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[6047] 国の歩道 (異世界国家運営)
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 14:26

今回、あまり無いジャンルの異世界国家運営物にチャレンジですね。



ダメ作者なのは分かってるので

指摘:戴ければ喜びます。

感想:どんな物でも喜びます。

アイディア:凄く求めてます。

物語のおかしい所:ガンガン言ってしてください。無理の無い範囲で修正します。



一応物語の背景としては。
魔術が蔓延っていて、相当昔なんだけどなんか違う世界。っていうのを目指したファンタジー物です。
基本的にはリアルに則しています。そこに魔力とか異種族があるんですから、文化が違った道筋を辿っても仕方ないですよね。
という所を出せていければと思います。




「これ誤字じゃね?」
とかがかなりあると思いますので、もしよろしければ指摘していただけるとありがたいです。次回更新時に修正します。




「そんな道理トオラネーヨ」とか、
「ダメ国家杉だろ、常考!!俺ならこんな政策を導入するぜ」

とか思いましたら「ブラザー、こんな案どうだい?」みたいに言ってくれると嬉しいです。






1章  未来への布石
準備ばかりでつまらないと思いますが、何事にも備えは必要かなと思うのでお付き合いください。

2章  戦乱の予兆
だんだん、どす黒さと人間臭さが際立ってきます。

3章  その戦、その傷、その心
ついにタカが大陸一と言われる魔術師としての能力を見せる。その結末は、意外な形で終わろうとしていた。

4章  横断歩道
ほのぼのとした旅の中。タイチは今までした事への清算を迫られる。

共通して言える事:流れに違和感を感じたらぜひ感想までどうぞ。



[6047] 魂召喚前編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 17:55
玉座で倒れてる首と体が泣き別れしている一人の高級な服を着ている男。
「民を省みず娯楽に溺れ国を低迷させた暗君は死んだ!これより俺は王殺しの罪により自害を果たす」
忠臣として知られていた彼の最後に、賛同6割、否定2割、まったく関係無しと見ている不干渉2割。といったところか。これなら作戦通りに事が運ぶかな…。

「皆の者聞いてほしい。私はこれから、この国の王にふさわしい人物を、異世界より召喚したいと思う」

名も無き家臣が息を引き取ったと同時に、この国最高の魔術師がそう言い出した。
その言葉を聞いた家臣団は、あまりの突拍子も無い事に唖然としたが、すぐに批判の言葉が襲う。

「確かに、この国には現在王不在。後継ぎが今母親の腹の中に居る現状ではこの国の一大事なのはわかるが、王族以外の者にこの国を任せるわけにはいかぬな」

まあ、当然の批判だな。反論は尤もだがここで譲るわけにもいかない事情も魔術師にはある。論破せねばなるまい。いや、このような雑魚貴族相手だったら権力をフルに使って、反論させなければいいだけだ。

「生まれてくる子供は女というのが私の魔術調査の結果が出ました。ならば私の召喚する国王が男ならば、それと婚姻を結びこの国を立て直せば良いではありませんか?王族で無ければ駄目と言うのなら、王族にしてしまえばよいのです」

「その召喚する王は、本当にこの国をより良く出来るというのかね?」

「私、魔術師タカ・フェルトの名に懸けてこの国を大陸一の国にすると誓いましょう。私の呼ぶ王が立つと言うのなら、国が良くなるように最大限の補助をさせていただきます」

権力も王の次に影響力を持っているからこそ、この発言が出来るが、これを断ればこの国を抜けるつもりで居る。
タカ・フェルトは昂ぶる気持ちを抑え、改めて家臣達に選択を迫る。
力と新たなる王が治める国か、タカと卓越した能力を持つ弟子達の居ない国か。
選択の余地は無い。この国にはタカの能力に依存しているのだから。乗っ取りだと分かっても反論は出来まい。
断れば抜けると馬鹿でも分かりやすく言っているのだ。恐喝以外の何者でもない。


魔術の腕はこの大陸で3本の指に確実に入ると言われているタカ・フェルト。

今は亡き王の父である前王の相談役で親友だった彼は、前王からの個人的な依頼によって国に籍を置いているに過ぎず、本当なら前王が死去されたときにこの国を抜けるつもりだったが、この国をより豊かに、より強くして欲しいとの遺言で、今もこの国に残って研究を続けている。

彼はこの国の有事の際の絶対決定権を持つ特権を有していた。彼の力により魔術技術が飛躍的に伸びた事を背景に、この発言が出来る権力を持てているのだ。もちろん断れば今は亡き王からの依頼は解消され、国を抜ける事は今の言葉からも明らかで、貴族たちはうろたえるばかりだ。

「その言葉を信じましょう。どちらにしろ、現状でこの国を支えられる器を持つものはおらぬわ。いっそお主が治めてみてはいかがかな?」

家臣最長老でタカ・フェルトと同格の権力を持つご意見番、シーザー・ヴォルフ宰相が、嫌味を多分に含む発言したと同時に勝負は決まった。結局、初めから勝負ではなかったのだ。タカ・フェルトの提案を、呑まないわけには行かないのだから。

「いえ、私には民を纏める力などありません。自分の力量くらい分かりますよ。ただ多少人より魔力が多いだけです。それでは、新たな王を呼ぶ準備をしなければいけないので、これにて失礼します」

そこで話を締めくくり、タカ・フェルトは玉座を退室した。しばらくしての場に居た家臣達も、目まぐるしく変わる情勢に頭を悩ませながらも散会していく。


ご意見番であるシーザー・ヴォルフ宰相はエルフ族で。過去何代にもわたる王に仕えてきた重鎮である。違う意味での国の一大事に、ため息が漏れるのを止められない。

(まあ、国が豊かになる善王なら何も言うまいて。前王はこの国を良くしろとは言ったが、王に仕えろとは言うておらんかったからな)

前王が駄王なのはシーザーも分かっていたので、諦めの表情で協調姿勢をとる事を決めた。王が死んだときは、この国がどうなる事かと思ったが。本当の意味で前王の言葉に従っているのだと無理やり思い込み、考えるのを止めた。

魔術師タカ・フェルトが何を思ってこの所業に出たのかは本人にしか分からない。
ただ、この事柄で物語は加速して行く事になる。






「うむ、これは間違いなく死んだな。」

俺の名前は遠藤太一(21)。三人兄弟の長男で、現在一人暮らし、趣味はネットサーフィン。職業はしがないアルバイターをやっていた。

そう、やっていた。なぜ過去形かというと。

「いや、自分が死んでるところを上から見下ろすって、確実に魂ですから!」

交通事故で死んでいたからである。

叫んでみたものの思考はクリーンで冷静に判断できる。
死んでいて体の機関がおかしくなったのか、アドレナリンがまったく出る様子が無いし。取り乱す予兆がまったく来ない。
妙に冷静状態な魂状態の俺はこれからの事を考えていた。

「う~む、やっぱり日本だから八百万の神に入ったりするんだろうか?それとも輪廻転生して新しい人生を送るのか?日本って相反した死後の世界だよな。無宗教だから別にどうでもいいんだけどね」

などと死後の世界に思いを馳せながら上空にふわふわ舞い上がっている時、いきなりブラックホール的な黒い物体Xが現れた。

ちょ!?なにこれ?死後の世界に行ける門ですか?こんな風になってたんすか!?
等と思っているてんぱった思考は無視され、物体Xは太一の魂を吸い取っていく。
「あ~れ~」
…訂正。あんまり焦ってはいないようだ。生前の思考に引っ張られてはいるが、この事態に動揺一つ起こさない。


「…で、俺を呼び出したと…それでいきなり国王?それなんてご都合主義!?」

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺は死んだと思ってたのにいきなり異世界に召喚されていた。
な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…
死後の世界なんてそんなアバウトなもんじゃ断じてねえ…もっと恐ろしいものの片鱗を味わってるぜ…


とりあえず落ち着いて現状確認に勤める太一。何事も情報がなければ動けない。
「…俺の記憶からすると5年前に弟の孝明が行方不明になっていた。で、どこぞの北の国に拉致されたと思っていたら異世界に拉致されていたと…そういう事でいいのか?」

太一は己を召喚したと思われる、いかにも魔術師です。といった風貌のローブを身にまとっている猫背の中年に状況説明を申し出てみる。
その中年は、現実世界で5年前。彼が中学1年のとき学校の帰宅途中で行方不明になり、当時のニュースを賑わせた当事者である太一の弟であるという事だそうだ。

「間違ってないよ。ただ、時間の流れが違うみたいで、そっちは5年でもこっちでは50年経ってるけどね」

「…なんでそんなに若々しい肉体なんだ…?そして、何で俺こんな子供の体になってるの?」

見た目30代後半の、髪はボサボサで無精ひげを生やした、活きのいいおっさんは、見た目不相応にやんちゃらしい。
そして、何故か太一の肉体は子供の頃の自分に瓜二つこれも魔術なのかと疑問に思い、説明を求める。

「ふっふっふ…魔術の力を侮らないで欲しいな。僕並に高位の魔術使いは生きようと思えばいくらでも長生き出来るのさ。そういう魔術を開発したからね。
ちなみに兄貴の肉体年齢は5歳だ。少しずつ整形して漸く兄貴と同じような顔を作り出す事に成功したよ。年齢が下がってる事については、魂を入れる肉体でそこそこ良いのがこれ位しかなかったと言うのが理由だけど。一般人より大きなな魔力があるし、訓練すれば上の下位までは行けると思う。決してピンチになったら突如として発現される特殊能力なんて無いから。いきなり右目が疼くとか有り得ないから。まあ、政務で鍛える時間の無い兄貴にはまったく関係ないね。戦闘は僕たちに任せれば良いから。雑務は任せたよ」


今確信がもてた…このめんどくさがり屋な、無駄に明るい性格は間違いなく弟だ…
なんか自信満々な感じに性格歪んでますが…。長年の孤独で性格が歪んでしまったみたいだ…。こうなる素養はあったが、同情の余地は多少あるな。

この自称大陸一の問題児…じゃない。自称大陸一の魔術師を制御しながら、国を発展させろってか?無謀じゃね?

「安心してよ兄貴。この国は水の国とか言われてて、最初からそこそこ豊かだし、僕が魔術部隊を鍛え上げたから魔術技術は大陸一だよ!」

「じゃあ何で呼んだのさ…お前が治めろよ…」

とは言った物の、この馬鹿に国が治められるとは初めから期待していない。中一で異世界召喚された後、魔術の事しか学んでないと言う孝明に何を期待しろと言うのか。いや、なにも無い!(反語)

だからと言って、俺もそんな能力無いから。出来たとして高校卒業レベルの知識ですよ?

「僕、政治が無関心だと思わせて、既存の魔術の技術を高める事のみに集中してると思わせたほうが何かと都合がいいんだよ。雑務なんてやりたくないし。目立った動きをして殺されたくないからね。殺されるなら兄貴が先だから。そこんとこよろしく」

「家臣からの暗殺の恐怖におびえながらって、それしゃれんなってねー!」

前王の半生を聞いてみた。何でも、暗君が国の金を使い果たしそうになったので、孝明の研究資金まで削ろうとしたと。
で、それにむかついた孝明がつい殺っちゃったんDA☆ZE☆と言う流れらしい。

「異世界から相応しい者を召喚するとか言った手前、縁のある人しか呼べないなんて口が裂けても言えないしさ。大丈夫、将来間違いなく美人になる王女が既に許婚になってるからそこは喜んでいいよ」

「それしか救いがねーのかよ!?絶対子作りまで生き抜いてやる!」
「兄貴は前世では顔が良いのに女性の影まったく無かったからなぁ…」
「哀れむなぁああ!」
俺は彼女を作れなかったんじゃない!作らなかったんだ!と、とりあえず主張しておく。

そんなハイテンションな兄弟間の会話に付き合ってあげながら事情説明を受けた俺は、召喚された場所である塔から外に出て、異世界の第一歩を踏み出した。


周りを見てみると、後ろには20メートル位の円柱状の塔、その四方に直径3メートルはあろうかと言う巨大な水晶状の丸い玉が鎮座している。そこから何か靄みたいな物が立ち上っている。超不思議現象だ。
それ以外には木々が立ち並んでて、遠くには微かにレンガ造りの家が見えるので、ここは郊外にある孝明の研究所の一つのようだ。

横にある看板に「魔術師タカ・フェルト実験用研究塔23号」とか書かれている。少なくとも23個はこのような実験用施設を持てるくらい偉い立場に居るようだ。

早速疑問に思ったので聴く事にする太一。

「このでかい水晶は何だ?なんか周りからもや状のものが立ち上っているのが見えるんだが」
ほう、と孝明は感心した様子を浮かべてニヤニヤしている。気持ち悪い表情だが意図的に無視して説明を聞いた。

「見えているもやは魔力だね。その水晶は魔石と呼ばれるもので、この施設は魔石から溢れる魔力を塔に集めて儀式系の魔術を使う事に特化した施設さ」

どうやら俺は魔力を見る事の出来る能力を既に持っているらしい。今更この程度では驚かないが。体を用意したと言ってたからそういう風に作ったのだろう。
街の事について聞いて見たが、今は家臣達に紹介するのが先だと言われて引き下がった。

「後で専属メイドを用意するよ。響きだけで萌えるだろう?」
これ以上話したら、からかわれるだけで終わりそうなので、俺はとっとと少し遠くに見える城に向かって足を進める。


孝明を伴って城に入った俺は、城に常駐しているメイドに連れられて衣装室へと案内された。着替えさせられそうになるのを阻止しようとするが、中世貴族風の服の着方なんて分からないので素直にされるがままにされた。
見た目5歳だから羞恥心もわかない…。と思いたい。思わせてくれ。じゃないと精神的に耐えられないから…。

メイドさんの手を借りながら、えらい高級な服に着替えさせられて鏡を見た。


「おのぼりさんだな」


率直な感想である。どう考えても年不相応な格好だ。俺は迎えに着た孝明と共にちょこちょこと玉座に向かって歩いていった。

(まぁ、雑務の為に使われたのは確かだが、孝明も寂しかったのだろうという事は分かる。話してるとき泣きそうだったからなあ。普通の人じゃ分からないだろうけど)

50年と言う月日は、俺の思っているより辛いらしい。


「開門!」


孝明の指示により、廊下と謁見の間を隔てていた門がゆっくりと開いていくのを眺めながら俺は決意する。

(あのまま生きてても良い事無かっただろうし、ニートか派遣だろうからな。国家運営で第二の人生を過ごすのも悪くない…か?)

床には赤い絨毯が引かれ、その絨毯に沿うように幾人もの人が並んでいる。太一は出来る限り背筋を伸ばし。その間をゆっくりと歩く。

玉座に座った王を見た家臣からの第一声は「そんな子供に王が務まるのですか?」だった。

そりゃそうだ。王を呼ぶとか言っていきなり5歳児連れて来られたら誰だってそう思うだろうよ…。今着ている王様の服に、着られてる感が否めないし。

「長く王を務めていただくために肉体年齢を下げましたが、彼は王の政務を完璧にこなす事のできる人物です。彼はこれよりタイチ・ファミルスを襲名し、正式に王を襲位する事をここに宣言する」

そう言った孝明がこちらを振り返って、なんか言えよ、まじめなのは苦手なんだ的な視線を向けてきた。こういう視線の意味は、兄弟同士で培われた長年の付き合いがなせる阿吽の呼吸である。こんな特技なんか身に着けたくは無かったが…。
さて、それでは一芝居打ってみましょうかね。

「私個人が出来る事は驚くほど少ないが、私に付いて来ればこの国の更なる繁栄を約束しよう。各家臣達の仕事に期待する」

…言葉の意味自体は立派だが、偉そうに言ったとしても、声変わりもしてないガキがこんな事言っても家臣達が付いてくるはずが無い。怪しそうな様子を隠しもしてないし…これからの仕事で見せ付けるしかないか…。



[6047] 魂召喚後編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 18:05


場内を警備している兵士に連れられて、王の執務室と呼ばれる所を訪れた。中央に重厚な机がその存在感を示していて、脇に来客用のソファーや本棚が鎮座している20畳位の部屋だ。

あんな偉そうな事言っちゃったもんだから、仕事をきっちりこなして信頼を得るために尽力しようと決意するタイチ。
とは言っても、タイチはこの世界の事何も知らないし、この国の現状も知らないので、何をどうすれば良いやら。と、何かの動物の皮張りで作られた椅子に座って頭を抱えていると静寂に支配されている部屋に3度のノック音が響いた。
「そんな事もあろうかとっ!」

玉座での自己紹介が終わった後どこかへ行っていた。…認めたくないが、我が愚弟であるタカ・フェルトが無駄にハイテンションでやってきた。こいつは俺と二人で話すときはずっとこの調子なんだろうか…あのハイテンションはせめて俺の前だけにしておいてくれ…カリスマが…大魔術士としてのカリスマが…。

「一人では何も出来ぬ王に、この世界の常識や、我が国の現状を説明してくれて、さらに身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんは欲しくないかね?」
もったいぶらないでさっき約束したそのドアの向こうに居ると思われる秘書兼メイドを出しなさい。

「ですが専属メイドを紹介する前に、この国の内政を取り仕切っている家臣の重鎮をご紹介させていただきます。シーザー・グラッド宰相殿。御入りください」

「やれやれ、長く仕えていると言う理由だけでしかないこの老いぼれをまだこき使うつもりか…」

そう言ってドアの向こうからゆっくりと入ってきた老人は、賢老の雰囲気を漂わせている。
一瞬だけ、感じた事の無いほどでかい魔力によるプレッシャーをかけて来た。魔力を視る事のできる俺だから気づいたが、探知機関のない一般人は受けた本人にしか気づかれないほど焦点が絞られている。
このプレッシャーは俺に向けて放ったものではないのだろう。それほどまでに強力な魔力を向けられたタカはどこ吹く風。まったく意に返していない様だ。これが経験のなせる技か?
シーザーは目つき鋭くタカを凝視した後、俺に視線を合わせる。

こちらは打って変わってまるで孫を見るような目で俺を見つめてきてる。目つきが悪いのは素なのか、目つき自体は変わってない。先ほどとの態度の違いに思わずたじろぐ。だがシーザーはそれを勘違いしたようで、単に目つきがするどい事で怖がらせてしまったと勘違いしたようだ。自覚はあるらしい。


「おやおや、第一印象から怖がらせてしもうたわい。若き王よ、わしの経験が必要なときはいつでも呼ぶがいい」

そう言うや否や、執務室から退出の許可を求めてきた。今日は挨拶だけのつもりらしく、特に俺に用事は無いようだ。俺も用事が無かったので退室を許可する。


「あんなしわくちゃなジジイはほっといて、いよいよメインが登場ですよ」

どうやらタカはあのプレッシャーを受けても別にどうでもいいことに認識されるようだ。感知する機関が壊れているのか?慣れか?問題ないと思っているのか?多分全部…かな。50年経った弟を判断するには情報が足りない。
こいつは多分、タカの起こす行動に制限を加えない事が条件で俺との共闘が可能なのだろう。

それにしても。本質が変わってないのは喜ぶべき事なのか?いや、悲しむべき事なんだろうな…。ダメさ加減だけがレベルアップって人としてどうなの?

そんな風にタカを評価しながら専属メイドさんの入室を促す。はっきりしない物事はとりあえず棚に上げておくべきだ。やらなければいけない事が多すぎるし。

「では紹介いたしましょう。入りたまえ」
「はい。失礼します」

「この子には魔術の才能があったので、私が幼少の頃から英才教育を施したエルフのお手伝いさんです。この年で戦闘技術は一流だから、護衛も兼ねております。ステフ、自己紹介を」
「お初にお目にかかり光栄です。私の名前はステファ・カーティスです。ステフとおよび下さい。精一杯お世話させていただきます。よろしくお願いします。ファミルス国王様」


そう言って紹介されたのは、身長140センチ位、耳がぴんっと立ったショートボブ緑毛で、体系は至って普通な見た目14歳程度の少女だった。目がくりくりと愛らしく、のんびり屋な印象を受ける。保護欲をそそられるぜ…。アレな人にはアイマスの雪歩と言えば分かるのだろうか?

「それでは、私は早急に片付けなければ行けない研究があるので、これで失礼させていただきます」

なんかいきなりやって来て一通り説明していきなり去っていく初心者用NPCみたくなってるが、それで良いのかタカ・フェルト!
あまりアレの行動を気にしても仕方が無いので、未だドアの入り口付近でおろおろしているステフに情報を求める事にする。


「はい、説明役を精一杯努めさせていただきましゅ」
噛んだ事をスルーするのは優しさですよね…。俺は不安で泣きそうなくらい悲しいよ…。
ガラガラとホワイトボードっぽいものを一生懸命引きずって来てるのもスルーした方が良いんだろうか…?萌えておけば良いんだろうか…?多分萌えるのが正解だと思う。

ステフは、引きずってきたホワイトボードっぽいものに向かって手をかざし、魔力を練ってしばらくすると、この世界の地図。通称大陸地図と言われる図が浮かんできた。タイチが内心で驚いている事を顔に出さないでステフを見つめる。

するとステフは己の仕事を完遂しようと、自国の現状、他国との関係図を分かりやすく図を変化させながら、どこから取り出したのか、カンペっぽいものを持ち出してきた。

そして一呼吸置いた後、すらすらと読み始める。
「私達が住んでいるファミルス王国は、通称水の国と言われるくらい、水の資源が豊富です。

西に親交を結んであるエルフの里があって、そこから少し北にある上流から湧き出る水によって潤ってます。
街の北に流れる、通称ファムール川は暴れ川で、雨季の時期になると氾濫してしまうので川を通行する事が出来ません。
乾季は逆に川の水が無くなってしまうので船の通行が困難ですね。

さらにエルフの里より西には魔力を貯えた鉱石、通称魔石が出土する鉱山があり、それより西には標高の高い火山がありまして、それより西は立ち入る事が難しいです。城の天辺からも、その高さが伺えます。

魔石が取れる位、土地に魔力が充満しているので、そこに魔力的に優れた土地を探してたエルフ達が西の森に移住して来てから、下流の水辺に形成した大規模な街に魔力の強い人たちが街を纏めて国を作った。という起源があります。
その時を王国暦0年と定め、現在王国暦665年です。今でも王族はこの国で一番潜在魔力が高いんですよ。
エルフ族について説明させていただくと、エルフ族は潜在的に魔力が高く、長寿ですが、繁殖能力が低く、数が増えにくいという特徴を持っています。

では、隣国の事にも軽く触れて起きますね。

大陸の中央に延々と続く広大な森。通称魔の森です。この森を囲むように国が点在しています。森にはモンスターがいて、奥に進めば進むほど強いモンスターが出てくるので、奥に行くならそれなりに強くないと帰ってこれません。各国で兵士の訓練にこの森のモンスターが使われています。奥にいる中級モンスターが下級モンスターを捕食している光景が見られるので、独自の生態系はあると言うのが定説です。繁殖期以外は滅多に人里にモンスターが出てくる事がないので、森に入らなければ何の害もありません。

アルフレイド帝国:ファミルス王国から北東にあり、一年中寒い国です。帝国よりさらに北には万年凍土がありますね。農作物の主な輸出先です。
万年凍土の奥深くに龍が住み、小型の知恵のない竜種はアルフノイド帝国の竜騎士団として重宝されています。

ノーレント共和国:アルフレイド帝国から更に東に行った海の向こうにある、大きい島々の集合体です。大陸から商人たちが寄り集まって出来た国に技術者が移り住んだ事で国家として成り立つ様になった起源をもちます。海戦力は最強で、守るだけなら出来ますが、攻める事は出来ないという国で、いくたび戦争がおきようとも中立を貫き、停戦交渉の場として使われるので、外交上必要な国である事は間違いないです。

ドラミング連合:ファミルス王国から南に位置している国で、民はドワーフ族で形成されています。鉱山から鉱石等を採掘でき、それを加工して売り出して収益を得ている国です。各氏族が集まり、担当する事柄を議会で承認し、運営しています。同属以外は国にすら入れないと言う超排他的国家で、選ばれた数十人の商人のドワーフが各国に商品を売り歩いてますが、持ってくるものの質を見る限り、工業技術では大陸一と思われます。

ジャポン国:ドラミング連合の東に位置し、連合と唯一対等に国交を結んでいる国です。魔術嫌いな人達で、身体能力がずば抜けて高い事で有名です。曲刀を腰に巻いたサムライとか、覆面をしているニンジャと呼ばれる戦士が居ます。ダイミョーという役職が国を何個かに分けて収め、テンノーというのは神様で、そのダイミョーを纏めているらしいです。海に面していて、ノーレント共和国とも親しいようです。

他にも小さな国はいくらでもあるんですが、大きな国はこれくらいですね。

話を戻します。我が国の戦力は、魔術では大陸一。魔術以外では下の上といったところです。エルフ族達との人材の交流も活発で、魔術部隊の中核をなしています。


国の周りは田畑で、農民達が現在の主食である米や麦などを育てていますね。
他国との貿易は、魔術アイテムと少量の農作物が大半ですね。

気候について説明します。
このあたりではあまり雨は降りませんが、山の奥のほうで大量に降るので、乾季以外はファムール川からの水は安定して供給されます。
ただ、乾季は水の供給がほとんど無くなってしまうので、農作物を育てるのは休止するそうです。これは、農地を休ませる効果もあるそうですよ。
逆に雨季の時期では河川が反乱の恐れがあるくらいの暴れ川です。毎年魔術師部隊が水の魔術で何とか抑えてます。今の所と国に被害は起きていません。

一年中温暖な土地ですが、雨季や乾季などはあります。場所によっては年中作物を栽培でき、種類も豊富です。
今は1月ですから少し肌寒い程度ですね。
ファミルス王国での人口の3割はエルフ&ハーフエルフで、差別なども無く、平和に共存しています。じゃないと私なんかがここに居れませんね。

以上がファミルス王国の現状ですね。何か質問などありますでしょうか?」


…どう見てもカンペをガン見で棒読みだが、話し言葉までカンペなんだろうか?緊張している事は見た目にも明らかなので、多分一字一句カンペに書いているのだろう。説明した事は参考になるので、緊張している事は華麗にスルーして、とりあえず今の説明で気になった点を質問してみる。
「貨幣の価値と、民の生活水準はどうなってる?」
「えっ、ひゃ、ひゃい。えーっとですね。現在使われている通貨は金、銀、銅があります。相場は常に変動してますが、今の相場だと大体銅貨30枚で銀貨1枚、銀貨25枚で金貨1枚となってまして、ファミルス国民の家族全員で稼ぐ一般的な月収は銀貨15枚といったところです。4人家族の一般家庭で約銅貨10枚で1日過ごせるので大陸の中では裕福な国でございます」
※脳内設定:大体銅貨1枚500~700円くらい。

…どうやらステフはアドリブに弱いらしい。俺が王だからという事で緊張してるのか?こんな見た目5歳児に緊張なんてしなくていいのに…。むしろため口でもいいくらいだぞ?まじめそうなので受け入れてくれ無さそうだが。顔を真っ赤にしてあたふたしてるので、これ以上の質問はもう止めておこう…。まだ説明して欲しい事はあるが、今の説明で国内外の情勢は大体掴んだな。必要になったらまた聴けばいいか。

で、今俺のやるべき仕事とは何だろうかと聞いてみる。
「この書類の中身を見てはんこを押す事です」
王様と言ってもやることは事務仕事か…。
次説明させる時は眼鏡かけさせて、ロリめがね教師なシチュエーションにすることを誓いつつ、内心でドリルを付けさせたいと思いながら判子を押していく。

果たしてタイチは今度どうなってしまうのか!?次回も(弟が)暴れちゃうぞ!



[6047] 妹は俺の嫁
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 18:22


ここはファミルス王国で1.2を争う重要施設であるタカ魔術研究所。ここでは日々一流の魔術研究者が集まり、軍事研究、魔術アイテムの一般転用、輸出用魔術アイテムの量産、新魔術研究に勤しんでいる。

その地下には王からの勅命の紙が一枚、埃をかぶったまま無造作に転がっている。開きっぱなしの本などが散乱している所に同じように放置してあるのは、不敬と言えるのではないだろうか?いや、タカ・フェルトにとっては捨てなかっただけでも譲歩している方だ。この所長専用研究室と呼ばれる部屋で、研究所ではよくある光景が繰り広げられていた。

「ふふふふふ、やはり私は天才だ!これほどの大魔術を完成させるとは、俺は今まさに神へと至るロードを駆け上がっている。俺は神だ!神になるんだ!ふふふふふ、ふはははははははh……ゲフッゲフッ」

※ハウスダストは肺炎を起こす原因となるので、常日頃からの小まめな掃除が必要だ。みんなも注意しよう。
タカはトランス状態に入ると、いつもこんな事を口走っているので所員達はなれた物だ。
これさえ無ければ…なんてまじめに働いている所員を悩ませているのは公然の秘密である事はいうまでも無い。
一部のマッドな所員は尊敬の眼差しを向けている。やはり類は友を呼ぶのだろうか…?
まじめな職員も、郷に入っては郷に従えと言う事なんだろうかと、自分に言い訳しつつため息を漏らした。


天才は変人であると言う、ある種の定説に漏れない弾けっぷりである。














所変わって現代。何も変化の無い田舎町のある一角。しかし今、その一角でいつもと違う事が行われていた。

そう、長男、太一の葬式である。中には暑い中喪服姿で葬儀がしめやかに行われていた。仏壇にゆっくりと目をやる。

そこにいたのは、生前の兄、太一だった。仏壇の前の額縁飾られた兄は、髪を肩まで伸ばした黒髪の、かっこいいがいまいちどこか冴えない感じである。

そんな少し過去の兄を見て、悲しい気持ちが体の中に、徐々に広がっていく。
家の中の人物と言えば、両親と兄の友人とお坊さん。少人数で慎ましく開かれている葬儀の音色を聴きながら。今更ながらに思う。
私、遠藤千尋は、兄、太一の事を愛していたと。

1個下の弟、孝明が中学時代に行方不明になり、残された私と兄は結束を強くし、お互いに依存しあいながら生きてきた。
弟を失ってからこういう関係になったので、必要に迫られてそうなった。と言うのが正しい。あんな弟でも、大好きだった兄とこのような関係になるきっかけをくれた事だけには、感謝してもいいかもしれない。
それまでは、私が兄に一方的に依存していたのだが、それをきっかけにしてお互いに親密な関係になったのだ。

元々頭の回転が良かった私は、兄が困ったときにそれに気づき、いつも相談を受けていた。させていた。と言う方が正確かもしれない。
時に女性的視点から、時に一般常識的視点から答えを導き、交友関係の相談や、突拍子もない発想力まで、様々な知識を要求された。

相談を受けて、的確なアドバイスを出し。兄の役に立てるのが嬉しかったので、どんな無茶でも最大限努力し、生きる事に必要のない雑学や心理学まで手を出してその能力を伸ばしてきた。何時でも兄の役に立てるように。
もともと頭は良かったのだ。ただ、それを日常生活や、今通っている高校の成績で活かし切れないだけで。



結局、これだけ出来るのだから私は大人だと、もっと私の事を見て欲しいと、兄に意識して貰いたかったのだ。その努力が実る事はなかったが。

兄弟間で愛し合うのは現代倫理でいけない事とされていて、表向きは抑えてきたが。こんな結果になるのなら告白しておくべきだったと、今はもう何も答えてくれない兄の顔を見ながら最後の別れを告げた。


慎ましやかに葬儀は終わり、火葬場から自分の部屋に戻った千尋、改めて現実を直視すると不幸な人生だと思う。その後母も他界し、父の再婚相手とはそりが会わず、この上愛していた兄との別れ。散々だなと自嘲的に笑い、押さえ切れなくなった涙が頬を伝う。









そんな時、場違いな無駄に明るい今は行方不明な弟の声が頭に響いてきた。
(YO!姉貴!久しぶりDA☆ZE)
一瞬唖然として、ついに幻聴でも聞こえたかと、自分の部屋を見渡す。だが見渡す限り誰も居ないので、昔の苦い思い出である腐れ愚弟の姿が思い浮かんだので、頭を振り、イメージを消し去る。やはり幻聴かと呟き、いろいろあって疲弊した脳を休ませるためにベッドに入ろうかと片足を入れた瞬間。


(いや、幻聴じゃないから。かっこいい弟様が新しく開発した魔術で異世界から交信中ですよー)


どうやら頭に響く声は幻聴じゃないらしい。
…やはり何時になってもこの空気の読まなさっぷりは以前と変わらない。少々懐かしさを覚えるが、それにしても異常なほど空気が読めてないので、不機嫌になるのを隠さずに応対する。

「…お兄ちゃんの葬儀が終わって、すごいブルーになってる傷心の姉に何の用?」

(用っていうか、姉貴が喜びそうなお知らせとか持って来ましたね)


…釈然としない思いがあるが、とりあえず聴いてみる事にした。

「私が喜びそうな?…とりあえず聴いてから考えるわ」

こちらの、投げやりな態度を完全に無視して、現状を説明し始めた。
傷心の心では、孝明の空気の読まない無駄にハイテンションな声は、聴くに堪えないので、概要だけ頭に入れる。

孝明の説明によると、死んだお兄ちゃんの魂を孝明が居る異世界に召喚してて。

その兄が私を呼ぼうと孝明に依頼しているらしい。滅多に自分から頼る事のない兄が、私を必要とする事が起きているということか…。
その為にこちらの世界での体を捨てろと。いきなりそんな世迷い言をほざく孝明に怪訝な表情を浮かべる。


つまり、お兄ちゃんかこっちの世界かを選べと、選択を迫ってきてるわけね。
突然の選択に、眠気や疲れなど完全に振り切って、熟慮する。
お兄ちゃんへの現代では叶わぬ愛と、亡き別れを経験した事による、もう二度と別れたくない。と言う想い。
異世界で兄が呼んでいると言う甘美な誘惑。
しかし、いくらこの世界に絶望したからと言っても慣れ親しんだこの世界を捨てて旅立つ事は…


(兄貴スキーな姉貴には選択の余地なんてないっしょ。しかも結婚できるとか、むしろ常日頃から願ってた事だろうが。どうせ結局はこっち来る選択するんだから早く答えろよ。こっちも暇じゃないんだぜ?)


「いい加減に空気読めよ愚弟!慣れ親しんだ生活とか、現代においてくる親友とか一応居るんだぞ馬鹿ヤロー!」


(はいはい。で、聞くまでもないけど一応確認しとく。結論は?)

まったく人の話を聴く気がない愚弟への怒りに震えながらも、答えは既に出ている。私はその場で答えを出し、慣れ親しんだ生活を捨て、新たな世界へと旅立った。






どうも。気持ち的には、伝票高速判子押しに負けないくらいのスピードで、書類を処理しているファミルス国王です。

ここに来て一週間。ずっと判子と書類に囲まれて、軽いノイローゼ気味です。
今判子を押しているのは、内容が既に決定事項で、王の判子を押すだけになった書類の山々だ。

俺どうやってこの世界の文字読んでるんだろう…?どうみても日本語じゃないよな?まあ、魔術って事でご都合主義なのかもしれない。
喋ってる言語も、明らかに日本語ではないのは、読唇術を会得してない俺にもわかるが、多分気にしたら負けだ。
家臣達と相談しなきゃいけないような緊急の案件は今のところ無いので楽なものさ。
ステフが横で、ちゃんと確認してくださーい。等と半泣きで叫んでいるが、そんなもの無視だ。

いくら判子を押してもまったく減る気配の無い紙束を恨めしく見ながら。何時目処が付くとも知れない書類の束と格闘している。

え?なぜ王様は判子を押す事が仕事なのかって?それは上の思った事が正確に伝わるようにするためだ。
別にこの説明にフラグは無いから安心してくれ。子供でも分かる事を自己確認しているだけだから。





……もう無理だ!押していく書類と同じだけ新しい書類が舞い込んでくるってありえないから!
こうなったら仕方ないな。切り札のシーザーさんを投入だ。
ステフにシーザーさんを呼ぶように言いつけ、しばらくするとのんびり腰に手を当てながら入ってきたシーザーさんに開口一番。

「書類の量を分担していただけませんか?」から入った。

シーザーさん的には、いつ応援の声が掛かるかと思っていたそうなので大して驚きもせず承諾した。やはり一人では無謀な量が意図的に運び込まれていたらしい。家臣達からのいじめになんか負けないんだから!





<シーザー>
執務室に運び込まれた書類の束を見る。
貴族の一人が新しい王の能力を確かめようではないかと提案し、他の貴族達もそれに乗り、自分達だけでも処理できる類の書類をも大量に持ち込んでいると聞いていたが、執務室にはあまり書類が溜まっているように見えない。

おそらくまじめに処理しているのであろう。これだけでもこの国王を評価できる。
これだけ出来る能力があるのなら、他の貴族に口添えして書類の量を少なくさせる事を提言するのも吝かでもないだろう。

仕事を分担されて二人で判子を押す作業を始め、しばらく判子を押す音が室内を支配する。
作業していると、ふと何かを思い出したかのようにタイチ国王が顔を上げ、こちらを見て、質問を投げかけてきた。

「あ、そうだ。シーザーさんに聴くことがあるんですけど少々よろしいでしょうか?」

ステフを一時退出させ、改めてこちらを見た。くりくりと可愛らしい瞳でこちらを覗き込む。孫が居たらこのような気持ちなのだろうか。わしは子供を設けなかったが、娶っておればよかったかと内心で思っていると、いきなり核心を付いてきた。

「さて、シーザーさんに聞きたいことは一つです。タカ・フェルトについてどう思われますか?」

先ほどまでの子供らしい雰囲気を変え、こちらを値踏みするような鋭い眼光を飛ばしてくる。
わしから見たらまだまだ甘いが、5歳が出来る眼力ではない。あやつが連れて来たとは言え、あやつと志は違うと言う事か。
これは評価を改め、相応の態度を取らざるを得んか。

「…正直気に食わんの。あやつが居ないと、この国が成り立たんのは分かるが。このまま従っておったら、国としての倫理が滅びる。あやつにこの国が握られていると思うと虫唾が走るわ」

「賭けにしては自信満々ですね。タカに連れてこられた俺にそうはっきり言うとは」

「なに、あやつより分別がはっきりしていると判断したまでじゃよ。今のおぬしなら信用できるからの」

「そうはっきり発言できるならこちらも信頼できますね。この国の為に、俺個人に忠誠を誓う事は出来ますか?」

「ほう。わしに個人的な忠誠を誓わせようとしたのは、わしが仕え始めた時の王だけじゃ。その心意気は買おう。生意気な小僧は嫌いではないからの。この耄碌した老人の力でよかったら喜んで貸してやろう」
いくら長寿のエルフとは言え、いい加減わしももう長くない…。
賭けるものはこの命と国の行く末。この男に賭けるのも一興か?
だが油断して置くべきではないな。タイチ王の力、見せてもらおうか。






今扱えるすべての魔力を目に集中し、シーザーさんがタカにした事と同じ事をしたら、普段から怖い目つきがさらに鋭さを増し、こちらを値踏みし始めた。その後の会話で、どうやら俺はシーザーさんの一応の信用を勝ち取ったらしい。この信用を生かすも殺すも俺の今後次第か。

それにしても…。殺したいほど憎んでも、それの出来ない国事情は改善の余地がある。殺されて良いわけないけどな。
これからの方針が決まったな。まず俺個人を認めさせて使える家臣を増やす事と、孝明に一極集中している魔術技術を抑えてその権力を分散、それでいて孝明を守るように配慮も欠かさない。

この順番でやら無いと家臣の暴走で孝明が死んだり、国が混乱してしまうか…。
まずは使える手駒だな。シーザーさんは信頼してもいいだろう。この国の現状をしっかり理解してる。忠義も厚そうだ。
文官はシーザーさんに任せれば何とかなるだろう。武官の孝明信仰が問題なんだよな…。

戦争もすぐに起きそうに無いから武官は今は放置していいか。



しばらくシーザーさんと書類仕事をした後、これからは家臣達に書類を少なくさせるように説得に行くと言い放ち、退出していった。
これ以上無謀な書類が来ないと分かると落ち着いて休憩を取る時間も空く。

「ステフ、お茶頂戴」
「はい、ただいまお淹れしますね」

うむ、やはりストレス社会を生き抜くためにはお茶だ!もう俺にはステフの笑顔と、入れてくれるお茶しか癒しはないぜ…。
ちなみにお茶と表現しているが、中身は紅茶とかコーヒーとか様々だ。日本茶は残念ながら無い。
最初は緊張していたようだが、今では言葉もすらすら出てくるようになって、もう完璧なメイドさんだ。
等と思いながら落ち着いて優雅な休憩時間を満喫して体力回復に勤しんでいると、いきなりドアをノックする音が響いた。
アポ無しでくるとか誰だよ…。せっかく優雅な貴族ライフを演じてたのに…。
このまま放置しても仕方ないので、ステフに通すように言う律儀な俺は、相当損な性格をしてると思う。主に加害者は孝明だが。


「失礼しますタイチ王。至急王の耳に入れたい事柄がありますので参上した次第」


…嫌な予感は当たるのが常識ですよね。タカは、ステフを壁際に下がらせ、俺に耳打ちをしてくる。
一言「成功した」と。
その一言ですべてを察した。と言うより、お願いしてた事は一つだけなのでそれ以外無いんだけどね。

褒めてやろうと思い、孝明の方を向くと、孝明もまだ研究途中の案件が残っているらしく、こちらが何かを言う前に既に足が出口へ向いていた。
生意気さに定評のあるタカ・フェルトとか言われそうだな。






さて、若干申し訳ない気持ちはあるが、義理の母上である王妃の姿を確認しに行こうか。

太一はステフに先導されて、長い回廊を歩いていた。
目的地は今は故人である前王の王妃様である、イレーヌ・ファミルスの寝室。

今王妃は子供を産む為に城の離れにある自室で、静養にしているとのこと。
なし崩し的に決まってしまった王であるタイチは、まだその姿すら見ていない。
義理とはいえ、母になるのが内定しているのだから、姿を見せに行くのは当然だろう。
無限に続くかと思われた足音の連鎖は、ステフが不意に立ち止まったことによって、途切れた。

「こちらがイレーヌ王女殿下の寝室にございます」

控えめにドアを叩き。中から、おそらく王女専属のメイドと思わしき人の声を聞き、ステフが王の来室を告げると、しばらくして入室の許可が下りた。
メイド達が席を外し、タイチは失礼しますと入り口で宣言した後、部屋に入室し、イレーヌ王妃の姿を見た。


そこにはお腹をふっくらとさせた、立ち上がると腰まで届きそうな青く細長い髪を、肩のあたりでまとめているかわいいタイプの女性で、どこか親しみを覚えるような優しげな雰囲気を漂わせた美人がベッドから起き上がり、温和な表情を浮かべながら俺を見ていた。
顔色が悪い為か、どこか病弱な印象を受けるが、妊娠中の女性は皆こんなものかと、タイチは一人納得していると、不意に声を掛けられる。

「あら、今日のお客様はとてもかわいらしいわね。妊娠中のため、メイド達からは動かぬよう言われていますの、ベッドから失礼します」

そう言ってにこやかに微笑む笑みは、どこか母性を感じさせた。

「はじめましてイリーヌ王妃陛下。私がこの度王に襲位させていただいたタイチと申します。王妃陛下はこの国にとっても大切なお人。私の事等気にせず、どうぞ横になってお休みください」

イリーヌは「それでは失礼して」と言いながら再びベッドに横になった。お腹の様子を診る限り、生まれるまでもうすぐのようだ。
布団を掛けなおし、ベッド横に備え付けられている椅子に腰掛け、改めてその目を見る。

王妃から感じるのは安心と信頼の感情。タイチはなぜいきなりここまで好かれているのかを理解が出来ない。
そもそもタイチは表面的には、この国を乗っ取る片棒を担いでいると言っても良い状態なのにも関わらずだ。
孝明の思い通りの未来にする気はまったく無さそうだが。

「あなたが噂に聞く、私のみどりごの婚約者ですか?」
疑問系だが断定系であるその問いに、タイチは軽くうなずく事で答えた。

「申し訳ない。本当は王が亡くなられた後にはイリーヌ様が権利を受け継ぐというのが道理でしょうに、こんな子供に奪われてさぞやお怒りしているのでは無かろうかと思っておりました」
こんなぱっと出の5歳児に、この国の最高権利を奪われたとなれば、いくらなんでも怒るのは当然である。

「いえ、謝る事ではありません。私はただ魔力が強いというだけで町民から召し抱えられ、子供を残すという使命だけの為にここにいるのです。学もありませんし、民をまとめることなど出来ません」
王族がこの国で一番魔力があると言う事情は、こういう制度をとっているかららしい。
ならばそれほど遠慮はいらないな。と思ったタイチは、しっかりとした姿勢を崩し、出来るだけ親しそうに話す事を心がけた。
まだ説明されていないが、個人の魔力は親の魔力量に依存されると言う事らしい。ありがちだな。


「なるほど…、こんな私でよろしければ、母上とお呼びしてもかまいませんか?」
「もちろんです。こんなにかわいい息子なら喜んで、ファミルス王」
「これより私のことはタイチと呼び捨てでかまいませんよ。私も母上の家族となる事を嬉しく思います。これほどまでにお美しい方の娘ならさぞかし美しく育つ事でしょう」

「わかりました。タイチ、我が愛しい息子。こんな何の取り柄もない、普通の女に礼を尽くしていただいたこと、心より感謝しますわ。今でこそ医者やメイド達が忙しなく働いておりますが、普段は一人で寂しかったんです。時よりここに遊びに来てお話していただけると嬉しく思います」
「私が出来る事なら何なりと申し付けてください。出来る限り駆けつけますので」
「これほどまでに優しい人と結ばれるなんて、我が娘も幸せ者ですね」


うーむ。この女性は誰でも無条件に信頼するのか?この性格ならありえる話だが。
子供だと侮っているのか?これが一番ありそうだが、俺に対して敬意を払っていたのであまりそういう印象は受けなかったな。
俺が王と言う事で身分の高い人には無条件で信頼するように教育でもされているのだろうか?
俺個人に関係があるのか?初対面でそれは考えにくいし、とりあえずこの考えは保留か。これからの付き合いで見定めるしかないな。
友好な関係を築けただけで今回は良しとして置こう。


「あら、お腹の中に居るこの子も、蹴って主張してきてます。タイチの事が気になるようですよ」


それから10日後。元気な女の子が生まれ、国王の特権である命名権を使用し、チヒロ・ファミルスと名づけた。



[6047] 街の息吹 前編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 18:46
<千尋>
強烈な頭の痛みと同時にまぶたの上から光が差し込む。
何かが喉に詰まっている感触を受けるが、すぐにその何かは動き出し、口から出ていく。
口から肺までの道筋が繋がったので、私は酸素を求め呼吸をする。

「おぎゃぁ、おぎゃぁ」

どうやら声も一緒に吐き出されてしまったようだ。呼吸は正常に出来ているようなので、次は目を開けてみる。
ぼやけて焦点が合わないらしい。視力はまだ発達していないようだ。
体の正常な機関を求め、自分の体を点検する。体は思うように動かないが、触ったものの感触は僅かに知る事が出来る。
目はぼんやりとしか見えない、だけど思考はクリーンで、肺呼吸も出来る。耳は正常に稼動するようで、その音を的確に捉える。

「~~~~~~~」

どうやら私には理解できない言語みたいだ、これから学ぶ事が必要のようだ。


ああ、異世界に来てしまったんだなあ。と後悔と期待の狭間で揺れ動く私の心。異常な孤独感が私の身を襲う。悲しさが脳内を染め上げて来る。
私は涙を流すのを止める事が出来ない。思考はクリーンだが感情がコントロール出来ないみたいだ。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「~~~~~。~~~」

おそらく誰かが私を抱きかかえたのだろう。
私の触感が抱擁感を得ると悲しみの感情が落ち着き、幸福感が支配する。
おそらくこの人が私を産んだ母なのだろうと言うのが本能で理解できた。

「~~~~」
「~~~~」
「~~~~~~。~~~~~」

ふと、抱擁感が遠のき、一瞬の浮遊感を得る。そしてまた抱擁感。そして安心感。
どうやら抱きかかえられた人が変わったようだ。

母ではないこの人に抱きかかえられて、なぜ安心感を得られるのだろうか?私の中に疑問が膨らむ。

「すまないな。こんなところに呼び出して」

耳元で子声でささやく、私にも理解できる言語で言われた言葉で理性が理解する。この人が私の大好きな兄だと。
私はその安心感と共に生前の記憶がフラッシュバックし、すべてを思い出した。
私は自分の現状を理解し、安心したと同時に意識が暗転した。




タイチの胸の中で寝ているチヒロをイリーヌに返し、その場に居るメイドに勅令を発する。

「半年くらいしたら魔力の制御訓練を行え」

メイド間に動揺が走る。そして一人のメイドが国王に疑問をぶつける。
おそらくこの場で一番立場のあるメイドなのだろう。
タイチはこの女性を メイド長 と心の中で名づけた。

「早すぎませんか?」

メイド長の言ってる事はもっともだ。聞く所によると、一般の貴族の子供でも教育を始めるのが4~6歳前後という話だから、この世界の世間一般から見れば早い。
だが俺もこのままのんびりしている余裕なんぞ無い。

「自分で動き回る頃にはそれが出来ると思っていいぞ。何事も早くから教育を行っておけばそれだけ伸びるからな」

メイド達は一様に不服そうな表情を浮かべるが、誰も国王である俺に反論してこない。こればかりは権力に頼るしかないな。
俺はチヒロを信頼してるし、必ずやりとげてくれると信じている。伊達に18年も共に過ごしてない。

さて、俺の国政はこれからだ!(決して打ち切りフラグではありません)






タイチはイリーヌの寝室から退出し、タイチのの行動範囲である執務室へと戻ってきた。
出産にはさすがに立ち会わなかったが、この世界の出産の仕組みを聴いて来た。
赤ちゃんを念動魔術で引きずり出し。妊婦の出血がひどいときは回復魔術で治し、母体の健康状態を維持。なにかトラブルが起きたときに、切開まで出来るって言うから驚きですよね。おかげで出産での死亡率は高位の回復魔術を操る魔術師に限っては0%に近いそうだ。現代より優れた環境なんじゃないか?


最近のタイチの行動範囲は寝室、執務室、たまに行くのが謁見の間、イリーヌの部屋だけだ。
謁見の間は王への客人が来た時、あるいは家臣たちを集めて話し合う時に使用される。


庶民間で高い権力を持っている大商会や職人が自分の名前を覚えてもらおうと挨拶に来たとき、いきなり現れた5歳児に驚愕した顔はなかなかに面白かった。それでも数瞬で持ち直し、きっちり名前を売って来るその根性は見直した。

だが物語的に何の面白みも無いので割合である。決して名前を付けるのがめんどくさいとかそういう事ではない。絶対!必要になったら書かれる事になるだろう。


この国は、少量の手工業師たちによる自国内で賄う生産でようやくと言った所で、他国に輸出するほどの産業も無く、まさに下の上と言うステフの説明にあった事と、相違は無い。

商人は、他国に行く途中の中継地として最上級の部類に入る。だがこの国で魔術道具を仕入れ、他国に売って利益を稼げる者は少ないようだ。これは魔術道具の生産数の問題もあるけどな。


忙しい時、寝室は執務室の隣にある仮眠室を改造して使ってる。食事はステフが持ってくるのでまったく動く必要が無い。


最近はシーザーさんがうまく口添えしてくれたのか、前までの書類大洪水の事態には陥っていない。1日4時間で十分処理できる量にまで減っている。ひどいときは1日平均7時間。最長10時間やってまったく減らなかった事態に比べると天国だ。
シーザー様様です。


今は急ぎで処理しなければいけない仕事は無いのでゆっくりお茶を啜ってます。
忙しいのも問題だったが、1日の大半を自由時間にされても困るな。
落ち着いて考える時間が出来ると色々な苦悩が襲ってくる。現代に残した仲のいい友人とか、父や母なども心配してくれるだろう…。

「男子たる物、一人立ちしてなんぼだ!もう二度と戻ってくるなよ。俺は母さんと2人で楽しんでるぜ」

…親父は絶対心配してないな。そういう人だ。もし帰れるとしても、そこには交通事故で死んでいる俺の体。正式に受理された死亡届。小学校時代の友人は分かるだろうが、今の友人には決して分からない容姿。子供の体で誰かの叱咤も無しに生きていけるシステムは現代にはない。

…思考が下の方向に向かってるな。現代での経験は、知識の土台として残しておき、この世界で活かす。


この世界に居場所がなければ、俺はもう帰る場所など無いのだから。

暇な時間が出来たらもうこれか…。まずいな…仕事が無ければ作ればいいか。




「ステフ。街に出て町民の様子を見て来るから、共に付いてきて」
「はい、国王が街に出かけるときには、私服軍人が付いていく規則になっておりますので、その旨連絡しておきますね」









城の周りに家臣である貴族達の家々が立ち並び、その周りを一般市民が囲んで過ごしている。その外を外壁が囲んで、ここからは見えないが、堀があって、そこにも水を流している。
この通称貴族街を抜けると商人や職人達が忙しなく働いている平民街に出る。
召喚されて3ヶ月。その日は春では珍しい、とても暑い日だった。
売り手の商人達の快活な声が響き、それに応える買い手の商人。酒場では積極的な情報交換が行われているのか、楽しそうに他国の情勢や噂話を伝えている。

国の北側にファムール川と言う大きな川が近くに流れていて、そこから支流を作って街中に水を通している。
所々で、川で洗濯や野菜を洗っている光景が見られる。
流れのゆるいところでは、水に触れるだけで楽しい。と言わんばかりにはしゃぐ子供達の様子を伺いながら主婦達が井戸端会議に花を咲かせている。
街を巡回してる警備団体をちらほら見る事が出来る。経理にあがっていた、警備団体の行動を、実際に目で確認できた事だけで有益な情報だ。やはり己の目で確認しないと分からない事が多い。これからは紙に埋もれないで外に様子を見に来るように心がけるタイチだった。
大人たちが見守る中、歩き始めたくらいの子供達が無邪気に遊ぶ事が出来る光景。治安の良い平和な国ということだろう。

その中を、庶民に変装する為に無地のTシャツと短パンと言うこの国では極一般的な服装に身を包んだタイチ王が、同じくいつものメイド正装を脱ぎ、ノンスリーブでスカートと言うこれまた極一般的な街娘の姿に変装しているステフの手に引かれてのんびり歩いていた。
傍から見たら仲の良い兄弟が街を散歩している光景に見える。



だが、一見現代では普通な光景も、この世界にあっては違和感を感じる光景がある。
「ステフ。これはこの国の日常風景なのか?」
「はい、そうですよ。このように活気に満ち溢れている風景がこの国の日常です」

まず子供の衣服があるというのに驚きだ。布一枚くらいの文化水準なのに…。まあ、世界が違えば文化や風土も違うか。
そしてそれを見る母親と思わしき人達。これは父親だけで家族を満足にまかなえる給料をもらっているのか?

子供は既に一人の大人として扱われ、走り回って遊ばずに4歳くらいで既に仕事に従事しているようだ。傍から見た感じ、いつでも家を継ぐ事ができるように、子供のうちから教育していく徒弟修業が基本のように見える。

徒弟修業とは子供といえども一人前と見て、そこにあるのは初心者と上級者と言う概念で、教育と言うものは通常、見て、感じて、経験して、そうやって覚えていく世界の事である。

現代でも、学校施設が普及する前はこの方式を取っていたらしい。
そう思えばメイド長が言った早い、という言葉は妥当か。まあ、確認の意味で聞いておくか。
「ステフ。なぜ子供用の服があるんだ?あと、この国の教育制度はどうなってる?」

ステフは繋いだ手を離し、手をあごに添えて考える仕草をとる。
「この世界では子供は3歳から親の後を継ぐ為に親の仕事を見て覚え、魔力が高い人は魔術師の道に行くとか、農民達の子供は立って動けるようになれば収穫時に借り出されますが、この国では基本的に何代か前の王が決めた『子供が子供らしくある権利』を導入して。その為に遊具や子供用用品があるんですよ」

うん、まあ納得だな。子供用品で新しい産業を開拓しようとした手織物職人の裏工作が見え隠れするが、特に何の問題も無い。

「…じゃあ、なぜ女性が昼間から談話に花を咲かせているのか教えてくれ」
「そうですね、身ごもっていない女性は別ですが、妊娠中の女性は原則として仕事をしてはいけない事になってます。その期間は国から補助があるみたいです」
「えっ!?街で見かけた女性が全員身ごもってるの?」
「今は王族が妊娠したという事でベビーブームが起きている状態です。国からの補助金も多いらしいですよ。何代か前の時代の王様が子供の出来ない体だったんだそうです。それで急激に子供が減っていって。労働力が低下するからという理由で子供保護政策が出来たんです。その風習の名残だそうですよ。その内容は確か…。補助金制度。子供衣服の製作。妊婦の保護。だったと言われてます」

妊婦は働く能力が著しく衰えるから社会で保護するという事は現代でも20世紀あたりから導入された事じゃなかったっけ?
道理は通るが、この国の労働力本当に大丈夫か?
子供という概念があるのが驚きだが、何とか知恵のあるものを量産するか。





「そういえばステフ。お前ずっと俺と一緒に居て街に下りてくる機会無いだろう?どこか行きたい所とか無いのか?」



何気なく軽い気持ちでステフの生まれ育ったであろう、この街の事について聴いてみる。
今まで思い出さないようにしていたのか、先ほどまでのしっかりしたお姉さんという態度が急になりを潜め、伏せ目がちになりながら。
どこか悲しい雰囲気をかもし出して、遠慮がちにボソッと言った。

お母様のお顔を、一目見に行きたいですと。

正直は美徳だと思うか、後ろ暗すぎると思うかは感じる人によって意見が分かれそうだが、俺は後者と判断した。
ステフには聞いてはいけない事を聞いたかと思い、無理することは無いぞと返すが、ステフは既に行く事を決意していて、今更提案者である俺が止めるのは気が咎めた。
仕方なくステフが行きたいと言うのならと、向かう事を許可し、ステフの先導で一路ステフの実家へと向かう。


(行けるところまで行くしかないか…)

ステフの自宅の方角と思われる道を、足取り重く、しかし確実に目的の場所に向かって歩くステフを見て、無配慮だったかと自分を戒め、ステフの後に続く。
しばらく歩くと、そこは街の中でも貧民層が暮らす一角だった。



[6047] 街の息吹 後編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 18:55



ステフに付き従って、しばらく歩くと、そこは街の中でも貧民層が暮らす一角だった。

道が舗装されておらずに穴だらけ。
物乞い同然に道に寝転ぶ髭を伸ばし放題の男。
家々は藁と粘土質で作られ、どこからか異臭が漂ってくる。衛生状態も悪いようだ。

勝手知ったると言わんばかりに歩くステフは。事実、幼少の頃この近辺で遊んでいたのだろう。
速度は遅いが、着実に刻む足取りを、ある曲がり角の入り口で足を止めた。タイチは目線の先にある家屋を見る。

ステフがこれ以上動こうとしないので、タイチは一人で目線の先の小屋まで移動し、中を覘いてみるが、そこはもぬけの殻だった。
ずっとその場に立ち止まったままのステフに報告するが、返事は無い。

「大丈夫か、ステフ」

優しく声を掛け、手を握り、虚ろなステフの目線を交差させる。この目の表情は、母と会う事への恐怖、不安、自己嫌悪、現実を直視する事への絶望という負の感情を窺い知る事が出来る。


(会いたい。だが会えない。自然に足が向いてしまったが、これ以上先に進むことの不安と恐怖が襲っている。と言ったところか)


しばらくじっと見つめていると、ステフはタイチを認識し、無言で喋ってみろと訴えかけるタイチの目を、諦めの表情を浮かべながら。ようやく重い口を空け、ぽつり、ぽつりと少しずつ語りだす。

この時間は近所の人達と一緒に機織業に従事しているらしく、そちらの方へ居るとの事。
タイチはその方角を聞き、そこに向かってステフの手を引きながら足を動かした。



貧民街の片隅にある織物工場郡のとある一角。
そこにステフの母が働いているらしい。
なぜステフはこれほど詳しく知っているのだろう。
ずっと昔から働いていたのだろうか。他の仕事が無いのか。ここの社会制度が生涯雇用制なのか。

ステフに聴くと、どうやら二番目の選択肢らしい。その工場の入り口からステフとタイチはこっそりと中の様子を伺う。



そこで行なわれている光景は、この街の暗部のような物だった。
ステフが熱い視線を送っている母と思わしきエルフは、ガリガリという表現が一番しっくり来る。その体系からか、病弱そうな印象も受ける。
貧民層は大抵そうなのか、ここがそういう場なのか、周りを見ても皆どこか生気があまり感じられ無い。
糸をつむぎ、服ににする為に、一心不乱にはたを織っていた。
はた織り機を、工程を確認するように、ゆったりとした手つきで、慎重に扱っていく。
体重が足り無いのか、傍目から見ても踏み込みが甘い。
糸をゆるく編んでしまったのか、監督しているがっちりした体格の男に怒られ、鞭の洗礼を受ける。
無関心なのか、いつもの光景なのか、同僚はその光景に意識を奪われる事無く作業に神経を集中させる。
痛みに耐え、よろよろと元の作業場に戻されたその女性は、再び一つずつ工程を確認するように、ゆっくりとした手つきではたを織り始めた。



その一連の光景をずっと見ていた二人は、一旦お互いに視線を合わせ、ステフは首を横に振った。

「これ以上はいいんです。私はあの人に会う事はできませんから」

今一度建物の入り口から中を遠慮がちに覗いて、すぐさま踵を返した。






太陽は中天を過ぎ去ったが、相変わらず気温は上昇し続けている。
タイチとステフは今、川辺で遊ぶ子供達を横目に見ながら、土手に座って休んでいる。
さっきまで近くで貧民街の住民に睨みを利かせていた私服軍人も、空気を読んで遠くの方からこちらを伺っている。

額から流れる汗を腕で拭い、ステフを見る。タイチの横で自分の足を抱え込み、顔を伏せているのでその表情は見えないが、おそらく涙を流さず心で泣いているのだろう。こんなに若くて儚げなのに強い子だと感心する。


「なあ、ステフのことについて教えてくれないか?」

これほどまでに気落ちしてると聞いてくれと主張しているようだ。いや、言いたいのだろう。
他人に話して自分が救われたいと考える人種なのかなとタイチは考える。


タイチは不幸を喜ぶような性質の悪い人種ではないし、かといってステフの事に同情する事は無い。
ただひたすらに効率を重視する性格で、過去にあったことよりも現在を幸せに生きる事を信条にしており、俺には後ろに引きずる人種を理解したくない。
良い意味でも悪い意味でも、今のステフを評価する。過去は関係ない。
そのことで現代の若い頃は生き難い思いをしていたが、経験と共に他人の気持ちは察せるようになっていた。

目を見て感情を理解できるようになったのもプロファイリング関係の本を俺独自に応用して体得しただけに過ぎない。
そこから見える感情で、その人の一番望んでいると思われる行動を取り、人間関係を波風立てないように生きていた。今もそうして生きている。身内は除外するが。

唯一信頼でき、何でも話し合う関係など、タイチにとっては妹である千尋しかいない。妹を巻き添えにしてしまったことは申し訳なく思うが、タイチにとっては現代の世界と言う無形の物より、妹と言う形のある物の方こそ優先したい事柄だ。現代倫理と言う名の貞操がそれを許さなかったが。

チヒロと共に歩めるのなら、この国がどうなってもむしろどうでもいいが、どうせ暮らしていくなら、高価な物に囲まれて、何不自由無く生きていってもらいたい。ささやかな兄心だ。
その為にも俺は前もって準備するために進まなければいけない。何を踏みにじろうとも…。
俺達兄弟が何不自由なく平和に暮らしていける世の中を。そのために俺自身の個は不要だ。

人として生まれて機械として死ぬなんて、ろくな価値観持ってないなと、自分を蔑みながらも決意を新たにし、ステフの言葉に耳を傾ける。





聞かれる事はステフの中で望んだ事だったが、本当に聞かれることは意外だったようで、自分の中にある単語の羅列を文章に構築するようにあごに手を当てる。どうやらあごに手を当てるのはステフが考えるときに無意識にやっている仕草のようだ。
顔を空に向けて懐かしむように思いを馳せる。やがて苦虫を噛み潰した表情になったと思ったら、視線を下ろし、目線が子供達を追う様にゆらゆらと漂う。やがて焦点が定まらなくなったと思ったら、ステフは搾り出すかのように、少しずつ、自分の過去を話し始めた。





ステフの家族は、元々病弱な母一人。父は物心付いたときからいなかった。祖父達も亡くなっており、天涯孤独。
ステフは4歳まで母と二人で暮らして居た。
母は貧民層に居たエルフで、一生懸命働いても、母と二人で食べていく事が出来なくなったので、奴隷商に売られた。貧民層に良くありがちな事情だ。


売られた人は原則としてその人の物となるので、それ以前の生活を捨てなければならない。
奴隷商に売る親は会うことを厳しく規制されているが、ステフは暇な時間が出来た時、姿だけでも見たいと、時々様子を見に来ている。


たまに見に来て見れば生きるために過酷な労働の真っ最中。
しかしステフは孝明に買われて、今は概ね不自由の無い生活を送っている。
その為に激しい自己嫌悪に襲われているのだろうと、ステフの性格から察する事は出来る。
母に売られたステフは、魔力の高い器を探していると言う理由で奴隷商に赴いた孝明に、この中では一番魔力が高いからと、その他大勢の奴隷候補達の中から買われて、読み書きを教わり、一般知識と魔術理論を本を漁る事で自力で学んだが、肝心の魔力値の伸びがあまり芳しく無かったようで、孝明の目に適うことなかった。

そこで孝明はステフを捨てることなく、メイドの教育を受けさせ、教育課程が終わったと同時にタイチに渡された。と言う事らしい。

孝明に捨てられて二次利用されているメイドは、城に従事しているメイドの2割に上るらしい。城には100人くらいなので、20人は居る計算になる。

タイチとしては、捨てる同然とはいえ、しっかりとアフターケアをした孝明を評価してやりたい。使えなくなったらすぐ捨てて路頭に迷わせるような鬼畜は、この世界には、はいて捨てるほど居るからだ。

「こんなこの国の最底辺にいる私なんかを、先輩メイドさん達に良くして貰って、幸せものです」

母を疎ましく思っているのではなく、たった一人の身内である母の事は慕っているが。奴隷商と交わす契約により、会うことは適わない。

そこで一通り喋り終わったと判断して、タイチは考える。

流されたとは思いたくないが、タイチとステフは天涯孤独という点では共感できる部分はある。

タイチはステフを信頼する事が出来るのだろうか…。
信頼するという事は、今この世界の誰も信用すら出来ない状態から抜け出すという行為だ。
このステフという人物は、タイチ・ファミルスにとってどういう存在なんだ?


タイチの頭に浮かんでは消える普段のステフ。

朝起こしに来てくれる時のにこやかな笑顔。

お茶を入れる時に真剣になっているときの姿。

書類を整理しながら難しい顔をしている時。

タイチのことを心配して泣きそうになっている顔。

その他奉仕してくれている時の穏やかな表情。

…なんだ、既に俺はステフを家族同然に信頼してるじゃないか。

タイチ・ファミルスは、ステフを信頼する事ができる。それは自分の中で決まった。
だが今、この状態ではなにも言うべき事は無い。

「俺はステフの気持ちを共感する事は出来ても理解する事は出来ない。だから俺から言うべき事は何も無い」

これはステフ自身で乗り越えるべき問題で、俺は手助けをすることしか出来ないからだ。

俺は自分が思っている素直な気持ちをステフに伝えるしかない。

「ただ、俺はステフと出会えた事がとても嬉しいんだ。そしてステフも俺に仕える事を嬉しく思っていると感じている。俺の為にステフは一度、この幸せに対するお礼を言うべきだ。産んでくれてありがとうって」

ステフは涙を拭いながら苦笑いを浮かべる。
「むちゃくちゃな理論ですね」


芝生の上からひょいと立ち上がり、しばらくその場で風を感じた後、ステフに振り向いた。

「権力ってものは行使してこそ意味があるんだぜ?」

何を言ってるのか理解できないステフは、ハテナマークを浮かべ、ポカーンと口を開けて呆けた。
タイチは髪を掻き毟りながら、照れ臭そうに噛み砕いた説明をする。

「今回だけだぞ。俺も今は奴隷商に睨まれる訳に行かないんだからな」

ようやくその言葉の意味を理解したのか、まるで花が咲くように、表情を満面の笑みにに変えた。





<ステフ母視点>
繰り返しの日常、何時も通りの仕事が終わり、一時的に眠るためだけの家に帰る為に荒れた道を歩く。

何時も通りの荒れた道にしかし、いつもと違う光景があった。

長年雨風にさらされ、今にも崩れそうな私の家の前で待つ、少し高価な服を着ている少女が胸に両手を組み、こちらを見つめていた。
私から見たら服装の違いなど些細な違いでしかない。幼い頃の名残が色濃く残る少女。
それは間違いなく、小さい頃に奴隷へと売り渡した私の娘、ステフだった。


突然の事で取り乱すが、私の震える足は自然に前へ動き、愛しい我が娘に向かう。
ステフも足が震えている。この出会いに喜び、打ちひしがれているようだ。
お互い恐怖と不安の感情に包まれるが、それでも二人はお互いを求める足を緩める事は無い。
二人の体が、後もう少しで手が届くと言う時。地面の窪みに足を取られ、転びそうになるのを、ステフが一気に駆け寄って支え、上体を起こすと、ステフを抱き寄せる。見間違えるはずが無い!

