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[958] 『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/02/24 04:05
『東方聖杯綺譚』
 遠坂凛は、優秀な魔術師である。

 まだ若年ながら、その力は、自らがセカンドオーナーを務める冬木の地で
聖杯戦争に参加するに足る……すなわち、サーバントを召喚できるだけの
実力を持つことからも、容易に推察できよう。

 「……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

(かんっぺき! 間違いなく最強の札を引き当てたわ!)

 しかし、もうひとつ忘れてはならないことがある。

 ドカーーーン!!!

 「な、何? なんなの!?」

 遠坂凛は、先天的な大ポカ体質なのだ。

   *  *  *

 (あぁ、もうっ、腹が立つっ!)

 彼女――凛は、口には出さないものの、心の中で悪態をつきながら、地下室の
階段を駆け上がった。
 わかっていたことではあるが、遠坂の血に潜む「大事なときに限ってミスをする」
体質が、心底憎い。
 今回の召喚には、万全を期して、手持ちの宝石から良質のものを上から数えて
20個つぎ込んだのだ。これで最優のサーバント"セイバー"を引き当てられなかった
のなら、間違いなく大損である。

 「ああっ、もう! 邪魔よ!!」

 廊下のところどころが崩れた中、ひん曲がって開こうとしない居間のドアを
苛立って蹴破る……と。

 「あらあら、随分乱暴な入り方ね」

 天井や壁の一部が崩れ、家具の大半が倒れた中、奇跡的に無事だったソファー
には、見慣れぬ服装をした人物が座っていた。

 紺色のワンピースと白い半袖のブラウス。腰から下には、同じく白のエプロンを
着け、胸元には黒いリボンタイ。銀色の髪の左右を三つ編みにしてリボンを結び、
頭頂部にはホワイトプリムを着けたその姿は……紛うことなく、メイドであった。
 ややスカートが短めであることを除けば、おそろしくトラディショナルなメイド
スタイルだ。それも、コスプレ喫茶あたりのなんちゃってメイドさんとは格が違う、
完全で瀟洒な雰囲気が漂っていた。

 「え、えーと……あなた、誰?」

 「誰、とはご挨拶ですわね。人に名前を尋ねる時の礼儀をご存知ないのかしら」

 あくまで優雅に、しかし僅かな軽侮を込めて問い返されて、凛の頭に一気に血が
上った。

 「いいから、答えなさい! あなたがわたしのサーバントなの!?」

 「その言いようからして、貴女が私のマスターのようですわね。本来ならお嬢様
以外に仕えるいわれはないのですけど……。まぁ、よいでしょう。しょせん、この
身はただの模造品(コピー)。数週間の戯れに付き合うのも悪くはなさそうです」

 意味不明なことを呟いたのち、メイド姿の女性は立ち上がり、スカートの裾を
摘まんで恭しく頭を下げた。

 「令呪とパスを確認しました。貴女をマスターと認めます。お名前をお伺いして
よろしいでしょうか、マスター」

 「え、あ……り、凛よ。遠坂凛」

 態度を一変させたメイドに戸惑いながら、凛は名乗った。

 「では、以後、凛お嬢様と呼ばせていただきます。サーバント"アーチャー"、
此度の戦いにて、貴女の剣となり、盾となることを誓いましょう」

 「ええ、よろしく……って、あなた、アーチャーなの!?」

 「はい、そうですが……何かご不審でも?」

 「い、いえ、なんでもないのよ、うん」

 (てっきりイレギュラークラスで"メイド"あたりじゃないかと冷や冷やして
たけど……三騎士のひとつ、弓騎士(アーチャー)とはね。まぁ、たしかに
"メイドの英霊"なんているわけないか。セイバーじゃなかったのは痛いけど、
召喚をミスったにしては上出来だわ)

 「それで、"アーチャー"ってことは、弓が主武装なの?」

 「いいえ、私の武器は、これですわ」

 凛の問いに、アーチャーがどこかからともなく取り出して見せたのは、
銀色に光る小振りな刃物だった。

 「……銀のナイフ?」

 「正確には、投げナイフです。十分な呪力が込めてありますから、概念武装
として魔の者や妖怪だってたやすく屠れますよ」

 複数のナイフを器用に両手の間でジャグリングして見せる。
 なるほど、確かに、アーチャーの第一条件は、"遠隔攻撃能力"だ。
落ち着いてよく見れば、目の前の女性"アーチャー"から伝わってくる魔力の
気配も人間とは到底思えぬほどに高い。
 優美な外見とはかけ離れた、危険な戦闘力の一端がうかがえた。

 「それが宝具なの? それほど強力には見えないけど……」

 「これはあくまで通常時の武器ですわ。私の宝具は、武器の形をしているわけ
ではありませんので」

 「武器じゃないって……じゃあ、盾とかの防具ってことかしら」

 「いいえ、コレです」

 アーチャーが取り出して見せたのは、5枚のカード。

 「正確には、この札そのものではありません。この"スペルカード"が象徴して
いる術そのものが、私の宝具なのですから」

 「へぇ……」

 大いに興味をそそられたが、召喚の反動か急激に眠気が襲ってくるのを感じ、
凛はひとまず休息を取ることにした。

 「詳細は、明日の朝聞かせてもらうわ。魔力と体力が限界みたいだから、
寝るわね。アーチャー、部屋の片づけをお願い」

 「かしこまりました、凛お嬢様」

 メイド姿の女性に、恭しく頭を下げられるのは何だか自分が本物のお嬢様に
なったようで、凛としてはどこかくすぐったかった。いや、一応、遠坂家は、
この冬木においてはいっぱしの名家なわけだが。

 「――あぁ、そうだ……」

 寝室へ向かおうと、足を踏み出しかけて、クルリと凛は振り返る。

 「大事なことを忘れてたわ。あなたの真名は何、アーチャー?」

 その質問を聞いて、アーチャーがちょっと困ったような表情を見せる。

 「申し上げてもご存知か、どうか……私の名は、十六夜咲夜。生前……と申して
よいかどうか微妙なのですが……は、幻想郷にある紅魔館で、メイド長を務めて
おりました」


  -つづく?-

-----------------------------

<後書き>


はい、以前からどうしてもやってみたかった、「東方プロジェクト」と「Fate」の
クロスです。凛の場合、イメージがどうしてもレミリアと重なるため(そういえば、
あのお嬢様の、ふたつ名は"永遠に赤い幼き月"でしたっけ?)、サーバントは
やはり咲夜さんにしようと、固く決意しておりました(中国、もとい紅美鈴という
線も考えましたが、不採用)。まあ、あくまで、一発ネタの読み切りってことで、
妄想のネタにでもして頂ければ幸いです。もし、続きを書くとしたら、士郎の
サーバント、セイバーは、白玉楼の庭師、もとい剣術指南役、魂魄妖夢でしょう。
丁度、東洋剣の二刀流なんで、士郎の師匠役にはピッタリかと。まだ幼い少女
(の姿)なのに剣の達人で、気真面目なところなんかも、本家セイバーと似てますしね。
あとは、バーサーカーは、「萃夢想」の伊吹萃香でいこうかなぁ……というくらい。
キャスターは、パチュリーか、それとも魔理沙か、アリスはちょっとイメージ違う
なぁ……と、じつは細かい所までは、煮詰めてなかったりします。



[958] Re:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/03/01 10:35
『東方聖杯綺譚』~その2~


 普段、遠坂凛の朝は優雅―という言葉とおよそ正反対に始まる。

 「り…お……さま、おき……ださい」

 朝にあまり強くない……というか、ぶっちゃけて言うと、極端に
寝起きが悪い凛にとって、早起きすることは、家人がいないことも
あいまって、かなり決心を要する――通常あれば。

 「凛お嬢様、もう8時です。起きなくてよろしいのですか?」

 だから、朝から毅然とした、しかし耳に心地よい女性の声で優しく
起こされた経験など、物心ついたころからおよそ皆無だった。

 「んー……だれ?」

 眠気と脱力感をこらえながら、なんとか目を開けた凛の視界に、
銀と紺の色彩が飛び込んでくる。

 「おはようございます、凛お嬢様」

 無論、それは"完全で瀟洒な従者"の異名をとる女性、十六夜咲夜。
昨晩、凛が少なからずミスをしながらも召喚に成功したサーバント、
アーチャーであった。

 「朝食の用意ができておりますので、お早めに降りて来てください。
それとも、お召し変えを手伝ったほうがよろしいでしょうか?」

 「おめしかえ……あぁ、着替えのことね。いいえ、結構よ。すぐ行くわ」

 まだ、完全復調とは言い難いが、それでもいつもの朝に比べれば
随分とマシなペースで、凛の思考が回転し始める。

 「それでは、お待ちしております」

 深々と頭を下げて、咲夜は部屋を出ていった。

 ドアが閉まるのと同時に、凛は軽い溜め息をつく。

 「まいったわね……」

 いくらメイドの格好をしているからといって、まさかサーバントが
朝ご飯を作り、かつ気をきかせて起こしてくれるとは思わなかった。
いや、あの女性は、生前はとある屋敷でメイド長をしていたと言う
から、ある意味手慣れたものなのかもしれないが……。

 もっとも、そのメイドがどうして英霊という存在になりうるのか、
大いに気になるところだが、そのへんの事情は、朝食のあとにでも
聞き出せばよかろう。

 一瞬、私服と制服のどちらに着替えるか悩んだものの、聖杯戦争の
準備のためにも、今日は学校を休むべきだと判断を下す。
 手早く身仕度を整えると、凛は寝室を出て階下へと降りていった。

   *  *  *

 「あら、美味しそうな匂い」

 食堂に入る前から焼きたてのパンと紅茶の香りが、漂ってくる。

 本来、凛は朝はほとんど食べない習慣なのだが、食欲をそそる匂い
とに促されて、テーブルについた。

 「おそれいります。お口にあえばよろしいのですけれど」

 カップに紅茶を注ぎながら、咲夜が謙遜する。

 バターの添えられたクロワッサン。ポーチドエッグとカリカリに焼いた
ベーコン。イタリアンドレッシングのかかったサラダ。ミルクが満たされ
たピッチャーと、半分に切ったオレンジ。メニュー自体はそれほど奇を
衒ったものではないが、いずれも水準を大幅に越える味わいで、凛の舌を
楽しませてくれた。

 「訂正するわ。"美味しそう"ではなく"美味しい"、ね」

 「ありがとうございます」

 凛の誉め言葉に、咲夜も少しだけ表情を緩めた。

   *  *  *

 食事を終え、場所を居間に移して、食後のお茶を嗜む。
 昨夜、あれほど滅茶苦茶になっていたはずの居間は、ほんの数時間で
いつもと変わらぬ様子に復元されていた。むしろ、現在のほうが、
きちんと掃除も行き届いて綺麗なくらいだ。

 「さて、と。じゃあ、改めて、あなたの能力や経歴その他について、
詳しく説明してちょうだい」

 2杯目の紅茶を飲み干して、カップをソーサーに戻すと、凛は
おもむろに切り出した。

 「まずは、あなたが住んでいた"幻想郷"と"紅魔館"について聞かせて」

 凛の言葉に咲夜は僅かに首を傾げる。

 「話すのは構いませんが……あまり、此度の戦争に役立つとも思え
ませんけど、よろしいのですか?」

 「確かに直接は関係ないかもしれないけど、でもあなたの能力や思考方法を
理解するのには有益よ。わたしたちはパートナーでしょう? とっさの考え
方や行動パターンを把握しておくのに越したことはないわ」

 「それは…そうですね。では、お話し致しましょう」

 「あぁ、その前に、あなたも座って。立ったまま話をされると
落ち着かないから」

 そう言って、対面のソファーに座るよう促す。

 「はい、では失礼致します」

 銀髪のメイドは、使用人というより良家の子女と言う方がふさわしい、
優雅な動作でソファーに腰かける。
 凛自身、普段の猫被りに伴う礼儀作法や立ち居振る舞いには、いささか
自信があったが、目の前の英霊の仕草を見ていると、その自信も刃こぼれ
しそうだ。

 (上には上がいるもんね~)

 多少悔しいが、腹立たしいというほどではない。

 腰を落ち着けると、咲夜は語り始めた。

 「それでは、まず幻想郷についてですが、凛お嬢様は魔術師ですから、
隠れ里やマヨイガという言葉はご存知ですね?」

 「えぇ、もちろん」

 前者は鬼や天狗、妖怪などが住むと言われる異空間。後者は山中にある
無人の館で、ふだんは人目に触れないが、たまたま迷いこんだ人間はそこ
からひとつだけ好きな物を持ち出せるという。
 要は強固な結界によって侵入を阻まれ、その位置の特定さえ阻害された
場所なのだろう、と考えられている。

 「幻想郷も、ある意味それらと同類ですが、こちらのほうがずっと大規模
かつ強力です。地理的には、日本のどこかに接点があるはずなのですが、
博麗大結界と呼ばれる常識外れの結界によって、ほとんど現世とは隔絶
されています。広さは……そうですね、およそひとつの県が丸ごと入る
くらい、と言ってよいでしょう」

 「そ、そんな常識外れの結界が存在してるって言うの!?」

 「ええ、少なくとも、"わたしのいた世界"では」

 咲夜の言葉の意味を凛が推し量るまで、僅かに時間がかかった。

 「――なるほど。つまり、あなたがいたのは、こことは違う平行世界
かもしれないってことね」

 「ご理解いただいて恐縮ですわ。もっとも、こちらの世界自体は、
私どもが"あちら側"と呼んでいたところと、恐ろしく酷似している
ようですが。幻想郷では、こちら側ではほとんど見られなくなった、
妖怪や魔物の類いが、大手を振って闊歩しています。いえ、むしろ人間のほうが少数派で、人外の者たちの世界と言ったほうが正確でしょう。
魔術や妖術などに関しても、こちらに比べて非常に発達しています。刷り込
まれた知識が正しければ、こちらの世界のごく平均的な魔術師など、
あちらでは半人前とすら名乗れないでしょう」

 もっとも、といったん言葉を切ったのち、再び話を続ける。

 「あちらはマナの濃さ自体もこちらとは段違いですので、そういう
環境の差異も考慮に入れるべきでしょうが」

 「文明レベルはどうなのかしら?」

 「こちらで言うならば19世紀半ばといったところでしょうか。自動車
やコンピューターなどの高度な機械類は、ほとんど見受けられませんが、
それに代わる魔術的な道具類がないわけではありません」

 凛は頭がくらくらするのを感じた。

 (参ったわね。ほとんどファンタジー小説の世界だわ)

 「世界の詳細についてはいいわ。じゃあ、あなたが務めていたという
"紅魔館"について教えてもらえる?」

 「はい"紅魔館"とは、私のお仕えしていたレミリア・スカーレット様を
主とするお屋敷です。見かけの広さはこの家の5倍程度ですが、内部の
空間はいろいろと歪めてあるので、10倍以上はあるでしょう。レミリア様
は吸血鬼、それもこちらで言う"真祖"に匹敵する強大な力を持った方です。
もっとも、日光や流水に弱いという特性もお持ちでしたので、どちらかと
言うと"死徒"と言うほうが近いかもしれませんが」

 そこで、咲夜は僅かに誇らしげに胸をはる。

 「昨晩も申し上げましたが、私はその紅魔館で、多くのメイドたちを
統括するメイド長の職にありました。それと同時に、レミリア様の世
話係であり、かつ護衛役も務めておりました」

 (なるほど、だから、メイドでありながら英霊となれるほどの戦闘技術
を有している、というわけね)

 真祖と死徒の中間に位置する吸血鬼と聞くと、二十七祖の黒き姫君、
アルトルージュを想起させる。その護衛役ともなれば、並みの腕前では
務まるまい。

 その後、簡単に紅魔館の説明をつけ加えたのち、話題は咲夜自身の
宝具へと移った。

 「たしか、あなたの宝具はスペルカードに記された"術"そのものだと
聞いたけど……」

 「はい、そのとおりです。私は、この5枚のスペルカード――幻符"殺
人ドール"、幻葬"夜霧の幻影殺人鬼"、時符"プライベートスクウェア"、
傷符"インスクライブレッドソウル"、傷魂"ソウルスカルプチュア"に
象徴される術……というよりは特技ですね、それを発動させることが
できます。無論、サーバントとなった今では、凛お嬢様からの魔力供給
が絶対条件ですが」

 「それぞれの具体的な内容は?」

 「まず、"殺人ドール"ですが、これは周囲にばら撒かれた数百本単位の
ナイフが敵に向かって殺到するというものです。無論、ナイフ1本1本の
攻撃力自体も、通常の投擲時より上がっています。"夜霧の幻影殺人鬼"は
その強化版。使用するナイフの数は数千本単位に跳ね上がりますから、威
力のほうも推して知るべし、といったところでしょう。対して、"インス
クライブレッドソウル"は、手にナイフを持ったまま、周囲を超拘束で
切り払い続ける技です。当然、攻撃レンジ自体は狭いのですが、投げた
場合よりも一撃が重くなるのと、敵の攻撃への迎撃、相殺に使用できる
という特性があります。"ソウルスカルプチュア"は、その上位技ですね。
そして、"プライベートスクウェア"ですが……」

 そこで咲夜はいったん言葉を止め、凛を見つめる。

 「ある意味、これがいちばんの切り札となるでしょう。私の持つ特殊
能力は、魔術師の言うところの固有時制御です。通常時でも、ごく数秒
なら、自分の動きを加速したり、敵の動きを減速させたりできるのです
が、この"プライベートスクウェア"では、その能力をフルに発揮して、
自分の視界内の時間を極端に遅く、通常の10分の1以下にできます。その
状態を保てるのは、私自身の体感時間にしておよそ10数秒、といった
ところでしょうか」

 (固有時制御! それってほとんど魔法に近い領域じゃない)

 固有結界についで魔法に近い魔術と言われるのが、固有時制御だ。
実際、それを使える魔術師はほとんどおらず、使いこなせる者は
皆無に等しい。かつてひとりだけいたその人物は、魔術師殺しとして
魔術協会の内外で広く恐れられたという。

 「サーバントを相手にする場合、さすがに無敵ってわけにはいかない
でしょうけど、かなり優位に立てることは間違いないわね……。OK、
ありがとう、咲夜。これで聖杯戦争を勝ち抜ける見通しが立ったわ」

 凛は立ち上がって、咲夜に握手を求める。

 「光栄ですわ、凛お嬢様」

 咲夜の手は、彼女が生身の人間ではないとは信じられないほど、
暖かく柔らかかった。


  -つづく-


--------------------------------
<後書き>

うーむ、すっかり説明で終始してしまいました。
今回は、知人からいくつか入ったツッコミに対する言い訳を兼ねた説明をば。

・咲夜の"アーチャー"としてのステータスは以下のとおり。

筋力D 耐久C 敏捷B 魔力B 幸運E 耐魔力C
宝具B~A 単独行動B 千里眼C 心眼(真)B 固有時制御A

 敏捷と耐魔力が、英霊エミヤより高くなっています。
 逆に上には書いてませんが、通常武器である銀の投げナイフの
 宝具としてのランクは最低のE(まぁ、エミヤの双剣、干将・莫耶も
 ランクCと決して高いとは言えないわけですが)。
 宝具として見れば、アサシンの"物干し竿"よりかは多少マシというレベル。
 無論、純粋な武器としての性能では到底及びません。

・"幻想郷"を始め、いくつかの「東方」用語について咲夜に語らせてますが、
 すべて私なりの解釈&翻案です。「東方」考察を専門にしているサイトの方
 などに言わせると「何見当違いの事抜かしてんだ、あぁン?」ということに
 なるやもしれません。ちなみに、私は「東方萃夢想」から東方に触れて、
 「東方永夜抄」、「東方妖々夢」、「東方紅魔郷」と逆に辿った人間ですので、
 どうしても用語など「萃夢想」が基準になりがちなのは、ご容赦ください。
 (それ以前の「東方」作品については、聞きかじりレベル)

・咲夜が妙にこちらの世界の流儀について詳しいのは、サーバントになる
 際に聖杯から知識を刷り込まれたため。まぁ、元々、こちら側の人間で
 あったという経歴も多少は関係しているのでしょうが。
 また、口調が妙に丁寧なのは、猫を被っている部分があるゆえ。
 少なくとも、まだ霊夢や魔理沙に対するような"友人"的スタンスの素の
 口調ではありません。

 さて、いよいよ次回は、凛&咲夜コンビが街に出ます。 



[958] Re[2]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/03/07 00:18
『東方聖杯綺譚』~その3~


 ひととおり、咲夜との相談を終えると、凛は街へと偵察に出ることを
彼女に告げた。

 「よろしいのですか? 昨日の召喚から魔力がまだ回復しきっていない
のでは……」

 「大丈夫よ。現時点でも9割方は回復しているし、それにどの道、今日は
咲夜に街を案内して、軽く偵察するだけのつもりだから」

 そういうことならば、と咲夜も納得する。

 「凛お嬢様、外套です」

 凛愛用の赤いハーフコートを差し出し、彼女に着せ掛ける。その仕草が
あまりに自然なものだったため、一瞬スルーしかけたが、いつの間にクロー
ゼットの中まで把握したのだろう。これも従者の嗜みというヤツだろうか?

 (さ、さすがメイド長、侮れないわね)

 凛が変なコトに感心していると、咲夜が控えめに切り出した。

 「ところで、凛お嬢様、ひとつ不躾なお願いをしてもよろしいでしょうか?」

 「あら、何?」

 「外出するにあたって、凛お嬢様の外套を1着お貸し願いたいのです。室内
でならともかく、この服装は目立ちますので……」

 なるほど、確かにいまのままだと外では浮いて見えるだろう。彼女の存在
自体は、遠坂家で新しく雇った使用人だとでも言えば問題ないが、半袖の
メイド服というのは、冬の街中を歩くのにはとても適切とは言えない。

 そこで、普段あまり着ない、黒系統のロングコートを貸すことにする。
凛自身、買ったことを半ば忘れていたのだが、咲夜がしっかりクローゼット
の奥から見つけてきていた。つくづく侮れない。

 (昨日の今日でこれなんだから、1週間もしたら、この家の中の家事その他
一切、咲夜に全部掌握されてるんじゃないかしら?)

 それはそれで癪なような、便利で助かるような、複雑な気分だ。サーヴァントは
決して字義通りの"召し使い"ではないはずだが、聖杯戦争に勝ち残り、聖杯を
手にしたなら、彼女の受肉を望むのもいいかもしれない。

 「――そう言えば、咲夜の聖杯に対する願いって何なの?」

 玄関の鍵を閉めながら、傍らにたたずむ咲夜に尋ねてみる。

 「私は、元々イレギュラーで召喚された者ですから、とくにありません」

 「え!?」

「そうですね。強いて言うなら、この戦いを勝ち抜きつつ、普段は味わえない
ちょっと変わった一時を過ごすことでしょうか」

 ふつうでは考えられない、呆れるほど無欲な答えが返ってきた。

 「い、いいの? 召喚したわたしが言うのもなんだけど、そんな動機で
危険な戦いに駆り出されて……」

 「あら、別に構いませんわ。元々、レミリア様のお屋敷でも、侵入者や不審者と
戦うのは日常茶飯事でしたし」

 とくに嘘をついている風でもない。まあ、本人がいいと言うのなら問題ある
まい、と納得することにする。

   *  *  *

 遠坂邸のある深山町から始めて、大橋を抜けて新都へと咲夜を案内する。
水準を遥かに越えた美少女である凛と、彼女の横に並んでも見劣りしない
銀髪の麗人たる咲夜の美女ふたり組は、それなりに人目を惹いたが、容易に
人を寄せつけない一種独特の雰囲気があるせいか、幸いにして声をかけて
くる馬鹿なナンパ男などに遭うこともなかった。

 咲夜は異世界から来た人間(いや、今はサーヴァントなわけだが)とは思
えぬほど、ごく自然にこの世界の風景に馴染んでいたが、その彼女が一瞬
だけ眉をひそめる場所があった。

 「あぁ、ここはね……」

 凛は簡単に新都公園の由来――10年前の大火災の跡地であることに
ついて説明する。

 「なるほど、それでこれほどの無念や怨念があるのですね」

 「わかるの?」

 「ええ、今の私は霊体を実体化したものですから、そういう気の流れ
などには敏感になっておりますし……。それに、幻想郷にいたときも、
幽霊たちの集う白玉楼まで出向いて、その地の首魁と戦ったことが
ございますから」

 そう答えつつ、能天気なその"首魁"と、対照的に生真面目な庭師の
こと思い出す。結局のところ、彼女らとはその後和解し、霊夢や魔理沙
ほどではないにせよ、ある程度の付き合いが生まれたわけだが……。

   *  *  *

 公園で感じた視線を敢えて無視して――いや、むしろ挑発するかのように
ふたりは新都を歩き回った。気配は僅かに感じられたものの、どうやら手出
しをしてくる様子はなさそうだ。あちらも偵察なのだろう。

 繁華街を歩き、休憩を兼ねてお茶をしていると(当然、咲夜も飲み物を頼んだ。
どうやらとくに必要がないだけで普通に飲食はできるらしい)、やがて視線は
感じられなくなっていた。どうやら監視を切り上げたらしい。

 新都を案内する締めくくりとして、凛はこの街でもっとも高いビルの
屋上へと咲夜を連れて行った。

 「どう? ここは見通しがいいでしょ」

 「おっしゃるとおりですね。あの橋のタイルまではっきり確認できますわ」

 「え!? 橋って冬木大橋? あなた、いったいどーいう目をしてるのよ!!」

 驚愕する凛に、咲夜はクスリと笑いかける。

 「多分、これはアーチャーというクラスの特性でしょうね。さすがに生前の
私がこれほど目がよかった記憶はありませんから」

 確かに、遠距離から狙撃する射手(アーチャー)の目が悪くてはお話にならない。
 感心した凛も視力を魔術で強化して、何気なく地上に目をやった。

 「! あれは……」

 小さく呟いて黙り込んだ凛に、咲夜は不審げな表情を向ける。

 「どうかしましたか、凛お嬢様? 敵ですか?」

 「いいえ、なんでもないわ。ただの一般人の知り合いがいただけ」

 それを機に、ふたりは遠坂邸へと帰ることにした。

 「じゃあ、明日の朝もよろしくね」

 召喚してまだ2日、実質24時間にも満たない付き合いだが、凛にとって
咲夜は十分以上に信頼に足る存在となっていた……サーヴァントとしても、
メイドとしても。

 「はい、かしこまりました。お休みなさいませ、凛お嬢様」

 寝室で、自らの師、言峰綺礼に電話をかけ、一方的に報告を済ませると、
凛は体を休めるために眠りについたのだった。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 ……おかしい。当初の構想では、2話で凛視点を切り上げ、3話では
士郎とセイバーの出会いまで話が進むはずだったのに。
 どうも、凛&咲夜コンビの相性の良さに引きずられて、つい筆が
のってしまったみたいです。霊体化しなかったのは、とくに必要が
なかったため。霊体してると、魔力は多少節約できる代わりに、
とっさの不意打ちなどに対応しづらいというデメリットもありますからね。
次回は、ランサー戦まで。ようやく士郎の登場か!? (殺られ役だけどネ)



[958] Re[3]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/03/15 10:21
『東方聖杯綺譚』~その4~


 人気の絶えた廊下を小走りに駆け抜けながら、凛は苛立たしげに眉をしかめた。

 「気に入らないわね。わたしのテリトリーである学校で、こういう露骨な真似を
されるのは……」

 (ですが、相手はかなりの手練れです。気を引き締めてください)

 「ええ、わかってるわ」

   *  *  *

 咲夜を召喚してから3日めの朝、凛はいつもどおりに登校することにした。
サーヴァントたる咲夜は、霊体化して、すぐそばに同行しているので、万全とは
言えぬまでも、油断はない。ないはずだった。

 (凛お嬢様、気をつけてください……)

 だが、1日ぶりに凛が学校の門をくぐった瞬間、ラインを通して、咲夜から
警告のメッセージが送られてきたのだ。

 (どうしたの、咲夜?)

 (巧妙に隠してはありますが、微かに魔力の気配が感じられます)

 (何ですって!?)

 急いで凛も感覚を研ぎ澄ます。ほんの微かな、髪の毛ほどのか細い魔力の
残滓が校舎の隅から感じられた。

 (クッ、やられたわ……。ありがとう、咲夜)

 感知センサーか、あるいは罠の作動スイッチかはわからないが、気づかない
まま校舎に入っていたらと思うとゾッとした。

 幸い、まだ授業開始まではまだ時間があるので、校庭を大回りして弓道場の
方へと立ち寄り、時間を稼ぐ。

 (それにしても、よく気がついたわね、咲夜。それも例の"目"のおかげ?)

 いくら英霊とはいえ、咲夜のクラスはアーチャー、弓兵だ。
 凛自身、己れの腕前に相当な自負を持っていたただけあって、魔術が本業で
ない人物に出し抜かれたのは、少々ショックだった。

 (それもありますが……まぁ、場数の差、と申しておきますわ)

 咲夜自身の過去の話を聞くかぎり、相当な数の魔術師や魔術使いと対峙して
きたのだろう。いかに、凛がアベレージワンの天才とはいえ、戦闘経験だけは
一朝一夕で積めるものではない。その点、対魔術戦の経験が豊富な咲夜を
パートナーにできたことは、望外の幸運と言えた。

 (ですが……どうも、この魔力の気配には、覚えがあるような気がします)

 いつものように弓道場には入らず、校舎から影になる場所に来て凛がひと息
ついたところで、咲夜が気になる発言をする。

 「咲夜の記憶にある相手って……もしかして、幻想郷の者ってこと?」

 思わず口に出してしまってから、慌てて口をつむぐ。

 (そうですね。現に、私がこうして召喚されているのですから、あながち
あり得ない話ではないと思います)

 たしかに咲夜の言うとおりだ。

 (相手は誰だかわかる? あるいはクラスだけでも絞り込めれば……)

 (私自身がアーチャーですから、残るは6クラス。このうち、ランサーに相当
しそうな知り合いはいません。セイバーならひとりいますが、その娘は決して
魔術が得意というわけではありませんし、除外してもよいでしょう。かろうじて
ライダーと呼べそうなのがひとり…いえ、ふたりいますが、どちらも比較的
馴染み深い相手ですので、違うと断言できます。バーサーカーになり得る
のは……レミリア様や妹様をはじめ、けっこういますわね。とはいえ、狂化
した状態で、こんな繊細な術を扱うのは無理でしょうから、これも除外。
アサシンは……むしろ、私の方が適性があるでしょう。該当するといえば
しそうな知り合いなら、3人ほどいますけど、こちらは逆に顔見知り程度なので、
魔力から判断はつきません)

 (キャスターは?)

 (――私と、そのセイバーになれそうな子を除く、ほとんどの知人が
キャスターの資格を持っていると言っても、過言ではありませんわ)

 (そうか、そういう所だったわね、幻想郷って……)

 つまり、絞り込むのは事実上不可能ということか。

 (しかたない。放課後までは様子見ね。このまま警戒を続けて、咲夜)

 (はい、かしこまりました。凛お嬢様もお気をつけください)

   *  *  *

 じりじりしながら、授業時間をやり過ごす。
 上の空だったせいか、いつも被っている猫が剥がれそうになり、友人の綾子
にはからかわれ、天敵たる生徒会長には鼻で笑われるハメになった。
 おかげで、いま現在、凛のご機嫌はすこぶる悪い。

 ふだん使われていない特別教室の一角に身を潜め、さらに待つこと2時間。
 辺りが薄暗くなり、部活で残っていた生徒たちもあらかた下校した時間帯に
なって、ようやく凛と咲夜は行動を開始した。

 まずは、魔力の残滓がもっとも濃く残っていると思しき、屋上へと向かう。
 屋上に上がり、入り口のドアを魔術で封鎖すると、凛は咲夜を実体化させた。
 不意打ちに備える意味でも、臨戦態勢を整えておいたほうがよい、と判断した
のだ。

 「凛お嬢様、何かおわかりになられましたか?」

 「これは特定の魔術を起動させるトリガーでも、あるいは発動した残滓でもない。
強いて言うなら、ただのアンテナ、あるいは鳴子の紐ね。不用意に触れなければ、
何も起こらないわ。とりあえずここはこのままにして帰り……」

「おいおい、それじゃつまらんだろうが」

 入り口を挟んで反対側、屋上の一角にある給水塔の上から、男の声がかけられる。

 「っ!?」

 凛が振り向くより先に、咲夜が彼女を守る位置に立ちふさがる。
 給水塔には、青い革鎧のようなものを着た若い男が、ニヤニヤ笑いながら
腰かけていた。

 一見、ただの人間にも思えるが、魔術師である凛の目には、彼の全身を構成
する濃密な魔力が見て取れた。

 彼も咲夜と同じ存在――聖杯に呼ばれたサーヴァントなのだ。

 (咲夜、あれ、知り合い?)

 (いいえ、凛お嬢様。まったく知らない顔です)

 ラインを通じて、素早く咲夜に確認した凛だが、あえて男に向かって言葉を
投げる。

 「違うと思うけど、一応聞くわよ。あなたが……この仕掛けを作ったの?」

 「信じるかどうかはしらんが、一応答えると……俺じゃねぇぜ。俺達は、
小細工じゃなくて、戦うのが専門だからな。なぁ、そこの姐さん」

 そこまで言うと、快活に笑みを見せていた男の雰囲気が一変する。
 飢えた野獣……その殺気を数倍すれば、眼前の男が放つそれに匹敵するだろうか。
濃密な"死"の気配に酔って、吐き気を催しそうだ。
 本能的に後ずさりしようとする足を凛は気力で押え込み、その場に留まった。

 そんな彼女の様子を背中で感じ取ったのだろう。咲夜の雰囲気も一変した。
これまでの知的で怜悧ながらどこか暖かみのある気配から、一切の温度が抜け
落ちる。目の前の男に向けられるのはまごうことなき殺意。男が放つ闘気が、
熱く燃える炎の激しさを持つのに対して、咲夜の視線は冬空に蒼く輝く天狼星の
ごとき冷たさを含んでいた。

 「ククク……いいねぇ、その瞳。今日のところは様子見のつもりだったが、気が
変わったぜ」

 嘲笑いながら、男が右手をひと振りすると、その掌の中に紅い長槍が出現する。
 辺りに漂う殺気が一層濃くなる。

 「その格好からして、真正面からぶつかるタイプじゃねぇな。もしかして、アサ
シン……それともライダーか? まぁ、いい。戦士の礼儀だ。得物を出すあいだ
くらいは、待ってやるぜ」

 「あら、意外に紳士ですわね。でも……気づかいは無用、ですわ!」

 (凛お嬢様……!)

 (わかってる。着地は任せるわ、咲夜!!)

