■前書き、注意書き転生者多数、オリキャラ多数、原作既読推奨、出来る限り原作準拠。遅筆なくせに作者は指摘を欲している。以上を納得した上でお読みください。この作品はハーメルン様にも一話のみ投稿させていただいています。■目次序章 欲無き者を神は愛さない 第一章 陽だまりに生きる者第二章 朽ちた死神と魂を売った魔女第三章 悪意渦巻く都市第四章 少年たちと蘇る悪夢第五章 生命の頂点終章 揺蕩う運命を人は掴めない章は書いてみたかっただけ■作者から皆様へハーメルン仕様(文字サイズによる表示のされ方とか)で一文を重くしようと書いてみたのですが、こちらだと結果的に全体が薄く見える気がします初見の読者様から見るとどうでしょうか?
私は邪悪な人間。 類稀な美貌と多才さを活かして他人の人生を弄び、世の人々が欲する様々なものを手に入れてきた。 しかし何の因果か私は生まれ変わった。 ならば今度は邪道ではなく正道に生きてみよう。 そう思っていたのに。「昨日、天空闘技場ではバトルオリンピアが開催され、ハンター協会会長であるアイザック=ネテロ氏をはじめとした著名人が出席するなど……」 天空闘技場、ハンター協会、ネテロ。 俄かに信じ難いがここはハンターハンターの世界であるらしい。 であればここにはあらゆる願望を叶えるモノが存在することになる。 欲しい。 ソレを手に入れれば全てが手に入る。それなのにどうして欲さずにいられようか。 キルアを籠絡してナニカを手に入れる。 つまるところ私という存在は生まれ変わっても邪悪な人間のままであったということだ。■ 鳥の鳴く声すらも聞こえぬ静謐な空間。 窓から差し込む陽の光と長年の習慣が自然と私を目覚めさせる。 寝台から降りて部屋に備えられた冷蔵庫から水を取り出して口をゆすぎ、一口二口とゆっくり水を飲んでいく。 まさかあのような夢路を辿るとは、どうにも私は浮かれているらしい 水を冷蔵庫に仕舞い、椅子に腰掛けて瞼を閉じる。 現世が漫画の世界であることを知った私は夢を成就させるのに不可欠な力、念の会得に取り掛かった。 そしてその第一歩であるオーラの知覚に成功すると、父は知る中で最も強い人物、今の師匠に私を弟子にしてもらえるよう頼み込み、それ以降は毎日を過酷な修行に捧げて過ごしてきた。 我が事ながらなんとも味気のない日々だ。とはいえ単調な毎日に面白味がなかったわけではない。 明確な目的に対して努力して、漫画の世界と私の才はそれに対して十二分に応えてくれる。寧ろ充実したものであった。 しかしそれももうすぐ終わる。赤子だった私ももうすぐ六歳、ようやく物語が幕を開けるのだ。 そうして感慨に耽る私を呼び覚ますように、ドアが軽く叩かれる。「失礼します。お嬢様、朝餉の支度が整っております」「わかったわ」 時間を忘れて浸ってしまうとは。やはり柄にもなく高揚しているようだ。 既に待っているであろう人をこれ以上待たせぬよう使用人を連れて部屋を出る。 調度品の並べられた四、五人は並んで歩ける広い廊下を抜け、絢爛な扉と向かい合う。それを開くとそこは誰もいない豪奢な部屋。「盛秀は?」「本日は講演のご予定が入っていますので早めにお食事を済ませられました」「そう。珍しいわね」 四六時中修行に明け暮れている奴が講演とは本当に珍しい。まあ盛秀の地位を考えればそのような活動を行うのは当然のことではあるのだが。 二人で使うにも広すぎる食卓につき箸を持つ。 今日の食事も米に味噌汁、焼き魚、漬物と果実。漫画の世界であるというのに前世とほとんど変わらない。 暫くは料理を満喫するよう無言で箸を動かして、飯櫃からの湯気が薄くなり始めた頃に使用人に声をかける。「盛秀が出掛けているということは、今日の予定は変わるのかしら?」「いつも通りでございます。午前は短距離走、午後は武術、その後に盛秀様による稽古。