だって、私のたった一人の娘だもの。

「おかーさん!」ガシッ
ステフは私の胸を躊躇する事無く掻き抱いた。
この温もりはどれだけ月日が流れても変わらない。私もステフを抱く手の力を強めた。
するとそれに呼応するようにステフの力も強くなる。
一頻り抱き合った後冷静になると、奴隷商と交わした契約内容を思い出し、ステフを拒絶する。

「ステフ!?なぜこんなところに?…あなたを売ってしまった私には、もう母と呼ばれる資格なんて無い。それに会ってはいけない契約を結んでいるの。ここに来てはいけないわ」

この言葉にステフは至福の笑みを絶やさず、私に姿を見せた詳細を教えてくれる。

「私の今のご主人様のタイチ王様で今回だけ許可を出すって!」
「王が!?」

それだけ言うと、もう放さないと言わんばかりに力強く抱きしめ、顔を胸に埋める娘から視線を離し、周りを見渡すと、少し遠くで仁王立ちしている、一般人より少し高級な服を着た子供は、こちらの様子を微笑ましく見ていた。
タイチ王はその様子を見ていた少し後ろに待機している私服軍人に釘を刺す。
「このことは秘密にしておけよ」
「了解であります!」
護衛のリーダーがしっかりとした口調で宣言するのを満足げにうなずき、こちらに向かって来る。

「見つかるとまずいからもう行くぞ」
「はい。ありがとう御座いました。タイチ様」
タイチ王が時間切れを宣言してようやく抱擁が解かれ、ステフが顔を上げる。


「おかーさん。私を産んでくれてありがとう。私は今、とても幸せです」


ステフは天使のような笑みを浮かべ、娘は歩き出す。
私はいつまでもステフの心を支えていけるように願い、母として娘を送り出す。


「ええ、こちらこそありがとう。私もステフが産まれて来てくれて、本当に幸せです」


先を進むタイチに走って追いついたステフは、そのまま振り返ることなくその場を後にした。
そう、もう自分の力で歩けるくらいまで強くなれたのね。あの泣き虫だったステフが…。
親の居ぬ間に大きく成長するものだと、一人前になった娘が消えていった方向を見続け、一陣の風が頬を撫でた。


それは、いつもと同じ日常に、いつもと違う幸せなひと時が訪れた、暑い春の出来事だった。


太陽と大地の一瞬の出会い。街が紅く染め上げられ、暗闇に支配されかかっている頃。舗装された城への道を手をつないで歩いていた。

「ステフの居場所はある。とんでもなく大きいけど、一緒に住んでいると言う点では俺達は家族だ。ステフのことを思ってくれてる人は沢山居る。俺もその一人だ」

「ふふ。では私はお姉ちゃんでしょうか?…それにしても…すっかり遅くなっちゃいましたね。お城は大丈夫なのでしょうか…」

「もう暗くなってしまったから、門を守る守衛とか、未だに夕飯を処理できずに帰れないコック長に怒られるだろうが。まあいいさ。帰ろうか、俺達の家へ。お腹空いてきたしな」

ステフは涙を押さえることをせずに、こちらを振り向き、いつもより輝いた笑顔で。はい、分かりました。帰りましょうか私達の家に。タイチ様と、嬉しそうに同意した。




[6047] 番外編:ステファちゃんの悲しくも嬉しい日常
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 15:18
皆さんステフと親しく呼んでくださるのはいいんですが、一応私にはステファ・カーティスという名前があるんです。

皆さんもちろん覚えて…くれてます…よね…?

何故か私専用イベントでステフ、としか言われずに本名が忘れられているのではと思ってましたが、大丈夫ですか?


今回も私専用です!えっへん!


私のご奉仕させていただいているタイチ様は、とてもお優しい方です。
言葉使いは少しだけ悪いですけど、それも王様ならこんなものかなと思います。

ただ、タイチ様には困った所もあります。それは…。



「秘技・高速判子乱舞!」




書類の中身を確認していただけないことです…。





そこは王の執務室、タイチの書類を処理するための判子の音が廊下にまで響き、その戦場振りがうかがえる。

ファミルス国の謁見の間に、各地に居る領主を招集する旨を記した命令書の作成を家臣の貴族に命じ、完成した書面に王の印を押す事によってその効果を発動させることが出来る。

しかし、その判子を押す前に処理しなければいけない通常業務の書類は、いつも通り届くわけで。


「タイチ様、ちゃんと書類を見てくださいよぅ」


いつも財務担当の偉い人に怒られるのは私なんですから…。

タイチは今、各貴族・領主からの会計報告、追加予算の書類と格闘していた。


予算の流れは。領主や、軍の所等から追加予算の嘆願書を受け取る。
財務の役人が相場に照らし合わせて妥当な数値を書き込み、タイチ様の印鑑を待つ。

これは見直す必要は無い。タイチ様に相場を分かれというのも酷な話だ。


会計報告は。領主やその他役職毎に上がってくる報告をタイチ様が確認し、記入漏れや、数値計算に不備がある書類はつき返される。

見直しが必要な書類が多いはずなんですが…。

「うん、数字の羅列を見ていたら無性に押したくなる衝動に駆られるんだ」

何で嘆願書とかはじっくり見るのに会計報告ばっかり適当に押しちゃうんですか!?
後で見直し作業するの私なんですからね…。


いつもそうなんです。タイチ様は、私が数値計算することが出来ると分かった次の日から、私に見直し作業を押し付けてくるんです。今回は領主の方々も全て呼び寄せる為の親書の数がとんでもないので、それぞれに判子を押す作業も大変です。

大変なのは分かりますので親書は見直さなくてもいいんですが…。
会計関係の書類だけは見ていただきたいです…。




最近は、総合学習計画という事業をなす為に、各種専門家をお呼びして日夜協議に勤しんでおられます。

忙しいときには仕方ないんですかね…?これも私の仕事だと半分諦めてます。



お昼からは各種専門家達との協議の為に、お城の会議室を使い。私は他のメイド達と共にお茶をお出しする事に給仕します。


日が落ちた頃、各種専門家達との協議も終わり。夕飯時に厨房から執務室へ料理をお運びするのも私の仕事です。
厨房から出るとき、しっかりと毒見と解毒魔術を掛けるのも忘れません。


皆さん忘れ気味かもしれませんが、私はタイチ様を守るための魔術師の専属ボディーガードでもあるんです!
タイチ様専用の絢爛豪華なお食事を、つまみ食いしているわけではないんですよっ!?
…とてもおいしいのでちょっと毒見の量が増えてるだけです…。
タイチ様はこの国にとって…、もちろん私にとっても大切なお方。少しの事でも油断は禁物です!



今日も料理に異常の無い事を確認した私は、執務室へ戻り、もはや書類を見ないで判子を押していくタイチ様を恨めしげに見ながら、お食事の時間ですので料理を並べるために一時的に書類をどかす。

椅子から立ち上がり、腰をバキバキ鳴らすタイチ様。


1週間くらいトイレと執務室と寝室の往復くらいしか動かないときもあるタイチ様は、もう少し運動をなされた方がよろしいと思います…。


「よし、今日の仕事は終わったから。後よろしく」
「……はあ、この量…私一人で…?」
自問してみるが、当然答えが返ってくるはずも無い。


タイチ様がお休みになられるために寝室へと向かわれた後、私は一人で見直し作業をしている。

「うう、睡眠時間が…お肌が…あ!枝毛!?」
今日もまた…2時間睡眠コースかしら…。

私の朝はとても早い。
どんなに眠いときにでもタイチ様より早く起きて魔術の自己鍛錬から始まる。
太極拳を通して自己の魔力を活性化。うん、今日も魔力の調子だけは絶好調ね。
肌の調子は絶不調ですけど…。

ああ、目の下に隈が…。

そして戦闘技術も衰えないように、最低限体の動きを確認。こういう毎日の積み重ねが大切なの。

一連の作業で汗を流したら、水の魔術で軽く流し、そのままタイチ様を起こす作業にはいる。
タイチ様は目覚めがとてもよいので、すぐ起きてくださいます。
タイチ様がお仕事を開始したのを見て、私は昨日見直し作業を終えた書類の束を、今日はシーザー様にお運びします。

今回の書類は、シーザー様経由で出され、シーザー様経由で財務の担当の人に渡されるようです。

三度ノックして、中から返事を受け、そして入室する。
このマナーを覚えるまでに何回怒られた事か…。今ではもう懐かしい思い出ですね。


「シーザー様。こちらが昨日タイチ様から判子を戴いた書類です。そしてこちらが不備があった書類のリストです。お確かめください」

いつもこの瞬間だけはドキドキする。私がやった失敗じゃないのに私が怒られちゃうんだもの…。

シーザー様は、一つ一つの書類に念入りに目を落とし、不備が無いか確認していく、シーザー様は、今回に書類に不備が無いのを確認する事が出来たのか、にこりと綻んだ笑みを浮かべた。

「うむ、タイチ王はよい仕事をなさった」

それ、私がやったんですけど…。




シーザー様のお部屋から退出し、執務室へと戻ると。この日のタイチ様も、いつもと同じような状態だったので、つい怒っちゃいました。

「もしダメな書類だったらどうするんですか!いつも見直すのは私なんですからね」

言ってしまってから気づいた自分の生意気な発言に、とっさに口を押さえ俯く。お叱りを受けるのを待っていた私は、私の予想に反して怒られる声が聞こえる事無く静寂に包まれた。私は恐れ多くもタイチ様の顔を覗く。


そこには、仕方ないとため息を付くタイチ様の姿があった。

「その時はステフが何とかしてくれるだろ?計算も出来るんだし。でもさすがに3日続けてはステフが持たないか。仕方ないから今日は普通にやってやろう」

何気なく言われると、どうすればいいか分からないじゃないですか…。

その後の書類を、タイチは時間をかけてゆっくり計算しながら進めていく。今日は、もう判子の押し忘れや、不備の書類を見落とす事も無さそうだと、書類を振り分けていくタイチ様の姿を見ながら思った。




いつものあの行動は…信頼をされていると見て…いいんですよね…?




「ふう、疲れた。ステフ今日もおいしいの、よろしくね。今日はコーヒーがいいかな」

まったく…。調子いいんですから…。今回は気合入れて作っちゃいますからね!

「おお、ステフが燃えている…これは期待できそうだな」

私の事を気にかけてくださるタイチ様は、ちょっと困った所がありますけど、とてもお優しい方です。



[6047] 再生の序曲
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 19:05



街から城に戻って5日後。俺は3週間後に全ての領地を含む家臣達を謁見の間に呼び出す書類を作成し終え、各種専門家達を城の会議室に呼び寄せていた。

街から帰った次の日に、タイチはシーザーと共に原案書類作成を終え、最近笑顔の表情を良く見るステフに前もって頼んでおいて、この国を支えてくれている大臣達を筆頭にして、魔術協会の上層部や、街の商人や職人達を召集させていた。

会議室の机は円卓で、大臣達と魔術協会から来た小間使いの一人が俺の脇を固め、左に商人代表の数人。それ以外に職人達が適当に座っている状況だ。この国の上座や順位は現代と変わらないようだ。
脇に書記専用の椅子があり、会議の内容は漏れなく記入される事だろう。
タイチは各専門家達が集まっている会議場へと向かう。上座に座り、開始の宣言を行う。

「うむ、全員揃った様だな。これより会議を始めるぞ」

タイチの宣言により専門家達は立ち上がって姿勢を正し、宣言を返した。


『われら、全ては王とこの国のために』

公式の会議はこれが始めてだから、いまいち勝手の分からないタイチに、隣に座っていた財務担当第一位のクラック・オルブライトが説明してくれる。

「形式上の事ですから気にしないでいいですよ」

「了解した。では議題に移ろうか。今回の議題はこれだ。ステフ、アレ配って」

「はい、承知しました」


タイチの指示で、ステフが紙に書いてあるシーザーの原案を各専門家達に配っていく。


「教育制度…ですか?」
訝しげに語るはこの国の商人代表であるケンストラ・バリスエンスだ。


「そうだ。今回この国の徒弟修業を解体し、国で教育を行い。その教育水準を一定にする。かつこの国の全員に受けさせる義務を負わせることによって農民などにもチャンスはあるが、最初はどうでもいい。とにかく、この国に研究機関を設ける事と、教育水準を上げる事が目的だ」

その言葉に懸念の表情を浮かべるのは手工業関連代表。ウォーロック・ガンダルフ。代表とは言っているが、手工業職人は様々な職種があるので、今回はそれぞれの専門家30人に出席してもらってる。手元の資料には画家と書いてあるから、画家の代表という意味だろう。

「人員をどうしますか?」

それに対して既に答えを用意していたのか、タイチは自信満々に言い放つ。
「全員に相当数出してもらう」
『なっ!?』

唖然としたのは出席者全員だ。クラック・オルブライトはいきなり立ち上がって経済の方面から主張する。
「そんな。無茶ですよ!?そんなことしたら経済が止まってしまいます!」

「だが、やらねばならん。大規模な学校施設はこの国に必要なのだ。その理由はお前は特に分かるだろう?それと質問する時は手を上げろ」



その言葉を受けて、手を上げて発言するのはケンストラ・バリエンス。

「少数から始めようとは思いませんか?」
「それまでこの国が存在してればいいな」
「そ、それはどういうことでしょう?」
「近いうちに魔術道具が革新的な進歩を遂げない限りこの国が滅ぶという事だ」


全員がタカ・フェルト研究所から来たナンバー2。小間使いで有名な苦労人。サンダース・ライトバックを注視する。
「…事実です」

「どれぐらいの期間安定的に売れると思う?」
「長くて6年。短くても3年かと…」
しかもタカは既存の技術に満足してて、新しい産業には目を向けて居ない。

ちなみに、産業としての魔術と研究としての魔術はまったく違う。
産業としての魔術は、安全を第一に、誰でも手軽に使える事を前提に作られており、各部で1種類ずつしか使えて居ない。複雑になるからと、2種以上を併用して使えないのだ。

たとえば水の魔石でシャワーは出るが、それを暖める火の魔石は別に用意して使用する。シャワーの意味がまったく無い。暑い時はいいんだろうけどな。

そんな初心者用の事よりも、新しい魔法を作る事を優先しているタカ。

生産方面で新しい事をしないのだから、そのうち停滞するのは分かりきっている。

「つまりそういうことだ。今すぐに経済活動を止めてでも新しい産業。もしくは既存の産業の安定的大量生産。つまりは新しい風を入れなければ、この国は経済的に滅ぶ」

「ケンストラ、お前は後三年以内に魔法技術に変わる何かを産業として成り立たせる事は可能か?」
「商人の人数が今の3倍まで増えてわが国に落とすのなら、あるいは既存の取引でも大丈夫かもしれない。と言うレベルですな」

現在のファミルス王国全体の商人の数は約500強。その三倍となると1500人もの商人を最長6年で育成。最初は使い物にならないし、取引材料が枯渇する事も考えられる。無謀と言わざるを得ないな。

それだけ魔術技術におんぶに抱っこと言う事だ。魔術技術の利益がとんでもないので今の他の産業を食いつぶしている。それが今のこの国の現状だ。

「他に意見は?…クラック、たとえば農業とかはどうなんだ?」
「農業は国民で全て消費してもあまる位ありますが、今の魔法産業と同じだけ利益を出すとなるとエルフの里の半分くらい切らねばならないでしょうな。エルフとの仲も悪くなりますし、土地が農業に適する時間を考えれば無理です」
『……』


全員が黙りこんだのを確認してからタイチは最後通牒を突きつめる。
「さて、それでは国としての最低限を維持しながら、教員になれる素養のある人材はどれだけ捻出可能だ?」







その後は数十日間に渡る白熱した協議によって完成した、大技林並みの厚さの紙束を要約に要約を重ね、必要な事のみを纏めた全50ページにも及ぶ、小冊子程度の厚さの書類の束を完成させた。

「みんな、このような急ぎの事態になってすまなかった。みなの尽力で要約作業が漸く終わった。書記達も楽にしていいぞ」

要約作業は書記官達が行なってくれたので、俺が直接何かをしたわけではないが、家臣を労うのは王の仕事だ。ステフに茶を差し上げて上げる様に指示し、みんなも漸く一息ついたようだ。

だがここで事件が起きた。紙に転写する事が手作業という考えがまったく無かったので、


「ステフ、これ魔術で移しといてくれる?」
「え…。そ、そんな魔術ありませんよ!?」

いきなり振られたステフは、慌てて魔術では出来ない旨を返し、事態の深刻さが露呈する。二人の間に沈黙が落ち、暑くも無いのに汗が滴り落ちる。

なぜなら、家臣達がやってくるのが既に2日後になっていたからだ。
公式な会議の場なのだから、当然その場に同席しているランドル・マッケンジー書記長も冷や汗を流す。

「ランドル書記長…今動かせす事の出来る書記は何人ですか?」
「こ、ここに居る者達を合わせても30数人から40人くらいですね…。来客の方々全員分転写しようと思ったら、きっと半分くらいしか出来ませんよ…」


「まずいな…」「まずいですね…」


等と落ち着いている時間も惜しいこの状況。まるで時が止まったかのような静寂があたりを支配する。そしてその静寂は、俺の一言から動き始めた。

「ステフ!文字の書けるやつはメイドでも構わん!とりあえず誰でもいいからつれて来い!」
「は、はい。わかりました!」

その後はちょっとした騒ぎになった。文字の書けるメイドを含む家臣を招集し、何とか集めた総勢70人。その後、呉越同舟状態になった臨時書記軍団は、徹夜で書き写し作業に入りましたよ…。


今も臨時書記軍団が無言で手書き転写作業をしている。
国王も書き写し作業に奮闘中です。ぶっちゃけケツカッチンだ。

今回の議題と言う名の条例は家臣達全員に知らせる必要があるので、3週間前に伝令を出し、強制的に呼び出した。

今回の召集は地方の領主も含むので、家臣の総勢は文官650人。この内容に武官は不要なので呼んでない。この人数×50ページを書くとなると、どれだけやばいかわかるというものであろう。


「魔力で地図とか文字を表示出来るのに、紙に書いた文字が転写出来ないってどうなの?」

「アレは私があらかじめ書いて置いたことを順番に表示するだけの物ですよ~」
アレはどうやら紙芝居のようなものだったらしい。

「ステフって絵巧かったりするのね…」

「自慢じゃないですけど、そこそこ巧いです」

などと話をしながらも、しっかり転写はしてますよ。
ステフもテンパり気味で本音がだだ漏れだ。
街に出てから妙に親しげに話してくる。もちろん公私は分けているが。良い傾向と見ておいていいかな?


「タイチ様。そろそろお着替えしないと宣言に間に合いません!?」
「わかった。そっち側はどうよ?時間内に終わるか?」
「こちらもまもなく終わります…時間内には仕上げて見せますよ!」
「頼もしい。それじゃ頼んだぞ」

タイチが着替えて戻ってくると、うず高く詰まれた書類の山脈ぐったり横になっている家臣達の姿が会った。

「よし、なんとか間に合った。じゃあ俺は謁見の間に行くから。しばらく休んでてよろしい」

俺が休憩の許可を出して退出すると、中からバタバタ倒れる音が聞こえる。
横で書類の束を持っているメイド達は、文字が書けない娘達なので疲労は無いが、扉の向こうにいる同僚を思っているのか、心なし顔色が悪い。

文字の書けないメイド達は食事やコーヒーの準備の方で給仕してくれたり、メイドの抜けた穴をフォローするために広範囲に渡って分担して掃除してたりとかなり無茶をさせてしまっている。

今回の強行軍にはこの娘達の功績も、欠かせない重要ファクターといえるだろう。





謁見の間に到着すると、出席率90%を超えて家臣達が集まっていた。

先ほど製作し終えた冊子を分けるように言いつけ、総てが行き届いた所で、今回の議題の概要について話し始めた。

この冊子に書いてある概要はこうである。


3歳から読み書き計算一般教養を義務で行う。


5歳からは、本人が望むなら進学する事ができ、基本は自由七科。それに加えて商人、魔術師、手工業者などで分かれ、それぞれの専門家を講師に招き入れ、その知恵をいただく。

始めはこの城下町をモデルケースにするが、いずれは領土全てに普及し、地域間での教育格差を無くして、公平な教育の場を提供する事を最終目標とする。その為に教材は一定のものにする。

また、地方に住む農民で、成績の優秀な者には国から補助を行い、この街へ移住させ、食費、寮などを提供する。
働き手の失った家族にも金銭的な援助を行う。
これが国民総合学習教育計画の概要である。


これが表向きな理由で、本来の目的は思想誘導にある。
貴族や王が民の為に教育を施した。と言う建前でこれから落ち込むと予測される収益による増税。
それによる不満を打ち消す役目を担っている。
勉強させる事で使える人も増える事も確かだ。だがそれでも厳しいものがあるだろう。
だが種を残す事で全て破綻と言う事態は避けれるし、国に愛着を「持たせる」ので何年かは大丈夫だろう。

ダメだった時の保険は常に用意しなければならない。
俺がやってるのは自己保身以外でも何物でもないな…。




物思いに耽っているタイチは、名も無き一家臣の発現で現実に戻される。落ち込んでいく自分の心を戒め、その対応に当たる事に集中する。

「その案はとても魅力的ではあるのですが、教師という人的労働力をどこから捻出するのですか?」

「既に教養のあるものを各代表に集めるように指示は出し終えている。今から教師の教育を開始し、一年で教師を城下町で教員として配置し、三年後までにその卒業生を含めて徴用する。それまでの全ての教育はモデルケースとして扱う」

ベビーブームの影響で、三年後には大量の子供達が入って来るので、それまでに教育の有力な手段となり得る情報・経験を体系化。教材の出版などを進める。

初等部である3歳から5歳までの内容は、読み書き計算に歴史を含め、実生活に必要とされる内容の教育を総合的に学ぶ。
これらの事は、既に上流階級で独自に教えられているので文書化出来ている。今からでも可能だろう。
多人数のノウハウはまだ無いが、個人で教える事が可能なら多人数に拡張しても多少の応用で何とかなる。



大学校は専門的知識が必要なので、一年で商人、職人、魔術師達が経験によって教えている事柄を文書化させる。
授業の形は、教材を転写出来る労力が足りないので、教師が黒板に書いた事を生徒が白紙の竹簡に書き写すというスタイルをとる。
権力の象徴として教師役の人材の教科書は紙製を用いる。


江戸時代とはちょっと違うが、形式的にはそのまんま寺子屋である。僧侶か商人かの違いだけだ。


能力の一極化が起きる事を懸念する意見も出たが、いずれ知恵のある補佐を斡旋するということで、反論を封じた。

その他にも、批判と言うか懸念が出たが。主に地方の労働力が削減される事を恐れた領主の立場からの意見だった。しかし、教育は是が非でも行なわなければいけない至上命題なので。

これがこの国が発展出来る第一段階だ。と宣言することで、家臣達を最終的に閉口させた。



やれるやれないの問題ではない。「やれ」、だ。



こうして教育制度改革宣言を行った太一は、謁見の間で家臣への会議を終えて、各担当部署に協議をしに戻って行った。

という言い訳で、自室のベッドに一直線にダイブした。

やはり5歳児の体に徹夜は、相当堪えたらしい。



突然やって来て、言いたい事だけ言って出て行った国王に、残された家臣一同は、いきなりのことに慌てふためき、


側近と耳打ちする者。

国王が言った事の意味を熟慮する者。

不快感を隠そうとしない者。

資料を食い入るように見る者など様々な人間模様が伺える。

大半は好意的に受け止められているが、反対派の意見は根強い。おそらく、自領土で労働力の問題などに、不利益になる事でもあるのだろう。
家臣のまとめ役であるシーザーは、やれやれとため息をつき、反対派の家臣を懐柔する作業に移った。主に金銭的なもので。






宣言から数日。街から文字が書ける者を集め、総動員して手作業の転写作業を行っていた。
三食休憩あり、一冊銅貨10枚という歩合制だが、速い人は1日に三冊も仕上げるので相当の好待遇だ。
文字が書ける位の知恵のある人は既に職についているので、そういう人達を呼ぶなると安い賃金では引き抜けない。
そしてあわよくばそのまま教師にしてやろうと言う魂胆だ。転写させる事によってその内容を体で覚えさせる。理解力はとりあえず置いておこう。



一時的な街全体の経済活動の停滞と引き換えにしてでも、強権を使って将来のために投資しなければならない。
俺が言うのも何だが、この国の財政は大丈夫なんだろうか。俺が来てから相当使っている気がするが…。

「この国の魔術産業は大陸のシェアを独占していて、需要を抑えるために値段を高く設定しているのですが、それでもまだ生産が追いつかない位なんです。値段を上げすぎて魔術産業の利益率が原価の十数倍という高値で売られている状態です。ですから今の所心配ないですよ」

…こんなところでも孝明に頼りっきりなのかこの国は。
主要産業っていうか、魔術産業だけでこの国は運営されているようだ。

「前王はそれでも貯金を含めた国庫の全てを使い切る勢いでした」

マジかよ…。




[6047] ある暑い日の魔術講義。(基礎知識編)
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 19:18



「タイチ様。最近働きすぎですよ。たまには仕事のことは忘れて休んでください」

うーむ、確かに学校建設の為に3日徹夜、1日休んで2日徹夜とかありえないスケジュールの連続だったからな、正直体がやばい。
だって呼び寄せた商人とかがエキサイトでバーニングなトゥギャザーにミーティングしてたらヒートアップしちゃってベリーシリアスな雰囲気だったんだぜ?

…うん、俺疲れてるわ。今日休むよ。

「ステフ、いきなり休むとか言われてもさ。俺この世界でやることって特に無いんだよね。仕事が友達!みたいな」
「確かに、タイチ様はこの世界に来てまだ日が浅いですが、だからと言って根を詰めすぎてもいけません。私に出来る事なら何でもしますから何でも言ってください」
「うん、まあ今日はもう政務も出来るような体調じゃないのは自分でも分かるけどさ…。そうだねえ…何でもかあ…」

生理的嫌悪をいだくような視線を向けてみる。何も反応が無い。どうやら性的なことに関しては無関心のようだ。俺をその対象として見ていないというのもありえる。だからと言ってこんな時にそんな事はしないが…。

こんなときじゃなくてもしないからな!だって見た目14歳くらいって設定で書いてあるんだぞ?どこぞの委員会がやばいじゃないか!

なぜ14歳の少女がダメで、5歳児のショタが許可されるのかは疑問だ。たぶん気にしちゃいけない問題なんだろう。転生者だから21歳と扱われるのだろうか?謎過ぎる…。

※もちろんショタもダメです。


「…どうやら暑さにやられたみたい。思考がありえない方向に向かってるわ。主にディスプレイの裏側方面に」
「ディスプレイ?何のことですか?…まあ、それはいいとして。確かにこの部屋少し暑いですね、ちょっと待ってください」


ステフは備え付けのソファーに近寄り、手を差し出し、ちょちょいのちょいと俺には分からない言語を唱えたかと思うと、見る見るうちにソファーが凍りだした。
いや、これは凍ってるんじゃなくて水が薄く張られているだけか。


「…はい、水ソファーの出来上がりです。どうぞ使ってみてください」


ステフに促されて、とりあえず座ってみる。
む、ソファー本来の柔らかさではないが、水で表面を覆っているにしてはそれほど違和感がない。
かといって触れてみると冷たい。現在気温上昇真っ最中のこの部屋であっても熱くなる気配が無い。
不思議現象ここに極まれりだな。

「おーこれが魔術か。そういえば俺魔術のことについて何も知らないわ。今日の暇つぶしは決まったな」

今日の暇つぶしは魔術の授業で決定だ。
ステフがちょっと待っててくださいねーと言うので、冷たさが持続しているソファーに顔を埋めて待つ事十数分。
またもや登場ホワイトボードっぽい物と、やはりどこからか取り出したカンペ。そこで俺はいつか使えるとデスクの引き出しにしまっていた、他のメイドにひそかに取り寄せていた伊達眼鏡を装着させた。

「なんで眼鏡なんですか?」
「もちろん萌えるためだよ!」
何度でも説明してやろう。

今のステフは、複雑な構造をしてある現代のメイド服とは違い。長袖に、肩からかけて腰で巻くタイプの長めのスカートを履いており、時よりヒラリと揺れる。頭には城専用ナプキンを巻いており、どこのメイドか見分ける材料になるようだ。これがこの国のメイドの一般的なスタイルである。

ステフ自身の容姿は、顔は小さく、目はくりくりとした赤色の瞳は現代から来た俺にとってはどこか神秘性を感じ、それでいて守りたいと思わせる雰囲気を漂わせる。髪色は緑毛で肩の少し上くらいで揃えられたさらさらな髪に、脇からぴょこんと耳が飛び出ている。
ここで登場した伊達眼鏡!クールさとは無縁だが、可愛らしさが当社費2.2倍だ。
もうね、グッジョブ!

親指を立て、良い笑顔を浮かべながら萌えを主張するタイチにステフは首を傾げるが、特に気にすることなく、説明に入った。






「私達の使う魔術は、大別すると5種類で、木、火、土、風、水の五属性がベースになってます。大抵この属性で説明でき、その上位に光と闇と言う属性があります」

魔術とはイメージを魔力で物理的に作用させる行為全般の総称で、個人的資質はあるものの、少し訓練すれば誰でも使える技術である。
使用するには、自身の体にある魔力を意識して、掌などの集中しやすいところに集め。そして行使する。

「はい、それでですね。この国は水の国というだけあって、水属性が得意な魔術師が多いですが。多いと言うだけでそれ以外の属性を得意としている人も居ます。たとえばエルフ族に限って言えば木属性が得意な魔術師の割合が多いんです」

「自分の住んでいる環境ならば属性を認識するイメージがしやすいと言う事だな?」
「そういうことです。イメージ次第では、物質を作り出す事も可能で、魔力で何かを生み出す職業を錬金術師と呼びます。上位の魔術師になるとどっちも出来るので、初心者用の区分ですね」



「基本的に魔力は一度行使すると大気中にある魔力を吸収して回復します。
ですから使用済みの魔術道具も、放置しておけば元通りになります。魔術道具の事については後で話しますね。魔石の魔力によって理論上は大魔術の行使も可能だそうです。呪式が複雑すぎて解読は出来ない。出来たとしても書ききれないと見ているのが一般的な説ですが。
他の魔石の魔力に移す技術も出来ているので、専用の施設に置けば回復します。そこで魔力の回復を行えば、吸収速度にもよりますが人・物を人為的にすぐに元通りにする事ができます」

魔力に溢れているこの地は、魔術師の吸収速度の個人差にもよるが、相当早いらしい。
上級者は大気中にある魔力にまで影響を与え、自分の魔力と織り交ぜて使用する事が可能になるという。初心者はまず、己の体内にある魔力を認識する事から初めて、それを操る事から始める。
無言でも魔術を発動する事が出来るが、キーワードによる自己暗示で一連の魔力の流れを短縮できる。反復運動は必要だが。

魔力の事については視える俺にとってはそれほど重要ではないな。視て、集める事はできるが、行使する事が出来ない。要修行か?

「そういえば、魔力を視ることは誰でも出来るのか?」
「魔力が認識できる事が出来るようになればある程度は視れますよ」
どうやら魔力を視ること自体はまったく珍しいものではないらしい。
まあ、孝明も特殊能力なんて無いとか言ってたからそれほど気落ちしないが。


「魔力の特性については分かった。次にこの国の経済活動の要である魔術技術の事について教えてくれ」
「わかりました。まず魔石についてですね。魔石は魔力を多く含んだ土地に埋まっている鉱石で、掘り出した場所で魔力量に差はありますが、中には無色の魔力が詰まってます。採掘したときは周りの影響を受けるので土属性ですが、それに火属性や水属性などの魔力を流し続ける事によって属性が反転します。この特性については昔から使われていたので特に珍しい事ではないです。
タカ・フェルト様がなした所業は、今までイメージで行なっていた物を理論で体系化。この世界で言う方陣でそれを再現した事。
これにより、たとえ魔力がまったく無い人でも、魔石の魔力を方陣が一連の流れを制御することで魔術の行使が可能になりました。
さらにカッティングや特殊な加工を施す事によって中に内包されている魔力の流れを人為的に作り出して、一点集中や、広い範囲、持続時間延長などが出来るようになった。この手法がこの国の魔術技術の要なんです!」

鼻息荒く説明してくれるのは、とても嬉しいが。タカ・フェルトの理論をまとめると。

今までの魔術師の理論では。魔力を集め凝縮し。イメージし。そしてその効果が現れる。と言う過程が定説だったが。
タカは、まず魔力を一点に集め。イメージし。脳内で魔術式を組み。その効果を出させる。と言うもので、魔術式を紙に書く事によって無色の魔力でも、望んだ効果を表すことを実証して見せた事によって、概念的だった魔術が理論家の分野に変わり、定説を壊した。
理解出来ない感覚的な概念を体系化した事によって、魔術師を目指す者達は今も増え続けているという。身近な物になったという事だろう。
しかし、その技術は最近出来た物で、現在研究が進められているが、それ以上の新しい理論などは発見されていない。
それでもタカ・フェルトは第一人者で。日々、既存の魔術を理論で形式化することに躍起になっている。

「昔は一部の高位の魔術師の研究用か、貴族達の愛玩用だったんですけど、今では魔力特性が薄い一般人でも使えるように、様々に改良して日常に広く普及しています。このボードはちょっと違いますが、火属性を内包するように加工した魔石でMH(マジックヒーター)クッキングコンロとか厨房で普通に使われてます。この国ではすでに食卓、入浴など日々の生活に無くてはいけない存在と言えますね」

孝明は俺の予想以上にすごい事をやっていたらしい。今度頭を撫でてやろう。









急に暇になると何をしたらいいか分からないが、頻繁にやっている事はある。時間があるときは街に出ているが、それ以外はイリーヌの所にチヒロに会いにいく事だ。
そろそろこれに俺の魔術の訓練が入りそうな気がするが、今の所この二つを交互に行なっている。
今日はもう仕事をしないと決めたので早めにチヒロに会いにいく事にする。
最近は教育制度作成に追われていてまったく会えてなかったから久しぶりだ。

チヒロは生後半年になっていて、もう手すりに捕まっての自力歩行が出来るようになっている。明らかに他の乳幼児より成長速度が速いが、周囲はその事に違和感を抱くことなく、「さすが王女、俺たちに出来な(略」などと、神童として持て囃されている。メイド達も大概親馬鹿が入っているようだ。
ステフを伴って長い回廊を進む、途中で掃除をするメイドに頭を下げられ、その横を通り抜けていく。いつもの光景だ。かしずく事が仕事だし。

フレンドリーに話しかけてくるのはステフ・タカ・イリーヌ。次点でシーザー位だ。だがその事に文句は無い。俺は俺が認めた者にのみ評価してもらえればそれで満足だから。
王になって多少人の評価を気にするようになったが、その性格はなかなか修正できない。少しずつ補正する必要がある。このままだと家臣の反感を買うのは間違いなさそうだし。

民の為になる事をする。と、家臣が俺を信用できるような事をする。は、必ずしもそれが同じとは限らない。だがそれを気にしている時間が惜しい…。俺には千尋の協力が必要だし。その為の用意をしておく必要があるわけで…。あっちが立てばこっちが立たず。シーザーさんに相談してみるか…。

考え事をしているうちにいつの間にか目的のイリーヌが居る部屋に到着していたらしい。
ステフがドアをノックする。すぐに返事が返ってきて入室を促された。
久しぶりに会うチヒロを見ると、手すりに捕まって屈伸運動をしていた。と思ったら足を上げて柔軟体操っぽいこともしている。傍から見るとまるでバレーの訓練だ。
どう考えても筋肉を鍛えている。自力歩行はもうすぐそこまで来ていると見ていいだろう。
チヒロの成長は思ったより早いかもしれない。
チヒロは俺の入室に気が付いたのか、子供らしい満面の笑みをしてこちらに歩いてきた。
よちよちとこちらに近づいてくるが、まだ歩行を完璧にこなす事が出来ないのか、1メートルくらい歩いた所で転びそうになるのを俺が支え、胸元に抱き寄せる。

チヒロはその笑みを絶やすことなく俺に視線を向け、喜びの奇声を上げた。感情も豊かに育っているみたいだ。

「ちょっと見ない間にチヒロはずいぶん元気に育っているみたいだな」
「ええ、子供の成長はものすごく早いですね。それはあなたもですよ。タイチ」
「育つものは体だけですよ。中身はこれっぽっちも変わりません」
そういう俺も、肉体は5歳児なので成長速度は速い。きた時より半年で2センチも身長が伸びている。現在116センチ位だ。

「あら、最初に私に会いにきたときよりも雰囲気がやわらかく感じるのだけど?」
「それは多分チヒロのおかげ、ですかね」
チヒロが俺にとって大切な存在で、その未来を最高の条件で迎える。これが今の俺の行動理念であるのは間違いない。だが俺でも知らず知らずのうちにチヒロに引っ張られた部分があるのかもしれないな。


チヒロの笑顔を見るだけで癒される。

チヒロの成長を見ながら将来の事に思いを馳せる。

チヒロのおかげで孤立せずに済んでいる。

チヒロのおかげでこの異世界でも生きていける。

俺はチヒロが居るから、頑張れるんだ…。




「あばばぁ!」
チヒロが魔力を手のひらに集める様子が見えた瞬間、手の先から2センチほどの火球が俺の髪の毛を焦がす。

「うぉあっちぃ!?」

「あらら、使えるようになった魔術を早速タイチに見せたいんですね」

…魔力制御訓練も順調のようだ。


俺はその日、チヒロと共にお昼寝をし、日ごろから溜まっている心と体の疲れを癒す事に専念した。




[6047] 晩餐会
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 20:37

「と言うわけで家臣と民の両方の支持を両立させる事がなかなか難しいんですよね」

俺は今、執務室にシーザーさんを呼び、日頃思い悩んでいる事柄を相談していた。

「ふむ、今の所家臣の反乱分子はわしが抑えて居るが、あまり長期的に家臣を蔑ろにしすぎるとまずいかも知れぬぞ?」
「これに対する行動と言えば。俺の思いつく範囲で言うと、金をばら撒くか、家臣の利益になりそうな政策を行なうか、反乱分子を物理的に根絶やしにするか。位のことしか思いつきませんよ」

「殺してしまうのは後に続かないから止めて置いたほうがいいのう。その選択肢だと2番目が一番妥当だと思うが、それよりも家臣との対話の機会を設けた方が良いぞ。まだ新しい王が誕生してからそれほど時間も経っておらぬし、まだ、目立って成果を形に出来ておらぬからの。見える形で成果を残す事が出来れば家臣の信頼を得る事が出来よう」

見える形での利益か…。



次の日、上位貴族を集め、立食パーティーを開いた。今回のパーティーは形式上シーザーさんがホスト役だ。家臣達にそれほど信用されていない俺が呼ぶよりも波風立たないのは間違いないので、その心遣いは感謝だ。
意外だったのはダメ元で呼んだタカが来たことだ、家臣に嫌われてるタカ・フェルトを呼び出す事によって情勢が悪化しそうな気もするが、まあ、世間話程度なら何とかなるだろうと信じたい。

「タカ、お前が来たことは意外だな」
「タイチ王、ご機嫌麗しゅう。仕事がひと段落着いたところですので、顔を出させていただきました。久しぶりに高級な料理も食べたいですしね」
「今日は特に用事は無いから好きに食べてくれ」
「わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

一応こういう場に則した態度が取れるくらいは大人らしい。そのメッキがどこまで持つかが楽しみだが。
今日はタカに話すために開いたのではない。上流階級の家臣達との意見交換をするために開いたのだから。

シーザーさんの長い訓辞が終わり、紹介された俺は壇上に上がり、宣言を行なう。
「皆様、本日はよくお越しくださいました。このような場を通して交友のきっかけになれれば幸いです。今後も私と共に民のために尽力していただく事を望みます」

簡単に、なおかつ交友を結びたい旨を伝える事は成功したが、この後の交渉は骨が折れそうだな。








<アレックス・オルブライト>
僕の名前はアレックス・オルブライト。過去7代も続く名家の一人息子だ。よって形式上はオルブライト7世と呼ばれている。

今回、親父であるクラック・オルブライトが、どうしても外せない用事があるということで、上流階級ばかりのこのパーティーに一人で参加していた。今までは父の後を付いて来ればよかったが、もう一人で行かせても良いだろうと判断したのか、今日の僕は俺付きの家臣と二人だ。

まだ15歳と若輩者で。他の重鎮達と比べれば月とすっぽん位の差があるが、それでもオルブライト家の名を貶めないよう、堅実な立ち振る舞いをしなければならない。

「アレックス。緊張するのはいいですが、始めて一人できたあなたには誰も期待してませんわよ。もっとリラックスして場に馴染む事から始めたほうがよろしくなくて?」

後ろから近づいてきたのは俺と同じ上流階級のアンジェリン・エンドリュース。僕はアンと呼んでいる。

僕とは小さい頃から家ぐるみの付き合いがあったせいか、よく一緒になる。
父達によって、婚約を知らないうちにされており、許婚と言う関係だ。アンの方は俺の方を良く気にかけてくれるので満更でも無さそうだ。

すぐ切れやすいのが玉に傷だが…。大人しくしていれば美しいのは間違いない。褒め倒しておくのが円満に済むこつだ。

僕は先のことはあまりよく分からないが、おそらくアンと結婚するのだろうとは漠然と思う。そしてそうなった場合、尻に敷かれるとは間違いなく断言できる。
いつも一緒に居てくれるアンが居ると思うと少し安心する。僕の緊張がほぐれたのを感じたのか、アンは軽く頷き、遠くで見守っていた父のアーロン・エンドリュース様の元に優雅に戻っていく。

僕と違って余裕の表情を崩さないアンに、軽い嫉妬を覚えながらシーザー宰相閣下の話に耳を傾ける。
宰相閣下の挨拶も終わり、王を紹介される。
15歳で父の代理と言う立場でこの場に居る僕ですら、この場に居て緊張しているのに。
若干5歳にして国王と言う重責を担っているタイチ王は、重鎮達が注視する中で、堂々と宣言を終えた。
少なくとも僕には出来ないだろうなと、これが王という国を背負って導く人の姿かと、アレックスは自虐げに笑った。

国王が宣言を行なった後、アレックスは他の貴族達と話す事は無く、ぼーっとした顔でその場に一人佇んでいた。

アレックスがその場に佇んでいると、心配してくれたのか、アンが僕の近くにやってくる。

「何ぼーっとしてるんですの?積極的に意見交換をしろとは言いませんが、もう少し自分の立場を考えた方がよくありませんこと?」
「いや、若干5歳にしてこれほどまで立派にこの国を纏める事に尽力している王に少し感動しただけだよ」
僕は呆けた雰囲気を戒め、ゆっくりと振り向き、王の立ち振る舞いを賛美する。
だがアンはタイチ王の事をお気に召さないようだ。

「王の血も引いていないどこから連れて来たかも分からない生意気な子供に何を言ってるんですの?」
アンは貴族の貴族たる所以で一番必要なのはその血筋だと思っている。
だからパッと出の王は賛同する事は出来ないようだ。それはここに居るほぼ全ての貴族の共通意見であり、いくら大陸一の魔術師と呼び声の高いタカ・フェルトの言葉とはいえ、到底授受できる物ではなかった。

僕は誰が立ったとしてもそれが国の為になるのなら何も不満は無い。
だがアンを含め、他の貴族達は人脈や家の血に凝り固まり、停滞させて入るようにしか見えない。おそらく、改革派のタイチ王に今までの地盤の危機を感じているのだろう。
貴族達と自分との違いを比較するように分析していると、タイチ様と、お付のメイドが近づいてきた。
今の事が聞こえていたのだろう。タイチ王は苦笑いの様子だ。

「これは穏やかじゃないな。ステフ、注いで差し上げなさい」
「はい、タイチ様。オルブライト様、エンドリュース様、失礼します」

お付のメイドが注いでくれるワインを、アンは憎憎しげに見つめながらタイチ王を見る。

「何でも言っていいんだぞ?今日は無礼講だからな」
まるで挑発するかのようにアンに視線を合わせ、発言を促される。その苛立つ態度に押さえ切れなくなったアン。
この状態になると、僕は見ている事しか出来ない。抑えれば被害をこうむるのは僕だという事は今までの悲しい経験から容易に予測できるからだ。

「ええ、この際だから言わせていただくと。王はこの国を治める資格などありませんわ」
「それはどういう意味かな?」
ざわ…ざわ…と他の貴族は遠巻きに会話するが、周囲の視線に動じることなくアンジェリンは堂々と言い放つ。

「王の血筋でもない。ましてや貴族の血も無いあなたにこの国を治める資格など無いと言っているのです」
「そうか、血筋か…それは思いつかなかったな」

「この高潔な血筋を持つ私達がこの国を治めてしかるべきですわ」
「その能力が無いからタカやシーザーが俺を支持したんだろう?もう少しお前はこの国の現状を見た方がいいな」


おそらくタイチ王も怒っているのだろう、こちらに強烈なプレッシャーを与えてくる。
アンが反発し、怒りが本当に危ない所まで上がりそうだったので、僕が強引に話を引き継ぐ。

「タイチ王、いくらなんでもこれ以上は抑えるのがよろしいかと」
「…いいだろう。ではついでにこの国の現状を話してやろう。
このファミルス王国に限って言えば、この中で誰が国王になっても、前王と同じ末路を辿るだろう。
王が貴族の凝り固まった政策を続けていればこの国の未来はもう風前の灯だな。最悪、現状維持でもこの国はつぶれる。今でもこの国はタカ・フェルトにおんぶに抱っこの現状なんだろう?
どこかで変える必要があるのだ。どこかでな。それが今だと言う話だ」


後ろで夕飯確保ーと意気込んでいたタカもそれに加わる。
「あ、その体。王の血は引いてないけど王族ではあるぞ」
「…は?」
「イリーヌ王女の従姉弟という意味では王族には既に入ってるな」
「お前はカミングアウトに脈略が無さすぎだ!そういうことは最初に言え最初に!」
「まあ、ぶっちゃけここまで考えて呼んだんじゃ無いんだけどね」
「うっさい。お前も貴族達も今の現状を分かってなさ過ぎる」


今やここに参列している全ての人たちがここに注目していた。タイチ王が実は王族だったという事にも驚くが。それよりも王の考えを聞いておきたい。そういうことだろう。
「すいません。先ほどの話し、もう少し具体的にお願いしたいのですが」
「この国はこのままでは民衆の暴動で終わると言う事だ。しかも極近い未来にな」
「そんな未来が起こるはずないじゃない。こんなに豊かですのに!」

僕が話を引き継いだと言うのに、アンはまだ僕が抑え切れないほど怒りがたまっているようだ。
僕はタイチ王に微笑みながらアンの腰を抱き寄せ、動くなと言う暗黙のメッセージを送る。アンはそれに気づいて無言で従ってくれた。こういう時は優しいんだけどな…。

そしてタイチ王は、アンの言葉に過敏に反応する。まるでその言葉を待っていたかのようだ。傍目からは冷静さを失っているようには見えない。
その表情は、あくまでも教えて上げてるという表情を崩さない。本心ではどう思ってるのか分からないが。

「タカの生み出した技術は革新的で、産業として今はこの国の要なのは分かる。それは認めよう。
だが後何年かすれば売れなくなる事は自明の理。なぜなら魔力があれば半永久的に動く道具だからだ。
ある程度普及すれば国内の買いが止まるだろう。他国には技術が盗まれ輸出も出来なくなる。そうなったらどうなる?貴族がこの生活を維持するには国民の税を上げるしかない。そして重税を課された民は怒り狂って暴走。
適当に頭の良いやつが先頭に立つ。もしくは他国のスパイかもな、そいつが国を乗っ取るだろう。
乗り切ったとしても、労働力も戦力も疲弊したわが国じゃ他国に勝てないので国土が蹂躙される。これが近い将来確実に起こるシナリオだ。ちょっと考えれば分かるだろうこんな事」


僕はこの事象をありえない事とは言い切らない、現在の経済状況は80%魔法技術の収益でまかなわれている。
今魔法技術が衰退すればそう言うシナリオもありえるだろう。


「タイチ王はその未来から守れると?」
「お前達が持っている力を最大限発揮できれば、俺に従ってくるだけでそれを成してやろう。だが俺がやることが無茶だと思ったらいつでも言いに来るが良い。俺は貴族の地位を潰すつもりは無いからな。上に立つものは絶対に必要だ」

この小さき王は、しっかりとこの国の現状を認識し、しかもそれを立て直す事が出来ると言い切った。
いくつかの貴族達も額から冷や汗を流している。貴族達も思ったのだろう。そういう未来が本当に来ると。
アンは反撃する気力がなくなったのか、僕に怒りを削がれたのか、父であるアーロン公の元に帰って行った。
貴族を守るために貴族を変える。きっと厳しい道だろう。けどなぜかタイチ王なら出来る気がする。
僕みたいな若い柔軟な考えを持っているのがいけないんだろうか。この感情が本心から来るのか、刹那的な感情なのかは分からない。


だけど、僕はタイチ王に忠誠を誓うのも悪くない。


僕はなんとなくそう感じた。






<タイチ>
ふっ、この程度で引き下がるとは。まだまだ甘いな。重鎮レベルならこの程度の事は反論してくるぞ。権力が許さないから表立って言わないだろうが。それでも論破できる自信はあるがな。

「タイチ王がそこまで先見の明があるとは思ってませんでした。ぜひ握手をお願いしたいのですが」
「…俺一人では決して出来ない事だから、もちろん君の力も貸して欲しい。貴族とか。平民とか関係なく。この国を守るものとして」

「はい、僕、アレックス・オルブライトはタイチ王に忠誠を誓う事をお約束します」
なんか忠誠誓われちゃったよ…。まあ、いいか。こいつを皮切りに崩していけば表立って行動を起こす貴族は居なくなるか。

…あれ?オルブライト家って確か魔術産業の輸出全般を請け負ってる経済の一番高い地位に居る貴族だったような…。
俺っていきなりものすごいカードを手に入れた気がする。…使えるときに使っていくか。適材適所だ。

「嬉しく思うぞアレックス。こちらこそよろしくな」

俺は手袋を取って、アレックスと手を交わし、他の貴族へ挨拶に回った。
上流階級を集めた立食パーティーは概ね成功したと見て良い。あの論舌の後は貴族達も心なしか俺を認めた風な装いで、順調に交友関係を結べたからだ。タカのカミングアウトが一番効果があったんだろうというのは間違いないが、この場を用意してくれたシーザーさんに感謝だな。後エンドリュース家のご令嬢を傷つけた点も謝りに行かねばならんか。





翌日、俺はエンドリュース家の本宅に脚を運んでいた。もちろん昨日の事での謝罪のためだ。ステフは、家臣のご令嬢に謝った事が知られれば王の威信に傷が付く。などと抜かすが、女を傷つけたままにしておく方が王の正しい生き方なのかと言うとステフは口を閉じた。だが目線ではまだ語ってきてる。俺はそれを無視してドアをコールさせた。

家に入ってからしばらく待って居たら、この家の家主であるアーロン・エンドリュ-スが慌てて出てきた。
「どーも、昨日ぶりですね」
「タイチ王!?なぜ我が邸宅へ?何か用事があればこちらから参りますのに」
「今日は公用じゃない。個人的な用事だからここに来た。アンジェリンを呼んでもらえるか?」
その言葉で察したのだろう。アーロンは急いでメイドにアンジェリンを呼び寄せるように言いつけ、俺と応対する。

「昨日のパーティーはいかがだったかな?生意気にもこの国のことを語ってしまったが」
「いえ、あの事は私は気づいておりましたが気づいていなかった貴族達は皆一様に驚き、タイチ王のことをお認めになられましたよ」
「ほう、ではそれに気づいていたアーロン公は俺の事を認めたわけではないと」
「ご冗談を、私は元より王を認めておりましたよ」

…少々狸だな。裏を探る必要があるか?強がりか?この目を見る限りわからないな。まだ俺の事を認めていないが、表側は協力しても良い。と言う意思表示と捕らえておこう。裏の事を調べさせる部署が無いので、これも急務だな。

「…まあ、いいか。今日の来訪の目的は、昨日の弁舌でアンジェリンが気を落としていると思ったのでな。フォローは大切だろう?」
「生意気な娘には良い薬ですよ。その為にここに来る必要はないのではありませんか?」
「アーロン公もステフと同じ事を言うのだな。俺は女性を悲しませて喜ぶような趣味はしていない。俺をそんな人間の屑にさせないでくれ。利用したのは確かだがな」
「ならば何も申しますまい。アンも喜ぶ事でしょう」



「お父様。緊急の用事とは一体なんで……タイチ王!?なぜこのような所へ?」
「ほう、俺を王と認めてくれるようにはなったのだな。昨日あんな事を言っていたので心配していたんだ」
「…ふん、私はまだあなたを認めたわけではありませんわ」
「ふっ、今日の来訪は昨日の事でアンジェリンに言う事があったからだ」

そうか、アンジェリンはツンデレか。ツンデレの立ち回り方は、意味を素直に理解して自分のいいたい事をはっきり伝える事だと、どこかの本で書いてあった気がする。ペースを乱せばどうのこうの。

「私には御座いませんわよ」
「昨日の事は悪かったな。アレはお前に言っても仕方の無い事だった。なのに貴族達に現状を分からせるためにお前を通して伝えさせてもらった。だから今日はアンジェリンを利用した事を謝りにきたのだ。許せよ」

いきなりの謝罪にアンジェリンは慌てふためき、その本心をわずかに覗かせる。
「い、いきなり来て謝ってもらう筋合いなんてありませんわよ。ですがあなたがそこまで言うなら許さないでもないです」

「ありがとう。アンジェリン」
頬を赤くして何かもじもじとしている様子が覗える。それでもアンジェリンは自分をはっきり持っている。冷静さを欠かない事は優秀な証だ。きっとアーロン公の教育の賜物だろう。

「お、御礼なんて必要ありませんわ。…私の事はアンでかまいません」
「ほほを赤くしながら言われてもな」
手袋を取り手を差し出す俺。

「うるさいですわ。次は負けませんわよ」
同じく手袋を取り手を握るアン。
俺を少しだけ認めるような瞳が見える。俺はアンと友好な関係を築けたようだ。
「麗しい光景だね。タイチ王、アンを側室に入れる気はないかい?」
「な、お父様!?こ、これはですね。違うんですのー」
父と娘の快活な声が屋敷に響く。どうやらエンドリュース家は賑やかな家みたいだ。



[6047] ある暑い日の魔術講義。(実践編)
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/24 22:16
ここ、ファミルス王国では魔術の技術では大陸一と言われ、魔術道具の技術でも他の国の追随を許さない。
王族は国一番の魔力を持ち、街の中で高い魔力を持つ人間を交配させる事によってその地位を築けている。
この国の法では、2代前以前にエルフの血が混ざっていても、それ以降が人間ならば人間と認識されるようになるが、それは今特に関係ない。
そしてそんな魔術国家の現時点での国王、タイチは。
「うーん、魔術出ないな…」
現時点では魔術の使えない王だった。


人並み外れた魔力を持ち、魔力の流れを目で見る事の出来るタイチだが、魔術の行使には一度も成功していない。
その理由となる一番深刻な要因は。
「俺が魔術の存在を心のどこかで否定しているからかも?」
イメージが全てである魔術の世界にとっては致命的である。

魔術国家で魔術の使えない事は致命的と判断したタイチは、暇があれば使えるように努力するが、一向にその気配はない。
(どこぞのH○H見たいにずっと持ってるとかしてイメージを固めるしかないんだろうか?)
現時点でタイチが出来る事と言ったら、日頃から身近に居てくれるステフに相談する事しか出来ない。
すごく魔術師としての印象が薄いが、ステフは一応魔術師だ。何か好転するようなアドバイスをしてくれるに違いないと、わらをも掴む気持ちで聞いて見る。

「ステフ、魔術出来ないんだけど、なんかアドバイス頂戴」
「タ、タイチ様!?まさかこの場で魔法を使おうとしたんですか!?」

ステフが焦るのも無理はない。なぜならそれは、目の前に高くそびえ立つエッフェル塔の如く書類の山が積もっていたからだ。
そう、今は教育関係の経過報告関連の書類。掛かった予算、追加予算の作成に人員の確保状況。その他様々な書類が、速く判子を押せと圧力を掛けて来ている。
もし、魔術が成功していたら大惨事になって居ただろう。ステフの指摘ももっともだ。
現実逃避しなきゃやってられないよ…。

項目毎にまとめればいい物の、各領主がそれぞれ単体で出してくる物だから、似たような内容の書類が詰まれて居るのでこのような事態になっている。
高く敷き詰められていてステフの姿を見る事も適わないくらいだ。全部似たような内容なので、定型文に従って書くだけなので王の力いらねーんじゃないかと思う。

俺は家臣の貴族の一人、ランドル・マッケンジー書記長を呼び出し。この定型文に従って、各領主に渡す書類に判子押すだけでいい状態にして欲しいと頼む。

書類の山を見たランドルさんは、冷静に「かしこまりました」とか言ってるが。どう考えてもランドルさん&書記の皆さんの徹夜は間違い無い。

きっと心の中でため息のオンパレードだろう。…合掌。

全ての書類を移す為に執務室を追い出されたタイチと、そのお供のステフ。

一時的に時間が空いたので、魔術の訓練をするならとステフに言われ、中庭へと移動する。今日も元気に日差しがメンチ切ってる。言うまでも無くとても暑い。タイチは襲い掛かる紫外線を意図的に無視し、木陰で改めてステフに聞きなおす。

「というわけで魔術が出ないんだよ。だからアドバイスをくれ」
「イメージ不足でも魔術は発動しますよ?魔力の本流になって、吹き荒れるだけですから。タイチ様が詰まっている所は、多分放出の段階で躓いていらっしゃるのでは無いかと思います」

どうやら俺は魔術を勘違いしていたようだ。
タイチは魔術を行使しようとイメージし、行使しようとする。だが発動はできない。そこで魔力の流れを見る。
確かに、手のひらに魔力が溜まっているのは確認できる、しかしそこから外に出すと言う事が出来てない。
魔力が手に留まったままなのが見て分かる。

「よし。…で、どうにかなりませんかね?ステフ先生」
「せ、先生ですか!?え、えっとですね。…では私が手の平から魔力を吸収して見ますので、それで放出のコツを体で感じてください」

なるほど。自分で放出する事が出来ないなら、ステフの方から作用させて、外に出ていく魔力の流れを見せようと言う事か。
「大体想像出来るが、一応聞いておく。吸収とはなんだ?」
「魔力を扱うにあたっての基本的な動作です。自身の魔力をコントロールできる事。外から魔力を吸収する事は、中級者の段階に進むには会得しなければいけない基礎事項なんですよ」


どうやら段階に分かれて修めなければ行けない事があるようだ。
「以前にも聞いたが、段階とは正確にはどう言う条件なんだ?」
「えっと、正確に初級者、上級者と言う区分は無いんですが、魔術師で一般的に修めなければいけない事は。
初心者:魔力を感じ、練る行為が出来る事。
初級者:自身の魔力を使い、ある程度の魔法の行使ができる事。
中級者:外から魔力を持ってきて、魔法の行使ができる事。
上級者:外から持ってきた魔力を、自身の魔力と合わせて行使する事が可能な事。
と言うのが最低条件となってます。
タイチ様は、既に魔力を見て、操る事が出来るので、初心者からは脱してますが。
本来、初心者から初級者に上がるための壁は一番の難所とされ、そこで諦める人が大半です」
…つまり、魔力が見えて「俺すごくない?」とか勘違いしてたけど実はまったく凄くなかったと言う事ですね。



いよいよ魔力放出の訓練だ。
魔力吸われる事に若干の不安はある。それはステフを信頼できないからと言うわけではなく、未知の物へ挑む事への恐怖だ。
タイチはどこまで魔術的な事を極められるかは分からない。
だが、なるべく自衛出来る様に鍛えて置く事は決して無駄にはならないはずだと不安を封じ込め、自分を戒める。
「うん。おねがい」
覚悟を決め、真剣に挑む。スッと何気ない仕草で右手をステフの方向に差し出した。だがステフにとっては何気ない行為ではないのか。
「そ、それでは失礼します」
ステフの真剣な宣言の後、タイチの差し出した手を恐る恐る握り、目線を斜め下に向けて頬を赤くする。
羞恥心は伝染し、タイチの頬も赤くなる。
そこで気づく、そう言えば最近繋いでなかったかもしれないと。
最初の頃は街で普通に繋いでいたが、何か心境の変化でも起きたのだろうか。


ステフは、タイチの右手を遠慮がちに両手で包み込み、目を閉じる。しばらくすると、徐々に力が抜けていく感覚がタイチを襲う。おそらくこれが魔力が抜けていくと言う感覚なのだろう。

タイチは魔力の流れをその目で見る。お腹のあたりに溜まっていたタイチの魔力が肩を通り、右手を通してステフの体に流れていくのを見る事が出来る。
ステフの体に流れるタイチの魔力は、そのまま体中を巡り、そして融合されていく。これが外から持ってきた魔力を自身の魔力に変換すると言う吸収の極意なのだろう。

吸収されるばかりでは上達の道は無い。タイチは魔力の流れを覚え、放出するための感覚を体に染み込ませて行く。
外に出ていく魔力の感覚は新鮮で、未知の感覚だが、俺の魔力がつき掛けた時、何とかイメージを形に纏めてみせる。


タイチは集中を解き放ち、目を開けてステフを見てみる。
そこには、悦に入っているかのように上気させた顔で呆けているステフの姿があった。
タイチの魔力に当てられたのだろうか?それなら外に逃がす事も出来たはずだが…。
彼女が何を思ってこのような行動を取ったのかは謎だ。きっと本人以外には永遠に。

その後タイチは魔力の回復に神経を集中させ…、と言ってもタイチがしている回復とは、だるい体を大の字に寝転がらせているだけだが。
しばらくすると、ずっと夢見心地で目をトロンと垂らしながら、にやにやと不気味な笑みを浮かべていたステフは現世に帰ってきた。

「…ハッ!?こ、ここは?あ、タ、タイチ様!?すいませんでした。タイチ様の魔力がとても気持ちよくてつつまれて5ftgyふいこlp;@」


もはや慌てすぎて解読不能だ。
人の言葉を喋っていないステフを何とか落ち着かせ。タイチは、今つかめた感覚を忘れないように魔術の行使を実践して見る。
「魔力の流れはつかめたからそこで見てなよ」

タイチは少しだけ残った魔力を手の平に全て集中し、燃え盛る火をイメージする。そして…。
「うーん……全力ファイヤー!」
タイチは魔力の流れから成功を悟り、その効果を確認する事は無かった。
魔力の練りがうまくいかず、仕方ないのでやけくそで全力で火を放った影響で、魔力を使い果たしたタイチは気絶してしまったのだ。
後に残した燃え盛る中庭と、それを慌てて消火するステフを残して。
タイチの放った魔力は、中庭を放射状に焼き払い、優雅な外観を消し炭に染め上げた。そして城内部に局地的な地震を巻き起こしたという。

それ以来、タイチの一人での魔術行使は危険と判断され、側にステフがいない時には禁止と言うありがたい言葉を貰ったのは言うまでも無い。



[6047] 改革の序曲
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 15:20
もう8月ですよ。なんかジメジメしてるのは日本もこの国も変わらないなー。この世界での梅雨は7~8月らしいが、そんな事は些細な差だ。

ここはいつもどおりの執務室。今日も張り切って書類と格闘している。

「うーん。これ長いから紙の量1/3にして再提出させて。要約すればそれくらいにはなるはずだから」

「分かりました。提示してきた領主の方にそのように言ってきますね」

小難しい抽象的な言葉で書き連ねていたので、どうせ裏になんかあるに決まってる。具体的にどうしたいのか書かない書類には一切判子を押す気は無い。

と言う一幕もありますが、今日もむこうずね平和です。




最近長雨が続いてたようだけど今日は晴れたから出かけられるな。
「今日の業務はこれで終了。ってことでステフ、街に出かける用意してきて」
「分かりました。連絡してくるので少々お待ちくださいね」

街の様子を数字だけで見ないで、足と目で見ないとどういうものか把握しにくいからね、これも仕事だと割り切りましょうか。




雨が長期に降り続いた影響か、街は水溜りで溢れていた。ファムール川は普段の穏やかな姿を一変させ、荒れ狂う姿を見せ付けていた。
水は増水し、今にも溢れそうな勢いである。

どうやら、ここら辺は晴れていても上流の方では相変わらず降り続いているらしい。
東の海からの風で雲が運ばれ、西の山でせき止められて雨を降らす、と言う所か。もし、西にある火山より向こうに土地があるとすれば砂漠だな。まったく関係ないが。
ステフと世間話をしながら平民街に足を伸ばす。その足は、今はまだ建設中である、ファミルス王国大学校の建設風景へと向かう。

平民街と貴族街のちょうど中間に位置し、どちらにも配慮できる形だ。
貴族専用の校舎も用意して、帝王学を学ばせる予定ではあるが、明確な基準のある学問ではないので、リーダーシップ論とか、様々な幅広い知識・経験・作法などを総合的に学ばせて、後はその家独自の教育方針に任せるしかない。

平民との合同学習も行なわせてなるべく壁を無くそうとも考えているが、いきなりそんな事をやってもうまくいかないのは分かりきっているので徐々に取り入れていく。という方針も提案したが、貴族の強固な反対を受けて失敗した。一緒の立地にあるが、完全に分離した一つの学校と認識してもいいかもしれない。

でも、校舎から見える位置に貴族用グラウンドとかあるので、平民が身近に感じてもらえばいいな。一緒に会わないように最大限配慮させる必要があるが。

そんなわが国。一大プロジェクトの要である学校は、外回りを外壁で囲まれて、入り口は2箇所しかない。
これは貴族街へと続く道と、平民街へと続く道に分かれている。中間に建てたのだから当然だな。
貴族側の要望により、校舎へ馬車が入れるように入り口を広く作っているが、それは別にどうでもいい。ついで程度だったから許可した。
中を覗くと校舎や運動場が建設されている。雨で苦労しているように見えるが、今の所順調に事が進んでいるようだ。
完成予定は1年後。最初は研究施設として大学校のみの機能とするが、2年後には初等部も入れて一貫教育の場に仕立て上げる予定だ。
大学校は貴族だろうと関係無しに能力主義だ。間違いなく批判が来るな。
一緒の場所だとかなり反対を受けそうだから、まあ、反対されたら貴族達から金毟って私立を建ててもいいな。

学校建設の現場を見て満足した俺達は、平民街へと降りる。そこに居る人たちはいつもより人が多いような印象を受ける。
しかも商売活動を行なっている訳ではない様だ。
俺はいつも贔屓にしている果物屋でりんごを買い、頬張りながらステフに聞く。
「何で今日はこんなに人が多いんだ?しかもなぜか座り込んでる商人まで居るし。まあ、大体想像は付くけど」
「そうですね。北のファムール川が増水して流れが速くなってしまったので船が出せずここで立ち往生している。と言う状態ですね」
雨季の時期には良くある事なんですよー。というステフの言葉に、芯までしかなくなったりんごを捨て、さらに質問を返す。

「何か手は講じていないのか?」
「魔術師部隊が上流に遠征に出かけ、水を標高の低い所に誘導してますが、それでも抑えきれずに溢れさせない事でもギリギリ、と言う所でしょうか。私も去年まではその遠征に参加してましたよ」
「うーん、経済活動が止まってしまうのは頂けないな」
「高位の魔術師は宙に浮く事が出来るので荷物の運搬をすることは出来るんですが、値段が高くて一般の商人には手を出しにくいですね」
「じゃあステフも飛べるの?」
「ええ、短距離でしたら行けますよ」
ステフは本当に高位の魔術師の区分に入ってたらしい。この見た目からは絶対想像出来ないな。
「なるほどな。ところでステフ。トイレはどこだ?」
「それでしたらあの小屋の中ですよ」
俺は指定された小屋に向かい、用を足して戻る。
「…この時代はまだぼっとん便所か…まあ、中世の伝記に伝わるという、窓から糞尿を投げ捨てる状況よりかはましか…」

街の描写はフラグだ!と、電波な事を口走りながらタイチ案を書き連ねる。
自国の領土を正確に測量してあったので、先人達の働きに感謝です。
資料の地形図を見ながら、この土地にはまだ開墾できる土地がある事が分かったので、ダムのついでに利水事業に着手する。
原案をまとめる作業に四苦八苦している横では、めんどくさいと言う理由で遠征に出かけなかった孝明が来て一緒に茶をしばいている。

「めんどくさいから街で堤防が決壊して溢れそうになったら動く緊急班に入ってるんだよ」
「物は言いようだな」

「タカ様。お茶が入りました」
「サンキュー。ステフは何時見てもかわいいねぇ」
「キャッ、困りますタカ様」
…堂々とお尻を撫でるのは止めて欲しい。見た目と合わせて丸っきりおっさんだな。
ステフが居ても素の孝明らしい。空気とでも思ってるんだろうか?いや、あの様子だと研究所の女性職員はみんな餌食になっていると見ていいかもしれない。
「ステフ、俺にもお茶を」
「は、はい。ただいま」
何とか原案作成が終わったので、ステフを助けておく。孝明は見た目にも不機嫌そうな表情を浮かべるが、そんなもの無視だ。
「マジックアイテムの生産はしなくていいのか?」
「アレは僕がしてるんじゃなくて、下級職員がしてるんだよ、方陣を僕が解析して下級の職員がそれを量産すると言う方式を取ってるせい

で今は閉店休業中さ」
「なるほど、じゃあこれを見てくれ」
孝明にダム建設計画の概要を見せる。
・優先順位
1.大規模な洪水時のための支流。
2.これで一時的にしのいで、その後ダム建設を開始する。
3.その後追加開墾予定地への支流を掘る。
大雑把に言えばこの三点だ。
言うのは簡単だが、これを人力でやろうとしたら10年は掛かる大事業だ。人、物、金のうち金以外全部足りないな。

「このうちどれか魔術でどうにかならんか?」
「土を出す事は割と簡単だけど、掘る事が出来る位魔力操作に長けた職員は10人くらいだな。この程度の戦力じゃ労働力して使えないね。人力じゃないと無理っす。大穴を空けるとか更地にするのは簡単なんだけどね」
「物騒過ぎるので後者は却下」


「…あと、もし戦争になってダムを狙われたらやばいんじゃね?流石にこれだけの水は扱いたくねーよ」
「そこはお前の魔術で物理的、魔術的に守るようにしてくれ」
「無茶言うなよ。もし有事になったら水の流れを調節して水攻めにでもしたほうが効率良いよ」
「こちらの試算では、積み上げる土砂は魔術部隊で何とかなりそうだが、掘る作業だけで3年は掛かりそうだ。その後開墾作業が待ってるから。完成まで5~6年くらいと見ていいかも」
ダムが完成したら、干ばつにみまわれたり。水を誘導する必要がないので、一時的な経済的損失は無くなる。


流れが一定だから橋も建てられるようになりそうだな。これからは水を貯めて、少しずつ安定して流すために、ダムをため池にして作れば安定した収穫が望めそうだ。食料輸出産業で当面は凌ぐしかないな。





俺は悩んでいるが孝明は相変わらずのほほんとしている。まさに丸投げで自分の事しかしたがらない。研究一筋と言えばよく聞こえるんだがなあ…。
「そういえば、この間の話は本当か?」
「この間?ああ、イリーヌの家計図に入ってるって話ね。あれ嘘だよ」
「…なに!?」
「あの場はそう言った方が良かったでしょ?一般人のイリーヌの家計図なんて誰も知らないし、僕の機転に感謝してもらいたいくらいだね」

「じゃあこの体は何だ?なんか最初から文字とか言葉とか分かったのはなぜだ?」
「その体はステフと一緒さ。奴隷商で適当に魔力の高い子供をつれてきただけだよ。ある程度の知識と魔術の心得を教えておいたから、そのせいで最初から文字とか読めるんじゃないかな?まだ異世界から魂を連れて来る原理分かってないんだよね」
身元不明かよ…。まあ、勘違いさせておいた方が何かと便利か。この話題はステフにとってまずいのでさっさと切り上げよう。






「そういえば兄貴。この間すごい物発見したんだけど」
「どうした?まあ、タカが言うなら魔術関係なんだろうけど」
「この間炭鉱で魔力を無尽蔵に溜め込む事の出来る石。聖石の鉱脈を引き当てたんだよ。さすが高濃度の魔力の眠る地だね。あるとは予想してたけど本当にあるとは思って無かったよ」
鼻息荒く報告してくれるからすごいと言うのはなんとなく分かるが、それのどこがすごいのか分からん。



「…ステフ、聖石について説明してくれ」
「はい、聖石とは、魔石鉱山の奥深くで出来る魔力の結晶で、純度100%の無色の魔力です。普通の魔石は最初から近くにある金属性などの影響を受けて、属性が付与されるので、通常は他の属性に上書きしてから使用します。


これとは違い、無色純度100%の魔石の総称が聖石と呼ばれるものです。無色の魔石は光魔術や闇魔術を使用する上でもっとも必要なものとされています。これは、使用者の魔力が、光や闇の魔術の使用に耐えられないからとされており、タカ様等、最高位の魔術師は単体でも使用する事が可能です。さらに魔力純度が上がると、魔力を吸い込み始めて周りの魔力が枯渇し、草木も育たぬ荒れた土地になるそうです」


「周りの魔力を吸い込むってやばいものじゃないか?」
「いいや!この最高の魔術師タカ・フェルトに出来ない事など無い!魔力を吸い込むメカニズムを解明して、吸い込むのを止めるだけでなく、魔力を取り出す事も可能にしてやろう。ふふふ……ふははははあhhh…」
何時聞いてもキモイな、タカの馬鹿笑いは。

「そうだな、研究用として半分やるから、もう半分を魔力吸収を止めて宝物庫に封印して置くようにしておいてくれ。あと、この事は完全部外秘にしておけ。他国のスパイとか本当に気をつけろよ」
「了解だぜ兄貴!僕の聖石は誰にも触らせないさ…ふひゃひゃひゃhy…」
飴と鞭を使い分けておけばタカの方はまったく問題なさそうだ。



早速聖石の分析に行って来る。と部屋を飛び出した孝明に、残された二人にため息が漏れる。







「ステフ、体を触られるのは日常茶飯事なのか?」
「…はい、研究所に居た頃は無意味に裸にさせられていましたね…。で、でも大丈夫ですよ。私が我慢すれば住む話ですし」
顔を真っ赤にしながら両手をブンブン振って羞恥心に耐えるステフ。

セクハラもここまで来れば犯罪だろ…しかもロリコンか…。
この世界の倫理観はまともな方だが、それに伴う法律が追いついていないって事かな?奴隷に人権は無いから許されるんだろうが、さすがに孝明も奴隷以外の女性をどうこうすることはしないと願いたい。



奴隷はいいとしても、女性の地位向上か…あまりする意味は無いが、優秀な人材がいたとき例外的に仕官待遇が出来る事を明記しておかないと、学校を建てても婚約者探しの場になるだけだな…。
使える人材を眠らせておくのは国家の損失だ、とりあえず最初は優秀な女性専用の役職を創設する事で何とかしよう。
くのいちみたいでグッと来るかもしれん。


「ステフ、メイドで一番えらい人連れて来て」


ステフがしばらくして連れて来たのは、チヒロ出産時に陣頭指揮を執っていた、俺命名メイド長。名前はアビーというらしい。少し胸がおしとやかなクール系美人だ。
どことなく百合な香りがするが、個人の趣味に口出しするほど親しくはない。


王女出産なんて大事ならば上位のメイドさんを集結してるに決まってるから、この展開はある意味予想できた展開だ。
「タイチ王、私に御用とは一体なんで御座いましょうか」
「うん。今回呼んだのは…」



タイチ説明中…



「ってことで女性であろうとも能力がある人材を遊ばせておく余裕はわが国には無いと思うんだよ」
「それは確かに。ですが、それと私が呼ばれた事に関係があるのですか?」
「女性専用の役職を創設するからそこの責任者になってね」
「…え?私がですか?」
「うん。学校と言う教育施設が出来たんで、そこから良い人材を引き抜いて。
肉体労働は男どもに任せておけばいいから捨てて、総合的な戦闘教育、戦術教育とか割とこの国の戦争時の事に重点を置いて探してくれ。

出産時に女性の医者が当たれるように配慮する事も付け加えて。
それと女性専用商人&手工業職人連合とか作りたいから、それに適した人材出しといて」


「分かりました。私に出来る事なら喜んで」
「この国の女性の命運はメイド長の双肩に掛かってるから。俺はきっかけを与えただけで、中でどういうことをするのかは任せるよ。形式上は俺直属だけどね」
「では、手始めにタイチ王の護衛などいかがですか?ステフ一人じゃ心配ですし」
いきなり振られて、しかも戦力外通告を受けたステフは、涙目でメイド長に直訴する。


「アビー様ぁ。タイチしゃまの下に居させて下しゃいぃ」
もはや涙目というより完全に泣いている。縋り付かれているメイド長は渋い顔でステフと俺の顔を行ったり来たりしている。困惑しているようだ。
「学校施設が稼動し始めてからの事だから…今は保留としておきませんか?」


メイド長はため息を付きながら、俺の出した助け舟に乗った。
「そうですね。正式稼動し始めてからその後の事を考えましょうか」
「私は3年後にはお払い箱にゃんでしゅねー」
まるでアニメのように涙を流しているステフ。そのうち穴を掘るか、ステフボックスと言う名前の厚紙包装紙に引きこもりそうな勢いだ。


慰めるしかないじゃないかっ!女に泣かれるのはこの世で一番苦手だ!

