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[40496] ヒカルの碁 IF サヨナラ
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/09/20 23:08

 第123局からのIF分岐の再構成です

 ヒカルの碁 IF サヨナラ


 祖父平八の家の蔵が泥棒に荒らされた為に様子見をした後に祖父と一局を打ってから家に帰るヒカル。
 最近の佐為との意見の齟齬が増えてきてせっかくの対局でも機嫌が悪く不機嫌な顔で玄関に手を掛ける時に声を掛けられた。

「ヒカル!」

「あかりか。どうした?」

「明日から、囲碁のお仕事なんでしょ」

「150人くらいの客を相手に指導碁なんかを他のプロの人たち何人かと一緒に泊まり込みでするけど、良く知っているな」

「ヒカルの初仕事でしょ。おばさんから聞いたの」

「ふーん。なら土産でも買ってくるから楽しみにしてしてな」

「うん」

 あかりとの会話で機嫌を直し、家で再び佐為と対局を行い次の日の仕事に臨んだのだ。

 囲碁ゼミナール。棋院主催のこの行事にタイトルホルダーの緒方精次十段も居た。
 saiと打たせろと絡む事を恐れたヒカルは緒方から一日中逃げていたりもしていたのだが。
 ついつい指導碁に熱中して夜の11時過ぎになってもお客さんたちと会場に居ると、十段位祝いを兼ねた飲み会から帰った緒方に出会ってしまったのだ。
 結局sai(佐為)と打ちたいという緒方と、酔っているのなら大丈夫でしょうという佐為の言葉にヒカルも渋々緒方との対局に応じたのだ。
緒方の部屋で芦原を気遣い灯りを付けずに窓際で自覚なく佐為と打ったのだが、酔いの結果碁を崩して敗北となった。
 それでも、その碁に佐為の気配を感じたのは流石である。
 そのまま自分の部屋に戻るヒカル。

『緒方先生は少しは満足したかな? でも佐為は酔っていない緒方先生と打ちたかったんだろう』

『いえ、例えこの様な対局であっても打てる事自体が私にはうれしいのです』

『そういうものか?』

『それで……』

『わかっているって、まだ打ちたいんだろ。明日は先に土産を買って、それから講師のアシスタントだから程ほどにな』


 パチ。パチ。

(う・うーん)

 ヒカルとの対局を終え、いつの間にか椅子に座ったまま寝入った緒方が耳にしたのは碁石の音だった。

(これは、夢だな)

 緒方は無意識にそう思い、音のする方に意識を向けると果たして、特徴的な前髪で直ぐに分かったが進藤であった。

(相手は誰だ?)

 そう思い相手を良く見ようとしたら。

「だーっ! また負けた。少しは遠慮しろよ」

 ヒカルの台詞に碁盤を見るとプロに成りたてとは見えない見事な棋譜であった。
 だが相手の白石の棋風は。
 そう緒方が求めて止まないあのネット碁の棋風。
 そして対局相手は烏帽子に狩衣の平安貴族の衣装をまとった女性と見間違う美貌のだがその気迫は決して見た目で間違わない鋭さを持った腰までのストレートの黒髪の男性であった。

「うっ!」

 その彼の瞳が緒方を捕らえた時、思わず気後れをして後ずさりをしたのだ。
 そして、進藤は? と見るとそのまま「明日もあるから」と寝ていた。
 その、「明日」という言葉に寂しそうな表情を浮かべると改めて緒方に挨拶をしたのだ。

「改めて、初めまして。私は藤原佐為(ふじわらのさい)。あなたにはsaiとして知られる碁打ちです」

「佐為…… それが本名か。そして進藤との関係は、いや師匠なのか」

 もはや夢であることを忘れその言葉が真実だと悟った。

「どうやら、酔いも醒めたようですね。改めてもう一度打ちましょうか」

 言われて碁盤を見ると進藤が消えていて、打ち手を待っている状態だった。

「もう一度?」

 その言葉に疑問を持ったがそれでも碁バカである緒方は打つ事を優先し疑問は後回しに碁盤の前に座るのだ。ニギッて黒になった緒方は酔っている筈なのに頭脳がクリアに先ほどとは全く違う碁を打っていたのだ。

(これこそ、オレが望んだ対局。神経を削るこの様な碁こそ待ち望んでいた)

 それでもこの夢か現か幻想的な対局も最後は緒方の中押しで負けて終わりだった。

「一体、ここは? そして佐為の正体は何者だ。それよりも又打つ機会があるのか?」

 緒方の矢継ぎ早の質問にも微笑むだけで答えずただ一言。

「明日。いえもう今日ですか。ヒカルを帰る時にあの者、塔矢殿の下にに連れて行って下さい。そうすればわかります」

「塔矢先生に? 連絡を入れて確認しないとダメだが連れて行こう」

「お願いします。できれば余人を交えなずに会える様に話をして下さい」

 そのまま緒方は意識を落として寝入っていった。確かに佐為と打ったという感触と棋譜を心に残して。


 次の朝、昨夜の酒の影響を感じさせない緒方は一階ロビーをうろついている進藤に声を掛けた。

「進藤、何をしている」

「緒方先生。土産でも買おうと思ってどこに行けば良いかと迷って」

「なら案内してやるよ。ついでに帰る時も一緒にな」

 会った時もあからさまに迷惑な顔をしていたが帰りも一緒となると隠す気もなく顰めていたが、次の言葉で機嫌が戻り緒方も現金な奴と内心苦笑した。

「その代り塔矢先生の所に連れて行ってやるから。先生はオレと違って佐為よりも進藤自身に会いたがっていたから安心しな」

 土産物屋で緒方は高校にも行かずにプロになるのは普通の家庭の親御さんなら心配するだろうが、黙っているのは信頼している証だから感謝するんだなとも言われそれもそうかと納得し選び出したヒカル。

「何だ、殊勝に両親の土産と思ったら彼女のプレゼントか」

 思わず、あかりの携帯のストラップに良いかとアクセサリーを手に取ったヒカルを見て普段からは想像もつかないいたずらっ子のような表情を浮かべからかう緒方。

「そんなんじゃない」

 赤くなりながらもそれでも商品には手を離さないヒカルを見てからかい過ぎかと反省した緒方は先に戻るから仕事には遅れるなと言って別れた。
 そんな緒方にホッとしながらあかりの顔を思い浮かべながらも「彼女じゃないよな」と自分を言い聞かせながらも結局買ったのだ。

 芦原の講師のアシスタントとして、どこに自分なら石を置くかどのような意図があるかを受け答えるのを見ている緒方はそのヨミの深さにやはりアキラに匹敵する才能を感じ取っていた。
 そして昨夜の夢の遣り取りと見事な棋譜も。
 そこで、緒方はマグネット碁をふと見かけて「バカな事をしている」と自覚しながらも購入したのだ。
 昼前に解散となり緒方はヒカルを捕まえて新幹線で一緒の席で帰る事になった。
 その時に「今度は酔っていないから負けない」と言って買ったばかりのマグネット碁で勝負を挑み見事雪辱を果たしたり、そこに芦原が顔を出して見事玉砕したりして時間を忘れているうちに東京駅に着いたのはまだ日も高い時間である。

 東京駅で芦原と別れそのまま緒方に駐車場にあった車に乗せられ塔矢邸に向かう事になった二人。

「家には少し遅くなると連絡をしろ」

 そう言って携帯を持っていないと言うヒカルに自分の携帯を渡す緒方。

「でも、なぜ塔矢先生がオレを呼ぶんですかね」

「塔矢先生が呼んだ訳では無いぞ」

「えっ?」

 塔矢邸に寄って行くと連絡してから改めて理由を聞くと意外な答えが返ってきた。

「昨夜佐為に頼まれてな」

 その返答にますます混乱するヒカル。

『どういう事だ佐為』

『えっ、まさかあれは本当のこと?』

 佐為も又驚いていた。

「酔って寝込んでいたら、夢で進藤が平安貴族と打っているのを見てその時、藤原佐為と自己紹介されて塔矢先生の所に連れて行ってくれと頼まれた訳だ」

 そう言ってチラリと助手席の進藤を見ると青くなっていた。

『緒方さんにも佐為が見えるのか?』

『ヒカルが寝た後になぜか緒方殿が私の前に現れて対局した後にそう願ったのは事実ですが。神が見せた夢だと思い込んでいましたが』

『幽霊が夢を見るかよ』

『そうですが』

 ヒカルの指摘に思わずシュンとなる佐為。

「どうやら本当に佐為が居るらしいな」

 緒方の指摘に顔を引きつらせるヒカル。

「まあ良い。詳しくは塔矢先生と一緒に聞こう」


 塔矢邸に着いて塔矢夫人に案内され書斎に入ると塔矢行洋一人だけが待っていた。

「緒方くん。今朝は随分早く連絡を貰ったが、進藤くんがどうかしたのかね?」

 落ち着いた声で問う行洋に佐為は決意をする。

『ヒカル。もう一度行洋殿と打たせて下さい』

『ネットならまだしも、ここで打つという事は佐為を背負う事なんだぞ』

『背負う事には決してなりません』

 以前の様に背負えばよいと言わずに心配ないという言葉に、最近打たせていないという負い目があるヒカルは黙り込んでしまう。
 遂に佐為の言葉を信じ頷いてしまう。
 それは、最近の時間が無いという言葉を無意識に信じているからか、緒方と意識が繋がったイレギュラーの所為なのかヒカル本人も解らなかった。

(ヒカル、最早時間が残っていない私の我が侭に応えてくれて感謝をします)

「塔矢先生。オレと、いや自分と一局ここで対局してくれませんか。出来たらここの三人だけの秘密で」

 敬語も怪しいヒカルの精一杯の言葉に何かを感じたのか、佐為との時と違い行洋は黙ってうなずいたのだ。
 その時緒方はヒカルの背後に気配というか練達の棋士の気迫を感じ取ったのだ。

「進藤くんが先番でよろしいね」

「はい」

 そこまで互先と言い張れず、又前回は佐為が白番だったから良いかと頷いた。

「「よろしくお願いします」」

 ここに緒方(と進藤)だけが見守る対局が始まった。



 あとがき

 ヒカルの碁の再構成です。
 逆行その他を考えましたが序盤の流れが難しくプロからの変化です。
 東京に着いた時間が2~3時間早いがきっとゼミナールの場所が違ったのでしょう。
 佐為に片思いの緒方さんが可哀そうでもう少し打たせてあげました。

 もし続編が今できたら現実世界と時間がリンクしているからヒカルは28歳。
 タイトルホルダーになってもアキラたちがいると大三冠や連覇は難しい状態か?
 でも最近の若手の様に国際棋戦で活躍しているかも。
 そして新主人公相手のラスボスにジョブチェンジ。



[40496] 02
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/09/21 11:01


(塔矢先生と進藤が打っている。それは三年前の初めての時の様な静かで歪み無い流れに見えた)

 20手も打った時であろうか、夢の時の様に進藤の後ろに佐為が居て石を指示している声が聞こえだした。
 塔矢先生は? と見ると先生にも判った様だ。

「どうやら、ここまでのようです。続きはいつかヒカルと」

 その時佐為が序盤で投了を告げていた。

「進藤くん。後ろの人物がsaiですか?」

 先生の言葉に進藤は目を見開き声も出せないほど驚いていた。

「そうです。私が佐為です。今回緒方殿に無理を言ってこの場を設けていただきました」

「ふむ、もしかして新初段シリーズの時も?」

「ヒカルの晴れ舞台を潰してでも手合いを望みました」

 佐為はそう言うと驚き固まっているヒカルに語りかけた。

「ヒカル。神が最期のわがままを聞いて下さり碁を打つ相手とこうして会話を出来るようになりました」

「佐為、さいごって…… 意味が解らないよ」

「私は勘違いしていました。神の一手を極める為にこの千年この世に留まったわけではないのです」

 そう言って、行洋たちにも入水してからその後の虎次郎(秀策)との出会いとヒカルと共に対局した日々を語っていた。
 そして、ネット碁での対局でのヒカルが見つけた黒の一手。それを見せる為に千年の時を長らえていたのだと。
 今、自分の中の時が動き残り少ない事も実感している事も透明な笑顔で語っていた。

