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[4759] 仮面ライダーカリス(ネギま×仮面ライダー剣)
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/27 12:40
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方はお久しぶりです、WEEDです。
 しばらくスランプを理由に創作から遠ざかっていたのですが、このままではダメだと奮起いたしまして、新たな挑戦の意味も込めて本作を書き始めました。
 とは言う物の、やはり本調子とは言い難いため、のんびりだらだらと続けていきたいと思います。どうか生暖かい視線で見てやってください。
 では『仮面ライダーカリス』始まりです。



―――プロローグ

 砂と岩だけの荒野を、一人の男が歩いていた。その男はボロボロに擦り切れた衣服を纏い、これもまたボロボロの布をマントのように身体に巻きつけている。その瞳は虚ろで、何も目に写ってはいないかのようだ。
 だがその時、遠くからエンジンの音が響いてきた。彼は、そのエンジン音の聞こえてくる方を見遣る。はるか彼方に、1台のバイクの影が見えた。
 彼は近場にある岩陰に身を隠す。どうやら彼は他人に見つかりたくは無いらしい。
 だがバイクは彼の近くまで来ると、そこに停車する。バイクから、ライダーが降りてきた。ライダーはヘルメットを脱ぐと、口を開いた。

「剣崎、そこに居るのはアンデッド・サーチャーでわかっている。出て来い。」

 最初の男――剣崎はよろよろと岩陰から出てくると、驚愕の表情をその顔に貼り付けて呟いた。

「始……!!何故ッ!!」

 ライダー――始と呼ばれた男は口の端だけをかすかに吊り上げて、ほんの微かな笑みを浮かべる。彼は剣崎に向かい、再び言葉を紡ぐ。

「久しぶりだな剣崎。そう……1000年には少し足りないぐらいか。」
「始ッ!俺達はもう二度と遭ってはいけないはずだったろうっ!俺達は戦ってはいけないんだ!」

 剣崎の絶叫に、始は今度ははっきりと微笑んだ。その視線は剣崎に注がれたまま、瞬き一つしない。始は諭すように言った。

「いいんだ剣崎。いまこの地球上には『人間』はいない。」
「な、何っ!?」
「人類が活動の中心を宇宙に移してから既に100年近く……。そして最後の『人間』がこの地上を離れてからもう10年ほど経っている。地球は今は重要自然回復地域に指定されていて、人類の立ち入りは禁じられているんだ。……やっぱり知らなかったか。お前はずっと『人間』達から距離を置いて生きてきたんだな。
 俺は最後の『人間』が地球を離れてからずっと、お前を探して地球上をあちこち彷徨っていたんだ。アンデッド・サーチャーは走査範囲がそれほど広くないからな。苦労したぞ。」

 剣崎は、始の言葉に驚きを隠せない。彼は始に向かって問いを発した。

「お前は、お前は宇宙には出なかったのか?」
「一度試してみたんだが……身体に変調を来たしてな。すぐに地球に舞い戻って来てしまった。
 俺達アンデッドは、どうやら地球に縛られているらしい。地球からは離れられないんだろう。」
「そうか……。」
「剣崎、お前のおかげで俺はこれまで『人間』の中で生きて来る事ができた。……楽しい、本当に楽しい1000年だった。」

 始は晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

「だが、それも終わりだ。俺たちはもう休んでもいいはずだ」
「休む?」

 剣崎は不審そうな顔をする。

「ああ、そうだ。お互いにお互いを同時に封印し合う。上手くやればバトルファイトの決着はつかずに終る。もし失敗して片方だけが残って、『大破壊』が起こっても、既に人類は地球上にはいない。誰にも迷惑はかからない。
 ……もう闘争本能を無理やりに抑えなくてもいいんだ剣崎。」
「そうか……。」

 剣崎はしばらく俯いて考え込んでいた。だが、ふっと顔を上げる。
 その顔には、決意の色が浮かんでいた。

「よし、やろう始!全部……全部終りにしよう。」
「ああ。……剣崎、お前は黒のスートを使え。俺は赤のスートを使う。」

 始の腰に、非常に厳ついベルトが実体化する。彼はそのベルトの脇に付いたホルダーを開き、26枚のカード……スペードとクラブのカードを取り出して剣崎に渡した。
 剣崎の腰にも、同じ形のベルトが実体化する。彼は始から受け取ったカードを腰のホルダーに収めると、その中から1枚だけ――スペードのAを抜き出して右手で構えた。始もホルダーからハートのAを抜き出して構える。そして二人は同時に叫んだ。

「「変身!」」

 彼らはベルトのバックル部分に付いたスリットにカードを通す――ラウズする。電子音声が響いた。

『『チェンジ』』

 彼らの姿は瞬時に変わっていった。始の姿はマンティス・アンデッド……カリスの姿に。そして剣崎の姿はビートル・アンデッド……仮にこの姿をブレイドとする……の姿に。
 カリスとブレイドは飛び退る。ブレイドはその手に盾と醒剣オールオーバーを、カリスはその手に醒弓カリスアローを構える。
 先手を取ったのはカリスだ。カリスアローから光の矢が放たれる。ブレイドはそれを盾で受け切ると、オールオーバーで斬りかかった。カリスは軽々と躱す。再び二人は互いに飛び退った。
 ブレイドはベルトのバックル――ラウザーを取り外し、オールオーバーの鍔基にセットする。そして腰のホルダーからカードを3枚取り出して、ラウズした。電子音声が響く。

『キック』『サンダー』『マッハ』
『ライトニングソニック』

 カリスもラウザーをカリスアローにセットすると、カードホルダーから3枚のカードを取り出してラウズした。電子音声が響く。

『フロート』『ドリル』『トルネード』
『スピニングダンス』

 ブレイドはカリスに向かい、一気にダッシュする。その速度は残像が見えるほどだった。
 一方カリスの周囲には竜巻が発生し、カリスはぐるぐると高速回転を始める。更にその身体は宙に浮き、まるで舞う様に虚空を漂い始めた。
 だがブレイドはその動きに惑わされる事無く、高々とジャンプするとカリスへと向けて必殺のキックを放つ。そのキックには雷が纏っていた。
 カリスも高速回転をしながら、ブレイドに向けて回転キックを放つ。高速で回転するドリルの様に、カリスはブレイドに向けて突っ込んで行った。
 二人は空中で激しく衝突する。ブレイドもカリスも、互いにバランスを崩し、無様に地上へ落下した。
 だが二人とも即座に転がって立ち上がる。カリスはラウザーをカリスアローからベルトへと戻した。ブレイドもそれに倣う。そして二人は同時にホルダーからカードを取り出した。そのカードはスペードのKとハートのK。彼らは同時にベルトのラウザーにそれをラウズする。電子音声が響いた。

『『エヴォリューション』』

 カリスの周りに、ハートのスートのカードが乱舞し、その身体に纏わり付いていく。ブレイドの周りには同様に、スペードのスートのカードが乱舞しつつ、その身に転写されていく。彼らは同時に二段変身を完了した。その姿を、ワイルドカリス、ワイルドブレイドと呼称する。
 ワイルドカリスは、赤の地に金色のアクセントの身体、ワイルドブレイドは群青の地に金色のアクセントの身体をしていた。共に、王者の風格を漂わせている。二人の最強の戦士は向き合った。
 ワイルドブレイドが二振りのオールオーバーを連結しながら、言葉を発する。

『いくぞ、始!』

 ワイルドカリスは、カリスアローに醒鎌ワイルドスラッシャーを合体させ、ただ頷いた。
 ワイルドブレイドの前に、13枚のスペードのスートのカードが並んで宙に浮かぶ。そのカードが合体して、1枚のカードとなりワイルドブレイドの手に収まる。
 ワイルドカリスの前にも13枚のハートのスートのカードが浮かび、合体してその手に収まった。
 二人の戦士は、同時に各々の武器にカードを――ワイルドのカードをラウズする。電子音声が響き渡った。

『『ワイルド』』

 二人は互いに互いの武器を向けて、必殺の光弾を放った。必殺の技――ワイルドサイクロンとワイルドサンダーボルトは空中ですれ違い、互いの胸に着弾する。二人は同時に吹き飛んだ。



 砂と岩だけの荒野に、二つの陰が横たわっていた。その姿は、人の様でもあり、昆虫のようでもあった。これが二人の本当の姿……JOKERである。片方のJOKERが弱々しく声を上げた。

『始……起きてるか。』
『ああ……。』

 もう一体のJOKERが声を返す。その手は、腰のカードホルダーに伸びている。

『あと一仕事だ……。同時にだぞ。』
『わかってる始……いくぞ。』

 最初のJOKERも、腰のカードホルダーに手を伸ばし、中からコモンブランクのカードを取り出した。二体のJOKERは、カードを同時に互いに向かって投げる。二枚のカードはお互いの胸に突き立った。
 するとJOKERの身体が、カードへと吸い込まれ始めた。これがアンデッドの『封印』である。剣崎であったJOKERが呟く。

『ああ……。これで終わりなんだな。』
『そうだ。これで俺たちは休める……。これで終わりだ。
 ……ありがとう剣崎。』

 始であったJOKERが応える。そして二体の――二人のJOKERはカードへと吸い込まれていった。後には54枚のカードが散らばっているだけであった。



 やがて、空間に黒い穴が開き、突然空中に、捻れた漆黒のモノリスが現れる。そのモノリスはしばし宙に浮かんでいたが、やがて大地へと降り立った。そしてモノリスの捻れが徐々に解けていき、直方体に姿を変える。
 すると、大地に散らばっていた54枚のカードが空中に浮かび上がり、次々にモノリスに吸い込まれていった。そして最後のカードがモノリスに吸い込まれたその瞬間、モノリスの表面に蜘蛛の巣のように罅が走った。罅割れは徐々に大きく、広くなっていき、ついにはモノリスが砕け散る。
 この瞬間、地上の支配種族を決めるためのバトルファイトは、永遠の終わりを告げたのである。



[4759] 仮面ライダーカリス 第1話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/11 00:01
 夜の闇の中、突如虚空に漆黒の『穴』が開いた。そしてそこから次々と数十枚のカードが飛び出してくる。そして最後に黒と緑の人型に近い物が吐き出されると、『穴』は閉じ、跡形も無く消え去った。
 人型の物は、昆虫と人間の中間のような形をしていた。そう、JOKERである。JOKERは頭を振りながら立ち上がった。

(何故……俺は封印から解放されている?)

 JOKERは周囲を見渡した。そこは何処とも知れぬ深い森の中であった。周囲には、アンデッドを封印したカードが散らばっている。彼はカードに向けて手を差し伸べた。するとカードはくるくると宙を舞い、その手に収まる。
 JOKERはカードを数えた。そこにはもう1枚のJOKERをはじめ、53枚のカードが全て揃っていた。

(解放されたのは俺だけ……か。同じJOKERである剣崎は開放されていない。だが、俺だけが解放されている状態であるのに、『大破壊』が起こった様子がない……。
 モノリス自体に何かあったのか?)

 彼がいくら考えても、答えは出なかった。彼はとりあえず1枚のカード――ハートの2を取り出し、ベルトのラウザーにラウズする。

『スピリット』

 電子音声が響き、長方形の光の壁が現れる。JOKERはその壁を潜り抜ける。すると彼の姿は人間――相川始へと変身した。

(ここでこうしていても仕方が無い。とりあえず周囲を調べてみよう)

 始は感覚を研ぎ澄ませ、丹念に周囲の気配を探りながら歩いていった。すると彼の感覚に何やら引っかかる物があった。

(……殺気?いや殺意?……何かが戦っているのは間違い無さそうだが)

 始はそちらの方へと走り出した。



 佐倉愛衣は窮地に陥っていた。彼女は麻帆良学園都市の女子中等部に在籍する魔法使い、いわゆる魔法生徒である。愛衣はパートナーである高音・D・グッドマンとペアで、夜間の警備任務に就いていた。
 麻帆良学園都市は、裏では関東魔法教会の中枢と言える存在である。そしてこの学園には貴重な魔道具や魔術書が数多く保管されている。また重要人物も多数、この学園の保護下にある。それらを狙ってくる賊は、後を絶たない。そこでこの学園都市に所属する魔法使い達――魔法先生や魔法生徒たちは、職務としてこの麻帆良学園都市の守りに就いているのである。
 だが今回は相手が悪かった。賊の中に腕利きの魔法使いらしき者がいたのである。その「悪い魔法使い」は、数多くの化け物を召喚し使い魔として、麻帆良学園に対する襲撃を行ったのだ。
 更に言えば、高畑やガンドルフィーニなどの腕利きの魔法先生が出張で出払っていた事も災いした。と言うより、賊はそれらの情報をあらかじめ得た上で今夜の襲撃を敢行したのであろう。
 愛衣は奮戦したと言えるだろう。彼女の得意とする火の魔法は、数多くの敵を焼き尽くした。しかし一向に減る気配を見せない化け物どもに、ペアを組んでいた高音と切り離されてしまう。更に彼女の魔力もそろそろ底をつきそうになっていた。

「お、お姉さまーっ!もうもちそうにありませーんっ!」
「くっ!愛衣、なんとか下がりなさいっ!」

離れたところから高音の声が響く。だが下がろうにもこう化け物が押し寄せていてはどうにもならない。救援を求める連絡は既にしたものの、いつやってくるか分からない。愛衣は追い詰められようとしていた。

『チェンジ』

 電子音声が響いた。
 その瞬間、愛衣は目を疑う。黒い影が彼女と化け物達の間に立ち塞がったのだ。

 ザンッ!ザンッ!ザンッ!ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!

 黒い影は、弓の様な形をした剣らしき物を振るって、異界から召喚された化け物達を切り伏せていく。かと思えば、その弓形の剣を今度は本当に弓として使い、光の矢で化け物を追い散らしていく。驚くべき事に、その光の矢からは一切の魔力を感じなかった。つまりはその光の矢は魔法によるものではなく、純粋な物理現象だと言う事だ。
 愛衣はその黒い影に話しかけようとする。

「あ、あの……」
『無事か』
「え?あ、は、はい」
『なら下がっていろ』

 その黒い影は、ぶっきらぼうに言い放つ。声からすると、成人程度の男性のようだ。と、その隙を狙ってひときわ巨大なオーガが鎚矛を振りかぶった。愛衣は叫ぶ。

「あぶない!」

 だが、黒い影はそのオーガに一蹴りくれて弾き飛ばす。そしてベルトの脇に付いているカードホルダーから、1枚のカード……ハートの3を取り出した。黒い影――カリスは醒弓カリスアローに付けたカリスラウザーに、カードをラウズする。

『チョップ』

 カリスの右手へ、エネルギーが集中していく。そしてカリスは、光る手刀を巨大なオーガへと突き立てた。

『ぐああああああぉぉぉぉぉっ!!』

 断末魔の叫びを上げて、オーガは消滅する。オーガが倒されると共に、魔物達は逃走を始めた。どうやら高音が司令塔である術師を仕留めたらしい。
 愛衣はカリスに問いかける。

「あ、あの……貴方が学園長の手配してくれた増援の方ですか?」
『いや……。俺は通り掛かっただけだ。人間が……地球上に残っていたとは……。
 それにあの化け物……。アンデッドではないようだったが……。』
「は?あ、え、あ、あの……。地球に人が居るのは普通じゃないかと……。じゃなくて、ええと……。」

 愛衣は半分パニックになって、しどろもどろになる。その隙にカリスは踵を返すと、森の奥へ消えていった。
 やがて高音が慌てた様子で愛衣の所へやってくる。片手にはボコにした「悪い魔法使い」を引き摺っていた。

「愛衣、無事ですか!?怪我はありませんか!?」
「あ、は、はいお姉さま。へ、変な人に助けてもらったんです。」
「変な人?どんな?」
「あ、はい……まるで……まるでどこかのヒーローみたいな人でした。」
「ヒーロー?」

 このとき、高音の頭には胸にSマークをつけた青いタイツ姿に赤マントの某米国産ヒーローの姿が浮かんでいたらしい。



 数日後、始は麻帆良学園の食堂棟でコーヒーを飲みながら、現在の状況について考えていた。ちなみにお金は麻帆良近郊の街で、手頃なヤクザ屋さんを襲撃して手に入れている。彼は手元に置いた新聞の日付を見ながら、思いに耽る。

(2003年……か。1000年近い時間遡行……。人間が地球上に残っているわけだな。
 いや、それだけじゃない。俺の記憶ではこの時期に埼玉にこんな麻帆良学園などという学園都市は存在していなかった。時間移動だけなら、こいつの……)

 彼は手元のカードを見る。そのカードはスペードの10、『タイム・スカラベ』だ。このカードに封印されているアンデッドは、時間の流れを一時的にストップさせる事ができる。

(こいつの力の暴走だとも考えられるが……。平行世界への移動、か。そうなると、まったくわけが分からん。
 この麻帆良学園近郊の森の中に現れたのが偶然でないとしたら、何者の意図によるのかを探らなければ。ここ麻帆良から離れるわけにはいかんな。
 それに俺だけが封印から解放された理由も、俺だけが解放されているにもかかわらず『大破壊』が起きていない理由も、まるでわかっていない。)

 始はコーヒーを飲み干す。

(まずは生活基盤の整備からだな。とりあえず戸籍やら何やらの偽造から、か。)

 始は伝票を持って立ち上がり、レジへと向かう。その眉間には、深い皺が刻まれていた。



[4759] 仮面ライダーカリス 第2話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/13 23:51
 麻帆良学園都市の外れに位置する深い森の中、始はカメラバッグを下げ、一眼レフのカメラを手に散策していた。ヤクザ屋さんからちょっぱって来た金額が莫大だったためか、カメラはかなりの高級機で、装着されている望遠レンズもとんでもない高級品である。彼は時折そのカメラを覗き込んではモータードライブで写真を高速連写しながら、ある事を考えていた。

(やはりモノリスの捜索が第一だな。平行世界への移動だなどと非常識な力を振るえるのはあのモノリスぐらいしか思い至らない。……俺が最初にこの世界で目覚めた地点を中心にして、しらみつぶしに探してみるしか無いだろう。
 モノリスを発見したらそれに異常がないかどうか調査してみないと。俺一人だけが解放されているのがまずは異常だし、大破壊もバトルファイトも発生していないのは、モノリスに何かあったとしか思えない。あのて……て……天王寺だったか。俺にとっての1000年近く前に、モノリスを隠匿して自分の管理下でのバトルファイトを画策した男……。あのような奴が関係していないとも限らない。)

 始の考えはもっともな物だった。もっともな物ではあった……が、しかし彼は元の世界でバトルファイトを管理していたモノリスが、既に砕け散っている事を知る由も無い。当然この探索は彼にとって全くの無意味であるのだが、その事に気付く事も無く、始は歩を進めていった。

 ガサッ。

 突然繁みを割って、その向うから熊が現れた。熊はそこに始がいる事に驚くが、すかさず襲い掛かろうとする。始は慌てずに、じっと熊の目を見据えた。
 ちなみに野生の熊は、普通は人に無闇に襲い掛かったりはしない。現に、熊の出る所では鈴などを身に着けて「ここに人間がいる」と言う事を教えてやると、熊の方で人間を避けて行く物なのだ。それが山中で突然ばったりと熊と出会ったりすると、熊の方でも驚いて過剰防衛行動に出るのである。
 閑話休題、始に見据えられた熊は、その瞬間動きを止める。いや、止めざるを得なかった、と言うべきであろうか。始――JOKERが姿を借りているヒューマン・アンデッドは、曲がりなりにも一万年前のバトルファイトの勝者である。その能力は他のアンデッドに比べて若干見劣りはすれど、その差は知恵と工夫と努力で埋められるほどでしかない。ぶっちゃけた話、現在の人類のトップクラスよりも強かったりするのだ。増してやその中身は53体目の最強のアンデッド、JOKERである。その放つ威圧感は、単なる一介の野生動物では抗いきれない。
 と、始は徐にカメラのレンズを標準に交換すると、熊の正面から何枚も写真を撮る。いや、それだけではなく彼は斜め前、斜め後、あらゆる角度から熊の写真を撮った。その間、熊は襲い掛かる直前の姿勢のまま、金縛り状態である。いい加減、飽きるほど写真を撮った始は、ちょいと熊の尻を軽く蹴り上げた。すると金縛りが解け、熊は泡を食って四足でダッシュして逃げ出した。始は小さく笑みを浮かべる。
 と、そこへ声がかかった。

「凄い胆力でござるな、熊相手にあのような真似が出来るなどと。」
「お前こそ、随分見事な隠行だ。」
「……気付いておったでござるか?」
「ああ。」

 始は後の木に向き直ると、上の方を見やる。そこには忍び装束の18歳程度に見える背の高い少女が枝の上に立っていた。少女は木から降りて来ると、始に向かい合う。

「せっかく褒めてもらったでござるが、気付かれていては説得力という物が無いでござるよ。」
「そうでもない。相応の達人か、あるいは最新技術を駆使したハイテクでもない限りはお前の隠行は見破れんだろう。」
「自分が相応の達人だと言ってるのと同じでござるよ、それは。」

 少女は苦笑して言う。始は口元だけで笑うと少女に答えた。

「これでも動物写真家の端くれだからな。野生動物や野鳥の気配を捕らえるのは基本だ。
 それにしても日光江○村以外に忍者がいるとは思わなかった。」
「何の話でござるかな。~~~♪」

 少女は鼻歌でごまかす。始もごまかされてやる。ごまかされてやらないと、余計な追求が返って来そうだからと言うこともあるからだ。彼はわざとらしく話を逸らした。

「……それで?」
「は?」
「そっちから声を掛けてきたが、まだ名前を聞いていない。俺は相川始、見ての通り写真家だ。お前は?」
「あ、いや大変失礼をしたでござる。拙者は長瀬楓と申す者でござるよ。見ての通り一介の中学生でござる。」

 少女――楓はのほほんとした笑顔で名乗った。始は少々驚いた顔をする――わざと。

「……年齢詐称は時と場合にもよるが犯罪行為だぞ。」
「な!?」
「冗談だ。極々稀な事だがお前の様な中学生を見た事が無くも無い。極々稀だが。極々。」
「強調し過ぎでござるよ……。」
「すまん。」

 むくれる楓に、始は小さく笑みを浮かべながら軽く謝罪する。楓も本気でむくれていたわけではないので、すぐに笑みを浮かべた。始はその様子を見て、楓に問いかけた。

「ところで長瀬。お前はこの辺に詳しいのか?」
「拙者は毎土日はこの辺の山中で修行をしているでござるよ。だから詳しいと言えば詳しいでござるが。」
「なら高さ2m強の黒い石板を見た事は無いか?もしかしたら中途で捻れた形になっているかも知れない。」
「黒い……石板でござるか?見た事は無いでござるなあ。」
「そうか……。見かけたら教えてくれないか?礼はする。
 ……ああ、そうだ。非常な危険物だから、うかつに触ったり下手に近寄ったりしない方がいい。」

 始はそう言いつつ、写真家としての名刺――つい先日作った――を差し出した。楓はそれを受け取りつつ言う。

「いいでござるよ。けれど動物写真家と言うなら、珍しい動物の溜まり場でも訊く方が『らしい』でござるな。」
「何、動物写真家と言うのも嘘じゃないからな。動物の溜まり場も、教えてもらえるならありがたい。」
「そうでござるか。なら……。」

 楓はこの辺りの動物の分布について始に教える。始もそれを頷きながら聞いた。

「……ふむ、なるほど。いや助かる。ありがとう。礼をしたいが……何がいい?」
「今度会った時でも、ご飯でもご馳走してくれればいいでござるよ。」
「ならそうしよう。麻帆良にはもしかしたら長く居付く事になりそうだしな。
 それじゃあ俺はこの辺で仕事に戻る。」
「拙者も修行の続きをするでござるよ。」
「そうか。それじゃあな。」

 始はそう言うと踵を返す。楓はそれに軽く手を振った。始は後も見ずに手を振り返す。彼の姿は藪の中に消えていった。
 始を見送った楓は、大きく溜息をついた。

「……いやいや、恐い御仁でござったな。興味本位で声を掛けては見たが……危うかったでござるな。友好的な方で助かったでござる。いやいや、下手をうてば命が危うかったかもしれんでござるな……。
 あのような達人が埋もれているとは……世界は広いでござるなあ。」

 楓の背中はびっしょりと汗で濡れている。彼女は、始の目が一度も笑わなかった事に気がついていた。そしてその目が一度も瞬きをしないのにも。
 彼女は頭をぶんぶんと左右に振ると、夕食の材料探しを再開した。



[4759] 仮面ライダーカリス 第3話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/15 15:45
(昨日も無駄足だったか。既に俺の出現位置を中心に数キロ四方は調査したが、モノリスの気配は無い……。既に誰かに隠匿されていると考えた方が良いのかもしれん。)

 始は喫茶店チェーン・スターブックスカフェの麻帆良店でサンドイッチとコーヒーの昼食を取りながら、考え込んでいた。実際の所、モノリスはもう存在していないのだが、始にはそんな事はわかる筈も無い。
 そんな始の耳に、同じ店で食事をしていた女生徒達の会話が飛び込んでくる。

「えー、うそっ。」
「ほんと、ほんと。桜通りに出るんだってー。満月の夜に吸血鬼が。」
「何人もやられてるって話だよー。」
「ちょうど今晩満月だしー。」

(ほう……。普通なら馬鹿馬鹿しい噂話と切って捨てる所だが……。天王寺の創ったトライアル・シリーズの様な例もある。まさか、とは思うが。……もしやあのモノリスが関係しているのでは。)

 始はサンドイッチの残りを頬張り、飲み込むと立ち上がった。

(それにこの世界には『魔法』があるらしいな。最初の夜、化け物に追い詰められていた少女も『魔法』を使っていた。『修行などによる後天的な超能力技能』と言った所か。元の世界でも1000年の間に超能力者は若干見かけたからな。『魔法』があっても驚く事じゃない。ここが「そう言う」世界であれば、トライアル・シリーズのような物ではなくとも、吸血鬼がいても変ではない。
 だが、この世界では『魔法使い』達は高度に組織化されているようだ。あの少女は『学園長の手配した増援か』と言っていた。どうやら少なくとも、『学園長』とやらがある程度の責任者となっている組織があるようだ。『学園長』と言うからには、この麻帆良学園都市と何らかの関わりがあるのはおおよそ間違いないだろうが。
 ……かつ、その『組織』および『魔法』は秘匿されている。もし秘匿されていないのなら、もっと日常的に『魔法』が見られるはずだ。
 その『組織』がモノリスを隠匿している可能性もあるな。『組織』が社会秩序を維持するような立場に立っている場合、なんらかの方法でモノリスの能力を封じている可能性もある。とんでもないまでの危険物だからな、あのモノリスは。そうであれば、『大破壊』が起きていない事も頷ける……。)

 そこまで考えて、始は内心苦笑する。己の考えが先走り過ぎている事に気付いたのだ。
 だが、断片的な情報からここまで推理を進めることが出来るのは、見事としか言い様が無い。流石は『年の功』とでも言えば良いのだろうか。最初のバトルファイトがいつ始まったのかは定かでないが、最低でも1万歳、そして人間社会の中で既に1000年近く生きているのだ。

(何とかその『魔法使いの組織』について情報を収集する方法を考えなくてはならんな。だが接触を取るのは時期尚早だ。俺自身が『危険物』と見做されてしまう可能性が高い。)

 始はヘルメットを被りバイクに跨ると、エンジンを掛け、走り出した。



 その日の夜、東の空に月が真円を描いて浮かんでいた。その空を、蝙蝠の羽の様なマントを広げて飛翔している影があった。その影は、桜通りの方へと飛んでいく。
 それを地上から見ている者が居た。誰あろう、始である。彼はバイクを走らせ、その影を追う。彼はボソっと呟いた。

「変身。」

 彼の腰に、ごついベルトが現れ、そのバックル部分のラウザーに彼は一枚のカード――ハートのAをラウズする。

『チェンジ』

 すると、彼と彼の駆るバイクの姿がゆらりと蜃気楼のように歪み、次の瞬間カリスとその愛機、シャドーチェイサーに変身していた。
 シャドーチェイサーは空飛ぶ影を追って疾走する。カリスは更に一枚のカードを取り出すと、シャドーチェイサーに搭載されているモビルラウザーにそのカードをラウズする。
 電子音声が響く。

『フロート』

 シャドーチェイサーの前輪が、虚空を噛んだ。シャドーチェイサーはそのまま空中を「駆け上がって」行く。カリスはギアをオーバートップに入れ、アクセルを全開にした。シャドーチェイサーの動力、シャドージェネレーターが全開で吹け上がる。最高時速410kmを叩き出したシャドーチェイサーは、あっと言う間に空飛ぶ影を追い抜いて、その前に回り込んだ。そしてフルブレーキング……シャドーチェイサーは「空中に」火花を上げて、停車する。
 空飛ぶ影は驚いて、空中に止まった。

「うわっ!?」
『……お前が噂に聞く吸血鬼か?』

 カリスは影――少女に向けて問いただす。そう、その空飛ぶ影は見た目年端も行かぬ少女であった。少女は問いに問いで返す。

「くっ、学園の回し者か?」
『その台詞は、こちらの質問を認めた物と判断するぞ。それと、俺は学園とは何の関係も無い。』
「何?」
『俺は少々魔法使い達について、お前に訊ねたい事があるだけだ』

 カリスの台詞に、少女は目を丸くする。

「お前は魔法使いではないのか?空を飛んでいるじゃないか!」
『飛ぶだけなら飛行機、熱気球、風船でも飛ぶ。それより『学園の回し者』と言ったな。やはりこの『学園』は魔法使い達の組織の隠れ蓑と言う事か。』
「く……。」
『組織の規模や、学園における魔法使いの割合は?』

 カリスは少女に重ねて問う。少女は反発した。

「なぜ貴様の問いになど答えねばならん!」
『それもそうだな。だが力ずくで強引に訊くのは趣味ではない。』
「……できると思っているのか?貴様ごときがこの齢600歳の真祖の吸血鬼を……。」
『600歳か、若いな』
「!わ、私を若造扱いするか!」

 少女は懐から魔法薬の入ったフラスコを取り出し、投げようとした。カリスはいつの間にか手にしていた醒弓カリスアローにラウザーをセットし、1枚のカードをラウズする。

『バイオ』

 カリスアローから二本の触手が伸びる。その触手は少女をぐるぐる巻きに捕らえた。バリンと何かが砕けるような音がする。

「なっ!わ、私の魔法障壁がっ!」

 プラントバイオ――ハートの7のカードの消費APは1600、約16tの力で締め上げる事になる。生半な障壁では堪え切れなかったようだ。カリスは触手が少女を潰さないように締め上げる力を手加減する。
 少女は悔しげに呟いた。

「く、くそっ。魔力を封じられてさえいなければ……。」
『さて、質問に答えてもらえるか?』

 少女はぶすっとした表情であさっての方向を向く。どうやら死んでも言いなりになる気は無いらしい。カリスは肩をすくめた。どうせもっとも訊きたかった事――『学園』が『魔法使い』達の隠れ蓑である事は聞きだしている。彼は質問を改めた。

『なら一つだけ聞かせろ。お前は血を吸ったものを殺しているのか?』
「……何故そんな事を訊く」
『……俺の友が、そう言う事を気にする奴だった。だからだ。』
「ふん。殺しはせん。この辺は女子寮の近くだ。私は女子供を殺しはせん。」
『そうか』

 カリスはプラントバイオを解除する。少女はあっけにとられる。

「何故私を放す?」
『吸血鬼に血を吸うなと言うのも酷な話だろう。相手が死んでいないのなら、そう周囲に迷惑でもない。』

 カリスはシャドーチェイサーを「空中」でアクセルターンさせると走り出そうとする。その背後に向かって少女は魔法薬のフラスコを投げつけた。数本の「氷の矢」がカリスの背後から迫る。
 だがカリスはカリスアローを振るい、その刃状のリムで全ての魔法の矢を叩き切った。全く振り向かずに、魔法の矢の気配だけで、である。
 少女はカリスに向かって叫ぶ。

「エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウエルだ!覚えておけ!次会った時は貴様を八つ裂きにしてくれる!」
『……カリス……だ。……仮面ライダー・カリスだ。』

 カリスは少々迷った。彼は自分で仮面ライダーを名乗った事も無ければ、「カリス」と言うのもハートのA、マンティス・アンデッドの名前であり、自分の本名では無いからだ。だが「相川始」や「JOKER」を名乗るわけにもいかず、とりあえず「カリス」を名乗る事にする。
 カリスはそのままアクセルを開けると、「空中」で急発進し、見る間に少女――エヴァンジェリンの視界から消えていく。エヴァンジェリンは憎々しげに呟いた。

「カリス……か。忘れんぞ、この「闇の福音」「不死の魔法使い」を侮った事を、後悔させてやるぞ。」

 エヴァンジェリンはそのまま、やってきた方向へと引き返していく。もはや今夜は血を吸う気にもなれなかったようだ。時折歯軋りの音を立てながら、彼女は自分の家へと飛んでいった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第4話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/17 10:00
 始はとりあえずモノリスの捜索を一時中断することにした。これ以上手掛かり無しに動いた所で成果が上がるとは思えない事と、そして『学園』を隠れ蓑にした『魔法使いの組織』についての調査に注力する事にしたためである。もっとも彼は、山中に踏み込んで散策することを止めたわけではない。「本業」である動物写真家の活動を止めたわけではないからだ。
 今も始は、幾許かの写真を撮り終えて山中から街中へと帰って来たところだった。ふと彼は、足を止める。道路の向こう側から一体の少女型ロボットが、老婆の腕をとって横断歩道を渡ってくる所だった。
 彼は当初、特に注意を惹かれなかった。老人の介助用ロボットなど、人類社会に混じって1000年を生きた彼にとって珍しくなかったからである。彼はそのまま通り過ぎようとした。だが、微妙な違和感が彼の頭をよぎる。

(……ロボット?西暦2003年に?それもあんな精巧なモデルが?)

 よくよく見れば、その少女型ロボットは麻帆良学園に属する女子中の制服を着ていた。動きは人間と見紛う程に滑らかで、外観も若干所々に機械的な箇所はあるが、充分に人間らしかった。考えるまでも無く、21世紀初頭の技術レベルをブッちぎっている。
 始がこの世界に現れたばかりであれば、平行世界であるからと納得したかもしれない。しかし彼は既にこの世界の情報を、インターネット等を通じて調べられる限りは調査済であった。当然、2003年現在の平均的な技術水準についても、である。そのレベルは、彼の元の世界での21世紀初頭の技術レベルと大差は無かったのだ。

「どうもありがとうございました、茶々丸さん」
「……。」

 老婆の礼に、そのロボット――茶々丸と言うらしい――は無言でペコリと頭を下げる。そして茶々丸は歩き出した。始はしばらくその後姿を見送っていたが、やがて逆方向へと歩き出す。

(あのような高度なロボット……。『学園』の『魔法使い』が何か関わっているのか?いや決め付けるのは早計だな。何処かの企業か大学か何かの研究機関の実験機かも知れん。未発表の個体であれば、ニュースになっていないのも分からんでもない。
 ……とりあえずは、あのロボットについては様子見だな。全く関係ないかも知れない事に気を取られて、本来の目標から外れる事になっては本末転倒だ。頭の片隅に置いておくだけにしておこう。)

 始はバイクを停めて置いた場所に着くと、ヘルメットを被りバイクに跨った。



 あくる日、始はバイクを手で押して、街角の広場に来ていた。わざわざバイクを手で押すのは、被写体を驚かさないためである。今回の被写体は『猫』であった。彼が撮るのは、野生動物や野鳥ばかりではないのだ。
 始がやってきたこの広場には、よく猫溜まりができるらしい。彼はその話を聞き、たまには文字通り毛色の違った物でも撮ろうとやって来たのだ。彼はバイクの後席に縛り付けてあったカメラバッグからカメラを取り出すと、自分の気配を鎮めてシャッターチャンスを待った。
 始が気配を消すと、彼は見事に風景の一部になりきった。格闘ゲームか何かで背景の一部に人が描かれていても、ゲーマーは自キャラと敵キャラに集中していてそんな所に気を取られない。始はちょうど、そのような感じで背景の一部になりきっていた。
 やがて猫溜まりができ始める。始は次々とシャッターを切った。彼のカメラはシャッター音やその他の動作音の低い高級品である。動物写真家には最適の一台だ。彼は猫達に気付かれずに写真を撮り続ける。転がる猫。中空をじっと見つめる猫。毛繕いをする猫。小鳥にちょっかいをかけようとする猫。猫、猫、猫。
 しばらくすると、午後5時を知らせる鐘が鳴り始める。すると猫たちは、ある方向に一斉に歩き始めた。始はカメラをそちらへ向ける。ファインダーの中に、一人の人影が写った。
 いや、『一人』と言って良いものだろうか。その人影は、先日見た少女型ロボット、茶々丸だったのだ。始は少々意外に思う。ハイテクの塊であるロボットと、猫がどうにも結びつかなかったのだ。だがその疑問はすぐに氷解する。茶々丸は手に持ったレジ袋を開けると、そこから餌皿と猫缶数個を取り出したのだ。

(なるほど。誰かの命令か何かで猫に餌をやりに来たのか。)

 だが始のその勘は、微妙に外れていた。彼はレンズの焦点距離を調節して、茶々丸の顔をアップにする。そこにはかすかではあるが、慈母の様な笑みが浮かんでいたのだ。

(違う。あのロボットには自分の意思がある。自分の感情がある。あそこまで高度な人工知性は俺のいた世界の歴史では、今後しばらくは完成しないはずだ。誰かの命令でやっているのかもしれないが、自分の意思でやっている方が可能性が高い。しかも楽しんでいる。猫に餌を与える事を。
 ……興味深いな。)

 始は思わずシャッターを切っていた。夕日の中、茶々丸が猫に餌をやっている姿は、まるで一枚の名画のような趣きがあったのだ。その瞬間を、カメラは正確に捉えた。と、茶々丸が始の方を向く。どうやら、いくら低い音でも彼女の優秀なセンサーはそのシャッター音を聞き取ったらしい。
 始は徐に立ち上がり、気配を解放して……しかし猫達を驚かさない程度に弱い気配を出して、茶々丸の方へ歩いていった。彼は茶々丸に話しかける。

「すまん。勝手に写真を撮ってしまった。」
「いえ……。」
「猫の写真を撮っていたんだが。随分と絵になっていた物でな。前に街の老人が名前を呼んでいたのを聞いたのだが……たしか茶々丸……だったか?」
「はい。絡繰茶々丸と申します。」
「そうか。絡繰、俺は相川始という。動物写真家だ。すまないが、猫と一緒の所を改めて写真を撮ってもいいか?」
「……はい。どうぞ。」
「感謝する。ああ、これが俺の名刺だ。何か有ったら言ってくれ。」

 始は再び茶々丸と猫達の写真を撮り始めた。茶々丸も、猫達への餌やりを再開する。その姿は、写真を撮られていると言うのに何の気負いもない。ただ純粋に、猫達の面倒を見るのが嬉しいようだった。
 また始も、久々に本当に良い被写体に恵まれたように感じていた。写真を撮るのが楽しいのだ。いや、今までが楽しくなかったわけではないのだが、このような場面を写真として残せるのは写真家として嬉しい出来事なのだ。彼はこの時ばかりはモノリスの事や『魔法使い』達の事を忘れていた。
 やがて餌も無くなり、猫達はひとしきり茶々丸に甘えてから一匹、また一匹と何処かへ去っていった。茶々丸もレジ袋へ餌皿と空き缶を仕舞い込む。
 始は茶々丸に声をかける。

「いつもここで猫に餌をやっているのか?」
「はい。」
「そうか。もし良かったら、現像が出来たら今撮った写真を進呈しよう。」
「あ、いえ。そのような事をしていただくつもりでは……。」
「遠慮するな。」
「はあ。」

 始は口元を笑みの形に歪めると、荷物を纏め始めた。彼はヘルメットを被るとバイクに跨り、エンジンを掛ける。

「じゃあまたな。ここで会おう。」
「あ、はい。」

 始はバイクで走り去った。茶々丸はそれを見送ると、レジ袋を左手に持ち、彼女と彼女のマスターの家へと歩き出した。



「くっ、全く厄介な呪いだ。しち面倒臭い。」

 エヴァンジェリンはご機嫌斜めだった。これからさあ寝ようかと言うときに、学園結界を越えた何者かを感じたのだ。彼女は学園の警備員をやっている。……もとい、やらされている。それ故、そのような事態になった以上、真っ先に飛んでいって少なくとも調査、場合によっては侵入者の捕縛もしくは撃退を行わなければならない。それは彼女にとって非常に面倒臭い事だった。
 彼女は己が従者に抱かれて、全速力で結界が破れた近辺に向かう。今は満月ではないので魔力が心もとなく、空を飛ぶ事はできないのだ。なお結界に穴があけられたときの様子からして侵入者は、そこそこの術者か、あるいはそこそこの術者から呪札なりなんなりを預かってきているそこそこの達人だろう。
 やがて彼女は目標を発見した。隠行にそこそこ長けてはいるが、従者のセンサーからすればそんなもの、物の役に立たない。これが長瀬楓レベルの隠行であったなら、また話は違ってくるのだろうが。彼女は小声で従者に指示を出す。

「茶々丸!やつの注意を引き付けろ。」
「……。」

 そう、エヴァンジェリンの従者は、絡繰茶々丸であった。彼女はエヴァンジェリンに先行すると、侵入者に殴りかかる。侵入者は、からくもその打撃を躱す。
 エヴァンジェリンはその隙に懐から魔法薬のフラスコや試験管を取り出して投擲する。空中でそのフラスコと試験管は砕け散り、混じった魔法薬から魔法が発動する。魔法の射手、氷の3矢が発動し、侵入者に3本とも直撃する。するとその身体から、呪札の光が発せられ、立体映像のように表面に浮き上がった呪札と魔法の矢が相殺した。

「ち、準備万端と言った所か。だが終わりでは無いぞ。茶々丸!」

 エヴァンジェリンの叫びに応えて、茶々丸は高速で侵入者へ殴りかかる。侵入者はそれを躱した。いや、躱したつもりだった。茶々丸の肘から先がケーブルで伸びて、己の胴―—水月を打ち据えるまでは。
 ロケットパンチ。茶々丸の兵装の一つである。どう見ても、製作者の趣味の産物だ。だが実際にこうやって役立っている。侵入者は大きくよろめいた。

「グッ!!」
「終わりだ!……何っ!?」

 エヴァンジェリンが新たな魔法薬を投げようとした時、光の矢がその魔法薬のフラスコを打ち砕いた。彼女は叫ぶ。

「き、貴様あっ!カリスッ!!」

 そう、エヴァンジェリンの魔法を防いだのは、誰あろうカリスであった。カリスは呟く。

『こいつを捕らえられては困る。』
「貴様……こいつの仲間だったのか!」
『いや違う。』
「何?」

 エヴァンジェリンはカリスの言葉の意味が一瞬わからなかった。カリスは続ける。

『エヴァンジェリン、前回お前が素直に質問に答えてくれなかったからな。だから今度はこいつから聞くことにした。
 麻帆良学園に忍び込んでくる輩だ。敵対する相手の最低限の情報は持っているだろう。なおかつ、おそらくお前よりも口は軽い。尋問は楽だ。』

 そう言いつつカリスは侵入者の後に回り込むと、その後頭部を手刀で叩き、昏倒させる。その動きには無駄が無く、瞬動とまではいかないものの、とても躱せるものではなかった。カリスは茶々丸の方を向く。が、それはほんの僅かな間だけで、再びエヴァンジェリンに向き直る。

『ではこいつは貰っていく。』
「させるかっ!」

 エヴァンジェリンは魔法薬のフラスコや試験管を投げつけようとする。その動きは前回の対戦よりも遥かに速い。更に言えば、茶々丸もまた、カリスの動きを制止しようとバーニアを吹かして高速で接近する。
 だが、それでもカリスがラウザーをカリスアローにセットし、スペードの9のカードをラウズする方が若干早かった。ラウザーから電子音声が響く。

『マッハ』

 その瞬間、カリスの身体は高速で移動を開始し、一瞬で彼女らの目の前から消え去った。勿論侵入者の姿も一緒に消えている。なおかつ、それには高速の衝撃波のおまけまで付いていた。移動経路の近くに居たエヴァンジェリンは、衝撃波で弾き飛ばされた。彼女は悔しげに叫ぶ。

「おのれ!次こそは!次こそは奴の息の根を止めてやる。」
「あの……。」
「ん!?何だ!?」
「いえ、何でもありません……。」

 茶々丸は何か言いたげな様子だったが、その言葉を飲み込む。エヴァンジェリンは、上下逆さで木に這う蔦に絡まれた愉快な姿勢のままで、いつまでも毒づいていた。
 なおこれは余談になるが、その侵入者は次の朝、世界樹の枝にぐるぐる巻きで頭を下にして吊るされていたのが、早朝見回りをしていた魔法先生に発見される事になる。



 その日の夕方、今日も茶々丸は猫達に餌を与えていた。そこへ四角い包みを背負った一人の青年が現れた。無論、始である。

「……元気か、絡繰。」
「はい、お陰さまで。」
「そうか。」

 青年は背負っていた荷物を降ろした。茶々丸は不審そうな顔……はしないが、雰囲気でそんな感じを受ける。彼は荷物を解いた。中からは数枚のパネルが出てきた。

「前回撮った写真のうち、出来が良いものをパネルにしてみた。よかったら持っていけ。」
「あ、ですが……」
「遠慮は無しだ。いい写真を撮れた礼だ。」
「はあ……。では……頂きます。」
「ではな。」
「あ……。」

 茶々丸は思わず始を呼び止める。始は不審そうに振り返る。

「なんだ。」
「あの……。猫の餌を……いっしょにやってみませんか?」
「む……。」

 始は考え込んだ。だがすぐに返事をする。

「ああ。」

 彼はその場にしゃがみ込む。茶々丸は彼に猫缶を渡した。彼は猫缶をきこきこと開ける。そんな彼に猫が擦り寄ってくる。

(たまにはこんなのんびりした気分もいい。いつもいつも張り詰めてばかりでは、かえって効率は悪くなるからな。
 しかし関東魔法協会と関西呪術協会、魔法協会理事近衛近右衛門、関西のトップ近衛詠春、近右衛門の孫娘にして詠春の娘の近衛木乃香……ごちゃごちゃ整理されていない情報が大量に入って来たな。もう少し情報を整理しないとな。……と、今はのんびりするんだったろうに。
 この茶々丸と言うロボット、あのエヴァンジェリンの従者か。エヴァンジェリンは怒らせてしまったからな。カリス=相川始と言うことは絶対に隠し通さねばならん。)

「どうしましたか?」
「あ、ああいや、少々考え事をな。ああ、もう餌が無くなったか。」
「そうですね。」

 猫が徐々に帰り始める。始と茶々丸はそれを見送った。

「さて。俺たちも帰るぞ。」
「はい。それでは失礼します。本日は有難うございました。」
「それはこちらの台詞だ。又機会があったら、こう言う場を持とう。ではな。」

 茶々丸と始は、各々逆方向へと歩いていった。始の機嫌は珍しいほどに良い。彼はある意味で自分と同じ、『人間以外の知性体』と接する事で、それも友好的に接する事で若干のシンパシーを茶々丸に覚えていたのだ。だが、それを彼が自覚するのはしばらく後になる。



[4759] 仮面ライダーカリス 第5話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/18 22:50
「長瀬……。また会ったな。」
「おや始殿、奇遇でござるなあ。」

 今日は買い物などに充てるため仕事は休みと決めたその日、商店街を歩いていると始はばったりと楓に出会った。実の所、楓の側では相当驚いたのであるが、さすが甲賀中忍長瀬楓、毛ほどもそれを表に表さない。にんにん、と微笑みながら彼女は始に話しかける。自分から話しかけたのは、内心の動揺を悟られないためもある。

「黒い石板とやらは見つかったでござるか?」
「まだだ。残念ながら、な。そう言うからには、長瀬も見つけていないようだな。」
「んー、残念ながら、見かけてはおらぬでござるよ。」

 おおよそ予想していた事ではあったが、始は内心少々落胆する。だが、彼の側もそれを面に表すほどではない。始は話題を変える。

「長瀬。学校はどうした。」
「先頃から春休みでござるよ。」
「そうか、なら丁度良い。長瀬は今日は暇か?」
「んー、暇と言えばそうでござるが……。」

 始はにっこり笑った……口元だけで。

「なら丁度良い。今日は先日の約束を果そう。」
「約束?」
「飯を奢る約束をしていたろう。」
「あー、あいあい。」
「どこか希望はあるか?」
「食堂棟でいいでござるよ。あそこは安くて美味い。」
「そうか。行くぞ。」

 始は先に立って歩き始めた。楓がその後に続く。その時学園内に放送が響き渡った。

――ピンポンパンポーーーン♪迷子の御案内です。中等部英語科のネギ・スプリングフィールド君。保護者の方が展望台近くでお待ちです。――

「……何をコケている。お前ほどの達人が。」
「あー、いやその。今放送で呼び出されたのがウチの担任なんでござるよ。にんにん。」
「担任教師が迷子か。愉快なクラスだな。」
「いや実はその担任と言うのが……。」

 二人は雑談をしながら歩いていった。


 ここは食堂棟。その一角のテーブルで、二人は昼食を摂っていた。テーブルの上には、二人分とは到底思えない量の料理が並んでいる。楓は溜息をつく。

「頼んだ拙者が言うのも何だが……いいんでござるか?こんなに沢山。」
「気にするな。それに俺も食べる。たまにはこんな大盤振る舞いも良いだろう。」
「あいあい。始殿も健啖家でござるな。」

 そう言いつつ、楓も既に食べ始めている。始も手近な皿に手を伸ばし、食べ始めた。
 そこへ、子供の物と思しき声が掛かる。

「あー楓姉、デート?」
「うわぁ、美形です~~~!」
「あ、だ、だめですよ邪魔したら。」
「いやいや、デートではないでござるよ。この方は相川始殿と申して、『凄腕』の動物写真家。この前野生動物が集まる穴場を教えたので、そのお礼でご馳走してくれてるでござる。」

 楓は始を声の主達に紹介した。強調して言った『凄腕』の台詞が、写真家としての意味で無いのは御愛嬌と言うところか。
 始が声のした方、楓の視線――糸目のため判別しづらいが――の向く方を振り向くと、そこには3人の子供……小学生ぐらいの少女が2人、少年が1人、始の方を興味津々の顔つきで見つめていた。始は楓に尋ねる。

「……弟と妹か?」
「いや、女の子の方は2人とも拙者のクラスメイトでルームメイトでござるよ。姉の鳴滝風香と妹の史伽。」
「……中学生?」

 始は目を見開いた。ちなみに彼が目を見開くと、結構な迫力がある。中学生かと疑われた事で文句を言おうとした少女達は彼の表情を見、ビクッと凍りついた。ちなみに少年も凍り付いている。始は苦笑した。

「ああ、すまん。極々稀な事だがお前達の様な中学生を見た事が無くも無い。極々稀だが。極々。」
「だから強調し過ぎでござるよ始殿。それで男の子の方は、先ほど説明したうちの担任の子供先生ネギ・スプリングフィールドでござるよ。」
「ほう……。」

 始の表情が、やや曇る。それを見て、楓が訝しげに訊ねた。

「……どうしたでござるか?突然悲しそうに。」
「いや、この子はちゃんと授業とか仕事とかを十二分にこなしている、と言っていたな。」
「あいあい。とても数えで10歳とは思えないでござるよ。」
「そうか……。」

 始の表情は、更に曇った。ネギは不審そうに尋ねる。

「あ、あのー。何かそれがまずいんでしょうか?僕は一生懸命頑張っているつもりなんですが。」
「いや……お前がいけないわけじゃない。」

 始は真面目な表情で言う。

「お前がいけないわけじゃない。お前にそれをさせている周りの大人に、少々腹が立っただけだ。」
「!?」
「えー?ネギ先生は先生に相応しいと思うよー!」
「そーです。ネギ先生を先生に選んだ人は、見る眼があるです。」
「拙者も少々その発言の意図がわからんが……。」

 始は優しく笑うと――ここで楓は出会ってから初めて始の目が笑うのを見た――言葉を続ける。

「子供は子供でいられるうちは子供でいるべきだ、と思っただけだ。ただでさえ、子供でいられる時間は短い。子供を無理に大人にするような真似はどうか、と言うのが俺の持論だ。
 状況がそれを許さない、と言うのもあるだろう。例えば、両親や親類縁者が居ない、天涯孤独の子供と言うのも、悲しい事だが存在する。そう言った子供は、どうしても子供である内から『大人』に成らざるを得ない。社会的な重責を背負って、無理矢理にでも成長せざるを得ない。だが、出来る限り子供は『子供』でいるべきだ。無理に『大人』になるのは、悲しい事だ。俺はそう思う。
 そして周囲の大人は、子供が負わされた重責を肩代わりして背負ってやるべきだ。それをやってこそ『大人』なんだから。決して無理に子供を成長させ過ぎるような真似は、やっちゃいけない。
 子供を大事にしない種族など、滅んでしまえばいい。」

 始はそう言うと、コップの水を飲んだ。周りの者達は、始に飲まれて言葉が出ない。特に、最後の台詞に込められた気迫、否、鬼迫には、顔色を青ざめさせた。
 始は笑って言葉を続ける。

「まあ、俺はお前やその周囲の事情を知っているわけではないからな。俺の言葉を全部真正面から取る必要は無い。どうしようもない事情と言うのも、実際あるからな。
 だが一つ、忠告する。無理に背伸びはするな、ネギ先生。無理な事は無理と認めて、そう言う時は周りの大人や年長者に素直に頼れ。甘える事ができるのは、誰にも侵害されるべきでない子供の権利だ。甘えてはいけない、などと言う奴は間違っている。無理に大人になろうとするな。子供でいる事が許されるうちは、子供でいていいんだ。」

 始はそう言いつつ、ネギの頭を撫でる。ネギは黙って撫でられていた。その瞳は、何か迷っているような、考え込んでいるような、そんな色を浮かべていた。楓は難しい顔――糸目なのでよく表情はわからないが――をして考え込んでいる。鳴滝姉妹は目を丸くして、理解しきれない様子だ。

「……せっかく知り合いになったんだ。お前らにも何か奢ってやる。好きなだけ注文しろ。」
「えーーーっ♪じゃ私、新作のマンゴープリンココパルフェーーーっ!」
「あ、私もーーーっ!」
「え、あ、そ、そんな悪いですよ。」

 始の言葉に、子供達は大騒ぎになる。そんな様子を、楓は黙って見つめていた。その瞳には――糸目でよく見えないが――何か決意の色が伺えた。



 始と楓はネギ一行と別れて、人気の少ない街外れを歩いていた。そして周囲に完全に人気が無くなった頃、楓が口を開く。

「始殿、お願いがあるでござる。」
「別にいいぞ、いつでもかかってこい。」
「……気付いていたでござるか!?」
「殺気とまでは言わないまでも、闘気が抑えきれていなかったからな。お前がそう言う性質の人間だと言うのは、前回から気付いていた。断っても無駄そうだしな。
 だが怪我させたりさせられたりするまではやらん。いいな?」

 始の場合、怪我をさせるのはともかく、させられると緑の血が流れてしまうので、非常にまずい。楓は苦笑する。

「どちらかが、まいったするまでで結構でござるよ。では……。」

 楓はいきなり十数体に分身する。十数体の楓が同時に口を開いた。

「「「「「まいるでござる!!」」」」」

 分身した楓が、それぞれバラバラに始に襲い掛かる。苦無が飛んだ。始はそれを半身になって避ける。その避けた所に一体の楓が殴りかかった。始はそれを首を竦めて避けた。別の楓が蹴りかかる。今度は腹に当たった。だがそれは密度の薄い分身だったらしく、その事を見切っていた始は腹筋に少々力を入れただけでその攻撃を弾く。始は楓の嵐の様な攻撃を、全て同じ様に捌いていった。
 楓の攻撃を捌きながら、ひょいと始は小石を拾った。そしてそれをあさっての方向へ投擲する。その小石は、目にも留まらぬ速さで一本の立ち木の方へ飛んでいった。

ゴン。

「ふげっ!?」

 石に当たって木から落ちてきたのは、楓である。どうやら本体の楓らしかった。始は一足飛びに落下地点へ駆けると、落ちてくる楓を抱きかかえ、そのまま背後を取った。そしてそのままキュ、と首を極めて頚動脈を締める。楓は慌ててタップした。

「まいった!まいったでござる!ふう……手も足も出ないとは……。」
「十数本も出してたじゃないか。本当だったら極めた所をそのまま折るんだが、な。」
「し、試合で折らないで欲しいでござるよ……。」
「だから折らなかったろう。」

 楓は大きく溜息をつき、悔しそうに言った。

「しかし全く本気を出させる事ができなかったでござるな……。」
「本気を出していないのは、お前も同じだろう。奥の手の10や20、隠しているはずだ。」
「それはそうでござるが……。出す前に負けたと言うのが正しいでござるよ。」

 始の場合、本気を出すわけにはいかないのではあるが。彼が本気を出すなら、カリスやワイルドカリス、JOKERにならねばいけない。
 楓は不思議そうに訊ねた。

「所で、どうやって拙者の場所を突き止めたでござるか?拙者、前回よりも完璧に気配を消したつもりだったのに……。」
「綺麗に気配を絶ちすぎだ。岩や木、風や水などの気配の中に、『何も気配の無い』場所が、それも『人型』にあれば、そこに居るのがわかる。気配を『消す』のと『絶つ』のでは意味が違うぞ。
 気配をそこそこに消すに留めるか、あるいは完璧を期すのであれば気配を『絶った』後に自然の気配のノイズを『混ぜる』かしないと、完璧には身を隠せないぞ。俗に『木化け』『石化け』と言う奥義だな。気配を『絶つ』のではなく、自然に『溶け込む』んだ。
 達人にもなれば、姿を隠さずとも、目の前に居ても目に写らないほどだ。」
「なんと……。」

 始は、一言も自分がその『達人』だとは言っていないが、実は既にその境地に達している。つい先日も猫を撮影するためにその奥義を使っていたりした。別に戦いのために覚えた技ではなく、野生動物の写真を撮るために身に着けた技だと言うのが何だが。
 楓はしばし呆然としていたが、突然がばっと土下座した。

「……何のつもりだ?」
「始殿、いや相川殿、拙者を弟子にしてくだされ!そしてその隠行術を是非とも……。」
「断る。」
「即答っ!?」

 がびーん、と楓はショックを受ける。始は理由を説明した。

「悪いが、弟子を取っている暇が無い。弟子に取ったとしても、きちんと教えている暇がない。
 俺にはやらなければならない事があるからな。」
「それは例の黒い石板とやらに関わりのある事でござるか!?」
「そうだ。」
「それなら拙者も手伝うでござる!だから何とぞ、何とぞ……。」

 始は苦笑しつつ言った。

「いや、少々込み入った事情があってな。あまり手伝ってもらうわけにもいかん。……暇が出来た時などに、時折で良いなら、手合わせとかには応じる。
 それではいけないか?」
「はあ……仕方ないでござる。今日のところは、それで手を打つでござるよ。」

 楓はやや落胆しつつも、了承する。始は再び苦笑した。彼は楓に手を差し出す。

「寮住まいだったな。今日は送っていくから、もう帰れ。」
「あいあい。そうするでござるよ。」

 楓は始の手を取って、立ち上がった。もう既に、日は西の山にかかるほどに傾いている。二人は街の方へ並んで歩いていった。
 と、始はある致命的な事に気付く。彼は愕然とした。

(予定していた買い物、全くやっていないじゃないか……。フィルムも現像液も印画紙も……。
 明日も予定変更して改めて買い物、か……。)



[4759] 仮面ライダーカリス 第6話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/20 23:32
 麻帆良学園の学園長室、そこに10名ほどの教師、生徒達が集まっていた。彼らはこの麻帆良学園に所属する、魔法先生、魔法生徒達である。部屋中央寄りの窓際近くに置かれた重厚な机に座していた老人――その後頭部は異様なまでに長く特徴的であった――が口を開いた。

「皆、今日はわざわざ集まってもらって御苦労じゃったの。今日集まってもらったのは、他でも無い、『仮面ライダー・カリス』を名乗る人物についての事じゃ。」

 学園長、近衛近右衛門の言葉に、周囲の教師、生徒達は目を交し合う。学園長は言葉を続けた。

「最近、警備に当たっている者達から、その『仮面ライダー』について報告が上がっておるのじゃ。曰く、『敵対勢力の襲撃にあって、窮地にあるところを救われた』だの『だがその後、敵対勢力の工作員を攫っていかれた』だの、色々との。
 しかし持っていかれた刺客や潜入工作員は、次の日かそのあたりにグルグル巻きにして返してよこしている。そやつらに魔法も使って尋問した所『仮面ライダー』に、我々魔法協会や、関西の呪術協会、その他の魔法使い組織に関する情報を色々と根掘り葉掘り尋問された、と言う事が分かっておる。」
「と言うことは、『仮面ライダー』は我々「裏」の世界の事を「知ってはいるがよくは知らない人物」と言うことになりますね、学園長。そしてだからこそ、そう言った情報を集めている、と。」

