ武って男の俺から見てもいい奴だよ。なんつーか、こう、芯が通ってるっていうか頼れるっていうか」
「そうね。ホント、ルイズの使い魔にはもったいないくらい。貴女もそう思ってるんでしょ?」
「俺、プラチナと武なら祝福してやりたいな」

 プラチナは耐え難い頭痛に頭を抱えた。
 自分と武をくっつけようとする何らかの力が働いているようにしか思えなかった彼女。
 いっそのこと、自分と彼が同一人物だと告白してやろうかと思ってしまうほどであった。

「だーかーらッ! もう嫌いでいい! ワタシは白銀武が嫌いです!」
「またまた、恥ずかしがっちゃって」
「はあ、仕方ねえなあ……俺は使い魔としてプラチナの恋路をアシストせざるを得ない」
「う~~~がァ~~~~~~~ッ!!」
「そろそろ着く」

 そんな三人に呆れるような口調で、タバサは知らせた。





 目的地である街の郊外にたどりついた。
 ガリア国境の近くにある街で、ガリアとの交流も多い街だった。そのためもあり、中々の発展を見せていた。

「で、着いたはいいんだけど、残念ながらワタシの実家は向かい側なんだよな」

 つぶやくプラチナに、タバサが反射的に指笛を使いかける。しかしプラチナはそれを制止した。

「才人の買い物もあるし、街を横切ってもいいだろ、な、皆」
「そうね。ここは初めて来るところだし、賛成よ」

 キュルケが答え、才人とタバサはうなずいて返した。

「それじゃあ、こっち……ん?」

 三人の同意を見て振り向いたプラチナは、そこで見慣れた二人組を発見した。
 そのうちの一人は地味な単色のワンピースを着ているが、その長く眩しいピンクブロンドは見間違えようもないものだ。

「あれはルイズ達じゃないか」
「ホントだ。ん? 二人って何してたんだっけ」
「確か、お忍びで何か探してたはずよ」

 四人はその二人に近づいてみた。それに気づいたルイズ達も、早足でその間合いを詰める。

「偶然ねルイズ……これまた地味な服ねぇ」
「しょうがないじゃない、昨晩まで潜入捜査だったのよ。平民の服を着なきゃいけなかったんだから」
「てことは、任務は終わったのか?」
「終わったわよ。思ったより手早く終わって助かったわ」

 ルイズの横に棒立ちしていた武が声を上げて笑った。

「お前達にも見せてやりたかったぜ? 魅惑の妖精亭ってトコの従業員に紛れてたんだけど、そこにやってきたのが目的の……なんだっけ、でっぷりと太った貴族でさ。ルイズがケンカを吹っかけて従者が襲い掛かったところをオレがバッタバッタと蹴散らして」
「私がトドメにお姫様から賜った王室の命令許可書を出して、一件落着ってトコね」
「……み、水戸黄門?」

 嬉々として喋る武とルイズに、才人は顔を引きつらせながらそんな感想を漏らした。





 適当に歩いていると、それなりに年季のありそうな大き目の服飾点が、一行の目に留まった。

「ここでいいか。ついでに服も買おう」
「そうね。私もずっとこんな服じゃやってけないから、ちゃんとした服を買おうかしら」
「お金はあるの? ルイズ」

 ルイズは笑うと、懐から大量の金貨を取り出し見せびらかした。

「何これ……うわ、千エキューはあるんじゃない?」
「例の貴族が見逃してくれなんて言いながらチップをたっくさん置いていってくれたのよ。ホント、太っ腹ね」
「実際に太い腹してたけどな」
「そうねえ。当たり前だけど、さすが私腹を肥やしていた貴族はお金持ちね」

 その話に、にんまりと同じような企み顔をするプラチナとキュルケ。

「これは、買い物をして街に還元だな。せっかくだからワタシ達にも奢らないか」
「いいわね! せっかくだからパーッといきましょうよ。前からドレスがもう一着欲しかったのよねー。ルイズ、行きましょ?」
「何でアンタ達に奢らなきゃいけないのよ! 特にツェルプストー!」
「……街へお金を多く還元したとお姫様に言えば心証が良いかもしれないぞ?」
「食事も推奨」
「何タバサまでそんなことを……ッ……ああもう! 今日だけよ!?」

 提案そのものにやぶさかでなかった上、やたらと目を輝かせているタバサに圧倒されたルイズは、ため息をついて、観念した。





「余ったわね」
「そりゃそうだ。いくら服が高いって言っても、一着十エキューが精々だろ」
「大体二十万円くらいか……? 俺達の世界からすりゃかなり高い気がするんだけど、手縫いだとそんなものかもね。つーか、キュルケの百いったじゃん。容赦ねー」

 全員が好みの服を適当に買い込んだ。
 一番買ったのがルイズで、もっとも高い単品を買ったのがキュルケだ。
 キュルケは、その黒紫のドレスを体に当て、武に見せ付けた。

「どう? 似合うかしら」
「似合ってるんじゃないか?」
「何、人の使い魔を誘惑してんのよ。真昼間からはしたない」
「でも、惚れた男性には見てもらいたいじゃない?」

 武は頭を押さえてから、意を決したように真面目な顔をした。

「気持ちは有り難いがキュルケ。オレには、なんだ、意中の子がいるんだよ」
「え? 誰!?」

 慌てて詰め寄るキュルケ。その手にあったドレスが地面に落ちる。才人がそれを拾って汚れを叩き落とす。

「……鑑純夏って言ってな、オレの幼馴染なんだ」
「へえ。どんな子なの?」

 武はしばし腕を組み考えると、とたんに顔をギャグみたいに歪め、

「アホ?」

 と答えた。

「アホって……え? それだけ?」
「全部ひっくるめてアホっつう感じだな。アホなこと言うしアホなことするしアホみたいに自分の事考えねえ。ああ、学校の成績も実際アホだったな」
「そ、そんな子をどうして好きになったのよタケル……」
「まあ、長く一緒に居すぎたんだな。アイツがいないとオレはどうもダメで」

 少し寂しそうに笑って言う武。

「……なら、貴方が故郷に帰るまでに、その子を忘れちゃうくらいメロメロにしてやるわ!」
「お、おう、お手柔らかに」

 キュルケの挑発的な視線を受けながら苦笑していた武だったが、やがて、ルイズが悲しそうな顔をしていることに気づいた。

「か、勘違いするなよ!? 前までだって何年も会ってなかったんだ、このくらいなんてことないって!」
「……え? あ、ああ。そうなの。何だ、責任感じて損したわ……って、何頭撫でてんのよッ!!」
「げ、悪い! 丁度撫でやすい位置に頭があったから……いや、実際子供みたいだよなルイズ」
「アンタあッ! ちょっと背が高いからって調子に乗りすぎよ! ご、ご主人様を子ども扱いするだなんて!」

 ルイズは何故か武の手を振り払わないまま、赤面しながら怒鳴り散らした。
 ともあれ、少ししんみりした雰囲気が払拭できて人心地ついた武だった。

 武の話を遠くから聞いていたプラチナは、白粉を塗ったかのように、その白い顔をさらに白くしていた。
 その異常に気づいたタバサが、プラチナの顔をうかがった。
 彼女の顔は、まるで仮面のように硬い表情になっていて、その視線もどこを向いているか分からないような状態だった。
 まるで人形。
 いつか見た光景を思い出したタバサは、慌ててプラチナの肩を掴んで揺さぶった。
 その動きで表情が戻るが、まるで裏返すような勢いで顔を青くするプラチナ。

「……タバサ? どうした?」
「どうしたの!?」
「え? ああ、ちょっと考え事をな」
「そうには見えない!」

 タバサは珍しく取り乱しながら、プラチナに言いすがった。

「……いや、本当に何でもないんだ。ごめんなタバサ」

 タバサの頭に手を置いて笑うプラチナだが、やはりその動きはぎこちなかった。

 そんなやり取りに気づいた才人とキュルケが、二人に近づく。

「どうしたんだタバサ、そんな大声出して……プラチナ、顔青いぞ?」
「いや。少し考え事をな。顔が青いのはタバサに面食らっただけ――――ごめん」
「でも、タバサがそんなに取り乱すなんて……貴女本当に大丈夫?」
「大丈夫だって」

 タバサは泣きそうな顔でプラチナを見上げていた。プラチナは笑いながら、今度は力強く、ぐずる彼女の頭を撫でた。

「あ……さっきの反応、もしかして……そうか、そうだよな」

 才人は、何かに気づいたように表情を引き締めてプラチナに詰め寄った。

「な、何だ」
「分かった。武、ちょっと来てくれ」
「ん? 何だ何だ?」

 武がやってくるのを見計らって、才人はプラチナの背中を押し、彼と正対させた。

「え? な、何だ? おい才人、何のつもりだ?」
「プラチナ。言わなきゃいけないこと、あるんだろ」

 何を、と言いかけたが、才人の表情を見てその口を止めた。
 彼はいつになく真面目な目でプラチナを射抜いていた。
 滅多に見せない彼のその表情に、彼女ははっとした。
 今までの言動の端々から、自分と武の関係を看破したのではないのかと。

「……今は、その時じゃない」

 かねてから武に本当の事を言いだす勇気が持てないでいるプラチナは、辛うじてそうつぶやいた。

「馬鹿ね、そんなにノンキに構えてたら、本当に言いたくなった時には言えなくなってるものなのよ? ほら、早く言いなさいな」

 キュルケも、プラチナを物理的に後押しをかけた。
 いつのまにか、タバサまで背中を押している。

 この反応、そして態度。二人も既に自分と白銀の関係を見破っていたというのか。
 そう考え、慌てて振り向くプラチナ。
 そして、三人の表情をしっかりと確認する。
 いずれの顔も、期待と不安――――応援する者の感情に染まっていた。

「お前達に、見破られていたなんてな……」
「見破るも何も、バレバレじゃない」
「そうそう。なんつーか、二人って波長が揃いすぎなんだよ。これで何も無いって方がおかしい」
「お見通し、ってヤツね。というか、そんなにタケルばっかり見てたら、何かあるって誰だって思うわよ」
「そう、か……」

 元々を一緒にする者なのだ。息が合うのも、意識してしまうのも仕方の無いこと。
 勘が鋭く柔軟な発想ができれば、今までの言動で察することもできただろう。特に洞察力の鋭いタバサなどはかなり前から分かっていても不思議ではない。
 言動に不自然さを覚えた誰かが特殊な魔法かマジックアイテムを使って思考を読んだ、ということもありえよう。

 プラチナはそう頭でまとめてから息を整えると、三人に優しく言った。

「その時は、来なくてもいいんだ。ワタシが言わなくても、いつか白銀が気づくかもしれないし……」

 それに納得するようにうなずき、詰めた息を吐く二人。

「なるほどね、貴女はそういうタイプなの。でも、それ、相当難しいわね」
「まあ、アイツが肝心なことに限って鈍いのは分かっている」
「おお、さすがだなあ」
「おーい、何の話なんだよぉ~?」

 武が意味も分からずその場に立ち尽くしているが、キュルケ達は一瞥し企み笑いをするだけだった。

「じゃあ、私達がどうこう言うことじゃないわね。頑張りなさいな」
「俺も応援するよ。大変だとは思うけど、頑張れよプラチナ」
「私も応援」

 最後はタバサまで加わった。
 この思いがけない友情に、プラチナの目頭が熱くなる。
 事情を察していてなお、このように変わらず付き合ってくれる彼等に感動を禁じ得なかった。
 彼女はこの友情を一生の宝物にすると心に誓うのだった。

 互いに大いなる勘違いをしていることが発覚するのは、やや後の話である。

 なお、武は、この直後にルイズの強烈な蹴り込みを食らった。





「で、ここが魅惑の妖精亭。今開いてるかな?」
「確か昼食時にも開店するから、この時間帯は開いているはずよ」

 言ってルイズは扉を開ける。

「「「「「いらっしゃいませー!」」」」」

 おお、と才人は感嘆の声を上げた。

 従業員は非常に扇情的な、肌の露出の多い色とりどりのメイド服に身を包んでいた。
 そんな彼女達が一斉に出迎えてくれたのである。まるでメイド喫茶のような錯覚に、彼は度肝を抜かれつつ鼻の下を全力で伸ばした。
 ――――この服のデザインをしたのは誰じゃあ! 褒めてつかわす! 淑やかな感じもいいけど、こういうメイド服も、やっぱ、たまらないね!!

「って、ルイズじゃない!」

 そのうち、一人の従業員が厨房から出てきて近づく。
 シエスタに似た風貌の、しかしずっと気さくな印象を持つ女性だった。服装は他の従業員と違って、厨房の忙しさにも耐えうる堅牢なものだった。

「ただいま、ジェシカ。お仕事はいいの?」
「お客さん今いないよ……あら、後ろの人達は?」
「さっき偶然会ってね。友達よ」
「へぇ……あ、久しぶりタケル」
「おう。四ヶ月ぶりだっけ、ジェシカ」
「それを言うなら四時間前じゃない? おかえり」

 言いながら順番にメニューを取るジェシカ。タバサは当然のようにはしばみ草のサラダを注文していた。 

「……またあの草かよ」
「好き」
「ワタシも嫌いじゃないな。確かに苦いが、慣れるとそれが旨みになる」
「へえ。オレも試してみようかな」
「やめておきなさいよ。ホント、びっくりするほど不味いから」

 そうなのか、と答えてメニューを見る武だが、すぐにそれを放棄した。

「そういえばオレ、ここの言葉読めねえの忘れてた」
「俺も、プラチナにちょっと教えてもらったけどろくに読めねぇな。はあ……ジェシカさん? ここのオススメってある?」
「あいよ。お姉さんに任せて。お酒はいる?」





「あ~ら可愛い子ちゃん! まァた帰ってきてくれたのねェ~ん!」

 武はぐったりしていた。
 店長のスカロンが、彼らが帰ってきたことを聞きつけると凄まじい勢いでやってきて、武に頬ずりを開始したのだった。
 時折、絶望の色に顔を染めた武に熱烈な愛の表現がされる。秒を数える毎に、彼の青い顔が口紅で赤く染まっていく。

 そんな光景を、店員以外の全員が凝視していた。

 店長スカロン。またの名をミ・マドモアゼル。彼は――そう、彼は男だった。
 筋骨隆々な体躯に立派に、きっちりに蓄えた黒い髭。
 しかし、そんな男らしさを裏切るような、純朴な馬のように輝く瞳と丁寧に赤く塗られた唇。
 そう、彼は男であり、それ以上に、オカマだった。

 まるで悪魔の配剤としか思えない目の前の生物が繰り広げる惨劇に、しかしその場にいた全員は目を逸らすことができなかった。

「あんぎゃああ~ッ!! スススカロンさん、やめ、ぎゃッ! やめ、ぎゃア!」
「あんら~、もうアタシをミ・マドモアゼルと呼んでくれないのかしら?」
「ミ・マドモアゼルゥ~~ッッ!!! お止めください! 後生だからァァ!!」

 スカロンは絶叫する武からパッと体を放し、体をくねらせた。

「ン~、トレビア~ン!」
「……すっげえ濃いな、店長」
「そ、そうね。仕事中は気にするどころじゃなかったけど、これは凄いわね」

 ようやく呪縛から解き放たれた才人とルイズが、身震いしながらつぶやいた。
 プラチナはこっそり十字を切っていた。

「ご注文の品で~す」

 はしばみ草のサラダを受け取ったタバサは、プラチナと自分の席との間にそれを置き、フォークを取った。
 そして、それを黙々と食べ始める。
 それを見たプラチナも気を取り直してそれに与った。

「……よく喰えるね、プラチナも」
「酒と同じで、味わいどころが分かると癖になる。ワタシはタバサほどじゃないけど……もぐもぐ」

 大葉に似たその草を淡々と食べ続ける二人に、才人はまた別の寒気を覚えた。

「ところで、ここは酒場よね。料理も美味しいじゃない」
「あら、嬉しい事言ってくれるわね仔猫ちゃん。料理もこのお店は自信があるんだから! 一番のウリは色気、だけどッ」
「そうね、言うほどだけあって良い子揃えてるじゃない。あ、オススメの野菜料理はあるかしら? はしばみ草以外ね」

 スカロンは、いつのまにか肉料理をもらっていたキュルケと談笑をしていた。情熱的な二人だが、お互い何か惹かれるものがあったのか。

「で、俺は……焼き鳥?」
「鳥じゃないよ、羊の肉だね。ここの近くの山で取れた岩塩で熟成させて、フルーツソースで味付けしたやつだよ。本当はお酒と一緒に食べるととてもおいしいと思うんだけど……いる?」
「お酒はいらないけど、これはいただきます」

 才人も、初めはやや気おされ気味だったものの、看板娘のジェシカと会話を交わすことでしだいに場の雰囲気になじんでいった。
 ルイズも、注がれたワインの味に舌鼓を打っている。
 タバサは二皿目のはしばみ草を変わらず食べ、プラチナはスープに手を出していた。

 その中で、一人だけ無言で机に突っ伏す者が一人。
 嫌な理由で骨抜きになってしまった、武だった。





「ボロね」
「ボロいな」
「ボロいですぅ」
「サイト気持ち悪い」

 一人目はキュルケ、二人目は武。三人目は妙な口調の才人で、四人目はルイズの台詞だ。

 魅惑の妖精亭を出た六人は、適当に散策をしながら街の僻地にあるプラチナの実家へとやってきた。
 そこにあったのは、まるでまりものように丸々と発達したツタに支配されたレンガ造りの家だ。
 そのインパクトは、平民の家というより廃屋、もしくは植物でできたオブジェと、見る者に思わせるほどだった。

「お前ら、人の実家をそう言ってくれるな。さすがに傷つく」
「でも、これさすがにまずくねえか? ツタばっかだぞ」

 壁にびっしりと張り付いたツタを引っ張りながら武が言う。彼の膂力をもってしても、年季の入ったその太いツタは千切れなかった。

「いや、これはわざと張らせてるんだ……こんなボロい外見の家なら、中に財産があるなんて思わないだろ?」
「……それって泥棒避け? ふーん……」
「あと、夏場は涼しく、冬場は暖かいんだぜ」
「なんか、ビルの緑地化推奨みたいなうたい文句だな」
「何よそれ」

 冗談もほどほどに、プラチナは家のドアをノックもせずに開ける。

 ――――だが、プラチナは直後にドアを閉じた。

「どうしたの?」

 訝しがるルイズに、プラチナはまるで死地を目の前にしたような顔で、

「逃げろ」

 とつぶやき返した。





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あとがき

 ちょっとこの話からの展開を作り直そうとしました(主に登場人物のあたり)が、結局変更する事はあたわずでした。おお、ぶざまぶざま。
 他の人のゼロ魔SSを読むと、なんといいますか、自分のユーモア欠如を痛感します。みんな面白すぎでしょう?

 そしてちょっと文章作るのをサボっていたら、妙な具合に脱線する癖がついたような。これで益々ストーリーの進捗が滞る!
 これからしばらくはアレな展開になると思いますが、しばらくお待ち下さい。こういったビミョーな部分は更新を早くして軽やかに通過していきたいところです。



[9779] 16
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/08/13 03:07
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 逃げろ。

 その言葉の意味を全員が理解する前にドアがまた勝手に開き、そこから伸びた白い手にプラチナが一瞬で引き込まれた。
 直後、そのドアが閉じる。ややあって、悲鳴とも音ともつかない妙な声と、何かが倒れる音。

 獣のような俊敏さで行われた何かを見た全員は、たっぷり五秒ほど固まっていた。
 それを崩したのは武。彼はいつもより強い意思を迸らせ、勢い良く扉を開いた。

 なるほど、と、その先を見た武は思い知った。
 闇色の長髪を湛えた妙齢の女性が酒瓶を持っている。恐らくは出来上がっているのだろう。周囲には空の瓶が二本ほど転がっており、彼女の首は少し左右に揺れていた。
 プラチナは、何らかの攻撃により床に伏していた。小声だが、ゾンビを思わせるうめき声を出していることから、一応意識はあるようだった。

「あらぁ? またお客さんですか? お酒をどうぞ~」

 状況を確認していた武に、酔った女性が電光石火で接近して酒瓶を彼の口に押し付けてくる。

「んむッ!? か、空、空だぞッ!」
「あ、あらあら? ……あらあら。もうお酒がないですねー?」

 先程の勢いはどこへやら、よろよろと椅子にもたれかかって瓶を傾ける女性だった。

「ん~、もう少し飲みたいのかな?」
「いや、オレに言われましても」

 何故か視線を武に送りながら疑問を投げかける、その女性だった。

「……胃が焼けるぅぅ……母さんよぉ、頼むから人に酒は飲ませるな……その飲ませ方は人を殺すぞ……」

 プラチナは仰向けになって言った。

「あらぁ? お姉さん、どなたかしら?」
「ワタシだ、プラチナだ」
「あら? いつのまに貴方女の子になったの?」

 パッと、母と呼ばれたその女性は素面の顔つきになり周囲を見回す。そして、プラチナの知人を見るや否や、席を立った。

「あらあら。いらっしゃいませ。不束者ですが、よろしくお願いいたしますね?」
「何かそれ違わないか母さん」
「それではお茶をご用意いたしますので、しばらくお待ちくださいね?」

 恐らくはプラチナの話を聞いていないのだろう。その長い髪をなびかせて、女性は部屋の奥へ消えていった。

「はぁ……母さんの酒癖の悪さもたまんないぜ……っとと」
「大丈夫かよプラチナ」

 足元のおぼつかない彼女の肩を取る才人。プラチナは顔を赤くしていた。

「……酒、飲まされたのか」
「ああ。一気飲みは苦手だってのに……うぷっ」
「だらしないわね、その位で酔っ払うなんて」
「馬鹿言うな、丸々一瓶だぞ。ほら、これ」

 言いながら、プラチナは床に転がっていた瓶を蹴る。それは彼女のふくらはぎほどもあるものだった。

「……アンタこれ、さっきの一瞬で飲み切ったの?」
「ああ。アレの手にかかると、酒が胃に直接流れ込む感じだ。人によっちゃあ死ぬ、マジで。いや、今まさにワタシが死ぬ」





 その後、急性的に酔いが回って倒れかけてしまったプラチナを近くのベッドに横たわらせたあたりで、先程の女性が奥から茶を持ってきた。

「どうぞ?」

 だが、誰も取ろうとはしない。
 その場にいたほとんどに同じ思考がよぎる。まさかこの茶にも酒が入っているのではないか。

 だが、一人タバサがそれを受け取り、飲む。
 一口。少し間を置いて、もう一口。

「……じゃあ、オレも」
「私も頂こうかしら」
「えと、いただきます」
「じゃあ、私も。いただきます」

 その様子を毒見にし、四人もカップを受け取って飲んだ。

「……へえ、美味いじゃないか」
「ああ。良かった、酒入ってなくて」
「あらあら、お酒はもう無いのですよ? ごめんなさいね?」

 思わず当初の心配を口走った才人に、女性は笑って返した。

「そういえば自己紹介が遅れましたね。私はプラチナの母のペリーヌです」
「あ、俺、平賀才人です。プラチナの使い魔やらせてもらってます」
「あらあら。あの子ったらこんな可愛い子を使い魔にしたのかしら? 病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまでよろしくお願いいたしますね?」

 リアクションが考え付かず日本人的半笑いを見せる才人だった。
 そうしながら彼はペリーヌの顔を見て、あまり似てないなあ、などと思った。

「私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。プラチナとは、こっちのタバサを通じて友達にさせてもらったわ」
「はい、キュルケさん。これからもよろしくおねがいしますね?」
「あ、オレは白銀武。で、そこの小さいのがルイズっていう貴族です」
「こら! 勝手に人を紹介するんじゃないわよ! ……コホン、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。この度は突然のご来訪を――」
「ルイズちゃんですね? 可愛い子ですねえ、シロガネタケルさんの妹さんですか?」
「はァ!? どこに目をつけてんのよこの人ッ! タケルは私の使い魔で平民! 誇り高いヴァリエール家と一緒にしないで欲しいわ!」
「あらあら。そういえばヴァリエール家は侯爵、それも王家に通じる家系でしたね。まるでお人形さんみたいに可愛らしいのね?」

 しばらく無言でペリーヌをにらみつけたルイズだったが、やがて諦めたように肩を落とす。

「……なんか、プラチナとは別のベクトルで疲れるわ……」
「なんかオレも疲れるな……」

 タバサは茶を飲み終えてカップを机に置いた。

「プラチナの話、聞かせて」
「タバサ、プラチナ潰れてるし、起きてからの方がいいんじゃないか?」
「いやねえダーリン。だからこそじゃないの。本人が関しないところでの暴露話、面白いわよ?」
「さすが趣味が悪いわねツェルプストー。でも、今回ばかりは私も賛成よ」
「珍しく気が合うわねルイズ」
「……いいのかなあ」
「多分大丈夫ですよサイトさん。プラチナもさほど気にしないと思いますし。では、長話になりそうなので、お茶請けなどをご用意いたしますね。タバサさん、お茶のお代わりは要りますよね?」





「――――その子に十四の頃告白されましてね? その子の顔面を破壊する勢いで殴ってしまったのですよ。本当、照れ屋なんですねえ」
「……何かシンパシー感じるな」

 その話に、武は何故か同情を見せた。

 二十分ほど、ペリーヌは簡潔にプラチナの半生を語った。

 ガリアから逃げるような形でこの街へ来たペリーヌをかくまってくれたこの家の主の話、ここでプラチナが生まれたこと。
 幼少から子供らしからぬ言動を見せていたこと。
 体があまり強くないくせに無茶をして、怪我や病気が絶えなかったこと。
 時折、大人顔負けの行動をするのに、やたらと泣き虫だったこと。
 本を読むのを趣味にしていて、本来は貴族専用である図書館に入り浸っていたこと。
 女なのにまるで男のように振舞っていて、近所ではガキ大将のようになっていたこと。
 小父の清掃業の手伝いをしたとき、変な病気をもらって一週間ほど寝込んだこと。
 粗末ながら杖を自作して魔法を練習していたことがばれたこと。その話の中で、オールド・オスマンと出会ったこと。
 地下室に篭り、日々魔法の練習を続けていたこと。

 ちなみに最後の話は、学院に行くことが決定したとき幼馴染の男に告白された、というものだった。

「にしても、聞けば聞くほど滅茶苦茶だなあ。図書館で怒られなかったのか?」
「ええ。管理人とは親しかったですし。それにあの子の髪色は貴族然としたものですから」

 喋り続けた喉を癒すように、ペリーヌはゆっくりと茶を飲んだ。

「そういえば、父親はどうなってるんですか?」
「そうね。良ければ聞かせてくれない?」
「うーん……どちらかといえば私の話になりますが、いいですか?」
「構わない」

 持ってきた菓子の半分ほどを食い尽くしたタバサが話を促す。
 そんなタバサをどう思ったのか、しばらく見つめたペリーヌはやがてうなずいた。

「……私はガリア領のセリーヌという家の長女でした。下級ではありましたが、それなりに頑張っていたのですよ? 資金繰りが大変だというのに、貴族を集めてのパーティーにもこまめに出席していたのです。勿論私も出席していました。これでも長女で、他の家と関係を持つのに都合のいい道具でしたからね?」
「貴女、もしかして貴族嫌い?」
「嫌いですよー? まあ、その日もうんざりしながらパーティーに参加したのですが、その日は青い髪の格好いい方と会ったのですよ? その人はジョゼフ様と言いまして」

 タバサはむせた。

「あらあら……お酒の勢いもあって、一夜を共にしたんです。で、それだけで子供が」
「おい、大丈夫かタバサ」

 武は恐る恐る、車のエンストのように咳をしながらうつむき震えるタバサの背中をさすった。

「……ってちょっと待ちなさいよ! ジョゼフってガリア王の!?」
「そうですよー? とにかく、私は子供ができてしまいまして。ジョゼフ様とも一夜限りのお付き合いだったこともあり、お腹の子が誰かということを証明できなかったんですね? 私の両親は私のお腹の子を利用するというようなことは考えませんでしたが、そのかわり、頭がすこぶる固くてですね? その子をどこぞの馬の骨の子と断定して私を追い出してしまったのです。失礼ですよねえ、私は後にも先にも彼とだけなのに……あのパーティには中級貴族までしか来ないようなパーティでしたので、仕方ないかもしれませんが」
「私だって信じられないわよ……確かガリア王って、ちゃんと結婚もして、子供もいたわよね」
「とりあえず、あの髪の毛の色は本物でしたね。とにかく、私は逃げる形でガリアを出たんですね。それでこの街へ来たんですよ?」
「この家は、貴女が?」
「いいえ。私を拾ってくれた方のものですよ? トマさんは今仕事中ですからいませんけど……お腹をすかせて倒れてたところをかくまってくれたんですねえ。そのままこちらにご厄介になりまして、ここでプラチナを産んだわけですよ?」
「トマさんってこの家の?」
「はい。無口ですけど優しい方ですよ?」

 そこで、ふと才人は当初から持っていた疑問を出す。

「っていうか、ちょっと失礼かもしれないんですけど、ペリーヌさんっていくつなんですか? ずいぶん若いように見えるんですけど」
「あらあら。三十ですよ? そろそろお誕生日ですねえ」

 その場にいる全員が、若すぎると思った。外見も十分に若々しく二十代前半でも通じそうな彼女。年頃の娘がいる母にはどうしても見えない。

「あれ? 十四? 計算間違ったかな、もしかしてプラチナって養女とかですか?」
「あら。私があの子を産んだのがその年齢ですね。十三の頃に家を出たのですが、その時にはお父様、若すぎると怒っていましたねえ……」
「……あのさ、この世界ってそんな歳でアリなの?」
「だ、ダメに決まってんじゃない。せめて十五からよ」
「十五でもアリなのか。半端ないなハルケギニア」
「っていうかジョゼフってのが半端ねえよ」

 キュルケからもらった茶を飲み、ようやく落ち着いたタバサが姿勢を整えて質問した。

「……ガリア王と、その後交流は?」
「ありませんねえ。何せあのパーティではお忍びでしたし、私との付き合いも一夜限りでしたもの。覚えているかどうかも怪しいものです」
「でも、その話が本当なら、プラチナってお姫様ってことになるんじゃない?」
「それはちょっと難しいですねえ。ジョゼフ様は認知されていませんし、王家特有の特徴もありませんから」

 ペリーヌはタバサの髪の毛を見つめながら答えた。

「それにしても、懐かしいですねえ……もしジョゼフ様が私の事を覚えていたら感激かしら……っと、ところで、皆様はこの後どうします?」
「そうね。特に用がなければ帰る予定だったんだけど、プラチナがあんなだから……どうしよう?」
「私に振らないでよルイズ。プラチナは……ああ、すっかり眠っちゃってるわね。一人残すのも忍びないし……それじゃあ、近くの宿屋で一日過ごして帰るっていうのはどう?」
「まあ、それも悪くないわね。時間はたっぷりあるし」





 キュルケとルイズは近くの宿で一泊することにし、タバサと武、才人はプラチナの実家に厄介になることとなった。

 太陽が落ちた頃、まるでドワーフのように毛むくじゃらな男が無言で家に入ってきた。名はトマといい、この家の主であった。
 目まで眉毛に隠れて表情が読めず、独特の威圧感がある老人だったが、家の中にいた三人を見るや会釈をしたため、彼らは胸を撫で下ろした。

「はい、シチューですよー? お代わりはありますからー」

 やや狭い食卓を六人で囲む。室内は家の鬱蒼とした外見を裏切るような、清潔で暖かく、明るい雰囲気に満ちていた。

「……で、何でタバサはワタシに張り付いてくるんだ?」

 食後、胸元に寄り添い離れないタバサを、酒の後遺症による頭痛もあり顔をしかめながら見下ろすプラチナ。

「オレに言われても」
「アレじゃないか、お姉様ってゆー奴。タイが曲がっていてよ?」
「タイつけてないぞ。何を言ってるんだ才人」

 追及を諦め、プラチナはタバサの頭を撫で始めた。

「ところで、皆は寝床どうするんだ? この家、余りのベッドないぞ」
「オレ達は床で寝ることにした。タバサはお前と一緒に寝るってさ」
「……何でだ、タバサ」
「……姉様だから」

 プラチナは数回瞬きをして、才人に顔を向けた。

「良かったな才人、大当たりだ」
「ごめんまさか当たるなんて思わなかった」
「あらあら、こんな子をお姉ちゃんにしちゃうなんて、タバサさん、それで良いのかしら?」
「うん」

 ペリーヌに答え、ぎゅっとプラチナを抱きしめるタバサ。プラチナは苦笑が止まらなかった。

「ええとですね。プラチナには今まで黙っていましたが、貴女の父親は、実はガリア王のジョゼフ様なのですよ」
「――へえ。なるほど、そういうことか。なるほどなあ」

 微妙な笑顔を貼り付けてうなずくプラチナだった。それを見た才人が、ヤケに聞き分けが良いな、と不思議がる。

「いや、アレ動転してるぞ。見ろ才人、プラチナの手が止まってる」
「あ、ホントだ」

 プラチナはタバサの頭の上に置いていた手を引くと、その硬直した顔をそのままペリーヌに向けた。

「うーん、母さんよ。冗談を言うタイプだとは思っていたけど、嘘まで言うとは思わなかったなあ」
「嘘ではありませんよ? 今まで黙っていたのは、万一それが外部に知られたらめんどくさ……難しいことになるんじゃないかと」
「そうかそうか、なるほど、なるほどなあ」

 うんうん、とうなずくプラチナだったが、その目はかなり虚ろになっていた。

「……で、何でタバサが妹になってるんだ……ああ、そういうことか」
「ええ。タバサさんのその髪の色はガリア王家のもの。ですので、貴女とタバサさんは血縁関係になるんですよね?」
「そうか。まだ酔ってるんだな。迎え酒持って来い」
「あらあら。お酒はもうないんですよー?」
「くそッ……ふう、どうなってるんだ、意味が分からん」
「本当。貴女は私の母様に似ている」

 追い討ちをかけるタバサだった。
 プラチナはたっぷりと息を吸い、盛大なため息をつきながら相槌を打った。

「恙無く暮らすというワタシの人生目標はどこで狂ったんだ……?」
「たぶん生まれたときからじゃないか? 聞いたトコ、プラチナって子供の頃から破天荒なことやってたっぽいじゃん」
「その上虚無ってなると、こりゃもう運命だわな」

 その場にいる誰でもない男の声が響いた。
 数人がトマの方を向くが、彼はそ知らぬ振りで髭を整えていた。

「うわひでえ、忘れられてやんの俺。こんばんは奥様方、あっしはデルフリンガーと申すものでございやす」

 壁に立てかけてあった剣が、カチカチと音を立てて慇懃な挨拶をした。

「おい。誰が虚無だって?」
「あ、やべ。うっかりゲロっちまった。そういえばこの前もルイズにゲロっちまったなあ」
「ずいぶんと口が柔らかいんだな。刀身もそのくらい柔らかかったりするのか?」」

 部屋の隅にかけてあったデルフリンガーに音も無く接近したプラチナは、彼を掴んで引き抜いた。
 そして、剣先を床に置き柄を手で支えながら、彼の腹を足で踏みつけた。
 その刀身が弓のようにたわみ、高音低音入り混じった不吉な金属音が部屋に響く。

「あんぎゃあああああ!! 折れる! 折れりゅうううううッッ!!!」
「折れてしまえぇ~」
「どういうことなの?」
「ああ、いや、あははは……おいデルフしょうがない、ここは男らしく、一つガツンと折れちまおう」
「かかか仮にも伝説の剣に向かってひでええお前らひっでえええええええ!!!」





「相棒。俺曲がってない? ねえ?」
「大丈夫だデルフ。お前はあいも変わらずボロい剣のままだよ」

 言って鞘に戻す武。デルフリンガーは引っかかることなく、きちんと収まった。

「しっかし、それにしても、ルイズとプラチナが虚無だっけ、そのメイジなんてなあ。本当なのか、ええと、デルフリンガー?」
「おうよ……おめさんの右手にルーンがあるだろ? それはな、ヴィンダールヴのルーンっつーんだよ。その力は、あらゆる動物を使役する力がある。その使い魔を従えることができるのぁ、虚無の担い手だけ、って訳さね」

 へえ、とうなずき納得する才人。しかし、タバサは納得いかない様子でデルフの柄を見つめていた。

「姉様は、少なくとも風と土の魔法も使う」
「おう。それはオイラも不思議なんだよね。そこんとこは本人に聞いたほうがはええだろ」

 そこへ、プラチナが布団を持ってやってきた。

「ほら、敷いてくれ……ん? 何だ?」
「どうして姉さまは色々な魔法を使えるの?」
「その呼称で固定なのかよタバサ……そうだな、面倒な話だが、いいか?」

 タバサがうなずいたのを見たプラチナはベッドに座った。三人も、話が聞けるようにそこを中心にして座る。

「ええとだな。ワタシ自身も完全に把握しているわけじゃないんだが、少なくとも虚無の魔法っていうのは、他の魔法よりずっとミクロな部分を扱う魔法っぽいんだ」
「みくろ?」
「ああ……虚無は他の魔法より細かいって言えばいいのかな。翻って言えば、工夫すれば大きなこともできるわけだ。そうだな……例えるならば道具だ。トンカチ、バケツ、モノサシ、ハサミ……まあ、用途に合わせて色々な形がある。これが属性魔法の力の源と考えて欲しい。メイジはそれらを自由に使えるが、それぞれ特定のことにしか使えない。で、これらの道具は全て鉄でできていると仮定しよう。ここまではいいか?」

 うなずく全員。

「……一方で、虚無はその材料である鉄、しかも溶けてるそれだ。そのままじゃ何にも使えない。これを他の用途に使うにはどうすればいい? 才人」
「え、俺? ええと、型に入れて固めるとか」
「ありがとう。まあ、工夫をして初めて道具として運用できるわけだ……虚無は属性魔法にも使える可能性を持つが、その分、その用途に合わせた準備をしなければいけない」
「他の属性ができない効果を持つものに形を変えて使うことができたりするのか?」
「ああ。もしかしたら道具だけじゃなくて何か別のパーツにしたりすることもできるだろうな……ああ、そのまま納得されても困る。さっきも言ったが、ワタシも虚無の魔法は分からないことが多いんだ。このところ、実際は違うかもしれない」
「お茶いりますー?」

 全く空気を読まないペリーヌが茶を持ってきた。ちなみに、家主のトマは空気を読みすぎていて完全に部屋のインテリアと化していた。
 ため息一つ、プラチナは茶を受け取った。

「まあ、イメージはそんなところだな。一工程多い分、他のメイジより面倒は多いと思う。そこんとこ分かってないと、いくら頑張ってもダメだろうなあ。ルイズが今まで魔法を使えなかったのもそういう理由だ」
「今もダメじゃないか、ルイズ」
「虚無そのものの扱いがデリケートなんだ、落ち着いてできる錬金が今は精々なんだろ。元の世界に戻るまでアシスト頼むぞ白銀」





 その後ふらふらと散歩にでかけてみたりした一行は、改めて就寝することにした。
 全員同じ部屋である。才人と武は床に敷いた布団に寝転がり、プラチナは昔使っていたベッドを使う。タバサはプラチナのベッドに失礼していた。

「……むう」

 女性の頭を撫でるだの、腕を組むだのは冗談でやったことのあるプラチナだったが、さすがに一夜を共にしたことは、この世界に来てからは母親以外無かった。
 才人と添い寝した時には責任もあり意識しなかったが、他人、特に女性が至近距離にいるというものはかなり気になるものだった。
 逃げようにもこのベッドは元々一人用。逃げ場など無い。というより、タバサはプラチナを抱き枕にして離さない。

「寝られないの?」

 三十分は経っただろうか。男衆がすっかり寝静まった頃、タバサは小声でつぶやくように聞いた。

「夕方寝たからな」

 まさか『お前のせい』などとは言えるわけが無い。

 タバサはその身長などから年齢よりずっと若く判断される。だが、実際には中々女性らしいプロポーションの持ち主だった。
 痩せぎすではあるが、あるべきところにはしっかりと。それを全身で感じているプラチナは、女同士でありながら縮こまざるを得なかった。
 しかして彼女を真に苦悩させているのは女性の匂いではない。不思議なことに、犯罪に近い匂いである。
 今更ながら、前世が男だったことを秘密にしているのを申し訳なく思う今夜だった。

「教えて……虚無の魔法には、魔法を消す魔法はあるの?」
「この前、教員専用書架を見せてもらったんだが、虚無は魔法を打ち消すことができた、と書いてあった。多分あるんだろうな……」

 タバサは黙ってプラチナの胸に顔を埋めた。普段はない奇妙な圧迫感にしかめ面をする彼女。
 その感覚を忘れるように、彼女は思考に没頭した。
 どうしてそのようなことを聞くのだろうか、と。
 だが、しばらく考えても全く見当のつかない彼女だった。

「タバサ、どうして――――」

 静かな寝息を聞いたプラチナは言葉を途中で飲み込んだ。

 狭いとは言え、人同士の隙間を作るくらいにはベッドの大きさはある。隅にベッドを置いてあるため、壁を使えば落ちることなく端も活用できるだろう。
 そこでプラチナは、タバサから身を離す作戦に出た。
 せっかく寝付いたタバサを起こさないように、万力のようにゆっくりとその身を動かしていったのだが、タバサはそんな彼女を追いかけるように抱きつきなおしてしまった。

 母様、という寝言がタバサから漏れる。
 自分を母親と勘違いしているのか、と思ったプラチナは離れるのを諦め、自分の意識が自然に閉じるまでタバサの髪を優しく撫で続けた。
 初日あたりの才人には悪いことをしたかなあ、などと思いながら。









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あとがき

 吐いた唾は、飲まんッ(意訳:なんか色々と本当にすみません、改変したり撒き散らした設定は回収しますので、どうかお許し下さい)!



[9779] 17
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/08/13 03:08
17


「――――ちゃん! 朝だぞ~!」

 誰かの声が聞こえる。
 でも、その声の輪郭は酷くぼやけていて、男か女なのかすら分からない。
 ついでにいえば、体の感覚もおかしい。

「うー、早く起きないと遅刻しちゃうんだから!」
「あと五分、五分だ――――」

 ワタシの口が、勝手に延期を求める。
 それにしても、何に遅刻するというのだろうか。今は夏休みで、特に時間に追われている状況ではないのだが。
 ――ああ、これは夢だ。夢ならばその中で時間に追われている事もあろう。

「うぎ~、は~な~せ~!」
「させるか~!」

 ワタシはどうやら、布団を必死に体へひきつけているようだった。起こそうとしている誰かも災難である。

「あわわわッ」

 と、ワタシを起こそうとしていたその誰かはバランスを崩し、ワタシが寝ていた……恐らくベッドに倒れこんだ。
 その先は、丁度ワタシの上。全くの遠慮無しに、腹に肘か何かがめり込んだ。

「ってぇえええ……おい  、こういう起こし方は反則だろ~?」
「反則じゃないよ! そもそも   ちゃんが刃向かうのがいけないんだからねッ!」
「おまえはオレのかーちゃんかってーの!」
「……ねーちゃんとかどう?」
「言ってろ! ……ったく、目が覚めちまった。せっかくの二度寝が……着替えるから出てってくれ」

 素直に出て行くその誰か。まるで霧のように正体が掴めないが、全体的に赤く見える。
 ふと、周囲に視界を移す。
 ループの初めでは必ず見ることになっていた、部屋だ。こちらは先程の人物とは違い、なかなか綺麗な映像だ。

 ……『白銀武』の部屋だ。
 ワタシはどうやら、この夢の中では白銀になっているらしい。

 白銀は寝巻きを脱ぐと、かけてあった白い制服に着替える。
 国連軍訓練生の――――違う。白稜大付属柊学園だったか。その制服だろう。今の白銀武が着ている服と同じものだ。

 さらに視線を遠くへ向ける。窓の外から僅かに見えるのは、健在な住居。
 鳥のさえずりに混じって、人々の生活音がささやかに聞こえてくる。
 BETAのいる世界ではありえない、時間の経過を忘れてしまいそうな、とても緩やかな雰囲気だ。 

 どうやらワタシは、ループを起こす前の、元の世界の夢を見ているようだった。
 あの登場人物は、その世界にしかいない誰か……いや、ワタシが忘れてしまった誰かだろう。
 だが、とても大切な人だということは、今のやりとりでも分かる。それに、ひどく懐かしい覚えもある。

 名前。名前だ。せめて名前を思い出せないだろうか。
 そういえば、昼間に白銀は幼馴染の名前を挙げていたはずだ。
 恐らくあれはその幼馴染で間違いないだろうが、何と呼んでいただろうか。

 そう。確か、かが――――





     *****


 ――――宵色に染まった巨体が、醜悪な怪物の一団の前に躍り出る。
 巨体の名は、武御雷。まるでレールの上を走るかのように滑らかな動きで怪物と怪物の隙間を縫いつつ、長刀を振り回す。
 怪物から出る緑色の液体が、その暗い装甲を鮮やかに染めていく。

 そんな様子を見た鼠色の機体、不知火の面々は怯えるような動きをしながらその場を脱出していく。
 武御雷は彼らの退路を保持しつつ後進。背中の突撃砲は、不知火に追いすがる小型の赤い化け物を捉えて逃さない。

 追走した小型の化け物を粗方片付けたと見た武御雷は突然ジャンプ。多くの怪物を乗り越えた。

 直後、その機体に殺到する白い光条。それが空を埋め尽くす直前に腰部のスラスターを反転、その光を射出していた大きな目玉の怪物の近くに着地した。全ての光線は、武御雷の間近こそ通ったが、直撃はひとつもしていない。
 着地先は化け物共の只中。前方には目玉の化け物、後方には数多くの種類の化け物。一見捨て身と思える突貫だったが、化け物共は怯んだように攻撃の手を止めた。
 特に目玉の化け物の戸惑いは顕著で、身を左右に揺らすものの、一向にビームを放つ様子はない。後方にいる味方に当たる恐れがあるためだ。
 仲間を盾にされたことで光を放てない目玉の怪物を笑うかのように、武御雷は仁王立ちになってその怪物共に相対した。
 背中にあった突撃砲が前部に展開され、倹約の概念を知らぬかのような勢いで目玉の怪物へ弾丸をお見舞いする。
 飛び散る怪物の血と肉。
 巨大な化け物の触手が武御雷に殺到するが、武御雷は背中に目でもついているかのような動きでその攻撃をかわしていく。

 ややあって、目玉の怪物は全て、緑色の血に沈んだ。
 それを余裕綽々に確認した武御雷は長刀を構えなおすと、サメに似たその頭部を後方へゆっくりと向けたのだった。

 その機体に乗っていた男は、大小様々にたむろする化け物をねめまわしながら、歯をむき出しにして笑う。
 瞳には殺意。殺すことのみが自分を生かす糧なのだと言わんばかりにその粘った瞳を輝かせた彼は、手に持っていた長刀が機能限界に陥っている事を確認する。
 先程から帰還の指令を通しているスピーカーごと、システムを解除する。
 武器が使い物にならなくなると自動的にそれを弾くというシステムがこの機体には存在するのだが、彼はそれを解除したのだ。
 一対多数の戦いでは、どのようなものでも利用しなければ生き残れない。例え切れ味が鈍って新モース硬度十五を誇る怪物を切り裂けなくなったとしても、まだまだ十分に使い道のあるそれを手放す余裕などないのだ。
 背部の突撃砲に残された弾数も限り少ない。補給も望めないために、ほぼ死重量と化している。しかし、それすらも彼は捨てる気はなかった。
 多くの怪物を切り伏せていると切れ味の鈍った長刀はその摩擦力を増していく。すると長刀だけでなく、機体にも大きな反動がかかってくる。自然コクピットも大きく揺れて操作性が下がるはずなのだが、彼は意に介せず、伐採するかのような淡々とした動きで化け物を蹴散らし続けていく。

 武御雷の何倍もあろうかという化け物の胴体を両断したあたりで、長刀が中ほどから折れた。半ばから刀身を失った柄を、近くにいた砲弾のような形をした化け物に投げつける。
 刃がその腹部へ綺麗に吸い込まれた。そこは急所だったのかその巨体は横倒しになる。勢いで小型の化け物が巻き添えになった。
 そこから引き下がりつつ、すっかり空になった背部の突撃砲を両手に持った。
 それを一回空中に放り投げたかと思うと、その銃口に持ち直した。短い棍棒のように構えなおしたと思いきや、機体が前に出る。
 スラスターなどは全く使わない、速力に欠けた特攻。しかしながら化け物はその機体を迎撃する事ができなかった。いや、迎撃しようとしたのだが、攻撃の直前に突撃砲の銃身に叩きつけられるのだ。
 勢いを失い地に伏せるが致命的なダメージではない。当然立ち直ろうとするのだが、そこに仲間であるはずの化け物が殺到することで止めが入る。

 殴り飛ばせるような小型の化け物のみを相手にしていたのだが、元々そのように設計されていないその銃身は次第にパーツを失っていく。
 攻撃力がなくなったと判断した男は、ようやくそれを手放して徒手空拳となる。

 そのまましばらく立ち呆ける。
 生き残った化け物は彼の機体に群がってくる。上から見れば、まるでアリが集るかのような状態だ。
 そして、化け物がようやくその機体にたどり着こうとした、その時――――

 鈍色の閃光で粉みじんにされた。

 武御雷の両手には、鋼色の短刀。手元のナイフシースから、一瞬の早業で取り出したものだった。
 群がっていた化け物たちが切り刻まれながら、竜巻に似た様相で吹き飛んでいく。
 
 ここに至って、男は笑った。
 もはや短刀しか武器が無いというのに、逼迫さがまるでない、その笑い。
 代わりに、特別な感情なども存在しない。もはや笑っていなければ呼吸ができないように、ただひたすら大声で笑い続ける。

 その声を聞けば十人中十人が『狂っている』と判断するだろう、おぞましいほどに歪な笑い方だった。
 しかし、彼はそんな自分の笑いに子守唄のような安心感を覚えつつ、延々と短刀を翻し続けたのだった。

 やがて、残ったのは二体の巨大な化け物だけになった。
 持っていた短刀は一本を失い、もう片方も消耗が激しい。各所のアクチュエーターも悲鳴を上げていて、疲労困憊という言葉がよく似合う。
 残った短刀を両手に構え、武御雷は巨大な化け物へと向かう。
 錐に似た形状の足が五本ずつ並んでいる、その根元を狙った。短刀はベニヤ板を割るような音を立てつつ、その胴体にめり込んでいく。
 短刀を突き立てたそのまま、無理矢理にその体を切り進めていく。ある程度まで斬り進んだところで武御雷はそこから離れる。一拍置いて、斬られた脚部胴体が自重により折れ、千切れた。
 苦し紛れに放った尾部の衝角つき触手も、触手と衝角部分の境目から斬り飛ばし無力化させる。空中を飛んでいく衝角を空中で受け取り方向転換、近くにいたもう一体の同型の化け物へと、落下速力も込めて突き込んだ。
 刺激を受けて強酸を分泌した触手の先端が、化け物の頭部と思しき部分に刺さる。酸は化け物に有効らしく、頭から煙を噴きつつよろけ、たっぷりの時間をかけて地面に沈んだ。

 手に持った際に受けた強酸で、武御雷の両腕は使い物にならなくなってしまった。推進剤も底をつき、脚部も度重なるショックによりその機能を減じてしまっている。
 しかし、対する化け物は全て骸。
 その数、大小合わせてどれだけあるのか数え切れない。これほどの成果を単身で成し遂げたのは、先には無い。

 再度化け物の反応がないことを確認した彼は、ふう、と息を吐き、今まで切っていた無線をようやく繋げた。





 ふと、プラチナは目が覚めた。
 窓の外はまだ闇が支配していて、起きるにはやや早すぎる時間だった。
 何かの夢を見ていたことは覚えていたが、それを思い出すには頭はうまく働かなかった。
 もう一度寝れば続きを見れるかも、などと思った矢先、

「ああ、ダメだよプラチナ、そんなところ……」

 そんな声で覚醒した。
 タバサの声ではない、少年の声。近くの床で寝ていた平賀才人の声だった。

「……あはは、そんながっつくなって……俺はどこにも逃げないんだから」

 どのような夢を見ているのか、時折看過できないことを口走りながら彼は呑気に寝ていた。
 
 プラチナはすっかり眠気を失くしてしまったが、不貞寝する形で布団を被り彼から背を向けた。





 プラチナの実家の横に、鉄板でできた蓋がある。
 それを開くとそこには、広い地下部屋へと続く階段が伸びていた。

 武と才人はその階段を下った。降りた先にある扉をくぐると、不自然に明るいがらんどうがあった。
 どのような原理かは不明だが、コンクリート様の壁が蛍光灯のように発光している。この光が無ければ、この広間では目の出番がなかっただろう。

「ちょっとカビっぽいなあ」
「二年間も放置されりゃあ仕方ないな。でも、空調は考えられてるみたいだな。どこに繋がってるか分からないが、壁の下のほうに穴が何個か開いてるぞ。それにしても」

 全く何も無い部屋だった。
 モット伯の屋敷の倍以上はあるだろうその広い空間には、調度品一つとして存在しなかった。
 魔法の練習用と聞いていた二人だったが、いくらなんでもこれは度を越していると考えた。

「いくらなんでも広すぎて落ち着かないな」
「だなあ。なんか、誰もいない体育館に一人侵入したような気分」

 松明が無くても明るいという話を聞いていたためにここを練習場に使おうと思っていた二人だったが、違う意味で練習しあぐねてしまっていた。
 しかし、それでも才人は夕べに練習用として購入した木刀を構えた。

「お、やるか」
「ああ。やっぱ強くなりてえし」
「……なんで強くなりたいんだ?」

 才人は構えていた木刀の先端を床にまで下ろすと、ややためらいながら口を開いた。

「……最初はさ、こんな異世界に来た自分がまるで漫画の主人公みたいだな、なんて思ってた。それもあって、シエスタの時も英雄気取りで動いてた。でも、結局俺は何もできなかった、実際には他の人が俺を助けるみたいな形で事件を解決してたんだよ。そんなのに気づかなくて、俺は自分がやったみたいな……達成感っつーのかな、それを感じてたんだ」

 少し顔を赤くしながら言う才人に、武は黙ってそれを聞いていた。

「たぶんそれを怒ったんだろうな、プラチナは。ああ、フーケ討伐の前にプラチナ怒ってただろ? アレって、自分の力もわきまえずにガキみてえに動く俺を考えてのことだったんだと思う。その時は反発しちまって結局ついてったけど、今となっちゃあ、ホント、バカなことしちまったなあって思うんだよ」
「そ、か。オレはそんな悪いことじゃないと思うけどな。ギーシュに絡まれてたシエスタをお前が助けてなきゃオレだって気づかなかっただろうし、お前があの時シエスタがいないことを疑問に思わなかったら、オレは多分スルーしてた。その熱さはむしろ良いことだと思うぞ?」
「でも、やっぱダメなんだよそれじゃ。プラチナを見返してやろうって思ってフーケを捕まえようとしたんだけど、結局そこでもプラチナに助けられちまった。フーケ……ロングビルさんだったけど、誰よりも先に捕まえようとしてて、周りなんか全く見てなかった。馬鹿すぎるよ、俺」

 武は腕を組んで才人の話を聞いていたが、やがて、うんうんとうなずいた。

「……だからプラチナはあんな憎まれ口を叩いたのかもしれないな。才人、良い経験になったんじゃないか?」
「経験にはなったけどよお、なんか踊らされたみてーでシャクだよ。やっぱ、プラチナを見返してやりてえじゃねーか」
「だな。アイツのことは別に嫌いじゃあないんだが、どうも人を見透かしてるみたいで気分悪いよなあ……でも才人、今後戦いがあるって限らないのになんでワザワザ剣を? 日本の技術をこっちで再現するとか、勉強して知識面でフォローするとか、そういう方向は」
「よっしゃ! 始めようぜッ!!」

 才人は武の言葉を切り捨てるように、木刀を力強く振った。
 その必死のリアクションに、なるほどなあ、などと武は思った。

「ま、オレもあんまし頭使うのは好きじゃないからな……よし、乗ったぜ才人。徹底的にしごき上げてやる」
「…………泣いたり笑ったりできなくさせるのはカンベンな」





 夜明け前に部屋を出た二人には気づいていたプラチナだったが、そんなことはお構い無しに彼女は寝続けた。
 あの二人がすることといえば世間話か散歩か、さもなくばトレーニングだろう。
 この前の才人への対応が、彼にどのような影響を与えているかはプラチナは分からなかった。しかし、彼には真っ直ぐな心意気があることを知っていたので、あの経験は良い方向へ向かっているはずだと信じて疑っていない。

 寝ぼけ半分の頭で彼女は考える。

 自分は本当にガリア王の娘なのか。
 少なくとも、虚無である事を自覚した時から、自分が王家の血筋を持つ者かもしれないとは考えていた。
 王族と呼ばれる血筋は、元を辿れば始祖ブリミルの子孫であり、それはその血に虚無の素質を持つ、ということを意味するのだ。
 それにしても、ガリアのものだとは夢にも思っていなかった。虚無がゆえに『ゼロ』と呼ばれているルイズと同じように、『無能王』と呼ばれるジョゼフもまた、虚無の担い手だと思っていたのだ。

 いよいよ、この世界で安穏と暮らすという目標が風前の灯である。
 いや、恐らくは既に。白銀武が彼女の目の前にやってきた時点でこの先の未来は決まっているのだろうが、それでも比類なく面倒な事実であることには変わりが無い。母が『外部に知られたらめんどくさい』などと言っていたのは、そのものずばりなのだ。

 魔法の才が無く、政治を放棄して放蕩を続ける無能王。それがジョゼフに対する周囲の評価だ。
 しかし、それはありえない。
 例え周囲の者が優秀だとしても、トップが腑抜けならば国力は下がってしまうだろう。しかし今のガリアは勢力を維持するどころか上昇を続けている。
 ガリア国王を裏で支援している優秀な者がいる、という話も聞いたことがない。これはやはり、ジョゼフの政治力が高いことを示しているのだろう。
 彼の身になって考えてみれば、魔法が苦手だというコンプレックスを強かさへ昇華させた、ということは十分にありえる話だ。
 一説には、ジョゼフを差し置いて王になるだろうと目されていた弟シャルルを殺害したのは、そのジョゼフだというものがある。先の憶測が正しければ、それも十分にありえた。

 確か、そのシャルルには一人娘がいたはずだ。
 プラチナはその名前や年齢などまでは知らなかったが、感情と名前を封じている王族であるタバサがその彼女だろうとほぼ断定していた。
 歳不相応に優秀で、しかし人付き合いの苦手なその少女に対しプラチナは、身内として接してもいいかな、などと思った。
 恐らく父を殺した男の娘だろう自分に対して、全く臆することなくぶつかってきてくれる彼女は、それだけの対応を取るに値した。
 接するなら兄としてだが、と付け足して。





 朝食が出来上がっても帰ってこない男二人に痺れを切らしたプラチナは、地下室へ向かった。
 静かなものだった。ここで独り魔法の実験をしていた頃を思い出す。
 半開きの扉の向こうには、作った彼女をして広すぎと思わせる部屋。その中央付近で、二つの影が横になっていた。
 才人と、武だ。
 練習の疲れを癒すついでに寝てしまったのか、プラチナが近づいても全く起きる気配はなかった。

 プラチナは武の顔をふと覗き込む。
 十分に成人男性のような顔の形をしているがどことなく少年のような柔らかさを保った、人懐こそうな顔。
 こんな顔をしていたかな、と考えながら、その頬や顎を触ってみる。
 ほんの少し指先に感じる、ざらりとする何か。あまり濃くは無いが、髭が僅かに伸びていた。
 なんか懐かしい手触りだな。そんなことを彼女が考えていると――――

 いつのまにか才人が起きていた。彼はリアクションをしかねているようで、口を半開きにさせながら露骨に視線を泳がせていた。
 彼には、プラチナが異性的な意味で武に興味津々であるように見えた。おかげでその顔は少し赤かった。
 プラチナはさすがにそこまで具体的に察することはできなかったが、何か妙な居心地の悪さを感じ、慌てて武から身を離した。

「いや、全然起きなかったから」

 嘘偽りの無いはずの弁明も、才人にはさらにその推測を確信めかせるものになってしまっていた。

「とにかく、朝食だぞ」

 うんうんと満足げにうなずく才人の手を引っ張り、プラチナはその部屋を後にした。





 家に戻った武が見たのは、すっかり終わってしまった朝食の状況だった。
 ペリーヌは武の分の朝食をストックしていたはずだったのだが、誰かがおかわりをした――犯人はタバサ――ため、彼の分は無くなってしまっていたのだ。
 涙目になりながらどこかで食事を取ると吐き捨てるように言った武は、眩しすぎる朝日の中を酔いどれのごとくふらふらと歩いていた。

 だからだろうか。他にも食事どころがあるはずなのに、彼はいつのまにか、はるか遠くにある魅惑の妖精亭へとたどりついていた。

「……酒場がこんな朝っぱらに開いてるワケねえだろ……」

 我に返り踵を返した武だったが、そこで黒髪の女性と目が合った。
 彼女は手に持っていた水桶を下ろすと、にやにやしながら武の方までやってきた。
 魅惑の妖精亭、看板娘のジェシカだ。

「何か、不幸を煮詰めたみたいな顔してるねえ。なに? 干されでもしたの?」
「そんなひどい顔してるか?」
「してるしてる。干からびたキノコみたいよ」
「わーあ、ひでえ例え」

 武は顔を手で揉み、気合を入れる。

「いや、朝食食いっぱぐれてさ。どっか食べるトコないかなーって」
「へえ。じゃあ、ウチで食べてく? これから私達朝食なんだけど」
「いいのか?」
「悪かったらこんなこと言わないわよ」




 従業員全員でテーブルを囲む。
 賄いなので料理は商品に比べ見劣りするが、味そのものは十分に満足のいくレベルだった。
 さすがに従業員と一緒に食事を取るわけにはいかないと判断した武は、適量を皿に盛り、少し離れたテーブルで一人食べる事にした。
 しかし、そこにジェシカが、武と同じように料理を皿に盛ってやってきた。

「せっかくだから話しようよ。多分もう、会う事もあまりないんだろうし」
「……そうだな。つっても、あまり話のネタないんだけど」

 クズ肉と野菜の余りで作られた野菜炒めを突きながら、武はしばらく話を考えた。

「別に面白おかしい話をして欲しい、なんて考えてないわよ。ちょっと世間話したかっただけ……」

 ジェシカは乾燥したパンを口に入れ、水で流し込んだ。

「そういえばさ。今後アルビオンに行くなら気をつけたほうがいいよ」
「アルビオン? ああ、なんだっけ、浮いてる国?」
「うん。どうもあの国、最近きな臭いらしいのよね」
「というと? 戦争でも始まりそうなのか?」
「レコン・キスタっていう反乱軍が動いてるらしいのよ。だから、あまり近づかない方がいいわよ」
「レ・コンキスタ? ……どうしてそんなモンができたんだ?」

 え、と答えたジェシカは頬に指をついて、しばらく思い出すのに時間を使った。

「ええとね、今のアルビオンはブリミルの名を出すに相応しくないー、って誰かが言ったのが始まりだったかな。その後はその主張が少しずつ変わってきてて、今は『我々こそが始祖ブリミルの意思を継ぐ正当な後継者だ』ってので固まってるかな。聖地を奪回するのが最終目的ね」
「勉強会みたいな感じだな……って、聖地って何だ?」
「ああ、聖地ってのはさ、エルフ領の向こうにあるって言われてるトコのこと。始祖ブリミルが降り立った場所だからそう呼ばれてるのね」
「降り立った? やっぱブリミルってのは神様みたいなものだったのか」
「詳しいことは分からないよ。私平民だし、調べ上げたわけじゃないからね。ま、貴族がみんなそういってるんだから、多分本当の事だろうねえ」
「そっか。色々勉強になった。覚えておくよ……にしても、戦争か。この世界にもそういうのはあるんだな。てっきり平和な世界だと思ってたけど」

 それを聞いたジェシカは可笑しそうに喉を鳴らす。

「なんだか変わった言い回しをするじゃない。何? 違う世界でもあるっていうの?」
「ん、ああ。何を隠そう、オレは違う世界から来たんだよ」

 ジェシカは堪えきれない、というように腹を抱えて笑った。

「あはははは! アンタって思ったより夢見がちなのね! そんな話するの、ウチのおじいさんくらいだと思ってたわよ」
「って言っても本当のことだしな。まあいいや、にしても戦争か。嫌なもんだな」
「……まあ、そうね。喜ぶのは戦争屋と商人くらいよ。殆どの平民は側杖頂戴……って、なんだか嫌な話になっちゃったわね。あ、そういえばそのアルビオンなんだけど――――」








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あとがき

 あっどうも、プラチナの幼馴染の話を書ききったところで全く意味が無いことに気づいて削除(約一万文字)した茶太郎です。しかしオリキャラの出番を削ることができたので良し!
 序盤の色々は練習の一環です。ううむ、どうも描写が下手だ、表現的にも展開的にも、余裕がまるでない……マブラヴ編までに間に合うか!

