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[6332] 【習作】 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) レックスサイド更新
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/12/01 12:04
          大好きですっ! お父様♪ (DQ5)



             *** 注意 ***

この作品は、原作と本編に出ているキャラクターで、性格が違うキャラもいます。




~・~・~・~・<設定>・~・~・~・~

・本作主人公(原作娘)
タバサ・エル・シ・グランバニア

・主人公の双子の兄(原作息子)
レックス・エル・ケル・グランバニア

・主人公の父親(原作主人公)
リュケイロム・エル・ケル・グランバニア

・主人公の母親(デボラ)
デボラ

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

2009/02/04 18:41 第一話投稿

2009/05/06 19:02 第五話修正+オマケ『その頃のレックス君』加筆

2009/05/08 23:18 第六話投稿

2009/05/09 20:25 第六話『その頃のレックス君』加筆

2009/08/16 15:12 第七話投稿

2009/08/17 16:57 第七話『その頃のレックス君』加筆





初めましての方は初めまして!
また、私を見覚えのある方はお久しぶりです!

スクエニ板で投稿させてもらっている、ノンオイルと申します。

あっちで連載している作品が、微妙にスランプっぽくなっており、続きがなかなか書けないので、気分転換という感じで書いてみました。
かなりやっちゃった感のあるネタですが、楽しんでいただけると嬉しいです。

また、感想をいただけるとすっごく喜びます。
よかったら何か書いていってください m(_ _)m



[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第一話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/12/01 12:05
勇者レックス・エル・ケル・グランバニア一行が魔界の大魔王、ミルドラースを滅ぼしてから一年がたった。
町や村々に住む人々は、その恩恵に感謝しつつ、幸せな日常を過ごしていた。

ここ、グランバニア城も、この一年の間は、王の帰還により様々な事後処理などで慌しい日々を送っていたが、それでも王の健在な姿は、街の人々に安心をもたらし、その顔々から笑顔が消えることはなかった。
その慌しい日々も、一年という時間が過ぎ、大分落ち着いてきていた。

今日もグランバニアの空は平和である。






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第一話 ~






「……はぁ」

グランバニア王女、タバサ・エル・シ・グランバニアは、ため息をついていた。
街全体の穏やかな景色を見下ろせるこのテラスは、彼女のお気に入りの場所だった。
にもかかわらず、胸の内にモヤモヤと漂うこの感情は、なかなか晴れてくれそうにない。

グランバニアの住民に、濡れ羽色と称えられるさらさらな漆黒の髪を、細い指先で弄りながら物憂げなため息をつくその様子は、先月11歳になったばかりとは思えないほどの色気があった。

「……はぁ」

かれこれ数日はそうしているだろうか。
彼女を幼い頃から世話をしている使用人達は、その理由がわからず、胸を痛めてタバサの様子を見守っていた。

「……お父様、まだ帰って来ないのかしら」

彼女の父、グランバニア国王であるリュケイロム・エル・グランバニアは友好のために、隣国へと出向いている。
すでに一週間がたっており、そろそろ戻ってきてもいい頃だろうが、初めから滞在日数などは決めていなかったため、まだまだかかる可能性もある。
その可能性を思うと、タバサは憂鬱なため息を抑える事ができなかった。

後ろで控えていた一人のメイドは、その呟きを聞き、ここ数日の彼女の主のおかしな様子に得心がいった。
なるほど、彼女のかわいい小さな主は、大好きなお父様と会えなくて、その小さな胸を痛めていたのね、と。

「リュカ王はきっともうすぐお帰りになられますよ、タバサ様。……そうです! もしかしたら今日にでも帰られるかもしれません」

「ふふっ、そうですね」

儚げに笑うタバサの様子に、なんとか元気を出していただきたい、と、メイドは明るい調子で元気付けようとしている。
そのメイドの様子を見てクスリと笑うと、タバサは先ほどまでとは少しだけ違った調子で声を出す。

「こんな様子をお父様が見たらがっかりなさるでしょうね、しっかりしないと…」

「そうです、その意気ですよっ、タバサ様!」

そして表面上は穏やかな時間をすごすタバサだったが……心の中では実は先程と大した変わりはなかった。

(あぁ……お父様。早くお会いしたい…、早く抱きしめて頂きたい、早く耳元でその素敵な声で優しく『ただいまタバサ』って囁かれたい。……そして、わたしは真っ赤になって、目を閉じるの。お父様は仕方ないなって風に微笑んで、わたしの顔をソッと上に向かせると………………はうぅ。……おとうさまぁ……ん)

否、大した変わりどころか、先程よりも悪化していた。
にも関わらず、誰にもそれを悟らせない、そのすました表情は、さすがは王族、といった所なのかもしれない。







使用人達を全て下がらせ、すでに冷めてしまった紅茶を飲んでいると、聞き覚えのある声と共にドタバタと音が聞こえてきた。
すぐにその音の原因に察しのついたタバサは、隣の椅子に置かれていたクッションを手に取ると、扉の方へと顔を向ける。
……と、その数秒後、バタン! という大きな音とともに、一人の少年が飛び出てきた。

「タバサタバサタバサッ!! あっ、やっぱりここにいたん「うるさいっ」…へぶっ!?
……うぅ、痛いよぅ、たばざぁ……」

扉を開いて避ける間も無く飛んできたクッションをその小さな顔に受けて、赤くなった鼻をさすりながら涙目で抗議する。
この少年こそが、現代の伝説の勇者、レックスその人であろうとは、この場面だけを見たら誰も予想がつかないに違いない。

「廊下は走らない、って教えたでしょ、レックス。それと、そんなにわめかなくても聞こえてる」

「うぅ……、だからって、いきなり酷いよぉ……」と、涙混じりに小声で文句を言いつつも、仕返しもせずにクッションを椅子にいそいそと引きなおす姿は、完全に姉に尻にしかれた哀れな弟のように見える。
……事実、その通りなのではあったが。

「なんか言った!?」

「ひっ! う、ううん、なんでもないですっ!」

その情けない少年の姿もアレではあるが、その少女の姿も先程の様子とは全く違っている。
しかし、少年を完全に支配している様はかなり堂に入っており、こちらが素の彼女の姿であろう事は想像に難くない。

まぁ、何の事はない。
彼女は普段は猫をダース単位で被っていた、というだけのことだ。

「……で? 何の用よ、そんなに慌てて」

クッションを引きなおさせ、さらについでにお茶のお代わりを入れさせて一息つくと、タバサはレックスに問いかけた。
その言葉にレックスは用事を思い出し、またソワソワと落ち着きがなくなる。
その様子を(まだまだ子供ね……、しもべとしての教育が足りなかったかしら。お母様の言うとおりにやったはずなのだけど……)と、双子の片割れに対しての感情としてはいささか問題のある事を考えているタバサは、しかし、レックスの次の言葉に我を忘れることとなる。

「そう、そうだった! タバサッ、お父さんが帰って………って、あれ…?」

言葉を最後まで聞く事なく、風のようにその場を走り去るタバサ。
さすがに、『天空の勇者』に並んで『最強の魔女』と称えられるだけの事はある。
本気になった時の素早さが、はぐりんといい勝負だったのは伊達ではない。

「早……って、タバサも走ってるんじゃん。……うぅ、ねぇ、待ってよタバサぁ~~」

一人置いていかれたレックスは瞳に涙を一杯に溜めると、タバサの後を追って、走らずに歩き出した。
健気である。

……なお、他人にどう見えるかは知らないが、実際はレックスが兄で、タバサが妹であったりする。
まぁ、どうでもいいことなのではあるが。








「お父様ぁぁぁぁっ!!」

「おっ! っとと。危ないじゃないか、タバサ」

タバサは力いっぱい父の胸に飛び込むと、顔をグリグリと擦りつける。
ついでに、息を思いっきり吸い込み、愛する父の匂いを堪能する。

(あぁ……おとうさま、すっごくいい匂い……んんっ……それに、あったかぁぃ……)

「ははっ、まったく、いつまでも甘えん坊だな、タバサは。
……ただいま、タバサ」

リュカは優しげな眼差しで可愛い愛娘の頭を撫でる。
タバサは、その大きな手の感触に目を細めると、髪を梳かれる心地よさに酔いしれる。

「おかえりなさぁい、お父様ぁ……。
……くぅん……ん~っ。……ん~~~~~っ」

「ん? どうした、顔を突き出したりして?」

あまりの心地よさに、頭がぼーっとしていたせいか、いつの間にか無意識にキスをねだる様に、目を閉じて唇を突き出す格好になっていた。
当然、爪先立ちで少しでも唇を父の唇の近くへと近づけるように、である。

「え、えへへ……なんでもな~い」

リュカの声に自分の体勢に気づき、ポッと頬を赤く染めて舌をペロっと出す。
その様子に苦笑するリュカ。

(よかった、さっきの気づかれてないみたい。……お父様って鈍いからなぁ……。助かったけど、ちょっと残念、かも)

ビアンカ姉さまやフローラ姉さまが嘆いていたのがよくわかるなぁ、と考えながらも、リュカの腕の中にいる幸せから、ふにゃっ……となってしまう。
リュカもそんな風に愛娘に慕われて嬉しくないわけがなく、結果、いささか親娘にしては行き過ぎな甘い空間を形成していた。

「ちょ、ちょ、ちょっと、リュカッ! なにデレデレしてるのっ、離れなさい! ほらタバサも!」

「お、おい、何怒ってんだよ、デボラ」

そんな空間に、たまったものじゃない、と、デボラが親娘の間に手を差し入れる。
当然、タバサは引き離されまいと、さらにリュカへとしがみつく。
結果、タバサとデボラの間には見えない火花が散った。

この最悪のタイミングで帰ってきたレックスは、母娘の異様な雰囲気に飲まれて、父や母に甘えるタイミングを逃し、一人寂しく涙をこぼしていたが……、まぁ、それは置いておこう。

腕にしっかりスラリンを抱きしめ、慰められて俯く姿は、愛くるしくてたまらなかった、とは、その光景を見て悶えていたメイドさん'sの言葉。

「タ、タバサ、リュカも疲れてるんだから、あまり無理言っちゃダメ、で、しょっ」

「デ、デボラ、別にそこまで疲れて「リュカは黙ってて!!」……はい」

デボラに睨まれて身を竦める姿はレックスによく似ていた……いや、この場合逆だろうか?
とにかく、レックスの勇者としての能力や資質は母の血の方が濃そうだが、性格としては父の血が濃かったようだ。



男二人を弁護するわけではないが、デボラにしろタバサにしろ、普通の女性ではない。
あの大魔王を倒したとき、実際に戦闘で戦っていた、世界でも有数の実力者なのだ。
タバサの魔法はもちろん、デボラも強力な魔法を使えるし、さらには『ネイル』という特殊武器を使った攻撃はかなり痛いのだ。
イオナズンやマヒャドの威力を身体に教え込まれたレックスや、ベギラゴンやネイルの傷跡をその身に刻まれたリュカが身を竦めてしまうのは無理もないだろう。
当然、リュカもレックスも普通に戦えば強いのだが、そこは二人の生来の性格や女性に対する優しさがたたってしまい……後は想像がつくだろう。
かくして、女性上位なリュカファミリーが形成されてしまったわけだ。



「お父様も疲れてないって言ってるし、いいじゃない! お母様はこの一週間、お父様に甘えてたんでしょ!?」

レックスとは逆にタバサは、魔物に好かれるという稀有な父譲りの才能を持っているのだが、性格は母譲りのものが強そうだ。
なかなかに上手くできている。

「なっ、わ、私は別に甘えてなんてっ!」

タバサの思わぬ反撃にデボラは顔を赤く染めて手の力を緩める。
全く考えてなかった反撃を無防備に受けてしまい、デボラはこの一週間の日々を思い起こしてしまった。

いつもの日常のような会話をしながらも、暇さえあれば絡めていたリュカの指先の感触を思い出し、照れ。
照れ隠しに命令して困らせて、その困ったリュカの顔を楽しみ、そしてその優しさに甘えていた自分を自覚しながらも、手放したくない幸せに頬が緩んでいた事を思い出し、にやけ。
城で生活するようになって家族4人並んで寝る事が増え、また、しばらく忙しかったためにご無沙汰していた愛を交わす時間を、この一週間で取り戻すどころか追い越してしまった感のある愛欲の時間を思い出し、赤面し。

そんな一週間を思い出して顔が熱くなるのを抑えられない。
助けを求めようとリュカの目をそっと窺うが、リュカもこの一週間を思い出したのか真っ赤になってこちらを見つめてきて、二人で目と目で通じ合う、なんていうベタな演出をする事となってしまう。

(ぅ~~~~っ、なんか面白くないっ!)

自分が言った事とはいえ、夫婦、というよりは初々しいカップルといった様子の両親を目にすると、どうにも悔しくなってくる。
どんな一週間だったかはしらないが、二人の様子を見る限り、想像と大して変わりはなさそうだし。
二人は夫婦なのだから、しかも自分は娘なのだから嫉妬するのは間違いと思っていても、それでも、と思ってしまう、乙女心なのだ。

自分の事を思い出して欲しい、とギュッとリュカに抱きつく手に力を入れながら、胸に顔を埋める。

「それに……、寂しかったんです。すごく…。またお父様と、ついでにお母様がいなくなってしまったように感じて……」

その言葉を聞いて、二人はハッと冷静になる。
リュカは、以前親二人が石像になってしまい、タバサとレックスに寂しい思いをさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

そして、デボラも、『ついでにって何よっ!』と思わないでもないが、それでも愛する娘を悲しませていたことに関しては自分を責めたい気持ちでいっぱいだった。
タバサのリュカに対する態度に、思わないことがないでもないのだが、それはそれとして、タバサは、もちろんレックスも、自分のお腹を痛めて生んだ、愛する子供なのだ。
それに、仲が悪いのかと言えば、そんなことは全くない。
……たまに、そう、たまに、タバサのリュカを見る目に、行き過ぎた愛情を感じて不安を感じる事があり、そういう時はついついケンカっぽくなってしまうだけなのだ。

さて、しかし、そこで寂しそうに呟いていた本人といえば。

(……ふふふっ、これでお父様もわたしを見てくれる。お母様も少しの間は邪魔してこないだろうし、こうなったらさっさと今のうちに既成事実を作っちゃえば……!)

と、リュカの胸でにやけそうになる口元を隠しつつ、黒い事を考えていたのだが。





そして。

「うぅ……ボクもあの中に入りたいよぅ……グスン」

忘れられていたもう一人の愛すべき子供がいたとかいないとか。



[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第二話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/12/01 12:46



          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第二話 ~






(既成事実……かぁ)

あの後、タバサはめいっぱいリュカに甘え、ついでにちょっとだけデボラに甘えて満足し、自分の部屋へと戻ってきていた。
やはり、悪巧み考え事をするには自分のフィールドがいい、ということなのだろう。

(既成事実を作りたいのは山々なんだけど……難しいかなぁ……)

お母様の顔を思い浮かべる。
お母様、デボラお母様は、自分から見ても、とても綺麗で魅力的な女性だ。
わたしやレックスを生んだとは思えない程若くて美しいという賛辞を、色々な人から受けている場面をよく目にするけど、実際、お母様は若そうではなく、若い、のだ。
10年も石にされてしまっていたため、実年齢は32歳だけど、身体の年齢はまだ22歳。
スタイルもお肌も、とっても綺麗で正直わたしに勝ち目なんて全くない。
一緒に風呂に入ったときに見たお母様の胸を思い出す。
すっごく柔らかくて綺麗だった。
乳首は鮮やかな赤で張りがあって。
さわるとすっごく柔らかいの。
それに比べて……はぁ。
自分の胸をペンペンと触る。
むにゅっ、ではなくせいぜい、ふにっ、というくらいしかない胸。
まだ11歳なのだから、大きくなるのはこれからだということはわかってるけど、それでも寂しいとしか言いようがない。

お城の兵士達は、やっぱり女房は若い方がいいとか言ってたけど……。
確かにお母様よりわたしは若い。
そこは勝ってる部分だろう……他は負けてるけど。
でも、若いって言っても、お母様も十分若い以上、大して有利なわけじゃない。
いや、むしろ、若すぎるってことで、不利なんだと思う。

(そういえば、一緒に魔王退治の旅をした兵士のピピンは、わたしの事すっごく可愛いとか、萌え? とか、小さいのはステータスだっ! とか言ってたけど……でも、そういう“ろりこん”(だったかな? ドリス姉さまがそう言ってた)な人って少数派だと思うし……。ビアンカ姉さまも、フローラ姉さまも、マリアさんもお母様も。お父様の周りにいる女の人たちを見れば、お父様がその“ろりこん”とは思えないよね。やっぱり、大人の魅力で攻めないと……)

部屋のベットに寝転んで、枕に顔を埋めてウンウン唸っていると、トントン、とノックをする音が聞こえた。
体勢を直して椅子に座り、鏡で髪を整えてから、どうぞ、と声を掛ける。

「やほー、タバサ~! 遊びにきたよ~」

「あ、ドリス姉さまっ! いらっしゃい!」

この女性はドリスといい、リュカの従兄妹、つまりオジロンの娘にあたる。
リュカとデボラが石像にされていた8年間、タバサとレックスの面倒を見ており、二人にとっても本当の姉といっても過言ではない女性だった。
当然、両親二人が助けられた後もその関係は変わる事はなく、こうしてたまにフラっとタバサの部屋へと遊びにきていたりしていた。

(そうだ、ドリス姉さまならっ!)

しばらくお茶をしながら歓談に花を咲かせていたのだが、タバサは先ほど考えていた事をドリスに相談する事に決めた。
静かにタバサの話を聞いていたドリスは、可愛い妹分の相談事に頭を捻らせる。

「要約すると、そのメイドには落としたい男がいて、抱いて欲しいと言ってるんだけど、どうアドバイスしたらいいですか……って事かな」

「え、えっと、その……そう、です」

ドリスのあからさまな言い方に少し頬を染めるタバサ。
色々とませた事を考えはしても、所詮まだ11歳。
さすがにこう直接的に言われると照れてしまう。

ここでメイドの話、という事にしたのは、自分の話であることを隠そうという事だった。

(うん、メイドってのは100%嘘だね。いや~、それにしてもあのちっちゃかったタバサがねぇ、大人になったもんだ、うんうん)

もっとも、当然のごとく、付き合いの長いドリスには全て見透かされていたのではあるが。
ドリスには、王女だから、恋愛は禁物、政略結婚をすべき、等と言う考えはない。
自身が奔放な性格だったという事もあるが、そんな事は抜きにして、この小さな妹分には自分の幸せを追求してもらいたかったのだ。

タバサに限らずレックスも、一番甘えたい盛りに両親がいない、という寂しい子供時代を過ごしてきたのだ。
いくら自分が目をかけていたとは言え、寂しくなかったはずがない。
仕方のないこととはいえ、一時期は従兄の事を恨んだ時期もあったものだ。
まぁ、すぐにタバサ達二人にバレて、涙ながらにお父さんとお母さんを悪く言わないで、と言われてしまったのだが。

そんな事もあり、二人の頼みはよほどの事がない限り受けてやりたい。
さっき挙げただけでも十分その理由になるのに、この子達は世界の命運なんていう大きな荷物まで背負わされたのだ。
断る事などありえない。

(問題は……相手、がねぇ……)

ドリスはタバサの相談話の主人公が当然タバサで、そしてそのお相手が誰か、という事も想像がついていた。
この子が生まれた時から一緒にいるのだ、わからないはずがない。
まぁ、それだけに、わかりすぎてしまい、今悩んでいたのだが……。

(従兄さんも罪作りな人だね、まったく。まぁ、タバサの気持ちもわからないでもないけど、さて、どうしたものかねぇ……)

うーんうーん、と唸って考えていると、そっと袖を引っ張られる感触がする。
目をやると、少し瞳を潤ませて、上目遣いで見上げるタバサ。

「ぅ゛……! わ、わかったわかった、おねーさんに任せなさい! だから、そんな目でみないのっ!」

「ありがとうっ! ドリス姉さまっ、大好き!」

両手を挙げて降参したドリスは、タバサが抱きついてくるのを受け止めながら頬を緩める。

(まったく、かなわないね、この子には……)



全面的に協力する事に決めたドリスは、しかし、今度はその難題に頭を悩ます事になる。
タバサの要望では、大人の色気で、という事だった。
しかし、タバサの身体では……その、難しいといわざるを得ない。
それよりも、タバサの今の魅力で勝負した方が絶対にいいと思うのだが、なぜかタバサは頑なに頷こうとしない。
理由を聞いてみると……。

「だって、おと……じゃなくて、えっと、その人、ろりこんじゃないですし……」

すでにタバサの話で進めている以上、隠しても仕方ないのに、と微笑みながらも、ドリスはタバサの話に耳を傾ける。

こういうことらしい。
タバサ→胸ない→ろりこんは好き。
ろりこん=ピピン≠お父様、と。

つまり、ピピンの印象が強すぎて、固定観念が生まれてしまい、そっち方面で攻めるのは無理だ、と決め付けてしまっているらしい。
その認識を壊そうと色々話してみたのだが、ピピンの印象はさらに強かったようだ。

(……よし、後でピピン絞める!)

新米兵士の運命が本人のあずかり知らぬところで決まったのは置いといて。
仕方なしに、大人の色気路線で考えてみる。

(大人の色気、色気、色気……ねぇ。……ぁ、そういえば)

「そういえば、デボラさんが前に言ってたんだけど、従兄さんが、デボラさんにどうしても着て欲しいっていう鎧があったんだって。すごくエッチで、デボラさんは断ったって言ってたけど、もしかしたらそれを着たら……」

「ど、どこにあるんですか、それっ!」

タバサはそれを聞くと、ドリスに詰め寄る。
少し頬が膨れて機嫌が悪そうだったのは、『わたしに言ってくれればいつでも……』と思ったためかは定かではない。

「ちょ、ちょっと、落ち着いてって。デボラさんの断り様から、どんなに頼んでも無理だって思ったみたいで、元の場所に戻しにいったって言ってたけど……。
どこだったかな、……えっと、確か、そう、階段の下の隠し部屋って言ってた ――」

そこまで話したとき、フッと風が通り過ぎたかと思うと、ドリスの目の前にいたタバサがいつの間にか消えていた。

「―― っけ、って早っ! ……ふぅ、どうなることやら。ふふふっ、がんばれよー、少女」

ドリスはタバサの出て行った扉を楽しそうに眺めていたが、ふと真面目な顔になって呟く。

「……でも、従兄さん、あの子に迫られてどんな反応するんだろう」

深刻そうな表情と口調の割に、やはりどこか楽しそうなドリスだった。







タバサは、城の一番大きな階段の前を手を組んで見上げていた。

「……どうしてボクがここにいるの?」

ここに来る途中、ノンビリ歩いていたレックスを攫ってきたのだった。
正確な場所がわからないなら探すしかない。
それなら人では多い方がいいだろう、というわけだ。

「いいから、手伝いなさい。お姉さんのいう事が聞けないの?」

「いや、僕がおに……ううん、なんでもない、です」

レックスの抗議は一睨みで押さえて、指示を出すと、自分も隠し部屋がどこにあるのか考える。

(階段の下って言ってたわよね……地下ってことかしら。階段が終わった辺りのタイルを探してみたらあるかな……?)

「隠し部屋かぁ、そんなのあったんだねぇ。階段の下、っていうと、こっち……かな?」

見落しがないようにジックリと床を観察するタバサの横を、レックスはノンビリと呟きながら歩く。

(床は……なさそうね、地下室じゃないのかしら。階段の下……、何かの暗号かしら? 下、した、舌……? 舌ってことはないわよね。それじゃぁ、SITA……たし、さち…意味わからないわね)

「こっちはない……か。でも、叩くと確かに中空洞っぽいんだよなぁ。それじゃ反対側かな?」

頭を高速で回転させながら謎を解き明かそうと躍起になっているタバサの前を通り過ぎて反対側へ。

(地下室っていうのが正しいとするなら……もしかしたら、ここじゃなくて、地下牢のどこかからここまでの道が隠されてたりするのかしら)

「ン~………あっ、なんかでっぱりがある。ポチっとな♪」

カチっという音と共に隠し扉が開く。
その様子に心躍るものを感じながら、レックスは考え込むタバサに声を掛ける。

……が、タバサは考え事をしていてなかなか気づかない。

(ああでもない、こうでもない……うーん、どうしたら……、後ちょっとでお父様を悩殺できるっていうのに!!)