 青い鎧の男は、メイド服姿の女性である咲夜をどこか侮っていたのだろう。
咲夜が抜く手も見せずに投げたナイフに反応しきれないでいる。
 ナイフの軌跡を見届ける間もなく、凛は全速力で右へと走り、魔術の
助けを借りて脚力を強化して、フェンスを跳び越えた。

 みるみるうちに地面が近づくが、重力変化の呪文で、さらにそれを早める。
大地に激突する寸前で、壁面を駆けおりた咲夜にキャッチされる。
 俗に言う"お姫様抱っこ"の形で、咲夜が凛を抱えたまま、ふたりは校庭まで
駆け抜けた。

 その間わずか7秒足らず。

 しかし――驚くべきことに、彼女たちから1秒と遅れることなく、あの
青い男、おそらくはランサー(槍兵)であろうサーヴァントが、ふたりの前
に立ち塞がったのだ。

 「ほほぅ、若いと思ってみくびってたけど、そっちのお嬢ちゃんもなか
なか。咄嗟に戦況を読んで行動に移せるなんて、たいした判断力だ」

 ランサーの目の色が真剣なものに変わる。

 「凛お嬢様……」

 槍兵の視線を遮るように咲夜が立ちはだかり、凛は素早く後方へと退いた。

 「いいわ、咲夜。手助けはしない。貴女の……本気を見せて!」

 凛の言葉を合図に、戦いが幕を開けた。

   *  *  *

 青い革鎧の男と青いメイド服の女、その身にまとう色彩こそ同じながら、
まったく対照的なふたりのサーヴァントが激突する。

 ランサーの得物は2メートルを越える長槍だ。その間合いの広さは、剣や斧、
あるいは短刀などを武器とする者にとっては、脅威以外の何者でもない。
 近づこうと進めば突き貫かれ、切りかかれば打ち払われる。棍の持つ打撃力と
刃物の持つ致死性を兼ね備えた槍は、熟達者が扱えば限りなく万能に近い性能を
示すのだ。

 しかし、咲夜のクラスは"アーチャー"、得物は投げナイフだ。
 単純な間合いの長さこそ、銃や弓には及ばないものの、射程は
10メートルを軽く越える。そのうえ、銃や弓と異なり、接近戦に
なっても、武器を持ち替えることなく十分対処できるのも強みだ。
 遠距離~中距離戦で主導権を握ることは十分可能なはずだった。

 実際、凛の目から見て、両者の戦いはほとんど互角に思えた。
敏捷性や筋力では、さすがにランサーに劣るものの、絶妙な間合い
の外し方と身のこなしで、咲夜は巧みにランサーの槍をさばいている。

 しかし、すぐに奇妙なことに気づく。
 確かに咲夜は、槍をさばいてはいる。いるのだが……ランサーの方は
咲夜の投げナイフを1本たりともはじいたり、かわしたり、ましてや
当たったりしていないのだ。

 技量の違いなどでは断じてない。
 なぜなら、最初から咲夜の投げるナイフなど1本も当たらないと確信
したかのように動いているのだから。

 「やはり、何らかの加護を得ていたようですね」

 咲夜が嘆息するのを、ランサーはおもしろそうに見つめる。

 「ほぅ、お前さんは驚いてないみたいだな、アーチャー」

 「えぇ、まぁ、気配も殺さずに、これだけナイフを投げ続ければ、いい
加減、クラスを当てられても仕方ないでしょう?」

 「そっちじゃねぇよ。俺に"矢よけの加護"があることに、初めから気づいて
いただろう?」

 「屋上でナイフを投げたとき、確かに額を狙ったのに、貴方は最初から
避けさえしませんでしたから」

 そうだ。 凛は思い出す。
 身を翻してフェンスを飛び降りる一瞬、確かに見た。直撃コースだった
はずの咲夜のナイフは、ランサーの額から紙一重のところで、まるで何かに
はじかれたような不自然な軌跡で、あらぬ方向に飛んでいったのだ。

 「残念だが、相性が悪かったな。ランサーが俺じゃなくて他の英霊だったら、
お前さんの腕なら、もしかして仕止められたたかもしれねぇのに」

 しかし、そう言いながらも、ランサーも咲夜との間合いを縮めきれず、攻め
あぐんでいるように見えた。
 そういえば、時折わずかに咲夜の体が霞んで、まるで瞬間移動のように
驚異的な動きを見せることに、凛も気づいた。

 (多分、時間を制御して、瞬間的に自分を加速してるのね)

 「テメェ、いったい何者だ? メイド姿で、大量の投げナイフを使い、瞬間
移動まで使いこなす英霊なんて、聞いたことないぜ。反英雄か?」

 追い詰めているはずのランサーの方が、焦れて問いかけてきた。

 「そういう貴方は、わかりやすいですわね。おそらく世界史上でも5指に
入る槍さばきと、獣のごとき敏捷性、さらに紅い槍とくれば……」

 間断なくナイフの投擲を続けながら、余裕を見せる咲夜の言葉に、
ランサーはギシリと歯を噛み締める。

 「テメエ……!」

 その隙を見逃さず、咲夜が一気に距離を詰める。
 槍の間合いの内側に踏み込んだ状態から、スライディングのような低い
姿勢で、ランサーの鳩尾を、咲夜のパンプスが全力で蹴り飛ばす。
 華奢な外見ながら流石はサーヴァント、対象がただの人間なら、内臓
破裂で致命傷を負っていただろう見事なキックだったが、相手も槍兵。
あえて力に逆らわず自分から後ろに跳ぶことで、ダメージを最小限に抑える。

 ――それこそが、咲夜の狙いだった。

 「な、に……」

 ランサーの青い革鎧の背中に、十数本のナイフが突き立っていた。

 「テメエ、どっから、このナイフを投げやがった!? いや、仮に
背後から投げたって、俺に飛び道具は当たらないはず……」

 「奇術の種を明かすのは無粋ですわ」

 もっとも、種を明かせば、何のことはない。
 あえて自然な投擲のみに徹してきたが、咲夜は本来、念動力で自由に
投げたナイフの軌跡を変えられるのだ。
 ブーメランのように弧を描いて戻すことも、それどころか稲妻型の
ジグザグにナイフを走らせることさえ、たやすいことだ。

 そして、サイコキネシスで操っている投げナイフは、もはや純粋に
飛び道具とは言えなくなる。例えば、鎖鎌や万力鎖、鎖のついた釘剣
などであれば、手元の操作次第では、ランサーに当てることも決して
不可能ではない。

 しかしながら、それだけでは完全には矢よけの加護を無効化できず、
ランサーにダメージを与えることは難しい。

 だから、咲夜は考えたのだ。

 ランサーにナイフを投げても当たらないなら、ランサーにナイフに
当たらせればよい。

 離剣の見。
 投げたナイフをしばし空中に留め、任意に再可動させる、時を操れる
咲夜ならではの技である。

咲夜は、蹴りでランサーの動きを誘導し、宙に停止させたナイフへと
突っ込ませ、彼に触れた瞬間、再びナイフの動きを再開させたのだ。

 接触した状態では、もはやそれは飛び道具とはみなされず、矢よけの
加護は発動しない。
 その結果が、いまランサーの背に突き立つ 十数本の銀の輝きであった。

 「よくも……よくも、やってくれたな……」

 ランサーが犬歯を剥き出しにして吼える。
さきほどまでの、どこか戦いを楽しむような余裕は欠け片もない、掛け値
なしに本気の殺気だった。

 「マスターからは様子見に徹して帰って来いって言われてるが、知った
ことか……」

 「あらあら、主人の命に理由なく逆らうのは、感心できませんわね」

 「その減らず口、この一撃を受けてなお、叩くことができるか?」

 いけない!
 ふたりの戦いに目を奪われていた凛は、ランサーの紅い槍に急速に
魔力が集まっていくの見て、かつてない危機感に襲われた。

 あれを撃たせてはダメだ。
 あれを撃たれれば、咲夜は確実に死ぬ。

 だが、それを制止しようにも、辺りに立ちこめる濃密な死の気配に
体がこわばり、ロクに動こうとしない。


 「刺し穿つ(ゲイ)……」

 この局面を打破するのは、わたしには無理だ。
 もし、打破できるとすれば、それは……。

 ガサリ!

 思いがけないほど大きな音を立てて、茂みが揺れる。
 と、同時に、何者かが走り去る足音が、3人の耳に聞こえてきた。

 「誰だ!」

 ランサーは、誰何の声とともに構えを解き、瞬時に姿を消す。

 凛は、へなへなと地面に崩れ落ちた。

 「た、助かった……」

 「凛お嬢様は、私を信頼してくださらなかったのですか?」

 少々不機嫌そうな様子の咲夜に、凛は反論する。

 「だって、アレは宝具を使う前兆よ? いくら咲夜でも、まともにアレを
食らえば無事では済まないでしょう?」

 「えぇ、確かに、"まともに食らえば"、そうでしょう。ですが、私があんな
物騒なものを正面から受けるとお思いですか?」

 「……そうね。ごめん、迂闊だったわ」

 時間を止める咲夜の力があれば、よほどの広範囲攻撃でない限り、回避する
だけなら難しくはないだろう。

 そのことに思い至らなかった自分の慌てぶりに、凛は肩を落とした。

 「ところで、よろしいのですか、凛お嬢様?」

 「? 何かしら?」

 「ランサーは、おそらく目撃者を消しに行ったのだと思うのですが。ここが
校内である以上、おそらく相手は学校関係者であると思われるのですが」

 !!
 あぁ、なんてボケっぷりだろう。天才魔術師の名が泣く。
 
 「咲夜、ランサーを追って! 私もすぐ追いかけるから」

 「仰せのままに、凛お嬢様」

-----------------------------
<後書き>

な、長いっ!
ようやっと、槍&弓凛の前哨戦です。
とりあえずは、咲夜が1枚上手だったようです。
そして、名もなき目撃者(=士郎)の運命は!?
……って、まぁ、大方のご推察のとおりなのですが。

それと、咲夜のナイフは、本来は実物であり、そのストックを投げて
使っている(戦闘後は回収)のですが、サーヴァントとなった今では、
魔力をごくわずかに消費してその場で作っています。いわば、士郎の
剣製の、非常にスケールダウンしたバージョン。このナイフは、戦闘
中のほんの数分間しか実体を持ちませんし、無論咲夜はこのナイフしか
作れません。まぁ、ゲーム本編でも、アサシンが投げるダガーを何本
も取り出していたようですし、そういう設定もアリかな、と思いまして。

さて、次回はいよいよ、視点チェンジです。
絶体絶命の士郎くんに、明日はあるのか!? 



[958] Re[4]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/03/21 19:48
『東方聖杯綺譚』~その5~


 (なんだってんだ、コンチクショウ!)

 青い男の繰り出す槍を、手にした布団叩き(籐製・強化済み)で、かろ
うじて逸らしながら、少年――衛宮士郎は心の中でボヤいた。

 思えば、今日は朝から厄日だった。

 まず、後輩の間桐桜が、朝ご飯の支度のあと、しばらくこの家に泊めて
ほしいと言ってきたのだ。どうやら家族とケンカして家を飛び出してきた
らしい。間桐の家庭環境や慎二との関係などを知っている身としては、
可愛い後輩の頼みをすげなく断るなどという選択はできなかった。
 とはいえ、最近、日に日に女らしく成長している桜のこと。妹分だとは
思っていても、夜もふたりきりとなれば、正直どこまで自制心が働くか、
自分でも少々心もとない。

 はて、どうしたものか、と悩んでいるところで、虎――もとい藤ねえ来襲。
桜の説明をどう受け取ったのかは不明だが、いきなり「士郎のスケベーーーッ!」
と、いま彼が手にしている布団叩きで、なぜか士郎を折檻し始めたのだ。
 逃げ回りながらの説得の末、衛宮邸ではなく藤村組に居候することで何とか
両者の合意を得られた。

疲れ切って登校したが、詳しい事情を慎二に聞こうとクラスを訪れると、
よりによって今日は欠席。おおかた、ストレスのはけ口に逃げられたため、
ふてくされて仮病でサボりを決め込んでいるのだろう。中学時代からの友人
ではあるが、同時に間桐慎二という少年の性格もほぼ把握している士郎に
とっては、非常にわかりやすい展開だった。

 昼休みは、親友の柳洞一成と、学内一の優等生・遠坂凛の舌戦に巻き込まれ、
――と言っても、傍らで聞いていただけなのだが――いささかバツの悪い思いを
することになった。

 さらに、放課後、いつもの生徒会備品補修ののち、運悪く藤ねえに捕まり、
慎二がやるはずだった弓道具の手入れを押しつけられる。まぁ、こちらに
関しては、久しぶりに弓道場の雰囲気に触れられたので、決してイヤとう
わけではなかったのだが……。

 そして、すっかり暗くなり、人気もたえた学園内でアレを……ふたりの人物
による死闘を目にすることになる。
 人物とは言いながら、それは決して尋常なる"人"の戦いではなかった。
 人の限界を遥かに越えた速度と技量を発揮しての、青い戦士と青い淑女の激突。
 未熟ながらも魔術師としての訓練を積んでいる士郎の目には、そのふたりの
身体が濃密な魔力で構成されていることが、見てとれた。

 逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ逃ゲロ………

 理性はそう激しく警鐘を鳴らすものの、感情、或いは他の部分の影響か、
士郎の視線はふたりの戦いから離れようとしない。

 だが、膠着状態に思えた戦いは、青い女性の放ったナイフに、青い男が
背中から刺されることで、一気に均衡が破れた。決して軽くない傷を負った
はずなのに、青い男の闘志は衰えず、さらに殺気が色濃くなる。
 そして、男が手にする槍が、辺りのマナを恐ろしい勢いで吸い込み始める
のを見て、ようやく士郎は我に返った。

 (逃げなきゃ!!)

 ようやく理性の忠告に従う気になった士郎だが、あろうことかそこで枯れ枝を
踏み折ってしまい、青い男に目をつけられるハメになる。
 全速力で校舎内に逃げ込んだもの、呆気なくチェックメイト。男の槍に心臓を
貫かれてゲームオーバー……かと思ったのだが、意識を失ったあと、なぜか自分
が生き返ったことに気づいて呆然とする。

 起こるから奇跡って言うんだなぁ、と、どこかで聞いたようなセリフを思い
浮かべたところで、自分の上に置いてあった紅いペンダントに気づく。
 どうやら、このペンダントの持ち主が助けてくれたらしい。

 どこかで会うことがあれば礼を言おうと固く心に決めつつ、血が足りず、
鉛のように重たい身体を引きずって、士郎は衛宮邸に帰宅したのだ。

 それが、ほんの5分ほど前のこと。
 ボーッとしていたところで、この屋敷に仕掛けられた敵意感知の結界が作動
するのを感じる。

 士郎が布団叩きを手に取り、強化し終えた瞬間、間髪を入れずに青い戦士が
天井を突き破って降ってきた。

 (……そして、現状に至る、と)

 文字どおり必殺の槍を、こちらも字面どおり必死にかわしながら、士郎の
脳内で簡易走馬灯が回想シーンの上映を終える。絶体絶命の危地にありながら
意外に器用な少年だ。

 とはいえ、戦士ほどの相手にいつまでも逃げ続けられるわけがない。
 明らかに目の前の男は手を抜いているのに、士郎の上半身は少なからず
切り裂かれ、新たな血を流しているのだ。

 何とか倉まで行ければ、切嗣の残した物騒なガラクタがあるから、それを
使って、男をこの場は撃退することくらいならできるかもしれない。
 その可能性は恐ろしく低いが、このままジリ貧になるよりは、ナンボか
マシだろう。

 そう決心した士郎の目を見て、男が笑う。

 「なんだ、ようやく覚悟を決めたのかよ」

 スッと槍を引き、これまでになかった突きの構えを取る。
 そのわずかな間を見逃さず、士郎は自ら窓ガラスを割り破りながら、
庭へと転がり出る。

 「へっ、まだまだやる気か。いいだろう、10数える間だけ待ってやる」

 背中から聞こえる男の声には構わず、全速力で倉へと走る。

 「1」

 築山を横切る。

 「2」

 池を飛び越える。

 「3」

 道場の横を抜け、

 「4」

 倉の入り口に着く。

 「5」

 ポケットから鍵を取り出す。

 「6」

 鍵を差し込むが……開かない!

 「7」

 間違えた、こっちは家の鍵だ。

 「8」

 慌てて別の鍵を差し込む。

 「9」

 カチリ。

 「10」

 ……開いた!
 ズグン!!

 形容しがたい擬音を発して、士郎の身体は、倉の扉ごと内部に蹴り込まれた。

 「サービスだ。その中に入りたかったんだろう?」

 ニヤニヤ笑いながら、男が槍を片手に、倉の中へ入ってくる。

 「ん? どうした? ここがテメエの工房じゃないのか?」

 どうやら、士郎が魔術師と知りつつ、その工房(実際は違うのだが)にワザと
足を踏み入れたらしい。
 男――いい加減、明らかにしてもよいだろう、咲夜と校庭で戦ったランサー
だ――にしてみれば、現代の魔術師のチャチな魔術など、己の耐魔力の前では
いかほどのこともない、という自負があったのだろう。
 けったくその悪いマスターの命令で、見逃すわけにはいかないが、せめてもの
ハンデを与えたつもりなのかもしれない。

 だが、それを知らない士郎としては、男の態度に、恐怖よりも先に怒りを覚えた。

 「ふざけるな、俺は――!!」

 こんな余裕面で、稲でも刈るように人の命をたやすく刈り取るヤツ相手に……
殺されてなんか、やるものか―――!!

 キュイーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

 「……え?」

 それは唐突に。

 「な、何だ!?」

 魔法のように、そこに現れた。

 目映い光の中、それは、士郎の目の前に出現した。
 溢れる光が逆光になって、士郎の位置からは、その大まかなシルエットしか
見えない。
 しかし、それが少女の姿をしていることくらいは分かった。

 「チッ!」

 ギィインン!!

 咄嗟に士郎を狙って突き出されたランサーの槍を、手にした何かで
打ち払い、躊躇うことなくランサーの方へ向かって踏み込む。

 「――マジかよ? 本当に7人目のサーヴァントを召喚したのか!?」

 光が治まり、ようやく回復した士郎の視界に映ったのは、弾かれた槍を
構えなおすランサーと、手にした"何か"――日本刀らしき剣を一閃する少女。

 「クッ!!」

 少女を警戒して、ランサーは獣のような身ごなしで、素早く倉の外へと
飛び出し、あとには少女の姿をした"それ"と、士郎だけが残された。

 少女が振り返る。
 雲が流れ、僅かに月が見えた。
 壊れた扉から月光が差し込み、少女を照らしだす。

 「―――!」

 士郎は声も出せなかった。
 あまりに唐突な出来事に動転していたからではない。死の淵から生還して
腰が抜けてしまったわけでもない。
 ただ、目の前の少女の姿が、あまりにも可憐過ぎて、言葉を失っていたのだ。

 歳の頃は13、4歳といったところだろうか。
 背丈は士郎の首のあたりほど。雪のように白い髪を肩のあたりで切り揃え、
黒い幅広のリボンを鉢巻のようにして巻いている。
 切れ長で、それでいてパッチリとした目。少し低めだが整った鼻梁。
可愛らしい小作りな唇。やや血の気は薄いが年ごろの少女らしくスッキリ
とした稜線を描く頬。髪の色に比して、容貌は明らかに東洋系なのだが、
どこかエキゾチックな雰囲気も感じさせる。
 その身にまとうのは、半袖の白いブラウスと緑色のジャンパースカート。
背中に差した2振りの剣さえなければ、おそらくは街角を歩いていても
おかしくない格好の……けれど、とびきりの美少女だった。

 「――問う。貴殿が、私のマスターか?」

 「え!? マスター?」

 その瞬間、士郎の左手に、焼け火箸でも押しつけられたような、熱い痛みが
沸き起こる。

 「うわっ、なんだ、コレ!?」

 見れば、手の甲には奇怪な紋章のような痣が出来上がっていた。
 慌てる士郎を尻目に、少女は痣を確認すると、満足げに頷いた。

 「サーヴァント・セイバー、召喚に従い、ここに推参」

 (サーヴァント? セイバー?)

 理解不能な言葉の連続に、士郎の思考回路はショート寸前だった。

 「これより、我が剣は貴殿と共にあり、貴殿の運命は私と共にある。
ここに契約は完了した。マスター、下知を」
-----------------------------
<後書き>

 てなわけで、ようやくセイバー召喚!
事前予告どおり、セイバーは妖夢でした。

 ちなみに、外見は120パーセントほど美化してあったり(笑)。
本来の「東方」では"可愛らしい"という感じで、"美少女"っていう
イメージではないのですが(私的偏見)、あのアルトリアの代わりに
ヒロインになるからには、やはりこれくらいの描写は必要だろう、と。
ぶっちゃけ、一目惚れによる士郎の主観なんですが(笑)。

 それと、お気づきでしょうが、結構いろいろ伏線をバラ撒いてあります。
 この物語の世界は、「Fate」本編とは似て非なる、平行世界なのですから。

 そのひとつを明かすと、切嗣は2年ほど前、士郎が中2になるくらい
までは生きていました。そのため、士郎の魔術の腕前は、多少本編よりは
上(と言っても、魔力量が2割増で"強化"成功率が半々ぐらいに上がった
程度ですけど)。また、中学時代からの友人である慎二や一成は、切嗣と
面識がありました。
 それ以外の相違は……おいおい本文中で明かされていくでしょう。

 さて、次回は、対ランサー戦、さらには凛&咲夜コンビとの対面も
控えています。よろしければ気長にお待ちください。



[958] Re[5]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/03/30 03:10
『東方聖杯綺譚』~その6~


 「これより、我が剣は貴殿と共にあり、貴殿の運命は私と共にある。
ここに契約は完了した。マスター、下知を」

 突然意味不明な非日常的状態に巻き込まれた人間のとれる選択肢は、存外
多くない。
 その意味で、士郎のとった行動は、決して的外れというわけではないだろう。

 「えーと……君、誰?」

 「――は?」

 "セイバー"と名乗った少女の、年若いながらも凛々しく引き締まった顔つきが
一気に崩れて、呆然とした表情を浮かべる。

 そのギャップの大きさに、さすがに鈍チンの士郎も、どうやら自分が
とんでもなく間抜けな問いを発したらしいということに気づく。
 もっとも、覆水盆に返らず。今さら「タンマ、いまのなし!」と言うわけにも
いくまい。それに聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。自分が知らない――
わからない事は、人に聞くか調べるしかない。

 (と、とりあえず、ひとつひとつ確認していこう、うん)

 「えーっと、君のことは、"セイバー"と呼べばいいのかな?」

 「はい。真名はほかにありますが、この場ではそうお呼び下さい」

 「うん。で、その……君は、人間じゃないのか、もしかして」

 士郎としては、相当気を使った質問のつもりだったが、相手は無造作に頷いた。

 「当然です。私は、聖杯によって顕現するサーヴァントなのですから」

 胸を張ってそう答えると、少女はふと、小首を傾げた。

 「……どうやら、イレギュラーな召喚だった様子。マスターは、この聖杯戦争に
ついて、詳しく御存じないのですね?」

 「あ、うん……何が何やらサッパリ、って感じだね」

 士郎は、これ幸いと頷く。
 年下の(外見上だが)少女に、自分の無知を表明するのは、あまり威張れた
ことではないだろうが、変な見栄を張ってもしかたがない。

 「そうですか……では、緊急時ですのでごく簡単にだけ説明しておきます。
これは"聖杯戦争"と呼ばれる争い、殺し合いです。7人の魔術師と、それと対と
なる7体の英霊――サーヴァントがコンビを組み、自分たち以外のペアを抹殺
することで聖杯を手にし、自らの願いをかなえます。マスターはその7人のうち
のひとりに選ばれました。そして、先程マスターに襲いかかって来たのが、
サーヴァントのひとり。どうやら、ランサーのようですね」

 最小限の要点だけ告げると、少女――"セイバー"は、扉の方をにらみつける。

 「では、これより敵の殲滅に移ります」

 「え? え?」

 いざ、と言うより早く、"セイバー"は倉を飛び出していった。

 「ま、待つんだ、"セイバー"!」

 遅まきながら、士郎は少女の意図を理解し、自分も倉から走り出る。

 (クソッ、聖杯戦争……殺し合いだって!?)

 確かに、あの槍の男は士郎を1度殺したし、さっきだって"セイバー"が来て
くれなければやられていただろう。
 けど、いくら"剣の担い手(セイバー)"だからって、あんな年端もいかない少女が
あの超絶的な槍の使い手に敵うはずがない。
 彼女が――命の恩人である"セイバー"が殺される前に、何とか戦うのを止め
なければ……そんな思いを抱いて庭に出た士郎だが、予想から大きく外れた光景
に、己が目を疑った。

 槍の男ランサーと、剣を持つ少女"セイバー"は、彼が思ったとおり戦っていた。
 ただ、士郎の危惧とは異なり、"セイバー"の側がむしろランサーを押しているのだ。

 それも、セイバーが巧みな剣さばきで、ランサーの豪槍を受け流しているわけでは
ない。

 ガンッ!
 ギィインッ!
 ザリッ……。

 「クッ……セイバー! そんなチビっこい身体のクセして、どこにこんな馬鹿力が
ありやがんだ!?」

 ランサーの言葉どおり、真正面からの打ち合いで、文字どおり少女のほうが、
槍兵をねじ伏せようとしているのだ。

 「日々の鍛錬を欠かさなければ、この程度はたやすいことっ!」

 "セイバー"が反論したが、ちょっぴり語調が荒い。どうやらチビと言われたことを
内心気にしていたようだ。

 しかしながら、ランサーの言い分ももっともだった。
 どのような修練を積めば、身長150センチにも満たない華奢な少女が、
180センチを優に越える逞しい青年を真っ向から押し返せるというのだろう。
 よほど人並み外れた……どころか、それこそ人外異端な修行をしてきたとしか
思えない。

 だが、いまの問答で、ほんの一瞬だけ少女の剣先にブレが生じた。
 その隙を見逃さず、青い槍兵は巧みに剣をかわし、恐るべきスピードで一気に
塀の近くまで後退する。

 「よぉ、提案なんだけどよ。今夜はここでひとまずお開きってことにしないか?
ウチの腐れマスターは帰って来いってうるせぇし、お前さんのマスターも事情が
飲み込めてないみたいだしな」

 「断る! 私は"セイバー"としてマスターの身を護る義務がある。ならば、拠点を
知られたお前を生かして帰す道理はないっ!」

 「やれやれ……そうかよ」

 瞬時にランサーの目の色が変わる。先程までの戦いを楽しむ武人の目ではない。
それは、冷静に敵を追い詰め、全力をもって屠る、熟達した狩人の目だった。

 「ならば、食らいな……」

 紅い槍が、いまにも音をたてそうな勢いで、周囲のマナを吸い込む。

 「ゲイボルグ(刺し穿つ死棘の槍)!!」

 士郎の目に奇妙な光景が映った。

 ランサーの投げた槍が、一直線に"セイバー"の左胸に向かって飛んでくる。
 それを少女はなんなく剣で弾いたのだが、弾き落とされるはずの槍が奇妙な
形に折れ曲がり、その穂先が止める間もなく彼女の胸に突き刺さったのだ。

 「"セイバー"ーーーーっ!!」

 ガクリと片膝をついた少女は、しかしまだ意識を保っていた。唇の端からひと筋の
血を垂らしながも、剣をついて立ち上がろうとする。

 「まさか外した……いや、効いてねぇのか?」

 「効いてはいるよ……だが、生憎私の身体も特別製なんだ」

 血の混じった唾をペッと吐き捨てると、少女は再び剣を構える。

 「チッ、本気で人間離れしてやがる」

 必殺の一撃を交わされたことが不満なのか、ランサーは不機嫌そうだが、それでも
あえて衛宮邸から抜け出すことを選んだようだ。
 一挙動で塀に飛び上がり、捨てゼリフとともに姿を消す。

 「あばよ、つぎこそお互い全力でやりあおうぜ」

 そのまま鮮やかに闇の中に消える……つもりだったのだろうが、塀の外から
横殴りに飛んできた魔力の塊り(ガンド)が、それを許さない。

 「ぐがはわっ!!!!」

 とんでもなくカッコの悪い悲鳴……というより絶叫をあげながら、ランサーは
ほうほうのていで逃げて行った。

 「やれやれ。詰めが甘いですよ、白玉楼の庭師」

 ランサーに代わって、塀の上に姿を見せたふたりの女性のうち、背の高いほうが
"セイバー"に向かって呆れたような声を投げかける。

 「! おまえは……紅魔館のメイド長!!」

 旧知の仲なのか、"セイバー"は驚きの声を上げた。

 「やはり貴女が"セイバー"として召喚されたのですね。まぁ、十分予測の範囲内
ですけど」

 「なぜ、あなたがここに……そうか、あなたもサーヴァントとして!?」

 「えぇ、その通りよ」

 瀟洒なメイド――十六夜咲夜の答えとともに、ふたりのあいだの緊張感が高まる。

 が。

 「あれ? 遠坂じゃないか。どうしたんだ、こんな夜遅くに」

 ……ひとりの物知らずのおかげで、緊迫した雰囲気はだいなしだった。

 「こんばんは、衛宮くん……」

 一方、そんな呑気少年に声をかけられた同級生――冬木市のセカンドオーナーに
して天才魔術師を自認する少女、遠坂凛は、異様に穏やかな声と笑顔で挨拶をする。

 極上クラスの美少女が、滅多に見られぬ満面の笑みを浮かべているのにも関らず、
士郎の背中には、とめどなくイヤな予感がはい上がってくる。

 (ま、マズい……なんだか知らないけど、凄く怒ってる……)

 「え、えーと……と、とりあえず、こんなところで立ち話もなんだから、よかっ
たら上がっていきなよ。お茶くらい入れるから」

 (ふーん、自分の"陣地"に引き込もうってワケ……)

 ほんの一瞬考え込んだのち、凛は決断を下す。

 「……ええ、ぜひ上がらせていただくわ」

 「マスター、それは!」
 「凛お嬢様、よろしいのですか?」

 ふたりのサーヴァントは、違う意味で狼狽し、各々の主に再考を促す。

 しかし……。 

 「あら、それじゃあ、私もご一緒してよろしいかしら?」

 予想もできなかった新たな声に、4人は振り返る。

 いつの間にか、母屋の縁側に金髪の少女が腰かけていた。

 「あなたは……」

 「七色の人形遣い!?」

 どうやら、彼女もサーヴァントふたりの知り合いのようだ。

 「すいません、先輩、夜分遅くに……」

 その後ろから、今ごろ藤村邸で眠っているはずの士郎の後輩、間桐桜が
申し訳なさそうに顔を出す。

 この夜を境に、事態は、聖杯戦争関係者たちの予測もつかない形で転がり
始めるのだった。

-----------------------------
<後書き>

事前予告に反して、今回はコメディ色が強めですね。

ついに、桜のサーヴァントまでも登場!
魔法の森のあの人です。
正直、最後まで、紫とどちらにするか悩んだのですが……物語の
都合と整合性から、彼女に決まりました。

彼女と桜の逸話は次回のお楽しみということで。
よろしければ、ご期待ください。



[958] Re[6]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/04/04 02:19
『東方聖杯綺譚』~その7~


 ここで、話は少しだけ時間をさかのぼる。

 遠坂家と並んでこの街で古くからある家系、間桐家。その住居も、遠坂邸同様、
日本の家屋の平均を大きく上回る広さを持った洋館となっている。
 もっとも、人がいないながら、それなりに清潔で居心地のよい雰囲気に保たれて
いる遠坂邸に比べると、間桐の家がどこか薄汚れ、落ち着かない空気をはらんでいる
ように感じられるのは、両家の司る魔術の質の違いから来るのかもしれない。

 凛が咲夜をアーチャーとして召喚する日の前日の黄昏時。
 その間桐邸の地下に築かれた先祖代々の工房で、いままさにサーヴァントの召喚が
行われようとしていた。

 その場にいるのは3人。
 ひとりは、間桐家の支配者であり、数百年を生きてすでに人の身体さえ捨てた魔術師、
間桐臓硯(マキリゾウケン)。
 もうひとりは、間桐家の今代の長子でありながら、ほとんどの魔術回路が閉ざされて
いたため、跡取りとしての資格を半ば喪失している少年、間桐慎二。
 そして……盟約によって遠坂家から間桐家に引き取られ、間桐の魔術を継承すべく
長年その心身に苦痛を刻まれ続けてきた少女、間桐桜。

 今回の召喚は桜が行うが、その令呪より作られた偽神の書によって慎二がマスターと
なり、実際に戦いの場に赴く……そういう取り決めが3人の間で交わされていた。
 確かに、内気で消極的かつ運動神経がお世辞ににもよいとは言えない桜よりも、
魔術回路こそ1本しか持たないものの、さまざまな魔術の知識に通じ、他人に攻撃的な
性格の慎二のほうが、戦場に立つのは適切だという考え方は可能だ。

 桜もたったひとつの約束――"衛宮士郎を聖杯戦争に巻き込まないこと"――を条件に、
サーヴァントの委譲に同意した。そのはずだった。

 しかし、桜はわかっていた。
 仮に自分との約束を慎二が守ったとしても、士郎が聖杯戦争のことを知れば
その"正義の味方"という理想ゆえに彼のほうが見過ごさないであろうこと。
 そして……自分の身体は、埋めこまれた聖杯の欠片と"虫"によって、おそらくは
聖杯の制御装置として使用されるのであろうこと。間桐が、マキリゾウケンが彼女を
望んだのは、本当は自らの家系の跡取りなどではなく、小聖杯としての役目を背負わ
させるためであろうこと。

 哀しかった。
 大好きな先輩のために何もしてあげられない臆病な自分の心が。

 恐かった。
 ヒトとしての域をはみ出て、モノへと変貌させられる自分の呪われた身体が。

 そして、憎かった。
 そんな境遇さえも諦めとともに受け入れようとしている人形のような自分の生き方が。

 桜のそんな内心の想いをよそに、順調に召喚の儀式は進み、やがて召喚陣の内側が
七色の光で満たされる。

 「やったのか!?」

 「これ、落ち着かんか、慎二」

 興奮する慎二を臓硯がたしなめる。

 「も、申し訳ありません、お爺さま」

 そんな間桐家の男たちをよそに、光はほどなく収束し実体化を始める。
 光が納まったとき、召喚陣の中には、ひとりの女性……いや少女が立っていた。

 年の頃はおそらく桜と同年代であろうか。
 やや色の薄い金色の髪を首筋を隠すくらいの長さに伸ばし、やたらとレースやフリル
のついた青いワンピースを着ている。右手に何か古びた洋書を抱え、左肩には彼女と
良く似たエプロンドレス姿の人形がちょこんと座っていた。

 その容姿からは、とても英霊――サーヴァントだとは思えないが、魔術師として
見れば信じられないほどの魔力が彼女を中心に渦巻いていることがわかる。
 本来はライダーを召喚する予定だったのだが、武人タイプには見えないから、
おそらくは魔術師系の能力の持ち主なのだろう。
 しかし、キャスターはすでに召喚されているはずなのだが……。

 「あら、随分と陰気で生臭い場所に呼び出されたものね」

 少女の声は、7分の呆れと3分の嫌悪を含んでいた。

 「それはそうと……あなたが、私のマスター?」

 少女の翡翠色の瞳は真っ直ぐに桜の顔を見つめていた。

 「そうじゃない、僕が……」

 「黙らんか、慎二!」

 慎二が何かを言いかけるのを、臓硯が声だけで制する。

 「そのとおりじゃ。その娘がおぬしの召喚主であり、儂の孫じゃ」

 「……と、アチラさんは言ってるけど、本当かしら?」

 男共には目をくれようともせず、少女の視線は桜に向けられたままだった。

 「は、はい。間桐、桜と言います。よろしくお願いします」

 その性格ゆえか、つい自らのサーヴァントにも敬語を使って対応してしまう。

 「そう。わかったわ。私はイレギュラークラスのサーヴァント、"ドールマスター"。
よろしくね」

 少女はほんの少し微笑みかけながら、桜に右手を差し出す。
 一瞬何のことかわからなかったが、それが握手を求めているのだと理解して、
慌ててその掌を握る桜。

 「それじゃあ、出会って早々で悪いけど……さよなら」

 トス…。

 握手の体勢のまま、桜の胸に何かが突き刺さる。

 それが"ドールマスター"の肩にいた人形が持つ短剣だと理解する間もなく、
桜の意識はゆっくりと闇の中に滑り落ちていった。

   *  *  *

 元々、その成り立ち上、魔術や妖術の使い手に事欠かない幻想郷だが、その中でも
もっとも優れた魔術師は誰か、ということになれば、おそらく3名の人物の名前が
挙げられるだろう。

 ひとりは、"本と日陰の少女"パチュリー・ノーレッジ。友人である"紅い悪魔"
レミリアの館に寄寓し、その魔法大図書館に住み着いている魔女だ。
 喘息持ちでやや身体が弱いため、長い詠唱をするにはいささか不向きだという
欠点はあるものの、"動かない大図書館"と称されるその知識は、余人の追随を許さない。
豊かな知識に裏づけられた多彩な合成呪文を使いこなす能力と、どんな場面でも慌てず
に的確な対処方法を思案する性格からも、敵として伍せる人物は数少ないだろう。

 ひとりは、"奇妙な魔法使い"霧雨魔理沙。"普通の人間"出身ながら、魔法の森で
マジックショップを営む(もっとも、年中開店休業状態だが)、魔術師の少女。
 長寿な人外の魔女たちと異なり、あくまで見かけどおりの少女と言うにふさわしい
年齢ながら、その魔法の攻撃力には誰もが一目を置いている。他のふたりからは、
スペル構成の雑さをよく責められるが、彼女が未だ20年も生きていないほんの小娘で
あることを考えれば、その実力は驚嘆に値するだろう。実際、3魔女の他のふたりは、
真剣勝負で魔理沙に敗北したことがあるのだから。

 そして、もうひとりがアリス・マーガトロイド。魔理沙と同じく魔法の森に住居を
構え、"七色の人形遣い"の異名を持つ魔術師だ。
 あだ名どおり、人形の収集と研究を趣味としており、彼女の家には半ば付喪神化した
人形達が100体以上集められ、使い魔として働いている。
 知識の面ではパチュリーに、最大攻撃力では魔理沙に、僅かに劣るものの、総合的に
見ればその魔術師としての力量は非常に高い。さらに、他のふたりにはない肉体的な
面での運動能力の高さもアリスは兼ね備えていた。無論、紅魔館のメイド長ほどの
俊敏性や、白玉楼の庭師のような馬鹿力を持っているわけではないが、自らの身体の
構造と限界を把握しつつ、ムダ無く敏捷に動くことができるのは強みだ。
 とくに、人形操師(マリオネットハンドラー)として培われた、その精密動作性は
驚嘆に値する。アリスが人形を作る(彼女の家の人形の半数近くは手作りだ)時の
手際を見ていれば、"幻想郷一器用"という噂も、あながち嘘ではないとわかる。
 加えて、彼女のそばで半ば自律的に動く人形達に至っては、下手な工業マニュピュ
レーター顔負けの、細かい作業をこなすことができるのだ。

   *  *  *

 「ぎぃやぁああああああああああああ!!!」

 傍らにいた老人が魂消るような絶叫をあげながら溶けていくのを、慎二は呆然と
見るしかなかった。

 すべてはうまくいっていたはずだったのだ。
 そう、この"ドールマスター"と名乗るサーヴァントを召喚したその瞬間までは。

 しかし、"ドールマスター"が桜と握手を交わした瞬間、彼女の使い魔と思しき
人形が桜の心臓を刺し、その直後に彼の祖父(実際には数代前の先祖らしいが)が
なぜか消えて……亡くなってしまった。

 (もうダメだ……間桐家は……終わりだ)

 かくして、華麗にサーヴァントを従えて聖杯戦争を勝ち抜き、聖杯を手に入れて
あの遠坂を見返してやるという慎二の―いささか甘ちゃん過ぎる―夢は絶たれた。

 絶望を噛み締めている慎二の前で、なぜか"ドールマスター"は桜に優しく手を
触れ、体中をまさぐっている。

 (こ、こいつ……百合なうえに屍姦趣味の変態!?)