 ちょっと文章の修行と内容の再確認を、また、リアルなアレがアレでアレしなければアレなので、しばらく更新をお休みさせていただきます。できれば一ヶ月後あたりにまたお会いしたいです。



[9779] 18
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/09/02 01:18
18


 朝食後もすっかりジェシカと話し込んでしまった武である。彼がプラチナの家に戻ったのは、彼らが昼食を取ろうとする段だった。
 今回はキュルケとルイズも参加しての昼食だった。ペリーヌは貴族に貧相な食事はさせられないと腕を振るい、その人数にはやや狭いテーブルに多くの食事を並べていた。

 その食事を取りながら、武はルイズ達から遅い遅いと小言を叩きつけられていた。せっかくの食事の味が半減してしまい涙する武であった。

「それでは、また忘れた頃にお越しくださいねー? 今度はきちんとお酒をご用意しておりますからー」

 いや、それはいい、と全員が返して、その場はお開きとなった。





 帰ってからと言うもの、武はレコン・キスタについて考え込んだ。
 今は関係ない。とはいえ、妙な胸騒ぎがする。こういう時の勘は当たりそうだ、と武は思った。

「んー……まあ、オレがこの世界にいる間に関係があるとは限らねえし……でもなあ、ルイズはどうなんだろ」

 と、夏休みのため誰もいない学院内を寂しく歩きながら独り言を呟いていた。

「つーか、そもそも聖地ってのがよく分かんねえんだよな。地球で言うエルサレムみたいなところなのか」
「エルサレムとは何でしょうか」
「あ? エルサレムってのはさ、キリスト教徒、っていうかユダヤ人の聖地なんだ。同時にイスラム教徒の聖地でもあって、常々奪い合い……」

 すっかり意識の埋没していた武は、唐突に割り込んできた質問に、丁寧に答えてしまった。

「……き、聞いたことありませんね」
「あ、ロングビルさんか。悪い、考え事してた……仕事が多いんですか?」

 彼女の手には書類の束があった。いかにも重そうだったが、ロングビルは微笑んで首を横に振った。

「いえ。これはどちらかといえば私のための仕事です」
「ん? ……というと? あ、持ちますよ」
「大丈夫ですよ。お心遣いありがとうございます……実は私、孤児院を経営しておりまして。その移転のための書類なのです」

 武は黙ってうなずいたが、やがて、そのさらりと答えられた内容に驚く。

「孤児院!? そりゃまたけったいな」
「大したことはありませんよ。実際の運営は任せ切りですし……」
「いや、その歳で孤児院経営とか凄いですよ」
「そうですか? ありがとうございます」

 言葉裏に若い、というニュアンスが含まれているその言葉が少し嬉しいロングビルだった。

「その孤児院なんですが、今までモット伯の屋敷だった場所が引き払われまして。今度、そこを改装して利用しようと思っているのです。もし宜しければ、時々遊びにきてあげてくださいませんか?」
「あ、ああ。オレなんかで良けりゃ」

 そこで会話が一度途切れる。やや気まずくなった武はロングビルを改めて見た。彼女はやはり書類を重そうにしている。
 武は思い切って、その束を奪って抱えた。

「オレ、やっぱ運びますよ」
「……感謝いたします。ところで、考え事とは一体何なのですか?」
「ん? ああ。レコン・キスタって何だろうなって」
「レコン・キスタ、ですか」

 ロングビルは先程までの柔和な表情を消し、眉間に皺を寄せた。

「ロングビルさん?」
「あっ、いえ。何でもありません。レコン・キスタですか……ええと、シロガネタケル様はどこでその話を?」
「武でいいですよ。ええと、この前、魅惑の妖精亭ってトコで……ああ、トリステインの国境近くにある街の居酒屋なんスけどね、そこで聞いたんですよ」

 奇しくも、そこは彼女とオールド・オスマンが初めて出会った酒場だった。鼻の下を伸ばしながら目で給仕の尻を追いかける老人のあの表情が今でも脳裏に焼きついているロングビルだった。

「ああ、そこでですか。彼らと接触はしていないのですね?」
「ああ。って、何かヤバイんですか?」
「ヤバイというより、彼らが近くにいたら危ないですね。何せ、彼らの最終目的はこの世界の征服ですから」
「世界の征服、って世界征服!? 大きく出たな……聖地奪還が目的じゃないんですか」
「ええ、大義名分はそのとおりです。実際、その理想に共鳴した貴族が多く、各地からそのレコン・キスタに集結しているということでです。しかし」

 そこで言葉を切るロングビル。武は、「実際は世界征服か」と呟き、彼女はそれに頷いた。

「にしても、よくもまあ、そんな薄っぺらい理想に皆集まるな」
「総司令官であるオリヴァー・クロムウェルは虚無の力を持つらしいのです。それだけで傘下に入る貴族も多いはずです。実際、世界各国でレコン・キスタの動向が注目されているほどですね……このトリステインも例外ではありません」
「クロムウェルとか、また何か聞いた名前だなあ……しっかし、虚無か。そんなに虚無って多いんですか? 失われた系統っつー割には……」
「確かに、虚無は失われた系統と言われております。虚無の力を持つ者は始祖の後継者とされるので、レコン・キスタの掲げる『聖地奪還』の正当性は――――」

 そこで、何かに気づいたロングビルの足が止まった。
 武はロングビルを見て訝しがるが、彼女はすぐに済まなそうな顔を作った。

「すみません、急用を思い出しまして。申し訳ありませんが、その書類は学院長室へ届けていただけませんか?」
「あ、ああ。構わないけど」

 学院長室ってどこだったっけ、と呟きながら、武は書類を抱えて廊下の向こうへ消えていった。





 ロングビルはそこで踵を返し、先程まで通った道を戻る。
 廊下の突き当たりに向かい、宝物庫へ通じる暗い階段を下りた。教室棟のある校舎とは違う、窓と照明が少なく堅牢な雰囲気が漂う場所。
 彼女はそこのやや広い場所で足を止め、周囲を見渡した。
 誰もいない。足音一つもしないのだが――――

「出てきなさい。いるんでしょう?」

 彼女はやがて、柱の一角に目を止めると、冷ややかな声でそう呟いた。

「……鋭いじゃないか。さすが盗賊稼業をしているだけのことはある」
「警戒していたから。悪いけれど、もう盗賊からは足を洗ったわ。ごめんなさいね」

 柱の影から、高身長の男が姿を見せた。
 その頭部は仮面をあしらった兜があり、顔の特徴は全く分からない。ただ、そのしっかりとした生地の服とマントは、高い地位にあることを主張していた。

「しかし、わざわざこのように人気の無いところまで来て、殺してくれと言うようなものだ」
「どうせ私を始末するために来たのでしょう? 寝首をかかれる位なら、こうやって一矢報いる場を作りたくなるわ」
「まあ、そう気を焦らせるな。私は今回の失敗だけでお前を潰すのは惜しいと思っているのだよ。どうだね、改めて、栄光ある我々の傘下に忠誠を尽くすのは」
「願い下げ。私はもう、そういうのに手を出す気はないのよ!」

 ロングビルはフーケの表情になり、杖を取り出し振りかざす。すぐさま、廊下の床が変質して太い石の棘になる。男はそれを事前に察知したかのような動きで回避してみせる。

「……全く賢くない選択だな。お前ほどの悪党がどのような理由で心変わりをしたかは分からんが、我々を裏切るものには死、あるのみだ」

 お返しとばかりに、男は風をロングビルに叩き付けた。しかし、それは人ほどの身長がある無骨な土人形に妨害された。

「あまり舐めないで頂きたいわね。私はトライアングル。そして、風に強い土のメイジよ?」

 さらにロングビルは杖を振るう。すると、廊下に先程と同じ土人形が次々と生まれ、立ち上がった。
 その数二十。その質量に、男は思わず半歩下がる。

「これだけの数のゴーレムを制御するとはな。かつて鳴らした名は、伊達ではないというわけだ」

 男は円柱状の杖に風を這わせる。風の力で相手を切り裂く、『エア・ニードル』だ。
 その杖を片手に、男は廊下を疾駆する。
 予想していた以上の速度に、彼女は慌てて後退しながらゴーレムを殺到させる。しかし、まさに風を思わせる身のこなしで彼はそのゴーレム達をかわしていく。

「風が土に弱いとは殊な事を。疾風が土くれなぞに捉えられるものか」

 次の瞬間、とっさにロングビルが懐から出した短剣と男の杖が衝突した。
 男の素早い突きの連攻を、ロングビルはあの手この手でいなしていく。
 それに合わせて、耳障りな音を立てながら次々に火花を散らしていく短剣。

「この身のこなし。益々お前が惜しくなってきたぞ」

 軽口を叩く男だったが、ロングビルには返す口を持っていなかった。
 男の攻撃が、秒刻みで苛烈さを増していくのだった。彼女は反撃どころか逃げる事もできないまま、ただひたすらに回避するしかない。
 ゴーレムが次々と彼女の意識から離れていき、次々と土くれに戻っていく。それを見た男は彼女の限界が近いことを察知して、にやりと笑った。

 その彼に、白く輝く風のようなものが殺到した。
 炎である。それも、まるで突風を思わせる勢いの。

 慌てて男はその場を離れつつ、『エア・シールド』を展開する。炎はまるで蛇を思わせる動きで男を捕らえるが、風の盾により拡散する。
 飛び散った炎の一部が柱に当たると、それは飴細工のように溶け、ひしゃげてしまった。

「……白い炎」

 ロングビルは、その輝く風に息を呑んだ。
 先程の戦いによる焦燥が、その炎に流されていったかのような晴れやかな気分を感じたのだった。

 男は炎が止まった事を見ると、その使い手を見た。
 禿げ上がった頭部に丸く小さい眼鏡。マントこそつけていないが立派な杖を持つメイジだった。

「炎蛇か」

 強い舌打ちと共に男は忌々しげに吐き捨てて、そのまま廊下の向こうへ消えていった。

「遊びすぎたようだな、ここは引こう……我々を裏切った事、長く後悔する事になるぞ」

 声だけが、その崩壊しかけた廊下に残響する。ロングビルは男が消えていった廊下を見つめながら、一人の少女の事を考えていた。

 ――あの男は最初から自分を殺すつもりだった。もし本当に利用するつもりならば、あの子を脅しの材料にでもするはずだから。あれだけ動く男が、あの子と私の関係を知らぬとは考えられない。

「……お怪我はありませんか、ミス」

 先程炎を放った男、コルベールが片膝をつくロングビルに近づき、手を差し伸べる。
 ロングビルはその手をしばらく見つめていたが、やがてそれには触れずに自力で立ち上がった。

「どうしました? 浮かない顔をしているようですが」

 ロングビルはしばらく黙っていた。コルベールも、彼女が何を考えているのか分からずに、うつむき黙る彼女をただ見つめるのみだった。

「……いえ」

 コルベールがどうにか声をかけようとした矢先、急にロングビルは顔を上げて笑った。

「この通路を直すのに時間がかかりそう、そう思ったのです」
「……ですな」

 コルベールも周囲を見渡す。ロングビルによって掘り起こされた廊下に、コルベールによって溶かされた柱と壁。現在、まともな土メイジはロングビル程度しかいないため、彼女の仕事がまた一つ増えたという事だ。

「しかし、あの男は一体何だったのでしょうね。ミス、失礼ですが、何か心当たりは?」
「……昔のツケ、と申しましょうか」

 呟くように言った彼女の声を聞き取れなかったコルベールは、え、と聞き返したが、彼女はそれには答えず、黙って学院長室への階段を登りだした。





「ふむ」

 何も語ろうとしないロングビルに代わり、コルベールの話を聞いたオールド・オスマンは目を瞑ってうなずいた。

「……ご苦労じゃったな、ミス・ロングビルよ。そして、ようやってくれた、ミスタ・コルベール」
「いえ、私は研究室の関係で偶然通りかかったものでして……しかしあの男、ただならぬ気配を感じました。相当の場数を踏んだ、手練であると思います」
「ううむ、お主がそう言うのであるならば、確かなのじゃろう」

 オスマンはそこで、ロングビルを見た。彼女はこちらに首を向いてはいるものの、何か思索に耽っているようで焦点が合っていなかった。

「さて、破壊された建物の方は儂が何とかしよう。長く机仕事をしていると、体の方も動かしたくなるからの。それとミス。ミス・ロングビル?」
「あ、はい。何でしょうか」
「どうも疲れておるようじゃな。仕事が多いとは言え、最近のお主はどうも急ぎすぎていかん。あまり根を詰めると能率も下がってしまうじゃろう」
「申し訳ありません」
「そこでじゃ、先に休暇を取るがよい。その後に仕事をせねばならんため次学期に多少の疲れを持ち越すことにはなるじゃろうが、それでもこのまま仕事を続けて倒れるよりはマシじゃ。先の襲撃で気分も荒れているようじゃし」

 ロングビルはしばらく瞬きをした後、申し訳なさそうに会釈をした。

「そして、ミス・ロングビルは故郷の方へ一度戻るんじゃったな。のう、ミスタ・コルベール。先の妙な男がまた彼女を襲わないとも限らん、一つ護衛を任されてくれんか」
「は? わ、私がですか?」

 急に話を振られたコルベールは、慌てて聞き返した。

「うむ。どうせお主、ここにいてもワケ分からんガラクタをいじるだけじゃろう? ならば美女と一緒に旅行してみる方がずっと良かろう?」
「そ、それは素晴らし……いえ、いえいえ! 護衛ですな、護衛ですよな! 分かりました、このコルベール、全力をもってその任に就かせて頂きます!」
「あの、私は別に」
「何を仰いますかミス・ロングビル! 女性に一人旅をさせるほど私は薄情ではありませぬぞ! このジャン・コルベールがいるからにはあの男に指一本、杖の先少しも触れさせません! どうぞ大フネに乗った気分でいてください!」

 いきなり降って沸いたような喜ばしい大任にテンションが上がったコルベールは、頭の天辺まで赤くしながらロングビルの手を握った。彼女はどうしようもなく、引きつり笑いを浮かべるだけだった。

「あまり調子に乗るでないぞコルベール君。まあ、彼に任せておけば大抵の相手は問題ないはずじゃ」
「……はあ……で、では先生、よろしくお願いいたしますね」

 コルベールは頭と眼鏡をてからせた。





「……ああ、目が痛い」

 この数日、プラチナは図書館に入り浸っていた。
 夏休みのため人はいない。本の虫であるタバサも今は杖を作るためらしく学院を出ているためにこの数日、図書館を利用する人物は彼女だけとなっていた。
 彼女の座っている机には、十冊程度の古臭い本。さらに、それを紐解くための辞書が置いてあった。

 古い本を好んで選び、読んでいるのだった。
 さすがに古代ルーン文字で書かれた本は読めないため選べないが、少なくとも数百年前の書物を好んで取っていた。今は魔法に関しての個人的な研究開発が禁じられていることもあり、昔の魔法に関する本のほうが、ずっと深く広い情報を含んでいるのだった。
 しかし、廃れた単語が多いため非常に読み辛い。いかに本を読み馴れた彼女でも、辞書片手に読むのは根気をさすがに根を上げる頃だった。

「古代ルーン文字とか古文の選択授業も取るべきだったな……つーかそもそも、こんな真面目にやるとかキャラじゃねえんだよな……」

 山となったメモ紙を見て笑う。大量に読んだ中から有益と思えた情報を書いたものだが、羊皮紙ということもあり、その厚みは立派なものになっていた。

「プラチナ、ジュース持ってきたんだけど飲む?」

 そこへ才人が、手にコップとポッドを持ってやってきた。

「助かる」

 図書館では飲食禁止なのだが、今はそれを咎めるものなど誰もいない。プラチナは有り難く受け取った。
 その注がれたオレンジジュースを一気に飲み干す。そして、年寄り臭く唸った。

「はあ、生き返った。才人は飲まないのか?」
「いや、いいよ。それにしても凄い本の数だな。そんなに調べることあるの?」
「あるある。まず、虚無の魔法についてだろ? 日食についての文献も知りたいし、始祖ブリミルのことも調べてみたい。使い魔のシステムと虚無の使い魔の詳細、魔法の根幹についても。あと、他の世界の存在についてだろ? 聖地についてだろ? それと先住」
「もういい、もういいよ」

 才人は慌ててプラチナの指折りを止めた。

「……まあ、今まで調べたかった事を一気にやってるわけだ。新学期が始まったら、あまりちゃんと調べられそうに無いからな」
「そうだね。確か今読んでる本、学生は読んじゃいけないんだったよな」

 言いながら、才人は積んである本を手にとってパラパラとめくった。しかし文字の読めない彼には当然内容が理解できない。笑顔でその本を元に戻した。

「それで、成果はどうなんだ?」
「……あんまりだな。どれも似たり寄ったりで、有益な情報は殆ど手に入っていない。ブリミル関係はその奇跡を面白おかしく書いた創作っぽいものばっかりだし、魔法の原理も授業で習った程度のものしかない、だけど――――」

 プラチナは開いていた一冊の本を閉じると、本の束の上に重ねた。

「そうだ。複数お前に言いたいことがあった」
「ん?」
「まず一つ。今のところ、他の世界があるかもしれないと記述された論文はあったが、その『他の世界』について具体的に書かれた本は見つかってない。当然、複数の世界を行き来したっていう話も聞かないな。帰還はもう少し難しい話になるかもしれない」
「あー……まあ、そんな焦らなくてもいいって。だってまだ、ここに来てまだ一ヶ月も経ってないんだし」
「早ければ早いほど良くないか? それともう一つだ。普通の使い魔は契約の際、その知能に合わせてその精神に影響がかかる、っていうのは聞いたよな」
「ああ」

 才人は授業で聞いた話を思い出した。
 使い魔は、人間より程度が低い種族であるほど、その付加能力が多くなる。ドラゴンなど高度な種族が使い魔になった場合、使い魔としての付加能力は備わりづらく、精神的な補正もかかりにくい。しかし、オールド・オスマンの使い魔のネズミのように元々が貧弱な生き物である場合、使い魔となった際に大きな補正がかかり、場合によっては類を見ない強さになることもある。その反面、その元々あった精神は跡形も無くなってしまうだろう、ということ。

「人間のように高等な生物が使い魔になった場合、その補正は殆ど無い。そう思ったからこそワタシはお前にルーンを刻むことにそれほど抵抗を感じなかった。あの時はそうするのが一番の方法だと思っていたしな。しかし、ブリミルのルーンは、特別製らしい」
「特別? っていうと?」
「まず、人にしか発生しない。それと、並みの使い魔のそれと同等の刷り込み効果がある。お前、ワタシの事をどう思う?」
「は?」

 才人はどう答えようか、悩んだ。
 どう思うって、そりゃお前。自分の世界じゃ絶対にお目にかかれない美人さん。それで、俺みたいな奴にも優しい。第一印象は、言動さえ男っぽくなかったら惚れ込んでたって感じで。時々見れる女らしい仕種とか表情とか肌とか、あと匂いとか、そういうのにかなりどぎまぎするわけで。
 そんな事を面と向かって吐けるほど、彼は根性座っていなかった。

「ああごめんな、急にそんな事を聞かれても難しいか。とにかく、露骨な嫌悪は感じなかったんじゃないか? 普通なら、いきなりこの世界に連れて来られた時点でワタシに当たってもおかしくない。そう思わないか」
「そんなもんかなぁ」
「少なくとも、第一印象はいい方向になってるはずだ。普通のルーンにもあるこの効果が、人間にもかかる」
「……それを謝りたいって?」

 プラチナは一拍置いて、うなずいた。

「そもそも、人間が召喚された時点で、なんとしても契約の儀式を取りやめればよかったと今は後悔してる。本当なら、あの日に殴られても足らないようなことをしてしまったんだ。もうやってしまったことを取り返せるとは思えないが、せめて、お前にはちゃんと謝っておきたくて」
「何だよそれ。いや、ちょっとそれやめて欲しいんだけど」

 プラチナの話を遮って、才人は口を尖らせつつ反論を続けた。

「あのさ、この期に及んでそんなこと言われると逆に困るよ。そもそも俺が召喚されたのも事故っぽいし誰の責任でもないだろ? 俺なんかが召喚されちまったってのに不満一つ言わないで優しくしてくれる……俺、そんな人を殴る奴に見える? 多分普通にプラチナと出会ってても、俺は今と同じように良い奴だ、って思ってるはずだよ」

 プラチナはそれを呆けながら聞いていたが、やがて目を閉じ、軽く俯いた。

「プラチナ、考えすぎなんだよ。俺は俺で、適当に楽しませてもらってるからさ。そんな気にすることねえって」
「ああ……悪い。ありがとう」

 プラチナは一度顔を上げて言い、思い出したようにまた顔を伏せてしまった。

「まあ、武の方は何か込み入った事情があるから、アイツはなるべく早く帰して欲しいけど。何か手伝えることがあったら言ってくれな?」
「……それじゃ、ちょっとメシ持ってきてくれないか? パンみたいな軽いので良い」
「あいよ」

 言われて才人は踵を返して図書館から出て行った。
 足音が完全に遠ざかったのを確認してからプラチナは顔を上げた。目元は僅かに濡れていて、それを彼女は乱暴に袖で拭った。

「……ああ、メンタルも涙腺も弱い」





 ちなみに、プラチナがそうやっている時に才人は、視覚の共有とやらでプラチナの裸が拝めないものかと悶々と考えながら歩いていた。









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あとがき

 民主政権……これが日本人の選択か…… ←賢い人の振り

 設定入ってるファイルを開いてみたらパソコンがエラー吐きました。その時は冷や汗出ましたが無害です。一ヶ月……いや、二十日ぶりですか。
 とてもとても久しぶりに文章を書きました。テンポが全くつかめず、何だか堅っ苦しい感じです。表現したいことも、どうもうまくいっていないようです
 また、その冗長な感じにも関わらず話の進みが早く感じるのは、多分書き込み能力が乏しいせい……くそう! 魅惑の妖精亭とかの話を削ったのになんというザマでしょう!

 使い魔の設定に関しては、(またですが)こちらの勝手な解釈です。元々は、『偉大なメイジって呼ばれてるオスマン老の使い魔がネズミってどういうことなの……?』っていうところから端を発しているネタでした。ただのネズミじゃないとは思うのですが……さて、原作ではどうなのでしょうか? ←まだ十巻までしか読んでない人
 そして増える伏線。回収はいつだ。

 まだちょっと状況が悪いので、更新は今後もゆっくりです。



[9779] 19
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/09/21 18:03
19

 小型のフネが、トリステイン魔法学院に到着した。
 その中には、多くの子供と数人の成人が乗っていた。

 三日前、馬で学院を出て行ったコルベールとロングビルが、孤児達を連れて帰ってきたのである。

 なお、コルベールはこの機にロングビルとの親睦を深めようと息巻いていたのだが、いざそういった話に持ち込もうとするとどうにも話が長続きせず、だんまりになってしまっていた。
 この男、ここぞという場面で奥手だった。この旅で心の距離をまるで埋められなかった。痛恨である。

 ロングビルに寄り添うようにフネから降りたのは、プロポーションの良い彼女をさらに上回るスタイルを誇る、少女だった。
 風に飛ばされないようにか、深い帽子をしっかりと押さえている。そして、きょろきょろと周囲を警戒する素振りを見せていた。
 彼女は、前方からやってきた老人を見つけると、すぐにロングビルの陰に隠れてしまった。

「おお、思ったより早い到着だったのう」
「はい。子供たちもおりましたし奮発いたしました。積もる仕事もありましたし」
「うむ、良い判断じゃ。ミスタ・コルベールもお疲れじゃったのう」

 旅先で色々と打ちのめされていたコルベールは、オールド・オスマンの言葉に、ええ、と力なく答えた。

「何か見慣れないものが浮いてると思えば」

 そこへ、一人の女学生が雪色の髪を風に揺らしながらやってきた。
 やや遅れて、建物の影から数人の男女がやってきている。

「フネ。実物を間近で見るのは初めてかな……」

 興味深そうな視線を送っているのはプラチナだった。最近は睡眠不足のせいか、少し顔色が悪い。

「おお、ミス・プラチナか。うむ、紹介しておこう。今度、近くのモット伯の屋敷に住むことになった孤児達じゃ」

 フネの甲板から、数人の子供たちが顔を出していた。彼らは滅多に見かけないメイジ、特にその髪色に興味を持ったらしく、何かを言い合いながらプラチナを指差していた。

「ああ……白銀から聞いていましたが、なるほど、ロングビルさんは彼等を……お疲れ様です」

 ロングビルは礼で返した。すると、後ろに隠れていた少女の姿がオールド・オスマンに見えた。
 それを見逃す彼ではない。すぐさまその大きな胸を品定めしつつ、ゆっくりと立ち位置をずらしていく。

「後ろにいる子は?」

 そんな逞しい老人に呆れながら、プラチナはロングビルに訪ねた。おずおずと顔を覗かせる少女。
 細身でありながら不釣合いなほどに成長した胸を持ち、その顔は非常に美しく目を見張るもの。腰まで伸びる髪色もただの金髪ではなく、太陽を思わせる眩しいものである。
 そんな作りものめいた外見とは裏腹に、怯えた子供のような雰囲気を漂わせていた。

「ああ、この子は……顔見知りでして。私の妹ですわ」

 ロングビルはそう言うのだが、あまり似ていない。体型はともかくとして、顔立ちも髪の色も、まるで似通ったところは存在しなかった。
 大き目の帽子を目まで被りつつ会釈をすると、少女はまたロングビルの陰に隠れてしまった。

 フネの操縦者に促され、子供達がゆっくりと降りてくる。いずれも地味な体色をしていることから、平民なのだろう。
 彼等と一回り年齢の違うメイジであろう少女は、何か特別な存在なのかもしれない。

「おお……動力何なんだろ」

 浮き上がり帰ろうとするフネを見ながら武が呟く。それに対してルイズが風石だ、と答える。

「風石? 確か授業で言ってたな。周囲のものを浮かすって奴か。風の秘薬だっけ」
「風の結晶よ。フネに風石を動かないように固定して、それに強く念じるか叩くかすることで浮力が生まれるの。浮遊大陸アルビオンも、この石の恩恵で浮き続けることが出来るのよ」
「はあ、こういうの見ると、ホントにファンタジーなんだなあって思うね俺」

 才人も、地球ではお目にかかれないメカニズムに興味津々だった。

「ところで、どうしてこの学院に到着させたんですか? 近いといっても、モット伯の屋敷は大人の徒歩でも一時間くらいかかるんじゃないスか?」
「まだモット伯の改修が終了していないのです。そのため、夏休みが終わるまでのしばらくの間、教室などを借りて生活させてもらおうと」
「それと、ミス・ティファニアをこの学院に入学させようかという相談も兼ねているのでしたな、ミス・ロングビル」
「ええ。この子、テファにはずっとまともな教育ができませんでしたので」

 言ってロングビルはティファニアの帽子を優しく押さえた。

「学内の見学はどうしますかな? 長旅でお疲れでしょうし……明日にしますか?」
「そうですね。さすがにこの子も眠たそうなので、今日は休ませていただきましょう」

 オスマンはロングビルとコルベールのやり取りにうなずくと、学院に戻っていった。その際に人見知りしない子供がオスマンの髭を掴んでぶらさがったりしたが、オスマンは笑いながらその子をあしらっていた。
 ロングビルは慌ててその子を引き剥がしに駆け寄り、ティファニアも離れまいとその後を追いかける。コルベールは苦笑しながら荷物をフライで浮かせて運びつつ、残った子供達を先導して歩き始めた。

 武と才人は、空のフネを見つめていた。
 彼等の目には、ティファニアの揺れる胸がしっかりと焼きついていた。それをなんとしても忘れるために、この美しい空に消えていくフネを眺め続けたのである。
 特に、若い男性にあの胸は凶器だった。





 武はプラチナの部屋で、才人と手作りの将棋を楽しんでいた。
 この世界に来てからというもの、二人は全く娯楽を持っていなかった。本を読むにも文字は読めず、探検に行こうにも怪物がいると言われれば出にくい。二人は日中の多くを用務員の手伝いや自己鍛錬に費やしていたのだった。
 そこで、才人は薪の木を削って将棋の駒を作ったのだった。オリジナル駒もあるのはご愛嬌。

 なお、今回は普通の駒ではなく、才人が作ったそのオリジナル駒を使用していた。
 ガンダムというロボットアニメを模したもので、駒の性能もそれに見合ったものとなっている。
 陣地それぞれモチーフが微妙に異なり、才人に言わせれば自分はジオン側、武側は連邦らしい。
 ジオンは癖のある性能の駒が多く、連邦は歩兵に相当するボールのストックがあったりという不思議なルールも形成された。

 そんなことはともかくとして、二人はそれなりに熱中していた。国民的なロボットアニメであるはずのガンダムを知らない武だったが、とにかく楽しければ良しと何も考えずプレイしていた。

「かかったな! いけ、ガンダム四号機(飛)ッ!」
「ど、ドム(香)がッ! 懐に潜り込まれたか……ならばこちらも突貫する! ズゴック(桂)、出る!」
「猪口才な……やべ、Ez-8(銀)が動けねえ!」

 大変楽しんでいる両名だった。

 そんな二人をよそに、プラチナとルイズはなにやら話をしていた。
 初め、ルイズはプラチナに古代ルーン文字を教えていたのだが、プラチナが途中でその勉強を投げ出してしまった。昼間に精神的体力を使い果たしたということもあるが、そもそも彼女は勉強が嫌いだった。成績こそ良いが、選択授業は最低限しか取っていなかったりする。
 休みがてら、プラチナは調査結果の一つである、ブリミルの逸話をルイズに語りだした。
 ルイズはそれを、まるで童話を聞く子供のように素直な表情で聞いていた。始祖ブリミルが起こした知られざる奇跡や小話は、熱心なブリミル教徒であるルイズの心を実に熱くさせたのだ。

 このようにプラチナ以外が非常に楽しい夜を過ごしていると、唐突に窓の外からハープが聞こえてきた。
 流れるような音色だった。それに合わせて、女性の歌声も混じっている。

 それに気づいた四人が動きを止め、その音色に集中した。
 プラチナはぴくりと耳を動かすと、

「虚無の使い魔をモチーフにした曲を歌っているようだな」

 と呟いた。
 虚無という単語にルイズは立ち上がり、急ぎ足で部屋を出て行った。




 教室棟のベランダから、その音色は響いていた。
 ハープを弾き語っているのは、ロングビルの妹と紹介されていたティファニアだった。それを、ロングビルがゆったりと聞いている。
 四人がそこにたどり着いた時に丁度演奏が終わったようで、足音に気づいたティファニアが顔を上げる。
 慌ててロングビルに隠れるティファニアだったが、ロングビルは笑って首を振った。

「大丈夫。この四人は取って喰いやしないよ」

 いつもとまるで違う口調で、ティファニアにロングビルは言う。すると、ティファニアはゆっくりと、その顔を四人に見せた。

「ハープ、上手だな。もう弾かないのか? 良かったらオレ達も聞きたいんだけど」
「え? あ、その……」

 武が話しかけるとティファニアは一瞬きょとんとし、やがて嬉しそうに笑ってうなずいた。
 そして先程まで腰掛けていたベランダの縁に戻ると、先程と同じ歌を歌い始めた。

「……うるさかったかい?」

 ロングビルが小声でプラチナに問いかけるがプラチナは首だけで否定し、ティファニアの歌を目を瞑って聴き始めた。
 伝承に伝えられる三人の虚無の使い魔と、名を口にするのも憚られる一つの使い魔、それを従える始祖ブリミルを題材にした歌だった。
 歌そのものは短く、それを二度ほど繰り返すと、ティファニアは演奏を止めた。

「何だか、不思議な歌だね」
「ええ。そして、とても綺麗」

 特に変わった曲調ではないのだが、ティファニアがかもし出す雰囲気のせいか、才人とルイズはその歌がとても神秘的なものに聞こえていた。

「ありがとうございます。あの、私はマチルダ姉さんの妹で、ティファニアと言います。テファ、って呼んで下さい」
「マチルダ姉さん?」
「それは私の本名ですね。私は訳あって偽名でこの学院で務めさせていただいているのです……テファの前じゃ敬語が締まらないわね」

 さらりと言ってのけるロングビルに驚く三人。プラチナは苦笑いでロングビルを見ると、彼女は穏やかな笑顔で返した。

「……ロングビルさんも苦労人のようだし色々あるんだろ。例えば、家庭的な事情とか」
「いや、深く聞く気は無いんだが」

 取り繕うプラチナに、武はうろんな感じで答えた。
 ティファニアは何か失言をしたのかと慌てるが、それは才人がなだめていた。
 ルイズはその時の才人の緩みきった表情を見て、やっぱり男は大きなお胸が好きなのね、と自らの平地と比較しつつ嘆く。

「そうそうテファ。念のため、人に見せたときの反応に慣れておきなさい」
「え? でも」
「大丈夫、さっきも言ったけれど、誰も取って喰いやしないって」

 何を見せるのだろうか、と四人はティファニアに注目する。男性陣だけでなく女性人もその胸に視線が向かってしまうが、仕方のないことかもしれない。
 そんな四人の視線に気づかぬままティファニアは恐る恐る、その大きな帽子を取る。

 すると、尖った長い耳が顔を出した。
 普通の人間の四倍はありそうな長さの尖った耳が、真横に伸びている。当然、普通の人間が持つ耳ではない。

「え、エルフ! 貴女エルフだったのね!?」

 これにいち早く反応したのがルイズだ。彼女は一つ叫ぶと半歩後ずさり、警戒するようにティファニアを睨みつけた。

 才人は耳を見て、やれ尖っているだの、ファンタジーだの呟いていたが、特に警戒する素振りは見せていない。

 そして武はと言うと――――

「あっ、耳はダメです、触らないで下さい!」

 盛大にその耳を掴んでいた。武はまるで童心に帰ったかのように瞳を煌かせ、くりくりとティファニアの耳を揉み続ける。

「おお、おおおお、癒される」
「ちょ、おま、何やってんだ!」

 慌ててそれを引き剥がす才人。武は名残惜しそうにその手を空中で蠢かすが、やがて力尽きたようにその手を垂れ下げた。ティファニアは突然の奇行により、すっかり腰砕けになっていた。

「テファは同年代の友達がいないので、是非仲良くしてあげてくださいね」
「あ、ああ。俺達なんかでよければ。それにしても、エルフかぁ……」
「……さっきは悪いな、なんかいてもたってもいられなくなって。オレは白銀武。武で良い。こっちで何かビビッてんのはルイズってんだ」
「ルイズ……」

 ティファニアは目を一瞬見張ったが、すぐにその表情を戻し、二人の名前を復唱した。

「ワタシはプラチナだ。それと、こっちの青いパーカーは才人だ、共々よろしく」
「はい。プラチナと、サイトですね。よろしくお願いします」
「……耳、触って良いか? ぶっちゃけワタシも興味がある」
「だ、ダメですッ、触らせません!」

 身の危険を覚え、慌てて帽子を被りなおすティファニア。ややあって、彼女はくすくすとおかしそうに笑った。

「でも……外の人達は怖いって聞いていたのですが、とても優しくて良かったです」
「オレ達は例外かもしれないけどな……ルイズ」
「……何だかアンタ達と一緒に行動していると、私の常識の方がおかしいように思えるわ。貴女、私達人間に危害を加えるようでもないし、一応歓迎しておくわよ。ようこそ、トリステイン魔法学院へ」
「あっ、はい。ありがとうルイズ」
「……私が思ってたエルフとずいぶん違うわね。何だかあんまり怖くないし……エルフって人間を敵対視してるって言うけど、そこのところ本当はどうなの?」

 ティファニアは一瞬思案する。

「えっと。すみません。私はちゃんとしたエルフじゃなくて……ハーフなんです。アルビオンの」
「ほらテファ。身の上話はやめておきなって……」

 横から割り込んでロングビルが止める。本当に家庭の事情なのか、と才人。

「ハーフなんだ。っていうか、人とエルフって子供ができるなんて初めて知ったわ」
「思ったより近い人種なのかもしれないな。ところでテファ、エルフってんなら先住魔法は使えるのか? できれば見せて欲しいんだけど」
「先住魔法ですか? すみません、できないみたいです。普通の魔法の方も苦手で」
「……そっか。悪いな、変な事聞いて」

 プラチナは腕を組んで考える。血が混ざるとそれぞれの能力が弱化するのかもしれない。

「そういえば貴女、この学院に入学するつもりなの?」
「いえ。やっぱり私、この学院に入学する気はありません。こんな耳ですし、他の人を怖がらせちゃうかも」
「ルイズ、魔法で姿を変えるとかできないのか?」
「水魔法の『フェイス・チェンジ』があるわね。でも、スクウェアクラスの魔法よ。今の学院で使える人はいないんじゃないかしら」
「ワタシも無理だな、見たこともない。学院長なら使えるかもしれないが……できれば、そういう魔法には頼らない方が良い」
「そうだな」

 才人と武が同意する。ルイズも遅れてうなずいた。

「……もしも心変わりして学院に入りたくなったら、ワタシに言ってくれ。できるだけのフォローをしよう」
「ありがとうございます。少し勇気が出た気がします」

 ティファニアは会釈をすると帽子を被り、ハープを抱えて立ち上がった。

「それでは……もう夜が更けておりますので、私達はそろそろ戻ろうと思います。皆様も、どうぞ早くお休み下さい」

 ロングビルも立ち上がり、いつもの慇懃な口調で四人に言った。ティファニアは再度会釈を返すと、名残惜しそうにその場を立ち去った。





 部屋に戻ってからというもの、プラチナは今まで集めた先住魔法についての情報を確認していた。
 周囲にいる精霊の力を借りて行う先住魔法。自分の内に眠る魔法の力を使って行う魔法。内と外の違いはあれど、その力の源は同様のものではないかと、その調査結果は示していた。

 詠唱なしにスクウェアクラスの魔法を自在に放てるなどという記述があった。どうやら先住魔法はメイジの魔法よりずっと出力が高いものらしい。
 せめてティファニアが先住魔法を使えれば、その力の流れをディテクト・マジックで知ることもできたのだが、それは叶わなかった。

「……先住魔法が使えれば出力も上がって、『ゲート』の安定性も高まるかもしれないんだが」

 とにかく、できないものはしょうがないとプラチナは思い直し、同じく先住魔法という単語で閃いた実験を試してみることにした。

 フネにも使われている風石、その欠片。昼に学園へやってきたフネへ搬入した風石、その一部を失敬したのだった。
 外見はくすんだ白色で、軽く、アルミニウムに似ていた。思ったよりも地味である。

「なあ才人、ちょっとこれ、床に叩きつけてくれ」
「なんだこれ、アルミ?」
「風石だよ。あのフネを浮かせた素材」

 才人は興味なさげに眺めた後、自分に跳ね返ってこないような角度で床に叩き付けた。
 床に激突すると、その小石はまるでスーパーボールのように跳ね、天井に張り付いた。

 プラチナはフライで浮かびその小石を回収すると、それにディテクト・マジックをかける。

「やはり、同じだ。同じ反応を……」

 そう呟き、それを才人に手渡した。

「やるよ。二時間くらいで力は落ち着くらしいぞ」
「おお、かなり強い力だな。動きに反発するのか……手放さないようにしねえと」

 才人はそれを近くにあった小瓶に封じ込めた。小瓶の重さが丁度良かったのか、風石は瓶ごと、空中をゆっくりと漂う。

「さて」

 プラチナはにやりと笑うと、手を前にかざして集中した。

 そのままかなりの時間が経過する。才人が欠伸をかみ殺している間に、そこには先程と同じような銀白色の結晶が生成されていた。

「ビンゴ」
「それも、風石か?」
「ああ。まさかと思ったが、その通りだったな。フライの力を使わないまま、そのまま固めたんだ」

 言ってプラチナはそれを掴み、意識を込めた。するとその石は緩やかに空中を漂った。

「グレイ・シックス……」

 それを眺めながら、プラチナは眉を寄せた。
 思えば、長く魔法を取り扱っていて今まで気づかなかったことがおかしいのだ。
 グレイ・シックスとは重力に逆らい浮かぶ力を持つ物質である。かの世界ではBETA由来物質とされ、グレイ・イレブン――強力な重力を発生させる物体――ほど強力ではないが有用な素材として大いに研究されていたものだ。
 この結晶は、そんな素材と全く同じ様相をしている。

 プラチナは他にも水の秘薬を作り出せる。これも、先程の風石のように“水魔法の力を発動させないまま析出させる”ことで生み出せるものだった。
 こちらは、かの世界でODLと呼ばれていたものと同じである。
 ODLとはやはりBETA由来物質で『外部の観測――電波などの干渉――を完全に遮断する安定した冷却材』とされていたが、実は“内部の観測を増幅・保存・移動させる”力もある。
 量子電導脳という特殊な装置を冷却するためこの液体が使われていたが、普通の冷却材ではなくあえてこの液体を使ったのはそのためでもある。この液体の力を生かせば、より効率的な情報の受け渡しや保持、メモリ代わりの活用ができるわけだ。データノイズを素早く除外しバグを回避することもできる。

 更に、状態を周囲の観測により変容する力もこの液体は持つ。傷口に塗り、その本人あるいはODLに干渉できる者が健全な状態を強くイメージすると傷が癒える。他の薬と混ぜれば、その薬の効果と相まって効果の方向性が強化され、より強い力を示すだろう。
 ただし、復元できる限界はその水の秘薬の量に比例するので、例えば腕を生やすとなれば、それと同量以上の秘薬が必要となる。

 とある切欠で水の秘薬を知ったプラチナは、それを自力で生み出したときに、そういうものだ、とその物質に対しての認識を終了させてしまっていた。
 量子電導脳、いや、コンピューターという存在が無いこの世界では、先の特性の半分は分からない。それも、彼女に水の秘薬の正体を悟らせなかった理由ではあるが……

 プラチナは後悔した。
 ODL=水の秘薬という図式に気づかなかったこと。今まで『かつての世界』を意識しないようにと務めてきた、そのツケと彼女は理解したのだった。

「全く、ワタシはやはりあの世界から逃げられないのか」
「何だそれ?」

 普段以上に冷徹な雰囲気を漂わせるプラチナに、才人は臆しつつも伺った。
 だが、その質問には答えずに、散歩に行くと言ってプラチナは部屋を出て行った。





 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシの今の心は、狩人だった。
 眼前にいるギーシュ・ド・グラモンに、どうやって手元の惚れ薬を飲ませようか、そのタイミングを執拗に狙っていた。
 ギーシュは前の決闘の後も浮気を止めなかった。独占欲の強いモンモランシーは彼に余所見をさせないよう、ご禁制であるこの薬を使うことに決めたのだった。

 しかしその彼は、思った以上に隙を見せない。
 ワインにその薬を入れようという作戦なのだが、こうも顔ばかり見つめられるのでは、どうしようもない。

「ああ、モンモランシー。君はこの空に浮かぶ星空よりも美しい」

 一時空を見上げるギーシュ。その隙にギーシュの手元にあるワインに薬を混ぜようとするが、すんででギーシュがまたモンモランシーに向き直る。

「どうしたのかね? なにやら落ち着かないようだけど」

 訝しがられてはワインを飲ませる所ではない。
 それに気づいたモンモランシーは頭を冷やす。すると天啓のように素晴らしいアイディアが閃いた。

「そうね。今日は本当に晴れて……あッ! 裸の女性が空飛んでる!!」
「え!? どこ! どこどこ!? どこだい!?」

 先程の落ち着き払った格好はどこへやら、非常に勇ましい表情で空を睨みまわすギーシュ。
 その十分な隙でギーシュのワインに惚れ薬を入れることに成功したモンモランシーは、上手くいったとほくそ笑む。

「ごめん、私の見間違いだったみたい」

 勝利宣言のように言うモンモランシー。しかしその言葉はギーシュに届かなかった。
 彼は居もしない裸の女性を探すべく、広場の向こうに駆けて行ってしまっていた。

「え!? ちょっと本気!?」

 呆れつつも、せっかくの惚れ薬を捨てることになるのだけは避けたいモンモランシーは、慌てて彼を追いかけたのだった。





 穏やかな夜風を頬に受け、頭の熱が下がるような爽快感を覚えるプラチナだった。
 しかし、どうにも体の疲れが取れない。数日間椅子に座りっぱなしだったので、肩や腰が張ってしまっている。
 こういう時には酒が一番なのだが、残念なことに厨房にはもう鍵が掛かっている時間だった。酒のような複雑なものを魔法で造るわけにもいかず、プラチナは軽くため息をついた。

 その時、広場に、机がぽつんと置いてあるのを見た。
 誰かが片付け忘れたのかと思い近寄ってみると、その上にはワインが置いてあった。
 白ワイン。それが二つのグラスに注がれていた。

 周囲を見渡すが、誰もいない。逢引の最中に席を立った風だが、彼女にはどうでも良いことだった。
 これ幸いと、プラチナはグラスの片方を取り一気に飲み干した。









----------
あとがき

 さて、あとがきという名の言い訳コーナーです。

 更新が前回以上に遅れてしまい、申し訳ありません。プロットを見直しながら書いていて、その修正に時間を取られているのが最大の理由です。実生活がちょっと変な事になっているせいでもありますが……
 特に今回の件、例のアレを誰に飲ませようか&誰に影響させようか凄く悩みました。いや、今も悩んでいます。

 グレイ・シックスの詳細及びODLの特殊効果については、こちらの勝手な設定・解釈です。マブラヴオルタネイティヴWikiの考察ページによれば、ODLに生体維持の機能はないと言われていましたが、『純夏の脳髄の周りにあった液体がODL(?)であり、他に生命維持装置の類が見えない』ため、自分はこう都合よく解釈しました。結果、なんか性能の設定が凄まじい事になりましたが……なにこの万能物質、みたいな。
 当たり前ですが、当SSで使われている設定を鵜呑みにしてはいけません。これを信じたら間違いなくどえらいことになります。その時の損害について、当方は責任を負いかねます。
 今更ですが、習作の次にネタという文字を入れたほうがいい気もしてきました。


 さて、次回は色々と……覚悟を決めないと……
 もしかしたら覚悟足らずにこの話を修正再投稿するかもしれません。メインの話にあまり関係ないけど、悩みすぎー!


 追伸:最終的にあとがきの量と作者の迷走っぷりはシンクロします。



 09/16 微修正
 09/21 もちょっと修正
 



[9779] 20
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/09/21 18:03
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   ~前回までのあらすじ~

 召喚された二人を元の世界に帰すべく、魔法の知識を片っ端から深めていくプラチナ。
 ところで、彼女は惚れ薬を飲みました。





 - - - !!!CAUTION!!! - - -

 今回からしばらくの間、キャラクターのイメージ等を著しくアレするアレがあります。
 用法・容量を良く守り、ご自身の精神的健康がアレになりましたら速やかにページを閉じ、他先生による良作SSのご精読により心の健康をお守り下さい。

 - - - - - - - - - - -





 才人は、いつになくゆっくりと目を覚ました。

 何かとても素晴らしい夢を見ていた気がする。
 しかし、どうも思い出せない。未だに夢心地で、まだ夢の中にいるのではないかと錯覚してしまう。

 それにしても、はて、自分のベッドはこんなに素晴らしいものだっただろうか。こんなにしっとりと甘い匂いがしただろうか?
 目の前には何かとても柔らかいものがあって、それは布団以上の形容しがたい包容力があり、気持ちが良い。いつまでも埋もれていたくなる魔力を、その何かは持っているようだった。
 
 それがプラチナの胸であることに気づくまで、彼はたっぷり十秒の時間をかけた。
 なお、彼女は普段胸に巻きつけてある布を外していた。つまり、才人は先程まで、薄布一枚越しにそれを堪能していたことになる。





「ぐぼァ!? ぷ、プラチナ、なんで俺のベッドに……ッ!」

 才人の声でプラチナは目を覚ました。しかし、その彼女にはまるで覇気が無い。
 顔は赤く、不安げな表情を浮かべながら才人を見つめている。

「か、風邪?」

 質問しても、何事かを呟きつつさらに顔を赤くするプラチナだった。
 彼女ははだけたワイシャツを直す事もしないまま、ゆっくりと才人に近づく。

 だが、そこで突然目を見張り、まるで恐ろしいものを見たかのように彼女は部屋の隅まで後ずさってしまった。

 ただならぬ状況に慌てて才人が近づこうとするが、プラチナは涙目で拒絶の意を示した。
 ややあってプラチナの周囲に怪しげな煙が沸くと、彼女はその場で倒れこんでしまったのだった。





「はぁ? プラチナがおかしい?」

 凄まじい剣幕でやってきた才人の話を聞いて、ルイズが頭をかしげる。同様に武も渋い顔をした。

「いや、確かにアイツはいつもおかしい気がするけどさ」
「そういう意味じゃなくて! っていうかそれは俺も同意するけど、そういうベクトルのおかしさじゃなくて! ああもう、とにかく来てくれ!」

 言われ、仕方なさげにプラチナの部屋にやってきた二人だったが、そこには床に倒れるプラチナの姿があった。

「倒れてるじゃない!」
「あ、多分大丈夫。なんか最初風邪かなと思ったんだけど、急に俺から逃げ出して、自分になんか魔法使ったんだ。それでこの有様で」
「……魔法? ならこれ、多分『スリープ・クラウド』ね。相当具合が悪かったのかしら。ちょっとタケル、プラチナをベッドに運んで」

 武はやれやれと呟くと、床に倒れるプラチナを抱き上げた。
 百七十センチ程の身長ながらやたらと細く軽く、柔らかい。こんなんでオレ以上に戦えるんだよなあ、と武は自信を少し失くしてしまった。

「何で才人から逃げたんだ? おい才人、何かちょっかいでもかけたんじゃないか?」

 ベッドに適当にプラチナを横たえてから、武は冗談ぽく才人に言い寄った。

「いや、いやいや! それはない!」
「本当か~?」
「本当だー! ……けど……」

 才人は口ごもる。果たして、添い寝していたことを二人に打ち明けるべきだろうか。
 いや、多少の恥はあれど、あれほどの奇行を伝えないわけにはいかない。

「……プラチナがさ、何か俺のベッドに潜り込んでたんだ。で、起きるや否や、急に俺に怯えたみたいになって」
「酔ってでもして、間違って違うベッドに入ったんじゃないか?」
「それなら、自分に『スリープ・クラウド』使った理由がつかないわよ。恥ずかしかったにしてもおかしすぎるわ。とにかく、気付けできる人を探しましょう」





 かくして、水魔法の使い手であるモンモランシーがその場に立ち会ったのだった。
 偶然居合わせたギーシュもお供である。

「こ、こりゃまた扇情的な」
「ギーシュ、お前って奴は」

 プラチナのはだけた服装を見たギーシュがそんな感想を漏らし、武は苦笑しながらプラチナの体に毛布をかけた。

「『スリープ・クラウド』よね。って、ちょっと待ちなさいよ、それ使ったのプラチナよね? 何で土と風のラインがそんな魔法使えるの?」
「え? あ、ああ。何でだろうな」
「それって本当に『スリープ・クラウド』なのかしら。水のトライアングルクラスなのに……とにかく、ちょっと起こせないわね。まあ、ただ眠っているようだし、時間が経てば起きるでしょ」

 縦ロールの髪を触りながら、モンモランシーがつまらなげに呟いた。

「それじゃ、起きたら教えてね。風邪とかだったら薬でも渡すわよ」
「ああ。助かるよ」

 才人は素直に感謝した。

「待って、起きそうよ」

 しかしルイズが彼女を引き止める。
 プラチナは一つ呻くと、慌てたように体を起こした。
 そして才人の姿を認めるや否や駆け寄り、ためらいも無く抱きついた。

「おわッ!? プラチナ?」
「才人、才人ぉ……」

 プラチナは才人の名前を呟きながら、一心不乱に彼に頬をすり寄せる。
 確かに異常だった。あまりの奇行にその場にいる全員が固まってしまう。

「だ、誰か助けて!」
「って言われてもな。どうなってんだこれ」
「これ惚れちゃった感じね……それもドロドロに」
「い、いやあ、サイト君。男冥利に尽きるじゃあないか」

 苦笑しながら何とか反応する面々だったが、モンモランシーだけはそれを黙って見つめていた。
 昨晩、惚れ薬が入ったグラスが空になっていたのだが、それを飲んだのがプラチナということを察し、一気にその顔を青ざめさせた。

「あ、あのさ。みんな見てるんだし、ちょっと落ち着いて……」

 プラチナはとても悲しげな顔で才人から離れると、ごめん、と呟く。
 そして、はっと息を飲むと、慌てて布団を頭から被ってしまった。

「才人。出て行ってくれ」
「え?」

 聞き返すが、プラチナは体を震わせるだけで答えない。

「サイト、ほら、席を外して」
「わ、分かった」
「アンタも出ておきなさい」
「了解。よく分かんねえけど、後は頼むぜ?」
「……何ボサっとしてんのよ、アンタも出てけ!」
「うええ、僕もかい?」

 男共はルイズにより撤退させられた。

「それにしてもどうしたのプラチナ。どう考えてもおかしいわよ」

 ルイズが優しく問いかけるが、毛布の中からは、ぼそぼそという声しか聞こえてこなかった。
 仕方無しにルイズがその毛布を取り去ると、プラチナは泣いていた。

「うわ、あああああっ」

 ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、今度はルイズに抱きついてしまった。

「な、何なのよもう」





「ひっ、ひいっ、ご、ごめん、ごめんなさい」
「さっきから何謝ってんのよ……? 貴女らしくないわよ?」

 ようやく落ち着いたかと思えば、今度はひたすら謝るのだった。

「とにかく、どうしちゃったのよプラチナ。サイトに何か変なことされたの?」
「ち、違う。悪いのはワタシなんだ、ワタシが、こんな、こんな、ひぃぃ~っ」

 言葉を続けられずまた泣き出してしまう。
 そんな姿を見ながらモンモランシーはどうすればいいか、頭痛がするほど悩んだ。

 間違いなくプラチナは自分が作った惚れ薬の影響を受けている。勝手に飲んでしまったとはいえ、そもそもの原因は作った自分にある。まさかプラチナも、ご禁制であるはずの惚れ薬がワインに入っていたとは想像もできなかっただろう。
 
 まあ、それだけだったらまだ無視することもできた。惚れ薬の効果は永続ではなく、大体一ヶ月、長くとも半年程度しか持たないだろう。別に異性に惚れてしまったからって言っても死ぬわけではないし、そもそも才人はプラチナの使い魔だ。関係は極めて良好と聞いていて、好きになる分には構わないようにも思える。

 しかし、状況が状況だった。
 間違いなくプラチナは薬の効果に抗っている。何か強い枷が、恋の激流に飲み込まれている心を固く繋ぎ止めているようだった。
 このままでは、その食い止めた枷に心が引き千切られかねない。一刻も早く解毒する必要があるのは誰が見ても明らかだった。

 だが、惚れ薬を作ることは法律で硬く禁じられているため、言い出すことはできない。
 名乗り出て罰せられてでもプラチナを救うほどの勇気を、モンモランシーは持っていなかった。

「る、ルイズ……多分、薬だ。何か、魔法の薬を飲んだんだと思う……」

 そんなモンモランシーの懊悩をよそに、何とか理性を取り戻したらしいプラチナがそんなことを言い出す。

「頭の中で何かが蠢いているようだ……昨晩のうちに解毒をしようとしたが、うまくいかない……惚れ薬だと思うんだが」
「惚れ薬!? それってご禁制じゃない! モンモランシー、何か知らない?」
「え?」
「解毒する方法、教えてくれ……頼む」
「え? ええとええと、そう、精霊の涙が必要だったはずよ!」

 モンモランシーは、やけっぱちで解毒方法を叫んだ。
 涙目で縋る者を拒絶などできない。惚れ薬という外道に手を出したものの、彼女は決して悪人ではないのだ。
 
「精霊の涙?」
「……水の精霊からしか貰えない貴重な薬よ。そうじゃないと解毒はできないわ」

 プラチナは苦しそうにしながらも、精霊の涙、ともう一度反芻する。

「それ、持ってないの?」
「高いし、珍しい品なのよ。残念だけど持ってないわ」
「水の秘薬とは、違うのか……?」
「え、ええ」

 モンモランシーは苦悶の表情を浮かべるプラチナに心を痛ませ、その肩にそっと手をやる。

「どうしてそんなに抵抗してるか分からないけど、あまりそうしてると心を壊しちゃうわ。いっそ薬の力に心を委ねて……」
「だ、駄目だッ!」

 プラチナは人が変わったように取り乱すと、モンモランシーの手を払った。

「わ、ワタシなんかが人を、才人を好きになっちゃいけないんだッ! ワタシにはそんな権利もない、才人だってきっと嫌がる、嫌われる……ッ!」
「ど、どういうことよ……?」
「それって、自分の身分を気にしてるの? それとも、あり得ないとは思うけど容姿が……」
「違う、違う違う、あああ、嫌だ、ごめんなさい、ごめん、ごめん……!」

 薬の力が戻ってきたのか、また謝り始める。

 ルイズは理由が全く分からないまま、黙ってその様子を見守るしかなかった。
 モンモランシーは、この枷がただものではないと戦慄し、一刻も早く彼女を解毒させなければと決意するのだった。





「放っておくのも不味いとは思うけど、今の私達じゃどうしようもないわ」

 結果を聞き、うなだれる才人。気丈な印象のあるプラチナが取り乱している現状は、彼の心を大いにぐらつかせていた。

「私、学院にいる人に精霊の涙を持っていないか聞いてみるわね」
「ええ。ごめんねモンモランシー。この借りは必ず返すわ」

 モンモランシーは一瞬泣きそうな表情を見せ、逃げ出すようにその場を駆け去った。

「僕もモンモランシーを手伝いに行くよ。ええと、精霊の涙だったよね」
「そうよ。ギーシュも手伝ってくれるの?」
「なあに、恋人があんな一生懸命なのに放っておくなんて許せないからね」

 軽口一つ、彼はモンモランシーの後を追った。

「……なあ、実際のところどうなんだ? 聞くところだと、原因は分かったんだよな」
「ええタケル。彼女、何でか知らないけど惚れ薬を飲んだらしいの」
「惚れ薬……まさか、それで才人に?」
「そうよ。でも、どうしてか分からないけど、プラチナはそれに必死に抗ってる。薬そのものはそれほど危険は無いと思うけど、問題は彼女がそうやって堪えてるってことよ。あのままじゃ、心が壊れちゃう」
「なら、一刻も早く治さないとな。精霊の涙ってやつがそれを治せる薬なんだな?」
「正確にはちょっと違うけどね」
「分かった、オレも探しに行くぜ」

 武は言うなり、すぐにモンモランシーが消えた方向に駆け出してしまった。

「……毎度のことだけど、ご主人様に確認を取りなさいよ……とにかく、聞いていたわねサイト」
「あ、うん……まさか、そんなに武の事が好きだったなんてなあ……つーかそんなに俺が嫌いなのか……ショック極まりねえんですけど」
「違うわ」

 ルイズは才人の顔を見たまま、そう断じた。

「プラチナは貴方にずっと謝ってた。単純な好き嫌いだけが原因なら、まずタケルに謝るじゃない? 良くは分からないけど、プラチナは貴方に相当の負い目があるようなのよ。貴方を嫌っているっていうより、彼女自身の何かが薬に刃向かってるのね」
「そうなのか……何なんだろ……まさか、この世界に召喚したのをまだ負い目に感じてるんじゃ」
「かもしれないけど……違うって気がするわ。他には身分とか――――」

 ルイズはそこで言葉を切り、才人から目を離した。

「サイト、お願い。プラチナに貴方を愛させてあげて」
「え?」
「さっきも言ったけど、このままじゃプラチナの心が危ないの。薬が効いてる間だけで良いから、プラチナを支えてあげて」
「でも……俺なんかでいいの?」
「そんなの知らないわよ。でも、こうするのが一番良いって思うわ」





 まるで麻薬中毒だ、と、プラチナは蕩けた頭の中で思った。
 毛布はいつのまにか才人のつもりで抱き枕のようにしているし、なけなしの理性で自分のベッドに戻っても、気づけば才人のベッドに戻っている有様。
 しかもさらに厄介なのが、その事実が『自分は才人を愛している』という認識をさせ、さらにその衝動を強くしていくのだ。

 今すぐにでも才人に愛を告白しなければならないという脅迫めいた気分になる。
 時には、こうやって我慢することが自分の愛の証明であるのだと錯覚してしまうほどに、プラチナは消耗し、錯乱していた。
 惚れ薬が生み出すこの幸福感は、まるで酒のように思考力をとろかしていく。事実、理性は死に体と言える状況だった。

 このまま抗っていては、例え薬から抜けても後遺症を残してしまう。そう思うのだが、それでも抗わざるにはいられない。





 ――――プラチナは、いわゆる生まれ変わりである。
 それも、前世では男。しかも、長い時を生きていた。
 
 それを誰にも教えたことが無いのは、彼女自身、その『気持ち悪さ』を承知しているからである。
 例えば、自分の子が誰かの生まれ変わりだと知った親はどう思うだろうか。
 多くの辛苦を経て産み出した純真な宝であるはずのその子が、手垢にまみれた中古品だったならば。
 仮にその親が強い精神力を持っていたとしても、普通の子と同じように扱うなどできるわけが無い。

 そういったことを避けたかったが為に、プラチナはずっと他人を騙して生きていた。
 そのおかげか親とは良好な関係のままであり、友人もできた。今更その嘘を告白するわけにはいかない。言えば、間違いなくその関係に罅が入る。
 人への依存が強い彼女にとって、それは何よりも耐えがたいものだった。