俺はとっさにステフを抱き寄せ、耳元でささやく。

「俺はステフのことは最高のメイドだと思っている。いつまでも俺の側から離れないでくれ」

「は、はい…タイチ様…一生ついていきまふ…」

俺の突然の行動にステフは慌てふためくが、言葉の意味を理解し、ほほを染めながら同意した。
傍目から見るとソファーの上に立つ5歳児が姉の頭を撫でているようにしか見えず、シリアスな雰囲気など微塵もない。

「…ついでに将来の側室候補も探しておきますね」

メイド長の空気読む攻撃を、タイチは一筋の冷や汗と共に完全に無視した。



[6047] 決算
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 15:21
この世界に来ていよいよ1年経とうとしてますよ。

どの部署も、いまやてんてこ舞いな感じですな。

特に足りないのがマンパワー。学校の校舎はもう少しで完成できる予定ではあるんだけど、ダム建設で相当マンパワー使ってるものだから慢性的にやばい。
これ以上大きい建設などの肉体労働系の改革は出来なさそう。


今現状で言うと、ダム建設の前段階、支流の堀整備に人海戦術で掘り進んでいる人たちは、他の領土からの出稼ぎに、軍人もそれに含めて総動員状態です。これだけでもどれだけすごいか分かると言うものだ。
それでもギリギリの3年。このまま何も起きなかったら治水出来ただけで国が終わるな。
金は幸いにしてあるので何とかなってるが、それでも相当使い込んでる。

校舎はまだ完成してないが、小規模ながら寺子屋が出来上がって、既に子供達への学習指導が始まった。
モデルケースとしてノウハウをつんで経験値アップしてもらいたいものだ。
今年は子供よりも教員の経験値アップの方が優先順位高いからな。


給食等も無料配布で大盤振る舞いだ。不作の時どうしよう…。1~2年の間に不作がきたらやばいな。そのときは他国から買えばいいか。金はあるんだから何の問題もない。
まさにパンをあげて回る宗教徒みたいだな。

しばらく活動させれば学業関連の初期目標をクリアさせる事ができたと言えるだろう。



俺の試算では、平民への魔術道具の普及率から逆算して、最低でも3年は今の景気の状態は維持できるとの予想だ。これは今までの試算と特に変わって無い。

それまでに何とかして魔術技術の革新。新しい産業。もしくは商業の発展をしなくてはいけない。

種は蒔いた。後はこの種をどう活かすか。だな。



下水工事も一応行ないましたよ。
王様専用逃亡用通路が王国の地下にあったんで、壁を無理やりぶっ壊して水を引き、その水を利用して地下から街の外に汚水を一直線です。

汚水用穴を街の至る所に設置したんで、みんな捨てに来ている。
いざと言うときに船に乗って逃亡した方が早かったんで、まさに一石二鳥ってやつだ。
もし使うとなったら強烈な異臭を覚悟しなければいけないが…。



「以上がこの国でやった事業の大きな事項のすべてだが、なにか申す事はあるかな?シーザーさん」
宰相閣下であるシーザーさんに出来立ての決算報告を最初に説明した後、俺の評価を伺う。


シーザーさんは渋面を隠さずに懸念材料を並び立てる。
「特に無いな。わしのはこの一年で蒔いた種がどのように成長するか見当も付かん。
だが、これはほとんど民に向けてやったことじゃろう?貴族向けに報告するには少し印象が薄いぞ」


「地方の領主向けに考えてる事はあるんですが、この街に住んでいる貴族達には薄いですね。だからこそシーザーさんを呼んだんじゃないですか」

もちろん使えるものは使っていかないと。

「わしに抑えさせる気か。まあいい。初年度にしてみたら良い方じゃ。わしが認めたんだからこの位やってもらわねば困る」

「手厳しいですね。だけど来年度は強力な人が入るんで得に心配はしていませんね」

「ほう、強力な参謀か。この世界でそれほど親しい物はおったのかね?」

「王女ですけどね」

「なるほど、血族の権力か」
良い具合に勘違いしてくれたけど、それは違う。彼女は本当に頼りになる頭脳を既に持っている。血は確かに必要だが、彼女が形だけの王女になる可能性は限りなく低いだろう。

この国を本当の意味で背負っていける頭脳を持っているのだから。民を纏める事は出来なさそうだけどな。





描写の無いまま謁見の間で家臣達に報告し終えた俺は、その足でチヒロの元へ向かう。
いつもどおり無駄に長い回廊を歩いてる途中、廊下の掃除に従事しているメイド長の姿を発見した。

「あれ?俺直属の部署の書類を纏めているかと思ったのに。もう終わったの?」
「タイチ王。おはようございます。私にはメイドの仕事が一番落ち着くので、気分転換に掃除でもと思いまして。後に書類をまとめ、報告させていただきます。提出期限は守りますのでご安心を」

やはりメイド長。明らかに一人で出来る量じゃないのに律儀にも自分の仕事をきっちりこなす。その精神、かっこいいな。自分の仕事に誇りを持ってるって言うか。気分転換の為に屋敷を掃除するとか鏡だな。


「うむ、期限さえ間に合わせてくれれば何も言わん。メイド長はそうしている姿が一番輝いているからな」

「褒めても何も出ませんよ。もし無意識にやっているのでしたら気をつけた方がよろしいかと。後ろのメイドに刺されますよ」

「ん?…げっ!?」

素直な気持ちを表現したら、後ろに夜叉が待っていた。

うーん…なんか今にも「今なら使えなかった闇魔術が使える気がする」とか言い出しそうな雰囲気だ。ダークサイドに落ちすぎだろステフ…。

「そうだな…。今度から気をつける。と、とりあえずこういう時は無視して問題の先延ばしをはかっておこう」

メイド長は軽く会釈して調度品の掃除へと戻っていった。
後ろから相変わらず、どす黒い雰囲気がねちっこく絡み付いてくるが、俺はチヒロの部屋へなるべく早く到着する事で、ステフの暗黒闘気をやり過ごした。








定期的に来ているが、来るたびに成長していくチヒロを見て、人体の神秘ってやつに驚きを隠せない。

定期連絡によると、普通に二足歩行が出来て、最近言葉を喋り始めたとか書いてあったが、1歳で喋るとか普通にすごいんですけど。

二足歩行が既に出来ているのは実際に見たから分かるが、言葉を喋る事は俺はまだ実際に見ていない。


かわいいチヒロを堪能せねば…。今やステフの癒しはどこへやら、最近はもやもやと張り詰めた嫉妬の空気で癒しなんて無いです。

この間エンドリュース家に良いお茶っ葉が入ったのでご一緒しませんこと。などと誘われてほいほい行ってしまったときから露骨にこういう事態が起こってる。

アレックスも居たのに…。空気過ぎるのがいけないよ、アレックス。君はもう少し貴族オーラを出した方が良い。

いつもの部屋の前に着くと、ステフの怒りが一時的に離散し、ドアをノックしてから返事が返り、そして入室する。

俺が入った瞬間。俺の懐に飛び込んでくる影。



「おにぃちゃん!」
「ほう、もう喋れるようになったのか良い子だ」

頭を撫でる俺。チヒロの世話をしている時はダークオーラを発しない。おそらく俺との仲を認めているが為だろう。

「おにーちゃんお外に一緒に行くのー」
「王女は俺と二人っきりになるのを御所望のようだ。母上、少しの間チヒロをお借りしますね」


「あらあら、チヒロも大好きなお兄ちゃんと一緒にお外が見たいのね。どうぞベランダに行ってらっしゃい」

今は1月なので少し肌寒いが、それでも太陽がさんさんと熱を伝えてくれる。風も良い塩梅だ。

ベランダに居るのは俺とチヒロだけ、ステフも二人の雰囲気を壊さないように空気を呼んだようだ。


「で、こうして喋るのは1年振りなわけだが。元気そうで何よりだな」
「まったくよ。異世界の言葉自体は半年で覚えられたけど声帯が発達するまでがんばっても1年経っちゃったわ」

「ふっ、日々の弛まぬ努力の結果が出てよかったじゃないか。改めて、ようこそ異世界へ」
「本当にね、あまり長く話すと喉が痛くなるけど。そうね、こちらこそ、お兄ちゃん」
俺はようやくこの世界でチヒロとの会話に成功した。






「…それで、どんな用事で私をこの世界に呼び出したの?」
「ああ、この世界には魔力があるのは既に知っていると思う。今この国は魔術師である俺達の弟タカ・フェルトに依存しすぎているから、そこからの脱却。チヒロ派の派閥を作ることだ」

魔術技術が売れなくなると、孝明の地位が著しく下がる事は目に見えている。
そこで、新しい風としてチヒロを投入する。チヒロ位頭がよければ孝明が思いつかない何かに気づいて、この国の魔術技術の発展が出来るんじゃないかと思ったのだ。
その何かは俺にはわからん。魔術の事何も知らないし。だが、中一の孝明でもアレくらい出来るんだから。高三のチヒロが何も出来ないなんて事は多分無いと思う。




「あの愚弟がそこまでの権力を持ってるって言うの?どう考えても分不相応すぎ」
「さらに、俺がこの世界に学校施設を新しく建てたから、そこで将来優秀な人材探しだな。そこから派閥を作っても良い。とりあえず今するべきことは、魔力を扱う事を完璧にこなす事だ」


学校施設を建てたのもチヒロの為だ。まあ、使える人材は俺のところにも必要だから一石二鳥と言う奴だな。
商人の基礎知識向上で商売の発展にもなるか。手工業職人にも新しい人が参入するからな、技術屋の人海戦術が可能になるかもしれない。

全てにおいて良い事尽くめだが、その人財が完成するまでに、今残された時間が無さ過ぎることが問題だな。



「また難しい注文ね。お兄ちゃんにお願いされる事って、いつも無茶ばっかりなんだから。それに振り回されるこっちの身にもなって欲しいわ」

「そう言いながらも、今まで全ての要望に応えてくれた奴の言い草じゃないな。このお礼は俺ととチヒロが結婚すると言うチヒロの望みでかなえてやろう」

「ちょ、何で知ってるのよ!?」

「気づかないと思っていたのか?もろばれだったぞ?兄妹だと言う事で気づかない振りをしてたがな。夜中に襲われそうになった時と一人暮らしを決意した時期が同じって時に気づけよ…」

「…あー…うー」


アレは危なかった…前々から好意には気づいていたが。夜中に俺の部屋に来てじーっと見つめられた時、己の貞操の最後を悟ったね。

幸いにもその日はそれ以上何も無かったが。次は本当にやばいと思った俺は、次の日からアパート探しに邁進したと言う苦い思い出さ。


「もう少ししたらタカ・フェルト魔術研究所に送り込んで技術を盗ませるから。それまでに己の魔力位は完璧に扱えるようになっとけよ」

「…いいわよ。お兄ちゃんが身を売ってまでしてくれたこのお願い。完璧にこなして見せるわ」

売るものはこの体、対価に買うは千尋の知恵。失敗でも払い戻し無しのこの博打。身を投じてみようか。



[6047] 番外編:アンジェリンの憂鬱
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/25 08:32
私は、今年13になったエンドリュース家の一人娘、アンジェリン・エンドリュース。
見るもの全てが美しいと賛美を送るに足る美貌を兼ね備えたこの容姿。
幼少の頃から家庭教師に教わって手に入れた知識を活かす事の出来る才女よ。
お父様はファミルス騎士団一番騎馬大隊を任せられているこの国の武力を支えている一人ですの。
最近新しく変わった王に激しく苛立つ出来事があったのだけれど、次の日に謝罪に来てくれた事には…。まあ、評価してあげてもいいわ。
今日は私の婚約者のアレックスを呼んで、我がエンドリュース家自慢の庭園にあるベンチで優雅にお茶をしているの。

「でね!タイチ王はね、私の事を無視して左手を出してきたのよ」
「タイチ国王様が?」
「ええ、ですから私もそれに従わなければマナー違反じゃないですか。ですから仕方なく手を握ってあげたのですわ」
「アンは親しくなる事が出来たんだね」
「誰があんな子供。まだ認めたわけではありません」
「そう、ではタイチ国王様をここにお呼びして一緒にお茶を飲んでみたらいいと思うよ。ここの庭園は本当にきれいだから」
「そ、そうですわね。この場所を親しい方以外の者に見せるのはしゃくですが、アレックスがどうしてもと言うのなら我がエンドリュース自慢の庭園に招待してあげない事もありません」
「…まったく、素直じゃないんだから」
「何かおっしゃいましたか?」
「アンは少し怒り易い所があるから、少し優しくすればすぐにタイチ国王様から気に入られるよ。だってこんなにきれいなんだもの」
「当然です。それでは、タイチ王を招待する手紙を書いてきますわ」


執務室で政務に追われる事など、今となってはたまにしかないが、ダム工事の予算請求の判子を押す作業で現在やばすぎです。
人員の給与に、食料を運ぶのに雇う人員への金と、運ぶ食料本体。掘る為に必要な道具一式。エトセトラだ。
よし、久しぶりに見せるぞ。あの技を!
秘技・高速判子乱舞!
ダダダダダダダダダダダddd…。
「タイチ様~しっかり読んでから判子を押してくださ~い」
横でステフが、怒られるの私なんですからぁ。と泣いているが。
そんな事を気にしていては、3日間は10時間労働をしなければならない。
もう既に2日間徹夜しているのだ。これ以上はさすがにまずい。
だが、この秘技を使う事によって、わずか7時間で終わるのだ。もちろん1日で終わる。
コンコン
ドアのノック音で遮られた俺の秘技を見てほっとしたステフは、ドアの外に居たメイドから手紙を受け取り、タイチに手紙を渡す。
「これ、エンドリュース家の家印が押してありますし。今すぐご覧になられた方がいいと思いますよ」
「ん?ステフはアンの事が苦手なのか?」
「いえ…そのような事はありません」
嘘を付く時は事務的に返すので、目を見るまでも無く分かり安すぎるぞステフ。

ふむ、何々?


『明日、我が家自慢の庭園にてお茶会を開きますの。来れるのならいらして下さい。別に忙しかったら来ないでも構いませんわよ』


ふっふふふふ・・・これは俺への挑戦か?そうなんだな?俺ちょっと本気出しちゃうよ!
「ど、どうしたんですかタイチ様?何かとてつもないオーラが漂ってますけど。その手紙に何か!?」
「いや、アンからとても嬉しいちょうs…いや、招待状を戴いただけさ。だから俺は今日中に絶対これを片付けてやらねばならん。ああ!そうとも!俺はやってやるのさー!」
「や~ん。タイチ様が壊れたー」

ズドドドドドドドドドド・・・・
「秘技・超高速判子乱舞W!」
これぞ俺の本気、秘技・超高速判子乱舞Wだ!
説明しよう。タイチの秘技・超高速判子押しW(だぶるゆー)←double youとは。タイチがイメージしたもう一人の自分と並行して押す事により、作業効率が二倍!?
さらに、タイチの気合の入った高速乱舞のスピードをさらに超え、超高速のスピードで判子を押す。これぞまさに王のみが許された技なのであるっ!その速度…約2.8倍ぃぃ!(当社比)

「そんな技要りませんから書類の中身を見てくださーい」

「くっ、これでも明日の予定までに間に合わん!?かといって徹夜するわけにも行かない!しかし、判子を押すのが遅れればその分ダムの完成が遅れる!ちくしょう!八方塞だ!!!」

「しっかり見てくださいよー」

(しっかり…見る…そうか!掴めたぞ!?奥義の極意を!)

「奥義・超高速判子乱舞WW!!」
またまた説明しよう。奥義・超高速判子乱舞double you windとは。風で記入漏れや不正な書類を吹き飛ばす事で、無駄な判子を押さなくて済む事が可能になり、作業効率がさらに上がるのだ!

無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァ!

「わ~ん。タイチ様の後ろに、何か得体の知れないものが浮かび上がっているぅぅ。キ、キャー飛ばされるー・・・・タイチ様ぁぁぁぁ」

結局その日、判子押し作業は終わらなかった。

「よって徹夜けってええええい!!!!」
「誰か助けてええぇぇ!」

翌日。俺はさわやかとは完全に無縁な昼を迎えた。床には不正書類・記入漏れ書類が散らばり、壁にもたれ掛かるように気絶しているステフ。6時間睡眠しても2徹の後はまったく回復出来ていない体力。どれを取っても最悪の目覚めだ。

手紙に指定してある時間までもう少しなのでステフを起こして準備しなければならない。

「おい、ステフ。起きろ。出かけるぞ」
「うーん。タイチしゃまぁーそれは木苺じゃないですぅ」

どんな夢を見ているのか皆目見当も付かないが。ほほを染めつつ、にやけている所からすると、とても幸せそうな夢を見ているのは間違いなさそうだ。


とりあえず頭をチョップ。
「やん…痛いのはやですぅ…」
これ以上はイチゴが入りそうだが…いいのか?ちなみに次やろうとしてるのは脇をくすぐる事なんだが…。


…うん。電波がこれ以上ダメって言ってるから、大人しくメイドを呼ぼう。いい加減に急がないと遅れるしな。

廊下を歩いてたメイドを呼びつけ、俺が着替えている間に叩き起こされていたステフは、まだ眠い目をこすりながら俺と共にエンドリュース家へと向かっていた。

「タイチ様と、ウニとか、イクラとかいっぱい食べる夢を見ました。かにを食べる所で起きちゃいましたけど」

案の定ありがちな展開である。

エンドリュース家の門を叩き、屋敷のメイドが出迎えてくるかと思いきや、出てきたのはアンジェリンだった。

「ようこそいらっしゃいました。それでは御案内いたしますわ」
どうやら今日は機嫌が良いらしい。ツンデレからツンを引いたら何も残らんぞ?別に俺に惚れてる訳でもあるまいし。

まあ、普段からアレだとさすがにお嬢様としての品格が疑われるか。と自己完結して後に続く。
庭へと続く石畳を抜けると、そこは別世界だった。

「きれーい」
ステフの感想はありがちだが、言葉どおりの情景だった。
整備された芝生、花壇を賑やかせている美しい花々、周りを囲む様々な色のバラの壁。どれを取っても一級品であることは見た目から想像に辛くない。庭師が丹念に、長い間この情景を作るために毎日手入れを欠かさない。そうして出来た一世一代の作品。これも一つの世界の形だと主張しているかのようだ。

だが、タイチにとっては。
「…ねみぃ」
まったく景色なんて目に入ってなかった。

そして、アレックスにアドバイスされていた事を思い出す。
「アンは少し怒り易い所があるから、少し優しくすればすぐにタイチ国王様から気に入られるよ。だってこんなにきれいなんだもの」
うん、淑女らしく優雅に振舞わなくちゃダメよね!
当のアレックスは、恐ろしいほど存在感が無いが一応参加していた。現に今も隣に居る。


「アン、今日は話があると思って来たんだ」
「いえ、今日はただ、お互いに友好な関係を築きたいと思ってお招きしましたの」
椅子に隣同士で座って会話をするアンとタイチ。対面にアレックスも座った。完全に空気だが。

「そうか、俺にとってアンは必要な人だからな。仲良くなれるに越した事は無いぞ」(武官との繋がり的な意味で)
「え…と、突然そんな事言われても困りますわ」
アレックスは挨拶をしているが、誰の耳にも入っていない。

「俺のことはタイチと呼んでくれてかまわないぞ?」(もっとフレンドリーに行こうぜ的な意味で)
「(と、殿方を名前で呼ぶなんて…)タ、タイチ、今日はよいお茶の葉が入ったのでお入れしますね」
アンは華麗な手つきで紅茶を注いでくれる。
アレックスにもカップが用意されているのに注がれる気配は無いが、それを気にする人はここには居ない。

「おいしいな。これだけのお茶を入れられるなら何時でも嫁に行く事が出来るな」(純粋な意味で)
「い、いつでも!?そんなまさか、少し若すぎませんこと!?」(タイチは5歳児なのよ的な意味で)
「年齢なんて…十分だろう?」(婚約者のアレックスはもういい歳だろう的な意味で)
アレックスは話の内容に気づいたのか、アタフタと慌てている。もちろん二人の視界の中には入っていないが。

「これからも、俺のために尽くしてくれると嬉しい」(もちろん武官(略))
「え、尽くすだなんて…ですが私にはアレックスという許婚が」
アレックスは意気消沈している。だが誰も慰める人は居ない。

「コホン。タイチ様。もしかして…アンジェリン様を側室にとか考えてませんよね?」
「ん?ステフ、何言ってるんだ?俺は純粋に仲良くなりたいだけだぞ?それにアンにはアレックスが居るだろう?」
「今の会話を後ろから聞いてると口説いてるようにしか見えないんですが」
「は?何言って…ステフ!?何そのどす黒い空気!?え?俺何かした?」
「問答無用です。」
ガスッ!
「ぐふぅ…ガクッ」

「タイチ様はお疲れのため、お休みになられたようです。私が城につれて帰りますね。それでは失礼いたします」
「……」

ああ…なんだ、私の勘違いか…。
でも私の事を大切に思ってくれているのは確かだし、今日の茶会でタイチと仲良く…なれたのかしら?なれたのよね。
アレックスがとても良い笑顔で私を慰めてくれる。…あなた、今まで居たの?


アレックス・オルブライト。彼にはもう少し貴族としての存在感が必要なようだ。




[6047] 1.5章:チヒロで振り返る王国暦666~668年
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 15:22
チヒロ・ファミルス。


今は亡き前王の一人娘にして、王家の血を受け継ぐただ一人の人間。
その頭脳は明晰で、赤ん坊の平均的な成長を一足飛びに飛び越え、3ヶ月で壁を支えにして立ち上がり、半年で数メートルの自力歩行に成功。1歳にして言葉を喋り始める。
1歳半で文字の書き方をマスターし、己の魔力の扱い方も、ほとんど失敗無く出来るレベルという、まさに神童と呼ぶにふさわしい成長速度を見せる王女は、現代の名前である遠藤千尋(18歳)という名と体を捨て、異世界より転生させられ。チヒロ・ファミルスという名前で王女生活をエンジョイしていた。


「おひるまーだー?」


…タカビーな方向へと。




<メイドの一人>
彼女の名前はチヒロ・ファミルス。今はまだ2歳児だけれど、そのうち国をしょって立つ人物だ。

お姫様ってメイドをこき使えるから楽しくてしょうがないね。と言わんばかりにおねだりし放題の毎日です。
喋りだしたら急に生意気になってしまったこの性格に、私を含めたメイド軍団はたじたじである。

「ねえ、チヒロ?メイドさんたちも疲れてるみたいだからもうそのくらいにしておいてあげない?」
「うん。おかー様がそういうならそうするー」


そのチヒロ様にも弱点はある。母であるイリーヌ女王陛下と…


「チヒロー元気ー?」

今御入室なされた婚約者であるタイチ王だ。

「おにーちゃーん」ガシッ!
「おやおや、寂しかったかい?」
「おにーちゃん。ベランダ行くのー」
「はいはい、それでは母上。チヒロをお借りしますね」
「ええ、チヒロも大好きなおにーちゃんと一緒に話せてご機嫌ねー」
私達メイドにとっても至福のひと時が訪れた…。




タイチとチヒロは、タイチが空いた時間にチヒロの元へ赴き、二人っきりでテラスに出て本音で話をする。という暗黙の了解が出来ていた。




だが話してる内容は…


「最近またステフが黒いオーラ出してくるんですけど…」


ただの愚痴だったりする。


だが、その愚痴に律儀にも答えを出してくれるチヒロ。兄に頼られるのは自然な流れと言うものだ。

「お兄ちゃんはいろんな女性を天然で口説いてるからいけないのよ。もう少し自分の言動に気をつけなさい。私も近くにいたらそれよりひどい状態で暗黒オーラを浴びせてあげる」
…調教の時間と言った方が正確かも知れない。



ここで、タイチ相談Q&Aの一例を紹介しよう。
「明日から1週間連続で立食パーリィなんですけどどうにかなりませんか?」
「家臣の家に呼ばれると言う事は、家臣から信頼されようとしている証じゃない。喜んで全てに出なさい」



「アンからまた手紙が届いて来てるんですけど…」
「知るかボケ。適当にあしらえや」


等などだ。



だが、今日の話は少し毛色が違った。それは、チヒロの二歳の誕生日を間近に控えた肌寒い夕暮れの出来事。


「チヒロ。ついに恐れていた事態だ。魔術関連の売り上げが落ち始めた」


魔術道具の売り上げは近年、新技術により一般に普及できた。しかし生産の責任者であるタカ・フェルトが初期の技術から進歩する予兆がまったく無いので、大陸中に普及し終わった魔石を使った単純魔術道具がいよいよ売れなくなり始めてきた。
生産に需要が追いついてしまったのだ。この後はずっと右肩下がりになるのはどんな馬鹿でも予測できる。
もう開拓する場所が無いからだ。これは売れすぎたが故の弊害ともいえるだろう。

「と、言うわけで予定より早まったが、チヒロを魔法研究所に行かせる事を勝手に決めたが、いいよな?」

「了解よ。何とかやってみるわ」

いよいよ千尋の真価が発揮されるときだ。チヒロはタイチに力強く頷く事で、その期待に応えた。






翌日、タカ・フェルト魔術研究所に訪れたチヒロ。

「馬車の揺れがやばい…」

感想の第一声は、研究所の事ではなかった。


チヒロに任された任務とは、魔術の一般的普及を目指した新しい産業としての魔術道具。もしくは技術だ。
チヒロは、職員への挨拶もほどほどに、早速魔術道具生成工程を魔術的観点から見る。

魔力の流れを感じ、魔力を集める、が出来ないと、行使することなんて出来ない。
魔術師としての初歩は既に体得しているので、この程度なら千尋にも余裕で出来る。

チヒロはその生成工程を見て、即座に解析する。

基本的な方陣の書き方としては、円で魔力を一定範囲に放射されるようにとどめ、五芒星で効果を決める。その中&周りに書き込んで、追加効果を載せる。これが魔術式の基本的な概要のようだ。

そこで作られているのは、火の属性を付与させた魔石を加工してコンロの火種を作っている工程だった。

横を見ると、水属性の魔石をシャワーに加工している。その他にも作業に従事している者は居るが、皆似たり寄ったりだ。
いくら産業が発展途上だからと言ってもこれだけというのはひどい。

(なるほど、これはあの時後三年くらいしか持たないと言った訳が分かったわ)

おこなっていたのは、単純な魔力の属性操作のみで、時代背景そのままな単純工程だった。ここには孝明の力は入らなかったのか、現代っぽさは微塵も無い。


「…今行なっている事はこれだけ?」

「ええ、この研究所で現在行なっている作業はこれだけです。後は新魔術研究を行なっている塔がありますが、そちらもご覧になられますか?」

「ええ、おねがい」

タカ・フェルトも地下で研究しているという新魔術研究が行なわれている塔は、この国の郊外の森の中に存在する。これは、新魔術が危険な物でも周囲に悪影響を与えないように配慮された物であって、孝明を近くに置いておくのをやばいと思って、郊外に追いやろうなどと思った貴族たちの思惑の結果ではないと思われる。根拠は何も無いが。

建物自体は小さいが、その横には大きな平地があり、職員の魔術師達が、魔術を撃ちながら検討しあっている。手に魔石を持っている事から、威力を調べて数値化しているのだろう。


「とりあえず、タカ・フェルトに会わせて」


チヒロがタカを呼ぶように指示すると、案内役の職員はとたんに渋面の表情を浮かべる。

「…えーっと。タカ様は現在地下で睡眠中と思われますが…」
この職員はまじめな部類の職員のようだ。タカの事を恐れている。
人相で表情を読むような技術の無いチヒロでも気づくような明確な拒絶に、チヒロはこんな下っ端職員じゃ話にならんと言わんばかりに、問答無用で堂々と施設内に入っていった。

ドアを勢いよく開けると、現在外に居る職員達が普段使っているのか、乱雑に資料が散らばっている。
チヒロはそれを無視し、地下へと続く階段を勢い良く駆け下りる。
タカ・フェルトの研究室には、御丁寧にも「睡眠中。起こさないでね♪」等と書かれている立て札があるが、千尋の足はその速度を落とす事無くドアを開け、タカ・フェルトを勢い良く蹴り始めた。


「起きろやタカ!」


アキと付けなかったのは、後ろの職員に配慮したからである。それくらいの理性はまだ残っているようだ。

ゲシッゲシッと怒りの形相で激しく蹴り続ける様子を見た職員は、

「王族の圧力という物を肌で感じた。アレは悪魔だ。絶対逆らってはいけない」

という言葉を職員達に振れ回った。
その言葉を聞いた職員達は震え上がり、さらに噂は巡り、


「チヒロ様はタカ・フェルト様を足蹴にできるくらいの強い魔力を持ってる」とか。


「タカ・フェルト様はチヒロ様に服従した」という本当とは微妙に違う見解に変わり。


チヒロ・ファミルスへ逆らう事は即、死に繋がるとの認識を植えつけられた。




そんな事を知る由も無いチヒロは、眠れるタカ・フェルトを無理やり起こした後、寝ぼけ眼のタカに向かって言い放った。

「おまえ、ものづくりの才能ねーよ!私と変われ」

これが世に言う。「チヒロの魔法研究所乗っ取り事件」である。





その後のチヒロは、毎日研究所に入り浸り。寝るのに不便だからと専用の寝室まで用意してしまうほどだった。

チヒロは既存の技術を応用し、並列使用、直列使用、合成使用など、この世界の人から見れば革新的な、しかしチヒロから見れば電池の応用の技術を使い。
さらに長時間、しかもパワーもすごいという。以降の時代に語り継がれる技術、『魔石電源』の雛形を作り上げた。


この技術を生産用に普及させ、国の財政を一時的に立て直したが。既存の技術である以上一時的だ。タイチは更なる研究をチヒロに依頼した。


<タイチ>

「…チヒロ。これは…やりすぎじゃないか?確かに現代技術を使ってどうにかしろとか言ったけど…」


タイチの最近の楽しみはイリーヌとの世間話だ。もちろん国政に関わるような事は何一つ喋らないし、イリーヌもそれは心得ているので何も聞かない。
だがそうなると、自然とお互いの共通点である、チヒロの事が話題の中心になってしまうのも仕方の無い事だ。


そこで俺は、チヒロがあんまりにも部屋に戻ってこないので様子を見に行ってきてくれませんか?というイリーヌの言葉を受けて俺は研究所へと足を踏み入れ…られなかった。
そこには足の踏み場も無いくらいの実験材料と失敗作。
ボードにはどういう原理かも分からない魔術理論の羅列。


左上の方に、「魔力同期作用」とか書いてあるので、多分また何か新理論を発見したんだろう…。


「チヒロー」
「…ハーイ」


返事のした方を注視して見る。職員達が忙しなく働いている中心に紙束に埋もれた物体が動いている。少しだけ中に足を踏み入れ、角度を変えてみると。そこには伝説の二歳半。チヒロ・ファミルス王女が椅子に座って何か作業をしていた。


「あ、おにいちゃん。ちょうど良かった。これ持ってみて」

いきなりチヒロの拳大の小さな水晶のような物を握らされた魔力量からみて聖石のようだ。

千尋が後ろに数歩下がる。



(お兄ちゃん。聞こえる?)
「おあ!?頭の中から声が聞こえる!?」
(やっと携帯電話完成したよー。これでいつでもお話できるね。あ、これの使い方はね。頭に強く思い浮かべればこの聖石間だけ会話が出来るという優れものだよ)
(こうか?)
(動作確認ばっちりだね。それ持ってっていいよ。暇なときそれ使ってくれればいいから)

なんかばっちり束縛されるような物を渡された感が否めないが。まあ、いいか。便利なのには変わりない。

(ああ、じゃあこれイリーヌ母上にも一つ渡してあげてくれ。とても寂しがっていたからな)
(りょうかーい)
(後、こいつらにはどうせ理解できないだろうが、魔術回路関係はブラックボックス化して国家機密にして置けよ。技術パクられたらこの国潰れるから)
(それはばっちり、量産品は図面化するけど、重要物、たとえば理論とか攻撃用魔術とかは私の頭の中だから)


魔力同期作用の発見と携帯電話の概要はこうだ。
念話は、高圧の魔力で行なったり、遠くに離れすぎると。近くにいた人全員に掛かってしまったり、聞こえなくなったりしてしまうので、繋ぎになるような物を用いて、同じ魔力の物同士。この場合は対になる魔石に周波数を合わせるのだそうだ。今回は、魔石と魔石を繋ぐ役割をチヒロの血を使用する事で効力を果たしている。
チヒロの血は魔力に溢れているのは周知の事実なので繋ぎとしては最上級と言えるだろう。
遠くに離れればその分魔力を使うが、この街に居る限りはそれほど負担にはならないようだ。

どこからそんなアイディアが沸くんだか…。

(必要は成功の母。だよ♪)

聞こえてらっしゃいましたか…。必要な時以外ステフに持たせよう…。



<タカ・フェルト>

僕の名前はタカ・フェルト。この国最高の魔術師…だったはず。
姉貴に研究所を奪われて最近は兵士の育成。魔術師の戦術的行使を目的とした部隊の訓練の指揮を執っている。
僕は理論的なことは本当はまったく知らないので、国の利益のために研究員になってたけど、本当は戦闘技術が僕の持ち味…ですよ?
力は僕の方が強いんだから。…あーでもコントロール覚えたら魔力量はどっこいかちょっと抜かれるかな…。
でも戦闘経験は圧倒的に僕の方が優れているから戦いになっても負ける事は無い。
これだけは間違いないし。譲らない!

今は、隊員達に休憩を取らせてのんびりと昼食だ。みんな僕の事を尊敬の目で見てくれている。この目で見られる事は快感だ。
何だってやっちゃうぜ!


「おーい、タカー」


最近僕の疫病神なんじゃないかと思える、遠くから近づいてくる影はチヒロ。僕の元姉だ。
今は周りに人が居ないから気軽な会話も出来る。というより周りの人間全員逃げた。魔術部隊にとってもチヒロは恐怖の対象であるようだ。
チヒロは周囲の状況などお構い無しに僕に近づいてくる。最近の行動からすると、僕の身に何かが間違いなく起きると冷や汗の警告が止まらない。


「タカ。合成魔術の実験体よろしく!」

…案の定だ。こういう実験は魔法抵抗の高い僕にしか出来ない事なんだろうけど…割と痛いんだぞ?


「もちろんいいよね?それじゃあ行くよー」

もちろんこちらの許可も取らないで始めるチヒロ。油断してると下手したら死んでしまうから侮れない。
僕は全方位のバリアを張ってチヒロの攻撃を待つ。僕も大概優しい性格してるぜ。
ちなみになぜ全方位なのかと言うと、チヒロの以前の実験で風と木の合成魔術で超花粉攻撃なる物をやられた結果、ひどいくしゃみと鼻水に三日間うなされた経験からだ。

なぜこんな地味な効果の魔法を開発したのか未だに分からない。嫌がらせとしたら最上級だけど。
姉貴には絶対逆らえない。なんてことは絶対無い!無いと信じさせろ~!




チヒロは懐からカードを2枚取り出し、その二枚のカードを制御するように自分の魔力を染み渡らせる。
どうやら新しく開発したのはカードのようだ。
十分にカードの魔力を馴染ませる事が出来たのか、その二つのカードを自分の胸の前で合わせる。
カードから光がほとばしり、一直線にタカの方へと迫る。そのスピードは人間には認知できないスピードで迫り、その謎の攻撃が障壁に全て受け止められた後、障壁が圧力に耐えられなくなり、吹き飛んだ。攻撃を放ったチヒロも、攻撃を受けて吹き飛ばされたタカも、一瞬の出来事にポカーンとしている。


「あー、うん。ごめん、こんな強力だと思わなかった…」
「…とりあえず一瞬で何がなんだか分からなかったから説明を求めます」

あまりの出来事に、タカも敬語になってしまっている。どれだけ障壁に自信があったかというものが分かることだろう。
あまりの威力に、遠目から見ている魔術師部隊も、足をがくがく震わせ、戦々恐々している。

「水の魔力と風の魔力を合わせて擬似的な雷を作ってタカの障壁に指向性を持たせて放った。っていう流れなんだけど…」



「姉貴…雷魔術ってかなり高位の魔術なんですけど…原理教えてくれるかい?」
上位魔法をあんな簡単に再現させられたらこちらの立つ瀬が無いんですけど…。
「これはね。魔石を磨り潰した粉をこのカードを作る段階で混ぜた魔力カードよ。最初から属性を指定してあるから合成も楽だし、まとめて持ち運べるから便利よ。ただ生産性が無いから量産は無理ね私専用道具にするわ」


まあ、2発連続くらいだったら何とかバリアで防げそうな威力だったからそこそこ強いのは間違い無いが。こんな事続けたらいずれ死ぬ…。



「感触的に後3発は連続使用できたわね」
「確実に死にますから!」


僕の死期って意外と近いかもしれない。主に実験体としての最後が明確に頭に思い浮かぶんですけど。



「…という出来事があったんだけど…姉貴の暴走止められませんかね?」

タカは、タイチの執務室に押し入り、ステフにいつも通りセクハラした後。事の次第をタイチに打ち明け、チヒロを何とかして欲しいと嘆願に来ていた。


「むりっす」


結果はこのとおり。おそらくステフへのセクハラをしなければ止める事も吝かでは無かったであろうが、タイチの機嫌はそのときから急降下だ。
タカ・フェルトは、間違いなく空気の読めない馬鹿だった。



[6047] 2章:他国の足音
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/26 00:56
「ふう、ようやく着きましたか」



昼と言うのに白いローブを頭からすっぽりと身にまとった、がっちりとした姿勢の良い男が、大きなかばんを背負って、一人平然と平原を歩き続ける。その視線の先には大きな川が流れ、川の船主が対岸への道案内をしてくれる。そこからしばらく歩き、桟橋を超えたその男は五体満足に到着できた事に感謝する。

「すべては唯一神の御心のままに」















タイチはこの世界に来て三年経っていた。タイチは8歳になり、より端整な顔立ちになってきている。

ちなみにチヒロは3歳になったので初等部に通わせている。学業自体は文字に四則演算と歴史位なので、学力的には行く必要など無いが。将来のため、チヒロの信頼できる能力のある人材を集めるという使命を持って入学してもらってる。

王族が行かないと貴族が通う事を許可させた意味が無いとか言われそうだからな。
街の情勢に特に変化があったということは無い、何事も無く順風満帆という感じで問題は無く進行していた。

ダム建設でマンパワーが減っているが、チヒロのおかげで財政は一時的に持ち直したので、金は腐るほどある。特に問題は無い。

家臣の貴族達とも友好を深める事が出来たし、国内の連携はタイチの下に集っている。

今日も今日とて街に巡回に来ていた。こうして街に頻繁にでれる事も平和の証だ。
なんかもう3年間ずっと通ってすっかり顔なじみの果物屋のおっちゃんからみかんをサービスして貰って、それをありがたく戴き、街道をゆっくり歩く。

周りの人たちも、俺の事がタイチ王だと分かってるようで、遠目に見てる。傅かれる様な権力は持っているが、一々ひれ伏されても今更なので仕事をすることを優先させている。この街の人々からは。この国の状況をよく見てくださる王。として認識されたようだ。

見た目8歳児に威厳なんて無いが。回りを取り囲んでいる護衛の皆さんが圧力を掛けてくれているおかげで威厳を主張する事が出来ている。と言う状態だ。

この街に限っては特に珍しい光景ではなくなって来ているのか、街民達が驚く事は無く、無事平穏に時間は流れていく。

しばらく見回ると開けた十字路に出る。そこではいつもと違う人だかりが出来ていた。


「ですから、唯一神を信じれば死後の世界でも幸せになれるのです」


宗教活動か…この国では見ないと思っていたが、人が住む以上宗教は切り離せないよな。

タイチは宗教がどうとかまったく無縁の無宗教で、特に誰がどの宗教に入っていようとも特に興味はない。勝手にやってればいいじゃない位の認識だ。ただ、誘われるのは断固として拒否するが。


でも国教はうちの国に無いんだよな。無宗教国家って事でいいのか?
「ステフ、うちの国って無宗教国家だよね?」
「え?この国はタイチ様を神として崇めていますよ?知らなかったんですか?」


3年住んでても気づかないこともある。特に身近なものこそ。


「じゃあこの布教活動はダメじゃないの?」
「でも特に禁止されるような条例は無いんですよね」
じゃあ、頼りになる貴族のお偉い方に意見でも貰いますか。










<クラック・オルブライト>
タイチ王の突然の呼び出しはよくあることだが、今回は少し毛色が違うらしい。
本当に緊急な用事、と書面に書いてあったので、国家の危機についてあらゆる想定をして挑むのが我が心情。心構えは既に出来ている。

私は指定時間の少し前に城の専用会議室に足を踏み入れ、タイチ王を待つ。既に会議室の中には、ランドル・マッケンジー書記長と、ファミルス騎士団一番騎馬大隊隊長のアーロン・エンドリュース殿が既にお待ちになられていた。アーロン殿の娘とは、つい先日婚姻を済ませ、夫婦として仲むつまじい生活を送っているそうだ。新婚の館に足を踏み入れるほど無粋ではないが、アレックスは大丈夫だろうか…。幼少の頃から過ごしていたので気心も知れている。大丈夫だと信じよう。もう一人前の男子なのだから。


アーロン殿と軽く挨拶を交わし、指定されている席に座る。


しばらくすると、シーザー様がゆっくりと御入室し、立ち上がって礼を尽くす。

シーザー様が御着席なさると、どうやら約束の時間が来たようだ。メイドを引き連れてタイチ王が入室なされた。

最初はなかなか強引な政策を取るから、どのような人物か疑問に思うときが多々あったが。チヒロ様と話をするようになってからはどこかぴりぴりした空気も抜け、人格的に一皮向けたという表現がしっくり来る。
貴族達とも積極的に交流を持つようになり、以前のわだかまりはもはや無いといっても過言ではない。


私達はタイチ王の着席を待ち、そのまま開会の宣言をする。
「皆のもの良く来てくれた。心より感謝するぞ」
『われら、全ては王とこの国のために』


「それで、ここの4人に集まってもらったのは他でもない。街の方で布教活動をしてるみたいなんだけど、それについてどういう対応をするかだ」


布教活動。北東の方にあるアルフレイド帝国で流行っている、死んだとしても死後の世界で幸せになれるとか戯言を抜かしている団体か。
ちなみに、タカ・フェルトもこの場に呼ばれる資格がある権力を持っているのだが。その事について聴くと。

「あれに言ってもまともな意見が出ると思えないし、後で伝えておくから特に問題は無い」

タカ・フェルト様も不憫だな。まあ、否定はしないが。



「その宗者はどこから来たのか。それとその宗教の名前を聞いてもよろしいですかな?」
アーロン殿がタイチ様に真っ先に聞く。疑問に思ったことをすぐに言えるのはアーロン殿の美徳だな。私は思考を挟まないと発言する事が出来ないからそういう所は羨ましいと思う。もっとも、アーロン殿は否定するだろうが。


アーロン殿は、相手の情報を知ろうという意図でこの質問を投げかけたのだろう。もし、違って別の新興宗教だったら私の考えも改めねばならぬからな。決め付けてしまうのも私の悪い癖だ。もっと柔軟な指向を持つようにせねば…。


「ステフ、なんだっけ?」
「アルフレイド帝国から来た、ミリスト教だと名乗っていました」
「だそうだ」


おそらく今思った団体で間違いはないだろう。アルフレイド帝国で国教とされたと私の情報網に掛かっている。これは進言した方が良いだろう。

「タイチ王、そのミリスト教というのはアルフレイド帝国の国教に指定されている物で間違いないかと。唯一神が罪人であろうともその魂を救い、死後は幸せになれるという戯言を抜かす集団です。私の情報では、皇帝は聡明な方なのですが。まわりのほぼ全員が愚者という噂です。どちらにしろいずれは起こる事態だったのでしょう」



「まあ、戯言なのは否定しないけど、俺はもっと公平な眼で見てもいいと思うぞ。悪い宗教じゃなかったらどうするつもりなんだ?」
「申し訳ありません。以後気をつけさせていただきます」


この場合、悪い悪くないとは国にとって悪い影響を与えるか、それとも良い影響を与えるか、それを私達で予測して対応を決めるという事だろう。私は本当の意味で、タイチ王が本当に緊急といわれたわけが分かった。
私がタイチ王の言葉を分析していると今まで状況を見守っていたシーザー様が発言し始めた。


「情報が足りぬから何とも言えぬ。だが、相手がアルフレイド帝国の国教だとすると、ファミルス王国を乗っ取るために来たというのが妥当じゃろう。このファミルス王国はタイチ王を神とする国家であるからの。その思想を妨害するつもりなら敵と見て間違いないじゃろう」


さすがこの国の宰相シーザー様。全ての情報をまとめ、速く、正確に国の利益を考え付くその能力はすばらしい。


「だよな。まあ、この国にやってきて布教してる以上、国民の国王信仰を妨害しようとしていると見て間違いないだろう。そこで取るべき選択は。丁重にお引取り願う。武力で追い出す。死体をアルフレイド帝国に送り出すなどなど色々あるが、極論的に言えばアルフレイド帝国と対立するかどうかだ。布教を許せば中から食い破られ、追い出せば仲は悪くなる。いずれ戦争が起きるな。つまりそういうことだ。そこでみんなはどちらにするか決めてもらいたい」

これはさすがに悩む余地は無いだろう。賛成すれば無条件降伏をしたことと同義だ。そのような案に賛成を投じるわけには行かないな。
他の家臣も皆そのように思ったのか。満場一致で追い出すことに決まった。


「反対になるのは予想通りだな。賛成に回っていたら即アルフレイド帝国の手先として切っていた所だ」

むしろ当然だ。そのようなものを生かしておけば国家がいずれ潰れるだろう。正常な判断が出来ないような貴族はこの中にはいない。このメンバーは、国を動かす中心と言っても過言ではないからだ。


「だが、追い出すにしてもやり方が問題だな。ただ追い出すだけじゃすぐに次の刺客が来るだろうし。それだけ入れないようにするのも難しいか…オルブライト公。一つ聞いてもよろしいかな?」

「私の知識でよろしければいくらでもお聞きください」

「ミリスト教は偶像崇拝なのか?」

「いえ、ミリスト教は一応偶像崇拝を硬く禁じています。が、しかし。最近は影響力が落ちているのか、図像の力を借りることによって、神の威光を民衆に知らしめる手段としてミリストの括り付けられているニョザリムや、モーリア像などを拝んでいるという情報が入っています」

「そうか。なら話は簡単だな。作戦はこうだ………」






翌日俺は旅の宗者を城に招き、話を聞く事にする。

「頭を上げよ。それで、お主がアルフレイド帝国から来た旅の宗者なのか?」

「はい、仰る通りで御座います。私は唯一神の御心のままに各地にて布教活動に勤しんでいる名も無き宗者以後よろしくお願いいたします」
「ふむ、なるほど。俺もミリスト教に興味があってな。その事についていろいろ知りたいと思っていたのだ」

「これはタイチ王。その言葉。神もお喜びになられますぞ」
「ついてはその宗教。何か崇めるようなものはないのか?」

「はい、このミリストが括り付けられているニョザリムと、聖モーリア像が御座います」
「それを戴いてもよろしいかな?」

「もちろん喜んで。つきましてはこの聖典も差し上げましょう」
「すまぬな、私は早速この聖典を読むことにしよう。下がってよいぞ」

「はい、これも神の思し召し。タイチ王にミリストの御加護があらん事を」








宗者が去った後、俺はあることを家臣に命令する。
「あの者をこの国から即刻追い出せ。そしてこのモーリア像とミリストの絵を桟橋に書け。敬意を払って、とてつもなく精巧にな…」
タイチの頬がつりあがり、思わず口に手を当てる。勝ち誇ったようにニヒルに笑うタイチの周囲には、毒々しいオーラが漂っていたという。







<名も無き宗者>
ファミルス国に来て早々に王と謁見でき、幸先の良いスタートを切ることが出来た。これでファミルス国にミリスト教を布教させるのも簡単に行なえる。

彼はアルフレイド帝国にある大聖堂から勅命を受け、この場にいる。彼に送られた勅命とは、ファミルス王国に布教してくるというもので、彼はその役目を完璧に果たせた。

そう思っていた時、突然宗者の泊まっている宿を叩く無遠慮な音。何事かと思いドアを開けると。
そこには屈強な男達が十数人固まっていた。彼は思わず体が下がり、そして対面の壁に当たって強制的に止められた。

なだれ込んでくる兵士を横目に見ながら、すぐ近くに窓があったので、逃げようと思い、その窓から外を見る。
しかし、そこにも待機している十数人の屈強な兵士達。
完全に囲まれている。宗者は見る見る青ざめ、絶望感と共に膝をつく。
最後の言葉とばかりに胸に手を当て、神への言葉を捧ぐ。

その彼の呟く様な声量の言葉など、お構い無しに屈強な男達のリーダーと思わしき人間が一人出てきて言い放つ。


「穏便にこの国を出ていただけるのなら決して乱暴な真似はいたしませぬが、いかがなさいますか?」

彼は諦めの表情を浮かべ、その言葉に同意した。




その翌日、この国最高の画家が数人呼ばれ、この国の6箇所にあるそれぞれの桟橋に、タイチに渡したミリストの姿とモーリアの姿を隣り合わせに精巧に書き込んだ。

何も知らない人は、その精巧な作りに感嘆し、新しい演出ですか?遊び心満載ですねと無邪気に褒め称え。

宗教の事を少しかじっただけの商人は足元の絵に何が起こったのか察して苦笑いし。

信者の商人は街に入ることをせずに街の外で売りさばいて去っていった。



タイチの行なった策は、日本で言う踏み絵で、街に絶対にミリスト信者を入れないという心の表れである。タイチは、最近新しく出来た役所、「教育省」へと赴き、宣言した。

「他の神は認めるが、全ての神の上に立つ神が王である事を記してくれ」
そう、タイチは既にミリスト教になってしまった自国民に最大限配慮し、ミリスト教を認めはするが、それよりも精霊信仰は絶対なのだと、優先順位すり替えを図った。


ローマ皇帝のしたことを真似してみただけだが、この政策は思いのほか効果を発揮し、ますますタイチ信仰が上がってしまったのは嬉しい誤算だった。







ここはアルフレイド帝国にある大聖堂。その一番奥にある、この建物で一番神聖な場所。ステンドグラスは神々しく、天まで届くかのように思われるような開けた天井。理路整然と並ぶ椅子には、塵一つ落ちていない。そこでファミルス国に派遣した宗者から書面での報告を受けたスレッジ・キャスバル教皇は、怒りに震えて書面を床に叩き付けた。


「モーリア様のお姿をあんな場所に描くとは何たる不敬!神の怒りを思い知るがいい!」

スレッジは踵を返し。皇帝に会うために城へと足を向けた。



皇帝への謁見の間を訪れたスレッジは、内に秘めた怒りの炎を表に出す事は無く、表面を見る限りは冷静に見える態度で皇帝に進言する。

「ファミルス王国は神を冒涜する不敬な輩達の住む愚国です。神の力を味方につけた我等は、かの国に裁きを与えねばなりません」

皇帝と呼ばれた男は、リチャード・アルフレイド。この国の皇帝で、周国からは知恵物と呼ばれる男は。がっしりした体格の大男で、見た目からも屈強さが覗える。髪型はのりで固めたのか、光沢のあるオールバックで、角ばった輪郭が、いかにも山の男といった感じである。


「スレッジ教皇。戦をすると言ってもいきなり出来る訳ではない。戦争に掛かる金の問題や、食料の確保。兵士はすぐに動かせても後方の支えがないと即敗北だぞ?ましてや食料の30%はファミルス国に依存している状態では、今国交が切れたらまずい事になるのは明確だろう?もっと情勢を良く見てから話すんだな」

リチャードは、じっくり腰を据えて待ち、そして勝機を見出せるようなら怒涛のように攻める。という戦略を得意とした。
決して勝てない戦い方をしないことで有名で、一部の者からは「腰が引けてる」等となじられるが、彼は彼なりにこの国の為になる事を考え、そして現状を見据える事の出来る人物だった。

リチャードの言うとおり、このアルフレイド帝国は大陸の北に位置し、もう少し北に行ったら万年凍土があるくらいの極寒の地で、農作物にとっては苛酷な環境だ。今も外国からの輸入に60%も頼っている現状である。そのうちの半分である30%も依存しているファミルス国に戦争を仕掛けることをすれば。
おおよそ5ヶ月で兵糧が切れて餓死者が出る位の状況にまでになってしまうという試算が出ている。

そのような愚行を犯すわけには行かなかった。

いくら極寒の大地に耐えれる鋼の肉体を持っているアルフレイド帝国でも、食べるものが無ければその能力を発揮する事など不可能だ。


「今から軍備拡張・農産備蓄を始めるとしても時間が掛かるな。外交筋から抗議を始めろ。それがダメなら経済封鎖だ」



「…分かりました。今回は仕方ないですね。それでは失礼します」



スレッジも、皇帝の説明に同意する所が多くあるのでここは引き下がる事に決めたようだ。
ファミルス王国との戦端は、もうしばらく開かれる事は無いが。その戦乱の種は、密かに蒔かれたのだった。





[6047] 苦悩、そして決心。
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 16:57
外敵の脅威に脆さを露呈してしまったファミルス国。

国内はうまく治められているが、諜報機関がまともに機能していないことは問題だ。

今の所、各貴族達が個人的に雇っている情報収集に任さざるを得ない現状。俺個人、もしくは国家機関としての諜報機関が必要だ。

だが、今から機関を創設しても明らかに時間が足りないのは火を見るより明らかだ。

既存の組織で、俺個人の裁量で動かせる部隊、諜報活動に耐えれる素養。あそこしかないか。







女性専用多目的組織。通称、奉仕乙女組(オトメイド)。それは三年前に創設された比較的新しい組織で、普段はメイドとして奉仕する傍ら、タイチの命令があれば即座にあらゆることに対応する事が想定されて訓練を受けている多目的組織だ。
普段の表側の顔は、各貴族へのメイド派遣業務などを担当させている。気の利くメイドと評判だ。
戦闘部門・経済部門と分かれており、その構成は全て女性で組織されている。タイチが唯一己の裁量で動かす事の出来る直属組織だ。
創設当初からタイチ国王が女を囲っている。金の浪費。とか陰口を叩かれている。この部隊を必要としないことが最良の事態なのだが、生憎今回ばかりはそう言う訳にも行かないようだ。



タイチは、乙女組を総括している人物であるアビー。アビーは本名だが、俺は個人的にメイド長と呼んでいる。この間プレゼントしたものが、中身を見た瞬間に泣きながら去って行かれたと言う状態になって、一人ぽつんと残されたタイチが一筋の汗を流したのは懐かしい記憶だ。今身につけているところを見ると、どうやらお気に召したようだ。



…胸部に付けるアクセサリーですよ?



ステフに頼んでしばらくすると、ステフがメイド長を引き連れてやってくる。俺が呼ぶことの意味を分かっているのか、心なしかいつもより引き締まった表情だ。



「タイチ王、緊急の御用とは一体いかがな事でしょうか?ステフを交代ですか?」
「アビー様ぁ。それだけは、それだけは御容赦願います!タイチ様に仕えることは私の生き甲斐なんです!」
「うん、最近事務仕事を分担できる人材を探しててね。どうしようかと思ってたんだよね」
「タイチ様っ!?」


メイド長とは直属組織の維持のために過去に何度も会って話をしている。もうお互い軽口も叩ける関係だ。

「さて、それは一時保留にしておこう。本題に入るぞ。わが国には諜報機関が存在しないから。そちらから出せないものかと相談しようと思ってな」

タイチもアビーも、後ろの方で「保留…」とか呟いているステフを意図的に無視して話を進める。

この流れももはやお馴染みだ。
「対象国はどこですか?」
「アルフレイド帝国だ。最近あそこの国ときな臭くなる事態が起きてな。緊急にあの国の実態を知る必要がでてきた。しかも昨日ノーラント経由で抗議文が来ている。断れば経済封鎖だそうだ」

「では、普段からアルフレイド帝国へ商売をしに行っている人材に任せて見てはいかがでしょうか?

彼女は普段は商人として働いていますが、女の一人商人は何かと危険ですので、戦闘技術を徹底的に教え込んだ逸材です。
追加で諜報技術を会得させれば、必ずや御希望の情報を掴んで戻ってくる事が可能でしょう」


「そこら辺の裁量はメイド長に任せた。何事も無ければいいんだが…そう言う訳にも行かないんだよな…」








俺は日本で戦争なんて無縁な生活を送っていた。だから戦争で人を殺すというのは想像は出来ても理解は出来ない。

なぜ起こすのか。なぜ起きてしまうのか。

それはなぜ皆で統一した意思をもてないのか。くらい無謀な事というのは分かっているが、お互い不干渉で平和に暮らす事がいけない事なのか?

俺の意思は国の意思。俺が戦争をやると一言行ってしまえば、そのまま血で血を洗う戦争状態に入ってしまう。

現代倫理を軽視する事はしないが、この世界は未だ戦乱の種がそこらじゅうにあって、各国は自分の国の利益と繁栄を願って、それぞれの思惑で武力による蹂躙が行なわれている現状から目をそむける事は出来ない。




その当事者となった時、俺は…。




だからと言って罪人を処罰しないなんて事が出来ないわけではない。罪には相応の罰を、この国の害になる人を殺す事を躊躇してはいけない。
相手の思いはどうあれ、この国にはこの国の規律や倫理がある。そこから外れたものに慈悲を掛ける事はしてはいけない。
腐った再起不能のりんごは、取り除かなければ箱の中のりんご全てを腐らせてしまうからだ。それが王の責任。国を預かるものとしての義務だ。







俺は緊急にタカ・フェルトを呼び出し、事の次第を話す。

「俺は人を殺すのに慣れてるから、今更戦争だろうと別に構わないけど。兄貴は良いとしても姉貴がな…」

「そうなんだよ。俺はこの国を預かる身で、責任がある。多分その時になれば大丈夫という覚悟がある。だがお前の言うとおりチヒロが問題なんだよ」

「人が死んで自分の側から居なくなる恐怖に囚われていると思うね。まあ、姉貴を前線に出すわけではないから。

そうならない様に部下達を鍛えておくさ。

じゃ、僕は近接戦闘部隊の要となるアーロンと連携を深めに行ってくるよ。実戦を想定した訓練を行なわないといけなさそうだからね」

「ああ、頼んだぞ」

戦争はしたくないのに準備をしなければいけないジレンマ。だが、武力が無ければ蹂躙されるだけだ。俺に経験は無いからタカに任せるしかないか。


タカもタカなりにチヒロの事を思ってくれているみたいだからな。








「…ステフ。念話石を出してくれ」
「はい、これです。」

ステフが懐から大切そうに出した念話石。これはチヒロが開発した携帯電話の、この世界での名前の事だ。特に前と変わったことなど無い。

ただチヒロ直通に会話が出来るだけだ。強く思ったことが伝わってしまうので、普段は袋で隔ててステフに持たせている。

直接触れていないと通信出来ないからだ。

俺はそれを受け取り、ステフのふところの温もりが未だ少し残っている石を握り締め。チヒロへと強く念じる。


「チヒロ。今良いか?」


(ん?なーに、お兄ちゃん。今学校の授業中で暇だよ、特に面白いことも無いから白紙に魔術理論書き殴ってただけだし。6+7とかもうね…15に決まってんじゃん)


「それ、13だからな」

(ふぉあ!?)


授業を受ける必要の無いくらい知識を持っているチヒロは。学校では信頼できる人材を抜粋するように行っているが。特にアクションを起こすわけではない。ただ、将来使えそうな人材のリストをチヒロから定期的に貰っているだけだ。チヒロは王族なので、下級貴族とのコミュニケーションがあまりうまく行ってないらしいが、そこはチヒロに頑張ってもらうしかない。


「チヒロ、兵器作れるか?」


(兵器?なに!?戦争でも起こすの!?)