「ねーねー、ターバーサ~! 隠し部屋見つかったよ~」

「あぁもう、うっさい!! 何よっ! 考え事してるの、静かに……って、今なんて?」

「だから、隠し部屋みつかったよ、って」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………どこ」

「そこ」

確かにレックスの指の先には先程までなかった入り口が現れている。
それを確認するとタバサは無言で歩き出す。

「え、ちょ、ちょっとタバサ?」

「さっさと中にはいるわよ。レックスも来なさい」

「ちょ、タバサってばぁ! ……ボクが見つけたのに」

レックスは先に入ってしまったタバサを追いかけて、とぼとぼとその後を追った。




隠し部屋の中は酷くゴチャゴチャしていた。
何に使うのか、用途のわからない道具、もといガラクタの山。
虫食いはないようだが、埃にまみれた、年季の入った本の数々。
そこは隠し部屋というより、忘れ去られた物置とでも言うべき部屋だった。

タバサとレックスは明かり代わりに魔力で灯を灯して中を興味深く眺める。

「こんな部屋があったんだねぇ……。へへっ、なんか秘密基地みたいで面白いね!」

冒険心を刺激されて喜ぶ兄を放って、タバサは置かれている道具や箱を一つ一つ確認していった。
レックスもそれにならって確認し始めるが、すぐに何を探しているのか目的の物を知らない事に思い至り。
聞いてみても秘密といわれてしまえばする事がなくなってしまう。

というわけで、部屋の探索をすることにした。
部屋の大きさはそこそこ大きく、歩き回る余裕も十分にあった。

しばらく歩き回っていると、ふと不思議な感覚を覚えて立ち止まる。

「えっと……なんだろ? これ……ううん、このもっと奥?」

目の前の邪魔な鎧をかきわけ、奥へと入り込んでいく。

「これ……じゃなくて、これでもなくて……」

どんどんと物を押し分け先へと進んでいくと。

「あれ、行き止まり?」

当然、壁にぶち当たる事となる。
不思議な感覚に誘われてきたのに、何もない、という結果に首を捻り、踵を返そうとした瞬間、またその感覚が強くなる。

「ここ……ううん、もっと奥がある?」

よくわからない確信に後押しされて、辺りを手探りで弄ると、変な感触と共にカチリ、という音がして、床の一部が動き始めた。

「わ、わわっ、わっ!?」

慌てて飛びずさって床を見ると、さっきまでレックスの立っていた場所にはポッカリと穴が開いて、奥へと階段が続いていた。

「お、おぉ~~! すごい、また隠し…階段?」

この発見の驚きと喜びを共有したくて、すぐにタバサのいた場所へと戻った。



(………す、すご……い)

タバサの手には、今回の探索の目的でもある戦利品、『エッチなしたぎ』が握られていた。

(わっ、わっ、これ、スケスケ! こ、こんなの着て見せたら、さすがのお父様も興奮しちゃうよね!)

それは、大事な所は辛うじて隠れる程しか隠さず、しかし他の部分は何気に隠す場所の多いという、下着としては全く意味のなさないだろうデザインの物だった。
身体全体で隠す面積を考えたら、なかなかに多い。
それこそ、これよりも面積の小さい下着などいくらでもあるだろう。
しかし、この下着は、他の部分をあえて隠すことで、大事な部分を強調する作りにすることで、見る者を挑発する物となっていた。

自分がこれを着けているところを想像するだけで顔が熱くなってしまう。

(お、お父様、喜んでくれる……かな。ふ、ふふっ、お父様、お母様、わたしは今日、大人になります! へぅ……えへへっ)

大人にしてもらう相手とライバルに断りながら、頭をふわふわさせてにやけるタバサ。

「タバサッ!! ぐえっ!?」

「っ!!」

突然現れたレックスに驚き、反射的に蹴りを叩きこむ。
少年が痛みに呻く間に、下着はポケットへと退避済み。

「い、痛いよタバサぁ……」

いきなり何するの、と抗議をするレックスに謝りながら手を貸す。

「ごめん、ゴキかと思ってちょっと驚いちゃった。てへ」

てへ、と言いながらも、その言葉に抑揚はなく、棒読みもいい所。

「ひ、ひどいよ……」

正確にその事を読み取り、打ちひしがれながらも、気を取り直してなんとか自分の戦果を伝える。

「うぅ……っと、そうだ、タバサ、すごいんだよっ! 奥に、さらに隠し階段があってさ!」

「へぇ~。すごいすごい。
それじゃ、部屋に戻りましょうか。埃っぽくなっちゃったし、シャワー浴びないといけないから。……シャワー……ふふ、隅々まで洗わないと」

赤くなってブツブツ言いながら背を向けるタバサを、レックスは慌てて呼び止める。
否、服を掴んで実力行使で止める。

「へ? ちょ、ちょ、ちょっと待ってよタバサッ!! ここまで付き合ったんだからさ、次はボクに付き合ってくれてもいいだろ?」

「イヤ」

「そんなキッパリ!? ねー、頼むよ、タバサ~~!!」

タバサは別にいつもレックスに冷たいわけではない。
今はもっと大切な事があるせいで、他に目を向ける余裕がないだけなのだ。

「イヤ。わたし、これから大事な用事があるの。手を離して」

「いや、ちょっとだけだからさぁ! ねっ! 10分、ううん、5分だけでもいいからさっ! 一緒に隠し部屋行ってみようよ!」

ねーねー、と駄々っ子のように繰り返す兄を見てると、イライラしてくる。
わたしにはしたいことがあるのに、と。
しかし、実力行使をしようにも、魔法やお母様譲りのネイルを使えば、一歩間違えたら大切なエッチなしたぎが切れてしまうかもしれない。
こんな成りや言動をしていても、レックスは勇者だ。
本気になったらわたしの蹴りやパンチでは止められるわけもない。
そして、今のレックスは一見するとまるでただの子供のようであるが、だからこそ本気なのだということがわかる。
たぶん実力行使しようとしたら反撃してくるだろう。
それにこうして問答してるだけでもどんどん時間は経っていく。

「……はぁ、わかったわよ。5分だけだからね」

「おぉ! やった~!! それじゃ、タバサの気が変わらないうちに早く行こう!」

仕方ない。
お父様、すぐに綺麗にして行きますので、それまで待っててくださいね♪





「……で?」

レックスに連れられて着たはいいけれど、階段を降りていってたどり着いたのは、ただの小さな部屋。
荷物、否、宝物なんて何もなく、ある物といえば突き当たりの壁に掛かっている一枚の絵、のみ。

「あ、あはは、何にもなかったね」

レックスは額に冷や汗を滲ませながら、乾いた声で笑う。
タバサはそんな様子を冷ややかに見つめていたが、諦めたようにため息をつくと、踵を返す。

「……ふぅ、もういいでしょ? 戻るわよ」

「あ、ちょっと待って、せっかくだから、あの絵だけ見てこうよ」

「……はぁ、わかったわかった、わーかーりーまーしーたっ!」

毒を食らわば皿まで、の精神でその絵を覗き込む。
その絵は一言でいえば、よくわからない、これに尽きた。
青と白を基調にした渦巻きの絵で、そして所々に時計の絵が書き込まれている。
二人は全く同じタイミングで首をひねる。

「なんだろう、これ。時計?」

「みたい……ね。……あと、これは旅のとびら?」

「あぁ、ホントだ、似てるね」

「……なんなんだろ、これ。まぁ、どうでもいいけど。……さっ、もう気が済んだでしょ? 部屋に ――」

戻るわよ、と、そう続けようとしたその時。
絵がボンヤリと光を放つ。

「「えっ?」」

二人で驚いて絵を見つめていると、時計が全てぐにゃりと曲がり、渦巻きがぐるぐると動き出す。

「え、な、なに、これ?」

「わかんない! でもなんか変な感じがするっ、逃げるよ、レックスっ」

「う、うん!」

二人がそこから慌てて離れようと背を向けた瞬間、目を開けていられない程の光がその小部屋を満たし、二人は意識を失った。

この部屋に第三者がいてその光景を見ていたらさぞかし驚いた事だろう。
なぜなら、二人の子供達は、絵の中に吸い込まれて消えてしまったのだから。

光が収まって静寂を取り戻した小部屋には、何も残っていなかった。






[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第三話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/05/06 02:08
わたしとレックスは、この世界に二人ぼっちだった。
……そう、思っていた。

今ならわかる。
お爺様やお婆様にオジロンおじ様、サンチョさんにビアンカ姉さまにフローラ姉さま。
メイドさんや乳母さんに執事さんといったお城の人達。
……そして、大好きなドリス姉さま。
みんな……、みんな良くしてくれた。
こんなにも多くの人達に愛されていて、わたし達は幸せな生活を送ってきていたのだと。

それでも、物心がついたばかりの頃は、お父様やお母様がいなくて、まるでこの広い世界にレックスとたった二人で取り残されてしまっているかのように感じていた。

もちろん、わたしは誰にも心配かけまいと、そんなそぶりを誰にも見せないようにしてきたし、きっとレックスもそうだったのだろうと思う。
……まぁ、レックスはたまに暗い顔してたけど、そういう時はヒャドで無理やり笑顔に凍らせてたから、大丈夫。



それでも……ふとした拍子に、そんな仮面が外れてしまう事もあった。
それは、お父様とお母様の姿絵をレックスと二人で手をつないで見上げていた時。
それは、テラスから街を眺めていて、仲の良い親子の笑顔を見てしまった時。
それは、お父様(とついでにお母様)と一緒に笑ってた、優しくて残酷な夢から、真夜中に目が覚めてしまった時。



そんな時は、どうがんばっても笑顔を浮かべることができなくて……。
お父様の姿絵(全身ver)を胸に抱きしめて眠ったのだった。
ただただ暮らすだけの日々。
それが……一番辛かった。


6歳になってからは、お父様(+α)探索の旅に出る事を許してもらえるようになって、ただ待つだけじゃなくなった。
お父様を探してるんだ、っていう実感があって、その旅の間は寂しさを忘れる事ができた。

……そして二年にも及ぶ長い旅の果てにストロスの杖を手に入れて、お父様の石像を見つけた時!
あの時の感動は、一生忘れないと思う。


凛々しいお父様の石像。
右手で杖を前に掲げ、左手でマントを翻して何かを ― たぶんお母様を ― 守るような格好で。
険しい顔で虚空を睨みつつも、ただ鋭いだけじゃなくて優しさをも秘めた瞳。

それはどんなおとぎ話に出てくる英雄よりも英雄で。
これが……、この人がわたしのお父様なんだ!
そう思うと、涙が出てきそうな程に誇らしかった。


サンチョさんに促されて、震える手で解除の呪文を唱えると、それまで灰色一色だった硬い身体に、鮮やかな色と鼓動が息づく。

不思議そうな顔で『ここは……?』と呟いた声を聞いた瞬間、わたしのまだ小さかった胸が『ドクンッ!』と大きく脈打つのを感じて……。
気がついたら、お父様の胸に飛び込んで涙を流してた。

あぁ、この人が、わたしの……、わたしだけのお父様。

この人が、わたしの大好きなお父様。

お父様の胸に顔を埋めていると、暖かくて、嬉しくて、幸せで……、なのに、涙はちっとも止まってくれなくて。

この暖かくて幸せな気持ちが……、抱きしめてもらってると胸がドキドキして苦しくなって……、でもとても心地良い気持ちが……。

これが、わたしの“恋”。

そして、この人こそが



――――――――― わたしの愛しい“運命の人”






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第三話 ~






暖かな日に照らされ、その色を鮮やかにする草原。
少女はその身を草花に優しく包まれながら、そよ風に頬を緩めていた。
風に吹かれた草に顔をくすぐられ、甘えたような声を上げると、ゆっくりと目を覚ます。

「……んぅ……ここ…は?」

その少女 ―― タバサは、少しの間微睡んでいたが、意識がハッキリしてくると勢い良く身を起こす。

「シャワー浴びないとっ! ……って、外?? ここ、どこ…?」

さっきまで確かに狭い小部屋にいたはずなのに、なんでこんな所に?
辺りを見渡すと、草原と道と海と……小さな波止場が傍に見えた。
全く見覚えの無い場所で、少なくともグランバニアの領内ではないことは確かだった。

辺りには誰もいないし、気を失っている際に誰かに連れてこられたという可能性は低そうだ。
拘束もされないので、誘拐の可能性も無い。
……『最強の魔女』を誘拐するリスクを考えればするような輩はいるはずも無いが。
しかし、だからといって、こんな場所に自分で来た覚えはまったく無い。

何か手がかりにならないか、と、タバサは気を失う前の記憶を辿っていく。

(え~っと……ドリス姉さまに“エッチなしたぎ”の事を聞いて、レックスと一緒に隠し部屋探して、下着を見つけて…っ! そう、下着、下着は!?)

慌ててポケットに手を入れると、手にはサラッとしたシルクの柔らかな感触。

(よかったぁ、無くしたら泣くに泣けないものね。お父様に着て見せるまでは大事にしておかないと。…ふ……ふふっ、楽しみ♪ 早くお父様に包まれ………コホン。
……え~っと、そう、下着を手に入れて、レックスがうるさいから隠し部屋についていってあげて……そうだった、そこで変な絵をみたのよね。で、帰ろうとした時、光ったと思ったら……。………結局、なんでここにいるんだろ??)

結局思い返してみても、わかった事は何も無い。
ただ、この現状がレックスのせいで起こった出来事だっていうことだけはわかった。

(うん、レックス、後で絞める!)

長年一緒に過ごしていたからだろうか。
敬愛する姉とよく似た事を考えるタバサ。

とりあえず思考に決着をつけた所で、さっさと家に戻ることにする。
グランバニアを思い浮かべ、移動呪文を唱える。

『ルーラッ!』

「…………………あれ?」

呪文を唱えるも、何も起こらない。
いつもなら、唱えた次の瞬間には目的地に着いていると言うのに。

「ルーラッ! ……ルーラルーラルーラルーラルーラー!!」

うんともすんとも言わない。

「えぅ……、何でよっ!! ……ルーラッ!! ……うぅ~~」

何度唱えようとも魔法の発動する気配は全く無い。
混乱する頭を何とか働かせて原因を考えようとするが、思考がまとまらない。

「……も、もしかして、魔法使えなくなっちゃった!?」

考えたくも無い可能性に青ざめて、試しに虚空へ向けて『ヒャドッ!』と唱えると、氷の塊が通常通りに現れ飛んでいく。
他の魔法も試してみたが、問題なく使えそうだ。
どうやらルーラだけが使えないらしい。

「よ、よかった……。でも、なんでルーラだけ使えないんだろ?」

少しの間悩んではみるが、答えは出そうに無い。
まぁ、悩んでても仕方ないしね、と、考えてもわからない事を放り出す……と同時に、新たな問題に気づいてしまう。

「……もしかしてお城まで歩いて帰らなきゃいけないのっ!? ここどこかもわからないし、いったい何日かかるのよっ……!!」

『最強の魔女』とはいえ、未だ11歳。
一人での旅の経験は当然の如くないし、城の場所もわからなければ正直どうやって帰ればいいのか想像もつかない。
歩いていけるならまだいいが、海を越えていたらお手上げだ。
両親やサンチョに手続きをしてもらっていたせいで、船の乗り方もよく解らないのだ。

「うぅ……ど、どうしよう……」

ようやく一人ぼっちの実感がわいてきたのだろう。
タバサは震える小さな肩を抱きしめて、俯いてしまう。

「うぅ……わたし……わたし……」

自身の半身とも言えるレックスがいればまた違ったのかもしれないが、ここには頼れる人間もいない。
その心細さはかなりの物があるに違い ――

「お父様に何日も会えないなんて、わたし、絶対耐えられない……っ。
こうしちゃいられない、早く街か何か探して、助けを呼ばないとっ! ……そこの波止場で聞けば何かわかるかな」

……否、やはり『最強の魔女』。
普通の11歳とはあらゆる意味で違っていたようだ。

「……でも、その前に……っと」

胸元のボタンを一つ外すと、ゴソゴソと何かを探る。
そして、取り出された物は……一人の勇ましい男の描かれた、姿絵(全身ver)だった。
タバサはその絵をうっとりと眺めると、頬を擦り寄せる。

「……あぁ、お父様ぁ……。少しの間会えなくて寂しいけど……すぐに帰ります。だから、待っててくださいね!!」

そして、急にソワソワと辺りを見渡しはじめる。
そして誰もいない事を確認すると、……そっと絵に口付けた。

「……ふふっ、キスしちゃったぁ……えへへ。早く本物のお父様ともしたいなぁ……にゃはは……」

そう呟いてそっと頬を染める少女はとても愛らしいのであるが……やはり、色々と問題がある気がしてならない。






ほわほわとしたピンク色の空間はそれから数分の間続き、しかし唐突に破られる事となる。
―― 無粋なモンスターによる襲撃、という事態によって。

音も立てずに後ろから忍び寄る数匹のモンスター達。
しかし、当然の如く、歴戦の魔女はその存在に気がついている。

「……気づかないとでも思っているのかしら。……わたしとお父様の逢瀬の時間を邪魔するなんて……万死に値するっ!!」

そっとリュカの姿絵を大事そうに懐へしまい込むと、イオナズンの詠唱に入る。
モンスター達と言っても、実際の所、スライム3匹だったりするので、いささか過剰すぎる攻撃力ではあるのだが。
……まぁ、様々な事態に、タバサのイライラも絶頂に達していたのだろう。
タバサは口元に母親そっくりの不敵な笑みを浮かべながら、気の弱いものなら対峙しただけで死んでしまいそうな殺気を放つ。

異様な雰囲気のまま呪文を唱え始めるタバサに、モンスター達も一瞬怯んで気圧されるが、そこは知能の低いモンスター。
すぐにタバサへと飛び跳ねて襲い掛かってくる。

タバサはそれを見て口元をニヤリと昏く歪め、呪文を唱えようと口を開 ――

「そ、その人から離れろおおおおぉぉぉっっ!!」

「―― えっ!? な、なに?」

突然後ろから子供が飛び出してきて、タバサをスライム達から隠す。
放つ寸前だったイオナズンの詠唱を、慌てて解除するが、事態がよくわからない。

(え、えっと……この子、一体なんなのかしら?)

まだ6歳程度だろうか。
青いターバンに青いマントといった、タバサにとってひどく馴染みのある格好の子供が、こちらに背を向けて立っている。

(……もしかして、守ろうとしてくれてるのかしら)

小さな可愛いナイトの登場に、クスリと心の中で微笑む。
良く見るとその子供の足は震えている。
そんな震えを押し殺して女の子を守ろうなんて、なかなか可愛い子じゃないか。
タバサには当然余裕があるので、その子供の姿を微笑ましいもの見るように優しく見守っていたのだが、その子供にとっては全力を振り絞った大真面目な戦いなのである。

右手でひのきの棒をスライムたちに突き出して威嚇して。
左手は大きく広げて、マントとその小さな身体でタバサの姿を必死に隠そうとしている。
その姿が、少女がただ一人、心奪われた愛しの人に重なって。

―― トクンッ!

(えっ!? ……や、やだ、わたし、何ドキドキしてるのよ)

小さく高鳴った胸のトキメキにタバサは混乱してしまう。

(ち、違うの! 違うのよっ、お父様!! わ、わたしはお父様一筋でっ! そ、そんな軽い女なんかじゃないんだからっ! ……そ、そう、そうよ、これは何かの間違い。たまたまこの子がお父様に似た格好してたから、それだけっ! それだけなの。だから、これは気のせいなのよ。そう、気のせいなんだからっ)

必死で自分に言い聞かせてはみるものの。
震える足を必死に踏みしめて、スライムを必死に睨みつけている幼い瞳の中に、まるで愛しの父のような優しさを見つけてしまい。

父親の姿絵を入れてある胸を押さえながら、なぜか高鳴ってしまう胸のトキメキに戸惑っていた。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

タバサの目覚めた場所から直線距離にして約200メートル。
世界の大きさからしたら、ほんの目と鼻の距離のとある場所で。
ルドマン家の船の料理長は、困っていた。

船員に呼ばれて食料庫へとやってくると、そこにいたのは黒髪の少年が一人。
言わずと知れた、伝説の勇者、レックス君である。
そのそばには食い散らかされたリンゴの芯がいくつも転がっている。

「むにゃむにゃ……もう食べられないよぅ……」

よーし、良い度胸だ、覚悟しろ!!

と、荒々しい船員達はレックスをたたき起こそうとするのだが……何度叩いても全く起きる気配がないのである。
最初は子供だから、と、この連中にしてはかなり優しく叩いていたのだが、少年は蚊にさされた程も気にしていない。
いい加減に業を煮やして、今ではかなりの力を入れ始めているのだが……相変わらず全く起きる気配が無い。
というか、そもそも、全く痛みを感じていないのではないだろうか、コイツ。


実の所、これはレックスが強すぎる事が原因だった。
どのくらいかと言えば……具体的に言えば、れべるかんすと、というヤツである。
何、わからない人は気にする事は無い。
ようは、ものすごく強い、と思っていただければいい。
まぁ、そんな事もあって、レックスの防御値は、例え鎧を着ていなくとも、その辺の船員の攻撃では痛くもかゆくも無かったのだ。


……とにかく。
料理長は困っていた。

被害はリンゴが数個だからそう大した事はない。
この少年はまだ小さいし、そうキツイ罰を与えられる事もないだろう。
(実の所、本当の犯人は船室の隅にいる、チューチュー鳴いているヤツらなので、全くの冤罪だったりするのだが)

問題は、ついさっきではあるのだが、船がすでに出てしまっている、という所にあった。
こんな堂々とした密航者もいないと思うが、それでも確認しなくてはならない。
とりあえず、ルドマンさんの指示を仰がねば始まらないか。

料理長は船員達に少年を運ばせて、自身も報告へとおもむいた。



























<あとがき>

えー、作品ではデボラが花嫁の座をゲットしましたが、作者はビアンカ派です( ̄ー ̄)ニヤリ

やっぱり幼馴染でしょう。
あの気の強いビアンカが、ふとした瞬間に見せる子犬のような弱さ。
あのギャップがイイ!
あれを見て彼女を捨てられるヤツは男じゃありませんよ、ええ。

フローラも悪くはないんですが、どうしてもシナリオの流れ上ポッと出てきた感が強いんですよね~。
フローラと主人公の出会いが、リリアンが私以外の人に懐いてる→優しい人なのね、と、これだけじゃ、ちょっと寂しいのですよ。
まぁ、その辺は、妄想力で補えばいいだけなんですけど、会話中に一言でいいからそういう場面を示唆する所があればなぁ、と残念に思うわけです。

……いや、もちろんフローラも嫌いじゃないですよ?
夫を立てる控えめな性格も、清楚な雰囲気も、まさに絶滅して久しい大和撫子っていった感じでかわいいですし。
密かに匂わせる腹黒さしたたかさも、彼女の魅力の一つでしょうし。
うん、だから、作者はアンディが嫌いです。(キリッ)

ホント、なんで選択肢に『二人とも俺の嫁だっ!』ってのがないんでしょうねぇ~。
ファンタジーなんだし、王制の世界観なんだから、一夫多妻制ってのもいいと思うんだ(・ω・ )


閑話休題それはさておき


えー、デボラは……まぁ、妄想力全開にしたら、なんとかいけるかなぁ、って感じ。
あまりテンプレすぎるツンデレって好きじゃないんですけど、あまりにもデレの場面がなさすぎるのはいただけない。(作者は基本的に我が侭です)

それなのに、なぜ今回のSSでデボラを花嫁にしたかといえば、主人公であるタバサとレックスの性格&立場付けのためだったりします。

育つ環境はどの花嫁でも変わらないので、基本的な性格はあまり変わらないのかもしれませんが、やっぱり母親の血で子供達の性格も少しづつ変わると思うんですよね~。
ビアンカが母親だったら、姉さん気質のサッパリした気持ちの良さを持つタバサに、フローラだったら、お淑やかで控えめな性格に、小悪魔的な黒さを匂わせるタバサに。
で、デボラが母親の場合はと言えば、好きな相手を支配したい、自分だけの物にしたい、という欲求が反転して、お父様大好き、メチャクチャにして、みたいな感じになった、ということでw

で、基本的に強気で、上位なタバサと、それに振り回されるレックス、といった関係を作りたかったのでデボラを母親に据えました。

まぁ、もう一つ、このSSのストーリーの根幹とも言える理由もあったりしますが……ネタバレになるので、秘密ということで。
これから物語がどう進んでいくかによってそれが日の目にあわない事もありますし。