お嬢様が帰ってこられる頃には盛秀様もお帰りになるそうなので日程の変更はないそうです」「わかったわ」 私は盛秀のみに修行をつけてもらっているわけではない。武術は勿論、陸上競技や体操競技、水泳などあらゆる状況に対応できるようその道の専門家を招いて教えを受ける。 そのおかげで今や私は六歳にして大人顔負けの身体能力。これと念を合わせれば十分に主人公たちを魔の手から守ってあげられる。 嗚呼。私はなんて健気な女なのだろう。■ 気持ちの良い風だ。 武術の稽古を終え、盛秀の邸宅に戻った私はなんとなしにバルコニーに出て外を眺めた。 そこに広がるのは指先ほどの大きさしかない建物が所狭しと並べられた光景。それも世界で最も高い私邸と呼ばれる場所から見下ろすという特別を持った情景だ。 そう、ここは天空闘技場最上階。年間観客動員数は十億超、世界各地から腕自慢が集まるこの闘技場で最も強い者に与えられる場所。 前世におけるディズニーランドとシーを合わせた年間観客動員数が三千万。メジャーリーグで七千万だと言えばこの闘技場の恐ろしさとここで頂点に立つことの困難なさがわかるだろう。 そしてそんな座に圧倒的な実力を持って君臨し続けているのが私の師匠。私はそんな化け物のお零れに預かり最高の環境で教育を受けている。 本当になんという幸運なのだろうかと感じ入っていると件の人物のものらしき気配が近づいてくる。「ここにいたか」 後ろを振り返ると二十代前半くらいに見える男。私の師匠であり同じ転生者。ひたすら武の極みを求めんとする狂人だ。「お帰りなさい。講演はどうだったかしら?」「いつもと変わらんよ。有望そうな若者たちが熱心に私から何かを学び取ろうとしてくれる。実に楽しい時間であった」「そこまで言うのならもっと回数を増やしたらいいのに」「一日鍛錬を怠れば取り戻すのに時間がかかる。それを考えれば回数を増やすなど」 気狂いが。この世界の偉大なハンターも言っていたが、もう少し道草を楽しんでみてはどうなのか。「その中から貴方の渇きを癒してくれる者が現れるかもしれないでしょう?」「貴様とてわかっているはずだ。俺たちに与えられた才に匹敵するものを持つ者など多くはない。だから貴様には出来る限りの環境を与えているのだ」 話すことは終わったとでも言うように盛秀が私に背を向けて歩き出す。 本当に狂人というものは。 弟子入りしてから幾度と行われた再認識を繰り返すだけの会話。盛秀の在り方は私にとっても好都合ではあるのだが、どうにも見られていない、自己の中で完結している者との会話はあまり好きになれない。 奇妙なわだかまりを覚えながらも道場へ向かう盛秀を追うように歩き出す。すると盛秀は急に足を止めて振り返る。 「いや、今から始めるか」 瞬間、盛秀が私との距離をゼロにする。 瞬間移動ではない。極限を超えて鍛え抜かれた強化系能力者による身体強化。 十分な広さがあるとはいえまさかこんなところでいきなり始めると思わなかった私は寸秒遅れて動きだすが、この敵相手にその時間は非常に大きい。 薙刀を具現化する能力。無手であったはずの手に持つ薙刀が振り落とされる。 手加減として刃ではなく柄を向けられてはいるが込められたオーラは凄まじく、普通に受けてしまえば受けた腕ごと私の胴を押し潰すだろう。 そんな一撃をかろうじて躱し、しかし咄嗟の回避で体勢を崩す。それを見逃す敵ではない。先程よりもさらに鋭い追撃が私の体を捉え砕く、ことはない。 オーラにスポンジの性質を持たせる能力。ただしこのスポンジは水の代わりにオーラを吸収する。それによって減衰した攻撃を緩衝材としての性質でさらに減衰。 だがそれだけの能力でも全てを受け止めることはできず、殺しきれなかった衝撃で体が吹き飛ばされる。 この状況もまた不味い。オーラを尻尾に形状変化する能力。