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[5217] Layが使い魔(エヴァンゲリオン×ゼロの使い魔) 
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2013/08/31 04:31
ゼロの使い魔とエヴァンゲリオンのクロスモノです。

残念ながらサイトは出てきません。
基本的に、展開は原作をなぞることが多くなると思います。
この辺りがダメな方はスルーを推奨します。



以前、投稿したものを覚えていてくれている人がいれば幸いです。
原作をチェックして戻ってきました。
加筆、修正を少しだけ加えています。


追記
9月1日
続は後味が悪くなると思われます。
そっちがダメな方は
『最終話 ゼロの使い魔』or『外伝6 碇さん家のお部屋事情 』
まででストップすることを推奨します。

注意書きが遅くなってしまって申し訳ありません。


2013年 8月31日
長く使っていたPCが逝きそうです。
逝ってしまう前に書き溜めていたものをsageで出してみます。



[5217] 第壱話 もう来ないもう1度
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/10 01:20




日本
第3新東京市芦ノ湖


碇シンジはまたここにいた。
人の血で出来たような赤いLCL…
あの頃、人が人としてATフィールドで区切られていた時には芦ノ湖と呼ばれた湖のほとりに。
「…また来ちゃった」
失敗したという万端の思いを込めて思わず漏らしたのは、今回で既に3回目を数えている。
碇シンジは当時14歳から何度も自分の人生を繰り返している。



第壱話 もう来ないもう1度



新生を待つ間、彼にはやることがある。
もう恒例になりつつある、現状回避のための反省。
「僕も変わったな」
それでも、やっぱりココは慣れないね、と独り言を呟いた。
今回の反省点を端末にまとめながら、独り言でも言ってないと正気が保てないのかな、と自己分析。
久しぶりに、使徒を全て倒して量産機と戦うことになったのにこの結果。
少々の気落ちは仕方ないけど、と弱気の思考が顔を覗かす。
このままじゃいけない、とシンジは頭を振った。
「使徒に負けることは少なくなったんだから、大丈夫、次は上手くいくさ」
いつからの癖かは彼には分からないが、無意識に掌を閉じたり開いたりしていた。
大昔にミサトから貰った十字架を触る。
これも繰り返し始めてから癖になった動作。
気付いたのはアスカに指摘されたからか。

感傷に浸りながらでもキータッチに緩みはない。
今回の収穫は量産型のエヴァに対する戦術がいくらか分かったこと。
完璧じゃないけど上々の出来、とシンジは自画自賛した。
似たようなことをたくさんしているだけあって、精度は上がってきている。
実際、サキエルには圧勝というのが相応しい勝ち方を何度もしている。

シンジ自身は、何度も同じ敵と戦ってることなんて自慢にもならないと考えているが、
今回の繰り返しで全ての相手との戦闘対策は出来上がった。

「…よし」
反省点もまとめ上げた。
戦闘の対策も概ね出来た。
ココまできたら…と、次回からの使徒戦をイメージするコトにした。
集中するために目を閉じた。

あとはこれで新生の時を待つだけ。

今度は上手く行きますように……
シンジは、いるかどうかも分からない、神様に祈った。
よろしくお願いします、と祈り終えた後、慣れた感覚に襲われて、シンジは意識を手放すことを選択した。




ハルゲキニア地方

トリステイン王国立トリステイン魔法学院


「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よっ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ!
 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」

意味の分からない言葉に、シンジは目を開けた。
辺りには砂埃が舞っている。

「アンタ誰?」
晴れた砂埃の向こう側から出てきた少女が言った。

どう見ても、第3新東京市ではないところにいる自分に、シンジは驚いた。
それから先ほど、神に祈っていたことを思い出して、シンジは溜息を吐いた。
思えば、自分が神に祈って今まで良いことがあっただろうか?
あの時も、あの時も……、イロイロの場面を思い出してみて、
シンジは自分が祈っても、ろくでもない状況しか訪れないことを思い出し、頭を抱えた。
それから、遥か昔に使徒のことを天使と称したのは自分だったことを思い出して、苦笑いした。
天使を殺していれば罰が当たるのも当然。
そうすると、これもろくでもない状況に違いない。
そう自己完結と現実逃避をしたところで、声をかけられたことに気付いて、シンジは正面を向いた。
「アンタ誰って言ってんの!」

怒ったような声の主は、桃色の髪で整った顔立ちをした少女だった。
「碇シンジ」
簡潔に答えたシンジに、少女は質問を続けた。
「どこの平民?」
父はネルフの総司令で、自らはこれからサードチルドレンに任命されるが、なるほどシンジは貴族でも王族でもない。
どこの?と聞かれて、シンジが、日本の第3新東京市、と答えようとしたところを、他の声が遮った。
「ルイズ、サモンサーヴァントで平民を呼び出してどうするの?」

「ちょ、ちょっと間違えただけよ!」
ルイズと呼ばれて反応したんだから、目の前の少女はルイズと言うんだな、とシンジは理解した。
「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」
「流石はゼロのルイズだ!」
どっ、と沸いた人垣に、馬鹿にされている雰囲気を感じて、シンジは眉をひそめた。
それから、質問の途中だったことを思い出して、シンジは再び、日本の第3新東京市、と答えようとした。
しかし、またもやそれは適わなかった。
目の前にいたはずの少女は、数メートル先の大人に話しかけていた。
「あの!もう1回召還させてください」

そんなルイズを無視して、シンジは現状の把握に努めることにした。
夢かと疑って、試しに左腕を抓ってみたが、左腕に感じる痛みが夢ではないことをシンジに教えてくれた。
周りを見渡すと、全員が黒マントに杖のようなものを持っている。
おまけに、ワケの分からない生物までいる。
映画で見た魔法使いみたいだ、そう思ってから、シンジはその空想を振り払うように頭を振った。
巨大ロボットに、時間移動、その上、瞬間移動とコスプレ集団と珍妙な生物。
つくづく妙なことに巻き込まれる自分にシンジは溜息を吐いた。

「アンタ、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
ルイズの言葉に面倒ごとの匂いを嗅ぎ取って、シンジはルイズに返した。
「感謝?どういうこと?」
目を瞑って、杖を構えたルイズを見て、シンジはルイズが自分の話を聞く気がないことに気が付いた。
やっぱりろくでもないところだ、そう思って、シンジは天を仰いだ。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。
この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
神様にでも祈っているような言葉を聞いて、シンジはハッとして前を見た。
神から自分に与えられるようなものに、ろくなものはない。
ストップ!とシンジがルイズの肩に手を伸ばした時には、シンジの唇はルイズに奪われていた。

それから訪れた、左手に走った鋭い痛みと、いつか食らった精神攻撃に似た感覚に、
シンジは目の前の少女を止め切れなかったことに後悔を感じたまま、意識を手放した。



「知らない天井だ」
お決まりになった台詞の後に、シンジは鼻と肌で外気を探った。
知らない空気に知らない匂い、ハッキリしない記憶を思い出すためにシンジは頭を振った。
気絶する前に感じた、頭の中を弄られるような感覚を思い出して、シンジはこめかみを強く抑えた。
頭に異常がないことを祈ってから、シンジは辺りを見回した。
シンジは第3新東京市では見ない部屋の作りに、気絶前のアレが夢でないことを悟った。

「あら、起きたの」
声をかけられて、シンジは振り返った。
「ったく、アンタは使い魔なんだから、ご主人様に迷惑かけるんじゃないわよ」
気絶前にキスしてきた、ルイズと呼ばれる少女を見た途端に、シンジに直感が走った。
理由は分からないが、この少女を守らなければいけない。
一種の使命感みたいなものがシンジを襲った。
突然浮かんだその直感にシンジは疑問を浮かべたが、それはルイズの言葉にかき消されて霧散した。
「アンタは魔法について、どの程度知識をもってるの?」

田舎者の相手は面倒だと感じながら、ルイズは気が乗らない様子で訊ねた。
「魔法?何いってるの?」
シンジの返答に、ルイズは頭が痛いとばかりに額に手を当てて宙を仰いだ。
「ったく、どこの田舎から来たのかしらないけど、説明してあげるわ」

碇シンジはルイズが呆れるくらい何も知らなかった。
結構な時間をかけて、シンジを呼んだ流れを説明した後で、ルイズは自己紹介をしていないことを思い出した。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。わたしはルイズ
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ご主人様と呼びなさい」
胸を張って、偉そうにルイズは言った。
「僕はシンジ。碇シンジ。シンジで良いです」
また妙なことになった、と痛む頭を抑えながら、シンジは取り合えず神様を呪うことにした。

シンジは神様を呪った後、ルイズに問いかけた。
「さっき言ってた、サモン・サーヴァントで僕を戻すことは出来ないの?」
不機嫌そうにルイズは返した。
「出来るんならとっくにやってるわよ。そしたら、わたしだってドラゴンとか。グリフォンとか。マンティコアとか。
せめてワシとか。フクロウくらいなら、召還できるかもしれないんだから」
ルイズの台詞を聞いて、シンジは召還された広場にいた、珍妙な生物を思い出した。
「そういうワケだから、アンタも諦めなさい。わたしはもう諦めたから」
そう言われて、溜息を吐いたシンジにルイズは機嫌を悪くして言った。
「アンタが死んだら、わたしも次の使い魔を召還できるから、いつでも死んでくれてイイからね」

死ねば戻れるかも、皮肉にもルイズに言われた言葉がシンジの希望になった。
「それも悪い手じゃないけど、死ぬのは痛いからできれば最後の手段にしたいんだけど」
そんなことを言ったシンジを、ルイズは奇妙なものを見るような目で見た。
「だったら、諦めてわたしの使い魔をやることね。一応、メイジとして使い魔が死なないようには気をつけるから」

しっかり生きて、それから死になさい。
ミサトの言葉が頭に浮かんで、シンジは胸元のクロスを触った。
「使い魔って具体的に何をすれば?」
シンジの疑問に、教科書でも暗記しているのか、ルイズは流れるように答えた。
「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」
意味を捉えかねたことがシンジの顔に出ていたのか、ルイズは補足した。
「使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ」
そこで言葉を切って、ルイズは目を閉じた。
「でも、アンタじゃ無理みたいね。わたし何にも見えないもん!」
目を開けたルイズに、シンジは続きを促した。
「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」
シンジの顔を見て、ルイズは溜息混じりに続けた。
「何にもしらない、アンタにはそんなこと期待してないわよ」

それからルイズはシンジを眺めて、大きな溜息を吐いた。
「で、これが1番重要なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在であるのよ!
その能力で、主人を守るのが1番の役目!でも、アンタじゃ無理ね……」
生身で丸腰じゃ無理だ、とシンジは苦笑いを浮かべた。
「だから、アンタにもできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」
ここでも、家事をやるハメになって、天を仰いだシンジは神に恨み言を紡いだ。

いきなり天を仰いだシンジを不思議そうに見た後で、ルイズは欠伸をして言った。
「喋ったら、眠くなっちゃったわ」
神様への恨み言を中断して、シンジはルイズに言った。
「僕はどこに行ったらいいの?」
ルイズは床を指差した後、シンジに毛布を投げ渡した。
「ありがと」

礼を言った直後に、シンジはルイズに冷たい目を向けた。
「僕、一応男なんだけど」
下着姿になったルイズは興味なさげにシンジに返した。
「男?誰が?使い魔に見られたって、なんとも思わないわ」
それからルイズはパンツまで脱いだ。
「じゃあ、これ、明日になったら洗濯しといて」
そう言ってルイズは、さっき脱いだパンツをシンジに投げ渡した。
自分に投げられたパンツをキャッチしてシンジは呟いた。
「アスカより酷いや」
シンジは第3新東京市で一緒だった同居人が、下着くらいは自分で洗っていたことを思い出していた。


使い魔にされた翌日、シンジは固い床で目を覚ました。
それから、キョロキョロと辺りを見回た。
床に落ちているルイズの下着を手に取ってから、室内を見回した。
「洗濯機がない」
ここが学生寮だと説明されたことを思い出して、シンジは洗濯機の場所を聞くためにルイズを起こし始めた。

「ここで洗いなさい!」
早朝に起こしたせいか、不機嫌そうな声でルイズは言った。
ここ、と言われた場所には井戸と物干し竿があった。
朝早くのせいか、物干し竿には他の生徒の洗い終わったものはかかっていない。
洗濯機って何?とルイズが聞いてきたときからの嫌な予感が当たって、シンジは額を押さえた。
手洗いって何?とシンジが聞かなかったのは、そんなことをしても状況が良くならないのは、彼が1番分かっていたからである。

「終わったら、食事に行くわよ」
シンジが洗濯物を干し終えたのを見て、ルイズは言った。

シンジが食堂の名前をアルヴィーズということを知ったのは、粗末な食事を床で食えと言われた直前だった。
突然だが、シンジの生活水準は驚くほど高い。
それは、科学が発展していないハルケギニアと比べて、という意味ではない。
彼のエヴァンゲリオン初号機のパイロットとしての立場は、好きなだけ金を使っても増えていく、という矛盾を生むからだ。
実際、彼は第3新東京市に持ち家どころか、持ちビル・持ちマンション状態なことも少なくはない。
もちろん、それに合わせて食事も高水準を誇っている。

そんな彼が、パンとスープのみという食事事情に我慢できるか?
と問われると、案外我慢できるものだった。
タネを明かすならば、資産はあっても食えない状況というのに、シンジが慣れているからである。
シンジはネルフで営倉に入れられることもあれば、山の中でサバイバルという状況もあった。
ただし、隣で豪華な食事を用意されている主を目にして、シンジの顔はしっかりと引き攣っていた。
要するに、我慢は我慢でしかないということだった。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
自分の世界の神様を罵倒している時、シンジはこの世界の食前の祈りを聞いた。
シンジはそれがこの世界での、いただきます、であることを理解して、自分も祈りを口にした。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

シンジの4倍以上の時間をかけて、ルイズが食べ終わったルイズを待って、2人は教室に移動した。
「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」
そう言われて、シンジは教室の右隅に陣取った。
その場には他の使い魔がいなかったからである。
気分は参観日の保護者だった。

「皆さん。春の使い魔召還は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、
様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
教師らしい、中年の女性はそう言って、教室を見回した。
それから、シンジと目が合ったところで、教師は言った。
「おやおや。変わった使い魔を召還したのはどなたです?」
生徒の誰かが反応した。
「ゼロのルイズです」
シンジがゼロの意味を考える間もなく、他の生徒がまくし立てた。
「ルイズ!召還できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ」
教室が笑い声で溢れた。
「違うわ!きちんと召還したもの!アイツが来ちゃっただけよ!」
自分に対する侮辱よりも、ルイズに対する侮辱にシンジはイライラした。
それからシンジは、ルイズを侮辱されて腹を立てた自分を不審に思った。

何か自分が自分ではないような違和感を覚えて、シンジは目をつむる。
僕は誰?
僕は僕、碇シンジ……サードチルドレン。
エヴァのパイロットだ。
ここはどこ?
トリステイン王国の魔法学校、また妙な出来事に巻き込まれたんだ。

そこまで自問自答をしたところで、シンジは中断を余儀なくされた。
熱を伴った爆風がシンジを襲ったのだった。
いつの間にか教壇に立ったルイズが、煤で真っ黒になって呟いていた。
「ちょっと失敗みたいね」
一斉に上がった他の生徒からの罵倒を聞いて、シンジはご主人様の実力を理解した。
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
「だからアイツにやらせるなって言ったのよ!」
「もう!ヴァリエールは退学にしてくれ!」
割と信用している自分の直感が外れた気がして、シンジは天を仰いだ。


翌日の教室からは、今日もまた爆発音が聞こえてきた。
「ルイズ!なんてコトをしてくれたんだ!」
どうやら、ルイズの起こした爆発で、
金髪の少年……ギーシュが錬金したペンダントを壊してしまったらしい。
「ごめんなさいミスタ・グラモン。きちんと弁償いたします」
「弁償だって!アレは僕がモンモランシーの為に自ら錬金したものでそこらで売っている安物じゃないんだ!」
「そんな……本当にごめんなさい、わたし壊すつもりなんかなくて……」
恋人に贈る大切なものだとも知らずに壊してしまったことに、
罪悪感からルイズはもともと小さい体をさらに縮めて謝っていた。
「これだからゼロのルイズは…魔法が使えないってだけで迷惑していると言うのに、
その使えない魔法でまで迷惑をかけてくる…いっそゼロじゃなくてマイナスのルイズに改名したらどうだい?」
いつもなら即座に反論していただろうが、今回のことは全面的にルイズが悪い。
「ごめんなさい」
謝るほかに出来ることがない、そんなことはルイズには分かっていた。
まったく同じものを作るということが出来ないトリステインにとって気持ちがこもったものは重い。
貴族間の決闘が禁じられる前はそれが決闘の理由になるほどに。
それが分かってるだけにルイズは自分がバカにされても謝ることしか出来なかった。

一通りの嫌味を言い終わった後ギーシュは、それで2つ提案がある、と続けた。
「君の使い魔の平民、彼のしている首飾りがとても気になっていてね?」
「僕のこれを渡せばなかったことにしてくれるんですか?」
シンジが割り込む。
「待ちたまえ、何もただでとは言っていないだろう?見たところ、余程の天才か匠が作ったと見受けられる
何故、そんなものが平民の手にあるのかは知らないが……僕としても是非、手元に置いて愛でたい一品だ。
そこでだ、その首飾りを賭けて僕と決闘しようじゃないか?」
「な……ギーシュ!その首飾りは貴方に上げるわ!だから決闘なんて真似は止めて」
「ご主人様!?なに言ってんだよ!?折角、お咎めなしにしてもらえるチャンスなのに」
「シンジ!アンタも貴族と決……」
決闘なんて無理よ!とルイズが止めようとしたところに、ギーシュの声が遮った。
「ルイズ!『僕は条件は2つ』と言ったはずだが、分かったら余計な口出しは止めてもらおう」
シンジとルイズの会話にギーシュが割り込む。
この場での『条件は2つ』の意味が分かっていないのは誰あろう、当事者になっているシンジだけだった。
それ以外の者達は、ルイズを含め皆、正確にギーシュのしようとしていることを理解していた。
即ち、決闘という名のリンチでストレス解消をした後に使い魔から首飾りを奪うという意図を。

平民は貴族に勝てない。
この世界の常識を知っているルイズは彼女なりに自分の使い魔を無用な危険に晒さないように配慮したが、
ギーシュに言外に物だけでは許さないと言われてしまい、どうしようもない状況に陥ってしまっている。
「ギーシュさん……で良かったですか?」
首を縦に振るギーシュを見てシンジは続けた。
「決闘をお受け致します」
この返答はシンジにとっては当たり前だった。
目測でギーシュに負けているのは、年齢の差から来る体格差だけだからだ。
ウェイトやリーチの差はそれなりにあるが、ネルフの格闘訓練を受けている自分の方に分がある、とシンジは分析した。
その認識は間違いない。
実際、このクラスで格闘戦をしてシンジに勝てるものはまずいない。
それどころか4、5人で徒党を組んだところでシンジには勝てないだろう。
ただ、1つシンジには根本的な考え違いがあった。
決闘って言っても生徒が言っていること…詰まるところ喧嘩であろうと。
シンジが持つ決闘のイメージが殴りあいだった為、魔法の使用はまるっきり意識の外だった。
「ヴェストリの広場で待っている!」

こうしてシンジとギーシュの決闘は決まった。


ヴェストリの広場

「シンジ!アンタ、平民が貴族と決闘するってどういうことか分かってんの!?」
ヴァリトリの広場には明らかに教室にいた以上の生徒がいた。
そのなかで、少々ヒステリー気味のルイズの声は際立っていた。
どうやら、ここに来てもシンジを止めるようとしているらしい。
「それ、もう3回目ですよ?」
シンジが言うようにルイズがこれを話すのはもう3度目のことだ。
平民と貴族の差は教室から広場に移動する間に何度も聞かされていた。
決闘の内容も、負けた時に平民が死ぬかもしれないことも聞かされた。
それでもシンジはワケも話さず決闘を止めないと言う。

「アンタがまるっきり分かってないから何度も言ってるの!良いから、今ならまだ間に合うかも知れないし……」
まだ間に合う、そんなことがムリなのはルイズも分かっているが、
弱気を見せていればギーシュも手心を加えてくれるかも知れない。それだけがルイズの希望だった。
「ゴメン……これ大切なものだから」
胸のクロスを手に取りながら淋しそうな顔をしてシンジが言い訳をした。
「だからって、物を賭けて命を張るなんて馬鹿げてるわ!」
シンジに詰め寄る。
「ご主人様も分かってますよね?彼がもう決闘しなくちゃ満足しないのを……」
「アンタ……さっき、何も……」
たしかにシンジは先ほどまでは何も分かっていなかった。
「少し考えれば気付くよ……『2つの条件の意味』」
本当に分かってしまったのだろう、ルイズは自らの使い魔になった少年の予想外のカンの良さに驚いていた。

「傷つけれたプライドは、10倍にして返してやる。……っていうのは知り合いの言葉なんだ」
傷ついたでしょ?プライド、と言ったシンジにルイズは俯いた。

「遅かったね。怖気づいて逃げ出したのかと思ったよ?」
咥えていたバラを左手に持ち替えて、それをシンジに向けながらギーシュは言う。
「僕の2つ名は『青銅』。『青銅のギーシュ』だ」
芝居がかった様子で話すギーシュはそこで1度、言葉を切った。
「従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
ギーシュが台詞と同時にバラを振るうと、バラから散った1枚の花びらが剣士になっていた。
身長は小さめのルイズよりもさらに低い。
体には凹凸があることから女性型に見える。
全身を覆う甲冑はギーシュの2つ名から推測するに青銅製なのだろう。
手に持っている剣も青銅だろう。

「さあ、始めようか」
ギーシュの言葉とともにワルキューレがシンジに襲い掛かった。
シンジは剣が自分に触れる前にワルキューレの腕をとった。
この動作は訓練の賜物で、ほとんど反射の領域だ。
しかし、そのままワルキューレに吹き飛ばされてしまう。
「大丈夫だろ?刃止めはしておいてやったから死にはしないよ。もっとも今の1撃で勝負はついたようだがね」
倒れたシンジを見つつ、ギーシュは言った。

「お~い平民!もうちょっとがんばれや」
「おもしろくないぞ!」
「まッ、ゼロのルイズの使い魔ならこんなもんだろ?」
「そりゃそうだ!」
ギャラリーはいつものことだと笑うものと、もっと見せろというものに分かれている。
「ッうぅ」
剣で殴られた脇腹を庇いながら、痛みに顔をしかめてシンジは立ち上がった。
鈍い痛みのする脇腹は、折れてはないが打撲でもないことをシンジに伝えてくる。

対人戦なら今の攻防でシンジは相手を制していた。
掴んだ腕の関節を少し捻ってやるだけで相手の振るう剣は絶対にシンジまで届かない。
そのまま強く腕を捻ってやれば十中八九相手は武器を落としている。
しかし、今回の相手は青銅(これは推測だが)なのだから関節を極めようにもそんなものはないし、
腕を取ったとしても人間くらいなら軽く吹き飛ばす。
見た目の女性型に騙された。
訓練の結果が、良くないほうに出た、と結論付けて、シンジは起き上がった。
ダメージを受けた体は少し重いが……負ける気はしなかった。
「まだ、やるのかい?力の差が分からないのか?」

「これは貴方に渡すには惜しいので」
クロスを手に取る。
シンジはこのクロスの価値は知らない。
ただ、同じ形のものは元の世界にあるだろうが同じものはないのは知っている。
こもっているミサトの思いは何物にも変えられない。
「それに……ご主人様にのプライドが傷つけられましたから」
主人のプライドために戦う使い魔に、ギーシュも思うところがあったのだろう。

「良い心構えだ、平民。褒美にこれをやろう」
その言葉とともに、シンジの前にバラの花びらを飛ばした。
花びらは地面につくと剣に変わっていた。
「分かるか?剣だ。つまり『武器』だ。平民どもが、せめてメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。
今だ噛みつく気があるのなら、その剣を取りたまえ」
シンジが剣を手に取ろうとするのを見て、ギーシュはバラを振った。
都合7体に増えたワルキューレがシンジを取り囲む。
それを見たルイズが叫ぶ。
「だめ!絶対だめよ、シンジ!それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」
「こんな剣、まともに振れるワケないじゃないか」
悪態を吐いたが、かまわず剣を引き抜いてシンジは走り出した。

ギーシュとの間にいた1体のワルキューレに突進した。
突進の勢いをそのままにして顔面に抜いたばかりの剣を突き刺す。
弾かれることなくワルキューレの顔面に吸い込まれていったのは、シンジにとっては嬉しい誤算。
シンジはとまらない勢いのまま地面に、ワルキューレを縫い付けた。
そのまま、剣に未練を残さず、後ろで指示を出していたギーシュに飛びついた。
抱きとめてもらうような形で、胸部に打ち込んだ膝は、ボキ、と鈍い手応えをシンジに伝えた。
アバラの2,3本は持っていってやっただろう。
シンジの勢いを受け止められるワケのないギーシュはシンジごと倒れていた。
痛みにのた打ち回っているギーシュの上にいち早く起き上がったシンジが馬乗りになっていた。
「待っ……」
待った、僕の負けだ、とギーシュは言う暇もなく、シンジに顔面を殴られて意識を失った。

ここに来てギャラリーは何が起こったか理解して歓声を上げる。
「痛ッ」
ギーシュを倒して安心したシンジは、今更襲ってきた痛みに脇腹を押さえて立ち上がった。
それから、シンジはギャラリーの中のルイズを見つけて、右手を高々と上げた。
イヤに煩い歓声の中、ほとんど素手でメイジに勝ってしまった自分の使い魔を、ルイズは呆気に取られて眺めていた。


夜-ルイズの部屋

「アンタ強かったのね?」
寝ているシンジにルイズが問いかける。
「別に僕は強くないです」
シンジは寝かされていたルイズのベットから起きながら答えた。
しっかりと起きながら答える辺りは、ご主人様への礼儀か。
「起きてたの?」
いいから、と起き上がろうとしたシンジをルイズは手で制した。
「寝返りをしたら、脇腹に響いちゃって」
制した手を無視しながら、顔をしかめてシンジは答えた。

「起きたなら、さっさとベットから出なさいよ!」
ルイズの声が荒くなったなのは、自分の気遣いが無視されたからだった。
毛布を引っぺがしたご主人様に、溜息を吐いてから、シンジはベットから降りた。
仕方なく、痛む脇腹を庇って、シンジは床に横になった。
そんなシンジを見て、ルイズは脱いだばかりの服をシンジに投げつけて毛布に包まった。
「明日になったら、洗濯しといて」
滅多に外れなかった自分の直感が外れたことを嘆いて、シンジは額に手を当てて神を呪った。
脇腹のことを考えなかったシンジのその動きは、彼に痛みをもたらした。
呪った神様から、手痛い反撃が来て、シンジは不貞腐れて眠りについた。




第壱話 もう来ないもう1度


   -終-







[5217] 第弐話 貴族に価値を
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/10 19:42




トリステイン王国
魔法学校


ギーシュを倒してからのシンジの生活は、食生活のみ改善された。

ギーシュを倒して翌日の洗濯中、シエスタと名乗るメイドに厨房に招待された。
厨房に着くと、コック長のマルトーと名乗る親父から盛大な歓迎を受けた。
そうして、マルトーは腹が減ったらいつでもこい、と料理を平らげたシンジに言ったのだった。
そんなワケで、シンジは今日も厨房のドアを開いた。

「我らの剣よ!」
「「「我らの剣よ!」」」
マルトーの声の後に厨房のコック達が続く。
「……恥ずかしいですよ」
苦笑いしているシンジはなんとなく満更でもないようだ。
そんなことより、とシンジは続けた。
「いつもありがとうございます。今日も美味しかったです」
当然だ、とマルトーは胸を張る。
「貴族の連中は魔法を使えることを誇っているが、
我らの剣が使う剣も俺達が作る料理も魔法のようなものだろう?」
シンジがギーシュを倒した話は、その日のうちに学院中に広まっていた。
ただ、広まった話というのは、尾ひれと背びれ、挙句に胸びれまで付いていて、
どこでどう間違えたのか、いつしかシンジは剣の達人との話しになっていた。

剣も料理も魔法だ。
それは食事を出されたその日からマルトーが言っている言葉だった。
「だから、僕は剣の達人とかじゃないですよ」
シンジは、いつもやんわりと否定の言葉を繰り返す。
聞いたかお前ら、とマルトーは厨房にいる平民に問う。
「達人は誇らない!」
「「「達人は誇らない」」」
ギーシュを倒してからのシンジは学院仕え平民に大人気だった。


第弐話
貴族に価値を


「行くわよ」
ルイズの一言で、朝早くからシンジは出かけることになった。
シンジが目的を尋ねたら、剣を買いに行くと返事が返ってきて、素手じゃご主人様を守れないでしょ!と付け加えられた。
ルイズの言葉を聞いて、シンジは頷いた。
主人を守るにしても、相手の刃を止めるにはこちらも武器がないとどうにもならない、との思いからだった。
頷いたシンジを見て、ルイズは袋から財布の中に金貨をぎっしり詰めた。
「アンタが持っておくのよ」
そう言ってルイズは、財布をシンジに渡した。


馬で三時間かけて、シンジとルイズはトリステインの城下町にある武器屋にやってきた。
「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行っておりましてね」
店主の親父は思い出したように言いながら、レイピアを取り出した。
「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行っている?」
ルイズは不思議そうに店主に聞いた。
「なんでも、土くれのフーケとかいう、メイジの盗賊が貴族のお宝を盗み回ってるらしくてですね……、
そいつの対策の一環らしいんですぜ。もっとも、ウチら平民には関係ないんですがね」
店主はそう言って、笑った後におどけて見せた。
「おっと、ウチはそのフーケのおかげで儲かってまして、ここだけの話、盗賊様々ですぜ」

そんな店主を無視して、レイピアを眺めた後、ルイズは別のを出せと言った。
レイピアの見た目は軽そうで、シンジでも扱えそうだが、斬りあったら折れてしまいそうなほど、細い。
主にガードに使える軽くて頑丈な剣を探しているシンジ的にも、レイピアは却下だった。
「もっと太くて、大きいのがいいわ」
シンジはルイズの言葉に疑問を感じなくもなかったが、反論した店主の言葉を聞いて安心した。
「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。男と女のように。
見たところ、若奥さまの使い魔とやらには、この程度が無難なようで」
店主の言う通り、自分の筋力ではまともに剣など振れないことは、シンジも自覚していた。
「もっと太くて、大きいのがいい、と言ったのよ」
不機嫌そうに言ったルイズに不安を覚えつつ、相性を持ち出した店主を信頼して、
シンジは別の剣を取りに行った店主を待った。

「これなんかいかがです?」
ルイズの身長と変わらないくらいの立派な大剣を持ち出した店主を見て、シンジは呆れた。
「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、これぐらいは腰から下げて欲しいものですな。と言っても、
コイツを腰から下げるには、よっぽどの大男でないと無理でさあ。やっこさんなら、背中にしょえるかどうか」
「おいくら?」
そう聞いたルイズにシンジは頭が痛くなった。
「絶対無理」
シンジはそう言い残して、自分で剣を選ぶことにした。

ゲルマニア、シュペー卿、立派な家、100しか持ってきてない、などと言っている2人を尻目にシンジは店内の剣を眺めた。
初めに、筋力的にまともに扱えないであろう、大剣と槍は却下した。
次に、先ほどと同じ理由でレイピアも却下した。
ガードと言う面でナイフのような刃の短い武器も却下。
弓や、銃といった武器もナイフと同等の理由で却下した。
そこまで、考えたところで、シンジは後ろから声をかけられた。
「おい、坊主。おめぇに振れる剣なんてあんのか?棒ッきれで鍛えてから出直しやがれ!」
シンジは声に振り向いたが、乱雑に剣が積んであるだけだったので、首を捻った。
「やい!デル公!お客様に失礼なことを言うんじゃねぇ!」
店主が怒鳴り声を上げた。
「お客様?剣もまともに振れねぇような小僧っこがお客様?ふざけんじゃねぇよ!耳をちょん切ってやらぁ!」
積まれていた大剣の1つが、カタカタ、と柄を鳴らしながら叫んだ。

シンジは不審に思って、カタカタ、と柄を鳴らした大剣を手にとって、驚いた。
軽い。
「放しやがれ!」
怒鳴る大剣を無視して、シンジは聞いた。
「おじさん、コイツ硬い?」
刀身には錆が浮いていて、切れないだろうな、と思いながらシンジは聞いた。
「へぇ、そいつですか?硬いことは保証しますぜ。何せ、口が悪いもんだから、
あっしが折ってやろうと岩に叩きつけてやったこともあるんですが、結局折れませんでしたから」
シンジは大剣を右手一本で持つと無遠慮に振り回した。
ビュッ、と風を切る音を聞いて、シンジはコイツしかないと思った。
「おでれーた。見損なってた。てめ、使い手か」
聞きなれない使い手という言葉に、シンジは首をかしげた。
「ふん、自分の実力も知らんのか。まぁいい。てめ、俺を買え」
シンジは最後まで、デルフリンガーを持つと左手が光りだすことに気付いていなかった。




虚無の曜日明けの授業。
ギトーという名の教師が、突然課外授業を言い渡した。
曰く
「君達の年代はトライアングルクラスのメイジは皆無、本当に不作だ。
だから、この私の風を持って実践というものを教えてやろう。4人でチームを組んで私を倒してみろ」
自身満々の笑みを顔に貼り付けて笑っていた。
教室にいた生徒達は、この授業の担当教諭の性格を思い出したのか、次々と引き攣った笑みを浮かべていった。



トリステイン魔法学院-本塔-

ギトーは生徒達を連れて本塔の中庭にやって来た。
「さぁ、誰からくる?」
そう言ってギトーは生徒達を見渡した。
今日の授業は受講者が30人、そのうち1人はメイジですらない。
ゼロのルイズとチームを組む物好きはいないだろう。
ギトーはチーム分けの結果を想像して課外授業を提案していた。
教室での言葉から分かるようにギトーは劣等生を嫌う。
不作の生徒の中でもダントツの劣等生のルイズをギトーは嫌っていた。
「おや、ミス・ヴァリエール、君は1人かい?おっと使い魔がいるから2人だったか」
そう言ってギトーの顔が歪んだ。
「よし、ミス・ヴァリエール、まずは君から来なさい」
「はッ、はい!」
ギトーに指名されておずおずルイズが出て行った。
その後をシンジも付いていく。

背中には、先日買って貰った喋る大剣-デルフリンガー-を背負っていた。
「そういえば、君は剣士だったね?私もそれに合わせようか……」
ギトーが唱えた呪文はブレイド。
「私の方は準備が出来た。君達も準備が出来たらいつでも来なさい」
ギトーの言葉にシンジが反応した。
「先生さん?そういえば、コレって実戦形式でしたっけ?」
「そうだが、それがどうした?」
「実践って割には自分の魔法が完成するまで待ってもらって、準備が出来たら来なさいって、冗談ですか?」
シンジは淡々とした口調で、ギトーをからかった。

周りでは、意味を理解した生徒達が必死で笑いを堪えていた。
顔を赤くしたギトーがシンジに切りかかってきた。
2合、3合、打ち合ってどちらともなくバックステップで下がった。
「呪文!」
ルイズに向かってシンジは檄を飛ばす。
ギトーは既に詠唱を始めている。
ビクッと驚いてルイズは呪文を唱え始める。
その心境は、使い魔がご主人様に命令なんて、なんて……憤りで満ちていた。

シンジは戦闘になると、軽くなる体に違和感を覚えながら、ギトーに向かって疾走していった。
だが、ギトーの方が少し早い。
シンジを迎え撃つ呪文はエア・ハンマー。
風の塊がシンジを襲った。
シンジは空中で翻り、地面に叩きつけられるようなことはしない。
それでも、勢いに負けて20メートル程下がる。
手加減はされていたのだろう、骨に異常はない。
ギトーはエア・ハンマーを吹き飛ばすだけに使ったようだ。

勢いを殺した頃には真後ろにルイズがいた。
ルイズを守るようにして、追い討ちに身構えるシンジ。
地に足をつけていたはずのギトーは宙に浮いていた。
どうやらフライを使ったらしい。
「おい!相棒、俺達じゃ空を飛ぶ相手を倒すのは難しいぜ」
デルフリンガーが喋る。

「分かってるよ!」
魔法使いが飛べることを初めて知って、シンジは唇を噛んだ。
宙に浮いた相手には、ルイズの魔法が唯一の頼みだ。
ドカンと派手な音がした。
塔を背にして浮かぶギトーの後ろが吹き飛んだ。
5階の壁が焦げ付いていた。
パラパラと壁が崩れるのも見える。

「ルイズ~役に立ってないぞ~」
緊張感の足りない外野の声が響いた。
周りの連中は笑い出した、いつもの光景だった。

ギトーは宙に浮いたまま額を手で押さえていた。
異世界人のシンジにも分かる頭が痛いというヤツだ。
「今日の授業はここまでだ!私は塔の処理をしなければならない」
不機嫌そうにギトーが授業の終わりを告げた。
「ミス・ヴァリエールには、後ほど罰を言い渡す」
それだけ言い残してギトーは後処理のため学院長室に向かった。


-夜-

そろそろ就寝という時間にギトーはルイズの部屋にやってきた。
「ミス・ヴァリエール、今日の罰として本塔周りの掃除をやりたまえ」
朝までにやっておくように、とギトーは付け加えて、去っていった。

ギトーが出て行った後に、嫌そうな顔をしたルイズを見て、シンジは言った。
「僕だけ、行ってきましょうか?」
ルイズは顎に手を当てて、暫く悩んだが、一緒に行くと言い出した。
「う~ん、なんと言うか、わたしにも落ち度があったワケだし、今回は一緒に行くわ」
自分の非を認めているのか、いないのか、そんなルイズにシンジは苦笑いを浮かべて、彼女に準備を促した。
「外は寒いから」
そう言って、シンジはルイズの服を探し始めた。

ルイズの着替えを済ませてから、シンジはドアを開けた。
が、そのまま慎重にドアを閉めた。
不思議そうな視線を投げかけてくるルイズを無視して、シンジは部屋の隅に置いていたデルフリンガーを取り出した。
それから、シンジはルイズとドアの間に入って、剣を構えた。
「外にトカゲの化物がいる」
ルイズに警戒するようにとの意を込めて、シンジは言った。

「トカゲの化物?……ああ、キュルケのサラマンダーね。アンタもアイツぐらい強ければ良かったのに」
ルイズは無警戒にドアを開けた。
ルイズは外にいたサラマンダーのフレイムを羨ましそうに見た後に、シンジに声をかけた。
「アンタも、グズグズしてないでさっさと行くわよ」
フレイムが敵じゃなかったことに安心して、シンジはルイズの後を着いて行った。
「ここはやっぱり危ないな」
妙な生物に襲われては堪らない、とシンジは剣を背中に背負った。

本塔に近づいたところで、派手な音を聞いて、シンジとルイズは顔を見合わせた。
「急ぐわよ!」
走り出したルイズの後をシンジも追いかけた。

本塔に寄り添うように巨大なゴーレムが立っていた。
丁度、ルイズがゴーレムを見上げた時、穴の開いた本塔からローブを目深に被った人影がゴーレムの肩に飛び乗った。
それから、直ぐにゴーレムは崩れると、人影を隠すようにして土に還った。

『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
ルイズの報告によって、宝物庫に残された文字見つかり、それが学院を賑わせたのは言うまでもない。


「後には、土しかありませんでした。肩に乗ってた黒いローブを来たメイジは、影も形もなくなってました」
目撃者として、改めて学院長室に呼ばれたルイズが言った。
隣にはシンジもいる。
証言が終わったタイミングでノックの音が部屋に響いた。
開いたドアからはオスマンの秘書、ロングビルの姿が確認できた。

「ミス・ロングビル!どこに行ってたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」
コルベールが興奮を隠しきれない様子でまくし立てた。
「私のことより、フーケが見つかりましたわ」
ロングビルが調査の結果を話し始めた。

ロングビルの話が終わるとオスマンが口火を切った。
「捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ」
杖を掲げるものはいない。
教師陣は塔にかけられた固定化の強さを知っている。
ただのスクウェアクラスのメイジだと太刀打ちできない。
となると下手人はスクウェアでも群を抜いた存在だ。
カラクリを知らない教師一堂にとって、それは疑いようのない事実だった。
学院の教師の大半はトライアングルクラスのメイジである。
事情を知る彼らの自主性に任せても、参加者が出ないのは自明の理だった。

「おらんのか?おや?どうした!フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんか!」
杖を掲げたのは誰あろう生徒のルイズだった。
「面白そうな話ね」
突然、開いたドアから入ってきた人物にルイズは、驚いて声を上げた。
「キュルケ!それにタバサも!」
キュルケに続いて入ってきたタバサは杖を掲げている。
どうやら、2人ともフーケ討伐に行く気らしかった。

結局、教師達の制止を振り切ってルイズ達はフーケの捜索隊になった。


-馬車の中-

「座って?」
隣に促されたのでキュルケの横にシンジは座った。
ルイズの目が少し厳しくなるがキュルケの方はお構いなしだ。
むしろ見せ付けるようにシンジの腕を胸に抱きかかえた。
ルイズの眉が不機嫌そうに動く。
キュルケはシンジの方に向くように座りなおして言った。
「あなたは、わたしをはしたない女だと思うでしょうね」
そこで1度言葉を区切る。
シンジの腕を解放して抱きしめるように背中に手を回していた。
「名前も知らないあなたが、ギーシュを倒したそのときからわたしの微熱は焔に変わったの!」
キュルケの胸がシンジの胸に押し付けられて形が変わる。
抱きしめたままキュルケはシンジの首筋に唇を這わせた。
少しの痛みの後、シンジの首筋にはキュルケがキスした証が残った。
首筋から顔を離したキュルケは、シンジの輪郭をなぞるように手を滑らせた。
「男にしておくには勿体無いくらい綺麗な肌……嫉妬しちゃうわ」
潤んだ瞳でキュルケは言った。

「キュルケ!!」
ルイズが怒鳴った。
シンジに抱きついたまま、首だけ動かしてキュルケは言った。
「取り込み中よ。ヴァリエール」
「ツェルプストー!誰の使い魔に手を出してんのよ!」
ルイズではなくヴァリエール、キュルケではなくツェルプストー。
呼称で個人の喧嘩から、一気に家同士の因縁まで発展した。
火花を散らす2人の横からするりと抜けたシンジは向かいに座って本を読んでいたタバサに尋ねた。
「君はどうしてここに?」

「タバサ」
瞬間、シンジは戸惑った。
それが話しかけた相手の名前であることに思い当たった。
「あっ、ゴメン、僕はシンジ、碇シンジ。それで……「心配」」
先に名乗らなかったことを謝って質問を繰り返そうとしたところに答えが返ってきた。
タバサの返答と指している指の先にキュルケがいた事から、言いたいことをシンジは理解した。
綾波とどっちが喋らないだろう?そんなことを考えながらシンジは続けた。
「どうして止めなかったの?」
「借りがある」
言葉は少ないがお互いの意図を読み取れたのだろう。
「そっか」
レイと話している感覚を思い出して、シンジは苦笑いをした。
「そう」
タバサの方は読んでいた本に再び目を落とした。
ルイズとキュルケの喧嘩はまだ終わりそうにない。
タバサの方は既にシンジから興味を失ったように本に集中し始めた。

シンジは空を見上げた。
そういえば、ご主人様の喧嘩相手には名乗ってもいないことを思い出した。
「ミス・ツェルプストー」
いまだに喧嘩中の2人に声をかける。
「キュルケとお呼びになって?ダーリン」
ルイズのことは何処へやら、キュルケの瞳が一気に潤んだ。
「シンジです。キュルケ」
「シンジ……それがダーリンの名前なのね?変わったお名前」
そのままシンジに抱きつこうとしたキュルケの間にルイズが体を滑り込ませた。
「来なさい。シンジ」
ルイズはシンジをじろりと睨んだ。
「キュルケ。僕としてはアレ以上のことも望むところ何だけど……
外でとか、人前でとかって得意じゃないんだ」
そう言ってニッコリ笑ったシンジは、ルイズに睨まれたことは何処吹く風だった。
意味を理解したキュルケは妖艶に微笑んで、シンジに向かって返答した。
「私だって2人きりの方が好きよ」
ルイズの方は頭の上に?マークを浮かべて、外?人前?と首をかしげている。
「到着」
3人を見ながらタバサが言った。
いつの間にか馬車は止まっていた。
「ここから先は徒歩で行きましょう」
森の木に馬を括りつけながら、御者を務めていたロングビルが言った。


「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」
森の中の空き地にポツンと立っている小屋を指差しながらロングビルが言った。

タバサは地面に座る。
ルイズとキュルケが同じように座るのを確認すると作戦を説明し始めた。
ルイズは偵察兼囮役を誰がやるかという話になったところで、シンジが立ち上がった。
「こういうのは、男の仕事」

シンジは足音を殺して窓に近づいた。
部屋の中には誰もいない。
それに隠れるスペースがないのを確認して、シンジは入り口に移動した。

ドアの前に移動して、シンジは深呼吸をした。
それから、シンジはドアを蹴破った。
蹴破ったドアを踏んで、シンジは入り口を塞ぐように剣を構えて、中を見渡した。
小屋の中から反応がないのを確認して、外の3人に声をかけた
「誰もいませんよ」
3人は顔を見合わせてシンジに続いた。

小屋に入って、10分もしないうちにタバサが言った。
「破壊の杖」
タバサの手には破壊の杖が無造作に持ち上がられた。
「あっけないわね」
キュルケが言った。
「お手柄ね」
ルイズが言う。
シンジは訝しげに破壊の杖を見た後に言った。
「じゃあ、行きましょうか」

扉を開けたその先に拳を振り上げたゴーレムがいた。
「散開」
タバサの言葉を合図にキュルケとタバサが右に飛ぶ。
シンジは左に飛びながら背中のデルフリンガーを抜いた。
ルイズはゴーレムに魅入られたように動けない。
ゴーレムの狙いはシンジだった。
ガンダールヴの能力のおかげで難なくゴーレムの拳を避けるシンジ。
タバサの竜巻、続いてキュルケの炎がゴーレムを襲う。
それでもゴーレムは意に介さない。
「逃げるわよ!」
キュルケが叫ぶ。
タバサは口笛を吹いて使い魔の風竜を呼んだ。
2人ともフライでシルフィードに乗って逃げ出す準備を始めた。

シンジはルイズを探す。
小屋の前で呪文を唱えている姿を見つけて小さく舌打ちした。
同時にゴーレムの表面が爆ぜる。
僅かに表面が削れて、焦げが残る。
そんなことを気にせずゴーレムは、ルイズに拳を振り上げた。
シンジは走る。
ルイズまでの距離が10メートルを切ったところで跳躍した。
空中で手に持っているデルフリンガーを背中の鞘に収める。
ルイズをかばう様に抱きしめてゴーレムの拳を背中のデルフリンガーで受ける。

ルイズごと吹き飛ばされるが、体を反転させて、地面にはシンジが先に落ちる。
間髪入れずに自分の上に乗っているルイズを突き飛ばして起き上がる。
立つと同時に背中のデルフリンガーを抜いて正眼に構えた。
「相棒!俺は盾じゃなくて剣だぞ!」
デルフリンガーが言った。
「ゴメン」
シンジが謝った。
「逃げて!」
いまだに目を瞑っているルイズに叫ぶ。
「嫌よ!あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズと呼ばないでしょ!」
「早く!」
「嫌だって言ってるじゃない!やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」
「いいから早く!」
シンジがそう言っても、ルイズはシンジを睨みつけて言った。
「アンタは勝ったじゃない!平民の癖に貴族に勝ったじゃない!
わたしにだってささやかだけどプライドってもんがあるのよ!ここで逃げて、
ゼロのルイズだから逃げたって言われたくないもの!」
ルイズは杖を振り上げてた。
追い討ちをかけようと近づいてきたゴーレムの胸部で爆発が起こるが、別段影響はない。
それでも、ルイズは叫ぶ。
「敵に後ろを見せないものを、貴族と呼ぶのよ!」

逃げるつもりはないらしいご主人様に、シンジは舌打ちをした。
「どこがささやかだよ」
両手で構えた剣を片手に持ち直しながら言った。
ゴーレムは既に射程距離に入っていて、拳を振り上げていた。
ルイズを抱えて拳を避ける。
そのまま、全力で走る。
追いかけてくるゴーレムと差は開かない。
ゴーレムが腕を振り回しながら追いかけてくるので、風竜に乗ったタバサも近づくことが出来ない。
小屋の前まで来たときシンジは足を止めた。
「逃げて!」
キュルケが叫ぶ。
「タバサ!杖!」
シンジが叫び返した。
タバサは杖を下に落とす。
シルフィードが反転して尻尾で弾いてシンジの方に飛ばした。

破壊の杖を手に取った途端に杖の使い方が分かる。
使い方が分かるワケを考えている暇は、シンジにはなかった。
ゴーレムに向けて杖を構えて肩にかける。
ギーシュにやられたアバラは完治していない。
杖を固定しておくには不安が残る。
背中に小屋を背負って反動を極力少なくする。
「離れて!」
ルイズが飛び退いた。
安全装置を外してトリガーを引く。
しゅっぽ、と音がして破壊の杖から発射された何かがゴーレムに命中した。
派手な爆音が響いてゴーレムの上半身は四散した。
残った下半身もさらさらと崩れて土に還っていく。
その場に破壊の杖を置いてデルフリンガーを背中にしまう。

尻餅をついたままの体勢で驚いているご主人様を起こす。
シンジは立ち上がったご主人様の頬を叩いた。
ばっしぃーん、と乾いた音と痛くなった頬でルイズは自分が叩かれたのに気が付いた。
呆気に取られたルイズは痛む頬を押さえながらシンジを睨みつけた。
「無謀じゃプライドは守れないよ」
その言葉で自分が足手まといだったことを思い出して悔しさからルイズは泣き出した。
「だって、わたし……。いっつもバカにされて……」
目の前で泣き出したルイズの頭を撫でながら、シンジは言った。
「もう大丈夫、貴方の使い魔がゴーレムを倒したんだ。もうゼロじゃない。
だから、もう無茶なことはやめてください。ご主人様」
ルイズはシンジの言葉を聞いて、さっき打たれたのもその後の言葉も全て自分を心配してのことだと知った。
「わたし……。わたし……」
もう言葉にならなかった。
悔しさとは違う涙が止まらなくて、恥ずかしさから顔を隠すためにルイズは俯いた。
シルフィードから降りてきたキュルケは、仕方がないといった風に苦笑いを浮かべている。
タバサは馬車の中で読んでいた本の続きを読み出している。
どうして、自分があんなことを言ったのか分からなくて、シンジは首を捻った。
それから、思い出したように破壊の杖の使い方が分かった自分を不審に思って呟いた。
「分かんないことばっかだ」

辺りの偵察から帰ってきたロングビルが置いてある破壊の杖を拾って言った。
「ご苦労様」
そう言って杖を4人に向けた。
「武器を捨てなさい」
「何の冗談かおっしゃってくださる?ミス・ロングビル」
キュルケが尋ねた。

「土くれのフーケはわたし。そういうワケだから武器を捨ててくださるかしら?」
ルイズが飛び出そうとしたところをシンジが止めた。
シンジのさっきの言葉を思い出したルイズは俯いたまま、杖を投げ捨てた。
それに続いて、タバサとキュルケも杖を投げる。
シンジもデルフリンガーを鞘から抜いて放り投げた。
「なかなかと物分りのいい、使い魔だこと」
そう言って冷笑を浮かべたフーケにルイズが怒鳴った。
「どうして!」
「そうね、そこの使い魔君に免じて説明してあげるわ……。それに、何も知らないまま死ぬのも可哀想だわ」
そう言ってフーケは笑った。

「私ね、破壊の杖を盗んだのは良かったんだけど、使い方が分からなかったのよ。
振っても、魔法をかけても、この杖はうんともすんともいわないんだもの。
こんなんじゃ宝の持ち腐れ。そうでしょ?」
そう言ってフーケは同意を求めてきた。
「そこで、私は学院の人に使わせて使い方を知ろうとしたワケなの。
まさか、貴方達みたいな生徒が知ってると思わなかったけど……」
そこで、言葉を濁した。

「じゃあ、何で私たちを連れてきたのよ!」
キュルケが怒鳴った。
「私だって嫌だったのよ?でも、あそこの教師ッたら誰も彼も腰抜けで……」
困った困ったとフーケは続けた。
「わたしたちの誰も、知らなかったらどうするつもりだったの?」
ルイズが問う。
「そのときは、皆殺しにして次の連中をつれて来るだけよ。
そろそろ、長話にも飽きたでしょう?使い方を教えてくれてありがとう。それじゃ送って差し上げるわ」
そう言ってフーケは笑った。
そのまま、緩やかにスイッチに手を伸ばしていく。

フーケに向かってシンジは一歩進んだ。
「動くな!……とは言ってなかったわね」
フーケが言った。
距離もまだある、絶対的優位な立場なフーケが言葉を発する間にシンジはどんどん歩いてくる。
「改めて言うわ。動かないで」
その言葉でシンジの足はピタッと止まった。

「流石は使い魔、ご主人様の盾になって死ぬ気かしら?」
余裕を見せて、フーケはそう問うた。
「いえ、まだ死ぬつもりはありません」
答えるシンジに、焦りは全く見えない。
「じゃあ、命乞いでもしてみる?」
フーケは妖艶に笑った。

黙ってシンジは背中の鞘を手に取る。
「鞘なんかで何をするつもりかしら?」
フーケの質問に答えずにシンジは言った。
「いやね、僕は思ってたんですよ。ケンスケだったら、きっとこう言うって……」
そう言ってシンジは走り出した。
フーケは余裕をたっぷりに破壊の杖のスイッチを押した。
しかし、魔法は出ない。

「な、どうして!」
慌てて、何度もスイッチを押す。
疾風と見間違う速度でフーケに近づいたシンジはフーケの腹部に鞘をねじ込んだ。
「何にも知らないのにセカンドインパクト前のヴィンテージもん持つなよな!って」
フーケは地面に崩れ落ちた。
「残念ですけど、その武器は単発式です」
そう言って、シンジはフーケから破壊の杖と彼女自身の杖を取り上げた。

「シンジ?」
ルイズたちは目を丸くしてシンジを見つめていた。
「任務完了!」
シンジはそう言って振り向いた。
「流石!ダーリン!」
シンジに飛びついたキュルケをルイズは不機嫌そうに引き離した。
横ではタバサが気絶したフーケを縛っていた。


トリステイン魔法学院-学院長室-

学院長室には、部屋の主のオスマンとコルベール、フーケ討伐に行った4人がいた。
フーケは城の衛兵に引き渡している。
「ほんとうですか?」
キュルケが驚いた声を上げた。
オスマンが言うにはキュルケとルイズにはシュヴァリエの爵位申請を、
シュヴァリエを既に持っているタバサには精霊勲章授与の申請をしているとのことだ。
「ホントじゃ。いいのじゃ、君達は、そのぐらいのことはしておる」
そう言ってオスマンは微笑んだ。

「……オールド・オスマン。シンジには、何かないのですか?」
「残念だが彼は貴族ではない」
ルイズは残念そうな顔をした。
オスマンはそれを見て、ぽんぽんと手を打って言った。
「さてと、今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。破壊の杖も戻ってきたし、諸君らは着飾って参加なさい」
女達3人は一礼して部屋から出て行く。
タバサは真っ先に出て行った
「シンジ、今晩のダンスの相手、勤めてくださいまし?」
キュルケはそう言い残して、シンジの返事も聞かないまま出て行った。
ルイズは動こうとしないシンジを見つめていた。
「先に行ってて」
見つめられたことに気付いたシンジはルイズに向かって言う。
ルイズは少し考えた後にシンジに向かって頷いて出て行った。

ルイズが出て行った後、オスマンがシンジに尋ねた。
「さて、ワシと話したいことがあったんじゃろ?」
頷いたシンジを見てオスマンは続けた。
「ワシには爵位を授けることは出来んが、せめてもの礼に出来るだけ力になろう」
「2つお願いがあります」
「言ってごらんなさい」
「1つは、魔法のご教授をどなたかに願いいれたいのです」
魔法の勉強がしたい。とシンジは続けた。

平民に魔法は使えない、とオスマンが言いかけたところで、コルベールが言った。
「その役目、私では不服かい?」
止めようか、とオスマンは思ったが、
ガンダールヴの少年を見張るのにコルベールは最適だと思い直して口を閉じるのだった。
「よろしくお願いします」
シンジはコルベールに向かって頭を下げた。
「と言っても、私が出来るのは放課後や休日といったそう多くない時間だけだがね……」
コルベールは気まずそうに頭をかきながらそう言った。
「構いません。重ね重ねよろしくお願いします」
ふむ、とオスマンは頷いてシンジを見た。
「1つ目は分かった。それで、もう1つの方はなんじゃね?」
「楽器が欲しいんです。チェロって言って分かるかどうか……」



舞踏会ホール-バルコニー-

バルコニーの枠にもたれて、シンジは手に持っていたグラスを傾けた。
「相棒も酒飲むんだな」
バルコニーの枠に立てかけているデルフリンガーが言う。
アルヴァールの食堂から失敬してきた椅子には、オスマンから貰ったチェロが座っている。
「たまにはね」
オスマンから聞いた破壊の杖とガンダールヴの話を思い出しながら溜息をつく
「まぁそれもいいだろ。だがまぁ、そんなもんより、もう1曲弾いてくれねぇか?」
シンジから返ってきた声が予想外に暗くて、デルフリンガーは慌てて話題を変えた。
同時に中から声が聞こえた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~」
直後にホールの楽士達が演奏を始めた。
シンジはバルコニーから窓を閉めた。
こうすれば、中の楽士達の邪魔にはならない。
シンジは黙ってチェロを持ち上げると、デルフリンガーに一礼した。
そうして、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

奏で始めたのは
無伴奏チェロ組曲第1番 Prelude
ホールで踊る貴族達は、デルフリンガーから見れば、シンジの曲に合わせて踊っているように見える。

いつも、バカにしてくるクラスメイトからのダンスの誘いを断って、ルイズはシンジを探していた。
バルコニーでチェロを弾いているシンジを見つけて、歩き出した。

「相棒!ありがとよ!」
演奏の余韻に浸って、目を閉じているシンジにデルフリンガーは礼を言った。
「デルフ、今日はありがとう。それとゴメンね」
「なんのことだい?」
ワケが分からないとデルフリンガーは尋ねた。
「剣なのに盾みたいに使ったことと、放り投げたこと、後は君のおかげでゴーレムに勝てたこと」
「よせやい!ゴーレムに勝ったのは相棒の実力だし、あんな風に使われるのも武器のうちだ気にするな!」
ぶっきら棒にデルフリンガーは言った。

バルコニーの窓が開いた。
「楽しんでるみたいね」
入ってきたのはルイズだった。
「ええ、まぁ……」
シンジは言葉を濁した。
「どうしたの、それ?」
ルイズはチェロを指差しながら言った。
「オスマンさんに貰いました」
ふ~ん、と頷いてルイズは続けた。
「アンタ、やっぱり変ね。見た目は普通の平民なのにそんなの引けるし、元は宮仕えの楽士かなんか?」
違うと首を振ってから、シンジは言った。

「そんなことより、その服に合ってるよ。ご主人様」
ルイズは顔を赤らめながら言った。
「と~ぜんじゃない!」
横からデルフリンガーも言う。
「馬子にも衣装じゃね~か!娘っ子」
ルイズはデルフリンガーを睨むと無言で横に置いてあった鞘に収める。
「ちょっと!お~い相棒!!助け」
助けて、と最後まで言えないままデルフリンガーは鞘に収められた。
その様子を見てシンジは苦笑いを浮かべる。
そんなシンジを気にした様子もなくルイズはドレスの裾を持ち上げて言った。

「わたしにも、1曲よろしくて?ジェントルマン」
シンジは立ち上がって一礼した。
椅子に深く腰掛けなおして、これから潜るように深く深呼吸した。
奏でる曲は
無伴奏チェロ組曲第1番 Allemande
さっきの曲の続きだったのは、シンジなりのデルフリンガーへの気遣いだった。

曲が終わった後、ルイズは礼を言ってから続けた。
「ねぇ、シンジ。アンタが別世界から来たって言うの信じて上げてもいいわ」
「光栄です。ご主人様」
シンジは優雅に頭を下げる。
ルイズは何となく苛立たしげに言った。
「ルイズ……特別にルイズと呼び捨てることを許可するわ」
「どうして?」
シンジは問う。
「その……、フーケから守ってくれたじゃない。……ご褒美、そうご褒美なのよ!」
そう言って、ルイズの顔が少し暗くなる。
ゴーレムに潰されそうになった恐怖を思い出したのである。
「それに、わたし1人ならきっと死んでいたわ」

ああ、そういえば、あの夜も月が綺麗だった。
夜空に浮かぶ双月を眺めて、シンジは同僚のパイロットを思い出した。
「ルイズは死なないよ。僕が守るから」
ルイズは顔の赤みを誤魔化すために、置いてあったワインを引っ手繰って飲み始めた。


第弐話
貴族に価値を

-終-



[5217] 第参話 王のかたち、貴族のかたち -前編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/12 18:12



青空の下、洗濯物を干し終わったシンジは修行を始めていた。
手を軽く握り、親指をこする様に宙で動かす。
2、3度その動作を繰り返すと、ライターと同じくらいの大きさの火が着いた。
ふぅ、と不満そうな顔で溜息をつく。
手をブンブンと振り回す。
手の中にはライターどころかマッチすらない。

次にシンジは、洗濯物を洗っていた桶をおもむろに持ち上げてひっくり返した。
バシャッ、と水が零れる。
桶を地面に置いて難しい顔をした。
再び、バシャッ、と音がした。
桶の中に半分ほど水が入っていた。
また、不満そうな顔で溜息をついた。

続いて、懐から紙を取りだしてヒコーキを折り始めた。
出来上がった紙ヒコーキを宙に投げた。
重力に従って落ちていく紙ヒコーキが地面に激突する直前で、不自然に宙に舞い戻る。
5回、その動作を繰り返したところで紙ヒコーキが地面に落ちた。
シンジは満足そうに頷いて紙ヒコーキを拾った。

それから、シンジは割り箸大の木の枝を拾ってきた。
木の枝を左手で持って、右手には先ほどの紙ヒコーキを折りたたんだ三角形を持っている。
右手で持った紙を左手で持っている木の枝に向かって振り下ろした。
ポテッ、と木の枝が地面に落ちた。
左手に持っている木の枝は短くなっていた。
右手の元紙ヒコーキは手で握りつぶしたようにグシャグシャになっていた。
またしてもシンジは不満そうに溜息をついて、木の枝と紙をゴミ箱に投げ捨てた。

そうして、彼は空を見上げて呟いた。
「魔法は難しい」


第参話
王のかたち、貴族のかたち 


フーケを捕まえてからシンジの日常は少し変化した。
朝、ルイズを起こしてから、着替え、掃除、洗濯の流れは変わらない。
洗濯が終わったら、魔法の訓練を小一時間した後、昼食を取る。
午後からシンジは戦闘の訓練を行う。
と言っても、出来るのはデルフリンガーを使った素振りと、
ネルフでの格闘訓練の型稽古、基礎体力向上の筋トレ、ランニング程度であった。
最近は、ご主人様と授業を受けることも殆どなくなった。

授業が終わる頃合を見計らって、洗濯物を取り込む。
その後、コルベールに魔法やこの世界の常識、学問を師事される。
始めは杖もなく、魔法を使ったシンジを見て、先住魔法か!と驚いていたが、
威力の程を見て、何か別に媒体があるのだろう。
そう言って彼の推測をシンジに話してくれた。
さらにコルベールは続けて言う。
平民が魔法を使えると言う事実については、
サモン・サーヴァントの時に付与される特殊能力の一環だろう、と。

火、水、風、土。
一通りの系統を試して、シンジは自嘲気味に笑った。
「主を守るのには、心もとない威力ですね」
もちろん、系統を組み合わせて魔法は撃てない。
要するにドットメイジだ、それも郡を抜いて性能が低い。
「ははッ、誰だって最初から上手くいくものではないよ」
コルベールは笑いながら言った。
一方、学問の方は優秀だった。
当初は文字すら読めなかったのだが、ガンダールヴの力なのか3日もすれば読めるようになった。

平民が魔法を使えることには驚いたが、威力は脅威に値しない。
出来のいい手品を見せられたといえば納得できる。
主に似て座学は優秀。
シンジに師事して1週間でコルベールはオスマンにそう報告した。

そうして、コルベールの授業が終わると、マルトー親父から貰った、古い大釜に水を張り、風呂を作る。
キュルケのように派手な火の魔法が使えれば湯を沸かすぐらいは楽なのだが、如何せんシンジには無理な話だ。
仕方がないので、魔法で紙に火をつけて薪をくべていく。
火に勢いがでたところで、夕食を漁りに厨房へと顔を出すのだった。
食後に風呂に入り、その後ようやく部屋に戻る。
そうして、朝振りに会うご主人様に2,3小言を言われて眠りに着くのであった。


そんな彼の日常だが、今日は筋トレの最中に壊された。
「シンジさん!たたたた、大変です~!!」
落ち着きなんてものを何処かに投げ捨てた様子でメイドのシエスタがやってきた。
「どうしたの?」
シンジが尋ねた。
「ひひひ、姫殿下」
とりあえず、とシエスタを手で制して、シンジはコップを差し出した。
中には水が満ちている。

「落ち着いてくれないと用件が分からないよ?」
コップを受け取ったシエスタは中の水を飲み干すと深呼吸して、いまだに興奮が残る声で言った。
「姫殿下がおいでになられます。歓迎式典の準備をしますので、正装して門に整列するようにとのことです」
「了解」
「後で迎えに来ます」
そう言った後、シエスタは私も準備があると告げて、一礼して去っていった。
シンジはシエスタに向かって、後で、と告げて、ふと思い出した。
そういえば、こっちの世界には僕のスーツも礼服も、学生服もない。
仕方ない、と頭を振って、とりあえず生徒と間違えられないように、
今着ている魔法学院の学生用のカッターシャツとスラックスを着替えることにした。


シエスタに連れられて、シンジは門の前にやってきた。
既に各学年ごとに生徒が並んでいて、仕方なしにシンジとシエスタは生徒の後ろに並んだ。
シンジの身長は14歳の平均なので、前を生徒に塞がれている状態では姫殿下一行を見ることは適わない。
シエスタの方も身長はシンジより少し低いので、きっと前は見えていないのだろう。
そう結論付けたシンジは、早々に見学を諦めてシエスタに話しかけた。
「ゴメンね、折角来たのに見えないよね?」
僕が遅れたせいで、とシンジは謝った。
「いえ、早く来ても、結局は貴族の方達が前のほうに並ばれますから」
どっちにしても変わらないとシエスタは笑った。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな~り~~!」
そう聞こえて、暫くしてから歓声が起こった。
シエスタは口に人差し指を当てるジェスチャーをシンジに向かってした。
シンジは頷いて喋るのを止めた。
チラリと見えた馬車を引くユニコーンを見て、サラブレッドとどっちが早いだろう。
そう考えたシンジの頭は、しっかりと元の世界の俗世に塗れていた。


その日の夜。
シンジはルイズの部屋でチェロを弾いていた。
何のことはない、コルベールとの勉強が終わった後にルイズに捕まって、
ご主人様権限で演奏を強要されたのだった。

何曲目かの演奏の最中にドアをノックする音が聞こて、シンジは立ち上がった。
「いいから続けなさい」
そう言って、代わりにルイズが立ち上がった。



「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて……」

ルイズは姫様の古い知り合いだったらしい。
シンジが演奏している最中、2人は昔話に花を咲かせていた。
1曲弾き終わったシンジは立ち上がった。
アンリエッタが結婚すると言った辺りから、部外者が立ち入りにくい空気を感じ取っていたからだ。
優雅に一礼するとルイズに向かってこう言った。
「席を外します」
一国の姫君を無視したのは、自分は何も聞いていないと、シンジなりの意思表示。
シンジの知っている限りでは、王女の結婚は一般に流布していない。
魔法学院学生の使い魔程度の身分の自分が知っていて良いのか、
自らで判断を下せない以上、知らない振りをしたのだった。

そんなシンジに今気付いたような振りをしてアンリエッタは近寄った。
「素敵な演奏ありがとう。出来ればもう一度先ほどの曲をお願いしたいのですが」
お願いできますか?楽士さん、とアンリエッタは微笑んで続けた。
なるほど、僕にも聞いていけって事ですね、そう理解してシンジは頷いた。

「姫さま、それ使い魔なんです」
そう言ったルイズをアンリエッタは羨ましそうに見つめていた。
「人間にしか見えませんが……」
本当に楽士と間違えていたんだろう、アンリエッタはそう言ってキョトンとしていた。
「人です。姫さま」
「そうよね。はぁ、貴方って昔から何処か変わっていたわね」
「好きで人を使い魔にしたワケではありません」
そんな会話を続ける2人を見て、僕に聞かせたいことがあったんじゃないの?とシンジは首を捻った。
「姫さま、どうなさったんですか?」
「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……、イヤだわ、自分が恥ずかしいわ。貴女に話せるようなことじゃないのに」
そう言って、アンリエッタは自分の頬に手を当てた。
その謀略、策略の類がまるで出来そうにない様子を見て、シンジはアンリエッタの評価を修正を開始した。
厄介ごとかな、溜息を吐いた自分を不満そうに見ている主人に気付いて、シンジは椅子に座ってチェロを構えた。
どうやら、シンジなりの気遣いは無駄に終わりそうだ。


「土くれのフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」
シンジが演奏を終えたのはルイズがアンリエッタに向けてフーケの件を話した時だった。
また、危ないことをする、とジト目で睨むシンジにルイズは事も無げに言い切った。
「アンタも来なさい!」
ルイズの言葉に、アンリエッタは喜んで瞳を潤ませた。
「このわたくしの力になってくれるの?ルイズ・フランソワーズ!懐かしいお友達!」
「もちろんですわ!姫さま」
そう言って手を取り合った2人を見て、シンジはアルビオン行きを決意した。
「今度もよろしく」
「おぅ!任せとけ、相棒!」
壁に立てかけておいたデルフリンガーに声をかけると、勢いのいい返事が返ってきた。
シンジはデルフリンガーの機嫌を取るために、剣の手入れ用の布を持ち出して、デルフリンガーを磨き始めた。

剣の手入れを終えたシンジにアンリエッタが近づいて、左手の甲を差し出した。
「わたしくしの大事なお友達をよろしくお願いしますね」
「いけません!姫さま!そんな、使い魔にお手を許すなんて!」
ルイズが驚いて叫んだ。
「いいのですよ。この方はわたくしのために働いてくださるです。忠誠には報いるところがなければなりません」
シンジの予想通り、アルビオン行きが決定した。

さぁ、とアンリエッタが左手を差し出しなおすと、バターン、とドアが開いてギーシュが入ってきた。
そして、シンジに向けたアンリエッタの手を取り、迷わず口づけた。
「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう」
跪いたままギーシュは言った。
「ギーシュ!アンタ!立ち聞きしてたの?今の話を!」
呆気に取られていたルイズが、そう言ってギーシュに詰め寄った。
焦るでもなく、ギーシュはアンリエッタに向けて言った。
「バラのように見目麗しい姫さまの後をつけてみればこんな所へ……、
それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子を覗えば……、平民にお手を……」
そこで、ギーシュは言葉を濁した。
「グラモン?あのグラモン元帥の?」
ギーシュはアンリエッタの言葉を肯定して頷いた
「息子でございます」
「貴方もわたくしの力になってくれるというの?」
再び、ギーシュは頷いて続けた。
「任務の一員に加えてくださるのなら、これはもう、望外の幸せにございます」
ありがとう、と礼を言った後、アンリエッタはギーシュを褒めた。
「お父さまも立派で勇敢な貴族ですが、貴方もその血を受け継いでいるようね」
よろしくお願いしますね。ギーシュさん、と続けたアンリエッタに見とれて、ギーシュは頬を染めた。
そんなギーシュを無視したようにルイズは言う。
「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発いたします」
皇太子がニューカッスル付近にいるという情報と、旅の危険性をルイズに説いて、
アンリエッタは机に座って手紙を書き始めた。


手紙を書き終えたアンリエッタは呟いた。
「始祖ブミエルよ……この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、
わたくしはやはりこの一文を書いてしまいました……。自分の気持ちに嘘はつけません」
そんなアンリエッタの様子を怪訝に思ったルイズは声をかけた
「姫さま?どうなさいました?」
顔を赤らめて、アンリエッタは答えた。
「な、何でもありません」
そうして、花押を押した手紙をルイズに渡して告げた
「この手紙をウェールズ皇太子に渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」
続けて、ルイズに右手の指輪を渡して言う。
「母君から頂いた水のルビーです。せめてものお守りです…。」
そこで、言葉を切ってお金が心配なら売り払うようにと言った。
ルイズは水のルビーを受け取ってから、深々と頭を下げた。
「この任務にはトリステインの未来がかかっています。
母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風からあなた方をお守りするように」



朝もやの中、出発の準備が整ったところでギーシュが言った。
「ぼくの使い魔をつれていきたいのだが」
「好きにしたら?」
昨日は眠れなかったのか、眠そうに目を擦りながらルイズが言った。
すると、地面からモコッと大きなモグラが顔を出した。
「ああ!ぼくの可愛いヴェルダンデ!」
ギーシュはモグラに頬擦りし始めた。

「アルビオンに行くのにそんなの連れて行けるワケないじゃない」
不機嫌そうにルイズが言った。
その言葉を聞いてギーシュはしまったという顔をしてヴェルダンデの頭を撫で始めた。
「お別れなんてつらすぎるよ!ヴェルダンデ……せめて道中は一緒に行こうじゃないか」
ギーシュは芝居がかった様子で言葉を紡いだ。

ヴェルダンデは何かに気付いたように鼻をヒクヒクさせながら、シンジに擦り寄ってきた。
ヴェルダンデは、ガバッ、とシンジにのしかかるように抱きついた。
「なにコイツ?」
シンジはヴェルダンデの頭を撫でながらギーシュに問うた。
「ヴェルダンデ!きき、君はぼくより、そんな男がいいのかい……」
シンジの質問は無視してそう言って、ギーシュは地面に伏せてしまった。

「いいから、あのモグラどうにかしなさい!出発できないじゃないの」
埒が明かない、とルイズがギーシュに怒鳴った。
ギーシュはしかたなく起き上がって、シンジの胸元に鼻を押し付けているヴェルダンデを見て呟いた。
「なるほど、首飾りか。ヴェルダンデは宝石が大好きだからな」
はて、アレに宝石などついていたか?とギーシュは首を傾げた。
「イヤなモグラね」
アンリエッタに貰った水のルビーを守りながらルイズが言った。
「イヤとか言わないでくれたまえ。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石をぼくのために見つけてきてくれるんだから」
自分の言葉であの首飾りが貴重な鉱石で出来ているんだろうとギーシュは想像した。


強い風が吹いて、シンジ抱きついたヴェルダンデを吹き飛ばした。
「誰だッ!」
愛しの使い魔を吹き飛ばされてギーシュが怒鳴った。
朝もやの中から出てきた羽帽子をかぶった男を見つけて、さらにギーシュは怒鳴る。
「貴様、ぼくのヴェルダンデになにをするんだ!」
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
そう言ってワルドは一礼した。
「すまない。これから、同行する旅の仲間がモグラに襲われていると勘違いしてしまったんだ」
ギーシュに謝ったワルドは続けて、同行する理由を話し始めた。
「姫殿下より、きみたちに同行するよう命じられてね。きみたちだけではやはり心もとないらしい。
しかし、お忍びの任務に、一部隊つけるワケにもいかぬ。そこで僕に白羽の矢が立ったというワケさ」

「ワルドさま……」
声でルイズを確認したワルドは駆け寄ってルイズを抱き上げた。
「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」
シンジもギーシュも、きょとんとした表情で見ていた。
「お久しぶりでございます」
頬を染めて、ルイズはワルドに返答した。
「彼らを紹介してくれるかい?」
地面にルイズを下ろしながらワルドが言った。

「あ、あの……、クラスメイトのギーシュ・ド・グラモンと使い魔のシンジです」
こっちがギーシュで、こっちがシンジ、とルイズは指差した。
「君がルイズの使い魔かい?まさか人だとは思わなかったよ」
シンジに近づいたワルドは右手を差し出した。
シンジは差し出された右手に握手をし、言った。
「シンジです」
「婚約者がお世話になっているよ」
婚約者の意味を理解して、在りし日の生活を思い出しながらシンジは溜息をついた。
ルイズも大変なんだな。
こんなに若いのに人生の墓場に片足を突っ込んでる。
シンジの溜息を聞いてワルドは言った。
「どうした?もしかして、アルビオンに行くのが怖いかい?なあに!なにも怖いことなんかあるもんか。
君はあの土くれのフーケを捕まえたんだろう?その勇気があれば何でも出来るさ!」
そう言って豪快に笑い出したワルドを見て、誤解を解くのをめんどくさがったシンジは、苦笑いを浮かべて答えた。


-ラ・ロシェール-

馬を何度も替えて、なんとか出発した日の夜にはラ・ロシェール入り口まで到着していた。
ギーシュは馬に乗り続けて疲れたのか、馬上でぐったりとしていた。
崖上から投げ込まれた松明が馬を驚かし、ギーシュは馬から投げ出されて尻餅をついた。
ギーシュに向かって飛んできた矢をシンジは剣で払い落とした。
火に怯えた馬は、元来た方向に走り去っていった。
踏まれも蹴られもしなかったのは行幸だった。

「奇襲だ!」
自分の目の前に刺さった矢を見て、ギーシュが叫んだ。
第2陣の矢は異変に気付いたワルドの起こした風で全て弾き飛ばされた。
待ち伏せで奇襲だけあって、地の利は完全に向こうにある。
剣士のシンジでは、崖上まで届かない。
ギーシュは奇襲に慌てて、反撃どころではない。
ワルドは全員を守るために風を展開させていて、崖上に攻撃する余裕がない。
ルイズも魔法を唱えたが、爆発に巻き込まれて、崖の脆い部分が崩れて落ちてきたおかげで、追撃はワルドに止められた。

絶え間なく放たれていた矢が急に止まった。
代わりに崖の上から悲鳴と怒号が聞こえてきた。
夜空に見えたシルエットに安心してシンジは呟いた。
「これってお忍びじゃなかったっけ?」
崖の上の男達が全員叩き落されたのは、それから暫くしたときのことだった。

ルイズはシルフィードから降りてきたキュルケに怒鳴っている。
ワルドはタバサのシルフィードを物珍しげに見つめていた。
タバサは何処でも変わらず持ってきた本を読み続けている。
ギーシュは崖から落とされて、罵声を上げる男達を縛り上げ尋問を始めていた。
尋問と言っても、質問と大して変わらないやり方のギーシュを見て、シンジはギーシュの肩を叩いた。
「ペンチ、錬金して」
振り返ったギーシュにそう告げて、ペンチを錬金させた。
むっとしながらも、ギーシュは拾った石をペンチに錬金して、シンジに手渡した。

シンジは一番五月蝿く騒ぎ立てる男の手を取ると、男の小指の爪をいきなり剥がした。
痛みで声にならない声を上げた男を無視して、一番近くにいた別の男にシンジは言った。
「必要なら、他の指と歯も頂くけど……貴方は口が堅いほう?」
邪悪な笑みを浮かべたシンジを見て、問いかけられた男は震える声で答えた。
「かか、軽いです」
そんなシンジの様子を見て、そういえばアイツは容赦がなかった、とギーシュは顔を青くした。
ギーシュに構わずにシンジは質問を開始した。

「目的は?」
「た、頼まれたんだ」
男はシンジが怖いのか、目も合わせずに言った。
「誰に?」
「わからねぇ」
ペンチを翳したシンジに怯えて男は慌てて言葉を紡いだ。
「く、黒いローブを被った女だ!チラッと見えた髪は緑色で結構な上玉だった……」
男はそう言って、他の特徴を必死で思い出した。
だが、それ以外の情報が思い浮かばなくて、契約の途中で現れた男の方の情報を語りだした。
「それと、男だ!白い仮面を付けたガタイのいい男。どっちもメイジだった!!」
それから、え~と、と焦った様子で暫く男は考えた。
「払いは良かった!俺達の言い値でイイって!!」

男が言い終わったところで、グリフォンに乗ったワルドがやってきた。
後ろにはルイズが乗っている。
「行くぞ!こいつらはここに捨て置く!」
どうやら、ギーシュがワルドに報告したらしい。
シンジは落ちていた弓と矢を拾うと尋問した男に言った。
「指を開いて地面に置いて」
自分に向いた矢を見て、男は慌てて指示に従った。
「中指と薬指の間」
放たれた矢は男の指を傷つけることなく指定された箇所に刺さっていた。
「こういう腕だから、仕返しはしない方がいいよ。そこの彼にも言っておいて」
いまだに小指の痛みで呻いている男を指差して、シンジは言った。
尋問された男はブンブンと頭を何度も縦に振ることで答えた。


ラ・ロシェールに入って直ぐにワルドは宿を取った。
部屋割りはシンジとギーシュ、キュルケとタバサ、ワルドとルイズだった。
初めはルイズが結婚もまだなのに、と騒いだが、ワルドが大事な話がある、と言うと黙って部屋割りに従った。
シンジの方も別段、不満もなさそうにとっとと部屋に引っ込んだ。
同じくタバサも本を小脇に抱えて部屋のほうに引っ込む。
ギーシュはここまで連れてきたヴェルダンデとの別れを嘆いている。
キュルケはフロントに行ってなにやら手続き終えた。

キュルケはその足で、シンジを呼び出した。
「ねぇ、ダーリン……もう一部屋とったの、ご一緒しませんこと?」
目を潤ませて、化粧をしてきたのだろう、唇に塗っているオレンジのルージュが艶っぽい。
そんな彼女を気にした様子もなく、シンジは眠そうに目を擦った。
「連れないあなたも素敵だけど……」
「外じゃなければ、って約束だっけ?」
「2人きりも条件だったわ」
キュルケはそう言って、シンジの腕を取ると自分の豊満な腕に抱えて連れ去った。





[5217] 第参話 王のかたち、貴族のかたち -後編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/12 18:12


-翌日の夜-

一行は宿の1階にある酒場で宴会を開いていた。
明日はアルビオンに渡るので、それの前の景気付けだそうだ。

適当に酒を飲んで、顔を赤らめたシンジは少し酔った、とだけ言って部屋に戻った。
夜風に当たろう、そう思ってベランダに出て、シンジは空を見上げた。
いい加減見慣れた、2つあるはずの月は今晩は1つしかない。
シンジは月が重なる次の日に出向する、とワルドが言っていたのを思い出して納得した。
いつもの月は赤と白でなのだが、重なった影響か、今晩の月は青白く光っていて、シンジに昔を思い出させた。
「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきた……か」
満天の星空は空気が汚れた第三新東京市で見るよりも余程綺麗だった。

「シンジ」
声をかけられたので、振り返るとルイズがいた。
「ちょっといい?」
シンジが振り返ったのを確認してルイズが言った。
「……いいですよ」
さて、どうしよう、と暫く悩んだシンジだが、人差し指を合わせてモジモジしているルイズが予想外に可愛くて、
承諾の意を出した。

ルイズは暫く悩んでこう言った。
「……結婚しようって言われたわ」
「ワルドさん?」
それ以外にいないよな、と思いながらシンジは確認した。
「ええ」
そう言ってルイズは頷いた。
「いいんじゃない?」
婚約者が配偶者になるのは自然の流れだよ、とシンジは続けた。
「アンタ、私の使い魔でしょ!ご主人様の一生の問題になんでそんなにテキトーなのよ!」
気に留めた風でもなく言ったシンジにルイズが噛み付いた。

そんなルイズの様子を見て、シンジは言った。
「結婚がイヤならしなくていいんじゃないの?」
自分の主人が16歳なのを思い出して、確かにまだ早いよな、とシンジは納得した。
「だから、アンタは何でそんなにテキトーなのよ!」
さっきはすればいいと言って、今度はイヤならやめればいいと言ったシンジにルイズは怒鳴った。
あの時は守るなんて言ったくせに……そう思ったルイズは何か自分がとんでもない考えをしている気がして、
自分にいいワケを始めた。
違う違う違う。わたしは使い魔のくせに主人の結婚に無関心なシンジに腹を立てているのよ!

そして、ふとある可能性に気付いてルイズは言った。
「わたしが結婚しても使い魔はやめられないんだからね!勿論、掃除洗濯、あと雑用も続けてもらうわよ!」
いいけど、と言おうとしてシンジは止まった。
まてよ、ご主人様の下着を洗うのはプライドが許さないケド、慣れてしまった。
でも、ご主人様の夫になるワルドさんのを洗うのはプライド+不快感×100だ。
と、ワルドの下着を洗っていて、中から陰毛が出てくるところを想像して、シンジは顔を青くして祈った。
誰か僕に優しくしてよ!。

シンジの頭の中にはミサトが出てきて言った。
人間の環境適応能力を侮ってはいけないわ、と。
そこまで想像して首をブンブンと振ったシンジはルイズに焦って言った。
「その結婚待った!却下!拒否!反対!」
やっぱり、使い魔がやめれると思ってたんじゃない!守るとかいったのに、失礼しちゃうわ。
自分の思った通りだ、そう思って憤ったルイズはシンジの股間を思いっきり蹴り上げた。
そうして、ツカツカ、と歩いて下に下りていった。
「ッッあ……!」
声にならない悲鳴を上げて、シンジは倒れた。
頭の中にはリツコがいて、無様ね、と言っていた。
祈ったところで、1つも良くならない現実を思い出して、シンジは神を呪った。

30分も倒れていただろうか、振動に気付いて、シンジは重い下腹部を押さえて立ち上がった。
見覚えのあるゴーレムを見つけて、1階に駆け下りた。

1階に降りると、ちょうど襲撃を受けていたらしい。
目の前でギーシュのワルキューレがテーブルの足を叩き折って、バリケードを作っていた。
雨のように飛んでくる矢の合間を縫ってシンジはバリケードの後ろに体を滑り込ませた。
「外にフーケがいる」
「参ったね」
溜息の後のワルドの言葉にキュルケが頷いた。
「ってことは昨日の連中を雇ったのもフーケだったワケね」

「僕が行くよ」
立ち上がろうとしたシンジの袖をワルドが掴んで制した。
「このような任務は、半数が目的地に到着できれば成功とされる」
それに合わせてタバサが杖をギーシュに向けた。
続いて、キュルケ、自分と杖を向けた後にタバサは言った。
「囮」
なおも自分が行くと引き下がらないシンジをタバサは杖で制した。
「桟橋へ」
シンジが口を挟むよりも早くワルドはタバサに尋ねた。
「時間は?」
「今すぐ」
「裏口に行くぞ」

ワルドはルイズの手を取った。
シンジはキュルケを見つめた。
「仕方ないじゃない?あたし達は任務の内容、知らないんだもの」
そう言って笑ったキュルケを見て、シンジはキュルケと軽く唇を重ねた。
「死なないでね」
「とーぜん!」
その言葉を聞いて、シンジは裏口に回ったルイズとワルドを追いかけた。


暗闇の中を影が3つ走る
大・小・中の順番だ。
先頭からワルド、ルイズ、シンジだった。
丘に出ると、巨大な木に船がぶら下がっていた。
「ホントに船が飛ぶんだ」

シンジがそう呟くと前からルイズの悲鳴が聞こえた。
見ると白い仮面の男がルイズを抱えて宙にいた。
シンジは舌打ちして、背中のデルフリンガーを抜いて男に向かって突撃した。
宙に浮かんでいる男に向かって跳躍して剣を振る。
男の杖がデルフリンガーを薙ぎ払った。
ブレイドがかかっているらしい。
打ち合った結果は体重の軽いシンジが吹き飛ばされて終わった。
が、打ち合いの隙を突いてワルドの風が男を襲う。
男の視界は完全にシンジが塞いでいたため、ワルドのエア・ハンマーが直撃した。

腕のルイズを離した男は、それでもなんとか翻って、地面に着地する。
宙に身を投げ出されたルイズを見て、シンジとワルドはともに駆け出した。
シンジはワルドと目を合わせた。
ワルドが頷くのを見ると、足に力を入れ、中腰になって踏ん張った。
突き出したシンジの腿を踏み台にして、ワルドはシンジの肩に駆け上った。
肩の重さが上に跳ね上がるときに、伸びをして加速させることも忘れない。
ワルドは空中でルイズを抱きとめると、重力に従って着地した。

シンジはそのまま、全速力で男のほうに跳躍した。
「相棒!避けろ!」
デルフリンガーが叫ぶ。
目の前の空気が震えて、シンジの背筋を悪寒が襲った。
「ライトニング・クラウド!」
呪名をデルフリンガーが叫んだ。

半身を捻って、雷を避けられないことをシンジは視覚した。
シンジは反射的に右腕を差し出して、ライトニング・クラウドを受け止めた。
痛みで叫びたくなるのを我慢して、シンジは男を睨んだ。
跳躍はしている。
慣性に任せて、男に突っ込んだシンジは左手のデルフリンガーを振るった。
だが、ライトニング・クラウドを受けて突進力の下がったシンジは、男の薄皮一枚を切るだけで避けられた。
「シンジ!」
ルイズが叫ぶのとワルドが杖を振るって、エア・ハンマーを出すのは同時だった。
ワルドのエア・ハンマーで吹き飛ばされた男はそのまま、闇の中へ疾走して行った。
男からの追撃がないことを確認して、シンジは痛む右腕を押さえて蹲った。
「つぅッ!」
見ると手首から腕の半ばにかけて酷い火傷が走っていた。

「シンジ!」
ルイズが駆け寄って来た。
ルイズはシンジの右腕を見た後、うっ、と呻いて心配そうに見つめた。
シンジは右手を握ったり閉じたりしてルイズに言う。
「大丈夫……動く」
苦痛に顔を歪めたシンジを見てワルドが言った。
「大丈夫か?しかし、腕ですんで良かった。本来なら命がなくてもおかしくない呪文だ」
左手に持つ剣を見ながらワルドは続けた。
「よく分からんが、この剣のおかげか?」

「知らん忘れた」
ぶっきら棒に答えた、デルフリンガーをワルドは珍しそうに眺めた。
「インテリジェンスソード、金属じゃないのか?」
とりあえず、こんなところで止まっているなら、何のために急いだのかわからなくなる。
そう思って、シンジは急ぐように提案した。
「先に進みましょう」



シンジは壁に体重を預け休んでいた。
隣ではルイズが、貰ってきた水とタオルで火傷の手当てをしてくれている。
熱を持った右腕に冷たいタオルが心地いい。
するすると腕に包帯を巻いて、ルイズは言った。
「大丈夫?」
「ありがとう」
シンジは頷いて礼を言った。
ワルドが交渉した結果、船が動いてアルビオンに向かうという。
最も、そのおかげで現在ワルドは風のスクウェアの実力を使って船を飛ばしている最中なのだが。
「ちょっと、寝る。疲れた」
痛み右手を庇って、左腕を支えにして立ち上がりながらシンジは言った。
「分かったわ」
ルイズの了承を聞いて、シンジは部屋のベットに横になった。


シンジが起きるとワルドが戻っていて、ルイズと作戦会議をしていた。
話を聞いているとどうやら、反乱軍の間を強行突破しないといけないらしい。

話が一区切りしたところで、シンジはワルドに尋ねた。
「船はもういいんですか?」
「大丈夫だそうだ、おかげで、僕の魔法はもう打ち止めだがね」
そう言ってワルドは笑った。
「不測の事態が起きたら君に期待しよう」
ワルドはそう続けた。

「そんな!シンジ1人でなんて無理よ!」
ルイズが怒鳴る。
「いや、さっき一緒に戦ってみて、よく分かった。相手から僕の呪文を隠すための攻撃、
ルイズを助けるために己を踏み台にさせた行為、敵のカウンターに右手を差し出して受け止めた攻防、
そして、アレほどの呪文を食らって怯まない精神力。その全てが、彼の戦士としての優秀さを表している」
そう言って、ワルドはシンジを褒めた。

「過分の賛辞です」
頭を下げたシンジを見て、ワルドは言う。
「いやはや、ルイズの使い魔でなければ、僕の元で働かないかと勧誘しているところだよ」
彼を大切にしなさい、とワルドはルイズの頭を撫でた。
「お褒め頂いて、光栄ですが、それでもやっぱり、今の僕も戦力外です」
そう言って、シンジは包帯が巻かれた右腕をブラブラさせた。
「惜しいな、本当に惜しい。戦力分析まで出来るじゃないか」
ワルドは驚いたように言って、惜しいと繰り返した。

外で大砲の音が響いた。
どうやら不測の事態とかいうのに陥りそうで、シンジは溜息をついた。

3人はまとめて捕まった。
捕まえた空賊が洩らした言葉を聞くと、ルイズとワルドの身代金目当てらしい。
ルイズとワルドの2人は杖を、シンジは剣を取り上げられて船倉に閉じ込められた。
ワルドは船倉に雑然と積まれた荷を興味深そうに観察している。
シンジも同じように積荷を見て回っていたが、火薬を見つけてからなにやら1人でブツブツと作戦を練り始めた。
ルイズは手持ち無沙汰だったのか、そんなシンジに声をかけた。
「アンタ、腕は大丈夫なの?」
「痛みはまだあるけど、大丈夫だよ」
そう言って手を開いたり閉じたりして見せた。
安心したのか、捕まってから緊張し続けていた顔が少しだけ緩んだ。

さっきからアンタは何してるのよ、ルイズがそう言おうとしたときに扉が開いた。
男が2人、入ってきた。
小太りの男と痩せぎすな男、小太りなほうは手にスープを持っている。
「飯だ」
小太りの男の言葉を引き継いで、痩せぎすな男が言った。
「だが、その前に質問だ」
反応がないことを気にせずに男は続けた。
「オメェらは、アルビオンの貴族派か?」

暫しの沈黙の後、溜息を吐いて男は言った。
「俺達は貴族派のおかげで商売させてもらってる。王党派に味方する酔狂な連中を捕らえるのも俺達の仕事さ。
そんなワケでオメェらが貴族派なら、港まで送ってやる。部屋も用意しよう」
そう言った空賊を睨みつけてルイズが言った。
「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。バカ言っちゃいけないわ。わたしは王党派への使いよ」
まだ続けようとするルイズの口をシンジは抑えた。
そんな様子を見て、空賊は呆れたように言った。
「正直なのは美徳だが、お前らただじゃすまないぞ」
シンジの手を振り解いてルイズはさらに噛み付いた。
「アンタたちに嘘ついて頭下げるなら、死んだほうがマシよ!」

「ちょっと待った」
スープを床に置いて、部屋から出て行こうとする空賊をシンジが呼び止めた。
「何だ」
めんどくさそうに痩せぎすな男が振り返って聞いた。
「貴方はここに残って、そっちの人が頭を呼んできて」
そっちの人と、左手で小太りの男を指差して、シンジは言った。
「オメェが俺達に命令できる立場かよ!」
小太りの男は吐き捨てるように言った。
シンジは樽の上に腰掛けると、人差し指を立てた。
「ちょっとした手品なんですけどね」
そう言うと指先からライター大の火が現れた。
「頭を呼んで来い」
痩せぎすの男はシンジが座った樽に火薬が入っていることを思い出して、小太りな男に命令した。
一連のやり取りを見て、ワルドは口笛を吹いて空賊をからかった。

5分ほどして、小太りの男が頭を連れてやってきた。
「お呼びたてして申し訳ないですね」
シンジの軽口を無視して頭は言った。
「王党派らしいな?」
「ええ、そうよ」
答えたルイズに向き直って頭は続けた。
「なにしに行くんだ?あいつらは明日にでも消えちまうぜ」
「アンタらに言うことじゃないわ」
「貴族派につかないか?メイジならたんまり礼金も貰えるだろうさ」
頭も緊張しているのか、額を汗が流れた。
「死んでもイヤよ」
ルイズも震えている。

暫くの沈黙の後、おもむろに頭は眼帯を取り外した。
そして、自らの髪を無造作に引っ張った。
黒髪の下から現れた、金髪の若者は名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューターだ」
ルイズは急展開についていけずに口をあんぐりと開けた。

いまだにシンジの指先から消えない火を見てウェールズは自らの手にした指輪をルイズに向かって投げた。
「僕の証明だ。アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。君の填めている水のルビーに近づけてくれ」
指輪を受け取ったルイズはウェールズに言われた通り、風のルビーを水のルビーに近づけた。
共鳴しあった石が、虹色の光を振りまいた。
その様子を見て、シンジは樽から降りた。

「殿下失礼しました。トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵です。
アンリエッタ姫殿下から密書を言付かって参りました」
跪いたワルドに見習って、ルイズも跪いた。
「同じく、ヴァリエール家3女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
こちらが姫さまからの密書でございます」
ルイズは胸ポケットから密書を取りだしてウェールズに渡した。

「多少、面倒だが、ニューカッスルまで、ご足労願いたい。姫の手紙を空賊船に乗せるわけに行かないのでね」
手紙を読んだ後、ウェールズはそう言って笑った。
「君達には部屋を用意する。ニューカッスルに着くまで、そこで休んでいてくれたまえ」




アリビオン王族派の最後の晩餐で、近づいてきたウェールズに向かってシンジは問うた。
「死ぬ前ってどんな気持ちですか?」
無礼だとは思ったが、ウェールズ自身から明日の戦で勝ち目がないと言っていたのでそれだけは聞いておきたかったのだ。
「案じてくれるのか?君は優しいな」
「僕の友人は言ったんです。生と死は等価値だって……」
うむ、とウェールズは頷いて、肯定した。
「その友人の言うことはある意味正しいよ」
「だったら、生き残ってもいいじゃないですか」
シンジが言った。
「君の友人の言葉を借りるなら、今の僕……王族派にとっては死のほうが価値が高いんだ」
それが僕ら王家の義務なんだ、そう言ってウェールズは言葉を切った。
しかたない、その思考がシンジの頭を過ぎった時に、ウェールズはシンジの肩を掴んで言った。
「ただ、アンリエッタにウェールズは勇敢に戦って、勇敢に死んでいった。そう伝えて欲しい」
力強く頷いたシンジに微笑を返して、ウェールズは晩餐に戻っていった。

シンジが暫くボケッとしていると、ワルドに捕まった
「君に言っておかなければならないことがある」
ワルドのほうに向きなおし、シンジは言った。
「なんですか?」
「明日、僕とルイズはここで式を挙げる」
こんなときに、と思わないわけでもなかったが、シンジから出た言葉は祝福だった。
「おめでとうございます」
そう言って深々と頭を下げたシンジに向かってワルドは続けた。
「君にも出席して欲しいんだが、生憎、3人も乗ってしまうと僕のグリフォンでも帰れるかは分からないんだ」
シンジがいると邪魔になると判断したワルドの嘘だった。

分かりました、と頷いたシンジに向かってワルドは言った。
「トリステインに帰ってから正式に式を設ける。そのときは是非君にも参加して欲しい」
「分かりました」
再度、了承したシンジに向かってワルドは微笑んだ。
「それじゃあ、失礼します」
シンジはそう言って部屋に向かった。

暗い廊下を暫く歩くと、ルイズがいた。
月明かりで照らされたルイズは泣いていた。
「どうしたの?」
シンジの声に気付いて、ルイズは顔をごしごしと擦って、涙を拭いた。
それでも、溢れる涙を拭うためにシンジに抱きついて、胸元で顔を擦った。
ルイズの頭を撫でてやると、少し落ち着いたのか、ルイズは問いかけてきた。
「姫さまが、恋人が逃げてって言ってるのに、どうして死にに行くの?」
頭を撫でている手はそのままに、シンジは答えた。
「生と死を比べたら、死のほうが比重が多いって言われた」
また、溢れてきた涙を拭わず、ルイズは言った。
「なによそれ。愛する人がいるのに死のほうが価値があるっていうの?」
「時には、愛する人のために死ぬことも必要なんだろ。……多分そういうことだよ」
シンジがそういうと、ルイズは説得すると言った。
「ダメだよ」

シンジに止められてルイズはイヤイヤと頭を振った。
「ルイズは手紙を届けないといけない。僕は皇太子から伝言を預かった。
……決めたことから逃げたっていいことなんてないんだよ」
昔の自分を思い出しながらシンジは言った。
まっすぐ前を向いているシンジを見て、ルイズはシンジの右腕をとった。
するすると包帯がとかれると、酷い火傷が目に入った。
不思議そうな顔をしたシンジにルイズが言った。
「火傷に効く水魔法の薬を貰ったの。戦争してるんだから薬はいっぱいあるみたい」
そう言いながら、ルイズはシンジの右腕に薬を塗りこんだ。

暫く、なすがままにしていたシンジは、そういえば、と言ってルイズと目を合わせた。
「結婚するんだってね」
ルイズは困った顔をしてシンジに言った。
「まだ出来ないわ。立派なメイジになってないもの」
そう言ったルイズの言葉をシンジは意訳した。
ウェールズ皇太子には祝福だけ挙げて貰って、式はトリステインで行うのか。
「ワルドさんが悪い人とは言わないけど、結婚は良く考えて……」
そう言って言葉を切ったシンジにルイズは頷いた。

「ルイズが立派なメイジになったら、そのときは僕は帰る方法を探すことにするよ」
ルイズの頭を撫でて、微笑みながらシンジは言った。
「アンタ、私は死なない……、守るって言ったじゃない」
「ワルドさんは十分強いよ」
イヤと首を振ったルイズに向かってシンジは続けた。
「僕は使い魔だ」
「だったら!」
怒鳴ったルイズに向かってシンジは続けた。

「ルイズが結婚するまでは守るよ。夫が出来たら僕は邪魔になる。これでも男だからね」
使い魔だから、守れなくなると言ったシンジの頬をルイズは張った。
自分のやったことが理解できないような顔をした後、ルイズは泣き出した。
ヤダヤダと呟きながら頭を振ったルイズはシンジを見ることなく叫んだ。
「アンタなんか嫌い。だいっ嫌い!」
「ごめん」
シンジに謝られたルイズは暗い廊下を駆け出した。
廊下には張られた頬を押さえて、痛いな、と呟いたシンジだけが残っていた。


-翌朝-

ニューカッスルから脱出するための船に乗る列の中にシンジはいた。
「好きだからこそ、超えられない壁がある、か」
鞘に引っ掛けて喋れるようにしているデルフリンガーが言った。
「皇太子のこと?」
シンジが問うと、デルフリンガーは答えた。
「おめぇさんのことだよ」
何が?とシンジが問うと、デルフリンガーは素直じゃねぇな、呟いて続けた。
「貴族の娘っ子、好きだったんだろ」
そう言われて、シンジは答えた。
「……嫌いじゃないよ」

やっぱり素直じゃねぇ、と再びデルフリンガーは呟いた後、シンジに尋ねた。
「娘っ子から暇を貰ったらどーすんだね?」
シンジは少し考えてから答えた。
「なんにしても先立つものがいるね」
「ならば傭兵でもやるかね」
「それもいいかも……なら、鍛えないとね」
「俺と相棒の実力なら、実入りはいいだろうよ。それこそ財を気付けるんじゃねぇの?それに暴れんのは楽しいぜ」
「デルフは強いもんね、錆びてるけど」
そう言ってシンジは笑った。

「ひでぇ!」
背中から伝わってくる落ち込んだ気配にシンジは苦笑いした。
「ところでさ、相棒はガンダールヴって呼ばれてなかったか?」
シンジは頷いて言った。
「なんか、伝説らしいね」
それで?とシンジは続けた。
「いやぁ、随分昔のことでな……、なんかこう、頭の隅に引っかかってるんだが……」
そう言って言葉を濁したデルフリンガーに向かってシンジは言った。
「老化?……デルフっておじいちゃんなんだね」
「ひでぇ!」
そう言ったデルフリンガーはカチカチと器用に柄を動かして、鞘の中に引っ込んだ。


「そんな結婚死んでもイヤ」
「この旅で君の気持ちを掴むよう、随分努力したんだが……」
「こうなっては仕方ない、目的の1つは諦めよう」
シンジは頭の中に響いた声を聞いた。
何かあるならコイツのせいだ、そう思って左手を見ると案の定、手の甲のルーンは光っていた。
シンジは舌打ちして走り出した。
左手にはデルフリンガーが抜かれていた。
背中に流れる嫌な汗が、シンジの予感を強調させた。