<作者の妄想 デボラについて>

基本的に、デボラって好きになったら一途な気がするんですよね。
DSでの会話とか見た限りだと。
言葉ではいろいろ言ってますが、どれも軽口っぽいし、わざと軽口を多く言う事で本心を見せないようにしてるんだなぁ、と。
うちのタバサにもその素養はあります。
リュカに対しては色々とあって好意をオープンにしてますが、デボラとレックスに対してはその性質が前面に出てしまう、といった性格になってます。
二人に対しては結構酷い事や冷たい態度も取ってしまうけど、その心底には二人に対する愛情が確かにあって。
(ベジータのトランクスに対する愛情みたいな感じ……かなぁ?)
二人もそれをわかっているので、かなりの頻度でケンカしたり泣かされたりしてますが、なかなかにうまい家族関係を構築できている……と、そんな感じの関係を描けていけたら、と思います。

未熟な文章ですが、少しでも良くできるよう努力していきますので、暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。
また、誤字脱字や、ここの内容、おかしくない?という場所がありましたら、どんどん指摘していただけると嬉しいです。



[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第四話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/05/06 02:07
タバサが胸のトキメキに戸惑っていた頃。
そこから100メートル程離れていた波止場では、少年の父親が二年ぶりの再会に、話に花を咲かせていた。

「パパスさん、本当に久しぶりだねぇ! 心配していたんだよ!」

「わっはっはっ。やせても枯れてもこのパパス、おいそれとは死ぬものか!」

互いの二年間の近況報告に話は弾んでいたが、パパスはふと何かに気づいたように波止場の外へと視線を向ける。

「ん? パパスさん、どうかしたのかい?」

「いや、どうやら息子が外に出てしまったようだ。すまないが……」

「な、なんだって! それは大変だ、早く行ってあげてくれ! ……パパスさん、会えて嬉しかったよ。今度は酒でも一緒に飲もう!」

「ああ、その時は一晩中語るとしよう。それでは、またな」

「あはは、楽しみにしているよ」






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第四話 ~






息子はまだ幼い。
スライム程度なら心配することもあるまいが、万が一という事もある。
積もる話もあったのだが……、残念だがここは失礼させてもらうとよう。

パパスは急いで波止場の出口へと向かいながら、息子の事を思う。



リュカは最高の息子だ。

まだ6歳だが、剣にも魔法にも才能があり、将来はおそらく英雄と呼ばれるくらいに成長すること間違いなし。
顔立ちはマーサに似て整っており、そして性格も優しい。
この間など、『お父さん、肩揉んであげるよ』と、その小さな手で私の肩を一生懸命に揉んでくれたものだ。
幼い頃から母親がいなかったというのに、本当にとてもいい子に育ってくれた。
父親であるため、若干の贔屓目が入っていることは否定しきれないが……、それを差し引いても最高の息子だと胸を張って言える。
ほんとうに、私には勿体無いほどの息子だ。



「お、いたな。……む、モンスターに襲われているようだな。それと……あの少女は?」

十歳かそこらだろうか。
リュカは、自分よりも少し年上の少女を庇うようにしてスライム達と対峙していた。
恐らく、あの少女を助けようとしているのだろう。

なんと勇敢な子に育ってくれたのだ!
あまりの誇らしさに、僅かに涙が滲む。
しかし、戦況は芳しくない。
それも当然だろう。
簡単に手ほどきをした事があったとはいえ、一人でモンスターと戦うのは初めてのはずだ。
自分だけならともかくも、誰かを守りながら戦おうとするのはまだ早いと言わざるを得ない。

人を一人守ろうとするのは、ただ敵と戦うだけとは比べ物にならない程に難しい。
常に脇を抜かれないように、自分と敵の位置取りを考慮しなければならない。
また、自分が倒れた時が即ち、守る相手の終わりでもあるというのは想像以上のプレッシャーを与えられる。
腕があれば、派手に動いて敵の目を自分にひきつけ、少しづつ戦う場所を移動する、という手も使えるのだが、それを息子に求めるのはいささか酷という物だろう。

今は何とかなっているが、すぐにバランスが崩れるに違いない。
急いで助けに入らねばなるまい!



そこまで考えて、パパスはふと違和感に気づいた。
リュカに守られ、本来なら震えているだけのはずの少女の動きが、妙だったのである。
リュカの後ろにいて、戦闘の邪魔にならないようにしているのは変わらないのだが、その位置取りが常にリュカをフォローできる場所を動き続けているのだ。
それは、敵三匹の位置と、リュカ、そして自分の場所をしっかりと把握し、動く者全ての動きを予測しなければ出来ない芸当である。

それに気づいて少女の様子を観察してみると、その足運びには隙がなく、重心移動もしっかりしていた。
何かの武術を学んでいるわけではなさそうだが、かなりの実力者である事が窺える。
ふと気づくと、いつの間にか少女の両の手には鋭い爪のような武器が装備されていた。

(これは……私の出番はないかもしれんな)

少女がなぜ息子に守られたままでいるのかはわからないが、その行動に興味を覚え、しばらく二人の様子を見守る事にした。
当然、もし二人に危険が及ぶようなら、いつでも飛び出せるようにと、背の剣を抜きかけた状態で、である。
とはいえ、その機会が訪れないであろう事を半ば確信していたのだが。





「くっ……ていっ! やぁっ!」

タバサの父親によく似た格好の子供は、彼女を守るようにスライムと戦っていた。
その戦闘技術はお世辞にも上手いとは言えず、素人もいい所だったが、自分を必死で守ろうとしてくれる姿から目をそらすことができず、タバサは戸惑っていた。

(なんでこんなにドキドキするのかしら。別に顔が好みっていうわけじゃないのに……。そもそも、わたし、年下の男になんて……ううん、お父様以外に興味なんてないのに……)

タバサは相変わらず、少年の時々見せる大人びた表情に胸を高鳴らせていたが、それでも大分落ち着き、その様子を冷静に見つめる事ができるようになっていた。

(なんていうんだろう……なんか似てる……のよね。ああやって一生懸命守ろうとしてくれるのは……その、可愛いし……)

とはいえ、その感情を持つ事は、タバサにとって浮気をしてるに等しく、父親に対する後ろめたさは消えなかった。





タバサは気づいていなかった。
なぜ自分が手を貸せばすぐにでも倒せるのに、少年の代わりにモンスターを倒そうとしないのか。
そして、常に少年をフォローする位置にいながらも、決して手を貸そうとしないのか。
それが、どのような感情からきている行動なのか、想像する事すらもできていなかった。

それくらい、彼女にとって、ある人物 ― 愛する人から“守られる”という事は日常の一部になっており、守られながらその力強い横顔を眺めて頬を染めるというのは、自身の中で当然の事になっていたのだ。





「…このっ! てやっ!」

少年は、交互に飛び掛ってくるスライムを、なんとかさばいていた。
足を狙ってきたところを飛んで避け、右腕に対する攻撃を半身になってかわし、そしてすれ違いざまに攻撃を加え、攻撃後の硬直を狙われ、避けきれずに防御する。

その戦闘には未だ無駄が多く、お世辞にも洗練されているとは言えなかったが、所々での行動に才能の片鱗を感じさせた。
そして、この少年の年齢を考えれば、それは驚嘆に値した。

しかし、いくら相手が最弱のモンスターとはいえ、少年にとっては初陣。
次第に追い詰められ、防戦一方になっていく。

「うぅ……、このままじゃ……お姉さんも………っ!」

少年はチラリと背に守る少女を一瞥し、覚悟を決めた表情をすると、驚くべき行動に出る。

このままではやられるのを待つだけということを悟り、一匹のスライムに狙いを絞り、攻撃をしかけたのだ。

一匹を倒せば残りは二匹。
倒した後は隙だらけになり攻撃は受けるだろうが、もう一匹は自分の身を引き換えにしてでも倒す。
残りが一匹なら、少女でも倒せる、あるいは逃げ切る事ができるだろう。

少年は自覚はしていなかったが、無意識にそう計算し、決断したのだった。

「でやあああああああああっ!!」

幼い顔に強い意志をこめ、一番左のスライムを攻撃し、狙い通りに止めを刺す。
そして、武器を振り下ろした中途半端な姿勢で予想される攻撃に備え、身を硬くする。

「……っ!!」





「………?」

しかし、いくら待ってもいっこうにこない衝撃に不思議に思い、うっすらと目を開けると、そこには少年に飛び掛ろうとしたスライムを鋭い武器で切り捨て、黒い髪を靡かせ雄雄しく立つ、頼もしい後姿があった。

「……格好いい……」

少年の口から思わず惚けた言葉がこぼれる。
その言葉を聞き、肩をビクリと一度震わせると、その人物は、残りのスライムから目を離さずに少年に鋭い声を掛ける。

「気を抜くなっ! まだ敵は残ってるっ」

「は、はいっ!」

その声に動かされて、慌てて残りのスライムに対して戦闘態勢を取る少年。
それを見て満足そうに頷くと、その人物は少年に柔らかい声を掛ける。

「……そう、油断しちゃだめ。わたしを守ってくれるんでしょ? ……最後まで頑張りなさいっ!」

「…………うんっ!」

その人物 ― タバサの声に勇気付けられて、少年は最後のスライムへと飛び掛る。
残り一匹となっていたスライムは、すでに少年の敵ではなかった。





「やったよっ、お姉ちゃんっ!!」

最後のスライムを倒し終えた少年は、満面の笑みでこちらを振り向く。
シッポがあったらすごい勢いで振ってそうな顔で走ってくる少年の顔を、タバサは ―― 思い切り引っ張った。

「ひたたたたっ、ひたひよっ、おねへひゃん」

表情を変えずに少年の柔らかい頬を引っ張り続け、最後に思い切り引っ張って離す。

「痛っ!! うぅ、ひどいよぉ……」

「ひどいよぉ……じゃないっ!! あなた、さっき捨て身だったでしょう! ああいうのはもうやめなさいっ!!」

「え……ぅ……」

静かに怒るタバサに、少年は怯えたように震える。
が、すぐにタバサが怒りだけではなく、心の底から心配しているの事がわかったのだろう。
真剣な表情になって、タバサの言葉を聞いている。

「あなたにも、あなたが死んじゃったら悲しむ人がいるんでしょう? ……なら、自分をもっと大事にしなきゃ駄目!」

「……うん。わかったよ、お姉ちゃん……」

「ん、よろしいっ!
……でもまぁ、その、格好良かったわよ。守ってくれてありがとうね」

「……うんっ!」

恥ずかしそうに顔を背けながらそういうタバサの言葉に少年はキョトンとしていたが、すぐに笑顔になると、力いっぱい頷いた。

「あははっ! お姉ちゃんっていい人だねっ!!」

「なっ!? ななななに言ってるのよっ!」。

「あはははっ、ひた! ひたひって、ほねえひゃん……」

「ふんっ、生意気な事言った罰よっ」

照れ隠しに、しかし今回はそれほど力を入れずに頬を引っ張る。
引っ張っている少女も、引っ張られている少年も、共に頬に笑顔を浮かべており、その様子はまるで仲の良い姉弟がじゃれ合っているかのようだった。





「大丈夫だったか、リュカ」

その声に二人が振り向くと、そこには鎧に身を包み、立派な剣を背に背負った壮年の戦士が佇んでいた。
その立ち居振る舞いには隙がなく、世界有数の戦士達を見てきたタバサから見ても、かなりの腕を持っているように見えた。

(この人、すごく強い……!
…………あれ? 気のせいかな、この人、どこかで見たことある気が……?)

「あ、お父さんっ!」

タバサが記憶を探っているのをよそに、少年は戦士の下へと駆け寄る。
戦士は少年にホイミを唱え、怪我がないかを確認すると、タバサに向き直った。

「君は?」

「わたしはタバサといいます。えっと………その子にモンスターから助けてもらったんです」

どう紹介するか迷ったが、猫を被りつつとりあえず無難に返すタバサ。
助けてもらったのは事実であるし。
必要であったかどうかは別として。

「そうか……、よくやったな。さすがは私の息子だ!」

「えへへ……」

少年は父親に頭を撫でられて、嬉しそうに微笑んでいる。
父親もその様子に破顔しており、二人の仲の良さが窺えた。

が、父親は腰を落とし少年と目線を合わせると、真面目な顔になる。

「だがな、自分の力をしっかりとわきまえない行動は、勇気ではなく無謀というのだ。今回は無事だったからよかったが、その辺の事はしっかり覚えておくのだぞ」

「……うん、大丈夫。お姉ちゃんにも言われたし、もう間違えないようにするよ」

「そうか……」

父親は素直な少年の様子に目を細めて微笑むと、立ち上がり再度タバサへと声をかけた。

「ははっ、すまなかったね。恥ずかしい所を見せてしまった」

「いえ」

タバサは微笑んで問題ないと首を振る。
家族を大事にするタバサにとって、その光景は気持ちのいいものだった。



父親はもう一度少年の頭を撫でると、タバサに顔を近づけて、小さい声で少年に聞こえないように話しかける。

「息子が迷惑をかけたようだな。息子を助けてくれてありがとう」

「え、っと、な、なんの事でしょうか?」

「わはは、別に隠さなくてもいい。君の身のこなしを見ていればそれくらいわかる」

(あ、あはは、ばれちゃってる……)

「ご、ごめんなさい、ついその子が戦う所に見入っちゃいまして……。息子さんを危険にさらしてしまいました……」

もちろん、いつでも助けに入れるようにはしていたが、だからと言って人様の子供を危険に晒した事は代わりが無い。
自分でも何故そんな事をしてしまったのかわからなかったが、やってしまった事は事実。
謝罪をしなければならないだろう。

が、そんなタバサの様子を少し驚いたように見ると、父親は声を上げて笑った。

「わははははっ! そんなことなら気にしなくていい。いつでも助けに入れるようにしてくれてただろう?
それに、いくら強くてもタバサさんは女の子だ。女の子は男の子に守られるものって相場は決まっていてね。……息子もいい経験が出来ただろう」

『実は私もあっちで見ていたんだよ』とこっそり告げると、豪快に笑う。
そんな茶目っ気たっぷりに笑う様子を見ていると心が暖かくなって、タバサも知らず知らずのうちに笑ってしまっていた。





しかし、そんな和やかな空気も、次の父親の言葉に消し飛んでしまう。

「……そうそう、自己紹介が遅れてしまったな。私はパパス。訳あって息子と二人で旅をしている」

(――― え? パパ……ス?)

直接あった事は無いが、よく知ってる名前を聞き、タバサの思考が真っ白に停止する。
脳裏にお城で見たお爺様の肖像画が浮かんだ。

「で、こっちは、息子の……」

(まさか……っ!? そんなこと!? で、でも、それならわたしがこの子を見てドキドキしてしまったのも納得が……)

「リュカっていいますっ! よろしくねっ、お姉ちゃん!!」

ニッコリと笑う少年の顔と愛する父親の顔がタバサの中で重なり、あたりに驚きの声が響き渡った。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

「ん……んぅ?」

レックスが目を覚ますと、そこは落ち着いた雰囲気の部屋の中だった。
見る者が見れば、その部屋に置かれている品の数々が全て高級品である事にきづいただろう。
落ち着いた色調で統一された調度品が、見事に調和していた。

「ここは……確か……?」

レックスは寝ぼけ眼であたりをキョロキョロと見回す。
この部屋は確かに見覚えがある。
落ち着いてみれば、地面が微かに揺れているし、たぶん間違いない。
家の船の船長室だろう。

「気づいたかな?」

レックスが目を覚ますのを待っていたのだろう。
声に振り向くと身なりと恰幅のいい男がこちらを見つめていた。
その見覚えのある姿に、レックスは安心して尋ねた。

「あれ……おじいちゃん? なんでボク、こんな所にいるの?」

「おじい……ちゃん? 残念だが人違いじゃないかね? 私にはまだ孫はいないよ」

「え……あれ? ルドマンおじいちゃんじゃないの?」

「確かに私はルドマンだが……おじいちゃんとは酷いな。これでもまだ45歳なのだよ?」

確かに目の前にいるのは、祖父、ルドマンであるはずなのに、自分の事を知らないという。
しかも、45歳……?
この間69歳の誕生日のお祝いに行ったはずなのに……?
混乱しながらも、『そういえばなんか若い? 髪も白くないし……』と、レックスはノンビリと考えていた。

レックスが首をかしげていると、埒が明かないと思ったのか、ルドマンは話を変えた。

「君はあんな所で何をしていたのかね。迷い込んだのかな?」

「えっと……ボク、お城で絵を見てて…………も、もしかしてっ!!」

『絵』に、『すごく若いおじいちゃん』。
この二つのキーワードに、レックスは一つ思い当たる事があったのだ。
自分が実際に行ったわけではなかったが、リュカからその時の出来事については聞いていた。

「あ、あの、おじ……ル、ルドマンさんっ! 今って何年か教えてもらえますかっ!!?」

「ま、まぁ、別に構わんが……?」

驚きつつ話すルドマンから聞いた年は、レックスの想像通り、自分の感覚よりも24年前の物だった。

「か……過去に……きちゃった……?」

予想だにしていなかった事態に、レックスは呆然と呟くのだった。









[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第五話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/12/01 13:19


タバサと二人の親子の出会いの時からほんのひと時が過ぎて、舞台はサンタローズへの、辛うじて道と呼べるような、粗末な道の途中へと移る。
ここに至るまでに数度の戦闘が起きてはいたが、この近辺のモンスターの弱さもあって、概ね平和な昼下がりの午後だった。
人間に対して敵意のなかった珍しいスライムを頭に乗せ、楽しそうに辺りを走り回っているリュカの姿や、その息子を目を細めて見つめているパパスの姿を眺めつつ、タバサは二人と共にサンタローズへと向かって歩いていた。

あの後。
タバサは、思わず上げてしまった驚きの声をなんとか誤魔化し、行く当てがないから、と、適当な理由をでっち上げて、二人と行動を共にする事にした。
最初、二人について行きたい、と話を切り出すまでは、パパスを説得するのは難しいかと思っていたのだが、話は思いのほか簡単にまとまった。

タバサは、いくら腕が立つとはいえ、まだ幼い少女。
パパスからしてみれば、そんないたいけな少女を一人放って置くなど考えられず、この先どうするかはともかくとして、ひとまず近くの村であるサンタローズまで案内する、というのが自然な発想で、タバサの提案は渡りに船、といったところだったのだ。
そして、リュカにとっては、厳しくも優しい姉が出来たような感覚で、歓迎する事はあっても、反対などするはずがなかった。

そういったわけで、特に揉める事もなく三人の短い旅が始まったのであるが、先に挙げたように穏やかな旅路にも関わらず、少女の思考は千々に乱れていたままだった。
とはいえ、もはや息をするのと等しいくらいにまで自然な事となっている、猫を数匹かぶる事は忘れておらず、表面上は楚々とした、お嬢様然とした雰囲気を崩すことは無かったのではあるが。

(なんでわたし、過去に来ちゃってるの!?)(どうやったら戻れるのかしら……)(やっぱり……あの絵が原因? レックスぅ……、帰ったら覚えてらっしゃいよっ!!)(そもそも、本当にここって過去なのかしら……)(お父様に会いたい……。早くこの下着を着たところを見せて……ふふっ)(お父様……。そういえば、“この子”もお父様、なのよね……)(……やっぱり小さくてもお父様よね、わたしを守ろうとしてくれてる所なんて格好良かったなぁ……)(……今のお父様って、まだお母様とは出会ってないのよ……ね?)(………)(………………)(………………………)

(はっ!? だ、だめよっ、タバサっ! そんなこと考えちゃっ!)(……で、でも、そうよね、今のうちにお父様をわたしにメロメロにしておけば、元の時間に戻っても……)(そう、ちょっとだけ、ちょっとだけよ? ほんのちょっぴりわたしを印象付けておけば……。ほんのちょっぴりわたしを好きになっておいて貰えれば……)(ドキドキドキ……)(うん、ちょっとくらい戻るの遅れても……いいよね?)

「ねぇねぇ! タバサお姉ちゃんっ、見て見てっ!」

「―― えっ?」

そんな思考の海から、突然引き戻されて声の主を見ると、そこには先程と同様に頭にスライムを乗せ、さらに首長イタチに跨って乗ったリュカの姿があった。
驚きに目を広げたタバサの表情を見て、リュカは得意そうに鼻を擦る。

「へへっ、すごいでしょ、タバサお姉ちゃん! なんかこのモンスター大人しかったから、試しに跨ってみたら乗れたんだ!」

「す、すごいわね……! 首長イタチは扱いが難しいはずなのに……っ!(さすがお父様ね……。こんな小さい頃からモンスター使いの才能があったなんて……)」

タバサの賛辞を受けてくすぐったそうに笑い、照れ隠しでリュカは首長イタチの背でゴロリと転が……ろうとして、体制を崩してその背から落ちてしまう。
そして、その衝撃に驚いたのか、スライムと首長イタチは一瞬身体を固くすると辺りへと逃げ去ってしまった。

「あ~あ、行っちゃった……」

(まだ仲間にする程の力はないみたいね。でも、これで確信できた。この子はやっぱりお父様の子供の頃に間違いないし、あっちのおじ様はパパスお爺様……。そして、ここは過去の……、それもわたしのいた時間の20年以上前の世界……)

少し寂しそうにしながら二匹の背を見つめるリュカを見ながら考えていたタバサは、衝動に突き動かされてリュカの頭に手を置いて撫でてしまう。

「ぅ? ……あははっ、くすぐったいよ、タバサお姉ちゃん……!」

気持ち良さそうに目を細めて笑うリュカを見ていると、タバサは胸がきゅんきゅん高鳴るのを感じる。

(あぁ……格好いいお父様も大好きだけど、こんな可愛いお父様が見れるなんて……っ!! あぁもう、可愛いなぁ……! わたし、こんな弟欲しかったのよね……!)