「そんな、オレが佐為を消す原因なのか」

「違います。ヒカルが私の跡を継いでくれるという事です」

 ヒカルの言葉を遮り優しい表情で諭す佐為。
 そのまま右手の扇子を差し出すがヒカルは悟っていた、もし受け取ると佐為が消えてしまうと。
 その様子に困った顔を浮かべるので、渋々と震える手で受け取る時まるで本物の様な感触に驚くヒカル。

「それに私は楽しかった……」

 その言葉と共に笑顔のまま行洋や緒方だけでなく、ヒカルからも扇子と共に消えていった。

「佐為ーっ!」

 消えゆく佐為に手を伸ばし叫ぶヒカル。
 しかし、間に合わず笑顔を残してヒカルを置いていった佐為に動きが止まって涙だけが流れ続けていた。

「進藤くん。落ち着いたかね」

 どれだけ涙を流したのだろう。ようやく周囲の様子に意識が向いた時に塔矢先生の声が耳に入ってきた。
 その静かな声で自分も落ち着くことが出来たと自覚できたヒカル。

「先生……」

「進藤くんの幾つかの謎が今日判っただけで充分だよ。いつか落ち着いて納得出来た時には対局をしよう」

 そのまま緒方に目配せをして送るように合図をし、緒方もヒカルの肩を叩き連れて行った。

「すまなかったな」

「何が?」

 RX‐7に乗り込み道路に出てから緒方が呟き涙声で聞き返すヒカル。

「佐為に打たせろと強制した事さ。それは進藤を否定する事だと今ならわかる」

「そう……」

 緒方の言葉にもヒカルは心在らずとばかりに生返事を返すだけだった。
 そんなヒカルの態度にも緒方は失うと思ってもいなかった相手を永遠に喪ったのだ、無理もないと気にもしなかった。
 ヒカルの案内で家に着いた時に丁度玄関から同い年と思われる少女が出てきた。
 緒方は進藤の土産の相手かとピンときた。

「ヒカル、随分遅かったわね。帰ろうと思っ……」

 緒方が思った通り少女はあかりだった。
 車から出たヒカルに話しかけようとしたところに突然抱きつかれ泣き出した為に言葉も途中で止まってしまった。

「すまんが少し慰めてやってくれ」

「あらあら、どうしたの?」

 母親も出て来てヒカルの様子を見た後に息子を送ってきたと思われる見知らぬ男性に訝しげな視線を送っていた。

「一緒にゼミナールに出た緒方と申します。進藤くんを今送ってきたところです」

「ご丁寧にありがとうございます。母の美津子です。それで、ヒカルは?」

「少しショックな事がありまして、見守っていて下さい」

 二人が挨拶を交わしている間にヒカルはあかりを伴って家の中に入っていた。

「それとこれは、進藤くんが買っていた土産です」

 そのまま、忘れ物の私物のディバックと一緒に今朝買っていた紙袋も母親に渡していた。

「わざわざすいません。全くあの子は礼儀知らずで申し訳ない」

 頭を下げる美津子に手を振り気にしないと言ってそれよりもヒカルに気を付けるように言って帰ったのだ。


「ヒカル大丈夫?」

 部屋に戻ったヒカルに声を掛けるあかり。

「佐為が死んだ。二度と会えない」

 あかりは「佐為って誰?」とは思ったが黙って聞いていた。

「佐為は……」

 そのままあかりに佐為の出会いから最初の頃の衝突と佐為の過去の事。本気になった碁に対し対局よりも自分を鍛えるのに優先してくれた事。
 そして最近の時間が無いという言葉を信じずほとんど打たせずに今日遂に消えてしまったと言ってから再び声を出さずに泣き出した。

「ヒカル」

 幽霊が苦手なあかりは佐為の正体と今までヒカルに憑りついていたと聞き頬を引きつらせたが、黙って最後まで話させて静かに声を掛けた。

「ヒカル、明日巣鴨のお寺に行きましょう」

「巣鴨?」

「週刊碁で秀策特集があって巣鴨にも秀策のお墓がある事を知ったの」

 本当は広島の方が良いけれど遠いからと付け加え。

「秀策さんはヒカルの佐為さんを共通の師匠とする兄弟子だから成仏した佐為さんと一緒に天国で思う存分打って下さいと報告しないと」

「兄弟子……」

 あかりの言葉にストンと腑に落ちたヒカルは今まで意識しなかった虎次郎の生活と秀策の棋譜に興味を持ち出した。

「それにヒカルが碁を受け継いで発展させるから安心してねと佐為さんにも言わないと」

「そうだな。明日一緒に行ってくれるか?」

「良いわよ」


 次の日にヒカルはあかりと一緒に墓参りに行くと聞いた父正夫は、中学生だけではあれだと一緒に行こうと言い出し結局三人で行くことになって歩き出した。
 途中でタクシーが止まりガラの悪い運転手が声を掛け、ヒカルの碁の知り合いである河合という人物だとあかりと正夫は知った。
 ならば本妙寺まで乗せてもらう事にして、その時初めて幕末の天才棋士本因坊秀策の事を正夫は知ったのだ。
 一方プロの棋士の親でありながら余りにも普通の親である正夫を意外に感じたがそれぞれ短い時間の中で気が合う事を認識していた。

 季節外れの秀策の墓参りを黙って付き合った正夫はこれからどうする? と聞いた時、河合がいっその事棋院に行って秀策の棋譜を見たらと提案してそのままヒカルも過去の佐為の棋譜を見てみるかと軽い気持ちで向かうのだ。


 日本棋院。一般対局室。

 この場に門脇と再び出会ったヒカルが断りきれず対局する事になったのだ。

「忘れているかもしれないが、去年ここで打って力の差を見せつけられた門脇だ」

「え~と。帰る時に無理矢理打たされたおじさん」

「元学生三冠の門脇?!」

「これっ、ヒカル」

 失礼な言葉使いに正夫が注意し、その正体に気付いて驚く河合に気にもせず話を続ける。

「あの時の一局で目が覚めて本格的に勉強をし直してプロ試験を一年伸ばしたのに新初段シリーズは何だ?」

「何だと言われても」

「オレのあの時の感動は、棋譜は幻だと言うのか」

 そろそろ周囲の人の注目を浴びだしたので対局室に入りこうして対局となったのだ。

(佐為の意図も読めないのに勝手な事を言うな)

 強気の攻めを行うヒカルの前回との棋風の違いに戸惑う門脇。

(佐為の棋譜を見たいんだ。こんなところで時間を無駄にしたくない)

 ヒカルの思考がクリアになり加速していく。
 門脇が置くと間髪入れずに応手していく。
 正夫はどこが凄いのか理解できないが、あかりや河合は相手の考慮時間だけで読み切っているヒカルの凄さを理解している。

(何時の間に化けた? 去年とは全く違う)

 河合よりも実際に元学生三冠であり修行し直し力を付けて今現在の実力を把握している門脇の方が驚いている。
 勝負手を放ってもノータイムで打ち返すヒカルに徐々に追い詰められ遂に投了した門脇。

(佐為どうだった)

 振り向き笑顔で聞いた先に居たのはあかりだった。
 そこには佐為がいない事を思い知らされたヒカルは一瞬泣きそうな顔をしたがそのままあかりに笑顔を向けた。

「勝ったよ」

 ヒカルの内心を理解してもそのままあかりは返答した。

「おめでとう」

 その言葉にはいたわりが含まれそれと理解したヒカルもようやく緊張が解けて行った。

「門脇さんこれから用事があるから検討は無しで別れます」

「ああ、ありがとう。碁盤は片付けなくて良いよ」

 そのまま去っていく四人に目もくれず碁盤を睨みつける門脇。

「やはり本物だったか」

 そう溜め息を吐いてようやく碁盤を片付けて帰る気持ちになった門脇。

(次はプロになって公式で会おう)


 資料室

 そこには職員の方に無理を言って入れてもらい当時の本物の佐為が秀策として本気で打った数々の棋譜を見てその才能に震えるヒカルが居た。
 最初は過去のコピーの棋譜があるだけの部屋だと思ったら親切な係員が特別だよと言って案内されてそのまま残ったのだ。
 他には付き添っていたあかりが心配そうに見守るだけだった。

(これだけの才能を二度とこの世に現れなくしたんだ。決してオレは負けれない)

 ヒカルの悲壮な決意にあかりは何か感付いたのだろか、泣きそうな表情だった。

 その頃正夫は河合に聞きながら売店で少々値が張っても良い品という事で秀策全集を遅れたプロ祝いという事で求めたのだ。
 そして名刺を交換して仕事とヒカルを抜きで会う事を約束していた。

 どこか雰囲気の変わったヒカルを黙って迎え入れた正夫は「持っていないだろう」と言って買ったばかりの秀策の棋譜全集を渡して驚かせて家に帰る事にした。
 その日からヒカルは秀策の棋譜を並べ今は亡き佐為と碁盤で会話をする様になった。



 あとがき

 ヒカルがあかりに教えるとしたらこのタイミングしか無いと思いました。
 アニメのOP、EDしかヒロインしていないあかりを救済です。
 せめて、佐為の笑顔を覚えて別れて欲しいと思っての捏造ストーリィ。
 そして行洋も直接言葉を交わしての別れを。



[40496] 03
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/09/27 21:05

 墓参りから3日後 日本棋院

 塔矢アキラが対局室で待ち構えている所に進藤ヒカルが現れた。
 声を掛けようとしたがヒカルの顔を見た瞬間にその気持ちが失せたアキラである。
 それほどの今までとは別人の様な厳しい表情をしていたのだ。
 そして、手合が始まり打ち掛けで進藤が席を外した時、アキラと和谷がその盤面を見た時対局相手の三段が聞いてきた。

「彼は今年の新入段ですよね。なぜこれだけ打てるんです」

 その言葉の通り三段の黒の地を序盤から分断して荒らしまくっていた。
 その強さは確かだが、森下研究会などで対局数の多い和谷には違和感の残る強引さの目立つ棋風であった。
 そう、門脇が強さを認めても一年前の感動を得られなかったと内心思っていた碁がより顕著になっていたのだ。

 次の日の職員室

 あかりが日直で入ってくるとヒカルが社会科の教師に話し込んでいるのが聞こえた。

「ひだりの左にための字で為の佐為ね。平安貴族で天皇の囲碁指南か。いつの時代かを調べてねか。
 まあプロになって試験は関係無いから良いか。大学の日本史の教授の友人も使ってみるから待っててくれ」

 思わず振り返ったあかりの目には思い詰めたヒカルの表情が映っていた。
 そのヒカルを見てあかりは決心した。

 更に2日後。第十回若獅子戦。

 進藤ヒカルは一回戦、二回戦を危なげなく勝ち進んだ。
 危なげなくというよりも力の差を見せつける様な力碁であった。
 今回も進藤の碁を見に来ていた緒方は終了後有無を言わさず引きずり出していった。
 その様子に塔矢も和谷も他の出場者もポカンと見送ってしまった。

「あの棋譜は何だ? 先日の新幹線だけでない、去年の若獅子戦の方がワクワクさせたぞ」

 RX-7の車上で緒方は聞いてきた

「オレは楽しんだらダメなんだ。天才の佐為の弟子として負ける訳にはいかない」

 ヒカルのそんな歯を食いしばるような告白を鼻で笑い、自惚れるなと返した時に緒方のマンションに着いて部屋へ誘っていた。

「ニギリな」

 そのまま碁盤を用意しヒカルを促す緒方。

「進藤が白か。始めるぞ」

 打ち始めるがタイトルホルダーの緒方相手にヒカルが本気になっても簡単に勝てる訳は無い。
 次々と緒方の黒に対し次の一手を読み切ろうと流れを見ていると突然涙があふれてきていた。