窓をぶち破ったシンジが見たのは、ウェールズの体からズブリとワルドが杖を抜いたところだった。
ワルドに向かってシンジは突進した。
左手に持ったデルフリンガーを横薙ぎに払った。
慌てた様子もなく、剣を受けたワルドは、そのまま宙に翻る。
シンジはルイズとワルドの間に立つと怒鳴った。
「逃げて!」

ルイズは杖を抱えて呪文を唱え始めた。
「なにやってんだよ!」
ルイズに向かって悪態をついて、シンジはワルドのほうに飛び込んだ。
1合切りあって、目の前の空気が震えた。
ワルドもそれを感じたらしく、お互いにバックステップすると目の前が爆ぜた。
爆煙をかき消して現れた、ウインド・ブレイクは剣で受けたシンジを容易く吹き飛ばした。
ルイズの隣まで吹き飛ばされたシンジに向かってワルドは言った。
「やはり惜しい。どうだ、本当に僕の部下にならないか?」

剣を構えなおしたシンジは答えた。
「生憎、主人は間に合ってますので」
予想通りの答えだったのか、ワルドは頷いて続けた。
「なに、対した問題ではない。そこの女を君が殺せば晴れて自由の身だ……。命も助かる、悪い相談ではないだろう?」
そう言ってワルドはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
シンジがルイズの方に向き直ると、ルイズは震えていた。
すっと伸びたシンジの手にルイズは思わず身構えた。
シンジはルイズの頭を撫でた。

「同性の汚れ物を洗うのは、ご免こうむるよ」
剣を構えなおしたシンジを見て、ワルドは余裕たっぷりで言葉を紡いだ。
「いつでもいい、剣を捨てて降参すれば僕の部下にしてやろう」
そう言った後に呪文を唱えワルドは5人に分身した。
「風の偏在だ。風の吹くところ、何処となくさまよい現れる」
懐から、仮面を取り出したワルド達を見てルイズが叫んだ。
「そんな!じゃあ、あの男も貴方だったの!」
「いかにも、フーケの脱獄を手伝ったのも私だ」
仮面の男は自分だ、とワルドは肯定すると、フーケの件まで補足した。

「思い出した!」
そう言ってデルフリンガーが叫んで光りだした。
「デルフ?」
「相棒!俺は昔、お前に握られてたんだぜ。ガンダールヴ。六千年も前の話だ。忘れてもしかたねぇ」
光が収まると、デルフリンガーは研ぎたての刀身を明かりに反射させた。
「コイツが俺の本当の姿だ。おじいちゃんから若返ったってワケさ。安心しな、チャチな魔法は俺が喰ってやるぜ」
そう言ったデルフリンガーをワルドに向けた。
ワルド達も戦力を分析したかったのだろう、1人がウインド・ブレイクを放ってきた。
シンジは剣を構えて身構えたが、今度は飛ばされることはなかった。
「だから、安心しろって言ったろ?ガンダールヴの左腕、デルフリンガー様に任せとけって!」

その様子を見て、ワルドは言った。
「惜しい、本当に惜しい。私のライトニング・クラウドを軽減させた剣とガンダールヴの能力。
やはり、降参する気はないのかね?」
剣を下ろさないシンジを見て、ワルドは残念そうに首を振った。
「そうか、後悔するなよ!」
ワルドの叫び声に合わせて、ワルド達は一斉にシンジに切り結んでいった。
2合切り結んだところで、シンジの前の空間が爆ぜた。
爆発に巻き込まれて、2体のワルドは消滅した。
「え?消えた?私の魔法で?」
混乱したルイズに襲い掛かったワルドの杖を剣で受け止めてシンジは言った。
「ルイズ!もう一発!」
杖を止められたワルドは舌打ちして、一斉に2人から距離を取った。
そうしてワルドは怒鳴った。

「どうして、お前を蔑むルイズのために命を張る!平民の思考は理解できぬな!」
隣で魔法を唱えるルイズを守るように構えながらシンジは言った。
「守るって言ったから、ルイズを殺させないって僕が自分で言ったから……」
「ほほう、お前、ルイズに恋をしてたか?主人相手に適わぬ恋慕を抱いたか!そこの高慢な女が、
貴様に振り向くと思っているのか!愚かなことだな!」
詠唱を終えたルイズが隣で叫んだ。
「シンジは平民でもアンタよりマシよ!ワルド!!」
ワルドの前で空気が爆ぜるが、当たらない。

爆煙に飛び込んでシンジが怒鳴った。
「恋なんかじゃない!」
爆発を避けて宙に翻ったワルドをシンジは横一門に両断した。
シンジの着地に合わせて切られたワルドは消え去った。
「綾波に誓ったんだ!だからルイズは殺させない!」
着地した足で、シンジは加速して、ルイズを狙ったワルドに向けて剣を突いた。
左手のルーンに当てられてデルフリンガーが光る。
腹に深々と刺さった剣の根元でワルドは消滅した。
「ガンダールヴの強さは心の震えで決まる!怒り!悲しみ!愛!喜び!決意!何だっていい!
とにかく心を震わせな!俺のガンダールヴ!」
デルフリンガーの声に合わせてシンジは跳躍した。
ワルドは杖を振り払ってシンジを迎え撃った。

ワルドの杖の半分と彼の左腕が同時に床に落ちた。
「斬鉄?バカな!」
痛む左腕を押さえてワルドは言った。
「僕の国の強い人は言いました。素材が同じなら、十分な速度と威力で叩きつければ、
紙で割り箸を切れるって……。最も僕には斬鉄なんて無理だから、多分コイツのおかげでしょう」
そう言って、光る左手を見せたシンジは、剣を構えなおした。
「くそ……、この閃光が遅れを取るとは……」
「無茶したな相棒。それだけやればガンダールヴとして動ける時間なんてほとんど残ってないだろ?」
デルフリンガーの言葉を聞いて、ワルドは杖を振り、宙に浮かんだ。
杖は半分になっても魔法を使う媒体として作用しているようだ。
「まぁ、目的の1つは果たした。このまま、我がレコン・キスタの大群に押し潰されるがいい」
そう言ったワルドに向けて、ルイズは魔法を唱えたが、あっさり避けられた。
「愚か者どもが!そろって灰になれ!」
そう言って、ワルドは爆煙に紛れて消えていった。


「シンジ!」
ルイズは剣を構えたまま、動かないシンジに駆け寄った。
「起きてねぇよ。アレだけやったんだ、相棒も限界だったんだろうよ」
変わりにデルフリンガーが答えた。
どうやら、ほとんど残っていないと言ったのはデルフリンガーなりのハッタリだったようだ。
ルイズは立ったまま気絶したシンジの胸に耳を当てて、心音があるのを確認した。
「良かった生きてる」
ルイズの顔がフニャ、と崩れて、泣き出した。

「相棒は丈夫だからよ!」
そう言ってデルフリンガーは続けた。
「しかし、どうすんだ、娘っ子?船はもうねぇぜ」
外からは轟音が聞こえてきた。
「え?」
聞こえてくる断末魔をかき消すようにデルフリンガーは言った。
「皇太子のいねぇ王軍は、あっさり負けちまうだろうよ。ここにも直ぐに敵が来るってもんだ」

いまだに始祖ブミエルの像に向けて剣を構えているシンジを背に、ルイズは入り口に向けて杖を構えた。
「やめときな?相棒の頑張りが無駄になる。どっかに隠れてやり過ごせ」
それが無理と知りつつ、デルフリンガーは震えているルイズに向かって言った。
少なくとも彼女が立ち向かうより、よほど生き残る確立があるからだ。
「平民に守られるだけで何がメイジよ!」
使い魔とルイズは言わなかった。
「今度はわたしが守るわ」
相棒もつくづく、主人に振り回されるねぇ、とデルフリンガーが呟いた。

「なんだ?」
シンジの隣の床石が割れて茶色の生き物が顔を出したのを見てデルフリンガーが言った。
その言葉に反応したルイズが振り返った。
「ヴェルダンデ!ギーシュの使い魔!」
ヴェルダンデはシンジの胸に鼻を擦り付けると満足そうに鳴いた。
「こら!ヴェルダンデ!お前は何処まで穴を掘り進めるんだい!」
土でまみれた金髪を手で払いながらギーシュが出てきた。

「ギーシュ!」
ルイズが叫んだ。
「おや、こんなところで何やってるんだい?」
とぼけた声でギーシュは返した。
「アンタこそ!何でここにいるのよ!」
「ぼくたちの活躍で土くれのフーケを撃退して、寝る間を惜しんできみたちを追いかけたのさ。
なんたって姫殿下の名誉がかかっているからね」
自信たっぷりにギーシュは言った。

「タバサのシルフィードに運んでもらったのよ」
穴から顔を覗かせたキュルケが言った。
「撤退」
キュルケの横からタバサが顔をだして、窓から見える煙を指差して言った。
ルイズは頷いて、キュルケとギーシュにシンジを運ばせた。
自分は倒れているウェールズに近づいた。
遺髪を、と思っての行動だった。

ウェールズの髪を切ろうとして、ルイズは自分が刃物を持っていないことに気が付いた。
どうしよう、暫く悩んでからウェールズに向けて呟いた。
「失礼します」
そう言って、ウェールズの指から風のルビーを抜き取った。
「姫さまのために頂いていきます」
ルイズは頭を下げてから、ヴェルダンデの掘った穴に飛び込んだ。


シルフィードの尾の付け根辺りにルイズとシンジはいた。
背びれを背もたれにして、キュルケとタバサ、ギーシュの3人は眠っていた。
どうやら本当に寝ずに追いかけてきたらしい。

いまだに気絶しているシンジの顔にある擦り傷をなぞってルイズは実感した。
この傷はワルドに付けられたんだ。
自分の幼い頃の憧れはもういない。
ルイズは悲しみを押し隠すようにシンジの胸に頭を預けた。
涙が出てきた。
前で寝ている3人が気付くわけでもないのに、ルイズは恥ずかしさから泣き声を押し殺した。
ふいに頭を手が撫でる。
その感覚が気持ちよくて、目をつぶったルイズは、顔も上げずにそのまま襲ってきた睡魔に体を預けた。



第参話 王のかたち、貴族のかたち


-終-








[5217] 第4話 おめでとうを主に -前編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/18 16:38



「姫さま、これを……」
そう言ってルイズは水のルビーと風のルビーを取り出した。
「これは風のルビーではありませんか。ウェールズ皇太子から……」
はい、とだけ頷いたルイズから風のルビーだけを受け取って、アンリエッタは言った。
「水のルビーは貴女が持っておきなさい。せめてものお礼ですわ」
「こんな高価なものを頂くわけにはいけませんわ」
その言葉を聞いたアンリエッタは、ルイズに水のルビーを握らせた。
「忠誠には報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」
ルイズが水のルビーを指に填めたのを確認したアンリエッタは、シンジのほうに向いた。
「あの人は、死のほうが価値が高かった、そして、勇敢に死んだ。そう言われましたね」
頷いたシンジを見て、アンリエッタは続けた。
「わたくしの生にどれだけの価値があるかは分かりませんが、それでもわたくしは精一杯生きてみようと思います」
そう言って風のルビーを見つめたアンリエッタにシンジは言った。
「勇敢な決意です」
ミサトの言った言葉を思い出して、シンジは胸元のクロスを撫でた。


第4話
おめでとうを主に



-翌日、昼-

食事を済ませたシンジは習慣のランニングの最中だった。
城で受けた水魔法の治療によってアルビオンで受けた傷は全快している。
万全になった体調を確認して、こっちの世界の医療技術は凄いんだな、と素直に感心した。
そうして、ルイズへの感謝も忘れない。
アルビオンから帰った日からベットで寝ることを許された。
洗濯も自分でするようになったし、着替えも自分でするようになった。
食事はルイズの隣に座ることが許され、同じメニューを用意された。
シンジにしてみれば良いこと尽くめであった。
シンジにはそれに感謝する程度の使い魔根性が染み付いていた。
こんなに良いことが起こったんだから、たまには神に感謝してみるよう。
そう思ったシンジは、ランニングを中断して十字を切った。

爆音に振り向いて、以前何度かお邪魔した教室から煙が出ているのを確認してシンジは額に手を当てた。
やっぱり、神様になんて感謝するもんじゃない。
教室から上がる黒煙が彼のご主人様が起こしたものだと教えてくれて、シンジは駆け出した。



-夜-

「ねぇシンジ」
ルイズはベットに寝転んだシンジに声をかけた。
なに、と寝返りを打ってシンジは問いかけた。
広いクイーンサイズのベットは2人で寝ても十分に余る。
「わたし、アンタに謝らなきゃ。ごめんね、勝手に召還したりして」
「いいよ。変なことには慣れてる」
自分の台詞が虚しくなってシンジは溜息をついた。
「きちんと帰る方法、探すから。でも、どうすればいいか、わかんないの。異世界なんて、聞いたことないし」
「頼りにしてるよ」
シンジは笑った。
ルイズは顔を赤らめて、誤魔化すように聞いてきた。
「それで、アンタは向こうで何してたの?」
「パイロット」
「パイロットって、何?」

暫く悩んで、シンジは答えた。
「エヴァンゲリオン……紫色をした鬼みたいな見た目の……、ゴーレムの強いヤツを操るんだ」
「やっぱりアンタ、メイジだったんじゃない」
ルイズは怒ったように言った。
「違うよ。作ったのは僕じゃないんだ」
よく分からないという顔をしてルイズは続けて聞いてきた。
「そのゴーレムってどのくらい強いの?」

悩んだシンジを見て、ルイズは続けた。
「今のアンタより強い?」
シンジは首を縦に振った。
「ドラゴンより?」
続けて肯定した。
「メイジ10人」
「そんなもんじゃないよ」
続けざまに否定されてルイズは怒った。
「じゃあ、どれくらいよ」

暫く悩んで、シンジは言った。
「1日あれば、トリステインくらいなら壊滅できるくらい」
事も無げに言ったシンジにルイズは怒鳴った。
「嘘言わないでよ!」
そう言って、ルイズはそっぽを向いた。
やっぱり信じてもらえない、とシンジは溜息をついた。

「でも、アンタの話が本当なら……」
暫くして、背中を向けたままのルイズが言った。
どうやら、今夜のルイズは弱気になっているらしい。
声が擦れていて、泣いているのかもしれない。
「使い魔を召還して、能力を下げるなんて、やっぱり私はゼロのルイズね。いやだわ」
そう言って背中を震わせたルイズにシンジは言った。
「エヴァがないからだよ、僕自身の力なんて知れてる」
振り向いてルイズは言った。
「あのね、わたしね、立派なメイジになりたいの。別に、そんな強力なメイジになれなくてもいい。
ただ、呪文をきちんと使いこなせるようになりたい。得意な系統も分からない、どんな呪文を唱えても失敗なんてイヤ」
頷いたシンジを見て、ルイズは続けた。
「小さい頃から、わたし、ダメだって言われていたわ。お父さまも、お母さまも、わたしには何にも期待したない。
クラスメイトにもゼロゼロってバカにされて……。わたし、ホントに才能ないんだわ。得意な系統なんて存在しないんだわ。
魔法唱えてもなんか、なんかぎこちないの。自分でわかってるの。先生やお母さま、お姉さまが言ってた。
得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かがうまれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。
それがリズムになって、そのリズムが最高潮に達したとき、呪文が完成するんだって。そんなこと、一度もないもの」

私が弱気になったら、抱きしめて……。
シンジはいつだったかアスカに言われた言葉を思い出して、ルイズに近づいた。
「でもわたし、せめて、みんなができることを普通に出来るようになりたい。
じゃないと、自分が好きになれないような、そんな気がする」
「僕も自分は嫌いだ。でも、好きになれるかもしれない。だから、ルイズはルイズでいていいんだ」
そう言って、シンジはルイズを抱きしめた。
2分後には寝息が聞こえてきた。
微かに残った涙の後を拭うとシンジも目をつむった。


翌朝、シンジは起きると自分の腕の中でスヤスヤと寝息を立てているルイズの頭を一撫でして掃除を始めた。
掃除を終えてからルイズを起こそうと手をかけたところで、シンジは今日が虚無の休日なのを思い出した。
起きたときに碇君のチェロが聴けたら幸せ。
そう言ったのは何度目の綾波レイだったか、突然そんなことを思い出して、シンジはいそいそとチェロを弾き始めた。

ルイズが起きたのはシンジが2曲目を弾いている最中だった。
命令気味に頼まないと弾いてくれないチェロは、ダンスの夜以来、ルイズのお気に入りだった。
シンジの世界の曲らしいが、故郷の曲とは違うと説明された。
元の世界じゃ有名だよ。
シンジの言葉を聞いて、なるほどいい曲だ、とルイズは納得したのだった。
朝からチェロを弾くシンジに声をかけようかと悩んだが、
曲の途中で演奏を止めるのも無粋だと思い、ルイズは暫く寝たふりを決め込むことにした。
結局、都合3曲を弾き終わったところで、ルイズはシンジに声をかけた。
「朝からチェロなんて、今日はご機嫌じゃない?」
なんとなく刺々しくなったのは、自分には命令しないと弾かないくせに、との思いからだった。
「ん、ちょっとね」
「なんか良いことでもあったの?」
そう言って、ルイズは昨日のことを思い出した。
そういえば、昨日はシンジに抱きしめられて眠った。
彼にとってはそれはいいことだったんだろか?
そんな疑問がルイズの頭に浮かんだ。
急速に顔が赤くなるのを自覚したルイズはシンジの用意してくれた水で、バシャバシャと顔を洗った。

「そういえば、言ってなかったね。ルイズ、おはよう」
タオルを手渡しながら、シンジは言った。
「おはよう」
顔を拭き終わってからルイズは答えた。

「それで、何があったの?」
ルイズはシンジに問いかけた。
「ちょっとね」
チェロを片付けだしたシンジを見て、ルイズはムッとした。
「ご主人様命令よ!言いなさい」
シンジは言葉を選ぶようにして、答えた。
「昔を思い出したんだ。こっちに来る前のこと」
昨日の話を思い出して、ルイズは興味を引かれた。
「どんなこと?」
「昔の知り合いに、起き抜けにチェロが聞けたら幸せって言われたんだ」
よっと、とシンジはチェロをケースにしまった。
なんだ、わたしのために弾いてくれたんだ、そう思うとルイズは幸せな気分になった。
嬉しくなったルイズは自分の希望を続けた。
「わたしはもう少し長く……聞けたほうがいいわね」
もう少し長く聞けたほうが幸せ、と言いかけてルイズは恥ずかしさから、言い直した。
「朝食、行くよ?」
チェロを片付けて、シンジはルイズに移動を促した。


「夜にはチェロを弾きなさいよ」
そう言うとルイズはシンジの返事も聞かずに食堂を出て行った。
オスマンに呼ばれていると言っていたので、学院長室に行くらしい。
夜には演奏ね……、とシンジは今日の予定を修正し始めた。
シンジは頼まれて予定を変更する程度には、チェロを弾くのを好いていた。
筋トレを諦めたシンジは、コルベールの研究室に行くために食堂を後にした。


コルベールに魔法の強化を手伝ってもらったが、効果の程は上がらなかった。
魔法を知って直ぐの頃には使えることに憧れた。
魔法が使えるようになってからは威力の程が気になり始めた。
何度繰り返しても14歳の脆弱な肉体に戻ることといい、どうやら自分には生身の強さというのは嫌われているらしい。
そう思って溜息を吐いたシンジは、ガンダールヴのルーンが刻まれた左手のことは頭に無いようだった。


同日-夕方-

筋トレを除いたトレーニングが終わったシンジは風呂に入った。
「今夜も弾くのかい?」
デルフリンガーが問いかけた。
「弾くよ」
「娘っ子に頼まれたからかい?」
からかうようなデルフリンガーの口調にシンジは返した。
「そうだよ」
「朝は奏でる音を目覚ましに、その音は夜には子守唄に変わる……ってか?愛を感じるねぇ」
「子守……か、たしかにそうだね」
気性の荒いルイズを思い出してシンジは笑った。
その様子が気に入らなかったのか、デルフリンガーは、やっぱり素直じゃねぇな、と呟いた。

「シンジさん」
後ろからかけられた声にシンジは振り返った。
「どうしたの?」
シエスタがティーポットとカップを持って立っていた。
シンジが湯船に浸っていることに気付いて、頬を染めたシエスタは焦った様子で用件を言った。
「あ!あのッ!その!アレです!とても珍しい品が手に入ったので、シンジさんにご馳走しようと思って」
「ありがとう」
礼を言われて気分を良くしてシエスタは、慣れた手付きでカップにお茶を注いだ。
「東方のロバ・アル・カリイエから運ばれた珍しい品らしいです。お茶って言うんですって」
注いだカップをシンジに手渡しながら、シエスタは嬉しそうに言った。
受け取るときにシンジの胸元が見えて頬を染めたのはご愛嬌だった。
シンジは受け取ったカップに口をつけて、コクッと喉を鳴らしてお茶を飲んだ。
濡れた髪とお茶の飲み方が妙に艶っぽくてシエスタは頬どころか額まで真っ赤にして言った。
「お、お味はどうですか?」

シンジはもう1度お茶を口に含んだ。
口の中のお茶を噛み締めるようにしてから飲み込んで、シエスタに返答した。
「緑茶……に近いと思うけど、懐かしい味だった」
緑茶?これの名前かしら、とシエスタは思ったが、聞かないことにして別の質問をした。
「懐かしい?シンジさんのご出身って東方なんですか?」
シンジは暫く悩んで、苦笑いしながら答えた。
「……東方って言っていいのか分からないけど、ハルケギニアの出身ではないよ」
分かったような分からないような顔をしてシエスタは頷いた。

「ちょっと向こうを向いてくれると有難いんだけど」
そう言ってシンジは何も無い空間を指差した。
「え?え?」
何も無いところを見て混乱したシエスタにシンジは続けた。
「そろそろ出るから……」
着替えは見られたいものじゃないんだ、そう言ったシンジからシエスタは慌てて視線を外した。

「もういいよ」
急いで服を着たのか、濡れたままの髪をゴシゴシと拭きながら、シンジは後ろを向いているシエスタに声をかけた。
「コレってお風呂だったんですね」
大釜を羨ましそうに見ながらシエスタは呟いた。
「どうにもこっちの風呂に慣れなくて」
お湯が恋しくなった、とシンジは続けた。
「シンジさんの故郷のお風呂って、貴族の方達のお風呂みたいなんですね。気持ちよさそう」
「入ってみる?僕としてはサウナ風呂よりお勧めだよ」
「ホントですか!?わたし着替えを取ってきます!」
そう言ってシエスタはカップも片付けずに部屋に向かって走り出した。
そのシエスタを見送った後で、シンジは湯に手を突っ込んだ。
予想通り、冷めてきた湯を温めなおすために、シンジは薪を追加した。

風呂が暖まった頃、シエスタは帰ってきた。
どこかの影で着替えてきたのだろう、バスタオルを体に巻いていて、直ぐに入浴できそうだった。
「もう入ってもいいですか?」
着替えを近くに置いてシエスタはシンジに尋ねた。
「どうぞ」
まさかバスタオル1枚で来ると思っていなかった、シンジはそっぽを向きながら言った。
「うわぁ!気持ちいい!お湯に浸かるって素敵ですね!」
感激からか、シエスタの声は高い。
シエスタの言葉から風呂に入ったのを理解したシンジは、シエスタに向き直って言った。
「残り湯で悪いけど……それじゃ、ごゆっくり」
シンジは軽く手を振ってから歩き出した。
「あッ!ちょっと待って!」
シエスタに呼び止められて、シンジは振り返った。
「どうかした?」
「あのッ!その……シンジさん最近、厨房に来られないんでどうしたのかと思いまして」
自分が呼び止めた理由を探すようにシエスタはシンジに尋ねた。
「そういえば、言ってなかったね」
そう言ってシンジは事情をシエスタに話した。
「今度、また顔を出すよ。マルトーさんにもよろしく言ってたって伝えておいて貰えるかな?」
厨房のみんなにもよろしく、とシンジは付け加えた。

シンジが部屋に戻りそうな空気を感じてシエスタは慌てて言った。
「シンジさん!その、もう少し……もう少し、お話していきません?やっぱり、厨房に来られないので……あの、その」
二の句が次げなくなったシエスタにシンジは助け舟を出した。
「それなら……僕がいなかった間の学院の話でもしてくれる?」
アルビオンの話は出来ないよな、と考えて、シンジは話の聞き役に回った。
「はい!」
元気のいい返事をしてシエスタはシンジに話し始めた。

新しい服を買ったこと。
ドジして皿を割ったこと。
友達に借りた本のこと。

その全てにシンジは微笑んで相槌を返した。
「それで、コック長の新作にはワインが合うと思うんですよ!」
今は、マルトーが新しく作った料理の話だった。
「それは是非、頂かないとね」
「わたしの故郷では、良質なブドウがたくさん取れるんです。そのブドウで作ったワインがとっても美味しいんです。
今度、そのワインを持ってきますので、厨房にいらしてください」
シエスタがそう言ってシンジを誘った。

「シンジ!」
声に振り向いたシンジが見たのは、プルプル震えているルイズだった。
いつまで経っても部屋に戻らないシンジをルイズは探しに来たのだった。
「あああ、アンタ、ごご、ご主人様を部屋に待たせて、め、メイドなんかをお風呂に入れて、お楽しみ中だったの!」
抱きしめたのに、守るって言ったのに、ルイズの頭の中は裏切られたという思いでいっぱいになった。
そう思うと、ポロリと一粒涙が流れた。
「アンタなんかクビよ!とっととどっか行っちゃいなさい!!」
ルイズはそう怒鳴って顔を逸らした。
逸らした視線の先には、シンジの首飾りが、重なっている薪の上に置いてあった。
ルイズはそれを取って、いまだに釜の下で燃えている炎に投げ込もうとした。

いつも触っているそれを、シンジがとても大事にしていることを思い出して炎に投げ込むことは思いとどまった。
しかし、手にとってしまったそれを、今更、シンジに手渡すワケにもいかなかった。
「ルイズ!」
怒鳴ったシンジに向き直って、ルイズはシンジを睨んだ。
シンジが何か言う前にルイズは手に持った首飾りをシンジに投げつけて怒鳴った。
「もう帰ってこないで!アンタなんかその辺で野垂れて死んじゃえいいのよ!」
投げつけられた首飾りを拾って、シンジは言った。
「いいんだな」
シンジは、いまだに自分を睨むルイズを睨み返した。
いつに無くシンジは怒っていた。
「アンタの顔なんか見たくないって言ってるの!」
怒鳴ってルイズは駆け出した。


「ごめん、厨房には行けそうに無い」
いまだに風呂の中にいるシエスタにシンジは伝えた。
「シンジさん……」
シエスタが伸ばした手は空を切っていた。



5日後-酒場-

オーク鬼の討伐の仕事が終わって、酒場で祝杯を上げている一行の中にシンジはいた。
この酒場はモンスターの討伐等の仕事が集まる。
宿も兼業しているので、この酒場を拠点にして行動する者も多い。
4日前にフラッと現れた少年は、翌日には酒場の人気者になっていた。
平民だけの傭兵15人で、近くの村を襲ったオーク鬼の討伐に行った時のことである。
酒場の情報によるとオーク鬼は2頭とのことだった。
酒場の中では腕利きの傭兵団に混じって、討伐に同行した。
オーク鬼の力は、おおよそ魔法が使えない戦士の5人分だと言われている。
罠を張って待ち構えることが出来ることを考えれば、腕利き15人というのはセーフティな筈だった。
情報が間違っていたのか、それともオーク鬼が仲間を呼んだのか、今となっては確かめようの無いことだったが、
実際に現れたオーク鬼の数は10頭を超えていた。
全滅を覚悟した傭兵団だったが、シンジに救われたのだった。

「なぁシンジ、やっぱりウチに入ってはくれねぇのか?」
40を過ぎたばかりだと言う、無精髭の団長がシンジに言った。
この団長はオーク鬼の1件からずっとシンジのことを誘っている。
「有難い話なんですけどね」
シンジはいつもそう言ってやんわりと断りを入れている。
「おめぇさえ良ければ、俺は団長を任しても良いと思ってんだぜ」
団長は酒をグビッ、と煽ってお決まりの台詞を言った。
「ずっと、ここを拠点にするつもりは無いんですよ」
続くシンジの台詞もいつも通りだった。
「お頭がまた振られてやがるぜ!」
団員の誰かが茶化すと、ガハハハッ、と一斉に笑いが起こった。

「ダーリン」
いつの間に近づいたのか、キュルケが後ろから抱えるようにシンジを抱きしめていた。
「おぉ!シンジ、いい女じゃねぇか!コレか!?」
そう言って小指を立てたのは、団長を茶化した男だった。
笑っていた団員達は、ヒュー、と口笛を吹いて、今度はシンジを茶化し始めた。
そんな団員達にキュルケは右手を上げて、はぁい、と言って愛想笑いを浮かべた。
入り口にタバサとギーシュがいるのを確認して、シンジはキュルケに問いかけた。
「どうしたの?」
シンジに声をかけられて、待ってましたとばかりにキュルケは胸元から地図を取り出した。
「面白い話がたくさんあるの、一緒にどう?」
オーク鬼のおかげで結構な蓄えが出来ていたことを思い出して、シンジは頷いた。
そんな2人のやり取りをポカンと見ていた傭兵団に向かってシンジは言った。
「行くところが出来たので、またどこかで会いましょう」
そう言ってシンジは優雅に一礼した。
「シンジの旅立ちを祝して乾杯だ!」
一斉に上がったジョッキが音を奏でた。
シンジは酒場から出て行ったが、傭兵団の宴はまだまだ続きそうだった。


廃墟になった寺院の入り口から、50メートルほど離れた所にシンジは立っていた。
隣にはキュルケのフレイムがつまらなそうに欠伸をしていた。
寺院とシンジの真ん中辺りにはギーシュが撒いたのか、花びらが大きめの円を描いていた。
円を描いていた花びらは、突然液化して、地面に浸透した。
振り返って確認すると、木の陰からギーシュが頭の上で手を合わせて大きな丸を作っていた。
どうやら、準備が完了らしい。
シンジが右手を空に掲げた。
それを振り下ろすと、寺院の近くにあった木が派手な音を立てて燃え上がった。
ギーシュとは別の木陰に隠れたキュルケが魔法で燃やしたらしい。

寺院の中からは12頭のオーク鬼が出てきた。
火を見て興奮したのか、住処が強襲されて怒り狂っているのかは分からないが、
オーク鬼達はシンジに向かって走り出した。
オーク鬼の大半が円の内側に入ったのを確認して、フレイムは火を吐いた。

フレイムの火がギーシュの錬金した油に引火して、8頭のオーク鬼をその場に閉じ込めた。
シンジは、お前はあっち、と1体のオーク鬼を指差して、フレイムに指示を出した。
フレイムが走り出したのを見て、シンジも1頭のオーク鬼に疾走した。
オーク鬼が振り下ろした棍棒を避けたシンジは、その棍棒を踏み台にしてオーク鬼の顔面に跳躍した。
勢いをそのままにオーク鬼の眉間に剣を突き刺した。
ズブリ、と鈍い手ごたえの後、オーク鬼の後ろ頭から刃が突き抜けた。
突き刺されたオーク鬼はそのまま、後ろに倒れた。
着地したシンジが正面を見据えると、2頭のオーク鬼が氷に串刺しにされて息絶えていた。
タバサのウィンディ・アイシクルだった。
左を見るとフレイムが指示していたオーク鬼を押し倒して、顔面に炎を浴びせていた。

シンジは倒れたオーク鬼から剣を引き抜くといまだに燃えている火のサークルに近づいた。
中の地面は陥没していて穴の中にオーク達が落ちていた。
その上、陥没した地面はギーシュが油に変えていた。
穴の中にキュルケはファイヤー・ボールを投げ入れた。
ピギャー、と断末魔を残して8頭のオーク鬼は焼け死んだ。
陥没した地面の向こう側から、ヴェルダンデがニョキッ、と顔を出した。

火が消えるのを待って、シンジはヴェルダンデが掘った穴に飛び込んだ。
他の3人は宝を探す、と言い残して、さっさと寺院に入っていった。
シンジはオーク鬼の右手の親指を剣で切り落とすと、持っていた麻の袋に放り込んだ。
外の4頭のオーク鬼の親指は既に切り落としている。
トリステインでは、討伐の依頼主とは別に、モンスターを討伐すれば王室から討伐報酬が出る。

例えば、A村から100エキューでオーク鬼1頭の討伐依頼が出ているとする。
討伐を完了すれば、A村から100エキュー、王室からはオーク鬼1頭の討伐報酬として50エキューが授与される。
王室からといっても、実際はシンジが拠点にしていたような酒場が仲立ちして報酬を渡しているのだ。
酒場に報酬を貰いに行くときの証として、討伐したモンスターの右手の親指が必要なのだった。

この場所のオーク鬼討伐依頼はどこからも出ていない。
打ち捨てられた寺院を取り戻したい、そんな物好きはいなかったようだ。
しかし、オーク鬼12頭で600エキュー、4人で分けても1人150エキュー、結構な額だった。

「次で最後だからな!」
寺院からギーシュの声が聞こえてきた。
口調が強いのは、きっと宝が見つからなかったからだ。
シンジは寺院から出てきた3人に期待もせずに問いかけた。
「首尾は?」
「ガラクタ」
タバサが答え、ギーシュは数枚の銅貨を持ち上げて見せた。
キュルケは慌てたようにシンジに抱きついて言った。
「ダーリン、次はコレ!竜の羽衣」
そう言って、新しい地図を胸の谷間から出した。
「それで最後だからな」
まるっきり懲りてないキュルケに、ギーシュはもう一度、最後だと繰り返した。
「次はどこ?」
そう聞いたシンジに、キュルケは元気よく答えた。
「タルブの村!」


「シンジさん!」
翌日、タルブの村の広い草原にシルフィードで降り立つと、シエスタが声をかけてきた。
「もう逢えないかと思いました!」
そう言って走って来たシエスタに、シンジは手を振った。
「ひさしぶり、というか、どうしてシエスタがここに?」
「コック長に、元気がないなら、気分転換して来い!って言われて。ちょっと早い休暇を頂いて来ちゃいました。
ここはわたしの地元なんです」
そう答えて、自分に襲ってきた疑問をシエスタはそのまま、口にした
「でも、シンジさんこそ、どうしてこんな所に?」

「宝探しよ」
シンジに変わって、シルフィードから飛び降りたキュルケが答えた。
「この辺りに竜の羽衣って言われる秘宝があるんだけど、あなた、何か知らない?」
シンジとの会話を邪魔されたことを怒ったのか、シエスタはつまらなそうに言った。
「インチキですよ。どこにでもある、名ばかりの秘宝なんです。それでも、村の人はありがたがって……、
寺院に飾ってあるし、拝んでる人もいるんですけど」
へぇええ、と納得した後、キュルケは続けた。
「でも、あなた、何でそんなに詳しいの?」
「実は……、それの持ち主、わたしのひいおじいちゃんなんです。
ある日、ふらりとひいおじいちゃんは村に現れたらしいんです。ひいおじいちゃんは竜の羽衣に乗って、
東の地からやってきた。そう言ったそうです。」

どこがインチキなのか分からなかったキュルケは目を輝かせてシエスタに詰め寄った。
「凄いじゃない!」
「でも、誰も信じなかったんです。ひいおじいちゃんは頭がおかしかったって、皆が言ってます」
「どうして?」
「竜の羽衣で飛んでみろ、そう言った人がいたんです。でも、飛べなくて、言いワケをいろいろしたらしいですけど、
そんなの信じる人はいませんでした。その上、飛べなくなったって言って、村に住み着いちゃって。
一生懸命働いたお金で、貴族の方に頼んで、固定化の魔法をかけてもらって、大切にしていたそうです。それで、あの……」
言葉を詰まらせたシエスタを、キュルケは不思議そうな顔をして見守った。
「シンジさんが欲しいって言うなら、父に掛け合ってみます」
シエスタは頬を染めてそう言った。

その話をシルフィードの上で聞いていたギーシュはキュルケに言った。
「また、無駄足だったな。さぁ、帰ろう」
そんなギーシュを無視して、キュルケはタバサに問いかけた。
「今回は、一応、お宝もあるらしいから見に行ってみましょ?」
無視されたことを怒るでもなく、ギーシュはタバサに言った。
「帰ろう」
「見る」
そう言って、シルフィードから飛び降りたタバサを見て、ギーシュは額に手を当てた。
「仕方ない、僕も行くよ」
移動手段を持つタバサを抑えられて、ギーシュは仕方なく同行することにした。


「シンジさん、どうしたんですか?」
驚いて、呆気に取られて見つめているシンジを不思議に思ってシエスタは問いかけた。
「触っても?」
そう聞いた、シンジにシエスタは頷いた。
「流石に兵器だ」
光ったルーンからゼロ戦の動かし方が伝わってきて、シンジは呟いた。
「……ケンスケだったら喜ぶんだろうな」
ブツブツ呟くシンジを見て、シエスタは大丈夫かと問いかけるのだった。

「だから僕は帰ろうといったんだ!」
向こうではギーシュがタバサとキュルケを相手に喚いていた。

暫く、ゼロ戦に触れた後、シンジは辺りに転がっているガラクタの山を探り出した。
山の中からお目当てのものを探り当て、シンジはそれをパイロットシートに投げ入れた。
「シエスタ」
「なんですか?」
ガラクタの山を漁っていたシンジを、不思議そうに見ていたシエスタは声をかけられて、返事をした。
「他に、ひいおじいさんが残したものって何か無いの?」
少し悩んで、シエスタは答えた。
「後は……たいしたものはないです。……お墓と遺品が少しだけ」
「案内してもらえる?」

村の共同墓地と案内された場所に、シエスタの曽祖父の墓があった。
その墓は、他の墓とは違う作りだった。
シンジの知っている母の墓とも違う。
墓に向かって手を合わせているシンジの横でシエスタが言った。
「ひいおじいちゃんが、死ぬ前に自分で作ったお墓だそうです。異国の文字で銘が書いてあるので、
誰も読めなくて、なんて書いてあるんでしょうね」
「海軍少尉佐々木武雄、異国ニ眠ル……そう書いてあるよ」
すらすらと、なんでもないようにシンジが読み上げるのを聞いて、シエスタは驚いた。
「はい?」
「遺品の方も見せてもらえる?」
そう言ったシンジにシエスタは頷いて続けた。
「遺品は家にあります」

シエスタの実家に行くと、シンジはシエスタの父に呼び出された。
キュルケやタバサ、それにギーシュは貴族の客だと挨拶に来た村長と話をしている。
「君は、墓の文字を読んだらしいな」
「海軍少尉佐々木武雄、異国ニ眠ル……そう書いてありました」
「驚いたな、どうやら本当らしい」
そう言った、シエスタの父にシンジは問いかけた。
「読めないのに、どうして本当だと思ったんですか?」
ああ、そうだな、とシエスタの父は呟いて事情を説明した。
「じいさんの名前は、佐々木武雄、じいさん曰く、自分は異世界人で軍隊の少尉とか言うのをやっていたらしい。
もっとも、じいさんが酔ったときに言ってたんで酒飲みの与太話だろうけど」
そう言って、シエスタの父は笑った。

「これがじいさんの遺品だ。貰ってやってくれ」
シエスタの父は、シンジにゴーグルを渡した。
「遺品なんて、頂けませんよ」
シンジは断ったが、シエスタの父は首を振って続けた。
「じいさんの遺言なんだ。ワシの墓の文字を読むものが現れたら、竜の羽衣……じいさんはゼロ戦って言ってたな、
を渡してくれ。なんとしても、陛下にゼロ戦をお返ししてくれ。……それがじいさんの遺言だ」
「すみません。……陛下にはゼロ戦を返せません」
シンジは謝って続けた。
「陛下は亡くなりました」
「そうか、それもそうだな、なんたって、じいさんの若い頃の話だ」
納得したシエスタの父は続けた。
「それなら、君がアレが必要なら持っていくといい。じいさんと同郷の君に持っていって貰えるなら、アレも喜ぶだろう」
そう言われて、シンジは懐から麻の袋を取りだして、机に置いた。
中には800エキュー入っている。
酒場で貯めた650エキューと、4人で倒したオーク鬼の150エキューだった。
「こんなものは受け取れない」
出てきた大金に驚いたシエスタの父は受け取れないとシンジにつき返した。
800エキュー、タルブの村では十分に広い家が買える金額だった。
「すみません。足らない分は必ず……」
そう言って言葉を濁したシンジを見て、シエスタの父はとんでもない考え違いをしていることに気付いた。
「君にとって、アレがどれほどの価値を持つかは知らないが、
わたし達にとってはアレは維持がめんどくさいだけの代物だ。だから、これは君が自分で使ってくれ」
麻の袋をシンジに渡すと、面倒ごとを押し付けてすまないな、とシエスタの父はおどけた。




[5217] 第4話 おめでとうを主に -後編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/12 18:15




翌朝、ゼロ戦を持って帰ると言い出したシンジにギーシュは怪訝な顔をした。
それでも、真剣な表情を崩さないシンジに、仕方なく折れたギーシュは、父のコネで竜騎士隊とドラゴンを呼び寄せた。
到着した竜騎士隊の隊長が運ぶ場所を聞かれたときに、シンジは思い出したように困ってしまった。
そんなシンジを呆れたようにギーシュは見て、言った。
「どうせ、こんなバカデカイもの置く場所なんてないんだろ?とりあえず学院に持っていってくれ」

「お代です」
シンジは隊長に50エキュー渡した。
予想外に金払いのいい客だったのか、隊長は商人のように、ご贔屓に、と言い残して隊員を連れて帰った。
慌てたようにコルベールが走って来たのは、竜騎士隊が飛び立ったときだった。

「シンジ君!これは何だね!よければ私に説明してくれないかね?」
発明を繰り返す、魔法の師匠がやってきたのを見て、シンジは微笑んだ。
「高速で空を飛ぶ機械です」
驚いた様子で、コルベールは言った。
「コレが飛ぶのか!?素晴らしい!」
ほうほう、と感心したようにゼロ戦を眺め回してから、コルベールはシンジに頼んだ。
「さっそく飛ばしてみてくれないか?好奇心で手が震えてきたよ!」
コルベールは、本当にプルプル震える手を自慢げにシンジに見せ付けた。
「その前に、先生、スポイドと試験管をお借りできますか?」
そう言ったシンジに、待っててくれよ!と言い残して、コルベールは研究室に猛ダッシュした。

2分後、額に汗をかいて、コルベールが帰ってきた。
手に持っている試験管とスポイドに使った形跡が無いのは、洗い直す時間を惜しんで新品を出したのだろう。
「こ、コレで、いいかね」
はぁはぁ、と息切れしながらコルベールはシンジにスポイドと試験管を渡した。

息を整えているコルベールを尻目に、シンジはゼロ戦のタンクから、こびりついたガソリンをスポイドで掬った。
それを試験管に移してコルベールに渡した。
「コレをたくさん作れますか?」
息を整え終えたコルベールはシンジに返した。
「やってみるが……ところで、コレを飛ばしてくれないのか?」
ゼロ戦を指差しながら言ったコルベールに、シンジは返答した。
「飛ばすのにそれが必要なんです。樽で5本分くらい」
それを聞いたコルベールは、樽で5本だな、と言い残して研究室に走り去っていった。
「まだ、正常に動作するか確認してないんだけど」
ハイテンションで走り去ったコルベールを見て、シンジは呟いた。
動かないと大変そうだと、と溜息をついてから、シンジはゼロ戦の点検に入った。


「なにこれ?」
外にいたルイズと一瞬目が合ったが、シンジは無視をした。
目の下にクマが出来ているのを見て、それを気にかけてしまった自分に、シンジはイラついた。
ルイズはルイズで無視されたことにイラだって、声を荒げた。
「シンジ!降りてきなさい!」
それでも無視を続けるシンジに、ルイズは余計に腹を立てて、ゼロ戦の羽にぶら下がって揺らしだした。

「降りてきなさいって言ってるでしょ!」
シンジは無言でシートから飛び降りて、ルイズを見ずに言った。
「飛べるようになったら出て行くから」
「ご主人様に無断でどこに行くつもり?」
どこに行っていたのか聞きたかったルイズだが、また直ぐにどこかに行くと言うので、行き先を聞いた。
「関係ないだろ」
怒鳴ったワケではないが、シンジの声は冷たい。
「ご主人様の命令よ!」
ルイズのほうだけが、焦ったように怒鳴った。
「クビだろ」
取り付く島がないシンジの様子にいたたまれなくなったルイズは下を向いた。
「べ、弁解の機会を与えないのは、ひ、卑怯よね。だから言いたいことがあるなら、今のうちに言いなさい」
「そっちこそ、言うことがあるんじゃないの?」
冷たい声のまま、シンジは言った。
どうやらこの件について引く気は無いみたいだ。

俯いたまま、ルイズは泣き出してしまった。
一粒涙がこぼれると、シンジがいなかった間とか、自分がしたこととか、頭の中で、
いろんなことがグチャグチャになって、涙が止まらなくなった。
「泣かした、相棒が泣かした!」
俯いて肩を震わせるルイズを見て、デルフリンガーが言った。
背中のデルフリンガーを鞘に閉じ込めて、シンジは額に手を当てて空を仰いだ。
「しまった。子供だった」
デルフリンガーとの会話を思い出して、シンジは少し後悔した。

「ごめん、僕が悪かったよ」
そう言って、シンジはルイズの頭をポンポンと撫でた。
「誰が子供よ……、1週間以上もどこ行ってたのよ。バカ、キライ……、でも、ごめんなさい」
ずるっ、えぐっ、ひっぐ、と俯いたまま、涙を拭うルイズの頭を再び撫でて、シンジは言った。
「はいはい」
余計に子供扱いされた気がしたルイズは涙声で、続けた。
「バカ、やっぱり、キライ」

いつの間にか、ゼロ戦の横に来ていたギーシュが言った。
「こらこら、使い魔がご主人様を泣かせちゃ、ダメじゃないか」
ギーシュの後ろからキュルケが出てきて、続けた。
「もう仲直り?ダーリンも甘いわね」
タバサはシンジとルイズを指差して言った。
「大人と子供」


「何してたんだよ」
一生懸命に本を読んでいるルイズにシンジは問いかけた。
なるほど、部屋は掃除していないんだろう、埃が目立っている。
食事はここで取っていたのか、食器も転がっている。
廊下ですれ違った、モンモランシーはルイズが授業を休んでると言ってた。
「いいじゃない」
シンジを睨んでルイズは答えた。
「体調悪いなら寝てなよ」
掃除しながら、言ったシンジの言葉に従ったのか、ルイズは頭から毛布を被った。

掃除を終えてから、シンジはチェロを取り出した。
調律が気になって、少しだけ弾いた。
変わりないことを確認して、チェロを片付けようとしたところで、ルイズに声をかけられた。
「もう、やめちゃうの?」
「調律だけだからね」
何か言いたそうなルイズを見て、シンジは問いかけた。
「聞きたかった?」
途端に顔を輝かせたルイズは、シンジと目が合うと恥ずかしそうにそっぽを向いて、言った。
「聞いてあげても良くってよ」
「娘っ子も素直じゃねぇな」
からかったデルフリンガーに枕を投げつけたルイズを見て、シンジはクスリ、と笑って、それからチェロを弾き始めた。

4曲目が終わったところで、ルイズが寝ていることに気付いて、シンジはチェロを片付けた。
それから、まだ捨てられていなかった藁束を引っ張り出して寝床を作り直すと。デルフリンガーに挨拶した。
「お休み、デルフ」
「ああ、おやすみ相棒」
デルフリンガーから返事が返ってきたのに満足して、シンジは目を閉じた。


-翌日-

シンジはルイズを起こしてから、ルイズの額に手を当てた。
熱があるような熱さではない。
睡眠が足りてないのか、目の下のクマはまだ残っていた。
「今日は授業でなよ?」
「……うん」
眠気からか、ルイズは不機嫌そうに了承した。
「それじゃ、用意が出来たら、朝食に行こう。外で待ってる」
ルイズが着替えを始める前にシンジは部屋を出た。

朝食を食べてから、ルイズは授業に、シンジはゼロ戦の整備に分かれた。
整備と行っても、シンジに何か出来るわけではない。
ただ、ガンダールヴのルーンがゼロ戦の状況を教えてくれてるので、壊れていないことだけは分かった。
つまり、飛べない理由はガス欠だった。

昼食を食べてから、シンジはコルベールの研究室を訪ねた。
ガソリンの解析に手間取っているみたいで、出来るまで時間がかかるらしい。
お仕事は?と聞くと、有給を取った、と返って来た。
こっちの世界にも有給ってあるんだ、と変なところに感心しながら、シンジはコルベールの部屋を掃除し始めた。
コルベールは止めたが、お礼代わりです、とシンジが言うと、礼を言ってガソリンの解析を再び始めた。

日が落ちた後、研究室の掃除を終えて、シンジはついた匂いを落とすために風呂に入った。
「夕食の時間よ」
ルイズがやってきて、シンジに声をかけた。
「うん、直ぐ行くよ。先に行ってて」
シンジがそう言っても、ルイズはそこを動かなかった。
代わりにシンジに問いかけた。
「アンタ、あのメイドと何してたのよ」
どうやら、風呂を見て思い出したらしい。
「別に、シエスタが湯に浸かりたいって言ったから、ここを提供しただけだよ。
後は、世間話をしてただけだけど」
「じゃあ、なんにもないのね?」
「そうだよ。それより、そこにいられると出られないんだけど」
「わ、分かってるわよ!早く来なさいよね!」
ルイズは顔を赤くして怒鳴ると、そのまま、食堂に駆け出した。

夕食を食べて、部屋に戻ると、ルイズは始祖の祈祷書を広げてシンジに言った。
「あと、5日で姫さまの結婚式が行われるの。わたし、そのときに詔を読み上げなくちゃいけないの。
でもね、いい言葉が思いつかなくて困ってるの。アンタそう言うの得意そうじゃない?」
ルイズにそう言われても、自分にそんなことが出来るとはシンジは思わなかったが、とりあえず相談に乗ることにした。
「とりあえず、出来たところまで教えてくれる?」

こほん、と咳払いをして、ルイズは詔を読み始めた。
「この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
恐れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る……」
黙ったルイズにシンジは視線で促した。
「このから、火に対する感謝、水に対する感謝……、4系統に関する感謝の辞を、
詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげなくちゃいけないんだけど……」
シンジは頷いて言った。
「そこからが出来てないんだね」
「なんも思いつかない。詩的なんて言われても、わたし、詩人じゃないし」
要するに、何も出来てないじゃないか、とそんなことを思いながら、シンジは言った。
「僕だって、詩的なんて思いつかないよ。こういうのって、草案とか原案みたいなのがあるんじゃないの?」
そう言ったシンジをルイズは、期待外れだという目で見て、続けた。
「そうね。明日、オールド・オスマンに聞いてみるわ」
それから、ルイズはベットに横になった。
「今日はもう寝るわ」
「服、着換えなよ」
それだけ言って、シンジは外に出た。

部屋の中から入ってもいい、と聞こえてきたので、シンジは扉を開けた。
ランプも既に消えている。
シンジは昨日と同様に藁束に寝転がった。
「ベットで寝ていいって言ったじゃない」
シンジはクイーンサイズのベットの端に入った。

シンジがベットに入るなり、ルイズは、ねぇ、とシンジに問いかけた。
いつまで経っても、続きを言わないルイズに、シンジは、なに、と聞き返した。
「まだ、怒ってる?」
「次、同じことしたら、お暇を頂きます」
「ごめんね、アレ大事なものなのよね?」
怒ってないと言わなかったシンジにルイズはもう一度謝った。
「うん」
肯定したシンジにルイズは尋ねた。
「何で、大切にしてるの?元の世界のものだから?」
全部は語れない、と思ったシンジは言葉少なく答えた。
「……大事な人に、貰ったんだ」
「そうなの……、ごめんね」
「もう、良いよ。怒ってない」

シンジから許しが出た気がして、ルイズは別の質問をした。
「アンタ、1週間以上も何してたの?」
ん~、と悩んで、シンジは答えた。
「傭兵の真似事と宝探し、してた」
シンジの答えに、ルイズはごそごそと動いて、シンジの胸に頭を乗せた。
「枕の代わりよ」
シンジが何か言う前にルイズは怒ったように言った。

ルイズはそのまま、シンジの胸に手を這わせた。
慣れてないな、そう思って、シンジはルイズを放置した。
「勘違いしないで、こ、こんなことしたって、別に好きでもなんでもないんだから」
照れたような声でルイズは続けた。
「学院に帰って来なかったら、どうするつもりだったの?」
「傭兵をしながら、帰る方法を探すつもりだったよ」
シンジは事も無げに答えた。
「見つかったの?」
そんなワケないと思いながら、ルイズは聞いた。
「手がかりだけなら」
そう言ったシンジに驚いて、ルイズは頭を上げた。
そうして、焦ったように続けた。
「行っちゃうの?」
不安そうに聞いたルイズに、シンジは答えた。
「ご主人様が立派なメイジになれたらね」
まだ、行かないと安心したルイズは、もう1度、頭をシンジの胸に預けてから、もう1つ質問した。
「わたしが、行っちゃダメって命令しても、行くの?」
「……行くと思う」
少し悩んで、シンジは曖昧に肯定した。

それっきり話さなくなったシンジを抱きしめて、ルイズは呟いた。
「イヤね。アンタが傍にいると、わたしってば安心して眠れるみたい。それって頭にきちゃう」
アンタが傍にいないと眠れない、と言わなかったのはルイズの最後のプライドだった。
「おやすみ、ルイズ」
そう言って、シンジが頭を撫でると、ルイズは寝息を立て始めた。



夕食後にコルベールが、ガソリンが出来た、とシンジを呼んだのは、それから2日後のことだった。
それから、シンジはコルベールの研究室に向かった。
「コレを見たまえ」
そう言ってコルベールの指差した方向には樽が5つあった。
コルベールの持っているビーカーからは、たしかにガソリンの匂いがしているし、この教師が嘘も吐かないだろう。
「まず、私は君に貰った油の成分を調べたのだ」
得意げに話すコルベールにシンジは頷いた。
「微生物の化石から作られてるようだった。後はそれに近いものを探してだね、木の化石……石炭に行き着いたんだ。
それを特別な触媒に浸し、近い成分を抽出し、何日もかけて、錬金の呪文をかけたんだ……」
そこで言葉を区切って、コルベールは咳払いした。
「おっと、そんなことより、早くアレを飛ばしてくれないか、ワクワクして私の眠気は吹っ飛んでしまった」

ガソリンを運んで、燃料タンクに補充した。
シートに座ってエンジンを始動させる。
クランクはゴミ山から見つけ出した道具で、回した。
ルーンのおかげか、初めての始動も慣れた手付きで行える。
バババババッ!と派手な音でプロペラが回り始めたところで、シンジはエンジンを切った。
横では、動いた!動いた!とコルベールが子供のようにはしゃいでいた。
だが、一向に飛ばないところを見て、シンジに問いかけた。
「なぜ飛ばないんだい?」

ルーンが知らせた、滑走距離が足りないことを言うか迷って、シンジは別の言いワケをした。
「もう、暗くなってきましたから、日が昇って、明るくなってからにしましょう」
そっちのほうが見やすいでしょ?と問いかけたシンジに、それもそうか、とコルベールは納得した。
「それでは、明日の朝一に飛行して見せてくれるか?」
はい、と頷いたシンジに、機嫌を良くしたコルベールは、お休みと告げて、部屋に戻って行った。

翌朝、いまだに朝もやが晴れない中、シンジとルイズはコルベールに起こされた。
朝一と言ったじゃないか、と悪びれもせず言ったコルベールをジト目で見た後に、2人はアウストリの広場に向かった。

廊下を歩いている最中にデルフリンガーが声をかけた
「相棒、頼まなくて良いのか?」
シンジは背中に目をやって、デルフリンガーに問いかけた。
「何を?」
「気づいてねぇのか?あのゼロ戦だったか、を飛ばすのにあの距離じゃ足りないだろ」
うん、と頷いたシンジに向かって、デルフリンガーは続けた。
「風を前から吹かせてもらえりゃ、あの距離でも浮くぜ」
なるほど、風か、とシンジは呟いて、デルフリンガーを褒めた。
「デルフ!偉い!流石、伝説は違うねぇ」
デルフリンガーは偉そうに柄をカチャカチャすると自慢げに言った。
「おぅ、伊達に伝説やってないぜ。人間の相棒が分かんないことも武器の俺様なら分かっちまうってことよ」

さっそく、シンジは前を歩くコルベールに追いついて、事情を説明した。
「風かね?そんなことでよければいくらでもやろう」
簡単に了承したコルベールに、シンジは礼を言った。

アウストリの広場に出たところで、王宮からの使者がコルベールに詰め寄った。
「王宮からです!申し上げます!アルビオンがトリステインに宣戦布告!
姫殿下の式は無期限延期になりました!王軍は、現在ラ・ロシェールに展開中!
したがって、学院におかれましては、安全のため、生徒及び職員の禁足令を願います!」
戦争と聞いて、コルベールの顔が険しくなった。
「戦況は!?」
ルイズが焦った様子で使者に詰め寄った。
「タルブの村に陣取った敵は、ラ・ロシェールに展開中の我が軍と睨み合っている」
「タルブ!?」
タルブの村と聞いて焦ったのはシンジだった。
タルブの村には休暇中のシエスタがいるはずだった。

「アルビオンと言えば、強大じゃないか」
青い顔をしてコルベールが言った。
「敵軍は、巨艦レキシントン号を筆頭に、戦列艦が十数隻。総勢力は3千と見積もられています。
国内は戦の準備が整わず、集められた兵は僅か2千。その上、主力艦隊が既に全滅しています。
制空権も完全に奪われていて、我が軍の敗走は確実です」
焦ったルイズは怒鳴った。
「ゲルマニアからの援軍は?」
「先陣が到着するのが3週間後との話です」
見捨てるつもりだと、シンジは理解して、エヴァがあれば、と無いもの強請りをした。
「姫さまを嫁がせるのに……」
ルイズも見捨てられたことを理解して、言葉を失った。
頭の中には、ゲルマニアに対する怒りが巡っているのだろう。

「先生、風をお願いします」
そう言って、シンジは持って来たゴーグルを頭にかけた。
「どうするつもりだ」
顔を青くしたまま、コルベールはシンジに尋ねた。
「コイツの故郷を助けに」
そう言ってシンジはゼロ戦を叩いた。
ルイズはシンジの腕にしがみついて、シンジを止めた。
「ダメよ!戦争してるのよ!アンタが1人行ったって、どうにもならないわ!」
「コイツの速さは竜なんかより、よっぽど上だよ。もしかしたら、村の人達を逃がせる時間ぐらい稼げるかもしれない」
「こんなオモチャで無茶言わないでよ!」
怒鳴ったルイズに、シンジは黙って光っている左手のルーンを見せた。

「それが、アンタの世界の武器だからって、10隻以上の戦艦相手に勝てるわけ無いじゃない!
王軍に任せておきなさいよ!」
詰め寄ってくるルイズに向かって、シンジは言った。
「これは、武器なんかじゃないよ。兵器だ。速さで翻弄して、村の人達の逃げる時間を稼いでくるだけだよ」
「死んだら、どうするのよ……イヤよ、わたし、そんなの……」
「私も反対だ!」
ルイズの言葉を受け継ぐようにしてコルベールが怒鳴った。
シンジが自分の方に向いたのを確認してコルベールは続けた。
「君はミス・ヴァリエールの使い魔だろう!?彼女の命令を聞きなさい!」
「コルベール先生の言う通りよ!」
「それなら、先生、ルイズがイイと言ったら、風をお願いしますね」
コルベールは戸惑ってルイズのほうを向いた。
ルイズはコルベールに向かって自信たっぷりに頷いた。
「いいだろう」
ルイズを信じて、コルベールは頷いた。

シンジはルイズに向きなおした。
「な、何よ、アンタがなんて言ったって行ってイイなんて言わないんだから!」
そう怒鳴って、ルイズはシンジを睨みつけた。
「ルイズ、前に言ったよね、ルイズは死なない、僕が守るからって」
「そうよ!アンタが死んだら誰がわたしを守るのよ!」
ルイズは少し涙ぐんだ。
どうやら、死んだらと言ったところで、シンジが死んだところを想像したらしい。
こぼれそうになる涙を隠すために、ルイズはシンジから視線をずらした。

「今回、戦争に参加している貴族は?」
ルイズの知り合いの名が出れば、とシンジは王宮からの使者に問いかけた。
「アンリエッタ姫殿下を筆頭に……」
「姫さまが!?」
筆頭に、と続く貴族の名前を使者が連ねようとしたところで、ルイズの声に遮られた。
予想外の大物が釣れて、シンジは額に手を当てた。
「姫さまを守るために、タルブに行って来ます」
「わたしも連れて行きなさい」
ルイズの予想通りすぎる答えに、そんな大物出すなよ、とシンジは神に向かって悪態を吐くのだった。

アンリエッタを引き合いに出されては、ルイズが引かないことに思い当たって、シンジは考え方を変えた。
どうあっても着いて来るご主人様と言い争うより、コルベールが力尽くで止めようと考える前に出発するほうが懸命だ。
そこまで思い至って、シンジはゼロ戦に飛び乗ると、コックピットの後ろにあるバカデカイ無線機を取り外し始めた。

「そういうことなんで、風をお願いします。コルベール先生。」
コルベールに向かってシンジは言った。
ルイズは無線機を退けたスペースに押し込んでいる。
「しっかり掴まってて」
後ろのルイズに声をかけてから、シンジはエンジンを起動させてプロペラを回した。
馬鹿な真似はよせ!と怒鳴るコルベールの声は、プロペラの音で聞こえない振りをした。
「僕達を殺したくなかったら、風をお願いしますね!!」
一際大きな声でシンジは怒鳴って、壁に向かってゼロ戦を走らせた。

あのままでは壁に当たる、そう直感したコルベールは慌てて風の魔法を唱えた。
「教師をなんだと思っているんだ、帰ってきたら説教だからな!!」
さっきのシンジに負けない声でコルベールは怒鳴った。
「だから、死ぬなよ」
飛び去ったゼロ戦を見つめながらコルベールは呟いた。


「ありがとね」
タルブに向かうゼロ戦の中、ルイズは突然、礼を言った。
ん、とシンジは首を捻った。
不思議そうな表情のシンジを見てルイズは続けた。
「ワルドの時も、フーケの時も、いつもアンタはわたしを守ってくれた」
ああ、と頷いて、シンジは続けた。
「使い魔だからね」
シンジから目を逸らして、まっすぐ前を向いたルイズは呟いた。
「今度こそ、死ぬかもしれないわね」
「何回守っても、ルイズは僕のことを役立たずって言うんだね。帰ったら、どの辺りが役立たずかご教授願える?」
ふぅ、と溜息を吐いてから、シンジはルイズを皮肉った。
言外に、今度も守る、と大口を叩いたシンジに、ルイズは答えた。
「アンタの役立たずな所なんて、いくらでもあるんだから!帰ったのを後悔するくらい聞かせてあげるわ!」
そんなやり取りを聞いて、デルフリンガーは、どっちも素直じゃねぇな、と呟いた。

「そろそろ、タルブだ」
山の向こうから黒煙が上がっているのを見て、シンジはルイズに忠告した。


森に向かって炎を吐いている竜騎士の上空から、シンジは滑空して7.7ミリ機銃を撃った。
突如、上から浴びせられた銃弾に、竜騎士は、なすすべなく撃墜された。
落ちていく竜と竜騎士の後を辿るように血が流れる。
シンジの位置からだと、竜の血なのか、騎士の血なのかは分からない。

「3騎!右から来るぞ!」
デルフリンガーの声を聞いて、シンジはゼロ戦を旋回させた。
「あいつらのブレスを浴びるなよ。一瞬で燃えちまうぜ」
デルフリンガーがそう言うのだから、本当なんだろう。
シンジは1度距離を取った。
アルビオンの竜騎士が乗る火竜とシンジの乗るゼロ戦の速度差は倍以上ある。
火竜の吐くブレスの有効範囲外に出てから、ゼロ戦を反転させたシンジは、照準ガラスを合わせた。
「目標をセンターに入れて……スイッチ」
目標に命中したのを確認して、シンジはゼロ戦を滑らせた。

「凄いわ!天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたいに落ちていくわ!」
凄いと繰り返して、ルイズはゼロ戦を褒めた。

「相棒!左から10だ!」
デルフリンガーがシンジに告げた。
嫌な予感に身を任せて、シンジは操縦桿を目一杯、左に倒した。
さっきまで飛んでいたところを火竜のブレスが通過した。
横で、きゃあ、と叫んだルイズを抱きとめて、シンジは怒鳴った。
「荒くなるから捕まってて!」
と言っても、ルイズの左手には始祖の祈祷書が抱きしめられている。
コルベールとの用事が終わったら、シンジに詩的な文章を考えるのを手伝わせるために、持って出たものをそのまま持ってきたのだ。
空いている右腕で、シンジの首に捕まった。
ルイズが抱きとめられていたシンジの腕は、既にゼロ戦の操縦に戻っている。

ゼロ戦が急失速したときに、ルイズはシンジの首に思いっきり捕まった。
「ちょっと、ルイズ!首絞まるって!」
苦しそうに言ったシンジに反応してルイズは慌てて、手を離した。
当然、ルイズはゼロ戦のコックピット内を転げまわった。
シンジは、ルイズを捕まえれなかったことに舌打ちして怒鳴った。
「頭守って!姿勢を低く!それで祈ってて!!」
ポケットの中から転がった水のルビーを指に填めて、シンジから言われた通り、ルイズは祈り始めた。


初めの竜騎士を落としてから23分後、20騎目を落としてシンジは呟いた。
「これでラスト……じゃない、ところがつらいところだね」
遠くの空の雲の向こうにチラリと巨大戦艦が見えた。
「親玉の登場だ。アイツをやっつけられたらトリステインにも勝機はあんぞ。相棒」
デルフリンガーが呟いた。
「厳しいね」
そう言ったシンジにデルフリンガーが笑った。
「いや、無理だろ」
「やっぱり?」
「そりゃそうさ」
それだけ受け答えをすると、シンジはゼロ戦を地面に向けた。
低空で飛行して森を見渡した。
タルブの村の人達が逃げているのが見える。
竜騎士が全ていなくなったので、隠れているのをやめて逃げ始めたようだ。
「王軍は退却せずか……」
「逃げるかい?」
デルフリンガーが問うた。
「突っ込むよ!」
そう言って、シンジはスロットルを引いた。

シンジは戦艦に突っ込んだ。
「砲台を潰す!」
大砲ならかわせると判断して、シンジは発射口に狙いを定めた。
「相棒!無茶だ!」
デルフリンガーが叫ぶと同時に、背筋に冷たいものが走った。
その感覚に任せて、シンジはゼロ戦を下に向けて失速させた。
急速にゼロ戦は失速して落ちていく。
さっきまで狙っていた発射口が光った。
無数の小さな鉛がゼロ戦のいた位置を通過した。
全弾避けられる筈もなく、機体に小さな穴が穿たれた。
風防を割った弾がシンジの頬を掠めた。
ゴーグルのおかげで、割れた風防が目を傷つけることはなかったのは幸いだった。
「ルイズ!」
シンジは、ゼロ戦の軌道を確保しながら、ルイズに目をやった。
後ろを見れば、ルイズは始祖の祈祷書に祈っているように見える。
ぱっと見、怪我はなさそうだ。
一瞬、シンジは神に感謝しそうになったが、自分が祈ると碌なことにならないのを思い出して、神に向かって舌打ちした。

「散弾か!あんなの撃たれたら避けれないじゃないか!」
シンジは悪態を吐いた。
勝てるワケがない、と自分の頭は言っている。
後ろのルイズは、いまだにブツブツ言っている。
多分祈ってるんだろう、と今日は珍しく大人しいご主人様にシンジは感謝した。


2分後、シンジは撤退を決意した。
守ると約束したルイズをこれ以上、危険な目にはあわせられない。
シンジは、1度ルイズを下ろしてから、王軍の撤退の時間を稼ぐことを決めた。
「ルイズ!撤退するよ!」
振り向いた先にはルイズはいなかった。
足に違和感を覚えて、シンジは前を向いた。
開いた足の間に割り込むように座ろうとしているルイズを見つけた。
感謝した途端にこれだ、そう思って、シンジは溜息を吐いた。
「撤退するから大人しくしててね」
ルイズがグラつかないように後ろから抱きしめて、シンジは操縦桿を握りなおした。

「いや……、信じられないんだけど……、うまく言えないんだけど、わたし、選ばれちゃったかもしれない。
いや、なんかの間違いかもしれないけど」
要領を得ないルイズにシンジは言った。
「撤退するよ!」
シンジに向かってルイズは言った。
「撤退なんてしないで!いいから、コイツをあの巨大戦艦に近づけて。ペテンかもしれないけど……、
何もしないよりマシだし、他にあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし……。もしかしたら、姫さまを守れるかもしれない」
いつもと違う、ルイズの様子を見て、シンジは言った。
「近づければいいんだね?」
ルイズは頷いた。
「そうよ!早く!」

シンジは1度、ゼロ戦を旋回させて大きく距離を取った。
「近づけなさいって言ってるでしょ!アンタはわたしの使い魔なんだから黙ってご主人様の言うことに従いなさい!」
そう言ってルイズは怒鳴った。
「黙ってろ!娘っ子。相棒はアイツの上にコイツを回すつもりなんだ。
あんなハリネズミみたいに砲身がついているヤツに正面から向かって行っても打ち落とされるだけだぜ」

ゼロ戦は大回りして、レキシントン号の上空に占位した。
「わたしが、合図するまで、ここでグルグル回ってて」
シンジが頷いたのを確認して、ルイズは風防を開けた。
ルイズは片手で始祖の祈祷書を持って、シンジのイメージする魔術師がするように呪文を唱え始めた。
「後ろだ!相棒!」
1騎の竜騎士が、桁違いのスピードで迫ってきた。
後ろの竜騎士と目が合った。
見覚えのある帽子に長髪、長い髭、ワルドだった。

シンジは引き離そうとスロットルを入れた。
フルスロットルにしたいが、ルイズを落としてしまうかもしれない。
ルイズを振り落とさないギリギリの速度で飛行しても後ろのワルドは引き離せない。
後ろを見るとワルドが呪文を唱えていた。
その後ろには、2つあるはずの月が重なって、青白く光っている。

貴方は死なないわ、私が守るもの

頭に浮かんだ、綾波レイの言葉に反応したように左手のルーンが輝きを増した。
スロットル最小。
フルフラップ。
自分の体を乗っ取られるような感覚にシンジは身を任せた。
後ろから何かに掴まれるような減速の後、操縦桿を左に倒した。
同時にフットバーを蹴りこむ。
天地が逆転して、目の前に降ってきたルイズを右手で抱きとめた。

シンジは、照準ガラスに映ったワルド目掛けて引き金を引いた。
ワルドとワルドの乗った風竜は宙に血を撒き散らしながら落ちていった。

落ちていくワルドを眺めていると、足を蹴られた。
ルイズからの合図らしい。
シンジはレキシントン号を目指してゼロ戦を急降下させた。

目の前の戦艦が光に包まれた。
威力の程は分からないが、眩しさだけなら、シンジの世界のN2爆弾と似たようなものだろう。
視界が白で真っ黒になるという、ワケの分からない感覚を味わいながら、シンジはゼロ戦を急上昇させた。
不思議と残存戦力への不安は全くなかった。

視力を回復してたシンジは、真っ先にゼロ戦の軌道を確保した。
落ちるよりはマシだと、上げるだけ上げた高度は、結構な高さになっている。
右手には重みがあった。
見るとルイズがぐったりとした様子で寄りかかっていた。
「立派でしたよ、ご主人様」
シンジはそう言ってルイズの頭を撫でた。

「1つ聞いていい?」
「どうぞ」
質問があると言ったルイズにシンジは答えた。
「帰っちゃうの?」
暫くシンジは考えて、ルイズに答えた。
「帰り方が見つかったら」
ルイズは寂しそうに頷いてから、シンジに言った。
「疲れたわ」
「ゆっくり休みなよ」
ゼロ戦からタルブの村を見下ろして、シンジは安心した。
突撃しているトリステイン軍を見て、アルビオン軍に負けることはなさそうだからだ。
「ルイズのおかげで、トリステインは勝てそうだよ。……もうすぐ着陸するから」
そう言って、シンジは焼け焦げた草原にゼロ戦を下ろす準備を始めた。

着陸して、シエスタが近づいてくるのを見つけて、シンジはルイズに言った。
「ちょっと行ってくるよ」
それだけ言って、シンジはゼロ戦から飛び降りた。
飛び降りたシンジを引きとめようと、伸ばしたルイズの手は空を切った。




第4話
おめでとうを主に

-終-




[5217] 第伍話 魔法の造りしもの -前編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/12 18:16




「シンジ……シエスタ?」
シエスタから贈られたマフラーを広げて、シンジは言った。
「ごめんなさい。迷惑だったかしら?」
不安そうな顔をしたシエスタに向かってシンジは返した。
「いや、そんなことないよ。ありがとう。ただ、ちょっと長さに驚いただけ」
シンジの言った通りマフラーは長かった。
「えへへ。それはね、こうするの」
嬉しそうにそう言って、シエスタはマフラーの端を持って、自分の首に巻いた。
それから、反対側の端を持って、するするとシンジの首に巻きつけていった。
巻き終わると、シエスタは何も言わずに目を閉じた。
シンジはシエスタの肩を抱いた。

シンジはそのままシエスタにキスをせずに、押し倒した。
「あ……、そんな……こんな、ところで……」
切なげな溜息がシエスタの口から漏れた。
それでも、シエスタは覚悟を決めたのか、閉じていた目をいっそう固く閉じ、両手を胸の前で組んで、身構えた。
10秒。
20秒。
30秒。
シンジは動かないどころか、言葉1つ発さない。
「シンジさん……シンジさん?」
シエスタは目を開けて、シンジを見た。
シエスタの首筋に埋めるように、シンジの顔があるため、シエスタはシンジの表情を覗うことはできない。
おかしいと感じたシエスタは、起き上がった。
足元にはさっきまでなかった、大き目の石が落ちている。
不幸な事故だった。




第伍話 魔法の造りしもの


「ルイズ、ああ、ルイズ!」
王宮に到着してから、待たされること2時間。
シンジとルイズはアンリエッタがいると言う部屋に通された。
「姫さま……、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」
そんなやり取りをしている2人から顔を逸らして、シンジは小さく溜息を吐いた。


「あの勝利は貴方のおかげだものね。ルイズ」
手にした報告書をルイズに手渡しながらアンリエッタは言った。
ルイズは、報告書に目を通して、それをシンジに渡した。
「ここまでお調べなんですね」
「あれだけ派手な戦果を上げておいて、隠し通せるワケないがじゃないの」
呆れたようにアンリエッタは言った。
それから、アンリエッタは報告書を読んでいるシンジに向きなおした。
「貴方も、異国の飛行機械を操り、敵の竜騎士を撃滅したとか。厚く御礼申し上げますわ」
声をかけられたことで、シンジはアンリエッタに気付いて、向きなおした。
「戦果の大半はご主人様です」
竜騎士20と10以上の巨大戦艦、比べるまでもないな、と思いながらシンジは返した。
「ルイズはもちろんですが、貴方も救国の英雄ですわ。できるなら貴方を貴族にして差し上げたいのですが」
アンリエッタの言い回しから、シンジは自分が貴族になれないことを悟った。
「僕に与えられる恩恵まで、主に与えて頂ければ、それはもう、望外の幸せです」
そう言って、一礼したシンジを見て、アンリエッタは申し訳無さそうな顔をした。

「そのことなんですが……」
言いにくそうにアンリエッタは話し始めた。
「わたくしが恩賞を与えたら、貴方達の功績を白日の下にさらしてしまうことになるでしょう。それは危険です。
貴方達……、特にルイズが持つ力は大きすぎるのです。一国ですら持て余してしまうような力なのです。
そんなルイズの力を敵が知ってしまったら、ルイズを危機にさらしてしまうことになってしまうのです」
アンリエッタの言葉にこわばった顔を浮かべて頷いたルイズを見て、シンジは頭痛がした。
王宮とはいえ、たかだか数日調べただけで、ゼロ戦のパイロットがシンジであることが判明した。
そして、そこから魔法の行使者がルイズであることに目星を付けたのだ。
タルブの村にはゼロ戦の主がシンジ、あるいはルイズであることを知るものが大半なのだ。
どうして、敵と呼ばれた存在が情報を得られないことを仮定して話が進むのかが理解できない。
そこまで思い至ってシンジはある可能性を考えた。
即ち
アンリエッタ女王陛下が恩賞を与えることを拒む、ということだった。

その可能性を考慮したところで、シンジはあることを思い出した。
アルビオンに渡る際に、このお姫様は謀略も策略も出来そうにないと感じたのは他ならぬ自分だったはずだ。
偉そうにもシンジは、この国の未来を憂いだ後、謀略と策略が大得意だった父を久々に尊敬するのだった。
そこまで考えて、ルイズの言葉に耳を傾けたシンジは、今度こそ天を仰いだ。
「神は……、姫さまをお助けするために、わたしにこの力を授けたに違いありません!」
またお前か!言葉にはせず、シンジは神を罵倒し始めた。

「これから、貴方はわたくしの女官ということに致します」
羊皮紙に花押を押したものをルイズに手渡して、アンリエッタは続けた。
「これをお持ちなさい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む国内外へのあらゆる場所への通行と、
警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ仕事もしにくいでしょうから」
褒美はやらんが、仕事をしろ、と受け取れるアンリエッタの対応に、シンジは呆然とした。
隣のルイズに目をやると、恭しく許可証を受け取って、どことなく誇らしげだった。
そんな様子を見たシンジは、急いでアンリエッタの人物評を修正していく。
今までが演技で、とんでもなく腹黒い可能性あり。
アンリエッタは、彼女の知らないところで、シンジにマークされ始めた。

シンジがそんな失礼なことを考えてるとは知らず、アンリエッタはポケットから取り出した金貨や宝石をシンジに握らせた。
「これからもルイズを……、わたくしのお友達をよろしくお願いしますわね。優しい使い魔さん」
「ありがたく頂戴いたします。女王陛下」
引き攣った顔を隠すため、シンジは頭を下げた。

王宮から出たところで、ルイズはシンジに向かって問いかけた。
「アンタはわたしが立派な魔法使いになれたと思う?」
シンジは頷いて続けた。
「僕が帰る方法を探せるくらいには」
ルイズはシンジの答えを聞いて、寂しげな表情を浮かべて、シンジを見つめた。
シンジはルイズの表情を見るでもなく、しっかりと前を向いて、彼女の手を取った。
「人ごみに気をつけて」
シンジが人ごみから壁になるようにルイズの前に立って、歩き出した。
ルイズは自分を見てないシンジに不満げに頬を膨らました後、シンジの手の温もりを感じて表情を崩した。
「待ちなさいよ!」
引っ張られる手に嬉しそうに文句を言いながら、ルイズはシンジを追いかけた。

「スゴイ騒ぎね」
いろんな出店に目移りしながら、ルイズは言った。
「祭りなんて久しぶりだけど、どこも似たようなものなんだね」
随分と昔のことを思い出しながら、シンジは笑った。
「シンジの世界にもお祭りってあったの?」
「雰囲気はこことほとんど一緒だよ。人が多いから友達同士とはぐれることが良くあるんだよ」
シンジの言葉にルイズは手を強く握り返すことで答えた。

ルイズは突然止まったシンジに尋ねた。
「どうしたの?」
「ちょっとイイかな?」
ルイズの返事も聞かずにシンジは手を引いて、露店に近づいた。
「おや!いらっしゃい!見てってくださいよ、貴族のお嬢さん。錬金で作ったまがい物じゃない、珍しい石ばかりですよ」
露店の商品を見てみると、なるほど、他の店とは微妙に違う。
安っぽいが多いが、中にはそれなりに値の張る、良いものもあるみたいだ。
「おじさん、これいくら?」
シンジは中から、比較的よさそうなイヤリングを指差すと店主に聞いた。
「お兄ちゃんからプレゼントかい?だったら安くしといてやるよ。4エキューでどうだい?」
ポケットからアンリエッタに貰った金貨を取り出すと、シンジは4エキューを店主に渡した。
店主のプレゼントかい、という言葉にルイズは微かに頬を染めた。
しかし、シンジは受け取ったイヤリングをそのままポケットにしまった。
「どうするの、それ?」
自分に渡すんじゃなかったのか、と不機嫌そうな顔をしたルイズにシンジは答えた。
「マフラー貰ったからね、シエスタにお土産を……、って思って」
そう言った、シンジを見てルイズは不機嫌そうに吐き捨てた。
「そうよね!メイドには安物がお似合いよね!」

予想通りのルイズの対応にシンジは内心、苦笑いしながら一芝居打った。
困ったような顔をしながら、シンジはルイズに言った。
「ここは、そこそこマシそうなものがあるから、ルイズにもここで、って思ったんだけど……」
言葉を濁したシンジに、ルイズは慌てたように言った。
「ま、まぁたまには、貴族のわたしも下賎なものに身に付けてやっても良くってよ?」
それじゃあ、コイツを、とシンジは白い貝殻のペンダントを指差した。
「何よ!随分あっさり決めるじゃない?」
選ぶ時間にも噛み付いてきたルイズに、シンジは焦らずに答えた。
「シエスタのを選んでた時から、ルイズにはこれが似合うんじゃないかって思ってたんだ」
「そ、そういうことなら、許してあげるわ!」
何を許されるのか、問い詰めたくなったシンジだが、ここを流さないとご主人様の機嫌は取れない。
「さっき買ってくれたんだ、そいつは3エキューにまけとくよ」
店主の起こした、余計な世話にシンジは頭を抱えたい気分になった。

案の定、値段を聞いて、ルイズの機嫌が悪くなったように感じた。
きっと、シエスタへのプレゼントより値段が安かったことを怒っているのだろう。
焦った様子で、シンジは他の品物に目を移した。
「お、おじさん、そこのブレスレットを2つ貰える?」
シンジはサイズ違いのブレスレットを指差した。
「お!お兄ちゃん、お目が高いね!それは1つ6エキューだけど、お兄ちゃんには特別に2つで10エキューでいいや」
シンジはそのまま1つをルイズに手渡した。
「お揃いのブレスレット……、迷惑かな?」
スルスル、と自分の右腕にブレスレットを嵌めながらシンジはルイズに言った。
ルイズは渡されたブレスレットを眺めた後に、そっぽを向いて言った。
「つつ、使い魔からの贈り物を大切にしないメイジはメイジじゃないわね!」
ルイズの微かに見える頬が赤いのはご愛嬌だった。

ルイズの機嫌が直ったのを確認して、シンジは神に感謝した。
ルイズの向こう側に見える店主がニヤリと笑っているのを見て、シンジはカモにされたことに気付いた。
シンジは引き攣った笑みを浮かべたまま、さっき感謝したばかりの神を罵倒することに決めていた。



部屋に帰ると始祖の祈祷書を読み始めたルイズを見て、シンジは声をかけた。
「シエスタにお土産を渡してくるよ」
シンジがドアを開ける前にルイズは杖を振った。
「もう夜中よ?明日でいいんじゃない」
それもそうか、とシンジは納得して外に出るのを諦めた。
「そうだね」
シンジの言葉に安心したのか、ルイズは言葉を紡いだ。
「それに、アンタにはメイドよりも大事なことがあるでしょー。ご主人様のお相手つとめなきゃ、ダメでしょー」
ベットに転がったまま足をバタつかせたルイズは、いつも以上に子供に見えた。

いつもチェロを弾くときに座る椅子を持ち出して、シンジは座った。
足をバタバタさせながら、始祖の祈祷書を読んでいるルイズを暫く眺めた後に、シンジは問いかけた。
「そういえばさ、ルイズの使った魔法って、虚無だったの?」
ルイズが使った魔法は、シンジがコルベールから教わった4系統を思い出しても、どこにも該当しない。
消去法で、シンジはルイズの魔法が虚無じゃないのか、と当たりを付けた。
「アンタって、ホントにカンがイイのね?」
ルイズから肯定の言葉が返ってきた。
「そう、別に普通じゃない?」
何でもないように言ったシンジに、ルイズは始祖の祈祷書と水のルビー、虚無の担い手の関係を説明し始めた。

説明が終わって、シンジはルイズに言った。
「これで、ルイズも立派な魔法使いだね」
予想通りのシンジの言葉に、ルイズは嬉しそうに溜息を吐いて、続けた。
「がっかりさせまいと、姫さまには言ってないんだけど……」
ルイズはベットに転がしていた杖を持つと、呪文を唱え始めた。
「ルイズ!?」
焦ったのはシンジだった。
あんな爆発が室内で起これば間違いなく死ぬ。
レコン・キスタの戦艦では死人が出なかったらしいが、今度も同じ保証はない。
命は助かったとしても、部屋が無事などころか、宿舎が無事なワケがない。
トチ狂ったルイズを止めるためにシンジが立ち上がったところで、ルイズは詠唱をストップして杖を振った。

派手な音を立てて、シンジの藁束が爆発した。
下手人は白目をむいて、ベットの上でご就寝だった。
状況が掴めなくて、シンジは天を仰いで呟いた。
「またお前か?」

「あううぅ……」
ルイズが唸って、起き上がったのはそれから直ぐのことだった。
「起きた?」
問いかけたシンジに、ルイズは、ええ、とだけ頷いた。
ルイズが軽く頭を振って、意識を覚醒するのを待ってから、シンジは問いかけた。
「一応、コルベール先生に魔法の講義は受けたんだけど、詠唱の途中で効果が現れる魔法なんて聞いたことないよ……」
わたしもないわ、とルイズは答えて、続けた。
「たぶん精神力が足りないだけだと思うんだけど……」
言葉を濁したルイズを見て、シンジは嫌な予感が走った。
「3日寝ても途中で気絶しちゃったのよ」
あちゃー、とシンジは額を押さえた。
それから、シンジは気を取り直したようにルイズに言った。
「それじゃあ、これからはルイズの魔法は温存の方向で」
それだけ言って、シンジはルイズのベットに潜り込んだ。

シンジがベットに潜り込んだので、ルイズは指を弾いて、部屋の明かりを消した。
「おやすみ」
どちらともなく、挨拶をして、2人は目を閉じた。



翌夕方、ルイズが歩いているとモンモランシーが声をかけてきた。
モンモランシーは上機嫌らしく、鼻歌でも歌いそうな雰囲気だ。
そんな彼女はグラスを持っていて、ワインが注がれていた。
「あら、ルイズ、ヴァストリの広場に行くと面白いものが見られるわよ」
ニヤリと笑みを浮かべたモンモランシーを見て、ルイズは彼女の言いたいことを理解した。
あの使い魔が、またメイドをお風呂に入れている。
そう思った途端にルイズの頭は沸騰した。
怒りで息が荒くなる自分を自覚したルイズは、それを抑えるため、モンモランシーからワインを奪うと、一気に煽った。
「これ頂くわね!」
ルイズはモンモランシーの返事も聞かないまま、グラスに口をつけていた。
「ちょっと!」
モンモランシーは慌てて手を伸ばしたが、ルイズから返って来たのは空のグラスだった。
「ご馳走様!」
プリプリと怒って走り去って行ったルイズを見て、モンモランシーは自分の行いを悔いた。
それから、辺りをキョロキョロと見回して、誰も見ていないことを確認したモンモランシーは呟いたのだった。
「わたしのせいじゃないわよ」
焦っているのか、額に大量の汗をかいたモンモランシーは、逃げるようにその場を後にするのだった。

途中、誰にも会わずにシンジのところに辿り着いたのが、ルイズにとっての唯一の幸運だったかどうかは、
彼女の判断に任せることにする。

ルイズがヴァストリの広場に行くと、モンモランシーの言った通りに風呂釜に背を向けて、
楽しそうに話しているシンジが確認できた。
何かおかしなことがあったのか、シンジが笑った。
その顔を見た途端に、ルイズの感情が爆発した。
ルイズはシンジに向かって駆け出すと、そのまま勢いよく抱きついた。

「うわッ!?」
突然、自分を襲った衝撃に、シンジは尻餅をついた。
襲撃か!と焦ったシンジは、背中の剣に手をかけた。
自分にタックルをかました相手を見て、シンジは驚いた。
「ルイズ!……何やってんの?」
ルイズはシンジの問いかけを無視して、馬乗りになったまま、シンジの胸を、ポカポカ、と叩いた。
「バカ!」
シンジは意味が分からなかったが、とりあえず剣から手を離して、ルイズに言った。
「どいてくれる?」
ずっと、ポカポカ、とやっているルイズはシンジの指示に従う気はないようだ。
「バカバカバカ!どうして!どうしてよ!」
むしろ、どうして、と聞きたいのはシンジの方だった。
「どうして、メイドなんかの傍にいるの!どうしてわたしだけを見てくれないの!ひどいじゃない!」
うぇ~ん、と幼子のように泣き出したルイズを見て、シンジは天を仰いだ。
こういう時にシンジが吐き捨てる言葉は決まっていた。
「またお前か!」
吐き捨てた直後に、バシャ、と顔面にお湯をかけられて、シンジは驚いた。
「モテモテですね!シンジさん!でも、そういうのは部屋でやってくださいます?」
底冷えのするようなシエスタの声を聞いて、シンジは神様からの手痛い反撃を確信した。

部屋に帰って、ルイズを寝かしつけたシンジは溜息を吐いた。
コルベールの授業を思い返しながら、ルイズの本棚を漁った。
1時間ほど経った頃だろうか、水魔法の秘薬について書かれた本に惚れ薬の記述を見つけて、シンジは読みふけった。
「なるほどね」
呟いてから、シンジは欠伸をした。
ベットに潜り込んでから、シンジは明日の予定を立てた。
自分の面識がある中で、一番水魔法が使えそうなのはタバサだったことを思い出したシンジは、
苦虫を噛み潰したような顔をした。
彼女は昨日から、キュルケと一緒に実家に帰省していると聞いている。
水と火は相性が悪そうだ、とシンジは自分勝手なイメージを優先して、コルベールではなく、
ギーシュに質問を投げかけることを決めていた。


朝、シンジの目が覚めると、ルイズは自分の胸に頭を乗せて、クークー、と寝息を立てていた。
自分がクイーンサイズのベットの端に寝たことを思い出して、シンジは寝転んだまま、キョロキョロ、と辺りを見回した。
自分の位置は寝たときと全く変わっていない。
寝起きのボーっとした頭で、自分の寝相の良さに感心しながら、シンジはルイズの頭を退けた。
その動作で、ルイズも起きたらしい。
キョロキョロ、と辺りを見回した後、目の前にシンジがいるのを確認して、抱きついた。
「良かった……、いる」
涙交じりの声でルイズが言った。
精神が不安定になった時のアスカが、寝起きに似たようなことをしたのを思い出して、シンジは優しく聞いた。
「どうしたの?イヤな夢でも見た?」
ルイズは夢を思い出したのか、グスグス、と泣き出した。

3分ほど、そうやって泣いた後、ルイズはシンジの胸に顔を埋めたまま言った。
「シンジがどっか行っちゃう夢を見たの」
シンジがルイズの頭を撫でると、ルイズは続けた。
「ルイズは立派な魔法使いになれたから、僕はもう帰るね。って言ってどっかに行っちゃうの!
わたし、走って追いかけたんだけど、歩いていくシンジに追いつけなくて……」
言葉を濁して、ルイズはまた泣き始めた。
「ヤダ!わたしを置いて行かないで!他の女の子と仲良くしてもイイから、ここにいて!」
シンジを抱きしめる腕に力を込めながら、ルイズは言った。
それから、シンジの胸に顔を擦り付けるように首を振りながらルイズは続けた。
「やっぱりヤダ!他の子にプレゼント買わないで。他の子に見ないで。アンタのご主人様はわたしなんだから」
言ってることがムチャクチャなルイズを見て、シンジは惚れ薬の威力を思い知った。

シンジから反応がないのを見て、ルイズは顔を上げた。
シンジの位置からは上目使いで、涙ぐんだ瞳が輝いて見えた。
「わかったら、ハイって言って」
どう答えようかと、シンジが天を見上げて悩んでいると、カッターシャツのボタンが上から2つ外された。
その後、シンジの右肩がはだけさせられる。
もちろん、やっているのはルイズだ。
シンジはそんなルイズの奇行を無視して、返す言葉を考える。
「ッうぅ」
痛みが走った右肩を見ると、ルイズが噛み付いていた。
右肩に歯形が残っていて、薄っすらと血が滲んでいた。
「アンタが誰のモノなのか、しっかりと印をつけておくの!」
偉そうに言ったルイズに、シンジは左手をブラブラさせて見せた。
「もう、ついてるんだけど」
ルイズは顔を赤くして、反論した。
「ちがうもん!それは使い魔の印なんだもん!」

それから、ルイズは自分がシンジにつけた傷を改めて見て、涙ぐんだ。
「ごめんね、痛かった?」
うん、と頷いたシンジを見て、ルイズは肩に手をかけた。
そうして、そのままシンジの傷を、ペロペロ、と舐めだしたのだった。
「汚いよ」
事も無げに言ったシンジに、ルイズは微笑んで返した。
「シンジの味がする」
それだけ言って、再び傷を舐めだしたルイズを見て、重症だ、とシンジは額に手を当てた。

シンジの肩から血が出なくなったのを見て、ルイズは満足したのか立ち上がった。
スプリングの利いたベットを跳ねるように走って壁際まで行くと、ルイズはそこから毛糸の塊を取り出した。
それから、嬉しそうな顔をして、シンジの前に座りなおすと、手に持ったソレをつきつけた。
「きて」
つきつけられたソレが何か分からずにシンジは聞いた。
「なにこれ?」
自分が作ったものをシンジが理解してくれなくて、ルイズの顔が、フニャッ、と崩れた。
「セーターだもん」
涙声でルイズは呟いて、乱れたままのシンジのシャツを脱がしにかかった。
とりあえず、シンジはなすがままにされた。
シャツを脱がされ、シンジはセーターを着せられた。
正確に描写するならば、セーターとルイズが言ったものから、シンジの頭は出ていない。
シンジの頭をすっぽりと覆い隠したソレは、セーターと言うよりも毛糸の覆面だった。

シンジは毛糸のセーターを頭から外して、ルイズの手を解いた。
ルイズはシンジに嫌われたと勘違いしたのか、瞳に限界まで涙を溜めた。
「ご飯……、食べないと遅刻するよ?」
立ち上がったシンジが伸ばした手を、ルイズは無視して言った。
「行かない。今日はサボるもん。それより、チェロを弾いて」
仕方ないか、とルイズに伸ばした手を引っ込めて、シンジはチェロを弾く準備をし始めた。

ルイズが寝入ってしまったことに、シンジが気付いたのは、学生達が昼食を取り終わるくらいの時間だった。
昨日の夕食以降、何も食べてないことを思い出して、シンジは食堂に向かった。

途中で、ギーシュとモンモランシーのペアに会ったことで、シンジは寝る前に決めたことを思い出した。
「ギーシュ、今、時間は大丈夫かい?」
シンジの言葉に、ギーシュは嫌そうな顔をしたが、一応の了承を返した。
「手早く済ませてくれよ」
女性を待たせるわけには行かない、とギーシュは続けた。
「それじゃ、1つだけ。惚れ薬について何か知っていることってない?」
不思議そうな顔をしてから、ギーシュは答えた。
「惚れ薬?君、そんなものを誰に使うんだい?……まぁ、イイか。僕が知っているのは、
それが禁制の魔法薬だということくらいさ。そういうのはモンモランシーの方が専門だな」
モンモランシーは水のメイジだからね、と続けて、ギーシュは後ろにいるモンモランシーに振り返った。
それにつられて、シンジもギーシュの後ろに立っているモンモランシーに視線を移した。
唇を噛み締めて、冷や汗を、ダラダラ、と垂らしているモンモランシーをシンジは不審に思ったが、
初対面のために挨拶を先に行った。
「初めまして、ミス・モンモランシー。ルイズ・フランソワーズの使い魔の碇シンジと申します」
シンジの挨拶に答えずに、モンモランシーは怒鳴った。
「わたしのせいじゃないんだから!」
礼をしたままの体勢で、モンモランシーの言葉の意図が分からずに、シンジは首を捻った。
「あの子が……、ルイズが勝手に飲んだんだから!」
続けたモンモランシーの言葉で、ようやくシンジは理解した。

「それでは、解除薬をよろしくお願いします。ミス・モンモランシー」
ニヤリ、と笑ったシンジを見て、モンモランシーは引き攣った笑みを浮かべて答えた。
「か、解除薬の材料を用意してくれれば、作ってあげてもよくってよ」
シンジはギーシュの方に目を走らして、それからモンモランシーに言った。
「浮気癖があると大変ですね……。素材と解除薬をお願いしても宜しいですか?」
そんなことまでバレている、とモンモランシーは顔を赤くして、言いにくそうに答えた。
「お金がないのよ……、解除薬を作るには高価な秘薬がいるの」
その言葉を聞いて、シンジは溜息を1つ吐いて、ギーシュに向き直った。

「ミス・モンモランシーは君の彼女だよね?」
「ああ、僕は彼女の永久の奉仕者さ」
シンジに、というよりは、モンモランシーに言うようにギーシュは言った。
「彼女がお金に困っているらしいんだ。この間のオーク鬼の報奨金を渡してくれない?」
ギーシュは胸を張って、偉そうに言った。
「アレからどれだけ経っていると思ってるんだい?あんなものは無くなったよ」
その言葉を聞いたシンジは、溜息をもう1つ吐いて、ポケットに手を突っ込んだ。

「貸しが1ですからね」
モンモランシーに向けて、シンジは手を差し出した。
金貨を受け取ったモンモランシーの顔が冴えないのを見て、シンジはさらに金貨を渡した。
都合、100エキュー渡されたところで、モンモランシーは言った。
「これだけあれば……」
「今日明日中にお願いします。……それでは、失礼します」
一礼した後に、シンジは食料調達するため、食堂に向かった。

昼食を調達して、シンジはルイズの部屋に帰ってきた。
シンジがドアを開けると、煙と甘ったるい匂いが出迎えてくれた。
見渡すと、ルイズがスカートも履かずに部屋の中央に陣取ってお香を焚いていた。
とりあえず、甘ったるい匂いをどうにかするために、シンジは窓を開けた。
それから、シンジが使える限界の風を起こして、部屋を換気した。
窓を開けたときに、シンジが帰ってきたことに気が付いたルイズは、後ろからシンジに抱きついた。
「……どこ行ってたのよ」
そう言ったルイズは既に涙声だった。

「食事……まだでしょ?一緒に食べようか?」
「1人にしちゃイヤ」
シンジの問いに答えずに、ルイズは抱きしめる力を強くした。
「ご飯食べないの?」
「食べない……、食べたら、またわたしを置いて行っちゃうんだもん」
「行かないよ」
ルイズは、う~ん、と唸ってから言った。
「じゃあ、食べる」

食事をするために椅子とテーブルを用意した後、シンジはルイズの下着とスカートを取りだして渡した。
「服着ないと、風邪ひくよ」
なるほど、椅子に座ったルイズは、少しだけ大きいシンジのカッターシャツを着ているので、大切なところは見えていない。
が、少し動いただけで見えてしまいそうなくらいに危ない。
「着ないんだもん」
恥ずかしそうに顔を赤らめて、ルイズはそっぽを向いた。
「だから、風邪……」
ひくよ、とシンジが続けようとしたところで、ルイズに遮られた。
「わたし、色気無いんだもん。知ってるもん。だから、横で寝ててもシンジは何もしないんだもん。そんなの許せないんだもん」
ルイズは涙目で、シンジを睨みつけた。

性の対象として見ていないルイズが脱いだところで、多少の気恥ずかしさはあるが、シンジはあまり気にしない。
本当のことは言えないよな、とシンジは言葉を選んだ。
「ルイズは顔が可愛いんだから、そういうことしないほうがイイよ」
可愛いと言われて、ルイズの瞳から涙がひいた。
「可愛くたって、シンジは何もしないんだもん!色気がないとダメなんだもん!」
頑なに服を着ようとしないルイズに、シンジは頭を抱えたくなった。

ルイズの輪郭に沿って、シンジは手を這わせた。
それから、耳元に唇を寄せて、囁いた。
「服を脱いだからって、色気が出るわけじゃないんだよ」
艶っぽい声にルイズは思わず、ゾクッ、としてシンジを見上げた。
「分かった?」
いつも通りのシンジの声に、ルイズは顔を赤くしたまま頷いた。
自分がやっていることがあまりにもアレで、シンジはルイズに見えないように背中を掻き毟った。


夜になって、シンジがベットに入るとルイズが抱きついてきた。
「お昼は、すっごく寂しかったんだから……、ばかぁ」
シンジが背中を向けたままなのなことに、ルイズは頬を膨らませた。
しかし、シンジから寝息が聞こえてきて、ルイズ表情を崩した。
それから、ごそごそ、と起き上がったルイズは、シンジの正面まで移動した。
「……おやすみのキス」
ゆっくりと、ルイズは唇をシンジに近づけた。
シンジの唇まで後、10数センチと言うところまで、ルイズの唇が近づいたところで、シンジは寝返りを打った。
むぅ、と頬を膨らませた後で、ルイズは気を取り直して、再びシンジの正面に回った。

「起きてるでしょ」
先ほどまでの動作を5回繰り返したところで、ルイズはシンジに言った。
シンジからは、わざとらしい寝息が返ってきた。
「ご主人様にキスするのがそんなにイヤなの?」
するんじゃなくて、されそうなんだけど、とツッコミを入れることを諦めて、シンジは起き上がった。
そして、そのままルイズの頭を無遠慮に掴んで、頬にキスした。
「おやすみ」
それだけ言って、シンジは糸が切れたように、バタン、と倒れた。
ルイズはキスされた頬を愛しそうに撫でた後、満足したのか、シンジに抱きついて瞳を閉じた。
どうにも重症なルイズの様子に、シンジは内心で溜息を吐いて、
明日の夕方にはモンモランシーに解毒薬を貰いに行こうと予定を決めていた。


翌日、夕方。
「売り切れだったんだから、仕方ないでしょ」
モンモランシーから使えなかった薬代を受け取りながら、シンジは額に手をやった。
「入荷の予定は?」
端的に聞いたシンジに、モンモランシーは肩をすくめて答えた。
「それが……、次の入荷は絶望的らしいのよ」
モンモランシーは店で聞いた、秘薬の情報をシンジに話すと、めんどくさそうに言った。
「まぁ、いいんじゃない?惚れられて困るものでもないでしょ」

ルイズの様子を思い出したシンジは、顔をしかめて答えた。
「好かれて、困ることは少ないけど……、薬とかは趣味じゃないんだ」
ふーん、とモンモランシーは興味なさげにそっぽを向いた。
「仕方ないんで、コルベール先生に相談してみるよ」
お手数かけました、と部屋からシンジが出て行こうとしたところを、モンモランシーは慌てて止めた。
「買えないなら、取りに行けばいいのよ!」
振り向いたシンジが、ポンッ、と手を打った。
「禁制の薬って、イロイロと拙いんですよね」
ニヤリ、と笑ったシンジを見て、モンモランシーは自分の負けを悟っていた。



[5217] 第伍話 魔法の造りしもの -後編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/14 04:32





翌日、シンジはラグドリアン湖の美しさから目を逸らすように、遠い目をしていた。
「背が立たない!背が!背ぇえええええがぁああああああああ!」
湖に落ちたらしいギーシュの叫び声が景観を著しく損ねていた。
落ちたのがルイズじゃなくて良かった。
シンジは自分が浮くように生まれなかったことを思い出して、心底安心していた。
「ルイズ、疲れてないかい?」
そして、シンジは自分のところに話が来ないように、不自然にルイズに話しかるのだった。

不恰好な犬掻きで、何とか這い上がってきたギーシュを冷たい目で一瞥し、モンモランシーは腰の袋から自らの使い魔を出した。
カエル嫌いなルイズは、モンモランシーの使い魔を怖がってシンジの後ろに隠れてしたしまった。
そんなルイズの様子に機嫌を悪くしたのか、モンモランシーは険しい顔で、カエルに何事かを指示すると湖に向けて使い魔を放った。
「今、ロビンが水の精霊を呼びに行ったわ。見つかったら連れて来てくれるでしょう」
ありがとう、と礼を言ったシンジに、モンモランシーは満足したように頷いた。