そして。
そんな仲の良い姉弟のような二人を、すぐそばでパパスが微笑ましそうに見つめていた。

少女の内心はともかく、サンタローズへの旅路には平和な風が吹いていた。






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第五話 ~






パパスとタバサの揃った一行がこの付近のモンスターに手こずるはずは無く、また、道に迷うような事もなかったのだが、出発の時間が遅かったせいか、サンタローズの村へ着く頃には日が陰り始めていた。

「なんとか日が暮れる前に着くことができたな」

タバサが道中で聞いた話では、二人がこの村に戻ってくるのは二年ぶりだということだった。
だからだろうか。
パパスは懐かしそうに辺りを見回しながら村へと歩いていく。

「ここが……サンタローズの村……」

タバサの記憶とのあまりの違うのどかな様子に、思わず驚きの声がこぼれる。
そんな小さな呟きを聞きつけたパパスが大きく頷いた。

「あぁ、そうだ。ここがサンタローズの村、私達親子の住んでいる村だ。何も無い所だが、いい所だよ。とりあえず、うちで過ごすといい。タバサさんさえよければいつまででも滞在していってもらって構わないからね」

「あ、はい、ありがとうございます」

そのパパスの言葉に、タバサはハッとさせられる。
共にいるのが“父”と“祖父”なため、言われるまでもなくそのつもりだったのだが、それは自分から見た場合であって、二人から見れば、残念ながら自分はただの部外者に過ぎないのだ。
今の自分の立場がどれだけ特異な事か、タバサは思いがけず再認識することとなった。





「やや! パパスさんでは!? 2年も村を出たまま、いったいどこに……!?」

入り口の門へと差し掛かった所で、門番がパパスに気づき、驚きの声を上げた。

「ははっ、すまない。しっかり村を守ってくれていたようだな……。ありがとう」

「そ、そんな、お礼なんてっ!! ……と、ともかくお帰りなさい! おっと、こうしちゃいられない。みんなに知らせなくっちゃ!」

門番は思いがけないパパスの労いに感激の涙を浮かべると、それを隠すかのように声を張り上げながら村の中心へと駆けていく。

「おーい! パパスさんが帰ってきたぞーっ!!」

村を駆け抜けながら発する門番の声が辺りに響き渡ると、家々から人が出てきてパパスを取り囲んだ。

「パパスさん……?」「おぉっ! パパスさんだっ!」「よくぞご無事で……っ」「パパスさん、お帰りなさいっ!」「………っ! いったいどこいってたんだよっ!! ……ちきしょう、また会えて嬉しいぜっ!」「わーい、パパスさんだっ!! 帰ってきてくれてうれしいな~!」

皆、一様にパパスの無事を喜び、そしてその帰還を喜んでいた。
パパスを取り囲む人の輪は、時間とともに減るどころか増えていき、ついには村中の人間全員が集まってきたのではないか、という程までになっていた。

「パパスおじ様、すごい人気なのね……」

「お父さん、この村の村長さんなんだって! 僕はあまり覚えていないんだけど……」

そう話ながら、リュカは何かを探すようにソワソワと辺りを見回す。
そんなリュカとパパスを見つめながら、タバサはぼうっとパパスの周りの人垣が減るのを待ち続ける。

(二年ぶり……ということは、お父様はまだ四才……か。それなら覚えていなくても仕方ないわよね。それにしても、お爺様、本当にすごい人気……。村の人を見てればお爺様がどんな方だったのかわかるわね。……なんだか、少し嬉しいかな)

「えーっと……どこだっけ……、う~ん……」

「ん? おと……リュカくん、何探してるの?」

「うーんとね……」

尚も探し続けていた様子に気づき、タバサが声をかけるが、リュカは気もそぞろに気の無い返事を返す。

「あっ!!」

ようやく目的の物を見つけたのか、リュカは突然大きな声を上げると、年相応に目を輝かせて、興奮した様子でタバサの手を取った。

「タバサお姉ちゃん、僕についてきて!」

「え? ちょ、ちょっとリュカくん?」

突然握られた手に胸をわずかに高鳴らせて頬を染めながらも、戸惑いつつパパスとリュカを見比べる。
着いていくのは構わないが、パパスに断らずに行ったら心配するのではないだろうか、と。

「早く早く! 時間がないんだって」

「で、でも、パパスおじ様に一言言わないと……」

「はーやーくーっ!」

軽く抵抗しつつも少しづつリュカに手を引かれながらパパスを気にしていると、ふとパパスと目が合う。
そして、息子がタバサの手を引く姿から、大体の事情を察したのだろう。
パパスは少し申し訳無さそうな顔をすると、軽く頭を下げた。

(すまないが息子に付き合ってやってくれ……って所かしら? それにしても、お父様とはいえ、こういうところはやっぱり子供なのね。……ま、まぁ、それも可愛いといえばかわ……)

「時間がー! 早くしないと日が沈んじゃうよっ」

「って、わかった、着いてく。着いていくからっ! もうひっぱらないの!」





タバサが逆らわずに後を続くと、リュカは満足したように一度微笑み、目的の場所へと向かって駆け出した。
家と家の間の路地を越え、階段を上り、現れた茂みに飛び込み坂を上り、木々の間を潜り抜けて……。

「……うん。うん、思い出した! ……そう、ここを真っ直ぐ行って……、そう、こっち! ここ!!」

そんなリュカの嬉しそうな声と共に唐突に視界が広がり、小高い丘へとたどり着いた。

「リュカ君! どこまでいく……! えっ!? ……ここ……って」

そして、リュカはタバサを振り返り、満面の笑みで迎える。

「えへへっ、ここ、僕の取って置きの場所なんだよ! ほら、タバサお姉ちゃん、あっち見て!!」

((  『……ここは、父さんの取って置きの場所だったんだ』  ))

言われて振り返ると、そこには夕焼けに真っ赤に綺麗に染まった村の光景が広がっていた。
きらきらと柔らかな日の光を反射している川の流れや、オレンジ色に染まった十字架。
家から立ち上る夕餉の煙に、青々と茂る畑にポツンと立ち尽くす、色を濃くした案山子。
どれもこれも暖かな、そして力強い息吹を感じさせる、生命力溢れた光景だった。
確かに、一つ一つはなんの事はない光景なのかもしれない。
それでも、その光景には確かに言葉では語れない大切な“何か”があるように感じられた。

「綺麗でしょ! 僕、この村の事ほとんど覚えてないけど……、この場所だけは覚えてたんだ!」

タバサは、その言葉を聞きながらリュカに背を向けてその光景を眺め……、そして、その両の瞳から流れ出る涙をどうしても止める事ができなかった。

「今日は天気もよかったし、すごく綺麗だろうなって。タバサお姉ちゃんにもこの景色、見せてあげたかったんだ……!」

「……っ!」

((  『……その景色。お前達二人にも見せてあげたかったな』  ))

目の前のリュカの言葉に“その声”が重なって聞こえ……、タバサはこみ上げる嗚咽を必死に堪えていた。

リュカはそっとタバサの横に立つと、袖を掴み、不安そうな表情で見上げる。

「僕の大好きな場所なんだけど……、タバサお姉ちゃんも気に入ってく……わぷっ!?」

タバサは泣き顔を見られたくなくて……、そして、嬉しさや悲しさ、切なさが入り混じった複雑な感情を抑えきる事ができなくて、思わずリュカの頭をその胸に抱きしめていた。

「く、苦しいよぉ……、タバサお姉ちゃん……。…………お姉……ちゃん?」

振りほどくわけにもいかず、せめて困ったような苦しげな声をあげていたリュカは、自分を抱きしめている腕がかすかに震えているのに気がついた。

「ご……ごめん……ねっ……グスッ…。ちょっとだけ……、ちょっとだけでいいから……っ、こう……させ……て……うぅ……っ」

「お姉ちゃん……泣いて……るの?」

「……っ!」

リュカが恐る恐る問いかけると、小さな泣き声と共にタバサの抱きしめる腕にさらに力が入る。



……リュカにはなぜタバサが泣いているのか、理解することができなかった。
しかし、年上とはいえ、目の前に泣いている少女がいる。
父親に“女の子には優しく”や、“女の子は守るものだ”と教えられていたリュカにとって、苦しさを我慢し、そっと少女の背に腕を回して抱きしめてやるのは、その事実だけで十分だった。







タバサがこの場所に着たのは、実の所、これが初めてではなかった。
以前にたった一度。
たった一度だけ、今と同じ人物と二人、同じ状況でこの場に来た事があったのだ。

あれは、父親を石の呪いから解放して2ヶ月程たった時のこと。
デボラの石像を探して、世界各地を探し回り、何も無いと知りながらも、藁にもすがる思いでこの地 ― リュカの故郷へとやってきたのだった。
愛する父親の故郷が見れる。
タバサは内心、楽しみにしていたのだが、村に着いた一行の目に入ってきたのは、復興の兆しもなく、無残な姿をさらしたままの廃墟の数々だった。
実のところ、この村が数年前にすでに滅びてしまっていたことは、サンチョから前もって聞いていたので知ってはいた。
しかし、実際に目にするまでどこか遠くの出来事と受け取っていたのだろう。
幼心に衝撃だったことを、今でも覚えている。


リュカにタバサ、レックスにサンチョ。
それぞれバラバラに、手分けして聞き込みをする事となり、一時解散したのだが、タバサはこの村に着いてからの、リュカのあまりの顔色の悪さに心配になり、こっそりと後をつけた。
フラフラと、まるで何かに誘われるように歩くリュカの後をつけ、そしてたどり着いたのがこの丘だった。

普段の父親ならば、タバサがいくら気配を殺そうとしていてもすぐに気がついただろう。
しかし、その時のリュカは、タバサに全く気づかずに、そして、今のリュカと同じ場所に座り込んで、廃墟と化したサンタローズの村を悲しそうに見つめていた。
その瞳は涙を流さず、その口は声を出さず。
ただただ悲しそうに村を眺めていたのだったが、タバサにはそんなリュカの後姿がまるで泣いているかのように感じ、気がつくと思わず飛び出して、その背を抱きしめていた。

((  「タ、タバサ……?」  ))

((  「お父様……っ! 悲しかったんですよね……っ! 辛かったんですよね……。泣いてもいいんです……。わたしが……、わたしが、一緒に泣いてあげますから……っ!」  ))

((  「タバサ……」  ))

リュカはしばらくタバサの言葉に呆然として、そして一瞬だけ何かをかみ締めるように俯いたが、次に顔を上げた時は、タバサのよく知る普段どおりの笑顔をその顔に浮かべていた。

((  「は……ははっ。……ありがとう、タバサ。……お前は将来、きっとすごくいい女になるよ」  ))

タバサにとって、さっき発したその言葉は、彼女の全身全霊の勇気を振り絞って発した言葉だったが、その言葉を聞いてもリュカは決して弱みを見せようとはしなかった。
タバサにはそれが、父として、男として頼もしくも感じたが……それと同時に、酷く寂しかった。

((  「お、お父様ったら! わたし、今だっていい女ですっ!(今はまだ、わたしではお父様を癒せないのね……。でも、いつか……いつか絶対、お父様の悲しみを、わたしが……)」  ))

タバサはそんな寂しさを隠すように明るい声を張り上げるが、心の中ではそんな決意を固めていた。

((  「あはは、悪い悪い。そうだな……タバサは今もいい女だ。あはははっ!」  ))

((  「もぅっ、お父様ったらっ!」  ))

……そして、タバサはリュカに誘われ横に座ると、この場所についての話を聞く事になる。

この場所が、リュカの子供の頃の秘密基地のような、大切な思い出の場所だったこと。
ここからの景色は、それはそれは綺麗だったのだ、と。
……二人の愛する子供達に、その景色を見せてやりたかったな……と。







タバサは愛する父親とは違うが、同じリュカを胸にかき抱きながら、涙を流していた。

(お父様……。わたし、お父様の見せたがっていた景色、見ることができましたよ……。こんなに……綺麗な景色だったんだね。それがあんな姿になっちゃって……。寂しかったよね。悲しかったよね……。……辛かった……よね)

愛する父の心中を想うと、涙が止まらなかった。

(……お父様、わたし、知ってたんだよ。お父様がわたしにこの景色の話をしてくれていた時、わたしを見つめて優しく笑ってて……、そして、顔はほんの少し寂しそうにしていただけだったけど……。お父様がわたしに見せないように後ろ手で、強く、強く手を握り締めていた事を。……あの時は、この景色をメチャクチャにした奴らに対して怒っていたんだと思ってた。でも、今ならわかる気がする。お父様、きっと、この景色を守れなかった事が悔しかったんだよね……。“その時”、“その場所”にいなくて、自分の大切な場所を守れなかった自分が、許せなかったんだよね……。)

「……お父……様……ぅ……うぅっ……」

「……………」

日はいつの間にか落ちており、辺りは闇に包まれる。
この世に二人だけしか存在しないような静けさの中、少女の優しい泣き声は暗闇へと溶けていった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

「むぅぅ……。……というわけで、今の君の扱いは密航者、ということになる」

ルドマンは苦虫を噛み潰したような表情でレックスに告げる。
たとえどのような事情があろうと、密航は密航。
公明正大な船の主は、本心は別として厳しい措置を取らざるをえなかった。
しかし、ルドマンは大の子供好きで知られており、その事もあって表情はさえなかった。

密航者の扱いは、ルドマンの住む国でも厳しかった。
一番軽いものでは、目的地についた後、元の場所への強制送還、そして、そこから罪が重くなると準奴隷扱いの強制労働が挙げられる。
一番重いものとしては、見つかった時点で、海へ投げ込まれる、などというものすらある。

今回の場合、ただの密航ならばまだ強制送還という措置がとられるはずであった。
しかし、この少年は食糧庫に忍び込み、僅かな量ではあるが窃盗(食い散らかし)を犯している。
そのため、準奴隷扱いの強制労働が妥当な罰なのであるが……。

「……ふぅ、だが……なぁ……」

ルドマンは抜け落ちて久しい禿頭をワシワシと掻きながら呟く。
この場合の強制労働とは、帆船である船の雑用等といった生易しいものなどではない。
モンスターの戦闘に強制的に駆り出され、敵を掃討する役目……ほとんどの場合、所謂肉壁として、敵の攻撃を一身に受ける役目となる。

今回の密航者は未だ年端もいかない少年である。
そのような扱いを受けて無事に済む保証など、当然の如くありえない。
ルドマンが罰を通達した直後、この若い命が尽きるのは、変えようの無い事実となってしまうのだ。
ルドマンは表面上は厳しい顔を崩す事はなかったが、神妙な様子で自分の沙汰を待っている少年の前で悩み続けていた。





さて、その神妙な顔をしているレックス君といえば。

(ルドマンおじいちゃんって、こんな若いときから頭ハゲてたんだなぁ……)

……結構余裕であった。
まぁ、それも当然と言えば当然だろうか。
目の前にいるのは、子供の頃から育ててくれた、よく知った自分の祖父。
その優しさは、他の誰よりも知っていたのだから。

……まぁ、密航者の罰則を知らず、さらに自分の状況を正しく把握していない、というのも本当の理由だったりするが、それはさておき。

(でも……どうしようかなぁ。たぶん、お城に戻って絵を見れば戻れるだろうけど……その前にタバサもこっちに着てるんだろうから、まずは探してあげないと。ボクがお兄ちゃんなんだし。……タバサ、実は結構寂しがりやだからなぁ。もしかしたら心細くて泣いてるかも……!)

そう思い始めると、『お兄ちゃん……』という掠れた幻聴まで聞こえてくる気がしてくる。
心が急いて、いてもたってもいられなくなり、ルドマンにすがるように声を掛ける。

「ねぇ、おじ……ルドマンさん、ボク……、ボク! 探さなきゃ! きっと心細くて泣いてる……っ」

ルドマンは突然顔を上げ、真剣な瞳をする少年を見て、少し感心していた。
まだ年端もいかない少年が、このような瞳をすることができるのか……と。

「探し人……かね?」

「うん! タ……」

レックスはそのまま続けようとして、僅かに思いとどまる。
このまま“タバサ”という名前を出してもいいのだろうか?
ここは過去の世界。
自分の行動で未来が変わってしまうのかはわからないが、軽率な行動は避けるべきだろう。
タバサが生まれなくなってしまっては困る。

「……ボクの妹なんだ! いつもボクにいじわるするけど……、でも、それでも、ボクの大切な妹なんだ」

「ふむぅ……」

ルドマンは得心がいった気分だった。
なるほど、この少年は、離れ離れになった妹を探すために、危険を承知でこの船に密航したのか、と。

そんな事情を知ってしまうと、さらに心が揺れる。
正直な所、この少年を裁きたくなどなかった。
しかし、だがしかし。
この船の責任者として、気丈な態度を取らねばならない……。
だが、未来ある若者を……。
なんとかこの少年の罪を軽くする方法はないものだろうか……。

ルドマンはそんな葛藤に苦しんでいた。

……ただ一つ。
最初から頭の隅にあった解決方法が無いわけではなかった。
この船はルドマンの私有船。
乗組員も船長も、全ての人間が自分の部下のような者達。
……つまり、法を無視し、彼らに口止めして、この少年が密航をした、という事実を初めから無かったことにしてしまえばよいのだ。

……ルドマンにとって、最も取りたくない方法だった。
守らねばならない法を捻じ曲げる。
自分の信じていたものを汚し、不正を行うという、これまでルドマンが生きてきた全てを否定するような行動。
しかし……。

(この少年のためならば……)

ルドマンは自分でも何故この少年にここまでの事をしたくなるのか不思議だった。
ただ子供好きだから、というだけでは説明がつかない。
この少年の瞳を見ていると、手助けしてやりたくなるのだ。
自分に沸き起こるそんな感情が不思議ではあったが、それでも悪い気分ではなかった。

「そう……だな。それじゃ、君に沙汰を ――」

言い渡そう、そう続けようとした瞬間、船長室のドアが大きな音を立てて乱暴に開け放たれた。

「パパっ! 紅茶の用意ができてないじゃない……っ!」

そこから顔を出したのは、ルドマンにとっては愛(?)娘であり、レックスにとっては母親にあたる少女だった。

「こ、これ、デボラ! 今大事な話をしてるから部屋に戻ってなさい」

レックスは目を大きく見開いて、突然現れた少女を穴が開くほど見つめていた。

(え? え? えええ!? ほ、本当にお母さん……? うわぁ、すごいや、ボクより小さい……! それに、結構かわ……)

「大事な話……? ん? 何よこの冴えない顔した子供は?」

(うぅ……やっぱりお母さんだ……。酷いよう、冴えないなんて……。それに子供って、今は自分の方が子供なのにぃ……うぅ……)

心で泣く傷心の少年を、その少女 ―― デボラは品定めするように上から下まで見回す。

「男の癖に何泣いてるのよ。まったく、だらしないわねっ」

「うぅ……」

「……あ、そうだ!」

腰に手をやりレックスを見つめていたデボラは、何かを思いついたようにニヤリと笑う。

「ねえ、アンタ。わたしの ――」

「し、しもべはやだからねっ!?」

幼い母の、よく知る笑顔に察したレックスは、条件反射で否定の声を上げる。
……それが彼の運命を決定付けるとも知らずに。

「は? しもべ?? わたしの紅茶を入れなさい……って言おうとしただけなんだけど」

デボラは突然声を荒げたレックスに、戸惑っていたが、次第に意地の悪い笑いを顔に浮かべる。

「しもべ………しもべ……しもべかぁ。……ふふふっ、いいわね、それ! 決めたわ、アンタ、わたしのしもべになりなさいっ! わたしのしもべ、第一号にしてあげるわっ!」

「ええええええっっ!?」

(だ、第一号……って、もしかして、ボクが変なこと言わなきゃしもべにならずにすんだの!? もしかして……)

自分の痛恨のミスに気づき、崩れ落ちるレックスを見てさすがに哀れに想ったのか、ルドマンが娘に声を掛ける。

「はぁ……。こらこら、何がしもべだ。女の子がそういうことを言うんじゃ……いや、まてよ? ……しもべ、か」

ルドマンは頭の隅に埋もれていた知識を掘り出す。
戦闘に駆り出される準奴隷としての罰よりさらに重いものに、無期限の専属奴隷、という罰がある。
奴隷商船などで行われている、ルドマンにとっては忌むべき罰ではあるが、その専属先が自分の娘ならばどうだろうか?
我が侭な娘とはいえ、まだまだ幼い子供。
そう変な扱いはしないだろう。
ここはデボラの専属奴隷になる、という罰を与えて後は自由にしておけば、最低限の面目は立つだろう。
船を下りた後は……、うむ、“気づかないうちに逃げ出していた”という事はよくあることだろうしな。

うむ、それがいい。

「……ふむ、それがいい、か。キミ、すまないがデボラに付き合ってやってくれないか。まぁ、そう酷い扱いも……たぶん、おそらく……きっと、しないだろうから、な」

止めに入ってくれたルドマンを、希望に満ちたキラキラした瞳で見つめていたレックスの顔が、その言葉で一瞬で絶望に染まる。

「うぅぅぅぅぅ、そんなぁぁ……。お父さん、助けてよぉ……」

かくして。
密航者であるレックスは、自身の知らないうちに“少女のしもべごっこ”に付き合うことでその罰を償う事となったのだが……はたして、最初に想定されていた戦闘への強制参加とどちらが彼にとって幸せだったのだろうか。

「うぅ……お父さん……」

レックスは父親に聞いていた、母親のしもべ時代に言いつけられていた難問を思い出し、部屋のすみで震えていた。











[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第六話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:aa12ef82
Date: 2009/12/01 13:34
「……タバサ……俺の可愛い娘……」

リュカはタバサをそっと胸に抱きながら、背に回した手で黒髪をサラサラと愛おしそうに何度も何度も梳く。

「あぁ……ん……お父様……」

耳元で囁かれる言葉や、髪を梳かれる感触に頬を真っ赤に染めながら、タバサは潤んだ瞳で愛しい父親を見上げて、幸せそうにため息をつく。
そんな愛娘の表情を優しげに見つめながら、リュカはちょんっとタバサの頬をつつく。

「……違うだろ、タバサ。“お父様”じゃなくて、“リュカ”。名前で呼ぶ約束だろう?」

「そ、そんな……。わ、私、お父様を呼び捨てで呼ぶなんて、恥ずかしくて…………んむぅっ!?」

リュカは、これ以上にないくらい赤かった顔をさらに赤く染めて俯くタバサの顔をそっと自分へと向けると、突然唇を奪った。

「ん!? ……んぅっ………んん……。……ちゅ……っ……。……………んはぁ……っ」

ほんの十数秒の、しかし永遠にも感じられた長い時間の口づけが終わり、ぐったりと荒い息をつくタバサに、リュカは笑いかけた。

「さぁ、“リュカ”って呼んでごらん? たった今、もっと恥ずかしい事をしたんだから、それくらいできるだろう?」

「で、でも、お父……」

「“リュカ”」

にこやかに、しかし有無を言わせない父親の言葉に、少女は観念してぼそぼそと小さい声で父の名前を呼んだ。

「う……。リュ……、リュ……カ……」

「よしっ。……ふふっ、いい子だ」

褒めるように自分を抱きしめるリュカの逞しい腕の感触に、うっとりと目を閉じると男の胸の鼓動に耳を済ませるタバサ。
硬い胸板に頬を擦り付けて甘えながら、幸せそうに呟く。

「リュカ……私……。私、幸せすぎて怖いです……」

「あぁ、俺もだよ、タバサ……」

「あぁ、リュカ……」

そして、二人は見つめあい、その唇は再び近づき…………





「―― ちゃんっ!」

「ふふっ……ふふふふふっ……えへへ……にゃはは……」

「―― えちゃんったら!! うぅ~~……タバサお姉ちゃんっ!!」

「っ!? えっ、えっ?」

頬をだらしなく緩めてにやにや笑っていたタバサは、リュカの少し苛立った声に自分を取り戻す。

「あ、やっと気づいてくれた……。酷いよタバサお姉ちゃん……、急ににやにや笑ったり、変な風にくねくねし始めるんだもん……」

「あ、あはははは、ご、ごめんね、リュカ君……」

今までの父親との会話や行為が全て自分の妄想だった事に気づき、穴があったら入りたいほどの恥ずかしさを感じながら照れ笑いを浮かべるタバサに、しかしリュカは握っていたタバサの手を怒ったように上下に振った。

「だーかーらーっ! リュカ“君”じゃなくて、“リュカ”って呼んでってば!」

……これが先程のタバサの妄想のきっかけであった。
あの丘から家へ戻る道の途中。
話の最中、何気なく君付けで呼んでいた名前を呼び捨てでいいと言われ、愛する父親の名前を呼び捨てで呼んでもいいという事に興奮し、いつの間にやら妄想の世界へと旅立ってしまっていたのだった。

「で、でもね、リュカ君……」

「リュカだってば! ……お父さんが、仲の良い人は呼び捨てで呼ぶもんだって言ってた。……それとも……タバサお姉ちゃんは、僕の事が嫌いなの……?」

そう言うと、捨てられた子犬のような瞳で見上げてくるリュカ。
そんな姿を見せられてしまえば、タバサには最早白旗を振るしか道は残されていなかった。

「あぁもう、わかった! わかったわよ、呼び捨てで呼べばいいんでしょ、呼べばっ!」

半ばヤケのように声を荒げると、意を決して愛するその名前を呼ぶ。

「リュ……リュ、リュ……」

「………」

「リュ…………………………リュカ」

「っ! うんっ!!」

顔を真っ赤にして何とか搾り出したタバサの言葉に顔を輝かせると、リュカは嬉しそうにタバサへと飛びつく。
タバサはその小さな身体を受け止めながら、父親に意外と強引な面があった事に驚き、そしてそんな一面を知ることができた事に嬉しさを感じ、苦笑をこぼしていた。






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第六話 ~






既に日は完全に沈み、辺りは夕闇に染まっていた。
二人が家々から洩れる明かりを頼りに家へと辿り付くと、満面の笑みを湛えた巨漢の召使に出迎えられた。

「おお、坊ちゃん! お帰りなさいませ!! 本当に大きくなられましたなあ……。お母上によく似てこられた……! お母上のマーサ様は、それはそれはお優しい方で……」

全身で喜びを表して次々とまくし立てるサンチョに、タバサは自分のよく知るサンチョを見つけ、その全く変わらない姿にこっそりとクスリと笑う。

「わはは、サンチョ! つもる話は後にして、二人とも家にあげてやりなさい」

サンチョの巨体の脇から、パパスがテーブルに腰掛けてこちらを見て豪快に笑っているのが見える。

「こ、これは気づきませんで! さっ、どうぞ坊ちゃん。中は暖かいですよ。
……あぁ、貴女がタバサさんですね! 坊ちゃんを助けていただいたそうで……。本当にありがとうございます。申し遅れました、私は旦那様の召使いをさせて頂いております、サンチョと申します。どうぞ、ここを自分の家だと思ってくつろいでいってくださいね。
……ささっ、二人ともお早く中へ。今、お食事の用意をしますからね」

「は、はい、ありがとう……ございます、サンチョさん」

その日振舞われた食事は、日々王宮で生活をしているタバサにとっては決して豪華というわけではなかったが、心温まるとても楽しいものだった。
笑い声が絶えないまま、夜は更けていった。





そして次の日。
タバサが目を覚ますと、日は既に高く上っていた。

「寝坊しちゃった……みたい」

よほど疲れていたのだろう。
昨夜、あてがわれた部屋に入ってからの記憶がプッツリとない。
しかし、あの程度の戦闘や道を歩く事など、魔王を倒す旅をしていた時と比べれば、何もしていないのと等しいのに、と頭を捻っていると、一つだけ心当たりに思いあたる。

(過去に戻ってきてしまったから……かしら)

何が起きたのか、何が原因なのかはっきりとしたことはわからないが、時を遡るという未知の経験をしたのだ。
そう考えれば、身体にどんな影響が出ても不思議はない。
今はもう疲れも残っていないし、むしろこの程度ですんでよかったと考えるべきだろう。

身だしなみを手早く整えて部屋を出ると、二つ隣の部屋から話声が聞こえた。

(あそこは……確か書斎って言ってたかしら?)