宙に浮く私の腰から尻尾が生え、畳み掛けてくるであろう敵に伸ばしかけ、やめる。「尾を出すのが遅いのは行儀の良い戦いばかりだったのにも一因があるかもしれん。今度からは不意打ちも取り入れるぞ」 何と乱暴な男なのだ。盛秀の教えは現世から戦いを学び始めた私が自信を持つほどの力を身につけさせた。だがこの手荒さは好きにはなれない。 五本、私の出せる限界数。 それらがまるで意志を持った蛇のように敵に向かって伸びてゆく。■ まさかここまで育ってくれるとは。 迫り来る蛇たちを躱しながら拾い物の想像以上の成長ぶりに思わず過去に想いを馳せる。 前世、俺は不満を持って生きていた。 自分よりも強い者、技を十全に振るえる環境、自分の技量が上がるほどにそれを欲する気持ちは増していき、ついには何のために技を磨くのかわからぬままに得物を振るって過ごす日々。 しかしこの世界に生まれ落ち、俺は求めていたものを手に入れた。だがそれも頂が近づくにつれ不安に変わる。俺が頂点に立った時、そこで得るのは前世と同じく渇きだけなのではないだろうか。 そんな時だ。目の前の女に出会ったのは。その瞳には赤子に似合わぬ強い意志を宿し俺はすぐに自分と同じ存在だと確信し、そして問うた。 力が欲しいか? 今ならわかる。目の前の女が抱くのは邪な野望であるということを。しかしそれでも構わない。 俺を少しでも高みに押し上げてくれるならばどんな存在でも受け入れよう。どんな存在にでも手を貸そう。 だから俺を少しでも高みに連れて行ってくれ。「これだけ時間を与えても俺を捉えることができないか。課題は山積みだな」 蛇たちの隙間を掻い潜り、一気に間合いを縮めていく。 この蛇たちは如何なる攻撃も取り込む魔物。だからこそ無駄な攻撃はせず元凶目指してひた走る。 しかしながら蛇たちも簡単に思い通りにはさせてくれない。胴をくねらせ行く手を阻み、空まで覆う檻を作らんと重なり合う。 とはいえその速さも俺にはまだまだ物足りない。薙刀を操作する能力。空飛ぶそれに連れられて未だ閉じきらぬ天井を抜け距離を詰めていく。 オーラを刃に変化させて飛ばす能力。 新たに具現化した薙刀から様々な軌道を描いて飛んでいく。蛇たちは身を挺して首魁を守るが斬撃が増えるにつれて蛇の動きに迷いが生まれ、ついには一つを取り零す。 最後の意地なのだろう。蛇たちは蜷局を巻くようにして首魁を包み、しかしそうなればあとは力の比べ合い。 技術の勝負に付き合っていた俺が本気を出してやればたちまち蛇を切り裂いて、残った狐に刃を添える。■ 嗚呼生き返る。 重い体を引きずって、ようやく浸かった憩いの湯船。 一体あの化物はなんなのだ。 結果については順当だ。常軌を逸した鍛錬密度とその年月を考えれば、たかだか六年でこれを超えることなど到底不可能。 しかし現世は能力バトルの世界であり、私の能力は物理的な攻撃に対して滅法強い。 それを考えれば多少心の中で罵るくらいは許されて然るべきではないだろうか。 そんな取り留めのないことを考えていると急に水が重たくなったよう感じられる。 嘆息を漏らして楽しいことを思い浮かべる。 まずはキルアの友達になろう。 キルアが二年近くを天空闘技場で過ごすことを考えれば、共依存の関係にあるアルカに関する記憶は既に弄られているはず。 そして使用人に友達であることを求めたように彼は何かを失ったことを無意識的に悟って代わりに穴を埋めてくれる存在を求めている。 それを取っ掛かりにして、キルアの心に入り込む。 いや待てよ。キルアを籠絡したとして、私の願いを無条件で叶える傀儡にするのは難しい。 しかしキルアにとっての大事な存在、ナニカにとっての二番目になるのはどうだろう。 ナニカはおそらく欲望の共依存と呼ばれる存在。もしキルアがいなくなれば代わりの依存対象が必要だ。 