(佐為が居た。心を殺していたら見えなかった佐為がここに)

 ヒカルのその様子を見てこれで大丈夫だと緒方も判断した。

「緒方先生。オレも楽しんで打って良いんですね? 佐為を呼び出すのには自分で打たねばいけないんですね」

「オレは逆に塔矢先生からの棋風から逃れる為に悩んだがな」

 そう言って、いつかは師匠を越えるがそれでも時には碁盤で師匠に問う事も有る。
 対局は手談とも言って一手一手が対局者との会話であり心をさらけ出すものだと語る。
 棋風が変わっても師匠の影が見えてオレも悩んでいたがお前も佐為の影に捕らわれるなよと警告していた。

「続きを始めようか」

 最後に緒方はそう言って再開した。

(ここからが本番か。生き返った進藤は手強いな)

 それでも緒方は中押しで勝ったのだ。

「緒方先生ありがとうございます。おかげで目が覚めました」

「お礼を言うのならガールフレンドに言うんだな」

「ガールフレンド?」

「藤崎と言ったか、わざわざ棋院にやってきてお前が壊れそうだから助けてくれとやって来たんだ。感謝するんだぞ」

「あかりが……」

「ほら、心配しているだろうから帰りな」

 そう言った時インターフォンが鳴ったのだ。

「緒方さん、進藤は?」

 出てみると案の定アキラだった。
 汗まみれで肩で息をする様子で走ってきたのは明らかだった。

「ずいぶんと急いだようだな」

「一度囲碁サロンに行って居なくてそれならと、携帯の電源も切れているし」

「何を心配しているか知らないが居るぞ」

 その時後ろから進藤が出てきた。
 その目の輝きを見て立ち直った事を理解したアキラ。

「塔矢。オレは逃げない」

 それは宣言だった。

「ずっとこの道を歩き、未来へ進む。待っていろ」

「追ってこい進藤」

 ここに改めて二人のライバル宣言がなされた。

「進藤は早く帰れ」

 そこで緒方は二人を追い出すのだ。

『彼女の事を忘れるなよ』

 すれ違いざまにボソッと言われた言葉に真っ赤になるヒカルを訝しげにアキラは見た後に緒方に視線を向けるといたずらに成功した子供の様な顔をしているのを確認して、玩具にされているなと悟り同情をしたがその反応も込みで緒方は笑ったりもした。

 その隙にヒカルはそのまま逃げる様に去って行ってアキラと緒方のやり取りなど意識もしていなかったのだ。

 そして一旦自宅に帰り土産を持ってあかりに会いに行くヒカルの表情は輝いていた。

「どうしたの?!」

 玄関でここまで走ってきたとわかるヒカルに目を丸くするあかり。

「緒方先生に聞いた。心配かけてゴメン、そしてありがとう。もう大丈夫だから」

「ヒカルがヒカルでいてくれるだけで良いの」

 ヒカルの言葉に首を振りながら答える。

「それで遅れたけれどあの時買ってきたお土産を貰ってほしいんだ」

「良いの?」

「もちろんだよ」

 包みを開けて出てきたのはストラップであった。

「可愛い。ありがとう」

 本当に嬉しそうなその表情に改めてあかりが可愛いという事を自覚したヒカルはそのまま逃げる様に帰ったのだ。

「ヒカル……」

 そのままあかりは右手を頬に当てて見送っていた。

(私は期待をしても良いよね)

「あかり~、早く扉を締めなさい」

「は~い」

 家の中から姉の声がして慌てて戻ったのだ。

(佐為。オレは佐為を忘れない。だけど心を殺さずに正直に生きるよ)

 家の途中の公園で改めて今後の生き様を誓うヒカルであった。


 若獅子戦三回戦

 本田敏則は震えていた。
 一回戦は見ていなかったが二回戦の進藤、越智戦を終盤を見た時、その成長による力の差よりも院生時代と違う容赦の無い打ち筋に背筋が冷えた思いをしたのだ。
 今からその進藤と打つ。緊張よりも恐れが先立つ己を必死に鼓舞していた。

 開始前の進藤を見て違和感を覚えたが、対局を始めると直ぐに分かった。
 院生時代やプロ試験の進藤であると。
 強さは越智戦の時と一緒だが全てを否定するような打ち方では無くこちらの意思に応える様な対局であった。
 結果本田の中押し負けだが打ち切ったと言う満足感を得る事が出来たのだ。
 今年のプロ試験には良い経験になった。

 準決勝は塔矢との対局である。
 最早ヒカルには佐為の為に絶対勝たねばならぬという気負いは無い。
 ただ今ある自分の力を出し切るだけと、それだけを考えアキラに食い付く。
 多くの高段者が敗れる中、新初段のヒカルは一歩の引かずにアキラと戦う。
 だがそれでもアキラに及ばず投了する時見学者たちからも緊張の抜けた溜め息が出るほどの熱戦だった。

「ネットのsaiがキミだ。出会ったころの進藤ヒカルがsaiだ。今日の碁を見て確信した」

 見学者が居なくなってからアキラはそうポツリと漏らした。

「オレはsaiじゃねえよ」

「判っている。だがキミの中にもう一人の影がチラついている。バカな事を言ってスマン」

「いや、良いよ」

(佐為聞こえるか? 佐為の存在を自力で悟る奴が居た。お前が幻でないと証明したんだ)

 アキラの言葉は何よりもヒカルには嬉しかった。
 今回も若獅子戦の優勝は塔矢アキラに決定した。


 和谷アパート宅

 若獅子戦が終わりプロ試験の少し前に和谷は念願の一人暮らしを始めたのだ。
 この日、引っ越し祝いに院生の本田や奈瀬がやって来たのだ。

「取りあえず碁盤と碁石があれば良いし、毎週土曜はプロが集まる事になっているんだ」

「オレもその研究会に来ても良いか?」

「あぁ、歓迎するよ。小宮や奈瀬も来いよ」

 本田の言葉に快諾する和谷だが実力の劣る奈瀬は躊躇っていた。

「そう言えば進藤は来るの?」

「今週は修学旅行で棋院にも森下先生の所にも来ねえからまだ話していないんだ」

「修学旅行~!?」

 奈瀬も自分で聞いた質問の回答に奇声を発してしまったのだ。

「考えてみればまだアイツは中学生なんだよね」


 同時刻京都

 本来クラスの違うヒカルとあかりは班が違って自由時間でも一緒になるはずではなかった。
 そこは、ヒカルと同じクラスの金子とあかりの親友の久美子の協力で自由時間の行動計画を調整して同じになるようにしたのだ。

「全くあれで付き合っていないって言われてもね」

「あかりは意識しているだろうけど、ヒカルはどうでしょうね」

「ふん」

 土産物屋での二人のどこの夫婦かというような態度を見ての金子、久美子、三谷の反応である。

「ヒカルも正倉院には随分興味持っていたって?」

「何時見れるか判らないが中にある碁盤を展示されたらと思ってね色々聞いたりしただけだよ」

「ふーん。でも平安より前の時代でしょう」

「だけど似たものを使っていたから見たいんだ。それよりも映画村で女子は江戸時代のお姫様や十二単の仮装をしたっていうけどあかりはどんな格好をしたんだ?」

「私は十二単。帰ったら写真を見せるわ」

「楽しみだけど、昔は良くあんな重くて暑い格好をしたよな」

「女は何時の時代でも美しくなる努力をするものなの」

「へ~っ、あかりもか?」

 ニヤニヤとからかうヒカルにブツ真似をするあかり。

「はいはい、お二人さん独り身も多いんだからいちゃつくのは後にして買い物をしようね」

 金子の台詞に二人は仲良く抗議するが気にもせず買い物を促し他の班員も来るように手を振るのは流石班長というべきか。
 三谷のグループは二人に当てられさっさと別の場所へ賢明にも移動していた。

「あっ、これは?」

 そんな中ヒカルが見つけたのは学生向けにはやや地味で高価な店舗であった。
 店員に聞くと流石に平安からではないが江戸時代から続く老舗の昔ながらの手法の品であった。

「この絵は?」

 スッと滑らかに開かれた扇子には透かし絵が描かれていた。

「これは藤の花ですね」

 店員の言葉にヒカルは思わず見つめ直した。

(佐為。藤原繋がりで藤の花を持っていても良いかな?)

 そう心の中で問いながらも既に買う心算になっていた。
 その様子に佐為を忘れられなくてもある程度傷は癒えて直視できているのだと安心したあかりだった。

「大丈夫頼るのではなくて、プロの姿を見てもらうための覚悟だから」

 あかりの頭を軽く叩き、そう心配を笑い飛ばす。

「うん、もうバカにして。っていつの間に私より背が高くなったのよ」

「まぁまぁ、この扇子を一つお願いします」

 その値段に思わず引きつりながらも思い切って買ったのだ。

「ヒカル小遣いの残り大丈夫?」

「大丈夫さ」

 虚ろに笑うヒカルに仕方が無いわねと帰ったら返してねと少し渡したあかりにますます頭が上がらないヒカルであった。

 こうして修学旅行後にヒカルは手合時に扇子を持つ姿が見られるようになったのだ。


 あとがき

 佐為喪失後ヒカルは目の前で笑顔で消えたので碁は荒れたけれど、辞める心算にはなりませんでした。
 最強初段の肩書フラグは折れました。
 アイテム。藤原の扇子を手に入れました。



[40496] 04
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/09/28 18:17

 水曜日 手合い日

 この日は越智と一緒の手合いがある日で入り口で出会った。

「進藤にしては早いな」

「越智こそ相変わらず送り迎えの車で余裕だな」

 メガネをクイッと上げて語る様子は和谷などは生意気などと嫌うがヒカルは全く気にもしていなく平気で話しかけるのだ。
 塔矢アキラを通してヒカルを意識する越智にはそれが腹立たしかったりもする。

「それで越智の今日の相手は?」

「大手合で次郎丸二段」

「次郎丸? 苗字、名前どっち?」

「次郎丸康子。ボクたちより2期上の18歳の女性だ」

 ため息を吐きながらもう少し碁界の事も調べろとどちらが年上か判らない会話をしていた。

「それで進藤の相手は?」

「王座戦一次予選で真柴二段」

「ふ~ん、なら進藤は楽勝か」

「誰が相手でもやってみなくては解らないよ。一手読み間違うだけで引っ繰り返る事もあるし」

 そのまま対局室に入り時間となる。
 この日は京都で買った扇子を始めて持つ日でもある。

(全く新入段なのにこのヨミの深さは何だ?!)