 そう言ったのは、高畑・T・タカミチと言う30がらみの男性教諭である。麻帆良学園の中でも、1~2を争う指折りの実力者だ。ざわざわと周囲の者達がざわめく。
 その中で一人の魔法生徒、佐倉愛衣が言葉を発する。愛衣はこの世界で始めてカリスに救われたその当事者でもあった。

「あ、で、でも少なくとも悪い人では無いと思います。私も危ない所を救われましたし、それに私が聞いた限りでは情報源として襲撃者とかを確保する事よりも、危機にある麻帆良の魔法使いを保護する事を優先しているみたいですし……。」
「だがね、魔法使いの秘密がばれるかもしれないんだよ?注意を払って置くに越した事はないんじゃないかと思うがね。」

 黒人教師、ガンドルフィーニが冷静に意見を述べる。愛衣はぐっと言葉に詰まった。そこへ高畑が口を挟む。

「だが、魔法バレに関してはそこまで警戒しなくてもいいかもしれないよ。既に情報は充分集まっているはずだ。なのに何のアクションも相手は起こしていない。つまり「彼」の目的は別の所にある、と言っている様な物だね。それに『仮面ライダー』なら自分の正体を隠したいはずだから、目立つ行動は避けるだろうさ。」

 この世界にも、子供向けSFアクションドラマとしての『仮面ライダー』は存在している。それ故の台詞である。高畑は続けて愛衣に問うた。

「ところで愛衣君。『ライダー』について他に気付いた事は無いかな?どんな戦い方をするかとか、どんな武器を使うかとか。」
「あ、はい。武器は弓とも剣ともつかないような……弓のアーチ……なんと言えばいいんでしょうか?弓の握りの部分を除いた……弦を留める部分も含めた、バネ状の部分。」
「リム、よ愛衣。」
「あ、はいお姉さま。弓のリムの部分が刃になった剣のような武器を使っていました。更にそれを本当の弓としても使って、光の矢を射ていました。」

 ガンドルフィーニはそれを聞いて不審そうな顔になる。

「「魔法の矢」かね?」
「いえ。詠唱も無しで、しかも魔力が全く感じられませんでしたから、違うと思います。けれど威力は一般的な「魔法の矢」よりも強い様でした。
 それとカードの様な物を使って、チョップの威力を強化していました。ただこれも魔力は感じませんでしたので、どういう仕組みなのかは分かりませんでした。けれどチョップの威力は、人の3倍もあるオーガを一撃で仕留めるほどでした。」
「魔力が感じられない!?」

 驚くガンドルフィーニに対し、高畑は冷静だった。一寸した諧謔を飛ばす余裕まである。

「『仮面ライダー』となれば、改造人間だからね。科学の力、なんじゃないかい?」
「古いですね高畑先生。今の『ライダー』は強化服が王道ですよ。
 あ。それでもやっぱり科学の力か。あはは。」

 若い教師、瀬流彦が高畑の諧謔に乗る。生真面目なガンドルフィーニは眉を顰めた。
 学園長が会話を引き取る。

「ふむ、とりあえずは『ライダー』についての情報は、今後も集めるようにしてくれたまえ。ただし、下手に敵対しないようにの。今の所、かっ攫った敵対勢力の工作員達もこちらに引き渡しておるし、麻帆良学園に対して比較的協力的な立場を取っておる。危険な存在であるかもしれんが、藪をつついて蛇を出す事の無いようにの。では解散してくれたまえ。
 ああ、エヴァはちょーっと話があるんでの。しばらく残ってくれんか?」
「ちっ……。」

 学園長室の応接セット、そのソファに深々とふんぞり返って腰掛けていたエヴァンジェリンは、小さく舌打ちをした。『仮面ライダー・カリス』に対しての情報を、一番持っているのはおそらく彼女である。少なくとも、カリスがバイクで空を飛んだ所を見ているのは彼女しかいない。
 だが彼女はその事を言うつもりはなかった。その事を言えば彼女が吸血行為に及んでいる事も話さねばならなくなるからである。たとえ学園長や高畑が薄々その事に気付いていたとしても、だ。おそらく彼女が残るように言われたのも、それ故であろう。学園長は、彼女の吸血行為に対して釘を刺すつもりなのだろう。
 そう言う意味からすれば、彼女にとって学園側がカリスの件をとりあえず静観するとした事は幸いであった。万一カリスが捕らえられでもして、その口から彼女の吸血行為について漏れでもしたら、尚更に困った事になるからだ。だがカリスに対して少なからず敵意を抱いている彼女としては、カリスに対して有利となる学園側の対応は腹の立つ事でもあった。
 結果、彼女の不機嫌度はMAXをブッチぎるのである。



 その頃、当の仮面ライダー・カリス――相川始は何をしていたかと言うと……また猫の写真を撮っていた。彼の眼前では、絡繰茶々丸が猫溜まりの猫達に餌をやっている。茶々丸の周囲には、小鳥も集まっていた。
 始は茶々丸に問いかける。

「……制服が随分汚れているようだが?」
「この子を……。」

 茶々丸は、頭の上に乗っている子猫を指差す。

「この子が川で流されていたので、助けた時に……。」
「そうか。優しいな、絡繰は。」
「あ、いえ、その……。ありがとうございます。」

 始は猫や小鳥にピントを合わせ、シャッターを切る。茶々丸の傍にいれば、始が気配を消さなくとも猫も小鳥もリラックスして何の警戒も見せない。始は口元を綻ばせる。
 ふとその時、始は妙な気配を感じた。人間が2、何かわからない小さな知性体が1。人間はどうかわからないが、小さな知性体からは敵意を感じる。始は茶々丸に話し掛けた。

「……さて、フィルムも無くなった。餌ももう無いみたいだな。一寸今日は急ぐので、先に失礼するぞ。」
「あ、はい。ではまた後日……。」
「ああ。じゃあな。」

 茶々丸は、気のせいか少し残念そうに見える。表情がまったく変わっていないので、よくは分からないが。始はカメラをカメラバッグにしまって鍵を掛けると、猫達を驚かさないようにバイクを押して歩き出した。茶々丸の視線は、知らずその後姿を追っていた。



 ゴーン、と時計塔の鐘が鳴る。茶々丸は丁度、レジ袋に猫の餌皿と空き缶をしまい終えた所だった。と、人の気配に彼女は振り向く。そこには1人の少年と1人の少女が立っていた。茶々丸は律儀に挨拶をする。

「……こんにちは、ネギ先生。神楽坂さん。」

 そこに立っていたのは、茶々丸の担任教師であるネギ・スプリングフィールドと、クラスメートである神楽坂明日菜である。先日、茶々丸と彼女のマスターであるエヴァンジェリン・A・K・マクダウエルはネギといざこざを起こしていた。その経緯は以下の様なものである。
 15年前、「闇の福音」の二つ名で知られる真祖にして悪の大魔法使いであったエヴァンジェリンは、ネギの父親である「サウザンドマスター」ナギ・スプリングフィールドに敗北した。そして彼女は変な呪いをかけられて魔力を極限まで封じられ、学園の中学生兼警備員としてこの15年間ずっと能天気な女子中学生と一緒に中1から中3までを繰り返し繰り返ししていたのである。
 その呪い「登校地獄」を解除するには、サウザンドマスターの血縁者である、ネギの血液が大量に必要なのだ。それ故に、エヴァンジェリンはネギを狙っていたのである。だが、先日はあと一歩でその目的を達せられる、と言う所で、今ネギの隣に立っている神楽坂明日菜――ちなみにネギは今現在、明日菜とそのルームメイトの部屋に居候している――の妨害を受け、その時はネギの血を断念せざるを得なかったのだ。
 そしてネギ達は今、一人になった茶々丸を急襲し、エヴァンジェリン一党の戦力漸減を目論んでいたのである。茶々丸はネギ達に向かって言葉を発する。

「……油断しました。でもお相手はします……。」

 茶々丸は、頭の後に付いているゼンマイ巻き用のハンドルを外し、戦闘態勢に移行する。ネギは茶々丸に問いかけた。

「茶々丸さん、あの……。僕を狙うのはやめていただけませんか?」
「……申し訳ありません、ネギ先生。」

 茶々丸はペコリと頭を下げ、続ける。その言葉は、ネギの申し出に対する拒否であった。

「私にとって、マスターの命令は絶対ですので。」
「ううっ……、仕方ないです……。
ア、 アスナさん、じゃ、じゃあさっき言ったとおりに……。」
「うまくできるか、わかんないよ?」

 ネギと明日菜は改めて茶々丸に向きあう。

「……では茶々丸さん。」
「……ごめんね。」
「はい。」

 茶々丸はレジ袋を落すと、外したハンドルをその上に放る。

「神楽坂明日菜さん……。いいパートナーを見つけましたね。」

 ネギは叫んだ。

「行きます!!契約執行10秒間!!ネギの従者『神楽坂明日菜』!!!」
「んっ……。」

 ネギから明日菜へ魔力が流れ込む。明日菜は快感ともなんとも言えないような感覚を味わった。彼女は一気に茶々丸へ向かってダッシュする。
 ネギは続けて呪文詠唱を開始した。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!」

 茶々丸は左掌を突き出す。が、明日菜の右手がその拳を弾いた。弾かれた左手は高く上がる。
 明日菜は更に左手で茶々丸の頭を狙う。茶々丸はスゥエイバックしつつ右手で明日菜の左手を捌いた。凶悪な威力を秘めたデコピンが、茶々丸の額を掠る。茶々丸はその目に驚きの表情を浮かべつつ呟いた。

「はやい!素人とは思えない動き。」
「わたたっ。」
「光の精霊11柱……。集い来りて……。ううっ。」

 明日菜はネギの魔力で強化された動きで、茶々丸を押しまくる。だが茶々丸もロボットならではの冷静さで、その攻撃を捌きまくる。だが茶々丸は、ネギの様子にも気付いていた。気付いてはいたが、明日菜の攻撃を捌くのに手一杯であった。
 ネギは呪文を完成させつつある。彼は少々躊躇したが、ためらいを振り捨て、叫んだ。魔法が発動する。

「魔法の射手、連弾・光の11矢!!」
「……!!追尾型魔法、至近弾多数……。よけきれません。」

 茶々丸は呟いた。

「すいませんマスター……。相川さん、もし私が動かなくなったらネコのエサを……。」
「!」

 ネギはその呟きを聞いた。彼を慙愧の念が襲う。

「や……やっぱりダメーッ!戻……。」
『メタル』

 電子音声が響いた。黒い影が茶々丸とネギの間に割り込む。光の魔法の矢は、11矢全て、その黒い影に直撃した。
 黒い影は勿論のこと、カリスである。

『……この程度か。なら『メタル』のカードに頼らなくても、なんとかなったな。』

 光の魔法の矢、一発のダメージは達人級の武術家の一撃にほぼ等しい。その程度ならばカリスが言った通り、彼の耐久力から見てスペードの7――メタルのカードを使わなくともなんとかなった筈である。彼は達人が子ども扱いに見えるほどの化け物揃い、いや化け物その物のアンデッドとの戦いに勝利してきたのであるから。
 少年少女達は驚いて大騒ぎになる。

「あ、あなたはっ!?」
「な、何っ!?何なのよ一体っ!」
「カリス……さん。」

 カリスは茶々丸に向かって立ちあがると、声を掛けた。

『大丈夫か?茶々丸……だったな。』
「はい……。損傷ありません。」
『そうか。それは良かった。』

 そしてカリスは振り向くと、ネギの方へ向かって歩き始めた。その姿は、異様なまでの迫力、威圧感に溢れている。ネギは凍りついた。明日菜はあわててネギとカリスの間に割り込もうとするが、足がもつれて転んでしまう。彼女も自分では気付いていなかったが、カリスの迫力に、威圧されていたのだ。
 カリスはネギの前に立つ。その仮面?越しの視線は、ネギを射竦めて放さない。ネギは怯えるばかりだった。

「あ、あわわ……。」
『……。』

 カリスは突然しゃがみ込んでネギと視線を合わせると、コツン、と右裏拳で軽く、本当に軽くネギの頭頂部を叩いた。

「へ?」
『こら。悪ガキ。何をやっている。』
「は?あ、え、えーっと。」

 カリスは続けて言った。

『……自分でも、魔法の矢を戻そうとしていたからな。自分が悪い事をしていると分かっていたんだろう。
 悪い事をしたなら、何をしなければいけない?』
「あ、え、その。」
「ちょ、ちょーっと待てぃ!そこの黒っちぃの!兄貴は悪かねーぜっ!元はと言えばそこのロボがエヴァンジェリンと一緒になって、兄貴を襲ったんだ!悪いのはそっちだぜっ!」

 そこに、白くて尻尾の先だけが黒い小動物が割り込んできた。口は悪い。カリスは、すっと無拍子でその小動物を掴み上げる。小動物――オコジョは逃げる余裕も無かった。いや、何か反応する隙も無かった。ネギが叫ぶ。

「か、カモ君っ!」
『なるほど……。この坊やを唆したのは、お前か小動物。少し黙っていろ。』
「ぎゅ~~~!!中身出る、中身出るって~~~!!」

 オコジョ――カモはカリスの手の中でじたばたと暴れる。カリスはそれには構わず、ネギに話しかける。

『少年。自分がした事の、何が悪かったと思う?』
「は、はい。茶々丸さんは僕の生徒ですし、いくら狙われてても傷つけようだなんて……。それに茶々丸さん、いい人ですし……。その……。」
『40点。』
「は?」

 カリスはふっと雰囲気を和らげる。彼は続けて説明をした。

『まあまあ合格点だが、な。赤点ぎりぎりだぞ。
 茶々丸はエヴァンジェリンの従者で、しかもロボットだ。主であるエヴァンジェリンに逆らう事などできるわけがない。これはわかるな?』
「は、はい……。」
『だがお前は茶々丸に『狙うのをやめてくれ』と言った。茶々丸としてはエヴァンジェリンの命令に逆らう事は『物理的に』不可能だ。ロボットなんだから。それなのにお前は、茶々丸に断られたことを理由に、自分を納得させたろう。『説得してだめなんだから、仕方ない』と言った所か?茶々丸に無理を強いておいて、それを理由に使うなんて、男らしくないと思わないか?』
「あ……。そ、そうで……す。」
『少年、お前が『狙うのをやめてくれ』と交渉すべきは茶々丸ではなく、エヴァンジェリンだったんだ。相手を間違えてはいけない。』

 カリスは続ける。

『まだあるぞ。小動物、お前も聞け。茶々丸をここで再起不能にしたとする。そうするとエヴァンジェリンをやっつけるのは楽になるか?』
「ぎゅ、ぎゅうう~~~。き、きまってら……」
『違う。
 エヴァンジェリンは、茶々丸をやられて怒るだろう。そうしたら、手段を選ばなくなる。間違いなく、な。手負いの獣ほど、恐ろしい物はないぞ。
 今まではエヴァンジェリンは吸血した相手を吸血鬼にはしていないようだ。だが、茶々丸がやられてみろ。怒ったエヴァンジェリンは見境無く血を吸って、相手を吸血鬼にして下僕にしてしまうかもしれん。戦力増強とお前らに対する圧力の意味も込めて、な。そうなればどうなる?戦力差が広がるだけでなく、被害も幾何級数的に広がるぞ。』
「「「あ!!」」」

 カリスはカモを放してやった。カモはへろへろになりながら、ネギの陰に隠れる。ネギは悄然としていた。カリスはその頭を撫でてやる。

「あ……。」
『まあ、そこまで考えろと言うのは難しいからな。お前にはそこまで要求はしない。まだお前は子供だからな。
 ただ、お前が今回悪い事をしたのは、わかるな?』
「はい……。」
『なら、悪い事をしたなら、まず迷惑を掛けた相手に、しなければならない事があるだろう?』

 そこまで言えば、聡いネギには何を言われているかすぐわかった。彼はちょこちょこと茶々丸の方へ歩いていくと、ぺこりと頭を下げる。

「その……どうもすいませんでした!茶々丸さん!ごめんなさい!」
「あ……。いえ、こちらこそ先生の頼みを聞けなくて……。すみません。」
「あー、そのー、茶々丸さん、私もごめん。考えが浅かったわ、ほんとに……。」

 明日菜も茶々丸に詫びる。茶々丸は、かえって恐縮してしまい、オロオロしている。カリスはその様子をじっと見詰めていた。
 やがてカリスは、一段落付いたと見ると茶々丸に話し掛けた。

『そろそろ帰らないと、エヴァンジェリンが爆発しかねんだろう。途中まで送っていこう。』
「あ……。はい。ではネギ先生、神楽坂さん。小動物さん。」
「カモでいっ!!」

 カリスと茶々丸の姿が街角を曲がって消える。ネギ達はそれを見送った。ネギがぽつりと呟く。

「明日菜さん。カモ君。僕、週明けにでもエヴァンジェリンさんに直接当たって見るよ。駄目元で、ね。」
「そう……。そんときはあたしも付いてくわ。あの黒っぽいの……ええと、カ、カ、カ……なんだっけ?」
「……なんでしたっけ。」
「まあいいわ!黒っぽいのが言った通り、あんたはまだ子供なんだから、一人で無理なんかしちゃダメよ!」

 明日菜とネギが話していると、突然カモが呟いた。

「……兄貴。姐さん。ちょっと思ったんだけどよ。あの黒っちぃのに、もしかして魔法、見られたんじゃなかったか?」
「「!」」
「記憶消さなくて良かったのか?せめて口止めとかよ!」
「あ、わ、わあああぁぁぁ~~~!!そ、そうだった、どーしよーーー!!」
「アンタねぇ!そう言う事は早く言いなさいよっ!」
「な、なんだよっ!おれっちのせいじゃねーだろっ!」

 子供らがわーわー騒いでいるうちに、日は暮れていった。



 ネギ達の居る広場からかなり離れた所で、カリスは立ち止まった。彼は茶々丸に話しかける。

『……俺はそろそろ帰る。ではまたな、茶々丸。』
「あ……」
『何だ?』

 茶々丸は少々戸惑ったが、意を決して顔を上げる。彼女は口を開いた。

「ではまたお会いしましょう。相川さん。」

 カリスは一瞬動きを止めた。どうやら驚いたようだ。だが、彼はすぐに我を取り戻す。

『誰の事だ。』
「……言葉の抑揚が相川さんと全く同じです。それと声紋が、かなりの変調が掛かっていたので解析には時間がかかりましたが、逆変調を掛けた所、99.89%一致しました。」
『……。』

『スピリット』

 カリスはハートの2のカードを取り出してラウズした。光る壁が彼の傍らに現れる。彼はそれを潜り抜けた。カリスの姿は、一瞬にして始に変身した。
 始は問いかける。

「……いつから気付いていた?絡繰。」
「最初にカリスさんの姿でお会いした時からです。その時はまだ声紋の解析が終っていなかったので、確証はありませんでしたが。」
「……ロボットの目、いやこの場合耳か――を誤魔化すのは難しいと分かっていたつもりだったんだが。うかつだったな。
 それで?俺の事をエヴァンジェリンに告げるか?」

 だが茶々丸は首を横に振った。始は驚いて目を剥く。

「聞かれない限り、その事について答えるつもりはありません。聞かれれば話は別ですが。
 現在マスターは仮面ライダー・カリスに対してかなりの悪感情を抱いています。告げた場合、75%以上の確率で戦いになると思われます。ですが現在の状況下で、必要性の無い戦いは避けるべきだと判断致します。」
「……。」

 始はふっと笑みを浮かべた。聞かれない限り話すつもりは無い、と言うことは、エヴァンジェリンがカリス=始という疑いを持たない限りは話さない、と言うことと同義だ。彼は茶々丸の頭を撫でた。

「あ……。」
「そうか。一応礼を言っておく。」
「いえ、そんなつもりでは……。」
「それでも、だ。ありがとう絡繰。……それじゃあ俺は帰る。バイクとカメラを置きっぱなしだしな。」

 始はそう言うと、踵を返した。そして彼は歩き出す。茶々丸は、始の姿が見えなくなるまで、その後姿を見つめていた。



 ここはエヴァンジェリン宅。学園長の部屋から帰ってきたエヴァンジェリンは、苛立っていた。茶々丸がお茶を出す。エヴァンジェリンはぶつくさと呟いた。

「……じじいに桜通りの件を感づかれたようだ。釘をさされた。くそ、やはり次の満月までは派手に動けんな。
 そう言えば茶々丸。今日は特に何事も無かったか?」
「いえ、ネギ先生と戦闘になりました。」
「何!?」

 エヴァンジェリンは茶を吹いた。茶々丸は慌てず騒がず、ハンカチで主の顔を拭く。エヴァンジェリンは茶々丸に掴みかかる。

「それで!?」
「ネギ先生は、パートナーと仮契約を結んでいました。相手は神楽坂明日菜です。」
「ぬうぅ……。」

 エヴァンジェリンは唸る。しかしすぐに顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「……ふん、まあいい。急ごしらえのパートナーがいた所で如何程の事あらん。それにしても、茶々丸。よく無事だったな。」
「はい、カリスさんが助けてくださいました。」

 ゴン。

 鈍い音をさせて、エヴァンジェリンの顔が壁にめり込んだ。茶々丸は慌てず騒がず、主を壁から引き剥がす。

「な、何~~~っ!?カリス~~~!?」
「はい、カリスさんです。ネギ先生の魔法の矢が直撃する所を、身体でかばってくださいました。」
「なんだと!なんで奴がっ!うっがあああああぁぁぁぁぁ~~~!!」
「ああマスター、鼻血が。」
「ぬあああああっ!!」

 その夜、エヴァンジェリン宅にはいつまでも某真祖の吸血鬼の叫び声が響いていたと言う。



[4759] 仮面ライダーカリス 第7話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/22 14:48
 楓は『目標』の背後を慎重に取った。気配を「絶つ」のではなく、周囲の気配に「溶け込む」事を心がけて。今回は上手く行く自信があった。足音を忍ばせて『目標』に近付く。手にした木剣で相手の後頭部を……。

 パシャッ。

「ござっ!?目が、目が~~~っ!!」

 楓はいきなり零距離でカメラのフラッシュを焚かれ、目を押さえてのた打ち回る。『目標』がいきなり振り返って、カメラのシャッターを押したのだ。『目標』――相川始は苦笑しつつ立ち上がる。

「惜しかったな。隠行はかなり良い。気配そのものを隠すのは自信を持っていいぞ。俺でさえ時々居場所を見失った。
 ただ、殺気?闘気?そう言った物を消すのはまだまだだな。殴りかかる寸前、首筋にチリチリ来た。」
「うう……。目がチカチカするでござる~~~。」
「「相手を倒す」とか気張らずに、そうだな……。単に作業をこなすような感じで……。
 聞いてるか?」

 始は現在、手合わせと言う形で、山中で行われている楓の修行に付き合っていた。何故かと言うと、ぶっちゃけた話、暇が出来たからである。
 関東魔法協会、関西呪術協会の日本の二大協会の他、イギリスやイスタンブールの海外の魔法協会、大小何十もの悪徳魔法使い達の組織、更にはこの世界と並び立つもう一つの平行世界、『魔法の国』……それらに関する概要は、麻帆良学園に敵対する魔法使いや呪札使い達を捕らえて尋問する事で、情報を得ていた。もう既に、この方法で手に入りそうな情報は大体集め終わっている。
 始は、魔法使いの社会について、社会科の初等教本ぐらいは書けるほどの知識を手に入れていた。正直、情報を集めすぎである。本来の目的は、モノリスを隠匿していそうな「裏」の組織=「魔法の組織」の情報を手に入れるためだったのであるから。
 あとやる事と言えば、それらの情報の整理と、なかでも最もモノリスを隠している疑いが濃い組織『関東魔法協会』とどうやって接触を取るか、その方法の考察ぐらいである。そこで始はあまり根を詰めるのも何だと、少々休みを取る事にしたのだ。
 そこで思い出したのが、楓とした約束である。暇が出来たときなどに、手合わせに応じる、と始は言った。その事を思い出したので、律儀にも楓に連絡を入れたのだ。そして今、楓は枝を削った木剣、始はストロボ付きカメラを得物に、何度目かの手合わせをしていたのである。

「とりあえずこれぐらいにするぞ。あまり根を詰めても効率が悪くなる。それより、そろそろ食材探しを始めないと昼飯に間に合わないんじゃないのか?」
「確かにそうでござるな。では……。」

 楓は山篭りの際、食料は基本的に現地調達である。山菜や茸を取ったり、魚を取ったりするのだ。今も彼女は16分身してあっと言う間に大量の山菜や茸を仕入れている。
 始は苦笑してそれを見ながら、釣竿一式を組み立てている。釣竿は竹製の和竿。針は毛鉤である。と、始は意識を楓「達」の向うへ向ける。何か覚えのある気配が、彼の感覚に引っかかったのだ。叫ぶ声がする。

「「「うわあああ~~~!?ニンジゃだーーーっ!!!」」」
「ネギ坊主ではござらんか。にんにん。明日菜殿も。」

 楓は分身を収めた。あっという間にあれだけ沢山居た楓が1人になる。始はそちらの方へ歩いていった。

「そっちの少年は知っているが……そちらの少女は誰だ?」

 演技である。始はカリスの姿の時に、神楽坂明日菜とは出会っている。そうとは知らぬ楓は、明日菜を始に紹介する。

「拙者のクラスメートで、ネギ坊主の保護者でござるよ。バカレッドの異名を持つ強者でござる。ちなみに拙者がバカブルー。」
「誰がバカレッドよっ!!」
「そうか。俺は相川始と言う。野生動物を主に撮っている写真家だ。よろしく。」
「あ、よろしく。」
「相川さん、お久しぶりです。前回はどうもご馳走様でした。」

 ネギが律儀に頭を下げる。始は苦笑した。

「そんなに恐縮しなくてもいいぞ。それより、今日はどうしたんだ?こんな山奥まで。」
「あ、山篭りなんです。カモく……明日菜さんの発案で。」
「え!?……あ、そ、そうそう。あたしの発案なんです、ね。週明けにエヴァちゃん……ああ、エヴァンジェリンって言って、あたしたちのクラスメートなんですけどね。その娘とちょっと勝負を付けるんで。……あ、もちろんゲームみたいなもんですよ。ゲーム!!」

 そのあからさまに誤魔化そうと言う台詞に、始はこの山篭りがあのカモとか言う小動物の発案だと理解する。まあ、小動物が人間並の知性を持っていたり、喋ったりするなど、『一般人』である楓や始の前で言えるわけも無い。ついでに言えば、始の耳はかすかな呟き声を捉えていた。

(……って言うか、山篭りっつーより緊急避難なんだけどな。兄貴には言わなかったけど。あのロボを襲撃した事をエヴァンジェリンが知れば、何やらかすかわかったもんじゃねーからな。兄貴の手前、寮生達を巻き添えにするわけにもいかねーし。
 週明けまで時間かせぎってわけだ……。)

 明らかに、その呟きは明日菜の肩に乗っている、カモの台詞であった。あの小動物も少しは物を考える様だ――と始は妙な感慨を抱く。特にネギ少年に下手な心配を掛けないために知らせなかったこと、女子寮の寮生達を巻き込まないように配慮した事は評価できる。ただしそれでも、最初にネギを唆した事によるマイナス評価を打ち消すほどには至らなかったが。
 始は言った。

「これから昼飯用の魚を釣るが、お前らも見に来るか?特に長瀬はじっくり見て、コツを掴んでおけ。」
「は、『何か』やるでござるか?」
「何、『奥義』を一寸ばかり披露してやる。」
「おうぎ、ですか?」
「へー、面白そう。」

 始は崖の方へ降りていく。いい釣り場が、崖下の谷川にあるのだ。楓はネギをかかえると、後に続く。その後を明日菜がおっかなびっくり付いていった。
 崖下に着くと、そこは清流であった。見た目にも沢山の岩魚が泳いでいる。始はひょいひょいと見晴らしの良い岩場まで岩伝いに歩いていくと、竿を構えた。楓は不審そうに呟く。

「岩魚は警戒心の強い魚でござるからな。あんな風に堂々と姿を曝していては寄って来ないでござる。始殿、いったい何を……。」
「へー、そうなんですか。」
「ちょっと、見えないわよ。」
「しー、静かに、でござるよ。」

 始は竿を構えたままじっと動かない。と、その時である。ネギ達は目を疑った。楓は額に汗しながら、目を凝らしている。なんと、始の姿が薄れ始めたのだ。

「「「「げっ!?」」」」

 無論、それは錯覚である。機械式カメラで写真を撮れば、始の姿はしっかりと写っていただろう。だが、彼が完全に気配を消す事によって、その姿は背後の岩肌に溶け込んで見えたのだ。ちゃんとネギ達の『目』には始の姿は映っている。しかし『認識』する事ができないのだ。岩魚も騙されて、隠れていた水中の岩陰から出てくる。
 始は竿を振る。だが、その動作すら見物人には認識できない。ネギや明日菜、カモにはまるで毛鉤が本物の羽虫のように宙を舞っているようにしか見えない。楓は『奥義』の原理を始から聞いてはいた。だから必死に『目』だけで始の姿を捉えようとする。しかし完全に成功しているとは言い難かった。

(明日菜殿達一般人でコレでござるからな……。心眼で物を『視る』事に慣れているそこそこの使い手であれば、逆に正真正銘何も無いと誤魔化されてしまうでござるな……。)

 毛鉤は水面近くを舞い、たまに水面に降着する。するときらりと魚影がきらめき、次の瞬間高々とゴボウ抜きに釣り上げられる。その岩魚が魚篭に放り込まれると、また毛鉤が宙を舞う。たちどころの内に、魚篭は岩魚でいっぱいになっていった。

「つ、釣りキ○三平でござる、釣り●チ三平の世界でござるっ!」
「古い物、知ってますね。」
「そう言うあんたはイギリス人の10歳のくせして、なんで知ってるのよ。」
「あ、兄貴っ!あの人何者ですかっ!?」

 ぶっちゃけた話、釣り漫画『釣りキチ○平』には、これと同じ様なシーンがあったりする。それに登場する毛鉤作りの名人は、釣り勝負に勝利するためだけのために奥義たる『石化け』を使っていた。まさしく「釣りキチ」である。――閑話休題。
 始は4人+αでは普通食べ切れないほどの――それでも健啖家揃いのこのメンバーなら食べ切ってしまうのだろうが――岩魚を魚篭に収めて戻ってきた。彼は楓に話しかける。

「と、まあ今のが『石化け』の一例だ。俺の場合、野生動物の写真を撮るために身に着けた技術だからな。あまり派手には動けないんだが。」

 嘘である。本当は気配を隠したまま、それこそ野生動物並の機動性で動き回る事ができる。もっとも一部のアンデッドの超感覚や、ロボット等の高精度高感度のセンサー相手には、残念ながらあまり役立たないが。
 楓は感服した様子で、始に応えた。

「いや、驚いたでござる。隠行を極めれば、あそこまでになるんでござるなあ……。いや、今のは拙者、心底感服つかまつったでござるよ。参考になったでござる。にんにん。」
「いやほんとに凄いです。もうなんて言っていいのか……。」
「なんかあたし達の周りに普通の人間って、居ないわよね……。」
「いや、こいつは凄えぜ。魔法も使ってねーってのに、姿隠しの魔法並の事ができるんだからよ。」

 と、楓がまったく別の話をする。

「ところで、そのオコジョ……喋るんでござるな。」
「「「!」」」
「ああ、俺も喋るオコジョは初めて見た。喋るオウムや九官鳥、鴉なら見たことあるがな。」
「あ、あわあわ……。」
「い、いやコレには事情があるのよ、いやその……。」
「キュ、キューキュー。」

 3人、否2人と1匹は大慌てである。カモは今更ながらただの小動物の振りをする。既に手遅れではあるのだが。
 もっとも本当は、始にとっては喋る人外など珍しくも無い。だからカリスの時にカモに出会っても別に全く動じなかったのだ。元の世界における戦いでは、人間の言葉を喋らなくとも、アンデッド語だったらいくらでも喋る連中がゾロゾロ居た。しかも中には人間の言葉を喋る奴、人間に化けられる奴まで居たりする始末だ。そんなわけだから、始にとっては喋る動物がいようがいまいが、そんな事はどうでも良いことなのだ。もっとも、それが異常な事だと言う認識もきちんと持っているが。
 ネギは慌てて言い訳をしようとする。

「あ、いやこれは、ええと、その……。」
「ちょっと、どーすんのよっ!このエロオコジョ!」
「カモっす、姐さん!」

 だが何も思いつかない。明日菜もカモも、右往左往するばかりだ。始と楓は顔を見合わせる。泡を食ったネギは、魔法で2人の記憶を消そうとする。彼は杖を構えた。

「ラズ・テル、マ・スキル、マギステル、あだっ!」
「何やってんのよっ!またアンタ、パンツ消すつもりっ!?魔法に頼りすぎるのはやめなさいって言ってるでしょ!」
「で、ですけど明日菜さん……。」
「魔法、でござるか?」
「そう言ったな。」
「「「あ。」」」

 更に事態は悪化。

「あーーーっ!どーしよー、どーしよー!」
「姐さーん!今のはマジぃっすよー!」
「うっさいわねっ!わかってるわよ!!」

 もう大騒ぎである。そこへ楓が声を掛けた。

「んー。何か大変なのはわかるでござるが、とりあえず昼食にしないでござるか?せっかく新鮮な山菜や岩魚があるでござるし。」

 結局の所、昼食を摂って落ち着く事になった。



「ほう、ウェールズの魔法学校から、修行のために日本に……。マギステル・マギ――立派な魔法使いになるために、か。しかしまた、無茶な課題をもらった物だな。」
「相川さんは、子供が無理に大人になるって事に、反対なんですよね……。」
「あ、大丈夫ですよその辺は。コイツ滅茶苦茶子供なんですから!この前だって人の布団に……あ、いえ何でも。」
「お。この岩魚美味ぇな。塩振っただけで、これだけの味が出るもんかねー。」
「にんにん。かわりにそちらのオニギリもらうでござるよ。」

 先程までの大騒ぎはともあれ、なんとかネギ達2人と1匹は落ち着いたようだった。と言うか、落ち着き過ぎな気もする。食事が無くなり掛けた頃、ネギは楓と始に頭を下げた。彼は叫ぶように言う。

「お願いです!どうか魔法の事は内緒にしておいてください!じゃないと仮免没収の上に強制送還、いえ、それどころか魔法をバラした罪でオコジョにされちゃうんですっ!」
「私からもお願い、相川さん、楓ちゃん。」
「俺っちからも頼んますっ!兄さん、姐さんっ!」

 始と楓は顔を見合わせる。始が口を開いた。

「別に誰にも話す気は無いから、安心しろ。子供を苛めて楽しむ趣味は無い。」
「あいあい。拙者も黙っているでござるよ。だから安心するでござる。にんにん。」
「あ、ありがとうございますっ!」
「よかったわねネギ。話の分かる人達で。」
「いやあ本当だぜ。」
「しかし……。」

 始は眉を顰めて言う。

「しかし、いくら魔法を秘密にしなければならないと言っても、いくら天才少年だからと言っても、子供をオコジョにするのか……。子供には、大人と同じ責任を負わせる事は本来不適切だと言うのに……。年端も行かない子供に大人と同じ刑罰を科すのか。
 そんな事をするのであれば、最初から適切な監督役・補佐役をきっちりと付けるなり、なんなりすべきだ。子供なんだから。だが魔法協会とやらは、それを怠っているとしか思えんな。
 まあ、機密保持のために殺したりしないだけまし、と言う物か。納得はできんが……。」

 始は不機嫌そうだ。威圧感が周囲に漂う。周りの人間達は、背中に汗をかいた。幸いな事に、怒りの矛先が彼らではなかった故、なんとか我慢できたが。
 と、威圧感が消滅する。始が自制を取り戻したようだ。彼は苦笑して謝罪する。

「すまん。雰囲気が悪くなってしまった。」
「あ、いえ。確かに相川さんの言うとおりだと思います。ネギがいくら間抜けだからって、大人と同じ刑罰ってのは、確かに……。」
「僕は、それが当たり前だと思ってましたから、よく分かりませんけど……。でも心配してくださって、有難うございます。」

 ふと始は何か思いついたようだ。彼は置いてあった荷物の所へ行くと、ごそごそと何か取り出した。彼はネギの所へ戻ってくると、それを差し出した。

「少年。お前は学園の魔法使いと面識があるんだな?」
「あ、はい。」
「だったら、少々確かめて欲しい事がある。この紙に印刷されている黒い石板……モノリスを、魔法使いたちが持っていないか聞いてみて欲しい。もしかしたら、中途で捻れた形に変形しているかもしれない。」

 彼が差し出した紙には、例のモノリスの写真が印刷されていた。これは石材店の広告から適当に似た感じの石板を選んで画像取り込みし、フォトシ○ップで修正を加えて作った画像である。なお、紙は2枚あり、2枚目には捻れた状態のモノリスが印刷されている。
 楓がネギ達に説明した。

「始殿は、その黒い石板をずっと探しているんでござるよ。なんでも相当な危険物だとか……。」
「ああ、けっこう危ない代物だ。」

 本当は戦略核や戦略BC兵器レベルの危険物である。だが、始はネギに余計な心配をかけないために表現をぼかした。

「もし魔法使いたちが安全に保管しているのならば、それはそれでもいい。だが、もしも下手に手を出していたりするなら……。
 いや、先走り過ぎだな。少年、頼めるか?」
「あ、はい。わかりました。聞いてみるだけでいいんですね?」
「ああ、かまわない。」

 始は柔らかく笑った。思わぬ所で、問題の解決の糸口が見えてきたのだ。文字通り子供のお使いレベルとは言え、下手に自分で魔法協会と接触するよりも安全な道が開けた事に、始はほっとしていた。
 心の重荷が軽くなった始は、ふとあることに気付く。彼は明日菜に問いかけた。

「そう言えば、週明けにエヴァンジェリンとなんとかと言っていたな。」
「え!あ、いやエヴァちゃんはその、えっと、あの。」
「エヴァンジェリン本人とは面識が無いが……。」

 これも嘘である。だが、エヴァンジェリンと『相川始』は面識が無いのも事実だ。エヴァンジェリンとはカリス状態でしか会った事がない。

「だが彼女の従者の絡繰茶々丸とは知り合いだ。そこからエヴァンジェリンを紹介してもらう事もできる。何かトラブルなら、間に入って口を利いてやってもいいぞ?」
「あー、なんなら拙者も手伝うでござるよ。」
「あ……。」
「……いいえ。」

 明日菜は少々戸惑いを見せた。だがネギは少し考えた上で、きっぱりと謝絶した。始の片眉がぴくりと上がる。ネギは続けた。

「僕らでどうしようもなくなったら、素直に誰かに頼ろうと思います。相川さんがこの間おっしゃった通り。でも、まずは自分達で出来る限りやってみたいと思うんです。
 ……既に、明日菜さんやカモ君の手も借りていますし。」
「……そうか。頑張れ。」

 始はぽん、とネギの頭に手を置くと、軽く撫でる。ネギは不思議そうな顔をしていた。

「……相川さん、どこかで僕を撫でました……よね?前回でしたか。」
「ん?ああ。」
「んー、他にもどっかで……。気のせいだったかな?」

 ネギの頭を撫でたのは、他にもカリスの姿の時に1回やっている。始はごまかした。

「いや、前回だけだぞ。覚え違いじゃないか?」
「そっかなあ……。うん、そうですよね……。」
「さて、晩飯の食材を集めるか、長瀬。」
「そうでござるな。早く始めないと、晩御飯抜きになってしまうでござる。」

 釈然としないネギをよそに、一同は食材を集めるために動き始めた。崖を登って茸を採りに行ったり、蜂の巣を横取りして熊に追われたり、その熊をまた始が威圧して金縛りにかけたり、始が獲って来た大量の蛙を見て楓が気を失ったりした。ちなみに蛙は中華料理では高級食材で、鶏肉に似た味がするそうである。
 その夜は、始とネギ、楓と明日菜で2つのテントに分かれて泊まった。カモがこっそり女性陣のテントに忍び込んで、ぎゅうという目に合わされたのは言うまでもない。



[4759] 仮面ライダーカリス 第8話 前編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/24 16:46
 麻帆良学園は年2回、設備の一斉点検を行う。そのため、春と秋の2回、学園都市全体が停電となる。今回は本日の夜8時から深夜12時までの間、停電となる予定である。
 その停電に乗じて、とある者が悪巧みをしていた。言わずと知れた「闇の福音」「不死の魔法使い」「人形使い」エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルである。彼女は己が従者である絡繰茶々丸を引き連れて、ここ麻帆良学園女子中等部の電算機室へやって来ていた。
 エヴァンジェリンは茶々丸に問いかける。

「……どうだ?」

 茶々丸は己が右手指に仕込まれたUSB端子をパソコン前面に接続し、左手でキーボードを高速で打っていた。やがて茶々丸は答えを返す。

「予想どおりです。やはりサウザンドマスターのかけた「登校の呪い」の他に、マスターの魔力を抑え込んでいる「結界」があります。
 この「結界」は学園全体に張りめぐらされていて、大量の電力を消費しています。」
「ふん、10年以上気付けなかったとはな……。」

 エヴァンジェリンは忌々しそうに呟く。そして少々呆れたように付け加えた。

「しかし……魔法使いが電気に頼るとはなー。え~と……。ハイテクってやつか?」
「私も一応そのハイテクですが……。」
「まあいい、おかげで今回の最終作戦を実行できるわけだ……。な?」

 エヴァンジェリンは電算機室から出つつ、自分の従者に、確認するように問いかける。茶々丸は主の後に付き従いつつ、その問いに首肯した。

「そうです。」
「よし、予定どおり今夜決行するぞ……。フフフ、坊やの驚く顔が目に浮かぶわ。クククク……。
 ハハハハハ!あーおかしい、アーッハッハ!
そして呪いを解いた暁には、今度はカリスの奴だ!見ていろ、私を侮りおって!本当の私の力という物を思い知らせてやるっ!
 アハハハハハ、アーハッハッハッハッハ!」

 エヴァンジェリンは大型の室外機の上に乗って、高笑いした。茶々丸の表情は変わらない。だがその挙動はおどおど、もぞもぞと、何か心配事でもあるかのようだ。エヴァンジェリンはそれに気付くと、茶々丸に問いかける。

「……どうした茶々丸。何か気になることでもあるのか。」
「いいえ、特にありません。ですが……ネギ先生のパートナーはどう致しますか?」
「ふん、今日の作戦が成功すれば、そんな事など関係ない。
 ……まあ、おまえが神楽坂明日菜を抑え込んでいれば、私と坊やの1対1だ。万が一にも負ける要素なぞ無いよ。」
「はい。」

 だが茶々丸は、相変わらず何かが不安そうな様子を見せていた。エヴァンジェリンはそれを少々訝しんだが、やがて踵を返した。

「開始まで、あと5時間だ。行くぞ、茶々丸。」
「あ、マスター。」

 エヴァンジェリンは室外機の上から屋根の頂点目掛けて跳躍した。いや、本人はそのつもりだった。だが魔力が封印されている今現在、彼女の身体能力は10歳の少女の物でしかなく、なおかつ飛行能力も無かった。
 結果、エヴァンジェリンは見事に屋根の端に足を引っ掛け、屋根に顔面を強打して盛大に鼻血を出した。そして彼女の不機嫌度は、今日もまた限界を軽々とブッチ切るのである。

「こ、これと言うのもスプリングフィールドの一族のせいだ!!見ていろ、今夜の作戦で、油断しきった坊やなど満月を待たずしてケチョンケチョンだ!!
 今宵こそ坊やの体液を絞り尽くして呪いを解き!!「闇の福音」とも恐れられた夜の女王に返り咲いてやるう~~~っ!!」
「マスター、鼻血出てます。」



 そしてエヴァンジェリンの標的たる坊やことネギ・スプリングフィールドは、彼女の言葉通り油断しきっていた。何故こうまで油断していたか、と言うと、次のような事情がある。
 週明けの月曜日――つまり昨日であるが、エヴァンジェリンが風邪で病欠したのである。ちなみに茶々丸はその看病で欠席であった。エヴァンジェリンと話を付けようと意気込んでいたネギと明日菜――とカモ――は、拍子抜けした。せっかく中途半端だった仮契約の正式な更新まで行って、準備万端整えていたのに、対処すべきその相手が病欠だと言うのだから。真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンが病気だなどと、信じられなかった彼等は、エヴァンジェリンの家に押しかけた。そしてエヴァンジェリンが本当に風邪をひいていた事に驚いた。
 驚いたが、彼等は基本的に善人――カモを除く――である。大学病院に薬を貰いに行く茶々丸の代わりに、エヴァンジェリンの看病を引き受けた。そして紆余曲折――汗をかいたエヴァンジェリンを大騒ぎして着替えさせたり、脱水症状で衰弱したエヴァンジェリンにやむなく自分たちの血を飲ませたり、ネギ達がエヴァンジェリンの夢を覗いたり――あったものの、エヴァンジェリンの病状は快方に向かった。と言うか、ケロっと治った。
 そして次の日――と言うか今日、いつも授業をサボっているエヴァンジェリンだったが、昨日の借りだと言って授業に出席したのである。お人よしなネギたち――カモを除く――は、エヴァンジェリンが改心したものと信じて油断しきっていたのである。カモを除いて。
 その油断120%なネギはと言うと、停電が始まってから、麻帆良学園中等部女子寮の見回りを行っていた。

「う~~~ん、真っ暗な寮って、なかなか怖いねーカモ君。」
「むむむ……!」
「どうかした?カモ君。」

 ネギは自分のペットの胡乱気な様子に訝しむ。カモはピリピリとした雰囲気を漂わせつつ言った。

「兄貴!!何か異様な魔力を感じねーか!?停電になった瞬間、現れやがった!!」
「えっ……。何か魔物でもきたの?」



 その数分前、エヴァンジェリン宅にて……。茶々丸がネットに接続したノートパソコンに向かい、一心にキーボードを打っていた。

「封印結界への電力停止――。予備システムハッキング開始……。成功しました。全て順調……。
 これでマスターの魔力は戻ります……。」



 再びネギ達である。カモはネギに向かって、己の抱いた疑問をぶつけていた。

「この魔力……かなりの大物だ。まさかエヴァンジェリンの奴じゃ……。」
「ええっ!?そんなまさか、彼女はもう更正して……。」
「だから兄気は甘いんだって、そんな簡単に奴があきらめるハズないだろ!」
「あ……あれ?あれは……。」

 その時、ネギ達の前に1人の人影が現れた。その人影は、少女の物である。少女は何一つ身に纏っていなかった。ネギは真っ赤になって叫ぶ。

「ま、まき絵さん~~~っ!?なっなな、ダメですよ裸で外出しちゃ……。」

 その少女はネギの担任する生徒、佐々木まき絵であった。又の名をバカピンク、運動能力に優れる新体操選手である。まき絵はネギに語り掛けた。

「――ネギ・スプリングフィールド……。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさまが、きさまにたたかいをもうしこむ……。」
「えっ……。」
「10ぷんご、だいよくじょうまでこい。」

 まき絵の台詞を聞いて、ネギとカモの頭に浮かんだのは、カリスの台詞であった。

(……怒ったエヴァンジェリンは見境無く血を吸って、相手を吸血鬼にして下僕にしてしまうかもしれん……。)

「ま、まき絵さんっ!」
「じゃーーーね、まってるよネギくーん(はぁと)」
「まき絵さん!?」

 まき絵は展望テラスからバク宙で飛び降りると、何処からか新体操のリボンを取り出し雨樋や屋根の縁などに巻き付けて、ターザンの様に去っていった。その異様な運動能力は明らかに普通の人間の物ではない。
 カモが最初は弱々しく、けれど途中からは叫ぶように言葉を紡ぐ。

「に、人間技じゃぁねぇ……。半吸血鬼化してるぜ、あの姉ちゃん……。
 どーやったかはわからねぇけど、とにかくこの停電でエヴァンジェリンの魔力が復活したんだぜ!じゃねぇと噛んだ相手を下僕にすることだってできやしねぇ!
 マズイぜ兄貴!!」
(そ、そんな……!!エヴァンジェリンさんは、もう反省して学校に来てくれたんだと思ったのに……。しかもクラスメートのまき絵さんを操るなんて……!!
 僕の、僕の油断が生徒を危険な目にあわせてしまうなんて!!)

 ネギは顔面蒼白である。カモは続けて叫んだ。

「アアア兄貴っ!と、とにかくアスナの姐さんを呼んで合流しよう!このままじゃ、かないっこねえ!!」
「う……。い、いや駄目だよカモ君。」

 ネギはカモの台詞に否定の言葉を返した。カモは驚く。

「な、なんだって!?まさか兄貴、自分ひとりでやろうってんじゃ……。」
「違うよカモ君。僕1人でやれるなんて思い上がっちゃいないよ。でもこのまま僕が遅れていったら、たぶん被害者が増える。だから僕は大浴場まで直行するよ。
 カモ君はアスナさんを呼んで来て!僕の魔力は辿れるよね!?なんとか合流できるまで、逃げ切って見せるから!」

 そう言いつつ、ネギは『VS.EVANGELIN』と書かれた大きな袋を物陰から引っ張り出す。カモは驚いた。

「ど、どこにそんなモンを……」
「カモ君!はやく行って!」
「わ、わかった兄貴!捕まんじゃねーぞ!!」

 カモは駆け出した。ネギは袋から取り出した武器や道具類――コレクションの骨董魔法具を身に着けて行く。やがて完全装備となったネギは、杖に乗って飛び出した。目指すは女子寮の大浴場、「涼風」である。



 やがてネギは「涼風」まで辿り着いた。彼は叫んだ。

「エヴァンジェリンさん!!……どこですか?まき絵さんを放してください……!」
「ふふ……。ここだよ坊や。」
「!!」

 大浴場の中に設置してある東屋、その屋根の上に数人の女性の影があった。中央に座する成熟した雰囲気を漂わせる、妖艶な金髪美女がネギに向かい声を発した。

「パートナーはどうした?1人で来るとは……フ、見上げた勇気だな。」
「あ、あなたは……!?」

 ネギは驚愕する。美女は微笑んだ。

「フ……。」

 そしてネギは叫ぶ。

「ど、どなたですか!?」

 すてーん。

 美女は愉快な擬音をたてて、すっ転んだ。ボンッと言う音と共に、美女の姿が10歳前後の少女に変わる。彼女――エヴァンジェリンは大声で叫んだ。

「私だ、私―――ッ!!」
「あーーーッ!!そ、そう言えばサウザンドマスターにやられたときも、最初はさっきの姿でしたね。」
「くっ……。
 ふ、ふん。満月の前で悪いが……。今夜ここで決着をつけて、坊やの血を存分に吸わせてもらうよ。」

 ネギは唇を噛む。エヴァンジェリンの周りには、メイド服姿の少女たちが居た。そのうちの1人は当然の事ながらエヴァンジェリンのパートナー、絡繰茶々丸。だがその他の4人は佐々木まき絵を始め、皆3-A所属の彼の生徒達であったのだ。
 あ、いやエヴァンジェリンと茶々丸も3-Aの生徒ではあるのだが。

(アキラさん、ゆーなさん、亜子さんまで……)

 ネギは決意の色を瞳に浮かばせて言う。

「……わかりました。でも、そうはさせませんよ。今日は僕が勝って、悪いコトするのはやめてもらい……ます……?」

 だがその言葉は尻窄みになる。エヴァンジェリンの様子が変だったからだ。エヴァンジェリンは一心に何かを考えていた。

「……ちょっと待て。サウザンドマスターにやられたとき?やられた……とき?待て……。もしや……。
 き……き……貴様やっぱり私の夢をーーー!?」
「ああーーーっ!しまったーーー!?」

 エヴァンジェリンの発する鬼気に耐えかねたネギは、すかさず180度展開して逃げ出す。エヴァンジェリンは顔を真っ赤にして叫んだ。

「お、追えーーーッ!!逃がすなーーーっ!!」

 彼女の叫びと共に、まき絵、アキラ、裕奈、亜子の4人と茶々丸が飛び出す。1テンポ遅れてエヴァンジェリン本人も蝙蝠の形のマントを広げて飛び出した。
 ネギは脱衣所を抜け、廊下の窓から空へ飛び出した。その後を4人の半吸血鬼と1人のロボ、それに親玉たる真祖の吸血鬼が追う。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック!!氷の精霊17頭!集い来たりて敵を切り裂け!魔法の射手・連弾・氷の17矢!!」

 エヴァンジェリンが魔法を放った。ネギは杖に跨って空を飛ぶ。魔法の矢はネギを追尾した。ネギは急降下後、地表ぎりぎりで水平飛行に移り、魔法の矢をかわす。氷の魔法の矢は、2/3が地面に突き刺さり炸裂した。残りの1/3を、ネギは魔法銃の連射で撃ち落す。

「くっ、うううっ」
「ネギくーん!あそぼー!!」

 急に、彼の杖の上に誰かが飛び乗ってきた。ネギはその顔を見る。まき絵だった。まき絵はネギに蹴りを入れる。

「えい!!」
「わぁ!!」

 ネギは間一髪体を逸らしてそれを躱す。だがそのために、彼は魔法銃を弾き飛ばされてしまった。ネギは背面飛行をしてまき絵を振り落とそうとするが、まき絵は新体操のリボンを彼の杖に巻きつけて、落ちるのを防ぐ。が、別の伏兵がその工夫を台無しにする。

 ゴン。バキ。ドガ。

「「わあああっ!?」」
「ひとり占めはズルいよー!!」
「そーそー!」

 裕奈のバスケットボールと、亜子のサッカーボールがネギとまき絵に直撃する。ネギとまき絵はバランスを崩した。と言うより撃墜された。ネギの乗った杖は、まき絵ごと地上へ墜ちていく。

 ガシッ。

「つかまえた……。」
「わ、わあああぁぁぁ!アキラさんッ!」

 ネギの身体をアキラが捕まえていた。ちなみにまき絵は地面に激突して気絶している。
 ネギは反射的に、コートの裏に装備していたワンドを振るう。ワンドに封じられていた「眠りの霧」の術が発動した。アキラはくらくらとなって、その場で眠り込んでしまう。

「ごめんなさい、まき絵さんアキラさん。あとで……わぁっ!?」
「すみませんネギ先生。」

 茶々丸のロケットパンチがネギの目の前を行き過ぎる。と言うか、鼻を掠った。ネギの鼻から鼻血がたらりとたれた。そこへエヴァンジェリンの氷の魔法が炸裂する。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック!!氷の精霊17頭!集い来たりて敵を切り裂け!魔法の射手・連弾・氷の17矢!!」
「うわああああっ!ラス・テル、マ・スキル、マギステ……あうっ!」

 対抗して呪文を唱えようとした所へ、亜子のサッカーボールが飛んできた。それを躱そうとして、思わず呪文が途切れてしまう。ネギはぎりぎりで地面に転がった自分の杖を掴むと、再び空へと舞い上がった。躱された魔法の矢が弧を描いて戻ってくる。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!風の精霊17人、集い来たりて……魔法の射手・連弾・雷の17矢!」

 ネギの放った魔法の矢が、氷の魔法の矢を相殺した。空中に爆炎が上がる。ネギはその隙に魔法薬を投擲した。

「風花・武装解除!!」
「きゃあああっ!?」
「ひゃああん!!」

 裕奈と亜子を対象に、武装解除が炸裂する。2人のバスケットボールとサッカーボールは、2人のメイド服と共に千切れ飛んだ。

 ゴスッ!バキッ!

 その隙を突いて、何者かが裕奈と亜子の後頭部を全身全霊の力を込めてぶん殴った。半吸血鬼化しているとは言えど、流石に2人ともこれには耐え切れずぶっ倒れる。乱入者の肩に乗っていた小動物が声を発した。

「兄貴いぃっ!助けに来たぜぇっ!!……しっかし姐さん、すげえ力だな。契約執行してなくてコレかい。死んでねぇだろな?」
「うるさいエロオコジョ!ネギ、あんたねぇ!こ、こんなえ、え、エッチな魔法、使うんじゃないわよ!!」

 明日菜とカモだった。ネギは喜びの声を上げる。

「アスナさん!カモ君!」
「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を……凍る大地!」

「「「わあああっ!」」」

 2人と1匹は、あぶない所でその魔法を避けた。と言うかカモの尻尾の先が凍り付いていたりする。ネギは叫んだ。

「アスナさん、戦術的撤退ですっ!」
「え、えええっ!?あたし来たばっかで逃げるの!?」
「逃げるんじゃありません、戦術的撤退ですって!体制を立て直しますっ!」

 ネギとアスナ――とカモ――は、一斉に遁走した。エヴァンジェリンと茶々丸は、その後を追う。エヴァンジェリンは呟いた。

「少しはやるじゃないか、坊や。」
「マスター、相手の戦意の無さが妙だと思われます。何か罠の可能性が……。」
「罠なら罠でもいいさ。わざと嵌って、罠ごと踏み潰してやろうじゃないか。」
「了解……。」



 ネギ達は学園都市の端まで来た。学園都市と外の街を繋ぐ橋が大きな湖に掛かっている。ネギ一行はその橋の上に出た所で、エヴァンジェリン達に捕まった。

「氷爆!!」
「わあああっ!」
「きゃああああっ!」
「ほげぇ!!」

 エヴァンジェリンの呪文は、ネギ達を吹き飛ばす。ネギはなんとかレジストし、明日菜とカモをその背後にかばった。そのためだろうか、明日菜はなんとか踏みとどまった。だが、カモは条件が同じだと言うのに、何故か吹き飛んだ。

「カモ君!」
「ふ……。なるほどな。この橋は学園都市の端だ。私は呪いによって外へ出られん。ピンチになれば学園外へ逃げればいい、か……。
 ……意外にせこい作戦じゃないか。え?先生。」

 エヴァンジェリンと茶々丸が橋の上に降り立つ。ネギは膝を突いて、必死にエヴァンジェリンを睨み返した。明日菜はネギをかばう様に立ちはだかる。カモのは橋の端で、必死に落ちないようにじたばたしていた。
 ネギはエヴァンジェリンへ言い返す。

「……いえ、外へ逃げるつもりなんか、ありませんよ。」
「え?」

 妙な声を上げたのは明日菜である。ネギは落ち着き払って、指を鳴らした。その瞬間、エヴァンジェリンと茶々丸の身体は、道路上に浮かんだ魔方陣から伸びた光の帯の群に拘束されていた。エヴァンジェリンは呟いた。

「……なるほど、捕縛結界、か。以前よりこの場所に仕掛けていた、と言うことか。」
「やった兄貴っ!へへ、エヴァンジェリン!その結界にハマっちまえば、簡単にゃ抜け出せねーぜっ!」
「凄い!やったじゃないネギ!」
「油断しないでアスナさん!カモ君!」
「「え?」」

 ネギは厳しい目でエヴァンジェリンを見つめていた。片手で杖を構え、いつでもコートの下の魔法具を取り出せる様に身構える。

「……今回も、僕の油断で4人も生徒がひどい目に遭いました。だからもう油断はしません。ここに来たのも……。仕掛けたときは切り札のつもりでしたけど、今は仕切りなおしのための時間稼ぎぐらいにしか考えてません。ここに来たのも、学園都市内で暴れて被害を大きくしないためです。
 アスナさん、構えてください!」

 彼はそう言って、仮契約カードを構えた。いつでも契約執行ができるような体勢だ。言われて明日菜も身構える。顔には先ほどまであった油断は一切無い。
 エヴァンジェリンは一瞬驚いたような表情を浮かべるが、すぐに楽しそうに微笑んだ。

「……言うじゃないか坊や。見直したよ。確かにこの結界、我々には時間稼ぎ程度の意味しか無いよ。茶々丸!」
「ハイ、マスター。」

 茶々丸の耳の部品が展開し、小さく唸りを上げる。

「結界解除プログラム始動……。」

 エヴァンジェリンと茶々丸を捕らえていた結界の魔方陣と光の帯に罅が入り始める。
 ネギはエヴァンジェリンに向かって言った。

「……エヴァンジェリンさん。最後の交渉です。僕の事を狙うのはやめてくださいませんか?悪い事をもうしないで、ちゃんと授業にも出席してくださいませんか?」
「ふ、ムシがいいな先生。そうさせたければ、私に勝ってみるがいいさ。」
「……そうですか。この言葉は言いたくは無かったんですけど……。仕方ありません。アスナさん、お願いします。」
「うん……。」

 エヴァンジェリンと茶々丸の足元で、捕縛結界が砕け散った。ネギは仮契約カードを手に叫ぶ。茶々丸が明日菜に向けて疾走した。エヴァンジェリンも詠唱を始める。

「契約執行90秒間!!ネギの従……。」
「リク・ラク、ラ・ラッ……。」

 ビィーン!ビィーン!ビィーン!ビィーン!
 ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!