大事な人を亡くした傷を舐め合って、お互いの欲望も相性抜群、更に言えば体の相性すらも男であるキルアよりも当然良い。 そして全てが私のものに。嗚呼なんと甘美な未来だろう。 火照った体を冷ますために脱衣所に出て体をタオルで包み込む。 着物に袖を通して鏡を見ると、そこに映るのは輝くような金色の髪と透き通るような白い肌を持つ少女。未だ幼い姿であるが誰もが絶世の美女になることを疑わないであろう美の体現。■後書き主人公オーラを尻尾に形状変化させる技術オーラにスポンジの性質を持たせる能力盛秀オーラを刃状に変化させて飛ばす能力薙刀を具現化、それを操作する能力
「天空闘技場は十階ごとにクラス分けされていて、一勝した選手は上のクラスへ。逆に敗れてしまえば下のクラスへと落ちるシステムになっています。また……」 五、六人が乗ってなお余裕のある箱の中、エレベーターガールの説明を聞き流しながら上がっていく階層表示をじっと見つめる。 こんな気持ちはいつ以来だろう。初めて捕まえた金持ちからのプレゼントを開ける時。いや、少し本気になってしまった男と待ち合わせした時かもしれない。 そんな胸の高まりに思わず笑みが浮かんでしまう。「四十階になります」 表情を取り繕ってから箱を降り、混雑した通路を抜けて目的の部屋へと辿り着く。 ついにこの時がやって来た。生まれ変わって修練に励みようやく物語が幕を開けるのだ。 ドアを開いて中に入ると何対もの目線が私に突き刺さる。 ここは選手待合室。大人の、それも屈強な男しかいないような部屋に自分たちの腰ほどの身長しかない女児が入ってきたら、興味が湧くのは当然か。 有象無象の好奇の眼差しを無視しながら待ち人の姿を求めて部屋の奥へ歩いて行くと、子供が一人ベンチに腰掛けている。 顔は見えないが銀髪はこの世界でも珍しい。十中八九私の待ち人だろう。 深い呼吸を一回、近寄って声を掛ける。 「こんにちは」「誰?」 することもなく暇だったのだろう。俯いていた少年が私の声に反応して顔を起こす。 可愛い。 あどけない顔に青く美しい瞳。ナニカを手に入れるための道具程度にしか見ていなかったが、私好みに育てるのもいいかもしれない。「レベッカよ。退屈そうにしていたから声を掛けてしまったのだけれども、お邪魔だったかしら?」「全然。暇だったし」 公衆に出ることのない一家だ。もう少し緊張していると思ったが、思ったよりも落ち着いている。「隣いいかしら?」 席を詰めたキルアを見て、くっつくように腰を下ろす。 隣を見ると視線を下げて頬を赤らめている。 原作ではませた子供という印象だったが今はまだまだお子様だ。「貴方の名前は?」「キルア」「キルアはどうして天空闘技場に来たの?」「何で?」 警戒されている? 初対面とはいえこの程度の質問に問い返すようなキャラではなかったと思うのだが。いや、あれは暗殺者としての自信が出来たあとだからこその態度か。 原作の気安さと子供同士であることからも打ち解けるのは難しくないと思うが、少し注意しておこう。「私たちくらいしか子供はいないでしょう? だからなんとなく気になったのだけれど。聞いてはいけなかったかしら?」「別にそんなわけじゃないけど。親父に二百階まで行って帰ってこいって言われて放り込まれたんだよ。君は?」「私は自分から。私には才能があるからって育てられてきたし、それに応えるためにも強くなりたいの」 まずは親近感。 同じような境遇、同じような実力。人殺しはうんざりだと普通に憧れるようになってからならば、ゴンのように正反対の方が良いかもしれない。しかし現時点では同類であることを強調した方が馴染みやすいだろう。「もしかして家族が暗殺者だったりする?」「何それ。残念だけど普通の家よ。まあ今は武術家の師匠に預けられてあまり会うことはないけども」「ふーん」 興味が出てきたようだ。「キルアの家族は?」