 序盤から模様を崩されて囲碁にされない真柴は戦慄した。
 それでも一期先輩で昇段したばかりとは言え曲りなりにも二段が初段相手に無様な負けは出来ないと足掻いた。
 中盤から盛り返したがそれでも実力差を覆す事が出来なかった。

「負けました」

「検討をする?」

 真柴の投了発言の後に発したヒカルの言葉に悩んだが、プライドを捨てても相手の考えを盗まないと強くなれないと思い直し了承した。

「なぁ、和谷の友人ならオレが院生仲間から嫌われているのを知っているだろう。何故検討しようなんて言ったりしたんだ」

「和谷は関係ないよ。結構面白い碁を打ったから興味が出たんだ」

「面白い……」

 今まで下手とか弱いとか若手仲間からも言われていたが面白いと言われたのは初めてだった。
 ヒカルの勉強を聞いてみると秀策の棋譜並べを基本に和谷の師匠の森下九段の研究会にも出ているという話だった。
 そして真柴の方は師匠の所と話してから中韓の棋譜も検討していると言った途端に目を輝かせて入手方法を尋ねるヒカルに思わず引く程だった。
 そしてその好奇心と毎日の棋譜並べを苦にしない性格が強くなった理由かと漸く納得した真柴だ。

 検討も終わり今までの鬱屈した気持ちが少しは晴れた真柴と別れたヒカルは丁度飛び出していった越智を見かけたのだ。
 負けたのかと思い敢えて声を掛けず残った盤面を覘いたのだ。

「うん? どうした」

 対局者の次郎丸が尋ねてきた。

「勝ったんですか」

「まあな」

「見ても良い?」

「どうぞ」

 モデルみたいな長身で長い髪をそのまま流し外見は女性らしく美人だが、短い会話でも判る男らしい性格のギャップに思わず笑いそうになたが何とか堪えるヒカルだった。
 そのまま碁盤を見た所は越智の地を作る前に速攻で攻められて形になる前に次郎丸の白に殺されている姿だった。

「ねえ、下で一局打つ?」

 ヒカルの意外な言葉に目を丸くし、そのまま面白い奴と思い同意していた。

「じゃあ、邪魔されない様に隅で打つ?」

「うんいいよ。そういえばここで元学生三冠の門脇さんとも打って、今年プロ試験を受けると言っていたな」

「へえ、門脇ねぇ」

 座席に着くとき本当に思い出したかのように言うヒカルに人脈が広いなとも思った。

「そう言えば自己紹介がまだだった。進藤ヒカル初段今年の新入段で越智と同期」

「あたしは次郎丸と、知っているか。しかし、二年しか経っていないのに進藤くんに越智くんと顔の知らない院生出身がプロとは年寄りになった気がするよ」

 そのままニギッてヒカルが黒になり打ち始めた。

(今回も早い。そして力碁で今まであまり見ないタイプだ)

(なんて奴。こちらの攻めを受け流して主導権を握れない)

 気が付くと攻めていたはずが最初の石が死んでいた。

(これはっ!)

 進藤得意の打ち回しで石の働きを化けさせる黒石の働きだった。
 それもプロ試験で見抜かれて苦戦した越智戦の経験からより巧妙になっていたので次郎丸も気が付かなかったのだ。

(だがまだまだ)

 それでも攻め続ける次郎丸。
 だが中央が左辺が分断され白が防戦に回っていく。
 下辺右隅がそっくり黒に取られ遂に防戦一方となっていく。



「進藤の奴遅いな」

 和谷は特に約束していなかったが手合いが終わったら話しをしようと思っていたのに出てこないので棋院に入る事にしたのだ。
 進藤の勝利を確認して空席だったので階段で降りて各階確認しようとしたら2階の一般対局室で見慣れた前髪を見付け近寄ったら院生仲間だった次郎丸との対局中だった。
 その複雑な盤面に和谷は声が出ない。若獅子戦から又強くなっていると、そして相手の実力にも。
 そしてしばらくすると投了となった。

「あれっ。和谷じゃない。今日は手合は無いけどどうした?」

「おー、和谷くんじゃない。久しぶりだね」

 今までのピリピリした対局は何だったという二人の呑気な台詞に思わず脱力する和谷。

「どうしたって、進藤に話があって探したんだよ。で何でこんな所で次郎丸さんと打っていたんだ」

「うん。越智との対局が面白かったから打ってもらうように頼んだんだ」

 扇子を掌に軽く叩きながら何でもない様に言う。

「お前も大概に図々しいな」

 そう言って呆れたようなため息を吐き、その時にヒカルの扇子に気が付いて聞いてみる。

「これ? 修学旅行で京都で買った」

 和谷に見せる様に持ち上げ軽く言う進藤が何故か眩しく想えて何も言えなかった。

「やれやれ、修学旅行とか聞くと本当に年取った気になるよ」

 首を振りながら楽しそうにそのまま立ち上がって次郎丸は立ち去って行った。

「それで話って?」

「いやもう今日は遅いから日曜にでもオレのアパートに来てくれ」

「和谷のアパート?」

「お前は昨日森下先生の所に来なかったから話をしていないが今は一人暮らししているんだ」

「へ~っ」

「地図を描いてやるから来いよ」

「日曜ね。わかった」


 日曜日 和谷アパート宅

「修学旅行で不戦敗か。何か意外だな」

「伊角さん、それだけではないよ。学校の囲碁大会で見学に行ったりその前にも部活で指導したり余裕が出来たみたいで却って手強くなっているよ」

 そう言いながら待っているがヒカルが中々やって来なくて和谷がそろそろイラついてきた。

「進藤の奴は携帯が持っていないし、迷ったか、忘れたか?」

 そう言った時にタイミングを計ったかの様にインターフォンが鳴る。

「遅いぞ進藤」

「アパートの名前が間違っているから迷ったんだ」

「へっ?」

 良く見ると確かにメモった地図にはコーポではなくメゾンになっていた。

「進藤久しぶりだな」

 謝りながら中に案内すると伊角が待っていた。

「伊角さん! いつ帰ったの?」

 和谷をほっといて伊角の下に駆け寄るヒカル。

「今週だ」

 苦笑しながらも答える伊角。

「それで進藤。伊角さんにも話したが」

「毎週土曜日にね。OKだよ」

 和谷のアパートで毎週若手の研究会があり院生の本田や小宮。プロでは冴木さんや岡田さんが参加すると教えられ、やる気になる進藤。

「ねぇ和谷、次郎丸さんも呼ばない?」

「げっ」

 和谷の様に声を出す事は無かったが伊角も渋い顔だった。

「伊角さんも嫌がるとは珍しいね」

「男っぽいと言えば褒め言葉だがそれに加えて桜野さん並みの押しの強さに皆負けてね」

「特に和谷は気になる女の子を取られたりしたしな」

 和谷のしみじみとした台詞に伊角が茶化したりもした。

「まあ奈瀬も他に女性陣が居たら参加しやすいから一度声を掛けるか」

 ため息を吐きながらも同意する和谷。

「でもあれだけ強いのに全然知らなかった」

 女流の大会ならそれなりに行っているが、若獅子戦はプロ初年の一昨年は2回戦が倉田さん。
 去年は冴木さんで今年が塔矢と2回戦で負けているから進藤は知らないんだとも和谷に言われたりした。
 女流枠ではない一般枠での入段だから本当に実力はある。
 奈瀬も女流枠もあと一歩でオレと同じで中々入段出来ないから焦る気持ちは解るとは伊角である。

「それで進藤。オレの為にも一局打とう」

「伊角さん?」

「去年のプロ試験…… ハガシの反則で投了した進藤との一局。もう一度打ち切り改めてスタートとしたい」

「わかった。オレも伊角さんと打ってけじめを付けたいと思っていた」

 和谷だけが見ている中もう一度プロ試験の再開が始まった。
 ただし、両者は共に一年前から遥かに実力が上がっており、和谷も置いていかれてなるものかと必死に盤面を見ていた。

 投了後に中国での練習や中国棋院での棋士の生活を聞いたり実際に打った棋譜を並べて三人で検討したりと時間が経つのも忘れて夕日が眩しくなってようやく中断してヒカルが帰る事になった。


「しっかし、門脇とも打っていたとはな」

「ゴールデンウィークの最後にか」

「若獅子戦で越智にも勝ったし、次郎丸にも手合日に後から打って勝っているし成長が未だに止まらない」

「和谷、俺たちも負けれないな」

「あぁ!」

 最後の和谷の返事には決意だけでなく苦味も混じっていた。

「これからメシに行くか」

「伊角さんの奢りで?」

「和谷の方が稼ぐようになっているんだ、割り勘だよ。中華は飽きたから和食だな」

 最後に二人はアパートを出て行ってこの日は終わった。


 あとがき

 不遇な真柴君の昇段時期が不明だから若獅子戦後と優遇してあげました。
 北斗杯後には二段は確かですから。
 低段者のキャラが不足しているから某少女マンガからゲスト出演。
 女流棋士で北斗杯の一次予選の和谷の相手もいるけれど名前が不明なんですよねぇ。
 伊角さんも資金不足で少し早く帰ったようです。



[40496] 05
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/01 21:55
 日本棋院 対局室

「ここでのオサエは後にした方が良かったな」

「こっちを先にツケたら」

「でもそうするとここがこう来て黒が損するし。ハサんでもトバれて流れが難しくなるし」

「なるほど」

 芹澤九段の研究会でヒカルが芹澤と対局した後の検討の一コマ。
 なぜヒカルが研究会に出ているかというと。

「進藤」

「緒方さん」

 手合の帰りに緒方に話しかけられていた。

「どうやら立ち直った様だな。近くの喫茶店に寄らないか?」

 喫茶店で緒方の奢りでケーキセットを食べていると爆弾発言が出てきた。

「来年には結婚する。相手には同意してもらったが、棋戦が詰まっていて日時は未定だがな」

「なんでそんな事をオレに言うんですか?」

「佐為が消えた時のお前の様子を見て、オレもアイツが居なくなったらと思うとな他人事ではなかった。
 それで後悔しない内に告白した。進藤のおかげで自分の心を見つめ直せれたから報告したんだ。
 日にちが決まったら招待状を出すからお前にも来て欲しい。それに今言った様に婚約の切っ掛けの礼をしたくてな」

「礼なんて関係ないよ」

 告白の切っ掛けとは言え他人には言えないし恋愛事情に口を出すのは鬼門だと鈍感なヒカルにも解りきっていた。
 それでも緒方は一枚の名刺をヒカルに渡した。

「芹澤九段の名刺だ。本因坊リーグの常連で他のリーグ戦や最終予選にも出ているトップ棋士の一人だ。毎週月曜日に研究会を主宰している。紹介するから出るか?」

「うん。出るよ」

 緒方の言葉に遠慮を忘れ喜ぶヒカル。
 特に本因坊に関係がある事が嬉しい気遣いだ。

「ついでに桑原のジジイにも話しておいた。気が向いたら相手してやってくれとな。
 年寄りだから研究会などはもうやっていないから気楽に相手してもらえ」

 タイトルホルダーに何を言っているかと思いながらも緒方の配慮に感謝してこの日初めて研究会に参加したのだ。


「本当に緒方くんの言うように面白い棋風だね。何よりヨミが鋭い、これからも宜しく進藤くん」

「ハイ。お願いします」

 夏休み進藤が新たな修行場所を得たのだ。これはまだ日程が未定だが塔矢アキラとの名人戦予選一回戦を控え有りがたい緒方からの褒美であった。

「全く今年の新入段で塔矢アキラと同年齢のまだ中学生とは末恐ろしいですね、芹澤さん」

「緒方さんによると囲碁を覚えて二年足らずらしい。経験不足だから公式戦でどこまで打てるかは見ないと評価は控えるけど将来が楽しみなのは確かだね」

「倉田くん並みの成長だね。これはうかうか出来ないのが増えてきたな」

 二学期理科室

 葉瀬中囲碁部には、将棋部の指導に向かう途中で安全牌と思っていた筒井がGFと歩いている姿を見た加賀の八つ当たりで入部した二人を含め三人の部活と、一学期までの華やかさが無い所に今日は大会前に三谷と仲直りしたヒカルが偶に行う指導する日であった。