「起こすんじゃなく、有事の際の備えとして必要だからだ。他国を威嚇する事にも使えるだろう?」

今のチヒロには言うべきじゃない。たとえそれが偽善であっても。そして有事になればチヒロの作った兵器が戦場を蹂躙するだろう。そのとき、俺はチヒロの支えになれるだろうか?


(うん、まあそれなら作っておくよ。あ、そうそう。聖石を使った転移理論考え付いたんだけど、ちょっと分けてくれない?タカが出し渋りやがって必要数が集まんないのよ)

「お前あれの価値分かってるのか?…少しだけだぞ…?」

(せんきゅーお兄ちゃん大好きー!後でチュッチュしてあげるね!)

今は伸び伸びと、何も知らないで生きていってもらいたいものだ。



チヒロとの念話を終え、ステフに念話石を帰す。
俺は出来る限りの準備は出来たと思ってる。外交をしろといわれても。国教を阻害した事、それ自体が戦争の発端となってもおかしくない状況だ。チャンネルなんて繋げられる筈が無い。


帝国に探りを入れて、戦力の増強。後は、要人達に覚悟をしてもらうように交渉するか。あの会議に出席していた4人は分かってもらえると思うが、その他の貴族達に伝えるとなると…。






<ステファ>
タイチ様が思い悩んでいらっしゃる。おそらく、戦争はしたくないのだろう。
私は小さい頃は何も出来ないただの貧民だったが、タカ様から戦闘訓練を受け、元々持っていた魔力のおかげもあり、戦闘技術は上位に位置する。

もちろん他国の刺客を殺した経験も一度や二度ではない。その頃は幼かったのでまだ分からなかったが、その経験のおかげで、敵と味方が居て、この世界は敵が多い。強くなければ生きていくことも適わない。という世界に居る事を認識できた。

今となっては敵を殺す事に血迷う事は無いが、タイチ様は違うのだろう。
罪人を処断するときの辛い表情。普段余り表情を表に出さないタイチ様が始めて出した後ろ暗い感情。

タイチ様はお優しい。でもこの世界では生き辛いだろう。特に王となればなおさらだ。

それでもこの国の為に出来る限りを尽くす事の出来るタイチ様は、まさしく王の器を持つお人です。


でも無理だけはして欲しくない。それは私の正直な気持ち。


「タイチ様。そんなに落ち込まないでください。お辛かったら私も居ますので」



私はタイチ様の頭を胸に抱く。タイチ様の心労が、少しでも和らぐように。少しでもお守りできるように。



「ああ、俺はステフにまた助けてもらってしまったな…」


「私はタイチ様が大好きです。一生お守りいたしますので少しの間全てをお忘れになってください」




この世のあらゆるタイチ様の敵から守る。ステフはタイチの温もりを感じながら、決意を新たに心に誓った。


____________________________
胸部に付けるアクセサリーですね。分かります。
その名はパッ\ピチューン/



[6047] 超短編番外:アレックス・オルブライトの空気な休日
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/25 22:02
貴族用の敷地内にあるオルブライト家専用の土地。
先祖代々受け継がれる家に。何代にも渡ってその存在を維持されている広い庭。
そのオルブライト家に新しい住人が今日。ここに来る事になっていた。
アンジェリン・エンドリュース。僕の許婚だ。いや、もう許婚ではない。
僕達はもう、夫婦したのだから。


ここはオルブライト家の中にある本宅の中。僕とアンは二人っきりの生活に入った。
とは言ってもお手伝いさんとかは普通に出入りしてるんですけどね。

オルブライト家の息子としての政務は今日はもう終わり、僕はアンとさんさんと照りつける太陽の下、パラソルをさして備え付けてあるベンチに座っている。今日も優雅な一日のようだ。

「アレックス、今日はタイチ王を誘おうと思うのですが」
「アン、…もう誘っちゃった後だろう?」

タイチ王は毎日少しずつ処理しているせいか、書類が貯まらない事は一部で有名で、時間が空くといつも城下町に出て街の様子を確認している。
本当に民の事を良く考えてくれていると思う。

しかし、毎日街を歩いているのに夜の貴族の晩餐会には必ず出席してくる。

貴族も、民も、タイチ王にとっては大切なものなのだろう。
これはどちらも切り離せない。民の心が離れてもいけないし、貴族を蔑ろにしてもいけない。
二つの顔を良く使い分けられている。



僕は小さい頃からオルブライト家の長男として、民の上に立ち、そして指導して行く事を学んだ。

上に立つものとして、みだりに姿を見せる事をしてはいけないと学んだ。
だけどタイチ王の姿を見て思う。



これが国を纏めるものの姿だと。



全ての者に慕われる。国家がタイチ王の下に集まる。それはこの国を纏めるにあたって重要な事。

あの時思った事は間違いじゃない。彼こそ忠誠を誓うに値する人だ。
彼は国を守る為に居るのだろう。民を守り、貴族を守り。そして国を守る。

才能。人が引き付けられる。人を動かす。人の事を考えられる。
きっとそういう才能だ。


だけどいつも本人は自然体で、なのにどこか引かれるものがある。
僕は、どこか待ち遠しそうにそわそわしている仕草のアンを見て思った。

きっとアンもその内の一人なのだと。






やがて約束した時間になり、タイチ王が来る。

「おっす、アン。元気にしてるか?」
「ええ、タイチ王もお変わりなく」
「背は少し伸びたんだけどな」
「その程度は変化とはいいませんわ」

楽しそうに会話をするアン。
僕と二人の時には見せない表情。
彼女の心が良く見えない。
その事をたまに不安に感じる。

何でも言ってくれる事は嬉しいけれど、あまり本心を喋らないアン。
だけど彼女が安心してるのは伝わる。僕と一緒に居て、時より甘えて、そんな彼女が大好きだ。

僕は彼女の隣で微笑み続ける。不意にこっちを見て、彼女も微笑む。

「アレックスと結婚して少しやわらかくなったな」
「いつまでもわがままで入られませんわ。私はエンドリュース家を背負っていると同時にオルブライト家も背負ってしまったんだもの」
「二人とも愛しあっているようだな」
「ええ、私達は幸せですわ」

頬を赤くしながら僕と共に歩む事に幸福感を訴えるアン。
その笑顔を見て思う。
タイチ王に若干の嫉妬はあるが、敵わない。あの器には勝てる気がしない。
しかし、タイチ王が国を守るというのなら、僕はアンを守るために生きていこう。

僕は心の中でそう誓った。



__________________________________

アレックスは頭の中で小難しい事を考えすぎです。
だけどしっかり物事を理解する事が出来る聡い子です。
分析能力も優れてます。会計を預かるオルブライト家の血筋ですかね?
二人で喋る時は喋るのですが。第三者が入るととたんに空気に。

そんな感じを出して見ました。



[6047] エルフの刺客
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 15:22
今日も今日とて街に出る。いや、ぶっちゃけ暇なんです。
領地は特に異常ないし。書類の量は2時間くらいで十分処理できるし。いつも通り過ぎて飽きる。

この間来た帝国から来た踏み絵を消せという抗議文は勿論無視だ。ファミルス国ではミリスト教を認めるわけには行かないからな。

そのうち経済封鎖で帝国から来る商人は居なくなるだろう。だが、踏み絵にした時より急激にアルフレイド帝国より来る商人の数は減っている。今更だな。

街に出るしか用事が無いってどうなのかな?とも思うが。街の人々にとってはむしろ、来ない事の方が有事があったんじゃないかと不安にさせてしまうので、街に出て平和だとアピールする事も仕事だと割り切る。

貴族街を抜け、平民街に出ようとしたその時、不意に違和感を感じた。
誰かに見られることは慣れた物だが、この視線は何かが違う。この視線を受けた時の俺のこの感情は…恐怖?なぜ恐怖など感じなければいけないのか。俺は疑問に思い、ステフに報告する。


「ステフ、何故か恐怖を感じる視線を浴びてるような感触がするんだが、どういうことか分かる?」

即座にステフは焦ったような表情を浮かべ、タイチに耳打ちで進言する。

「それは多分誰かからの殺気だと思います。まだ気配の消し方が甘いので、タイチ様にも気が付かれたのでしょう。今私も進言しようと思っていた所です」


うぇ!?それってDIE問題じゃないですか!?

俺を殺そうとする動きなんて今まで影も形も見受けられなかったからまったく考えてなかったが、俺は王であるというだけで殺される危険が常に付きまとっているわけだよな。ステフや、もはや空気過ぎて描写すらされない護衛の皆さんも近くにいてくれてるからまったく心配してなかったぜ。


俺はそのままステフに先導されながら徐々に郊外の方へと足を向ける。この道選択には俺も舌を巻く。なぜなら、今まで街の中を歩いていたと思ったらいきなりうっそうと茂る林が目の前にあったんだよ?


そのままどこか不快に感じられる視線を感じながらしばらく歩いて広めの原っぱに出た。ここは魔術師軍隊が普段使用している練習場のようだ。ところどころ穴が開いている。

「そこにいるのは誰です!出てきなさい」

ステフが普段の温和そうな表情を消し、冷静に魔力を練り上げる。
その顔から感情は消え、今まさに臨戦態勢といった様相だ。力強く宣言し、相手の出方を覗う。

木々に隠れた刺客は、ゆっくりとこちらに姿を現し、宣言を返す。



「神の名を語るタイチに、唯一神の裁きを!」



現れたエルフと思わしき少年は、どうやらミリストの教徒らしい。神への誓いの宣言と共に、俺に向かって一直線に迫る。


「アイスアロー!」
ステフは牽制に氷の矢を放ち、護衛の皆さんが肉の壁となって少年の間に立ちふさがる。
エルフの少年は、タイチの事をいったん諦め、ステフに意識を集中する。



「神の裁きを邪魔するものは、全て敵。立ち塞がる者は全て抹殺する!ガロンスピード!」
少年は、ステフを敵と認識して、己の身体能力を上げる魔術を掛け、ステフに肉薄する。


ステフは、若干の余裕を持って少年の乱打をいなす。どうやら、少年の動きはステフに及ばないらしい。
ステフは少年の動きに魔術の身体強化無しで見切り、そしていなす事を出来るだけの技量差が存在しているようだ。


「全てを内包せし疾き風よ…」


ステフは一気に決着を付けるため、少し長めの詠唱を開始する

「ステフ!少年を捕らえろ。情報が欲しい!」
俺はステフの練っている魔力の量を見切り、魔術の威力を悟る。
これほどの技量差が存在するのなら、彼の捕縛も可能と判断したタイチは、ステフに捕縛を命じた。


「くっ、ウォーターウォール!」
命じられたステフは、即座に魔術詠唱をキャンセルし、肉薄していた少年と自分との間に水の壁を作り、一時的に距離を置く。

俺の命令に反応して一瞬だけ躊躇して判断を誤ったのか、お腹を擦っている。どうやら一撃貰ってしまったらしい。



仕切りなおし、一呼吸置いた後、ウォーターウォールを解除し、その壁はただの水にもどる。両者の間に隔てていた壁は消え去り、今度はステフの方から攻撃を仕掛ける。

「ウィンドスピード!」

ステフは、風の魔力を自身の身に纏い、少年と近距離で拳の打ち合いを開始する。魔術的支援を受けたステフのスピードは、少年より二段位上で、最初は反撃に出れていた少年もやがて防戦一方となり、捌き切れなくなった少年は、苦し紛れに魔術を行使する。


「グ、グランドマウント!」
「させない!プリズンフォレスト!」


少年が魔術を詠唱し、先ほどステフがやったように両者の間を岩山を隔てようとしたが、それを返すようにステフが木々の蔓で少年を捕らえたかと思うと、そのままぐるぐる巻きにし、少年の産み出した岩山の中に埋もれるように引きずり込んだ。

しばらく少年の出した岩山の様子を注意深く見ていたステフは、倒した事を確認できたのか。残心を払い、無くしていた表情を元に戻し、タイチに駆け寄って報告する。


「命令どおり捕らえましたけど、いいんですか?」
「宗教に走るにはそれ相応の理由がある。それを掴んでからでも遅くはないさ。それにしても、魔術戦は初めてみたが、ステフは強かったんだな」
「相手が弱かったんで初級魔術しか使いませんでしたけどね。最低限は出来るんですけど接近戦は苦手で…傷を付けられなかったので仕方ないです」
照れながら自分を卑下してるが、十分強いと思う。
ステフも久しぶりの戦闘でアドレナリンが出ているのか、いつもよりどことなく気が大きい。
早速俺は少年を尋問する事にした。

少年が使用した魔術、グランドマウントをステフが解除する。
そこには全身ぐるぐる巻きのまま、ぴくぴくと痙攣するエルフの少年危険は無いかと魔力の流れをみるが、どうやら蔓から魔力を吸い出されているようだ。少年の体から蔓を通して地中に魔力が流れ出ていく様子が覗える。

ステフは蔓を動かして少年の顔だけを表面に浮かび上がらせ、漸くまともな呼吸の出来る状態になった少年は、慌てて酸素を肺に送り込むべく呼吸を開始する。

そんな必死な形相など構っている余裕など無いタイチは、早速少年に質問を投げかける。


「お前はどこから来て、名前は何だ?」
「…エルフの里から来た…ジャックだ」

ジャックはもう諦めたという表情で、やさぐれたように素直に従う。

「もしかしてお前に教えを説いたのは白い全身ローブを被った妙に姿勢のいい40過ぎのおっさんじゃなかったか?」
「ああ、多分お前が思ってる人物で間違いないぜ」

後ろの方でステフが「タイチ様に向かってお前とはなんて不敬な!」とか言って蔓をきつく締め上げている。
苦悶の表情を浮かべる少年に俺から一言だけ言っておこう。



お前の自業自得だと。



ステフの俺個人への忠誠心は異常だからな。まあ、止める必要はないか。聞きたいことは聞けたしな。…あ、気絶した。


「…とりあえず王を暗殺しようとした事は未遂だとしても罪だな。牢屋にでも入れておけ」

「分かりました」
未だ気絶しているジャックにわーわー言ってるステフを無視して、護衛リーダーに伝えた。



エルフの里か…今まで大きく扱われる事は無かったが、表面上は不干渉で通しているファミルス国の影響の及ばない土地だ。当然教育など行なわれてはいない。そこを利用されたのだろう。

まあ、そんなものは形式だけで。エルフは普通に仕事を求めてこの街に来るんですけどね。

となると彼は純血のエルフ族で、宗者も今はあの地にいるということか。エルフが敵に回られると国内のエルフ族に不安とか虐待とかやばいな…。

どうするか…。








俺が執務室で頭を抱えていると、突然ノック無しでドアがぶち破られた。
何事!?と思い、ドアの方に視線を向けると、そこには荒い息をまったく隠さずにタイチに近寄るチヒロの姿があった。

「なぜにお前に連絡が行ったんだ?」
「ステフが私に教えてくれたの。大丈夫だったの?どこか怪我は!?」

「いや、まったく無いから安心してくれ」

どうやら、俺が預けている念話石を使って定期報告させているようだ。ちらりと振り向きステフを見る。


ステフも、こういう事態になるとは思っていなかったのか、直立不動を維持して冷静な振りをしてはいるが、内緒にしたことを怒られるのではなかろうかと、横でビクビクしながら冷や汗を流している。まったく隠しきれていないのは変わらない。そこが良い所なんだけどな。俯いてバレバレの仕草をしなくなっただけましか。



どうやらいつの間にかステフはチヒロに懐柔されていたらしい…。

とりあえず事情を話す事に決めたタイチ。いわないと引き下がらなそうだし。

「…というわけで、エルフの里でその男が布教活動してるらしいんだよ。それで一応形式上ファミルスとは不干渉になってるから手が出しにくいんだよね」

「そう。じゃあ里に直接行っちゃえばいいじゃない。それでそのエルフ引き渡してガツンと行って終了でしょ?」

「いや、宗教に走るには何かしらの要因があるはずなんだ。だからその原因を突き止めないと」

「じゃあ私も行って上げるよ。毎日学校ばっかで良いアイディアが浮かばないのよね。たまには気分もリフレッシュよ!」

「いや、そういうわけに…ってチヒロさん聞いてませんね…」

お兄ちゃんとデート!でぇとだー!と執務室をぴょんぴょん跳ね回る華やかな笑顔を止める度胸はタイチには無かった。




[6047] 取り残された人々
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 16:59
ファミルス城下町より西に20キロくらい馬車で移動、そこからは森の入り口が見えてくる。そこからさらに数十キロの道無き道をひたすらに歩く。途中で野営しながらさらに歩く事2日間。うっそうと生い茂る森の奥にそれはある。


小さな池のほとりにある里は、少し高台にある大樹の根元の上に建てられている。どうやらこの里では、高床式住居が基本のようだ。
ステフに、王が里に来た事を里長に報告に行かせ、一息つく一行。特に、普段それほど運動していないタイチはバテバテだ。
だからと言ってデコボコとした道に走らせる乗り物は無い。
チヒロは、最初から護衛の一人にずっとおぶさりながら来たくせに御立腹だ。まさに王女待遇。

「ヘリでも作ってやろうかしら!」とか息巻いているが、着陸場所も無さそうなので作っても無駄だと思う。
さすがにいつもお馴染みの護衛軍団は日頃から鍛えているおかげで、まったく息が上がる様子は無い。日頃の運動量の差と言うより、年齢の差だな。



しばらく休んでいるとステフが里の長老を連れてやってきた。

「始めまして、エルフの里長。私はファミルス王国の国王であるタイチだ。以後よろしく」
「これはこれはようこそいらした。わしはこの里の長をしているキリスじゃ。こちらこそよろしく頼むぞ」



立場的には同格で扱われるまだ若いタイチ王に、キリスは年相応の礼を尽くす。

エルフの里とは形式上は不干渉の立場をとっている。
それは昔、先住民であるエルフを魔力が高いからと言う理由で追い立てる事無く共同に盛り立てようとした王を評価してもいい点だ。

その時に里から出された条件が、
里の不干渉。森のむやみな伐採の禁止。動植物の生態系を壊さないことなど多岐に渡るが、王はそれを了承して今に至る。
だが、エルフ達も森の不便さよりも国内で近代的な営みがしたいと思うものは多く、次々と街に進出し、今や森で生活する純粋なエルフ族は絶滅品種だ。これも時代の流れと言うものだろう。長老もそこは理解しており、諦めている様子だ。


そして街に出てきたエルフは、森で育ったがゆえに目立った知識も無く、その強大な魔力を使った仕事に就きたいと思い、魔術の道に進むのが一般的な流れだ。今ではハーフエルフや街に常駐するエルフ同士の子供が教育を受けて、商人や職人に進むものがいて、確固たる地位を確立している。

だが、魔術関連の仕事をするエルフが多いのは事実で、一番密度が多いのは魔術技術の発展している大都市部に集中していることは否めない。

魔術大国であるファミリス王国ではかなりの地位があってもおかしくないが、人数が少ないことでバランスが取れている。

わが国のエルフ事情はそんな所だ。




俺はこの里に来た理由を簡潔に説明する。

「今回ここに来たのはこの里の子供であるジャックを連れて来た事と、宗者の引渡しを求めてきた」
「ジャックを?あやつは何をしたのかね?」
「俺の暗殺」
「なんと!?…それは申し訳なかった。早速宗者の下へと案内させていただきましょう」
「チヒロ。ここでステフと待ってろ。ちょっと野暮用を済ませてくるから」
タイチは、水辺で遊ぶチヒロをステフに任せて置いて、護衛軍団達と共に、宗者の一時宿泊している家へと向かった。






<チヒロ>
私は湖畔で水を弄りながらステフと会話をする。その表情は、今まで見せていた無邪気な表情などではなく、真剣そのものだ。
私にはお兄ちゃんの言う野暮用の意味が分かっている。いくらなんでもあの状況で気づかないという事は無い。

「何も殺すまで行かなければいいのに…」

捕縛するなら、私も一緒に連れて行くだろう。私を残していくということはつまりそう言うことだ。
そっと呟くような言葉に、近くにそっと控えていたステフは反応する。

「タイチ様は、本当は誰も殺したくは無いんですよ。でも国王として必要なら、それをしなければいけない時がくれば、それを成せる覚悟を既に持っているんです」


「覚悟か…」


私には覚悟が無い。ただお兄ちゃんと共に暮らしていければそれで良い。他に何もいらない。
だけどお兄ちゃんは私を王女として育ててくれる。それは嬉しい。だが悲しい。

「結局、私はお兄ちゃんの側で無ければ生きられないのかもしれない。そのことに不満は無いけど、不安だわ」

どこか遠くに行ってしまったような不安は拭い去る事が出来ない。
お兄ちゃんが私のために国王としての覚悟をしてくれたのは知っている。
だけどそれは私の望んだものではない。
ただ、頑張ってるお兄ちゃんはとても輝いてると思う。





その想いは王女としてではなく、ただ一人の少女として。



「お兄ちゃんが無事でいてくれれば。私はそれで良い…」



彼女もまた、タイチの懐以外の居場所など無いのだから…。










そこはエルフが客人が来たときのために取っておいてある宿舎だった。
一人の宗者は男達に囲まれていた。今度はタイチ王を連れて。
いや、言い方に語弊があるか。タイチ王が連れてきたのだ。この男達を。
「タイチ王!?ミリストを、神を冒涜する気か!?」
「それが遺言か?お前はこの国を仇なす者だ。この国には必要ない。一度目は慈悲を掛けたが、俺に二度目は無い。殺せ。だが血を流させるな。穢れるからな」
「おのれタイチ王!…神よ、かの者に神罰を与え…」
その言葉は最後まで続く事は無かった。




野暮用を終えたタイチは、チヒロと合流し、手を繋ぎながら長老の家へと向かっていた。

「なぜ…殺さなければいけなかったの?」

「警察機関は更生させるために捕まえるが。宗教に準じてるやつは更生する事が無いので殺すしかない。悲しいがこれが事実だ」

優しく語り掛けるタイチの声。だが不安は広がっていくばかりだ。

「そう…」
チヒロはタイチの手を握る力を強め、腕に抱きついて顔を伏せた。

「俺はチヒロが必要なんだ。だからお前の側から離れない。いつまでもだ」
「うん…」
チヒロはタイチを信頼している。それだけあれば私は十分進んでいける。

チヒロはしばらく、タイチの手を離す事はしなかった。自分の居場所を確認するように。




タイチはチヒロを抱きながら、エルフの長老の元へ向かう。
やはりチヒロには荷が重すぎた事態だったか…。





千尋は死に敏感だ。それは幼い頃に死に別れた本当の母親の影響があるのだろう。
俺達の母は俺が8歳、千尋が3歳、孝明が2歳の時に交通事故で亡くなった。
運転手の信号無視という在り来たりな理由で亡くなった母は、千尋に深い傷跡を残してしまったのだ。
その日は孝明を近くに住んでいる母方の両親に預け、千尋を幼稚園まで迎えに行った。
これ自体は特に何の問題は無い日常の光景だ。
ただ、千尋と手を繋いで歩いている途中での事故。チヒロはその一部始終を脳裏に刻み込んでしまった。
大好きだった母と、目の前の離別。千尋の心理的打撃はいかほどの物だったんだろう。俺は想像することしか出来ない。


その後の千尋は家の中でも幼稚園でも塞ぎこむ事が多くなった。
俺は兄として。男として。仕事で家を開けている父の代わりとして。今は亡き母の代わりとして。
千尋の事を想った。慰めた。対して美味しくも無い料理を作ってあげた。側に居てあげた。
どのくらいの期間そうしていたんだろう。1年か?2年か?小学校に上がるまでには明るくなっていた気がする。

気が付いたら今、腕に必死にしがみ付いているチヒロのような状態になっていた。
その後、現実の世界で唯一頼れるものは俺だけ。という状態になっていた。
千尋が必要としている事を俺は出来る範囲で叶え。千尋もまた、俺を必要として信頼を置くようになっていった。

長く一緒に居すぎたせいで、引きずられてしまったのだろうか。
千尋を支えているうちに俺も同じように千尋を必要とした。
俺にとっては、母が死んだことは、運が悪い。それで終わった過去の出来事だ。
だが千尋にとっては違うのだろう。




死は平等に訪れる。

それが遅いか速いか。

他者によってか寿命によってか。

人生を後悔するか納得するか。

それぞれ様々な組み合わせがある。




残された者の悲しさはどこに行けばいいのだろうか?
その悲しさが俺という存在を捌け口にした。それだけの事だ。
そして俺は千尋を受け入れ、共に歩む為に守る事を誓った。




そう、遠藤太一は遠藤千尋を受け入れる生き方を選択したのだから。



タイチは、キリス長老の家に到着した。腕にしがみ付いていたチヒロも、少しだけ持ち直したようだ。

キリス長老の家は、この里で平均的な大きさで、質素な作りになっていた。はしごを上り、中を覗く。家の中には布団と机、申し訳無さそうに鎮座する本棚。どれをとっても極普通の家のように思える。他の家もこのような形式なのだろう。この里の代表ではあるが、この里では誰もが平等なのだと推測する事は出来る。
俺は連れて来たジャックを交え、事の次第を話す。

「…と、いうわけでジャックが宗教にのめり込むにはそれなりの土壌が無くてはいけないと思う。なにか心当たりがあれば聞きたいのですが」
「この里はご覧のとおり自給自足でその日暮らしだから、上昇志向のある若者には耐えれなかったんだろうのう。ある程度長寿のわしらには分別がつくのでアレの言ってる事を信じなかったが、彼は幼さゆえに騙されてしまったように思えるのう」

ふむ、貧乏か…。森で生活する以上。入ってくる金も無ければ回る金も無い。そもそもこの里には金がそれほど意味を成さない。
街に出てくれば別だが、里という形態を維持しながらだとなると厳しいものがあるな。
森の中にある事を利用しながら新たな産業、と考えると炭や紙の生成が妥当だが、それだけではこの里は立ち行かないだろう。城下町への運搬料を含めると赤字だ。

タイチはこの里をどうすれば考えるが。思考が八方塞りに陥ったので仕方が無いからチヒロに相談する。
チヒロは既に案はあったみたいで、待ってましたとばかりに悠々と発言する。
「チヒロ先生。何か良い知恵はありませんかね?」
「おじーちゃん。里民と共にここを離れ移住する事は出来る?」

里の長老相手でもお爺さん扱いなチヒロ。だが長老はそれに不快感を示す事無くにこやかに微笑み。そしてチヒロの言うことを熟考する。

「この里にある家は分解して持ち運びは出来るが…今更人里にはいけぬ我等を一体どこへ移すというのかね?」
「あそこー」
チヒロが指した指の先に全員が注視する。そこには大きくそびえ立ち、圧倒的な威圧感を放っている火山があった。







ごつごつした岩肌。地面は硬く、硫黄の匂いが鼻に付く。そのままでは人が住めるような環境ではない。火山活動の影響か、時より地面が揺れる。
そしてここには魔力が溢れている。岩石に一つ一つから魔力が溢れているかのようだ。
周りを良く見ると溶岩が冷えて固まったと思わしき形の岩から特に魔力が放出されている。この世界出の魔力の源は溶岩なのか?
ステフに聞いた方がいいか。

「ステフ、魔力濃度が濃い様に感じるんだが。どういうことだ?」
「自然の濃い所には魔力が多くあります。魔力と言うのは本来自然が豊か、もしくは活発な自然現象を起こしている所に集まります。ファミルス王国の魔力が豊かなのもこの火山から流れて来る魔力の影響とも言われています。このあたりに魔石鉱山が多く点在しているのもそのせいです。しかし、このあたりは貿易拠点としては成り立ちませんので現在の首都に落ち着いたと言われています。火山の噴火は火口に貯められた魔力の爆発と言われ、ファミルス王国にとっては恵みの噴火と呼ばれ大規模な祭りが開かれます」

一年中風向きが山の向こう側に吹くから火山灰が来る事が少なく、かつ街から遠いため被害が無いからこそこの文化が成り立つのだろう。

「あった!ちょっとあそこに向かって」

チヒロを背負った屈強な男は指示に従ってチヒロの指定した場所へと向かう。
チヒロが指定したそこには。特に何も無い岩の山だった。周りにお湯が張っているが特に変わったことなど…。
山の熱で暖められたただの雨水が溜まっているように思われたその瞬間。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


突如としてあたり一面に地響きが鳴り響く。今回の揺れは踏ん張って立ち上がるのがやっとな位の揺れだ。
何が起こったとうろたえる護衛達。
タイチの腕に思わずしがみ付くステフ。
しばらくして収まったかと皆がふと安心した瞬間。いきなり岩と岩の間から。間欠泉が吹き上がった。

「火山性の温泉ね。ここに温泉街でも作ったら保養施設として役立つわ。間欠泉は名物ね!」
「保養施設となりえるのはいいが、街からここまでかなり距離があるぞ?どうやってここまで来るつもりだ?」

「ふふふ、良くぞ聞いてくれました。そんな事もあろうかとー」
チヒロが懐からどこぞのネコ型ロボットを彷彿とさせる叫び声を上げ、取り出したのは。
墨汁、筆、スズリの文具三点セットに聖石だった。

「木を切り出して宿とか作るのは任せたから。私はここに来る移動手段として転移魔術を試してみる、これだけ魔力濃度が濃かったら儀式系の魔術が使えるかもしれないわ」




チヒロは今、半径10メートルくらいの開けた所で正座で墨を擦っている。おそらく、これがチヒロの集中スタイルなのだろう。しばらくすると、イメージの構築を終えたのか、カッと目を見開き、鮮やかな筆使いで一気に魔法陣を描いていく。その光景はまるで演舞と呼ぶほどに綺麗で、どこかこの世の物とは思えないとさえ感じさせる。チヒロは納得した魔法陣を書く事が出来たのか、一つ大きく頷き、5個の聖石を己の理論通りに手際よく並べるチヒロ。

聖石を法則どおりに並べ終えたチヒロは、魔法陣の中央に立ち、両手を胸の前で組み、イメージを具現するために詠唱する。魔法陣から吹き荒れる魔力の本流。瞬間、魔力がその圧力を増したと感じたその時。魔法陣から光がほとばしり、皆が思わず目を瞑る。

全員が目を開き、魔法陣を確認する。するとそこにチヒロの姿は影も形も見当たらなかった。
驚き、唖然とする一行。ステフですら、いきなりの転移魔術に開いた口が塞がっていない所をみると、チヒロはさり気無くとんでもない事をやってのけたと想像するのは辛くない。
しばらく唖然として皆棒立ちで時間が過ぎる。するとまた魔法陣が光り輝き、光の本流が襲ったと思うと、そこにはチヒロが立っていた。

「往復して問題なし。城下町に直通だから今すぐにでも帰れるよ」

えっへんと胸を張るチヒロに、俺は頭を撫でる事で褒美を与えた。

「本当はエルフの里直通用に用意してたんだけど、何事も備えあれば嬉しいな。だね」
憂い無しですから…。



今までずっと何かを言いたげな表情をしていたが、空気読んで黙っていたステフは、話が終わったようなのでタイチに疑問をぶつける
「タイチ様、温泉って何でしょう?」
「ん?ああ、こっちには習慣が無いのか。温泉とは主に火山の近くにある特殊な効能のあるお湯の事をいう」
「特殊な効能?」
「そうだな、ここの温泉は無色透明、無味無臭の温泉タイプだ。湯に張っている魔力を見る限り、効率のいい魔力回復、病後回復期や外傷後の療養などによいと思われる。場所によっては飲んだりするらしいけどな」
「へー。なるほど、それで保養施設ですか」
「そう言う事だ」
ステフは納得した用に引き下がるが、キリスも同じように頷いている所を見ると、知らなかったようだ。湯に浸かるという習慣が無いから。きっとうたせ湯とか足湯とかで売り出して行った方がいいかもな。温泉卵とかいいかもしれない。


タイチはチヒロから手を離し、キリスに向かって振り向いてお願いをする。


「これからエルフの里は、すぐそこの森で紙の生成と、こちらの火山から沸き出る温泉で保養施設を作っていただくという事でお願いできますか?もちろん最大限の補助はさせていただきます」
「うむ、仕方ない。あんな物を見せられたら断るわけにいかんのう。タイチ王。こちらからもよろしく頼むぞ」

俺とキリスはお互いに硬い握手を交わし。エルフの里とファミルス国の繁栄を願った。




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千尋の過去。チヒロの思い。一応分けて考えて書いてます。
演出上の問題ですので見難かったら言ってください。



[6047] 会談の地はノーレント共和国
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 16:59
帝国の経済封鎖が始まった。
それは近隣の各国を巻き込んで行なわれた。
ファミルスから北にある国々が一斉にアルフレイド帝国側に周り、貿易の停止をし始めたのだ。
アルフレイド帝国のみの貿易停止だけならまったく痛くないが、近隣諸国を巻き込んで貿易を停止されるとそう言うわけにはいかない。
貴族達は驚きの表情を隠しきれないまま日夜会議をしていた。そんな中、ファミルス王国に一通の手紙が来た。
それは、近隣諸国からの召還状だった。そして会談の地はノーレント。共和国永世中立を謳っている国だった。タイチは即座に信頼ある大使を派遣する事に決めた。

ノーレント共和国はこの世界で最大の商業大国。技術大国として知られ、別名世界貿易の中心地と言われるくらい世界中のありとあらゆる物が取引される。

魚族と差別なく過ごしている事が有名な国で。魚族とは、海の中を自由に動き回る事が出来る知恵のある種族全般を指す。

彼らはノーレント共和国での人権と、ある程度の自治権と引き換えに海から来る外敵から守り、商船を嵐から守るなどの契約をしている。

海水でしか生きれないために、ノーレント共和国から外に出れない。この契約は不可抗力である。

種族ごとに異なるが、大体3日は地上で生活でき、乾いたら干からびて死ぬ。海での王者だが海でしか王者になれない種族である。

種族により淡水でも生きられるが、やはり海水の方が適して居るようだ。


この魚族が居る事によって有事の際、海の中から船に相対し、そしてその力を遺憾なく発揮する。

海軍勢力ではこの世界で最強と言えるだろう。


ノーレント共和国に技術者は大量に居る、これは各国の支持基盤が崩壊してしまったり、異端視されてその国に居る事が出来なくなった人たちが研究や身を守るために集まって来る。

政権を商人達で動かす議会制の政治をとっており、新たな産業となり得るものには投資をいとわない。
この国では、外れた技術者にとってまさに天国と言って差し支えない国で、この国の国庫で技術開発を推し進める政策を取っている。

産業用技術者と、工業用技術者に大別され、さらに哲学者など学問に精通する者達も集まって日夜研究に勤しんでいる。



おかげでこの国では他国に先んじて技術が発展し、その精度ではこの世界で右に立つ物はいないとされている。

だが、そんな一見完璧に見えるこの国にも弱点がある。

純粋なノーレント国民が少ないのだ。
さらに小さな島々の集合体なので資源も無い。
少数なら輸入できるが、貿易で手に入れると関税が掛かって割高になってしまう。
労働者は確保できるが、それでも戦争を行なえるほど軍人を確保する事が出来ないし、軍備を完璧に出来るほど揃えられない。

国に居る住人の6割は移住者で、今から軍人として教育できないような既に成熟し切っている人達が大半だ。
そう、ノーレントで子供を作る人は少なく、既にある程度の知識を持った大人達が集まってくるのだ。
技術はあってもそれを扱う人が居ない。だからこの国では防衛を第一に考える。

守る事に重点を置いたらこの国に勝てる国は無いからだ。

だから各国が幾度戦争を起こそうと完全に不干渉を貫き。また各国も商業の主な貿易地としてこの国の利益は理解しているので攻めるような愚考は起こさない。

ノーレント共和国は、中立国としてのうまみを最大限発揮し、利益を得ていた。


異端とされる宗教者も集まってくるので帝国の布教活動もうまくいかず、内からも中からも鉄壁だといわざるを得ない。


この、世界最大貿易拠点に、現在シーザーは居た。

今回の訪問の理由は、ファミルス王国とアルフレイド帝国間の中間にある国の代表との会談だ。
帝国派になってしまった国々との会談のため、安全に会談する事が出来ない事と、ノーレントでお互いに決められた事はノーレントの権力を使ってそれを行使させる。と言うルールが存在するからだ。
弱小国は何の後ろ盾を持たずに交渉出来るほどの権力も持ってないし、圧力も掛けれない。
ノーレントは、いわば権力代行業をしているのだ。

経済的に封鎖されるだけならともかく、戦力を送ってこられると国力が疲弊し、アルフレイド帝国との戦いの前に大きな痛手を負ってしまうので、交渉をしないという事はありえ無い。最低でも戦力を向けない用に交渉しなければいけない。
もし各国間で決められた条約が一方的、かつ理不尽に解消されたと判断されれば世界最大貿易地点としての権力を行使し、ファミルス王国に経済的大打撃を受ける事は間違い無い。
対外向けに作っても売れなければお金を手に入れる事は出来ないからだ。
そして下手な外交をしてアルフレイド帝国に技術提供などされたら目も当てられない。

だからと言って来ないと言う選択も無い。理由は先ほどの通りで、この国は中立国としてのうまみを最大限の利益にする。
その為の政策が中心なのだ。これは、国の政策を考えるのが損得勘定で全てを考える商人が実権を握っている事から来る弊害ともいえるだろう。
特色の一つであるとも言えるのではないだろうか。
ファミルス側も最大の貿易国であり、アルフレイド帝国に賛同させるわけに行かないのでノーレントを軽視できず、こうして交渉に赴いている。

ファミルス王国とノーレント共和国は距離的に凄く遠い位置にある。

ファミルスとノーレントから直線距離で行けば魔の森を中央からぶった切って行かねばならず、そんな戦力を捻出する余裕はないし、生きて帰れるかどうかも分からない。
よってファミルスからノーレントに行くルートは、北東にあるアルフレイド帝国領内を横断するか、南の連合とジャポン国を横断するかと言う二択で行かなければいけない。

今現在、アルフレイド帝国とは冷戦状態で、武力に訴える事は無いが。さすがにファミルス王国は今回の外交担当であるほどの貴族を冷戦状態の国の領内を歩かせるほど馬鹿じゃない。

よってタイチの指令を受けた貴族のTOPであるシーザー宰相大使は南に向けて進路を取っていた。実は南から行った方が日数的に5日くらい掛かり遠回りになるが、それも致し方ない。

近隣の各国の代表は既に自国を出発していて、シーザーも後に続くように出発する。

会議までの流れは、中間にある弱小国が独自に協議し、そしてファミルス王国、アルフレイド帝国それぞれにノーレント共和国経由で、指定日時までにノーレントに来てくださいと書状を送る。と言う流れだ。


まず先にアルフレイド帝国と話をする為に既に現地に居るという情報を掴んでいるファミルス王国側は、アルフレイド帝国側の人間となるべく鉢合わせしないように、指定された日にちギリギリに到着した。

既に帝国とは協議が終わった模様で、シーザーが敵対する視線にさらされる事は無かった。

シーザーは、ノーレントに滞在する際使用される宿として、ファミルス商館ノーレント支部を訪れる。


ここは各国にある商業で旅の安全と、同国民を知らない土地で理不尽な取引をさせない為に建てられた施設で、各国の権力の象徴でもある。また、今回のような有事の際には大使が駐留する為に使われる。言わば「ノーレントにあるファミルス」という役割を果たすための施設だ。


シーザーは館長に軽く話した後、護衛の部下に旅の荷物などを置かせ、2~3日は滞在する事になる部屋を見る。

一般の宿よりは高級だが、貴族としたら少し物足りない。その程度の部屋だった。下級の大使だったらこれで満足するだろう。
調度品も申し分けなさそうに鎮座しているが、外観にあまり興味を抱かないシーザーは気にする事なくその場を退出した。

ちなみに護衛の人たちは6畳位の部屋に窓があり、二段ベッドが2つ備え付けられてあるだけで後は特に何も無い部屋で、
平民としては一般的な、いやベッドである事からすれば割と高価な部屋だった。
が、しかし。別に今回の護衛の部屋で何か起きるわけでも無いのであまり関係ない。


シーザーは各国と協議をする為にノーレントにある外交専用施設。通称:外交館に足を踏み入れる。
ここはノーレントの中立を宣言する為に各国にここで決められた事柄は絶対だと主張する為に建てられた施設で、今まで幾度も停戦協定や緊張状態にあった国同士が協議を行なった場で、この国のシンボルと言える施設だった。
警備は万全で、盗聴の類は国の威信に掛けて守られる。

そこにシーザーは足を踏み入れ、大会議場へと足を踏み入れる。

そこはこの国の財を極めた調度品の数々。広い天井にはシャンデリヤが存在を主張し、多人数でも使用できるように奥行きのある机、国王が使っている物と遜色が無いような絢爛豪華な椅子。どれを取っても一級品だ。


各国から来た大使は、この調度品の数々に不相応と言わざるを得ないような装いだ。
この場に合う権力ではないのだろう。どこか浮ついた雰囲気を隠せてない。
その中で、シーザーだけは堂々と、かつ優雅に大会議室を上座に向かって歩き、そして着席した。
シーザーが着席したのを見た各国の外交官は、早速会議に入ろうと、挨拶もそこそこに本題である議題に入った。

「ファミルス王国は、アルフレイド帝国に宣戦を布告するつもりですか?」
挨拶が終わった第一声からそれだ、外交官としては失格だろう。
しかし、そのいきなりな物言いにも動じる事無く、シーザーは丁寧に状況を説明する。
「最初はアルフレイド帝国がわが国に、国教であるミリスト教の宣教師を送ってきたのじゃ。わが国では国王であるタイチ様や王族を神とする神王国家。ミリスト教を認めぬ。よってわが国ではミリスト教を認めぬ立場を明確にした。それだけじゃ」

「何を言っている!?ファミルスは神を冒涜するきか!?」
いきなり立ち上がって神からの怒りを代弁する一人の代表者。あの国は比較的アルフレイド帝国に近い地域だから、おそらく既に国全体に広まっているのだろう。

しばらくその代表者が騒ぎ立てるが、皆止める気配が無い。その外交官は未だ騒ぎ立てて神を信じる事の有効性を説いているが。無視して話を進める事にする。
ファミルスの隣に居を構える国の代表者が発言する。
「…しかし踏み絵は少しやりすぎでは無かろうかと思いますが?」
おそらくこの者は教徒ではないが、この国でも徐々に教徒が蔓延し始めているのだろう、その発言は消極的だ。
「あの宗教は広める事こそ、その意味を見出している。対処療法ではダメじゃ。わが国の立場を明確にする必要がある以上これは必然じゃな」

「なるほど、双方の答えは戴きました。どうやらお互いの戦争は避けられない事態のようですね」
「ミリスト教の刺客に国王が暗殺されそうになった時から仕方の無い事だと思いますのう…」
シーザーは、国王が暗殺されそうになった事を伝えるが、一様に反応は鈍い。
宗者の行なった事に賛同しているのか、もしくはそれを知ってもどうする事も出来ないのか。
おそらく両方だろう。
シーザーは今回、ファミルス国の意思を各国に伝える目的でこの場に居る。タイチ王が認めないと仰られた以上、お互いの国の意思の相違により戦争は避けられない。
お互いに妥協できる所があれば、そこを皮切りに両国間の仲を取り持とうとしていた各国代表は落胆し一様に暗い表情を落とした。
しかし、落胆したままでは国は潰れてしまうし、さらに国の自主性も失われてしまう。

その後の気持ちを持ち直した代表者たちとの会談は、それならそれで此方にもやり様があると言わんばかりに比較的スムーズに進み、お互いに意見交換をしてこの場は閉会となった。

最低限の貿易再開。軍隊の横断の許可。戦争には不干渉の条約を取り付けるシーザーの手腕は大したものだが、それが本当に守られるかは分からない。

そしてそのまま極度の緊張状態は続き、ファミルスは近隣の貿易を大幅に阻害されて孤立し、数年の歳月が流れる事になる。


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こういう有限霧消の雑魚国も、きちんとこの世界を動かす住人だと言うことですね。名前も無いし情景描写もされないような雑魚国家ですけど。



[6047] 二国の現状
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 20:39
アルフレイド帝国。
ファミルス王国から北東に位置し、さらに北には万年凍土がある一年中寒い国。
しかし、国土の全てが農業に適さないわけではなく、少数だが農林業は行なわれている。
この国の主な産業は石炭・鉄鉱・銅鉱石などの鉱石類の輸出で財政が賄われている。
地理的には山に囲まれ、至る所に鉱山がある。その埋蔵量は異常の一言で、国民の一般的な鉱石類の呼び方は龍の加護とも言われている。


万年凍土の奥深くに龍が住み、小型の知恵のない竜種はアルフノイド帝国の竜騎士団として兵力がある。

魔法では下の中程度だが、体力自慢の屈強な兵が多く。進軍速度は遅いが、重騎士の防御力が高い。また、一人一人の武力の錬度は最強である。
また、東が海に面しているので、そこから商業が発展しているためか、海戦力もそこそこ高い。

アルフレイド国教であるミリスト教という宗教の本山があることで有名で、アルフレイド国内の4割はミリスト信者と言う推計が出ている。

竜種
魔力の塊が生き物として具現化した姿。とも言われるくらい体内に溢れる魔力は強大で、龍種が住むからアルフレイド帝国には魔力に乏しい土地であると言われて、作物が育ちにくく、龍の住む万年凍土は魔力が枯渇した地の姿と言う説を唱える学者がいるが、真相は定かではない。

純血の竜種は多淫であり、さまざまな種とまぐわう事ができる。文献には変身能力があるともいわれるが、その姿を見た者は現代には居ない。

鳥類とまぐわったワイバーンが一般的で、アルフレイド帝国の竜騎士団主力である。
竜種共通の能力は、硬い鱗で魔法攻撃・物理攻撃を軽減して、属性は一定ではないが口から吐くブレスでなぎ払う。
人間とまぐわった場合は龍人として人間など足元にも及ばない身体能力を持つ。だが、知恵のある龍は滅多に人に姿を見せる事がない。
純血の龍は知恵を持ち、自然災害を巻き起こす力を持つと言われ。人間などには滅多に従う事をしない。そもそも出会わない。

皇帝ですら4代前に会ったという記録が残っているが、その後姿を見せていない。
人に従おうとはしない堅物で、例外として龍人の言葉は聴くらしい。
帝国の王族には龍人の血が流れているらしく、自然災害の類は龍の仕業として王族が祭壇で祈祷するのがならわしだ。


何も生態の分かっていない龍種だが、皇帝の血族は龍の血が流れていると言われ、民の心の支えになっている事は言うまでもないが、2代前の王がミリスト教を崇拝するようになってから、国内は龍信仰から徐々に薄れ、ミリスト教にシフトするようになって行った。

今ではミリスト教4:龍信仰3:無宗教&その他宗教3と言う情勢で、表側は対立する事なく平穏な国運営が出来ている。

一時期緊張状態になったが、広める事を是としない龍信仰とは違い、ミリスト教は広める事を是とする宗教なので、帝国国内でのこれ以上の布教は難しいと判断。

近隣の国に布教し始めた。その時ちゃっかり国教としての立場を手に入れていたミリスト教幹部の手腕は評価の値するべき事柄だ。

今でも国内の布教情勢比率は変わっていないが、近隣の国と合わせるとミリスト教の圧倒的人数で無碍に出来ない情勢になっている。




そこはアルフレイド帝国場内にある会議室。帝国の上層部のみの小人数で戦略会議を催したり、この国の行く末と言うか方針を決めるための会議に使われる。いわば帝国最高決定場所だ。

「近隣の貿易状況はどうなっている?」
まず最初に発言するのは勿論リチャード・アルフレイド皇帝だ。
今回の会議は、部下達の働きを確認する場でもあり、そしてその結果によって方針を決めていく場でもある。


「技術の貿易を止める事は無理でしたが、農作物の貿易については一部完全に止める事が出来ました。その農作物は全て我が帝国に集められ、ファミルス王国で成り立っていた農作物の輸入量に追いつきました。しかし、まだファミルスの勢力圏内にいる国では難航しています」


ファミルス単独と貿易をしていたのは、一括で買い入れた方が関税の額が安く抑えられると言う観点からの事だ。いつの時代も大量に購入すれば安くなるのは変わらない。これは世界が変わっても一緒で、弱小国に分散して少量づつ集めたら割高になってしまう。

よってファミルス王国と争うことを決定した帝国は、近隣の代表者達と交渉し、関税を抑えるように持ちかけたのだ。

その会議の主な概要は、農作物の独占的販売と、大量購入に伴う関税の軽減を引き換えに、石炭・鉄鉱石等の鉱石類の販売の優遇。鉄工業の技術者派遣と言うもので、
つまり食料と引き換えに鉱石類とそれを扱う知識を上げるというもので、経済的に産業も農業くらいしかない弱小国にとってはまさに棚からぼた餅状態だったのだ。

全貿易の停止と戦力の借り入れを求めたが、それはさすがに渋い顔をされ、適わなかったが、軍事力で勝る帝国にとってはついでだったので特に問題視はしていない。

国教であるミリスト教をうまく利用すれば、いざと言う時に動かせると言う算段があっての事だ。


表向きは諦めていても、裏側では既に懐柔作業に移っている。懐柔作業に思いのほか手間取っているので、開戦までは今しばらくの時間が必要だろう。

「あの豊かな土地を手に入れる事が出来れば、我が帝国も大陸一の国家になる事はたやすい。各員の健闘を祈る」

「皇帝。皇帝はファミルスに戦うにあたってどの程度を想定しておられるのですか?」

家臣が聞くのも当然だ、戦略や細かい事などは家臣達の頭でも十分対応出来るが、大局の流れの意思統一は必須。
この名も無き家臣もそこそこ出来る男と言う事だろう。
リチャードはあらかじめ出しておいた自分の考えと自国の軍備の状況等を顧みて試算し、そして最終的な結論を出す。


「…相手国がファミルスならば、最低でも1年は余裕で戦えるだけの兵糧と軍備を確保せねばならん。いま少し備蓄に勤めよ。軍事力の強化も怠るでないぞ」


『御意』


リチャードは負けない戦い。勝てる戦いを重視する傾向がある。リチャードがそう言う試算を出したと言う事は、それより前に攻め入る事も出来るが、確実に勝つにはこの程度必要だと言う意味で、それは家臣達も心得ている。
各家臣達は、リチャードの指示通りに動き始めた。戦乱の歩みは、既に止められる事は無さそうだ。















一方ファミルス王国も、戦争に向けて何もしていないと言う事はありえない。
軍事力では圧倒的に負けていてもこちらには魔術技術がある。これはチヒロに一任するしかないが、それだけで呆けていられるほど余裕のある事態ではない。


まず金。

金は今の所心配する必要は無いな。チヒロに任せて置けば今までの水準を維持する事が出来ると思う。


そして物。

これも新兵器の分野はチヒロに頼りっきりだが…。兵糧などの物資に余裕はあるし、魔術部隊には動きを阻害する鎧は邪魔だ。魔石備蓄にも余裕がある。これから揃える装備にそれほど金を使わないので、少しの金でどうにか立ち行けるだろう。



問題なのが人。

ファミルスは魔術国家であり、魔術師の数は他の国の比ではない。だが、それを守る歩兵部隊、騎馬部隊の数と錬度が低いのだ。これはこれから鍛えているが、それでも相手の人数の圧力に勝るとも思えない。

1対1なら確実に勝てる。アビーから報告があった内偵部隊の試算によると、アルフレイド帝国の主力は重歩兵部隊に竜騎士部隊だ。竜騎士は高位の魔術師に当てるしかないが、重歩兵部隊は速度が遅いので確実に勝てる。

そして対軍殲滅魔術を使える者も数は少ないが存在する。だけどそれをするだけの技能を持つ魔術部隊はおそらく竜騎士殲滅部隊として送り込まれるので、あまり期待はしていない。
それでも数には勝てないと思うが、あちら側も余り大きな損害をこうむりたくないはずだ。領土を奪えても統治出来なければ意味がないからな。させる気はまったくないが。
勝てないのは向こうも分かっているはずなので、何も策を講じてこない馬鹿だったらあのような大国にまでなっていない。それだけの戦力で向かってくる事はないだろう。何か切り札は絶対ある。

おそらく、これは宗教戦に見せかけた領土戦だろう。理由を宗教側に押し付けた形だが近隣を武力で制圧するだけじゃなく中から殲滅して行く作戦なのだろうとは推測できる。北側は完全に諦めて南に支援を求めた方がいいか…?
いや、一応北にも継続して懐柔作業を行なって置かないとアルフレイドを追い返しても遺恨が残る。

交渉は継続して行なうべきだな。




タイチはいつもの上流貴族を召還する。先日、シーザーが北の国との交渉にノーレントまで大使として派遣したので、今日はタイチを含め4人での会議だ。ちなみにステフは一応居るが数に入れていない。

俺は家臣のから聞く情勢の情報を聞き、連日行なっている会議に最終結論を出す。


「北の貿易が止められるまでに勢力圏を拡大してるのにも驚いたが、それは各国にまだ良識が残っている事を願ってノーレントに向かったシーザーに任せるしかないだろう。我々は南に居る小さな国々を味方に付けるべく行動を開始する。交渉の場を何とかして取り付けろ。だがこの国内である事が望ましいな。中立国のノーレントは今使ってるから」

今ノーレントでは既にシーザーが使っている。2重に使うのはあまり好ましくないし、今の所友好国である南の勢力はノーレントに呼ぶほど切迫した交友状況ではない。呼べば代表者が来るだろう。


「分かりました。それでは私は南の各国を招待する旨を伝えて起きましょう」
「国家戦術は理解した。私はそれに見合った軍の動かし方を部下と協議してきます」


オルブライト6世とアーロン公が俺の政策を聞き、納得した様子で退出して行く。どうやら俺の選択は無難に立ち回れた様だ。


「しないというのが最善なんですけどね」
「まったくだな」

唯一残って会議内容を書き記していたランドル・マッケンジー書記長は、ため息と共につぶやく。その独り言に、俺は心から同意した。






それからしばらく日にちが経ち、シーザーが帰還を果たした。


その外交の成果は上々で、こちらの考えていた最高の結果になった。

北側と貿易再開が出来たのは大きい。この貿易再開で、人の流れをつくり、ミリスト教よりファミルスの方が利益があると思わせる事が出来れば、少なくとも商人への信仰は抑えられる事を望める。

兵力の不干渉を結べた国が多いのも大きい。
これは向こう側も兵力を疲弊させたくないという思惑も重なってファミルス国に比較的近い国は大丈夫そうだが、アルフレイド帝国に近い国は完全に思想支配されているようでどうにもならなかった。ほぼ吸収されたと見ていいだろう。





タイチが指定した日時に南の国々の大使が謁見の間へとやってきていた。


既に現状は理解しているようで、どれだけファミルスから利益を戴けるかと言う目でこちらを見ている。

国同士で友情はあってもその国独自の意思や思惑があり。それが無かったら今頃ファミルス領に吸収されている。
こちらがただ出せと言うだけでは絶対に出す事は無いだろう。かといって攻め滅ぼしてしまえば国力が疲弊し情勢が不安に陥るし、そこまで兵力に余裕があるわけではない。たとえ農業しか出来ない国であってもだ。内乱なんて考えたくもない。




こちらの交渉材料は
タカの開発したもはや旧時代となった魔術技術だけだ。しかし魔術技術はファミルス内の国家機密に指定してあるのでそれだけの価値がる。

なぜ丸書いて5行書くだけなのに再現できないのか未だに分からん。
多分魔術師の量と質に問題があるように見える。
ファミルスの魔術政策で魔術師は大陸の半分強は手中にあると考えていいくらいの人数いるからな。
そこら辺が原因なのだろう。
この技術を渡したら南の国は魔術師の勧誘活動で躍起になってファミルスに来る予定だった魔術師が流れるか、他国の交渉材料に使われて利益を得るか。どちらにしろ流れてくる魔術師が減るが、国内の教育で何とか補うしかあるまい。

この手札で有事の際の兵力を交渉しなければいけない。



タイチの宣誓から会議と言う名の交渉は始まった。

「よく集まってくれた。今更する必要は無いかも知れぬが、わが国の現状を説明しておこう」

オルブライトが無言で前に出て、資料を見ながら説明の体勢に入る。

「わが国は、現在国王を暗殺しようとしたアルフレイド帝国に戦争を仕掛けられています。わが国より北は、既に国教であるミリスト教によって懐柔。帝国に近い国では、もはや吸収されたと言って良い状況に陥っております。今現在もミリスト教は勢力を拡大し続け、大陸全土を脅かす存在となりつつあります」

これが現在の対外向けな言い訳だ。理の無い戦争はたとえ利益が合っても同盟を結ぶ事なんて出来ない。こちらの正義を主張しなければ、納得など貰えないからだ。まあ、今言った事の7割は事実なんですけどね。

オルブライトが説明した事項は、言い方が深刻で、危機感をあおっている。少しだけ各国に危機感の感情を抱かせる事には成功したようだ。このあたりの交渉術はタイチには真似できない。

「それで、俺からの望みは各国に兵を出してもらう事だ!」
堂々と発言するタイチの一言で渋い顔になる代表者たち。

しかし、肉体年齢は8歳だが、そこから漂う威厳は既に王のプレッシャーと変わらない。
…実際はタイチの手元には聖石が握られていて、魔力を放出し続けてプレッシャーを与えているだけだが。


そんな中、一人の猛者が名乗りを上げる。


「アルフレイドと闘わないと言う選択肢はおありですか?」
「戦わないという事は、帝国の国教を認める事になる。敵国の国教を認める事になればわが国は戦わずしてアルフレイド帝国に吸収されるな。そうなれば勢力を伸ばしたアルフレイド帝国に勝てる国はいなくなる。この先は言わなくても分かるな?」

いくらなんでもここまで噛み砕けばどんな馬鹿でも結果は見える。タイチは立て続けに言葉を浴びせる。

「帝国が牙を向けた以上、ファミルスで止めなければいかぬのだ。今戦わずしていつ戦うというのか!?」

タイチの気合の篭った宣言に、代表者たちの顔が青ざめる。実は全てカンペ通りの台詞だったりするが、それに気づく者はオルブライトしかいない。


そこでタイチは、一旦体から溢れ出ているように見えるプレッシャーをおさえ、条件を出す。

「もし、賛同して兵を出すというのなら、わが国の国家機密である魔石加工技術の設計書をやろう。そして、今まで少数しか対外向けにに売っていなかった加工済み魔石も優先的に売ってやろう。勿論関税は付くがな。さらに、ミリスト教をファミルスより南には絶対に行かせないように検問を強化する事を約束しよう」

ここで出してくる甘い誘惑。この台詞の流れも全て、ファミルスで1、2を争う商人であるケンストラ・バリスエンスからの交渉術の入れ知恵で、『押して、押して、引いてから、最後の押しで大抵何とかなりますよ』と言うありがたいお言葉を実践しているだけに過ぎない。

ちなみに台詞と雰囲気の演出は、全てクラック・オルブライトとランドル・マッケンジーが寝ないで協議しながら製作したものだったと言われるが、真相は定かではない。
そして北に売り辛くなった魔術産業技術を南に流しているだけだったりする。
物は言い様だ。


「各国、良く考えた上で結論を出すように」
タイチは最後の一押しで上々の感触を得た。


そしてしばらくした後、ほぼ全ての国から兵力支援の許可が出た。


南との交渉で人を補充する事が出来た。後は補充要因との連携を深め、来たるべき時に備えて準備をしていくしかないな…。

タイチは遠くにある圧倒的な威圧感を誇る火山を見つめ、この国の行き先を思案し続ける。

全てはチヒロを、この国を、ついでにタカを守る為に。



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想像と妄想だけで外交を書いたらこんな感じになりまして
違和感がありましたら感想にお書きください。



[6047] 2章終話:チヒロの決意。千尋の覚悟。
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 20:42
ファミルス学園。



ファミルスの城下街全ての子供が通う事を義務付けられている国内唯一の学校施設だ。
そこには、地方から出てきた領主の息子や、貴族の子供、平民の子供などが一同に介し、それぞれ決められている施設へと入る。
基本的に平民専用入り口、貴族専用入り口と分かれていて、貴族専用入り口には馬車で登校が可能だ。
平民は貴族の校舎やグラウンドを覗く事が可能だが、特にその事で問題にはなっていない。
タイチが家臣達に今のうちに見られる事に慣れさせろと言う言い訳で、本当はその労働力をダム建設に回したかったからだ。
貴族と、貴族と同じ権力を持つ大商人の子供など、権力者の子供達が集まる貴族クラス。

今回の舞台はここだ。








チヒロ・ファミルスが通うファミルス学園、貴族クラス。

そこにはこの国に住む貴族達や、各地から英才教育を施したいと願っている領主の子供達が一堂に集まり、一つのクラスが形成されている。
3歳から5歳までは、読み書き計算、歴史と様々な事が教えられている。竹簡と紙と言う違いはあれど、これは平民でも同じカリキュラムだ。



平民には平民の特別カリキュラムがある。

それが神学。通称、タイチ王の下僕育成授業だ。
彼らには王に一生の忠義を尽くし、絶対の神であり、この国を、そして民を守ってくださる象徴としてそこに存在すると教え込まれる。
思想の誘導である。
これはタイチが他国の宗教に負けないようにと考えた授業で、徹底的にタイチを神として崇め、尽くす事こそが存在定義だと教え込まれる。





貴族専用クラスでも、特別な教科がある。

それが帝王学。通称、貴族養成授業である。
その授業の中身は多岐に渡り、偉人の残した言葉。作法。リーダーシップ論。果ては人格形成に至るまで、上に立つものとして貴族としての心得を教えていく授業だ。

平民よりは徹底して無いが、神学の触りみたいな物を講義し、王族に尽くす事こそ我等の存在意義、と教えられる。
これも貴族からの反乱を恐れたタイチの策なのだが、等の王族が目の前に居られた方はたまった物ではない。
チヒロは王族で、この国を既に背負って立っているタイチ王の婚約者で、王族最後の一人だ。
それが普段の授業で一緒に学んでいるとなったら問題だ。
神と崇める対象が同じ空間にいる。
その事は子供達を大いに戸惑わせた。



しかし、チヒロはそんな大層な者ではない。授業態度は最悪で、授業中に寝たり、窓を向いてニコニコとにやけていたり、何か良く分からない事を突然書きなぐり始めたかと思うと顔を虚空に向けて考え込み、そしてまた白紙の紙に書き始めたり。




はっきり言って変人だ。
尽くせといわれても、子供としても扱いに困ってしまう。

だが、そんなチヒロに無謀にも立ち向かう猛者がいた。



お昼の休憩時間。お昼を食べ終わり、一時的に体を動かしたり、友達同士で喋ったりする時間だ。
子供達の快活な声の響く教室の中、物思いに耽る少女。
今日も一人で手を頬につけ、考える仕草をしながら窓から外を見ている。今日はいつもより若干考えている内容がよろしくないのか、暗い表情だ。
他者を拒否するような雰囲気を漂わせ、孤高を演出しているチヒロに話しかける子供が一人。


「チヒロ王女、私といっしょにあそびませんか?」


チヒロはめんどくさげに声を掛けられた方を振り向いた。
声を掛けてきたのは同い年の男の子だった。これ自体は珍しい事ではないというかむしろ当然だ。
どうやら彼は、同じクラスでリーダー的な存在をしている男の子みたいだ。


チヒロはまず最初に名前を聞いて見る。貴族クラスにとっては、まず名前を聴く事が礼儀であると教えられ、名前の持つ意味と大切さを重視して教えられる。これは貴族クラスならではと言えるだろう。

「あんた、なまえは?」
「ハサウェイだ。よろしくおねがいします!」

このクラスの纏め役であるハサウェイは、クラスで孤立しているチヒロを、持ち前の正義感で見て見ぬ振りできなかったのだ。
日頃からタイミングを覗い、そして今日、やっと声を掛ける事が出来た。
ハサウェイは、改めてチヒロに遊びのお誘いをする。

「私と皆で遊んでいただけませんか?」
「…まあ、わるくないか」
「!?」

チヒロは気まぐれでもあったのか、ハサウェイと遊ぶ事を了承する。
その様子を遠目からじっくり見ていた仲間達がチヒロの返事と共に大はしゃぎしている。
チヒロは、なぜこんな事で喜べるのだろうと子供の心理が理解出来ず、ハサウェイに手を引かれ、遊戯場へと向かって言った。勿論お供の子供達も一緒だ。
ハサウェイに引かれて連れて来られた遊技場。そこには子供達が様々な遊びに従事ている。じゃんけんに準じている子もいれば、ブランコを楽しんでいる子供もいる。その全ての子供が笑顔で、無邪気と言う言葉の体言と言う印象を受ける。


「チヒロ王女はなにしてあそびます?」
ハサウェイはそう聞いてくるが、チヒロには答えようが無い。ここに来たのも始めてで、今更子供用の遊びなどやってられるかと軽い羞恥心に襲われる。

「何って言われても…ハサウェイ決めなよ。それやるから」
「じゃあお前達!あつまれー鬼ごっこやろうぜ。」
『わー』
突如としてチヒロの周りに現れる同じ目線の男女達。
「よし、じゃあ最初は俺が鬼やってやるぜ!お前ら逃げろー」
『わー』
チヒロもやけくそになったのか、子供達と一緒に逃げる。
ハサウェイは、しばらくその場で止まって、鬼の役目を果たすため、子供達を追いかけ始める。




チヒロは走りながら考える。私は一体何をしているのだろうと。
鬼に追われ、皆は捕まらない用に逃げ惑う。
鬼であるハサウェイは、目標にする対象を見つけ、獲物を追いかける。
その男の子はそれほど運動神経がよくないのだろう。よたよたと頼りない足取りで、鬼から必死に逃げる。

男の子は鬼に後少しで捕まる所と言う所で足をもつれさせて盛大に転んでしまった。
転んだ男の子は一瞬わけが分からないと言った顔をするが、膝に残る転んだ証であるすり傷を確認すると、自身のみに起きた事を理解したのか、じわじわと痛みが遅い、そして感情が爆発する。

「うぇーん」

男の子は足を押さえながら泣き叫んでいる。鬼であるハサウェイも、これには困り顔だ。
チヒロはそれを冷静に見て、そして当てはめる。
鬼は敵、逃げ惑うは味方。ならば敵は殺さなければいけないのか。敵は味方を捕まえ、そして殺す意思を持って刀を振る。




私はそれを見ているだけ?





何かできる事は無いの?







私に出来る事。それは…。







「怪我見せて!」
チヒロは泣いている男の子を囲んで心配そうにして見ている子供達をどかし、その傷を見る。
その傷はただのすり傷、だがチヒロにとっては一歩を踏み出すための傷。チヒロは患部に手を当て、魔力を練る。しばらくしてチヒロは手を離すと、傷は跡形も無く治療されていた。

「おーすげー!」
「チヒロ王女すげー」
「あ、ありがとう」

私は、味方を守る選択をする。敵を殺す事じゃなく、味方を守る事を選ぶ。



誰も死ななければいい。
でも誰かが味方を殺すと言うのなら。
私は味方を守って見せるわ。


チヒロは、感謝する怪我をした本人と、その観衆を見て決意した。私の生き方を。















2時になったら学校は終わる。
私はそのまま城に帰る事無く研究所の戸を開ける。そこには私専用のスペースがあり、職員達は忙しなく私が指示した産業用魔術道具を製作している。
産業用で私がした事と言えば、ただ火力を強くし、そして二つ同時使用を可能にし、長時間使える用にしただけだ。特になんて事は無い。既存の技術の応用。ただ組み合わせと繋ぎ方を調整しただけの粗末なものだ。
タカの事笑えないわね。



鍵の掛かっているチヒロ秘密デスク棚から簡単な魔術道具生産の設計図を取り出す。
これは、魔力を動力に加工した紡績機で、新しい産業の前段階だ。
この世界の人たちは今現在、魔石単体にこめられている効果のみを使って産業としているが。
チヒロが生み出したものは、魔石を使って何かを成す。という今までの発想から完全に逸脱したものだ。

たとえば水を出す。水を出し終えたらその魔石の役割は終わり。
ではなく、水を出して何かを成す。という魔石をメインではなく補助に使うと言う原理だ。
今の魔術至上主義の職員達では絶対に思い浮かばない発想だろう。



かといっていきなり渡して出来るかと言えばそうではない。
この国の技術力は文化レベル相応。もしくは少し低いくらいだ。
いきなり設計図を渡して出来るような物ではない。その能力が今までの職員には無かったのだ。
職員のレベルに合わせて段階を踏まなければ宝の持ち腐れ。
いきなり古代人にパソコンの設計図持って行っても何の役にも立たないもの。



そしてこれを職員に渡す事も一歩。



この国が踏み出すための第一歩。



私は紡績機の生産と同時にもう一つ魔法道具製作を命じる。それは各属性の石を使った前方位バリアの設計図だった。
私に出来る事は凄く少ない。けど、守るための道具作りはできるもの。
バリアの量産には何の意味も無い。ただ、チヒロは決意を見せる必要があるのだ。守りぬくという事を。

チヒロはその決意と共に製作に取りかかった。守るための物を…。








チヒロの帰りは遅い。

研究所にこもって6時間。既に空は暗く月明かりがあたりを照らしてくれる。護衛の人は付いて来てくれるが、居ない者と認識して城への道を歩く。

研究所から城までは私の足で約30分。特に何事も無くたどり着く。明日の事を夢見て、後は眠るだけ…。


(チヒロ。今いいか?)