『じゃ、読んであげるね! えーと、そ…ら…に…。えーと……。く…せし……ありきしか……。
…………これは駄目だわ。だって難しい字が多すぎるんですもの!』

その声にかすかに聞き覚えがあった気がして興味のわいたタバサが、わずかに開いた扉の隙間から中を覗き込むと、ちょうど顔をあげたリュカと目が合った。

「あ、タバサお姉ちゃん! おはよう、起きたんだね!」

「ええ、おはよう。ちょっと寝すぎちゃったみたい。……えっと、この子は……(もしかして……)」

タバサは少し照れたように舌を出すと、視線を先程の声の主へとうつす。

「あなたがリュカの言ってたタバサね! わたしはビアンカ、よろしくね!」

(やっぱり!! うわぁ…………っ!)

「今、リュカにご本を読んであげてたの! でも、この本は失敗だったわ。難しい漢字ばかりで面白くないんだもの」

ビアンカは両手を腰にあてると、少し膨れて本を見つめる。
二つに結んだ金色のおさげが声と共に揺れていた。

(ビ、ビアンカ姉さま……す……すっごく可愛い!!!!)

いつも凛々しく、格好いいという形容詞のよく似合う、タバサにとってはドリスと並ぶ姉のような存在。
女の勘でビアンカも密かにリュカに好意を持っていると気づいてからは、ライバル視していたのだが、実のところ憧れの女性でもあった。

そんな、幼心に完璧に見えていた女性が、目の前でちんまくなっておさげを揺らしている。
タバサは駆け寄って無意味に抱きしめたい感覚を堪えるのに苦労していた。

「そうだ! タバサお姉ちゃん、この本読める?」

「え?」

「タバサにも無理よ。だって、リュカより二つもお姉さんのわたしも読めないのよ?」

横から出された本を受け取って問題のページに目を落とすタバサ。

「えーっと、なになに……。『空に高く存在せし城ありき。しかし、その城、オーブを失い地に落ちる……』」

「すごいや、タバサお姉ちゃん!」

尊敬の目で見上げてくるリュカに、少し鼻を高くしてタバサは続ける。

「続き読むわね? 『オーブを取り戻す時、その城ふたたび天空に帰らん……』ですって。確かに難しい漢字もあるし、二人にはまだちょっと早い…かし……ら……ね」

「うぅぅぅぅ……」

読み終わって顔を上げると、相変わらず尊敬の眼差しのリュカと、悔しそうに震えるビアンカが目に入る。
その目にはうっすらと涙まで滲んでいるようだ。

(や、やばっ、まずったかしら……。……で、でも、なにかしら……この気持ち)

「ううううう……。わ、わたしだって……、わたしだって!! ……そうよっ、わたし、まだ8才だけど、もう魔法が使えるのよっ! 
……タバサっ!!」

「え、えっと、な、なにかしら?」

(“あの”格好いいお姉さまが悔しそうに涙浮かべてるのって……、ちょっと可哀想なんだけど……)

「わたしと、魔法勝負しなさいっ!!!」

「いいわよ」

(すっごく可愛い!!)

タバサはこっそり胸の中で意地悪く笑うと、ビアンカの挑戦に即答する。

……もしもこの場にレックスがいたら、その妹の表情を見て、こう呟いただろう。

『やっぱり、タバサとお母さんって似てるよね……』

と。





「おや、タバサさん、おはようございます。起きられたんですね。お食事の用意はしてありますが、食べられますか?」

タバサ達が二階から降りてくる音に気づいて、サンチョは振り返る。
エプロンをしている格好から察するに、おそらくリュカ達の食べた食事の後片付けをしていたのだろう。

「おはようございます、サンチョさん。ごめんなさい、手伝いもせずにこんなに遅くまで寝てしまって……」

申し訳なさそうに謝るタバサに、サンチョは笑いながら首を振る。

「お疲れのようでしたから、気になさらないでください」

「ありがとうございます。食事は……」

言いかけて後ろを振り返ると、意気込んだビアンカが、『後にしなさいっ』といった表情でこちらを見つめていた。
タバサは苦笑しながらサンチョへ向き直り、一つ頭を下げる。

「後で貰いますね。食事の前にちょっとだけ用事が……」

「ほら、タバサっ! 早く行くわよ!」

「タバサお姉ちゃん、早く早く!」

二人の声に事情を察したサンチョは笑いながら三人を送り出す。

「はははっ、わかりました。気をつけていってらっしゃいませ」

「ごめんなさい。おじ様にもよろしく伝えておいてください」

外からこちらを呼ぶ声に一つ応えると、タバサは家を後にした。





「さぁ、ここでいいわねっ! 勝負よっ」

そう言うと、ビアンカは壁を背にして二人へ振り返った。
意気揚々と歩くビアンカに先導される形でやってきたのは、家の裏手にある崖だった。

「勝負は簡単! この壁に魔法で大きな穴を開けたほうが勝ち! ふふっ、魔法が使えない場合はもちろん負けだからっ」

(あぁ……なんて可愛いのかしら、ビアンカ姉さま……。おしゃまなとことか……さっきの悔しそうな顔とか、すっごく可愛い!)

得意そうに説明するビアンカを、タバサはうずうずとした気持ちを押さえつけながら眺める。

「それじゃ、わたしからいくわよ!!」

ビアンカは壁を前に意識を集中して腕を大きく振りかぶると、勢いよく前に突き出す。

『メラぁっっ!!』

その手のひらから現れた火の玉は、ビアンカの勇ましい声とともに壁へと飛んで行き、小さな音を立ててぶつかった。
はじけた土や石が全て落ち、煙がおさまると、直径二十センチ程の穴が現れる。

「ふふん、まぁ、こんなものかしらね」

それは紛れも無い、本物の『メラ』だった。
一番簡単な魔法と言われ、多くの人間が使えるメラではあるが、しかし8才という若さで使える人間は片手で数えられるほどしかいないだろう。
ビアンカも、正しく魔法の天才のうちの一人だった。

「すごいやビアンカ!」

「ふ、ふんっ、と、当然ねっ」

リュカの賛辞を受けて、ちょっぴり頬を染めると、ビアンカはタバサへと顔を向ける。

「さぁ、次はタバサの番よ。……ふふっ、もちろん、魔法が使えないならそれでいいわよ」

「ふふっ、大丈夫」

タバサはビアンカに変わって前に出ると手のひらを前へと突き出す。

(あまり大き呪文を使いすぎると迷惑になっちゃうから……うん、これくらい……かな)

『イオラっ!!』

そのタバサの呪文の言葉と共に手が光ったと思うと、次の瞬間激しい轟音を立てて壁に十メートル近い大穴が開いていた。

「「え……?」」

見る人が見れば、その魔法の高度さに目をむいたことだろう。
呪文の発声から魔法の発現、着弾までの時間はほぼ一瞬。
魔法はその性質上、威力が変化することはほとんどないが、それは威力に限ってである。
発現までの時間や魔法の飛ぶ早さは、その魔法の使い手の能力に左右される。
能力の高い魔法使いの放つ魔法は、避けるどころか、視認すら難しいのだ。

今回の観客の二人には、そんな魔法についての性質など知る由も無い。
しかし、タバサの放った魔法のすごさは、その肌で感じ取っていた。

ビアンカも先程いったように、決して能力が低いわけではない。
年齢を考えれば十分天才の範疇に入るだろう。
しかし、相手は数年後の事になるが、『最強の魔女』。
相手が悪かった。

「す……すごいすごいすごい!!! タバサお姉ちゃん、すっごいよ!! すごく強いとは思ってたけど、魔法もこんなにすごいなんて!!」

「ふっふっふー」

興奮して抱きついてくるリュカの頭を撫でながら、タバサはビアンカを見る。

「どう? 私もちょっとすごいでしょ?」

「……っ!」

ビアンカは、案の定、俯いて肩を震わせている。
その姿に悶えながらも、一向に顔を上げようとしないビアンカに、タバサはちょっと大人気なかったかな……、と反省し、慰めの声を掛けようと手を伸ばす。

と、肩に手が触れる瞬間、ビアンカは勢いよく顔をあげた。

「すごい……」

「え?」

「すごい、すごいすごいよっ!! こんなすごい魔法、わたし、初めて見たっ!!」

タバサを見上げる瞳はキラキラと輝いていて、涙など微塵も出ていなかった。
予想と違う反応に、少しあたふたするタバサ。

「え、え? あれ?」

「ほんっっっっとにすごい! お姉さま、どうやってこんな魔法覚えたの!?」

「えっと、旅の途中に、戦いで……って、お姉さまっ!?!? なによそれっ!?」

あまりの驚きに素で驚くタバサに、ビアンカは微かに頬を染める。

「だって、リュカもお姉ちゃんって呼んでるし、わたしもそう呼んだっていいでしょ?」

「え、でも、お姉さまって……、なんか変じゃない……」

(……あれ、でも私もビアンカ姉さまとかドリス姉さま、フローラ姉さまって呼んでたっけ?)

「だめなの……?」

「………う」

「…………」

「………っ」

「…………」

「わ、わかった! わかったから、その目やめて!」

「ほんとっ!? うふふっ、ありがと! お姉さまっ」

うるうると瞳を潤ませるビアンカに根負けして両手をあげると、ビアンカは嬉しそうに満面の笑顔を見せる。
その瞳には当然の如く涙は見えない。

(……私もドリス姉さまにこれ教わってから色々な人に使ってきたけど……、こんなに威力あったのね……。知らなかった……)

ほんの少し大人になった気がした、そんな晴れた日の朝だった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

「―― へぇ? 結構うまいじゃないの」

デボラは紅茶のカップをそっとテーブルへと置くと、感心したようにレックスを見上げた。

レックスの抗議も空しくしもべとして生活する事が決まり、半ば連れ去られるようにしてデボラの部屋へと案内されたのが先程のこと。
それから一息つく間も無く、さっそく最初のしもべの仕事を言いつけられたのだ。

「ポットもしっかり暖めてたし、茶葉の量も浸す時間もほぼ完璧。……アンタ、紅茶入れたことあったのね」

「えへへ」

実は、レックスは“紅茶を入れること”が特技と言ってもいい程上手だった。
具体的に言えば、勤めているメイドも含めて、グランバニア城で二番目の腕前。(メイドが選ぶ! 城内で紅茶を入れる腕前ランキングTOP10より)

もちろん、城のメイドの腕が悪いわけではない。
彼女達以上に、レックスに腕があったのだ。

幼い頃からタバサに命じられて(最近ではたまにデボラにも)紅茶を入れているうちに、美味しい紅茶を入れることが楽しくなり、様々な人に師事してそこまでの腕前を持つに至ったのだった。

特別に彼に入れてもらった紅茶を、その可愛い姿を眺めながら頂く、というのが、ここ一年グランバニア城の若いメイド達の間で一番の憧れの時間の過ごし方で、その恩恵を常に受けているタバサを羨む者も少なくなかった。
当然、タバサにとってはそんな事は知ったことではなかったのだが。

ちなみに、城内で一番上手いと言われているのが彼の父親だったりする。
理由は……深く語る必要はないだろう。

レックス曰く、扱う道具によっても微妙に温度や注ぐタイミングが異なるらしく、初めての道具で淹れる場合は失敗する事もあるとのことであったが、ここは(未来の事ではあるが)彼の家の所有船。
数えるほどではあったが過去に使用したことがあったため、仕えることとなった主人の我が侭な舌も、うまく満足させることができたのだった。

「まっ、わたしに仕えるっていうならこれくらい出来て当然よね! これからも精進しなさい」

「うぅ……はぁい……。…………はぁ」

(紅茶淹れるだけでいいならいいんだけど……)

そうは考えながらも、それだけではすまないんだろうなぁ、と確信にも似た予想をして、レックスはため息をついていた。




―― コンコン

『デボラ姉さん……、ちょっと……いい?』

レックスが言いつけられた細々とした雑用を片付けていると、扉がノックされ、同時にそんな声が聞こえてきた。

「いいわよ。入ってらっしゃい」

(い、今の声ってもしかして……?)

どうして忘れていたのだろうか。
自分の母や祖父がこの船に乗っているのなら。
“彼女”がいないわけがないというのに。

レックスは胸が高鳴るのを感じながら、平静を装う。
そんなレックスの心の動きをよそに、扉は静かに開かれると、物静かな印象を与える青い髪の少女が顔を覗かせた。

「姉さん、よかったら……、……っ!? だ、誰、その人?」

途中まで言いかけてレックスの姿に気がつくと、驚いたように顔を扉の影に引っ込めてしまう。

「なーに怖がってるのよ。コイツはわたしのしもべの第一号。別に噛み付いたりしないから、そんなとこに隠れてないでこっち来なさいって」

「し……しもべ……さん?」

デボラに促され恐る恐るこちらへ歩いてくる少女は、レックスの記憶にある姿よりもかなり幼くなっていたが、間違いなくその人だった。
自分の知ってるよりも、少し人見知りが強い部分があるようだが、その眼差しや優しい雰囲気は変わりがない。

(やっぱりフローラさんだっ!! お母さんと同じで小さいけど……綺麗……だなぁ……)



タバサにとってビアンカが憧れの女性ならば、レックスにとってはフローラが憧れのお姉さんだった。
幼い頃からレックスの身近にいた女性といえば、メイド達を除けばタバサ、ドリス、ビアンカといった面々。
確かにそれぞれが個性的で魅力的な女性達ではあったが……、いかんせん、我の強い部分が目立つ。
それが悪いとはいわないが、そんな中、柔らかな雰囲気をもち優しく接してくれるフローラは、レックスに癒しを与えてくれていて、物心がついてからは当然のように憧れを抱くようになったのだった。

とはいえ、レックスはまだ10を過ぎたばかり。
恋や愛といった強い感情ではなく、子どもが近所のお姉さんに抱くような、淡い感覚にすぎないのではあるが。



「そっ。しもべって言うのは、わたしの言う事を何でも言う事を聞く、召使いみたいな人間の事よ。いわば奴隷ね!」

「そ、そんな……、奴隷さんだなんて……、かわいそうだよ……」

まるで自分の事のように眉を下げて悲しむフローラを見て、デボラはバツが悪そうに顔を背ける。

「わ、わかったわよ。奴隷は言い過ぎたわ……。で、も! アンタがわたしの言う事を聞くのは変わりないんだからねっ。いい? わかった?」

「う、うん……(やっぱりフローラさんは優しいなぁ……)」

普段、直接的な優しさに飢えているレックスがそんな優しさに感動していると、フローラが恐る恐る近づいて小さな声を出す。

「え、えっと……、わたし……フローラ……です。……あの、お兄さんは、名前、なんて言う……んです…か?」

(お、お兄さん!)

ボク、ずっとこんな妹が欲しかったんだ……! と、どこかの誰かと似たような事を考えつつも、ここで自分の名前を言うわけにはいかないよね……と、レックスは必死に頭を回転させる。

(しまったなぁ……、名前なんて考えてなかった……。ど、どうしよう、タバサぁ……)

「ん? 何黙ってるのよ?」

デボラは言葉につまるレックスを見て不思議そうに声をかける。

「えぅ……!」

問い詰められて焦ったレックスは、冷や汗をかきながら後ずさると呻くように声を出す。



「ボ、ボクの名前は……えっと……タ、タバオ!」



「………タバオぉ?」「タバオ兄さん……」

二者二様の呟きを漏らす美少女姉妹を前に、タバオ……否、レックスはあまりの事に崩れ落ちていた。

(なに、タバオって……。ご、ごめんよう、タバサ……)

「タバオ、ねぇ。……変な名前」

「姉さんっ!!」

あまりにストレートなデボラの感想に、フローラが咎める。
デボラは、そんな抗議には耳を貸さなかったのだが、それでも、レックスのあまりの落ち込み様に、さすがに少し心を動かしたのだろうか。

「……まぁ、アンタの貧相な顔にはお似合いな名前かもね」

頬を細い指先で軽く撫でてそう呟くと、デボラは鏡台のほうへ歩いていってしまった。

「……もう、デボラ姉さんったら……」

(お母さん、慰めてくれた……のかなぁ……わかりにくいけど……。……でも、もしそうだったとしても、“タバオ”って名前が似合うって言われても嬉しくないよぉ……)

目の端に涙を浮かべながらデボラを見送るレックスの姿に、フローラはなんとか元気付けようと言葉を捜す。

「……タ、タバオお兄さん……、わたしは……その……素敵な……名前だと、思います……」

「ありがとう……」

そんなフローラの精一杯の優しさにも、何故かレックスの涙が止まる事はなかった。









[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第七話
Name: ノンオイル◆eaa5853a ID:4a53ff2d
Date: 2009/11/11 07:28
「ん………はぁっ……っ……」

「……ふふっ、ビアンカ……。力抜いてわたしにまかせて……。大丈夫、優しくしてあげるから……」

「あぁっ……お姉さま……っ……!!」

カーテンはしっかりと閉められており、明かりも灯されていない真っ暗な部屋。
そんな暗闇に、二人の幼い少女の悩ましげな声が、ささやかれるように響き渡る。
太陽が頂点を目指してゆっくりと昇っている、そんな健全な時間。
カーテンの合わせ目からこぼれる光と、そして外から時折聞こえてくる小鳥の囀りが、しかし、暗闇の中の淫靡な雰囲気を一層に際立たせていた。

「そう……そうよ……。ふふっ……、ビアンカ、こういうのは初めて……? なかなか上手じゃない……」

「そ、そんな……わ、わたし……。
…………っ!!? い、痛い!! そ、それ、痛いわっ、お姉さまっ!」

「だーめっ。……我慢して。痛いのは、最初だけ、なんだから……」

突然身体を襲った痛みに耐えかねて縋ってくるビアンカを、彼女よりも少しだけ年上の少女 ―― タバサが、その年に似つかわしくない微笑を浮かべて、そっと抱きしめる。

「大丈夫。わたしがついてるから。………ね?」

「お姉さま…………。……うん、わかった……」

痛みに歪めていた顔をなんとかおさめ、言われたとおりに我慢していると、ビアンカは次第に身体の痛みが引いてくるのを感じた。
強張っていた肩から力が抜け、安心したように目を閉じて、その身をそっと預ける。
タバサは、腕に増した柔らかい重さからビアンカの状態を正確に読み取り、少し休ませた後、少女の耳元で再び口を開いた。

「……さっ、続けるわよ? 今度は、あなたからやってみて……」

ビアンカのわずかに上ずった返事の声の後、数瞬の静寂が続き…………、そして少女たちの秘めやかな時間が再び静かに流れていった。






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第七話 ~






「うむむむむ……」

何の変哲もない木でできた扉の前を、壮年の戦士はその精悍な顔を情けなく歪めて唸りながら、行ったり来たりとうろついていた。

「ど、どうしたものか……」

立ちふさがる数多の難問を、その身一つで解決してきた凄腕の戦士であるパパスにも、今回の状況はまったくのお手上げだった。

「ま、まさかこんな場面にでくわしてしまうとは……な」

目前の薄い扉はその役目を果たしていなかった。
いや、果たしていなかったというのはいささか語弊があるかもしれない。
視界を遮る、という最低限の役目だけは果たしていたのだから。
これで、中の音もしっかりと遮っていたのならば、この扉は及第点を与えてもらえたのかもしれない。

……そう、この扉は、肝心な物音だけは、外へと余すところなく伝えてしまっていたのだ。
二人の少女の、秘めやかな声“だけ”は。



「リュカの声は聞こえんから、中にいるのはタバサさんとビアンカの二人なのだろうが………」

何が、とは言わないが、さすがにまだ6歳のリュカには早すぎる。
いないみたいのはよかったが……い、いやいや、そういう問題ではないだろう。
ビアンカは大切な友人であるダンカンさんの娘であるし、タバサさんにしても同様だ。
まだ会って日はたってないが、息子とよく似た瞳をした……マーサとどこか似た雰囲気を持つ少女に、不思議な親近感を感じていたのだった。
もしも間違った道に進もうというのなら、正してやらねばなるまい。

「し、しかし……」

娘を持ったことのない身である自分には、こんな場合、二人の少女をどう諭していいのか見当もつかない。
だ、だが、そうこう悩んでいるうちに、中は不自然な静寂が終わって、またボソボソと声が聞こえてくるではないかっ。
それも、二人の年にはあるまじき、妖しさを秘めた声が!

「ぬ……ぬおおおぉぉぉぉ」

パパスは、早くなんとかせねば、という焦りと、どう対処していいのか想像のつかない苛立ちに、頭を抱えて唸りこんでいた。
これほどやきもきしたのは、リュカが生まれる時以来だろうか。
半ば現実逃避じみた考えすら頭によぎる。



そんなパパスの背に、人の良さそうな声が掛けられた。

「……旦那様? どうされたんですか? こんな所で一人唸ってらっしゃって」

階段の影からひょっこり顔を出したのはサンチョだった。
先ほどまで料理をしていたのだろう。
フリルの付いたエプロン姿の召使いは、どこか情けない顔をした主の顔を訝しげに見つめながら続ける。

「みなさんは呼んでもらえましたか? 早くしないとせっかくの料理が冷めてしまいますぞ?」

「お……、おぉ、サンチョか!」

パパスはその思いがけない援軍に、顔に力を取り戻す。

「い、いや、そのだな? む、うむむむむ……」

しかし、すぐにどう話していいものやら、と思案顔になってしまう。
数瞬考え込んではみたものの、良い考えは思い浮かばず。
結局、その後に出てきた言葉は、こんなものだった。

「…………なぁ、サンチョよ。私にはリュカの他に、子供はいないな?」

「え、えぇ、旦那様のお子様は坊ちゃんだけですが……」

突然真顔で明後日の方向を向いた言葉を続ける主に、戸惑いながらも答えるサンチョ。
パパスはその様子に満足そうに頷くと感慨深そうに続ける。

「私は思うのだ。娘を持たない父親は、こういうとき無力だな……とな」

忠臣は、なにやら悟ったように呟くパパスを必死で理解しようとしていたが、やおら諦めると、閉ざされたドアへと向かう。

「はあ……。私にはよくわかりませぬが……、それはともかく、早くみなさんを呼ばないとせっかくの料理が冷めてしまいます」

そして、横を素通りして、そのままドアを叩こうとするサンチョ。
それを見て、パパスが慌てて押しとどめようとする。

「ま、まてまて! その……なんだ」

が、とどめる理由が思い浮かばずに、言葉少なに黙り込んでしまう。
さすがに主の煮え切らない態度に業を煮やしたのだろう。
この巨漢の男にしては珍しく、僅かに声を苛立てる。

「どうされたというのですか、いったい? 何があったかはわかりませんが、天からの恵みである食べ物を無駄にするのは、いくら旦那様と言えど許しませんぞ?」

「い、いや、そういうわけではないのだが……」

サンチョは様子のおかしな主を見て一度だけ首を捻るが、すぐに扉へと向き直ると、気にせずに扉を叩く。

それを見て、ようやく覚悟を決めたのか、パパスは精悍な顔を取り戻すと、じっと前を見つめる。



しかし、そんな二人の思惑をよそに、ノックの音に帰ってきたのはビアンカの明るい返事の声だった。

「はぁい! ……あらっ、サンチョさんにおじさま? どうしたの?」

「あ、ああ……。い、いや、食事の時間だからな、呼びにきたんだよ」

軽快な音を立てて開いて覗かせるキョトンとしたあどけない表情に、パパスは違和感を覚えて戸惑いつつもなんとか答える。
サッとビアンカの服装を上から下まで眺めるが、服に乱れた様子は全くない。
部屋の奥でベッドに腰掛けているタバサにしても同様だ。
二人ともわずかに上気していて、顔に赤みがさしてはいたが健康的な赤さであり、少なくとも“そういった”ことのせいではないのは明らかだった。

パパスは先ほどまでの自分の思考を省みて、思わず手のひらで顔を仰いでいた。



「……それで、二人は何をしていたのかな?」

パパスは、すでに自分が何かとてつもない勘違いをしていたことに気がついていた。
早とちりも甚だしいことに若干の恥ずかしさを感じてはいたが、それを見せないように取り繕うと、今度は純粋な興味から聞いてみる。
すると、ビアンカはその幼い顔を輝かせて声を弾ませた。