 光の矢が4本、天から降り注いだ。そしてそれはネギ達とエヴァンジェリン達の中間に着弾する。爆炎が立ち昇り、アスファルトに4つの小さなクレーターが出来た。

「だ、誰だっ!?」
「い、いったい何処からっ!?」

 エヴァンジェリンもネギも、明日菜も茶々丸もあっけにとられ、上を仰ぎ見る。カモが叫んだ。

「あ!あそこだ兄貴、姐さんっ!」

 橋を吊っている主塔のうち、1本の天辺に、その影は立っていた。漆黒の身体、白銀の装甲、そして真紅の複眼……。
 紛れも無い、仮面ライダー・カリスであった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第8話 後編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/24 09:37
 今まさに、ネギ達とエヴァンジェリン達の戦いが幕を開けようとしたとき、4本の光の矢がその戦いを止めた。矢を射たのはカリスである。カリスは麻帆良学園都市と外部とを結ぶ橋を吊っている主塔のうち、1本の頂上から下界を睥睨していた。
 治まらないのはエヴァンジェリンである。今まさに決着を付けんとしていた所に邪魔が入り、しかもその邪魔をしたのはあろうことか怨敵カリスだったのである。彼女は叫んだ。

「貴様ぁっ!カリスぅっ!!何を他人を見下ろしているかっ!」

 カリスは腕を組み、首をかしげる。しばしその姿勢を取ったまま、何がしか考えている風情だった。だがすぐに肩を竦めると、そのままジャンプした。彼は自分がアスファルトにクレーターを開けた場所、ネギ達とエヴァンジェリン達の丁度間に着地する。
 カリスはまず茶々丸に挨拶する。

『茶々丸……数日振りだな。元気だったか?』
「はいカリスさん、こんばんは。」

 次にカリスはネギ達に向き直る。

『少年少女、それに小動物。頑張っているようだな。ネギと明日菜……それにカモだったか。』
「あ、え、えっと、こんばんは」
「こ、この間はどうも。か、カリスさんって言うんですね。」

 カモはぎゅうと締められたのが思い出されるのか、明日菜の後に隠れて出てこない。
 エヴァンジェリンは無視されたと思ったのか、烈火のごとく怒る。

「貴様!私を無視するとはいい度胸だな!」
『最重要人物だから、最後まで取って置いたのだが。』
「重要だったら、最初に持ってくる物だろうがーーー!!」

 エヴァンジェリンは咆哮する。カリスはしれっと返した。

『いい夜だな、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。』
「貴様に会ったとたん、いい気分も台無しになったわーーー!!せっかく坊やと決着を付けて、圧倒的な勝利を飾り、15年もの長きに渡り悩まされたこの呪いとおさらばするはずだったのにっ!!」
『……事情を説明してくれ、茶々丸。』
「何故茶々丸に訊くーーー!!」
「はい。マスターはネギ先生の父親、サウザンドマスターとの対決に破れ、呪いをかけられて15年前からここ麻帆良学園女子中等部でずっと中学生をやっているのです。そしてその呪いを解くのにネギ先生の血液が必要なのです。
 カリスさんはどうしてここに?」

 カリスはネギの方を見遣りつつ答える。

『吸血鬼が血を吸うのは当たり前だ。だから本当なら手を出すつもりは無かった。エヴァンジェリンは女子供は殺さんと言うしな。
 だが、子供が必要以上に痛めつけられるのは、正直見るに耐えん。勢い余って殺してしまわないとも限らん。思わず手を出してしまった、と言うのが本当の所だ。
 どうだ。戦わずに交渉でなんとかする気は無いか?』
「なんだと?」

 エヴァンジェリンは訝しげに問い返す。

『茶々丸。呪いを解くのに必要な血の量は、ネギ少年を殺さねばならない程なのか?』
「いえ。ただ数日は貧血で寝込む程には必要でしょう。」
『ふむ……。』

 カリスは考え込む。やがて彼は口を開いた。

『こう言うのはどうだ。
 ネギはエヴァンジェリンが呪いを解く事ができるまでの血を提供する。
 エヴァンジェリンは先程ネギが言っていた様に、卒業するまではちゃんと授業に出る。不死者に、同じ場所に留まり続けろと言うのは、正直苦しいだろうからな。卒業するまでぐらいが精々だろう。更に吸血鬼に血を吸うなと言うのは無茶だ。だから、誰かに交渉して吸わせてもらう以外は吸わない。なら、悪事を働く必要も無いだろう。
 ネギとエヴァンジェリン、2人の主張の、現実的な妥協点だと思うが?』
「たしかにな。」

 エヴァンジェリンは首肯する。だが言葉とは裏腹に、声音も態度も納得した様子は無い。
 ネギはしばらく考え込んでいたが、顔を上げて言った。

「もしそれでエヴァンジェリンさんが悪い事をやめてくれるなら……僕はかまいません。」
「ちょっとネギ!!」
「兄貴ぃっ!?」

 明日菜とカモは驚き叫ぶ。だがカリスの提案を否定したのは、当のエヴァンジェリンだった。

「ちょっと待て。私は承知したとは一言も言っていないぞ。
 私は悪の魔法使いだ。悪には悪の誇りがある。そんなお情けで恵んでもらうような真似ができるか。
 欲しいものがあれば、戦って勝ち取る。奪い取る。そうして力及ばぬときは潔く滅び去る。それでこそ悪と言う物だろうさ。」
『……若いな。悪ぶっても、得することは無いぞ。』
「なっ!わ、私を若造扱いするなっ!こう見えても600歳余……。」
『それは前に聞いた。それでどうする気だ?』

 エヴァンジェリンはニヤッと笑うと、1歩下がった。彼女は徐に口を開く。

「お前と私が戦う、と言うのはどうだ?
 お前は子供が痛めつけられるのを見るのが嫌なのだろう。だったら貴様が代わりに戦えば良い。お前が勝てば、私は坊やの言ったとおり、授業にも出るし見境無い吸血行為もやめよう。
 だが私が勝てば、坊やの血をいただく。干乾びるまでな。なに殺しはせんさ。
 どうだ?お前と私の主張の、現実的な妥協点ではないか?ん?」

 エヴァンジェリンは先程のカリスの台詞をそのまま返す。カリスは肩を竦めた。仮面?で表情は見えないが、やれやれ仕方あるまい、と言った風情が滲み出している。
 カリスは答える。

『……いいだろう。ネギの代理、引き受けよう。』
「カリスさん!駄目ですよ、これは僕とエヴァンジェリンさんの問題で……」
『いや。前に俺もエヴァンジェリンと少々いざこざを起こしてな。恨まれている。その意趣返しも含めての事だろう。だから、これは俺の問題でもある。任せておけ。それに負けてもお前は死ぬ事は無いと明言されているしな。
 お前等子供だけで解決しようとせずに、大人を頼れ。』
「あ……。」

 ネギは一瞬、カリスと『相川始』の姿が重なって見えた。息を呑んで、彼は引き下がる。

「分かりました、必ず勝ってください。」
『……まかせろ。』

 そう言うと、カリスはエヴァンジェリン達に向かい合った。エヴァンジェリンはネギ達に言う。

「離れていろ。下手すると、橋が落ちるぞ。」

 顔色を青くした明日菜は、ネギを引っ張って、かなり離れた位置まで移動した。カモが短い足を必死に動かして、その後を追う。
 カリスはゆっくりと歩いていた。じわじわ、じわじわと間合いを詰めていく。と、茶々丸が動いた。同時にエヴァンジェリンが詠唱を始める。
 茶々丸が言った。

「申し訳ありません、カリスさん。」
『いいさ。マスターの命令なら仕方なかろう。それより受身をしっかり取れよ。』
「え?」

 カリスは茶々丸の拳を取ると、小手返しに投げ落とす。転んだ茶々丸を引き起こし、弧円落で投げ飛ばす。落ちてくるところを浮身膝蹴りで再度浮かし、散弾裏蹴りを叩き込んで、最後は水車蹴りで遠くへ飛ばした。飛ばした先はエヴァンジェリンである。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。氷……うわっ!」
「すいませんマスター」
「ぬ、茶々丸を子ども扱いの体術か。誰かの従者でもあるまいし……奴が使っていたカードは仮契約用の物とは明らかに違う。……うわっ!?この光線、私の魔法障壁を素通りしてきたぞっ!」
「解析の結果、これは単なる高出力のレーザー光線と思われます。」
「どういう事だっ!?」
「レーザー光線は熱量が高い他は、単なる「光」ですので、光を通すようにできている魔法障壁では防げません。しっかり避けてください。」
「光の速さで飛んでくる物をどーやって!?」

 カリスは醒弓カリスアローを構え、次々と光の矢を射ている。
 茶々丸はそれを防ごうと再び格闘戦を挑む。カリスは下がって茶々丸の拳を避けようとしたが、そこへその腕の肘から先がワイヤーで射出される。これには多少反応が遅れたようで、カリスはなんとか弾くので精一杯だった。
 エヴァンジェリンはその隙を見逃さない。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。氷の精霊17頭。集い来たりて敵を切り裂け。魔法の射手・連弾・氷の17矢!!」

 詠唱が完成した。
 カリスは無視する。前回ネギの「光の魔法の矢」を受けたとき、一撃の威力は達人の一撃レベル、彼にとってはたいした事がなかったからだ。
 しかし、それが彼のミスを呼ぶ。ネギとエヴァンジェリンでは、魔力の量も扱いの技量もまったくレベルが違うのだ。

『ぐおっ!?』

 17本もの魔法の矢――氷柱が直撃し、カリスの身体はあちこち切り裂かれる。ネギの魔法の矢とは比較にならない威力だ。おまけに、足に着弾した物は、彼の足を道路表面に氷漬けにしている。彼がその気になれば、ほんの一瞬で引き剥がせる。引き剥がせるがその一瞬が大きな隙であった。
 茶々丸がブースターを吹かして飛び込んでくる。思わず彼はカリスアローの峰を彼女に向けて、その拳を受ける、この状態では、カリスアローをエヴァンジェリンに射る事はできない。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を……凍る大地!」

 エヴァンジェリンの魔法が炸裂し、カリスは膝から下を氷の中に閉じ込められてしまう。さすがにこれでは動きが取れない。
 エヴァンジェリンは更に追い討ちを掛ける。茶々丸は空中を浮遊して、ロケットパンチで散発的に攻撃を加えてくる。カリスはカリスアローを氷に突きたてて、脱出を試みていた。
 だがエヴァンジェリンは更なる追い討ちをかけようとしていた。彼女は宙に浮かび、カリスを見据える。呪文詠唱が響いた。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック。契約に従い、我に従え、氷の女王。来たれ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが。」

 カリスの周囲に何本もの巨大な氷柱が――何十メートルもの高さがある氷柱が突き立っていく。カリスの居る所には、マイナス何十℃、否マイナス200℃以下の冷気が襲い掛かっているだろう。これはブリザードのカードをも超える極々低温だ。カリスは急速に消耗する体力に鞭打って、必死にカードホルダーに手を伸ばす。

「全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也。こおるせかい。」
「……カリスさん。」

 茶々丸が呟いた。気のせいか、悲しげな声音が伺える。その表情はいつもの如く無表情であり、感情が読み取れない。
 カリスの居た場所を中心に、数十mはある巨大な氷の柱が現れる。ついでと言ってはなんだが、橋の一部が氷柱に砕かれてばらけて湖に落ちていく。この呪文は半永久的に氷柱に目標物を閉じ込める魔法である。またこの呪文には、「おわるせかい」のバリエーションがあって、そちらは極低温にて凍結した物体を完膚なきまでに粉砕する。

「ははは、貴様には茶々丸を助けてもらった借りがあるからな。「おわるせかい」で跡形も無く打ち砕くのは勘弁してやろう。あははは」
『そいつはどうも』

『キック』『サンダー』『マッハ』
『ライトニング・ソニック』

 電子音声が響いた。合計AP3800=38tの衝撃が、斜め下からエヴァンジェリンを打ち据える。バリン、と魔法障壁が砕け散る音がした。エヴァンジェリンはクルクルと回りながら吹っ飛ぶ。その身体には雷が纏わり付いていた。

「ぎゃぷろぷわあああぁぁぁっ!?」

 愉快な叫び声を上げつつ吹き飛んでいく主を尻目に、茶々丸の目はカリスを見つめていた。その目には、彼女は気付いていないが洗浄液が滲んでいた。そう、今の必殺キック、「ライトニングソニック」を放ったのはカリスである。カリスは言った。

『いや、油断した。危ない所だった。まさか600歳程度の若者があんな力を持っているとは思わなかった。魔法という物を、もっと注意する必要がありそうだな。』
「お、おのれ……。どうやって助かったのだ。」
『言うと思うか?』

 空中に、あちこち感電による火傷を負ったエヴァンジェリンが浮いていた。その目は怒りに紅く輝いている。
 実はカリスが助かったのは、スペードの10――『タイム・スカラベ』のカードを使って、一時的に時間を停止させていたためである。カリスは『タイム』のカードの効果時間をフルに使って、足を凍り付けた氷を破壊し、なんとか「こおるせかい」の効果範囲から逃れたのである。
 カリスは呟いた。

『……しぶといな。まあ『俺達』も、やられても少なくとも死にはしないんだが……。
やむをえん、切り札を切らせてもらおう。死んでも……消滅しても恨むなよ。』

 カリスは腰のカードホルダーから1枚のカードを引き出す。そのカードはハートのK、エヴォリューション・パラドキサであった。カリスの手が、ベルトのカリスラウザーにカードを近づけていく。
 エヴァンジェリンはカリスから異様な雰囲気を感じて、緊張する。万全の状態で迎え撃つべく、全身に走った感電火傷を早急に回復させていく。やがて彼女の身体は完璧になった。だが本能が叫ぶ。『これでは足りない、これでも足りない』と。先手必勝、とばかりにエヴァンジェリンは呪文詠唱を開始した。

「リク・ラク、ラ・ラック、ライラック……。」
「!……いけないマスター!戻って!!」

 その瞬間、橋の主塔の頂点に装備されているライトが明るく輝いた。カリスとエヴァンジェリンの戦いで無残な事になった橋の道路が明るく写し出される。

「な……何!?」
「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!!マスター!!」

 学園都市の電気が、次々と点灯していく……復旧していく。エヴァンジェリンは毒づいて橋の上へ急ぎ戻ろうとする。

「ちっ!ええいっ。いい加減な仕事をしおって!」
『いや、優秀な仕事だと思うぞ』

 カリスの突込みにはかまわず、エヴァンジェリンは全力で橋の上へ急いだ。だがあと一歩と言うところで、チリッと言う感覚が彼女のこめかみに走った。次の瞬間、エヴァンジェリンの全身は、雷に撃たれたかのように、強烈な電撃に包まれる。

「きゃんっ!!」
「マスター!」
「ど、どうしたの!?」

 エヴァンジェリンの急激な異常に、泡を食った明日菜が叫ぶ。いつの間にか、近くまで戻ってきたようだ。好奇心と言う物は怖い。と言うか、彼女が怖いもの知らずなのだろうか。

「停電の復旧で、マスターへの封印が復活したのです。魔力が無くなればマスターはただの子供、このままでは湖へ……。あとマスターは泳げません!」

 茶々丸はブースターを吹かして、主の落ちていくのを追いかける。カリスはハートのKのカードをしまうと、別のカードを2枚取り出す。彼はラウザーをカリスアローにセットすると、1枚目をラウズした。

『フュージョン』

 『フュージョン・ウルフ』のカードは、ラウザーの消耗したAPをチャージする効果がある。だが、そのチャージを行ったため、カリスの動作はワンテンポ遅れる事になった。
 エヴァンジェリンは真っ直ぐ湖に落ちていく。彼女の頭の中では、今までの出来事が走馬灯のように巡っていた。
 魔力を使い果たして崖から落ちたとき、サウザンドマスターに救われたこと。サウザンドマスターの旅にいつまでもくっついて歩いたこと。サウザンドマスターに戦いを挑み、破れて登校地獄をかけられたこと。3年経って彼女が卒業するとき、サウザンドマスターは帰って来て呪いを解いてくれると約束した事。
 エヴァンジェリンの目に涙が浮かぶ。

(……うそつき。)

 その瞬間、誰か――少年の手がエヴァンジェリンの手を掴んだ。ビキっと、その少年の肩が鳴る。どうやら肩を痛めたようだ。だがその少年は、そんな事は気にせずにエヴァンジェリンを抱き上げた。

「エヴァンジェリンさん!!」
「……!」

 少年は、言うまでも無くネギ・スプリングフィールドであった。エヴァンジェリンが落ち始めると同時に、杖に乗って全力で急降下してきたのである。そしてエヴァンジェリンを救い上げたのだ。
 ようやくそこまで降りてきていた茶々丸が呟く。

「マスター、よかった……。……ネギ先生。」

 エヴァンジェリンは問うた。

「何故助けた?」
「え……。だ、だって……。エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか。」
「………………。バカが……。」

 エヴァンジェリンはぽつりと呟いた。なんとなくいい雰囲気である。だが……。

『バイオ』

 電子音声が響く。次の瞬間、エヴァンジェリンは2本の触手によりネギごとぐるぐる巻きになっていた。二人は叫ぶ。

「わわわっ!?な、なんですコレっ!?」
「ま、又かっ!何をするかこのスカタン~~~!!」
『いや、助けようとしたのだが……。ワンテンポ遅れてしまった。』
「ド阿呆~~~!!坊や!何処を触っているかっ!!」
「す、すいませーん!だけど身動きが取れなくて……。よっと。」
「あ、阿呆っ!余計拙い所を触るんじゃないっ!!」

 カリスは騒ぎにも動ぜず、二人をそのまま引っ張り上げた。エヴァンジェリンは、引っ張り上げられて以降、ぎゃーぎゃーと罵声をカリスに投げかけたらしい。無論、カリスはいつも通り何も動じなかったようだが。



 その後、エヴァンジェリンは一応サボらずに授業にも出ているらしい。吸血行為も影を潜めた。但し、ネギが何か魔法関係で頼みごとをするとき、血を貰う取引はやっているらしい。



[4759] 仮面ライダーカリス 第9話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/26 07:31
 始の所にその電話が掛かってきたのは、彼が山から学園都市内へと戻ってきた時だった。
 ちなみにこの日、彼は野鳥を主な被写体としていた。超絶絶頂に高価な反射式超望遠レンズを引っ提げて行った甲斐あって、なかなか良い写真が撮れたため、彼はほぼ満足だった。ほぼ、と言うのは、多少心に引っ掛りがあったためである。
 実は昨日ネギから連絡があり、学園長と会う機会があったのでついでに先日頼まれたモノリスの件を聞いてみた、と言うのだ。それによると、ネギに向かい学園長は、そのモノリスに付いて何も知らないと言ったらしい。学園長がネギに知らせるべきではないと思ったのか、それとも本当にモノリスに付いて知らないのかは定かではない。だが、もし本当に知らないのなら、モノリスの行き場所が何処なのか、手掛かりがまた一つ失われた事になるのである。
 実際の所、モノリスは彼が元居た世界で粉々に砕け散っており、既に存在していない。だが始はその事を知る由も無かった。彼がこの世界に転移してきたのは、まさしくモノリスの力による物ではあるのだが。
 そんな事をつらつらと考えながらバイクを走らせていた時、彼の懐の携帯電話がブルブルと振動したのである。彼はバイクを路肩に停めると、携帯を取り出して電話に出た。

「はい、相川です。」
『相川さん。絡繰です。』
「絡繰か、どうした?何かあったか?」
『少々相談事があるのですが、これからお伺いしてよろしいでしょうか。』

 茶々丸は知っての通り、エヴァンジェリンの従者である。その茶々丸から相談事とは、下手をすると大事である。始は厳しい顔付きになる。もっとも電話の相手には見えないが。

「ああ、かまわん。だが、何か起こったのか?」
『いえ、そう言うわけではありませんが……。詳しい事は、お会いしてお話します。』
「わかった。こちらは今帰宅途中だ。あと30分弱で家に着く。」
『はい、ではその頃にお伺いします。では失礼します。』

 始は気を引き締めると、自宅に向かってバイクを走らせた。



 始が自宅に着くと、既に茶々丸が玄関の前で待っていた。
 ちなみに始は小さいがちゃんとした一戸建てに住んでいる。無論持ち家だ。貸家や集合住宅だと、その一部を写真の現像や焼付けに使用する暗室に改造する際に、色々と面倒があるからだ。もう数年先の未来には、デジタルカメラ全盛期がやって来ると知っている――もとい、予測してはいるが、始は基本的にフィルム派である。彼はその辺はマニアックであった。一応デジタルにも対応できるようパソコン等もフォトショ○プ等の画像加工ソフト込みで一式揃えてはいるが。
 始はバイクを停め、その上にシートを掛けるとヘルメットを脱ぎながら言った。

「よく来たな、絡繰。上がってくれ。」
「はい。先日は失礼しました。あの……これはお土産です。美味しいお茶です。」
「ああ、ありがとう。ありがたく頂く。」

 始はドアの鍵を開け、茶々丸をこぢんまりとしたリビングへと迎え入れる。そこでお茶でも出そうかとして、少々彼は考え込んだ。彼は茶々丸に尋ねる。

「絡繰は、飲み食いはできるのか?」
「いえ、飲食はできません。」
「そうか。」

 始はお茶を出すのを止めた。飲食が出来ない相手に飲食物を出すのは、場合にもよるが、かえって失礼にあたる可能性もあるからだ。彼はいきなりだが本題に入る事にした。

「絡繰、相談事とは何だ?」
「はい、修学旅行の事です。」
「修学旅行?」

 始は拍子抜けした。だが、内容も聞かないうちからそれでは失礼だと思い直す。

「修学旅行に何か問題でもあるのか?」
「はい。麻帆良学園の修学旅行は人数が多いので、クラス毎の行き先選択式になっています。私達のクラス、3-Aは京都、奈良へ行くことになりました。」
「ほう。……待て、京都だと?俺の記憶では確か京都は関西呪術協会のテリトリーのはずだ。そこへ関東魔法協会の西洋魔法使いであるネギ少年が引率して行くのか?」

 カリスがこの世界にやって来てから現在まで約3ヵ月ちょっと。その間に麻帆良学園都市を襲撃してきた賊の中に、関西呪術協会所属の呪札使いもけっこうな割合で交ざっていた。襲撃者を逆に拉致して、魔法社会の情報を得ていた始は、その事をしっかりと知っている。

「はい。未確認情報ですが、関西呪術協会ではそのため麻帆良学園修学旅行生の受け入れに難色を示しているようです。
 それだけではなく、これもまた未確認情報ですがネギ先生は何らかの任務を学園長から命じられたようです。詳細は不明ですが……。」

 始は開いた口が塞がらなかった。まだ子供であるネギを、そんな政治的に厄介な場所に放り込む。さらにネギになんらかの任務を負わせると言う事は、他には付いていく魔法使いはいないと言っているような物である。

(いや、まて。学園の魔法使い達は、ネギ少年を強制的に育てようとしている気配がある。ネギに何らかの任務を与えて、それを成長の糧にしようとでも言うつもりか?
 ……無茶な。)
「相川さん?」
「あ、ああ。すまなかった。言われたことについて、少々考えていた物でな。」
「いえ。」

 茶々丸は気にした様子を見せなかった。始は茶々丸に問いかける。

「それで、俺に何をして欲しいんだ?」
「はい、できれば修学旅行に付いていって、ネギ先生を守ってあげて欲しいのです。」
「ほう?絡繰の考えか?」
「そうでもあり、そうでもありません。実はマスターが、ネギ先生の事を気になさっておいでのようなのです。マスターはああ言うお方ですから、その事を口に出したりはいたしませんが。
 ですが、マスターは呪いの為、学園都市から出ることは不可能です。修学旅行には行けません。私もマスターのお傍を離れるわけには……。ですので、もしよろしければ、相川さんにお願いできないかと……。甘えるようで、心苦しいのですが。」

 始は茶々丸の頭を撫でた。茶々丸は目を丸くする。始は茶々丸に語り掛けた。

「絡繰は、従者の鑑だな。主思いだ。絡繰は何歳だ?」
「あ……。製造されてから2年になります。」
「それなら、まだまだ子供だな。子供の仕事は、甘えることだ。と言っても、お前の立場から言えばそうも行かんか。だが、俺にぐらいなら甘えても構わないぞ。
 俺も、向うの動物や野鳥を撮りたかった。丁度良い。そのついでで良ければ、ネギ少年の面倒も見てやるのも、やぶさかではない。」
「相川さん……。ありがとうございます。」

 茶々丸は頭を下げる。始は微笑みながら、それを見ていた。



 あくる日、始は旅行用の買い物に商店街へ出て来ていた。と言っても、別にオシャレをするつもりなど毛頭無い。彼に必要なのは、長距離ツーリング用の装備であった。ぶっちゃけた話、彼は奈良、京都までバイクで行くつもりだったのである。
 ちなみに、宿等の予約は昨夜の内にネットや電話で行っていた。茶々丸が持ってきた修学旅行のしおりを見て、可能なら同じ宿、そうでなければできるだけ近い宿を取っている。
 そんな時、彼は見覚えのある姿を見つけた。周囲の人波から頭一つ高い影。楓である。向うも同時に始を見つけたようだ。

「にんにん、奇遇でござるなあ始殿。」
「このパターンは前にも覚えがあるな。どうした?今日は山で修行の日じゃなかったか?」
「いや、明日から修学旅行でござるからな。そのための買い物に来たでござるよ。」
「そうか、そう言えばお前も3-Aだったな。」
「あいあい」

 楓はにっこりと微笑んだ。始は真面目な顔になる。彼は楓に向かい、言葉を発する。

「縁起の悪い事を言う様で悪いが……。下手をすると今度の修学旅行は甘くない事になりそうだぞ。」
「?……それはどう言う事でござるか?」
「道端でする話じゃない。そこらの喫茶店にでも入ろう。」

 楓はにんまりと笑う。

「なんだ、拙者をお茶に誘う口実でござるか。始殿もやるもんでござるなあ。」
「大人をからかうな。」
「あいあい、冗談でござるよ。あいすまんでござる。」

 2人は手近な喫茶店に入る。始は奥まったボックス席の壁側に座る。この場所からは店の全部が見渡せる。楓は同じボックス席の向かいに座った。コーヒーと、楓にはそれに加え適当な甘味を注文し、始は話し始めた。

「ネギ少年が魔法使いだと言うのは覚えているだろう?」

 始は「魔法使い」の所だけ、小声で言った。楓は鋭い目つき――糸目なのでよく分からないが――になると、頷く。始は続けた。

「ニュースソースは明かせないんだが、関東の魔法使い達の組織と、関西の魔法使い達の組織は中が悪いらしい。そんな所に関東から関西へ、しかもその総本山たる京都へ、ネギ少年が突然ぽんと飛び込んで行く訳だ。何か起こらないほうがおかしいと言う物だ。」
「ほう……。」
「充分に注意をすることだ。お前の実力は知ってはいるが、な。」
「あいわかったでござる。」

 楓は真剣な顔で頷いた。丁度注文した品がやって来る。2人は店員に話を聞かれないように話題を変えた。

「ところで修行のほうはどうだ?」
「絶好調でござるよ。気配を『消す』のも、随分慣れたでござるゆえ、次には必ず始殿から1本取って見せるでござる。」
「何、まだまだやられるわけには行かんよ。年季が違う、年季が。」
「専門が写真家である始殿に、武の技で負けっぱなしと言うのは沽券に関わるでござる。」

 その後は、表面的には和気藹々としたお茶会になった。いや楓の方は外面だけではなく内面も充分に楽しんでいたようである。支払いは始が持ったのはまあ当然と言えよう。



 その次の日の早朝まだ暗い内から、始は完全装備でバイクに跨り、西へと旅立って行った。目的地は京都である。

「さて、どんな旅になるやら……。」

 彼がちょっとばかり、変身して新幹線を追い抜いてみたい誘惑に駆られたのは内緒である。



[4759] 仮面ライダーカリス 第10話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/27 13:54
 始は京都に行くために、東名高速道路→伊勢湾岸道路→伊勢自動車道→新名神高速道路→名神高速道路と言うルートを通った。東名に入る前に、少々東京都内でもたついた所もあったが、そこはバイクゆえなんとかなった。と言うか、なんとかした。優良運転者の皆さんは、あまり真似はしないようにしましょう。
 遅めの朝食は、神奈川に入ったばかりの所にある海老名サービスエリアのレストラン、ダイニング○ASAで、いきなり朝から200g「トンテキ定食」¥1,580で精をつけた。これは三重県四日市名物の「トンテキ」を神奈川名産の「高座豚」を使って作った物である。低温のラードでじっくりと火を通しているので、元々肉質の柔らかい高座豚を柔らかいままで味わえるのだ。
 始はたっぷり食べて、大変満足した。



 ちなみにその頃のネギ達は、こんな感じだった。

「キャ……キャーーー!?」
「カ……カエル~~~!?」
「わーーーっ」



 少々遅めの昼食は、静岡県最後のSA、浜名湖サービスエリアのメイン○ストランでとった。ここで食べたのは、浜名湖名物の鰻を使った「特産うな茶セット」¥2,100である。これは、最初は鰻をそのまま、次に薬味を使って一味変えて、そして最後はカツオと昆布の特製合わせ出汁を注いで鰻茶漬けとしていただく贅沢な一品である。
 始は残さず美味しく頂き、大変満足した。



 ちなみにその頃のネギ達は、こんなふうだった。

「キャーーーッ!?」
「な、何またカエルーーー!?」
「何だ何だ。」
「こんな所に落とし穴が!?」
「だ、大丈夫ですか。まき絵さん、いいんちょさん。」



 夕食もかなり遅くなってしまったが、京都を目前にした滋賀県最後のSA、大津サービスエリアのレストランで食べた。メニューはご当地の名物である高級和牛近江牛を使った、「近江牛 陶板焼膳」¥2,580である。この店では、仕入れた大きな肉塊を、料理長自らが丁寧に切り分けている。それを陶板の上で焼き、ポン酢や特製ダレで頂くのだ。霜降の肉が舌の上でとろけるのはたまらない。
 始は全て綺麗にたいらげ、大変満足した。更に彼はSAのスナックコーナーで、おやつに近江牛コロッケを1つ買って食べた。これも大変美味しかったようだ。



 ちなみにその頃のネギ達は、こんな目に遭っていた。

「いやぁぁ~~~ん。」
「ちょっ……ネギ!?なんかおサルが下着をーーーっ!?」
「……。」



 波乱万丈の――ネギ達が――旅路を終え、始が京都に着いたのは、もう夜もかなり更けた頃だった。始はとりあえず今日の宿へのチェックインを済ませた後――今日はネギ達と一緒の宿はとれなかった――ネギ達麻帆良学園修学旅行生達が宿泊している宿へバイクを走らせた。とりあえずの様子見のためである。
 と、彼の目の前を大きなサル?の着ぐるみを着た眼鏡の美女が、中学生ぐらいの日本人形のような美少女を抱えて走り過ぎて行った。始はあっけに取られる。と、着ぐるみ女の来た方向から、少年少女の必死な叫び声が聞こえてきた。彼等の声には覚えがある。少なくとも、少年の声はネギの物だ。どうやら危惧した通り、なんらかのトラブルに巻き込まれているらしい。
 始は一瞬迷ったが、すぐにハートのAのカード『チェンジ・マンティス』を取り出す。彼の腰に、ごついベルトが現れた。彼はバックルのラウザーに、カードをラウズする。

「変身!」

『チェンジ』

 始の姿は一瞬にしてカリスに変わっていた。乗っていたバイクも、シャドーチェイサーに姿を変えている。緊急事態でもあるようだし、彼はとりあえずネギ達にカリスとして会うことを選んだのだ。彼が変身を終えてから数秒もしない内に、ネギ達が姿を現した。全員浴衣姿だ。彼らはカリスがこの場所に居る事に驚く。

「か、カリスさん!何故京都に!?」
『観光だ。』

 カリスは、しれっと大嘘を答える。ネギ達――ネギと明日菜とカモは、あまりの意外な答えにあっけに取られる。だが残りの一人の少女は、学園長からカリスのことを聞いていた事もあって、警戒を崩さない。
 カリスは訊ねる。

『そちらの少女は初めて会うな。紹介してもらえるか?』
「あ、桜咲刹那さんと言って、僕の生徒……。そ、そうだ!そんな事言ってるヒマないんだった!
 カリスさん、大きなおサルを着た女の人を見ませんでしたか?このかさんを攫った、悪い人なんです!」
『それならあっちに行ったぞ。このか、とか言うのもお前の生徒か。……ネギ、後に乗れ。メットが無くて悪いが、な。』

 ネギは最初驚いたが、彼に対する信頼感が上回ったのか、すぐにシャドーチェイサーに乗って、カリスの腰にしがみ付く。無論、カモもネギの肩にしがみ付いた。シャドーチェイサーは後輪を煙を上げてスピンさせると、急発進した。すぐ後に、明日菜と刹那も続く。
 カリスが彼女等を置いていかないように速度を加減しているとは言え、それに付いてこれる彼女らの身体能力は恐るべきものがある。それでも刹那は「気」で身体能力を強化しているが、何の強化も施さずに自動車並の速度で走れる明日菜は何者なのだろうか。
 それは置いておく事として、彼らはすぐにサルの着ぐるみを着た女を発見した。彼らは叫ぶ。

「待てーーーっ!」
「お嬢様ーーーっ!」
「このかーーーっ!」

 着ぐるみ女は毒づく。

「ち……。しつこい人はきらわれますえ。」

 ネギ達は口々に叫ぶ。

「あ、マズい!駅へ逃げ込むぞ!」
「っていうか、何よあのデカいサルは!?着ぐるみ!?」
「おそらく関西呪術協会の呪符使いです。」
『実力はありそうだな。今まで捕らえた事のある奴よりも、何と言うのか……気配、存在感が濃い。とは言え、そのお陰で見失うことはなさそうだが、な』

 刹那はカリスにちらりと視線を向ける。だがとりあえずは、カリスに付いて考えることを止めた。学園長からも、下手に敵対することの無いように、と言われているし、今の所は味方のようだからだ。
 彼女は自動改札を飛び越えながら、周囲の仲間達に注意を促す。

「あの着ぐるみも、ただの着ぐるみではなさそうです。気をつけて!」
「ちょっと、オカシイわよ。終電間際にしても、乗客も駅員も一人もいないわ。」
「人払いの呪符です!普通の人は近付けません!」

 駅のホームにたどり着いたとき、電車は発車間際だった。発車を知らせるチャイムが響き渡る。もしかしたら、カリスと話していなければ発車にぎりぎり間に合ったのかも知れない。

「しまった!間に合わない!」
「どうすんのよ!」
『……うまく受身を取れよ。』

 突然カリスが、刹那と明日菜の襟首を掴んだ。明日菜はともかく、戦いの技術に自信があるはずの刹那ですら、それを躱すことも、それどころか察知することも出来なかった。カリスは2人をぶん投げる。

「「わきゃあああぁぁぁっ!?」」

 彼女達は閉まりつつある電車のドアの隙間から、車内へと飛び込んだ。否、飛び込まされた。列車は発車し、徐々に加速していく。明日菜は毒づいた。

「あっぶないわねぇ!!挟まったら、どーすんのよ!」
「挟まったら、自動装置が働いて電車は発車しませんよ。たぶん。それより明日菜さん、お嬢様です!前の車両に追い詰めますよ!」

 一方、ホームに取り残されたネギは、カリスの荒技に呆然としていた。そんなネギにカリスは言う。

『何をしている。先回りするぞ。』
「あ、はい。……あのバイクで、ですか?」
『無論だ。』

 カリスとネギは、再び駅の外へと走り出した。



 刹那と明日菜は着ぐるみ女を追って、前の車両へ入り込んだ。彼女達は叫ぶ。

「「待てーーーっ!!」」

 だが着ぐるみ女は、慌てず騒がず、懐から呪符を取り出した。

「フフ……。ほな、二枚目のお札ちゃんいきますえ。
 お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす。」

 するとその呪符から、大量の水が噴出してくる。水は、あっと言うまにその車両を満たしていった。
 車内には呼吸する空気すら残らず、明日菜達は溺れそうになる。

「ガボガボー!△◎※㊥!?」
「くっ……。」

 既に先の車両に移っていた着ぐるみ女は、愉快そうに笑みを浮かべると言い放つ。

「ホホ……。車内で溺れ死なんよーにな。ほな(はぁと)。」

 明日菜と刹那は身動きがとれず、悔しそうに彼女らの敵を見つめた。
 刹那は悔恨の情にかられる。

(くっ……息がっ……。この水では剣も振れない。くっ……。私はやはり、まだ未熟者だ……。
 このかお嬢様……。)

 その時、刹那の脳裏に少女時代のこのかの姿……川で溺れているその姿が浮かんだ。

(せっちゃん、助けてーーー。)

 刹那は、カッ!!と目を見開く。水中であるにも関わらず、彼女は剣を振るった。

「斬空閃!!」

 京都に伝わる退魔の剣技、神鳴流の奥義「斬空閃」は、前の車両に繋がる扉を切り飛ばした。車内に満ちていた水が、前の車両にも流れ込む。着ぐるみ女は、流れ込んだ水に押し流された。



 カリスとネギ――とカモ――は、列車を追い越して一足先に列車が通る踏み切りの所まで来ていた。ちなみにカモネギペアはへろへろである。シャドーチェイサーの最高速度は410km/h。その後部シートに、ヘルメット無しでしがみ付いていたのだ。カモに至っては、吹流し状態でネギにしがみ付いていた。しかもカリスの通る道は道交法無視で歩道橋は渡るわ、階段は登るわ、他人の家の庭先の私道は突っ切るわ、家の屋根から屋根へジャンプするわ……。しかもアクセル全開で、である。
 カリスは列車が来るのを、じっと待っていた。やがて目的の列車がやって来る。その列車は、なんとも不思議なことに、一部の車両の隙間と言う隙間から、水を噴いていた。カリスはタイミングを合わせると、ホルダーから1枚のカードを取り出す。ハートの5、『ドリル・シェル』である。彼はラウザーをカリスアローにセットすると、カードをラウズした。

『ドリル』

 電子音声が響く。カリスは跳躍すると、高速回転をしながら足から列車に突っ込んでいった。先頭車両の横っ腹に、カリスのきりもみ回転キック『シェルドリル』が炸裂する。列車の先頭車両はレールを外れ、脱線した。後続車両の車輪からは火花が散って、列車全体が急停車した。歪んだ車体の各所から、車内に満ちていた水がざばざばと流れ出す。
 カリスは呟いた。

『……やりすぎたか?』
「やりすぎですよっ!」

 ネギが叫んだ。
 『ドリル・シェル』の消費APは1200、およそ12tの威力に相当する。この場合、土砂を満載したダンプトラックが、列車の横から高速で突っ込んできたようなものだ。脱線するのも無理は無い。この場合、カリスが普通にキックするぐらいで用は足りたのだ。カリスのキック力は520AP相当、およそ5.2tだ。これでも並のトラックが荷物満載で突っ込んできたぐらいの衝撃力はある。脱線まではしないにしても――するかもしれないが――その衝撃で列車の自動停止システムが働き、列車は停止しただろう。
 カリスは大して気にしていないような声で言う。

『それよりいいのか?あの着ぐるみ女が逃げるようだが。』
「あ!いけない!待てーーー!!」
『さっさと後に乗れ。』

 カリスは既に、シャドーチェイサーに跨っている。ネギとカモが少しばかり躊躇したとしても、責められることは無いだろう。



 着ぐるみ女――天ヶ崎千草は苛立っていた。突然の列車事故により、計画していた降りる駅から遠く離れたこんな場所で列車から降りる羽目になってしまったからだ。これでは契約していた護衛の者と落ち合う約束をしていた場所まで行けるかどうかも怪しい。すぐ後には、木乃香お嬢様の護衛をしていた神鳴流剣士と、お嬢様の友人だろうバカ力の女学生が追いかけて来ている。更には、予定外の場所で降りた為、ここは人払いをしていない。そう時間をおかずに野次馬たちが集まって来るだろう。
 千草は決断した。サルの着ぐるみを脱いで、独立稼動の式神モードに切り替える。そして懐から呪符を取り出した。

「フフ……。よくここまで追って来はりましたな。そやけど、ここまでどすえ。三枚目のお札ちゃん、いかせてもらいますえ。」
「おのれ、させるかっ!!」

 神鳴流剣士――刹那が斬りかかる。だが一瞬早く千草が呪札を使っていた。

「お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす。……喰らいなはれ!三枚符術、京都大文字焼き!!」
「!!」

道幅いっぱいに、「大」の字型の爆炎が広がる。あぶなく炎に巻き込まれかけた刹那を、明日菜がぎりぎりの所で引き戻した。千草は嘲笑う。

「ホホホ、並の術者ではその炎は越えられまへんえ。ほなさいなら。」
「このぉ~~~。」
「神楽坂さん……。」

『ブリザード』

 電子音声が響いた。吹雪をその車体に纏わせたシャドーチェイサーが突っ込んでくる。シャドーチェイサーの必殺技の1つ、『ブリザード・チェイサー』が炎の壁を切り裂いた。シャドーチェイサーの後部座席には、ネギがしがみ付いている。

「明日菜さん!刹那さん!」
「ネギ!」
「ネギ先生!?」
「なああーっ!?」

 千草は唖然とした。『ブリザード・チェイサー』に引き裂かれた炎の壁の真ん中は、びっしりと霜がついている。明日菜達と千草との間に、炎の壁を割って霜の道が出来ていた。明日菜と刹那は、その霜の道を通って、千草と木乃香の所まで走る。
 カリスが呟いた。

『炎は発火点以下に温度が下がれば消える。当然の事だ。「術」で自然の法則を捻じ曲げて、無理矢理発生させている炎なら、なおの事だ。消える時はあっさりと消える。
 三枚のお札、か。呪的逃走を気取ったわけか。だが追ってくるのは鬼でも山姥でもないぞ。……もっと恐ろしいと自負しているつもりなのだがな。
 ネギ!』
「はい!ラス・テル、マ・スキル、マギステル!風の精霊11人!!縛鎖となりて敵を捕まえろ!!魔法の射手・戒めの風矢!!」
「あひいっ、お助けーーー!」

 千草は木乃香を盾にしてうずくまった。ネギは慌てて「魔法の矢」の狙いをそらす。

「あっ……!曲がれ!!」

 魔法の矢は木乃香に当たる直前で目標を逸れた。千草は一瞬呆然とした。

「あ、あら……?」
「こ、このかさんをはなしてくださいっ!卑怯ですよっ!」
「は……はは~~~ん、なるほど……。読めましたえ。」

 千草はネギを嘲笑った。彼女は続けて言う。

「甘ちゃんやな……。人質が多少怪我するくらい、気にせず打ち抜けばえーのに。
 ホーホホホホホ!まったくこの娘は役に立ちますなぁ!この調子でこの後も利用させてもらうわ!
 おーっと、そっちの嬢ちゃん達も、動くんやないえ!お嬢様の顔に傷でもつけとうないやろ!」
「くっ……。」

 明日菜と刹那の前には、先ほど脱いだサルの着ぐるみの式神が、カリスとネギの前には新たに現れた熊のぬいぐるみのような式神が立ちはだかった。明日菜は叫ぶ。

「このかをどーするつもりなのよっ!」
「せやなー。まずは呪薬と呪符でも使て、口を利けんよにして……上手いことウチらの言うコト聞く操り人形にするのがえーな。くっくっくっ……♪」
『……そんな事をしてみろ。俺は貴様をブッ殺す。』

 空気が凍った。カリスから発せられる鬼気が周囲を満たす。今の千草の台詞に切れそうになっていたネギ、明日菜、そして誰よりも怒り心頭に達していたはずの刹那でさえ、強制的に冷静さを取り戻させられた。固体化したとでも言えそうな程の密度の殺気を直接ぶつけられた千草は、その身を凍りつかせる。
 カリスは一蹴りで熊の式神――熊鬼の胴体をぶち抜くと、千草に向かって立った。千草は怯えて、木乃香を盾にして下がる。

「な、なんや貴様っ!?お、お、お嬢様がどないなってもええ言うんかいなっ!?」
『……。』

 カリスは黙って、予備動作無しでいきなり1枚のカードをカリスアローにラウズした。そのカードはダイヤの10。電子音声が響く。

『シーフ』

 カリスアローの握りから、カメレオンの舌の様な触手が伸びる。その触手は、木乃香に巻き付くと千草の手の中から彼女を掏り取った。木乃香はそのままカリスの左腕に抱きかかえられる。千草は叫んだ。

「あっ!?ど、ドロボー!」
『盗人猛々しいな。』

 カリスはネギに向かい、右拳の親指を立ててサムズアップをして見せた。ネギの顔が綻ぶ。
 カリスは次に、そのサムズアップしてみせた右手首を返した。親指がグリッと下を向く。ネギの顔に縦線が走った。カリスは言い放つ。

『やってしまえ。』

 ネギは顔を引き攣らせた。

「え、ええぇぇ~~~!?」
『どうしたネギ。逃げてしまうぞ。
 あの女のやった事、やろうとした事は許せん。今の内に捕らえ、然るべき場所に突き出してやれ。』
「あ、そ、そうですよね。捕まえるんですよね。あーびっくりした。ラス・テル、マ・スキル、マギステル……。」

 ネギは魔法の詠唱を始める。カリスは呟いた。

『ああ。殺す時は、お前の様な子供にさせるつもりは無い。俺が殺る。
 ……子供に殺す殺さないの決断は重すぎる。そんな事はさせられん。』

 ネギは聞かなかった事にした。そして呪文詠唱が完成する。

「風の精霊17人。集い来たりて……。魔法の射手・連弾・雷の17矢!!」

 この雷の魔法の矢は、威力を弱めて使えばスタンガンの役割も果す。相手を捕らえるには比較的適している魔法だろう。拘束するだけの「戒めの風矢」と違って、さっきまでの意趣返しもできる。
 「雷の矢」は、すべて過たず千草に命中した。彼女は叫ぶ。

「ぎゃひいいいぃぃぃ~~~!!」

 千草の身体は痺れて動けなくなった。時折ピクピクと麻痺している。命を下すものが無くなったサルの式神――猿鬼を斬り捨てた刹那と明日菜が、千草を取り押さえようと彼女に近寄る。その時であった。
 カリスが一瞬で明日菜と刹那の間に飛び込み、左右に向けて突き飛ばしたのである。

「なっ、何を……。」
「い、いったあああぁぁぁ……。え?」

 明日菜はカリスを睨みつける。だが、即座にその異常に気付いた。
 カリスの身体の右下半身が、石化していたのである。
 建物の影から、白髪の少年が一人歩み出てきた。その姿は幽鬼の様で、気配が非常に薄い。彼は呟くように語る。

「他の二人をかばった上、不完全とは言え僕の魔法を躱してみせる。凄いね。本当なら、全身が一瞬で石化していたはずなのに。
だけど、その身体では次はかわせないだろう?」
「な、何者なんだ!?」

 ネギが叫ぶように言う。それに答えて、その少年は言った。

「魔法使い、さ。この天ヶ崎千草に雇われた、ね。雇い主をこんな所で捕まらせるわけにはいかないからね。出張って来たのさ。
 さて、そこの黒い人は、今後色々と邪魔になりそうだからね。永遠に石になってもらおうか。……む?」

 ピーポー、ピーポー、ピーポー……。
 ファン、ファン、ファン、ファン……。

 救急車とパトカーのサイレンの音がする。列車事故の通報を受けて来たのであろう。少年は目を伏せた。感情のこもっていない声で、彼は呟くように言う。

「やれやれ。邪魔が入った、か。仕方ない。今日はこの辺で失礼するよ。またすぐ会うことになると思うけど……。」

 白髪の少年は、無詠唱で魔法を発動させる。彼の足元から水が巻き上がり、彼は千草もろともその水の中に消えた。後に残ったのは、小さな水溜りだけだった。
 カモが驚いたように言う。

「……水を利用した『扉』……瞬間移動だぜ!?兄貴。やべェぜこりゃ。かなりの高等魔術だ……。」
「くっ……。……あ!カリスさんっ!」

 ネギ、明日菜はカリスの元に駆け寄った。刹那も唇を噛んでカリスを見つめる。石化はカリスの左足大腿部と右脇腹にまで進行していた。だがカリスに動じた様子はない。

『大丈夫だ。』
「どこがよっ!?」

『リカバー』

 電子音声が響いた。カリスがハートの9、『リカバー・キャメル』のカードをラウズしたのである。カリスの石化部分は、べきべきと音を立てて、あっと言うまに元の状態へ戻っていった。明日菜は怒鳴る。

「そんな便利なモンがあるんなら、さっさと使いなさいよっ!!」
『いや、便利でもないぞ。自分にしか使えないからな。』
「この場合、自分に使えればいいでしょうがっ!?」

 明日菜は怒ってはいるが、安心した様子である。ネギも同じく、一安心した模様であった。と、ネギはある事に気付く。

「あ、そ、そうだ!はやく逃げないと!パトカーが来ちゃう!」
『大丈夫だ。……そこに居る奴、出て来い。』
「おやおや、隠行には自信があったでござるが……カリス殿、であったか?そのヘルメットには何やら高度なセンサーでも仕込まれているでござるか?」