いつもは用事が無い時は絶対かけてこない電話不精なお兄ちゃんが久しぶりの通話。常に一緒にいられる用に作ったのに…。あんまり意味が無いじゃない…。勿論私はいつも肌身離さず持っている。いつ念話が来ても受け取れるように。
(なに?何か用?お兄ちゃんの通信なら24時間エヴリバデーおーけーよ?)
(うん、じゃあ俺の執務室に今から来てくれ)
(あいわかったー)

こんな時間に何の用だろう?チヒロは疑問に思いながらも執務室へ向かって1人で回廊を歩く。
護衛は城まで、城からはメイドさんが付いてくれている。この人たちはお兄ちゃん直属のメイド集団で、普段はメイドだけどとても強いんだって。私ほどじゃないけどね。

私はお兄ちゃんがいると思われる執務室のドアをノックする。中から返事があって私は入室を促された。

「どうしたの?お兄ちゃん」
中に入るとそこにはいつも仕事をしている椅子に一人座って待っていた。いつもステファが隣にいるのに今日は居ないみたいだ。

「ああ、お前に話があってな」
お兄ちゃんは静かに椅子から立ち上がり、メイド達の退室を命じる。そこに残るは私とお兄ちゃんの二人きり。
いつもなら喜ぶべきシチュエーションだけど、何故か今日はお兄ちゃんから漂っている雰囲気からそれを許されない。

「チヒロ、俺は頑張ってくれとは言ったけど。無理をしろとは言ってないぞ」
お兄ちゃんは私を軽く抱き寄せ、私の頭を撫でる。私の心を心地いい感触に染められていくが、何故か寂しい。


「俺が千尋を守るから。チヒロは何も知らないで生きて居てくれないか?」


だけどチヒロは既に決意してしまったのだ。大切な人を守ると。

「私、守る事に決めたの。大切なものを…絶対に」
「お前が守らなくても俺が守ってやる。それじゃいけないのか?」
「私は、お兄ちゃんに守られるだけの弱い女じゃないのよ?」

太一は優しくチヒロを撫で続ける。その表情は柔らかいが。その雰囲気は冷たく、凍りつくよう。


「そうか。千尋は決意してしまったか。ならその決意も俺が守って行かなきゃ行けないな」


私は、これからの決意のために宣言する


「私、チヒロ・ファミルスはお兄ちゃんを守るために、…兵器を作るわ」


お兄ちゃんは私の全てを受け入れてくれる。でもそれじゃいけないんだ。


きっと、私もお兄ちゃんを受け入れなきゃ…きっと甘えてしまうから…。



「遠藤千尋の覚悟は、遠藤太一が全て受け入れてやるよ」



そう。これは私が先に進むための覚悟。

「そうだな、たまには一緒に寝ようぜ。ベッド広すぎてスペース開いてるんだよね」

わざと明るく振舞うのも優しさ。だけどその優しさは暖かすぎて。甘えてしまう。

「あら、ベッドの中では負ける気はないわよ」

だから私もお兄ちゃんを暖めて上げたい。そう思う。甘えて欲しいから…。

…本当意地っ張りな二人だわ。だから今日だけ折れてやるんだから…。




「じゃ、行こうか」

「うん!」






((二人の居場所は、ここにあるんだから))











__________________________________
2章本編完結

今後ともよろしくお願いします。



[6047] 番外編:兄弟妹水入らず。
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/29 17:55
「なんかさ…、最近休み貰ってもやる事無いんだよね…」



何年経っても書類は減らない事にはもうなれました。
特に最近は各国の情勢が著しく悪いから尚更です…。
まあ、若い頃の内政に手を出していた時期と比べれば書類の量なんて大した事無いさ。

最近の追加書類は主に家臣達への召還手紙に判子を押す事が多いかな?なぜ口頭で言わさないんだ…。
昨日来た時に次は明後日来て下さいと言えばよかろうに…。
どうせこの国に住んでるんだからむしろメイドさん達に伝えれば済む話だろう?


貴族ってめんどくさい…。



そんな感じでぶつぶつ言いながら書類を整理していると、いきなり響くドアの音。
ステフが応対にドアを開くと、そこには珍しくまともな格好をしたタカ・フェルトが入室して来た。


なぜまともな格好を毎回していないかと言うと、タカ・フェルトの訪れる理由の約90%がチヒロに何らかの被害をこうむったかの報告と、もう止めるようにと懇願に来る事が大半だからだ。

1週間に最低1回はこのような事があるので、もはや日常茶飯事だな。
珍しく普通の格好をして訪れて第一声がそれだ。



構ってくれオーラだしまくりなのでとりあえず相槌を打って見る。

「それでわざわざ仕事中の俺の所に来たと?」
「そうなんだよ。みんな僕の事尊敬してくれるのはいいんだけど、なかなかプライベートに応じてくれる人がいなくてね」
全然俺の嫌味に反応せずに自分のことを話し始めるタカ。こいつはやはり空気が読めない…。
タカ・フェルトがプライベートのお付き合いに呼ばれないのは、主に部下へのセクハラ、理不尽な要求、自分のこと最優先で部下の訓練を放り出すからだ。

そのように報告書が上がってる。むしろ嘆願書が来ている。仕方が無いので訓練はアーロン公に頼んだ。


まあ、魔術師と歩兵&騎馬部隊との連携は不可欠だったからそれはそれで必要な事なんだが、そんな事では魔術隊員の魔術レベルが上がらない…。
対策にタカ・フェルトの書斎から適当に本漁って勉強していいよと言っておいた。許可証も出して上げたので大丈夫。今の所タカの不平不満は出ていないようだ。本は別にどうでも良かったのか?魔術は発想だから理論はどうでもいいっぽいな。


仕事では尊敬されている。それは間違い無い。だが個人的お付き合いはごめんなさい。そう言う状態だそうだ。




本当に大丈夫なんだろうか…我が軍は…。




いや、タカ個人は強いんだ、それは間違い無い。そう信じざるを得ない。悲しすぎて。

同情したので話に付きあってやる事にしたタイチ。机の上には判子待ちの紙束が鎮座しているがこれを明日に回す事を決めたようだ。


「そう言えば、温泉が完成したって貴族向けのチラシが流れてきたんだけど」
「ああ、そうだな…」

嫌な予感がする…主に昔から伝えられてきているアニメの王道パターンの如く…。

「兄貴、一緒に行こうぜ!」
「…ああ、そうだな…」

「善は急げだ。俺明後日まで休みに『した』から今から行こうぜ」
「え!?」

その言葉に反応したのはステフ。そうですね。王道パターンですね。

「私もチヒロ様から誘われてこの後お休み貰って行く事になってました…」

ものすごく嫌そうな目をしている。何とか止めろと訴えている目だ。顔に出していないのは凄い成長したと思う。





メイドに休日は無い?いや、普通にあるんですけど、奴隷出身のステフはこの城に住み込みなので実質無いと言っても過言ではない。
休みを与えても俺から離れない所はまさに俺専用メイド。と言った所だね。
まあ、メイド一人で俺専用にすっと仕えるとか、そんなどこぞの24時間販売小売店経営ゲームみたいな張り付き具合では決して無い。

描写はされないが、一応ステフが居ない時には、乙女組の総力を上げて俺に持て成してくれるから特に問題ない。
休みの日の出来事は特に聞いていないが、なんかチヒロとの親密具合を見ると通っているようにも見える。
女性同士で気が合うんだろうか?まあ、気にしても答えは出ないので保留。

そのチヒロと共に休日を過ごすらしい。

「タカ…その、今日は止めないか?明日という手もあるし」
「兄貴、明後日貴族達と会議だろ?」

そうだった…。ならば言い訳の最終手段。

「チヒロが良いと言えば行ってもいい。だがダメといったらダメだ。それでいいな?」
「それで構わないよ」
「ステフ、念話石を」
「はい、こちらになります」

どこかステフの香りが残る直径三センチ位の水晶を、俺は両手で固く握り締めた。どうか断ってくれますようにと願うかのように。

「チヒロ、今大丈夫か?」
(…大丈夫だけど、なにか大事な用事?)

チヒロっていつも大丈夫って言うな…しっかり授業受けてるんだろうか?学力は心配して無いけど…。

「学校終わった後、タカと俺の二人も同行させて貰う事は出来るか?」
(え!?お兄ちゃん行くの?じゃあオッケー)

…空気読んでくださいよチヒロさん…いや、ある意味空気読んだのか?
そう言う事で俺達の動向が決まり、俺は明後日の会議の為に書類の山に埋もれた。





その頃オルブライト家では。

「アン、そう言えば僕達新婚旅行行って無かったね。これ一緒に行って見ようか?」
「なに、これは?…タイチ王監修の保養施設?いいわね、行って見ましょう。あら?これ今日からじゃない。オルブライト家が一番に行くべきですわね」
「そこで権力見せなくても…」

二人の滞在が決まっていた。





「おい、チヒロ…これは何だ・・・?」
「転移装置だけど?」
ここはファミルス城の隣にある森、学校終わりにチヒロが俺の執務室に来たが、仕事が終わって無くて太陽がもう少しで沈む所まで来てしまった。地球で言うと4時くらいだ。
ここにチヒロが作った転移施設があるらしい。整備された研究所までの道を少しだけ歩く事10分くらい、そこにそびえ立っていたのは…。


「何で国家最重要機密である聖石がこんなに堂々と鎮座してるんだ!?しかもでかい?!」
そこには高さ20メートル程の塔の天辺に丸いモニュメントに見せかけた聖石の塊だった。遠目から見ても圧倒的威圧感を放っている。
周りには直径2.5メートルはあろうかと言う巨大な魔石が4つ囲んで鎮座してある。
魔力の流れを見る限り、この魔石から聖石に魔力を集めて、聖石の保有魔力量を回復しているようだ。

「聖石の保有魔力量を多くするためには、体積を大きくするしかなかったのよ!」

どう見ても隠していない聖石。隠蔽性は皆無だ。城近くの郊外の森の中にあって良かった…。
「どれだけ金をかけてるんだ……仕方ない。外側からさらに塔で覆って隠すしかあるまい…」

俺がこれからの案を練っていると後ろから規則正しい靴音。そしてそこから出てきたのは。
「タイチ王。ごきげんよう」
「ん?おお!アンか。どうした?…ってここに来た以上一つだわな」
こんな木々がうっそうと生い茂る所に来る理由なんてたかが知れている。どう考えても温泉利用者だ。

「ええ、今日から始まると聞いて城に問い合わせたらタイチ王の仕事の終了待ちと言う事で呼ばれるのを待っていたんですの」
「それは悪いことをしてしまったな。俺が監修した温泉だ。ゆっくりくつろいでくれ」
「いえ、タイチ王もお忙しいのは分かってますから、気にしませんわ」

アレックスとお付のメイド達3人も一応隣にいる。今回はちゃんと描写されるのか?


今回の先導役はサンダース・ライトバック。研究所ナンバー2で、小間使いで有名な苦労人。
趣味は紅茶の葉っぱ収集で、研究所内でいつも試飲しているので周りはとてもさわやかな香りに包まれている。らしい。
一章以来の出番で張り切っている御様子だ。
ちなみに先導役とは、研究所から魔力保有量の多いチヒロを除いた職員2名で組織された、転移する役目を仰せつかった名誉ある仕事。とチヒロは言っていたが、実際荷物運搬役だ。

早速参加者達は現地に向かう為に施設の中に入る。

そこに書かれていたのは、巨大な魔法陣だった。
いや、巨大な魔法陣と言うのは語弊がある。魔法陣は直径1.5メートル程だが、その周りに書かれている謎の言語。それがずっと淡い青色の光を放っている。


「この謎の言語はなんだ?」
「これは私が2週間献血して少しずつ集めた血を、法則に乗っ取って2週間かけて書き記したものよ。この血の魔力のおかげで火山に漂ってる魔力と同等にして、目印の役割をしているわ。転移するための魔力は別に必要だけど。おかげで慢性的に体の中にある魔力足りないわ、朝に弱くなるわ。貧血起こすわ。冷え性になるわで大変だったのよ」

横でもう二度とやりたくないわね。等と言っている横では、タカはともかく、ステフがポカーンとしている。
魔術同期作用の応用で、この塔と火山を繋いでいる対になった存在で、火山に溢れる魔力と同じだけの聖石を用意するのは現状では経済的な理由でほぼ無理だ。聖石の在庫が無くなる事はこの国のきり札を無くすに等しく、本当はこのような目的に使いたくないのだが、研究テストの資料として残しておく分には…構わない…あれ、涙が…。
有事の際には分解して使おう…。


※ちなみに幼児の献血は危険ですので真似してはいけません。

「それでは、魔法陣にお乗りください」
エレベーターくらいのスペースに、参加者全員が乗り終えた所を確認したサンダースが魔法陣に乗って体中から魔力が放出されたと思った次の瞬間。そこは既に火山の麓だった。


転移に成功したのを確認したサンダースは、そのまま無言で酔っ払いの様にふらふらと歩いたかと思いきや、横にあるソファーに倒れ伏した。
どうやら魔力が底を付いたらしい。

「これを…毎日…?」
「荷物運ぶ為にしょうがないじゃない。調味料とかベッドとか運ばなきゃいけなかったんだから」
サンダース・ライトバック。彼の寿命は思いのほか短いかもしれない。タカほどじゃないが。

転移した場所はエルフの里側にしつこいくらいに隠蔽を依頼したのでワープした地点は、すのこで下の魔法陣は隠されているようだ。
赤枠が書いてあるが、おそらくこの範囲に入れば転移が出来るという目印なのだろう。

しばらくするとエルフの仲居さんが出てきた。

「ようこそ、エルフの火山温泉へ。それでは御案内しますね」

この温泉の概要は全て俺監修で行なわれている。これは温泉旅館などこの世界に無いからで、俺好みの温泉旅館にする為に権力を少しだけ使ったのは言うまでも無い。

全面木で出来ていて、どこか温もりを感じさせる入り口を抜けると全面絨毯張りのフロントに廊下。その中を案内されて来た部屋は一人部屋で、質素な中流貴族の寝室、と言った様相で、備え付け深さ50センチ、直径2メートルくらいの割と高価な個人温泉からは常に温泉の湯が沸き出ている。

膝まで浸かる足湯も出来れば体も浸す事の出来る。ちょうどいい規模だ。
部屋に備え付けてある服は、タイチが特注で注文した、浴衣に似ているようで微妙に違う服で。ゆったりと余裕のある服ではあるが、1枚で構成されている服ではなく、シャツとズボンに分かれている寝巻きだった。

一人用の貴族部屋だけでは、家族で賑わう事が出来ないと考えたタイチは、歓談室と言う物を用意。間欠泉を見ながら、のんびりと会話の出来る空間を演出している。時おり激しい揺れに襲われて驚く場面もあったが、しばらくしたら慣れた。


独立志向の高い貴族は基本的に一人で寝る。その意思を尊重した結果だ。いきなり日本式の雑魚寝をするには貴族はプライドが高すぎる。


俺達は、一通り全てを見て回って、後に着替えてから歓談室に集まる事を約束してその場は解散した。

この宿のルールで、ドレスを脱いでゆったりと過ごして欲しいと言う気配りからなるものだったが、アンは微妙に不満を口にしている。

まあ、ここはアレックスに任せておこう。

アンとアレックスが二人で着替えに行くと、タカが喋りだす。どうやらアーロン公の娘にはあまりまずい所を見せたくは無い様だ。
まずいと自覚しているなら止めればいいのに…。



「よし!さっさと着替えて一番風呂だ!この旅館のオプションで、湯に浸かりながら酒が飲めると書いてあったから、風呂に入りながら一杯やろうぜ!」

※未青年の飲酒は法律で禁止されています。誘う事もしてはいけません。絶対に守りましょう。この世界ではその限りではありませんが。

「アレックスを誘え。俺を巻き込むな…」
「まあ、見た目8歳に酒をすすめるのも俺もどうかと思う。じゃあアレックスと飲みまくりだ!」

まあ、今日は無礼講だから強く言うのも控えよう。

皆が揃い、この旅館最大の見せ場。大露天風呂に向かう。
足湯、うたせ湯、サウナっぽい物は、別の部屋にあり、露天風呂は専用の場所にある。
もちろん男女で分かれている。状況により仕切りを取り払って水に強い繊維で作った服で入浴させる事も考慮しなければいけないな。
今特注で作らせている最中だ、転移人数に限りがあるので、貴族家族専用とかしたら良いかもしれない。
タイチ達は、脱衣所で脱いで温泉に入る。周りが段差で半身浴っぽく加工した作りになっている。

露天風呂はタイチのごり押しだが、その他は入浴の習慣が無い西欧人っぽい習慣をしているファミルス国民向けだ。

ここでは裸の付き合いな習慣は無いので、アレックスは凄く恥ずかしそうだ。タオルで隠しているので大丈夫だろう。
タカは、早速酒を持ち出して裸ではしゃいでいる。まあ、あれは放置しておこう。
俺とタカが半身浴で浸かり始めたのでアレックスも真似して浸かる。温泉の通常の効能は見えないが、魔力が体に吸収されていくのは魔術の心得の無いアレックスでも体験できる。

「うわ!何か染み込んでくる感覚が!?」
「それ魔力だから。この温泉は火山の影響を受けたお湯で、浸かれば魔力を回復できると言う特性をもっているんだ」
浸かり始めた瞬間は驚き戸惑ったが、しばらくすると落ち着き、俺と飲む事を諦めたタカが、アレックスを勧誘する。

「アレックスよ。温泉に入りながらの酒は最高だ。さあ、飲め、飲め、ノメー」

もう既に酔っ払っているタカは、アレックスに凄い勢いで飲ませている。
普段晩餐会で鍛えた肝臓もこれには耐えれまい。
しかも今回は温泉に浸かりながらなので血流の流れも速い。
あっという間に酔っ払い二人が出来上がった。

タイチは、無礼講を体現した飲み方でお互いにテンションが最高潮状態な二人から逃げるように、端っこへ移動するのが精一杯だった。
まあ、二人とも楽しそうで何よりだな。のぼせたら助けてやるから頑張ってくれ。


3人が半身浴で浸かっていると。仕切りの向こうから女性人の声が静かに響いた。
「んーアンジェリンさんの胸はやっぱり大きいわねー」
「年齢の差ではないでしょうか?しばらくすれば大丈夫ですわよ」
「あのー私も一緒に入ってよろしいんでしょうか?」
「いいのよステファ。今は私の友人待遇で来てるんだから」
「そ、それでしたら失礼いたします」



それは戦争開始の合図だった。






今まで叫んでいた二人がいきなりその動作を停止する。

ギギギギギggg………。

ロボットの様に少しずつ腰の間接を曲げる二人。そして耳が仕切りの方向を向くとピタッと止まる。

賑やかな姦しい声が静かな男湯に響いていく。





そして二人の狼は………






目覚めた!






水を貯めておく手桶を縦に綺麗に積み上げて行くタカ。敷居の横から覗けないかと岩山を登り始めるアレックス。

その間二人共物音を立てない。
タカは今まで見た事もない魔術を使って綺麗に積み上げていく。
アレックスも、何か武術の心得があるのか、すいすいと岩山を上って行く。
アグレッシブに行動しつつ、音をまったく立てていないという無駄に高レベルな技能を発揮している二人。
二人の行動は対照的だが、唯一つの共通点がある。それは…








桃源郷への到達!








一足先にタカの手桶が仕切りの上まで到達。そしてその桶をするすると登って行く。
その間まったく桶は微動だにしていない。魔術が掛かっている所が見えないため、おそらく身体技能のみで上っているのだろう。

そしてタカがその桃源郷を覗こうと手をかけて顔が仕切りを乗り越えた瞬間。

「アイスビーム!」
「合成完了。擬似サンダーボルト!」
「みえ…クッ、ぎゃー。……ぐへぉ!?」
ステフとチヒロの魔術が炸裂し、タカはそのまま重力慣性に逆らわず落下。手桶はばらばらに崩れ去った。
顔には必死にレジストした氷が頭全体にまだ付着しており、氷をレジストしている間に擬似サンダーボルトをやられた影響でそのまま感電して気絶している。

落ちる時に激しく腰と頭を打ちつけたが大丈夫なんだろうか?


まあ、大丈夫だろう。タカだし。


その隙にアレックスは桃源郷へと到達していた。しかし…



「まさか!?脱いでないだって!?」
「む!?そこか!ファイヤーアロー!」
驚きのあまり思わず声に出してしまった影響で発見されたアレックスは、ステフの一撃で岩から落下。そのまま温泉へと頭からダイブした。

頭が焼けてちりちりになっているアレックスは、このままでは湯あたりをしてしまう恐れがあるので救出してやる。

「ゲホッゲホ…すいませんタイチ王。助かりました」
「何で…こんなことをしたんだ…?」
ものすごく演技っぽく言って見ると、アレックスも乗ってくる、どうやらノリは良いらしい。



「タイチ王、…何を仰られているんですか」
アレックスは、どこかから学んだ格言を持ち出し、堂々と宣言する。





「英雄は色を好むんですよ!」



…お前は絶対に英雄にはなれない。それだけは断言してやろう…。




タイチが桃源郷への探求者を連れて引き返す事を仕切り越しで伝えた後。


そこには漸くこの温泉の効能にありつける美女二人と幼女一人がいた。

豊満のスタイルを誇り、それを見せびらかす事なく優雅に佇んでいるアンジェリン。
機能美を兼ね備えて引き締まっているが、女性としての機能に支障はまったくないステフ。
まだまだ成長途中の幼女。
そこにあるのはまさしく桃源郷の風景だった。

「まさか本当に覗くとは思いませんでしたわ。今回はアレックスまで…」
「男ってみんなそんなものよ。アンジェリンさんは後でアレックスに愛のお仕置きでもして上げなさい」

堂々と今宵の夜伽を推奨するチヒロ。その言葉を聞いたアンの頬が赤いが、きっと温泉のせいだろう。

「チヒロ王女様にさん付けなんてそんな恐れ多い。アンで構いませんわよ」
「じゃあ私もチヒロでいいわよ。裸の付き合いも出来たしー」
「そ、そういうものですの?」
「そうそう、もう仲良しさー」
温泉に肩まで浸かってゆったりモードのチヒロ。アンジェリンも心なしか嬉しそうだ。

「そう言えばステファ」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたお兄ちゃんの事が好きなのよね?」
「ぶふぉ!?。な、何を言ってるんですか。私なんかではとてもタイチ様とは釣り合いませんよ」

手と顔をブンブン振り回して否定するステフ、どうやら慌てた時の行動は今も昔も変わっていないようだ。

「それは王様で法律も自由に変え放題だから別に不可能じゃないわよ?正室は譲らないけど」

じと目でステフを見やるチヒロ。目を合わせる事の出来ないステフ。この状態になると、もはやこの勝負の結果は見えている。

「お、お慕いしておりますが…そんな、結婚までとは…」
「はいー?はっきり言ってごらーん」

チヒロのプレッシャーがさらに増す。座っているステフと立ち上がっているチヒロの目線は同じ高さにあるが、ステフにとっては圧倒的高みから睨まれている錯覚に陥る。これが本気を出した王族のプレッシャーである。
「好きです…」
「声がちいさーい!」
「タイチ様を愛してますぅ!」
「よし、じゃあ今日ベッドの中に一緒にもぐり込みに行くわよ!」
「えぇぇ!?そんな、私なんかがタイチ様と同じベッドなんか…」
「いくぞ!」
「はいぃ!」

ここに、チヒロの提案により淑女同盟が組まれた。



その時横では。
「きゅ~」
アンジェリンは始めての温泉に、出るタイミングを掴めず、のぼせていた。


その後、そよ風程度の風の魔術で何とか回復したアンジェリンと歓談室で落ち合い、食堂へと向かった一向。
そこに待ち受けていたのは川魚やきのこ類などの山の幸オンパレードだ。
これもタイチが料理人を派遣して技術指導をしたから味の方は保障済みだ。
皆はそれぞれ舌鼓を打ち、しばらく歓談した後、いよいよ就寝の時間となった。



タカは酒を浴びる様に飲んでいたから今頃は既に夢の中だろう。アレックスとアンは、どうやら二人で何かをしているらしい。
隣の部屋にいるチヒロに聞こえているが、何が行なわれているかは分からない。

「よし。これで邪魔する物はいないわ。今こそチャンスよ!」
「え、えっとぉ…本当に行くんですか?」
「行くに決まってるじゃない。ほら、行くわよ」
「は、はぃ…」


抜き足、差し足、忍び足でタイチの部屋へと向かう二人。
悪いことをしているように見えるが、その正体は正妻とメイドである。この行為自体は何も問題はない。
二人はゆっくりとドアを開け、部屋へと進入する。

そのまま音を立てずにベッドまで近寄る二人。しかしそこには誰もいなかった。
「どこに行ったの?」
チヒロが疑問の声を上げてすぐ、二人の耳にわずかに聞こえる水音。二人は示し合わすかのように目線を合わせて頷き、この部屋の宿泊客に会いに行った。





「ふう、みんなと入る温泉も最高だが、一人ではいるのもまた格別だな」

夜空を見上げ、星の瞬きを感じながら月見温泉としゃれ込むタイチ。
音も無く忍び寄る二つの影。しかし…

ガラガラガラガラ…。

外へ続くドアの立て付けは悪かった。いや、この音も演出なのかもしれない。
その規則正しい演出の音に敏感に反応し振り向くタイチ。
そこにいたのは…。


「お兄ちゃん。背中流して上げるね」


幼女チヒロと、


「あ、あの…よろしくお願いします」


まだあどけなさの残るステフだった。


「え?…そうか、チヒロか…」
全てを察したタイチ、だが察した所で事態はまったく変わらない。

慌てて視線を外すタイチ。それに構わずしのび寄る影二つ。

いよいよその影が重なるかと思ったその時。






ガラガラガラ…。
「よう、兄貴。やっぱ一人じゃつまんないから一緒に酒飲もうぜ!」

久しぶりに空気を読んだタカがやって来た。





「ん?なんだ姉貴も…お”お”!」

「いやぁ~!」

慌てて逃げるステフ、その様子を凝視しているタカに。

「トライデントサンダー!」

チヒロの手から光がほとばしり、黄色い三叉の矛が出てきたかと思うと、タカに向かって一直線に迫り、そして突き刺した。その後スタンガン程度の電流が流れ、その場で気絶した。

「マジで空気よめよ!?この愚弟が!!」

お腹にエグく入っていたようだが、チヒロの事だから死なない程度にした。と思う。
「トドメー!」と言いながらピクピクしているタカを踏みつけているという事は、まだ生きているという事だろう。

ステフは逃げ出し、そしてチヒロに止めを刺されたタカ。




そこに残されたのはタイチとチヒロ。二人はお互いを見合わせ、素に戻って照れ臭そうにしているチヒロに向かって。お誘いの言葉をかけた。


「一緒に入ってくか?」

苦笑いしながら温泉に入る事を進めるタイチ。

「…うん!」

一瞬戸惑う仕草を見せる。だがやがて諦めたのか、無邪気に同意するチヒロ。

その後は兄妹水入らずで温泉に浸かってその場はお流れとなった。
まだまだ二人はこの温泉のようにぬるま湯の関係のようだと、タイチは優しく笑った。



朝は多少の揺れで起きた。隣にはスヤスヤ寝ているチヒロ。もちろん何もやましい事などしていない。
個人温泉の入り口では、タカがやばい状態で寝ていた。
二人を放置して、少し山の空気を吸いに出かけることにした。



朝日がさんさんと照りつけてくる中、俺は旅館の外へ出て新鮮な空気を満喫していた。
しかしそこには既に先客がいたようで、ステフが一人で太極拳に集中している。
俺はその様子をしばらく遠目で見ていると、ようやく終わったのか、呼吸を正して、朝の鍛錬を終了した。

「朝早いんだな」
「ひゃ、ひゃい!?」
どうやら驚かせてしまったようだ。

顔を赤くしてうろたえているステフに、朝の第一声を口にした。
「おはよう、ステフ。今日もいつも通りいい天気だな」
「…はい、おはようございます。タイチ様。今日もいつも通りですね」
ステフは柔らかな笑顔で返してくれた。今日もいつも通りの平和な日常のようだ。



俺はステフを伴って朝ご飯を戴く為に食堂へと移動する。
そこには俺の到着を待っていてくれたのか、アンとアレックスが既に着席して待っていた。
アンはアレックスの腕に抱き付き、ラブラブ振りを発揮している。どことなく血色が良いが、きっと温泉の効能だろう。

その後放置していたチヒロとタカが共にやってくる。
チヒロも一応優しい姉としての側面があるので、タカ一人残して行くようなことは無い様子だ。
そのタカへの優しさが報われる時はものすごく少ないが。


その後は普通に朝ご飯を食べて、来た時と同じ道筋を辿って戻り、瀕死のサンダースを放置して解散となった。



帰る時は皆笑顔で、とても楽しいと感じる旅行だったとタイチは語った。



それは、とても平和な秋の一時。みんなで刻んだ楽しい思い出だった。



__________________________


貴族に対してこの説明で成り立つか。
外国人から見た温泉旅館の印象
この二つは完全に妄想です。

違和感がありましたら感想まで。



[6047] 2.5章:チヒロの専属メイド
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 09:04
メイド長から最近の成果の報告書類を受け取って読んでいたタイチ。
その成果の評価を待っている際の立ち振舞いは、まさに完璧で瀟洒である。
書類の内容は女性商人部隊の利益。魔術研究の詳細。女性武官の育成状況などだ。
もちろん書類の中身については問題ない。
現在総勢700名ほどがここに居て、商隊以外はこの城の隣にある専用練習場を使わせながら交代でメイド給仕に勤めている。
多少見るので顔は覚えている。名前は一致しないが。

魔術研究は、チヒロが完全に乗っ取ってしまって研究一本で行く事になり、新魔術研究をする部署そのものが消滅してしまったので、溢れた人員を吸収し、新魔術研究や理論を検討する事などを引き継いだ部署だ。

男性は立ち寄れない規則になっているため、仕方ないから魔術軍隊の方に編入しておいた。なんか「またタカ様か…」とか呟いていた気がするが気にしたら負けだ。今は基本的にアーロン公が指揮を取っているので、出会う事は少ないと思う。

商隊は現在各国潜入密偵中の任務が3割、密偵して得た情報を繋ぐ連絡役4割。後は新人で訓練中だ。
やはり女性と言う事で脇が甘くなるらしく、口が軽くなったり迫られたりしているらしい。今度深い所まで探らせる為に結婚させる事も考慮せねばなるまい。選べないのは少し気の毒に思うが、仕事だと諦めてもらうしかないな。
口説いて来るのは一部の猛者たちで、普段は傭兵が睨みを利かせて身を守っている。でも実は傭兵より強い者達ばかりだ。襲われても何とかなるだろう。




報告を読み終わった俺は、最近懸念し始めた事をアビーに相談する。
「そうだ、メイド長。そろそろチヒロにも専属メイドがいると思わないか?」
「そうですね。チヒロ様もそろそろ四歳になられますから専属の一人や二人いないと格好が付きませんね」

「人選が問題だがな…」
メイド長も渋い顔をしている、どうやら頭を悩ませているようだ。チヒロは一見天才肌のマッドっぽく見えるが、ただ現代の知識を活かして使っているだけのふ…ふつう?のブラコン女子高生だったはずだ。
本などを読み漁った影響で、この世界に染まってしまった感が否めないが、たぶん普通だと思う。

俺にとってチヒロは守るべき存在だ、国際情勢があまり良くない今現在、有事の際に守るべき者が必要になる。
俺ではチヒロを外敵から守る戦闘力なんてないし、むしろ守られる側だからな。

「チヒロ様の行動範囲を推測しますと、まず研究所でやっている事を最低限理解できる能力が必要です」
「さらにわがままに負けない忍耐もな。乙女組で適う人材はいるか?最低限補助出来そうなメイドがいいな」
「では、その条件で魔術技術班に人材を探してもらいますね」
「よろしく頼む」

2日後、メイド長が二人の候補生を連れて来た。


「乙女組魔術研究部より引き抜いてきたレイチェルとカトリーナです」
「よ、よろしくおにぇがいします!」
「よろしくおねがいしますぅ」

メイド長が連れて来たのは、

髪色は明るい金髪ロングを比較的高い位置で纏めておろしたツインテール。体系は痩せ型で運動量が豊富そうなハーフエルフ。その体系のせいか、活発そうな印象を受ける。
レイチェル・ケンドールと言う名前で。現在10歳、まだ魔術戦闘レベルは中級者と言う枠組みに位置しているが、内包している魔力は強大で、将来が期待される逸材だ。

もう一人は、色の濃い青色を上半分の髪だけをまとめ、残った髪はおろしたスタイル。体系はふっくらと言う印象を受けるが、それほどスタイルは悪くない。話し口調はどことなく天然で、清楚な雰囲気が漂っている。
カトリーナ・エリオットと言う名前で。現在11歳、家が魔術師の家系の為か、幼少の頃より英才教育を施され、大人達と混ざっても遜色のない魔術技術能力を持つ天才少女だ。



「まだ若い二人ですが、チヒロ様に付くには妥当な年齢かと」
「うん、確かにお年を召している人に3歳児を任せたら何かとまずい気がする。主に作者のモチベーション的に」
「確かに、傍から見たら親子ですからね」

確かに、若い事は一つの武器ではあるのだが、それにはデメリットも存在する。タイチは二人に向き直り、深刻そうな顔をして二人に聞く。
「二人とも。一つ確認して起きたい事がある」
「はい!なんでせうか」
「なんでございましょぉ」






「二度と家族に会わない覚悟はあるか」





チヒロの側にいるとはつまりそう言う事だ。チヒロが開発している事は国家機密の塊で、これが外部に漏れれば国家の転覆の恐れがある。
この国には魔術技術しか他国に勝る物は無いからだ。そのアドバンテージが無くなった瞬間この国の価値は消滅する。
その為には、最悪この二人だけ隔離して24時間付きっきりにさせる事も考えなければならない。
タイチはその覚悟を問いたいのだ。

タイチの問いに戸惑う二人、メイド長は理解しているのか、後ろの方で事の成り行きを見守っている。
タイチは机の上にひじを乗せ、手を鼻の前で組んだゲンドウポーズで二人の結論を待つ。
そして二人の出した結論は。
「だいじょぶよー。レイちゃんと一緒だものー」
「カトリーナ!?……はい、私もカトリーナと一緒ならば大丈夫です」

二人はとても仲の良い親友のようだ。
メイド長がくれた二人の資料には、二人は両親の仲が良かった事から幼少の頃からよく遊んでいて、今では唯一無二の親友として支えあっていると言う。

戦闘では、力はあるが短気で直情派のレイチェルを、冷静に戦況を見つめるカトリーナの戦術により、うまく操って敵を倒す事が出来る。

普段は、レイチェルが体力仕事で、カトリーナが理論を考えるのを補助していると言う、まさに公私共にお互いを必要としている仲。だそうだ。

俺は体勢を崩さずにじっと二人にプレッシャーをかける。
王のプレッシャーに二人の顔色はみるみる青くなっていくが、それでも目を逸らす事無く直立姿勢を維持している。
「…そうか。では二人にはただいまから守秘義務が与えられる。研究所内で見た事、聞いた事、感じた事。全てを口に出す事は禁じる。守れなかったら即切られるからそのつもりでいろ」
『はい、分かりました』



タイチは放っていたプレッシャーを抑え、メイド長に軽い感じで話しかける。
「メイド長。この二人俺に欲しいんだが」
「ではステフと交代にしましょうか」
「アビー様!?私はタイチ様のお側が一番幸せなんです!ぜひ、ぜひ御再考を!」
後ろの方で先輩メイドとして。また、タイチ専属メイドとしての威厳をバリバリ与えていたステフは、俺達の軽い応酬でその薄い皮が剥がれた。
ステフはメイド長に泣き付き、懇願している。今まで睨みを利かせていたメイドのあられもない姿に、二人は呆けながら見ている。
「ん?ステフはチヒロにつくのが嫌なのか?」
「タイチ様。そう言う事では無くてですね。チヒロ様には大変お世話になっているのですが…。タイチ様のお側にいたいんです!」
「まるで愛の告白ですね」
「まったくだな」
頬を膨らませながら顔を真っ赤にして、からかわれた事について抗議するが、俺とメイド長は軽快に笑う事で返した。
場に穏やかな空気が流れ、二人はようやく一息つけたようだ。

二人の成長に期待だな。








<チヒロ>
学校終わったらまっすぐ来いと言うお兄ちゃんのお願いを受けて、私は今、城内を歩いている。
工場生産力は多少向上したが、魔石自体の単価が高いのでまだ普及率はあまりよろしくない。
だが、私の作った紡績機が総合的に見ると利益が高いのは分かっているので、これに目を付けた商人は賢いと思う。

しかも初期生産型なので故障したらもれなく私の修理保障付きだ、これで技術者達に構造のノウハウを教えて学習させれば修理屋業も営めるかもしれない。
魔術生産技術は国家機密に指定してあるので、選ばれた職員以外は修理の時立ち会う事が出来ず、守秘義務も負わせている。
だから城下町以外には工場を置けないが、それは仕方が無い。
どこまで情報の隠蔽が持つか分からないが、もしばれれば即死刑だから、今の生活を捨てて情報を流す意味はあまりないはずだ。かなりの高給取りだし。
…そう言えば、今私が働いている所の名称ってまだタカ・フェルト魔術研究所だったわね。改名するようについでに頼まないと。


私はドアを叩かせ、そして入室を果たした。

「どうしたの?おに…今日はいやに人が多いわね」

チヒロは入室してから室内の状況を見て、知らない人がいる事への警戒感をあらわにする。王族モードで威厳を見せているようだ。
まあ、それは王族がなめられたら困るので特に何も言う気はない。
むしろ見ず知らずの人を信用するようではこの世界では生きていけない。

「チヒロ、今日はお前に専属メイドが必要だと思ってその紹介にな」
「…ふーん。この二人がねぇ…」

チヒロはおどおどしている二人を視姦するように足先から頭の天辺まで凝視する。

「で、この二人は何が出来るの?」
「それは二人の口から言うべきだろう。俺の所に資料はあるが、本人から言うのが道理だ」

なるほど、それは一理あると思ったチヒロは改めて二人を見やり、自己紹介をさせる。

「…そこの金髪。名前は?」
「は、はい!私の名前はレイチェル・ケンドールと申しまして、しぇ、魔術戦闘が得意です。主に力仕事でサポートしたいと思います!」
「んであなたは?」
「私はカトリーナ・エリオットと申します。魔術研究の補佐としてお役に立てるかと思われますので、よろしくお願いしますぅ」
緊張で固まっているレイチェルと、ゆったりマイペースのカトリーナ。共通しているのは顔が青くなっている事だ。まだ幼いとはいえ、この程度のプレッシャーでうろたえられるとチヒロとしても困ってしまう。

「ある程度のメイドマナーは教えているはずだから、そこは心配しなくていい。彼女達にはランクAまでの魔術研究の許可をやる、場合によってはSに行け」

ちなみにランクとは国の魔術隠蔽度合いを纏めた物で、Sランクである聖石を使った魔術の存在以外は全て教えていいと言うものだ。
儀式魔術や生産魔術の、チヒロの持つ知識全てを叩き込んで良いと言う意味で言っている。

ちなみにこれは。B、A、Sがあり、それ以下は無い。

ランクBは、一般向け産業魔術を大量生産している職員が、通常の業務で差し支えない程度の魔術知識で、守秘義務はあるが、特に問題は無い程度だ。

ランクAは、他の研究員とは一線を博した、チヒロの近くで研究する事を許された精鋭で、合成魔術研究の行なわれている場だ。チヒロの指示に従って産業向け、軍事向けなどの魔術道具を生産している部署の事だ。

ランクSは、先ほど言った様に聖石を使って大魔術行使を目的とした物で。これは今現在、俺の周りといつもの責任者級貴族しか知らない事柄である。

チヒロに言った意味を要約すると、「研究所で情報開示をしてもいいが、聖石の存在を教えるかどうかはお前に一任する」と言う意味だ。

チヒロは、未だにプレッシャーを与えていじめているが。まあ、大丈夫だろう。あれは遊んでいるだけだ。
プレッシャーを与えられている本人達は、顔を既に土気色にさせているが、それでも気合で直立不動を維持している所は評価してもいい事柄だ。足はプルプル震えているが。

「分かった、じゃあ研究所で能力テストね。ああ、そうそう。研究所の名前「チヒロ魔術研究所」に改名したいんだけどいい?」
「まだ変えて無かったのか?俺はてっきり既に変えた物と思っていたぞ。申請書送れば判子出してやるから後で提出しておけよ」
「名前なんか本当はどうでもいいんだけど、やっぱ私の名前の方がいいんじゃないかって思ったのよ。後で申請しとく」

そして数日後、「実質チヒロ魔術研究所」から「チヒロ魔術研究所」に正式に名称変更が行なわれた。





チヒロ魔術行使第5実験場

そこは一周400メートルのトラックが丸ごと入りそうな広い土地、そこにチヒロ魔術研究所所有の実験用グラウンドが存在する。
現在そこには、新しくチヒロのメイドとしてのテストを受けるべく姿勢良く並んでいる二人と。
試験官であるチヒロが仁王立ちして立っていた。

傍から見るとその身長差は歴然で、1メートルにも満たない幼女と、まだ幼い少女二人が遊んでいる用にしか見えないが、これでも立派な試験である。

遠目で職員達が草葉の陰から見守っている事を完全無視してチヒロは試験開始の宣言をする。

「それでは、あなた達が私の専属にふさわしいかをテストさせていただくわ」
『はい!』
威勢のいい返事に、チヒロも心なしか満足げだ。


「それじゃ、レイ…チェルだっけ?から魔術関係の自己紹介をしなさい」
「はい!私は火の魔術が得意で、区分は中級者の上の方。近接戦闘が得意です」
「カトリーナは?」
「私はぁ、風の魔術が得意で、区分は初級者と中級者の中間。状況判断が得意ですねぇ」

ちなみにチヒロの今の能力的には、風と水を合わせた雷撃魔術を得意としていて、区分は上級者、遠距離から圧倒的な火力でなぎ払う事を得意としている。

チヒロも大概天才少女だ。だが、0歳から一流の講師に訓練して貰っているのだから、王族の魔力も一因ではあるが、文字通り年期と環境が違うのだろう。素が良くてもコントロールや知識を学習する過程の苦労は、皆相応に一律だ。

アビーがチヒロの適性を良く考えた上でこの二人を選んでくれたのは分かるが、彼女達のメインは研究所の補助だ。
魔術研究と共に、有事の際に役立ってもらわないといけない。戦闘訓練や戦術授業は継続して行なうべきとチヒロは判断した。
チヒロはその場で一通り魔力コントロールの錬度を見て、言うだけの能力はあると判断し、次は研究所へと足を踏み入れる。




チヒロ魔術研究所第3研究室。

そこにはチヒロが失敗した魔術道具や、理論が数式通りに行かなかったのか、くしゃくしゃに丸められて捨てられている紙の束。
全て国家機密ランクAの資料である。さらに奥には聖石を使った理論もあり、ランクSに相当する場所でもある。

先ほどの行使実験場もこの研究所も、敷地面積は他より狭いが、チヒロの自宅である城に近い事からここを使っている。

そのおかげかは知らないが、城に近い研究所ほど深く魔術に携われると職員達の中でささやかれている。それはあながち間違っていない。

「あなた達はどの程度の知識があるの?」

チヒロは自分の席に着席し、入り口で姿勢良く直立している二人に説明を求める。

「私は!魔法陣の理論を読む事は出来ますが、自分で作れるほどではありません」
「私はぁ、合成魔術の魔法陣を書く事が出来ますぅ」

大分チヒロのプレッシャー小姑攻撃に慣れてきたようだ。
初めの頃より顔色がいい。それでもまだ青いが。

ここのこの国最高の職員達のレベルが大体合成魔術から儀式魔術の魔法陣が書けるレベルだから、カトリーナの能力は既にここの職員レベルに達していると言う意味だ。

その知識の割りに能力区分が低いのは、おそらくレイチェルを実験台にしているからだと言うのは想像に辛くない。

理論のカトリーナに実践のレイチェル。おそらく二人で一人のメイドと扱えば一人前とアビーは判断したのだろう。


「じゃあ、カトリーナ。これは理解できる?」
チヒロ秘密棚より取り出したのは、聖石を使った大魔術儀式理論の概要書だ。
これを読み解けるようになればこの国の技術者でチヒロに次ぐ知識の持ち主となるのだが…。

「うーん、理論は分かりますが、この魔力量を満たせるような魔石を用意すると、直径20メートル級の魔石が必要じゃないですかぁ?」
どうやら理論は理解出来ているようだ。カトリーナの知識は、この国の最高水準に達していると見ていいだろう。

「そう、じゃあ二人とも帰っていいわよ」
『ええ!?』

いきなりの退出命令に二人は驚き戸惑い、直立姿勢を解いてあたふたしている。

「ああ、勘違いさせたわね。明日からここに住み込み出来てもらうから荷物持ってきなさい」

ランクSの事柄を教えるとなると、研究所以外は乙女組の監視付き、まともに外に出れなくなるなどの制約が付く。
チヒロ一人では限界があるのも確かだ。どこかで誰かを入れなければならない。
しかし知った物を安易に外に出すほど国は穏やかな情勢ではない。

「私と共に外に出ないとまともに街を歩けなくなるわよ。それでも良いなら。明日来なさい」
『はい…』

プレッシャーを完全に離散させて暗い雰囲気で椅子に座るチヒロ。今の彼女達には、返事を返す事しか選択肢は無かった。







「そう、やはり来たのね…」
翌日、研究所に姿を見せた二人に、チヒロは悲しげなため息を付いた。

「この国を守る王族に全てを任せて過ごす事なんて出来ません!私は自分の意思でチヒロ様に仕えたいと思っております」

「お母様はぁ、分かっていただけましたし。私の事を誇りに思ってくださいましたのぉ。私もぉ、国の為に何か役に立てればいいと思ったんですぅ」


そこにあるのは決意の光。自分達からここに来た以上、チヒロから言う事など何も無い。

「じゃあ、今日から専属メイド。よろしく頼むわ」
『はい、私達はチヒロ様に忠誠を誓います!』


その日から、チヒロの周りは賑やかになった。










「うふふぅ。ここがこうでアレを入れて。ここを書き加えて…」
「573,574,575…」

知的探究心の赴くままに研究を続けているマッドなカトリーナと、
普段から体力増強に努めて無駄に暑苦しいレイチェルを迎えたチヒロは思った。


「私…絶対選択誤ったわ…」

一日目で既に激しい後悔に陥っているチヒロ。
これが受難の始まり出ない事を祈る。


___________________________________
あれ?書き直しても結局チヒロ落ち?
まあ、明るめな感じでいいんじゃないでしょうか?



[6047] 2.6章:ファミルス12騎士
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/01/30 20:54
それはある晴れた日のいつも通りの日常のはずだった。
タイチは通常業務を終え、ステフの入れた紅茶に舌鼓を打ちつつ窓から火山の情景を楽しんでいる。
今日も優雅な王様ライフだ。などと呟いて横に控えてにこやかに微笑むステフ。
その柔らかな雰囲気は、まるでカップルのようだ。

しかし、その雰囲気を妨げる音が不意に鳴り響く。
タイチは窓から視線を外し、椅子に座りなおしてステフに応対をさせる。

今回の来客は、レイチェルだった。
チヒロの身に何かあったのかと聞こうとしたが、タイチはそれをのみ込み、まず話を聞く事が先決と判断する。
まだメイドとしての教育が完璧で無いのか、その動きはぎこちないものの、最低限のマナーを守れるだけの技能は備えているらしい。
挨拶を済ませ、来訪の目的を聞くタイチ。
「何か用か?」
「チヒロ様よりタイチ様をお呼びするように仰せつかりました」
その雰囲気からか、どこか違和感を感じるレイチェル。来訪の目的を把握したタイチは、ステフを伴って早速研究所へと赴く事になった。


城から程近いチヒロ研究所。正式名称だとチヒロ・ファミルス魔術第3研究塔という長ったらしい名前の建物に、レイチェルの先導で入っていくタイチ。

通常研究員の研究室を抜け、チヒロ専用の研究室へと到着し、レイチェルの呼びかけに応じて入室を果たす。

入室したタイチの第一声は。
「何…これ…?」
もちろん研究した物がまったく理解出来ないものでは決して無い。
そこにあるのは、場違いな程圧倒的威圧感を誇る武器類がそこに鎮座していたからである。
ここの所長であるチヒロがタイチに飛び込んで抱き付き、胸の中で頬を摺り寄せながら武器類の説明を行なう。
ちなみにカトリーナは横の机でどす黒い空気を放出しながら「フフフ・・・これでこの理論を実証してアレをこうして…」と呟きながら何やら研究に没頭している。傍目から見ても明らかにマッドだというのがはっきり分かるほどだ、実験台のレイチェルに同情を禁じえない。
まあ、それはタイチには関係ないので所詮他人事だ。タイチはチヒロの言葉に耳を傾けた。

「で、鍛冶屋のおっちゃんに頼んで武器類の試作品作って見たんだけど。とりあえず性能説明するわね。まずこれは木の魔術を組み込んだ鞭で自由に操る事が出来て、長さもある程度まで伸びるわ。で、こっちが土属性で出来た斧で、魔力で構成する事によって重量を抑える事が可能になったの。それでサイズアップが可能になったわ。で、こっちは風属性を入れたレイピアで、しなる度に真空波を…」

「…もういい。とりあえず聞いておこう。なぜ全部近接専用武器なんだ?」
「え?かっこいいからよ?ほら、これ見てこれ!」
チヒロに指差された武器を文字通り良く見て見る。そこには銃の形態に剣を取り付けた形のどこぞで見たような武器だった。
「明らかに…ガンブ…「それ以上は著作権的に無理ー」
チヒロも止めるのは間違っていない。今目の前にあるのはどっからどう見てもガンブレードだ…。新しい属性開拓するなよ…。
「とりあえず、これは破棄の方向で。チヒロ、ぱくるのは構わないが、腐の属性は入れるな」
「うん、わかった!」
こうして、FF好きの女性にとって上位人気に確実に入ると言われるキャラの愛用武器は永久に封印される事になった。

「いやー、なんかカトリーナと話してたら制作意欲燃えちゃって」

あっけらかんと言うチヒロに、珍しくタイチの怒りゲージが上昇する。

「国家機密を一番死にやすい近接に使うなー!遠距離武器作れ遠距離」

タイチの怒りももっともだ。魔術が国最大の利点と言うか魔術しかこの国に利点はないといっても過言ではない状態なのに奪われる可能性の高い近接武器にその機構を詰め込んで一体どうすると言うのか。

「あー…そうだったわね。でも作っちゃったから初期生産のこれらはもって帰って適当に分配しちゃって。もったいないし」
タイチは既に出来ている12種類の初期生産武器を搬入させながら考える。

「アーロン公に頼むしかないか…」
鞭は女性でも扱えそうだが、その他は明らかに振るうのに力が要りそうな武器ばかりだ。タイチはその場から足をアーロン邸宅に足を向ける事にした。

ステフによると、予定表では今日は兵士達の鍛錬もお休みの日で、邸宅に在宅しているらしい。
タイチはアーロン公の邸宅の入り口でドアを叩かせ、エンドリュース家メイドに話して取り次いでもらうことにした。
もちろん王を外に待たせるなんて事はしないので、応接間まで案内されてお茶を出されるタイチ。
ドアの外がなにやら騒がしいが、それはタイチ王がいきなりアポ無しで来たのだから当然で必然だ。
あわただしくドアをノックされ、入室して来たのは、目的のアーロン公ではなくアンだった。

「あら、私が帰ってきている時に来るなんてなんて偶然。そうだ、タイチ王。少し相談がありますの」

アンとタイチは、主にアンが一方的にお気に入りで、タイチもなんだかんだで付き合っている。と言う関係が続いている。
タイチも良く貴族としてのあり方などを相談するし。また、アンも個人的な悩みなどもタイチに相談している。
アレックスの立場は…。たぶん、そういう事に向きそうにないので話さないのだろう。
しかし、今回の相談はいつもより、少し真剣な話になっていた。アンとアレックスが喧嘩していると言うのである。
タイチは、あたふたしていうアンを落ち着かせて事情を聞く。
「アレックスが「アンの事は愛しているけどアンの事が時より理解出来ない」と…」
…どうやら真剣な話だと思っていたら、どうやら惚気に愚痴の混ざったようなアホ臭い話だった。
さらに詳しく事情を聞くと、アンはオルブライト家に嫁いでから、政務の補助などを取り組み。また、自分の短所である怒りやすい所を治そうと努力しているらしい。
それなのにアレックスがあまり評価してくれないので、聞いて見たらその言葉が出てきたという。
どう聞いても惚気だ…惚気すぎてすれ違いを起こしてるだけだな。
タイチはめんどくさそうにアンに指摘して上げる事で解決をはかった。

「お前は最近落ち着こうと心がけているようだがまだ甘いな…。好きな人は自分の本心とか正直な所を見せて欲しいもんなんだよ。落ち着くのは大切ではあるんだが、もう少しアレックスに本音を見せてもいいんじゃないか?多分あれは今物足りないと思ってるのさ」

「そう言う事でしたのね…。分かりました、私アレックスの所に行って来まわ!」
なんと言うか…とてつもなく無駄な時間を過ごした気がすると、タイチは重いため息を付いた。

「あんなラブラブだと逆に羨ましいな」

後ろの方で何やら「タイチ様はラブラブで積極的な女性が」などと呟きながらステフがメモを取っているが、タイチ的には積極性のあるステフなんてステフだとは思わないから軽く流されて終わるだろう。
何事も自分の身の丈にあった戦略で挑むべきだ。恋愛に背伸びはいけないな。と人生の教訓を胸に刻んだタイチだった。



アンが出て行ったのを見計らってアーロン公が入室してくる。どうやらタイミングを覗っていたらしい。
「待たせてしまいましたかな?」
「いえ、まったく。でもドアの後ろで注意深く話を聞いているのは少し戴けないですね」
「これは失礼を、しかしアンも成長したな。あのお転婆もちゃんと他人の事を考えられるようになっていたとは」
「親の見ぬ間に子は成長するものですよ。子供の俺が言うのもなんですけどね」
「まったくですな」
タイチとアーロン公はしばらく穏やかな会話を進め、タイチは今回の来訪の目的を伝える。
「チヒロが魔石を使った近接武器を作ってしまったのでそちらの兵士の中で指折りの精鋭にあげたいと思う。だからメンバーを選抜して連れてきてくれ」
「かしこまりました」
その後、今の戦力錬度と、これからの課題など。主に兵力関係の話で意見交換した後、退出する事になった。




アーロン公と比較的有意義な意見交換が出来た出来事から三日後。
謁見の間にて、12人の歩兵・騎兵から選抜された精鋭が、膝をついて整列していた。
「今日はお前達に専用の武器を渡そうと思う」
発言と同時に精鋭達の期待感や喜びの表情が浮かんでくる。タイチは武器類を取り出し、一人ずつ渡していく。渡しているのは、鞭・斧と槍を除けば全て剣類に分類されるものだ。ダガー状の二刀流もあれば、普通の両刃剣もある。それぞれ適性にあった武器で、アーロン公から受け取った資料の通りの分配となっている。最後の一人に渡った時。全員が臣下の礼を取り、宣言する。

『私達、ファミルス12騎士の名誉をかけてタイチ王の為に忠誠を誓います』

そこから見える感情は感動と認められた事による嬉しさだ。
タイチはこの武器を持つにあたって絶対に守らなければいけない注意事項を口にする。

「これを持つからには絶対に死ぬな。その武器は国家機密の塊だから敵に奪われたらわが国が崩壊する。それほどの物と心得よ」

実際は、1つの属性しか付与していないこの単属性武器を盗られたからといって、本当に国が潰れるわけではないが、国家機密には違いない。隠しておいたほうがいい事には変わりないわけだから。
精鋭達は、その言葉を「絶対に生きて帰ってくるという決意の象徴」と捕らえたようだ。
死なないほうが良いに決まってるのでタイチは何も言わないでおく。


これが世に言うファミルス12騎士創設の瞬間で。この武器をもっていくと言う事は、絶対に帰らねばならないという決意を表明している事に繋がり。また、寿命などで死を覚悟した時には自分を超える腕前を持つものに受け継がれ続け、ファミルスの戦力を支えていく事になる。



番外:ステフの休日の一幕

ステフの休日はほとんどの場合、タイチかチヒロの近くにいる。
休みの日でもほとんどタイチに尽くしている。
乙女組を信頼していないわけではない。ただタイチの側にいたいだけなのだ。
だけどタイチの側に付いているだけではない。一応ステフも年頃の女性らしく街に出たりしている。
その時は大抵横にチヒロがいるので、チヒロに連れられて街に出ている。と言うのが正しいと言えるだろう。


今日のステフはチヒロに呼ばれ、研究室へと入っていく。乱雑に散らばっている書類。溢れんばかりの失敗作。
全てこれらがあるからこの国の魔術が成り立っていると言っても過言では無い。というか実際そのとおりだ。
ステフはドアを叩いて返事を待ち、そして入室していく。
レイチェルとカトリーナが来る前は、ステフがチヒロの部屋の片付けをしていたようだが、今はその必要もない。
割と整然と片付けられている部屋を見て、少し寂しく感じてしまうのも仕方のない事だ。現在レイチェルは、資料を取りに行ったり、チヒロの部屋の掃除などを担当している。


ステフは周りを見渡して見る。ボードに書かれているのは遠距離武器の設計図のようだ。
ステフは知らないが、これがいわゆる魔術銃の雛形である。

構造的には。魔石を設置して、銃身から打ち出す方式を取っており、魔力が切れたら取り外して次の魔石の玉を補充する仕様になっている。

起動用の微弱な魔力を出し続ける用に加工した魔石でハンマーの役割を果たし、魔術式を書いてある魔石に勢い良く当てる事でその威力を発現し、そして銃身によって指向性を持たせると言う理論になっている。

現在、打ち出された後の指向性を維持する事が最大の課題のようで、カトリーナがブツブツと何か呟いているようだが、ステフには聞き取る事ができない。
チヒロは、入室したステフを呼び寄せ、久しぶりの日常会話を楽しむ。
チヒロにとってはステフは友人で、気軽に話せる権力関係ではないが、女性同士と言う事で何かと話しかけている。
ステフもタイチと一緒にいる時よりも饒舌に話している所を見ると、まんざらでも無い様子だ。

「そうだ、ステファにも何か武器作ってあげるわよ。なんか良い案はない?」
「えっとですね、私は主に水属性を使ってる中距離戦闘が得意な魔術師ですからなにか長い武器があったら嬉しいです」

「ふむふむ。じゃあ薙刀なんてどうかな?」
「薙刀…ですか?ジャポンで主に使われている女性用の武器と聞いていますが」
チヒロはさらさらと図面に薙刀の概要を書き記して行く。
その概要は、普段はただの伸縮可能な棒だが、有事の際は伸ばして先の方に水属性の刃を纏わせるというものだ。
「前作った物は起動用の魔力しか持たない初心者用の武器だったけど。ステフ専用だったら水の刃は自分で出せるから刃の形状を纏うように指向性を持たせるだけよ」
「わあ、かっこいいですね」
既に構えている自分を想像しているのか、ステフの思考は忘却の彼方だ。

「これくらいなら3日位で出来そうだから後で呼ぶわね」
「はい、楽しみにしております」

その日から三日後、タイチの仕事中にステフ個人が呼ばれ、泣く泣く乙女組に後を引き継がせて実験場へと足を踏み入れる。
そこでは今か今かと待ち続けるチヒロと、横に静かに佇んでいるメイド二人の姿だった。
「おそいわよ!」
「申し訳ございません」
殊勝に謝るステフに怒っている素振りを見せるものの、実は別にチヒロは怒っていないので軽く流し、説明作業に入る。
説明作業はレイチェルが行なうようだ。彼女もここ数日感で小間使い度が上がっている。第二のサンダースにならない様に努力させる必要があるだろう。しかし、彼女の持ち味である戦闘技能など今の所必要無いので、その間言葉の描写がまったくなくなるのも致し方ない事だ。
カトリーナのマッドな発言もどうかと思うが。

ステフは実物を戴き、魔力を通すと柄が伸びていく。やがて柄が最大まで伸びきったようだ。それ以上魔力を通すと、指向性を持った魔石に魔力が溜まって行く。
少しずつ魔力を纏わせて、やがて少しだけ刃が出たのを確認したステフが、そのコツを掴んだのか、一気に水の刃を纏わせる。
ある程度まで伸ばすと、ある一定の形で留まって停止した。

その形状は水で出来ているハルバードと言う表現がしっくり来る。
切る、叩き付けるのどちらも出来そうな形状の鋭い斧に、戦端に先の尖った突起が付いている。ステフ自身の魔力で出来ている為に重量感はそれほど感じ無い様だ。


「よし!ステファ・リーゼリット計画完了ね!」


またチヒロが何か電波を受信したらしい。今回は止める者が無いのでそのまま実装されてしまう勢いだ。
きっとPS2での隠しキャラに実装されてしまったからだろう。

「次は耐久度テストよ!とりあえず最大魔力放出で」
「え…はい。分かりました」
何故か嫌な予感のするステフ。無口な機械的な喋り方になるという妙に具体的な未来が見えるが、彼女の性格は気が小さい&大人しいで固定されている。きっと大丈夫だろう。
でもチヒロの命令には逆らう事が出来ずに自身の持てる最大魔力を放出する。
柄はそのままだが、斧の部分と先の部分が肥大化して行くのが分かる。
そしてある一定度まで大きくなると、魔力を流している柄の方が耐えれなくなり、ボンッと言う音を立てながらそのまま破裂した。
その衝撃で周りは全員しりもちを付いてしまったが、すぐに気を取り直してチヒロとカトリーナとステフの三人で講評をしあう。
「やはり問題は魔力耐久度ね」
「そうですねぇ、柄を軽量化したのが原因でしょうかぁ?」
「チヒロ様、私あんな大きくなるまでサイズ上げませんよ?今のままで十分だと思います」
三人で検討しあった結果、使用者ステフの意見により柄の耐久度を少しだけ上げた改良版が授与された。
普段は40センチほどの棒なので、腰に巻いて携帯しているようだ。



_____________________________
落ちは無い。
そして著作権ネタに走って見るテスト。
完全三人称試して見ましたけどこっちの方がいいですか?



[6047] 第三章:開戦!第一次ファミルス・アルフレイド大戦
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/01 09:25

物語は進んでちょうど3年後。タイチがこの世界に来て7年が経った。

タイチは12歳になり、もう既にこの世界で大人の仲間入りをしてもおかしく無い年頃だ。
150センチを超えた身長。引き締まった精かんな顔立ち。長年王としてあり続けた事によるにじみ出るオーラ。
経験から来る巧みな知恵。
魔術の訓練による能力開花は既に中級者の域に達しており、ある程度は動く事が出来る。それでも最低限というレベルだが。

ステフは20歳になり、女性特有の色気というものを持ち始めるようになった。
機能美を連想させる美しく引き締まったボディ。色っぽさを感じさせる長く太い髪質。どこか知的な雰囲気をかもし出し、でもまだあどけなさが抜け切らない顔。タイチへの忠誠心。そして卓越した魔術技能。タイチの補佐として何も申し分ない。


三章から見に来たと言う読者の為に少しだけ詳しい説明を入れると、
この大陸には5つの大国と数多くの小国、と言う枠組の中にあり、大国では数千万人規模の人々が住むと言われている。ちなみに小国は数百万人規模だ。

主人公であるタイチが治めるファミルス国内は、総国民数は大体4千万人は居て、国土は約400万平方kmと推計される。その三分の一は魔石鉱山と火山で占められているが、それ以外ではほとんど農業に従事している。
一年中温暖な気候となっており、常に何かしらの作物が栽培されている。魔力の豊かな土地である証拠だ。

城下町に学校施設があり、教育水準も生活水準も悪く無いと言う民にとっても豊かな国と言えるだろう。
現在の大学校機関は哲学者などの学者系統で研究させている。
それ以外は魔術、商人、手工業などは基礎知識を植えつけて、魔術は研究所が請け負い、商人は大商会のどれかが請負い、手工業はそれぞれ弟子として排出させているので実質学校じゃないかもしれないが、主に国の利益になる事への人材派遣と言う側面が強い。


国内は平穏だ。だが国から出ると情勢が違う。

北東のアルフレイド帝国の動きが活発になってきたという情報が、ファミルス国の多目的組織。奉仕乙女組の責任者であるアビー率いる諜報部からの報告で上がってきており、いよいよ戦争状態に入るまでカウントダウンという所か。
既にファミルスより北は小国を含めて輸出は完全にストップしており、両国間の間で完全に緊張状態。という状況になっている。

帝国から東にあるノーランド共和国からも、こちらの産業の飛躍的な発展を見て、さり気無く圧力が掛けられている。
主に魔術製品関連関税の増税や、織物製品の取引の規制などだ。織物の需要はあるのでジャポン経由で売られているようだが、関税は高いらしい。
しかし、この国は他国に干渉せず。を国策にしているので圧力だけだろう。まあ、このまま行けば技術は普通に抜ける。技術大国としてのアイデンティティーの崩壊は避けたいのだろう。

ファミルスから南東にあるジャポンは戦国時代という様相で、ダイミョー達がジャポンを治めるのは私だと主張し合い、群雄割拠が繰り広げられている。
他国に目を向ける余裕はない。

ファミルスとジャポンの中間に位置するドラミング連合は不干渉を貫き。情報が入らないので何を考えているかも分からない。


国の経済は現在活気に満ち溢れていると言っていい位の盛り上がりを見せている。
3年前に完成したダムの影響による農作物の豊作。
チヒロによって産業に革命を起こした魔術技術。
その魔術技術を使って躍進を遂げている織物工業。
火山に行くまでの道が整備され、保養地として貴族や民衆の中で定着した気軽に行ける温泉施設。
その温泉の近くで炭や紙を生成しているエルフ達原住民。

清潔な街並みを眺めるように歩くタイチ。活気も常に最高潮な状況だ。




街並みをゆっくり見つめるタイチは、その脚で一路『チヒロ魔術研究所』に移動する。
4年前、チヒロが起こした革命に、完全に研究者としての地位を抹消されたタカ・フェルトは、今まで半々の生活を送っていたのを完全に軍の兵士育成にまわされ。魔術兵士を鍛えている。
チヒロが考えた『国家三分の計』の出来上がりである。
ちなみに3つに分かれたのは、貴族や民を纏めるタイチ。国家の一番力に入れている魔術技術を発展させるチヒロ。そして戦争ではその力を発揮してくれると信じているタカ・フェルトの三人で、この国の要所を兄弟3人で運営する国。と言う案だ。

騎兵部隊を治め、歩兵部隊全体に顔が利くアーロンと一緒に。日夜、アルフレイド帝国を想定しての訓練を繰り返している。
3年前にタカ・フェルト魔術研究所が無くなり、それからチヒロ魔術研究所と言う名前に改められ、タカ・フェルトの持っていた研究施設を全て没収。
研究資材としてタカ専用資料室にある聖石を全没収された時は本当に泣いてた。自分用はちゃっかり確保してたので、そのまま追い返したと言う事件もあったが些細な事だ。

そういう状況で新しく新設されたチヒロ研究所は、既存の技術を応用し手織物や鉄鋼の加工などに役立つようにした。
魔術を単体で使うのではなく、魔術を補助に産業を盛り立てる。と言う方針転換である。

おかげで魔法産業の利益率は下がったが、織物産業や農業利益で国を建てなおしている。

だが、街の中は活気に溢れているといっても、それは取引する品物が増えただけであって、国の財政自体は魔法技術だけの時と同じくらいだ。


これは、魔法技術を一般向けから織物工業向けにシフトした影響で売れる場所が限られてしまった事が最大の原因だが、このシフトチェンジが無かったら今頃国は財政がやばくて増税になっていた事だろう。農業だけじゃダメだったはずだ。

現在の国の財政の割合は、
魔術3:農業3:工業4。位の割合だ。バランスが良いのはよろしいのだが…。まあ、前までの8:1:1の状況よりましだ。


また、教育施設の影響も徐々に出始めている。
これからは知恵のある者が詐欺を行なわない用に徹底して管理させる用に御触れを出さないといけない。
今の所順風満帆に見えるが、財政を維持しただけで、最終的にそれほど変わっていない。
これからどう言う策をとるかを考えつつ、チヒロ魔術研究所のドアを叩く。

