「ついに終わるか…」
自分の体が鉛のように重くなっていくのがわかる。
いままで何度も死線をくぐってきたが、死ぬというのははじめての経験だった。
しかし、そこには恐怖は何もない。生きてきた人生の中でやるべきことはすべてやってきたと思うから。
長い年月を掛けて
武を鍛えた…結果・武神と呼ばれるようになった。
智を磨いた…結果・国の守護者と呼ばれるようになった。
技を学んだ…結果・偉人と呼ばれるようになった。
これもすべては若き日に見た夢が原因である。
学生の時に見たあの夢…戦乱の夢。
そこで俺はかけがいの無いものに出会った。
現実のものではない胡蝶の夢だったのかもしれないが、彼女達と駆け抜け、触れ合い、愛し合った日々は夢というには余りにもリアルに感じたし、なによりも別れ際の彼女の言葉、涙、表情が頭から離れなかった。
あの世界に生きる彼女たちは傑物ばかりであった。
心を通わせ・体を重ねることはできたがあそこで俺ができることといえば、記憶を使って危機を回避した程度のことであった。
戦では役立たず、策を出すにもあの中では余りにも稚拙だった。それでも三国を平定したときには(こんな俺でも…)と思うことはできたし彼女達も俺の働きを認めてくれていた。…だが、俺は消えてしまった。「離れない」と誓ったのに、「いつまでも一緒に」と言ったのに…
「愛している」
といったのを遠い昔の記憶だがいまでも鮮明に残っている。
そんな現実とも取れる夢から覚めた俺は泣いた…声が枯れ、精神が磨耗するまで泣いた。
しばらくは引きこもりのような生活を送った。現実に絶望していたから。
だけど考えた、「このままでは彼女達に顔向けできない…」と誇り高く心優しい彼女達が愛したのはこんな俺ではないと思ったのだ。
だから誓った「いつかまた出会う日のために良い男になってやる」と…
実際、心も体も人としての魅力もそれなりの男になれたのではないかと思う。
たくさんできた知人や友人達からは女性を紹介されたりしたが、彼女達と比べるとどうも見劣りしてしまい結果この年になるまで嫁はもらわなかった。
だが、こんな俺を父のように・兄弟のように・息子のように思ってくれる家族ができたから余り後悔はしていないしそれだけ頑張ってよかったと思っている。
だけど、もし生まれ変わることができたのなら今度は
天和・地和・人和・桂花・風・凛・霞・凪・真桜・沙和・流琉・季衣・秋蘭・春蘭
そして…
「華…琳…」
彼女達と生きて行けたら良いなと願った。
この日…現代の生んだ風雲児 北郷一刀 がこの世から去った。
「…ん?」
気づいたら俺はなにも無い空間に漂っていた。
暑くも無く、寒くも無く、明るくも無く、暗くも無い空間だった。
体を動かそうとしても動かない・目を凝らしてもなにも見えない・感じることは出来るのに確認できない。かなりあやふやな空間であるとわかった。
「ここがあの世…かな」
自分が死んだということは何となく感じていたため、ここはあの世かそれに続く道ではないかと考えた、それにしても…
「本っっ当になにもない」
やっぱしあの世に行くには、三途の川があってお花畑があって鬼がいて閻魔さまがいるというものを想像した俺にとってはこの空間は肩透かしもいいところだった。
「ってなに勝手に地獄行きにしてんだよ… おう!?」
とりあえず溜息をついたら… 背中から寒気を感じ
「どぅふふふ… だぁーーーれだ?」
と目を隠された… 野太い声で。
そこからの俺の行動は速かった… さっきまでの拘束感も無かったかのように抜け出しゆっくりと後ろを確認した、そこには… 三つ編みで紐パンでマッチョな何かがいた
「あらん、一刀様ったら逃げちゃってほんとにもうシャイなんだぶるぅぅぅわぁぁ!!?? 」
俺はそれが言葉らしきものを言い終わる前に、全力全壊で殴る蹴る極めるのコンボ決めた後そこには、血まみれでピクピクと痙攣しながらも恍惚な顔を浮かべるものがあった。
うかつにもそれを目視してしまった俺は
「やっぱ… 無理」
と口を押さえながらこみ上げる吐き気と格闘していた。
吐き気もおさまり気をとりなおして見てみると、今までそこにあったものはケロっとした顔をしながらこっちを見ていた。すると
「んもう、ご主人様ったらいくらびっくりしたからって、ここまでやることは無いじゃない? だ・け・ど、無表情ながらも私を殴る御主人様…思い出すだけで素敵だわん」
などとほざきやがった。もう一回コンボをお見舞いしてやろうと思ってたら
「じょっ冗談よん、じょ・う・だ・ん…だけど怒った顔もス・テ・ぶほわぁぁ!!」
… 思考よりも先に体が反応した。