 塀の影から出てきたのは、楓であった。カリスは楓に向かって言葉を紡ぐ。

『一応、名を聞かせてくれるか?』

 これは演技である。『相川始』と『長瀬楓』は何度も会った事があるが、『カリス』とは初めてだからである。楓はにっこりと笑いながら応える。

「あいあい、拙者、長瀬楓と申すでござるよ。にんにん。」
『そうか。見事な声帯模写だな。パトカーの音と、救急車の音、両方一遍に一つの喉から出すのは相当な訓練がいるだろう。』
「ふふふ、拙者を甘く見てもらっては困るでござるよ。スピーカーのコーンが一枚でござるのに、多彩な音が出るのと同じでござる。」
「あれ?そうするとさっきのパトカーと救急車は、長瀬さんだったんですか?うわあ、さすが忍者ですね。」
「何の話でござるかな。
 ~~~♪」

 楓はいつものように鼻歌でごまかす。そしてネギに向かって続けた。

「それよりネギ坊主。何かあったら拙者を呼んでくれと言ったでござろうに。頼ってもらえんとなると、少々寂しいでござるよ。」
「あ、ご、ごめんなさい。急な出来事だったもので、呼びに行く時間が……。」

 そこへ明日菜が割り込む。彼女はカリスが飛び出したときに放り出された、木乃香の様子を見ていた。

「ねえ桜咲さん。あたし最初はただのいやがらせだと思ってたんだけど、なんであのオサル女、このか1人を誘拐しようとしたのよ。」

 その疑問に、刹那は当初答え辛そうにしていたが、やがて重い口を開いた。

「実は……。以前より関西呪術協会の中に、このかお嬢様を東の麻帆良学園へやってしまった事を快く思わぬ輩がいて……。
 おそらく、奴らはこのかお嬢様の秘められた力を利用して、関西呪術協会を牛耳ろうとしているのでは……。」
「え?秘められた力!?」
「な、何ですかそれ~~~!?」
「このかお嬢様には、血筋のせいもあって、強大な魔力が眠っているのです。ただ、このかお嬢様のお父上の意向もあって、お嬢様は一般人として暮らしています。もちろんお嬢様自身もこの事は知りません。ですが、どこであ奴らに秘密が漏れたのか……。」
『……知らせ……。』
「ん……。」

 カリスは何か言い掛けた。だが当の木乃香が目覚める気配を見せたため、出鼻をくじかれた。彼は思い直して、今の所は何も言わない事に決めたようだ。
 刹那は木乃香を抱き起こす。

「お嬢様!」
「……あれ?せっちゃん……?
 あー、せっちゃん。ウチ、夢見たえ……。変なおサルに攫われて……。でもせっちゃんやネギ君やアスナや、あとなんかスーパーヒーローみたいな人が助けてくれるんや……。」
「あー、拙者は?」
「いいシーンなんだから黙ってて楓ちゃん。」
「……よかった。もう大丈夫です……このかお嬢様……。」

 木乃香は目に涙を浮かべ、綻ぶような笑顔を浮かべた。

「よかったー……。せっちゃん……ウチのコト、嫌ってる訳やなかったんやなー……。」
「えっ……。そ、そりゃ私かてこのちゃんと話し……。」

 そこで刹那はハッと気付く……自分が身分の違うお嬢様とタメ口をきいていた事に。あわてて刹那は飛び退る。

「し、失礼しました!」
「え……せっちゃん?」
「刹那さん……」

 刹那は満面を朱に染めて、一生懸命生真面目な様子を作る。彼女は必死で言った。

「わ……私はこのちゃ……お嬢様をお守りできれば、それだけで幸せ……。いや、それもひっそりと陰からお支えできれば、それで……あの……。
 御免!!」
「あっ……せっちゃーん!」

 刹那は脱兎の如く逃げ出した。そこへ明日菜が声を掛ける。

「桜咲さーん!明日の班行動、一緒に奈良、回ろうねー!約束だよーっ!!」
「……。」

 刹那はちらり、と赤い顔で明日菜や木乃香、ネギの方を見遣ると、今度はゆっくりと歩いて去っていった。
 ふとネギはもう一人人数が足りないのに気付く。

「あれ?カリスさんは?」
「ああ、あの方なら自分のホテルへ帰るそうでござるよ。そろそろ本物のパトカーがやってくる頃合だから、見つかりたくないと言っていたでござるなあ。あと、中学生も色々大変だな、だそうでござる。
 また何かあれば、力を貸してくれるそうでござるよ。勿論、それは拙者もそうでござるよネギ先生。」
「あ、はい。ありがとうございます長瀬さん。
 ……カリスさんって、ほんとは僕らを助けに、京都まで来てくれたんじゃないのかなあ。」

 ネギ達は、自分達の旅館へと帰って行った。警察に見つからないように、けっこう苦労はしたらしい。



 次の朝、7時のニュースで深夜の脱線事故のニュースが流れていた。脱線した先頭車両の横腹にくっきりとあった、ブーツ状の足跡が話題になっている。その足跡は、まるで杭打ち機ででも打ち込んだかのように、深々と列車の車体に食い込んでいたそうだ。
 ネギはそのニュースを見て、ずっこける羽目になった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第11話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/11/29 20:33
 今日は修学旅行2日目である。この日、奈良へと向かう麻帆良学園修学旅行バスの後を追っているバイクがあった。デュアルパーパスタイプのバイクで、タンク上にはタンクバッグ、後部座席にはカメラバッグをベルトで留めて積んでいる。更にライダーは小さめのディバッグを背負っている。
 そのバイクは、バスからは見えないように車2~3台分離れてバスを追っていた。そのバイクのライダーは、常に周囲に気を配っている。それも自分の周りではなく、バスの周囲を注意して見ていた。
 勿論、このライダーは始である。先日遭遇した天ヶ崎千草の手の者が、ネギ達を襲撃するのを警戒しているのである。つい昨夜、手酷く痛めつけられたからには、今日またすぐにリベンジを試みてくる可能性は低いだろう。だが、それが無いとは言えないのだ。特に不気味なのは、最後に現れた白髪の少年である。

(奴からは、人間らしい気配がしなかった。子供の姿はしていたが、もしかしたら本当に人間ではないのかも知れない。要注意だな……。)

 始はあの時の白髪の少年の、無表情な顔を思い出していた。あのまま戦っても、勝てるとは思ったが、何とは無しに不気味な感じを受ける。今ここ京都――既に奈良に入りつつあるが――に集っている面々では、真正面から勝てるのはおそらく始――カリスだけであろう。もし彼が離れているときに、あの「敵」の襲撃を受けたなら、他の面々ではたぶん太刀打ちできない。
 それ故に始はこのようにして、修学旅行バスの後を、護衛の意味もあって附けているのである。だがしかし……。

(だが……。女子中学生の乗ったバスをバイクで追跡……。自分で言うのもなんだが、ストーカーの様だな。)

 始は、自分のその思考に少々げんなりしつつ、バスの後を追ってバイクを走らせた。



 そしてやって来たここは、奈良公園。東大寺南大門前である。始はカメラを構えて鹿の写真を撮っていた。もうこれは長年――本当に長い間――続けてきて、習性の様になってしまっている。彼は『石化け』『木化け』とまではいかないまでも、気配を抑えて周囲の風景に溶け込みつつ、写真を撮り続けた。
 始がここへ来たのは、茶々丸から頼まれた護衛対象である、当のネギ本人がここへやって来たからである。ネギは奈良での自由行動の際、クラスの生徒である宮崎のどかに誘われて、彼女の属する3-Aの第5班と共に行動していたのだ。もっともネギが第5班と行動を共にしたのはそれだけが理由ではない。第5班には昨夜狙われた近衛木乃香や、彼女の護衛の桜咲刹那、ネギの保護者である「魔法使いの従者」神楽坂明日菜までが一緒に入っていたからだ。今もネギは始の視線の向こうで、きゃいきゃい騒ぐ女子中学生と一緒になって、鹿と戯れている。その様子があまりに微笑ましくて、始はつい笑ってしまった。
 だがすぐに彼は気を引き締める。今こうしている間にも、「奴ら」が何処からか狙っているのかもしれないからだ。「奴ら」はネギよりも木乃香の方を狙っているようだが、木乃香があぶない目に遭えばネギの事だ、自分から危険に飛び込んでいくだろう。
 それに木乃香は木乃香で、始はできるだけ助けてやりたいと思っている。完全に子供であるネギ程ではないが、中学三年と言えばやはりまだまだ保護の必要な年頃ではあるからだ。それに自分でも知らない内に、強大な魔力やら何やら余計な重荷を背負わされている事は、始の同情を買った。

(そう言えば、近衛木乃香の護衛の剣士……。桜咲刹那、だったな。あの娘も純粋な人間では無さそうだったが……。
 だが、それでもあの白髪の少年に立ち向かうのは無理だろうな。)

 見ると、ネギ達は南大門を抜けて大仏殿の方へ向かっていく。始はゆっくり歩いて後を追った。だが彼はふと思う。

(カメラ持って少女達の後を付いて行くなどと……。これでは本当にストーカーに見られても仕方ないな。)

 再び自分の思考にげんなりしつつ、始はより一層丹念に気配を隠した。もはや彼は周囲からは風景の一部の様にしか捉えられない。思わぬ所で、身に着けた技量が役立った始であった。ちょっと情けないが。



 南大門を抜けた辺りで、ネギ達は2~3人ずつバラバラに別れた。始は少し迷ったが、当初の目的通りネギの後を附ける。ネギは宮崎のどかと共に歩いていた。始は途中でネギが「宮崎さん」と呼んでいたのを聞いていたので、彼女の姓ぐらいは知っている。ネギとのどかは、いい雰囲気だ。

(なんか……。出歯亀しているみたいだな。)

 いや、間違いなく出歯亀である。始はその認識に三たびげんなりしつつ、物陰に身を隠して、後を追っていった。だが始は妙な気配に気付く。柱の陰からネギ達のことを覗いている気配だ。彼はその気配の持ち主の後ろに回る。そこには先ほど別れた少女2人がネギとのどかの事を覗いていた。
 始は一寸ばかり悪戯心を起こす。彼は2人の少女の後ろに回り、彼女らに声を掛けた。

「覗きとは、いただけないな。」
「わ……。」
「ひ……。」

 2人の少女は悲鳴を上げかけて、互いに互いの口を押さえる。彼女らは始に向かってヒソヒソ声で言った。

《黙っていてください!関係ないでしょう貴方には!》
《私らの友達が、ネギ先生に告白できるかどうかの一大事なんだから!放っといてください!》
《いや、だがお前達見るからに怪しかったぞ。あまりに怪しいので警察へ通報しようかと思ったぐらいだ。》

 始はしれっと冗談を言う。警察に通報などするつもりは全く無い。逆に警察が来たら、彼の方が捕まりかねない行動を、今日の彼は取っている。だが少女達は見るからに動揺していた。どうやら真面目に取ったらしかった。始がにこりとも笑いもせずに、真面目な顔で睨みつけるように言ったのが悪かったらしい。
 実は始は今更ながら、少々後悔していた。傍から見るとあまりに愉快な行動をしていたので、つい声を掛けてしまったが、本来彼は『始』の姿でネギ達と接触を取るつもりは無かったのだ。『始』と『カリス』が同時に修学旅行先へ来ているなどと、あまりにも偶然が過ぎる。だから本来なら、『始』としては姿を隠して見守り、いざと言う時に『カリス』として介入するつもりだったのだ。だが彼はついネギの生徒に声を掛けてしまった。少々お遊びが過ぎた。軽率だったと言えるだろう。
 どうせ同じ3-Aの生徒なのだから、特にネギに害になるでもないだろうし、それこそ彼女らの言う通り放っておけば良かったのだ。彼は口元に笑みを浮かべると、取り繕うようにヒソヒソ声で言う。

《冗談だ。だが周囲から見て怪しく思われる行動は、出来る限り避けたほうがいいぞ。本当に警察を呼ばれでもしたら、大変だろう?
 ……あ。女の子の方がなんか逃げ出したぞ?》
《《え!?》》

 丁度ネギ達の方では、のどかがネギに対する恋の告白をしようとして頓珍漢な事をした挙句、泣きながら逃げ出してしまった所だ。ネギはそれを追いかけるが、見失ってしまったらしい。始と話していた2人の少女は、ネギに見つからないようにして、のどかを探しに行ってしまった。
 始はネギの後を附ける。周囲に女の子がいなくなったので、婦女子に対するストーカー紛いの行為をしなくて済むようになったため、少しは気が楽だ。だが未だ、未成年者略取誘拐の疑いをかけられそうな気はするので、できるだけ注意して気配を抑え、物陰から見守る。ネギはのどかを探してあちこちうろついていた。
 やがてネギは立ち止まり、空を見て呟く。

「でもこの修学旅行は大変だなー。親書のこともあるし、このかさんやおサルのお姉さん、それにあの白髪の……。」

 そこまで言って、ネギはブルッと震えた。あの異様な雰囲気の少年の事を思い出したのだろう。あの少年は、かなりの実力を持った西洋魔術師だ。全開状態のエヴァンジェリンとまともに渡り合ったあのカリスですら、明日菜と刹那の二人をかばったとは言え、そして一時的にとは言え、身体を一部石化させられたのだ。ネギが戦慄を覚えるのも無理は無い。
 始は木陰でネギのその様子を見て、出て行って励ましてやりたい気持ちになった。彼はどうすべきか、しばし悩む。万が一、カリス=始である事がネギにばれても、こちらもネギが魔法使いである事を知っているため、大した問題では無いかもしれない。互いに秘密を守る事をネギと約束すれば、あの生真面目な少年はその約束を必死で守るだろう。……何かの拍子にポロっと漏らしてしまう可能性は高いが。ネギは秘密の遵守と言う物に対して、あまりにも迂闊な面がある。始としても悩み所であった。
 だがそんな時、ネギを呼ぶ声がした。声の主は、宮崎のどかである。

「ネギ先生ーーーッ」
「あ、宮崎さん。よかった。どこ行ってたんですか?」
「ネギ先生あのっ……。実は私……。大……大……。」

 のどかは必死で声を絞り出す。それを見ていて始は思った。

(そう言えば、先程の少女達が何やら言っていたな。『私らの友達が、ネギ先生に告白できるかどうかの一大事』とか……。
 待て、告白だと?ネギ少年はまだ数えで10歳だった筈。だがあれだけ真っ直ぐな彼なら、好意を抱かれてもおかしくは無いか……。だが、彼には女性問題……は大げさ過ぎか。まあ色恋沙汰……程度か……。ソレはかえって彼にとって重荷にならないか?)

 始は、のどかには悪いが止めに入ろうとする。偶然を装ってネギ達に話しかければ、雰囲気が壊れてしまい、それで今の所は充分だろう。今ネギは、何やら麻帆良学園から秘密の任務を――先程呟いた「親書」とか言う物が関係しているのだろう――請け負っており、更に近衛木乃香に対する誘拐事件等もあって、色々大変のはずだ。そこへ女生徒からの告白など受けたら、ネギはたまったもんでは無いだろう。のどかには本当に悪いが、告白は麻帆良学園にでも帰った後で、あらためてゆっくり行ってもらおう――そう始は決めて、馬に蹴られる覚悟で、徐に木陰から出て行こうとした。
 と、始は妙な視線に気付く。彼は出て行こうとした足を止めて、そちらの視線の気配を探った。もし敵であったなら、そちらへの対処を優先しなければならない。
 結果として、それは始の杞憂であった。妙な、と言うより「熱い」視線を送っていたのはネギの保護者である神楽坂明日菜と、昨夜名前を知った木乃香の護衛、神鳴流剣士桜咲刹那だったからである。ついでにカモ。彼等は始と同じく――と言うか始はきちんとした目的があっての事だが――ネギとのどかの事を出歯亀していたのである。
 それを確認するや、始は急いでのどかの告白を阻止せんと動こうとした。だが一瞬早く、のどかの声が響く。

「私、ネギ先生のこと、出会った日からずっと好きでした。私……私、ネギ先生のこと大好きです!!」
「……え?」

 始は木陰から出ようとした姿勢のまま、顔を押さえて天を仰いだ。ネギは困惑している。

「……。え……。あ……。」
「あ、いえーーー。わ、わかってます。突然こんなコト言っても迷惑なのは……。せせ、先生と生徒ですし……。ごめんなさい。
 でも私の気持ちを知ってもらいたかったので……。」

 のどかは180度回頭すると、笑顔で走り去る。

「失礼しますネギ先生ーーー!」
「あ……。えと……。あう……。
 ああ、ああああ……。」

 始は頭を抱えた。彼の思った通りだ。ネギは完全にいっぱいいっぱいである。そして数瞬の後、ネギは音高く倒れた。もうそれは見事に、ドテーンと。
 始は慌てて彼に走り寄る。ネギは息が荒く、顔が赤い。額に手をやると、物凄く熱かった。僅かに遅れて、明日菜と刹那が走ってくる。明日菜は叫んだ。

「あーーーっ!?アンタ、えーっと、確か……凄腕釣り師の相川さん!」
「釣り師じゃない、写真家だ。」
「どっちでもいいわよ!なんでこんな所に居るの!?」
「……どっちでもいいとは、ご挨拶だな。俺は撮影旅行だ。関西の方は植生が違うからな。野生動物の種類等も異なる。だから暇を見て、こちらの動物や野鳥を撮りに来たんだ。
 それよりネギ少年だ。凄い発熱だぞ。」
「えーーーっ!?」

 明日菜は驚く。刹那はのどかの走っていった方を眺めて、何やら考え込んでいる。始はネギを横抱きに抱き上げた。

「ネギ少年を休ませよう。何処に連れて行けばいい?」
「あ、あっちに茶店があるから、そこの腰掛にでも……。」
「わかった。」

 始は溜息をつきながら、ネギを運んでいった。結局の所、今日はストーキングもどきと出歯亀だけで、碌な役に立たなかったな、と思いながら。



[4759] 仮面ライダーカリス 第12話 前編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/12/01 22:35
 ネギは呆けていた。と言うか次の瞬間には頭を抱えて天を仰ぐ。更に次は跪いてプルプル震えたり、再び頭を抱えてゴロゴロ転がったりする。ぶっちゃけいっぱいいっぱいの様子だった。

(やれやれ、見ていられんな。)

 始はホテル嵐山へのチェックイン――今日は空き部屋があったため、ネギ達と一緒の宿が取れていた――を済ませて、自室に荷物を置いてきた所だった。ちなみにホテルのフロント係からは、「今日とあと数日は修学旅行の学生さん達がお泊りですから、もしかしたら煩いかもしれませんよ。」と気を使った言葉を貰っていた。そしてネギを探しに来て、ロビー脇の公衆電話前で彼を見つけたのだった。
 なお彼は、もう自分が京都へ来ている事を隠してはいない。というか、先程神楽坂明日菜と桜咲刹那、ついでにカモに、思いっきり見られてしまった。もう気にしても仕方ない、と言った所だった。だが彼等は、始が「『しばらく前から』京都、奈良方面へ撮影旅行に来ている」と大嘘をついた所、あっさり信じ込んでいた。どうやら決定的な証拠でも無い限り、始=カリスである事はバレそうにない。正直彼は、少年少女たちのあまりの能天気さ、純真さに、拍子抜けしていた。後はカリスが知っていて始が知らないこと、始が知っていてカリスが知らないことの切り分けを上手くやれば、ばれずに済むかもしれない。
 それはともかく、今はネギである。始はネギに近付いて話し掛けた。

「どうしたネギ少年。随分悩んでいるようだが。」
「あ、相川さん。い、いえ別に何でも。」
「……そうか。昼の奈良公園で告白されたことで悩んでいるのか。」
「ええっ!?相川さん、読心の魔法でも使えたんですか!?」
《《《《ええッ!ムグ!ムグググ!》》》》

 背後の方から、押し殺したような叫び声と、それを無理に口を塞いで抑え込んだような息の詰まる音が聞こえて来た。始は繭を顰める。彼は右手親指で背後の方を指すと、口元だけで笑みを作った。

「いや、魔法など使えない。ネギ少年、お前の顔に書いてある。それより、ここはギャラリーが多すぎる。喫茶室にでもいって、そこで少し話そう。
 後で出歯亀している奴ら。プライバシーに関わる事だから、付いてくるなよ?」

 そう言うと、始はネギを引っ張って喫茶室の方へ歩き出した。後の方からは、ああ……とか、うう……とか、残念そうな声が漏れ聞こえてくる。始はそれには構わず、すたすたと歩いていった。
 喫茶室にて、始は2人分の日本茶を注文すると、無言でネギを促すような仕草を見せた。ネギは最初、言葉に詰まったが、やがて訥々と話し始めた。

「……顔に書いてあるって……告白されたって……そんな事までわかるんですか?」
「顔に書いてあるのは、つい最近……そうだな、多分今日有った事で大変に悩んでいる、と言う事だけだ。となれば、あの宮崎とか言う生徒に告白された事しかあるまい。
 実は俺もあの場所に居て、偶然見てしまったからな。告白される所を。少年、お前がぶっ倒れた時、茶店の腰掛まで運んだのは俺だぞ。そのくらい思い付け。」
「そ、そうですか……。実は僕……どうすればいいのか分からなくて……。」

 ずーん、と擬音が聞こえて来そうな様子のネギに、始は訊いて見た。

「お前、あの宮崎って娘、嫌いなのか?」
「いえ!そんな事は無いです!絶対に!」
「じゃあ誰か他に好きな……ああ、この場合、特別に、って言う意味だからな。誰か特別に好きな人がいるとか。」
「いいえ!あ、普通に好きな人はいっぱい居ますよ。クラスの皆が好きですし、アスナさんやこのかさん、いいんちょさんやバカレンジャーの皆さんも。当の宮崎さんだって。
 でも特別な好きってのはまだいないっていうか……その……まだよく分かんないんです。僕、そう言うの……。
 それに先生と生徒だし……。」

 始はネギの頭にぽんと手を置くと、ゆっくりと撫でながら言った。

「いや、先生と生徒とか、この場合関係ないぞ。お前ぐらいの子供は……数えで10歳、だったよな。そのぐらいの子供は、そろそろそう言う……恋愛に興味を持つ頃合だ。そう言うのは、普通の事なんだ。普通の成長なんだ。
 お前が先生だからって言って、まずお前はその前に一人の子供なんだ。普通の成長を妨げられるいわれは何処にも無い。生徒だからって言って、好きなら好きでかまわないと思う。」
「相川さん……。」

 始の言葉は、ある意味問題発言満載だったが、ネギは何かを感じ取ったようだ。始は続ける。

「少し話がずれたな。宮崎とか言う娘の話だったな。そうだな……。」
「あ、いえ。僕決めました。」
「……何を。」
「まず、普通にお友達から始めましょうって、そう答えるつもりです。やっぱり恋人とか結婚とか、僕には早いように、そう思うんです。さっきも言った通り、僕にはまだそう言う『好き』って分かりませんから。
 でも相川さんに話を聞いてもらわなかったら、まだうじうじ迷って悩んでたと思います。ありがとうございました。」
「そうか……。」

 始は笑顔で応える。ネギは一生懸命考えて答えを出したのだから、それを否定するつもりは無い。無論、ネギの出した答えは間違いではない。始はネギのその姿勢を評価したのである。
 だが、一つ付け加えることも彼は忘れない。

「しかし、恋人はともかく結婚まで考えてたのか?早いどころじゃないだろう、それは。」
「あ、いえ……。」
「ずいぶんとマセているな、お前は。」
「あ、じゃ、じゃあ僕はしずな先生と打ち合わせがあるので、これでーーー!」

 満面の笑い顔で言う始の台詞に、顔を赤くして逃げ出すネギだった。



「ええ~~~っ!?魔法がバレた~~~!?しかも、あああの朝倉に~~~っ!?」
「は、はい。ぐし……。」

 明日菜の叫び声に、怪我をした猫のケイジを持ったネギは泣きそうな顔で答えた。ちなみに刹那も呆れ半分、同情半分の顔でそれを見ている。麻帆良パパラッチの異名を持つ朝倉和美に、ネギが魔法使いである事がバレてしまったのは、次の様な成り行きであった。
 ネギはその時、宮崎のどかにきちんと返事をするべく、彼女を探していた。だが彼女を見つけたとき、他の女子生徒と会話をしていたため、話が終った後にしようとしばらく時間を置く事にした。
 そしてネギは、ホテルの玄関ロビーに来た。その時ふと表を見遣ると、表の道路の真ん中に猫がぐったりとして血を流して倒れていたのである。彼は慌てて表に飛び出した。どうやら猫は車に引っ掛けられたらしく、ぐったりしていた。彼は呪文を唱える。

『あわわ、大変だ!プラクテ・ビギ・ナル、汝が為にユピテル王の恩寵あれ。治癒。……ふう、間に合ったみたいだね。一応血は止まったけど……ごめんね、僕の魔法じゃここまでしか治せないんだ。骨折とかは、きちんと獣医さんで継いでもらわないと。
 もっと強力な回復魔法を覚えておけばよかったなあ。』
『なあに、兄貴。その一寸だけの回復呪文でも、なんとか助けてやれたんだ。その猫にとっちゃあ命の恩人って奴だぜ。
 やっぱ兄貴は漢の中の漢だぜ、クーッ!』
『……魔法!?オコジョが……しゃべった!?』
『『あ!』』

「と言うわけで、朝倉さんにこの猫の怪我を治す所を見られた上、カモ君が喋る所まで……。ううっ……。」
「記憶は消さなかったのですか?」
「なんとか話し合いで分かってもらえないかと……。最初はそう思ったのですけど……。
 そうこうしている内に、『スクープだ』って騒いで飛んでいっちゃって……。カモ君が後を追ってったんですけど、僕は見失っちゃって……。」
「アンタねえ。あの相川さんや楓ちゃんみたいに、物分りのいい人ばかりじゃ無いのよ?アタシは記憶消すのとか、どっちかと言えば反対な方だけど……朝倉じゃ仕方ないとも思うし。
 けどアンタ、もうダメだわ。朝倉にバレたら、世界中に知られるのと同じ事だよ~~~。アンタ世界中に正体バレて、オコジョにされて強制送還だわ。」

 明日菜はうなだれるネギに止めを刺す。いや、本人はそんなつもりは無いのであろうが。刹那も引き攣り笑いを浮かべている。ネギはガーンと擬音付きでショックを受けて、言葉も無い。彼は猫のケイジを抱きしめて、半泣きになった。
 そこへ当の和美が現れる。なんとその肩にはカモが乗っていた。

「おーいネギ先生。」
「ここにいたか兄貴ー♪」
「うわっ!あ、朝倉さん!?」

 能天気な様子の和美に、明日菜がしかめっ面で注意する。

「ちょっと朝倉。あんまり子供イジメんじゃないわよー。」
「イジメ?何言ってんのよ。てゆーか、あんたの方がガキ嫌いじゃなかったっけ?」
「そうそう、このブンヤの姉さんは俺らの味方なんだぜ。」

 カモが和美をかばう発言をした。その言葉に、ネギを始め、明日菜、刹那は驚いた顔をする。ネギは呆然とした顔のまま、呟いた。

「え……?味方?」
「うんまあ。最初は魔法使いの存在をネタに世界中に売り込んで、私の独占インタビュー記事が新聞、雑誌で引っぱりダコに!人気の出たネギ先生は私のプロデュースでTVドラマ化&ノベライズ化!さらにハリウッドで映画化して世界に進出よーーーっ!」
「あ、あわわ……。そ、そんなのイヤですーーー!!世界とかきょーみないです!」
「……とか夢見てたんだけどね。このカモっちから「そーなったら兄貴がオコジョにされて強制送還だ」って聞いてね。流石にそうなったら寝覚め悪いしねー。
 涙を飲んで、諦めてあげるコトにしたってわけ。それどころか……。」

 和美は言葉を区切って、強調して言った。

「カモっちの熱意にほだされてね。ネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力していくことにしたよ。よろしくね♪」
「え……え~~~!?本当ですか!?」
「……ま、一人で魔法使い社会全体を敵に回す気、更々無いし、ね。」

 和美の最後の台詞は極々小声でサラッと言われたため、和美の肩にいたカモ以外の誰の耳にも留まらなかった。和美は懐から写真の束を取り出す。

「今まで集めた証拠写真も返してあげる♪ハイ。」
「わ、わぁーーーい、やったーーーっ!ありがとうございます朝倉さん。
 よ、よかった。問題が一つ減ったですー。ううっ。」
「よしよしネギ、よかったね。」

 明日菜が感涙に咽ぶネギの頭を撫でた。刹那はその様子を呆れたように見ている。その時は誰も気がつかなかった――和美とカモが、意味ありげに視線を交わした事を。

《ふふふ、カモっち。あとの細工は流々、仕上げを御弄じろってね。》
《へへへ、よろしくな姉さん。》



 さて、その頃始はと言うと――。

「……ふう。ここの露天は凄いな。ああ、いい風だ。」

 ――ネギの気持ちを少しでも楽にしてやれたことに、軽い満足感を覚えつつ、今だけはのんびりと風呂に入っていた。



[4759] 仮面ライダーカリス 第12話 後編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/12/01 22:40
 3-Aの面々は、学園広域生活指導員の新田先生に怒られていた。既に就寝予定時間も過ぎたと言うのに、大声できゃいきゃい騒いで周囲の迷惑になっていたからである。どんな風に騒いでいたかと言うと、修学旅行のお約束である枕投げに始まり、怪談を聞いて「ギャアアアァァァッ!!」と大声を出したり、宮崎のどかがネギ先生に告白したと言うことを聞いた5班の面々が祝杯をあげたり、これもまた修学旅行のお約束のHな話で盛り上がったり……。ぶっちゃけ一般客にはいい迷惑であったりしたりする。そのため、新田先生がブチ切れたのだ。彼は3-Aの面々に捌きを申し渡した。

「まったくお前らは……。昨日は珍しく静かだと思ってれば……。いくら担任のネギ先生がやさしいからと言って、学園広域生活指導員のワシがいる限り、好き勝手はさせんぞ!
 これより朝まで自分の班部屋からの退出禁止!!見つけたらロビーで正座だ、わかったな!」
「え~~~っ!?」
「ロビーで正座ぁーーー!?」

 繰り返し言うが、このホテルには一般客も数は少ないが泊まっている。ロビーなんかで正座してたら、いい晒し者である。
 ちなみにその一般客の一人である始は、と言うと――。

(今の所は何事も無い様だな。だが気を抜くつもりは無い。来るなら来て見ろ。)

 ――ホテルの中で待機していた。彼の場合、予防的行動よりもいざ事が起きた時に急いで駆けつけた方が効率が良い。と言うか、彼の場合個人で動いており、味方といえるネギ達とも連携が取れないから、仕方が無いと言える。彼は気を張って、周囲で何か事件が起こった気配が無いかどうか、感覚を研ぎ澄ませていた。
 しかし湯上りの形で浴衣姿では、かっこつけてもあまり様になっていなかった。



 ホテルの廊下を、3-Aの少女達が2人1組で歩いていた。彼女らは、朝倉和美が提案した「ゲーム」に乗ったのである。そのゲームとは、各班2名ずつの代表者を出し、部屋で寝ているはずのネギとのキスを奪い合う、と言う物だったりした。誰が1番にネギ先生の唇を奪うか、でトトカルチョも行われている。なお互いの力づくの妨害――武器は枕に限られる――もO.K.であり、更には途中で新田先生に捕縛された場合は、そのまま朝までロビーで正座すると言う、参加者にはキビシいゲームだ。しかし参加者達は何か必要以上に熱中していた。ネギは実の所、かなりの人気者なのである。さらに和美は上位入賞者には豪華商品も用意していると約束した。それ故に、参加者達は異様なまでに燃えているのである。ちなみに昼間ネギに告白した5班宮崎のどかも、親友の綾瀬夕映にそそのかされてゲームに参加していたりする。
 実はこのゲーム、和美とカモとの『悪巧み』であった。ホテルの周囲には仮契約用の魔方陣が、カモによって描かれている。これで、このホテル内でネギと口付けを交わした者は、ネギの「魔法使いの従者」に――本人の意思とは関わり無く――なってしまうのである。カモの狙いは、仮契約の時に出現する「仮契約カード」の大量入手であった。実は仮契約を1回仲介すると、ちゃんとした仮契約カード1枚に付き、その仲介したオコジョ妖精にはオコジョ協会より5万オコジョ$が支払われるのである。ちなみに仮契約のキスは、ちゃんと唇同士でしないとならない。そうでなかった場合――たとえば頬っぺたなど――は、スカカードと呼ばれる出来損ないのカードが出てくる事になる。それはさておき、和美とカモの狙いは、ネギと3-A生徒達の大量仮契約による大量のオコジョ$のゲットであった。更に和美の場合はトトカルチョの元締めもやって、更なる儲けを狙っている。
 だが、カモ達の狙いは思わぬ所から崩れる事になる。和美は旅館内各所に仕掛けたカメラからの映像を各班部屋に流しながら、解説者兼トトカルチョの元締めとしてゲームの情報を3-Aの面々に伝えていた。

「え、えーーーと5班宮崎のどかが果敢にもネギ部屋に突入しましたが、どうやらキスは失敗した模様!ネギ先生は逃走しました!各オッズは変わらず……。」
「ね……姉さん。朝倉の姉さん!」
「何よ。」
「何か……。俺っちの目の錯覚かなあ……。ネギの兄貴が5人いるように見えるんだけど。」
「な……!?」

 ゲームのターゲットであるネギが、5人に増えていたのである。これは和美達が意図して企画した物では全く無かった。



 始はホテル内全体を覆う、異様な気配に気が付いた。悪意は感じないので今はまだ危険な物ではなさそうだが、何が起こるかわからない。とりあえず彼はホテル内を見回る事にした。と、そこにネギが現れる。始はそちらに向き直った。

「ああ、相川さん。」
「ネギ少年か。いったいどうした。もう寝ているはずの時間だろう。」
「あの……。お願いがあるんですが。」
「何だ?」

 始は短く訊く。ネギも単刀直入に答えた。

「あの……。キスしてもいいですか?相川さん」
「断る。」

 次の瞬間、ネギは吹き飛んでいた。始の壮絶なまでのローリング・ソバットを側頭部に受けたのだ。ちなみにローリング・ソバットは飛び技だと思っている人が多いが、実は軸足を地面に着けて立ち技として、飛ばずに蹴った方が威力が遥かに高いのである。無論始の蹴りも、威力重視だ。蹴り飛ばされた「ネギ」は言った。

「任務失敗……。ホギ・ヌプリングフィールドでした。」

 ぼむーーーん。

 壮絶に間抜けな音と共に、偽ネギは爆発した。始は嫌な予感がしていたので、手近な調度の影に隠れてその爆発をやり過ごす。彼は呟いた。

「やはり偽者……。やはり人間ではなかったか。最初からおかしな感覚は感じてはいたんだが……。しかしいきなりキスを迫ってくるとは。一体どう言うつもりなんだ?何かのいやがらせか?
 む?これは……。」

 始は爆発跡に落ちていた紙片を拾い上げる。それは人型に切った和紙で、表面には『ホギ・ヌプリングフィールド』と書いてある。始は、ドラマ等の中で陰陽術師がこう言う紙片を使って式神を作り出していたのを思い出す。

(……もしかしたら、昨夜の奴らの嫌がらせではないだろうな。関東系の西洋魔術師達は、このような物は使わないらしいから、少なくとも関西系の術者の手による物だろう。だが何故こんな事を?もしやネギの偽者を使って混乱を誘い、近衛を再び狙うつもりではないだろうか?
 いや、待て。まだ決め付けるのは早い。もしそうだったとしても、落ち着いて対応せねば。だが…この『ホギ・ヌプリングフィールド』とは一体何の事だ?いくらなんでも、お粗末過ぎる。)

 その時彼は今の偽者と同じ気配を複数感じた。

「……まさか。」

 彼は急いでそちらに向かう。すると枕を持った女子生徒に取り囲まれている3人のネギ?が居た。女子生徒達の中に楓の姿を見つけた始は、彼女に問いかける。

「おい長瀬。これは一体何の騒ぎだ。」
《おや始殿。しーーーっ、声が大きいでござるよ。新田先生に見つかってしまったら、ゲームオーバーでござる。
 ……京都に来ていたでござるか?》
「ああ、撮影旅行でな。」
《だから声が大きいと。》

 楓は微かに聞こえる程度の小声で話す。始も囁き返した。

《……お前の事だ。アレが3人全部偽者だってのは分かってるんじゃないのか?》
《まあ、そうでござろうな。気配が微妙に違うでござるし、ネギ坊主がこんな悪ふざけをするとは思えないでござる。でも、コレは遊びでござるからな。だったら遊びに乗るのも、また一興、でござるよ。にんにん。》
《……確かに敵意は感じないが。だが本当に大丈夫か?妙な事件が連発してるそうじゃないか。それと根っこは同じじゃないと、どうして言える。》
《ナニをボソボソ言ってるアルか?とにかくどれでもいーからチューするアル♪》

 割り込んできたのは、中国人留学生古菲である。楓はふっと息を付き、始に向かって肩を竦めて見せる。始は話が見えない。まさか少女達がネギの唇を賭けて争奪戦をしている等とは気づけと言う方が無茶だろう。古菲は楓に向かって言う。

《かえでつかまえるアルー♪》
《あいあい》

 楓は手近な一人のネギ?を捕まえる。古菲は目を瞑り、その頬にキスをした。そしてネギ?は呟いた。

「えーと……。では任務完了ということで……。ミギでした♪」

 ぼうんっ!

「長瀬。そいつら爆発するぞ。気をつけた方がいい。」
「遅いでござるよ……。ケホッ……。」
「きゅう……。」

 爆発の直撃を受けた楓と古菲は伸びてしまう。宙をひらひらと紙型が舞った。
 そこに騒ぎを聞きつけた新田先生が現れる。

「あっ!コラ、何だこの煙はっ!?ごほごほ……。」
「「チューーー♪」」
「ぬげほっ!?」

 残る2人のネギ?は一人が顔面に飛び膝蹴り、一人が腹に頭突きと言う見事な連携で、一撃で新田先生を倒してしまう。新田先生は床に倒れ伏した。のどかと夕映が慌てて持っていた枕に寝かせる。

「あわあわわ、に、新田先生がー……。」
「こうなっては、もはや後戻りできませんね。」
「ネギ君逃げたよーーーっ。ニセモノにキスすると、爆発するのー!?」
「ええいっ、ヤケですわ!追いますわよっ!」

 始は付いていけなくなってきた。なんとなく『若い者には付いていけんわい』とでも言いたげな雰囲気である。始はとりあえずロビーの片隅のソファに楓と古菲を寝かせると、自分も別のソファに座った。彼はゆっくりと大きな溜息を吐く。この騒ぎが何らかの陽動である可能性も消えたわけでは無い。だったら騒ぎその物は静観して、何かが起こった場合に備えた方が良い、と思ったわけだ。
 だが運命は彼を見逃してはくれなかった。ネギ?達の後を追って、女生徒達が走り去った後、その当のネギ?がひょこっとロビーに顔を出したのだ。ネギ?は気絶している楓にキスしようとする。始はその後頭部をどついた。

「いたいですね。」
「気絶して無抵抗の相手にキスしようとする奴には当然だ。……受け答えするだけの知能はあるのか。」
「はあ。なら相川さん、キスさせてください。」
「断る。何故、俺だ。」

 新田先生に捕まって、一足先に正座させられていた2人の女生徒達――長谷川千雨と明石裕奈はそれを聞き、頬を紅く染める。始は頭をかかえた。
 それを隙と見たか、ネギ?は飛びついて来る。だがそこは、人間の姿でもヒューマン・アンデッドの力を持つ男だ。並の人間どころか世界レベルの武術家ですら、このままの姿でも歯が立たない程の力を持っている。増してや中身は最強アンデッド、JOKERだ。いかにネギ?の運動能力が高くとも、どうにかなる物ではない。
 始は音も無くソファから立ち上がると、すっと体を躱す。ネギ?は顔からソファの背もたれに突っ込んでしまう。そこを背中から捕まえて、裏投げで落す――受身が取れないような投げ方で。正座していた千雨と裕奈は、うわちゃー、と言う顔で見ていた。
 ごすっと後頭部から落されたネギ?は呟くように言った。

「……ヌギでした。ではこれにて。」

 ぼむんっ!

「みぎゃっ!」
「ぬうっ!?」

 始はソファの陰に隠れて爆風をやり過ごした。やり過ごしてから、爆発圏内に楓と古菲を寝かせていたような気が、ひしひしとして来たが、気にしないことにする。どうせ爆発にさほど威力は無く、命には全く別状は無い。
 そこへもう一人のネギ?が顔を出した。実は最後のネギ?であるのだが、誰もそんな事は知らない。ネギ?は正座している千雨の所へ行って言葉を発する。

「長谷川さん、キス……。」
「いい加減にしろ、偽者。」

 必殺の右一本拳が、ネギ?の顔面の真ん中、鼻の下――所謂『人中』――に見事なまでに決まる。なお一本拳とは、拳のうち、人差し指の第二間接を突き出した形であり、狭い急所狙いに使われる。崩れ落ちるネギ?を始は引っ掴んで遠くへ投げ飛ばした。ネギ?の声がドップラー効果を伴って響く。

「ヤギでしたあああぁぁぁーーー。」

 ばふーーーん!

 今度は被害者は居なかった。だが始の背中は何か煤けていた。ちなみに助けられた形になった千雨は少し頬を染めている。始は繭をしかめた。

「……ふう。巻き込まれてしまった以上、最後まで行くしかない、と言うわけか。いいだろう、あといくつ居るかは知らないが、全部駆除させてもらおう。」

 始はそう言い放つと、他のネギ?を探して歩き出した。いるかどうかも分からない物を。と言うか、実はもう他にはいないのであるが。



 始はホテルの中を一回りして、ロビーに戻ってきた。そこへ本物のネギが戻ってくる。

「ただいまー。あれ……?何か騒がしいような……。」
「そこに居たか……。……と、本物か。危ない所だった。」
「あれ?相川さん、どうしたんですか?」

 始はあぶなく本物を攻撃する所だった事実を、はるか明後日の方向に振り捨てて、何が起こったかを彼の視点で説明する。

「何かお前のクラスの面々が騒いでいたんだが、な。ゲームだとかなんだとか言っていたな。所が、そこにお前の偽者が多数現れたんだ。で、騒ぎが拡大した。俺はそれに巻き込まれたと言う所だ。
 ところでお前の偽者を倒したんだが、そうしたら爆発して、その後こんな紙型になってしまった。何か思い当たる事は無いか?」

 始は爆発した身代わり達の紙型を、全て回収していた。それをネギに見せる。彼の意図としては、この紙型を見てネギが昨日の襲撃者に思い至ってくれれば、という期待を持っていた。襲撃者とやりあったのは『カリス』であって『始』ではない。だから『始』は千草達襲撃者の事に付いては知らないはずなのである。よって、始は関西呪術協会系の敵対者についての推測を口に出すわけにはいかないのである。
 果たして、ネギの顔色は変わった。だがそれは始の思う様に行ったためではない。ネギは口を開く。

「す、すいません!それ作ったの、僕なんです!」
「は?」
「夜遅く周囲の見回りに出て行くのに――あ、一寸魔法関係の事情があって、ホテルの周りを警戒しないといけないんです――その時に、部屋に僕の姿が無いと色々と他の先生とかが騒ぐかと思って……。
 それで刹……いえ、他の魔法関係者の方から身代わりの紙型をお借りして……。でも書き損じたのはゴミ箱に捨てたはずなのに。どうしてそれが動き出しちゃったんだろう。」

 始は溜息をつく。彼はネギの目の前にしゃがんで視線を合わせると、右手の裏拳でネギの額を軽く、本当に軽く小突いた。彼はネギに注意する。

「ネギ、魔法の道具ってのは、そんなに簡単に捨てたりしても大丈夫なのか?科学の製品でも、捨てるときは必ず決まりを守って捨てないと、環境汚染とかの問題になるぞ。」
「え、あ、で、でも紙だし……。あ。そ、そっか!紙でも魔法の道具なんですよね!?あ、あわわ……大変な事しちゃった。」

 始は苦笑する。彼はネギを小突いた右手を開くと、ネギの頭にぽんと乗せた。

「大失敗だったな。だが、致命的な失敗じゃなかっただけ、まだ良い。取り返しのつかない失敗なんかじゃ無いからな。
 今度の事を教訓にして、同じ失敗はしないようにしろ。同じ失敗したら、今度は本当にゴツンと行くぞ。」
「あ……。」

 そして始は、立ち上がるとネギを自分の後の方へ押しやる。そこには、のどかと夕映が小走りでやって来ていた。始はその事に、気付いていたのだ。
 ネギはのどかに告白の返事を伝えなければならないと言う大仕事が残っている。始は彼らの邪魔をしないように、その場を立ち去った。自室に帰る途中、和美とカモを引き摺った新田先生とすれ違ったが、互いに会釈をして通り過ぎた。
 その後、ネギとのどかが夕映のちょっかいにより事故でキスしてしまったり、3-Aのゲーム参加者、企画者+カモネギの面々が、新田先生により朝まで正座させられたりしたが、そこまでは始の知った事ではなかった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第13話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/12/06 16:31
 修学旅行3日目、今日も始はネギを見張っていた。もう京都に来ていることがネギ達にばれたのに、彼らの前に出ないのは、自身の行動を自由にしておく為だ。そのネギはと言うと、朝からとても張り切っていた。カモを肩に乗せ、彼は呟く。

「よーし。みんなも自由行動だし、今日こそ親書を渡しに行けるぞー。」
「よーやくってカンジだな。」

 ネギは彼を探す女子生徒たちの目を掻い潜ると、ホテルの裏口から脱出した。始もこっそりその後を付いて行く。始の耳に、ネギの声が聞こえた。

「早いとこ関西呪術協会の本山に向かわないと。このかさんは刹那さんに任せてあるし、他の班の事は長瀬さんに一声掛けてあるし、万全だね♪
 さて……。きっとこの親書渡せば、東西が仲良くなるんだよ。」
「そー簡単にいくかな。」
「がんばらなくっちゃ。」

 始は今聞いた台詞の内容について、考える。

(なるほど、ネギ少年に課せられた任務とは、東から西への親書を携えて使者になる事だったのか。東の関東魔法協会理事、近衛近右衛門と、西の関西呪術協会の長、近衛詠春は義理の父親と婿の関係。簡単な任務だと思ったのだろうが……あの呪符使いの女だけならまだしも、あの白髪の少年の様な化け物レベルが妨害に加わるとは思わなかったのだろうな。
 いや……どちらかと言えば、奴らの狙いは親書の妨害よりも近衛木乃香の誘拐と、その『力』の悪用、か。どちらにしても、見通しが甘いと言わざるを得ん。もっと防備を強化すべきだったのだ。ネギ少年の成長を願っての試練であるならば――それでも俺としては面白くないが――陰からでも、もっと護衛を付けるべきだったのだ。西の長その人が味方側、学園長からすれば娘婿だから安心していたのやも知れんが……。
 まあ愚痴を言っても仕方あるまい。俺は頼まれた通りネギを守るだけだ。)

 始が見ていると、ネギとカモは雑談をしながら、明日菜との待ち合わせ場所へ向かっていた。だが、待ち合わせ場所に着いても、明日菜の姿は見えない。どうやら彼女はネギとの約束に遅刻しているらしい。
 ネギは明日菜の姿を探してキョロキョロしている。それを離れた所から見ていた始は、ネギの後から一団の女生徒達が近付いていくのに気付いた。その中には、ネギが探していた明日菜の姿もある。彼女らはネギに声を掛けた。

「ネーギ先生(はぁと)」
「え?」
「へへー。」
「わあ~~~っ、皆さんかわいいお洋服ですねー。」

 その一団は、明日菜以下5班のメンバー達だった。皆、可愛らしく着飾っている。ネギは彼女等の服装を褒めた後で、我に返り、小声で明日菜に詰め寄る。

《なな何でアスナさん以外の人がいるんですか~~~っ!?》
《ゴメン、出掛けにパルに見つかっちゃったのよー。》

 ネギ達は右往左往した挙句、とりあえずは仕方無しに一緒に行動する事になったようだった。大方、後からネギと明日菜は他の面々を撒くつもりなのだろう。わいわいがやがや騒ぎながら、その一団は一塊になって歩いて行く。始は、不自然では無い様子を装って、少し離れてその一行の後を付いていった。



 ネギ達一同は、ホテル近隣のゲームセンターへ来ていた。始は同じゲームセンターへ入り、対戦3D格闘ゲームの台に座って、彼らの様子を見る。彼の鋭い耳は、カモの囁くような声を捉えていた。

《姐さん、兄貴、チャンスだぜ!とりあえず何かゲームでもやって、スキを見て抜け出そうぜ。》
「う、うん。」
「そうねー。」

 ネギ達は5班の面々が集まっている所へ歩いていった。それを始はさりげなく視線だけで追う。無論、彼等がこっそり抜け出す様なときは同じくこっそり付いて行くためだ。
 彼らはどうやら、魔法使いになって戦う、対戦型カードゲームのゲームセンター版をやる様だ。ネギは初心者ながら、なかなかの腕前を見せているらしい。と、そこへ対戦の挑戦者が現れた。どうも地元の子供の様だ。彼はやや深目につばの無い帽子を被っていて、学ランを着崩している。ギャラリーと化している5班の面々は、ネギに声援を送った。

「ネギ君がんばれー♪」
「地元の子なんかに負けるなー!関東の意地、見せてやれー。」
「よ、よーし。」

 声援を受けて、ネギもその気になっていた。それを離れた所から眺めていた始だったが、その視線はキツい物になっている。視線の方向は、今はネギではなくその地元の少年に向いていた。始は不審に思う。

(あの少年からは、人間以外の感じがする。あの刹那とか言った少女とはまた別の『物』だが……。『今』こんなときに、そんな者がネギ少年に近付いて来るなど、偶然なのか?……いや、疑ってかかった方がいいだろうな。)

 『地元の少年』はそのゲームでネギを下した。残念がるネギにその少年は意味ありげな台詞を言い放つ。

「なかなかやるなあ、あんた。でも……魔法使いとしてはまだまだやけどな。」
「え……。うん……どうも。」

 その台詞は、その『魔法使いになって戦うゲーム』の事だと思えばどうと言う事はない。だが、ネギが魔法使いだと知っている者にとっては、疑おうと思えば疑える台詞だ。なおかつ、始はその『少年』が只者で無さそうな事に気付いている。
 その『地元の少年』は、ネギとの対戦を終らせた後、小走りでゲームセンターを出て行こうとした。その時、彼はたまたま宮崎のどかとぶつかって、互いに尻餅を突いてしまう。少年の帽子が脱げた。

「!……やはり、か。」

 それを見ていた始は呟く。帽子の下からは、一瞬だけだが髪の毛の間から、犬の耳の様な物が飛び出していたのである。少年は帽子を被りなおし、のどかに軽く謝ると、ダッシュでゲームセンターを走り出て行った。
 始は少々迷う。勘に従いあの『地元の少年』の後を追うか、それとも方針変更をせずにネギに付いて行くか。だが彼は、やはり自分の勘を信じることにした。いくら何でも、あの少年は外連味がありすぎる。始はすっと音も立てず、自分の座っていた椅子から立ち上がると、素早くゲームセンターを出て行った。どうせネギ達の行く先は知っている。関西呪術協会本山の場所は、一応住所程度なら知っているから、始は行こうと思えば行けるのだ。何故住所を知っているかと言えば、今まで彼がカリスとして捕らえた相手から、尋問の結果聞いているからである。何はともあれ、始はあの少年の後を追った。



 『地元の少年』――犬上小太郎は、一寸した偵察を終えて仲間の待つ路地裏まで戻ってきた。一応周囲を警戒しながら来たが、附けられた様子はなかった。少なくとも小太郎には、そのような気配は感じ取れなかった。彼は仲間の親玉――天ヶ崎千草に短く報告する。

「やっぱ名字、スプリングフィールドやて。」
「フン。やはり……。あのサウザンドマスターの息子やったか……。それやったら相手にとって不足はないなぁ。」

 千草は嘲笑するように微笑む。

「ふふ……。坊や達……。一昨日のカリは……。」
「まって。」

 千草の台詞を、傍らに立っていた白髪の少年が止める。彼は路地の入り口の方を向いて言った。

「そこに隠れているのはわかってる。でてきたまえよ。」
「……。」

『チェンジ』

 電子音声が響いた。路地の入り口から、1人の人影が歩み入ってくる。黒を基調とした身体に銀色のプロテクター、紅い複眼……カリスである。カリスは白髪の少年に向かって言葉を発した。

『……隠行には自信があったんだがな。』
「……熱源感知の簡易結界魔法だよ。体温を持つ生き物に反応する。」
『そうか。』

 それっきり2人とも黙って睨み合う。だが沈黙に耐え切れなり、かつ無視される形になった千草がいきなり切れる。

「な……なんや、なんやのアンタはぁ!こら新入り!ウチはあの坊や達だけやなく、こいつにもカリがあるんや。でーっかいのが、な!」
『借りはこちら側……と言うよりも、学園の生徒達、特に近衛木乃香やネギ・スプリングフィールド達の方が多いと思うぞ。お前達のは「借り」でもなんでもない。無法を働いた結果の、ただの自業自得だ。』
「な、なあ。あいつ誰や?なんやヒーローかぶれの格好しよってからに。」

 小太郎の疑問に答えたのは、やはり白髪の少年だった。

「……仮面ライダー・カリスを名乗る人物。麻帆良学園都市に巣食う謎の存在。だがその実力は『仮面ライダー』を名乗るに相応しい、と言うよりも非常識なレベル。僕のツテで分かったのは、このぐらいだね。」
「ええ歳して、ライダーごっこかいな!?ヒーローかぶれも程々にせんと、痛い目遭うえ!?」

 千草が嫌味ったらしく言葉を紡ぐ。その眼差しはきつい。千草が攻撃的になっている理由は、やはり前回殺気をぶつけられた事で、怯えてしまったのが自分自身腹に据えかねる、と言ったわけだろうか。だがその千草の前に、ひらひらした服を着た眼鏡の少女が、すっと音もさせず、守るように立ちはだかる。千草は怪訝そうに問うた。

「月詠はん?」
「油断したらあきまへんえ~。この方、格好はふざけとりますけど、できますえ~。」

 少女――月詠は何処からとも無く取り出した二刀を、油断無く構える。眼鏡越しの視線は全く油断が無い。いや、強敵と殺りあえる喜びすら、若干見て取れる。だが彼らを止めたのは白髪の少年だった。彼は仲間に向かって言う。

「貴方達は、作戦通りネギ・スプリングフィールドの足止めと近衛木乃香の奪取に向かって下さい。ここは僕が彼と戦います。」
『……。』
「そ、そやけど新入り……。」
「行って下さい。」

 白髪の少年は冷たい声音で言う。千草達は一見不承不承ながら、その『意見』に従った。千草達はカリスの横を通り過ぎて、路地裏から出て行く。白髪の少年と睨み合っているカリスは、それをあえて見逃す。

「新入り!そいつギッタンギッタンにしてやりぃ!」
「了解。」

 彼は千草の捨て台詞にも律儀に返す。そんな彼に、カリスが尋ねる。

『名前を聞いておこうか。』
「……フェイト・アーウェルンクス。良かったのかい?行かせてしまって。」
『止めようとしたら、お前が魔法を使っていたはずだろう。仲間を巻き込んでも、な。』

 白髪の少年――フェイトは、人形の様な無表情ながら、感心したような様子を見せる。一方のカリスは、続けて言った。

『それに……。一番足止めしたかった奴は、残ってくれたしな。
 ……見た目通りの年齢じゃないな?それに……。それに真っ当な人間とは違う感覚がある。』

 カリスのアンデッドとしての感覚は、フェイトのその姿から違和感を感じ取っていた。その見た目の年齢、人間型でなおかつ少年型のその風貌――フェイトから感じる力や空気は、それらを大きく裏切っている。
 フェイトはカリスの問いかけ……と言うより確認をあっさりと無視すると、自然体で立った。一方のカリスは、醒弓カリスアローを白兵戦用の武器として構える。2人はしばらく動かずに睨み合っていた。
 カリスの見立てでは、他の連中はネギ達でどうにか相手になる。だがこの少年、フェイトは無理だ。他の連中を逃がしてしまっても、フェイトを足止めできるなら――あるいは倒してしまえるなら――お釣りが来ると言う物だ。
 突然フェイトが動いた。

「足止め?僕は君をここで倒すつもりなんだけどね。」
『!……ほう。』

 フェイトは一瞬にして、瞬間移動のように間合いを詰めると、拳を放つ。だがカリスはそれを見切って小手返しで落した。フェイトは地面に叩きつけられる前に身をひねり、しゃがむような姿勢で着地、そのまま素早く足払いを放つ。だがその足払いは、カリスの足のプロテクターにぶち当たると、金属的な音を響かせただけで終る。フェイトからすれば、まるで大樹でも蹴ったかのような感覚だったろう。
 次にカリスが動いた。予備動作無しで、思い切りフェイトを殴る。だがその拳は、魔力の障壁に阻まれ、フェイトまで届かない。フェイトは呟く。

「無駄だよ。」
『そうでもない。』

 カリスの、自分の呟きに対する答えに、フェイトは目を見開く。カリスの拳は、フェイトの魔力障壁の強さを確認するためだけに放たれたのだ。カリスは蹴りでもフェイトの障壁には通じない、と見たのか、醒弓カリスアローで斬りつける。フェイトは体を躱す。いくら自分の障壁強度に自信を持ってはいても、相手がそれを知った上で繰り出してくる武器攻撃を受ける気は更々無かった。
 フェイトはカリスの懐に入り、体を入れた肘打ちを見舞う。だがカリスは身体を最低限動かしただけで、プロテクター部分で受ける。彼はカリスアローの切っ先を突くように使って、フェイトに一撃入れた。障壁が貫かれる。障壁を破るのに威力とスピードを大きく削がれた一撃を、フェイトは顔を逸らして回避した。
 続けて、カリスが相手を障壁ごと浮かせようと蹴りを放ったと同時に、フェイトは大きく跳び退る。丁度2人の行動が噛み合った形になり、フェイトの身体は予想以上に飛ばされた。彼はこれを好機と見たか、呪文詠唱を開始する。

「ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。時を奪う毒の吐息を。石の息吹。」

 だがカリスも同時に、カリスアローから光の矢を射ていた。これは単なるレーザー光なので、透明な障壁では防ぐ事はできない。フェイトは右肩に直撃を食らう。

「!……障壁で威力を減免できないとは。だが……!?」

 カリスは光の矢を射ると同時に、跳躍して建物の壁を使い、三角跳びの要領でフェイトの背後へと着地した。カリスのジャンプ力はひと飛び45mもある。この様な芸当は朝飯前だった。無論、発動した『石の息吹』の呪文の効果範囲に満ちる、石化の毒煙からはあっさりと逃れている。
 フェイトはうつ伏せに身を躱し、カリスアローの斬撃から逃れる。そのまま彼は前に身体を投げ出し、カリスと距離を取ったかと思うと、再び瞬間移動の様に動いて、カリスに鉄拳を叩き込もうとする。だがカリスの複眼の、驚異的な動体視力、解析力は、それを見切っていた。彼はカリスアローを振り切った姿勢から、そのまま回し蹴りに繋げる。瞬動術でカリスの眼前に飛び込もうとしていたフェイトは、カウンターで蹴りを喰らった。瞬動術にタイミングを合わせられた蹴りの威力は凄まじく、フェイトの強固な障壁も貫かれた。障壁により威力を減免させられているとは言え、回し蹴りがフェイトの顔面に炸裂する。彼は吹き飛んだ。
 フェイトはゆらりと立ち上がり、呟く。

「……身体に直接、蹴りを入れられたのは……初めてだよ。仮面ライダー、カリス……!
 ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト……。」

 ギラリとカリスを睨むと、フェイトは呪文を詠唱し始めた。カリスはベルトのラウザーをカリスアローにセットすると、カードホルダーから3枚のカードを取り出す。カリスはそのカードを順番にラウズし始めた。

『フロート』『ドリル』『トルネード』

 3枚のカードのイメージが、立体映像の様にカリスの背後に現れ、カリスの身体に転写吸収されていく。電子音声が響いた。

『スピニングダンス』

 カリスの身体は、その周囲に発生した竜巻に飲まれグルグルと回転しながら宙に舞い上がる。カリスはそのまま、相手を幻惑するかの様にフェイトの周囲を舞った。フェイトは唱え終わった呪文をそのまま遅延呪文として保持し、いつでも発動できるように構えていた。
 そしてカリスは竜巻と共に高速回転しながら、急降下してフェイトにキックを放つ。フェイトは何とか惑わされる事無く、カリスの攻撃に合わせて魔法を解き放った。

「石の槍……!」

 フェイトの周囲の地面から何本もの石の槍が、『スピニングダンス』で突っ込んでくるカリスに向けて伸びていく。今回戦った場所が路地裏と狭かったためもあり、カリスはフェイトに確実にキックの軌道を読まれていた。石の槍が、カリスを貫かんと迫る。
 だが威力は『スピニングダンス』の方が遥かに高かった。カリスの必殺の回転キックは、「石の槍」をそれこそドリルの様に削り取りながら、フェイトに直撃した。フェイトの胴体が千切れ飛ぶ。
 しかしフェイトはその状態で呟いた。見ると、身体の轢断面は水になって弾けている。

「引っ掛かったね。」

 そして地面に降り立ったカリスの死角から、呪文詠唱が響いた。

「ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト!小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ!その光、我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ!石化の邪眼!」

 何者をも石化させる光線が、背後からカリスに迫る。だが、電子音声が響く方が若干早かった。

『引っ掛かったな。』

『リフレクト』

 カリスの身体が一瞬、鏡面になる。光線は、その鏡に跳ね返ったかのように、放ったフェイト目掛けて直撃した。フェイトの身体は石化を始める。彼は不審そうに呟いた。

「……どうして?」

 これは、どうして自分の思惑に気付いたのか、と言う意味である。カリスの反射技、『モスリフレクト』は、あらかじめフェイトの作戦を知っていなければ間に合うタイミングでは無かった。
 フェイトは必殺魔法である「石の槍」を、カリスが倒せればそれでよし、倒せない場合でもカリスの最大限の攻撃を偽者相手に引き出すための、囮技として使ったのである。そしてカリスが必殺技を放った直後の隙を見計らい、本番である「石化の邪眼」を満を持して使用した。これでカリスは今度こそ石化するはずであった。
 だがカリスは、反射技と言う反則すれすれの防御技を持っていた。持っていただけでなく、あらかじめ使えるように用意していたか、あるいは心構えができていた事になる。フェイトはその事が不思議であった。そんなフェイトに、カリスは答える。

『……戦闘中、気配が分裂した。偽者……いや幻覚か?それにも本物そっくりの気配を持たせる技量はたいした物だ。だが俺には通じん。』