「オレん家は、武術家みたいな感じかな」「みたいなって何? でもやっぱりここの大人にその年齢で張り合えるってことはそうよね」「その年齢って。お前歳いくつだよ」 砕けた感じになってきた。「六歳よ」「同い年じゃん」「あらそうなの。それで、みたいなって何かしら。もしかしてここの闘士だったり?」「それは違うけど……」 キルアはまだ弱いし明かさないよう言いつけられているのだろう。嘘にも慣れていないようで口籠る。「ごめんなさい。深く聞いてはいけなかったみたいね。私、小さい頃から毎日修行ばかりで友達なんていなくて……」「兄弟とかは?」「一応いるけどほとんど会わないし、師匠の元にいるのは私だけだから……」 対等よりもこちらの方が少し弱い立場。アルカやゴンを見ても自分がやらなけらばと思わせる方が良いだろう。「ならさ、オレが友達になってやるよ」 そして予想通りの反応。子供というのは実に単純だ。「本当に? 嬉しい!」 キルアの手に自分の手を重ねてリアクションは少し大げさに。 再び視線を逸らすキルアに少し加虐心が芽生える。「ねえ……」「キルア様、四十二階B闘技場へお越しください」「お、お呼びだな」 アナウンスを聞いたキルアが逃げるように立ち上がる。 少し残念ではあるが初回でこれだけ距離を詰めることができたなら十分だろう。「また話せるかしら?」「変な奴だな。同じ闘士なんだからいつでも会えるだろ」「そうね。頑張ってね」「おう」 キルアを見送って一息つくと、自分がひどく緊張していたことに気づかされる。 久方ぶりの猫を被った会話、そして重要な初見かつこれから先も多くはないであろう貴重な会話の機会だったのだ。 確かにいつでも会うことは出来る。しかし頻繁に会えば暗殺者に友達はいらないという方針を持つゾル家に狙われる可能性がある。 親しくなりたいのは勿論だが現段階では同じ闘士というだけの関係であるとゾル家に示し続けなければならない。 その点本当に今回は運が良かった。なんせ執事が入ってこれない選手室。勿論このタイミングでの接触は狙ったものではあるが試合時間がズレるだけで会えないので、予想ではもっと上の階で会うことになるだろうと思っていた。 十分な手応えを感じながら私は名を呼ばれるのを待ち続けた。■ 普段と変わらぬ朝、時折触れ合う食器と卓の音だけが部屋の中に響き渡る。 そうして黙々と食事を終え、箸を置いて使用人が点てた茶を一口。 対面に座る盛秀が話し出す。「最近機嫌が良さそうだな」「あら、わかるかしら?」「隠す気もないくせに。同じ階層にいるという子供か?」「知っているの?」 確か盛秀は興味のないこと、ネテロと王以外については殆ど覚えていないはずだったが。 そもそも前世で息子に勧められて一度読んだ程度だと言っていたのでその二人についてもどこまで覚えているか怪しいが。「お前がその子供の試合を録画させているというのを執事が報告してくるだけだ」「弟子について把握するのも師匠の務めということね」「貴様の体はまだ子供だからな。まったく、面倒なことだ」「それは申し訳ないわね」「思ってもいないことを。それで、その子供はどんな奴なんだ?」「原作では一千万人に一人の才と称されていたわ。楽しみでしょう?」 盛秀に与える情報は少ない方がいい。そしてこいつもそれを許容している。本当に都合の良い相手に出会ったものだ。「成る程、あまりあくどい真似はするなよ」「大丈夫よ。その子の家族はとても恐いし、そんなことしたら殺されちゃうわ」「ならば取り敢えずは安心か」 盛秀が茶飲みを持ち上げる。 殺されると言っているのに安心とはどういうことか。釈然としない気持ちになりながら私も喉を潤す。「貴方はどうなの? 最近悩んでいるように見えたけど」「何? よもや貴様に悟られるとは」「隠す気もないくせに。相談に乗ってあげましょうか?」「無用だ。既に結論は出した」「そう。