 一瞬腰が引けるが、それでも僅かに残る"兄"としての矜持――義理とはいえど
"妹"への情愛が、慎二に自暴自棄な行動を取らせた。

 「うーん、どうやらうまくいったみたいね」

 "ドールマスター"――アリス・マーガトロイドは、満足げにひとり頷いている。
 と、そこへ……。

 「さ、桜から離れろ、このレズっ娘ネクロフィリア!」

 恐怖に震えながらも、妹の死体の尊厳を貶めるような行為に、慎二が抗議の声をあげた。

 アリスは、その罵倒の内容に眉を潜め……そして意外そうな面持ちで、初めて慎二の
顔に目をやった。

 「あら、あなたまだいたの? 今のは聞かなかったことにしてあげるから、とっとと
行きなさい」

 「う、う、うるさいっ! 僕の―妹から離れろ!」

 やけっぱちで声が裏返り気味ではあったが、それでも慎二は反抗を止めない。
半人前とはいえ、魔術師としての感覚が、目の前にいる少女に敵わない、と
本能的な警鐘を鳴らし続けているのにも関らず。

 その言葉を聞いて、なぜかアリスはひどく驚いた表情を見せるが、すぐにそれを
押し隠し、無表情に問いかける。

 「なぜ? この娘はあなたにとって、ただの邪魔者、ストレスのはけ口ではなかった
の? あなた自身、肉体的にも精神的にも、ずっと虐待してきたじゃない?」

 なぜ、この少女が自分と桜の関係を知っているのか、ということを疑問にも
思わず、慎二は叫んだ。

 「それでも……桜は僕の妹なんだ。守ってやるって……約束したんだ!」

 そう、それは彼自身ですら忘れかけていた幼き日の想い。

 『おまえ、笑っていたほうがいいよ』

 間桐家の跡取りとして、魔術師になることが決まっていた、決められていた彼が、
初めて自分から主体的に魔術師になることを志した瞬間。

 『しょうがないなぁ、僕が守ってやるよ。だから、もう泣くな』

 それは、いずこからか連れて来られ、日々を脅えた顔で過ごす"妹"への、
他愛のない約束ではなかったか?

 その約束の相手が……妹が死んで初めて、そのことを思い出すなんて、自分は
とんだ抜け作だ、と慎二は思う。
 あの約束は、永久に果たすことができなくなってしまったけれど、それでも
せめてこれ以上彼女を汚させるわけにはいかない。
 そう思い定めた途端、不思議と身体の震えが止まった。

 精神集中とともに1本しかない魔術回路を強引に開く。
 彼の師――彼の親友の亡き父のおかげで、かろうじて半開きの状態にまで
持っていけた彼の魔術回路は、悲しいほど僅かな魔力しか生み出さないが、
それでも廃車寸前のポンコツ車を酷使するがごとく、無理やり魔術を使うことは
可能だ。

 彼が渾身の魔力を集めた魔力弾を放とうとした、その瞬間……。

 「にい…さん……?」

 桜の唇がゆっくりと動いた。

   *  *  *

 「――というわけよ」

 深夜の衛宮家の居間に6人の男女(と言っても男子は士郎しかいないが)が集っての、
時ならぬお茶会の席で、アリスは長い回想話を終えた。

 「えーと……つまり、桜は間桐家の養子で、間桐の魔術を継ぐためにいろいろ身体を
……その改造されてた。さらに間桐の爺さんはじつはすでに人間ではなく、"虫"の
集合体で、本体を桜の心臓部に住ませていた、と」

 飽和状態の情報を何とか整理する士郎。

 「付け加えると、桜の実家というのは遠坂家で、彼女が桜の実の姉にあたるわ」

 ブハッ!

 あえて平静を装いつつ、お茶を飲みかけていた凛が、盛大にお茶を吹きこぼす。

 「凛お嬢様、はしたないですよ」

 「ななな、なんでそれを?」

 咲夜の注意をスルーしつつ、凛はアリスに食ってかかる。

 「ラインを通して"視た"から、に決まっているでしょう?」

 そう、アリスは、サーヴァントとしてこの世界に顕現した瞬間、繋がった
ライン越しに桜の過去の記憶をほぼ正確に理解したのだ。

 許せなかった。
 正義を気どるつもりは毛頭ないが、同じ女として、これほど悲しい暮らしを
強いられてきた少女に対して同情と憤りの念は禁じ得ない。
 幸い、彼女が自分のマスターである以上、彼女に"敵対"するモノを排除する
ことに遠慮はいるまい。
 瞬時にして、そう計算し、桜の胸に潜む刻印虫――ゾウケンの本体だけを
退魔の力を持つ短剣で正確に貫いたのだ。

 「それにしても……あなた、案外熱い性格だったんだな」

 "セイバー"が意外そうに呟く。
 特別親しいというわけではないが、博麗神社の宴会や、それに伴う春の妖気騒ぎで
何度か顔を合わせたことはある。その時の印象では、"都会派を気どるクールな魔女"
という感じだったのだが……。

 「あら、私は"ドールマスター(人形の主)"だもの。可哀想な"お人形"がいたら、
いつもできるだけ助けてあげることにしてるわよ?」

 澄ました顔で、言ってのけるアリス。

 確かに、自分は人形――"操り人形"だったと、桜は思う。
 もっとも、それ故にアリスの同情と感情移入を呼び起こし、救ってもらえたと
いうのだから、世の中は皮肉なものだ。

 「さて、と。こちらの事情説明は、これくらいにして、本題に移るわね」

 アリスは、表情を改め居住まいを正すと、士郎たち二組の主従の顔を順に
見つめた。

 「この戦いの主眼である聖杯。アレはすでに汚されているわ」


  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 えーと、すみません。かなり強引な力技です。

 まずは、アリスをライダーかキャスターと予測して頂いた方々には
申し訳ないのですが、じつはイレギュラークラスでした、というオチ。
クラス名は、某オウガなゲームからのイメージです。これはアリスが
人形たちの"作り手"であり"所有者"であり"操り手"であり、かつ
"主人"でもあるという多面性を表現したもの。当然、宝具は8体の
人形。普段連れ歩いているのは、上海人形です。

 そして、聖杯戦争のふたりの黒幕の片割れ、臓硯じっちゃんに早々に
退場願ったこと。聖杯戦争開始直前とはいえ、こんなに早く爺さんが死ぬ
のはSSでも珍しいのではないかな、と。そのぶん、言峰は最後まで
頑張ってもらうつもりですが。

ちなみに、"ドールマスター"としてのステータスはこんな感じ。

筋力D 耐久D 敏捷C 魔力A 幸運D 耐魔力C
宝具C~A+ 人形製作B 人形操作A 単独行動B

上には書きませんでしたが、完璧な人形を作るための研究の過程で、人体の
構造にも知悉してますので、外科医の真似事くらいならできます。もっとも、
実際にオペを執刀するのは上海人形達かもしれませんが……。無論、錬金術や
薬草学の心得も、魔女の嗜みとしてありますので、一家にひとりほしい逸材かも。



[958] 訂正
Name: KCA
Date: 2005/04/04 02:34
偽神の書→偽臣の書

「偽神の書」はゴドワード・メイディでした。



[958] Re[7]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/04/11 02:49
東方聖杯綺譚外伝『魔術師(見習い)はつらいよ』


 冬木御三家のひとつ、間桐家。

 この地に伝わる聖杯戦争のシステム、なかでも令呪に関る部分を主に作り上げた、
魔術の名家……であるはずだった。

 しかし、21世紀を迎える今日では、いまや昔日の勢いは、欠け片も見当たらない。
 これは、いったい何故なのか?

 おそらく、間桐……いや、マキリが"蟲使い"を己が家系の魔術としたことに
そもそもの間違いがあったのだ。

 確かに、マキリゾウケンは、優れた魔術師であった。そうでなければ、聖杯の
創造に参加し、それを成功させ、自身の肉体を虫の集合と化したとはいえ、
数百年の生を長らえることなど不可能であっただろう
 しかし、ゾウケンが優れた蟲使いであったことは、必ずしもマキリの家系その
ものに蟲使いとしての適性があることは意味しない。無論、才能が皆無という
わけではなかったのだろうが、その後の経緯を見るに、適していたとは言い難い。
 むしろ、それはゾウケン個人の資質であった見るのが正解であろう。

 では、本来のマキリ――間桐家の、魔術適性とは何なのか?
 それは、"使役"と"操作"だ……と、彼の第2の師たる人物は言った。
 ゾウケンの蟲使いの魔術も、対象が蟲に特化してはいるが、広い意味では
このふたつの応用と言えぬこともない。

 彼の尊敬すべき最初の師も、彼がマキリの蟲魔術にはなじめぬであろうことは
見抜いていた。だからこそ、あえて"はぐれ"、"モグリ"と呼ばれる自己流のやり
方を使ってでも、彼の魔術回路を強引に開いてくれたのだ。

 「それが間違いだったとは言わないけど、ちょっと無責任ね」

 実の父以上に敬愛する師をけなされたように感じて、鋭い視線を第2の師に
向ける。
 
 「そんな顔しないでよ。だって、切嗣……だっけ? その人、自分の寿命が
残り少ないことを悟っていたんでしょう? 弟子にした以上は、その弟子が
一人前になるまで面倒を見るのが、師の師たる務めってものでしょうが」

 たしかに、あれほど陽気でかつ飄々とした師が、未来のことに言及するとき
だけは、ごく僅かな屈託を見せることに、彼も気づいてはいた。
 自らの息子に対してと同様……いや、それ以上に、師は彼が魔術の道に足を
踏み入れることに、最後まで反対していたのだ。
 それを強引に頼み込み、プライドの高い彼が土下座までした結果が、この
半開きの魔術回路、というわけだ。 

 だから、それは決して師の責任ではない。いや、そうだとしても、その
責の大半は、彼自身に帰すべき性質のものだ。

 「……まぁ、いいわ。半開きとはいえ、わずかに魔力があったからこそ、
私もこうやって教えてあげる気になったわけだし」

 そう言うと、第2の師――幻想郷に名高き魔女は、彼の額に人差し指をつきつけた。

 「そうね、まずは……手始めにその回路を"掃除"しましょうか」

   *   *   *

 "人形遣い"たる師いわく、間桐家系本来の魔術の傾向――"使役"と"操作"は、
彼女が得意とする術の1系統とかなり親和性がよいらしい。
 きちんとそれを学び、まともに魔術回路を開けば、ごく一端とはいえ彼女と
同系の術を使える可能性が高い、と彼女は彼に語った。

 そのための第1歩として、彼――間桐家の長男であり、いまや唯一の間桐の
血の後継者となった少年、慎二は、ここしばらく魔術回路をフルに活用する
ための訓練を続けていた。

 師曰く、彼の魔術回路は、うまく開かない錆びたドアか、水垢の詰まった
水道管のようなものだと言う。そこを強引に通り抜けたり、大量の水を通したり
しようとすれば、効率が極端に悪いのも、体が悲鳴を上げるのも当然なのだ、と。

 ならば……まず、蝶番に油を差して扉をきちんと開ければよい。あるいは
パイプを掃除してゴミを取り除く、という比喩のほうが近いか。

 (最初に、自前の少ない魔力を使って、まずは魔術回路自体を正常な状態へ
近づけるの)

 師の言葉を思い出しながら、魔術回路から魔力を汲み出すのではなく、
魔力を"回す"べく意識を集中させる。

 (そうねぇ、こちらの世界で言うところの、パソコンの仮想メモリみたいな
ものかしら。ほら、本来のメモリのバイト数が少ないマシンでも、ハードディ
スクの一部をメモリ代わりに使って、容量の大きなプログラムを扱うことは
可能でしょ? それと同じで、まず最初に魔力を使って魔術回路を補強するの)

 機械文明とは無縁の地から来たはずなのに、師の譬えは妙に科学的だ。たしかに
聖杯はその時代の予備知識をサーヴァントに与えると言うが……。

 ともあれ、師のやらせようとしていることは理解できた。
 あとは実践あるのみなのだが……。

 「……クッ!」

 これが予想外に難しい。意識の集中を途切れさせないよう、歯を食いしばる。

 (ただし、パソコンのハードディスクと違って、魔術回路はサーキットにして
ダイナモ。魔力を徐々に生み出せるわ。だから、立ち上げに時間はかかっても、
結局このほうが高度な術を使うには都合がいいわけ)

 理屈は確かに理解した。
 だが、自分で実践となると話は別だった。

 仮想魔術回路の形成までは何とかできたのだが、その制御に失敗して、魔力が
暴走する……その直前。

 「モウ、ソンナンジャ、ダメ!」

 白い小さな手が慎二の頬に添えられ、途端に荒れ狂っていた魔力の流れが平静
に戻る。

 「あ……」

 「焦ラナクテイイカラ。ユックリ、確実ニ、ネ?」

 彼の右肩に身長30センチほどの少女、いや少女の姿をした人形が腰かけ、笑い
かけている。

 その大きささえ除けば、人間とも見紛うばかりに精巧に作られたビスクドール
"博愛の仏蘭西人形"、通称"仏蘭西"だった。

 桜のサーヴァントとして乱れた聖杯戦争を収拾すべく忙しい彼の師、アリス・
マーガトロイドは、慎二の指導員として、自らの腹心のひとり(いや1体か)を、
この間桐邸に残して行ったのだ。

 8体のうち仏蘭西が残されたのは、さほど深い意味はない。魔力を扱うこと自体
なら、蓬莱がいちばん上だろうし、ほぼ人間に等しい豊かな感受性を持つ上海の
ほうが指導者としては向いているだろう。強いて言うなら、いちばん人あたりが
よく、万が一慎二が傷ついた際に彼を診るスキルを有しているから、だろうか。

 「わ、わかってるさ」

 決して嫌っているわけでも軽んじているわけでもないが、じつのところ、
慎二はこの小さなお目付け役が少々苦手だった。

 某アニメの妖精(フェラリオ)を彷彿とさせるくらい生き生きした上海ほどでは
ないにせよ、アリスの人形たちは"生きて動いている"という感が強い。
 中でも仏蘭西は外見の精巧さは上海以上だ。
 そのせいか、"人形が動いている"という違和感よりも、"人間が小さくなっただけ"
という錯覚のほうが強いので、あまり気味が悪いとは思わない。

 ただ、縮尺を無視したとしても、仏蘭西の外見年齢は、おそらくは10歳か
そこいらにしか見えない。それなのに、優しく包むような眼差しは、どこか
母親の慈愛のようなものさえ感じさせるのだ。

 慎二の生みの母は、そもそも幼い息子にあまり構うことがなく、そのうえ夫に
従っての海外旅行の帰路で、事故により帰らぬ人となっている。
 だから、母性的なものと接することに慎二はひどく不慣れで、心の奥では
渇望しつつも、実際には身近に関わるとなると、茶化したり、敬遠したりして
しまいがちなのだ。

 とはいえ、さすがにこの人形相手にそういう態度をとることは、さすがに
はばかられる。

 よって、慎二としては、せいぜいグチをこぼしつつも、指示に従って修行を
続けるしかないわけなのが……。

 少し用事があると、仏蘭西がその場を外したのちも、地道な擬似魔力回路形成
を続ける。

 『ククク……精がでるのぅ、慎二や……』

 (! この声は!?)

 「誰だ!」

 それが誰なのかに気づきながらも、まさかという思いに駆られて、慎二は叫ぶ。

 『つれないのぅ……儂の声を聞き忘れたかえ』

 その"声"とともに、慎二の足元に1匹の長虫が這い出てくる。
 いや、虫ではない。その頭部らに皺深い老人の顔が浮き出ているのだ。
 人面犬や人面魚くらいなら、慎二も魔術師見習いのはしくれ、さほど無理なく
平静を保つ自信があったが、このさしづめ"人面蟲"とも言うべき存在は、それらを
遥かに上回る醜悪さであった。

 「お爺様……いや、マキリゾウケン!?」

 「ほほぅ、儂を呼び捨てにするとは、ちょっと見ぬうちに、随分と偉くなった
ものじゃな。まぁ、よい。用件はわかっておるであろう?」

 ニタリと笑うゾウケンの"顔"に、吐き気を催しながら、言葉を紡ぐ。

 「裏切り者の始末と……」

 「そう、新たな"肉体"の奪取じゃ」

 その言葉を聞くより早く、慎二は後ろに後ずさったが、蟲の余裕は崩れない。

 「カカカ、どうした慎二。師父たる祖父を裏切って、新たな魔術を習ったのであろう?
こんな蟲1匹を恐れるのかえ?」

 蟲1匹とは言うが、この間桐家の創始者にして数百年を経た老怪が相手だ。侮れる
わけがない。
 ちょっとでも隙を見せれば、すぐに取り憑かれ、身体を乗っ取られるだろう。

 まがりなりにも、間桐の家の長子だったのだ。目の前の相手を物理的な手段で滅する
ことが困難なことは十二分に知っていた。

 かといって、慎二の魔術の腕では、精神集中に入った瞬間、隙だらけになるだろう。
 まさに絶体絶命の危機だった。アリスとの遭遇時は相手に余裕があったため、見逃し
てもらえたが、今度ばかりは敵のほうにも余裕がない。

 人面蟲が、身を縮め、慎二に向かってジャンプしようとする。
 慎二の背中を冷たい脂汗が流れ落ちた。

 と、その瞬間。

 <私ガ殺ス。私ガ生カス。私ガ傷ツケ私ガ癒ス……>

 「何!!」

 <我ガ手ヲ逃レウル者ハ一人モイナイ。我ガ目ノ届カヌ者ハ一人モイナイ>

 「これは……洗礼詠唱!?」

 <打チ砕カレヨ。敗レタ者、老イタ者ヲ私ガ招ク。私ニ委ネ、私ニ学ビ、私ニ従エ>

 「ど……どこじゃ、気配が感じられぬ!」

 ぶすぶすと音を立て白煙をあげながら、蟲の身体が溶け崩れていく。

 <休息ハ私ノ手ニ。貴方ノ罪ニ油ヲ注ギ印ヲ記ソウ。
  永遠ノ命ハ、死ノ中デコソ与エラレル>

 身悶えする蟲の動きは、だが、やがて徐々に小さくなっていく。

 「おのれ、死なぬ……死んでたまるものか!」

 <――――“キリエ・エレイソン”>

 聖句の最後の一節とともに、蟲は消え去り、床には粘液の跡が残るばかりであった。

 「――ダイジョウブ?」

 「……仏蘭西か」

 腰が抜けたのか、慎二は床にへたりこむ。

 心配げに覗き込む少女人形を相手に、ごく自然に感謝の言葉が出た。

 「助かったよ。ありがとう」

 「(ポッ)」

 血の気など通っていないはずの人形の顔が、なぜか僅かに赤くなったように見えた。

 「ア、アリスニ、慎二ノコト頼マレテルカラ……」

 ?マークを浮かべながら、仏蘭西を肩に乗せ、ようやく立ち上がる慎二。

 「それにしても、オマエ、洗礼詠唱なんて使えたんだな」

 「ウン、私、光ヤ聖ニ属スル魔術ガ得意ナノ!」

 なるほどと頷いたあと、ふと首を傾げる慎二。

 「……待てよ。いやに出てくるタイミングがよかったけど、もしかして」

 「ナ、何ノコト?」

 「変だと思ったんだ。いくら結界があるからって、わざわざこの家に残って
修行させるなんて。ゾウケンが生き延びていた場合のことを考えて、僕をオトリに
したんだな?」

 ギロリと横目でにらむと、仏蘭西はすまなそうに頭を下げた。

 「ゴメンナサイ。アリスノ言イツケダッタカラ」

 まあ、彼女たちは、アリスの使い魔なのだから、主の言うことに逆らえるはずもない。
しょうがないか……と、そこまで考えて、慎二は自分がごく自然に仏蘭西たちを
人間のように扱っていることに気づく。

 (何考えてんだ、僕は!)

 肩に目をやれば、仏蘭西がシュンと落ち込んでいる。

 「――まぁ、いいよ。結果的には助けてもらったことに変わりはないし」

 慎二の許しの言葉を聞いて、途端に表情が明るくなる仏蘭西を見て、"可愛い"と
感じてしまう慎二。

 (……こーいうのも、堕落って言うのかね)

 ラチもないことを考えながら、慎二は地下室を出た。


 (END)
-----------------------------
<後書き>

本編も途中なのに、外伝です。正気か、俺(笑)。

とはいえ、時間軸的には、本編7話の翌日くらいなのですが手観点。  
このあと、慎二は彼らしくもなく地道な努力を重ね、ついには
アリスから、人形遣いとしての技の一部を伝授されるわけです。
本編終了までに再登場するかは……正直微妙。
次回は、本編の8話です。

(補足)

☆宝具「リトルレギオン」
(あくまで、このssでの設定です)

アリスの所有する人形の中でも、とくに強力で自律的な行動をとれる
8体の人形たち。アリスから受けた魔力を各々が特異な方法で放出、
攻撃できる機能を付加されている。また、アリスの魔力のサポートが
あれば、人化形態(6~12歳くらいの女の子の姿)をとれる。
上海は、サポートなしでもごく短時間なら人型化可能。
蓬莱も同様のことができるらしいが、面倒くさがって滅多に力を披露しない。

仏蘭西人形
 その二つ名通り、優しく気配りのできる癒し系ピスクドール。
 メンソレ○タムのリトルナースのようなクラシカルな看護婦の格好をしている

和蘭人形
 ちょっとオドオドしたところがある小心者。そのクセ寂しがり屋。
 服装は、ややゴスロリが入った感じのドレス。

倫敦人形
 頭の回転が早く理知的だが、好奇心旺盛なのが玉に瑕。
 服装は某「妹姫」のチェキ娘のごとき、エセ探偵ルック

西蔵人形
 神秘的で含蓄のある発言をする、他の人形たちのお姉さん格。
 ラマ教……というより、むしろバリの踊り子のような格好。

露西亜人形
 一見ちょっとクールだが、実は情に篤いツンデレ系。
 ロシアの民族衣装サラファン姿。

京人形
 おっとり淑やか……を通り越して天然系(古式さん?)の日本人形。
 桜色を基調とした振袖姿。

上海人形
 人形たちのまとめ役で、明るく元気で表情豊かな頑張り屋さん。
 服装はアリスの気分によるが、大体はオーソドックスなエプロンドレス。

蓬莱人形
 無口無表情な、アリスの所では珍しい"人形らしい人形"。
 実力的には上海をしのぐが、あまり力を使いたがらない。



[958] Re[8]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/04/18 00:53
『東方聖杯綺譚』~その8~


 「この戦いの主眼である聖杯。アレはすでに汚されているわ」

 「なんですって!?」

 アリスの爆弾発言に、その場にいる全員……ではなく、凛だけが驚く。

 アリスのマスターである桜は、とうにそのことを知らされていたし、
咲夜は元より聖杯に興味はない。士郎、"セイバー"コンビに至っては、
そもそも聖杯というものの価値すら十全に理解してはいないのだろう。

 反応してくれたのがひとりしかいなかったことをちょっぴり寂しく思い
ながら、アリスは説明を続ける。

 「凛……と呼ばせてもらうけど、よいわね? そもそも、あなた、どうやって
聖杯が願いを叶えるんだと思う?」

 「どうやって、って……」

 そう改めて問われると返答に困る。
 "願いを叶える"から"聖杯"なのではないか?

 (いいえ、待って!)

 "そういうものだから"で思考を停止してしまっては、"根源"を目指す
魔術師として失格だ。
 そもそも、冬木の聖杯は人が作りしもの。超絶存在による"奇跡の恩寵"などとは
異なるはずだ。
 なれば、考えろ。必ず作動原理はあるはず。

 (聖杯戦争が鍵、か……)

 7組のマスターとサーヴァントによる殺し合い……。

 (いや、マスターを殺す必要はないんだっけ)

 凛の頭脳が解答を求めてすごい速さで回転する。

 「! まさか……」

 「気づいたようね」

 「良質で高密度な魔力の塊であるサーヴァントを生贄とし、その身を構成する
魔力を動力源とした願望機――」

 「はい、よくできました」 

 アリスは優秀な生徒を見守る教師の顔で、満足げに頷いた。

 「聖杯戦争を勝ち抜くためにサーヴァントとして英霊が呼ばれるんじゃないわ。
マスターを目印として英霊を召喚し、生贄としてふさわしいようその身の魔力を
より精練させ、聖杯作動の燃料とするためにサーヴァントシステムが存在するのよ」

 「そんなのってないだろう!」

 いきなり士郎が食ってかかる。
 高度な話ゆえついてきてないかと思いきや、どうやらキチンと聞いてはいた
ようだ。

 「そんな、召喚されるのが、最初から生贄にするためだなんて……」

 その脳裏に連想されたのは、あの日――切嗣に煉獄の街から救われた日の
光景。あの日、炎にまかれて死んでいった人々の姿と、"生贄"という言葉が
生々しくシンクロする。

 「――ごめん、続けてくれ」

 「マスター……」 「先輩……」

 "セイバー"と桜が、激昂を押さえようと努力する士郎を心配げに見やった。

 「確かに、いくらコピーとはいえ、呼び出されるほうとしてはあまり気持ちの
いいものではないわね。とはいえ、等価交換がこの地の魔術師の不文律らしいし、
聖杯戦争を勝ち抜けば、勝ち残った英霊にも願いを叶えるチャンスはあるのだから、
あながち詐欺というわけでもないわよ」

 と、いったん言葉を切り、思わせぶりに言葉をつなぐ。

 「……聖杯がきちんと作動するなら、ね」

 「なるほど、そこで最初の"聖杯が汚されている"という言葉に結びつくわけね。
でも、聖杯は聖杯戦争の最終局面にならないと具現化しないはずじゃないの?」

 さすがに凛の理解は早い。

 「やはり、遠坂家にも知らされていないのね。そもそも、この地の聖杯
システムは3つの聖杯から構成されているのよ。キリスト教の三位一体説に
基づいているのか、偶然かはわからないけど」

 アリスの説明は、どうやら凛や他のサーヴァント2名にとっても初耳だったようだ。

 「"天の聖杯"が、あなたの言う具現化した願望機としての聖杯。そして、その力を
間接的にとはいえ制御するために"人の聖杯"としての存在が不可欠になる。これは、
通常アインツベルンが用意しているわ」

 チラリと、桜のほうに目をやると、彼女は小さく頷いた。

 「間桐は、その"人の聖杯"としての役割を桜に聖杯の欠片を埋めこむことで
代用させようとしていたみたいだけど。そして、残る"地の聖杯"は、聖杯戦争で
死んだ英霊の魂を溜めておくプールのようなもの。さらに言えば、"天"の原型で
あり、"人"と"  "をコネクトする役割も担っているから、"大聖杯"とも呼ばれる
みたいね。システムの根幹にあるのは、当然、この大聖杯。これがあるからこそ、
60年という長い周期ながら、何度も聖杯戦争がこの地で行われるわけ」

 間桐家に残された文献から、そのことを突き止めたアリスは、肝心の大聖杯が
どういうものなのか、捜し、探りを入れた結果、前述のように"汚されている"と
いう結論を得たというのだ。

 「――あなたの言いたいことは理解したけど、明確な証拠はないわね。咲夜、
彼女は信じられると思う?」

 冷静な魔術師としての顔を取り戻して、凛が言う。

 「……確かに、彼女は魔術師の例に漏れず、唯我独尊で、人嫌いで、
ヒネクレ者な面はあります」

 咲夜の言葉に、うんうんと頷く"セイバー"と、苦笑するアリス。

 「でも、少なくとも、知人にこういった類いの嘘をつくような真似はしませんわ。
たとえ敵対した場合でも、搦め手ではなく正々堂々正面からぶつかることを選ぶ
でしょう」

 「そう……」

 「なんだか散々な言われようだけど、証拠ならあるわよ。状況証拠としては、
ライダーに代って召喚されたイレギュラーである私の存在。聖杯が汚されたのは、
どうやら以前の聖杯戦争で、アインツベルンが無茶して、イレギュラークラス
"アベンジャー"を呼んだからみたい。アベンジャー"復讐者"の悪意によって、
本来無色透明であるべき大聖杯の魔力が汚染され、システムにエラーを起こした
ようね。だからこそ、私に限らず、そこのふたりも含めた、本来英霊と呼ぶには
ほど遠い存在が呼び出されているわけだし」

 現界して以来、聖杯戦争について色々研究していたらしいアリスの論理に
破綻は見られない。

 「それと、具体的な証拠については、大聖杯を見れば納得できると思うわ。
あんな悪意の塊が、真っ当に願いを叶えてくれるなんて信じられないもの」

 ここで、アリスの目が凛と士郎を真っ直ぐに見つめる。

 「この聖杯戦争に報酬なんてないの。だから、私たちはともかく、あなたたち
知り合いどうしがマスターとして殺し合うなんて無意味だわ。だから……」

 アリスの言葉を桜が引き取る。

 「先輩と姉さん、そして私の3人で同盟を結びたいんです」

 聖杯という報酬ではなく、勝利の栄光を求めて参加した凛だが、長年離れ離れ
になってきた妹の、上目づかいの懇願には勝てない。

 「う……いいわ、とりあえず、大聖杯の状況を確認するまでは停戦。確認して
裏が取れたら、同盟を結びましょ。咲夜も、それでいい?」

 「はい、問題ありませんわ、凛お嬢様」

 一方、士郎のほうは、妹分のお願いなら1も2もなく、頷きたいところだった
のだが……。
 いまの彼には、意見を伺うべきパートナーがいた。

 「? どうされました、マスター?」

 きょとんとした顔で、小首を傾げる"セイバー"の様子は、たいそう愛らしく、
先程から続けられた難解で血生臭い話のあとに見ると、ホッとする。
 何気に癒されながらも、士郎は彼女に尋ねた。

 「俺も桜や遠坂と同盟を結びたいと思うんだけど、"セイバー"はそれでもいいか?
聖杯戦争に参加したからには、何か叶えたい願いがあるんじゃないのか?」

 「!? わ、私のことを心配してくださるんですか?」

 主の気づかいに、"セイバー"は感激する。何せ彼女の仕えてきた主人と言えば、
彼女を振り回すことこそを楽しんでいたフシがあるのだから。

 「ああ、当然だろう。だって、"セイバー"は俺なんかの命を救ってくれたじゃないか。
命の恩人に対しては、できるだけ力になりたいし」

 「あれは、サーヴァントとして当然のことをしたまでです。ですが……そうですね。
私もとくに聖杯で叶えたい願い事はありません」

 「ありがとう。"セイバー"は無欲なんだな」

 「あ、いえ、もっと剣術が上手くなりたいとか、もっと背丈が欲しいとか、
幽々子様の気まぐれはほどほどにしてほしい、とか、願い自体は結構あるのですが、
それは自分の力で叶えないと意味がないですし……」

 誉められ慣れていないのか、慌てて言葉を繋ぐ。

 「そうか、"セイバー"は偉いな」

 ごく無意識に、小さい子に対するように(いや、外見だけなら決しておかしくは
ないのだが)、士郎が彼女の頭を撫でる。

 「ま、マスター、それは……」

 真っ赤になった少女を見て、士郎は自分のやってることを自覚する。

 「あ……ご、ごめん、つい……」

 撫でやすい位置に頭があったから――と言うと、先程の発言からして彼女を
傷つけそうなので、さすがの士郎も言葉を濁す。

 「と、とにかく! 咲夜さんやアリスは、それなりに信頼がおける人物ですし、
マスターさえよければ、同盟を組むことに異議はありません! それから……」

 コホンと咳をして、居住まいを正す。

 「言いそびれていましたが、私の真名は"魂魄妖夢"といいます。冥界にある屋敷、
"白玉楼"の庭師にして、屋敷の主人である西行寺幽々子様にお仕えする剣術指南役
でもありました。以後、私のことは、"セイバー"ではなく妖夢とお呼びください」