 しかし、今の彼女に人を騙し続けられるだけの力があるとは、とても思えなかった。
 実際、何度か薬に流された時があったが、その時の彼女はまるで本能のみで動いているようだった。
 そこには自制などほとんど存在せず、自分が何を言っているのかも、夢の中の台詞のようにあやふやだった。

 薬に流された後、自分の全てを知ってもらおうとその事実も告白するかもしれない。
 明言することで、才人だけでなく、ルイズや、当人である武にもその話は届くだろう。
 目下の問題が、これだった。自らが事実を口にすることで、あの世界に運命を絡め取られてしまう。そんな強迫観念を彼女は持っていた。

 才人の事は心配していない。自分が武の生まれ変わりであることは、才人は知っているから。方法は不明だが、サイトとキュルケ、タバサにはそれが分かっていながら、変わらずに接してくれている――と彼女は思っている――のだ。あえて話題に上らせないのも、その優しさの表れだろう。
 だが、この事を自分が口にしては駄目だ。その言葉は、この世界との決別の呪文。『白銀武』はあの世界に戻らなくてはならなくなる。

 男だからだの、女だからだの、そういう理由はもはや彼女の頭には無い。
 今となっては、この過去が才人との関係を壊すのだ、この過去を持つ限り、才人とは決して結ばれないのだと、自らを戒める形で必死に恋心を抑えていた。





 プラチナは熱にうかされたように呻きながら、才人に見立てた布団をぎゅっと抱きしめる。
 これだけでもかなり心が楽になる。才人の匂いが染み付いているのならば、なおさらだった。

「プラチナ」

 そんなプラチナに、才人がおずおずとその名前を呼ぶ。
 プラチナはびくりと体を大きく震わせると、慌てて彼から身を離した。

 はしたないという言葉が、プラチナの頭を埋め尽くす。人の布団を慰み者にするなんて陰湿もいいところだ。
 さらに、かつては同性だったという意識も、その罪悪感を加速させる。
 
 こんなのはプラチナじゃない。才人はその言葉を喉まで出しかけた。
 この世界に来てからの彼は、プラチナの支えがあってこそこの世界に馴染むことができたのだ。身体的にも精神的にもずっと立派な彼女の役に立ちたいと、そういう思いで最近を過ごしていたのだが。
 その彼女が、今はその影も無いほど取り乱し、子供のように怯えている。

「……プラチナ。よく分からないけど、俺はプラチナの味方だ。今のお前が薬でおかしくなってることは分かってるよ」

 割れ物を扱うように、ゆっくりと才人はプラチナに近づき囁く。顔を伏していたプラチナは戸惑うように才人の顔を見ると、震える声で、

「嫌わないでくれ」

 と言った。

「ああ。今のうちはお前が何やっても嫌わないから楽になってくれ」
「でも」
「俺なんかじゃお前とは釣り合わないかもしれないけどさ」
「そっ、そんなこと……違うんだ、ワタシの方が」
「プラチナのことだから、多分人には言えないことがあるんだと思う。別にそれは気にしなくて良いからさ。言いたくなければ言わなくても良いから、とにかく今は心を大切にして欲しい。俺はお前が苦しんでるのを見たくない」

 才人は真っ直ぐにプラチナを見据え、心からそう言った。
 途端、プラチナは不安げに視線を揺らめかせながらも、とても嬉しそうにその顔を綻ばせた。恐らくは今まで最も女性らしい、いや、艶かしいその表情を見て、才人も理性が軋む音を聞いた気がした。

「ワタシでも……好きになっても、いいのか?」
「あ、ああ」
「嫌わない?」
「おう」
「嘘つきでも、本当の事を言えなくても?」
「多分……うっ……全然許せるよ!」
「……じゃ、じゃあ、抱きついても、いいか?」
「ばば、ばっちこい!」

 才人が両手を広げてみせると、プラチナは犬のような勢いで飛びついた。

「才人ッ、才人おッ」
「うお、う! うおおお!」

 柔らかいものを全身一杯に受け、才人は思わず叫ぶ。勢いプラチナの甘い体臭を思い切り吸ってしまって激しい眩暈を覚える少年心だった。

 だ、抱きついてるんだよな。今、俺に、プラチナが抱きついてるんだよな。いい、匂いだな。ああ、あああいい匂いだ。柔らかいし、いい匂いだ。夢なのかな、クンカクンカ、なあおい誰か答えてくれ、これって夢なのかな。
 あれ? ところでこれって合法なのかな、後でお金取られたりしないかな。ある訳ないよな、俺なんかに抱きついてくれる子なんているわけ無いじゃないか、あはは。

 プラチナはしばらく、才人を抱きしめたり足を絡めてみたり、はたまた才人の首筋に頬を寄せたりと猫のようにしていたが、やがて物足りなそうにつぶやく。

「才人……ぎゅって、して……?」

 才人は思った。
 ぼく、駄目かもしんない。








----------
あとがき

 ごめんなさい。自分も駄目かもしんない。
 何で駄目かって、理想郷におわす皆様が描写していらっしゃるヒロイン方が魅力的過ぎて生きるのが辛いからです。それと、今の展開。

 武に惚れる、ルイズに惚れるというパターンを試し書きました。しかし、前者はどう書いてもぶっちゃけ過ぎてしまい、後者はどう書いてもドロドロ(性的な意味で)なってしまうのです。結局、一番見通し良好な才人君ルートを採択させていただきました。
 もう少し頑張れば突破口ができたかもしれないのですが、ヒャアがまんできねえ、投稿だ!
 ご期待を悪い方向にぶっちぎって裏切ることにかけては天才だと近所の奥様方に評判の自分です。

 色々と難儀な感じですが今回を読んでいただきありがとうございました! あと二話か三話くらい続き……おや、誰かが来たようだ、こんな時間に……



[9779] 21
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/10/05 17:25
21


 プラチナの心の健康も大切だけど、こっちの心の健康も大事にするべきだと思わないかボーイ。
 そんな心の陳情を聞いた才人は、プラチナにちょっと待っててと言い残し部屋を飛び出した。
 後ろは振り向かない。彼も理性がカツカツだったから。

「だめ、もうだめ、ぼくもうだめでしゅっ」

 才人は心臓を痛いくらいに鳴らしつつ、千鳥足でルイズの部屋に逃げ込んだ。

「ちょっとサイト、プラチナ放っといて何を……って、どうしたの?」
「ここここれがおちついてられますかっての! へ、ヘヴンなんですよ! パラダイスなんですよ! その極楽がぼくを殺すんですううううう!! ぼくのハート強く変われ!!」
「落ち着きなさいよアンタ。うぁ、耳が痛い……」

 サイトは本気で限界のようで、顔を赤くしながら汗だくで心の軋みを訴える。
 たった数分だけだというのに、全ての体力を使い切ったようにしか見えない有様だった。
 ルイズはそんな彼の様子に空恐ろしいものを覚えつつ、遠巻きで彼が落ち着くのを待った。

 やがて息を落ち着かせた才人を見て、ルイズはほっとため息をついた。
 彼女自身、ここまで才人を追い詰めるほどとは予想していなかったのだ。今までプラチナの浮いた話など一つとて聞かなかった彼女は、才人のこの現状に戦慄するばかりだった。

「プラチナがそんな露骨になるなんて」
「……俺だって信じられねえよ。誰だよアレありえねーよ、プラチナの皮を被った誰かだよ絶対。誰だよあれ、俺のプラチナを返せよちくしょう」
「それにしても、誰が惚れ薬なんて作ったのかしら」

 ルイズは考えるが、そもそもどういう経緯でそれをプラチナが飲んだのか分からないため、推測すらできない。

「んなもん知るかよぉ。でも、分かったらとっちめてやる」
「私も参加させてもらおうかしら。ったく、どうなってんのよ惚れ薬って。あんなに強いものだったなんて」

 その時、控えめなノックがルイズの部屋に響いた。
 何となしにルイズはそれに答えてドアを開けたが、そこには、やはりと言って良いのか、プラチナがいた。
 危うげな雰囲気はそのままだが、その目にはいくばくかの理性が戻っているように見える。

 とっさに身構えてしまう才人だったが、プラチナは明後日の方向に目をやりながら、大丈夫だ、と言った。

「おかげで少し落ち着いた……悪かったな、才人」
「あ、はい。い、いや。別に」

 プラチナはけだるそうにルイズのベッドに座ると、頭を抱えて溜息をついた。

「人の心を操る魔法やマジックアイテムを世界的に禁じた誰かさんは、よくやってくれたって感じだな。こんなものが氾濫していたら、人の生活など破綻してしまう」

 どこか無理をしているような口調で、プラチナは誰にでもなくそう言った。

「今のワタシの様に、こういった魔法効果が対処しにくいというのも規制の理由だろう。だが、それにより水魔法の最大の強みを削られた感があるのは、いただけない。刃物のように、うまく使えば人の為になるはずだが」
「プラチナ、何を言ってるの?」

 いきなり水魔法についての講釈を始めたプラチナに、才人とルイズは戸惑いを隠せない。

「……悪い。とにかく喋っていないと正気が保てないんだ。一人でいるとホント駄目だし。翻って今はそれだけの余裕があるということだから、もうちょっとは……取り乱さずに済むだろう」
「にしても不気味よ。できればもう少し私達に関係ある話をして欲しいものね」
「そう、だな。そうだった、元々そのつもりで来たんだ」

 プラチナは頭を振ると、ルイズの方へ体を向けた。

「どういう経緯で惚れ薬飲んだわけ?」
「昨晩、外の空気を吸いに出た時だな。テファと会ってから大体一時間くらい後か。寮を出たところの広場にぽつんと机が置いてあってな、その上に白ワインが置いてあったんだ。ちょうど喉が渇いていたからって警戒もせずに飲んだのがいけなかった」
「そんな犬みたいに意地汚いことしてるからそうなるのよ。誰かのいたずらかしら」
「かもしれないな。とにかく、その中に薬が入っていたんだ。異常に気づいて水の秘薬なども試してみたが、脳の奥に作用するタイプだからかまるで効果が届かない。仕方無しに自分のベッドで寝たんだが……まあ、後は才人が知るとおりだ」
「ああ。びっくりしたよ。不意打ちだったから正直心臓に悪い」
「昨晩はもやもやする程度だったが、寝てる間にずいぶん進行したようだな……朝とか、さっきは完全に“飛んでた”」

 やや顔を赤くし、悩ましげに唇を噛む。

「それにしたって自分で眠らせるってやりすぎよ……ところでプラチナ、良ければ教えてくれない? 薬が効いてる間だけは才人を好きになってもいいんじゃないかと思うけど、頑なに拒むのはどうして?」

 プラチナは視線を泳がすと、体の熱を逃がすように長い溜息をついた。

「……性格だと思ってくれ。これだけはどうしても言えん」
「プラチナ、聞く気はないから。うっかり喋ろうとか考えんなよ? 相当大切な隠し事みたいだし……」

 釘を刺す才人にうっかり振り向いたプラチナは、うっ、と唸った。

「ヤバい、ぶり返してきた……毎度悪いな才人、またしばらくワタシが迷惑かける……」
「なんか他人事みたいに言うな」
「他人だと、思ってくれ。こんなの絶対ワタシじゃない、ああ。認めねえぞ、認めてやるもんか……」

 言って、ベッドに倒れこむプラチナ。追って、また『スリープ・クラウド』を自分にかけてしまった。不貞寝である。

「私のベッド……いっか。でも、思ったより大丈夫そうね」
「いや」

 楽観視するルイズの言葉を、才人は力強く否定した。

「さっきまでプラチナ、俺を全然見ようとしなかった。で、さっきうっかり顔を見ただけでぶり返したみたいだ。軽口叩いてたけど、魔法で速攻寝ちまったところ見ると、本当に余裕が無いっぽいね」
「そうなの……気づかなかった。さすが使い魔ってところかしら」
「茶化すなよー」

 言って才人は、プラチナに毛布を被せてやろうと近寄る。
 深く眠り込んでしまったためか、穏やかな顔色のプラチナ。
 それをしばらく眺めていた才人だったが、ふと先程抱きつかれたことを反芻してしまい、慌てて毛布を被せた。





 やがて才人は落ち着かない様子でルイズの部屋を出て行った。
 特にルイズと話す事もないし、暇を持て余すようなら精霊の涙とやらを自分も探す方が有益だと思ったからだ。

 一人残されたルイズは、プラチナの寝顔を見ながら考えた。

 どうして、そこまで才人を好きになることを拒むのか。あれはもう、武が好きだからという理由では片付かない。
 学院に入るまで男のつもりで生活していた、というプラチナの話を思い出す。ひょっとしたら、そういった自分の精神的な部分が拒絶しているのかもしれない。いや、それならばどうして武に対して恋愛感情を持っている?
 いや、好いている武に対してその気持ちを打ち明けないのは、そういった自分に対する心の整理がついていないからではないか。同様に、才人に対しても同じ理由で、女性として甘えきれない。

 ……これでもまだ理由としては甘い気がするが、プラチナが何も言わない以上、ここまでがルイズの考えられる限界だった。

「もう。いつもいつも、自分だけで抱えすぎなのよ」

 そう言って、ルイズはプラチナの額を撫でた。





「水魔法に長けた教員は皆、休暇を取っているみたいだね」

 一足先に戻ってきたギーシュが、ルイズに報告した。

「タケルは今、学院長に精霊の涙を持っていないかをたずねて、モンモランシーは学院に残った生徒に同じ事を聞いているね」
「で、アンタはどうして先に戻ってきたのよ」
「簡単なことさ。疲れたからだよ」
「根性無し」
「途中でサイトとも会ったし、あまり人手が多いのも周りを混乱させてしまうだろう?」

 詭弁よと言い放ち、ルイズはギーシュをジト目で睨みつけた。

「やれやれ……そういえばルイズ、プラチナは一体どういった状況で惚れ薬を飲んだんだい?」
「昨日の夜、広場にあったお酒を飲んだらしいの。その中に入ってたんだけど」
「ふむ?」

 ギーシュは頭を捻る。だが、空に浮かんでいるはずの裸の女性を探しながら走り塀に激突して気絶した彼は、昨晩の記憶がかなり怪しくなっていた。

「誰かに盛ろうとしていたのかね」
「またはいたずらね。いたずらにしても悪質だけど」
「おう、お疲れ……駄目だ。学院長も打つ手が無いらしい」

 そこにいつの間にか帰ってきていた武が、肩をすくめながら言った。

「ラグドリアン湖っていうところに、水の精霊ってのがいるらしい。そいつに頼めば精霊の涙が手に入るって聞いたんだが、どうだ、行かないか?」
「……そうね、モンモランシーが帰ってきてから、決めましょう」





 やはり、モンモランシーも大した成果は得られなかった。
 学院にはそれなりの腕を持つ水のメイジが残っていたのだが、彼らもお手上げということだった。仮に精霊の涙を持っていても、むざむざ手放す者はいないだろう。精霊の涙はそれ一つで、平民一族が一生を暮らせるほどの値段がつく。

「……才人、災難だな」
「そう思うなら笑わないでくれよ……」
「見逃してくれ、こりゃ苦笑いだ」

 というわけで、ラグドリアン湖に向かうこととなった。
 特別遠くないため馬で向かうのだが、才人の後ろにはプラチナがしっかりと張り付いていた。

 彼女はもはや完全に自制を失してしまっていた。
 口を滑らせてもその時はその時だよな、などと開き直ってしまった瞬間に、彼女は完全に陥落した。
 その後はひたすら肉体言語による愛の表現を才人にぶつけていた。
 当然ながら、彼女の柔らかい部分が存分に才人の背中に当たるので、彼は気が気ではない。馬もそんな彼に心配するほどだった。

「あ、あのさ、プラチナさん。そこまでしっかりくっつかれると馬を動かしにくいから」

 しかしプラチナは抱きつくのをやめない。

「……あまりそうしてると、怒っちゃうぞ?」

 だが、軽く脅してみせるとプラチナは慌ててその身を離すのだった。
 そして、可愛らしく唸る。
 期待と不安、焦燥に似た高揚感と高鳴る心音。酩酊したかのような恋愛特有の浮遊感に、プラチナはすっかり虜になっていた。

 プラチナはそうしてしばらくは才人に触れないでいたが、やがておずおずとその腰に手を軽く回してきた。
 これはこれでこそばゆい感じがしたが、先程の強い抱きつきよりずっとマシだったので、彼は何も言わずにその状況に甘んじた。

「準備は良い? 忘れ物、無いわよね」
「つっても、デルフリンガー以外持つもの無いけどな」
「僕も大丈夫だよ」
「私も」

 六人。意外と大所帯だった。

「もう少しの辛抱だぞプラチナ。必ず治してやるから」
「……違う」
「え?」
「薬のせいじゃないさ……ワタシは本当に、才人の事が」
「だああああッ! 後でね!? そういうのはちゃんと解毒薬飲んでからさ!」
「やっぱり、才人はワタシの事が嫌いなのか?」

 途端、プラチナは涙声で呟く。

「違う、違うよ、でも、少なくとも外でこういうのは恥ずかしいから……」
「じゃあ……帰ったら、ずっとぎゅってしてていいか?」
「お、おう……」

 もはや抱きつき魔だった。

「むう、何だか中てられてしまうな……モンモランシー、君も僕に抱きついてみないかい?」
「え? い、嫌よ」
「つれないな」

 モンモランシーもその状況に中てられていないとは言えず、慌てて拒否するのだった。





 小太りの少年マリコルヌは、なにやらプラチナが毒を受けたという噂を聞きつけ、広場に向かった。
 そこには、使い魔と共に馬に乗るプラチナの姿があった。

 才人が彼の使い魔であるクヴァーシルを勝手に利用したことを、かねてから文句を言いたかったのだ。
 その時にクヴァーシルが失くした頭の毛は幸いにも予後が良い。だからと言って、大切な使い魔を危険な目にあわせた者の主人には一言申し付けなければ気がすまなかったのだ。
 プラチナは男勝りと聞く。だから普段はあまり近づきたくなかったが、弱っている今ならば文句の一つ言っても逆襲は無いだろう。そう思い、このタイミングでプラチナの方へ向かったのだった。

 しかし、そんな気分は、プラチナの姿を見たときに吹き飛んでしまった。

 彼の眼前には、もはや一枚の名画のようなパノラマが広がっていた。
 顔色を上気させ、瞳を潤ませながら使い魔の背に身を預けるその姿は恋する乙女そのもの。雪のような髪が夏の陽光を弾くが、それは精霊が踊っているかのように見える。
 しがみつく相手の男は彼女に不足役ではあったが、しかしそれでもその様は、マリコルヌに神の絵画に匹敵するほどの美しい構図だと思わせたのだ。

「可憐だ――――」

 マリコルヌはそう呟き、彼等が立ち去ってからもずっとその場に立ち尽くしていた。





 予定より時間をかけ、一行はラグドリアン湖にたどり着いた。

「全く、今の管理人は何やってるのかしら」
「どういうこと?」
「しばらく前まではラグドリアン湖にいる水の精霊は私達の家で交渉していたのよ。でも、最近その役が変わってね……」

 モンモランシーがそう愚痴る。
 何と、ラグドリアン湖の水嵩が増大して道を塞ぐまでになってしまっていたのだ。
 こういう場合には管理人が水の精霊と交渉して事態を収めてもらうのだが、どうも、その機能も働いていないようだった。

 眼下には、水没した村が見えた。相当に水嵩は増えてしまっているようだった。
 通行人に聞いてみれば、このラグドリアン湖は、元々非常に広かったその面積を倍近くにまで広げているらしい。
 特にここ十日程前から急激にその勢いを増している。その通行人は、じきに故郷も沈むかもしれないと不安を露にしていた。

「誰かが水の精霊を怒らせたのね」

 言いながらモンモランシーは指先をナイフで傷つけると、そこから出た血を、使い魔であるカエルのロビンの頭に垂らした。

「水の精霊に、貴方の盟約者の一人が話をしたいと、伝えてちょうだい」

 それに答えるようにロビンは力強く鳴き、そのまま水の中に潜り込んでいった。

「これで、多分水の精霊は答えてくれるはずよ」
「早く来てくれよ……」

 才人はベタベタと寄りかかるプラチナに苦笑しながら呟いた。

 その願いが通じたのか、突然、水面が爆発したかのように噴き上がった。

 慌ててモンモランシーは儀式を開始し、何事かを精霊に訴える。
 すると、先程噴出した水の柱は形を変え、やがてモンモランシーを模した巨大な人影になった。

「覚えている、単なる者よ。貴様の体に流れる液体を、我は覚えている」

 やはりモンモランシーと似た声で、水の精霊は答えた。喋る時に、核なのだろうか、胸元の中心が白く輝く。
 その威容を、プラチナは才人に抱きつきながらも興味深げに眺めた。

「まさか、このようなのが本当にあるなんて」
「ちょっと黙ってて……水の精霊よ、お願いがあるの。貴方の体の一部を分けて欲しいの」
「断る」

 水の精霊は間髪入れずに冷たく返す。

「んなこと言わないで、頼むよ水の精霊さん!」

 慌てて食い下がる才人。それを止めようとするモンモランシーだったが、それを振り切るように素早く才人はその場に正座した。

「何でも言うこと聞くから、頼むよ、ほんのちょっと、ちょっとだけ……!」

 水の精霊は黙っていた。その姿は不動だが、才人の姿を値踏みしているようだった。
 やがて、その姿が一度ゆらめく。焦る面々だったが、すぐにその姿は安定した。

 不意打ちのように香水瓶のようなものが飛んできた。それを慌てて才人が受け取る。

「まさか、精霊の涙……」
「ヴィンダールヴならば、その願いを聞かねばなるまい。しかし、我にも願いがある。叶えてもらうぞヴィンダールヴ」
「ヴィンダールヴ……?」

 ギーシュとモンモランシーが首を傾げるが、それを無視して才人は力強くうなずいた。

「最近、汝らの同胞が我々に攻撃を仕掛けておる。そやつらを退治して欲しいのだ」
「同胞って、人間ってことか? ……まさか、それが水を氾濫させてる理由なのか?」

 武は割り込むように、水の精霊に質問した。
 水の精霊は、先程と同じように一瞬その姿を揺らめかせた。

「違う。ガンダールヴよ」

 またしても出てくる謎の単語に二人は困惑する。しかし言われた当人は大した反応も見せていないので、その謎はそのまま霧散した。

「汝らの同胞が、我の護りし秘宝を奪ったのだ。名を、アンドバリの指輪という」
「アンドバリ……! 確か、偽りの魂を与えるマジックアイテムよ! そんなものを奪うなんて」

 モンモランシーが慌てて叫び、思案する。

「……効果からして相当ヤバい代物らしいな。だが、指輪とこの水の氾濫と何の関係があるんだ?」
「水は我が領域。水で世界を満たせば、秘宝は我の元に戻るのだ」

 遠大な計画だな、と武は呆れた。いくらなんでも方法が酷いと、ルイズも釣られて呟いた。

「我は水から出ることができない。故に、領域を広げなければ探すことも叶わない」
「……なら、誰かに頼んで取り返してもらえば良いじゃないか」
「我の仲間は水の生き物。陸を探す力を持ち得ないのだ」

 水の精霊はそこで言葉を切った。一行はしばらく言葉を待ったが、水の精霊は水の氾濫は譲らないようだった。この手段は、水の精霊が長く考えた故の結論なのだろう。

「とにかく、今攻撃してる奴をとっちめればいいんだな?」
「……そうだ、ヴィンダールヴ。恐らく今日にもやってくるだろう」
「気前よく大事な品を貰ったんだ、指輪はともかく、オレも一肌脱ぐぜ」
「感謝するガンダールヴ。では、我は深くに潜る。事が済んだなら先程と同じ方法で呼ぶが良い」





「ところで、ヴィンダールヴとかガンダールヴとかどういうことよ」

 待ち伏せをしていると、モンモランシーが小声でルイズに問い詰めた。

「……誰かと勘違いしてるんじゃない?」
「水の精霊がそんな盛大な勘違いする訳無いじゃない。本当に知らないの?」
「知らないわよ。仮にタケルが水の精霊も知ってるような奴だったら、それなりに凄い使い魔ってことになるじゃない」

 ルイズは伝説の使い魔であることを教えたい衝動を堪えつつ、表情を殺してしらばっくれてみせた。

「……でも、ギーシュに勝ったわよ」
「単にギーシュが弱かっただけでしょ」
「な、何を言うんだルイズ! この僕が弱いだなんて。弁明するわけではないが、彼は本当に強かったのだよ」
「あら、いたのギーシュ」
「いたさ! ……交代の時間だよ」

 ラグドリアン湖には夕方にたどり着いたが、今はすっかり日が落ちてしまっていた。
 今日にも来るだろうと水の精霊は言ったのだが、それにしても全く人気が無い。
 一行は森の影に陣を取り、交代で湖を監視していたのだった。

「タケル、行きましょ」
「あいよ。ギーシュと才人、二人ともお疲れ――――」

 挨拶をする武を横切って、才人に飛びつく誰か。
 先程まで寂しそうに木の下でうずくまっていたプラチナだった。

 武とルイズはその様子に肩をすくめつつ、見張りの場所に消えていった。

「才人ッ、怪我はないか?」
「お、おう。ってかまだ襲撃者ってのも来てねえし」
「良かった……疲れたよな? 待っててくれ、椅子作るから」

 言ってプラチナは魔法で地面を盛り上がらせ、石造りの椅子にした。
 その手腕に、ギーシュが目を見張る。

「呼吸するように魔法を使うね……おや、杖はどこだい?」

 ギーシュのその言葉をプラチナは虫のように黙殺しつつ、その椅子に才人を座らせた。

「あ、ありがとう」
「お前の為なら何だってするからな? お腹は空いてないか? 喉は渇いていないか? 何か近くから果物でも探してくるぞ?」
「いや、別に……」

 素っ気なく答える才人。プラチナは反応が鈍い彼を見て、不安げな表情になった。

「……やっぱり、こんな可愛気の無い奴は嫌なのか? そうだよな、やっぱり才人はもっとお淑やかで、女らしくて……ルイズみたいに気が利いて、キュルケみたいに綺麗なのが好きだよな……」
「えええ!? いやいや、そんなことないぞ!?」
「でも。才人はワタシを見てくれない……やっぱりワタシは、女には……」

 元気を失くし、ぼそぼそと呟く。才人は見かね、その肩を優しく叩く。

「……しょうがないじゃないか。お前は今薬でおかしくなってるんだから、それをマジにしちゃうのは失礼だと思ってんだよ。それに、お前って、武の事が好きなんじゃないのか?」
「白銀を? ワタシが?」

 とたん、きょとんとする。数度瞬きを繰り返し、ようやく苦笑いになった。

「あ、あはは。意地悪だな才人は。ワタシが白銀を好きになる訳ないじゃないか」
「え? そうなの?」
「そうだよ。ワタシが好きなのは、最初から才人だけ」

 そういって座ったままの才人に抱きつくが、思い出したように体を硬直させた。

「プラチナ? 正気に戻ったのか?」
「…………そうだ……白銀……アイツさえいなければ、ワタシはこんなに苦しまなかった……」

 ゆらりと身を離し立ち上がる。一瞬険しい表情を見せたが、それはやがて、穏やかな笑顔に変わる。しかしそれは、誰にも向けていない薄気味悪いものだった。

「殺さないと、ワタシはいつまで経ってもあの世界から……才人、待っててくれ、今すぐ殺してくるから」
「え? ど、どうしたプラチナ!?」
「そうだよ。ループするなら、殺しちゃっても大丈夫じゃないか……アイツはこんなところにいちゃいけないんだ……あははは、そうだよ、あはは」

 名案だと呟いて、何かに誘われるかのように、一歩一歩、ゆったりとした足取りで武達が消えていった方へ向かう。
 そのただならぬ状況を見て、才人は慌ててプラチナに抱きつき止める。
 プラチナは初めこそそれを無視していたが、やがて才人が抱きついていることを知ると、表情をひっくり返したように明るくした。

「あ……才人」
「どうしたんだよプラチナ! 何で武を殺すなんて話になるんだよ!」
「だ、だって……じゃあ、お前は白銀の事が好きなのか?」
「え? そりゃ、好きか嫌いかって言われたら好きだよ? でも」
「そっか! そうだよな! 才人、大好きだ!」
「え? あ、ああ。だから、よくわかんねーけど、殺すなんて言うなよな、な?」
「うん! ありがとう才人……ッ!」


 先程の気配など一片も無い無垢な笑顔になり、才人に抱きつき返した。
 恋愛の対象としてはありえないだろ、という才人の台詞は、永遠にその口から出ることは無かった。

「それにしても、こうも人が変わるなんてね。平生のプラチナをあまり知らない僕からしても、これは異常すぎるよ」
「俺だってそう思うよ。しかも言ってることたまにワケわかんねーし。ちくしょう、誰が惚れ薬なんて入れたんだ……」
「全くだ。惚れ薬を入れた者は愛を冒涜しているとしか思えないよ。サイト君、君も惚れ薬などに頼らず、ちゃんとした手順でプラチナの心を掴むんだよ」
「なんかお前に言われるのは癪だけど……そうだな、覚えとく。プラチナをこんなにした惚れ薬は、許せねえ」
「才人、やっぱり意地悪だ! 惚れ薬なんて関係ないって言ってるじゃないか! 本当に、心の底から、ワタシは才人が好きなんだから……!」

 その気持ちを証明するかのように、プラチナは才人の頭を胸に強く抱き寄せた。





「それにしても、プラチナも忙しい子ね」

 監視に疲れたのか、ぽつりとルイズがそんなことを口にする。武はこういう時には黙っているべきだと思っていたが、あまり堅苦しいのも調子を落とすだろうと思い直し、乗ることにした。

「……だな。この前の舞踏会といい、お前の催眠術といい、ガリアだっけ、そこの血筋だったりとか、ここ最近で大忙しだったな」
「まるで出来の悪い児童文学の主人公みたいに波乱万丈よね。プラチナって、落ち着きが無い時はとことん落ち着かないんだから」
「お前も、オレを召喚するまでずいぶん暴れてたらしいじゃねえか」
「うっさいわね! ……でも、感謝してるわよ」
「何でだ?」

 武は話を促すが、ルイズは何かを言いかけて、そのまま黙ってしまった。

「あまり話してると見逃すわ。集中しないと」
「おいおい、乗ってやったってのにひでえ……」

 言いかけ、武は息を潜めた。
 目の前、遠くに二つの人影を認めたからだ。






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あとがき

 ちょっと描写が難しくなるだけで頭がフットーしそうだよぉ……茶太郎です。

 ところで、いつかの掲示板でのレスでイザベラさんの年齢を間違って答えたのを思い出しました。どう考えてもその時期にここの某憑依SSをガン読したおかげです。本当にありがとうございました。賢い王女(ょぅι゛ょ)ばんざい!
 ……あっはい、外伝をやっと買ったんですよね。ストーリーや設定は何だかんだでアニメばかりを参考にしています。ジョゼフさん出したいんですが、彼が絡んでくるまでに原作を読まないと……

 今後の更新は素晴らしく不安定になります。申し訳ありません。



[9779] 閑話1:大空寺重工にて
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/10/22 09:24
閑話1:大空寺重工にて


「白銀部長、シミュレート用の機体情報の打ち込みが終わりました。これから物理演算のデータ取りを行いますが、特に重視するところはありますか」
「いや、そこまでやってくれたらもう十分だ。それはオレがやっておくからもう帰って良いぞ、新婚なんだろ?」
「すいません、今更ですが気になったことがありまして……機体姿勢制御の数値ですが、これでは不安定すぎませんか?」
「これでいいんだ。あまり機体が硬すぎるととっさの動きがしにくくなるからな。だが、いい所に目をつけてくれたな。これからも気づいたところがあれば遠慮なく言ってくれ」
「部長、私の使っているコンピューターから煙が出てきたのですが」
「そうか、それなら……あんだとォ!? あー! 水は待て! つかそりゃ珈琲だ! 先にコンセント外せコンセント!」





 大空寺重工。日本指折りの兵器開発会社は、今、新星のようにやってきた若く新しい上司によりひどく活気付いていた。

 白銀武。弱冠十八。二年前にBETAの襲撃により死亡したとされていた彼は、何とその中から生き延び、各地を転々としながら独自の研究を重ねていたという。
 そんな彼が、突如として多くの技術を片手に入社を希望してきた。
 面接官の誰もが、その技術を偽者だと考えた。
 事実、そのいずれもが、仮に実現するのならば人類の行く末を覆すような、オーバーテクノロジー級のものばかりだったからだ。

 しかし、その技術を元に製作されたらしい機械――携帯型戦術機シミュレータのようなもの――を見た彼等は、更にその考えを覆すことになる。

 このような発想とその実現ができるのは、国連の魔女である香月夕呼を置いて他に無い。これらは全て、彼女の入れ知恵に違いない。
 国連の尖兵だ。これらの技術で我々の心を掴み、この大日本帝国指折りの企業である遠田技研を乗っ取ろうという腹だ。
 そのように考えてしてしまうほどに、彼の技術は抜きん出て優秀だった。

 だが、そのような邪推は、彼自身の実力によって意味を失す。
 目指すところはこれだ、と、現行の戦術機のシミュレーターに乗り込んだ彼は変態的な機動をやってのけたのだ。
 しかもこの動きを更に円滑にするためとして、XM3というOSの草案を直後にその場で書き始める。
 これもまた、付け焼刃ではまずたどり着けない精緻な概案であった。

 圧倒的な技術力と戦闘技術を見せ付けられた面接官達は、いつしかその若輩に頭を下げていた。

 人類、そして大日本帝国は今や、滅亡の手前にあった。
 実体がどうあれ、これほどの逸材を逃すなど彼等にはできなかったのだ。





 入社した彼は入社時に提供した技術を評価されると共に、早速、新機構の完全国産戦術機を作るように命令された。
 それに答えた彼が持ち出したものは、単機で戦術機連隊分の力を持つ戦術機というコンセプト。
 連隊分の戦術機とは、少なくとも百八機以上。その力を一つの戦術機で実現しようと言ってのけたのだ。

 これを受けた重鎮は度肝を抜いた。まるで子供のようなその発想だったが、しかし、それの実現を疑うことはなかった。
 彼の目は、既にその規格外の戦術機が完成しているのを見ているかのような揺ぎ無い目をしていたからだ。
 その時の彼を見た一人はこう語る。
 まるで、仙人を相手にしているような気分になったと。

 多くの部下が投入された。そして、その誰もが、部長である白銀武の姿を見て絶句した。
 まだ二十にもなっていない若造である。どうしてこのような子供が、と、特に中年の部下は露骨な反発を示したものだ。
 しかし、反発しながらも仕事をしていくうちに、その考えは次第に氷解していく。
 その人格は分け隔てなく、かといって最低限の礼儀は失せず、気も利き腕も確か。
 若いが、その年齢特有の背伸びしたところはまるでなく、むしろ老熟した視野で物事を処理するその立ち回り。
 背中を後押してくるような心強いリーダーシップ。人心を安らがせ見守ってくれるようなカリスマを、その若い部長は持ち合わせていた。

 とりわけ数字は嘘をつかない。順調に高くなっていく進捗率が、彼の手腕を示していた。
 一ヶ月もすれば、彼はすっかり部長としてその足場を固めていた。




 その戦術機は今までとは段違いのスペックを要求していた。
 当然、既存のパーツではまるで不足役。開発チームは社内外問わず、理想とするパーツを開発できるところを駆けずり回った。

 特に難航したのが、やはり多くの処理を行うためのコンピューター。通常の四倍以上の処理能力を発揮する必要があるが、それをいきなり作れというのは難しい話だった。数値上では複数を並列で繋げれば良いのだが、そもそもが肥大な状況にあるこのパーツはこれ以上大きくできない。
 そのため、白銀武達はまず、優秀なハード部門の人間を集め、現行の二倍の性能を持つコンピューターを開発するように依頼。そして、今までのコンピューターを入れる部分の二倍のスペースが確保できるように戦術機をデザイン、完成したコンピューターをそこに入れることで実現した。

 この問題は開発の最初期から持ち上がっていたのだが、これを解消するのにはそれなりの時間が掛かった。
 何せ、こうして部外に仕事を依頼するということは、他の部門の開発力を下げるこでもあるのだ。保守派の社員などいくらかの人間は白銀武たちの行動に苦言を呈したものだが、その白銀武の必死の説得により次第に彼らの計画は社内全体に知られるものとなり、やがて会社全体が一丸となって、隙あらば計画に加担するほどまでになったのだった。
 それほどまでに、白銀武の提案した戦術機は魅力的であり、彼自身の存在感も大きかった。

 これでも尚処理速度に不安が残されていたが、完成間際になって他社が新しいCPUを開発したことでこの懸念は解消された。
 人だけでなく運も味方につけることで、夢の戦術機は日の目が見れたのだった。





 一年と半年後、火産霊(ほむすび)と呼ばれる戦術機が完成した。
 G元素を使用した新しいタイプの戦術機。コストは通常の数十倍に及ぶが、一騎当千というスペックを考えれれば、それでも安いものである。

 グレイ・シックスを利用した那由他機関と呼ばれる半永久式の強力な動力機関を備え、余剰動力で空気などを集めて推進剤とする。
 更に余る動力は、レーザー兵器の利用まで許容した。
 突撃級などの甲殻から回収したG元素の一種をスーパーカーボンへ微量加えた上に発泡させて作り上げた特殊な装甲を使用。突撃級の突撃でも破砕しない柔軟で堅牢な装甲を実現した。
 最大の恐怖である光線級のレーザーもまた、グレイ・シックスを応用した歪曲力場で大半を拡散する。事実上、この戦術機を一撃で破壊できるBETAは存在しない。
 なお、大幅な軽量化・関節部の改良がされたため機体への負担も軽くなり、理論上の継戦能力は一日以上となっている。
 そして、この戦術機で採用されたXM5――コンボとキャンセル、動作予測、適応反応の機能を持った高性能なOS――は、戦術機そのものの運動機能を五割以上増すこととなった。
 大艦巨砲主義のアメリカを笑えないような、規格外の戦術機である。

 この戦術機の試作型は、帝国軍に務める紅蓮醍三郎により駆られた。
 定期的に佐渡島ハイヴからやってくるBETAの掃討作戦においてはその性能を遺憾なく発揮し、日本の旗印としてその名を世界に知らしめた。

 この時、既に人類はオルタネイティヴⅤ――地球放棄計画。限られた人類を外宇宙にあるだろう新天地へと送り、残された人類は地球をも破壊しかねないほどのG弾を一斉使用する――を採択していたが、人々はその絶望を覆すような希望に満ちた。
 この戦術機が量産された暁には、人類は必ずや勝利できる。
 そのような人々の期待は、世界でのG弾の使用を躊躇させるに至った。

 やがて、世界中に火産霊のライセンスは売られていく。これを皮切りとして、それぞれの国が次々とハイヴを攻略していった。





 そのような功績を立てたものの、彼は部長止まりだった。
 会社どころか国に貢献するまでの実績を収めたのならば、新しく分社を任命されても良いほどなのに、だ。

 ――――彼の怪しさを睨む者の工作があった。
 その男はじわりじわりと根も葉もない悪評を広げていき、それは白銀武の部下に影響するほどになっていたのだ。

 しかし、当時の社長は直々に、彼へそれなりの待遇を持ちかけたという。
 それを白銀武は笑いながら断ったのだ。
 曰く、自分はあの身分が合っていると。あまり人の上に立ちたくはないと。そもそも火産霊の完成は皆あっての功績だったと、心底誇らしげに語ったという。
 この話は会社全体に渡り、本人まで届く大きな噂となった。その影で、白銀武を敵視する者が流した悪評は完全に忘れられた。





 その後も、彼は一介の部長として様々な研究開発を行った。
 その中には実用の怪しいものもあったが、概ねが人類にとって有用なものだった。
 中でも、G弾の弊害である重力異常を廃した『G+』と呼ばれる改良型G弾。
 これはオルタネイティヴⅤを地球再生の作戦へ変化させた。
 重力異常が発生した土地は、人が住めない。他の動植物がまるで発生しないのだ。生体に対しての影響は詳しく分かってはいないが、G弾の爆心地――虫の音すら聞こえない更地を訪れたのなら、どれだけ生存に適さないのかが良く分かる。

 この技術は地球を救うと判断した大空寺重工はG弾を開発・生産するロクスウェル社と全力をもって交渉。その結果、世界中のG弾をG+へと改造することに成功した。

 ここから、人類の反撃が始まる。
 国連は各地のハイヴを一斉に破壊する、通称『アグネア作戦』に出た。各個破壊では取り逃がしてしまうBETA諸共、一斉に塵とするのだ。

 作戦が施行された日、地球はG+の黒い光に輝いた。





 G+の爆発で地表を舞い上がった塵が太陽を覆い隠すことで、地球は氷河期のようになった。
 赤道下の昼でも一桁のセ氏を記録するような天候。しかし、それでも人類の心は暖かい。
 これからはBETAの恐怖で怯えることが無いのだ。これほど嬉しいことがあるものか。

 誰もがそう思っていた。白銀武ですら、その勝利に体を震わせたというのに。

 戦いはまだ終わっていなかった。
 月にも、火星にも、太陽系にはまだBETAが蔓延っていたのだ。





 『人類の勝利』から四年後。
 人工の氷河期と呼べる気候がようやく和らいだと思えてきたその頃、宇宙から亜高速で何かが飛来した。
 飛来物の観測をしていた国連軍だったが、残念なことにそれの検知はならなかった。
 アグネア作戦で発生した厚く黒い雲は、宇宙の観測を非常に困難なものにしていたのだ。
 関係者の無念をよそに、それは日本海溝の南に落下した。言わずもがなBETAの卵、飛行ユニットである。
 飛行ユニットは海溝に深々と潜り込み、人類の手の届かない部分で癌のようにその勢力を拡大していった。

 当然、これを黙って見ている人類ではない。残ったG+をかき集め、そこに一斉投下を行った。
 しかし、そのいずれもが不発。
 水中という環境下でも発動するはずのG+は、投石程度の力しか発揮できなかったのだ。

 BETAがいない世界に人類が落ち着き始めた頃であり、ほとんど無傷の状態であるアメリカが損耗した各国を吸収しようと暗躍していた矢先のことである。
 彼らの目論見がそれどころでなくなったのは余談。





 新種のBETAがいた。
 海獣(オクトパス)級と呼ばれるそれは、全長四十メートル程度のタコに似たBETA。
 陸上での動きは遅いが、無数に伸びる触手は近接戦闘を許さない。
 また、水中のハイヴを攻略する際にはこのBETAが、文字通り水を得た魚のように活躍する。これに対応すべく水中用の戦術機に補強がされたが、その努力も空しく、ことごとくが海獣級の餌食となった。
 最大の特徴は、その体からG元素の活性化を防ぐ電波を放射すること。これがG元素兵器を無効化させる原因だった。

 白銀武が開発した火産霊は、海獣級によりその戦闘力を大きく失った。
 膨大に電力を食う機構を核融合装置により賄なうようになったが、最大のアドバンテージである防御性能は通常の戦術機とあまり変わらないものとなってしまったため、結局、グレイ・シックスに依存した部分を省略して通常の戦術機と同様に運用せざるを得なくなった。
 G弾も使えず、人類はBETA由来物質に頼らない戦闘を余儀なくされたのだ。





 人類の焦りを尻目に、BETAは次々にハイヴを形成していく。

 そんな中、日本に据えられていた国連軍の横浜基地が突如襲撃される。
 横浜基地の地下にはBETAの反応路がある。BETAの動きはまさに、それを奪回する動きだった。
 まるで雪崩のように殺到するBETAに、基地の兵士達はなす術も無く蹂躙された。
 香月夕呼以下多くの貴重な人材を失いつつ、基地は自爆による最期を遂げた。
 犠牲者の中には、かつての207小隊や特殊部隊A-01の面々もあったという。

 その報を受けた白銀武は、自嘲するように笑った。

 ――――やっぱ、こうなるよな。

 その言葉の本当の意味を知る者は、この世界にも、どこにもいない。





 直後、傷ついた戦術機がタンクを抱えて大空寺重工へとやってきた。
 タンクの中身は大量のODLといくらかのG元素、山程の資料。香月夕呼によるものだった。
 横浜基地が襲撃された際、彼女は反応炉からありったけのODLを抽出していた。それを一人基地に残って行ったために彼女はBETAに襲われたのだという。
 それを守るために神宮寺まりも軍曹とその教え子も基地に残り、しかしBETA物量には到底抗いきれずに、それぞれの戦術機に積まれていた自決装置S-11により基地諸共、散華したのだ。
 戦術機を動かしていたのは、失敗したオルタネイティヴⅣの成れの果て。量子電導回路を組み込まれた自立型の超高性能戦術機である。
 彼女はどういう切欠か白銀武の特異性を知り、彼に人類の未来を託したのだった。





 世界中の研究者は躍起になって、G元素を再び使えないか研究を重ね続けていた。
 海中のハイヴにおいては戦術機の活動が鈍化するため、攻撃力として考えづらい。一応、水中用の戦術機もあったが、それを主戦力にするにも心細すぎる。頼りであったG元素爆弾は機能停止。G元素を使えない人類に未来がないことは明白だったのだ。

 そんな中、白銀武はODLの力を持って海獣級の阻害を受けない機構を開発することに成功した。
 各国の軍は総力をもってじわじわと勢力を取り戻していくBETAと戦い続けていたが、そのために必要な物資も尽きようという頃だった。
 何より、白銀武が務める大空寺重工の近くにまでBETAがやってくるような状況だった。
 まさに間一髪。
 白銀武は完成したその『Gジャマーキャンセラー』を搭載した火産霊を動かし、帝国軍が討ち漏らしたBETAを次々と駆逐していく。
 これが、火産霊の二度目の産声となった。彼が撃破したBETAの総量は、かの紅蓮醍三郎に匹敵したという。
 大きな戦果と共に息を吹き返した火産霊は次々に再登用される。火産霊の歪曲力場は深海の圧力すら阻害するため、ほとんど影響なく活動が可能なのだ。
 折に開発された優れたハイヴ突入機構により、人類は次々にその勢力を覆していった。

 なお、GジャマーキャンセラーをもってしてもG+の復活はならなかった。
 爆発させる前にグレイ・イレブンに超高圧をかけて不安定化させるという前準備があるのだが、そうしてできる圧縮グレイ・イレブンのエネルギーがGジャマーキャンセラーの要であるODLを著しく劣化させてしまうからだ。
 しかし、量産化された火産霊とその後継機は、G+ほどで無いにしろ、十分にBETAを貫く鉾となりえたのだ。





 火産霊が再びその力を取り戻した頃、大空寺重工の出資元である大空寺財閥への転向を勧められたことがあった。
 話だけは、とやってきた白銀武を待ち受けていたのは財閥総帥の娘、それも、西洋仕立ての白無垢姿。
 つまり、そういうことである。
 そこまでの責任は負いたくないと吐き捨て逃げ出した彼だった。

 彼は、生涯独身と決めていた。

 月などのBETAを駆逐する作戦が口にされるような余裕が出来た頃には、白銀武は大空寺重工の取締役になっていた。
 彼をその椅子に座らせたのは、周囲のごり押し。今や白銀武は、大日本帝国の国宝、大空寺の顔だったのだ。
 彼とて自らの成果を誇らしく思わなかったわけではない。しかし、彼が生み出した功績の多くは、何度もループを繰り返してきた間に見た発明や発想の流用なのだ。
 その椅子に『甘んじた』のは、その罰だと思った末だった。

 取締役就任を喜ぶ部下や関係者の面々だったが、その直後、白銀武は毒殺された。
 白銀武の入社時以降、彼の悪評を流した男によるものだった。初めは会社のことを思って敵対していた彼だが、いつしかそれは、単純に白銀武を世界の敵とする歪んだ思想に醸成されていたのだった。

 喜ばしくない最期を遂げた『このループ』の白銀武。
 しかし、年齢にして五十七。彼が覚えている中では前回に次いで二番目に長い人生だった。









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あとがき

 当初は概要だけしか書いていなかった過去話の一つを、べちっと肉付けしたものです。書き始めは私的なもののつもりだった上急ぎ書いたこともあり色々とツッコミどころは満載だと思います(意訳:不味い点がありましたらどうかご教示くださいませ)。
 いつものことですが、捏造放送なんて目じゃねえ勝手設定が満載、しかしながら読み飛ばしも大丈夫な安心設計です。多分。あっ、Gジャマーキャンセラーは某ロボットアニメシリーズの種から名前とかを頂きました。
 何回目のループを想定して書いたのかは秘密です。国連に行っていない時点で、かなり“やりこんだ”とだけは……

 ちなみに自分は、どこぞの聖闘士っぽいファンクラブ向けのアレはなかったことにしてしまっています。っていうかプレイしたことないからよくわかんないし! だから最後のほうの白無垢の誰かさんは誰かなんて知りません!
 今回の火産霊は、その番外編で出たらしい火之迦具鎚という戦術機の代わりとしてでっち上げたものです。



10/22追記:favnir様の心添えを受け、戦術機の隊数に関係する部分を修正。



[9779] 22
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/11/05 07:55
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 その二つの人影は、湖の縁に立ってなにやら杖を掲げているようだった。
 水の精霊を感知する方法でもあるのだろうか、そうやって杖を掲げては移動する、そういうことを繰り返していた。

 ルイズは早速二人に攻撃を仕掛けようと身を乗り出したが、武に襟首を捕まれ阻止される。その時に首が絞まり、蛙のような声を出してしまった。

「ぁにすんのよ!」
「迂闊に出るなって。こういうのは場慣れしてるオレが出るべきだ。お前は問題の奴らが出てきたって皆に伝えてくれないか?」
「アンタ一人で大丈夫?」
「任せろって」

 言って武は背中のデルフリンガーを抜いた。デルフリンガーは、待ってましたとばかりに身を震わせた。

「張り込みだから黙ってて息苦しかったぜ相棒」

 武はそれにうなずきで返し、その抜き身のままに、その二人の元に急ぐでもなく向かった。





「おーい、そこの二人」

 湖の中を調べていた二人組は、男の声を聞いた。
 振り返ってみると、そこには、深夜だというのにカンテラも持たず立つ長身の男。
 その手には、月に照らされて光る長剣があった。だが、当たり前だが照明代わりにするには心細すぎる。
 どこか聞きなれたような声だったが、手元の明かりに馴れた二人の目では残念ながら、闇の中にいるその男の顔までは確認できなかった。

「こんな時間に何やってんだ。もしかして、沈没した街に住んでたのか?」

 先程まで杖を掲げていた一人が前に出た。
 怪しすぎる。明かりも持たず、抜き身の剣一つでやってくる男。他に仲間がいるとしか思えない。

 様子を見る片方が心の中で笑う。
 ローブに全身を包んだどう見ても怪しい我々にこうやって気さくに話しかけるとは、どうかしている。先程の言葉をそのままそっくり返してやりたい。

 結論として、その男が盗賊の類だと二人は思った。
 双方の意見が一致したと見るや、同時に杖をその男に向けたのだった。





「問答無用かよッ! 言葉は力の前じゃ無力だってのか!?」

 飛んできた炎を慌てて回避し、武はデルフリンガーを構えなおした。

「おめさんよー、武器持って話しかけるとか何考えてんだよ。追いはぎですよって言ってるもんじゃね?」
「そうか? いや、手ぶらだと逆に怪しいと思ったからさ……ほら、武器の一つ持ってたら見回りをしにきた人とかと思ってくれるって期待したんだが」
「そりゃ無茶やね……時々、相棒が何考えてんだかわかんなくなるよ」





 不可視である風の攻撃を勘でかわす。しかし足が巻き込まれて地面を転がった。追って迫る大型の火球。それをデルフリンガーで切り上げ減殺した。
 しかし、拡散しかけたその炎は間髪いれずに飛んできた風に巻かれ、熱波となって襲い掛かってくる。
 火傷するほどではないがまるでサウナのようなその熱に、武は顔を守りながら立ちすくむ。

「コンビネーションも上々……! しかも、こっちの手を伺ってる感じだな」
「やべえぞ相棒」
「ああ、分かってる」
「分かってねえよ相棒、お前さんの服、溶けてきてる」
「げ、マジか! マジだッ!」

 見れば、火の粉を受けたのかナイロン製の制服に小さな穴が開いてしまっている。この世界では替えが効かない服なので、慌ててその場を脱出しつつ服を脱ぎ捨てた。
 同様にズボンも脱ぎたかったが、さすがに自重した武である。

「くそ、風と火の魔法は戦闘向きだってことはある。ゴーレムが可愛く見えちまうぜ――」

 言い訳めいたことを言いながら、間合いを取る。
 離れた方が魔法に晒され危ないように思えかもしれないが、近づくにつれて面制圧力が上がり回避しづらくなるために、離れた方が安全なのだ。
 手数が圧倒的に足りないと判断した武は、ほどよく牽制しつつ味方の到着を待つ作戦に出た。

 と、ちょうどその時、彼の横を土の触手のようなものが飛んでいった。
 恐らくはギーシュの魔法だろう。それは人が駆けるような速度で二人に突き進んでいく。
 だが強度は無いらしく、二人それぞれの魔法で霞のように打ち落とされていく。

 まるで戦力にはなっていなかったが、相手の手数が減ったのは好機。この隙に武は一気に間を詰めた。
 防御に回る小柄な方の長大な杖をデルフリンガーの峰で弾く。だが、杖はその手を離れることはなかった。
 完全に弾くことができたなら、杖は折れるか飛ぶなどしただろう。しかし、相手はとっさに杖を弾かれる方向に動かしたのだ。
 小柄な分際で予想以上に戦い慣れしているのを見て、武は渋面した。
 持ち主は杖を諸手でかばいつつ、魔法で跳び大きく距離を取る。その隙に長身のもう片方が火で牽制しつつ、相方を追った。

「逆を狙ったなら上手くいったか?」

 風は受けても姿勢を崩す程度だが、炎は当たれば火傷は必至。自然、必要以上に回避に力をかけてしまうのだ。
 また、魔法の方向はその杖先で大体をつかめるが、炎は発射後にランダムな動きを見せるために回避がさらに難しくなる。
 武は長身の火使いに狙いを定めると、改めてデルフリンガーを構えた。

 それに気づいた小柄な風メイジが前に出る。武の思考を完全に読んでいる動きに、彼は舌打ちをした。

「うりゃああああ!!」

 その時、茂みから誰かが躍り出た。
 才人である。例の大剣を上段にふりかぶり素人丸出しに奇声を上げながら、二人のメイジに突進していた。

 奇襲にもなっていない奇襲は当然、失敗。避けられた才人はその勢いのまま武の方へと逃げ出すが、火の魔法の追撃を背中に受け、地面を転がった。
 
「才人ッ!」

 すぐ近くに倒れる才人に呼びかけるが、返事は無い。暗くてよく分からないが、服の背中が丸く焼け落ちていることから、体もそれなりの火傷になっているだろうことは推して知れた。

「くそッ、テメエら、もう容赦は――――」

 しない、今度は本気でやってやる、と決意を固めて言いかけたその言葉は、しかし最後まで口を出なかった。

 プラチナが、音も無く才人の側に立っていた。
 そこにいた誰もが、彼女の移動に気づかなかった。
 彼女は全く感情の読めない所作で才人の背中を触るとやがて立ち上がり、二人のメイジに顔を向けた。





 その誰かが放つ殺気は、言葉より明快なものだった。

 特に場数を踏んでいる小柄なメイジ――タバサは、射殺すような鋭利さに怯んだ。
 今までドラゴンとも渡り合った彼女をして、呼吸まで引きつらせるその威圧。
 いや、場数を踏んでいるからこそ殺気を読み取れた、と言うべきか。相方のキュルケは状況が良く分かっていないようで、不思議そうにタバサを見返していた。

 唐突に、さらに膨れ上がる殺気。ひぃ、と肺が恐怖で収縮する音を聞きながら、タバサは慌ててキュルケを抱えその場を離脱した。
 一瞬の後、眼前で、大量の液体が地面を叩く音がした。続いて、罵声めいた聞きなれない音。

 目の前で、地面が沸騰していた。
 いや、溶けている。先程の液体は強酸の類だったのか、激しい煙と熱と吐き気を催す臭いを放ちながら、地面を泥のように溶かしていく。
 見たこともない凶悪な魔法。あれが人に当たったらどうなっていたことか、想像するに恐ろしい。

 タバサは呆けかけたが、なけなしの精神力を振り絞ってキュルケを風の魔法で吹き飛ばす。
 奇襲をかけた男を攻撃して逆上したのなら、狙いはキュルケだろうからだ。

 煙を切り裂き、何かが顔を出す。
 それを認めた次の瞬間、タバサは短刀の一撃を受けていた。
 エア・シールドを作っていたため直撃は免れたが、その威力は彼女を転倒させるに十分だった。

 地面に背中を預けて空を見上げると、月の逆行を受けて女の顔があった。
 殺意以外の感情以外見えない、獣のように輝く二つの青い目が顔の影の中に浮かんでいた。
 タバサは何故かそれをとても美しく感じつつ、ゆっくりと意識を手放した。





「タバサあッ!!」

 女がタバサに馬乗りになっていた。恐らくは止めを刺すのだろうと思ったキュルケは、形振り構わず杖を振るった。
 杖の先から歪な炎の球が飛び出し、それは彼女に覚えの無いほどの高速で、タバサに跨る女に襲い掛かった。

 それに気づいた女は火球へ顔を向けると、短刀をそちらへ振り切った。
 火球が音も無く分断され、明後日の方向へ飛んでいく。
 追って、森の方からがさがさと何かが倒れる音。見れば、地面には闇より暗い影がキュルケの真横を通っていた。
 それが何なのかが分からなかったキュルケは、それに触れて絶句した。
 消え去ってしまったかのように滑らかな亀裂だった。今の一撃で、森向こうまで切り裂いたとでもいうのか。

「……ああ、何だ、キュルケだったのか」

 先程までタバサを殺そうとしていた女が、まるで通りがかったかのような気軽さでキュルケの元へやってくる。
 その言葉で、キュルケも彼女がプラチナだということが分かった。
 混乱しながらも、必死に状況を再確認する。
 お互いに敵と誤認して攻撃していたのか。
 ならばもう、戦う必要は無い。友人同士が戦う理由など無いのだから。

「良かった。あの技は調節が甘いんだよ。当たって無いな?」
「え、ええ……プラチナ、なの?」

 プラチナは値踏みするように、地面にへたり込むキュルケを見下すと、唐突にその顔面を蹴り上げた。

「本当に良かった。今のが当たってたら死んじゃうからな。お前には、才人の何倍も苦しんでもらわないと」

 突然の事で悲鳴すら上げられずに倒れこむ彼女に対し、プラチナは変わらず、世間話のような口調を崩さない。
 キュルケの長い髪を掴み上げてその顔を覗き込む。哀れ、整っていた彼女の頬は赤黒く腫れ上がってしまっていた。

「どうしようか。なあ、どうすればいい? やっぱり、才人と同じように火で炙られるのがいいか。それとも、才人がやりたがったように、斬って捨てられる方が良いか?」
「おいプラチナ!! 何やってやがるッ! 分かんねえのか、キュルケだぞ!?」

 慌てて止めに入る武の手を、虫のように振り払う。

「そうだな。キュルケだな。でも、才人を怪我させたんだし、相応のことはしてやらないと」
「お前、本気で言ってやがるのか?」
「冗談に思えるのか。白銀、お前、この世界に来て日和っちまったんじゃないのか?」

 武は一瞬怒気に体を強張らせる。しかし、その力を歯軋りにして消化すると、プラチナの肩を掴んでその顔を見据えた。

「惚れ薬でおかしくなっちまってるにしても、知り合いに害を加えるなんてやりすぎだ。それより、まずは才人の治療を」
「才人はもう治した。魔法を使わなきゃ跡になってたくらいだった」

 プラチナはキュルケへの殺意を隠そうとしない。ギーシュやモンモランシー、ルイズも、その様子を恐る恐ると見物にやってきた。

「なあギーシュ。お前さ、仮にモンモランシーが誰かに殺されたら、その殺した相手を殺したくならないか?」
「え? う、うむ。それはまあ」
「なら分かってくれるよな? 大切な人を傷つけた奴を懲らしめるくらい、いいだろ?」
「いや、しかし」

 プラチナは結論がついたと頭を振り、改めてキュルケを見た。
 普段の快活さはどこへやら、キュルケは呆けた顔でじっとプラチナを見つめていた。

「じゃあ、続きを――――」
「プラチナ」

 そこに、聞きなれた声が割り込んでくる。
 それはプラチナが最も愛する人の声だった。

 これを聞き逃すプラチナではない。すぐにその声の方へ振り向き、

「この馬鹿野郎」

 頬を強く叩かれた。





「ひ、ひいいッ!?」

 正気に戻ったキュルケが見たのは、眉間を寄せたプラチナの顔だった。
 先程までの行動を見ていれば、怯えるのも仕方の無い事である。
 しかし、プラチナはそんな彼女の様子を見て、すまないと一言呟くと、手を彼女の腫れた頬に乗せて治癒を行った。

 熱く腫れていた頬と、ぐらついた歯が見る見るうちに健康を取り戻していく。
 元通りになったことを確認したプラチナは手を差し出し、キュルケを立ち上がらせた。

「……痛みは無いか?」
「え、ええ……」

 先程の印象が色濃く残っているキュルケは、プラチナの様子を恐る恐る伺っていた。
 それは目を覚ましたタバサも同様で、今までプラチナに懐いていたのが嘘のように距離を置いていた。

 なお、今は二人ともフードを外している上に『ライト』を周囲に展開しているため、お互いの顔はしっかりと見えていた。同様に顔色が悪い。

「……プラチナ、今正気じゃないのよ」

 仕方なさそうに、ルイズが言う。

「惚れ薬飲んじゃって、サイトにベタベタなのよ。それでさっき、彼が怪我したのを見て暴走しちゃって」
「いや、それでも許されないことをした。大切なはずの友人に攻撃するなんて、何回償っても償いきれないことだ。悪かった……」

 本当に済まなそうにプラチナが言う。その顔には手の形が残っていた。
 なお、才人もきちんと復活していて、呆れたような、ほっとしたような表情で立っていた。

「――――分かった、わ。いつかちゃんと形で謝ってもらうとして……タバサ、庇ってくれてありがとう」

 キュルケの言葉にうなずきで返すタバサ。

「惚れ薬?」

 ゆっくりとキュルケの側までやってきたタバサは、睨むようにプラチナの顔を見つめた。
 こうしている分にはあまり変わりないように思えるが、今でも惚れ薬の効果はあるのだろうか。

「ああ。今も効果はある……才人が叩いてくれて助かった……」

 そうは言うが、叩かれたことは相当にショックだったらしく、言いながら叩かれた方の頬に手を当てつつ唇を震わせていた。

「そんなに酷いの?」
「ああ……とにかく、ホントに悪かった。タバサ、打ち身とかは大丈夫か?」
「ない」

 しりもちはついていたが、治してもらうのもどうかというものだ。

「それで、どうしてラグドリアン湖へ?」
「プラチナを解毒するために必要な精霊の涙を、水の精霊へ貰いに来たのよ。代償として、水の精霊を攻撃している奴を退治しろって言われたから、こうして張り込みをしてたんだけど……こっちこそ、どうして貴女達が水の精霊を攻撃しているか聞きたいわね」