「お姉さまに魔法を教わってたのよ! すっごくわかりやすいの!! ……魔力の使い方を教えてもらう時、ちょっとだけ痛かったけど……」

「ふふっ。でも、ビアンカ、すごく飲み込み早いわ。このまま続ければ、今日中にイオも使えるようになるかもね!」

「ほう、それは……!? ……本当にすごいな……」

「ふふーん」

両手を腰にあてて可愛らしく胸をはるビアンカと、そしてその様子を微笑ましそうに見つめるタバサ。

パパスはそんな二人の様子を穏やかに見つめながら、内心舌を巻いていた。

8歳でイオを使える子供など聞いたこともない。
この年でそれだけの才覚を示した少女の将来が楽しみだった。

……しかし、本当に驚かされたのは、その少女に魔法を教えているという、もう一人の少女に対してだった。



魔法を人に教えるのは、ただ魔法を使うのとは違い、相当の能力を必要とする。

魔法を扱える人間など、それこそ無数にいる。
使いたい魔法の契約を交わす事さえできれば、後は自身の成長にしたがい、いつの間にか使えるようになっているものなのだ。
もちろん、持って生まれた才によって扱える魔法の差異や、有無は変化する。
それでも、ただ魔法を扱うだけならば、契約さえできればそれでいい。
特別な知識など必要なく、モンスターと戦い自身を鍛えていれば、いつかは扱うことができるようになるのだ。

しかし、魔法を教えることができるようになるためには、そう単純にはいかない。
魔法の仕組みをしっかりと理解し、魔法を身体の一部のごとく扱えることができるようになって初めて他人に教えることができるようになるのだ。
そんな人間が、一体この世界に何人いるのだろうか……。

当然、魔法の仕組みを理解するためには、ある程度の才能は必要となる。
しかし、それ以上に重要なのは、魔法の使用経験の量なのだ。
長い長い年月を魔法の研究に充て、魔法を使い続けてようやく魔法を理解できるようになるという。



……まがりなりにも魔法を使うことができるから、それがどれ程に難しいかよくわかる。
私もこれまで生きてきて、数え切れない程の回数、魔法を行使してきた。
しかし、そんな私でも、魔法の仕組みを理解する事は未だにできていない。

それをこの年端もいかないような少女ができるという。
これが驚かずにいられるだろうか。
彼女はまだ若い。
いや、幼いと言ってさえいいだろう。
そんな年端もいかない少女が、通常長い年月をかけてたどり着く領域に到達しているのだ。
彼女の年齢を考えれば、それこそ、毎日毎日休む暇もなく魔法を行使し続けていたに違いないことは、想像に難くない……。



パパスはタバサの能力の高さにも驚いたが…………それよりも、そんな事ができるようにならざるを得なかった境遇を想い、哀れみの感情を抱かずにはいられなかった。





「ところで、坊ちゃんの姿が見えないようですが」

主人達の話が途切れたのを見て、サンチョが気になっていたことをたずねる。

「あ……えっと…リュカは……」

「リュカならっ!」

サンチョの言葉に、少しバツの悪そうな顔をして口を開こうとしたタバサを遮り、ビアンカが外を指差す。

「なんか用事があるって言ってたわ。探し物があるとか……。たぶん夜までには戻ってくるんじゃないかしら?」

タバサは尚も何か言いたそうにしていたが、ビアンカに巧みに防がれて口を挟むことができていなかった。

「おや、そうなのですか? ……坊ちゃんお一人で大丈夫でしょうか。村にはモンスターの出る洞窟もあることですし……」

「わはは、あいつも私の息子だ。ちょっとやそっとの事じゃ参らんよ! 村の外に出るのはさすがに少しまずいが、門の番をしてる者が止めてくれるだろうしな。そう心配する事もあるまい」

心配そうに顔を曇らせるサンチョをパパスが豪快に笑い飛ばす。
それを聞いて安心したのだろう、サンチョはホッとした表情を見せると、今度は別の事で顔を曇らせる。

「それにしても、今日の昼食は坊ちゃんの好きだった『ピッキーの卵を使ったふんわりオムレツおばけきのこのソース和え・サンチョスペシャル ~あなたとわたし~』だったのですが……残念ですなぁ……。
……いやいや、落ち込んでいる暇はないですな! 夜はもっと腕によりをかけて坊ちゃんを驚かせてあげましょう!」

腕まくりをして決意を込めたようにつぶやくと、二人の少女に笑顔を向ける。

「旦那様もお二人とも、冷めてしまう前に頂きましょう。タバサさんは朝も食べておられないのですからお腹が空いたでしょう? ささっ、お早く! 早くしないと冷めてしまいますぞ」

「わははははっ、サンチョは食事の事となると厳しいからな! 二人とも、早く食べに行かんと怒られるぞ」

そう笑ってそそくさと降りていくパパスの後を追って、階下へと降りていった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

「と、ところで!!」

この程度のことでいつまでも落ち込んで入られない、と顔をあげて、あからさまに空元気とわかる声をあげるレックス。
その切り替えの早さは妙に板についており、彼が今まで何度も同様のことをしてきたであろうことが容易に読み取れた。

「っ!? …………な、なん……です…か?」

しかし、若干六歳で人見知りがちな少女であるフローラにはそんなことはわからず、急にあげられた大き目の声に驚き、かすれた声で返すのが精一杯だった。

今までの経験から人の機微を察することに長けたレックスは、すぐにそのことを察すると、努めて穏かな声を出すようにしてたずねる。

「えっと、フローラさん、何か用があったんじゃない? おか……デボラさんに」

言われて本来の目的を思い出したのだろう。
レックスの努力のかいがあったのか、幾分落ち着きを取り戻した様子で、部屋の奥の鏡の前で髪を梳いている姉へと向き直った。

「そ、そうでした……。デボラ姉さん、よかったら海を眺めに行きませんか? 三階にバルコニーがあって、景色が綺麗らしいんです……」

「やーよ。潮風で髪が傷んじゃうじゃない。それに、海なんて見て何が楽しいのよ?」

期待を込めた瞳で見つめる妹の頼みを即座に素気無く断るデボラ。
レックスは、『あはは、お母さんらしいなぁ』と思いながらも、断られて寂しそうに肩を落とす少女の様子に、声をかけずにはいられなかった。

「それじゃ、ボクが一緒に行くよ」

「え、で、でも、いいんですか……? ……デボラ姉さまは……」

フローラが嬉しさを押し隠しながらそっと視線を横へやると、ひらひらと手を振るデボラの姿が目に入る。
好きにしなさい、といったところなのだろう。
フローラはそれを見ると花が開くような笑顔を浮かべ、レックスの手をそっと握りしめる。

「ありがとうございます……!」

「あはは、い、いいっていいって! そ、そうだ! せっかくだし、ボクは紅茶いれて持っていくね! すぐにいくから、フローラさんは先に行ってて」

そんなフローラの素直な感情表現に照れながら頭をかき、上ずった声でまくし立てるレックス。
フローラは不思議そうな顔でその様子を見つめた後、もう一度ふわりと微笑んだ。

「はい……! ……楽しみにまってますね!」

そして、扉のところで一度振り返ると、『早く来てくださいね』と言葉を残し、軽い足取りで階段のほうへと歩いていった。



レックスはしばらくぼぅっと上気した顔でフローラの消えていった扉を見つめていたが、その足音が聞こえなくなると浮き浮きした様子で紅茶の準備に取り掛かる。

「ふんふんふ~ん……ふふん♪」

「……ずいぶん楽しそうね?」

鼻歌まで歌う浮かれっぷりに、さすがにあきれたようにデボラがつぶやいた

「ん~? そんなことないよ~? ……アルカパ、カボチ、オラクルベリー。どこの茶葉にしようかな~♪」

ごそごそと戸棚をあさる後ろ姿は、その言葉を完全に否定していたが、デボラは大して気にもせず、鏡台へと座りなおす。

「ま、どっちだっていいけど。……そうそう、当然私のおかわり入れてから行くのよね?」

「うん、わかった、いれてからいくね~。…………あ、ルラフェン産のもあるんだ! ここのはスッとする香りがいいんだよね~。ちょっとだけ渋いけど、結構甘みもあるし。ここのにしよっと♪」

レックスは手早く湯を沸かすとポットへと注ぐ。
そして、過去何万回と繰り返した作業を手馴れた様子で行うと、じっと、しかしどこか楽しそうにポットを眺めて、その最適な“時”を伺う。
部屋の中には、波の音と、そして時折デボラの動く微かな衣擦れの音以外は何の音もしない、静かな時間がしばし流れていった。





―――― しかし、その静寂は、一人の少女の絹を裂くような悲鳴によって破られることになる。

「―― えっ!?」

レックスが慌てて周囲の気配を探ると、信じがたいことに、いくつかのモンスターの気配が感じ取れてしまう。

「くそっ、モンスター!? なんでこの船に!?」

油断。
そう言ってしまえばそれまでであるのだが、彼を責めるのはいささか酷であるといえよう。

レックスはこの船、ストレンジャー号に、過去何度も乗ったことがあった。
その経験が仇となってしまったのだった。

レックスの知るこの船は船首から聖水を常に流していて、モンスターは近づくことすらできていなかった。
しかし、今のこの船にはこの時代、まだその機能はつけられてはいなかったのだ。

「い、いまのはフローラ!!? フローラっ!!」

「デ、デボラさん、まって!!」

レックスはすぐにでもフローラを助けに行きたかったが、部屋を飛び出そうとするデボラを見つけると、その腕を慌てて掴んで止める。

レックスの鋭敏な感覚は、頭上の、おそらくフローラを襲うモンスターの他にも、幾つものモンスターの気配を感じていた。
敵は一体ではなかったのだ。
フローラの事はもちろん心配ではあるが、こちらの少女もそんな危険な外へとやるわけにはいかなかった。

しかし、将来は冷静沈着な戦士へと成長する女性も、今はまだただの8歳の幼い少女。
静止の声にも耳を貸さず、うわごとのように妹の名を叫びながら必死でレックスの腕を振り払おうと身をよじる。

「離しなさいっ!! フローラが……フローラがっ!! ……このっ、はなせ……っ」

―― ぱちんっ

「え……」

少女の頬が軽い音を立てる。

レックスに叩かれたのだった。
手加減されていたせいか、痛みは全く感じなかった。
しかし、頬を叩かれたという事実とその音に驚き、叩かれた頬に手をあてて呆然とレックスを見上げるデボラ。

「デボラさん……。落ち着いて」

自身の内心の焦りを全く見せることなく、落ち着かせるようにゆっくりとした声でレックスがささやく。

「フローラさんはボクが助けにいくから絶対に大丈夫。バルコニーって、この真上だよね?」

「え、ええ、そうよ! で、でも、上に行くには廊下の奥の階段を上らないと……っ! は、早くしないと、フローラがっ!!」

「大丈夫。デボラさんはここでじっとしてて。絶対に動いちゃだめだよ?」

そして、それだけを言うと、レックスはおもむろに踵を返し、扉……とは間逆の方向、窓の方へと向かう。

「ど、どこへいくの!? そっちには何も……!」

ここは船尾に位置する部屋。
その構造上、窓の外には足場はなかった。
そして、もし万が一足場があったとしても、バルコニーがあるのは三階。
どうがんばっても届くはずが……。

しかし、レックスは慌てるデボラの静止に振り向くことなく窓を開き、枠に足をかけるとそのまま外へと飛び出してしまった。

「タ、タバオっ!!!?」

デボラは悲鳴をあげて窓へと駆け寄り外を見下ろすが、想像していた水しぶきは聞こえず、そして落ちていくレックスの姿も見えなかった。

「えっ、ど、どこに……? も、もしかして!?」

ある種の予感を感じて上を仰ぎ見るデボラ。
太陽の光に手をかざして目を細めつつ見上げると、逆光で見えにくい黒い影が、僅かな足場を頼りに上へと飛ぶようにして駆け抜けていく姿が目に入る。
そして、数瞬の後、バルコニーらしき出っ張りの影に隠れてその姿は見えなくなった。

「す、すごい……」

デボラはレックスの動きに魅入られたようにつぶやいたきり、最後に見えた場所をただ呆然と見つめたまま固まっていた。



そして。



わずかな時間がすぎて我を取り戻したデボラが目にしたのは、相変わらず頼りなさそうな笑顔を浮かべた黒髪の少年と、その腕の中に抱かれて頬を染める愛妹の姿だった。








そのまた数瞬の後。
部屋の中には抱き合って互いの無事を喜びあう二人の姉妹と、そしてその横に、頬を叩かれたデボラの報復によって作られた爪痕を顔に、涙を浮かべる一人の少年の姿があった。











[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第八話
Name: ノンオイル◆e977709f ID:ba014c73
Date: 2009/11/21 00:07

昼食のほんのひと時の間。
先程までとは打って変わって静かだった部屋は、勢いよく空けられた扉の音と共に、明るさを取り戻す。

「あ~、美味しかった! サンチョさんのお料理って名前は変だけど、美味しいから好き!」

扉が閉まるや否や、少女はベッドに飛びこむ。
柔らかい布団に身体をうずめ、枕を抱きしめて笑う金髪の少女の様子とは対照的に、黒髪の少女は浮かない様子でため息をついていた。

「……はぁ、これで本当に良かったのかしら……」

食事を終えて部屋へと戻ってきた二人。
一人は満面の笑顔だったが、もう一人は美味しい食事の後にはふさわしくない暗い表情をしていた。
ビアンカはそんなタバサを元気付けるかのように明るい声をあげる。

「リュカなら大丈夫よ、お姉さまっ! 村の人たちすっごく優しいから、怒られてもせいぜい正座させられるくらいなんだから」

「……ふふっ。それはそれで可愛そうだけどね」

ビアンカの言葉にタバサはわずかに笑顔を見せたが、今頃無実の罪で怒られているであろう少年の事を思うと、ため息をつくのをやめることができなかった。






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第八話 ~






―― 時間は僅かにさかのぼり、タバサとビアンカの魔法勝負のすぐ後。



「コラッ!! そこで何をしてるんだっ!!!!」

瞳を熱く潤ませたビアンカにお姉さま呼ばわりされ戸惑っていると、突然の怒鳴り声が響く。

「え? え??」

「……? あなたは?」

「あちゃー……、ちょっと近すぎたかなぁ」

三人が振り向くと、そこには苛立った様子の青年の姿があった。
突然の怒声に慌てふためくリュカと、すぐさま猫をかぶって冷静に返すタバサに、何やら心当たりのある風なビアンカ。
三者三様の反応を示す中、ビアンカの行動は早かった。
リュカの背を軽く青年の方へと押しやると身を翻し、タバサの腕を掴んで駆け出す。

「リュカっ、後はお願いね!! さっ、お姉さま、今のうちに行きましょう!」

「えっ、えっっ!?? 後はお願いって、ビアンカ!??」

「ビアンカちゃん??」

「いいからっ! お姉さま、走って!!」

「え、ええ」

ビアンカの必死な様子に抵抗することも忘れて後をついていくタバサ。
タバサはもちろん、ビアンカもその年にしては驚く程の健脚で、ほんの数秒のうちに二人の姿はその場から消えうせていた。
そうして、リュカはあたふたしているうちに、その場に一人、有り体に言えば生贄として取り残されてしまうこととなったのだった。





「………あぅあぅ」

オロオロしながら落ち着き無く辺りをキョロキョロ見渡すリュカ。
しかし、当然ながらいくら見渡してもタバサもビアンカの姿もない。

「………あ~」

悪ガキ達の、特に逃げ去った二人のあまりの行動の素早さに、思わず声を失う青年。
三人の一連のやり取りを目の前で見ていたため、なんとなく真相が理解できてしまっただけに、頭ごなしに叱る事もできず、沈黙してしまう。
なんとはなしに見つめあう二人。

「「………」」

とはいえ、二人して無言で見つめあっていても仕方ない。
違うとはわかりつつも、青年は親指で穴を指しながら、目の前の少年に声をかける。

「………坊や、確かパパスさんとこの子だったよな。これ、お前さんがやったのか?」

「ち、ちが……!」

リュカは一瞬素直に答えてしまいそうになったが、ビアンカの『後は頼んだ』という言葉を思い出し、思いとどまる。

(お姉ちゃんは僕が守らなきゃ……!)

いささか方向を間違えた決意を胸に顔を上げると、青年に話しかける。

「そ、そう……、です、僕……が、やりました。ごめんなさい」

悲痛な表情で本当にすまなそうに謝る少年に、しかし青年は何でもなさそうに穴の横を指さす。

「……んじゃ、その穴の横にもう一個穴作ってみてくれないか? ……できるなら、な」

「え、えと……」

困ったようにうろたえるリュカに青年は一つため息をついた。

「……ふぅ。お前も苦労してんのな」

「う、うぅ……」

見ていて可哀相になるくらいうろたえているリュカを見ていると、怒りの感情は消えていき、僅かに親近感が沸いてくる。

「……はぁ、まぁいいか。どうだ、暇だったらうちで茶でも飲んでいかないか?」

リュカは逡巡していたが、しばらくすると青年の誘いにコクリ、と小さく頷いた ――





時は戻りリュカの家の二階。
あの後、部屋に戻って一息つき話を聞いてみると、あの青年は魔法勝負の場となった崖の少し横にある洞窟に住んでいた、道具屋の職人の弟子とのことだった。
それを聞いてタバサは合点がいく。
ある程度離れていたとはいえ、彼らの家の横の壁にイオラをぶつけてしまっていたのだ。
青年が怒るのも無理はなかった。

「リュカに悪いことしちゃった……」

本来なら自分が受けるはずの叱責をリュカに押し付けて逃げてきてしまったのだ。
もっともこの程度のことはレックス相手によくやっていたので、どちらかと言えば悪戯っぽい感覚が強いのだが、そこは相手が愛する父親相手だからだろうか。
軽い罪悪感がタバサの胸をよぎり、どうにも複雑なため息が止まらなかった。

ビアンカは、その後も元気付けようと幾度か声をかけていたが、一向に晴れないタバサの様子に痺れを切らし、わずかに声を苛立たせる。

「んもう! お姉さまったら優しすぎっ! リュカなら大丈夫だってば。リュカってどこか鈍そうだし、怒られてもぽやってしてるだけよ、きっと!」

ビアンカをそっちのけで、リュカの事ばかり考えていたからだろう。
可愛らしく嫉妬に頬を膨らませて文句をいうビアンカに微笑ましさを感じたが、愛する父親の悪口には敏感なタバサは、思わずムッとして反論してしまう。

「そんな言い方ないでしょう!? おと……じゃなくって、リュカは別に鈍くなんか……っ!!」

(ないとも言えない……かぁ)

タバサの脳裏に浮かぶのは、自分の精一杯のアプローチにも全く気づかずノンビリとした笑顔を浮かべる父親の姿。



大魔王を倒したその夜に開催された祝賀会、運良く父親と二人になる機会を得ることができた。
雰囲気に後押しされたこともあり、これはチャンス! となけなしの勇気を振り絞って行った告白に、いつもと変わらぬ爽やかな笑顔での“俺もタバサが好きだよ”という言葉を返された時は、軽く絶望を感じたものだった。

ちなみに、その告白のシーンを不覚にもデボラに見られており、一週間にも渡る母娘の攻防が水面下で繰り広げられることになったのは苦い思い出だった。

(そういえばあの時からだっけ……)

幼心にデボラを恋敵として意識し始め、リュカに綺麗だと褒めてもらった髪を伸ばす事に決めたのは。
今では密かに自慢となった髪を指先でくるくると撫で、心の中でクスリと笑う。

(そうよね、お父様に褒めてもらった髪もだいぶ伸びたし……あとは、このエッチなしたぎさえあれば、いくらお父様が鈍いっていっても……くふふ)

間違ってなくしてしまわないよう、肌身離さず持ち歩いている秘密兵器をそっと胸で抑えて心の中でにんまりと笑っていると、ふいに胸に小さな衝撃がはしった。

「っとと、……え? ど、どうしたの、ビアンカ?」

身長差からつむじを見下ろしながら戸惑ったように声をかけるタバサに、ビアンカは涙混じりの声で答える。

「ご、ごめんなさい……、わたし、別にリュカを悪く言うつもりじゃ……! お願い、嫌いにならないで……!」

反論の途中で突然言葉をやめて何かを考え込むように黙り、さらに顔を赤くしたタバサに、勘違いしてしまったのだろうか。
時折嗚咽と共にスンスンと鼻を鳴らすのが痛々しい。

言葉を止めたのは別の方向に思考が行ってしまったせい。
顔を赤くしたのは怒りからではなく、あらぬ方向へと進んでしまった妄想のせい。
全くの誤解。
先程のビアンカのリュカに対する悪口にしろ、勢いで言ってしまっただけで悪気はないのだと理解していたし、自分も反射的に反応してしまっただけ。
すでにタバサの内心には怒りは全くなかった……どころか、正直な話、忘れかけていたのだ。
早く安心させてあげるべきだろう。

「大丈夫、もう怒ってないわ。それに、わたしがビアンアを嫌いになんてなるわけないじゃない。だから、もう泣かないで?」

形の良い眉をハの字にて泣きそうな顔のビアンカにすがりつかれ、先程芽生えたばかりの危ない感情をくすぐられるのを感じたが、無理やり押さえ込むと、安心させるように頭を撫でて微笑む。

「ほんと!? ふふふっ、よかった~!」

と、ビアンカはタバサの言葉を聴くと、先程までの表情と一変、嘘のような明るい笑顔を浮かべた。
先程は確かに瞳の端に涙が見えた気がしたのだが……、今は微塵もそんな様子はない。
それどころか悪戯が成功したかのような、楽しそうな雰囲気まで伝わってくる。

「……まさか」

タバサは確信を持ちながらも、念のために聞いてみる。

「……ねぇ、ビアンカ、ちゃん。もしかしてあなた……」

「え、なあに、お姉さま? ふふふっ」

満面の笑みで小首を傾げるビアンカに、タバサは一杯食わされたことを知った。

「あーなーたー、泣きマネしたわねっ?」

「ひたた、ほめんなはーい」

悪戯っぽく笑う頬を上下左右に引っ張ると、ビアンカは降参の手を上げた。

「だってぇ……。お姉さまったらリュカの事ばっかり考えてるんだもん!」

引っ張ったせいで赤くなった頬を、全く悪びれずにまあるく膨らませるビアンカに、また指を伸ばしかけたが、ふと思いとどまる。

(ふ……ふふふ、いいわ、そっちがその気なら、ちょっとお仕置きしてあげなきゃね。ふ、ふふふふふ……。そう、これは別に変なことじゃないわ。お仕置きよ、お仕置き……ふふふ)

「あ、あれ? お姉さま? な、なんかちょっと怖い……?」

「そう? 別にわたしはさっきと変わらないわよ? ふふふ。さっ、そろそろ魔法の練習の続きしましょうか! まずはイオを使えるようになってもらわないとね!」

ビアンカはタバサの様子が変わったことを敏感に察知し後ずさったが許されず、腕を掴まれてしまう。

「だぁいじょうぶ! 優しくしてあげるからっ、ねっ?」

「あ、あぅぅ……」

「ふふふ……」

朝とまるで変わらないタバサの綺麗なその微笑が、ビアンカにはこの上なく怖く見えていた。






「ふむ……やはり、ここは……。なるほど、これは覚えておかねばな」

そう呟くと、パパスは手元の紙に読んでいた本の内容を書き写す。

『い、いや、お姉さま、そ、そこは……あんっ!』

「……だ、旦那様」

サンチョはエプロンで手を拭きながらうろたえた声をかけるが、パパスは聞こえていないのか、顔をあげようとしない。

「しかし、この伝承では……。むう、さすがに一筋縄ではいかんか……」

そして、それまで書いていた手を止め、苛立ったように頭をかく。

『あああああっっ!!! ………ん……んんぅっ』

「あの……旦那様」

サンチョは視線を泳がせながら辛抱強く声をかけるが、パパスはまるで何も聞こえていないかのように、作業に没頭している。

「やはり、この程度の文献ではわかることはたかがしれているな。どうしたものか……」

『あんっ! ………ひっ………っ!!』

「旦那様っ!!!」

「……いったいどうしたんだ、サンチョ」

苛立ちを交えた三度目の声に、さすがに無視しきれなくなったのか、パパスはサンチョに向き直る。

「ど、どどどどうしたじゃありませんよっ! 旦那様も聞こえますよね?」

サンチョはチラチラと頭上へ視線をやりながら、困ったような視線をパパスへと送る。
パパスは額に大きな汗を垂らし、視線を落ち着き無くさまよわせながらも、無理やり落ち着かせた声で使用人に答える。