「チヒロー」
「この原理が……あの理論を使って!……これでも予定の威力に達していないみたいね…」
「でもぉ、この魔術式でーーーしてからぁ、この構造をーーーで、こうすればいいんじゃないですかぁ?」
ここの所長であるチヒロとその補助を担当しているメイドのカトリーナで資料を見ながら検討していると思われる。こちらからは積み上げられたその束で様子を伺い知る事は出来ないが、もうすぐ7歳になる予定の研究所の最高権力者であり。この国の2番目の権力者である。ちなみに1番はタイチだ。


「チヒロー?」
「!?……あ!お兄ちゃん。どうしたの?」
いきなり声を掛けられて驚かせてしまったが、チヒロは俺に気づき、そして資料の山からその姿を見せた。

無地のシャツに綿のズボン。その上に白衣とまさに研究者を体現している。そこに王族としての威厳は微塵も伺えない。
だが、研究者としての威厳は兼ね備えて居るようだ。所内で働いている研究員の尊敬のまなざしを感じる。
髪型は、伸ばしっぱなしをオールバックポニーテールで纏め、伊達眼鏡を装備だ。ちなみに眼鏡は俺の提案だ。今ではチヒロ=眼鏡ポニーとしてイメージが固まっている。伸ばしっ放しではあるのだが、その髪質は母譲りのサラサラな青色で、こまめな手入れをしてあるのか、纏めていても固まる事無く一本一本が主張している。
服装だけ見れば不精なイメージが沸くが、その麗しい顔つきと、どうやって維持しているのか分からないスタイルで、完全に着こなしている。美人は何を着ても似合うという典型だろう。
7歳としては肉体の成長は年相応だが、最近少し胸が出てきたと主張している。だが、母親が慎ましいので将来の望みは薄いだろう。


「ああ、チヒロの姿を見たくてな」
「やーん。お兄ちゃん大好きーチュ♪」

今やまったく隠してないタイチへの愛情表現は、いい年した職員達の目の毒になって居るようだ。「俺もそろそろ結婚しなきゃな…」等と呟いている。

ステフが後ろで「なるほど、積極的に行けばいいんですね」とメモを取っているが。それはいずれ、タイチが身を持って知る事となる。

作者的にはイチハチな展開にしたくないので、多分軽い誘惑程度になるだろう。既にこの世界の結婚適齢期に差し迫っているステフに明日はあるのか。それは誰にも分からない。

チヒロ魔術研究所は下級職員を含めると、比較的若いメンバーで構成されている。

それは学校施設の影響で、チヒロと同級生が大量に流れ込んできたからであり、重要な役職に付いていない下級貴族の子供達が押し寄せるかの如く申請して来たからだ。

その年の同い年のメンバーの7割が魔術技術者として申請してきており、その世代は「魔術空白の世代」と言われ、以後この世代が次世代の魔術を引っ張っていく事になるが、今は魔術の本を見て理論や抽象的な事を学んでいる。時よりチヒロも講義に教える側として出席し、確固たる地位を確立しつつある。
チヒロに速く追いつきたい、チヒロの役に立てる用になりたいと、その士気は高い。

魔力が無く、魔術師としてやっていけなくても、理論さえ覚えてしまえば魔術技術者になれると言う道が残されている。
とりあえず魔術師を志し、ダメなら技術者へ。と考えている者が大半だ。きっとこれからの世代もそう言う道筋を辿るのだろう。

チヒロの魔術の腕は、既に上級者の域に達しており、聖石と自分の魔力を混合させ、大魔術行使も可能になっているそうだ。
だがチヒロ一人だけ居ても国が勝つ事は出来ない。彼女は技術者として働いてもらったほうが有益なのは間違い無いので、前線に出す事はないだろう。

普段研究ばかりしているのにいつ鍛錬をしているのか分からないが、その鍛錬の結果はタカが報告してくれるので間違い無い。
主にズタボロになりながらだが。


その噂のタカ・フェルトだが、現在前線で指揮をとっている。あんな馬鹿に纏める力なんてあるのか?と疑問に思うが、彼らはアーロンの指示の元に何とか統制が取れて居るらしい。
うん、哀れ過ぎるな。今度ちょっとだけ聖石上げよう。

兵力を強くする事は出来たようだが、それでもまだ中の中位の兵力しかない。アルフレイド帝国との武力差を考えれば絶対勝てないだろうな。これで勝つつもりなら焦土作戦で時間切れを待つ位しか思いつかない。

諜報部の調査結果では、帝国の武力錬度は上の中もあり、まず近接戦闘の殲滅戦になったら負けるだろう。
大陸一の軍隊と言われる帝国の名は伊達じゃない。


戦後処理に失敗して内乱なんて目も当てられないのでしたくない。チヒロの開発した兵器に託すしかないわけだが。

「もうこの国の未来ははチヒロの開発に全てが掛かってるんだよ」
「まかせて。お兄ちゃん分を補給した私に不可能なんて無いから!」

やれるだけはやった。この国と、この国の全ての人々の為に、俺はこれから何が出来るだろう…。



2ヵ月後。アルフレイド帝国諜報活動をしていた乙女組隊員からノーレント経由で送られた手紙。それが合図だった。

「そうか…、ついに来たか…」
アルフレッド帝国から大軍が出陣したとの報。
それが戦争の始まりだった。




タイチは家臣を集めて緊急対策会議を行なった。既に全家臣には伝わっているようで、特に慌てる事無く整然と留まっている。

タイチ王が入室すると、皆はタイチ王の言葉を待つ。そして王の一言により、宣言される。


「今から、アルフレイド帝国と戦争を開始する」

武官は漸く訓練の結果が出せると血気盛んの様子だ。文官も仕方なしと見ている。

俺が来る前は、小さな領土戦争位はしていたようだが、大国とここまで大規模なものなど初めての経験。しかも一部の者には負けると分かっている武力差が存在する事を知っている。

既に前線ではチヒロが開発した武器が配備され始め、訓練の錬度もばっちりだ。
まあ、引き金を引くだけという一動作で難しいといわれたらそれはそれで泣くが。


タイチにより賽は投げられた。後は前線の騎士達に任せるしかない。






帝国を上、王国を下としている図で考えると。左に魔獣の出る森、右に山がそびえ立っている。
両側を抜けるのは、疲労や兵糧を届ける事が困難と言う理由で戦略的にお勧めできない。途中で8国が点在しているが、そのうち帝国に近い3国は完全に帝国に吸収されていると見て良い。
ファミルスに近い2国はファミルス派の宣言をして居るが、宣教師の布教活動により、民の心象はあまり良くない様子だ。大半の現実を良く見ている人たちはもちろん賛同している。
残り3国は宣言が出来ないほど混迷していて、上がどちら側についてもあまり意味はない様子だ。
ファミルスとアルフレイド帝国の戦う土地がこの地なのだから占領された方に付いたほうが得策と見ている節もある。
ちなみに三カ国の名称は左から順に、「クラウス」「テンペスタ」「ウルヴァトン」という名前だ。

この3カ国を落として、ファミルス側が統治するようになればファミルス戦線は維持できる、そして食糧供給地を失って、時間と共に継戦能力を失い、帝国の敗北となる。
つまり今回の戦いでは、中間にある3国を取ればファミルスの勝ち、帝国は引き上げて終わる。取れなければファミルス国土一直線と言う戦いの様相になっている。


ファミルス派の内の一国で作戦会議をしている今回の最高責任者であるアーロン公とそれぞれの責任者達。もちろんタカは参列しているが、話をあまり聞いていない。
騎士の中ではここ一番の切り札、使い勝手の悪い最強札とされており、タカも指示通り動く事を公言しているので特に不満は出していない様子だ。
タカ曰く、「餅は餅屋」らしいが、どう見てもめんどくさい&知能が低い所を見せたくないから。と言う理由からだ。
そこは少し付きあったらみんな分かってしまうので何も言わない。


戦力は。アルフレイド帝国が15万。南の援軍4万を含めてファミルス王国が16万とわずかに多いが、これは竜種や錬度を考慮していない単純な数値だ。
竜騎士は存在するが、軍の主力は近接の重歩兵が主体で、空からの脅威も恐ろしいが、その恐怖の本質は強靭な防御力を誇る重歩兵である。
ファミルスの軍では近接で太刀打ちが出来ずにやられてしまう事だろう。
どう考えても旗色が悪い。皆一様に暗い影を落とすが、軍人とは現在ある中で最大の戦果をなす事が仕事である。

タイチ王が頑張って捻出してくれた16万という兵の数を有効に活用して勝利を治めねばならない。
各責任者級騎士達は白熱した議論の末、作戦会議は終わりを向かえ、最終的な結論をアーロン公が宣言する。
「我々はこれより、クラウスを諦め、テンペスタとウルヴァトンの占領を行ない、篭城戦を取る!」
この選択は、魔石鉱山に比較的近いウルヴァトンを最優先で落とし、そして真ん中にあるテンペスタで抑えるというものだ。
各員も強く頷き、賛同の印とする。

その後、その作戦を伝える為に散開して行く責任者達。


今ここに、第一次ファミルス・アルフレイド大戦の幕が上がった。




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第一次とか言ってますが。第二次あるかどうか分かりませんよ?
今後ともよろしくお願いします。



[6047] テンペスタを巡る攻防 前編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/03 04:44
ファミルス王国にはタカ・フェルト魔術衆と言う組織が存在する。
彼ら、彼女らはタカによって師事を受ける資格を得た精鋭で、その総数は14名。魔術の腕では他に並ぶ組織がいないとされるほどの集団である。
その組織に昔ステフも所属する資格を試されたが、選考に落ちて現在のメイドの地位についている。それが幸か不幸かはわからない。
奴隷商から買ってくる事もあれば、道でスカウトしたり、貴族から譲り受ける事もある。さまざまな手段で集められ、そして教えを授ける。
彼らのタカへの「仕事中での」忠義は揺るぎ無いもので、常に尊敬のまなざしを崩さない。そしてその能力を疑う余地は無い。
その精鋭達は、幼少の頃より魔力値が高く、そして弛まぬ研磨によって培われた能力がある事実は変わらないのだから。

魔術衆は有事の際、タカが直接命令を出す事の出来る唯一の直属部隊で、タカ・フェルトの切り札でもある。
全員が上級の区分に位置しているその集団を連れて、タカ・フェルトはアルフレイド帝国戦線中央であるテンペスタの国へと進軍していた。

ファミルス軍は、その総数16万の対軍を、3つに分け、自陣に兵糧運び。有事の際の援軍。もしどこか1国が落とされてそのまま2つの国に見向きもしないで一直線にファミルス国土に進軍してくる事を考慮しての守りとしての常駐軍。ファミルスに協力してくれている国の警備などに分かれている。つまり居残り組だ。
その総数は5万。敵軍の全軍一点突破の策は物資の観点からあり得ないが、もしそうなっても本国からの援軍と2つの拠点からの援軍が間に合うギリギリの数だ。

山側に位置するウルヴァトン国には5万の兵を集めている。
魔石鉱山に比較的近いので、進軍しているのはチヒロが作って銃を標準装備した銃兵部隊がその割合を占めている。
漂っている魔力が高く、動力である魔石が回復しやすいからと言う理由だ。
この部隊は前衛で守る必要が無いので、アーロンは士気をとるのを他の人員に任せる事が可能になっている。
銃を撃ち終わったら近接に取り替えて戦う部隊だ。遠距離攻撃の出来る近接がいるので攻撃力が上がっている事は大きい。

そしてタカのいるアーロン率いるテンペスタ攻略軍の総数は6万である。
歩兵と騎兵4万で、銃を持っている歩兵が1万。後方用の非戦闘員5千。少数精鋭を含めた魔術師達が1.5万、と言う布陣になっている。
堅実なアーロンの平均策で。このどちらか一方を落とそう、願うならばどちらも落とそうと考えた案である。
ファミルス側が考えた今回の戦術はファミルス独自のものだ。
いわゆる魔術部隊に頼る戦い方で、前衛で敵の進軍を抑え、魔術の詠唱途中の妨害を封じて、大火力で一気になぎ払うと言うものだ。
これは帝国と比べて勝っている所が、進軍速度と魔術的攻撃の2種類しかないからで、この戦術はむしろ必然である、
よってこの戦術は、近づかれたら負け。遠くから一方的に殲滅して勝利と言う単純なものだ。



見晴らしのいいなだらかな上り坂を進むファミルスの騎士達。既にファミルスに協力している街から出て数十日になる。途中いくつか村を経由しているが、何も問題は無く、平和な行軍と言えるだろう。現在、周りは畑が視界の大半を占めるが、栽培されている作物は無く、人もいないようだ。戦闘区域になると睨んでの事だろう。

先行させていた騎馬偵察部隊からの情報によると、アルフレイド帝国の軍隊を昨日発見し、こちらが見晴らしの良い高台に陣取ろうとしている事を予想して先回りすようとしているとの情報を得た。
ファミルス側には戦闘経験があまり無いので確実な命中率を叩きだすには視認する必要がある。
よって今回の場合、高台に上って見える範囲まで行かなければならない。

その時少し小競り合いをしたようだが、何人かは帰ってこれなかったようだ。
国の中央都市へはまだ入っていない様子で、こちらもまだ都市に入るまで少し掛かる。
おそらく、入る前に襲われるだろう。それは向こうにも言える事なので、街の主導権を握るには、この戦に勝たなければいけないようだ。

全軍は慎重に、かつ整然と進軍していると、先行していた騎馬の物見から報告が上がった。

「帝国の飛竜だ!」

大声を張り上げながら全員に伝わるように報告する騎士。アーロンは戦闘の準備をさせる為に声を張り上げる。

「もう少しだというのに…各員戦闘準備!」
敵を大勢殲滅するのに適した場所か、この場に留まって長く詠唱出来る時間か。
今回の場合は場所を選択したアーロン。

アーロンの指示で戦闘形態に入る騎士達、この世界の軍人は鎧を着ないで馬車で運ばせ、戦闘が始まる時になると着る。
全員何事も無く装着し、そしてアーロンの指示を待つ為に辺りは静寂に包まれる。
「皆のもの、あの高台を先に取るぞ!我に続け!」
『ウォー』
アーロンの開始宣言に手持ちの武器を掲げる事で答える騎士達。
アーロンを先頭にして歩兵と騎馬の部隊は駆け出し、少し高台になった丘を超える。
そこでアーロンが見たものは、当初の予定を超える数の軍勢だった。
アレフレイド帝国軍は視界を埋め尽くすほどの大軍勢、その上を飛び回るのは帝国の主力である飛竜。
見た目からでもこちらより数が多く見える。
否、実際数が多いのだろう、アルフレイド帝国はテンペスタ方面に相当数送り込んできているようだ。
騎馬隊では、どこにいるかは掴めても、正確な人数までは分からない。こちらより多いとの情報は出ていたが、言葉だけでは伝わらないものもある。
重歩兵と竜騎士隊は、既にこちらを捕らえており、高台に向かって進軍中だ。
その圧倒的威圧感に寒気を覚えるが、そうも言っていられない。

こちらの兵力と比較して大体の試算を脳内で計算するアーロン。
おおよそ8万の軍勢、その比率は竜騎士1万と重歩兵6.5万。後は非戦闘である後方用の軽歩兵5千といった所か。
アーロンは内心で予想していたよりも速い進軍速度に苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべるが、今更後悔しても遅い。
本来ではもう少し速く到着して圧倒的遠距離から全殲滅を狙っていたのだから。
だが、それでも今ある戦力で落ち着いて対応しなければいけない。
指揮官が慌てるなどと言う事はあってはならないのだから。

「歩兵部隊は魔術師の援護を、騎馬隊はまだ待機だ」

アーロンは、高台を陣地にして迎え撃つ方針をとる。当初の予定通りだ。騎士達はそれに従い、簡易型の柵を建て始める。
魔術師達は急いで簡易型使い捨て魔法陣を書き始めるが、時間がもう差し迫っているため、大魔術行使の魔法陣を書くまでには至らない。
危機を犯して大魔術用魔法陣を書いても、その時既に敵味方入り乱れてたら意味が無いからだ。
もし書いたとしても連発できるほど必要魔力値は低くない。
今書いているのは周りに漂っている魔力を魔法陣の下に呼び寄せる効果のある魔法陣だ。
魔法陣に集め、そしてその魔力を借りて大砲の役割を果たす。今回の戦術の合わせた選択である。準備する時間の短縮をはかったが、それでも皆平均して15分くらい掛かってしまう。
しかし簡単に出来る変わりに1回しか使えない。その理由は周りにある魔力を吸い取ってしまうので、少し移動をしなければ行けないからだ。
相手も陣形を取ってくるだろうが、その陣形の人数大体平均して1回の魔術行使で前列8人は確実にやれる貫通力は持っている。相手が固まって攻めてくる以上、竜騎士を抑えれば勝てない戦いではない。

敵の歩兵部隊は既に高台に迫っている。先頭同士がぶつかるまで、後三十分と言った所か。
先行している竜は、すぐに到着しそうだ。これは魔術銃と精鋭で抑えるしかない。

帝国は隊列を組んでいて、魔術対策に奥の方に深い陣形を取っている。
しかし、目算重歩兵の数6.5万、そのそれぞれをカバーするには広く分布するしかない。
5千人単位の連帯を組んでいたとして、前列100人ずつと計算して奥行きの兵士50人。爆裂系も使用する事を考慮すれば半分は行けそうな数値だ。


歩兵部隊に先攻しながら現れたのは竜騎士部隊。彼らも安易に大砲を放たれるわけには行かないから必死だ、
「俺の魔術部隊は竜部隊を叩くぞ。絶対に上空をとらせるな」
その竜騎士部隊を止める役割を果たすのはタカ率いる魔術衆のメンバーで、これはあらかじめ決まっていた事だ。
前哨戦である魔術師対竜騎士の戦いは、両軍の兵士が見守る中で激しく激突した。


「火属性の銃で援護しろ。魔術隊は魔法陣の完成を急げ」
竜種は魔術ダメージの軽減が出来る事は有名な話だが、乗っている竜騎士はそうではない。
よってアーロンは操縦している竜騎士の方を狙うことを選択したのだ。




「各地に散れ。騎士本体を落とせば竜は止まる」
タカは簡単に指示を出して魔術衆を左右に散らせ、中央に居座っている。やる気が無さそうにゆっくりと上空を見上げる。

「空中戦は苦手なんだがな…」
何かいい訳を呟いているようだが、それを聞いているほど余裕のある人材は近くにはいない。
タカは目を閉じて神経を集中し、ゆっくりと地上から別れを告げる。
「戦闘をしながらの空中浮遊継続は5分か、なんとかなるかな?」
口調は不安げだが、表情は見るものを恐怖に陥れるようなどす黒い笑顔でにやけている。この程度の事、大した事ないと言わんばかりに。
竜騎士たちは隊列を組んでいる。その動きは見事な統率だ。空中で漂うタカの目の前に迫る竜の軍勢、その数は五十体。何回か旋回しながらブレス攻撃を仕掛けるが、障壁によって遮られる。このままでは埒が空かないと判断したのか、大軍は一斉にタカ・フェルトに殺到する。やがてその影と影がちょうど接触すると思った刹那。上空に急上昇。そのまま風の魔術で騎士を一刀両断したかと思うと、そのまま竜を奪い魔術をかける。
「テンプテーション!」
そのまま竜の思考を乗っ取って左手で手綱を握るタカ・フェルト。それと同時に竜の体に凝縮されている魔力を吸収し始める。
竜を取られた事に動揺したのか、隊列は一時的に乱れ、そしてやがて取り囲むように布陣して一斉に攻撃しようとする。


だがその時はもう既に遅かった。


左手で吸収した魔力を自分の魔力にすばやく変換してそのままの勢いで周りを巻き込む炸裂系魔術を詠唱する。
「完全なる高貴な閃光よ、全てを吹き飛ばせ。ボム・カスタトロフィー!」
タカ・フェルトの右手から無数の光球が発射され、上空にいる敵を無差別に発射し続ける。
そして竜、竜騎士関係なく障害に当たって静止した時、魔力の凝縮されていた球から小規模な爆発が襲った。
威力は大体衝撃で3メートル吹き飛ぶ程度だが、空中でバランスを取っている竜騎士にとっては致命的で、1回目は竜にしがみついて耐えているが、2回目、3回目となると話は違う。時が経つごとに竜騎士たちは次々と落下していく。

しばらく続けていると、乗っている竜の魔力枯渇による疲労感が限界に来たのか、徐々に羽ばたく事を緩め、重力に伴って落下した。
タカの周りにいたはずの竜騎士たちは、その爆発で竜から落下して戦闘機能に支障をきたしている者達が大半だった。
それらの竜騎士や、竜本体は下に待機している一般歩兵によって始末されている。地上に落ちた竜騎士の末路だ。
見上げて見ると、そこにはまだ辛うじて生き残っているといった状況の竜騎士たち。彼らは継戦能力がなくなったと判断したのか、徐々にその姿を小さくしていく。やがてタカ・フェルトの存在する上空には何者も存在しなくなった。
その間約1分の早業だ。遠目から見ていたファミルス軍の士気をもし視認する事が出来れば、立ち上っていく様子が見えただろう。
タカ・フェルトは相変わらずやる気のない様子で、一仕事終えたとばかりに額に伝う汗を拭い、また次の戦場へと移っていく。



中央の守護者は、帝国にとって最悪な災厄以外の何者でもなかった。



中央が鉄壁の守りを見せていても、左右がそうであるとは限らない。
何とか魔術衆が奮戦しているが、多勢に無勢。一部を除いてファミルスが築いた簡易陣地・簡易柵を蹂躙されていた。
上空から降り注ぐ燃え盛る火球、翼をはためかせる事によって吹き荒れる暴風、上空にいる竜に、何とか対抗しようと数少ない銃兵が攻撃を加えるが、それでも勢いを止める事に至っていない。

見る見るうちにファミルス戦線は縮小し、決め手の大砲となる魔術師の数も減ってしまった。

左右から寄せられてくる凶報に眉をひそめる指揮官のアーロン。さきがけの竜騎士の攻撃で、1.5万あった魔術部隊のうち、2千の魔術師が使いものにならなくなっている。
まだまだ被害は増え続けるだろう。さらに重歩兵部隊も来ている。アレと直接ぶつけたらファミルスが負け事は間違い無い。
元々数が違うのだ、今で劣勢なのに、このうえ重歩兵が合流したなら即殲滅させられるだろう。
後5分ほどで第一射が撃てる。それは出来るだろう。
一発目は耐える事が出来るが、二発目になるとギリギリだ。おそらくその頃は両軍入り乱れてしまうだろうから大規模なものが使えない、

「これは…一発目を撃ったら撤退したほうがいいな。タカ・フェルトは現在どこにいる?」
「現在、中央の竜騎士約五百体を倒し、帝国が一時的に引き上げた様子なので右翼の方に移動している模様」
「さすがだな…。中央の守りは置いておいていい。まだ戦えるものは左翼に支援に行かせろ」
敵に最大のダメージを、味方のダメージは最小に。軍隊は0になるまで戦うものではない。
「全軍に通達!一発目を撃ち終わったら即座に撤退。銃と竜種の回収を出来るだけしろ。回復魔術の使える魔術師は出来る限り兵を生かして撤退させるように」
伝令部隊は即座に撤退の報を告げる為に散って行く。



その頃最右翼は魔術衆の奮戦及ばず壊滅的ダメージを受けていた。
「魔術隊はなるべく速く撃て。ここで抑えるんだ!」
中隊指揮官クラスの右翼部隊担当のファミルス12騎士の一人は、タイチ王から与えられた聖具を携えて何とか奮戦していた。
彼の武器の能力は木属性が付与された棍で、チヒロ命名:如意棒らしい。その能力も名前の通り伸びるだけだ。
だが圧倒的リーチを誇る上空からの攻撃に柔軟に対処し、竜騎士を竜から落としていた。
ファミルス一の棒術使いと呼ばれる彼の面目躍如である。
「くっ、俺単独では三十体が限界かよ…」
それでも人である限り限界は来る。体は傷だらけ、鎧は一部焦げている。傷に加え、無茶な動きをした事から来る筋肉の疲労。彼は崩れ落ちそうな足を棍を支えにして必死に支え、それでもまだ壁となって立ち塞がる。
「俺は…絶対に帰らなきゃいけないんだっ!」
ここでなんとしても止める。彼は鬼気迫る表情でに立ち上がり、そして竜を正面から見据える。
せめて1体でも多く。ほんのわずかな間だけでも。
彼は力を振り絞り、強大な力を持つ竜へ相対する。
その距離が三十メートルを切った時、いきなり横から何かが飛んできて飛竜の頭に激突。その竜は竜騎士もろとも地上に投げ出され、地上にいるまだ生き残っている騎士によって始末された。
上空から着地する飛竜。そこから飛び降りてきたのは、飛竜の意識を乗っ取って上空から魔術乱れ撃ちの弾幕を張っていたタカ、フェルトだった。
「回復系も得意じゃないんだけどな…」
タカは困ったような表情で手をかざし、重傷者を手当てしていく、その間タカを守っているのは6人の魔術衆。
タカ・フェルトは、右翼が壊滅的ダメージを受けていると言う情報を聞いて、即座に独断で中央から向かい始めた。
そして、途中で合流した魔術衆から撤退の報を聞き、殲滅より味方を回復するほうを優先させ始めたのだ。
「軽傷者は魔術を撃った後撤退だ。魔術銃の回収を忘れるなよ」
手早く応急処置をして、竜に跨って空へと戻って行くタカ・フェルト。彼らにとって救いの神は、次の戦場を求めて去っていった。

ついに魔術第一射予定時間の15分が経った。

魔法陣を組んでいた魔術師達は早速詠唱に入る。土地から吸い上げた魔力を己の魔力に変換し、そしてイメージを具現化、その後指向性を持たせて一斉に発射する。

今の所まともに動ける魔術師1.2万。そのうち魔法陣を構築できて行使する事が出来たのは8千。

その全ての魔術が重歩兵へと一斉に襲い掛かった。今回の攻撃は、魔術の中でも殺傷力が最もあると言われている火の属性。これで前列を燃やして突撃力を殺ぎ、中央を食い破る爆裂系で数を減らす。

敵に情けを書けたら、こちらが全て蹂躙される。殺られるならその前に殺るしかない。それが戦争の悲しい連鎖の始まりなのだ。
重歩兵を襲う灼熱に変換された魔力の本流。盾を前に出して構え、少しでも威力を軽減しようと努力しているようだが、それでも抑え切れずに前列から倒れ、そして死体の山が出来上がっていく。
その様子を高台の頂上から無表情で見ているアーロン。
やがて集めた全ての魔力を使いきったのか、紅蓮の炎がその勢いを弱め、砂埃にまみれている重歩兵の姿が少しずつ浮かんでいく。
そこに立っていたのは殲滅予定数よりずっと多い兵士達で、倒す事が出来たのは前列にいた3人ほどだ。
想定の半分くらいだが、これは事実として受け止めなければいけない。
目算で大体4分の1ほど殲滅できた事は大きい。

陣形の前列を3人は倒せる能力はあるようだ。中央も食い破られている所も合わせると現在目算で1万6千は死傷、重傷を負わせる事が出来ただろう。もしかしたらもう少し低いかもしれない。残りは多少火傷等の傷を負っているものの戦闘継続は可能そうだ。
両軍とも静止する世界。その止まっていた時は、いち早く正気に戻った両軍の司令官の怒声によって再び動き出した。

「速く撤退準備に入れ!急がないと全滅だぞ!」

アーロンの怒声に我を取り戻したのか、騎士、魔術師達は動き始める。
魔術師部隊は回復魔術を使って、何とか動けるまでに回復した騎士達を連れて後方へと戻っていった。



_____________________________________________

そして戦術などに問題がありましたら感想まで。
更新内容:
どう考えても3列以上焼く事は脳内戦力上出来ないので、爆裂系魔術(イオラクラス)の描写を追加。
更にアルフレイド帝国軍側の隊列の描写追加。
リアルに則した表現に内容加筆。

それでも違和感はあると思うので、よろしければご指摘ください。
己の戦術理解力と表現力の限界に挑みます。



[6047] テンペスタを巡る攻防 後編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/05 02:19




魔術師や騎士達は、魔術一斉射撃が終わった後。アーロンよりあらかじめ出されている撤退命令を実行しようと動いていた。
しかし、命令があったからと言って即座に撤退出来る訳ではない。

上を見上げれば未だに飛び交う飛竜。そして疲労した体。少し前まで仲良く話していた者達の悲惨な現状による精神的磨耗。
しかしそれでも生き残る事を諦めるわけには行かない。

魔術師はまだ息のあるもの達に治療を施し、騎士達は落ちている遺留品を集めながら高台から駆け出した。


「さすがにこれはきついかな…」

精神操作系の魔術。テンプテーションで竜を操りながら上空から騎士達や魔術師の動きを大局的に見つめているタカ・フェルト。
竜の魔力を吸い取ってなるべく自身の魔力を使わないようにして来たが、いろんな面で限界がある。


まず竜の魔力の枯渇。乗っ取ったら魔力を吸収する余裕が出来るが、テンプテーションを使う時には自身の魔力を使わなければいけない事。竜を乗り換えながら戦場を駆け抜けたタカだが、それでも限界がある。

戦闘が一段落した今。落ち着いて現状把握と、これからの方針を出さなければならない。そう思ったタカは、上空に来て一度考える事を決めたのだ。



上空の様子を覗いながら思考するタカ。

一直線にファミルス国側の協力してくれている国に逃げ出している騎士や魔術師達。その動きは、まだ中隊長クラスが生き残っている所はまともに統率を取って撤退しているが、その他は統率がとれているとは思えない。散り散りになって逃亡している所もいる。

傷ついた兵の進軍速度は遅いし、欲張りすぎて遺留品を大量に持っている兵もいる。このままでは、いくら進軍速度が遅いアルフレイド帝国の騎士達と言えども楽に追いつかれる事になるだろう。

ファミルス側の現状とは対極的で、アルフレイド帝国側はこれからがその本領を発揮する時だ。

多大な犠牲を払ったものの、これで勝利は我が手の下に入ったも当然。と言わんばかりの士気の上り様だ。



魔力が底を付きそうな肉体状況。

竜種の魔力を吸収しても、それでも限界がある。
たとえ魔力を回復できたとしても万全の状態とは程遠い。
疲労感は体を蝕んでいて、少しずつ体の各部に異常が出始めている。
人である限り休まないと言う事はあり得ないのだから。


タカ・フェルトが開けた穴以外ほとんど奪われた制空権。
ボロボロになりながらも逃げている騎士達。
高台と言うファミルス側にとって絶好条件で戦っていたのにもかかわらずこの劣勢。

どうしてこうなったのかはタカには分からない。それは上層部が勝手に考察する事だろう。タカにとっては関係のない話だ。
タカは自分の持てる力を発揮して見せたはずだ。何も文句を言われる筋合いなど無い。

タカ・フェルトに近接戦闘の心得などない。近接戦闘で戦うのであれば、即座に首が亡き別れしてしまう事だろう。
それでもやらなければいけない。タカ・フェルトにはここで死ねない理由があるのだから。


圧倒的火力で殲滅し終えるファミルスか。それを耐え切って圧倒的制圧力を発揮するアルフレイドか。この2択しかないファミルス王国とアルフレイド帝国との力関係。

アルフレイド帝国側は重歩兵4分の1を失ってしまったが、それでも今回の戦いに負ける事は許されない。

しかも現在の情勢はファミルス王国側が全滅の危機に瀕している。
簡易陣地・簡易柵も焼け石に水で、ほとんどその機能をなさない。

完全に高台に上りきったアルフレイド帝国テンペスタ攻略軍総司令官であるエドモンド・ガルビンは、既に全速力で逃走しているファミルスを見下ろす。

「皆の物、行くぞ。これより狩りの時間だ。狩猟国家である我が屈強さを見せる時ぞ!」

アルフレイド騎士側もまた、手に己の持っている武器を掲げ、自軍の勝利を信じて雄たけびを上げる。
エドモンドの鼓舞によって士気は上がり、騎士達の目はぎらついており、今までの復讐と鬱憤を晴らそうと爆発寸前の様子だ。
その様子に満足げに頷き、そして采配として己の剣をついにファミルス王国軍の方角へ振り下ろした。



「全軍突撃!」



エドモンドの号令と共に歓声が上がり、一斉に駆け下りていく騎士達。
逆に士気急下落中のファミルス王国側の兵士は必死で逃亡を続けている。
アルフレイド側は、上る時は多少の被害を覚悟の上で、体力を温存しながら速やかに上り、そして上りきった後一気にファミルス側を殲滅する作戦を取っていた。

その作戦は成功を治め、後は逃げ惑う騎士達を蹂躙するだけ。
この戦の最終的な勝者は帝国側にもたらされた。それは駆け下りていく騎士達全員の共通認識。

もう終わった。目前まで迫られた帝国騎士に逃げ惑う王国騎士。しかし、その構図は一人の攻撃によって遮られる事になる。

駆け下りる騎士達の進軍を妨害する一筋の魔術。光線が空から地面へと降り注ぐように地面に激突した瞬間、その光線の着地点を基点として小規模な爆発が連続で起こった。

空からの攻撃。騎士達は慌てて視点を空に移し、そしてその姿を捕らえる。
そこには情報にあった竜を奪った魔術師、タカ・フェルトが空中で竜を使役しながら立ち塞がり、そして宣言をする。



「ここは俺が守護する。俺を抜かねば帝国の勝利など無いと思え!」



その言葉の意味を理解するために一瞬速度が落ちる帝国騎士。
そして次の瞬間、タカ・フェルトが右手をかざしたかと思うと、その右手から焔の本流が辺りを襲う。

突然の守護者の乱入に、騎士達は慌てふためくが、エドモンドはどうでもいい事と冷静に分析する。


「アレは竜騎士に任せて騎士達は掃討を行なえ。もはやアレしか戦える物は居るまい」


冷静に現状を分析するエドモンドの指揮の声は張ったタカにも聞こえているが、
虚勢を虚勢とばれたら何の意味も無い。
陽動が敵を通したら意味を持たないのだから。


「魔術衆達。何とか2分足止めしろ。俺は『切り札』を使う」



『切り札』その言葉を聞いた騎士達は動揺する。



それは当然だ、先ほどの攻撃魔術の威力は、まさに魔術国家と言われたファミルス王国最大の戦術で。

その最大の戦術である大規模火力を先ほどその身に受けたのだ。

あの戦術よりも威力の高い何かをやってくる。
そう想像して怯えてしまう事は必然だ。

中央の騎士達は進軍を止め、弓で竜を射抜く。上空にいるタカ・フェルトの直線上には竜がいる。

多少防御力があろうとも、地面を埋め尽くすほどの兵士が蠢いている。
それら大量の兵士からの正射だ、どのような竜でもまず落ちるだろう。


竜の最大の利点はその強靭な鱗による防御力と、空を飛べてブレスや火球を放つ事による圧倒的なリーチからの攻撃が特色だ。

スピードは人を乗せているためか、一般の鳥と比べてそれほど速くなく、平均時速60キロ、旋回時30キロという程度だ。

だがダメージを完全に無くすわけではない。鱗の覆われていない部分もある。そして乗っている者を倒せば知恵の弱い竜なのでどこかに飛び去るか、そのまま墜落するかを待つしかない。

よって騎士達が取った行動は正しい。これだけの量の兵士達の一斉正射だ、ダメージが無い事はありえないし、上空を迂回して操縦者であるタカ・フェルトに当たるかもしれない。

ただ、それは普通の竜騎士の場合だ。魔術師が乗ると少し場合が違う。帝国騎士達はタカ・フェルトが乗る竜の戦術をすぐに見る事になる。

上空に射掛けた矢は、空中で羽ばたき、その場で静止している竜へと一直線で向かう。

タカは全方位バリアを展開して竜を守りつつ上空へと舞い上がって行った。そしてすぐに弓の有効射程範囲を超えた場所から、指示を出す。


「絶対守りきれよ。そして死ぬんじゃない。お前達にはまだやってもらわないといけない事が山ほどあるんだからな」


弓を撃っていた騎士達の目標は、下の方でため息を付いている魔術衆へと向けられる。
こうなるとタカ・フェルトを竜騎士隊に任せて魔術衆を抜けるしかもはや道は無い。

中央に留まっていた騎士達は、すぐさま約100メートルほど向こうにいる魔術衆に、なだれ込むかのように押し寄せていった。

タカ・フェルトによって、一時的に足止めさせられたが、進軍を再開した事に内心で安堵するエドモンド。これ以上足止めをされたら、いくらファミルス側の怪我人や疲労を負っている騎士とはいえ、鈍重な騎士達の特性上追いつけなくなるし、あまり竜部隊と距離が開きすぎるのは戦術上いただけない。
竜部隊は先行し過ぎると帰還率が大幅に悪くなる。そのような愚は犯せない。


エドモンドはタカ・フェルトも必死で虚勢を張って足止めを企てていると判断。
そのまま掃討を再開するように命令を出す。

中央では、ファミルスの魔術師の精鋭と思わしき者が少数で奮戦しているようだが、どう見ても時間稼ぎで死なないように、当たらないようにとすばやく動き回ってかく乱しているだけに過ぎない。時間が経てばバテて失速し、そのうち餌食になってしまうだろう。

しかも左右から迂回すれば合流して囲む事も出来る。
そうなれば、こちらはそのまま追いかけてファミルス側を全滅させるだけだ。

エドモンドはファミルス王国の場合の自分の昇進や待遇の向上等を頭の中で考えながら、高台で戦況を見守る。
竜騎士部隊約千に囲まれたタカ、三次元角度全てからの攻撃に、防戦一方のタカ・フェルト。

大陸にその人ありと謳われたファミルス王国の最終兵器もこの程度の魔術師だったのかと軽い落胆に襲われる。



そしてタカ・フェルトの宣言した2分間が過ぎ去ろうとしていた。



そして竜のブレスを障壁で弾きながら長い詠唱をしている。
タカは直径10センチほどの聖石を懐から取り出し、その内包している膨大な魔力を、吸収している竜の魔力と一緒に自身の魔力に変換する。



そして、詠唱は成った。



「豊穣の地、大いなる母なる神の加護を得て、大地の豊かなる体現を示せ。グランドウォール!」



地上で魔術衆と激突していた帝国騎士軍は、魔術衆を倒そうと戦っているものの、魔術衆は完全に時間稼ぎに徹しているようで、その姿に有効なダメージを与える事が出来ない。まさか、本当に切り札があるのか!?騎士の間に不安と恐怖の感情が入り混じる。

そして宣言した二分間の時が経ち、やはり何も無かったと安堵し始めたその瞬間。
地面から突き上げてくる突然の揺れに襲われた。
これがタカ・フェルトの宣言した切り札か。その効果を表しだしたタカの魔術の大規模さに、騎士達は息をのむ。

これほどの大規模な局地的地震を作り出すとは、さすがにファミルスの最終兵器と呼ばれていないなと感心するが、ただの地震なら問題は無い。ただの時間稼ぎ。歩くのが困難になった所で。それほど進軍速度には影響は無い。
しかし、それはただの時間稼ぎではなかった。

地震が収まろうかと少しだけ揺れるのが緩くなったと思ったその瞬間。
またしても強い揺れに襲われる帝国騎士達。そして徐々にせり上がってくる地盤から隆起してくる土の壁。

その様子はモーゼの奇跡を再現したかのように幻想的で、その様子を思わず立ち止まって見てしまった帝国騎士達。

やがて、1.5メートルほど隆起し続けた土の壁は、タカの乗っている竜の落下と同時に止まった。

最終的な隆起した土の壁の長さは、高さ約横1キロ、奥行き1メートルもある高さ1.5メートルほどの土の壁だった。

壁の向こう側に不時着同然で落下したタカ・フェルト。魔術衆が支えて立ち上がるが、その顔色は青く、息も荒い。魔力も枯渇して、無気力な状態になっているようだ。


「さすがにトリプルエンチャントは無謀だったか…。とりあえず、これを全軍超える頃には逃げ切っているだろう…。俺は寝るから背負って合流。そのまま街へ逃げろ…」

自身の魔力に他の魔力を同時に使い、大魔術を力技で、しかも同時詠唱しながらそれを成したタカ・フェルトに、魔術衆は「いつもこれなら…」などと呟いているが、やる時はやるタカ・フェルト。

その後魔術衆に背負われたタカ・フェルトはアーロン率いるテンペスタ攻略部隊と合流。

出陣した当初は、総数6万名。歩兵と騎兵4万で、そのうち銃を持っている歩兵が1万。後方用の非戦闘員5千。少数精鋭を含めた魔術師達が1.5万だったのが。
帰還者:歩兵&騎兵3万、銃を回収できた量は7千丁。後方用は戦っていないので5千のままだが、魔術師部隊1万2千名まで減ってしまった。

こちらの損害は1万3千。向こうの損害はおおよそ重歩兵1万6千と竜種3千。合計1万9千という数の騎士達に痛手を負わせる事に成功したが、テンペスタを取られてしまった事は大きい。


安定した防御力を誇る城壁。快適に体力を回復できる施設。兵糧の心配をしなくて済む安定性。
どれをとっても人道的な観点を除けば、今回失った兵力より価値のある物だ。


「これは厳しい戦いになるかもしれない…」


アーロンが呟くのも無理は無いのかもしれない。ここに8万集めているという事は、ウルヴァトンは大丈夫かもしれないが、それを取られたら国土がピンチに陥るのは間違い無い。

アーロンはため息と共に敗戦帰還を果たすのだった。



タイチ王執務室。

そこでは各戦場の状況が全て伝えられる場所である。
今現在この部屋にいるのは、部屋の主であるタイチ。そして戦場の意見を吸収するために訪れているチヒロ。
後ろに控えているのはステフ・カトリーナ・レイチェルのメイド達。この5人である。

後に会議を開いて戦術などを話し合わなければいけないが、その前に情報を掴んで予習しておくのも王として当然の事だ。
戦況報告資料を必要な所だけ斜め読みしているチヒロと、じっくり細部まで読んで今後を見据えるタイチ。

その行動は対照的だが、これは立場の違いにある。


王として責任を果たそうとしているタイチは、全ての状況を受けとめ、そして大局的に物を考えなくてはいけない。
味方がどれだけ死に、そして戦えなくなった者はどれくらいいて、現在のファミルス軍の影響はどの位か。
全てを把握してそして未来の戦術に活かさなければならない。


もちろんタイチも好きでこのような行為をしようとしているのではない。
戦争で大勢の人が死ぬ。それは変わらない。

だがやろうとしてやっている事ではないし、そもそも戦争とは外交上にある一つのカードにすぎない。

最終的には外交によって決着を付ける事をしなければいけないが、それにはどちらが有利かを示す必要がある。



つまりこれは殺人を容認している力比べだ。



講和を有利に運ぶ為にこちらの方が強いと認識させ、そして発言力を確保する。
それは賠償金であったり、領土であったりと様々だ。

今回の場合は、ミリスト教を布教させる事を認める事と、今後何十年かの食料の確保、そして魔術技術と領土。
アルフレイド帝国が提示してくるのはこの程度だろう。

ファミルスが勝った場合は、賠償金、鉱石類、そして武装解体。ミリスト教の布教の停止、場合によっては帝国軍によるミリスト教弾圧も視野に入れて講和の条件となる。


それはアルフレイド帝国側も同じように考えているはずだし、ファミルス王国の家臣達もそう考えている。

戦争とは国が利益を得るための一手段だ。様々な理由があるが、大抵の場合はそうだ。

時たま小さい国同士が外交を失敗して小規模な戦争が起きるが、それはこちらに介入しなければ特に関係のない話である。
まだまだ戦端は開かれたばかり、今からそのような事を考えても仕方がない。

しかし王として、最終的な落とし所を決めている事は必要な事で、タイチはなるべくファミルス王国に有利な講和に向けた備えをする為に書類を細部にまで目に通していく。




一方、研究者としてここにいるチヒロは、敵であるアルフレイド帝国側の使ってきた戦術、そして竜種の特徴。

それらを読んでこれからに必要な兵器の立案、そして生産に着手する事を念頭に置いている。
よってファミルスの騎士達がどうなっているかは見る必要は無い。


だがチヒロの場合、これは正確ではない。チヒロは見る必要がないから見ないのではなく、見る事が出来ないから見ないのだ。
その事もタイチも分かっているので何も言わない。

しかし、半分近く読んで既に顔が正常な色をしていない所を見ると、大分悲惨な表現や、状況が書かれている事が予想される。

それでもチヒロは最後まで読む事を止めると言う事はしない。
きちんと現状を見て、そして戦略的に有効な武器を作らなくてはいけないと自分を鼓舞している様子を見て取る事が出来る。


チヒロは確かに強くなった。それは間違い無い。だがそれが危うい。


立場・状況・期待。全てが重圧として圧し掛かり、それはタイチを支えにして辛うじて踏みとどまっている状況だ。

しかし、チヒロを使わないと言う事は、ファミルス国の頭脳、魔術技術の進歩を全て止めてしまうと言う事に繋がる。

タイチに出来る事は、チヒロを支え、そして重圧に負けないように支えを強化して、倒れそうになるのを抑えないといけない。


「大丈夫か、チヒロ。概略だけ載せた物でもいいんだぞ?」
「ううん。私はこの状態を知らなければいけないの。私が起こした結果、そして私がこれから作る兵器によって起こる全ての事象。みんな知らなければいけないの」


聡明さから来る責任感の暴走。タイチはそう判断した。だがこのままではこの先に耐えれまい。これからもっと戦闘は熾烈を極め、そして両軍とも大量の死傷者を出す。その全てを背負って生きていく事はさせてはいけない。

タイチはチヒロの頭を撫でながらチヒロを慰める。少しでもその傷を覆い隠せるように。


「この兵器は確かにチヒロが作った。それは変わらない。銃によって戦力が大幅に上がったのは言うまでも無い事実だ。しかし、使う事を選択したのは俺だ。だからチヒロは、もし、その重圧に耐えれなくなったら俺を怨むといい。俺にはそれを受け止めてやることしか出来ないからな」

「…ありがとう。お兄ちゃんが側にいてくれて、よかった・・」

資料を机に置き、そしてタイチの胸の中で涙するチヒロ。



タイチはその体を抱きしめる事しか出来ないでいた。




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※ちなみにトリプルエンチャントの使用していた魔術概要。
竜を操る精神操作系。
全方位に展開していたバリア。
大魔術であるグランドウォール。
吸収は技能ですので魔術ではありません。


タカの役割はぶっちゃけ張飛・呂布的な役どころです。
この場合、橋を落とす所とかの逆ヴァージョンですね。


戦闘の描写難しすぎて時間が掛かりましたが、なぜタイチとチヒロの会話だけ10分で出来るのかと激しく自分に問いたい。



[6047] 3つの想い、3つの立場
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/05 02:26
竜の特色。それは空と言う三次元空間を制覇できると言う事。ブレスを吐く事。強靭な鱗。
それを除けばその能力は馬とほぼ変わらない。

しかしこの空を飛ぶと言うのが曲者で、重力に縛られて地上から離れる事の出来ない生き物は、攻撃を当てる事が出来ないのだから一方的にやられるだけだ。

先のファミルスとアルフレイドとの戦いで、竜に一方的にやられた数は8千弱、後は抵抗は出来たものの返り討ちに会った者達だ。まさに一方的な虐殺と言えるだろう。

遠距離を使える魔術師が参戦出来ないと言うだけでこれだけの被害を被る。
それはいくら魔術師の数が多いファミルスとしても許容できる事態ではない。

魔術師が居なくても飛竜を倒す。それが現在の至上命題である。




チヒロ魔術研究所:敷地内


現在、シリンダーに魔石を込めて、トリガーを引く事でハンマーの役割をしている起動用魔石をシリンダーに当て、そして発現した魔力の本流を長さ30センチほどの魔力の抜け道、つまり筒を抜けて指向性を持たせ、、そしてそのまま指向性を持たせた方向へ発射する。
これが今の魔術銃チヒロ風の概要である。

しかし先の戦では竜の鱗を抜く事が出来なかった。

よってこれから行なわれる事は、竜種の鱗を貫通するだけの威力を持つ遠距離武器の開発。つまり銃の改良だ。

上空の竜への有効射程距離は足りていて、少し訓練すれば確実に当たるようになる。

もっとも、上空高くに飛ばれたら当たらないが、それは向こうの火球も同じ事がいえる。

まずは竜の鱗を抜く事。それが出来なくても竜騎士に対する有効な攻撃手段の確立。その為のサンプルとしてわざわざ時間をかけて竜種を取り寄せるように指示を出したチヒロ。しかし搬入されていく物の悲惨な光景に、苦い表情を浮かべた。

実験用のグラウンドの中には前のテンペスタ争奪戦で倒した竜のサンプルが鎮座している。

ファミルスにつく頃には既に腐敗が進んでいる死体や、虫の息となってぐったりとしている竜などが大半を占めている。

腐臭と血の臭い、助けを求めるような弱々しいうめき声があたりに響く。そこはまさに、竜の墓場だった。


「既に死んでいる竜を見るのは…辛いわね……」

どんな生き物でも死体を見るのは辛い。
現代では加工してある鳥などの家畜の肉は見た事はあっても、その製造工程は見た事が無い。

足を無くした人を見た事はあっても、手術光景を見たわけではない。
チヒロは始めて見る生き物の死体という猟奇的なリアルを目の当たりにし、恐怖が襲う。


「チヒロ様は生き物の死体を見るのは始めてですか?」

「……うん。なんか、生々しすぎるというか。私には刺激が強すぎるようだわ」

レイチェルが労わりの言葉をかけるが、チヒロの顔色は既に青くなっており、俯いて目線を逸らし、足を震わせておびえている。
後ろに控えていた二人も困惑の表情でチヒロを支え、研究所内へと戻って行った。

所内で椅子に座らせて背中を擦りながら水を差しだすレイチェル。それでもまだ動悸は治まらず、胸を押さえながらしばらく放心状態で中を見つめるチヒロ。その顔に生気は無く、目の焦点はあっていない。

これは自分のしたことの行動の結果。もしかしたらこの結果は私のせいではないかもしれない。

でも私はこれから何人も、何体もこの状態にするための物を作っている。
その事が辛く、悲しい。私が手を出さなくてもいずれこうなるし、戦場では何万もの兵士達が散っている。

関係無いと思っていた事に一番深い所で関わってしまっている自分。今まで目をそむけていた現実。

私はこの現実を直視する事が出来るのだろうか。


ふと、頭の中に浮かぶ不鮮明な映像。それは少しだけ遠くで見守っているタイチの心配するような眼差しだった。

頼りになるお兄ちゃん。
支えてくれるお兄ちゃん。
受け入れてくれるお兄ちゃん。

みんなから死神と呼ばれようとも、甘んじて受け入れ、国を守ると言う信念で立ち向かう。

そんな広い背中に、私は付いて生きたい…。

それは私の願い。
そして私の想い。
私の行動理念。

私はあそこに行かなければいけない。たとえ地面がが血や肉で作られていたとしても…。



気持ちを整理して、心身の異常から立ち直るのに掛かった数十分という長い時間。暗い感情を自分の心の中に抑え込む事が出来たチヒロ。
その目に宿るのは決意の証し。今一度強く思う私の決意。
今すぐは無理だけど…、でもきっと、私には出来る。


アルフレイド帝国の方も今頃魔術銃の解析を行なっているだろう。
そして対策が立てられたら魔術的アドバンテージの一つを失う事になる。その為にも常に改良は欠かせない。

チヒロは改めて冷静な思考を戻し、そして歩み始める。
チヒロは決意を持って外にでて、現在量産中の銃を震える手で取り、飛竜に向かって発砲する。


そう、これはけじめ。新しい自分のための、研究者・チヒロ・ファミルスとしての使命。


放たれる数発の弾。5発を撃ち込んだ時であろうか、竜はその鱗を持ってしても耐え切る事が出来ず、断末魔を上げながら朽ち果てていった。

肉が焼け焦げる臭いが漂う中、無表情で佇むチヒロ、後ろで心配そうに見つめるメイド二人。

チヒロは一つ深呼吸してから改めて二人を見て、そして各々考えた竜に対する戦術を話し合いだした。


「貫通力を高める為に威力を上げるようにするべきだと思うんだけど」
その発言はチヒロ。火力主義で大規模魔術で吹き飛ばす事を得意としている彼女らしい考え方と言えるだろう。
顔はまだ青いが、既に研究者としての決意を持った顔だ。
二人ともまだ心配する気持ちはある。だがチヒロがもういいと言うのなら二人にはどうする事も出来ない。
彼女らは己に与えられた役割、竜への対策について考える。


「今の攻撃力でも竜に多少は効果があったのでぇ、連射能力を上げればいけると思いますぅ」
最初に発言するのはカトリーナ。彼女は銃の構造の観点から指摘を入れている。技術屋の本領を発揮しているようだ。


「タカ様がやったみたいに爆裂系魔術を組み込んだ魔石の比率を上げると言うのはいかがでしょうか?」
レイチェルは先の戦いでタカがやって有効な手段だった爆裂系魔術の多用を進言している。
技術は分からなくても、実際に戦う事を想定した戦場の一兵士的アイディアだ。


「うーん。どれを採用してもあまり変わらないし、3人とも着眼点が違うから困ったわね」

「このまま話し合っても平行線だと思いますよぉ」

どうするべきかと頭を抱えるチヒロ。メイド二人も悩んでいる様子だ。

やがて考えがこんがらがってきたのか、癇癪でも起こしたように地団駄を踏み、わがままお嬢様振りが顔を覗かせる。

いきなりの事に驚いたが、その顔を見て察した二人もそれに続く。


「こうなれば」「全部ぅ」「導入して見るのがよろしいかと」


三人は長年付きあってきた影響で息も合って来ているようだ。

いや、もしかしたらメイド側が察せるようになって来た。と言うのが正しいのか。
どちらにしてもこれは時が解決してくれる問題だと思われる。相手を知る事が出来ればそれに合わせる事が出来る。これは人付き合いの基本だからだ。

二人の言葉に満足げに頷くチヒロ。そして話は銃の話題を離れ、今後の事に移っていく。



「これからは攻城戦を考慮に入れた兵器の開発も考慮しなければいけないのね」

テンペスタがとられた事によって急務となりつつある攻城兵器。既にいくつか案があり、量産活動は始まっているが、効果の程は試験運用の結果次第といった所か。

「巨大聖石で城もろとも破壊するわけに行かないの?」

「タイチ様から極力隠蔽するように言われているじゃないですか。盗られたら面倒だとか、恐怖政治を目指しているわけでは無いとか」

タイチは聖石の事については使わないようにチヒロに忠告していた。
これは勝つにしても負けるにしても敵味方両国に恐怖を与えてしまう事を懸念したためだ。

敵が恐怖を感じてしまう分には良い。だが味方に恐怖を与えてしまうと、ファミルス周辺諸国に疑心暗鬼を持たれてしまう。

周りまわって国内にも流れてくるだろう。国内に荒れる要素を持ち込みたくないタイチの苦渋の決断と言える。


所詮人間は最終的に力に依存するのだから。


力はある程度見せる、だが人の分不相応の圧倒的力ではなく、人の範疇に納まる力で戦う。

最終的に国を破壊するのは許可するが、その過程を問題としているのだ。

短期的に殲滅する事は可能だが、長期的見方をするとそれが愚策だと判断しているようだ。



戦争が終わって生き残り、ハッピーエンドでゲーム終了とはならない。その後も時は流れ続けるのだから。



タカはもう既に最強と言われているのであまり強く言われない。一個人が強い事は別に問題にならないし、タカ・フェルト=最強の魔術師として国内外に認められている。今更少し聖石を使ったくらいでは不思議に思われないだろう。

しかし街殲滅クラスの魔力を集めるには、直径10メートル級聖石が必要になると試算している。だいたい転移石と同じ位の大きさが必要だ。

城壁を破壊し尽くすだけでも1メートル級は必要だろう。その大きさの聖石を持ち込むと確実にばれる。

だから使えないのだ。

使ってもいいけどばれてはいけない。厳しい制約に包まれている情勢と言える。


「聖石銃を作れれば竜の鱗なんて一撃で葬れるのに…」

チヒロが呟いてしまうのも仕方が無い。
今ある技術の中で最大の戦果を。そう思いなおして自身も新魔術銃の設計に取り掛かった。

「レイチェルは魔石加工してる部署に連絡。カトリーナは私と一緒に新しい魔術銃の設計から入るわよ」

「はい、了解です」

「了解しましたぁ」

それぞれ担当する仕事について行く二人を見ながら、チヒロも机の上にある白紙に自分のイメージをぶつけて行った。





ファミルス王国城内:会議室

ここでは戦場から帰還したアーロンによって当時の戦況報告がなされていた。
会議室にいるのはシーザー・ヴォルフ宰相・クラック・オルブライト財務担当・ランドル・マッケンジー書記長。

そして報告しているアーロン・エンドリュ-ス、今回の戦争の総司令官を担当している。

タイチにとってはいつもおなじみ責任者級貴族のメンバーだ、重要な事柄・今後の方針などは先ずここで決める。
そして決まった事を各家臣に通達するという方式を取っている。

アーロンの報告している内容を概要すると。アルフレイド帝国側8万、我がファミルス側6万で戦い、こちら側が1万弱の兵を失って、向こうの兵士2万を殲滅する事に成功したが、テンペスタを奪われてしまった。

これは送られてきた書類内容と変わる物ではない。


通常の報告などタイチにとっては文章上で済む、最も聞きたいのは竜騎士の詳しい運用方法とその性能だ。

その為に呼ばれたというのはアーロンも承知している。

テンペスタが取られてから数十日が経っているが、今の所報告にはウルヴァトンに数百人規模の小競り合いしか起こっていない。相手も一気に攻めるほどには兵力が回復しきっていないようだし、漂っている魔力も濃いので何とかなっている様子だ。タカも現在はウルヴァトンに滞在して戦果を上げている。

あいつって…やれば出来たんだな……。

この対策はタカと大隊規模の隊長に任せておけばいいだろう。

「やはりアルフレイド帝国の竜騎士部隊は圧倒的ですね…」

「はい、空に上がられてはこちらの攻撃が届きませんし、我が軍の弓兵の力では倒すには至りませんでした」

ここでも話題に上る竜騎士の圧倒的な性能。

状況を詳しく話す為にアーロンは咳払いをして改めて話始める。

「先ず戦の始めに竜騎士は先鋒として大砲を崩しに掛かってきました。これは今回は竜部隊を無視出来ない陽動として用いたと推測されます。そして魔術師と言う大砲を次々と殲滅して行きました。その後、魔術放射を終わらせた後には我が軍は全軍疲弊していて、タカ・フェルトの足止めがなければ全滅かそれに近い形になっていたと思われます」


兵種による相性は通常。歩兵 → 騎兵 → 大砲 → 歩兵 ……の三竦み理論で成り立っているのが常識だ。

この場合、速度の速い竜騎士を騎兵の変わりにして大砲を撃破、歩兵の槍が届かなかったので歩兵も巻き添えで一方的にやられた。

概略はそんな所だ。

向こうは大砲を持たない変わりに歩兵の届かない所からの大砲殲滅方法を持っている。よって大砲を使う必要が無いのだろう。

弓は弓でいるようだが、今回は使われる前に撤退したのでその性能は分からない。だがアルフレイド帝国の事だから相当の腕を持っていると見ていいだろう。

「対策は銃量産位しかないかな?」

地上3メートル付近で飛んでいる竜に対抗できる近接武器など今の所無い。
あったとしても運用し辛い事この上ない。

もし届いたとしても鱗の存在がある。遠距離で騎士の方を倒すしかない以上、チヒロの作った魔術銃しか一般歩兵に立ち向かう手段は無い。

「おそらく、それしかないかと」

アーロンも頷き同意する。戦場での竜の対策はこれで決まった。




そしてこれからの事に話は移る。

「クラック、今の所問題は?」

この国の財務を担当責任者であるクラックに現在の国の財政状況を確認するタイチ。

「本国の領土に戦の影響が出ていませんので今は特に心配ないかと。求めればいくらでも捻出できます」

これは一応形式的に確認すると行った状態で、特に心配していない事柄だ。


次に外交交渉を担当しているシーザーに現在の交渉状況を確認する。

「接触と交渉は出来る。だが強固な姿勢を崩さないのでこちらの望む返答はしばらくもらえそうに無いのう」

外交で終わらせるにはまだ速すぎるようだ。こちらも特に気にしていない。
今の現状ではアルフレイド帝国側が勝っている。ファミルスの望む物を引き出せるとは思えない。


そして家臣の言葉を聞いて現状の確認を行なったタイチは、最終的な結論を出す。

「テンペスタを落とされた以上、攻城兵器が必須になるわけだが、今威力テストが終わって量産体制に入っている所と報告が上がっている。ウルヴァトンで最低1回は防衛戦闘をしてもらうしかないな」

戦争はそう頻繁に起こせる物ではない。数十日から1ヶ月くらいに1回、大規模な戦闘があるかどうかで、後は数百人規模の小競り合いのみだ。

これらは特筆すべき事ではない。小競り合い程度で落ちるような柔な軍じゃない程度の力は当然持っているはずだ。でなければ大国と言う広い範囲を守護する事は出来ない。

攻城兵器の量産は始まっている、しかし城を落とすのに最低限必要な試算量すらまだ出来ていない現状。

今しばらく耐えてもらうしかない。アーロンと他出席者達も国の現状を聞き、今出来る限りの事を考える。

「では、私は指揮を取る為にウルヴァトンに向かわせてもらいます」

「製作に掛かる財源は何とか確保してきましょう」

「わしは引き続きノーレント経由でアルフレイド側と交渉を継続かの」

「うむ、それぞれ最善を尽くして頑張ってくれ。それでは散会」

俺は王としての責任を果たす。輝けるチヒロの未来の為に。そしてこの国の為に。





ウルヴァトンの国:城壁の上

「銃部隊、撃て!」

大隊の司令官の宣言で城壁から埋め尽くさんばかりの魔力の本流が打ち出される。
しかし、距離が離れているため、弾は当たる事無く地面に着弾。相手の被害もほとんど無いと言っても過言ではない。

アルフレイド帝国も、この人数で勝てると思ってないのか、軽い牽制程度だ。
帝国側も、切り札である竜種をつれてきて居ない所を見ると攻める気はまったく無い様だ。

見晴らしのいい建物の屋上で横になってあくびをしながら戦場を見ている。
今は自分の出番では無いと態度で表している。周りで見ていた騎士達はいつもの事と完全無視だ。

むしろ、戦場を見ているだけでも凄いと思われているのだろう。
それほどまでにめんどくさがり屋なタカは、一人思考の渦の中にいた。

異世界に召還された時の事、様々な人と出会い、そして別れた。
何人も殺して来たし、自分のエゴや油断で大切な人を失ってしまった事もある。
ただ、それでも自分の事を信じてくれた人がいる。


モナーク・ファミルス。


タカのこの世で最も信頼するに値する人物で、そしてぽっくり病気で亡くなってしまったファミルス国の二代前の王である。

現在も縛られる想い。だがしかし、タカはそれでいいと自分を納得させる。
この国と、そして民の平和をタカに託して、この大空のどこかで今も見守っていてくれるのだから。

タカは戦場から上空へと視線を移し。どこまでも繋がっている青空へ宣言する。


「僕は、いつまでもこの国と共にあるよ。モナーク。だから安心してくれ」


その言葉は誰にも聞こえていないただの独白。
しかし、それはタカにとっての想いの証明。そして自分を納得させるための暗示。


タカ・フェルトは、この大空の情景を目に焼き付けながら、暫し安らかな眠りに付いた。


__________________________________

プロット作り直してたら時間掛かりまして。

題名どおり兄弟妹の3人視点で送りました。
3人称ばかり書いてたら1人称の書き方を忘れたと言う悲しい裏事情が。


チヒロの精神がボロボロに!?これからどうなってしまうのか?
とりあえず廃人にはしないと思う。
壊れさせる予定も多分無い。
ヤンデレは多分あるかもしれない。(ギャグ的な意味で)
流れ次第ではどうなるか分かりませんけど。


そして今までまったく語られる事の無かったタカの過去が!?
…いや、過去回想は予定無いんですけどっ!
過去の回想なんて安易な真似はしないで現代で少しずつ出して読者に想像出来るような技量があるといいなぁ…。

精進ですね。


今後ともよろしくお願いしますよ~



[6047] 人知を超えた力
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 14:21
大勢の身分の高そうな貴族達が部屋の真ん中に鎮座しているテーブルの横に備え付けられている椅子に座って整然と待機している。

そして王である皇帝が静かに入ってきて椅子の前に立ち、開始の宣言をする。
「ただ今から、ウルヴァリン攻略作戦の会議を始める」



そこはアルフレイド帝国に協力している国の一つ。


その国の中心に、戦線の情報を集め、そして今後の戦略を練る為に建てたれた専用の施設がある。

既存の屋敷を急場しのぎで改装したのか、隣の部屋との敷居が壊された後が残され、内装は机と椅子しかないが、一時的しか使わない会議には華美な装飾など不要と皇帝が言ったので速さを重視して作られた。その施設の会議室内に、現在リチャード・アルフレイドは、各地の戦線を担当している武官達を集め、これからの戦略を練っていた。

「後はウルヴァリンを落とすのみとなったわけですが、あそこは土地に漂う魔力値が高いので、今までの戦いのように行かないと思われます。ファミルス王国側も、落とされたら後がないので本気で守ってくるだろうことが予想されます」


一人の情報仕官が現状の報告をする。

「我が帝国の戦力状態は?」

「各国の治安を守る騎士達を除き、現在投入可能な戦力は。竜騎士1万5千、重歩兵7万です。既に戦場に向けて出撃しており、後10日で着く予定です。

ファミルス国領土に進行するには数が足りませんが、後方の帝国国内に居る人員を使えば何とかなるでしょう」

アルフレイド帝国は本国にまだ兵力を相当数残していたが、全て導入できない事情が存在していた。

「竜派の武官はいいとこ取りか、羨ましい事だな」

「いえいえ、領土侵攻の方が被害は大きいと思いますよ。御愁傷様じゃないでしょうか?」

ミリスト派の武官は、盛大な嫌味で場を濁すが、皇帝はまったく動じずに無言で椅子に座って情報を整理をしている。

竜信仰派の武官は、基本的にミリスト派と仲が悪く、既に別の組織として存在していると言っても過言ではない。

竜信仰の教祖である皇帝が乗り出して来てはいるが、一緒に行動させると戦の中であろうと険悪な雰囲気になってしまい、本来の力が出せないのだ。

よって今回、皇帝は国内に竜信仰派を残したままの行軍となった。

一応少数の兵力は出してきているが、それでも皇帝を守る近衛兵としてであり、戦場に出される事は考慮されていない。本当に最低限と言ったレベルで、その数は1万くらいだ。

このような竜派とミリスト派の対立の歴史は結構根深く、国内の数も拮抗しているため、ある意味ではバランスが取れているが、裏の方で皇帝と教皇の激しい交渉の攻防があったと言うのはそれなりに知られている。

今の所目立った対立はないが、これは両者間をなるべく顔を合わせないようにして対立させないようにしている。と言う上層部の配慮があったからこそだと言えるだろう。

しかし今この場に居ない騎士の話をしても仕方がない。一人の隊長が咳払いして話を元の流れに戻す。

「そんな事は今話すべきではない。テンペスタでは我が軍も大きな痛手を受けた。このような事態を繰り返してはならぬ」

「テンペスタではタカ・フェルト個人にやられた。と言えるでしょう。噂に違わぬ魔術師のようです」

報告するのはエドモンド・ガルビン。彼も司令官クラス。そして唯一ファミルス王国と交戦した時の目撃者である。

彼はタカ・フェルト一人何とかすれば自分の力で何とかできると主張する。

その言葉を聞いて納得した隊長達は頭を悩ませる。

皆がそれぞれ考えを出し合うが、どれも現実的な意見ではない。

アイディアを出し尽くしたのか、会議室に静寂が包まれる。

その静寂を破ったのは、若い一人の宣教師だった。

「それについては策があります」

「ほう、それはどのような?」

皇帝が若者の意見を許可すると、隊長クラスの騎士達の視線が一人に集中する。
その中で、物怖じせずに堂々と胸を張り、そしてファミルスの切り札に対抗する案を提案する。

「タカ・フェルトに対抗できる魔術師を当てればいいだけです。簡単な事でしょう?」

「タカ・フェルトに対等に渡りあう魔術師なんて……ああ、居たな。一人だけ」

「アレを当てれば何とかなるでしょう。後は竜騎士部隊で叩けばいいだけです」

「では、その作戦で行くとしようか」

ミリスト派の家臣達の賛成の声に、沈黙を保つ皇帝。

「皇帝、よろしいでしょうか?」
「……ああ、それで行こう。それでは各員準備を怠りなく進めよ。解散」

無表情のままの皇帝が退出したと同時に、各隊長クラスは己の仕事を全うする為に次々と退出していく。


そして皇帝は一人自室に篭り、中の様子を知る物は誰も居なかった。





帝国では魔術師が存在しない。
それは正解でもあるし、間違いでもある。
魔術研究部署は存在するし、魔術師も存在している。

ただ、土地柄魔力が少ないので実験資材など無く、高名な魔術師も居ないので、成果を残す事が出来ずに予算を削られて衰退しているだけだ。現状居ないと言っても差し支えない。