 モンモランシーが答える。キュルケはタバサの方をちらりと見てから、口を開いた。

「タバサの実家に予備の杖を取りにいったんだけど、その領土に水が浸入してきたのよ。折りあって、ガリアから水の精霊を退治するようにタバサが言われてね。杖の調子を見るついでにその任務を引き受けたって訳」
「何でタバサがガリアの命令を受けなきゃいけないのよ」
「タバサはガリアの出身、それもシュヴァリエなのよ。そうね、ラグドリアン湖はガリアにも跨っていたから……」

 ルイズが補足した。
 シュヴァリエという単語にモンモランシーとギーシュは驚きつつも、なるほど、と納得した。

「そっちの依頼の要点は、氾濫を鎮めることだよな?」
「そうよ」
「なら……よし、そっちもいけるかもしれないな」

 武はなにやら得心がいったようにうなずくと、湖の縁に立った。
 そして、両手を空に掲げ、大きく息を吸う。

「水の精霊さーん! ちょっと出てきてくれー!」

 そんな体勢でそう叫ぶが、何も起こらない。

「水の精霊は深く潜ってるから、聞こえないわよ……」

 それを見たモンモランシーは、呆れながら呟く。
 武は、ひどく赤面した。





「ってな訳だ。約束はさすがに出来ないが、オレ達も出来る限りそのアンドバリの指輪ってのを探す。だからさ、ちょっと氾濫は待っててくれないか?」
「……長く我と共にしてきたあの指輪を一刻も早く取り返したい。確かな手がなければ、我はこの策を取る」
「けどよお……無計画に水を氾濫させてたら、関係ない人まで迷惑かけるし、今回みたいに刺客がまたやってくるとも限らないぜ? そういう意味でも、もう少し待った方が良いと思うんだけど」

 武と水の精霊との交渉は続く。
 水の精霊は武の言い分を理解しているが、水を早く氾濫させればさせるだけ指輪が早く戻ると信じている水の精霊には、今ひとつ押しが弱いようだった。
 
「取り返してくれると固く約束するのであれば、我とて首を縦に振ろう。しかし、確約できないならば、我は――――」
「なら、ワタシが一生をかけて探そう。ガンダールヴより信頼は無いと思うが、どうか信じて欲しい」

 見かねたプラチナが加勢する。

「いいのか?」
「ああ。お前をあまりこの世界に縛り付けるのも悪いし、何より、少しでも償いがしたいしな……皆に」

 言って、プラチナは全員の顔を見回した。

「言っておくけど、それで借りを返したって思わないでね。貴女のアレで、私、多分しばらくうなされるわ」
「分かってる。もちろん、タバサもだ……」

 タバサは何も答えなかった。
 それより、あの時プラチナが垣間見せた戦闘能力の方に興味があったからだ。
 地面を溶かす水の魔法。地面を音も無く引き裂いたという斬撃。虚無だからといって、あそこまで規格外の力を持つものだろうか。
 いくら才能があろうとも、自学で手に入れられる力としては度を越えていた。
 かねてから単純な戦闘技術の高さにも疑問があり、今回の事件では、彼女の謎がまた一つ深まったといえる。
 義姉と呼ぶほどには信頼を寄せている。 だからこそ、その力を得た理由を打ち明けて欲しい。そうタバサは思っていた。

「なあ、これでも駄目なのか? オレもいつ手伝えなくなるかはわからないが、それまでになるべく探したいと思う」
「俺も手伝うよ。理由はどうあれ、撃退は出来なかったわけだし……代わりってことでさ」

 才人も加勢する。
 水の精霊はその様子を見てしばらく体を震わせていたが、やがて、その核を光らせた。

「その条件を呑もう」
「よしッ! 任せろ、何か分かったらすぐに来るからな!」

 武と才人が同時にガッツポーズした。ルイズもそれを見てほっとした。

「ああ、遅くなっちゃったわね……眠ッ」
「そうだな。夏休みでよかったよなあ、ルイズ」
「全くだわ。って、アンタは関係なさそうだけど? サイト」
「あ、水の精霊さん。手がかりってないか? どんな奴が指輪を奪ったのか、外見だけでも分かればいいんだが」
「……奪った個体の一つは、クロムウェルと呼ばれていた」

 水の精霊のその言葉に、武は小首をかしげた。

「どっかで聞いた名前……げッ!?」
「何だよ武」
「いや、そいつってもしかしたら、レコン・キスタの代表かもしれねえ」
「レコン・キスタ?」

 モンモランシーとギーシュ、才人が頭に疑問符を浮かべる。ルイズもその単語に引っかかりを覚える。

「そういえば、酒場で客が言っていたわね。アルビオンで起こった反乱勢力だったかしら?」
「そうだルイズ。あー、マジかよォ……思ったよりキツい案件に手を出しちまったかもしれねえ」
「レコン・キスタ……良い話を聞いた。やはり、後は我が探し出そう」

 水の精霊は歓喜によるものか体を大きく震わせると、その姿を緩やかに水面に戻していった。

「ちょっと待ってくれ! 多分そのクロムウェルって奴はアルビオンにいると思う。ほら、浮いてるんだろアルビオンって。水を氾濫させても手が届かねえだろ。精霊さんは大人しくオレ達に任せて待っててくれよ、絶対に取り返してやるから、な?」

 こうなっては氾濫が止まらなくなってしまう。慌てて武がそれを止めた。

「良かろう。ガンダールヴよ、我はその言葉が聞きたかった。汝らの“絶対”に期待しよう」

 今度は間髪いれずに答え、水の精霊は完全に姿を消した。

「……納得してくれたのか?」
「みたいだ。ほら武、見てみなよ」

 水の縁が波打ちながら少しずつ後退している。
 納得してくれたようだった。これで当面、水の精霊が命を脅かされることも無いだろう。

「もしかして、彼女、君達に約束させるために粘っていたんじゃないのかね」

 ギーシュがそんなことを呟くが、武達はもう言ってしまった事だ、と脱力しながら答えた。





 才人が水の精霊に約束をした辺りから黙っていたプラチナだったが、馬車に乗り込んだ辺りから、また惚れ薬に飲まれてしまっていたようだった。
 彼女は、先程才人に頬を叩かれた事をひどく気にしていて、何度も何度も、泣きながら二度とあのようなことはしないと謝り続けていた。
 そんな様子を見ていたキュルケはすっかり毒気を抜かれてしまったようで、学院に戻る頃にはプラチナにちょっかいを出すまでになってしまっていた。
 しかしタバサだけは、その様子を黙って見つめていた。

「貴女、この際だからちゃんと女の子らしくするっていうのはどう? サイトも喜ぶんじゃない?」
「そうか? じゃ、じゃあ、頑張ってみようかな……服装とか……」
「その意気よ。でも、まずは言動から直していかないとね。催眠術だったかしら、この前くらいの振る舞いを普段からできるように努力しましょう」
「キュルケさああああんッ!! 頼むから、後生ですからこれ以上プラチナを焚きつけねえでくださいよおおおおお!!」

 たまらず才人が絶叫する。

「うっさいわよサイト。そろそろ学院なんだから静かにしてよね」
「つってもですねルイズさん。俺はなんとしてもプラチナを元に戻さなきゃいけないっていう重大な使命が……はわわ」

 膨れっ面でプラチナに抱きしめられる才人だった。
 それを見て笑うしかない武だったが、彼も、先程のタバサと同じような疑問を頭に浮かべていた。
 しかし、考えてどうなるわけでもない。
 様子を見るしかないか、と武は呟くと、その考えを保留した。





「にしてもさプラチナ。気が長すぎないか? 薬ってどんどん強くなってるんだろ?」
「薬の効果なんて切欠に過ぎないさ。ワタシは最初から才人を好きだったんだよ」

 言うが、振り返らずに羊皮紙に何かを書き込み続けるプラチナ。

 学院に戻った後、解毒薬を作ると申し出たモンモランシーを退け、『精霊の涙を調べたい』と、そのまま自室にそれを持ち込んだのだった。
 それ以来、図書館からありったけの水魔法の資料を手元に集めつつ、精霊の涙が入った小瓶を、ためつすがめつ弄り回していた。

「そろそろ日が明けちまうぜ?」
「ごめんな才人。でも、これだけはやらなきゃいけないって、決めたんだ。才人、付き合ってくれるのはとても嬉しいんだけど、どうか気にせず寝ていてくれないか?」
「……はあ、間違っても薬を捨てたりするなよ?」

 いい加減眠気が限界になった才人は、諦めてベッドに転がった。
 偽の解毒薬を飲んでそのままうやむやにしてしまうかもしれない、という淡い危惧があったが……

「大丈夫。本物の解毒薬を飲むよ」

 その言葉に思わず頑張れと言いかけ、

「そして、お前を本当に愛しているって、証明してみせるから」

 才人はそのまま狸寝入りをした。




 いますぐにでも才人のベッドにもぐりこみたくなる衝動を抑えながら、研究は続く。

 精霊の涙。
 あらゆる薬の効果を飛躍的に高めるマジックアイテムの一種。
 毒薬に混ぜればあらゆる者をも即死させる劇薬に変わり、風邪薬に混ぜれば死に至る病すら打ち勝つ仙薬へと変わる。
 同様に、鎮静効果をもたらす薬に混ぜることで、『ギアス』に代表される水魔法の洗脳系効果を無効化させる特効薬となる。
 物の本曰く、精霊の涙の内訳は、水の秘薬と有効成分によるらしい。
 その有効成分とやらは他に類を見ないため、判別不能ということだ。

 水の秘薬と称されるものは、傷を癒す効果に特化した薬とされている。
 これは水メイジの『ヒーリング』の力の源である。傷を癒す霊泉を煮詰めた末僅かに手に入るもので、水の外見をしていながら、物理干渉で変化を起こさないという特徴がある。

 さて、小瓶に入った精霊の涙。この中の有効成分を取り出すにはどうすればいいか。

 プラチナはやや躊躇した後、小瓶を皿に空けて、その中に指を差し入れた。
 そして、念じる。
 水の秘薬は物理現象では変動を起こさず、人の意思や魔法の念でのみ変動を起こす。
 例えば、傷の回復においては、欠損した肉を同量の水の秘薬が形を変え補完するように。

 彼女が今行っているのは、蒸散。理科の蒸散単離実験と同様の理屈だ。

 水の秘薬も、虚無の魔法で言えば『粒子の集まり』に過ぎない。
 その結合量は厳密に十二。
 これは三つに分けることで気化する。気化したそれは『ディテクトマジック』に使われる力で、それに干渉した者の自己意識を拡大する力を持つ。それは通常では得られないものを感知できる触角となるため、魔法の脈動、熟練次第では相手の思考の色なども感じ取ることができるのだ。
 間違っても結合量をそれ以外にしないよう――他のG元素などにならないよう――三分割させるイメージを頭に貼り付けながら蒸散を進めていく。
 
 周囲に満ちる、気化した水の秘薬。彼女は頃合を見て蒸散を止めると、その気化したそれを利用し自身の脳を調べることにした。
 その余りある力は、通常のディテクトマジックより強い効果を発揮した。普段では存在を漠然と認識する程度しか分からないそれが、形まで理解できるようになる。

 それは、側頭葉に張り付いていた。
 さすがにプラチナは知らなかったが、そこは丁度、恋愛感情と認識を司る位置。
 今はあまり活発ではない。プラチナはその状態を確認したまま、眠る才人のほうへ振り向いてみせる。
 すると、その張り付く何かは脳に何らかの刺激を与え始めた。間髪いれずにプラチナは、あらゆることがどうでもよくなってしまうほどの多幸感に包まれた。

 慌てて頭を振り、その誘惑から逃げ出す。
 そして、しばらく何かに耐えるように体を強張らせると、残った精霊の涙をひたすら蒸散し続けた。





 学院の誰もが起きている時間に、才人は目を覚ました。
 そこには、やたらと憔悴した様子のプラチナがいた。
 うつむく彼女の手には、試験管。中に怪しげな色の液体が入っている。

「……解毒薬?」
「ああ。モンモランシーから精霊の涙以外の成分を貰ったんだ。まあ、気付け薬なんだけど」

 言いながら試験管を振る。
 半透明に濁った中には、きらきらと輝く白い粉のようなものが舞っていた。

「つまり、できたんだな? お疲れ。早速飲んでみてくれよ」
「ああ……」

 答えるプラチナだが、そのまま試験管を揺らめかせ続けるまま、飲もうとしない。
 しばらく、お互いに黙りあう。やがて、その沈黙に耐えかねたように、プラチナは顔を上げた。
 頬には、涙が伝っていた。

「でも才人。怖いんだよ。今のワタシの気持ちが、薬によるものに過ぎないと否定されるかもしれない。もちろんワタシはこの愛が本物だと信じてるけど、それでも、不安でしょうがないんだ」

 見れば、試験管を揺らしていたのは、恐怖の震えだった。

 ――彼女は、悟っていた。
 この愛は偽りだと。それは、先程の『ディテクト・マジック』で痛いほど理解できていた。
 解毒薬を飲めば確実に今の幸福は失われてしまう。今のプラチナにとって解毒薬は、劇薬以外の何物でもなかった。

 見かねた才人は、そんな彼女の片手を強く握りしめた。

「仮にそれで今のプラチナの心が無くなったとしても……本当に俺を好きだったらさ、また好きになればいいじゃんか」

 その一言で、またプラチナの心に幸福が満ちた。

 才人がこうやって支えてくれるのならば、自分は何でもできる。
 そんな万能感を覚えた彼女は、その気持ちが不安で塗りつぶされないうちにと、手元の薬を一気に飲み干した。





 飲み干し、瞳を閉じたまま動かなくなったプラチナを見て、才人は大いにうろたえた。
 まさか、調合に失敗して妙なことになっちまったんじゃないだろうか。
 しかし、そんな心配をよそに、プラチナは幾度か目の周りを歪ませた後、ゆっくりと目を開けた。

「……プラチナ? 大丈夫か? 俺の事、忘れたりしてない、よな?」

 しかし、プラチナはそんな才人を見て、不思議そうに首をかしげた。

「何でそんなことを聞くか分からないが、お前なら忘れてないぞ」
「ああ、良かった……って、その様子じゃ、ちゃんと解毒できたみたいだな」
「解毒?」

 忘れちまったのか、と才人は苦笑した。

「忘れちまったんならいいんだよ。ええと、プラチナはさ、ちょっと変な薬を飲んじまって、今解毒薬を飲んだんだ。ええと、毒薬飲んでからちょうど一日経過してる」

 言って、今の日時を告げた。プラチナはしばらく考えるような顔つきになったが、やがて肩をすくめた。

「駄目だ、まるで覚えていない。もしかして迷惑かけたか?」
「いや……むしろありがとうございましたってゆうか……あー、ああ、うん。大丈夫、なんともないぜ」
「そっか。とにかく薬はちゃんと抜けたようだな。やたらと眠いのが気になるが……ところで、どんな薬だったんだ?」
「し、知らぬが仏! ちょっと武達にもプラチナが治ったって言ってくるよ!!」

 逃げるように、いや、事実才人は部屋から逃げ出した。
 その扉を閉め、隣のルイズの部屋の扉の前に立つと、そこに額を当て、崩れ落ちた。

「も、もったいねえ、うおおああああッ、俺の馬鹿馬鹿! もっだいねえよおおおお……ッ!!」

 その男泣きは、朝食を終えた武達が帰って来るまで続いた。





 慌てて部屋を出て行った才人を見届けたプラチナは扉に『ロック』、次いで『サイレント』をかけた。
 そして窓のカーテンをしっかり閉めるとベッドに倒れ、布団に頭を突っ込みながらの奇抜なダンスを始めた。











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あとがき

 さて、TUEEEを少し出した訳ですが……これ、後々のために必要ぽいのですが、投稿直前までかなり悩みました。他にもちょっと表現的な……ごめんキュルケさん……
 皆って無双ってどうなんだろう、原作に則ってはともかくオリジナル要素を使っての無双は嫌う人がいそうで……自分はかなり好きなんですが。
 という心配も含みつつ一気に終わらせてしまいました。おかげで今までで最も多いテキスト量に。

 とにかく、これで惚れ薬編は終了です。お付き合いいただきありがとうございます。本当にお疲れ様でした。
 しかしこんなの書いちゃっていますが今まで恋愛一つもしたことな(以下略)



[9779] 23
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/12/14 21:37
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 目を覚ましてみれば、才人だった。

「にゃああああ!?」
「オアフ!!!」

 反射的に体を収縮させる。膝が才人の股座に直撃し、彼は勢い余ってベッドから転がり落ちた。

「って、才人か……だ、大丈夫か!?」

 股間を押さえ、無言で体を痙攣させる才人。顔はプラチナからは見えなかったが、どうやら泣いているようだった。

「悪い! いきなり顔がドアップだったから」
「せ、せつない、せつないところがせつないよぉ……」

 慌てて腰をさすってやる。
 女の身であるが男の辛さを十分に知っているプラチナ。彼女はその痛みを幻視し、内臓を掴まれるような心苦しさを覚えた。

「いきなり何やってんのよ」
「って、ルイズもいたのか。あれ? そういえば、確か部屋にロックをかけたはずだけど」
「何よ! 私だってもう『アンロック』くらいは使えるもん!」
「そういう意味で言ってるわけじゃないんだが。『アンロック』は校則違反だぞ?」

 だってしょうがないじゃない、と、ルイズはむくれて返した。
 彼女が言うには、プラチナは丸一日寝ていたらしい。
 締め出される形になった才人はルイズの部屋で一晩を過ごし、朝、なおも引きこもるプラチナに業を煮やしたルイズによりその扉を開けられたのだ。

「お婿にいけなくなるほどの百メガショック……」
「自業自得よ。女の子に跨るなんて、いやらしい」

 内股になって立ち上がる才人をルイズは容赦なく酷評した。

「じゃあ、行きましょ」
「どこに?」
「決まってるじゃない。タバサの実家よ」
「何だ。てっきり食堂かと。というか腹減った」
「……先にそっちでもいいわよ」





「へえ。本当に治ったのね」

 キュルケはつまらなそうにプラチナの顔を見つめた。
 惚れ薬を飲んだ後の事を一切覚えていない――と周囲に言い切った――プラチナは、ただその様子に首をかしげるだけだ。

「つまんないわー。あーあ、貴女を着せ替え人形さんにでもして、あの晩の溜飲を下げようと思ったのに」
「キュルケ! や、やめろって! 胸当たってるう」

 そして手元にいた才人を手繰り寄せて抱きしめ、プラチナのリアクションを確認するが、やはり彼女は慌てる様子も見せない。むしろ、冷ややかな目線を送ってくる。

「……ああ、つまり、ワタシが飲んだのは惚れ薬の類だったのか?」
「そうよそうよ。あの時のプラチナは、催眠だったかしら、その時より女の子してて可愛かったわー」
「ぶっちゃけヤンデレだったけど。ってかキュルケ、冗談でもそういうのはやめてくれ……」
「ヤンデレって?」
「病んでるデレデレな子」
「そういう意味なの? なるほどね」

 キュルケにも迷惑かけたみたいだな、とプラチナはつとめて冷静に答えるが、内心ではやや緊張を見せていた。
 薬の効果は完全に無くなってはずなのに、才人を見ると、どうしてか落ち着かないのだ。
 起き掛けのあれもそういった心境によるものだろう。平生ならばあのようなリアクションはすまい。
 前日の痴態を思い出してしまうからだろう、と彼女は早足で結論した。

「準備できた」

 空からシルフィードがタバサを乗せて降りてくる。

「シルフィード、口元汚れてるぞ。なるほど、準備ってご飯食べてたのか。美味かったか?」
「きゅい~」

 武が袖でシルフィードの口を拭いた。
 その服は、所々穴が開いている。

「白銀、そのみっともない服はどうにかした方が良い」
「つってもよ、今替えの服ねえんだわ。シエスタが洗ってくれてるけど、生乾きはちょっとなあ」
「そうか、じゃあ」

 プラチナは武の体を品定めするように触ると、錬金で服を生み出した。
 服などの繊維質は錬金が難しいのだが、それを意識させないほどの早業だった。

「サイズ合うか分からんが」
「おおすげえ! ありがとな、プラチナ」

 武は袖を通し感激した。
 多少つるつると硬い印象があるが、それ以外は制服とまるで変わらない意匠だった。

 そんな様子を見たタバサは少し口元だけをほころばせ、全員に乗るよう促した。





 才人はシルフィードの背中に身を預けながら、幸せそうに顔をほころばせていた。

「ドラゴンって男の子だよな」
「きゅいッ(シルフィは女の子なのね)!?」
「ああ、シルフィのことじゃなくてさ、ロマンがあるってことだよ。ああ、やっぱり、何度乗ってもドラゴンいいなあ」
「竜騎士になればいいじゃない?」
「竜騎士! そういうのもあるのか。でもいいや、それって軍属なんだろ? それはちょっとなあ」

 呟きながらシルフィードの硬い皮膚を撫でる才人。
 その手つきはとても優しく、言いかえればいやらしく、もし彼女の背中が敏感だったならばその背に乗った全員が投げ出されるようなものだった。

「ところで、本当に惚れ薬は克服を?」
「ああ。覚えてないんだが、もしかしてタバサにも何かまずいことしたか?」
「大丈夫……姉様」

 そう言い、タバサはプラチナの顔をじっと見つめた。
 柔和で、とても剣を握る者とは思えない顔つき。しかし、その顔が本性を隠すための仮面だとしたら。

「……実は、姉様と戦った。酸の魔法に見えない斬撃。あれはどうして覚えたの?」

 どうしたのかと質問するタイミングで言われ、プラチナは息を詰まらせた。
 それを出されてしまっては、とても忘れたなどと演技できない。

「わ、悪いな、まさかそんなことをするなんて」
「教えて」

 仕方ない、とプラチナはタバサの耳に手を添えて、呟く。

「……臆病だからさ」
「どういうこと?」

 きょとんとした顔で返すタバサ。

「そのままの意味だ。臆病なワタシは、力が目の前にあったのを取らずにはいられなかったのさ……まあ、趣味ってのもあったけどな」
「それだけ?」
「他にも、体を鍛えるっていう理由もあったな。昔は本当に貧弱だったから」
「……それだけ?」
「それだけ。もう粉も出ねえよ」
「なるほどなあ。にしてもあの魔法は物騒だぞ」

 いつのまにか、武がその内緒話を盗み聞きしていた。

「趣味悪いな武。確かにあの魔法は物騒だな。だから今まで使わなかったじゃないか」
「いや、オレもタバサと同じこと考えてたからな。本当に趣味レベルの理由なんだな?」
「ああ。少なくとも今はその程度だ」
「ならいいんだ」

 武は何を思ったのか、満足げにうなずいた。
 しかしタバサは表情を崩さない。
 そこまで臆病になった理由。それは必ずあるはずだと彼女の直感が囁いていた。

「ところでタバサ、五人もいるんだがタバサん家に迷惑じゃないか?」
「大丈夫。杖を取りに行く際、用意するよう言いつけておいた」
「……ああ、なるほど。そういやあ杖が新しくなってるな」





 行き着いた先は、豪邸だった。
 多少古い様子だが、それがまた威厳を増している。
 杖をモチーフにした紋章は、ガリア王家のそれだった。

「凄い……プラチナの実家とは大違いね」
「プラチナも、仮にもお姫様候補なのにな」
「ここに来るのは二度目だけど、さすがよね」
「凄いですぅ」
「お前等な……」

 そんなことを言いながら、一行は広い庭を通り行く。
 遠くに見える扉の前では、老人が立ち尽くしていた。

「お待ちしておりました。シャルロット様、もしや、もうあの任を終えてきたのですか?」

 こくりとうなずくタバサに、その執事然とした男は、感服いたしました、と言って身を引いた。
 そして、タバサの身の丈の二倍はありそうな大きな玄関の扉を開く。
 音も無く開いていくその先には、がらりと広い廊下が広がっていた。

「シャルロットって、タバサの本名か?」

 武が尋ねると、タバサは視線を下げることで答えた。
 そんな彼女を見て、タバサって名前の方が合ってる気がするなあ、などと彼は呟いた。





 客間に案内された一行は、全員が同じ感想を抱いていた。
 閑散としすぎている。
 広い空間に調度品は最低限に抑えられ、しかも、そのどれにも使われた跡が見当たらない。まるで生活感が無く、綺麗なくせに廃屋を連想させる。

「私は、このオルレアン家の執事を務めておりまするペルスランでございます。この度の来訪を心より歓迎すると共に、精一杯のおもてなしを努力する次第でございます」

 ペルスランは目にうっすらと湿り気を持たせながら、深々と頭を垂れた。

「ああ、いや、そんな堅苦しくしなくても……」
「馬鹿ね。執事っていうのはこういうものよ。アンタも見習いなさいよ」
「使い魔なんだけどなあ……」
「なおさらね。私はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「……私はルイズの使い魔の白銀武と申します」
「えええ? ええと、自分はプラチナの使い魔の平賀才人です」
「平賀才人の主人、プラチナと申します。本日はお誘いいただき誠にありがとうございます」
「元気そうね、ペルスランさん」
「キュルケ様も、また一段とお美しくございます。ところで皆様、私めに敬語は不要でございます。どうかごゆっくりとおくつろぎ下さいませ」




「――――それにしてもシャルロット様。私は今、感激で心が一杯でございます。これほどまでに多くの友人を招く日が来ようとは、私は夢ではないかと疑ってしまうほどです」

 ペルスランは飲み物を持ち出し、いくつかの世間話をこなした後、そう言いだした。

「それに、表情も柔らかくなったように思えます。私は貴女様に使える執事として、感無量でございます」
「キュルケ達と、姉様のおかげ。皆、私に優しくしてくれたから」
「……姉様とは?」

 ペルスランは一瞬目を開き、やや眉間に皺を寄せた。
 タバサは無言でプラチナの裾を掴む。

「……失礼ですが、貴女の家名を教えていただけませんかな?」
「平民だから、無いぞ」

 答えながら、プラチナは『やめておけ』という旨の視線をタバサに送る。しかしタバサはそれを見て尚、口を開く。

「姉様は、ジョゼフの妾の子」
「なん、ですと……?」

 瞬間、柔和なペルスランの表情が一変、ひっくり返したような修羅になった。

「でも……待って」
「あ、あの愚昧な王の、仇敵の子ですと!」

 続けようとしたタバサの話は、激昂するペルスランにかき消された。

「なんと、何故ですかシャルロット様! 何故このような者をこの屋敷に招いたのですかッ!? お忘れなのですか! 貴女の父も母も、貴女自身も! 皆かの者により――――」
「違う!」

 しかし、ぴしゃりと。まるで水を打ったようにタバサが叫ぶと、先程までの怒声が無かったかのように静まった。

「プラチナはジョゼフに通じていない。ジョゼフはプラチナを知らない。落ち着いて」
「――申し訳ありません。しかし、どういう、ことなのですか」
「……聞いた話でしかないが、母親とは一夜限りの関係だったらしいな。しかもワタシがその事実を知ったのは、つい最近って有様だ」

 神妙な顔つきで、プラチナは真っ直ぐにペルスランを見て言った。
 ペルスランは先程の話をきちんと聞いていたものの、いまだ不機嫌な様子を崩していなかった。

「申し訳ない。気を悪くしたなら先に帰ってるが……」
「お、お待ちくだされ!」

 慌ててペルスランが立ち去ろうとするプラチナを引き止めた。

「お許し下さいプラチナ様! どうか、どうかお待ちくださいませ!」
「ペルスランさん、落ち着いてくれ。ありがとう。貴方が良いなら、ワタシは喜んでここに居させてもらうさ」

 ペルスランの顔から険が取れたことを見て、プラチナは朗らかに笑って答えた。
 その影で、武はタバサを小突く。

「説明の順番を考えたほうが良かったな?」
「うん」





 その後、ペルスランは謝罪代わりにと、オルレアン家と王家との因縁について滔々と語りだした。

 オルレアン侯爵は現在のガリア王ジョゼフの弟だったこと。
 優秀な彼を敵視した兄ジョゼフが毒矢で暗殺したこと。
 報復を恐れ、パーティーの際に毒薬を盛り、それを妻が飲んだこと。
 母を殺されることを恐れて抵抗できない娘タバサに様々な任務を科し続けていること。

 それらが、涙と共に流れるように物語られていく。
 見かねたキュルケが懐からハンカチを取り出し、ペルスランに手渡す。しかし彼はそれを返し、自前のハンカチで涙を拭いた。
 そこでようやく、話が途切れる。

「もしかして、水の精霊を倒すように言ったのも」
「お察しの通りですヒラガサイト様」
「サイトとタケルが、氾濫を止めてくれた」
「なんと……」

 瞠目し、ペルスランは深々と礼をした。

「まこと、このペルスラン、感謝いたします。貴方がたはシャルロット様の心だけでなく、お命まで救ってくださった」
「そんな大層なものじゃないさ。こっちにも理由があったからな。ところで、その、母親はどうなったんだ? 毒って言ってたけど、まだ苦しんでるのか?」

 次いで、武が質問した。
 タバサの母親は毒を飲んだが、それは心を惑わす薬であり、決して命を奪うものではなかった。

 ペルスランは答えに窮し、タバサに目配せした。
 彼女は立ち上がり、武の手を取った。

「こっち」





「さ、下がりなさい! そのような大勢を引き連れて、今こそ私の大切なシャルロットを連れ去るつもりね!?」

 その様子に、誰もが絶句した。

 皮と骨だけになり老婆のようにしか見えない女性が、くたびれた人形を大切そうに抱きしめながらこちらを血走った目で睨み叫んでいた。
 タバサはかつて、プラチナが母と似ていると言った。
 しかし、眼前の女性はまるで似ていない。むしろ、その痩せこけた頬に乾いた皮膚のせいで、もはやミイラを思わせるほどの顔つき。
 薬の威力、いかばかりか。

「下がれといっているのが分からないの!? その耳は飾りですかッ! 一体私達にどのようなことができようか、貴方達はどこまで私達の幸せを踏みにじれば気が済むのです!」

 その勢いに気圧され、ルイズがよろよろと後ずさる。

「酷い、酷すぎるわ……」
「ああ。なまじ半端に意識があるから、きついな」
「……私なら、耐えかねて殺していたかもしれないわ」

 キュルケが、唇を噛んで心底辛そうに呟いた。
 才人はもはや語る口を持たず、狂犬のようにこちらを威嚇するタバサの母を黙って見つめていた。

 プラチナがゆっくりと、罵声の中を歩いていく。

「さ、下がりなさい! 下がって! あ、貴方のその顔ッ、王家の者――――いえ、さては貴方、あのジョゼフの娘、イザベラね!? 忌々しい、忌々しい!! 親子共々私を苦しめるのか! 諦めなさい、私はこの命に代えてでも、シャルロットを――――」

 言って懐から杖を取り出そうとするが、そんなものはない。
 そのままバランスを崩し、椅子ごと横倒しになりかける。それをプラチナが支え、戻した。

「う、ううう。お願い、お願いだから、この子だけは、どうかこの子だけは見逃してください、この子だけは」
「とても大切に思っているんだな」

 プラチナは怯える女性の頭を撫でつつ、そう呟く。
 女性はしばらく体を固まらせていたが、やがて全てを忘れてしまったかのように、一心不乱に人形に頬ずりしだした。

「……ええ、ええ。そうよ。私はこの子が何よりも大切。だって、お腹を痛めて産んだ、私の大切な娘ですもの。私にはもうこの子しかいないのよ。もう……」

 人形の首から綿が出ていることすら気づいていない。
 プラチナは、彼女が落ち着き寝静まるまで、ひたすらその頭を撫で続けた。





「畜生がッ!!」

 部屋から出た武は、絞るような叫びと共に壁を殴った。
 皆も、先程の夫人の姿に動揺を隠せない。

「落ち着けよ武! 気持ちは分かる、分かるけど……俺達が怒っても、どうにもなんねえよ。ありゃ、惚れ薬なんて目じゃねえ……」
「ねえ、なんでこんな酷いことができるの? プラチナ」
「ワタシに振るなよルイズ……知った口を利いても、どうにもならないさ」
「で、でも、あれほどタバサを愛してるのに、その方向が本人に向いてないなんて……酷すぎて、悲しすぎて」

 タバサはキュルケにあやされながら、そんな全員の様子を見ていた。

 もしプラチナが惚れ薬の事を覚えていたら案内などしなかったし、母親についての話題が登らなければ言いだすことすらしなかっただろう。
 元々彼女は、プラチナに母親の様子を診てもらう程度にしか考えていなかった。今回案内したのは、偏に、気まぐれによるものだ。
 それが目の前の結果だ。
 まさか、ここまで悲しまれるなどとは思わなかった。ルイズなど、目に涙を浮かべている。
 友人というものをまるで理解していなかったのだと、タバサは後悔した。
 このように悲しませて、何が友人か。
 友人と彼等を思うならば、このような現状をどうにかしなければ。

「もう、馬鹿ね。タバサ」

 そんな心の内を読んだようなタイミングで、キュルケがタバサを強く抱きしめた。

「いいのよ。友人は分かち合うものなんだから」
「分かち合う?」

 分かち合うなど、訳が分からない。
 苦しいことは、悲しいことは、誰だって嫌ではないか。

 でも、どうしてか、キュルケの言葉がすとんと胸に落ちるのだ。
 同じようなことを言っていた人物を、いつかの物語で見たのだろうか。
 
 いや、違う。
 自分も、それを望んでいるのだ。
 仮に友人が悲しみに暮れていたら、自分もその悲しみを分かち合いたくなるだろう。
 プラチナが抱える何かを知りたがっている、今の自分のように。






 タバサが客を入れることを予告していたため、ペルスランは腕によりをかけて準備していた。
 この屋敷では久しく賑やかな夕食が催されることになった。
 面々は、先程までの湿っぽい流れを振り切るように、精一杯それを楽しんだ。

 その後は、個室にそれぞれ泊まることとなった。
 酒を大いに振舞われたこともあり、皆、早めの就寝をとることとなった。

 久々に一人眠れる喜びをかみ締める前に、一つ催した武はトイレを利用した。
 そこから戻る際、彼は廊下を歩くプラチナと出くわした。

 トイレとは進行方向が逆である。

「……やっぱ、気になるのか?」
「予め言っておくが、お前のワタシに対する予想は、大体当たるぞ?」
「何だよそれ?」

 言ってプラチナはまた歩を進める。

「起きてるかな?」
「起きてたら寝させるさ」





 たどり着いた先は、夫人の部屋だった。
 鍵がついていたが、それを『アンロック』で解除。忍者顔負けの身のこなしで、音も無く中に滑り込んだ。

「で、どうなんだプラチナ」
「そうだな……惚れ薬なんか目じゃないくらいの魔法が、頭の中の殆どを支配してる。詳しく調べないとよく分からないが……」

 そう言い、プラチナは懐から手袋を取り出した。
 それは白い絹のようなもので出来ていて、全く変哲がない。

「なんだそれ」
「魔法の手袋」
「なんだそれ」
「繰り返すなよ……バッフ……いや、『精霊の涙』を表面にまぶした手袋だ。魔法効果を操る力がある、はずだ。実際にきちんと使えるかどうか」

 言いながら、それを右手に嵌める。
 感触を確かめるように数度指を動かすと、夫人の頭に触れた。
 プラチナは目を閉じ、掌に意識を集中させていく。
 するとやがて、手が夫人に溶けていくような錯覚を覚える。
 その溶けた手の感覚は夫人の神経を流れていく。するとどうだろう、夫人に走る神経の形、色、働きまでが隅々まで分かるようになった。
 夫人と肉体の一部を共有しているような錯覚に、プラチナは眩暈すら覚えた。
 しかし、さすがに脳まではその全容が分からない。少しずつ理解の領域を広げていくが、それ以前にこちらの頭がパンクしそうになってしまう。
 プラチナは小さく呻き、手を離した。

「何してるんだ?」
「いや、どうにか夫人を蝕む薬にアクセスしようとしてるんだが、ちょっと間違って神経に」
「……オレ、黙った方が良い?」
「そうしてくれ。ああ、夫人が起きないかしっかり見ててくれ。もし途中で起きちまったら手元が狂って大変な事になりかねん」

 気を取り直して、集中しなおす。
 ギアスに類する魔法の一部は、その頭に残留して定期的に脳を刺激する『プログラム』となる。
 それは外部から解除されない限り、プログラムを廻す動力が尽きるまでその任務を全うする。

 これに干渉することさえできれば、これを自壊させて解消することができるのだ。

 しばらく集中していたプラチナは、ようやく回路の尻尾を掴んだ。
 ガーゴイルに使う魔法と同じもの。それが人体に作用しているに過ぎない。
 得た情報が、プラチナの頭に眠る情報と自動的に照合されていく。
 グレイ・ナイン。それがその回路を構成する正体だった。

 こうもトントン拍子に魔法の正体を知るなどとは思っていなかったプラチナは、思わず噴き出した。
 このバッフワイト素子と言いかけた『精霊の涙』も、推測に過ぎなかった。当然この治療に使えるかも賭けだったが、こうも上手くいくとなると笑うしかない。

 なお、精霊の涙――バッフワイト素子だが、これも他のG元素と同じくBETA由来物質。簡単に言えば思考を入出力する端子で、例えばこれを埋め込んだ掌でコンピューターに触れれば、それを任意に操ることができる。
 同様に、生体コンピューターとも言える人体。同様にこれも干渉することも可能なのだ。干渉できる力は対象の構造の緻密さと情報量に反比例するために殆ど力を発揮できないが。

 これもまた扱いが難しい代物だが、昔取った杵柄というものか、この身でも難なく扱うことができた。

 そして、さて。
 常温で超伝導の材料となるグレイ・シックスが、何故このような魔法的な力も有するのか。
 注目すれば、僅かに周囲の何かを吸い取りそれを動力にしているように見えた。回路が魔法を維持させているようだった。

 その流れを辿っていきたい気になったが、慌ててそれを止めた。
 何と、回路がバッフワイト素子を伝ってこちらの脳を侵すべく干渉してきたのだ。
 うかうかしていれば、こちらも同じ症状に――時間の流れを失い、認識と記憶の力を失ってしまうだろう。
 意識を集中させ、回路に念を送る。
 すると、回路の侵食は砂のように消え去った。更にその勢いのまま、一気に回路を食いつぶしていった。単純な回路と人間の脳の力とでは、波に浚われる砂城のように勝負にならない。
 自己修復能力を持つようだったが、この破壊の速度を止めるには不足。やがて回路は夫人の脳から後腐れなく姿を消した。

「ふう」

 目を横に流せば、そこには結果発表を待つ武。そんな彼に、プラチナは歯をむき出しにして笑って返した。

「オッケーオッケー。お前には分からなかっただろうが、そりゃあもう凄い戦いだったぞ。圧勝だぜ」
「マジか……! 良かった、やったなあッ!」

 労いのつもりなのか、武はプラチナの頭をガシガシと撫でた。

「慌てるな。確かに原因は取り除いたが、それで頭まで治せたかっていうと、それが分からん。もしかしたら後遺症が出るかもしれない」
「……それでも、前進なんだろ?」
「ああ、そうあって欲しいな」





 見知らぬ天井を見た。
 今までの寝所はもっと高い天井だったはず。もっと明るい色だったはず。
 まだ日は登りきっておらず暗いが、見誤るほどでもない。
 そう思いながらぼんやりとそれを眺めていると、やがて、愛娘シャルロットのことを思い出した。

 しかし、手元にはくたびれた人形のみ。それはかつてシャルロットにプレゼントした、タバサと名づけられた人形だった。
 シャルロットが愛用していたこの人形が、どうして手元にあるのだろうか。それ以上に、どうしてここまで磨耗してしまっているのか。

 言いようの無い不安に駆られ、あわててベッドから身を起こすが、体はまるで何年も使っていなかったかのように錆びつき、言うことを聞かない。
 枯れ枝を思わせるほどに細くなった腕が目に入る。
 痛ましい有様だったが、それを見てもあまり心が動かないのは何故だろうか。
 私の腕。
 そう思った瞬間、悟った。
 自分は何年も、眠っていたのだと。

 夫を亡くした悲しみがまだ癒えない時期に、せめて心を安らげるようにと宮殿が催したパーティー。
 そこで、シャルロットに飲み物が配られた。
 配ったのは、若い男だった。何とはなしにその様子を見届けていると、去り際に不自然な笑みを浮かべているのを見た。
 ――それは、母性が成せるものだったのだろうか。
 配られた飲み物に恐怖を感じた彼女は、とっさにシャルロットからそれを奪い、一気に飲み干してしまったのだ。

 そこから先の記憶が、無い。
 一体、どれだけ眠り続けていたのだろうか。
 手をじっと見つめるが、痩せこけて筋張ったそれは、何十年もの年月を超えたようにも見えた。

「シャルロット……? どこなの……!?」

 恐怖に体を震わせながら、辺りを見回した。
 調度品の少ない、閑散とした広い部屋。人の影すら見当たらない。

 歩くことすらままならない彼女はすっかり骨ばった自分の体を抱きしめながら、ひたすら誰かがやってくるのを待ち続けた。





 タバサは起きるとすぐに、ある場所へと向かった。
 それは、彼女がこの屋敷にいる間の日課。毎朝母に挨拶をするのが彼女の決まりごとだった。
 時には物を投げつけられることもあるが、それでも彼女は挨拶を止めない。
 例え母が自分を娘として見てくれなくても、自分が母を母と見なくなるのは許せないのだ。
 だから、今日もおはようを言いにいく。





 部屋に入ってきたのは、青く短い髪を持った少女だった。
 身長は百四十程だろうか。あまり発育の良くない体つき。
 大きい眼鏡の向こうからは、感情の乏しい、ガラス玉を思わせる瞳がこちらを覗いている。

 シャルロットは、とても快活で、おしゃべりで、表情豊かな子だった。
 目の前にいる少女の印象とは、似ても似つかない。
 しかし、何故だろうか? その面影は、愛するその娘と重なるのだ。
 青い髪だけではない。何かもっと、深いところで重なっている。

「シャル、ロット?」

 思わず、その少女をそう呼んでしまう。
 とたん、少女は口を半開きにしてきょとんとしてしまった。

 その顔は、人形をプレゼントした瞬間の愛娘の表情にとても似ていて。

「……おはよう」

 それで確信した。
 この子は、紛れも無く我が子だと。










あとがき
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 二日で更新できました! ←月のズレを見なかったことにしつつ

 原作では、毒を盛られたのは料理とありました。ですがその様を想像したらとても凄まじいことになったのでアニメの方を採用させていただきました。怒涛のように料理を食らい尽くす夫人なんて見たくねえし!
 ……これを描くまでに原作の夫人が復活するところを読みたかったのですが、叶いませんでした。アニメと大差ありませんようにと願いつつの見切り発車、後に修正あるいは削除をかけるかもしれません。

 最近ぼちぼちと設定を出して行っていますが、難しいですねえ。もっとこう、会話のようにするりと読めるような書き方や混ぜ方はないのでしょうか。筆力の乏しさを痛感するばかりです。
 設定・説明も滅茶苦茶だし! 別にG元素の下りは読み飛ばしてもストーリーに問題ないし! おかげでプラチナ氏が更にチートです!
 助けて香月先生!


2009/12/14 一部調整



[9779] 閑話2:遠田技研にて
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/12/24 08:05
閑話2:遠田技研にて


 遠田技研という日本帝国有数の戦術機開発会社に、一人の若者がやってきた。
 国連軍の訓練兵のものと思われる白い服をひたすらに汚し、疲労困憊の有様だった。
 しかし顔つきは精悍で、くたびれた外見と相まって独特の香気を見せていた。

 若者は白銀武と名乗り、自分を下働きでもいいから雇ってくれ、と言った。
 事情は言わない。恐らくは国連軍の訓練から逃げ出した者だろうと、大多数が考えた。
 しかし、当時雇用部門を兼任していた係長、峯川は、国連とこの遠田技研との距離があまりにかけ離れていることから、彼は逃げただけでない、何か大きな目的があってこの会社にやってきたのではないかと考えた。
 そして何より彼の目。人を出し抜くようには見えないが、白熱灯のように輝く野心が見える。
 この若人は良かれ悪かれ、マンネリの様相を見せている我が社の刺激となるのではないか。そう直感した彼は周囲の反対を押し切って彼を採用した。

 しかし、まずは彼の能力を見るということで、戦術機整備の工員にした。
 初めこそぎこちない手つきだったものの戦術機には相当の慣れがあるらしく、一週間足らずで周囲と見分けがつかない腕前となった。
 その飲み込みの早さも特筆すべきことだが、何より重大だったのが、彼の性格とアイデア。
 場末の仕事場は喧嘩の火種が多発する。元より職人気質な性質の人間が多く集まる場所であり互いの意思疎通に欠ける。工具が一つ欠けるだけでも殴り合いにまで発展することもあるのだ。
 その、毎日のように起こっていたその喧嘩が、彼が入ってきた日を境に激減した。
 理由を調べてみると、彼がよく人に話しかけたりしているのだった。それも、よく喧嘩をする者を重点的にだ。
 その話の内容も、彼自身は特にお喋りではない。むしろ、相手に質問する形で話題を引っ張るのだ。
 家族の話だの、上司部下の話だの、自慢話不幸話だの、国の話だの。
 そういった他愛ない話をさせることで工員のストレスを発散させていた。セラピストの真似事である。

 もちろん彼は聞くばかりではなく、時々は自分のことも話題にする。
 ――特に工員が興味を持ったのは、戦術機に関する技術観念(アイデア)。
 彼等はOSについて詳しくは知らなかったが、それでも、『コンボ』と『キャンセル』という二つの概念は凄まじく有用であると分かるものだった。
 これを耳にした工員のリーダーは峯川に進言、彼はやがてOS開発に回ることとなった。





 果たして、彼は目まぐるしい活躍を見せた。
 彼はすぐさま新OSの開発に取り組んだ。いつ学んだものか、プログラムを達者にこなして数日間、ほとんど休暇なしにひたすらソースコードを書き連ねていった。
 二週間ほど経った頃、彼は独力のみで一つのOSを完成させた。
 彼曰く既知の仕様も利用したとのことだが、それでも異常すぎる構築速度だった。

 名を、XM5という。XMという意味は計画書に記載されていないため不明だが、5というのはキャンセル、コンボ、先行入力と動作予測、そして適応抑制という五つの機能のこと、らしい。
 このOSの最たる特徴として適応の強化が挙げられる。様々な局面に対応できるように処理能力を飛躍的に向上させているのだ。
 前三つの機能は額面通りの意味。後二つは名前からでは解り辛いと思うので、解説する。

 動作予測。周囲の戦術機などとリンクし、周囲の状況を詳しく検知して半自動対応するもの。これを実装することで新兵によくありがちな戦術機同士の激突や、死角からBETAに攻撃されるといった“不測の事態”が激減するのだ。例え素人でも生存率は飛躍的に増すだろう。
 適応抑制。これは動作予測から得られたデータを元に行われるもので、字の通り、周囲の状況に合わせてより適正な動作をするシステムだ。その時までにも、味方が射線軸上にいた場合には誤射を防ぐ機構が存在していたが、これはそれの強化版と呼べるものである。
 戦術機はあまり高く上昇すると光線級の餌食となる。しかし、仮に空を飛べれば、地を這うBETAを一方的に攻撃することができる。このシステムを搭載して飛べば、周囲の光線級の射線を元に、自動的に飛べる高さが調節される。うかつに飛びすぎて光線級の餌食になることはなくなるのだ。さらに、無理に飛ぶことも可能で、その場合には射線を計算して自動的に最適な回避を行う。単に照射されただけでは、まず当たらない。また、乱戦となった時の戦力の無駄も避けられる。その敵の脅威度を察知して問題ないレベルとされた時には、この装置を搭載していればより危険度の高い方へ自動的に照準が動くのだ。全体的な状況が分かりづらくなる混戦時において、これもまた継戦能力を向上させる。

 総括的に見て彼のOSは、少数対多数という局面が多い戦場において特に必要とされる『攻撃の手数』と『敏捷性』、『連携力』を大幅に増やす、このOSだけで戦術機の世代を一つ進めても良いくらい画期的なものだった。

 以上のシステムを短期間でくみ上げたのだが、いかんせんこれを実践レベルで実現できるハードは存在しなかった。シミュレーターでのテストでさえ、複数のコンピューターを並列動作させて動かせるような代物だったのだ。
 そのため、処理を圧迫する動作予測と適応抑制を省いた簡略版XM5であるXM3も作り上げたが、動作がデリケートとなるのを抑える目的もあった二つの機能を消したそれを満足に扱えたのは、プレゼンターの白銀武と僅かな腕利きの衛士のみだった。さらに、これですら現行で最高の処理装置を使わなくてはならなかったのだ。なお、こちらは僅かに帝国軍が使用して少なからずの成果を上げている。

 XM5の実現のため、より高度な集積回路を作ることが急務となった。
 峯川は白銀武を引きつれ、富嶽重工や大空寺重工など、日本国内の指折りの企業に売り込みを開始した。
 しかしいずれの企業も、彼のプログラムを走らせるに至るハードを提供することはならなかった。
 企業が渋った訳ではない。勿論白銀武のプログラムが冗長だったわけでもない。問題は、彼がOSに要求する機能が現行のものの数段先を行っていたという、その一点だ。現在の人類の科学力では、そのOSを実践レベルで動かせる小型なハードの開発は難しかったのだ。





 途方に暮れつつ、さて、自社でどうにかこのOSを動かせるものを作ろうとした矢先、国連軍から一通の電話が入る。
 国連軍の副指令、香月夕呼が白銀武のOSに興味を抱いたらしい。彼女は既にOSを搭載させるハードの用意は出来ていると答え、それを譲る代わりに白銀武をこちらへ引き渡すように要求した。
 これに突っぱねたのは当然、当人である白銀武。
 やはり理由は頑として答えないが、彼は国連に対して大きな軋轢を持っていることを態度で示す。
 当然、彼が動かなければ香月夕呼が動く道理もない。黙ったままに時間は過ぎていき、しかし待つ他に手の無い周囲の人間はその様子に手をこまねいていた。

 このように膠着状態を見せる白銀武と香月夕呼の状況だったが、やがて彼女は突然折れ、何も言わずに高性能のハードとその設計図を搬送してきた。
 雪がちらつく、クリスマスの夜だった。




 晴れて日の目を見ることとなったXM5。搭載されるコンピューターは非常に高価なもので量産は効かないのだが、それでも十機ほどを武御雷へ搭載する運びが叶った。
 その内の一機は技術提供をした香月夕呼宛に送られた。今まで軍曹をしていた女性軍人が非常に上手く使いこなしたという。
 また、残りの九機も帝国軍の精鋭達に運用され、その段違いの性能と簡易な操作性が高く評価された。何せ、適当に動かすだけでも最適な動作が選択される上、基本的にどんなことをしても不測の事故が起こらない。衛士は、戦術機が自分だけの従順な僕のように感じたのだった。
 XM5搭載機は量産され、ライセンスも次第に海外へ売れるようになっていく。

 さて、今までは戦術機の最大スペックにOSが追いついていないという状況だったが、XM5の登場によりその立場が逆転したため、新しい戦術機の開発を進めることとなった。
 XM5を開発した遠田技研にその使命が下り、当会社は他の有数の企業と共に、全く新しい機構の戦術機を開発することとなった。

 この計画の代表が、白銀武をこの会社に引き入れた人物、峯川である。
 彼には白銀武が他にも多くのアイデアを持っているという確信があった。その確信は、彼らが社内外の関係者を集めての会合を行った際に形を成した。

 彼は既にXM5の強力な処理能力を生かす戦術機の構想を考えており、その時に一気にそのアイデアを持ち出した。
 現在以上の速力を出す戦術機を作る際にはパイロットへの負担を更に軽減させる必要がある。現在は強化装備――パイロットスーツの力で賄っていたが、より速力を求める風潮はその許容量を超えるほどにまでなっていた。今回持ち出したそれは、それを解消しつつ最大速度を倍にまで高めるような代物だった。
 管制ユニット――コクピット。これそのものが衝撃に対応して衝撃を打ち消す機構。語弊を恐れずに言えばシミュレーターの動きをする管制ユニットになるが、それが外部から来るGを予測して反応、結果的に内部に掛かるGが半減するのだ。処理能力に優れる新コンピューターだからこそ成せる技である。
 これにより、理論上では今までの倍の速度を出してもかかるGが今まで通りとなった。

 これを生かすために他の技術者は、特に関節部分を苦心して見直し、やがて新しい規格の戦術機を完成させた。
 『飛影』。全体的に小型であるこの戦術機は小回りが利き、同時に関節にかかる負担が少なくなっている。それでいて関節や全体のバランスには綿密な計算がされてあり、継戦能力は今までより高くなっている。
 もともとのコンセプトであった超速度は完全に実現。更に通常の動作も、新しく関節を見直したことにより更にスムーズかつ力強いふるまいが可能となった。

 この新型戦術機は、特に白兵戦を好む日本人兵士に好評だった。外国からも、その小柄で素早い動きから忍者と称されるほどである。
 一時は生産コストが武御雷の倍にもなったが、純国産ということもあり、生産依頼は絶えることなく続いた。




 やがて飛影は大量生産され、国連軍の協力の元、佐渡島ハイヴ攻略を行った。
 その戦果は素晴らしく、かつて白銀武が語ったハイヴ攻略法――BETAを極力相手にせず回避しながら突き進む――はこの戦術機と最高の相性を見せた。
 反応路を破壊しアトリエを無傷のまま手に入れた人類は、そこで多くのG元素を手に入れる。

 しかし、直後に国連軍横浜基地がBETAの奇襲にあう。基地は佐渡島攻略に戦力を割いていたため、ろくに抵抗できず蹂躙される結果となった。
 基地は自爆、辺りには無傷のまま機能不全に陥ったBETAの大群が横たわることになった。

 この後しばらく白銀武は何か物思いにふけるようになったが、一ヶ月もすればいつも通りの振る舞いをするようになった。
 彼の仕事机の上には何かが殴り書かれ、かつ何度も読み返されたであろうメモ帳。暗号めいて解読できないそれには、大半に斜線が引かれていた。





 横浜基地の地下にには、ハイヴの痕跡、反応炉がある。
 BETAはそこからエネルギーを確保するために襲撃したのだが、その基地跡を帝国軍が調べたところ、その反応炉があった更に地中深くで大量のG元素を見つけたのだった。昔にこのハイヴを攻略した際、陥落などでその空間が崩落、そのまま気づかずに残されていたようだった。
 そこには特にグレイ・シックスが豊富であり、その多くは遠田技研に回されて兵器転用の研究がされることになった。

 重力や運動エネルギーを反射するタキオンのような性質を持つこの物質。グレイ・イレブン利用のG弾と同じような効果が期待できるのだが、しかし、実際にそのように生かすには出力があまりに足りない。
 制御方法は簡単でグレイ・イレブンのような不安定さは消えたものの、それでも尚、使い道に考えあぐねていた。
 SF小説などではよく上がる『タキオン』という物質とその応用方法。これがあればグレイ・シックスへの様々な着想の助けになっただろう。しかしBETAという存在のあるこの世界では、そのような創作物は生まれていなかった。

 やがて、戦術機を僅かに浮かせることでよりスムーズな移動を可能にする機構が完成した。
 これの開発にはかなりの苦心があった。そもそもの案は初期からあったのだが、それを戦闘レベルにまで制御する力が現行のコンピューターには無かったのだ。
 XM5を走らせるコンピューターを元に改良を重ね、ようやく完成した。しかしその苦労には十分見合ったものである。数値上では、戦術機の反復運動の速度が二倍ほどに増え、推進剤の消費が五割に減るという凄まじい効果を持つとされた。

 この実機テストには技術者と白銀武が立ち会った。
 ペイント弾を回避する実験をする試作型『天鳥船(あまのとりふね)』。加速時のGは高い数値を示していたが、それでも、走流が出来上がる前の武御雷よりは軽いもので、何ら問題がないと思われた。
 動きも極めて好調で、文字通り常識を超えた動きでペイント弾の雨を乱数回避をしてみせた。
 しかし、終盤。天鳥船が突如転倒。グレイ・シックス過剰使用による、制御不能なほどに強力な斥力場の発生が原因である。
 仰向けに倒れた天鳥船に殺到するペイント弾。しかし次の瞬間、そのペイント弾はいきなりあさっての方向へと飛んでいく。
 一つは高空へ、一つは機体を舐めるように、一つは拉げて米粒のように拡散し。
 そして、拡散したその一つが白銀武の顔面に直撃した。





 一週間を病床で過ごした白銀武が帰還した時、プロジェクトチームは大童だった。
 あの時見せたのは、偶然の産物とはいえ紛れもなくバリア。それは、グレイ・シックスの新しい利用法を直接知らしめるものだった。
 その時にも、既にG元素によるバリアの構成は別アプローチで完成していた。ムアコック・レヒテ機関という技術。グレイ・イレブンを利用して重力場を発生、周囲を湾曲させたり破砕させたりすることで防御を行う。しかし制御に必要な計算が膨大極まりなく、実質不可能なものだった。
 しかしその一方、先ほどのグレイ・シックスによるバリアは『ただの事故』レベルで実現できるものだった。しかもテストパイロットにはまったく影響が出ていない。
 このバリアが実現すれば、白銀武がもたらした技術革命を超えるものが出来上がるだろう。そう思った研究員は彼がいない間にと、それを制御するプログラムや機構の図案などをお祭りの準備のように乱造していたのだ。

 帰還しても尚お祭り騒ぎを続ける現場にため息をつきながら、彼はは冷静にパソコンへ向かう。暴走した際の力場の様子や自動制御の動き、それを予め予想していたものと照らし合わせつつ、浮遊機能を作る前に片手間に作っていたバリア機構のプログラム――消費されるG元素、実行したときの悪影響を懸念していたために提出を見送っていた――を改良していった。

 結局、バリアシステムに対する具体的なものを最初に作り上げたのは白銀武だった。ここにきて足並みの乱れた研究チームだったが、その成果により一気に沈静化。ハード面、特にバリア制御処理に不都合な戦術機のデザイン、より効率的に力場を纏めることのできるパーツがメンバーにより作られることで、かなり早い段階でバリアシステムは実装された。




 その後、彼は長く戦術機の開発に専念、BETA攻略に多大な成果を残した。
 オルタネイティヴ5が成功し、その報告のために元乗組員が帰還。新たな大地を手にして勢力を増した外宇宙の人類と結託して地球を救う作戦が開始された西暦2061年、部下達は白銀武との別れに涙した。
 
 今際の枕元には、香月夕呼が因果律量子論について著した本があった。













---------
あとがき

 公式メカ設定資料集買いたいけどお金ないし近所じゃ売れないっぽいよォ! ←あいさつ

 『公式設定出る前だからしょうがないよね』という温情をちょっと期待しつつ、またしても特に意味のないものを作ってしまいました。やはり読まなくても、やはり本編には関係ありません。
 グレイ・シックスは重力や運動エネルギーなどに対して反応する力、斥力場を発生させるので、基本動かない人間程度には影響を及ぼさないという設定です。しかも指向性を制御する必要なく、基本的に放出するだけで効果があるという……このバリアに突撃級が突っ込んだ場合、真綿にぶつかったくらいにまで緩和されるのでは、と思います。
 XM3が少し出ていますが、これは原作のものと違い、よりデリケートな代物になっています。その欠陥のために公式採用できなかったという按配です。やっぱりどうでもいい。

 正直、閑話はマブラヴやSFの設定を学習する傍らに作っているようなものなので、どう考えてもおかしい点が見れると思います。
 ご指摘、ご指導希望しています。是非是非、よろしくお願いします。



[9779] 24
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2009/12/25 18:19
24

「――恐縮ですが、そのお誘いは辞退させていただきます」

 その言葉に、眼前の人物――紅蓮醍三郎は片眉を上げた。

「ほう。何故かね」
「確かに私はそれなりに戦うことは出来ましょう」

 そこで一度言葉を区切り、机の上の茶で喉を湿らせた。

「しかし、実戦に私は向いておりません。先の戦いでも、私は後催眠の力を借りてようやく動ける有様だったのです」
「……PTSDか」
「その通りです」

 紅蓮醍三郎はその盛り上がった腕を組み、瞑目する。
 その間、ワタシはその人となりを見つめる。

 齢を重ねて尚隆盛を誇る肉体。寸分の隙も無い、寺院の大黒柱を思わせるその佇まいは、勇者の貫禄十分である。
 事実、この男は『この世界』での英雄。そんな男が頭を下げてくるという名誉。普通の日本人ならば歓喜、いや恐縮で震えているところだろう。
 だが、この世界でオレは戦いたくない。
 まだ最良の結末を迎えるには材料が足りないのだ。
 いや、個人的なことを言えば、既に最良の条件は逃してしまっている。

「……お主にも事情があるのだろう、失踪していた少年期の二年間に何があったかは聞かぬ。PTSDの回復措置も行わぬ所にも、何らかの信念があるようだ」

 やがて、そう納得したように重々しく言う。
 だが、この振る舞いは嘘である。そして、オレがPTSDというのも嘘である。
 この男、オレが嘘をついていることを知っていて尚、それを呑んでみせたのだ。

「ご理解いただけたようで」

 オレもその返答を知らぬ顔で受け止めてやる。

「だが、これだけは言わせて欲しい。この日本帝国には力が足りぬ。防衛線であった横浜基地を失って久しく、人民は日々疲弊に喘いでおる。物資的な意味ではない、精神的な意味でだ。これを克服するのは、英雄を置いて他に無い」
「私に英雄になれと? お言葉ですが、英雄とは紅蓮大将、貴方のような益荒男を言うのでは」
「うむ。しかしお主は――儂以上の益荒男の素質がある。儂は既にこの老身、いつくたばってもおかしくない。故に、後継者をお主に任せたいのだ」
「失礼ですが、他に後継者はいらっしゃらないのですか?」
「横浜基地での戦いで、とうに亡くなっておる」

 オレは言葉を返さず、彼が茶を一気に飲み終えるのを待った。

「だから、お主なのだ。単機で八面六臂の大振る舞いをしてみせたお主のあの力が、今の日本には必要なのだ」
「重ね重ねお褒め頂き光栄です。しかし、お言葉ですが紅蓮大将。私は、研究も人類を救う立派な仕事の一つだと愚考いたします。この分野で必要とされているならば、私はこの道を歩き続けたいと願っているのです。あの戦いは、それができなくなることを恐れたあまりの、やむを得ぬ戦いに過ぎません」

 オレが言葉を練り出している間、紅蓮醍三郎はその表情を硬く強張らせていた。さすがの彼とて、暖簾に腕押しは辛いと見える。
 しかし、こちらにも譲れないものがある。
 次の戦いのために、オレはこの領分を守らなければならないのだ。

「それはこちらも承知の上だ。しかし既に火産霊は再び灯った、もうお主は十分に研究者としての本懐を成したであろう? これ以上この分野で何を望むッ、お主とて日本人ならば、よりこの国に尽くしたいとは思わんのかッ!? 今のお主が英雄として立ち上がってくれれば、兵や民は希望を取り戻し、必ずや日本を復興させて見せるだろうッ! 日本帝国はお前という英雄を待ち望んでおる! ここで立たずして何とするッ!?」