 カリス――JOKERが姿を借りている、本来の「カリス」はカテゴリーAにして、カテゴリーKにすら匹敵する強力なアンデッドである。特にその超感覚や解析能力は、恐ろしく優れた物がある。カリスは、目の前の「石の槍」の中心にいたフェイトが偽者であり、自分の死角――とフェイトは思っていた――に隠れた方の気配が本物のフェイトである事を、あらかじめ見抜いていたのだ。
 だがカリスが急に『スピニングダンス』の相手を変更しては、下手をすると「石の槍」に撃墜されかねない。だから着地後すかさずハートの8、『リフレクトモス』のカードを使用したのだ。言わば『スピニングダンス』は囮技、本命は『モスリフレクト』の方であったと言える。奇しくもそれは必殺魔法を囮技に使った、フェイトの作戦に似通っていた。
 フェイトはこの場での敗北を認める。彼は胸まで石化しており、今なおその石化は進行中だ。彼は自分自身の石化魔法に全力でレジストしながら、カリスに見えないように自分の足元に水を撒く。

「……分が悪いようだね。退却させてもらうよ。」
『……。』

 カリスは黙って、カリスアローから光の矢を射る。フェイトは射抜かれる直前、足元から立ち上った水に取り込まれて、その場から消えていった。



 カリスはハートの2のカードを取り出す。そしてそのカードを、ベルトに戻したラウザーにラウズする。

『スピリット』

 電子音声が響き、ドアほどの大きさの光の壁が現れる。彼がそれを潜り抜けると、カリスの姿は一瞬にして始に変わっていた。始は考える。

(逃げられたか……。まあいい、あの様子では少なくともしばらくちょっかいを掛けては来れないだろう。自分で石化魔法を使えると言うことは、石化解除の方法も持っているのかも知れんが。まあ、しばらくは時間が稼げたろう。倒してしまえれば良かったんだが……。まだ『切り札』を残していた方が良い様にも思ったしな。
 さて、ネギを追うか。さすがにもうゲームセンターには居ないだろう。先回りする事になるかも知れないが、関西呪術協会の本山へ向かうとするか。)

 彼はバイクを取りに、一度ホテルへ戻って行った。



[4759] 仮面ライダーカリス 第14話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/12/20 13:34
 始は望遠レンズを装着したカメラを望遠鏡代わりに使って、ネギ達の様子を見ていた。彼がネギ達を発見した際、ネギ達は清流の中にある大岩の上で、3人で一休みしている所だった。その3人とは、1人はネギ当人、1人は明日菜、そしてもう1人は何故か宮崎のどかだった。彼女は昨日、ネギに告白した女生徒である。ああ、そう言えば3人だけじゃなく、カモも居た。
 どうやらのどかにも、ネギの魔法はバレてしまったらしい。始は、こんな調子でどんどん魔法がバレていったら大丈夫なのか、ネギの事が心配になった。彼はネギがいくら天才少年だからと言って、子供に大人と同じオコジョ化の刑罰を課す事には反対である。だが厳然たる事実として、彼がいくら反対の気持ちを持っていようと、魔法使い達の社会に於いては、それは制度として成り立っているのである。はっきり言って、もしそうなったときには、ネギを連れて逃げるぐらいの行動しか取り様が無い。その場合、ネギの魔法使いとしての未来を閉ざす事にもなるだろう。もしオコジョ化の期間がさほど長く無いなら、素直にオコジョになるのも現実的な妥協点の一つではあるかもしれない。
 始はそんな事をつらつらと考えながら、彼らの様子を伺っていた。彼の見るところ、ネギは若干負傷しているようである。だが致命的な事にはなっていない所を見ると、なんとか切り抜けることはできたようだ。フェイトを足止めしていた事が、良い方向に働いたのならば良いが、と始は思った。その時、女の子の声が響く。

「おーい、アスナー。」
「このか!?来たの!?」

 その声は、近衛木乃香の物であった。だが、その周囲には桜咲刹那だけかと思いきや、3人程余計な人物が付いてきていた。朝倉和美、早乙女ハルナ、綾瀬夕映の3名である。どうやら、木乃香を連れてネギ達と合流するために逃げようとした刹那を、なんらかの方法で附けて来た様だ。彼らに捕まってしまった当の刹那は、呆然としているのが始にも見て取れた。
 ネギ達はやがて関西呪術協会本山の入り口の方向へ歩き出した。途中、明日菜が和美と刹那、特に和美に食って掛かっている。危険を理解せず、刹那に無理矢理付いてきた事に腹を立てているようだ。刹那は捕まってしまった事に対し、恐縮している模様である。だが和美の側は暖簾に腕押し、豆腐にかすがい、糠に釘。彼女には気にした様子はさっぱり無かった。
 始はふと何かの気配に気付く。彼はカメラをカメラバッグにしまった。そして一枚のカードを取り出す。そのカードはハートのA、『チェンジ・マンティス』のカードである。いつの間にか、始の腰周りにはごついベルトが出現していた。彼は呟くように言う。

「変身。」

『チェンジ』

 始がカードをベルトのバックル部分、カリスラウザーにラウズすると電子音声が響き、彼は一瞬にしてカリスへとその姿を変えていた。カリスは森の中へその身を踊らせた。



 天ヶ崎千草は苛立っていた。彼女の目的の為に、木乃香をその手に収めねばならないと言うのに、木乃香を含むネギ一党は関西呪術協会本山へと向かっているのだ。もし本山へ入られてしまえば、本山を包む結界により、木乃香に手を出すことは困難、否、至難となる。更に言えば、木乃香の父親である近衛詠春は関西呪術協会の長にして親関東派筆頭だ。木乃香の事だけでなく、彼にネギが携える東からの親書が渡ってしまえば、政治的にまずい。東と西、両協会の手打ちの形式が整ってしまうのも、千草の目的からすれば腹立たしい事である。
 そんな大変な時だと言うのに、小太郎とフェイトが一時的とは言え、戦闘不能であるのだ。決定的に手駒が足りなかった。2人とも、そう時を置かず復帰できるが、頭数が必要なのは今この時だった。

「……そやけど、親書よりもまずはお嬢様やわ。本山の結界に入る前に、なんとしても手に入れんとあきまへん。月詠はん、戦力は足りんかもやけど強襲をかけるえ。」
「小太郎はんもボロボロにされてしもて、あの新入りのフェイトはんも自分の術、跳ね返されて、身体半分石にされてしもて……。フェイトはんが召喚したこの鬼はん数に入れても、確かに戦力は足りまへんなあ。そやけど、それも一興。刹那センパイは任せてくれはって結構どすえ。」
「後はウチの式神でなんとかするえ。猿鬼と熊鬼ほどではなくとも、数を揃えて攪乱しますえ。その間に隙を付いて、お嬢様を手に入れますのんや。」
『なるほど。それしかあるまいな。だが無理がある。成功の見込みは殆ど無いぞ。』

 男の声に、千草と月詠は仰天し、そちらを向く。そこには黒い影が立っていた。漆黒の身体に銀のプロテクター、真紅の複眼。言わずと知れたカリスである。月詠はすかさず身構える。千草はフェイトの召喚した鬼――と言うより悪魔――ルビカンテに命じ、自分の前に立たせ、呪符を取り出した。
 カリスはその様子を見て、言った。

『やめておけ。』
「何を……ッ!」
「女の子やないのんが一寸残念なんやけど……。強い相手と戦りあうんは望む所ですえ~。」
『フゥ……。』

 カリスは溜息をつき、肩を竦めた。と、彼はいきなりカリスアロー片手にルビカンテに斬りかかる。ルビカンテは鉈の様な剣で受けようとした。だがその一撃は重く、受けたその剣ごと一撃の元に切り裂かれる。ルビカンテはあっと言う間に消滅――返されてしまった。
 ルビカンテが返されたその一瞬、それを隙と見て、月詠が双刀で斬りかかった。だがしかし、カリスは余裕で受けた。月詠は流石に己の武器を破壊される事は無かったが、受けられた衝撃で体勢を崩す。月詠は一度体勢を整えようと、必死で飛び退る。
 カリスは追い討ちを掛けようとしなかった。千草が呪符を発動させて火炎弾を連射したのを見て取っていたからだ。だがその火炎弾をもカリスは余裕で躱すか、あるいはカリスアローで斬り落す。続けて型紙を取り出して式神を召喚しようとする千草だったが、カリスはその取り出した型紙を光の矢で狙い打ちし、焼き尽くす。
 月詠は再び体勢を立て直して、襲い掛かって来た。カリスは立ち位置をコントロールして、自分と千草の間に月詠が入るようにしてみせる。これで千草は下手な術は放てない。更にカリスは、千草が式神の型紙を取り出そうとする度に、月詠との白兵戦を続けながら光の矢で射て牽制してみせると言う離れ業までやってみせた。
 はっきり言って、レベルが違い過ぎた。千草達は、遊ばれている、と感じたかもしれない。だがそれは間違いである。カリスは遊んでなどいない。カリスには相手を弄ぶ趣味など無い。しばらく戦ってから、カリスは言葉を発した。

『……さて。もういいだろう。そろそろネギ達は本山へ入った頃合だ。』
「「!!」」
『どうする。まだ続けるか?』

 カリスの目的は、単に時間稼ぎであった。もっとも、相手をできるだけ無傷で捕らえようと言う欲目も無いでは無かったが。千草達を殺さずに捕らえ、関西呪術協会への裏切り者として本山へ引き渡せば、関西の協会への足掛りが出来る。そこから例のモノリスを関西呪術協会が隠し持っていないか確認する腹積もりが、無かったとは言えない。だが、あくまで目的の第1は、ネギ達が本山へ入るまでの時間稼ぎであった。
 カリスの言葉に、千草は動揺を見せる。それとは反対に、動揺を見せないのが月詠だ。これは月詠の目的が強敵――できれば女の子――と戦う事であって、千草は単なる雇い主に過ぎないためである。当然彼女にとっては千草の目的それ自体はどうでも良い事であるのだ。
 カリスは続けて言う。

『……まだ続けるならば、相応の覚悟をしろ。』
「「!!」」

 カリスの雰囲気が変わった。先程までは普通の雰囲気――それでもある程度の闘気は放っていたが――だったが、今はまさに殺気と言える物をその身に纏っていた。場数をこなしている剣士である月詠はびくりと一瞬身を震わせただけで済んだが、千草の方はそうは行かなかった。千草の膝は笑い、まともに立っていられるのが不思議なぐらいだ。だがそれでも、千草は必死の気迫で、座り込んでしまいそうな己の身体に叱咤し、その場に立ち続けた。
 彼女は言った。

「仕方ありまへんなあ。ここは一時、退かせてもらう事にしますえ。月詠はん!」
「はあ。うちはもう少し戦ってもええんやけど……。わかりましたえ~。」

 千草達はその身を翻すと、逃走した。カリスはそれを追わなかった。やがて彼は振り返ると、藪の中に向かい、呟くように言う。

『さて、第3ラウンドと行くか?』

 その手は、カードホルダーへと伸びている。千草達との一戦では、使おうともしなかったカードを使う気だ。そんなカリスに、平板な感情を感じさせない声が届く。

「いや、ここは雇い主たちを逃がせた事だけで満足しておくよ。」
『そうか。』

 声と共に、藪の陰から出てきたのはフェイトであった。カリスが千草達を見逃したのは、フェイトの気配――人間とは思えない異質なソレ――を感じ取っていたからだ。もはやフェイトの身体には、石化の跡も無い。もっともこれはカリスとて予想はしていた事だ。若干ながら予想より早かったと言えば言えるが。
 フェイトは続ける。

「君と戦り合っては、正直勝てるかどうか怪しいからね。こんな瑣末な仕事で、万が一倒されてしまうわけにも行かない。」
『そうか。俺もお前と戦うのは面倒だ。致命打を与えたと思っても、転移術で逃げられてしまうからな。
 それにお前との戦いでは、互いの手の内、手札を1枚ずつ曝しあっているような物だ。今度は俺の技に、何か対策を立てて来たんだろう。』

 フェイトはそれには答えず、踵を返す。彼は立ち去った――転移魔法を使わずに、歩いてだ。無論、いつでも転移魔法を使う準備はできている。カリスが襲い掛かって来た時にはすかさず転移魔法で逃げるつもりだ。カリスもその事は理解している。本来であれば、カリスはこの場でフェイトは倒してしまいたかったのであるが、単純な戦闘能力であればともかく、逃げ足に関してはフェイトに及ばない。ここで無理に戦っても、いざとなれば又フェイトは逃げてしまうだけだろう。だからこの場は後を追わなかったのである。
 次にフェイトと戦うとなれば、どうしても戦いが避けられない状況下においてだろう。たとえば木乃香が攫われるなり、圧倒的戦力が相手に付くなりの状況においてである。それまではおそらく、カリスの側はともかくフェイト側はカリスとの戦いは避けるだろう。
 周囲に他人の気配が無くなったのを確認して、カリスはハートの2のカードを取り出してラウズした。電子音声が響く。

『スピリット』

 ドア程度の大きさの光の壁が、カリスの傍らに現れる。カリスがそれを潜り抜けると、その姿は一瞬にして相川始の物に変身した。始は心の中だけで思う。

(……本当なら、今の内に倒して置きたかったが、な。奴は危険だ。いつもいつも俺がネギ少年達の傍にいられるわけではない。本山の中ならば、まず安全だと思いはするが……。俺では流石に本山の中まで付いていけるわけでは無いからな。)

 始は自分の荷物とバイクを置いてある方へ歩いていった。これから彼は、呪術協会本山の結界の外で、ひたすら待ちの姿勢である。うっかり彼自身が結界に侵入してしまうわけにもいかないのだ。



[4759] 仮面ライダーカリス 第15話 前編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2008/12/24 10:44
 夜も更けてきた。始は野営の準備を済ませている。ホテルのフロントには、事情により帰るのが遅くなると携帯電話で連絡を入れた。彼は時折望遠レンズを装着したカメラを望遠鏡代わりに本山の様子を伺うが、特に変わった様子は無かった。
 始は、こう言う張り込みは苦にならない。動物写真家としてのキャリアが物を言っている。彼は来るかもわからないシャッターチャンスが来るまで、藪の中で何時間でも粘る事もある。これも、それと同じだ。彼は起こるかどうかもわからない緊急事態に備えて、じっと待ち続けた。
 だが不安要素もある。それは関西呪術協会の本山周囲に張り巡らされている守護結界の事だ。それは害意有る者を防ぐ他、他者の侵入を感知するなど、余程の事が無い限り頼りになる代物である。だが始にとっては、本山の中の様子を気配で探り難くなる厄介な代物でもあった。外部からの魔法的探知――魔法による覗きやスパイ行為を防ぐための機能の副産物として、気配などによる探知も妨害されるのである。厳密には、アンデッドとしての超感覚は気配の探知とは異なるのだが、それでも幾許かなりの影響を受けていた。
 ふと彼は妙な事に気付く。本山の様子が静か過ぎるのだ。もう完全に寝入っている頃合だとは思えない。彼は下唇を噛んだ。

(……やられたかもしれん。)

 彼は一瞬で決断を下すとバイクに跨り、ハートのA、『チェンジ・マンティス』のカードを取り出した。そして躊躇無く、出現させたベルトのバックルにラウズする。電子音声が響いた。

『チェンジ』

 始の姿は、一瞬にしてカリスへと変身していた。乗っていたバイクも、シャドーチェイサーに変形している。彼は即座にシャドーチェイサーを発進させた。目的地は関西呪術協会の本山、その中枢である。



 カリスが本山の建物に到着した時、そこは相変わらず静寂に包まれていた。カリスが結界を破った、と言うのにである。ここが健全な状態であれば、カリスが結界を突破して侵入して来た事は既に知られているはずだ。だが誰一人として対処しようともしない。

(やはりやられたか……。)

 カリスは建物の中に土足で入り込む。するといきなり1体の石像が、廊下のど真ん中に突っ立っていた。――石化した人間である。カリスはその人間と面識は無かったが、顔は写真で知っていた。

(……西の長、近衛詠春。こいつまでこの様と言う事は……。石化と言うことは、やはりフェイトだろうか。奴の気配は妙に『薄い』からな。本山の結界の影響も鑑みれば、気付けなかったのは止むを得ない仕儀とも言えるが……。やはり失態だったな……。
 奴を叩いておいた方が良かったか?……無理だな。転移術を使った、奴の逃げ足には追いつけん。それより、ここがこの様と言う事は……もはや奴はここには居ない?)

 彼は「カリス」としての感覚を全開にして、周囲を探った。「相川始」ではなく「カリス」の超感覚をもってすれば、本山の守護結界による探知障害も問題ないとまでは言わないが、ある程度減免できる。と、彼の感覚に馴染みのある気配が引っ掛かった。ネギ達である。正確には、ネギと明日菜、それに刹那だ。それとカモ。彼等は全速力で、何処かへ移動しつつある。カリスは停めておいたシャドーチェイサーまで戻ると、ネギ達を追うために急発進させた。



 明日菜と刹那は、攫われた木乃香を助けるためにネギとカモだけを先に行かせ、2人だけで千草が召喚した150体程の鬼達と渡り合っていた。千草は自分達が逃走するための足止めとして、木乃香の魔力を使って、手当たり次第に鬼を召喚していったのである。
 2人とも、鬼達の攻撃をよくしのいでいる。既に150体のうち半数は倒して返すことに成功していた。だが鬼達の中にも腕の立つ者がいる。それ等が前面に出てきて、彼女らは徐々に押され始めた。

「大丈夫ですか、明日菜さん……。」
「はぁ、はぁ、大丈夫。……でも、この人(?)強い……。」
『平安の昔と違って、「気」やら「魔力」を操れるようになった人間はしぶといな。しかし、いつまで持つか……。』

 明日菜に対峙している鬼の1体がそう呟く。烏族と呼ばれる、鬼の中でもエリート階級だ。見た目はカラス人間で、剣技に優れる。刹那がサポートに入ろうとするが、別の鬼達がそれを許さない。刹那は心の中で呟く。

(こいつらも別格か……。)

 明日菜はよくやってはいるが、所詮は素人だ。本物の達人級の相手に対しては、分が悪い。明日菜が武器として使っているハリセンは、ネギとの仮契約の証として授与されたアイテムであり、触れた魔力を破壊、消失させる力を持つ。敵が召喚された魔物や式神等であれば、一撃で「返す」事が可能である。その名も『ハマノツルギ』。しかしいくら強力な武器であっても、いくらこの相手の鬼達に対し相性の良い武器であっても、相手に当たらなければどうしようも無いのである。
 刹那は自分の相手達をまず片付けてしまおうとするが、相手は達人級だ。下手をすると、自分が倒されてしまいかねない危さが有る。うかつには動けない。明日菜がなんとか持ち堪えてくれる事を祈るしか無かった。
 と、その時である。バイクのエンジン音が聞こえた。烏族も、他の鬼達もそちらに気を取られる。もっともそこは達人レベルだけあって、明日菜や刹那に隙は見せない。明日菜や刹那は、どこかでその独特のエンジン音に聞き覚えがあるような気がした。そんな気がしたのも道理、それはカリスのシャドーチェイサーであった。
 シャドーチェイサーは、戦場になっている川を見下ろす崖の上から跳躍した。そして1体の鬼をクッションにして着地する。潰された鬼は、あえなく「返され」た。そしてそのままシャドーチェイサーはカリスの車体捌きに従い、戦場である川の中を縦横に走り回る。更に、当たるを幸い鬼達を轢き潰し、跳ね飛ばししていく。数体居る親玉級の大鬼の内1体が、その前に立ちはだかる。その大鬼は巨大な棍棒を振り上げて、マシンの上にいるカリスを叩き潰そうとした。

『女子供は殺さん様に言われとるが、手前は別やな。本気でやらせてもらうでぇ!』
『……。』

 カリスはマシンをスピンさせると、自分の片足を軸にその後輪を浮かせ、棍棒ごと目の前の大鬼目掛けて叩き付けた。棍棒がへし折れ、マシンの後輪の直撃をくらった大鬼の頭部が消し飛ぶ。頭を失った大鬼の身体は水飛沫を上げて川の中に倒れこみ、消滅していく。
 カリスは戦場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回すと、水飛沫を上げながら明日菜と刹那の所へマシンを走らせた。彼女らと相対していた烏族やその他の達人級鬼達は、ひとまずカリスとの対峙を避けて、後退する。カリスは少女達に話し掛けた。

『すまん、遅れた。……無事か?』
「あ、はい。」
「ええ……。」

 突然の救援に、2人の少女は驚きを隠せない。そんな彼女らに、カリスは問い掛ける。

『ネギはどうした。あの子供先生は。』
「!そ、そうでした!私達の事はいいですから、ネギ先生を助けに行ってください!向うの湖の方です!」
「私達がここで鬼達の相手をしている間に、戦闘を避けて、攫われたこのかを助け出す作戦なのよ!あっちには、このかを攫ったあの白い髪の少年がいて、うまくそいつをやり過ごさないといけないんだけど……。」
『……無茶な作戦だな。あの白髪の少年、フェイトはそんなに甘い相手ではないぞ。』

 カリスは内心焦る。千草達に木乃香を奪われてしまった事もそうだが、ネギが1人でフェイトに相対していると言うことは、あまりに力量の差が有りすぎて無茶もいい所である。
 カリスが茶々丸から頼まれた第1の目的は、ネギを護る事である。そのネギが1人で敵陣に乗り込んでいる。放ってはおけなかった。それに彼女達を見守っている存在が居ることに、カリスは気付いている。彼女達のことは、その者達に任せておいても大丈夫だろう。
 明日菜が叫ぶように言う。

「甘い相手じゃないから、助けに行ってって言ってるでしょ!真正面からやりあったら、あいつにはあたしらじゃまともには勝てないのは分かりきってるのよ!」
『分かった。先に行かせてもらう。だが、お前等も追いついて来い。必ず、だ。』
「わかったわ!」
「あ、はい!」
『ではまたな。』

 カリスはそう言うと、シャドーチェイサーを急発進させた。その進路の先は、もっとも鬼達の密度が濃い場所だ。彼は1枚のカード――ハートの6を取り出すと、シャドーチェイサーに搭載されているモビルラウザーにラウズした。電子音声が響く。

『トルネード』

 水煙が巻き上がった。シャドーチェイサーのマシン技、『トルネードチェイサー』が発動する。マシンの周囲を竜巻の障壁が取り巻いた。カリスのマシンが行く所、多くの鬼達を巻き込んで千切り飛ばす。カリスの乗ったシャドーチェイサーはそのまま、ネギが向かった湖の方向へ走り去った。

『オヤビン!あいつ行ってもうたっ!』
『やれやれ、さっきも思うたけど西洋魔術には侘び寂びってもんが無くて困るわ。』
『ありゃ魔法やないで……たぶん。』
『そやったら何やねん。』
『俺にわかるかい。』

 鬼達は口々に軽口を言いつつも、決して隙を見せない。だが明日菜と刹那の側も、仕切り直しができた事で余裕が出来た。彼女らは2人で背中合わせになり、敵の動きを待ち受ける。
 その時、ネギとカリスが向かった方角に、光の柱が天に向かって聳え立った。刹那は叫ぶ。

「あ、あの光の柱は!?」
『ほっほ~~~、こいつは見物やなあ。』
「どうやら雇い主の千草はんの計画が上手くいってるみたいですなー。あの可愛い魔法使い君は間に合わへんかったんやろかー……」

 少女の声が割り込んでくる。刹那はその声に聞き覚えがあった。昼間にシネマ村で木乃香と刹那を襲撃した、天ヶ崎千草に雇われた神鳴流剣士――月詠だ。月詠は続ける。

「まあウチには関係ありまへんけどなー。刹那センパイ(はぁと)。
 あのカリスはん言うお人も強かったけど、ウチにはどうも合わしまへんのんや。やっぱりウチは刹那センパイの方が……♪」
「くっ……。」

 刹那は悪寒に身を震わせる。彼女は思わず歯を食いしばった。その時、明日菜が叫ぶ。

「刹那さん、気にしちゃダメ!今、あのカリスさんもネギを助けに行ってくれてるんだから!
 それにあの人、追いついて来いって言ってたでしょ。さっさとこいつら片付けて、追っかけるわよ。」
「……そうですね。さっさとこいつらを倒して、後を追いましょう。」

 刹那は気を取り直した。と、そこに更に頼もしい声がかかる。彼女達の居る場所から、少し離れた岩場の上に、2人の少女の影があった。

「助っ人はいらないかい?仕事料はツケにしてあげるよ刹那。」
「うひゃー♪あのデカいの本物アルかー?強そアルねー(はぁと)。」
「あ……。」
「ええっ!?えええ~~~っ!?」

 そこに居たのは龍宮神社の一人娘である龍宮真名と、バカイエローこと古菲であった。明日菜は何故彼女らがここに居るのかが分からず混乱する。刹那が代わりに彼女らに問う。

「龍宮、助っ人はありがたいが、何故ここに?」
「何、楓が夕映から救援の電話を受けたとき、偶然そこに居てね。」
「リーダーがピンチアルからには、助けねば仲間とは言えないアルね。」

 真名は薄く笑うと、銃を構えつつ言う。

「ところで、さっきのが例の『仮面ライダー』かい?刹那。」
「え、ええ。そうです。」
「何故京都に来ているのかは知らんが、凄い奴だな。いや戦闘能力の話じゃない。私達が居ることに気付いていたみたいだったからさ。」
「だから、さっさと行ったアルね。」

 刹那も明日菜も驚きを顔に浮かべる。自分達は真名と古菲の気配に、まるで気付けなかったからだ。だが刹那も真名を驚かせるネタを1つは持っていた。彼女はそれを披露する。

「何故『ライダー』が京都に来ているのか、と言うことですが……。龍宮、『ライダー』本人の言う所によれば、「観光」だそうです。」
「は?観光?」

 真名は流石に意表を突かれたらしく、呆れ顔になる。だが次の瞬間、真面目な顔――「仕事」の時の顔になると、こっそり襲い掛かろうとしていた鬼の額を撃ち抜いた。それを合図に、乱戦が再開された。だが助っ人の参入により意気軒昂たる少女達は、それまでの押され気味な様子を感じさせなかった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第15話 中編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/01/05 15:44
 楓は小太郎の腕を極め、彼を尻の下に敷いた形で動きを封じていた。彼女が何故小太郎と戦っていたのかと言うと、ネギの代わりである。
 小太郎はここ、ネギが目的としていた湖の手前の森で、ネギを待ち伏せしていたのである。彼の目的は、彼を一度負かした相手であるネギとの再戦だった。だがネギは1分1秒でも早く、木乃香を救いに行かねばならない身である。
 そのタイミングで、夕映からの連絡でネギ達を助けに来た楓がネギと合流した。楓は小太郎の相手を引き受け、ネギを湖へと行かせたのである。そして楓は小太郎を見事に負かした、と言うわけだ。
 楓は小太郎に向かって言った。

「ふむ。……結局、本気を出さなかったなコタローとやら。勝った気がせぬでござる。」
「いや……。言い訳はせん、負けは負けや。……強いな姉ちゃん。」
「か……。勝ったのですか……?」

 木陰から戦いの様子を見守っていた夕映が楓に問いかけた。だが答えが返る前に、再び夕映が叫んだ。

「!?か、楓さんアレを!!」
「む。」
「あだだ。」

 腕を極めたまま振り向いたため、小太郎が苦痛に呻く。だが楓も夕映もそれに構っている余裕は無かった。ネギが向かった湖から立ち上っている光の柱の中に、何やら巨大な影が浮かび上がっていたのである。



 ネギは湖上の祭壇に蹲っていた。目の前には木乃香を連れて宙に浮かび、嘲笑う千草がおり、その背後にはビル程もある巨躯の大鬼が、下半身をそれまで封印されていた大岩に沈めた形で立っている。千草が誇らしげに、嘲笑うように解説した。

「二面四手の巨躯の大鬼『リョウメンスクナノカミ』。千六百年前に討ち倒された、飛騨の大鬼神や。
 フフフ、喚び出しは成功やな。伝承では身の丈一八丈もあったというけど……。こいつはそれ以上ありそうやな。てゆーかデカくてびびったわ。」

 そう、ネギは間に合わなかったのである。小太郎のリベンジ強要を長瀬楓の助けで切り抜け、フェイトをペテンにかけて一時的に『戒めの風矢』で動きを拘束したまではよかったが、そこで時間切れ、タイムオーバーであった。彼らが時間を稼いで居る間に、千草は木乃香を使った召喚の儀式を終えてしまったのである。
 ネギは唇を噛み締めて、考え込んだ。

「ここ、こんなの相手にどうしろっつんだよ。……兄貴!?」
「……あのデカ物は相手にしない。正直僕の手に余る。」

 ネギは杖を構えて、小声で続けた。

《このかさんを失えば、あのおサルのお姉さんだけじゃ、きっとアレを制御できないか、少なくとも全力は使えなくなる筈。だって、呼び出すのだけにこのかさんを必要なら、後生大事に連れて行く必要は無い筈だもの。だから、このかさんを取り戻せれば……。そうすれば、今の僕じゃだめでも、子供の僕じゃだめでも、きっと誰かアレを倒せる人がいるはずだ。
 僕はこのかさんを取り戻す事に全部賭ける。》
「兄貴っ!?」

 ネギは杖に跨ると、大鬼神の肩口の所に居る木乃香と千草目掛けて飛び出した。だが実質上それは大鬼神リョウメンスクナノカミへと向かっていっているのに等しい。カモは肝が冷えた。
 千草は当初、ネギが闇雲にリュメンスクナノカミに向かって来ているものと思った。それ故特に何も対処はしなかった。スクナの絶対的な防護の力の前に、多少の魔法など何の意味も持たないと思っていたからである。
 だが、ネギの目標が自分達である事を悟ると、流石に焦りを覚えた。既にネギはかなり千草達の傍まで来ており、スクナの力は大雑把すぎて使えなかった。彼女は慌てて猿鬼と熊鬼を召喚する。

「契約執行3秒間!ネギ・スプリングフィールド!!」

 ネギは自分に対する魔力供給を行い、自分の身体能力を強化した。そして召喚されたばかりで体勢が整っていない猿鬼をまず一撃で粉砕した。そして千草の方へ回り込む様子を見せて熊鬼を牽制し、すかさず殴りつけて連打を見舞う。熊鬼もたまらず破壊された。
 だがネギが使っている、自分への契約執行による魔力供給は、強引で不完全な術式である。魔力の消耗が異常に早く身体への負担が大きいと言う欠点、否、欠陥があった。これまでの戦いに使った魔力に加え、限界ぎりぎりの今この状態でこの術を使う事は、飛ぶ為の魔力すら残らない危険があった。

(チャンスは1度だけだ。失敗はできな……。!?)

 ネギは悪寒に襲われ、身を翻す。虚空に爆発の様に煙が――石化の毒煙が広がった。毒煙がネギをかすめる。彼はバランスを崩し、湖上の祭壇の上へ落下した。

「く……風よ!」

 ネギはなけなしの魔力を振り絞って、祭壇へ軟着陸した。しかしそれは、軟着陸とはかろうじて言えるかどうかの、不時着と言ってもいい着地の仕方だった。ネギはゴロゴロと転がり、あやうく祭壇の端で、湖に落ちることだけは避けた。ついでにカモも。
 彼はふらつく頭を振り、よろよろと立ち上がる。そして顔を上げたそこに居たのは、やはりフェイトだった。『戒めの風矢』の持続時間は、わずか数十秒。術の持続時間が切れて、解放されたフェイトがネギの行動を妨害したのである。上の方で千草が叫んだ。

「コラー!新入りっ!ウチまで巻き込まれそうになったやないの!」

 フェイトはそれには応えず、ネギに向かい言葉を発した。

「善戦だったけれど……。残念だったねネギ君……。」

 フェイトは1歩1歩近付いてきた。ネギにはもう魔力も体力も殆ど残っていない。更に、彼の右手は先程毒煙がかすめた肘の所から石化が始まっている。カモは焦った。

(マズイマズイマズイマズイマズイマズイこれはマズイ、何か打つ手は、何かーーー。だああああ。
 そ、そうか!!パクティオーカードのまだ使っていない機能――。)

 カモは小声でネギに話し掛けた。

《兄貴、ここは味方を呼ぼう。》
《ど、どうやって?》
《前に説明しただろ、パクティオーカードの機能の事!あれで仮契約した相手を召喚すんだよ。》

 カモはオコジョ魔法を使って、念話で明日菜と刹那に話しかけた。



 明日菜と刹那は、夜の山道を光の柱が見える湖へと向かい、急いでいた。光の柱の中に、巨大な二面四手の鬼の影が見えたため、何かあったと感づいた2人は、鬼達の相手を真名と古菲に任せてネギを救うために駆けつけている途中だったのだ。

『姐さん!!刹那の姉さん!!そっちは大丈夫か?』
「カモ!?」
「カモさん!?」

 カモの声がいきなり脳裏に響いた。2人は驚くが、一応刹那は魔法関係者であり、明日菜もまたパクティオーカードでの念話経験があったため、然程混乱せずに済んだ。カモの声は続けた。

『力を貸してくれ。こっちは今、大ピンチだ。』
「今そっちへ向かってるわよ!あとカリスさんが先にそっちに行ったはずなんだけど、まだ着かないの!?」
『カリスの旦那!?来てるのか!?けど、間に合いそうもねぇな!!2人をカードの力で喚ばせてもらうぜ!!』
「よぶ!?」



 フェイトはボロボロのネギに向かい、呟くように言った。

「殺しはしない。……けれど、自ら向かってきたということは、相応の傷を負う覚悟はあるということだよね。
 ……体力も魔力も限界だね。よくがんばったよ、ネギ君。」

 フェイトは言葉を切ると、右手をス……と上げた。何かしらの魔法を使うつもりだろう。と、その時ネギが動いた。懐に、まだ動く左手を突っ込んで、仮契約の証、パクティオーカードを引っ張り出して宙に投げ上げる。

《やれ兄貴!》
「……くっ!召喚!!!ネギの従者、神楽坂明日菜!!桜咲刹那!!」

 カードが光り輝き、ネギの眼前に、2つの光の魔方陣が描かれる。そしてそこから明日菜と刹那の姿が現れた。ネギは2人に向かい、謝罪の言葉をかけた。

「アスナさん、刹那さん、僕……すいません。このかさんを……」
「わかってるネギ!!……ってぎゃああ~!?何よあれ~~~!?」
「落ちつけ姐さん!」

 明日菜は二面四手の巨躯の鬼神を見て、軽くパニックに陥る。そんな様子を見て、フェイトは冷たく言い放つ。

「……それでどうするの?ヴィシュ・タル、リ・シュタル、ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。」

 フェイトは呪文の詠唱を始めた。呪文の冒頭の文言からして、相手を石化させる魔法である事は間違いなさそうだ。

「な!呪文始動キー!?姐さん、奴の詠唱を止め――。」
「ダメです、間に合わない!」
「時を奪う毒の吐息を。石の息吹!!」
「「「「え?」」」」

 フェイトの呪文が完成した。だがフェイトはネギ達ではなく、明後日の方向へ向けて魔法を発動させた。爆発的な毒煙が虚空を汚す。3人と1匹はあっけに取られた。
 電子音声が響く。

『フロート』『ドリル』『トルネード』
『スピニングダンス』

 石化の毒煙を突っ切って、黒い影が宙を舞って現れた。黒い影は竜巻をその身に纏い、高速回転している。毒煙はその竜巻に阻まれて、黒い影本体に当たる事は無かった。黒い影はそのままフェイトの周囲をぐるぐると幻惑するように浮遊すると、突然その死角から回転キックを放って来る。
 フェイトは以前、これと同じ技を見た事があった。その時は空間の狭い路地裏であったため、技の主は浮遊の動きを制限され、キックの軌道を読む事ができた。しかしここは開けた場所である。技を放った者は、変幻自在に浮遊してフェイトの目を晦ました。フェイトは避けられずに、回転キックの直撃をくらった。

 バリン。

 魔法障壁が音高く砕けた。フェイトの強固な魔法障壁も、この必殺技の直撃には耐えられなかったのだ。直撃を喰らったフェイトは、大きく吹き飛ばされて湖に落ちる。黒い影は蹴りを当てた後、くるりと空中で回転して祭壇の床上へ、蹲るような姿勢で降着する。黒い影は呟くように言った。

『なるほど、毒煙であれば反射される事も無いと踏んだか。俺単体を攻撃するものではなく、狙った範囲を毒煙で満たす、と言う術のようだからな。
 しかし……奴め。障壁を貫かれたのに、純粋な体術でキックの威力を殺したようだ。致命傷は与えられなかったか……。』

 黒い影はゆっくりと立ち上がると、ネギ達の方を向いて言葉を発する。

『……無事か?』
「あ……か、カリスさん!」

 黒い影――黒を基調とした身体に銀のプロテクター、そして顔面には紅い複眼……仮面ライダーカリスの姿がそこにあった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第15話 後編
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/01/05 17:30
 カリスはフェイトを『スピニングダンス』で湖に蹴り落すと、ネギ達の元へ歩き出した。彼はネギ達――正確には明日菜と刹那に話しかける。

『……しかし、追いついて来いとは言ったが、追い抜かれているとは思わなかったぞ。』
「あ~それは一寸ね。それより……。」
『待て。』

 カリスは明日菜の台詞を遮ると、ネギの方へ近付いて行った。そして彼の右腕を取る。明日菜と刹那はそれを見て驚く。ネギの右腕は、肘から先が完全に石化していたからである。カリスは訊ねた。

『これはどうしたんだ?』
「あ、いえ……。あの白髪の少年の魔法を避け損ねて……。」
『治るのか?石化は進行しているようだが。』
「明日の、いやもう今日か。今日の昼に着く応援部隊なら治せると思うぜ。兄貴だけじゃなく、本山にいる石にされた連中もな。
 ……兄貴も1回全部石になっちまうかもしんねーけど。」
『そうか……。』

 カリスは今度はリョウメンスクナノカミに向きなおる。スクナの肩の所にいる千草は、どうやら木乃香を介してのスクナの制御に手一杯で、こちらを気にしている余裕は無さそうだ。もっとも、リョウメンスクナノカミと言う絶対的な力を手に入れた今、こちらなど塵芥にしか見えていないのかも知れない。何かをするなら今の内だろう。
 カリスは呟いた。

『さて、あのデカブツの相手は俺がするが……。その前に、近衛木乃香を救い出さねばならんな。戦闘の巻き添えになりかねん。』

 彼はハートの4、『フロート』のカードを取り出す。空を飛んで、木乃香を救いに行くつもりだ。だがそれを止める者がいる。刹那だ。

「待って下さい。貴方はあの巨人を何とかできるのですか?」
『たぶんな。』
「なら、貴方はあの巨人に専念して下さい。お嬢様は私が救い出します。その方が確実でしょう。」

 カリスは刹那にその真紅の複眼を向ける。刹那の顔には、決意の色が見て取れた。カリスは彼女に問う。

『……いいのか?隠しておきたかったのだろう?』
「!!……貴方は……気づいて……?」
『俺も似たような『者』だからな。薄々感づいていた。』

 カリスと刹那が言ったのは、刹那の「正体」の事である。カリスは刹那が「混じり者」である事に、アンデッドとしての超感覚で、出会った当初から気が付いていた。
 刹那はカリスの言葉に、少々戸惑ったような様子を見せたが、すぐに決然と頷く。そして彼女はネギと明日菜に向かい、言葉を発した。

「ネギ先生、明日菜さん……。私……。二人にも……このかお嬢様にも秘密にしておいたコトがあります……。この姿を見られたら、もう……お別れしなくてはなりません。」
「え……。」
「でも……。今なら。あなた達になら……。」

 刹那は腕を自分の体を抱くようにすると、前かがみになる。シャツの背中が捲れ、そしてその下から白い――本当にどこまでも白い純白の翼が広がった。彼女は寂しげに言う。

「……これが私の正体。奴らと同じ……。化け物です。
 でもっ……。誤解しないでください。私のお嬢様を守りたいという気持ちは本物です!……今まで秘密にしていたのは……この醜い姿をお嬢様に知られて嫌われるのが怖かっただけ……!私っ……。宮崎さんのような勇気も持てない……。情けない女ですっ……!」

 ゴン。

「痛っ!?」

 突然カリスが刹那の頭を軽く小突いた。彼は刹那に向かって言う。

『そんな事を言われたら、本物の化け物である俺など、立つ瀬が無い。
 ……化け物であっても、受け入れてくれる奴は受け入れてくれる。俺にも、そう言う友が居た。
 近衛木乃香は、お前にとってそう言う奴では無いのか?』
「ええっ!?カリスさん人間じゃなかったんですか!?」

 ネギが驚きの声を上げる。カリスはネギに顔だけ向けると、諭すように言った。

『普通、人間がこんな力を持っているわけがない。』
「てっきり強化服とか、そう言う物でパワーアップしてるんだと思ってました……。」
『本当の姿を見せてやってもかまわんが……。飯が食えなくなるぞ。』

 カリスはそう言うと、再び刹那に向き合う。

『そんな化け物の俺でも、それを知った上で仲間になってくれた人間が居た。そう言う奇特な奴も人間の中には居る。ましてやお前は外見が人間にも受け入れられ易い。俺からすれば羨ましいぐらいだ。
 明日菜、近衛木乃香については、俺は詳しく知らん。この中ではそこの刹那を除けば一番詳しいのはお前だろう。近衛木乃香はどんな奴だ?刹那のその姿を見たからと言って、嫌悪するような、そんな奴か?』
「まっさかぁ!このかがその位で誰かの事を嫌うわけ無いじゃん!刹那さん、あんたこのかの事ずっと見守って来たんでしょ?あんたさぁ、言い方は悪くなっちゃうけど、このかの事見くびり過ぎ。
 だいたい、背中にこんなの生えてくんなんてカッコイイじゃん。カリスさんの言うとおり。他人に……このかに受け入れられないなんて、んなわけ無いでしょ。」
「え……。」
『……だ、そうだ。安心しろ。』

 カリスはそう言うと、再度リョウメンスクナノカミに向き直った。彼は1枚のカードを取り出す。そのカードはかつてエヴァンジェリン戦で使いかけたハートのK、『エヴォリューション・パラドキサ』だ。カリスはそのカードを、己の腰にあるベルトのバックル部分、カリスラウザーにラウズした。
 電子音声が響く。

『エヴォリューション』

 その瞬間、ネギ達は目を見張った。カリスの周りをハートのスートのカード13枚が輝きながらひらひらと舞い、カリスの身体に吸収されて行ったのだ。そしてカリスの姿が変わる。赤を基調にした身体に金のプロテクターを纏い、その顔面には緑の複眼。『王』の風格をもつ戦士――これがワイルドカリスである。
 ワイルドカリスは言葉を発する。

『何をしている。さっさと近衛木乃香を救いにいけ。……俺がデカブツを潰すのに、巻き込まれるなよ。』
「は、はい!」

 刹那はそう言うと、翼を羽ばたかせ飛翔した。目的はリョウメンスクナノカミの肩の所に居る、木乃香と千草である。それを緑の複眼で捉えると、ワイルドカリスは徐に醒弓カリスアローにベルトのバックル部分――カリスラウザーをセットした。本来であれば、彼の必殺技であるワイルドサイクロンを使うには、カリスアローに醒鎌ワイルドスラッシャーをセットするはずなのだが。
 彼は心の中で呟く。

(「ワイルドサイクロン」でも良いんだが……。威力では問題無いが、破壊範囲が狭いからな。狙い所を間違えると無駄射ちになりかねん。今回は「こちら」にしよう……。)

 ワイルドカリスは、カードホルダーから5枚のカードを取り出す。そして順番に、そのカードをラウザーにラウズして行った。
 次々に電子音声が響く。

『スペード6』『ダイヤ6』『ハート6』『クローバー6』

 彼は最後の1枚をラウズする前に、一寸躊躇した。彼は呟く。

『剣崎、力を借りるぞ。』
(ああ。あんな危険な物、放っておけない。放っておいちゃいけない。)

 ワイルドカリスの耳に、幻聴とも思える声が聞こえて来た……ような気がした。いや、彼の心には、確かにその声が届いていた。彼は最後のカードをラウズする。
 電子音声が厳かに響き渡る。

『ジョーカー』
『ファイブカード』

 彼の眼前に、ドアぐらいの大きさの、5枚の光の壁が降りてきた。その光の壁の模様は、今ラウズした5枚のカードの模様だ。ワイルドカリスは一気にダッシュすると、次々とその光の壁を通り抜ける。通り抜けるたびに、彼の持つカリスアローにはカードの力が宿っていく。スペードの6で「雷」の力が、ダイヤの6で「炎」の力が、ハートの6で「風」の力が、クラブの6で「氷雪」の力が宿る。そして最後のJOKERの「混沌」の力がカリスアローの刃に宿った時、ワイルドカリスは高々と跳躍した。
 ワイルドカリスのジャンプ力は、一跳び60m。下半身が未だ大岩に埋もれている状態のリョウメンスクナノカミの頭の高さは30m強。ワイルドカリスは、スクナのはるか頭上へと跳び上がった。そして彼はカリスアローのリムの部分を刃として使い、落下しながらスクナの頭へと叩き付けた。
 光る刃が、熱したナイフがバターを溶かし斬る様に、リョウメンスクナノカミを頭から真っ二つにしていく。千草が何か叫んでいるような声が聞こえたが、よく聞き取れない。スクナは下半身が埋もれている大岩ごと、脳天から全身を真っ二つに斬り裂かれた。
 そしてリョウメンスクナノカミは、左右に斬り開かれた身体を、ゆっくりと別々に湖に倒れ込ませて行った。湖面に大波が立つ。スクナの身体は、切断面から光の粒子を散らして消滅して行った。
 ワイルドカリスは二つに裂けた大岩の上に降り立つ。彼は空を見上げた。本来であれば暗くてわからないはずであったが、彼の緑の複眼には、木乃香を横抱きにして空を舞う、刹那の姿がはっきりと捉えられていた。彼は呟く。

『……出てきたらどうだ。』
「フン、気付いていたのか。」
「どうもこんばんは、カリスさん。」

 ワイルドカリスの影の中から、ぬっと出てきたのは、エヴァンジェリンと茶々丸であった。エヴァンジェリンは棘のある口調で言う。

「これが貴様が隠していた力か。たいしたもんだな。」
『別に隠していたわけじゃない。今までは出す必要が無かっただけの事だ。第一、お前との戦いでは使おうとしていたろう。
 それにお前でもこのぐらいのエネルギー量は扱える、いや実際扱っていただろう。俺との戦いで。たしか「こおるせかい」だったか?』
「フン……。それにしても、なんだその姿は。それが貴様の本当の姿か?赤に金か、悪趣味だな。」
『別に本当の姿、と言うわけじゃない。本当の姿はもっと悪趣味だ。』

 ワイルドカリスは別な方向へ向き直る。そこは、先程リョウメンスクナノカミが左右に分かれて湖に倒れこんだときの波でびしょびしょに濡れていた。彼は水溜りの一つに向かって言葉を発する。

『……お前も出て来い。不意を打とうとしていたのだろうが、無駄だ。』
「まあ無駄だろうとは思ったけれど、ね。」

 そう言ったのは、誰あろうフェイトである。彼は水溜りを出口にして、すっと全身を現す。ワイルドカリスはカリスアローに、今度はカリスラウザーではなくワイルドスラッシャーをセットした。フェイトが何かしようものなら、「ワイルドサイクロン」を射つ構えだ。カリスは問うた。

『……で、どうする?』
「やめておくよ。そちらのほうはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……吸血鬼の真祖だろう?それに君があのスクナを一蹴する程の力を持っているとは思わなかった。それ程の相手を2人同時に相手にするのは論外だ。素直に敗北を認めよう。
 ……今日のところは、ね。」

 そう言うと、フェイトはバシャッと音を立てて、水になって消えた。エヴァンジェリンが呟く。

「幻像、か。逃げたな。」
『ああ。奴はやっかいだ。勝つのはそう難しく無いが、あの逃げ足の速さは異常だからな。倒すのは困難だ。』
「貴様がそう言うのなら、そうなんだろう。ところで奴は……何者だ?人間のようなのは外見だけだったが。」
『フェイト・アーウェルンクスと言う強力な西洋魔術師である事ぐらいだな。わかっているのは。石化の魔法が得意で、西の長、近衛詠春すらも歯が立たず石にされてしまうほどの実力者だ。』

 ワイルドカリスはふと妙な事に気付く。

『……所で茶々丸。たしかエヴァンジェリンは呪いのせいで真帆良学園都市からは出られないはずではなかったか?』
「何故茶々丸に訊く。」
「はい、それですが……。
 ネギ先生から緊急連絡を受けた学園長は、援軍としてマスターをこちらへ送る事を可能にするために、呪いの精霊を誤魔化すことにしたのです。強力な呪いの精霊をだまし続けるため、今現在複雑高度な儀式魔法の上、学園長自らが5秒に1回「エヴァンジェリンの京都行きは学業の一環である」という書類にハンコを絶えず押し続けています。」
『5秒に1回、か……。老体にはかなりこたえるだろうな。』

 ワイルドカリスはしみじみと言う。エヴァンジェリンは不愉快そうに眉を顰めた。

「なんだ?何か文句でもあるのか?」
『いや、無い。ただ、自業自得だ、と思っただけだ。今回の件は、真帆良学園側の見通しの甘さが招いた事だと言う面が多々ある。その責任者が事態の収拾と今後の対策に尽力するのは当然だろう。』

 エヴァンジェリンは、思っても見なかった理解ある台詞に目を見開く。ワイルドカリスは、そんなことはどうでも良いとばかりに、ただ立ち尽くしていた。

 ドサッ!ゴトン!

「ネギ!ちょ、ちょ、ちょっとっ!」
「兄貴っ!?」

 その時、突然何か倒れるような、何か重たい物が床に落ちるような、そんな音がした。それとほぼ同時に明日菜とカモが叫ぶ。3人――エヴァンジェリンと茶々丸、それにワイルドカリスはそちらを向いた。
 そこにはネギが倒れ伏していた。明日菜がそれを抱き起こしている。3人は急いでそちらへ駆け寄った。

「ど、どど、どうしたぼーや!?」
「ネギ先生!?」
『……脈拍異常。呼吸も正常ではない。意識も無い。……おいカモ、何が起きた。』

 ワイルドカリスが言う通り、ネギの息は荒く、満面に汗を浮かべていた。その右半身は石化が進み、もう殆ど身体の半分近くが石になっていた。
 女生徒達の声が聞こえる。

「ネギくーーーん!」
「ネギ先生!」

 これは先程助け出された木乃香と、助けた刹那の声だ。更に他にも声がする。

「どうしたでござるか!」
「楓さん!夕映!」

 小太郎を下した楓と、一緒にいた夕映、それに負けを認めた小太郎が一緒になって森から走り出てきていた。皆、湖の上を渡された橋を駆けて、祭壇の所までやって来る。そしてやって来た皆が皆、石化しかけたネギを見て驚愕した。
 カモがわかる事を必死で説明しようとする。もっとも分かる事はそう多くないのだが。

「いや、普通ならこのまま全身が石になるだけなんだよ。西の長みてえに。それなら昼にやって来る応援部隊なら石化を解除できる。なんとかなるハズだったんだが……。」
「何が起こっているのかといいますと……。」

 茶々丸が説明の後を引き継ぐ。その間に、真名と古菲も合流してきた。彼女らもネギの様子に驚きを隠せない。

「ネギ先生の魔法抵抗力が高すぎるのが原因です。そのため、石化の進行速度が非常に遅いのです。このままでは首まで石化した時点で呼吸ができず、窒息してしまいます。
 ……危険な状態です。」
「オイッ!しっかりしろよネギ!」

 小太郎が慌てた様子でネギを励ますが、ネギの意識は失われたままだ。目を覚ます様子は無い。それどころか、じわじわと石化が進行していくと共に、容態は悪化の一途を辿る。
 明日菜がエヴァンジェリンに、叫ぶように訊ねた。

「……ど、どうにかならないの、エヴァちゃん!!」
「わっ……わわ私は治癒系の魔法は苦手なんだよ。不死身だから。」
「そんなっ……。せっかく来たのに役に立って無いじゃないアンタ!」
「なっ!なんだと貴様ぁっ!」
「喧嘩してる場合じゃねーよ姐さん達っ!応援部隊が着くのは昼だ……。間に合わねぇっ。兄貴……。」

 ワイルドカリスが茶々丸に聞いた。

『中途半端に石化しているのが問題なのだな?』
「はい。」
『そうか。』

 ワイルドカリスはそれを聞くと、速やかにカリスアローにカリスラウザーをセットした。そして1枚のカードを取り出す。そのカードはダイヤの7、『ロックトータス』だ。それを見た明日菜は焦る。

「ちょ、ちょっとっ!?まさかアンタ、ネギが助からないから一思いに止めを、とか考えて無いでしょうねっ!?」
「「「「ええっ!?」」」」
『違う。このカードには相手を石にする能力がある。中途半端な石化が命の危険を及ぼしているのだから、ネギを一度完全に石にしてしまう。そして石化解除ができる応援部隊を待つ。』

 それを聞いて、慌てて止めたのはエヴァンジェリンである。

「待て待て待て!石化と言うのは一種の呪いだ。呪いの重ね掛けと言うのは問題があるぞ?互いの呪いが下手に干渉しあえば、下手をすると解ける石化も解けなくなって、坊やはこのまま永久に石のままと言うことになりかねん。」
『なら代案はあるのか?このままだとネギは死んでしまう。代案が無いならば将来的に石化が解ける方に賭けて、ネギを石化させるぞ。』
「む……。それは……。」

 エヴァンジェリンは言葉に詰まる。その時、木乃香が口を開く。

「あの……。代案はあるえ。ウチが……ネギ君にチューするんや……。」
「ちょ、このか!何言ってんのよこのか、こんな時に!」
「あわわ、ちゃうちゃう。あのホラ、パ……パクテオーとかいうやつや。」
「え……。」

 明日菜ははっとする。木乃香は続けた。

「みんな……。ウチ、せっちゃんに色々聞きました。……ありがとう。今日はこんなにたくさんのクラスのみんなに助けてもらって……。ウチにはこれくらいしかできひんから……。」
「……そうか!仮契約には対象の潜在力を引き出す効果がある。このか姉さんがシネマ村で見せたあの治癒力なら……。」
「ハイ。」

 カモの言葉に刹那が頷く。ワイルドカリスはパクティオー――仮契約が何なのかとか、話が見えていなかったが、どうやら木乃香の秘められた魔力を活用するようだと当たりをつけ、黙っていた。
 カモが魔法陣を書き終えると、木乃香はネギを抱きかかえる。

「ネギ君。しっかり……。」

 そう言って、彼女はネギの唇に口付けた。その瞬間、周囲に光が満ちる。周囲数キロに渡って、暖かい癒しの光が降り注いだ。身体の半分が石化していたネギは瞬時に元の姿に戻る。それどころか、彼等は今はまだ知る由も無いが、関西呪術協会の本山――木乃香の実家で石になっていた者達も元に戻っていた。更には明日菜達が負っていた軽傷も、跡形も無く消え去っている。とんでもない程の癒しの力だった。
 ワイルドカリスは呟く。

『なるほど。これが近衛木乃香の力か。狙われるわけだな。』
「フン、まあおかげで坊やは助かった。」
「良かったですね、マスター。」
「な!……わ、わわ私は別にだな!坊やの事など心配は……。」

 ぽん、とワイルドカリスがエヴァンジェリンの頭に手を置いた。そしてそのまま撫でさする。エヴァンジェリンは爆発した。

「私を子ども扱いするな!」
『そうか、悪かったな。』

 そう言いつつも、彼は撫でる手を止めようとはしない。エヴァンジェリンはその手を振り払おうとするが、押せば引き、引けば押してきていっこうにその手は彼女の頭から離れない。彼女は叫んだ。

「だーーーっ!やめんかーーーっ!」
『ああ、すまん。』

 ようやくワイルドカリスは手を離す。エヴァンジェリンは沸点ぎりぎりだ。と、ワイルドカリスは踵を返す。エヴァンジェリンは問うた。

「待て、どこへ行くつもりだ。」
『ネギも助かった。ここにはもう俺がいる必要は無いだろう。ホテルに戻る。』
「……フン、勝手にしろ。」
「カリスさん、どうもお世話様でした。」
『茶々丸もな。ではな、エヴァンジェリン、茶々丸。ネギ達によろしく言っておいてくれ。』

 彼は湖の祭壇から岸へ渡る橋を歩き出した。その背に声がかかる。

「か、カリスさん!どうもありがとうございました!」

 ネギの声だった。ワイルドカリスは振り向かずに、右手を挙げて応えると、一人その場を去っていった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第16話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/05/23 16:24
 修学旅行あけの日曜日、ネギは悩んでいた。彼は今回の修学旅行で、己の力量不足を強く実感していたのである。いざと言うときには他人の力を借りる事も躊躇しないが、いつでも力を借りられる誰かが傍にいるとは限らない。現に前回は、カリス達が間に合ったとは言え、彼一人ではあの白髪の少年――フェイト・アーウェルンクスには勝つ事はできなかった。
 そういうわけで、ネギは自分の力の底上げを考えていたのである。少なくとも、自分ではかなわない相手でも、助力が入るまで粘る事ができるぐらいにはなりたい、と、そう考えていた。だが、そうは言っても具体的な方法までは思いつかない。

「あ~~~!どうしたらいいんだろう!」
「兄貴、もう少し落ち着けや。」
「そんなこと言ったって~~~!」

 ネギはごろごろと部屋の床を転げまわった。なだめようとしたカモもの言葉も半分耳に入っていない様子だ。せっかく修学旅行先の京都で手に入れてきた、父親の手掛かりの地図――麻帆良学園の地図の束――の調査にも身が入らない。
 そんなとき、ごろごろと転がりまわるネギを踏んづけた者がいた。

「ぶべらっ!?」
「あ、兄貴いいぃぃ~~!?」
「ちょっと!ほこりが立つじゃないの。悩むんなら悩むで、おとなしく悩んでなさいよ。」

 明日菜だった。

「ちょ、アスナさん酷いですよ。」
「そんなこと言ってもね。ほこりが立つってのも本当だし。それにばたばた暴れられると近所迷惑でしょ。そう言うことも考えなさいよね。
 んで?何悩んでんのよ。」
「は、はあ……。」

 ネギは口ごもった。少々気恥ずかしかったのだ。それを見て、明日菜はムッとする。彼女は両拳をネギのこめかみに押し当て、力いっぱいぐりぐりとやる。いわゆるウメボシである。

「あだだだだだだだっ!!」
「あーっ!兄貴いいいぃぃぃっ!あ、姐さんそのぐらいで……。」
「あんたねえ……。私に隠し事なんて10万42年早いのよ!
 んで?何悩んでんのよ。」

 ネギは已む無しと思い、彼が何を悩んでいたのかを明日菜に語った。それを聞き、明日菜も唸る。

「う~ん。強くなりたいってネギの気持ちもわからなくもないけど……。自分一人じゃ難しいと思うわよ。
 ……そうだ!誰かに弟子入りして教えてもらうってのはどうよ!実はあたしも刹那さんに頼んで、剣道教えてもらうことにしたのよ。例のハリセンをもっと上手く使いこなせるようになりたいと思って。ネギもあんたより強い人に弟子入りして、鍛えてもらうって言うのはどうよ?」
「なるほど!いい考えだと思います!でも……誰にお願いしましょう?強い人って言うと……カリスさん?」
「カリスの旦那は魔法使わねーでしょが兄貴。それにどこに居るかもわかんねーし。」
「「「う~~~ん。」」」

 結局、外に出て気分転換をする事にした。



 始は今日はのんびりと街中を歩いていた。麻帆良学園中等部3-Aの修学旅行に付き合って、京都までバイク旅行をしてきたので、今日は休息に充てるつもりだったのである。ついでに、食料品などを始めとして、不足している品々の買出しなども行うつもりではあったが。
 ふと彼が、どことなく馴染みのある気配を感じ、目を向けると、そこにはネギと明日菜、それにカモのいつものトリオが歩いていた。ネギは腕組みをして、うんうん唸っている。明日菜は苦笑しながらその頭をぽんぽん叩いている。ネギはどうやら何か悩んでいる様子だ。始はとりあえず彼らの前に立つと、声をかけた。

「よく会うな」
「あ、相川さん。こんにちは。」
「こんにちは相川さん。今日は買い物か何か?」
「そんな所だ。……だがどうかしたのか、ネギ少年は?傍から見ても挙動不審だったぞ。」
「えぇっ!?そ、そんなに変でしたか僕?」

 始が軽く頷いて見せると、ネギはがっくりと肩を落す。始はそんなネギの頭に手を置くと、軽く撫でてやる。彼は続けて言った。

「せっかく会ったんだ。少し早いが昼飯でも奢ってやろう。」
「え?わ、わるいですよそんな」
「何、気にするな」

 始は先頭に立って歩き始める。ネギ達2人と1匹も、あわててその後を追った。



 いつもの食堂棟で、彼らは昼食を取りながら、雑談をまじえて話をしていた。始は麻婆豆腐定食を食べながら、ネギと明日菜の話を聞く。

「……なるほど。強くなりたい、か。」
「ええ、せめて助けてくれる人達の足を引っ張らない程度には。あと、自分一人でなんとかしようとかは思ってないんですけれど、それでも誰かの助けが間に合うまでは頑張れる程度には、と……。」
「で、アタシの意見としては誰かに教えてもらって鍛えてもらうのがいいんじゃないか、と。自分一人の独学じゃ、それこそ限界あると思うし。」
「ふむ、たしかにその通りだな。
 しかし魔法を鍛えるとなると、俺では相談相手になってやれんな。俺は魔法の事には門外漢だからな。そちら方面の知り合いもいない。」

 始は考え込む。

「そうだな……。ネギ少年、お前は学園の魔法使いに知り合いも居るんだろう?そちらに誰か良い師匠候補がいないか相談してみるのはどうだ?」
「そうですね……。今度機会があったときにでも相談してみようかと思います……。」
「ところでネギ少年。」
「はい?」

 ネギは始の呼びかけに、今まで伏せ気味にしていた顔を上げる。始は眉間に皺をよせて、真剣な表情でネギに語りかけた。

「強くなりたい、と言う気持ちは否定しない。だが、急ぎ過ぎるなよ。ゆっくり、ゆっくりと、で良いんだ。急ぎ過ぎると、道を誤ったり、途中でばててしまう事だってある。……俺はそう言う例を、いくつも知っているからな。やり直しが効く程度の間違いで済むなら、それもまた勉強になるからまあいいんだが……。
 ただでさえ道は険しいんだ。一歩一歩、ゆっくりと踏みしめて山道を登っていけ。」
「……はい!」
「さすが年の功、いいこと言うわねえ……。」
「あのー。もー一缶おかわりもらっていいっすか?」

 真剣な話をよそに、カモは缶ビールを飲んでいた。



 ネギ達は、始と別れて町の散策を続けた。ネギは一応機会があり次第、学園の魔法使い達に――具体的に言えば学園長に――相談してみようと一応の方針は決まったものの、まだ時折考え込んでいた。明日菜はカモを肩に乗せ、やれやれと苦笑しつつネギの後を付いて行く。