魔術銃の解析をしているが、成果は芳しくなく、もし解析出来て複製できたとしても魔石の在庫が無いので量産は出来ない。

上層部もまったく期待して無いし、性能だけ分かればいいと思っているので特に問題はない。

魔術師は研究所の他に、もう一箇所居る場所がある。



そこはアルフレイド牢獄、罪を犯したり、帝国の意思に反する行為をした物が収監されるべき場所。


そこに足を踏み入れる若き宣教師。名前はクレファイス・ミカウェル。彼は若くして教会の司教と言う地位にあり、そしてもうすぐ大司教になると噂されている。

これほどまでに速い出世をした理由は、彼の側近、実働部隊である使徒の能力がずば抜けており、教会の裏の仕事の成功率が他の司教の使徒と比べて高く。裏の顔を全て知っているとまで言われているからだ。

最も大きな功績は、件の魔術師を捕獲する事に成功した事が一番大きい。
その方法は語られることはなかったが、教皇は大手を上げて司教の地位を約束した。

そこまで出来る人材を殺すわけにもいかず。また、神への信仰心も問題が無いので他の宗者達も認めざるを得なかったと言う事情が存在する。

彼は、薄暗く、腐敗した臭いが漂う、ジメジメした高湿度の地下中を躊躇する事無く歩いていく。

何度か曲がり角を超え、やがて遠くの一室に騎士が立っている部屋を見る事が出来る。

ここが件の魔術師の居る部屋だ。

「様子はどうだ」


クレファイスは中に入る。そこには数人の使徒と、鎖に繋がれた一人のローブを纏った男。その姿に力はなく、体の制御を手放している。

使徒達は魔術師に既に細工し終えて休憩していたのか、椅子に座って談笑していたようだ。小汚い机に紅茶やコーヒー、それにお茶請けなどが並んでいる。しかし、クレファイスが入ってきた事により、すぐに仕事の顔に戻ったようだ。使徒達は資料を手に取り、状況を報告する。

「洗脳は無事に終わりましたが精神がまだ不安定です。使うにはまだ速いかと」
「戦闘が出来れば問題は無い。どうせ使い捨てだ。すぐに連れて行くから持ってこい」

使徒達はクレファイスの指示に従い、鎖を外して薄暗い地下からの連れ出し作業に入る。

そして彼はそのまま戦場へと運ばれる事になる。
タカと戦わせる為に。






アルフレイド帝国の隊長級会議から十数日、ウルヴァリンの周りには大規模な帝国軍が布陣していた。

その眺めは、いっそ清々しくも感じる。
上空を埋め尽くさんばかりの竜騎士の軍勢。地平線が見えないくらい広く分布している重歩兵。
久しぶりに感じる死の気配に。アーロンは身震いを起こす。


ファミルス側に居る現在の兵総数は約8万。歩兵6万そのうち魔術銃を持っている歩兵は三万五千。騎馬隊は伝令・物資の補給役としてとってあり、その総数は五千、そして二万の魔術師達で構成されている

今回の作戦は、魔術師や魔術銃で城壁の上から殲滅する方式を取るようだ。
対して敵は竜騎士1万7千、重歩兵7万と総数は上だが、今回は攻城戦である。
城を背にして戦えると言う利点は大きい。

だがこれにも弱点はある。それは竜騎士の存在だ。

空からの攻撃に城壁など意味を持たず、一方的に攻められて終わるだけになってしまう。

それに対応する為に銃の数を急遽増やし、今回魔術師は大魔術で歩兵を殲滅せずに竜騎士中心に倒すように指示を出してある。

これで先の大戦から分析した竜騎士の性能を見る限り、力関係は互角かこちらが有利だろうとアーロンは見ている。

重歩兵は銃の射程距離に入ったら撃てばいい。どの道遠くに居たら当たらないのだ。今はまだはるか遠くの重歩兵より、目の前に居る竜騎士の対応が先だ。

それは単純な戦力比をみた時の数値だ。こちらには切り札であるタカ・フェルトが存在する。彼ならば一万の銃歩兵戦力に相当する活躍を見せてくれると信じているし、彼も期待に応えてくれるだろう。




両軍の緊迫したにらみ合いは、アルフレイド帝国側の鐘の音によって出てきた、先鋒の竜騎士部隊の来襲によって幕が上がった。

竜に狙いを定め、そして城壁から空を埋め尽くさんばかりの火球・炸裂弾。

対する竜もそれに負けじとブレスで相殺しながら進軍を続けているようだ。
今回は魔術師も参戦しているので、ブレスに押し負けず、比較的有利な争いが出来ている。



そして戦が始まって十五分が経とうと言う頃。
その戦の勝敗を決める二人の男が激突する事になる。

タカは現在、右翼にて竜騎士達と交戦していた。

その姿はまさにテンペスタで見せた一騎当万の活躍で、既に右翼で戦っている竜騎士をもうすぐ五百体は落とす勢いだ。

これは竜騎士たちも前回の教訓を活かし、絶対に近づかないで、遠くからブレスを吐き、タカ以外の者を狙ったりして戦っているためで、タカに向かってくれば今頃全て落としていただろう。


上空で竜を追いかけながら戦っていたタカ・フェルトを城壁の下で眺めて居る一人の男。周りは炸裂系の魔術の爆発による重低音があたりに激しく響き渡り、衝撃で落とされた竜の死体や、ブレスで焼け焦げた魔術師が入り混じり、不快感を感じさせる臭いがたち込めている。まさに地獄絵図の様相を感じさせる。

城壁の上に居る魔術師達も、上空の竜に手一杯で下を見る余裕など無い。
そして男は、タカを仕留める、その命令を実行するために、魔力を練り始める。


そして、魔術の矢は放たれた。


突如大きな魔力の接近を感じて、思わず下の方を向くタカ・フェルト。
その時はもう回避する事は出来なかった。

魔術の矢はタカの竜にあたり、一撃で体の半分を失って落下していく。
タカは竜を捨て去って、地上へと跳び下り、そして攻撃を加えてきた敵を見据える。

その者は、タカ・フェルト。いや、遠藤孝明にとって見覚えのある顔だった。


「お前が俺の相手か? 孝明。いや、今はタカ・フェルトだっけっか?」

「有吉!? なぜお前が帝国に居るんだ!?」

突如として敵として現れた有吉と呼ばれる人物は、タカが昔出会った事のある人物だった。

筋肉が引き締まって、髪型は丸坊主。顔の作りはモテル部類に入るのではないだろうか。

目鼻はすっきり通っており、その眼光は隼のように鋭く、既にタカを獲物として捕らえている目だ。

有吉は両腕を頭付近に持ってきて、キックボクシングの構えを取る。


「ふっ、俺の事をその名前で呼ぶか。だがそんな事はどうでもいい。俺は神を冒涜したファミルスを潰す。それだけだ」

「くっ、何を言っている!? なぜ俺達が戦わなければならないんだ!」

「同じ世界同士へのせめてもの情けだ、せめて楽に殺してやるぜ」


タカは動揺して、一瞬ここが戦場だと言う事が頭から消え去り、素の表情を見せる。
そして有吉の説得にあたるが、まるで聞いていない様子だ。

彼も孝明と一緒に世界を超えし者。外から見て予測する分には、それなりに仲は良かったのだろう。

タカの頭に懐かしき記憶が浮かぶ。

だが、その回想は長い時間続けられる事は無かった。タカは上空で響く爆音によって、改めて時分の今置かれて居る立場を認識する。

彼に何があったのかはタカには分からないが、彼はタカを敵として認識し、そして構えている場所は死体が転がっている戦場。


タカは意を決し、そして譲れないものの為に宣言する。



「僕はファミルスを守る。それが僕の存在理由だ!」
「俺は俺の正義の為にお前を殺す!」


タカは魔術をいつでも放てる体勢で有吉に向かい立つ。
そして戦場に一つの爆発が起こった時、二人の譲れない想いのぶつかり合いが始まった。



有吉が使う戦術は、現代のキックボクシングそのものだ。
体の動きもそれに見合った動きをしている。限界まで身体強化をしている事を除けばだが。


近接戦闘の心得のないタカは有吉の攻撃範囲に入ったら、即行で三途の川をバタフライ200mコースレコードを塗り替える勢いで泳いでしまう。


タカが距離を稼ぎ、有吉が詰める。
この構図になってしまうのも当然の結果だ。


だが、元々の身体能力が違うのだろう、有吉は少しづつタカを追い詰め、そして右の拳を振り上げる。


タカに向かって繰り出された渾身の右ストレート。
絶対に避けられないタイミングで出された拳に、有吉は狂気な目で笑う。


しかし、その拳はタカ・フェルトに当たったと思われた瞬間、タカの姿をすり抜けてそのまま空を切った。


「変わらんな。一直線で愚直な所は」

有吉は、声のする方に振り向き、改めて拳を繰り出すが、攻撃しても攻撃してもその本体を捕らえる事は出来ない。繰り出した攻撃は幻影によって全て明後日の方向に流されて行ってしまっているのだ。
タカはもう既にその場に留まって有吉への幻術攻撃に魔力を割いている。


既に20分は同じ事を繰り返してきただろうか。
ついに有吉は攻撃を止め、頂点に上った苛立ちを露にする。

「なぜだ!なぜ当たらん!?」

「精神系魔術の得意な僕と、熱血愚直な馬鹿であるお前とでは相性の差で俺が確実に勝つって事だよ。そんなもの前から同じだったろう? もうお前は僕を捕らえる事は二度と出来ない。そのまま帰るんだな。僕はやる事があるのでね」

「チクショォォォォォォォ!!」

絶叫しながら座り込んで頭を抱える有吉。

タカは、際限の無い幻術によってこの精神的疲労の限界を待っていたのだ。

後は適当に気絶させて放置すれば、簡単に決着はつく。これもまた、二人の間ではいつもの事だった。

昔から変わらないその流れに懐かしさが押し寄せてくるが、現在ファミルス側は、タカが抜けた事でピンチになっている事が予想される。

思い出すのは後回しにして、タカは元いた戦場に向かって駆け出した。









タカは、どうやら逃げ回っているうちに戦線の端っこの方まで来てしまったようだ。

タカが復帰した戦場では、未だ膠着状態に陥っている魔術部隊の姿があった。

未だ戦線が崩壊していない事に安堵の表情を浮かべるが、事態はそう安心していられるような状態じゃない。


周りの状況を確認して、思いのほか深刻な事態である事に気づく。


「まずいな。今は統率して竜と互角に争っているが、最初から本気の今で互角だとそのうち魔術師の魔力が切れて負ける……」

戦線は膠着してはいるが、その代わり魔術師達が本気で戦っているのだ。

明らかにこの後の重歩兵用の魔力を残さずに全力で竜と対峙している。ペース配分がまったく出来ていない証拠だ。

このままでは重歩兵が来る頃には……。いや、来る前に息切れを起こしてしまう。
そうなったら重歩兵に蹂躙されて終わりだ。ファミルス国土が危険にさらされる可能性が高くなる。

だが、このままではいけないと思いつつも対抗する手段など……。

一つだけある。兄貴は止めたけど、念のためと思って持って来ているアレが。

使うしかない、このままでは全滅は必至だ。

「この国を落とされるわけには行かないっ……! 兄貴、すまんな…使わせてもらうぞ」

タカは、近くに偶然いた魔術衆に伝令を出す。

「アレを持って来い」

「アレ、ですか? わかりました持ってきます」

タカの持って来た自前の魔術道具を運搬していたのは魔術衆達だ。

もちろん彼らはその中身を知らない。全て魔力の漏れないシートをかけて見られないようにするためだ。

使わないに越した事は無いが……。この状態になっては仕方ない。

魔術衆が急いで持ってきた馬車の中から、一番大きい物体を念動魔術で浮かせ、そして地面に下ろす。



布を被せてあったのは直径1メートルの聖石だった



「これは……それにこの魔力量……もしかして聖石!?」



魔術衆の一人が、驚き戸惑って停止しているが、今はそのような事を気にかけている場合じゃない。

タカは急いで指示を出す。


「何をやってる、詠唱するから俺を守れ。どでかいのをお見舞いしてやる」
「り、了解しました」


魔術衆が横目で見守る中、タカは長い詠唱を開始する。


その集められていく魔力は、魔術特性の無い人でも幻視出来る位の強大なものだった。



地面は軽く揺れ、そして魔力の風が質量を持って吹き荒れる。



立ち上る魔力の奔流に、本能でその危険を察知したのか、竜が暴れだす。
竜の動揺で危険を悟ったのか、怒涛の勢いで詠唱妨害に雪崩れ込んで来る竜騎士たち。

魔術衆達は、その押し寄せる洪水の如く向かってくる軍勢を、多重掛けの壁を建設する事で何とか耐える。




そして、異世界の悪夢が具現化した。





「……古の地より来たりて敵を殲滅し尽くせ。ファイヤーグルード召喚!」





現在タカが使える魔術で、もっとも高難易度の魔術。

その名は召喚魔術。異世界より呼び寄せた炎の化身。

人の形を取っているが、その姿はまさしく神の具現。

天使の羽のように、背中から吹き出ている白い炎。

その体は城壁より高く、そして体からは高温すぎるのか、体表まで白く燃えている。

周囲のこの世の者とは思えないと呆然と見ている騎士に向かって指を指し、タカは一つの命令を下す。






「やれ!古の昔より恐れられし白き炎で、敵を食らい尽くせ!」





その言葉の意味が分かったのか、軽く頷き、そして悪夢が現実になる。

近くにいる全ての竜に向かって神の炎が意思を持つように蠢き。そして触れた瞬間燃焼する事無く焼き尽くした。

そのまま炎の巨人は城壁沿いに走り出し、次々と焼き殺して行く。

歩いた道に残るのは、既に生き物の原形を残さず、炭化して炭になった元人間の姿だけだった。



「な、なんと言う威力だ……」



その様子を進軍しながら見ていたエドモンドは、空いた口が塞がらないという言葉を見事なまでに体現していた。

重歩兵達も、思わず進軍を止めその様子に見入っている。

竜騎士隊を一掃し終えたのか、城壁の端まで走りきった異世界の巨人は、まっすぐに重歩兵隊に向かって走り出した。

向かってこられた方は堪った物ではない。

たった今竜が炭化して行く様子を遠目からでも見ていたのだから。




近づいたら死ぬ。それは『絶死』であり、生き残る術は触れない事のみ。




重歩兵隊は、鎧を脱ぎ去ってなるべく軽くしてから全速力で駆け出す。

しかし巨人であるがゆえに歩幅がまるで違う。

追いつかれて次々と炭化して行く元重歩兵隊。

既に軍隊としての体裁は保っていない。




あるのはただ、死の蔓延する炎の道のみ。




やがて魔力が切れたのか、契約時間が切れたのか。巨人はただの炎となって上空に舞い上がって行った。

巨人が消え去った時には、竜騎士隊全焼。重歩兵隊三分の一焼失と言う被害を出し、ウルヴァリン防衛線の幕を下ろす事になる。

「撤退だ!引き金を鳴らせ!」

撤退。今の状態で、その言葉にどれだけの意味があるのか。

ファミルス側も魔術師が疲弊し、更にそろそろ銃の弾数も怪しくなり始めた頃だったので。追撃は出来なかった。









「そうか、聖石を使ったか」

ファミルス王国:国王執務室


「使ったはいいが、その後がやばいぞ……」

まず、聖石を分析される前にしとめるしかない。
タカが使った聖石の威力から考えてもう魔力の残量は無いだろう。
あの土地だと回復するまでに4ヶ月はかかるし、同じ大きさをここから持っていくにも3ヶ月くらいかかりそうだ。
今すぐに攻めてこられる事は無さそうだが、まだ後方には大量の兵がある。
全軍で来られたらいくら聖石でも耐え切れないだろう。
そもそも使用者であるタカの身が持たない。

使用したその場で倒れ、その後1週間寝込んだと報告書に書いてある。
その間攻められたらこちらが負けるだろう。
それにタカ達が居る所は教会の手が回っている。もし取られたらまずい。

「これは短期決戦しかないな」

ばれない内に全て終わらせる。そして国内を何とか押さえ込む。

「シーザーに今すぐ連絡を取れ。ノーレント経由で停戦を急がせろ!それと今すぐウルヴァトンから出陣し、1ヶ月以内にテンペスタの城を降伏勧告で落とせ。その後の交渉で有利に運べるはずだ。」

はったりでも目の前に聖石があれば降伏を承諾するだろう。
タイチはそう判断した。




だがこの判断は時代の流れを混沌へと導く事になる。





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まさに今のガンダム並に戦術が何の意味も成してませんね。
10cmで天変地異レベルなら1m級はこれくらいはできるはず。


タカの能力が出きったので解説

・得意な魔術は精神系魔術。
・召喚魔術が使用出来るが、大規模な魔力触媒が必要。(一章の異世界召喚もフラグです)
・普通の魔術も一応使える。


とりあえず4章では軍対軍は終了です。デスガ、これで戦争のターンが一生来ないと言うわけではありません。
まあ、プロットどおりに進めば大規模な軍対軍の戦いを書く日は来るでしょう。




※帝国にある教会の使徒設定は独自な物です。

現代における使徒とは遣わされた者。派遣された者とググッたら載っていて、
特定地域の宣教に大きな働きを示した人物に、「使徒」の称号を冠する。とかwiki先生に載ってたので。
司教以上が持つ事の出来る実行部隊。その総称が「使徒」とさせていただきました。
よって使徒はいっぱいいる事になります。
現代の使徒をこちらの世界観に合わせたらこんな感じになりました。

どこぞの12使徒とは違うですよ。



[6047] 決断の時 前編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 13:42


アルフレイド帝国側:某会議室

ここでは先日見たような余裕の勝利を確信している表情をしている者は誰一人としていない。
そこにあるのは絶望と不安。
会議の雰囲気は重苦しい物となっていた。
皆。現場にいた司令官であるエドモンドから、戦いの報告を聞いて落胆している。

「なんという威力だ。このままではわが国が完全敗北してしまうぞ!」
「おまちください」

会議に同席していたクレファイス・ミカウェルが一人手を上げる。
彼の表情には落胆の色は無く、既に次の作戦を考え付いて、それが出来ると確信している顔だ。

「クレファイスか、なんだ?言って見ろ」
「はい、今まであのような攻撃をしてこなかったのは隠して起きたかったからだと推測できます。隠しておく理由はおそらく戦後のことを睨んでのことでしょう」

クレファイスが言っているのは内部から落とす策だ。外からはいくらタカが脅威でも、中からなら容易いと主張する。
クレファイスの主張に皆思わず頷く。もはやそれしか無いと分かっているからだ。だが懸念材料もある。
土地が豊かなファミルスに不和を引き起こさせられるだけの隙があるかどうか。そこが争点となる。

「ファミルスには不和の種があるという事かね?」
「はい、そこを付いて内乱を引き起こせば我が軍の勝利は容易いかと。既に準備は整っております」
クレファイスがあるというのなら付け入る隙はあるのだろう。それだけの信頼感は皆持っている。否、持たざるを得ない実績がある。

「なるほど、その作戦で行こう。発案者であるお前がいけ」
「承知いたしました。吉報をお待ちください」
こうしてクレファイスは一足先に会議室から退出し、使徒達に指示を出しにいった。
先ほどまでの進退窮る状態では無くなり、安堵の雰囲気が漂う。

ただ一人、上座に座って無言で聞いていた皇帝を除いては。







ファミルス王国:執務室


2ヵ月後。
タイチはチヒロとアビーを呼び出し、今後のことに付いて話し合おうとしていた。
執務室の中にいるのはタイチ、そのメイドのステフ、チヒロとそのメイド二人。そしてメイド長だ。
ちなみにメイド長はこの国で唯一のタイチ直属の部隊長で、もちろん聖石の事も知っている。知らなければ諜報などの業務に支障が出るためだ。

チヒロは行きなり呼ばれた事を疑問に思いながらも冷静に質問を投げかける。
「どうしたの?お兄ちゃん」
「俺から言うのもなんだから、メイド長から詳しい事情を聞いてくれ」
「最近、国内の領主の間からタイチ王の不信任の声が上がっております」
「なっ、それってどう言う事!?」
予想外の事態に思わず声量の上がるチヒロ。だが既にタイチは冷静に分析している。

「おそらく、帝国の手の物による反乱工作だな。俺は貴族の間では心象最悪だからそこを突かれているのだろう」

部屋に漂う重い静寂。それを破ったのはこれからのことについて考えているチヒロの一言だった。

「それで、これからどうなると思う?」
「最悪のシナリオを考えると、おそらく国が二つに割れる」
「その後すきだらけのファミルス国領土を攻めると、首謀者を殺すだけで解決しないかしら?」

「それで済めばいいがな。どれだけの人数がいるのかも分からぬし、万が一を常に考えておく事も国王としては必要だ」
「万が一……まさか、クーデター!?」

「そうだ、いざとなったら俺の命を要求してくるだろう。メイド長はどれくらいの確立で起こると思う?」
「タイチ様の行動次第ですが、領主達にとって最良の選択をしても半々くらいかと。時間稼ぎをすれば多少稼げますが、それでも数ヶ月といった所でしょうね。
私達乙女組とタカ様が治めている魔術部隊、上流階級が集まるこの国は抑える事が出来るでしょうが、地方の領主は軍隊を差し向けてくる可能性が高いです。今までの政策で不満を持って居るでしょうから」


ここ数年は、社交界に頻繁に顔を出しているが、それでも上流階級以外の家臣貴族達とはなかなか接点が合わないし、政策は主に民の為に行なってきた影響で、地方領主級貴族達からの点数は驚くほど低い。
内乱の可能性は高いと見ているメイド長の言葉は、的を得た意見と言えるだろう。

「内乱の影響で国が取られるくらいなら、俺一人の命など安い物だがな」
「なに言ってるの!!? お兄ちゃんがいなきゃ意味ないじゃない!」

自殺願望とも取れるその物言いに、チヒロは感情を爆発させながら講義する。
だがタイチはどこか悟った顔をしながらその意見を曲げる事は無かった。

「……王としての責任もある。内乱は責任者である王が居なくなればそれで終わるだろう?」

「……生きて。なにがあっても生きぬいて!私は王女なんて肩書きいらない。ただお兄ちゃんと一緒に過ごしたいだけなのに。なんでお兄ちゃんは王に固執するのよ!」

その表情は怒り。悲しみ。そして想いという気持ちが篭った言葉だった。
タイチもチヒロを悲しませる事は本望ではない。
困惑した表情でチヒロの眼を見つめるタイチ。
しかし、チヒロはどこまでも本気だった。

「ねえ、お兄ちゃん、どこか遠くに逃げようよ。私はお兄ちゃんの居ない世界なんて……もう耐え切れないよ……」

それは一度分かれた経験があるからなのか、別れの悲しみを経験した事があるからこそ出来る、切ない表情だった。
瞳は涙で潤み、頬には涙の道が美しく光る。胸の前で手を組み、祈るような上目遣いで懇願する。
その信実な想いを正面から受け止めるタイチ。


「……そうだな、それも考慮しておこう。家臣のこれからの行動は予測でしか過ぎない。想像で終わればいいがな。それで俺達のこれからの行動だが」
少しはチヒロの想いはタイチの心を揺さぶる事が出来たのだろうか。
これが女性の涙によって現れる魔力なのか。
タイチは顔を横に背け、お茶を濁しながらその話を終わりにし、一つ大きく息を吸い込んだ後、表情を改め、今回呼んだ理由に入る。



「クーデターは起こるものとしての行動に入るぞ、何事も無いように行動はするが、聖石は人が持ってはいけない力だ。強すぎる力はいずれ身を滅ぼすだろう。最悪、奪われて大陸全土が帝国の物になるだろう」

タイチの考えるもっとも最悪なシナリオの一つを提示し、改めて二人に向き直り、そして指示を出す。

「まずはチヒロ、研究所にある最重要機密書類の類は全て燃やせ。停戦協定は終わっているから、もう兵器は作らなくていいぞ」

「そうね……兵器を作らないで良いというのは嬉しいんだけど、やるせないわね」

涙の跡は残っているが。己の立場も忘れない。自分の作った兵器の威力を見れないことを残念に思う気持ち。複雑な表情を浮かべるチヒロ。

チヒロの同意を得て、メイド長に向き直るタイチ。

「メイド長は下級家臣達の家に潜入捜査。クーデターが起きそうになったら報告しろ」

「畏まりました。今すぐにメイド給仕を派遣いたします」

「それと二人に協力して当たってもらいたい事は、聖石の隠蔽だ。魔力が漏れない布を被せて地下に埋めるぞ。今から被う作業に入っておけ。

「畏まりました」
「了解よ」

二人の同意によって今後の方針が可決され、二人は部屋を出て行った。



4人が退出していって静寂があたりを包む。
そこに残されたのはステフとタイチ。二人は顔を向き合わせ、ため息を付く。
いくら国の一大事であっても、タイチは全てを背負い込みすぎだ。
ステフはそう判断した。
「タイチ様、大丈夫ですか?」
「ステフ、お前はこの国に残れ」
搾り出す言葉は、ステフにとってもっとも残酷な言葉だった。
その姿は全てに疲れた老人のような影すら見える。
しかしステフは既に覚悟を決めている。私を家族とまで言ってくれて、側で優しく包んでくれたこの主君を守ると。
ステフは首を横に振り、明確な拒絶で返す。
「私はタイチ様のこと愛してますから、なにがあってもお側に居ますよ」

しばらくお互いに視線をぶつけ合う。
ステフを死なせたくないタイチの視線。タイチについていくという覚悟を決めたステフの眼光。
どのくらいの間そうしていたのだろうか。1秒?いや、1分位だろうか?
タイチとステフの間には、その一分が永遠で、その一分が全ての世界。
永遠に続くと思われる譲れない世界の応酬。
その戦いはタイチが認めるという決着で終わりを迎える。

タイチの瞳はステフの説得は無理と判断し、ステフの強固な覚悟を受け入れる。
これもまた、いつもの関係。受け入れるタイチと見守るステフ。いつまでもこの関係がいいなと、ステフは幸せそうに微笑んだ。

「……言うようになってきたじゃないか。そこまで言うならいつまでも付いて来い」
「もちろんです、タイチ様」
表の顔は厳しくも。最後は根っこの優しさと慈愛を忘れないタイチの側が、一番落ち着く居場所であると、改めて惚れ直し。そして好きになれた事を誇りに思う。

一転して明るくなった表情を浮かべるタイチ、その表情からはもう暗い影など微塵も無い。
「アレックスとアンジェリンを呼んできてくれ」
「はい、今すぐ呼んできますね」
躓きながらも前に歩こうと頑張るタイチ。その歩行を支えるステフ。
まるで姉と弟のような関係に、思わず笑い会う二人。
彼らの関係は、いつまでも変わらないようだ。



しばらくして、タイチが呼んだ通りアレックスとアンジェリンが入室を果たす。
緊急の用事だとの事で、アレックスの顔には焦りの色が浮かんでいる。
一方、アンジェリンは優雅に入室を果たす。いつでも自分のペースを崩さない姿勢は、貴族としての信念のようだ。
対照的な二人のようだが、対照的だからこそうまくいくのだろう。タイチは頭の中でそう結論付けた。

「ここがタイチ王の執務室ですの?なんと言うか質素ですわね」
「そう言えばここに呼んだのは初めてだったな。二人に話があるから他の者は退出してくれ」

アレックスとアンと共に付いて来たメイド達は自分の分を弁えているのか、タイチの言葉に何も言わずに「しつれいします」とだけ返して出て言った。
この場にいるのは何かが吹っ切れたようなタイチ。そして真剣な眼で側を守るステフの姿だ。
ステフは真剣な眼をしていながら、アレックス達に圧力が掛かる事は無く、その真剣さは内側に圧力が掛かっている。
それを人は、覚悟という。

「それで、どのような用件なのでしょうか?」
「お前達の父親は既に知っているが、この国には聖石と言う物がある」
「聖石、と言いますと通常の魔石より濃い濃度で魔力が貯えられている石と文献に載ってましたね。存在していたんですか?」
「さすがに博識だなアレックス」

タイチは次に、視線をアンジェリンに向け、問いかける。
「さて、今度はアンジェリンに聞くぞ。家臣の中での俺の評価はどんな物だと思う?」

「…最悪ですわね。最近は社交界によく参加して上流階級とは仲が良くなってきていますので心配はいりませんけど。地方の領主から見れば、ダム建設でほとんど全ての労働力が搾り取られ、魔術関係の施設はこの街に独占状態。さらに婚約者であるチヒロ王女の支配化にある。さらにタイチ王自身が家臣に利益のあるような政策を取ってこなかった。思い当たる事は他にも沢山ありますけど、大きい物ではこのくらいありますわね。いつ爆発してもおかしく無いと言っても過言ではありませんわよ」

「つまり家臣からの信頼は最悪レベルにあると言ってもいい。平和なうちは何とかなったが、今は戦争中で情勢や治安が悪い。
これは今までこの城下町に居る上流階級を中心に回っていて、地方の領主を蔑ろにして来たことが原因だが、どっちつかずになるよりはましだ」
「そうですね、地方の領主より城下町の上流階級を優先する気持ちは分かります」

「最近地方の領主で俺の不信任の声が上がっている。十中八九帝国の工作だろう」

「つまりこれをきっかけに領土内の家臣達が暴走する可能性がある。と言うことですわね」

「ある程度は予想していたんだがな。俺ならこの現状を知ったらまず真っ先に内乱を起こさせる。向こうも同じように考える事を考慮するとあまり長い時間持たないだろう。だからいざと言う時の備えとしてお前達を呼んだと言うわけだ」
「……ここに呼ばれた理由は分かりましたが、なぜ僕なのでしょう?」
「お前自分の立場が分かってないのか? 軍部を総括するアーロン公の娘を嫁に迎え、経済を支配しているオルブライト家の息子だぞ?俺が殺された時にはお前が王としてふさわしいじゃないか」

「ぼ、僕が王ですか!?」
「アレックス、もうちょっと自覚を持ってくださいな。あなたは一応王になる資格はあるのよ?」
アレックスは、いきなりの王抜擢に驚き、アンジェリンはその動揺を戒める。この関係は、二人の中で固定らしい。

「貴族によるクーデターだから貴族社会は崩壊しないだろう。国が割れて領主達から王が出ることは俺が絶対にさせない。上流階級で一番権力があるのはシーザーだが、長い間統治出来そうにないし、子も残せない。そういう意味ではアンジェリンと既に結婚していて子供を期待しやすいアレックスに出番が回るのはむしろ当然だ」

「……分かりました。その為の準備はしておきます。ですがそれを言う為に呼んだわけでは無いでしょう?」
「アンジェリン。あの美しい庭園はまだ残っているかな?」
「もちろんです。あの庭園は先祖代々伝わるエンドリュース家の誇るべき資産ですもの。そう簡単に手放すわけにはいきませんわ」
「あそこの下にこの国が持っている全ての聖石を埋める。表向きな理由は俺が全ての聖石を全て捨てたという事にする。何か問題が起こったら使え」

「鉱山にはもう無いのですか?」
「国家機密だぞ?最優先で全て掘り終えたに決まってるじゃないか。後残っているのは掘るのが危険な火山の下くらいだ」
「なるほど。わかりました」
「うむ、頼んだぞ」
「まるでタイチ王が失脚するのが既に決定事項のような言い方ですね」
「絶対にクーデターなど起こす気は無いけどな。努力はして見るさ」
「頑張ってください」





停戦協定は思いのほか速く進み、お互いがなにも権利を勝ち取れずに終わってしまう不毛な戦争だったが、それでもいいと思う。タカの体は一つしかない。いくらなんでも大規模魔術連続使用は無理だろう。聖石の魔力回復も待たねばならないため、実は余り時間が無かったのだ。このまま続けて死傷者が多くなるよりは良いに決まってるし、これからは家臣達の懐柔に集中できるから止むを得ないとも言える。




「タイチ様。よろしいでしょうか」
「メイド長か。どうした?」

その様子は普段の冷静沈着とは違って少しだけ慌てているような印象を受ける。
表情からは分からないが、周りに漂う雰囲気からそう感じるのだ。
長年の付き合いの賜物と言えるだろう。

「領地の中でミリスト布教が影ながら行なわれていると情報が入りました」
「……帝国の狙い通りの展開か。ミリスト教が表に出てきたという事は相手の計画が最終段階まで来ていると言う事だ。
大丈夫と思われる領主への懐柔を急がせろ」
「承知しました」

その後、反乱派のリーダーと思わしき人物から手紙が届いた。
「貴族出身で無いタイチ王にはこの国を治める資格無し。早々に退陣を要求する。そのためには、武力行使もやむ無しとする」

タイチはその手紙を握り締め、怒りに震えていた。
領主如きの身分ででしゃばりやがって。

だからと言って、こいつは踊らされている事にも気づいていないし、俺が何を言っても無駄なのだろう。
どう考えても喧嘩を仕掛けてきている。

タイチは乙女組を使って、下級貴族と領主の懐柔作業に忙殺される事になった。









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本編とはまったく関係ない後書き


あえてテンペスタ攻防を恥部として残してこのまま突っ走っていく事を宣言します。
ダメ設定とひどい文才ですが、完結までの大まかな流れは変わらないと思います。



対して文才の無い腐れヘボ作者ですけど今後とも見放さないでくれたら嬉しいです。

今後ともよろしくお願いしますね。



[6047] 決断の時 後編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 13:44





タイチが領主からの手紙を一蹴し、1ヶ月位経った頃。タイチの懐柔工作むなしく、反乱分子の動きが本格的な物になった。
普段なら処刑して終わり。のはずなのだが、今回は事情が違う。
領主の一人が「反タイチ連合」という物を設立し、それに追随するように他の領主達も反旗を翻し始め、
既に国内の半分の領地は連合に加盟している。
しかも騎士を大量に保有している所を中心に反乱が起こったのだ。
そこまでくればどんなに頭の悪い人でも気づく。帝国による内乱工作に間違い無い。
下級貴族を纏めている上流貴族達もその対策に翻弄され、現状では手を打て無い様だ。



とある領主の一室

そこでは帝国の教会、その中でも実行部隊と呼ばれる使徒と名乗るものと、この一室の主であるファミルス領主が二人で話し合っていた。

「手はずどおり進んだようですね」
「ああ、協力を求める親書を送ったら半分近く協力体制をとってきた。所詮タイチ王はこの国を任せられる器では無かったと言うことだ」
「そうですか、それは神もお喜びになられることでしょう」
「そうだな。」
「それでは失礼します」

静かに退出していく使徒を見て、重いため息を付く。
本当はこのような事を起こすつもりはなかった。
聖石などという国宝にもさして興味がないし、領土だけ守るにはこの領土内に居る騎士達の力を借りればそれで事足りる。
しかし彼にはどうしても許せない理由が一つだけあったのだ。

話を聞いていたのだろう。ドアの向こうに隠れていた息子がやってきて、提言する。その言葉はまるで、諭すようだった。

「お父様、タイチ王は絶対なのです。逆らうのはいけません」

親子間での温度差が二人の間で行き交う。
とある領主は元々、タイチの政策に反対派だった。
しかし、息子の教育に一流の講師を付ける金が無く、貴族達との交流の機会だと思って学園に教育を受けさせた。
学園で教育を施して、息子は素直に受け入れ、そしてタイチ絶対主義になって帰ってきた。
その後は思想の違いで息子との会話も噛み合わず、すれ違いの日々。
彼には許しておく事はどうしても出来なかった。


その時訪れた使徒と名乗る者の口車を聞き、理想論と分かりながらも、その甘い口上に乗っかってしまった。
それはこの領主の罪。ここまでやってしまった以上、もう止められない。
領主は息子を精一杯抱擁し、そして願った。
私の行為で、息子の未来を明るく、そして平和な物になるようにと。




タイチはタカとチヒロを呼び、ステフをドアの外に見張りに出させ、兄弟3人でこれからの対策会議を行なっていた。

「こうなってしまったら領主の騎士達を全殲滅するか、俺が大人しく死ぬかの二択だろうな」
「それで殲滅した後は帝国が攻めてくると。どう考えても不利だね。
僕の体は一つしかない。領土に人海戦術で広がって攻められたら止められないぜ」
「お兄ちゃん。一緒に逃げよう!今ならまだ間に合うから」

タイチがこれから起こる一番現実的な説を提示する。
チヒロはタイチの腕にしがみつき、何とか阻止しようと感情を振り乱して講義する。
その姿に研究者や王女としての風格は無く、ただ兄を想う一人の少女でしかなかった。

タイチは無視してタカに向き直ったので、タカもその意を汲んで話を進める。

「……兄貴の望みは?」

「このまま戦えば帝国が再び攻めて来るだろう。だからと言って俺が大人しく死ぬと次の後継者でもめる事になる。この国の制度ではチヒロは女だから王になる資格はは無い。結果的にアレックスが後継者になるだろうが、どちらにしても帝国の思い通りと言うわけだな」

「お兄ちゃん!何で!?なんでなのよぉ!」

タイチの腕をがっちり掴んで髪を振り乱して叫びながら号泣するチヒロ。
タカはそれを見て、苦々しく唇をかみ締め、一つの提案を口にする。

「……僕にも責任がある。一つだけ案があるけど、使うかい?」




「……それじゃ、姉貴をつれて寝かせておくよ。僕も準備があるしね。後で呼んでくれ」
タカは泣き疲れて眠ってしまったチヒロを抱え上げ、退出する。
チヒロの姿には安堵感が感じられ、そしてこの世の終わりのような絶望感は既に無い。

入れ替わりに入室したステフに開口一番でこれからの計画を話す。

「ステフ。上流階級のいつものメンバー、それとアレックスを緊急招集。その後メイド長を呼べ」
「分かりました、暫しお待ちください」






ファミルス王国:会議室

現在ここには、ステフにより緊急招集されたいつもの上流階級の重鎮の他に、今回新しい人物が2人いる。
タカ・フェルトとアレックス・オルブライトだ。
まさかいるとは思って無かったクラック・オルブライトは、思わず隣に座った息子のアレックスに疑問を投げかける。

「タカ・フェルト様がここに居ても不思議では無いが、なぜアレックスがここに?」
「タイチ王がぜひ出席するようにとの命を受け参列させていただいた次第。よろしくお願いします。父上」
「タイチ王が?……うーむ、まあ良かろう。この場の空気にも慣れておけよアレックス」
「分かりました」

ちょうどその時、会議室に響くドアのノック音。しばらくしてドアが開けられ、タイチ王が入室してくる。
いつもの上座に着席し、いつもの様な開始の宣言で会議は始まった。

「みんな揃っているようだな。それでは会議を始めよう」

『我ら、全ては王とこの国の為に』
タイチ王最後のファミルス国最高権利者会議である。

「さて、今のこの国の現状だが。現在領主と下級貴族の間でミリスト教がとてつもないスピードで蔓延している。その勢いは凄まじく、既に反タイチ連合が組織されている。もうすぐここに攻め込んでくるだろう」
「いきなり反タイチ連合が現れたのも驚きですが、それに賛同する領主が思いのほか多く、城下町の下級貴族にもその流れに乗ろうかと言う勢いです」
「そうだな、タイチ王の王としての資質が疑わしい物だと私の家臣からも付き上げを食らっておる」

「俺は元々王としての資質は無いからな」

城下町に居る下級家臣は、ミリスト教に懐柔されたわけでは無い。
タイチに元々不満を持っていた下級家臣が、自分から領主側に賛同し始めたのだ。
その情報を知っているからこそ、この様なため息交じりの弱気な言葉が出てしまうのも仕方の無い事だと言えよう。

「何を仰いますか。タイチ王は国のため、民のために誠心誠意努力を行なってきたではありませんか」
「貴族には見えない形でな。そこにミリスト教が付け入る隙があったのだろう。信者では無さそうでも、何らかの裏取引があったと思われる証拠も見つかっている」
「この国の領地を預かる者としてあるまじき行為ですな」
「ああ、ここまで腐っているとは正直予想していなかった。こいつらを切ってもいいんだが、疑わしい者を含めると半分は切らねばならない」

ただタイチに賛同出来ない貴族達か、ミリスト教に毒された信者なのかまったく見分けのつかない今の状態では、家臣全体の半分を切らなければならない。
全体の1割から2割が信者だと予測しているタイチにとっては絶対避けたい事態だ。
そこまでやってしまうと貴族社会は崩壊し、国を統治する事が出来なくなってしまう。

「それほどまでに……」
「たとえ切ったとしても、変わりになるような信頼できる人材はいないし、今の所ミリスト教には組していないが反タイチ思想の芽は上流階級以外全てと言っても過言では無い。これから更に増えると予測できる」

「わしらは情報誘導の時点で既に帝国に負けていると言わざるを得んのう」
この流れ自体が帝国の狙いだとすると、よほど丹念に調べ上げたか、交渉能力のずば抜けて高い人材が裏で案約していると見ていいだろう。
シーザーは素直に負けを認め、そして家臣達も、頷く事は無いが心の中で同意している。

「最初に来た宗者とはまるで違う。俺の想像をはるかに超えた能力を持っていると見ていい。おそらくミリスト教の中でも相当上位の実力者だろうな。反国家ではなく、反タイチとして煽られると、俺が何をしようとどうにもならん」

タイチ個人を攻めているのだ、タイチが何をやっても問題が収まるわけが無い。
でも救いは、タイチを打倒するという目的であって、独立して新しい国を作ろうとしていない事だ。
おそらく、帝国はすぐやってくるつもりなのだろう。2国に分けて攻めた時協力されるより、短期的に兵力を激減させて丸ごと帝国領土にしてしまおうという狙いのようだ。
もし、攻めて来なくてもいずれ独立させてしまう事になるだろう。

「領主や下級貴族の中から王が出るのは避けねばなりませんな。私達上流階級の立場も危うくなります」

出来てすぐの国は重鎮の中に入りやすい。
権力を餌に入国を促すように交渉してくれば、家臣を根こそぎ取られるという事態すらありえる。
それに1回許してしまうと、次々と独立を宣言する事態も予想できる。
魔術技術が産業の小国になり下がる事も考えられる。

「そこでタカの考えを実行しようと思う」
「タカ様の……ですか?」

そこでようやく座って黙したままだったタカが眼を開き、一つの案を提示する。

「僕がタイチ王の身代わりを立て、自殺させてその首をもって行けば反タイチ連合は自然と勢いを落とすでしょう?」
「……タイチ王はこの国を見捨てるおつもりか?」
「それが国の為になるというのなら、その選択は間違っていない。地位に執着していないと言えば嘘だが、この事態は俺の責任だ。ならば俺が決着を付け、次に繋げる為に清算する」

『……』

下手に動けば分裂。タイチがいる限り状態は悪くなる。ならばいっそタイチが下りればいいのだと主張する。
タイチも既にその考えの有効性に納得し、そして家臣に提示する。
家臣達はそのような事態にならないように動いてきたが、こうなってしまった以上、タイチが認めるのであれば、国王を変える事もやぶさかでは無い様子だ。
タイチは、一応の納得を得たと判断し、そうなった場合の処理を提示する。

「上が壊れれば下も壊れる。体制が纏まらない内に帝国に攻められる事も考慮すると、急いで後継者を決めねばならんだろう。そこで俺はアレックスを後継者として選択した」

「アレックスを!?……確かに。冷静に考えると一番その資格があるのはアレックスですね」
クラック・オルブライトは自分の息子が選ばれた事に一瞬だけ驚きと喜びの表情を浮かべるが、すぐに自分を戒め、そして冷静に判断する。
タイチはアレックスに向かって視線を這わせ、そして確認を取る。

「アレックス。受けてくれるな?」
「……おまかせ、ください」
「国王が変わっても、不和の芽はアレックス打倒か反ファミルス国になるだろう。その為に一度領主を全て入れ替える」
「それでオルブライト家の地盤を固めると言うわけですか」
「そうだ。どうせ憎まれ役になるのなら全て殺した方が手っ取り早い。誰が宗者か全体を把握出来ていないし、調べる時間も無い。そして生かしておけば反乱分子をこの国に残す事になる」

今、下級家臣からの感情は最悪だ。貴族からは愚王と陰口を叩かれている。ならばその悪感情を利用し、更に悪人になる事によって次の王はタイチよりまともだと思わせやすい。そういう狙いがある。

「タイチ王がそれでいいのならこの選択は間違ってはおらんのう。正解とはいえぬが」
「しばらくは領主選考で悩むが、内乱を起こされるよりましだな」
「……結局、俺は王としての信頼を集める事が出来なかった。それだけだ。アレックス。これが変わりに領主の勤まる器の者達のリストだ。チヒロが学校で纏めさせたのをこんなに早く使うとは思わなかった。しばらくすれば使える様になるだろう。俺の二の舞にはなるなよ」
「…はい」

「形式上は俺が領主達を皆殺しにしたことを理由に上流階級たちの手によってクーデターを起こし、そして俺は追い詰められて自害。という流れにする。皆もその流れに従って動け」
『……分かりました』








アレックスは始めて参加した最高権利者の集まる会議の様子を見て、少し前にアンと共に執務室に呼ばれた時のことを思い出していた。


あの時からタイチ様はこの事を予測していた。
だがそれでも押さえ切れなかった。その殉教者の腕前には敵ながら尊敬を覚える。
だが敵にするとなると、僕の恐ろしいという尺度をはるかに超えている。
そんな相手との知能戦。勝てるとは思えない。
僕はどこか小さく見える背中を眼で追いながらタイチ様に声を掛ける。

「タイチ様。あの…」
「アレックスか。……俺は怯え過ぎたのかもしれない」
「怯え、ですか?」

その表情は後悔。普段なかなか自分の後ろめたい表情を出さないタイチ様がこんなにも落ち込んでいる。僕は改めてこの国を思うタイチ様の志しに感服した。

「ああ、自分の地盤を固めようと怯え、改革の政策を急ぎすぎた…。何も後ろ盾の無い俺には、そうする事しか出来なかったんだ。そうして招いてしまったこの事態。なるべくしてなったのだろうな……」
「……それでも、僕はタイチ様が間違っているとは思いません」

それは本心だ、タイチ様の中で政策の優先順位はまず『民のため』から入る。国の財政を立て直し、そして教育まで施した。
ダム建設で農作物は一年中栽培する事ができ、民は豊かになった。
その事が間違っているとは僕は思わない。ただ、その優先順位が貴族に認められなかっただけ。
貴族の嫉妬やわがままでこのような事態が起きている。
僕はそう解釈した。

「俺にはその一言で満足さ、友人の為に出来る限りのお膳立てをしてやる。それが俺の王としての最後だ」
「友人…ですか…」
「俺はアレックスの事を家臣ではなく、友人だと思っている。アレックスがどう思っているのかは知らないがな」
「……タイチ様は、僕にとって最高の友人です。この先も、いつまでも」

友人とまで言ってくれて、そして僕の為に国運営の土台まで積んでくれたタイチ様。
その恩は、この国を更に発展させる事で報いなければならない。
王としての責任。それはまだ僕には分からない。だけど僕はタイチ様の様になりたいと思う。
僕は心からそう思った。

「王の仕事。がむしゃらに駆けてみろ。アンジェリンも支えてくれるだろう。それでは俺はやる事があるので失礼するよ」
「ありが、とう。ございます…」

アレックスは。本当の意味でタイチに忠誠を誓える家臣であり、そして友人だった。





ステフが呼び寄せ、姿を現せたアビーに、開口一番で指令を出す。
その内容は、冷静沈着なアビーをもってしてもうろたえる内容だった。

「メイド長。領主達を殺れ。反乱分子など関係なく、全ての領主をだ」
「そ、それではこちら側が時間を早める行為を自ら行なう事になりますが、よろしいのですか!?」

「問題ない」
「……御意」

タイチの自信満々なその態度に、アビー肩を落とし、は頷くしかなかった。




王族が緊急の事態に陥った時、逃走用に使う。だが今はただの下水道として機能している通路の入り口。
そこにはメイド3人が既に船の準備をしながら作業し、タイチとチヒロはアレックスとアンジェリンに最後の別れを惜しんでいた。

「行かれるのですね」
「アン。私はあなたの事、一生友人だと思ってるから、忘れないでね。忘れたら雷撃魔術よ!」
「チヒロ……もちろん、チヒロの事は忘れません。私も同じように、忘れたらファミルスの全騎士を差し向けますわ」
「…想像したくない大軍勢ね。アンの為にこれ作ったの。一見ただの髪飾りだけど聖石を使った全自動バリアよ。しばらくは外敵から身を守れるわ」
「あら、それでは私のお母様から戴いた髪飾りを差し上げますわ」
「こんな高給そうな物いいの?」
「お気に入りの特注品ですけど、お母様はまだ生きていらっしゃいますし、別に家宝でも何でもありませんわよ」
「それなら遠慮なく戴くわ」

女性が分かれる時に行なわれる大事な物の交換作業はどこの世界でも恒例なのか?
タイチは疑問に思いつつアレックスと視線を合わせる。
二人の間にはもう言葉いらない。
男同士の別れなんてそんなものだ。

「俺からはもう何も言う事は無い。やりぬけ」
「タイチ様の民にかける信念。受け継がせていただきます」
「それは構わないが、内乱だけは勘弁してくれよ?」
「教訓は活かします。ですので御安心を」
「それでは、そろそろ行くぞ、チヒロ。」
「了解よ。お兄ちゃん」

二人はボートに乗りこみ、そしてステフが舵を操ってゆっくりと進んでいく。
やがてその姿が見えなくなる。アレックスは二人の未来を想ってぽつりと呟いた。

「あの二人は、幸せになって欲しいな」
「私達も負けないように幸せにならないとね」
「もちろんだよ、アン。それでは即位式の準備にいくか。今頃タカ様が反乱軍の説得に成功している頃だ」
「分かりましたわ、あなた」
アンジェリンとアレックス。二人の歩く先は、きっと幸せな物になるだろう。
二人が共にいる限り。





「……ねえ、お兄ちゃん」
「……言うな。言いたい事は分かってる」

「凄く臭いんですけど!」
「仕方無いだろ!使わないと思って下水道にしたんだから!」

「風よ、ここの空気浄化して。マジでお願い!」
「ちょ、俺も範囲に入れろ!」

「お兄ちゃんの責任なんだからしっかり報いを受けなさい」
「なんでだあああ!」

この二人の旅も楽しい物となるだろう。賑やかの間違いかもしれないが。







地を埋め尽くす勢いの大軍勢。
その進路の先にある物は、ファミルス城下町。各地の領主代理が差し向けた傭兵や自前の騎士達が、長い隊列をもって殲滅せんと行軍を続けていた。

各地の領主が一人残らず殺された。それは地方の運営機能の停止。それは民達への混乱を招く。
各地の領主代理達は全て一丸となり、タイチ打倒の名分で終結し、そして軍を差し向けていた。

しかし、日程どおり全兵力が集まり、順調に行なわれているその進軍は、途中の妨害によってその勢いを止める事になる。
この国最強の魔術師が一人、仁王立ち立ち塞がっているのを、先行していた騎馬偵察隊が発見したからだ。

その事実を受け、タカ・フェルトを囲むように布陣してゆく領主の騎士達。
ファミルス国の民ならば誰でも知っている定説。


「タカ・フェルトに壊せないものはない」


それは拡張表現であるかも知れない。しかしそれを裏付ける実績は、どれをとっても否定する要素はない。

周囲の騎士達はおびえながらもその距離を詰めていく。
恐る恐る近づいていくと、いきなりタカが構えを解き、そして右手を上げる。
魔術の詠唱かと騎士達が身構えるが、その言葉は詠唱ではなく、交渉の誘いだった。

「今回は交渉に来た。各領主より派遣されている責任者よ我が前に出て来るがいい」

周囲の騎士達は安堵のため息を漏らす。
彼が暴れたらこの一体が焦土になり、全員が殺されてもおかしくないのだ。
本当はそこまで出来ないかもしれないが、騎士達のイメージではそうなっている。
実際前衛は皆殺しだろうから、その考えは当たらずとも問題は無い認識だ。
騎馬隊は急いで隊長へと伝令に走る。


後に騎士達は語る。「隊長達が来るまでの間、俺達全員は寿命が大幅に縮む空気を受け続けた」と。


隊長クラスのメンバーが集まり、すぐさま交渉が開始される。
彼らも既に命を握られている事を覚悟しているが、交渉の余地を残さないほど怒り狂っている訳ではない。

怒っているのは領主の方で、現場の騎士達の待遇は変わらないし、これから戦うのは同じ国民だ。やる気は無いが、それでも従わなければいけない。
それが雇われ騎士の辛い所である。

「このまま引き返すわけにもいきませぬぞ?」
「いや、帰って知らせてもらいたい事がある。タイチ王が今回の事を受けて国宝である聖石をどこかに隠して自害なされた。その証拠の首がこの布の中に入っている」

タカが提示した布のかなには、タイチの顔が入れてあった、中身を見た騎士達は、唖然として立ちすくむ。

「な、なんだと!?……確かに、このお顔はタイチ王に間違い無い。でもなぜ…?」

責任者達は驚き戸惑っている。
その姿を見てにやりと笑ったタカの最後の一言で、交渉は終止符を撃たれる事になった。

「既に軍を出す理由であるタイチ王はこの国におらず、貴族達も後継者で揉めている状況。そちらの代理領主達も、至急参列して欲しいとの事だ」

「……分かりました。こちらも無駄に兵を減らすのは本意ではない。兵を引いて至急その旨をお伝えする事、お約束いたしましょう」

聖石はどこかに消え、責任者であるタイチ王も死んだ。もはや戦う理由の無くなった代理領主達は、その矛を治め、参列する事になる。




数日後。王国では、既に新国王が決めり、顔見せとしての雰囲気が強い。

「これより、アレックス・オルブライトの襲位式を執り行う」

壇上に上がり、家臣を見渡すアレックス新国王。その衣装は着られている感が強く、見られている事に少し怯えているが、それでも精一杯王としての威厳を出し、そして高らかに宣言する。

「まだ先ほどの大戦によって国が疲弊し、帝国の脅威はまだ残っている。これからは国のため、皆が一丸となって強固な信頼関係を結ばねばならぬ。皆の活躍を期待しているぞ。殺されてしまった領地には新しい領主を派遣する」


上流階級により、アレックス・オルブライトの襲位が決定した。
これは軍を総括するエンドリュース家と経済を支配するオルブライト家という最上流階級の息子である事が一番大きな理由だが、既に結婚しており、子供を残す事が期待されているからだ。


この事がきっかけで、この国の内乱の目は、一応の決着を見る事になる。






からからと車輪の回る音と同時に体を揺られ、ゆっくりと進む屋根付きの少し高価な馬車の上。
そこにタイチとチヒロ、そしてそのお供のレイチェル、カトリーナ、馬を操るのはステフだ。
馬車の中には売り物の魔石に扮した少量の聖石が乗せられ、横の方には少量とは言いがたい現金が積まれている。もちろん食料もあり、現在の所無くなる気配は無い。

服装は一般人に扮した装いで、若い女商人が兄弟を連れて旅行がてら売りに行く途中。という設定で進んでいる。
税関で止められた時も、そのいい訳を使って通過できたし、ファミルス国の偉い人の所に配布される、関税通過許可証を見せたら荷物をノーチェックで通過する事が出来た。

王としての最後の権力を使って逃走を図っているタイチ後一行。

現在、見渡す限りの田畑で埋め尽くされ、心地いい風が運んでくれる野菜の匂いが食欲をそそられる。
久しぶりに感じるまったりとした時間。
そして、馬車の中では女性人が賑やかな会話に華を咲かせていた。
タイチが中の様子を見たと同時にチヒロと目が合い。
心苦しそうな表情を浮かべながらタイチに聞く。

「私が望んだ事だけど……これで良かったの?」
「いいんだ。結果、王としての立場を失ったとしても、俺は国の為になる事をやり、そして一応の平和をもたらす事が出来た。後悔は無いさ」
「ならいいんだけど」


タイチはチヒロを優しくなで上げ、そして馬車の中を見渡す。


「俺には国を失っても付いて来てくれる人が4人も居るんだ。それは俺にとって国よりも価値のあるものだと思ってる」
「私はチヒロ様に忠誠を誓ってるのであって、タイチ様には誓ってませんよ」

レイチェルは不平をもらすが、その声に本気の色がまったく無い事は誰の目にも明らかだ。
からかうと同時に自分の本心を明らかにしたいのだろう。
チヒロが本当に好かれている事の証しだ。タイチはそう判断した。
チヒロも分かっているのか、その言葉にやんわりと反論を返す。
言葉と共に返す笑顔はとてもにこやかで、国にいた時よりも輝いて見える。
いつも見慣れているタイチが、思わず目で追ってしまう。それほどの魅力だった。

「レイチェル。私はずっとお兄ちゃんと居るって決めてるんだから同じ事よ。それともう王女の肩書きは無いんだから様付けしちゃダメ」

「じゃあチヒロさんとお呼びしますね」

「私はぁ、タイチ君も好きですよぉ」

カトリーナのある意味空気を読んだ爆弾発言とも取れる物言いに、チヒロが腕をブンブン振り回しながら講義する。

「お兄ちゃんに恋したらそれはそれで許さないわよ!」
「タイチ様はもてますね。私も負けてはおれません」

馬を操って会話には参加出来ていないステフも、中の様子は気になるようだ。
ぽつりと漏らされたその言葉に、タイチはきちんと反応する。

「ステフはいつまでも一緒に居てもらうさ。俺の姉なんだから。それとステフも言葉直しておけよ。疑われたら困るんだから」
「言葉使いはおいおい……それよりしっかり恋愛対象として見てくださいよぉ!」

約7年間も続けてきた言葉使いはなかなか直ってくれないようだ。
それは今後の課題としておき、ステフを改めて見やる。

体は戦闘向けに引き締まってはいるが、出る所は出ている。
大体Cと言った所だろうか。
顔や仕草は大人しく気弱そうという雰囲気を纏っているが、なかなか作りは悪くない。
緑色の髪型も、肩までしか伸ばしていないのは戦闘に配慮した形だ。
傍から見たら美人でかわいくて守って上げたいと思えるその雰囲気。
だが実際はタイチを含め、みんなを守ろうとしてくれる面倒見のいい性格だったりする。

現代のタイチから見たらぜひともお付き合い願いたい逸材である。
だが、タイチの優先順位の頂点にはチヒロという鬼嫁の存在が既にある。タイチはチヒロを見て許可を待つ。

「それは……チヒロ、どう思う?」
「……ギリギリセーフね」
「なら考えてもいいかな?」

「ほんとですか!?私なんでもやっちゃいますよ!絶対離れませんから」
「はっはっは。ステフは要領良いな。それに扱い方が簡単だ」

皆が揃って笑い出し、そしてからかわれたステフは頬を膨らませて怒り出す。

「もう、知りません!」

これはこれで良かったのかもしれない。
俺はこれからもみんなと共に過ごしていく。
忙しい日常を離れ、のんびりとした時間。
みんなと荷馬車に揺られて楽しく談笑できる事。

このような時間の流れも悪くない。
俺は照り付けてくる太陽の下、今を楽しむ決意をした。

「お兄ちゃん何やってるの?」
「いや、こんな時間も悪くないと思ってさ」
「これから毎日一緒ね。私にはそれで十分幸せよ」
「そうか、なら俺もチヒロと一緒で幸せだ」

二人はお互い見つめ合いながら笑い、そして未来を思う。


明日もきっと、素晴らしい時間が来る事を信じて。




[6047] 4章:旅立ちは波乱万丈?
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 14:23
ガラガラ。ゴトン。ガラガラガラ…

薄い膜のような屋根が掛かっている馬車の奏でる独特のリズムが流れていく街道。
外に視線を移せば、サンサンと4月の太陽の光が照り付け、今日もとても暑い。
でも湿度はそれほど高くなく、カラカラとした暑さなのでそれほど苦にはならない。
周りは見渡す限りの大平原。羊飼い達が餌を食べさせている情景がポツポツと見える。

馬車の中見は5人が横になって寝ても十分余裕のある広さがある。
脇の方には5人が十分に次の街に行くだけの食料があり、少量とは言いがたい金額の金貨が積まれている。
いざと言う時は聖石がお守りとなって旅の無事を約束してくれるだろう。


タイチ・ファミルス。13歳を迎え、あどけない子供の顔立ちは徐々に抜け始め、そこそこ顔が良いと行ったレベルだ。
髪型は肩まで伸びてきて前髪が鬱陶しくなってきたので、そろそろ切ろうかな。などと思っている。
髪の長さは3~5センチくらいが本人のお気に入りの長さのようだ。
服の趣味も、着れれば良い的な不精野郎で、よくチヒロに怒られているが、本人は特に気にしていない様子だ。


一応この物語の主人公で、現在4人の女性陣に囲まれてハーレム羨ましいな状態だが、チヒロの完璧ガードによって何とか貞操は守られているようだ。

タイチの13歳になった一番大きい影響として、性欲の発露が最近問題になって来ており、心とは反対に体が女を求めてしまうという、若者らしい悲しい悩みに打ちひしがれている。

しかも中にいる4人の女性陣の内、3人が割りとオープンに誘惑してくるからタイチとしては泣きそうだ。

最近は、木陰に行く回数も増えてきているようだ。同情した方がいいと思う。

タイチももう隠しても仕方無いので性の話しは割りとオープンにしている。開き直ったとも言うが。
そして女性陣が図に乗って更にからかって来ると言う悪循環に陥ってるのはタイチの知る所では無い。


全員とやっちゃえば?と作者は思うが、タイチは『チヒロの許可が無いとダメ』だと本人は固く誓っている様子なので、チヒロの赤飯まで待たなければいけないらしい。女性陣も暗黙の了解として受け入れているようだ。


濃い草の匂いをはらんだ心地いい風が、開け放たれている2つの入り口。前から入り後ろへと流れて行く。
重い荷を運ぶのは前に座り、馬を二頭操って、見飽きた大平原の風景をぼんやり見て欠伸を漏らしているステファ・カーティス。
ステフの相性で呼ばれ、本名で呼ばれる事はほとんど無い。
今年で21歳を迎える。気は弱いが、しっかり者のお姉ちゃん役だ。
機能美を追求した肉体に、エルフ特有の耳がチャームポイントで、美少女と言える容姿をしている。
一般的な女商人が好むローブを身に纏い、麦わら帽子で日焼けを防止している。


前の入り口から顔を出し、タイチはその様子を悪戯心満載の表情で凝視して見る。
ステフはその視線に気づいたのか、頬を少し赤らめながらそっぽを向いてタイチの視線から逃れる努力をするが、馬を操るのを怠ってはまっすぐ進む事などできない。
そのまま見続けるタイチ。ステフはしばらく目線をキョロキョロと動かしていたが、やがて羞恥心を吹き飛ばすように「もう……」という言葉を漏らして進行方向を向いた。
こう言う所がかわいいと思えるので、からかうのを止めれない。思わずにやけてしまう頬を戻して、馬車の中へと視線を移す。


中央には二人いる。

一人はチヒロ・ファミルス。今年8歳になる元王女という肩書きを持つマッドな研究者だ。
髪型は伸ばしっ放しではあるのだが、その髪質は母譲りのサラサラな青色で、
こまめな手入れをしてあるのか、固まる事無く一本一本が主張している。
アクセサリーとして付けている綺麗な花の髪止めは、場違いなほど高価で、少し浮いているが、友人であるアンジェリンから貰った大切な物であり、寝る時以外は片時も外さない。
Tシャツに長ズボンというファミルスでは一般的な子供服を着ているが。ラフな格好の中にもチヒロのセンスがきらりと光っている。


もう一人はチヒロの元メイドで、カトリーナ・エリオット。
現在12歳。家が魔術師の家系の為か、幼少の頃より英才教育を施され、
魔術国家であるファミルスでさえ最上位に位置する魔術技術能力を持つ天才マッドだ。

もう性根からしてマッドである。一度世界に入るとどす黒い瘴気が立ち上り、チヒロでさえ手が付けられなくなるが、普段は冷静に周りを見て空気を読む事ができる子だ。
色の濃い青色を上半分の髪だけをまとめ、残った髪はおろしたスタイル。
体系はふっくらと言う印象を受けるが、それほどスタイルは悪くない。話し口調はどことなく天然で、可愛げな雰囲気が漂っている。
今は気分が魔術師なのか、ローブを着て前以外全身を隠している。

チヒロとカトリーナは魔術関連の研究に勤しんでいる。
いつもの研究癖の影響なのか、二人ともマッドなので研究から離れたくないのだろう。
私の本分はこれだ!と主張しているように見受けられる。

やがて二人は、タイチの視線に気づいたのか。二人で書き殴っていた紙から眼を離し、
そしてバランスの取りづらい走行中の馬車に平衡感覚を揺さぶられながら何とかタイチの隣に座り、そして腕を組んでくる。

カトリーナも便乗して俺の隣に陣取って腕を組んでくる。
その微笑みは凄く輝いて見えるが、何故か本能が警告する。


『彼女は悪女だ』と。


これは経験から来るものでも、理論があってそう思うのではなく、


『本能』が警告してくる。


タイチはその本能に従って、腕を離して貰おうとさりげなくチヒロの髪を撫でる目的で腕を動かそうと……。




そのとき、タイチに……電流走る……。




普段は服で隠れてて見えないが、なかなかに質量のある物体が、タイチの腕の動きにあわせて持ち上がる。
今日の暑さはさすがに感じるらしい。
ローブを纏ってはいるが、その下は薄いシャツ一枚で、ほとんど直接的に伝えてくる肌の肉質。
タイチは固まった様に硬直し、頭を撫でられるのを待っていたチヒロが疑問に思い顔を上げる。
タイチの無意識に言った「Cだな……」という言葉で現状を察してしまったチヒロ。




比喩じゃなく、タイチに……電流走る……。




チヒロお得意の雷撃魔術がタイチの腕を駆け抜けていく。
タイチにとっては少し痺れる様な感覚が襲うが、腕の反対側にいるカトリーナにはタイチが感じた何倍もの電圧が掛けられたらしい。
魔力のコントロールは一流の域に達しているチヒロだから出来る芸当だ。
ステフにはまだまだ年季の差でコントロールと戦闘技術では勝てないものの、血筋ゆえか、体の中に流れる魔力はステフを超えている。
これは、0歳からの英才教育という所から来る差で、カトリーナが平均から劣っているわけでは無い。
カトリーナの魔術の扱い方は、12歳平均からしたら早い部類に入る。ただチヒロが優秀なだけだ。

カトリーナは思わず手を離し、チヒロを拗ねる様に唇を尖らせて睨み付ける。

「もう、チヒロさん。少しくらい分けてくれたっていいじゃないですかぁ」
「カトリーナに少しでも分けたらお兄ちゃんの貞操が危ういのよ!」

チヒロはカトリーナの事をしっかり分かっている様子で注意する。
一方、信用してもらえなかった事に対するタイチの落ち込み様はとても痛々しい。

「いや、カトリーナの攻撃はとてもよかったんだが、チヒロさんにそこまで信用されてないとなるとこっちも悲しく……」
「ほらぁ、タイチ君もこういう事言ってますから、ちょっと退いて下さいなぁ」


カトリーナはチヒロをずらし、チヒロも渋々ながらタイチから離れた。
そしてカトリーナは、チヒロとタイチの想像と妄想を超えた行動に出る事になる。


カトリーナはタイチの座っている所を跨ぎ、タイチに正面から向かい合った後そのまま抱きついたのだ。
腰に足を巻かれて固定され、どこぞの部位同士が当たっている。
抱き付かれた影響で、質量を伴った物体がタイチの胸に当たり、馬車の揺れに従って形を変えていく。


チヒロはその一連の自然な動作を見て唖然と言葉も出ない様子。

一方、抱き付かれたタイチも、今さっき言った言葉もある手前、一応の抵抗を試みるが、馬車の揺れによってすり寄せられる肉体に、タイチの理性と言う名の堅牢であるはずの城壁は一瞬にして陥落に危機に瀕していた。

タイチは10秒も持たずにチヒロに助けを求める。
その間カトリーナはタイチの耳元で「どうですかぁ?」と囁いており、既に本丸への道は丸裸と言って良い状況にまで陥っている。
よく見ると、城壁を守っているはずの騎士達が、「どうぞこちらです」と誘っているイメージが浮かんでいる。
理性と言う名の大名は、家臣の裏切りによって既に風前の灯と言えるだろう。

「チヒロさん、前言撤回です。負けそうです」
「カトリーナ!ちょっともう止めて。お兄ちゃんが。私のお兄ちゃんがぁ!」

涙目で講義するタイチに、チヒロは兄の貞操と理性を守りぬく為に立ち上がった。
そして激しい攻防の末、愛の使者は魔性の女から囚われの王子を救い出す事が出来たのである。
何とかチヒロという援軍によって一命を取りとめたタイチ理性城。
既に掘りは埋め立てられ、城壁も粉々だ。