「進藤先輩お願いします」

「将棋部でないんだからそこまで畏まらなくて良いよ」

「でも先輩はプロだし」

「それを言うなら小池は部長だろ。もっと自信を持ちな」

 そう言って三面打ちを始めて指導を行うヒカルの顔は決して遊びではなかった。

「皆は棋譜並べといかなくても、詰碁集を解いたりしても勉強になるからこれを読んでみたら」

「悪いですよ。高いですし」

 出された本を見て首を振りながら遠慮をする小池。

「もう、何度も読んだから気にするな」

 笑いながらそう言って押し付けるヒカルに躊躇いながら受け取ると、本当に使い込んだ様子からプロとはこれほど勉強するのかと尊敬して冬の大会には頑張ろうと思ったのだ。


「あかりとも一緒に帰るのも久しぶりだな」

「ヒカルは囲碁の勉強や手合で休んだり早退が増えたし、私は成績が悪くて塾も頑張らないといけないから時間が合わないもの」

 そう寂しく言うあかり。

「だから夏休みに誘いたかったけど広島に行って来る時には諦めた」

「広島?」

「因島。本因坊秀策記念館と虎次郎の墓がある所。若獅子戦で塔矢と打ったと改めて報告をしに行ったんだ」

「秀策……」

「大丈夫。佐為の事はまだ辛いけれど耐えられるから。あかりも居るし」

「えっ?」

 最後の方は小声であかりには聞こえなかったようだ。

「それで一人で行ったの?」

「いや、とうさんに見つかって一人は許さないと何故か河合さんととうさんの三人になったよ」

 苦笑いしてそう答えるヒカル

「それに河合さんが広島の碁会所で巨人のネタを振ったおかげでトラブって代わりに打ったら、相手は今年の世界アマ大会の日本代表で本番前に鍛えるからもっと打たせろと言われて離してくれなくて酷い目にあったよ」

「へ~」

 あかりも言葉が無かった。

「それからとうさんたちは地酒が目的だけどついでと九州の囲碁神社に行ったし、それで勝負の神だから無関係ではないだろうから遅くなったけど」

 そう言って合格祈願だとお守りをあかりに渡したのだ。

「わざわざありがとう。嬉しい」

 そう言って喜ぶあかりが何もお礼が出来ないと残念がっていた。

「気にしなくて良いよ。それよりも時間が有れば明日の塔矢との一局の前にピリピリする気持ちを落ち着かせたいから打たない?」

「うん。良いよ私も打てるなら嬉しい」

「今日は森下先生の所には行きたくないし助かるよ」

「行かないの?」

「連絡もしたから大丈夫だよ」


 次の日早くから日本棋院に向かうヒカル。

 この日は冴木、和谷と森下門下も出席していた。他には越智や冴木の相手の芦原、和谷の相手の真柴も見えていた。
 そして、この日は和谷から全勝を重ねていた伊角がプロ試験合格を早くも決まるという幸先の良い話題をヒカルは聞いた。
 また森下、和谷の研究会で最近多く打っていた冴木もヒカル相手に負けが増えていたが、それでも実力が上がってきていつもは天然の芦原も馴れ馴れしく近寄って来なかった。
 それは既に冴木と実力差があると無意識に認めているのだ。

 遂に始まる対塔矢戦

「若獅子戦以来だな」

「座間先生との一局を見たぜ。惜しかったな」

「元王座だ一度の対局で倒せる訳は無い。だが二度目は違う」

「オレも同じだ。若獅子戦と同じと思わない事だ」

 宣戦布告の後二人の対局が始まった。
 ヒカルが黒で始まる対局は早碁とばかりの展開の速さを見せる。

(高段の棋士と変わらぬ手応え。前回がマグレでは無いこの対局がキミの実力。大会の三将戦の失望はもう無い)

(強い。少々の不利な形勢を無視して勝利を引き寄せる力はまだオレには悔しいが無い。だが塔矢それでも勝つ)

(まちがいない。キミはボクの永遠のライバル)

 勝利の天秤の傾きが頻繁に入れ替わりどちらが勝つのか中々読めない。
 それでもヒカルが徐々に押し込まれる。
 最後まで諦めず打ち切った結果は黒の二目半の負けであった。
 その後の検討で冴木や和谷も混じり白熱した物となる。芦原も流石にこの棋譜の前に軽口は立てずに真剣に参加していた。
 ある意味森下門下を真剣に芦原が意識した瞬間とも言える。


 駅前 塔矢行洋経営の碁会所 囲碁サロン

「桑原の爺さんとこの前打った棋譜がこれ」

 アキラの目の前でヒカルが碁盤にそう言いながら石を置いていく。

「進藤。桑原本因坊を爺さんは無いだろう」

「緒方さんはジジイ呼ばわりだし本人が本因坊より爺さんが良いと言っているし」

「全く」

 ヒカルの言葉に呆れたようなため息を吐くアキラ。
 だが碁盤を見つめる視線は鋭く真剣だ。

 名人戦予選対局後にこうしてヒカルは囲碁サロンでアキラと会って検討や対局を行うようになっていた。

「塔矢みたいに公式戦で高段者と本気で打ち合えるのはいつになるのか」

「公式戦とは言わなくてもこうして桑原本因坊と対局できる棋士はそう居ないから感謝しないと」

「そうだけど」

 緒方からの言葉があったとはいえ、ヒカルの実力を認めたからこそ何度も桑原は若返りと称して対局していたのだ。
 そのヨミの鋭さから芹澤もまた棋譜の検討を研究会以外でも行ったりしていた事の重大性を自覚していないヒカルにアキラは首を振る。
 だが検討はそれとは別に真剣に始めていた。
 徐々に議論が白熱していく様子に北島を始めとした見物の常連客はそろそろ何時もの状況と逃げ出していく。
 始めこそ互いの石の見落としを指摘しあっていたのが何回感心しただの、見落としただのと子供のケンカレベルになってヒカルが帰ると言うパターンが早くも定着していたのだ。



「せっかく、サインの続きを書いてやる言ったのに断るから負けたんだ」

「それ関係ないから」

 この日棋院近くのラーメン屋で再びヒカルと倉田が出会い、以前一色碁を行った碁会所で普通の碁で再戦をしていた。
 周囲には当時を知っている客が集まり様子を眺めながら感心していた。

「個人的なサインはそれほどでもないが囲碁部には倉田さんのサインは欲しいかも」

「プロの進藤が囲碁部?」

「院生前は囲碁部に少し所属していてね、それで部員が少ないからプロからサインを貰えるような部だよと宣伝出来たらよいかなって」

「勝てたら考えてやるよ」

「11月の文化祭で何かアピールして部員獲得と行きたいが一年の時の劇でも集まらなかったし」

 無駄話をしながらでも対応に間違いなく打ち合っている姿に客も感心半分追いつくのに必死が半分と言ったところか。

「ありがとうございました」

 結局サインの獲得はならなかったようだ。

「進藤の中学は?」

「葉瀬中だけど、サインをくれるの?」

「聞いただけだよ」

 倉田の言葉にガッカリして家路につくのであった。



 あとがき

 原作の初対局(こちらでは2回目)シーンとヒカル強化フラグでした。
 三谷との関係改善で受験に関係ないヒカルは部に顔を出したりします。
 加賀の八つ当たりはアニメの最終回のあのシーンが指導に向かう途中という事で補完して下さい。
 尚緒方の婚約者はオトナの私生活とアオリのあった女性です。
 文化祭は本能寺の劇と院生試験前の退部から10月の様な気もしますがここでは11月にしました。



[40496] 06
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/04 08:17


「そう言えば、昨日も進藤が来なかったな。和谷知っているか?」

「昨日、今日は文化祭だってさ。学校をサボってばかりで参加しろと言われて抜けれないと嘆いていたよ」

 和谷はアパートで伊角の質問に本田相手に打ちながら答えていた。

「卒業アルバムの写真が無いと委員から泣きつかれたとも師匠の研究会でも言っていた」

「今日は日曜だから一般公開だろ。冷やかしに行くか」

 そこへ目を輝かせ口を挿んだのが結局研究会に参加している次郎丸。

「あいつも高校に行かないと言っているし、最後の学生服姿を冷やかすか」

 和谷も集中が切れたのか、珍しく途中で打ち切って立ち上がった。
 結局伊角も苦笑しながら囲碁以外の姿に興味があるのか一緒に行くことになった。


「何でお前がここに居るんだ?」

 葉瀬中の校門で四人が出会ったのはオカッパ、もとい塔矢アキラで案の定和谷が文句を言い出す。

「和谷に今年合格の伊角さん? 君たちもここに?」

「来年からプロとしてお相手願う伊角です。こちらは女流の次郎丸二段と同じく新入段の本田です」

 和谷では話が進まないと見て顔を知られていた伊角が話を引き取って続けた。

「初めまして。知っていると思うけれど塔矢アキラです」

「今年の若獅子戦二回戦で会ったんだけどな」

「これは失礼」

 次郎丸の荒っぽい言葉に目を丸くしながら謝罪をするアキラ。
 その態度に余計不機嫌になる次郎丸。

(アッサリと負けた相手には興味なしかよ)

 不穏な雰囲気に話題を変えるべく伊角はアキラに来た理由を尋ねる。

「倉田さんに絶対に来いと言われて断り切れなかったんだけど、本人が来ていないみたいで」

 パンフレットを手に困った顔をするアキラ。

「倉田さんも来る?!」

 和谷達も皆驚いている。

『進藤と倉田さんは知り合いか』

『オレは聞いていないぞ』

 ヒソヒソ話をしていると一度打った事があるらしいとアキラが爆弾を投げかける。

「それでなぜ塔矢を呼ぶ」

「何度か葉瀬中に行った事を知られて案内しろと」

 倉田の強引さにため息を吐くアキラにそれを知る和谷達の同情の顔。

「何度か来た?」

 それでもその言葉に和谷は疑問に思う。

「囲碁大会その他の関係で、海王中は囲碁大会の会場になるから……」

 少し誤魔化して説明出来る位にはアキラも大人になったようだ。

『やっぱり、塔矢アキラは進藤をライバルと見ているという噂は』

『まさか本当だった?』

 和谷や本田たちはヒソヒソとかつての噂を思い出しながら話をしていた。

「???」

 次郎丸だけは蚊帳の外で少し不機嫌になっていた。


「おー! 塔矢は早いな」

 丁度その時にドタドタと倉田が手を上げながら走ってきた。

「うん? どっかで見た顔だが。新人の棋士たちか」

 目を細めじっと見つめ和谷達の顔を思い出す倉田。

「まぁ良いさあ、囲碁部に行こう。絶対進藤が驚くぞ」

 子供の様な顔をして促す倉田。引きずられる様に他の四人もなし崩しに一緒にパンフ片手に理科室に向う事になった。


 今日のヒカルは理科室で簡単な棋譜の解説などを行ったり指導碁でアドバイスなど忙しいと言いたいが残念ながら客が少なく暇だったりした。
 居るのは数少ない父親世代の見学者と小池や矢部の友人、後はごく少数の女生徒。
 三谷やあかりたち、元部員を含めた囲碁部員とほとんど人数が変わらなかった。

 それでも、詰碁の正解には豪華賞品、学習ノートセットにボールペンといったかつての創立祭の賞品、詰碁集よりも一般生徒には喜ばれる物であの時と違い生徒の客も居たのだ。

 そもそもヒカルは昨日、今日と和谷のアパートや駅前の碁会所でアキラと打ちたかったのだが、和谷にも言った様に卒業文集の実行委員に泣きつかれて仕方なしの参加である。
 元々三年のこの時期は受験モードでありクラス全員で参加は音楽の授業で何とかなる合唱コンクール位しかなく、教室も新聞部や写真部のような部室が小さい所や有志によるお化け屋敷などクラス主催は無いのだ。
 なら何故ヒカルの参加を熱望されたかというと、去年から背が急速に伸び、今年の春からは更に大人っぽくなりあかりに遠慮があっても密かに女生徒の人気が急上昇して写真の需要が増えていたのだった。