「断る。単なる者よ」
モンモランシーの頼みを、水の精霊は簡潔に断った。
「そりゃそうよね。残念でした。さ、帰ろ」
やる気の欠片もないモンモランシーの様子に、シンジは渋い顔をして、自分で交渉を行うことにした。
「水の精霊さん。無償でなんて、あつかましいことは言いません。何か僕らで出来ることがあれば、
それの報酬として貴方の体の一部を分けて頂きたいのです」
後ろで軽い蹴りを入れながら、精霊を怒らせたらどうするんだ、と言っているモンモランシーをシンジは無視した。

暫く待っても返答を返さない水の精霊に、痺れを切らしたシンジは頭を下げた。
「あつかましいとは存じますが、重ね重ね……」
よろしくお願いします、とシンジが続けようとしたところで、水の精霊は言葉を紡いだ。
「よかろう。我に仇なす貴様らの貴様らの同胞を、退治してみせよ」
「事情が掴めません故、詳しい説明をお願いします」
お手数をおかけします、と事情を話し始めた水の精霊に向かって、シンジは再び頭を下げた。

「いやーよ、わたし、喧嘩なんて」
事情を説明し終えた水の精霊が、湖に帰って行ったところで、モンモランシーはシンジに向かって言った。
立場を理解していないモンモランシーに、シンジは自分の手札をさらすことにした。
「アンリエッタ女王陛下と、ルイズは幼い頃からの知り合いらしくってね。ルイズの変わり様を知ったら、
陛下はどれだけ悲しむことか」
国のトップまで動くぞ、とシンジが言いたいことを理解して、モンモランシーは俯いた。
「協力すればいいんでしょ」

厨房から頂いてきた、保存食の干し肉とパンで夕食を済ませた後、4人は作戦会議に移った。
「水の精霊を襲うくらいなんだから、相当の実力者ね」
ヤダヤダ、と言って、モンモランシーは続けた。
「水の精霊の話だと、2人組みらしいから、風と火の使い手だと思うわ。風の魔法じゃないと水の精霊相手に水には潜れないし、
強力な炎じゃないと水の精霊は倒せないもの」
それだけ言って、モンモランシーは4人を順番に指差した。
「よわっちい」
指差されたギーシュは引き攣った笑みを浮かべた。
「ゼロのルイズ」
ゼロと言われて、ルイズは頬を膨らませた。
「平民」
たしかに、貴族じゃないね、とシンジは笑った。
「それで、わたしは回復魔法がメインの水のメイジ」
こんなんじゃどうやったって勝てないわ、そう続けてモンモランシーは肩をすくめた。

「そうでもないよ」
自分の説明に異を唱えたシンジをモンモランシーは胡散臭そうな顔で眺めた。
モンモランシーの表情を見てから、シンジは苦笑いを浮かべたまま説明を始めた。
「何もバカ正直に正面から戦わなくてもイイってことだよ」
「不意打ちをかけるって言うの?そんなモノで埋まるような戦力差じゃなくってよ」
そんなことは自分も考えている、と言いたげにモンモランシーは偉そうに噛み付いた。
惜しいね、とシンジはモンモランシーに返して、自分の案を説明し始めた。
「なにもバカ正直に襲撃前を狙う必要はないと思うんだ……」
シンジの言葉を遮って、ギーシュが分かったと声を上げた。
「なるほど!精神力が切れたところを狙うんだね」
「シンジ!すごーい!」
ルイズは褒め称えて、シンジに抱きついた。
それから、モンモランシーの方に、べー、と舌を出した。
どうやら、ルイズはシンジが自分のモノだと言いたいらしい。
モンモランシーはルイズを無視して、シンジに聞いた。
「そんなに上手く行くの?」
バレたか、とシンジは呟いてから続きを話し始めた。
「火の使い手の方は、限界近くまで魔法を使うとは思うけど、風の使い手は精神力を温存してるだろうね。
それどころか、下手をしたら火の使い手も限界まで精神力を使うとは限らない。まぁ、現状で僕にはこれ以上の策がないから、
別案がなければ、襲撃後を狙うという方向で行きたいんだけど」

異論が出なかったことを確認して、シンジは担当を分けた。
「ギーシュは陽動をよろしく」
シンジに頼まれて、ギーシュは頷いた。
「モンモランシーは怪我をしたときのために治療を任せたよ」
アンタはどうするのよ、と返したモンモランシーに、シンジは答えた。
「僕は突っ込むよ」
シンジの袖を引っ張って、ルイズが問いかけた。
「わたしは何をすればいいの?」
「奇襲に失敗したときに、派手に爆発を起こして欲しいんだ。そうしたら、爆煙に隠れて皆で逃げれるから」
うん、と頷いたルイズの頭をシンジは撫でた。
「手筈はこれで……、そろそろ向こう側に移動しようか」
完全に日が沈んで、月明かりだけになった頃、対岸を指差してシンジは言った。

日付が変わって、1時間ほど経った頃だろうか、湖にフードを被った2人組みが現れた。
小さいほうが杖を掲げて、魔法を唱えると2人揃って湖に入っていった。
4人はそれを木陰から確認して、2組に分かれた。
主に戦闘を担当するシンジとギーシュ組と、補助を担当するルイズとモンモランシー組だ。

30分ほどしてから、湖から上がってきたフードの2人を確認して、ギーシュは魔法を唱えた。
フードの2人組の足元が大きな手に変わった。
突然襲ってきた地面を避けるため、背の高いほうは右に、低いほうは左に跳躍した。
作戦通り、と上手くいったことに気を良くして、ギーシュは笑みを浮かべた。
ギーシュの作った手は、主の指示通り、右に逃げた相手を捕まえた。

湖から出たところを襲撃されて、タバサは珍しく焦っていた。
連れのキュルケは水の精霊をあぶるために、精神力を全て使い切っていた。
2人揃って初撃を避けれたのはいいが、2撃目でキュルケは捕まってしまった。
連れて来たのは自分なのだから、キュルケを1番に守ることを決めて、タバサは呪文を唱えた。
が、自分に向かってとんでもない速度で飛んでくる剣士を視界の端で確認したタバサは、急遽呪文を変えて、氷の壁を築いた。
距離を取れた剣士のことを頭の端に追いやって、タバサは口笛を吹いた。
逃げることを優先して、シルフィードを呼んだのだった。
それから直ぐにタバサは呪文を唱えた。
完成したウインド・カッターは、土の手を容易く切り落として、キュルケを解放した。
後は突っ込んできた、シルフィードに飛び乗れば、風竜の速度に適うものはないはずだ。
そこまで考えたところで、聞きなれた羽音が耳に入って、タバサは自分とキュルケにレビテーションをかけた。
ボンッ!という爆発音の後に自分とキュルケに激突したシルフィードに怒りを覚えながらタバサは意識を手放した。

今回の作戦で活躍の場がなかったのは、あろうことか、作戦会議で偉そうだった2人……、シンジとモンモランシーだった。
結果的に賊の2人を捕まえれたのはルイズの機転だろう。
賊の呼んだ風竜にいち早く気付いたルイズは、風竜が賊に接触するタイミングを見計らって、
風竜の前で爆発を起こしたのだった。
風竜は目の前で起こった爆発で視界を塞がれ、爆音で聴覚も塞がれた。
慌てて停止を試みたところで、高速で近づいた風竜が近すぎる主までの距離で止まれるワケもなく、
主とその連れに体当たりを食らわせる形になった。
気絶ですんだのは、賊2人の運の良さか、ブレーキをかけた風竜の性能か。
とりあえず、捕まえた2人がキュルケとタバサだったことに4人は顔を見合わせた。

キュルケとタバサが目を覚ましてから、6人はお互いの事情を説明しあった。
「それでわたし達を襲ったってワケ?」
呆れた、とキュルケはモンモランシーを見た。
「でも、一晩を共にした相手なんだから、フードくらい被っていても分かって欲しいものだわ」
それから、シンジを意味ありげに見て、キュルケは続けた。
「ゴメン」
「まぁ、それも仕方ないか」
キュルケは自分とシンジの関係を思い出して、そう呟いた。
「シンジ!どういうこと!」
大手柄のご褒美にキスしてもらって、シンジの膝の上でご機嫌だったルイズは、シンジに詰め寄った。
どうやらキュルケの言った、一晩を共にした、の意味が伝わったらしい。
「わたしはシンジだけなのに……」
まるで浮気を責める恋人のようなことを言い出したルイズに、シンジは返した。
「ルイズがワルドさんと同じ部屋に泊まった晩だよ」

「ワルドとは何でもないんだもん!信じて!」
涙ながらに訴えるルイズを見て、キュルケはシンジの話題の転換に舌を巻いた。
「あんな裏切り者とは何でもないんだもん!」
それだけ怒鳴って、ルイズは俯いた。
それから、頬を染めてスカートに手をやって叫んだ。
「……信じられないなら、シンジが自分で確かめればいいんだもん!」
ルイズの変わり様を見て、キュルケは惚れ薬の威力を思い知った。
ルイズの相手はシンジに任せて、キュルケはタバサに聞いた。
「結局は、水浸しになった土地が、元に戻ればいいんでしょ?」
頷いたタバサを見てキュルケは嬉しそうに言った。
「それじゃ、明日は水の精霊と交渉しましょう」

「我は秘宝を取り戻したいと願うだけ。ゆっくりと水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。
水が全てを覆い尽くすその暁には、我が体が秘宝の在り処を知るだろう」
報酬として受け取った、水の精霊の涙をギーシュに持たせて、一行は次の交渉に移っていた。
どれだけの時間がかかるか分からないその作業を、シンジは、急がば回れでも回りすぎ、と評して提案した。
「代わりに僕達がその秘宝を探してみます。秘宝についての情報をいただけますか?」
「指輪だ、名はアンドバリ。我が共に、時を過ごした水の秘宝だ」
アンドバリに聞き覚えがあったのか、モンモランシーは眉をひそめた。
「なんか聞いたことがあるわ。たしか、水系統のマジックアイテムで、偽りの生命を使者に与えるという伝説のマジックアイテム……」
御伽噺ね、とモンモランシーが続けようとしたところを遮って、水の精霊が言った。
「そのとおり。誰が作ったものかは分からぬが、単なる者よ、お前の仲間かも知れぬ。ただお前達がこの地にやってきたときには、
すでに存在した。死は我にはない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前達にはなるほど、命を与える力は魅力と思えるのかも知れぬ。
しかしながら、アンドバリの指輪がもたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ」
分かり難い水の精霊の話を噛み砕いて理解したシンジは、他の情報を求めて続けた。
「盗った相手の特徴は?」
「風の力を行使するものと数固体。その内の1人はクロムウェルと呼ばれていた」

「聞き間違えじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前ね」
キュルケの呟いた言葉と、自分の記憶が一致していて、シンジは、面倒なことになった、と溜息を吐いた。
頭を掻いて、何かを必死に思い出そうとしているキュルケを尻目に、シンジは水の精霊に言った。
「指輪は取り戻して見せます。ですので、水位を元に戻していただきたい」
「良かろう、お前達を信用する」
それだけ言い残して、湖に消えようとした水の精霊をタバサが呼び止めた。
「待って」

「水の精霊、あなたに1つ聞きたい」
呼び止められてその場に留まった水の精霊を確認して、タバサは続けた。
「なんだ?」
「あなたはわたしたちの間で、誓約の精霊と呼ばれている。その理由が知りたい」
「察するに変わらぬ我の前ゆえ、お前達は変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」
満足したように頷いて、誓いを立て始めたタバサをみて、モンモランシーはギーシュを促した。
「あんたも誓約しなさい」
渋々とは言え、水の精霊に愛を誓うギーシュをルイズは羨ましそうに見た後で、シンジの裾を引っ張った。
「誓って」
不安そうに言うルイズの頭を一撫でして、シンジは言った。
「もう誓ってるよ」
はぐらかされたと思って、ルイズは頬を膨らませた。
「嘘」
「ホントだよ……。誓ったろ?ルイズを殺させないって」
覚えてないの、とシンジは寂しそうに聞いた。
「それは覚えてるんだもん」
ルイズはそう言って言葉を続けようとしたが、月を見上げて遠い目をしているシンジに、上手く説明できなくて泣き出した。


「うわッ」
モンモランシーから渡された解除薬を嗅いで、シンジは声を上げた。
隣にいたルイズも嗅いだ様で、顔をしかめた。
「飲める?」
気の毒に思いながら、シンジはとりあえず、ルイズに聞いた。
「飲んだらキスしてくれる?」
壜に入った液体を嫌そうに見ながら、ルイズは交換条件を持ち出した。
「頬になら」
暫く悩んで、ルイズは了承した。

ルイズは覚悟を決めたのか、思いっきり目をつむった。
それから、液体を一気に飲み干した。
「とりあえず、逃げたほうがいいんじゃないの?」
どうして?と聞こうとして、シンジは惚れ薬に特性を思い出した。
「ありがと……」
ありがとう、とモンモランシーの忠告に礼を言いかけたところで、シンジの意識は途絶えた。
何のことはない、意識を取り戻したルイズが、シンジの顎に鋭角にアッパーを打ち込んだのだった。


「クラクラする」
いつの間にか、座らされたアウストリの広場のベンチで、シンジは呟いた。
それから、体中に出来た青痣を確認した。
シンジが右肩を確認したときに、歯形が見えてルイズは赤面した。
「ふ、普通だったら絶対そんなことしないんだから!もうヤダ!もう!」
ルイズの態度に溜息を吐いて、シンジは言った。
「不幸な事故だったんだ……、忘れよう」
淡々と言ったシンジに、ルイズは不機嫌そうに謝った。
「悪かったわね、そんなにして」
ルイズも青痣だらけのシンジを見て、流石に罪悪感が湧いたらしい。

「ねぇ、聞いていい?」
左腕の痣を確認しながら、シンジは答えた。
「何?」
「どうして、アンタってば、わたしがその、あの、忌々しい薬のおかげでアンタなしじゃいられなくなってたとき……、
えっと、その、なな、なんにもしなかったの?」
ああ、と頷いて、シンジは興味なさげに答えた。
「趣味じゃないから」
シンジの言葉を聞いて、ルイズは顔色を失った。
それから、俯いて、怯えたような声でシンジに聞いた。

「な、何が趣味じゃないの?」
左足の痣の確認を終えて、シンジは顔を上げた。
「薬とか、そういうので好かれても嬉しくないよ」
ホッとしたルイズは、勢いよく顔を上げた。
「そそ、そうよね!薬なんかで人の気持ちをどうにかしちゃダメよね!」
ルイズは自分の態度を恥ずかしく思って、慌てて話題を変えた。

「あ、あのラグドリアン湖は、姫さまとウェールズ皇太子が出会った場所なのよ」
言っているうちに、死んでしまったウェールズを思い出して、雰囲気が重くなった。
「そうよ!思い出したわ!そのウェールズ皇太子よ!」
そんな雰囲気をぶち壊したのは、地面に掘られた穴から顔を出したキュルケだった。
奥に見える青髪はタバサだろう。
「なによ!アンタたち立ち聞きしてたの?」
ニヤリ、と笑ったキュルケはルイズを無視して、シンジに言った。
「いやぁ、喧嘩した後のダーリンの手腕を見てみたくなっちゃって」
そう言って、キュルケはシンジに抱きついた。

「やっぱり、ダーリンはツレないのね」
嬉しそうにそう言って、キュルケはシンジの頬にキスをした。
ラグドリアン湖での話を思い出して、キュルケを引き離したルイズはシンジの襟を掴んだ。
「ど、どういうことかしら?」
シンジは襟首を掴んだ、ルイズの手を振り解いて、キュルケに聞いた。
「そんなことより、ウェールズ皇太子がどうしたの?」
少し考えて、キュルケは説明を始めた。

「ラグドリアン湖に行く前なんだけどね、馬に乗った一行とすれ違ったのよ。それで、その中に色男がいたんだけど、
それがウェールズ皇太子だったのよ。敗戦で死んだって公布が出てたけど、生きてたのね」
ルイズが驚いたように声を上げた。
「そんな!皇太子は亡くなったわ!わたしがこの目で見たんだもの!」
嫌な結論に至ったシンジは、キュルケに聞いた。
「その一行の向かった先は?」
「あたしたちとすれ違ったから、首都トリスタニアの方角よ」
シンジは椅子から立ち上がって、いまだに穴の中で本を読んでいるタバサに声をかけた。

「シルフィードに乗せていって欲しいんだけど」
本から目も動かさずにタバサは言った。
「分かった」
タバサが穴から出てきたところで、ルイズの声が響いた。
「姫さまが危ない!」
遅れながら、ルイズもシンジと同じ結論に達したようだった。


王宮に着いたときには、既にアンリエッタの行方は分からなくなっていた。
王宮の兵士から、賊が南下しているという情報を得て、4人は再びシルフィードの背に乗った。

南下した先で、戦闘の後を見つけて、タバサは風竜を止めた。
そこかしこに、少し前まで人だったものが落ちている光景にルイズは思わず呟いた。
「酷い」
ルイズとキュルケはシルフィードから降りて、生存者の確認をしている。

「いるね」
シンジが呟いた言葉にタバサが頷いて、呪文を唱え始めた。
「生きてる人がいるわ!」
キュルケの声に、シンジとタバサもシルフィードから降りた。
タバサは杖を掲げたまま、シンジも背中のデルフリンガーを構えた。
「来る」
シンジが呟いた時には、タバサは杖を掲げていた。

タバサの展開した空気の壁が、四方から飛んできた、魔法攻撃を弾いた。
シンジとタバサは追撃に気を配りながら、5メートルほど、先のルイズとキュルケに合流した。
草むらから出てきた下手人たちの中に、見慣れた影を見つけて、シンジは声をかけた。

「陛下、お迎えに上がりました」
アンリエッタの代わりにウェールズが答えた。
「おかしなことを言うね。迎えも何も、彼女は彼女の意思で、ぼくにつきしたがっているのだ」
ウェールズの答えを聞いて、ルイズは声を荒げた。
「なんですって?」
アンリエッタの肩にウェールズが手を回したところで、ルイズは叫んだ。
「姫さま!こちらにいらしてくださいな!そのウェールズ皇太子は、ウェールズさまではありません!
クロムウェルの手によって、アンドバリの指輪で蘇った皇太子の亡霊です!」
いつまで経っても俯いたままのアンリエッタに、ルイズは不審そうに声をかけた。

「……姫さま?」
そんなアンリエッタの様子に気を良くしたのか、ウェールズは微笑んで続けた。
「言っての通りだろう?さて、取引と行こうじゃないか」
反応がない4人を見ても、ウェールズは微笑を崩さない。
「ここで君たちとやりあってもいいが、ぼくたちは馬を失ってしまった。朝までに馬を調達しなくてはいけないし、
道中危険もあるだろう。魔法はなるべく温存したい……」
ここで引くなら見逃してあげよう、と言おうとしたが、ウェールズは最後まで言葉を紡がなかった。
自分に刺さった氷の矢をウェールズは興味なさげに引っこ抜くと、話を続けた。
刺さったのはタバサのウィンディ・アイシクルだった。

「無駄だよ。君たちの攻撃では、ぼくを傷つけることはできない」
ウェールズの様子を見て、表情が変わったアンリエッタにルイズは訴えた。
「見たでしょう!それは王子じゃないわ!別のなにかなのよ!姫さま!」
首を振ってから、アンリエッタは初めて口を開いた。
「お願いよ、ルイズ。杖をおさめてちょうだい。わたしたちを、行かせてちょうだい」
苦しそうに言葉を紡いだアンリエッタを見て、シンジは彼女の評価を、ろくでもない、と修正して舌打ちをした。

「姫さま?なにをおっしゃるの!姫さま!それはウェールズ皇太子じゃないのですよ!姫さまは騙されているんだわ!」
ルイズの叫びを聞いて、アンリエッタは笑った。
「そんなことは知ってるわ。わたしの居室で、唇を合わせたときから、そんなことは百も承知。
でも、それでもわたしはかまわない。ルイズ、あなたは人を好きになったことがないのね。本気で好きになったら、
何もかもを捨てても、ついて行きたいと思うものよ。嘘かもしれなくても、信じざるをえないものよ。
わたしは誓ったのよルイズ。水の精霊の前で、ウェールズ様に変わらぬ愛を誓います、と誓約の言葉を口にしたの。
世の全てに嘘をついても、自分の気持ちにだけは嘘はつけないわ。だから行かせてルイズ」
悲しそうな顔をして、ルイズはもう1度アンリエッタを呼んだ。
「……姫さま」

1度深呼吸をして、アンリエッタは良く通る声で言った。
「これは命令よ。ルイズ・フランソワーズ。わたしのあなたに対する、最後の命令よ。道をあけてちょうだい」
ルイズが杖を下ろしたのを見て、キュルケとタバサも杖を下ろした。

立ち去ろうとした死者の一団の先頭の足をシンジが叩き切った。
そうして、切り落とされた足を、シンジは蹴飛ばした。
「たしかに、切っても死なないかも知れないですが、足がなくちゃ立てないですよね」
シンジが言った通り、足を切られた男は地面に倒れている。
剣を構えたシンジに、アンリエッタは命令した。
「どきなさい。これは命令よ」
アンリエッタとウェールズを守るように囲んだ、死者の足を2人分切り飛ばして、シンジは答えた。

「女王陛下の命令に従うのは、自国の民だけですよ。国を捨てるんでしょ?」
シンジの言葉で、戦闘が始まった。
真っ先に魔法を唱えたのはウェールズだった。
ウェールズの起こした風は、シンジを襲ったが、それはデルフリンガーに吸い取られて不発に終わった。
お返しとばかりに、シンジは死者の足を切り飛ばす。
シンジの態度に答えたのはアンリエッタだった。
「ウェールズさまには、指1本たりとも触れさせないわ」
足元から現れた水に吹き飛ばされて、シンジは宙で翻った。

アンリエッタへの反撃は、ルイズからだった。
「姫さまといえども、わたしの使い魔には指1本たりとも触れさせませんわ」
ルイズが杖を構えたことで、キュルケとタバサも再び杖を構えた。

戦闘が始まって、直ぐに役割分担は出来た。
防御がタバサで、攻撃がキュルケ。
ルイズは敵の密集を避けるために、爆発を起こす。
そして、シンジは縦横無尽に動いて、死者の足を切り捨て、敵を無効化する役目だった。
戦闘開始から10分ほどで、残りはウェールズとアンリエッタだけになってしまった。
「勝てるわね」
そう言ったキュルケにタバサが答えた。
「不味い」
ぽつぽつ、と降り出した雨は、一気に本降りになった。

「杖を捨てて!あなた達を殺したくない!」
叫んだのはアンリエッタだった。
「姫さまこそ目を覚まして!お願いです!」
空はルイズの叫びをかき消すように、大粒の雨を降らす。
「引きなさい!雨の中で、水の使い手に勝てると思っているの!」
無理ではないが、かなり不利なことを理解して、シンジは顔をしかめた。

「あー!」
重くなった空気を振り払ったのは、緊張感の足りないデルフリンガーの声だった。
「思い出した。アイツら、随分懐かしい魔法で動いてやがんなぁ……。水の精霊を見たとき、
こうなんか思い出せそうだったんだけど……、いや相棒、俺やっぱりおじいちゃんかも」
落ち込んだデルフリンガーにシンジは聞いた。
「で、何を思い出したの?」
「アイツらと俺は、根っこは同じ魔法で動いてんのさ。とにかくお前らの4大系統とは根本から違う、
先住の魔法さ。ブリミルもあれにゃあ苦労したもんだ」
のんびりとしたデルフリンガーに怒鳴ったのはルイズだった。
「なによ!伝説の剣!言いたいことがあるんならさっさと言いなさいよ!役立たずね!」
役立たずと言われて、デルフリンガーは冷めた口調で返した。

「役立たずはお前さんだ。せっかくの虚無の担い手なのに、見てりゃバカの1つ覚えみてぇに、
エクスプロージョンの連発じゃねぇか。たしかにそいつは強力だが、知っての通り精神力を激しく消費する。
今のお前さんじゃ、この前みてぇにでっかいのは1年に1度ってとこだろう。今のまんまじゃ花火と変わらんね」
間髪いれずに、ルイズは聞いた。
「じゃあどーすんのよ!」
そんなことも知らねぇのかよ、と言ってから、デルフリンガーは続けた。
「祈祷書のページをめくりな。ブリミルはいやはや、たいしたやつだぜ。きちんと対策は練ってるはずさ」

ページをめくって、ルイズは怒鳴った。
「何にも書いてないじゃない!」
「もっとめくれよ!必要なら読める」
そこじゃねぇ、とデルフリンガーは返した。
「……ディスペル・マジック?」
「そいつだ。解除の呪文さ。お前さんが飲んだ薬と、理屈はいっしょだ」

いつまで経っても、引かない4人に業を煮やしたのか、アンリエッタは呪文を唱えた。
隣ではウェールズも詠唱に入っている。
「不味い!」
遅れて、ルイズも詠唱を始めているが、間に合わない。
そう理解して、シンジの背中に冷や汗が流れた。

大きな渦を巻き始めた雨と風は、知識の上でしか知らないヘクサゴン・スペル。
今まで受けた魔法とは、明らかに威力の違うそれを前にして、シンジはルイズを守るように剣を構えた。
「やっべぇなぁ。やっぱり向こうが先みてぇだなぁ」
呟いたデルフリンガーにシンジはおどけた。
「あんなにヤバそうな魔法なのに、なんとかなりそうな気がするんだけど」
ああ、とデルフリンガーは答えた。
「そりゃそうさ。主人の詠唱を聞いて勇気がみなぎるのは、ガンダールヴがそういう風にできてんのさ」
シンジは溜息を吐いた。
「また妙なことになってるワケね」

「逃げるわよ」
キュルケがシンジの手を取った。
タバサは口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。
「ゴメン、野暮用」
ルイズを指差して、シンジは竜巻に向かって疾走した。

竜巻を剣で切り裂いて、迷わずシンジは突っ込んだ。
城みたいな竜巻が止まるワケがない、それでもデルフリンガーのおかげで、竜巻の速度は鈍る。
どこが痛いなんて言ってられない。
体中が痛い。
自分の傷など認識できない。
それでもシンジが、意識を保っていられたのは、背後に守るものがあったからだった。
晴れた竜巻の数メートル先から現れたルイズを見て、シンジは呟いた。
「危なかったじゃないか」
相棒も大変だねぇ、とデルフリンガーの言葉を耳にして、シンジは意識を失った。


シンジが目を覚ましたのは、風竜の上だった。
自分の顔に水滴が落ちるのを感じて、シンジは目を開けた。
シンジの頭の下にはルイズの膝があった。
俯いたルイズの表情は、彼女の長い髪が隠してしまって、シンジには見えなかった。
震えている彼女の輪郭を右手でなぞってから、シンジは聞いた。
「終わったの?」
泣くだけで、答えないルイズにシンジは優しい声をかけた。
「お疲れさま」




第伍話 魔法の造りしもの

-終-



[5217] 第6話 女の戦い
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/15 18:50




「……相性悪いのかしら」
時々、シンジに使わせてもらう、彼の世界のお風呂の前でシエスタは溜息混じりに呟いた。
明日から学院は夏期休暇で、それに合わせてメイドのシエスタも夏期休暇に入る。
そこで、シンジをタルブの村に誘おうとしたのだが、朝から探してもシンジはいなかった。
ルイズにばれないように、少々強引に連れ去ろうとした、自分の策が裏目に出てことを実感して、シエスタは再び溜息を吐いた。
このままシンジを探していても、最終便に間に合わなくなる。
次こそは、と決意を込めてシエスタは、仕方なしに帰郷の準備を始めた。


第6話
  女の戦い

「行くわよ」
その一声と突きつけられた手紙でシンジが頭を抱えたのは、2日前の早朝だった。
アンリエッタが直々に書いたと思われる手紙には、ルイズに身分を偽って情報収集をするように書かれていた。
異世界に来て数ヶ月のシンジにすら、世間知らずのお嬢様と評されるルイズに、平民になりすますなんてできるワケがない。
命令を出しているのが、ルイズに輪をかけた世間知らずのお姫様であることに思い至って、
シンジのアンリエッタ評はまた1つ下がった。

2日かけて、歩いて街までやってきたのに、ルイズは活動資金が足りないと文句を言い始めた。
馬が必要、宿に泊まっただけで資金がそこをつく。
そう言ったルイズにシンジは提案した。
「その任務、僕だけでやりましょうか?」
当然、ルイズは却下した。
そこまで話して、夕食時なのを思い出した2人はとりあえず食事を、と居酒屋に入った。

「なんとか増やす方法はないものかしら」
食事中に呟いたルイズの言葉が今回の騒動の発端だろう。
「アレ、やってみる?」
店の一角に備え付けられた賭博場をシンジが指差して言った。
「博打じゃないの!呆れた!」
ルイズの言葉に苦笑いして、シンジは席を立った。

それからシンジは、自分の財布代わりである麻の袋から金貨を取り出して、チップに替えた。
手馴れた様子でギャンブルを進めるシンジを訝しげな目でルイズは見つめた。
4戦3勝で、赤黒のみでチップを増やしたシンジを見て、ルイズも金貨を30エキューばかりチップに替えた。
「それに手をつけるのは不味いんじゃないの?活動資金でしょ?」
どこから湧いてくるのか、ルイズは自信満々にシンジに返した。
「なによ。使い魔が勝てるなら、主人がやればその10倍勝つわ」
スゴイ台詞を平然と言ってのけたルイズは、さっき替えたチップを全て黒に賭けた。
逆にシンジは、10エキューほどを赤に賭けていた。

「なんでアンタが勝つのよ!」
赤に入った球を見て、ルイズはシンジに怒鳴った。
「僕に言われても困るよ」
肩をすくめたシンジに、ルイズは続けた。
「み、見てなさいよ」
ルイズは再び金貨をチップに替えた、今度は60エキューだった。


1時間後

ルイズは活動資金の400エキューを使い切った上に、シンジから借りた200エキューまで使い切っていた。
「追加!100エキュー!」
600エキュー負けても、やめる気配のないルイズに、シンジはこれで最後だよ、と100エキューだけ渡した。
ルイズに頼まれれば、自分の金を貸してやるつもりだったシンジとしては、これが本当に博打に使える最後の金だった。
「大丈夫よ。次はわたしの必勝法が炸裂するから」
ルイズのこの台詞は既に3度目だった。

たしか、初めは9倍賭け、次は12倍賭けだった。
そこまで考えて、シンジは痛む頭を抑えて聞いた。
「まさかとは思うけど、次は18倍に賭けるんじゃないよね?」
シンジの予想通りに、ルイズはポンと23と24の間に100エキュー分のチップを置いた。
シンジがベットしたチップを回収しようとした時には、ディーラーはベルを鳴らして、ベットの終了を宣言した。
「何やってるのよ!」
チップを回収しようとしたシンジに、ルイズは怒鳴って続けた。
「わたしってばもう20回以上負けたわ。どう考えても次は勝つでしょう?
ここで1800エキュー取ればイイだけじゃない!」

無茶言うなよ!シンジがそう言おうとした時には、ルイズの目は盤面に向いていた。
球は23と24の間に転がっていっている。
ルイズの顔は愉悦に歪んだ。
しかし、直ぐに絶望に塗りつぶされた。
真っ直ぐ23と24の間に転がって行った球は、弾かれて32に入ったのだった。
「見たでしょう!」
ルイズはシンジに詰め寄った。
「ああ、惜しかったね、それじゃ行こうか」

思わず興奮してしまった自分を恥じて、シンジはルイズの手を引いた。
「アンタ!バカじゃないの!ようやくわたしにも運が向いてきたのよ!ここで止めれるワケないじゃない!」
どこをどう見たら、アレで運が向いてきてるんだよ、とツッコミたいの我慢して、シンジはルイズを引く手を強めた。
パチンッ、と自分の手を振り解いたルイズを見て、シンジは言った。
「もう金がないだろ?」
間髪いれずにルイズは返した。
「アンタまだ持ってるでしょ!」
「これまで使えるワケないだろ!」
踵を返したシンジの手の中から、彼の麻の袋は消えていた。
「嘘ッ!」

シンジは驚いたが、焦らなかった。
チップに交換するときに捕まえれば済む話だったからだ。
だが、そんな彼の予想の斜め上を行ったのは、ルイズの行動だった。
あろうことか、彼女はチップに交換せずに、麻の袋の中身をその場にぶちまけて、黒にベットしてしまったのだった。
それから、ルイズは真剣な表情でディーラーを見つめて、お互いに頷きあった。
ディーラーはシンジの方を向いて、ニヤリ、と笑ってベルを手にした。
現金で成立させやがった。

ベットを終えたルイズと他の客達は、皆祈り始めた。
ルイズの不運を確信して逆に張ったものたちも大勝負なのだろう、今日一番のコインの山がテーブルに築かれた。
どう考えても勝てる気がしなかったシンジは、目を瞑って祈り始めたルイズを無視して、ベットした金貨に手を伸ばした。
間に合え。
文無しは不味いと、シンジは神に祈った。
何とか、赤にベットした金貨の半分を押しのけるように、0のマスにずらした。
シンジがディーラーならここに入れるしかない、そう思っての行動だった。
同時にディーラーはボールを投げ入れた。
ベルが鳴ったのはその直後、ギリギリ間に合っている。
ありがとう神様、とシンジは珍しく味方になってくれた神に感謝した。


客から溜息が漏れる中、ルイズは瞳を開けた。
他の客の全てが、自分と逆に張り出したのはたしか4ゲーム前からだ。
もちろん今回もそうなのだろう、とすると今回は自分の勝ちだ。
今回勝てれば、負けを返済できるどころか、シンジに返金しても姫さまから貰った資金の倍以上である。
大勝の余裕でルイズはルーレットに悠然と目を向けた。
そして、固まった。
黒に入っていないといけないはずの球は、あろうことか緑に入っていた。
反射的にベットした金貨に目をやった。
どう見ても少なく見える。
倍くらいはあったハズだった。
逆に一際離れた場所には、金貨が高く積まれている。
彼女の記憶が正確ならばあそこは0のマスのはずだ。
金貨で張っているのは自分たちだけだ、ということはアイツしかいない。

確信を持って幸せな気分で、ルイズは後ろを振り返った。
「過ぎたことは仕方ないけど、ルイズは博才がないんだから、ギャンブルなんてしちゃダメだよ」
よくやった!流石はわたしの使い魔!誉めてやりたい気持ちでいっぱいになったルイズは元気よく頷いた。
「分かったら……、働くところでも探しに行こう」
意味の分からない言葉を言ったシンジを、ルイズは見上げた。
シンジの顔も他の客達と同じように引き攣っていた。
慌ててルーレットを確認したルイズは、今度は口を大きく開いて固まった。
球はルイズとシンジを馬鹿にするように00のマスに止まっていた。
回収されていく金貨を見ながら、神が自分を嫌っていることをシンジは思い出していた。

放心したようなルイズにシンジは言った。
「とりあえず、ここは精神衛生上よくないから、さっさと出ようか」
シンジはシンジで引き攣る顔を抑えられずに、ルイズを引きずっていった。

3時間ほど、噴水に腰掛けて呆然としていたルイズは、今さら呟いた。
「ど、どうしよう」
はぁ、と盛大に溜息を吐いたシンジを見て、ルイズはう~~、と唸った。
「どうするの?」
「今、考えてる」
そんなところに奇妙な声がした。
「あなたたち」
奇妙な訛りのある声は、太くなければ、女の声に聞こえただろう。
「あなたたちよ!そこのピンクと黒の子達」
ピンクと黒で、自分たちが呼ばれていると思って、シンジは顔を上げた。

とりあえず、シンジは目の前の男に言葉を失った。
髪はポマードでも塗っているのだろうか、妙にテカテカ輝いている。
服は紫のタンクトップ、サイズが小さいものをあえて着ているのだろう、ムキムキの筋肉が強調されている。
その上、大きく開いた胸元から飛び出す胸毛は、彼の男らしさを強調すること請け合いだった。
顔のほうは見事に割れたケツ顎に髭を生やしている、ホリの深すぎる顔は男らしいを通り越して、暑苦しい。
近づいた男からの香水の香りで、シンジはようやく言葉を返した。
「なんですか?」

怪しすぎる男に、警戒心を抱いて、シンジは背中の剣に手をかけた。
「あなたたち、物乞い?」
物乞いと言う言葉に、ルイズが反応した。
「失礼なこと言わないでよ!」
純粋に疑問に思ったのだろう、男は続けた。
「じゃあ、なんで、こんなところにじっとしてるの?」
不機嫌そうにルイズが答えた。
「行くあてがないのよ……、でも物乞いじゃないわ!」
満足の行く答えだったのか、男はニッコリと笑った。
「そう。なら、ウチにいらっしゃい。わたくしの名前はスカロン。宿を営んでいるの。お部屋を提供するわ」
暗い声で、シンジが答えた。
「お金ないんですけど」

「分かってるわよ。だから、条件が1つだけあるの」
ルイズが聞いた。
「何?」
「1階でお店も経営してるの。そのお店を、あなたが手伝うのよ。よろしくて?」
ルイズは嫌そうな顔をした後、再び俯いたシンジを見て決意を固めた。
「分かったわ」
「トレビアン。じゃ決まり。ついてらっしゃい」
スカロンの動きを見てルイズは呟いた。
「失敗したかも」
今更の呟きだった。


「ルルル、ルイズです。よよよ、よろしくお願いなのです」
引き攣った笑みで、ルイズは自己紹介した。
「はい拍手!」
スカロンの声に反応した拍手で、新入りのぎこちない自己紹介は終わった。
「さぁ!開店よ!」
こうして、ルイズの仕事が始まった。

道中、無理だから止めとけ、と言ったシンジの言葉に反発して、ルイズはスカロンについて行った。
店の刺繍の入ったエプロンを渡されて、あなたの職場はここよん、とシンジが連れて来られたのは厨房だった。
開店して2時間程度で、山のように洗った皿は数えるのもバカらしい。
シンジは額から流れた汗を腕で拭った。
後ろから声をかけられたのはそんな時だった。
「ちょっと!お皿がないじゃないのよ!」

振り向きもしないで、シンジは洗い終わった皿の山を指差した。
「できてるじゃない!がんばってね~新入り君!」
それだけ言って、声の主は皿を持ってホールに戻っていく。
代わりに厨房に入ってきたルイズがまとう不機嫌オーラに、シンジは溜息を吐いた。
祈ってなくても、彼は自分の不運を感じたのだった。


「えー、では、お疲れさま!」
店が終わったのは、いつもシンジが起きる1時間ほど前の時間だった。
「みんな、一生懸命働いてくれたわね。今月は色をつけといたわ」
給料を配っているのだろう、店員から上がる歓声がスカロンの言葉が真実であることを告げている。
「はい、ルイズちゃん」
金が入って嬉しかったのか、ルイズの顔が輝いた。
「はい、シンジ君」
シンジは受け取った袋を逆さにした。
金貨が1枚、1エキューだった。

「いいのよ。初めは誰でも失敗するわ。これから一生懸命働いて返してね!」
そう言って、ルイズを慰めるスカロンよりも、シンジにはルイズの手に握られていた請求書が、印象的だった。

「先に寝てて」
案内された寝床に、ルイズが言った文句を一通り聞いた後、シンジはそれだけ言うと部屋を出た。
「どこに行くの?」
先住民のコウモリに怯えたのか、ルイズは毛布を頭から被ったままシンジに聞いた。
「スカロンさんのところ」
バタンッ、とシンジがドアを閉めたせいで、梁に張り付いたコウモリたちが一斉に羽ばたいた。
ひッ、と短い悲鳴を上げて、ルイズはベットに蹲った。
「なにするのよバカ!」
目をつむってコウモリが静かになるのを待ったせいで、ルイズはそのまま眠ってしまった。

昼に起きたルイズは、部屋にシンジがいないことに気が付いた。
それから、寝ぼけた頭でスカロンに店の掃除をするように、と言いつけられていたことを思い出した。
起こさなかった使い魔に憤りを感じたが、仕方なく1階に下りて、ルイズは掃除を始めた。

「おはようルイズちゃん」
寝起きのスカロンが欠伸をしながらルイズに挨拶をした。
「あの、シンジは?」
挨拶も返さずに、ルイズはシンジの行方を聞いた。
起きたときから姿を見せない使い魔に、お仕置きしてやとうと考えてのことだった。
ああ、とスカロンは呟いて、ルイズに手紙を渡した。
「はい、これシンジ君から」
あとこれも、とスカロンは続けて、シンジのクロスをルイズに渡した。

直ぐ帰る

  シンジ

簡潔すぎて用件が伝わらない手紙は、ルイズの手の中で握りつぶされた。
「どこ行ったの?」
スカロンに詰め寄って、ルイズは聞いた。
「知らないわよ。でも、2、3日で戻るからルイズちゃんをよろしくって、おっきな剣を持って出て行ったわよ」
「あのバカ!」
踵を返して、店から出ようとしたルイズをスカロンは捕まえた。
「どこ行くの?ルイズちゃん」
体格差から猫のように持ち上げられたルイズは、仕方なく答えた。
「あのバカを探しに」
スカロンはルイズを椅子に座らせて、言った。
「行ってもいいけど、これだけは払っていってね?」
ドンッ、とテーブルに叩きつけられたのは昨日の請求書だった。

「逃げちゃったんじゃないの?」
その声に振り向くと、階段から黒髪の女が頭をボリボリ掻きながら降りてきた。
シンジのクロスが手元にあることのだから、逃げたということはないだろう……、
たぶん、と少し不安になりながらルイズは返した。
「アンタ誰よ」
ルイズの不機嫌そうな声に、女は能天気に答えた。
「あったしー、ジェシカ。スカロンの娘よ」
ルイズの不機嫌は驚愕に吹き飛ばされた。
それから、スカロンとジェシカの顔を交互に何度も見た。
礼を知らないルイズの様子に、ジェシカは不機嫌になって言った。
「子供だからって失礼なんじゃないの?」

ルイズの驚愕はジェシカの言葉で憤りにとって変わった。
「子供じゃないわ!16だもん!」
今度、吹き飛ばされたのはジェシカの不機嫌だった。
「え?あたしと同い年だったの?」
それから、先ほどのお返しとばかりに、ジェシカは自分の胸とルイズの胸を交互に見比べて、鼻で笑った。
「ま、それじゃあ男に逃げられても仕方ないわね」
「逃げられてないわよ!ち、ちょっと用事で出かけてるだけよ!そうよ!そうなのよ!」
ルイズはジェシカを睨みつけた。
ふ~ん、と興味無さそうに言ったジェシカに、ルイズは啖呵を切った。
「アンタみたいに頭スッカラカンの女に寄ってくる男なんて!たかが知れてるわよ!」
ジェシカは、ぷッ、と吹き出して口を押さえた。

「男に逃げられたアンタに言われてもねぇ」
ルイズの堪忍袋が、プチッ、と切れた。
「ななな、なによ……、バカ女ったら、人の話も聞けないのかしら。しし、シンジはちょっと用事で留守にしてるだけよ!」
ルイズの言葉をジェシカは、へぇ~、と軽く流して続けた。
「まぁ、子供の男をイイ男だと思ってるようじゃあ、アンタはまだまだガキね」
「おお、おっさんがイイ男だと思うのは、16にしては老け込んでるんじゃなくて?」
ルイズとジェシカは睨みあった。

「経済力もないようなのを、男とは呼ばないのよ」
ジェシカの言葉を聞いて、ルイズは満足げに笑みを浮かべた。
なんていったって、自分が博打に負けるまでは、シンジは1000エキュー以上も持っていたのだ。
それに、シンジは美形と言えるほどではないが、それなりに整った顔をしている。
そこまで考えて、余裕満々でルイズは言った。
「あら、シンジは経済力なら、アンタが相手にしているようなボンクラとは桁が違うわよ?
それに、顔だって、アンタが相手にしているようなオモロ顔より数段いいわよ」
顔の方は、ルイズに分があることを理解して、ジェシカは苦虫を噛み潰した。
それでも、あることに気が付いて、ジェシカは余裕を取り戻した。
「あら、それじゃあ勝負する?」
「勝負?」

聞き返してきたルイズに、ジェシカは余裕たっぷりに言った。
「明日から、チップレースなの」
チップレースの意味が分からなくて、ルイズはオウム返しした。
「チップレース?」
「そうよ。お店の女の子たちが、いくらチップをもらったか競争するの。優勝者には商品もあるわ。
そこであたしと勝負しなさい。ハンディとしてアンタにはあの子が稼いできた分も加算してあげるわ」
余裕綽々のジェシカの態度が気に入らなかったのか、ルイズは了承した。
「おもしろそうじゃない」
ジェシカはもう1度ルイズの胸を見て、鼻で笑った。
「せいぜい、頑張ってね。あたしに勝ったらアンタのことガキと呼ぶのは止めてあげるわ」
それだけ言い残して、階段を上がっていったジェシカに、スカロンは声をかけた。
「ジェシカー。喧嘩しちゃダメよ」
それから、ルイズに向かって人差し指を指すと、同じようにスカロンは続けた。

「ルイズちゃんも、妖精さんは仲良くしないとね」
それから、スカロンは立ち上がって、両手を合わせて腰を振った。
「あぁん、でも、チップレースは張り切っちゃってイイからね」
店が繁盛しているところでも想像したのか、スカロンは、トレビアン、と言って天を仰いだ。


チップレースに入って、1日が過ぎた。
今日のルイズのチップはゼロ。
しかし、戦果は上々だった。
客を怒らせること5回。
ルイズは全て、自分の口の悪さが災いしたことを理解して、明日は喋らないことを決めた。
それだけ反省して、梁に光る目に怯えながらルイズは毛布を頭から被った。
「早く帰ってきなさい」
シンジのクロスを握り締めて、ルイズは枕を抱えた。

2日目
今日もルイズのチップはゼロ。
しかし、戦果の伸びは滞りない。
客を蹴りつけること4回。
回数は少なくなったが、単純にスカロンの途中退場判定が早くなっただけである。
帰ってくると言ったシンジが帰ってこなかった。
だから悪いのはシンジだ。
ルイズはそう結論付けて、毛布を頭から被った。
「帰ってきたらお仕置きしてやるんだから」
シンジのクロスを握り締めて、ルイズは枕を抱えた。
頭の上のコウモリは今日になっても怖かった。

3日目
ルイズの3日間のトータルチップはゼロ。
それでも、3日間の戦果は着々と伸びていった。
戦果はトータルで11回。
今日はお客様を蹴らないように注意した。
残念ながら、注意が回ったのは足だけだった。
ルイズが上達するよりもはやく、スカロンの審判スキルが上がったので、今日も昨日より戦果は少ない。
帰ってこないシンジが悪い。
今日もそう結論付けて、ルイズは毛布に包まった。
「なんで帰ってこないのよ」
ルイズはシンジのクロスを枕に投げつけた。
物音にコウモリが反応して、飛び立ったので、ルイズは怖がって眠れなかった。
それでなくても初日以外は、コウモリのせいで寝た気がしていない。
これもあれも、シンジのせいだ!

4日目
本日のルイズのチップはゼロ。
だが、珍しいことに戦果もゼロだった。
原因は、仕事前にジェシカに言われた言葉だ。
「やっぱり逃げられたんじゃないの」
その言葉が頭に残って仕事どころではなくなった。
シンジが逃げるとは思わなかったが、ルイズは彼の行き先を真剣に考えてみた。
剣を持って出て行ったってことは、いつかみたいに傭兵の真似事をやっているのだろう。
そこまで考えて、ルイズはある可能性に気付いた。
死んでしまったり、重症で動けない可能性だ。
「もう怒らないから、早く帰ってきなさいよ」
今日も眠れない日になりそうで、ルイズは毛布の中で枕を抱きしめた。
「これ、大切なんでしょ?」
涙声になった自分が情けなかった。

5日目
今日もシンジは帰ってこなかった。
ルイズは1日中、屋根裏部屋にこもっていた。
昨日から一睡もしていない。
鏡を見なくても、目の下が酷いことを自覚して、ルイズはそこをなぞった。
濡れてしまった手を不思議そうに見た後で、ルイズは思わず呟いた。
「帰ってくるよね」
自分の弱々しい声にシンジが死んでしまうイメージが重なって、ルイズは思わず泣いてしまった。
自分の嗚咽に気付いたとき、ルイズはそれを隠すように必死で毛布に顔を押し付けた。
流石に体は限界だったのか、ルイズは毛布に顔を埋めたまま寝息を立て始めた。

6日目

「ただいま、これ」
そう言って、シンジは無造作に麻の袋を置いた。
「お帰りなさい」
抱きつきたい衝動を我慢して、ルイズは手をモジモジさせた。
「とりあえずの生活費、2000エキューぐらい入ってるから」
それだけ言い残して、シンジはベットに倒れた。
「流石に疲れた。少し寝るよ」
そんなシンジにルイズは頬を膨らませた。
それから、ルイズは気を取り直したように寝転がったシンジの背中に抱きついた。
「ねぇ、こっち向いて」
ねぇってば、とルイズが無理やり寝ているシンジを起こした。
「何?」
睡眠を邪魔されたせいか、不機嫌そうに言葉を紡いだシンジは、目を擦っている。
それから、シンジはルイズに魅入られたように固まった。
「寂しかったんだからぁ」
甘ったるい声を出したルイズは、今度こそ正面からシンジに抱きついた。
「……ルイズ」
少し強めに抱きしめてきたシンジに、ルイズは吐息を漏らした。
「ルイズって、こんなに綺麗だったんだね」
シンジはルイズをゆっくりと押し倒した。
あッ、とルイズが息を漏らした時には、シンジはルイズの首筋に唇を這わせていた。
「あッ……、そんなとこ、ダメ!アンタはわたしの使い魔なんだから」
シンジの唇が、首筋から鎖骨を通って、ビスチェの大きく開いた胸元までやって来たのを感じてルイズは声を上げた。
「好きだよ。ルイズ」
そう言って、起き上がったシンジに、ルイズは唇を奪われていた。
ぷはぁ、とルイズは大きく息を吐いた。
「何すんのよ!」
恥ずかしそうに顔をそらしたルイズに、シンジは言った。
「そういえば、アレ返してくれる?」
キスしておいて平然としているシンジにルイズは不機嫌になったが、とりあえずクロスを返すことにした。
ルイズが大事に持っていたクロスは、彼女の手の中にはない。
「もう、アンタがあんなことするから!」
押し倒されたせいだ、とルイズは悪態を吐いて、ベットの上を探した。
ない。
毛布を剥いで、シーツをめくる。
ない。
枕をどかして、シーツと毛布を、バサバサ、と振ってみた。
ない。
不意にルイズはシンジと目が合った。
落胆したような顔をして、シンジは溜息を吐いた。
「もう、いいよ」
それだけ言って、シンジはドアに手をかけた。
「どこ行くのよ!」
振り返って、シンジは微笑んだ。
「前に言ったよね?次はお暇を頂きます、って。お世話になりました」
バタン、とドアが閉まった。


ルイズはそこで目を覚ました。
それから直ぐにルイズは、キョロキョロ、と辺りを見回した。
シンジのクロスが無いことに気が付いて、ルイズは顔を青くした。
アレがないとシンジが帰ってこない。
夢のせいか強迫観念に駆られて、服が汚れるのも構わずに、ルイズは部屋を這いずり回った。
1時間後にはベットの下に落ちていたクロスを見つけて、ルイズは大事そうに胸に抱えていた。
それから、気が付いたように、ルイズは顔を赤くした。
わたしは何て夢を見たのかしら。
バカバカバカ!と枕を殴りつけて、まだあの忌まわしい薬の効果が完全に切れていないことにした。
薬のせいで仕方なく、あんな夢を見てしまったのだ。
そう結論付けてルイズは仕事着の白のビスチェを着込んだ。
それから、シンジのクロスを胸にさげた。
いつものように部屋に置いておくのは不安だったからだ。
「今日は帰ってきなさいよね」


今日のルイズは戦果を3つ上げたところで、スカロンから皿洗いを命じられた。
大量の皿を洗い終えたところで、ルイズは厨房からホールを覗き込んだ。
シンジが帰ってきていた。
彼はいかつい連中に囲まれて、美味しそうに酒を飲んでいた。
ようやく帰って来たシンジにルイズは駆け寄った。
が、シンジに酌をしているのがジェシカだったのを見た瞬間、ルイズの中でなにかが切れた。
そこには、ルイズが夢で見た、ちょっとエッチな感動の再開も何も無かったからである。
例え薬のせいだったとしても、あんな夢を見てしまった己を恥じて、ルイズは顔を赤くした。
それから、ツカツカ、とシンジのいるテーブルに歩き出した。

ルイズは丁度、グラスを傾け終わったシンジの頭を手加減なしで殴った。
「どこ行ってたのよ!このバカ!」
殴った右手は痛かった。
「うぉ!どうした!」
シンジの周りにいた、男の1人が声を上げた。
「いきなり何するんだよ!」
聞き覚えのある声の罵倒の後、いきなり殴られて、シンジはルイズを睨んだ。

「うっさい!いままで、どこで何やってたのよ!」
ルイズの態度にカチンと来て、シンジは麻の袋を、ドサッ、とテーブルに置いた。
「生活費稼いできたんだけど」
結構な重さに見える麻の袋に、ルイズは思わず声を詰まらせた。
「うッ……」
なんだかんだ言ったところで、やっぱりシンジはしっかりしている。
それに比べて自分はどうだろう?と考えたところで、ルイズは原因がシンジの気がしてきた。
というか、間違いない、シンジのせいだ。
ルイズは自分勝手にそう納得して、とりあえずシンジに怒鳴った。
「ごしゅ……わたしのことほっといて!書置きするんなら、もうちょっと意味が伝わるのにしなさいよ!」
ご主人様、と言いかけてルイズは立場を思い出した。

「ルイズじゃ……。とりあえず、外にでも行かない?」
ルイズじゃ稼げないだろ!と言いかけて、シンジは周りの視線に気付いた。
「何言ってるのよ!イイワケするならもっと意味の分かること……。そうね」
シンジに詰め寄ったルイズだったが、シンジが周りを指差したのを見て、尻すぼみになった。

流石にビスチェ姿では外に出られなかったルイズは、結局、屋根裏部屋でさっきの続きをすることにした。
「で、どこに行ってたワケ?」
ベットに腰掛けながら、ルイズは聞いた。
幾分落ち着いたのは、1度時間を置いたおかげだった。
「オーク鬼の討伐」
シンジは樽の上に麻の袋を置いた。
「また、傭兵の真似事?」
ルイズは虚無に目覚める少し前のことを思い出しながら、聞いた。
「そうだよ」

「なんでこんなに遅かったのよ。2、3日で戻るんじゃなかったの」
シンジから目を逸らしてルイズは聞いた。
「そのつもりだったんだけどね」
苦笑いしながら、シンジは続けた。
「オーク鬼を倒したのは良かったんだけど、馬が襲われちゃって……、歩いて帰ってたらこんなことに」
あまりといえば、あまりな理由に、ルイズは呆れたように言った。
「ばっかじゃないの?」
いつもと変わらないシンジの態度に、ルイズはさっきまでの自分が恥ずかしくなって、ベットに寝転んだ。
「心配して損した。……寝る」
いきなり、寝ると言い出したルイズの言葉に、シンジは思い出したように問いかけた。
「また、寝れなかったの?」
なんのことを言っているのか理解して、赤くなった頬を隠すために、ルイズはシンジに枕を投げつけた。


チップレース最終日
朝、といっても世間一般の時間では昼を回っていたが、ジェシカが屋根裏部屋に尋ねてきた。
「あの子は?」
「傭兵の人たちとどっか行っちゃった」
つまらなそうにルイズが言った。
「帰って来たのね」
予想が外れた、とジェシカは俯きながら言った。
「とーぜんでしょ」
ルイズは胸を張って答えた。
「しかも、300エキューも稼いで帰って来たんだってね」
「ちょっと、なんでアンタがそんなこと知ってるのよ!」
いくら稼いだなんて、ルイズはシンジに聞いていない。
あぁ、と頷いて、ジェシカは続けた。
「昨日の傭兵さんに聞いたのよ」
いやぁ~、稼がせてもらったわ、とジェシカは能天気な声を上げた。

「悪かったわね、ガキって言って」
突然、ゴメンッ!と頭を下げたジェシカにルイズは返した。
「バカ女にも、これで分かったでしょ」
バカ女、と言ったルイズを、ジェシカはからかうことにした。
「そうよね、彼ってばイイ男よね」
当然でしょ、とルイズは胸を張った。
「まま、まぁ、アンタが相手にしているような、変な男どもよりはよっぽどマシよね」
態度とは裏腹にルイズの口は素直にならない。
「そっれでぇ、やっぱりぃ、彼も男なんだから、多少バカでも、女っぽい方がいいんじゃないかなぁ、なんて思っちゃうわけでぇ」
見せ付けるように腕を組んで胸を持ち上げたジェシカに、ルイズの顔が引き攣ったが、ジェシカは構わず続けた。
「やっぱりぃ、それ……じゃ、男は満足しないって言うかぁ」
それ、の部分で自分の胸をたっぷりと見ていることに気付いたルイズは、ジェシカに怒鳴った。
「とっとと出てけ!」
ジェシカを部屋から追い出して、ルイズは乱暴にドアを閉めた。

部屋の外で、ジェシカはからかうのに成功して満足そうに笑った。
それから、扉越しにルイズに声をかけた。
「夕方から仕事だからね!」
ルイズの様子を見て、今日はきっと休むだろう。
そんなことを思いながらも、ジェシカはルイズの反応を待った。
「今日は休むわ」
予想通りの反応に、ジェシカは返した。
「パパにはあたしから言っといてあげる。それじゃ、ごゆっくり~」
誰が見ているワケでもないのに、ジェシカは右手を振りながら去っていった。


夕方に帰ってきた、シンジはテーブルに座ると、サラサラと文字を書き始めた。
「何やってるの?」
そんなシンジを後ろからルイズは覗き込んだ。
声をかけられたシンジは、ん、と振り向きもせずに言った。
「報告書、まとめてるの」
机の上には紙が2枚あった。
片方はルイズの分からないなにかが、書き連ねられていて、もう1枚の紙にシンジは文字を書いていた。
「必要なんでしょ?平民の声って言うのが」
書き終えたシンジは、ルイズに振り返って、紙を渡した。
「偏ってるけどね、聞いたのは傭兵の人たちだけだし」
それから、調査は進んでる?と聞いてきたシンジを無視して、ルイズは明日から頑張ることを決めた。



数日が経った。
その日、シンジは店の裏口を掃除していた。
シンジは2日休んでから再度、オーク鬼の討伐に向かうと言ったのだが、それはイロイロと難癖を付けられてルイズに止められた。
それなら仕方ないと、多少の足しになればとスカロンの店を手伝っているのだった。
「あの、この辺りに魅惑の妖精亭というお店はありますか?」
お客様に声をかけられて、シンジは向き直った。
ローブで顔を隠した客に、内心では警戒したが、そんなことを表情に出さずにシンジは答えた。
「そこを出て、右です」
まさか裏口からお客様を通すワケにも行かないので、表通りを指差して、シンジは言った。

「あっちを捜せ!」
「ブルドンネ街に向かったかもしれぬ!」
その声にフードの人物はビクッ、と体を震わせた。
「どうなされました?」
答える代わりに、フードの裾を持ち上げた人物を見て、シンジは顔を引き攣らせた。
「……隠れることの出来る場所はありますか?」
女王になったはずのアンリエッタがそこにいた。

とりあえず、アンリエッタを屋根裏部屋に連れて上がってから、シンジは声をかけた。
「ルイズを呼んできます」
ドアに手をかけたシンジをアンリエッタが呼び止めた。
「待って」
めんどくさそうに振り返って、シンジは聞いた。
「何ですか?」
黙ってしまったアンリエッタに、シンジはドアを開いた。

「いけません」
とりあえずドアを閉じたシンジを見て、アンリエッタは続けた。
「……ルイズには、話さないでいただきたいの」
「無理です」
間髪いれずにシンジは答えた。
「どうして!」
「僕はルイズの使い魔です。陛下を迎えて主人に隠すようなことはできません」
シンジは建前を語った。
そんなシンジの建前に気付かず、それなら、とアンリエッタは命令した。
「トリステイン王国女王として命じます。今よりわたくしの護衛につきなさい」
シンジは頭を掻きながら言った。
「女王陛下。以前、僕が言った言葉を覚えておいででしょうか?」
不思議そうな顔をしたアンリエッタにシンジは答えた。
「陛下の命に従うのは、自国の国民だけだと言いましたでしょう?」
シンジが異国の民であることを思い出して、アンリエッタは俯いた。

「……あなたはご存じないかも知れませんが、わたくしはほとんど宮廷で1人ぼっちなのです。
若くして女王に即位したわたくしを好まぬものも大勢います」
アンリエッタの言葉を無視して、シンジは繰り返した。
「ルイズを呼んできます」
今度は、アンリエッタは止めなかった。

シンジの話を聞いて、ルイズは直ぐに部屋に戻った。
「姫さま!」
どうしてこんなところへ、と続けたルイズにアンリエッタは仕方が無い、と事情を話し始めた。

アンリエッタが事情を語り終えたタイミングで、どこかの部屋のドアが乱暴に叩かれた。
「開けろ!ドアを開けるんだ!王軍の巡邏のものだ!犯罪者が逃げてな、順繰りに全ての宿を当たってるんだ!ここを開けろ」
ルイズとアンリエッタは顔を見合わせた。
隠れると言ってもここにはそんなスペースはない。
「どうしよう」
呟いたルイズに、シンジは言った。
「陛下から貰った委任状を貸してもらえる?」
ルイズは懐から委任状を取り出して、シンジに渡した。
「どうするの?」
「最悪、そこから逃げて」
屋根裏部屋の換気用の窓を指差しながらシンジは言った。

それだけ指示したシンジは梯子を下った。
下には丁度、巡邏の兵士がいて、シンジに怒鳴った。
「王軍のものだ!犯罪者が逃げ出した!捜索に協力してもらうぞ!」
それだけ告げると、シンジを無視して梯子を上ろうとした。
が、シンジはその兵士を止めて言った。
「主はただいま取り込み中です」
邪魔をするな!と詰め寄った兵士に、シンジは委任状を見せた。
「主は女王陛下からの極秘任務中でして、部屋を開放するわけには参りません」
「失礼しましたぁ!」
頷いて、シンジは続けた。
「して、女王陛下なのですが、こちらから連絡が取れなくなりました。知っていることがあれば話しなさい」
はッ、と敬礼して兵士は話し始めた。
「シャン・ド・マルス錬兵場の視察を終え、王宮にお帰りになる際、陛下がお消えになられました」
驚いたような表情をして、シンジは続けた。
「……ということは、捜しているのは陛下というワケですね」
その通りです、と答えた兵士にシンジは頷いた。
「分かりました。私も至急、主に伝えます」
それでは、と敬礼をしたシンジに、兵士は敬礼を返して駆け出していった。

「ありがとうございます」
部屋に戻ったシンジに、アンリエッタは感謝を告げた。
「運が良かっただけです」
淡々とシンジは答えた。
「それよりも、明日が決行ならしっかり寝ておいてください」
そうですわね、とアンリエッタは頷いて、ルイズを呼んだ。
「あの頃のように、今夜は一緒に寝ましょう」
両手を広げたアンリエッタに抱きついて、ルイズは答えた。
「はい、姫さま」


翌日、昼。
「用意万端、整いましてございます」
タリアリージュ・ロワイヤル座の前で、金髪の女騎士はアンリエッタに跪いていた。
「ありがとうございます。あなたはホントに、よくしてくださいました」
シンジとルイズに彼女の紹介もせずに、アンリエッタは騎士を労った。

「おや!これはどうしたことだアニエス殿!貴殿の報告により飛んで参れば、陛下までおられるではないか!」
驚いた様子で駆けつけてくる男を見て、アンリエッタは言った。
「心配をかけて申し訳ありません。説明は後で致しますわ。それより隊長殿、命令です」
現れた男の向こうに、マンティコア部隊が見えて、シンジはこの男がマンティコア隊の隊長であることを知った。
「なんなりと」
跪いて、隊長は答えた。
隊長の態度にアンリエッタは頷いて、張りのある声で命令した。
「貴下の隊で、このタリアリージュ・ロワイヤル座を包囲してください。蟻1匹、外に出してはなりませぬ」
「御意」
そう言って頭を下げた後、隊長は部下に指示を飛ばした。

「それでは、わたくしは参ります」
「お供いたしますわ」
そう言ったルイズに、アンリエッタは首を振った。
どうして!と言いたげなルイズの表情にアンリエッタは続けた。
「あなたはここでお待ちなさい。これはわたくしが決着をつけねばならぬことです」
しかし、と言葉を濁したルイズに、アンリエッタは強い口調で言った。
「これは命令です」

劇場を固めてしまったマンティコア隊を見て、ルイズは呟いた。
「なんだか今回の任務は……、わたしたち、脇役みたい」
隣のシンジはルイズに答えた。
「危険なことは少ないほうがいいよ」

そんな2人にアニエスが紹介されたのは3日後のことだった。




第6話
  女の戦い

-終-
















[5217] 第7話 空、飛び出した後
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/17 06:49



「シエスタ……、シエスタ、起きて」
2日酔いで痛む頭を抑えながらシンジは言った。
グーグー、と床で寝息を立てて寝ている2日酔いの元凶を、シンジはゆすった。

「ふにゃ、おはようございます……」
シエスタは開いてるのかどうか分からない目で辺りを見回した後、顔を赤く染め上げた。
「シ、シンジさん、どうして?あのッ!わたし!」
頭に響く声にシンジは眉を顰めて、苦しそうに呟いた。
「飲ませすぎ」
シンジの様子に、キョロキョロ、と辺りを見回したシエスタは、赤い顔をさらに赤くして、シンジに尋ねた。
「わたし、お酒飲んじゃったんですか!」
大きな声はやめて、とシンジは呟いてから、シエスタに恨み言を言った。
「飲んだって言うか、飲まされた」
それだけ言うと、本格的に気持ち悪くなったのか、シンジはベットに倒れこんだ。

「そういえば、夕飯の時、ワインが出たわ。1杯くらいなら、なんて思って飲んでしまったわ。あう、どうしよう……」
青い顔をして寝転がったシンジを無視して、シエスタは焦った。
それから、シンジの様子に気付いたのか、慌てて部屋を出て、水を探しに出て行ってしまった。


第7話
  空、飛び出した後



始まった戦争に参加する、とルイズが実家に手紙を送ると、やってきたのはヴァリエール家の長女だった。
その長女は有無も言わさず、ルイズを馬車に押し込んで、道中の世話を名目にシエスタまで引っ張り出したのだった。
ヴァリエール家で、シンジに用意された部屋にシエスタが押しかけてきたのは着いた日の夜だった。
シンジの部屋に入ってきたシエスタは、既に出来上がっていたのか、入るなり酒を煽りだした。
「シンジ、お前も飲め」
その言葉と共に、シンジは壜で酒をラッパ飲みさせられたのだった。

「あんまり、その、お酒の癖がよくないみたいで」
シンジに水を渡した後、恥ずかしそうに頬に手を当てて、シエスタは言った。
コクコク、と喉を鳴らして水を飲むシンジに見つめながら、シエスタは言った。
「ワインを飲んでから、記憶がないんです。なにかわたし、シンジさんに失礼なことしたんですよね」
水を飲み終わったシンジは、気持ち悪そうに答えた。
「いや、飲まされた……」

飲まされただけ、とシンジが言い終わる前に、盛大な音を立てて、お城のメイドが飛び込んできた。
「どいて!旦那様が到着したのよ!ぴかぴかにしないと……」
騒がしいメイドが去っていった後に、シンジはシエスタに呟いた。
「ゴメン、気持ち悪いから、寝ます」
罪悪感に苛まれたシエスタに出来たのは、お大事に、と声をかけて、静かにドアを閉めることだけだった。


昼過ぎに、シンジは毛布を剥ぎ取られて、目を覚ました。
「ここじゃないみたいね」
寝ぼけた頭で、メイドの声を聞きながら、シンジは頭を振った。
寝たおかげか、水のおかげか、2日酔いは随分良くなっていた。

「開いてますよ」
響いたノックの音に、めんどくさそうにシンジは声をかけた。
それでも続くノックの音に、シンジは仕方なく、ドアを開けた。
「カトレアさん?」
外にいたのは、ルイズの2番目の姉として紹介された、カトレアだった。
「お邪魔してもよろしいですか?」
何しにきたんだ?と思わないでもなかったが、断る理由もないので、シンジは了承の旨を伝えた。


「ルイズはお嫌い?」
部屋に入るなり、カトレアはシンジに問うた。
「嫌いではないです」
そう答えたシンジに、カトレアは微笑んで返した。
「良かった。でも、ルイズは魅力的に成長するから、狙うんだったら今しかないからね?」
はぁ、と曖昧に頷いたシンジに、カトレアは笑って続けた。
「背は伸びないかもしれないけどね」
そう言って舌を出したカトレアに、シンジも笑った。

「あなた、お名前は?」
馬車で名乗ろうとして、従者の名前に興味がない、とエレオノールに一喝されたのをシンジは思い出した。
「シンジです」
「あら、素敵なお名前ね」
ありがとうございます、とシンジは頭を下げた。
シンジが頭を上げるのを待ってから、カトレアは続けた。
「ねぇ、あなた何者?ハルケギニアの人間じゃないわね。っていうか、根っこから違う人間のような気がするの。違って?」
キョトン、とした表情で言うカトレアに、シンジの緊張が伝わったのか彼女は笑った。

「使い魔です」
表情を変えずに言ったシンジに、カトレアは答えた。
「そういうことを言ったんじゃなかったんだけど、まぁ、そんなことはどうでもいいの。
どうもありがとうございます。ホントに」
ルイズのことを言っているのを察して、シンジは言った。
「使い魔ですから」
うふふ、と上品に笑って、カトレアは再度、シンジに礼を言った。
「あのワガママなルイズを助けてくださってありがとうございます。あの子が陛下に認められるようになった手柄は、
あの子1人であげたワケじゃない。きっとあなたが手助けしてくれた。そうでしょう?」
「使い魔の手柄は、主の手柄です」
淡々と言ったシンジに、カトレアは今日1番の笑顔を返した。
「大切にされているのね。さて、……残念なお知らせなの」
「なんでしょう?」

笑顔だったカトレアの表情が苦笑いに変わって、シンジに話した。
「ルイズ、お父さまにお許しがいただけなかったのよ。そんでもって、婿をとれなんて言われちゃって。姿を消しちゃったの」
「何やってんだよ」
頭を抱えたシンジを見て、カトレアは笑顔を取り戻した。
「父さま、ルイズに結婚しろだって。あの子も大変よね。婚約者が裏切りものだったと思ったら、
すぐに次の縁談よ。まだ幼いのにね」
そうですね、と愛想笑いをしたシンジに、カトレアは微笑んで続けた。
「あなたなら、止めてくれる?ルイズが結婚するの」
シンジは苦笑して返した。
「本人の問題ですから」

「あの子は中庭にいるから行ってあげて。中庭には池があって……、小さな小舟が浮かんでるの。その中にいるわ。
あの子、昔ッからイヤなことがあるとそこに隠れるのよ。ルイズを連れ出したら、城の外に出て。街道には馬車が待っているわ。
あなたたちの連れのメイドが手綱を握っているから、それでお行きなさい。……あの子は結婚なんて望んでないのだから」
暫く悩んでから、頷いたシンジを見て、カトレアは言った。
「戦は感心しない。嫌いだわ。正直、ルイズに行ってほしくはない。でも、あの子がそう決めて、その行為を必要とする人がいる。
だったら行かせてあげるべきだと思うの。それはわたしたちが決めることじゃない」
それから、カトレアはシンジの頬に手を当てた。
「あなたとルイズに、始祖のご加護がありますように」
祈りをささげた後、カトレアはシンジの額にキスをした。
神との相性を思い出して、シンジが苦い顔をしたのはご愛嬌だ。
「わたしの可愛い妹をどうかよろしくお願いいたしますわ。騎士殿」
答える代わりに、シンジはいつかの約束を口にした。
「綾波に誓いましたから、ルイズは死なない。僕が守るから、って……、だから、暫くは大丈夫です」
綾波が何か分からなくて、カトレアはキョトン、としたが、それから拗ねたように頬を膨らまして言った。
「暫くなの?」
「ええ、ルイズには彼女が立派な魔法使いになったら、帰るとも伝えてますから」
それでは、と一礼して出て行ったシンジを見ながら、カトレアは呟いた。
「あの子も苦労するわね」


中庭に出てから、池と小舟を見つけたシンジは、足がつくのを確認して、水に入った。
小舟を上から覗き込むと、毛布からはみ出したピンクの髪の毛が見えた。
「ルイズ」
「……シンジ?」
ちょこん、と毛布からルイズは顔を出した。
「行くよ。カトレアさんが馬車を用意してくれた」
悲しそうな顔をして、ルイズは答えた。
「……行けないわよ。家族に許しも貰ってないのに」
「それなら、ここにいればいい」
シンジの声が冷たく聞こえて、ルイズは拗ねた。
「もうヤダ。どうでもいい」
子供だよな、と頭を掻きながらシンジは優しく聞いた。
「どうして?」
「だっていくら頑張っても、家族にも話せないなんて。誰がわたしを認めてくれるの?
なんかそう思ったら、すごく寂しくなっちゃった」
シンジは溜息を吐いた。
「女王陛下はルイズを認めたから、参戦を頼んだんじゃないの?」
「……それは」
俯いてしまったルイズに、シンジは続けた。
「それに、カトレアさんだって言ってたよ。あの子が決めたなら仕方ない、って」
カトレアの話が出てきて、ルイズはシンジを見上げた。
「ルイズは認められているんだよ。少なくとも2人には」

「……アンタは?」
シンジの言葉に、嬉しそうな顔をした後、ルイズは尋ねた。
アンタはわたしを認めてくれる?アスカの姿とダブったルイズを見て、シンジは答えた。
「……使い魔だからね」
認めるよ、と答えそうになって、シンジは別の言葉で肯定した。
シンジの意図を理解して、ルイズは立ち上がった。
「行くわよ」


「おお、シンジ君。出発かね」
準備を整えてやってきたシンジに、コルベールが尋ねた。
「ありがとうございました」
弾切れのゼロ戦に、新兵器を施しこしてくれたことにシンジは礼を言った。
ゼロ戦の整備を担当しているのも、コルベールだった。
「いや、それほどのことでもない、わたしの趣味も兼ねている。……とりあえず、作っておいた」
頭を下げたシンジを手で制して、コルベールは作ったと言った説明書をシンジに渡した。
渡された説明書を、パラパラ、とめくって、シンジは再度、コルベールに頭を下げた。
「ありがとうございます」

シンジの態度に苦笑いした後、コルベールは真剣な顔になって言った。
「本当は、自分の生徒が使用する乗りものに、武器などつけたくはないのだ」
どう言おうか迷った後、シンジはコルベールに告げた。
「すみません……。でも、先生には本当に感謝しています」
また頭を下げたシンジに、コルベールは苦笑いを返した。
「君には、言ったかな?わたしが火の力を人殺しに使いたくないと思っていることを」
いつだったかの、講義の最中、コルベールの言ったことを思い出してシンジは答えた。
「存じ上げています」
そうか、そうだったな、とコルベールは呟いてシンジに言った。
「君だけだったな、わたしの発明を真剣に聞いて、評価してくれたのは」
寂しそうに言ったコルベールをシンジは慰めた。
「先生の発明は素晴らしいんです。この世界が先生に追いついてないだけなんです」
だから、気落ちしないで発明を続けてください、とシンジは続けた。

「シンジ!」
準備が出来たのか、ルイズがシンジに声をかけた。
何か言おうとしたコルベールを無視して、シンジは言った。
「行ってきます」

ゼロ戦のエンジンをかけたシンジを見て、コルベールは急いで杖を出した。
それから、風の魔法の詠唱前に、ゼロ戦の爆音に負けないように叫んだ。
「シンジ君!ミス・ヴァリエール!」
シンジが振り向いたのを確認してコルベールは続けた。
「死ぬなよ!死ぬな!みっともなくたっていい!卑怯者と呼ばれても構わない!ただ死ぬな!
絶対に死ぬなよ!絶対に帰ってこいよ!」
頷いて、ゼロ戦を発進させたシンジを見て、コルベールは風の魔法を唱えた。



「甲板仕官のクリューズレイです」
ヴィセンタール号への着艦をつつがなく済ませた2人を待っていたのは、護衛の兵を伴った将校だった。
案内された個室に荷物を置くと、次に案内されたのは会議室だった。

陽動を依頼されて、ルイズは言った。
「明日までに、使用できる呪文を探しておきますわ」
ルイズのその言葉に満足したのか、ポワチエと名乗った将軍は2人に退出を促した。

「イヤな感じ」
会議室を出て、直ぐにルイズは呟いた。
それから、ルイズはシンジに向き直って言った。
「あの人たち、わたしをただの駒としてしか見てない気がするわ」
「戦争だからね」
だから仕方ない、とシンジは答えた。

「おい、お前」
後ろから肩を叩かれて、シンジが呼ばれたのはそんなときだった。
声をかけたのは、5、6人の貴族だった。
年齢はルイズとそう変わらないだろう。
「来い」
ゲンドウ、と続かなかったことをシンジは残念に思いながら、後に続こうとした。
が、ルイズに袖を引っ張られて止められた。
「やめなさい」
耳元で囁かれたので、貴族達には聞かれていないだろう。

「はやくしろ」
いつまで経っても来ないシンジにイラついたのか、不機嫌そうに1人が言った。
「すみません。主に止められましたので」
シンジの言葉を聞いて、貴族の少年達は何事か話し始めた。

「お前が乗ってきた、アレは生き物か?」
あぁ、と頷いて、シンジは答えた。
「違います」
シンジが答えた途端、太った少年が騒ぎ出した。
「ほらみろ!ぼくの言った通りじゃないか!ぼくの勝ちだ!ほら1エキューだぞ!」
賭けをしているらしかった。

「それじゃ、失礼します」
もう用事は済んだろう、とばかりにシンジは貴族達に立ち去ることを告げた。
「ちょっと、待ってくれよ!」
シンジを止めたのは、勝った!と騒いでいた少年だった。
「きみのおかげで勝てたんだ!今夜は奢るよ」
少年はそう言って杯を傾けるジェスチャーをした。
異を唱えたのは、眼鏡の少年だった。
「止めとけ、甲板仕官の見回りがある。夜中に部屋から抜け出したのがバレたら、どやされるぞ」
少し考えて、太った少年は答えた。
「カカシでも作っておくよ」
直ぐバレるぞ!とツッコミが入って、男達はみんなで笑った。
1人だけ女のルイズは、カカシ、カカシ……、と呟いて、何かを思いついたのかシンジを引っ張って行った。
「ついてきなさい」
連れて行かれたシンジを見ながら、少年達の1人が呟いた。
「ついてきなさい、って、引っ張りながら言ってもなぁ」
その言葉に他の少年達は笑い出した。

ルイズに連れられて、シンジは部屋に戻った。
ルイズが始祖の祈祷書をめくりはじめたのを見て、シンジはコルベールの説明書を読み始めた。
炎蛇のヒミツ
少しばかりアレなタイトルに、苦笑しながらシンジは説明書を読み始めた。


翌朝

1騎の竜騎士の後方をゼロ戦は飛んでいた。
先行する竜に跨った少年は、昨日賭け事をしていたうちの1人だ。
先頭の竜騎士を筆頭に、ゼロ戦の周りには2人を守るように竜騎士が陣取っている。

前方の竜が臨戦態勢に入ったのを見て、シンジはゼロ戦のスロットルを目一杯引いた。
次いでスロットル横のレバーを思いっきり引いた。
「シンジガンバレ!シンジガンバレ!ミス・ヴァリエールモガンバレ!」
コルベールの声で喋るヘビ人形の舌を引っこ抜くつもりで、シンジは乱暴に引っ張った。
竜騎士の守りから頭だけ出すような形になったゼロ戦から火花が散った。
発射された火矢の全ては雲の隙間から見えた、敵の竜騎士に命中し敵の半分を撃墜した。
シンジはゼロ戦の加速をそのままにして、200発ほど残っていた7.7ミリ弾をぶち込んだ。
狙いは風竜の翼。
200発の弾丸で4騎撃墜したところで、残りの3騎は適わないと見たのか撤退した。

「相棒、迂回しようぜ」
雲の向こうからやってきた、数えるのもバカらしいほどの竜騎士を見て、デルフリンガーが言った。
デルフリンガーに従ったのか、シンジはゼロ戦を減速させて、左に折れた。
しかし、護衛の竜騎士はついてこなかった。
それどころか、護衛の竜騎士はおそらく100を超えるだろう、敵の竜騎士の群れに突っ込んでいった。
加速した竜騎士の1人とシンジは目が合った。
簡略化された敬礼をした後、彼は前を向いて杖を掲げた。
奢ってやる、と言っていた少年だった。
「娘っ子が祈祷書に集中してて良かったな」
呟いたデルフリンガーに舌打ちを返して、シンジは座席の下のレバーを引いた。

久しく味わってなかった体を座席に押し付けられる感覚を味わいながら、シンジは呟いた。
「きっと、成功させるから」
後ろに座った作戦の鍵を、チラリ、と見て、シンジはレバーを握る手を強くした。

港が見えて、シンジは地図を確認した。
「ルイズ」
シンジが呼びかけてもルイズはいまだに集中してるのか、反応を返さない。
「ルイズ!」
少し強めに呼びかけて、ようやくルイズは反応した。
「何?」
「目的地」
端的に言ったシンジに、ルイズは外を見ることで答えた。
「上昇して」
シンジは言われたとおりに、上昇させた。
ゼロ戦の速度が落ちてきたところで、ルイズはゼロ戦の風防を開けた。
ルイズの片手には始祖の祈祷書、片手には杖を握っている。
「ッバカ!」
舌打ちして、シンジはルイズを抱きかかえた。
そんなことに構わず、ルイズは呪文を詠唱し始めた。


遠くの雲の隙間から見えた、今朝方まで乗っていたトリステインの艦隊にシンジは作戦の成功を確信した。
「お疲れさま」
シンジが十字をきって呟いた言葉は、護衛に当たってくれた竜騎士中隊に向けてだった。


「炎蛇って、コルベール先生?」
ルイズが炎蛇のヒミツを見つけたのは艦隊との合流のため、アルビオン大陸と空の境界へと向かっているときだった。
「うん」
肯定したシンジに、ルイズは説明書をペラペラ、とめくりだした。
最後のページに挟んであった手紙が落ちて、ルイズはそれを拾い上げた。
封が開いていた。

シンジ君。
わたしの発明は役にたったかね?
そうなら嬉しい。
わたしはきみを……、いや、きみだけでなく、学院の生徒諸君を、いや先生達も、大事に思っているから役に立つことが嬉しい。
さて、どうして今日はきみにこんな手紙を書いたかというとだな、実は頼みがあるのだ。
いや、変なことじゃない。
お金のことでもないから安心して欲しい。
なぜ頼みごとをするのかというとだな、わたしには夢があるのだ。
それは、魔法でしかできないことを、誰でも使えるような技術に還元することだ。
きみも見ただろう?愉快なヘビ君を。
なに、アレは確かにオモチャに過ぎんが……。
いつしか誰もが使えるような立派な技術を開発すること。
それがわたしの夢なのだ。

言うか言うまいか悩むが話そう。
わたしはかつて、罪を犯した。
大きすぎる罪だ。
大きすぎて、どうしようもないほどの罪だ。
その罪を贖おうと思って研究に打ち込んできたが……。
最近、思うようになったことがある。
それはだな、罪を贖うことはできないということだ。
どれほど、人の役に立とうと考えて実行しても……、わたしの罪は決して赦されることはない。
決してない。

だからきみ、1つ約束して欲しい。
聡明なきみなら、きっと気付いていると思う。
だが、言おう。
あえて、言わせてもらう。
これからきみは困難な事態に多々直面するだろう。
戦争に行くんだ、人の死にたくさん触れねばならんだろう。
だが……。
慣れるな。
人の死に慣れるな。
それを当たり前だと思うな。
思った瞬間、何かが壊れる。
わたしは、きみにわたしと似た匂いを感じた。
だからこそ、きみにお願い申し上げる。
戦いに慣れるな。
殺し合いに慣れるな。
死に慣れるな。


さて、最後になったが頼みごとだ。
きみと初めて会ったとき、きみは言ったな?
別の世界の人間だと。
その世界では、きみが今乗っているような飛行機は型遅れだと。
それが本当ならハルケギニアとは比べものにならんほど技術が発達しているんだろう?
きみが嘘を吐いているようにわたしには見えなかった。
もし、きみが嘘を吐いていたとしても、その嘘にならわたしは騙されてもいいと思った。
……何が言いたいのかって?
あのだな、わたしはそれを見てみたいのだ。
見て、是非とも研究に役立てたいのだ。
だから、きみが帰る際……、わたしも連れて行って欲しい。
もう直ぐなのだろう?
帰れるかもしれない。
きみがそう言ったのは、夏が終わった頃だったのだから。
わたしも本気だ。
だから死ぬなよ。
絶対に生きて帰ってこい。
じゃないと、わたしがきみの世界に行けなくなる。


「帰っちゃうの?」
手紙を読み終えて、ルイズはシンジに聞いた。
「そうだね」






第7話
  空、飛び出した後

-終-










[5217] 第8話 異世界の従者
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/18 16:45



就寝時、ルイズがシンジに抱きついて寝始めるようになったのは、陽動の任務が終わった日からだった。
それでも、日に日に深くなっていくルイズのクマを見て、シンジはついに声をかけた。
「寝れないの?」
愚図るようにシンジの胸に頭を押し付けて、ルイズは質問を返した。
「帰っちゃうの?」
ルイズが何日も聞きたくて、聞けなかった言葉だった。
「この戦争が終わったら、帰ろうって思ってる」
いつ決めたのか、シンジは帰る時まで答えた。

「アンタは、わたしが、立派なメイジになれたと思ったの?」
行かないで、と言わないでルイズは、代わりの言葉を紡いだ。
「僕は、ルイズのことを強力なメイジだと思っているよ」
行かないで、と言えなかった自分が情けなくて、ルイズはシンジの胸に押し付ける頭を強くした。
そうしないと泣いてしまいそうだったからだ。
優しく頭を撫でてくれるシンジの手から、自分の気持ちを見透かされていることを感じたルイズは、今度は涙を止められなかった。
自分の気持ちを分かってくれて、それでも帰る、と言ったシンジを止める言葉が、ルイズにはなかったのだった。
好きだ、と告げる前にフッた自分の使い魔を憎むことが出来なくて、ルイズの涙は止まらなかった。
ルイズの2度目の失恋は、1度目よりも彼女の心を抉った。


第8話
  異世界の従者


陽動作戦から8日が経った。
ルイズは相変わらず、シンジの胸に頭を乗っけて寝ている。
竜騎士中隊のメンバーで生還したものがいる。
2人がそう聞いたのは、昼を過ぎた時だった。
それから、互いの生還を喜び合った後、1人の御伽噺を聞いて、全員で笑ったのが久々のルイズの笑顔だった。


翌日、日の出前。
「キモチワルイ」
久々の悪夢は、シンジの眠気を奪い去った。
自分の胸に頭を乗せて寝ているルイズが起きていることは知っていたが、シンジは静かにドアを開けた。

「きみが噂の使い魔君だね?」
日の出で東の空が明るくなってきた甲板で、シンジは声をかけられた。
「噂が何なのか知らない僕には、そうだ、と肯定することは出来ないんだけど」
それはそうだ、と声の主は笑った。
「すまない。人間の使い魔という噂を聞いて、1度会っておきたくてね。僕はロマリアの神官、ジュリオ・チェザーレだ」
名乗り遅れてすまないね、とジュリオは人懐っこい笑みを浮かべて、続けた。
「ジュリオでいいよ」
差し出された右手に握手して、シンジは返した。
「僕もシンジでいいよ」


シティオブサウスゴータに上陸して、ルイズに任された任務はイリュージョンで幻の軍勢を作り出すことだった。
路地裏に隠れて唱えたイリュージョンは、陽動作戦と同様に上手く敵を引き寄せた。
ただ、たった1つだけ違いがあった。
陽動作戦の時にはゼロ戦に乗っていたことだった。
違いは逃げ足が十分にある状態と、そうじゃない状態だった。
要するに、2人はトロル鬼とオグル鬼に追われていた。

広場に出たところで、竜の羽音を聞いて2人は走るのを止めた。
断末魔の悲鳴が聞こえて、4頭のオグル鬼が燃え尽きたのをきっかけに、トロル鬼とオグル鬼は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「ありがとう。助かったよ」
竜から降りてきたジュリオに、シンジは礼を言った。
「お疲れさま」
上手く言ったね、とジュリオは続けた。
それから、ジュリオはルイズに向き直って、大仰な挨拶を始めた。

「あなたがミス・ヴァリエール?噂通りだね!なんて美しい!」
興味無さそうにヴァリエールであることを肯定したルイズの手に、ジュリオは口付けた。
「ぼくはロマリアより新たなる美を発見しに参戦したのです!あなたのように美しい方に出会うために、
ぼくは存在しているのです!マーヴェラス!」
それだけ言われても、ルイズに変化はない。
そんなルイズに機嫌を悪くもせず、ジュリオは頭を下げた。
「急ぎ、挨拶を済ませてしまいましたが、僕らはヤツらを追撃せねばなりません」
それだけ言って、ジュリオは愛竜に飛び乗った。
「再びお目にかかれる、そのときを楽しみにしております」
アズーロ!と愛竜を呼ぶと、ジュリオは飛び立った。


銀の降臨祭を理由に停戦が始まってから、明日で2週間だった。
シティオブサウスゴータを解放後、撤退したアルビオン軍が、街から食料を根こそぎ持っていったことを知って、
シンジはこの戦いでアルビオン軍が勝っても負けても、神聖アルビオン共和国が長くないことを悟った。
シンジは、勝ち戦だ、とはしゃぐ味方の空気に一抹の不安を感じていた。
降臨祭のための休戦期間は明日で最終日だ。

「どこ行くの?」
背中合わせで暖炉の前に座っていたシンジが立ち上がったのを感じて、ルイズは声をかけた。
「買い物」
着いてくる?と聞いたシンジに、ルイズは断った。
ここのところ外に出ようとしないルイズに溜息を吐いた後、シンジは言った。
「それじゃ、行ってくるよ」

ふぅ、と溜息を吐いてから、ルイズはデルフリンガーに問いかけた。
「アンタは知ってたの」
「何のことだい?」
分かっていて、デルフリンガーはとぼけて見せた。
そのことが伝わったのか、ルイズも不機嫌そうに答えた。
「シンジのことよ」
ああ、と今更理解したようにデルフリンガーは続けた。
「知ってたよ」
「何で言わなかったのよ」
怒ったルイズにデルフリンガーは冷めた声で答えた。
「聞かれなかったからな」

「ねぇ……、どうすればいいの?」
「好きなのかい?」
別に好きじゃない、と言いそうになってルイズは詰まった。
「好きなら止めりゃあイイじゃねぇか」
簡単に言ったデルフリンガーを羨ましく思いながら、ルイズは答えた。
「どうすればイイのか分からないのよ」

「俺にもわからねぇよ」
暫くの間、考えてから出たデルフリンガーの返答は、ルイズの期待したものではなかった。
「何よそれ」
怒ったルイズをとりなすように、デルフリンガーは言葉を紡いだ。
「まぁ、待て。相棒はアレでなかなか強情だ。その上、優秀だ。帰れるって相棒が言ったなら、帰れるだろうし、
帰るって言ったなら帰るだろうよ。だからって、俺にその方法が分かるワケじゃねぇ」
面白く無さそうに言ったデルフリンガーにルイズは、役立たずと呟いた。
「前にも言ったが、役立たずはお前さんだ」
「何よ!」
役立たず、と言われたルイズは、デルフリンガーを睨んで声を荒げた。
「相棒は俺にとっても6千年ぶりの相棒だ」
別れるにはまだちょっとはぇよ、とデルフリンガーは呟いた。
「伝説の剣、言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」
「別に、オメェさんが相棒と恋仲になってくれりゃあ、相棒も思いとどまるんじゃねぇかって思ってた時期があっただけさ」
デルフリンガーの言葉にルイズは俯いてしまった。

「……悪かったわね」
ようやくルイズが搾り出した答えは、自分自身を落ち込ませるものだった。
「まぁ、アレだ。俺から言えるのは、どうせ別れなきゃならんのなら最後くらいは素直になってもいいんじゃねぇの?ってことだけだ」
デルフリンガーの慰めに、ルイズは頷いた。


「まいど~」
そう言った店主に渡された袋からは、リンゴとレモンが顔を出していた。
なんとかしなきゃな、とシンジはご主人様を思い浮かべて、空を見上げた。

「シンジさん!」
後ろからのタックルを喰らって、シンジは手にしていた袋を落とした。
「やーん、こんなに早く逢えるなんてー!わたし感激です!か・ん・げ・き!」
「シエスタ?どうしてここに?」
感激と叫びながら抱きついてきたシエスタに、シンジは苦笑いを浮かべた。
「あらん?シエスタちゃん、お知り合い?」
夏以来、聞いていなかった野太い女言葉を聞いて、シンジの顔は引き攣った。
「店長?」
別にシンジは、スカロンのことが嫌いなワケではない。
が、苦手なものは苦手だった。
ん、と無愛想に伸びた手から落とした袋を受け取って、シンジは礼を言った。
「ありがとう」
落ちた袋を拾ってくれたのはジェシカだった。

久々に会った面々と、一緒に食事をしようと言う提案が出されるのは、自然の流れだった。
とりあえず、4人はルイズを迎えに行くためにシンジの後について行った。
「ここです」
それだけ言ってシンジは、ドアをノックした。
返事の代わりに中から、トタトタ、と足音がしてドアが開いた。
開いたドアの先から本日2度目のタックルを受けて、シンジは袋の中身をぶちまけた。
「お帰りなさい!淋しかったんだから!」
シンジの後ろから香ってくる、夏以来の香水の匂いに、ルイズは思わず固まった。
「あら、ルイズちゃんも可愛いところあるじゃないの」
聞き間違えることのない特徴のありすぎる声に、ルイズの顔は羞恥に染まった。
少し素直になった途端にこれだった。
四六時中、シンジと一緒にいたせいなのか、ルイズにも彼の不運が移ったようだった。
部屋の隅で、あ~あ、とデルフリンガーは溜息を吐いた。

自分の予想外の展開に、デルフリンガーはルイズを誉めてやりたい気持ちになった。
いつものルイズなら、こんなタイミングで客を連れてきたシンジを殴った後、
デルフリンガーに虚無の魔法をかけるくらいはやってのけると思ったが、今日の彼女はそんなことはしなかった。
固まった空気の中で真っ先に声を上げたのはシンジだった。
「とりあえず、みんなでご飯食べに行こうって話をしてたんだけど」
そう言ったシンジにルイズが返した言葉までは、デルフリンガーの予想通りだった。
「ヤダ」
それからルイズは、シンジの首にぶら下がるように抱きつくと、頬に軽くキスをした。
固まったまま動かないシエスタを横目で見た後、ジェシカは呟いた。
「やるじゃん」

「皿洗いさせとくには勿体なかったわね」
スカロンの言葉に頷いたジェシカも同じ思いだったのだろう。
外に食べに行かないと言ったルイズに、シンジは仕方なく料理を作ることにした。
シティオブサウスゴータで用意された部屋に料理するスペースが合ったのは幸いだった。
外に出ないルイズのためにシンジが料理を作り始めたのは、この街の解放後のことだった。
「シエスタのおかげですよ」
名前を出されたシエスタは、恥ずかしそうに頬を染めて否定した。
「とんでもないですよ。ほとんどシンジさんが作られたんですよ。
わたしが作ったのはスープくらいで、後は給仕をしていただけです」
微笑みあった2人を見て、ルイズはシンジの腕を引っ張った。
「なんで学院にいた頃は、作ってくれなかったの?」
シンジを取られて頬を膨らませたシエスタを無視して、ルイズは聞いた。

「作る場所がなかったからね」
見も蓋もないシンジの答えにルイズは頷いた。
「でも、こんなに美味しいんだったら、学院に帰ってもアンタに作ってもらおうかしら」
ルイズが暗に、まだ帰っちゃダメ、と言いたいのを理解したシンジは、苦笑いを返した。
シンジの態度に帰ることを止めるつもりがないのを感じても、ルイズは落ち込まなかった。
「それじゃあ、ご主人様として料理を作ってくれた使い魔にご褒美を上げるわ」
そう言ってルイズはまたシンジの頬にキスをする。
負けてられない、とシエスタもルイズと逆側の腕を取ると、シンジの頬にキスをした。

「それじゃあ、わたしたちはこれで失礼するわ」
仕事があるから、と3人は出張してきた魅惑の妖精亭に帰って行った。
「シンジさん!あの、あ、明日のお昼から会えませんか?」
帰りがけにかけられたシエスタの言葉に、シンジは了承の旨を伝えた。
「それじゃあ、2時から!」
それだけ告げて、勢いよく頭を下げたシエスタは、スカロンとジェシカを追いかけて走り去った。

ご主人様の許可なく、明日の都合を決めたシンジを怒るでもなく、ルイズはシンジの腕を引っ張った。
「寝るわよ」
そう言ったルイズをベットに入れてから、シンジは立ち上がった。
「どこ行くの?」
不安そうに聞いたルイズにシンジは答えた。
「飲み物取ってくるよ」

暫くしてから、シンジは湯気が上がるカップを左右の手に持ってきた。
「今夜も眠れそうにないんだろ?」
そう言って左手に持ったカップをルイズに手渡した。
「ありがとう」
寒かったのか、ルイズは直ぐにカップに口をつけた。
「……、美味しい。でも、初めて飲んだわ」
なに、これ?と聞いてきたルイズに、シンジは答えた。
「ホットレモネード、少しは気分が落ち着くだろ?」
この世界にはないのかな、と思いながら、シンジのカップに口をつけた。
うん、と頷いて、ルイズはもう1度カップを口にした。


翌日、昼。

ロサイスまでの撤退命令が出たのは、シンジの作ったサンドウィッチを2人が食べきったときだった。
嫌な予感がしたシンジは、撤退前にルイズを引き連れて魅惑の妖精亭によった。
撤退命令が行き渡ってないのか、妖精亭の面々は騒ぎの中でおろおろしていた。
状況を理解したシンジは、トリステインも長くないかも、と嫌な想像をした後、シエスタに近づいた。
「ゴメン、昼からの約束は無理になった。ロサイスに引き返すから準備を」


ルイズの元に伝令の兵がやってきたのはロサイスに着いて、軍人と非軍人の撤退船を分けているときだった。
「わたし?」
「ミス・ヴァリエール!ウィンプウェン司令官がお呼びです!」
伝令の兵についていくルイズを見て、シエスタが決意したようにシンジの腕を引いた。
「シエスタ?」
「5分だけです」
船に乗れなくなるよ、と言ったシンジに、シエスタは返した。

船を待つ人の列がある大通りから、1つ奥の裏通りに入ってシエスタはシンジに向き直った。
「嫌な予感がするんです。戦争に負けるよりももっと……」
そこで言葉を濁して、シエスタはポケットから壜を取り出した。
「眠り薬です。もし、もしもミス・ヴァリエールが……、シンジさんに危険なことをさせそうになったら、
それを飲ませて、その隙に逃げてください」
シエスタはそれだけ言って、シンジの返事も聞かずにキスをした。
「それじゃあ、わたしは戻ります」
シンジの返事を聞きたくなかったのだろう、シエスタはキスが終わると駆け出した。
シエスタが走り去るのを見た後、シンジは彼女と重なった唇をなぞって呟いた。
「大人のキスか……。シエスタは死なないでね」

殿を務めよ。
撤退も降伏も認めず。
街道を死守せよ。
不意に頭の中を流れたイメージに、シンジは急いで司令部に駆け出した。

司令部から出てきたルイズを見て、シンジは声をかけた。
「命令書は?」
声をかけたシンジを無視してルイズは歩き出した。
きっと外れない嫌なイメージを思い出して、シンジはルイズの持っている命令書を引っ手繰った。
「あッ」
ルイズから取り上げた命令書を見て、シンジは剣を構えた。
「逃げようか?」
予想外のシンジの言葉に、ルイズは泣き出してしまった。

「アンタ言ったじゃない……、決めたことから逃げてもいいことはないって」
シンジは首を振って続けた。
「これは決めたことじゃない、決められたことだ。人に流されたっていいことなんてないんだ」
違う!とルイズは怒鳴ってから続けた。
「わたしが逃げたら、味方は全滅するもの。あのメイドも、妖精亭のみんなも……、
学院のみんなもどうなるかわからないわ。殺されるかもしれない。辱められるかもしれない。」
分かってるよ、とシンジは答えた。
それから一呼吸置いて、シンジは言った。
「でも、それはルイズも一緒だ。この任務に就いたら、きっと殺される。もしかしたら辱められるかもしれない」
分かってる……、分かってるわ、と呟いて、ルイズはシンジに話した。
「わたしだって死にたくはないわ。でも、味方を逃がすために死ぬんだもの。それはとても名誉なことでしょう?
これでわたしは立派なメイジになれるもの。アンタだって、これで帰れるでしょう?……さよなら」
最後の、さよなら、は言葉になっていなかった。

シンジは歩いていこうとするルイズの腕を取った。
「ルイズ……、昔話がしたくなったんだ。少しだけ時間をくれる?」
「……少しだけなら」
ルイズの了承を得て、シンジは歩き出した。

途中で、補給物資の山の中からワインを取り出したシンジを見て、ルイズは尋ねた。
「どうするの?」
「話をするのに、何もないっていうのは味気ないだろ?」
それから2人は落ち着いて話せる場所を探した。
寺院の入り口の階段を指差して、シンジは言った。
「そこにしよう」
シンジはルイズを階段に腰掛けさせてから、寺院の中に入っていった。

暫くしてシンジが帰ってくると、両手にグラスを持っていた。
左手のグラスをルイズに渡して、シンジは笑った。
「神様用、って言うのが癪に触るけどね。たまにはいいでしょ」
シンジの笑みにつられて、ルイズも微笑んだ。

「さて、昔話だったね」
話を切り出したシンジに、ルイズは頷いた。
「ええ」
シンジは1度、沈まない月を見上げた。
それから深呼吸して、話し出した。
「前に、ルイズに誓ったよね。ルイズは死なない。僕が守るからって」
「ごめんね」
シンジの誓いを破るような真似をしていることを理解して、ルイズは謝って俯いた。
そんなルイズの頭をなでて、シンジは続けた。
「昔……、僕に同じ言葉を言ってくれた人がいたんだ」
綾波が何なのか、ルイズはようやく理解した。
「あやなみって人?」
そうだよ、と頷いて、シンジは言った。
「僕が攻撃で、綾波はその僕を守る役目だったんだ。ここで死ぬかもしれないね。って言った僕に、
綾波は言ったんだ。あなたは死なないわ。私が守るもの。そんな綾波に誓ったんだ。僕もルイズは殺させないよ」
隣で寝息を立て始めたルイズを、シンジは抱き上げた。

「どうするんだい?」
シンジがすることを理解しながら、デルフリンガーは声をかけた。
「ルイズはデルフに任せるよ」
置いていくと言ったシンジに、怒ったデルフリンガーは柄を鳴らした。
「俺を置いてくなよ!」
はは、とシンジは笑った。
「置いていくよ。じゃないとルイズが心配だもん」
「俺はお前が心配だよ。まぁ、俺が心配したところで死ぬことは変わらねぇだろうがよ」
俺がいないと時間も稼げねぇぜ、とデルフリンガーは脅した。
少し考えてから、シンジはデルフリンガーに返した。
「ガンダールヴなら、そうだろうね」

「相棒なら、碇シンジなら違うって言いてぇのか?」
随分と自信家だな、とデルフリンガーは続けた。
「違うよ。碇シンジ自身の力なんて、たかが知れているよ」
苦笑いして否定したシンジに、デルフリンガーは怪訝そうに返した。
「じゃあ、どういう意味なんだよ」
「サードチルドレンなら、人間7万なんて相手じゃないんだ」
呆れたようにデルフリンガーが言った。
「サードチルドレンがなんなのか俺にはわからねぇが、オメェさんがそいつだってのか?」
頷いて、シンジは答えた。
「碇シンジの最後の切り札だよ」
おっかねぇな、とデルフリンガーは呟いた。