 と、そこで、キリリとした表情が僅かにほどける。

 「それに、ひとりだけクラス名で呼ばれるのは、何だか気恥ずかしいですし……」

 「わかった。だったら、俺のことも、これからは士郎でいいよ」

 「はい、未熟者ですが、よろしくお願いします、士郎様」

 「いや、こちらこそ」

 お互いに正座してペコペコと米つき虫のようにお辞儀を繰り返す主従の様子を、
おもしろそうに見やりながら、アリスが声をかける。

 「話はまとまった? じゃあ、大聖杯を視察に行くのは明日の昼にしましょう」


  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

うーむ、今回も説明編ですね。アクションシーンがないと、読んでいる方が
退屈しないか心配ですが、説明なしだと3人が同盟を組むのが納得できない
と思ったもので。

次回は、ようやく外へ。しかし、その前に、またもアリスが爆弾発言を……。

<オマケ>

"セイバー" 真名:魂魄妖夢 マスター:衛宮士郎

筋力A 耐久B 敏捷C 魔力B 幸運C 耐魔力B
宝具B、B++ 直感A 魔力放出A 単独行動C

本来のセイバーとブラックセイバーの中間的な数値です。
士郎は、一応まともに魔術が使えますし、とくに劣化はしてません。
カリスマ? ……そんなん、あの妖夢にあると思います?
主のゆゆ様でさえ、足りないと嘆いてらっしゃるのに(笑)。



[958] Re[9]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/04/24 17:27
『東方聖杯綺譚』~その9~


 ――そして、少女の夢を見る。

 ひとりの少女がいた。
 彼女の生い立ちはひどく特殊で、常にならぬ者が集うその屋敷においても、
ひどく異端な存在だった。
 人間(ひと)にして生者(ひと)にあらず、死者(ししゃ)にして亡霊(ししゃ)に
あらざる存在――半人半霊。
 それゆえに、少女はいつも孤独(ひとり)だった。

 物心ついてすぐ、彼女は剣を習うようになっていた。
 彼女の祖父がそれを望んだからだ。
 祖父は、その屋敷の主に仕える剣術指南役にして護衛、そして庭師でも
あった。
 彼女の両親はすでに無く、祖父の跡を継げる者は彼女しかいなかったのだ。
 祖父は確かに彼女のことを愛してくれた……孫というよりは愛弟子として
ではあったが。  
 年端もいかないうちから鍛えられた彼女の剣の腕前は、その真面目な性格も
あって、磨き上げ、精練されていく。幼子から少女と呼ばれる年ごろになると、
もはやその地においても、一流と呼ぶにふさわしいものとなっていた。

 剣士として見た彼女の腕前がどうやら一人前に及んだころ、祖父であり師
でもあった存在が、後事を彼女に託して逝った。
 最期の言葉は、「さらに剣の腕を磨き、主をお護りするように」、そして
「西行妖を咲かせてはならぬ……」だった。
 もしかしたら、祖父は可愛げのない彼女より、我が侭いっぱいの主の方にこそ、
孫に対するような情愛を抱いていたのかもしれない。
 決してひがみではなく、彼女はそう思うことがあった。

 祖父が逝き、未だ年若い身ながら彼に代って屋敷の庭師を継いでから、彼女は
"少女"ではなくなった。
 彼女は己が主と剣にのみ心を向け、その感情を封じようとした。

 実際、彼女ほど、その地において多くの者を"滅した"存在はあるまい。

 紅い悪魔の館の主は、その牙にかけた人間の大半を殺すには至らなかった。
その従者や門番も、館へ進入せんとする僅かな数の愚か者を撃退したに過ぎない。
 永遠を謳う亭宅に住む者も、その宿敵も、いまさら殺人に対する忌避はなか
ろうが、さりとて積極的にそれを好む気もなかった。
 宵闇の妖や夜鳴く雀とて、気が向いたときに己が領域に迷い込んだ人を食べる
程度。過剰な手出しは歴史の守護者の逆鱗に触れかねないのだから。

 しかし、彼女は違った。
 主を護るためには、不埒な振る舞いをする亡霊は斬り捨てねばならない。
 屋敷を守るためには、迷い込んでくる生者はすべて切らねばならない。

 彼女は、祖父との誓いを守りとおそうとした。
 あらゆる外敵を葬り、主の気まぐれのすべてを叶えようと励んだ。

 ――風景が薄れていく。
 夢が終わって、目が覚めるのだ、と頭の片隅で彼は理解していた。
 ただ、その前にひどく腹立たしいことがあった。

 ……あの娘はバカだ。
 確かに、彼女は強くて、守護役としてふさわしかったのかもしれない。
 けど、だからって、あの娘がそれを望んでいたかどうかは、別じゃないか。
 あの娘がそのことに気づかないなら、せめて周りにいるヤツが指摘して
やればいいのに……。
 教えてやらなくちゃ、彼女は一生自分を欺いたままになる。
 あの娘は……。

   *  *  *

 サーヴァント召喚の疲れからか、いつも早起きな士郎には珍しく、彼が目を
覚ました時は、すでに8時を回っていた。

 枕元の時計を見て、慌てて朝食の用意をしようと、着替えもそこそこに
台所に駆け込んだ士郎は、極めて珍しい光景を目にすることになる。

 「もうそろそろスープの方はよいでしょう。火を止めてください」

 「はい。でも、咲夜さんてお料理上手なんですね」

 「職業柄ですわ。それを言うなら、桜さんもなかなかの腕前だと思いますが」

 「そ、そんなこと……包丁裁きなら、妖夢ちゃんのほうが上ですし」

 「わ、私が得意なのは切ることだけですから。煮炊きや味つけに関しては、
おふたりに及びもつきません」

 衛宮邸の、それなりに広い台所では、3人の少女――桜、咲夜、妖夢が
朝食の支度をするべく、甲斐甲斐しく働いていたのだ。

 桜に関しては、士郎の(調理の)弟子だし、朝夕の支度の半分は手伝って
もらっていたので、見慣れたものだが、その他のふたり……とくにメイド
服姿の咲夜に至っては、畳と床で構成された和式建築のこの家に於ては
かなり違和感が大きい。

 とはいえ、メイド長の肩書きは伊達ではなく、咲夜の指示のもと、7人
分の朝食がみるみるうちに出来上がっていく。

 「お、おはよう。俺も手伝おうか?」

 士郎も、助力を申し出たのだが……。

 「おはようございます、士郎様。士郎様の手をわずらわせるほどのことも
ございません」

 「おはようございます、先輩。大丈夫ですよ、人手は足りてますから」

 「おはようございます。これ以上人がいても、台所が狭くなるだけですわ」

 三者三様の受け答えに、あえなく居間へと追いやられる。

 なぜか、本能的に主夫としての自分の地位に不安を感じる士郎だった……。

   *  *  *

 ほどなく、朝食の支度が終わり、咲夜に起こされてきた凛の寝起きの
表情に、士郎が幻想を打ち壊されたり、朝ご飯を狙って来襲してきた虎の
「どうして朝っぱらから、この家に女の子ばかりいるのよーー!!」という
絶叫をなだめたりしながら、慌ただしく朝のひとときが過ぎていった。

「咲夜は凛の家で雇ったメイド。アリスは桜の友人。妖夢は、生前の切嗣と
縁があり、彼を頼って訪ねて来たのだが、夜道に迷っていたところを凛たちに
保護され、この家に案内された。アリスと妖夢が咲夜の知人であったこともあり、
昨晩は全員この家に泊まった。桜は朝早く携帯でアリスに呼ばれた」

 というどこをつついても穴だらけの怪しげな理屈で、藤ねえを懐柔し
(する方もする方だが、される方もされる方だ)、学校へ送り出したのち、
咲夜が入れてくれた食後の紅茶を飲みながら、聖杯戦争関係者6人で
本日の予定を話し合う。

 「そうそう、大聖杯とやらを見に行くまえに、ちょっと寄るべき場所が
あるのよ」

 凛が、あることを思い出し、一同に提案する。

 「聖杯戦争には監督役ってのがいるわ。私の知り合いでもあるし、いろいろ
聖杯戦争の決まりごととか教えてくれるから、行っておいて損はないと思う
んだけど?」

 「へぇ、そんなのがあるんだ。で、その人はどこにいるんだ、遠坂?」

 「新都の方の教会よ。ここからなら、歩いても2時間はかからないわ」

 「ちょっと待て……」
 「ちょっと待って!」

 教会の人間が魔術に関っていいのか、という士郎の疑問は、アリスの重なる
声にかき消される。

 「もしかして、その監督役というのは、あの丘の上の教会に住む神父を指して
いるのかしら?」

 「えぇ、そうだけど?」

 「そう……ならば、行くのはやめた方がいいと忠告させてもらうわ。桜は
もちろん、桜の同盟者であるあなたたちもね」

 アリスの、何やら含みがありげな言葉に、顔を見合わせる士郎と凛。

 「えーと……それは何故かって、聞いてもいいかな?」

 魔術師のプライドが邪魔してか、素直に言い出せない凛と異なり、そういった
感情と無縁の士郎は、何のヒネリもなく直球で疑問を投げかける。

 「だって、あの神父、ランサーのマスターですもの」

 「な……」
 「何ですってーーーー!!」

 驚きの声をあげかけた士郎の言葉は、今度は凛の絶叫に押し流された。

 「それは、本当なの、アリス?」

 感情が沸騰して一時的に周囲が目に入っていないマスターに代って、咲夜が
質問する。つくづくよくできた従者だ。

 「えぇ、だって昨晩のランサーのあとをこの子に尾行させたんですもの」

 そう言うアリスの左肩に、白いブラウスとタータンチェックのキュロットという
現代風の衣装に加え、帽子とケープを身に着けた人形が姿を現した。

 「チェキ!」

 「この子――倫敦人形は、アサシンには及ばないけど隠密行動を得意として
いるの。倫敦の視覚は私も共有していたから、あのランサーが教会に入って
いくのをしっかり目撃したわ。教会には強力な結界が張ってあったから内部
まではさすがに入れなかったけど、逆に言えば、そんな結界の中へ抵抗も
なく入れるんだから、あの教会の主がランサーのマスターであることは、
99パーセント確実ね」

 ごくろうさま、とアリスが声をかけると、倫敦はペコリと頭を下げて、
何処ともなく消える。確かに気配の消し方は上手いようだ。

 「う~~~~……だーまーさーれーたー」

 「ど、どうしたんだ、遠坂!?」

 恨めしげな声でブツブツ言い出した凛の様子に、恐る恐る士郎が声をかける。

 「綺礼のヤツは、元々私の父さんの弟子で、私の兄弟子にあたる人物なのよ。
前回の聖杯戦争にも参加してたって言うわ。今回は監督役に選ばれたって言うから
いけすかないヤツだけど、挨拶しに行ってやろうと思ってたのに……ランサーを
隠し持ってたなんて!」

 ルール違反じゃない、とプリプリ怒る凜を桜がなだめる。

 「まぁまぁ、姉さん。幸いそこに行く前に、相手の情報がわかったんですから」

 「そうね……是非とも、問い詰めてやらなくちゃ!」

 ニヤリと笑う凜の表情に、見ていた者は(咲夜も含め)、"赤い悪魔"の降臨を
確信し、震撼する。

 ((((こ、恐い……))))
 (さすがですわ、凜お嬢様!)

 ――どうやら約1名は異なる感慨を抱いたようだが。

 「さぁ、みんな、準備はいい? カチコミかけるわよ!!」


  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 "サーヴァントは召喚したマスターとどこか似ている部分がある"
という不文律があります。

 咲夜と凜は、"白鳥の如き優雅さと、それを人知れず支える水面下の努力"、
そして"誇り高さ"が、似ていると言えるでしょう。
 アリスと桜は、アリスの言うとおり"人形"つながりも確かにあります。
ですが、そけれ以上に、アリスはかつての自分―外の世界と触れ合うことを
厭い、自分の世界に閉じこもっていたころの姿を、桜の中に見たのではないで
しょう。某アニメのタイトルではありませんが「この醜くも美しい世界」に
満ちた、さまざまな事柄や人々と、桜が触れ合うことを願ったからこそ、
彼女の召喚に応えた……というのは買いかぶり過ぎでしょうか。

 そして、妖夢と士郎。
 このふたりを繋ぐのは、"剣"、そして"故人から受け継いだ誓い"です。
 かたや"正義の味方"、かたや"白玉楼の守護者"と、趣きは違いますが、
「はたして、それは、本人たちが本心から望んでいることなのか?」という
点で、似ている悩みだとも言えるでしょう。
 ふたりが、聖杯戦争で、その葛藤をどう消化/昇華していくのか、が、
じつはこのSSのテーマのひとつだったりします。

 ……というシリアスな前半部分とは、まったく異なる後半部分。
 士郎、影薄いよ。哀れなり……。

 次回は、「戦慄! 教会を襲う赤い悪魔の恐怖!!」です(笑)。



[958] Re[10]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/05/01 21:08
『東方聖杯綺譚』~その10~


 「さぁ、みんな、準備はいい? カチコミかけるわよ!!」

 (どうします、先輩?)

 (どうって……止めてもムダっぽいぞ)

 (……ですよねぇ)

 桜とアイコンタクトをかわしながら、溜め息をつく。
 
 どことなく、朝晩メシをたかりに来るトラと似てなくもない、怪しい気合いを
爆発させる凜を見ながら、士郎はまたひとつ"憧れの優等生"に対する幻想が
ガラガラと崩れ落ちてくいくのを感じていた。

   *  *  *

 結局、なし崩し的に、凜の提案(というより強制に近いが)に従って、新都の方に
行くことになったものの、その際、ちょっとしたアクシデントもあった。

 咲夜やアリスはともかく、妖夢が霊体化することができないことが、判明したのだ。
 いや、厳密に言うと、霊体化そのものはできる。できるのだが……。

 「プッ…あはは、何それ!?」

 「……えーと、でっかい人魂?」

 思わず笑いだす凜や、呆然とした士郎を尻目に、アリスと咲夜は顔を見合わせた。

 「あれは……」

 「えぇ、きっとアレね」

 そこに浮かんでいたのは、青白い光を発する光の塊り……幻想郷にいたころ、妖夢
の周囲をつかず離れず飛んでいた、半人半霊たる妖夢の半身である白い霊魂だったのだ。

 (え? え!? 私、どうなったのですか?)

 どうやら本人に自覚はないらしい。

 通常、サーヴァントが霊体化すれば不可視となり、そのマスターと同じサーヴァント
同士でもなければ、その存在を確認できなくなるものだが……これでは台なしだ、
いろんな意味で。

 「――どうやら、妖夢の半幽霊という特性が、意外な形で発現したみたいね」

 士郎に説明されて落ち込む妖夢に、アリスの解説がとどめをさす。

 「うぅ……私、ここでもやっぱり半人前なんですね」

「そ、そんなことないって。妖夢は十分よくやってくれてるから!」

 "ここでも"という言葉が気にはなったが、とりあえず士郎は必死でフォローする。

 「ところで姉さん、みんなを霊体化させることに何か意味があるんですか?」

 「何か意味って……あのねぇ、サーヴァントを人目にさらして連れて歩けるはずが
ないでしょう」

 「? なんでさ、遠坂」

 「なんでって、アンタねぇ……」

 言いかけて、ふと考える。

 外套さえ羽織っていれば、咲夜が別段人目をひかないことは、すでに一昨日の
巡回で証明済みだ。妖夢はごく普通にその辺を歩いている少女とさほど変わらない
カッコだし、アリスの服にしたって多少少女趣味だが、いまどきはもっとすごい
ゴスロリドレスを着た女性が、繁華街を闊歩したりしている。
 結論。"ヘンな格好して目立つ"ということはないだろう。

 逆に、霊体化することのデメリットは、以前咲夜と外出したとき考えたとおり、
不意打ちへの対処が難しくなることだ。
 ここにいる以外のマスターは、綺礼を除くと3人。その3人やサーヴァントが
彼女たちの姿を見た場合、サーヴァントであることには気づくかもしれないが、
クラスや真名にはたして気づくことができるだろうか? いや、まず無理だろう。

 そうなると、霊体化することに、デメリットばかりあってメリットはないことになる。

 「……そうね、私が悪かったわ。このまま出かけましょ」

   *  *  *

 言峰のいる教会に来るまで、大きなトラブルはなかった。
 生まれて初めてバス(というかクルマ)に乗る妖夢が隠そうとはしていたが、微妙に
はしゃいでいたり、車内で咲夜に痴漢を働こうとした愚か者が、女性陣に袋叩きに
されたうえ、警察に突き出されたりといった、微笑ましいエピソードはあったものの、
とりあえずは大過なく、教会の見える場所まで来ることはできた。

 「さて、ここからは敵陣と思ったほうがよいわね。綺礼を問い詰めるのに、わたしと
咲夜は決まりとして、桜とアリスか、衛宮くんと妖夢のどちらかは、警戒のために
外に残っていたほうがいいわ」

 「でしたら、私たちが残りましょう。ああいう手狭な場所で戦うのは、私より妖夢
のほうが適任でしょう? 私の魔術だと建物ごと吹き飛ばしかねないから」

 とんでもなく物騒なことをサラリと言うアリス。

 「幻想郷(ほんば)仕込みの魔術かぁ、見てみたい気もするけど……でも、それが
妥当ね。衛宮くんも、いい?」

 「ああ、構わない。俺も、その神父に聞きたいことがあるから。妖夢、ついて来て
くれるか?」

 「もちろんです。私は、士郎様の剣にして盾。何があっても、士郎様をお守りして
みせますから」

 力み返る少女剣士に、士郎は微苦笑する。

 「いや、とりあえずは話し合いにいくんだけど……まぁ、いいや」

 「じゃ、行くわよ!」

 凜を先頭に、何かあれば彼女を庇える位置に咲夜がつき、その次が士郎、
しんがりを妖夢が警戒するというRPGさながらのフォーメーションで、
彼女たちは教会の扉口へと近づいていった。

 「――で、私に用があるんじゃなくて、ランサー?」

 4人の姿が扉の中に消えると同時に、アリスがなんでもないことのように
傍らの茂みに声をかける。

 「チッ、お見通しかよ」

 茂みをガサリとも言わせずに、軽快な動作でランサーがふたりの前に姿を現した。

 「まぁ、おおよそ見当はついているけど、一応聞くわ。ご用は何かしら?」

 「ハッ、話が早くて助かるぜ。お察しのとおりさ。俺と一戦交えてもらおう」

 陽気な笑顔のまま、右手に槍を出現させる。

 「身ごなしをみたところ、武人って感じじゃねぇが……魔術師か? キャスターは
すでに別にいるのを確認してあるから、あとはライダーしか残ってないはずだが」

 「さて、ね。私のクラスが何なのかは、これから試してみればわかるんじゃない?
……桜、下がってて」

 「わかりました、アリスさん。あの……気をつけてくださいね」

 「心配しないで。わかってるわ。奥の手もあることだし、ね」

 ニッコリ笑うと、安心したのか桜が教会の建物のそばまで後退する。
 それを見届けたあと、表情を消してランサーのほうに向き直る。

 「おーい、もういいか?」

 「あら、待っててくれたの? 意外に紳士ね」

 「おいおい、その言葉を聞かされたのはふたり目だぜ。俺ってそんなに卑怯な男に
見えるのか?」

 「うーん、どっちかって言うと、卑怯と言うより……野蛮?」

 「抜かせ!」

 腹を立てたランサーが槍を構えて突っ込んでくる。

 それがふたりの戦いの開始の合図となった。

   *  *  *

 広い荘厳な礼拝堂だった。
 これだけの規模の聖堂を維持するには、さぞかし多くの信徒を集める必要が
あるだろう。そこを任されているのだから、ここの主はかなりのやり手なの
かもしれない。

 「なぁ、遠坂、その言峰って、どんな人なんだ?」

 堂内に満ちた荘厳な雰囲気にやや気圧されたのか、士郎が口を開く。

 「言ったでしょ。兄弟子で一応師匠。さらに言うならバリバリの代行者よ」

 「いや、そうじゃなくて、性格というか人格というか」

 「そうね、アイツとはもう十年来の腐れ縁だけど、いまだよく掴めないわ。
できれば知り合いにはなりたくなかったことだけは確かね」

 「――同感だな。私も師を敬わぬ弟子など、持ちたくはなかった」

 かつんという足音。
 彼らが来たことに気づいたのか、祭壇の裏からカソックをまとった男が
姿を見せた。
 錆びた声で問いかける。

 「凜よ、再三の呼び出しにも応じないと思ったら、また珍妙な客を連れて
来たな。彼が"7人目"か?」

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 てなわけで、ついに次回はアリスvsランサーの真剣勝負(ガチンコバトル)と
凜vs言峰の舌戦(エッ、士郎たちの立場は!?)をお届けします。
 ようやく、ランサーが全サーヴァントと戦うノルマが達成できたわけです(笑)。 
(バーサーカーとも戦ってます。ほうほうのていで逃げ出しましたが)
 ちなみに、妖夢がゲイボルグの1撃で死ななかったのは、どなたかが推察
されていたように、彼女が半人半霊だから。人としての部分、あるいは幽霊
としての部分、いずれかを"殺され"ても、他方が無事なら、ノーダメージでは
ないものの生き延び、自己修復が可能……ノリとしては、「エヴァ」の分裂使徒
イスラフェルを思い浮かべていただければ、近いかと。もっとも、これは、
私なりの解釈ではありますが。
 さて、アリスには、ゲイボルグを凌ぐ秘策があるのか、それとも宝具を
使わせる前にカタをつけるつもりなのか……次回にご期待ください。

 多分、GW中にもう一回更新できるかと思います。



[958] Re[11]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/05/05 23:16
『東方聖杯綺譚』~その11~


 うららかな午後の日差しの差す教会のすぐ前で、ふたりの人物が対峙していた。
無論、ランサーとアリスだ。
 すでに人払いの結界が張ってあるので、周囲を気にする必要はない。

 前夜のふたりとの交戦経験から、いくぶん慎重になったのか、ランサーは
全力とはほど遠い、まるで牽制するかのような軽い刺突を繰り返す。
 もっとも、本気ではないとは言え、戦いの心得のない人間ならアッサリ貫か
れるような剣呑な鋭さを秘めているのだが……そのすべてを、アリスは踊るような
ステップで軽快に躱して見せる。

 「ほぅ……魔術師にしちゃあ、いい動きしてるじゃねぇか。あの赤い服の
お嬢ちゃんといい、最近の魔女は体術の訓練も必須教科なのかよ?」

 「あら、私のこれは、咲夜たちの動きの見よう見真似よ。真っ当な魔術師なら
格闘技を習うなんて無粋な真似はしないわね」

 「じゃあ、テメエのは何だ?」

 「そうね、ちょっとしたダンスと舞台演技の応用、かしら」

 徐々に槍のスピードが上がり始めるが、アリスの余裕はまだ崩れない。

 「チッ……それにしても、今回の聖杯戦争は、イレギュラーづくしでヤになるぜ。
あのメイドは俺に飛び道具当てやがるし、ちびっこい剣士は俺の宝具を耐えて
みせやがった。あいつら一体何者なんだ? お前ら3人、知り合いなんだろ」

 深紅の槍を操りながら、探るような目つきを向けてくるランサーに対し、
まるでおイタをした猟犬でも見るような表情でアリスが微笑う。

 「いま、あなたが言ったとおりよ。私達3人は今回のイレギュラー。中でも
私は最大級の反則かもね、光の御子さん」

 「テメエ、俺の真名を……」

 「知ってるわよ。光の神ルーの血を引く半神にしてアイルランドの最大の英雄。
死の槍の担い手にしてクランの番犬……だったかしら。咲夜と妖夢の話を聞けば
一発でわかって当然だわ」

 「チッ、やっぱりつるんでやがったか。だから、偵察なんてまどろっこしい真似
はイヤだったんだ。有名過ぎるのも考えもんだぜ」

 一瞬だけ、なんともやりきれない表情を浮かべるランサー。

 「同情するわ。お詫びと言ってはなんだけど、せっかくだから、お土産用に
こちらも名乗ってあげる」

 フワリと重力を感じさせない動きで、アリスの身体が宙を舞い、ほんの少しだけ
ランサーから距離をとった。
 そのまま両手でスカートをつまみあげ、宮廷婦人のようなお辞儀をしてみせる。
数日前、咲夜が凜と初対面の際に見せた動作ほどではないが、十分に洗練された
仕草だった。

 「初めましてクー・フーリン。私の名前は、アリス・マーガトロイド。人は私の
ことを"七色の魔術師"とも呼ぶわ。クラスは……」

 と、そこで意味ありげにセリフを溜めてみせる。

 「――"ドールマスター"よ」

 その声は、ランサーの耳に聞こえていただろうか。
 なぜなら、彼は、突如として目の前に現れた複数の剣の斬撃から、身をかわすのに
忙しかったからだ。

 「な、何じゃ、こりゃあ!!」

 最速の槍兵の名は伊達でなく、咄嗟に反射神経だけで、剣をすべてかわしてはみた
ものの、流石のランサーも危機一髪だったのだろう。声が裏返りかかっていた。

「さすがね。まぁ、元よりこの程度の攻撃が当たるとは思ってないけど……。
では、これは、どうかしら?」

 「おわッ!」

 慌てて跳び退いたランサーを追うように、カッカッカッカッ……と斜め上から剣が
順に地面に突き刺さる。

 「ん? これは……」

 剣のインパクトが大き過ぎて最初は気づかなかったが、今度はそれを操っている
小さな人影が見えたのだ。

 「あら、ようやく気づいた?」

 眉をひそめたランサーを見て、アリスが鷹揚に微笑む。

 「いらっしゃい、みんな」

 その声とともに、アリスの周囲に6体の小さな――身長30センチほどの人形たち
が姿を見せた。

 「紹介するわ。向かって右から、和蘭人形、倫敦人形、西蔵人形、露西亜人形、
京人形、そして上海人形」

 アリスの言葉に従って、ペコリと頭を下げる人形たち。

 「所用があって外している娘もいるけど、この娘たちが私の宝具"リトルレギオン"よ」

「おいおい、そりゃ反則じゃねーか?」

 さすがにランサーは見かけには騙されず、1体1体がとんでもなく高い魔力を秘めて
いることに気づいたらしい。

 「言ったでしょう、ドールマスターだって。それに、仮に安倍清明やソロモン
王がサーヴァントになったとして、十二神将や魔神を呼び出して戦わせたときに、
あなたは彼らを卑怯者呼ばわりするのかしら?」

 「クッ、そりゃあ……」

 「納得していただけたようね。では、始めましょう」

 いつの間にか、アリスの両手の指にはそれぞれ指輪のようなものがはめられ、
そこから細い細い糸らしきものが人形たちに伸びていた。

 「行くわよ、"人形置操"!」

 剣を構えた人形達が、一斉に低空からランサーに向かって突撃する。

 「おっと」
 さすがにこの見え見えの攻撃はいともたやすくかわすランサー。

 (と、俺がこうやってかわすことも考えているだろうから、次は……)

 「"人形操創"!」

 「ヘッ、やっぱりな」

 いまだ滞空中のランサーの首を刈る位置に、人形たちが浮かび上がり、
剣を垂直に構えたまま6体が輪になってミキサーのように回転する。

 「まだまだ!」

 襲い来る6本の剣を、こちらも槍を風車のように回して防ぐ。
 さすがに筋力Bには敵わないのか、人形たちは呆気なくはじき飛ばされた。

 「さぁて、次は、こっちからだ!」

 地面を蹴り、操り手たるアリスに肉薄するランサー。
 しかし、アリスは慌てず、飛び退きながら、何かを足元に投げつけた。

 「"人形無操"!」

 その"何か"が小さめの人形だと認識するよりも早く……。

 カッ!!

 ランサーの視界を閃光と衝撃が埋めつくした。

 (なっ! 人形を爆発させたのかよ!?)

   *  *  *

 「凜よ、再三の呼び出しにも応じないと思ったら、また珍妙な客を連れて
来たな。彼が"7人目"か?」

 カソック姿の男――言峰綺礼の問いに、凜はイヤそうに頷いた。

 「えぇ、そうよ。半人前のヘッポコ魔術師のクセして、最優のサーヴァントの
マスターになったラッキーボーイ。名前は衛宮士郎」

 と、そこで凜は思わせぶりに言葉を切った。

 (へ、ヘッポコ……ラッキーボーイ……)

 (士郎様、落ち込まないでください!)

 (凜お嬢様も、口が悪い。まぁ、妥当な評価だとは思いますが……)

 背後で連れが何やら小声で言っているみたいだが、あえて無視して、いきなり
鬼札を切った。

 「……なんて、あなたはとっくに知ってるんでしょう、綺礼? なんたって、
ランサーのマスターなんだから」

 いきなりの爆弾発言にも動じることなく、言峰は言葉を返す。

 「凜、いささか誤解があるようだが、私は今回聖杯戦争で、サーヴァントを
呼び出したりはしていない」

 「あら、じゃあ、ランサーがこの教会に顔パスで出入りしていることは、
どう説明をつけるのかしら?」

 「ふむ、知っていたのか。簡単なことだ、現在のランサーのマスターが
私だからな」

 「な! さっきの言葉と矛盾するじゃない!!」

 ガーッと食ってかかる凜を、慣れのためか言峰は軽くあしらう。

 「落ち着け、凜。よく考えてみるがいい。サーヴァントを呼び出さずとも、
マスターになる手立てはあるだろう」

 そう言われて、凜の思考が回転し始める。

 「――はぐれサーヴァントとの契約?」

 「そのとおり。マスターを失ったサーヴァントと、令呪を持った持った者が
互いに合意すれば、契約することは可能だ」

 「……仮にその言葉が本当だとしても、何で監督役のアンタがマスターになんか
なってるの!?」

 「愚問だな、凜。聖杯戦争に参加する目的などひとつしかなかろう……と、言い
たいところだが、別に私は聖杯など望んでいない」

 言峰の言葉はとても誠実とは言い難いが、嘘をついているとは感じられない。
 少なくとも、この男が明白な嘘をついたことがないことは、凜も知っていた。

 「じゃあ、どうしてランサーと契約したのよ?」

 「うむ。私の目的は……」

   *  *  *

 「あら、意外と丈夫」

 爆風が消えたのち、そこには、全身煤け、あちこちに傷を負いながらも、
いまだ十分戦う力を残したランサーが立っていた。

 「まさか、大事なお人形さんを爆弾代わりにするとは思わなかったぜ」

 「あぁ、さっきの? アレは私の魔力で作り出した、簡易式神みたいなもの。
半ば自我さえ持っているこの娘たちとは、ほとんど次元が違う別物よ」

 「なるほど、いまの言葉で納得がいったぜ。道理で、大して複雑な操作も
していないのに、攻撃がまちまちなワケだ」

 まがりなりにも、彼はランサーだ。いかに6本の剣に襲われたからといって、
単純な一斉攻撃であれば、躱すことなどたやすい。それが困難だったのは、
6本の剣がそれぞれ微妙にタイミングやスピード、剣の軌跡などをズラして
いたからだ

 「あら、見抜かれちゃったわね。でも、この手品は種が割れても有効性は
損なわれていないと思うのだけど」

 確かにその通りだった。 

 「そうだな。だが……」

 ランサーは全速力で後退する。
 一瞬"逃げるのか?"と思ったが、10メートルほどの間合いをとって、そこで踏み
とどまり槍を構えたところを見ると、違うらしい。

 「魔力を供給するその主を失えば、いかに自我があろうとも宝具は消滅するだろうさ」

 キィーーーンと幻聴が聞こえてきそうな勢いで、周囲のマナがランサーの槍に吸い
込まれていく。

 「ゲイ(刺し穿つ)……」

 「ダメ、アリスさん、逃げて!」

 いままで黙って見ていた桜が、耐え切れずに叫ぶ。
 アリスは、一瞬だけ振り返り、ニコリと微笑んでみせた。

 その間に、ランサーの宝具解放が完了する。

 「―ボルグ(死の槍)!!」

 吸い込まれるように、深紅の槍がアリスを襲った!

   *  *  *

 「私の目的は聖杯の監視だ。他意はない」

 監督役として、ただでさえ暴走しがちな参加者たちの動向を知り、いざと
なったら介入するために、ランサーを使役していたのだ、と言峰は語る。

 「確かに、ありのランサーは偵察とかしてたみたいだけど……」

 勢いを削がれる凜。

 「でも、アンタが最後に残ったひとりになったら、どうするつもりだったワケ?
タナボタ?」

 「ふむ。5人のサーヴァントが倒れた時点で、残るマスターが聖杯にふさわし
ければ譲ろう、と思っていた。言ったであろう。聖杯でかなえる願いになど、
興味はない、と」

 沈黙し、思考を整理する凜を尻目に、士郎が進み出る。

 「アンタに聞きたいことがある。アンタは10年前の聖杯戦争に参加したと聞いた
けど、あのとき起きた大火事と、聖杯戦争の関係について知らないか?」

 「ふむ、君は……」

 「さっき、遠坂が言ったと思うけど、衛宮士郎」

 「衛宮……。そうか、では、君が衛宮切嗣の息子か」

 「お、親父を知っているのか!?」

 「もちろんだとも。あの切嗣の息子が、今代のセイバーのマスターになるとは、
因果や縁とはおもしろいものだ」

 ほとんど仏頂面と言ってよい無表情だった言峰の顔に、わずかに笑いのような
表情が広がっていく。もっとも、それは微笑というよりは嘲笑といった方が
よいような、不快なニュアンスを含んでいたが。
 
 「君の問いに答えようか。確かに、あの火事と聖杯戦争は関連している。
そして、私が切嗣をなぜ知っているかだが……簡単なことだ。ヤツもまた、
前回の聖杯戦争の参加者だったのだから」

 そこでチラリと士郎の脇に控えた妖夢を見る。

 「もっとも、さすがにサーヴァントは異なるようだがな。"正義の味方"などと
愚劣なものに目指していたわりに、ヤツが呼び出したのがアサシン(暗殺者)とは、
皮肉が利いていると思わないかね?」

 養父の――そしてみずからの目標である"正義の味方"を茶かすような言葉に
士郎が気色ばむが、それには構わず、言峰は再び無表情に戻ると、士郎に謳う
ように告げた。

 「喜べ、少年。君の願いはかなう」

 そのまま言葉を続けようとして、言峰は首を傾げた。

 「ふむ。どうやら決着がついたようだな」

   *  *  *

 飛来する絶対不可避の死の槍をアリスは避けようとはしなかった。

 槍がアリスを貫かんとする瞬間――突如アリスの前に見慣れぬ人形が現れ、
なぜか槍はその人形を貫いて止まる。

 「な、に?」

 信じられない目の前の事態に思わず呆然とするランサー。

 「あなたのゲイボルグに込められたのは、因果逆転という一種の呪い。呪詛は
より強い呪詛で対抗すれば、防ぐか……少なくとも弱めることはできる」

 アリスは槍を握ると、古代日本風の衣裳を着た人形から引き抜く。そのまま、
カランと槍を投げ棄てると、大事そうに人形を抱き締めた。

 「ごめんなさい、蓬莱。痛かったでしょう?」

 (問題なイ。アリスが無事でよかッた……)

 そのまま、力を失ったかのように沈黙する人形。

 「この子のふたつ名は"首吊り蓬莱人形"。私の持つ人形の中でも最大級の魔力と
呪詛を込められた存在。だから、この子にはゲイボルグの呪い封じの儀式を頼んで
おいたのだけど……」

 ランサーに視線を向けるアリス。

 「封じきれないと悟ったこの子は、自らを身代わりにして、助けてくれたのね」

 「クッ、そんな方法が……」

 「あるのよ。さて、我ながら逆恨み気味だとは思うけど、ちょっとばかり私も
怒っているから、手加減抜きでいくわ」

 「!」

 ランサーは、すでに自分が包囲されていることに気づいた。

 先程から自分と剣を交えた6体の人形(なぜか怒っているような感情が見て
とれた)――と、彼女たちに引き入られた100体を越えると思われる人形達。

 「ドールズウォー……私の所持する人形達全員が参加するこの小さな戦争に、
あなたは勝てるかしら?」

 勝てるワケがない。
 満身創痍で、武器を失い、魔力も底を尽きかけた、いつ消えてもおかしくない
状態なのだ。
 それでも、ランサーはまだ諦めてはいなかったが……唐突に、マスターから
送られてくる魔力がカットされる。

 (な、テメエ、言峰!)