「おう頑張ってるな。まぁ、将棋部に比べて劣っているがな」

「小池。この人が囲碁部を作った筒井さん。こちらが現部長の小池君です」

 筒井と一緒に加賀もやって来てどちらが囲碁部OBかわからない態度で挨拶していたが華麗にスルーして互いを紹介するヒカル。
 矢部、岡村の一年二人組は加賀の顔を見て蒼くなっていたが。
 受験で準備などの協力は出来なかったが、当日は指導兼賑やかしとして元部員全員が参加して思わぬ同窓会となっていた。
 あかりを始め女性陣は男子部員だけでは興味があっても入部しづらい女生徒の呼び水を期待してであってそれなりの女生徒も見学に来ていたのだ。
 そこでの加賀登場で女生徒が引くとヒカルや三谷は思わず顔を顰めたが。

「おっ。進藤、結構繁盛しているじゃないか」

 そこへ空気を変えるようにドスドスと倉田たちが現れたのだ。
 見学に来ていた数少ない女生徒は後方に居るアキラや伊角、更に一部の女生徒は次郎丸を見て黄色い声を上げていた。
 後方からもアキラたちに興味を持って着いてきた女生徒が合流してちょっとした数になっていた。

「もしかして倉田六段に塔矢三段。出会えて光栄です」

 そして普段は穏やかな筒井も興奮していたのだ。

「見ろ、進藤。これが普通の反応でサインを嫌がるお前がおかしいのが解るか」

 筒井の態度に倉田は胸(腹?)を突出し威張る。
 そこへツンツンと後ろを指すヒカルに釣られて見た光景は。
 次郎丸や伊角に群がる女生徒の姿だった。
 ここで慌てて宥める為にも筒井も扇子を取り出しサインをねだり気分を良くしたが加賀の「オレは将棋部だ」発言と王将と書かれた扇子を見せつけられ呆れたりもした。

「冬の大会では大将だったのでは?」

「あれは助っ人。ムラのある進藤がどこまでやれるが見たくてな」

「その後失望しましたが、いつの間にか追いついていますから不思議です」

 そう言って未だ倉田とギャースカ言い合ってるヒカルを二人して視線を向けていた。

 そこで小池が色紙にサインを頼み、扇子でないのを残念がっていたが素直な小池には断り切れず葉瀬中の活躍を願う。いつかは名人。倉田厚とサインをしたのだ。
 その後女生徒の指導を伊角とアキラに任せ、倉田と次郎丸の対局をヒカルが解説という豪華なサプライズが始まったのだ。

 アキラも海王中や父の囲碁サロンの客と違う全くの初心者の指導に集中力を維持させるのに苦労しながら忍耐力が付くと内心慰めていた。
 詰碁説明用にホワイトボードに19路を描いた紙を貼りマグネットを用意しただけなので、慌てて一年が紙を切って碁石を作ってテープで固定する泥縄だったがそれでも好評だった。
 そしてその急造碁石を適切に手渡したりするアシをアイコンタクトで行うあかりを見て久美子などは生暖かい目で見たり、見学の和谷や何人かの鋭い生徒は今日初めて会っても状況を悟っていたりする。
 知らないのは当事者の二人だけだったり。

 他には、プロ同士の対局を携帯で数少ない親世代の見学者などが連絡して次第に見学者が増えていってそれなりに盛況で成功と言ってよかった。

 尚合唱コンクールの全体写真の他に囲碁部その他で見学などをする写真を写真部と協同して文集委員は撮影し一部生徒からの突き上げを回避出来るとホッと安心したのだ。
 一方写真部はヒカル以外にも伊角やアキラなどの写真で売り上げが増えたとホクホクだった。
 10年後にはタイトルホルダーやリーグ戦の常連というトップ棋士が無名時代に一緒に居る日常風景というプレミアム写真になるとは思ってもいなく、問い合わせに目を白黒というのは別の話題。

 その後、葉瀬中は期待できないが他校の囲碁部にはイケメンが居るかもとミーハーが何人か入部して現実は甘くないと直ぐに知ったがそれでも大会出場最低数の女生徒三人が最後まで残り、むさ苦しい将棋部は弱小の囲碁部のくせに華が有ると悔しがっていた事を追加しておく。

 尤もヒカルは今後棋戦の予選を始めとした手合が増えた上に研究会などの出席が増え登校自体減って指導碁も減ったのが女生徒激減の一番の理由でもあった。

「良かったね。あかり」

「えっ何が?」

「わかっているでしょ」

 ある日のあかりと久美子の会話。

「とにかく受験勉強に集中できるわね」

「久美子も知らないっ」

「まぁまぁ、許して」

 それでも二人は共に幼馴染みの関係と主張する。



 あとがき

 オリ展開の文化祭です。
 ヒカルの碁はヒカルの父の存在感と共に、修学旅行に体育祭。そして今回の文化祭と中学行事がほとんど無いんですよね。
 プロ棋士には関係ないとは言えこれが恋愛関係の話がゼロの要因か?



[40496] 07
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/05 15:47

 水曜日 日本棋院低段者の手合日

 この日和谷とヒカルは共に手合があり一緒に棋院に来ていた。
 昼に打ち掛けになった時、和谷は店屋物を、ヒカルは外へと別れた。
 中でカツ丼を食べた和谷はその前に見たヒカルの川崎三段との途中までの棋譜。
 黒のワリツギへの通常のツグを敢えてツケるタイミングに畏れていた。
 休憩所から出た時に和谷は他の棋士たちの噂話から日中韓の18歳以下のJr.団体戦を知り、来る時に計るが零していた低段者相手の物足りなさを覆す若手の活躍の場が出来ると興奮をした。
 だがその時に同時に選定方法で選抜戦があるのではという噂も聞こえてくると自身の選ばれる可能性とヒカルが選ばれる可能性を考えて、ヒカルが戻った時に話題に出す事が出来なかった。
 それは無自覚に既にヒカルに対し気後れした為である。


 12月 本因坊リーグ 一柳vs塔矢アキラ

 二人の対局に芹澤、乃木が観戦していたがアキラが押し込まれているように二人には見えた。
 そんな中、ヒカルが対局室に入ってきて芹澤に軽い挨拶をしてから棋譜を覘きシマリにツケとアキラの白の対応を思いつき顔を上げた直後にアキラも同じ手を打った。
 そのツケは対局者の一柳も芹澤たちも思い付かなかったが、咄嗟に芹澤が見たヒカルの表情に彼には解っていたのかと悟っていた。
 だが一柳もまだ負けていない。ノータイムで打ち返し、意地を見せる。
 だがこのツケが流れを変える一手で揺るがずに正確に打ち返すアキラによって一柳の敗北となったのだ。
 その凄まじい対局を見て自らも早く打ちたいと欲求不満となるヒカルがエレベータに向かう時に芹澤に声を掛けられた。

「進藤くんはあのツケを読んだのかね?」

「ツケは読みましたがその後の応手は見ているだけで痺れる思いをしました」

「リーグ戦のライバルとして塔矢君は要注意と今日思い知ったよ。時間が遅いが今から少し検討しないか?」

 時計は既に7時に近づいていたが家に連絡してそのまま検討をする事に同意した。
 ヒカルも今の一局の興奮を誰かと共有したかったのだ。


 後日、棋聖戦の予選で女流棋士との対局の歯ごたえの無さにがっかりするヒカルは出版部の記者古瀬村とその時出会いかつて院生時代の時に成り行きで対局した洪秀英(ホン スヨン)が韓国でプロとなったと聞きそこから日中韓Jr.大会の噂も知らされたのだ。


「日中韓団体戦!? 今年合格のオレも出れるかな?」

「伊角さん、進藤が言ったでしょ18歳以下だと」

 和谷の研究会に早めに来て既にいた和谷と伊角に先日の古瀬村から聞いた話題を振ったヒカル。

「オレだっているさ」

 その後かつて対局した秀英が既に韓国で九段と戦い勝利したと伝え、伊角が韓国だけでなく中国も10代の棋士が凄いと。韓国の高永夏は16歳で既にトップで日本は塔矢アキラしかいないというセリフへのヒカルの反論であった。

「おまえだけじゃねえ」

 それはヒカルの次の本因坊戦一次予選最終戦とその後の高段者戦への意気込みに対する和谷の反論と鼓舞であった。

 一次予選突破後、囲碁サロンで恒例のアキラとの検討で直接対決の機会として団体戦の4月の予選があると話したが既にアキラがリーグ入りの実績から予選控除されている事を知ったヒカルは。

「予選突破までもうここには来ない。一歩一歩行くさ。神の一手を極めるのはオレだ」

 そう言ってヒカルは受付の市河の不安な表情を無視して荷物を受け取り厳しい顔つきで出て行く。


 木曜日 ヒカルの五段以上の高段者との初めての手合

 ― 楽しみにしていた初戦の相手がアンタだなんてな
 ― 御器曽七段。七段とは思わなかったぜ
 ― アンタにだけは負けたくねェ
 ― 今のオレは許せない
 ― 毎日棋譜を並べている
 ― アンタはずっと碁の勉強をしていないだろう

(クソッ。才能のあるヤツに何が解る。プロ一年目で二段はまだ良い、もう一次予選突破だと。
 まだ15歳で碁を始めて三年余りでここまで来たヤツにこの歳で未だに七段の気持ちが、三次予選も碌に行けない棋士にも生活がある事が解るか)

 御器曽七段。かつて佐為が新初段シリーズで無理矢理塔矢名人(当時)と対局した後不満の残る結果を宥める為に行ったイベント会場で最悪の形で出会った棋士だった。
 碁盤の材質を誤魔化し高く売りつけようと悪徳業者と組み、ヒカル(佐為)の指摘で断った客を指導碁で嬲る行為をしていた。
 そして虎次郎の偽の署名で秀策の碁盤と偽ったのだ。
 佐為亡き今、その価値を今更知ったヒカルには許される事では無かった。

 御器曽は敗れた後ヒカルの経歴を調べ、あの時の軽蔑の眼差しと辛辣な台詞が何度も脳裏に渦巻いていた。

 ― 若いヤツに踏みつけられるのは慣れっこだが

(嘘だ、いつも心に血を流している)

 ― 器の違いを見せつけ

(オレもまだ出来るはずだ)

 ― アンタはずっと碁の勉強をしていないだろう

(それがどうした。生活するのに碁だけでは食っていけん)

 そのまま家に帰った御器曽はふと碁盤に目が行った。

 ― いい碁盤で勉強しないと上達しないんですかね

(四段になりあいつとの結婚を意識した時に今後の覚悟を決める為に本カヤのこの碁盤を手にしたんだった)

 ― 秀策の字じゃねーよ

(そうとも、オレも秀策の棋譜を毎日並べるだけじゃない、秀策の書にも憧れ学んだんだ。そして、碁盤に秀策のサインを……)

 碁盤と碁笥を久しぶりに取り出した時に目に入った秀策の棋譜集とヒカルの言葉が再び蘇った時に知らず知らず涙が浮かんでいた。

(どこで道を間違えたのか)

 ― プロにはゴールが無い。一生勉強なんだ

 かつて、入段時期や年齢が近く同じ研究会に居た棋士の口癖をふと思い出した。
 その棋士はオレと同じく棋戦上位には中々行けなかったが弟子を育てるのが上手く多くの棋士に慕われていた。

(もう遅いかもしれない。だがもう一度足掻こう)

 この日から家で秀策と最新の棋譜を毎日並べる姿が見えた。
 パソコンも株価の確認から最新の棋譜のダウンロードと整理に使用目的が変わっていった。
 その時御器曽は初めてsaiの棋譜を集めているサイトに偶然入り噂のsaiを知ったのだ。
 並べる棋譜の種類が増えた。

(あと10年早く出会っていれば…… 無駄だな逃げていたオレの言い訳だ)

 毎日聞こえる碁石の音に愛した夫が戻ってきたと何も言わずに妻は喜んでいた。
 反抗期故に子供たちも父の変化を敏感に感じ取り素直に話を聞く様になっていた。


 木曜日 日本棋院

(今日は進藤が来ていないか)