 太鼓を間近で叩かれたような裂帛の気合がこちらに届く。しかし、オレもそれに負けじと返す。

「気持ちなどで、戦意などで現実を覆せるのならば、既に人類は勝利しております。紅蓮大将、貴方は勘違いしていらっしゃる。この地球に必要なのは日本の平和ではなく、人類の平和なのです。私が行っているのはそのための研究です。目先の勝利に拘泥し大局を見失うようでは、この先の人類に明日はありません! その点、ある意味米国の方が理解していますよ! 自国の繁栄にしか視野が向かない者ばかり住むのが日本だというのなら、そんな国など真っ先に滅びてしまえばいい……ッ!」

 最後の一言に、今度こそ彼はその顔を修羅にした。

「貴様、日本を――ッ……すまぬな……元より、言葉では埋められぬ溝なのだな」

 しかし、顔を赤くしながらも必死に表情を人へと戻す。彼もこちらの言い分を理解しているのだ。しかし、事実として日本帝国の現在のモラルは限界に達しているだろう。
 天皇は我々に対し、その成果を世界の助けにしろと言っている。
 生粋の日本人気質である彼は、かつての戦略勉強会のようにその事実が納得できないのだ。彼にしてみれば、貴重な国力を無駄に世界へ提供しているよう見えるはずだ。
 更に国連の横浜基地を失って後は、ほとんど休みなしの戦闘が続いている。未来のまるで見えない消耗戦で心が砕けないわけが無い。
 そのための新しい英雄である。もはや帝国軍には新しい風を起こす人材すらいないというのだ。
 それを分かっていながら、オレは突っぱねてみせる。
 人を裏切って痛む心など、とうに捨て去った。そう自らに言い聞かせながら。

「……申し訳ありません。紅蓮大将が信念を持つように、私にも貴いものがあるのです。横浜基地を失って尚前線を維持し続けた貴方達がいてこそ、私は研究を続けることが出来たのです。先陣で散っていった者達の為にも、私はこの道を進まなければならないと思うのです」
「うむ。お主にも苦しい事を言った事は自覚しておる。儂の方も、詫びよう。お主はお主の信ずるままに、この世を平和へと導いて欲しい」

 そういうと紅蓮醍三郎は立ち上がり、踵を返した。

「もう会うことは無いだろう。達者でな――――」
「はい。紅蓮大佐も息災で」

 雄雄しく逞しく、そして多くの業にまみれたその背を、オレはいつまでも見つめ続けていた。





     *****

「……夢か」

 プラチナは起き上がり、外の様子を見た。
 すっかり明るくなっている。才人は朝の修練に出かけたのか、ベッドを空にしていた。
 
「あれはいつの夢だ? ……大将が出たから……四回目の……いや、違うな、研究者だったから……」

 つぶやきながら、うっとおしそうに顔に掛かる髪を払いのけた。
 流れる銀糸。プラチナはそれを見て不思議そうな顔をした。

「ああ、そうか、オレは――……夢に引きずられすぎたか」

 そして一つ伸び。

「にしても……あの時のワタシは酷い事を言ったもんだ。もし次に会う機会があれば、もう少し優しく」

 言いかけ、苦笑する。

「全く。まだワタシはあの世界に未練があるのか? 馬鹿らしい」

 飯だ飯だと吹っ切るように言いながらベッドを飛び降り、プラチナは着替えを始めた。





 召喚の儀を行う前までは、この生は安らぎだと思っていた。
 しかし、“自身の過去”が現れてからというもの、まるで昔に引きずられるような錯覚を覚えている。
 既に全て回収したと思っていたはずの過去の記憶が、ここにきて新しい油田でも見つけたかのように湧き出してきているのだ。
 だからこそ、彼女は白銀武をいち早く元の世界に戻そうとした。
 彼女にとって白銀武とは、名状しがたい不安を与える存在なのだ。
 同時に、自分にとって無二な者というジレンマも抱えている。関わりたくない、助けになってやりたいという気持ちがせめぎあう。
 両方を満たすのは、彼を元の世界に戻すこと。そうであると思い、日頃から研究を重ねている。

 しかし、今でこそ彼を元の世界に戻そうと考えているが、この気持ちがいつ『前の世界に戻りたい』というものに変容するかは分からない。
 この世界も、変わろうと、変えようとしているかのように、彼女をじわじわと追い詰めているようだった。

 魔法。この力の源が人類を恐怖の坩堝に叩き込んだ元凶であるG元素であることを知るたびに、彼女の心が僅かに痛む。
 白銀武に協力すればするほど深まる魔法、G元素の知識。そして、近頃また増えてきた、過去の記憶のフラッシュバック。
 今や彼女は、召喚の儀以前のプラチナではない。覆しがたい過去に翻弄されて変質してきた何者かだ。

 自分は果たして『プラチナ』のままでいたいのか、それとも『白銀武』に戻りたいのか。
 初めは前者で固まっていたはずの彼女の心は、今、揺れていた。





 
「暇」

 と言ってプラチナのベッドにダイブしたのはキュルケである。
 居心地悪そうにベッドを転がり、やがて自身の胸を枕に腹ばいになる。

「我慢しろよ。夏休みが終わったら帰ってくるさ」
「でもー。ぶっちゃけあたしの女友達ってあの子くらいしかいないのよね」
「それじゃあワタシ達は何なんだ……? っていうか、ルイズは駄目なのか?」
「ダメダメ、貴女最近調べものばっかりで忙しそうじゃない。ルイズはルイズだし。っていうかルイズも何だかんだで魔法の練習してて忙しそうね」
「でもキュルケ、悪くないじゃん。やっとできた親子の時間なんだし、このくらい我慢してやろうよ」
「……それは思うわ。思うけれど、それとこれとは別問題!」

 先日、タバサの母親は突然回復した。
 タバサは皆が心配するほどに泣きじゃくり、歳相応の、いや、年端もいかない子供のようになってしまった。
 それも仕方の無いこと。彼女は母親が眼前にいるにもかかわらず、数年もその愛を受けられなかったのだ。
 まるで今まで溜めてきた涙を使い切るようなその号泣に、全員は何も言えずに見守るしか出来なかった。

 事実を知った夫人はタバサと同じく涙を流し、その間に娘を支えてくれた友人達に感謝した。
 タバサはようやく泣き止むと『しばらく母と一緒に暮らしたい』と言い、その気持ちを汲んだ全員は彼女を残して学園へと戻ったのだ。
 今まで全く見せなかったとびっきりの笑顔で言われて拒絶できる者は、人間ではないだろう。

 そのようなことがあり、キュルケは暇を持て余していた。
 先程も彼女が言ったように女友達も乏しく、ボーイフレンドもことごとく帰省中。趣味のジグソーパズルも品切れな有様で、本当にすることが無い。

 それを見かねた才人が、呟いた。

「武とデートすれば?」






「おととい来なさい」

 どうしてそれを思いつかなかったのかとルイズの部屋に飛び込んだキュルケだったが、そこには武がいなかった。
 彼は暇になれば厨房の手伝いをしていたのだ。

 しかし、部屋の主であるルイズはいた。彼女は三白眼になりつつ先程の台詞を吐くと、机に向き直り何らかの勉強を再開する。

「おとといも会ったじゃない」
「そういう意味じゃないわよ、来んなっつってんの」
「嫌ねぇ、あたしと貴女との仲でしょ」
「はいはい犬猿の仲ね……出てけ!」
「ああ悪い、取り込み中だったか?」

 丁度その時、武が帰ってきた。
 タイミングよくルイズの怒鳴り声を聞き、それを自分に向けたものと勘違いしてまた廊下に戻っていく。
 キュルケは慌てて武の首根っこを捕まえて一気にまくし立てた。

「待ってタケルそろそろお昼だからどこか近くの街でご飯を食べに行かないかしら東方にはない珍しい食べ物が沢山あると思うわもちろん私がお金を出すから一緒に行かないねえタケル」
「は? ……すまないがキュルケ、もう一度言ってくれないか?」
「デートしましょう!」
「で、でえと?」

 そのまま彼を引きずって部屋を出ようとするが、

「待ちなさい。アンタは食堂で食べること。あのねキュルケ、それとタケル。プラチナのことはどうするつもり?」

 と止められた。
 二人はお互いの顔を見やって、困惑の表情を浮かべていることを認めると同時に首をかしげた。

「タケルはともかく、キュルケに首をかしげられるとは思わなかったわ」
「だってねえ。三日前のあの様子じゃ、どう考えても……」
「それは惚れ薬のせいじゃない。まだあの子が本当にどう思っているのか分からないじゃない」
「えー……」

 話の全く見えない武はどうにか二人の話から内容を聞き取ろうとするが、やはり分からない。

「ええと、つまり、そりゃ、どういうことなんだ?」
「アンタは黙ってなさい朴念仁」





「ええと、つまり、そりゃ、どういうことなんだ?」
「そういうことよ。貴女もずっと机にかじりついていると病気になっちゃうわよ?」
「って言ってもなあ。もう日食まで時間もあまりないし、そろそろスパートかけないと」

 プラチナの机の上には、気象に関する書物が大量にあった。
 それをキュルケは臆することなく崩す。机から音を立てて落下する書物。

「おいいいいッ! ったく、貴重な本じゃないからともかく……」
「良いことプラチナ。貴女にどんな考えがあろうと、そんなのんびりしてたらすぐに手遅れになっちゃうんだから」
「……だからこうやって急いで調べてるんじゃないか」
「そういうことじゃないわよ。ああもう」

 キュルケはもう我慢ならないとプラチナの手を取り、武の待つルイズの部屋まで引っ張ったのだ。





 武とプラチナは、かれこれ五分ほど、気まずい顔をして見詰め合っていた。
 特にプラチナは気が気でない。自分を他人視点で見ているようなものだ。見つめれば見つめるほど、自分がどこにいるか分からなくなるような錯覚を持ってくる。

 そんな様子に、二人は更に誤解を加速させる。

「ほら、言っちゃいなさいよガツンと」
「いや、何をだよ。それともどこか行くのかって?」

 そしてこの調子なのだ。
 ほら、とキュルケに言われ、何事か分からないままにずっと見詰め合っているのだった。
 仮にも男と女である。武は、いつのまにか顔を赤くしている自分に気づく。
 決して恋愛感情などは持っていないのだが、どうしても照れが入ってしまう。

「……まるでお見合いね」
「だから、何をすればいいか言えよ!」
「それを言えたら苦労はしないわ。いい? ちゃんと分かるまでアンタ達はずっと顔を合わせ続けること!」
「あの、ワタシそろそろ調べ物に戻りたいのですけれど」
「お黙り! そのまえにこっちをする!」
「あの、オレはそろそろ厨房の仕事があるのですけれど」
「お黙り! そのまえにこっちをする!」

 キュルケとルイズに同じ事を言われ、二人は涙目で感覚を失い始めた足と格闘していた。





「……結局何も無かったわね」

 昼食時になって、二人はようやく解放された。
 長時間正座していたため、二人はまるで生まれたての小鹿のような足取りでお互いを庇いあって歩いていた。

 そして、ようやく食堂の前にたどり着いたというところで、

「タケルさん? ……それに、プラチナさん」

 という、震えた声を聞いた。
 見れば、シエスタがこちらを見て愕然としていた。
 どうしてそのような表情をしているのかと訝しがりながら、肩を支えあった二人は至近距離で一瞬見合わせる。

「シエスタ。悪いな、手伝えなくて」
「そういえば、何か久しぶりだな。いつもありがとう」
「え、ええ。お二人とも仲がよろしいようで!」

 シエスタは顔を青くして、逃げるように料理の詰まった配膳車を転がして食堂に消えていった。
 追って響く、けたたましい破砕音。

「……何なんだ?」
「さあ?」





「全く今日は皆おかしいな」
「プラチナに言われると何だかイラッと来るわね。最近の貴女の奇行、忘れたとは言わせないわよ」
「催眠術云々は覚えているけどな、さすがに惚れ薬のほうは……」

 案の定大変な事になっていた食堂を片付けた後、ようやく昼食となった。
 なお、暴走した配膳車にはマリコルヌが犠牲となった。
 丸々と太った彼は各種サラダやソースに彩られ、まるでオードブルのようになっていた。
 不思議な事に、そのような惨状の中において彼は菩薩のような笑顔だった。
 それを見た才人と武は、思わず合掌した。

「で、結局のところどうなんだ? もうオレ達はお手上げだ」
「全くだ。白銀と顔を合わせていると禅問答をしている気分になる」

 二人は顔を見合わせてため息をついた。
 お互いに顔を見るのに飽きてしまっている。

「そうねえ。もういいかもね、ねえルイズ」
「かもしれないわね。どう見たってそういう感じじゃないもの。プラチナって顔に感情が出るタイプだから」
「あ? マジか?」

 慌てて顔を触るプラチナだが、別に今どうにかなっている訳ではない。

「だから、好きな人が隣にいたら、少なからず顔が緩むんじゃないかって思うわけよ」
「誰が、誰を?」
「プラチナが、タケルを」

 プラチナはそれを聞いて口を半開きにし、腕を一つ組んでみて、少し首を傾げ、やがてその整った顔を苦々しそうに歪めた。

「うわァ」
「うわって何だようわって!」
「いや、だってよお……何が悲しくてワタシが白銀を好きにならなきゃならないんだ? そもそもどこでそういう勘違いをしたんだよお前ら?」
「いえね、貴女よくタケルのことを見ていたじゃない。それに気も合うようだったし、もしかしたら好きなんじゃないかって思っていたのよ。それにこの前だってそれらしいことを言ってたじゃない?」

 分からないな、とプラチナは苦笑して答える。
 武も同様に、何故ルイズとキュルケがそのような勘違いをしたのか理解できなかった。

「でもまあ、それって勘違いだったのよね。じゃあタケル、一緒にデートでも」
「キュルケ、こんなところにいたのか!」
「あらペリッソン、貴方実家に戻っていたんじゃなかったの?」
「何を言うんだい、この日に戻るからデートしようと約束していたじゃないか!」
「でもねえ、正直今日はタケルとデートしたい気分だし」
「何をバカなことを! 彼は平民、それも使い魔じゃないか! しかもメイジ殺し、そんな獣同然の男と付き合うなどどうしたんだねキュルケ! はっ、まさかキュルケはそういう趣味だったのか! あいわかった! キュルケ、そうならば僕にも考えがあるッ!」
「ああん、ちょっと引っ張らないでよ!」

 突然乱入してきたペリッソンという男に腕を引っ張られて、キュルケは退場してしまった。
 いや、強制連行に近いその様子、何か犯罪の香りもするその状況を、ルイズ以下全員は硬直したまま見届けてしまった。

 やがて『見なかったことにしよう』とお互いうなずきあい、食事は再開された。
 品数は少なめだったが、チキンローストが最高の出来だったという。





「重ねて確認するけど、アンタ、タケルが好きじゃないのね?」
「……恋愛感情としてはありえないな。好かなきゃ死ぬとでも言われない限りは」

 食後、ルイズはしつこくプラチナに言及した。
 しかしプラチナは困惑して返すだけだった。
 才人と武は空になった皿を小突きながら、暇そうにその様子を見つめていた。

「そうなの? 本当に?」
「しつこいな……あ、まさかお前、白銀の事が好きなんじゃないだろうな!?」
「は、ハァ!? ばば、バカなこと言わないでよねプラチナ! アンタ、べ、勉強のし過ぎで頭が沸いちゃったんじゃないの!?」
「確認で聞いただけだっつの! しかし、そうでないなら良かった。白銀はアレだ、甲斐性ないからな」
「……そんなこと……ッ、あるかもしれないわね。とにかく、私もタケルのことが好きじゃないわよ。第一、平民なんかを恋人にするなんて時点で鳥肌が立つわ! 態度なんか体と同じように大きいし!」
「分かった分かった。分かったからそんな怒鳴るなよ」
「全く、恥ずかしいったらありゃしないわ。でもプラチナ、本当に好きじゃないならもう少し態度で示して欲しいものよ。私達、勘違いしちゃったじゃない」
「態度か――――」

 プラチナはそこで武の顔をじっと見つめた。
 五秒ほどそうした後、プラチナは軽く嘆息してから首を軽く上げて、見下すような視線で武を見直すと冷淡に鼻で笑ってみせた。

「……十分よ。ところでプラチナ、ちょっとこの前の伝承の方で聞きたいことがあったんだけど」
「ああ。腹ごなしに付き合うぞ。そっちの部屋で良いか?」

 お互い納得したようで晴れやかな表情で立ち上がり、そのままお互いの使い魔を残したままそそくさと食堂を出て行ってしまった。

 取り残された二人はやがて食器を片付け始めた。
 一通りそれらがまとめ終わった時、才人は武の肩を叩く。
 才人の頬には、涙の線。男泣きである。

「お前は今、泣いていい。泣いていいんだ」
「なんでお前が泣いてんだよッ!!」





「つまりさ、多分だけど火の魔法ってのも、さっき言ったようにガスみたいなものが燃えていなきゃおかしいんだ。じゃないと、炎なんていうのは出ない」
「そうなの。だからこの前『発火』の魔法で熱だけ出たのね」
「火の魔法って熱だけでも成立するんだな。プラチナ、そこんとこどうなの?」
「単純な火の魔法では、炎の見た目はイメージを強化するイミテーション程度かもしれんな。少なくとも他人が使う『発火』の呪文は通過点を直接熱しつつ突き進む、熱線のような要素を含む。人によっては炎の見た目を『ライト』と同等の力でごまかしているようにしか見えない輩までいる始末だ」
「じゃあプラチナ。私達虚無が火の魔法を完璧に使う時には、単純に火の粒子を作るだけじゃなくて他の要素も作らなきゃ駄目ってこと?」
「そうだ……対象が発火すればどうでもいいかもしれないが。そもそも火のメイジは全ての中間点に位置する器用貧乏な存在でもあるようだ。例えば、ファイアー・ボールなら、火メイジとしての熱を生み出す力と、土メイジの炭素化合物あたりを生み出す力、風メイジの空気や空間を制御する力を使用する。もっとも、こういったことは火メイジなら無意識にやっているようだが」
「虚無ってホントめんどくさいわね」

 ルイズは二人の使い魔とプラチナによる物理と魔法の講義を受けていた。
 プラチナも頭の中を整理するためと休養を兼ねて、このような時間を大切している。
 二人の使い魔は、単純に暇なために同席した。

「あのよ、その空間を直接熱せられるってんなら、相手に気取られずに攻撃できるんじゃねえか?」
「でも、火で攻撃とか残酷だなあ。火刑ってあるじゃん、あれスゲエ苦しいらしいよ」
「ならどんな攻撃なら残酷じゃないのよ?」

 一同、沈黙。
 相手に攻撃する時点で残酷性をはらむので当然ではある。
 もはや虫すら鳴かない深夜の静けさが、沈黙を更にあおる。
 やがてプラチナが、疲れたと呟いてから小さな口を目一杯広げて欠伸をしてルイズのベッドへ横になった。
 特に彼女は喋り通しだったため、疲れも人一倍である。

「自分のところで寝なさいよ」
「いいじゃねえかよー。たまにはこのフカフカを味わいたいんだ」

 言ってごろりと一回転。ルイズは元より、武と才人は呆れるばかりだった。

「なあプラチナ。もう夜遅いんだし、そろそろ戻ろうな?」
「ああ。でももう少し待って、あと三十秒――――」

 なおも転がろうとするプラチナだったが、その動きが不意に止まる。
 やがて顔を起こして何かに集中した。

 その状況に何かを感じ取ったのか、武が部屋のデルフリンガーに手をかける。

「……二人だ。忍び足」
「え? どうしたのよプラチナ」
「お客さんか? こんな夜中にアポなしじゃあ、ろくな客じゃねえな」

 いよいよ武がデルフリンガーを引き抜き構える。デルフリンガーは呆けていたらしく、カタカタと鍔を鳴らしながら何事かと尋ねる。しかし無視。
 プラチナもベッドから降り、いつでも対応できるよう中腰でドアに向かった。
 武器もなく手持ち無沙汰になった才人は、杖を取り出して扉に向かおうとするルイズの前に立ちふさがっておいた。

 しかし、緊張する四人に対して、まるで緊張感を感じさせないノックの音が二回。それに緊張を解いた才人が扉に近づいた時、素早く三回ノックが鳴った。

「――ッ、まさか!」

 ルイズは慌てて才人を弾き扉を開く。
 しかし、勢い良く開かれるはずのそれは途中で防がれ、杖がその隙間から顔を出した。

 杖の先が光ながら、頼りなげにふらつく。

「……魔法の類は無い」

 プラチナが、態度を計りかねるような慎重な声で答えると、杖の主は隙間から音もなく姿を表した。
 フードつきのローブで全身を隠した、見るからに怪しい人物。

「まさかそんな、でも」

 ルイズの自問に答えるように、その人物はフードを取る。その向こうには、武と才人ですら知る有名な顔があった。

「しばらくぶりですね、ルイズ」














---------
あとがき

 せっかくだから俺はこのクリスマスに更新するぜ! ←他にすること無い

 ぼちぼちと向こうの世界のお話を出していますが、凄いポカもまろび出そうでドキドキしています。
 あと、ぼちぼちとこのSSにおける魔法の詳細を出していますが、凄いポカもまろび出しそうでドキドキしています。
 そんなドキドキのせいか、話がまるで進みませんでした。どうでもいいところを描写する癖を直さないといけませんね。いや、特に今回はノリで書いた気がしますが。キュルケさんは完全に生贄状態です。

 今後、様々な場面で修正を行うおそれがあります。プロット作ってもキャラが勝手に動いて……これからプロットの再修正作業に入ります。

 裏設定という名の言い訳を今すぐにでも出したいぞーッ!



[9779] 25
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/01/01 12:58
25


「ア、アン……リエッタ姫陛下ッ!」

 ルイズは慌てて床に伏せた。プラチナも軽く肩をすくめると、同様に床へ片膝を立てた。

「なにボサっとしてんのよ!」

 立ち尽くす二人を見たルイズは腰を低くしたまま素晴らしい勢いで膝の裏を叩き、地面にひれ伏させる。

「いいのよルイズ。ここは王宮でないのだから。ああ、こうして私的に顔を合わせられるのはいつぶりだったかしら」
「……ですが、一体どうしてこのような下賎な場所へ? それも、その格好はまるでお忍び」

 ルイズはアンリエッタの身なりを確認しながら言う。
 闇色のローブの下は正装のままらしい。ローブで隠れていた頭部にも、ご丁寧に冠がそのままあった。

「その前にルイズ。そのような他人行儀は止めてくれないかしら? 昔みたいにアンと呼んでくれないの?」
「まっ、まさかそのような事! 私などがそのような口を利くことなど、とても」
「身分のことを気にするのなら、それこそ、幼少の頃に殴り合いのケンカをした挙句、気絶した私を首だけ残して土に埋めた無礼は極刑に値するのではないかしら?」
「そ……ッ! それは姫様が私のベッドに沢山のカエルを入れたからじゃない!」
「その前は私のお気に入りの服にミミズを入れたわよね!?」
「そのその前は、そうよ! 船の上で一人でいたら石を投げつけてきたじゃないのよ! 身動きできなくて泣いても止めなかった!」
「それは貴方がその前に魔法の練習なんて言って私をゴム鞠のように吹き飛ばしたからからよ! 魔法が使えなければ死んでいたわよ!」

 なおも続く罵倒合戦を聞きながら、武と才人は顔を見合わせる。

「オレ達、ここにいたら不味いんじゃないか?」
「奇遇だな。俺もなんか、国家機密的にトテモイケナイことをたんまり聞いてる気がする」
「ははは。大丈夫だ二人とも。お前達は使い魔。言い換えれば、貴族にとっては“モノ”に過ぎない。噛み付かなければ咎めはしないさ。だけど、“平民”のワタシは一体どうなるんだろうなー」

 最も顔を引きつらせているのはプラチナだったりした。

「……埒が明かないわね。なに、また拳で決着付けたいわけ? アン。力では偶然以外私に勝てないと分かっていて尚挑むその愚かさ、痛みと共に思い知るがいいわ」
「それはこちらの台詞よ。結局貴方と私はこうなる運命ということね。この空白の数年間に培った私の力を見せてあげる。国を預かる者の力を、その身に刻みなさい」

 そしてお互いに構える。それは武芸経験者の白銀武をして、完璧に隙の無いものに見えた。
 才人に至っては、もはや一週回って催し物を見ているような気分になっていた。おもむろに右手を高く上げる。

「……ラウーンワンッ、ファイッ」

 妙な訛りの入った声と共に勢い良く振り下ろされるその右手。戦が始まると思われたが、姫は唐突に姿勢を崩し、微笑んだ。

「やっと昔のようになりましたねルイズ。やはり貴女はそのように活発であるべきだと思います」

 ルイズはそれを契機に我へと帰り、赤面しながら淑やかに立ち直した。

「……申し訳ありません……」
「あら、また態度が戻ってしまったようね。でも、肩の力は取れたみたいね?」

 ひと段落ついたとため息と共に呟いたプラチナは、ルイズのベッドに座るように姫に進言した。それにうなずき緩やかに座る姫。
 プラチナは床に正座し、それを見た才人もばつが悪そうにしながらそれに倣った。

「と、ところで、どうしたのですか? このような時間に、このようなつまらない場所に来るなんて」
「ええ。報告しなければならないことがあって……実は私、結婚するの」

 そう呟いた姫の表情は、暗い。結婚という華やかな単語にはおよそ相応しくないものだ。

「政略結婚とか、か?」

 それを見た武はおもむろに口を挟む。

「そうです……近く、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになりました」
「ゲルマニア!? あ、あんな野蛮な国に姫様がどうして!」
「レコン・キスタの噂はルイズも聞いているかしら。今、彼らがアルビオンを攻略しているのよ。アルビオンと友好関係にあるトリステインは、このままでは次の標的にもなりかねないの。それに対抗するため、ゲルマニアと同盟を取ることにしたの」
「実際、こちらまで侵略することはあるのでしょうか」
「分からないわ。でも、彼らの目的が聖地であるらしい以上、その足がかりとしてここを攻めることは十分に考えられるの。今までの行動も、とても攻撃的ですから」

 訥々とレコン・キスタの脅威を語るアンリエッタ。しかし、やがてその口が堅く閉じられてしまう。
 痺れを切らしたルイズが何かリアクションを取ろうとした時、姫はためらいがちに話を再開した。

「――当然レコン・キスタのアルビオン貴族は、トリステインとゲルマニアとの同盟を、必死になって反故させようとしています」
「まさか、その同盟を妨げるための材料が、どこかに?」
「……手紙です。以前、私がアルビオンに向けてしたためた手紙なのです。それがアルビオン貴族の手に渡ったら、彼等は嬉々としてそれをゲルマニアに送るでしょうね」
「その手紙は、今はアルビオンにあるのか?」
「はい。アルビオンのウェールズ皇太子が……」

 そこまで言って、アンリエッタは瞳に涙を浮かべる。

「ですが、ウェールズ皇太子はじきに捉えられるでしょう。そうすればその手紙も明るみになり、同盟もなくなります。このままでは、我々は一国のみであの強大なアルビオン貴族達と戦うことになってしまうのです」

 頬を伝う涙を隠すように、姫は顔を手で覆った。
 その様子を、プラチナは訝しげに見守っていた。

「ああ姫様、どうか泣かないでください……もしかして、その手紙の回収を私に依頼するために?」
「だ、大丈夫です。他の方もいる手前、取り乱してはなりませんもの……ええルイズ。私は確かに、貴女にその手紙を破棄するように伝える親書を運ばせようとしていました。しかし、先程も申しましたように、アルビオンは今戦争が激化しています。そのような中に私の大事なルイズを送るわけにはいかないわ。本当はどうしてもルイズにお願いしたかったのですが」
「いえ! この私にお任せ下さい! 私はいつでも姫様の味方です!」

 姫はルイズのその真摯な表情を見て、微笑んだ。

「やはり貴女は優しいのね……私の大事なお友達」
「なあ、ルイズじゃ危なっかしくないか?」
「うっさいタケル! 大丈夫です! 私は幼い頃より姫様の理解者を自負しております! いえ! 私をお友達と見てくれるそのご好意に報いるためにも、私はその任を全うして見せますッ!」

 姫はルイズの名前を呼び、抱きしめた。ルイズもそれに負けないよう、姫を強く抱き返した。

「……恐れながら姫殿下。ルイズ一人に任せるおつもりでしょうか」

 二人が身を離すそのタイミングを見計らって、プラチナが質問をかけた。

「いえ。いかに頼れる使い魔様がいるにしても一人では不安ですし、王宮の方からもう一人、優れたメイジを呼びつけました」

 と答えた。そして、名前を言いかけ、

「それは彼に自己紹介してもらいましょう。実力も誉も高い方です。きっとルイズに優しくしてくれるはずですし」
「すると三人ですか……ああ、斥候にはこのくらいが動きやすいですね」
「オレが頭数にカウントされてやがる……既に……ッ!」

 プラチナは武の抗議の声を無視して、納得したといった表情でうなずいた。

「この時期にこの遠征を計画したのは何故ですか?」
「それは……本来ならば、この前の再会時にこのお願いをしたかったのです。しかし、どうしても踏み切れなくて……他に手があるのではないかと」
「しかし、他の手を考える余裕すらなくなったと」
「その通りです――先日、アルビオンとレコン・キスタとの戦争が本格化したという報が届きました」

 むっ、と声を詰まらせるプラチナ。他の面々もその台詞に息を呑む。

「そんなタイミングでルイズを送る気なのか!? ……悪ィ」

 反射的に武は声を荒げてしまう。そんな彼にアンリエッタは渋い顔を隠そうとしない。

「……確かに、私の大切なルイズを向かわせるのは忍びないものです。しかし、それでも私は彼女に頼らざるを得なかった」
「どういうことなんだ?」
「私はまだ年端もいかず、功もない姫です。期待こそされど、私に忠誠を誓ってくれる者……いえ、違いますね。私が信頼できる者が少ないのです。この件についてはその数少ない一人のマザリーニ枢機卿に相談いたしましたが、彼が推薦したその人物でも、不安だったのです」
「それだけ信頼が求められる依頼か……だから昔からの友達らしいルイズに頼むわけだな」
「ええ。王族ならば、もっと他人を知り信頼せねばならないとは思うのですが……」
「だからなんでアンタは姫殿下にそんな口の利き方すんのよ!」

 武の頭を蹴り飛ばしてからルイズが慌てて礼をする。

「姫殿下、私、この命に代えましても、必ず完遂」
「お待ち下さい」

 ルイズのその宣誓を、プラチナは冷たく低い声で止めた。
 その表情は、挑戦するような、どこか子供らしいものがあった。

「今回、どうかルイズは外していただけないでしょうか」
「……理由を、お聞かせ願えますか」
「この任務にルイズは『必要』ではありません。それに――友人をそのような敵地に送らせて平然とできるような神経をしていないので」
「ちょ、ちょっとプラチナ?」

 挑発的な台詞を放つプラチナを慌てて止めるルイズだったが、プラチナはそんな彼女にウインクで返した。次いで姫に向かってすまなそうに頭を下げる。
 それを見た武も、なるほどと小声で言い、ぎこちなく肩をすくめて続けた。

「というか、頼れるのがルイズだけってのも末期だな。もっと頼れる奴とかいなかったのか? いなかったんだろうなあ」
「確かトリステインはここしばらく国力が下がってきているよな。その理由の最たるものに王宮内の不和があるって聞いたな。旧体制を断行する王宮と、それでは成り立たないとする識者の衝突が毎日続いているらしい。そんな状況なら、誰も頼れないよな。第二のアルビオンも近いだろう」
「なるほどなあ。ええと、そんな状況じゃあこの国は戦争が始まったらすぐに消えちまうなー。ったく、姫さんも嫌な時代に生まれたもんだ」
「ま、平民のワタシには関係ないけどな。平民はいつだって貴族に搾取される存在なのさ」
「世知辛いなハルケギニア。ま、そろそろ帰る予定のオレには関係ないけど。精々頑張ってくれよ~? 姫さん」
「ルイズもこんな国見限ってもいいんだぞ」
「なんだったら姫さんもこんな国見限っていいんだぞ」
「何だよお前姫殿下に向かってなんて口利いてるんだ」
「お前だって姫殿下に向かってなんて口利いてるんだ」
「何だよお前が姫様の悪口を言い出したからだろ」
「何だよお前姫様のせいにするのかよ」
「そうだよ姫様が悪いんだよ」
「そうだな姫様が悪いんだよ」
「謝れよ姫様」
「早く謝れよ姫様」

 言い切って、二人はぴたりと動きを止めた。
 アンリエッタはもはや意味も分からず絶句するばかりだった。ルイズに至っては怒りを通り越して穏やかな気持ちになっていた。諦めの境地とも言う。

「先ほどから黙っていれば貴様等ァァァァ! 何たるッッ!! アンリエッタ姫殿下に何たる無礼をォォォォ! そこに直れいッ、この僕が、ギーシュ・ド・グラモンが貴様等の命を姫殿下に捧げてくれるわァァァァ!!」

 不思議な空気が生み出した沈黙にアンリエッタは身を委ねかけていたが、突然聞こえた怒声に我に返った。
 ドアがガタガタと鳴っている。トイレのドアを慌てて開けようとする状況を連想させる勢いだった。
 やがてドアが壊れ調子で勢い良く開け放たれ、向こうから一人の男が倒れこんできた。

「殺ャアァァァァァ!!!」

 言いながら倒れ、床に顔面を強打。そのまま動かなくなる。

「ああ、釣ったのか。っていうか盛大に釣れたね」

 才人の呟きが空しく響く。
 死んだかと思われた一瞬後、それがなかったかのようにギーシュは面を上げた。

「密書を届けるというその大任! このギーシュ・ド・グラモンにお任せくださいませッ!」

 鼻血をまるで気に留めず、食らいつくように眼前の人物に申し出る彼だったが、残念ながらそれは正座した才人。慌てて姫に身を向けなおす。

「グラモン? すると貴方はグラモン元帥の」
「息子でございます! 是非ともその任務はこの私めにお任せくださいますようお願いいたします! グラモンの名にかけ、その任務、見事達成して見せましょう!」

 息巻くギーシュだったが、しかしあまり乗り気でない様子の姫だった。

「そのお心遣いはとても嬉しいのですが、この使いは少人数の方が好ましいでしょうし。それに、盗み聞きをするような方には信頼して頼めませんね」
「そ、そんなッ!? 私はただ偶然聞きつけただけですッ! そう、私がこうして貴女様の言葉を知ったのは始祖ブリミルのお導き! 姫殿下に助力せよと始祖が私に囁いているに相違ないのです!」

 なおも食い下がるギーシュを見てやれやれとため息をつくプラチナを見てから、武は口を開いた。

「ルイズが良いっていうなら、いいんじゃないか? つーか、ここでルイズが断ったらトリステインがヤバいんだろ?」
「……詳しいことはいえませんが、トリステインの未来を決める大切なことなのです。そのためにはルイズの信頼が何よりも必要なのです」
「例え周りがどのように否定しても、私だけは味方です姫殿下。改めてこの私にお任せ下さい。必ず、吉報をお届けします」

 言って、ルイズはプラチナを鬼のように睨む。こう凄まれては、プラチナとしても反論しにくい。

「……やっぱり貴女は心優しいわねルイズ……どうかお願いね。そして、必ず生きて帰ってきて。そしたら」

 姫はそこで口を噤み、いたずらっ子のような笑い顔になった。

「そしたら、改めて殴り合いのケンカをしましょうね?」
「あわわわッ、そんな恐れ多いこと! どうか忘れてくださいませ!」

 その様子を眺めて、仕方ない、とプラチナは呟いた。

「それじゃあルイズ、頑張ってくれ。さすがに私は死ぬ気にはなれないから――――白銀、よろしく」
「おい! それじゃあまるでオレが死んでもいいように聞こえるだろうがッ!?」
「姫殿下。万一ルイズに何かあったら、彼女を守れなかった使い魔も死に値すると思いませんか?」
「うふふ、そうかもしれませんね」

 先ほどの姫と同じベクトルの企み笑いを浮かべたプラチナに軽く安心しつつ、姫が答えた。ひでえ奴らだと、武はぼやいた。

「しかし、プラチナ様はルイズと一緒に行かないのですか?」
「いえ、そもそも私なぞにそのような大任が務まるとは思えません。それに、少人数で急げば戦火に巻き込まれる前に任務を成し遂げることもできましょう。あまり頭数を多くしては、その足並みが逆に崩れかねません」
「なあ、いいのかプラチナ」

 思った以上にあっさりとした態度のプラチナに、才人が彼女の肩をつつきながら言う。

「……いいんだよ。まあ、白銀が同伴を断ったら代わりに出るけど」
「いや、断るつもりはないけどな。ちょっと冷たくねえか? オレは話を聞いたとき、プラチナも一緒に行きたがるかと思ったんだけどな」
「そんなに冷たいだろうか。安全のために人を少し多くしても戦争が始まってしまえば意味を成さない。むしろできるだけ身軽になりすばやく任務をこなすことが肝要だと思う」

 それもそうかもな、と言って武は腕を組んだ。

「だが、途中までは送ろう。姫殿下、そのメイジがこの学院に着くのはいつ頃でしょうか」
「明朝には着くと思います。グリフォンを使っているので、馬よりはずっと早いはずですが」





 その後、地図を見ながら今後の方針を決めた。
 まず、出陣は日付が変わった辺り。学院からはルイズと武をメインに、プラチナ達とギーシュは護衛のために出陣。
 移動手段は馬。途中で行動を別にするため、馬車は使わない。
 方向は港町のラ・ロシェール。学院とその港町をつなぐ最も太い道を馬で進む。
 そして、早ければ朝に合流できだろうメイジと、護衛の任務を交換。プラチナ達は学院に帰還する。首尾よく行けば、日中には港町にたどり着けるだろう。
 その後はメイジの指示に従い、アルビオンへ向かう。
 トリステインの名家であるヴァリエール家ならば皇太子への目通りも叶いやすいだろうと、姫は言う。





 一行は計画が立った後、早速馬に乗り学院を後にした。
 ルイズはお守りとして姫から預かった『水のルビー』という指輪を大切に、手に仕舞っていた。

「ところで、姫は手紙になんて書いたんだ?」

 馬を手足のように操りながら才人がふと、疑問を出す。

「それはどちらの話だ?」

 同じく馬に乗りながらプラチナが返す。
 才人とは違い、姿勢を安定させるのも四苦八苦していた。

「いや、両方。姫さんは王子に何を渡して、今回は何を渡すつもりなんだ?」
「……最初に送った手紙は、十中八九、恋文ね。元々アルビオンとトリステインは交流があって、姫様はウェールズ皇太子とも仲が良かったはずよ。それに、あの様子……」
「だろうなあ。っていうか、他に同盟をナシにされる手紙で思いつくものないぞ。今回はその手紙の破棄か」

 ルイズの後ろに所在無く座りながら、武が同意する。

「なんて可愛そうな姫様。好きな人がいるのに、国のためにあのゲルマニアへ嫁ぐなんて……」
「全くだ。その心中を察するしか出来ないこの未熟な身が恨めしいよ」

 姫に心酔しているルイズとギーシュの二人は、その立場に涙していた。
 特にそういったことのない他の三人は、物語のヒロインみたいだなあとそれぞれ思った。

「それにしても眠いなあ。帰ったらぐっすり寝てえ」
「運が悪けりゃそのまま貫徹でラ・ロシェールに着くかもしれないけどな」
「馬の調子もあるし、場合によっては野宿かもしれないね。まあ、護衛のメイジとやらが早く来ることを祈ろうか」
「しかし運がいい。今夜はとてもいい天気だ」

 二つの月明かりが実に頼れる。おかげでカンテラもいらなかった。





 書類を処理しかけたままうたた寝していたオールド・オスマンはノックの音に目を覚ました。
 このような夜中に誰だろうと思いつつ、扉を開く。
 その先には、フードを被った女性。寝ぼけた頭が何故か夜這いなどという単語を思いつく。

 しかし、外されたフードから見えた顔を見て、その単語を慌てて吹き飛ばす。

「これは、姫ではないですか」
「はい、こんばんはオールド・オスマン。ごめんなさいね、このような時間に」
「いやいや、姫ならばいつでも歓迎ですぞ。ところで、一体どのようなご用向きでございますかな」
「一つ、伝言をお願いしたいのです」

 アンリエッタは手元から紙を取り出すと、それになにやらしたため、丸めてオールド・オスマンに渡した。

「もうそろそろここへやってくるでしょうワルドという方に、この手紙を渡して欲しいのです」
「確かー、魔法騎士隊の隊長でしたかな」

 言いながら手紙をしまう。しかし、何か大きな都合があってここに来たはずだと思った彼は、姿勢を崩さずに姫の言葉を待った。

「……実は先程、ルイズ達にアルビオンへ使いをお願いしました。本来ならここで合流の後出発する形だったのですが、事情により行き違いになってしまったのです」
「姫、今何と?」
「ですから、行き違いと」

 オールド・オスマンは拳を口に置きながら、先程の姫の言葉を頭の中で反芻した。

「して、ルイズと誰が向かったのですかな」
「ええと、使い魔さんとグラモン家のご子息、それと、プラチナさんとその使い魔さんですね」
「ふ~む」

 飄々とした態度を崩さぬまま、彼は深く考えた。
 虚無の担い手が戦場へ向かう。それも二人もだ。
 戦場に向かわせるという点で不安があるが、ガンダールヴである白銀武の力は、護衛としては極めて優秀、ある程度の問題は蹴散らせるであろう。
 しかし、何かとてつもないことの前触れに思える。間違っても二人がレコン・キスタに寝返ることはないとは思うが、最悪、それに準じる何かが起こるかもしれない。

 そうは思うが、さて、今の自分に何かできるかといえば、彼女達の無事、あるいはこの予感が吉兆であることをを始祖に祈る程度しかないことに気づく。

「あいわかりました。では、手紙をワルド殿に渡せば良いのですな。ところで姫、もしやここにはお忍びで?」
「そうです。そろそろマザリーニ達が気づく頃ではないでしょうか」
「相変わらず無茶をしよりますな。彼も気苦労が絶えないでしょう」
「いいのです、むしろ彼が固すぎるの。それこそ、性格が鳥の骨みたいにカチカチなんですから」




 夜が明け、初夏の太陽が顔を出す頃。
 その中で夜通し馬を走らせていたため強烈な眠気に襲われていた一行である。
 うつらうつらと落馬寸前の態勢になっていたギーシュは、悪夢を見たかのように体をびくりと震わせると、凄まじい勢いで振り返った。

「そうだ! 君達、特にプラチナ! 君、姫様になんという口の利き方をしたんだい!」

 特に馬の扱いが下手なために精神力を削っていたプラチナは、億劫そうに顔を向けた。

「今更その話か。いや、お前がいつまで経っても部屋に入ってこなかったからな。盗み聞きしたまま立ち去られても困るから、あえて暴言を吐いてお前をおびき寄せたんだ」
「むッ、そういえばサイト君が『釣れた』と言っていたね……初めから僕があそこにいたことに気づいていたというのかい」
「一応風メイジだからな。それにしても、反応してくれて助かったよ。あのまま黙っていたらお前を突き出さなきゃならなかった。さすが誇り高きグラモン家の息子だな」
「え、そうかい? いやあ当然だよ、僕は誇り高きグラモン家の息子だからね!」

 良いように言われて鼻を高くするギーシュ。

「それにしても、皆は器用だねえ」

 ひとしきりにやけきった後、ギーシュは体裁を繕うように言って、他の面々を見た。
 ルイズと武は馬に自らを縛り付けるように手綱を体に巻きつけていて、才人に至っては手ぶらで溶けるように馬の背へ体を預けている。それでそれぞれ熟睡しているのだからなんとも逞しい。
 途中で休息を取ることも話に登ったが、最初に瞼を落としかけた才人は乗ったまま寝てても大丈夫だと言い、その時はまだ余裕のあった武も問題ないと、負けず嫌いなルイズも休まなくていいと答えた末の有様である。

「馬と話が通じる才人はとにかく、ルイズはホント凄いな。ワタシも見習いたいものだ」

 一方のギーシュは人並みで、さすがに馬上で寝るような芸当は出来ない。プラチナはそもそも馬に乗れていることが奇跡だった。
 ひょっとしたら才人のおかげで乗れているのかもしれないと苦笑するプラチナだった。

「メイジとは合流できないな。早くしないと尻が腫れ上がる。いや、その前にラ・ロシェールに着くかな?」
「尻とか君ね。しかしなんだね、君の乗馬は実に下手だね」
「やかましい。自慢じゃあないが、馬に乗ったのはまだ両手で数えて指が余るほどだ」

 お互いに無駄口を叩きながら、人気の無い荒れた道を突き進んでいく。

 と、突然、今まで照っていた朝日が消えた。
 曇ってきたかと顔を上げたギーシュは、そこで象を超える巨大な影を見た。
 獅子の体に鷲の頭と翼を持つ、グリフォンと呼ばれる怪物である。

 それは馬が向かう先に降り立っていた。上には長身痩躯の男が、怪物に負けぬ立派な出で立ちで乗っている。
 男はつば広の帽子を片手で押し上げ、ルイズの方を確認していた。

 ギーシュはそつなく、プラチナも四苦八苦しながら馬を止めた。その二つの馬に阻まれるようにしてルイズ達の馬も立ち止まる。

「……貴方は……もしや、魔法騎士隊はグリフォン隊の隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド様でいらっしゃいますか!?」
「いかにも。そういう君は」
「ギーシュ! ギーシュ・ド・グラモンです! こ、この度は誉れ高い隊長様に会えて光栄です!」

 ワルドと呼ばれたその男は興奮するギーシュを適当にあしらいながらグリフォンから降り、武と団子になって寝ているルイズを興味深げに見た。
 プラチナは苦笑しつつルイズを揺さぶった。するとそれに気づいた武が目を覚まし、ルイズを起こすのに加勢する。

「何よ……? え?」
「久しぶりだね。それとも、おはようと言うべきなのかな」

 目を擦りながらワルドを見たルイズは顔を赤くし、次いで顔を青くした。









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あとがき

 せっかくだから俺はこの大晦日に更新するぜ! ←寒くて初詣にも行く気がない

 さて、今回は盛大に言い訳コーナーです。

 今回の場面、原作で見れる姫様の演技のようなものは見所の一つだと思うのですが、あえて削らせていただきました。あのまま原作どおりしてしまうと、回りがややこしいことをしてしまいそうだったので(ちょっと……それに、さすがに彼女にも周りの目が気になるでしょう、一人だけならともかく、三人は彼女にもプレッシャーがあるはずです。あれよ!

 それと、ゼロ魔編のプロットを洗いなおしていました。そしたらどうも、今のままでは話数が八十くらいになるんじゃあないかということになってしまいました。
 オチの問題でマブラヴ編は必ず入れたいので、それを加えれば三ケタ台になるのは確定的に明らかです。
 描写が冗長になるのが常々の悩みであるため、内容を保ったまま短縮というのも難しそうです。
 っていうか今回は結局、学院から出ただけという有様! カメい!

 それでも仮にプロット通り書ききれるものとして、全部でどれくらいの時間がかかるかと考えてみると……
 ……一話毎に三週間必要だと仮定して……一年間で十七話くらいだから……

 ……茶太郎は考えるのをやめた。


10/01/01 幽様のご指摘を参考に、一部削除修正



[9779] 26
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/01/01 13:09
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 熟睡していた才人が飛び起きるほどに痛々しげな声を上げながら地面を転がる白い服の男。
 武とひっついていたのをワルドという男に見られたルイズが慌てて彼を引き剥がしたためだ。寝ていた彼はあわれ落馬、荒れた岩盤に全身を打ち付けてしまったのだ。

「……参ったな、いつのまに恋人ができたんだい?」
「ちちちがっちがいます! こ、これはただの使い魔ですッ!」

 長身痩躯のその男、ワルドは悶絶する武を見下ろして観察した。

「大丈夫なのかな?」
「だ、大丈夫です! 彼は使い魔としての立場をわきまえているとは言えませんが、実力は十分」
「うん、実力も大したものと聞いているし、これはルイズの騎士を自負する僕の立場も危ういかなってね」
「ともいえない未熟者ですッ! 見てください、私の一撃を避けることもできないんですよ! ほォラァ!!」

 言いながらルイズは踵を勢い良く武の脇腹に捻じ込んだ。武はカ行をランダムに喉から搾り出しながら、芋虫のようにプラチナの足元へやってきた。
 プラチナはそんな様子に共感したのか痛々しそうに顔を歪めると、先程ルイズにしてやられた箇所をさすってやった。

「あまりにもあんまりだ……っていうか、ええと、ワルドさん? なんかルイズとは親しいっぽいけど、ワルドさんはルイズの何なんすか」
「少なくとも旧知の仲、昔は婚約者にもなった間柄だが……君は? 見たところ平民のようだが」

 ワルドは先程の朗らかな笑みから一点、やや不機嫌そうに才人の顔を見やった。

「婚約者? うそ? それにしては老け」
「平賀才人と申します。身内が無礼を働き申し訳ありません……ワタシはルイズ様のご学友をさせていただいていますプラチナと申します」

 致命的な失言を口にしかけた才人に代わり、プラチナが話を乗り継いだ。
 ワルドは才人を一瞥すると興味をなくしたのか、プラチナの身なりを確認した。

「――ふむ、ルイズの友人に平民の子がいると聞いたが、君かな? 僕を待たずに学院を出たのは君が進言したからだと聞いたよ。急ぐのは悪くないと思うが、せめて僕が到着するまで待って欲しかったね。そうすれば僕はもっと多くルイズと話が出来たのに」
「……恐縮です」

 平民を見る目か、他人を見る目なのか、ワルドは先程のルイズに向けるそれより幾分冷ややかにプラチナ達を見ていた。

「とにかく、後は僕がその任を引き受けよう。君達は用済みだ、帰りたまえ」
「用済みって、せっかくここまで来たのにひどいッスね?」

 言葉のごとく使い捨てるような態度のワルドに、才人は苛立ちを露にした。

「な、何て口を利くんだいサイト君! ワルド様、速やかに帰らせていただきます!」
「……そうしてくれ。僕としてもこれ以上君達を疲れさせたくはないからね」

 慌て対応するギーシュに笑顔で答え、ワルドはルイズを問答無用で抱えグリフォンに乗せた。

「そういえば、プラチナと言ったか。家名はあるのかな」
「いえ」

 即答し、プラチナは武を立ち上がらせた。ようやく痛みが引いてきたらしく、ため息をつきながら服についた埃を払った。

「没落貴族か、あるいは親が駆け落ちでもしたか……?」

 ぽつりと、風メイジにしか聞こえない程度の大きさでワルドが独りごちた。プラチナはそんな言葉に気にも留めず、武をワルドの眼前へ押し進めた。

「彼の同伴もお許し下さい。特殊な力こそ使えませんが、いざという時の盾程度にはなるはずです」
「ふむ、なるほど頑健そうだ。頼りにしているよ使い魔君」
「ワルドさんでしたっけ。オレは白銀武です。武って呼んでくださって構いません」

 うむと答え、軽やかな身のこなしでグリフォンの背に乗った。それに合わせてグリフォンは太い脚で地面を叩き、その大きな翼を力強く羽ばたかせた。

「ちょ、ちょっと! オレも乗っけてってくださいよ!!」
「君は馬で追ってきたまえ。残念だが、このグリフォンは二人乗りなのだ」
「いや、オレ馬乗れな」

 武の言葉は、グリフォンが生んだ突風に遮られた。彼が怯みから立ち直った時には、ワルド達のグリフォンは声が届かないほどの高空にあった。

 しょうがねえな、と武はげんなりしつつ今まで乗っていた馬の頭に手をやった――が、容赦なく噛まれた。

「……この世界もオレに優しくねえんだな……」
「ドンマイ……っつか、なんだよあんちくしょう。いけすかねえ、ムカつく野郎だ」
「何を言っているんだい。むしろ、無礼を見逃してくれたことを光栄に思ってもいいくらいだ」
「あ? 何で俺がそんなこと思わなきゃいけねえんだよギーシュ」
「……君達と決闘する前の僕も、平民に対しては辛く当たっていただろう? そもそも貴族の大半は平民に対してあのような態度を取るものさ。君達は僕を平民に対して高慢な奴だと思っているかもしれないが、当時の僕でもまだマシな方かもしれないね。最も、あの時はさすがにやりすぎだったけど」

 何故かとても自慢げに鼻を鳴らし、いつもの数倍の気障ったらしさで答えてやるギーシュだった。

「ワタシなど入学当時は貴族の苛めが酷かったな。肩身が狭くて敵わなかったが、ルイズがいてくれて助かった」
「ところで、追いかけなくていいのかね?」
「いや、追いかけるけど、追いかけるけどよ……マジやるせねえ! ていうか暴れるな畜生ッ!」

 全力で騎乗されるのを拒絶する馬と格闘していた武を見て、才人は馬に駆け寄り、武の言うことを聞いてくれ、と言った。
 とたん馬は強い鼻息を出して落ち着き、軽く首を下げる。乗る準備が出来たことを示す態度だった。

「悪いな才人。んじゃ、行って来る」
「おう。お土産よろしくな!」
「ああ待て白銀、コイツを持って行け。使い方はルイズにでも聞けば分かるだろう」

 プラチナは懐から大き目の麻袋を出すと、それを馬上の武へ投げた。ガラス質のものがぶつかる音を立てて、それは彼の手に収まる。

「水の秘薬だ。売るなり使うなり、好きにしろ」
「ああ。プラチナもありがとうな。んじゃ」

 武はそれを無造作に上着のポケットへ捻じ込むと、西部劇のような派手な動きで手綱を振った。
 強く首元を叩かれた馬は恨めしそうに背中の方へ向けたが、やがて何事もなかったかのように走り出した。

「……この分だと大丈夫そうだね。不完全燃焼なのは否めないが、他にやることもないし帰るとするか」
「ああ。しかし、それでも疲れたな。少し休むか?」
「良いさ。それより早く帰ってモンモランシーの顔を見たいよ」

 それぞれ馬に乗り込んだが、才人は立ち尽くしたままだった。ひたすら、空の染みとなったグリフォンを見つめている。

「どうした、何か気になることでもあったか?」
「いや、何かアイツ胡散臭くて」
「どこがだい? 彼は魔法騎士隊の隊長を実力で得た有名人で人望も厚い、僕らのような軍家から見れば憧れの存在だよ? ……それにしても、まさかルイズが彼の婚約者だったとは。信じられないよ」

 言ってプラチナの方を向くギーシュだったが、彼女は困ったように肩をすくめるばかりだった。

「……単に俺が気に食わないだけだな……くそ、イケメンはみんな爆発しちまえばいいんだ」
「まあ、とにかく戻ろう才人。時間が惜しいんだ」

 うなずき、それでも名残惜しそうにしながら馬に乗り込む。

「今まで来た道を戻ることになるけど、頑張ってくれよ。帰ったらマッサージでもしてやるから」

 そして馬を走らせたところで彼は、あっ、と声を上げた。

「どうした?」
「あのさ、ちょっと寄りたい所があるんだけど」





 武は今ひとつ仲良くなれない馬と格闘しつつ、これからの事を考えていた。

「アイツさっきルイズの婚約者だと自称していたな。少なくとも三十代に見えるけど」

 髭を生やした上に白髪、その上に大きい帽子により目元が暗かったため、武には老けて見えたのだ。あの出で立ちを好んでいたワルド二十六歳が今の独白を聞けばさぞ落胆することだろう。

「ってか……メイジの軍人ってのはどれだけ強いんだ? 片手間で修行してたらしいプラチナがあんな強いんだから、もしかしたらオレなんかじゃ歯も立たないかもしれないな」

 ワルドはかなりの修練を積んでいるようだった。グリフォンから乗り降りした時の身のこなし……あれだけでもかなり堂に入ったものだ。更に、彼は魔法を使う。
 プラチナよりずっと強い敵が戦場に溢れているかもしれない。そう考えると――――

「間違っても戦場に近づく訳にはいかないな」

 想像した戦場に、武は身を震わせた。
 ルイズだけでなく自分の命も危ない。目的が達成できていない以上死ねないと、彼は気持ちを引き締めた。





 ワルドと出会う直前、ルイズは夢を見ていた。
 それは、彼と出会う時の夢。実家の敷地内にある湖の記憶だった。

 幼いルイズは嫌なことがあると、小船に乗って一人泣くのが習慣になっていた。誰も来ない場所で毛布を被り、そこでほとぼりが冷めるまで耐える。
 その日も、魔法が使えないために母に叱られ、逃げるようにそこへやってきたのだった。使用人が維持するだけの、人気の無いその場所はルイズにとってお気に入りの逃げ場だった。

「泣いているのかい、ルイズ」

 と、いつものように泣いていたルイズに声が掛かる。それは十歳半ばの、美少年だった。魔法の力に長ける近所の子爵。そして、幼いルイズにとっては非常に大きな位置を占める憧れの存在。

「子爵様、いらしてたの?」

 ルイズは涙で濡れた顔を隠すようにしながら、おずおずと答えた。

「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね」

 あのお話――婚約について。彼は幼いルイズの婚約者だった。
 勿論、まだ六歳のルイズとすぐに結婚する訳ではない。彼女が成長した時にという、気の長い話に過ぎない。
 精神が早熟だった彼女は、はいそうですかと答えられない。まだ自分は子供だからと、その話を困った様子で返していた。

「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」

 怒られた手前、すぐに戻るのは気が引ける。それ以上に彼の手を取るのが恥ずかしく、彼女はなかなか手を出せなかった。
 しかしやがて覚悟を決めると、ルイズは思い切って彼の手を握った。
 すると彼はそのまま小さな体のルイズを腕に抱え、『フライ』でその小船から脱出した。

 お姫様抱っこ。物語の中のお姫様のような状況に、ルイズは思わず陶酔する。
 彼の体は大きく暖かく、今まで荒んでいた彼女の心を癒すかのような優しさがあった。

「ワルド様……」

 思わず名前で彼の名前を呼んでしまう。そんなルイズに子爵ワルドは、やっと名前を呼んでくれたね、と少し恥ずかしそうに笑ったのだった。

 ――そんな夢を見ていた矢先、本物が現れるとは文字通り夢にも思っていなかったのだ。
 まるで夢の延長。運命かと思うルイズだったが、現状を思い出して青ざめる。
 確かに目の前にはワルド、しかし自分を抱いている――正しくはもたれかかっている――のは使い魔の武だった。
 反射的に彼を振り落とす。そして、はしたないと思われていないか、何か勘違いされていないかと慌てて取り繕ったのだった。

 久々に見るワルドの顔つきはより精悍で、髭も相まってすっかり大人のものになっていた。昔の優しい目つきは隠れていたが、それに変わって勇ましさのような雰囲気が漂っている。
 いや、今は騎士隊の隊長だ、優しさは無駄でしかなかったのかもしれない。
 現に今、ルイズはワルドの手の中にあったが、昔の心地よさは感じられない。むしろ、先ほどまでの馬上、武に支えられていた時の方がずっと心地良かった。

「どうしたんだい、僕のルイズ」

 そんなルイズの不安げな態度を見た彼――今はすっかり大人になったワルドが、優しい声色で背後から語りかけた。

「い、いえ。グリフォンに乗るのは初めてで」
「緊張しているんだねルイズ。大丈夫、もうじきラ・ロシェールだ。そこで一度休もう」


 ルイズは生返事をしつつ、自らの考えを恥じた。
 まさか、昔のワルドのような暖かさを、武に感じていたなどとは。昔の話とは言え婚約者だった男の前で考えることではない。

「……ワルド様は……」
「うん?」

 つい口が胡乱に動く。ルイズは先程までの自分の考えを振り払うように、意思をもって言い直した。

「ワルド様は。今でも私を婚約者だと?」
「勿論さ。確かに事情で婚約は破棄されたが、僕の気持ちは君を一目見た時から変わっていない。あの時の話が時効になったというなら、僕は改めて君に求婚するまでさ」

 第三者でもうろたえそうな台詞を軽く言ってのけるワルド。
 しかし、そんなことを言われたルイズは頬を僅か赤くするのみ。
 こんな嬉しいことを言われてなんとも思えないなんて、心が鈍くなってしまったのかしら。
 そう思い、益々恐縮するルイズだった。
 

 





 夕方近く、三人は学院に戻った。
 結局一睡もできなかったプラチナとギーシュは頭をふらふらさせながら各々の自室へ戻り、着替えもせずに眠ってしまった。
 一方で行きも帰りも馬上で寝ていた才人だったが、彼もさすがに疲れの色があった。
 それでも約束通り今まで走っていた馬達を労っていると、二羽の鳥が飛んできた。日本でも良く見かける外見の鳩だった。

「変わりなし、か。建物に入ったままってことは、今日は休むのかな」

 ありがとな、という才人の声を合図に五羽は空へ帰っていく。

 ――――あの後、才人は森に寄った。
 そして、鳩の群れを見つけて、力を貸してくれと言った。
 それだけで、森の鳩の一群は一斉に彼の味方となってくれた。

 彼自身、そこまでの力がルーンにあると思っていなかった。もともとの目的には数匹いればよかったのだ。それが、一声で五十羽ほど。彼のみならず他の二人もその威力に圧倒されていた。
 彼の目的は、監視。移動力と知性を兼ね備える鳥が適任だった。
 虫なども移動力に長けるが、知性がまるでないために単純な命令しか受け付けない。しかし鳥程度の動物ならば、使い魔程ではないが、意思疎通や簡単な伝達くらいはできるのだ。

 鳩はルイズ達に動きがあった場合、あるいは二時間毎に二羽を連絡に飛ばしてくる。もしルイズ達を襲う何かがあれば、その障害を排除するようにも言いつけてあった。
 
 ワルドが気に喰わなかったから送りつけただけだったが、この一連の流れを見て安堵のため息をついたプラチナを見て、才人は久々に充足感を得たのだった。




「気が利くのうサイト君。君が同伴してくれて助かったわい」
「あ、ありがとうございます」

 報告を受けたオールド・オスマンはパイプをくゆらせながら才人の報告を聞いた。
 貯めていた書類を捌き切った時だった。そんな折に旅が順調、その上保険付きという話を聞けば、その彼の気分もうなぎ上りだ。
 そして、前までの不安が杞憂だったと考えを改める。
 ――今夜は良い夢が見れるのう。
 そう確信する老人だった。




「だ~! やっと着いた!」

 港町ラ・ロシェールの宿についた武は、そのまま近くのソファーに沈み込んだ。

「あっこら! アンタ泥だらけじゃない!」
「やべッ、ああすいません!」

 それをルイズと宿屋の主人に見咎められて、武は慌てて腰を上げた。

「ははは。すまない主人……勘弁してくれないだろうか」

 ワルドが何かを主人に渡す。主人は一瞬とぼけた顔をすると、ひきつった笑いを浮かべ、

「ああ、どうぞどうぞ! そちらの方もお疲れでしょう、手配が済むまでそちらのソファーで、汚れを気にせずごゆっくりお休みください!」

 と大声で言った。そしてすぐさま、急いでカウンターの奥へ消えていく。
 それを見た武は、改めてソファーへ座りなおした。

「……悪いなワルドさん。それにしてもチップか、そういうところにも文化の違いがあるんだな」
「なんだい? 平民でもチップくらい知っているだろう」
「いや、チップは知ってるんですけど……そもそもオレ、そういう文化と違う国の人間だし」
「ほう。使い魔君はどこに住んでたのかな?」
「だから使い魔って呼ぶの止めてくださいよ、武でいいですから。オレは日本って国に住んでたんですけど。あっ、ええと、ロバなんとかってトコの更に向こうの国なんですけどね」
東の世界(ロバ・アル・カリイエ)の更に東だと!? そんな場所があるとは……」

 武の言葉に驚愕するワルド。彼はしばらく驚きの表情を見せていたが、やがていつも通りの柔和な表情に戻って武の傍に座った。

「それで、どういった国なんだい? そのニホンというところは」

 武は、BETAのいる世界ではない、平和な世界の日本を思い出しながら口を開く。

「そうですね、まず……」





   *****

 ルイズの使い魔――シロガネタケルの話を聞き、俺は驚きを隠すのに精一杯だった。
 ここの街が中世に思えるくらいの文明、いや、あちらの呼び方をすればカガク、が発達していると、開口一番、そう言った。

「ああすいません、他意は無いんです。こっちにもこっちだからこその文化があるって理解してますけど、基準が全然違いまして」

 血気ありそうな若造の言葉だ、誇張は大いにあるだろう……そう思っていた俺の内心を裏切るように、彼はその文明の一端を説明していく。
 雲より高く、鳥より速く飛ぶ鉄の船、ヒコウキがある。同じく、鉄でできた動く箱、クルマがある。ほぼ全ての家にジャグチというものが存在し、それをひねるだけで水が出てくる。電気で――説明を聞いても理屈が分からなかったが――さまざまな動きをする日用品がある。
 戦争などももはや、人間同士が剣を交わすなどはなく、銃が主流となっているようだ。あの隙だらけの欠陥品でどう戦えというのだろうか? そう尋ねると、彼曰く、彼らが使う銃の中には、一分間で百を超える弾を発射するものもあるとのこと。どのような魔法だ。
 俺が軍人故、戦争の話に興味があると思われたのだろう、彼は更に続けた。
 彼の世界では、銃はカキ、大きくヘイキというものに分類される。そして、そのヘイキには更に強力なものがあるらしい。
 ロケットランチャー。ロケットと呼ばれる、銃弾のように飛んでいく爆弾を発射する機構。
 セントウキ。銃やロケットランチャーを携えて飛ぶヒコウキの一種。
 センシャ。自在に動く砲台を持ち、馬のような速度で戦場を走り回るクルマの一種。その装甲は非常に堅牢で、少なくとも剣ではまったく太刀打ちできないらしい。
 爆弾にもカガクの力が影響し、もはや俺達が使う火薬……火の秘薬から作るそれは弱すぎたり健康に悪かったりという理由で使われていないらしい。その力も種類もさまざまで、最大のものでは、水の素の一種を使った爆弾……ここまで来ると意味すら分からないが、それ一つだけで『地図でしか大きさ知らないけど、アルビオン大陸なら消せるかもしれない』威力らしい。

 そこまで来て、俺は医療の方に話を向けることにした。いや、単に彼の話に圧倒されていて他の質問ができなかっただけなのだが、これだけは聞かねばならなかった。
 人を生き返らせるのは可能か。
 それを聞いた彼は苦笑した。さすがに人を生き返らせることはできないらしい。それでもかなり発達していて、こちらの世界では不治の病と呼ばれる大半が治せるのでは、と言った。
 彼はキンという小さなものが病気を引き起こしたりすると言っていたが、何だろうか。精霊に近い存在だろうか? 彼の説明ではどうも要領を得ない。

「一番違うのは、オレ達の所では魔法が無かったってことですね」

 そして、最後のその一言に、今度こそ俺は絶句してしまった。
 魔法が無いだと? そうすれば貴族はどうなる。いや、それ以前に生活はどうなる。魔法のない生活など想像できぬ。平民すら魔法の恩恵を受けているというのに。それともカガクという力で代用しているのか。

「そうですね……だからこそ科学が発達したのかもしれません。ちなみにオレの国じゃ、貴族ってのは無かったんですよ。言ってしまえば全員平民」

 馬鹿な。それでは国を指導する者がいないではないか。平民は力ある者、貴族によって導かれねばならない。平民の台頭を許しているゲルマニアとて、その主幹は貴族だ。
 平民のみの国はそのあり方の時点で破綻している。仲良しこよしで政治ができるものか。

「そのような形で国というものは成立するものなのかね」
「っていうか、民主主義っていう名前のシステムですね。そこそこ安定していると思いますよ。ああ、一応天皇って呼ばれてる王様はいました。実際の政治に口を出す身分ではなかったけど……」

 頭痛がした。これが我々の求めていた聖地の一端というなら、考え直すに値する。
 聖地とは我々の約束の地ではなく、何か恐ろしい魔境なのではないか。

「ルイズ。先程の彼の話は本当なのかい?」
「ええ、多分……プラチナの使い魔のサイトも同じ国の出身らしく、同じような事を言っていました」

 救いを求める形で今まで黙っていたルイズに尋ねてみたが、彼女もそのように言ってのけた。
 というより、もう一人いたあの黒髪の少年も使い魔だったのか。隠れて見ていた品評会ではいなかったようだが、どうしたのか。
 ……人間が使い魔か……そちらの方も確認すれば良かったか。虚無の使い魔ではないと思うが……さすがにそんな安いものではないだろう。

「お客様、お待たせしました。お部屋のご用意ができましたので案内いたします」

 そこへ、従業員の女がやってきた。
 タケルはこれで話を止めるつもりらしい。ひとつ背伸びしてその女の後をついていく。

「……ワルド様?」

 それを眺めていたら、ルイズが怪訝な表情でこちらを見ていた。

「なに、彼の話を思い返していただけだよ。ところでルイズ、そんなかしこまらなくていいんだよ。そうされると、僕と君との間に壁があるように感じてしまうじゃあないか」






「なあルイズ。オレ一人で部屋を占領してもいいのか?」
「仕方ないでしょ。まさかアンタを外に放置するわけにもいかないし……ワルドが……」

 どうも、彼はこの部屋にいるのが気に食わないらしい。貴族も満足するような部屋の何が不満なのか。それなら黙って納屋で馬と仲良くなればいいのだ。

「いや、金がもったいないだろ。オレ床でいいから、部屋一つにしないか?」
「悪いがタケル君。僕はルイズと二人きりでいたいんだよ」

 言って、思わせぶりな視線をルイズに送ってみる。とたん、ルイズは顔を赤く染める。
 思った以上に子供の面影を残したままだが、いや、だからこそ愛らしく見えた。
 それにしても、本当に美しく育った。まあ、彼女の母も姉二人も美しかったから裏切ることは無いと思っていたが。
 ――任務、いや俺を取り巻く運命がなければ、この子に本気で接することができただろうことが悔やまれる……

「あ、ああ、なるほど、そういえば婚約者だったっけ?」
「ち、違うわよ! それは昔の話で、それはもう無くなって……」
「ルイズ、グリフォンの上でも言ったように、僕は今でも君を愛しているんだ。あの時の約束は、今も僕の心に息づいている……僕の可愛いルイズは、僕のことが嫌いになってしまったのかい?」
「そ、そんなこと! でも、私はまだそんなことを考えたこともないから」
「昔にも同じ台詞を聞いたね。でも、君ももう十七、そろそろ考えてもいい頃じゃないかな」
「ワルド様……」
「ほら、様、は余計だよルイズ」

 多少性急だが、ルイズはそれでも可愛らしい反応を見せてくれる。これは頑張ればうまく物にできそうだ。

「ルイズ、話してみるとワルドさん、けっこう気さくでいい人じゃないか。歳の差があるのは大変だけど、大丈夫だって」

 ……待ちたまえ、君は僕を何歳だと思っているのかな。

「え? え、ええと……三十五とか……」
「二十六だよ」

 とたん、タケルは目にも見えない速度で足を畳み両膝を地に付け、両手を揃え深々と礼をした。どうやら謝っているらしい。
 それにしても、三十五か……痛烈だなこれは。

「……すいません。十年くらいなら、すぐに気にならなくなりますよね!」
「ところで使い魔君。明日でいいから一つ手合わせ願えないだろうか?」
「ワルド!?」
「ふへ? それって……決闘ってことですか?」
「決闘ではないが、そのつもりで構わない。君の実力を見たくてね」

 彼の実力は見てみる必要がある。
 使い魔の品評会ではこっそり見ていたが、彼の剣の腕は相当なものがある。さすがガンダールヴというところだが、果たして実戦ではどれだけの力があるかは分からない。
 捨てるにしても引き入れるにしても、その実力は知っておかねばならないのだ。

「……ああ、分かりました。でもオレ、木刀持って来てないんですが」
「君の背中にある剣で構わないさ」

「真剣? 危なくないですか?」
「気にしなくていいよ。当たらなければいいだけだからね」

 そう言って口元を歪める――挑発したが、彼はそれには反応せず、躊躇したままだった。
 ふむ、思ったより冷静か?