 召喚されて以来、なにかと不本意なことが多いランサーだったが、その中でも
これは最大級の裏切りだった。

 仕切り直しのスキルが発動する間もなく、人形達の群れに飲み込まれ、ろくに
動けないまま切り刻まれる苦痛の中……ランサーは消滅していった。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 こ、恐ッ!
 自分で書いてて、最後の場面は想像すると背中に冷や汗がでました。
 マキリの蟲の群れのグロさほどではないにせよ、大量の人形に襲われると
いうのも、やはり悪夢のカタチのひとつでしょうな。

 あ、ちなみに蓬莱人形は「死んで」はいませんのでご安心を。
 コアにヒビが入ったが、砕けてはいない状態。アリスなら、時間をかければ
修復は可能です。
 もっとも、この戦いでは戦線復帰は無理でしょうが。

 さて、次回、サーヴァントを失った言峰神父に別れを告げ、衛宮邸に戻ろうと
する士郎たち一行ですが……お約束ながら、あの遭遇が。
 ついに全サーヴァントが明らかになります。
 



[958] Re[12]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/05/08 23:13
東方聖杯綺譚外伝2『英霊(サーヴァント)もつらいよ』


 俺の名前はクー・フーリン。御存知のとおり、ランサーのクラスで呼び出された
ケルト神話最大級の英雄だ。

 正直、今回の聖杯戦争は散々だった。

 いや呼び出された当初は、「こりゃ、アタリだ」と思ったね。俺を召喚したマスター
は、いい女で腕利きの魔術師だったからな。
 ところが、そいつがあの言峰なんかに会いに行ったのがケチのつき始めだ。
 顔見知りのはずの言峰に、マスターは不意を突かれて倒され、令呪を奪われた
揚げ句、命からがら逃走するハメになっちまった。
 その場はなんとかマスターを抱えて逃げたものの、間もなく令呪を使って無理矢理
言峰に呼び出されて、結局あの野郎のサーヴァントにされちまったワケだ。
 しかも、あの野郎、俺に「偵察に徹しろ」なんて命令しやがる。
 腹が立つったらありゃしねぇ。俺は、命をかけた死闘がしたくて、こんな茶番に
付き合ってるってのによ。
 しかし、まぁ、2回めからなら本気を出していいってことだから、俺も何とか
納得して、ヤツのサーヴァントになることを承知した。

 偵察に出かけて、最初に見つけたのがキャスターだった。まがりなりにも耐魔力
Cの俺にとっちゃ、それほどヤバい相手じゃないんだが、こいつは英霊にとっては
厄介な柳洞寺とかいう場所に陣取ってやがるから、そう簡単には攻められねえ。
 さらに、その寺で唯一外部に通じる"門"がある場所には、けったいな格好をした
侍が待ち構えてやがった。どうやら、こいつがアサシンで、キャスターかそのマス
ターと組んでるらしい。
 あぁ、こいつとはなかなか楽しい戦いができたな。つっても、ほんのさわり程度
だったけどよ。キザでスカした野郎だったが、剣の腕はセイバーって言っても通じる
くらいたいしたもんだったしな。
 ただ、打ち合い始めて十合もしないうちに、門の中からキャスターが大魔術で援護
し始めやがったし、それを機に俺の方も糞マスターが戻って来いって、ウルセエから
仕方なく、そこでお開きだ。

 つぎに見つけたのが、バーサーカーだが、こいつは……なんと言うか、勝てる気が
しねぇ。あまりにも異質で強大な力を見せつけられて、さすがの俺も、ほとんど戦う
暇もなくルーンの力を借りて逃げ出すのがやっとだったからな。

 4人目が……アーチャーだ。こいつは、一見メイドの格好をした若い女なんだが、
かなりの手練れで、矢よけの加護を持つ俺に投げナイフを当てるくらいの猛者だ。
俺もなかなか戦いを楽しめた。え? 「あしらわれてたの間違いじゃないか?」 
ハンッ! アレが俺の本気と思ってもらっちゃ困るぜ。まぁ、いいトコで邪魔が
入って、決着はつけられなかったんだけどよ。

 次に会ったのがセイバーだ。ちっこい娘の姿をしてたが、俺と互角に打ち合いが
できたくらいだから、こいつもなかなか大したものだ。しかも、どういうカラクリかは
知らねぇが、俺のゲイ・ボルクの真名解放を受けても、生き延びやがった。流石に
無傷とはいかなかったみてぇだが……。

 そして、最後の6人目がイレギュラーサーヴァント、"ドールマスター"だ。
 強力な宝具を持つことが多いライダーの代わりに召喚されたからか、こいつは
やたら物騒な宝具――7体の人形を連れてやがった。いくら6体がかりだからって、
ランサーの俺に剣で渡り合える人形なんて、非常識過ぎるぜ。しかも、ドールマスター
本人も本職は魔術師と名乗っておきながら、とくに術とか使わずに俺の槍を何度も
避けてみせやがるし……。

 結局、このドールマスターと戦ったのが俺の運の尽きとなった。
 ゲイ・ボルクを7体目の人形に防がれ、100体以上はいそうな人形たちの群れに
飲み込まれてしまう。
 それでも、魔力さえ十分なら、"戦闘続行"で耐え、"仕切り直し"でいったん引く
ことだって出来たはずなんだが……こともあろうに、あの局面で、言峰の野郎が
魔力供給を切りやがった。

 ふぅ……ま、よく考えてみると、俺も結構いろんなヤツと戦えたしな。いちばん
最初に脱落するってのは気に食わねぇが、目的の半分くらいは達成できたんだ。
 このまま消えていくのも、まぁ悪くねぇか。

 ぼんやり宙を漂う魔力の残滓と化し、そう考えてた俺は――突然、何か穴のような
ものに吸い込まれた。
 な、なんだ、コリャ!?

 どこからともなく、声が聞こえる。はっきりはわからねぇが、どうやら女の声
みてぇだ。
 いつの間にか、虚空に浮かぶ俺の意識が、実体化して以前と変わらぬ実体を形作る。
 !?
 そりゃ、このまま消えたくはねぇが……。
 へっ、わかったよ。そこまで言うなら、力を貸してやるさ。
 その"声"の感謝の言葉を聞きながら、俺は来るべき時に向けて、しばしの休息
を取るために、暗闇の中で目を閉じた。 


(END)
-----------------------------
<後書き>

 というわけで、少々ネタバレ気味な外伝その2です。
 ザ・リターン・オブ・ランサー~アニキは死んでなかった!?~
……という感じでしょうか。最後の「!?」は東スポ風。

 本来はもっと後に書くつもりだった(もしくは、書かずに
いざという時にビックリさせるつもりだった)のですが、
何気に「槍兵をアテ馬にするとは!」とか「アニキはテリーマンじゃない」
などと、周囲の人からも色々責められてしまい、
 「ち、違うんじゃよ~、死んだとは一言も書いてないんじゃよ~」
と、ファー様口調で言い訳するべく、筆を取りました。←弱腰
 まぁ、どの場面で再登場するのか、ランサーファンの方は
いろいろヤキモキしていただけると、幸いです。

 では、次は本編12話で。



[958] Re[13]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/05/15 20:30
『東方聖杯綺譚』~その12~


 「喜べ、少年。君の願いは叶う。
 ……ふむ。どうやら決着がついたようだな」

 「決着って、何よ、言峰」

 「先程からランサーとイレギュラーのサーヴァントが表で戦っているようだ。
あのイレギュラーのマスターは、お前たちの知り合いなのであろう、凜?」

 「! 桜とアリスか!?」

 言峰の言葉を聞くや否や、士郎は表に飛び出していった。妖夢がそのあとを追う。
 それを傍らに見ながら、凜はあえて落ち着いた風を装って、言峰に尋ねる。

 「それで、どちらが勝ったの?」

 「ほぅ、お前は行かないのか、凜?」

 「見に行くだけなら、いつだって出来るわ。加勢するにしたって、衛宮くんたちが
いれば十分でしょ。アンタは、ここで問い詰めとかないと、のらりくらり言い抜け
そうだしね」

 凜の言葉に、言峰はククッと自虐的な笑いを見せる。

 「――心外だな。まぁ、いい。勝ったのはイレギュラーの方だ。ランサーは
そのまま消えてしまったようだな」

 何故だか愉快そうにすら見える言峰を、凜は不審げに伺う。

 「何よ。勝ち抜く気がないにしても、サーヴァントがいなくなったってのに、
アンタ、それでいいわけ?」

 「うむ、確かに、これで動かせる持ち駒が私にはなくなってしまったが、先程
言ったとおり、ランサーは他のマスターの情報収集に使っていたからな。
サーヴァントとマスター6組の手の内は掴めたから、私としては問題はない」

 「貴方……」

 先程から口を開かなかった咲夜が、僅かに眉を寄せる。

 (それでは、最初から捨て駒にするつもりだったということですか……)

 ラインを通じて咲夜の思考が伝わったのだろう。凜の視線も一層キツくなる。

 「フ……そう恐い顔をするな。いずれにせよ、これでランサーがお前たちの邪魔を
する可能性はなくなったのだ。本来喜んでよいことであろう? 私としても、これ
以上介入する気は当面ない」

 「……そう。なら、いいわ。アンタはせいぜい大人しく監督役を続けることね。
咲夜、行くわよ」

 「はい、凜お嬢様」

 もはや話すことはない、とばかりに言峰に背を向ける凜。その背を守るように
咲夜がつき従う。
 だが、聖堂の扉の前で、凜は顔だけを言峰に向けて振り向かせた。

 「――そうそう、さっき衛宮くんに言いかけていた、アレは何なの?」

 「フム、何のことだ?」

 「願いが叶う、とかどうとか言ってたじゃない」

 大げさに肩をすくめる言峰。

 「何、大したことではない。親子2代で目指している馬鹿げた夢の実現が
近づいたことを祝福してやったまでのことだ」

 「アンタ、衛宮親子の"夢"を知ってるの?」

 「ああ、勿論。あの少年の父親、衛宮切嗣とは古い顔見知りだったからな。
あの男の馬鹿げた妄想については、何度か耳にしたことがある」

 「妄想って……」

 「あの男の夢はな、凜。"正義の味方"になることなのだ。そういう馬鹿げた
代物を体現するためには、本人にとっての明確な敵―"悪"が必要であろう?
そういう意味では、この聖杯戦争は、まさに彼にとって好機であろうよ」

 「……そう。わかったわ」

 謳うような口ぶりで嘲笑う言峰に再度背を向けると、凜と咲夜は、今度こそ
教会を出て行った。

   *  *  *

 表にいた桜や士郎たちと合流したのち、一行はいったん衛宮邸へ戻ることに
決めた。本来はこのまま大聖杯を見に行く予定だったのだが、戦闘を行った
アリスとそのマスターである桜が魔力を消耗していたからだ。
 幸い、半日も休めば回復するだろうから、大聖杯へ行くのは夜になってからで
構わないだろう。

 「妖夢、よかったら道場につきあってくれないか?」

 無事、衛宮邸に帰り着いたのち、中途半端に時間が余ったため、士郎は
道場で剣の鍛錬をすることに決めたようだ。

 「構いませんが……何をなさるのですか、士郎様?」

 「一応、我流だけど俺も剣で戦う方法を鍛錬してるからさ。折角だから専門家
に見てもらった方が上達するかと思って」

 やや気恥ずかしげに頭をかく己れのマスターを、妖夢は好ましげに見やった。

 「そうですか。それは大変よい心がけです。もしよろしければ、実際の打ち合いの
お相手も致しましょう」

 「本当か? それは助かる。普段は素振りとちょっとした型の稽古くらいしか
できないからなぁ……」

 和気あいあいと道場に向かう主従を、どこか羨ましげに見る視線が一対。

 「あら、桜、ついて行かないの?」

 「ひゃん!? あ、アリスさん、脅かさないでください」

 「自分のサーヴァントの気配くらい読みなさいよ……で、どうなの?」

 興味津々という顔つきで桜をつつくアリス。

 「わ、私は武術の心得とかありませんし、それに……」

 「別にいいじゃない、そんなの。それに、だったらなおさら、そういう戦いの
雰囲気に慣れておくべきじゃないかしら? まがりなりにも、聖杯戦争に参加
している以上、場の空気に竦んで動けない……じゃ済まされないわよ」

 冷静な口調で諭すようにして、アリスは桜に"口実"を与える。

 「そう……そうですね。私、行ってみます」

 素直にその言葉に従うマスターを、アリスは一見真面目に、内心はニヤニヤ
しながら、見送った。

 (うーん、幽々子や紫たちが、私たちのことからかってた気持ち、ちょっと
理解できるかも)

 幻想郷の外であれ中であれ、他人の恋愛事が端から見ていておもしろい
ことに違いはない。

 アリスとしては桜について行ってもよかったのだが、凜から幻想郷における
魔術のありかたについて説明を頼まれているので、彼女に割り当てられた
部屋へと向かう。

 ピンポーン、ピンポーン!

 その途中で玄関のベルが鳴らされたため、応対のために入り口へと向かった。
 まさか、こんな馬鹿正直に尋ねて来る敵もいないだろうが、一応念のため、
魔術で相手を確かめ……ようとして、相手が誰だか気づき、慌てて扉を開く。

 「あ、あなたは……」

 ニッコリ微笑む相手を前に、アリスは絶句した。

   *  *  *

 「せいっ!」

 一通り、素振りの型などを見てもらい、いくつか助言をもらったのち、
士郎は妖夢と竹刀での打ち合いをすることになった。

 「木刀に比べて軽過ぎるのが難ですが、稽古のためには悪くありませんね」

 どうやら幻想郷の剣術修行には竹刀というものがないらしい。そう言えば、
竹刀は江戸時代以降の剣術道場で考案されたものだと、何かで読んだ記憶が
あった。

 ――そして、士郎は、名も知らぬ竹刀の考案者に、深く感謝した。

 パシーーーン!

 「う……も、もう1本!」

 「その意気です。いざ!」

 さきほどから士郎の竹刀は、身体どころか妖夢の手にした竹刀にさえ触れる
ことなくかわされ、逆に頭頂部や肩、胴といった部位を打ち据えられているのだ。
 無論、サーヴァントにして希代の剣術家でもある妖夢としては、相当手加減
してくれてはいるのだろうが、竹刀とはいえ、さすがに30回近く打ち込まれると
痛いのを通り越して、体力をごっそり削られている感じがする。

 だが、相手をしてくれる妖夢は、士郎にアドバイスすることや、士郎が根性を
見せて立ち上がる様を見るのが、うれしくて仕方がない様子なのだ。
 その笑顔が見たくて、ついつい立ち上がってしまう自分を、我ながらバカだなぁ
と思わないでもない。内心密かに苦笑してしまう士郎だった。

 とはいえ、やはり人間の肉体には限界がある。
 最初は数秒にも満たない打ち合いだったが、やがて10秒を越えて士郎が粘り、
会心の打ち込みを繰り出す。妖夢が初めて、その一撃を竹刀で受け、はじき返した
とき……士郎は足をもつらせて転んでしまった。

 「今の打ち込みは、なかなかよかったです。立てますか?」

 「あぁ、もちろん……って、アレ?」

 踏んばるものの、足腰に力が入らずうまく立てない士郎。

 「先輩、無茶ですよ。もう50回は倒されてるんですから」

 ハラハラしながら見ていた桜が、涙目になって抗議した。
 途端に、妖夢も「しまった」という表情になってうなだれる。

 「す、すみません、士郎様。つい稽古が楽しくて、士朗様の体力のことを
配慮することを忘れていました」

 正座してペコペコ頭を下げる妖夢を見て、士郎は「ああ、いいよ」と手を振る。

 「妖夢が悪いわけじゃないさ。我を忘れてたのはこっちも同じだし」

 「しかし……」

 「それより、自分の方が情けないな。結構鍛えてたつもりなんだけど、
まだまだってことか……」

 「「そんなことありません!!」」

 妖夢と桜の声がハモる。

 「先輩が毎日一生懸命訓練してたこと、私は知ってます」

 「そうです。そもそも、私の打撃をあれだけ受けても士郎様が立ち上がれた
のは、無意識に急所をズラして外されていたからです」

 「え、そーなのか?」

 「はい。元よりこの身は白玉楼の庭師にして護り手。なまなかな妖怪変化くらい
なら、一刀の元に斬り捨てる自信があります。その私とあれだけ打ち合えるのです
から、士郎様は人間としてはかなり高い素質を持っておられると思います」

 手放しで誉められても、ボロボロにされた身としては、いまひとつ実感がない。

 「うーん……そうは思えないんだけどなぁ」

 少年の謙虚さが、ふたりの少女の目にはより好ましいものとして映る。
 何しろ、片や自信とプライドだけでいまひとつ実の伴わない兄を持ち、
片や実力はともかく努力や実直さとは無縁の主に仕えてきたのだから、
なおさらだ。
 
 「先輩、ここはひとまず休憩してください。夜のこともありますし……」

 「あ、そうか。大聖杯を見に行くんだっけ」

 確かに、今これ以上体力を消耗するのは得策ではないだろう。

 「ごめん、妖夢。せっかくつきあってもらって悪いけど……」

 何とか身を起こし、道場の床に胡坐を組んで座った士郎が言いかけたところで、
思いがけない闖入者が登場する。

 「士郎く~ん、お久しぶりィ!!」

 間近にいた桜や妖夢が止める間もなく、現れた闖入者――二十代前半に見える
背の高い金髪女性が床の士郎に抱きついたのだ。

 「「!」」

 「え! え?」

 ワケがわからず、自分を抱き締める女性を引き剥がし、その顔を見て、さらなる
驚きの声をあげる士郎。

 「ゆ、紫さん!? なんで!?」

 「あら、母親が自分の息子に会いに来るのが、そんなにおかしいことかしら」

 「「は、ははおやーーー!?」」

   *  *  *

 「――どうぞ、粗茶ですが」

 「あら、ありがと」

 紫色のツーピース姿の美女が、給仕した桜にニッコリ微笑む。

 さきほどの道場での騒ぎから、数分後。
 あまりの騒がしさに、何事かと離れから出てきた凜や咲夜、玄関で応対した
アリスも含めて、一同は居間で話をすることになった。

 「で、その……八雲紫さん、だっけ? 結局のところ、あなた、一体何者なの?」

 いまだ事情がまったく飲み込めてない凜が、ズバッと直球を投げつける。

 「紫さんは、親父の、その……愛人だった人なんだ」

 「いやーねぇ、士郎くん。私のこと恋人に"お義母さんです"って紹介しては
くれないの?」

 確かに、切嗣の生前、紫に「ママって呼んでいいのよ?」と何度となくからかわれて
いたが、それを覚えていたとは……士郎は頭痛がしてきた。

 「だ、だ、だ、誰が恋人よ!?」

 「そうです! 姉さんは先輩の恋人なんかじゃありません!」

 「大体、紫さまが、なんでこちらにいるんですか!?」

 もっとも、女性陣としては、引っかかったのはそこではなかったようだが。

 「私もそのあたりの事情が知りたいわね、紫」

 このままではラチがあかないと見た咲夜が、冷静に質問した。

 「そうね。何から話そうかしら……」

 少しだけ真面目な顔つきになった紫は、事の経緯を一同に語る。

 10年前――前回の聖杯戦争で、士郎の義父、切嗣にサーヴァント"アサシン"
として偶然召喚されたこと。ただし、彼女の場合、"すきま"経由で引っ張られた
ため、本人が生身で来ていること。
 ふたりで戦争を勝ち抜き、あと一歩というところで聖杯が破壊されたこと。
火災現場から士郎を助けたこと。切嗣と一緒に士郎を引き取ったこと。切嗣が
亡くなるまでは彼の愛人(本人は内縁の妻と主張)として、ほとんどこちらにいた
こと(たまに幻想郷に帰ってはいたようだが)。
 士郎とも家族同然に接してきたこと。子供のころの士郎は本当にかわいかったこと。
士郎が最後にオネショしたのは9歳の……。

 「待て待て待てーーーい! な、何語ってるんですか、紫さん」

 「あら、だって、久しぶりに会った親戚の人とか、よくこういう話するじゃない?」

 「誰が親戚ですか、誰が!」

 「だって、あれだけ手塩にかけて育てた士郎くんが、親戚どころか他人みたいな
接し方するんですもの。ううっ……」

 下手な泣き真似までする紫を見て、士郎は白旗をあげた。

 「わ、わかったって。"義母さん"って呼べばいいんだろ?」

 「うーん、"ママ"も捨て難いんだけど……まぁ、そのへんで手を打ちましょう」

 二人の会話は、まるで士郎と大河との掛け合いを見ているようだが、士郎の方が
手玉に取られているのが、大河との違いだろうか?

 「それで……3年近く会わなかった"義理の息子"に、わざわざこの時期会いに
来たからには、それなりの理由があるんでしょう?」

 脱線しかけた会話をアリスが強引に戻す。

 「もちろん。聖杯戦争なんてものに大事な息子が巻き込まれた以上、母として
全力をもって手助けしてあげなくては……」

 両手を胸の前で握り締め、瞳をウルウルさせながら力説する紫だが、彼女の
トラブルメーカーぶりを知っている幻想郷のメンバーは、騙されない。

 「――で、本当のところは?」

 「こ~んなおもしろそうなイベント、士郎くんたちだけで楽しむなんて、
ズルいじゃない? ……あ」

 咲夜の冷静なツッコミに、ポロッと本音をもらす紫。

 「そんなことだろうと思ったよ……」

 心なしか肩を落とす士郎。どうやら彼の女難の相は、幼いころから続いていたらしい。

 「紫様、士郎様は私のマスターなのですから、あまりご無体なことは……」

 恐る恐る意見する妖夢だが、無論彼女とて自分が言ったくらいで紫の暴走が
止まるとは思っていない。それでも、言わずにおれないのが、彼女の真面目な
性格を物語っている。

 「コホン……。まぁ、でも子供のケンカに親がシャシャリ出るのも大人げない
からね。今回はサーヴァントでもないし、私はこの家の護りに徹することに
するわ」

 とりあえず、紫がそう宣言したことで、この話はひとまずお開きとなった。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 すいません、またも公約破り。イリヤとの遭遇まで、話を持って行くことが
できませんでした。
 知人にも指摘されたのですが、そういえばイリヤって、「昼間は戦わない」
ことにポリシーを持ってたんですよね。
 それゆえ、一端衛宮邸に帰ることに。折角なので、もうひとりの
幻想郷の住人である御大にご登場願いました。

 ちなみに、士郎にとっての紫は、士貴にとっての青子みたいなものです。
青子同様、紫も少なからず、士郎の前では猫被ってます。「ちょっと(かなり?)
悪戯好きだけど、母性的で優しい女性」だと、士郎は思っていますから。
 人妖としての残酷さや非情さは、士郎には見せていないんですよ。ちょうど、
切嗣が"魔術師殺し"としての姿を士郎に見せなかったのと同様に。

 さて、次回こそ、次回こそは、イリヤとの遭遇を書きます。
 ……書けたらいいな。<弱気



[958] Re[14]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/05/29 22:33
『東方聖杯綺譚』~その13~


 おそらく、彼は浮かれていたのだろう。

 聖杯戦争などという厄介極まりない揉め事に巻き込まれたものの、最優と言われる
"セイバー"のサーヴァントを相棒として(偶然だが)召喚し、同じくマスターに選ばれた
知り合いのふたりと共闘関係を結んだ。さらには、母代わりであり、じつは強大な力を
秘めた人外の存在であった女性も駆けつけてくれた。
 彼が養父より受け継いだ理想――"正義の味方"へと至る道は未だ見えないが、それでも
この聖杯戦争を勝ち抜いて生き延びれば、何かそれに繋がるヒントが見えて来るのでは
ないか……そんな予感もあった。
 彼の妹分である桜たちが、苦戦しながらも無事にランサーを下してみせたことも、
先行きが明るい証左に思えた。

 だが、彼は――いや、彼らは忘れていたのだ。
 いまだ、まったく正体のわからないサーヴァントが残っていることに。

   *  *  *

 「久しぶりに士郎くんの手料理が食べた~い!」という紫の主張(というより駄々)に
より、その日の夕飯は士郎が中心となって和食を作ることとなった。
 メニューは鮭の切り身の塩焼き(なぜか手土産代わりに紫が新巻を1匹持ってきて
いた)と、タケノコとひじきの炊き込みご飯。食いしん坊対策に、具材のたっぷり入った
豚汁もいちばん大きい鍋に満杯用意した。箸休めに馴染みの漬物屋で買ってきた
カブの漬け物をザクザク切り、自家製のキュウリの一夜漬けと合わせて山盛りにする。

 さすがに8人(例の如く藤ねえもたかりにきたのだ)分となると、ひとりでは大変で
桜と妖夢の手を借りたが、味つけその他は士郎が取り仕切ったので、紫を失望させる
ことはないだろう。

 総勢8人が丸い卓袱台について「いただきます」と唱和する光景は、非常に微笑ましい
……メイド服やゴシックロリータやらの格好は少々シュールだが。

 「うーん、士郎くん、また腕を上げたわね。さすがはマイサン」

 炊き込みご飯の絶妙な風味にうなりながらも、口を休まず動かす紫。

 「ほーんと、士郎ってば、お料理がうまくて、お姉ちゃんうれしい!」

 大いにはしゃぎつつ、次々に料理を口の中に放り込む藤ねえ。
 ……いったい、このふたりの口の構造はどうなっているのだろうか?

 「――って、アンタ、いったい誰……って、ゆゆゆ紫サン!?」

 「はぁい、大河ちゃん。お邪魔してるわよ」

 気さくに片手を挙げて挨拶する紫。その一方で、見慣れぬ人物の正体に思い至った
藤ねえは、ポロリと箸を手から落とす。
 瞬間、ズザザサッと卓袱台から跳びすさり、正座して頭を下げる。

 「お、お、お久しぶりです、紫サン!」

 普段の傍若無人ぶりからは想像もつかない彼女の様子に、凜たちは驚いた。

 「ねぇ、なんで、藤村先生、あんなに緊張してるの?」

 「凜お嬢様、あれは緊張しているというより……」

 「明らかに恐れている、わね」

 小声で3人に聞かれて士郎はうーむ、と腕を組む。

 「何でって……紫さんがいるときは、藤ねえは大体いつもあんな感じだぞ?」

 中学のころ、何度か紫と顔をあわせたこともある桜も同意する。

 「そういえば、確かに大人しかったですね、藤村先生」

 首を捻る一同を尻目に、妖夢だけは憐れみの視線をタイガに送っていた。

 (お気の毒に……きっと、紫様にヒドい目に合わされたことがあるに違いない)

 自らも被害者だったことのある妖夢の推察は、限りなく真実に近かった。

   *  *  *

 藤ねえを紫が適当に言いくるめて帰らせたのち、一同は今夜の準備を始めた。

 「そう言えば……色々あって聞き忘れてたけど、衛宮くんの魔術の特性って何なの?」

 本来は大聖杯確認後に正式に同盟するはずだったのだが、なし崩し的に同盟を
組むことになってしまった凜が、改めて士郎に聞いてくる。

 「あぁ、一方的に聞くのは等価交換の原則に反するわね。私の魔術特性はアベレージ
ワン。すでに見てたからわかると思うけど、おもに宝石に魔力を溜めて発動させてるわ」

 「アベレージワンって……五大属性を全部使えるってことか!? すごいなぁ、遠坂!」

 「フッ、まぁね。そういえば、桜、アンタはどうなの?」

 「わ、私ですか? 私は一応、間桐では蟲使いと水元素を仕込まれてたんですけど、
どうもいまひとつ体質が合わなかったらしくて……」

 「すでに私が間桐の干渉をできるだけ排除してあるから、本来の属性である"架空元素"
が復活してるはずよ。とはいえ、アレはなかなか扱いが厄介だから、一足飛びには使い
こなせないだろうけど」

 ことが魔術がらみとあって、アリスも口を挟んでくる。

「架空元素って、影とか霊とかに関わるものだろ? すごいじゃないか、桜!」

 目を輝かせて我が事のように喜んでくれる士郎の言葉に、桜は照れ臭そうに目を
伏せる。

 「あ……ありがとうございます、先輩。でも、まだまだですから」

 そんなふたりを見て、複雑な表情を浮かべる凜。

 「で、結局、士郎さんの特性は何なのかしら?」

 このままでは話が進まないと思ったのか、咲夜が凜の質問を繰り返した。

 「そうですね。私もサーヴァントとして士郎様の魔術の傾向を知っておくことは
有用だと思います」

 「そんな大層なものを期待されても困るんだけどなぁ」

 妖夢にまで促されて、士郎は頭をかく。

 「俺が得意なのは"強化"。物体の強度を上げる基本的な術がメインで、自分や
他人の肉体的能力を引き上げることもできる。あとは、ちょっと特殊な"投影"と、
一応"変化"もできるぞ……成功率低いけど」

 最後の部分はボソッと小さな声で言ったため、そばにいた妖夢以外には聞こえ
なかったようだ。

 「強化と投影ねぇ……また、地味なのと効率悪いものを。まぁ、いいわ。とどの
つまり魔術師としては半人前ってことね」

 「まぁ、ありていに言うと……。でも、俺、魔術師っていうより魔術使いってほうが
正確だと思うぞ。"根源"とか目指す気ないし」

 「なによ、それ……」

 言いかけて凜は、言峰の言葉を思い出した。

 (あの男の夢はな、凜。"正義の味方"になることなのだ)

 「……ま、衛宮くんは、それでもいいのかもね。とにかく、聖杯戦争じゃ、多少の
強化くらいじゃ……」

 「そうとも言えないでしょう。とくに私のように接近戦を挑むタイプのサーヴァント
にとっては、いくらかでも衣服など強化してもらえるのは助かります。それに、サー
ヴァント自身にとっては微々たるものでも、マスター自身の身を守るには、決して
無駄にはなりません」

 頭からクサそうとした凜の言葉を、妖夢が遮る。さすがにマスターを無能呼ばわり
されるのは見過ごせないらしい。

 ムッとして反論しようとした凜の言葉を、今度は別の声が封じた。

 「――そうね、それに士郎くんの投影を見たら、そんな言葉は言えなくなるのじゃない
かしら?」

 声の主は、一同の準備に加わらず、お茶の間でドラ焼きをパクつきながらテレビを見て
いた紫だった。家を守っていると言った言葉を実行するつもりらしい。

 「?」「紫さん!」

 よくわかってない風の士郎と、咎めるような桜。

 (何かあるって言うの?)

 いずれも一筋縄ではいかないサーヴァント3人が、一目置いている大妖、紫の言う
ことだ。何かすごい隠し球があるのかもしれない……紫が親馬鹿でなければ、の話だが。
 そして、さきほどからのやりとりを見た限りでは、紫に親馬鹿の疑いは濃厚だった。

 「……まぁ、いいわ。いずれにせよ、サーヴァント同士の戦いに、私たち魔術師が直接
介入できる余地は少ないってことを、覚えておいたほうがいいわよ、衛宮くん」

 「あぁ、わかってるさ……」

 そのあとに続く士郎の言葉は、口の中だけで呟かれたので、今度こそ誰にも聞き咎め
られることはなかった。

 (それでも……女の子にだけ戦わせて見てるだけなんて、できるわけないだろう?)