「こんなところで何をやってるんだい?」
ジュリオの問いに答えずに、シンジは頼みごとをした。
「ルイズを頼んでもいいかな?」
頷いたジュリオは続けた。
「任せておいてくれ。無事に船まで送り届けるよ」
「ありがとう」

ルイズとデルフリンガーを受け取って、ジュリオはシンジに聞いた。
「どうして、行くんだ?はっきり言うが、きみは確実に死ぬよ。平民のきみが名誉のために死ぬ必要はないんじゃないのか?」
シンジは笑った。
「ルイズを殺させないって、約束したから……、かな。それに、死にに行くわけじゃないよ」
死にには行かない、と言ったシンジにジュリオは怪訝そうな顔をして聞いた。
「それじゃあ、何しに行くんだい?」
「7万を倒しにだよ」
軽く言ったシンジに、ジュリオは大笑いした。
そんなジュリオを気にするでもなく、デルフリンガーが絞り出すように、声を上げた。
「相棒、俺は本当に行かなくていいのかい」
「デルフには伝言を伝えて貰いたいからね」
空元気で、声を張り上げたデルフリンガーが聞いた。
「何を伝えりゃあ、いいんだい?」

少しだけ悩んで、シンジは言った。
「コルベール先生に、勝手に帰ってごめんなさい」
ああ、と言ったデルフリンガーにシンジは続けた。
「ギーシュには、勲章おめでとう」
「分かった」
「モンモランシーには、悪かったね」
「おお」
「タバサには、ありがとう」
「そうだな」
「キュルケには、イイ恋をしなよ」
「伝えとく」
「シエスタには、楽しかったよ」
「娘っ子が怒るだろうな」
「ルイズには、別れ際にさよならなんて、寂しいこと言うなよって伝えておいて」
「それだけでイイのかい?」
それじゃあ、もう1つ、とシンジは続けた。

「ルイズに恋人が出来るように手伝ってやって欲しいんだ」
不機嫌そうに、デルフリンガーは答えた。
「相棒がなってやればいいんじゃねぇのか?」
苦笑いして、シンジは答えた。
「僕はこれから帰るからね」
溜息を吐いて、デルフリンガーは言った。
「俺は剣だからわかんねぇのかも知れねぇが、ホントにイイのかい?」
うん、と頷いたシンジに、デルフリンガーは呟いた。
「娘っ子は悲しむだろうよ」
困ったように、シンジは答えた。
「それを癒すのが、恋人の役目だよ」

デルフリンガーとシンジのやり取りが終わったのを確認して、ジュリオは再び、シンジに声をかけた。
「でも、7万を倒すとは大きく出たね。流石にガンダールヴだ」
ガンダールヴと言われて、別段驚いた様子のないシンジに、ジュリオは思わず問いかけた。
「驚かないのかい?」
まぁね、とシンジは頭を掻いた。
「それくらいの情報なら、他国に漏れていても不思議だなんて思わないよ」
へぇ~、とジュリオは興味深そうにシンジを見た。
「デルフには見せておこうと思ったんだけど、きみも見ておく?」
なんのことかは分からなかったが、面白いことだろうと、ジュリオは頷いた。


「我が名は碇シンジ。5つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召還せよ」
教会の直ぐ横の広場に出たところで、シンジはサモン・サーヴァントの呪文を唱えた。
フーケの作ったゴーレムより大きなゲートが開いた。
「おいで」
シンジが呟いた瞬間に、辺りには獣の咆哮が響いた。

「相棒……、これか?」
いつものように、おでれぇた、とデルフリンガーは言わなかった。
「そう、僕の世界の兵器、エヴァンゲリオン。その初号機。僕の機体だよ」
震える腕を抱きしめながら、ジュリオは紫色をした鬼に魅入っていた。
「コイツがいれば、楽な仕事だよ……。デルフ、悪いね、面倒ばかり押しつけて」
「ああ、別にかまわねぇよ」
意識は初号機に向いたままなのか、デルフリンガーの返事は気が抜けていた。
「それじゃ、後はよろしく」


アルビオン軍が壊滅したとの知らせが、トリステインに入ったのは、全軍の撤退を終えた翌日の未明だった。




第8話
  異世界の従者

-終-







[5217] 第9話 変わる世界
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2008/12/21 17:47




ルイズは、ぼやけた頭でゆっくりと目を開いた。
「おお、ルイズが目を覚ましたぞ」
「よかったよかった」
目の前にギーシュとマリコルヌがいて、何かを言っていた。
寝起きでシンジの顔を見られなかったことを残念に思ったところで、ルイズは覚醒した。

「わたし……。どうして?」
自分の横に置かれているデルフリンガーを見つけて、ルイズは急いで鞘から引き抜いた。
「どうなったの!」
怒鳴ったルイズにデルフリンガーは答えた。
「間に合ったぜ。ここは帰りの船の上さ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズは安堵の溜息を漏らした。
ふと、辺りを見回すとシンジがいないことに気付いた。
「ミス・ヴァリエール……、気が付かれたんですね」
起きたルイズにシエスタも気付いたのだろう、声をかけてきた。

「シンジは?」
トイレにでも行っているのかしら、と思いながら、ルイズはシエスタに聞いた。
ルイズの言葉にシエスタは不安そうな顔をして、その不安を払うように言葉を紡いだ。
「わたしも、ミス・ヴァリエールが目覚めたら、聞こうと思ってたんです。シンジさんはいっしょじゃないんですか?」
シエスタの疑問に答えたのは、ルイズではなくデルフリンガーだった。
「相棒は、行っちまったよ」
それだけで、事情が理解できたルイズは柵に駆け出して、飛び出そうとした。
「止めときな!相棒の頑張りが無駄になる!」
目の前の大陸で言った言葉を強めて、デルフリンガーはルイズを止めた。
「シンジ!」
叫んだ後、再び柵を越えようとしたルイズを見て、デルフリンガーは怒鳴った。
「小僧ども!さっさと娘っ子を止めろ!」
デルフリンガーに怒鳴られて、ギーシュとマリコルヌはルイズを羽交い絞めにした。
「おろして!お願い!」
「死ぬ気か!」
珍しくギーシュが怒鳴った。
離れていくアルビオン大陸が、どうやってもルイズのジャンプ力で届かなくなったところで、彼女は支えを失って崩れ落ちた。
ルイズはへたり込んだまま、シンジ、わたしもいっしょに、と壊れたように繰り返し続けた。




アルビオンから帰って、ルイズは部屋に閉じこもっていた。
「やっぱり、寝れないのね」
予想していたとはいえ、自分の不甲斐なさからルイズは、枕に顔を埋めた。
長旅から帰った体は疲れているはずなのに、寝ることを拒否してくれる。
シンジの匂いがついた枕は、彼女に安らぎを与えてくれたが、同時に涙をもたらした。
涙で枕が濡れてしまうことを怖れて、ルイズは勢いよく顔を上げた。
枕についてしまった涙の跡に、ルイズはシンジの匂いが薄くなってしまったように感じた。
それから、シンジの匂いをかき消す邪魔な液体を服の袖で乱暴に拭った。
しかし、途中で着ている服がシンジのカッターシャツだったことを思い出して、涙を拭う手も止まった。
やることなすことが、全て裏目に出る気がして、ルイズは座ったまま流れる涙を拭うことも出来なくなった。



それからルイズが眠れぬ夜を2つ過ごした日、部屋のドアが鳴った。
「開いてるわ」
ルイズはさして大きな声で言ったワケではないが、ノックの主には伝わったらしい。
「お邪魔するよ」
部屋に入ってきた金髪の美少年の名前をルイズは呟いた。
「……ジュリオ・チェザーレ」
覚えていてくれたんだね、とジュリオは大仰に跪いた。
そんなジュリオの様子を一瞥して、ルイズは興味無さそうに言った。
「どうして、こんなところに来たの?」
「きみに会いに来たんだよ」
面識なんてほとんどないジュリオに言われたことが分からなくて、ルイズは不思議そうな顔をした。
「分からないのかい?」
そう聞いたジュリオに、ルイズは頷いた。
本当に心当たりがなかったからだ。

「僕はロマリアの神官だ。教皇があなたを欲しがっているんだ。偉大なる虚無の担い手のね」
なんのことかしら、とルイズはとぼけて見せた。
アンリエッタとの約束を忘れたワケではなかったのだ。
ふ~ん、とジュリオは興味深そうに笑った後、軽いジャブのつもりでルイズに言った。
「ガンダールヴから聞いているよ」
それだけで、ルイズは激しく動揺した。
「アンタ!シンジがどこにいるのか知ってるの!」
ルイズの様子に、ジュリオは驚いた顔をして、詰め寄った。
「彼はいないのかい!」
ジュリオの様子に、ルイズは彼もシンジの行方を知らないことが分かって、落胆したように視線を逸らした。
「……アルビオンから、行方不明よ」
死んでいるかもしれない、とルイズは言えなかった。
失礼、と掴んだルイズの肩から手を離して、ジュリオは考え込んだ。
「……アルビオンから?それじゃあ、最後に会ったのは僕らだったというワケか……」
そんなジュリオの呟きを、ルイズが聞き流せるワケがなかった。

「どこで!どこで会ったの!」
ルイズの勢いに押されて、ジュリオは、ああ、と呟いてから事情を説明した。
「きみを船に乗せたのは僕なんだ。彼からきみを任されてね」
なにから話そう、とジュリオが言葉を濁したときに、ルイズは聞いた。
「それで!それでシンジは、どうしたの!」
難しそうな顔をした後、ジュリオは答えた。
「7万を倒す、と言っていた」
その言葉を聞いて、ルイズは顔を青くした。
「それで……、それで、行かせたの?」
ルイズの問いに答えずに、ジュリオはチェロの横に立てかけられた剣を見た。
「悪いが、僕ではなんと言って説明したらいいのか分からない。彼を出してもいいかな?」
彼と言って、ジュリオが指差した方を向いて、ルイズは頷いた。

「おぅ!助かったぜ、坊主」
よ~やく出れた、とデルフリンガーは能天気な声を上げた。
デルフリンガーの様子に、ルイズは気を悪くしたのか、ジュリオに問うた。
「どうしてコイツなのよ?」
はは、と苦笑いをして、ジュリオが答えた。
「僕と一緒に、彼の最後を見たからなんだけどね」
デルフリンガーの態度に不安を覚えたのは、ジュリオも一緒だったようで、しっかりと顔は引き攣っていた。

「で、相棒の話だったな」
デルフリンガーの言葉で、2人は顔を引き締めて頷いた。
「相棒は、帰ったよ」
帰った?とジュリオは不審そうな顔をした。
代わりにルイズがデルフリンガーに聞いた。
「帰ったってどういうことよ!」
分かってるんだろ、と前置きしてから、デルフリンガーは淡々と言った。
「相棒の元の世界に帰ったってぇ、言ってるんだよ」
黙ってしまったルイズに、デルフリンガーは続けた。
「厳密に言うなら、俺も相棒がどうなったかは知らねぇケドな。前に言ったろうがよ、相棒は帰ると言ったら帰る、と。
その相棒が、7万を倒して帰るって言ったんだ。なら相棒は7万を倒して帰ったんだろうよ」
ジュリオは考え込んで呟いた。
「やっぱり、アルビオン軍を壊滅させたのは彼か……と言うかアレなのか?」

「死んでるワケじゃないのね!」
デルフリンガーの言葉を聞いて、ルイズは声を張り上げた。
「さぁな、言ったろう?俺は厳密にはわからねぇ、って。まぁ、7万に向かって行ったなら普通は死んでるだろうよ」
常識を語ったデルフリンガーをルイズは睨んだ。
そんなルイズの様子を気にするでもなく、デルフリンガーは続けた。
「まぁ、どっちにしても相棒には、もう会えねぇだろうから、オメェさんもとっとと忘れたらいいんじゃねぇの?」
「何言ってんのよ!」
ルイズは怒鳴った。
気遣いってのは疲れるねぇ、と内心で思いながら、デルフリンガーは酷い言葉を続けた。
「そこの坊主なんてどうだい?相棒より美形だと思うけどな」
俺は剣だから、よくわかんねぇケドな、とデルフリンガーは笑った。
「ふざけないで!」
そう言ったルイズに、デルフリンガーは少し重めの声を出すと、ルイズに言った。
「大真面目さ。それに相棒も言ってたことだぜ?」

「よく分からないが、彼は帰ってこないのかい?」
険悪な空気を払うように、ジュリオがデルフリンガーに聞いた。
「ああ、帰ってこねぇと思うぜ。まぁ俺にはわからねぇんだけどな」
ジュリオに、というよりも、自分とルイズに言い聞かせるようにデルフリンガーは答えた。
そうか、と呟いて、ジュリオはルイズに向き直った。
「さっきも言ったが、ルイズ、きみはロマリアに来ないか?」
こんなときに、ロマリア行きの話しを持ち出したジュリオに、ルイズは怒鳴った。
「行かないわ!そんな話はどうでもいいのよ!ほっといて!」
枕を投げつけられたジュリオは、自らが焦ったことを自覚して、ルイズに謝った。
「すまない。……何事にもタイミングっていうのは大事だったね。……また迎えに来るよ」
ドアを開けたジュリオに、ルイズはもう1度怒鳴った。
「行かないって言ってるでしょ!出てってよ!」


ジュリオが出て行った後、重苦しくなった雰囲気を払うようにデルフリンガーが声を上げた。
「あ~!もう止めた!」
煩そうに、ルイズはデルフリンガーを一瞥した。
「娘っ子、冷たくない?」
「誰のせいよ……」
力なく呟いたルイズに、デルフリンガーは能天気に返した。
「相棒のせいだろ?」
間違ってない返答にルイズは、一瞬詰まったが、デルフリンガーに怒鳴った。
「あ、アンタのせいでしょ!」
楽しそうに、カチカチ、と柄を鳴らして、デルフリンガーは言った。
「そだね。俺にも多少なりとも責任があるワケだねぇ」
だったら、どうするのよ、とルイズはデルフリンガーを睨んだ。
「で、だなぁ、俺は思い出したことがあるワケよ」
もったいぶってるデルフリンガーにルイズは声を荒げた。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい、って言ってるでしょ!」
「ガンダールヴは俺の相棒だ。そいつは間違いねぇ。ただ、俺の主人がガンダールヴかと言われたら、それは違う。
相棒は相棒だからよ。じゃあ、俺の主人は誰か?武器屋の親父から俺を買ったのはオメェだよ。娘っ子」
そこで言葉を切ったデルフリンガーにルイズは苛立たしげな声を上げた。
「だったら、なによ」

「相棒を連れ戻そうぜ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズは吸い込まれるように頷いた。
「そんじゃあ、まずは相棒の無事を確認しようぜ」
決心したように頷いたルイズに、サモン・サーヴァントをしてみな、とデルフリンガーは言った。


「やっぱり、無事じゃねぇか」
6千年で最強のガンダールヴだな、とデルフリンガーは補足した。
笑顔が戻ったルイズに、デルフリンガーは言った。
「娘っ子、本番はこれからだぜ?」
始祖の祈祷書を開いてみな、とデルフリンガーは続けた。





第9話
  変わる世界


サモン・サーヴァントでエヴァンゲリオン初号機が召還できたことは、碇シンジに当たり前のことだった。
そして、トリステインを1日で壊滅できると言ったシンジの言葉は嘘ではなかった。
7万の軍団相手に、シンジがやったことと言えば、単純に走り回っただけだったのだ。
トライアングルの呪文だろうと、スクエアの呪文だろうと、エヴァの前では関係なかった。
先頭から最後尾までエヴァンゲリオンが駆け抜けただけで、約半数が戦闘不能に陥った。
そこから先頭まで1往復した後には、戦闘可能で残っていた部隊数は0だった。
生き残っている人物に共通していることは、幸運であったことと強力なメイジが傍にいて防御魔法を使ったこと、
そして最大の要因がエヴァから離れていたことだった。


7万の兵を壊滅させた後、シンジはエヴァを脱力させた。
それから、シンジは目を閉じた。
目の前の空気が震えるのを感じて、シンジは目を開けた。
エヴァに刺さる寸前で、宙に浮いて微動にしない槍を見て、シンジは手を伸ばした。
延ばした手の先に開いた穴から、ネルフ本部が見えて、シンジは安堵の溜息を漏らした。
それから、シンジは目の前の槍を深々と地面に突き刺した。
穴の向こうに着いてから、直ぐにネルフ本部から初号機に通信が入ったのは、シンジにとっては幸運だった。


1年振りね、と回収した初号機から降りてきたシンジに、ミサトは言った。
「ただいま」
返事の代わりに、シンジはミサトに言った。
「おかえりなさい」
涙ぐんだミサトに代わって、続いた言葉は無粋なものだった。
「サードチルドレン、同行してもらう」
黒服の2人にシンジが連れて行かれた先は、病院だった。
カウンセリングと検査入院の名目で、その日のシンジの1日は拘束された。


翌朝。
「またここか」
久々に見た見慣れた天井に、帰って来たことを実感して、シンジは声を漏らした。
提供された美味しくない朝食を食べ終えたところで、部屋のドアが開いた。
「シンちゃん、起きてる~?」
「センセ、邪魔するで」
能天気な声で入ってきたのは、ミサトとトウジだった。


「しっかし、センセもようわからんやっちゃなぁ」
一通り再開の喜びを分かち合った後、トウジが言った。
不思議そうな顔をしたシンジに、ミサトが補足するように言った。
「1年前にいなくなったと思ったら、ここの地下で凍結していたはずの初号機でいきなり現れるんだもの」
自分の言いたいことを代弁しているのか、トウジはミサトの横で、ウンウン、と首を縦に振っていた。
「その、僕もよく分からなくて、1年前の僕って何をしてたんですか?」
シンジの言葉を聞いて、2人は表情を険しくした。

「1年前……」
そこで言葉を切ったミサトは、更に顔を険しくした。
それから、ミサトは重い声でシンジに告げた。
「サードインパクトが起こったわ」
やっぱり、と内心を隠してシンジはオウム返しをした。
「サードインパクト?」
ええ、と頷いて、ミサトは続けた。
「シンジ君がどの程度、覚えているか分からないから、最初から話すわね」
重苦しい雰囲気のまま、ミサトは話し始めた。

「1年前、ネルフ本部は戦略自衛隊に攻め込まれたわ。結果的に、私達は戦略自衛隊の撃退に成功。
続いて投入されたエヴァンゲリオン量産機も、あなた達の活躍によって撃退された、としてるわ」
としてる、と言ったミサトにシンジは不審そうな顔をした。
「問題はその量産機との戦いの最中なの、1年経った今でも、よく分かっていないのだけど……」
言葉を濁したミサトに代わって、トウジが答えた。
「サードインパクトが起こったんや」
頷いたシンジを見て、ミサトが引き継いだ。
「結果的に、エヴァンゲリオン量産機だけが殲滅されていて、殺されたはずの本部職員及び、戦略自衛隊の隊員は無傷のまま発見されたわ」
「よく……分からないんですけど」
不思議そうな顔をしたシンジに、ミサトは謝った。
「ごめんなさいね。体験した私達ですらよく理解できていないのが現状なの」
そう言って、ミサトは俯いた。
「そうですか……」
ええ、と呟いてからミサトは顔を上げて続けた。

「あなた達がいなくなったのはその時よ」
「……達?」
僕の他に誰か?と聞いたシンジに、ミサトは答えた。
「……レイよ。彼女もサードインパクトの時から行方不明なの」
そうですか、と呟いたシンジが、気落ちしているように見えたのか、ミサトは明るい声で慰めた。
「大丈夫よ!シンジ君も見つかったんだから、レイだってきっと!」
拳を握り締めたミサトに、苦笑いを浮かべて、シンジは聞いた。
「アスカは?」
やっぱりそう来たか、とミサトは苦笑いを浮かべて言った。
「アスカは……、ドイツに帰ったわ」
良かった、と呟くように言ったシンジにミサトは怪訝そうな顔をして聞いた。
「良かったって、どうして?」
ああ、と頷いて、シンジは答えた。
「だって、ドイツに帰ったってことは、アスカは元気なんでしょ?」
悩むように顎に指を当てた後、ミサトは言いにくそうに答えた。
「元気なのは元気なんだけど……。それを説明するにはもう1つ伝えないといけないことがあるの」
そこでミサトは一呼吸入れた。


「使徒が攻めてきたの」
えっ、とシンジは素で驚いた。
「そんな、でも、使徒は……使徒はカヲル君で終わりだったんじゃ……そんな」
理解できない現実を消化するために、シンジは、そんな、と繰り返した。
そんなシンジに話をするために、ミサトは強めにシンジの肩を掴んだ。
「大丈夫よ。たしかに使徒は来ているけど、あなたが気にすることじゃないわ」
大丈夫と繰り返して、ミサトは続けた。
「たしかに使徒は攻めてきたわ。サードインパクトを乗り越えた私達をあざ笑うようにね。それでも、今度攻めて来たヤツらは弱かったのよ」
弱かった?と疑問を口にしたシンジに、ミサトは答えた。
「ええ、ATフィールドの出力の問題なのか、N2弾頭で殲滅できるくらいにね」
N2で殲滅できる、と言われて、シンジの顔が輝いた。
「そうなんですか!」
そんなシンジの様子を見て、ミサトは言い難そうに言った。

「でも、大変さは上がったと言っていいかも知れないわ。日本……、と言うかネルフ本部を襲撃していた使徒が、
今度は世界中に現れるようになったの」
分からないことばかりだ、と思いながらシンジは問いかけた。
「……世界中に?」
「ええ、初めは国土を焦土にしても使徒を殲滅していたんだけど、いつまでもそんなことを続けるワケにはいかなかったの」
そうでしょうね、とシンジは頷いた。
「そこで各国に、エヴァの劣化板が作られたの。この辺りは碇司令の手腕ね」
初めての展開に驚きながらも、シンジの質問は止まらない。
「エヴァの劣化版?」
そうね、と顎に手をやって、ミサトは説明を始めた。
「あなた達が乗っているエヴァが使徒を倒すように作られてるのに比べて、劣化版の方はATフィールドを中和するために作られているの。
一応、単体でも戦えるんだけど、無理やりかき集めたパイロットじゃあ、使徒相手に1対1で相手にならなかったのよ。
鈴原君ぐらいシンクロ率があれば戦えるんだけど、みんなそれの半分以下なのよね」
頷いたシンジにミサトは続けた。
「私達は、質でダメなら数を集めることにしたわ。要するに、錬度の劣るパイロット達でATフィールドを中和して、
遠距離から大火力で使徒を殲滅することにしたの」
上手くいったんですか?と聞いたシンジに、ミサトは嬉しそうに頷いた。

「今のところは上手くいっているわ。まぁ、そのおかげで、アスカはドイツに帰っちゃったんだけど……」
言葉を濁したミサトに、シンジは尋ねた。
「どういうことですか?」
シンジの質問に答えたのはトウジだった。
「ワイもそうなんやが、元チルドレンは、劣化版のチルドレンを鍛えるために教官役をやっとんのや」
トウジの言葉をミサトは補足した。
「残ったチルドレンは2人、日本人の鈴原君には日本で教官役を、
英語、ドイツ語を話せるアスカにはドイツを拠点に世界中を飛び回ってもらってるわ」
なるほど、と頷いたシンジは溜息を吐いて、ミサトに聞いた。
「それを僕にもやれって言うんですね?」
ミサトは、驚いたようにシンジを見つめた後、真剣な顔をして言った。
「話が早くて助かるわ……。でも、これは強要できることじゃないの。だから、よく考えて決めてね」
それだけ言って、ミサトはシンジにIDカード2枚渡した。

「あなたの家の鍵よ。あのマンションはそのままにしてあるから」
第3新東京市で、シンジがいつも買うマンションの鍵だった。
「もう1枚は本部のIDカード、決心がついたらいつでも会いに来て。もう退院の許可も出てるから」
「分かりました」
そう答えたシンジに、ミサトは満足そうに頷いた。
「疲れているところに、急いで説明してごめんなさいね。私も鈴原君も仕事が残ってるから、これで失礼するわ」
車は外に用意しているから、とミサトは言い残した。
「センセ、またメシでも一緒に食おうや!」
トウジもそれだけ言い残して、ミサトの後を追った。

とりあえず、シンジは1度家に帰ることにした。
黒服の運転するリムジンに乗って、シンジが部屋に着いたのは病室を出て30分後のことだった。

部屋に着いて、シンジは真っ先に渡された携帯電話でゲンドウに連絡をした。
「何だ」
4コールの後に電話に出た、高圧的な声に怯むことなくシンジは言った。
「近いうちに時間が空いている日がある?」
暫くの沈黙の後、ゲンドウは答えた。
「お前の件は葛城三佐に一任してある」
相変わらずの父親にシンジは、溜息を吐いた。
「つまらんことで電話をするな」
私は忙しい、とゲンドウは電話を切った。
ゲンドウの態度に、今のネルフに自分が必要ないことを実感したシンジは、部屋の中を確認し始めた。


「なにもないじゃないか」
部屋の中に、服も食料もないのを確認して、シンジは天を仰いだ。
それから、シンジは外に出て、口座の残額を確認した。
0が10個以上ついている口座を5つ確認したところで、残りの口座の確認を止めた。
最後に確認した口座から50万円引き出して、シンジは買い物を始めることにした。

食料と服を買い込んだところで、空腹を覚えたシンジは、残りの買い物を明日に回して家に帰った。
明日は家電を揃えなきゃな、と冷蔵庫とエアコンしかない自宅に愚痴を言って、シンジは明日の予定を立て始めた。
とりあえず、明日はのんびりやって、と何とかなりそうなこれからに、ダラダラ過ごそう、とシンジは妙な決意を固めていた。
こっちに帰って来たところで、消えていない左手のルーンが、シンジにハルケギニアでの出来事を夢じゃないと教えていた。






第9話
  変わる世界

-終-












[5217] 第10話 通れない門
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/02/10 03:46



「あなたのおかげでトリステインは助かりました」
そう言って頭を下げたアンリエッタにルイズは言った。
「姫さま、頭を上げてください。……わたしじゃないんです」
ルイズの言葉で顔を上げたアンリエッタは、沈痛な面持ちになって続けた。
「使い魔の手柄は主の手柄。彼ならそう言うんじゃないかしら?」
ルイズはアンリエッタから視線を外して俯いた。
「知ってらしたんですか?」
アンリエッタもルイズから目を逸らして答えた。
「正確には分かっていませんでした。軍からの報告ではあなたを足止めに向かわせた、とありました。
そして、今回の行方不明者の中にあなたの使い魔さんのお名前があったんです。
わたくしには、奇跡を起こして下さる心当たりはあなた達しかありませんので……。ごめんなさいね。ルイズ……」
苦しそうに言葉を紡いだアンリエッタは、再び深々と頭を下げた。

「わたくしはこれからアルビオンに渡ります。使い魔さんは、アニエスが全力で捜索中です」
生死の確認を取るために捜してもらっているとは、アンリエッタは言えなかった。
「シンジなら生きています」
それでも、アンリエッタの口調から彼女の言いたいことを理解したルイズは、強い口調で答えた。
しかし、と言葉を濁したアンリエッタにルイズは、証拠を見せると言ってサモン・サーヴァントを唱え始めた。

成功しなかった呪文を見て、アンリエッタは声を高くした。
「生きているのですね!」
頷いたルイズにアンリエッタは感嘆の溜息を漏らした。
「彼には何度もトリステインの危機を救って頂きました。わたくしは彼をシュバリエに叙そうと思っているの」
救国の英雄が生き残っている、その嬉しさを隠そうともせずに、アンリエッタは先のことを口にした。

「姫さま……」
嬉しそうなアンリエッタとは裏腹に、ルイズは気落ちした様子を隠せなかった。
彼女の言葉を聞いて、不安そうにアンリエッタが眉を動かした後、ルイズは続けた。
「シンジは、故郷に帰りました」
どうして止めなかったの!そう言いたいのを我慢して、アンリエッタは顎に手を当てた。
「連れ帰れないのですか?」
アンリエッタの言葉に、ルイズは申し訳無さそうに答えた。
「それ用の呪文はあるようなのですが……」
言葉を濁したルイズは続けて魔法を唱えだした。

目の前に現れた異世界の風景に驚いた後、アンリエッタはルイズに言った。
「これなら彼を連れて来られそうだけど?」
良かった、とアンリエッタは息を漏らした。
「すみません。姫さま……。わたしにはこれが限界なんです」
ルイズがそう言うと、目の前の光景は閉じられてしまった。
「たしかにあまり長時間の使用は出来ないようですが、移動するには十分な時間ではなくて?」
裕に2,3分は開いていた異世界への扉は、アンリエッタの言うように移動には十分すぎる時間を持っていた。
「はい。時間は問題ではないのですが……」
時間ではないと言ったルイズに、アンリエッタは尋ねた。
「彼がこっちの世界には来ないと言っているの?」
女王の願いを断るような異世界人なだけに、ルイズの頼みを聞いてくれる保証はない。
「使い魔のワガママを聞く気はありませんわ」
強い口調でルイズは答えた。
なら、何故?と首を傾げたアンリエッタに、ルイズは漸く答えた。

「大きさです」
ルイズの言葉を理解した後、アンリエッタはさっきまでの光景を思い出していた。
たしかにルイズに見せてもらった異世界はなにやら凄そうだった。
異世界の風景を見せてくれるその魔法は、自分の腕が通るかどうかのサイズだった。
「……トリステインの英雄の帰還は、あなたの成長にかかっているワケですね」
直ぐには彼の帰還は無理ね、とアンリエッタは爪を噛んだ。

それなら、とアンリエッタはシンジの帰還を後回しにして、ルイズに命を下した。
「ルイズ。トリステイン女王としてあなたに命じるわ。来週からの諸国会議に同行しなさい」
凛とした張りのある声で命を下した後、アンリエッタは表情を崩して、ルイズに言った。
「彼が最後に残したものもあるみたいだし……、会議に参加させるつもりもないから、旅行程度に捉えてくれればイイわ。
一応の名目は、女官としてわたくしの警護ということにしておくから」
シンジの残したものを見せてくれる、と言ったアンリエッタの心遣いに感謝しながらルイズは恭しく頭を下げた。
「了解いたしました。姫さま」


学園に戻ってから、ルイズは届いていた鏡を見て満足そうに頷いた。
「どうすんだ。そんなデカイ鏡なんて?」
デルフリンガーが言ったように、高さが2メートル近くもある立派な姿見は、ルイズには大きすぎる。
「成長期でしょ?アイツ。……これなら大きくなっても使えるわ」
帰ってくるかわかんねぇぞ、と言う代わりに、デルフリンガーは答えた。
「それにしてもデカ過ぎねぇか?」
鏡の中の自分を見たまま、振り返りもせずにルイズは返した。
「別にイイでしょ」
鏡越しに見えたルイズの顔は無理して笑っていた。

次の日、ルイズは楽譜を取り寄せた。
こちらの世界の音楽にも触れて欲しい。
彼ならきっと素敵な演奏をしてくれる。
贔屓目を差し引いても、シンジの演奏は趣味にとどめて置くには高レベルだった。
取り寄せた楽譜をパラパラと眺めた後、彼の演奏を想像してルイズは目を閉じた。

次の日、ルイズはシンジに宛てて手紙を書き始めた。
丸一日かけて、書いたり消したりを繰り返してできた手紙は彼に渡すには薄汚れて見えた。
だが、そんなことは彼女は気にしなかった。
一息分の呪文を唱えると、直ぐに開いた異世界に向かって、今書いたばかりの手紙を投げ入れた。
これでもう、当分シンジの姿を見ることはない。
明後日からのアンリエッタの護衛を考えると、これ以上無駄に使える精神力はないからだった。



アルビオンへの出発前夜。

ルイズは部屋で切なげに溜息を吐いていた。
「そんなに思い悩むくらいなら、ちょっとくらい相棒の様子を確認してもイイじゃねぇか?」
投げ入れた手紙の行方が気になって、溜息を繰り返すルイズにデルフリンガーは言った。
「あの魔法は精神力の消費が激しいのよ。おいそれと使えるものじゃないのよ」
そうよ、だから仕方ないの、とルイズはシンジの反応が気になりながらも、
それを実際に見る勇気がない自分を自己弁護しながら、デルフリンガーに言った。
「シンジを呼び戻すときに、精神力が足りないなんてことになったら最悪でしょ!それに、明日からは姫さまの護衛の任もあるし……」
だから、とルイズは自分を騙すために言いワケを続けた。

「娘っ子……、今の自分の顔を見てみな?」
デルフリンガーの言葉に、ルイズは新しく買った姿見を見た。
泣きそうな自分の顔が鏡に映っていて、ルイズは慌てて笑顔を取り繕った。
今はもう、部屋からシンジの匂いは消えていた。


翌日。

アンリエッタに連れられて、ルイズはアルビオンにやってきた。
「これですわ。わたくし達にはこれが何なのかすら分かってないのですが……」
地面に突き刺さった紫色の棒は、複雑に絡み合って螺旋を描いていた。
見ようによっては槍のようにも見えるそれは、人が持つには大きすぎる。
紫の鬼のようなゴーレム、たしかシンジはそう言っていた。
「きっと……、シンジの武器の1つですわ」
デルフリンガーを持ってくるんだった、あの剣なら、シンジの言ったゴーレムの大きさを知っている。
そこまで思い立って、ルイズは役立たず、と部屋に置いてきたデルフリンガーに八つ当たりをした。

これがシンジの残したものだと思った瞬間、ルイズは涙が溢れてきた。
生きていてくれただけで嬉しかったはずだった。
声が聞きたくなった。
話がしたくなった。
救ってくれた礼を言いたかった。
逢って抱きしめて欲しかった。
好きだと伝えたくなった。


「ルイズ……、予定もあるから、そろそろ行きましょう」
アンリエッタがルイズに向かって言った。
「時間をかけてしまって申し訳ありません」
暮れ始めた日に、今更気付いたようにルイズは謝った。
「イイのです。救国の英雄に祈って、祈りすぎるということはないのですから」
彼はそれだけの偉業を成したのだ、そう言ってアンリエッタは続けた。
「こちらの方こそ、ごめんなさいね。この後の無粋な予定が英雄に捧げる祈りを妨げてしまって」
帰りにもう1度来ましょう、そう言ったアンリエッタにルイズは頷いた。


アンリエッタが諸国会議に出席している間、同席を許されなかったルイズは暇を持て余していた。
こんなことなら、デルフリンガーを持ってくるんだった。
本日2度目の後悔と共に、思わず漏れてしまった溜息が寂しさを強調した。
こんなことじゃいけない。
自分で決めたのに、そう思って頭を振ってみても、寂しさは出て行ってくれなかった。

カツン、と窓から音がして、ルイズは思わず振り向いた。
「アルヴィー?」
魔法で動く小さな人形が、部屋の窓を叩いていた。
人形でもいないよりはマシだ。
そう考えて、ルイズは窓を開けた。

「逢いたくない?」
窓を開けた途端に、アルヴィーは可愛らしい声でルイズに向けて話し出した。
喋るアルヴィーというのは、そんなに珍しいものではない。
子供の玩具として、貴族にはそれなりに人気があり、原理も簡単なため、比較的安価でもある。
もっとも、喋れる言葉は数パターンが限界なのだが。
そんな知識を知っていても、ルイズは思わずアルヴィーに問いかけてしまった。
「……誰に?」
ルイズの問いにアルヴィーは嬉しそうに両手を広げて、声を上げた。
「ガンダールヴ!ガンダールヴ!」
今度こそ、ルイズは驚いて目を見開いた。
「逢いたくない?ガンダールヴ!ガンダールヴ!逢いたくない?ガンダールヴ!」
何も言わないルイズを気にした様子もなく、アルヴィーは声を上げ続けている。
どうやら、話せるパターンはこれだけのようだった。

「ところで、答えの方はどうなのかしら?」
窓の外の闇の中から、アルヴィーとは違う女の声が聞こえた。
「誰!」
反射的にルイズは怒鳴った。

「はじめまして。ミス・ヴァリエール。偉大なる虚無の担い手」
目視できるところまで近づいてきた黒ずくめの女に、ルイズは杖を構えた。
「誰!名乗りなさい」
ルイズに杖を向けられても、女は焦った様子もなく言葉を紡いだ。
「失礼を致しました。わたしはミョズニトニルン。虚無の使い魔の1人ですわ」
虚無の?とルイズが疑りを入れた途端に、ミョズニトニルンはローブをずらして額を見せた。
「あなたのガンダールヴと同じ、古代語のルーンがその証ですわ」
そして、と言葉を切って、ミョズニトニルンは半身になって左手を闇の向こうに伸ばした。
「これがわたしの能力ですわ」
伸ばされた手の向こうに、たくさんの何かが蠢いていた。

「場所を変えましょう」
ミョズニトニルンが提案した。
たしかに彼女の言う通り、ここでは人の目につく可能性が高い。
そう思って、ルイズは頷いた。
「お乗りください。偉大なる虚無の担い手よ」
ミョズニトニルンの言葉に合わせて、背中を向けたガーゴイルに乗って、ルイズは部屋を離れた。

「ミス・ヴァリエール。申し訳ないのですが、虚無の担い手たる証拠をお見せ下さい」
人の気配のない森に着いたところで、ミョズニトニルンが言った。
「わたしが担い手と知って来たんじゃなかったの?」
「失礼ながら、調べは致しましたが、確信には至っておりません。
我が主からもあなたに虚無の担い手たる証拠を提示していただけるように仰せつかっております」
なるほど、と頷いて、ルイズはエクスプロージョンを唱えた。

派手な音を残した爆発を見せて、ルイズは得意気に言った。
「これで満足かしら?」
ミョズニトニルンは困ったような顔を見せて、申し訳ないとルイズに謝った。
「使い魔たるわたしには、魔法は専門の範囲外でして……、宜しければ、始祖の祈祷書を頂けませんか?」
アレもマジックアイテムの1つですので、と断ってミョズニトニルンは、ルイズに手を伸ばした。
「そんなことまで知っているのね」
仕方ない、とルイズはミョズニトニルンに始祖の祈祷書を手渡した。

「これで、シンジに逢えるんでしょうね?」
そう聞いたルイズに、ミョズニトニルンは唇を吊り上げた。
「まさか、こうも上手くいくとは思わなかったわ」
愉快さを隠すつもりもないのか、ミョズニトニルンは見下したような声で、ルイズに答えた。
「どういうこと?」
さっきまでの敬意が嘘のようなミョズニトニルンの態度に、不機嫌そうにルイズは聞いた。
「ガンダールヴに恋していたっていう情報はホントのようね。さぁ、ついでにその水のルビーも渡しなさい」

「卑怯よ!騙したのね!」
今更状況を理解したルイズは、ミョズニトニルンに怒鳴った。
「口に気をつけて頂きたいわね。いつ、わたしがあなたの使い魔に逢わせると言ったのかしら?
始祖の祈祷書も、きちんと頂けないか?とお聞きいたしましたよ」
馬鹿丁寧にバカにされたことに気付いたルイズは、怒りのまま呪文を唱えようとした。
が、目の前に突きつけれた槍の矛先で、杖を振るうことは止められた。
「あなたが魔法を唱えるより、この子があなたを貫くほうが早いわよ」
余裕の笑みを浮かべたまま、ミョズニトニルンは言葉を紡ぐ。
「何も命までは取るつもりはないわ。水のルビーをこっちに渡せばイイだけ。
それがなくったって、虚無の魔法は使えるでしょう?」

「ふざけないで!」
姫さまに頂いた大切な指輪を易々と手放せるハズがない。
「その通り!」
怒鳴ったルイズに合わせて、声が響いた。
同時に、ルイズに矛先を向けていたガーゴイルが袈裟懸けにズレた。
「アニエスッ!」
夏にアンリエッタに紹介された、騎士隊長がそこにいた。
「逃げるぞ!」
奪われた始祖の祈祷書に未練を感じさせずに、アニエスはルイズの手を引いた。

逃げるときには役に立つ。
そう言ったのはシンジだった。
それを思い出して、ルイズは精一杯の爆音と爆煙を発した。


「アレで満足したのか?」
森の外に繋いでいた馬の背に跨った状態で、アニエスが呟いた。
「ありがとう。助かったわ」
アニエスの後ろに跨ったルイズが、礼を言った。
「これも任務のうちです」
「任務?」
不思議そうに言ったルイズに、アニエスは答えた。
「陛下より、ミス・ヴァリエールの護衛を仕りました。失礼ながら、尾行させて頂きました」
構わないわ、とアニエスに答えてから、ルイズは爪を噛んだ。

始祖の祈祷書が盗まれてしまった上に、新しく現れた虚無の担い手は、どうやら敵らしい。
シンジがいなくなってしまってから、全く上手くいかない現実を嘆いて、ルイズは思わず呟いた。
「……助けて」
彼女のその言葉は、目の前のアニエスにすら届くことなく、蹄の音にかき消されて夜の闇に溶けていった。


第10話
  通れない門




「実験開始!」
技術部を総轄する赤木リツコの一声で、初号機と碇シンジのシンクロテストが始まった。

「急に帰って来たときはビックリしましたけど……」
そう言って、端末を触っていたマヤは、後方のリツコに振り返って続けた。
「やっぱり、流石ですね。シンジ君、アスカのシンクロ率を抜いて断トツのトップですよ!」
サードインパクト以降、1度もシンクロ率でアスカを抜いたチルドレンは存在していなかった。
そのアスカの記録を簡単に塗り替えたシンジに、マヤは簡単の声を上げていた。
「……そうね」
つまらなそうに、同意した後、リツコはマヤに返した。

「たしかに、いい数値ではあるわ。でも、あの頃と比べると、どうしても見劣りしてしまうわね」
そうですね、とマヤは以前のデータと比較しながらリツコの言葉を肯定した。
リツコは安堵と不満が入り混じった複雑な溜息を吐いた後、モニター越しにシンジに声をかけた。

「シンジ君、久しぶりの初号機はどうかしら?」
瞑想するように目を瞑っていたシンジは、リツコに声をかけられて、眉を動かした。
それから、慎重に言葉を選ぶようにして、リツコに返した。
「……下がってますよね」
シンジの言いたいことを理解して、リツコも怪訝そうな顔をした。
「ええ」
不機嫌そうなリツコの声に、シンジは溜息を吐いてから答えた。

「上げられないワケではないんですが……」
言葉を濁したシンジに、リツコは問いかけた。
「それが限界じゃないのね?」
リツコの質問に要領を得ないまま、シンジは答えた。
「限界というか、意識的に下げているというか……、なんていうか、嫌な予感がして」
いつもの嫌な予感が背筋を走って、シンジの流した冷や汗はLCLに溶けた。

「実験中止!」
張りのある声で、リツコが実験の中止を告げた。
ふぅ、と緊張した雰囲気を和ますようにリツコは溜息を吐いて、シンジに言った。
「いいわ。上がって頂戴」

「イイんですか?」
端末を叩きながらマヤがリツコに聞いた。
「ロジックじゃないんだけどね……。彼の予感ってよく当たるから」
マヤの疑問を正確に理解して、リツコは答えを返した。
「珍しいですね。先輩が……」
「ロジックに頼らないなんて?」
言いたいことを先読みして、リツコはマヤの言葉を遮った。
頷いたマヤにリツコは、不本意だと言う顔をしながら言った。
「今回の違和感が毎回起こるとは限らないもの。それなら、今は危険かも知れないことはしない方がいいわ。
これで、またシンジ君を失うようなことになったら、ミサトもうるさいし」

リツコの言うような事態になったら、と思ってマヤは顔を青くした。
それから、彼女は表情を戻してリツコに返した。
「張り切ってますもんね。葛城3佐」
件のミサトは、作戦室にてチルドレン達とシンクロテストのモニター中だった。




「シンクロ率を意識して上げてみてくれる?」
シンジが帰ってきてから、そろそろ一ヶ月が経とうとした頃、リツコが言った。
嫌そうな顔をしたシンジに、リツコは少し口調を強めて言った。
「これもテストよ」
総司令からの命令で、今日のテストはシンクロ率の限界を探ることになっていた。
シンジの言う、嫌な予感が伝染したのかリツコは自分の背中を流れる冷や汗を自覚した。
碇司令のことだから、考えなしの命令ではないことなのだろう。
そこまで考えたところで、シンジから答えが帰ってきてリツコは仕事を優先した。
「……分かりました」
不満が残る口調でそれだけ答えて、シンジは再び目を閉じた。

「凄い!」
過去のデータと比べて、遜色のない数値が叩き出したシンジに、マヤは声を高くした。
「流石ね」
満足そうに頷いて、リツコはシンジを誉めた。

「それじゃ、シンジ君。この子達にサードチルドレンの実力を見せてもらえるかしら?」
通信に割り込んできたのは、ミサトだった。
彼女の映し出されたモニターの後ろには数人の子供達が見えた。
シンジのシンクロ率を見て、驚いていたのが懐かしい。
一ヶ月も経っていないのに懐かしいと感じるほど、ここ最近の自分が忙しかったことを自覚して、リツコは苦笑いした。
明日は休もうかしら。
無理だと知りつつ、リツコはそんな妄想をした。
明日は無理でも、週末は休む。
目標を現実的なものに変えたおかげで、やる気が出てきた。
ミサトのこと笑えないわね、と自嘲した後、リツコは頭の中でスケジュールを練り直していた。
リツコが気を抜けるくらいには、張り詰めていた緊張感が四散していた。

「エヴァンゲリオン初号機、発進準備完了!」
日向の報告を聞いて、ミサトは満足そうに頷いた。
それから、彼女は声を張り上げた。
「発進!」
ミサトの声と同時に、初号機を乗せたカタパルトは強烈なGを付属して、地上へとシンジを導いた。

「……やっぱり」
初号機から降りて、空に浮かぶ2つの月を見ながら、シンジはしみじみと呟いた。
やっぱり、悪い予感が外れてなかった。
それどころか、敵はフェイントという高等技術を覚えて、1度自分を安心させたのである。
敵も強くなっている、とどこかズレた感想を抱きながら、シンジは天を仰いだ。
こうしてシンジの第3新東京市帰還は、自分の部屋に舞い込んだ手紙の存在を知らぬまま幕を閉じた。






第10話
  通れない門

-終-












[5217] 第11話 ガリア強襲 -前編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/02/20 23:59

「パターン青!使徒です!」
初号機の発進と共に、ディスプレイに映し出された文字に、マヤは慌てて叫んだ。

「初号機ロストしました!」
マヤの声に続いて、青葉からも聞き逃せない言葉が飛んでくる。
「パターン青……消失しました」
カタパルトが地上に上がったころには、マヤからパターン青の消失が報告された。
シンジが活躍していたころの活気が、悪い意味で戻ってしまった中で、リツコは自分のセイじゃない、と
消えてしまう休日を思って現実逃避をしようとしていた。
「アスカになんて説明しよう」
虚ろな目をして呟いたミサトの台詞が、リツコの頭痛を酷くさせた。


「……4、3、2、1、コンタクト」
マヤのカウントダウンで、リツコは意識を前方のモニターに向けた。
コンタクト、と同時に初号機の頭上に黒い影が現れた。
同時に警報が鳴り始める。
パターン青!
発信源はマギから。
そこまで見て取って、リツコは舌打ちした。
「……裏目に出たか。いや、今までが上手く行き過ぎてたのね。マヤ、11使徒の自滅プログラムを再度行うわよ」
シンジに続いてマギまで、弱体化していくネルフ本部に不安を覚えつつ、リツコはマヤに指示を出した。




第11話
  ガリア強襲



「どこだよ……ココ?」
額の汗を乱暴に拭いながら、シンジは吐き捨てた。
常に真夏の第3新東京市も暑いが、ここは暑すぎる。
月が2つあるんだから、ハルケギニアには違いないんだろうが、トリステインかどうかは怪しい。
唯一の救いは、街中に飛ばされなかったことだった。
プラグスーツ姿で、街中をうろつくのは流石に恥ずかしい、そこまで考えたところで、
着替えがないことを思い出して、シンジは絶望した。
結局、プラグスーツ姿で買い物をしないといけない。
というか、お金もない。
最悪だ。
そこまで思い至って、シンジは痛む頭を押さえた。

いっそのこと、初号機で服屋を襲うか?
そんな物騒なこと真剣に考慮していたところで、岩陰からの不躾な視線に気付いた。
敵だったら不味い。
デルフリンガーどころか、ナイフの1本も持っていない自分では、勝つことは厳しいだろう。
初号機に乗り込めれば、僕の勝ち。
そう判断したシンジは、岩陰からの攻撃が来る前に初号機に乗り込んだ。

大人が5人くらいなら余裕で隠れられそうな岩も、エヴァから見れば掌に収まってしまう石と変わらない。
視線の主を隠している岩は、地面から生えているように見える。
埋まっているだけなのか、本当に地面から生えているのか?そんなことはどうでもイイとシンジは岩を引き抜いた。
力任せに引き抜いた岩の向こうに、少女が怯えて腰を抜かしていた。

少女の傍に杖が落ちているところを見ると、メイジらしい。
どうするかと考えている最中に、手持ち無沙汰の右手は引き抜いた岩を砂に変えて遊ばせる。
とりあえず、無力化しておいて損はない、と結論付けたシンジは左手で杖を取ろうとした。

初号機の顔面に向けて、氷の矢が飛んできた。
鋭く尖ったそれが、初号機の装甲に阻まれて砕け散る。
新手を見つけるために、辺りを見回す。
地面に縦横無尽に写るドラゴンの影を見つけて、シンジは空を見上げた。
見上げた先から、大きな氷が降ってきていた。
たしか、ジャベリン。
そこまで考えた時には、氷の塊は初号機の角に激突して砕け散った。

シンジには不意打ちを打たれたことによる憤りはない。
それでも、敵からの強奪はありだろう、と強盗よりはマシな行動を見つけて、口角を吊り上げた。
シンジの感情に同調して、初号機が吼えた。
岩肌の脆い箇所は、初号機の声によってボロボロ、と崩れ落ちていく。
初号機の叫びに怯えたのか、この辺りに住む生き物が一斉に空に飛び立った。
たくさんの鳥に、数匹の火竜。
シンジがその光景に見とれた一瞬の間に、辺りに氷の粒が舞った。

「フィールド全開!」
目隠しになる氷の粒をATフィールドで弾き飛ばす。
さっきまで少女がいた箇所を、小型のドラゴンが猛スピードで通り過ぎた。
どうやら、さっきの少女を助けたらしい。
「逃げるまでのセンスはなかなか……。だけど、残念」
悪いけど、僕の服代に消えてもらうよ、とシンジは笑った。
同時に初号機は、宙に逃げた風竜に向かって、とんでもない速度で跳躍した。


「いや~、……ゴメン」
捕まえた風竜がシルフィードだったことにシンジは驚いて、慌てて謝った。
「……イイ」
不機嫌そうに許しを口にしたタバサに苦笑いしながら、シンジは聞いた。
「タバサはどうしてこんなところに?……というか、ココはどこ?」
こんなところ、と言って、ココがどこか分からないことを思い出して、シンジは苦笑いを強くした。
タバサは左手で崖の方を指差した。
リュリュと紹介された少女が、壁の穴から嬉しそうに卵を取り出していた。
「火竜山脈。あなたはどうしてココに?」
ルイズの使い魔なのに、どうしてこんなところにいるんだ、とタバサは質問を返した。
「アルビオンでちょっとね……」
曖昧すぎて、答えになっていない返答をしたシンジを気にするでもなく、タバサは質問を続けた。
「アレは?」

「正確に説明するのは難しいけど……、ゴーレムみたいなものかな?」
以前ルイズに説明したときのように、ゴーレムだとシンジは言った。
「嘘」
風竜に追いつく跳躍スピード、ジャベリンをものともしない装甲。
そのどちらをとってもゴーレムというには無理がある。
タバサが言いたいのはこんなところだろう、と想像して、シンジは話をはぐらかす事にした。
「で、タバサの方の用事は済んだの?」
「まだ。でも、アレの説明が先」
どうやら、説明するまで目も離してくれないらしい。
自分の顔から視線を外さないタバサに、シンジは溜息を吐いた。
どうせ信じてくれないだろうと、自分の頭を乱暴に掻き毟って、シンジは条件を出した。
「……服と食事がしたいんだけど」
「……服は待って」
シンジからの条件を、仕方ない、とタバサは了承の言葉を紡いだ。
こんなところに服を売っている店があるワケがなく、今度はシンジが、仕方ない、と頷いた。

「……美味しい」
3人と1匹は同じ感想を抱いた。
崖から降りてきたリュリュが両手に抱えていたのは、極楽鳥の卵だった。
それを調理したのも彼女だった。
お返しと言って、シンジが作った目玉焼きも概ね好評だった。
塩コショウのみで味付けした目玉焼きに、醤油が欲しいと感じたのは日本人のシンジだけだった。

卵とパンだけ、というどう聞いても質素にしか聞こえない食事で、
いつもの数倍の満足感を味わった後、シンジは初号機の話をした。
「エヴァンゲリオン……。正式名称は汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。
これはその初号機。開発は極秘裏に行われた。1万2千枚の特殊装甲とATフィールドに守られているエヴァンゲリオンは、
N2爆弾の直撃にも耐えられる。チルドレンと呼ばれる適格者がシンクロすることにより動作する。武装はプログレッシブナイフ……」
ツラツラ、とまくし立てるように説明するシンジに、理解させようという意思はない。
武器の名前を連ねている途中に、タバサの表情に諦めを見出したシンジは、スマッシュホークで言葉を切った。
「と、まぁ、早足で説明したけど、よく分からないよね?」
コクン、と頷いたタバサにシンジは笑った。
「うん、実は僕もよく分からないんだ。だから、簡単に説明するなら、僕の武器ですごく強い」
タバサからの質問が来る前に、シンジはエヴァの話を終わらせることにした。
「それで、タバサの方の用件は何だったの?」

いまだに納得していません、というような表情のまま、タバサはいつもの口調でリュリュに言った。
「逃げたほうがイイ」
急に自分の方に向いたタバサに、何故か慌ててリュリュは聞き返した。
「わたし?どうしてですか?」
呆けたようなリュリュの顔にタバサは真剣になって理由を説明した。
「戦争が始まる。任務で見てきた」
その言葉で、リュリュの表情が不安そうに揺れた。
「戦争なんて……。そんな、どこに逃げたら……」
「トリステインかゲルマニア。どっちにも知り合いがいる」
言外に取り成してやる、とタバサは言った。

オスマン氏宛てに書いた手紙を持たせたリュリュと別れた後、タバサはシンジに向きなおした。
「次はあなた」
同じように逃げろ、と言われた気がして、シンジは眉を寄せた。
「逃げるのは構わないけど、君も一緒に」
フルフル、と首を振ったタバサは、シンジに答えた。
「服を買いに行く。乗って」
シルフィードの背に跨りながら、タバサはシンジに手を伸ばした。
自分の推測が外れたことに笑みを浮かべて、シンジは伸ばされたタバサの左手に右手を重ねた。
「タバサもマイペースだね」


「コレでイイよ」
シンジが選んだ服はいつものカッターとスラックスと変わり映えしなかった。
本人に言わせれば、着心地が違うと言うのだが、見ている分には変わらない。
一緒に買い物をしている相手が、タバサでなければここまであっさりと買い物も終わらなかったのだろうが、
そんなことを言っても何の意味もない。

初号機は火竜山脈に置いてきている。
使い魔になった効果か、シンジの方から意識するだけで、初号機との視点は繋がる。
呼べば答えてくれるのも感覚的に分かっているだけに、無理に連れ歩く必要をシンジは感じなかったのだ。
タバサの元にガーゴイルが届いたのは、シンジがこれからどうしようか、と問いかけようとしたときだった。
「少し待ってて」
それだけ言って、タバサは酒場街に消えていった。

1時間も待っていないだろう、用件を済ませたタバサはシンジの元に帰って来た。
「トリステインに戻る」
真剣な表情で言ったタバサにシンジは返答した。
「不味いこと?」
シンジに向かって片膝をついて、タバサは頼んだ。
「助けが欲しい」
片膝を地面に着いたままのタバサを立たせると、シンジは簡単そうに言った。
「タバサには借りがあるからね」
そんなのはいらない、とタバサの膝に着いた砂を落としながら了承の意を返した。



「無事で良かった」
ルイズとアニエスから事情を聞いたアンリエッタは、始祖の祈祷書を奪われたことを怒るでもなくそう言った。
「ミョズニトニルン……、新しい虚無の使い手。……戦争が終わっても争いは絶えないのですね」
申し訳ありません、と頭を下げた2人から目を逸らしながら、アンリエッタは1人呟いた。
それから、何かを考えるようにアンリエッタは顎に手を当てて、ブツブツ、と呟きだした。

「ルイズ、あなたは諸国会議が終わるまで与えられた部屋で待機いたしなさい」
考えが纏まったのか、アンリエッタはルイズに命を下した。
「護衛はアニエス、あなたが行ってください」
続いて、アニエスにも命を下す。
「姫さま!?」
「陛下!?」
2人揃って、しかし!とアンリエッタに詰め寄った。
その行動は予想済みだったのか、アンリエッタは落ち着いた声で2人を諌めた。
「会議中以外は、わたくしもルイズと一緒にいますわ。それに各国の代表が集まった会議を狙う不届き者もいないでしょう」
各国の代表が集まっているだけあって、衛兵の量・質、共に最高峰だ。
そんなところに賊がやってきても、返り討ちに遭うだけだ、言外にアンリエッタはそう言って2人を納得させた。


「俺はよく覚えてねぇが、おそらく4人……と言うか4組だろうよ」
アンリエッタの策が的中したのか、アニエスが言ったように始祖の祈祷書だけで満足したのか、
事実は分からないがアルビオンではあれ以上敵の襲撃はなかった。
学院に戻ったルイズが真っ先に行ったのが、デルフリンガーへの問いかけだった。
「始祖ブリミルの子供たちと、直系の弟子が開いた王国の数と同じなワケね」
納得したかのようにルイズは呟いた。
「ああ、トリステイン、アルビオン、ガリア、それにロマリアだ」
デルフリンガーの言葉で、出来上がってしまった重苦しい雰囲気に飲まれたようにルイズは言った。
「でも……、どうして2人しか目覚めていないのかしら?」
真剣な表情でそう言ったルイズをデルフリンガーは笑った。
「娘っ子、それ本気で言っている?」
重苦しい雰囲気に似合わない笑い声が、この間のミョズニトニルンを思い出させて、ルイズは不機嫌そうに答えた。
「どういう意味よ」
「始祖の祈祷書にも書いてあっただろうが、聖地を取り戻せってよ」
今は手元に祈祷書はないが、書いてあったことなら暗誦できる。
デルフリンガーの言った記述が、たしかにあったことを思い出して、ルイズは頷いた。

「4人の担い手が、指輪と使い魔を揃え、集まったときに……、ブリミルの遺した力は完成するのさ」
その言葉をルイズが理解するのを待って、デルフリンガーは続けた。
「それを同時に目覚めさせないなんて……、そこまでブリミルも抜けてねぇよ」
どうかしら、とルイズは祈祷書の仕掛けを思い出しながら疑った。
それが顔に出てたのだろうか、デルフリンガーは付け足した。
「前に言ったよな?ブリミルはスゲェやつだって」
コクン、とルイズは頷いて、それから再びデルフリンガーに聞いた。
「それで、始祖ブリミルの遺した力って?」
「……覚えてねぇ」
なんとなくオチは読めていたが、とルイズは頭を抱えた。
「流石、おじいちゃん」
ボソッ、と呟くように言った言葉は、シンジに言われて以来、何気にデルフリンガーが気にしている言葉だった。
もちろん、ルイズはそんなことは知っていたが、期待を裏切られた仕返しにコレくらいは許されるだろう。

「まぁ、たしかに見た目幼い娘っ子から見れば、おじいちゃんだよ」
感じるはずのない視線を胸に感じてルイズは沸騰した。
「どこ見て言ってるのよ!」
怒り出したルイズを見て、デルフリンガーは皮肉の効果を実感した。
面白いから、もうちょっと続けよう。
軽い気持ちでデルフリンガーは、ルイズのことをからかい始めた。
「剣の俺のどこに目が付いているか、俺のほうが教えて欲しいね」
デルフリンガーだけが軽い調子の口喧嘩は、学院に爆音が響くまで続けられた。


今夜はスレイプニィルの舞踏会だった。
学院の行事に出ないワケにも行かない、気分は乗らなかったが、ルイズはカトレアに化けて舞踏会に参加していた。
「で、では舞踏会を楽しみたまえ!」
教師陣に両脇を固められて、連れ去られるオスマンは締まらない感じで挨拶を終えた。

適当に相手を変えながら、ルイズは溜息を吐いた。
本当に踊りたい相手は今はトリステインにいない。
カトレアの姿で壁にもたれ掛って、切なげに溜息を吐いているルイズの元にはひっきりなしにダンスの誘いがやってくる。
彼女の夜が終わりを告げるのには、もう少し時間が必要そうだった。


ルイズが7人目の相手とのダンスの途中で、会場が騒がしくなった。
「ルイズ!?ルイズだったのか」
目の前の相手はギーシュだったようだが、呆けたような頭で踊っていたルイズにギーシュの仮面を被った姿は覚えていない。
会場を見回すと見知った顔がパーティの開始前より増えている。
「演出か!?」
「魔法が解けた!?」
そこかしらから聞こえてくる混乱した声で、ルイズはようやく状況を理解した。

キーン、と澄んだ音が会場に広がった。
目の前のギーシュが床に倒れるのを目にしながら、ルイズ自身も眠気に抗えずに床に崩れ落ちた。


「やっぱり、北花壇騎士殿の手を煩わせるまでもなかったですね」
ガーゴイルに乗ったミョズニトニルンが、風竜の背に乗るタバサに向かって言った。
「余力は必要」
興味が無さそうにタバサは吐き捨てた。
ふふ、と笑みを浮かべて、ミョズニトニルンは会話を続けた。
「そちらのお連れさんは、火事場泥棒かしら?」
協力者とだけ紹介されたシンジは、来たときにはなかった大剣を背中に背負っていた。
「まぁ、そんなとこです」
曖昧に返事をしつつ、シンジは緊張を悟られないように眠っているルイズを捕まえていた。
勝負はラグドリアン湖の上に差し掛かった時。

ラグドリアン湖上でタバサはウィンディ・アイシクルを唱えた。
ミョズニトニルンを殺すつもりで放たれたそれは、彼女の乗るゴーレムに阻まれた。
しかし、それはタバサの想定内のこと。
ミョズニトニルンを殺せないことまでは想定内、今の攻撃は彼女を振り切るための囮。
狙い通り、再起不能になったゴーレムはラグドリアン湖に向かって落ちていく。
このために、疑われるのを覚悟の上でシンジとルイズをシルフィードの上に乗せたのだ。
「後は……」
珍しくタバサは目標を口に出した。
お母様を助け出すだけ。
派手な音を立てるのも気にせず、タバサは母親が眠っている部屋のドアを乱暴に開けた。

「騒がしいな」
羽のついた異国の帽子を被った長身痩躯な男が読んでいた本から顔を上げて、タバサを見ていた。
「母をどこへやったの?」
「母?この部屋の主の女性なら、今しがたガリア軍が連行して行ったよ。行き先は知らんがね」
なんでもないことのように男は言った。
タバサが杖を掲げて呪文を唱えようとしたのをシンジは止めた。
「ありがとうございます」
嫌な予感がして、シンジはタバサを隠すようにルイズを背負ったまま、彼女の前に体を滑り込ませた。
「それじゃあ、急ぎますので」
シンジは警戒を解かないように、タバサごと扉の方に後退していく。
2人が扉を出ようとしたところで、男は2人を呼び止めた。
「お前たちは私に用はないのだろうが、私にはお前たちに用があるのだよ」
そこで言葉を切って、男は続けた。
「抵抗しないで欲しい。できれば穏やかに同行を願いた……」
男が言葉を言い終わる前に、タバサのウィンディ・アイシクルが飛び出した。
だが、彼女の魔法が男に突き刺さることはなかった。
「私はネフテスのビダーシャルだ。出会いに感謝を」
そう言って、帽子を脱いだ金髪の男の耳は尖っていた。

タバサが次の呪文を唱える前に、シンジは彼女の手を引いてドアを開けた。
しかし、そこは木で埋まっていた。
「我はお前たちの意思に関わらず、お前をジョセフの元へ連れて行かなければならない。そういう約束をしてしまったからな」
ああ、それと、とビダーシャルは続けた。
「ジョセフから言伝を預かっている。余がお前の行動に気付かぬと思ったか?お前にそう伝えてくれとのことだ」
タバサに向かって、ビダーシャルは何の感慨もなくそう言った。
逃げられないと知って、シンジも背中のデルフリンガーを抜いた。
「ルイズをヨロシク!」
タバサにそう言って、彼女の足元にルイズを置くとシンジは加速した。
「止めとけ相棒!」
デルフリンガーの声を無視して、シンジはビダーシャルに切りかかった。

ビダーシャルに届く前に、デルフリンガーごとシンジは派手に吹き飛ばされた。
「諦めろ。蛮人の戦士よ。お前の剣は決して我には届かぬ」
シンジはタバサの方を見た。
視線が合ったタバサは頷いて見せた。
「勝てないかも知れないけど、無駄じゃなかった見たいですよ!」
シンジの声に併せて、タバサはアイス・ストームを放った。
だが、矛先はビダーシャルには向かっていない。
ドアの向こうの木に向かってアイス・ストームは飛んでいく。
逃げ道を作るために、タバサはアイス・ストームを放ったのだった。
「ほう。だが、それも愚策だ」
扉の向こう側に触れる直前、タバサの放ったアイス・ストームは反転した。
「カウンターかよ!相変わらずいやらしい魔法使いやがって!」
シンジに振るわれながら、デルフリンガーが怒鳴った。

アイス・ストームがタバサを飲み込む直前、シンジはデルフリンガーを使って、呪文を飲み込んだ。
「勝てる気がしないんだけど」
本格的に引き攣った笑みを浮かべて、シンジはデルフリンガーに問いかけた。
「無理だろうね。……娘っ子が起きていれば話は違ったんだけどね」
眠りの効果は翌朝まで、とミョズニトニルンが言っていた。
勝利も撤退も無理、最悪じゃないか、とシンジは必死に頭を動かした。
それから、シンジは無警戒に剣を下ろした。
「これ、持ってて。お守り。絶対に離しちゃダメだよ?」
そう言って、シンジはポケットに手を突っ込むとタバサにヘッドセットを渡した。
頷いたタバサに向かって、シンジは満足そうに微笑んだ。
その後、直ぐに部屋の外から響いた鐘の音に、シンジとタバサは意識を持っていかれた。

「ジョセフ様の計画通りね」
ああ、と無愛想に呟いたビダーシャルを見て、ミョズニトニルンは笑った。
「この男は?」
言外に始末しようかしら、とミョズニトニルンは言った。
「無益な殺生は好まぬ」
そう言ったビダーシャルに、ミョズニトニルンはつまらなそうに急ぐよう促した。


 



[5217] 第11話 ガリア強襲 -後編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/02/28 16:40
「助けが欲しい」
タバサはシンジに言った。
「不味いことなんだよね?」
さっきも聞いたけど、とシンジは返した。
タバサは頷いてから続けた。
「さっき、あなたの主人を連れ去るように命令が来た」
そう言って、タバサは命令書をシンジに見せた。
「コレ、他国の僕に見せちゃ不味いんじゃないの?」
それどころか、自分はターゲットの使い魔だ、とシンジは呆れた。
「構わない」
そんなシンジを無視して、タバサは話を続けた。

「わたしは火竜山脈でもう直ぐ戦争が起こると言った」
任務で見てきた、そう言ったのをシンジは思い出して頷いた。
「ロマリアとガリアで戦争が起こる。……そして、多分、ガリアは負ける」
シンジは首を捻った。
彼の知識がたしかなら、ロマリアが弱いとは言わないが、大国のガリアが負ける要素など殆どないはずだからだ。
そんなシンジの表情をタバサも読み取ったのだろう、彼女は口数少なく補足した。
「ロマリアの新兵器。多分、ガリアに勝てるものはいない」
そう言ってタバサは言葉を切った。
「滅びる王国に用はない。それに……」
タバサの顔が複雑そうに歪んだ。


そこでシンジは目を覚ました。
「相棒……、起きたのか?」
デルフリンガーの声が聞こえて、シンジは辺りを見回した。
寝ぼけた頭で荒れた部屋を眺めて、シンジは昨日のことを思い出した。
「……殺されなかったんだ」
胸元のクロスを弄りながら、シンジはぼんやりと呟いた。
「ああ、そこだけはあのエルフに感謝しな」
ふ~ん、と興味無さそうに頷いた後、シンジは言った。
「どれくらい寝てた?」
頭を振りながら、シンジはデルフリンガーに聞いた。
「3日くれぇじゃねぇの?外なんか見えねぇから俺には分からねぇよ」
自分は昨日だと思ったけど、もうそんなに経っているのか……。
威力を上げたんだな、とミョズニトニルンに理不尽な怒りを浮かべながら、シンジは伸びをした。
床で寝たままの体が、バキバキ、と妙な音を立てた。
「どうするんだい?」
助けに行くんだろう?とデルフリンガーは聞いてきた。
「そうだね、ご主人様を助けに行かないとね」
外から獣の咆哮が大音量で聞こえてきた。

「なんだいこりゃ?」
エントリープラグ内でデルフリンガーは声を上げた。
「この世界の地図は出ないから、距離しか分からないけど」
モニターを指差しながら、シンジは言った。
タバサの渡したヘッドセットから、彼女の位置を割り出す。
チルドレンの位置がいつでも分かるように、彼らの持ち物の多くには発信機が付いている。
エントリープラグからも脱出した他のチルドレンを保護する際に、仲間の位置情報が分かるようになっていた。
「動いてよかった」
シンジの漏らした言葉通り、この世界で動く保証は全くなかった。
距離が分かれば、後はエヴァのスピードに任せて、闇雲に捜すだけだった。
今日中には助け出せるかな?
連れ去ったんだから、殺されてはいないだろう。
嫌な想像を振り払って、シンジは深呼吸した。
「スタート」
クラウチングスタートの体勢を取った初号機は、簡単に音の壁を突破してソニックブームを巻き起こしながら走り出した。


シンジと時を同じくして、別の場所でタバサとルイズも目を覚ました。
「ごめんなさい」
起き抜けで、まだ頭の回りきっていないルイズに、タバサは謝った。
「へ?え?」
覚醒しきってない頭で、いきなりタバサに謝られてルイズは混乱した。
「巻き込んでしまった」
だが、そんなことは関係なしにタバサは再び謝罪の言葉を告げて頭を下げた。

「目覚めたのか?」
あのときの帽子も被らずに、ビダーシャルは本を読んでいたままの体勢で2人に声をかけた。
とっさに杖を探すが、どこにもない。
「エルフ!?」
タバサからワンテンポ遅れて、ルイズも声を上げた。
そんなルイズを守るように手で制するとタバサはビダーシャルに問いかけた。
「あなたは何者?」
「ネフテス老評議会議員……、いや、今はただのサハラのビダーシャルだな」
溜息を吐くように、ビダーシャルは自分の身分を訂正した。
「ここはどこ?」
「アーハンブル城だ」
ビダーシャルの言葉に、ルイズはまた声を上げた。
「アーハンブル?ガリアじゃない!?」

シンジに渡されたものはタバサのポケットの中にあった。
彼女はそれを握り締めると、強い口調でビダーシャルに再び問いかけた。
「彼とわたしの使い魔は?」
「眠っていたので捨て置いた。安心しろ、殺してはいない」
ビダーシャルの言葉に、一応の安堵を覚えて、タバサは質問を続ける。
「わたしたちをどうするつもり?」
ビダーシャルの迷いが、重い空気を作った。
それから、彼はワザとらしい抑揚の無い声で、タバサに告げた。
「水の精霊の力で、心を失ってもらう」
母さまと同じ薬を飲ますつもりだ、と理解して、タバサは氷のような声を出した。
「彼女は関係ない」
瞬間、ビダーシャルの雰囲気が変わった。
「私にとってはお前のほうがどうでも良い。しかし、そこの娘については譲れぬ」
タバサにもシンジにも、終ぞ向けられなかった彼の敵意がルイズには向けられた。
タバサ同様に杖を奪われているルイズに出来るのは、気丈に睨み返すだけだった。
ルイズの目つきが気に障ったのか、ビダーシャルは雰囲気が戻らぬまま言葉を紡いだ。
「後数日で薬が出来る。それまでの間、残された時間を精々楽しむことだ」
それから、ビダーシャルは2人を無視して、ツカツカ、と窓まで歩いていった。
ビダーシャルが開けた窓の外から、カラスが飛んできた。
カラスはビダーシャルの腕にとまると、彼に右足を差し出した。
カラスの足から、手紙を抜いた後、ビダーシャルは呟いた。
「帰って来い?人使いの荒いヤツだ」
そう言い残して、彼は外側から鍵をかけると部屋から出て行った。

「なんなのアイツ?」
足音が遠ざかるのを確認して、ルイズはタバサに問いかけた。
ルイズの記憶が正確なら、彼女はスレイプニィルの舞踏会の途中のはずだからだ。
ワケが分からない、とルイズはシンジから貰ったブレスレットを撫でた。
そうすれば、少しは落ち着く気がしたからだ。
「まずは、謝罪を受けて欲しい」
そう言って、タバサは本日3回目の謝罪の意をルイズに向けた。

「最初から話す」
ルイズがワケの分からないまま、タバサの謝罪を受け取った後、タバサは事情の説明を始めた。
「ええ、そうしてくれると助かるわ」
「あなたは虚無の担い手」
いきなり予想外の事実を持ち出されてルイズは焦った。
ルイズの中ではそれをタバサが知っているのはおかしな事だったからだ。
「ななな、何のことかしら?」
理性を総動員して無理やり演技をしたが、自分でもぎこちないと感じてルイズの背中には冷や汗が流れた。
「わたしはガリアの騎士。主に密命を受けている。あまり、他国の情報収集力を舐めないほうがイイ」
北花壇騎士と説明するよりも早いだろう、とタバサは言葉を選んだ。
「あなたは虚無の担い手」
事実を突きつけるように、さっきよりも冷淡気味にタバサは同じ言葉を繰り返した。
「だから狙われた」
タバサの言葉にルイズは、はっ、として真剣な表情を見せた。

「ミョズニトニルン!?」
聞き覚えのある名前に、タバサも反応した。
「彼女はガリアの担い手の使い魔。スレイプニィルの舞踏会を襲撃してあなたを連れ去ったのも彼女」
またしても煮え湯を飲まされた、とルイズは悔しそうに唇を噛んだ。
「わたしも彼女と同じ任務を受けた。即ちあなたの拉致。だけど、わたしは彼と共謀してその任務の妨害をしようとした」
そこでタバサは、再び頭を下げた。
「だけど、失敗した」
「いいわ。あなたがわたしを助けようとしてくれたのは分かったから。……それより、彼って誰?」
騎士が自らの任務に背いてまで、自分のことを助けようとしてくれた。
その事実を重く受け止めて、ルイズは彼のことを聞いた。
タバサは1度深く深呼吸すると、ルイズの予想外で、希望通りの言葉を吐き出した。
「あなたの使い魔」

「嘘!?だってシンジは……」
異世界に帰った、とは言えなかった。
「ごめんなさい。彼を巻き込んでしまった。……謝罪を」
本日何度目になるのか分からない謝罪をタバサから受けながら、ルイズは混乱した頭を整理しようとした。
シンジは異世界にいるはず。
少なくともハルケギニアにいる自分を助けには来られない。
だったら、シンジの偽者がタバサと一緒に行動していた?
仮に自分を助けようとしてくれるものがいたとしても、シンジに化ける必要がまるでない。
ワケが分からない。
結局、何の結論も出ないまま、ルイズは頭を下げたままのタバサに言った。
「タバサ、あなたのセイじゃないわ。
むしろ、騎士の任務に背くような真似をさせてしまったわたしの方が謝罪をしなければならないわ」
そう言って、今度はルイズの方が頭を下げた。
「構わない。わたしがやったこと」
「それなら、お互いに謝るのは止めましょう」
話の度に頭を下げていたんじゃあ、先に進めない、とルイズはおどけてみせた。

ぐぅ~、と年頃の女の子には恥ずかしい音を立てて2人のお腹が鳴った。
3日間寝ていたため、食事も摂っていない。
先に体の方に限界が来ていたらしい。
「とりあえず、何か食べましょう」
ビダーシャルが置いていったのだろう、テーブルの上には2人分のシチューとパンがあった。


「そういえばさ……、どうしてあんたとアイツが一緒にいたの?」
食事を摂り終えたところで、ルイズはタバサに聞いた。
「火竜山脈で会った」
説明を全て省いて、タバサは簡潔に答えた。
「火竜山脈?……なんでそんなところにいたのよ」
それは本当にシンジなのか?という疑いが拭えぬまま、ルイズは質問を続ける。
「知り合いに会いに」
タバサから予想外の返答が返ってきて、ルイズは慌てて訂正した。
「ああ、アイツの方よ……、って言ってもタバサも知らないか」
「アルビオンで何かあったの?」
狙ってやってはいないだろうが、ルイズはタバサの一言一言に心臓を鷲掴みにされる気分を味わっていた。
「なな、何もないわよ……。ちょっと戦争のセイではぐれただけ……」
寂しそうに言ったルイズになんと声をかけてイイのか分からなくて、タバサは黙ってしまった。

「そう言えばさ、どうしてタバサはわたしのことを助けようとしてくれたの?」
沈黙を嫌ってか、ルイズは突然そんなことを聞き出した。
「わたしはガリアに忠誠を誓っていない」
巻き込んだ責任として、タバサは自己の事情をルイズに語り始めた。

毒殺された父のこと、自分の身代わりに毒を煽った母のこと、
その復讐のためにガリアの北花壇騎士をしている自分のこと、それらのことを端的にタバサは語った。
「ごめんなさい」
嫌なことを聞いてしまった、とルイズはタバサに謝った。
「巻き込んだのはこっち。それに、謝るのを止めようと言ったのはあなた」
ルイズにそれだけ伝えると、タバサの思考は直ぐに脱出の手段に飛んでいた。
何としてでも彼女だけは逃がす、それがタバサの責任の取り方だった。


数時間が経った。
扉の外から人の足音が聞こえて、タバサは扉に耳を押し当てた。
扉の開く音がした。
音の大きさから考えて、隣の部屋だろう。

5分経っても変化が感じられなくなって、タバサは扉から耳を離した。
タバサが不安そうな様子で暫く扉を見ていると、勢いよく扉が開かれた。
「タバサ!助けに来たわよ!」
親友の声と認識する暇もなく前に迫った扉が、彼女の顔面を強打した。
「あ!……ゴメン」
タバサは倒れる瞬間に、窓の外を飛び回る己の使い魔を見て、理不尽にも、後でお仕置き、と呟いた。
「……きゅい」
外から風竜の怯えを含んだ鳴き声を聞いた気がして、タバサは満足気に意識を手放した。

「ルイズ?なんでアンタもいるのよ?」
心底、意外そうな顔をして、キュルケは緊張感の足りない調子で言った。
「ミス・ツェルプストー!急ぐぞ!」
後ろからは亡くなったと聞いていたコルベールが現れて、ルイズの混乱は益々増した。
「ミス・ヴァリエール?……いや、そんなことはイイ。とにかく急ぐぞ!」
よく見ると、コルベールは背中に女性を背負っていた。
とにかく、コルベールの剣幕に押されて、ルイズは慌ててベットから飛び降りた。
「コレ持ってて!」
キュルケから自らの杖と、タバサが持っている大きな杖を渡された。
「なんでアンタがわたしの杖を持ってるのよ!?」
「隣の部屋にあったのよ!イイからとっとと逃げるわよ!時間がないの」
ルイズに怒鳴りながら、キュルケは気を失ったタバサを背負った。
「何なのよもう!」
悪態を吐きながらでも、ルイズは脱出の準備を整え始めた。


見張りは最低限。
城を出るまでに、ルイズが目視した衛兵は4人、いずれも気絶していた。
侵入の際にキュルケかコルベールが無力化したのだろう。
そんなことを考えていたら、早くも日の光が見えた。
「何よアレ!?」
砂漠の中に、ポツンと大きな機械があるのを見て、ルイズは大声を上げた。
「船よ。ジャンが作ったの。アレで逃げるわよ」
嬉しそうにキュルケは言った。
「船?……こんなのが空を飛ぶの?」
「ミス・ヴァリエール説明は後でします。早く乗り込みますぞ」


船に乗り込んだ後、パチン、とキュルケは指を弾いた。
「食事の準備を」
船内に配置したコックが慌しく動き回るのを確認して、キュルケは言った。
「さて、食事が出来るまでに話を済ませましょ?」
全員が頷いたのを確認して、キュルケは続けた。
「そうね……。それじゃあ、この船の説明からしましょうか……」

「船よりも先にコルベール先生の話を聞きたいわ。だって、コルベール先生は……」
流石にルイズもその先は言えなかった。
代わりにコルベールが笑いながら引き継いだ。
「ミス・ツェルプストーに助けられてこの通りさ。ちゃんと足もついているだろう?」
コルベールの死を人伝に聞いたルイズとしては、彼が死んだという実感は持っていなかった。
その彼女にとっては、コルベールは実は生きていました、と言われたところで学院の他の生徒よりも驚きは少ない。
望んだ反応は返ってこなかったが、それでもキュルケは気にした様子もない。
それどころか、いつもよりも嬉しそうに船の説明を始めた。
「そ・れ・で!我がツェルプストー家が、ジャンに出資して作った船がコレよ!その名もオストラント号!」

「凄い船ですね」
キュルケにではなく、ルイズはコルベールに向けて賞賛を贈った。
「いや、シンジ君のゼロ戦に及ぶものではないよ」
それでも、誉められて嬉しかったのか、コルベールは頭を掻きながら言った。
「いやはや、風石の消費を抑えるために色々苦心したんだ。特に翼だ。あの長さの翼をトリス……」
トリステインでは作れない、と言い切る間もなくコルベールはキュルケに抱きつかれた。
「やぁん、ジャンったら!野暮なことは言いっこなしよ。わたしとあなたの愛の結晶なんだから」
ふふふ、と余裕そうに笑った後、キュルケは真剣な顔に変わった。
「タバサを助けによ」
あの子が教えてくれたの、と甲板で日向ぼっこをしているシルフィードを指差した。
「それで、アーハンブル城まで来たんだけど……、あんたは何やってたの?」
次はそっちの番だとキュルケはルイズに話を振った。

「わたしだって分からないわよ……」
ルイズは吐き捨てるように、キュルケに言った。
「タバサに聞いた話だと、ガリアの陰謀で攫われたらしいんだけど……」
要領を得ないルイズの話を聞いて、キュルケは顎に手を当てたまま呟いた。
「あなたの系統のセイ?」
舞踏会以降、予想外のことが起こりすぎて、ルイズは目を丸くした。
「知ってたの?」
そんなルイズの様子にキュルケは呆れたように呟いた。
「知らないと思ってたの?というか、あたしたちの前で唱えておいて、その言い方はないんじゃないの?」
虚無を知っている、キュルケのその言葉は、タバサの説明よりも説得力を持ってルイズを納得させた。
「とにかく、わたしよりもタバサの方が状況を分かっているわ」
だから、彼女が起きるのを待ちましょう、とルイズはタバサが寝ている部屋を見ながら付け足した。

「起こしに行きましょうよ」
ツェルプストーの領地が目の前のところで、キュルケは我慢が出来なくなってそう言った。
ルイズにもコルベールにも異論はなかった。
それを確認して、キュルケはタバサを寝かせた部屋のドアをノックした。
「タバサ、起きてるかしら?」
一応の礼儀として、部屋の中に声をかける。
中から反応はなかったが、キュルケは構わずドアを開けた。
誰もいない部屋は外からの風に煽られて、カーテンだけが揺れていた。


第11話
  ガリア強襲

-終-





[5217] 第12話 タバサ、恨みの行方
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/02/28 16:40

「碇!どうするつもりだ!」
司令室の机を叩きながら、冬月はゲンドウに怒鳴った。
「何のことだ?」
冬月の言いたいことが分かっていながら、ゲンドウは惚けて見せた。
「シンジ君のことだ!」
自分が怒鳴っても、いつもの姿勢を崩さないゲンドウに、冬月はさらに言葉を荒げた。
「問題ない」
余裕があるゲンドウの態度に、冬月は1度深呼吸した。
それから落ち着きを取り戻して、聞きなおした。
「どういうことだ?」

「ならば、冬月。シンジがいなくなって起こる問題とはなんだ?」
説明を求めて、逆に冬月はゲンドウから質問された。
説明するつもりがあるのか分からないゲンドウの態度に、冬月は吐き捨てるように言った。
「シンクロ率トップのチルドレンがいなくなったんだぞ、それだけでも大問題だろう」
本部の戦力低下だ、と冬月は言い切った。
「サードチルドレンは帰還以来、使徒とは戦闘していない」
予想通りの返答に、冬月はだからどうしたと言い返した。
「対外的な問題だ。彼がいなくなったら、セカンドチルドレンを誰が抑える?」
本部以外にトップの実力を持つものが存在するのは不味い、そんなことくらい分かるだろう、冬月はそう言った。
「そんなものは、セカンドをドイツに帰すときに散々考慮しただろう。
サードがいないことも、1ヶ月前の状態に戻っただけだ。むしろ、サードがいれば各国がうるさい」
ただでさえ、日本にはチルドレンが多すぎると先進各国から苦情が来ているのが現状だった。
そんなことは、対応に追われた冬月が一番分かっていた。
「ヤツがいなければこの世界は上手く回る」
1年かけて世界を落ち着かせたのは、間違いなくゲンドウの手腕だった。
後1年時間があれば、この男ならシンジ君の居場所を作ってやれた。
もしくはサードインパクト直後に戻ってくれば、彼を核としてネルフを立ち直らせることが出来たのだ。
そんなことはゲンドウの片腕として動いていた冬月は他の誰よりも分かっていた。
「……1年か」
やり切れない思いが、冬月の口から出た。
「ああ」
冬月の言いたいことを正確に理解して、ゲンドウは溜息を吐くように肯定した。




第12話
  タバサ、恨みの行方


タバサは見知らぬベットの上で目を覚ました。
痛む鼻を押さえつつ、記憶を探すように頭を振った。
たしかキュルケが助けに来てくれたはずだ。
ということはルイズは無事のはず。
そこまで考えたところで、タバサはマントを羽織って窓を開けた。
杖は既に手の中にある。
彼女の安全は確保された、なら自分のすることは……。
窓の外に向けて口笛を吹く。
聞きなれた羽音の後に、愛竜を見つけて、彼女は窓の外に飛び降りた。

「休んでなくて平気なのね?」
きゅいきゅい、とシルフィードはタバサの心配をした。
「3日寝てた」
愛想が感じられない様子で、タバサは簡潔に返した。
「眠らされてたのと寝てるの違うのね!シルフィなんて、4日でも5日でも寝れるのね!」
冗談なのか本気なのか分からない様子で、シルフィードは言った。
それから思い出したように付け加えた。
「でも、寝てるだけでもお腹は空くのね!きゅいきゅい!お肉食べたい!」
そんなシルフィードを無視しながら、タバサは彼女の頭を別の方向に向けた。
「そっちじゃない、こっち」
「……きゅい」
困ったような声を出して、シルフィードは一鳴きした。


「お姉さま、どうしたのね?」
自分の背中で急に舌打ちしたタバサに、シルフィードは不思議そうに声をかけた。
意識の覚醒に伴って、頭が回れば回るほど、タバサは焦っていた。
ガリアの無能王。
そう評されるほどに伯父王は無能ではない、そんなことはタバサは知っていた。
だが、その彼女にしたところで、ロマリアの新兵器にガリアが勝てる気はしなかった。
アレから3日、戦争が終結するには早すぎる時間だが、ロマリアがガリアを蹂躙するには十分な時間。
上空から見下ろすガリア軍とロマリア軍が、いまだに戦争中であることに少しの安堵を覚えつつ、
生まれて初めて、タバサは伯父王が優秀であることに感謝した。
「シルフィを無視するな!なのね」
「急いで」
もしかしたら、今が千載一遇のチャンスなのかもしれないのだから……。


「これで最後だな」
ヨルムンガント、と名づけられるはずだった剣士人形を見上げながらジョセフは言った。
「これで勝てましょう」
ミョズニトニルン……、ここではシェフィールドが言った。
しかし、彼女の顔色は言葉とは比較にならないくらい冴えない。
量産体制を捨ててまで、シェフィールドの隣の剣士人形は作られた。
これが5体もいればハルケギニアも征服できる、そう言ったのは製作者の中の1人だったはずだ。
アーハンブル城からビダーシャルを返したのも、この兵器を完成させるためだった。

「現ガリア王ジョセフ1世。神と始祖と正義の名において、貴様を逮捕する」
東薔薇騎士団の団長、カステルモールが言った。
それに続くように、バタバタと他の騎士たちの姿も見えた。
「ほう。余の首を手土産にロマリアに降伏でもするのか?」
そんなジョセフの問いに答えずに、カステルモールは高らかに宣言した。
「貴様は王の器ではない!ジョセフを拘束せよ!」
彼が杖を掲げるのに併せて、部下達も一斉に杖を掲げた。
謀反人たちの詠唱を聞きながら、ジョセフも呪文を唱え始めた。
「お任せください」
騎士団の魔法が完成する。
火が水が土が風が、ジョセフとシェフィールドを襲う。
だが、魔法を受けたのは剣士人形だった。
正確に記すのならば、剣士人形は魔法を受けていない。
何故なら、人形に到達する前に、魔法は行使者に向けて跳ね返されたからだ。
人形にはエルフのカウンターがかけられていた。

自らの放った魔法で、かなりの被害を受けた反乱軍へ向けて、ジョセフは構わずエクスプロージョンを放った。
「流石はエルフ、と言ったところか……」
1人に向けられるには多すぎる魔法を全て跳ね返した人形を見て、ジョセフはつまらなさそうに言った。
「テストにしては豪勢な相手でしたね」
東薔薇騎士団を中心に、オルレアン派が集まったのだろう。
結構な数の騎士たちを壊滅させて、シェフィールドは笑った。
それから、彼女はジョセフの元に擦り寄ると彼の頬に手を当ててキスをした。

「行ってまいりますわ」
長く合わされた唇を離して、シェフィールドは剣士人形を従えた。
「待て……。テストの相手なら、あそこに残っている」
ジョセフは暗闇を指差しながら、そう言った。
「久しぶりだな。シャルロット、我が愛しの弟の忘れ形見よ」
来ると思っていた、とジョセフは笑った。

「王室の引き出しの中だ」
現れたタバサに、ジョセフは唐突にそう言った。
不思議そうな顔をしているタバサに、ジョセフは補足した。
「エルフに調合させた。お前の母の病を治す薬だ。そして、これがその引き出しの鍵だ」
そう言って、ジョセフは右手を開いて見せた。
中には小さな鍵が入っていた。
「余に勝てたなら、持っていくとイイ」
ジョセフの言葉に合わせて、剣士人形が1歩を踏み出した。


偶然はタバサに味方した。
何故なら、タバサは反乱軍の魔法が人形に跳ね返されるのを見ていたからだ。
エルフの使ったカウンター。
皮肉にも、この間の出来事でアレの威力は知っている。
エルフには勝てる気がしないが、伯父王なら勝てるかもしれない。
剣士人形の攻撃を避けながら、タバサは不意打ちのタイミングを計り始めた。
「その余裕が命取り」
人形に任せて、虚無の呪文を唱えようとしないジョセフに向かって、タバサは言った。
「逃げてばかりでは解決せぬぞ、シャルロットよ?ほれ、余の首は目の前だ」
タバサが放ったウインディ・アイシクルが人形に跳ね返された。
そのうちの一本が避けきれずにタバサの左掌を貫通した。


ジョセフと騎士人形の間に来たところで、タバサは呟いた。
「今」
目の前のゴーレムに向けて、風を放った。
当然の如く跳ね返される風は、伯父王に向けて自分を吹き飛ばす。
そのために、戦闘中の集中力を維持し続けながら、十数分もかけて人形を誘導したのだ。
何度も打った氷の魔法もそのための布石。
掌に刺さったままの氷の矢は、ジョセフを倒すための最後の武器。
風に吹き飛ばされたままの勢いで、彼の急所に突き刺せば非力な自分でも絶命させるに足りる。
襲ってきた暴風に身を任せて、タバサはジョセフの元へと跳んだ。

「残念だったな」
自分の右手から流れる血を拭おうともせずに、ジョセフは無慈悲にそう言った。
タバサの左手は、ジョセフの首筋を捉えていた。
彼の右手が邪魔をしなければ……、の話ではあるのだが。
「なるほどな。左手が本命ということは、コレを刺したのもワザとか……、中々の策士振りだ」
嬉しさを隠そうともせず、ジョセフは笑った。
「いつ気付いた」
策が失敗に終わった絶望感を見せないように、タバサは鋭い口調で聞いた。
「なに、余も気付いたのはお前が魔法を放った直後だよ」
「どうして」
予想外の一言に、タバサは思わず疑問を口に出した。

そんなタバサの様子に、ジョセフは気を良くしたように朗々と言葉を紡いだ。
「お前が余とアレの直線上に入った時に、お前は風の魔法を唱えた。愚かにも余はバカめと思ったのだよ。
氷の魔法を放って避ければ、余を貫けるのに、とな」
それはタバサも考慮した策だった。
しかし、伯父王なら気付くかも知らない。
その懸念のセイで実行できなかった策だ。
今回の策はその派生と考えてもイイ、自分の魔法をあえて受けて、それを移動に使う。
ダメージを受けるのも覚悟の上で、肉を切らせて骨を絶つ。
まさに苦肉の策だった。

「そこまでは上手くいっていたのだよ」
それ以降は、自分に失策の余地はなかったはずだ。
だから、タバサの口からはもう1度同じ疑問が顔を出した。
「どうして」
「1つの失敗が全てを駄目にすることがある」
愉快そうに、ジョセフはそこで言葉を切った。
「お前はもっと風に身を任せるべきだった。あの暴風なら、何もしなくてもお前を余の元に運んでくれただろう?
それなのにお前は余の元に跳躍してしまったのだ。おかげで殺せたはずの余の被害はたったのコレだけ」
そう言って、ジョセフはタバサの左手と自身の右手を縫いとめる氷の矢を引き抜いた。
それから、ジョセフはこともあろうか杖も奪わず、タバサを解放した。
「さぁ、次はどうする。お前はもっと余を楽しませてくれるのだろう?」

途中までは完璧だった。
気付かれたのは自分の失敗のセイ。
その事実はタバサの心に重くのしかかった。
精神力は次の策を考えて、実行するほど残ってはいない。
万策は尽きたのだ。
だったら……、散り様は美しく。
生まれて1番の精神力を込めて、タバサは魔法を唱え始めた。

全力を込めて自分が放った呪文はアイス・ストーム。
スクウェアクラスのその呪文は、贔屓目なしでハルケギニア全土でもそうそう遅れは取らないだろう。
ここに来て、タバサの能力はトライアングルからスクウェアに上がったが、
皮肉なことに、その事実は今のタバサにとってプラスには働かなかった。
全力の一撃は、死の恐怖を緩和するために、気絶を期待して放ったものだったのだ。
それなのに上がってしまった能力のセイで気絶することも出来ない。
大切なところでいつも運が悪い自分に、タバサは自嘲気味な笑みを浮かべた。
正面から死と向き合うしかない状況にが出来て、タバサは仕方なく死を受け入れた。
スクウェアの呪文でも、エルフの呪文には勝てる気はしなかったからだ。
「……ごめんなさい」
反射された自らの魔法を見ながら、タバサは救えなかった母に向かって謝った。
後数秒で訪れるであろう衝撃に、タバサは目を瞑った。
目の前で笑う叔父王は、きっとロマリアに滅ぼされる。
それだけが、死に包まれるタバサにとって、唯一の救いだった。


衝撃音と同時に襲った振動で、タバサは尻餅をついた。
目の前にあるものが何か分からずに、タバサは開いたばかりの目を擦った。
「ルイズは?」
ラグドリアンの湖畔で別れて以来の彼の声を聞いて、タバサは何だか安心した。
途端に、タバサの目の前が開けた。
たしか、エヴァンゲリオン。
彼の武器だと説明されたそれは、アイス・ストームから彼女を守るように右手を盾にしてくれていた。
「無事」
いつものように、淡々と事実だけを返して、タバサは杖を構えなおした。
いつの間にか、死は彼女の正面から姿を隠していた。


「アレか?」
突然、現れた巨大な紫の亜人に驚いた様子もなく、ジョセフはシェフィールドに聞いた。
「違います。ただ、多分同じものだと思いますわ」
観念したようにシェフィールドは呟いた。
突然現れたアレは、自分達の唯一の希望を出てきた瞬間に消し去ってくれたのだ。
騎士人形に期待していたのは、エルフのカウンターだけだった。
正確には、アレが現れるまではその機動力と攻撃力にも期待はしていた。
今までのハルケギニアなら、5体揃えれば征服できたかもしれない。
たしかにそんな非常識な能力を持った人形だったのだ。
その人形が、今は目の前にいる亜人の腕の一振りで壊れてしまった。
明らかに原型をとどめていないそれは、素人目に見ても直すより1から作り直したほうが早そうだ。

「ジョセフ様、ここはわたしが……」
お逃げください、そういう前に、シェフィールドはジョセフに唇を塞がれた。
先ほどよりも短い口付けの後、ジョセフは自らの唇を舌で舐めた。
「ついて来るか?」
「はい」
2人にそれ以上の言葉は必要なかった。

「受け取れ」
そう言って、ジョセフはタバサに引き出しの鍵を投げた。
「抵抗はしないの?」
渡された鍵の意味を理解して、タバサは伯父王に聞いた。
「余に残されたカードはなくなった」
眼前にいたはずの伯父王の声が後ろから聞こえて、タバサは振り返った。
ジョセフの左手には短剣が握られており、それがタバサの脇腹に添えられていた。
「お前を殺すことは、余にとって造作もないことだったのだ。だが、余はゲームに負けたのだ」
それだけ伝えると、ジョセフは剣を投げ捨てた。
次いで杖も投げたところで、ジョセフは続きを語った。
「ゲームに負けたのだ。ならば、この首を刎ねられてしかるべきだ。余を殺すが良い」
それからジョセフは大仰に両手を広げた。

「ジャベリンか、その歳でその大きさ……。流石にシャルルの娘だな」

翌日、ガリアがロマリアに敗れたとハルケギニアに知れ渡った。



第12話
  タバサ、恨みの行方

-終-



[5217] 第13話 嘘と友情
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/18 02:58



タバサのジャベリンが地面に激突する音に紛れて、真っ白な巨人は音も無く地に足をつけた。
翼人のそれとは違う白い羽は、地につくと背中に吸い込まれるように消えていった。
真っ白いそれは、ゆっくりとタバサの後ろに顔をやった。
白の口を割って血の様に赤い舌が顔を出した。
歪んだその醜悪な顔が、歓喜を表していることに気付いた時、タバサは自らの震える肩を両腕で抱きしめた。
「逃げて」
後ろの紫に乗ったままの彼の言葉が、タバサには理解できなかった。
目の前の巨人が動いている様は、それほどに圧倒的な絶望感を持ってタバサを混乱させたのだった。
だから、後ろの化物が叫びを上げて走り出しても、あっけなさ過ぎる決着がついても、タバサは見守ることしか出来なかった。
白い方から吹き出る赤が、加速度的に彼女を現実から遠ざけた。


シンジは目の前に降り立った見覚えのありすぎる白を見て、嫌悪感を押さえるようにインダクションレバーを握り締める。
頭の中に喰い千切られている弐号機が浮かぶ。
初めて白い化物と遭ったときの光景だった。
加呼吸気味な荒い息を意志の力で無理やり押さえつける。
ハルケギニアに来る前は、この感情に身を任せて失敗したからである。
熱を持ったままの頭で、LCLの中に漂っているミサトの十字架を見つけた。
それを右手で握り締めて心臓に当てる。
量産機と初号機の間には知り合いがいる。
自分には冷静にならないといけない理由があるのだから。
荒かった鼓動が徐々にペースダウンしていくのを右手を通して感じた。
そこまでして、シンジはようやくタバサに声をかけた。
「逃げて」
決して大きくないその声は、初号機の外部スピーカーを通して、彼女には伝わっているはずである。
それでも、自らの肩を抱いたまま動かないタバサに、シンジは舌打ちした。
タバサの状態を察したシンジは、自らの激情に身を任せるイイワケを見つけてしまった。
仮にそれが無意識であったとしてもだ。
タバサから注意を逸らすために、シンジは初号機を吼えさせた。
もともとタバサの方に意識がいってないように見えてもだ。
同時に彼女を踏まないように飛び越えて、量産機目掛けて跳躍する。
跳躍の最中にウエポンラックからプログナイフを手にした。
勢いを殺さぬまま、プログナイフを根元まで量産機の顔面に差し込む。
断末魔を残す暇もなく倒れる量産機の顔面から、シンジは素早くプログナイフを引き抜いた。
左足を軸にして回転すると、そのまま勢いに乗った踵で崩れ落ちる量産機の顔面を蹴り飛ばす。
音速を容易に突破する筋力を有する足から放たれた回し蹴りは、白を弾けさせガリアの地に赤い華を咲かせた。
赤く彩られた首から、エントリープラグがはみ出して見えて、シンジはそれを拾い上げた。
友の名を書かれたそのプラグを一瞥すると、シンジは迷いなく掴んだ腕に力を入れる。
へし折れたそれを、沈黙した量産機の傍らに添えるように置くとシンジはタバサの方に歩を進めた。


「帰るよ」
いつもより抑揚のない彼の声を聞いて、タバサの呆けた頭は覚醒した。
グロテスクな巨人の死骸を見ないようにしながら、タバサはシンジに返した。
「王室に行って来る」
口笛を吹いて、シルフィードを呼んだ彼女はそのまま愛竜に飛び乗った。
「お姉さま!なんなのね、アレ!?」
怯えた様子のシルフィードに、タバサは何と答えればいいのか分からない。
「……大丈夫」
何が大丈夫なのか分からないまま、彼女は嫌な予感を振り払うように大丈夫と繰り返した。


第13話
  嘘と友情


シンジはラグドリアン湖畔に座っていた。
元々はタバサの風竜に乗せて貰って、ルイズの元に帰るつもりだったのだ。
しかし、量産機が出てきては、以前のように初号機を置いていくワケにはいかなかった。
そうなるとあんなに目立つものを引き連れて、ゲルマニアの国境を越えられない。
正確に記すなら、越えるために力尽くで突破しなければならない。
それを行うのは、別段余裕過ぎるのだが、それは彼の望むところではない。
仕方なく、シンジはタバサにルイズ達を呼んできてもらうように頼んだのだ。
タバサはそれに了承の旨を伝えると、待ち合わせ場所にここを指定したのだ。

何故あんなところに量産機が……?
シンジは考える。
タバサの口調から、量産機がロマリアの新兵器らしいことは分かるのだが、何故あるのかは分からない。
エヴァシリーズを使って、ハルケギニアの国を蹂躙できるのは当然だろう。
しかし、だからと言ってダミープラグを完璧に操作している辺りは解せない。
幸いにして、今回の繰り返しの前に立てた対策が役には立ったようだし、量産機の動きは相変わらず鈍重だ。
そんなプラス要素が気休め程度にしかならないことを理解して、シンジは溜息を吐き出した。
今回も白いエヴァを見た瞬間に頭が沸騰したのだ。
その上、1度冷静になったつもりが、気が付いたら初号機を吼えさせていた。
再度漏れた溜息に、自分の思考が落ち込み始めたことを実感して、シンジは立ち上がった。

量産機の頭を破壊して、友人の名前が書かれたダミープラグを破壊したのだ。
初号機に向かって来た量産機が一機なら、アレがこの世界にある唯一の量産機なのだろう。
何れにせよ終わったことだ。
そうやって無理やり思考を切り換えると、シンジは深呼吸をした。
第三新東京市にはない緑を存分に含んだ空気は、彼の気持ちをリラックスさせる。
それから彼は靴を脱いで、水面に足を浸けた。
水の冷たさに、頭の中のモヤモヤが整理されていく気がした。
こっちの世界もイイものだな。
唐突に頭の中にそんな言葉が浮かんで、シンジは友人が歌っていた歌を口ずさんだ。
彼が隣にいないことを寂しく思わなくなった自分を自覚して、シンジは前の世界との繋がりが薄くなった気がした。
「このバカ!何やってたのよ!」
その言葉と同時に湖に蹴り落とされた彼が、声でご主人様を判別できなかったのは、この際小さな問題だった。