「……君は伝説のガンダールヴらしいね。僕はその伝説に挑んでみいんだよ」
「ワルド、一体いつそれを?」
「ルイズ、悪いね。実は使い魔の品評会にこっそり見に行っていたんだ。あの時の彼の身のこなしは驚いたものだが、姫殿下の話で納得がいったよ。そして、君が伝説の虚無だなんてね」

 ……恐らくは、あのフーケを捕まえた時にも働いたはずだ。そうでなければ、あの巨大なゴーレムが負けるとは考えづらい。

「職業病だと笑ってくれても構わないさ。どうだね、どうしても気が引けるというならば、木刀を用意するが」
「あ~……いや、そこまでしなくてもいいですよ。そもそも一太刀すら当てられないかもしれませんし」

 観念したように、タケルは肩をすくめた。

「それに、実力を見たかったのはオレもです」
「ほう、この僕を試したいと。光栄だね」
「ええ。それに、この世界――いえ、この地方の軍人がどれほど強いかってのに興味がありまして。もし戦いに巻き込まれたときの参考にるかな、と」
「大丈夫さ。僕がいる限り、ルイズは守りきってみせる。もちろん、君もだ」
「うわ、頼もしいですね……! それじゃあ、オレ疲れちまったんで先に休ませてもらいます。腰とかマジヤバいんで……」

 タケルは子供みたいに笑うと、宛がわれた部屋に入っていった。
 それにしても不思議な男だ。あれだけの力がありながら、誇る気を見せない。

「……止めたほうがいいわワルド。こんな時に決闘だなんて、もし怪我なんかしたら大変じゃない」
「ルイズ。大丈夫、ちゃんと手加減はするさ。君の大切な使い魔には怪我なんかさせないよ」
「違うわ」

 ルイズは大きく頭を振る。その豊かな桃色の髪が夕陽を浴びて輝いた。
 そして、俺を見上げる。そこには、不安に揺れる瞳があった。

「……ワルド、貴方の怪我を心配しているのよ?」

 ――――俺はこの台詞を、ルイズが俺を大切に思った故に出たものだと勘違いした。
 その本当の意味を、俺は身をもって知ることとなる。












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あとがき

 せっかくだから俺は元旦に(略)

 ちょっと調べ物が多い回になった気がします。学院と港町の間って、ずいぶんあるようですねー(雑煮を食べながら)。
 そして久々に一人称。これから先も一人称を多用させていただきます。
 三人称による心情の描写方法がまだ良く分かっていません。くやしいのう!

 去年末からちくちく作っていた書き溜めがこれでさっぱり消えました。この三が日にもう一回更新したいですが、難しいですね……

 
:メモ:
 鳩(伝書鳩)→約60~200km/h。馬→約40~90km/h、休み時間や荷物の重さなどによる速度低下を考え平均20km/h程度と仮定  グリフォン→30km/h内外(プテラノドンの巡航速度を参考、仮定)長時間の飛行ができないという噂をどこか(他の方のSS?)で聞いたので、速度はむらがありそう
 学院とラ・ロシェール間は馬で半日近く(初夏頃の霧が出るような朝から夕方まで、十時間ほど?)かかる。馬の速度から約200kmの道のりと算出。これは北海道やベルギー(ハルケギニアでトリステインに相当?)を横断できるほどの長距離。
 鳩はこの距離を一時間から三時間で、馬は二時間(荷物なしの全速力)から十時間で、グリフォンは平均七時間ほどで攻略できるとする。



[9779] 27
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/01/11 13:47
27

   *****

 オレはルイズの部屋のものに負けないようなフカフカのベッドに横になりながら、戻るべき世界のことを考えていた。
 平和なあの世界じゃない。BETAが蔓延るあの世界だ。

 この世界に来て既に一ヶ月近くが経過している。前のループでは訓練兵を卒業した頃だろうか。
 そして、プラチナやオスマン学長が言うには、オレはあと一ヵ月後の日食の時に帰れる可能性があるらしい。

 ……つまり、この世界に来てから数えて二ヶ月後。十月二十二日にここへ来て、その二ヵ月後。
 オルタネイティヴ4は絶望的だ。あの世界に戻ったオレは恐らく、オルタネイティヴ5によるG弾使用を阻止しつつ、残された人類を守るための戦いをすることになると思う。
 この二ヶ月、この世界のゆったりとした雰囲気につい呑まれてしまったが――

「歯がゆい、な」

 この一ヶ月、そして更に一ヶ月、あの世界のために何もしてやれないことが悔やまれる。
 だが、この世界に来てしまったことに憤りはあまり感じない。
 それは思ったよりこの世界が居心地良かったからか?
 それとも諦めてしまったからか?
 ……違う。
 そもそも、ループについてオレがよく分かっていないからだ。

 夕呼先生ですら完全には解明できていないオレのループの原因。
 あの人は、純夏の願いが叶うことができた時にループが解消されると言った。純夏の力が何らかの原因でオレをあの世界に引き寄せたのだと。
 ……ちゃんとアイツの願いを叶えられたかと言えば、分からない。
 もしかしたら、人間の体じゃなくなったことをまだ悔やんでいたのかもしれないし、あの戦いで死ぬのを悔やんだのかもしれない。
 真相は分からない。だが、唯一つ言えることは、前と同じ方法じゃオレのループは解消できないということだ。

 先生の話を信じるならば、オレはアイツをもっと幸せにしてやる必要があった。
 ――もしアイツがオレとずっといたいというならば、オレはあの世界で骨を埋めよう。
 でも、本当にループの原因がそれなのか? という疑念がオレの頭の中にこびりついて離れない。
 もしかしたら、オレの知らないループを体験したいつかのオレが、オレに何かを教えようとしているように。

 ……だが、確か前のループの前に先生は言っていたはずだ。
 ループを繰り返せばの因果は固着され、いずれ、どのように変えようとしてもできなくなると。
 けど、実際はどうだろう。今までこんなことはなかった。ループは繰り返しているし、結局オレも同じ事を繰り返すかもしれない。だが、それこそ『何が起こるか分からない』んじゃないか?

 そういえば……この体は前のループ以上に鍛え上げられている。
 外見は前と別段変わっていないが、何と言うか、質が別物だ。
 一体オレは何回、繰り返しているんだろう。

 ……話が逸れた。
 とにかく、今のオレにできることは無い。せいぜい、ルイズのお守りをするくらいだ。
 これでループの明確な理由があったら、もっとストレスを貯めていたんだろうか? それは不幸中の幸いって言うべきか?

「――……ぅがァァァァ~~~ッ!!」

 って、現状考えてたらイライラしてきたッ!
 あの世界に飛んだ時点でそうだけど、何でオレはこんな目にばっかあうんだよ!
 先生はオレのことを恋愛原子核とかフザケた事言ってたけど――そりゃ違うねと断言するぜ! もっと恐ろしい何かだッ!
 考えてみれば、オレの周りにゃいつもトラブルが絶えねえ。この世界に来てまだ一ヶ月だってのに、『虚無』の魔法使いの使い魔になったり大盗賊を追いかけたり、挙句の果てには国の未来を左右する任務を請け負ったりッ! これはあれだ、恋愛じゃなくてトラブル原子核だなッ!? 元の世界に戻ったらそこんトコ修正してもらうぜッ!
 って待てよ! 本当にトラブル原子核だっつーんならこの先戦争に巻き込まれるんじゃねーか!? っていうか巻き込まれる様が容易に想像できるってのはどういう了見だッ! もしかしたらオレ、この世界でも何回もループしてんのか?
 ア~オ! ガッデムッ! 人同士で戦争なんて勘弁だッ! クソッ! こうなったら何が何でも運命に抗ってやるッ! 腰抜けとか言われようと絶対に巻き込まれてやるもんか! その勢いであの世界の人類の滅びもスカッと回避してみせるぜッ!

 そのためにオレは寝る。そうとも、未来のためにオレは寝るッ!
 ……不貞寝なんかじゃないんだからなッ!!





 ――――気づいたときには、見慣れないコクピットの中にいた。
 瞬時に理解する。これは夢だと。記憶のフラッシュバックにしてはあまりに現実味がない。誰かがオレに物語り、その光景を頭の中でイメージしているような感じだ。
 でも、どうしてこんな夢を見るのか分からない。
 この世界に来てから時々見るようになった、この手の夢。そのいずれも、オレには身に覚えが無いものばかりだ。
 もしかしたら、オレが単に“忘れてしまっている”だけかもしれないが……

 操縦桿にあたる場所には半円形の水晶のようなものがあり、オレはそれに触れている。
 眼前には、数多くの、やはり見慣れない戦術機。装甲を重視しているのか、古い型の戦術機を髣髴とさせるようなシルエット。それが、まるでBETAの群れのように固まっている。
 肩には星条旗のマーク。あれは米軍か? どう考えてもこっちに敵対している様子だ。

 夢の中のオレが乗る戦術機が、動く。
 敵の管制ユニットと跳躍ユニット以外が次々と撃ち抜かれていく。こちらも反撃されるが、その嵐のような弾丸は不思議なことに全くこっちには届かない……いや、バリアなのか? 跳ね返った弾が地面に当たり、雹のような騒音を出す。
 それに怯んだ敵が慌てて背中を向ける。担架システムの武器はどれも空へ向いたまま……迂闊すぎる。それを見たオレは長刀を構えて飛び込み、そいつに対して間髪いれず真横に斬り付けた。
 肩を横一文字に裂かれて機能を失う戦術機。それに、弾丸が殺到する。こっちが撃ったものじゃない、オレを狙った弾が逸れてしまっているんだ。
 それはさっき倒した戦術機の跳躍ユニットに直撃したのか大爆発を引き起こす。
 それに巻き込まれた至近の戦術機が数体誘爆。こちらは謎のバリアでやはり無傷。いや、さすがに少し通っているのか、対レーザー蒸散塗膜に影響しているという警告が出ている。

 異常すぎる。
 戦術機の性能云々以前の問題だ。
 どうしてオレは、一人で沢山の戦術機……人間と戦ってるんだ? 本当の敵(BETA)はどうしたんだ?

 気づけば、軍勢は撤退していた。
 歯が食いしばられている。今回の戦いで犠牲になった人を悔やんでいるんだろう。
 しかし、それでいて表情が動いている様子はないし、涙だって出ていない。
 そして、本当はオレじゃないからか、オレも全く気持ちが動かない。
 こいつは耐えているのか、それとも、その機能を無くしてしまったのか……
 毎度のことだが、分からないことずくめだった。






 霧が晴れた頃、オレとワルドは路地裏っぽい開けた場所で試合することになった。
 どこもかしこもレンガ造り。壁の方には樽とかが置いてある。RPGゲームなら薬草とか入ってそうだ。
 ワルドは懐から円柱状の長い棒を、小剣のように構える。どうやら突き主体の攻撃を得意とするようだ。
 そして、あれは杖でもあるんだろうか。他に杖らしいものは見えない。基本的にメイジは杖がないと魔法を使えないようだからな……あの武器の変化には注意する必要がある。

 っていうか、オレはもうワルドと手合わせする意味があんまないんだが。メイジの軍人の実力とか関係なしに、オレはもう戦いを見たら一目散に逃げる気マンマンだ。
 ……仕方ねえか、今更『やっぱナシ』とか後味も悪いしな。

 とにかく、デルフリンガーを構え、気を引き締める。
 呼応するように手袋の下のルーンが、ほんのりと熱を帯びた。そして、心なしか体が軽くなったような感じになる。
 ルーンの力に頼るのはちょっと癪だが、ワルドがそれを望むなら構わない。それに、下手すれば速攻でやられる恐れもあるから保険という意味でも頼ったほうがいい。

「相棒、俺は何も言わねえぜ」
「ああ」
「ほう、その剣は喋るのかね」

 ワルドの問いかけに、デルフとオレはだんまりを決め込んだ。

「……無駄話はおしまいということかな。では、始めるとしよう」

 ワルドの眼光が鋭くなる。
 オレは距離を保ったまま、牽制の意味も含め、半歩横にずれる。
 聞いた話ではワルドは風魔法の使い手。風の魔法はいずれも扱いやすいものが揃っているが、低レベルのものは殺傷力に欠けるらしい。
 まさかいきなり殺す気で放ってくることはないと思うが――――

 なんて考えていると、ワルドがかなりの勢いで突っ込んできた。
 それをオレはやはり体をずらして対処する。突きが主体ならば横にずれたり軽くいなしたりするだけで回避できるが、問題はモーションの短さ。手数が負けるのは仕方無いことだが、それで翻弄されるのはまずい。落ち着いて構えないと。
 ……素早いが、単純な手ばかりだから十分に対処できる。冥夜、彩峰達――元の世界の仲間の方がずっと手ごわいくらいだ。
 隙を突いてオレはデルフを振り上げる。丁度杖の溝に嵌ったために杖を取られかけ、大きく姿勢を崩すワルド。
 間髪いれずに横から体当たり。崩された姿勢を後押しされた形になったワルドは、倒れる寸前に大きく身をよじって対処。その隙にオレは移動する。
 
 片膝をついて何かをつぶやきながらさっきまでオレがいた地点を見返すワルドだったが、その時既にオレは奴の背後にいた。
 そのまま、デルフをワルドの首元に置いた。

「……まさか、こうも簡単にやられるとは」
「杖がうまく弾けたのが勝因だな。まあ、そっちが油断してたってこともあるか」

 魔法を使う前に決めてしまった。白兵戦と魔法をどう絡めていくかも見たかったのに、勢いに任せちまったのが悪かった。

「もう一戦やろうぜ?」
「……そうだな。ルイズのいる手前、ここで下がっては沽券に関わる」

 言って、ゆらりと身を起こすワルド。今までに無い凄みを感じた。
 オレも、その気迫に負けないように腰を深く構えた。





 先程より強い踏み込み。鋭い刺突。
 合わせて口元が僅かに震える。聞き取れないが詠唱だろう。

 突然、杖の先に風が生まれる。とっさに横へ素早く飛ぶ。
 飛んだ先は壁。それを蹴り、デルフを前に出しながらワルドへ突っ込む。
 迎撃は不可能と見たワルドは大きく後退、再度魔法を唱え始める。

「エア・ハンマー」

 着地直後、空気の歪みが塊となって襲ってくる。オレはそれを上段から切り裂く。
 左右を風に圧迫されたオレを見たワルドは、再度突きを開始する。まさかこちらが切ると見込んで撃ってきたのか?
 前後にしか動けないから、オレはすぐに壁へ押し込まれる。
 もはや上しか逃げ道は無い。そこで――――

「取ったッ!」

 いっそ、片手で杖を掴んでしまう。真剣でないのが仇になったな!
 だがワルドはそれに獰猛な笑みで返し、呪文を唱え始める。

 ヤバい予感を感じて、オレは慌てて手を離した。
 一瞬後、杖の周囲が白く光る。『ブレイド』か、『エア・ニードル』か……思った以上に本気だな。

 だが。
 これを使うということは、これ以上ワルドに白兵戦の余力はないのか?
 ……回避を邪魔してた左右の圧迫――空気の壁が消えた。二つ同時に魔法は使えないようだ。

 杖を剣にする魔法が完成した直後、すぐに突いてくる。オレはそれを剣の峰で力強く弾くと、右に逃げる。
 今まではワルドに攻めさせていた。今度はオレの番だ。

 思い切って袈裟に振り下ろす。ワルドは左手の杖を縦にし止めようとするが、それはオレの太刀筋を軽く変える程度、杖は小気味良い音を立てて大きく弾かれた。
 その拍子に、魔法の剣の先端がワルドの服を一部破いた。触れただけでこの威力だなんて、マジで危ねえ魔法だな。

 それを見たワルドは苦い顔をする。だが、オレは手を止めない。
 手首を返して左下からもう一撃。今度はブレイドを止め、両手で杖を構えてガード。だが、抑え切れなかったらしく、大きく上半身を後ろによろめかせる。

「もう一撃ッ!」

 上に飛んだデルフを右に構えなおし、更に深く踏み込む。その勢いのままワルドの背中を襲う位置のスイングをお見舞いするが――――
 ワルドは対応することができなかった。
 オレがとっさにデルフをひっくり返して止めるのと、倒れかけたワルドの首が峰に直撃するのは同時だった。





   *****

 ガンダールヴとは言え、魔法騎士隊の隊長を実力で手に入れたこの俺ならば渡り合えると自負していた。
 だが、結果はごらんの通りだ。無様に背中を地に着け、ぼんやりと空を眺めることとなった。

 奴は値踏みする視線をこちらに向けていた。
 ならばと自慢の杖捌きを披露したのだが、彼は顔色一つ変えず最低限の動きで回避せしめた。
 その様子に焦った俺は、つい強く踏み込み過ぎた。それを見計らってか、奴は急に攻めに転じ、見事に杖を弾いたのだった。
 そして体制を崩す。更に体当たりをかけられ、倒れそうになる。追撃を恐れた俺はたたらを踏みながらも急ぎ魔法を唱え、迎撃すべく前を見据えた。
 だが、奴は既に俺の死角へ回り込み、首筋に刃を当てていたのだ。

「もう一戦やろうぜ?」

 そして奴は言う。瞳に値踏みするようなものを残したまま。
 もはや礼儀すらなく――明らかに挑発されている。
 これ以上この男に、ルイズの前でいいようにされる訳にはいかなかった。

 手数はこちらが上、主導権は取りやすい。攻撃と魔法で追い詰める戦法を取った。
 順調に奴の出鼻をくじきつつ、魔法を唱える。
 しかし、魔法の発生前に悟られていたか、間断なく対処される――だが、魔法が無い国から来たとだけあって、認識が甘い。奴は空気の壁に左右を挟まれる。元々そのように調節したものだ、これでしばらくは奴の回避力を阻害できる。
 ここぞとばかりに突き込むと、すぐに壁。左右に逃げることもできない奴に、俺はトドメのつもりで突いた。
 だが、その会心であるはずの一撃を奴は片手で掴んで受け止めていた。
 それは、俺の攻撃が完全に見切られているということ。
 ――この時点で、勝敗は決していたのだろう。だが、その時の俺は奴に勝つことのみ考えていたため、それを認められなかった。
 俺はとっさに『エア・ニードル』を唱えたが、それすらもかわされ、魔法の妨害が無いことを知られて壁から逃げられる。
 直後、目にも留まらぬ斬撃。反応こそできたが、重いはずの金属性の杖が枯れ枝のように飛ぶ。あまりの勢いに、それを持っている左腕が刺すような痛みを訴える。
 追って、先程通った道を帰るかのような切り上げが息つく間もなくやってくる。『エア・ニードル』を解除しつつ両手持ちでそれを止める。
 だが、それは判断ミスだった。あまりの剣圧に体が浮き、上半身が大きく傾ぐ。腕や肩が悲鳴を上げ、『硬化』がかかっているはずの杖が大きく撓む――――何たる力か!
 あまりの力に視界すらぶれる。手などはもはや俺の命令を受け付けない。
 その大きな隙を見逃す奴ではない。俺はなすすべも無く、更に返す刃に甘んじたのだった。





「お、おい……大丈夫か?」

 答えられない。打った首や、無理をした体の痛みによるものではない。本気を出して尚、こうもあっさりと負けたことがまだ信じられないのだ。
 恐らく、タケルは全力を出していないのだろう。息一つ乱れていない。
 これほどの使い手だったとは。少なくともトリステインで彼に勝てる者はいないだろう。
 あの剣の冴えと威力。最後など、まるで竜巻に揉まれた気分だった……騎士団最強の風の使い手である『閃光』がそよ風のようだ。これが伝説の力だというのか。
 私はため息で答えることにした。
 駄目だ、彼には何年経っても勝てないだろう。彼の底なしの強さに立ち向かえる自分のイメージすら浮かばないのだ。

 もう一度ため息をつく。
 雲ひとつ無く遠い青空を、鳥の群れが嘲笑するかのように旋回していた。





   *****


「ふう、終わりっと」

 洗濯物を終えた才人は、健やかな笑顔で、干された洗濯物の向こうにある空を見た。
 昨日に続き爽快な青空。暖かくもあり、水仕事が苦にならなかった。
 才人とプラチナは交互に洗濯物を洗っている。最初のうちはプラチナの下着などを洗うのにどぎまぎしたりと苦労していたが、ここ最近は慣れたもので、ずいぶんと手早く終えることができるようになっていた。
 そんな勤労の達成感に浸っている才人の元に、数匹の鳩がやってきた。
 夜中分貯めていた報告でも特に問題は無かった。そして、その後数回の報告にも異常はなし。鳥達に苦労かけているなと少し申し訳ない気持ちになりながら、それでもへらへらと鳥の報告を聞いたのだが――――




「プラッ! プラッ! プラァァァッ!!」

 才人は猛スピードで寮の階段を駆け上り、プラチナの部屋を蹴破った。

「何だッ!? どうした!」
「プララ! ラァァァァ!?」
「人の言葉使えッ!!」

 才人は回れ右、部屋を出た。
 夜中起きたプラチナは体を清めた後改めて寝た。すると起きたのは先程。そして今は着替えの真っ最中。才人の奇声が聞こえたのでとりあえず前を隠して対応したのだが、それでも彼には刺激が強すぎたようだった。
 ちなみに、先日から彼女は何も食べていない。食べる時にはそれなりにバランスを考えて摂る彼女だが、そういった不精もあり、一向に彼女の体は逞しくならず貧弱なままなのだ。

 とりあえず急ぎ服を着てから、プラチナは改めて扉を開いた。

「……ププップ、プラチナッ! 武がワルドさん殺しちまったァァァァ!!」
「――――へえ?」

 プラチナはその言葉をきちんと理解した。だが、あまりにあまりなその報告に、まともな対応ができない。
 感情が一週回って冷静になったのかと思いながらプラチナは先程着た上着を脱ぎ、機能的な黒い服へ変えた。
 そして、床に一括して置いてあった荷物を片手に持つと、

「ぅあんだとぉぉぉぉッッ!?」
「タイミングおかしくねぇ!?」

 ようやく感情が正常に働き始めたのか、プラチナは間抜けなタイミングで絶叫した。


 


 昨晩はよく眠れたというのに、オールド・オスマンはまるで徹夜明けのようにげっそりしていた。
 ガンダールヴが自国の勇士を殺害するなどとは夢にも思わなかった。実質ルイズだけを心配していただけあって、予想を四十五度ほどずらされた挙句に吹っ飛ばされたような感覚だった。

「……鳥の報告のために正確ではないと信じたいですが、とにかくワタシは港町へ向かいたいと思います」

 プラチナは緊張感に溢れた口調で老人に申し出た。

「うむ、こちらからも頼む。しかし、今から向かって間に合うかの? 馬でさえ半日はかかるが」
「大丈夫です、ワタシならすぐに着きます」

 その言葉に耳を疑う。虚無と自称していた――事実ヴィンダールを使い魔にしている以上嘘ではないだろうが、そのような移動魔法があるとは信じがたかった。

「……念のため、こちらからも数人援護を送ろうかと思うが、構わんかな」
「ええ。もしかしたら無駄足になるかもしれませんが、本当に人殺しがあったとすれば目立たずに行動するのはもう難しいでしょう。助かります」
「うむ……汚い大人の事情だが、ミス・ルイズ……ラ・ヴァリエール家の娘に何かあればこの学院の存続も危うい。よろしく頼む」

 是非も無く。そう言ってプラチナは学院長室の窓を開き、背を向けしゃがみこんだ。

「お前を背負って行く、しがみついてくれ」
「お、おう。飛んでくの?」
「ああ。高いところは大丈夫だよな?」
「ひ、人並みには」

 言いながら背中に圧し掛かる才人。
 だがプラチナは立ち上がれない。見かねたオールド・オスマンが魔法で才人の体を軽く浮かせた。才人はそれに慌てながらも、しっかりとプラチナの背にしがみついた。

「……面目ありません。では、行ってきます」

 苦笑しながら彼女は『フライ』で才人ごと浮かび、窓へと飛び出した。





「なあ、こんな速度じゃ全然じゃないか?」

 ワープか何かを使うと思っていた才人だったが、『フライ』でゆらゆらと飛ぶだけだったため、思わず疑問が口をつく。

「ちょっと待ってくれ……耳元で喋られると気になる」

 不機嫌そうに答え、プラチナは何かを呟く。
 彼女は詠唱を必要としなかったんじゃないか、と思ったが、それでも唱えるということは大技なのかと思い直す。

「……『エア・フィールド』ッ!」

 詠唱が終了したとたんに『フライ』が切れて自由落下を開始する。
 才人が抗議交じりの悲鳴を上げかける直前、二人の周りに丸く光る厚い膜が出現、落下も止まる。
 そして、滑らかに前へ加速する。
 その加速は天井知らずのようで、風景が見る見るうちに変わっていく。地面も次第に遠ざかっていく。速度に合わせて、周囲の膜も次第に円錐に鋭く変形していった。
 やがて、一際けたたましい風の音と共に後方に雲のようなものが発生。音速の壁だ。
 それも少しの間。いつしか、耳を引き裂かん程だった風の音すらも穏やかになっていた。
 だが眼下の目まぐるしい風景は、才人未体験の壮絶な速度であることををこれでもかと伝えていた。

 プラチナが才人に横顔を見せる。心なしか疲れているようだった。

「……で、何だ?」
「……いや、何でもないッス、はい」
「そっか。あと十分足らずで着く。減速の時に揺れるかもしれないから気をつけてくれ」

 プラチナは改めて前を向き、鋭く尖った膜の先端を見据え続けた。

 高いのはともかく速すぎてちびりそう――とは今の状況ではとても言えない才人だった。




   *****

 呆けたまま空を眺めていると、ルイズが何かを俺に振りかけた。
 気付けの水にしては少量過ぎると思っていたが、どうやら水の秘薬だったらしい。彼女の思いやりが俺のくたびれた体を癒して行くのが分かる。

「……大丈夫? ワルド」

 俺はそれに、立ち上がって答えた。見ればタケルは右頬を痛烈に腫らせていた。小さな拳の跡ということはルイズの仕業だろう。

「心配かけたね……いや、あまりにもあっさりとやられてしまったものだから呆けてしまっていたよ。秘薬のお礼はいつか」
「だから言ったろ、そんな強く当たってないって。でも、すいませんワルドさん。熱くなりすぎました」
「なに、むしろ嬉しいよ。僕以上の強さを持つ者は久しく見なかったから、嬉しいものさ」
「ははッ、照れますね~」

 本気で照れているようで、頭を掻くタケル。どうやら彼は元の世界でも相当の戦士だったらしい。ルイズと結婚、いや、彼女を仲間にできれば彼も付いてきてくれるだろうか。お人よしのようだし、その可能性は十分にあるな。
 だが、今回の件で、ルイズへの印象はかなり落ち込んだはずだ。これはいよいよ手段を選べなくなってきた。

「っていうかオレの方がダメージでけえじゃねえか。なあルイズ、秘薬使っていいか?」
「駄目よ。これから先何があるか分からないんだから節約しないと」
「きっつ……まあ、今日一日は待機なんですよねワルドさん」
「うむ。それまで船は押しても動かん。戦前ならばもっと早く発てたとは思うが……このご時勢だ、危険を避けるため便も少ないのだな」
「んじゃ、それまで全力で頬を冷やしながら待ちますか」




 俺は宿のソファーに座りながら、彼の動きを思い返していた。
 あのような大振りの武器が相手ならば、手数で圧倒しきれると思い込んでいた。実際、同じような技量の使い手同士なら、鍔迫り合いなどしなければこちらの方が有利なはずだ。だが、いくら打ち込んでも流れがこちらに向かなかったということは、技量の時点で彼が上回っていたということ。
 状況が状況ならば、指導を願っていたところだ。だが、今はその時ではない。
 ……更に万一のことを考え、彼を殺せる方法を模索していかなければ……毒殺が適当か。ガンダールヴとて、人間だろう。
 もちろん、あれほどの力を持った男を殺すのは惜しい、いや惜しすぎるが、それでも、想定できる状況に対して様々な策を立てられるのが優れた軍人だ。

 ルイズは俺の力でも組み伏せられるはず。彼女は自分が虚無だと知っているようだが、その魔法までは知らないようだ。今の彼女は簡単なコモン・マジックや多少の属性魔法が僅かに使える……虚無の担い手は属性魔法を使えないと聞いていたが、これは一体どういうことだろうか。努力家らしい彼女がたどり着いた境地なのかもしれん。いずれにせよガンダールヴを召喚した以上、虚無であることは確実だ。
 とにかく、いくら始祖の力を秘めているとはいえ、今の彼女は魔法もどきが使えるだけの小娘に過ぎん。

 ――明日の出発前、念を入れて盗賊あたりと偏在をこの宿へ襲撃させる。そしてタケルを囮にしてアルビオンへ。
 奴は恐らく生き延びるだろうが、こうすればかなりの間俺とルイズは二人きりになれる。ルイズを手篭めにする手段が格段に増える。
 ルイズ単体に対しての手段も既に多く用意してある。一度ルイズを引き入れてしまえばこちらのものだ、ルイズの使い魔であるタケルは彼女の言うこと、ひいては我々レコン・キスタに従うだろう。

「少し散歩してくるよ」
「ああ……でもそのカッコ、目立ちませんか? せめてマントを脱いだ方が」
「これは貴族のたしなみだからね、外すわけにはいかないよ」

 向かいのソファーで溶けていたタケルの言葉をあしらって、俺は宿を出た。
 そして振り返る。岩盤を掘って作られた貴族向けの宿。その屋根の上には、何故か多くの鳩が飛び交っていた。
 どうもこの宿は鳥臭くていかん。

「……この鳩共は、俺の苦悩の小指の先も覚えたことはないのだろうな」

 愚痴ってしまう。元々が困難な任務である上、平民に負けてしまった心労が思ったより大きい。
 ルイズ達に向けていた紳士の顔も保持するのが難しい程だ。
 せめての紛らわしに、鳥達を罵り溜飲を下げてみる。我ながら陰気なものだ。

 と、そのうちの一羽が一つ、こちらに向かっていた。
 ……よく見れば、黒い服を着た銀髪の人間だった。大荷物、いや違う、誰かを背負っているようだ。
 それは俺の上空を横切って百メルテ程向こうに着地、次いで少し間抜けな声。着地時、背中の誰かを支えきれずに倒れたようだ。
 まあ、俺には関係が無いことだ。とにかく、最初の予定通り人気の少ないところで偏在を使って――

「あ、あれ? あれってワルドさん? 生きてたのか? おーい、ワルドさーん!」

 踵を返しかけたあたりで背中から呼び止められた。
 見れば、青い服の平民が走ってやってきていた……何故、こんなところに?





   *****


 ワルドは苦笑していた。才人も苦笑していた。追いかけてきたプラチナは露骨に疲れた顔をしていた。

「どうしてここにいるのかね平民君。君達には帰るよう言いつけてあったはずだが」
「ええっと……その……なんつーか……プラチナよろしく」
「……次学期に必要な風石が足りないということで、その調達を学長から依頼されたのが一つです。アルビオンがあの調子なので早めに買っておいた方がいいと言われ、休止の後、すぐにこちらへ戻ってきたのです」
「なるほど……君は疲れが抜けていないようだが、大丈夫かい?」

 ワルドは心配するような台詞を口にしたが、表情はそれに見合わず、どことなく怒っているようだった。

「お心遣い感謝いたします。珍しいマジックアイテムでここまでやってきたのですが、調節に苦労しまして」
「そういうものがあるとは。それはまだ残っているのかね」
「……いえ。先程で力を使い切りましたので廃棄しました」

 多少悪い顔色を引き締めて、プラチナはワルドの表情を伺った。
 特に怪我などはないようだったが、ひどく焦ってるようだった。

「何か……心配事でもおありでしょうか」
「どうしてそう思うんだい?」
「失礼、勘でございます。ところでワルド様、これから少しばかりよろしいでしょうか。今後のことにつきまして、お話があるのです」
「……それは学長からのものかね?」
「はい」

 ワルドはやれやれと笑って肩をすくめると、「こっちだ」と短く言って二人を宿の中へ誘導した。










----------
あとがき

 三日に更新の予定だったのに間に合わなかった。今後は二週間以上に一回の更新に戻ります。
 港町へ向かうための魔法は、七話あたりでも出たものです。硬い外殻、外の空気を圧縮して放出するための層、内膜の三層で構成された代物の中に浮かんで飛びます。断面は魔法瓶みたいな感じです。

 そういえば、マブラヴオルタネイティヴの設定資料集、噂を聞いています。中身がBETA級の凄まじい物量作戦らしいですね。圧倒されたい!



 プロットさん……今更だけど、どうしてプラチナ達を一度学院に帰したんだし……?



01/11 誤字修正



[9779] 28
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/01/18 23:25
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「なんでアンタ達がここにいるのよ」
「それは改めて説明する……どうした白銀、頬腫らせて」
「……見解の相違って奴だ」

 宿屋の玄関先にある食堂居間、そこにある円卓を五人は囲んだ。
 全員の顔を一度見回して、プラチナが口を開く。

「まず、ここに来た一つ目の理由は風石の運搬を業者に依頼するというものです。これについては先程ワルド様に伝えたように、今後アルビオンからの風石の輸入が滞る恐れがあったからです」
「何もプラチナに頼らなくてもよかったのに」
「……もう一つの理由ですが、実は貴方達には監視がついていました。学長の使い魔、モートソグニルです」

 ワルドは思わず息を詰めた。まるで気づかなかったからだ――正しくは、監視は鳥だったのだが。
 プラチナは彼が落ち着くのを見計らって、話を続ける。

「……ワルド様、白銀が貴方に泥をつけたと聞きましたが」
「あ、ああ。見られていたとは参ったね。少し手合わせをしていたのだよ。彼がどれだけ頼れるのかということも知りたかったからね。しかし、完膚なきまでにやられてしまったよ」
「恥を確認した無礼をお許しください。それを学長は、貴方が死んでしまったと勘違いしてしまったのです」
「――つまり、僕の代わりにやってきたという訳か」
「ですがそれは杞憂だったようですね。無事でなによりです。それで、いかがするおつもりですか」
「いかが、とは、君達の今後についてだね? この通り、僕は問題ないよ。君達はもう一つの依頼をこなしたまえ」
「いえ。どのようにアルビオンへ行くおつもりかと」
「明日の定期便に乗るつもりだが……まさか」
「はい。お供致します」

 ワルドは呻き、今日は厄日かと頭の中で呟いた。

「待ちなさいよプラチナ。アンタ、少人数の方が良いって言ってたじゃない!」
「ああ。だが、多人数なら失敗するとも言っていない。というより、これはワタシの我侭だな。ワルド様――」
「何だね。僕もルイズと同じように、君達が付き合うことはないと思っているのだが」
「申し訳ありません。貴方ではどうしても不安なのです。信頼が置けません」
「なッ……!? ちょっとプラチナ! アンタでも今のは許せないわ! ワルドの何が不足なのよッ!?」

 ワルドはいきり立つルイズを手で止め、帽子を整えながらプラチナの出方を待った。

「理由は三つあります。まず一つ、手を抜いたとは言え白銀に不覚を取ったこと。二つ目、万が一ルイズに害があれば彼女を擁する学院がただではすまないこと。最後に。ワルド様、貴方は焦っていらっしゃるいらっしゃる。それでは足元も掬われましょう」
「……タケル君に負けたことは弁明のしようも無いが、ルイズは僕の運命の人。誰よりも大切にするつもりだ。それに、気持ちが急ぐのは仕方の無いことだろう? こうして待つことしかできないのだから」
「待つ他ない状況で焦っている場合、その不自然さを気取られる可能性があると考えませんでしたか? それに、いくら伝説の使い魔が同伴しているとは言えど、ルイズ単体に力が無い以上、いざという時にはどうしようもありません。実力主義のようにお見受けしますが、それにしては甘くはありませんか」
「さすがに見くびりすぎだよ。僕とガンダールヴが力を合わせれば、どのような敵にも打ち勝てる」
「それは、敵軍の只中にいてもですか? 二人ではどうしても穴ができると思います。せめて戦える者がもう一人でもいれば」
「……ああ、そうか! 君は知らないのだったね!」

 ワルドは挑発するようなプラチナの話を苛立たしげに聞いていたが、やがて話を切り上げるようにして立ち上がると、周囲に誰もいないことを確認した。そして、賭け事に勝った者のような顔でプラチナに顔を近づけた。

「誰にも言わないで欲しいが、彼女は伝説の虚無なのだよ。だから今まで魔法が使えなかった……彼女は誰よりも素晴らしい素質があるのだよ。始祖ブリミルは、自らの末裔である彼女の危機をお許しにはならないはずさ、この任務も、失敗するなどありえない!」
「――……ご無礼を」

 狂信的とも取れる熱い口調で言い切ると、ワルドは席へ戻った。
 その様子を怪訝そうに見ていたルイズ達には気づかないままに。

「な、なあ、とにかくあと一日あるんだから、付いてく付いてかないは改めて決めようぜ!」
「……そうね。ごめんなさいワルド、彼女のことを許してあげて……プラチナ、後で話があるわ」

 プラチナはワルドに一礼し、席を立つ。銀色の立派な鍔を持った刀を佩いているのを見たワルドは、何となしに訪ねた。

「君は剣の心得があるのかね?」
「はい。人を斬った経験はありませんが」

 ワルドはそれには反応せず、立ち去る彼女の後姿を見ながら考えた。
 大方、多少知恵と腕があるためにで出しゃばり勝ちの小娘だろう。勘が鋭いのはオスマン老の入れ知恵か何かか。

「しっかし、なんか今日のプラチナ棘々してたなあ。何なんスかね」
「僕が知るわけ無いよ、ヒラガサイト君だったかな? どうも、君の主人には嫌われてしまったようだね」
「主人? ああ、プラチナのことか」

 答える才人の身なりを見て、先程の考えが近いことをワルドは確信する。
 背中に豪勢な大剣こそあれど、体の出来は平凡。顔も甘さが残る。特別頭が良いようでもなく、彼を使い魔にしている彼女の高も知れるというものだ。

「話をしていると疲れてしまったよ。改めて外の空気でも吸おうかな」
「あ、オレも一緒に行っていいですか?」
「いや、一人になりたいのだよ。しかし、今日は朝から大変な一日だ……酒でも飲んで忘れたい気分だよ、ははは」

 帽子を被り直し、ワルドは宿を出て行った。

「……確かに今日のワルドさんは踏んだり蹴ったりだな。手合わせするの、間違ってたか……ルイズ?」

 武の問いかけにルイズは答えない。宿屋の扉を見つめたまま、動かないでいた。
 そしてその後も、いつもの機敏な反応は見せなかった。





 残念なことに、宿は二つしか空いていないのだった。
 簡単な話し合いの末、武が使っていた部屋に二人が入ることになった。

「……どうして、彼を試すようなことを言ったの?」

 ルイズ部屋のベッドに腰掛けると、無表情をプラチナへ向けた。こういう場合には常に怒りを露にしているはずの彼女だが、酷く落ち着いた様子の彼女は、いつもとは違う凄みをプラチナに感じさせていた。

「いやー、あの、弁明いいか?」
「しなさいよ。というより、その弁明を聞きたいのよ」
「……怪しいんだ」

 言って彼女の様子を見るプラチナだが、やはり表情は崩さない。
 本気になって怒った彼女は誰も止められない。今の台詞も綱渡りのような気分で口にしたのだが、まるで反応が無いことに安心する反面戦慄せざるを得なかった。地雷原の上を歩いているような感覚に、プラチナの背中がじわりと湿る。

「何か、彼が言わない別の理由で急いでいる感じだったんだよ。というより、ワタシ達がいると都合が悪いようなそぶりをしていた。初対面では落ち着いた風のあった彼が、二日間の待機で焦れるというのは考えにくい」
「それは……彼、今繊細になっているから」
「かもしれないが……何か違う目的があるようにも見えたんだ」
「……もしかしたら、あの事かしら」

 呟くルイズ。そして、ちらりと武の顔を見た。

「実はねプラチナ。私、ワルドに言われたの」
「……何をだ?」

 言いづらそうにしていたが聞かないことには分からない。プラチナは心苦しさを覚えながらも尋ねた。

「昨晩……求婚されたのよ……」

 やはり、言うルイズの声色は明るくない。それは二人に先日の姫の様子を連想させた。

「マ、マジかよ……!? 返事はどうしたんだ?」
「してないわ。だって急すぎるじゃない。一応、彼はゆっくり待つって言ってくれたけど。もしかしたら、煮え切らない態度の私に焦っているのかも」

 何故だ、とプラチナは考えた。
 このような時にそのようなことを言えば責任感の強いルイズは考え込み、任務にも支障を来たしてしまうだろう。
 まさか即答してくれると思ったのか? いや、そこまで思い込みの強い男でもないだろう。ならば、それでも言わなければならない理由があるはずだ。
 彼女の性格を知っていればすぐに考え付くだろうデメリットを承知して尚、それを行った理由とは――

「……まさか……ッ!?」
「え、どうしたの……プラチナ?」

 とたん、プラチナは急に険しい顔をして床を睨み始めた。
 その剣幕にルイズは慌てて彼女の体をゆすりながら呼びかけたが、それでも彼女の嫌な想像は止まらない。

 ――――まさかあの男、一人でレコン・キスタと戦うつもりなのか?
 彼は紳士たれと振舞っているようだが、その端々に青臭さが見て取れる。祖国を愛し、身を投げ打ってでも救おうとする気持ち――英雄願望があってもおかしくない。
 告白はその覚悟の一端。彼女への想いを伝えなければ悔いが残ると考えての事だろう。
 このようなタイミングで告白を要するなど、他にいくつ考えられる?
 今の予想が正しければ、彼が苛立つのも説明できる。これから戦おうとする前にどこの馬の骨とも知れぬ男に圧倒されれば、当たり前だ。
 ……いかんな。
 もしや、白銀と戦ったのは彼の協力を前提にしているからか。その力を見定め、より効率的に戦おうとでも考えているのではないか。
 いかな魔法騎士隊の隊長と言えど、一国を滅ぼせる程の力を持つらしい集団に飛び込んで無事に済むとは考えられない。最悪身分が割れ、トリステインに更なる被害がもたらされる可能性もある。
 無謀すぎるッ、そして、それ以上に身勝手だ――――!

 一度踏み外した思考は留まることを知らなかった。
 それはすさまじい勢いで他の疑問点を飲み込んでいく。

「ルイズ!」

 思いついた予想を頭の中で整頓すると、プラチナはルイズの肩を掴み返した。

「もしかしたらワルドは何かとてつもないことを考えているかもしれんッ!」
「ど、どういうこと!?」
「この密命がトリステインの未来を決めるといっても過言ではないことは知っているだろう? 彼は、この任が失敗した場合を既に覚悟しているのかもしれない」
「どういうことだ? いまいちピンと来ないんだけど」

 横で聞いていた武が首を傾げる。プラチナは一度深呼吸して、荒くなった口調を抑えた。

「……まず、皇太子の持つ手紙を受け取った後、何らかの理由でレコン・キスタに奪われてしまった場合。これなら奪った者をその場で倒せば問題が無い。だが、それ以前。ワタシ達が到着する前にそれが奪われた場合には?」
「仕方ないわよ。いえ、仕方ないとは言いたくないけれど、私達ではどうすることもできないわ」
「ああ。だが、ワルドはそれを可能にしたいのかもしれん。いや、元よりそうするつもりだったのか……彼はアルビオンの戦いに参加するつもりらしい」

 二人は驚きの声を上げたが、それには多分に疑問の色が混じっていた。

「どうしてそう思ったのよ?」
「彼の態度だ。彼は何か大事の前に緊張しているようなそぶりを見せていた。そして、密命でも五人くらいなら大した人数でもないはずだが、人数の増加を頑なに拒むというのもまた、おかしな話だ。だが、彼が戦場に立つつもりだと思えば、説明がつく――ルイズ、お前に求婚をしたのも」
「……いらない犠牲を出したくなかった、ってことか? ルイズに求婚したのは覚悟を決めるためって?」
「ああ。もしかしたら違うかもしれんが、この可能性は高い……死を覚悟した者は、知人に悔いの無いような行動を見せるものだからな。ルイズを返さなかったのはお前がいたためでもある、白銀」
「何でオレ?」
「お前は彼にその力を頼られている。恐らく、戦いに参加させる腹積もりなのだろう……ルイズがいなければお前もついてこないと思っているのさ」
「ちょっと待ちなさいよ! いくらワルドでも、そんな無茶をする訳は……」
「彼は恐らく、国に忠実なんだ。だからこそあの若さで隊長格に上り詰めることができたのだろう。彼は国のためならば自分を殺すことも厭わない軍人の鑑らしいが、若すぎる。自分ひとりで一つの軍勢を止められると勘違いしてしまうほどに、自信が強すぎる。彼は姫様の苦悩を知っているはずだ、そんな彼が黙っているはずがない。ともすれば、王子の身代わりにでもなるつもりかもしれない」
「そんな、信じられないわ。でも、確かに彼はとても真面目……ありえない話じゃないわ」
「ホントだったら笑えねえな……確かに、力を過信する感じはあった。そもそもオレと手合わせする前も、ガンダールヴに挑戦したいなんて言ってたし。で、どうするんだプラチナ」
「決まっている。止めなければ」
「方法はどうするの?」

 プラチナは両拳を胸元で合わせた。

「その鼻をヘシ折る」

 彼女の勘違いは周囲を土石流のような勢いで巻き込んでいくのだった。






 日が落ちる頃。
 監視が無いか神経質になりながらも“目的”をこなし宿へ戻ったワルドが目にしたのは、細身の片刃剣――刀を自身向けるプラチナだった。
 疲れていた上、剣を向けられたことに一瞬怒気を露にするワルドだったが、わざとらしくため息をついて気持ちを落ち着かせる。

「……一体何の真似かな? 事と次第によっては、いかに僕でも穏やかではいられないよ」
「決闘を申し込みます。勝った者は負けた者に一つだけ命令できるというのはいかがでしょう」
「止してくれ、僕は君に期待することは何も無い」

 言って刀の腹を手で払い、宿の奥へと向かう。
 彼はルイズから、プラチナのことを簡単に聞いていた。

 男みたいな性格だ。生まれが平民だ。貴族と反りが合わない。
 褒めるものもあったが、ワルドからしてみればろくなものではない。
 恐らく、まともな教育など受けていないのだろう。自分が負けても、なんだかんだと難癖をつけてうやむやにしてしまうに決まっている。そう彼は決め付けた。
 『奇術』という、小ざかしさを連想させる二つ名を持っていることも、彼の心象を悪くしていた。

「ワルド」

 と、プラチナをかわした先にいたのは、両手を広げて通すまいとするルイズだった。
 鋭く揺らがぬ眼光に、さしものワルドもたじろいだ。

「お願い。彼女の言うことを聞いてあげて」
「どうしたんだね。これでも僕だって騎士団の隊長だよ? 『ガンダールヴ』が相手ならともかく、ただの学生相手なら、結果はする前から」
「もし彼女に勝てたら、私も貴方の言うことを一つ聞くわ」

 一体何の加護があったのだ、とワルドは言いかけた。
 ルイズを引き入れる案を模索していた矢先、その決定的な道が目の前に垂れてきたのだ。

「……一つ聞くが。仮に君が勝てた場合、僕にどのようなお願いをするのだね?」
「貴方がワタシの信じる通りの方ならば、決して悪いようにはしません」

 “私の信じる”。その言葉の意味をワルドは考える。
 昼頃、自分の考えが甘いなどと言われていたことを思い出す。そして、その時の表情はどこか蔑んでいるような感じがした。
 恐らくは人格面でも見下されているのだろう。紳士らしく振舞っているというのに、この評価はあんまりではないか。

 そう思い、そこからプラチナの願いを推測する。
 恐らくは、自分に帰れと言うのだろう。彼女からすれば、自分は相当に下劣な男のように見えるらしい。友人のルイズのことが気が気でならないのだ。
 それとも、公爵家の娘の腰巾着気取りか?

「悪いが、僕はこの任を降りる気は無いよ」

 それだけは断固として避けなければならぬと、ワルドは強い口調で釘を刺したが――

「“この任”がどのを指しているかは分かりませんが……大丈夫です、任務そのものを妨げる気はありません」

 ――より大きな杭のようなもので貫かれたかのような衝撃がワルドを襲った。
 自分が別件で動いていることを知られているのだ。これは彼にとって致命的である。
 もはや任務失敗とも言える現状に、ワルドはぶるりと身を震わせた。

「……その様子……やはり、ワタシの予想通りということですね。もし負けた場合、ワタシはそれも手助けする覚悟です」

 これはまた不可解である。彼女達にとって自分は大敵。その手助けをするなど信じられなかった。
 彼女はルイズの未来を考えてこの道を選択したのかもしれない。ルイズが『虚無』として目覚めて更なる高みへと進む様を見たいと、そう思ってのことだろうか。

 気づけば、ワルドは杖を刀に合わせていた。

「良かろう。この決闘、どうやら僕に不都合は無いようだ。しかし、手加減はしないよ?」
「感謝いたします。それでは、こちらへ」

 プラチナは刀を仕舞うと宿を出て、武と手合わせをした時と同じ場所へと誘導したのだった。





「いやー、思わず買っちまったよー」

 ホクホク顔で宿の扉をくぐったのは、プラチナの使い魔、平賀才人である。
 手には一着の水兵服の上着。彼の世界で言う『セーラー服』そのものだった。

 彼は宿に着いた後すぐに鳩達を解散させると、プラチナから小遣いをもらって付近を散策していたのだ。
 夕方になるまで買い食いなどをして歩き回り、やがて目に留まったのはこの、郷愁を感じさせる服。
 値段は彼の手持ちを僅かに上回っていたが、粘り強い交渉の末、何とかそれを購入できたのだった。

 さて、故郷の懐かしさ故に買ってしまったこれだが、一度手にしてしまえばそれは素晴らしい空想の道具となる。

 ――この服は、この世界では男が着るものである。
 ――プラチナは、男の服を好む。
 ――よって、プラチナはこの服を着ることに抵抗を示さない。

 自らが組み立てた芸術的な三段論法に感動していた才人だったが、そんな彼に無粋にも話しかける一人の男。宿屋の店主だった。
 話を聞いた才人は、先程まで大切に持っていたセーラー服を投げ捨てて宿を飛び出していった。





「そういえば、君の属性は何だったかな」
「……今回、ワタシは杖を使いません」

 言って、腰の刀に触れるプラチナ。
 剣を杖として使うのは非常に珍しいことだが、ありえることだ。

「今後、いざという時の為にも教えて欲しいのだが」

 そう考え、ワルドは更に尋ねた。
 プラチナはどう答えようか一瞬考えたが、やがて冗談のように答える。

「手品です」
「何だと?」
「強いて言えば、手品です。周囲には風と土のラインで通っていますが、ワタシは様々な属性魔法の真似事ができるのです。『奇術』の二つ名の由来でもあります」

 意味深な台詞だったが、それを深く考える前に新しい問題によりその処理が中断された。
 プラチナが、構えを取ったからだ。
 右肩をこちらへ向け、中腰になり、納めたままの刀の柄を軽く握っている。それは多く戦ってきたワルドをして、見たことも無い型だった。
 瞳まで閉じている上、武器を抜く様子も無い。だが、それは既に完成した形にしか見えない。
 ワルドは訝しがりながらも杖を構え、準備する。

「……先にも言ったが、僕は手加減をしない。怪我をしても恨まないでくれたまえ」
「構いません。ワタシも保障ができませんので――ルイズ、合図を」

 うなずき、ルイズはコインを取り出す。

「コインが落ちた音を合図に決闘を開始するわ。聞き逃さないようにして」

 言って、ルイズは生唾を飲み込んでから、恐る恐るコインを落とした。




 コインが落ちても尚、プラチナは微動だにしなかった。その瞼も、まるで開く様子が無い。
 確かに構えに隙が無いが、置物のように静か過ぎる。攻撃をする意思がまるで感じられないのだ。
 ワルドはそれを不思議に思ったが、それでも詠唱を続けながら一歩を踏み出す。相手が白兵戦を望んでいる以上、こちらも応じなければ騎士としての沽券に関わる。
 詠唱は『拘束』。彼の持つ魔法の中では苦手な方だが、杖で動きを固めつつ、その間に発動させれば十分に実現可能。
 多少汚い手ではあるが、それでも生意気な小娘にゆっくりと灸を据えてやる必要がある。ワルドはそう思い、邪悪に笑った。

 あと数歩で杖の射程に入ろうとしたところで、プラチナが僅かに体を揺らした。
 既に攻撃態勢に入っていたワルドはそれを省みることなく、杖をプラチナへ突いた。

 しかし、その杖は彼女に届くことは無かった。

 彼と彼女の間に、雷光を思わせるような激しい閃光と金属音が発生した。
 直後、ワルドの杖はその手元からこぼれ、軽い音を立てて地面を転がった。
 ワルドの手には、その杖の握りしか残されていなかったのだ。
 一方のプラチナは、いつのまにか抜いていた刀を鞘に戻していた。
 かちり、と澄んだ金属音と共に、それが納まる。その様を呆然と見ていたワルドへ答えるように、彼女はゆっくりと目を開く。

「――――(つごもり)。ワタシの勝ちです」

 絶句する面々の間で、プラチナの声が凛と響いた。





 傍から見れば、コインが落ちた直後に終わったに等しかった。
 ワルドは決して遅くは無い。息をつかせぬ勢いで敵の懐へ飛び込み素早く討ち取る彼の戦い方は、『閃光』の二つ名にふさわしい。
 しかし、その『閃光』を両断したプラチナの一撃。『閃光』を超える速度のそれは何なのか。まさに奇術師に化かされたような結果だった。

 硬直から最初に抜け出したのはルイズだった。
 彼女は落ちた杖を拾うと、ワルドとプラチナの顔を見比べ、やがてプラチナにそれを託す。

「ワルド様。お願いの前に、その杖をお貸しいただけないでしょうか」

 言われるがまま、ワルドは残った杖を彼女に手渡した。その杖と落ちたもう一方の切断面を合わせたプラチナは、その部分を覆うように手で隠す。
 しばらく経って、彼女は手を離した。そこには、すっかり元通りの杖。

「お返しいたします」
「……何をした?」
「手品です」

 戦う前と同じ口調でプラチナは答えた。

「今はお願いを言える状況ではないようですね。一息入れてから、改めて集まりましょう」

 そして、軽く会釈すると、プラチナは全員を置いてその場を後にしたのだった。
 直後、ワルドはその場に崩れ落ちた。





 その一部始終を遠巻きで見ていた才人は興奮していた。
 居合い切りだったと推測できたが、その動きが全く分からなかった。目も瞑っていて、それは彼がこの世界に来る前に見たある映画のワンシーンにも似ていた。

「すっげえな……瞬殺かよ……! まだ目がチカチカするよ」

 武も彼に負けず驚いていた。
 ワルドを一瞬で下したことも当然ながら、何より、プラチナのその姿。

 先程の彼女の佇まいが、自分の世界の仲間――御剣冥夜のそれと酷似していたのだ。
 決着の一瞬、冥夜の姿が被って見えるほどに。

 そして、改めて見れば、あの刀の意匠。
 あれは冥夜の愛刀『皆琉神威(みなるかむい)』の色違いと呼べるほど似ていた。

「まるで冥夜だ」
「めいや?」

 初めてこの世界に来てから気になっていた、冥夜の剣と似通った彼女の剣術。
 空似というにはあまりにも似通っていた。しかし彼がその理由をいくら想像しても、ろくなものは一つも浮かばなかった。
 しかし、いずれ知る時が来るだろう――そんな予感を彼は覚えた。





 部屋に一人戻ったプラチナは、先程振るった刀を抜き、眺める。
 その命である刃は中程から先までが綺麗に削られていた。そこは丁度、ワルドの刀を切り落とした部位でもある。
 頑丈ながらも何の魔法的処理も施されていない鋼ででできた刃は、『硬化』がかかっていた鉄杖に殺されたのだ。
 実際のところ、ワルドのその杖の硬さは超硬合金に匹敵した。だが、あの技が完璧であるならば、その程度でこの刀は損なわれないはずなのだ。そうプラチナは反省する。

 そう、彼女が放ったあの奥義は、あの破壊力をもってして尚完全ではない。昔の『彼』は、あの程度の技なら集中などしなくても何度でも完璧にこなせた。それが、集中してこの有様だ。『彼』のその技量がどれだけ損なわれているか知れるというものである。
 ……そもそも、彼女があの奥義を思い出したのは武がこの世界にやってきた後のことである。夢でこの技を練習しているのを見てようやく思い出したのだ。

「やはり、ワタシは大切なものを失っている……?」

 記憶がはっきりとしてくるにつれて、その空隙も明瞭となってくる。
 それは酷く彼女を不安にさせた。それは、自分が記憶喪失であることを知った者と同じような心理状態だった。

 いつしか、刀が音を立てていることに気づいた。その音を作っていた手の震えをもう片方の手で無理やり止めたプラチナは、改めて刀を見る。
 そして、それをそのまま鞘へと戻した。
 今すぐ修復しなかったのは、戦わずに済むのを祈ってのことか。それとも、精神力の温存を優先したからか。
 あるいは、その刀を持つ手の震えを恐れた故か――――













----------
あとがき

 作者のいろんな意味での暴走によりなすすべも無く蹂躙されるプロットさん! 僕達はこのまま彼の戦いを見守ることしかできないのかッ!?
 『本当はワルドさんにケンカ売るっていうか勘違いを起こす予定すらなかったのですが』と言いながら次々と苛烈に攻める作者! ……しかし、このくらいならまだいける、プロットさんならまだ耐えられるはずさ!
 頑張れプロットさん! 負けるなプロットさん! この話の未来は君の頑張りにかかっているッ!!