   *  *  *

 「結構遅くなりましたね、先輩、姉さん」

 「そうね。そういえばアリス、大聖杯ってどこにあるの?」

 「言ってなかったかしら? 柳洞寺よ」

 「な「なんだってーーーーっ!?」」

 士郎が大声をあげる。

 「あそこは、一成や親父さんたちがいるんだぞ!」

 中学以来の親友の実家が目標地点と聞かされて、さすがに狼狽えているようだ。

 「柳洞寺住職たちのことかしら? それは大丈夫。大聖杯があるのは地下だし、
まだ直接影響が出ているということはないはずよ。それに……多分、住職は
そのことを知っているから」

 アリスによると、この冬木の霊力の流れの集積地として、もっとも目立つのは
遠坂邸だが、実は柳洞寺もそれに匹敵する霊地なのだという。ここ数十年で来た
新参者ならともかく、柳洞家は江戸時代以前からこの地に根づいていた旧家だ。
当然、その霊地を守護/管理する一族として、下手すれば聖杯戦争以前から機能
してきたはずだ。

 「まぁ、伝承が疎かにされていなければ、という但し書きがつくけれど、ね」

 さらに言うなら、このテの秘密事項は一子相伝なのがふつうだから、まだ
学生の身である一成が知っているかどうかは、はなはだ怪しい。
 もっとも、士郎にとっては、親友の実家までが聖杯戦争に関連があったという
だけで十分混乱しているようだ。

 何とか、心の整理をつけ、士郎が何事かを言おうと口を開いた瞬間――。

 「ねぇ、お話は終わった?」

 幼く愛らしいが、それでいてどこか落ち着かない響きを秘めた声が、
一行に呼びかけてきた。

 ハッ、と士郎が顔を上げると、緩やかな上り坂のうえに、お揃いのコートを
着たふたりの少女が立っていた。
 一見したところ、10歳くらいの、よく似た背格好の女の子たちだった……
その片方の頭に、2本の角さえなければ。

 「こんばんは、お兄ちゃん」

 角のない方の少女が、月を背にしてひっそりと笑う。

 それが、最強のサーヴァント"バーサーカー"を連れた少女……イリヤスフィール・
フォン・アインツベルンとの出会いだった。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

 仕事が忙しくて、しばし間が開いてしまいましたが、13話です。
 うーむ、やはり6人まとまって行動させるのは難しいですな。どうしても
目立たないキャラが出てきます。今回は意識して、「Fate」キャラを優先させた
つもりですが……やはり、地味だな、桜(ヒドっ!)
 また、ゲーム本編のアーチャー(英霊エミヤ)がいないことで、伏線面での
進行がスムーズにいかないことを、書きながら痛感してます。さすが(?)守護者。

 とりあえず、ようやく次回がバーサーカー戦。ここまで順風満帆だった
衛宮同盟にも、初の危機が訪れる……はずです。
 乞う、ご期待。



[958] Re[15]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/06/06 05:56
『東方聖杯綺譚』~その14~


 そのふたりは、誰の目から見ても愛らしい少女に見えたことだろう。

 かたや、真っ直ぐな白銀の髪を長く伸ばし、紅玉色の瞳を揺らめかせた少女。
 かたや、栗色波打つ髪をなびかせ、琥珀色の瞳と自らの華奢な腕おほどもある
巨大な角を頭部に持つ少女。

 聖杯戦争真っ只中のこの冬木の地において、これほど異質な気配を持つ者が
ただの人であろうはずがない。
 おそらくは、白銀の少女がマスターで、有角の少女がサーヴァントなのだろう。
 魔術に関わる者を外見で判断するのは危険だが……どちらも、十歳をいくらも
出ていない年齢に見えた。

 さらに、少しでも魔術に関りのある者なら見てとれたであろう。
 ふたりの幼い少女が発する魔力の気配の巨大さに……。

 「やばい、アイツ、桁違いだわ」

 凜が珍しく本気で焦った口調で漏らす。
 半人前の魔術師たる士郎や桜にも、彼女たちの内包する力の大きさは朧げに
感じ取れた。

 そして……

 (あれは……)

 サーヴァントの3人もまた、これまでになく動揺していた。

 「宴会の主犯……」
 「いたずら小鬼……」
 「萃まる夢想……」

 知らず3人の言葉が重なる。

 「「「――伊吹萃香!!」」」

 「あれ、知り合い?」

 銀の少女が傍らの少女を振り返る。

 「ええ、一応ね。まぁ、宴会での顔見知りってところかな」

 「そう、では私も自己紹介しないとね」
 
 銀髪の少女はコートと一緒にスカートの裾を持ち上げて軽く腰を折る。
 その仕草は、咲夜ほど瀟洒ではなく、アリスのような芝居気もなかったが、
その代わりにひどく自然で典雅な雰囲気を感じさせる。
 これが生まれついての貴族、というヤツなのかもしれない……悔しいながら
凜はそれを認めざるを得なかった。

 「初めまして、セイバーとアーチャー、そしてイレギュラーのマスター。私は
イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、て言えばわかるよね?」

 「アインツベルン? まさか!」

 凜と桜は即座に相手の素性に思い至る。一拍遅れて、聖杯戦争について
レクチャーを受けた士郎も、その名を思い出す。

 (この聖杯戦争の起源に関わる、冬木御三家のひとつ、だっけ……)

 3人の顔に理解の色を認め、うれしそうにイリヤは笑った。

 「これで挨拶は済んだよね? じゃあ、やっちゃえ、萃香(バーサーカー)!」

 「はいはい……っと」

 角のある少女は、イリヤとお揃いのコートを脱ぎ捨てると、動きやすい、というより
肌寒そうな薄手のワンピース姿になる。傍らのイリヤにコートを渡すと、無造作に
士郎たちのほうへと歩み寄ってきた。

 虚をつかれた一同の中でも、一番早く反応したのは妖夢だった。

 「士郎様、下がってください!」

 言うが早いか、駆け出し、背中の二刀を抜き放つ。

 「セイバーのサーヴァント、魂魄妖夢、参る!」

 「妖夢! ……仕方ないですね。援護します。よろしいですね、凜お嬢様?」

 「ええ。やっちゃって、咲夜!」

 マスターたる凜の意を受けて、咲夜も妖夢の後ろに続く。

 近距離の斬り合いにおいて幻想郷で1、2を争う腕前を持つ妖夢と、
中間距離からの遠隔攻撃に優れた咲夜。このふたりが組めば、非常に隙の
ない戦いができるはずだった。さらに、遠距離からの魔術戦闘を得意とする
アリスが加われば、まさに死角はない、はずなのだが……。

「マズいわね……」

 しかし、実際には、アリスは戦いに加わろうとせず、一歩引いた位置から
彼女たちの戦いを見守るだけだった。

 「あの……アリスさん?」

 マスターである桜が、おずおずと真意を問いただそうとすると、先回りして
言葉を紡ぐ。

 「よく見ておきなさい、桜。あれが……人の天敵たる"鬼"の実力よ」

 そして、何か苦い物を飲み下したかのような顔で続ける。

 「何せ、私たちは3人とも、以前あの娘に敗北しているのだから」

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

というわけで、正解は、「萃夢想 萃香ルート」でした! ただし、最終戦では
霊夢に萃香が敗北し、その後結果的には霊夢ルートに近い形になってはいます。 
しかも、咲夜、アリス、妖夢の3人は、ルートの最初の方で負けてる(つまり、
後半戦の相手のようにてこずっていない)んですよね。
ちょっと補足的な回になってしまいましたが、次回こそバトルです。
はたして、その圧倒的に強い相手に対して、3本の束ねた矢が貫けるのか、
次回の戦闘をお楽しみに。



[958] Re[16]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/06/13 00:23
『東方聖杯綺譚』~その15~


 ――それは、少女たちが織り成す、幻想的で悪夢のような光景。

   *  *  *


 (クッ…これは……)

 妖夢はその青白い頬にじっとりと汗を浮かべていた。

 10合……20合……30合……

 (同じだ、あのときと、まるで……)

 すでに幾度となく剣を振るい、その過半数を目の前の敵にヒットさせている。
 だが、それはすべて"当たって"いるだけだ。確かに斬ったという手ごたえが感じられ
なかった。

 かつて幻想郷でこの小鬼と対峙したときも、そうだった。

 萃香の身ごなしがことさらに優れているわけではない。
 たしかに、人並み以上に敏捷ではあるし、その小柄な体に見合わぬ怪力を発揮する。
 しかし――それだけだ。

 握った拳は力任せに振り回され、相手の攻撃も単に反射神経にまかせて避け、あるいは
受け止めているだけ。その守りをかいくぐることなど、妖夢の力量をもってすれば
造作もない。
 妖夢や咲夜はおろか、士郎にさえもその格闘技術は劣るであろう。
 ありていに言って、萃香は武術や格闘技等に類する技術をまったくと言ってよい
ほど、身に着けていないのだ。

 しかし、それは言い替えれば、そんなものが必要ないからだ、とも言える。
 彼女は、人の形をしていながら人ではないモノ、”鬼”なのだ。

 もとより、武術や体術の類いは、力で劣る人間――その範疇には、咲夜のような
異能者や妖夢のような半人も含まれる――が、そのハンデを克服し、少しでも効率的に
戦い、強い存在を打ち負かすために、気の遠くなるような長い歳月をかけて編み出された
技術である。

 だが、力の化身たる鬼にそんなものは必要ないのである。
確たる理由も裏づけもなく、鬼はその身に自然に備わった力で人を蹴散らし、人に
”勝つ”存在なのだ。
 人の身でその法則を打ち破るためには、相手の鬼の弱点を知り、確実にそれを突く
戦法をとらねばならない。
 そして……いま、目の前の”鬼”の弱点については、ほとんど何ひとつわかって
いないのだ。

 だが、ここで引くわけにはいかなかった。
 単に武人の意地、というわけではない。
 おのれが一命に賭けてでも守るべき存在が、妖夢の後ろにはいるのだから。

 「……はぁーーーーッ!」

 呼吸を整えるまでもなく、妖夢は再び絶望的な剣舞を舞い始めた

   *  *  *

 (厄介ですわね……)

 妖夢ほどではないにせよ、咲夜もまた焦れていた。

 (私のナイフくらいでは、あの小鬼にはロクに傷をつけられないでしょうし)

 妖夢の攻撃を支援するため、萃香の目や口、あるいは喉などを狙って銀のナイフを
投げ続けてはいるが、効いているどころか、痛そうな顔すらしていない。

 これでは、仮に時間を止めて、彼女の無防備な背後をとったとしても、さして事態
が変わるわけではないだろう。

 無論、宝具(スペルカード)を使えば話は別だろうが、いまのこの身はサーヴァント。
魔力の源を支えるのが優れた魔術師である凜とはいえ、何度使えるかわからない、危険な
賭けだった。

 かつて萃香と戦った際も、スペルカードによる攻撃は、それなりにダメージを与えて
いた記憶がある。もっとも、それでも萃香の再生速度のほうが、咲夜の魔力回復よりも
早く、結局は打ち倒されてしまったわけだが……。

 (それでも……それしかないですね)

 的確に当たるが相手が傷つかない攻撃と、ロクに当たらないが威力のある
攻撃は、一見同じ結果のように見えても、その意味はまったく異なる。
 いまは何とかしのいでいる妖夢だが、遠からず体力を消耗し、萃香の豪腕に
捕らえられる時が来るだろう。そうなれば、一気に戦局はくつがえる。

 咲夜はラインを通じて、凜に宝具の使用許可を求めた。

   *  *  *

 (この状態は……やはりマズいわ)

 鬼と人と半幽霊の戦いを、人形使いたるアリスは引いた位置から見ていた。
 無論、何もしていなかったわけではない。
 桜、士郎、凜たちの前に不可視の魔力障壁(シールド)を張り、流れ弾による
被害から防ぎつつ、何とか萃香の弱点らしきものを探ろうと、先程から探査の魔術
と頭脳を全力で駆使しているのだ。

 主の身を守ることを第一とする従者である、妖夢や咲夜たちと異なり、アリスは
基本的にただの――というにはいささか強大だが――魔術師だ。
 しかし、だからこそ、魔術師の性として、己の力の及ばない、及ばなかった事態を
省みて冷静に分析し、その原因を探ろうとする習性を備えている。

 咲夜は、自らの主レミリアに害を及ぼさない、と判断すれば、萃香が何者であれ
気にしないであろう。
 妖夢の場合も同様だか、彼女の場合、武人としての後悔はあるようだ。ただ、それ
とて自らの未熟を恥じ、より修行に励むことの材料に過ぎない。

 しかし、アリスは、未知の解明と知の研鑽に余念のない魔術師である。
かつて幻想郷にて、かの鬼と戦い、敗北を喫したのち、アリスは密かに"鬼"という
存在について調べていた。
 古今の奇書と稀書が納められた恋敵の図書館や、思い人のいささか乱雑な蒐集物
を漁り、さらには、冥界の名家たる屋敷の蔵、かのスキマ妖怪の住処たるマヨイガに
まで足を運んで、少しでも役に立つ資料はないかと、頭を悩ませたものだ。
 その結果得られた知識(こと)はごく僅かであり、しかも悲観的な内容だった。

 つまり……鬼とは(その形式は様々であるにせよ)他者と戦い、ことごとくこれを
討ち下す存在だ、ということだ。
 妖怪は、鬼には勝てない。なぜなら、妖しと戦うのは基本的に人間の仕事であり、
妖し同士の間では純粋に力の優劣をもって一方が他方をねじ伏せるに過ぎない。
そして、鬼とは妖しでありながら妖怪とは別次元の力を持つ存在なのだ。たとえる
なら、空を飛ぶ鳥を地を駆ける獣が見上げるようなものだ。

 人は人のままでは鬼に勝てない。なぜなら、鬼とはその存在そのものが人の
天敵として世界に規定された存在だからだ。ただ、人の中から時折現れる"英雄"
――世界秩序の守護者だけが、かの者を討ち滅ぼすことが可能とする。
 先の譬えになぞらえれば、英雄とは、空を翔ける鳥を射るための弓を手に入れた
存在だと言えよう。
 しかし、それにしたって、鳥を射落とす――鬼に勝つことは容易ではないのだ。
 本人の技量、正しい策、そして時の運……それらが揃って初めて”鬼退治”は
可能となるのである。

 (そして……いまは、その3つとも欠けている)

 アリスたち3人の力をうまく合わせれば、あるいは”力”だけは十分かもしれ
ないが、策略と幸運は致命的に足りない。

 (となれば、ここは退くしかない。桜、いいかしら?)

 ラインを通じて、自らのマスターである少女に撤退を呼びかける。
 桜もすぐさま同意……しようとしたとき、それは起こった。

   *  *  *

 3人のマスターたちとて、何も指をくわえて見ていたわけではない。

  まっさきに動いたのは、やはり凜であった。

 「――Vier Still ErschieBung……!」

 宝石に込めた魔力を解放し、呪文とともに萃香の背中に叩きつける。迸る魔力の
量からすると、大口径の銃弾にも等しい衝撃が直撃しているはずだが、わずかに
体勢を崩すに留まった。
 高い耐魔力で無効化したわけではない。単に、”効いていない”のだ。

 「Es erzahlt――Mein Schatten nimmt Sie!」

 桜も拙い口ぶりで呪文を紡ぎ、足元から現出させた影をもって、萃香の
動きを牽制しようとするが、歯牙にもかけられない。

 そして士郎は……懸命に自分がいまできることを考えていた。

 (強化は……距離がありすぎる。投影した刃物をぶつけるか? いや、咲夜
くらいの腕前がなければ、妖夢に当たっちまう。変化は……だめだ、有効な
内容が思いつかない!)

 何もできない自分に焦る士郎。

 そんなとき、ついに萃香の冗談のような、けれど信じられないことに口から火を
噴くという攻撃が、妖夢の身体を捕捉する。

 「よ、妖夢ーーーッ!!」

 トサッ、と何か軽いものが地面に落ちる音がした。
 咄嗟に後ろに跳び、わずかにダメージを殺したようだが、鎧や防具の類いを一切身に
つけていないため、ほとんど気休めしかならなかったようだ。 
 剣を杖にかろうじて身を起こしたものの、華奢な妖夢の胸からお腹にかけては、大き
く焼け焦げて、呼吸をすることさえ辛そうだ。

 「妖夢、逃げろ!」

 それでも彼女は立ち上がろうとしていた。
 逃げるためではなく、立ち向かうために。

 (士郎様こそ……お逃げください……)

 ライン越しに切れ切れに伝わってくる、妖夢の意思。
 後事を友人ふたりに託して、彼女は皆が逃げ延びるための盾になろうと言うのだ。

 衛宮士郎という男にとって、誰かが自分のために傷つくなどというのは、耐え難い
苦痛だった。
 それは、養父から受け継いだ”正義の味方”という生き方に反するからであり、
それ以上に、あの惨劇を生き延びたときから心の奥底に刻まれた傷痕が疼くから
である。

 そして、何よりも……自分を守るために戦ってくれた、大事な少女を置いていく
ことなどできはしない!

 「このぉおおおおおお……!」

 気がつけば、士郎は全力で駆け出していた。

   *  *  *

 「―――ッ!!」

 驚く声が聞こえた。
 まずは、目の前にいる、今にも泣きそうな妖夢。
 後ろで悲鳴をあげ、駆け寄る桜。
 ついでに、遠くで憤然と罵っている凜。
 そして……なぜだか、呆然と見下ろしてくる、イリヤと名乗った少女の瞳。

 「なん、で……?」

 ぼんやりと少女が呟き、それによって士郎は自らの身に起こった事態を知る。

 (あぁ、そうか……)

 セイバーのサーヴァントである妖夢でさえ、一撃で半死半生に追い込んだ
バーサーカーの攻撃なのだ。
 まるでネズミ花火のように気軽に投げられたその火の玉は……しかし、
妖夢を庇おうとした士郎の身体を一瞬にして燃え上がらせていた。

 (全身第3度の火傷ってところか……こりゃ……)

 かつてあの大火をくぐり抜けて入院した身だ。火傷のことについては、
己が身をもって十二分に知っている。
 そして……いまの自分が、おそらくは助からない状態であろうことも。

 「もういい。つまんない。萃香、帰ろう」

 なぜかふくれっ面の少女は、萃香に呼びかける。

 「ん? ま、いっか。オッケー、イリヤ」

 ふたりの少女が去るのを感じながら、士郎の意識は途絶えた。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

どうも。某板でこのSSが散々に叩かれているのを発見し(しかも、結構
反論しづらいイタイ点を突かれていて)、結構凹んでいるKCAです。

とりあえず、対萃香(バーサーカー)戦、初戦は衛宮組、ボロ負けといったところ。
基本的には、本編の展開をなぞっていますが、単なる模倣ではなく、次回の
伏線オープンのため、と思ってください。
いろいろ本編とは違う設定が、これまでにも出てますから、もしかしたら
気づいている人もいるのかも?  



[958] Re[17]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/06/20 15:21
『東方聖杯綺譚』~その16~


 ――それは、紅く朱く染まった、煉獄の光景。

   *  *  *

 (……何なのだろう?)

 いま自分が見ているのが、夢であることは理解していた。

 燃え盛る火炎、崩れ落ちる建物。
 外に逃れて出ても、まったく変わらない。灼熱の焔に追い立てられる。
 父は、煙に巻かれて部屋で立ち尽くす"自分"を救い出したのち、外に出た時点で力尽きた。
 一緒に逃げていた母は、燃え崩れ、倒れかかってきたビルの外装から、自分を突き飛ばして庇い、代わりにその壁の下敷きとなった。
 顔見知りの近所のおばさんも、おさななじみの友達たちも、みんなみんないなくなっていた。

 そこは、火と灰と死だけが充満する世界。

 アナタハイキナサイ……。

 そう言ったのは誰だったか。
 その言葉だけを胸に前に進んだ。

 もしかしたら、助けられる人はいたのかもしれない。
 子供のきゃしゃな腕でも、瓦礫を崩し、同年代の子供を引っ張り出すことくらいなら
できたかもしれないのだから。

 けれども、そうはしなかった。

  ナゼミステル?
  タスケテ、タスケテ……

 胸を焦がす煩悶を無視して進む。

  ナゼキサマガイキテイル?

 罪悪感という名の鎖を引きずりながら、一歩一歩。

  シニタクナイ、シニタク……。

 それでも、ついに、倒れてしまう。
 呼吸ができない。立ち上がれない。何も考えられない。

  イカナキャ…イキナキャ……   

 もがき、這いずり、少しでも進もうと、無駄にしか思えない努力を続ける。

 それでも――本当は、"彼"にもわかっていたのだ。
 自分はここで死ぬのだ、と。
 自分に生きる資格なんてないのだ、と。

 (……違う!)

 そんなことない、と言ってあげたかった。
 駆け寄り、その炎に焼かれた身体を抱き締めてあげたかった。
 けれども、これは、過去の記憶に基づく夢。
 "彼"を救うことができるのは、ただひとり。

 「よかった、本当に、生きててくれて」

 不精髭を生やし、両目からポロポロ涙を流す、"彼"だけの魔法使い、"彼"にとっての正
義の味方。

 いや――もうひとり。

 「でも、切嗣、このままじゃ……」

 気づかわしげに"彼"を覗き込む、若い女性。

 「また、僕は……助けられないのか?」
 「どうすればいい、紫、どうすれば……」

 「……ひとつだけ、手があるわ」
 「それは……」

   *  *  *

 うつ伏せの姿勢から、ガバッと身を起こす。

 「え……?」

 見慣れぬ光景に、少女は一瞬我を失う。

 きれいに整理された、というよりも何もないと評したほうがよいような、
生活感のない部屋だった。

 ふと、かすかな寝息の音に気づき、それが自分のすぐ下から聞こえて
いると知り、少女――妖夢は慌てて床の方に目をやった。

 いまの自分の主(マスター)である、士郎が、夜具の中に寝かされていた。
 多少、血の気は薄いが、それほど体調が悪そうには見えない。

 一瞬の戸惑いのあと、妖夢は自分の状況を理解した。

 「寝てしまっていたのか。不覚……」

 呟きながら、妖夢は昨晩の出来事を思い出していた。

   *  *  *

 バーサーカー―萃香の攻撃を受けて、重度の火傷を負った士郎は、きわめて危険
な状態だった。
 いますぐ死ぬというわけではないだろうが、夜明けを待たずして死ぬ公算が強い。
 治療の魔術を心得ている凜やアリスの力をもってしても、全身の皮膚を再生させる
ことは、そうたやすいことではないのだ。

 「でも、やるだけのことをやるしかないわね。凜、あなたは治癒の魔術で士郎の生命力
を賦活化。桜は魔力を使って凜の補助。咲夜は士郎を背負って衛宮邸に運んで」

 「わかりましたわ」

 混乱状態の一行の中で、もっとも冷静さを保っていたアリスが、てきぱきと指示を
与え、彼女についで理性的な咲夜が頷く。

 「妖夢は、周囲の警戒。私は一足先に行って、治療薬の製作に入るから」

 他のメンバーは、ほとんどアリスの言いなりに近い状態だったが、結果的にそれは
幸いだったと言えるだろう。
 主導権争いなどで浪費しているだけの暇は、彼女たちにはなかったのだから。

 衛宮邸に戻った一行を紫が―彼女に似合わぬ―真剣な顔で出迎える。

 「……ここに、寝かせて頂戴」

 有無を言わせぬ紫の指示で、重態の士郎は蔵の、妖夢が召喚された陣らしきものの
上へと横たえられた。

 「本当は、反則なんだけど……士郎くんを助けるためだから、ね」

 そう言って、紫が己の能力で宙空に開いた"スキマ"から、ピンク色の何かが、
士郎の躰に降り注ぐ。

 「紫さま?」
 「これは……」
 「西行妖の花びら!?」

 さすがに幻想郷の3人は気づいたようだ。

 その間も、花びらは士郎の躰に降り続ける。
 不思議なことに、士郎の身に触れると、吸い込まれるように溶けていくため、
彼の身が花びら埋もれることはない。
 そして、花びらが吸い込まれるにつれて、士郎の身体がされていくことが、
周囲の者にはわかった。

 「何よ、アレ?」

 ようやく、冷静になったらしい凜が、キツい目で紫に問う。

 「んーと……魔法のおクスリ、かしら?」

 はぐらかす紫に代わり、咲夜が答える。

 「幻想郷の白玉楼に咲く、妖怪桜"西行妖"の花びらですね」

 「アレは幻想郷の春――"生命力"の具現化したものですから、確かにこういう
状況で使えば、瀕死の者でも復活させることができるでしょう」

 あとを引き取った妖夢だが、さすがにけげんそうな顔を紫に向ける。

 「でも、どうして、紫様があんなものをお持ちだったんですか?」

 「んふふ、イイ女は、秘密が多いものなのよ、妖夢」

 士郎の呼吸が安定したことを確認してから、紫はスキマを消し、彼の身体を
抱き上げた。

 「さ、これで士郎くんはもう安心よ。アナタたちも、自分の部屋に帰ってお休みなさい」

 「……紫さんはどうされるんですか?」

 「もちろん、母親ですもの。士郎くんに付き添って看病するわ」

 桜の問いに、ニッコリ笑って答える紫。

 一瞬の沈黙ののち、士郎の添い寝権……もとい看病権をめぐって熾烈な争奪戦が
勃発したことは、言うまでもない。

 ごく短いが激しい議論ののち、「じゃあ、士郎くんのお世話は、任せたわね、妖夢」
という紫の鶴のひと声で、彼のサーヴァントである妖夢が、付き添うことになった
のである。

 これまでの経過を思い出すと、妖夢は士郎の枕元に正座して、彼の寝顔を見つめた。

 紫の常識はずれな処置のおかげか、火傷の痕跡は士郎の肌からは見いだせない。
 どちらかと言う童顔だが、それでも年ごろの少年らしい、引き締まった顔つき。
決して、美形というわけではない。
 普段のお人好しぶりから、周囲は誤魔化されがちだが、眠っている士郎の顔からは
意志の強そうな、頑固そうな性格が見てとれた。

 昨晩だって、あれほど事前に注意してあったのに、彼は、バーサーカーの攻撃の
前に躍り出て来た。

 妖夢(じぶん)を護るために……。

 妖夢は、そっと士郎の額に掌を触れさせ……かけて、すぐ背後の視線に気づく。

 「――何をしているんですか、紫様?」

 「なんでもないわ。ちょっと義息子の様子を見にきただけ」

 「じゃあ、何で、声をかけずに息を殺してるんです?」

 「あら、気にしないでいいのよ、どうぞ続けてちょうだい」

 「な、何をですか、何を!」

 真っ赤になる妖夢を尻目に、オホホと笑って退散する紫。

 「そうそう、妖夢、こちらの世界では、王子様の目を覚ますのは、お姫様の接吻と
昔から相場は決まっているらしいわよ?」

 「ゆーかーりーさーまー!」


  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

てなわけで、「鞘」の代わりは「桜」でした。
もっとも、これはある伏線も含んではいるのですが、そこらへんは
最終回付近で回収する予定。

ともあれ、ようやく士郎も復帰し、リターンマッチが行えそうです。



[958] Re[18]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/06/28 13:36
超・番外編……というかNG-SS

『ギル様ご乱心』


士「いくぞ英雄王……武器の貯蔵は十分か?」

ギ「クッ……抜かしたな、雑種!」

 (ゲート・オブ・バビロン、オープン)

士「ん? アレ、なにげにショボくないか、ギルガメッシュの攻撃」

 確かにさまざまな宝具が飛んで来る。飛んでは来るのだが……たとえるなら、
五月雨というか、雨だれ? とても豪雨や嵐にたとえられるような迫力のある
物量ではない。

妖「ええ、人類最古の英雄にして、古今のすべての宝具の原型を持つ者とは思えませんね」 

咲「出し惜しみしてるのかしら?」

凛「じつは、意外に貧乏性?」 

桜「ゲートのどこかが詰まってるとか」

ア「ちょっと、桜、水道管じゃないんだから……」

ギ「う、うるさいぞ、雑種ども! 我の…我の、GOBがこうなったのは、
 貴様の義母親(アサシン)のせいではないか、雑種!!」

士「―ハァ?」

 半泣き状態のギルガメッシュが語ったところによると、前回の聖杯戦争の
最終決戦では、ギルが打ち続けた宝具を紫さんがスキマで飲み込み続ける、
という展開になったらしい。いかに数千、数万の宝具の原型を持つ英雄王と
言えど、四次元ポケットさながらに物を収納しておける紫さん相手では分が
悪かったらしい。もっとも、紫さんのスキマを利用した断層攻撃も、ギルの
乖離剣とやらで相殺されたため、双方手詰まりに陥ったらしいが。

ギ「返せ! ドロボー! 我の宝具を返せよ~!」

 その時のショックを思い出したのか、幼児退行している英雄王。
 どうやら、紫さん、飲み込んだ宝具一部は打ち返したものの、残りは全部
ガメてしまったらしい。
 ん? そういや、ウチの倉にころがっていた、いろいろな武器防具の類いは
ガラクタだとばかり思ってたけど、もしかして……。

 こうして、聖杯戦争の最終決戦は、思いがけない形で、幕を閉じたのだった。


 <どっとはらい>  
------------------------------
……いや、冗談ですよ?
「東方聖杯」本編は、こういうことにはなりませんから。
17話が思うように進まないので、ちょっとした息抜きを書いてみただけです。



[958] Re[19]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/07/12 02:09
『東方聖杯綺譚』~その17~


 「ねえ、イリヤ、どうして急に引き上げたの?」

 アインツベルンの城へと帰る途上、萃香(バーサーカー)が興味深げに自らのマスター
に問いかけた。

 「……だって、つまんないんだもん」

 しばしの沈黙ののちに返ってきたのは、先程士郎たちに見せた気品と迫力に満ちた
それではなく、外見相応のふて腐れた子供のような声だった。

 「?」

 「お兄ちゃ―ううん、あのセイバーのマスターは、サーヴァントも、協力者も、みんな
殺して奪って、絶望させてから殺すつもりだったのに……」

 それが、サーヴァントを庇い、自らの命を投げ棄てるとは、大誤算だ。

 「ふーん……あ、でもあの少年、もしかしたら助かるかもよ?」

 「え……嘘……」

 「ん~、だって、あの場にアリスがいたし、他のマスターふたりの魔力量も
かなりのものだったしね。何より、私の火を受けて死んでないだけでも、十分
大したものだけど」

 萃香の言葉に考え込むイリヤ。
 たしかに、マスターである士郎が死ねば、サーヴァントであるセイバーも
消滅し、その魂は小聖杯たる自分の中に吸い込まれるはずだが、いまのところ
その兆候はない。それは、つまり萃香の推測が正しいことを物語っていた。

 イリヤは初めて"殲滅すべき敵"として以外の興味を彼らに対して覚えた。

 「そういえば、あなた、あのサーヴァント3体と知り合いなのよね。一体何者なの、
あいつら?」

 「ん? 言ったでしょ、宴会での顔見知り。まぁ、以前にやりあったことはあるし、
その時は私の圧勝だったけど……」

 萃香はチラチラ腰のひょうたんを見ている。

 「いいわよ、ちょっとだけなら飲んでも。でも、ちゃんと3体のことを教えて」

 イリヤは溜め息をついて萃香に許可を出した。
 萃香はホクホク顔でひょうたんを手に取り、口をつけて一気にあおる。

 「プハーーッ、こういう寒い日は、やっぱり効くわぁ」

 (あなたはたとえ真夏でも、やっぱりお酒を飲むんでしょうが!)

 イリヤの冷たい視線に気づいたのか、萃香も少しだけ真面目な顔つきになる。

 「えーと……そうそう、まず、私に斬りかかって来たセイバーは"魂魄妖夢"。
幻想郷の白玉楼で庭師兼護衛をやってる半幽霊の剣士ね。剣先は鋭いんだけど、本人は
激鈍。クソ真面目で猪突猛進。ま、周囲の玩具ってところかしら」

 「――あのアーチャーは?」

 「あれは、"十六夜 咲夜"。紅魔館の主である吸血鬼に仕えるメイド長で、通称
"悪魔の犬"。調理と片付けが得意で、見てのとおり投げナイフの腕前もちょっとした
ものだわ。あ、そうそう、特殊能力として"固有時制御"の真似事ができるみたい」

 「固有時制御……」

 そう呟いてうつむくイリヤ。

 「ん? どうかした?」

 「な、なんでもないわ。それで、アリスとか言うのは?」

 「"アリス・マーガトロイド"。人間みたいに見えるけど、じつは魔界生まれの人魔の
類いよ。魔術師にして人形使い。一応、魔術師としては幻想郷で3本の指に入るって
言われてるけど、私に言わせればただの器用貧乏ね。ま、知識だけはあるみたいだけど」

 「剣士と魔術師、それと固有時制御可能なナイフ使いか……。それで、あなたは勝てる
の?」

 「言ったでしょ、私は以前3人とも楽勝で勝ってるって。まぁ、確かに3人連携して
こられると多少厄介だけど、それでも私の勝ちは揺るがないわ」

 自らのサーヴァントの自信ありげな様子に、イリヤも微笑で応える。

 「そう、ならいいわ。期待してるわよ、萃香」

   *  *  *

 「ごめん、みんな。迷惑かけた」

 何とか回復して、妖夢に支えられながら居間にやってきた士郎が、集まった
仲間たちに頭を下げる。

 「先輩は無茶し過ぎです。本当に心配したんですから……」

 半泣き顔の桜に続いて、凜が辛辣な言葉を投げかける。

 「まったくね、自分の行動の結果、何がもたらされるのかを、衛宮くんはもう少し
考えてから動くべきよ」

 「いや、それは……」

 「そうですね。士郎さんがあそこで倒れた場合、サーヴァントの妖夢も消滅。
その結果、残された我々の戦力もガタ落ち……という結果は見えていました」

 「凜はともかく、桜もその時点で動転して戦力外でしょうしね。凜も、なんだ
かんだ言って、士郎の生死に気を取られるだろうから、100パーセント全力投球
ってわけにはいかないでしょうから。当然、ふたりのサーヴァントである私たち
にも影響は出るわ」

 咲夜の言葉をアリスが引き取り、意地の悪い笑顔を見せる。

 「そういう結果が予測できなかったとは言わせないわよ。さて、問うわ。衛宮士郎は
有罪(ギルティ)or無罪(ナットギルティ)?」

 判事アリスの質問に、この場にいた陪審員は全員が「有罪」の札を上げる――いったい
いつの間に用意したのだろう?
 "弁護人"と書いたタスキをかけた紫までが、有罪の札を上げているのはご愛敬だ。

 「判決、有罪!」

 どこからか取り出した木槌でちゃぶ台を軽く叩くアリス。
 士郎はガックリと畳に両手をついた。

 「うぅ……もう、勘弁してください」

 「ま、お遊びはこれくらいにして……妖夢、言いたいことがあるんじゃなくて?」

 紫にうながされて、妖夢は士郎の前に正座したままにじり出た。
 膝詰め談判の体勢に入られたような気がして、士郎も居住まいを正す。

 「士郎様。この妖夢、召喚されて以来、士郎様の剣となり、盾となるべく、日夜
粉骨砕身の努力をしてまいりました」

 「あ……うん。俺なんかのために、妖夢はよくやってくれてると思う」

 この際、妖夢を召喚したのが3日前だという事実は、双方頭にないらしい。

 「士郎様、どうして、あそこで飛び出て来られたのです?」

 「どうしてって……その、妖夢が危ないと思ったから」

 「この身は幻想郷一固い盾。その盾が庇っていただいては、示しがつきません」

 「いや、だって妖夢は女の子だし……」

 士郎の言葉に、妖夢の顔が真っ赤になったのは、怒りか、それとも照れか。

 「関係ありません! そもそも、武人たるものに長幼や男女の別など……」

 「はいはい、妖夢も興奮しない。でもね、士郎くん。今のはあなたが悪いわよ」

 意外なことに、割って入ったのは紫だった。

 「え? ゆ、紫さん……」

 「女の子だから守るというのは、とても士郎くんらしい言い草だけど、それを言って
いいのは、士郎くんがその娘より強い場合だけね。そうでなければ、ただの傲慢に過ぎ
ないわ。それに士郎くんが命を粗末にすれば、庇われた妖夢も、見ていた桜ちゃんや凜
ちゃんも悲しむと思うわよ?」

 もちろん私もね、と付け加えて紫はお説教の言葉を結ぶ。
 しばし、居間に沈黙が落ちた。

 「ゆ、紫様が…まともなことを……」

 うめくように漏らした妖夢の言葉を咲夜が引き継ぐ。

 「――明日は雨かしら?」

 「あなたたちねぇ……」

 さすがにこめかみに青筋マークを立てて怒る紫。

 「ま、まぁ、それはさておき。士郎は今後無茶を控えなさい、あなたが死んだら桜が
泣くのだから」

 アリスが強引に話題を元に戻す。

 「――わかった。今後、気をつける」

 ちっともわかってない表情で応える士郎の様子に、周囲は諦め顔だ。

 「それにしても、あのバーサーカーは反則ね。咲夜たちは、あれが誰だか知ってる
のよね?」

 凜の言葉に咲夜が頷いた。

 「はい、凜お嬢様。あれは……人の天敵たる鬼の末裔です」

 「名前は伊吹萃香。鬼としての基本的な能力に加えて、"密と疎を操る程度の力"を
持っているわ」

 「何よ、それ?」

 凛が顔をしかめる。

 「こちらの科学で言うところの分子間引力……とも、ちょっと違うわね。
簡単に言えば、あの小鬼は自分を含むいろんなものを集めたり散らしたり
できるのよ」

 「お掃除とかに便利そうですね」

 思わずトンチンカンな感想を漏らす桜。

 「実際、博麗神社ではよく境内を掃除させられてたみたいね。問題は、自分の体を
構成する"気"を散らすことで、吸血鬼みたいに霧になったり、逆に3メートルを越
える巨体とそれに見合った怪力になったりできるってこと。そうなると、こちらの
物理的攻撃は極めて効きづらくなるわ。周囲の気を集めてから、それを散じることで、
クレイモア地雷みたいに指向性を持った魔弾をばらまくことも可能。さらに言えば
魔力と耐久力は底なし。正直、2度と敵に回したくない相手のTOP3に入るわね」

 「それでは、私の斬撃が効かなかったのは……」

 妖夢の推測をアリスが肯定する

 「おそらく、切られた部分の密度をズラして、ダメージを殺していたのでしょうね。
水を切ってもロクにダメージを与えられないのと同じ理屈よ」

 逆に密度を上げて、金剛石よりも固くなることも可能だと思うけど、と肩をすくめる。

 「クッ……それじゃあ、打つ手はないってわけ?」

 悔しげに歯噛みする凛を見て、アリスはニヤリと笑った。

 「そうでもないわよ。私たち単独じゃ無理だけど、3人集まれば一応手だては考え
られるもの」

 「「「「「え!?」」」」」

 アリスと紫以外の全員の驚きの声が重なった。

 「もっとも、相当に難しいことも確かだけど。綿密な打ち合わせと仕込みが必要ね」

   *  *  *

 冬木市郊外の森の奥深くにある、アインツベルンの城。
 聖杯獲得を悲願とするこの一族が、馬鹿げた手間暇をかけて作った、聖杯戦争時に
その砦となるべき場所である。

 聖杯戦争の参加者や一族の縁戚を除いて訪れる者などいないこの場所に、その日の
夕方、小さな来訪者があった。

 重厚な扉に備えつけられたノッカーを叩く音に、掃除の手を止めて表までやってきた
イリヤ付きのメイドのひとり――リーズリットは、その小さな来訪者(メッセンジャー)
からの手紙を、真面目くさった顔で受け取った。

 「……わかった。イリヤに渡しておく」

 礼儀正しくペコリと頭を下げた来訪者――アリスの使い魔にして宝具たる京人形は、
ツィーーッと宙を滑るようにして、暮れなずむ森の中へと消えていった。

   *  *  *

 「あなたの言ったとおりみたいね、萃香。士郎たちから、招待状が届いたわ」

 「へぇ、どうするの、イリヤ?」

 「もちろん、招待は受けるわ。あなたは3人がかりでも、負けない最強の
サーヴァントなんでしょ? それに切り札の狂化もまだ見せてないし」

 「ん~、ま、いいけど」

 招待ってことは……お酒飲めるかなぁなどと、呑気なことを考える萃香。
 いずれにせよ、彼女たちの再戦の時は近付いていた。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

何というか、この章はじつに難産でした。
バーサカは2連戦、というのは当初からの予定どおり。
難敵を抱えた状態で、得体の知れない相手にさらにケンカを売りにいくのは
アリスの流儀でも、咲夜の流儀でもない、と思ったものですから。
(妖夢の流儀ではあるかも)
次回は、場所を選んでの3人vs萃香戦。はたして、アリスの秘策は鬼相手に
痛痒するのか……ということで。



[958] Re[20]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/07/19 02:30
超番外編final ~さらば聖杯戦士(セイント)たち~


(前回までのあらすじ)

 死闘(?)のすえ、最強最悪のサーヴァント・英雄王をも倒した士郎たち
(通称・衛宮さんチーム)。これで狂った聖杯戦争にも、ついに終止符が
打たれる! そう思い、"この世の全ての悪"を破壊すべく、大聖杯へと急ぐ
一行(士郎&妖夢、凜&咲夜、桜&アリス)だったが……。


 大聖杯へと続く道に足を踏み入れた士郎たちは、イヤな予感にとらわれていた。
 すでに「邪魔するヤツらは指先(ガンド)ひとつでダウンさ~」でいないはずなのに。
――具体的には、言峰とか、マーボーとか、まっちょ神父とか。

 「うっ……これは!!」

 「いかがされたのですか、士郎様!?」

 「なッ、何よ、これーー!?」

 「り、凜お嬢様?」

 彼らの目の前には異様な光景が広がっていた。

 オリエントというか、エスニックというか、チャイナな趣きのそこかしこに
あふれる南国風味……それも、ハワイとかグァムではなく、どちらかというと
タイやミャンマーといった東南アジアっぽい情緒の建造物で彩られた、広大な庭園。
あちらこちらに点在する、大きなトラの置物がシュールだ。

 「あぁっ、まさか、これは!!」

 「知ってるのか、桜?」

 「ええ、間桐の家の古い書物で読んだことがあります」

 どうやら目立たないという自分の欠点を補うべく、桜は解説役を務めるつもりらしい。

 「その場に足を踏み入れるだけで、魔術や特殊能力が弱められる固有結界があると。
その名も"虎喝庭園(タイガーバームガーデン)"!!