「……アンタ泳げなかったのね」
そう言って、そっぽを向いたまま謝ったご主人様に、シンジは視線を合わせなかった。
あろうことか、一ヶ月ぶりに会ったご主人様は人を蹴落とすだけ蹴落として、溺れている自分を見ながらパニックに陥ったのだ。
ルイズに追いついたタバサが、レビテーションで浮かせてくれなければ、彼は死んでいただろう。
彼と泳ぎの相性はそれほどに悪い。
タバサから貰ったタオルで頭を乱暴に拭くことで、彼は自らの不機嫌さをアピールした。
「……ありがとう」
横目でこちらの様子を、チラチラと伺うルイズを無視して、シンジはタバサに礼を言った。
「イイ。あなたには借りがある」
その言葉がガリアでのことを言っているのか、トリステインでのことを言っているのか、シンジには理解できない。
「それじゃあ、これでチャラだね」
そんなシンジの言葉に、タバサはいつもの様に淡々と答える。
「足りない。わたしは命を助けられた」
タバサの言葉にシンジは真剣な表情になって返す。
「僕も命を助けられたんだけど……」
そこで言葉を区切ると、彼はおどけた様に笑った。
「もっとも、それがご主人様に殺されそうになったっていうのが、カッコがつかないんだけどね」
シンジの言葉にルイズは、う~、と唸った。

「だから、貸し借りなし。ね?」
そう言って、タバサの頭を軽く撫でたシンジは思い出したように疑問を口にする。
「そう言えば、お母様はイイのかい?」
頭を撫でられて満更でもない様子のタバサを見て、ルイズの唸り声は強くなる。
「……寝てる」
タバサの表情に満足気なものを見出して、シンジは少しだけ安心した。
「そっか」
それだけ言うとシンジは立ち上がった。
「話があるんだよね?」
シンジの言葉にタバサは、コクン、と頷いた。
「そうよ!アンタがラグドリアン湖なんかに落ちてるから、いらない時間を使っちゃったじゃない!」
構って欲しいのか、ルイズは事実を捻じ曲げてシンジに文句を言った。
そんなルイズをシンジは冷たい目線で一瞥だけすると、タバサに向かって声をかける。
「行こうか、タバサ」
もちろん、ルイズ、とは付け加えない。
「……ほっておいてイイの?」
ルイズを置いていこうとするシンジに、タバサは疑問を口にした。
「子供にはお仕置きも必要なんだよ」
ルイズに聞こえるように言ったその言葉は、彼女の唸りを再発させた。
「どっちも子供」
ボソリ、と呟いたタバサの一言がこの場の状況を物語っていた。


屋敷に入るなり、タバサは執事のペルスランにもてなしをするように命じた。
ペルスランが一礼して扉を閉めたのを確認して、タバサは一歩下がった。
それから円形のテーブルに座らせた各人に向けて膝をつくと恭しく頭を垂れる。
「あなた達のおかげで、母を助けることができた。……感謝を」
タバサが頭を上げるのを待って、キュルケは言う。
「タバサ、あなたのお母様が助かったのは喜ばしいことだわ。ただ、どうやって助かったか教えてくださる?」
ふふッ、といつもの余裕のある笑みで、キュルケは事情を説明しろと言った。
キュルケに合わせて、隣のコルベールも真剣な表情で言葉を綴る。
「ああ、何やら大変なことになっているらしい」
どうやら、ツェルプストー家でガリアの状況を知ったらしい。
それはルイズも同じなようで何やら難しい顔をしている。
「ガリアが3日で壊滅するなんて……」
ルイズの言葉は、皮肉にも各国の言葉を代弁している。
もちろん、戦勝に沸くロマリアを除いてだが。
呟くように吐き出される彼女らの言葉を聞きながら、タバサは口を開く。
「わたしの分かる限りの事情を説明する」
各人が頷いたのを確認したタバサは、どこから話すか考えた。
そんな彼女の悩みを察して、シンジはタバサに言った。
「とりあえず、ルイズを拉致した辺りから話したら?」
「あら、その辺の話は被害者から聞いてるわ」
シンジの言葉に反応して、キュルケは必要ないと言った。
「なら、ここで何があったかから話してくれると、僕としては助かるんだけど……」
シンジの言葉にタバサは頷いて話し始めた。

「あの後、わたし達はアーハンブルと呼ばれるガリアの古城に連れて行かれた」
タバサの言葉に、キュルケが続く。
「そこで、わたしとジャンが愛の結晶に乗って救出に現れたのよ」
愛の結晶という表現に、コルベールは苦笑いを浮かべる。
「救出……。アイツは?」
アイツという言葉だけで、誰を指しているのか分かったのはタバサだけだった。
「……分からない。ガリアから呼び出されたのだと思う」
タバサとシンジだけで伝わりあっている様子に、キュルケは呆れたように言う。
「アイツって誰よ?」
あんた達だけで納得してるんじゃないわよ、と言いたげなその口調に答えたのは、以外にもルイズだった。
ガリアから呼び出された、で彼女にもアイツが指している人物に察しがついたのだ。
「エルフよ」
ルイズの言葉にキュルケは驚愕の色を見せた。
「エルフって!?あなた達……良く生きてたわね」
虚無の魔法かしら、と興味深そうにルイズを見るキュルケに、彼女は冷や汗を流しながら答える。
どうやら、あのときのことを思い出しているようだった。
「……戦ってないもの。それに直ぐにどっか行っちゃったし」
ルイズの言葉に、コルベールはふぅ、と息を漏らした。
「……なるほど。我々は運が良かったということですな」
コルベールの言葉に、タバサは頷きながら続いた。
「多分、あの時のガリアには、アーハンブルの警護に人を回す余裕がなかった」
「うん、その辺りは分かったんだけど……、何で救出されたはずのタバサがあんなところにいたの?」
不可解な部分は残るが、分かる限りのことなら仕方ない、とシンジは話を促した。

「国内が混乱している絶好の機会だと思ったから」
そう言ったタバサの事情を知らぬものはこの中にはいない。
「そして、わたしは彼の助けで伯父を討った。多分、今頃はロマリアが王宮を占拠しているはず」
「そう……。でも結局、ガリアの担い手は分からないままね」
重くなった空気を拭うように、ルイズは話を変えようとした。
「ガリアの担い手はジョセフ王」
タバサが語った新事実に、ルイズは驚きの声を上げる。
「ホントなの!?」
「伯父はあなたと同じ魔法を使った」
言葉を失くしたルイズに、タバサは本を渡す。
「……始祖の祈祷書じゃない!?」
「伯父の机の中に入っていた」
返ってきた祈祷書をルイズは大切そうに抱きしめた。

「あと、これとこれ、それとこれも」
タバサは続け様にルイズに押し付けていく。
「同じところにあった……。多分、始祖関連のもの」
タバサからルイズに渡したものは、祈祷書を除いて3つ。
茶色の石の指輪とオルゴール、それに香炉。
「始祖関連って……、そんな大切なもの受け取るわけにはいかないわ」
そう言って、ルイズはタバサに返そうとしたが、タバサは首を振った。
「必要ない。わたしが持っていても意味がないもの……。それに彼に助けて貰ったから」
そのお礼、とタバサは付け加える。
既にシンジの方を向いてしまっているタバサの視線に、ルイズは面白くないものを感じる。
そんなルイズを気にした風もなく、タバサはシンジの方に歩み寄った。
「あなたにはこれ」
シンジに渡したものも指輪だった。
妖しく光るその指輪に、シンジは見覚えはない。
不可解そうな顔をしたシンジに、タバサは言葉を付け加える。
「水の精霊に返す」
シンジにそう告げると、話は終わりとばかりにタバサは部屋を出た。
「……行くよ?」
ついて来い、と言いたげな彼女の様子に、シンジは皆を促した。



シンジは軽くステップすると、大きく腕を振った。
彼の右手から放たれたそれは、放物線を描いて飛んでいく。
キラキラ光るそれが、日の光を反射して光る湖に溶けるように消える。
ラグドリアン湖にアンドバリの指輪が消えると、タバサはシンジを見た。
「貸しが1」
「了解」
彼のおかげで手に入れた指輪を彼に渡したところで、それが貸しになるワケがない。
そんなタバサの本心を知らぬまま、シンジは振り向きもせずに了承の旨を返した。
「……ごめんなさい」
小さく呟いたその言葉は、シンジに届くことはなかった。
ごめんなさい。
声に出さずに、タバサはもう1度謝った。
貸し借り、それがタバサが唯一知っている友人の作り方だからだ。
わたしはあなたに仕える。
だから、この嘘だけは許してください。

「シンジなら、許してくれると思うわよ?」
キュルケの言葉に、タバサは一瞬驚いた。
しかし、タバサはその驚きを隠すように言葉を紡ぐ。
「……わたしもそうだと思う」
そんなタバサをキュルケは愛しそうに見つめた後、急に調子を変える。
「でも、そんなんじゃライバルに勝てないわよ?」
「そんなんじゃない」
違うと否定するタバサに、キュルケはいつものように笑う。
「まぁ、あなたがそう言うなら、そういうことにしておいてあげるわ。
……ただ、ヴァリエールの男を奪うのならツェルプストーを味方につけておいて損はないわよ」
いつの間にやってきたのか、キュルケの後ろにはシルフィールドもいる。
きゅいきゅい、と嬉しそうに鳴くその姿が妙に腹立たしくて、タバサは愛竜の頭に杖を振り下ろすのだった。




第13話
  嘘と友情

-終-




[5217] 第14話 二人目の成り上がり -前編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/26 20:09



シンジは広いクイーンサイズのベットの上で目を覚ました。
目を閉じたまま、己の体に乗る物体を無造作に退かす。
寝起きの霞んだ目で、その物体がピンク色をしていることが確認できて、少しの焦りを覚えた。
ピンク色のそれは、彼のご主人様だったからだ。
幸いなことに、ご主人様ことルイズはよほど疲れているのか、多少乱暴に扱ったところで起きる気配はない。
そんな彼にしたところで、疲れていたのは変わりなく、ラグドリアン湖から帰るなり寝てしまったのだ。
そんなことを思いながら、彼はベットから起き上がる。
「よう。起きたのか相棒」
部屋の隅から聞きなれた声が聞こえて、シンジはこの世界の相棒に視線を向けた。

「おはよう。デルフ」
言い終わると同時に、シンジは伸びをする。
物理的に体を重ねて寝ていたセイか、彼の関節は妙な音を奏でた。
「ワリと綺麗にしてるだろう?娘っ子が自分でやったんだぜ」
デルフリンガーの言うとおり、部屋は綺麗に片付いているし、埃もない。
以前、シンジが部屋を空けていたときと比べるまでもない。
「そうだね」
少し感心したような彼の言葉に、デルフリンガーは続ける。
「嫁にどうだい?」
「保留」
そんな風に断ったシンジに、デルフリンガーは面白そうに柄を鳴らした。
「娘っ子は多少マシになったが、お前さんは相変わらずだな」
何だか楽しそうな愛剣の様子に、彼はお決まりの軽口を叩いた。
「デルフがおじいちゃんなのと同じで、僕もそんなに簡単に変われないよ」
「酷ぇな!オイ」
そんな扱いにも嬉しそうにデルフリンガーは柄を鳴らし続ける。
カチカチ、と鳴っていた柄を止めると、彼は少しだけ優しげな声を出した。
「まぁ、何はともあれ。おかえり。相棒」
「ただいま。もう暫くはよろしくね」
返ってきた返答に、デルフリンガーは少しだけ不機嫌そうに柄を揺らす。
「また暫くかよ。やっぱおめぇさんは変わらねぇな」


第14話
  二人目の成り上がり


「シンジ、行くわよ」
彼に見せるように伸ばされた彼女の手には、羊皮紙があった。
ルイズから渡された羊皮紙にシンジは目を通す。
宛名は碇シンジになっている。
長々と書かれた文章を読んでみても、来いという意図しか読み取れなくて、彼の顔は険しくなった。
最後に書かれている差出人はアンリエッタ、つまり女王陛下だった。
「……何で僕に?」
不思議そうな顔をしたまま、シンジは首を捻った。
「呼び出すくらいだから、何か用事があるのよ。わたしも一緒に行ってあげるわ」
言葉の後に音符がつきそうなくらいに、ルイズは上機嫌だ。
そんな彼女が不思議で、シンジはまた首を捻った。
「何か知ってるの?」
そんなシンジに、ルイズは余裕の表れか、ふふ、と笑った。
「行けば分かるわよ。イイからアンタは着替えなさい。わたしは馬の準備をしてくるから」
結局、終始上機嫌なルイズに急かされて、シンジは出発の準備をするのだった。


「一頭で行くの?」
何がそんなに嬉しいのか、彼女は甲斐甲斐しく出発の準備を進める。
現に、シンジが外に出ると既に馬の準備がされていたのだ。
「し、仕方ないじゃない!これしかいなかったんだから」
そんな風にイイワケしながら、ルイズは頬を染める。
しかし、世の中彼女の思い通りには進まない。
シンジとルイズの間に、空から人が降ってきたのだ。
レビテーションでも使ったのか、彼女は危なげなく地面に降り立った。
「乗っていく?」
彼女に次いで、地に降り立った風竜の頭を撫でながら、タバサは言った。
そんなタバサに、ルイズの表情は引き攣る。

「タバサに迷惑をかけるワケにはいかないわ」
善意から言ってくれているであろうタバサの心遣いを無碍にせぬよう、ルイズは遠回しに断りを入れる。
本心は折角の遠乗りを邪魔するな、であるのだが。
「わたしが聞いているのは彼」
だが、タバサはルイズの心遣いなど知らぬ顔をした。
もちろん、ルイズの表情には隠しきれない怒気が表われているのだが、早々にシンジの方を向いたタバサは気付かない。
「じゃあ、お願いできる?」
笑顔を崩さずに、シンジは言った。
そんな彼に向けて、タバサはコクンと頷いた。
主を無視して、別の女と楽しそうにやり取りをしている使い魔を見て、ルイズの眉はつりあがる。
先ほどまでの上機嫌が反転してしまったルイズを無視して、シンジとタバサはシルフィードに乗ってしまった。
「待ちなさいよ!」
そう叫んだルイズは、伸ばされたシンジの手に掴まった。
そのまま、ルイズはシンジに引っ張られて、彼の膝の上に納まった。
彼に後ろから抱きしめられて、ルイズの心臓は鼓動を早める。
「馬で行きたかった?」
彼にそう尋ねられて、ルイズは拗ねたようにそっぽを向いた。
「……別に、竜の方が早くてイイわ」
赤く染まった彼女の横顔から不機嫌さは吹っ飛んでいた。


「ようこそおいで下さいました。……英雄を通すには無粋な部屋で申し訳ありません」
シンジの姿を見て、嬉しそうに微笑んだ後、アンリエッタは頭を下げた。
女王の言葉通り、広い部屋は机とベットだけで、寂しさを感じさせる。
ルイズはアルビオンに行く前にこの部屋に入っていたので、驚くことはない。
別段、シンジも気にした様子はない、と言うよりもかけられた言葉に驚いている。
「……英雄?」
彼のそんな反応に、アンリエッタの顔は輝く。
「ええ、アルビオンで殿軍を命じられたルイズの代わりに、あなたが7万の軍勢を退けられたのでしょう?」
一応、口調は疑問系だが、彼女の顔は確信に満ちていた。
面倒なことになった、とシンジは内心で溜息を吐く。
「もし、それが真実なら、どうなのでしょう?」
言葉に気をつけながら、シンジはアンリエッタに問いかけた。
「もし、などとお戯れを……。ささやかですが、感謝の気持ちを用意しました。受け取ってください」
シンジの打った布石を軽々と見破りながら、アンリエッタは彼に羊皮紙を渡した。
渡された羊皮紙を、シンジはマジマジと見る。
近衛兵の任命状だった。
「受け取れません」
ことの重大さを理解して、シンジは羊皮紙をつき返した。
「あなたはトリステインの英雄なのです。お受け取りください」
彼の羊皮紙を受け取らずに、アンリエッタは言葉を繰り返す。

やり難くなった、とシンジは眉を顰める。
「女王陛下……、以前にもお話しましたが、私はトリステインの民ではありません。
よって、このようなものを受け取るワケにはいきません」
仕方なしに、シンジは建前を口にした。
「異世界からの来訪者……。オスマン氏とルイズからそのように聞いております。だからこそ、あのような立派な……」
表現に困ったのか、アンリエッタは言葉を濁した。
その彼女の様子に、初号機の件までバレていることがシンジに伝わった。
それだけで、アルビオンの件を誤魔化すことは無理だと悟ると、シンジは更に建前を告げる。
「信じられないかもしれませんが、それは事実なのです。ですから、私が報酬を受け取るわけにはいきません。
もしも、私のワガママが許されるのなら、主にお与え下さいますようお願い申し上げます」
堅苦しく伝えたシンジに、アンリエッタは微笑んだ。
無論、その微笑が彼に与えたのは嫌な予感なのだが。
「そのように堅苦しく考える必要はないのですよ。これはこちらの世界の身分を保証するものだとお考えください。
もちろん、ルイズにもきちんと褒美は取らせますので、安心なさってください」

「ですが……」
シンジの言葉を遮って、アンリエッタは言う。
「あなたのシュヴァリエの称号授与は、すでに各庁にふれを出していますので」
そのまま、アンリエッタはルイズにウインクをした。
それが合図だったのか、ルイズは部屋に入って初めて口を開いた。
「シンジ、お受けしなさい」
建前を持ち出したのはシンジであり、主人の命には建前上従わなければならない。
痛む頭を表情に出さないように、シンジは恭しく膝をついた。
「謹んでお受けいたします」
ここに来て、ルイズの上機嫌の本当の理由に思い至って、シンジは頭を下げたまま顔を引き攣らせた。
長々と頭を下げていたシンジが顔を上げると、アンリエッタはまたニコニコと微笑んだ。
「それから、あなたを魔法学院に入学させておきましたので」
アンリエッタのその言葉と、隣で嬉しそうに微笑むルイズに反抗して、シンジは帰る決意を強めた。
「少し遅れましたけど、新一年生ですので、ルイズの後輩にあたります。卒業後は近衛に内定もしていますので」
帰す気がないんだろう、とシンジは引き攣る顔を隠すことを止めた。


「……シュヴァリエ?」
王宮を出ると、外で待っていたタバサがシンジのマントを見てそう言った。
ははは、とシンジは苦笑いを返す。
「……嬉しくないの?」
シンジの笑いが意図していることを感じ取って、タバサは続けた。
「まぁ、年金はありがたいんだけどね。……今月分を受け取ってくるから、もう少し待っててくれる?」
困ったような顔をしたまま、シンジはおどけて見せる。
彼が受け取る年金は月々42エキュー。
月初めに支給される年金なのだが、支給日が過ぎてしまった今月分はこれから受け取る手筈だ。
「分かった」
「ごめんね」
いつも通り簡潔に返す彼女に、シンジは謝った。
「別にイイ」
「わたしもここで待ってるわ」
自己を主張するように、ルイズはシンジの服を引っ張る。
「それじゃ、行ってくるから」
それだけ言い残して、シンジは財務庁に向かってしまった。


「どういうつもりでついて来たの?」
シンジが消えてから暫くして、少しばかりの棘を含ませてルイズが言った。
シルフィードに乗せてもらったことは、純粋に感謝したい。
タバサの愛竜に乗ったからこそ、シンジが後ろから抱きしめてくれたのだ。
だが、一ヶ月振りに逢った使い魔は、再会から今日まで冷たい。
というよりも、一ヶ月の空白がなかったように感じられた。
ルイズとしては、こう、なんというか、ベタベタしたいのである。
そこまで思って、ルイズは学院からの空の旅を思い返した。
「彼の役に立てると思ったから」
タバサの返答に、桃色に染まっていたルイズの頭は冷めていく。
「何よそれ。どういう意味」
ルイズの不機嫌さが表われたように、その言葉に含まれる棘は先ほどより多い。
「昨日、ラグドリアン湖で誓った。わたしは彼の騎士」
表情も変えずに言ったタバサをルイズは睨んだ。
「アイツは……、アイツはわたしのものなんだから!」

「違う」
自らの言葉を否定したタバサを、ルイズは睨んだ。
自分に彼が相応しくないと言われた気がしたからだった。
「違わない!アイツはわたしの使い魔なんだから」
そんなルイズの言葉と視線を真っ向から受け止めて、タバサは続ける。
「彼は使い魔かもしれない。でも、彼は人間。それに今は貴族にもなった」
だから、彼女も彼を狙うと言うのか。
そんなことは許さない、とルイズは息を荒くした。
そこでルイズは思い出す。
恋敵かもしれない目の前の少女は、自分よりも凹凸の少ない体だ。
「まぁ、どっちにしても関係ないわ。それじゃあ、アイツも寂しいだろうし」
タバサよりは、多少女らしいルイズは胸を張った。
この場にキュルケでもいたのなら、アンタとどこが違うのよ、とルイズを見下して自慢の谷間でも披露したであろう。
「……勘違いしているようだから、言っておく」
タバサはそう前置きをした。
多少なりとも怒気が含まれているところを見ると、彼女も一応気にはしているようだ。
「わたしにはあなたが考えているような感情はない」

タバサの言葉の意味を理解するのに、ルイズは十数秒かかった。
「え……。それ、どういうこと?」
嫌な予感がルイズを包んだが、聞かずにはいられなかった。
「彼はわたしと母の恩人。わたしはその恩義に報いているだけ。……あなたのように恋愛感情はない」
あなたのように恋愛感情はない。
タバサの言葉が、ルイズの頭の中を回る。
リピートが7回を超えたところで、ルイズの顔から火が吹いた。
「それから、1つ訂正することがある」
かはぁ、と息を漏らして、聞いているのか分からないルイズを気にした様子もなくタバサは続ける。
「……16でそれなあなたよりはマシ」
がはぁ、と血を吐くような勢いで息を吐き出したルイズを見て、タバサは満足した。
それから、後ろを振り向くと帰ってきた彼に意味もなくピースサインを向ける。
「……何やってんの?」
そんな2人のやり取りを見て、シンジは呆れたように呟くのだった。


シルフィードの背中で、シンジは笑う。
隣に座るルイズは怒ったように頬を染めてそっぽを向いている。
タバサはいつもの表情で先の事情を淡々と語っている。
「いやはや、どうやらタバサの勝ちみたいだね」
いまだに余韻が残っているのか、シンジはくくくッ、と笑いをかみ殺した。
そんな彼に気を悪くしたのか、ルイズはポカポカ、とシンジを殴る。
「ルイズは好み?」
ルイズが殴っているのが気に入らないのか、タバサは唐突に口を開く。
そんな彼女に、それはフォローじゃないんだけど、とシンジは苦笑いを浮かべた。
「ルイズもタバサも、世間一般からすれば、十分に美少女だと思うけど」
そして、彼はいつものように話を紛らわすことにした。
ルイズならこれで勝手に納得してくれるのだ。
というか、既にルイズの手は止まっており、嬉しそうに頬を染めている。
「世辞はイイ」
そんなタバサに、シンジは困ったように笑う。
「今のじゃ、答えにならない?」
彼の問いに、タバサは頷いて続ける。
「わたしが聞いたのはあなたの好み。世間の評価じゃない」
はっきりとそう言うタバサに、シンジは苦笑いを強くした。
「好みの話は、あんまりしたくないんだけど……」

「ダメ!話しなさい!」
不満そうに頷きかけたタバサに代わって、ルイズがシンジを問い詰める。
さっきの嬉しそうな表情はどこへやら、その表情は一転して真剣だ。
「……どうしても?」
溜息を吐いた後、彼はルイズに尋ねる。
真剣な面持ちを崩さぬまま頷いた彼女に、シンジはもう1度溜息を吐き出した。
「理想を言うなら、僕の言葉を理解してくれる人がイイかな」
不思議そうな顔をしたルイズに、シンジは言葉を付け加える。
「何て言うか……、僕の愛情表現って伝わり難いみたいで……」
「なにそれ?そんなんじゃなくて、もっと分かりやすく言いなさいよ」
考えても無駄だろう、とルイズは彼の言葉を切って捨てた。
「分かりやすく……。そうだな……、あんまり外見的な拘りはないんだけど……」
「何よそれ!髪が長いほうが好きとか、胸は小さくても気にしないとか……、イロイロあるでしょ!?」
幾分、自己の願望が含まれた言葉をルイズは口にする。
そんな彼女の様子に気付いて、シンジは笑う。
「いや、ホントに。ある程度以上の可愛さがあれば、僕としては……。それより重要なのは性格とか相性でしょ?」
何だかはっきりしない彼に、ルイズは溜息を吐く。
「分かり難いわね。まぁ、じゃあ、仕方なく、仕方なくよ?……基準を設けましょう」
少し照れたように、頬を染めた彼女は続ける。

「アンタの身近な女性で、ご主人様でもあるわたしを基準にしてイイわ」
「アリだよ?」
ナシだと思ってるの?とでも言いたそうなくらいに、シンジの言葉は軽い。
「……胸、小さいわよ」
何だか決意したような声で、ルイズはそう言った。
彼女の声に合わせたのか、空気も重くなる。
「そこを加味して結果を言ったつもりなんだけど?」
小さいのがマイナスだ、と直接言わないようにシンジは言葉に気をつける。
単純に言えばご主人様がお怒りになるからだ。
「じゃあ、わたしはアンタの恋愛対象なのね?」
先ほどより浮かれた声で、ルイズはシンジに聞いた。
「……もう少し大人になったらね」
子供だ、と言われた彼女の頬が膨らんだのはいつものことであった。


学院に帰るなり、シンジはオスマンの元に呼び出された。
部屋にはオスマンとコルベールが待っており、シュヴァリエに叙された彼を祝福してくれたのだ。
「いやはや、君が学院の生徒になるとはね。……私にとっては元々生徒のようなものだったが」
コルベールは感慨深げにシンジを見つめた。
「こっちの世界に骨をうずめる覚悟ができたようじゃな」
コルベールに続くようにオスマンも目を細める。
「暫くしたら帰るつもりなんですけど?」
ははは、と愛想笑いしながらシンジは答える。
「何!?準備は出来たのかい?出発はいつだい!?」
いつまでもこっちの世界にいるつもりはない、とシンジが返せば、コルベールが興奮する。
「これこれ!君はもう少し落ち着きたまえ。……全く、これではどっちが子供か分からんじゃないか」
疲れたようにオスマンは苦言を呈する。

「君が入学するに当たって、必要なものは揃えてある」
そう言ったオスマンは、シンジに部屋の鍵を渡した。
「部屋も一室用意した。そこにある荷物を持って見てくるとイイ」
彼の指差した方向には教材と思われる本が置かれていた。
「何か分からないことがあったら、ミス・ヴァリエールにでも聞くとイイ。なんせ彼女は先輩だからのう」
そう告げた彼は白い目でコルベールを見る。
オスマンにそんな目で見られて、コルベールは慌てたように言葉を紡ぐ。
「分からないことがあったら、私に聞いてくれても構わない。それと、授業についてだが、新入生が入学して一ヶ月程だ。
君の知識で置いていかれることはないと思うが、何か困ったら遠慮なく私に相談してくれたまえ」
どうやら、オスマンが説明したことは元々コルベールに任されていたらしい。
気付いた事情を微塵も感じさせず、シンジは深々と頭を下げた。
「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
どうやら、彼もまだ魔法の威力を諦めたつもりはないようだ。



翌日、遅れての入学ということで、彼は教壇に立っての自己紹介をすることになった。
新しくクラスの一員になるのに、自己紹介という通過儀礼はどこの世界でも同じらしい。
「碇シンジです。元平民ですが、魔法が使えるとのことで、こちらの学院に入学することになりました。
貴族の皆様と机を並べさせて頂くことを大変光栄に思っております。少し遅れた入学になりましたが、よろしくお願いします」
元平民、と言った彼に興味の視線と侮蔑の視線が注がれる。
割合的には3:7と言ったところか。
仕方ないかな、と諦めに似た納得をしたところで声をかけられる。
「お前、杖も持ってないのに何が出来るの?」
明らかに馬鹿にした様子のその声にシンジは丁寧に答える。
「体質のようでして、杖を持っても威力が変わらないんです」
答えに併せて、彼は掌に炎を出して見せた。
そんな彼の様子に、生徒達は驚きを見せるが、続いた言葉でシンジのことを見下した。
「まぁ、見ての通り威力の程は心許ないんです。残念ながらこれが全力でして……」
言葉を濁しながら、掌を閉じる。
すると拳の半分程度の大きさの炎は消え去った。
「メイジとしての実力は未熟すぎますので、どうか虐めないでください」
幾人のクラスメイトから嘲笑が漏れる中、1人の生徒がそれに輪をかけようと彼に声をかける。
「それで剣なんか背負ってるのかよ!平民上がりは大変だな」
今度こそ、クラス中に巻き起こった笑いの嵐の中、シンジはルイズの苦労を実感した。
大きな子供の相手は疲れるんだよな……。
内心を隠すようにして、シンジは苦笑いで嘲笑に気付かない振りをした。









[5217] 第14話 二人目の成り上がり -後編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/27 17:23



碇シンジの学院での評判は悪くない。
むしろ、同級生の評判を除いては良好と言ってイイだろう。
ルイズの使い魔としての彼を知っている上級生は、いままで通りシンジに接する。
学院仕えの平民にしたところで、貴族になっても偉ぶらない彼を嫌うものは少ない。
一応、アルビオンでの彼の活躍を風の噂程度で知っているのもその事情だろう。
当初に嫌悪感を表したマルトー等は、以前よりも仲良くなった程だ。
が、一方でシンジは一部の教師と同級生のウケは随分と悪かった。
その大半は、元平民である彼を成り上がりと毛嫌いしているかららしい。
その上、彼が小器用だったことも原因の1つだ。
シンジには授業中に指名されることが多々あった。
元々は、彼のことを嫌っているクラスメイトの1人が、失敗を予想して魔法の実技をやらせたことに端を発している。
シンジが魔法の才に恵まれていないことは、クラスの中で周知の事実だった。
例えば、彼は風の魔法を使って太い大根を切り落とすことが出来ない。
そんな彼に実技をやらせれば、失敗するのは目に見えている。
そう悪知恵を働かせたクラスメイトは、誰を指名するべきか悩んでいる教師に声をかけたのだ。
「先生。ミスタ・碇に任せるべきです」
彼女の提案に乗ったのは、その取り巻きの女生徒の1人だった。
「そうです。ミスタ・碇はコルベール先生に個人授業を受けているようで、座学はとても優秀ですし」
あえて、座学は、と言っている辺りに悪意を感じる。
そうだそうだ、と声を上げる男子が、発案者の彼女に声をかけていたのは先週のことだった。

「それでは、ミスタ・碇にお願いしましょうか」
その提案を聞いて、教師は悪気がないのかシンジに微笑んだ。
はい、と返事を返して、シンジは教壇に向かう。
「イイですか?このコップに水を満たすのですよ」
分かりました、とシンジは頷いて呪文を唱えた。
一応、彼にもこの程度には魔法が使えるのだ。
当然のようにコップには水が満たされている。
だが、それが気に入らない人物は当然いるのだ。
もちろん、それは提案をした彼女であり、それに乗った彼らだ。
「先生。それはあまりにも簡単過ぎて、授業になりません」
例によって、最初に言葉を発したのは悪知恵の彼女だ。
先ほどのメンバーがそれに同意したように声を上げる。
「今の授業で、それほどに高度なことは必要ありません。何事においても基本は大事です。それを疎かにするようでは大成できませんよ」
当然のことながら、彼女達にとっては面白くない。
シンジをからかうつもりでの提案は失敗し、逆に教師から遠回しなお叱りを頂いたのだ。
まさか、教師にその怒りをぶつけるワケにもいかなく、その矛先は当然のようにシンジに向う。
そうして、同じようなことを繰り返すが、どれもシンジは無難にこなしてしまう。

シンジをからかおうとした彼女らには、不運なことが3つあった。
1つは、少しぐらい失敗すれば、可愛げもあったのだが、小器用な彼は威力はともかく失敗はしなかったのだ。
2つ目は、シンジのことを気にしたオスマンが、授業の方針として基礎を大事にするように徹底したことだ。
そして、最後はシンジがこの悪戯に気付いていて、実はイライラを溜めていることだった。
そんな不運な彼女達のリーダー格の少女は、名をベアトリスと言った。



「なあ、イイだろう?僕らの騎士隊に入ってくれよ。英雄の君が入れば戦力は倍になるんだ」
シンジは入浴前の素振りの最中に、最近恒例となったギーシュの勧誘を受けていた。
ギーシュはアルビオンの功績が評価され、新設された水精霊騎士隊の隊長に納まったらしいのだ。
学院の生徒のみで構成されたその隊は、お世辞にも強力とは言えない。
「それに、あの飛行機が置いてある倉庫の隣のアレは君の使い魔らしいじゃないか!」
興奮するギーシュに、シンジはいつものように返す。
「いや、ほら、僕はルイズの使い魔だし」
つまらないものでも見るような目を向けるルイズの方を見ながら、シンジは言う。
このやり取りも、今日で既に3日目である。
だが、今日はいつもと違った。
それが、ギーシュにとって都合がイイ方にではないことが悲しいところだが。
「ギーシュ殿。そのような者を騎士隊に招くとは、程度が知れてしまいますわ」
止めておいた方が懸命ですわ、とベアトリスは言った。
彼女の取り巻きの少女達が、それに同意するように声を上げる。
後ろには、クルデンホルフの空中装甲騎士団も見えた。

彼女の声を聞いて、ギーシュは苦笑いを浮かべる。
シンジはシンジで、めんどくさそうに顔を顰めた。
「い、いやぁ……、これはこれは、クルデンホルフ殿下……。お恥ずかしいところを」
「お父上はお元気?」
「は、はい。おかげさまで」
そんな2人のやり取りから、逃げるようにシンジは踵を返した。
が、彼女達がシンジを見逃してくれるワケもなく、取り巻きの一人が声を荒げる。
「あら、ミスタ・碇。殿下を前にして、挨拶もなしなの!?」
それから、取り巻きの彼女達は口々にシンジの振る舞いは常識ハズレだと口にする。
曰く。
まともな社交も知らずに育っただの、いつもの態度も気に入らない、平民の成り上がりが。
彼女らの罵声を浴びながら、シンジは胸元に手をやった。
誇れることではないが元の世界の少女や、この世界の少女のおかげで彼は罵倒や罵声には慣れている。
だが、少女達による陰湿な虐めに似た行動には慣れがなかったのだ。
それは男の彼には理解し難い行動だったのも、イライラを募らす原因だろう。
しかし、彼は何とか平静を取り戻した。
ミサトのクロスのおかげだろう。
先の量産機との一戦での反省も多少なりとも生きている。

彼女らの不幸が続いた原因は、この場にいた人物だろうか?
シンジの入学以来、彼のいない部屋で悶々と過ごしていたルイズも八つ当たりするには十分なイライラを溜めていたのだった。
何よりも、その彼女はイライラを溜めている彼に唯一命令できる人物でもあるのだ。
そんな彼女は、その機嫌を表したような声で、ベアトリスに声をかけた。
「ゲルマニア生まれの成金が何をいきがっているの知らないけど、わたしの使い魔にちょっかい出すのは止めときなさい」
もちろん、ルイズの言葉にベアトリスが黙っているワケがない。
「あ、あなた!ベアトリス殿下を愚弄する気!?」
当の本人より先に、取り巻きの1人が声を荒げた。
「あなた、独立国であるクルデンホルフに向かって、そのようなことを言うとはどういうことか分かっていて?
二度目はないわよ!」
余裕があるのか、ベアトリスはルイズを脅した。
「アンタに何が出来るのか言ってごらんなさい」
ルイズはルイズで、彼女のことを挑発する。
いつもなら止めるはずのシンジも、今回は放置している。
「トリステインの貴族に侮辱されたとアンリエッタ女王陛下にきっちりと報告いたします!」
そんなベアトリスの態度に、ルイズは鼻で笑って返す。

「そうやって、直ぐに家名を持ち出す辺り、アンタらの受けた教育の程が知れるわ!これだから成金は!」
再度の成金発言に、ベアトリスの目に剣呑な光が宿った。
「あなたの名前をうかがってなかったわ!名乗りなさい!」
シンジやミョズニトニルン程、性格の歪んでいないルイズは、ここできっちりと名乗る。
「ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
彼女の家名に驚いた表情を浮かべた後、ベアトリスは口惜しげに唇を噛んだ。
独立国家でも家のレベルで言えば、ヴァリエールのそれに勝るものではない。
「ら、ラ・ヴァリエール先輩。先輩のような有名公爵家のお嬢さんが、このような本物の成り上がりを庇い立てする理由が分からないのですが。
まさか、このような成り上がりが、先輩と恋仲だなんて仰いませんよね?もし、そうならとんでもないスキャンダルになるでしょうね!」
苦し紛れに出た彼女のその言葉が、ルイズの地雷を踏んでいるのに気付いていない。
ベアトリスにとっては誠に残念ながら、不運は続くらしい。

冷静な時のルイズの頭はそれなりに切れる。
彼女は、クルデンホルフがヴァリエールに喧嘩を売らないことを理解して舌打ちした。
八つ当たりするために、ワザワザ挑発したのに乗ってこない。
まぁ、わたしが高貴すぎるのが原因よね。
そんな風に納得しながら、ルイズは次の手を考える。
「さっきも言ったけど、コイツはわたしの使い魔。
たしかに、今は貴族だからコイツに喧嘩を売ってもヴァリエールは関与しないわ」
こう言えば、間違いなく乗ってくる、そう踏んでルイズは彼の暴れっぷりを見ることにする。
「使い魔?何だかよく分からないけど、先輩の言葉に二言はありませんね?」
必要に確認を取ってくるベアトリスに、ルイズはめんどくさそうに言葉を返す。
「ヴァリエールの名に誓って言葉を覆すつもりはないわ。もちろん、彼に抵抗するようにとは言うけどね」
ルイズの言葉にベアトリスは一転して余裕の笑みを浮かべた。
シンジが抵抗したところで、それがどうしたと言いたいのだろう。

「と、言うことで、ミスタ・碇。これであなたの後ろ盾はなくなりましたよ」
いつの間にやら、ルイズに与えられたイライラはシンジの方に向いているらしい。
それが分かるほどの棘が彼女の言葉には包まれていた。
「あの、そんな風に言われる覚えが、僕にはないんですけど」
彼は彼で、内面のイライラを隠しつつ、ベアトリスに最終確認をする。
「黙りなさい!ここに来て、そのような言葉を吐くとは無礼だと思わないんですか!?」
シンジは困ったようにルイズの方を向く。
すると彼女は嬉しそうにシンジに命じた。
「やっちゃいなさい」
そんなルイズの反応に、シンジは珍しく好戦的な笑みを返した。

「さて、ご主人様から許可も出たので、確認したいんですが……、僕とクルデンホルフさんの決闘でいいんですか?」
そんなことが了承されるはずがないことを理解しながら、シンジはベアトリスに聞いた。
「何故、わたしがあなたのような成り上がりを相手にしなくちゃいけないのかしら?」
ベアトリスの言葉と同時に、騎士団が彼女を守るように前に出る。
隊長であろう男が杖を構えるのを見て、ベアトリスは続けた。
「我がクルデンホルフの誇る空中装甲騎士団がお相手になるわ」
ニヤリ、とシンジは笑った。
「ということは、シュヴァリエ・シンジとクルデンホルフ家の決闘ということでよろしいでしょうか?」
彼の言葉をベアトリスは鼻で笑った。
「そんなのどうでもイイわ。今なら、地に頭を擦りつければ許してあげても良くってよ?」
それだけ言うと、挑発的な笑みを浮かべて騎士団の後ろに下がる。
「騎士団の皆さんもよろしいですか?」
彼ら騎士団は杖を掲げることで、シンジの問いに答えて見せた。
何だかんだ言って、彼女らの1番の不運はシンジの意図していることを読みきれなかったことだろう。

「助太刀……。必要?」
どこから表われたのか、タバサが風竜に乗ったままシンジに聞いた。
「不要」
いつものタバサのように、シンジは答えた。
それから、タバサはベアトリス達に警告する。
「降伏するなら今」
彼女なりの後輩への親切心らしかったのだが、ベアトリスは不運なことに無視した。
この場合の不運はくどいようだが、タバサではない。
「それじゃあ、始めましょうか」
シンジの声に呼応するように、地面が揺れた。


臨戦態勢を取った騎士団と彼の間に、初号機が飛び込んできたのだ。
騎士団の竜達は主を置いて、我先にと空に飛び立つ。
人間より優れているらしい本能で、決して適わない相手と悟ったのだろう。
初号機によって齎された混乱の中で、シンジは脅しをかける。
「血の池を作るのに、どれだけ人数がいるか試してみます?」
彼のその言葉を挑発と取ったのか、騎士団の隊長は声を張り上げた。
「怯むな!所詮はデカイだけだ!!」
人一人くらいなら、余裕で飲み込めるくらいの火球が4つ。
宙に浮かんでいるそれは、隊長が振り下ろした杖に従って初号機に襲い掛かる。
大層な威力であるだろう火の玉は、エヴァの腕の一振りでかき消された。
地面が巨人のそれと同等サイズの腕を作り出す。
2つの巨大な拳が触れ合うと、土で出来た拳は砕け散る。
音を立てて元の姿に戻る地面の向こうで、シンジは獲物をいたぶるような笑みを浮かべた。

「あの、クルデンホルフ殿下……」
いつの間にやら近づいたのか、ギーシュはベアトリスの眼前にいた。
「ギーシュ殿!?な、何ですのアレ!?」
火も水も土も風も薙ぎ払われる非常識な状況を目にして、ベアトリスは焦ったようにギーシュに聞く。
そんな彼女の質問に、ギーシュは困ったように頭を掻きながら答えた。
「この間、入学したばかりの殿下は知らないのも無理ないことかと思いますが……」
一応の前置きをして、ギーシュは続ける。
「アレがアルビオン軍7万を壊滅させたとの噂の主でございます」
ベアトリスも風の噂程度で、紫の鬼神の話は聞いている。
紫色の鬼のような亜人が撤退するトリステイン軍を守って、アルビオン軍を壊滅させた。
簡潔に言えばそれだけの噂なのだが、それを信じるものは少ない。
寝返ったように見えた3万の兵は、実はトリステインに忠誠を誓っていただの。
隠されていた女王陛下の懐刀、トリステイン精鋭部隊がその命と引き換えに殿を務めたとか。
タルブの戦いに現れたフェニックスが、再度トリステインの危機を救ったのだ。
紫の鬼神の噂は、それらの噂となんら変わりない与太話だとばかり思っていても無理なからぬことだった。
というよりも、他の噂のほうがまだ真実味があったのだ。
話半分に信じたとしても、自慢の空中装甲騎士団がまるっきり相手になっていないのである。
そうなると、先ほどの彼の台詞が彼女の頭を駆け巡った。

血の池を作るのに、どれだけ人数がいるか試してみます?
タイミング良く、初号機は地面を殴りつけた。
巨人の拳大に穴が生まれて、それが彼の言った池に見えてしまったベアトリスは、顔から血の気が引くの実感した。
一応、空中装甲騎士団は全員健在だ。
ただ、それに何の意味があるのだろう。
取り巻きの少女達も、ギーシュの話を聞いて逃げ出してしまったらしい。
状況を鑑みて、ベアトリスは唇を噛み締めた。
だが、状況はそんな余裕を許してはくれなかった。
今までは、シンジを守るように魔法を潰していただけの巨体が、こちらに向かって一歩を踏み出したのだ。
ズシリ、と重い振動は、彼女の心を塗りつぶしている敗北感をプレッシャーに変えた。
そんな重圧に、殿下として大切に育てられた少女が耐えられるはずもなく、彼女は声を張り上げる。
「ミスタ・碇!」
彼女の声に併せて、紫の鬼神は歩みを止めた。
余裕の表れなのか交渉の余地があるのか、そんなことを考える余裕は彼女にはない。

「何でしょうか、クルデンホルフさん?」
「い、今までの無礼を許して差し上げてもよろしくってよ!?」
ベアトリスの声は恐怖から上ずったのだが、口調はいつも通り偉そうだった。
事実上の降参を伝えているはずなのに、彼女のプライドが下手に出ることを許さなかったのだ。
「それはそちらの降参と取ってよろしいのですか?」
「それは……、停戦!そう、停戦ですわ!わたし達、クラスメイトなのですから、諍いを起こすのは間違いでしょう!?」
あくまで負けを認めたくないのか、彼女はイイワケを続けていく。
しかし、彼は非情だった。
「素人目にも、僕の方が有利なのは分かりますので、停戦はお受けできません。お話はそれだけですか?」
彼の声に併せて、巨人は一歩ベアトリスに近づいた。
恐怖で目尻に涙を浮かべながら、ベアトリスは声を上げる。
「クルデンホルフが停戦を求めているのです。それに従わないなど、どうなるか分かっているんですか!?」
シンジはワザとらしく考える素振りを見せてから続けた。
「……どうなるんです?」

「じょ、女王陛下に報告して、あなたの地位を剥奪することにします!」
彼女の提案は、シンジにとっては望むところである。
だが、そんなことは隠して、彼は脅しをかけた。
「剥奪ですか……」
悩む振りをしたシンジに、ベアトリスは好機を見出したらしい。
ハルケギニアの感覚で言うならば、貴族の地位を剥奪されるのは途方もない恐怖だからだ。
「シュヴァリエを剥奪するくらい、クルデンホルフにはワケないですわよ」
1度好機が目に入ると、彼女はいつもの調子を取り戻した。
困ったなぁ、と彼の呟きを聞いたとき、ベアトリスは勝利を確信した。
彼女の勝利が、停戦を結ぶことに変わったのはこの際大きな問題ではないだろう。
「……そうなると国でも盗るかなぁ」
シンジの言葉が、彼女には意味が理解できなかった。
ベアトリスにその言葉の意味が理解できたのは、彼が続く言葉を発したときだった。
「まぁ、丁度、手頃な独立国家もあるみたいだし」
自らに向けられた、ニヤリ、という笑いで、彼女は自分が厳しい現実の中にいることを認識させられた。


「分かったわよ!降参すればいいんでしょう!?」
初号機が3歩彼女に近づいたとき、ベアトリスは半泣きで叫んだ。
その姿は半ばヤケクソだった。
彼女の言葉を聞いて、シンジは空中装甲騎士団を睨みつける。
彼らからキツイ視線が返ってきたが、隊長が諦めたように溜息を吐き杖を捨てた。
それに習うように隊員たちも杖を捨てていく。
その様子に納得したのか、シンジは初号機をその場に待機させると、ベアトリスに近づいた。
真剣な表情のまま、彼は彼女に向かって右手を差し出した。
「……お手」
意味を理解しかねた彼女は、不思議そうな顔を見せた。
「返事はワン」
現実はとんでもなく非情で無慈悲だった。


「な、な、な……」
屈辱で顔を真っ赤にしながら、ベアトリスは絶句した。
これなら顔を地面に擦り付けろ、と言われた方がマシである。
しかし、時間が立つにつれて、目の前の彼の顔は険しくなった。
「……聞こえなかった?お手」
高圧的に言い放つ彼は、いつもの丁寧な口調を忘れたようだ。
だが、そんなことで彼女のプライドが何とかなるワケもない。
更に数秒悩んだところで、シンジは左手を上げて初号機に手招きをする。
鬼神の歩く振動で、ベアトリスは覚悟を決めた。
プルプルと震える手で、彼の右手に自らの右手を重ねる。
重ねること数秒。
我慢に我慢を重ねてようなくこなしたお手に、彼は全然優しくなかった。
「……返事は?」
「…………わ、わん」
返事をすると、彼は優しく自分の頭を撫でてくれた。
正直、全く持って嬉しくない。
「それから、今は放し飼いだけど、次にやったら鎖に繋ぐからね?」
分かった?と念を押す彼に、ベアトリスは気を失いそうになった。
自らの首に首輪をつけられて、それを引く彼を想像する。
無理だ。
耐えられそうにない。
朦朧とする意識を手放そうとした途端、彼に声をかけられる。
「返事は?」
「……わ、わん」
こうして彼女は、人生最大の敗北を経験した。




第14話
  二人目の成り上がり

-終-



[5217] 第15話 征服の選択を -前編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/28 00:02



ここ2日の空の旅で、ルイズはご機嫌だった。
今日の彼は食後にチェロを弾いたのだ。
随分とご無沙汰だった彼の音色は、いつもの安心感を与えてくれた。
唯一彼女が残念だったことを上げるとするなら、これまで独占してきた彼の音色を他の者に聞かれたことか。
だが、そんなことは瑣末なことなのだ。
オストラント号で用意された船室は、学院の部屋と比べても狭い。
ましてや、彼女の実家と比べるべくもない。
しかし、ルイズは部屋の狭さに文句どころか感謝したいくらいだった。
学院の入学をきっかけに別室となった彼と同じ部屋で寝起きできるのだ。
因縁の相手のはずのツェルプストーは、実はイイやつなのかもしれない。
そんな風に考えを変えてしまうほど、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールは浮かれていた。

だから、彼女は船室に戻って兼ねてよりの妄想を実行してみた。
「シンジ、あの子どうなったの?」
あの子?とシンジは首を傾げてみた。
「……ほら、こないだの」
「クルデンホルフ?」
そうそう、とルイズは頷いて見せる。
「う~ん……。あれから近づいてこないね」
まぁ、それが狙いだったんだけどね、とシンジは続けた。
シンジの返答はルイズにとっては嬉しい誤算だった。
道理で調べても何も出てこないはずね、とルイズは内心で小躍りする。
ここ最近の調査が無為に終わったことに憤りもない。
そんな浮かれたままの彼女に、自重しろというのは酷な話だった。
「な、何でアンタはあんなことしたの?」
以前、同じこと聞いたときは、ベアトリスが彼の好みかと思い恐怖で声が震えたものだ。
今回も声は震えているが、先の展開を思い浮かべたルイズが興奮しているだけなのだ。

先日同じことを聞かれた気がして、シンジは不思議そうな顔をした。
「……昔読んだ本に、どちらが上か分からせるのが犬の正しい躾け方だって書いてあったから」
期待通りの答えに、ルイズは満面の笑みを浮かべた。
使い魔<主。
それは絶対の真理で、始祖ブリミルの時代から変わることのない方程式なのだ。
少なくともルイズはそう教わってきている。
「アンタって、わたしの使い魔よね?」
何だか今更の言葉に、シンジは再び不思議そうな顔をする。
「……そうだけど、何で今更そんなこと聞くの?」
彼の答えに顔の形が崩れるほど、ルイズは嬉しそうな顔をした。
「…………返事しなさい」
そう言った彼女の顔はトマトのように真っ赤なのだ。
「……はぁ?」
いつもならなんとなく彼女の言いたいことが分かるのだが、本当に事態が察せなくてシンジは素で返してしまった。
「違うでしょ?」
背徳感でもあるのか、ルイズは頬を染めたまま目を潤ませている。

「……わ、わん。でしょ」
いつまで経っても返事をしないシンジに痺れを切らしたのか、ルイズはそう促した。
ことここに至って、彼はようやく事態を理解した。
長い沈黙の中、シンジは真剣に悩んで見せる。
レッドカードにするか、イエローカードにするか。
結局、数日で2人は常識的ではないと考えてイエローカードという結論に達した彼は、ご主人様に向かって警告した。
「ルイズ、初犯だから許すけど……」
彼はそう前置きして、視線を鋭くする。
シンジの重くなった声と視線に、ルイズはビクッ、と体を震わせた。
どうやら、彼の家出騒動を思い出したらしい。
「次ぎやったら躾けるからね?」
分かった?と聞かれて、ルイズは思わずコクン、と頷いてしまった。
ワン、と鳴かなかったのは彼女の最後のプライドだった。



第15話
  征服の選択を


もう1日の飛行の後、彼らはロマリアに到着した。
船から先頭をシンジが、その後ろにルイズ、水精霊騎士隊の面々、タバサ、最後にキュルケとコルベールが降りてきた。
「お待ちしておりました」
出迎えに来たのか、そう言うとジュリオ・チェザーレは優雅に一礼した。
一向は用意されていた竜篭に乗って移動する。
「大聖堂にて晩餐の用意もしております。お話はそれからに致しましょう」


「ぼくは用事を片付けてきます。ここからは我が主がご案内いたします」
大聖堂に着くなり、ジュリオはそう言ってどこかに行ってしまった。
中に入ると、到着の挨拶もそこそこに、早速晩餐会が始まった。
教皇と女王陛下と食事を同席する名誉に預かり、水精霊騎士隊の面々は震える指でナイフを動かす。
他のメンバーが平然と食事をこなす中、なかなか滑稽な光景だったが、女王も教皇も咎める様子はない。
「さて、本日こうしてお集まりいただいたのは他でもない。わたくしは、あなたがたの協力を仰ぎたいのです」
食器が下げられたタイミングで、教皇ヴィットーリオは話を始めた。
「協力とは?」
不思議そうに聞いたルイズに、ヴィットーリオはシンジの方を向いた。
「彼の持つ力は大きすぎるのです。多分、我々がガリアを滅ぼしたときに用いた力よりも……」
にっこり微笑んだ教皇に、シンジは嫌な予感を感じる。
「聖下、お聞きしたいことが幾つかあるのですが、よろしいですか?」
彼の問いに、表情を崩さぬまま教皇はどうぞ、と答えた。

「まず、ガリアを制圧した力についてですが、エヴァ……、白い巨人でよろしかったですか?」
「アレはエヴァと言うのですね?」
彼の質問に、教皇は質問で返す。
想定の範囲内なのか、シンジの返答に滞りはない。
「正式名称はエヴァンゲリオン。ロマリアが用いた兵器はそれの量産型に当たります」
少しだけ考える素振りを見せたヴィットーリオは、それから言葉を紡ぐ。
「ええ。あなたが言うようにエヴァンゲリオンを使ったことは間違いありません」
自らの想像が嫌な方に向かっていることを理解しつつ、シンジは次の質問に移る。
「エヴァでエルフを退ける……、先ほどそう仰っていましたが、エヴァの力はエルフのカウンターを超えるものなのでしょうか?」
シンジの質問に、ヴィットーリオは薄い笑みを浮かべたまま実験の結果を告げる。
「ガリアには、1人のエルフがいました。彼と対峙したときの状況を鑑みるに、十分圧倒するものを持っております」

そこで、シンジは1度大きく息を吐き出した。
「あなた達がガリアの制圧に用いたエヴァは、僕自身が破壊いたしましたが、それ以外にエヴァを保有しているのですか?」
会話をしている2人以外は、一斉に息を呑んだ。
エヴァ同士の戦闘を知っているタバサなどは、冷や汗をかいている。
分かっているでしょう?とヴィットーリオは笑みを崩さずに返答する。
「ロマリアのエヴァを量産型と言ったのはあなただ。ならば、同じものがあっても不思議ではないでしょう」
1度言葉を切った後、ヴィットーリオは決定的なことを言った。
「ロマリアはガリアでの1体を除いて、8体のエヴァを有しています」
やっぱり、神様なんて碌でもない。
嫌な予感が的中して、シンジは内心で毒づく。

とんでもない事実に皆が固まる中、ルイズは何とか口を開いた。
「つまり……、聖下がおっしゃりたいのは、ガリアを滅ぼした力を使ってエルフから聖地を取り返す。
同じ力を持つシンジにも、その軍に参加するようにということでしょうか?」
ルイズの問いに、教皇は少し違うと答えを口にした。
「厳密に言うなら、聖地の奪還に彼の力は必要ありません。
しかしながら、聖戦を発動するとロマリア本国の守りが薄くなってしまいます」
エヴァを持つシンジに手薄になったロマリアを落とされるのは堪らない。
ヴィットーリオの言いたいことをルイズはそう理解した。
「……どうして、聖地を回復せねばいけないのですか?」
続けられる彼女の問いに、教皇は嫌な顔1つ見せずに答えを返す。
「それが、我々の心の拠り所だからです。なぜ戦いが起こるのか?我々は万物の霊長でありながら、
どうして愚かにも同族で戦いを繰り広げるのか?簡単に言えば心の拠り所を失った状態であるからです。
我々は聖地を失ってより幾千年、自信を喪失した状態であったのです。異人たちに、心の拠り所を占領されている……。
その状態が、民族にとって健康なはずはありません。自信を失った心は、安易な代替品を求めます。
くだらない見栄や、多少の土地の取り合いで、我々はどれだけ流さなくていい血を流してきたことでしょう」

シンジ以外が言葉を失くす中、ヴィットーリオは更に続ける。
「聖地を取り返す。そのときこそ、我々は真の自信に目覚めることでしょう。そして……、我々は栄光の時代を築くことでしょう。
ハルケギニアはそのとき初めて、統一されることになりましょう。そこにはもう、争いはありません」
教皇の話を聞いたシンジは、嫌悪感を顔に出さないように質問を投げかける。
「聖下……、無粋な言い方をして申し訳ないですが、それは暴力を背景に脅しをかけるということでしょう?」
シンジの物言いに、アンリエッタは苦い顔を見せるが、教皇は平気なようだった。
「はい。そうです」
本当に平気なのか、なんでもないようにヴィットーリオは答えた。
「わたくしの掌は小さい。この掌で全てのものに慈愛を与えることは不可能です。わたくしはブリミル教徒だ。
だからまず、ブリミル教徒の幸せを願う。わたくしは間違っているでしょうか?」
教皇の言葉に、シンジは苦笑いを浮かべた。
「ロマリアの代表として、その回答は間違ってないでしょう。ただ、それを僕が賛同できるかと言うと別問題です」
ヴィットーリオの顔が始めて興味深そうに歪んだ。

「シンジ殿、わたくしもよくよく考えてみたのです。そして……、教皇聖下のお考えに賛同することにいたしました。
わたくしはかつて、愚かな戦いを続けました……。もう二度と繰り返したくない。そう考えています。
力によって、戦を防ぐことができるなら……、それも1つの正義だとわたくしは思うのです」
アンリエッタの言葉を聞いて、シンジは立ち上がった。
それから恭しく一礼する。
彼のその仕草を皆は不思議そうに見たが、そんなことを気にせず、シンジは口を開いた。
「これから私の行う無礼に、主人のルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール及び、トリステイン王国は一切の関係がございません。
誠に勝手な申し入れながら、ロマリア皇国教皇様に置かれましては、ご理解頂きたく存じます」
自らの言葉に頷いたヴィットーリオを見て、シンジは深々と礼をする。
「先程の私の言葉を証明するものとして、アンリエッタ女王陛下より与えられましたシュヴァリエの称号をお返しいたします」
そう言うと、シンジはシュヴァリエの証であるマントを脱いで、アンリエッタに手渡した。

「いけません!シンジ殿!!」
アンリエッタは渡されたマントを受け取らず、そう怒鳴った。
「折角頂いた称号をこのような形でお返しすることは、誠に申し訳なく思っております」
どうあっても、シュヴァリエを止めようとするシンジに、アンリエッタはいけません!と声を荒げた。
しかし、彼は首を振ってアンリエッタの意思を無視する。
そんなやり取りに平行線を感じて、ヴィットーリオはシンジに声をかけた。
「構いません。あなたがシュヴァリエの地位を失わずとも、これからあなたの行う行為で、
トリステイン及び、あなたの主人をロマリアは咎めることをしません」
その言葉で、アンリエッタからつき返されたマントを腕にかけると、シンジは再度頭を下げる。
「お言葉に甘えさせて頂きます」


「女王陛下……、お考え直しください」
シンジはアンリエッタの方を向きなおすと、真剣な表情でそう言った。
「どういうことでしょう?」
自分の考えを否定された気がして、アンリエッタの声には少しの棘が含まれている。
「力によって、戦を防ぐ。……それもまた、正義の1つでしょう。しかしながら、トリステインにはその力がありません」
彼の言うことを理解しかねて、アンリエッタは不思議そうに首を捻った。
「聖地を取り戻した後、ハルケギニアは本当に平和になるのでしょうか?僕にはとてもそうとは思えないんです。
ハルケギニアの統一とは何を持って、統一というのでしょうか?」
そんなことを問われると思っていなかった彼女は、理論を組み立てられないまま返答を返した。
「……聖地を取り戻せば、平和になる……はずです。ハルケギニアの統一とは、聖地の奪還を持って……」
小さな頃から、聖地を取り戻すように教わって育ってきたハルケギニアの民にとって、聖地の奪還はハルケギニアの発展に繋がる。
それは、王族だろうと平民だろうと変わらない。
強いて言うなら、教養を身につけることを強制される身分の高いものほどその傾向は強い。

「余所者の僕には、聖地の大切さは身に着けた知識からの推測しかありません。しかし、だからこそ思うこともあるのです」
前置きをしたシンジに、アンリエッタは頷いて見せた。
彼女のそれを先を話せという意思表示と取ると、彼は言葉を続けた。
「ハルケギニアの発展と言えば、聞こえはイイでしょう。しかし、それは聖地を奪還したロマリアにもたらされるものです」
ロマリアの発展も、広義の意味で取ればハルケギニアの発展になる、と彼は言う。
「ならばこそ、あなたに聖地奪還軍に参加するようお願い申し上げているのです」
ならば、聖地の奪還にトリステインとして手を貸せばいいのだ、と彼女は返した。
だが、それがどうした、とシンジは口調を強める。
「ロマリアが保有するエヴァは8体、対するトリステインは僕の1体だけ……。
つまり、聖地に対する優先権は結局ロマリアに渡ることになるでしょう」
はッ、としたような顔になったアンリエッタに、シンジは続ける。
「しかし、それは大した問題ではありません」
彼女にとっては大きな問題なそれを、彼は瑣末なことだと言い切ったのだ。
それが意味するところを感じ取って、アンリエッタの顔に不安の影が過ぎる。

「聖地を奪還して、次に目が行くのはハルケギニアの統一です。大きな問題はここなのです。
エルフよりもブリミル教徒の幸せを願った教皇聖下が、ロマリアの民よりもトリステインの民の幸せを願う道理はありません」
俯いてしまったアンリエッタを気にせずに、シンジは告げる。
「ハルケギニアの統一の下、トリステインはロマリアの属国になるでしょう。
もちろん、それが僕の推測であり、事実とは違うかも知れません。だけど、そう言う可能性もあるのだとご理解ください」
その場の誰もが、そんなことはない、とシンジを糾弾するのは簡単だ。
だが、彼の言った内容が現実に起きないと言い切ることは出来なかった。
そんな空気を感じ取ったのか、ヴィットーリオは楽しそうに手を叩く。
「なるほど、たしかにそう言う考え方もあるでしょう」
言葉を区切って、微笑を浮かべる教皇に、一同は一瞬の安心感を与えられた。

「でも、それでは不十分なのです」
教皇の言葉に、一同は不安を隠しきれない。
例外があるとすれば、シンジだけだ。
「最悪だ」
俯いたシンジが発した言葉を聞き取れたのは、先程まで彼と話していたアンリエッタだけだった。







[5217] 第15話 征服の選択を -後編-
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/28 00:11



「力を使うときに出し惜しみするのは、愚かしいことだとわたくしは考えます」
困惑で満ちている部屋で、教皇ははっきりとそう告げた。
「つまり、もう間に合わない。……そういうことですね?」
諦めたように呟いたシンジに、教皇は微笑みかける。
「はい。その通りです」
2人だけが分かるやり取りに、納得しなかったのはルイズだった。
「シンジ!どういうこと!?」
彼女は唯一事情が分かっているような素振りを見せた己が使い魔を問い詰める。
「……ごめん。ルイズ」
謝るシンジを見ながら、ヴィットーリオは朗々と呪文を唱え始めた。
彼の美しい顔に似合う美声は、歌唱に魔法を完成させる。
「わたくしが説明いたしましょう。我が兄弟よ」
彼の振り下ろした杖の先に、大きな鏡が浮かび上がった。
その鏡に映るのは美しい湖。
つい最近……、厳密にいうなら、ガリアからの帰りに寄ったその湖は、名をラグドリアンといった。

鏡には続いて影が映る。
その影の主を追うように、鏡はアングルを変えた。
映ったのは羽の生えた白い巨人。
それが、エヴァだと言われたモノだとその場の全員が理解するまで、それほどの時間はかからなかった。
「……聖下!これは、これはどういうことですか!?」
青くなった顔で、それでも気丈に唇を噛み締めながらアンリエッタは叫ぶ。
というよりも、叫ばずにはいられなかった。
そうしなければ、嫌な予感に飲み込まれてしまいそうだったからだ。
「聖地を取り戻すために、後顧の憂いはなくす。それだけの話です」
ヴィットーリオの言葉で、アンリエッタの望みは儚くも消えてしまう。
教皇の後ろから、声が聞こえたのはその時だった。

「死にたくなければ、降伏しろ」
ヴィットーリオの首筋に鈍い色で光る刃物は、先程までテーブルに置いてあったナイフだった。
「アニエス!」
静かな声で教皇を抑えた彼女の名を、アンリエッタは感極まったように呼ぶ。
顔色を変えぬまま、ヴィットーリオはアニエスに問う。
「こんなものでわたくしを殺せるとでも?」
「呪文を唱えるより早く、首に突き立てるくらいは出来る」
淡々とアニエスは事実のみを伝える。
「トリステインへの侵攻の中止を伝えろ」

「なるほど、アンリエッタ女王陛下は、つくづく優秀な部下をお持ちだ」
薄笑いを携えたまま、教皇は杖を手放した。
途端に、部屋に浮いた鏡はその姿を消す。
その場にいた全員が消えた鏡に気を取られた瞬間。
銃声が響いた。
ヴィットーリオの長い袖の中から煙が上がっていた。
アニエスの血が床を染める。
口の中に溢れる赤い液体を、彼女は堪えきれず吐き出した。
熱を持つ腹部が自らが撃たれたことを彼女に教えてくれたのだ。
部屋中の視線が2人に集まる中、ヴィットーリオはゆっくりと長い袖に隠された腕を出す。
隠されたその手には、メイジが持つはずのない拳銃が握られていた。
「……く……、がはぁ……」
耐えるように息を漏らした後、アニエスは再び吐血した。
「アニエス!!」
叫んだのアンリエッタだった。
アンリエッタを無視して、ヴィットーリオは床に落とした杖を拾う。

「愚かな人だ。わたくしがここに残った意味も考えず、このわたくしを人質にしようなどと……」
それだけ言うと、彼は自らの頭に右手に持った拳銃を突きつけた。
「わたくしが死んでも、計画はジュリオに伝えてある。……君なら分かったんじゃないかな?」
笑みを崩さぬまま、教皇はシンジにそう聞いた。
「……神は何も救いませんよ」
吐き捨てるように、シンジは答える。
困ったように笑いながら、ヴィットーリオは返答した。
「分かっています。……わたくしの死を持って、ロマリアはハルケギニアを征服します。そして、聖地は奪還される」
それから彼は拝むように宙を仰いだ。
「聖地の奪還がこの目で見えないのが心残りではありますが……」
そうして彼は呪文を紡ぐ。
再び現れた鏡は、量産機の肩に乗ったジュリオ・チェザーレを映し出した。
そうして、彼はゆっくりと右手に持った拳銃を自らの頭に当てる。
「ジュリオ、あなたがハルケギニアに平和をもたらすのですよ……。神よ……、ブリミル教徒に祝福を……」
二度目の銃声は、教皇の足元に倒れているアニエスを朱に染めた。


「行李を!」
混乱で呆然とした中でシンジは怒鳴った。
彼の声に驚いて、ギーシュがビクッ、と反応した。
「ギーシュ!行李を持ってきて!」
再び怒鳴ったシンジに、ギーシュは逆らえないものを感じて返事もせずに行李を取りに走る。
「治癒の魔法が使えるものはこっちに!早く!」
続けて怒鳴ると、シンジはアニエスに重なるように倒れているヴィットーリオの亡骸を乱暴に退ける。
いまだに苦しそうに呻くアニエスだが、意識を保っていることに多少の安堵を覚える。
そのタイミングで、タバサとコルベールが杖を持って現れた。
シンジが怒鳴るよりも早く、自らの杖を取りに行ったようで、アニエスを見るなら呪文を唱え始めた。
少し遅れて、ギーシュも到着する。
彼に続くように、水精霊騎士隊もこちらに集まってくる。
腰が抜けたように座り込んでいるアンリエッタを見つけて、シンジは舌打ちをした。

焦点を失った瞳の彼女を立たせると、彼は遠慮なく女王陛下の頬を張った。
「隊長殿がピンチです!しっかりしてください」
張られた頬に驚いたように手を当てた後、アンリエッタは焦ったように行李から杖を取り出した。
スクウェアが2人と水のトライアングルが1人。
それに騎士隊の数人が着いているので、アニエスの心配はそれ以上しても仕方ない。
現状で出来る最大の対応だ、とシンジは彼女のことを思考から切り捨てた。

次は呆然と立ち尽くしているご主人様への対応だった。
ルイズの大きすぎる絶望は、ルーンを通してシンジにも伝わってくる。
崩れる。
直感的にそう判断した彼は、彼女もアンリエッタ同様に頬を張る。
「……シンジ!姉さまが!トリステインが!」
目に涙を溜めて、ルイズは彼に縋った。
初号機をこっちに呼んだところで、これから量産機を追っても間に合わない。
エヴァ8体の攻撃を受ければ、王宮など5分ともたないだろう。
結局、縋ってくるルイズから彼は目を逸らすしかなかった。

逸らした先に、ギーシュが持って来た行李があったのは、彼らにとって途方もない幸運だった。
行李の口から半分はみ出した彼の愛剣は、カタカタと柄を震わせていた。
縋りつくルイズを乱暴に振り払うと、シンジは迷わずデルフリンガーを鞘から抜いた。
「よう相棒。ようやく抜いてくれたか!やっぱ俺は坊主どもは嫌いだわ」
いつものように、緊張感の足りない声でデルフリンガーはそう言った。
どうやら、ロマリアの作法がお気に召さなかったらしい。
「僕も坊主は嫌いだよ」
ようやくシンジも余裕を取り戻したのか、デルフリンガーに併せて軽口を叩く。
「何か大変そうだなぁ?」
焦った様子のまるでないデルフリンガーに、ルイズの臨界点は容易に突破された。
「アンタ伝説でしょ!何かないの!?」
怒鳴るように持ち上げたルイズに、デルフリンガーはめんどくさそうに溜息を吐く。

「娘っ子……。オメェはホントに進歩しねぇのな?」
馬鹿にしたようなデルフリンガーの態度に、ルイズは怒鳴る。
「うっさい!バカ剣!!」
はぁ、と重い溜息を吐いて、デルフリンガーはいつものように言った。
「始祖の祈祷書を開いてみな」
言った途端に、デルフリンガーは床に投げ捨てられた。
「……お前さんからもアイツに言ってくれんかね。伝説はもっと丁寧に扱えって」
シンジに向かって、そう言ったデルフリンガーはまた溜息を吐いた。
「考慮しとくよ」
ははは、とシンジは笑いを返した。
「頼むぜ?……まぁ、何にしても、頑張れよ。相棒!」
「了解!」


ルイズが始祖の祈祷書に目を通している横で、シンジは指示を飛ばす。
治癒魔法が使えるものは、全てアニエスの回復に当てている。
「ギーシュとキュルケで、騎士隊の指揮を執って。アニエスさんの状態が落ち着いたらオストラント号で逃げること。
タバサ、悪いけどシルフィールドにはギリギリまで人を乗せてね!」
隣ではルイズが呪文を唱え始めた。
「それから、絶対にみんな死なないこと、もし捕まっても僕が助けに行く。無理はしないで」
シンジのそんな言葉に、ギーシュは乗ってくれる。
「みんな、聞いたか?アルビオンの英雄がこう言ってるんだ。大船に乗ったつもりで捕虜になろうじゃないか!」
おぉ!と幾人から声が上がる。
「シンジ……あなたの方こそ、死なないでね」
そう言って、キュルケは彼に唇を重ねた。
それだけのキスは、彼にとって縁起の悪い思い出はない。
むしろ、アルビオンの時を考えれば、げんを担ぐには丁度いいだろう。
それを分かってやっているのだろう。
シンジはそんなキュルケの気遣いに感謝しながら、嘗て彼女が言った言葉をそのまま口にした。
「とーぜん!」

「何やってんのよ!バカシンジ!!」
呪文を完成させたルイズが、後ろからシンジを殴った。
彼らの様子を微笑ましそう眺めた後、キュルケはコルベールに擦り寄った。
「ジャン!嫉妬なんてしないでね!今のは儀式をしただけなんだから」
キュルケが寄ってもコルベールは反応しない。
それどころではないのだ。
「野暮なことは聞かないの」
そう言って、シンジはルイズの額を人差し指で突いた。
「あう」
恥ずかしそうに額を押さえたルイズは、頬を膨らませてみせる。
子供っぽいご主人様に、苦笑いを浮かべた後、シンジは彼女に出発を告げる。
「それじゃ、行くよ?」
うん、と頷いて、ルイズは彼の手を握った。
そのまま2人は目の前の鏡に飛び込んで、大聖堂から姿を消した。



鏡を抜けた先は、初号機のエントリープラグ内だった。
ゴボゴボ、と隣でパニックに陥っているご主人様に、シンジは唇を重ねる。
色気の欠片もない、それは人工呼吸の一種だろうか?
唇を通して、無理やりにLCLを流し込む。
彼女のパニックが収まるのに従って、初号機のモニターは外部を映し出す。
見慣れた倉庫には、ゼロ戦が収まっているはずだ。
男子寮の端の部屋は、先月に彼が学院から与えられた部屋だ。
隣の女子寮の一角には、それまで彼女と過ごした部屋もある。
シエスタの働く厨房に、トレーニングを繰り返した広場。
自作の五右衛門風呂と、コルベールの研究室。
思ったよりも、負けられないな、とシンジは息を吐き出した。


景色が飛ぶ。
目の前の光景を、そうとしかルイズには表現できなかった。
月明かりの中進む、エヴァンゲリオンの速度は、彼女の常識にはない速さで翔ぶ。
時々見える光の線は、きっと家から漏れる明かりなのだろう。
彼の使い魔が魅せるその光景は、否応なしに、彼が異世界の人物だと教えてくれる。
徒歩なら2日かかる道程を、本当に僅かな時間で走破した紫のエヴァンゲリオンは、白のエヴァンゲリオンを王宮で出迎えた。
夜の暗闇を固まって飛ぶ、白の一団は宙で紫を見つけると醜悪に顔を歪ませた。
湧き上がる嫌悪感を押さえきれずに、ルイズは鳥肌の立った腕を掻き毟った。


量産機が着陸態勢に入ったのを見ると、シンジはいきなりプログナイフを投擲した。
指先に感じた引っかかりは、プログナイフが彼の描いたコースを寸分の狂いなく飛んでいくことを保証してくれる。
量産機の胸に深々と突き刺さったナイフは、コアを貫いて地に足を着く前に1体目を絶命させた。
空でバランスを失ったそれは、派手な音と土煙を撒き散らしながら、地に伏せる。
夜空に浮かぶ獲物はそれだけではない。
ナイフの投擲から、初号機はそのまま走り出した。
5歩で跳躍すると、まだ浮いている量産機に飛びついた。
両肩を掴んで膝を入れる。
重力に従って落ちていく初号機は、地面との間に白いクッションを敷いた。
森の一角を削りながら、量産機は白い体を朱に染めていく。
力なく痙攣するそれの胸を、立ち上がった紫の悪魔は容赦なく踏みつける。
開いた口の中から、赤い舌がだらしなく垂れたまま、2体目の白い巨人は沈黙した。
「2つ」
残りの量産機が静かに地に舞い降りる中、初号機の中の彼も静かに呟いた。

初号機は先程踏みつけた、量産機の足を無造作に持ち上げる。
自らのサイズと同等のそれを片手で軽々と振り回すと、遠心力がついた白い巨人を投げ飛ばした。
投げられた量産機は、今しがた着地したばかりの2体を巻き込んで、地面を抉る。
襲ってきた1体にカウンター気味の右を合わせて、頚椎を損傷させると彼はその場から飛び退いた。
足元にある量産機から、プログナイフを無造作に引き抜くと、シンジはそれを振り向き様に投擲する。
「3つ」
胸の中心をプラグナイフで貫かれた白いエヴァは、彼の言葉に従って力なく倒れる。
鈍重な動きな白は、ようやく紫に追いついて手を伸ばす。
そんな量産機の動きをあざ笑うかのように、初号機はバク転で距離をとる。
三度目の回転の最中に、紫の鬼神は両腕をバネにして一層高く跳ね上がった。
宙で翻った初号機は、頚椎が折れ曲がったまま倒れている量産機の上に着地する。
重力の力を借りて十分な加速を伴ったエヴァの右足は、容易く同種のコアを踏み砕く。
「4つ」

シンジはプラグ内で大きく息を吐いた。
沸騰する頭を落ち着かされるために、首筋のクロスを触ろうとインダクションレバーから手を離した。
首筋にやった手が、カッターの襟に触れて、ようやく自分がプラグスーツじゃないことを思い出す。
予想以上に自分が落ち着いていないことに思い至って、彼は頭を振った。
頬に当たった柔らかい感触が、一緒に乗ったご主人様を思い出させた。
自らの頬に触れた、彼女の髪を弄びながら、シンジはルイズに問いかける。
「……大丈夫?」
「……大丈夫」
一応の返答は貰ったが、エヴァの機動についていけないのか、ルイズは目にイッパイの涙を溜めていた。


白い巨人が掴みかかってきた右手を紙一重でかわすと、初号機は左足を軸に回転する。
ガリアで見せた回し蹴りを、鋭角に蹴り込んだ。
相手の胸に直撃した右足は、体内に隠された核を壊した手ごたえをパイロットに伝える。
「5つめ」
ようやく、投げつけられた仲間を退けた2体が立ち上がる。
が、彼はそれを無視した。
孤立した1体の顎をつま先で蹴り上げる。
蹴り上げた足は、伸びきったところで振り下ろされた。
尋常ではない速度の右足は、白いエヴァの中心を捕らえた。
「6つ」


2体で襲ってくる残りの敵に向けて、初号機は超低空で飛ぶ。
地面スレスレを跳躍してくる初号機に、直線上の量産機はカウンターの貫手を放った。
量産機の右手が初号機に届く前に、彼の伸ばした足が白い機体の胸に届いた。
「7つ」
蹴った反動で、残った1体と大きく距離を取った。
地に足が着いた途端、初号機は異常な加速を伴って白い巨人に迫る。
碇シンジが全力で行う愚直なまでの直線的な攻撃は、量産機の反応速度を容易く上回った。
指の先まで伸ばされた初号機の右腕は、飛び散る血液を伴って、胸から背中へ突き抜ける。
「8つ」



腕の半ばまで貫通させた初号機は、量産機から無理やり腕を引き抜いた。
腹部に感じた灼熱感の後、喉を逆流してきた赤い液体を押さえきれずに、シンジはLCLの中で吐血した。
「……シンジ!」
焦りが前面に出たルイズの声をどこか遠くに感じながら、シンジはモニター越しに視線を落とす。
紫の装甲を貫いて、腹から白い手がはえていた。
「まさか、8体とも全滅させられるなんてね……。コイツまで入れれば9体倒されてるワケか……」
外から拾われた声は、間違いなくジュリオのものだった。

「いや、しかし、君のこれもなかなか非常識だけど、僕のコイツも非常識だろう?」
ジュリオはシンジに問いかけた。
「ああ、無理に喋らなくてイイよ。今は僕が話したい気分だけなんだ。……しかし、頭が潰されて生きてる生物なんて非常識極まりないね」
心底楽しそうにジュリオは言う。
何で、どうして、という疑問を、シンジは振り払った。
量産機は最大で9体。
ダミープラグを壊すか、コアを破壊すれば活動を停止する。
そんな自分の常識が、今何の役にも立たないことを彼は知っているからだ。
大切なのは、初号機の腹部を貫いたのが件の量産機で、そいつを倒さないとイロイロ不味いということ。


初号機の目が光る。
アルビオンの大地に突き刺さったままだったはずのロンギヌスの槍が、彼の手元にあった。
腹部を貫く量産機の腕とは別の角度から、自らの初号機は自らの体に槍を突き刺した。
腹から背中へ、更に白の巨人の胸へ。
まるで紙でも貫くかのように、ロンギヌスの槍は抵抗もなく2体の巨人を括りつけた。
フィードバックの影響で、シンジはプラグの中でもう1度血を吐いた。
それでも、彼にはやることがあった。
泣きそうな顔でこっちを見るご主人様に、微笑むと彼女の頭を撫でた。
「……ルイズには、もうちょっとやることがあるでしょ?」
なるべき苦しいのを見せないように、そう言うとエントリープラグをイジェクトする。
泣きながら頷いた彼女に、満足したシンジはもう1度笑った。
「じゃあ、行っておいで……」
彼女がエントリープラグから出るのを見送って、シンジはインダクションレバーを一撫でする。
「……よくやったね」
頼もしい、自らの相棒にそれだけ告げて、彼は目を閉じた。


第15話
  征服の選択を

-終-






[5217] 最終話 ゼロの使い魔
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/28 00:17



ジュリオ・チェザーレは抵抗などしないまま、ルイズに捕まった。
1体も残らなかった量産機が、彼の目的を達成できないことを教えていたからだ。
ハルケギニアの転覆を狙ったテロリスト。
それが彼に与えられた今の身分だった。
嘗て、土くれのフーケが脱走したチェルノボーグの監獄が今のジュリオの住処でもある。

ロマリアの新教皇には、トリステインのマザリーニ枢機卿が就くことになった。
8体の白い巨人の侵攻で、その戦力の大半を失ったトリステインにとって優秀な人材の流出は惜しかったのだが、それも仕方ないことだった。
ロマリアの支配下にあった、ガリアも空白だった王位をタバサが継ぐことになる。
この辺りは、アンリエッタの口添えが大きい。
今はオルレアン公派の貴族達と再興に奮闘中だ。

アニエスは一命を取り留めて、今では元気に銃士隊で檄を飛ばしている。
本人間でどういうやり取りがあったのかは、謎だがコルベールとの仲も清算し終わっているらしい。
そのコルベールは目下、オストラント号の改良中である。
シンジに会うたびに、いつ帰るのだと聞いてきて、彼の苦笑いを誘っているらしい。
キュルケとの仲を尋ねると生徒と教師以上の関係ではない、と言い張った。
教師が生徒のヒモになっちゃ不味いでしょ?とシンジの言葉の前に撃沈している。

キュルケはトリステイン魔法学院の教員試験を受けるために猛勉強中だ。
彼女の実力なら、実技の方は問題ないだろう。
問題は、疎かにしていた座学のほうだ。
シンジに、ルイズに、コルベール、教わる相手を選ばずに、時間が空いている人を見計らって勉強を教えてもらう。
職場恋愛ってのも素敵でしょ?
動機は不純なくらいで丁度イイ、とは彼女の弁だ。
そう言って笑う彼女に、シンジは笑みを返す。
これじゃ無理だね、赤く訂正されているテストの結果が、今の彼女の学力を表していた。
ギーシュを初めとする水精霊隊は、学院の警護との名目で卒業後も学院に残ることが決まっている。
実際は、少ない隊員を増やすため、学生から参加者を募っている状態だ。
モンモランシーも卒業後は、学院に残るらしいことから、仲は上手く行っているようだった。

初号機の方はシンクロしたシンジが、傷む腹部を庇いながらロンギヌスの槍を引き抜いた。
幸い、コアを傷つけないように突き刺していた槍のおかげで、死んではいない。
ただの傷なら、シンジが全力でシンクロすれば無理やりに治すことは出来る。
実際、量産機から受けた腹部の傷はその方法で治している。
ロンギヌスの槍で受けた傷はどうやら特別らしく、その方法で治ることはなかった。
何度か試したそれで、シンジが脂汗をかいたのは言うまでもない。
王宮の隣で座り込む鬼神は救国の英雄ということで、トリステインの名物となっているらしい。
いつか、エヴァ饅頭なんてのが出回らないか、シンジが不安に思っているのはヒミツだ。
結局、自然治癒で傷が塞がるまで、王宮の横で座ってもらっていることになっていた。
過去形なのは、諸事情で今は魔法学院の広場で生徒を見下ろしているからだ。
ちなみに、傷はまだ回復していない。


ルイズは今回の活躍が評価され、幾つかの勲章と司教に任命された。
実家からもお祝いの手紙が届いたようで、なにやら満足らしい。
本人曰く、ちょっとだけ仲良くなったらしい、ツェルプストーには座学の講義をしている。
代わりに男の落とし方、なるものを教えてもらっているらしい、と学院内では噂になっていた。
とりあえず、惚れ薬はダメ、というのが両者の共通の認識らしい。

この中でタバサに次ぐ出世頭は、シンジだろう。
彼には男爵の地位とガリアの交渉官、それにド・オルニエールの領地が与えられた。
彼の功績を考えれば、男爵という地位は低い。
だからなのか、段階を踏んで爵位を上げていくつもりなのだろう、という噂が王宮では実しやかに囁かれていた。
数年後には伯爵程度にはなっているんじゃないだろうか、というのが肯定派の意見だった。
アンリエッタの話によると、一万二千エキューの収入があると言われた彼の土地は、実際の収入は二千エキューほど。
姫さまに抗議に行こう、と言ったルイズを宥めたのはシンジだった。
こういうところを再興する方が面白い、彼はそう言うと好奇心一杯に笑う。
救国の英雄の土地、と言うことで、寂れていたオルニエールが復興したのは、シンジが本格的に領地経営を行った頃だった。


最終話
  ゼロの使い魔


「学院でアン・ロックが何で禁止されてるか分かってる?」
何故だか、部屋の主の自分より先にベットの上に寝転がっていたルイズに、シンジは問いかけた。
「わたしはアン・ロックなんて使ってないわよ」
彼女の使ったのは、移動の虚無魔法であって、アン・ロックでは断じてない。
「学生のプライベートを守るためだと思うんだけど……」
へぇ、とルイズは不思議そうな顔をした。
「アン・ロックを使っちゃダメとは書いてあるけど、虚無を使うのはダメって校則はなかったわ」
とんでもない屁理屈を返してたルイズは、嬉しそうに彼の枕に顔を埋めた。

「まぁ、いいじゃねぇかよ。相棒。こういうのを通い妻って言うんだろ?」
横からチャチャを入れるデルフリンガーに、シンジとルイズの声は重なった。
「絶対違う!」
「妻だなんて!いけない剣ね!!」
そんなことを言いながら、ルイズはデルフリンガーを磨くための布を取り出した。

もう直ぐ卒業すると言うのにこうやって、ルイズは毎日のようにシンジの部屋に侵入するのだ。
別にシンジだって、ルイズのことが嫌いなワケではない。
ただ、彼にだってプライベートな時間くらい欲しいのだ。
エヴァの回復も当分先なのに……、帰るのはいつになるんだろう、と彼は頭を抱えた。


翌日の昼食後、シンジは聞きなれた声に呼び止められた。
「おーい!レイのシンジ!サモン・サーヴァントが始まるぞ!」
今日は彼らの学年が進級するために行う、春の召還の儀式の日だ。
余談だが、シンジは既に使い魔を召還しているため、今回の儀式は免除されている。
つまり、進級は決まっているのだ。
「だから、レイは止めろって言ってんだろ!」
彼を二つ名で呼んだ悪友に、シンジはデルフリンガーを突きつけた。
何の因果か、彼の二つ名もご主人様同様、敬称とは程遠い。
嘗ての知り合いの名をバカにされているようで、シンジはその二つ名が好きではない。
魔法の才能がほとんどゼロ、成功率はほとんど100%。
先輩のゼロと区別するため、彼はレイのシンジと呼ばれている。
酷い者は、使い魔=奴隷。
よって、隷のシンジと呼ぶような者までいる。
他にも彼をLayとも呼ぶ。

Lay
=俗人の、素人の、門外漢の

ブリミル教徒では無い彼を指して俗人と、魔法の才能を指して素人の、門外漢の、とは痛烈な皮肉だ。

「ははッ、悪い悪い。……とりあえず、この物騒なのをしまってくれ」
降参、と手を上げながら悪友は笑う。
そんな彼の態度に、シンジは溜息を吐いた。
上手く行かない現実を嘆いて、なんだかなぁ、と呟いた彼の言葉は、青空に溶けて消えていった。


-完-




[5217] 外伝 ベアトリス殿下は今日も不運  他
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/29 21:39


ネタ的な外伝、その1

忌まわしいあの出来事の後、直ぐに男爵の地位を貰った彼は、自分に興味を失ったと思っていた。
なんて言ったって、トリステインの英雄の彼なのだ。
平民からシュヴァリエ、そして男爵へ、自分のことなど忘れて幸せな気分に浸ったとしてもおかしくはない。
そう、おかしくはないのだ。
一部を自分の都合のイイように解釈した彼女は、触らぬ神に祟りなし、とシンジから距離を取った。
解釈はともかくとして、彼女のその行動を彼も望んでいたのだから、ベアトリスの選択は間違っていない。
だが、間違いのない選択が幸運に繋がるかどうかは、必ずしもイコールではない。
これはそんなお話。


  -ベアトリス殿下は今日も不運-


迷惑メールの正しい対応の仕方は、基本的に無視である。
この一ヶ月で、随分と溜まった手紙の束の中身は有力貴族の自慢話が書いてある。
ウチの娘は気立てが良くて……。
アンリエッタ女王陛下に負けず劣らずの美貌を持つ、我が姪は……。
包容力のある、女性を嫁にすることが……。
イロイロな自慢話が書かれている手紙達は、大きな共通点があった。
それは、それらの手紙全てに女性が紹介されていることだった。
そして、碇シンジの部屋に放置されたそれらの手紙の中には、クルデンホルフの名が混じっていた。

一代で平民から男爵まで成り上がったオルニエールの殿様は、なかなかに頭の切れる人物である。
さらに、シュヴァリエの称号を持つその男は、かなりの使い手らしい。
ただ、魔法の使い手ではないところが、トリステインの貴族達からのウケは悪い。
特にヴァリエールを除く格式を重んじる伝統貴族には、毛嫌いされていた。
だが、懇意にしている公爵家の影響か、極端な行動に出る貴族はいまだにいない。

そんな成り上がり男爵の彼をとりまく勢力は、大きく分けて2つある。
知ってる者と、知らない者だ。
ちなみに、現在は後者が圧倒的に多い。
1体の正義の怪獣が、9体の悪の怪獣を倒してトリステインを救った。
その正義の怪獣正体は、成り上がり男爵の僕だったのだ。
そんな話を信じる者がいなかったのだから仕方がない。

前者の貴族は、ちょっとした情報通なのだ。
エヴァンゲリオンを知っている彼らは、その主を怒らせるようなことはしない。
そしてそんな彼らは、静観派と工作派に分かれる。
静観派は、触らぬ神に祟りなし、と必要以上の接触はしない。
ウチの娘と、などと言って、成り上がり男爵と血縁関係になろうとしているのが、工作派だ。
こちらは、静観派よりも更にシンジに気を使っている。
もしも、彼を怒らすようなことがあれば、物理的に家が潰れる可能性もあるのだ。
それはもう、精神をすり減らすように気を使う。
シンジの机の上に放置されている手紙の主は彼らだ。

しかし、何事にも例外は存在する。
それがクルデンホルフ大公国だ。
その国の王様は、中途半端に知っている。
久々に実家に帰ってきた愛娘から、頂いた愚痴が彼の情報源だ。
お父様に教えて頂いた逆らってはいけない相手には、足りないものがありましたわ!
そう言って、ベアトリスは事実を捻じ曲げて話し始めたのだ。
曰く。
トリステインの魔法学院には、単独で空中装甲騎士団に匹敵する実力者がいる。
その者にケンカを売って、危うく大変な目に遭うところだった。
どうして教えてくれなかったのか!

そんな娘の愚痴を聞きながら苦笑いを浮かべた彼は、相手の名前を聞いた。
シンジ・シュヴァリエ・ド・イカリ。
返ってきた名前が、最近噂の成り上がり男爵だったことを思い出して、彼はその実力者を取り込むことにした。
愛娘につけた空中装甲騎士団と互角に渡り合える実力者。
その実力者がいればこのところの戦争で疲弊したハルケギニアでなら、名だけの独立国の汚名が晴れるだけの戦力が整うからだ。
まぁ、いざとなったら脅してやろう。
空中装甲騎士団だけがクルデンホルフの力ではない、と彼は自慢の髭を撫でた。
ケンカの原因と、男爵の本当の実力を知らなかったのが、娘の不運に繋がるなどと彼は知らなかったのである。
ついでに、愛娘が既に大変な目に遭っているなど、彼は知らない。



「ガリアの交渉官に任命します」
嫌な夢を見て、シンジは朝方早くに目を覚ました。
自らの打った手が、女王の一言で覆されたときの夢だったのだ。
彼はベットの上で、はぁ、と溜息を吐く。
それから伸びをすると、部屋の空気を入れ替えるために窓を開ける。

途端に、手紙を持った梟が部屋に飛び込んできた。
一ヶ月間の放置のおかげで、お見合いのお誘いは減ったのだが、それでも数件のお誘いは絶えない。
そして、今日来たのはクルデンホルフ家からのお誘いだった。
成り上がり男爵の自分にこんな手紙が来ることの意味を、シンジは理解している。
血縁的にも領地的にも、自分に価値はない。
つまり、目当ては初号機だ。
軍事力、という点で言えば、碇と肩を並べる家はハルケギニア中を探してもない。
彼がその気になれば、ハルケギニアの制圧など難しい話ではないのだ。
だが、そんな面倒なことをするつもりはないので、そんなことは自らのご主人様にすら黙っている彼だった。
しかしながら、トリステインを守るために見せた力だけでもこの世界には驚愕に値するのだろう。
名目上の独立国家などが、エヴァを欲しがる理由だって、何となく分かる。

でも、とシンジは溜息を吐きながら、手紙の封を切った。
他の手紙が、かなり下手に出ている中で、クルデンホルフ大公国からの手紙は随分と偉そうなのだ。
当初こそ、他の貴族達と同じように、娘のベアトリスの自慢話が書かれていたのだが、
5,6回目の手紙から随分とその態度を変えてきたのだ。
有り体に言えば、脅しを使ってシンジを自国に呼び寄せようとしているのが窺える。
大公国からのありがたい提案を無視するとはどういうことだ。
大公国の権力を使えば、成り上がりの男爵を剥奪するのは可能だ。
平民に戻りたくなければ、クルデンホルフの婿に来い。
意訳するなら、書かれていることはこういうことだ。

きっと似たようなことが書かれているんだろう、と寝起きから下がるテンションで手紙に目を通す。
迷惑メールは見ずに削除するのも基本だが、男爵としての立場上、他の貴族からの手紙を目を通さず捨てることも出来ない。
が、手紙の中の一文で、シンジの額に青筋が浮かんだ。

レイなどと呼ばれる君のような成り上がりに、大公国が手紙を出す意味を考えなさい。




「もしかして、僕にケンカ売ってる?」
そう、かけられた声を彼女が聞き間違えるはずはない。
「そそそそ、そんなことはないですわ」
彼の言葉から漏れる怒りを感じ取って、ベアトリスは脊髄反射の要領で言葉を返した。
無造作に渡された数枚の羊皮紙に、彼女は目を通す。

実家の花押が押されたそれは、お父様が書いたのだろう。
自分がべた褒めにされた後に、婿にならないかと書いてある。
宛名が彼であることから、父親が彼の名声を聞きつけて自国の戦力増強を図っているのが容易に想像できた。
自らを犬扱いした彼が夫になるのはイヤだが、大公国の娘に生まれた自分の価値を分かっているつもりだ。
そして、7万を壊滅させる使い魔を持つ彼が婿に来れば、クルデンホルフ家は強力な軍事力を持つことになる。
自身の感情を除けば、かなりの良策だろう。
しかし、これだけでは彼の言葉の意味が分からない。

更に2枚目、3枚目へと目を通す。
いまだに分からずに、彼に不思議そうな顔を返す。
変わりに、彼からは先に目を通せと顎で指示された。
4枚目、別段、ケンカを売っているようには感じられない。
5枚目以降の手紙を読み進めていくに連れて、ベアトリスの顔は青くなっていく。
男爵の地位を剥奪する、以前、似たような言葉を彼にぶつけたのは自分だ。
不要なところで父と血の繋がりを感じる。
最後の手紙を読んだところで、ベアトリスは自分の顔が白くなったことを自覚した。

一応、彼女だって学習能力はあるのだ。
彼のことは嫌いだが、シンジの逆鱗に触れる意味は理解している。
と、言うかさせられた。
それ以来、彼の情報は集めている。
大したことは分からなかったが、レイと呼ばれるのを嫌う理由は知っている。
彼の恋人がレイと言う名前である。
そういう噂があるのだ。
だから、恋人を馬鹿にされているようで怒るのだそうだ。
よって、彼女は彼のことをレイと呼んだことは1度もない。

なにやってんのよ!お父様!!と頭の中で父を怒鳴りつけたベアトリスだが、ふとあることに気が付いた。
彼の力を考えれば、クルデンホルフが物理的に潰れることすら考えられるのだ。
いくら気の長くない父と言えども、こんなに愚かな真似をするだろうか?
それはないだろう、ということはどういうことか……。
思いつくのは、彼の戦力がクルデンホルフに及ばないと考えてることだ。
そういえば、この前帰郷したときに、彼の力が空中装甲騎士団と同等であるみたいなことを言った気がする。
もしかして、わたしのセイ?