「な、何のことだ? 私にはなにも……」

『あんっ!!!』

「「………」」

階上から聞こえた一際大きな嬌声に、二人は思わず息を潜める。

「……聞こえんぞ?」

「嘘おっしゃい!!」

思わず手に持っていた鍋の蓋で主人の頭を叩くサンチョ。
使用人が主人に手を上げるなど、本来なら決して許される行為ではないが、しかし、パパスはその行為を咎めようともせず、叩かれた場所をさすりながら落ち着いた声で諭す。

「いいか、サンチョ。私たちは何も聞こえない。いいか、何も聞こえないんだ」

「で、ですが……!」

納得がいかず、抗議の声をあげるサンチョ。

「い、い、な!?」

しかし、パパスはサンチョの抗議を取り合わず、有無を言わせない強い声で ――

『ああああっ、お姉さまぁぁっ!!!』

相変わらず家中に響き渡る、8歳とは思えない艶やかな声。

「……いいな?」

「……はい」

どこか疲れたような声で、すがるような目で頼む主人の言葉に、忠実な使用人は首を横に振ることができなかった。






「はいっ、お疲れ様♪ よく頑張ったわね」

明るく終了を告げる声に、とうに限界の来ていた少女は、ベッドにへたり込んでしまう。

「う……うぅ……」

どこかツヤツヤさせた肌でにこやかに笑うタバサと、火照って頬を赤く染め、生まれたてのような小鹿のように足を震わせるビアンカ。
何も知らない人間が見たら、勘違い以外しようも無い光景だった。
例え知っていたとしても、二人が魔法の練習をしていたのだと、すぐに信じることは難しいだろう。

「まだ暗くなってないけど……もうちょっと教えてあげようか?」

にま~っと、意地悪い笑みを浮かべて問いかけるタバサに、ビアンカはビクッと身体を震わせ、なんとか踏ん張り立ち上がり、首を左右に千切れんばかりに振る。

「う、ううん、きょ、今日はもう帰る、ります!」

「……そう? 残念ね? ふふっ」

「え、と、きょ、今日はあり、ありがとう、お姉さま。魔法、教えて、くれて」

「ふふっ、いいのよ。いい? ちゃんと今日の事、忘れちゃだめよ? しっかりイメージの練習してね」

その言葉にボッと顔を真っ赤に染めると、ビアンカは壊れたようにガクガクと頷き、震える足になんとか力を入れて宿へと帰っていった。

「くすくす……ちょっとやりすぎちゃったかしら」

見送りを終えると、部屋への階段を上る。
意識せず悪戯っぽく笑う少女の横顔は、母親と瓜二つであった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

甲板をすべるようによぎる、空を飛ぶモンスターの影。
走り行き交う船員や戦闘員たちの姿。
飛び交う怒号や悲鳴、そして雄たけび。

何の前触れもなく襲われたストレンジャー号は、混乱のさなかにあった。

「船首の部隊苦戦中! 至急援護をっ!」

「甲板に新たな敵影! 数人回しますっ!」

「許可するっ!! ウェッジ! 船首の部隊を助けに行ってくれ!」

「了解っ!」

もたらされる怒鳴り声での報告に、こちらも怒鳴り声で指示を出す船長。
日頃不敵な表情が浮かべられている顔は、今は焦りの色に染まっていた。
戦力は拮抗しているが、幸い負けてはいない。
この程度の危機ならば今までにいくらでも超えてきた。
これ以上敵の増援がなければ、何も心配する必要などない……はずだったのだ。

「バ、バルコニーのモンスター、消失! お嬢様の姿は……確認できませんっ!!」

「なんだとっ!? いったい何が起こった!!??」

「わ、わかりませんっ。な、何かが光ったと思ったら、モンスターの姿が消えていて……」

「くそっ……、なんとしてもお嬢様を助け出すんだっ!」

「はっ!」

浅黒く日に焼けた頬に一筋、冷や汗が流れる。
先程もたらされたばかりの、最悪の報告。
この船のオーナー、ルドマンさんの末娘のフローラお嬢様がモンスターに襲われているというのだ。
慌てて船一番の腕利きを差し向けたのだが、そこに今の報告である。
ベテランの船長もさすがに動揺を隠せなかった。

「船長! 娘は……フローラは無事かっ!?」

恰幅のいい体を揺らし、慌てて船長室へと駆け込んできたルドマンが、すがりつくように船長へと視線を向ける。
たった今もたらされた報告は聞いていなかったようではあるが、それが良かったのか、悪かったのか。
船長はルドマンを落ち着けるようにゆっくりと報告する。

「ルドマンさん……。今ビックスを探しにやっています。お嬢様はきっと大丈夫ですっ」

「あぁ……っ、あの子にもしものことがあったら、ワシは……」

頭をよぎる最悪の予想に、ルドマンは崩れ落ちる。

「希望を捨てないでくださいっ! フローラお嬢様は我々が、必ずっ! だから、気を落とさないでくださいっ。諦めたら助けられるものも助けられなくなりますっ!」

「船長……。そ、そうだな」

自分自身にも言い聞かせているかのような船長の言葉に、ルドマンは頷くと顔を上げる。

「……そうだ、こうしちゃおれん。ワシもフローラを探しに行くぞっ! バルコニーだったな?」

「なっ!? 危険ですっ」

ルドマンにはその見た目の通り、戦闘の心得などない。
船長には、例え助けに向かったとしても、死体が一つ増えるだけであろう事が簡単に予想がついた。
今にもバルコニーへと向かおうとするのを慌てて抑え、それを振り払おうとするルドマンともみ合う。

「はなせっ! ワシは……ワシはっっ!!」

体格も良く、必死さもあって普段の倍以上の力が出ていたのだろう。
普段ならばありえないが、ルドマンは船長を振りほどくことに成功してしまう。
船長室を飛び出そうと扉に手をかけた、そのとき。
海の男たちの野太い声や興奮したルドマンの声が飛び交う中、場違いに幼い声があがる。

「フローラさんなら大丈夫だよ、おじ……ルドマンさん」

決して大きくは無いが良く通るその声に、二人は動きを止める。

「キミは……! ここは危険だ、デボラと一緒に……まて、今なんと言った?」

周りにはモンスターがうようよといる危険な状況。
ルドマンは少年を安全な場所へ戻るように言いかけたが、その少年の先程の言葉の重要性に気づく。

「フローラさんならボクがモンスターから助けたから大丈夫だよ。今、デボラさんと部屋に隠れてもらっているから」

「なっ、君のような子供がモンスターを!? ……信じられん、いったいどうやって……」

驚きに固まる船長の横で、ルドマンは震えながらレックスの手を取る。

「どうやってだとか、そんなことはどうでもいい。本当なのだな? 本当にフローラは……」

「うん、大丈夫、安心して」

「ありがとう……ありがとうっ、本当に……っ」

感極まって大粒の涙を流すルドマンを少し嬉しそうに見ると、レックスは船長に状況を尋ねる。

「船長さん、モンスターはどんな感じになってるの?」

「あ、あぁ、船の後方にはまだ8匹残っているはず……」

「あ、それは来る途中に倒してきたよ」

「な、なんと、まさか……。そ、それなら、後は船首に数匹いるだけのはずだ」

「わかった! ……あっ、ルドマンさん、その杖借りていい?」

「あ、あぁ、こんなもので良ければいくらでも貸すが」

「ありがと! それじゃ、行ってくるね!」

何の変哲も無い杖を嬉しそうに持って去って行くレックスを呆然と見送る船長とルドマン。
どれだけ呆けていたのだろうか。
そんな二人の下に、ふいに伝令が慌てて駆け込んできた。

「ほ、報告しますっ、後方のモンスター、密航者の少年の加勢により、殲滅に成功しました! フローラお嬢様も無事を確認しています!」

船長はその伝令を下げさせると、大きく息をつきながら椅子へと深く腰掛ける。

「いったい……何者なんでしょうな、あの少年は……」

「さあの……。だが、何者だろうと関係ないだろう。あの子は娘の命の恩人で……場合によるとワシらの命の恩人でもあるかもしれんのだからな」

「……そう、ですな」

いくらモンスターを倒す見通しがついたと言っても、けが人の収容や船の点検修理など、することは山ほど残っている。
船長はルドマンの言葉に一つ頷き疑問を彼方へ押しやると、自分の戦場へと戻っていった。






『ベギラマッ!!』

その声と共に、空中を飛び交うモンスターたちが炎に包まれる。
もがき苦しみ、耳障りな断末魔を上げて甲板へと墜落していくモンスターたち。
ほとんどが黒こげになり絶命していた中、周りのモンスターと比べ一際大きな一匹だけが体のあちこちから煙を出しながらも身体を起こす。

「あいつ、まだ息があるぞっ!?」

船員の一人が上げた声に応えるかのように翼を広げ、再び空中に戻ろうとするモンスター。
しかし、そんな隙を見逃すようなレックスではなかった。

「これで最後、っと!」

幼くノンビリした声とは裏腹に、杖を鋭く振るってモンスターを切り裂く。
子供とは思えないその勇姿を見て、周りの船員たちから歓声があがった。

「すごいな、坊主! お前さんが着てくれて助かったよ!」

「えへへ」

周りの船員たちを率いていたらしい男の言葉に照れるその表情は年相応で、先程までの少年とはまるで別人のようであった。
男が少年の変化に戸惑っていると、不意にレックスは再び表情を引き締めた。

「なんだろう……、まだ気配が……」

「何? 報告ではこれで最後のはずだが」

「ううん、何かいる。これは……下? あっちは!?? まずい、お母さんっっ!」

「お、おい!?」

船員の驚きの声を振りきると、風のように船尾へと向かう。
海にまぎれていたせいで掴みにくかったが、レックスの捕らえた気配は船尾の真下……、デボラとフローラのいる船室のすぐそばにあった。

「く、くそっ」

手すりを飛び越え、船室の壁を蹴り、マストをばねにして速度を上げる。
しかし、短いはずのその距離は、今は絶望的に遠かった。
すでに目視できる。
金のたてがみを首に貼り付けたまま振りかぶり、デボラたちの船室を食いちぎらんとする巨大なモンスターの姿が。

「……やめろ」

魔法はまだ届かない。
最強の魔女と称えられた妹ならばまだしも、魔法がそこまで得意でない自分のでは、速度も飛距離も足りない。

「やめろ」

武器はまだ届かない。
すでにその手にあった杖は視認するのも難しい速度でモンスターに向かって投げつけている。
当たれば確実にモンスターの命を奪うであろうその矢は、しかし、一歩足りない。

「やめてくれ……」

少年の豊富な経験が冷静に告げていた。

もう間に合わない……と。

「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

少年の悲痛な叫びも空しく。





船室はその牙に穿たれた。








~後書き~

色々考えた結果、次話の第9話、あるいは切りよく第10話あたりで板をスクエニ板へと移そうと思い、アナウンスさせていただきます。

毎話毎話、かなり時間が空いてしまい、楽しみにしていてくださる方たちにはご迷惑をおかけします。
本板へ行っても続いて読んでいただければ幸いです。




[6332] 大好きですっ! お父様♪ (DQ5 逆行?) 第九話 レックスサイド更新
Name: ノンオイル◆e977709f ID:3b17800d
Date: 2009/12/01 14:11


ビアンカがパパス邸を後にしてほんの数十秒後。
ちょうどビアンカと入れ替わりになった形でリュカが家へと戻ってきた。

「た、ただいまぁ~」

普段の元気の良さからは想像つかない程疲れきった声で、そして、何かからコッソリと隠れるかのように声をひそめている。

「サンチョ~、いる? ……あれ、でかけてるのかな「おかえりっ!!」って、うわぁっ、お姉ちゃん!?」

巨体を揺らし、笑顔で出迎えてくれるはずの使用人は席をはずしていたようで、リュカの小さなささやき声は誰もいない食卓に消えるはずだった。
しかし、ちょうど部屋の扉に手をかけたところだったタバサは、普通の人間ならばまず間違いなく聞き逃すような小さな声にも反応し、目にも留まらぬ速さでリュカの目前へと移動したのだった。
突然降って沸いた少女の姿に驚き、リュカは思わず後ずさる。

「え、えへへ。た、ただいま、お姉ちゃん」

せっかくの努力も空しく早速見つかってしまい、ばつの悪そうな顔で頭をかくリュカ。
しかし、タバサはそんなリュカの表情には気にもとめずに身体へと視線を走らせる。

「大丈夫だった!? あの男に何かされてない……わよね」

「え? な、なにかって??」

視線がリュカの体を左から右に動くにつれて、タバサの声は低く、雰囲気は昏いものへと変わっていく。

「そう……あの男がやったのね。……ふ、ふふ、私のリュカによくもこんなひどい事を……」

そう言って頬の擦り傷を気遣うように撫でるタバサの手は、リュカにはひどく冷たく感じられた。
いつもの優しい様子とはまるで違うタバサの様子に、戸惑いと不安を顔に浮かべる。

「え? え?? お姉……ちゃん??」

タバサは落ち着かない様子のリュカをそっと抱きしめると、涙を流さんばかりの悲痛な声を出す。

「ごめんね……。わたしが逃げたばっかりに」

抱きしめられて固まっているリュカの格好は、一言で言えば確かに酷かった。
全身が泥埃に薄汚れ、服からのぞく手足には擦り傷はもちろん、未だに血を滲ませる切り傷さえあった。
まるでひどい暴行でも受けた後のように見えなくもない。

「奥でおじさまとサンチョに言って手当てを受けてらっしゃい」

低く抑揚の無い声でそれだけ言うと、タバサは立ち尽くす少年の横をすり抜けて外へと向かう。

「う、うん。で、でも、お姉ちゃんは、どこ行くの?」

さっきから、タバサの様子はどうもおかしい。
服を汚したてしまった事や、もう一つのちょっとした隠し事のせいで叱られるかもしれない、とは思っていたが、それとは明らかに違う。
リュカは嫌な予感を感じながら、恐る恐るタバサへと声をかけてみた。

「決まっているでしょう? あの道具屋の男に自分が何をしたか教えてあげに行くのよ……。生まれてきたことを後悔させてあげる……」

リュカは遅まきながら、ようやくタバサが何か致命的な勘違いをしていることに気づき、慌てて飛びつくように抱きついた。

「だ、ダメだって! お姉ちゃんたぶん何か勘違いしてるよ!」

「はなしなさい」

ひとこと。
大きな声ではない、ただつぶやいただけの静かな声に、リュカはまるで弾かれたかのように身をそらす。
そして、鋭い視線に射抜かれる。

「ひぅっ」

自分に向けられたものではないとはいえ、ここまで強烈な殺気を浴びたのは、リュカにとって生まれて初めての経験だった。
理性を無くしたモンスターの、本能や衝動からの殺気など生ぬるい、強い意志と狂気を孕んだ殺気。
腰は引け、声が震えてしまったのも無理は無い。
それでもタバサの腰を抱きしめる手を離そうとしないのはさすがだった。

「お、お姉ちゃん、待ってってば! う、うぅ……お父さんっ、サンチョ、いないの!? お願いっ、お姉ちゃんを止めてっ!!」

しかし、必死に助けを求める声に答える者はいない。

「待って!! ねえ、待ってってば、お願いっ!」

抵抗も空しく、リュカはタバサに引きずられる格好で外へと連れ出される。
幼いとはいえ子供一人を腰に引きずりながら、しかしそれをまったく感じさせない自然さで歩く少女の姿は、その雰囲気も相まって異様な光景だった。

「違うんだって! この傷は、モンスターがっ!!」

ピクリ

それまでリュカの制止の声に見向きもしていなかったタバサは、その言葉に反応を示し、向き直る。

「……モンスター?」

「あっ」

リュカはしまった、という顔でうな垂れるが、当然タバサは逃がさず追求する。

「モンスターって、どういうこと?」

「え…っと、えーっと……」

せわしなく目を泳がせて言葉を探すリュカを、タバサはじっと見つめる。
その真っ直ぐ向けられた瞳に耐え切れず、観念して白状しようとしたそのとき。
リュカの後ろからのんびりとした声がかけられた。

「おや? 坊ちゃんにタバサさん。家の前でどうされたんですか?」

手提げ袋からネギの頭をのぞかせたサンチョは、不思議そうな顔をしたが、すぐに何かを思い出したかのように続ける。

「そうそう、坊ちゃん、食事の後でいいので、旅支度しておいてくださいね。親方さんが無事に洞窟から戻ってきたみたいで、ダンカンさんの薬が完成したらしいんです」

「くすり、ですか?」

疑問の声をあげるタバサにサンチョは頷く。

「ああ、そういえばタバサさんにはお話していませんでしたっけ。ビアンカちゃんとおかみさんは、ダンカンさん ―― ビアンカちゃんのお父さんの薬を買いにこの村に来ていたんですよ。いろいろあったのですが、先ほどそれがようやく届いたらしいんです。
今日はもう遅いので、明日出発するらしいのですが、隣村とはいえ女性二人で、というのは危ないですからね。旦那様がついていかれることになったのです。タバサさんはどうされますか? もちろん、こちらで待っていていただいても構いませんが」

「そういうことなら、わたしも着いていきます」

使用人は、左様ですかと微笑むが、ふと真剣な顔になって続ける。

「ですが、本当に危なかったです。親方、洞窟で落盤に巻き込まれていたらしいんですよ。偶然通りがかった人に助けられたので無事に戻ってこれたらしいのですが、もし誰も通りがからなかったらいったいどうなっていたことか……。あの洞窟には弱いとはいえモンスターもおりますし」

「モンスター……、それと、通りがかった誰か、ねぇ……」

「え、えっと……えへへ」

何かに気がついたようにじと目で見つめるタバサに、リュカは冷や汗をたらす。

「坊ちゃんも、泥だらけになって遊ぶのも良いですが、あまり危険なことはしないでくださいね」

そんな二人のやり取りを知ってか知らずか微笑んで眺めると、サンチョは家の扉を開く。

「それでは、私は夕食の支度がありますので。お二人ともあまり遅くならないうちにお帰りくださいね」






「……さて、と」

「っ!」

サンチョの姿をわざとらしいほどの笑顔で見送りつぶやかれた静かな言葉に、リュカはギクリと身を強張らせる。

「何をやってきたのか、く、わ、しーっく! 聞かせてもらうからねっ!」

「ふぁ、ふぁ~い……」

くわしく、と上下左右に頬を引っ張られて、痛そうに顔を歪めるが、それまでの剣呑な雰囲気はすっかりなりを潜めて元に戻ったタバサの様子に、リュカの口元は嬉しさを隠せなかった。






          大好きですっ! お父様♪

             ~ 第九話 ~






「ったく、親方にも困ったもんなんだよな。心配ばっかりかけて、さ。ああ、坊やも何か飲むか?」

ため息交じりに続けられる愚痴ともつかない青年の言葉に、リュカはあいまいな笑みを浮かべて頷く。

「うっし、と。ほら、親方特製のお茶だ。体にいいんだぜ、これ」

お礼を言って受け取った湯飲みに口をつけると、リュカの舌に暴力的な刺激が突き刺ささった。
思わず顔をしかめて口を離すリュカを見て、青年はしてやったり、といった表情で笑う。

「ははっ、むちゃくちゃまずいだろ? まぁ、慣れればあまり気にならなくなるんだけどな。体にいいのは確かだから、我慢して飲んでおくといい」

そう言って自分の分に口をつけると、リュカと同じように顔を顰めてまずいの一言。
しかし、悪態をつきながらも、どこか嬉しそうに笑っている。
リュカは不思議に思い、青年に尋ねてみた。
青年はしばらく逡巡していたが、周りに自分達二人以外誰もいない事に気づくと苦笑をもらす。

「俺、昔は体が弱くてさ、寝込んでばかりだったんだ。このお茶は、親方がそんな俺のために特別に調合してくれたものでさ。これを毎日飲むようになってからは体の調子も良くなって。あの時は感動したなあ……」

青年は懐かしそうに目を細める。

「だから俺も親方に弟子入りして、俺みたいな奴を助けることができる薬を作る勉強を……って、あはは、俺は会ったばっかりの子供に何語ってるんだろうな」

そういって照れくさそうにお茶に口をつける。

「ふぅ……。ったく、あの親方は……。腕はいいんだけど、勝手ばっかりでさ。いつもフラっと一人で薬草を取りに行っちまうんだよ。俺も手伝うって言ってんのに……。
今も隣り村から薬を買いに来た人のために、足りない薬草を取りに洞窟へ……って、そういやさっき坊やと一緒にいた女の子、その買いに来た人の娘さんだったっけか」

ギクリと身を強張らせて焦るリュカに、青年は楽しそうに笑って言う。

「あはは、もういいって。っていうか、音には驚いたが、よく考えたら家がどうなったわけじゃないしな。むしろ怒鳴って悪かった。ちょっと気が立っててな……」

疑問を浮かべるリュカに、顔を曇らせてため息をつく青年。

「さっき言っただろ? 親方が洞窟に薬草を取りに行ってる、って。それ、昨日のことなんだけどさ、まだ戻ってきてないんだよ。いつもならその日のうちに戻ってくるのに……。まあ、親方なら強いし大丈夫だとは思うんだが……やっぱり、その、心配で、な」

強がって笑ってはいるが、心配を隠せない様子の青年に、リュカは ――






「―― なるほどね。それであの洞窟に親方を探しに行った、ってわけなんだ。一応確認しておくけど、あの男に探しに行ってくれって頼まれたんじゃ……」

「ち、違うよ! 僕が、その、勝手に……」

(……まぁ、そうよね。お父様らしいって言えばらしいわ)

慌てて否定するリュカの背をじと目で眺めながら、タバサは思う。
底抜けに優しくて、お人良し。
困っている人がいたら、見捨てておけない。
そんな父の性格は、子供のころから代わりが無かったようだ。

『いつか誰かに騙されたり、利用されたりしても知らないわよっ!?』

とは、母の言葉。
困ったように苦笑いする父にガミガミと文句を言う姿がよく目撃されていたが、そんなデボラが影でこっそりと

『まあ、そんなふざけた奴がいたら、私が思い知らせてやるけど』

と言い、実践してきた事をタバサは知っていた。
口では下僕と言ってはばからないが、影でリュカのために動くデボラの姿は、娘であるタバサの目からみても魅力的だった。
時折やりすぎる事もあったようだが、それはそれで愛嬌なのだろう。

(―― って、今はそんなことはどうでもよくてっ)

劣等感を抱きそうな考えを振り払うように頭を横に振ると、水音があがる。

「ね、ねえ、お姉ちゃん、ところで……」

「ん?」

タバサは心を落ち着けようと腕を伸ばす。
暖かさが体に染み込み、自然とため息が出た。

「……その、なんで僕たち一緒にお風呂に入ってるの?」

その言葉の通り、二人は浴室にいた。
浴槽に浸かって気持ちよさそうに目を細めるタバサに、洗い場で頬を赤くして椅子に座っているリュカ。
当然二人とも裸で、生まれたままの姿だった。

背を向けてつぶやくリュカに、タバサは意地悪く笑ってお湯を軽くかける。

「ひゃっ!?」

「決まってるでしょ? リュカ、こんなに傷だらけだし、早く汚れ落とさないとばい菌入っちゃう」

「で、でも、それなら僕一人でも……い、痛いって!! し、しみるよ、お姉ちゃん!」

むっとしたタバサは桶いっぱいに水をためると、頭からお湯を浴びせかける。
切り傷や擦り傷だらけの体に遠慮なく湯をかけられ、リュカは涙目で抗議するが、タバサは構わずに続ける。
水音がたつたびに、リュカの悲鳴が狭い浴室に響き渡った。

「心配させた罰よ」

「あうう……」

そっけなくそう言われてしまえば強く出られないのか、リュカはしゅんとうな垂れる。
そんなリュカの様子を見て、少しは溜飲が下がったのだろうか、タバサは湯をかけていた手を止めると問い掛けた。

「で、なんで洞窟に行ってたこと隠そうとしたの?」

「う、それは、その……」

リュカは少しの間言おうか言うまいか逡巡していたが、にっこり笑って湯を手にためるタバサを見て、観念したように言葉を出す。

「お姉ちゃんに、怒られると思って……」

「わたしに?」

モンスターのいる危険な洞窟に、一人で勝手に入ったことが知られたら、怒られるのではないかと思った、と、ぽつりぽつりと話すリュカ。
しかし、リュカの予想に反して、タバサはふふっ、と小さく笑うだけだった。