折角役に立てると思ったのに」 残念がる私に盛秀が鼻を鳴らす。 ふてくされて見せるとそれを無視して茶を啜る。 なんとひどい男なのだ。 睨み続けていると、ついに茶飲みを置いた盛秀が喋り出す。「バトルオリンピアが終わったら山籠もりをする。貴様とはそれでお別れだ」 ようやく出てきた言葉がそれか。本当に呆れるしかない。「なんでまた山籠もり?」「強くなるためだ」「それはわかっているわ。でもこの環境を捨てて山籠もりなんて、意味ないでしょう」 強くなるため、それが唯一と言っていいこいつの行動原理であることはわかっている。だからこそ解せない。 ここには世界最高峰のトレーナーとトレーニング施設がある。それに比べて山籠もりなどどんな意味があるというのだ。「俺はネテロよりも劣っている」「二、三年前の話でしょう。今なら勝てるのではないかしら?」「本気でやれば勝てるだろう。しかし全力の闘いになれば負けるだろう。俺は発、意志を行動に移すということを未だ成していない」「そのために山籠り?」「そうだ。近頃は修行に対する手応えも乏しいし、奴と同じことをすれば何かを得ることができるはずだ」 成る程、理解した。確かにこいつは山籠もりをしなければ先に進めない。 一日一万回、感謝の正拳突き。原作を知る者はネテロが極みに至る瞬間を目撃している。そしてそれをこなしたからこそネテロは最強であったのだと納得している。 つまりあれに似たことをしなければ壁を越えることはできないと思っているのだ。 普通に考えれば特別な鍛錬より基礎を徹底すること最終的には伸びていく。しかし念は気持ちが大きく影響するために本来はなかったかもしれない壁を自身で作り出す。「それなら仕方ないわね。でも私はどうしようかしら」「優勝すればあと二年はここを使えるし、金も貴様に預けておくつもりだ。ゆっくり考えればいいだろう」「そう。何から何まで悪いわね」「戻ってきた時に失望させてくれるなよ」「わかっているわ」 ナニカを手に入れるまでに様々な障害が立ちはだかることは容易に想像できる。それまでは自己鍛錬に手を抜くつもりはない。 茶を飲み干して席を立つ。「さて、私は朝から試合だし自室に戻るわね」■ 闘技場内に響く野次と歓声。 その的となるのは上半身を晒して膝をつく巨漢、そして私。「君、まだやれるか?」「当然だろ!」 審判の声を受けて男が立ち上がる。 そのまま跪いていればよいものを。 技量の差は歴然だというのに立ち上がるのは子供には負けたくないという一心か。 うんざりとした気持ちになりながら再び向かってくる男を迎え撃つ。「次は七十階へ行きなさい」 敗者を残してリングを降りる。 今日の男は十万くらいの価値だろうか。 この世界の才能ある者は技術に限らず体力においても幼いうちから持たない者を超える。彼はこの闘技場から去るかもしれないな。 弱者を憐れむ自分に酔いながら歩いていると、黒服を連れた子供がそこには立っていた。「レベッカ!」「あらキルア、こんなところで会うなんて奇遇ね」 執事付き。距離感を保つのと子供っぽく振舞うことが今回最も重要だろう。 それにしても一度話しただけだというのにまさかあちらから会いに来てくれるとは。アルカという抜けた穴を無意識にでも感じ取っているのだろうか。 「いや、さっきの試合見てたから一声かけておこうと思って待ってたんだ」「そうだったの。ありがとう。もしかしたら忘れられちゃうかも、なんて思って寂しかったから嬉しいわ」「何でだよ。忘れるわけないだろ」「でも私忙しくて全然会いに行けないし」 申し訳なさそうな表情を作るが、実態はわざと予定を入れているだけ。 まあキルアも生活全部が暗殺の修行だったと言っていたので問題はないだろう。「オレだってそうだよ。たまたまオレの試合がすぐ前にあったから来れたけど、そうじゃなかったら来れなかっただろうし」 逆に考えれば時間があれば会いに来てくれるということか。 