 どうして、ひとりひとつのはずの固有結界が、書物に乗っていたのかは、永遠の謎だ。

 「うっ……そういえば、妙に身体が重いわね。上海たちは大丈夫?」

(あまり……大丈夫じゃ、ないかも……)

 元々魔女であるアリスや、魔力で動く彼女の人形たちは、少し辛そうだ。

 「無理しないほうがいい。アリスたちは念のため、この庭園の端で待っていてくれ」

 「そうね、悔しいけど、このままだと足手まといになるから、そうさせてもらうわ」

 アリスを除く5人は、一路、庭園の中央にそびえる建物へと向かう。

 「バカな!? これは……衛宮邸(ウチ)の道場?」

 士郎がそう叫んだのも無理はない。
 オリエンタルな雰囲気バリバリのこの庭園には似つかわしくない、その和風建築物
は……どこをどう見ても、士郎たちが昨日も鍛錬していた剣道場にそっくりだったのだ。

 「クッ。どうやら、敵さん誘っているみたいね。上等だわ!」

 「あ……姉さん、開けちゃダメです!」

 慌てて桜が制止するが間に合わず、すでに凜の手が道場の玄関を開いていた。

 つぎの瞬間、扉を開いた凜のみならず、その場にいた全員が、道場の中に立っている
ことに気づいた。

 「ようこそ、我がタイガー道場へ!」
 「ようこそ~!」

 中で5人を迎え入れたのは、虎のストラップの付いた竹刀を持ち、白と藍の稽古
着姿で仁王立ちしている若い(おそらくは20歳代の)女性と、体操着&今となっては
絶滅寸前のブルマーに身を包んだ白銀の髪の美少女。

 「あ、あなたは!」

 「―なんだ、藤ねぇとイリヤか」

 せっかく凜が作った”ため”を無視してあっさり敵の正体をバラす士郎。さすがは、
”「Fate」1空気の読めない男”の称号はダテではない!

 「む……桜、ちょっと、士郎をあっちにやって」

 「はい、姉さん。さ、先輩、ちょっとこっちへ」

 ん? なんだ、桜? うわ、なにする、はなせ……
 あはっ、だしちゃえ
 さくら、それキャラが違う……よせ、や、やめ……

 「そ……それで、どうして藤村先生が?」

 背後から聞こえる雑音(というより絶叫)を、あえて無視して凜が仕切り直す。

「ふ、私は、花も恥じらう可憐なる女教師・藤村大河ではない! いまの私は
この虎喝庭園の創造主にして、タイガー道場の主、マスタータイガーよ!!」

 「押忍、弟子1号っす」

 「はぁ……それで、何の御用ですか? 私たち、ちょっと急いでるんですけど」

 ふたりのノリノリな挨拶に腰砕けになりながらも、質問を続ける凜。意外に
律義だ。

 「ふ、知れたこと……」

 もったいをつけて腕を組み、カッと目を見開くタイガ。

 「この先へ進みたければ、私を倒して進みなさい!」

 「……要するに、東方聖杯本編で出番がなくてヒマなので、構ってほしいと言
うことですか」

 「なるほど、”ちょっと我が侭で困ったちゃんだけど、気さくな年上の姉貴分”
のポジションを紫様に取られていますからね」

 咲夜と妖夢のツッコミに、泣き崩れるタイガ。

 「わ、私だって……私だって目立ちたいのよぅ」

 「それはわかりましたけど……藤村先生、私たちに勝てるつもりなんですか?」

 呆れ返る凜と違い、一応相手をしてあげるのは、桜なりの優しさなのだろう、多分。
ちなみに、いつの間にやら戻ってきた士郎と桜のふたりとも、妙にサッパリした顔を
してるが、深く追求しないのが紳士淑女のたしなみ、というヤツである。

 「フッ……桜ちゃんたちこそ、気づいてないの? この道場に入った瞬間から、
あなたがたの魔術や特殊能力はすべて封じられているのよ!」

 一瞬にして立ち直り、得意げな表情を浮かべるタイガ。

 (今泣いたカラスがもう笑った)

 という童謡を思い浮かべる士郎。

 「もちろん、宝具も発動しないわよ。それどころか呼び出すことさえ出来ないからね」

 「はぁ……」

 気のない返事を返す士郎。

 「何よォ、絶体絶命のピンチでしょ。少しはあせりなさいよ。そいでもって、もうダメ
だーっ、て思った土壇場で、すっごい合体協力技とかを思いついて、それでかろうじて
勝利をおさめるのが、こういうシチュエーションの醍醐味でしょうか?」

 何やら不服げな虎の言葉に、疲れた口ぶりで士郎は反論する。

 「じゃあ、聞くけどな、藤ねぇ。たとえ魔術とかが使えなくても、俺達5人に勝てる
と思うのか?」

 言われて、ハテ、と首を傾げるタイガ。

 (桜ちゃんは、戦力外よね。弓道の腕前はそれなりだけど、普段の運動神経とかは
あんまりないし……)

 何気にヒドいことを考えながら、それ以外の4人の顔を見回す。

 遠坂凜 一級の魔術師。魔術師といえばひ弱という既成概念を打ち破って、
じつは中国拳法の使い手で、実力はかなりのもの。
 衛宮士郎 ヘッポコ魔術師。ただし、幼いころから我流ながら剣の稽古に励み、
その打たれ強さと回復力は、セイバーである妖夢のお墨付き。
 十六夜咲夜 メイドにしてアーチャー。冥土真拳の使い手……ではないにせよ、
その素早い身ごなしと、ナイフの扱いは達人クラス。
 魂魄妖夢 セイバー。剣士としての実力は折り紙つき。"冬木の虎"と恐れられた
自分でさえ、まともに十合と打ち合えるかは疑問。

 一方、味方は……。

 弟子1号 桜同様、魔力がなければ戦力外。
 道場主 剣道有段者

 結論:はっきり言って無理。

 「くっ……しかし、こちらには、宝具"虎竹刀"(ランクE--)がある!」

 結果――やっぱ無理でした。


 (をわり)

--------------------------------
<後書き>

「18章がなかなか進まず、イライラしてやった。本人は反省している」



[958] Re[21]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/08/02 00:19
『東方聖杯綺譚』~その18~


 イリヤが衛宮家からの招待状を受け取る少し前に、話は遡る。

 「それじゃあ、士郎、過ちを償う意味も込めて、ひとつ重要な役割を任せるわ」

 ひとしきり士郎をみなで吊し上げたのち、アリスがそんなことを言い出す。
 一応は桜に呼ばれたサーヴァントの身でありすながら、いまや衛宮さんチームの
参謀格と言ってよいアリスの言葉だ。少なくとも、目立たないそのマスターよりは、
よほどチーム構成員の信頼を得ている(桜;シクシク……)。
 実際、これまで理屈に合わないことを主張をしたことはないし、彼女の正論に
面と向かって反対できる(ワガママを言う)のは、紫ぐらいだろう。主の安否さえ
関わらなければ咲夜も妖夢も彼女の頭脳には十分信を置いている。最近やや圧倒
され気味の凜でも、まだ役者不足だ――"あかいあくま"モードならともかく。

 そんなわけで、衛宮さんチームの黒一点にして、最低レベルの戦闘能力を
誇る(別段誇りたくない、という説もあるが)士郎に、拒否権はなかった。

 「あ、ああ、わかった。それで、俺は何をすればいいんだ?」

 「……さっき、鬼娘のマスターの居城、アインツベルンの城に、使者を送ったわ」

 士郎の問いと、一見関係なさそうなことを話しだすアリス。

 「……? それで?」

 「明日の夕方、こちらで食事するようにと招待状を送ったの。もちろん、晩餐の
あとは、そのまま戦いになるでしょうね」

 「なっ!?」

 狼狽える士郎だが、周りを見ると、誰も驚いていないことからして、彼以外の
人間はすでに聞かされていたのだろう。あるいは、彼女たち全員が相談して決めた
ことなのかもしれない。

 「――わかった。それで、俺は何をすればいい?」

 さきほどと同じ疑問に、異なる重みを乗せて問いかける士郎。

 「簡単よ」

 アリスはうっすらと微笑んで、その言葉を続ける。

 「明日の会食のために、いまから買い物してきてちょうだい。あ、もちろん今晩の
ぶんも含めてね」

 「…は?」

 思いっきり、士郎の目が点になる。

 「あぁ、そうそう。荷物持ち兼護衛に妖夢を連れていっていいわよ。言っておくけど
油断しないでね。まだ士郎の体調は万全じゃないし、キャスターとアサシンの出方も
いまひとつ不明なんだから」

 「了解です。士郎様の身は、この魂魄妖夢、必ずや守り抜いてみせます」

 …………。

 「そんなこんなで、俺たちは、いま、マウント深山商店街に来てるんだよな……」

 「? 先輩、どうかしましたか?」

 「やはり、まだお加減がよろしくないのでは……?」

 不思議気な顔をして覗き込んでくる桜と妖夢に、なんでもないと手をふってみせる。
 あのあと、これだけの大人数用の買い物にふたりだけでは不安という理由から、
桜も手伝いを申し出て、こうして3人で買い物に来ているのだ。
 無論、その陰には、サーヴァントといえど、愛しい先輩のとふたりきりにするのは
何となく面白くない……という微妙な乙女心が隠されていたりするのだが、無論、衛宮
士郎がされに気づくはずがない。
 なんといっても、キング・オブ・ニブチンだから。

 とはいえ、慣れというのは恐ろしいもので、半ば上の空でも、キッチリ今日と明日の
献立を考え、それにふさわしい食材を買い集めているあたり、伊達に小学生のころから
衛宮家の台所を預かってきたわけではない!
 ……十歳かそこらの少年に、主夫業を押しつける切嗣と紫(オマケに大河)は、大人
としてどーよ、という疑問がないわけではなかったが。

 「ん~、今晩はともかく、明日の夕飯は何にしようかなぁ」

 「なら先輩、先輩の得意な和食でいくのはどうてすか?」

 「それも悪くはないんだけど……いかにも北国出身って感じだったから、あまり
なじみのなさそうな南の、沖縄料理にでも挑戦してみるかな」 

 そういや、紫さんはゴーヤチャンプルとかラフティとか喜んで食べてたなぁ……と、
自称・義母の好みを思い出す士郎。幻想郷にないタイプの料理だったので、珍しかった
のかもしれない。

 バランスを考えて、今夜はアッサリめに和食でいくか。そういえば寒ブリがいま
安かったなぁー、などと主夫街道まっしぐらな独り言を呟くヘッポコ魔術使い。
 いいですねぇー、じゃあ、わたし、ひじきとゴボウのきんぴらと、大根葉のおひたし
作りますよ……と、こちらもほのぼの思考な半人前魔術師。

 「い、いいのだろうか、こんなに緊張感がなくて……」

 ひとり悩みつつ、忠実に荷物持ちに徹する半霊の少女。

 なんだかんだ言いつつ、マウント深山は平和だった。

   *  *  *

「それで、何か言いたいことがあるんでしょ、アリス」

 士郎たちが家を出た途端、凜が口を開く。

 「あら、わかる?」

 「そりゃ、わかるわよ。わざわざ士郎と妖夢を放り出して、桜が出て行くのも
止めなかったってことは……あのバカがいてはいいづらいことね?」

 「もしかして、士郎さんの魔術に関わる事柄ですか? 桜さんは何かご存知のよう
でしたが……」

 主の発言を補足する咲夜の問いに、アリスはあっさり頷いた。

 「まぁ、ね。正直、私も紫から聞き出したときは、度肝を抜かれたわよ」

 チラリと卓袱台の紫の方に目をやると、美貌の人妖は、両肘をつき、顔の前で手を組む
怪しげな姿勢(俗に言うゲンドウポーズ)で、こちらを見てニヤリと笑う。

 「フッ、問題ないわ」

 わざわざ伊達眼鏡までかけているのが芸が細かいが、残念ながらここには元ネタが
わかる者がいなかったため、スルーされてしまう。
 士郎か桜がいれば、同名の主人公が出ているそのアニメに当時ハマっていた慎二の
影響で、理解できたのだろうが……。

 「まぁ、とにかく百聞は一見に如かずね。みんな、土蔵に行ってみたら?」

 ネタを流されてちょっぴり寂しい心の内を隠しつつ、紫が提案する。

 凜と咲夜は顔を見合わせ、アリスに続いて土蔵へと向かった。

   *  *  *

 「あれ……?」

 衛宮邸に帰った3人は、出かけたときとは一変した重苦しい雰囲気に迎えられて
当惑する。
 そこにあったのは、射殺すような殺気のこもった視線と、わずかに憐憫を含んだ
呆れたような視線、そして好奇心と探求心に満ち満ちた視線。言うまでもなく、
凜と咲夜とアリスのものである。

 「ど、どうしたんだ、みんな? もしかして敵の襲撃か!?」

 慌てながらも、台所の冷蔵庫に買ってきたばかりの食材を押し込む士郎。無意識に
分別して入れているのは、さすがは主夫スキルA。

 「……衛宮くん、ちょっと話があるから、ここに座ってくれない?」

 言葉面は問いかけであったが、その語調に含まれているのは明らかに「逆らえばブッ
殺す」という苛烈な意志。

 「い、いや、俺、これから夕飯の支度しないと……」

 その言葉の裏に潜む凶悪さにおびえ、形ばかりの抵抗を示す士郎だが、

 「せ、先輩。お夕飯の準備は、わたしが引き受けますから」

 「士郎様、及ばずながら、私も桜様のお手伝いをします故……」

 すがるような視線とギロリと向けられた威嚇のふたつに挟まれ、あっさり後者に
屈する後輩とサーヴァント。

 (う、裏切ったな! ボクの気持ちを裏切ったな!)

 慎二に散々見せられた不条理SFアニメのセリフが頭の片隅でリフレインするも、
この"あかいあくま"相手では仕方ないか、と士郎も観念する。

 自分の家のはずなのに、居心地悪そうに正座している士郎に対し、ワザと流し目を
くれるような姿勢から(とはいえ威圧感のおかげで色っぽさは欠け片も感じないが)で、
凜が切り出した。

 「衛宮くん、あなたの魔術は異常よ」

 衛宮邸の庭に建てられた土蔵。工房を持たぬ半人前以下の士郎にとって、唯一の
魔術鍛錬の場ともいうべきそこには、有象無象のガラクタが山積みにされていた。
 およそ半数は、士郎の養父であり紫の連れ合いでもあった人物が、その稚気に
任せて蒐集した、役に立つのか微妙な武器や道具類だ。
 だが、残る半数は、士郎が自らの魔術――"投影"で作り出した代物だった。
 いかにその大半が見せかけだけのポンコツとはいえ、これは異様なことだ。

 どれだけ優れた魔術師で、かつ投影を得意としていたとしても、その投影物は
1日どころか1時間とその姿を保つことなく崩れ去り、マナに返る。 
 しかし、衛宮士郎の作り出したそれらは、ほとんどが役に立たない形だけの
ガランドウとはいえ、数年の歳月を経てさえ、そこに確固として存在するのだ。
"等価交換"を基本とする魔術師の常識にとって、明らかに異端であった。
 さらに、わずかな数とはいえ、実用に耐えうる投影物も存在するのだ。本来が
形を真似ることしかできない紛い物のはずの投影魔術で、だ。

 そういった理屈をこんこんと聞かされ、納得したのかしてないのか、微妙な
表情を士郎は浮かべる。

 「なによ? 何か言いたそうね」

 「いや、だって、そんな驚くほどのことはないだろ? それを言うなら、咲夜だって
瞬時に無数にナイフを産みだしてるわけだし……」

 「咲夜はサーヴァント、英霊なの! 普通の人間とはワケが違うの!! それに、あの
ナイフだって、ずっと現出しているわけじゃないわ」

 ガーーッと、某トラを彷彿とさせる勢いで吠えるアクマ。

 「そうなのか?」

 「ええ、そうですわ。確かにアレは、一種の投影魔術と言えなくもありませんが、
私の手から離れれば、およそ3分と持たずに消滅してしまいますから」

 瀟洒なメイドにまで肯定されて、思い切り胡乱な顔つきになる士郎。

 「もしかして……俺って、天才?」

 「「「それだけはない!」」」

 「そ、そんな本気で思い切り否定しなくたって……」

 間髪入れず3人に突っ込まれて落ち込む。

 「あら、"天賦の才能"という意味では、そう言えなくもないわよ。もっとも、"どち
らかと言えば天才"というほうが近いかしら。"異能者"ってのもカッコいいわね」

 紫のフォローになってるのかわからない(というより、完全におもしろがっている
だけの)弁護が脇から入る。

 「まぁ、そんなことはこの際、どうだっていいわ。重要なのは、士郎、あなたの
力がこの戦いで役に立つってことよ」

 「本当か!?」

 先日の戦いで無力感に苛まれただけに、士郎にとってアリスの言葉は天使のお告げ
にも等しい効果をもたらした。

 「ええ。紫に聞いたんだけど、あなた、武器類の投影が得意で、かなり本物に近い
レベルで投影できるんでしょう?」

 「あ、ああ、そういえば、初めてまともに出来た投影って、切嗣の銃だったっけ……」

 懐かしいなぁ、と遠い目をする。ちなみに、彼のいう"まともに"とは"実用に供せる"
ことを指す。魔術師の常識からは考えられない話だ。
 それにしても、"魔術師殺し"と呼ばれた彼の養父が愛用していたのが、ただの拳銃で
あろうはずがない。実際、かなりの効力を持つ魔法がかけられた一流の概念武装だった
のだが、それをいくらか劣化するとはいえ、コピーできる士郎の能力は、まさに異様の
一言に尽きた。

 「もっとも、どっちかって言うと、銃火器より刀剣類のほうが、得意なんだけど」

 「ならば話が早いわ。妖夢!」

 「? なんだ、アリス。私はいま自然薯をスるので忙しいのだが……」

 片手にすりばち、もう片方の手にあろし器を手にした少女が台所から姿を見せる。
"侍魂"とロゴの入ったエプロンがらぶりーだ。

 「とりあえず、手を洗って、それからあなたの愛剣を士郎に見せてあげて」

 「?」

 「率直に言うわ。士郎。妖夢の剣――白楼剣と楼観剣を投影しなさい」


  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

1週あいだがあいたわりに、まとまりのないものになってしまいました。
四苦八苦しつつ進んでおります。

 



[958] Re[22]:『東方聖杯綺譚』18訂正
Name: KCA
Date: 2005/08/02 12:41
ご指摘がありましたので訂正を。

>実際、かなりの効力を持つ魔法がかけられた一流の概念武装だった
>のだが、それをいくらか劣化するとはいえ、コピーできる士郎の能力>は、まさに異様の一言に尽きた。

×魔法がかけられた
○魔術がかけられた

でした。しょんぼり。



[958] Re[23]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/08/23 09:42
『東方聖杯綺譚』~その19~


 午後4時――夏場ならまだまだ明るいが、いまの季節なら、そろそろ
夕闇の気配が忍び寄って来る時刻。
 特定の数人を除いて、殆ど客人の訪れることのない衛宮邸の門の前に、ふたつの
小さな影があった。

 言わずと知れた最強幼女コンビことイリヤスフィール&バーサーカー伊吹萃香である。
 イリヤはいつもの白いコートと紫色のブレザーと、いつもより少しだけ丈の長い
スカート。萃香もコートの下に珍しくキチンとした盛装(イリヤのお古だが)を
着込んでいる。
 萃香自身はあまり乗り気ではなかったのだが、正式な招待を受けたのだから
とイリヤが無理に着せたのだ。

 「ふーーん、ここがキリツグの家なのね……」

 「意外に小さいね、イリヤ」

 しばし感慨深げに屋敷を見ていたイリヤだが、萃香に促されて、門柱に備え
つけられたチャイムを指を伸ば……。

 「ようこそおいでくださいました」

 ……そうとした時に、絶妙のタイミングで玄関の扉が開き、紺色のメイド服を
来た女性が歓迎の言葉を投げる。

 「――アーチャー」
 「あれ、紅魔館のメイド」

 微妙に敵意と緊張を込めた声と、緊張感と無縁の呑気な声が重なる。

 「……イリスフィール・フォン・アインツベルツ様と、そのお連れ様ですね。
本日は突然の招待に応じていたたき、誠にありがとうございます。本来は
当家の主たちがお出迎えさせていただくべきなのですが、ただいまどうしても
手を放せない状態にありますゆえ、僭越ながら、招待者のひとりであります
遠坂凜のメイドたる私、十六夜咲夜が代理を務めさせていただきます」

 型通りでありながら、一分の隙もない挨拶の口上に、僅かにイリヤは感心する。

 (へぇ、ウチのセラも厳格でバカ丁寧だけど、それを上回ってなおかつ品がある。
たいしたものね。さすがは遠坂のサーヴァンってところかしら)

 じつのところ、これは咲夜自身のメイド長としての経験に基づくものなのだが、
さすがにそこまではわからない。

 「それでは、お部屋に案内させていたただきます」

 淑やかに一礼すると、優美な身ごなしで屋敷の中へとふたりを招き入れる。

 平然とした表情を保ちつつも、緊張感に身を固くしていたイリヤだが、拍子抜け
するほど呆気なく、部屋……居間に着いた。

 (なるほど、下手な不意打ちを仕掛けてくるほど安くはないか)

 敵地にいるマスターとしての視線で周囲に気を配っていたイリヤだが、
居間のふすまを開けた途端、その目が点になった。

 トラ縞模様の服を着た20歳代半ばくらいの見覚えの無い女性が、大きなコタツに
足を突っ込んだまま、ミカンをパクついていたのだ。

 「あ、あなたが士郎の言ってたイリヤちゃんね。ささ、入って入って」

 傍らの萃香と同等かそれ以上の緊張感のなさで、女性はイリヤに笑いかけ、
「こっちゃ来い」と手招きする。

 事前にイリヤが思い描いていた"晩餐会"とは、180度どころか2回転半ほど異なる
展開だった。

 「な、な……」

 なによ、これ……と口にするまえに、台所と繋がった方の入り口から、この家の
主、セイバーのマスターである衛宮士郎が顔を出した。

 「お、早いな、もう着いたんだ。待っててくれ。ちょうどいま料理が出来たところ
だから」

 ニコリと屈託のない笑顔を向けられて、噴出しかけた怒りが消散する。

 (そう、よね。よく考えれば、ここは日本式家屋なんだから、西洋式の晩餐会が
開けるわけがないじゃない)

 おそらく、これがジャパン式の"オモテナシ"というやつなのだろう。だとしたら、
こんな西洋式の盛装でなく、"振袖"とか言うキモノを着てくるべきだったかもしれない。
たしか、リズはキモノのキツケというヤツが出来たはず(どこで覚えたのかは謎だが)。

 なんとなく現実逃避気味に虚ろな目をしているイリヤを不思議そうに見てから、
士郎はいったん台所に引っ込み、再び出て来たときは、両手に料理の山盛りになった
大皿を持っていた。

 「まぁ、外国の人にはコタツはちょっとなじみにくいかもしれないけど、できるだけ
楽にしていてくれよ。藤ねえも、ミカンぱっか食ってないで、お客さんの相手をしろよ」

 「わ、わかってるわよぅ」

 口をとがらせる藤ねぇと呼ばれた女性を、士郎に続いて料理を運んできた少女――
たしか、イレギュラーのマスターである、マトウの娘だ――が、なだめる。

 「すみません、藤村先生。お手数おかけします。あと、もうじきご飯できますから、
おミカンはそれ以上食べないほうがいいですよ」

 「だいじょーぶよぅ、士郎と桜ちゃんの作ったご飯は美味しいから。それに遠坂さん
も腕をふるってくれてるんでしょ? たのしみぃ~」

 よだれを垂らさんばかりの"藤ねぇ"を半眼でニラみつつ、士郎は申し訳なさげに
イリヤたちに頭を下げた。

 「ごめんな、騒がしくて。すぐに料理並べるから、こたつに入って待っててくれよ」

 ごく自然に、頭を撫でられる。

 「あ……うん」

 普段なら、「レディを子供扱いしないで!」と怒りそうなものだが、雰囲気に飲まれた
のか素直に士郎の言葉に従い、こたつに入るイリヤ。

 (……ハッ! べ、別に和んでいるわけじゃないわよ!?)

 おもしろそうに見ている萃香の視線に気づいたのか、ライン越しに言い訳する。
 と、そこで"藤ねぇ"の向かいに、見覚えのない――ないはずなのに、どこか記憶の
琴線に触れる女性の存在に気づく。

 「―いらっしゃい、イリヤちゃん。ゆっくりしていってね」

 「あなたは……」

 紫のスーツ姿の女性は、ニッコリ微笑んだ。

 「あら、一度だけ会ったことがあるんだけど、覚えているのかしら?」

 その言葉を聞いた瞬間、イリヤの脳裏に、ひとつの情景が甦る。

 「!! ……あなたはッ!」

   *  *  *

 前回の聖杯戦争が終わった際、雇い主から見れば裏切り者となった衛宮切嗣だが、
彼とてそのことは十全に理解していた。
 だからこそ、助けた子供、士郎の容体が安定すると、すぐさまアインツベルンに
残してきた妻子を連れ出そうとしたのだ。

 本来なら、魔術の名家であるアインツベルンの本拠に匿われた―人質に取られた
とも言うが―彼女たち、ユリアとイリヤを連れて逃げることなど不可能に近いが、
彼は固有時制御を得意とする"魔術師殺し"であり、彼のサーヴァント、紫は異空間
"スキマ"を自在に使いこなすアサシンである。
 楽々、とまでは言えないものの、何とか気づかれずに切嗣たちはユリアたちの部屋に
まで侵入を果たしていた。
 そのまま夫と逃げることも不可能ではなかったはずだ。
 しかし、ユリアはそれを拒んだ。
 名門アインツベルンの一員としての誇りからそうしたのかもしれないし、あるいは
切嗣の傍らにいる紫への嫉妬がそうさせたのかもしれない。
 悲しげな笑みを浮かべたまま、首を振るユリアを翻意させるすべを、切嗣は持って
いなかった。
 切嗣は、せめてイリヤだけでも連れ出そうとしたし、彼女の母もそれを止めよう
とはしなかったが、イリヤに、そんな母を見捨てていくような真似など出来るはずも
ない。

 「そうか……達者でね」と寂しげに笑う切嗣の顔が、父に関するイリヤの最後の記憶
だった。

   *  *  *

 思いがけない相手の存在に動揺するイリヤに、紫は少しだけ真面目な表情を
作って、呼びかけた。

 「イリヤちゃん、切嗣さんからあなたへの預かりものがあるから、渡すわね」

 父の遺品と聞いて、さすがに居住まいを正す。

 「これよ」

 懐から取り出されたのは……カラフルな葉書?

 「きんがしんねん……」

 「ま、間違えたわ。こちらよ」

 反対の手で取り出されたのは、「公園通り発/幸福行き」と記された白い切符。

 「あら? こっち、かしら……」

 半紙に墨痕麗しく記された文字は"果たし状"。さすがに実の娘に死後、果たし合いを
挑むおポンチな父親はいるまい。
 どうやら、紫は、自分の"スキマ"に切嗣からの預かり物をしまったまま、正確な場所を
忘れてしまったらしい。

 「………」

 以下、同様のプロセスを繰り返すこと数回。さすがにイリヤの視線が冷たくなる。

 「や、やーね。ちょっとした冗句よ」

 7、8回目だろうか、机の上に関係ないガラクタの小山を築いたのちに、ようやく
お目当てのものを引っ張り出す。

 「これは……手紙?」

 「そう、死ぬ直前の切嗣さんからあなたへ当てた遺言、ってところかしら」

 一瞬躊躇したものの、思い切って封を切り、中味に目を通すイリヤ。
 みるみるうちに表情が変わる。

 「そんな……勝手すぎるよ……パパ…」

 しばらく俯いてはいたが、気持ちが落ち着いたのか、周囲に気を配る余裕ができた
ようだ。

 「お兄ちゃんはこのことは……?」

 「少なくとも私は言ってないわ。切嗣さん本人も話してないと思う」

 「―そう……」

 しばしの思案ののち、再びイリヤの瞳には、この家に来るまえの覇気が戻っていた。

 「いずれにしても、あとで決着はつけるわ。今日はそのために来たんだから」

 と、そこで、妙に連れ(パートナー)が大人しいことに気がつく。

 「あれ? 萃香、どうしたのよ、さっきから?」

 「え!? えーと、うーーん……」

 居心地悪そうにミカンを剥いていた萃香はポリポリと頭をかく。

 「参ったなぁ。イリヤ、紫が相手だと、私も確実に勝てるとは言えないのよ」

 「……はぁ?」

 (何よ、それ!? 目の前のこいつは最弱クラスの"アサシン"で、アンタは最強の、理性を
保てる"バーサーカー"じゃない!?)

 会話をライン越しの思念に切り替える。

 (いやまぁ、確かに、サーヴァントとしてはそうなんだろうけどね。生憎私たちは、
そういうカタログスペックとはかけ離れた存在だから……)

 そもそも英霊とは言い難い――ばかりでなく、生前から人とは隔絶した力を持つ存在
であった彼女たちの場合、聖杯戦争におけるクラスなど、あくまで後づけの飾り以外の
何者でもない。

 (私の能力と紫の能力と相性が悪いのよ。せいぜい五分五分かな)

 (そんな……)

 「何を心配しているか知らないけど……私は今回の聖杯戦争に参加する気はないわよ。
あくまで、この家を護るだけ」

 まぁ、参加者にちょっかいくらいならいろいろかけるけどね、とにこやかに笑う
その表情は、いかにも"幻想郷1のトラブルメーカー"の名前にふさわしいものだった。

 「ん? どうした、紫さんにからかわれでもしたのか?」

 折りよく、台所から再び士郎と桜が両手に料理を持ってやってくる。

 「はいはい、ちゃっちゃと並べる。冷めた中華なんて食べられたものじゃないんだから」

 今回は、その後ろに"あかいあくま"こと凜の姿もあった。念の入ったことに、紅い
チャイナドレス姿の上に白いエプロンをつけ、黒髪をお団子に結わえている。
 どうやら正式な招待(インビテーション)ということで、少し気張った格好をしている
ようだ。一応、妹の桜の方も、カジュアル半分フォーマル半分といった感じのクリーム
色のワンピースと、ピンクのカーディガンを着ているのだが、肝心の家主の士郎が
ほとんど普段着状態なので、台無しだ。

 続いて、彼らのサーヴァントたちも台所から姿を見せる。

 「取り皿とお箸はここにまとめて置きますので」

 「えっと、士郎様、このお鍋はどこに置けば……」

 「ちょっと、調味料忘れてるわよ! あ、上海、持って来てくれたの?」

 一気に賑やかになった部屋の雰囲気にイリヤが飲まれていると、士郎が優しく笑い
かけてくる。

 「それじゃあ、早速始めよう。"いただきます"」

 "いただきます!"

 7つ……いや、9つの声がそれに唱和し、この奇妙な"おいでませ衛宮邸 第1回
聖杯マスターズ懇親会"は、ここに開始されたのである。


 「やーーん、士郎と桜ちゃんと遠坂さんの手料理がタンノーできるなんて、お姉ちゃん
シヤワセ~~!!」

 ……約1名、無関係な人間の叫びをはらみつつ。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

いろいろと仕事が忙しくて更新が滞りました。
まずは、こんな駄文でも見捨てず読んでくださる方に感謝の言葉。

今後の予定ですが、この話は26話、いわゆる2クールで完結を考えております。
あとしばらくお付き合いをお願い致します。



[958] Re[24]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2005/08/29 08:25
東方聖杯綺譚 外伝 「Last Letter」


 どこからともなく取り出された封書を、紫はイリヤに手渡した。

 「これは……手紙?」

 「そう、死ぬ直前の切嗣さんからあなたへ宛てた遺言、ってところかしら」

 僅かに震える手で、封を開くと、そこには手書きの文字が並んでいた。

『イリヤへ
 
 この手紙を読んでいるということは、僕がすでにこの世にいないということだろう。
 君達母娘を見捨てて(僕にそんなつもりはなかったけど、端から見ればそれ以外の
 何物でもない、ということは理解している)、逃げた僕の言葉などいまさら聞きたく
 もないかもしれないが、まぁ、夢敗れた愚か者の戯言だと聞き流してやってほしい。

 ”在りたいように在る、ということはとても難しい。
  それは、生きることが難しいという事だと思う。”

 若いころに目にしたそんなフレーズをこの歳になって痛感する。
 僕はね、イリヤ。"正義の味方"になりたかったんだ。
 魔法使いに――魔術師になれば、その夢が叶うと信じていた。
 もちろん、そんなことは不可能だった。
 僕に出来たのは、せいぜい1を切り捨てて9を救うことくらいだ。
 それでいい、といつしか自分を誤魔化すようになっていた。

 でもね、最近になって僕は思うんだ。
 自分にとって大切な人が1で、大多数の見知らぬ人が9だった場合、
 はたしてどうなのかな?
 その1を見捨てて9を選ぶ人より、9を捨ててでも1を守り抜く人のほうが
 ”在りたいように在る”と言えるんじゃないかな。
 ひょっとして、僕もそういうふうに生きるべきだったんじゃないかな。

 ――ごめん。言い訳だね。
 どう言い繕おうと、あの時、僕が君と君のお母さんを救えなかったのは事実だ。
 だから、許してほしいとは言わない。
 ただひとつだけ、お願いがある。
 たぶんそこにいるであろう僕の息子、僕が養子としてひきとった士郎のことを
 どうか責めないでやってほしい。
 姉としてでも妹としてでもよいから、できれば彼のそばにいて、力になって
 あげてくれないかな?
 等価交換が大原則のはずの魔術師としては恥ずべきことだけど、僕にはイリヤ
 にあげられるものは何も残っていない。強いて言うなら、"新しい家族をあげる"
 ことくらいかな。だからこれは、単なる放蕩者なダメパパからの、出来のよい
 愛娘へのお願い、だ。

 ……ちょっと筆をとるのが辛くなってきたけど、最期にひとつだけ。
 僕、衛宮切嗣は、ユリアとイリヤを心から愛している』

 「そんな……勝手すぎるよ……パパ…」

 と、ふとそこで、手紙に2枚めがあることに気づく。

『追伸
 
 そうそう、個性的な年上の女性がふたりも身近にいるせいか、士郎はどうも
 姉属性が薄いみたいだ。もし一緒に暮らすなら、僕としては妹路線でいくことを
 強く推奨するね。また、その際は、桜ちゃんがポヨンポヨンなタイプだから、
 どちらかと言うとロリーな魅力を全面に押し出すと、士郎のはぁとをガッチリ
 キャッチできると思うよ』

 (なによ、このフザけたP.S.はーッ!?)