 次回『Fail! プロット、乱筆に散る!』、乞うご期待ッ!



[9779] 29
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/01/18 23:25
29


 ワルドは自身の耳の健康を疑った。
 自分を帰らせることは当たり前、最悪、『奴隷になれ』というような無理難題が来るかと身構えていたら、

「ルイズを、悲しませないであげてください」

 などと、日和ったことをのたまってくれたのだ。

「それは――」

 当たり前だ、と言いかけ、口ごもる。
 いかに彼女を王に等しい座につかせようと言えど、少なくとも祖国を裏切ることになる。
 それは、アンリエッタ姫や、そこに住まう友人達、家族をも裏切るということ。悲しまないわけが無い。
 後に彼女に輝かしい栄光が待っていようとも、少なくともその時は、必ず悲しむ。

 ふと、このようなことはしてはいけないのではないか、という罪悪感が生まれる。
 いかに虚無だからといって、このような子供を大きな運命の波に乗せるのは、あまりに酷なのではないかと。
 情など捨てたと思っていた彼だったが、そう考えてしまったという事実にめまいのようなものを感じた。

「……努力する」

 だから、思わず中途半端な答えとなってしまった。
 プラチナはそんな彼に苦笑で答え、言葉を続ける。

「……これはただの希望ですが、どうか忘れないでください。ルイズだけでない、貴方のことを大切に思っている、思っていた、身内や仲間達のことを」

 ワルドは、思い浮かべた。亡くなった両親や、同士、信じるべきクロムウェル司教の顔を。
 そして、先程までの弱気を心で叱責し、考えを改める。
 もし彼女がその運命を悲しむのならば、そうならないように彼女を教育し、導けばいい。
 それすらも叶わなければ……彼女の心が耐え切れないというのならば、切り札を使うことも厭うまい。

「――いや、言い直そう。泣かせはしない。絶対にだ」

 ワルドは強い意志を込めて笑みを作り、プラチナに返したのだった。





 食後、いくらか顔色を良くしたプラチナは宛がわれた部屋に入ると、思い出したように才人へ話しかけた。

「アルビオンの様子、鳥を使って分からないか?」
「あー……鳩も学院から来る増援の案内用以外は解散させちまったし、そもそもアルビオンって高度ありすぎないかな。鳥ってけっこう高くまで飛べたはずだけど、どうなんだろ」

 それに手を振って返し、答える。

「まあ、これから改めて鳥に頼んでみるよ。それよりさプラチナ、あの魔法でルイズと一緒に行って任務達成させちまえばどうだ?」

 プラチナは眉をしかめ、唇を硬く閉じる。ややあって、困ったように笑った。

「駄目だ、精神力が足りない。それに、アルビオンがどこにあるのかも良く分からないからな」
「そっか……最初からルイズと二人で行く予定だったら、もう帰りだったかもしれないね」

 その言葉にプラチナは驚愕の表情で答えた。
 なるほどその手があったか、という心の声が滲み出ているようだ。
 それを横からジト目で見ていた武は、呆れを飲み込んでその肩を叩き、宥めた。

「……ドンマイ、プラチナ」
「い、いや、そこそもあまり人には見せたくない魔法だし、アルビオンの方角も知らないのに飛んだら事故とか起こしそうだし、あとアレだ、調べ物も気になってたから……ぬわぁぁぁ」

 プラチナは言い訳不能と悟るや情けない悲鳴を上げ、ベッドにダイブする。
 そして、布団に顔を埋め、水泳の練習のようにバタ足を開始した。

「そうだよぅ……ルイズのことを考えるなら、何が何でも速度を最優先でこなすべきだったんだぁ……ワタシはダメダメだぁ、菌糸以下の存在だぁ……」
「プラチナってなんかムラッ気凄いよな……それより、今後どうするかだろ?」
「って言っても、明日にならないとどうしようもないけどな。何があっても大丈夫なように、今のうちに精神力を回復させいた方がいいぜ。っと、布団もらってくるわ」
「あっ……いい。ワタシと才人が一緒のベッドで寝ればいいじゃないか、ベッド大きいし」
「……あのよ、お前はもう少し慎みみたいなものを持った方が」
「えー」
「えっ」
「いや、なんでもないヨ」

 慌てて才人は顔を両手で押さえ込んだ。
 プラチナは自身の性別を思い出し、才人の様子を見ながら困ったような顔で息を吐いた。





 あと半刻で日の出という頃、ワルドは起床した。
 隣のベッドでは、ルイズが可愛らしい表情で寝ていた。多少悪い寝相とその小柄があいまって、まだ本当に小さな子に見えた。
 杖を取り、マントを羽織る。荷物に隠していたフルフェイスのメットを被り、更に、ゆったりとしたローブを着込んだ。
 ルイズが完全に寝ていることを確認しつつ、偏在を三つ生み出す。
 顔が完全に隠れた自分の分身が三人出ていることを確認したワルドは、自分のメットとローブを取った。
 三つの偏在は窓から明けの空へ消えていく。彼らは、ワルドが手配した盗賊や傭兵と合流しこの宿を襲う予定だった。

 手配した矢先に真の任務が知られていたという事実があったが、結局彼が取る道は変わらない。
 ルイズは必要だが、他は早々に脱落してもらう。

 改めて杖を見て、ワルドは先日のことを思い出す。

 迎撃されたのは確かにこちらの不手際、油断だったが、果たして普通の剣技にあれだけの力があるだろうか。
 否。仮に自分の知らない技巧があったとしても、『強化』が施されたこの鉄杖を綺麗に両断するなど出来るわけが無い。
 ならば、アレは恐らくマジック・アイテムの一種だろう。
 あの女は首を突っ込みたがる性格のようで厄介だが、あの剣を持ってきたのは有益だ。あれが手に入れば、我々にかなりの恩恵をもたらすはずだ。

 そう勘ぐりつつ、ワルドは寝ているルイズの肩を揺さぶった。
 顔面を蹴られた。





 旅行者の格好をしてやってきた男と女が鳥の案内を受けてやってきた先には、暴徒の群れがあった。
 関係ない訳が無い。何せ、彼等の目的は、その暴徒――盗賊が取り囲む宿にいる者の援護なのだ。

「……一体、どういうことでしょうか」

 宿に火を付け始めた盗賊を睨みながら、男、コルベールが掠れ声で呟いた。

「分かりませんわ。しかし、ただなりませんね。情報がどこかから漏れたのでしょうか」

 それには答えず宿に突入しようとしたコルベールの手を掴み止め、女、ロングビルは首を振った。

「いけません。彼女達ならば必ず、何らかの連絡か行動を示すはずです。下手をすればこちらも危険ですから、ここは一旦、引きましょう」

 思った以上に強いその握力に驚きながら、コルベールは呻き、体の力を抜いた。

「そうですね。魔法騎士隊の隊長も護衛にいることですし……宿にいる皆が無事なことを祈りましょう」

 言って、二人は人気の少ない道に消えていった。





 ホテルの入り口は堅固に締め切られており進入を許していなかったが、その壁にある窓は別だった。
 そこに殺到する投石。次いで火矢。高級な調度品で埋め尽くされていた一階は、瞬く間に火に飲み込まれていく。

 混乱する客などを先に裏口へ逃がし、同時に、敵がいないことを確認した一行は、焼け落ちかけた入り口からの侵入を許すまいと、プラチナとワルドによる風の魔法で火をそこに殺到させた。
 竜巻の炎が扉を吹き飛ばし、その近くにいた不埒者を巻き込む。
 ついでにプラチナはどこかから油の入った鍋を持ち出すと周囲に振りまき、それを一気に熱して発火させた。

 火のバリケードができたことを確認したプラチナは、先を行った武達に急ぎ合流した。
 一行は大通りへ逃げた他の客とは違い、わざわざ細く暗い路地を抜けて船着場を直接目指していた。
 喧騒が聞こえないところから、他の客は上手く逃げおおせたようである。
 日の出の光とは違う明かりに遠くが朱に染まっている。宿は石造りだったが、それでも上階までよく燃えてしまっているようだった。

「どうして襲撃されたのかしら。まさか私達の事が察されて?」
「分からない。しかし、あの宿は貴族が良く使う。やはりそれを狙ってのものだろう」
「でも、よく気づきましたねワルドさん。気づかなかったら今頃オレ達、火達磨ですよ」
「はははは、しっかりしてくれたまえよタケル君。君はルイズの騎士なのだろう?」

 いくつかの会話をしながら走る一行だったが、一人、プラチナの様子がおかしかった。
 走り始めてから一言も会話に加わらず、黙って追走している。
 様子がおかしいと思った才人は話しかけようとしたが、隙間風のような荒い呼吸音を聞き、焦った。

「気にするな。出る時に……煙を少し吸っただけ――」

 健気に答えかけた彼女の言葉は、連続する咳に遮られた。それでも彼女は走るペースを全く落とさない。
 風は弱いが、追い風だ。火事の煙がこちらにまで届いている。

「魔法でどうにかならないか? ……ワルドさん?」
「病気を癒す魔法かい? 怪我ならともかく、聞いた事がないね。少し休めるといいんだが――それも無理なようだ」

 ワルドは開けた道、小さな運河、それにかかる橋の向こうにいる盗賊の一団を見据えて言った。
 数は五十ほどだろうか。まだ暗い中に浮かぶ松明が鬼火のようだ。

「まさかこんなにいるなんてな。ワルドさん、これはひょっとしてこっちのことが知られてるんじゃないか?」
「かもしれん。だが、あちらが我々を狙っている現状をどうにかするのが先だ……ルイズ」

 ワルドはルイズを引っ張り、他と離れる。

「それとミス・プラチナ、来てくれ。僕達は先にフネを目指そうと思う。君達はここに残り、彼等の足止めをしてくれないだろうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれよワルドさん! 俺も戦うんスか!?」
「その背中の大剣は飾りではないだろう? ミス・プラチナのあの力だ、君も相当の力がある使い魔だと見込むが」

 才人は否定しかけ、しかしプライドがその喉を絞めた。

「お、おうッ、俺は使い魔の達人だッ!」
「待て、ここは、はあっ、ワタシが残る……この調子じゃ、足手まといだ……ワルド様は、彼を、お願い、いたします」

 いよいよ悪化してきたのか肩で息をしながら、プラチナは才人の背中を押す。

「プラチナ、大丈夫なのか?」
「……魔法で、どうにか」

 言って、懐から小さな仕込み杖を取り出した。

「ならばその剣、邪魔ではないかね。僕が持っておくかい?」
「いえ、追い込まれた、時に、使おうかと」
「……恥ずかしい話、杖の調子が良くないんだ。その剣があれば、とても助かるんだよ」

 プラチナは少し考える様子を見せた後、刀を腰から外して渡した。

「二人を、お願い、いたします……それは、使い辛い、ものですので……頼りには、しないでください」
「うむ。では、我々はアルビオンへと向かう」

 何かを言いたげにしていたルイズを見たワルドはそこで言葉を区切り、

「二人は危険だと思ったらすぐに身を引くといい。決して、“ルイズを悲しませるようなこと”はしないで欲しい……頼むぞ」

 と念を入れた。





 大きく回りこんだコルベールとロングビルが見たものは、何かを待ち構える様子の盗賊だった。
 宿から逃げ出した貴族を待ち受けるつもりだったのか。そう思ったロングビルは、しかしそれを否定した。
 盗賊風情にそこまでの機転が利くものか、奴らは本能の赴くままに眼前の獲物を食い潰すのみだ。
 ならば、これを手引きした誰かがいる。そう思い、盗賊の群れの中を睨み回す。

 確かにその大体は軽装な盗賊だった。しかし、所々、実戦慣れしているような格好の者達がいる。それは傭兵崩れだろうとロングビルは思った。
 そんな混成軍の中、一際異彩を放つ人影。重戦士のヘルメットのようなものを付けたメイジ、それが三人紛れていた。

「アイツ――ッ!?」
「ど、どうしました?」
「あの男です、あの時、私を襲った男の、偏在です」

 しばらく前、彼女は風のメイジに襲われた。
 軽い身のこなしと卓越した戦闘技術を持つ男。コルベールは彼とはほとんど戦っていないが、それでもその強さは分かっていた。

「……どうして彼がこのような所に」
「……彼は、レコン・キスタなのです」
「何ですとッ!? では、まさか、今回の密命もあちらに漏れているのでは!?」
「可能性は大いにありますね……偏在が三つだなんて、何てこと……」

 ロングビルは砕く勢いで歯を食いしばる。話し合っていた間にも盗賊は動き始めていた。矢も番えている者が出ていることから、対象がもう目前にいるということが分かる。

「出ましょう。恐らくはミス・ルイズがあれらの前にいるはずです」
「ですな。勝てるかどうかは分かりませんが、足止めくらいにはなるでしょう」

 コルベールの強い返事を聞きながら、彼女は心の中で、死んで戻ってきたらごめんなさいとティファニア達に謝った。





 明け方の薄暗い空を切りながら弓矢が飛んでくる。
 視認性の悪いそれを、プラチナは魔法による空気の壁で防いだ。
 それを見て飛び道具は無意味だと見た敵勢は剣や斧、槍等を持って橋を渡ってくる。

「くそッ、実戦なんてしたくねえのに」

 こちらの世界の人間は元の世界の人間と大差ない。いくら徒党が相手でも、鍛えていればそれなりに対応することが出来るはずだ、そう武は考えて気持ちを落ち着かせた。
 武はデルフリンガーを逆に構えながら、振った時の調子を確認する。こんな状況では寸止めなどしていられない。当たれば骨折程度はするだろうが、それでも刃を向けるよりはましだった。
 化け物(BETA)とは違う、殺気を伴ってやってくる人間の群れ。
 化け物ばかりと戦い慣れたからこそ、人の大群が作るその空気に呑まれかけてしまう。

「相棒、恐れるな。恐れたらやられる。やられたらそっちのお嬢ちゃんもやられる。そしたら、おめえのご主人様もやられちまうぞ」
「分かってる……そんな事は分かってるッ!」

 手袋の隙間から、ルーンの光が漏れる。
 体の調子は万全。戦意も鈍ってなどいない。人とも戦ったことがある。そもそもこれは殺す戦いではない、ならば何に臆する必要がある。
 武は一つ深く深呼吸すると、橋に向かって強く一歩を踏み出した。

 しかし、それは突然現れた巨体に遮られた。

 凍る敵勢と武達。十メートル程の大きさを誇る五体の土ゴーレムが、橋の眼前に姿を見せたのだ。

 しかし、その重量は恐らく橋を壊してしまうだろう。実際、ゴーレムは橋の前で動く様子を見せない。
 襲撃者達は大いにうろたえたが、その中のリーダー格と思われる一人が素早く統制、改めて弓による攻撃へ切り替えた。

 山形を描きゴーレムを越え飛んで来る矢だったが、それも、まるで蛇のようにうねる赤い炎によって焼き尽くされた。

「……ミス・ルイズ達はどこかね?」

 その炎を放った男、コルベールは緩やかな足取りで武達の傍までやってきて、そう尋ねた。

「コルベール先生ッ!? 助かりました! 他の援軍はロングビルさんですか?」

 武の声に、神妙にうなずいて返す。

「ところで話がある。向こうに、かつてミス・ロングビルを襲った男の偏在が複数あるようだ。そして、その男はレコン・キスタに所属しているらしい」
「……我々の情報が、筒抜けということですか」

 それに息を呑み答えるプラチナ。同時に、ゴーレムが橋を叩き始める。

「橋を落として盗賊の足を止めますが、構いませんね?」

 堅牢なレンガ造りの橋だったが、ゴーレムが動くごとに亀裂が生まれる。盗賊たちは慌てて橋から逃げようとするが、ゴーレムが生む振動で上手く走れない、慌てて走った為団子になってしまい倒れこんでしまう。
 やがて橋は大きな音を立てて崩れ去った。残念ながら全崩壊とは行かずに一部のみだが、それでも盗賊はこちらへ渡る手段を失った。

 これで一安心かと思った面々だったが、ゴーレム達の足がいきなり両断された様を見て我に返る。
 バランスが崩れたゴーレムはその身を次々に橋下へと落とし、砕ける。
 残ったゴーレムも足を再生する間もなく、追ってやってきた風により橋から突き落とされてしまった。

 直後、崩れた橋の向こうから三体の偏在が飛んでくる。
 いずれも同じ背格好。高い身長をゆったりとしたローブで包み込んでいるが、男性であることは容易に見て取れる。

 三体全てが着地した瞬間、そのうちの一体が凄まじい勢いでロングビルへ突き進んだ。
 近くにいたコルベールがとっさに反応して杖を構えるが、詠唱などしていないため盾同然だった。
 偏在は鉄の杖でコルベールの杖を弾き飛ばしながら、呪文を完成させた。

「『ライトニング・クラウド』」
「くッ! 『錬金』ッ!!」

 何とか間に合わせた土の防御と偏在の雷が衝突する。
 しかし、そのトライアングルマジックは壁を弾き飛ばし、コルベールとロングビルを巻き込み倒した。
 直近にいたコルベールは全身に岩をめり込ませ、更に雷の一部も受けて体から煙を出していた。動く様子すら見せない。

「畜生めッ!!」

 魔法を使った隙を突いて武が斬りかかる。偏在は彼が来ることを予め知っていたかのような余裕ある動きで大きくバックステップし、彼から距離を取った。入れ替わるように二つの偏在が先程と同じ雷を放ってきた。
 その殺到した雷は、飛んできた金属の棒に当たり、真下に誘導された。
 とばっちりを受けた地面が大きく砕ける。間違いなく人を殺せる力だった。

「あっぶねェ、助かったぜプラチナ!」
「油断するなッ……視野も悪いから、風には、特に注意しろ!」

 応と答え、武は偏在に斬りかかる。しかし偏在は接近を許さず、遠くから彼の足を止めるための魔法を放ってくる。
 先程プラチナが言ったように、暗い中にある風の塊は、身体能力が強化された武でさえ逃げるのが困難な代物だった。
 それが三つも同時に殺到してくるのだ。他に攻撃手段を持たない武は、見る見るうちに偏在との距離を開けてしまう。

「くそッ、雷以外なら何とか耐えられるが、これじゃジリ貧か――二人はッ!?」
「大丈夫です……」

 痛む体に鞭打ち、コルベールを引きずって路地裏へ隠れるロングビルを見た武は、改めて、三体の連携を確認する。
 釣瓶撃ちのように、間断なく風の魔法で攻撃してくる。非常に広い制圧力を誇り、いかにルーンで頑健になった武でもその身ごと飛ばされてしまうような脅威。
 接近さえできればいいのだが、相手は間合いをひたすら離す動きを見せているのだ。
 ゴーレムを切り刻んだ魔法『エア・カッター』を使わないのが不幸中の幸いだ。攻撃範囲が狭まるのを嫌ってのことだろうか。

 実のところ、この膠着はこちらにとってありがたい。囮としてはまずくない――全員が偏在である可能性があることを除けば。

「……プラチナ、この中に本物はいるか!?」
「分からん、偏在は、初めて見たが、こうも、本物らしいとは……」

 呻くように言いながら、プラチナは偏在の足元に土の蔦を発生させる。しかし、さすがに偏在もそれを察知して飛びのく。

「『アース・ジャベリン!』」

 戦闘に復帰したロングビルが、風を切って進めるような魔法を放つものの、それすらも相手に届く前に墜落してしまう。

「駄目です、今の我々では太刀打ちできません! ここは一旦引きましょうッ!」

 悲鳴のようにロングビルが叫ぶが、引くわけにはいかなかった。
 仮にこちらが撤退した場合、相手は確実にルイズ達を追いかけるだろう。
 もしかしたら本物があちらに向かっているかもしれない。杖の調子が悪いと言っていたワルド、失敗魔法しか攻撃手段を持たないルイズ、人には効力を発揮しない大剣しか持たない才人では、この風の使い手一人にも勝てないかもしれない。
 プラチナは、現状に憤った。
 実際、現状を打破できる魔法は存在する。しかし、そのいずれも攻撃力が高く、その使用は相手を殺傷することを意味する。そう考えると、どうしても魔法に集中できないのだ。
 “前世ならとにかく”、プラチナは人を殺したことなど、ない。この十六年が育んだ健全な倫理は、人を殺めることを禁忌としていた。

 しかし、それでもと覚悟を決め魔法を使おうとした次の瞬間。
 眼前の偏在は、黒い何かに飲み込まれたのだった。

 それは、大量の鳥の群れだった。
 種類はまるで揃っていない。鳩、雀、鷹、烏など、恐らくは街にいただろう全ての鳥が黒い雲のような群れとなって、偏在に集中攻撃を仕掛けていたのだ。
 偏在はなす術もなく飲み込まれる。魔法など使う状況ではないようで、武を止めていた風も掻き消えた。
 多数の翼が生むけたたましい音は、戦術機が飛ぶ様を武に連想させた。

「……才、人?」

 プラチナが振り返ると、そこには、息を荒げた才人が立っていた。
 鳥が空へと散っていく。攻撃を受けすぎて存在が維持できなくなったのか、偏在は既に消失していた。
 それを見た才人は、呆然とする面々にたどたどしいサムズアップで返してみせた。





 港町ラ・ロシェール。その最も高い位置にそびえる大樹が、空飛ぶ乗り物『フネ』の港だ。
 太い枝にはフネが、まるで果実のようにぶらさがっているのだ。風情なく例えれば、アンカーで吊り上げられた船の体である。
 フネの外見は、木造の船に大きな羽がついただけのもの。それだけに、海を走る『船』と同様の呼び方をされるのだろう。
 
 そこに既にたどり着いて船長に船出をせかしていたワルドは、突然、帽子を地面に叩き付けた。
 人が増えると風石が足りなくなると渋る船長と交渉をしていた矢先。傍から見れば、話の通らない現状に癇癪を起こしてしまったように見えただろうが、実際は違う。
 偏在が、撃破されたからだ。

 偏在はその存在が消えた瞬間に、その偏在が得た情報を記憶として本体が受け取るようになっている。
 一気に消えた三つの偏在は、そのいずれもが鳥に倒されたと伝えていた。
 しかも、その前に二人の増援があった。邪魔者を振り払う目的だった今回でこの結果は、失敗ととも呼べない有様だ。

 港へ着く前、才人は二人に断って来た道を戻っていった。
 貧弱そうな小僧だがそれでも障害になる可能性があった以上、彼を引き止める意味は薄い――そう思って許可した結果がこれである。
 あれは間違いなくヴィンダールヴの力。
 あの鳥が偏在を襲ったのは、奇跡でもない限り才人によるもの……しかし、プラチナが風の魔法を使っていた説明がつかない。
 虚無の担い手は、他のメイジには使えない特殊な魔法を使える代償として、目覚めるまでにコモンマジックすら覚束ないという特性がある。目覚めた後も属性魔法は全く使えないとされているのだが。
 虚無であるはずのルイズが目覚めを前にしてコモン・マジックが使える、そのことに関係しているのか。または、プラチナとサイトは正式な主従関係ではないのかもしれない、とワルドは考える。
 ルイズが自分に語ったプラチナの紹介にあった『風と土のラインメイジ』という言葉が、ワルドにはどうしても疑えなかった。

 フネを動かせるようになるまでに武達は来てしまう。そうなれば、ルイズ一人でアルビオンに行く作戦は失敗だ。
 せっかく優れた剣のマジックアイテムまで手に入れたと言うのに、持ち主が来てしまえば、これも返さなくてはならない。

「ワルド……大丈夫よ、きっと皆、生き残ってくれるわ」

 見当違いな励ましをするルイズを思わず睨みそうになり、慌てて地面に落ちた帽子を拾って取り繕う。

「……そうだね。僕としたことが焦りすぎたみたいだ。船長、風石の不足分は僕が補おう。先に言ったように積荷の分と同量の報酬も出す、どうか出てくれないだろうか」

 失敗したことは仕方がない。合流した後はサイトに本当の主人を教えてもらうか、などと考えながら、改めて柔和な表情で船長に申し出た。
 しかし、その顔を裏切るような殺意めいた圧力が、彼の全体から滲み出ていた。

「へ、へぇ、そういうことでしたら……」

 船長はそのただならぬ彼の雰囲気に呑まれつつ、乗組員へ準備を急がせるように命令した。











----------
あとがき

 プロットさんは星になりした。
 実はプラチナさんは病弱という設定が初期からあったのですが、それをどうにかしようと混ぜてみたらいよいよプロットさんが……なんか前にも言った気がしますねこれ。
 おかげで書くべきことが大幅に前後しました。っていうか、プラチナさんのせいで色々とアレです。しばらくプロットさんは入院生活に入ります……

 恐らくオリジナルの魔法『アース・ジャベリン』は錬金の一種にしようと思いましたが、飛んでいくという特性はそれとはまた違うと思ったので。何で氷の槍で『ジャベリン』って名前なんだろう……ゼロ魔の魔法には謎が多すぎますねえ。


 先程も書きましたが、これからプロットを洗いなおします。次回更新は一ヶ月以内にしたいところです……



[9779] 30
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/03/28 03:45
30


   ~前回までのあらすじ~

 トリステイン姫の命を受け、ルイズとワルドはアルビオンへ親書を届ける旅に出た。
 紆余曲折があったものの、港町ラ・ロシェールで合流したプラチナ達。そこから、ワルド、ルイズ、武、プラチナ、才人の五人でアルビオンへ向かうことに。
 フネが発つ直前の早朝、彼等が休んでいた宿が襲撃される。援護に駆けつけたコルベールとロングビルの協力により、ワルド達を逃がすための囮作戦は成功。
 ワルドはままならない自分の作戦の有様に苛立ち、また、謎の多いプラチナ達の真意をはかりかねる。
 対するプラチナ達も、ワルドの本当の目的に気づかないまま、彼を信じて行動を続けるのだった。





 緩やかに空を進むフネ。
 ルイズはその甲板に立って眼下に広がる海原を眺めながら、ワルドの気持ちを反芻していた。

 彼女の脳裏には、ワルドから求婚された二日前の夜の状況が浮かんでいた。
 結局は保留となったその件――

 仮に、自分があそこで求婚を了承していたら、彼はどんな反応を示していたのだろう。
 仮に、自分があそこで求婚を拒否していたら、彼はどんな反応を示していたのだろう。

 彼は、プラチナの予測が正しければ――ワルドの態度もそれを裏付けるものだったが、アルビオンでその命を落とすつもりなのだ。
 求婚の話は、そんな彼に覚悟を決めさせるもの。煮え切らない返事は彼にとって苦でしかないと思ったのだ。

 前者ならば、彼は嬉しく思うだろうか。間もなく命を落とすというのに慕う自分を哀れに思うのかもしれない。
 後者ならば、彼は悲しく思うだろうか。間もなく命を落とす自分などに拘らないのは良いことだと吹っ切れてくれるかもしれない。

 優しいワルドはどちらでも納得してくれるだろう。
 しかし、どちらも自分では決められない。そもそも、自分はワルドを愛しているのか、それすらも分かっていないのだ。

 小さい頃から彼は特別な存在だった。しかしそれは、恋ではなく尊敬。今も尊敬の念こそあれど、恋愛の対象としてはどうしても見れない。
 彼は歳の離れた兄のような存在なのだ。尊敬すべき相手ではあるが、恋心を寄せる対象ではない。
 そして、距離感もある。十年ぶりに会った彼は昔の彼とはまるで似ていない。
 この十年は彼を、優しく甘い少年から、勇ましく野生的な男へと変えてしまったのだ。昔のように接することは、難しい。

 だからこそ、改めて彼を評価することはできるだろう。実際、貴族としての彼は非常に立派なものだし、好戦的な面もあるが性格は紳士である。
 長く付き合っていれば男性として評価できるかもしれないが、とにかく、イエスかノーかを決めるには時間がなさすぎるのだ。

 しかしそれでも、ルイズは彼のために今すぐに答えを決めなくてはならないと思っていた。

「お、こんなトコにいたのか。朝飯どうするんだ? 出来てるぞ」

 そんなルイズに声をかけるのは、彼女の使い魔である武だった。ルイズは振り向くが問いかけには答えず、風にさらわれる桃色の長髪を抑えながら、口を開いた。

「……ねぇ、話を聞いてくれない?」
「ん? いいぞ……ここでか?」

 こくりとうなずいて、沈黙する。髪の毛をいじりながら気まずそうにしていた。

「オレには言いにくいことなのか?」
「違うの、そうじゃなくて……ねえ、タケル? 私、どうすればいいかわからなくて」

 武は、黙って言葉を待つ。ルイズのその態度で、彼女が何を言おうとしているのかなんとなく分かったのだ。
 それなら答えは一つだ。武はそう思い、心の中でにやりと笑った。

「私、ワルドの婚約を受けようか、悩んでるの。初めは受けようかと思っていたけど、本当に、それがワルドのためになるのか、分からなくなっちゃって」
「そりゃあお前。そんなの保留にしとけばいいんだよ」
「――ッ、それが出来ないから考えてるんじゃない!」

 しれっと答えた武に思わず怒鳴るが、それが八つ当たりに近いと自覚し、苦々しそうにうつむくルイズ。
 そんなルイズの態度に苦笑しながら、武はルイズの頭を強く撫でた。
 ルイズは子供のように扱われることを少し嫌に思ったが、不思議と、歯向かう態度がどうしても取れない。

「ルイズは、ワルドのことが好きか?」
「分からないわ……でも、彼が私を好きになってくれているのなら、それには答えないと」
「その気持ちは分からなくもないが、言われたから結婚するってのはちょっと違うと思うぞ? 姫さんだって自分の政略結婚を嫌がってたじゃないか。もっと我侭に考えていいとオレは思う」
「でも、早く決めなきゃワルドが」
「お前ってやっぱ他人思いなんだな。でも、保留することでワルドが踏みとどまる可能性だってあるじゃないか。もしくは、お前の返事を聞きたいばかりに生き残っちまうかもしれない。決して、どちらかを決めなければ駄目だという話じゃない。今だったら、保留することも選択なはずだ」
「でも」
「でも禁止ッ! ……何より、そんな半端な気持ちで求婚に答えたら、それこそワルドに失礼だろ?」

 ぽん、と武は軽くルイズの頭を叩いてその手を離した。武の顔を見上げたルイズは、思ったより真剣な顔をしていた彼に驚く。

「そんな考えで道を決めるなんて、オレのご主人様失格だな?」
「……平民の使い魔の分際で、言ってくれるじゃない」
「おう。オレは無礼なことには定評があるからな」
「ホンット、アンタは私の使い魔らしくないわね!」

 吐き捨てるように言ってルイズは武の横を通り、室内へのドアノブに手をかける。

「……何してるのよ。朝食いらないの?」

 振り向く。表情には翳りなどまるで見えなかった。





 狭いとルイズに言われていた学院寮の個室を四分の一に切ったほどの大きさの部屋。
 ベッド、椅子と机くらいしかない簡素な作り。いずれも装飾などが施されているものの、貴族が使う分にはやや役者不足に思える客室だった。
 プラチナはそんな客室にあるベッドに横たわっていた。
 喘息は大体落ち着いていたが、それでも何かを食べられるほどまでは回復していなかった。
 戦いが終わった後も急ぎフネまで向かったのだ。その頃には思考を保つのが難しいほどに症状が悪化していた。むしろ、この短時間でよく話せるまで回復したと言える。

「だから、お前、朝食。無くなるぞ」
「いいよ。俺、別に食欲ねえし」

 才人は先程からこの調子で、プラチナの傍から離れようとしなかった。
 プラチナはため息をつく代わりに、軽く水を口に含んで喉を癒す。呼吸からは耳障りな音がまだ取れない。

「そういやさ。ワルドには教えなくていいのか? その、お前が虚無だっていうの」

 見守ってこそいるが、彼は黙ったままいられる性分ではない。つい、そんな疑問が口をついてしまう。

「……構わん。そもそも本当に、戦いに加わるという訳ではない。自衛できると……ふう、伝えるだけで、いいさ。それに、あまりアピールすると、彼からオファーが、かかってしまうからな?」

 冗談めかして答え、軽く咳。

「はぁ……それより、敵に、こちらが知られてるのが、問題だ……」
「……それはワルドが、貴族が集まってるから一気に襲撃しようって企てたんじゃないかって言ってたぞ」
「なら、あんな簡単に、焼き討ちをするか? 逃げ道、裏口を、何故、塞がなかった。先回りにしては、間が、開きすぎ……まるで、こちらの動きを、知っているかのようだ。でなければ、あんな位置に、布陣していないだろう」
「……分かった。ワルドにも、そう伝えとく」





「――ってな訳なんスよ」

 食後、才人は先程プラチナから聞いた見解をワルドに伝えた。
 食中は貴族の嗜みからか誰も喋ろうとしなかったため、伝えるタイミングがなかったのだった。

「ふむ。僕は貴族の金品を奪うために盗賊と傭兵が徒党を組んで襲ったのかと思ったが……やはり彼女は頭が回るようだな」
「大事なトコでポカしますけどね」
「そう言ってくれるな、君の主人なのだろう? しかし……君の力を知っていれば、初めから君にあの敵を任せれば良かったのにね」

 世間話のように話すワルドだったが、目は強く才人に向けてあった。

「俺? 俺の力がどうしたんです?」
「とぼけてもらっては困るな。君はヴィンダールヴ、なんだろ?」

 才人は一瞬だけ口をつぐみ、

「何でしたっけそれ」

 と返した。

「……あらゆる動物を操る力を持つ伝説の使い魔のことさ」
「知りませんね」

 才人は徹底してしらばっくれる構えを取った。
 というのも、プラチナは落ち着いた人生を過ごすのが目標などと言っていたからだ。極力外部にもルーンが見られないよう――彼が使い魔に見られることをプラチナが嫌がったこともあったが――しばらく前から彼は洗濯など、邪魔になる場合を除いて手袋をつけていた。
 何より、この力をひけらかすのはプラチナのためにならない。そう才人は思っていたのだ。

「……っていうかワルドさん、撃退できた理由って言いましたっけ?」
「うむ。ええと、誰だったかな。後からやってきた教師二人にだね」

 二人は重傷だった。武が持っていた水の秘薬によりある程度の怪我は治ったが、特にコルベールは放置できる状況ではなかった。敵の真意が分からなかった以上彼等と別れる訳にはいかず、結局、このフネに乗り込ませたのだ。

「話を聞いたときはひどく驚いたよ。鳥が一斉に攻撃したんだってね。てっきりあれは君の力かと思ったが……ちょっとサイト君、右手を見せてくれないかな」
「えッ、ええと。すいません。俺、宗教上の理由で、人様へみだりに生の手を見せちゃいけないんです」

 手袋に覆われた手を後ろに回して、取って付けたように才人は答える。

「……おかしな教義があるものだね。どうしてもかい?」
「はい。それにですね、俺のルーンはちょっと人様に見せられない場所っつーか、あー、隠しどころにあってですね」
「……む、無理強いをしたようで悪かったね」
「いえ、お、お構いなく?」

 才人はそこで回れ右、ワルドのいる部屋から一目散に逃げていった。

「……嘘だな」

 ワルドはその姿を見届けてから、ぽつりと呟いた。
 東方の更に東の世界が想像もつかない文化を持っているだろうとは言え、手を見せてはいけないというのは奇妙すぎる。
 大方、彼は何らかの理由で、自分がヴィンダールヴであること、引いてはプラチナが虚無の使い手であることを知られたくないのだ。
 ……しかし、ならば何故、虚無を求める我々レコン・キスタに組しない? 彼女は我々の目的を知って、協力することに吝かではないと言ったはずなのに。

「あの女は何を考えている?」

 いまだ返すタイミングを図り損ねている剣の鞘に触れながら、ワルドは頭をひねった。

「体が弱いから協力は難しい? いや、ならば智謀を生かせば良い。それに虚無に求めるのは最低、その身分だけだ。断る理由にはならない」

 このあたりで、平和な暮らしが壊れるからなどという理由が思いつかないのは彼の性質だった。
 何よりも力に拘泥する彼では、そのような日和った考えには至らない。

「……もしや?」

 一通り理由を考えきってしばらくして、ワルドはそう呟いて笑った。

「まさかあの女、俺の目的を勘違いしているのか?」





「もう大丈夫です、普通の動きなら問題ありません」

 食後しばらくして見舞いに来たワルドに対して、そう、プラチナは答えた。
 軽く睡眠も取ったからか、宿へたどり着いた時より顔色は良かった。

「いやあ、ルイズに聞いた話ではやや体が弱いと聞いていたが、今まで信じられなかったよ。決闘の時の君と今の君の雰囲気は似ても似つかない……アルビオンへはあと半日かかる。それまでゆっくり体の疲れを癒しておきなさい」
「お言葉に甘えさせていただきます」

 プラチナは言って、起こしていた上半身を横たえた。まとめられていない銀糸が枕を覆う。
 そんな彼女を尻目に、ワルドは刀をベッドに立てかけた。

「ところでこの剣、おかげさまで使うことが無かったよ。これはマジックアイテムかい? この造形といい、相当に貴重なように見えるが」
「――……そう……ですね。少なくとも、ワタシにとっては、大切なものです」

 ゆっくりと。顔の近くに置かれたそれを、プラチナは懐かしそうな、どこか寂しそうな目で見つめてから、呟くように答えた。

「これは何という名の武器なんだい?」
「……ひとつ、『おとぎばなし』をしましょうか」

 質問には答えず、プラチナは背をベッドに鎮めたまま子守唄のように語り始めた。





 遠い世界、遠い時代で戦った一人の男の話。
 仲間を傷つけまいと一人で戦って、勝ち切った男の話。
 魂を力に捧げて必死に戦った末に平和を手に入れたのに、彼自身の手には何も残らなかった、そんな話だ。

 まるで情景の浮かばない、子供の作り話のような――事実そうなのだろう、その話には輪郭がまるで感じられなかった。
 しかしプラチナの語り方はとても心がこもっていて、ワルドはその話をまじめに聞き切ってしまった。
 彼はどうしてか、とても寂しく空しい話だと感じた。
 彼女の穏やかな顔の向こうに母の死に際を見たからかもしれない。
 

「……ワタシが、とても小さい頃に『誰か』から聞いたお話です。この剣――刀と言いますが、これは、自らの行いを罪と言って悔やんでいた彼が、それをようやく誇りにできた時と同じくして貰ったものです」
「カタナ、と言うのか。変わった名前だが、良い名だね」
「正確にはもっと違う名前がありますが……彼のように一人で戦うことの無いよう、自らを戒めるために持っているのです」

 プラチナは体を起こし、刀を取った。
 そして暫く逡巡する様子を見せた上で、それをワルドに手渡した。

「ワルド様、この刀をもうしばらくお預けいたします」
「いいのかい? 聞くところでは大事なものなはずなのに」
「はい。今の貴方には、必要な気がするのです」

 ワルドは刀を受け取った。
 少し前にも持っていたのに、先程の話を聞いたからかとても重く感じた。

「分かった。大切に預かっておくよ」

 それを大切そうに懐に抱え、ワルドは部屋の出口へと向かう。

「それは決して力として使わないように。ワルド様、ワタシがその刀に託すもの……どうかご一考ください」

 そんな彼の背中に、プラチナは先程のような穏やかな声を投げかけた。





 自室に戻ったワルドは、笑いをこらえ切れなかった。
 痙攣するように息を生み出す腹筋を抑えながら、ワルドは現状を頭でさらい出した。

 雰囲気に呑まれて用意していた台詞も言えずじまいだったが、こうしてマジックアイテムを難なくいただくことができた。固定化をものともしないあの切れ味は、必ずやこの先で活躍するだろう。
 同じく彼女の本心も全く聞けなかったが、プラチナの勘違いした方向も推測できる。
 少なくともあの女は自分を完全に信頼している。信頼していなければ、あのような態度は取るまい。かつ、ルイズの味方だと考えるならば……
 自分が、ルイズを庇って戦うといった英雄的な行為を行うのだと勘繰っている可能性が高い。
 ……結局彼女が虚無かどうかは分からなかったが、そのようなことはどうでも良い。うまくすれば、真偽を確かめる前に仲間にできるかもしれない。
 あの態度が勘違いから来るものだとしても、具体的な行動を起こす前に、勘違いの真相を知れば問題は無い。何せまだ、期限は五日程もあるのだ。
 ルイズも自分の妻にできれば最高だが、それが無理でも方法は残っている。問題は無い。
 今一番の懸案事項が今朝に増えた二人の教員。しかし、あの二人の力は既に確認済みだ。万一攻撃してきても撃退できるレベルである。ましてや、偏在があれば負けることなどありえない。

 何も問題は無い。隙を突きルイズを手篭めにすることに専念すればいい、そこから武とプラチナ達に協力を仰げば、万事問題ない。仮に協力を渋っても、こちらには便利な薬があるのだ。
 ワルドはこれからの楽観的な未来を予想しつつ、船長に呼ばれるまで精神力を回復させるべく眠りに付いた。





「――まずいな」

 ワルドを見送ってしばらくして、体を起こさないままに天井を見つめたままプラチナは呟いた。
 先程、刀を修復して渡そうとしたのだが、それすら叶わない精神力の少なさだった。
 最近は無意識に疲労を魔法で補ってしまっていたのか、精神力の回復がやたらと遅いのだ。
 そのために喘息も自然治癒に任せていたというのに。

「ワルド……間違っても、刀を抜くんじゃないぞ」

 なまくら同然である。彼があれを切り札として使った場合、負けが確定してしまう。
 大振りなため、杖を捨てる必要がある。その時点で詰みだ。

 しかし、あの時のプラチナの願いが彼に通っていたら、刀を抜くことは無いだろう。
 いや、帯刀すら止めるかもしれない。

「王道を往かんとする者の先のすべてに神威あれ」

 自嘲のような笑みを浮かべながら、プラチナは呟いた。

 あの刀の原型となった『皆琉神威』という刀の名に込められた意味。
 ワルドに渡した刀に込められたそれとは違うが、プラチナは今、その願いを刀に託していた。





「もう一度言ってみなさい」

 ルイズは、目の前にいる少年に冷淡な声を浴びせた。
 彼は手に水兵の服を持っていて、ひどく真面目な顔でこう言ったのだ。

 ――この服を着て欲しい。

 残念ながら、才人とルイズの仲はそれほど良いという訳ではない。今のところそれほど衝突が無いため、悪い印象を持っていないというだけだ。
 学校のクラスメイトと同じくらいの親交だろう。そんな男からいきなり『これを着てくれ』とセーラー服を手渡されたらどう思うだろうか?

 ……この小粋なプレゼントに、心奪われてしまうかもしれない。

「――――ンなわきゃアねェだろおおおおッ!!」
「きゃあッ!? 何よいきなりッ!」

 彼は恥じた。
 いくらなんでも、相手は選ぶべきだった。この服が、ルイズの体格に合っているだろうことを考慮しても、だ。

 どう考えても変態の所業です。
 ましてやこの世界でのセーラー服は、他の人にとって見れば男のもの。それを、高貴な貴族様であらせられるところのルイズ様が着るわけ無いじゃないですか。

「ごめんなさい。ぼくがわるかったんです」
「……いきなりそんな顔されても困るだけだわ。どうしてこの服を着て欲しいなんて言ったの?」

 才人は悩んだ。
 極論を言ってしまえば、『萌えのため』、それに尽きる。
 しかしそのようなことをルイズに語っても、彼女には恐らく、いや、確実に意味が通らないだろう。

 そこで彼は気持ちを入れ替え、一芝居を打つことにした。

「実は……俺の世界では、この服は女の子がよく着る服なんだ」
「ふうん、でもこれって水兵の服よ?」
「そうなのか。でも、俺の故郷のものによく似てるんだ……望郷の念に駆られてつい買っちゃったんだけど、そしたら、どうしてもこれを着ている誰かの姿を見たくなっちゃって」
「それで、私ってこと?」

 才人はこれ以上なく真摯な表情でうなずいた。
 ルイズは何かを言いたげにしていたが、やがてその水兵服を手にとって、ためつすがめつ確認した。

「これじゃあプラチナにはちょっと小さいわね……はぁ、何だか馬鹿にされてるような気もしないではないけど、いいわ」
「ほ、本当かルイズ!?」
「いいわよ。でも、タケルも呼びなさい。あれも同郷なんでしょ?」





 武はやや呆れながら才人と共にルイズのいる部屋へとやってきた。
 そこには、中学生と見紛うようなルイズがいた。
 偶然にも、学院のスカートは彼のイメージしているものと同じ形状のもの。マントもない。
 そう。それはまさしく、才人が夢見た女学生の姿だった。

「ゥおおおおおおおッッ!!」

 横で咆哮を放つ才人を『いい趣味だな』と、呆れた表情で見る二人。
 武は残念ながら、この手の萌えを解せないタイプの男であった。もしかしたら、今までの経験で少し枯れてしまっているのかもしれない。

「いい~~~よおおおおお!! ルイズかわいいよかわいいよルイズ!! 思ったよりその服大きかったねルイズ! でもでも、これから大きくなることを見越した新入生みたいでとてもかわいいルイズ!! 日本人じゃないからちょっと不安だったけど、むしろそれが良かったよ! 凄いよルイズ! 凄いよ俺! 俺プロデューサぁぁぁぁぁ!!」

 なおも暴走する才人に、二人は何もいえないまま立つばかりだった。
 やがて彼は荒げた息を落ち着かせると、諭すような声で、

「こう、くるっと、回ってくれないかな?」

 と願い出た。
 声色に反してその眼光は鷹を思わせるほどに鋭く、ルイズはこれを命令と理解した。

 回ってみせたルイズを見届けた才人は天井を見上げ、始祖ブリミルに感謝の言葉を捧げた。
 彼女のふわりとした幻想的なピンクブロンドとセーラー服の組み合わせは、彼にギャルゲーの世界(やくそくのち)
を連想させたのだった。

 ――重ねて説明するが、武は残念ながら目の前の光景に感動を覚えていない。よく言えば経験豊富、悪く言えばスレているのだ。
 そのため、彼はルイズのその姿を見ても精々、似合ってるなというくらいしか言えない。いかにルイズが可愛らしくとも、この程度で彼の魂は、揺さぶられない。

 そんな彼の微妙な態度にこれはおかしいとルイズが今更ながらに思ったところで、部屋にノックが響いた。

「僕だ、ワルドだ。何だか凄い声がしたけど、大丈夫かな?」
「ワルドさんか! どうぞお入りください! 貴方にも今の俺の気持ちを教えて差し上げたいッ!」

 その言葉から暫く経って、扉は戸惑うような動きで開かれた。

「これ、は――――」

 そして姿を見せたワルドはルイズを見て、そのまま固まってしまった。





   *****

 扉を抜けると、革命だった。
 何を言っているのか分からないと思うが、俺もどう説明すれば良いか分からない。戦争だとか夢だとかじゃあ断じてない、もっと麗しいものの奔流を味わったのだ。

 ああ、何ということだろう?
 目の前でルイズが、背の丈に合わないぶかぶかな軍服を身に纏っていたのだ。

 屈強な海の男達が着るべき水兵服を未発達な女子が着込むという、その背徳的な実際。
 やや身の丈に合わないその軍服と、彼女の元々の負けん気が共鳴しているかのように、強い存在感を示している。
 それでいて、彼女のやわらかく繊細な本質を硬質な服が守っているようにも見える。
 ルイズの持ちうる魅力全てが前面に押し出されていると言ってもいいだろう。それほどまでにこの服は、ルイズの性質に見合っているものだった。
 まさかこの軍服がルイズに似合うとは――いや違う。元々この服はルイズという少女の為に存在するものであり、俺の、軍人の為にあるという認識こそがが間違っていたのだ。

 柔と剛。
 違う、調和の美。
 はたまた――ああ、俺の語彙ではこれを明確に表現することができないッ!

 だが、それでも、この目の前のルイズの可憐な姿をどうにか表現しようと頭を回転させていると――――






 ――――水兵である。 

 そう。

 俺は水兵である。

 もう六年、軍でその力を磨いていた。
 今まで努力した甲斐あり、俺は晴れて一軍の長となった。
 その際、新任以来着ていた一般兵用の軍服が使えなくなった。
 しかし記念であるその軍服を捨てるのは忍びない。かといって寮に置いたままにしておく余裕も無い。
 仕方なく俺はその軍服を、休暇がてら実家に置くことにしたのだった。

 俺の実家は、正しくは俺の家ではない。小さい頃に両親と土地……幼い頃の一切合財を失って身寄りすら無くなった俺を、近所のヴァリエール家が引き取ってくれたのだ。
 優しくも厳しく、まるで本当の息子のように扱ってくれた夫妻には、一生を尽くしてもその恩を返すことは出来ないだろう。
 俺はその家の長男として、その家の誉となるべく日々邁進しているのだった。

 立場的には、三人の姉妹を持つ身である。
 長女でありしっかり者の姉エレオノール。
 次女であり包容力のある妹カトレア。
 三女であり、優しく、強く、努力家で、かわいらしい、ルイズ。

「ワルド様、お久しぶりです! そして、隊長への昇進、おめでとうございます!」

 実家に戻った俺を最初に出迎えてくれたのは、ルイズだった。
 彼女は俺を未だに『ワルド様』と呼び続けている。
 どうして兄と呼んでくれないのか。それは分からない。養子になる前の印象が強いためだろうか、それとも、隔意がそうさせるのだろうか。少し寂しい気もするが、まあ、いずれにしても可愛らしいルイズは俺を慕ってくれていることには変わりない。
 ちなみに、昔の俺の名前はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ワルドとは本来は家の名だったが、本当の両親を思って、今はこれをファーストネームに据えている。
 今の俺は、ワルド・ジャン・ジャック・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。このルイズの、たった一人の兄だ。

 しばらくぶりに見たルイズはやはり小さかったが、それでも、将来を約束された美しさを内包していた。
 俺は抱擁で返す。腕の中のルイズはまるで小鳥のようだ。

 ルイズは、いわゆる落ちこぼれである。魔法がまるで使えないのだ。
 俺がこの家に入る前から彼女はそれで苦しんでいた。俺が行くといつも、池の小船の上で独り寂しく泣いていたものだった。
 そんな彼女の味方になったのが影響しているのだろう。彼女は誰よりも俺に懐いてくれた。それは同様に、この家に来て心細かった俺に強い力を与えてくれたのだ。

 もしもルイズが妹でなかったのなら、俺は彼女を女性として愛していたかもしれない。いや、愛していたはずだ。

 家の者に挨拶を済ませると、俺はいくつかの荷物を自室に置くことにした。
 久々に使う部屋は、しかしこまめに掃除されチリ一つなかった。
 問題のあの水兵服を仕舞おうとしたところでルイズが部屋に入ってきた。健気な彼女は、わざわざ夕飯の時間を伝えにきたのだ。
 ルイズは俺の手にあった服を、興味深々に見つめていた。

「ワルド様、それは軍服ですか?」
「ああ、でもこれは一般兵のものでもう着れないんだ。記念品としてどこかに仕舞おうと思っているんだが」

 言って俺はクローゼットを開き、適当なところにかけようとした。

「あ、あの! その軍服、どうか私にいただけないでしょうか!」

 と、切羽詰った風のルイズの声に止められた。
 こんなものを貰ってどうするつもりなのだろうか。
 俺は少し訝しがったが、まあ、他ならぬ妹の願いだと思い、快くそれを渡してやった。

 公爵家だからこその豪勢な夕食を堪能し、風呂を浴み、さて、一息つこうと思ったところでカトレアに呼び止められた。
 どことなく俺の母親に似た雰囲気を持つ、儚げな妹。
 彼女が言うには、ルイズはこの日の為に学院を休み実家にやってきたのだと言う。
 なんとも健気ではないか。
 だが、この話には続きがあった。
 彼女は未だに魔法が使えないため笑いものにされているらしい。学院には彼女の仲間など一人もおらず、苦痛にまみれた日々を淡々と過ごしていたのだという。
 そんな中で俺が実家に戻るという話を聞きつけ、彼女は必死に戻ってきたのだ。
 ――俺は喜び、しかし大いに悲しんだ。
 こんな俺を心の支えにしていたのだというのは嬉しい。だがそれ以上に、俺だけしか頼れなかった彼女の境遇を――
 ひどく、不憫と思ったのだ。

 俺はいてもたってもいられず、ルイズの部屋へやってきた。
 この少ない時間の残りを、俺はルイズのためだけに使おうと覚悟したのだ。

 無作法とは思ったが、俺とルイズの仲である。あえてノックをせずその部屋に入った。

 すると、驚いた。
 ルイズは当然、俺も負けず劣らずに。

 厚く白い生地で作られ、そのはためきで風の流れが分かるように設計された広い襟元が特徴的な海兵服。
 当然ながら男物であり、その大きい服を何とか着こなそうとしているルイズが、こちらを見たまま固まっていたのだ。

 ルイズは顔を真っ赤にしてどうにか弁明をしようとしていたが、やがて堪えきれず泣き出してしまった。それを見た俺にはもはや、彼女を抱きしめ、似合っていると呟くだけしかできなかった。
 少し落ち着いたルイズは、今までの苦境を嗚咽と共に語りだした。

「それで、私もワルド様みたいに偉大な貴族になりたいと思って」

 そう。俺にあやかろうという気持ちで、俺の水兵服を着ていたのだった。
 当たり前だが、小柄な彼女には大きすぎる……なんとも可愛らしいじゃあないか。
 俺はルイズから身を離すと、改めて彼女の姿を見た。
 凛とした服に身を包んだか弱い少女という、その姿。それはまさに、強くなくては生きられない、今のルイズのあり方をあらわしているようではないか。

 俺は心から、その姿を似合っていると言った。
 そして、俺は、同時に湧き上がってきた気持ちを素直に、ルイズに言ったのだ。

「ルイズ。僕は、君の騎士になることを誓おう」

 彼女を命を賭けて守るという宣言。それは、愛の告白にも通じる。
 ルイズはしばらくその言葉を解せないというような、きょとんとした表情をしてから、やがてその顔を新しい感情に塗りつぶしてしまった。

 感極まってまた泣いてしまった彼女を、俺もまた、優しく抱いた。
 そしてルイズも、ゆっくりと告白する。

 今まで俺を兄と呼ばなかったのは、俺を昔から『男』として見ていたからだと。
 俺が兄となる以前から、恋い慕っていたということ。
 それに今まで気づかなかった俺は大馬鹿者だ。今まで兄と呼ばれず残念に思っていた俺が恥ずかしい。

 だが、敢えて。
 今を置いてもう、俺をそう呼んでもらえる時は無い。
 俺は今までのルイズとの関係を決別する気持ちで、それをルイズに一つ願ったのだった――――





   *****

 ルイズですら見たことも無いような慈愛に溢れたワルドの顔つきだった。しかし、その瞳は濁り、危うさが見え隠れする。
 さすがの才人も我に返り、ワルドの様子を伺う有様である。
 そんな彼はその表情のまま数歩ルイズの元に近寄ると、一際輝かしく、しかし生気の伴わない笑顔を作った。

「ルイズ」
「は、はい」
「兄、と。最後に一回だけ、そう呼んでくれないか?」

 何が最後になのかは分からないが、ルイズは震える声で、

「……ワルド、お兄様……?」

 と答えてみせた。

 するとワルドは先程の才人と同じように天井を仰ぎ、始祖ブリミルに感謝の言葉を捧げたのだった。










---------
あとがき

 プロットはいくつか書いていたりしますが、どうもまだ決めかねています。そんな中でちょっと見切り発車的に三十話をお届けさせていただきます。
 プロットの書き方が染み付いたせいか、何だか文章に違和感を感じます。読み返してみるとどうも分かりづらくなっているような。
 次回更新辺りで修正などするかもしれません。


 プラチナの御伽噺を作ったのですが、ネタバレを防ぐために省略させていただきました。
 また、無現鬼道流の宝刀『皆琉神威』の意味につきましては、完全にこちらの解釈です。もし公式に違う解釈があった場合には顔面がフットーしちゃうよぅ……! っていうかキャラブック発売されてるとか! まだメカ設定集も買ってないのに! うが~~~ッ!!

 あと、貴族の姓名(というかミドルネーム云々)や領土相続などについては全くの無知なので、そこもどうか暖かい目で流していただければ幸いです。というか妄想なので、ね?