予想以上の好感度に心からの笑みが零れ、子供の一言に嬉しくなる自分が可笑しくてつい悪戯心が湧いてくる。「もしかして、キルアも寂しいと思って来てくれたのかしら?」「ちげーよ。他の奴らだと身長的に参考にしづらいだろ。それにほら、えっと、また会えるかって聞いてきたのはお前だろ」 これは少し拙い。私のからかいに慌てて反応する姿は可愛らしく心温まるが、執事が見ている前でその反応はやめてほしい。 現状における急な接近はゾル家の無用な警戒を誘うだけ。二年かけて親しくなる、石橋を叩いて渡るくらいが丁度いいのだ。「キルアは最近家族と会った?」 キルアが天空闘技場に来てから一ヶ月と経っていない。おそらくあの家族は来ないだろう。「何で?」「いいから答えて」 可愛く催促するようにキルアに応じる。「会ってないけど」「やっぱりね。家族と会えないのが寂しくて私のところに来たんでしょう」 キルアがわざわざ会いに来るのは家族に会えない寂しさから。 可能性を示唆するだけだが、やらないよりはゾル家への報告が私にとって優しくなるはず。「だーかーら、寂しくないって言っているだろ!」「えっ本当に? 私は師匠のところに住み始めた時寂しかったわよ」「お前と一緒にするなよな」「じゃあ執事に親兄弟みたいに親しい人がいるとか?」「いねーよ。みんな堅苦しいし」 そして一緒にいる執事は堅苦しいから私のところに来るのは仕方のないこと。 執拗にやりすぎてキルアの好感度を落とすと意味ないしこの辺りで十分か。「キルアは本当に強いのね。あ、心の話よ。格闘技術なら私の方が上だし」 事実として現段階では私の方が上手。 私は戦闘中心に叩き込まれているが、キルアは確実に勝てない時は逃げるというように暗殺中心に仕込まれている。 とはいえ彼の戦闘技術は天才的らしいので遠くないうちに抜かれるだろう。念に関しては原作と比べれば私の方が勝っているが。「は? 俺の方が強いだろ」「それは私が力を隠しているからそう思うだけよ」「いや俺も全然余裕あるし。つうかここ有名なのに大したことないよな」「天空闘技場には百階と百五十階に大きな壁があるのよ。キルアにそこを乗り越えられるかしらね」「……ならどっちが二百階まで先に行けるか勝負しようぜ」「あら、私に勝てると思っているの? いいわよ。でもただ競うだけじゃつまらないわね。罰ゲームでも用意しましょうか」「負けた方が勝った方の言うことを一つ聞く」「そんなこと言っていいのかしら?」「当然だろ。カンプナキまでに負かしてやるぜ」 キルアが不敵な笑みを浮かべて背を向ける。「どこに行くの?」「修行! 約束忘れんなよな!」 子供は早足で立ち去り、黒服は一礼してそれを追いかける。 暗い考えも持っているとは思われないよう振る舞ったのだが外見は元々六歳なのだし子供っぽくやりすぎただろうか。 いや、やってしまったことは仕方がない。この経験は次に生かして、今回は好敵手が発奮材になるというのはよくある話をゾル家が利用しようとすることを祈っておこう。■ あの女、どうしてキルア君と一緒にいるのかしら。キルア君は私のものなのに。 だって私はずっと待っていたのよ。 勝てずに悩んでるキルア君を見て、私がそれを助けてあげて、それでキルア君は私だけのものになるはずなの。 それなのに何であの女がキルア君の隣にいるのかしら。 あ、わかった。 ヒソカもイルミもクロロも、私がここにいるのに誰も来てくれない理由。 あの女がいるせいね。 その上キルア君まで私から奪い取ろうって言うんだわ。 助けてあげないと。 私があの女からみんなを助けてあげないと。■あとがき金の単位はジェニー1ジェニーは約0.9円無一文で放り込まれた v5p182小遣いなしと解釈。食事などの用意、念との接触を防ぐなど執事の帯同は必須。