 御器曽は今日は大手合で出席しついついヒカルを探してしまう。
 今日の対局相手も若手で勢いのある六段だった。

「「ありがとうございました」」

 久しぶりの白星に手応えを感じたが、緒方十段・碁聖を見掛けてまだまだ道は遠いと戒める点だけでも勝利以上に進歩したと言える御器曽だった。

 同日 葉瀬中

「藤崎さん! 進藤は今日も休みよ」

「休み? 今日は手合も無いのに」

 受験勉強の厳しさとクラスが違う上に通学も一緒でなくなって顔を合わす機会が減り、寂しくなって放課後にヒカルのクラスに寄った時に三谷に勉強を教えていた金子に見つかり聞く前に答えられたのだ。

「受験一色でアイツも来ても楽しくないしね」

「ヒカルは高校に行かないしね」

 隠した左手にヒカルから貰ったお守りを握りながらつぶやいた。

「みんなバラバラになっちゃうのかなァ」

 既に一流校の推薦を受けている金子とは別れるのは決定で三谷、夏目とも志望校が違って囲碁部はあかりと久美子の第一志望校が同じくらいだった。
 その久美子も高校はテニス部と公言していた。

「大丈夫、進藤の家に近いからいつでもは会えるわよ」

 金子の言葉に顔を赤くして否定するがそのまま言葉を返す前に久美子に呼ばれたあかりは逃げる様に塾に向かっていった。
 その様子に金子はヤレヤレといった顔つきでいたら三谷が金子の横の机で突っ伏したままヒラヒラと問題用紙を掲げて出来たと死にかけていたので気分を変えて勉強を教えに向かったのだ。

 理科室

 三年生の受験シーズンの悲喜交々の様子を他所に囲碁部は小池がヒカルが来なくてダレた女生徒たちや元将棋部の岡村のやる気を出すのに必死になっていた。
 その時もう一人の部員矢部が碁を知っているという触れ込みで連れ来たのが、大きな態度と違って岡村はおろか文化祭から入部した女子部員よりも弱かったという衝撃の事実の新入部員上島。
 それはヒカルの少ない指導でも効果があり、ただ打つだけでは決して上達しない事を示していた。
 結果冬の大会でそれなりに成績を残したかった矢部はガッカリしていたが実は気づかない内に皆の棋力が上昇していたのだ。
 それを実感した女生徒たちは今後本気に囲碁に打ち込んでいくのだ。
 囲碁部の未来は明るい。


 塾が終わり久美子と別れて帰る途中ヒカルの家の前に立ったあかり。
 外からヒカルの部屋の窓の明かりを見て家に居る事を確認して勉強をしなくて羨ましく思いふと、金子の「いつでも進藤と会えるわよ」という言葉を思い出し「それでも会えないよ」と寂しくなったりもした。

「あら、あかりちゃん。今帰り? そうか塾ね?」

「おばさん、こんばんわ」

 ちょうどそこへ買い物帰りのヒカルの母親に出会ったのだ。
 そこで志望校にギリギリだと言われ勉強も難しく大変だと思わず愚痴をこぼすあかり。
 そして、ヒカルも毎日遅くまで囲碁の勉強で碁石の音がすると言われたのだ。
 家に入ったおばさんを見送り再びヒカルの部屋の窓を見つめた時に携帯が鳴ったのだ。

「お母さん? うん、私がんばる。何でもないよ」

 手にした携帯に揺れるストラップを見つめ改めて決意をし直す。

(ヒカルも高校とは別に努力を続けているんだ。私もくじけない)

「ファイト!」

 そう一言口に出し前を向き駆け出していくあかりだった。

 公立受験まであと一月余り。これ以上の泣き言を言わず人が変わったかのように集中するあかりは最後の追い込みで文字通り追い上げていったのだ。
 それはヒカルのプロ試験の予選から最終戦までの二月余りの間の成長を思わす伸びであった。


 あとがき

 中学でのヒカルたちの様子。
 そして真柴や名古屋で塔矢相手に心を折られた石原の20年後の姿のような御器曽の救済。
 最強初段よりは二段に敗れた方がダメージは小さいかも。
 そして天才タイプでないからきっと今後指導プロとして頭角を現してほしいと同じ凡才の願い。



[40496] 08
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/07 20:25

 東京、北斗杯一次予選

 東京は18歳以下の棋士が多く一次予選で4名に絞る。
 ヒカルの相手は本田。仲間同士での星のつぶし合いはプロ試験以来。
 本田とは若獅子戦以来の対局。
 そして黒の本田が打った一手は初手天元。
 ほとんど見た事の無いその棋譜にヒカルは興奮しそして打ち破った。
 結果一次予選はヒカル、越智、和谷、稲垣と順当な選出となった。


「ヒカル、ここに来ると必ずお蔵をのそきに来るな。 お蔵の碁盤が欲しければくれてやるぞ」

 この日、祖父平八の家に寄っていたヒカル。

「オレにはじいちゃんが買ってくれた碁盤があるから」

「ヒカルもプロになった事だし、あの碁盤も生まれ変わらせてやりたいがのう」

「生まれ変わらす?」

「細かな傷や汚れを削りとって19路と星を描き直すんじゃ。本当に良いものはそうして新品同様に何度も蘇って新しい碁盤として歩むものさ」

「……生まれ変わる」

(もしそうなら碁盤が修理された時、虎次郎や佐為もこの世に生まれ変わって復活するのかも)

「そうだな、名人か本因坊を取ったら褒美としてもらおうかな」

「は、は、大きく出たな。ほらニギレれ」

「じいちゃん、オレプロだよ。置き石にしなよ」

「孫に置き石が出来るか」

 そのまま今週の手合が本因坊予選で森下九段という話になっていった。
 二年余り研究会でも世話になっている相手だとも。
 そして前哨戦としてじいちゃんに50目差を付けると宣言するヒカル。

「タイトルだと何時になるかわからんがリーグ入りになった時の褒美にするか?」

「それも良いかも、その時に考えるよ」

 中押しで終わって50目差にはならずに済んでからの軽い約束がなった。


 木曜日。高段者との対局日にヒカルは居た。
 同じく低段位の冴木四段も一緒に居たのだ。
 森下の意識する打倒塔矢一門として芦原より先に五段もあり得そうだ。
 そのまま、ヒカルは軽く雑談したあとに入室してきた森下九段に挨拶をして臨戦態勢となる。
 本因坊二次予選二回戦。森下九段対進藤二段。
 一回戦の御器曽七段と違いリーグ入りの経験も挑戦者の経験もあり森下復活を囁かれる本当の強豪との初めての手合。
 同日本因坊リーグ第五戦。緒方十段・碁聖対塔矢三段。
 リーグ残留にもはや一敗も許されない背水のアキラの相手はアキラが生まれる前から父の弟子だった緒方精次。強敵であり研究会では最も打ち合った相手である。
 共に公式戦では初対局となる。

 遂に始まった森下との一局。
 序盤ヒカルは森下相手に一歩も引かず優位に打ち合っていた。

 打ち掛けでの休憩室。

「言いたかねェがオレのどの弟子よりもスジがいい。力だけならオレさえ負けかねない。
 だが勝負の場でのオレを知らん。その辺が勝敗の分かれ目になるだろう、そうなれば勝つのはオレだ」

「ほう~」

 話を振った院生師範の篠田にそう答える森下。
 残った茶を飲み干しそのまま席を立つ森下を見送る一同。

(若獅子戦前後からアイツの碁に対する姿勢が変わった?! とにかく勢いのあるアイツを叩くのに力を蓄えたがもう充分だな)

「勝負の場でのオレを知らん……か」

 そんな言葉を反芻した緒方も又タバコをもみ消して立ち上がる。

 午後からの再開した碁は何でも無い読み違えでヒカルが一気に不利となる。

(空気が痛い。石が手から離れない。のまれるな)

 己を叱咤するヒカル。だが序盤のリードの貯金は底を尽いている。

(だがこの碁を崩したままにするのも、立て直すのもこの場に居るオレしかいない)

 扇子を握りしめ、佐為の別れの時に渡された幻の扇子を、祖父とのいつか蘇らせる碁盤の約束を胸に逆転の一手を探し出す。
 かつての門脇戦の様に相手の考慮時間も含め必死に読み合いを仕掛けるヒカル。

(立て直した? 研究会の時と変わらぬ空気に戻る)

 むしろ、森下の方が緊張していく。
 次に隅に置いた黒石。

(この石は読んでいない手だ)

 徐々に白石が不利となっていく。せっかくの優勢が帳消しとなる展開に逆に森下が焦り出す。
 それはプロ試験でただ一筋の細い道を見付け和谷を破った棋譜を見せられた時を思い起こさせる展開である。

「一目半か。強くなったな」

「先生の気迫に呑まれてダメかと思いました」

 そう言って手拍子で打った箇所を指摘した。

「中央への手が弱ってしまったからな。だが右辺の隅のこの一手は抜群だ」

「このまま右辺中央へ攻め合いに持ち込めれたのが良かったです」

「だが連絡を断とうとすると下辺全体が危機となるから先に下辺の対応を優先したが」

 これ以上の検討は別室で行おうと席を立つ二人。

 その頃には緒方、塔矢も投了し中押しで緒方の勝利となった。
 記者の「兄弟子相手には気後れやのまれたりして仕方が無いですよね」という言葉に対し「いつも通りの彼だと」緒方は答えた。
 それは精神力などのファクターではなくて真の実力差で塔矢アキラが負けたのだと緒方が言ったのだ。
 その裏の意味を観戦していた芹澤は悟ったのだ。

 ― 十段・碁聖の二冠の緒方にお前は格下だと、ここまで言わせるほど追い詰めたのだと

 もし桑原本因坊が聞いていたらここぞとばかりに盤外戦を仕掛けたであろう程の余裕の無さだったのだ。
 それ位余裕をなくしていたが敗北したアキラには悟る事が出来なかった、それは記者として未熟な古瀬村も同じであった。


 階段を下りる森下とヒカル。そのまま顔を見ずに後ろから付いてくるヒカルに話しかける。

「2年間、週1回の研究会で見てきたが成長したな」

「成長したと思っていた。だが簡単に呑まれてまだまだだと思い知らされた」

「まだまだか。勝負の場のオレを知らないおまえには勝てると考えていたがな」

「研究会で打っていても気後れはしないと思っていた。でも勝負の場での先生に無様を晒してしまった。立て直して勝てたのは運が良かっただけだった」

「棋士の怖さは勝負の場で向き合わねぇとわからない。オレなんかまだ可愛い方だ、上の連中は鬼や化け物に変わるぜ」

 そこからヒカルに向き直り更に話を続ける。

「15歳やそこらでそういった連中と渡り合うのは大変なことだが、その扇子は飾りでは無く何がしかの決意だろう?」

「……」

 そのまま扇子を握る右手に力が入る。

「勝ち続けば三次予選そしてリーグ入り。研究会に来た頃に宣言していた打倒塔矢アキラが現実になるな」

「単純に塔矢に勝てば打倒塔矢にならないとは今はわかっている」

「オレの弟子たちはまだそこまで行かないからわかるだけでも充分だ」

 そう言っているうちに別室に着いて検討を始めるのだ。


 韓国

 ほぼ同じ時期の韓国棋院。10代トップの高永夏(コ ヨンハ)が引退後も日本トップの地位を維持している塔矢行洋と非公式で対局していたのだ。
 既に塔矢行洋を射程距離に入れていたと自他共に認める、高永夏との対局後に一言感想を言って別れた行洋。

 高永夏のマンション自室。
 塔矢行洋と対局したという噂を聞いてかつて研究生時代にスランプ脱出のきっかけとなったヒカルとの対局の経験のある洪秀英(ホン スヨン)が訪ねていた。