 ここから先きな臭い話となりますが、自分は政治や軍事に全く明るくないのでかなり拙いことを書いてしまうかと思います。ご鞭撻の程をよろしくお願いします。


02/07 誤字修正



[9779] 31
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/08/02 04:36
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 ロングビルは、自分の間の悪さを喜んでいた。

 彼女は、ルイズとプラチナが虚無であることを知っている。この情報は、レコン・キスタが喉から手が出るほど欲しいものだろう。
 プラチナの話を盗み聞きして以来、特にルイズの失敗魔法について分析していたが、やはりあれは普通の属性魔法、ましてや失敗魔法では説明がつかないのだ。二人の使い魔も伝承の通りの力であるため、この情報は確実と言える。
 もし、勇んですぐにレコン・キスタへこれを報告していたらどうなっていただろうか?
 恐らくは、あの仮面の男はかつて自分を襲ったよりはるかに早い段階で行動を起こしただろう。いかにプラチナとルイズの使い魔が強力だとしても、あれほどの手練を相手にして無事にいられるとは思えない。
 その行動の結末がどうあれ、自分は今のように学院の秘書を続けられただろうか?
 恐らくは、できない。好々爺然としながらも切れ者の学長なら、自分とレコン・キスタとのつながりから自分がその件の遠因だとして問い詰めるはずだ。そうなれば、せっかくの二人の――プラチナと学院長のお膳立てが泡と消える。
 そうなれば当然、二度とテファには会えなかっただろう。

 それだけでなく、二つの虚無があの軍勢に加わると考えるだけでも恐ろしい話だ。
 話を聞くまでは眉唾だったが、今ならば分かる。ゴーレムやガーゴイルを下したあの力だけでも、驚嘆に値する。それだけでなく、二つの使い魔もついてくる。片方は格闘戦では無敵、もう片方は恐らく諜報などに優れた力を発揮するだろう。
 レコン・キスタには特別な感情を抱いているわけではないが、そこまで強力なものを手に入れたなら、少なからず増長はするだろう。その勢いで大陸を一気に統一してしまうかもしれない。
 あの反乱軍がすべてを支配した姿を想像したら背筋が震えた。これはやはりあの軍勢がどこかいびつに感じられるからか。あれは少なくとも自分にはあまり良くない勢力なのかもしれない。

 そんなことを考えれば、破壊の杖と共に報告する予定にしていて良かったと、つくづく思うのだった。

「傷が痛みますか?」

 と、机に向かったまま考え事をしていた彼女にコルベールが問いかけた。
 彼女の目の前には、すっかり冷えてしまった紅茶が待っていた。

「あ……いえ。少し考え事を。それより、ミスタ? 私より重傷だったはずですが」
「大丈夫ですよ。これでも頑丈さには自信がありますからね!」

 と言って力瘤を作ってみせる。
 実際には彼の傷は完全に癒えておらず、そう強がっている間にも体の奥に残ったダメージが彼の顔を強張らせていた。
 それを読み取ったロングビルはあえて微笑み、知らぬふりをする。

 彼はお人よしで純朴だ。やや頭の固いところもあるが、貴族としてはかなり人のできた方なのではないか。
 破壊の杖の強奪に失敗する前は貴族すべてを十把一絡げに見ていたが、今はこうして個人を見る余裕もできていた。

 そういうところに気づかせてくれた切欠になったというのも、うれしい話だ。
 人を騙して過ごしていたのが、思っていた以上のストレスになっていたのだろう。

「み、ミス? ミス・ロングビル?」

 いつのまにか満面の笑みになっていたらしく、コルベールが顔を僅かに赤くしながら心配そうにしていた。
 ロングビルは答えず取り繕って、冷えた紅茶を飲む。

「ミスタ。必ず、彼女達と使命を守りましょうね」
「え? ええ」





「船影だと?」

 慌て調子の船長の報告を受けたワルドは、その手にあった望遠鏡で向こうを見た。

 大量の大砲がついた黒い軍船だ。停戦信号を伝える四色の旗が掲げられている。
 距離的には回避できなくもないだろうが、そのような動きを見せれば、大砲が火を噴くだろう。

「この船が貨物船でなければよかったのだが」

 高値で取引される硫黄がこの船には積まれている。もしかしたらそれを知って待ち伏せしていたのかもしれない。
 応戦しようにも、圧倒的な火力差があることは見て明らかだ。こちらは威嚇用として最低限の砲台しか持ち合わせていない。
 ワルドなどメイジにしても、消耗が少なからずある。

「船長。これは無理だ。投降しよう」
「ま、待ってくださいよ! そんなことしたら」

 一家が路頭に迷ってしまう、そんなことを嘆く船長達を尻目に、ワルドはルイズ達を一堂に集めることにした。





「やばいんじゃないか? 持ち物検査されて手紙見られたら一巻の終わりだろ」
「そうね……ああもう、時間も無いのにどうしてこんな」
「落ち着きたまえ。奴らの狙いは貨物だ。うまくいけばそれで我々を見逃してくれるかもしれん」

 ワルドは慌てる面々をたしなめながら、考える。
 それは仮にあちらが程度を弁えていたら、の話だ。最悪、船ごと徴収されるばかりか、人を奴隷代わりに使うこともあるだろう。

 空賊まがいの活動をするレコン・キスタの仲間もいるにはいる。
 この船は硫黄をレコン・キスタに送る予定だったらしい。そんな船を同志が襲撃するとは考えにくい。
 それはつまり、ワルドの裏の顔が通用しない相手。トリステインの騎士としてこの難所を突破しなくてはならないということだ。

「いいかね、くれぐれも向こうを刺激するようなことはしてはいけない。時には不条理な要求をされるかもしれないが、最大の目的――アルビオン到着を常に留意して、耐え忍んで欲しい」
「そうですな……目をつけられたのは不幸ですが、交渉でうまくいけば、それに越したことはありません。しかしミスタ」
「何かね」
「私は、万一ミス・ルイズ以下友人達に危害があった場合には強硬手段に出るつもりです。かまいませぬな?」
「……ああ。背に腹は替えられぬ」

 船同士が接触した衝撃が伝わった。追って、それぞれを固定する作業音。

「では行こう。繰り返すがなるべく穏便にだ。決して挑発するような動きは見せてはならないよ」

 一行は甲板へ出た。着替えしそこなったルイズの水兵服が、風に揺れた。





 その装備の充実ぶりから軍船にしか見えない船は全てがタールで塗りつぶされていて、重厚な禍々しさを感じさせる。
 船員も、俺達は空賊だと精一杯の主張をしている。皆が皆、鍛えられた浅黒い肌を露出させ、バンダナや眼帯をつけることも忘れてはいない。体の汚れは本物なのか、風に乗って潮風のような体臭が一行へやってくる。
 まさに、絵本の海賊がそのまま飛び出してきたような出で立ちだ。

 中でも、一際立派な身なりをした空賊の頭。
 振る舞いからまだ若いように見えるが隙が無く、眼光も雷を思わせるほどに鋭い。相当長く活動しているのか、端整な作りの顔にはびっしりと無精ひげが付いている。
 そこらの追いはぎとはまるで違う覇気を感じ、コルベールは息を呑んだ。

「まずはお前ら、杖と武器を置いてもらおうか」

 言われ、皆が床にそれぞれ落とす。それを見た空賊の長は満足げにうなずいた。

「おい、この船の代表は誰だ? ……積荷は何だ」

 この世の終わりのような顔をしていた船長が、かすれた声で硫黄だと答える。瞬間、空賊達は控えめながら歓声を上げた。

「王党派にか?」
「いえ、反乱軍に……」
「そうか、そろそろ城を本気で落とすって腹かね……野郎共、片っ端から積んじまえ」

 言われ、空賊達がぞろぞろと客船に乗り込んでくる。その間、ルイズは強い視線を空賊達に向けざるを得なかった。
 彼等の襲撃が無ければ任務は滞りなく終えられただろう。ラ・ロシェールでの盗賊や傭兵のこともあり、これも何かの差し金かと疑ってしまうのも無理はない。
 いくら刺激を与えないようにとワルドに言われていても、どうしても苛立ちが顔に出てしまう。
 そんな様子をちらりと見る空賊に気づき、ルイズはその顔つきのまま、遠くに霞むアルビオン大陸に視線を移した。
 これがこんな状況でなければ、この風景を感動の中で見れたものを。

「それにしても」

 ルイズを珍しそうに眺め顎をさすりながら、頭が呟く。

「こりゃまた変わった格好のお嬢さんだな。海兵って訳じゃあなさそうだが」
「……アンタには関係ないでしょう?」
「おお、かわいい顔の癖に強気だな。なるほど、そうなると兵士の服も似合ってるな」

 さらに一考。彼はおもむろにルイズの腰に手を回して引き寄せると、顔を息がかかる位にまで近づけた

「なァお嬢さん、お前、俺の仲間にならねぇか?」
「なッ――」

 反射的にルイズが手を上げようとした直前。

 まさに閃光、誰にも止められないほどに速く鋭い拳が、ルイズを抱き寄せていた男の横っ面を捉えていた。

「ルイズは俺のものだ、誰にも渡さんッ!」

 くるりくるりとダンスのように数度回転してからくずおれた空賊の船長を、光の灯らない目で見下ろしながらワルドは宣言した。
 妄想に飲み込まれてしまったあの時と全く同じ、とてもいけない目の色だった。

 あまりの展開に凍ってしまったそれぞれの時間が動き出したのは、頭が呻きながら身を起こしたときだった。

「なッ……何やってんだお前ェ!」

 プラチナが思わずワルドの胸倉を掴んで揺さぶり問い詰める。ワルドはそこでようやく正気に戻り、自らの行いに恐怖した。

「落ち着けって言ったのが真っ先に暴走するとか、ギャグの才能もあったんだな……」

 才人が苦笑いして呟き、それに武が肯定し、深い溜息をつく。

 コルベールは周囲に警戒しながらも、起き上がった頭の顔から目が離せなかった。
 無精ひげが根こそぎ取れている。それだけでなく、黒く長い髪の下からは絹のように輝く金髪が見えている。
 あれほど堂に入っていたのに、それが変装だったとは。

 頭の様子に気づいた空賊達が慌てて駆け寄るが、頭は気丈に胸を張り、彼等を止める。

「……生まれてこの方ァ、こんな腰の入ったパンチを食らったのは初めてだ。ただもんじゃねえなお前。おい、名前は何だ?」
「――ッ、ワルドだ、ジャン・ジャック……む?」

 自責の念で表情を曇らせていたワルドも彼の異変にようやく気づき、一転口を半開きにしてしまう。

「あ、あの、お頭」

 そこで彼もようやく気づく。
 髭があった位置をさわり、あたりを見回し、床に落ちていた毛の塊を確認すると、彼は頭にあった藻のような毛を毟り取った。

「ああ……やれやれ。まさかこのような展開でばれるとは思わなかった」

 そして顔を懐から取り出したハンカチで拭く。すると、美青年と言って差し支えない顔つきになっていた。
 『フェイス・チェンジ』の魔法ではない。顔についていた墨が取れただけだ。

「……誰よアンタ」
「うむ。空賊の長改めアルビオン王立空軍大将、ウェールズ・テューダー。これでも一応、アルビオンの王子をしている」

 いきなりの暴露に思考停止する面々を尻目に、空賊達が次々に衣装を剥ぎ取る。すると、今までの粗野な雰囲気はどこへやら、いずれもが貴族らしく見えるではないか。

「……うう、嘘おっしゃい!」
「このご時勢だからね、辺りで活動するには空賊としてやったほうが好都合なのさ。さて、君達はどういう向きでアルビオンへ?」

 顔を赤くしつつまごまごするルイズ。自分も無礼を働いた上に、ワルドに至ってはその顔面を殴り抜いたのだ。実際、彼の端整な顔は片方が僅かに膨れてしまっている。

「あ、あの、皇太子殿下でいらっしゃいますか?」
「いかにも」
「で、でしたら、このように空賊まがいの行いを我々に仕向けるのはいかがなものなのでしょうか? その、品位が下がるのでは、と申しますか」
「これも戦争の内だよ、船長。それに、この貨物はあの憎き反乱軍に向けたものだろう。つまり君達は我々に仇なす者であり、その芽を摘むのは当たり前ではないか」
「うぐッ……?」
「本来なら正式な手続きで君達に罰を下したいところだが、状況が状況だからね。その硫黄とフネで手打ちにしよう。もちろん、命までは取らない。悪い話ではあるまい?」

 今度こそ、船長は床にへたり込んだ。

「それで、君達貴族はどういったご用だね? まさか観光でもないのだろう」
「……その前に、本当に皇太子殿下であるという証拠をお見せいただけないでしょうか」

 ウェールズは左手薬指にあった指輪を外し、ルイズがつけていた水のルビーに近づけた。すると、その間に虹色の光が生まれた。

「これはアルビオンに伝わる風のルビーだ。やはりそれは水のルビーだったか。してみると、君はあのアンリエッタの使いだね?」
「え、ええ。その通りです。我々は密書を届けに、ここまでやって参りました。先程はご無礼をば致しました」

 ルイズは言いながら、震える手で胸ポケットから手紙を取り出した。
 それを一読すると、彼は顔を悲しげに歪め、すぐに佇まいを直した。

「――すまないが、手紙は城にある。申し訳ないが、ニューカッスル城にまでご足労願いたい」





 才人が言うにはアトラクションのようらしい、雲のカーテンの向こう側、大陸の真下。
 その暗い中に鍾乳洞へ続く大きな穴があった。そこが、反乱軍も知らない秘密の港。ここを拠点として、彼らは空賊として活動を続けていたのだ。

 ルイズと武、ワルドはウェールズに連れられて、城の最上階にある彼の部屋へ向かった。
 一方、残りの面々は広間に残り、周囲の様子を伺っていた。

 ウェールズ達が言うには、今日はパーティーが行われるらしい。何のパーティーが行われるのかはいま一つ分からなかったが、盛大なものになるのは見て取れる。
 活気溢れる中、才人は今ひとつ浮かない顔をしていた。

 硫黄を手に入れたと言ったウェールズ。それに沸き立つ兵士達。
 そして、何故か喜びながら敗北できると言い合う彼等。
 その様子が、才人の頭の中で繰り返し再生される。

 パーティーの準備を行っている間でも、名誉ある敗北という言葉が時折耳に届いてくる。
 苦々しい顔つきで、プラチナはどう思っているのだろうかとその顔を覗いてみる。
 無表情のまま、時間が経つのを待っているように見える。

「お待たせいたしました。客部屋のご用意ができましたので、ご案内いたします」

 先程ウェールズと親しく話をしていた、パリーと呼ばれていた老メイジがやってきて、礼をした。

「お心遣い痛み入ります」
「さて、程なくパーティーも行われましょうが、それまでにどうぞ、旅の疲れをお取り下さいませ」





 個室に案内されたプラチナが一息をついていると、才人がやってきた。

「プラチナ、あの」
「当ててやろうか。名誉ある敗北って意味が分からないから、それを聞きに来たんだろ?」

 才人はうなずいた。
 プラチナに促され、ベッドに座る。

「やっぱ、貴族だからそういう言葉が出せるのかな? 俺の国じゃ命あっての物種っていうのがあるけど、そういうのこの国じゃ通用しないのかな」
「……どうだろうな」
「どうしてあんな負けること前提で話ができるんだよ?」
「負けるってことが確定してるからな。今更怯えていても仕方ない」
「負けが確定……かもしれないね。今この国で王党派は三百人くらいで、向こうは万単位で兵がいるんだっけ……じゃあ、なら、逃げれば良いじゃんか」





「それは、できんよ」

 ウェールズは首を横に振った。
 尚も亡命を奨めるルイズ。ワルドがその肩を抑えていたが、更に武がそれに手を加えた。

「何よ……何よッ! アンタも亡命しちゃ駄目だって言うのッ!?」
「そうは言ってない。だが――ええと、ウェールズ皇太子殿下。オレには国の事情とか明るくないんで突っ込んだことは言えませんが、それは自分の命を、自分を支えてくれた人達の希望を捨ててまでしなければならないことなんですよね」
「……うむ。我々、特に王族はここで果てねばならぬのだ。もし仮に我々がトリステインへ亡命したとなれば、奴らはそれを口実に、君の国へ進軍してしまうだろう」

 苦笑し、ウェールズは諭すようにルイズに語る。

「しかし……ッ、その手紙には書いておりませんか!? いえ、書いてあるはずですわ! 私はアンリエッタ姫殿下の気性をよく知っています! あの方が貴方を、愛する人を見捨てるようなことをするはずがありませんッ!」
「いや、書いていない……ここには、ゲルマニアに嫁ぐという旨と、手紙を破棄するようにという願いしか書かれていない」

 ウェールズは、ルイズの『愛する人』という段で一瞬瞠目したが、すぐに目を伏せ否定した。

「いえッ! 亡命の願いが書いてあるはずですわ!」
「……王族ともあろう者が、個人の都合と国の未来を天秤にかけるなど、許されることではない」

 目を開き、強い視線と共にルイズへ叩きつける。引いては、先程の言葉が侮辱であると言わんばかりに。
 ルイズはもう、自分では彼を説得できないと悟ってうつむいてしまった。
 そんなルイズに、ウェールズもその肩に手を置く。男三人が彼女を慰めるように。

「……でも殿下、オレ思うんですよ。もし殿下達がここで死んだとしても――」





「多分、あまり意味無いだろうな」
「どうしてだ?」

 プラチナは腕を組み、少し悲しそうに才人へ笑った。

「人っていうのは……特に権力にしがみついている奴らは、目的のためにはいくらでも理由をつけられるんだ。たとえ亡命せずにここで死んでも『亡命した』という噂を作って進軍することもあるかもしれない」
「……じゃあ、結局犬死に、なのか?」
「いや、少なくとも時間稼ぎになるだろう。でもな才人、反乱軍の目的は聖地の奪還だ。ここアルビオンにい続けては、いつまで経ってもそれが叶わない。ここだけで満足するわけが無いんだよ」
「ここでレコン・キスタを止めるには、どうすんだ?」
「無理だ」

 間髪いれずに、プラチナは吐き捨てた。
 言い返そうとして、どうしようもないだろうと才人は思い直す。
 三百対五万。子供がバスに体当たりするようなものだ。この圧倒的戦力差を覆せるのは、物語の中だけだろう。

「だから彼等は、どうせ死ぬなら一矢報おうと必死なんだろう。今回のパーティーも、ともすれば恐怖で潰れてしまいそうな心を鼓舞するためか」
「それでも、俺にはわかんねーよ……この国の奴らも奴らだし、反乱軍も信じらんねえよ」

 他人の、それも違う世界の問題だというのに、才人は悔しさで胸がいっぱいになった。
 無力感だろうか、それとも不条理感によるものだろうか。彼には分からなかったが、とにかくどうしようもなく悔しくなり、つい涙ぐんでしまう。

「やっぱ俺、この世界嫌いだ」

 ごまかしついでに才人が呟いた辺りで、パーティーの準備ができたという声が部屋の向こうからやってきた。
 プラチナは才人の肩をポンと叩く。

「それでいい、分からないで済む方がずっと良い――ところで才人、今回のパーティーは多分、国庫を枯らす位の大盤振る舞いだぜ? 楽しまないとこの国の人達に悪い!」





 パーティーは老いたアルビオン国王の言葉から始まった。
 彼は初めに臣下達に暇を与える、我々を置いて逃げるが良いと言ったが、その場にいた全員は返事をしなかった。そればかりか、こともあろうにそんな発言をした王をからかってまで共に戦うと叫ぶ有様。
 結局、パーティーは礼儀などどこに行ったか、まるで戦場のような騒がしさになってしまった。

 その中で、ルイズ以下トリステイン組は物珍しさもあって、周囲にもみくちゃにされていた。
 彼等に明るく振舞ってみせるが、ルイズの気持ちはどんどん冷え込んでいく。

 ここで死んでも、レコン・キスタは遅かれ早かれ、他の国へ戦争をしかけるはずだ。周りの話を聞くに、そうとしか思えない。

 武はそう言った。その時のウェールズの顔は、吹けば壊れるような、そんな危うげで硬い表情になっていた。
 最早死ぬしかない、あえてそれを意義あるものにしてみせよう、そういった覚悟を打ち砕かれたのだろう。

 丁度その時にパーティーが始まるという知らせがあったために、結局その後のウェールズの心中は察することはできなかった。
 彼は、あの直後も今も、明るく毅然に振舞っている。
 心中は、本当は恐れに晒されているというのに。
 アンリエッタと、もう一度会いたいはずなのに。

 このような悲恋が許される訳が無い。そして、このような惨たらしい運命を紡ぐレコン・キスタに始祖ブリミルの加護があるなど、決してありえない。





 ワルドはパーティーを途中で抜け、自室へと戻った。
 そこで彼は刀を佩き『偏在』を使う。生まれた偏在は仮面を被り、窓から夜の空を飛んでいく。

 やがて偏在は、草原の只中で大量に乱立するテントの一つにたどり着いた。反乱軍の設営地である。
 もはや儀礼的なものに過ぎない戦争になっているが、それでも戦前特有の緊張感が場を包んでいる。暗闇の中を食料や馬、武器などを運んでいる兵士が見える。
 テントの前に立っていた兵に挨拶をしたワルドは、その奥に緑色のローブを羽織った痩身の男を確認した。レコン・キスタの総司令官、クロムウェルである。
 彼はワルドの姿を見るや、心底嬉しそうな顔をして大げさに両手を開いた。

「このようなつまらない場所にようこそ、子爵! 任務は滞りなく進んでおるかね?」
「は、閣下。やや不安な点はいくつかありますが、おおむね順調です。今回は、特に目を引く情報を持って参りました」

 言って、ワルドは腰の刀を鞘ごとクロムウェルに見せた。

「これはルイズの友人が持っていたカタナという剣なのですが、この切れ味や、固定化されていた私の杖を一瞬で両断してしまうほどの切れ味を持つのです」
「それは素晴らしい! これを使えばあの堅牢な城壁も突き崩せるだろう。しかしそれは偏在のもの、いつか本物を私に見せてくれるのだろうね?」
「是が非にも。そして、その友人、プラチナという名なのですが、彼女も虚無である可能性があります」

 クロムウェルはその大きな口を更に横に引き伸ばした。そして、その端を見る見るうちに吊り上げた。

「それは何たる僥倖! これで我々に三つの虚無が揃うという訳だね子爵! これもまた、始祖のお導きだろう!」
「その通りでございます。幸い、彼女は私に信頼を置いている様子。ともすればルイズよりたやすく引き入れられるだろうと」

 そこに、黒髪の女が音もなくやってきた。
 ローブで顔を隠しているものの、口元だけでも美女だと分かる。独特の香気が、彼女が遠くからの出身であることを教えてくれる。
 名前以外に知るところが無いため胡散臭くはあるが、クロムウェルがよく傍に置いているため、切れ者か何かなのだとワルドは認識している。

「閣下。マジック・アイテムでありましたら、わたくしに鑑定をお任せ下さいませ。たとえそれが仮初のものでも程度を見極めてご覧に入れましょう」
「おお、シェフィールド殿。では、お願いできませぬかな?」

 ワルドはその怪しげな女に刀を手渡した。シェフィールドはそれを手に取ると一瞬口元を下向きに歪めたが、すぐに改め、それを抜き放った。

 その刀身は、中ほどからきれいに刃が失われていた。これがマジックアイテムならば、むしろそこにこそ力が宿るようにも見えるかもしれないが、実際、そこには何の凄みも感じない。
 彼女は宝石が散りばめられた白い手袋でその欠けた刃などを触っていたが、やがて嘆息し、刀をワルドへつき返した。

「残念ですが、それに魔法的な力はございませんわ。切れぬかと……なまくらというものでしょう」
「なッ、しかし、現に私の杖は両断されたのだ、ただの剣にあのようなことができるとも思えぬのだが」

 シェフィールドと呼ばれた女はしばらく唇に手を当て考えこんでいたが、

「では、それこそが彼女の虚無としての力なのでしょう」

 と、独白するように答えた。

「うむ……誰にでも使えるマジック・アイテムでないのは残念ではあるが、かえってその、プラチナだったか、その女性が虚無であるという反証になったというところかな?」

 取り繕うように言って、クロムウェルがワルドに言った。彼としても、笑って返す他ない。

「物より人の方がより得るのは難しいだろうが……君の人徳を見込んで改めてお願いしよう。二人のレディのエスコート、よろしく頼んだよ子爵君」





 ワルドが霞と消えた後、シェフィールドは自らのテントに戻った。
 そして、懐から宝珠のようなものを取り出すと両手の中に包んで呟いた。

「二人目の虚無と思しき者の情報が届きました」

 すると、宝珠からささやくように小さな、男性の声が聞こえてくる。

「学友のようですので、トリステインの生まれかと……申し訳ございません、家名までは」

 宝珠を包んだ両手を口元に置いたまま、明後日の方向に礼をするシェフィールド。

「……ありがとうございます。期待には全力を持ってお答え致しますわ」

 言って名残惜しそうに宝珠を仕舞うと、彼女はやや上気した顔を無理やり引き締めて、外に出る。
 そして、ニューカッスルの城の方向を睨むのだった。











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あとがき


 前回の口約束を紙のように破っての更新となりました。
 遅れたのは、あらかじめ予定を言ってしまったために起こった怠慢と、原作の紛失によるものです。
 計六冊、特に今回の部分である二巻も含まれていたため、いざ書く段となってもなかなか書けない有様でした。一応閑話などは適当に書いていたりもしましたが……
 とにかく今回は、原作の二巻だけを古本で買っての更新です。なぜ行きつけに売っていない。

 そして、やはりプロットも書けていません。酷い話です。
 というより、話すらおぼろげな有様です。現在は初期プロットとかなり変わっていますが、そこからエッセンスを抽出して数話分を組み立てました。
 しかし、ちょっと次の話を書くのも恐ろしいので、今日にでも遠出し、虫食いになった巻を揃えたいと思います。

 書くのが急ごしらえすぎたため、今回は特に原作を劣化コピーしたような感じでした。





 この作品の板移動についてですが、この遅い更新速度と稚拙さ、そもそもの発想のチラ裏度などあらゆる点から、この板に永住させていただくことに決めました。
 移動をお誘い下さった方々に感謝いたします。



08/02 矛盾点を修正 ……ごらんの有様だよ。



[9779] 32
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/08/02 04:51
32

 ある一点を、ロングビルはじっと見つめていた。
 視線の先には、アルビオン王、ジェームズ。彼はパーティーの中でも玉座に腰を落ち着けたまま、時折、手元のワインをゆっくりと飲んでいる。
 やがて、彼女はそんな王の元へ緩やかに歩を進める。二人の護衛が何事かと身構えるが、王は軽く手を上げそれを制する。

 向き合った二人は、しばらく何も喋らず、見詰め合った。

 ――――この国の弟王であるモード大公は、ある日一人の女性と恋に落ち、子を成した。
 問題は、その恋仲というのが、人間の敵対種族であるエルフだったのだ。
 始祖ブリミルの教えを特に厳密に守るアルビオン王家が、これを認めるわけが無い。国の基盤を揺るがすだろうほどの大罪である。
 国はすぐさま大公を投獄した後、エルフの妻とその子を亡き者にしようとした。
 しかし、それに対抗、反乱したのが、当時のモード大公の側近であったサウスゴータ家である。
 その家は徹底的に締め上げられ、結果、滅びることになる。
 母親のエルフはもとより、家の者も処刑された。
 辛くも逃げ延びた二人の娘は、遠く離れた森で、細々と隠れ生きることになったのだ。
 
 ロングビル――本名、マチルダ・オブ・サウスゴータは、その生き残りである。
 家を滅ぼされた恨みを胸に秘め、今まで生きていた。だが今、その恨みは、今までぶつけたかった最大の相手を前にしても表に出る様子を見せない。

 王の表情は皺に隠れ、読み取れない。彼女がどう切り出すかを黙って待っている。

「……お久しぶりです」

 やがて、彼女は世間話をするように、王へ話しかけた。
 王は短く咳払いをすると、その、まだ鋭さを保つ瞳をロングビルへと向けなおした。

「大きくなったな」
「私のことをご存知で?」
「サウスゴータの娘だろう? 面影が母親と似ておるよ」

 彼女はひどく驚いた。
 見破られていたこともそうだが、家族の顔を覚えられているとも思っていなかった。
 慣習にとらわれて家族を殺した愚王であるという認識をしていたのだが、不意打ちを食らったような気分である。

「わ、私の家は、貴方に滅ぼされました」
「ああ」
「あの日から、アルビオンを、貴族を恨まなかった日はありません」
「そうだろう」

 反撃のつもりで放った言葉は、それがどうしたといわんばかりに一蹴された。
 その態度のおかげで、やっと恨みに火がついた。

 懐から杖を取り出し、王に向ける。
 護衛が慌てて剣を引くが、王はそれでも身じろぎすらしない。

「……私がどのような気持ちでここにいるか、お分かりですね?」
「それがどうした? 分かっていたらどうしろと言うのか。いまさら謝れば良いのか? それとも、この首を差し出せば良いのか?」
「いけません、王ッ!」

 これ以上の刺激はまずいと側近の一人が慌てて制するが、王は睨んで止め、そのままその視線を彼女に向ける。

「構わん。儂を殺したければそうするが良い。なに、どうせ明日にでも消える命だ。奴等に殺されるより良いかも知れん」
「どうして貴方は、そんな!」
「……語らせてもらおう」

 王は返事を待たずに続ける。

「貴族派の温床となっていることも分かるように、アルビオンは極めて古い体制により成り立っておる。エルフは伝承の通りに邪悪な存在であると貴族は皆信じておる、平民もそうであろう。そんな者と王族が結ばれたという話が広まれば、どう思うかね。許されるわけが無い。王族はエルフに誑かされたと判断されるのは目に見えた」
「だから、殺したと?」
「そうだ。当時の我々には他に良い手が思いつかなかった。いや、今起こっても同様に対処しただろう。今でさえ他の方法など見当もつかず、お主やモードの忘れ形見がいつ国に牙を向くか、それを恐れて捜索を続けていた」
「そんなこと、たかが二人でできるわけがないでしょう」
「かもしれん。だが、お主等がどのような考えであったにせよ、我々には脅威だ。脅威は摘み取らねばならぬ。いわば、存在そのものが許されぬ」
「なんて言い草ッ……! それだけのために我々を追い詰めたと!? そんなの、いくら謝られても許される訳が」
「恨まれるのは覚悟の上だ。より多くの者がよく暮らすための最善だと信じて、儂はお主等に手を下したのだ」

 激昂しかけたロングビルの声を覆うように、王はやや口調を強めて言った。

「最良の手は、あるいはあったかもしれぬが――我々の手にあった札はあれのみだった」

 王は目を瞑り、押し黙る。心の色は見えないが、少なくとも『そんなものはない』と悟っているかのようだった。
 だが、それでも納得できるものではない。苦しみに塗れた半生は、他に手が無かったからといって認められるものではない。

「……なら、この私の気持ちは、どうすればいいのですか?」
「儂も答えを持たぬ。儂を殺して気が済むのならばそうするのも、今ならば構わぬ。賠償を望むのならば、今のうちに宝物庫より取って行くが良い」

 いずれも、謝るという形ではなく、彼女の行いを黙認するのみだ。
 これでは、家の誇りまでは償えない。今までの扱いへの謝罪は望むべくも無い。

 長い沈黙の末、彼女は杖を仕舞う。

「一つ、望みを叶えてはいただけないでしょうか」
「申せ」
「戦ってお死に下さいませ。貴族派に王として立ち向かい、より多くの者を道連れとして、お死に下さいませ」
「何を。元よりそのつもりだ」

 そこで、初めて王は笑った。
 自嘲とも取れなくは無いが、いたずら好きの爺を思わせるような、王らしくない表情だった。

 ロングビルは一礼すると黙ってその場を立ち去り、覚束ない足取りでバルコニーへ出た。
 そこから見える草原は闇空よりも暗く、これからここで戦争が起きるとは思えないほど、静かだ。

 ひどい無力感だった。
 振り上げた拳の下ろしどころが、急に消え去ってしまったやるせなさだ。

 いつか復讐してやろうと思った国は、明日には勝手に滅びてしまう。
 同様に大嫌いだったアルビオンの貴族は、今はまるで平民と変わらぬ、分け隔てなく明るい振る舞いを見せてくれている。
 そんな彼等に面と向かって復讐する気力が、どうしても沸いてこない。
 そもそも、この恨みが本当に正しいものなのかも分からなくなっていた。
 貴族にも良い者と悪い者はいる。だが、それを十把一絡げに復讐対象とするのは、正しかったのか。
 本当に恨むべきは貴族ではなく、貴族の間に横たわる、エルフへの差別意識だったのではないか?
 家がモード大公の部下でなければ、ティファニアがいなければ、もしかしたら自分もエルフを嫌っていたかもしれない。それほどの歪みが貴族社会には存在している。だが、それを理解するには、子供の頃の彼女には難しすぎた。

 下調べをしたとは言え、復讐をした中にはオスマンらのように心善い者がいたかもしれない。自分が起こした悪事の裏で、無関係の者が酷い目に遭ったかもしれない。
 それに、仮にも王は弟を政治の為に殺した。実際にどれほど仲が良かったかは知らないが、少なくとも赤の他人以上の目は向けていたはずだ。彼が身内殺しの心痛を押してまで処刑に踏み切ったと考えれば、それこそ傷口に塩を塗りこむような行為だったのではないか?
 そう考えると、寒気すら覚える。復讐心に任せた行いで、いったいどれほどのものを犠牲にしたのか。





 考えれば考えるだけ滅入ってしまう思考を切り上げた彼女の傍には、いつのまにかコルベールが立っていた。
 彼は何も語りかけず、あさっての方向を向きながらロングビルの動向を見守っているようだった。いや、的確な言葉が見つからないと言うべきか。
 寂しい頭にかかった髪の毛が、冷涼な夜風に寂しく揺れている。
 それに気づいたロングビルは、呆れた様な表情を彼に向けた。

「こんなところにいても、楽しくないでしょう? それに、冷えますよ?」
「いっ、いえ……ですが、それはミスも同じでは」
「私はよいのです。今はとてもパーティーに参加する気分ではありませんから」
「考え事ですかな? 難しい問題でしたら、私に打ち明けてみるのはいかがでしょう」
「結構です。今終わりました」
「それでは、なぜまだそのようなお顔をしているので?」
「ただの気疲れですわ」

 そっけなく扱われ、コルベールもロングビルと同じような表情になる。しかし、すぐに彼は表情を引き締めた。

「……なればこそ、気が滅入った時こそ馬鹿騒ぎですぞッ! あえて騒ぎに身を投じ気分を盛り上げようではありませんか! それはこれから戦いに赴く者達への励ましにもなるでしょう!」

 突然大声で言われたロングビルは、耳を押さえた。
 そして、その声の主を軽く睨んだ。そうすれば、この気弱な年上の教師はひるんでどこかに行くと思ったからだ。
 しかし、彼は全く動じない。真面目くさった表情を仮面のように張り付かせ、ロングビルを射抜くように見つめ続ける。

「……冷やかしになりますので」
「まさか。私が貴女を笑顔にできずとも……こ、このような美人を周りが放ってはおかないでしょう?」
「無理に言わなくても良いのですよ。このような行き遅れに構うはずがないのは分かっているつもりですわ」
「その若さで行き遅れと言われたら、私の身の置き場も分かりませんな?」
「そのようなことはありませんわ。女と違い、男は年齢を重ねるほど魅力が増していくものですから」

 言い切り、これではおだての応酬だと苦笑する。
 ロングビルはコルベールを横切り、向かいのテーブルにあったワインの瓶をぶっきらぼうに二つ取り、

「飲みません?」

 と、吹っ切るように一つ投げ寄こした。






 やや、どころではなく大いに不安を覚えつつ、ワルドは会場の隅で腕を組み懊悩していた。
 明日の午前中までにどうにかルイズ達を連れて行かなければならないが、その足がかりがここに来て見つからない。
 なんとすれば力技で連行することも可能だが、それでは他の目的――ウェールズ殺害など――も達成できない。

 このままでは、計画がまとまらないまま期限を過ぎてしまう。

「どうしました? 先程こちらへ戻ってからずっと、浮かない顔をしていますが」

 気づけば、プラチナが心配そうに顔を覗きこんでいた。
 慌てて取り繕うが、やはり焦りは滲み出る。

「悩みがあれば、お話しください。ワタシは微力ですが、聞かせるだけでも楽になるものです」
「いや……」

 言いかけ、その口を閉じる。

「……そうだね。では、お言葉に甘えよう」

 言い直し、通りがかった給仕からワインを取り一気に飲む。

「悩みというものは他でもなく……いや、今までずっと悩んでいたんだが……決めた」

 瞳を閉じ、なるべく表情を硬くし、返事を待つ。
 瞼の向こうで、僅かに息を気配がした。

「やはり、戦うのですか」
「……ああ」

 ポーカーフェースを装い、頭の中でその答えを検証する。

 ――何と戦う? アルビオンとか? 
 いや、俺は“トリステインの軍人”だ。“トリステインの軍人”は、将来敵となるだろう貴族派の益となるような行動はしない。
 となればやはり、レコン・キスタに杖を向けるのだと勘違いしていたか。
 ……そこまで無鉄砲な人間だと思われていたのか? まあ、好都合だが。

 そう結論してからは、ワルドの思考はギアがかみ合ったかのように計画を織り上げていった。

「……ここに残り、異国の友人とともに戦おう」
「死ぬことを覚悟してですか」
「もちろん僕だって死にたくは無い。だが、このような時機に命を捧げることが、軍人の仕事なのだよ。分かるかね?」

 プラチナは淡白にワルドの言葉を待っていた。しかし、言葉が続かないのを確認すると、深く溜息をついた。

「平民の輩が意見できるものではありませんね。せめて、ご武運を」
「ありがとう。だが、心残りが一つある。それは、ルイズだ」
「かつての婚約者、でしたか」
「いや、僕の心の中では今も彼女は婚約者さ。この前求婚をしたのだが待ってくれと言われてね……彼女には悪いが検討を切り上げてもらい、できれば明日、戦争が始まる前に式を挙げたい」
「……分かりました。では、彼女の了解を得られましたら、どうかお伝えください。改めて祝福させていただきます」

 ワルドはマントの下に隠していた刀を、立ち去ろうとしていた彼女に返す。
 それを受け取り恭しく礼をして、プラチナは背を向けてどこかへ去っていった。

 目的全てを達成できるピースを簡単に手に入れられた事実に顔をにやけさせ、慌てて帽子を深く被って隠す。
 そんな彼が、立ち去る際に彼女が鳴らした小さな歯軋りに気づけるはずも無かった。




 直後、プラチナはパーティー会場から抜け出し部屋に入り、ベッドに拳を叩きつけた。
 ワルドへの罵倒を繰り返しながら、何度も埃を撒き散らす。

 先程のワルドの話を貴族が聞けば、誇りある決意だと感心するかもしれない。
 だが、プラチナには全くそうは思えない。

 祖国の為に命を賭ける誇り。それは否定しない。だが、今回に限っては焼け石に水だ。
 その上、魔法騎士隊の隊長である彼が死ねば、トリステインの戦意にまで悪影響を及ぼしかねない。
 増援が期待できないアルビオンの現状を見たためにこのような発想が生まれたのかもしれないが、あまりに無謀だ。
 命の捨て所を間違っている。死ぬと分かっていて行動するのは、他に手がなくなってからでいい。命に代え難いものを守るためにして欲しい。
 あまつさえ残す者の心にいらぬ楔を打っていくなど、立場が立場なら殴っていたところだ。

 そこまで考え、ベッドを叩く手を止めた。

「あー、ったく、らしくねえ。何やってんだ」

 “昔の自分”は、もっと我を通していたように思う。もちろん通せなかったところはあったが、それはほとんどが相手の言い分も正しいと思える時だ。
 間違っても、あのような子供じみた考えを見過ごしたままにすることは無かったはず。

 そう思う。だが、それでもワルドの部屋へ向かい先程の言葉を訂正する気力すら沸かない。
 今度は自分自身にさえ苛立ちを覚えるのだった。





 パーティーも終盤。周囲が疲れを見せている中、武と才人は残飯処理を行っていた。
 時折酔いどれた貴族がちょっかいをかけてくるが、序盤の揉まれっぷりからすれば軽いものだ。

「ところでさ、武。確か、レコン・キスタが持ってんだよな?」
「んぐ?」
「いや、何だっけ、指輪」

 口に入れた料理をしっかり咀嚼して飲み込み、手の汚れを布巾でしっかりと拭き取ってから、ようやく武はうなずいた。

「……ああ、アンドバリ!」
「忘れてたのかよ!」
「ちっ、ちげーよ! この料理があまりにも美味かったから……!」
「そうデスネ、料理おいしいデスヨネ」
「このやろ……で、何なんだよ?」
「いや、指輪をどうにか奪還できないかなって」
「それはお前、無理だろ」
「やっぱり?」

 間髪いれずに武は答える。
 近くにあった鳥もも肉のグリルをフォークで刺し、一口。噛んだ先からこぼれる肉汁を、慌てて片手にあった布巾で受け止めた。

「……取りに行くなら、まず敵陣を超える必要があるな。だが、持ってるだろう偉い奴が戦場じゃない、全然違うところにあぐらかいてる恐れもある。第一、戦争に参加する気は全くねえぜ」
「んまあ、俺もそう思うんですけどね。なんかもったいないなあって」
「ここは諦めどころだろうな。取りに行ってうまくいく確率は、持ち主が指輪を落とすほうが高いんじゃないか?」

 才人も、武が食べているものと同じものを取って負けじと食べる。

「それにしても、死人を生き返らせるんだっけ? すげえチートアイテムだよな」
「……ああ。実際に使っている痕跡も見える。噂じゃ、レコン・キスタにいる軍人のほとんどが、貴族派に敗北した奴等だったって言うしな」
「さっき俺も聞いたよ。戦いで死んだはずの同僚が、次に戦ったときには向こうの軍にいたって」
「ひょっとしたらゾンビ軍団みたいなもんか……うげ。リアルなの想像しちまった」
「話変えるか。武……あのさ、ぶっちゃけどう思ってる?」

 食べかけの肉を皿に戻して、才人はまっすぐに武を見据えて聞く。
 同じく、武もそれを見つめ返す。そして、すぐに獰猛な笑みと共に口を開いた。

「納得できねー。決まってるだろ」
「ああ。俺も駄目だね。貴族の事情なんてわかんねーけど、やっぱ見捨ててくのはやっぱ夢見が悪いじゃない?」
「なら駄目元で一緒にやってみるか? 説得さ」
「ああ! 武ならそういってくれると思ってた!」
「それじゃあ善は急げだなッ! 早速」
「でも酔っ払いがキレると怖えから明日にしよう!」
「ンだよ、調子崩れるな……」





 学生そのものの格好でありながら、それでも着飾った婦人のような扱いを受けるルイズ。しかし、その顔にはどこか暗いものがあった。
 言わずもがな、彼等の行く末を気にした末の顔色である。

 老王の解散を告げる声によりルイズは歓迎から開放されたが、ルイズはその場に佇んだままだった。
 遠くでは武と才人が、吹っ切れた表情で談笑している。
 自分もプラチナと話したいと思っていたが、肝心の彼女は会場のどこにもいないようだった。

「やあ、ルイズ。パーティーは楽しめたかな?」

 知り合いを探すルイズの背に、無遠慮に話しかける男が一人。
 何かの皮肉かと勢いよく振り向き応えかけるが、少しの笑みもない表情を見て思わず言葉を失くしてしまう。
 そんな彼女に、ワルドは両手をゆっくりと肩に置いた。

「明日、僕はこの国と共に戦おうと思っている。トリステインの意思の先鋒として、その力を彼等に示すつもりだ」

 不意打ち気味に宣言され一瞬頭の中を白くしたが、ルイズはすぐさま平静を取り戻し、受け止めた。
 本当に突然のことならまだしも、考えられていた展開の一つである。驚きこそすれ、取り乱すほど彼女は鈍くはない。

「本当にいいの? 騎士隊の隊長である貴方が戦うことで、トリステインが正式に貴族派の敵になるかもしれないのよ?」
「いずれ敵となる相手だよ。仮に戦争が早まる結果になろうと、聡明な王女殿下なら理解していただけるだろう」
「……だからって貴方がここで戦っても」
「僕が活躍しすぎて反乱軍を壊滅させてしまうかもしれないしね。そしたら何も問題ない」

 反論するルイズの口に人差し指を当て、ワルドは自嘲するするような口調で言った。

「貴方一人の命で、この百倍以上の戦力差を覆せるとでも思ってるの? 冗談よね?」

 だが、ルイズの表情は硬いまま。ワルドへの態度としては珍しく、間違いを諌める目で彼をにらみ続ける。

「……これは手厳しい。僕の命の心配すらしてくれないんだね」
「戦ったら死ぬことくらい語る前の話よ……ワルド、死ぬのは怖くないの?」
「それは怖いさ。両親が死んでから、僕はいつだって――……とにかく、僕だって人間だ。怖いさ。でもね、“貴族に逃走はない”んだよ。僕は自分の意思で覚悟を決めた。その誓いは命もろとも砕かれない限り、消えることはない」
「……そこでそんな言葉、卑怯だわ」
「そうだね。こんなことを言わずにこっそりと戦場に向かおうとは思った。でも、自分が決めたこととはいえ、本当に怖いんだ。見ておくれ、手が震えている。君に打ち明けずにはいられなかったんだよ」

 ワルドは、肩に乗せていた手を離してルイズに見せた。
 実際に手は震えていたが、それは恐ろしさではなく、この演技をするに当たって生まれた緊張によるものだ。上手くいっていることに感極まり震えているのも、少しはある。

「こんな情けない僕を、君は軽蔑するかい?」
「そんな! 立派とは思っても、そんな酷いことを思うなんてありえないわ!」

 そこでワルドはルイズに素早くその両手を広げ、抱きしめた。
 いかにも後がないと言わんばかりの必死さで、強く、激しく。

「ルイズ、僕の大好きなルイズ。僕の心を守っておくれ」
「そんなことを言われても、私は何もできないわ」
「いや、君にはできるさ。君の心が僕に向いている限り、僕はどんな困難にも立ち向かえる……」

 ルイズはそのまま黙って、ワルドの抱擁を受け止めていた。
 後に続く言葉を察したからだ。

「ルイズ……君を酷く傷つけることになるということを承知で、お願いしたい。明日の朝、僕と――」









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あとがき

 すいまセーン……ボクウソついてまーした……
 ペース復帰とか、涙が出るほどムズいデース……
 ボクの力ではどうも……序盤から手詰まりになって書けませーん……
 駆け引きとか心情描写とか書けまセーン……
 名作……こんなスカスカした頭じゃ書けまセーン……
 こんな有様ですから……原作もその間触れていないに決まってマース……
 この切り貼りしたような内容と文章も気が滅入りマース…… プロットの実現? ワヤのようでーす……

 ということだったのサ!

 ペース復帰頑張ると言ってすぐに書き始めましたが……

 この話の序盤で詰まる→書き直す→プロットから外れる→頭冷やすために放置→思いつかない→とにかく書く→イメージ固定でにっちもさっちもいかなくなる→疎遠に→忘れた頃に書き始める→「ミンチよりひでぇや」→超放置→やけになって書き切る→そぉい!←イマココ

 という具合です。
 今となってはいつぞやのように、数日に一話なんてとても無理です。まとまった時間がありますので、この隙にまず二つの原作を再度読み込もうと思っています。色々なキャラクターの設定とか怪しい! こわい!

 今回、某デイビット氏の鼻より長い首でお待ちいただいた方、ありがとうございます。
 そしてすみません。もう少し伸ばしていただくことになると思います……



[9779] 33
Name: 茶太郎◆3d943f87 ID:b16760cd
Date: 2010/08/31 01:21
33

 晴れた朝日の下、才人と武は顔を見合わせると同時に肩をすくめた。
 早朝から撤去および籠城準備に取り掛かった兵士達に逃げるよう呼びかけたが、そのことごとくが惨敗。
 むしろ笑みが出てくるくらいの聞く耳持たずだった。

「……やっぱ、ここが散り時だって覚悟しちまってるんだ」
「でもよお、逃げてから体勢を立て直すなりして改めて戦うとかできると思うんだよなあ。そこんとこ、どうして賛同してくれないんだ?」
「彼等にとっては、このアルビオンの人間として戦う……それがオレ達の想像を超えて大きな意味を持っているんだろう。一度逃げたらその時点でアルビオン人じゃあなくなっちまう」
「そんなもんか?」
「多分、な。誇りと名誉を大切にする貴族なら、それは尚更だろう」

 言いながら武は思う。
 彼等の考えを改めさせるには、鶴の一声が必要だと。
 しかし、今その喉を持つ人間には交渉しようがない。
 王はいまだ自室に篭っている。そして、ウェールズ皇太子はというと――





 立派な花嫁の服は望めなかったが、それでもヴェールだけは手に入れることができた。
 ルイズはそれを頭から被り、ワルドと共に、立会人を快く引き受けたウェールズが待つ教会の奥へとゆっくりと進んでいく。
 席にはプラチナのみ。他の兵は準備で忙しく、また、このような席に平民を呼ぶわけにもいかなかったため、彼女一人だけが招待客である。

 最低限の人員、準備による結婚式。真っ当な貴族が見れば鼻で笑うかもしれないこれは、少なくともルイズにとっては非常に重要なものだった。
 自分ではとてもワルドを説得することなどできない。ならばせめて、彼に未練のないように振舞わなければ。

 花嫁はややぎこちなかったものの、式は滞りなく進み、そして終了した。
 ルイズに軽い口付けをしたワルドは少し名残惜しそうにルイズに微笑むと、ウェールズ、そして座っていたプラチナに向けて呼びかけた。

「ついでに、僕からどうしても言わなくてはいけないことがある。遺言だと思って聞いて欲しい……ウェールズ様、お忙しいですが、今しばらくお付き合い下さい」

 そう言い、教会の勝手口から出て行ってしまう。
 ルイズは慌てて後を追い、ウェールズとプラチナは一様に首を傾げつつ、小足で勝手口をくぐった。





 一分ほど城から離れるように歩いたところでワルドは立ち止まり、振り向いた。
 少しだけ離れると思っていた面々だったが、何かを警戒しているとしか思えないワルドの動きに疑念を隠しきれない。
  
「こんなところまで連れてきて、ここに何かあるの?」
「そういう訳ではないんだが、なにやらあの教会に視線のようなものを感じたからね。誰にも聞いて欲しくないことを言うには、少し都合が悪かったんだ」
「……そんな気配は感じませんでしたが」
「僕のようなスクウェアの風メイジはそういうのに敏感でね」

 疑いたっぷりのプラチナの言葉に、ワルドはさらりと返した。

「さて、これから少し長話となりますが……その前にプラチナ嬢、君に渡したいものがある。この前のカタナの礼だと思って受け取って欲しい」

 ワルドはゆっくりとプラチナに近づき、懐から小瓶を取り出した。一見香水と思えるデザインのそれを開き、プラチナの前に見せる。

「君のような凛々しい子にこの香りは似合いそうだと思って、ラ・ロシェールで買ったんだ。気に入ってくれると嬉しいんだが」
「いや、ワタシは香水なんて――」

 嗅げと言わんばかりに突き出されたそれを、プラチナは無用心に嗅いでしまう。
 とたん、プラチナはその香りに感心したのか、急に黙ってしまう。

「気に入ってくれたようだね」

 ワルドは小瓶を仕舞うと、それをプラチナの手に握らせた。

「そして、もちろんルイズにも――皇太子ッ!」

 振り向き言いかけたワルドは、そこで突然叫ぶ。硬直するルイズに、とっさに身を翻すウェールズ。
 ウェールズのマントが、不可視の刃で裂ける。

 放ったのは、ラ・ロシェールでルイズ達を襲撃した背格好の男だ。
 顔どころか声色すら見せないその男は間髪いれずにウェールズに接近すると、『ブレイド』で白兵戦を仕掛けてくる。

 いや、標的は――うろたえているルイズ!

「くッ!?」

 ウェールズは迎撃のための呪文を中断してまで、慌ててルイズに覆いかぶさる。
 勢いを殺しきれずに地を転がるが、ウェールズは立ち上がる様子を見せない。
 闇色のマントが、じわじわと赤黒く染まっていく。その発生源はちょうど心臓付近。
 致命傷だ。

「ウェール、ズ……! お、前……」
「――おや、薬の効きが弱かったかな?」

 このような緊急事態にも関わらず、ワルドは暢気な声を上げた。
 それだけでなく、仮面の男も同じように杖を仕舞い肩をすくめる。

「ど、どういうことよ……?」
「簡単なことさ」

 ワルドは優しすぎる笑みを浮かべ、子供に対するかのように、へたり込むルイズの頭を撫でた。

「これだけ材料が揃っていて答えが出ないなんて君らしくないな、僕はねルイズ。要するに裏切り者だったんだよ」
「裏切り……レコン・キスタッ!? ワルド!!」
「まあ、本当の裏切り者は始祖ブリミルの意思を曲解して動く貴族共だがね」

 辛うじて息のあるウェールズを足蹴にしつつ、ワルドは続ける。

「僕に与えられた任務の一つはウェールズの暗殺。優れた使い手だと聞いていたが、なんてことはなかったな」
「卑怯者……!」

 ルイズからではない。ワルドの背に立つプラチナが、定まらない瞳を絞りながら呪詛を吐いた。

「……体の自由は奪えているからいいが……あまり無理をすると精神に悪いぞ、プラチナ。もう一つは手紙の回収だが、これは今、僕の分身が君の部屋を捜索しているところさ。最後は――」
「な、何?」
「君達をレコン・キスタへの手土産にするのさ。君には大いなる力、虚無がある。この力があれば、我々の権威は磐石なものになるだろう! そして聖地はより近くなるッ! さあ、ルイズ、僕の大事なルイズ。始祖ブリミルの敬虔な使徒であるルイズ。生涯を誓った(おっと)について来てくれるね」





「びっくりするくらい誰も乗ってこないッ!」

 城の中庭の隅、作業の邪魔にならないところを休憩所として腰を落ち着けた直後、才人は吐き捨てた。

「まあ、こんなものだとは思ってたけどな。それにしても骨折りだ」
「何お前冷めちゃってんの! 武、お前だって乗り気だったじゃん!」
「駄目元って言っただろ。そこらのガキみたいなオレ達の言葉で気持ちが揺らぐ程度だったらまだ良かったかもしれないが、全く揺らぐ様子が無いっていうのは……マジで、すげえ覚悟だと思う」
「そんな感心して言うことかよ? 死ぬんだぞ? 勝てる見込みがあるんだったらまだしも、死ぬために戦うっておかしいだろやっぱり!」
「……山の麓に老婆がいてなあ」

 ヒートアップする才人を無視するように、武はふと、ゆっくりと語りだした。

「山が噴火する恐れがあったんだ。ばあさんが住んでた家は溶岩が直撃するだろうコースで、オレ達……まあ、自衛隊みたいなもんだと思ってくれ。オレ達はばあさんを保護しようと向かったんだ。でも、ばあさんはオレ達がいくら言ってもそこを動こうとしなかった」
「ヘルニアか何かだったの?」
「……ばあさんの足をそこに繋いでたのは、約束があったからだ。行方不明に――多分死んだんだろう息子の帰りを待つっていう。それはもう何も無いばあさんにとって唯一の、生きる理由でもあった」

 そこで才人は納得し、溜息をついた。

「はー……今の状況と似てるね。で、結局どうしたのよ」
「当ててみな」
「あー、えー……家ごとばあさんを移動させた!」
「岩山を崩して、溶岩の流れを止めたんだよ」

 湿気を含んだ冷たい風が二人の頬を撫でた。

「それは予想外です」
「オレもお前の答えが予想外だよ」
「それほどでもないんじゃね? ……で、今回の話とどう繋がるんだよ」
「ああ。同じところで同じようなケースが偶然にもあってな」
「やっぱり、テコでも動こうとしなかったのか」
「まあな。でも、その救助に当たってた奴等はその人の願いも聞かずに無理矢理避難させた。もちろんその後家は溶岩に飲み込まれちまったが、後でその救助方法が問題になってなあ」
「何でだよ。助かったからいいじゃん」
「……そういう考えも確かに正しいと思う。だがまあ、精神論で動く奴等にとってはこの行動はかなり強引な手に思えたんだよ。それは老人の誇りと意思を捨ててまでするべきことだったのかって」

 才人は腕を組み、うんうん唸ってその言葉をかみ締める。

「……わかんね」
「そうだろうな。普通は命は何に代えても守る物だって思うよな……とにかく、その時オレ達はばあさんの意思と命の両方を守る選択ができた。だが、今回はとてもできない」
「残った手は、見捨てるか、無理矢理連れて行くか、なんだな……」
「ああ。だから駄目元って言ったんだ。最終的な決定は当人に任せるしかない。妥協かもしれないが、それでも妥当だとオレは思う」
「……どうせ俺達は違う世界の人間だけど、やっぱり人が死ぬのは嫌なもんだね」
「全くだ」

 諦めが二人を包む。
 もはやお互いの意見は言い切ってしまい、ただ、目の前で人が通過するのを眺めるだけだ。

「――そういえば、今教会にいる人達ってすごいよね」

 そんな沈黙に耐えかねたか、才人が雰囲気を反転させて話題を持ち出す。

「……なにが?」
「ほらさ。まずはアルビオンの王子だろ? 公爵家の娘だろ? 騎士隊の隊長だろ? それと王女疑惑」
「た、確かにな……こんな状況とは言っても、護衛の一つもないっていうのは少し無用心かもな。すっげえVIP揃い」
「まあ、何かあっても対処できるでしょ。ルイズはともかく他の人達は強いっぽいし」
「そうだな。特にワルドさんがいるから――っと、鳥だ」

 武の言葉をさえぎるようにやってきたのは、一羽の白い鳩。
 念のために才人が飛ばした斥候だ。
 くるる、と喉を鳴らしながら才人の顔を見つめる鳩だが、やがて、やってきた空の方へ飛んでいってしまった。

 才人は鳩の伝令を受けてから、しばし硬直。やがて、鳩が豆鉄砲を食らったように走り出した。
 見る見るうちにその姿は武の視界から消えていく。ハルケギニアに来てから武に鍛えられた体力は相当なもので、その脚力は武に感心させるほどだった。

 だが眺めてばかりもいられない。
 武は緊張を走らせると、デルフリンガー片手に急いでその後を追った。
 それを掴む左手が、じわじわと熱を帯びていた。






 地面にへたり込むルイズを引っ張りかけたワルドだが、すぐに身を翻す。間髪いれずに白い影がそこを通り過ぎる。

「……どうなってやがるッ、ワルドおッ!」

 飛び蹴りの勢いを地面に刺したデルフリンガーで殺しつつ、武は鬼の形相でワルドを睨む。
 遅れて才人もやってきて、倒れるウェールズから出る血の匂いに顔をしかめる。

「……手当てする様子もないってことは、見間違いじゃないんだな、ワルド」
「肺を一突きだ。もう数分も持つまい……見間違え? 何のことだ」
「鳩を見回りに出してたんだよ。俺は動物に命令ができる」
「くくっ、なるほど、やはり君はヴィンダールヴ。そしてプラチナも虚無で正しかったのだな」

 笑いを堪えつつ、ワルドは杖を振る。
 すると、ワルドの姿が歪み膨れていく。
 霞はそれぞれがワルドの形を取る。本体含み四体のそれぞれが更に杖を空に掲げた。

 突如として巻き起こる旋風。
 それは空に舞う鳥を狙ってのことだった。自然にはありえない暴風になす術もなく、才人が用意した鳥は揉まれ、墜落した。

「このまま逃げ切るのもできようが、それでは自陣に害が及ぶか。ここで片をつけよう、伝説の」

 武は才人を手で止め、デルフリンガーを抜く。
 お互い言葉は無かったが、それぞれがそれぞれの役割を心得ていた。




 三体の偏在が武に襲い掛かる。
 武は包囲されないように距離をとる。

 ――かつて武は、確かにワルドを圧倒した。
 だがそれはあくまで一対一での戦いだ。今回のように偏在が含まれている場合では、いかに白兵戦に利があろうと勝ち目は薄い。
 ましてや、囲まれてしまってはまず手が出ないだろう。
 武はひたすら距離を一定に保ち、時折飛んでくる風を交わし、更に時折才人達の様子を確認しながら機を伺うしかなかった。

 才人はまず、ウェールズに駆け寄った。
 彼はワルドが言うように胸部を貫通させられていた。マントが浸るほどに血は溢れ、口もいくらか朱に染まっている。
 土気色をした表情には、もはや力というものが感じられない。しかし、辛うじて息はある。生きている。

 どうにか失血だけでも止めようとウェールズのマントをまとめて傷口を抑えようとしたが、そこでウェールズの弱々しい手に止められた。

「……私のことはいい。それより、二人だ……薬により身動きができない状況では、いつ人質に取られてもおかしくはない」

 思った以上に流暢なその言葉に一瞬安心しかけた才人だが、直後に血を吐くウェールズを見て、それが思い違いであると痛感する。

「しゃ、喋るなッ! 喋らないでください、分かりましたから――」

 ウェールズは軽く微笑むと、今度こそ体の力を抜いた。
 もう、息すら、していない。

 才人は歯を食いしばりながら、今度はプラチナの元へ向かう。
 彼女は棒立ちのまま何も無い虚空を眺めていて、普段の精彩は影も無い。さながらゾンビのようだ。

「薬……って、何の薬だよ!」

 それが薬によるものだとは理解できるが、だからといってどうすればいいかなど全く分からない。
 揺さぶってみるのも恐ろしいし、薬を吐かせるにしても飲み物がなければ難しい。
 少なくとも精神に作用する薬のようで、それは下手な毒より扱いづらいものに思えた。

「くっそ……頼むぜ、武……ッ!」

 こうなれば、脅威が去るのを待つしかない。
 戦うことのできない才人には、今は祈るしかなかった。




 ある時を境に、武は一気に苦境へ立たされた。
 人質を取るようなことはされていない。だがそれは騎士道によるものではなく、そのようなことをしなくてもいたぶれるという余裕の表れなのだろう。
 攻撃が魔法にシフトしてから、武の体力は削られる一方だ。
 四人が生み出す風の魔法は面攻撃の様相で、避ける事は事実上不可能。塊ということでもないので、剣で切ることもできないようだ。
 となればその場に立ち止まり、耐える他無い。だが、それが武の体力を致命的なまでに奪っていく。
 一方のワルドは、コモンマジックである『ウインド』を適当に放つだけ。スクウェアメイジである彼にとってはこの程度の魔法は消耗にもならない。
 減っていく体力を尻目に、苛立ちだけが募っていく。

「相棒……このままじゃジリ貧だぞ!」
「言われなくても分かってるッ! 少し黙ってろボロ剣ッ!」
「おーおー、おっかねえ。でもこのしがねえボロ剣にゃ喋ることしか能がねえもんでねえ」
「ぐあーッ! もううっせえなこの野郎ッ!? てめえ、そんな口が回るんだったらちょっとはいい案でも――」

 そこで気づく。
 いつのまにか、疲れが取れている。風を受けるにも、さほど苦にならない。

「気づいたか? ……悪いな相棒、俺ってば本当に口しかねえもんでよう」
「このルーンの力は……」
「そうだ。おめえのそのルーン、ガンダールヴのルーンは心を奮わせるほどに力を与える。鬱憤が溜まってる今ならどんなもんか分かるだろ」

 武はデルフリンガーを正眼に構えなおす。

「ああ。つまり、このムカつきをあの憎い髭あん畜生にぶつけるつもりになればいい訳だな?」
「そうよ。相棒――やっちめェッ!!」

 その言葉を合図に、剣を突き出しつつ武が弾丸のように突っ込む。ワルドの最速をも超えるその速さの前では、風の壁など無いも同じ。
 瞬きの間に武は肉薄し、分身にそのまま突き込んだ。
 分身は左腕を掠らせながらも何とか避けると、杖に魔法の刃を這わせる。
 動揺を見せないその様は、一対一でも前のようにはいかないだろうと直感させる。
 だが、それ以上に武は力の昂ぶりを感じていた。

 普通の武器ならば容易く切り裂く『ブレイド』だが、赤錆びた刀身はなんのそのと受け止める。
 
「ほう、外見以上に頑丈なようだな」
「ヘッ、俺ってば伝説のデルフリンガー様だぜ。おめえのような青二才の魔法なんざ、うまくもなんとも――」

 デルフリンガーが返した瞬間、『ブレイド』の光がいきなり消えうせた。
 何事かと身構える武だが、対するワルドも驚愕の表情も隠そうともしない。
 直後、違う偏在からの援護射撃により、武は距離を置く。

「あーあー、忘れてた! 俺ってば魔法を吸い取れるんだわ」
「すると、さっきのはお前の仕業か、すげえ便利な……ってか初めからそれ言えよッ! とんだ苦戦しちまっただろうが!」

 苛立つような口調ながらも、武の表情にはむしろ笑顔が張り付いている。
 ルーンの強い光を伴った左手でデルフリンガーを振るうと、丁度飛んでいた風の魔法が跡形もなく消失する。

「こいつはいいぜ――」

 偏在達は一様に怯んだがそれもつかの間、申し合わせたように武の周囲を囲み、一気に迫る。

「魔法が効かないからってなあ、ワルド」

 爆発のような音と砂塵が一気に広がる。
 ガンダールヴによる身体強化が生んだ圧倒的な剣によるものだ。

「剣で今のオレに勝てるわけないだろ?」

 まさに一閃。
 偏在達は同時に切り裂かれ、霞に溶ける。

 砂塵の向こうから、見違えるように輝くデルフリンガーが顔を見せた。





 圧倒的な様子を見ながらも、才人は喜ぶことができなかった。
 何かがおかしい。
 その違和感の正体に気づいたのは直後だった。
 ふと、ルイズの方を見れば、そこにはワルドが傍らに立っていた。

「てめえッ! ルイズから離れやがれッ!」

 反射的に突っかかる才人だが、風の魔法で容易く退けられる。

「ふ、ふふふ。まさかここまで手のつけられない強さだとはな。まるでこの私が赤子のようではないか……いよいよ、虚無の強大さが見えてきたということか」

 言いながら、ワルドはルイズを羽交い絞めにし、杖をその腕に当てた。

「動くな。動けばルイズの身体を少しずつ刻む。冗談ではないぞ。死にさえしなければ問題ないのだからな」









あとがき
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 戦闘シーンはたくさん頭に思い浮かべても、結局一撃必殺。アルェー?

 それにしてもまいりました。設定に書いていなかった細かなネタや原作の話がすっかり頭から流れてしまっています。
 ゼロ魔にしたってアニメなら何回も見たのですが、それだけでは到底書けません。
 最近は時間もあったはずなのに結局復習もままならず――おっと、愚痴はよくないですね。
 とにかく、なんか巷では夏休みも終わりということですが、太陽様は俺の夏はこれからだと叫んでいるようです。
 熱射病やバテなどにならないよう、皆様は健康に十分お気をつけください。@ちょっとバテてる人。


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