そこまで思い至ると、彼女は辺りを見回した。
何故か落ちていた箒と、父に貰ったブレスレットを外して地面に並べた。
そして、無言で懐から杖を取り出す。
1分弱、難しい顔をして悩んだ彼女は、諦めたように呪文を唱え始めた。
まず、箒の柄を風の魔法で切断した。
続いて、錬金の魔法を唱える。
柄が首輪に、残りがフワフワの毛に、ブレスレットが鎖になった。
ドットの割りに錬金の精度は半端ない。
どうやら、窮地に立たされた彼女は嘗てないほど集中しているらしい。

フワフワの毛をスカートに押し込む。
次いで、鎖を首輪に繋いだ。
最後に、首輪を自らの首にはめる。
「父には言って聞かせますので、これでご容赦ください」
そう言って、ベアトリスは頭を下げた。
「……お手」
「わ、わん」
差し出された彼の手に右手を乗せる。
「おかわり」
「わんわん!」
今度は左手。

「今度やったら……」
その続きを告げないまま、彼はニヤリと笑った。
続きは何だろう……、いや、聞かないほうがイイ。
聞きたくないッたら、聞きたくない。


続かない。



以下はゼロ魔とは全く持って関係ありません。
本編との関係もシンジ以外にありません。
それでも構わないって方のみ、お進み下さい。






ネタ的な外伝、その2
  闇に舞い降りるべき天才達


悪友の名前はイトゥ・カージ。
尖った鼻と顎を持つ、情に篤いナイスガイだ。
二つ名は逆境。
カッコイイ二つ名だが、成り立ちは碌でもない。
割とおちこぼれな彼は、いつもテストの点がギリギリなのだ。
追試には強い男イトゥ。
そんな彼だからこそ、逆境などという二つ名を冠するのだ。
しかし、カージはこんなでも一応は領地を持っている。
両親を不幸な事故で早くになくした彼は、ド・エスポワールの領主様なのだ。
ちなみに、シンジと悪友の彼は当然のようにギャンブル好きだ。
「俺はザワザワタイムからの流しかな……。保険はブルーシャトル。これで決まりだ」
月1でシンジが始めた、トリステイン魔法学院杯は今回で6回目を数える簡易競馬だ。
「しかし、お前はイイよな。……胴元ってのは儲かるんだろう?」
はぁ、とシンジは溜息を吐き出した。
「いや、超大穴とか出ると赤字なんだよ?それにこっちはレース中の監視もしないといけないし」
監視に使う早い馬を買ったら赤字なんだよ、と彼は続けた。
「ああ、アイツか?っていうか、あんなの反則だろ」
馬じゃねぇよ、とカージは笑った。
「相変わらず失礼なヤツだな……。コクオウはれっきとした馬だよ」
何故かオークションに出ていた超大型のその馬は、黒い毛並みが眩しい。
名をコクオウと言った。
もちろん、彼が一目惚れして買ったのが悪いのだが、コクオウ号は強烈だった。
冗談抜きで、他の馬の2倍ほどもある巨体にも関わらず、その足はサラブレッドよりも速い。
元は戦場にいた馬らしく、体も頑丈でパワーもある。
「まぁ、レース前に話していて、不正を疑われるのもバカらしいから、ここらでお別れだね」
シンジがそう言うと、カージは右手を上げた。
「今日こそ勝たしてもらうからな!」
シンジもカージに向かって、右手をヒラヒラと振った。
「どうぞ存分に夢を追いかけてください」



「おぅ!シンジ。メシ行こうぜ!メシ!」
どうやら、カージは勝ったらしい。
鼻歌でも歌いそうなテンションだ。
「ん、了解」
アルヴァールの食堂に着くなり、カージは嬉しそうな声で、シンジに今日の戦果を聞く。
「俺のほうは、イイとして、お前のほうはどうだったんだ?」
「こないだの負けを取り返したくらいかな」
おぉ!とカージは大きな声を上げた。
「つうかさぁ、こないだって、あの白髪のヤツがメチャメチャ勝ったときだろ?」
ふぅ、と溜息を吐いたシンジはものすごく憂鬱そうだ。
「いや、アレはないよ。……倍率決まってから、3連単の大穴を一点のみだよ」
うぇ、とカージは素で驚いている。
「何それ、バケモンじゃねぇの?」
「僕ら一般人とは運が違うよ。……まぁ、読みなんかもあったんだろうけど」
この後、トリステインを去ってしまうシンジは知ることはないが、白髪のその男は数年の後、闇の世界に君臨することになる。
後に凄まじい財力を持つ、ワシズ大公国の二代目皇帝となるその男は名をアーカギ・シューゲルといった。
後に闇に舞い降りた天才、そう呼ばれる男の才能の発芽の瞬間だった。

続かない。





ネタ的な外伝、その3


あのことから比べると随分小さくなったルイズに、シンジは唇を重ねた。
「それじゃ、行くよ」
「たまには帰ってきなさいよね!」
ルイズの言葉に頷くと、シンジは差し出された初号機の掌に飛び乗った。


「ここだって、アンタの家なんだから」
ルイズの呟きは、吸い込まれるように消えていった初号機には届かなかった。



異世界から異世界へ



「うわッ!?」
エヴァに群がった気味の悪い物体を見て、シンジは声を上げた。
心境的には部屋でゴキブリを見るよりも悪いだろう。
生理的嫌悪から、潰すことを恐れて、恐る恐る振りほどく。
数にしたところで半端がないそれは、何度振り払っても、両足から上へ上へとやってくる。
周りを見ると、それとは別の種類の気持ち悪い物体の死骸がそこら中に横たわっている。
エヴァに群がるやつらも、10や20ではない。
目算するのもバカらしいほどの数だ。
そういえば、ハルケギニアでは7万を相手にしたんだっけ?
死骸の量を見ただけでも、それと似たような量なんじゃないだろうか?
そんなことを考えながら、シンジは天を仰いだ。
勿論そこにはエントリープラグの内部が見えるだけだ。
だが、状況はそんなものをシンジに許してはくれなかった。

目の前の化物はエヴァより大きい。
羽のない蜂のようにも見えるそれは、10本の足で不思議な動きをしながら初号機に近づいて来た。
気持ち悪い。
触りたくない。
シンジは殆ど無意識に、肩からプログレッシヴナイフを取り出した。
ナイフから甲高い振動音が聞こえる。
ワケの分からない状況の中で、生理的嫌悪に圧されたシンジは、大振りの動作でナイフを投擲した。
エヴァの動作に体にまとわりついた物体の大半は振り落とされる。
眼前に迫ってきていた化物は、顔面と思われる箇所に深々とプログナイフが刺さって沈黙した。
「何だよ……ここ」
最大出力で放ったATフィールドの風圧で、懲りずに群がってくる物体を吹き飛ばしながら、碇シンジは呟いた。

「うわッ」
風圧で吹き飛ばした連中と似た顔を持つ白い化物は、またしても彼の生理的嫌悪を直撃した。
いや、白という色まで考えるのならば、シンジの不快指数のトップに立ったのは間違いない。
シンジはワケの分からない展開に慣れてはいるが、それを楽しんでいるわけではない。
気が乗らない、とシンジは溜息を吐いた。
それから彼は、無駄だと思いながらも目の前の異形の大群と足を使って戦い始めた。
初号機越しとはいえ、手で触るのはイヤだったからだ。
だが、仲間たちの死体の山を2つ意味でコエてくる異形の集団を見て、シンジは溜息を重くした。
先頭の一団を蹴り飛ばして、初号機を宙が選らせると、彼は1度大きく深呼吸した。
ようやく彼は手で異形の相手をする決意を固めたのだった。

碇シンジが元の世界に戻れるのは、相変わらず近い未来ではないようだった。


ちょっとだけ続くかもしんない。




[5217] 外伝2 リツコさんはイイ人  他
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/03/31 06:34



ちょっとだけ真面目な外伝、その1


「そういやさぁ、娘っ子からのラブレターには何が書いてあったんだい?」
手入れされるのが気持ちいいのか、デルフリンガーは幸せそうに疑問を呈した。
「……ラブレター?」
そんなこと言われてもシンジから出せるのは、不思議そうな顔と声だけだ。
「なんだ、見てねぇのか」
予想外の事実に、デルフリンガーはつまらなそうに柄を鳴らした。
折角、娘っ子をからかうネタが出来ると思ったのに……。
「なぁに、お前さんがいなかった間に、娘っ子が手紙を書いたのさ。俺には見せてくれなかったが、ありゃ恋文だね」


-リツコさんはイイ人-




過労死が見えるほど忙しい彼女が、少ない休日を潰した結果、世界は救われた。
多少、言いすぎな感はあるが、彼女によって世界の危機の1つが取り除かれたのは間違いない。
ネルフ本部のマギは、共生している使徒を取り除いた。
そのセイで性能を大幅に落とすことになるのだが、それも仕方のないことだろう。
実際のところ、過剰すぎる能力を持て余していたのだから、性能が下がったデメリットなど不安になる人間の気持ちだけだ。
技術部の代表、赤木リツコはそう考える。
そんなことより、問題は……。
「リツコ、アレ解析できたの?」
ノックもなしに、不躾に部屋に入ってきたのは、大学生時代からの友人。
だが、そんなところをリツコは好ましく思っていた。
気の置けない友人というのは大切なのだ、特に精神衛生上。

「なんにしてもサンプルが少なすぎるわ……、要するにお手上げね」
それだけ言うと、手にしていた資料を机に投げ出して、リツコは椅子から立ち上がった。
「ああ、お構いなく」
彼女のそんな様子に、何をするのか分かったミサトは、嬉しそうにそう言った。
語尾に音符がつきそうなその言葉は、お構いしてくれるのが分かっているのだろう。
「別にイイわ……、私も飲みたかったところだし」
カップを取り出すと、慣れた手付きでサイフォンを準備する。
時々、こうやってコーヒーを飲みに来る友人に、リツコが用意したのが黒猫の絵が描いてあるマグカップだ。
横に並んだ彼女用のカップには白猫の絵が描いてある。
いつでも飲みに来い、それは彼女なりの意思表示。
それが、友人に届いているのか確かめるような無粋な真似をリツコはしない。
こうして時々、訪れる友人がその証明なのだ。

「……相変わらず、美味しいわね」
湯気の立つコーヒーを一口啜った後、ミサトは口を開いた。
褒められて嬉しかったのか、ふふッ、と上機嫌に笑う。
「まぁ、それなりの豆を使ってるからね」
それなり、と評するには高価な豆を使っているのだが、そんなことを悟られるのを彼女は良しとしない。
リツコがネルフに拘束される時間は、一向に減る機会を見せないのだが、一時ほどの殺伐とした空気は既にない。
尋ねてくる友人に自ら飲み物を振舞って、リフレッシュする程度の時間は取れるのだ。
「それでさぁ、例のアレなんだけど……、ホントに赤木リツコ博士とマギを持っても解析不能なワケ?」
バレてるのかしら、と思わないワケでもないのだが、リツコは白を切った。
「言ったでしょ?サンプル不足だって。……ホント、彼が残した悪戯なんじゃないかって思うわ」
そういうとこあるじゃない、シンジ君って、とリツコは続ける。

ふーん、とミサトは軽く流した。
「まぁ、イイわ。……それじゃあ、ご馳走様」
納得してくれたようなミサトに、ちょっとだけ感謝しながら、リツコは思う。
ホントは気付いてないんじゃないかしら、彼女の友人は鈍いようで鋭いのか、鋭いようで鈍いのか分からないのだ。
「今度はお土産を持ってくることにするわ」
これが純粋な気遣いなのか、物で懐柔しようとしているのかは判断がつかない。
だから、彼女はとりあえず必要なことを返した。
「マルシェのチーズケーキがイイわ」
意思表示というのは重要なことなのだ。
「ん~、了解!」
少々子供っぽいが、魅力的な笑みを浮かべて、ミサトは部屋を出て行った。

彼女が出て行った後で、リツコは苦笑いしながら解析結果に目を通した。
既に何度か読んでいるが、何度読んでも苦笑いしか出てこない。

幾つか疑問は残るが、手紙の彼女は若いのだろう。
それ故に純粋なのだ。
嘗て、部下には潔癖症が辛いなどと言ったが、今になって少しだけ羨ましいと思った。
こんなことを思う自分が、歳をとったと感じて、リツコは再び苦笑いをした。
そういえば、手紙の彼も何かあると苦笑いをしていたように思う。
リツコは残ったコーヒーを口に含むと、解析結果を机の引き出しに閉まった。
「ロジックじゃないのよ、こういうのは……」
誰もいないのに、リツコは呟く。

彼女のご自慢の黒い液体は、砂糖も入れていないのにほんのりと甘く感じた。
なんだか、微笑ましい気持ちになった彼女は、気分を入れ替えるために腕を伸ばす。
それから椅子に座ると、ワザとらしくキーボードに手を置いた。
さぁ、仕事だ。


シンジへ

あなたに言いたいことがたくさんあるの。
まずは、たくさんのありがとうを送りたいと思う。

あなたには何度救ってもらったか分からない。
でも、きっとあなたは使い魔だからね、と言って笑うと思う。
だから、わたしはあなたに使い魔と関係ないところで礼を言おうと思うの。

チェロを弾いてくれてありがとう。
眠れぬ夜に抱きしめてくれてありがとう。
ルイズはルイズでいていいんだ。
あなたの言葉がどれだけわたしを救ってくれたか……
ありがとう。

使い魔としてのあなた以外に礼を言ったら、こんなに簡潔になっちゃってごめんなさい。
ごめんなさい、ついでにあなたにたくさんの謝罪をしたいと思ったの。
聞いてくれるかしら?
と言っても、わたしは手紙に書いちゃうんだけど

床で寝させてしまってごめんなさい。
粗末な食事を与えてごめんなさい。
あなたの大切なものを投げてしまってごめんなさい。
殴ってしまってごめんなさい。
勝手にお金を使ってしまってごめんなさい。
涙でこの手紙が汚れてしまってごめんなさい。
それから、召還してしまってごめんなさい。
ありがとうより、ごめんなさいが多くてごめんなさい。

手紙にすると、たったこれだけのありがとうとごめんなさい。
わたしの中では、今までで1番輝いた日々でした。

それから、あなたに聞いて欲しいことがあります。
わたしは部屋に大きな鏡を買いました。
別れ際にさよならは言わない。
あのボロ剣にあなたからの言伝を聞いて、わたしもあなたの主義に合わせることにしました。
さよならを言わないなら、もう1度逢えるかも知れません。
もう1度逢えたときには、あなたに言いたい言葉があるの。
だから、次に逢えたときには、あなたに向かって微笑めるように鏡に向かって練習しています。
わたしが微笑めたら、そのときにはあなたに言葉を聞いて欲しいの。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール










以下、ゼロ魔とは無関係です。
外伝のその3の続きが、ちょっとだけ気になる人だけ読んでくださいますよう願います。


ネタ的な外伝、その3-2

人は水に浮くように出来ていない。
シンジは最後にそう言った時から、水に対する進歩はしていない。
つまり、有り体に言えば彼は泳げないままなのである。
彼の過去にはそのセイで死んだこともある。
というか、彼が……、初号機が泳げていれば、ここ3回の死は回避できていたはずだ。
勿論、今は懐かしきネルフに在籍していたころも、泳げないことが原因で死を回避できなかったこともある。
何故かシンジと初号機で戦うことになった第六使徒がその典型である。
それを嫌って、シンジ自身泳ぎを習得しようとしたこともある。
恥を忍んで、ミサトにアスカにレイに、それどころかインストラクターをつけたことさえある。
その結果。
溺れて人工呼吸されること15回。
自主錬の最中に死亡すること2回。
2回目の死亡の後、彼は泳ぎを身につけることを完全に諦めた。
無人の駅前に佇み、シンジは頬に液体が流れていることに気が付いた。
彼の名誉のために言っておくが、シンジが泣いたのはイヤに照りつける太陽が暑すぎたからだ。
泳ぎを諦めたことや、せっかく上手くいっていた世界を、そんなつまらないことで失ってしまったからでは断じてない。
嫌なことから目を逸らす、さらにそれを正しい判断だと肯定することで彼の悪癖は微妙に進化していた。

「最悪だ」
その言葉にここ3回の死因が関係しているのは間違いない。
だが、それ以上に彼は頭を抱えたくなった。
初号機のモニターは、10本の足を使って器用に歩く、ここ最近で見慣れた異形を捉えていた。


-異世界から異世界へ- 2話



「そうだね。私が乗せてもらう分、重量が増えるし」
「ああ」
武のデリカシーの無さに、晴子は思わず吹き出しそうになった。
が、昨日彼を鈍感君と称したのは自分のはずだ。
そんな彼だから、元B分隊の連中の苦労に気付いていないのだ。
そこまで考えて、晴子は頭を振った。
今は非常事態だ。
そんなことよりも考えることがあるはずだ。
とりあえず、速やかに大尉の元に戻るイイワケを考えなければならない。
「柏木」
「なに?」
冥夜に呼ばれて、晴子は返事をした。
「必ず戻れ」
晴子にも死ぬつもりは全く無かった。
だが、必ずは無いのだ。
そんな晴子の戸惑いを感じ取ったのか、冥夜は構わず続けた。
「私に欠けている余裕とやらを、今後そなたから学ばねばならんのだからな」
死を意識しても、口には出さない。
一人前に衛士流が出来るようになった冥夜に晴子も衛士として返した。
「あはは……、了解。じゃあ、また後で」
先任仕官として、後輩に教えることが出来た。
死ねない理由を1つ作ったところで、晴子は通信を切ることを選択した。




「白銀達は今、第二戦隊が突出してくれているおかげで、一番危険な地域は何とか突破できそうよ」
夕呼の言葉を聞いて、晴子は安堵の溜息を漏らした。
「第二戦隊が南下したのはそういう事だったんですね。彼らに感謝せねば……」
「全ての状況が把握できた方がやり易そうね。こちらの通信もオープンで流しておくから」
「ありがとうございます」
みちると夕呼の会話を聞きながら、晴子は伊隅機の準備を進めていく。
「そう言えば、柏木機が跳躍ユニットに被弾したわ。推進剤漏れと推力低下程度で済んだけど」
「そうですか。あいつめ……褒めた矢先に……」
みちるの言葉に、晴子は一瞬ドキッとした。
「今、あんたの機体の準備を色々やらせてるわ。脱出する時は2人乗りで来なさい」
「は?!柏木はここに戻ってきたんですか!?」
みちるの反応に、晴子は苦笑いを隠しきれない。
苦しいイイワケしか思いつかなかったが何とかなるだろう。
出たとこ勝負。
そう決断して、晴子は話しに入るタイミングを待った。
伊隅機の準備は、今しがた完成したのだった。
「元々そういう手筈じゃなかったの?まあいいわ。とにかく爆破作業、急いで」
「了解」

「大尉、脱出準備、整いました!」
ここしかないタイミングで晴子はみちるに通信を入れた。
「ばかもの!貴様なぜ戻ってきた?!大体……なぜ今まで黙っていた!」
苦しいと思いながらも、晴子は先ほど考えたイイワケを使った。
「無線封鎖中ですから……」
みちるから返ってくるであろう返答を想像して、晴子は身構えた。
「貴様……低出力通信は許可されている筈だが……?」
「あはは……失念していました」
晴子は自分で言ったイイワケのバカらしさに苦笑してしまった。
「ふん……帰ったら反吐が出るほど鍛え直してやる。二度と命令を失念しないようにな!」
上官が死ぬな、と言っているのなら部下の答えは決まっていた。
「宜しくお願いします!」
「私の機体の制御優先権を今から貴様に切り換える。自分の機体の二次優先を自分自身に設定し直せ」
雰囲気を軽くするために、晴子は余計な軽口を叩くことにした。
「了解。やっと私の機体を自律制御で戦わせる事ができます」
「余計なことは言わんでいい!さっさとかかれ!」
そうやって、怒鳴って励ましてくれる隊長に晴子も部下として答えた。
「了解!」
「…………まったく。……柏木め。私に見る目が無かったというべきか……」
切れてない通信から、みちるの言葉が聞こえてきて、晴子は彼女を無事に連れて帰る決意を固めた。


「有能な部下をむざむざ死なせなければならない己の無能が……口惜しい」
「……こちらも急がせますわ。伊隅」
「は!」
「状況は?」
流れてくる会話を耳にしながら、晴子はようやく翳りが見え始めたBETAの物量に安堵を覚える。
A-02付近の制圧も時間の問題だった。
それでも彼女は、自らの上官を迎えるために周辺のBETAに向けて弾丸をばら撒き続ける。
「申し訳ありません。起爆プログラムは依然沈黙しています」
「そう。こっちの話は聞こえていたわね?第二戦隊がウィスキー、エコー部隊の撤退を」
「ッ!?」
突然の振動に、みちるが上げた声が夕呼の言葉を遮った。
同時に晴子も息を漏らした。
「伊隅!?どうしたの!?」
戦場で覚えがありすぎる嫌な振動に、晴子は咄嗟にレーダーを見た。
「コード991発生ッ!大尉ッ!地中からBETAがッ!」
「A-02周辺から、ぐっ、軍団規模のBETA群が出現中ッ!」
遙と晴子の報告の声が重なる。
「ばかな……いったい佐渡島ハイヴには……どれだけのBETAが居ると言うんだッ!?」
通信機から流れてくる声は、そこにいた全員の気持ちを代弁していた。

「予測進路……出ます!」
ピアティフの声で、晴子は再度レーダーに目を落とした。
「A-02を……破壊する気?!」
主機の起動を行っていないA-02を襲うなんてことは考えられないはずだったのだ。
だからこそ、みちるが残ってA-02の処理を任されたのだ。
BETAの行動が読めない。
それは当然のことなのだが、予測不能なことが多すぎて、晴子は思わず舌打ちした。
「熱源探知!……A-02から約400!?」
混乱したように遥が叫ぶ。
「400?!どうして気付かなかった!?」
男の怒鳴り声が聞こえる。
「A-02、BETAと接触ッ!」
「分かりません!?突然現れたとしかッ!」
遙とピアティフの声が重なる。
「敵の構成は突撃級と戦車級、要撃級、レーザー種は認めず!」
照準もそこそこに、弾薬をばら撒きながら晴子も叫ぶ。
「伊隅、プランDに変更よ。至急A-02を放棄して戦域を離脱しなさい」
夕呼の命令に、晴子は唇を噛み締めた。
凄乃皇ニ型を失うのは痛いが、幸いメインコンピュータは白銀が運び出している。

「ですが副司令、それでは敵に」
みちるの声が妙な途切れ方をしたのを聞いて、晴子は反射的に凄乃皇ニ型に目をやった。
「数十体の突撃級がA-02に激突しています!」
BETAとの戦いは悪夢の連続だ。
聞き覚えのありすぎる陳腐な表現が、晴子の脳裏を過ぎった。
「数が多すぎて対処しきれません!」
自律制御中の愛機が崩れ落ちるのが横目に見える。
白銀と御剣がいれば……。
彼らが自らよりも重要な任務を受けて離脱したことは分かっていたが、それでも晴子はその状況を望んでしまう。
「要塞級出現ッ!大尉、急いでくださいッ!」
急かしても仕方ない、それでも晴子は言わずにはいられなかった。
「柏木ッ!貴様だけでも離脱しろッ!」
伊隅の命令に晴子は反射的に怒鳴った。
「バカ言わないでください!ハッチは守ってますから早くッ!」
大尉を救うためにここにいるのだ。
何のために戦うのかいまだによく分からない自分だけど、それでも尊敬する上官を殺すためではない。

「プランDに従って、エコー艦隊がA-02への集中砲撃を開始するわ」
ともすれば、集中のし過ぎで焼ききれそうな思考のまま、晴子は弾薬を撒き散らす。
「跡形もなくという訳には行かないけど、何もしないよりはマシでしょう。
レーザー種が出てくる前に済ませたいわ。早く離脱しなさい!」
「りょ、了解ッ!」
みちるの撤退の旨を聞いて、晴子はギアを上げる。
「気安く近寄るんじゃないよッ!」
折れそうな心から目を逸らすように、晴子は叫んだ。
「柏木!伊隅を乗せたリフトが上がるまで30秒よ!」
後30秒でこの地獄から脱出できる。
「了解ッ!」
終わりが見えたセイか、晴子の集中力は更に上がる。
まるでこの先のことなど考えていないかのように。
「うぉぉぉぉぉーーーっ!!」
比較的動きの鈍い要塞級を無視して、晴子は戦車級に弾薬をぶちまけて機体を上昇させた。
凄乃皇ニ型のハッチがモニター出来るところまで上昇したときに、晴子の目は驚愕に見開いた。
凄乃皇の上に無数の赤。
「しまった!このままじゃ大尉が!!」
凄乃皇ニ型に取り付いた赤とは別の赤が晴子の機体に迫ってきていると知覚したときには、彼女には回避不能だった。
1秒が10秒とも感じれる狂った時間の中で、晴子は自らの油断を呪った。
これじゃあ大尉を救えない。
自分では抗えない死の匂いを感じ取って、それでも晴子は敵を睨んだ。

「要塞級の溶解液が伊隅機を直撃ッ!伊隅機大破ですッ!」
「柏木ーーーッ!?」
大声を出してもどうにもならないことを理解していても、みちるは叫ばずにはいられなかった。


シンジは初号機よりも一回り大きい化物から伸びた触手を無造作に引っ張った。
力任せに引っ張ったそれは、本体を宙に浮かせた。
そのまま、初号機に向かってくる化物を、シンジは右手のプログナイフで迎え撃った。
カウンター気味に突き刺さったプログナイフは化物の頭部を深々と抉る。
初号機にかかる血のような体液は相変わらず気持ち悪い。
絶命したはずのそいつから、シンジはいまだ手を離さない。
それどころか、化物の触手を掴み直すと勢いよく振り回し始めた。
他の種類の3倍を超えるその巨体が、エヴァによって振り回される。
ハンマー投げのような動きで、周囲の化物をなぎ払っていく。
初号機が5回転したところで、シンジは触手から手を離した。
随分と遠くに飛んでいった巨大な化物の死骸は、長い滞空時間の後派手な砂埃に隠れてその姿を隠した。
そんな化物たちには目もくれず、シンジは初号機を走らせた。
3度の死亡の原因は、大きな爆発の後、地面が無くなったセイで海に沈んだことだった。
1度目の死亡は唐突に。
2度目は状況の把握に努めた。
3度目の死亡時に爆発の時間と方向を図った。
「……溺死は嫌なんだよ」
碌でもないことを思い出す、とシンジは眉を顰めて呟いた。

「……巨大ロボット?」
崖を飛び越えたときにかなり大きな人工的な物体が目に付いて、シンジは初号機を急停止させた。
ブレーキをかけた右足は、地面を抉って派手に土を巻き上げる。
シンジは急停止から即座に反転、急加速を実行して崖に向かって飛び込んだ。
崖下に見えた巨大ロボットが見間違いじゃなかったことに安堵の溜息を漏らしながら、シンジは眼前の敵を見据えた。
さっき振り回した化物と同じタイプの化物から、またしても触手が伸びてくる。
ウネウネと伸びる触手の半分を右手のプログナイフで切り落とす。
左手は残りの半分を絡み取った。
切り裂いた触手の中から血とは違う体液が飛び散るが、焦ることなくATフィールドを張る。
着地と同時に、シンジは戸惑いなくその化物を自らのほうに引き寄せた。
嘗て第14使徒にそうしたように、彼は初号機の角を化物の顔面に突き刺した。
血液のような赤色の液体が、初号機の紫の装甲を染め上げる。
シンジは既に死骸となったそれの触手を、先ほどと同じように握り直した。
横に振り回すには十分なスペースがないのを見ると、シンジは化物の死骸を縦に振るう。
他の化物と圧倒的に違うサイズのそれは、別種を巻き込んで潰れる。
2度、3度、化物達を巻き込んで地面に激突するそれは、もはや原型を留めていない。
更に数度振り回すと、元の化物の面影すらなくなった。
比較的柔らかい部分は、中心で歪な円を描いて化物達の固い部分が突き刺さっている。
初号機が振り回すたびに飛び散る液体は、既に元の化物の体液なのか、巻き込まれた化物のそれなのかは分からない。
敢えて言うなら、モーニングスターに近くなったそれは、既に初号機の武器だった。

加えて振り回すこと数回、比較的大型の化物達を一掃したところで、シンジは溜息を吐いた。
数えるのも面倒な数の化物を屠ったシンジだが、これが化物達の極僅かであることは理解していたからだ。
凡その数値も分からないが、3度の経験で化物の数が異常に多いことは見せ付けられた。
どう考えても、自分に酷く当たるようになった神に呪詛を吐き捨ててシンジは天を睨んだ。
彼の憂鬱は暫く終わりが来そうになかった。





[5217] 外伝3 外伝って言う名のヤブヘビ
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/04/05 06:28



「ガリアの交渉官に任命します」
呼び出された王宮で、アンリエッタは言った。
「僕がそれをやる必要性を感じられないのですが……」
めんどくさそうにシンジは言った。
女王にこんな態度をとる者は、ハルケギニアでも彼くらいだろう。
「あなたはガリアのシャルロット女王と懇意にしているではないですか」
にっこり、と笑ってアンリエッタはそう返した。
「ガリアを滅ぼしたロマリアに勝ったんですから、ガリアもトリステインの属国なようなものでしょう?」
事実、タバサの王位継承もアンリエッタの後押しによるところが大きい。
「まぁ、そのような事実はありませんわ!」
一応、書類上ハルケギニアの国々は和平を結んでいて、トリステインからアルビオンまで対等の立場なのだ。
もちろん、その和平の先頭に立ったのがトリステインで、エヴァを背景に脅したのは間違いない。

シンジの思考に関わらず、彼はトリステインの男爵なのだ。
性格が悪くなった、とシンジは彼女に分かるように溜息を吐いて見せた。
「どうしてもイヤだ、と仰るのなら、わたくしにも別案がございますが……」
言葉を濁したアンリエッタに、シンジは嫌な予感を感じたが、とりあえず言葉を返した。
「……一応、別案を伺っておきます」
この世界の貴族なら泣いて喜ぶような笑顔を見せたまま、アンリエッタは答える。
「わたくしの夫としてトリステインの国王になって貰おうか……」
「姫さま!!」
「却下!」
彼女の言葉を遮って、シンジとルイズは声を上げた。
痛む頭を押さえながら、彼は女王陛下に問いかける。
「帰す気がないでしょう?」

イヤだわ、誤解だわ、とワザとらしく、彼女は言う。
「なんだったら、わたくしは退位してルイズに王冠を譲っても構いませんわ」
急な展開についていけず、ルイズは目を丸くした。
「そんなことしたら、僕はガリアに亡命するからね!」
驚いた表情のままのルイズに、シンジは詰め寄る。
「ダメダメ!それはダメ!絶対ダメ!!」
「ルイズ、勘違いしないでね?わたくしは彼をあなたから盗るつもりはないの。
それどころか、例え、わたくしと結婚してもあなたに返すつもりでいるんだから」
女王が狙ってやっているであろうことに思い至って、シンジは頭を掻き毟った。
「……1年だけですよ」
ええ、とアンリエッタは嬉しそうに頷く。
そんな彼女の様子に、本当に性格が悪くなった、とシンジは重たい溜息を吐いた。



こういうのがお望みか?な、お話、その1
-異世界人の彼にはこの世界の猫が良く分からない-




「おぃ、娘っ子。知ってるかい?」
鍵の閉まったドアの向こうから不法侵入してきたルイズに、デルフリンガーは声をかけた。
「……何よ」
彼女はとりあえず、彼のベットにダイブすると立て掛けられた剣に言葉を返す。
「いや、何、相棒とペットの嬢ちゃんが最近仲良しだってことだよ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズの眉がピクリと動いた。
「どゆこと?」
姫さまだけでもやっかいなのに!とルイズは頭を抱えたくなった。
彼女の態度に気を良くしたのか、デルフリンガーは面白そうに続ける。
「こないだ嬢ちゃんの窮地を救った後、髪梳いていてたんだよな。ありゃ、随分気持ち良さそうだったなぁ。
あれ、ブラッシングした後に嬢ちゃん助けたんだっけ?……まぁ、そんなこたぁどっちでもイイか」
ルイズの表情が不安そうに揺れた。

「まぁ、俺としてはあの嬢ちゃんと仲良くなって、相棒がこっちに残ってくれてもイイんだけど……」
目に見えて悪くなったルイズの表情に満足したのか、デルフリンガーは救いの手を伸ばす。
「一応、俺の主人は娘っ子だからね。……犬に対抗するなら猫だわな」
黒猫なんてイイんじゃねぇの、とデルフリンガーは楽しそうに笑った。
……彼も暇を持て余してるのである。



「おかえりにゃさい」
とりあえず、目の前に広がった意味が分からない現実に、彼は乱暴に扉を閉めることで対抗した。
100歩譲って、ルイズが部屋にいるのはイイだろう。
いや、良くはないけど、いつものことだ、この際捨て置こう。
だが、あの格好はないだろう。
長湯をし過ぎたか、とシンジは頭を振った。
「おかえりにゃさい!」
中から開かれたドアは、彼に現実逃避の時間すら許してくれなかった。
交渉官を押し付けれられたことといい、今日は厄日らしい。


碇シンジが与えられた部屋には猫がいた。
黒い毛の色白なヤツだ。
矛盾している?
いや、そんなことはない。
凹凸の少ない白い体を所々隠すように身につけられた毛は黒いのだ。
全体的に色白な猫は、彼の記憶が正しければ、自身のご主人様なはずなのだ。
「……何やってるの?」
連れ込まれた自分の部屋で、シンジの顔は盛大に引き攣った。

「相棒って動物好きだろ?」
彼の愛剣はそう言って笑う。
確かに、シンジは動物が好きだ。
猫も犬も好きだし、森でリスなんて見つけたときは、ハルケギニアに来たことを神に感謝したくらいだ。
状況が許すなら、第三の自宅でトラの子供とか飼育してみたい。
それはもう、溺愛する自信だってあるのだ。
だが、これは違う。
強いて言うなら、自身のあまり強くないSッ気を刺激するのかもしれないが……。
これは違うのだ。


「にゃー」
構ってくれ、と言いたいのか、ルイズは一鳴きしてシンジの腕を取った。
とりあえず、頭を2度ほど撫でる。
妙に気持ち良さそうな顔に満足したのか、彼は彼女の喉を転がした。
「ルイズもブラッシングして欲しいにゃー」
櫛だけ渡すと、彼女はさっさとベットに座る。
なるほどね、とシンジは納得すると椅子を取り出した。
「こっちの方がやり易い」
そう言うと、ルイズはにゃーと返事をして立ち上がる。
どうやら、猫は止める気はないらしい。


彼は彼女の長い髪を手に取ると、ゆっくりと櫛を通していく。
ときどき撫でられる頭が、眠ってしまうほどに気持ちいい。
「……シンジ、あの娘には何回したの?」
振り向こうとしたルイズの頭を押さえて、彼は質問を返した。
「ん、クルデンホルフ?」
櫛を通す手はとまらない。
「お気に入りなんだって?」
少し不貞腐れたように、彼女は肯定する。
「お気に入り?……そんなことないけど」
第一印象は最悪だし、むしろ好きな部類じゃないんだけど、とシンジは続けた。

「……だったら、なんで助けたりしたの?」
「アレ、見てたんだ?」
世間話をするように、シンジは聞き返す。
「ボロ剣から聞いた」
壁の方か、ひでぇ、と聞こえた気がするが、2人とも無視する。
「散歩と躾け、それに安全を守るくらいの義務は飼い主に発生するだろ。……特に、今回の場合は僕のセイだしね」
出来たよ、とシンジは櫛をルイズに返すと両腕を上げて伸びをした。
それから大きな欠伸をすると、ベットに倒れこんだ。
「おやすみ」


「猫は寒いとベットに潜り込むにゃ」
ガサゴソ、とルイズは彼のベットに潜り込んだ。
常夏の第三と比べれば、寒いのは間違いないが、今日はハルケギニアでは別段寒い日ではない。
だが、そんなことは関係ないとばかりに、彼女は仰向けの彼の胸に頭を乗せた。
「その格好で一緒に寝ると、寝たみたいだね」
前後で意味が違う寝るを用いた彼の言いたいことを理解して、ルイズは顔を朱に染めた。
恥ずかしさからか、胸に擦り付けられた頭を彼はゆったりと撫でる。
「今日だけだからね?」
彼の言葉は、ご主人様に向けてのそれか、飼い猫に向けてのそれかはルイズには分からない。
分からないけど、とりあえず、今日のお許しは出たのだ。
だったらやることは決まっている。
「寒い!」
そう言って、精一杯彼に抱きつくことだ。


翌日、トリステイン魔法学院では、後輩に絡む先輩の姿が目撃されたらしい。
「シンジはアンタのことなんとも思ってないんだからね!」
「はぁ?」
不躾なピンク先輩の言葉を、大公国の殿下がどう思ったかは定かではない。
ちなみに、今後、犬と猫が異世界人を困らせるかどうかは分からないし知らない。
知らないッたら知らない。

-例によって次のネタは浮かんでいない-



アレか?ルイズとベアトリスを絡めたい?
コレか?こういうのがお望みなのか?

……違う?
すみません、調子に乗りました。



以下、異世界の3を再投稿します。
血迷った結果、ちょっとだけ4を書いているのが理由です。
ホント優柔不断でごめんなさい。
例によって、ゼロ魔及び、本編とは主人公以外に関係ありません。






上官の機体は死んでしまったが、彼女は生きていた。
機体と一緒にモニターも死んでしまった。
しかし、幸いにも彼女は外の状況を見ることが出来た。
もっとも、それを幸いというのは、今の彼女にとっては少しばかり酷なことでもあった。

目の前に迫った要塞級の衝角が触手の半ばから切れた。
軌道の変わった衝角が上官の機体の右腕を突き刺して毟り取った。
半ばから切断された触手から、要塞級の溶解液が上官の機体に降りかかる。
モニターの死亡と同時に足場の揺れが彼女を襲う。
運は彼女に味方した。
降り注ぐ液体は、彼女を守る装甲を溶かしていく。
徐々に薄くなって装甲は数秒で彼女を外気に触れさせた。
目の前には彼女に死を突きつけた要塞級が、紫によって死骸に変えられていた。
その紫は、先ほど死骸に変えた要塞級をBETAの密集している地点に叩き付ける。
複数のBETAを巻き込んだ元要塞級は、そのまま宙に舞い上がった。
何かに操られているような動きの元要塞級は、懲りもせず触手を伸ばしている。
その触手の先を紫が握っているのを見て、彼女は呆けた頭で要塞級が動かされていることを理解した。
元要塞級の地面を叩く振動を感じる狂った時間の中で、彼女……柏木晴子は呆然とその光景を見守っていた。




異世界3



「要塞級の溶解液が伊隅機を直撃ッ!伊隅機大破ですッ!」
「柏木ーーーッ!?」


「涼宮!?」
ピアティフの報告を受けて、夕呼は鋭く遙を呼ぶ。
「柏木少尉のバイタルモニターは……無事です!生きてます!」
夕呼は漏れそうになる安堵の溜息を抑えて、みちるに声をかけた。
「伊隅、柏木は生きているわ!」
夕呼の言葉に一瞬の安堵が訪れるはずだった。
しかし、状況はそれをあざ笑うかのように変化していく。
「熱源接近ッ!A-02に接触します!!」
ピアティフが怒鳴るように報告をした。

「副司令、エコー艦隊に収容済みの2個中隊を彼女らの救助に向かわせましょう」
分が悪いことを理解しながら、小沢は言わざる得なかった。
それほどまでにA-02が見せた光景は、人類にとって失ってはならなかったからだ。
「小沢提督お止め下さい。脱出は既に不可能です」
「熱源、BETAと接触しましたッ!」
みちるの声に続いて、遙は報告した。
「何を言うか大尉!貴様は特殊任務を預かるA-01の指揮官だ!簡単に楽になれると思うな!」
軍人然とした口調で、小沢はみちるを叱咤する。
「リフト再下降、管制ブロックに向かっています」
遙の報告に、小沢は苦虫を噛み潰す。


「伊隅、こうなった以上……わかっているわね」
夕呼の言葉を理解して、それでもみちるは凛とした声で上官に返事を返す。
唯一の心残りは、せっかく生き残った晴子を殺してしまうことだ。
だが、そんな感情も今更の感傷だとみちるは切って捨てる。
「はい」
みちるの返事とピアティフの報告が重なる。
「現時刻を以てプランGへ再移行。エコー艦隊にA-02への砲撃中止を伝えてちょうだい」
「了解!」
夕呼の言葉に、ピアティフが反応する。
それとほぼ同時に、遙は無視できない情報を告げる。
「A-02の周囲のBETAが制圧されていきますッ!!」
赤一色だったモニターには、ところどころ穴が開いている。
A-02を取り囲むように包囲していたBETAの群れは、今やその個数を半分ほどに減らしていた。
「どういうことッ?!」
反射的に夕呼は怒鳴った。
「謎の熱源が行っているとしか思えませんッ!」
夕呼声に負けないように、遙も怒鳴る。
「伊隅ッ!暫く様子を見るわ。手動制御の準備だけしておきなさい」
「了解ッ!」
これ以上状況が悪くなることは無いのだからと、みちるは不敵に唇を歪めた。



シンジが初号機より小型のロボットに気付いたのは、化物を3度地面に叩きつけた後だった。
人工物を見て上がっていたテンションが、急速に下降していくのが自分で分かった。
調子に乗って触手なんて切り裂くんじゃなかった。
どう見ても溶けているロボットは、間違いなく自分のセイで被害にあっている。
片腕のないロボットの後方に、化物の触手の1本が突き刺さった腕を見て、シンジの顔は青く染まっていく。
溶けた装甲の向こう側に、人がいるのをモニターが捕らえた途端、シンジは複雑な気持ちになった。
このワケの分からない世界で人がいたことは嬉しいけど……あの人が死んでたら、死のうかな。
化物を化物達に叩きつけながら、シンジは現実逃避を始めていた。


触手の化物を叩きつけること十数回。
周囲にいた化物達を掃討したシンジは、小型のロボットに近づいた。
やっぱり人が乗っている、と少しだけ憂鬱な気分になったシンジだが、嫌な予想を振り払って、モニターの倍率を上げる。
幸いにも外傷が無さそうな様子にシンジは安堵の溜息を漏らしたが、別のことに気が付いた。
プラグスーツよりも、アレな服に彼は興奮より不安を覚えたのだ。
もしかして、これって犯罪じゃない?
覗きのレッテルを貼られることを恐れて、シンジは顔を顰めた。
とりあえず、あのままだと危ない。
自らの過失を放置するわけにも行かず、シンジはエントリープラグをイジェクトさせる。
差し出された初号機の掌に彼は迷わず飛び乗った。
「すみません。大丈夫ですか?」
最悪、ジェスチャーだよな、と言葉が通じなかった場合を頭の隅で考えながら、シンジは声をかけた。




声をかけられたことで、柏木晴子は呆けた意識を一瞬で覚醒させた。
軍人らしからぬ口調での問いだが、今は気にしないことにする。
「救援感謝します。私は横浜基地所属、柏木晴子少尉であります!」
きっちりと敬礼を決めて、命の恩人に名乗る。
A-01部隊所属と言えないのが辛いところだが、向こうもデータのない戦術機に乗っているのだからお互い様だろう。
「……特務機関ネルフ所属、碇シンジ中尉です」
彼の所属している機関に疑問は抱くが、それは聞かない。
特務というくらいなのだ、質問は許されないだろう。
それよりも重要なことは、彼が自分よりも上位のものだということだ。
目の前の彼は年上には見えないが、中尉ということは本当は年上なのかもしれない。
そんな疑問が晴子の頭を過ぎった時に碇中尉から再び声がかかった。
「立てますか?」
およそ上官らしからぬ彼の言葉遣いに疑問を感じつつも、晴子は返答する。
「はッ!」
立ち上がると、彼が手を伸ばしてくれた。

「すみません。安全確保のため、あちらの機体は破棄することになりますが、構いませんか?」
彼の戦術機の掌に移ると、碇中尉はそう言った。
大尉の機体を壊してしまった挙句、見捨てる罪悪感はあるが仕方がない。
「構いませんッ!」
もちろん、そんな内面を救援に来てくれた上官に見せるワケにはいかない。
そのセイか必要以上に声が大きくなってしまったが、それはそれで構わないだろうと晴子は頭の隅で考えた。
同時に敬語が抜けない中尉に、昇進したばかりなのかと想像するが、それは邪推だと頭の中から追い払う。
その先にある、頼りないという感情を隠すためだった。

「これからこちらの機体に乗ってもらいます。中は特殊な液体で満たされていますが、
肺まで吸い込んで頂ければ呼吸が出来ますので安心してください」
不可解なことを言われても、晴子は疑問を表に出せない。
それを表に出していい資格を有していないからだ。
「はッ!」
何故か苦笑いを浮かべたシンジに、晴子は思わず聞いてしまった。
「……中尉どうかいたしましたか?」
「いや……堅苦しいな、と思って」
苦笑いを崩さないまま答えたシンジに、晴子も思わず笑う。
「あはは。中尉もですか?実は私の部隊も大らかなんです」
「そっちの方が気楽でイイよ」
そう言って崩れた敬礼をしたシンジ見て、今度の晴子は頼りないとは思わなかった。
「それじゃ、中に入るけど……ホントに質問とかない?」
気軽な様子のシンジに、晴子はいつもの調子に戻ることにした。
「えっと、目とか瞑ってなくて大丈夫ですか?」
緊急時とはいえ、機密が一杯であろう機内に入るのだ。
釘を押すなら今だ、と言外に彼女は言う。
そんな晴子は、シンジの顔が一瞬輝いたのを見逃さなかった。
「……もしかして、泳げない?」
どうやら、緊張を解そうという彼なりの気遣いらしいことに思い至って、晴子はまた笑う。
「あははは……。何言ってるんですか。泳げますよ。そんなこと言うなんて、もしかして中尉は泳げないんですか?」
あからさまに落ち込んだシンジを見て、晴子は墓穴を掘ったことを思い知った。


初号機とシンクロするシンジを横目に、晴子は思い出したように通信を取った。
「HQ応答せよッ!HQッ!」
「柏木ッ?!状況を説明しなさいッ」
予想外の人物の応答に、晴子は一瞬戸惑いの表情を見せる。
「……はッ!要塞級によって撃墜された後、特務機関ネルフ所属、碇中尉に救出されました」
「……特務機関ネルフ?まぁ、イイわ。その碇中尉に代わりなさい」
「了解ッ!」
夕呼の命令に従って、晴子はシンジに通信を代わるように伝えるのだった。


「代わりました。碇です」
晴子から代わられた通信を受け取ると、シンジは自らの名前のみ告げる。
階級と所属は先の通信で伝えられているので不要だと捨て置いたのだ。
「横浜基地副司令、香月夕呼です。救援を感謝します」
相手の名乗った肩書きに、大物が出てきた、とさっきの晴子が戸惑った理由を見出す。
「状況の説明を願います」
「現在、BETA……。敵勢力の殲滅のためXG-70b……。目の前の巨大兵器の爆破を試みています」
兵器の名前を言い直したことに違和感を感じながらも、シンジは夕呼の説明に口を挟まない。
同時に気持ち悪いやつ等がBETAと言うのだと、頭の隅にとどめて置く。
「XG-70bの爆破を持って佐渡島を消滅させます。手動で爆破作業を行っている隊員の救出もお願いできますか?」
「了解です。救出の手段は?」
「こちらから柏木少尉に指示いたします。中尉は柏木の指示に従ってください」
「了解」
間接的に指示を出すというやり方に疑問を感じるが、この世界のことが分からない自分には好都合だとシンジは無視することにした。
死に対する焦りはそれほどない。
それよりも彼が嫌ったのはやり直しの後、BETAと呼ばれる気持ち悪いやつ等を再び相手にしないといけないことだ。
だがその上、溺れるのはそれ以上にイヤだった。
「撤退箇所は同じく柏木に指示します」
「了解」

「……私なら中尉の抱える問題を解決できるかもしれません。2人の救出を頼みます」
夕呼の放った一言で、シンジは押さえ込んでいた違和感の正体に当たりがついた。
「副司令、同類ですか?」
わざわざBETAを敵勢力、XG-70bを目の前の巨大兵器、と言い直す辺り自分の事情を知っている可能性が高い。
教えるような言い回しをするのだから、自分がこの世界について知らないことを予測したのだろう。
ようするに、異世界からの来訪者であることに当たりをつけたのだろう。
だが、そんな非現実的なことを推測するのは、エヴァを見ただけでは不可能だろう。
ならば彼女自身がその体験者なのではないか。
だからこその『同類』だった。
「私は違います。詳しくは、横浜基地にいらっしゃった時に」
私は……ね、とシンジは緩む頬を押さえ切れなかった。
だったら、自分がやることは決まっている。
「2人の安全は保証いたします。お忙しいとは思いますが、お時間の都合よろしくお願いします」
「ええ。分かりましたわ。それでは横浜でお会いしましょう」


夕呼との通信後、シンジは晴子に指示されるままに隊員の救助に向かった。
目測でエヴァの3倍を超えるであろう、その機体にしがみつくようにして登っていく。
初号機の左手に乗ってハッチ部分まで到着すると、程なくして中から女性が出てきた。
こういうときに使い魔って便利だよな、とシンジは実感した。
揺れないようにと命令するだけで、初号機は右手一本で己の体を支えてくれるのだ。
「碇です。救援に来ました」
彼女を迎えるようにシンジは右手を伸ばした。
「伊隅みちる大尉だ。救援に感謝する」
そう言って初号機の掌で敬礼するみちるに、シンジも慌てて敬礼を返した。

「もともと1人乗りの機体ですので、中は狭いですが我慢してください」
先ほど晴子にした説明を繰り返した後、シンジはみちるにそう言った。
「ああ。構わんさ」
溺れないでくださいね、と言おうとして、シンジは思いとどまった。
先ほどの失敗が思い出されたからだ。
引き攣るのを微妙に我慢できなかった表情を隠すように、シンジはエントリープラグに滑り込んだ。
「……ただいま」
引き攣る表情を誤魔化しながら、シンジは晴子にそう告げた。
「お帰りなさい。中尉」
シンジの場所を開けるように晴子は体をずらしながら答える。
「柏木、碇中尉に感謝しろよ?」
シンジに続いて入ってきたみちるは、彼を挟んで晴子の反対側に陣取る。
その表情はいつもの好戦的な笑みだ。

「はい。でも、大尉には感謝しなくてもイイですか?」
そこで溜息を1つ吐くと、晴子は続けた。
「帰ったら反吐が出るほどしごかれるんですよね?」
晴子の言葉にみちるは更に唇を吊り上げて答えた。
「貴様、この状況で上官にそんな口をきくとは……、私が考えていた訓練では生温いな」
「あははは……。程々にお願いしますね?」
少し引き攣ったような晴子の表情に、みちるは気を良くしたのか更に笑う。
そんな2人のやり取りに、シンジはお堅いと思っていたみちるの評価を修正していく。
「僕も横浜に行く用事が出来たので、宜しければ横浜までお送りしましょうか?」
そうしてシンジも軽口に参加する。
「ああ、頼むぞ中尉。タクシー代は弾んでやる」
みちるに続くように、晴子もシンジに告げる。
「中尉。私も別料金で払ってもイイですよ」
2人のそんな言葉に、シンジはニヤリと笑った。
「期待してますよ?」
その言葉と同時に、初号機は地面に両手をつけた。
クラウチングスタートの体勢だ。
「ああ、期待しておけ。柏木は知らんが、私は給与の大半は余っているんだ。……なにせ暇がないからな」
ははは、と愛想笑いを返した後、シンジは表情を変えた。
それが意味することが伝わったのか、両隣の2人の表情も変わる。
「3、2、1、スタート」
シンジのカウントに呼応して、初号機は足にかける力を強くする。
スタートと同時に前に出た右足は、エヴァの筋力に相応しい加速を持って凄乃皇ニ型の前を後にした。
こうして、今日死ぬはずだった彼女達の運命は、今回を生き残った彼によって救われた。





[5217] 外伝4 不幸は不運より重いかもしれない
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/04/12 19:12



「嘘……」
届いた手紙に、ベアトリスは絶句した。
長々しく書かれている文章は、要約すると勘当するとのことらしい。
見覚えのある筆跡と、しっかりと押された花押が、手紙の出所が実家であることを証明している。
勘当される心当たりは十分すぎるほどにあるのだ。
一向に優しさを見せる気配がない現実を嘆いて、彼女の瞳からは滝のような汗が流れ落ちた。


-クルデンホルフじゃないんです-


貴族でなくなった彼女には、馬を借りることが出来なかった。
生まれて初めての野宿は、彼女の精神をすり減らす。
徒歩なら2日の道程は、ベアトリスの体力を消耗させた。
殿下として育ってきた彼女に、この2日は辛すぎたのだ。
唯一の好材料は、学院の退学時にオスマン氏の好意で食料を分け与えられたことだろう。
心身ともにボロボロな彼女が街に着くなり、宿を取ったことは誰も責められないのだ。


街1番の宿は、魔法学院の個室と比べても遜色はない。
平民に落ちてしまった彼女にとって、その部屋は贅沢すぎる。
だが、そんな常識をベアトリスは持っていなかったのだ。
自らの懐具合を考えないまま、貴族の気分が抜けきらない彼女はそうそうにベットに寝転ぶ。
これからどうしよう、そんな不安を抱えたまま、彼女の意識は闇に落ちていった。


翌日、昼過ぎに目を覚ました彼女は、財布の中身を確認して溜息を吐いた。
当然といえば当然なのだが、心許ないのだ。
しかし、彼女の常識に従うなら、自分が金の心配をする必要はない。
平民になったとはいえ、彼女はメイジなのだ。
始祖ブリミルより賜った偉大なる血脈が、必死になって働く必要はないだろう。
とりあえず、錬金かしら?とベアトリスは碌でもない事情で精度の上がった魔法を使って、生活費を稼ぐことにした。






5日後。
「……お風呂に入りたい」
さっき入ってきた平民用のサウナは、これまで湯に浸かってきた彼女にとっては風呂に当たらないのだ。
しかし、呟きに反して、彼女はベットに倒れこむ。
疲弊する精神力と比例して、懐具合は寂しくなっていく。
5日目にしてようやく危機感を覚えた彼女は、今日になって宿のランクを落としたのだ。

軽くなった財布を覗いて溜息を吐くとベアトリスは目を閉じた。
先行きは不安しかないが、疲れた心身は彼女に休むように言っている。
悪夢なら覚めて欲しい、と思いながらベアトリスは睡魔に降参した。


ある程度大きな街になると、貴族落ちしたメイジというのはそこを住処にしているものも多い。
そんなメイジ達は、数種類に分類することが出来る。
1つは、傭兵になる者たちだ。
この種類の平民メイジは、戦闘力の高いものがなる場合が多い。
風と火がその典型である。
また、そこそこの実力者が揃っていて、トライアングルに近いライン程度ならざらにいたりするのだ。

2つめは、魔法を使って商人のようなことをしているものだ。
こちらは土系統のメイジが多い。
錬金というのは、普通の商人から見れば冗談抜きに神がかりなのだ。
しかし、街に何人もの錬金術師は要らない。
よって、一定以下の実力しか持たない者は淘汰されるのだ。
結果、必然的に錬金の得意な土系統のメイジが残ることになる。

唯一の例外があるとするなら、秘薬等の回復系のアイテムが作れる水のメイジくらいだろう。
そのレベルの水のメイジはどこに行っても活躍の場があるので、街中に溢れることはない。
この実力のメイジなら、貴族落ちしても下級貴族よりはイイ生活が出来る。
医療というのはどの世界でも重宝されるものなのだ。

そして、上記に分類されなかったものが辿る道は基本的に碌でもない。
メイジとしての実力不足を嘆いた後、1度は平民として生きることを決意する。
しかし、腐っても貴族な彼らで、平民の仕事に馴染めるものは極々少数。
結局は善良から程遠い道に落ちる者が大半だ。
スリか盗賊。
それにすらなれない者の末路は黙して語らず。

何が言いたいのかというと、ドットの彼女が錬金したものは、街では売れないのだ。
必要以上に凝った装飾が、値段を高くしているのも売れない要因なのだが。
大公国の姫殿下はだった彼女は、ここでは淘汰される存在でしかない。



目が覚めると、彼女はゆっくりと辺りを見回す。
「……夢じゃなかったのね」
見慣れないみすぼらしい部屋は、今日から彼女の拠点なのだ。
それどころか、この平民用の部屋ですら、追い出される危険がある。
そう思うと減る一方の金が気になってくるのだ。
節約しなきゃ、と彼女は今日の朝食を諦めて街に繰り出した。


「お腹空いた」
昼時を1時間ほど過ぎた頃、ベアトリスの腹の虫が鳴く。
朝食を摂ってなく、昼も過ぎれば当然だろう。
高いのかしら、と日に日に値段を下げるのだが、平民の感覚で言えばいまだに高すぎる。
これが売れたら、食事にしよう、と彼女は4度目の値下げをした。

値下げから半刻ほどで、ベアトリスの人生初のお客様が現れた。
「これを1セット」
恰幅のいい男は、そう言うとティーカップを指差す。
ジャラジャラと着けられた装飾品が男の羽振りの良さを表している。
「あ、ありがとうございます」
渡された新金貨を受け取ったベアトリスの心は、既に昼食に飛んでいた。



ようやくみすぼらしい部屋に慣れた頃、彼女は部屋を出た。
結局売れたのは、あのティーカップだけなのだ。
もちろん、そんな状態で所持金が底をつくのは当然。
学院で手紙を受け取ってから1カ月を待たずして、ベアトリスは文無しになってしまった。

「どうしよう」
彼女が腰掛けている噴水は、偶然にも以前ルイズが途方に暮れていた場所と同じである。
スリと盗賊という選択肢がない、ベアトリスに取れる行動は多くはないのだ。
錬金での商売をこれ以上続けるのも無理だろう。
残る選択は、貴族であることを完璧に捨てて、平民と同じ仕事をするか、傭兵の真似事しかない。
少なくとも、彼女に浮かぶ選択肢はこの2つなのだ。
朝からずっと、食事も摂らずにベアトリスは悩み続けた。


彼女が酒場の扉をくぐったのは、ティータイムの時間を少し過ぎた頃だった。
壁際のボードに貼り付けられた紙を吟味する。
どう見ても役に立たなさそうなメイジを連れて依頼を受けるような物好きもいない。
混乱した素人メイジが、敵に負けず劣らず厄介なことを傭兵達は知っているからだ。
だから、彼女は目を皿のようにして1人でも達成できる依頼を探す。
数十枚の依頼書を上から順に読んでいくが、彼女1人で安全に達成できそうなものは1枚もない。
ボードの上から下までを2周したところで、ベアトリスは深い溜息を吐いた。

「今日は野宿ね……」
その上、食事もなし、と落ち込みそうになる気持ちを頭を振って追い出す。
明日になったら新しい依頼があるかもしれない。
一縷の望みに縋るように、ベアトリスは酒場を後にした。

翌日もベアトリスは酒場の扉を開く。
新しい依頼は3枚。
しかし、その全てが彼女が単独でクリアするには難易度が高すぎる。
逆に、比較的簡単だと思っていた依頼書が2枚消えていた。
その現実に、ベアトリスは唇を噛み締める。
比較的簡単な依頼は、リスクさえ犯せば単独でも達成できたかも知れなかったのだ。

残った依頼書で簡単そうなものは2つ。
ただ、それをベアトリスが単独で成功させるにはそれなりのリスクを背負う必要がある。
このままここで待っていてもジリ貧なのは目に見えている。
しかし、明日になれば危険の少ない依頼が来るかもしれない。
どうしようか頭を抱えている彼女を尻目に、傭兵らしい筋肉質な男が彼女が目をつけていた依頼書をボードから剥がした。
残ったのは1枚。
ベアトリスには、もう悩んでいる時間はなかった。
オーク鬼2頭の討伐。
オルニエールと書かれたそれをボードから乱暴に破りとると、彼女は覚悟を決めた。
どこかで聞いたことのある地名なのだが、そこが自分にとっての鬼門であることを彼女は思い出せなかったらしい。


そうと決まれば、彼女は錬金で作った物を商人に売り払った。
足元を見られたのか、元々大した物じゃないのか分からなかったが、渡されたのは二束三文。
それを道中の食料に変える。
1日2食に少し足りないくらいだが、十分だろう。
飲み水は魔法で造れる。
依頼を達成できれば、暫くは困らないのだ。
それに、単独で達成したなら、どこかの傭兵団に所属することも可能かもしれない。
失敗すれば後がない。
大丈夫、上手く行く……、とベアトリスは両手で頬を叩いた。



「……美味しい」
一時の彼女の食事と比べると随分と質素だったが、ここ最近の生活を考えれば十分にご馳走。
中でもワインの出来は素晴らしく、これだけなら貴族のリピーターがいてもおかしくない。
依頼書を見て来た、というベアトリスに村人は優しかったのだ。
通された部屋は、拠点としていた宿よりも掃除が行き届いているように感じる。
久しぶりのベットの感覚も素晴らしい。
十分な食事と安眠は、自身の精神力を回復させる。
ようやく運が巡ってきたらしい。
明日は討伐だ、と彼女は持っていたグラスのワインを煽ると早々に寝転んだ。



綺麗な森は日の光を遮って涼しさを与えてくれる。
人の手で整えられたワケでもないのに、オルニエールの森は随分と美しい。
ここのところ心に全く余裕が無かったベアトリスだが、木々のおかげで随分と微笑ましい気持ちになれた。
だが、それも先程までの話だ。

彼女は、森の一角に獣道を見つけてしまった。
人が通るには随分と大きいそれは、きっとターゲットが作った道なのだろう。
目標は2体。
ベアトリスの魔法では1体ずつ相手にするのが関の山なのだ。
彼女は、杖を握り締める。
恐怖からか背中に冷たい汗が流れた。
自分が緊張していることを自覚しながらも、彼女は物音を立てないように歩を進める。


気配を消して歩き始めてから半刻ほどで、崖に開いた穴を見つけた。
洞窟にでもなっているのか、真っ暗な穴の中を外から覗うことは出来ない。
暫し悩んだ後、彼女は洞窟の中に入った。
杖を握り締める右手は、力を入れすぎて白くなっている。
洞窟の入り口から3歩のところで、中の暗さに目が慣れるのを待つ。
ぼんやりとしていた視界が定まったところで、彼女は1歩踏み出した。
しかし、その1歩目からベアトリスは躓いてしまった。

なんとか踏みとどまって転ぶことはなかったが、足に引っかかったそれを恨めしそうに覗き込んだ。
「……ひッ!?」
声にならない悲鳴は、洞窟の中に反響する。
覗き込んだそれは頭蓋骨といわれるものだった。
だが、彼女の不幸はそれだけに留まらない。
洞窟の奥から、嫌な振動と足音が聞こえる。
どうやら、ここの主が気付いたらしい。
エヴァに追い詰められたのは、ベアトリスにとってちょっとしたトラウマなのだ。
サイズこそ違うが、洞窟の齎す反響によって、その音と振動は彼女のトラウマを直撃する。

座り込みそうになる足を必死で動かして、彼女は反転した。
だが、3歩で外に出た彼女を待っていた現実は優しくない。
目標の片割れが、嬉しそうに顔を歪ませて待っていた。
目の前にあるのは、あの時とは違う本物の絶望で後ろから迫ってきているのも同じもの。
恐怖に塗りつぶされそうな頭でも、生き残るためにすることは分かっている。
自らに出来るのはルーンを唱えて、魔法を行使することだけなのだ。
敵が近づく前に完成させた彼女の希望は、地面を腕に変える。
オーク鬼の腕よりも一回り大きいその腕は、ターゲットに向けて拳を作った。

振るわれた大地の拳は、オーク鬼の棍棒を弾き飛ばす。
しかし、ベアトリスの反撃はそこまでだった。
目標の武器を弾き飛ばした代償に、行使した魔法は威力を失う。
固められた拳は、形だけ残して手首から地面に落ちていった。
吹き飛ばされた自らの武器に未練を感じさせず、オーク鬼はベアトリスに近づく。
伸ばされた腕は、容易く彼女を持ち上げると人間の数倍はあるであろう握力でベアトリスの体を締め上げる。

骨が軋んで死が近いことを押してくれる中、彼女に訪れた感情は後悔。
大人しく平民の真似をしているんだった。
脳裏に浮かぶのはさきほどの骸骨。
生きていたい、死にたくない、ヤダヤダヤダ。
死を目の前にして、オーク鬼の腕の中で首を振ったのがベアトリスの最後の抵抗だった。


一瞬の浮遊感の後、ベアトリスは地面に叩きつけられた。
少し遅れて、下品な悲鳴が聞こえる。
衝撃に目を瞑った彼女は、何が起こったのか理解できない。
「大丈夫ですか?」
かけられた声に顔を上げると、命の恩人は呟く。
「げッ、クルデンホルフ」
露骨に嫌そうな彼の表情が、何だか現実を忘れさせた。


-続くかどうかはわからない-



コレがフラグかどうかは分からない。
リプ的には違うと信じたい。
勢いに任せてやってしまった。
後悔は後に立つものだ。



以下例によって異世界。






「あちらの戦艦に飛び移ってください」
戦闘後なのだろう、指示された戦艦は既に満身創痍だ。
「レーザー来ます!」
異形の化物から放たれるその光は、彼の知っているものと比べれば細く弱々しい。
光の本数は驚きに値するが、それはシンジにとって脅威にはなりえない。
「海上は嫌いだから、早く移動するように言ってもらえますか?」
赤く彩られた壁は、この世界に絶望を齎した光の束を容易く受け止めた。
予想外の光景なのか、彼以外の2人はエントリープラグ内で目を見開く。
一方的に攻撃される状況も、水の上にいる現状もどちらもイヤで、彼は内心で溜息を吐いた。


「……すみません、疲れたのでちょっと寝ます。何かあったら起こしてください」
レーザーの追撃を振り切ると、シンジは直ぐにそう言って目を閉じる。
だが、本当に疲れたワケではない。
2人を回収した彼がやったことなど、走って跳んでATフィールドを張っただけなのだ。
彼女らの反応を見る限り、ここでも初号機は非常識らしい。
ハルケギニアの人達よりも、イロイロ知ってそうな彼女らを誤魔化すのは面倒なのだ。
誤魔化すのが面倒だから、話さない、単純な理論展開だが、それ故に効果的だった。





横浜に着くなり、彼はエントリープラグ内の彼女らに拘束された。
「恩人にこんなことをしたくはないのだが」
みちるが、全然申し訳無さそうにないのは、命令だからだろう。
「中尉これも命令ってことで、許してくださいね」
軽い感じの晴子の手にも、エヴァから降りて直ぐに警備兵に渡されたハンドガンが握られている。
武器のないガンダールヴが銃を持った兵士に勝てるわけもない、とシンジは両手を上げた。
「立場は理解しているので構わないですが、副司令に会うのはいつくらいになるんでしょう?」
彼の質問にみちるは暫し悩むような素振りを見せたが、直ぐに問いに答える。
「……その副司令がお呼びだ」
展開の速さに驚いたのは、シンジだ。
「……それはありがたいことで」
こんなことなら、初号機の中で寝るんじゃなかった、とシンジは内心で舌打ちした。


「まずは、あの2人を救出してくれたことに感謝するわ」
シンジを連行した彼女らを部屋から退室させるなり、横浜基地副司令、香月夕呼はそう言った。
「で、アンタは何者なのかしら?」
直球な質問は、彼女の頭の良さからくるものだろうか?そんなことを思いながらシンジは答える。
「特務機関ネルフ所属、碇シンジです。僕の世界ではサードチルドレンと言った方が有名ですね」
ハルケギニアではイカリと言えば、トリステインの英雄だけど、と内心に留めておく。
「ネルフにサードチルドレン……、全然知らないわね」
基地の副司令クラスが知らないのなら、この世界にネルフはないのだろう。


「随分と落ち着いてるみたいだけど、アンタはどの程度この世界について知ってるのかしら?」
「殆ど何も知りません。……僕がこの世界に来たのは彼女達の救出の直前ですから」
ふーん、と夕呼は気のない返事を上げると、シンジを興味深そうに観察する。
「まぁ、強いて言うなら、BETAって連中が数種類いて、数が凄く多いってことくらいです」
本当に何も知らないのだ、とシンジは笑って見せた。
「それとも、おろおろうろたえた方がイイですか?」
少しだけ視線に真剣なものを混ぜる。
「……分かったわ、こっちも悠長に話をしている余裕はないの。腹を割って話しましょう」
胡散臭いことだ、と彼女の言葉に両者の内心は計らずしも一致した。


「まず、今までの話に嘘がないと信じることにしましょう」
夕呼がそう言うと、ドアが開いた。
「彼女は社霞。ESP能力者……。簡単に言うと、人の思考を覗ける能力を持つわ」
碌でもない能力だな、とシンジが思うと、彼女は怯えて見せた。
どうやら本当らしい。
「……それで、僕の頭の中はどのくらいまで読めてるんですか?」
不機嫌そうにシンジは言った。
彼女には同情する余地があるかもしれないが、頭の中を読まれるなんて気分のイイものではない。
「……構いません」
どうやら、気分まで読まれているらしくて、シンジは苦笑いを浮かべた。
ついでに頭の中でごめんね、と謝っておく。
「……慣れてますから」

「そんなに精度は良くないわ。精々、言っていることに嘘がないか見抜く程度ね」
十分すぎるアドバンテージが相手にあることを理解して、シンジは頭を掻き毟った。


「先生、話ってなんですか?」
で、同類には会わせて貰えるんですか?とシンジが言いかけた時に、白銀武は入室した。
「コイツは白銀。碇、アンタの同類よ」
白銀と紹介された男が、怪訝そうな顔をする中、シンジは武に右手を差し出す。
「碇シンジです。よろしく」
はぁ、と気のない返事をしながら武は右手を握り返した。

「白銀、そいつは碇。アンタと同類で異世界からの来訪者よ」
「……どういうことですか?」
握手した右手を振り払い、警戒心を顕にした武はシンジと夕呼の間に割って入った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。一応、社に裏は取らせてあるわ」
「霞に?」
それを聞いて、武は少しの安堵を顔に出す。
「それに伊隅と柏木のピンチを救ったのは碇よ。A-01所属のアンタは感謝しないといけないわね」

「霞、ホントなのか?」
少しの間の後、武にというよりも、全員に言い聞かせるように霞は答えた。
「……碇さんは、異世界から来ただけでなくて、白銀さんと同じように繰り返してます」
驚いたのは、武とシンジだ。
「なるほど、そういう可能性もあるか……」
夕呼は顎に手を当てると頭の中で考えをまとめ始める。
予想外の朗報に、シンジは浮かれる内心を必死に隠した。
信じられないのか、武は霞に問いただす。
「……碇さんは繰り返してます」
言葉少なく、霞はそう繰り返した。

「とりあえず、腹を割って話すんでしょう?」
そう言って、夕呼はシンジにニヤリと笑って見せた。


深い溜息を吐いてから、シンジは提案した。
「とりあえず、この世界のことを教えてくれます?」
何も分からないから交渉のしようがない、と彼は続けた。
それは事実上、彼の降伏宣言だった。

「……白銀、アンタが説明しなさい」
「俺ですか?」
武の返答に、夕呼は呆れたように返す。
「同類のアンタ以上に適任のヤツなんていないわよ。それに私は忙しいの」
「分かりました」
返事を返した武に、夕呼は思い出したように付け加えた。
「ああ、それと碇が使えるようならA-01へ配属させるから」
しっかりと説明すること、と彼女は念を押した。


異世界4




なんて気持ち悪いんだ。
白銀武によって紹介された化物どもを見て、シンジは神を呪った。
量産機にも嫌悪感はあるが、アレはトラウマに分類されるもので生理的嫌悪とは違っている。
意地悪が過ぎるだろう。
第四使徒や第九使徒ですら、嫌悪感があると言うのにBETAどもはその上を行く。
BETAと比べれば第三使徒など可愛くて抱きしめることだって出来る。
ああ、サキエル可愛すぎ、絞め殺してやるぜ!
とワケの分からない思考を展開させながら、シンジは武の説明を聞く。

「……以上8種が現在確認されているBETAだ」
武の説明によれば、各ハイヴに少なくとも万という単位がいるのだから、彼の頭が痛くなったのは仕方ないことだ。
「で、何か質問はあるか?」
害虫駆除の業者とか呼べないんですか、と言いたいのだが、そんなことを言えるワケもない。
「つまり、ハイヴ内にある反応炉を潰せばイイんですよね?」
アイツらの巣に入るなんて鳥肌が……、寒くなって、シンジは右腕を摩った。
まぁ、そうだな、と頷いた武を見て、彼は質問を続ける。
「それから、この世界で気をつけることってありますか?」
自分が知っていて、気をつけることは全て伝えたつもりだが、他に何かあったっけ?
暫く悩んだ挙句、武は苦笑いを浮かべながら苦言を呈する。
「……そうだな。飯は不味いから覚悟しておいたほうがイイな」
あからさまに嫌そうにする同類の顔が、武にとって一番印象に残った。


「ありがとうございます。香月副司令のところに行ってきます」
頭を下げた後、シンジはそう言って部屋を出る。
夕呼のところに行くと言った彼が気にはなったが、武にもやることはあるのだ。
純夏のおかげで、手に入ったハイヴのデータはあるが、佐渡島奪還作戦事態は失敗に終わっている。
俄然勢いづいたオルタネイティブ5推進派を黙殺するために、数日後には再度佐渡島に侵攻するのだ。
さらにそのときにはA-01部隊がハイヴに侵攻することになっている。
その上、純夏のメンテナンスも武の仕事なのだ。
ここが正念場なのは、武も同じで、彼にも時間を無駄にしている余裕はない。
さぁ、訓練だ、と彼は碇シンジのことを頭から振り払った。


「香月副司令」
部屋に入るなり、シンジは彼女の名を呼んだ。
「何かしら?」
探るように夕呼は聞き返す。
「取引に来ました」
その言葉に、彼がこの凡そこの世界の情報を知ったらしいことを理解した夕呼は、値踏みするような視線を返した。
不躾な視線が話を聞くということを表してる、そう理解したシンジは、言葉を続ける。
「僕を帰してもらえますか?」
「まさか、要求だけじゃないわよね?」
質問に質問で返した夕呼だが、同時に不可能ではない、と言外に匂わせた。

「佐渡島のハイヴを落としてきます」
へぇ、と彼女は楽しそうに笑う。
出来るならやってもらおうじゃないの、夕呼の表情はそう語っていた。
「取引として成立するでしょうか?」
十分ね、と返した彼女に、シンジは続ける。
「僕の機体には海を渡る術がないので、移動手段の確保だけお願いしたいんですが」

その言葉に夕呼の頭は高速で回転し始めた。
00ユニットのおかげで、オリジナルハイヴの攻略までの構想なら彼女の頭の中にあるのだ。
碇が失敗するなら、自身にとってのイレギュラー要素を消せる。
失敗しても佐渡島での戦いを見る限り、それなりの数のBETAは消せるはず。
成功するなら、考えるまでも無いほどラッキー。
最悪でも戦艦1隻と釣り合う程度の価値はありそうだ、と彼女は結論付けた。


「イイわ。その代わりと言うのはなんだけど、直ぐにアンタを元の世界に帰せるワケじゃないってことだけ覚えておいて」
私も暇じゃないのよ、と夕呼は付け加える。
「存じています。……ただ、僕が待てるのは地球のハイヴが無くなるまでですからね?」
期限を設定した彼に、子供騙しは通じないか、と夕呼は内心を隠した。
上手く行けばラッキー程度に考えていたので、彼女に気落ちは無い。
「そうね、地球のハイヴが無くなれば、アンタが帰るための研究を本格的に始めるわ」
代わりに、夕呼は妥協案を提示する。
彼もどうやらそれに納得したのか、頷いて見せた。


-ここじゃ終われない気がする-







[5217] 外伝5 責任者は責任を取るためにいるって加持さんが言っていた
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/05/29 23:32



「道にでも迷った?」
振り返ってシンジは聞く。
洞窟から出てきたもう一体のオーク鬼を屠った彼の後ろに、彼女はついて行ったのだ。
邪魔だ、と言われているようでベアトリスの瞳が不安そうに揺れる。
それからフルフルと首を振ると、2つに分かれた髪の毛が彼女の頬を叩く。
それだけ確認すると彼は再び前を向いて歩き出した。
三歩ほど離れて、彼女はその後ろを歩く。
歩幅の差があるせいで、ベアトリスは時々早足になってシンジを追いかける。
そんな光景が領主様を待っている村人に会うまで続けられた。



「これで半分ってことで」
先程まで食事していたテーブルの上に、シンジは麻の袋を乱暴に置いた。
中にはオーク鬼を討伐した証が入っているはずなのだ。
不思議そうな顔をしたベアトリスに、彼は付け足す。
「報酬の半分。オルニエールからの報酬は僕が貰うから」
オーク鬼の討伐報酬が1匹50エキューで、オルニエールからの報酬は50エキュー。
何もしていないはずの自分に取り分があるのはおかしい。
それも、解決した彼よりも多いのだ。
明日の生活に困っている身としては100エキューというのは喉から手が出るほどに欲しい。
でも、とベアトリスは頭を働かせた。
コレって手切れ金じゃないかしら?
平民に落ちぶれた自分を飼っていても、彼も面白くないのだろう。
いつだったか聞いた彼なりの飼い主の義務は、躾と安全を守ることだった気がする。
彼の自尊心を守るための手切れ金が、100エキューなのかもしれない。
正直、100エキューを手に入れたところで、何とかなる自信がベアトリスには微塵もないのだ。
だったら、彼女がとる行動は決まっていた。
フルフル、と首を振った後、シンジに涙が溜まった目を向ける。
「くぅ~ん」
シンジの真意が読めなかった彼女は、どうしようもない決断に迫られて、彼の足に擦り寄った。
見上げた彼はやっぱり嫌そうな顔をしていた。


結局、シンジはオルニエールからの報酬を受け取るのを辞退して、屋敷の修繕の手配だけ済ませる。
それから一泊だけした彼が学院に帰ったのは、翌日の日が傾いた頃。
自慢の愛馬の後方に元殿下を乗せてのご帰還だ。
傍目に見れば遠乗りのように見えたそれも、当人同士にその感覚はまるでない。
ベアトリスはドナドナな心境だし、シンジに至っては完璧に荷物の運搬扱いだ。
道中に会話など全くなかったのだから、甘い空気など醸し出せるわけもない。
一種異様な雰囲気のまま、学園に着いた彼は彼女を連れて、オールド・オスマンに会いに行った。



-責任者は責任を取るためにいるって加持さんが言っていた-



「いやいや、彼女は貴族じゃなくなったしのぅ」
元生徒なんだから責任を持て、と言ったシンジをオスマンはサラリとかわす。
「授業料だって払っているでしょうが!」
ふぉふぉっふぉ、と笑った後、オスマンは人差し指を立ててお茶目にウインクして見せる。
「彼女が退学して一ヶ月じゃ、そんなもの既にクルデンホルフに返しておるわ」
しかし、そんな老人を相手にシンジも引かない。
「大体、こんな子供を着の身着のまま放り出すのも非常識でしょうが!」
なんだかんだで、庇ってくれている彼にちょっぴり感動したのか、ベアトリスの目は少しだけ潤んでいる。
「何の誤解をしているのか知らんが、ワシだって、着の身着のまま放り出したワケじゃないぞ?」
一応、オスマンにだって分別はある。
彼が持たせたのは当面の食料だけなのだが、同時に彼女の懐具合も確認をしていたのだ。

オスマンの言葉とベアトリスから聞いた事情が繋がらなくて、彼は不思議そうに顔を歪める。
「何せこの間まではクルデンホルフのお嬢様なのじゃ、学院を出て行くときも300エキュー程は持っておったのじゃ」
500エキューで平民の一家四人が不自由なく暮らせるくらいの金額なのだ。
300エキューあるなら、少女1人が半年や1年くらいなら大丈夫だ、とオスマンが考えても無理はない。
というか、シンジもそう思う。
そして、退学した生徒の面倒をそんなにも長期に渡ってみる責任もないのだ。
そう考えると、食料を分け与えた辺り、オスマンはシンジなんかよりも善人なのかもしれない。

暫しの沈黙の後、オスマンが口を開いた。
「まぁ、彼女の不遇はワシも理解した。復学は無理でも学院で働けるように手は打とう」
自身の白く長い髭を撫でて、オスマンはベアトリスに視線を送る。
次いでシンジも彼女のほうに向きなおす。
「……お願いします」
ペコリ、と長い金髪の頭が下がっていた。


とりあえずの話がついたところで、2人は揃って学院長室を後にした。
「あの……、ミスタ・イカリ……」
ん、と無愛想に振り向いた彼に、ベアトリスは深々と頭を下げる。
「ありがとうございました」
頭を上げて、私、あなたのこと誤解してたみたいです、と続けようとした彼女をシンジは遮った。
「イイから。明日から仕事なんでしょ?」
彼はそう言うと、気だるそうに手を振って彼女を追い払う。
どうやら、とっとと休めと言いたいらしい。
既に背中を見せた彼にもう1度頭を下げた後、ベアトリスも新しく自身に与えられた部屋へと向かうことにした。














3日後の深夜。

控えめなノックの音でシンジは目覚めた。
彼の部屋を訪れるものでノックするようなものは殆どいない。
ご主人様なら問答無用で扉をすり抜けてベットに直行してくるし、悪友なら何も言わずにアンロックなのだ。
そう思うとちょっとだけ切なくなったが、首を捻りつつ彼は静かにドアを開けた。

外には箱に入った犬がいた。
「……なにやってんの?」
寝起きで霞む目を擦った後、彼は額に手を当てた。
こめかみに血管が浮き出ているのは仕方ないだろう。


今日の格好は学院のメイド服にミミとシッポ。
鎖の代わりに大き目の板を紐で吊るして首からぶら下げていた。
涙目の金髪の犬は上目使いで首から下がった板を彼に見せつけるように持ち上げる。
「……わん」
雇ってください。
そう書かれた板を見て、碇シンジは額に手を当てたまま天を見上げた。



暫く、その体勢で考えるように唸っていた彼は、重苦しそうに口を開いた。
「……クビになったの?」
「わん」
ピクピク動く彼のこめかみがベアトリスを威嚇する。
「役に立つなら雇ってもイイけど……」
そこで言葉を切った彼は、マジマジと彼女の顔を見て溜息を吐いた。
「わ、私だって役に立ちますわ」
きっとそんなことは彼女自身も微塵も思っていない。
震え気味の声がその証拠だろう。

「……サモン・サーヴァント」
「ふぇ?」
突然告げられた魔法の名に、彼女は間の抜けた返事を返す。
「唯一、期待できるかもしれないのは、君の使い魔」
少ないシンジの言葉から、ベアトリスは何とか彼の言いたいことを推測する。
ベアトリス本人に期待できることは何もないけど、未知数の使い魔には期待できるかもしれない。
つまり、こういうことなのだろう。
それが分かるった彼女は、コクコク、と頷いてみせる。

しかし、ベアトリスは希望が儚すぎることに気が付いた。
だって、彼はトリステインの英雄で、7万を圧倒する使い魔を持っているのだ。
最近のイイ人振りに惑わされて、彼のところに助けを求めに来たのだが、そもそも彼が自分を雇う理由などない。
いいや、彼に関わらず、役立たずを置いておくようなところはないのだ。
ここで見捨てられたら冗談抜きで身売りでもしないとやっていけない。
良く考えるのよ、私!
とベアトリスは首を振った。
彼の使い魔は大きすぎるじゃないですか!
だったら、普通サイズの強いヤツを召還すればイイじゃないですか!!
サラマンダーとかユニコーンとか!!
どこか壊れてしまったようなテンションで、ベアトリスは絶望的な戦いに挑む。
もう既に半泣きな顔で杖を構えて呪文を口にする。

杖を振り下ろすと同時に、ベアトリスは目を瞑った。
チラリと見えたゲートのサイズがサラマンダーが通るには絶望的だったのは、きっと見間違い。
目の前にいるはずの使い魔の気配が、ユニコーンサイズじゃないのも絶対気のせい。

「……コイツが君の使い魔?」
男爵の声がプルプル震えているのもきっと気のせいだろう。
ようやく開けた目に映る、足元でチョロチョロしてるネズミサイズのフサフサが、私の使い魔だなんて、きっと嘘。
1ヶ月前の自分なら、その愛くるしさにテンションだって上がっていただろう。
しかし、今の私には手に持ったドングリを齧る仕草も憎らしく見える。

「あの……、ミスタ・イカリ……。コイツじゃ、ダメですよね?」
忙しなく動き回る足元の使い魔を指差して、ベアトリスは恐る恐る尋ねた。
答えを聞くのが怖すぎて、彼女は彼と目を合わせることも出来ていない。
「はぁ?……何言ってんの?バカじゃない?」
酷い言われようだが、それも仕方ない。
そもそも、彼の使い魔とリスを比べてら、100人が100人、男爵の使い魔を選ぶだろう。
これからどうやって生活しよう、とベアトリスの頭は真っ暗になった。
「雇うに決まってんだろ!さっさと契約済ましちゃいなよ!」
驚いて、ベアトリスは目を見開いた。
しかし、いつもの表情の彼が立っていて、幻聴だと思い直す。
そもそも、目の前の彼がそんなテンションで話すはずがないのだ。

「……早くしないとリスが逃げちゃうよ」
ボソッ、とシンジは呟いた。
再度驚いて、彼の顔を見つめる。
「……逃げるって、言ってるだろ?」
シンジの言葉に彼女は急いで座り込んで答える。
それからリスに向かって両の掌を広げた。
途端に手の上に乗ったリスを持ち上げて、男爵の前に差し出してみせる。
「ホントに、コイツでイイんですか?」
コクコク、と首を二回縦に振ることでシンジは答えた。

何だかよく分からないが、彼の気が変わらないうちに、とベアトリスはコントラクト・サーヴァントの呪文を唱えることにした。




例によって……。






佐渡島に降り立った紫の機体は、お出迎えに現れたBETAの群れを完全に無視した。
そもそも、移動速度の限界が200kmに届かない突撃級がBETAの最速なのだ。
数歩で音速を突破する脚力を持つ初号機に切り抜けられないワケがない。
精度なら5番目の使徒と肩を並べられるかもしれないレーザー種も脅威ではないだろう。
避けられないなら受け止めればイイ。
戦術機では不可能な理屈もエヴァならば可能だ。
要塞級など、出てきたら蹴り飛ばされるか投げ飛ばされて他のBETAを巻き込むだけ。

数十万という数がいるからこそ、BETAは脅威なのだ。
先の作戦でかなりの数が減らされたBETAにとって、佐渡島全体を守るのは広すぎる。
いや、フェイズ4のハイヴを守るだけでも広いのだ。
その上、横浜に渡ったデータから初期配置がバレている。
そんな状態で碇シンジの乗ったエヴァンゲリオンを止めれるはずもない。


反応炉への最後の直線で襲ってきた要撃級の一撃を体を回転させて避ける。
回転の勢いが乗った回し蹴りは、要撃級の気味の悪い尾節を跡形もなく吹き飛ばす。
殴りかかって来たままの状態で動かなくなった要撃級の前腕を掴む。
全身をバネにして通路に群がるBETAどもに死骸を投げつける。
大多数を占める戦車級以下の小型BETAは、巻き込まれて潰された。
大型種を5、6匹巻き込んだところで、死骸は止まる。
包囲網に穴が出来ると、シンジはそこへ迷わず飛び込んだ。




「……武器が欲しい」
目標を見上げながら、シンジは呟く。
反応炉の弱点のデータは夕呼から貰っているが、外壁に守られた弱点を素手で壊すには時間がかかるのだ。
仕方ないか、と溜息を吐いたシンジは、足元に転がっていた要撃級の前腕を拾い上げる。
モース硬度15以上と説明されていても、シンジにはそれがどのくらいの硬さなのかは分からない。
まぁ、硬そうなのは戦った時から分かっているのだから、役には立つだろう。
投球を行うには大きすぎる敵の前腕を小脇に抱えた初号機は、ワンステップで体を回転させた。
円盤投げの要領で飛ばされた要撃級の前腕は、弧を描かないまま標的に突き刺さる。
上手く弱点を捉えたらしい要撃級の一部は、反応炉から光を奪い取った。


ようやく終わりだ、とシンジは息を吐き出す。
しかし、直後に彼の顔は盛大に引き攣った。
反応炉までの道は、随時BETAが少ない通路が指示されていたのだが、帰りの道は違うのだ。
ターゲットの反応炉はハイヴの最奥に位置している。
つまり、今彼がいる場所は袋小路なのだ。
地図上で押し寄せてくる赤い波は、シンジの気持ちを深く沈ませた。
「佐渡島ハイヴの反応炉を破壊しました。これから戻ります」
重い声でそれだけ通信を入れると、インダクションレバーを握りなおして悪態を吐く。
「……作戦が成功してからのほうがツライなんて詐欺じゃないか」
降ってきた赤い化物は、相変わらずキモチワルイ顔をしていた。


異世界5


明けて翌朝。

「ったく、アンタのセイでこっちは大忙しじゃない」
シンジが部屋に入ってくるなり、夕呼はそう悪態を吐く。
佐渡島ハイヴの反応炉が破壊されたことは、直ぐに各国に知れ渡ったのだ。
「条件にOKを出したのはそっちですよ」
シレッ、とした態度でシンジは返す。
そんな彼の様子に、夕呼は楽しそうに唇を吊り上げた。
「嬉しい悲鳴ってヤツよ」
彼女の言葉に含むところはない。
BETAを倒したことで背負う苦労など、この世界の人間なら何を差し置いてでも背負いたいのだから当然だ。

「これからアンタには私の特殊部隊に入ってもらうわ。部隊名はA-01。伊隅や白銀、柏木がいる部隊ね。
階級は中尉だったらしいけど、ハイヴを単独で落としたとなると……、二階級特進くらいじゃ追いつかないわね」
そう言って、彼女は口角はさらに吊り上った。
夕呼のそんな言葉に、彼は不機嫌そうに顔を歪める。
「二階級特進って……、死んでるみたいでイヤなんですけど」
階級を貰う準備が出来ているか?
なんてことは聞かない。
エヴァの輸送で戦艦を準備したことに比べれば、不審者の戸籍をでっち上げるなんて簡単なんだろう。
それにこの世界での初号機の扱いをどうするかなど、シンジが考えることではないのだ。
10年。
彼の世界でそれだけの時間をかけて作られたエヴァが、自身がこの世界にいる間に作られることがないと信じたい。
ましてや、S2機関やチルドレンの問題が早急に解決するはずもない。

「で、提案なんだけど」
埒もない思考に捕らわれていたシンジは夕呼の言葉で宙を見ていた視線を戻す。
目の前の彼と視線が交差すると夕呼は口を開く。
「アンタが早く帰るためには、地球上のハイヴを潰す必要がある」
間違いないわね、と夕呼は念を押した。
「つまり、僕に他のハイヴも潰せって事ですか?」
それから彼女は挑発するような笑みを浮かべる。
「まぁ、アンタの方は約束を守ったんだから、帰らせることは保証するわ。
……もっとも、月に2つのハイヴを落とせたとして、単純計算で掃討までに1年以上かかる計算になるわ」
1年待てば害虫の巣に入らなくて済むのだ。
だったら、彼の決断は決まっている。
「元々、そのくらいは待つつもりでしたから……」
だからBETAの巣に潜るのはゴメンだ、と彼は続けた。

「とりあえず、暫くは横浜基地がアンタの住処なんだから、ココの施設でも覚えてなさい」
それだけ言うと、彼女は振り返って霞に声をかける。
「伊隅……、は、空いてないわね。社。柏木を呼んで来なさい」
「……はい」



「ここがPXです。……お食事していきますか?」
数えるほどしかない案内の最後に、晴子はそう言って椅子を引いた。
コクン、と頷いたシンジを見て、彼女は小走りでカウンターに向かう。

「食事時は混むから、来るなら今みたいな時間がお勧めですよ」
シンジの分まで持ってきた晴子は、そう言って彼の前にトレーを置く。
彼の正面に座った彼女は、箸を取って手を合わせる。
「いただきます」
晴子のそれに習って、シンジも箸を取った。

……不味い。
ネルフの食堂も美味い、というほどの味ではなかったのだが、ここと比べると天と地ほどの差がある。
しかも、量は質に勝ると言いたいかのように山盛りなのだ。
とりあえず、お茶で口の中のモノを流し込む。
……不味い。
お茶すら不味いのだ。
……そういえば、ハルケギニアでも最初の食事は碌なものじゃなかった気がする。
シンジは1年待つという決断をしたことを、早くも後悔していた。


「あのさ……」
妙に堅苦しい晴子に、シンジは声をかけた。
「合成玉露のおかわりですね!」
自身が食事の途中でもあるに関わらず、彼女は彼の湯飲みを奪い取るとお茶を入れなおしてくる。
ありがと、と軽い感じで礼を返した後、シンジは続けた。
「なんか堅苦しくない?」
前の方が気楽で良かった、と言外に匂わせる。

「流石に私でも、今の中尉に軽口は叩けませんよ」
いじめないでください、と晴子は苦笑いして見せた。
そんな彼女の対応に、シンジは不思議そうな顔を見せる。
「……今の僕にって、いまいち意味が掴めないんだけど?」
今度は晴子が不思議そうな顔を返す。
「アレ……?中尉って、佐渡島ハイヴを落としたんですよね?それも単独で」
帝国と横浜基地から、佐渡島ハイヴ崩落の情報は一夜で知らぬものはいないほどに広まったのだ。
人類に夢を与えた救世主。
エヴァンゲリオンは一躍世界で一番の機体に駆け上がった。
ただ、そのことを知らない唯一の例外が、誰あろうシンジ本人なのだ。
横浜基地に帰って直ぐに寝てしまった彼は、朝まで続いていた基地内のドンちゃん騒ぎも知らない。
それについては、パイロットの情報を漏らさなかった夕呼にも少なからず責任はあるだろう。
そう、有名なのはエヴァンゲリオンだけなのである。



よって、彼の推測は全くの的外れになってしまった。
「僕はまだ死んでないんだけど……」
晴子の頭の上に浮いていた?マークが2、3個増えた気がして、シンジは言い直すことにした。
「あぁ、え~と……、つまり、階級的には中尉のままだって言いたかったんだ」
ホントはその中尉って言うのもニ尉なんだけどね、と頭の隅に置き去りに。
「多分、昇進はされると思いますけど……」
いつになるのかはちょっと分からないです、と晴子は付け加える。



シンジが最後の一口を飲み込むのを確認した晴子は立ち上がった。
それから、一足早いですが、と前置きをすると、軍人らしい敬礼を見せる。
「明日からよろしくご指導願います!中尉殿!!」
彼女の声の大きさに少しの驚きを顔に出したシンジは、それから座ったまま崩れた敬礼を見せた。
「ええっと、こちらこそよろしくお願いします」
「……ぷッ、あははは」
軍人としての威厳なんて全く感じさせない彼に晴子は思わず吹き出す。
「ちょっと、中尉。こっちが緊張してるのがバカみたいじゃないですか!」

そんな彼女の反応に、シンジは苦笑いを浮かべて返す。
「そんなこと言われたって、堅苦しいのは慣れてないって言っただろう?」
それからちょっとだけ視線に批難の色を混ぜる。
「あははははッ。中尉って、ホントに軍人らしくないんですね。でも、階級に併せて偉そうにしないとダメですよ」

「さっき軽口叩けないとか言ってたじゃないか」
こっちの方が楽だ、と思いながら、シンジも軽口を叩く。
「アレ?私、そんなこと言いましたっけ?」
今度はシンジの方が声を出して笑う。
「はははッ。柏木は、イイ性格してるね」
「なんか全然誉められてる気がしないんですけど」
晴子に白い目で見つめられたシンジは、楽しそうに笑った。














[5217] 外伝6 碇さん家のお部屋事情
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2009/07/27 00:48


「ダメよダメ!ダメッたら!ダメ!絶対ダメ!!」
ブンブンと首を振りながら、ルイズは両腕をバタつかせた。
そんなオーバーなアクションまで加えて、彼女は自らの意思を伝える。
もちろん、メイドを雇うとか言い出した自らの使い魔に向かってだ。


「大体!クルデンホルフなんて雇って、メイドなんて出来るわけないじゃない!!」
うっ、と声を漏らしたのは誰あろうベアトリスだ。
そんなことをルイズに言われるまでもなく、彼女だって自覚している。
3日で学院を首になったのは、つい先日のことなのだから。
「何で僕がクルデンホルフの能力に期待しなくちゃいけないんだよ」
ご主人様候補の男爵の言葉を聞いて、ベアトリスは小さくなる。
事実しか言っていないのだが、ここまで大っぴらに言われると彼女に出来ることなどないのだ。

「なら、どうしてコイツをメイドにするなんて言うのよ!」
怒鳴ったルイズから目を離さないまま、シンジは右手でビシッとベアトリスの肩を指差した。
「リッキーが可愛いからに決まってるだろ」
人差し指を向けられて、リッキーと呼ばれた茶色い物体は、2人を見比べるように忙しなく頭を動かしていた。


-碇さん家のお部屋事情-


「で、怒って出てきちゃったワケ?」
呆れた、とキュルケは言葉にはしなかった。
だが、態度には十二分に出ているのだからルイズに対する気遣いなどまるっきりないのだろう。
「……何よ?」
そんなキュルケに向かってルイズは不機嫌さを視線に込めて下から睨みつけた。
はいはい、とめんどくさそうにルイズの視線を手で振り払ったキュルケは、彼女への説得を続ける。

「そりゃあねぇ、アンタの気持ちが分からないわけじゃないけど……、
そもそも、シンジがメイドを雇うこととアンタにどんな関係があるのよ?」
うぅ、と唸った後、それでもルイズは建前を口にする。
「ご主人様のわたしだって学院にメイドなんて連れてきてないのに、使い魔がメイドを雇うなんて生意気よ!」
はぁ、と大げさにキュルケは溜息を吐いて見せた。
「使い魔って言っても、今じゃトリステインの英雄で男爵でしょ?
むしろそんな人物がメイドの1人も雇わないほうが問題だと思うけど?」
再度唸ったルイズを横目で見て、キュルケはカップの紅茶に口をつける。

「それにクルデンホルフよ?元貴族よ!?3日で学院を首になってるのよ!!?
そんなのが役に立つわけないじゃない」
ふむ、と一瞬考えるような素振りを見せて、キュルケは手元のクッキーを口に運んだ。
「……彼って平民上がりでしょ?それなら、育ちのイイお嬢様から貴族としての作法を学ぶ必要はあるわね……。
それに、アンタの話じゃ、家事全般も人並みにはこなせるんでしょ?だったら、フツーのメイドなんていらないんじゃない?」
「貴族の作法なんてわたしが教えるわよ!」
クスッ、とキュルケは吹き出す。
「誰に教わるかなんて、シンジが選ぶことでしょ?」
頼まれたらわたしだって教えるわよ、とキュルケは付け加えた。

「だったら、ご主人様命令。メイドなんていらない!」
ふぅ、と馬鹿にしたような溜息を吐いたキュルケは、口の中に潤いを与えた。
「……結局のところ、シンジが自分のお金を使って使用人を雇うんだから、そこにアンタが口出せることなんてないわよ」
だって、だって、だってぇ、とルイズは小さくなった。
「……そりゃ、わたし程じゃないけど、それなりに可愛いし、ボロ剣の話だと仲がイイらしいし……」
アイツは胸が小さいの気にしないらしいし、シンジだって男なんだし……、と続いていく。


ルイズのそんな言葉に、キュルケは心底驚いたような顔をして、彼女を馬鹿にした。
「ルイズ……、アンタ、そんなこと気にしてたの?バッカじゃないの!?」
「なによ!どう考えたって普通気になるじゃない!!」
ナイナイナイ、とキュルケは手をブラブラさせる。
「なんでよ!」
「そもそも、そっち関係にそんな風に力を入れるようなスケベなら、わたしにアレっきりってことはないでしょ?」
ルイズと比べるまでもない豊かな胸を張って、彼女は自信満々に言い切った。
「……この女は」
もしかしたら敵なんじゃないかしら、とルイズは頭を抱えた。


コホン、とワザとらしい咳払いを1つしたキュルケは、悪戯っ子のように目を輝かせた。
「まぁ、冗談はさておき……。面白い考えがあるんだけど?」
言ってみなさい、とルイズはキュルケに耳を近づけた。





「ダメね。ダメよ、ダメダメだわ」
怒ってシンジの部屋を出て行ったルイズは、半日もしないうちに彼の部屋に戻ってくると嬉しそうにそう言った。
「リスが可愛いのは分かるわ。ええ、分かるわ。でも、メイドとはいえ、女の子を雇うんですもの、同室は不味いわ。
いけないわ。それに私用で雇うんだから、学院の平民用の部屋も借りれないわ。だってアレは学院のものですもの」
どうやら、ご主人様のご主人様はわたしのことを雇うのに反対らしい、とベアトリスは青くなる。

「でもね。わたしだって、今のアンタ達の立場を理解しているつもりよ?……だから、雇うことは認めてあげてもイイわ」
深呼吸の後、ルイズは平坦な口調でそう言った。
それから彼女は、ベアトリスに向かって右手を差し出す。
不安が隠しきれない表情で、ベアトリスは出された右手に添えるように両手を差し出した。
開かれたルイズの掌からは鍵が落ちてくる。
「仕方なく……、仕方なくよ?ダメな使い魔の代わりに、わたしの自室をアンタに提供してあげるわ」
どうやら、自分の部屋を使え、とルイズは言いたいらしい。
「……あの、ミス・ヴァリエールはどうするんですか?」

「アンタとシンジはダメだけど、わたしとシンジは使い魔と主人だもの。同じ部屋で生活しても構わないわ。
ホント、消去法で仕方なくとは言え、ダメな使い魔を持つと苦労するわ」
さっきからずっと彼のことをダメだ、と言っているのだが、ルイズはとっても嬉しそうなのだ。

そう、考えなしの使い魔が私用でメイドなんて雇うから、心優しいご主人様は、使い魔の尻拭いのために自室をメイドに提供する。
キュルケから教えられた大義名分がこれなのだ。
ちなみに、私的なメイドだからといって、平民用の部屋が借りられないなどという事実はない。
部屋の空き具合にもよるが、トリステインの英雄の頼みを無碍に出来るワケがないのだから、実際のところ問題などないのだ。
もちろん、そこまではルイズも分かっていた。
だから、キュルケに反論したのだが、結果、バカねぇ、と鼻で笑われたのだ。


「シンジは、ワリと建前とか立場を気にするタイプなのよ。だから、アンタが主人として使い魔のメイドに部屋を用意してやるの。
そうね自分の部屋を明け渡すのがイイわね」
「なんで、わたしがメイドなんかに部屋を明け渡してやらないとダメなのよ!?大体、わたしはどうするのよ!?」
意味が分からない、とルイズはキュルケに噛み付く。
そんな彼女にキュルケはめんどくさそうに息を吐き出すと、言葉を続ける。
「イイ?主人が使い魔の連れてきたメイドのために部屋を明け渡すのよ。要するに使い魔の不手際を主人がカバーするワケよ」
「たしかに、シンジに恩を売れるのはイイことだわ。だけど、そのために部屋が無くなるの困るでしょうが!」
バカなこと言ってんじゃないわよ、とルイズは胸を張った。

「……ホントに察しが悪いわね」
めんどくさそうに長い赤毛をかきあげると、キュルケは気を取り直したように言葉を紡いだ。
「彼の部屋で一緒に暮らせばイイじゃない」
彼女の言葉にルイズは鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せた。
完全にルイズの意表をついたキュルケの攻撃だが、それだけで終わらせるような性格を赤毛の彼女はしていない。
「使い魔の準備不足のセイで主人の部屋がなくなるのよ?だったら、使い魔は主人を部屋に招きいれる義務があるんじゃないかしら?」
全く持ってその通りだ、とルイズは頷いた。

「それに、そもそも使い魔とメイジの関係を考えれば離れて暮らしてるのは異常な状態なのよ」
これもその通りだ、とルイズはコクコク、と頷く。
「だったら、アンタがやるべきことは、シンジが使用人の部屋の準備をする前に行動することじゃないかしら?」
キュルケの言葉と同時に席を立ったルイズは、そのまま全速力で使い魔の部屋へと走り去った。
だから、慌しい彼女を横目で見送ったキュルケが、その後に呟いた言葉をルイズはしらない。

「ホントに……、こんなので納得するなんて、何にも分かってないのね……」
アレは苦労するわね、と口に出しそうになる内心を押さえるために、彼女は紅茶を口に含んだのだった。




「僕はルイズの好意に甘えさせてもらってもイイけど……。クルデンホルフはそれでイイの?」
主人にそう尋ねられて、ベアトリスは首を縦に振る。
というか、彼女にしてみれば是非ともそっちの案でお願いしたいところなのだ。
でも、1つだけ気になるところがある。
それは勿論、ルイズとシンジの関係などというものではない。

「あの……。できれば、クルデンホルフと呼ぶのを止めていただきたいんですが……」
勘当された家名をいつまでも名乗っておくのは、イロイロと問題が多いのだ。
彼女の言葉を聞いて、シンジは小難しそうな顔をしたまま手を自らの顎に当てた。
暫し、そのまま悩んだ後、彼は唐突に口を開いた。

「ポチかベアかクーだね」
ベアとクーの由来は何となく分かる。
ベアトリスだからベアだし、クルデンホフルのクーだろう。
ポチってなんだろう?そんな疑問を彼女は至極当然に口にした。
「ベアとクーは何となく分かったんですが、ポチって何ですか?」
ああ、と頷いた彼はただただ淡々と由来を口にする。
「僕の国でのポピュラーな犬の名前」
「……わん」
にやりと笑ったご主人様の顔は碌なもんじゃなかった。





異世界分を地味に更新





「気を付けぇ!」
響いた隊長の声で、A-01部隊のメンバーは背筋が伸びる。
条件反射のようなその動きは、大らかと評された気風とは背反していると感じられた。
案の定、気に食わないものは二人。
「伊隅ぃ~、そういうのやめてって何度言ったら分かるのかしら?」
内情を表情に出した方は、不満を口にする。
「はッ!申し訳ありません」
敬礼で返すみちるに夕呼は苦笑いから唇をつりあげた。
傍目に見る限りには、いつものように意味ありげに笑っているように見えるだけなのだが。
「だから、そう言うのが堅苦しいって言ってるのよ」
ふぅ、という溜息で頭を切り換えた夕呼は、まぁ、イイわ、と本題を話し始める。

「A-01中隊の補充要員を紹介するわ」
緊張した様子で、黄色い大きなリボンを着けた赤い髪の少女は一歩前に踏み出した。
「鑑純夏少尉、只今を持って着任します」
部隊の内の数人は、彼女が名乗ると息を呑んだ。

A-01部隊の軍人らしさを垣間見て、内情を同じにした片割れは一歩を踏み出す。
「碇シンジ中尉、只今を持って着任します」


異世界6



「白銀があたしの特殊任務に従事している事はみんなも知ってると思うけど、鑑はその一員なの。
碇の方は、白銀達とは別の特殊任務に従事してるわ。白銀同様、こいつらもちょくちょくいなくなるけど、気にしないで」
そこで言葉を切ると、夕呼は楽しそうに口角を上げる。
「って、言われても気になってしょうがないと思うから、教えるけど」


「鑑はXG-70の衛士として養成されていたのよ。甲21号作戦で投入した無人機があんなことになったでしょう?
やっぱり人間が操縦しないとダメだって事になってね。次善策で養成されていた鑑が、次の作戦に投入される改良型を操縦することになったのよ」
そうねぇ、とワザとらしく指先を顎に当てるようにして夕呼は悩んで見せた。
「鑑の方は以上よ。碇の方は、今話題のエヴァンゲリオンのパイロットよ」
目に見える反応は殆どない。
事情を知らぬ者達が、純夏の時と同様に息を呑むだけで済んだのだ。
流石は副司令直属と言うべきか……。
夕呼ならあの機体と関わりがあっても可笑しくないと考えていたのだろうか。
だが、シンジを紹介した彼女は、ワザとらしく溜息を吐いて見せた。
「なによぉ?折角、話題の主を連れてきたのに面白くない反応ね」
どうやら、隊員達の反応がお気に召さなかったらしい。

「……まぁ、そのくらいで丁度イイかもね」
再び、顎に手をやった夕呼は考え込むように視線を下に向ける。
「どういうことでしょうか?」
代表して疑問を呈したのは隊長のみちるだ。
「そうね……。碇を部隊に組み込むには問題が幾つか残っているのよ」
不思議そうな顔をした隊員達に、夕呼は説明を続ける。
「1つは機体の問題ね。あの機体がどの程度の性能を出せるかのテストも済んでいないのよ。
佐渡島へ渡らせたのは、テストも兼ねていたけど、帝国との関係上必要な措置だったし……」
「テストも済んでないような機体でハイヴを攻略したんですか!?」
声を上げたのは美琴。
事情を知っているもの以外は、美琴と同じような顔をしているのだから、言いたいことは一緒だろう。

「XG-70だって佐渡島はテストの一環だったんだから、別に不思議なことじゃないでしょう?」
自信満々の作り笑いを夕呼は見せた。
苦しいイイワケを通すときには、態度でハッタリをかけるのも有効なのだ。
「でも、単独でハイヴを落とせるなら、何で最初からエヴァンゲリオンを使わなかったんですか?」
佐渡島で突然現れた謎の機体だなんて誰も信じないだろう。
そんなことを言っても仕方ない、と夕呼は先程の説明を繰り返した。
「言ったでしょう?テストもまだだったって」
BETAとの戦いに楽なんて1つもないが、テスト機まで出さないといけないほど今の日本はギリギリなのだ。
それが、夕呼の吐いた嘘だとしても、現実も大して変わらない。
不意に現れた得体の知れない機体とパイロットを使うのを厭わない程度に、世界もギリギリの戦いを強いられているのだ。


「その上、碇のいた組織はBETAの襲撃で全滅。運用方法やメンテナンスについても殆どお手上げ。
かといって貴重な戦力を宙ぶらりんにさせておく余裕は今の私達にはない。で、イロイロ面倒なことが絡んだ結果、私の部隊に配属ってことよ」
夕呼の言った面倒ごとについて聞くものはいない。
彼女のそれが示すものは、一兵卒が聞いてイイことではないからだ。
「そう言うことで、鑑の方は兎も角、碇の方は戦力として数えられる目処が立ってないのよ」
メンテナンスどうこうよりも、本人にBETAとやり合うつもりがない等とは口が裂けてもいえない。
夕呼は彼を参戦させることを諦めたわけではないのだ。
だからこそ、かなりの無理をしてヴァルキリーズに配属したのだし、エヴァンゲリオンの情報を隠蔽しようともしなかったのだ。

「まぁ、碇の扱いは追々話すわ。だから、あんた達は鑑との連携訓練をやってもらいたいの。
最悪、エヴァンゲリオンはもう動かない恐れもあるということだけは忘れないで。
それと、訓練についてだけど、鑑の方はつい最近まで大きな病気を患ってたから、ちょっと体調が安定しないけど、
操縦の腕は一流よ。まぁ、人類存亡の危機だから、病人であろうが、才能のある人間を捨て置くことは出来ないわ。
碇の件もその辺りと絡んでるって言えば絡んでるわね。ついでに言うと、白銀同様、私の特殊任務要員だから、
部隊での面倒は基本的に白銀に任せることにしているわ。と言っても同じ部隊に入ったんだから、あんた達にもよろしく言っておくわ」