 イリヤは、肩を震わせつつ、しばらく俯いてはいたが、気持ちが落ち着いたのか、
周囲に気を配る余裕ができたようだ。対面にいる紫に問いかける。

 「"お兄ちゃん"はこのこと(妹のくだり)は……?」

 「少なくとも私は(追伸の内容については)言ってないわ。切嗣さん本人も(漢の浪漫
だからって)話してないと思う」

 「―そう……(だったら、このテは有効かもね)」

 しばしの思案ののち、再びイリヤの瞳には、この家に来るまえの覇気が戻っていた
……その外見に似合わぬ打算の閃きまでが見えたのは、気のせいだと思いたい。

 「いずれにしても、(士郎の料理を食べた)あとで(家族になるかどうかの)決着は
つけるわ」

 -本編に続く?-

------------------------------
<後書き>


えーと、あの場面の裏にはこういうものがあったということで。
・・・なんかいろいろと、微妙に台無しかも(笑)。



[958] Re[25]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2006/01/18 04:41
『東方聖杯綺譚』~その20~


 「じゃあね~イリヤちゃん、よかったらウチにも遊びに来てね~!」

 賑やかな晩餐ののち、食後の休憩にお茶とデザートまでしっかり食べて
ゴキゲンな虎は年不相応に陽気でカルい挨拶を残して帰っていった。
 どうやら、イリヤのことがかなり気に入ったらしい

 「あはは、おもしろい人だったね、イリヤ」

 「まったく、騒々しい女性ね。タイガには淑女の嗜みというものが必要だわ」

 「……とか言って、イリヤも満更じゃないんでしょ? 口元がニヤけてるわよ」

 慌てて口元を押さえ、ハッと傍らのサーヴァントを見る白い少女。

 「萃香!」

 「はいはい。さて、一段落ついたところで、そろそろ今日のメインディッシュ
らしいわよ」

 「え!? まだ、食べるの!?」

 たしかに、士郎たちの作った料理は素晴らしく、イリヤもいつも以上に食が
進んだことは否定しないが、さすがにこれ以上は……いや、大河たちとの歓談
―じゃれ合い、とも言う―で、小腹が空いた今なら、多少は入るかもしれない。

 「なーに、ボケたこと言ってるのよ、イリヤスフィール」

 先程までと同じようでどこか違う萃香の声質に、ハッとイリヤは我を取り戻す。

 「それじゃあ……」

 「そ。今日の訪問の本題――バトルよ」

   *  *  *

 衛宮邸の庭にふたりが足を踏み入れると、そこはすでに先程までとは空気の異なる、
異界と化していた。

 「これは……紫の結界?」

 「そうよ」

 空間にパクンと開いたスキマから、金髪の人妖が顔を出す。

 「て言っても、誤解しないでちょうだい。最初に言ったとおり、私はイリヤちゃん
たちに手は出さないわ。
 あくまで家が壊れるのがイヤだったから、隔離させてもらったまでよ」

 「じゃあ、私たちの相手は……」

 「えぇ、士郎くんや妖夢たちがお相手する、ということね」

 招待主なんだから、当然でしょう? と微笑む紫の顔を、イリヤは不審げな顔で
見た。

 「紫、あなたは萃香の実力を知っているんでしょう? お兄ちゃ…シロウたちの
ことが心配じゃないの?」

 「あら、どうして?」

 「だって、萃香(バーサーカー)と正面から戦って勝てる相手は貴女くらいだって……」

 どこか憮然とした雰囲気のイリヤを見て、クスクスと人の悪い笑みを漏らす紫。

 「確かに、ここが幻想郷で、いつもの萃香や妖夢たちなら、たとえ3対1でも
勝ち目は薄いわね。でも……きっと大丈夫よ。なんたって士郎くんや桜ちゃんたちも
いるんだから」

 そのときは、いつもの親馬鹿発言かと思い、気にもとめなかったのだが、イリヤは
後々それを後悔することになる。

   *  *  *

 結界に包まれた庭の端と端、およそ10数メートルほど離れて、二組の陣営は
対峙した。

 左から1列に、士郎、凜、桜が並び、各々のマスターを護るように、そのサーヴァント
たちが前で身構える。
 そして、それと向かい合って立つ、同じくらいの背丈の小柄なイリヤと萃香。
 数のうえでは、6対2と圧倒的に前者が優勢なはずなのだが、後者のほうが格段に
リラックスしている。

 「それじゃあ始めましょうか、シロウ、リン、サクラ」

 いったん戦場に立てば、無邪気で愛らしい少女の顔は消え、冷徹にして残酷な
アインツベルンの魔術師としての貌が表に出る。
 否、彼女はあくまで無邪気ではあったし、愛らしくさえあった。
 ただし、普段―と言っても、彼女の本当の"日常"については知りもしないのだが―は
表に出さない狂気と紙一重の目的意識が何者にも優先され、そしてその目的のためには
殺し合いさえも厭わないというだけのこと。そのあたりの意識の切り替えは、魔術師と
して、見事と言えた。

 「でも……今回の素敵な晩餐に免じて、お兄ちゃんたちの命だけは保証してあげる。
サーヴァントが消えたあと教会に駆け込めば、それ以上手出しはしないと誓うわ」

 それは本来、願ってもみない申し出。
 しかし……。

 「ごめん、イリヤ。俺達もひとつ提案があるんだ。俺たちマスターも、妖夢たちの
援護のために戦闘に参加する。でも、イリヤは直接手出しをしないでほしいんだ」

 スッと少女の目が細くなる。

 「それじゃあ、できるだけ気をつけるけど、命の保証はできないわよ?」

 「構わない。その代わり、俺達はイリヤ自身を直接攻撃しないと誓う」

 聖杯戦争の常識からすれば、それは馬鹿げた約束。
 何しろ、サーヴァントよりマスターを狙ったほうが、勝利を得るのは
ずっとたやすいのだから。
 しかし、この場にいる4人のマスターに対しては、確かな効力も意味も持つ
重要な取り決めであった。

 イリヤは士郎から視線を逸らし、凜と桜の方に目をやる。

 「お姉ちゃんたちもいいの?」

 片方は決然と、もう片方は怖ず怖ずと、という違いこそあれ、姉妹も肯定の
意志を表す。

 「――了解するわ。でも、それなら……」

 僅かにイリヤの瞳の色、いや輝きが変わった。

 「手加減はしない。酔(くる)いなさい、萃香(バーサーカー)!」

 「へーっ、いいんだ? ま、私としては願ったり叶ったりだけど」

 戦いの緊張感とは無縁トボケた口調のまま、鬼の娘は腰の瓢箪を取り、口をつけて
一気に煽る。

 「「「!」」」

 いきなり、萃香の雰囲気が変わる。
 そのヘラヘラした笑顔も、フラフラした足取りも変わらぬまま、先程までとは
明らかに異なる、息苦しいほどの気の圧力が吹きつけてきた。

 「行きなさい、咲夜!」
 「妖夢、頼む!」
 「お願い、アリスさん」

 間髪を入れずに、凜たちもまた、サーヴァントたちに戦闘開始の指示を出していた。

   *  *  *

 それは、一瞬の出来事だった。

 3人の中で前衛を務める妖夢が、恐ろしい速さで10メートルの間合いを詰め、
その手にした長刀、楼観剣で切り伏せる……その直前に、萃香の鬼気が爆発的に
脹れ上がる。

 咄嗟に左に避けた妖夢のいた場所に、巨大な拳が振り下ろされ、ズグンという
激しい振動とともに地面が大きく陥没する。

 先程まで11、2歳の外見相応の背丈しかなかったはずの萃香は、一瞬にしてその3倍、
4メートル近い巨人に変貌していた。
 もっとも、いわゆる"鬼"の名前にふさわしい化物に変わったわけではなく、容貌
から頭身までまったくいつものままで、ただその大きさだけが変わっているのが
シュールだ。どのような仕組みなのか、服装までもまったく同じなのだ。

 そして、クレイジーなことにそのスピードも、まったく変わっていない。
 普通、巨体のものなら少なからず動作が鈍く、そこが弱点にもなるものだが……。
もっとも、萃香の場合、その身体を構成しているのは自身の気なのだから、それも
道理と言えよう。

 『悪いけど、手加減なしだから……死んでも恨まないでね?』

 さきほどまでとまったく変わらぬノンキな口調だが、頭が割れるような大声だと、
流石に迫力が段違いだ。

 『あぁ、でもあんたは半分死んでるんだっけ?』

 「失敬な! 半人半霊と言ってもらおう!!」

 減らず口を返しながらも、さすがに妖夢に余裕はない。
 無論、他の2体に――そして、その主(マスター)たちにも。

 (残念だけれど、これで終わりだよ、お兄ちゃん)

 イリヤはすでにそう確信していた。

   *  *  *

 戦況は、一見、初めての邂逅時の再現のようにも見えた。

 最前線に立つ妖夢が斬り込み、中衛から咲夜が投げナイフで援護し、後衛に位置する
アリスが術で3人のマスターを守りつつ、時折、牽制の魔術を放つ。
 もっとも、萃香が酔(くる)い、巨大化しているぶん、さら不利な戦いに思えた
だろう……素人目には。

 そう、もし、あの夜の再現ならば、さらに強大になった萃香に、妖夢たちは手もなく
追い詰められているはずなのだ。それがまがりなりにも互角に近い闘いを維持できて
いるのは、無論カラクリがある。

 巨体の萃香が振り回す岩塊が妖夢に直撃した……と見えた瞬間、それが残像だった
とわかって、イリヤは頷いた。

 「なるほど、そのイレギュラーが魔術で"強化"してるってわけね」

 普通、サーヴァント級の能力の持ち主をちょっとやそっと強化したからといって、
さほど影響があるはずもないが、強化する側もまたサーヴァントであるなら話は別だ。

 凜が五大元素使い(アベレージ・ワン)の特性を持つのと同様に、"七色の魔術師"の
異名を取るアリスは非常に多才である。幻想郷での恋敵が組む7×7の呪文式には
流石に劣るが、攻撃魔法特化型の想い人とは異なり、各種魔術をそつなく使いこなせる。
 当然、身体能力の強化に類する魔術も心得ている。
 しかも、今回は十分準備をする時間もあったため、特殊な薬物(咲夜たちは微妙に
嫌がったが、背に腹は変えられない)を使用したこともあって、強度、持続時間ともに
限界近くまで引き上げてある。 

 そこまで詳しい事情はわからないものの、イリヤにもアリスが強化しているだろう
ことは推察できた。
 ――いや、わざとそれに気づかされ、目を逸らされたと言うべきか。

 戦いに手慣れた古強者なら、あるいは気づいたかもしれない。
 3人の戦いが、立ち位置こそ変わらないものの、その実、先日とはまったく逆の
役割分担をしていることに。

 前衛の妖夢の役目は、背後に立つ者を庇う盾、あるいは壁である。
 両手の刀と驚異的な体運びをもって、萃香の攻撃をあるいは受け止め、受け流し、
回避する。
 たった一発でも致命的なダメージを被ることは、先だって証明済みだが、
いまのところ"幻想郷一固い盾"は、その役割を十分に果たしていた。

 そして中衛の咲夜の攻撃こそが現時点での要であった。
 もし、萃香が酒を飲んで高揚していなければ気づいていたかもしれない。
 無敵にも近いはずの自身が、少しずつダメージを受けていたことに。

 凜にも伝えたとおり、咲夜の宝具は彼女の異能を活かした"技"そのものだ。
いくら妖夢の背後から攻撃しているとはいえ、彼女の腕前なら味方に当てぬように
"殺人ドール"や"夜霧の幻影殺人鬼"を使うことは不可能ではない。もっと言うなら
"プライベートスクウェア"で時を止めれば、萃香を無防備にすることは可能なのだ。
それをしないのはなぜか?

 (クッ……さすがに…短時間とはいえ、これだけ連続して時間を止めるのは、キツわね)

 仮に"プライベートスクウェア"を使っても、時間を止められたことに気づいた瞬間、
萃香は霧化し、物理攻撃は無効化、あるいは狙いを失うされるだろう。
 ある意味矛盾した表現だが、彼女たちレベルになると、たとえ動くことはできず
とも、"周囲の時間が止まったかのように極度に遅くされている"のを知覚すること
くらいは十分可能なのだから。

 だから、気づかれないようなごく短時間だけ、断続的に時間を止め続けていたのだ。
 咲夜自身の投げたナイフが萃香に当たる、その瞬間にだけ。

 無論、一発一発のダメージは低いが、0ではない。
 萃香が攻撃に対して無敵を誇っているように見えるのは、攻撃が当たる瞬間に
身体を構成する気の密度を変えて素通りさせているからだ。
 そのイカサマをさせなければ、徐々にとはいえダメージは蓄積されていく。
 もっとも、咲夜ひとりなら、こんな戦い方をすれば、萃香を倒す前に先に
自分の魔力のほうが切れるか、あるいは致命的な攻撃を食らっていただろう。
そのことは、かつての幻想郷での戦いで証明されている。
 しかし今回は、幸い共に戦う仲間がいる。マスターから、ある程度魔力も補給される。
だからこそ、こんな無茶もできるのだ。

 だが、ここで運命のダイスは非情な目を見せる。

 さきほどから、萃香の吐く炎の息吹を切り払い、小さな分身たちを薙ぎ倒し、そして
妖夢自身の身の丈ほどもある岩をはじき落としていた妖夢の剣、その長い方の楼観剣が
酷使に堪えかねたのか、みしみしと嫌な音を発する。
 さらに、萃香のふるう巨大な拳をかわしきれずにガードした瞬間。

 パキン………

 鍔元でへし折れる。勢いを殺しきれなかった妖夢の身体は宙を舞い、士郎たちが待機
している場所まで、ふっ飛ばされた。

 「ふふ、なかなか頑張ったみたいだけど、まずはひとり脱落ね。短い方の剣はまだ
無事みたいだけど、それ一本じゃ……」

 年齢に似合わぬ妖艶な仕草でイリヤが優雅に髪をかきあげ、降伏を勧告しようとした、
まさにその瞬間。

 跳ね起きた妖夢が、これまで以上のスピードで萃香へと迫る。
 その両手に剣を携えて。

 「『え、嘘…!』」

 異口同音に主従ふたりの言葉が重なる。

 それでも反射的に萃香は妖夢の攻撃を防御しようと頭部を腕で庇った。

 「いまよ! 全人形待機、解除(パペット・クリア・フリーズアウト)!!」

 無敵の鬼娘に生じた刹那の隙。それを見逃さずアリスの指示が飛ぶ。

 いつの間にか、萃香の足元には、アリスの宝具――8体の人形のうち、
蓬莱を除く7体が待機していた。

 妖夢が盾、咲夜が削り役なら、アリスこそが止めの一撃を入れる役回りだったのだ。

 (しまった、あの人形たちの全力攻撃!? ……でも、それくらいなら!)

 萃香はとっさに過去の対戦を思い出し、十分に耐えられると踏んだ。

 しかし、意外なことに、人形達はあの極大の光線を放たず、代わりに背中に背負って
いた何かを構える。

 「全砲門連続発射(バレル・フルオープン)!」

 6体の人形達が構えたものは……拳銃?

 (どういうつもり? ヒトラーの黄金拳銃やキリツグのピースメーカーのような一流
の概念武装ならいざ知らず、そんな安っぽい銃なんか……)

 混乱するイリヤの考えは、呆気なく裏切られる。

 パンパンパンパン…………

 拳銃にしては、妙に軽い発射音が連続して響く。
 そう、まるで玩具の銀玉鉄砲のような――というか、そのものの音。

 ただし、発射されたのは、銀玉ではない。

 「いたたたたたた……こ、こうさん降参」

 情けない声とともに、頭を抱えて逃げ惑う萃香。
 大きさもいつもどおりイリヤ並に戻っている。

 「な、なんなのよーーー!?」

 想像を絶する光景に、イリヤは思わずムンクの「叫び」の如きシュールな表情を見せた。

   *  *  *

 「冗談かと思ってたけど……本当に効くんだなぁ」

 「―そう、みたいね」

 呆れたような士郎の声に、両方のこめかみを揉みながら、苦虫を噛みつぶしたような
顔で応える凜。

 「あは、あははは……」

 桜は、足元に転がってきた"流れ弾"を拾い上げて乾いた笑い声をあげる。

 それは……よく炒った大豆だった。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

というわけで、本当にお久しぶりの20話です。
HDがとんで、東方関係のゲームデータが消えたり、仕事が忙しくなったりして、
なかなか続きを書けなかったので、もう皆さんお忘れかもしれませんが。

今回の戦い、最後がギャグっぽく見えるかもしれませんが、これは一種の
呪術様式、それも広く日本人みんなが知っている"鬼は豆をぶつけて追い払える"
という"信仰"に基づくものです。
さらに、素で豆を投げても、萃香に届くまえに吹き飛ばされるのがオチですから、
いろいろ手を尽くして、彼女の頭を一瞬パニック状態にし、棒立ちにしている
わけです。

さて、主の意に反して降参宣言してしまった鬼娘の処遇は次回のお話です。



[958] Re[26]:『東方聖杯綺譚』-おさらい その1-
Name: KCA
Date: 2006/01/18 15:51
『東方聖杯綺譚』characters
 ※登場順に記載

☆マスター

・遠坂凛
 冬木市の聖杯御三家のひとつ、遠坂家の現当主。猫かぶりで、うっかりで、 あかいあくまなのは皆さんご承知のとおり。ゲーム本編との差異が現時点では、もっとも少ないキャラひとり。キレてない時は頼れる知謀派で、アリスとの問答についていける。本編同様、"アーチャー"のマスターだが……。

・衛宮士郎
 10年前の大火の犠牲者にして、はぐれ魔術師純情派(自称)・衛宮切嗣の養子。
 ゲーム本編に比べると、視野狭窄な部分がやや薄れ、多少精神的な余裕はあるようだが、正義の味方に執着している点は相変わらず。また、魔術の腕前自体は、本編よりやや上(3分の1人前が、4分の3人前になった程度)。
 本編同様、ピンチに際して"セイバー"を召喚するが……。

・間桐桜
 間桐慎二の義妹にして遠坂凛の実妹。間桐家に引き取られたのち、改造&性的暴行を受けていた点は、本編と同様。ただし、アリスのおかげで現在はほぼ健康体に復している。また、兄を通じて中学のころから衛宮家の人々と面識があった。
 本編桜ルートと異なり、"黒い"部分を見せていないが、そうすると極
端に目立たなくなる悲しいキャラ。イレギュラーであるアリスを召喚。

・言峰綺礼
 根暗マッチョ神父。先代のマスターで、今回も奪ったランサーを使役しているのはゲーム本編と同様。ただし、士郎たちにそのことを知られているので、それがどう転ぶのか……。

・イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
 アインツベルンのマスターにして、切嗣の娘。半ホムンクルスであり、膨大な魔力回路と引き換えに、聖杯の器としての運命も背負っている。彼女もまた本編同様"バーサーカー"を召喚するが……。

☆サーヴァント

・十六夜咲夜(アーチャー)
 幻想卿の住人。"完全で瀟洒な従者"の異名を持つ、紅魔館のメイド長。
 紅魔館の主人である吸血鬼、レミリアに心服している。その優れた体術と投げナイフの技、さらに"時間を操る程度の能力"を持つ。
 サーヴァントとしての宝具は、スペルカードに象徴される"技"そのもの。
 衛宮さんチームとしては比較的常識人だが、時々壊れる。

・ランサー
 ゲーム本編と同様、真名はクーフーリン。気のいい兄貴だが、非常識な幻想卿メンバーに調子を狂わされ、激闘の末リタイア。

・魂魄妖夢(セイバー)
 幻想卿の住人。"剣術を扱う程度の能力"を持つ、半人半幽霊の半妖。冥界に位置する屋敷"白玉楼"の剣術指南兼庭師を務めているが、一般的には後者、あるいは単に白玉楼の主人、幽々子の従者と認識されている。真面目で堅物ゆえに、幽々子やその友人、紫の恰好の玩具になる幸薄い少女。
宝具は、二振りの妖刀、楼観剣と白楼剣。

・アリス・マーガトロイド(ドールマスター)
 幻想卿の住人。"主に魔法を扱う程度の能力"を持つ生っ粋の魔女(種族として人とは違う、魔界の住人)。"ライダー"に代わって桜のサーヴァントとして召喚された。"七色の人形遣い"の異称を持つ、幻想卿でも有数の魔術師。
 また、蔵書や知識の量も、三魔女の残りふたりとタメを張る。衛宮さんチームでは軍師的役割を自認。宝具は、彼女の従える人形たち(リトルレギオン)。

・伊吹萃香(バーサーカー)
 幻想卿の住人。"密と疎を操る程度の能力"を持ち、霧になったり、分裂したり、巨大化したりできる、トンデモねー人、いや鬼。実際、正面から力押しで撃破するのは、まず無理っぽい。酒好き宴会好きで、無限に酒の湧く瓢箪を宝具として持っている(戦闘時にも使用する)。

・アサシン
 詳細不明。ゲーム本編同様、柳洞寺の門を守っているらしい。
・キャスター
 詳細不明。ゲーム本編同様、柳洞寺に陣を構えているらしい。

・八雲紫(前アサシン)
 幻想卿の住人。幻想卿最古参クラスの人妖で、"境界を操る程度の能力"を持つ。
 これは一歩間違えれば世界を壊すくらい強力な力でもある。前回、切嗣のサーヴァントとして呼ばれ、色々あって彼の愛人(?)として、聖杯戦争後もしばらく冬木に留まる。基本的には騒動好きで捕えどころのない性格だが、母性的な面も持ち合わせているらしく、被保護者に愛情を示すことも。
 今回の聖杯戦争では、見届け人(見物人?)として衛宮邸に逗留。

☆その他

・藤村大河
 ご存知、"藤ねえ"にして、冬木のタイガ。ただし、はっちゃけ姉さん的役割を紫に取られてしまったため、ゲーム本編に比べてもいささか影が薄い。

・間桐慎二
 間桐の長男であり、桜の義兄。中学時代から士郎たちとつきあっており、切嗣に魔術を習って魔術のまねごとくらいなら可能。そのためか、ゲーム本編に比べれば、その尊大さ、救いようの無さは薄れている。現在、アリスの弟子として、一人前の魔術師を目指し、修行中。

・柳洞一成
 生徒会長にして士郎の親友。本編には未登場(名前のみ?)



[958] Re[27]:『東方聖杯綺譚』
Name: KCA
Date: 2006/05/22 01:21
『東方聖杯綺譚』~その21(仮)~


 知らず知らず彼女は浮かれていたのだろう。

 聖杯戦争に参加早々、イレギュラーな、英霊とも言えないようなサーヴァントを召喚。
しかしながら、その"アーチャー"の実力は正規の英霊と比べても決してヒケを取らない
ものだった。オマケに戦闘という非日常の場だけでなく、日常生活に於ても完璧な
――まるで、彼女のずぼらな本性に応えるが如く、完璧な従者、メイドだった。

 さらに、"最優"と言われる"セイバー"のマスターである衛宮士郎や、密かに気にかけて
いた妹の桜と同盟を結ぶことができた。その桜のサーヴァント――イレギュラーである
"ドールマスター"から、今回のアクシデントは、聖杯に原因があるらしいことを
知らされ、さらには監督役、言峰の陰謀をも察知できた。桜とドールマスターの
コンビが危なげなく"ランサー"を降したのも、朗報だった。

 そして、一敗地に塗れたものの、鬼神もかくや……というより鬼神そのものと言って
よいであろう"バーサーカー"に、いま負けを認めさせた。
 これで、聖杯戦争も峠を越えた……そんな予感がした。

 あとから思えば、そんなことは全く根拠のない妄想にしか過ぎなかったというのに。

   *  *  *

「さ、どうするの、イリヤ? 大人しく負けを認めるなら、手荒な真似はしないで
あげてもいいわよ?」

 本来であれば、こんな提案などするまでもなく、相手のサーヴァントを叩き殺してから、初めて交渉の席につくべきであろう。
 しかしながら、なまじ先程の晩餐で親しく言葉を交わしたせいか、問答無用、という
のは少々躊躇われる。

 凛としては、「これもまた心のぜい肉か」と思わないでもないのだが……。

 (……しょうがないじゃない! もうっ、これは衛宮くんのせいだからね!!)

 と内心八つ当たりしつつも厳しい顔つきは崩さないのは、流石猫被り優等生
の面目躍如といったところか。 

 「クッ……」

 対するイリヤの心中は複雑だった。
 負けてあげてもいい……とは言わないまでも、目の前の3人をできれば殺したく
ないと思ったのは事実。
 とはいえ、一度力を解放した萃香(バーサーカー)の力はほぼ無敵と言ってもよい
存在だ。仮にこちらが負けるとしても、向こうのサーヴァントのひとりやふたりは
特攻や自己犠牲で死んだあとで、かろうじて萃香も消耗して判定勝ち……という
事態が、字義通り万に一つくらいの可能性であるかも、といったつもりだった。

 それが、自分もバーサーカーも、それどころか相手方のサーヴァントさえ、誰
ひとり欠けることなく、明確に勝利を宣言されるなんてことは想定の遥か彼方だ。

 「――いいわ、負けを認めてあげる」

 それでも敗北は敗北。
 如何に強大な力を持つとはいえ、萃香が純粋な日本古来の鬼であり、そのために
鬼としての属性、伝承に縛られるということを見落としていたのは自分の落ち度だ。
 また、萃香が言った「一度対戦して勝った相手だ」という言葉にも甘えていた。
 勝った相手について深く思い悩む者は少ないが、負けた相手に雪辱を果たすため、
研鑽を積む者は数限りなくいるというのに。 

 文字どおりの"豆鉄砲"を構えた人形たちに囲まれて、半ベソをかいている萃香の姿を
確認して、溜め息を漏らす。

 「ふぅ~……萃香、戦闘状態を解除して」

 こうなったからには、素直に負けを認めるしか……。

 「――ふん、くだらんな」

 ザシュッ!!!

 次の瞬間、いずこからか飛来したひとふりの剣、いや刀が少女の姿をした鬼の背中を
貫いた。

 「……あ?」

 その嘆息のような声は、誰があげたものだったのか。

 たった一太刀。
 それだけで、無敵とも思えたバーサーカー、萃香は地に倒れ伏していた。

   *  *  *

 いつの間にか、衛宮邸の屋根の上に、見知らぬ男が立っている。
 髪を派手に逆立たせ、首から下をプレートアーマーで覆っている。そのいずれも、
色彩は黄金。普通の人間がそんな格好をすれば、噴飯物のコスプレにしかならない
はずだが、男の全身から発せられるオーラが、そんな感慨を抱かせない。

 傲岸にして不遜。
 絶対的強者にして生まれついての支配者。
 万人に対して無慈悲なるがゆえに、ある意味公平なる存在

 たとえ、男の素性を知らぬ者が見ても、まともな感性を持つ人間なら、100人が
100人とも、彼の印象をこう答えたに違いない。

 すなわち――"覇王"

 男の背後では、紫の張った強固極まりないはずの結界の一部が切り裂かれている。
おそらく、何らかの能力を使って結界を切り裂いて来たのだろう。

 「戯けが。これは戦争だ。勝った方が滅し尽くし、奪い尽くす権利を持つ。
雑種と言えど、その程度の道理がわからぬわけでもあるまい」

 ふん、と憎々しげに鼻を鳴らす仕草さえも、板について絵になっている。

 「やっぱり来たのね、金ピカ王」

 普段滅多に見せない緊張感を漂わせながら、紫が空間のスキマから身を乗り出して
現れる。

 「ふん、盗人め。此度も我にはむかうつもりか?」

 その顔を彩る不機嫌そうな表情をさらに濃くしながら、"金ピカ王"と呼ばれた男は
腕組みを解くと、身を翻して背後の空間の裂け目へと戻っていく。

 「まぁよい。元より今日は単なる視察だ」

 男が完全に姿を消したあとも、裂け目からは声が聞こえてくる。

 「どのような状態であれ、聖杯は我のものだ。まだ器が満たされてないようだから
しばしの間、その聖杯は貴様ら雑種に預けておこう」

 男の姿が見えなくなった瞬間、金縛りに近い状態だった士郎、凛、桜、そしてイリヤ
の4人は期せずして同時に息を吐き出した。妖夢たち3体のサーヴァントも似たような
状態だった。

 「! そうだ!! 萃香は!?」

 我に返った途端、スーパーお人好しの面目躍如というべきか、先程まで戦っていた
はずの相手の安否を士郎が気づかう。

 ほどなく、その場の全員が、倒れ伏す萃香の元へと集まった。

 「だいじょうぶ……とは言い難いかしら。はは、ドジっちゃった」

 背中から剣、それも西洋の両刃剣ではなく、むしろ日本刀に近い形状の片刃の刀剣に
貫かれ地面に縫いとめられた体勢のまま、力なく顔を上げる鬼の少女。

 「どうしたのよ、萃香! 貴女なら、そんな剣くらい……」

 「まぁ、普通の剣ならそうなんだけど、どうやらこれって、特殊な宝具みたい。
体中の力が抜けて、集中できないし」

 切迫した表情のイリヤに対して、他人事のように淡々と現状を報告する萃香。

 「姉さん、早く抜いてあげないと」

 「待ちなさい桜! 迂闊に触るのは危険よ。衛宮君、この剣を解析して!!」

 ハラハラして、いまにも刀剣に手をかけて引き抜こうとする桜を凛が止めた。

 「え!? わ、わかった」

 こと武器、中でも剣に関する士郎の解析能力は、およそ裏の世界でもトップクラスだろう。魔力回路を起動すると同時に、剣に手をかざして、その素性を探る。

 「こいつは……頼光の髭切太刀だ!」

 「ヒゲキリ?」

 ヨーロッパ出身のイリヤにはピンと来なかったようだが、この場に集ったそれ以外
の人間は、全員日本(幻想郷も広義に考えればそうだろう)の住人だ。源頼光の鬼退治の
逸話は知っていた。その歴史と知名度から考えれば、対となる膝丸太刀と並んで、妖怪
とくに鬼の属性を持つものを滅するのに、これほど適した刀は日本にはあるまい。

 この二振りは、のちに代々源氏の嫡流に伝えられ、髭切は頼朝が、膝丸を義経が
継承したという逸話もあるくらいだ。

 「とにかく、呪いの妖刀とかじゃない。早く抜こう!」

 士郎が柄に手をかけて渾身の力を込めて、萃香に刺さった刀を引き抜く。不思議な
ことに、萃香はそれほど出血している様子はなかったが、明らかに顔色が悪かった。

 「ありがと、士郎。とはいえ……ちょっとマズいわね。えーと、イリヤ」

 「何、萃香?」

 「ごめん。私はここでリタイヤみたい」

 言い終わるよりも早く、萃香の身体がその実体を失い、霧のようなものへと"解ける"。

 「え……ウソ!?」

 (さっきの一撃で、霊核をごっそり削られちゃった。まだ完全に消滅ってわけじゃ
ないけど、当分は能力を扱って実体を保つことさえ無理ね)

 「当分……ってことは、そのうち復活できる!?」

 (いくらイリヤが膨大な魔力を制御してても、私自身には到底及ばないわよ。
 少なくとも、この聖杯戦争中はムリね)

 「そっ、か……ごめんなさい、私、あなたの力を十分に活かしきれなかった」

 (こっちこそ、大見得きっといて、イリヤを勝たせてあげられなくてゴメン。
とりあえずそちらの3人のお人好しに頼めば、保護くらいはしてくれると思うわ)

 「ちょ……、何よ、お人好しって」

 言いかける凛を手で制して、士郎はイリヤの肩に手を置き、萃香(の意識がいると
思しき場所)の方を向いて、厳粛に頷く。

 「あぁ、わかった。聖杯戦争が終わるまでは、俺達が責任をもってイリヤを匿う」

 背後のほうで、「なんだって私に断りもなく」だとか、「まぁまぁ姉さん」だとかいう
やりとりが聞こえたものの、気にしない方針で。
 いや、あとのお叱りモードのことを考えると、頭が痛いのだが、このシリアスな場で
言うべきことではあるまい。

(そっか。じゃちょっとだけ安心かな。だって士郎は……)

 最後に萃香が何を言ったのか、ただひとりの例外を除いて聞こえなかった。

  -つづく-

--------------------------------
<後書き>

難産です。
すでに26話までのあらすじはほぼ決まっているにも関わらず、この
21話と続く22話が異様に筆がノリません。
しかも今回のは(仮)バージョン。
うまく書き直せたら、修正アップします。


以下、ネタバレなので、読まないこと推奨。






























<今後のダイジェスト>

たぶん書くだけの気力があるかわからないので、一応予告など。


22話
 金色の鎧の男、ギルがメッシュについて紫から警告を受ける一同。
 早急に"汚れた聖杯"を確保するためにも、ムリをおして柳洞寺に向かう6人。
 山門で一行を迎え撃つのは、異様に長い刀を扱う侍、アサシンだった。

23話
 妖夢&士郎コンビにアサシンの相手を任せ、先へと進む凛たち。
 一方、妖夢はアサシンの超絶剣技に翻弄されていた。
 「その年にしてはなかなかの腕前。では、ちょっとした大道芸を披露しようか」
 つばめ返しの軌跡のうち、ふたつまでは両手の剣で受け止めたものの、同時に
 襲い来る3つ目の太刀筋に敗北を覚悟する妖夢。しかし、それは投影した
 白楼剣を持った士郎がかろうじて受け止めていた。
 寺の境内に入ったとたん、大魔術の洗礼を受ける凛たち。とっさに
 アリスが張った障壁でことなきを得る……と思った瞬間、物陰から
 急襲する無手の暗殺者、葛木宗一郎。そちらは咲夜&凛が受け持ち、
 自然とアリス&桜は、キャスターと戦うことに。

24話

 楼観剣をも投影し、刀に蓄積された戦闘経験を読み出すことで、
 ふたりの戦いに介入する士郎。2対1でも強敵だったが、
 何とかアサシンを倒すことに成功する。急いで境内に駆け込み
 膠着状態の2組に助太刀をしようとしたとき、士郎たちだが……

25話
 キャスターたちとの暫定休戦を結んだ士郎達のもとへ、予想どおり
 襲来する英雄王。GOBが開かれんとした瞬間、紫が現れる。
 「今宵こそ、決着をつけるぞ、盗っ人!」

26話
 ギルを紫&柳洞寺組に任せ、衛宮さんチームは聖杯へ。
 だが、闇に満たされた聖杯と言峰に、苦戦を強いられる。
 はたして、勝機はあるのか!?


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