「どこで覚えるんだよ…そういう事……」
「お母様がぁ、男の人はこうして上げるとメロメロになるって教えてくれましたのぉ」
「うん、間違って無い。全然間違って無い。ただ、恋人以外やっちゃダメだと思うよ……」
「じゃぁ、タイチ様はオッケーですねぇ」
「ダメじゃぁ!」


ガヤガヤと騒がしい楽しそうな雰囲気の会話を横目に、カトリーナと同じ元チヒロメイドである今年で11歳を迎えるレイチェル・ケンドールは、空気に馴染めずに筋トレをしていた。
研究で渡り合えるほど知能も良く無いし、タイチ様と仲良く話の出来る度胸も受け入れられない。

レイチェルは軽くカトリーナに嫉妬していた。

髪色は明るい金髪ロングを比較的高い位置で纏めておろしたツインテール。
体系は痩せ型で運動量が豊富そうなハーフエルフ。
服装はTシャツとハーフパンツという機能を重視した服装だ。
活発な性格だが、思いっきり体育会系の性格をしているため、今まで上の立場にいた人間といきなり気軽に話をする事がどうしてもできなかった。

時よりカトリーナが空気を呼んで話し掛けてくれるが、
やはりまだレイチェルの中では「チヒロ様」と「タイチ様」であり、気軽に話しかける事はまだ出来ていない。

レイチェルは孤独感を噛み締めていた。







太陽が地平線の向こうに沈み、5人を囲む焚き火がモウモウと燃え盛っている。
時よりパチンという音が響いたかと思うと火の粉が辺りに飛び散り、
焼け焦げた木の香りと、商人の旅では高級品である肉のこうばしい香りが混ざり合い辺りを包んでいる。
旅の案内人をしているステフは、地図を広げ、ある一点を指す。

「今は大体この辺りにいますので、明日になればそれなりに大きい街、クーリョンに付く事が出来ますよ」
「まだファミルス領だな。会計報告書類にそんな名前があった記憶がある」
「そうですね。ですがクーリョンを抜けたら、ファミルス国隣の小国に入る事が出来るので、もう少しですね」

タイチ達は、その情勢から北に行く事はもちろん出来ない。
よってタイチ達の取る進路は自ずと南の方へと舵を取る事になる。

「すいませぇん。明日は出れませーん」
「じゃあ早めに宿とって、カトリーナは休んでなさい」
「わかりましたぁ」

女性と旅をするとは、つまりこう言う事だ。これもタイチが性についてオープンになった理由の一つである。
皆も分かっているので、その事については何も言わない。その話は軽く流されて終わった。


「一応商人なんだから商人っぽく何か積んだ方がいいんじゃないかしら?」

チヒロが現在の積み荷の少なさを気にしている。その指摘は正しいものだ。だが。

「寝るスペースが狭くなってもいいなら考えてやろう」
「うっ、お兄ちゃんに引っ付いて寝れば何とかスペース半分くらいは……」
「俺に引っ付いて寝るって、それなんて拷問?街に付く頃には全員孕んでるんじゃねーの?」
「うん、そうよね。私もその危険は回避したいわ」


馬車の広さはかなりの物だが、商品の運搬量は並の馬車以下という現状だった。


「じゃあわらとかどうでしょう?下に敷けばベッドにもなりますし、一石二鳥ですよ」
「木や土の上で寝なくていいのは嬉しいですねぇ」
「じゃあそれで決めようか。どう考えても利益率低いけどな。多分食費とトントンじゃないか?」

「今の食費だと赤字ですね。寝るスペースをなくして、わらを荷馬車いっぱいに積んでも銀貨7枚くらいじゃ無いですか?」
「で、俺達の1日の食費は?」
「1日…銀貨1枚です…」
「このメンバーで旅を続ける限り、商人としては絶対成り立たないな……」

現在使われている通貨は金、銀、銅がある。
相場は常に変動しているが、今の相場だと大体銅貨30枚で銀貨1枚、銀貨25枚で金貨1枚となっている。、
大陸で比較的裕福だと言われているファミルス国民。4人家族全員で稼ぐ一般的な月収は銀貨15枚といったところで。
4人家族の一般家庭で約銅貨10枚で1日過ごせるのだ。

食費の浪費っぷりが覗える相場である。

※脳内設定:大体銅貨1枚500円くらい。

「え?私達ってそんなに使ってたの?」
「そのお肉1人分だけで銅貨3枚ですよ」
「うそぉ!?」

王女暮らししかして無いチヒロにはこれでも譲歩していると言った表情をしている。
そういうタイチも内心では不満に思っている事も確か。
タイチは諦めの表情でチヒロを諭した。

「チヒロ、少しづつ食事改善して行こうな……」
「うん……」
「成長が阻害されないように栄養があるものをなるべく用意しますので御安心を」
「味付けは何とかしてみますので、要望があったら言ってください」

金庫番であるステフ様の言葉は絶対である。
と言っても、ステフはそれほど料理がうまいわけでは無い。
今食べている肉も、途中でレイチェルが見つけてきたハーブで包んで火であぶっただけである。

調味料が無いから仕方無いと言えるのだが、メイド時代に料理は習わなかったみたいなので、それは仕方無い。
この中で一番料理が出来るのは、実は小さい頃から母親に料理を習っていたレイチェルだったりする。
人とは何が得意なのか見た目に拠らない物だとタイチはひそかに関心した。

「む、タイチ様。今何か失礼な事を考えませんでした?」
「……女性の第六感なめてたよ。すまんな」
「いえ、分かればそれでいいんで…」





そして就寝の時間が訪れる。
明確に時間が決まっているわけではなく、焚火の火が消えたら寝る。という曖昧な時間設定だが、朝起きれなければ馬車に乗せられてそのまま連れて行かれるだけだ。特に問題は無い。

今日は天気も快晴で、下が草むらに覆われていて寝心地がよさそうだったので、皆で馬車から毛布一枚取り出して外での就寝となった。
最初は分かれて寝るが、朝目覚めたらチヒロがすぐ横にいる事が割りと頻繁にあるので、これもタイチを困らせる原因の一つだ。主に理性的な意味で。

一度頑張って起きていたら、実はステフも隣に寝るということが判明した時は驚き、速めに寝て何も知らない方が幸せだと思った瞬間だ。

今日も即行で寝て、何も知らないで純粋なままでいたいと願いつつ目を閉じる。
そしてタイチの意識は一日の終わりを告げた。




早朝、まだ誰も起きていない時間、空は少し青くなっているが、まだ太陽は出ていない。
ステフはいつも通りタイチの隣から起き出して、荷物の確認作業に入る。
ステフは、早々後れを取るような事はないが、一応の確認である。
こういうマメさがステフの持ち味と言える。

荷物の確認作業も終わり、毎日行なっている恒例の鍛錬を開始する。
まずは精神を落ち着かせ、そして対極拳のようなゆっくりとした体操で己の魔力を練って行く。
これはステフの日課だ。いつもやっている、いつも通りの時間。
しかし、今日はいつもとは違う時間が訪れる。


一人離れた場所で眠っていたレイチェルが起き出し、ステフの動きに目を見張る。
ステフは一回中断し、レイチェルに朝の挨拶を渡す。

「おはようございます。レイチェル」
「……おはようございます。ステファさん」
「ステフでいいですよ?」

ステフは困った用に苦笑いをしながら返した。その姿に、先輩メイドとしての風格が漂い、
レイチェルの目には尊敬が入り混じっていった。

「…ステフさんは、いつもこのような事を?」
「ええ、でないと体が鈍ってしまうので」

いつまでも自己鍛錬を忘れない。その決意の篭った微笑みは、レイチェルの心を打つ笑顔だった。
レイチェルは意を決し、ステフに願い出る。

「…私も、今度から御一緒させていただけませんか?」
「構いませんよ。私は毎朝やっているのでその時に起きてください」

その日を境に、レイチェルは孤独から開放された。
馬を操るステフの隣に座り、熱く語り合っている姿を見ると、姉妹のようにも思える。
タイチ達3人も、その様子を見て、ほっと胸をなでおろした事は言うまでも無い。



旅のメンバーは、5人の家族で構成されているのだから




_________________________________

一応、4章に入ったという事で、全ての自己紹介を改めてする回です。
戦争で1年潰れた。という設定ですね。

ここで通貨単位フラグ使用。
もっと早くたどり着く予定だったので、皆さん忘れてると思われます。
よってコピペで書き直し。脳内での通貨価値も500固定です。
こんな感じのほのぼので世界観を楽しんでいければと思います。



[6047] 貿易中継都市クーリョン
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 14:24

太陽の光がいつもの様に降り注ぐ長い街道。
腹時計の時刻はもうすぐお昼を主張してきそうな時間帯。
薄い天幕がかかっている馬車の中は、現在2組に分かれて会話に華を咲かせていた。

談笑しているタイチ・チヒロ・カトリーナの三人と、前で馬の手綱をとっているステフ、その横で熱く語っているレイチェルの姿だ。

前者の会話内容は、タイチをからかうカトリーナに、タイチを守るチヒロ。タジタジになっているタイチ。これが3人の理想的な関係らしい。
冗談交じりと分かっているので、皆笑いながらそれぞれの役割を演じている。


後者は前者とは違い、主に戦闘関連や魔術の扱い方などをステフからレイチェルへと教授している。
時よりステフがレイチェルに料理関係の事を聞いている時は指南役が変わり、レイチェルの持っている知識をステフに教授していく。

ステフはレイチェルに慕われる現状に悪い気はしないし、レイチェルも向上心の赴くままに質問をぶつけ、そして成長していく。
頼れる先輩・後輩の関係が二人の中で成立しているようだ。


そんな5人を乗せて馬車が向かう目的地は、ちょっとした上り坂を越えた際に、視覚に入ってくる城壁と思わしきそそり立つ壁。その壁を超えた先にある。

中で談笑していた3人も、前の入り口へとゴソゴソと移動して、全員がその街の情景を視る。
関所の前には長い長い馬車の行列が続いている。
それは、関税の許可を待っている商人と思わしき人々で溢れかえっている様子だ。

「あの税関を抜ければいよいよクーリョンに到着ですよ」
「やっとベッドで寝れるわ……」
「チヒロ。期待してたら泣くぞ。辛うじて体裁を保っているだけのベッドだと思うから」

本来、通過にかかる税は。人数にかかる人頭税、荷物にかかる貿易税の二種類あるが、タイチの判子の押してある書類は、その税を免除して通過出来ると言う物で、主に貴族クラスが街を訪問する時や、国の機密に関わる重要な物資を運搬する時などに使われる物だ。

タイチ達を乗せた馬車は、商人達の長い列を横から追い抜き、関税通過許可証によって関税を通過。何事も無く貿易中継都市クーリョンに辿り付いた。

クーリョン。そこはファミルス国の中でもそこそこ大きい街として栄え、ファミルス国より南にある小国との貿易通過拠点としても知られている。

到着して早々、馬車を適当な宿屋に停め、カトリーナを寝室においたまま各員の自由行動に移る。

ちなみに宿は、一部屋に粗末な2段ベッドが2つおいてあって、宿屋の番頭にお願いしてソファーを一個入れてもらって急ごしらえの5人部屋だ。
人数ではなく、一部屋いくらと決められているので1人分安くなったが、この程度を節約した所でどうにもならない量を毎日食べてしまっている。
この処置は、タイチが一人部屋にいると来訪者的な意味で危険なので、無理やり一部屋に押し込んだ方が安全。
というタイチの願いが叶った形となる。無駄な足掻きといえよう。


今回の自由行動は、金庫番ステフと、料理担当のレイチェルの二人で共に出かけ、調味料などを仕入れてくるつもりのようだ。

残されたタイチとチヒロも、チヒロの先導で魔術店に買い物に行く予定だ。


「う~ん。おなかがぁ」
「ゆっくり寝てなさい。私はお兄ちゃんと楽しくデートしてくるから」


名残惜しそうなカトリーナを残してタイチ達は宿を後にした。






タイチ・チヒロ組

ローブで顔を隠して腕を組みながら街を歩く二人。
傍から見ても恋人同士の魔術師。という風に見える。
この国の魔術師は大抵そんな格好をしているので違和感無く街を歩く事が出来ている。

チヒロのはしゃぎように、タイチも笑顔で対応する。
周囲の視線などお構い無しで楽しそうに歩く二人を、周囲は微笑ましく見ている。





途中の道すがら、俺はチヒロに今日の予定を改めて聞く事にする。
「なぜ、魔術店に?」
「馬車の揺れがひどすぎてやってらんないわ。サスペンション機能付ける為に通常の魔石集めが急務なのよ」

馬車の揺れは割りと激しい部類に入る。
普通に立ち上がり続ける事は困難で、這って移動するのが常だ。
今までは平坦な道のりだったので酔う人は居なかったが、これからそうとは限らない。
揺れの対策は緊急を要する事態だ。

「ファミルス国内なら比較的魔石が手に入りやすいからな」
「加工済みは高いけど、加工を施して無い普通の魔石なら安く仕入れる事が可能よ。魔術ショップは……あそこね」

賑やかな商店街を歩いていると、看板に魔術師の一般的なローブが描かれている建物が見えてきた。
これはファミルス国内の一般的な魔術店に定められていて、
旅の魔術師や地方の魔術師が訪れる時に迷わないように統一規格で纏められている。
このような大きな街には大抵存在する建物だ。

ドアを開けると入り口に備え付けてある鐘の音が鳴り、店主に客を知らせる合図を送る。
中に置いてあるものは、魔術道具だけでは無い様だ。
魔石ももちろんあるが、ハサミや筆などの一般道具も売っている。
魔術店というより、雑貨店と言った方が正確に形容出来そうだ。
店の奥からやってきた初老の魔術師。
店に入ってきた俺達の周りに漂う魔力量をみて、驚きの表情を持って迎え入れる。

「それほどの魔力……どこぞの高貴な家の出身かと思われますが。このような今にも崩れそうな魔術店にどのような御用件でしょう?」
「俺達は城下町から来たからな、それほど珍しい魔力量じゃあるまい。未加工の魔石が欲しいんだが、何かいい物はあるか?」

一般の魔術師よりも高い魔力量を誇る二人が訪問したのだ。
城下町以外では中々見る事が出来ない訪問客に、店主は驚きと同時に褒め称える。
いつでも商人ということを忘れない姿勢が年季の長さを物語っていると言えよう。


「なる程。どのくらいの大きさがよろしいですか?」
「直径10センチ級未加工魔石4つと、後は大きさは2センチ以上の未加工の魔石を40個ほど用意して。属性は問わないわ」

チヒロが話を引き継ぎ、欲しい物を正確に伝える。
店主は一瞬チヒロを見て悩んだ後、望みに適う物を見つけようと店の奥へといったん戻り、出てきた時には望みの物を用意していた。
チヒロの表情を見る限り、品質は悪くないようだ。店主は、相手がそれなりに知識がある魔術師として認識したようだ。
店主に認められたとも言えよう。

「ではこの辺りでよろしいかと」
「ふむ、まあまあね。で、これ全部でいくらかしら?」
「10センチ級は1個金貨10枚、2センチ級はあわせて金貨2枚で、合計金貨42枚です」

俺には相場は分からないが、その金額が相当な物だと言うのは分かる。
庶民の一般的な月収が銀貨15枚くらいなのに、魔石一個金貨十枚とか、もう既に桁が違う。

「……1500万相当…」

思わず漏れ出た言葉は仕方の無い事だと思う。
チヒロはタイチを無視し、魔石をよく確かめた後、即決で快諾した。


「いいわ、これでいいのね?」
「毎度、ありがとうございました」


取引成立である。



宿に戻って焚き木用の薪に10センチ級の魔石を包んでいくチヒロ。
木に直接ふれさせておく事で属性の変質を起こそうという事らしい。
近くでその作業を少し離れた所で座って見ていた俺はようやく現世に帰ってきてチヒロに話しかける。
世界の違う金銭のやり取りに、道中は驚きで声が出せなかったからだ。

「……高くないか?魔石って…」
「原石は大体あんなもんよ?加工したら約20倍の価値になるんだから」
「この片手で背負える様な袋の中身が…3億…」

タイチは袋の中身をまじまじと見る。
チヒロは苦笑いして一回作業を中断して、タイチの横に陣取る。
いや、よく観察すると、もう既に作業は終わっている。研究所ではいつもやっていたので、手慣れた工程のようだ。

「お兄ちゃん王様やってたのに経済感覚薄すぎ。2センチ級は庶民にも買えるけど。本来、魔石は貴族や大商人向けの道具なのよ。簡単に手に入るような値段のはず無いじゃない」
「それはそうだけどさ……ところで聖石の価値って?」
「国宝だから値段が付けられないけど、もし売れたらその魔石と同じサイズで50倍の価値はあるわね」

開いた口の塞がらないタイチ。魔術技術が国の経済の8割を成していたとは言え、その利益率は圧倒的だ。

「何でそんな事知ってるんだ?」
「研究所で良い魔石が無かったら城下町に買いに出てたからね。すっかり顔馴染みになっちゃったわ」

タイチは富の不条理さを感じずにはいられなかった。







ステフ・レイチェル組

この二人は特に姿を隠す必要も無いので、至って普通の格好で街を歩いていた。
調味料専門店に入り、楽しく談笑しながら歩いていくその姿は、まるで姉妹のそれだ。
野菜を売っている商人達も、突然現れた美人姉妹に注目の視線を集める。

「あ、ステフさん。これいいつやしてますよ。それに大きいですし。食べごろな色してます」
「はいはい、すいません。これいくらですか?」
「普段は銅2枚だが、これとこれも付けて1枚でいいぜ!、美人なねえちゃん達」

思わず安くしてしまう八百屋の店主に何の文句が言えようか。いや、言えまい!(反語)



しばらく商店街を回り、両手いっぱいに抱えた荷物を持って歩く二人。
太陽はもうじき地平線の彼方へと落ちようと、その背景を紅く染めていく。
影が二人並行になる様に伸び、家の中から漂う夕食の香りが町全体を包みこむ。
収穫は納得の行く物だったようで、二人ともホクホク顔で宿へと帰還していく。
その途中でステフがふと足を止め、何かに気づいた様に声を出す。

「あっ、そう言えば、この街って乙女組の商館がありますね、私ちょっと寄ってから帰りますので、レイチェルは先に戻ってて」
「さすがに両手に野菜抱えたまま商館に行くのも失礼ですね。わかりました。荷物はお任せください。戻ってくる頃には夕食を用意しておきますね」


ステフは荷物をレイチェルに任せ、体を反転させて少し急ぎ足で歩いていく。
しばらく歩き、街の中央から少し離れた各地の商館が纏まって点在している一角。
そのうちの一つに乙女組専用の商館が存在する。

ステフは軽くノックをした後、賑やかな館内への扉を開いた。
そこには数人の女性達が館内備え付け椅子とテーブルに着き。
近隣の経済情勢や、噂話などを、片手に酒を持ちながら楽しく語らいで居る。
館内は火属性の魔石の影響か、明るく照らされ、部屋の隅まで見通す事が出来る様になっている。
皆が持ちよった夕食を皆が摘まみ、胃と好奇心を同時に満たして居るようだ。
ステフは女商人達に軽く会釈をしながら奥へと歩いていく。
中央より奥のカウンター。その対面側にこの館の主が居る。


その商館の女主人はステフの知り合いだった。

「御無沙汰してます。マーズさん」

「ステフじゃ無いかい!よく無事に生きてたねぇ。タイチ王が死んだと聞いた時には後を追ったんじゃ無いかと思ってたよ」

ステフにとっては先輩メイドにあたり、タイチの政策によって乙女組が発足された時、アビーによって商館の主として派遣され、その後は二人とも忙しく、連絡するのをお互い遠慮して、音沙汰の無かった二人。

ステフにとっては厳しい教官であり、また頼れる先輩メイドなのだ。
容姿は、仕事の出来るキャリアウーマンといった印象を受け、常に己の美を忘れないその姿勢は、乙女組の憧れの的だ。
姉御肌で気前がよく、どんな相談にでも親身になってくれるため、皆から頼りにされている。
ちなみに現在34歳。独身で彼氏募集中らしい。

実際、もしタイチが自害なんてしたら、ステフはきっと後を追っていたなと内心で苦笑いしつつ、元気な様子を報告する。

「アビー様の計らいで国の外を周る商人に配置されたんです」
「国内には居辛いだろうからねぇ。アビーもなかなか考えるじゃないか」

どうやらアビーとは旧知の城メイドだったようだ。年齢も同じくらいだし、きっと仲が良かったのだろう。

「それで、私は国から出たことが無いので、ここから南の地理について覗おうと思いまして。ここに訪れた次第です」
「どこか行くあてはあるのかい?」
「いえ、特には。大陸中を周ろうと思ってますが、今はとりあえず南へと向かっております」
「帝国との交通網は完全に遮断されてるからねぇ。それしか選択肢が無いの間違いだろ?」
「そうですね」

苦笑いしながらもカウンターの下の方から地図と資料を取り出してステフに見せるマーズ。

「ここから南だと、小国が10個くらい点在してあるが、ドラミング連合を経由してジャポンに入ってノーレントに出るルートは、ここからだと小国3つ経由するのが乙女組の使ってる一般的なルートさ」

地図に書いてある事は、ファミルス国の周りに点在している国々。そしてそれらで主に取引されている特産物の資料。
その下には大きくドラミング連合の広大な土地が広がっている。
東に隣接するようにジャポン領地が合って、そのまま海へと繋がっている。
ちなみにドラミング連合には、外交上の理由が存在するため、入る事は叶わない。よって連合領地に入るわけではなく、土地を通過するといった言い方が正しい。

「途中は特に特産物も無さそうですね」
「あったとしても、麦や果実と言った所だろ?小国で取引できる材料なんてそれくらいさ」
「何か他国と取引できて利益の上がりそうな物ってなんでしょう?」
「ファミルスの織物は最近伸びてきて、結構質が良いから他国に持って行くなら反物が最適だね」
「なるほど、では反物を仕入れてこのルートを辿らせていただきますね。後、ここからはファミルスの影響を及ばないのでこの関税通過許可証は売って行きたいのですが」

チヒロの影響でファミルス国の織物業界が伸びてきた影響で、質が良いものを相当量確保できるため、他国に売りに行くには反物が最適だとアドバイスするマーズ。
マーズのステフ贔屓に、周囲の乙女組の軽い嫉妬の視線が送られている。

しかし、ステフが売りたいと言い出した関税通過許可証。
ファミルス国で商売する商人の中では、喉から手が出るほど欲しい物である。
商売の香りのする話に、周りの雑音は消え、思わず耳が当社比二倍だ。

「タイチ王が死んじまってから情勢がどうなるかわから無いけど、アレックス新王様も比較的民の事を考えてくれると聞いている。この書状を無効にはしないだろう。私が高く買わせていただくよ。あと、乙女組商人マニュアル上・中・下巻あげるから交渉の仕方も勉強しておきな」

マーズが提示した値段は、ステフの予想を大きく上回る大金だった。
これはマーズが贔屓しているわけではなく、ステフが持っている物の価値を分かっていないだけだ。
前王とはいえ、王の印付きの関税通過許可証。使い方によっては3代は遊んで暮らせるだけの財を築けるだろう。

「え!?こんなに……いいんですか?」
「いいのいいの。……頑張ってくれよ、ステフ。小さい頃からあんたの事は気にかけてたんだから」
「ありがとうございます。マーズさん」

昔と変わらぬあどけない微笑みにマーズは懐かしさを噛み締めた。





仲間が夕食を作って待っている、という言葉を残し、ステフの退出した後の商館。
そこでは壮絶な奪い合いが行なわれていた。

「金貨50!いや、70は出すわ!」
「私は100枚までなら出せるわよ!」

「まあ、お前達落ち着け。私はステフから金貨150枚で買ったんだ。少なくともそれ以上は出してもらわないとね」
「…妥当な値段設定ね」
「確かに、でもその値段なら私達では元は取れるかどうかね…」
「では、私がその値段+20枚で買おうか」
「クレアさん!?」
「ほう、やはりクレアが買うか。予想通りだね」

クレアと名乗る女性、この女性は、乙女組の中でも商才を一番発揮している人物と噂され、その素性は大商人から捨てられたとも言われているが、知っているのはアビーだけである。
商人同士との仲はそれほど悪くないが、商売がうまく行き過ぎている事が原因で嫉妬の視線をうけ、あまり信頼できる人物は居ない。


今もお互いに視線で喧嘩腰になって雰囲気がピリピリとしている。
クレアは自分を守る様に顕示欲を見せて牽制する。

「私もこれから南に行くから、これはどこぞの商会に200位で転売するけどな」

これは、この街にある数箇所の商館にコネを持つクレアだけが出来る芸当だ。
この中でそれだけのコネを持っている商人は、残念ながらクレアしか居ない。
他の人物では、この許可証の信用性が失われて価値が下がってしまう事は間違い無いからだ。
他の商人達も唇を噛み締めて視線を送っている。
マーズは、こういう見せびらかす行為を慎めばもっと交友関係を築く事が出来るのに…。と、ため息を漏らしながらフォローする。

「まあ、これをどう使おうが、これはもう既にあんたの持ち物だ。私には関係無いね」
「そういう事です」

クレアも、マーズには一目置いて信頼しているのか、どこか雰囲気が和らいだような印象に変わる。
あまり慣れていない笑みで信頼を表現している。
誰とでも親身になれるマーズの持ち味では無いだろうか。
この商館はどこか暖かい。それはこの館の主が、とても暖かいからだろう。
人付き合いが苦手なクレアが居着くのも納得できる。

「クレアは私の言いたい事が分かると思うから、あえて言わないで置くよ」
「その用件については、状況を見て判断する。としか言えませんね」

二人は視線を交わしあい、そして二人の中で決着し、笑いあう。
周囲の女商人の視線がまだ納まっているわけでは無いが、そのような事は二人とも気にしていない。
彼女もまた、自分の価値を認めてくれる人以外、視界に入る事はないのだから。





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一応、4章から読み始めても分かるように作ってます。

ほのぼの系書くのに違和感ありまくりデスガ。

今までのタイチが行なってきた国の政策で暖めてきたフラグ大放出で頑張ります。

予測したら泣いちゃうんだからっ!



[6047] 新たなる従者。
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/12 14:30
クーリョンを出て南に数日間。

その日、大地は薄暗い光量に照らされ、空には分厚い雲に覆われていた。
風も荒々しく吹き荒れ、今にも天の涙が零れ落ちそう。
目の前に見えるはファミルス国境となる川。その上には橋が掛けられ、人の行き来が制限されている。
ステフが衛兵に通過税を渡し、他の商人と共にその場に留まり、許可を待つ。
俺はファミルス国境を目の前にし、今までの事を思い出していた。


いきなり異世界であるここに呼ばれ、成り行きで王になってしまう。
王になって特に何をするでもなく、孤独の中で一人怯え、彷徨い、そして自分の中で完結する。
洗脳紛いの学園教育。内部を見張らせることが常だった乙女組。場当たり的な経済政策。
その結果が家臣の反乱。俺を駄王だと罵り、暗君と陰口を叩かれ、それを重く受け止めて対処しようとした時には既に遅い。


俺は王という職業に何を抱いていたのだろうか。
絶対権力者になって何がしたかったのだろうか。
反乱は帝国のミリスト教が発端だとは言え、止め切れなかった。
その止め切れない情勢を作ってしまったのは俺。


なぜそうなった。何がいけなかった。
なぜ家臣は俺を信用出来なかったのか。
俺は全て民のため、そしてチヒロの為に生きてきた。
それは今でも間違っていないと思っている。
なぜそれが貴族に受け入れられないのか。


その時、タイチの様子に気づいたステフが静かに隣に立ち、そっと手を握る。

「大丈夫ですか。タイチ様」
「……そうか、つまりそういう事か」


ステフの全幅の信頼を置く瞳を見て、理解する。
俺が信用できなければ相手も信用する事が出来ない。
俺は一人、自分の殻の中に閉じこもり、人という物を見ていなかった。

チヒロのためとは免罪符。民のためとは言い訳。
俺は俺の為に俺のしたい事をやり続けた。
王という力に振り回され、俺以外の存在を認めようとはしなかった。
俺の権力の地盤を固める事のみに集中し、頼る事をしなかった。

恐怖は不安を生み、不敬は不遜で返される。全ては俺の招いた結果。
その報いは、おそらく今、このような形で償わされているという事だ。


「誰よりも近くで見てくれていたステフがそういうなら。俺は多分大丈夫では無いんだろうな」
「タイチ様……過去は活かすものです。縛られるのは老いた老人だけで十分ですよ」
「……察してくれるのは嬉しいが、見透かされるのは辛いものだぞ?」
「これは私の経験則です。人がいつか必ず当たる壁ですよ」


俺の当たっている壁は、いつか超える事が出来るのだろうか。
それがなせるとは断言できない。だが、追いかける努力はしたいと思う。
もう何も、失わない為に。


最初の一歩を始めてみよう。
きっとその後は素晴らしい明日が待ってるはず。

俺は三人で魔石を弄っている輪の中に入りこみ、レイチェルをじっと見つめる。
三人は、魔石をやすりで形良く削り、形を整える作業をしていた。
これは単純な力仕事なので、レイチェルも仲良く作業に没頭出来るようだ。
見られているレイチェルはタイチの視線を受け、目線を逸らす。
タイチは作業をしているレイチェルの手を握り、
持てる限りの笑顔で宣言した。「これからもよろしく」と。

言われた方も何が何だかわからず、口を開けてぽかんとしている。
暫しの間、時が止まり、レイチェルは小さな声で「こちらこそ…」と返すので精一杯。
タイチは皆と視線を交わした後、
手を差し出して、自分の決意を復唱する。

「俺達は皆の事、家族だと思っている。だから信頼もするし、されたい。だから、これからもよろしく」

自己完結な想いだが、俺は宣言しなくてはいけない。
まずは周りにいる人から、少しずつ歩き始めようと思う。
最初にチヒロがタイチの手の上に手を合わせ、カトリーナもそれに続く。
レイチェルも恐る恐る手を重ねた後、最後にステフが両手で支え、5人の契約は成された。

5人は皆で笑い合い、明日を目指して進んでいく。

俺達の旅はこれからだ。(※打ち切りフラグではありません)





                  ●





橋を通過して2日。

ファミルス王国より一番近い国、レイモックの国の城下町にたどり着く。

様々な人が行き交い、チラシや立て札などを見る事が出来る。

「商人向けに傭兵斡旋も行なってるのね」
「ファミルス王国でも盗賊は居るが、それでも比較的安全な国と言われ。他国に入ると治安が悪くなるので注意が必要。と書いてありますね」

チヒロがファミルスではあまり見ない宣伝チラシを手に取り、疑問の声を上げる。
ステフは商人マニュアル上巻を読み上げるが、チヒロは特に気にしていないようだ。
傍目から見たら子供の集まりでも。その実態はファミルス王国の中でも上位に食い込む魔術師達で構成されている。
下手な盗賊に後れを取るような面子じゃない。

立て札を読みながら歩いていると、チヒロが他の立て札とは違う色をしている広告を発見した。
よく見ると、どうやら国から発行されている物で、同じ立て札でも決まった規格があるらしい。
チヒロはその内容をよむ。

「なになに、魔術師募集。内容は…献血みたいね」

ファミルス王国では、魔石に方陣を書く際、魔力が篭った触媒が必要になる。
効果を半永久的に持続させる動力源である魔石本体。
方陣に特定の効果を付与する魔力の篭った触媒。
この二つによって成り立っている。
一般的に魔力の篭った触媒とは、体中に魔力が潤っている魔術師の血液を触媒として用いることが多い。
現在のレイモック城下町では、魔石を集める事には成功したが、触媒となる魔術師が少ない為に
血を分けてもらう立て札があるのだと推測できる。

一人金貨10枚という高額だが、それだけ魔術師がいないという裏事情ゆえだろう。
供給が無ければ価値は上がってしまうのだから。


「私が献血しちゃうと大魔術行使も可能になってしまうから無理ね。カトリーナとレイチェルとお兄ちゃんの三人なら大丈夫だと思うわ」
「え、献血するのは確定なの?」
「この間チヒロさんが買った魔石のせいで旅費が……反物を売れば現金は出来ますけど、ここで売っても対して利益は取れませんよ」

今現時点では現金をほとんど持っていないと言っても過言では無い。
もちろん最低限の現金はあるのだが、反物とこの間の魔石購入で5分の1まで減ってしまっている。
無いよりはあった方がいいので、ステフの苦笑い交じりの言葉に、タイチも頷くしか無い。

「終わったらその金貨で今後の食料買い出しよろしく。私達は先に宿に行くから」

受け付けている場所は城の入り口にあるらしく、3人はのんびりと会話をしながら歩いていく。

「加工済み魔石は、どこでも価値が一緒じゃないんですか?」
「レイチェルは知らないんだっけ?俺が戦争で南の国に協力してもらう為に出した条件は、初級魔術方陣精製概要と、加工済みの魔術道具を優先販売する事だぞ?」
「となると、必然的にここでは魔術技術の値段が下がっていると言うわけですね」
「そういうことだ」
「なるほど……ってタイチ様のせいじゃないですか!」
「こんな事態になると思わなかったんだよ。それに初級魔術方陣だったら国にそれほど悪影響及ばないし。かといって北に売れなくなった不良在庫の処理方法はこれしか思い浮かばなかったし、仕方ないさ」

レイチェルは納得顔で状況を飲みこむが、良く考えるとタイチのせいだとも言える。
みるみるうちに不満顔になって抗議するレイチェルに、その時の情勢を詳しく説明するタイチ。
喧嘩という形だが、二人とも、それなりに打ち解ける努力はしているようだ。





その後、3人とも献血を終え、金貨三十枚という大金の入った袋を持ち、途中で銀貨に両替を済ませ、商店街へと向かうタイチ達。
受付をしていたのは魔力の強さが分かる程度の魔術師らしく、特に疑われる事は無かった。




                    ●





商店や商館が立ち並ぶ賑やかな大通りを歩く。そこを抜けると大きな市場が軒を連ねる一角に出る。
市場は人で溢れ返り、客引きの大きな声があたりに響いている。ガヤガヤと騒がしいが、それだけ活気のある証拠だ。
芳しい香りに釣られ、左右の果物や肉に心奪われるタイチ。

傍から見れば田舎者丸出しだが、その正体は、これ以上の活気がある城下町を持つ国の国王だった人である。
カトリーナはタイチの横にくっついて、食料という品物より、タイチという品物に御執心の様子。
レイチェルは二人の一歩後ろを歩き、今後の旅の献立に頭を悩ませている。

完全に無防備な三人。そのためか、鴨と判断した物取りの不穏な挙動に気づく事は無かった。

「おっとごめんよ!」
「タイチ君、大丈夫ですかぁ」
「ああ、大丈夫だけど……って袋取られた!?」
「レイちゃん。追ってちょうだい」
「わかった!」

10代後半と思わしき若い物取りは、そのままの勢いで駆け出していく。
その足は一般人にしてはすばやく、鍛え上げた俊足に自信を持っているのだろう。
レイチェルは軽く魔術で身体強化を施して、その後を追って行った。
いとも簡単に奪われたのはタイチが無防備すぎたのか、物取りが凄腕たったのか。おそらく前者だろう。


最初こそ遅れをとったが、相手が足が速いとはいえ、レイチェルは中位魔術師の部類に位置する。
魔術の使っていない一般人ならば、すぐに追いつく事が可能な速度を出す事が出来る。しかし物取りの動きは、裏路地を知り尽くしたものだった。
その姿を視界に捕らえていても、追いつく事が出来ない。
直線では圧倒的に早いのだが、途中で曲がられるとスピードを落とさざるを得ず、差が開いてしまうのだ。
そのまま翻弄され続ける事10分少々。どれくらいの距離を追いかけ続けたのだろうか。
物取りは疲れが襲って来たのか、息が切れ、肩で息をするようになり、振り返る回数も増えてきている。
このままだと追いつかれると判断し、一回人込みに紛れようと大通りへの進路を選択。
そのまま突っ込もうとした時、路地を抜けた場所に一人の商人の姿が映った。
レイチェルは助けを求めるため、大声でその商人に投げかける。

「その人、物取りです!」

その一言で察した商人は、不機嫌そうな顔をしながら物取りを見据える。
物取りは、視界の先にいるのが女だと分かり、後ろの魔術師少女よりは分のいい賭けだと判断。そのまま体当たりする事を選択をした。
完全に舐められたと判断した女商人は、不機嫌度を更に上げ、
独自の構えから一般人では感知すら出来ない動作で上段回し蹴りを叩きこみ、物取りを撃墜する事に成功した。

「ありがとうございました」
「いや、私も不機嫌だったからちょうどいいストレス発散ができた。礼を言われるほどの事では無い」

完全に伸びている物取りから袋を回収したレイチェルは、その女商人に向けて深々とお辞儀し礼を言う。
その子供らしい素直さに、女商人は照れているのか、顔を明後日の方向に逸らしている。

「それでは、私は戻らなければいけませんので、これで失礼させていただきますね」
「ああ、取り戻せてよかったな」

手を振りながら走っていく少女に、女商人は「最近の子供は礼儀正しいな」などと最近の教育制度の事について考えていたとか。








その後無事タイチ達と合流したレイチェルは、食糧を買い、両手にいっぱい持って宿への道を歩いていた。
見た目10歳前後の男女が3人歩いていると、仲のいい兄弟がお使いをしているようにも見える。

そのまま宿に入り、今日は1階に開放されているお食事処で済ませようという意見で固まったタイチ達。
中はガヤガヤと人が溢れかえり、皆が舌鼓を打ち、会話に華を咲かせている。
タイチ達は、この街の特産と言う名のどこにでもあるような大皿いっぱいに盛り付けられた、
羊肉の野菜炒めを小皿に分けるため、皆で突付いていた。
中々に美味なのか、サイフと同時に口も軽くなっているようだ。

「それでですね、追いかけていたんですけど、旅の商人さんと思わしき人が一撃でのしちゃったんですよ」
「すまなかったな、袋盗られちまって」
「今度からは気を付けてくださいねぇ」
「次お会いしたらお礼をしなくてはいけませんね」

レイチェルが女商人の体捌きを雄弁に語り、タイチに反省の色はあるが、特に気にしていなさそうだ。
その様子を見たカトリーナはタイチを戒めるが、あまり強くは出ていない。
この事から、カトリーナの中ではタイチを戦力外と認識している様子が分かるだろう。
ステフもその事には触れずに、助けてくれた人のことを考えている事からも、その様子を窺い知る事が出来る。


「そうですね、ちょうどあんな感じの……ってあの人です!」
「レイチェル。食事中に喋るのはいいですけど、人を指で示すのはいけませんよ」
「すいませんステフさん。本人を見つけたことで興奮しちゃいまして」
「あの人か。ちょっと若いけど、出来る人。という感じだな。レイチェル、ここに呼んで来て貰えないか?」
「いいんですか?」

ちょうど見つけたレイチェルはいきなりの事に興奮し、思わずフォークで指し、ステフがその礼儀作法を嗜める。
善意で呼ぶだけでは無い。タイチが呼ぶ事には理由がある。それは、


「この大皿を処理できると思うなら別にいいぞ。俺はもう食べれん」
「私ももうギブアップね」
「お腹が破裂しそうですぅ」
「……では、交渉してきますね」


未だに処理しきれていない羊肉と野菜のコラボレーションの山がそこにあったからだ。
ステフも口には出さないが、既に食べる事を止めている所から、同意見なのだろう。
レイチェルも凄く同意できるのでタイチの言葉に従い、女商人の元へ行く。

残飯処理を他人に頼む事への礼儀違反に誰も突っ込まないのか?
いや、王族から見た商人の扱いなんてそんな物なのだろう。


「こんばんは。さっきはありがとうございました」
「さっきの少女か。お前もこの宿に泊まっていたのか?」
「そうなんですよ。それで夕食がまだなら御一緒できないかとお伺いにきました」

女商人の視線の先には、未だ処理しきれていない大皿の周りを囲み、
背もたれに体重を預けてぐったりしているタイチ達がこちらの様子を覗っていた。

「……夕食代が浮くのは俺も願ったり叶ったりだ、御相伴に預かろう」
「ありがとうございます」

女商人は何も言わずにその様子を伺う。
その後、レイチェルに視線を戻し、その不安そうな上目使いの笑顔に負けたのか、
承諾の意を伝え、二人でタイチの下へと向かうのだった。



                 ●



「クーリョンの乙女組商館にいた商人ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「…クレアだ、形式上乙女組の商人部署についている。お前はこの間見たな。ステフ、だっけ?」
「はい、ステファ・カーティスです。よろしくお願いします」


その後それぞれ自己紹介をするが、タイチとチヒロは本名を言うわけにも行かないので。

「ウィリアム・モルダーだ」
「…キャサリン・スカリーよ」

どこかで聞いたような海外ドラマの主人公で名を偽ったとか。
それに付き合うチヒロもチヒロだと思われる。


「そう言えば、あの時何でいらついていたんですか?」

「この先に盗賊が出没するのは知っているだろう?それで傭兵を雇おうと思ったんだが相場の3倍という法外な値段を吹っかけられたんだ」
「傭兵と盗賊の癒着の匂いが感じられるわね」
「そうだ、それに気づいた私は一度退出し、ちょうど不機嫌で街を彷徨っている時にレイチェルと出会ったわけだ」

確実に盗賊が出ると分かれば、それは商売として成り立つ。
盗賊団が出ないと傭兵の仕事が無くなるので、損得の一致を見たのだろう。
騎士を派遣できない弱小国に良くある現象だ。


「そうですか、じゃあ南に一緒に行きませんか?」
「それがどう繋がるんだ?」
「私達の方が傭兵より強いって事よ。これでも一応上級魔術師だし」
「これは良い出会いをしたものだ。たまには人助けもしてみるものだな」

自らの利益を考えないレイチェルの一言に、チヒロも仕方無しと解説する。
クレアも裏に何も隠していないと判断したので、その提案を快く承知した。




              ●




翌日の昼。
皆は盗賊の出るといわれている森へとたどり着いていた。
木々はうっそうと生い茂り、薄くそよぐ風で葉が揺れ、ザワザワと騒がしい。
昼だと言うのにあたりは薄暗く、腐葉土の臭いが鼻に不快感をもたらす。
時より鳥の泣く声が響き、薄暗さと相まって恐ろしさを演出している。
だが、そんな事にはまったく動じないこのメンバー。

今回は馬車の後ろにクレアの馬車を引きつれ、戦術的な洞察力が優れているカトリーナがステフの隣に立ち、あたりを伺っている。
その鋭い視線は、既に草むらに隠れている男の姿を捕らえているようだ。

「見張りさんが見えましたねぇ」
「傭兵がついていない事を確認したのでしょう。情報どおりなら襲ってきますね」

隣に座って馬を操っているステフでも動きを感知できるくらい密行が甘いらしい。
最初に決めてある作戦では、最初にある程度泳がせて一網打尽にする策を取っている。
そのため、気づいても今の段階では何もする気は無い。

そして地図上で森の中程まで進んだ時、草葉の陰で様子を伺っていた盗賊団が姿を現した。
既に全方位囲まれており、本来なら商人になす術はなく、商品を取られて終わり、のはずだ。
乗っているのが普通の商人なら。

「荷を全て置いて行って貰おうか」

30代前半と思わしき頭目がクールに宣言する。
自己陶酔が激しい性格のように見える。
そんな頭目の宣言をまったく聞いていない面々は、カトリーナの指示に従って即座に戦闘隊形に移る。

「クレアさんは私達の馬車の横付けして、ステフさんは馬を守ってくださぁい。チ……スカリーさんは馬車の上で大火力の準備を。私とレイちゃんで左右を守りますよぉ」


『了解』


「俺の出番は?」
「無いですから寝ててくださぁい」

「(´・ω・`)ショボーン」

盗賊達は手に小型の曲剣、通称ダガーを持ち、戦闘隊形に移ったチヒロ達に向かって突っ込んでいく。
ステフは腰から棒状の物を抜きさり、魔力を纏わせて変質させる。

チヒロ作魔術武具、ウォーターハルバードが、その本来の姿を現し、横薙ぎに一閃する。
ステフは牽制の意味も含めていたのか、その一閃は盗賊達の命を刈り取る事はなく、馬を守護する。
盗賊達はいきなり現れたハルバードに驚き戸惑い、慌てて距離を取る。
両者動くに動けず、こう着状態に陥った。

「ファイヤーウォール!」鉄壁の炎の壁


「ウインドベントぉ!」荒れ狂う風穴



レイチェルが馬車の横から後ろにかけて広範囲に張った地面から噴出す火の壁に、カトリーナの風が混ざり合い、火を盗賊側に誘導する。
盗賊側は突如として現れた迫り来る炎に慌てふためき、距離を取らされる。

盗賊達が足止めされているうちに、チヒロの詠唱が終わり、とどめの一撃が全方位に放たれる。


「天と地を束ねし光の奔流。稲光と共に形を成せ。サンダーストーム!」吹き荒ぶいかずちの嵐


『ギャース!』

盗賊達は一人残らず電流を浴び、次々と倒れていく。
威力はスタンガン程度に抑えている様で、行動は出来ないものの、意識は留めているようだ。
ステフ達は道の脇に一纏めにして縛っている。

「もうこれに懲りたら襲っちゃだめですよぉ」
「すいませんでした!」

12歳の娘に説教されているガラの悪い男達。
盗賊達は早くこの場から立ち去りたいとわずかに動くようになった足を必死にバタつかせ、少しずつ後退して行く。
その挙動を、悪魔は冷めた目で見ていた。

「用事はこれで終わって無いわよ!」
「はい、なんでしょう!?」
「死にたく無かったら、金目の物を置いていきなさい」

チヒロは容赦なく邪悪な笑みで残酷な台詞を口走る。
盗賊から金を巻き上げるって……。と後ろで見ているタイチは思うが、チヒロの邪悪さに口をはさめ無い。


「ヒイィィー!これで、これでどうかお許しを!」
「それがあなた達の命の値段なのね。全員炭鉱夫になりたいの?」
「お前ら!早く今持ってる現金全部出せ!」
「……まあ、いいわ。今日の所は見逃してあげる」
「ありがとうございました!」

思いのほか収穫が多かったのか、ホクホク顔で逃がしてやるチヒロ。
全財産取られた哀れな盗賊達は、こちらを振り返らずに一目散に逃げ去っていった。

「一件落着ですね。タイチ様」
「あ、やはりタイチ王だったんですね」
「……ステフ、後でお仕置きな」

ステフとタイチの会話を真後ろから聴いていたクレアの声に、ステフは額から一筋の汗を流す。
この場合、ステフの油断か、それともクレアの蜜行が凄いのか判断は付き兼ねるが、ステフの一言でばれたのだからステフの責任だ。
俺はため息と共にクレアに向き直る。


「こうなったら仕方無いな。俺は本物のタイチ王だが、今は死んだ事になってる」

「やっぱり乙女組には分かられちゃうのね」
「城に入る事の出来るのは一部のエリートだけですし。会う機会は無いと思いますよ?」
「じゃあ、クレアはどこで気づいたんだ?」
「アレで気づかないとでも…?」
この世界で王族としての暮らししかしたことの無い俺にとって、どこが悪かったのか分からないが、クレアにはバレバレだったらしい。

「……それは後でゆっくり聞こうか。クレアの下の名前は?」
「…クレア・バリスエンスです」
「ファミルス国内で1,2を争う有名な大商人の娘か」
「私はバリスエンス商店の3番目の子として産まれ、貴族と結婚する為に教育されてきました。その過程に不満を持っていた私は、タイチ王の学園政策の事を聞き、成績優秀な人材としてアビー様に推薦されて、乙女組に入ったのです」

大商店が貴族入りを果たす為に貴族と婚約を結ばせるのは良くある話だ。そのうちの一人なのだろう。
商人な兄達を見て羨ましく思い、家族の反対を押し切って乙女組に入隊したらしい。
今では絶縁状態で、一人寂しくファミルス近辺で商売していたが、今回始めて南に来たそうだ。

「乙女組は女性の社会進出を目的とした組織ですしね。私はチヒロ様の専属になるまでは城メイドの傍ら戦闘部隊に配属されてましたし」
「私は初めから商人になれるようにアビー様に志願させていただきました。兄達を見てノウハウは分かっていたので」


表向きはそうなっているが、乙女組は元々、他国の情報を盗んでくる人員を確保する為に、女なら壁が薄くなると考えて集めさせた俺直属の諜報機関だ。
中には政略結婚まがいの事もして、様々な国の内部に潜ませている。
何も知らないで商人の役目を演じさせているダミーも沢山いる。クレアはそのうちのダミー役なわけだ。
まあ、クレア本人が商人になりたいとアビーに言ったのなら、その希望を叶えた形なのだろう。

「今までファミルス国内で順調に商えていたんですが、オルブライト家が王になるということで南へと範囲を伸ばそうかと思いまして」
「何故にアレックスが原因なの?」
「後任の経済担当が……」

元婚約者だったと。
ファミルス国の4大臣クラスの重鎮になれば、乙女組構成員がばれてしまうからな。仕方無いと言えば仕方ない。
二人の間で何があったのかは知らないが、クレアの苦々しい顔を見れば結婚するに値しない男なのだろう。
側近がそんなダメ貴族だとしたらアレックスの苦労が偲ばれる。

「初めてで、目的地が無いなら、一緒に来るか?どの道俺の正体知られた以上ただでは返せないわけだし」
「よろしいのですか?」
「こちらも本職の商人が欲しい所だったしな。このメンバーでは主に金銭面での苦労が多そうだし……」
「喜んでお付き合いさせていただきます。タイチ王」

俺は上を見上げ、既に故郷となっているファミルス王国での出来事を思い直す。
自分のわがままで推し進めてきたことが、このような影響を持って現れる。
今回はいいように働いたが。いずれ最悪の形で俺の下に来るのでは無いかと不安になる。
恐怖と不安、そして後悔が俺の身に降りかかる。

「俺のした事って……間違ってなかったのかな……」
「タイチ王は、私達民にとっては善王でした。王が変わったとしてもそれは変わりません」
「……ありがとな、クレア」

俺の呟くような声に、クレアは律儀にも反応してくれる。
俺には仲間がいる。信頼できる仲間が。
少しは頼って見るのも、悪くない。

俺は森の出口から差し込む光を見て明日を想った。



____________________________________

絵文字とかタグ使って中二度アップ!
使って後悔したので今回きりの一発ネタだと思います。


国の要素は数あれど、一番必要なのはなんでしょうね?
誰か教えてください。


起が終わり、やっと承まで来れました。これから転はいつ来るのか。
結はどうなるのか。
それは私にも分かりません。
後5話くらい承が続きそうな気がしないでもない。

決断の時を改変しました。
裏と繋げて聖石の記述を無くしただけです。



[6047] 祭り×出会い 前編
Name: 紅い人◆d2545d4c ID:53940b05
Date: 2009/02/15 03:53



レイチェル視点

親はファミルス魔術師団の中でそこそこ偉いエルフのお父さん。人間の中では魔力の高いお母さん。
その二人から魔力の扱い方を教えてもらい、サラブレッドとして育てられた。
私には両親から受け継いだ魔力量という才能がある。
能力を磨く事は両親への感謝の証し。自分の力が評価される事は両親への評価に繋がる。
私は幼い心ながらその事を理解していた。


研究者の両親を持つお隣のカトリーナとは、物心付く前から一緒に遊んでいた。

快活に飛び回る私を、注意しながらも付いてきてくれる。
私を観察しながら、危険から守ってくれる。
お姉さんと言っても良いかもしれない。

カトリーナの近くで遊べば安全。
両親も、いつしかそういう認識を持つようになった。
いつまでもこのような関係で居たいと、私は切に願っていた。


カトリーナは、一見大人しい性格をしているが、その心の中は自己顕示欲の塊。
己の知的探究心と、欲しい物を手に入れたいと願う我欲が人一倍ある。
学園に入る時だってそうだった、
人より優れている事を確認したかったのだろう。
カトリーナに誘われた私も同じく、自分の能力を認めてもらいたくて学園の入学を決めた。

設立してそんなに経っていないせいか、様々な年代の生徒が通う城下町の庶民向け学園での生活は、とてもつまらない物だった。
数段下の能力、まったく無い才能。対等に付き会う事の出来ない苛立ち。
それでも腐らずいられたのは、カトリーナが側にいてくれたからだ。


何事も無く、友達も作らず、そのまま二人で卒業した私達は、乙女組に入る事になった。
女性の社会進出の先駆けとして組織され、ファミルスの最高研究機関として名高く、魔術研究と魔術戦闘が一つの管轄にあるのが乙女組しかなかったという理由がある。



乙女組は、常に戦闘を意識されている。
私は城のメイドをやる傍ら、魔術戦闘を磨く。

当然組織戦も考慮されている。
直接戦闘の苦手なカトリーナは戦術論や後方指揮の勉強を重点的にしていた。

「どちらか一人、チヒロ王女の専属メイドになって欲しいのだけど」

乙女組の最高責任者、アビー様。
彼女に呼び出されたカトリーナは、最高責任者であるアビー様に向かっても、一歩も引かずにこう答えた。
「レイちゃんとで無ければお受けできません」と。

チヒロ王女の専属となる為には、専門的知識の優れた研究者が望ましい。
年も近いカトリーナが呼ばれたのは必然。戦闘技術が優れているレイチェルが呼ばれるのも必然。

「レイちゃんは家庭的な所があるからぁ、メイドの仕事も出来るでしょ。それにこれからいつでも一緒よ」
「タイチ様からは専属メイドとだけ言われ、人数の事は言わなかったので、二人で1人前と判断します。付いていらっしゃい」

レイチェルとカトリーナは、アビー様に連れられ、王の執務室を訪れた。

「乙女組魔術研究部より引き抜いてきたレイチェルとカトリーナです」
「よ、よろしくおにぇがいします!」
「よろしくおねがいしますぅ」

私は緊張してガチガチになっていたが、カトリーナはいつもの調子で挨拶をする。
何か気に食わない事があったのか、タイチ王はこちらを睨みつけ、
「二人とも。一つ確認して起きたい事がある」と、静かに口を開いた。



「二度と家族に会わない覚悟はあるか」


今まで感じたことの無い王からのプレッシャー。
じっとこちらを見つめている眼差しに、私達の覚悟を探られる。

「だいじょぶよー。レイちゃんと一緒だものー」
「カトリーナ!?……はい、私もカトリーナと一緒ならば大丈夫です」

カトリーナは、若干顔色を悪くしたものの、ペースを崩す事無く答えた。
私も、今まで一緒に居続けたカトリーナとなら、共に行ける。その正直な気持ちを伝えると、納得顔でチヒロ王女を呼んだ。合格をいただけたようだ。


「私と共に外に出ないとまともに街を歩けなくなるわよ。それでも良いなら。明日来なさい」

常時掛けられていたチヒロ王女のプレッシャーに、お互い声も出ない位疲弊しながら帰りの道を歩いていた二人。

「チヒロ王女の専属メイドのテストは受かったようだけど、カトリーナはどうする?」
「ようやく手に入れたチャンスですもの、ここで下りるわけには行かないわぁ」
「……カトリーナは、一番になりたいのね。その為に一番効率の良い方法を取ってきた。
今もそう……私は最初からカトリーナに操られているだけ…」
「利用していたのは否定し無いわぁ、でも、私にはレイちゃんが必要なのよぉ」

自分に出来ない事には近づかない。無理な事ははっきりという。

自分のしたい事の為に全てを利用し、そして興味のあるもの全てを手に入れたい。

長い付き合いの中で、その事に気づいたのはつい最近。

分かったとしても離れられない。
それはカトリーナに依存させられているということ。
一人になる機会が多くなったから考えられる。彼女を第三者視点で見れる。
ふつふつと沸き立つ反抗心。心の奥に絡み付く嫉妬心。ぽっかり空いた空虚感。
全てが襲い掛かってくる。

現在、馬車の中でタイチ王を誘惑しているのも、彼女の持っている我欲の一つ。
カトリーナの欲しい物の中に入った事を評価するべきか、哀れむべきか。

私はふらふらと迷走する。まるでリードから開放された飼い犬の様に。








森を抜け、南へ5日間行くだけで、次の国へと入る事が出来る。
直線距離で行けば、小国の領土なんてそんなものだ。

結構長い間旅をしてきたはずなのに、未だに話題が途切れない。
女性の姦しさに、呆れと驚愕の気持ちが沸くが、気にしても不毛なので考えるのを放棄している。


国境を超え、更に数日。
途中から商人達をちらほら見ることが出来るようになってくる。

合流した商人達と共に火を囲み、小隊といえるような状態になって二日。
ようやく目的地であるネオポリス国の城下町へ出る事が出来た。

街に入ると商人や農民と思わしき人々で賑わっており、いたる所で笑顔が溢れかえっていた。
街の入り口には横断幕が垂れ下がっており、街を上げて祝っている様子が伺える。
横断幕に書かれている内容によると、現在この国では、収穫祭が開かれているらしい。

ファミルス国から遠いせいか、気候の変化は若干早い。
雨季や乾季の時期に入る前に収穫し、終わった時に植え直すという二毛作の方式を取っているおかげで、年二回の収穫際が行なわれるようだ。
ダム建設前のファミルス王国でも同じようなものだったから、このあたりの地域独特の風習なのだろう。

もうすぐこのあたりは雨季に入る。
雨季に入ると川が氾濫し、農作物の育ちが悪くなり、湿度が高くなる。

現在運んでいる反物は、吸湿性・通気性に優れている一方、害虫やカビがつきやすいという面も持っているので、これからの時期は最悪といえる。
カビはシミや変色の原因になるし、害虫は虫食いの原因となる。
今まで紫外線に当たらないように木箱に入れて来たが、そろそろ売った方がいいだろう。

「ちょうど祭りのようだし、人が多くいれば反物も高く売れるだろう。雨季の時期が来る前に売るのが上策だと思うが?」
「そうですね。頻繁に手入れが出来る環境じゃありませんし、カビてしまう前に売ってしまった方がいいですね」

ステフも俺の意見に同意し、この街で売る事が決定した。
ちなみに後ろからついて来ているクレアの馬車に詰まれているのは、少量の加工済み魔石と、紙と糸玉を乗せている。どれもこのあたりでは高級品に分類されている品物だ。

クレアもこの街の祭りの事を既に情報として聞いている。
彼女の瞳は野獣の様に鋭い。
商人のオーラと言うものが見えるならば、天まで立ち上りそうな気概が見てとれる。
このチャンスを逃さないとばかりの張り切りようだ。
金を稼ぐのが好き、というよりも、金を稼ぐ過程が好きなのだろう。
祭りというチャンスの塊に、まだ見ぬ儲け話で胸が弾んでいる様子が感じられる。

タイチ達も、クレアほどでは無いが、祭りという単語に心が躍るのも確か。
それぞれの想いを乗せた馬車は、滞在拠点である宿屋へと向かって進路を取る事になった。



宿屋の主人の言葉によると、昨日始まった祭りは、三日間も続く大きいもので、農民や牧羊者などが肉や毛皮、農作物を売りに来て、そして日用品や鉄工物、衣服などを買って帰るそうだ。

その影響で、この時期の農夫や牧羊者は皆金を持っていて、落とす金額も多い。

これはどこの祭りでも一緒だ。祭りという不思議な非日常空間では、普段の価値観が崩壊し、祭りという価値観が産まれる。
その様子は、街の中に出て見れば分かる。まるで夢の中に迷いこんだ様に幸福感に包まれ、見知らぬ人と肩を組みあって酒を酌み交している。
楽しんでいる人々の中での立場は平等。そこでは皆等しく祭りの参加者という立場に立っている。


参加者とは違った楽しみ方をするのは、祭りを運営するこの国の貴族達と、この機会に儲けようとするギラ付いた瞳の商人達だ。

貴族側は、城下町に入る人頭税の徴収に余念が無く、騎士を派遣して治安を維持している。
祭りの中ではハメを外しすぎて犯罪行為も多くなるためだ。
大通りを歩いていても、その姿をちらほら見ることが出来る。

商人達は言わずもがな、出店や屋台と思わしき露天が立ち並び、客引きの大きな声があたりに響いている。

祭りの中央にある広場には大きな会場があり、その壇上でオークションやパフォーマンスなどが開かれ、外から持ちこまれた珍しい物や、普段は手に入りにくい高価なものが売り出されている。

今の目玉は火属性の付与された2センチ級魔石で、金貨1枚で落札されている。
普段の相場からすると赤字だが、名前を売っているという意味では成功していると言える。
宣伝も含めているのだろう。

俺はチヒロと二人で、油で揚げた鶏肉。簡単に言うとフライドチキンを頬張りながら、出店の立ち並ぶ一角を手を繋いで歩いていた。
あたりは香ばしい匂いで包まれ、香具師も嬉しい悲鳴を上げている。
今日は俺とチヒロ組。レイチェルとカトリーナ組。ステフは反物を売りに出ている。クレアも商売の匂いを辿ってどこかへと消えて行った。

両手に抱えきれ無いほどの食料を持った二人は、少し人ごみから抜けようと、人通りの少ない所へと入っていく。そこは、商館が立ち並ぶ一角。街の大通りは騒がしさでいっぱいになるが、この一角はいつも通りのようだ。
祭りの間は農民や外来商人を相手にするので、地元の商人達同士の取引は一時的に置いておく。
馬車や商人達が行き交う中、大通りの雑踏を背景音楽として楽しみながら、硬く冷たい舗装された地べたに座って食べ始める。
傍から見たら、とても王族とは思わないだろう。

「やっぱり揚げたてのパンはうまいな!」
「いやいや、このジャガバタも最高だね!」

祭りの雰囲気に当てられて、テンションは最高潮。
二人は買った物を分け合って食べ、祭りの興奮そのままに楽しげに盛り上がっていた。

「あれ、お二人ともこちらにいらしたのですか?」

ステフが馬車に乗って現れ、二人に話しかける。
馬車の中身を半分も占領していた反物は、綺麗さっぱり処理されたようだ。
いつまでも地べたに座らせておくのはステフには許せない事だったらしく、中に入る様に則される。

長い間連れ添っていたので、情が移ったのだろうか。
在ればあったで邪魔だけど、いきなり無くなるのも寂しいものだ。
中に座りながら、小さな空虚感に襲われる二人だった。


俺達は興奮状態を維持しながら、ステフへ向かってジェスチャーを交えながら祭りの様子を表現している。
ステフも祭りに興味が沸いたのか、それともタイチと共に祭りに行きたいのかは分からないが、その様子に深い関心を示す。
反物を売りさばいたので、後は祭りを楽しむだけだ。







遠くから聞こえる楽しげな祭りの雑踏の音色。
その幻想は、近くの商店から発する現実の大声量によって突然上書きされた。

「値段以上の価値は保障すると言っているだろうが!」
「鉄工技術はこのあたりでは値段が下がっているのでその値段では買えません」

音の元凶に好奇心が刺激され、馬車を降りてあたりに耳を澄ませる。
視線を声に向けると、どうやら店主と背の低い商人が喧嘩しているようだ。
商人が持ってきた馬車の中には、堆く積まれた鍋や包丁などの日用製品。騎士用の剣や鎧も少量積まれているが、これはこの商店で売る物では無い様だ。

「あの人はドワーフさんですね」
「俺は始めて見るな、それにしても背が低い。140センチあるか無いかじゃないか?」
「それくらいの身長が、成人ドワーフ族の平均ですよ」

ドワーフと店主の交渉は、店主の扉を豪快に閉める音で決裂した。
警戒心が強いのか、あたりにキョロキョロと視線を向ける。

「何見てんだよ。見世物じゃ無いんだぞ!」

睨み付けてくる鋭い視線。
見た目は小さいおっさんで、目付きの鋭さと口調のせいか、柄が悪く感じる。まるでどこぞの自営業のようだ。
ドワーフが珍しくて見てました。とはさすがに言えず、荷台に積んである荷物の事に話題を逸らす。


「……素人目で見ても普通の包丁とは違うな」
「当たり前だ。技術力ではどこに出しても申し分無い物を取り揃えている」

「ちなみにこれ一ついくらで売ろうと思ってたんだ?」
「1つ平均銀貨10枚。9本セットで金貨3枚だ」
「……ステフ、一般庶民ではどれくらいだ?」

俺の質問に答えようと、ステフは計算する時の仕草、腕を組んで、あごに右手を乗せて首をひねる。
しばらく待って、ようやく計算し終えたのか、にこやかに頷き、答えが帰ってきた。

「銀貨10枚で家庭で使う包丁や陶器、鍋などの一式揃えてもおつりが来るかと」
「それだけの価値は十分にある。その値段で売れないと国に持って帰る食料分が確保できないんだ」

ここら辺の国では、帝国との貿易が停止した事による鉄工技術製品の高騰。代用品として、現在魔術が注目を浴びている。
鉄工技術と入れ替わりに魔術技術が安価に大量に流入したからだ。

その代用品の一例として、水で刃を再現するウォーターカッターもどきが存在する。
手入れが不要。刃こぼれ無し。多少魔力が扱えれば刃の形状を自由に変えれる。衛生的。半永久的に使えるなどの利点がある。
1センチ未満の小魔石でも製作する事ができ、安くなったとはいえ、未だ金貨2枚程度と通常の包丁より割高だが、その価値は十分にあるといえよう。
高級嗜好の庶民層や、食堂の料理人などに愛用されている。

この国からすぐ南にはドワーフの国であるドラミング連合があり、鉄鉱山が存在するが、売りに来る商人の絶対数が少ないので、必然的に割高になる。
庶民用の安い物なら未だに売れるのだが、高級品となると魔術技術製品の方を買った方が品質がいいので、客を根こそぎ盗られた形だ。

「いままで少量高級主義を取ってきたが、魔術技術が台頭してきたせいで、こっちの懐はお寒いばかりだ」

「商売の世界では弱肉強食が成り立っている。これも時代の流れと言えるのでは無いか?」

「それは分かってるが、やるせないぜ……」






「お兄ちゃん。そろそろ戻るわよ」

後ろで見ていて、話が終わったと判断したチヒロは、馬車から身を乗り出して宿に戻る事を則す。
祭りに行くにも、まずこの馬車を宿に停めてからでないと、身動きがとれないためだ。
今までの一連の流れは、チヒロにとってどうでもいい事の部類に入る。
商用道路の中央で停車して、周りに迷惑をかけている事は、このメンバーの誰もが微塵も気にしていない。

「それじゃあ、俺達は宿に戻らなくてはならないので……おい?」
「……美しい…お嬢さん。お名前を聞いてよろしいでしょうか?」
「……はぁ!? ……チヒロだけど」
「私はマーフリン。よろしければこれから一緒に祭りでも回りませんか」

驚いたのはチヒロ。
美辞麗句を並び立てられるのは慣れているが、何の脈略も無く言われた事で動揺した様だ。

一方、ドワーフの方は、既にタイチやステフの事など思考の彼方に追いやり、チヒロに向かって求愛している。
アニメ風に表現するのであれば、胸に矢が刺さり、目がハートマークになっている。
完全にさっきまでの威厳とその他もろもろの評価は胡散し、ギャグキャラと化している。

「お断りよ。私はお兄ちゃんと一緒に祭りに行くんだから」
「お兄様。ぜひ御一緒させていただけ無いでしょうか」
「だが断る!」

この状態のドワーフに、どことなく弟の薫りを感じる。なるべく関わりたく無い。
旅は面白くなるかもしれないが、それと同時に厄介ごとに巻きこまれて苦労しそうな映像が瞬時に浮かんだ。

「厳しいお言葉。やはり妹が嫁ぐとなると複雑な心境ですよね!」
「いつ私があんたの嫁に決定してるのよ!妄想もいい加減にしろー!」

「……ここ久しく無かったギャグの気配がする。なんか一気に疲れた。ステフ、あの二人を無視して出発してくれ」
「はい、わかりました。でも宿まで付いてきそうな予感が……」
「俺の予測だと後3分くらいでブチ切れ雷撃魔術が放たれるな。それで気絶して終わりだ」
「なるほど、さすがチヒロさんの事を良く分かってますね」
「伊達に生まれた時から一緒に居ないからな」

「うっさい、黙れ!ショックプラズマ!」
「ぐふぅ、…さすが俺の嫁。とても刺激的だぜ……ガクッ」

なんかやばいストーカーに付け狙われる事になりました。


_______________________________


ドワーフの名前はリネ2からパクりました
国の名前もMMOからパクってます。
一発ネタなんてそんな扱いですよね。

ドワーフとの出会いに理由を付けるのに思いのほか手間取りました。
この物語に偶然は多分ありません。
偶然は最初に呼ばれたご都合主義だけです。

いつか書きたい……既に構想は出来ているタカの過去編。
どのタイミングで出せばいいやら……。


携帯から自分の小説を最初から改めて視直してみる。
勢いだけで書いている事が丸出しな文に、凄く恥ずかしく感じられました。
これは自分の文章力が上がっている事を驚いたらいいんですか?
今もダメだと言う自覚がありますけど。

全面改訂検討してみます。
とりあえず完結が第一目標。

フラグの強調とか、文章の統一性とか、説明描写を止めて情景描写にするとか。
いずれ色々やりそうです。

次の話はこの話のメイン。レイチェル・カトリーナ視点です。



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