「別に怒らないわよ? わたしだってリュカと同じ頃にはもうモンスターと戦ってたしね」

確かに、危ない真似をした事に対して思うことが無いわけではない。
しかしタバサには、その感情が過保護すぎるということがわかっていた。
もしレックスが同じ事をしたと聞いても、別に叱ったりしようなどとは思わなかっただろう。
それを考えれば、感情は別として、ここでリュカに対して言えることは何も無かった。

「で、でも、お姉ちゃん、あのスライムの時は……」

タバサには一瞬何のことかわからなかったが、すぐに昨日の事 ―― 二人の出会いの時の戦いのことだと思い至る。

「あの時はリュカ、捨て身で倒そうとしたでしょ? だから怒ったのよ。おじ様も言ってたでしょう? 『自分の力をしっかりとわきまえない行動は、勇気ではなく無謀というのだ』って。今回はどうだったの? 勝てないような相手に無闇に突っ込んだりしたの?」

「ううん、今回は慎重にいったよ。薬草も道具屋のお兄さんにいっぱい貰ったし」

「ふふっ、なら、わたしには何も言うことは無いわ」

タバサは満足そうに笑うが、少し眉をよせる。

「って言っても、心配したのは確かだけどね……。本当は行く前にわたしに相談して欲しかったな」

「ご、ごめんなさい」

少し寂しそうに目を伏せるタバサに、年も幼く経験の少ないリュカはなんと声をかけていいかわからない。
なんとか話を変えようと慌てて言葉を捜す。
そして、“それ”に気づき、顔をほころばせた。

「ねっ、お姉ちゃん、顔のここ、赤くなってるよ!」

「え?」

リュカの指差した頬に手を当て、タバサは思いを巡らす。

「あ、そっか、さっきビアンカに魔法教えたときに……」

一度ビアンカの魔法が暴走しかけたとき、顔の近くで暴発しそうになったことがあった。
すぐにタバサが制御したので大した事にはならなかったが、おそらくそのときにダメージを負っていたのだろう。
意識しないと痛みすらない程度の、怪我ともいえないものなので、指摘されるまで気づかなかったのだ。

「僕が治してあげる!」

嬉しそうにそう言うと、リュカは目を瞑り精神を集中し始める。

『ホイミッ』

その声とともに、赤くなった部分に当てられたリュカの手が光ったかと思うと、タバサの頬の痛みがスッと引いて消えた。

「へぇ! すごいじゃない、ホイミ使えるようになったのね!」

タバサの賞賛の言葉と、頭をなでる手の感触に、リュカの頬が緩む。

「えへへ」

タバサは嬉しそうに笑うリュカを微笑んで見つめていたが、その頬にこしらえた擦り傷に気づき、呆れたようにデコピンをする。

「っていうか、わたしを治す前に、自分を治しなさい!」

「あ……あはは、今ので魔力すっからかんになっちゃった」

全く後悔していない能天気な声に、タバサはリュカの傷をそっと撫でながら呆れた声を出す。

「もう……なにやってるのよ。こんな傷、すぐに治ったんだから、魔法なんか使わなくってもよかったのに」

「だめだって!」

思いがけぬ強い否定の言葉に驚いて、傷を撫でていた手がぴたりと止まる。

「お姉ちゃん美人なのに、顔に傷が残ったら大変でしょ? お父さんも女の人には優しくしろって言ってたし!」

なんの下心も無い純粋な言葉だけに、心からそう思っていることがわかり、タバサは頬を紅潮させる。

「な、なーに生意気いってるのよ、子供のくせに!」

不意打ち気味の言葉に動揺してしまった事を隠そうと、照れ隠しにリュカを後ろから抱きしめる。

「わ、わっ、お、お姉ちゃん!?」

「ん? んっふっふ~。どうしたのかなぁ、赤くなっちゃって」

リュカのこれまでとは違った反応に、タバサは猫のような笑みを浮かべる。

一人で入ろうとするリュカと無理やり一緒に風呂に入ったとはいえ、素肌をすべてさらすので、最初のうちはさすがに緊張していた。
しかし、全く意識していないのか、タバサの裸を見ても何の反応もしないリュカを見て、拍子抜けしていつの間にか緊張が取れていた。
そのことには感謝してもいいが、とはいえ、やはり頭のすみでは、自分に魅力がないせいなのかも、と落ち込んでいたのだ。
そこに、今のこの反応である。
気を良くしたタバサは、さらに密着して、申し訳程度に膨らんだ胸をリュカの背に押し付ける。
まだ幼いとはいえ、さすがに男の子。
ふにゅんとした魅惑的な柔らかさに、上ずった声をあげて顔を赤く染める。

「な、なんでもないよっ?」

くすくす笑う少女に精一杯強がるが、どもる声がすべてを台無しにしていた。

「ふふふっ」

リュカの初々しい反応を十分堪能したタバサは身体を離すと、身体洗い用のタオルを手にする。

「背中流してあげるね」

返事を待たずに流し始めるタバサに、胸の動悸の収まらないリュカは身を硬くしてされるがままになっていた。
また何かされるかも、とリュカは身構えていたが、何事も無く背を流し終えると、タバサは前側へと移動する。

「それじゃ、次は前を……」

「ま、前は自分でやるよっ!」

タバサの身体を直視できず、リュカは顔を真っ赤にして視線をそらす。

「ふふっ、それじゃ、後は腕を洗ってあげるね」

さすがに冗談だったのか、無理に強行しようとはせずに、リュカの右手を取った。
と、タバサの視線がリュカの肩の所でとまる。

「…………」

「お姉ちゃん??」

「……え? っと、あ、あはは、ごめんごめん。それじゃ洗っちゃうね」

それまでの楽しそうな表情から一変、ぎこちなく笑みを浮かべて洗うタバサに、心当たりの無いリュカは不思議そうな顔をしていたが、何も口にすることができず洗われるがままになっていた。
そんなタバサの雰囲気が伝わったのだろうか。
それまでにぎやかに聞こえていた水音も、リュカには心なしか静かになった気がしていた。








「……お父様……リュカ……。確かに、同じ人物なんだけど……でも……どうなのかしら……」

リュカは先にあがり、一人浴槽の中。
口まで湯船につかり、先ほど目に入ったものに思いをはせる。

(リュカには“あの傷”がなかった。まあ、当然といえば当然なんだけど……)

父親を助け、一緒に旅をするようになって間も無く。
未だ戦闘に慣れていなかったタバサが、敵の攻撃を無防備に受けそうになったとき。
リュカがその身を呈して庇ってくれて一命を取り留めたことがあった。
その代償は思った以上に大きく、決して消えない傷痕をリュカの右肩に残すことになった。
血の止まらない父親の腕にすがりつき泣いて謝り続けるタバサに、安心させるように微笑むリュカの顔は、タバサの心に深く焼きついていた。
呪文によって血がとまり、完治した後も深く残った傷痕を見て顔を曇らせるタバサに、娘を守ることができた勲章だ、と笑って頭を撫でる優しい手の温もりが、タバサは何より大好きだったのだ。
それまでも好きだったが、その出来事がさらに父親を好きになった切っ掛けでもあった。

(リュカ……お父様……)

胸の内で一人の、二つの名前を呼び思考の迷路に落ちていく。

(…………う~~~!)

タバサは頭を一度思い切り振るうと、息を大きく吸い込み、湯船へと頭まで一気に浸かる。
二年で伸ばした黒い艶やかな髪が、花開くように湯船に広がった。
そして、数秒浸かると勢いよく立ち上がる。

「ごちゃごちゃ悩みすぎは良くないわよね!」

胸に芽生えた言いようの無い不安を振り払うと、再びゆっくりと湯につかり息を吐く。
ゆったりとした気分になると、思考は別のものへと移っていく。

(そういえば……ふふっ、リュカのあれ、ちっちゃくて可愛かった)

恥ずかしさもあったのでじっくり見たわけではないが、それでも簡単に思い出せるくらいには記憶に残っている。
服を脱がせたときに見たリュカの裸をゆっくりと思い浮かべる。
そして、まぶたの裏に浮かぶリュカの姿は、自然と二十年後のリュカ、父親の姿へと変わっていく。

(あんなにちっちゃくて可愛いのが……、その、あんなにすっごく……)

タバサはのぼせたのとは違う理由で頬を真っ赤に染めて、目を瞑る。

(お父様……)

想像に浮かぶのは、リュカの小さくて可愛い姿ではなく、リュカの逞しく雄雄しい姿。
決して大柄ではないが、身体は鋭く引き締まっている。
家族を庇い、モンスターに向かう背中は頼もしく、いくら見ていても飽きることがない。
自分が甘えてぶら下がってもびくともしない太い腕に、自分との絆の痛々しい傷が浮かぶ。
そして、常に自分を包み込んでくれるような、大好きな優しい瞳。

タバサは大好きな父親の姿を思い浮かべながら、うっとりしたようなため息をつく。

「……んっ……っく」

そして浴室では、小さなため息のような、あるいは何かを堪えるかのような声と、時折身動きする際にたつ水音だけが響く、静かな時間が流れた。






















「お姉ちゃん?」

「きゃっ!? な、なななな、何!?」

突然外からかけられた声に、浴室の中からは、まるで急に湯船に飛び込んだような水音と、そして明らかに慌てていることが丸わかりのどもり声がする。

「??? お姉ちゃん、どうかしたの?」

「な、なんでもないのよ? うん、なんでもないの! それより、どうかしたの?」

リュカの頭の上では未だに疑問符が舞っていたが、気にしないことにきめたのだろうか。
少し心配そうな声が聞こえてくる。

「うん、お姉ちゃん、ずいぶん長い時間お風呂に入ってるから、大丈夫かな、って思って。なんか苦しそうな声も聞こえてたし……。大丈夫? のぼせてない?」

「え、ええ、大丈夫よ。もうそろそろ出ようって思ってたし」

タバサはなんとか胸の動悸を抑えて、ゆっくりと話す。
その甲斐があったのか、リュカの安心したような気配が伝わってくる。

「よかった! そろそろ夕食だから、あまり遅くならないようにね!」

「ええ、先に行ってて。わたしもすぐいくわ」

元気のいい返事と共に足音が離れていく。
タバサは耳を澄ませ、リュカの気配が浴室から離れたことをしっかり確認してからゆっくりと息を吐いた。

「……わたし、なにやってるんだろ」

そう自嘲気味に呟かれた言葉は、誰にも聞かれることなく水音に消えていった。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

     ―― その頃のレックス君 ――

首長竜は船室を食いちぎると同時に大きく身を震わせて、その動きを止めた。
しっかりと食いしばられた口の端から、大量の木屑と真っ赤な血が零れ落ちる。
深く青い海が一瞬赤く染まり、そしてすぐにまた青に飲み込まれていった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああっっっ」

モンスターの本能で、脅威となる者が近づいてきているのがわかるのだろうか。
その名に恥じない長い首をそらし、空へと一つ咆哮を上げると、声にならない絶叫をあげて向かってくるレックスへと視線を向ける。

「よくも……よぐも、お母ざんを゛っっ!! フローラざんをおおおおおおっっ!」

そして、迎え撃たんと身構えたかに見えたモンスターの巨体に再び大きく震えが走ったかと思うと……、真っ赤に染まっていた瞳から色が失われた。
重力に引かれるように、首が力なくうな垂れる。

―― その喉元には、何の変哲もない木の杖が、深く鋭く突き刺さっていた。

海の下の脅威に気づいたレックスがすぐに投げた杖が、すでにモンスターの命を刈り取っていたのだ。
しかし、それは遅すぎた。
あまりに遅すぎたのだ。

「う……うぁ゛あ゛ああ゛っあ゛あああぁっ!!」

やっとの思いで空を駆け抜けてきたレックスは、遅すぎた自分をなじるように叫び、その細い腕を振るう。
一つ腕が振るわれるごとにモンスターの身体は切り裂かれ、一つ叫ばれるごとに光が瞬き電撃が奔る。
すでに物言わぬ骸となっていた巨体は、抵抗することなくその嵐に身を引き裂かれてゆく。
レックスは呼吸をすることすら忘れ、まるで自分をも傷つけるかのように腕を振るい続ける。
その行為は、誰にも止めることができなかった、できないかと思われた。

((……落チツ着ケ。二人ハ無事ダ))

「……え?」

突然どこからか響いたような声と、その内容に驚きレックスは動きを止めて周囲を見渡す。
しかし、声の主を見つけるには至らず、驚きは、続いて聞こえた甲高い声と、軽い衝撃によって塗りつぶされた。

「あーっ、もう、うっさい!!」

「痛っ」

まるで吸い込まれるかのように、情けない音を立てて小さな靴がレックスの頭にぶつかった。
レックスは半ば呆然といった表情で頭の上の靴を掴み、声のした方を見下ろす。

「まったく、下僕の癖に、ぎゃーぎゃーうっさいのよっ! フローラが怯えてるじゃないのっ!!」

「ね、姉さん、わたしはそんな……!」

「……あ」

牙の跡が痛々しく残る瓦礫の向こう側に、見覚えのある黒い髪と、さらにその後ろから青い髪がのぞいていた。

「あ…ぁあ……ぅ」

「ふふん、なに言ってるのよ。さっきまでタバオ見て震えてたくせに」

「そ、それはっ! その、ちょっとびっくりしただけで、別にタバオお兄さんが怖いわけじゃ……! ち、違いますからねっ、わたし、タバオお兄さんの事、怖くなんてないんです……から! むしろ、そ、その……!」

面白そうにからかう姉と、必死に弁解する妹。
そのどちらにも怪我した様子は見当たらない。
レックスの視界に映る二人の元気な姿は、次第に滲んでいった。

「う……あ……ぁ…ああ……」

少年の頬を一筋の水が流れ落ちた。
目敏くそれを見つけた少女が面白そうに笑う。

「なあに泣いてんのよ、男の癖に! ふふっ、もしかして私たちがさっきのに食べられたとでも思ったの? ばっかじゃないの? 私たちがそう簡単にあんなとかげなんかに食べられるわけないじゃない」

「ぅっく……ぅわあああああああんんんっっ!!」

「きゃっ!?」

その言葉が限界だった。
レックスは弾かれた様にデボラへ飛びつくと、堰を切ったように涙を流し、泣き声をあげる。

「なっ、い、いきなりびっくりするでしょ! ……ったく、泣き虫なんだから」

そっけない言葉とは裏腹に、泣き続ける年上の少年をそっと受け止めるデボラ。
その眼差しは、いつもと違って柔らかかった。

と、ふいに隣の妹の羨ましそうな、物欲しそうな表情に気づき、レックスを軽く蹴って妹へと押しやる。

「い、いつまで人の胸で泣いてんのよっ! ああもう! せっかくの洋服がグシャグシャじゃない!」

そして表情を隠すかのように背を向けると、すでに埃で汚れていた服をわざとらしく手で叩く。

「え、えっと、その……」

レックスを押し付けられた形で受け取ったフローラは、目を白黒させた。
そして、少年の顔をそっと覗き込む。

「うう……良かった……、本当に……良かったよぉ……」

デボラに蹴られたことなどまるで気にせず、自分の腕の中で泣き続けるレックスをフローラはそのまましばらく見つめていたが、意を決したように頷くとおずおずと背に手を添えた。

そして気がついた。
あんなにも強く頼もしく見えたその少年の背が、実は自分とそれほど違わず、小さかったことに。
そして、その小さな背が怯えるように震えていたことに。

フローラは二度も命を救われた。
一度目はバルコニーでだった。
そのときの事は、実はよく覚えていない。
モンスターに殺される、と思った瞬間、何かが光ったかと思ったら次の瞬間には少年の腕の中にいた。
まるでおはなしの中のお姫様になったかのようで、少し嬉しかった。
二度目はここ、姉の船室でだった。
突然船室が食いちぎられ、モンスターの怖い顔が覗いたかと思った時には、すでに勝負はついていた。
だが、その後も狂ったかのようにモンスターに攻撃を続ける少年の姿は、正直なことを言えば怖かった。
もちろん、ほんのちょっとだけ、ではあるが。

そんなタバオが自分の腕の中で、怯えるように泣いている。
自分よりも強く逞しく、そして年上の男の人が。
それは不思議な感覚だった。
決して嫌な感覚ではなく、むしろ、できればこのままずっといたいと思わせるような。

「タバオお兄さん……」

レックスの背に回した手に、さらに力をこめて抱きしめようとしたとき、隣から不機嫌そうに鼻を鳴らすのが聞こえ、慌ててその手を自分の後ろへ隠す。

「いつまで泣いてんのよっ」

先ほどよりもわずかに力のこもった蹴りに、レックスはようやく顔をあげる。

「だっで……だっでえ……」

「だって、じゃない!」

その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、先ほどまでの勇ましい様子は見る影も無い。
あまりに情けないレックスの表情に、デボラはなおも言い募ろうとしたが、ドタドタと大きな音を立ててやってきた人物に中断することとなる。

「デボラ、フローラ!! 無事かっ、無事なんじゃなっ!?」

「パパ? この通り、私達は……わぷっ」

「このっ……このっ、心配かけおって! 馬鹿娘達がっ……」

デボラを力いっぱい胸に抱きしめると、先ほどのレックス以上の大きな泣き声をあげるルドマン。
隣では、彼の私兵と思しき人物が、こちらもほっとした表情で子供達の無事を喜んでいた。
ルドマンの豊満な身体に無理やり埋められる形になって、ぶつくさと文句を言って苦しそうに抵抗していたが、デボラの顔はやはりどこか嬉しそうだった。

「んもう! まったく、なんなのよ、この状況……」

「ふふっ、そうです……ね」

デボラが疲れたようにため息をつくと、フローラが嬉しそうに相槌を打った。
恥も外聞もなく泣き喚く父親に、それにつられたのか再び泣き出す年上の少年。
呆れた顔の少女と微笑んだ少女は視線を合わせると、楽しそうにくすりと微笑んだ。









「あぁもう! い・い・かげんに! しろっ!!」

デボラは身体ごとぶつかるようにレックスへと飛び蹴りを放つ。
先に放った二回の蹴りが全く効いていなかったのがわかっていたのだろうか。
蹴りが決まった瞬間にひねりを加えて威力を上げるという念の入れようであった。
レックスも、さすがにこの攻撃には参ったようで、顔を顰めていたが、それでもデボラが足を痛めたりしないように自然に庇う形で受けていたのは、彼の経験のなせる技だったのかもしれない。

「ったく! パパも仕事に戻ったんだし、アンタもさっさと泣き止みなさいよ」

三人はフローラの部屋へと行く途中だった。
ルドマンの指示によってデボラの部屋は簡単に片付けられたが、さすがに壁のない部屋でそのまま過ごせるはずもない。
無事だったフローラの部屋で残りの船旅を過ごす事になったのだった。

「う、うん……ぐすっ……うぅ」

泣き止みはしたが、いまだにぐずぐず言っているレックスに、デボラはため息をつく。

「だいたい、なんでアンタがそんなに泣くのよ? 今日会ったばっかりだっていうのに」

「そんなのっ!」

―― 決まってるじゃないか、大好きなお母さんと叔母さんなんだから……。

思わずそう言い返そうとするが、すんでの所でそうもいかないことに気づく。
レックスは拗ねたように口を尖らせると、小さく呟いた。

「大事な……大好きな人が助かったんだから嬉しいに決まってるじゃん……」

「なっ!?」

「まぁ……!」

何言ってるのよ! と、怒ったように顔を赤くして背ける姉と、ぽっ、と可愛らしく頬を染めて俯く妹。
レックスはそんな二人の表情には全く気づかず俯いており、二人は二人で詰まったように何も話さない。
しばらく無言の時間が流れるが、デボラはふいに立ち止まると扉に手をかけた。

「ふ、ふん! ま、まあ、そんなことはどうでもいいわ。さ、ここね。あ~あ、さっさとお風呂入ってすっきりしたいわね」

気持ち大きな声でそう呟くと、中へと入る。
その後ろに続くフローラはいまだに夢心地で「大好きな人……」とつぶやいており、足取りはふらふらとおぼつかない。

「お風呂……かぁ」

つぶやくようなレックスの言葉に、デボラが意地悪そうな顔でニヤリと笑った。

「なに考えてるのよ、スケベ」

「え!? ち、違うって! 別にそんなんじゃ…… ((……ヤハリ、クロ、カ……)) へ? 黒?」

レックスは頬を赤くし、慌てて弁明していたが、部屋に入ると同時に聞こえた、不思議な声に辺りを見回す。

(今の声って、もしかしてさっきの……?)

レックスにはこの声に聞き覚えがあった。
先ほどの声とは違い、どこか落胆したような響きが感じられはしたが、間違いない。
頭に血が上り、モンスターを攻撃し続けていたとき、我にかえるきっかけとなった声だった。
どこから聞こえたのかよくわからない、片言で低い声。
遠くから怒鳴られたような気もするし、耳元で囁かれたようにも感じられた。
頭をひねりながら周囲を見渡すレックスに、黒い瞳が目に入る。

(この仔……なわけないよねえ?)

思わずそのつぶらな瞳をじっと見つめてみるが、それは首を傾げるだけで何の反応も示さない。

「どうしたのよ? いきなり黒って、何を…言って……」

変な言葉を呟いて立ち止まり、それきり黙り続けるレックスに、デボラは怪訝そうに振り返る。
と、レックスの視線が、自分の腰の辺りに向かっていることに気づき、そして自分の服 ―― スカートと、さっきの自分の行動 ―― 飛び蹴りを思い出し、顔を真っ赤に染める。
たまたま今日は、ほんの少し背伸びをして、大人の色の下着を着ていたことに思い至ったのだ。

「~~~っ!! このっ!!」

「え? ……ぐぇっ!」

今日何度目かわからない蹴りを頭に受け、床へと突っ伏すレックス。
デボラはそんな少年を何か汚いものでも見るかのように一瞥すると、部屋の奥に備え付けられていた風呂場へと消えていってしまう。

「あ、あの……大丈夫ですか? タバオお兄さん」

心配そうに覗き込むフローラに手を貸してもらい、レックスは何とか立ち上がる。

「うぅ、いたた……。ありがとう、フローラさん。でも、デボラさん、いったい何怒ってたんだろう……」

床に打ち付けた顎をさすり、全く心当たりのなさそうに首をひねるレックスに、フローラは顔を赤くしつつも咎めるように上目遣いで睨む。

「もう……、タバオお兄さんがデボラ姉さんの……その、あれ…の色を言ったりするから……です。もし見えちゃっても、そういうときは黙っててあげるのが、女の子に対するマナー、です……よ」

「あれ……って?」

「そ、その……ごにょごにょ」

フローラは風呂場をちらちら気にしてそっとレックスの耳に囁く。
レックスは耳に吹きかけられる息にくすぐったそうにしていたが、フローラの言葉を聞いて目を見開くと、真っ赤になって飛びずさる。

「そ、そんな、違うって! 黒ってそういう意味じゃ! フローラさんもさっきの声、聞こえたでしょ!? ボクはそれを口にしちゃっただけで、デボラさんのパンツなんて見てないよ!」

フローラはパンツのくだりにさらに頬を染めるが、レックスの言葉の内容に不思議そうな顔をする。

「さっきの声……です、か?」

「ほら、さっきこの部屋に入ったとき、なにか聞こえたじゃん! 片言っぽい変な声!」

「片言……ですか?」

必死のレックスにフローラは困ったように微笑む。

(そ、そんなぁ……。確かにそこまで大きな声じゃなかったけど、あんなにはっきり聞こえたのに……)

フローラが嘘をつくとは思えないが、それでも自分は確かに聞いたのだ。
身の潔白を晴らそうとさらに続けようとするレックスの耳に、再び先ほどの声が響いてきた。

((勇者ヨ。アマリフローラヲ困ラセルナ))

今度こそ間違いなかった。
頭の中に響くようなこの声は、さっきも思った通り、自分の視線の先にいるこの仔から聞こえてくるのだ、と理屈ではなく理解できた。

「ほら、やっぱり! その仔が!」

「え……? あら!」

レックスの指差す先に小さな友達を見つけ、フローラは嬉しそうに笑う。

「ふふっ、この仔は私の部屋で飼ってる仔なんです。……そういえば、さっき襲われた時は、この仔が姉さんの靴を咥えてもってっちゃったから助かったようなもの、なんですよね。もしこの仔を追いかけてなかったら、どうなっていたか……」

フローラはぶるりとその身を震わせる。

「もしかしたら、この仔、私達の命の恩人、なのかも、しれません……」

フローラはその仔を優しく撫でると、胸に抱え、レックスの目の前に自慢するように突きつける。

「可愛いでしょう? 名前はリリアンって言うんです!」

((コノ子達ニハ、リリアント呼バレテイル。ヨロシクナ))

白いもふもふしたソイツは、尻尾を振り、右の前足を上げて、そうのたもうた。









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