 やがて彼らは、街外れの広場へとやって来た。ここには、そこかしこにベンチが設えてある。そのベンチには、昼寝をしている中年男性や、子供連れの母親、雑誌を読みふけっている青年、それに仮面ライダーカリスなどが腰掛けてくつろいでいた。
 ネギはぽつりと言う。

「そういえば、こんな場所でしたね。ベンチとかは無かったですけど。」
「?」
「いえ、僕らが茶々丸さんをやっつけようとして、カリスさんに怒られた場所ですよ。」
「ああ。」

 時間的にはそれほど経っていないはずなのだが、彼らは波乱万丈の修学旅行を過ごして来たせいか、ずいぶんと以前の事のような気がした。ネギはためいきをつく。

「僕、あれ以来色々と考えて動くようにしているつもりなんですけど、上手くやれてるのかなあ……。修学旅行でも、なんていうか皆の足を引っ張っちゃっただけみたいな感じだったし。
 なんか空回りしているみたいな感じも、時々することあるし……。」
「何言ってんのよ。アンタみたいな子供は間違ったり空回りしたりしてもいいのよ。そうして経験を積んでいくんだから!
 それにあんた、きちんと努力してるじゃない。今日言ってたみたいに、せめて足引っ張らない程度に、とか、助けが間に合うまで粘れる程度には強くなりたいとかって、色々考えて決めた事なんでしょ?」
『そうだな。それにもし間違いを犯しても、それが致命的な事にならないようにするのは周りの大人のやる事だ。本当に取り返しのつかない事をしそうになったなら、俺も含めて誰か大人がしっかり叱ってくれるだろう。いつかの様に、な。』
「「「えっ!?」」」

 いつの間にか、ベンチに座ってくつろいでいたはずのカリスがネギ達の傍までやってきていたのだ。まあ、実はネギ達の先回りをして待っていたのではあるが。ネギ達は非常に驚く。

「か、カリスさんっ!?い、いつからここにっ!?」
『お前らが来る前から居たが。』
「ぜ、全然気付かなかったわ……。」
『ところで先程言っていた、強くなるとかならないとか言う話は、どういう事なんだ?』

 カリスは少々強引に話を変える。本当は始の時に既に訊いている話ではあるのだが、カリスは知らないはずの話である。それ故、二度手間ではあるが、あらためて尋ねているのだ。ネギと明日菜は顔を見合わせた。ネギがぼそぼそと小さな声で話し始める。

「実は……。」



「……と言うことなんです。」
『ふむ。今回の事で力不足を痛感したから、多少でも強くなっておきたい、ということか。だがあまり無闇に力を求めるのも、どうかと思うぞ。
 ……だが、決意は固そうだな。』
「はい。」

 カリスはシャドーチェイサーを手で押しながら、しばらく無言だった。ネギ達はその様子を眺めながら、それに付いて行く。カリスはやがてある店の前で立ち止まる。その店は、鯛焼き屋だった。カリスは店の親父に向かって言葉を発する。

『餡子の鯛焼きを10個、包んでくれ。』
「へい……いっ!?」

 店の親父はカリスの風貌に一瞬ぎょっとするが、そこはプロ根性である。何事もなかったかのように、焼きたての鯛焼きを10個袋に入れると、渡してよこした。カリスは千円札を2枚、どこからともなく出すと、親父に渡しつつ言葉を続ける。

『領収書を。宛名は上様でかまわん。』
「へいっ。」

 カリスは領収書とお釣りを受け取ると、ネギ達の所へ戻ってくる。ネギ達はその庶民的な行動に一瞬あっけに取られていた。だがネギはなんとか立ち直ると、カリスに尋ねる。

「え、えっと。鯛焼きって言うんでしたっけ、それ。どうするんです?」
『これから行く先への土産にする。』
「どこへ行くのよ?」
『ある魔法使いの所だ。ネギの師匠になってもらいに行く。』
「「「えええっ!?」」」



「……で、私のところへやってきたと言うわけか。」
『そうだ。』

 カリスとネギ達がやってきたのは、エヴァンジェリンの家である。カリスは茶々丸が淹れてくれた茶を啜りながら、エヴァンジェリンに答えた。エヴァンジェリンは咆える……鯛焼きを齧りながら。

「アホかあああぁぁぁっ!?私と坊や、それにお前は一応敵なんだぞ!?その私に弟子入りだと!?」
『そう叫ぶな。普通に話しても充分聞こえる。』

 カリスは空になった湯飲みを卓袱台に置いた。そして話を続ける。

『エヴァンジェリン、お前は優秀な魔法使いだ。あの「こおるせかい」だったな。あの魔法、わずか600歳余であれだけの力を身に着けるとは、驚嘆に値する。』
「な、なに……?ほ、褒めても何も出ないぞ。と言うか若造扱いするなと言っている。」
「カリスさん、お茶のおかわりはいかがですか。」
『頂こう。さてエヴァンジェリン。俺はお前を信頼に値すると思っている。悪ぶってはいても、筋は通す質のようだからな。
 それにネギほどの素質を持つ者の師匠ともなれば、生半な魔法使いでは務まるまい。その点、お前ならば安心だろう。俺が知る限り、今まで見てきた限りでは、ネギを教導するに相応しい実力者はお前を措いて他には無い。』

 カリスは学園の警備に当たっている魔法先生や魔法生徒が窮地に陥っている所を、何度も助けてきている。そのため、平均的な魔法先生や魔法生徒達の能力は大方知っているのだ。
 エヴァンジェリンはカリスのベタ褒めの評価に、少々頬を染めている。一方、カリスの隣で話を聞いていたネギ達は、最初こそ驚いていたものの、カリスの台詞を聞いて「なるほど」と納得する。
 ネギはずいっと前に出ると、エヴァンジェリンに向かい声を上げた。

「エヴァンジェリンさん!僕からもお願いします!っていうか僕の事なのに僕からもって言うのは変かもしれませんけど……。えっと……。
 ど、どうかお願いします!僕をエヴァンジェリンさんの弟子にしてください!」
「なっ、あー、むー……。」

 そこへカリスが口を挟む。

『それにだ。エヴァンジェリン、お前にも特典があるぞ。授業料として毎回支障が無い程度に少しずつ血をもらえば、呪いを解くのに必要な量が集まるかもしれんぞ。』
「く……。わかったよ。今度の土曜日、もう一度ここへ来い。弟子に取るかどうかテストしてやる。それでいいだろ?」

 エヴァンジェリンはぶっきらぼうに言い放つ。だが、その頬は紅く染まっていた。ネギは笑顔になって礼を言う。

「あ、ありがとうございます!」

 その様子を見届けると、カリスは立ち上がった。茶々丸が尋ねる。

「お帰りですか?」
『ああ。用事は済んだしな。またな、茶々丸。』

 そう言いつつ、カリスは茶々丸の頭を撫でた。そしてエヴァンジェリンとネギ達に向かい、言葉を発する。

『ネギ、明日菜、カモ。先に失礼する。またな、エヴァンジェリン』
「二度と来るなっ!」
「カリスさん、今日はありがとうございました」

 カリスは玄関のドアを開けて外へ出ると、停めてあったシャドーチェイサーに跨り、走り出した。ネギ達はそれを見送る。明日菜は呟いた。

「カリスさんって、何処の誰なんだろ」
「色々お世話になってるのに、何のお礼もできてないですからね。」
「フン、礼がしたいのはコッチも同じだ。もっとも別の意味だがな!」
「仮面ライダーだもんなぁ、あのダンナ。ひょっとしたら、近場にいる誰かなのかもしんねーぜ。」
「……。」

 周囲が騒ぐ中、茶々丸は、ただ黙って立っていた。だがしばらく経ってから、そっとドアを閉めると、お茶の後片付けをしに台所へ歩いていった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第17話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/05/24 14:44
 その夜、麻帆良学園学園長近衛近右衛門と英語科教諭高畑・T・タカミチは、本日の職務を終えて帰宅する途中であった。いや、正確に言えば帰宅途中に何処ぞの飲み屋に寄って、一杯ひっかけようとしていた所であった。
 高畑が学園長に言う。

「ところで、最近のネギ君の様子はどうですか?」
「うむ、なかなか良くやってくれておるぞい。先日の修学旅行のときなど、こちらの予想しておった以上の障害や危険があったんじゃが、仲間たちと力をあわせて、なんとか切り抜けてくれたわい。おまけに木乃香のコトまで色々と解決してくれよった。
 正直、木乃香に関しては、あの子の魔力の事もあり、もはや秘密にしておく事は困難じゃったからのう。なんとか上手く事が転がってくれて、本当に助かったと言うもんじゃ。
 もっとも、ネギ君やその仲間達だけのおかげでは無いがの。」
「例の『仮面ライダー』ですか……。」
「うむ。」

 学園長は、未だに時折痛みを訴える腰を叩きながら首肯する。学園長は言葉を続けた。

「こちらからもエヴァを増援に送ったんじゃがの。エヴァに何をさせる暇もなく、敵を……解き放たれたリョウメンスクナノカミを一撃で倒してしまったそうじゃ。
 まあエヴァも逃げようとした賊の首魁を捕らえたんじゃがの。」
「……それはまた。リョウメンスクナノカミって、アレでしょう?日本の神話に出てくる……つまり神話級の化け物を。」
「しかもじゃ。」

 学園長は眉を顰める。

「スクナが倒された後、関西の者達がスクナを再封印しようとしたんじゃがの……。」
「どうかしたんですか?」
「スクナの残骸が見つからんかったそうじゃ。どこにも。」
「!?」

 高畑の、眼鏡の奥の目が見開かれる。学園長は続けた。

「リョウメンスクナノカミは、超強力な鬼神ではある。呪術師達が召喚する鬼達の超々々々々々々強力版……まさに神と呼べるほどの超強力な『鬼』じゃと言って良いじゃろうて。つまりは元々、鬼達の世界から何らかの形で召喚されてきたものなのじゃ。
 そして『鬼』という物は、倒されて……殺されてしまえば『還る』……。もといた世界に、の。」
「まってくださいよ?つまり『ライダー』は、リョウメンスクナノカミを……鬼神を普通に『倒した』だけではなくて、完全に『還した』、つまり殺した、と?」
「その可能性が高い。いや、信じがたいことではあるが、『還る』ことすら許さずに、本当の意味で鬼神を『滅して』しまった可能性すら……。
 いや、まさか、の。鬼や悪魔等を『還す』だけでも一大事なのに、それらを本当の意味で『滅す』など、極一部のそれ専門の超高等魔法でなければできんことじゃ。それを、神の名を冠する鬼神を、などとな。ふぉっふぉっふぉ……。」

 学園長は笑った。あまりにばかばかしい想像だと思ったからだ。だがそれでも、仮面ライダーカリスがリョウメンスクナノカミを少なくとも『還した』のは間違いのない事である。あまりの攻撃力に、高畑は一瞬慄然とした。だが、やがて彼も笑い出す。

「あまりに凄すぎて、笑うしかありませんね、そりゃ。いやはや。今日は『ライダー』が敵にならない事を祈って、乾杯しますか。」
『それはお前達次第だな。』

 その声と共に、突然二人の背後に強大な『気配』が吹き上がる。学園長にも高畑にも、今まで何も感じられなかったのに、だ。二人からすれば、いきなり背後にドラゴンでも空間転移で出現したかのような感覚だっただろう。学園長と高畑は、ゆっくりと、背後の気配の持ち主を刺激しないように、本当にゆっくりと振り向いた。
 そこには、黒い身体に白銀のプロテクターを纏い、真紅の複眼をした戦士……仮面ライダーカリスが立っていた。
 カリスは徐に言葉を発する。

『訊きたい事がある。お前達、麻帆良学園の魔法使い達は、いったいネギをどうするつもりだ?』
「どう……とは?」
『麻帆良学園、いや、英国の魔法教会もか。それらも含めて、お前達はネギを無理矢理に成長させようとしているように見受けられる。』

 カリスは一度言葉を切った。そして学園長と高畑、二人を睥睨する。二人は気おされるものを感じた。だが、表には出さなかったが。カリスは再び言葉を発した。

『あの子は「子供」だ。特別な生まれであるかもしれない。重いものを背負っているかもしれない。だが、だからどうした。子供である以上、「子供」である事は当然の権利だ。無理矢理に成長を強いるような事は、するべきではない。
 お前達は、子供に無理矢理に「大人」と同じ義務と責任を背負わせようとしているように、俺の目には見える。あの子を無理矢理に「大人」に仕立て上げようとしているように見える。本来彼の年齢には不似合いな「試練」を課したり、な。』
「それは……。」
「……。」
『無論、俺の言っている事が理想論だと言うことは、百も承知の上だ。悲しい事だが、子供のうちから「大人」にならなければならない子供など、ごまんといる。なんらかの「事故」で両親を失った子、何処かの「戦場」で生まれ育った子、他にも様々な事情で子供のうちから「大人」にならなければならなかった子供達……。だがそれでも……周囲の大人は、子供が子供であるうちは、子供でいさせてやるべきではないか?少なくとも、そう「努力」すべきではないのか?
 ……お前達からは、その「努力」が見えて来ない。お前たちは「何」をやっている?』

 カリスは切々と訴えかけるように語った。高畑は唇を噛み締めている。だが学園長は飄々として立っていた。学園長が口を開く。

「……わしらがやっておるのは、「次善の策」じゃよ。」
『ほう……?』
「おぬしが言うようにできるなら、それこそ最善、理想通りじゃろうて……。だが、できん。何故か?単純な理由じゃ。手が足りぬのじゃよ。ネギ君はの、『英雄の息子』じゃ。それ故、常に理不尽な悪意に晒される危険性を秘めておる。
 現に彼が今よりももっと幼い頃……そう、6年前にもなるかのう。彼の住んでいた村が悪魔の群れに襲われての。村人は全て石化されてしまい、助かったのはネギ君とその姉代りをしていた少女だけじゃった。理由は、おそらくはその村が「英雄の故郷」であったからであろうのう。村人達は未だに解く事もできぬまま石化されたままじゃて。」

 学園長は深く、深く溜息をついた。カリスはじっとその姿を凝視したままだ。

「わしらの力でネギ君を完全に守ってやれれば良いのじゃがのう……。わしらの手の長さにも限度がある。それ故に、このある程度護りが保証された麻帆良学園都市において、ある程度の試練を与え、ネギ君の成長を促しておるのじゃて。魔法学校の卒業証書に修行先として、「A TEACHER IN JAPAN」と記されたのを良いことにの。
 万が一のときに、彼自身の力で身を守る事ができるように、とのう。わしらの手が届かなくとも……の。
 それが彼の「子供としての幸せ」に傷をつけるかもしれんことは、重々承知の上じゃ。危険が彼に迫ったとき、何もできないよりはマシ、と言う物じゃと信じてのう。」

 そう言った学園長の姿は、普段よりも年老いて小さく見えた。カリスはその様子に溜息をつく。学園長自身がそのことについて慙愧の念を抱いているのは見て取れた。だがカリスは容赦なく言葉を続ける。この事は言わなくてはならない事だからだ。

『……であるならば、今回の修学旅行は大失敗、と言うわけだな。手頃な試練、どころかネギにはあまりにも手に余る事態だった。しかもお前たちはほとんど何も対策を講じていなかった。』
「うむ、それを言われるとつらいのう……。まさかあそこまで大事になるとは思ってもみなんだ。万が一のために、魔法先生を一人、ネギ君には内緒で付けておいたのじゃが……。
 その程度では、どうにもならなんだ。わしの見通しの甘さ故じゃ。言い訳はするつもりは無いわい。」

 カリスは頭を振った。やれやれ、といった風情である。

『俺としては到底認められはしないが、お前達もお前達なりにネギの事を考えているのはわかった。……到底認める事はできんが、な。ネギがあまりに哀れすぎる……。
 最後に一つだけ言わせてもらおう。「助長」という故事成語は知っているだろう。お前達のやり方からは、その臭いがする。お前たちのやり方では、ネギが歪んで成長しかねないぞ。』
「!」
「むう……。」
『俺としてはそれを認めるわけにはいかん。お前たちの思惑を潰す事になるかもしれんが、俺は俺で好きにやらせてもらうぞ。ネギが「子供」でいられるように、な。ではな。』
「あ、待ってくれ!」

 高畑が、回れ右をして立ち去ろうとしたカリスを止める。カリスは顔だけを高畑に向けた。

『……なんだ?』
「君の……君の目的はなんなんだ?」
『……。』

 カリスはしばらく押し黙った。だが徐に言葉を発する。

『……そう、だな。目的は、ある事はある。まずは人類の破滅を防ぐ事、だな。
 ……人類は、そう……暖かく、優しい。ま、そうでないのも居るが、な。正直失うのは惜しいと思う。失いたくないと思う。』

 カリスの脳裏には、あのモノリスや、倒しても倒しても湧いてくるダークローチによる大破壊の様子が浮かんでいた。カリスは行方不明のモノリスを捜索する決意を新たにする。もっともその方法は今の所考え付かないし、実際の所モノリスは既に存在していないのだが。
 高畑が言葉を続ける。

「人類の破滅を防ぐ?人類に危機が迫っているとでも言うのかい?」
『……いや。あくまでその可能性がある、というだけだ。俺は予防的に動いているだけだ。』
「そのために麻帆良学園への侵入者を捕らえたり、ネギ君達に力を貸したりしたのかい?」

 高畑の問いに、カリスは苦笑を漏らした。

『ああ、いやそれは違う。それはどちらも俺が気に入ったごく少数のヒト達の平穏を守っただけだ。無論その中にネギも入っているがな。結果的に麻帆良学園が守られる事になったのは、儲け物だとでも思っておけ。
 ……そうだな。そう言ったヒト達の幸せを守ることもまた、目的のひとつと言えるかもしれないな。』

 実際、カリスにも自分の心の動きは整理できていないのである。ただ、己の心の欲するままに動いているだけであると言えば言えるかもしれない。「剣崎」に影響を受けた、と言うこともあるかもしれない。だが、今言った事、今言った目的は本心ではあった。カリスは彼にとって大切なヒト達を守りたいから戦っているだけなのである。
 カリスは呟くように言った。

『……もういいな?ではな。』

 そう言うとカリスはカリスアローにカリスラウザーをセットし、スペードの9のカードを取り出してラウズした。電子音声が響く。

『マッハ』

 カリスは衝撃波を纏うほどの超高速で疾走した。その姿は、瞬時に見えなくなる。学園長と高畑はしばしその後姿があった場所を凝視していた。だが、やがてどちらともなく溜息をつく。
 学園長は言った。

「「助長」か……。そうかもしれん。だがその危険を冒しても、やらねばならん。
ネギ君に、自分で危険を切り抜けられる力を付けてもらうためにも、のう……。」

「助長」とは、以下のような故事成語である。
 昔、宋の国にある農夫がいた。その農夫は、自分の畑に植えた苗の成長が悪いのを心配していた。彼はある日畑に出ると、苗の生長を助けようとして、苗を引っ張って回った。
 彼は家に帰ると「今日は苗が生長するのを手助けしてやった」と家人に言った。驚いた農夫の息子が畑に行ってみると、苗はみな根が土から浮いて、枯れてしまっていたと言う。
 この故事が元となり、余計な事をしてかえって害を招く事を「助長」と言うようになったのである。
 高畑は呟くように言う。

「ですが、ネギ君と言う苗を枯らす事の無いように、今後一層の注意が必要ですね。」
「そうじゃのう。修学旅行の時の様な失敗は、二度としてはならんの。学園の警備体制も近いうちに見直しておかんとならんかのう。」

 学園長と高畑は再び溜息をつくと、歩き出した。二人の今夜の酒は悪い酒になりそうであった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第18話
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/05/30 21:15
 バイクのエンジンが唸りを上げる。とある金曜日の午後をかなり回った頃合、というかもう夕方近く、始は麻帆良に帰ってきた。彼は、昨日の朝からちょっとばかり東京へ出かけていたのである。理由は、今度自費出版する野生動物の写真集と、猫の写真集の2冊について、とある出版社の編集者と打ち合わせをしてきたからだ。

(俺が留守にしている間、特に変わった事はなかったようだな。)

 始は、バイクを走らせ家路を辿る。その途中、いつも茶々丸が猫達に餌をやっている広場の近くを通り掛かった。彼はバイクを停車させる。

(そう言えば、この路地の向こうだったな、いつも絡繰が猫に餌をやっているのは。時間的にもそろそろだな。今日もいるだろうか?……少し寄って行くか。)

 バイクのエンジンを切り、車体を手で押しつつ、始は広場へと入っていった。果たしてそこでは茶々丸が猫達に餌をやっていた。茶々丸はすぐに始に気付く。始は片手を上げて挨拶を送った。茶々丸も頭を軽く下げてくる。
 バイクのスタンドを立て、ハンドルロックをかけてから、始は茶々丸に近付いた。無論、猫達を驚かさないように、気配を抑え気味にするのは忘れない。もっとも、茶々丸が傍にいれば必要ない配慮であるかもしれない。茶々丸の周囲の猫や小鳥は、まったく警戒心も見せずにリラックスしている。
 始は茶々丸に話し掛けた。

「絡繰、しばらくだな。その後どうだ?」
「お蔭様で。相川さんもお変わりなく。……どうぞ。」

 ツイ、と茶々丸が猫缶をひとつ無言で差し出す。まるでそれが当然のように。始もまた、当然のようにそれを受け取り、キコキコと缶を開けると中身を餌皿に移す。するとすぐに猫達が餌皿に集まってくる。始と茶々丸は柔らかい表情で、それを眺める。
 と、始がまったく関係のない事を訊ねる。

「ところで、先週の土曜日はどうだったんだ?ネギ少年の合否は。」

 これは約1週間前、先週の土曜日がネギのエヴァンジェリンへの弟子入りテストの日であったから、その事について聞いているのである。茶々丸もその事は知っている。というか彼女もそのテストに同席していた。彼女はネギの合否に付いて答える。

「はい、ネギ先生は無事試験に合格されました。」
「ほう。どんな試験だったんだ?」
「ネギ先生の魔力行使の限界を見るものでした。結果は、マスターは表向きぎりぎり合格したように装って不満そうにしておられましたが、内心では喜んでおられたように思われます。」
「そうか。……で、今頃は魔法の鍛錬の真っ最中、と言った所か?」

 始の言葉に、茶々丸は首を横に振った。

「いいえ、こんどはネギ先生は、体術の師をさがしておいでです。」
「体術?魔法使いが?」

 今度は、茶々丸は首を縦に振る。

「マスターが、どのみち魔法使いにも体術は必要だとおっしゃったのです。最初はマスターが魔法といっしょに合気柔術を教えようとなさったのですが、どうもネギ先生のスタイルには合わないようで。」
「ネギ少年が戦っている所は見た事が無い。よくわからんな。」
「はい、ネギ先生のスタイルは魔力を攻撃に乗せるタイプです。ですので、合気柔術とはいまひとつ……。マスター曰く、達人レベルになれば話は変わってくるらしいのですが。
 それでネギ先生のスタイルに合った格闘技の使い手を体術の師匠とするべく、色々と捜しておいでです。」

 猫が茶々丸に擦り寄って甘える。茶々丸はその猫を撫でてやった。猫はごろごろと喉を鳴らす。

「相川さんがネギ先生に体術を教えてさしあげてはいかがですか?」
「俺が?」
「はい。以前停電の際に見せていただいた技は、お見事でした。」

 始は一寸返事に詰まる。彼は眉を顰めて答えた。

「……残念だが、無理だ。俺は優先してやらねばならない事が少々多すぎる。
 それに、俺の格闘の技は人間離れした身体能力を前提にしている所が多いからな。ネギ少年では教えても生かしきれんだろう。」
「そうですか……。」
「すまんな。」
「いえ。」

 猫の餌皿は既に空になっていた。猫缶の残りももう無い。始は空き缶を集めると、餌皿と重ねて、茶々丸が持ってきていたレジ袋に詰め込む。猫達は1匹、また1匹と何処かへ去っていく。始と茶々丸は立ち上がった。

「さて、俺はそろそろ帰らねばならん。」
「私もマスターの夕食を用意しなければなりません。」
「そうか、それではまたな。」
「はい。それでは失礼いたします。」

 バイクに跨ると、始はエンジンを掛けた。彼はギアを入れ、クラッチを繋ぐ。走り出したバイクを、茶々丸はしばし見守っていたが、バイクが路地に入り見えなくなると、彼女もまた踵を返して家路についた。



 次の日の土曜日、始はカメラを構え、山中を歩き回っていた。野生動物の写真を撮るためではあるが、それ以外に例のモノリスの捜索を再開したという意味合いも持っている。彼は以前よりも更に捜索範囲を広げていた。
 ネギによれば、学園の魔法使い達――学園長らはモノリスに付いて何も知らないらしい。学園長達がネギに対し隠し事をしている可能性もあるが、そうでなかった場合、あのモノリスが野放しになっているかもしれないのである。

(俺『達』全アンデッドをこの異世界へ放逐した後、モノリスは元の世界に残っている、と言う可能性もあるが……。もしそうであるならば、『大破壊』が起こっていない理由も納得がいく。モノリスを操っている『統制者』の力がこの世界に及んでいないのであれば、……。)

 始の想像は、正解に近い所までいく。だがそれは所詮、推測にもならない想像のレベルでしかない。始は頭を振って思いなおす。

(いや、そう楽観はできん。この世界で万が一『大破壊』が起こるようであれば、悔やんでも悔やみきれん。
 この世界の人間達も、元の世界の人間達と同じだ。優しく、暖かい。まあ、そうでないのがいるのも同じだが……。失いたくは無い……。)

 始の脳裏に、天音――栗原天音と言う少女の笑顔が浮かぶ。彼女こそが、彼が「子供」に拘るようになったきっかけの存在であろう。そしてその母親である遥香や叔父である白井虎太郎、仮面ライダーであった橘や睦月の姿が次々に浮かび上がってくる。彼らとの交流が、「相川始」の「人間」としての原体験であった。
 彼は一枚のカードを取り出し、じっと見つめる。そのカードこそは、JOKER――仮面ライダーの最後の一人にして、始の「友」、剣崎一真であった。

「……。」

 彼は無言でカードをしまうと、再び歩き出した。ついでに木っ端をひょいと拾い上げると、シュッとあさっての方向へ投擲する。

スコーン。

「ふげっ!?」

 始の投げた木っ端に当たって、枝の陰から落ちてきたのは、誰あろう長瀬楓であった。

「あたたた……。ひどいでござるよ、拙者まだ何もしておらぬでござるに。」
「これからする気満々だっただろう。闘志とかそんな物がピリピリと首筋に来たぞ。」
「むう……。あいかわらず凄い察知能力でござるな。」

 始は楓に手を貸して立ち上がらせた。楓も素直にその手を借りる。始は楓に向かって言った。

「ところで、今日は相手をしてやれないぞ。今日は見ての通り仕事がある。」
「それは残念でござるな。けれど、そろそろお昼時でござるよ?お昼ぐらいご一緒してもかまわんでござろ?」
「む、もうそんな時間か。ふむ、そうだな、わかった。」

 彼らはしばらく行った先の岩場まで移動し、そこで昼食を摂る事にした。



「ほう、写真集を出すでござるか?」

 岩魚の塩焼きを頬張りながら、楓は始に聞いた。ちなみにこの岩魚は楓があらかじめ川で捕って置いた物である。始も自分のランチジャーから出した玉葱の味噌汁を啜りながら、楓の問いに答える。

「ああ。一応2冊、な。」
「ほほう。それでは拙者、よければクラスメートなどに宣伝するでござるが?」
「そうだな……。どちらの本も上製本――ハードカバーだから、価格がやや高目なんだが、猫の写真集の方は値段を抑え気味にしてある。中学生の小遣いでもまあ買えると思うぞ。宣伝してくれると言うなら、そちらをたのむ。
 残念ながら野生動物の写真集の方は、値段も張る上に一寸マニア向けと言った風情で客層も違う。女子中学生向けじゃないな。
 ああ、ところで実際の出版はまだ1ヶ月ほど先の事だ。あまり急がなくてもいいぞ。」
「あいあい、わかったでござるよ。」

 楓は微笑むと、火の周りからもう1匹岩魚を手に取った。と、彼女は始が難しい顔をしているのに気付く。

「どうしたのでござるか?不味い物でも食べた様な顔をして。」
「ああ、いや……。」

 始は最初口ごもる。彼は少々考え込んでいるようだ。が、すぐに口を開く。

「長瀬、例のモノリスだが……。まだ見かけてはいない、な?」
「ああ、悩んでいたのはそのことでござったか。残念ながら見かけてはいないでござるよ。」
「やはり、か。せめて無いなら無いと、はっきりさせる方法があれば良いんだが……。」
「むう……。」

 楓は始が考え込むのを見て、自分も考え込んでしまう。始はその様子に、苦笑して謝罪する。

「いや、飯時にすまなかった。思い詰めては上手く行くものも行かなくなる。気長にやるとするさ。こっちの事情でそちらにまで心配をかけて、すまなかったな。」
「あ、いや謝られるほどのことではないでござるよ。それより、ご飯にするでござるよ。」

 楓はそう言って、岩魚にかぶりつく。始も笑ってご飯をかきこんだ。



 その後、始は修行をする楓と別れ、時間が許す限り山中を歩き回ったが、当然の事ながらモノリスの手掛かりすら掴めなかった。代わりに、いい写真はけっこうな枚数撮れたらしいが。



[4759] 仮面ライダーカリス 第19話 その1
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/06/08 17:02
 雨の中、始のバイクは家路を辿っていた。今日の天気予報では、夕方から雨だとは言ってはいた。だが彼は、雨が降り出すまでには帰れるだろうと思い、買い物に出ていたのである。しかし予想していた以上に買い物に時間がかかった事と、雨が天気予報よりも早く降り出したことで、彼は雨の中を濡れながら帰る羽目になっていた。まあ一応、雨合羽は用意してはいたが。
 と、始はバイクを減速させる。ふと、妙な気配と言うか、彼の感覚に触れる物を感じたためだ。彼は道端にバイクを停めて、その感覚が導く方へ歩いていく。そこには一匹の犬が倒れていた。その犬は前足に怪我をしている。始は眉を顰めた。

(この犬……普通の犬では無い?)

 始の超感覚は、この犬がただの犬ではない事を彼に教えていた。彼はその犬を拾い上げる。

「ハッハッハッ……。」
(この犬の気配……。何処かで覚えがある?)

 始はとりあえず、雨合羽とシャツの前を開くと、その犬をそこへ包むようにして入れ、ボタンを留める。そしてしっかりと犬が衣類の中で固定されている事を確認すると、バイクをそっと走らせはじめた。



「師匠、ドラゴンを倒せるようになるには、どれ位修行すればいーですか?」

 そうネギがエヴァンジェリンに問うたのは、エヴァンジェリンの『別荘』で彼がエヴァンジェリンの猛特訓を受けていた途中のことであった。ちなみにエヴァンジェリンの『別荘』とは、エヴァンジェリン宅の地下室に置かれた、直径50~60cm程度のガラス瓶に封入された、一見模型のような塔である。
 実はこの瓶の中には、現実の空間が切り取られて封入されているのだ。ネギ達は転移の魔方陣を使い、この瓶の中の世界と外の空間とを行き来しているのである。更に言えば、この瓶の中の世界で1日過ごしても、外の世界では1時間しか経過していないと言うおまけ付きである。日常先生の仕事で忙しいネギが修行を積むには、もってこいの場所であった。もっとも、この瓶の中の世界に一度入ると、中で1日単位で過ごさないと、外の世界に出てこられないと言う欠点もあるが。
 それはさておき、先程のネギの台詞に対するエヴァンジェリンの反応は、次のようなものであった。

「アホかーーーッ!」
「ぺぷぁ!?」

 ネギはエヴァンジェリンの鉄拳制裁を喰らった。エヴァンジェリンは続けて言う。

「21世紀の日本で、ドラゴンなんかと戦うコトがあるかーーー!アホなコト言ってるヒマがあれば呪文の1つでも覚えとけ!」
「あううー」
「エヴァちゃんエヴァちゃん」

 そう言って割って入ったのは、明日菜である。今日は彼女と他数名の3-A生徒達もまた、この別荘に付いてきていたのだ。ちなみにその女生徒の大半は、きゃいきゃい言いながら初心者用の練習用魔法の杖で遊んでいる。彼女らは、ネギから教わった初心者用の魔法の呪文――着火呪文を唱えては、だめだー、とか出ないー、とか騒いでいた。
 それはともかく、明日菜はネギがドラゴンを倒すとか言い出した理由をエヴァンジェリンに説明した。

「実はね、ネギのやつ先日図書館島の地下図書室の更に奥にいってきたのよ。お父さんの手掛かりがそこにあるって、夕映ちゃんと本屋ちゃんが京都で手に入れてきた地図のコピーを解読してくれたのよ。」
「何!ナギの手掛かり!?」
「はい、その通りです。が、解読と言うほどのものではなく……。」
「あうー。」

 京都で手に入れてきた地図とは、ネギの父親ナギ・スプリングフィールドが残した地図である。その地図にはここ麻帆良学園都市の詳細が暗号で記されていた。ネギはその暗号の中に、父親ナギの手掛かりがあるのではないか、と地図を解読していたのである。
 だが実際にナギの手掛かりを見つけたのは、暗号を詳細に分析していたネギではなく、そのコピーを渡された綾瀬夕映、宮崎のどか達図書館探検部員であった。ぶっちゃけた話、ナギの手掛かりは暗号でもなんでもなく、地図の中に手書きのカタカナででかでかと「オレノ テガカリ」と書き込んであったのだ。
 明日菜の台詞に、夕映とのどかが続ける。

「それで私達とネギ先生が図書館島の地下図書室最奥部へと挑んだわけですが……。」
「そこにいたんですー。おおきなドラゴンさんが……。」
「何?」

 エヴァンジェリンは片眉を上げる。そう、ネギとのどか、夕映ら3名が地下図書室の最奥部に至った時、そこには巨大なドラゴンが居たのである。ネギ達3名は、そのドラゴンに追い散らされ、命からがら逃げ出して来たのであった。
 その事を聞いたエヴァンジェリンは考え込む。

「むう。ナギの手掛かりのある場所の前に、ドラゴンが……。おそらくそれはガーディアンだな。番犬のような物だ。しかしここ麻帆良学園の地下深くに、そんなものが潜んでいたとは……。むう……。ナギの手掛かり、か……。」
「そ、それで師匠。ドラゴンを倒せるようになるには、どれ位修行すればいいでしょうか。」
「アホかーーーッ!」
「ほべぷっ!?」

 ネギは再び鉄拳制裁を喰らう。エヴァンジェリンは吼えた。

「お前はまだまだそんな事を論じられるレベルにもなっておらんわっ!
 ……ところで神楽坂明日菜。お前はそのとき付いていかなかったのか?お前なら小僧がどこかへ探検に行くとなれば、付いていきそうな物だがな。」
「う……。そ、それは……。」
「いやー、それなんだがよ。今回は兄貴達、兄貴の杖に乗って飛んでったんだよな。」

 口ごもる明日菜にかわり、カモが説明をする。

「なんでかは知らねーけどよ、姐さんが乗ると、兄貴の杖、うまく飛ばねーんだよなー。だから今回は涙を飲んでお留守番ってわけ。」
「なるほど、明日菜……。お前、体重が120kgほどもあるのか。なるほどな。」
「なんでよーーーッ!!」
「ふげろっ!?」

 明日菜の突っ込みが、諧謔を飛ばしたエヴァンジェリンに直撃する。エヴァンジェリンは叫んだ。

「き、貴様っ!いくら弱まっているからとは言え、真祖の魔法障壁をテキトーに無視するんじゃないっ!」
「ふんだ!」
「ああ、アスナさんも師匠も、やめてくださいよー。」
「アホばっかです。」
「あううー。」

 ネギの修行風景は、今の所平和一色だった。



 ネギ達が、エヴァンジェリンの『別荘』の中で騒いでいる頃、外の世界で蠢動している者達がいた。雨の降りしきる中、その者達は麻帆良学園都市の路地裏に、密かにうごめいていた。
 路地裏の路面にできた水溜りが、ぐうっと盛り上がる。それはまるで海月か何かのようにも見えた。その物体には、二つの光る目が有った。その目は、明らかに知性を感じさせる。

「……ネギ……スプリングフィールド……。」

 その物体は2つ、3つと数を増やすと、くすくすと笑い声を立てた。だがやがて再び、それらの物体は、とぷん、とぷん、と水溜りの中へと姿を消していった。やがて、その路地裏からは全ての気配が消えてしまう。そこにはただ、雨が降り続けるだけだった。



 始は拾った犬を自宅へと連れ帰った。そしてリビングでタオルの上に寝かせ、詳細に調べてみる。すると、犬の額に何やら紙片のようなものが張り付いていた。その紙片には梵字が書かれている。始は少々迷ったが、どうせその紙片は濡れて剥がれかけていたため、思い切って剥がしてみた。
 すると突然、しゅうしゅうと煙が上がった。始は驚かない。何かが起こるだろうと、心構えができていたからだ。そして煙が晴れたとき、犬の姿は無く、そこには一人の少年が寝転がっていた。
 始はその少年に見覚えがあった。

(気配に覚えがあるのも当然か。たしか京都で、あの眼鏡の女呪術師の一党に居た半人半獣の少年、だったな。名前は……聞いていなかったな。)

 始は聞いてはいなかったが、少年の名前は犬上小太郎と言う。自称ネギ・スプリングフィールドのライバルである。もっとも、そんなことは始が知る由もない。
 始がふと見ると、小太郎は右腕に怪我をしている。更に額に手を当てると、小太郎は相当高い熱を出していた。始は部屋の奥へ行くと、滅多に使わない救急箱を持ち出してくる。

(半人半獣に人間の薬で良い物か……。まあアンデッドである俺に人間の傷薬が効くんだ、かまわんか。)

 その時、突然小太郎が立ち上がった。そして彼は、始に飛び掛ってくる。その指先に光る鋭い爪は、始の喉笛を狙っている。

 トスッ!

 始は体を躱し、手刀を小太郎の後頭部に入れた。小太郎は崩れ落ちる。始は溜息をついた。

(やれやれ、いきなり暴れ出すとは。錯乱していたようだが、どうしたものか。……とりあえず、毛布でぐるぐる巻きにして拘束しておくか。と、その前に一応手当てはしておこう。)

 始は小太郎の手当てを手早く行うと、彼を客間へと運んでいった。と、小太郎がうなされるように言葉を発する。

「う……ネギ……。あいつに……伝えな……。危険が……狙われ……。」
「!?」

 始は目を見開く。小太郎が、ネギと敵対するグループに居たのは確かだ。その小太郎が、ネギに危険を知らせようとしている。その事実は、始を驚かせた。
 ただ、小太郎は始が――ワイルドカリスがリョウメンスクナノカミを倒した後、その現場に楓達と一緒になって現れている。また、その時フェイトの石化魔法で死に掛けていたネギを励ましてもいた。その事から察するに、あの時点で小太郎は降参していた可能性が高い。となれば、彼が今回ネギに味方するような立場に立っていてもおかしくは無いのかも知れない。
 だがそれ以上に、小太郎が今言った事が事実ならば、ネギに危険が迫っている事になる。始はどうしようか一瞬迷った。が、彼はとりあえず小太郎を毛布でぐるぐる巻きに拘束すると、その額に熱冷ましに濡れ手拭をかけてやる。その後、懐から携帯を取り出して、電話をかける。相手はネギだ。とりあえず小太郎を拾った事情を説明して、危険を警告するつもりなのだ。
 だが電話は繋がらなかった。返って来たのは、おきまりの「~電源が入っていないか、電波の届かない所に~」のアナウンスだ。それもそのはず、始が電話をかけた相手のネギは、今エヴァンジェリンの『別荘』で魔法の訓練の真っ最中であり、いわば別の空間にいるような物である。電波が届かないのも当たり前であった。
 始は次に茶々丸に電話をかけてみる。ネギになんらかの危険が迫っているらしい事を話すためだ。だが茶々丸にも電話は通じない。茶々丸もまた『別荘』の中に入っており、電波が届かない所にいるのである。
 始はどうすべきか悩んだが、とりあえず小太郎の目覚めを待つ事にした。始がカリスとして動くには、まだ情報が少なすぎることもあったためである。彼は小太郎の額に乗せた濡れ手拭を交換してやる。

(なんとかしてネギに連絡を取らないとならんな。だが、どう説明したものか……。それにどうやって連絡をとったものか……。)

 始は考え込む。彼が座っている傍らでは、小太郎がうなされながら眠っていた。



[4759] 仮面ライダーカリス 第19話 その2
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/06/11 11:49
 小太郎が目覚めたとき、彼は毛布でぐるぐる巻きになって紐で縛られ、身動きが取れなくされていた。彼はぎょっとしてじたばたともがく。その時、彼に声がかかる。声の主は、彼の脇に立っていた青年だった。

「起きたか。だがもう少し静かにしていろ。怪我をしている上に、とんでもない高熱を出していたんだぞ。」

 その声と共に、小太郎の口の中に何かが押し込まれる。硬い棒のような物だった。

「噛み砕くなよ。体温計だ。」
「むー、むーー!」
「何か言いたい事があるのはわかるが、とりあえず熱を測るまでじっとしていろ。」

 青年はそう言って、彼の傍らの床に座りこんだ。しばらくすると、ピピッピピッと体温計が鳴る。青年は小太郎の口から体温計を引っ張り出すと、表示を読む。彼は頷いた。

「熱は下がったな。」
「ちょ、オイ!なんで俺はこんな風に縛られとおねん!」
「高熱のせいか、錯乱して暴れたからだ。もう暴れないと言うなら、ほどいてやる。」

 小太郎はあまりよく納得はしていない様だったが、一応頷く。青年は、小太郎を縛っていた紐を解き、毛布を外してやる。すると小太郎は驚く。自分が素っ裸だったからだ。

「ちょ、なんか着るもん!」
「一応そこに用意してある。パンツとシャツはお前が寝ている間にコンビニで子供用を買ってきたが、上着とズボンは俺ので我慢しろ。ベルトをきつく締めて、袖や裾を折れば、なんとかなるだろう。」

 グ~~~。

 小太郎の腹が鳴った。

「……それとなんか食い物。……腹へってもうあかん。」

 青年――始は苦笑して、小太郎をダイニングへ誘う。手っ取り早く衣類を身に着けた小太郎は、始の後に付いていった。



「さて、俺の名は相川始と言う。お前のことは何と呼べばいい?」
「はぐ、もぐむぐ。ぷはっ!俺は小太郎、犬上小太郎や。コレ、美味いな!相川の兄ちゃんって料理人か?」
「いや、俺は写真家だ。……今まで倒れてたのに凄い食欲だな。おかわり、いるか?」
「おう!」

 始はキッチンへ行き、雑炊のおかわりをどんぶりにいっぱいよそって持って来た。小太郎はそれを受け取り、かきこむように啜る。やがて、ようやく一息ついた頃合を見計らって始は小太郎に問い掛けた。

「ところで小太郎。なんで雨の中倒れていたんだ?」
「えっ……。」

 小太郎は答えに詰まる。何やら必死に考えているようだ。だがしばらくして、肩を落すと言葉を漏らした。

「……わからん。」
「?」
「なんや、頭の中に霧がかかったみたいになっとって、何も思い出せんのや……。」

 始は眉を顰める。

(高熱のせいで、一時的に記憶喪失にでもなったか?)

 始はそう考えた。小太郎は腕組みをして、うんうん唸っている。彼はぽつりと漏らした。

「なんや……なんや俺、大事な用があったような気がするんやけど……。」
「……ネギ、と言う名前に覚えはないか?お前は熱でうなされている間、『ネギが危ない』だの『ネギに伝えなければ』だのうわ言を漏らしていたぞ。」
「う~~~ん……。なんやどっかで聞いた気もするんやけど……。」

 小太郎は汗を流して悩む。始も困っていた。小太郎が目を覚ませば事情が解るかと思ったのに、まったく事態が進展しないからだ。
 始は小太郎に言う。

「……とりあえず、風呂に入って来い。雨の中倒れていたのと、寝汗をかいたので、体中汚いからな。」
「お、おう。わかった。……う~ん。何やほんまに大事な用があったような……。」
「お前がうわ言で言っていたネギと同一人物だと思うんだが、俺の知り合いにもネギと言う子供がいる。お前と同じぐらいの年頃の、な。本人に会ってみれば、何か思い出すかもしれん。明日になったら、会いに行ってみるか?」
「おう……。」

 腕組みをして、深い考えにはまり込んでしまった小太郎を、始はバスルームへ追いやった。その後、彼は再度ネギへと電話をかけてみる。だがやはりまだ電波の届かない所――エヴァンジェリンの『別荘』の中にいるらしく、携帯は繋がらなかった。



 その頃、ネギは『別荘』から出てきていた。始が電話をかけて繋がらなかった、ちょうど直後の時間である。非常にタイミングが悪かったと言えよう。
 ネギを始めとした、3-Aの生徒達はエヴァンジェリンに別れの挨拶をする。

「「「おじゃましましたー!」」」
「うひゃー、スゴイ雨や。」
「カサ1本しかないですね。」

 ネギと女生徒達は、きゃーきゃー言いながら雨の中を走っていく。それを見送りながら、エヴァンジェリンは疲れた様子で愚痴を漏らす。

「やれやれ、やっとうるさいのが行ったか。」
「楽しそうでしたが?マスター。」

 茶々丸が無自覚に突っ込む。だがエヴァンジェリンはそれには応えず、ふと右眉を上げた。

「……。ん……?」
「どうかしましたか……?」
「いや……。気のせいか……。」

 エヴァンジェリンの表情は冴えない。その様子を、茶々丸が心配そうに見守っていた。



 女子寮の入り口で、ネギは女生徒達の大半と別れた。別れ際に、朝倉和美がネギに向かって言う。

「何かあったらいつでも呼んでよ、協力するからさ、ネギ君。」
「は、はいー。」

 和美達は寮の中へ駆け込んでいく。残ったのは、明日菜と木乃香、それに刹那だ。その他の少女達を見送ったネギは、はーっと息をついた。それを見て、明日菜が妙な顔をする。

「どうしたのよネギ?」
「いや、皆さんとっても優しい人達だなあって。僕の6年前の事を知っても、恐がらないで力を貸してくださるって言うんですから。」

 ネギはエヴァンジェリンの別荘の中で、6年前に自分の身に起こった事を魔法を使って明日菜に教えていた。6年前、ネギの住んでいた村は、無数の悪魔達によって焼き討ちされたのである。
 その村は、ネギの父親であるサウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールド故郷の村である。それ故、ナギに恨みのある者あたりが悪魔を召喚して村を襲わせた物と思われた。村人達は全て悪魔の力により石化されてしまい、ネギも窮地に追い込まれる。
 だがその時、ネギを救った者があった。死んだと思われていた、ナギ・スプリングフィールド――サウザンドマスターである。サウザンドマスターは、その膨大な魔力で悪魔達を蹴散らした。だがそれでも、彼が救えたのはネギとその姉代わりをしていたネカネだけであった。村の顔役であったスタン老人も、ネギを守るために爵位級の上位悪魔と戦って、相打ちの形で相手を封印したものの、石化されてしまったのである。
 そしてサウザンドマスターは、ネギを救うと自身の杖をネギに譲り渡した。曰く「俺の形見」だとのことである。そして彼はふわりと天へと昇って、その姿を消した。
 そしてその事件は、ネギの心に深い傷を残した。彼は、自分が「ピンチになったらお父さんが助けに来てくれる」と思い込んでいたせいで、村が壊滅するようなピンチに追い込まれたのではないかと、子供心に思い込んでしまったのである。無論、理屈にもなっていない変な考え方である。変な考え方ではあるが、幼い子供という物はそうしたところがあるものだ。
 そう言った彼の過去の記憶を、ネギは魔法を使って明日菜に見せていたのである。が、それを宮崎のどかの読心術用アーティファクトを使って覗き見されてしまい、結局はその場にいた全員がネギの過去を知る事になってしまったのである。

「もしかしたら、6年前の事をお話した事で付き合いを考え直されるかもしれない、って事も覚悟の上だったんですけどね。あたっ!」

 そう言ったネギを、明日菜は軽く小突く。ネギが見ると、彼女は怒って頬を膨らましていた。更に見回すと、一緒にいた木乃香や刹那も眉を顰めている。明日菜は言った。

「あんたねえ!あたしらを見くびるんじゃないわよ!そりゃあんたの周りに居れば、色々厄介ごととかがめぐって来るかもしんないわよ!?でもねえ、それがどうしたのよ!そんなこと、もうはなっから承知の上なんだから」
「アスナさん……。」
「そうです、ネギ先生。うまく言えないかもしれませんが、私はネギ先生の事を助けたいと思っています。いざと言うときには、呼んで下さい。いつでもお手伝いします。」
「そうやよ、ネギ君。ネギ君のお父さんかて、きっと見つかる。うちらに手伝える事があったら、ちゃんと言って。」
「刹那さん、このかさん……。あ、ありがとうございます。」

 ネギは感涙にむせぶ。その様子を見て、明日菜達も笑顔に戻る。明日菜はネギの頭に手を置き、ぽんぽんと軽く叩いた。

「ま、そんなトコだから。」
「そうやよ。うちらもできるだけの事はするから。」

 木乃香が後を続ける。刹那も笑顔でネギを眺める。ネギは微笑んで頷いた。

「はい!」

 だがネギは気付いていなかった。いや、ネギだけではない。明日菜や木乃香はともかく、神鳴流剣士であり退魔師でもある刹那ですら、その気配には気付けなかった。天井に開いた換気口の中に、何者かが潜んでいたのである。それは、海月を思わせるゼリー状の物体であった。だが、そのゼリー状の物体には、確かに知性の存在を感じさせる、光る2つの目が存在していた。



 その頃、小太郎はひたすら食っていた。始も呆れるほどの食いっぷりだ。

「おい、少し落ち着いて食え。胃に悪いぞ。」
「あぐ、はぐ、むぐ。んぐんぐ。ぶはっ!兄ちゃんおかわり!」
「聞いて無いな……。」

 始はご飯のお代わりを茶碗に大盛りでよそってやる。ついでに味噌汁も。小太郎は待ってましたとばかりに喰らい付く。
 やがて電子ジャーを空にして、ようやく小太郎の食欲は治まった。彼は一息つく。

「ぶはー、美味かったー。相川の兄ちゃん、写真家だって言うとったけど、料理人でもやっていけるんとちゃう?」
「何、家庭料理の範疇だが、年季が違うからな。」

 始はそう言うと、茶碗や皿を片付けていく。シンクにそれらの洗い物を放り込むと、始は徐に玄関へと向かう。そして靴を履き、急に雨の降りしきる外へと飛び出した。小太郎はあっけにとられる。だが彼も何かを感じたのか、始の後を追って外へと飛び出した。彼は履物が無かったので、裸足である。
 小太郎が始に追いつくと、彼は何やら正体のわからない、ゼリー状の物体と対峙していた。ゼリー状の物体は、うねうねと形を変えると、幼い少女の姿へと変わる。その物体は声を出した。

「まさか見つかるとは思ってなかったゼ」
「人の家を覗き見とは、いささか趣味が悪いな。何者だ?」

 始は動ぜずに、その少女の姿に変身した物体――生物を詰問する。だがその生物はくすくす笑うだけで答えようとしない。と、その生物の後から人影が現れる。裾がボロボロの黒のロングコートを着て帽子を目深に被ったその人影は、少女型の生物に声をかける。

「よくその少年を見つけてくれたね。ここはもう良いから、仲間と合流して作戦通り事を運びたまえ。」
「了解だゼー。」

 少女型生物は、再び姿を海月のように崩すと、水溜りの中へ消えていった。後から現れた人影――初老の男性は、小太郎に向き直る。そして彼は言葉を発した。

「やあ、狼男の少年。元気だったかね?」
「お……お前は!?」

 小太郎にはその男に見覚えがあった。その男を見た瞬間、まだ完全ではないが、失っていた記憶の断片が次々に浮かび上がってくる。

「さて少年。『瓶』を渡してもらおうかな?君は我々の仕事の目的とは違うが……。その瓶に再度封印されては元も子もないのでね。」

 そう言うと、その男はいきなり小太郎に殴りかかってきた。だが、始が割ってはいる。彼は殴りかかってきた男の腕を取ると、小手返しに投げ飛ばした。男はびしょ濡れの地面を転がって衝撃を受け流すと、離れた場所で立ち上がった。

「ほう……。やるね。何者かね君は。」
「……そう言う時は、自分から名乗るものだろう。だが、まあいい。俺は相川始と言う、しがない写真家だ。」
「これは失礼したね。私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。伯爵などと言っているが、没落貴族でね。今はしがない雇われの身だよ。
で、何でその写真家がその少年を守るのかね。」

 初老の男――ヘルマンは不思議そうに訊ねる。始は答えた。

「何、なりゆきだ。」
「なりゆきで戦うのかね?」
「俺の信条もある。いきなり子供に殴りかかるような輩は、逆にぶん殴られて当然だと思うが、違うか?」
「ふむ、それはそうだね。だがこれも仕事の一環でね。やむを得ない仕儀なのだよ。」

 始はもはや語る口は無しと、黙って構えを取る。ヘルマンもまた、始に向かって構える。だがそこに、割り込んだ者が居た。小太郎である。小太郎は吼える。

「何やっとぉねん!おっさんの狙いは俺やろ!?」
「よせ小太郎!」

 小太郎はいきなりヘルマン目掛けて突っ込んだ。始が制止するが聞く耳を持っていない。彼はヘルマンに向かって拳を放つ。ヘルマンは左腕でそれを捌くと、正拳の連打を小太郎に見舞う。小太郎は最初の数発は受け流したが、全ては捌ききれず直撃をくらう。小太郎は雨に濡れた路面を転がっていき、四つん這いに近い姿勢で体勢を立て直す。
 始はヘルマンと小太郎が離れたのを見ると、ヘルマンに向かって中段蹴りを放った。ヘルマンはそれを中腰になり、腕をクロスさせて受ける。すかさず今度はヘルマンが正拳突きの連打を始に浴びせる。始は綺麗にその拳を捌くが、実のところ流石に多少苦労している。威力も重く、まるで重機関銃のような連打だ。だが始はそんな中、機を捉えてヘルマンの腕を捕らえた。彼はその腕を捻りながらヘルマンの身体を投げ落とす。
 そこへ小太郎が飛び込んで来た。彼はヘルマンが立ち上がろうとした隙に、その懐に飛び込むことに成功したのである。小太郎はそこで勝負をかけた。少なくとも、そのつもりだった。

「これで……決まりや!!狗神!!」

 だが彼の右手からは、狗神は出なかった。本来であれば、黒い影の様な狗神が彼の手から出て、ヘルマンを打ち据えるはずだったのだ。だが彼の手からは何も出現する様子が無い。
 ヘルマンは小太郎のその右腕をがっしと掴んだ。ヘルマンは言う。

「……残念ながら、術が使えないことは、忘れたままだったようだね。おっと、動かないでくれたまえ写真家君。」
「む……。」
「は、放さんかいっ!!」

 小太郎を助けようとした始を、ヘルマンは牽制する。

「何、私はこの少年が持っているはずの『瓶』さえ手に入れば、それでいいのでね。それ以上君らに手出しはせんよ。」
「瓶、だと?」
「うむ。ああ、これだよ、これ。あった、あった。」

 ヘルマンは、小太郎の髪の中から一つの小瓶を取り出した。その瓶には、五芒星が描かれている。小太郎は騒ぐ。

「ああっ!何しよるんや!返さんかい!」
「ふむ、これで再封印されてしまう危険は無くなったわけだ。」

 ヘルマンは小太郎を放り出す。小太郎はうまく受身を取って起き上がった。すかさず彼はヘルマンに襲いかかろうとする。

「てめぇこの……。」

 だがヘルマンは、すっと体を躱す。そしてロングコートをマントの様に広げると、空中へと浮かんだ。ヘルマンの笑い声が周囲に響く。

「ふははははは!楽しかったよ小太郎君、写真家君。もしよかったら、また後日にでも遊ぼうじゃないか!はっはっはっはっはっはっは!」
「くそっ!」

 ヘルマンの姿は、雨が降り続く天空へと消え去っていった。小太郎は悔しげにアスファルトの路面を拳で叩こうとする。だが始が小太郎の腕を掴んでそれを止めた。

「よせ。悔しいのはわかるが、物に当たっても解決などしないぞ。拳を痛めるだけだ。それより、あの男の事を知っていたようだが、記憶は戻ったのか?」
「え、お、おう……。多分……。」
「なら家に入れ。話を聞かせてもらいたい。」

 2人は始の家に入ると、びしょ濡れになった身体を拭き、服を着替えた。小太郎は悄然としていたが、やがてゆっくりと話し始めた。

「俺、ネギっちゅーライバルがおるんや。」
「ネギ・スプリングフィールド少年か?」
「なんや、相川の兄ちゃん知っとるんか?実は俺、そいつが狙われてるって話、偶然聞いてしもて、いてもたってもおられんようになってしもたんや。それで懲罰くらって閉じ込められとった所から、逃げ出して来てん。
 あの瓶は、呪文を一言唱えるだけで奴らを封じられるハズの代物やったんやけど……。学園に来る前に、あのおっさんからかっぱらったんやけどな。かわりに魔法でやられたんや。記憶喪失はそのせいやったんや。
 でも、取り返されてしもたな……。」

 始は小太郎に尋ねた。

「何故ネギ少年が狙われているんだ?」
「仮面ライダーカリスや。」
「!?」

 始は驚く。小太郎は、それに気付かずに話を続ける。

「聞いた事あるか?仮面ライダーがほんまにおる、て。」
「ああ……。聞いた事は、ある。」
「その仮面ライダーをおびき出すために、ネギを人質にしよーとしてるらしいんや。
 なんや仮面ライダーはネギが京都旅行しとるときにわざわざ京都まで来て、ネギを助けるような動きしとったから、おそらくはネギの近くの人間が正体なんやろうって。そんでネギを襲えば出てくるやろうって。」
「……。」

 始は唇を噛む。彼自身が原因で、ネギが狙われる事は想定していなかったわけではない。だが、現実に起こるとなれば、やはりその衝撃は大きい。彼は携帯を取り出して、この日何度目かの電話をネギに入れた。



 ネギはその時、自室――明日菜と木乃香の部屋でくつろいでいた。ちなみに今日は刹那も遊びに来ており、木乃香とおしゃべりに興じている。
 その時、ネギは何やら異様な魔力の変動を感じたような気がした。気のせいかもしれないが、万が一と言うこともある。彼はカモを頭に乗せ、その魔力の変動を調べに出ることにした。彼は女子寮の玄関前に出る。外はまだ雨が強く降っていた。彼は傘を差す。
 そこへ、携帯電話の着信音が鳴った。ネギは懐から携帯を取り出し、電話に出る。相手は始だった。

「はい、ネギ・スプリングフィールドです。」
『よかった、通じたか。ネギ少年、俺だ。相川だ。』
「ああ、先日はどうも相川さん。」
『挨拶はいい。緊急の用事なんだ。ネギ少年、今何処だ?』

 切羽詰ったような始の口調に、ネギは訝る。だが、一応彼は素直に答えた。

「寮の前ですけれど。」
『犬上小太郎と言う子を知っているな?』
「あ、はい?なんで相川さんが小太郎君の事を?」

 ネギは不思議に思った。始は用件を早口で言う。

『今、その彼がここに来ているんだ。ネギ少年、急いで守りを固めろ。小太郎の話によると、何者かにお前が狙われているらしい。俺もその一味と思われる奴とやりあったが……。』

 そのとき、道路の路面にできた水溜りから数本の透明なゼリー状の触手が伸び、ネギとカモを捕らえる。ネギは反射的に魔法を使おうとするが、触手のうち1本がネギの魔法の杖を取り上げてしまう。傘と携帯が地面に転がった。

「ああっ!?」
「兄貴っ!!」
「目標確保しまシタ……。」
「あとは万一に備えて、ネギ・スプリングフィールドの従者達を攫えば任務完了ナ」
「楽な仕事だゼ。くくくくく。」

 そして次の瞬間、触手はネギを絡め捕ったまま、水溜りへと吸い込まれるように消えてしまった。



 始は携帯を耳に当てながら、じっと立ち尽くしていた。小太郎が声を掛ける。

「あ、相川の兄ちゃん……。ネギは……。」
「やられた。おそらくは攫われた。」
「なんやて!?そしたら……。」
「ああ、助けなければ。」

 始の手の中で、携帯電話が軋む音を立てた。



[4759] 仮面ライダーカリス 第19話 その3
Name: WEED◆7457ab78 ID:b2385c2a
Date: 2009/06/11 11:53
 始は玄関を開けると、外へと飛び出した。その後を、あわてて小太郎が追う。小太郎が追いつくと、始は既にヘルメットを被り、バイクを覆っていた雨避けのシートを引っ剥がしていた所だった。小太郎は慌てて始に向かって叫ぶ。

「相川の兄ちゃん!俺も連れてけ!」
「駄目だ。家で待っていろ。」

 始はその頼みを斬って捨てる。だが小太郎も粘る。

「兄ちゃんが駄目だ言うても、俺は俺で動くで?」
「……。」
「そんで、俺の方が先に奴らを見つけたら、兄ちゃんはどないすんのや。」

 まず万が一にも、そんな事は無いだろう。だがこのまま放っておけば、小太郎は言ったとおり勝手に動き回るだろう。そして何らかのトラブルに巻き込まれるか、あるいは自らがトラブルを巻き起こすやもしれない。そして本当に万が一、彼が始より先にネギを攫った奴らと接触してしまったなら……。
 始は迷った。もし小太郎を連れて行くとなれば、遅かれ早かれ小太郎に、彼の「秘密」を打ち明けねばならなくなるだろうからだ。始は少々の間、考え込んでいた。だが彼はついに心を決めた。彼は小太郎に言う。

「……止むを得ん、か。小太郎、連れて行くかわり、1つ俺と約束しろ。男と男の約束だ。それができなければ、連れてはいかない。」

 始の口調は、いつに無く重々しい。

「な、なんや?」
「これから俺はお前に1つ秘密を明かす。重要な秘密だ。この秘密は、俺とあと1人しか知らない。それほど重要な秘密だ。
 それを誰にも教えるな。例えネギにも、だ。」

 小太郎は、始の醸し出す迫力に息を呑んだ。だが彼は、気力を振り絞って応えた。

「応!絶対に誰にも喋らへん!男と男の約束や!一体どんな秘密か知らへんけど……。けど絶対に秘密を漏らしたりせえへん!」
「そうか……。」

 次の瞬間、始の腰周りに異様にごついベルトが現れた。小太郎は一瞬ぎょっとする。始は低い声で呟いた。

「……変身。」

『チェンジ』

 そして彼は1枚のカード――ハートのA、チェンジ・マンティスのカードをベルトのラウザーにラウズする。電子音声が響いた。始の姿は、一瞬にしてカリスに変わっていた。彼の傍らにあったバイクもまた、シャドーチェイサーに姿を変えている。