「はいッ!」
全員の返事で満足したのか、夕呼は一度頷いて続けた。
「現在XG-70は24時間体勢で組み立て中だから、実機訓練への参加は早くても4日後になるわ。
それまではシミュレーター訓練で、連携の確認をしておいてちょうだい」
「は!」
答えるのは隊長の役目だ。
「データの更新は済んでいるから、明日からでも始められるわ。ちなみにエヴァンゲリオンのデータは入ってないからそのつもりで」
「了解しました」
みちるは間髪入れずに答える。

「伊隅。鑑は置いていくから後は任せたわ」
そう言って、夕呼は話を打ち切った。
「はッ!……副司令、碇の方はどうするのでしょうか?」
ああ、と夕呼は手をめんどくさそうに振って見せた。
「言ったでしょ?イロイロ面倒ごとが絡んでるって、これからそっち方面を片付けてくるから」
それだけ言って、彼女は部屋を出る。
「失礼します」
ドアの前で一礼して、シンジは夕呼の後に続いて部屋を出た。


さて、とみちるは顎に手をやって考え込む。
エヴァンゲリオンと碇シンジも気になるが、鑑純夏と白銀武も気になるのである。
碇の問題とやらが何だか知らないが、香月副司令が対応すると言ったのだから問題ないだろう。
だったら、自分がやることは決まっているのだ。
白銀の幼馴染らしい新任少尉は、隊の切り札になる可能性もあるが、大きな爆弾になる可能性も大いにある。
男が少ないこのご時世で、白銀のような天才型に惚れるのは分かるが、それはそれで因果なことなのだ。
しかも、件の男は随分と鈍いと来たものだ。
彼女達も作戦中にそれを表に出すことはないだろうが、ぎこちない雰囲気と言うのは好ましくない。

「白銀」
みちるは武を呼ぶと、周りに聞こえないように小声で言った。
はッ、と軍人らしい返事をするも、みちるに合わせるような小声だと何だか違和感がある。
「鑑は特殊すぎる立場だから、通常の入隊歓迎は行わない」
コクリ、と武は深刻そうな表情で頷く。
「すまないが、お前が一人一人紹介していってやってくれ」
武と純夏の関係は、多かれ少なかれ各人が気付いているのだ。
だから、これはそれをハッキリさせるという意味もある。
彼女達は落ち込むかもしれないが、長くズルズルと引きずられるより余程マシというのがみちるの判断だった。

そして、その判断を武に知らせなければ、朴念仁の彼がそのことに気付くこともなく自然な対応が出来るはずなのだ。
後は自分が新人達のケアを怠らなければ問題ないだろう。
そこまで考えて、みちるは武に付け加えた。
「白銀……」
たっぷりと間を込めたそれは、戦場での命令のように重苦しい雰囲気を醸し出している。
それに呑まれたのか、武は生唾を飲み込んだ。
「……何でしょう?」
みちるはツリ目気味の目で睨みつけるように武を脅すと、重々しく言葉を綴った。
「気付かなかったことに対しては許してやろう。だが……」
何のことだろう、と武は息を呑んだ。
呑み込んだ息の代わりに背中から嫌な汗が噴出してくる。

「浮気は許さんぞ」
へッ……?と武は気の抜けた返事を返した。
「鑑のことだ。分かったらさっさと行って来い!」
何だかんだと難しい理屈をつけて自分を納得させたみちるだったのだが、
武との話で純夏と自分を重ねてしまった彼女が、純夏の味方につくのは自然の成り行きだったのだ。
「……はぁ」
ここまでお膳立てしてやったと言うのに、気付いてない様子の武に軽く殺意を覚えつつ、みちるは彼の尻を叩いた。
「命令だ!イイから彼女をさっさと紹介して来い!!」
鑑と呼び捨てず、敢えて彼女と言ったことも気付いてないのだろう。
何だかボケボケとした様子で、武は純夏の手を引いた。
その様子があまりに情けなくて、みちるは額に手を当てた。

「……もしかして、男ってこんなのばっかなの?」
今の天才衛士の立場を自分が惚れている男に置きかえたところで、全く同じような対応になる気がして、みちるは重い溜息を吐いたのだった。










[5217] 続1
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2013/01/06 18:35

「まったく……。てんで役立たずじゃないかい」
嘗ての経験を生かして、ロマリアから盗んできた工芸品を手にしたまま、女は呟いた。
破壊の杖と同じようにトリガーのようなモノはあったのだが、押しても引いても何の反応もない。
思うが侭に色んな所を触ってみたが、やはり反応はなかった。
犯したリスクを考えると割に合わないにも程がある。
ついでに言うと、的として作った十字架も無駄になってしまった。
トライアングルの彼女としては、土で作った十字架のオブジェなど苦労というほどのものでもないのだが、気が滅入ることは代わらない。


「安全装置……。貸して」
はぁ、と深い溜息を吐いた女に向かって、彼女は声をかけた。
手馴れた様子で安全装置を解除した彼女は、女の前をスタスタと歩き去る。
女の苦労の結晶を持った状態でだ。
「ちょっと……。こら!」
距離にして100メートルくらいだろうか、スタスタと立ち去った彼女は、急に地に伏せた。
見る者が見れば、それが射撃を行う体勢だと気付いただろう。


「勝手に人が戴いたものを持っていくんじゃ……」
ないわよ、と続けようとしたところで、乾いた音に女の声は遮られた。
「……ダメね。調整が必要」
隣に立っている女を無視したように彼女は立ち上がった。
それから服に付着した土を叩く。
美少女に煙を上げるライフル、右隅が欠けた十字架。
アンバランスな光景がそこにあった。
「妙なヤツだとは思っていたけど……、アンタ何者だい?」

「私は私。綾波レイ。それ以外のない者でもないわ」
挑発とも取れるような淡々とした彼女の口調に、女は目を細める。
「……アンタが何者でもあの娘に何かあったら容赦しないよ」
射抜くような女の視線を真正面から受け止めたレイは、はっきりと言い切った。
「問題ないわ。彼女は私が守るもの」




-続1-



「ねぇ、シンジ……。シチユウってなに?」
疑問を投げかけた彼女の声は、久しぶりに聞く気がするのに、以前に答えた質問を繰り返した。
「シチユウ……?ああ、これはタナバタって読むんだよ」
はぁ!?と声を上げた彼女は、何だかご立腹のようだ。
「何でよ!だってナナとユウでしょ!?」
そんなこと言われたって、僕だって何で七夕がタナバタって読むのかなんて知らない。
だから、返せる答えは決まってる。
「ああ、それは行事だからね、地名とか人名と一緒なんだと思うよ。何でタナバタって読むのかは僕も知らないけど……。
それよりさ、もう一回発音の採点してもらってもイイ?」
思っていることと違うことを喋っている自分を見ている自分がいて、これが夢なんだって気付く。
そう思うと、場面は一気に変わってしまった。


「まッ、悪くはないんじゃないの?一応それで通じないことはないと思うわよ」
片言の日本語を話す外国人程度に意味は通じる。
この時のアスカの評価はそんなものだったと思う。
「で、アンタの発音の採点も終わったことだし、夕飯にしましょう!」
彼女は上機嫌で机の上にばら撒かれた勉強道具を拾い集めると、部屋へと退散する。
僕の分の勉強道具まで片付けてくれるのは、きっと共同生活の賜物だろう。
まぁ、食事の分担が大幅に偏ってるのはいつまで経っても変わらないだろうけど。


気がつくと食事がテーブルに並べられているんだから、夢ってのは本当に便利だと思う。
「そ~いえばさ……」
そこで言葉を切ったアスカは、グビッとお茶を飲み干した。
「……なに?」
口の中にある味噌汁を飲み干して僕は答える。
「七夕ってどんな行事なの?」
う~ん、と悩んだ後、僕は笑う。
「読み方、覚えたんだね」

きっと彼女は僕の笑い方が気に入らなかったんだろう。
「アンタとは頭の出来が違うのよ」
澄ましてそう言う彼女は、ビシッと箸で僕を指差した。
「で、んなこたぁイイから、さっさと教えなさい」
はいはい、と苦笑いしながら返す僕に、彼女は満足気な笑みを浮かべる。
「え~と、笹の葉に願い事を書いた紙をぶら下げる行事」
言い終えて、お茶を飲みつつ言葉足らずだと自分でも思う。
アスカの視線がちょっとだけ鋭くなるが、それで済むのはこんな事は日常茶飯事だから。

「彦星と織姫とか言う、離れ離れになった恋人が一年で唯一逢える日らしくて、それのパワーで願い事を叶えて貰おうぜ的な行事だよ」
視線から鋭さが消えたけど、代わりにアスカの目が白いと感じてしまう。
「どっからがテキトーよ?」
仕方ないだろ、僕だって良く覚えてなんだから。
「笹の葉と願い事と恋人の話は、ホントだよ」
ズズズッ、と味噌汁を啜る。
関係ないけど、何だか米と味噌汁が恋しくなった。

「つまり、遠恋の話と願い事の話は関連性がないってこと?」
こういうところは、冗談抜きで僕とは頭の出来が違うって実感してしまう。
アレだけ手を抜いた説明でこんな風に理解してしまうところは、何だかんだ言ってもアスカの優秀さの証明なんだろう。
「付け加えるなら、僕の知っている限りでは。ってことだけどね」
ふッふッふッ、と鬼の首を取ったように笑うアスカは、再び箸を僕に向けた。
「そんな言い伝え染みた話があるなら、その二つに関連がないワケないじゃない!」
これだからバカシンジはッ!
ヤレヤレ、と言いたそうなジェスチャーまでつけた彼女は、何だかご機嫌な様子だ。
まぁ、アスカの言うことには納得できるけど……。
そんなにイジメなくてもイイじゃないか!
きっとこの時の僕は、敗色濃厚な空気を変えたかったんだと思う。

「やっぱりさ、アスカも恋人と一年に一度逢うような恋愛に夢とか憧れとかあるの?」
そりゃねぇ……、と言葉を濁したアスカの様子が気になった僕は先を促す。
「憧れがないと言ったら嘘になるわよ?でも、好きな人と逢えるのが一年に一回なワケでしょ?
そんなのあたしには耐えられそうもないわ」
ニンマリ、と笑った僕の顔は、きっととても悪い顔だったって思う。
「そうだね。アスカって結構、構ってちゃんだよね」
こういう時に表情を隠せるからお椀って便利なんだよね。
用途が違うって怒られそうだけど。

「誰が構ってちゃんよ」
いつもみたいに怒らないけど、隠し切れない怒りが言葉とこめかみに表れてますよ、惣流さん。
スルーを決め込んだ僕相手に、アスカは言葉を続けた。
「性格的な問題よ!あたしは364日好きな人と離れて暮らすようなジミーな性格はしてないのよ!!」
そうやって、必死になってるとイイワケに聞こえるのだから滑稽だ。
「そもそも、そういうジミーな役回りはファーストの方が似合ってるわ」
味噌汁を飲み終わった僕が言う言葉は、もう決めてある。
「アスカの言う地味な役回りを綾波に回すと、物語の主役は綾波だね」

「うっさいバカシンジ!!」
チョップってワリと痛いんですよ。





朝、彼の目が覚めると腕の中にはピンクの糸。
今日も潜り込んできたルイズは、放置していれば昼までは寝ているだろう。
寝付けないようだったのか、明け方付近までゴソゴソ動いていた気がするのだ。
大きな欠伸を1つして、それに見合う大きな伸びを1つ。
ベットから起き上がったタイミングで部屋にノックの音が響く。
躾けの効果が行き届いたのか、最近の彼女は彼の起きるタイミングを見計らって部屋の掃除に来るようになった。
ドアを開けた先にいるのは、茶色いモフモフ。
と、そのおまけの金髪の2つくくり。

「おはようございます」
そうやって頭を下げたベアトリスの肩に乗ったリスに、彼は人差し指を伸ばした。
「おはよう。リッキー」
頭を上げたベアトリスは、少し膨れた頬で不満を口にする。
「毎回言ってますけど、それって酷くないですか?」
「おはよう。ベア」
彼女の不満を華麗にスルーしたシンジは、続きを口にした。
「まだ寝てるから、今日の掃除はイイよ」
そう言うと彼は、伸ばした手から自身の肩の上に乗っかったリッキーに木の実を与える。
「……かしこまりました」
もう1度頭を下げた後、ベアトリスは踵を返した。

「ああ、そう言えば、笹を用意しておいて貰える?」
振り返った彼女は不思議そうな顔をして聞き返す。
「笹……、ですか?」
「そッ、ちゃんと葉がついてるヤツね」

彼の背中が視界から消えた途端に、ベアトリスは首を捻った。
「……何に使うのかしら?」
シンジの思考など読めるはずのない彼女は、何故だか感じた嫌な予感を嫌って、天に向かって祈りを捧げた。
「ご主人様に虐められませんように……」
だからといって、不安材料を用意しなければ、それも不安材料になるのだから彼女としては笹の用意を放り出すわけにも行かないのだ。









「で、結局何すればイイの?」
何だかご機嫌にテキトーなことを話す愛しの使い魔に、ルイズは小首を傾げて見せた。
いつもの苦笑いとは違う笑みを浮かべた彼は、彼女に桃色の紙を手渡す。
「コレに願い事を書いて笹に吊るせばイイだけだよ。簡単だろ?」
笹を挟んで反対側ではベアトリスもせっせと短冊に願い事を書いていた。

テーブルではキュルケとコルベール。
「ジャン、なんて書いたの?」
はははッ、と胸を張ってコルベールは赤い短冊をキュルケに見せる。
見せ付けられた短冊に目を通した彼女はオーバーアクションで額に手を当てた。
「もぅ!わたしの願い事も増えちゃったじゃない」
嬉しそうに怒った彼女は、愛しい人と同じ色の短冊を手に取ると新しい願い事を書き始めた。


ギーシュとモンモランシーは、既に願い事を書いた短冊を笹に括りつけているところだ。
「見てくれモンモランシー!僕は彼の国に君との愛を誓おう」
金髪の彼は、自身の髪の色に合わせたのか、黄色い短冊を金髪ロールの彼女に見せる。
が、モンモランシーの瞳は彼が持っている短冊を追ってはいなかった。
「じゃあ、トリステインに誓う愛は、このケティって娘なのかしら?」
ビリッ、と笹から破り取った茶色の短冊は、きっと彼の属性をイメージした色なのだろう。
クシャクシャに丸められた茶色の短冊は、彼女の右の拳の中で結構な強度に固められている。
掌を外気に触れさせるものかとばかりに固められたモンモランシーの拳は、下から綺麗な直線を描いてギーシュの顎を打ち抜いた。
意識が体から離れたギーシュを尻目に、モンモランシーは青い短冊を手に取ると、溜息を吐いて笹に括りつける。


七夕って願い事が他人にバレても効力が無くならないんだっけ?
と、曖昧な自身の記憶を探りながら、シンジも紫の短冊を笹に括りつける。
早く帰れますように。
何だかそれだけだと足りない気がして、彼は短冊の前で拍子を打って手を合わせた。
七夕の作法なんて思い出せないけど、こういうことは困ったときの神頼みで十分だろう。
そう結論付けた彼は、とりあえず、思いついたお願いの作法をするのだった。
神様にイイ思い出なんてないけど、お手軽に手を合わせるだけで願い事が叶うならそれをするのは吝かではない。
それくらいには彼も俗世汚れしているのだ。


「……むぅ」
目を瞑って願い事を唱えていたシンジを遮ったのは、やっぱりと言うか、ご主人様だった。
いつの間に持ってきたのか、椅子を踏み台にして紫の短冊を見つめていたルイズは、唸り声を上げた後、小走りでテーブルに戻る。
新しい短冊を持ってきた彼女は、あろうことか彼の紫の短冊の上にそれを括りつけた。
「ちょっと、ルイズ!何やってんだよ」
シンジの願いが叶いませんように。
新しくぶら下げられたピンクの短冊に書かれた文字を見て、シンジは声を上げたのだった。
えへへ、と舌を出して笑うご主人様を見て、使い魔は黙って手を伸ばす。
抱き上げるようにして椅子から下ろされたルイズは、頬を染めたのだが、直後襲ってきた衝撃に額を押さえた。
「……お仕置き」
自らの額に直撃したシンジの中指を涙目で睨んだまま、ルイズは唸り声を上げていた。
どうやら、彼女が先に吊るしたもう1枚の短冊は、あまり効果を発揮してくれてはいないようだった。




こっそり下げで……




「……こんなので、ハイヴの掃討は成功するんですか?」
朝から訓練を見ていたシンジは、今更になってやって来た夕呼に尋ねた。
「実践じゃあ何が起こるか分からないとはいえ、数字は正直よ?」
20回のハイヴ突入中、7回の破壊と11回の制圧。
凄乃皇がいて、初期配置の分かっているシミュレーター訓練とはいえ、十分に驚異的な数値である。
間違いなく、世界でもトップの数字だろう。

何が不満なんだ、と質問に質問で返した夕呼は目の前の子供が異世界の人物だったことを思い出すことになる。
ふぅ、と偉そうに溜息を吐いた彼は、続ける。
「全員生還は20回やってたったの1回。これで20以上もあるハイヴを潰せないと思うんですが」
仕返しとばかりに、夕呼は額に手を当てて溜息を吐いて見せた。
「別に私達だけで、全てのハイヴを落とす必要はないわ」
そんな夕呼の反応に、シンジはやだなぁ、と緊張感のない様子で呟いた。
「だからって、1つのハイヴを攻略するだけで、誰かが死ぬんですよ?」
「それが嫌ならアンタも作戦に参加すればイイじゃない?そうすれば少なくとも今よりは死亡率も下がるでしょ」
はぁ……、とさっきよりもそれと分かりやすい溜息を吐いた彼は、心底嫌そうな顔をする。
「それこそご免ですよ。誰が赤の他人のためにあんな害虫の巣みたいなところに入るんですか?」
「あっそ……、まぁイイわ。私は仕事があるからもう行くわ」
興味無さそうに背を向けた夕呼が、何かを企んでいる様な顔をしたのをシンジは知りようもなかった。
まぁ、件の彼女は、いつも何かを企んでいるように不敵に笑っているのだから、表情を見たところで、シンジが知りようもないだろうが。



異世界7


「BETAの出現予想地点は旧町田市一帯。地表到達は70分以内。攻撃目標は横浜基地だ」
みちるの言葉にA-01の衛士たちは一斉に息を呑んだ。
「目的はハイヴの奪還と推定されている。地表到達後、敵の先陣がこの基地に達するまで最短20分。
このBETA群は佐渡島ハイヴの生き残りで、現時点でデータから推測される数は4万以上」

「4万以上って、それは5万も6万もいるってことでしょう?」
水月が嫌そうに軽口を叩く
先の佐渡島攻略戦で示された値は大いに少なかったのだ。
あながち間違っているとも言い切れない。
「ああ、そうだな。まったく、以上というのは便利な言葉だな」
みちるも軽く肯定するのだから手に負えない。


「先日から立て続けに入ってきた各国からの増援部隊は未だ継続して受け入れ中だ」
凄乃皇とエヴァンゲリオン。
佐渡島で見せた2つの超兵器は世界中の注目の的だ。
佐渡島ハイヴから生き残りのBETA群が横浜に侵攻してくるという予想の元、各国から日本を守るために援軍が寄せられている。
と言えば聞こえはイイが、要するに先を見越しての利権争いである。
唯一目的の違うアメリカを除いては、後の国々はハイヴ攻略の順番を競っている。
特に統一中華戦線とソビエト連邦が積極的に支援を送ってきていた。

横浜基地防衛の後、恐らく日本が攻略するハイヴは鉄原ハイヴである。
いくら佐渡島ハイヴを潰して国内にハイヴがなくなりました、と言っても鉄原ハイヴは近すぎる。
距離だけで言ってしまえば他のハイヴ間よりも九州から鉄原ハイヴの方が近いのだ。
となると、出来るだけ早期に鉄原ハイヴを攻略したいだろう。
問題はその後である。
ソビエトと中国のどちらのハイヴから潰しにかかるかだ。
それはそのまま統一中華戦線とソビエト連邦が支援を送る原因になる。
これにアフリカ連合やEU諸国が加わって、今や横浜基地には10個連隊に匹敵する規模が揃っていた。
この異常な集まりが各国の利権争いの結果だけだと思いたくないものである。


唯一目的の違うアメリカは、地球上のBETA殲滅後の覇権争いの一環だ。
みちるも知らされてないのだが、話をややこしくしているのは香月夕呼である。
凄乃皇はオルタネイティブ4の成果の一部なので、どうにかこうにか強権を発動させれば国連で接収できる。
国連で接収となると、アメリカのモノと言える。

問題はエヴァンゲリオンである。
『日本帝国国籍の非国連兵パイロットの操る、非国連軍産戦術機』
彼女は国連に提出する書類に当たり障りのないことを書いて見せたのだ。
上記のように書いてしまえば、『非国連兵パイロット』や『非国連製戦術機』に疑問は残るが、文面通りに読めば日本帝国の兵器である。
勿論、『日本帝国産戦術機』と書いてないのだから、アメリカは香月夕呼が秘密裏に作っていたものでないか調べてみたのである。
結果だけ言うとシロであった。
そうなると今度の問題は、ハイヴを単独で攻略するようなデタラメな兵器を一国が作り上げたとなると、10年後の地球の覇者は決まってしまう。
性能調査に産業スパイ、外交問題等、アメリカが日本に近づく必要は腐るほど思いつく。



「A-01部隊の最優先任務はXG-70と、その衛士である鑑の安全確保だ。次に基地施設の防衛。
問題の鑑だが、持病の発作で地下19階の特別医療施設に収容された」
まさか、と恐らく全員が思ったのだろう。
その空気がみちるにも伝わったのか、少しだけ彼女の声に優しさが混じる。
「安心しろ、命に別状はなしだ。ただ、下手に動かすのはよろしくないらしい。私達がしっかり守れば、鑑もXG-70も傷つかないさ」
了解!と全員の声が重なった。


「では、ブリーフィングを再開するぞ。BETAが旧町田市に出現と同時に、基地と県境の帝国部隊、並びに増援艦隊部隊が砲撃を開始」
各国からの砲弾の支援も潤沢で、砲弾だけなら甲21号作戦前の帝国軍と極東国連軍の備蓄分より上回る。
さらに贅沢なことにこの防衛戦に全砲弾を消費してしまっても、次の補給の目処は立っている。
続いて、みちるは各部隊の配置について説明していった。


「……我々A-01中隊は基地の中枢施設の防衛にあたる。他に第七大隊と増援部隊で2個大隊回されてくる。
それに帝国斯衛軍第19独立警備部隊も合流する。実質、施設防衛には1連隊以上配置されることになる。
最後になったがXG-70は鑑の入院で当然出られない。エヴァンゲリオンも特殊な機体でオーバーホールがまだ終わっていない。
これだけの戦力が用意されたんだ。この2体に傷でも付けたら笑われるぞ!絶対に死守だ!」
流石の夕呼も、シンジ関してはみちるに嘘を吐いた。
本人にやる気がなくて戦場に出ませんでは部隊の士気に関わってくる。
それが英雄なら尚のことだ。
「了解!」
隊長として盛り上げたみちるに負けないように、衛士達も答えるのだった。




朝一に鳴り響いた警報に正規の軍人ではないシンジはのっそりと起き上がった。
アラートが鳴ったのなら所定の場所に急行すべきなのだろうけど、その場所をゲストのシンジは知らなかったのだ。
まぁ、必要なら呼ばれるだろうと、欠伸を1つした彼は寝起きの頭を掻き毟りながら風呂場へと消えた。


シャワーを浴びた後、無遠慮にシンジは備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して口に含む。
カラスの行水というほどに短い時間の入浴だが、寝ぼけた頭を覚ますにはそれくらいで十分だった。
頭が冴えたところで、横浜基地が陥っている窮地を彼が実感を伴って理解できるワケもないのだが。
一応、武の講義を受けたのだから、横浜基地の危機は推測できる。
だが、いくら実践を経験したとはいえ、安全なエヴァンゲリオンに乗った戦いは彼を衛士と同じ緊張感を持たすには足らなかったのだ。
BETAの数が何万何十万いたところで、エヴァに乗った自分が負けるワケがないと思っている。
事実、佐渡島ハイヴは気苦労以外の苦労はしていない。
その気苦労にしたところで、気持ち悪い虫を殺すくらいの精神的苦痛である。

しかし、佐渡島のBETAの残りが横浜基地に攻め込んで来て、それを守りきれると思うほど楽観もしていなかったのだ。
この世界の機動兵器……、戦術機はどことなく初号機と似た顔をしているが、性能が全く違う。
そもそも値段が違うのだから仕方ないといえばそうなるのだが、光線級の照射くらいで致命傷というのはいささか貧弱すぎるのではないか?
ATフィールドをつけろとは言わないが、初号機は装甲だけでもラミエルの加粒子砲を数秒とはいえ耐えている。
ラミエルとは違い、威力は低いがそこかしこから狙ってくるレーザー属種相手に5秒で倒れるのは頭を抱えたい。
詳しくは知らないが、横浜基地にある戦術機は300機を下回っているって話しだし、佐渡島ハイヴの残りは何万いるかわからない。
少なく見積もっても1万や2万ではないだろう。

初号機一機でゲートの1つを守ることは可能である。
単純にATフィールドを張ってじっとしていればイイ。
佐渡島ではATフィールドを突破されてはいないのだから残党の奴らが突破できることはないだろう。
というか、シンジは今まで、ATフィールドを中和以外で突破されたことは無い。
極端な話、彼が初号機の中にいられる間中突破されることはないと言える。
だからといって、初号機だけで横浜基地の全ゲートを守るには体が足りないのだ。
それなら残りのゲートを戦術機で守れるかと言われたら、恐らくはNo。
横浜基地に300機の戦術機があったとして、メインゲートを初号機が守るとする。
Aゲートに150機、Bゲートに150機。
守れる気がしないのだ。

かなりの丼勘定で、しかも希望的観測で戦術機は300機いるとしても無理そうな気配が漂っている。
実際にはゲートにのみ戦術機を配置するわけではない。
かといってシンジの丼勘定には戦車や航空戦力、機械化歩兵などが抜け落ちているので、必ずしもマイナスだけではないのだが……。
どちらにせよ現時点で4万を超えるBETAが迫ってきているのに戦車が増えて航空戦力があって、
機械化強化歩兵がいたところで焼け石に水なのは間違いない。

自分にとって必要な香月夕呼だけは最低でも確保して逃げるという選択をどこでするべきか……。
状況を全く知らない彼の考えはそこにたどり着いていた。



「碇さん……、お願いがあります」
思案していると案の定部屋に呼びに来た増援要請に、素知らぬ振りをして、どうしたのかとシンジは問いかけた。
「……横浜基地の防衛に手を貸してください」
うーん、と難しい顔をして、シンジは唸って見せる。
BETAと戦うのは相変わらず嫌だけど、今の現状では戦わざる得ない。
ジリ貧になって慌てて出るよりも、最初から出撃していたほうが精神的に楽なのだ。
かといって、ココで簡単に了承していては香月夕呼にイイように利用されるのは見えている。
となると、必要なのは副司令の撤退時のサポートの仕事に就けるようにすることで……。


そこまで考えたところで、彼は目の前の少女が不機嫌そうなオーラを出していることに気が付いた。
マズッた……。
「……副司令は逃げません」
下から睨みつけてくるESP少女を見てシンジは額に手を当てるのだった。






[5217] 続2
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2013/08/31 04:21

そういえば、とルイズは彼のベットでだらけたまま呟いた。
まるで、そこにあるのが当然とばかりにシンジの枕は腕の中でクッションの代わりにされている。
「なに?」
椅子の背もたれに体重を預けたまま、彼は興味がないのかやや投げやりに問いかけた。
「……もう1人の虚無の担い手ってどこにいるのかな、って思っただけよ」
構ってくれない、つまらない、とルイズは不貞腐れたようにそっぽを向いてそれだけ答えた。

「もう1人?」
振り向いた彼は眉を顰めたまま、少しだけ深刻そうな顔を見せる。
「アレ……?アンタは知らなかったんだっけ……?」
彼がツレた嬉しさよりも、それをシンジが知らなかった事実にルイズは驚いた。
「そっか、知らないのよね……」
う~ん、と悩むような素振りを見せたルイズは、1人納得したように呟く。
たしかに、その話をデルフリンガーとしたのは彼がいなかった時だった筈だ。
だけど、彼女が納得したところで、シンジが理解できるワケもない。
振られた話にテキトーに相槌だけ打つには、聞こえた単語が物騒すぎるのだ。

「で、そのもう1人ってのは何なの?」
寝転んでいた体勢からベットの上に座り直したルイズは、口を開く。
「ええっと、虚無の担い手は、始祖ブリミルが開いた王国の数と同じだけいるらしいのよ。
トリステインの担い手はわたし。ガリアの担い手はジョセフ王。ロマリアはヴィットーリオ教皇って具合ね。
で、それならアルビオンの担い手がドコにいるんだろうって話なんだけど……」
そこで言葉を濁したルイズにシンジは不思議そうな顔を向けた。
そんな彼が言いたいことを理解したのか、ルイズは続ける。
「でも、それがホントって確信なんて何もないのよ。情報源だってボケ剣だし」
当然、この部屋にはボケ剣と呼ばれた彼もいるわけで。
「おい!娘っ子!!誰がボケ剣だって!!!」
カタカタ、どころか、ガタガタとデルフリンガーは柄を鳴らして怒鳴り散らした。

彼の怒鳴り声が気に障ったのか、ルイズは喧嘩腰のままデルフリンガーに吐き捨てる。
「うっさいわね!このボロボ剣!!」
「ぼ、ボロボ剣……。言いやがったなこのペッタン娘!!」
そうやって言い合うご主人様と愛剣に苦笑いを浮かべた後、
面倒ごとにならなければイイけど、とシンジは目の前の面倒ごとから目を逸らした。




-続2-



「妖精探し?」
うん、とルイズは手に持った羊皮紙を使い魔に見せ付けた。
「姫さまも四人目の担い手が気になるらしいのよ」
ふ~ん、と見せられた羊皮紙を流し読みしたシンジに彼女は続ける。
「それで、アルビオンとの大戦のときに竜騎士が助けられたっていう妖精が虚無の担い手じゃないかって睨んだらしいの。
で、虚無の相手が出来るのは虚無だけだろう、ってわたしのところに命令が下されたのよ」
尤もらしく、ルイズは建前を語った。

本当のところはシンジへの報酬の前渡というか、分割渡しというか……、兎に角、彼への褒美の一部なのである。
まぁ、報酬の内容を決めたのはアンリエッタなのだから、それがシンジにとって報酬になり得るかは不明なのだが。
女王の勅命と言えば聞こえはイイが、今回の任務に成果など全く期待していないのである。
確かにルイズの言ったように四人目の担い手が気になることは確かだろうし、虚無の相手を普通のメイジにやらせるのは酷というものだろう。
だが、そもそも妖精がいるなんて誰も信じていないのだ。

アンリエッタの言葉を借りるなら。
「バカンスだと思って楽しんできなさい。当然、わたくしからの命令ですので費用はトリステインで負担しますわ」
とのことだ。

当然、最初はルイズも反対したのだ。
しかしながら、アンリエッタは頑なに自らの考えを曲げることをしなかった。
最終的にはルイズが逆らえないようにするために、アンリエッタは凛とした声で命令を下したのだった。
「ルイズ・フランソワーズ。曲がりなりにも女王の決定に逆らおうと言うのですか?」
いつもより強気なアンリエッタの態度に、ルイズも諦めることにした。
考え方を変えてみれば、女王陛下の命令でルイズが損することなど何もないのだ。
このところ、何かと構ってくれない使い魔と一緒に旅行が出来る。
旅先で開放的な気分になれば嬉しいハプニングも起こるかもしれない。
結構アレな想像をしたルイズは、アンリエッタに向かって跪いた。
「喜んでお受けしますわ。姫さま」
この件で褒美を貰うはずの彼の意思は全く考慮されていないのだ。
仮にこの事実をシンジが知ったのなら、褒美を与えられるはずの自分の意思が全く考慮してない点に首を傾げることになるだろう。
全くもって、異世界とは彼にとって理解しがたいものなのだ。





「で、どうなんだい?そいつは使えるようになるのかい?」
慣れた手付きでライフルを弄繰り回すレイを後ろから覗き込むように見ながら、マチルダは言葉を発した。
「……発射に問題はないわ。命中精度の微調整は撃ちながらじゃないと出来ない」
そうかいそうかい、とマチルダは満足気に頷く。
ハルケギニアにライフルはなくても、銃はあるのだ。
だから、彼女もレイの言葉が意図していることくらいは分かる。
「それで、微調整にはどれくらいかかるんだい?」

「……調整自体は直ぐに終わるわ」
レイの言い方に少しの違和感を感じて、マチルダは不機嫌さを含ませた声を出す。
「何だい……?気でも乗らないのかい?」
彼女の言葉にレイは首を横に振ることで答えた。
「……弾がない」
「弾なら隣の部屋に置いてあるだろう?」
壁を指差しながらマチルダはレイにそう告げる。
「違う」
要領を得ないレイの受け答えに、マチルダの声は荒くなった。
「何が違うってんだい!?」
「アレはライフルの弾じゃない」

工芸品の失敬先、ロマリアの人間ですら、弾丸の区別がつくのはテスト射撃を行った極一部の人間だけなのだ。
その判別を元学院秘書兼盗賊とはいえ、マチルダに行えと言うのも酷な話だ。
つまり、フーケが盗んだライフルは、装填済みの弾を打ち切ってしまった今、鉄の棒と変わらないワケだ。
その事実を理解した彼女が吐き出した重い溜息は、ノックの音にかき消された。
「……何だい?」
返事の代わりに開けられたドアから、いい加減見慣れた男が顔を覗かせる。
「食事の準備が出来たそうだ」
男の言葉を聞いたレイは、無言で椅子から立ち上がった。

「レイ。わたしとこいつは片付けてから行くから遅くなる、って言っておいておくれ」
コクン、と頷いたレイが扉を閉めるのを確認して、マチルダは男に耳打ちする。
「どうやらコレは使えないらしい」
ふむ、と眉を顰めた男は、一度考えるような素振りを見せた。
「そうか……、まぁ、それならそれで構わない」
そんな男の仕草が気に食わなかったんだろう、マチルダは苛立ちを十二分に声に含ませて問い詰める。
「アンタ、まだわたしに隠し事をしてるんじゃないだろうね?」
あの娘に手を出しちゃただじゃおかない、と彼女は瞳は語っていた。
流石というか、なんと言うか、この男は早々にあの娘に目をつけているのだ。

「あぁ、大した事じゃない。前に僕が言ってたことが確信に近づいたと思っていただけさ」
マチルダは目を細めて男を威嚇するように睨みつける。
「……契約料はわたしの分しか貰ってないんだからね」
彼女の言葉を聞いて男はニヤリ、と笑って見せた。
「なら、君の契約料と同じだけ払えば、あの娘も協力してくれるのかな?」
「冗談じゃないわ!」
吐き捨てるようにそう言ったマチルダは、口を閉じることをしなかった。
「わたしの目が黒いうちはあの娘には手を出させないからね」
「何、問題ないさ。今の僕はあの娘よりもう1人の方に興味があるからね」
前に言った通りだ、と男は付け足す。
それはそれで気に食わないが、あの娘の安全を優先して、マチルダはそれを口に出すことを諦めた。




シンジとルイズがラ・ロシェールの宿に入ったのは、彼女がアンリエッタからの命令書を彼に見せてから丁度一週間が経った日の夜だった。
「こんなにのんびりでイイの?」
風呂上りで乾ききっていない髪をゴシゴシとタオルで拭いながら、シンジはルイズに声をかけた。
「仕方ないでしょ、アルビオン行きの船は月が重なる晩なんだから」
そうだけど……、と反論しようとして、シンジは言葉を飲み込む。
ルイズの言うことはもっともだったからだ。
ただ、彼が感じている違和感ももっともと言えばもっともだろう。
なにせ、劇場があれば見物して、花畑があればはしゃいでみる。
滝を見つければ涼んでみて、名物のものには手を伸ばす。
ラ・ロシェールまでの道程はまるで観光でもしているんじゃないのか、というくらいゆったりしたものだったのだ。

「そんなことより、明日は北にある露店を見て回りましょうよ」
そう言って、ルイズは彼の腕を取ると下から覗き込むように見上げて見せた。
「夕方までだからね?」
明日の夜には宙に浮いているはずなのだ。
だから彼女は、シンジに了承の旨を伝える。
「分かってるわよ」
それから嬉しそうに腕を引っ張ると、早々にベットの中に潜り込むのだった。




PCが逝きそうなので書き溜めてた分を……






……ついて来て下さい。
そう言われてシンジが連れてこられたのは司令室だった。



ご苦労だったわね、と労いの言葉をかける夕呼と一言二言言葉を交わすと、霞はそのまま退室する。
さて、と前置きしてから、夕呼はシンジに向き直った。
「状況は見ての通り。正直、ココには戦力を遊ばせておく余裕なんて全くないわ。戦いなさい」
シンジに対して霞から情報を聞いていると先手を打つ。
00ユニットを生きている反応炉を、凄乃皇を置いて香月夕呼が逃げ延びてしまったら、オルタネイティブ4は完全に頓挫してしまう。
それに横浜基地の防衛を放棄して、至急逃げなければならないというほど防衛の可能性は低くない。
いや、例え数%の確率しかなくても香月夕呼は逃げるワケにはいかないのだ。
凄乃皇も00ユニットも又は作れない。
ノウハウも実績もあったとしても、人類にそんな時間的余裕はないのだ。
横浜基地が落ちると言うことは、オルタネイティブ4が失敗すると言うこと。
そうなったら、後はオルタネイティブ5という名のG弾の集中運用が待っているであろう。

「つまり、協力して欲しかったらココを守れって事ですか?」
「有り体に言えばそうね」
実も蓋もない言葉に実も蓋もない返答なのだから、余裕が無いというのは嘘ではないだろう。
初めての腹を割った話がこんな話なのは本当に彼にとっては救いがない。

「……貸しが1ですからね」
憂鬱な気分を隠そうともせずに、シンジは長い溜息をついてそう言った。
「ええ、イイわ」
逆に窮地のはずの夕呼は余裕を持って貸しを受け取る。
「5……、いや6時間。ゲート1つを初号機だけで守れます」
「その言葉にハッタリは?」
「敵の全滅は無理ですが、ゲートにBETAを通さないことなら可能かと。倒すのなら通り抜けられるのを覚悟しなきゃいけませんが……」


ほぅ、と夕呼は唇を歪めた。
彼女が英雄様に期待していた役割は、少しでもBETAを減らすことだったのだ。
より正確に言うならば、今出来ることはそれくらいだと考えていた。
彼女の中での初号機は拠点防衛をするイメージはまるでない。
単独で敵陣を突破する能力と、自陣を守る能力は別のものなのだ。
勿論、防衛の実績がない彼の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないのだから、彼からの提案通り単機では守らせない。
まぁ、単純に今の配置を簡単には動かせない。
夕呼が作戦指揮を執るわけではないし、何よりも今から作戦立案をしている時間がないのである。

だったら、夕呼のすることは決まっている。
一番損傷して貰っては困る部隊がいるところに、エヴァンゲリオンを配置するのだ。



異世界8



外に出て、配置についたはイイが、シンジの顔は段々嫌そうに歪んでいく。
コード991とか、陽動がどうとかいう不穏な通信が焦った声で聞こえてくるのだ。
というか、既に目の前にはBETAさんがいらっしゃるわけで……。
はぁ、ヤダヤダと溜息を1つ。


「ちくしょう!こいつら地下からッ!!」
聞こえてきた声と同時に、視界の端に武の顔が映る。
強化装備のヘッドセットに搭載されている高解像度網膜投影システムをエヴァ用のヘッドセットにもつけてもらったのだ。
これはちょっとイイかも……、なんて変なところで感心してみる。
「第1滑走路の被害甚大!」
同時に何人かが己を鼓舞するような言葉を放って、弾丸をばら撒いていく。


「速瀬、第七大隊の連中をカバーしろ!」
「了解ッ!アイツらには後でなんか奢ってもらわないとね!B小隊行くわよ!」
撃てば響くような反応。
了解ッ、と声が重なったのを合図に、水月、武、冥夜、慧のB小隊はBETAの群れに飛び掛る。

軍人の戦闘って凄いんだ……。
と、シンジはやっぱり何処かズレた感想を抱く。
こんな風に訓練された軍人みたいな動きが出来れば、ミサトさんももっと指揮がとりやすかったのかぁ……。
なんてどうにもならない感慨に耽ってみる。

「碇、あそこの一角を崩せるか?」
ちょうど、みちるからマップデータが送られてきた。
赤色が点滅している所がターゲットだろう。
「ゲートの護衛は?」
「任せておけ。それより、大物ばかりで悪いな」
出来ないと言わなかったことを了承と捉えたみちるは、そう言って彼を送り出した。
「アイツは……、他よりはマシなんで大丈夫です」
要塞級と呼ばれているソイツは、シンジの中では戦車級や要撃級などと比べると随分マシに分類されている。
それに大物といわれても、サイズだけなら使徒のほうが大きいものもいたのだ。


エヴァンゲリオンは足元に落ちていた突撃級の前面装甲だと思われる欠片を拾い上げると、妙に人間っぽい動作を見せる。
ポンッポンッ、と掌で拳大のそれを重さを確認するように2回跳ねさせた。
石で水を切る時と同じ投げ方をした初号機は、目標の一角である要塞級の頭部にそれを打ち当てた。
だが、驚くのはコントロールの良さなんかではない。
とんでもない移動速度を見せたエヴァンゲリオンは攻撃を受けた要塞級が倒れるよりも速く要塞級の傍に移動していた。
そして、それの足を持ち、自身より重いであろうそれを軽々と片手で持ち上げて見せたのだ。
そのまま横に振るったそれは、お隣の要塞級を巻き込んで吹っ飛んでいく。
巻き込まれた要塞級は死んでないかもしれないが、近くにいた要撃級と小型種は確実に絶命している。

「あッ……、すっぽ抜けた」
彼の言葉が真実なら、むしろすっぽ抜けた方が結果オーライなのではないか?
エヴァンゲリオンの戦いを見ていた衛士達は、そう思わずにはいられない。
「あの糸みたいなヤツを出してくれたほうが便利なんだけど……」
もしかして、触手のことでしょうか?
そう思いついた衛士は、この戦場に幾人いただろうか。
彼らの思い出したエヴァンゲリオンの戦闘データには、要塞級の触手を捕まえて振り回す、非常識極まりない光景が写っていたのだ。


「よしッ」
吹き飛ばした方とは逆側の要塞級から伸びてきた触手を捕まえた英雄様はそう呟いた。
捕まえた要塞級の足に向かって、豪快な足払いを見舞うと、バランスを崩した要塞級が宙に浮く。
後はもう、その要塞級は命が無くなるまで地につくことは無い。
宙に浮いた要塞級は、台風のように初号機を中心に回り始める。
当然、近場にいたBETAを巻き込んでだ。
要塞級の肉……、とでも表現すればいいのだろうか、柔らかい部位に硬い突撃級の頭や要撃級の前腕が突き刺さる。
刺さるたびに、要塞級の重さは重くなる。
回るたびに、要塞級の速さは加速する。
重さと速さに耐え切れなくなった触手が千切れるのに、そう長い時間は必要なかった。

あぁ~あ、とシンジが飛んでいった要塞級を惜しむような声を出したとき、衛士の士気は一気に高まる。
「流石エヴァンゲリオンだ!!」
「俺達もやれる!やれるぜ!!」
「やるよ!やってやるよBETAども!」
色んなところで上がる雄叫びを、原因のシンジは呆気に取られて見るハメになった。



「流石だな。要塞級くらいじゃないと歯ごたえが無さ過ぎると言うだけはある」
先ほどのシンジの言葉を意訳して、みちるは感心して見せた。
「……そんなこと言いましたっけ?」
きょとんとした表情のまま、見に覚えのないことを言ってくるみちるに、彼は問いかけた。
「さっき、アイツはマシだから大丈夫と言ってただろう?」

「……ああ、それは見た目の話ですよ。要撃級とか戦車級とか気持ち悪すぎるでしょ!」
少しの間の後、納得がいったのか、シンジは彼女の間違いを訂正してみせる。
「……要撃級と戦車級はこっちで面倒を見よう」
気が抜けそうになる返答に、みちるは怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、それを押さえつけた。
恐らく大物なのだろう……。
ガツガツと削られていくBETAを表す赤いマーカーを見て、みちるはA-01部隊の指揮に専念することにした。









[5217] 続3
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2013/08/31 04:22



「どうやら、仕事が入ったらしい」
送られてきた封書の中身を確認したワルドは、そう言って部屋の片隅に掛けてあった帽子に手を伸ばした。
彼の動作に合わせて、マチルダも立ち上がる。
一瞬寂しそうに表情を曇らせた妹に気付いて、マチルダは声をかけた。
「大丈夫だよ。いつも通りちゃんと帰ってくるさ」
そう言った彼女もスープの最後の一口を飲み込むと席を立つ。
「レイ。この娘を頼むよ」
「ええ……。いってらっしゃい」
いつものように淡々と返事を返した後、レイは2人を送り出す言葉を投げ返した。
「もぅ……、マチルダ姉さんも、ワルドさんもレイも、みんな勝手に決めちゃうんだから」
わたし怒ってます、とティファニアは頬を膨らませる。

彼女の子供っぽい動作に、苦笑いを浮かべたまま、ワルドはゆったりと一礼して見せた。
「また、君の姉さんをお借りするよ」
まるで姫君にするかのようなその動作に、ティファニアの頬は僅かに赤くなる。
恥ずかしさを隠すために、彼女は膨らんだ頬のままそっぽを向くことにした。
「それじゃ、行ってくるよ」
少しだけ棘が混じった声で、マチルダは1人で扉を開けて出て行ってしまう。
「おい!待ってくれよ」
慌てて後を追うワルドを見て、ティファニアは小さく吹き出した。


出て行った2人の姿が完璧に消えるのを待って、ティファニアは席を立ち上がった。
開けっ放しのドアの前に立ったティファニアは、くるりと振り向いて、後ろ手で扉を閉める。
それから悩ましげな溜息を吐いて見せた。
「ダメね」
「どうしたの?」
はぁ、と再び溜息を吐いた彼女は、レイに向かって事情を説明する。
「また、ワルドさんにドキドキしてしまったわ……。マチルダ姉さんがいるのに……」
自己嫌悪でもしているのか、ティファニアはそう言って自身の頬に手を当てた。



続3


のんびりとした旅は、アルビオンに降り立ってからも変化を見せなかった。
空の大地に足を着いてから、今日で3日目になるのだが、ルイズは相も変わらず観光に精を出している。
だが、そろそろ、使い魔の目が気になってきたのだろう、建前の命令書をジッと眺めた。
それから、隣に広げた地図を指差すと彼女は彼に命令を下すのだった。
「明日はウエストウッドの森の方に行ってみるわよ」
本当はもう少し遊んでいたい。
そんなルイズの失敗は、シンジに事情を話さなかったことだろう。
アルビオンに着いた今、姫さまから頂いたご褒美の休暇だ、と話していれば、彼ももっとのんびりしていたハズなのだから。


ウエストウッドの森に入ってから、直ぐに2人は声をかけられた。
「碇君?」
青色の髪に赤色の瞳。
碇シンジが忘れられるはずのない人がそこにいた。
「……綾波!?」
レイはもう一度、いかりくん、と呟くとシンジの胸へ飛び込んだ。

逢いたかった、無事だった、寂しかった、不安だった。
逢えた、嬉しい、嬉しい、嬉しい。
自身の感情を口に出来るほど、綾波レイは言葉を知らない。
よって、必然的に彼女はいつもと同じくらいの量しか口には出せなかった。
「碇君……。良かった……」
そう呟くと、レイはシンジの胸に頭を預ける。
服越しに伝わる心音は、彼がここにいることを教えてくれるのだ。
自分の頭の上をゆったりと動く彼の手の心地よさに、レイは自然に瞳を隠した。

安心する、ポカポカする、この状況を綾波レイならどう言い表しただろうか。
兎に角、幸せであることは間違いない。
「……ちょっと、アンタ!!離れなさいよ!!!」
そして、幸せなんてのは長く続かないものなのだ。
何のことはない、愛しの彼に抱きついた不届き者をルイズが引き離したのだった。


「……あなた誰?」
自らをシンジから引き離した元凶に向かってレイは、問いかけた。
その声が若干不機嫌そうなのは、仕方がないだろう。
「アンタこそ!誰になにやってんのよ!!」
しかし、不機嫌さで言えばこちらも負けてはいなかった。
シンジとレイの間に無理やり体を滑り込ましたルイズは、彼を守るように両手を広げると、突然現れた不届き者を威嚇する。

「あなた誰?」
ルイズに怯むことなく、レイは一歩踏み出して、質問を繰り返した。
その程度の威圧感に怯むワケにはいかない、とルイズは名乗る。
「ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール。シンジの主人よ!」
勿論、自己の優位を主張することも忘れない。
主人という主張が納得行かなかったのか、レイは小首を傾げて見せた。
「何の因果か、この娘に召喚されちゃってね。今はルイズの下で使い魔とかいうのをやってるよ」
使い魔の言い草に引っかかるところは合ったのだが、ルイズはあえてそれを無視することにした。
何故なら、そんなことより、可及的速やかに解決すべき問題があったからだ。

「まぁ、そう言うことでわたしのシンジに勝手に、だ……、寄りかかるのは止めてくれるかしら?」
抱きつく、と言いかけてルイズは慌てて言い直した。
抱きつかれた後の彼の対応を認めるわけにはいかなかったからだ。

妙な迫力を持って睨み合う2人にシンジは、まぁまぁ、と割って入った。
「僕としては2人に喧嘩されると困るんだけど……」
自身を挟んで、互いから目を離さない彼女らに、シンジは呆れたように溜息を吐く。
それから、ルイズの肩をワザとらしく掴んでみせる。
視線を彼女の高さまで落とした彼は、じっくり3秒ほど見つめた。
そんな彼の仕草に、ルイズの頬は軽く染まる。
それだけ確認した彼は、くるりと反転すると、レイに向かって手を伸ばす。
「こちら、綾波レイさん。僕の同僚。ちょっと人見知りの気があるけど、仲良くしてね?」

きょとんとしたルイズに未練を残さずに、シンジはレイの方に一歩近づいた。
今度は、ルイズの方に手を伸ばす。
「こちら、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールさん。さっき言った通り、僕のご主人様」
こくん、と頷いたレイの手をシンジは掴んだ。
空いている右手でルイズの手を掴んだ彼は、2人を無理やり握手させた。



「折角、昔の同僚と会えたから、僕としてはこんなところで立ち話はしたくないんだけど……」
宿にでも移動しない?とシンジは続けた。
「……それなら、イイところがある」
反転したレイは、スタスタと歩いていく。
「ルイズ、行くよ」
レイなりのついて来い、ということを理解しているシンジは、そう言ってルイズの手を引いた。


「で、どこに行くの?」
ルイズが歩き出したのを確認したシンジは、彼女の手を離して、レイの横に並ぶ。
「……私のご主人様のところ」
今度もお揃い。
エヴァのパイロットじゃなくても、碇くんと一緒、とレイは言わなかった。
何だかそれが少し恥ずかしかったのだ。

余人には分からぬ程に頬を染めたレイは、シンジの次の言葉に期待した。
ちょっとだけ意地悪な彼なら、お揃いだね、と言って笑ってくれるだろう。
期待を込めて彼の方を窺ってみれば、予想に反して碇君は難しい顔をしていた。
「……碇君?」
彼のご主人様も同様に難しい顔をしている。
「ああ……、ゴメン。ちょっと気になることがあって……」
何だか隠し事をしているような様子の彼に、レイは俯き気味に歩を進める。
「……そう」
自身では何故だか分からないが、レイは落ち込んだような声を出したのだった。


そんなレイに気付かれないように、ルイズはシンジの裾を引っ張る。
「もしかして、彼女の主人が虚無の担い手かしら?」
まさか、お気楽旅行で建前の目当てに当たるとは思わなかった、とルイズは内心で溜息を吐いて見せた。

「……そうじゃなければイイんだけどね」
彼の方も諦めたように息を吐き出して見せる。
嫌な予感が無視できないレベルで警告を鳴らしているのだ。
面倒ごとの範囲で済めばイイけど……、と彼は胸元のロザリオを撫でた。





PCが逝きそうなので書き溜めてた分を……







「……話を、聞いてください!全部、分かったんです」
地下で浄化処置をしていた筈の00ユニットは、司令室に入るなり荒い息でそう言った。
申し訳なさそうな顔をして、霞も続いて入ってくる。
「なにやってるの!?まだ浄化処置は終わってないはずよッ!?」
珍しく、夕呼が焦ったような声を出す。

「ピアティフ!彼女を処置室に連れて行きなさい!」
それでも、夕呼は冷静に自身の腹心に命令を下す。
ピアティフ中尉は短く返事をすると、純夏の声をかける。
「さあ、鑑少尉……、行きましょう」


「ダメです!聞いてくださいッ!!」
立っているだけで満身創痍に見える純夏は、それでも夕呼相手に一歩も引かなかった。
「……あなたに5分だけ上げるわ。5分過ぎたら、無理やりでも処置室に戻ってもらうから」
純夏の剣幕に連れて行くより聞いたほうが早いと感じた夕呼は、彼女に譲歩することにする。
それでなくても、00ユニットの彼女が言っていた、全部分かった、は聞き逃せないのだ。


「あと数時間なんですッ!それだけ持てば、エネルギーが尽きた個体から逐次止まっていきます」
彼女の語る言葉は、この戦闘が始まってから初めての吉報。
だが、基地司令であるパウル・ラダビノッドと副司令である香月夕呼は苦い顔をする。
「数時間か……」
「いささか、厳しいと言わざる得ない状況ですわね」
聞かされた情報から2人の考えたことは同じだった。
防衛部隊はどこも働きすぎなくらい良くやっている。
だが、希望的観測で見ても防衛線を維持できるのはもう2,3時間が限度だろう。

「それはッダメです!」
上官の思考をリーディングした彼女は、彼らの打つ手を切って捨てる。
「BETAはまだ、光線級を温存していますッ。だから、今充填封鎖しても直ぐに破られてしまいます」
「……彼らが切り札を温存していると言うのか!?」
迂闊だった、と夕呼は忌々しげに唇を噛む。
今回の戦闘ではBETAに裏を取られてばかりいたのに、未だに彼らの戦術を甘く見ていたのだ。

「司令、これは行幸と考えるべきです。向こうの切り札を知ることができたのですから」
しかし、だからと言って簡単に相手の切り札を殺りにいくこともできない。
レーザー属種が隠れているのは、恐らく要塞級の中であることは推測できるが、どの要塞級が隠しているかを探すことは難しい。
判別できたとしても、それを殺るために防衛線を薄くするのは賭けの一種だ。
時間を稼げばこちらの勝ちと言う状況で、失敗したら詰むという賭けを実行するにはまだ早い。

ここからは持久戦。
BATA相手にぞっとする戦法だが、先に動いたほうが不利になるなら受けるほか無い。
「司令、エヴァンゲリオンと斯衛部隊を動かしますわ」
それでも、持久戦を少しでも有利に進められるように有効なカードを切る。

「……なるほど。帝国斯衛軍第19独立警備部隊とエヴァンゲリオンは各戦線の押し上げに当てろ!」
彼女の意図を汲み取ったラダビノッドは張りのある声で指示を飛ばした。




異世界9





はぁ、とシンジは上がらないモチベーションで溜息を吐く。
元々の防衛位置など最早エヴァンゲリオンには関係ない。
落ちかけの第一滑走路の支援に行けだとか、Bゲートを守れだとか、とりあえず敵の数を減らせだとか……。
刻一刻と変化する状況に併せて指示を飛ばされているのだが、シンジにしてみればイイように使われている以外の何でもない。
これまで屠ったBETAの数は分からないが、少なくともこの戦場で一番倒していることは間違いない筈だ。
要塞級のモーニングスターにしても10本以上使い潰している。

それでも主要な防衛ポイントを1つも落としていないのは、エヴァンゲリオンの活躍だけでは成り立たない。
碇シンジが好きに動けるのもA-01部隊がメインゲートをしっかり守っているからである。
ウンザリするくらいの物量相手に、低いながらも彼が士気を保っていられるのは、攻勢に出ているからだ。


エヴァンゲリオンと同じように、戦場を縦横無尽に駆け回る武御雷の活躍も忘れられない。
赤と白のそれらは、帝国斯衛軍第19独立警備部隊の機体である。
XM3搭載型で唯一の武御雷部隊の彼女らは、他の隊と一線を画すどころの働きではない。
機動性、攻撃力、戦果、どれをとっても別次元だ。
他の戦術機と比べて差が無いのは、弾数や推進剤の量くらいという化け物っぷり。
斯衛の、武御雷の面目躍如と言ったところか……。


旧町田市からのBETA増援が、シャットアウトと言っていいほど押さえられている点も特出したい。
レーザー属種からの迎撃が全くないとは言え、驚異的な数値と言える。
砲弾の備蓄がゼロになるまで撃ちつくせ、という指示を出した日本帝国の英断に感謝するべきだ。


「碇中尉ッ、Bゲート前の戦線を押し上げる!手を貸せ!」
「了解!」
赤い機体から入ってきた通信に、シンジは乱暴に答えると初号機を走らせる。
下がりかけたBゲート前の戦線に割り込むとATフィールドを張った。
斯衛部隊はそれに併せてすかさず、集結していたBETAの背後を取る。
「お前ら、エヴァンゲリオンが来てくれた!補給しとけよ!!」
初号機が戦線に割って入った途端に、部隊長は各員に補給の指示を飛ばす。

「ありがてぇ!」
戦場に置いて、唯一安全なこの時間は、補給をするにはうってつけである。
補給を安全圏で行えるなど、前線の衛士にとっては夢のような出来事なのだ。
これだけで隊の損耗率が圧倒的に違う。
隊が損耗しないということは、防衛線を維持する時間も増加することに繋がる。
おまけに下がってきた防衛線はエヴァンゲリオンと武御雷が上げていく。
これで士気が上昇しない衛士などいないのだ。







「くそッ!BETAの死骸が多すぎる!」
独特の機動で山になった戦車級に弾薬を撒き散らす。
次いで要撃級の尾節を長刀で切り飛ばすと、そいつの前腕を踏み場にして噴射跳躍。
宙返りしながら弾薬を撒き散らし、着地地点にいた要撃級を長刀の一撃で薙ぎ払った。
「白銀、ぼやいてる暇があったら、一匹でも多くのBETAを叩きなさい!」
独特どころか、最早神がかり的な機動を見せる武に、B小隊の小隊長の水月が怒鳴る。

「いつまでもッ!アンタだけが出来る機動だと思わないことねッ!!」
力の入った声と共に彼女は武がやって見せた機動を再現する。
「うぉ!?スゲェ!!」
純粋に驚いた声を上げた彼を、彼女は気に入らない。
「何よ、オリジナルで見せた俺はもっとスゲェ、とでも言いたいワケ?」
武としては、元々いた世界でのバルジャーノンがあってこその機動であり、この世界の人間に出来るだなんて思ってもみない。
現に任官前から訓練を共にしていて、晴子に白銀っぽいと称された同期の連中の機動も武の変則機動に至っていないのだ。

「いや……、まさか見ただけで真似されるとは思わなかったですよ」
「帰ったら、シミュレーターで勝負よ!」
こんな時でもいつものように彼女は勝負に拘る。
いや、こんな時だからこそ、自分達のプレッシャーを和らげようとしているのだろう……。
やっぱりスゲェ、と武は思う。

「今回切り抜けたら、そんな余裕ないですよ」
「まぁ、そう言うな白銀。同じ機動をしても、倒したBETAの数はお前のほうが上だったんだ。速瀬中尉はそれが悔しかったんだろう」
いつものようなやり取りの後、いつものように美冴が焚き付ける。
「そんなことないですよ。たまたま……、俺の射線軸にBETAが多くいただけですって!」
「そう思うんだったら、勝負しなさい!」
得物を狙うような顔をした水月に、武はうっ、と声を漏らす。

「武!中尉とお話も良いが、注意が散漫になっておるぞ!」
エレメントの冥夜が白銀機に迫っていた要撃級の前腕を切り落とす。
「悪いッ!冥夜。助かった!」
「中尉を超えるのは、まだ無理だね」
横から慧がチャチャを入れた。
彼女のこういうところは、訓練兵時代から変わっていない。

しかし、慧の言う通りで、水月も美冴も無駄口を叩いていても動きに淀みは無い。
やられそうになるなどもってのほかだ。
当たり前だろ、俺じゃあまだ勝てないねぇよ、と思わないでもなかったが、それよりも彼は敵に集中する。
先程、冥夜の手を煩わせたばかりなのである。


「白銀!そんなところでぼやっとしてんな!私達B小隊じゃあエヴァンゲリオンの撃墜数に遠く及ばないのよ!それどころか、このままじゃあ、
A-01中隊全体での撃墜数だって抜かれちゃうわよ!私は気合であんたの機動を真似したんだから、あんたは根性でもう一段階上がって見せなさい」
再び水月に怒鳴られる。
「中隊全体の撃墜数に追いつくって、んな無茶苦茶なッ!?」
「いや、嘘ではない。エヴァンゲリオンが遊撃部隊として独立してから、碇の撃墜数は加速度的に増えているぞ」

みちるが補足したことで、武は己の至らなさにもう1つ気がついた。
自身の戦闘に必死になって、他の防衛線の状況まで見る余裕がないのだ。
メインゲート前から斯衛部隊とエヴァンゲリオンが消えて、結構な時間が経っているセイでA-01部隊に掛かる負担が増えているのはイイワケにはならない。
確かに負担は増えているし、武のポジションは突撃前衛で他のポジションと比べればBETAとの接触が多い。
だが、みちるは半数を新人が占める部隊を手足のように動かしつつ遊撃部隊の動向に気を配っているし、
水月は自らは突撃前衛長として武より多くのBETAを打ち倒しながらのことである。
しかも、A小隊とB小隊は彼女達以外は全て新任なのだ。
にも拘らず、今のところA-01中隊に戦死者どころか機体を損傷したものは無い。
仮に自分がそれだけの仕事を兼任するとしたら、体が三つは欲しいと思うことになるだろう。

そこまで考えて、彼はもう1つ気が付いて思わず声を上げる。
「独立してから撃墜数が増えているんですかッ!?」
自分達は……、A-01中隊は世界最高峰の実力を持った中隊だという自負があった。
シミュレーター訓練ではあるが、ハイヴ攻略も可能な実力を持っているのだ。
にも拘らず、エヴァンゲリオンは単機になった途端に邪魔者がいなくなったように撃墜率を上げていく。
いや、ここにいた時は精々1小隊程度の戦果だったのだから、事実そうなのであろう。
だが、自身が口に出しかけた言葉は口にするべきではない。
理性と悔しさが相まって、武はきつく唇を噛んで我慢した。


「……理解したか?」
みちるの言葉で、武は彼女が自分と同じ考えを持っていることに気が付いた。
「イイか、我らA-01中隊はシミュレーションとはいえ、ハイヴ攻略を成功させているッ!その能力に置いてはエヴァンゲリオンに引けを取るものではない!
訓練の成績が伊達ではないことを見せつけてやるんだッ!」
「了解!」
各員揃った返事を見せる中で、彼はレバーを握る力を意識して強めた。

……俺に足りないところがあっても、まずは出来るところからだ。
それにはまず、速瀬中尉の言った、根性でもう一段階あがるってヤツからだ!
結論を出すと、武の士気は自然に上がっていく。

「もし、中隊全体でエヴァンゲリオンの撃墜数に負けているようなことになってみろ、全員罰則だ!」
……余計に負けられなくなった。
そう思って、武は乾いてきた唇を一舐めした。





[5217] 続4
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2013/08/31 04:23
-注意書き-
今までと随分と趣向が変わります。
今回の話で地雷臭を感じた方は、『続』のスルーを推奨します。









「レイ、その人たちは?」
出迎えた金髪の妖精は、自身の友達兼使い魔に疑問を投げかけた。
「碇君とヴァリエールさん……。仲良し」
まぁ、とティファニアは嬉しいそうに両手を合わせて微笑む。
「碇です。よろしくお願いします」
綺麗だと評価するのが陳腐すぎる美の合間から顔を覗かせた異端を見て、シンジは自然にルイズとティファニアの間に割って入った。



続4



何のことはない、急に現れた恋敵は、間違いなく今までで最強だと断じることが出来た。
自分のことを可愛いと思ってはいるが、アヤナミに勝っているかと言うと疑問が湧いてくる。
自分が可愛いのと比べて、アヤナミは可愛いし綺麗なのだ。
その上、チビで痩せっぽちな自分とは違って、体にもメリハリがあるように見える。
スレンダーな美人と言う言葉は、彼女の為にあるのではないかとすら思えてくるのだ。

極めつけは、てっきり大人の男だと思っていた『アヤナミ』が、どうやら目の前を歩く彼女らしい。
しかも、彼が自らの二つ名を嫌う『レイ』でもあるのだろう。

こんな美少女に、あんな台詞を言われたら、どんな男だって落ちてしまうんじゃないかしら。
嫌な疑問がルイズの頭を過ぎる。
だからと言って黙って負けられない。
と、決意を固めた矢先にコレなのだ。


だってそうでしょう?
と、ルイズは空に向かって呪詛を投げかけた。
最近何だか仲良しのペットに対抗して、自分がどれだけ必死に武器を振り回していると思っているんだ。
だと言うのに、突如現れた美少女はどんなに贔屓目で見てもイイ関係に見える。
その上、そのご主人様だと現れた女は、自分が必死に振り回している武器を嘲笑うかのような兵器を携えているのだ。
そんな風に考えているルイズが、神様を呪っても罰は当たらないだろう。


「レイったら張り切っちゃって」
ふふふ、と上品に笑うティファニアは、さっきからレイの話でシンジと盛り上がっているのだ。
一方、レイはレイで食事の片付けをやっていてこの場にはいないが、ルイズにとって間違いなく最重要の要注意人物でもある。
食後のデザートにと持ってきた桃リンゴを彼に向かって、あーん、とやったのだ。

実際は、おずおずと伸ばした手に一言。
「……食べる?」
と付け加えただけなのだが。

アレって、間接キスなんじゃないの!?
彼が彼女からの好意を受け取ったことに嫉妬して、ルイズも自らのフォークに手を伸ばしたのだが、その手は虚しく空を切ったのだ。
なんのことはない、彼女の前の皿からデザートが消失してから幾ばくかの時間が経過していたワケなのである。





「碇君……、ちょっと」
洗物を済ませたレイは、戻ってくるなりそう言ってシンジを連れ出した。
勿論、彼の隣に座っているご主人様は、ついて行くな、と使い魔の裾を引っ張る。
が、シンジはその手をやんわりと振り解く。
「昔馴染みなんだ……。少し席を外してくるよ」
そんな使い魔の受け答えに、不満そうに目を吊り上げたルイズは、息巻いて席を立ち上がる。
ご主人様の様子に苦笑いを浮かべた使い魔は、彼女に向かって袋を手渡す。

「ルイズにはこっちをお願いしたいんだけど」
渡されたそれと、彼の真剣な表情を見て、ルイズは諦めて椅子に座った。
「任せたよ?」
不満そうな顔が直らないご主人様に、シンジはもう1度声をかける。
「分かってるわよ!」
ちょっとキツめの声が返ってきて、彼は慌ててレイを追った。
メイジはメイジ、使い魔は使い魔同士、と言うことなのだ。

出て行く彼を不安そうに見送った後、ルイズは袋の中身を机の上に置いていった。
「ミス・ティファニア。あなたは、わたし達が探している虚無の担い手かもしれないの……」
悪いけど、この指輪を填めて……、と続けようとしたところで、ルイズの声は遮られた。
「このオルゴール!?」
順番に並べられた始祖縁の品の1つを手にとって、ティファニアは声を上げたのだった。




レイに連れてこられた部屋のベットに座ると、シンジは彼女に声をかけた。
「家事とかやるようになったんだね?」
「ええ、あの人が教えてくれた」
会話は交わすが、互いに顔を合わせることはない。
そっか、とシンジが呟いてから、無口なレイ特有の間が空く。

「綾波はさ……、あの時、どうなったの?」
「…………分からないわ」
レイ自身、気が付いたらここにいたのだ。
「私はあの時、消える運命だったの。力を使い切って、抜け殻同然の私を彼女が蘇らせてくれた、はず」
そっか、とシンジは再び口にする。
だが、彼だって分かって言っているワケではないのだ。
シンジにしたところで、自分が死んで戻ったのか、計画の発動の結果あの世界が作られたのかなど分からない。

「……1度、元の世界に戻れたことがあったんだ」
そう、と今度はレイが口にした。
彼女のそれは相槌なのだろう。
「みんな心配してたよ……。綾波は戻るつもりはあるの?」
ようやく、2人は向き合う。
「分からないわ」
戻り方も分からない。
新しく出来た友達を置いて、元の世界に戻ることが正しいのかもレイには分からないのだ。

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、シンジはまたそっか、と呟いた。
「……碇君は?」
僕は、と呟いて、シンジは天井を見上げる。
「……戻ろうと思ってる。こっちに来て、色々経験したけど、それでも帰ることは最初からの目標なんだ」
重い息を吐き出すように、レイは再び相槌を打った。
「僕は帰ることを選択すると思うけど、綾波は綾波の選択をするべきだと思うんだ」
黙り込んでしまったレイを眺めて、シンジは優しげな声を出す。
「帰る方法が分かってるワケじゃないから、直ぐに決めなくちゃいけないことでもないんだ。
方法が見つかったら、戻る前には綾波答えを聞きに来るから……。それまでに決めておいて欲しいんだ」

「碇君は……」
私が残るって言ったら、残ってくれる?
そう聞きそうになって、レイは言葉を飲み込む。
視線の先で困ったように微笑んでいる彼は、やっぱり意地悪なのだ。
だって、そんな表情をされたら、続きなど言えるはずもない。
だから、彼女は頭を振って立ち上がった。
「なんでもない……。行きましょう」
そう、なんでもない、と自分に言い聞かせて、レイは部屋を出て行った。





「あの……、ごめんなさい。いきなり大声を出して」
自身の声に驚いたのか、ティファニアは小さくなってごめんなさい、と繰り返した。
「……ええ、ちょっと驚いたけど、別に構わないわ」
コホン、と咳払いして、ルイズは話を促す。
「あの、その……、子供の頃に聞いていた不思議なオルゴールとそっくりだったから……」
「不思議な?」
身を乗り出して聞いてくるルイズに、ティファニアは反射的に身を逸らした。
「ええっと、みんなは音が鳴らない壊れたオルゴールだって言ってたけど、わたしにははっきりと歌が聞こえるの」
それからティファニアは歌を口ずさんでみせる。
それは、彼女の唯一使える呪文だった。



金髪の妖精の歌う詩は、ルイズの頭に刻み込まれる。
ティファニアを復唱するように、ルイズの口から虚無の呪文が紡がれる。
リズムが生まれて、体の中を駆け巡る。
理性とは別のところで、この呪文が虚無だと確信できた。
柱時計の秒針の動きが妙に遅く感じられる。
カチリ、と時計の3本の針が同時に動くのが見えた。
同時に周りの景色が色を失う。
「……ズさん?」
色を失った金髪の担い手が口を動かす。
何かを言っているようだけど、集中の邪魔になる。
体の中心から魔力が渦を巻くのが分かる。
詠唱を止めるため、唇を閉じる。
杖を振るう。

「……君!ダメ!!」
「……波!?」
何かが倒れる音がした。









「熱心だねぇ?」
ランプの明かりを頼りに折れたレイピアを磨くワルドをからかう様に、マチルダは言う。
「ガンダールヴには辛酸を舐めさせられたからな」
「普通なら尻尾を巻いて逃げると思うんだけどね……」
腕を切られ、体に穴を空けられたのだ。
呆れたもんだ、とマチルダは苦笑する。

「俺の目的の為には避けては通れないだろうからな」
バカだねぇ、と言う代わりに、彼女の口は別の言葉を吐き出した。
「勝算はあるのかい?」
「紙のように薄いが、策はある」
堂々と言い切ったそれは、額面道理に受け取るには自信たっぷりに聞こえる。
そのセイか、彼女は興味深そうな声を出す。
「ほぅ、その策ってのは……」
「悪いがお前には参加料になってもらう」
マチルダの言葉に重ねるように彼女の後ろから声が聞こえた。
だが、その声が重なることがなくても、彼女は最後まで言葉を発することは出来なかっただろう。

腹から逆流してきた血液を吐き出しながら床に倒れた元盗賊を、ワルドだけが見ていた。






PCが逝きそうなので書き溜めてた分を……







宙の闇を切り裂くように光の帯が空を穿つ。
帯に追従して赤い華が黒いキャンパスを彩ってく。
横浜基地から放たれるそれは、しかし人類の持つ武器ではない。
空の闇を彩った赤い華こそ、人類の武器たる航空兵器である。
「レーザー属種による航空戦力の迎撃を確認」
それは、ついに手詰まりを起こしたBETAが先に切り札を出さざる得ない状況に追い込まれたことを示していた。

「航空戦力を下がらせろッ!」
CP将校の報告に命令を返す。
墜ちた航空戦力には悪いが、香月夕呼が切ったカードは想像以上の効果を発揮したのだ。

「博士、レーザー属種の攻撃はBETAが痺れを切らしたと見るべきかな?」
司令からの質問に、夕呼は少し考える素振りを見せたが、自らの推測を口にする。
「レーザー属種のエネルギーが切れかけていると見るべきでしょう」
顎に手をやったラダビノッドを見ながら、彼女は続きを口にした。
「00ユニットから得たデータでは、そろそろエネルギー切れを起こしてもおかしくない時間ですわ。
恐らくレーザー属種にエネルギー切れが近い個体が多いのでしょう。どう考えても、BETAの中で彼らが一番エネルギー消費が高いでしょうし」

「なるほど……、使えるうちに使っておけ、ということか」



「基地の全部隊にレーザー属種の最優先殲滅を通達しろ!そのために防衛線が後退しても構わんッ!」
ここを勝負所と決めて、ラダビノッドはいつもにまして声を張る。
斯衛とエヴァンゲリオンの活躍で、防衛線は予定より遥かに高い。
来るべき反撃の時に向けて防衛線は高く保っていたいが、それ以上に航空戦力を失うわけにはいかない。
レーザー属種がいなくなってしまえば、制空権は横浜基地が手に入れることになる。
そのときに戦闘機がいるのといないのでは大きな差が出ることになるだろう。

「司令、Aゲート及びBゲートの重点封鎖を提案いたしますわ」
航空戦力を失うわけにはいかないが、それ以上に横浜基地の戦術機を失うわけにはいかない。
より正確に言うならば、XM3搭載機とその衛士を失えないのだ。
00ユニットがリーディングした結果、ハイヴ間の戦術情報伝播モデルの仮説が覆ったのだ。
各ハイヴに作戦立案機能と指揮命令系統が緩やかに統合される複合ピラミッド型というのが、これまでの仮説である。
一方、00ユニットから得られた最新の情報では、オリジナルハイヴが頂点に立つ箒型構造だというのだ。

ハイヴ間の情報電波モデルや、複合ピラミッド型、箒型構造等と小難しい話を抜いてしまえば、
頭であるオリジナルハイヴを潰せば戦争がずっと楽になるということである。
それ自体は言うほど簡単ではないのだが、今のように人類滅亡を少しでも遅らせるためにジリ貧の戦争をするよりは、
明確な目標ができただけで幾分マシといえるだろう。

しかし、オリジナルハイヴの破壊という難問を実現させるためにはここでXM3搭載の戦術機を失うわけにはいかないのだ。
BETAが凄乃皇とエヴァンゲリオンの対策を確立させてしまえば、この戦争は帰結する。
速いか遅いの違いはあっても、人類の負けという結末だ。
それを考えれば、凄乃皇を含めたA-01部隊とエヴァンゲリオンというのは横浜基地よりも守るべき存在かもしれない。
だが、副司令たる夕呼にA-01とエヴァンゲリオンを避難させるという選択肢は無い。
ここを切り抜けられないような部隊がオリジナルハイヴのBETA群を抜けて反応炉まで辿りつけるワケがないと切って捨てたのだ。


「旧町田からのBETAの流出が止まりました!」
燃料切れの件といい、ここに来て朗報が立て続けに入ってくる。
現状でどれだけの数を倒したか分からないが、陽動に回っているBETAの戦力が尽きた。

「第1戦術機甲大隊をAゲートに、第2をBゲートに向かわせろ!それ以外の部隊はレーザー属種の殲滅に向かわせろッ!」
ここさえ凌いでレーザー属種を壊滅させればA、Bゲートを充填封鎖する。
そうすれば、BETAの活動時間一杯メインゲートを守って勝利なのだ。
素早くレーザー属種を片付けることが出来れば、勝利を手の届く位置まで手繰り寄せたことになる。
ここが山場だ……、とラダビノッドは拳を握り締めた。



異世界10


ああッ!クソッ!
と、シンジは手にした元要塞級を振り回して、囲むように距離を詰めてくる戦車級を薙ぎ払った。
命令通りにレーザー属種を狙っているのだが、成果は芳しくない。
小型種と大差ない大きさの光線級は、見つけるのに苦労するのだ。

重光線級なら大きくて見つけやすいのだが、元々の数が少ない上に佐渡島から生き残っている個体は稀である。
佐渡島でもここ横浜でも、最優先で倒されるのが重光線級なのだから、今に至ってはいないと言っていいくらいに見つからないのだ。

レーザー属種を見つけられもしない自分を尻目に、着々と標的を落としていく斯衛の中尉さんにアドバイスを求めると、
「レーザー属種の攻撃前には目の前のBETAの壁が割れる。その先に的がいる」
という、ありがたい助言を賜ったのだが、シンジはそれを活用することが出来ていない。

要するに、同士討ちを避けるために攻撃前に他のBETAが射線軸を避けるらしいのだが、彼はその状況を一度も見ていない。
いや、もしかしたら佐渡島で見ているかもしれないのだが、記憶に無いので却下である。
しかし、真那の動きを目で追うと、確かに赤い武御雷が銃弾を放つ時、ぽっかりと光線級までの道が開くのだ。

シンジは気付いていないが、真那のこの技量は一流の衛士から見ても凄まじいの一言だ。
彼女が事も無げにやったのは、射線軸が開けたレーザー種が照準をつけて撃ち出す前に弾を命中させるという離れ業だった。
今のような混戦で光線級を倒す場合、敵の第一波を他のBETAの影(死骸含む)に隠れてやり過ごす。
その後、照射インターバルの間に倒すと言うのがセオリーだ。

真那と同じことをするためには、広い視野と正確な射撃能力、撃つか避けるかの瞬間判断。
上記の能力にプラスして経験則から来る光線級の位置の予測。
これら全てを高水準で兼ね備えて初めてできる荒業である。

こんな離れ技が出来るのは帝国斯衛軍第19独立警備部隊の中でも彼女だけだし、A-01の中でも水月くらいだろう。
まぁ、隊を束ねるみちるや、水月と同じく小隊長である美冴くらいならやって出来ないことは無いかもしれないが、
この2人は進んでそんなリスクを負うような性格ではない。
しかし、リスクについての考え方は真那も同じである。
つまり、真那にとってレーザーよりも速く弾を打ち込むということは、確実でリスクが少ない方法であるということなのだ。


そんな絶技を見せ付けられたシンジだったのだが、真似してみようにも一向にBETAの壁は開いてくれない。
彼は自分の得物の不味さに気付いていないのだ。
同士討ちを絶対にしないレーザー属種に対して、元々が要塞級であるモーニングスターなんて振り回していれば、標的にされないワケである。

迫ってくる戦車級と要撃級の群れをATフィールドで押しとどめて道が開くの暫く待ってみたものの、効果は全く無い。
いい加減、諦めが出たのだろう。
小さくもういいや……、と呟くとフィールドを解除して元要塞級で目の前の雑魚を吹き飛ばした。

それにしても……、疲れてきた、とシンジは目頭を指で押さえた。
月詠中尉の真似がしたかったのも、ただ、カッコよかったからだけではない。
何か新しいことに挑戦していないと、やる気が出なくなってきているのだ。

原因は戦闘継続時間と尋常でない敵の数だろう。
エヴァに乗っていた時間でも敵の数でももう少し多いことがあったのが救いといえば、救いなのだが……。
内情を言えば、以前にもっと多くの敵と戦った。
もっと長くエヴァに乗っていた。
と、自分を誤魔化しているだけである。

一番長くエヴァに乗っていたのは、ディラックの海に沈んだ時なのだが、生命維持モードで大人しくしていたのだから、
単純に戦闘継続とはいい難いし、多くの敵を相手にしたのは魔法使いがいる世界で人間を8万人。
BETA3~4万と比べると圧倒的に与し易い相手であろう。
勿論、初号機にとってどの種類のBETAも問題にするような敵ではないが、如何せん見た目のグロテスクさと数の多さには辟易する。

そして、反応炉に着きさえすれば良かった佐渡島では、道を遮るBETAしか相手にしていない。
攻めてくる全てを打ち倒さなければいけない防衛戦とは、勝手が違う。
集中力なんてのはとっくに切れている。
香月夕呼を守ると言う目的だって、次でいいかも……、なんて頭を過ぎるくらい面倒になってきたのだ。

一応、今のところは理性で我慢してはいるが、それがこれから5時間も6時間も持つなんて胸を張っていえない。
考えている傍から、異世界の移動が香月夕呼だけが持つ技能で無いかもしれない、と新しい逃げ道に思い当たる。
いやいや、あの人天才っぽいし……、きっとあの人にしかできない。
そう思い直して要塞級を一振り。

それが見えたのは偶然だった。
いや、エヴァンゲリオンが戦場に立ち続ける以上、いつかは目にするものだったのだから必然だとも言える。
なぎ倒した要撃級の背後。
瞬間、光線級と目が合う。

だが、敵の目玉からレーザーが飛んで来ることは無かった。
それはシンジが真那のように超絶な技能を発揮したわけではない。
彼にレーザー属種の攻撃に先行して弾丸を撃ち込むことができるかは別として、今の初号機は飛び道具が無いのだ。

射線が通ったにも関わらず、第一目標は棒立ちのまま初号機を見つめ続けていた。
彼の方も気持ち悪いターゲットの瞳から目を離すことが出来ない。
振り回していた元要塞級のモーニングスターがシンジの若干の戸惑いと共に僅かに緩む。
その隙にワラワラと戦車級が足元に寄ってきたのだ。

今の初号機の武器は近すぎると逆に使いにくい。
仕方なく足元の赤い塊を蹴り飛ばす。
粘液なのか体液なのか血液なのか……、なにかよく分からない液体をぶちまける。
足にべったりと付着したその液体をいまだ射線の空いている光線級に向けて振り払う。
両眼の化物はそれすらも棒立ちで受け止めて、驚くべきことに衝撃を受け止めきれずに仰向けに倒れてしまった。
確かにレーザー属種は重たい頭を細い足で支えているようでバランスが取れているようには見えない。
それにしてもあっさりと倒れた優先撃破対象を不思議に思い、シンジは状況を知ってそうな人に通信を入れた。

「月詠中尉ッ、なんかッ光線級が止まってたんですけどッ!?」
相変わらず群がってくる戦車級と要撃級をまとめて叩き潰す。
「聞いてなかったのかッ!数十分前から確認されているぞッ!」
何故だか怒られたが、彼はそんな話は聞いていない。
より、正確に言うなら、聞き逃していた。
戦場ではいろいろな音が耳に入る。
それは作戦の指令だったり、なにかの炸裂音だったり、戦車級に集られた衛士の断末魔だったり様々だ。
方々から聞こえてくるそれらを全て聞き取るのは、思いのほか厄介な仕事で慣れないと上手くいかない。
普通の衛士ならば、訓練するうちに慣れるものだが、残念ながら彼にはその時間は用意されていなかった。
元の世界ではレイとアスカと司令部、合わせて3ヶ所からの通信しか経験していない。
A-01のメンバーと一緒に戦っているときに、意外とイロイロ聞き逃していることに気が付いて1時間ほどで、
ようやく『碇』とか『エヴァンゲリオン』とかに反応して聞き耳を立てれるようなったのだが、
かなり慣れてきたと思っていたら重要なことを聞けてなかったらしい。


3機の武御雷からばら撒かれた銃弾が、重なった赤いBETAの壁に穴を穿つ。
穴の開いた壁を切り裂いた赤色の武御雷は、エヴァンゲリオンに並ぶように着地する。
「先程、司令部から通達があったッ!」
切り裂いて崩れていく戦車級の群れに36㎜をご馳走してやる。
真那が崩した壁を越えて、残りの3機の武御雷が彼女を囲むように並ぶ。
「A及びBゲートを準備が出来次第、充填封鎖する」

充填封鎖という言葉に聞き覚えは無いが、特殊ベークライトみたいなものかな……、と推測は凡そ間違ってはいない。
「つまり、メインゲートに行けってことですか?」
「少し違うな。メインゲートはA-01中隊が守る。中尉は先にBゲートへ向かってくれ。我々はAゲートに向かう。
充填封鎖完了後にメインゲートに集合だ」

「それはイイんですけど……、こういう風に通信が飛び交う状況に慣れてなくて……、
また聞き逃すかもしれないので、悪いんですけど集合前に通信をお願いしてもイイですか?」
かなり情けない返事をしたシンジに、真那は一瞬だけ意外そうな顔を見せた。
「中尉、佐渡島は1人で制圧したのだったな?」
「あ、ハイ」
ふむ、と頷いた後、彼女はあっさりと承諾の意を示す。
「分かった。充填封鎖が完了したら、1度こちらから通信を入れる。ただし、私の通信を聞き逃すなよ?」
どうやら経験が無いことを理解してくれたらしい。
「了解です。月詠中尉からのお誘いお待ちしてます」
真面目そうな真那の衛士流を聞いて、彼も軽口で答えるのだった。








[5217] 続5
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:aaaf774d
Date: 2013/08/31 04:24
「やはり重いな……」
命の恩人から大きな剣を引き抜いて、ワルドは不満そうに呟いた。
元軍人とはいえ、大剣を片手で扱うのは無謀すぎる。
そもそもの剣としての作りが両手で扱うことを前提としているのだから無理も無いだろう。
隻腕のワルドが大剣など扱わないことは、常識だ。
そう、大切なのはその常識なのだ。

計画の第一段階は成功した。
後は前に進むことしか彼には残されていない。
策や計画と呼ぶことも憚られるどころか、賭けとしても分が悪すぎる彼の考えは、恐らく破滅に向かうだろう。
しかし、ワルドはそれでも構わないと思っていた。
今は亡きレコンキスタに、クロムウェルに、彼は夢を見ていたのだ。
それこそ、トリステインの子爵の地位などどうでもイイほどの夢だ。
例え、烏合の衆でも、例え、愚かなる王だとしても。

国を盗る。
あの焼け付くようなヒリヒリとした緊張感。
マチルダと過ごした日常では終ぞ感じることは無かったのだ。
姓を、地位を、名誉を、己の全てを賭けた戦い以上に、彼を魅了するものは無い。



続5


「綾波ッ!?ルイズッ!?」
目の前で崩れ落ちたレイを、シンジは慌てて抱きかかえた。
「レイッ!レイ!!」
駆け寄ってきたティファニアは、混乱のままに大切な友達を揺さぶる。
「ちょっと、待った……。動かしちゃダメだよ!」
パニックになりそうだった頭は、途端に冴え始めた。
何のことは無い、目の前に現れた金髪の少女は、瞳に涙を溜めて綾波を揺すっている。
明らかに自分より動揺しているティファニアを見て、彼は自身の混乱が吹き飛んだのだ。

「とりあえず……、動かすのは良くないよ」
なるべく平穏な声で、相手を落ち着かせるように言う。
コクン、と頷いたハーフエルフの少女を見て、シンジは先程と同じような声を発した。
「綾波を寝かせるから、寝具の用意をしてくれる?」
力強く頷いたティファニアに頷きを返すと、彼は先程まで話をしていたレイの部屋に歩を向ける。
だが、医者ではない彼に出来るのはそこまでだ。




多分……、と言葉を濁らせてから、ティファニアは先を口にした。
「……忘却の呪文だと思うわ」
ルイズの呪文で倒れたレイを隣の部屋に寝かせたのが、今しがたのことだ。
レイとは別の原因でぶっ倒れたご主人様の頭を内腿に乗せて、シンジはその髪を落ち着かなさ気に弄んでいる。
「忘却?」
エルフの少女の言葉を、彼は不思議そうにそのまま口にする。

「ええっと……、記憶を消すの。わたしは、この村のことを知って欲しくない人を追い払うのに使ってるんだけど……」
「失った記憶は戻せるの?」
シンジの質問に、ティファニアは悲しそうに首を左右に振った。
「わたしが知ってる魔法は忘却だけなの」
クイクイ、と引かれた裾に彼は目をやった。
「ルイズ、起きてたの?」
泣きそうな表情のまま1度だけルイズは頷く。
「ごめんね……。失敗しちゃった」
ジワッ、と潤んだ瞳を隠すように、ルイズは彼との顔の間に掌を押し当てた。
「……ちゃんとディスペル掛けるから。だから、ちょっと……、ちょっとだけ待って」


「あなた、今度は何をする気なの!?」
暫く泣いた後、杖を持って立ち上がったルイズを邪魔するようにティファニアは立ちふさがった。
レイのことを心配した使い魔はともかく、その主は、彼女にとってとても信用できる人物とは言えない。
今にして思えば、どことなくレイのことを不満そうな目で眺めていた気もするし、何より件の少女が倒れた原因なのだ。
確かにティファニアは引っ込み思案なところもあるが、信用できない相手に自らの友達を任せるような責任感のない少女ではない。
返答次第ではお客様に向けた杖を振り下ろす決意もある。

「どいて、あの娘に掛けた忘却を解いてくるわ」
困ったような顔でティファニアはシンジを見た。
頷いた彼は、レイの主人を安心させるように声を出す。
「大丈夫、変なことはしないよ。さっきは失敗したけど、これでもルイズは凄腕のメイジなんだ」
彼の言葉に納得したのか、ティファニアは構えていた杖を下ろして、ルイズのために外へと続く扉を開けてやった。







「テファ……、お客さん?」
そう言って体を隠すように扉を開けたのは、件の青髪の少女。
部屋の視線が自分に集中したことに気付いた彼女は、扉の影から一歩踏み出す。
「はじめまして。綾波レイです」
そう言ったレイは、シンジとルイズに向かって頭を下げるのだった。




徐々に薄れていく寂しさは、回を重ねる毎に諦めに変わっていった。
その慣れ親しんだ感覚を頼りに、シンジは誰よりも早く状況を理解した。
だから彼は、ニコリと笑顔を貼り付けると、ポカンとしている2人を差し置いて、綾波レイに向かって右手を差し出す。
「シンジです。よろしく」
「……よろしく」
握手を交わすと、シンジは直ぐにルイズに振り返った。
「ほら、ルイズも挨拶して?」

「ル……、ルイズです」
シンジに促されて、それだけ言ったルイズに、レイは先程と同じように、よろしく、と言って右手を伸ばした。
「挨拶が終わって早々にこんなことを言うのも悪いけど……、少し外してくれるかな?大事な話の最中なんだ」
そう、とあまり興味なさ気に頷いた後、レイは言う。
「テファ、私は桃リンゴでも取ってくるわ」
「……ええ、そうね。折角のお客様なんだから、おもてなししなくちゃ」
迷ったようなティファニアに違和感を感じなかったのか、レイはそのまま部屋を後にした。


シンジの言葉に反して、暫くの間は部屋の中には言葉はない。
しかし、その重苦しい沈黙も長くは続かなかった。
部屋の沈黙を破る合図は、外へと続く扉が開く音がした時だった。
「どういうことですか!?」
ハーフエルフの彼女にしては珍しく、責めるような声色でルイズに食って掛かる。
「だって、解呪の呪文は成功したんでしょ?」
寝ているレイに向かって、彼女は呪文を唱えて杖を振り下ろしていた。
傍で見ているティファニアにも、ルイズが結構な精神力を込めて魔法を使ったのは分かったのだ。
「ちょっと待ってよ!ディスペルは失敗なんてしてないわよ……。でも、何で記憶が戻ってないかなんて分からないわ」
そんな、無責任な、と掴みかかろうとしたティファニアをシンジは押しとどめる。

「ルイズ、ちょっとディスペルを唱えてもらってもイイかな?」
左手でティファニアの肩を押さえたまま、彼はそう言った。
頷いたルイズに満足したのか、シンジは今度はティファニアに視線を向ける。
鋭い視線を送ってくる彼女から、左手を離すと、シンジはそのまま暖炉を指差した。
「薪を1本貰ってもいいかな?」
余計にきつくなった視線から、了承の旨を感じ取った使い魔は気にした風もなく彼女達に背を向けて薪を拾い上げる。
暖炉から取り上げた薪を左手に持って、2人に見せ付けるように持ち上げた。
それから握った右手を同じ高さに持っていく。
勿体つけるように指を2本、人差し指、中指の順に上げる。
ピースサインになった右手の開かれた指先2本に小さな火の玉が浮かび上がった。

「ルイズ、片方にディスペルを掛けてくれる?」
使い魔の言葉に従って、ルイズはディスペルの呪文を極々僅かに唱えて、杖を振り下ろした。
そうしないと、弱すぎる彼の魔法は2つとも消えてしまうだろう。
きっちりと中指の上に出来た火の玉だけを消し去った主に、シンジは1度賞賛の言葉を送った。
「流石だね」
そうして、人差し指に残ったファイヤー・ボールを左手に持った薪へとぶつける。
徐々に燃えていくそれを、何を思ったのか、シンジは新たに水の魔法を唱えて消し去った。
「ルイズ、こいつにもディスペルを掛けてもらえるかな?」

差し出されたのは左手に持っている半分炭になった薪。
ワケが分からないと表情に出した後に、ルイズはシンジを睨んだ。
遊んでいる場合ではないのだ。
隣で視線を鋭くしているティファニアも同じ心境だろう。
「後でちゃんと説明するから、大丈夫だよ」
そう言った使い魔に、しかたなく従って、ルイズはもう1度ディスペルを唱えた。
当然と言えば当然だが、燃えてしまった薪にディスペルを掛けたところで何かが起こるわけもない。
結果、使い魔の手には、先程の薪が先程の形のまま残ったのだ。
「で、どういうことなのか説明しなさい」
そう言ったルイズに、横でティファニアも同調した。


「忘却はディスペルで消せなかった。それの原因を突き止めたかったんだ。まず、忘却がどういう魔法かを知らなければダメだろう?」
「何言ってんのよ、記憶を消す魔法でしょ?」
それはそうだね、と主人の答えに苦笑いしながら、シンジは続ける。
「記憶が思い出せないのか、記憶が無くなるかの違いって言えばいいのかな……」
説明の仕方に困った様に彼は頭を掻き毟った。
「えっと、つまり、どういうことですか?」
納得できたような表情のルイズとは対照的に、困ったようにティファニアは疑問を口にした。

「つまり、忘却が記憶を封印する呪文か、記憶を消してしまう呪文かを調べたのよ。記憶を封印する呪文ならディスペルを掛ければ思い出すでしょ」
と、ルイズはちょっと偉そうに金髪の妖精に説明する。
が、途中で気付いたようにハッとした。
「どうするのよ、シンジ・・・・・・。それって、どうしようもないってことじゃなの?」
不安そうなご主人様達を安心させるために、シンジはワザと明るい声を出した。
「原因を追究していけば、いつか解決策にたどり着くよ」
うぅ、とルイズは呻き声を上げる
「それまであの娘に付きっ切りって事?」
「元はといえば、ルイズのセイだろ?」
自業自得なのだが、何だか納得いかなくて、ルイズは神に恨み言を吐きたい気分になっていた。



PCが逝きそうなので書き溜めてた分を……





「A及びBゲートの充填封鎖を開始する」
司令部からの伝達を聞いて、みちるは直ぐに水月に通信を入れる。
「早瀬、好きに暴れて来いッ!」
空を自由に使えるという大きなアドバンテージを全て水月率いるB小隊に任せたのだ。
彼女が視覚の端で捉えたB小隊の小隊長は獰猛といってイイ笑みを浮かべていて、みちるの考えがきっちりと伝わったらしい。


「B小隊ッ!大尉からお達しが出たわ!遅れるんじゃないわよッ!!」
了解ッ!とB小隊のメンバーが返事をした時には、水月は近づいてきた要撃級の尾節を叩き切りBETAの群れ目掛けて噴射跳躍している。
小隊長に一瞬遅れて3機の不知火が跳んでいく。
彼らの機体は速瀬機の周囲に36mmの弾丸をぶちまけて猫の額ほどの安全圏を作った。

「速瀬中尉ッ、無茶しすぎですよッ!」
最小の単位でもエレメントだというのに、それを覆すような行動をした水月に武は焦った風に言う。
「ついて来ないアンタ達が悪いのよッ!」
速瀬機に追いついた3機は狭い安全地帯に身を寄せ合った。
着地と同時に4機の持つ銃口が火を噴く。
120mm砲からほぼ同時に弾き出された散弾は集ってこようとする小型種の群れに致命傷を与えた。
途端に猫の額ほどだった安全圏は陸の孤島程度に広くなる。

「さぁて、暴れるわよ」
B小隊全機が突撃砲から長刀に持ち替えると同時に、水月は心底嬉しそうに言う。
「今までも散々暴れてたじゃないですか」
呆れ気味に声を漏らしたのはまたしても武だった。
「白銀、速瀬中尉は戦闘に快感を感じる一種の変態だと言ったろう?」
いつものクールッぷりで美冴が答えてくれる。

「宗像ぁ~!」
言うが速いか、速瀬機はしまった筈の突撃砲を持ち出すと周りを囲むBETA群の一角に向けた。
彼女の怒りを表すような速度で撃ち出される弾丸は、メインゲート前に陣取っていたA、C小隊まで道を作った。
「アンタ!後で覚えてなさいよッ!!」
それが言いたかったのかよッ!?とツッコミそうになった武だが、口から声が出る寸前で止める。
ゲート前の宗像機もこちらに銃口を向けていたのだ。
水月とは逆側から申し合わせたように敵の銃撃を浴びせていたのだろう。
つまり、B、C小隊の小隊長である2人は軽口を叩きながら連携を取って陸の孤島から通路を作ったのだ。
阿吽の呼吸とでも言えばイイのだろうが、上等すぎて武が訓練生時代からの同僚と組んでもちょっと真似できない。

そして、普通であればBETAの物量に圧されて直ぐに消えてしまうような細い道も強襲掃討の涼宮、榊機で支え、
周囲から押し寄せてくるBETAの群れは風間、鎧機が多目的ミサイルで薙ぎ払う。
ミサイルを抜けた少数のBETAはA-01随一の射撃特性を誇る脅威の新人珠瀬壬姫が受け持ってピンポイントで必中していく。
道を広げる中盤、後衛組みの守りを伊隅、柏木機と先ほどまで道を開いていた宗像機が担当すると、
たちまちに陸の孤島から続く細い道は太くなり、安全圏の孤立は無くなった。


先を行くB小隊が次の道を切り開くと随分前に物量に圧されて分断された元第七大隊の連中が見えた。
中隊の数こそ大隊である3個中隊を守っているようだが、その中隊も正確に3個小隊が揃っているところは稀のようだ。
さらに機体の国籍が交じり合っていて、中隊によっては4、5国籍が混合されているところさえある。
MX3搭載型の横浜基地の機体は生き残りが多いようだが、それも所詮他と比べてというレベルだった。


だから、中隊規模で目立った損害無しのA-01は異常な例外だといえよう。
少し向こうからも爆音が響いて煙が上がり、BETAの血飛沫が舞っている。
1個連隊が1個大隊になったということは無さそうだが、味方の青いマーカーは敵の赤のマーカーに埋め尽くされて久しいので、
味方機がどのくらい残っているかは定かではない。
「クソッ!光線級のエネルギーは切れたんだろッ!?コイツらのエネルギー切れはまだかよッ!?」
戦車級が人型に群がった山を見て、武は声は自然ときつくなった。
4、5体くらいならば短刀を使って仲間が対応できれば何とかなるが、如何せん数が多すぎる。
そもそも、これから助けようとしても戦車級に喰われるくらいなら……、と戦術機内で自害している可能性も高い。
だから、あの機体は助けない。
その判断を極自然に迷うでもなく行った白銀武は、明らかにこの世界の住人だった。


異世界11



Bゲート前に陣取ったエヴァンゲリオンは、到着するなり味方を自分の後ろに下がらせた。
いい加減疲れが前面に出てきていたシンジは、初号機にATフィールドを張らすと眉間を押さえる。
肩を回したり、伸びをしたり、座ったまま軽いストレッチの後、暫しの間思考を放棄して目を閉じた。



「碇中尉、お迎えの通信だ。メインゲート前に集合だ」
体感で10分強……、実質20分足らずの休憩を経て、真那からのお呼び出しがかかる。
了解の返事と共に初号機を走らせた。
短い時間で十分な休息は取れていないが、愛機で使い魔の初号機に任せるわけにはいかない。
別に彼が衛士や横浜基地を守る使命感に燃えているんではなく、単純に紫のエヴァンゲリオンに複雑な命令を与えられないのだ。

それはBゲートの1件にも伺える。
初号機が理解しえるのは極々単純なもので、複雑なものでも2、3つの複合が精々だ。
例えば、ゲートに近づくものを倒せ、と命令したとする。
紫色の使い魔は出来る限りでゲートに近づいてきた奴らを粉砕するだろう。
しかし、視界いっぱいにいるBETAを全て倒すことは物理的に無理だ。
おまけにご主人様が操らないと友軍の判別が出来ないため、ゲートに近づいた戦術機まで薙ぎ払うのことになる。

だからシンジは基本的に使い魔には1つの命令しかしない。
どこまで理解できて、どこから理解できないのかがまだ定かではないからである。
今回の件でも与えた指令はとても単純で、ゲートの先に何も通すなということだ。
味方を下がらせた理由は初号機への命令を単純化するためである。
結果として、下げられた彼らも少ないながら休息が取れたのだから御の字だろう。


少しといえども休んだだけあって、メインゲートに向かう足取りは幾分軽くなった。
赤と白の化物を跳び越えて小さな敵を踏み潰す。
地を這う蜂のようなアイツは広い戦場でも目に付くだけあって殆ど生き残っていないのだろう。
着地して2歩で再び跳躍。
テンポ良く繰り返すと、飛び回る戦術機が見える。
視界の端に武の顔が映った。
どうやら、目的地に着いたらしい。



膝のバネを使って大型兵器にはあり得ぬほど静かに着地した初号機は、すぐさま赤いBETAの山へ右手を突き刺した。
山の中に確かな手応えを感じると握りつぶす寸前の力で捕まえる。
一呼吸もおかずにその腕をとんでもない速度で振り払った。

途端に絡み付いていた赤い化物は剥ぎ飛ばされて宙に舞う。
一振りで張り付いていたうちの8割程度を振り払うと、音が聞こえるほどの鋭い振りをもう2,3回繰り返した。
薙ぎ払われた戦車級の山から出てきたのは戦術機だった。
エヴァンゲリオンが掴んでいたのは戦術機の腕で、見れば装甲が握力に負けて凹んでいる。
そんな状態で振り回されて腕が取れなかったのは行幸だろう。
振り回して排除しきれなかった数体をデコピンの要領で弾き落とす。
胸部に空いた大穴からコクピットの様子が見えた。


赤く染まったそこは凄惨の一言だった。
そこらじゅうに染まった色は衛士の血の赤。
頭を庇うように出されていた筈の両腕は左しかない。
残った左腕にしても肘の少し先を噛み付かれたらしく、そこから先は辛うじてぶら下がっているといった状態だった。

「碇中尉ッ!メインゲートに医療班を向かわせます!」
一瞬、彼はその通達を理解できなかった。
助け出した衛士がとても生きているように見えなかったからだ。
「了解ッ!メインゲートまで後退しますッ!」




戦術機の胸に空いた大穴を更に開いて、衛士を固定しているパーツを慎重に破壊する。
四苦八苦しながら細心の注意を払い、どうにかパイロットを初号機の掌に収めることが出来た。
そこまで至って、シンジは愕然する。
この出血でエントリープラグに入れるワケにはいかないのだ。
LCLの浄化装置では追いつかないくらいプラグ内が血で汚染される上に、ただでさえ虫の息なのに失血で致命傷を与えることは確実だろう。
かといって、掌に載せたままでは大いに不味い。
一瞬の逡巡の後、背に腹はかえられないのだからこの状態でゲートまで後退することを決意して、初号機を走らす。