 小太郎は仰天した。行き倒れになった自分を拾ってくれた男が、なんと仮面ライダーだったのだ。あまりの事に彼は、開いた口が塞がらない。
 だが彼は、約束した事を破るような少年ではなかった。京都では敵として出会い、更に拾われてから一日にも満たない自分をそこまで信用してくれた事に、小太郎は深い感銘を受けた。

「相川の兄ちゃん。」
『この姿の時はカリスと呼べ。』
「わーった。カリス、俺は絶対に秘密を守るからな。安心しろや。」
『……そうか。』

 カリスは物置から予備のヘルメットを引っ張り出すと、小太郎に放ってやる。小太郎はそれを被った。カリスはシャドーチェイサーに跨る。小太郎もまたシャドーチェイサーのタンデムシートに乗った。それを確認して、カリスはマシンを走り出させる。
 シャドーチェイサーは2人を乗せて、雨の中をひたすら疾走した。
 ふと、小太郎はカリスに尋ねる。

「なあカリスぅ、ネギがどこに連れてかれたか、心当たりでもあんのか?」
『無い。』

 カリスはあっさりと答える。小太郎はがくっと危うくマシンの上でこけそうになった。だがカリスの台詞には続きがあった。

『だが俺をおびき出そうと言うならば、わざと手掛かりを残していくはずだ。その手掛かりを探す。』
「っちゅーと?」
『まずは麻帆良学園の女子寮前に行ってみる。ネギが攫われたと思われるのは、そこだからな。』

 カリスの駆るシャドーチェイサーは、麻帆良学園中等部女子寮に向けて、疾風の如く駆け抜けていった。



 やがて彼等は、中等部女子寮の前までやってきた。そこにはネギの傘と携帯電話が雨に濡れて転がっていた。カリスはマシンを降りていって、携帯電話を拾い上げる。それはすっかり水浸しになり、使い物にならなくなっていた。彼は呟く。

『ここで拉致されたのは、間違いが無いようだな。』
「なあ、カリスー。手掛かり言うたかて、何も無いやん。」

 カリスは小太郎のぼやきには応えず、じっと周囲の気配を探っていた。やがて彼は1つの水溜りの前に歩いていく。そして片膝を付くと、手刀を勢いよくその水溜りへと振り下ろした。水飛沫が飛び散る。
 が、その水溜りは直後、ぐぐっと盛り上がると、海月の様なゼリー状の生き物へと姿を変えた。更にそのゼリー状の生き物は、眼鏡をかけた幼い少女の姿に変わる。その少女型生物は口を開いた。

「よく私がいるのに気付いたデスネ……。」
『周囲の水溜りとは、気配が違う。』

 カリスはその少女型生物を凝視した。小太郎は驚いて、目を瞬かせる。カリスは続けて問う。

『ネギの居所を教えてもらおうか。』
「……。」

 少女型生物は、しばらく黙っていた。が、やがて喋り出す。

「いいでショウ。本当はもっと後になってからと思っていたデスヨ。ネギ・スプリングフィールド他数名がいなくなった事が発覚して騒ぎになるのは明日以降デス。仮面ライダーカリスが動くのはおそらくそれからと思っていたデス。
 でも歓迎の準備はできているデスヨ。」
『そうか、有り難いな。』

 ちっとも有り難くなさそうな口調でカリスは言う。少女型生物は言葉を続けた。

「麻帆良学園都市の、西の山地にある、採石場……そこが私達の根拠地デスヨ。ネギ・スプリングフィールド達もそこに居るデス。」
『そうか。』

 カリスは踵を返し、シャドーチェイサーに向かって歩いていく。小太郎もあわてて後を追った。2人を乗せたマシンは雨の中へと走り出す。その背後で、少女型生物はゼリー状に戻り、やがて水溜りの中にトプンと消えた。



 ここは採石場の一角、ネギは魔法の杖も仮契約カードも奪われ、かの少女型生物――スライムの一種が作り上げた、巨大な水滴――水牢に閉じ込められていた。彼の杖は、彼が呼べないようにお札で簡易的に封印が施され、仮契約カードなどの他のアイテム類と一緒に隅の方にまとめて置かれている。
 ネギは周囲を見渡した。彼が入れられている物とは別の水牢に、明日菜、木乃香、刹那、のどかの4人が押し込められている。彼女らは意識が無い様子で、水牢の中で浮いている。ちなみにカモは、彼だけの小さな水牢に押し込められている。こちらは起きているようで、きーきー騒いでいる。
 ネギは彼の前に立っている初老の男――ヘルマンに向かって叫んだ。

「あ、あなた!何故こんなことをするんですかッ!?何が目的なんですッ!?」
「何、単純な仕事だよ。」

 ヘルマンは答える。

「基本的には「麻帆良学園の調査」なんだがね。それに加えて「仮面ライダーカリスが今後どの程度の脅威となるかの調査」も依頼内容に含まれている。いや、どちらかと言えば「仮面ライダーの調査」の方がウェイトは重いかもしれんな。
 それで仮面ライダーカリスをおびき出すための囮として、君にお出まし願ったんだが、ね。」

 そう言って、ヘルマンは深々と溜息をついた。彼は言葉を続ける。

「だが実は正直少々失望しているのだよ、君にね。」
「ぼ、僕に失望?」
「こんなにあっさり捕まってしまうようでは、力不足もいいとこだ、と言いたいのだよ。もう少しは抵抗してくれると思っていたのでね。あのサウザンドマスターの息子が、どれほど「使える」少年に成長しているか、本当に楽しみにしていたのだが、ねぇ……。」

 ネギは唇を噛む。ヘルマンの勝手な言い草に、だがネギは一言も言い返せなかった。彼の力不足は彼自身が痛感している所であるし、無様に捕まってしまったのもまた事実であるからだ。
 その時、エンジン音が聞こえる。ヘルマンは呟いた。

「来たか。報告通りだね。」

 採石場に、1台のバイク――シャドーチェイサーが走り込んで来る。マシン上にはカリスの姿が見えた。カリスはマシンを止める。

『お望み通り、来たぞ。ネギを放してもらおうか。』
「それは君次第だね。」

 ヘルマンはカリスに向かって言う。彼は轟然と言い放った。

「私の目的は、君の実力を確かめる事だ。私を倒す事ができたならネギ君達は返そう。条件はこれだけだ。――これ以上話すことはない。」

 カリスも、これ以上語ることは無いと見たか、マシンから降り、身構える。と、カリスは突然跳躍した。次の瞬間、カリスが今まで居た地面から触手状の物体が湧き上がる。一瞬でも遅ければ、カリスは絡め取られていただろう。
 触手から、文句を言う声が聞こえた。

「ち、うまく逃げやがったネ。」

 触手状の物体は、うねうねと蠢き、3体の少女の様な姿へと変わる。彼女?らは、知っての通りヘルマン配下のスライムだ。カリスは空中でカリスアローから光の矢、フォースアローを連射する。だがほとんど透明なスライム達に対しては、レーザー光の矢はあまり意味はもたなかった。スライム達の身体を、フォースアローは通り抜けてしまう。それでも多少は熱かったのか、スライム達は喚き声を上げる。

「アチ、アチ、アチ。」
「なんだよー、男なら格闘戦ダロ。」
「……悪魔パンチ!」

 ヘルマンは、空中のカリスに向けて拳を振るった。ヘルマンの拳から、魔力の衝撃波が迸り、カリスへと迫る。カリスはカリスアローの刃状になったリムで、その衝撃波を切るように防いだ。切り裂かれた魔力衝撃波は、水飛沫のように弾けて空中に溶けて消える。
 カリスは空中で身を捻って着地すると、ヘルマンに向かい構えを取る。ヘルマンもまた、カリスに向けてボクサーの様に構えた。3体のスライムは、ヘルマンの周りにばらばらに配置を取っている。
 カリスは再びカリスアローから連続で光の矢を放つ。目標はヘルマンだ。ヘルマンは悪魔パンチのジャブ連打で、拳から放たれる魔力衝撃波で光の矢を相殺して防ぐ。と、スライム3体が一斉にカリスに向かって突進した。

「ジェッ○ストリー○アタックだゼ。」
「キャハハ。」
「つまり先頭は踏み台にされるのが落ちナ。」
「……ブベッ!?」

 だが先頭は踏み台にはされなかった。ただ単に、カリスに思いっきり踏み潰されたのである。それは踏み台にされるとは言わない。2体目はカリスの拳を喰らい、ヘルマンの方へ飛ばされる。ヘルマンはそれをあっさりと躱した。3体目は2体目が殴り飛ばされる隙を狙い、殴りかかるが、カリスは頭突きでこれも弾き飛ばす。
 と、踏み潰された1体目のスライムが、踏み潰したカリスの右脚を絡め取った。そこへヘルマンが飛び込んで来る。ヘルマンは拳を放った。

「悪魔パンチ!」
『……フン!』

 カリスは絡め取られている右脚で、悪魔パンチの出掛りに合わせて旋蹴りを放った。スライム1体では、カリスの脚のパワーを押さえ込むには力不足だったようである。スライムは慌ててカリスの脚から離れる。このままでは、絡み付いている自分自身が悪魔パンチの魔力衝撃波をもろに浴びてしまうからだ。次の瞬間、カリスの蹴りのパワーと、悪魔パンチの威力が真っ向からぶつかり合う。魔力の残滓が周囲に飛び散った。ヘルマンは、よろめき後退する。カリスもまた、後ろに下がりカリスアローを構える。

「むう……。」
『……。』

 カリスは跳躍してカリスアローで斬りかかる。ヘルマンは、ぎりぎりでそれを躱した。が、その刃の陰に隠れるようにして放たれた拳までは躱しきれなかった。凄まじい衝撃が、ヘルマンの腹に叩き込まれる。ヘルマンの身体は高く飛んだ。

「ぐぅ……。」
『ち……。』

 カリスは舌打ちをする。ヘルマンは自分から高く飛んで、衝撃を逃がしたのだ。今の一撃も殆ど効いていないに違いない。カリスは内心感嘆する。

(……巧い。)

 カリスはハートのKのカードを使うべきか迷う。京都で一度その力を使っているとは言え、ワイルドカリスの力は強過ぎる。強すぎる力は災いを呼びかねない。現に、カリスを狙ったヘルマンの行いに、ネギが巻き込まれてしまっているのだ。できるなら、カリスとしての力でヘルマンを倒したい。それがカリスの本音であった。無論、止むを得なければその力を使うことを躊躇うつもりは無いが。
 カリスの周囲を、3体のスライムが囲んだ。こいつらも結構厄介だ。強いわけでは無いが、叩いても切っても、軟体生物故に、あまり効果は望めない。しかも体組織が透明なため、光の矢――フォースアローも効果が薄い。正直強くはなくとも面倒な相手であった。
 ヘルマンは空中で回転して、大地に降り立つと、再び構えを取った。カリスもまた、構えを取る。彼はカリスアローに、ベルトのバックル部分――カリスラウザーをセットした。



 ネギは焦れていた。不意を突かれてスライム達に捕まり、仮面ライダーカリスをおびき出す囮にされてしまった。更に、カリスが戦っていると言うのに、自分は何もできずにこんな所で篭の鳥になっている。
 と、そこへ小さく声がかかった。

「ネギ、ちょいと待っとれよ。今、出したるさかいな。ホレ、お前の杖。」

 ネギは驚いて後ろを向く。そこに居たのは、小太郎であった。彼はカリスが戦っている間に、こっそりネギを救出する事を、カリスに頼まれていたのである。彼は水牢の中に、ネギの杖を放り込む。その杖からは、杖を封じていたお札は既に剥がされている。

「あ、ありがとう、京都からこっちに来てたんだっけ小太郎君。でも、何で?」
「何で……やて?」

 小太郎の眦が釣りあがった。

「ネギーーー!!お前ナニ簡単に捕まっとおねんッ!!しかも攫われて幽閉されてって、どっかのゲームのお姫様かいっ!?」
「だ、誰がお姫様なのさ!?」
「お前やお前!それでも俺のライバルかいっ!俺ゃ、恥ずかしいわっ!!」
「勝手な事言わないでよっ!小太郎君だってあんなふうに不意打ちを受けたら、きっと捕まってたね!」
「なんやてー!?」
「お、おい兄貴達!喧嘩してる場合じゃねーだろ!気付かれちまうって!はやく兄貴を出してやってくれよ!あと俺も!」

 カモが彼の水牢の中から正論を叫ぶ。2人は不承不承矛を収めた。小太郎は、ネギの水牢を破壊するべく気を練り始める。そんな中、だがネギはふと、カリスとヘルマン達の戦いに目を遣った。――目を遣ってしまった。
 そしてネギは硬直する。そこに信じ難い物を見たからである。



 ヘルマンは、カリスに向かって問いを発した。

「……どうも不可解だ。君は何故戦うのかね?仮面ライダーなら、世界平和のため、とか言いそうなものだが。」
『……。』
「君は色々とネギ君を気にかけているようだが、君が戦うのはネギ君への同情心からかね?それとも「正義の味方」としての義務感かね?だとしたら、何とも興醒めだ。
 戦う理由は常に自分だけのものだよ。そうでなくてはいけない。「怒り」「憎しみ」「復讐心」などは特にいい。誰もが全霊で戦える。そうでなくては戦いは面白くならない。」

 カリスは腰のカードホルダーに手を伸ばす。そして2枚のカードを取り出した。カリスは語り出す。

『くだらん。俺は俺のために戦っている。俺にとって、大切なヒト達を守りたいから戦っているだけだ。俺の大事なヒト達を傷つける存在が許せないから戦っているだけだ。義務感?同情心?そんな小難しい話など知った事か。』

 そう斬って捨てると、カリスは2枚のカードを次々にラウズした。電子音声が響く。

『バイオ』
『チョップ』

 カリスアローから2本の触手が伸びる。ヘルマンは躱そうとしたが、触手はそのヘルマンを追尾するかのように動き、絡め捕った。その凄まじい締め付けに、ヘルマンは呻く。

「ぐうっ!?」

 触手はヘルマンの身体をカリスの方へ引き寄せていく。ヘルマンは動きが取れない。カリスの右手刀は、凄まじい力を宿して光り輝いていた。
 スライム達は、カリスを妨害しようと駆け寄るが、カリスは回し蹴りを放つとスライム達を蹴り飛ばす。そして彼はヘルマンに向かって、輝く手刀を振り下ろした。ヘルマンは吹き飛ぶ。
 だがその瞬間、カリスもまた横っ飛びに跳躍する。ヘルマンの口から凄まじい魔力が吐き出されたのだ。カリスは間一髪その魔力を躱した。
 ヘルマンはしばし横たわっていたが、やがて身体を起こす。その姿は、今まで装っていた人間の姿とは、まったく違っていた。その顔は、のっぺりとした卵形をしており、両目が爛々と光っている。その下には、裂けたような口が開いており、そして頭からは2本の捻れた角が左右に伸びていた。ヘルマンは立ち上がる。

「やれやれ、凄い威力だ。こちらの攻撃を避けるので体勢が崩れていなければ、倒されていたかもしれん。」
『それがお前の本性か。』

 カリスは問うた。ヘルマンは首肯する。彼はネギの方へ顔を向けた。水牢の中で、ネギの顔は驚愕に彩られている。ヘルマンは再び口を開いた。

「ふふふ、ネギ君は驚いているようだね。私はあのネギ君が6年前に住んでいた村を壊滅させた悪魔でね。彼のおじさんを始め、村人たちを石化させたのもこの私だよ。」
『……。』

 カリスは何も答えず、構えを取った。ヘルマンは再び、人間の姿を取る。彼もまた、カリスに向かい、構えた。



 ネギは驚愕していた。彼の眼前に、あのスタン老人を相打ちで石化させた――それどころか、村人たちを石化させて村を壊滅させた悪魔がいるのだ。彼の中で、何かがブチリと音を立てて切れた。その瞬間、爆発的な魔力が内側から水牢を吹き飛ばす。水飛沫が、周辺に飛び散った。水牢の傍らにいた小太郎は、慌てて後退する。それほどの魔力の噴出だった。
 ネギは全身を魔力で強化して駆け出した――憎むべき、仇のもとへと。



[4759] 仮面ライダーカリス 第19話 その4
Name: WEED◆7457ab78 ID:e4912856
Date: 2010/01/28 21:08
 カリスとヘルマンは互いに見合っていた。カリスもヘルマンも互いを見据えながら、じりじりと相手の隙を見計らいつつ動く。スライム達は、2人の気迫に圧されて割って入れないでいた。と、その時爆発的な魔力が迸る。ネギが閉じ込められていた水牢の方だ。
 カリスもヘルマンも、そちらの様子を伺う。無論、どちらも相手に隙は見せていない。と、内側からの強圧的な魔力で弾けとんだ水牢が2人の目に映った。ヘルマンは驚く。そのヘルマンの懐に、ネギが飛び込んで来た。彼は全身から、凄まじい魔力を放っている。

「ぬぉ……。」
『ネギ!』

 ネギは密着した間合いから、へルマンに対し肘打を放つ。カリスに隙を見せるわけにはいかなかったヘルマンには、それを躱したり防いだりする余裕は無かった。ヘルマンは鳩尾に肘打を受け、呻く。カリスは2人の間に、割ってはいる機を逃した。ヘルマンに攻撃しようにも、ネギと密着しており手を出しかねる。
 ネギは更に蹲るような姿勢を取り、そこから飛び上がりざまに強烈なアッパーカット気味の掌打をヘルマンに見舞った。

「ぐぉっ……。」

 ヘルマンは胴中央に強烈な打撃を受けて、空中高く飛ばされた。ネギはそのまま跳躍し、空中でヘルマンに拳の連打から肘打、前蹴りの連続技を叩き込む。

「ぐむ……。」

 ヘルマンは苦悶した。



 水牢のあった場所で、小太郎はネギの突然の豹変に驚愕していた。

「な……何やあの動きは!」
「ま、魔力の暴走だ!まだ修行不足で使いこなせちゃいねーが、兄貴の最大魔力は膨大だ。それが何かのきっかけで一気に解放されれば……!し、しかし兄貴、こりゃあ……。」

 別の水牢に閉じ込められていたカモが叫ぶ。

「く、くそ……。」

 小太郎は、とりあえず明日菜達捕まっている他の面々を解放しようと、彼女等の水牢の方へ動いた。が、その前にカリスとの戦闘から離脱してきた1体のスライムが立ち塞がる。

「おっと、それはさせないのナ。」
「く、退けや雑魚がっ!」

 小太郎はスライムに殴りかかる。スライムは殴り飛ばされるが、ぐねぐねと変形して衝撃を受け流す。小太郎は歯噛みをした。



 空中でヘルマンの顔をぶん殴ったネギは、墜落していくヘルマンを追って、杖を掴んで飛翔した。自分を追ってくるネギの姿を見て、ヘルマンは大声で笑った。

「ふははははは、いいね!すばらしい!!君を侮っていた事を謝罪しようネギ君!それでこそサウザンドマスターの息子だ!!」

 地上に残されたカリスは、2体のスライムを叩きのめしつつ、その様子を見上げていた。カリスアローでスライムどもを切り払いつつ、彼は苛立たしげに思考する。

(サウザンドマスターの息子?だから何だ。親がどうであれ、子供が苦しむ理由にはならん。)

 彼はベルトのカードホルダーから一枚のカードを取り出した。そのカードはハートの4、フロート・ドラゴンフライのカードである。彼はカードをラウズする。電子音声が響いた。

『フロート』

 カリスはカードの力を借り、大空へと飛翔した。



 一方小太郎は、スライムを殴り飛ばしつつネギの動きを見遣っていた。彼は呟く。

「ネギ……。スゲェ……。」

 だが小太郎はネギの戦い方が非常に危うい事も気付いていた。今のネギは周りが見えていない。ただ力に任せて闇雲に突っ込んでいっているだけだ。

(けど、けどな……ネギ!その戦い方じゃアカン!)

 小太郎はなんとかネギとヘルマンの戦いに割ってはいる隙を窺う。だが彼の前には1体のスライムがおり、彼が隙を見せればすかさず攻撃してくる。

「くっそおおおぉぉぉ!お前邪魔や!スライムなんて雑魚のくせして、いいかげん退けやぁっ!!犬上流・空牙!!」
「きゃうんっ!?」

 小太郎が放った気の弾丸が相手に着弾し、これは流石に相手にダメージを与えた。だが気弾は小太郎の消耗も激しい。乱用はできない。もし彼が狗神を使えていたなら、相手をもっと楽に倒せていただろう。だが現実には、今現在彼は術を封じられている身だった。
 小太郎は歯噛みをした。



 ネギは怒濤の連続攻撃で、ヘルマンを押し捲る。だがヘルマンは攻撃を喰らいながら、笑っていた。彼は内心で思う。

(うむ、素晴らしい。惜しい才能だ。将来を見てみたい。
 だが、しかし……。そう言った才能が潰えるのを見るのもまた……。)

 ヘルマンは弾き飛ばされる。ネギは杖を左手に持ち替え、右手の拳を握りしめてそれを追う。ヘルマンは再び笑い、その姿を変貌させていく。彼は悪魔の本性を現した。

(私の楽しみの一つだよ!!)

 ヘルマンの口から魔力の光が漏れる。かつてスタン老人達を石像にした、石化の魔力だ。ネギはへルマンに殴りかかろうとする途中で、勢いが付きすぎて身を躱す事はできない。ネギは目を見開いた。遠くから小太郎の声が聞こえる。

「ネギーーー!!」
「!」

 だが、ヘルマンの口から石化の魔力が撃ち放たれると同時に、ネギを抱えてその魔力弾を躱した者がいた。カリスである。彼はフロートのカードを使い、空を飛んでここまでやって来たのだ。
 カリスはネギを後ろにかばうと、空中でヘルマンに向き直った。彼は言う。

『貴様の相手は、俺ではなかったのか?』
「これは失礼。あまりにネギ君が素晴らしかったのでね。つい我を忘れてしまったよ。だが仮面ライダーが空まで飛べるとは、情報に無かったね。
 ……おや?だがその脚では、戦い様が無いのではないかね?」

 ヘルマンが指差したカリスの両脚は、石化の魔力弾がかすりでもしていたのだろう、じわじわと石化が始まっていた。カリスにかばわれたネギは、それを見て愕然とする。彼をかばって目の前の悪魔に石化された、スタン老人の姿をカリスに重ねて見ていたのだろう。

「か、カリスさん!」
『大丈夫だ。それはお前も知っているだろう。』

 カリスは1枚のカードを取り出すと、ラウズする。それはハートの9、リカバー・キャメルのカードであった。電子音声が響く。

『リカバー』

 べきべきと音を立てて、カリスの脚が元に戻っていく。彼は更に2枚のカードを取り出した。ハートのJ、フュージョン・ウルフとスペードのJ、フュージョン・イーグルである。彼はその2枚を次々にラウズする。

『フュージョン』
『フュージョン』

 電子音声が響き、消耗したラウザーのAPがチャージされた。ヘルマンは言う。

「どうやら、君の強さの秘密はそのカードにあるようだな。」

 カリスはその言葉を無視すると、後ろにかばったネギに言う。

『ネギ、こいつの相手を俺がしている間に、捕らわれた仲間達を解放しろ。』
「え……。」
『急げ。』
「は、はい!」

 ネギは杖を操って、地上にある明日菜達が捕らわれている水牢の方へと飛んでいった。それを見送ると、カリスはヘルマンと対峙しながら、ゆっくりと地上へと降りていく。ヘルマンもまた、カリスと向かい合う形で地上へ向けて降りていった。やがて両者は地上へと降り立つ。

「……。」
『……。』
「……悪魔アッパー!」

 先に動いたのはヘルマンだ。彼が悪魔アッパーを放つと、魔力の衝撃波がカリスに向かって地面を割きながら奔った。カリスはその衝撃波を渾身の力を込めた左足で踏み潰す。魔力の残滓が周囲に飛び散った。カリスはすかさずカリスアローから光の矢を連射する。ヘルマンはその光の矢を、あるものは躱し、あるものは魔力の込められたジャブで撃墜した。
 カリスはヘルマンがフォースアローを撃墜している間に距離を詰めると、カリスアローで斬りかかる。ヘルマンは仰け反って躱した。火花が散り、表面の皮一枚が切り裂かれる。カリスはカリスアローを振り下ろした姿勢から回転し、そのまま浴びせ蹴りに繋ぐ。ヘルマンはその蹴りを身体にかするようなミリ単位の見切りで避けると、カリスにパンチの連打を見舞った。カリスは浴びせ蹴りが躱されたため体勢が崩れており、連打の直撃をくらう。だが彼は最低限の体捌きで、胸部のプロテクターでその打撃を受けた。若干のダメージにはなったが、カリスの胸甲の強度は高く、たいした事はない。カリスは連打を胸部で受けながら、前蹴りを繰り出した。ヘルマンは自分から後ろに飛んで衝撃を殺すが、それでもダメージを受ける。ヘルマンが飛び退った事により、両者の間が離れた。カリスとヘルマンはすぐに体勢を整え、向かい合った。



 ネギは小太郎の戦っている場所へ向かって降りていった。カリスが空へ飛んで行ってしまったため、手の空いた残り2体のスライムも小太郎に向かっていっている。彼はその2体のスライムに向けて、魔法の矢を放った。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!風の精霊17人、集い来たりて……魔法の射手・連弾・雷の17矢!」
「ウビャアアアッ!?」
「ギャヒェエェッ!!」

 2体のスライムは、魔法の矢の直撃をくらって叫んだ。ネギは地上に降りると叫ぶ。

「小太郎君、大丈夫!?」
「こ、この……。」
「え?」
「アホかーーーっ!!」
「へぷっ!」

 小太郎はネギの頭頂部にグーで突っ込みを入れる――それはもう思いっきり。ネギは驚く。

「こ、こここ小太郎君!?」
「アホかーいっ!!あんな無茶苦茶な突っ込み方しよって!カリスが割り込んどらな、今頃お前やられとったで!!
 確かにお前の魔力はスゴい、それはわかったわ!そやけどな、戦い方は最低やぞ!!周りも全然見えてへん!ただ闇雲に突っ込んどるだけ!あんなん、俺でも返り討ちにできるわ!
 ったく、アイツとどんな因縁あるか知らんけど、突然キレよってからに!!頭よさそうな顔してるくせに!あんま心配させんなや!」
「え、し、心配してくれたんだ……。」
「ア、アホ、言葉の綾や!」
「お、おい犬コロ!後ろ!」
「誰が犬コロや!……見えとるわいッ!」

 小太郎はカモの声に応え、後ろから殴りかかるスライムの1体を後ろ蹴りで蹴り飛ばす。彼は再びネギに向き直ると、その肩口を掴む。彼は言った。

「おうネギ。あの軟体動物どもには打撃が効かへん。決め手はお前の魔法や。俺が前衛やるさかい、しっかりたのむで?」
「あ、う……うん!」
「お、おい俺っち達も出してくれよ。」
「後や、後!」

 小太郎は3体のスライムに向けて、飛び掛っていく。ネギも魔法の杖を構えて、詠唱を開始した。



 ヘルマンは、スライムが少年達によって倒されていくのを横目で見て、微笑んだ。

「ふふ、素晴らしい少年達じゃあないかね、仮面ライダー。ああ言う子供達がどう成長し、どう育っていくか、その姿を思い描くと、わくわくしてこないかね。」
『……同意しよう。だが事を急がせ過ぎて、歪んで成長してしまうのは目も当てられないな。あの子らには、余計な試練が多すぎる。』
「それは私の事を言っているのかな?」
『お前の事だけじゃない……。が、その通りだな。』
「はっはっは。これはきついな。」

 ヘルマンは笑う。カリスはカードホルダーに手を伸ばし、3枚のカードを取り出した。と、ヘルマンが言葉を続ける。

「しかし仮面ライダー、いささか過保護過ぎではないかね?それでは「正しい」成長の機会までスポイルしかねないぞ?」
『あの子ら、特にネギには周囲の環境が厳しすぎる。俺が甘すぎるぐらいで丁度良かろうよ。』
「ふむ、それも一理ある……がねぇ。」

 そう語り合いながら、2人はじりじりと摺り足で立ち位置を変える。カリスは必殺のカードを使う隙を見つけようと、そしてヘルマンもまた、カリスの隙を見つけようと。と、カリスとヘルマンの視界の片隅に、人質達を解放してこちらへ駆けて来る2人の少年の姿が映った。カリスは叫ぶ。

『よせ!来るな2人とも!』

 ヘルマンは、2人の少年にその顔を向ける。彼の顔は、人間の物から悪魔の本性へと既に変わっていた。その口に、石化の魔力光が宿る。それは少年達を攻撃するポーズを見せ、カリスの動揺を誘う作戦である事は見え見えであった。
 だが、カリスは相手のその作戦に乗らざるを得ない。カードをラウズする暇も無く、彼はただ突進した。一撃二撃もらう事を覚悟で――あるいは石化の魔力弾を再び自分で受ける覚悟で、カリスは攻撃に出ざるを得なかったのである。果たして、カリスが近付くとヘルマンは石化の魔力弾が発射されようとしている口を、カリスへと向けた。
 だがそれよりも早く、瞬動術を使いヘルマンの懐に飛び込んだ者がいた。しかも6人である。分身した小太郎だった。ヘルマンは驚愕する。

「むお!?こ、これは……。影分身と言うヤツかね!?東洋の神秘!」

 ヘルマンは分身に幻惑される。彼はパンチで分身の小太郎を次々に打ち落とした。だがヘルマンの左側に回りこんだ1人の小太郎――小太郎の本体が、ヘルマンの顔を拳で打ち抜く。石化の魔力弾が、あさっての方向へと飛んでいった。小太郎は叫んだ。

「ネギ!」
「――一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ。」

 既にネギは呪文を詠唱していた。ネギの魔法が発動する。

「……白き雷!!」
「ぐおっ!!」

 ネギの左手から放たれた雷撃が、ヘルマンを直撃する。そのダメージは強烈だ。更に雷撃による感電で、ヘルマンの動きが一瞬硬直した。ネギは叫ぶ。

「カリスさん!」

 カリスは突進しつつ、手に持ったままだったカードをラウズする。

『ジェミニ』『ファイヤ』『ドロップ』
『バーニングディバイド』

 電子音声が響く。カードの絵柄がホログラムのようにカリスの周囲に浮き上がり、彼の身体へと吸い込まれていった。カリスは突進の勢いのまま跳躍し、空中で前転する。その途中、カリスの姿は2人に分身した。その2人のカリスが、回転の勢いのままヘルマンに向けて踵落しを放つ。その足には、炎が纏いつき、燃え盛っていた。
 2人のカリスの、炎の踵落しがヘルマンに炸裂する。ヘルマンの身体は爆炎に包まれ、吹き飛ばされた。

「ぐ……お……。」
『……。』

 ヘルマンは炎を纏い付かせて、大地に倒れ伏した。カリスは空中でくるりと反転すると、1人に戻り大地へと降り立つ。少年達は喜びに満ちた顔でカリスの元へ駆け寄ってくる。

「やったなカリス!」
「カリスさん!」

 ごん、ごちん。

 カリスは2人の少年の頭に、拳骨を落した。勿論軽く、だ。彼が本気で殴ったら、少年達の頭は消し飛んでしまう。小太郎とネギは喚いた。

「痛ってー!」
「な、何するんですかー!」
『危ない事をするからだ。……俺には他人の石化は治せん。頼むから、もう無茶はしてくれるな。
 だが……。ありがとうな。』

 カリスはそう言うと、今拳骨をくれたばかりの2つの頭を両手でそっと撫で擦った。
 と、そのときヘルマンが炎に包まれたまま、ヨロヨロと立ち上がる。カリスはすかさずそちらに向かい構えを取った。少年たち2人は、流石にぎょっとする。だがヘルマンは言った。

「ああ心配しなくてもいいよ。もはや完全にやられたからね。私の敗北だよ。」

 ヘルマンの身体は、両肩からシュウシュウと音を立てて消滅しつつあった。そこはカリスの必殺キックを受けた場所であった。彼の両腕は、既に煙となって消滅している。ヘルマンはどさっと音を立てて座り込む。見れば彼の両脚もまた、煙になって消えつつあった。彼はネギに向かって言う。

「さて、ネギ君。急がないと、私は消えてしまうぞ?とどめを刺さなくても良いのかね?このままにすれば、私はただ、召喚を解かれ、自分の国へと帰るだけだ……。しばしの休眠を経て、復活してしまうかもしれんぞ?」
「僕は……。」
「君を人質に使う事が決まった際、君の事は少し調べさせてもらった。なに、私の興味本位でね。君が知っている戦闘呪文のウチ、君が最後に覚えた呪文……上位古代語魔法だよ。
 本来、我々のような高位の魔物は封印することでしか対処できない。そういったモノを完全に打ち滅ぼし、消滅させる超高等呪文。君は復讐のために……このような機会のために覚えた呪文のはずだろう?」

 そう言いつつも、ヘルマンの身体はどんどん消滅していく。既に四肢は完全に消滅し、座り込んでもいられずに彼は仰向けに倒れた。未だ消えぬ炎がヘルマンの身体を焼いて行く。ネギは少しの間、押し黙っていたが、口を開いた。

「僕は……とどめは刺しません。」
「ほう?何故かね?」
「迷いがあるからです。さっきはつい切れてしまったけれど、おちついて考えれば6年前もあなたは召喚されて、命令に従っただけです。そんなあなたを殺してしまうのは、何か違うんじゃないか……って。
 責められるべきは、あなたにそんな命令をした召喚者の方じゃないか……って。」
「だが私は君の故郷の村を壊滅させた実行犯だぞ?いいのかね?」

 ヘルマンは胸から上だけになった状態で、おかしそうに言う。ネギは律儀に答えた。

「後からこの決断を悔やむかもしれません。でも、今の僕にはあなたを討てそうにありません。」

 そう言ったネギの肩に、カリスがぽんと手を置く。ネギは驚いてカリスを見上げた。カリスはそのネギに頷いてみせる。

「……お人よしだな、ネギ君。いい事を教えてあげよう。君のおまけで攫ってきた、近衛木乃香嬢……。彼女なら、いつか私の石化を解くほどの術師に成長するかもしれんよ。……そう、つまりは君の故郷の村人達の石化を解く事ができるやもしれんと言うことだ。今も石になったまま眠っている村人達をね。」
「!な、何故そんな事を教えてくれるんです!?」
「さてな……。何か企んでるのかもしれんよ。何せ、私は悪魔だからねえ。ははははははは!」

 ネギはあわてて水牢があった場所の方を振り向く。そこでは、念のためと言う事で攫われてきたネギの従者達――明日菜、のどか、刹那、そして木乃香がようやく目を覚まし、カモから事情の説明を受けているところだった。ネギは再びヘルマンの方を振り向く。ヘルマンはもうほとんど消滅しかかっていた。
 雨が上がり、月が空に出ている。その空に向かい、ヘルマンの身体は煙になって消えていった。ヘルマンの最後の声が周囲に響き渡る。

「仮面ライダー!君の本当の力を出させる事ができなかったのは心残りだ!だが楽しかったよ!!ネギ君、小太郎君共々、いずれまた会おう!!ははははははははははははは!!」

 ネギ、小太郎、そしてカリスは立ち昇っていく煙をいつまでも見上げ続けた。



 時を同じくして、採石場の崖の上で身を隠している人影があった。いや、人影と言って良いものだろうか。そこに居たのは、絡繰茶々丸であった。彼女は携帯電話で己の主に連絡を取っていた。

「……はい。ネギ先生は無事です。」
『戦いの様子はちゃんと記録したんだろーな。』
「はい。間違い無く。」
『ならばいい。お前が戻ってきたら、その記録映像を見せて貰おう。さっさと帰ってこい。』
「はい。では。」

 茶々丸は電話を切ると、踵を返そうとした。だが彼女は一寸動きを止めると、立ち去る前に再び崖下へと目をやる。そこには煙となって消えていくヘルマンを見守るネギと小太郎、それにカリスが居る。
 そのとき、カリスの顔が茶々丸の方を向いた。双方の視線が交錯する。茶々丸はぺこりと頭を下げた。カリスはそれに頷きを返す。ちなみにネギと小太郎は茶々丸に気づいていない。茶々丸は今度こそ踵を返し、その場を立ち去って行った。



 次の日、始と小太郎は始のバイクで世界樹前の広場に来ていた。小太郎は始の腰から手を放すと、バイクのタンデムシートから降り、ヘルメットを脱ぐ。

「……ぷはっ!」
「……。」

 始もヘルメットを脱いでバイクのホルダーに取りつける。そして彼は広場の中程の方を見やった。そこには石段に座り込んで、何やら考え込んでいるネギの姿があった。ネギは悄然とした様子で、思考に没頭している。そのため、始と小太郎には気付かないでいた。
 小太郎は呟く。

「なんやアイツ、あのヘルマンとかいう奴のコト、引き摺っとおのか。なんやら因縁深そうやったしなあ……、あの切れっぷりからしても。故郷の村が壊滅とかどうとか言っとったしなぁ。」
「ああ……。」

 始と小太郎はネギの様子を窺う。ネギは項垂れて考え込んでいたかと思うと、突然首を左右にぶんぶんと振った。そして溜息をつくと、また項垂れてしまう。
 小太郎はそんなネギの様子を見て、何やら苛々してきたようだ。彼は呟く。

「あー、アイツあーいうヤツなんやなあ……。なんや物事を難しく考えてしもて、ドツボにはまってまう……。あーもう、イライラするわ!」
「……。行け、小太郎。」
「へ?」

 始はネギの方へ向けて、小太郎の背を押した。小太郎は意味がわからず、びっくりした顔をする。始は小太郎に向かって言った。

「ネギが凹んでいるのが気に入らないんだろう。お前の思う通り、やってみろ。」
「……おう!」

 始の台詞に、最初はきょとんとしていた小太郎だが、すぐに満面に笑みを浮かべるとネギの方へと走って行った。彼は叫ぶ。

「ネギーーー!」
「わぷろぱぁっ!?」

 叫んだついでに、小太郎はネギの後頭部に一撃をいれた。綺麗に入ったその一撃は、あぶなくネギを石段から転げ落とす所だった。ネギは叫び返す。

「い、いきなり何するのさっ!小太郎君!あぶないじゃない!」
「なーに黄昏てるんやネギ!辛気臭いで!溜息なんかつきよって!」
「む……。」
「そーいう時はやなあ、ぱーっと身体動かして、頭からっぽにするんや!そや、俺とひと勝負しよかネギ!」
「え、ええっ、今から!?いきなり!?」
「そや!」

 小太郎はネギの腕を引っ掴むと、彼を開けた場所まで引っ張っていった。ネギはあわあわと泡を食った様子で引き摺られていく。

「ま、待ってよ小太郎君。ちょっ……実は今、昨日無理したせいか体中痛くて……。」
「カリスのお陰で大した怪我しとらんかったやろが。」
「いやホントに!ホントに!」
「仮病は許さへんでぇ!!」

 始はバイクに跨り、ハンドルにもたれかかった姿勢でわいわいと騒ぐ少年達を眺めやっていた。その表情は柔らかい。彼は少年達の様子を、微笑みながらいつまでも見つめていた。



[4759] 仮面ライダーカリス 第20話
Name: WEED◆7457ab78 ID:e4912856
Date: 2010/01/28 21:12
 この日、始は小太郎を伴って再び京都に来ていた。それも関西呪術協会の本山に、である。理由は、小太郎の麻帆良小学校への転校について、小太郎の未成年後見人である近衛詠春と話し合うためだ。
 ふと、始は小太郎が緊張しているのに気付いた。彼は小太郎に声をかける。

「どうした、らしくないな。あがっているのか?」
「ん~、そやないけど……。学園長とかゆーのが長さんにかけあってくれたんで、脱走の件はチャラになったんやけど……。やっぱちょっと、な。」
「流石に気まずい、か。」
「ん。」

 始は小太郎の肩を叩くと、本山の玄関口へと向かう。小太郎もあわててそれに付き従った。始はインターホンに向かって声を掛ける。

「ごめんください、お電話でお約束していた相川ですが。」
『はい、今お迎えにあがります。』

 やがて玄関口に案内の女性が現れた。始達はその女性の案内に従い、応接室へ通され、お茶と茶菓子を出される。

「こちらで少々お待ちいただけますか。すぐに近衛が参りますので。」
「ええっ!?長さんが直接来るんか?」
「はい、わかりました。」
「う~。」

 小太郎は詠春が来ると聞き、落ち着かない様子だ。実の所、始も西の長である詠春が直接応対するとは思っておらず、代理人か誰かが来るとばかり思っていたのだが。
 始は焦っている小太郎の頭に掌をぽんと置くと、言葉を掛けた。

「大丈夫だ。近衛詠春氏は話の解る人と聞くぞ。なに、そんなに緊張することはない。」
「そやかて……。」
「お待たせしました。」

 その時、応接室に詠春が入って来た。小太郎はらしくもなく満面に汗を浮かべている。始は腰掛けていたソファから立ち上がると、会釈をする。小太郎もあわててそれに倣う。

「はじめまして、相川始と言います。」
「ど、どうもっ!長さん!」
「はじめまして、相川さん。私が彼の後見人をしている近衛詠春です。
 小太郎君、そんなに固くならなくてかまわないよ。お義父さん……麻帆良学園の学園長さんからも口添えされているからね。怒ってはいないよ。……まあ反省室を脱走する前に、こちらに話を通して欲しかったのが本当の所だけれどね。」
「え、あー。そ、そやけどあんときは一刻を争う感じやったし……。すんまへん。」

 詠春の柔らかい語り口で、ようやく小太郎も肩の力が抜けたようだ。詠春は続ける。

「小太郎君、関東に……麻帆良学園の小学校に転校したいって、本気かい?なんでまた。」
「おう……やない、はい、本気や!あっちには俺のライバルのネギもおるし、近場で腕を磨き合いたいんや。」
「なるほど。……では相川さんが、関東での小太郎君の身元を引受けてくださる、と言うんですね?」
「ええ。道端で倒れていた彼を見つけたのも、何かの縁でしょうから。」
「なるほど、そうですか……。」

 実の所、始が小太郎の面倒を見る事にしたのは、小太郎が彼の正体――仮面ライダーカリスであること――を知っているからだ。小太郎からしても、麻帆良には他にはネギの知己ぐらいしか伝手は無い。大人の知り合いで頼りにできそうなのは始ぐらいなものだった。
 ちなみに当初小太郎は、自分一人で転校や引っ越しなどの問題を全て解決するつもりでいた。麻帆良に来た後も、一人暮らしをしようと考えていたくらいである。だが始から、それは無謀だと言う事を諭されて、考えを改めたと言う経緯があった。

「ふむ……。」
「……。」

 詠春は始の目をじっと見る。始もまた詠春を見返した。双方微動だにしない。特に始は瞬きひとつしない。
 やがて詠春が口を開く。

「……かなり使いますね。」
「いえ、それほどでも。」
「どうです?私と一本勝負してみませんか?」
「いきなりですね……。なんでまた?」

 詠春の放つ剣気を、始は軽く受け流す。ちなみに小太郎はその余波だけで毛を逆立てており、口も挿めない。詠春は始に向かって言った。

「いえ、小太郎君をお預けするかもしれない方のお人柄を知るためには、これが一番手っ取り早いと思っただけですから。」
「なるほど。いいでしょう。……得物は?」
「私は木刀で。そちらはお好きな物をどうぞ。……道場はこちらです。」

 詠春が先に立って、案内する。彼らは場所を道場へ移した。



 始は小太刀の木刀での二刀流を選んだ。彼は片手で扱うのに手頃なサイズの木刀を二本手に取ると、自然体で立つ。一方詠春は通常よりも長い、野太刀と言ってもいいサイズの木刀を正眼に構える。道場の真中で、彼らは向き合った。ちなみに小太郎は、道場の片隅で見学している。
 詠春は思う。

(……手ごわい。)

 始は一見隙だらけに見えるが、詠春には何処に打ち込んでも討ち取れるイメージが湧いてこないのだ。つまりその隙は、すべて囮と言う事になる。生半な腕の持ち主であれば、あっさりとその罠に嵌っていた事だろう。彼らは互いにじりじりと足摺をして、互いの位置取りを変えていく。
 突然始が、今まで抑え気味にしていた気配を解放した。詠春はいきなり目の前に猛獣でも出現したかのような錯覚に襲われる。だが詠春は、それが誘いである事に気づいていた。気づいてはいたが、あえてその誘いに乗る。詠春は斬りかかった。

「破ッ!」
「噴ッ!」

 閃光の様な斬撃だった。普通の使い手であれば、一撃で勝負が決まっていただろう。しかし始は、左手の小太刀で詠春の斬撃を横方向から叩いて凌ぐと、右手の小太刀で反撃に出る。詠春は引き戻した野太刀の鍔元でその一撃を受けた。小太刀とは思えない重い一撃に、詠春の手が痺れる。詠春は後方に跳んで間合いを取った。

「……やりますね。」
「……本気は出さないんですか?」

 始の台詞に、詠春は内心驚く。瞬動術や「気」による強化、神鳴流の技を使わないでいた事を、始は見抜いていたのだ。しかも今のたった一合で。だが「裏」の事情について知らない「一般人」である「はず」の始の前で、そういった技を使うわけにもいかない。

「いえ、流派の門外不出の奥義と言う奴は、試合では出すわけにはいかないでしょう。奥義を使わないからと言って、本気で無いというわけでもありませんし。」
「そうですか。では……。」
「ええ、続けましょうか。」

 詠春と始は、再び向かいあう。そしてどちらからともなく、打ち合いを始めた。互いの斬撃を躱し、あるいは受け、逸らし、往なし合う。道場には、二人が打ち合う音が絶える事無く響いていた。



 始は、再び応接室で詠春と向かいあっていた。小太郎は席を外している。詠春が口を開いた。

「正直、余計にわからなくなりましたよ。貴方と言う人間が。貴方を見極めるつもりで試合に臨んだんですがね。」
「ほう……?」
「最初は只の……只の、と言う言い方はおかしいかもしれませんが、達人級の武術家かとも思っていました。ですが、貴方は更に「奥」がある。何か底知れない物が、貴方から感じられる。そう……人外とすら言えそうな感触が。」

 始は右瞼をぴくりと上げる。詠春は厳しい表情で続ける。

「貴方は普通に人間としか思えない。そうとしか感じられない。ですが、どう言えばいいのか……。もっと「奥」がある。深い、とてつもなく深い、ね。」
「……。」

 詠春は相好を崩した。緊張感が霧散する。

「……だからと言って、信頼できないわけではないですよ。いや、むしろ信じられる。貴方と剣を交えてみて、それが感じられた。あれほどの力……いや、それ以上の力を持っていながらそれに溺れる事無く、いざという時はその力を振るう覚悟も持っている。」
「それは買いかぶりですよ。」
「いえいえ。これならば貴方に小太郎君を預けるのに、問題は無いでしょう。彼の事を、よろしくお願いしますよ。」

 そう言うと、詠春は次の間で待機していた御付の者に、小太郎を呼ぶように指示を下す。やがて小太郎が応接室に姿を現す。詠春は小太郎に向かって言った。

「小太郎君、麻帆良への転校、認めましょう。」
「ホンマか!長さん!」
「書類などは後日、準備出来次第郵送しますから。宛先は相川さんのお宅でいいですね?」
「ええ、かまいません。」

 始は答える。その後、彼らは細々した手続きについて話し合った。その結果、小太郎の身元引受人兼保護者代理は始が務めること、小太郎は始の家に下宿すること、小太郎の学費や生活費などは詠春――正確にはその代理人――が始の口座に振り込むことなどが決まる。一通りの事が決まったので、始と小太郎はお暇する事にした。



 その日の夕食時、詠春は食事に手も着けずに、今日の来客の事を考えていた。

「相川……始さん……でしたか。凄い人、いえ恐い人でしたね……。」

 詠春はヘルマン事件の詳細について、義父である近衛近衛門から口頭ではあるが知らされていた。その話の中で、小太郎がネギや仮面ライダーカリスと協力してヘルマンを退治した事も聞いている。相川始は、その小太郎が連れて来た人物であり、しかも詠春が実際に相対した感触では、明らかに只者では無かった。

(……可能性はあります、ね。彼が仮面ライダーだとすれば……。
 いえ、先走りすぎですね。とりあえず、この事は私の胸の内に収めておきましょう。)

 そう決めると、詠春はあらためて食事を始めた。



 その頃、始と小太郎は宿で休んでいた。茶を飲みながら、始は思う。

(近衛詠春……。感づかれた、かもしれんな。だが……確証は無い、だろう。)
「始兄ちゃん、どないしたんや。」
「ん?いや、な。西の長は、それだけの事はあるな、と思ってな。」
「?」

 小太郎は意味がわからず首をかしげる。始は苦笑を浮かべた。

「何、心配するほどの事じゃない。そろそろ時間だな、飯にでも行くか?」
「おう!」

 二人は部屋を出ると、宿の食堂へと歩いて行った。



[4759] 仮面ライダーカリス 第21話
Name: WEED◆7457ab78 ID:e4912856
Date: 2010/02/07 01:13
 小太郎の転校手続きも終わったある週末、始と小太郎は麻帆良学園都市郊外の山中に赴いていた。理由は小太郎の修行のためである。人目が無い場所で手合わせを行うために、わざわざこんな場所まで足をのばしたのだ。
 最初始は「自分の技は教えても活かせないだろう」と修行に付き合うのを断っていた。だが、小太郎の方は「手合わせだけでかまわへん」と始を口説き落としたのである。始は、手合わせだけであるならば時折楓ともやっているため、それ以上断る理由が無くなり承諾したのだ。
 森の中の開けた場所で、二人は向かいあう。小太郎がにやりと笑って言った。

「へへ、いくで始兄ちゃん。」
「ああ。」

 始の相槌と共に、小太郎が瞬動で飛び込んで来る。だが始の目には、その動きははっきりと捉えられていた。始は殴りかかる小太郎の腕を取り、投げ落とす。小太郎は受け身を取り、転がって立ちあがろうとした。小太郎が受け身を取れたのは実の所、始が手加減して投げたからである。そして小太郎が立ち上がる前に、始の踵落としが上から降ってくる。小太郎は危うい所で直撃を避けた。彼は必死で転がって、更なる追撃を避け、体制を立て直して立ちあがる。
 小太郎が立ちあがった所に、始の中蹴りが飛んできた。小太郎は腕を十字に交差させてその脚撃を受ける。だがその重い衝撃は、小太郎の受けと気による防御壁とを貫いて、小太郎にダメージを与えた。小太郎はよろめきつつも後ろに跳躍して間合いを取ると、笑って言葉を発した。

「へへへ、さすがやな始兄ちゃん。だが、これならどないや!」

 小太郎は再び瞬動術で飛び込んで来ると同時に、7人に分身した。だが所詮は残像を利用した分身の術、始の超感覚には通用しない。始はこれよりももっと完璧な、楓の影分身ですらも本体を見破る事ができるのだ。始は横合いから殴りかかって来た本体の小太郎の腕を取ると、再び投げ落とす。小太郎は再び受け身を取ってダメージを殺す。だがこのまま寝転がっていては、始の追い打ちが来る事は解りきっている。小太郎は必死で地面を転がり、始から距離を取った。

「……ほんまに始兄ちゃん、「気」とか瞬動とか使えへんのかいな。信じられんわ、なんでそれでそこまで強いんや。」
「練習してみようかとは思っているがな。興味深い戦闘技術だ。」
「ほな、この礼に後で教えたろか?」
「それは有り難いな。」

 始は視線を小太郎から逸らす。あからさまな誘いだ。だが小太郎はそれにあえて乗る。彼は叫んだ。

「犬神!疾空黒狼牙!」
「む。」

 小太郎の掌から黒い影の様な犬神が湧き出すと、数体に分かれて始に襲いかかる。同時に小太郎は、その犬神に紛れて瞬動術で始の零距離まで飛び込んでこようとした。だが始はいつの間にか手に握りこんでいた数個の小石を投擲し、その犬神を全て撃ち落とす。そして始は小太郎の瞬動にタイミングを合わせて拳の連打――散弾撃を放った。丁度瞬動の「抜き」の所に連打を喰らい、小太郎は派手に転倒する。始は転倒した小太郎に組みついて、その首を極める。小太郎はしばしもがいていたが、やがて「落ち」てしまった。



 しばらくして小太郎が目覚めると、彼はテントの中に転がされていた。彼はテントを出てみた。すると始が石で組んだ即席のかまどで火を起こし、野外炊飯をしているのが目に入る。彼は丁度、鍋いっぱいの汁物をかきまぜていた所だった。

「小太郎、起きたか。」
「おう。いやーやられたわ。完敗や。始兄ちゃん、やっぱ強いわ。「気」も使えんどころか、「変身」もしてへんのに、なんであないに強いんや。」

 口調は軽いが、小太郎は非常に悔しそうだ。始は飯盒2つに炊き込みご飯の準備をしつつ、言葉を発した。

「年季が違う、年季が。」

 始は飯盒を火にかけると、小太郎に向き直った。

「小太郎は確かに強いが、俺ぐらいの相手からすれば、動きが読みやすい所がある。だから技の出がかりを潰す様に動けば問題なく捌けてしまう。」
「むう……。」
「それに大技や奇襲技に頼る傾向が強いな。そう言った技は当たればでかいが、読まれると途端に無力化する。面白く無いかもしれないが、地味な基本技も大事だぞ。
 それと犬神を出すとき、できるなら叫ばないで出せないか?一々叫んでいたら、攻撃のタイミングがもろにばれてしまうぞ。」
「むう……。一々もっともやな……。」

 小太郎は悔しそうに頷く。始は小さく微笑んだ。彼は話を変える。

「ところで小太郎。学校の方はどうだ?」
「あ?あーあー、ダメやダメ。クラスの奴らみんなガキっぽくて、弱っちいし。」
「……いや、他にもあるだろう。授業とか付いていけてるか?」
「あ゛……え゛……。お、おう。」
「本当か?」
「な、なんとか……。」
「……まあ、大丈夫ならいいんだが。文武両道と言う言葉もある。戦いが強いだけじゃ、いけないぞ。」

 勉強の話となると、小太郎はとたんに舌が回らなくなる。実の所、彼は勉強はあまり得意では無いのだ。
 小太郎は話を別な方向に持っていこうとする。

「あー、と、ところでな始兄ちゃん。知ってるか?あとちょっとで麻帆良学園全学園合同の学園祭やて!」
「ああ、そう言えば何か色々騒いでいたな。被り物を着て仮装して歩いていたり。」

 始は今のところは説教をするつもりは無かったので、小太郎のあからさまな話題転換に乗ってやった。小太郎はほっとしたのか、明るい調子で話し続けた。

「学際門、見たか?まだ作りかけやけど、凄ぇでかい門やったで。いやー、面白そうやわ。俺いいときに転校してきたなー。
 そや、学園祭で格闘大会もあるんやて!始兄ちゃんも出えへんか?」
「いや、俺は遠慮しておく。目立つのは好まん。」
「そか……。なんや残念やな。」

 小太郎は少々気落ちした様子だったが、すぐに元気を取り戻す。

「よし、ほな俺の優勝は決まったようなもんやな!」
「そうか、頑張れよ。ただ自信を持つのはいいが、自信過剰は危険だぞ。」
「わ、わーっとるわい。これはそんなんやなく、気概っちゅー奴や!」
「それならいいんだが。」

 始は苦笑する。と、彼は野外炊飯のために集めて来た薪を一本手に取ると、あさっての方向へ瞬時に投げ放った。だがその薪は空中でドスっと音をさせて何かに当たると、くるくると回転しながら地面に落ちた。小太郎はその薪に走り寄って拾い上げる。

「これは……!」

 薪には一本の手裏剣――クナイと呼ばれる形式の物が突き立っていた。小太郎は顔を上げて、周囲を見渡した。始は声を上げる。

「流石だな、長瀬。腕を上げたか?」
「にんにん。相川殿も相変わらず超人的な知覚力でござるな。」
「か、楓姉ちゃん!?」

 近場に立っていた樹木の枝の上に、楓が姿を現す。小太郎は驚いた。楓の気配がまったく感じ取れなかったからだ。楓の穏行は既に完成の域に達していた。小太郎レベルの気配察知能力では、その存在を感じ取ることはほぼ不可能である。
 始は楓に向かって問いかける。

「今日はどうした?長瀬。」
「いや、恒例の修行に来てみたところ、先客がおったので様子を見に来たんでござるよ。相川殿ではないか、とは思っていたでござるが、小太郎が一緒におるとは予想外でござった。」

 にんにん、と楓が微笑む。小太郎は始に耳打ちをした。

《始兄ちゃん、随分親しそうやけど、もしかして『兄ちゃんの秘密』を知っとる俺以外のもう1人って、楓姉ちゃんなんか?》

 始は口に出しては答えず、ただ首を左右に小さく振る。小太郎にはそれで意味が通じた。彼は今度は声を大きくして尋ねた。

「ところで始兄ちゃんと楓姉ちゃんて、どんな関係なんや?」
「何、拙者と時折手合わせしていただいてるんでござるよ。今日も相川殿の手が空いていたなら、一本お願いしようかと思ってやってきた所でござる。
 所でそう言う小太郎と相川殿は、どんな関係でござるか?」
「何、成り行きで俺が小太郎の保護者代理兼身元引受人をやっているんだ。」
「ほう、そうでござったか。」

 丁度その時、火にかけていた飯盒から白い蒸気が吹きあがる。始は薪を1本手に取ると、飯盒の蓋の上に触れさせる。これは飯盒の中にまだ水分があるかどうかを確かめているのだ。ぐらぐらと揺れる感じがしたなら、沸騰中と言うことでまだ水分が残っている。この感じが無くなっていれば、水分が無くなって御飯が炊きあがったことになる。やがて彼は飯盒を火から外すと、広げた古新聞の上に逆さにして置いた。

「小太郎、そっちの鍋を火から下ろしてくれるか?」
「おう。よっと……。」
「お、豚汁でござるか。美味しそうでござるな。」
「食べていくか?」
「いや、かたじけない。申し訳ないでござるな。よかったら拙者が獲ってきた岩魚も食べて欲しいでござる。」

 楓は何処からともなく木の枝に刺した岩魚を数匹取りだす。そしてそれに塩を振り、かまどの前に並べて立てて行った。やがて岩魚がこんがりと焼けてくる。飯盒の炊き込みご飯も、丁度良く蒸れた。3人は火を囲んで、食事を始める。

「む、この炊き込みご飯、美味しいでござるな。」
「始兄ちゃんは料理も一流やからな。」
「あまりおだてるな。」
「この岩魚、旨いな。何処で獲ったんや?」
「そこの沢の少々上流にある渓流でござるよ。」

 3人は旺盛な食欲を発揮して、食べ進めて行った。そのときふと小太郎は、話題にネギの事を持ち出す。

「ところで楓姉ちゃん。ネギの様子はどないや。」
「んー、どうしたでござるか急に。」
「いや、こないだの朝に会った時、また何か元気なかったからな。」

 小太郎は豚汁を啜り込む。始は小太郎に向かい、問いかける。

「ネギ少年の事が心配か?」
「んー……。」

 小太郎は一瞬詰まる。が、すぐに返事を返した。

「ちゃうちゃう!やっぱライバルがシャキッとしてへんと、勝ってもおもろないからな。」
「なるほど、そうか。」
「ふふ、友情でござるなあ。」
「な、だ、誰が友達やねん!ライバルや、ラ・イ・バ・ル!ほんでどーやねん楓姉ちゃん!」

 楓はにんにんと微笑んで答える。

「うむ、一時期激しく落ち込んでいたでござるな。うちのクラスの古菲の話では。なんでも中国拳法の練習中に、あまり無茶をするので「何を焦っているか」と諫めたら落ち込まれたそうでござる。」
「へ?ネギのやつ中国拳法やっとんのか。」
「ほう、道理で……。ところで「クーフェイ」とは?」
「ネギ坊主の拳法の師匠でござるよ。中武研――中国武術研究会の部長でござる。」

 始と小太郎は、対ヘルマン戦でのネギの動きを思い出す。確かにあの時のネギの動きは、中国拳法の物だった。
 楓は続ける。

「古菲が注意した台詞のどこがクリティカルだったかは解らんでござるが、酷くショックを受けたようだったとのことでござるよ。」
「そんで?」
「……。」
「流石に授業とかでは平静を装っていたでござるが、端々に心労が見てとれたでござるな。」

 楓は深刻そうに言葉を紡ぐ。小太郎は苦々しそうに顔を顰めた。

「アイツはそーいうヤツなんや。頭ええかもしらんが、余計な事まで考え込んでしもうてドツボにはまりよる。ほんま、しょーがないやっちゃ。」
「そう言いながら、心配そうでござるよ。」
「これはライバルの不甲斐無さに腹を立てとるんや!」

 小太郎は喚く。その様子に楓は頬を緩めると、それまでの深刻さを振り棄てて言った。

「心配しなくてもいいでござるよ。ネギ坊主はその後何があったかはわからねど、今はケロッと元気になったでござるから。」
「な……。楓姉ちゃん、からかいよったな!?」
「怒るな小太郎。長瀬は最初から「一時期」の事だと言っていたぞ?気付かなかったか?」

 始は小太郎の頭を掌でぽんぽんと軽く叩く。小太郎はむくれて炊き込みご飯を口にかき込んだ。
 やがて食事が終わると、楓は始に向かって言葉を発した。

「さて、食後の腹ごなしに一本、お願いできるでござるか?」
「あ、待てや楓姉ちゃん!今日は俺が先約やで!?」

 小太郎はそう言って立ち上がる。始は苦笑し、彼もまた立ちあがった。

「どちらでも俺はかまわんが、喧嘩はするなよ。順番はじゃんけんででも決めろ。俺はまず洗い物を済ませてくるからな。」

 そう言うと始は、飯盒や鍋をまとめて抱えると、洗い物をするために歩き出した。後ろから小太郎のぎゃーぎゃー言う声が聞こえてくる。始はその様子に口元を綻ばせると、沢の方へ下っていった。



[4759] 仮面ライダーカリス 第22話
Name: WEED◆7457ab78 ID:62410755
Date: 2012/04/14 00:32
『只今より第78回、麻帆良祭を開催します!!』

 麻帆良の市街にアナウンスが流れる。いよいよ今日から3日間、麻帆良学園都市全校合同の学園祭が始まるのだ。空には航空部の複葉機が見事なアクロバット飛行を見せ、地上では仮装行列のパレードが練り歩いていた。
 始はその賑わいぶりに、何とは無しに圧倒される物を感じる。

(……凄いな、コレは。)
『一般入場の方は、入り口付近で立ち止まらないようにお願いします。繰り返します。一般入場の方は――。』
(おっと、いかん。)

 思わず立ち止まってしまっていた始は、再び歩きはじめる。

(さて、小太郎の学校は……。)

 始は徐に懐から麻帆良祭のガイドマップを取り出す。麻帆良学園本校小等部は、現在地より南に進んだ所にある様だ。実の所彼は、小太郎の転校の際に1度だけであるが、その学校を訪れている。しかし完全に道を憶えていたとは言いきれず、なおかつ今日は麻帆良祭のため街の様子も様変わりしていた事もあり、彼は念の為に地図を確認したのである。彼はのんびりと祭の様子を眺めながら、そちらへ向かって歩を進めた。

(小太郎は確か魔法生徒扱いで、それ関係の仕事があるんだったな。なら夕方までは会うのは難しいか。)

 やがて始は小等部までやって来た。中等部以上は商業化が激しいが、流石に小等部では金稼ぎを許可したりはしない様で、真っ当な文化祭的展示をやっている。始は校舎の中に入り、4年生の教室が並んでいる一角に到着した。

(4年3組……。ここか。)

 始は開きっぱなしになっている教室の扉をくぐる。中には、小等部の児童達が描いた絵や、習字などが所狭しと貼り出されていた。彼はその展示物をじっくりと見分して行く。やがて彼は、一枚の習字の前で立ち止まった。小太郎の習字だった。

【気合い・根性・勝利】

(……。小太郎らしいな。だが普通なら「努力・友情・勝利」ではないのか?……まあ照れくさかったのかも知れんな。)

 その習字は若干形が崩れている。もう少ししっかり勉強させるべきか、と始が考えていると、そこに声がかかった。

「あら、犬上小太郎君の保護者の方でしたね。たしか相川さん……。」
「ああ、先生でしたか。いつもうちの小太郎がお世話になっています。」

 始は頭を下げる。そこに居たのは、小太郎の担任である女教師だった。始は小太郎の様子について訊ねる。

「小太郎は学校ではどんな様子ですか?自由奔放な性質ですから、何かとご迷惑をお掛けしているんじゃないかと……。それに学業の方はあまり得意では無い様子ですし。」
「いえ、確かに奔放な面はありますが、きちんと理由を説明すれば、守るべき規則はきちんと守ってくれます。それに色々と悪さをする子供を、窘めたりもしてくれているんです。私達教師の目が届かない所とかで、色々と助かっている面もあるんですよ。
 ……お勉強の方は、ちょっと問題が無いとは言えないんですが。でも努力はしてくれていますし、まだ何とかなる範囲内ですね。」
「そうですか……。安心しました。……勉強の事以外は。」
「ほほ……。」

 女教師は笑って誤魔化す。始は再度頭を下げると、その場を辞去した……小太郎にはもう少ししっかり勉強させようとか考えつつ。



 小等部を出た始は、次に麻帆良学園本校中等部へと赴いた。彼は3-Bのクラスでやっているカフェで軽く昼食を摂ると、懐からある催し物の招待状を取り出して会場を確認する。実を言うと、彼は先日茶々丸から、茶道部の主催する野点へ招待されていたのである。招待状を貰った際に、茶々丸の様子が少々変だったのが一寸気にかかりはしたが、別に招待を受けない理由にはならない。彼は懐に扇子と懐紙、楊子があるのを確認し、徐に会場へと向かった。
 実際の所、扇子と懐紙、それに楊子は持って行く必要が無かった。茶道部では素人のお客のために、色々と必要な道具類を用意しておいてくれたのである。また野点自体も、正客と次客、末客など、作法に慣れた人でなければならない位置に座る人は、あらかじめ茶道部員が配されていた。そして外部からやってくるお客は、それ以外の場所に案内される様になっており、作法のあまり分からない者でも他人の真似をしていれば済む様に考慮されていた。やがて野点が始まり、長閑な雰囲気の中でお茶会が進んで行く。

「……大変美味しゅうございました。」

 始は、お茶を点てた茶々丸に深くお辞儀をする。ちなみにこう言う場では、「結構なお手前で」と言う言葉を使う場合もあるが、始は今回はより平易でかつ、作法的にも安全な言葉を選んだ。茶々丸もまた、始に向かってお辞儀をする。ちらりと見遣れば始の隣の客も、同じ様にお茶を頂いたりお辞儀をしたりしていた。とは言え、あまり堅苦しくは無い。素人のためのお試し的な催し物だからである。
 そして和やかな雰囲気の中、野点は終了し、散会となった。参加者たちは1人、また1人と散って行く。そんな中、着物を着た茶々丸が始に話しかけて来た。

「相川さん。今日は来て下さって、本当にありがとうございました。」
「絡繰、亭主役ご苦労様だったな。」
「はい、ありがとうございます。……あの、お茶、どうだったでしょうか。」
「言ったろう。大変美味しかった、とな。苦味も程良く、飲み易かった。」
「それならば安心しました。」

 茶々丸は軽く頭を下げた。始は頷いて見せる。

「……さて、格闘大会……まほら武道会とやらの予選会までは、まだ間があるな。」
「出場されるのですか?」
「いや、身内の応援だ。」

 始は首を横に軽く振る。実はそのまほら武道会に、彼自身は出ないのだが小太郎が出場する予定になっていたのである。そこで彼は、その応援に赴く予定だったのだ。茶々丸は頷くと、その口を開く。

「まほら武道会は、会場が変更されるはずです。新しい会場は、龍宮神社です。そしてまほら武道会は、他の複数の格闘大会をM&Aし、非常に大規模な大会として再編される予定です。」
「……詳しいな?もしや出るのか?」
「いえ、明朝より行われる本戦において、解説席にてアナウンサーをする予定になっております。」
「なるほど。」

 そこで台詞が途切れる。ほんの僅かな間であったが、沈黙がその場を支配した。だが茶々丸が意を決したかの様に言葉を発する。だがその声は、何処となく不安定な感じを醸し出していた。

「あ、相川さん……。もしよろしければ、今から私……私と……。
 あ……。う……。」
「……落ち着け絡繰。落ち着いて、ゆっくり話してみろ。」

 茶々丸がもし人間であれば、始はきっと「深呼吸しろ」とでも言っただろう。だが茶々丸はロボット――正確にはガイノイドと言うらしいが――だ。いかに始でも、ロボットを落ち着かせるのにはどうしたら良いのか、知るわけが無い。
 茶々丸は突然後ろを向く。

「なんでもありません。大変失礼しました。ではまたお会いしましょう、ごきげんよう。」

 ギャリイイイィィィ!ズシャアアアァァァ!

 茶々丸は、いきなりローラーダッシュして、まるで逃げるかの様に超高速でその場を立ち去る。後には釈然としない顔の始が残された。その右手は茶々丸を呼び止めようと、伸ばされたままである。始はその右手を、自らの顎に持って行く。彼はそのまましばらく考え込んでいた。



 その後始は、のんびりと麻帆良祭を見て回った。まほら武道会の予選会までの間は、祭を見て歩けば時間つぶしには事欠かない。
 始はいつもの一眼レフではなく、安価な小型のレンジファインダー・カメラを片手に麻帆良市街を歩く。ちなみにやはりデジタルカメラではなく、フィルム式だ。彼の専門は動物写真だと言っても、その他の写真を撮らないわけでも無い。麻帆良祭では、被写体やシャッターチャンスに不自由しなかった。無論、人を撮る時は無断で撮ったりせずに、きちんと許可を貰ってから撮るのは当然の事だ。

「……ふむ。」

 至極適当に歩きまわった始は、気付けばパトローネ3巻分のフィルムを消費してしまっていた。太陽の傾きを見れば、夕刻も間近だ。始は徐に、龍宮神社へと赴くべく路面電車の乗り場に向かった。

「む。」

 だがその瞬間、彼は足を止める。突然彼の上空を、1人の少女が跳躍していったのだ。

「……桜咲刹那?」

 そう、跳んでいったのは刹那である。しかもその表情は何やら切迫していた。どうやら何か厄介事らしい。始は眉根を寄せる。彼は小さく溜息を吐くと、一瞬で決断、刹那の後を追って走った。



 明日菜とのどかは追い詰められていた。ここは世界樹と呼ばれる樹の傍にある展望カフェである。ただし今は準備中であり、客も店員も居ない。ついでに言えば、展望台からは高さがあり過ぎて、とても飛び降りたりはできない。そして何より彼女達を追って、最悪の「敵」がやって来ていた。更にその「敵」は、彼女達を助けに入った高音・D・グッドマンと佐倉愛衣のペアを撃退し、あげくに「武装解除」の魔法で裸に剥いてしまった。その「敵」の名を「ネギ・スプリングフィールド」と言う。

「くっ、やっぱりダメか。」
「あわわ、アスナさんー!」

 明日菜がネギを喰いとめるべく戦い、またも炸裂した「武装解除」で着ていた衣服の一部を剥ぎ取られる。のどかはその様子を見て、慌てふためくしか無い。ネギの表情は虚ろであり、何か催眠状態にあるかの様だった。もっともその状況下でも、正常に……いや、無意識の手加減が無い分、それ以上に戦えているのだが。そう、ネギは今正に、精神を操る魔法の影響下にあるのだ。そして彼は今、明日菜やのどかに強烈な大人のキスをする事しか頭に無いのである。
 何故この様な事になったのかと言うと、少々話は長くなる。この麻帆良学園には、世界樹と呼ばれる巨大な樹が存在する。この樹の正式名称は「神木・蟠桃」と言う、強力な魔力を内に秘めた「魔法の樹」なのだ。そして22年に一度の周期でこの樹の魔力は極大に達し、樹の外へと溢れだす。溢れだした魔力は世界樹を中心とした6か所の地点に強力な魔力溜まりを形成するのだ。
 その魔力溜まりが問題なのである。その魔力溜まりの位置で例えば恋の告白などを行った場合、魔力溜まりの魔力がそれに反応して、告白相手の精神を書き換えてしまう。つまり告白が100%叶ってしまうのだ。この本人が意図しない精神支配魔法の行使を防ぐため、麻帆良学園では魔法先生、魔法生徒を動員して、魔力溜まりの地点をパトロールし、そこで告白行為が行われる事を防止していたりもする。
 ちなみに余談ではあるが、本来今年は世界樹の魔力が極大に達する年では無い。本当は、来年がその年のはずだったのだ。だが異常気象の影響か、1年ばかりその周期が早まってしまったのである。
 閑話休題。のどかは別にネギに告白を行ったわけではない。と言うか、彼女の告白は既に先の修学旅行において行われているのだ。だから彼女が今改めてネギに恋の告白をする必要など、普通は無い。だがしかし、彼女はネギと学祭デート中、ついうっかり夢見心地のまま「キスをして欲しい」などと口に出してしまったのだ。しかもよりによって、6つの魔力溜まりのうちの1つの場所で、である。そしてその願いに、世界樹の魔力は反応した……それはもう見事なくらいに。結果ネギは、のどかの唇を狙うキス魔と化してしまったのだ。ついでに、障害となる物……障害となる者は全て力づくで排除すると言うオマケまで付いて。そして排除されたのが、高音・D・グッドマンと佐倉愛衣と言う訳だ。
 ともかくネギはそんな状態で、のどかにフレンチでディープなキスをするために追って来たのである。そして更に余計な事態が発生する。明日菜が何を血迷ったか、「本屋ちゃんにキスしたかったら、この私にキスしてから行きなさい!!」などと叫んでしまったのだ。いや本当は「私を倒してから」と言いたかったらしいが。ちなみに現在の戦場となっている展望カフェも、魔力黙りの1つに含まれている危険区域だ。結果、再び発動した世界樹の魔力により、ネギを狂わせている精神支配魔法は上書きされ、めでたく明日菜もターゲッティングされる事になったのである。
 今、明日菜とのどかは迫りくるネギを前に、言い争っている。明日菜曰く、自分が食い止めている間にのどかに逃げてもらおうと、そしてのどか曰く、自分がキスされればネギは元に戻るかもしれないから自分が犠牲になると。

「ダメよ、私が犠牲に!」
「いえ私がー!」

 明日菜とのどかが美しいのか何なのかわからない自己犠牲争いをしている間にも、ネギはじりじりと迫って来る。と、そのネギが何かに気付いた様子を見せた。舞台になっている展望カフェに、少女の声が響く。

「アスナさん、のどかさん!ご無事ですか!?」
「「せつなさん!?」」

 屋根の上を跳躍して彼女等を助けにやってきたのは、刹那であった。ついでにその肩の上にはカモ。彼女は屋根の上から展望カフェへと降りると、明日菜とのどかに向かい走り寄る。

「刹……あ!?」
「せつなさん、うしろ、うしろー!?」
「えっ……。」

 刹那の後ろに忍びよる影があった。当然の事ながら、ネギである。ネギはキスの邪魔をする刹那を倒すため、攻撃を仕掛けようとした。

「!?」
「!!」

 だがネギは、瞬時に跳び退る。それとほぼ同時に、ネギの今までいた場所に何か黒い影が飛び込んで来た。

「アスナ!せっちゃん!……わ!!」
「のどか!?……あ!?」

 明日菜達を追いかけて来た木乃香と、早乙女ハルナが、準備中の扉を強引に押し開けて展望カフェへと入って来る。だが彼女等の瞳はその瞬間、刹那の傍らに立つ、黒い影へと吸い寄せられた。
 明日菜が叫ぶ。

「か、カリスさん!?」

 そこに居たのは誰あろう、仮面ライダーカリスであった。彼は刹那に向かって訊く。

『……お前が血相を変えて街中を飛び回っていたんでな。何か事件でも発生したのかと思い、追って来たのだが……。これはどう言う事だ?』
「あ……ね、ネギ先生がまほ、いえ催眠術の様な物をかけられて、暴走しているんです!このままでは何をするか、分かった物ではありません!何とか取り押さえないと!」
「カリスさん!私のハリセンでそいつをひっ叩けば、多分元に戻るから!」

 明日菜の言葉に、カリスは一寸首を傾げるが、頷く。一方のネギは、虚ろな表情のまま身構える。その体捌きに、隙は無い。と、ネギはすっと気配を感じさせずに移動するとカリスの懐に飛び込んだ。そして肘打、拳打、掌打を連続して放つ。彼の膨大な魔力により強化されているその打撃は、達人級の武術家をも超えるやも知れない。

「あ……!カリスさん!」

 先に「武装解除」の魔法を受けて脱がされてしまっていた愛衣がその様子を見て、身体を縮こまらせながら悲鳴を上げた。だがカリスはその打撃をあえて全て身体で受ける。いかに強烈な打撃とは言えど、カテゴリーAの中でもカテゴリーKにも匹敵すると言われる強力なアンデッド、マンティスアンデッドの力と姿を借りているカリスには、たいした事は無いのである。それどころか彼は、攻撃して来たネギの左拳を捕まえてしまう。
 だがネギはそれでは終わらなかった。その右手には、星型のヘッドが付いた小さな魔法の杖を握っている。

「風花……武装解除!!」
『む。』

 ネギの杖から強烈な風が発生し、カリスを「武装解除」しようと吹き荒れる。だがその魔法は、カリスには全く効果が無かった。それも当然の事と言えよう。魔法をレジストしたと言うのもあるが、カリスは元から武装どころか衣類さえ身に纏っていないのである。今のカリスの姿はマンティスアンデッドその物の姿であり、別に衣装を纏っているわけでもなんでもないのだ。
 ちなみにそんな事を知らない愛衣と高音は、ネギの魔法を退けたカリスの実力に、感嘆の息を吐いていた。

「あ……!」

 ネギが小さく叫びを上げる。カリスが、自分が捕まえたネギの左手を支点に、ネギの身体を投げ倒したのだ。同時にカリスは、ネギの右手首に軽く手刀を入れ、魔法の杖も弾き飛ばしていた。カリスはそのままネギの小さな身体を押さえ込む。ネギは全身から魔力を放出し、その戒めを逃れようとするが、パワーが違い過ぎた。これが相手が普通の大人であったなら――いや達人級の武術家であったとしても――ネギのパワーに負けて、軽々と吹き飛ばされていただろう。だがカリス相手では、それすらも焼け石に水に過ぎない。ネギはしっかりと押さえ込まれてしまっていた。
 そこへ明日菜が駆け寄って来た。彼女は例のハリセン『ハマノツルギ』を振りかぶっている。

「しっかりしなさい、このバカネギいいいぃぃぃッ!!」

 バシイイイィィィン!

 そしてこの一撃が、この騒動に終わりを告げる。ハリセンでひっ叩かれたネギの頭から、ぼうっと魔力の光が抜けて行った。彼は目を覚ます。

「あ、あれ……?」
『気が付いたか。』

 カリスは押さえ込んでいたネギを解放する。ネギはよろよろと立ちあがった。それを見届けると、カリスは踵を返す。明日菜と刹那が叫んだ。

「あ、カリスさん!」
「ご、ご助力どうもありがとうございました!」
『いや……。気にするな。ではな。』

 実の所カリスは、もっと大事ではないかと思っていたのである。そうでなければ、態々変身して出てきたりはしていない。この程度の事ならば、始の姿のままでも良かったとか考えながら、カリスは展望台の端から飛び降りて、その姿を消した。

「あ、行ってしまいました……。前に助けてもらった時のお礼、言い損ねてしまいました……。」

 愛衣が体操着を着込みながら、しょんぼりとした口調で言った。
 ちなみにこの後、ネギは明日菜や高音から、たっぷりとお説教を喰らう破目になる。その後彼はのどかと学祭デートを再開するのだが、それに触れるのは野暮と言う物だろう。



『スピリット』

 電子音声が響く。
 カリスの姿から人間の姿に変わった始は、路面電車の停留所へ向かう。行き先は龍宮神社だ。

「……さて、非常な大規模大会となった、まほら武道会、か。小太郎は、どこまで行けるだろうな。」

 始は路面電車に乗り込むと、吊革につかまる。彼の頬には、有るか無しか分からない程度の笑みが浮かんでいた。



[4759] 仮面ライダーカリス 第23話
Name: WEED◆7457ab78 ID:62410755
Date: 2012/04/18 21:22
 この日の夕刻、龍宮神社の境内には、多数の人が集まりざわめいていた。しかもその中には、体格が良く威圧感のある男性が数多く見かけられる。それらはどうやら、何かしらの武術を身に着けている人物のようだ。始はそれらの人々を眺め遣り、感慨深げに思った。

(ふむ、そこそこできる者が多いな。だが……そこそこ程度以上の者は、思ったよりも少ない。これなら……小太郎はそこそこまで行けるか?)

 ここに居る者達は、その殆どすべてが格闘大会であるまほら武道会の参加者か、あるいはそれを見に来た見物人である。格闘技に関係した人物が多くいるのは当然と言えよう。ちなみにまほら武道会は、ここ龍宮神社にてその予選会と本戦が行われる事になっている。始はまほら武道会に参戦すると言う小太郎の応援をするために、わざわざここに足を運んだのだ。

「……まさか、あいつも参加者か?」
「まさか!あんなひょろっとした優男だぜ?」
「だよなあ。ははっ。」

 周囲の者達から、そんな声が聞こえて来る。どうやら始を見て言っている様だ。彼等の言っている事は、ある面では正しい。始はまほら武道会に、選手として参加するつもりはさらさら無いからだ。だが彼等の見立ては、ある意味では完璧に間違っている。始の戦闘能力は、はっきり言ってしまえば世界最高峰の武術家よりも、ずっと高いのだ。何せ彼が今その姿を借りているのは、地上の支配種族を決めるバトルファイトの勝者、ヒューマンアンデッドである。しかも付け加えて言えばその中身は、最強アンデッドたるJOKERなのだ。
 大半の者は、優男然とした始の外見だけを見て興味を無くす。だが極々稀にではあるが、始をじっと注視している者もいたりする。

(……ほう。タカミチ・T・高畑、だったか。以前学園長と一緒にいた奴だったな。……こうしてあらためて見れば、かなりできる、な。)

 そう、そんな者の1人は、かつて前年度の2学期までは2-Aの担任をしており、現在は非常勤兼学園広域指導員となっている高畑であった。しかも始がカリスとして情報収集した所によると、彼はかつて英雄サウザンドマスター達の一行であった『紅き翼』の一員であり、今も『悠久の風』と言う魔法使い団体に所属し、その戦闘能力の格付けはAA+と言う超人的なレベルであるらしい。この麻帆良学園においても、学園長の次に強いと言われている。
 高畑はやがて始から目をそらし、別の方向へ歩いて行く。始はそれを見送ると、別の人物に目を向ける。それは、魔法使い風のローヴに身を包んだ、胡散臭さを全身全霊で放っている人物だった。と、その人物と始の目が合う。その人物もまた、高畑と同じ様に始の事を注視していたのである。ローヴの人物は、人波の中をすっと流れる様な動きで始の方へと寄って来た。始は彼に問いかける。

「……何か御用ですか?」
「いえ、貴方も参加者なのかと思いましてね。中々の力をお持ちの様だ。」
「いえ、俺は参加者じゃありません。身内が参加するので、観戦とその応援に来ただけです。」
「ほう、ご身内が……。そのご身内も、やはりお強いのでしょうね。」

 始は口元だけで笑う。だがその目は笑っていない。

「流石に参加者である貴方に、身内の情報をお教えするわけにはいきませんよ。」
「ああ、それは確かに。これは私が迂闊でしたね。今の質問は忘れてください。……ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はアル……いえ、クウネル・サンダースと名乗っておきましょうか。」
「……自己紹介に、あからさまな偽名と言うのはどうかと思いますが。」
「申し訳ありません。しかし本名を晒すのは、少々まずい物ですから……。」

 ローヴのフードの奥で、その人物……クウネルが笑ったような気配がする。始は顔に張り付いたアルカイックスマイルを保ったまま、こちらも自己紹介をした。

「俺は相川始と言います。ところで……。」
『見学者と参加希望者は、入口よりお入りください。』
「おっと、時間の様です。それではこの辺で失礼致しますよ。貴方が出場者ではないのは、正直言って助かりました。御縁がありましたら、またお会いしましょう相川始さん。」

 アナウンスが流れる。クウネルは目の前にいるのに気配を感じさせない様な動きで、会場入り口の方へと向かって遠ざかって行った。始は眉を顰める。

(……奴め、気配がおかしかった。と言うか、長瀬の分身に似た感じがする。あれよりももっとずっと強固ではあったが……。実体では無い、と言う事か?)

 始もまた、入り口の方へと歩いて行く。と、そこへマイクとスピーカーで拡大された司会者の声が響き渡った。

『ようこそ!!麻帆良生徒及び学生、及び部外者の皆様!!復活した「まほら武道会」へ!!突然の告知に関わらず、これ程の人数が集まってくれたことを感謝します!!
 優勝賞金一千万円!!伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んでください!!』

 司会者は見た目かなり大人っぽい様にも見えるが、まだ少女と言って良い歳の娘だった。彼女は言葉を続ける。

『では今大会の主催者より開会の挨拶を!学園人気No.1屋台「超包子」オーナー、超鈴音!!』
『你好』

 司会者の少女に紹介されたのは、これもまた1人の少女であった。チャイナ服を身に纏い、髪を2つのシニヨンにまとめた、ステレオタイプの中国人風少女である。周囲から声が上がった。

「オイまだガキじゃねえか。」
「バカ、知らねえのかよ、麻帆良の最強頭脳を。」
(麻帆良の最強頭脳……か。確かに只者では無い、な。)

 始はその超と言う少女の浮かべた微笑みに、何かしら不穏な物を感じた。そんな彼に、またも誰かが声をかけて来た。ただそれは前回のクウネル・サンダースとは違い、始の知った声である。更に言えば、気配――と言うか、アンデッドの知覚力で捉えた雰囲気など――も、見知った者のそれであった。始は徐に振り返る。

「おや、相川殿。もしや相川殿もこの大会に出場するでござるか?」
「長瀬か。いや、俺は小太郎が出るので、その応援に来ただけだ。長瀬は出るのか?」

 そこに居たのは、かの少女忍者、長瀬楓と鳴滝姉妹、他2名であった。楓は始に答える。

「んー、まだ決めてはいないでござるが。ただ、面白そうだとは思ってるでござるよ。」
「そうか、もし出るとなれば、小太郎が大変だな。
 ……所でこの子達をなんとかしてくれないか。たしか鳴滝姉妹、だったな。」
「あいあい。これこれ風香、史伽、その辺にしておくでござるよ。怖い物しらずでござるな。」

 鳴滝姉妹は、始に纏わりついていた。特に風香の方は、始が持っていたレンジファインダー・カメラを勝手に手に取って、弄り回していたりする。うっかりカメラの蓋を開けられでもしたら大変なので、楓が取り上げて始に返却した。
 そこへ残りの楓の連れが、声をかけて来る。

「楓が「怖い物」扱いするほどの人か……。楓、私達にもその人を紹介して欲しい物だな。」
「そーアルよー。……あれ?何処かで会った気もするアルね。」
「こちらの方は相川始殿と言って、「凄腕」の動物写真家でござるよ。前に猫の写真集の話をしたでござろ?あれは相川殿の作品でござるよ。
 相川殿、こちらは龍宮真名。そして古菲。どちらも拙者のクラスメートでござる。そう言えば古の方は、京都で一度だけちらりと会った事があるはずでござるな。」

 楓の言葉に、始は記憶を掘り返す。

「ああ確かに。たしか……偽者のネギ少年にキスして、爆発に巻き込まれていたな。」
「ナヌっ!?あ、あの時見ていたアルか!?」

 古は顔を赤くする。一方真名の方は興味深げに始を見遣る。始はその瞳の色が変化しているのに気付いた。だが真名は、小さく呟く。

「フ……。思い過し、か?」
「所でお兄さん、なかなかできるアルね?なんで大会に出ないアルか?」
「下手に目立ちたく無い物でな。」
「と言う事は、大会で目立つほどの自信があるってことアルな?よし、私と一戦やるアル!」
「おいおい、ここでそんな事したらそれこそ目立ってしまうだろう。勘弁してくれないか。」

 始は苦笑して断る。古は残念そうな顔をした。

「古、楓、そろそろ行くぞ。相川さん、それでは失礼します。」
「あ、真名待つアルね!ではまた後日、私と闘るアルよ!」
「それでは相川殿、にんにん。風香、史伽、行くでござるよ。」
「うん楓姉。それじゃね相川さん!」
「またねー!」

 始は彼女等に軽く手を振った。そして司会者、主催者の方へと意識を戻す。と、その大会主催者……超はとんでもない事を言い出した。

『――だが私はここに最盛期の『まほら武道会』を復活させるネ!飛び道具及び刃物の使用禁止!!
 ……そして『呪文詠唱の禁止』!!
 この2点を守ればいかなる技を使用してもOKネ!!』
(呪文詠唱……?魔法を使う時の呪文の事か?……一般人もいる前で、言って良いのか?それにそれを口に出すと言う事は、超鈴音も魔法関係者なのか?)

 超の説明はなおも続く。

『案ずることはないヨ、今のこの時代映像記録がなければ誰も何も信じない。大会中この龍宮神社では完全な電子的措置により携帯カメラを含む一切の記録機器は使用できなくするネ。
 裏の世界の者はその力を存分に奮うがヨロシ!!表の世界の者は真の力を目撃して見聞を広めてもらえれば、これ幸いネ!!』
(携帯電話のカメラはともかく……。俺のこのカメラや、あるいは使い捨てのレンズ付きフィルム等はどう無効化するつもりだ?俺のカメラやレンズ付きフィルムの類は電子的な部分など、フラッシュ系統しか付いていないぞ?高度な高価なカメラならばフィルム式でも、電子的な部分が狂えばシャッターが動作しなかったりする物だが……。)

 考えに沈む始をよそに、周囲の参加希望者達は意気上がる。

「なんかよくわからねえが、要するにルール無用ってコトだろ!?」
「裏の世界結構じゃねえか!」
「何が出ようと、ぶちのめしてやるよ!」

 始は考えを中断して、本来の目的である小太郎の闘いを観戦、応援するために小太郎を探す事にする。始がその気になれば、この様な混雑、熱狂している場所であっても、知り合いの気配を感じ取る事ぐらいは容易い。

(む。小太郎はあそこか。む、ネギと一緒の様だな。……ネギは先程、魔法をかけられて暴れ回っていた様だが、大丈夫なのか?と、そう言えば人間の姿でネギに会うのはけっこう久しぶりだったな。カリスとしてなら時折あったが……。少し注意しておかないとな。
 しかし一緒にいるのは……。タカミチ・T・高畑と……エヴァンジェリン?他にも桜咲刹那に神楽坂明日菜、あと知らない少女がいるな。ああ、あとカモとか言う小動物もいる。エヴァンジェリンはネギの魔法の師匠だから分かるが、ネギは高畑とも顔見知りなのか?……まあいい、小太郎の所へ行くついでだ。挨拶でもして来るとしよう。)

 始は徐に、小太郎達の方へ歩み寄って行く。彼は子供達に声をかけた。

「小太郎、見に来たぞ。ネギ少年、久しぶりだな。」
「あ、始兄ちゃんやないか。応援に来てくれたんか?」
「相川さん!え?なんで小太郎君と相川さんが知り合いなの?」
「かーっ!ネギ、情報遅いで?俺、始兄ちゃんの家に今、居候してるんや。」
「えーっ!?き、聞いて無いよっ!そんなの聞かなきゃ、分かるわけ無いよー!」

 小太郎とネギは、わーわー騒いでいる。始は続けて、高畑に向かい挨拶をする。

「はじめまして、相川始と言います。動物写真家で、小太郎の身元を引き受けています。」
「ああ、はじめまして。僕はタカミチ・T・高畑と言います。女子中等部で、非常勤で教職に就いてます。そこにいるネギ君の、歳の離れた友人……と言った所ですか。
 もしや相川さんもこの大会に?」
「いえ、俺は応援と観戦です。こう言う場に出場するのは、性に合わないものですから。」
「そうですか?中々の使い手と見ましたが……。」
「いえ、それほどでも。」

 始と高畑は、ある程度の礼節を保ちつつ、相手に踏み込まず踏み込ませない様に会話を行った。始の側からすれば、高畑とはあまり深く接触を持つつもりは無い。高畑は麻帆良学園では特に高い地位にいるわけでは無いが、それでも裏の事情に関わる者の中では、比較的中枢に近い位置にいる。始としては、高畑には自分の正体を知られたくは無かった。
 それならば最初から近付かなければ良い様な物だが、そう言う訳にもいかなかった。先程始は小太郎を探した時に一緒に高畑やエヴァンジェリンを見つけたが、逆に高畑の方もほぼ同時に始に気付いていたのである。しかも高畑には、先程目を付けられている事もあった。そこでそそくさと逃げるのは簡単だったが、後で小太郎と一緒にいる所を見られたら、逃げた分だけ変に思われると言う物だ。であるならば、普通に挨拶をして普通に別れた方が良い。
 始は次にネギと小太郎に話しかけた。

「ネギ少年、小太郎。そちらにいるお嬢さん達を紹介してくれないか?」
「あ、はい。こちらはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん、桜咲刹那さん、綾瀬夕映さんです。」
「あれ?ネギ、明日菜の姉ちゃんは紹介せえへんのか?」
「明日菜さんの事は、相川さん知ってるんだよ。」

 徐に、始は少女達に挨拶する。

「相川始だ、よろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
「あ、よろしくです。」
「フン……。」

 エヴァンジェリンは特に興味を示さない様子で、鼻を鳴らす。始は苦笑して言葉を続けた。

「君がエヴァンジェリンか。君の従者だと言う絡繰とは、懇意にさせてもらってる。」
「何?……ほう、そうか貴様が。動物写真家だと言ったな。以前茶々丸が持って来たパネルの写真は、貴様が撮った物か。」
「ああ、たぶん俺が撮った物だろう。」
「そうか……。また撮ったら、貰ってやる。励むがいい。」

 それきりエヴァンジェリンは他所を向いた。もう話す事は無い、と言う事なのだろう。始も会話を無理強いするつもりは更々無かったので、小太郎とネギの方に顔を向ける。と、小太郎が凄い勢いで語りかけて来た。

「始兄ちゃん!ネギに何とか言ったってくれや!こいつすっかり腰が引けてしもとるんや!」
「だ、だって僕、ちょっと腕試しのつもりで出ようと思っただけだし……。こんなにたくさん強い人がいたら、腕試しの前に負けちゃいそうだし……。」
「何―ッ!?アホか!!強い奴がいたら、ワクワクすんのが男やろっ!?」

 始は少し考えて、そして言葉を発しようとする。だがその一瞬前、それに割り込む様な形で言葉を発した者がいた。まほら武道会主催者、超鈴音である。マイクとスピーカーで増幅されたその声は、しっかりとネギの耳を打った。

『ああ、ひとつ言い忘れてるコトがあったネ。この大会が形骸化する前、実質上最後の大会となった25年前の優勝者は……。学園にフラリと現れた異国の子供、「ナギ・スプリングフィールド」と名乗る、当時10歳の少年だった。』

 その名前を聞いた瞬間、ネギの目の色が変わった。超は言葉を締めくくる。

『この名前に聞き覚えのある者は……。頑張るとイイネ。』
「い、今のはネギ先生のお父さんの名前では?」
「ああ、けどマジか!?」
「き、記録を調べてみます。」

 夕映、カモ、刹那はネギの父親の名前に驚き騒ぐ。始は遠くに見える超の姿を、眉を顰めて睨んだ。超はにやりと不敵な笑みを浮かべている。始はその笑顔に不穏さと、かすかな不快感を覚える。

(……「ナギ・スプリングフィールド」か。英雄「サウザンドマスター」とやらの本名……。そしてネギの父親の名……。明らかに今の台詞はネギをたきつける目的があったのだろうな。その目論見は大成功、と言うわけか。)

 見遣ればネギは、先程までの腰が引けた態度とは逆に、強い意志を持った瞳で――悪く言いかえれば、何か思い詰めた様な目で――その右手を固く握りしめている。彼は小太郎に向かって、はっきりとした口調で宣言した。

「コタロー君!!僕出るよ!!」
「え!?お、おう、当然や!!……イキナリやる気出たな。」
「ヘヘヘ……。」

 始はそんなネギの後ろに回ると、その両肩に両手を置く。ネギは驚いた。

「わっ!あ、相川さん!?」
「やる気が出たのはいいが、今度は肩に力が入り過ぎだ。もう少し、心に余裕を持て。それではいざと言う時に、身体が硬くなって上手く動けないぞ。」
「え……。は、はい!」
「そう言う点では、小太郎を見習った方がいいな。」
「へ?お、おう!俺はいつでも自然体や!」
「後はそれが油断に繋がらなければ、なお良いんだが。」
「わ、わかっとるわい!ほっといてんか!」

 釘を刺されてむくれる小太郎を尻目に、始は再び超の方を眺め遣る。超は相変わらず、不敵に見える笑みを浮かべていた。だが始は、今度は不快感ではなく、若干の違和感を感じる。その違和感の正体は、間を置かずして明らかになった。

(……!!……なるほど、あの笑みは似ているのか。辛くて、苦しくて、どうしようもなくて、感情を表現できなくなった者が、条件反射的に浮かべる虚ろな笑みに。
 あの表情、あれは……苦しみを背負った人間の顔だ。子供である事を許されずに、子供であるうちから「大人」にならざるを得なかった子供の顔だ。)

 始は眉根を寄せる。よくよく考えれば、超もまた年端も行かない少女に過ぎないのだ……いかに不穏な物を感じさせると言えども。始は考える。

(だが……あの超とか言う娘の瞳には、力がある。そう言う思いをした者達の大半が、ただ流されるだけになってしまうのに、あの娘には「何か」に立ち向かう、強い意志の力がある。……ただ、その意志の力が向いている方向は、何かしら怪しいとしか言いようが無いが。
 あの超とかいう娘は、おそらくは何かを企んでいる。おそらくはネギを巻き込む形で。そうでなければ、ネギをたきつける様な事を言った理由が説明つかん。ただその目的は分からんが……。だが最終目的が分からずとも、少なくともその過程はあまりまっとうな物では無いかもしれんな。これが杞憂であればいいのだが。)
『――予選会終了ギリギリまで参加者を受け付けます!!年齢性別資格制限一切なし!!本戦は学祭2日目明朝午前8時より!!只今より予選会を始めます!!』

 司会者の少女の言葉が、会場である龍宮神社に響き渡る。まほら武道会の予選会が、今始まった。



 まほら武道会の予選は、20名1組のグループがA~Hまでの8組の、計160名にて行われる。それぞれのグループ毎にバトルロイヤル型式の戦いを行い、1グループにつき生き残りが2名ずつ、合計16名の本戦出場者が選出されるのだ。
 始はEグループの予選会場に出向いていた。小太郎が予選のグループを決めるくじを引いた所、Eグループに割り当てられたのである。始はEグループの戦場となる試合会場の舞台の脇に陣取り、その戦いを観戦していた。

(?……小太郎は、年齢詐称薬とやらを使って、16歳程度に外見を調整するとか言っていたはずなんだが。)

 Eグループ用の舞台の中では、小太郎がいつも通りの子供の姿で戦っていた。始は一瞬怪訝に思う。しかし司会の言葉を聞く限りでは年齢制限は無くなったらしいので、問題は無いのだろうと始はその疑念を流し去った。
 と、同じグループで戦っていた楓が、影分身の術を披露する。彼女は4人に分身し、それぞれが同グループの対戦相手をノックアウトして行った。それを見た小太郎が、ライバル心を剥き出しにする。

「何をー!負けへんでーっ!うおりゃー、五つ身分身!!」
「おお、やるでござるな。では12人。」
「ぐううっ、7人が限界やーっ!」

 試合を放り出して分身合戦を始めた小太郎と楓に、始は掌で顔を押さえ、溜息を吐く。彼はふと隣のFグループへと目を遣った。

「……ほう。」

 そこには高畑とエヴァンジェリンが出場していた。高畑は背広のズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、悠然と試合会場の舞台を歩いている。だが彼の周囲の参加者達は、ただそれだけでばたばたと舞台の床に倒れ伏していた。
 だが始の目には、その技の秘密が見えている。高畑はポケットを刀の鞘、拳を刀身に見立てて、超高速の「拳による居合抜き」を行っていたのだ。そして倒れ伏した参加者達は、その拳圧により顎を打たれ、脳震盪を起こしてノックアウトされたのである。

(だが、それだけでは無い、な。まだ隠している力がある。流石にこんな序盤で曝け出す様な真似はしない、か。)

 始はEグループへと視線を戻す。そこではどうやら分身合戦は終わりを告げ、ようやく真っ当な戦いが繰り広げられていた。いや、真っ当とは言い難いかもしれない。身長は大人の女程に高いとは言えど未だ中学生の少女と、それより更に小さな小学生の少年が、大の男達をばったばったと薙ぎ倒しているのだ。やはりどう見た所で、それは異常な光景と言えた。だがしかし、その異常な光景はこの武道会の予選会各所で見られている。予選会の試合場の半数以上で、中学生の少女や小学生にしか見えない少年などが、他の参加者を軽々と蹴散らしているのだ。

『決まったーーーっ!!Eグループ、長瀬選手と犬神選手、本戦出場だーーーっ!!』

 司会者の声が響く。楓と小太郎は笑顔で試合会場の舞台を降りて来た。小太郎は笑顔で始に話しかける。一方の始は、やや浮かぬ顔だ。

「始兄ちゃん!どやった、俺の戦いぶり?」
「……1つだけ大きな問題があったな。」
「へ?」

 小太郎の顔に、僅かな焦りが浮かぶ。それを聞いていた楓の顔にも、疑問符が浮かんだ。

「も、問題って何や?」
「あまり厳しく言うのも何だが、ここはあえて言うぞ?それは油断だ。」
「お、俺は油断なんて……。」
「まあ聞け。」

 始は噛んで含める様に諭す。

「小太郎、なんで必要も無いのに分身の術を使った?それと長瀬と分身合戦をして、他の参加者を半ば無視する形になったのは?」
「へ?そ、それは……。」
「今回周りにいた程度の連中では、そこにつけ込む事はできなかったわけだが……。もしお前の7~8割程度にできる奴がいたらどうする?確実にピンチに追い込まれていたぞ?……まあ、お前は周囲にいた連中の力量を正確に見切っていたのかも知れんから、これはまだ致命的じゃない。
 致命的なのは、うかつに分身の術を使える事を、周りのライバル連中に知らしめてしまった事だ。お前の分身は、相手がその事を知らなければかなり効果的だ。あの強敵だった自称没落貴族の伯爵ですら、初見では見切る事はできずに一撃貰っている。だが分身する事を知られてしまった以上、本戦に出場する選手レベルではもはや通用しないと考えていた方がいい。お前は重要な武器を1つ失った事になるんだぞ?しかも半分戯れの分身合戦で、だ。
 お前は強敵である長瀬ばかりに気を取られ、他の者達を軽視した。これを油断と言わなくて、何を油断と言うんだ?予選程度は実力を隠し、慎重に事を運ぶべきだったんだ。」
「あ……。う……。」

 小太郎は言葉も無い。彼は肩を落としてしょぼくれてしまう。そんな小太郎の頭に、始は苦笑しながら手を置いた。彼は小太郎の頭を撫で摩る。

「まあ、そんなに凹むな。きっとまだ挽回は効く。気落ちさせる様な事を言ったのは悪かったかも知れんが、気落ちしたままだと実力を発揮できないぞ?」
「お、おう!わかった!そやな、今回の事をしっかり反省して、次に活かせばいいんや!ハッキリ言ってくれておおきに、始兄ちゃん。」
「拙者には何も言ってくれないんでござるな。一寸寂しいでござるよ、にんにん。」

 小太郎が元気を復活させると、今度は楓がいつもの笑顔のまま、若干拗ねた様な事を言う。いつもと変わりない笑顔のためもあり、本当に拗ねているのかどうかは分からない。始はしれっと言う。

「いや、長瀬は分身できる事が知られたとしても、知られた事自体を武器にできるレベルだろう?とするならば、別に言う事、言える事は無いんだが……。」
「ほほう、そこまで信頼されていたでござるか。となれば、その信頼に応えるためにも優秀な成績を収めねばならんでござるな。」

 楓は鼻の下を指で擦りながら、自慢げな様子を見せる。始は鷹揚に頷いた。

「まあ小太郎共々頑張ってくれ。あ、一寸小太郎一緒に来てくれるか?」
「ええで?なんや始兄ちゃん。」

 始は小太郎を連れて、Bグループの方へと移動する。そこでももう試合は終わり、2人の本戦出場者が決定していた。1人はネギ、もう1人はあのクウネル・サンダースである。
 始は他人に聞こえない小さな声で小太郎に言う。

「あの魔法使い風のローヴを着込んでフードを目深に被った男……。奴には充分注意しておけ。見た目からはそうは思えないかも知れないが、おそらくこの大会で1番の優勝候補だ。」
「なんやて!?」
「おそらく俺でも変身しないと勝つのは難しいだろう。変身しても、苦戦するかも知れん。それ程の相手だ。」
「!!……そか。けどまあ、最初から負けるつもりは無いで。もし組み合わせ次第で奴と当たる事になったら、思い切り全力でぶつかったるわ。にしても、か~~~!そうなるとさっきの失敗、油断が痛いわ。それほどの奴やったら、こっちが分身するって事分かってたら、効果は薄いわな。」

 始はぽんと小太郎の頭に手を乗せて、わしゃわしゃと掻きまわした。小太郎も、されるがままになっている。やがて司会者の少女のアナウンスが辺りに響いた。

『皆様お疲れ様です!本戦出場者16名が決定しました!本戦は明朝8時より、龍宮神社特別会場にて!』
 では大会委員会の厳正な抽選の結果決定した、トーナメント表を発表しましょう!』

 始と小太郎は、トーナメント表の貼り出される方へと歩みを進める。途中でネギ他数名も合流して来た。そしてトーナメント表が公開される。

『こちらです!!』
「な……。ええーーーっタカミチ!?無理だよー!?」

 ネギの叫び声が聞こえる。トーナメント表を見れば、ネギは高畑と初戦で当たる様だった。一方小太郎も頬に冷や汗を流している。彼が勝ち進めば、あのクウネル・サンダースと2回戦で当たる事になっているからだ。
 小太郎はニヤリと笑い、ネギの背に向かって言葉を発した。

「時間ないけど、修行のおさらいでもするか?ネギ。」

 そんな彼等の後ろで、始はこの武道会の事を色々と考えていた。特に気になっていたのは、主催者たる超の事である。クウネルの事も気にはなってはいたのだが、どちらかと言えば超の方がなんとなく影響が大きそうだったため、そちらをまず気にする事にしたのだ。

(あの娘は一体……一体何をやらかすつもりだ?あの娘は、危険な気がする……色々な意味で。)

 始はしばしその場を動こうとしなかった。だが彼はとりあえず今日のところは帰宅する事にする。あまり深く考えても、意味が無いからだ。ちなみに小太郎は、今日はまだネギに付き合うそうだ。始はその場を立ち去ろうとして、その前に一回だけ振り返り、ライトアップされた龍宮神社を見上げた。本来荘厳なはずの神社は、お祭り騒ぎの舞台となって明るい雰囲気に包まれている。

「ふっ……。」

 始は息を吐くと、徐にその場を後にした。



[4759] 仮面ライダーカリス 第24話 前編
Name: WEED◆7457ab78 ID:62410755
Date: 2012/04/27 17:07
 時間は午前7時丁度、まほら武道会の本戦会場である龍宮神社は、早朝にも関わらず賑わっていた。始は丁度今、ここに着いたばかりである。彼は周囲を見回した。

(……ほう。昨夜の予選会よりも、更に観客が増えているな。)

 始は小太郎経由で手に入れたチケットを、入り口でモギリをしている少女達に渡し、半券を返してもらう。彼はそのまま会場内へと足を運んだ。ちなみに彼は、昨夜から小太郎とは会っていない。小太郎は昨夜はエヴァンジェリン宅に泊まると、そう連絡があった。

(この辺で観戦するか。おや?)

 始が陣取った場所は、実況・解説席のすぐ側だった。そして実況・解説席には茶々丸が座っていたのである。始は茶々丸に挨拶をする。

「おはよう絡繰。そう言えば、アナウンサーをすると言っていたな。」
「おはようございます、相川さん。」

 見ると、彼女の隣の解説者席はまだ空席である。始はその事について、茶々丸に訊ねてみた。

「絡繰、解説者がいない様だが……。」
「先程一度いらしたのですが、所用で席を外してらっしゃいます。」
「どんな人物だ?」
「昨日の予選会にも出ていらしたのですが、惜しくも敗退なさった方です。知識が豊富だと言う事で、超より依頼されて解説を引き受けてくださったそうです。」
「ほう。」

 彼等がそう言っていると、当の解説者が席に帰って来た。髪形をリーゼントに固め、古風な学ランを着用した青年である。彼は茶々丸と話している始に軽く会釈をすると、解説者席に着いた。始もまた、彼に軽く会釈を返す。
 解説者の青年は、しかし一瞬怪訝そうな顔になる。そして次の瞬間、目を見張った。彼はおそるおそる、と言った風情で始に声をかける。

「あ、アンタ……なんでこんな所に居るんだ?本戦出場者じゃあ無いのか?」
「む?」
「あ、いや失礼。俺は豪徳寺……豪徳寺薫と言うもんだ。アンタ、ただもんじゃ無いだろう。」
「豪徳寺さん、お分かりになるのですか?」

 茶々丸の言葉に、豪徳寺は頷く。

「ああ、身体の心、動きの心にブレが無い……。立ち居振る舞いの隙の無さ……。一見並の人間っぽく見せてるが、実力を隠しているって言われた方が、しっくり来るぜ……。」
「……そうですか。いや、ただ単に目立つのを好まないだけなんですがね。相川始です、豪徳寺さん。」
「相川さんは大会に出て無いのか?」
「ええ。今回は観戦と、身内の応援ですよ。」

 豪徳寺は残念そうに頷く。

「そうか……。アンタが出てたら、この大会の台風の目になってたろうな。」
「買い被りですよ。」

 始は苦笑して見せる。一方の豪徳寺は、何やら感心した様な、勿体無い物を見る様な、そんな顔だ。
 彼等はその後も駄弁りながら、大会の開始を待っていた。





 時計が午前8時を指す。試合会場である龍宮神社内の能舞台に、予選会から引き続き司会者をやっている少女の声が響き渡った。

『ご来場の皆様、お待たせ致しました!只今よりまほら武道会、第一試合に入らせて頂きます!』

 ポン、ポンと花火の音がする。満場の観客の歓声が上がった。審判を兼ねた司会者の少女が、選手を紹介する。

『かたやナゾの少年忍者「犬上小太郎」選手!!かたや中2の少女「佐倉愛衣」さん!!しかしその実力は予選会で証明されています!!』
(小太郎の出番か。しかし相手が少女となると……。小太郎は戦えるのか?いつも女は殴れんとか言っているが……。)

 始は観客席で心配顔になる。だがその心配は無用だった。小太郎は試合開始直後、瞬動術で愛衣のふところに潜り込むと、その胴体めがけてアッパーカットの様に掌を振るった。傍から見れば、鳩尾に掌打を見舞った様にも見えただろう。だが実際は当たっていない。小太郎は掌打の風圧のみを彼女に当てたのだ。
 凄まじい風圧は、愛衣の身体を上空へ運んだ……それはもう軽々と。十数mの高さに放り上げられた愛衣は、リングになっている能舞台の外側を囲む池へと落下、派手な水飛沫を上げて着水した。と、ここで愛衣側のとある問題が発覚する。

「あぶあぶ、わたっ……、あわっ……、泳げないんですー!」
『おおーっと!?溺れている、愛衣選手!?』

 当然ながら10カウントが宣告され、愛衣のリングアウト負けが決定する。小太郎はその後池に飛び込み、愛衣を救出した。会場からはその光景に、暖かい拍手が巻き起こる。

「ふむ、小太郎は何とかしたか。」

 始は独り言つ。その傍らでは、茶々丸と豪徳寺が今の試合について解説を行っていた。だが一瞬で試合が終わってしまったので、あまり解説する事が無い様だった。とりあえず豪徳寺は、小太郎が見せた瞬動術について色々と知識を披露している。彼が格闘技などについて知識が豊富だと言うのは、確かな様だった。
 一方の始は、眉を顰めて次の試合の選手を睨んでいた。その視線の先にいるのは、クウネル・サンダースである。クウネルは悠然と、自らの出番を待っていた。





 そして第二試合が開始された。対戦カードは、大豪院ポチ対クウネル・サンダースだ。大豪院は中国服風の衣装を着込み、おそらくは中国拳法の使い手らしい。一方のクウネルは、魔法使い風のローヴを着用し、そのフードで顔を隠しており、その戦法などは全く分からない。試合は当初、大豪院の圧倒的優勢で進んだ。いや、そう見えただけの事である。

(クウネルは遊んでいるのか?余裕か?……いや、違うか。実力を隠す目的かも知れんな。おそらくはラッキーヒットを装って攻撃を当てるつもりだろうな。)
「……クウネル選手の優勢ですね。」
「それはどう言う事でしょうか、解説の豪徳寺さん。大豪院選手のラッシュの前に、クウネル選手は手も足も出ない様に見受けられますが?」
「いえ、大豪院選手の攻撃は、一発もクリーンヒットがありません。全ての技が、上手く捌かれてしまっています。大豪院選手自身、それに気付いているはずです。一見すると、大豪院選手が押している様にも見えますが、このままでは只いたずらにスタミナを消耗……。あっ!」

 解説の豪徳寺が小さく叫んだ瞬間、クウネルの掌打が大豪院の鳩尾に、カウンターとして決まった。大豪院はどさりとリングの上に倒れ伏し、ぴくりとも動けなくなる。見事なK.O.勝ちだった。
 ふと始は、クウネルが何処か明後日の方向を見ているのに気付く。始はクウネルの視線を追ってみた。その視線の行き着く先は、選手席……正確には、そこに居る少年達だった。

(……小太郎に、ネギ?どちらを見ているのだ?小太郎だとしたら、次に当たる相手を品定めしていたとも取れるが……。)

 始は眉根を寄せて、クウネルの姿を見つめる。

(しかし奴は……。やはりあの身体は、本体では無さそうだ。わざわざ分身体などでこんな格闘大会に出て来るとは、何が目的だ?……奴が小太郎と戦う前に、小太郎に教えておいた方がよさそうだな。)

 何は置いても、被保護者の事を忘れない始だった。





 始はその後の試合を、ただ漠然とした感覚で見ていた。一応次の楓の試合だけは友人の試合と言う事で身を入れて見たものの、その次の龍宮真名対古菲と言った名カードも、更にその次の田中さん……麻帆良大工学部のロボット、T-ANK-α3対高音・D・グッドマン戦も、半分以上流して見ていた。理由はやはり、クウネルの事が気にかかっていたためである。
 だがその次の第六試合は、やはり身を入れて見る事になりそうであった。何故ならばその試合は、常日頃何かと気にかけているネギ・スプリングフィールドの試合だったからである。しかも相手はあのタカミチ・T・高畑だ。
 始の傍らで、実況・解説席の茶々丸と豪徳寺がこの試合について話をしている。

「――いえ……外見で判断してはいけません。あのネギ君と言う少年、かなりできます。」
「……豪徳寺さん。ネギせんせ、いえネギ選手に勝算はあるのでしょうか?」
「そうですねー……。まずは距離をとることです。あの高畑のヤロー……いえ、高畑選手は昨夜、近づく敵が片っ端から倒れていくというナゾの技を使っていました。」
「正体不明の技を使う敵には、距離を保って冷静に対処するのが常道です。」

 しかし始は、その作戦が愚策だと知っている。高畑の技、居合い拳の射程距離は10mはある。高畑がリングになっている能舞台の中央近くに立てば、どう距離を取ったところで10mは稼げないのだ。

(……予選会が終わった後にでも、高畑の技について教えておけば良かったか?今さら手遅れだが……。)

 始はしばし黙考する。だが試合開始直後、ネギは観衆の予想を良い意味で裏切る行動に出た。彼はいきなり瞬動術で高畑との間合いを詰めると、接近戦を挑んだのである。観客達は騒ぐ。彼等が知る中でも最強の学園広域指導員、デスメガネ・高畑に対し、年端もいかないネギが真正面から戦いを挑み、しかもあろうことかネギが高畑を押しているのだ。ネギは奇抜な中国拳法の技を次々に繰り出し、高畑を押しまくる。そしてネギはとうとう高畑に、必殺の一撃を決めた。
 高畑はまるでトラックに撥ねられでもしたかの様に吹き飛び、能舞台を囲む池の中に激しい水煙を上げて突っ込んだ。観客から怒号の様な歓声が上がる。

(いや、まだ決まっていない。)

 しかし始は眉根を寄せていた。彼の感覚は、高畑が五体満足であり、水煙の中でその体勢を立て直したのを、しっかりと察知していたのだ。果たして高畑は無事な姿を現す。おまけに彼は池の水面に、しっかりと立っていたりした。
 そこから高畑の反撃が始まる。高畑は能舞台に一足飛びで戻ると、ネギと凄まじい高速戦闘を繰り広げた。ネギは必死に食い下がるが、ひと蹴り喰らって距離を離されてしまい、居合い拳の連打を受けた。
 この頃になると、解説の豪徳寺にも高畑の技が解った。

「やはりそうか……。」
「何かお気づきに?豪徳寺さん。」
「高畑選手の使う技の正体は、刀の居合い抜きならぬ拳の居合い抜き、「居合い拳」と思われます。」

 豪徳寺は、高畑の居合い拳について詳しく解説して行く。ちなみにこの技については、豪徳寺自身文献では見た事があるそうだが、実際にやっているバカを見たのはこれが初めてらしい。
 豪徳寺が解説している間も、試合は続いていた。続いてはいたが、動いてはいなかったと言うべきだろうか。ネギの取った対策はすべからく高畑に効果が無く、ネギは高畑にほぼ封殺されていたのだ。
 高畑がネギに話しかける。その声は、せいぜい能舞台上のネギに聞こえる程度であったが、始の目にはその唇が読めていた。

「――さすが僕の憧れたナギの息子……。こうでなくてはね。」

 始の右眉が、ぴくりと上がる。今の高畑の一言が癇に障ったのだ。だが彼はその気持ちを、とりあえず抑えた。
 そして高畑はその本気の一端を表す。気と魔力を融合させ、爆発的な力を生み出す究極技法である咸卦法……それを用いて放つ、豪殺居合い拳だ。高畑はそれをネギめがけて連打する。しかも彼は時折通常の居合い拳も攻撃に混ぜ、隙を無くしていた。
 やがてついにネギは豪殺居合い拳の一撃を喰らう。破壊された能舞台の上に横たわり、動こうとしないネギの姿に、審判を兼ねた司会者の少女はカウントも取らずに高畑の勝利を宣言しようとした。だが高畑はネギに言葉を投げかける。

「――これで終わりかい?ネギ君。あきらめるのか?君の想いはそんなものか?」

 選手席や観客席から、ネギの仲間達が声を上げる。

「ネギーーーッ!このバカネギ!!何やってんのよ、立ちなさいよーーーっ!!ネギ!!」
「ネ……ネギ先生しっかりーーーっ!!」
「ネギ坊主―――ッ!まだいけるアル!」
「ネギ先生!!」

 そしてネギは気力を振り絞り、立ちあがった。

 ミシッ……。

 始が立っている観客席で、何かが軋む音を立てた。音を立てたのは、始が手を置いている観客席の手摺だ。始が手摺を握りしめるその握力に耐えかねて、軋み音が発生したのである。だが始はそれに気付くと、手摺から手を放した。硬い木製の手摺は、始の手の形に凹みがついている。始は小さく溜息を吐いた。
 さて、試合である。なんとか立ちあがったネギは、果敢に高畑に戦いを挑むも池に落とされてしまう。しかし数瞬後池から飛び出したネギは、石灯籠の上に立ち、高畑に最後の勝負を挑んだ。それは無詠唱魔法の矢を9本身に纏った、体当たりである。しかも一瞬の風障壁で高畑の豪殺居合い拳を防ぎ、豪殺居合い拳を打った直後の隙に体当たりを当てると言う作戦であったのだ。高畑は見事にその一撃を喰らう。そして更にネギは駄目押しとして、遅延呪文による9本の無詠唱魔法の矢を拳に纏わせた崩拳を、高畑に見事に叩き込んだ。
 これにはさしもの高畑も、たまらずにダウン。そのまま10カウントを聞き、この試合はネギの勝利となった。
 それを見届けると、始は観戦していたその場所から、姿を消した。





 高畑は、刹那の作った式神であるちびせつなと共に、まほら武道会の裏で超鈴音達が企んでいる事を調査するために、龍宮神社の裏手へと歩いていた。と、その時、彼はいつか感じた物と同じ気配を背後に感じる。それは突然、その場にドラゴンでも出現したかの様な、強大な気配だった。高畑は、身構えそうになる身体を、全身全霊の努力をもって抑える。この相手と、万が一にも敵対はしたく無いからだ。
 高畑は、ゆっくりと息を吐きだしてから振り返る。

「やあ、また会ったね。仮面ライダーカリス。……今日は何の用だい?」

 そう、そこに居たのは黒い身体、銀色のプロテクター、赤い複眼……仮面ライダーカリスであった。ちびせつなは、その場の濃密な威圧感に、空中で右往左往している。カリスは不機嫌そうな口調で高畑に言った。

『……先程のネギとの試合内容自体は、特に言う事は無い。』
「……。」
『だが、お前の発言や行動には、少し言いたい事がある。お前にとって、ネギとは何だ?』
「……歳の離れた友人、のつもりだけどね。僕は。」

 カリスは肩を竦める。

『俺にはお前が、ネギを「英雄の息子」と言う色眼鏡で見ている様に思える。……違うか?』
「!!」
『歳は離れていても、ネギを「友人」と呼ぶのなら……ネギに「英雄サウザンドマスター」を重ねて見るのは止めてやれ。ネギ本人を見てやれ。』

 高畑は一言も無い。どうやら、激しく自省している様だ。その目には力が無かった。その手が愛用の煙草、マルボロの箱を探しかける。そして彼はかろうじて喫煙を思い止まった。この話は、大事な話だ。煙草などに頼って気持ちを落ち着かせるのは、相応しく無い。
 カリスは話を続けた。先程からの威圧感はやや和らぎ、その声には微かな優しさがある。

『……それが難しいのは、百も承知の上だ。お前はもっと若い頃から、彼の英雄達を間近で見て来たらしいからな。お前にとって、大事な人間だったのだろう……。
 その英雄の忘れ形見を前にしたお前の気持ちは、分かるとは言えんが慮る事ぐらいはできる。だがそこをあえて言う。いや、あえて頼む。ネギはお前を信頼している様だ。そんな人間だからこそ、ネギを「ネギ」として見てやってほしい。』
「……。そうだね、僕は間違っていたのかもしれない。そうなれるよう努力しよう、仮面ライダー。」
『……今はそれで充分だ。』

 高畑は踵を返す。

「仕事があるので失礼するよ、仮面ライダー。行こうか、ちびせつな君。」
「あ、はいー。失礼しますカリスさん。あー、まってください高畑せんせいー。」

 カリスは彼等を見送ると、彼もまた踵を返した。





 始が元の場所に戻った時には、第七試合は終了していた。ちなみにその試合は神楽坂明日菜VS桜咲刹那と言う対戦であった。漏れ聞こえて来る周囲の会話によると、どうやら神楽坂明日菜がついうっかり?刃の付いた大剣を試合に用いたために、反則負けとなったらしい。
 始が見遣ると、観客席には2人の少年がやって来ていた。ネギと小太郎である。始は彼等に声をかけた。

「小太郎。ネギ少年。こんな所でどうした?選手席に行かなくていいのか?」
「あ、始兄ちゃん。ここに居たんか。なんや凄い人だかりで、医務室から選手席戻れんかったんや。」
「それでこっちに来て、試合を見てたんですよ。」
「ネギ先生、お知り合いですか?」

 ネギの右隣にいた、眼鏡をかけた釣り目気味の少女が訊ねる。ネギは始の事を紹介した。

「ああ、千雨さんは初めてでしたね。こちらは相川始さんと言って、動物写真家の方です。こっちのコタロー君といっしょに住んでるそうです。」
「相川だ、よろしく。」
「相川さん、こちらは長谷川千雨さんです。僕の生徒です。」
「長谷川です。……?どこかでお会いした事、ありませんか?」

 千雨は首を傾げる。その様子に、始も記憶を掘り返してみた。

「……ああ、思い出した。京都の旅館で、ロビーで正座させられていた子だったな。」
「え゛っ!あ゛っ!あ、あんたあの時、ネギ先生の偽者をやっつけてた……。あ、あー、失礼しました。その節はどうも、恥ずかしい所をお見せして……。」
「お。次の試合、始まるで。」

 小太郎の声で、一同の注意は試合会場に向けられる。審判兼司会の少女の声が、会場全体に響き渡った。

『それでは続きまして第八試合!「3D柔術」の使い手、山下慶一選手対麻帆中囲碁部、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル選手!!』

 観衆からは、笑い声や、カワイーだの大丈夫?だのと言う声が発せられる。それも無理はあるまい。エヴァンジェリンの外見は、まるで西洋人形の様な可愛らしい少女に過ぎないのだ。だが対戦相手の山下は、まったく油断していない。彼は警戒しつつ、気合いを高めている。

『それでは第八試合!!ファイト!!』

 山下はまったく油断していなかった。油断はしていなかったのだが、力量の差がありすぎた。彼は試合開始直後、可憐な姿のエヴァンジェリンの一撃を鳩尾に受けて、能舞台に倒れ伏した。そしてその一撃で彼は、完全に戦闘不能となり、敗北の10カウントを聞く事になったのである。
 小太郎やネギは感嘆の叫びを上げる。

「おお!」
「さすが師匠!」
「な……。あいつも!?」

 一方の千雨は、感嘆どころではなく愕然としていた。このまほら武道会では、彼女の常識を引っ掻き回し、ひっくり返す出来事ばかりが起こっている。彼女の顔は、引き攣っていた。
 始は試合が終了すると、小太郎の肩を軽く叩く。

「?」
「ちょっといいか?クウネルについての追加情報だ。……実の所、あまり良く無い話だが。」
「……どんな話や?」
「今は高度に作られた分身体だと思う。つまり奴をどれだけ叩いても、本体にはダメージは無いと言う事だ。」
「なんやて!?そやったら……。」

 始は頷く。

「奴を倒すには、圧倒的な攻撃で奴を消し飛ばすか……もっとも、そんな事をしたら大事になってしまうがな。あるいはなんとかしてダウン10秒を狙うか……。もしくは優勢に試合を運び、時間切れを待って観客によるメール投票で勝ちを拾うか、だな。」
「……そか。そやったら、ダウン10秒あたりを狙うっきゃ無いな。他の手段はどうもいまいちや。」

 小太郎の話を聞きながら、始はおそらく小太郎がクウネルに勝てないだろうと思っていた。残念ながら基本的な力量が違い過ぎる。

(心が折れてしまわねば良いが……。)
「コタロー君、何話してたの?」
「ん、ちょっと次の試合の対策や。始兄ちゃんからアドバイス貰っとったんや。」

 始は語り合う少年達の姿を見ながら、眉を顰めて考えに沈んだ。


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