幸い、メインゲートへの道はエヴァンゲリオンが楽に通れるほど広く保たれている。
「碇中尉ッ!援護しますッ!!」
エヴァンゲリオンを庇うように降り立った不知火は、通信を飛ばすなり弾丸を弾きだす。
「武!右舷は任せろッ!そなたは左舷をッ!!」
続いて御剣機が白銀機の隣を陣取った。

「彩峰!榊達と合流して退路を守るわよッ!!」
水月は折角上げた前線を惜しげもなく捨てる選択を取った。
「了解!」
比較的ゆっくりとした速度で走っていく初号機の後を追って、速瀬、彩峰機が跳躍噴射。
「白銀ッ、御剣!あんたたちも孤立しないように前面を守りながら後退しなさい」
了解、と部下達の声が重なった。


かなり酷い状態の衛士を救急車のような軍用車両に預ける。
そこでようやく半死人が男性であることを認識できた。
軍医らしい40代くらいの男性とモニター越しに目が合う。
必ず助ける。
そういう意思が強く現れていた。
振り返り、ゲートまで走る。


失敗した、と頭の冷たい部分で考える。
万に届く数のBETAを屠って、ハイヴを単独で潰しても、シンジにとってこの戦争は他人の戦争だったのだ。
佐渡島ハイヴを潰したのも、副司令との取引の結果でしかない。
そうして人類対BETAという構図の外に自分を置くことで、香月夕呼に便利に利用されるのを避けようとしていた。
だが、折角のそんな努力も目の前の現実には勝てなかった。

死にかけの衛士を助けようと道を開く戦術機。
血だらけの衛士を見ても力強い視線を投げかけてくれた医者。
何よりもコクピット内の惨状をシンジは見たのだ。
それらを見てしまったことで戦争に対する意識が変わりかけていることに気が付いたのだ。

いや、はっきりと変わってしまっているのだ。
人類を救うとか大きなことを言うつもりはないが、さっき助けた衛士を見殺しにするのは寝覚めが悪い。
ゲートから飛び出したエヴァンゲリオンは、さっきまでの集中力不足が嘘だったようなキレのある動きを見せた。




[5217] 続6
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:4668abef
Date: 2011/06/29 05:02



良く晴れたおかげで流れ出る汗を腕で拭う。
右手にはティファニアから貰ったナイフ。
収穫のときはいつも使う、レイのお気に入りの一品だ。
曇りだったら良いのに……、と日差しに耐性が薄い彼女は筋違いに天を恨んだ。

あの2人がいたら楽なのに……。
2日前に仕事で出て行った保護者はどちらもメイジなのだ。
木になった果物なんて、杖の一振りで山積みに出来る。
自分1人で収穫など、非効率極まりないのである。

だが、些細な不満はあってもレイは嫌ではなかった。
折角来たお客様のための労働なのだ。
本当にあの家に訪ねてくる人は稀なのである。
女ばかり3人の所に、姉と慕っている女が彼氏のような男を連れてきたときも嬉しくてもてなした。
思い出していると次第に表情が緩くなる。
今度の2人は歳も近そうだし、仲良くなれるといいな、そう思いながらレイの手は次の果実に伸びていた。



「レイッ!……無事だったのか!?」
呼ばれて振り向いた先には姉と一緒に仕事に出かけたはずの男が立っていた。
「……。あなたこそどうしたの?」
一瞬逡巡してから、レイはとりあえずワルドの格好について聞いてみる。
仕事に出る前に見送ったときは、かなりきっちりとした身だしなみだったはずで、それこそ何処かの騎士隊の隊長のような格好だったのだ。
それが今はどうだろう。
服は皺くちゃで、所々に泥や木の幹で擦ったような後が付いているし、羽帽子までヨレヨレなのだ。
レイでなくてもどうしたのか、と聞きたくなるような有様だった。


「僕のことはイイ!それよりもテファだッ。彼女は無事なのか?」
なんだかレイを置いて、ワルドは1人ヒートアップしていく。
「テファなら、今はお客様の相手をしてるわ」
「……客?どんなッ?」
何か思い当たる節でもあったのか、ワルドは焦ったように早口でまくし立てる。
1人で百面相を見せる彼を不審に思いながらも、レイは要領を得ないままワルドの質問に答えていく。

「同い年くらいの男の子と、女の子が1人ずつ。女の子がピンクの髪で、杖を持ってたからメイジだと思うわ。
男の子の方は黒髪で、大きな剣を持ってたけど……」
レイの話を聞いて、クソッ、と小さくした打ちしたワルドは、そのまま彼女の両肩を捕まえた。
それから、彼女と視線を合わせると、懇願するように言う。
「レイ、よく聞いてくれ。大変なことになっている。このままでは、テファが危ない……。いいや、テファだけじゃなくて、
君や僕も危ないんだ。詳しく説明している時間もない。今だけでイイ。僕の頼みを聞いてくれないか?」
そう言って、真剣な表情のまま、彼は年下の彼女に向かって頭を下げて見せた。


「私は何をすればいいの?」
マチルダの名前を言わなかったワルド。
近づいて見ると、土とは違う色で赤茶っぽい汚れが服に付いていたワルド。
一緒に仕事に行ったはずなのに、今はいないマチルダ。
自分を見つけるなり、無事だったのか、と声を荒げるワルド。
嫌な予感が振り払えないまま、それでもレイは一刻を争う状況だと感じてそう答えたのだ。


「レイ、君にはテファを連れて来て欲しい」







続6






ところで、とシンジはティファニアに切り出した。
「トリステインに来る気はないかい?」
ルイズからは彼女が虚無の担い手であることは聞いている。
それでなくても、ティファニアにはレイの件でトリステインに来ることを誘うつもりだったのだ。

ティファニアとしては今の暮らしに不満があるワケではない。
姉さんは優しいし、レイとは仲良しだし、ワルドさんはカッコイイし。
しかし、彼女だって外の世界に興味はある。
「えっと、あの、それはレイの治療に必要なのよね?」
そのセイか、選択を先延ばしにするような質問をすることになる。

「そうだね。必ず治ると保証は出来ないけど、トリステインに行けば優秀な水メイジも手配できるし……、
勿論、お医者様だけでなくて、衣食住も可能な限り便宜を図るよ」
「あ……、でも、姉さんに聞いてみないと分かりません」
保護者がいるから、相談してみるとティファニアは言う。

「お姉さんなんていたんだ?」
へぇ、と感心したようにシンジは言った。
「ええ、今は仕事で出てるんですけど」
姉の話題が嬉しかったのか、ティファニアは楽しそうに声を弾ませる。

「いいよね、お姉ちゃん。僕は一人っ子だったから、お姉ちゃんが欲しかったんだ」
「ん~、私は弟が欲しかったかも」
「弟かぁ、僕はやっぱり下より上が欲しいよ」
2人で少しの間、他愛無い話で盛り上がる。
気に入らないことでもあったのか、ルイズは1歩引いてずっと難しい顔をしていた。

話が脱線したおかげか、ティファニアは2人のカップが空になっていることに気付く。
「ちょっと待ってて、直ぐに持って来るから」
そう言うと、自分のを含めて3つ、彼女はカップを持って立ち上がった。
「手伝うよ」
「ありがとう……、でも、大丈夫だからお客様は座ってて」
同じように立ち上がったシンジに向かって、やんわりとお断りを入れた。



お茶のおかわりを用意しながら、鼻歌を歌ってしまうほどに、ティファニアは機嫌がいい。
久しぶりのお客様は同い年で、他愛のない会話だって経験の少ない彼女には新鮮で楽しい。
レイのことを抜きにしても本当にトリステインに行きたいくらいである。
それに、ワルドさんにドキドキしてしまう生活をするのなら、いっそのこと距離を置いたほうがイイ気も……。
と彼女は考えてしまう。
今の状況が、姉にも自分にも良くないことだと何となくティファニアは感じていたのだ。

そこで彼女はフルフルと頭を振った。
楽しいとか、楽しくないとかではない。
記憶を無くしてしまったレイのことの方が重要なのである。
大変なことになったレイを治すことが先決なのだ。
だからきっと姉さんも……、と思考がループしかけたところで彼女はお茶の準備をし終わっていた。
やっぱり、行ってみたいと思う。
それが彼女の結論だった。



「私は行ってみたいと思うの」
どうぞ、と新しいお茶をルイズとシンジの前に置いてからティファニアはそう切り出した。
難しそうな顔をしているルイズを見て気を遣ったのか、ティファニアは言葉を付け足す。
「でも……、レイと姉さんがイイって言ってくれたらの話なんだけど……」

「勿論」
それはそうだろうと思いながらも、シンジは喜色を隠すことをしなかった。


「……ただいま」
「おかえりなさい……。レイ。ちょっと話があるの」
絶妙なタイミングで帰って来たレイに、ティファニアは早速トリステイン行きの話しをするために声をかけた。
「テファ……、お客さんはイイの?」
レイに言われて、彼女は2人に振り返る。
「ちょっとレイと話してくるね。夕飯は終わったら準備するから食べてもらえる?」
「ご馳走になるよ」
「それじゃあ、レイに話してみるから。ゆっくりしてて」
それだけ言うと家主の2人は外へと出て行った。




「ねぇ、上手くいく当てはあるの?」
主のいなくなった部屋で、ルイズは自身の使い魔に声をかけた。
「まぁ、いざとなったらオルニエールに住んでもらうけど……」
「何言ってんのよ。それだとトリステインに来る意味なんて無いでしょ?」
不思議そうな顔をして、珍しく察しの悪いシンジにルイズは呆れたように言った。
「トリステインに行くのは、彼女の記憶を戻すためでしょ?だったら、オルニエールに住ますような状況になったら
高名な水メイジなんて呼べないじゃない。ハーフエルフの仲間の治療なんて引き受けてくれるメイジなんていないわよ」
公に認められないのなら、レイのために良い医者を紹介できなくなる。
それならば、来客の少ないウエストウッドの村にいた方がティファニア的に安全なのだ。

「でも、虚無の使い手だろ?」
「むしろ、虚無の使い手って方が問題だわ。ブリミル教的には、エルフは敵なの。聖地を奪った極悪非道の。
ハーフとはいえ、そのエルフが英雄である虚無を名乗るなんて何をされても文句は言えないわ。
しかもティファニアの使える魔法はあの忘却だけだそうよ。虚無の証明のために人の記憶を消すわけにはいかないわ。
もっと言うなら、記憶を消す=虚無の証明にはならないわ。言っちゃ悪いけど、虚無の魔法としては地味だもの。
もっと派手な……、それこそアンドバリの指輪の方が、派手でそれっぽいわね」
虚無のルイズとしては、アレに頼って伝説を語ったクロムウェルを持ち上げるようで気持ちは良くない。
しかし、客観的にみて死者を生き返らして操る術の方が、問答無用で伝説の魔法っぽいのも事実である。

「それじゃあ……、ルイズはあの2人はココにいて貰った方がイイって言うの?」
「……ベストではないけど、それがベターな答えではあると思ってるわ」
「ベターって、じゃあベストな答えって何なのさ!?」
「それは勿論、アンリエッタ女王陛下に来賓?国賓……?まぁ、何でもイイけど公の立場で彼女を認めて貰うことよ。
そうすればハーフエルフでも虚無の担い手として認めてもらえるし、優秀な水メイジをつけることも出来ると思うわ。
だけど、それが失敗したらハーフエルフという存在が知られてしまう。
放っておけば静かに暮らせてた筈の彼女達が、危ない目に遭うかもしれない」
「危ない目って……。トリステインでハーフエルフが暮らすのって、そんなに大変なの?」
虚無だから大丈夫、と無責任な安心感があったセイか、それを崩されたシンジの頭は上手く回っていない。
危険性なんて先ほどから言葉を変えてルイズは何度も言っているのだ。

「トリステインって言うか、ハルケギニアでエルフって言うのは恐怖の対象だもの」
自分のあずかり知らぬところで倒されていたので、メイジがエルフを攻略したつもりになっていたが、
シンジが負けたビダーシャルは量産機にやられたのだ。
そもそも生身だと伝説の片割れであるガンダールヴとスクウェアメイジのコンビで手も足も出なかったのだ。
攻略なんてとんでもない。
そうして考えると悪い考えばかり浮かんでくる。
ルイズの言うとおりに思えて仕方ないのである。

どうしてもっと良く考えなかったんだろ……。
これじゃあノリでほざいたのと変わらないじゃないか……。

反省という名のマイナス思考に陥りかけていることに気が付いたシンジは頭を振った。
「……ごめん。ちょっと頭を冷やしてくるよ」
そう言って部屋を出ようとした彼に、ご主人様は声をかけた。
「シンジ!」
「何?」
「もっと良く考えなさいよねッ!!」
「わかってるよ」
図星を突かれた彼は投げやりにそう答える。
「そんなんじゃダメよ……」
一度言い淀んで、彼女は自分が言おうとしたことが恥ずかしくて顔を赤らめそっぽを向いた。
でも、先程より棘を込めて返ってきた「わかってる」を聞いて決意が出来たのか、赤い顔のまま彼に向かって言ってやったのだ。


「あんたは……。あんたはわたしの惚れた男なんだから、いつでもカッコよくなくちゃダメなの!」
言った後で恥ずかしくなって、彼女はそのまま床を見つめる。
不意打ちの言葉が効いたのか、少しだけ朱の差した頬を人差し指で掻きながら、シンジも言い返す。
「何て言うか……、ルイズにこんな風に言われるなんて思わなかった……。ちょっとだけ惚れそうかも」
顔の赤みを力技で押さえつけて、何とか真顔で使い魔は茶化し返した。
言いたいことだけ言って下を向いたご主人様に表情の変化が見られていないのは彼にとって行幸だろう。

「それじゃあちょっと頭を冷やしてくるね」
もう1度そう言って、外に向かった使い魔が家を出るのをしっかり確認した後。


「ほ、惚れそうって……」
自分の部屋でもないのに、ルイズはゴロゴロと幸せそうにベットを転げまわって枕をビシバシとシバキ回すのであった。




[5217] 続7
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:4668abef
Date: 2011/07/24 14:12


ここだ、とワルドに連れてこられた山小屋の中で、レイは呆然として立ち尽くしていた。
彼女の白すぎる肌からは、更に血の気が引いていて最早血が通っているのかすら疑わしい。
熱病に冒されたような頭では現実がイマイチ理解できないのだ。
いや、そんなのは嘘で……。
事実を現実を理解しているからこそ、自分は泣いているのだ。
だけど、とレイは瞳の色とは別に真っ赤になった目を乱暴に拭う。

マチルダの体には致命傷と思われる刀傷。
それはナイフや包丁といったものではない。
戦闘に関しては素人のレイですらわかる。
大きすぎるその傷は刀剣によるものだろう。
どうしても黒髪の少年のことが気になる。
彼の背負っていた立派な剣であれば、十分にあの裂傷を負わせれるのではないか。
こんな森の奥にあんなに小奇麗で若い2人が来ることなんてあるのか。
疑い出せば限がない。
そのうえ、その2人の話を聞いた時のワルドの表情がレイの思考を縛っていた。
即ち、犯人はあの2人で違いない、と。
犯人の目星を付けたところで、非力なレイに出来ることなど何もないと言っても言い過ぎではない。


「……もう、寝かせてやろう。それにここは危険だ」
力なくワルドがそう言った。
泣き続けるティファニアを少々強引に引き離すと、彼はマチルダの亡骸を抱き上げる。
「…………ワルドさんは……、ワルドさんは悲しくないんですか!?姉さんが死んだのにッ!」
彼女には珍しく、声を荒げる。
「悲しくないわけないだろ!……でも、俺は君たちを守るってマチルダと約束したんだ。これ以上、僕を情けないヤツにしないでくれ」
ティファニアを怒鳴ると彼はそのまま外に出て、マチルダを埋め始めた。


ワルドはここが危険だと言ったのだ。
きっと恋人が死んだ悲哀も何もかなぐり捨てて、ティファニアと自分を危険から遠ざけるために急いで駆けつけてくれたのだ。
だったら、せめてそのワルドの気持ちに報いなければならない。
反面、ティファニアが泣き崩れているのも仕方ないと思う。
マチルダとティファニアは、レイやワルドとは比べ物にならないくらい長い間一緒にいたのだ。
それでなくても優しい彼女が、人の死を、肉親のような彼女の死を簡単に理解できるとは思えない。
だとしても、レイは決意しなくてはいけない。

「テファ、いつまでも泣いているわけにいかないわ」
うぐぅ、えっぐ、と泣き崩れている彼女の手を取る。
暖かい言葉はレイには思いつかなかった。
「……ここは危ないから」
ティファニアを危険な目に合わすわけにはいかない。
それだけの思いから、レイはマチルダの死という哀しみを飲み込んだ。








続7



一通り人様の枕をシバキまくって落ち着いたルイズは、ティファニアの用意したお茶を飲みなおして一息ついていた。
それから、レイとティファニアのトリステイン行きについて考える。
やっぱり、姫さまに相談して、学院に置いてもらうべきかしら……。
しかし、考えれば考えるほど、何をするにもハーフとはいえ、エルフなのが足枷になるのだ。
自分はイイ。
絶大な信頼を寄せる使い魔が操る使い魔は、エルフと人間を区別するのが無駄なほど超越した力を持っている。
そんな彼と毎日一緒にいて、守ってもらえるのだから最初の驚きさえ通り過ぎてしまえば、怖いだの恐ろしいだの言う必要はないのだ。
だけど、一般の生徒は、教師は、メイドや厨房の平民はどう思うだろう。
せめて、先入観を持たせずに話をしてしまえば、彼女の性格は人に嫌われることはないと思うのだけど……。
そもそも先入観を持たせずにというのが無理な話で、エルフという種族と戦うには10倍の兵力が必要で……。
でも、私は平気だったわけで……。

思考がループしてきたところで、ルイズの集中力はプツリと切れる。
…………ちょっとだけ惚れそうかも。
……ちょっとだけ惚れそうかも。
ちょっとだけ惚れそうかも。
惚れそうかも。
惚れそう。
惚れた。
好きだよ。ルイズ。
と、都合のイイ妄想を膨らませて、にへらと表情を崩す。


また枕を叩きたい衝動に駆られたルイズだったのだが、風が違うことに気が付いて、途端に顔に力が入った。
自然の風とメイジの風は違う。
いつの頃からかは分からないが、ルイズには魔法の気配のようなものが感覚的に分かるようになっていた。
感覚の鋭いメイジは、そういう何となくを捉えるのが上手いらしいのだが、そういう意味でも立派なメイジになりかけているという証だろうか。
とにかく、外にはシンジやティファニア、レイもいるのだ。
急がなきゃ……。
杖を持ったルイズは、風の強い方へ向けて駆け出した。



外に出てルイズは驚く。
森の木々を超える大きな竜巻。
流石に王家のヘクサゴンスペルや彼女の母が使う魔法ほど凄くはないが、それでもドットやラインには無理。
トライアングルか……、もしかしたらスクウェアの可能性まである。
思ったより近い。
走りながら詠唱を開始する。
木々の間を縫って広場に抜ける。
考えるより先に竜巻の根の部分に向かって杖を振り下ろした。
「ディスペル!」


風が止む。
宙に舞っていた枝が、葉がパラパラと地に落ちていく。
見知った黒髪と大剣。

相手は軍人のように立派な……、筋肉質な体。
隻腕の白い仮面。
桟橋で見たあの白い仮面だった。
「ワ……、ワルド?」

見間違いであって欲しかった。
でも、見間違えるワケもなかった。
隻腕で、見せ付けるように仮面を外した男は、案の定ワルドだった。
仮面を外すまでもない。
分かっていた。
裏切り者。
自然にルーンを唱えていた。
杖を振るう。


シンジとワルドが同時に飛びのいた。
爆発。
チッ、と舌打ちをしたルイズは、飛びのいたワルドを追う。
「追うわよシンジ!」
シンジにご主人様らしい命令を1つ。
テレポートを使いたかったが、慌てて自重する。
ルイズの手持ちには、ブレイドやフライのように併用できる魔法はイリュージョンだけなのだ。
いくら虚無が1単語で魔法を発動できても、テレポート後の1単語では威力が低すぎる。
それにワルドには何度もエクスプロージョンを避けられている。
だったら、そんな危険な賭けをせずにシンジと追い詰めたほうが確実だ。


フライで逃げるワルドは早い。
「娘っ子!しっかり狙え!」
先ほどから、ルイズは何度も爆発を炸裂している。
だが、そのこと如くが避けられていた。
「狙ってるわよ!」
いつものように言い合いを始めたルイズとデルフリンガーを無視して、シンジは跳ぶ。

ルイズとワルドの直線上に体を割り込ますと、そのままデルフリンガーを一閃する。
飛んできたエアカッターを愛剣で迎え撃ったのだ。
攻撃はルイズ、防御はシンジ。
分かれる分担が間違っていることに、使い魔と剣は気付いていた。
しかし、そんな説明を主にしていてはワルドに逃げられてしまうのだ。
幸い、今の状況でもワルドに逃げ切られるということはないだろう。
「いや、誘い込まれたというべきなのかな……」
山小屋を守るように、ワルドが4人、杖を構えて出迎えてくれたのだ。



「シンジ、あれ」
彼らが守っているであろう小屋を、ルイズは指差した。
「うん、本体は恐らくあそこだろうね」
「遍在が4体か……、前の時も思ったけど、コイツはやっぱめんどくせぇメイジだねぇ」
デルフリンガーが溜息でも吐きそうな声で言う。
「そーでもないわよ」
ふん、と鼻を鳴らして、ルイズは一歩前に出る。
そうしてルーンを唱え始めた。
同時に、ワルド達は散開する。

距離を取られてもルイズの余裕は十分。
今、唱えようとしている呪文はディスペル。
ディスペルのスペルは範囲の魔法だ。
ルーンを唱えれば唱えるほど、精神力を込めれば込めるほど、広範囲の魔法を消すことが出来る。
そして、ルイズは他者を全く寄せ付けないほど精神力の量を持っている。
ならば、それに任せてディスペルをワルドが逃げられない程広範囲に張り巡らせてしまえばイイ。
基本的に防御の魔法だが、遍在に対しては最強の攻撃魔法になるのだ。


「……ッ!」
だが、ことはそう上手く運ばなかった。
広範囲を対象にした魔法を放つには、長いルーンの詠唱が必要で、ワルド達はそれを待ってくれるほど優しくない。
結果、自分を狙った風魔法を迎撃するために、ルイズは途中で杖を振るった。
防御は完璧。
しかし、遍在体には届いていない。
むむ、とルイズの額に皺が寄った。
彼女の予定では、ここでカッコよくワルドの遍在を全滅させるはずだった。

「ルイズ、イリュージョン!」
使い魔に言われて、主は再び、呪文を唱える。
ワルド達も簡単にそれを許してはくれない。
四方から来る魔法に1人では迎撃は不可能。
そう判断したシンジは詠唱中のルイズを小脇に抱えると、その場から飛びのいた。

使い魔の腕の中で完成されたイリュージョンは、彼ら2人の幻影を作り出す。
10人、20人……、数えるのが大変な人数の幻影。
ルイズの幻影達は、揃って呪文を詠唱し始める。
シンジの幻影達は、四方に渡ったワルドに切りかかった。
群がる幻影は、ワルド達から視界を奪う。


ワルドにしてみれば、迫ってくる刃の1本以外は全て偽物である。
しかし、その1本は致命傷。
避けないワケにはいかないのだ。
剣を振るう。
魔法を放つ。
刺す。切る。穿つ。
全て手応えを感じない。
空振り。空振り。空振り。

クソッ、と吐き捨てたワルドは、鷹のような目で次の得物に向かう。
目の合った一体。
いや、それは個体といってもイイ。
直感だが、そいつが何十体もいる偽者の本体。
頭で考えるより先に腕を引く。
引くよりも速く突く。
相打ちなら構わない。

刺さる感触が……、ない。
……ハズレ?
下!?
避けられ……。
避けられたと思うよりも先に、ワルドの遍在はシンジによって切り裂かれた。






[5217] 続8
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:abd43027
Date: 2011/09/28 00:25



「テファ、行くぞ」
マチルダを埋め終えたワルドは、その妹に声をかけた。
けれど、彼女は俯いたまま涙を流し続ける。
「テファ……、ここは危ないわ。せめて場所を移してからにしましょう」
先程から、レイはこうやって何度も彼女を励ましていた。

あまり器用ではない彼女なりの優しさが、ティファニアには分かっていた。
分かっていたが、涙はとまってくれないし、足を動かす気力は湧いてこない。
情けない……。
自分があまりに情けなくて、ティファニアはまた涙を流す。

ワルドさんだって……、レイだって、姉さんを失ったのは同じ筈なのに。
なのにその2人が自分を気遣ってくれているのだ。
2人だって、辛いだろうに。

どうして……、どうして……、姉さん。
優しかった姉。
怖かった姉。
怒ってる姉。
笑ってる姉。
ワルドさんを彼氏と言われて恥ずかしそうに顔を赤く染める姉。
ツライ……、悲しい、ツライツライツライ。
涙が……、とまってくれない。


「テファ、聞いてくれ……。レイ、君もだ」
ワルドの出した重い声に、レイは顔を上げる。
次いで、ティファニアも涙でグチャグチャになった顔を見せた。
「……僕達がトレジャーハントをしていたのは話したと思う」
2人から反応は返ってこないが、それでもワルドは話を続ける。

「今回は、ある山の洞窟に入ったんだが……、どこぞの王室の調査隊と鉢合わせてしまったんだ。どうやら僕らと彼らの目的は一緒だったらしい。
宝を先に見つけたのは彼らだったが、手に入れたのは僕らが先だった。案の上それは取り合いになった。僕らも彼らもお互いに譲れなかったのさ。
よくある……、とは言わないが、別段珍しくない話さ」
そこで、彼は悲しそうに俯く。
く、と辛そうに息を漏らした後、彼は再び前を向いた。

「僕達は逃げた。幸い、マチルダは土のトライアングルだったから、洞窟という地形は味方になってくれたよ。何とか出口まで出た。
マチルダは魔法で落盤させて、出口を塞いだよ。……幸い、相手もメイジだからね。死ぬことはないだろう。時間稼ぎにはなるがね。
だが、それがいけなかった……。彼らの目にはそれが攻撃に写ったんだろうね。お互いに魔法は使っていたんだけど……、極力、
怪我をしないように、足止めだけしていたんだ。その暗黙のルールをこっちが破ったと取られたんだ」

「僕もマチルダも、メイジとして腕は立つほうだ。彼女はトライアングルだし、僕も端くれながらスクウェアだ。
だけど、彼らはそんな僕達の遥か上を行っていたよ。そんなこと塞いだ入り口を吹き飛ばして出てきたときに気付くべきだった。
……いや、気付いていた。けど、僕達なら逃げ切れるとも思っていた。僕は遍在……、風の上位スペルなんだが、分身を作り出すんだ。
その遍在を使った。遍在を囮に2人で別々の方向に逃げた。こういうときの落ち合わせ場所は決めていたからね。
だけど……、僕の遍在は大した時間も稼げずに負けてしまったよ。マチルダだって、僕の遍在2体相手に勝つことは難しいのに」

「その後、遍在の目を失った僕は、彼らがどうしたのかは分からない。だけど、落ち合う手筈だったココに来たときには……、もう……」
言い終わって、ワルドは目元を拭った。

ティファニアはまた泣き出した。
トレジャーハンターをしていると聞いたときに、彼女は無邪気にカッコイイと言ったことを思い出したのだ。
あの時に止めていれば、マチルダが死ぬことは無かったかもしれない。
そう思うととまりかけていた涙が溢れてきて、また頬を撫でる。

「……俺はマチルダを守れなかった。それはもう……、変えられない。だが、君たちを危険に晒すワケにはいかない。だから、一緒に逃げてくれ」
そう言って抱きしめてきたワルドの胸の中で、ティファニアは泣きながら頷いた。



続8



遍在の全てを片付けるのにそう長い時間はかからなかった。
ワルドに目隠しさえ出来れば、ルイズの詠唱が邪魔されることはない。
唱えたスペルは、かけた時間に相応しい範囲のディスペルを生む。
イリュージョンとともに消える遍在は、それすらルイズの作った幻影に思えたほどだ。

「おお!娘っ子、オメェやるようになったじゃねぇか!」
デルフリンガーが驚いたように言うと、ルイズは得意になる。
「とーぜんじゃない!わたしは虚無よ?伝説なのッ」
えへん、と無い胸を張った。
「この調子で、ワルドの本体も一発よ」
ますます調子に乗るルイズだったが、小屋の扉が開くと同時に気を引き締める。



開かれたドアから出てくるワルドを睨みつけて、彼女は杖を掲げた。
だが、ルイズの視線はデルフリンガーに遮られる。
隣にいる使い魔がご主人様の視界を遮ったのだ。
ゆっくり距離を詰めるように歩いてくるワルドの後ろには、世話になった2人が走り去る姿が見える。
それが、シンジがルイズの魔法発動を止めた理由だろう。

彼女たちの存在に気付いたことを目で合図すると、ルイズはイリュージョンを放つ。
遍在を倒した時と同じように目くらましを張ったのだ。

「シンジ、あんたは2人を追いなさい!ここはわたしが何とかするわ」
幻影のシンジがワルドに切りかかる中、有無を言わせぬ主人の威厳を持って、ルイズはシンジに命令を下す。
躊躇が頭を過ぎるが、シンジはそれを捨て置いた。
ルイズの足では、恐らく追いつくことは出来ないだろう。
普段から鍛えているシンジですら、見知らぬ森の中で離されれば追いつくことは不可能なのだ。

「分かった。デルフ……、ルイズをお願い」
そう言って彼は愛剣を預けたのだから、ルイズは奇妙な表情をする。
「説明はデルフがするから」
それだけ言うと、彼は彼女らを追って走り出した。

説明を丸投げしていった相棒に悪態をついてから、デルフリンガーは任された仕事を片付ける。
「イイか、良く聞け。遍在と戦った時に気付いていると思うが、お前さんじゃあタイマンでアイツの相手をするのは無理だ。
虚無がいくらメイジとして優れていても、詠唱する間もなく攻撃されたら終わりだからな」
彼が言うことはルイズも良く理解している。
もし、1単語で効果を発揮できる魔法で無敵になれるなら、神の盾たるガンダールヴは必要ないのだ。

「だが、お前さんじゃあ、アイツの攻撃を避けながら戦うなんて無理だ。だから、俺がお前さんの体を動かして攻撃を避けてやる」
ワケわかんない、と不満そうな顔をしたルイズに、彼は説明を付け加える。
「俺様の能力の中にな、持ち手を自由に動かすってのがあるんだわ。まぁ、イロイロと制限もあるんだが、攻撃を避けるくらいはやれんだろうよ」
なんだが微妙に信用ならないデルフリンガーの答えに彼女の顔はますます歪む。

「なによそれ、失敗したら傷つくのはわたしの体じゃない!?」
「そだね。だが、お前さんが地力で避ける確率より、俺様が動かしてやった方が避ける確率は高いと思うぜ?」
緊張感が足りない声で、彼は彼女も理解している事実を告げる。
「やべぇな、お前さんのイリュージョン、破られたみたいだぜ……。娘っ子、やるのかやらないのかはお前が決めろ」
刀身に纏わり付く嫌な風をデルフリンガーは喰い千切りながらルイズに聞いた。

うぅ、と嫌そうに呻き声を漏らした彼女は半ばヤケクソ気味に言う。
「……好きに動かしなさいッ!!」
何故なら、彼が言うことはもっともだったからだ。


「……ヤツは何処に行った?」
風を纏ったまま幻影の壁を抜けてきたワルドは、低い声でそう言った。
彼の周りを漂う風は、この場に張られた探知の糸みたいなものだ。
イリュージョンを見抜く一番簡単な方法は、触れること。
だからワルドは戦場に微量な風を起こすことで、触覚の代わりにしたのだ。

「残念ね、シンジは先に行かせたわ」
ルイズは不敵に笑う。
だが、ワルドはそんな彼女の態度を気にすることなく言う。

「ガンダールヴから武器を奪ってイイのか?それどころか君のようなメイジがそんなものを持っても役にたたんだろう」
「関係ないわ。あんたの相手はわたしよ、ワルド!」
右手に杖。
左手のデルフリンガーはルイズの力ではとても持てないのだろう、刃先は地に引きずっている。
「君が剣を扱えるなんて聞いたことが無いんだがね」
苦笑を浮かべながらもワルドは軍杖を構えた。


臨戦態勢を取ったワルドに併せて、ルイズの左手が浮き上がる。
「えッ!?ちょっと、これ大丈夫なの!?」
両手を使って持ち上げられるかどうか微妙な大剣を、軽々と左手1本で持ち上げられて彼女は驚きの声を上げた。
「心配すんな娘っ子!普段無意識にセーブしている力を使ってるだけだ!」

「きゃッ……、わッ!?ちょっと!」
繰り出される突きを避けるたびに、ルイズは短い悲鳴を上げ続ける。
「うるせぇ!ビビるな!」
体を捻って、あるいはデルフリンガーで弾いて、迫り来る凶刃を避ける動きはルイズのそれではない。

「動きが鈍ぃ!ビビんなって言ってんだろう!」
「しょうがないでしょ!」
怒鳴るデルフリンガーに彼女も怒り気味に返す。
たしかに剣で突かれて平気なほどルイズの神経は擦り切れてないし、死を予感させるそれにビビらないワケも無い。
だが、デルフリンガーにとってはいただけない。
今の彼は持ち手を動かしているのだが、その力を使うのには代償が必要なのだ。

デルフリンガーがこれまで喰い溜めてきた魔法がそれに当たる。
彼自身どういう原理で出来るのかは分からない。
理由なんて彼にとってはどうでもイイのだ。
相棒に任されたご主人様を守るのが、デルフリンガーの仕事なのだから。

「だからビビんな!主導権をこっちに寄越せ!」
「うるさい!無茶言わないでよ!!」
ルイズの身が竦むたびに、デルフリンガーが蓄積している他人の精神力を使って無理やり体を動かす。
彼女が寝るか気絶でもしてくれていれば、体を動かす分だけの精神力で足りるのだが、この状況では非効率極まりない。

それどころか、人体の普段眠っている力を無理やり使っているのだ。
今はまだ翌日に酷い筋肉痛が襲ってくるくらいの力しか使ってないが、無理をすれば肉離れ。
下手をすると筋が断裂してしまうようなことにもなる。
長時間この状態を使ったら、もっと酷いことになるかもしれない。
だが、守った結果傷物では伝説の剣の名折れなのだ。
だというのに、とても攻撃に回れるような隙が無い。


舌打ちの代わりに柄を鳴らしながら、迫り来る軍杖を避ける。
1発目を左に半身になって、続く2発目は更に半回転。
都合1回転。
並みの相手なら、このまま遠心力を使って自身を叩き込むのだが、敵は並ではない。
ルイズが振り向いた刹那、ワルドの右足が下から彼女を蹴り上げる。

ワルドは3発目の突きは端から考えていなかったのだ。
蹴り飛ばされた先で華麗に着地を見せた彼女は、今更になって自分が蹴り飛ばされたのに気が付いた。
「どうすんのよあんた!?蹴られたじゃない!」
「ぎゃあぎゃあ喚く暇があったら、呪文でも唱えてろッ!こっちは攻め手が足りねぇんだよ!」


「なかなかやるじゃないか……、いつからトリステインは女の子が剣を振るう国になったんだい?」
余裕を見せ付けるように、ワルドはルイズに向かって声をかける。
「くっそ……、足に鉄板でも入れてやがんのか、あの野郎」
ご主人は気付いていないのだが、デルフリンガーはただで蹴り飛ばされたワケではない。
2発の突きの後、ワルドが放った右足を彼は両足の裏で受けたのだ。
いや、受けたというよりは、相手の脛を足の裏で蹴りつけたというほうが正確かもしれない。

結果として、蹴りの威力に負けて吹き飛ばされたように見えてしまったが、デルフリンガーはむしろ攻撃に成功している。
靴を履いた足の裏で蹴りを受けてもダメージは無いし、カウンターで相手の脛に蹴りをお見舞いしているのだ。
「どうすんのよ?ねぇ、どうするのよ!?」

「気にくわねぇが……、俺が操るお前さんとアイツは互角らしい。攻撃のタイミングはこっちで作ってやるからおめぇが止めをさしな」
デルフリンガーがそれだけ言うと、ルイズの体は彼女の意思に反して動き出す。
主導権を渡せ、と言われても、どうやって渡していいのか分からない。
ビビるな、と怒鳴られても、体は竦む。
顔を覗かせた弱気のオーラを敏感に感じ取ったのか左手の剣は、走りながらも主人を怒鳴りつけた。

「おめぇがここで死んだら、相棒は後悔するだろうよッ!」
いつもカッコよくいて欲しい使い魔が、判断を間違えたなんて後悔するのはやめて欲しい。
大好きな彼の顔が曇るなんてのは、ルイズは見たくないのだ。
そして、カッコいい彼の横にいるためには、カッコいい女にならなくちゃいけない。
なにより、こんなところで死ぬ気もない。

その思いは、驚くほど彼女の力になった。
心に巣くった弱気の虫を蹴散らして、鋭い視線でワルドを睨む。
右手の杖を強く握ったルイズは、敵を倒すために呪文を唱える。

さっきは矢のような速さに感じた自身の動きが、歩いているように遅く感じた。
ワルドの軍杖とデルフリンガーが重なる音も、遠くに聞こえる。
迫り来る刃も今はなんだか怖くない。

「おッ!?軽くなったぜ!でかした娘っ子!!」
デルフリンガーの言葉は、集中したルイズの耳には届かなかった。
彼女の五感は、全て敵を倒すことに集中していたのだった。


ルイズの意識が詠唱に集中したことで、デルフリンガーは彼女の体の主導権を得られた。
軽くなった体で、デルフリンガーは実力を遺憾なく発揮する。

突いてきた軍杖を剣の腹で弾くと、踏み込んできた太ももを駆け上る。
人体の中でも凶器になり得る角、膝を使ってワルドの顎を砕くつもりで渾身の蹴り。
下手をすれば舌を噛んで死んでしまうような攻撃だが、ワルドはインパクトの瞬間に自ら後ろに飛ぶことで衝撃を逃がす。
手ごたえのなさと、あまりに吹き飛びすぎの相手を見て、デルフリンガーは状況を正確に理解して悪態をつく。
「剣と魔法だけじゃなくて、肉弾戦も優等生かよッ」



だが、本当に悪態をつきたいのはワルドのほうだった。
ダメージを逃がしたところで、顎に膝を喰らった事実は消えない。
飛びのいた後の着地が上手く決まったのは、恐らく偶然。
顎の骨と意識が無事なのは救いだが、膝が笑うのを止められないのだ。

詠唱中のエアハンマーを放棄して、風の防壁を張る。
魔法を喰らう魔剣相手に意味は無いが、もはやそれはワルドの体に染み付いた条件反射。
もう遍在を使えるほどの精神力は残っていない。
疾走してくるルイズを目で追うのがやっと。
体なんて反応しない。
袈裟懸けの攻撃を予測して、軍杖を剣筋の先に置いておく。

ワルドの張ったエアシールドを紙くずのように食い破りながら、忌々しい剣が進んでくる。
だが、剣筋はピタリ。
大剣を片手で扱えるようになった優秀な右腕は、重い大剣の一撃に軍杖を吹き飛ばされはしなかった。
「前より硬ぇじゃねぇかこの野郎ッ!」
アルビオン以来、武器の強度に気を遣ったのは正解だったらしい。

「まぁ、でも、俺の見せ場はココまでだ。やれぇ!娘っ子!!」
虚無が発動する前の空気の震えをワルドは敏感に感じ取っていた。
動かぬ足では避けるのは無理。
反射的に張ったエアシールドは魔剣に喰われている。
「やはり俺は間違ってなかった……」
虚無の光を目の前にしながらも、ワルドは己の推測が間違ってなかったことを確信して、口の端を歪める。
見返りが大きい代わりに生き残る確率は殆どない……、と始めた策だ。
参加料代わりにマチルダも殺した、今死ぬことに後悔は無い。
ただ、ここで結末を見えずに朽ち果てることだけが口惜しかった。








[5217] 続9
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:abd43027
Date: 2011/12/14 06:56

子供をあやす様に泣き続けるティファニアを慰めながら、ワルドはレイに耳打ちする。
「僕はこれからヤツらの足止めをする……。いざとなったら、君がこの娘を守るんだ」
そう言って、レイに杖を渡す。
「……マチルダの物だ」
瞳に意思をともして頷いたレイに満足したのか、ワルドは彼女の頭を撫でた。

「君達は恐らく、僕らより優秀なメイジになる。だが、今ヤツらと戦ってはダメだ」
それはつまり、先なら勝てると言うことだろうか?
その言葉を掴み損ねたレイだったが、彼はそんなことを気にせず続きを口にした。
「どうしようもなくなった時だけ、使い魔を召喚しなさい。きっと君たちの助けになってくれる。ルーンは……」


走りながら、レイはワルドの言葉を思い出す。
言葉通り、彼はあの2人の足止めに言ったのだ。
もう、ティファニアを守れるのは使い魔のレイだけしかいない。

「……レイ。ワルドさんは、帰ってこられると思う?」
先を行くティファニアが、不安に耐えられなくなったように吐き出した言葉。
それにレイは答えることをしなかった。
結果が予想できないのではない。
……恐らく、ワルドは負ける。
だが、その答えを口にした途端に、現実になってしまうような不安感があるのだ。

前を走っている彼女は、地を蹴る足を止めた。
同じようにレイも止まる。
振り向いたティファニアは、血の気がなくなるまできつく杖を握っていた。
「……やっぱり、わたし、ワルドさんを助けに行く」
決意に溢れる瞳の前に立って、レイは首を左右に振る。

「それだったら、私が行く……。私はあなたの使い魔だもの」
決して譲らない。
ご主人様に救われた命なのだ。
彼女のために使うことに何の戸惑いも無い。

ダメ、とか危険、とかと言って止めようとするティファニアを愛しく感じる。
だからこそ、彼女にレイは首を振って答える。
「私が使い魔を召喚するわ」

ティファニアに反対される前に、ワルドに聞いた呪文を唱えて、マチルダの杖を振るう。
碇シンジの記憶を失ったレイは、同じようにエヴァンゲリオンを含む元の世界の記憶も失っていた。
だから、現状をどうにか出来る使い魔を彼女は願った。
願わなくても、レイが呼び出すものなんて決まっているのだが……。



契約を終わらせ彼女の紅い瞳は自信に満ち溢れていた。
ワルドの言った通り、自分は凄いメイジになれるかもしれない。
田舎に暮らしているセイか、レイはあまり学があるほうではないが、それでもこの使い魔が凄すぎることは理解できた。

とにかく大きい。
使い魔から感じる力強さは、話でしか知らない竜種にも負けるとは思えない。
それどころか、ワルドやマチルダを襲った2人組みにも勝てるだろう。
つまり、願いが叶ったのだ。

レイ……、と呼びかけてきたご主人様に頷く。
「あの人を助けに行きましょう」
レイの言葉に合わせて、青い巨人は膝をついた。

右の掌の上に2人を乗せると、自らの肩に彼女達を運んでくれる。
首筋から飛び出てきた円筒状の物体を見て、レイはここが乗り込むべきところだということが何となく理解できた。
ご主人様と使い魔の関係だからだろうか、普通なら怖いと思うはずのこの一つ目の巨人をただただ頼もしいと思うのだ。

首筋から出てきたモノの中に入る。
どういう原理か、使い魔の視点で外が見えた。
結構な距離を走って逃げたはずの小屋も青い巨人に乗ってしまえば直ぐ近くで……。
直ぐにワルドが目に入った。

見つけると同時に大きく映し出された彼は、2人組みの片割れと戦っていた。
彼の攻撃は容易く避けられる、捌かれる。
逆に桃色の髪を振り回しながら、相手はワルドに飛び膝蹴りを打ち込んだ。
行かなきゃ……、と思ったその時、ワルドから視線が外れる。
瞬間、レイとティファニアは空を跳んでいた。

ご主人様の思考を読んだ零号機は屈伸するように膝を曲げ、足に溜めた力を解放すると、ルイズとワルドの元まで一直線で飛び出したのだ。
ワルドの剣が弾かれる。
敵の杖から光が溢れ出し、ワルドを飲み込もうとしたが、レイの意思を汲んだ零号機は彼女と彼の間にフィールドを張った。
壮絶な爆発からはワルドを守ることを成功したが、跳躍した零号機は彼の直ぐ傍に着地する。

エヴァンゲリオンの着地に相応しいだけ揺れた大地は、足の自由がきいていないワルドを宙に跳ね上げた。
起こした派手な土煙の中で、ワルドはレイの使い魔の手に捕まえられた。
気は失っているが、呼吸と共に胸が上下している、死んでいない。
それを見て、レイとティファニアは安堵する。

着地で巻き上げた地面は、むしろ相手のほうに多く飛んでいったはずだが、桃色の髪の彼女は何でもないように立っていた。
何故とかどうしてよりも、倒さなきゃ……、というレイの意思に反応して、零号機は小さな彼女に向かって拳を振り下ろす。

レイの使い魔が地面に叩きつけようとした拳は、振り上げたまま紫色の手によって止められた。
咄嗟にバックステップで距離を取った零号機の中で、レイとティファニアは紫色の怪物と睨みあった。




続9




走る、駆ける。
翔ける……、とまでは剣を手放したガンダールヴでは言えないが、鍛えているだけあってそこそこ早い。
ここまで道なりに追ってきたが、未だに追いつかないとなると隠れてやり過ごされた可能性が出てくる。
足を止めて腕で汗を拭う。

振り返った先の光景を見て、シンジは目を見開いた。
森の木々を遥かに超える巨大な鏡。
クソッ、と漏れた悪態は意識して放った言葉ではない。

碇シンジに初号機が召喚できたのだ。
綾波レイが召喚するなら零号機になるだろう。

ルイズと自分からレイとティファニアが逃げたのは、恐らくワルドから何かを吹き込まれたのだ、とシンジは予想を立てていた。
しかし、その場合、彼女にエヴァに乗られると厄介なことになる恐れがある。
今の2人はただ逃げているだけだからイイのだが、エヴァンゲリオンという使い魔を得て攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
そうなると対抗できるのは初号機だけだろう。

綾波とは戦いたくないな……、そう思いながらも、彼は使い魔との繋がりを確かめる。
いつも通りの良好で、呼べば3秒と掛からず目の前に現れてくれるはずだ。
視線の先では零号機が右腕からくぐるように鏡を抜け出す。
今から走ったところで、零号機とのコントラクト・サーヴァントは完了してしまうだろう。
とにかく、綾波と話さないと……、とシンジは走る足を速めようとして立ち止まった。

屈んだ零号機のエントリープラグが排出される。
2人が入った。
顔までは視認できないが、状況から言って綾波とティファニアだろう。
立ち上がった彼女が見つめた一点に思い至って、シンジは慌てて初号機を呼ぶ。
跳び出した零号機が巻き起こす土砂。
それらをギリギリ間に合った初号機がフィールドを張って弾き飛ばす。
即座にエントリープラグに滑り込む。
状況の確認もせずに零号機を追って跳ぶ。

宙でルイズがエクスプロージョンを放った瞬間を捉える。
直後、彼女に向かって土砂を降らすように零号機は着地した。
フィールドを張れば、零号機に中和される。
シンジと初号機は間に合わない。

しかし、彼のご主人様は、土砂を被ることは無かった。
ワルドを守るように零号機が張ったATフィールドが、逆にルイズを守る形になったのだ。
零号機は着地の振動で打ち上げられたワルドを大事そうに手で受け止める。
続いてルイズに向けられた拳は、先の動作が無ければシンジが止めることは叶わなかっただろう。

掴んだ拳を振り払ったレイから、ルイズを守るようにシンジは立っていた。
ジリジリと距離を取る零号機を見つめたまま、彼はルイズを回収するタイミングを計る。
緊張感は漂うが、互いに守るべきものを安全圏に置きたいという利害は一致していた。

お互いに示し合わせたようにレイはワルドを、シンジはルイズを拾って後退する。
「ちょっと、シンジ!乗せなさいよ!」
掌の上で緊張感が足りてないのか、ルイズは怒ったように声を上げた。
シンジとしては怒られてもご主人様を乗せるつもりは無い。
だから、彼女を落とさないように細心の注意を払いながら跳躍した。


「きゃあ!バカ!ちょっと……、ヤメ!?」
移動の間、悲鳴と罵倒を繰り返したルイズは若干涙目。
きっとご主人様は怒り心頭だろうケド、エヴァ同士の戦いに生身の人間なんて巻き込むわけにいかないのだから我慢してもらうほかない。
使い魔の彼はそうやって勝手に納得した。

こっちを睨んでるルイズを地上に下ろして振り返る。
視線の遥か先で零号機も同じようにワルドを下ろしていた。
もっとも、ワルドのほうは気を失っているので、こっちのように文句を言われてはいないだろう。

綾波と話すためにも……、まずは零号機を止めなきゃ。
どうやって、零号機を無力化するかを考えていたシンジだったが、目の前に急に現れたルイズにその思考も中断させられた。
ガボッ、とかゴボッ、と目を白黒させながらLCLで溺れてるご主人様を見て彼は額に手を当てる。
……テレポートがあった、と失念してたことを悔いてみてももう遅い。
いや、覚えていようとご主人様の魔法を避けられないのだから結果は変わらないだろう。
そこまで考えたシンジは、ルイズを下ろすことを諦めた。

零号機が立ち上がる。
まだゴボゴボやっているご主人様の頭を捕まえると、口の中にLCLを含む。
視線は零号機から離さない。
いつかのように彼女の唇越しにLCLを肺へと流し込んだ。



歩くような速度から、零号機は即座に加速する。
ルイズの頭から手を離して、シンジは初号機の全身に力を込めた。
スピードに乗った零号機は、右肩から初号機の胸へと突っ込んでくる。
ありえない衝撃に、紫の巨人は仰け反った。
だが、それだけでは零号機の運動エネルギーは止まらない。

覆いかぶさるように倒れこんだ2機だったが、上に乗ったのは零号機だった。
格闘技でマウントポジションと呼ばれる体勢に良く似た状況に持ち込んだ零号機は右拳を振り下ろす。
顔面を殴打しようとした拳を何とか左腕で防いだが、シンジは嘗て無いほど焦っていた。
生身での格闘訓練で、レイを相手にしたときの勝率は2割を下回るからだ。
ましてや、マウントを取られて返せたことは一度も無い。

振りを下ろされる左。
右腕で弾く。
こんな状況になるのは予想外だった。
生身では殆ど勝てなくても、エヴァに乗ってしまえば、レイとのシンクロ率の差はかなりある。
エヴァでの模擬戦では8割くらいは勝っているのだ。
その模擬戦の中では、零号機の全力の体当たりを止めたこともある。
だから、今回の零号機のショルダータックルは、止められるはずだった。

再度、振るわれる右拳。
ガードに出した左腕の上から構わず叩きつけられる。
次いで左。
もう1度、左腕で防ぐ。
次の右のガードは間に間に合わない。
だが、それでも構わない。
顔面に予想を超える強烈な一撃を貰う。

狙いは次の左。
振り下ろされた手首を掴む。
勢いに負けて顔にもう一撃貰った。
さらに掴んだはずの左腕は、振り払われる。
続く右も顔に刺さる。
明らかに初号機は力負けしていた。




[5217] 続10
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:abd43027
Date: 2011/12/16 06:32

殴られて朦朧とする頭で、次の手を考える。
零号機のパワーは確実に彼の想定以上で、もしかしたらシンジの操る初号機よりも強いかもしれない。
そして、サードはチルドレン3人の中で格闘技能が最も低いのだ。
そんな相手にマウントポジションを取られれば打てる手など自爆ぐらいしかないが、それはできない。
殴られるたびにLCLの中で揺れる桃色の髪の主を巻き添えにするわけにはいかないからだ。
もっとも、この状況で彼が諦めていないのは偏に彼女の存在があるからなのだが……。

零号機が振り下ろす拳に合わせて体を捻る。
拳は初号機の頬を掠めて地面に突き刺さった。
それとほぼ同時に、初号機の体が反転する。
この状況を狙っていたのはシンジだったのだが、その彼があっさり行き過ぎて逆に驚く。

窮地から脱した初号機は、そのまま転がる。
一回転したところで寝たまま無理やり地面を蹴って、這うように距離を取る。
不恰好ながら零号機から逃げ出すことに成功したのだ。


「何よアイツ!?メチャクチャ強いじゃない!」
距離を取ったことで安心したのか、ルイズは声を出した。
「素手なら僕じゃ相手にならないよ」
「嘘ッ!?」
「ホント」

返事だけしたが、彼我の力量差をゆっくりと測っている時間は無かった。
いっそ清清しいくらいに真っ直ぐ突っ込んできた零号機を何とか避ける。
結果、後ろを取った形になるが、シンジは攻撃を躊躇った。

シンジの知っているレイは、こんな風に無防備に突撃してこない。
一発目はパワーアップした零号機で不意をうてるのだから、直線的でも構わないだろう。
現に、速さと力強さを見誤った初号機は、マウントを奪われたのだ。
しかし、実力差があっても見に回っているのなら、簡単に優位に持ち込むことはできないはずなのだ。

だがチルドレンの中でもっとも判断能力に優れた彼女が、こんな単純に背後を奪われるとは思えない。
それを知っている彼からすれば、一見無策に背中を晒す青いエヴァが罠を張っているとしか思えなかったのだ。

振り向いた零号機はまたしても最短距離を加速してくる。
明らかに以前よりも速い。
広げられた両腕からは捕まえるという意思がありありと伝わってきた。
サイドステップで左に逃げる。
伸ばされた右手が初号機に触れた。
辛うじて掴まれ無かった初号機は零号機からバックステップ。
何とか逃げ切れたが、無視し得ない違和感がシンジを襲った。


繰り返される突進のパワーとスピードは、シンジの知っている零号機とは段違いだった。
というか、恐らく初号機と比べてもあちらが上回っているだろう。
流石に片手で圧倒されるほどの力差は無いが、それも慰めにならない。
エヴァの模擬戦で彼が勝ち越しているのは、シンクロ率の差から来るスピードやパワーが原因だからと断言できる。
つまり、パワーとスピードで上回られた今、生身での戦闘訓練より酷い結果になる可能性が高い。
だというのに、初号機は未だにクリーンヒットを与えられていない。
感じる違和感は、喉に刺さった小骨のように彼の集中を阻害する。

またも真っ直ぐ突進してくる青い機体に牽制の右を放つ。
散漫な注意力で放たれたそれは、完全にシンジのミスだった。
生身だったならレイに向けて無用心に繰り出した拳は、逆に腕を取られて関節の1つでも極められるところなのだ。
だが、意外にも無警戒で繰り出したパンチは零号機の足を止めた。
向けられた拳に警戒を向けたのか彼女の青い機体は、ファイティングポーズをとる。
幾分不恰好な構えは、以前のレイとは違っていてシンジは更に違和感を強くする。

構えもそこそこに踏み込んだ零号機は、左足を軸にして上段に蹴りを放つ。
速さは以前より格段にある。
だが、蹴りが素直すぎた。
繰り出された蹴りは、バックステップをした初号機に掠りもせず、放った蹴りの遠心力で軸足を基点に一回転してしまう。

かつて手本としていた綺麗なハイキックは見る影も無い。
コケることはなかったが、蹴り技なんて知らない女の子のような動きを見て、彼はようやく違和感の正体に気付くことができた。

レイが失った記憶は、碇シンジのことだけではなかったとしたら……。
格闘技の技能……、いや、もしかしたらエヴァや向こうでのことまで忘れてしまったのかもしれない。
だとしたら元々、彼女に策など無かったのだ。
愚直なまでの直線的な攻撃は、本当にそれしか出来ないからそうしていたに過ぎない
それなら……。

相変わらず直線的、というより素人の動きで零号機はパンチを繰り出してきた。
確かにパワーもスピードも初号機より少しだけ上だ。
放たれた右拳を左手で軽く逸らす。

以前の綾波レイには劣るが、シンジにも一応技術はある。
そして、それは自分より少しだけ速くて力の強い素人を倒すには十分なアドバンテージ。
追撃が来る前に左の拳を眼前に。
当てはしないが、驚いて身を竦ませた一瞬で初号機には十分だった。
足を払って零号機をうつ伏せに倒すと右腕を極めて背中に乗る。
瞬く間の出来事で素人には何が起きたか分からないだろう。
暴れる青い機体を押さえながら、器用に片手でプラグのイジェクト作業を進めていく。
10秒と掛からずプラグをイジェクトさせると暴れていた零号機は大人しくなった。



続10


負けた……、と悟ったのは地面に組み伏せられて完全に身動きが取れなくなった時だった。
今も腕やら足やらに力を入れてみてもピクリと動くだけで拘束を解くことは叶わない。
そのうちに外を映し出していた光が消え、当然のように四方は壁に包まれた。

ワルドを置いて逃げればよかったんだろうか……。
「大丈夫……、絶対大丈夫だから」
優しく言ってくれるテファの手をきつく握る。
握った手は震えていて、彼女もきっと不安なのだ。

「あなたは私が守る」
どうすればよかったかなんて考えても仕方ない。
これからどうすればいいのかを考えるべきなのだ。
萎えかけた気力を振り絞る。
刺し違えてでもご主人様を逃がす。
悲壮な覚悟を決めて、レイの瞳は鋭さをました。



無理やりこじ開けられた壁の隙間から這い出るようにして地面に出る。
眼前の紫色の巨人を紅い瞳で睨みつける。
残念ながら彼女の使い魔たる蒼い巨人はどこにも見えない。
それどころかウエストウッドの森が遠くに見えた。
無力化のためなのか、かなり遠くまで運ばれたらしい。

紫の巨体、妖しく輝く目、この世の生物が束になってかかって行っても敵わないんじゃないかと思わせる威圧感がそこにはあった。
悪魔のような禍々しさを放つ紫色の化物の手に運ばれて、彼等は地に足をつける。
「安全は保証するから、悪いけど降参してくれるかな」
降りてくるなりシンジと名乗った黒髪の少年は言う。


降伏を迫るように一歩ずつ近づいてくる敵2人が恐ろしい。
彼の言葉を信じられたらどれだけいいだろうか。
優しく見える言葉に縋りたかった。
でも、彼等はマチルダを殺してワルドまで手にかけようとしたのだ。
とてもではないが信じられない。

決意を固めるためにテファの手をもう1度強く握った。
相手との距離を測る。
後5歩進んだ時が勝負。
勝負は一瞬。
1……、2……、3……、4……、今!
先程よりも強く握り返してくれるご主人様から勇気を貰って、レイはシンジに向かって真っ直ぐに走り出した。
「大丈夫……。絶対!」
ティファニアの声が聞こえた。

極限の窮地で、レイの体は予想を遥かに超えるキレを見せる。
今は忘れてしまった訓練の賜物であった。

体当たりに身構えたシンジの2歩手前で目標を隣に移す。
元から狙いはこちらだ。
不恰好でも何でもイイ。
とにかく敵のメイジを両腕で突き飛ばす。
ルイズが尻もちをついたのを確認もせずに、レイはすぐさまシンジに向かった。

腰を落として受け止める体勢を作った彼目掛けて、左肩からタックルを放つ。
簡単に突き飛ばされたルイズと違って、彼はレイの体当たりを受け止めてみせた。
小さなルイズほどではないだろうが、彼女も十分に軽いのだから無理ではない。
ただ、たった1つだけ誤算があった。
そして、そのたった1つは彼らにとって致命的なものだった。


彼から死角になっている右手で、素早くお気に入りを手に取る。
野外で多目的に使うそれは、皮を裂き、肉を割って突き刺さった。
少し遅れて生暖かい液体が零れだす。
当然、赤い。

同時に、彼女のご主人様が唱えていた魔法を完成させた。
ティファニアの呪文が敵の主従を包み込む。

「ディスペル!」
新しく完成させられた魔法が、記憶を奪う魔法を寸前で喰らい尽くす。
「あんたたちの魔法は通じないわ。降参しなさい!」
スカートについた砂を払いながら、ルイズは威圧感たっぷりに言った。
そうした余裕を見せ付けていた彼女だったが、彼の白いカッターシャツが赤く染まっていく様を見て目の色が変わった。

レイはきつく握ったナイフの柄を今度は逆に引っ張り出す。
栓を失ったことで白いシャツからついに血液が滴り落ちた。
驚くほどゆっくり彼が倒れた。


瞬間、ルイズの頭は沸騰した。
シンジの昔の恩人とか、虚無の使い魔とか、そんなのは関係ない。
刺したのだ、大好きな彼をアイツが。
使い魔が血を流しながら苦しそうな顔をしているのは、全て赤い瞳でこちらを睨んでいるアイツのセイだと理解したときには、彼女は慣れ親しんだ呪文を唱えていた。

集中と共に視界がギュッと凝縮される。
彼女の目に映っているのは、愛しい使い魔と彼に抱きついて、構ってもらって嬉しそうに頬を染めていたアイツ。
それなのにシンジを刺したアイツ。
アイツ、アイツ、アイツ!!
詠唱は長くかからない。
シンジを巻き込むといけないからだ。

短い詠唱に込めた精神力は過去最大、タルブで使った大爆発よりも大量のそれを人1人を消し去るために使う。
「エクスプロージョンッ!!」
ここまで明確に敵意を、殺意を持って魔法を使うのはルイズにとっては初めてだった。


「レイ!!」
叫びながらティファニアは自分の体ごとレイへとぶつかった。
何故、と聞かれても彼女にも説明できないが、ルイズが放とうとしている魔法は途轍もなく危険だと感じたのだ。
すんでのところでレイを突き飛ばす。
ポケットから思い出のオルゴールが転がり落ちるが、気にしている場合ではない。
突き飛ばされた使い魔が、信じられないようなものを見るような目でご主人様を見た。
さっきまでレイが立っていた位置……、今はティファニアが立っている位置で小さな光が鋭く光った。





[5217] 続11
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:abd43027
Date: 2011/12/17 19:59


心臓がうるさいくらいに脈動して止まらない。
切られた腹からは鼓動に合わせて血が流れ出す。
痛いのか痛くないのか分からなくなるくらい痛い。
できることなら直ぐにでも意識を手放してしまいたいくらいだ。

しかし、こんな最悪のコンディションでも、ご主人様が詠唱に入ったのが分かるのである。
働きすぎだよ……、とルーンに向かって悪態をつく元気も無いが、彼に頼めば体はまだ動く。
どうにか愛剣を鞘から抜き出して喉から声を絞り出す。

「……デルフ、頼みがあるんだけど」
「そりゃいいが……、おめぇさんは大丈夫なのか?」
「正直ッ……、喋るのもッつらい。だからッ、代わりに、僕の体をッ……、動かして」
「分かった。娘っ子は俺が止めてやる」
頼むよ、とシンジが言う前に、ご主人様の魔法は完成する。

彼女が怒りに任せて振るったエクスプロージョンを彼だけが見ていた。
ルイズの精神力が、レイを逃がすために突き飛ばしたティファニアを飲み込んで球体を描く。
一瞬だけ小さく、しかし、強く光る。
音も爆風も無い。
無いが、目に見えないはずのそれが、炸裂したのを使い魔としての感覚で確かに感じられた。

光ったのは一瞬なのに、その光に目を奪われているうちにティファニアは消えてしまった。
何が起きたのかはシンジにも理解が出来ていない。
彼女が立っていた場所には半円状に切り取られた地面があるだけだった。
あれを綾波に向けさせるワケにはいかない。
反射的に叫ぶ。
「ルイズッ!」

逆流して口の中に溜まった血が飛び散った。
構うものか、こっちにはデルフリンガーがついている。
限界を迎えている体は無様にも膝が笑っているが、伝説の剣にかかればこちらの意図したとおりに動いてくれるはずだ。
再び虚無を奏で始めたご主人様を抱きしめる。
ルイズが血で汚れるのも構わない。
「相棒の傷が深い!手遅れになる前に水メイジに見せろッ!とっととテレポートだッ!!」

デルフリンガーに怒鳴られて、ルイズはハッとした。
シャツを染める使い魔の血は、じんわり滲んで彼女の服まで赤く塗る。
狭い視界は更に狭く、全て彼だけに向けられた。
直ぐに医者に見せなければいけない。
沸騰した頭でも、怒鳴られたおかげでその程度の判断は下せた。
エクスプロージョンの詠唱を止めると、テレポートの呪文を唱え始める。
行き先は王宮。
とにかく水メイジ、真っ先に浮かんだのはアンリエッタだった。


「させない」
とても冷ややかな声をルイズはシンジ越しに聞いた。

「野郎ッ!!」
シンジの腰で、デルフリンガーが鳴る。
彼の体を操る伝説の剣は、背後のレイを殴り飛ばした。
殴り飛ばされ、尻餅をついた敵はそれでも二人と一本を気丈に睨みつける。

「あなた達はテファを殺した。だから、いかせない」
血の滴るナイフの切っ先をこちらに向けて静かに言う。
彼を見れば、背中に新しく浮かび上がる血。
刺されたのだ、また。



続11



「俺が片付ける、詠唱止めんなッ!」
デルフリンガーが怒鳴った。
アルビオンからトリステインへの距離は長い。
当然、テレポートを唱える時間も長くなる。
それならば、シンジの体を操ってレイを倒したほうが早いという判断だった。
伝説の剣に怒鳴られたルイズはアイツを睨みつけたまま、長い呪文を唱え続けた。

ルイズを操ってワルドに勝ったデルフリンガーが、今のレイを相手に遅れを取るわけが無かった。
傷や痛みでパフォーマンスが落ちるということは彼にはありえない。
死体こそ動かせないが、死にかけの体なら問題なく……、いや、本人以上に動かせるのだ。
素早くナイフを取り上げて、それを彼女に向ける。

デルフリンガー自身を使うにはかなりの筋力がいるのだ。
人体のリミッターさえ外してしまえばルイズですら大剣は扱えるが、今のシンジでそれをしてしまえば余計な出血が増えるのだ。
出血量が多すぎる彼にとってそれは致命傷に繋がる。
それどころか、ナイフを向けている今の時間すら惜しい。
狙うのは首。
切れ味のいいこれなら簡単に皮膚を裂いて動脈を分断できる。

「おい!相棒、なにやってるッ!?」
首筋に刃が当たる直前で、ナイフがピタリと止まった。
とっくに意識を失っていてもおかしくないくらい血を流しているのに、彼は体の優先権を取り返したのだ。
「こっちの台詞……だよ。僕が頼んだのはルイズを止めることだよ」
そう言うと、背中のデルフリンガーを放った。

限界まで食いしばった歯の隙間から、血が零れる。
軟弱な肉体は傷に屈して動こうとしない。
まるで借りもののような体に念じる。

動け……。
エヴァでそうしているように、イメージするのは神経。
体に支配者が誰であるかを刻み付ける。

動け……。
まず、支配者の我侭に屈したのは脳。
動作を阻害する痛覚を脳内麻薬を作り出して遮断した。

動け。
次に足が地面を踏み抜く。
親指が力を込めて土を捕まえた。

動け動け動け!
足の裏で生まれた力を脹脛が膝が太股が加速させる。
腰の回転が加速を乗算させ、脱力した腕がリリースポイントに到達すると同時に極度の緊張。
肘、手首、指先、溜められた力が全てナイフに伝わる。


渾身の遠投を終えて、シンジは愛剣の隣に倒れこんだ。
痛みはまだ無い。
しかし、一層激しくなった流血は止まらず、心臓は狂ったように脈を打つ。
「バカ野郎ッ!!死ぬぞ!?」
返事をしようとして咳き込んで血を吐いた。

「せめて俺を握れ!」
デルフリンガーが殴り飛ばしたレイは無傷とはいかないものの、致命傷には程遠い。
精々、打撲とか打ち身くらいのものだろう。
一方シンジは、今にも死にそうなのだ。
意識があるのかどうかも怪しい。
声に反応して剣を掴んで……、いや、触れてさえくれれば、デルフリンガーが彼の体を操れるのだ。

「おい!相棒、俺を掴めッ!!」
瞬間、デルフリンガーは持ち上がった。
「待て!おい、止めろッ!?やめてくれぇ!!」
重い大剣を持ち上げたのは、もう1人の使い魔だった。

鋭い切っ先を倒れている彼の背中につき立てる。
背中から血が飛ぶ。
ルイズの絶叫が響いた。

「クソッ!チクショウ!!」
最悪の状態だが、剣に触れているのだ。
流石に、シンジの意識ももうない。
今なら相棒を自由に動かせるはずなのだ。

「嘘だろッ!?相棒ぅッッ!!」
倒れたまま、デルフリンガーは体を必死で動かそうとした。
しかし、ピクリともしない。
骨折してようが腱が切れていようが死にかけだろうが、喰った魔法の分だけ持ち手を動かせるのがデルフリンガーの能力である。
なのに動かない。
トリステインを救って、ガリアを救って、教皇の野望を力尽くで阻止した英雄が、六千年で最強のガンダールヴが、あっさりと死んだのだ。

相棒を亡くした哀しみに浸る間もなく、次なる驚愕が伝説の剣を襲う。
六千年を生きた彼が知らない呪文をルイズは唱え始めた。
いつものように忘れたワケではない。
現にルイズの唱えるルーンの一小節すら聞いた覚えが無いのだ。

程なく完成された魔法はレイを捕らえた。
見る見るうちに主を殺された使い魔の顔から血の気が引いていく。
「……碇、君」
涙が頬をつたって、彼へと落ちる。
まるで信じられないことが起こったかのようにレイは座り込んで俯いてしまった。

もう一度、ルイズはさっきの呪文を唱えた。
そして、それをシンジに向けて放つ。
彼を包んだルイズの魔法はおよそ何の効果も発揮せずに消え失せた。
「嘘……、何でッ!?」

「無駄よ……。失った魂は二度と戻ることは無いわ」
俯いたまま、消え入りそうな声でレイは言った。
「知った風なこと言わないでよッ!この魔法は時間を戻せるのよ!あんたのご主人様だって、生き返らせてあげるから邪魔しないで!!」
レイがへたり込んでしまった原因は、忘却で失ったシンジに関する記憶を時間を戻されて蘇らされたからだった。
好きだった人をこの手で殺したのだ。
立っていられないほどのショックを受けても仕方ない。
話ができるだけでも強靭な精神力だと言えた。

「あなたも分かっているんでしょ?」
彼女のその冷たい言葉に、ルイズは泣かないように鼻を啜った。
泣いてしまえば、レイの言うことを認めてしまったことになると思ったからだ。
そうだ、アイツの言うことは間違っている。

「そんなことない!私はゼロのルイズで、魔法を失敗することなんて慣れっこで、今回だってちょっと失敗しただけで」
もう一度呪文を唱える。
杖を振る。
「その魔法は死人を生き返らせることは出来ないわ。ブリミルが実験済みよ」
唱える、振る、唱える、振る。
「精神力の無駄遣いだからやめた方がいいわ」
唱える、振る、唱える、振る、唱える、振る、唱える、振る。
精神力なんて消費した以上に体の中から溢れ出る。
唱える、唱える、唱える唱える唱える。
振る、振る、振る振る振る。

「……認めなさい。碇君は死んだわ」
振る、振る、振る振る振る。
振る、振る、振る振る振る。
振る、振る、振る振る振る。
声はもう出ない。
涙が顔を覆って、喉が上手く機能しないのだ。
死んでしまった人を生き返らせることができないことくらい、本当は彼女に言われるまでもなく理解していたのだ。


「時間を戻すって、そういうことかよ。それが本当ならブリミルのヤツが凄かったのは全部お見通しだったからってワケだ……。
だけどまぁ、おかげで思い出した。オメェなら何とかできるんじゃねぇのか?」
何かに気がついたようにデルフリンガーが言った。
「テファの安全を約束して」
「娘っ子、決めるのはオメェだ」

「……なんなのよッ!?ワケ分かんない!!」
ルイズはヒステリックに叫ぶ。
「しょうがねぇ、説明してやるから良く聞きな。上手くやれば相棒が蘇るぜ。っと、その前にこのままじゃああんまりだ。手を貸せ」
柄に触ったルイズの体を動かして、デルフリンガーは自身をシンジの背中から抜き取った。
ご主人様は愛しい使い魔の亡骸から剣が抜かれるところを痛ましいそうに見た後、彼の隣に伝説の剣を置く。
「早く話しなさい」

「まず、虚無の力を完全に戻す」
「最初っから意味分かんないわよ!?」
デルフリンガーに掴みかからんばかりの勢いでルイズは声を荒げた。
「全部説明してやるから、落ち着け」
そう言われて、どうにか聞く体勢を整える。

「いいか、何もお前さんが出来損ないなワケじゃあねぇ。虚無の力を完全に戻すっていうのは、4つに別れる前の状態に戻すって意味だ。
つまりは、ブリミルと同じ状態にするってことだな。幸い、今お前さん以外の虚無の担い手は目覚めちゃいねぇハズだから上手くいくだろうよ。
虚無の力が完全になれば、お前さんは過去へ自分を送れるようになるはずだ。相棒に直接魔法をかけれれば早いんだが、
さっきそいつが言ったように死人を蘇らせることはできねぇ。だから、お前さんが過去に戻って相棒の死を無かったことにしろ」
「そんなことできるの?」
話を聞いたルイズの心情はこの一言に尽きた。
虚無を完全にするって言ったってどうやってやるのか皆目検討もつかない上に、仮にそれができたとしても過去を変えるなんてことができるかどうかわからないのだ。

「できるわ。何人かの担い手は、過去に遡ったことがあるもの」
まるで見てきたかのようにレイが言う。
「なんであんたにそんなこと分かるのよッ!?」
「娘っ子、そいつは4番目の使い魔だ。大方、覚醒条件があの魔法を受けることなんだろうよ。おっと、機嫌を損ねるなよ、四番目が虚無を完全に戻す鍵だからな」
「ちゃんと説明しなさいよ」

「ブリミルが虚無の力を4つに分けたのは知ってるな。それを成したのが四番目の使い魔なワケだ。だから逆に元に戻すこともできる。
んで、あの魔法を受けた4番目は、今それを成せる状態にある。それを覚醒って呼んだワケだ。つまり、あの嬢ちゃんの協力が無いと何もかも無理ってこった」

「あの娘の安全は約束する!始祖に誓うわ!だから、お願いッ!!」

ルイズの言葉を聞いて、レイは目を閉じた。
服越しに彼女の胸に刻まれたルーンがぼんやりと輝く。
詠唱や魔術的な儀式があるワケではない。
ただ、伸ばされた手がルイズに触れただけである。
しかし、レイから渡された力は混ざるように彼女に馴染んでいった。

4番目のルーンの輝きが薄れる頃、虚無の力は1つになった。
彼を失ったことで皮肉にも過去最大に溜まった精神力を全て注ぎ込むつもりで詠唱を行う。
「碇君をお願い」
レイの言葉に頷く。

「いいのか?嬢ちゃん、相棒のことが……」
「構わないわ。だって、私は碇君に剣を向けた」
仕方なかったとしても、レイは自分が許せないのだろう。
「それに、この人はあの人に似てる気がするもの」
虚無の呪文が完成するとルイズは姿を消した。

「行ったか……、ところで、あの人ってのは誰だ?」
「あなたは知らないわ」
「そりゃそうだ。そんで、どこが似てたんだ?」
思い出すように、レイは顎に手をやる。
「厚かましそうなところ?」
「そりゃあイイや」
疑問系で返した彼女に、デルフリンガーは愉快そうに笑って見せた。




終われ



[5217] 外伝? 第三にはヤツがいる
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:abd43027
Date: 2011/12/21 23:29

バカな話が書きたくなったんです。


ベアトリスさんはテレビっ子である。
彼女の実家というか地元というか元の世界というかにはテレビはない。
だが、紆余曲折(省略)があってご主人様の家のハウスキーパー(?)に収まってからは見事なぐうたらぶりを発揮していた。
一応、掃除とか洗濯とかはやってますよ。
ホントです。
これはそんな彼女がテレビから得た知識やらなんやらを使っていろいろするお話なワケです。


その1


それではまず、彼女の一日の過ごし方を解説しよう。

朝。
基本的にメイドのベアトリスさんは碇家では1番の早起きである。
手早く身支度を整えると、朝食の支度だ。
お米を炊いて、目玉焼きとカリカリに焼いたベーコン、それにお味噌汁とサラダをつけて完成である。
日によってはスクランブルエッグだったりハムエッグだったり、お魚を焼いたりもする。
ちなみに、ご飯は毎日炊くが、パンも用意する。
各々がその日の気分でパンかご飯かを選ぶワケだ。

そうこうしているうちに皆さんが起きてくる。
「ベアちゃん、おはよう」
ベアちゃんというのは当然、ベアトリスさんの愛称である。
「おはようございます」
1番早く起きてくるのが晴子さん(様付けは本人に止められた)
ショートカットで背が高くてスタイル抜群の美人さんで、碇家の女性陣の中で唯一シンジ様よりも家事スキルが高い。
ベアトリスさんの料理の師匠でもあるし、彼女のことを妹のように可愛がってくれる超いい人。
超ご飯好きで、毎日お米を炊くのはこの人のためだ。
健啖家でもある。

「おはよう」
次に起きてくるのがご主人様。
起き抜けにペット(ベアさんの使い魔:リス)のリッキーに餌をやるのが日課である。
おかげで、リッキーはご主人様のベアトリスさんよりも彼のほうに懐いてるのだ。
2人並んで使い魔を呼んだ時に、シンジ様のほうに自分の使い魔が行って、彼女は絶望に打ちひしがれた過去がある。
そのご主人様ことシンジ様は、エヴァンゲリオンパイロットで男爵で頭がキレてetc……、というスーパー超人さんながらも、最近はスタイルが悩みらしい。
男性でおまけにトレーニングしていて筋肉がついているはずなのに、嘘みたいに細いウエストは女性から見たら嫉妬の対象になるであろうに贅沢の一言だ。

「……おはよう」
最後に起きてくるのがルイズ様。
寝起きはあまりよろしくないらしい。
王位継承二位だったり、公爵家三女だったり、ご主人様のご主人様だったりと偉い人である。
いつもシンジ様に構ってもらうリッキーを羨ましそうに見ている姿には威厳は無いが、とっても偉いのだ。
晴子さんに負けず劣らずの美人さんなのだが、スタイルは……、南無である。

ベアトリスさんもルイズ様と大差ないのだが2つばかり若い分、成長の余地はある……、と思う。
いや、あるはずだ!
おそらく多分きっと!!

と、まぁ、そんな話は置いといて、朝食が済んだらベアトリスさん以外の方々は外出する。
シンジ様はネルフとかいうところに行くし、晴子さんも同じところへ行く。
ルイズ様はご実家とか王宮でやることがあるらしく、ハルケギニアにお帰りになる。

皆さんを見送った後、ベアトリスさんは洗濯物を洗濯機(超便利)、洗い物を食器洗い機(超便利Ⅱ)に放り込んでその間に掃除機(超便利Ⅲ)をかける。
日によって窓を拭いたりお布団を干したりお風呂を洗ったり、お買い物に行ったりする。
それが終われば洗濯物を干して食器のお片付け。
以上でベアさんのお仕事はだいたい終わりだ。
残ってることと言えば、洗濯物(日によってはお布団も)を取り込んで畳むだけになる。
つまり、午後の時間はほぼ全て自由なワケだ。

お仕事が終わる時間になるとお昼ご飯の時間になっている。
昼食も日によって様々だ。
晴子さんがみんな(ベアさんのも)のお弁当を作ることもあるし、朝食を少し多めに作ってそれをお昼にいただくこともある。
外で食べることもあるし、新作の料理に挑戦してみたりもする。

お昼が終わればテレビに噛り付くのだ。
しかし、お昼時にやっているニュースはノーサンキュー!
見るのはアニメ!!
リモコン操作は最早お手の物で、録画予約なんてのまでできるのだ(ルイズ様には不可能)


ベア様、日本語が理解できるの!?
っていう疑問はご都合主義なんで気にしちゃ負けだ!
それでも、気になるなら、ワールドドアがイイ感じに作用した結果、あまり苦労せずに読み書きが可能になったとかって想像してくれたらいいです。


とまぁ、本題ではない話は置いといて、本日見るのは、セカンドインパクトとかいう大災害が起こる前に人気を博したアニメだった。
数日前から見始めたそれは手に汗握る展開で面白い。
だが、なによりもキャラがいい、とベアトリスさんは思っていた。
特に長い赤髪の隙無し美少年の大ファンである。
そんなテレビの中の美少年は現在、卑怯な敵(ブサイク)によって大いなるピンチを迎えていた。
机の上で両手を握り締めて冷や汗を流す。

「さあ、おしおきの時間だ。オレを怒らせた罪は重い」
ビクゥッッッーー!!
画面の中に現れた銀髪の妖弧のどぎつい妖気にでも当てられたように、ベアトリスさんは反射的に正座した。
これから大好きな蔵馬様がご活躍されるはずなのに、そんな映像情報は一切入ってこない。
キョロキョロと辺りを見回す。
何故だかご主人様がマジギレの時の声が聞こえた気がするのだ。
粗相はしてないはず……、それ以前にシンジ様はネルフさんに行っていて留守である。

理論的に考えれば空耳とか聞き間違いなのに、背筋は伸びて背中は冷や汗でダラダラ。
今のベアさんは蔵馬様の敵と同じくらいびびってるのだ。
いや、彼女はテレビ見てる余裕なんて無いんですけど。

とりあえず、一分くらい正座で待ってみたものの……、それ以上ご主人様からのお叱りが無さそうなので立ち上がる。
真っ先に玄関に向かってシンジ様の靴がないのを確認した。
それから、各部屋を念入りに調べて、碇家の中に誰もいないことを確かめる。
そこまでして、どうやら空耳だったみたい、と一息ついた。

嫌な汗をかいたベアトリスさんは、お風呂に入ろうか迷ったが、流石にそこまでしなくてもいいか、と思いとどまった。
読者サービスは無しである。
しかし、喉はカラカラになってしまったので、水分補給のために飲み物の用意をする。
頂き物(ご主人様が貰ってきた物)の100%果汁のオレンジジュースをコップに注ぐ。
第三新東京市は随分と暑いので、氷は必須だ。
直ぐにでも飲みたけど、我慢する。
一口目はキンキンに冷えるのを待ったほうが美味しいのだ。

オレンジジュースを持ってテレビの前に移動する。
どうやら蔵馬様のご活躍は終わってしまったらしく、エンディングが流れていた。
これはもう、巻き戻しである。
手に汗握るシーンから再生。

「さあ、おしおきの時間だ。オレを怒らせた罪は重い」
ビクゥッッッーー!!
画面の中に現れた銀髪の妖弧のどぎつい妖気にでも当てられたように、ベアトリスさんはまたしても反射的に正座した。

そこで気がついた。
以前からどこかで聞いた声だと思っていたが、蔵馬様とシンジ様の声がそっくりなのだ。
「……蔵馬様、こわい」
大好きな蔵馬様の活躍が嬉しいはずなのに、彼女はグスッ、と鼻をすすった。


驚愕の事実で傷ついた心を癒すため、ベアさんは干していたお布団に飛び込んだ。
バカみたいに暑い第三新東京市だけど、干したお布団に包まるのは気持ちいい。
太陽の匂いとでも言えばいいのか、癒されるのである。
ゴロゴロ、クンクン。

「……暑ぅ」
癒された彼女は正気に戻った。
そうなるとエアコン(超便利Ⅳ)の効いたリビングが恋しくなる。
お布団をサクッと片付けて、洗濯物はリビングで畳むことにしたらしい。

そうこうしているうちにルイズ様がお帰りになられた。
ということは、お茶の準備である。
これは仕事というワケではない。
むしろ、彼女にかこつけてベアトリスさんもおやつを食べるチャンスなのだ。

「どれにします?」
ポテトチップスとチョコレートとバニラアイス、それにちょっと高そうな箱に入ったクッキーを並べて見せた。
こういう風に並べるとルイズ様はだいたい甘いものを選ぶ。
それから、クッキーみたいな焼き菓子を除外する。
こっちにいる時は、向こうでは食べられないものを食べたいと言っていたのだ。
今日選んだのはチョコレートだった。
ベアさんとしても大いに満足な選択である。

2人でチョコをパクつきながらテレビを眺めるのがお決まりのパターンで、今見ているのは今秋(秋といっても年中暑いらしい)注目のスイーツ特集なるものだ。
かぼちゃ、くり、さつまいも……、どれも大変美味しそうである。
しかし、待てども待てども彼女達のお目当ての品は紹介されない。

画面の端に捕らえられた魅惑の赤い果実。
「むぅ……、ちょっとアレ!アレ紹介しなさいよ!!」
俄然、ルイズ様のテンションが上がる。
声には出さないが、ベアトリスさんも興奮した。
たしかに秋の味覚も美味しそうである……、しかし、果物の王様は誰がなんと言ってもベリーである。
そして、その中でも最高のものがストロベリー……、いちごなのだ。
特に品種改良が進んでいるこっちのいちごは素晴らしい。
ルイズ様もベアトリスさんも大好きなのだ。
画面の端にいちごのショートケーキなんかが映ると、いちご!いちご!と声を揃えたこともあった。

そんなお2人のテンションなんぞ露知らず、テレビは別のお店の紹介に変わった。
これまでのスイーツ専門の洋菓子屋さんから一転して、昔ながらの喫茶店に入る。
映し出されたメニューは全て末尾が『~氷』で、かき氷が有名なお店だとテレビは言った。
セカンドインパクト前からかき氷の有名店らしい。

そこで、新メニュー『秋氷』なるものが大きく映し出された。
ベースは抹茶味のかき氷で、小豆のほかに栗餡とさつまいも餡を乗せてそれに練乳を加えたものらしい。
好きな人は好きなんだろうが、ベアさんとルイズ様のテンションは一気に下がった。
彼女らにとっては緑色は野菜の色なのだ。
別段、野菜嫌いなワケではないのだが、甘いもの!と思っているときに野菜を見せられてもトキメキはやってこないものである。

だが、次にカメラが写したものによって状況は一変した!
『1氷』
秋とは関係ないこの店の人気ナンバーワンメニューであった。
ルイズ様は思わず腰が浮く。
ベアトリスさんの目線も同じ高さにある。

普通のかき氷が実は果汁0%で、シロップは色以外全て同じなのは有名な話(彼女らは知らない)だが、『1氷』は違う。
高く積まれた氷の山の表面に半分に切ったいちごをびっしりと敷き詰めてある。
この店舗のいちごジュースに、荒く潰したいちごを混ぜたものがシロップの代わりとして用意されていた。
それを『1氷』の上からゆっくりとかけていく。
最後に赤いいちご島に練乳で白い道を作って出来上がりだ。

「あれッ!食べたい!!」
ルイズ様に同調して、ベアトリスさんも首を激しく振る。
もちろん、縦にである。
「明日行きましょう!明日ッ!!」
「はいッ!」
明日のルイズ様のご帰宅はいつもより早くなりそうだった。


次に帰ってくるのは晴子さんである。
荷物をテーブルの上に置くと、彼女は決まって伸びをする。
その姿が健康的で良く似合っている、とベアさんはいつも感心していた。
夕飯は晴子さんが作ることが多い。
時々ご主人様も作るし、もっと時々ルイズ様も思い出したように料理する。

「なにかお手伝いすることあります?」
そうそうにキッチンに向かった晴子さんの後を追って、ベアトリスさんは尋ねた。
う~ん、と顎の下に人差し指を当てて、晴子さんは少し考える。
ホントにこの人の動作は様になって素敵なのだ。
「アリガト、今日は大丈夫だよ。ベアちゃんは遊んでていいよ」
ニコッ、といい笑顔で言った。

晴子さんにそう言われるとベアさんはパソコン(超便利Ⅴ)の前に陣取った。
「1、ご、お、り」
ポチ……、ポチ、ポチ……。
人差し指で確認しながらキーを打つ。
ご主人様や晴子さんみたいにブラインドで打てたらカッコいいのだけども、ベアさんには当分無理だ。
でも、同じ世界からきたルイズ様は機械類に触りたがらないので、それを思えば良くやっているほうである。
当然、調べているのはお昼に見たアレだ。
こういうときに場所を調べるのはベアトリスさんの役目で、お金を払うのがルイズ様の役目なのだ。


晴子さんのご飯ができる頃に、ご主人様は帰ってくる。
正確に言うと、シンジ様の帰宅の時間に合わせて、晴子さんがご飯を作ってるのだけれども。
この辺りの気遣いが帝国(晴子さんの育った国)女子の嗜みらしい。
忙しいご主人様は、急な予定で何日も家を空けることもあるが、そういうときでも彼女は手を抜かないでご飯を作る。
ホントによく出来た人である。

今日は晴子さんが自ら捌いたお刺身(ワサビは苦手)とあら汁、お肉を焼肉のタレで炒めたもの、ボールいっぱいの大きなサラダ。
健啖家で健康志向の彼女は、いつも山盛りのサラダを用意するのだ。
隣には数種類のオリジナルドレッシングが用意されている。
ドレッシングはご主人様が作ったものだ。
多趣味な彼は、色んなものに手を出すのだ。
ドレッシングも1週間ほど前に誰からか影響されて作り出したのだ。
普通に美味しい。
ホントに何でもそつなくこなすご主人様は万能超人である。

ルイズ様にはとても言えないが、晴子さんとシンジ様はお似合いに見えた。
まぁ、唯一問題があるとすれば、ちょっとだけ……、ホントにちょっとだけ晴子さんの方が背が高いのだ。
ご主人様の身長が低すぎるわけではない。
平均よりも2cmばかり小さいだけだ。
小柄な男性と長身の女性の悲劇の見本だろう。


「ねぇ、シンジ。今度ハルケギニアに来てくれないかしら?」
お食事の最中にルイズ様が話を切り出した。
「来週なら時間が作れるけど……、どうしたの?」
「お父様が会っておきたいって言ってるの」
晴子さん相手に危機感を募らせていたルイズ様が動いた。
ヴァリエール公爵家からのお誘いなんて、ハルケギニアの人間だったら泣きながら喜ぶところである。

「分かった。来週末にお邪魔するよ」
だが、シンジ様は軽く受け流した。
当然である。
じゃなかったら、ベアさんの過去ももう少し明るかったはずなのだ。

「そういえば、シンジのお父様ってどんな方なの?」
きっとそう聞いた彼女は、頭の中でご挨拶に行かなきゃとか思っているはず。
「えっ……、どんなって言われても」
ピンク色の妄想をしているであろうルイズ様に構わず、ご主人様は露骨に嫌そうな顔をした。
「……威圧感ありますよね?」
普段朗らかな顔をしている晴子さんが、珍しく引き攣った笑顔で答える。
「性格が悪い。極悪人」

「何かいいところはないのかしら?」
父親を悪く言うシンジ様に、子供っぽいところを見出して、ルイズ様は余裕の笑みで次の質問。
途端に、彼はむすっとした表情で答えた。
「ムカつくくらい背が高い」
どうやら、遺伝しなかったらしい。
「どれくらい高いの?」
「180後半……?もしかしたら190に届いてるかもしれないよ」


そこで、ベアトリスさんはまだ見ぬご主人様のお父上を想像した。
190cm近い長身……、スラッと伸びた手足。
ご職業はネルフ(エヴァンゲリオンをいっぱい持ってる)のトップ。
性格は悪くて威圧感があるらしい(口には出せないけど、まさにご主人様のお父上って感じ)
顔は親子なんでシンジ様似(結構美形)で想像する。
あれ……、ご主人様+身長の完璧超人が出来上がってしまった。
無論、知らぬが華である。



美味しいお食事が終わると、テレビを見る。
いや、まぁ、食事中も見てるんですけどね。

-いい加減めんどくさいので省略-

ベアさんは凄まじいショックを受けた。
今日はもうお風呂に入って寝ることにした。




[5217] 外伝? (不)愉快なルーレット
Name: リプ◆4f4bcd11 ID:abd43027
Date: 2011/12/27 00:19



「ロシアンルーレットしましょう!」
のっけからベアトリスさんはとんでもないことを言い出した。
「あの……、ベアちゃん。またとんでもない勘違いをしてると思うんだけど?」
折角止めてくれた晴子さんの言葉に耳を貸さずに、ベアさんは無い胸を張る。
「大丈夫です!自信ありますから!」
毎日、偏った(間違った)知識を備えていくベアトリスさんは、たまに突拍子もないことを言い出すのだ。

「自信あるって、初めてなんじゃないの?」
シンジ様が言う。
というか、ベアさんの運でロシアンルーレットなんぞやっていれば、間違いなく天に召されているだろう。
「大丈夫です!ご主人様にも負けませんよ!」
無謀にもファイティングポーズを彼に向けた。

「晴子とルイズを巻きこむワケにはいかないから、サシでやるよ?」
名前を挙げられたルイズ様は、ロシアンルーレット?なにそれ美味しいの?状態である。
「はい!」
「用意するから待ってて」
そういうとシンジ様はお部屋に消えていった。

「今なら許してもらえるから謝ったほうがいいと思うよ?私も一緒に謝ってあげるから」
「ご主人様に勝てるチャンスなんです!」
晴子さんの優しい心遣いも、燃えてしまったベアトリスさんには届かない。
初めはたしか有名落ち物ゲームだったと思う。
とにかく、それで惨敗(1勝もできなかった)ベアさんは時々こうしてシンジ様に試合(今回は死合)を挑むのだ。
残念ながら未だにベアさんが勝てたことは1度もないのだが。


そうこう言っているうちにシンジ様が戻ってきた。
「さて、ベア。弾は1発、交互に引き金を引くのがロシアンルーレットのルールだけど、君にハンデをあげることにするよ。
僕が先に5発撃つ。それまでに弾が出れば君の勝ちってワケだ」
これ見よがしにシリンダーに1発の弾丸を込める。
ベアさんはキョトンとしていて頭には?が浮いていた。

一般……、とは程遠いが、碇家に銃があるのにはワケがある。
3つの世界でお偉いさんのシンジ様が、自衛の名目でそれを持っているのだ。
リボルバーを持っているのは、名目を盾にしたコレクションであるからである。
勿論、シンジ様が銃のコレクターなのはご都合主義の産物だ。

と、そんなことは置いといて、弾を込めたシンジ様は、人差し指でリボルバーを回転させた。
それからリボルバーを填め込む。
撃鉄を起こすと躊躇無くこめかみに銃口を当てて引き金を絞った。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
全て空であった。

「じゃあ、次はベアの番だね」
凄く爽やかにとんでもないことを言った。
「あの、ご主人様……、私はロシアンルーレットがやりたかったんですけど……」
たかだか遊びで死ねと言われるとは思わなくて、ベアさんは涙目になった。
聞き分けの無い(あったら死んでる)彼女に、ご主人様はインターネットを開いてロシアンルーレットのルールを見せてやった。
「知らなかったんです、許してください」
ベアさんは即座に土下座した。


「で、結局ベアは何がやりたかったの?」
手の中の拳銃を弄びながらシンジ様は言った。
「えっと……、いっぱいある食べ物を順番に食べていって、先に食べられなくなったほうが負けのゲームです。中に辛いのを入れるやつです」
たどたどしい説明だったが、ご主人様は理解した。
「要するに『激辛ロシアン○○』みたいなことをやりたかったんだね?」
「そう、それです!決してご主人様と命がけのゲームをするつもりは無かったんです」
ベアトリスさんは必死に無害アピールをした。
そもそも、シンジ様は伝説のガンダールヴで武器を自在に扱えるのだ。
どれだけ自在に扱えるかは分からないが、さっきの様子を見る限り、1弾入れたシリンダーを指で弾いて任意の場所にセットすることくらいはできるのだろう。
そんな相手にロシアンルーレット(本物)をやっても勝てるわけ無いのだ。

「激辛かぁ……」
シンジ様は気が乗らない風に言った。
正直、彼はあまり辛い物が好きではない。
というか、苦手である。

「ずっと勝ってるんですし、ベアちゃんが有利な状況で戦ってあげてもイイんじゃないですか?」
晴子さんがシンジ様を説得してくれる。
こういうときは大抵味方してくれる彼女が、ベアトリスさんには天使に見えるのだ。
「今度は負けません!!」
それにノッてベアさんも精一杯の挑発をした。



その2


「今回用意したのは、自家製ロシアンたこ焼き!」
パチパチパチ、と乗り気のベアトリスさんは拍手をした。
司会は晴子さんである。
お隣にはお皿に山盛りのたこ焼きと普通、激辛と書かれたボールが1つずつ。
ご主人様は乗り気ではないが、結局やることになったのである。
「ルールは簡単。交互にたこ焼きを食べていって、先に食べられなくなったほうの負けです。また、相手が食べてから2分以上経過したらギブアップとみなします。
公平を期すために匂いを嗅いだり、じっくり見たりするのは禁止です。それから、お水は自由に飲んじゃってください。先行は発案者のベアちゃんから!」

言われて、ベアさんは適当な1つを爪楊枝で刺した。
そのまま、口に運ぶ。
「……辛いです」
いきなりハズレを引いたらしい。
コクリ、とコップのお水を一口。
バラエティ番組なら、ここぞとばかりにリアクションを取るのだろうが、彼女を見る限り余裕そうである。

「これって、どのくらいの確率で入ってるの?」
ベアトリスさんの様子を見て、別に無茶苦茶なものが入っているわけではないらしい、とシンジ様は安心した。
「えっと、10個に1個くらいの割合だと思いますけど……」
相変わらずベアちゃんは運が悪い、と晴子さんは冷や汗を浮かべた。

続いて、シンジ様が食べる。
「美味しいよ。流石晴子、上手に焼けてるね」
「練習しました」
晴子さんは照れくさそうに頭を掻いて笑った。


さて、戦いが始まってしまえば、審判の晴子さんは時間を計る以外にやることがなくなる。
1人普通と書かれたボールに入っていた生地を焼いて、たこ焼きをパクついていたルイズ様と観戦に入ることにした。
「アレってどのくらい辛いの?」
ルイズ様が聞いた。
「メチャメチャ辛いはずなんですけど……、ベアちゃんが頑張ってるのかな?」
納得がいかない感じで晴子さんは首を捻った。

「あの娘がシンジに勝てると思わないけど、流石に挑んだ勝負で秒殺だと元貴族のプライドが泣くんでしょうね」
と、彼女は肯定した。
「そんなもんですか?」
やっぱり晴子さんは首を捻る。
「矜持をかけるところを間違ってる気がするけどね」
呆れたようにルイズ様は言った。


「辛いです」
10個目を食べたところで、ちょっと涙目でベアさんが言った。
辛さというよりも、何度も当たる自分の運の悪さに絶望している感じだ。

「それまで、この勝負無効とさせてもらいます」
晴子さんが用意していた激辛たこ焼きは5つだけで、その全てを彼女が食べてしまったのである。
驚くことにベアさんの不運は、1/10の確率を1/2まで引き下げたのだ。
晴子さんが勝負を引き分けではなく無効にしたのは、シンジ様の無敗記録を止めるのが忍びなかったためである。

「晴子、激辛を1つ作ってくれない?」
シンジ様が言った。
「えっと、いいんですか?」
「今の時点でベアの方が1つ多く食べてるからね。無効にするにしてもフェアじゃないよ……。それとここまで来ると食べてみたくなるじゃないか」
いくら彼が辛いのが苦手だといっても、ベアさんは5つ食べて平気そうな顔をしているのだ。
例え、とっても辛かったとしてもそう酷いことにはならないと思ってシンジ様はそう言った。

言われたとおり、晴子さんは1つだけ激辛と書かれた方の生地を焼く。
ジュウジュウと音を立てる生地の中に、タコの代わりに謎のスナック菓子を入れる。
片面が焼けたところで、晴子さんは竹串で器用にひっくり返す。
程なく焼きあがったところでソースをかけ、シンジ様へ渡す。

「それじゃあ、それを完食したら引き分けで無効試合ってことで」
晴子さんはそう言ったが、どれだけ辛くてもたこ焼きなんてのは一口サイズなのだから引き分けになることは決定している。
うん、と頷いてからチャレンジャーはたこ焼きを食べた。

咀嚼、咀嚼、咀嚼。
ハズレは普通のヤツよりもカリカリしていた。
焼きすぎによるものではない。
激辛の生地には潰した謎のスナック菓子が混じっているのだ。
咀嚼、咀嚼、咀嚼。
中の謎スナックを噛み砕く。
タコの歯ごたえがない分、直ぐに飲み込めた。

意外と大したことない……、と思った瞬間に、シンジ様は自分が額に汗を掻いていることに気がついた。
次いで、血液が顔に脳に集まる感覚。
「痛ッッ!?辛ッ!?」
途端に目を白黒させて水を飲む。
コップ一杯のそれが即座に消えて、彼は水道へ走った。

「ご主人様、ちょっと大げさじゃないですか?」
対戦相手の慌てように、ベアトリスさんは晴子さんに聞いた。
「あははははは……」
謎のスナック菓子を試食して悶絶した晴子さんとしては、冷や汗を流しながら苦笑いしかできない。
ベアさんがあまりにもフツーに食べたため、生地のおかげで辛さ控えめになったと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

「なにそれ、そんなに辛いの?」
よせばいいのに、ルイズ様も興味津々といった感じだ。
いや、それどころか、激辛のボールから生地を掬うと自ら焼きだした。
同じように謎のスナック菓子も投入。
晴子さんほど器用でない(というか不器用)ルイズ様は竹串でひっくり返そうとして潰れる。
ちょっとグチャグチャになったが、焼けているので大丈夫。
それにソースをかけて一口。

「はぁ、ヒィぃ~~!?」
後はもう、シンジ様と同じ結末だった。
貴族の立ち振る舞いがどうとかっていうどころではない。
シンジ様を押しのけて、服が濡れるのも厭わず蛇口から水をがぶ飲みである。

一方、ルイズ様に押しのけられたシンジ様は、冷凍庫からアイスを取り出して舌に貼り付けた。
冷たさで麻痺、甘さで辛さの相殺を狙ってのことだ。
口を開けて舌を出したままアイスに貼り付けるのは、品がないと言われても仕方ないが、背に腹は変えられない。
ちょっとはマシになったシンジ様は、ルイズ様にもアイスを届けてあげた。


「胃が、心臓みたいにドクドクいってる」
シンジ様はお腹を押さえて言った。
ちなみにちょっと涙声である。
「くひのなはがひしゃい」
口の中が痛い、とルイズ様はおっしゃった。
それから2人揃ってアイス(2本目)を齧る。

「2人とも大げさですよぅ」
1人でアレを5つ食べたベアトリスさんは不思議そうに言った。
「はんはいしょうよ!」
あんた異常よ!とルイズ様はベアさんに噛み付く。
「でも、私、ルイズ様と同じ甘党ですよ?」
嘘ではない、ベアトリスさんは甘いものが大好きなのだ。
辛いのは食べても平気なだけである。
ちなみにワサビが苦手なのはツーンとするからだ。

「私としては延長戦で激辛耐久戦をやりたいんですけど……」
ベアさんはとっても悪い笑みで、シンジ様に言った。
「うるさいッバカ!辛味って言うのは痛覚なんだよ!このドM!!八重歯へし折るぞ!!」
罵倒されてるはずなのに、ベアトリスさんは勝者の優越に浸っていた。
だって、シンジ様は鼻声、涙目なのだ。

負け犬の遠吠え(勝負は引き分け)を聞きながら、ベアさんは激辛の生地を掬った。
美味しそうな音(音だけ)を立てて焼かれていくたこ焼き(?)を見ながら、彼女は余裕たっぷりに言う。
「延長戦やります?」
いつぞやとは全く逆である。
「やるわけ無いだろ!」
じ~ん、とベアトリスさんは感動を噛み締めた。
シンジ様に初めて勝ったのだ。
そして、余裕を見せ付けるように焼きあがった激辛をパクつく。
高笑いが出そうであった。


クソッ、と悪態をついて、シンジ様は原因のスナック菓子を手に取る。
『独裁アバレロ』
「こんなのどこにあったんだよ」
「それ……、激辛勝負をやるって言ったら、葛城一佐が勧めてくれました」
申し訳無さそうに晴子さんが言った。
げっそり、とシンジ様は一瞬でやつれた。
「お願いだから、もう2度とミサトさんのお勧めの食材を買うのは止めて」
それだけ言うと彼は力尽きたように机に突っ伏した。





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