「塔矢先生との一局ボクも直接見たかったな」

 そう言いながら秀英は石の運びに感心し永夏の行洋に一歩も引かない強気の攻めに尊敬すると語っていた。

「対局後にオレと対等の棋士が日本に一人いると塔矢先生が言われた」

「まさか一年でそこまで強くなっているなんて」

「知っているのか? 塔矢アキラを」

 秀英の反応に意外な顔をして問い質す。

「え?」

「どうやら別人を思ったようだな。誰だ?」

「進藤。進藤ヒカル。プロになる前に日本で打ったんだ」

 それでと黙って視線で促すと渋々続ける。

「ボクが負けたら名前を憶えてやると啖呵を切ったんだけど……」

「負けたのか?」

 続きを呆れたように永夏が繋ぎそのまま黙ってうなずく秀英。

「今度対局したら勝って言ってやるんだ」

 闘志をむき出しに宣言する。

「ボクの名前は洪秀英だぞ! って」

「それを言うために日本語を覚えていたのか」

 永夏もようやく年相応の笑顔になった。

「だがそれなら、その進藤も北斗杯に出るかもな」

「韓国の最後の北斗杯のメンバーに昨日連絡があってボクに決まったよ」

「おそらく塔矢アキラはオレと当たって塔矢先生の仰ると通りの実力か単なる親バカの言葉かは判明するだろう。
 お前も進藤に名前を覚えさせてやれよ」

「もちろん」

 この時、高永夏も洪秀英も進藤ヒカルが出ても今の自分たちの敵ではないと自信を持っていた。
 ただ日本の10代の数少ない有望な棋士だろうと記憶にとどめる程度だった。
 現代の韓国の若手の実力から要注意は中国だけでそれでも優勝を二人とも疑っていなくそして事実でもあったのだ。


 あとがき

 原作の4人持碁や今回の本因坊戦はヒカルとアキラがシンクロしてアキラ優位で終了。
 こちらはヒカル強化フラグによって本因坊予選突破中です。
 対森下戦のイメージは北斗杯の進藤、王戦の追い上げでお願いします。



[40496] 09
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/09 20:26

 注 今回は捏造オリ設定が多いです



 葉瀬中卒業式

 進藤ヒカルの学生生活最後の日。
 それは塔矢アキラに引き摺られる様に棋士生活に入る事であり和谷義高に続く囲碁浸りになる事である。
 母美津子にとっては不安の残る日々でもある。


 駅前、囲碁サロン

「今頃アキラくんは本因坊リーグ第6戦ね」

「市ちゃんも心配か」

「卒業式を返上で手合いでしょ。残留も厳しいけどリーグに残って欲しかったわ」

「何進藤ですら勝ち続けているんだ、若先生も今日は勝ってくれるさ」

「もう北島さんは」

「でも卒業式よりも仕事優先なんて本当に大したもんだよ」

 二人の会話に久米が入ってきた。

「そうね、独立したいとか卒業式を辞退とかこの間までランドセルの子供だと思っていたのに月日が経つのが早いわ」

 そう寂しげに市川は呟いていた。


「これで学生生活も終わりか。……塔矢をこれからは追いかけて追い越してやる」

 あかりの顔が一瞬浮かんだが無理やり今後の棋士生活に考えを巡らせるヒカル。

(今頃あいつは芹澤九段とリーグ戦を戦っているか)

 そこにあかりを見付け声を掛けた。

「ヒカルっ! な、なに~?」

「早く家に帰りたいけど、母さんが話し込んでさ~メシを食いたいのに」

「私たちが幼稚園の頃からの付合いだもの。最後の共通の話題だから話し込んでも仕方ないわよ」

 そう頬を薄く赤らめながらヒカルと話し込んでいるあかりが気付かれない間に金子が預かっていたあかりのカメラでツーショットシーンを写していた。

「藤崎さん、カメラを返すわ」

 そう言って返す時の金子の顔は無表情ながら親しい物には笑っているとわかる程度には目じりが下がっていた。

「「???」」

 その事にあかりもヒカルも不思議に思いながらも黙って受け取る。

「おまえ写真なんか撮っていたんだ」

「中学最後だからね」

「ふ~ん。で、高校はどこに行くの?」

「第一志望の公立はまだなの」

「棋士でなくて高校に行ったとしても結局同じ高校は無理だったな」

(でも同じ学生同士で共通の話題が多かったはず)

「で、囲碁を続けるのに囲碁部のある学校なら良いけどな」

「無ければ作るよ」

 暗くなっていた表情を変えて前向きに決意を籠めて言った。

「筒井さんが始め、小池くんががんばっているように私もやってみる(ヒカルはプロという夢を叶えたのだし)」

「まァがんばれよ」

 それほど本気でない声で励ますヒカルに思い切った表情であかりはお願いをする。

「囲碁部に入った時に1回くらい教えに来てくれないかな?
 あっ、プロならお金がいるんだ」

「金なんか良いよ。行ってやる行ってやる」

 笑顔で返事するヒカルに安心するあかり。

「ホント!?」

「あっそれなら、腹減ったから今からメシ作ってくれ」

「なら私の家に来る?」

「うん、指導料の先払いでメシを頼む」

 そのまま二人で先に帰る事にしたのだ。

「ただいまぁ」

「おじゃましまぁす」

 あかりの家に入るのも本当に久しぶりでガラにもなくヒカルは緊張しながら玄関をくぐった。

「直ぐに作るから待っててね」

「ラーメンで良いぞ。早いし」

「ダメよ。おばさんも手合や研究会の時には外食でラーメンやハンバーガーばっかりと心配していたわ」

「そんなの関係ねェよ」

「野菜を取って栄養のバランスを考えないと倉田さんみたいな体形になるわよ」

 倉田みたいになると言われ言葉が詰まるヒカル。
 キッチンで材料を確認して簡単な卵焼きとサラダ。それに味噌汁とシンプルな料理に決める。
 某運命ゲームの主人公たちの様に手の込んだ料理を昼からそれも今日まで中学生の少女が作れるはずも無かった。
 それでもサラダや味噌汁の具で植物繊維を増やすとか色々と考えてはいる。

「あら、早かったわね」

「お姉ちゃん、今日は帰るの遅かったんじゃなかった?」

 2階からキッチンの音を聞きつけて姉が降りてくる。

「卒業式でそのまま遊ぶはずが皆裏切って彼氏優先でキャンセルよ」

 そう不機嫌に言って「母さんは?」と聞いてくる。

「ヒカルんちのおばさんと一緒で遅くなるって」

「そう、私の分の昼も頂戴」

「了解」

 そのままキッチンを出て居間にいたヒカルに話しかける姉。

「こんにちは~」

「あ、お姉さんこんにちは」

「で、教えて。あかりとはどこまで行ってるの?」

「どこまでって?」

「惚けないで、あかりと付き合っているんでしょ。それとも公みたいに釣った魚に餌は要らないと放置しているの?
 今日だって卒業後は私をほっぽって別の大学になるクラスメイトと出かけるし。
 親友と思っていたメグは今日いきなり告白された良雄と帰ると言って裏切るし。
 一人寂しく帰ったのにあんたら二人は仲良く帰って一緒に昼ごはん。絶対に付き合っていないなんて言わせないよ」

 ウガーと八つ当たり気味に普段の清楚なイメージからは想像も付かない口調で攻め立てられてポカンと口を開けて一言も言い返せなかったヒカル。

「最初はそりゃァ一緒に帰ると噂されると恥ずかしいとか言って断ったりもしたけれど付き合い始めて受験も終わってこれからだというのに男同士の付合いとか酷いと思わない?
 ヒカルくんもそうなるの?」

「何言ってんの! 私たちは付き合っているとかそんなんじゃないわよ」

 料理を持ってきたあかりがそんな姉に文句を言う。
 完成した料理はだし巻き卵にホウレンソウを添えた皿をメインにトマトやキュウリを主としたサラダを副菜と味噌汁を含め主張通りに野菜多目に腹持ちのする健康を考慮した和食だった。

「相変わらずおいしそうね。流石受験勉強のストレス対策に料理を繰り返しただけの事があるわね」

「そうなんだ。知らなかった」

「そうよ、今まではバレンタインの手作りチョコかイベントでのお弁当だけだったのに去年の終わりぐらいから本格的に始めてたの」

「お姉さんは料理しないの?」

「同学年に料理が上手い子が居てね。私たちの学年の皆は大抵心を折られていたわ。
 サッカー部のマネージャーだったけど他の部の男子も知ってるほどで料理実習の料理を気になる男子に渡すというイベントもハードルが高くて中々出来る娘もいなかったわね」

 そうしみじみ語る姉、詩織。

「じゃあ、主人(ぬしびと)公(こう)にも弁当や手作りお菓子のプレゼントは無し?」

 完璧超人と思われたあかりの姉の意外な告白にヒカルも驚いたように聞いた。

「同じテニス部だったけど流石に勇気は無かったよ」

「そーなんだ」

「だ・か・ら。あかりを大切にしなさい」

 ぶほっと咽喉を詰まらせるヒカル。

「あかりはただの幼なじみだってーの」

「そうよ。ヒカルとは関係ないの」

 二人は仲良くそろって否定する。

「今日の所は信じてあげる。でも二人とも後悔しないようにね」

「後悔って何だよ」

 そのままブスッとした顔で落ち着けるようにお茶を飲んでいた。

「第一あかりはまだ受験が残っているんだろ」

「そうだったわね、あかり余計な事を言ってゴメン」

 そうきれいな笑顔で謝る。

「でもこうしてみるとヒカルも何時の間にかきれいな姿勢でお茶を飲む様になったわね。これも囲碁の所為?」

「じいちゃん家でばあちゃんから最近暇なときに書道と茶道を習っているからかな?」

 倉田のサインを部室で見かける度に同じような汚い己の字に不味いと感じ字を習う時ついでに日本文化を教えると茶道も一緒に手解きされたのだ。
 その結果和室でのふすまの開け閉めや畳の歩き方などを改めて学んだのだ。
 中韓の棋士と話をするのに「ヒカルは二つの言葉を覚えられないだろう」という尤もな父の言葉に頷き、向こうの人間なら日本人よりは英語を話せるから英語を話せるほうが良いと聞き祖父平八に改めて中一レベルから学び直している時に時間の空いた時に祖母から学んでいる程度で上達は中々進んではいなかったが。
 それでも英語よりも日本語の書道やお菓子目当ての茶道の方が上達しているという本末転倒状態だった。

「ヒカルくんのおばあさんて日本文化に熱中しておじいさんに付いてきたんだよね
 着物の着付けは習ったけれどそっちまでは習わなかったな~」

「じいちゃんは世界中を回った商社マンでイギリス最大の成果はばあちゃんだといつも自慢しているよ」

 そう言って祖母の遺伝か前髪だけにある金髪を掻き上げるヒカル。

「お茶なら私も習ったわ。でもそう言えば二人から囲碁は習わなかったわね」

 食事を終えたあかりも話に加わってきた。

「囲碁よりも本場の郷土料理を習わなかった事の方が重要よ」

「「??」」

 英国料理の噂を知らないヒカルとあかりは疑問を顔に出していた。

「まっ、知らない方幸せという事もあるのよ」

 それ以上の話題は打ち切った。
 そのままヒカルは一旦家に荷物を置いてから本因坊リーグの見学に向かうのだ。


「ところであかり、本音の所ヒカルくんにはいつ告白するの?
 てっきり今日告白してそれでご飯を振る舞っていると思ったのに」

「お姉ちゃん知らないっ。とにかく北斗杯の予選が終わるまで余計な事に気を使わせたくないし、予選が終わっても本番までは忙しいだろうし」

「全く我が妹ながら健気ね」

 おー良し良しと拗ねるあかりの頭を撫でて慰める。


 本因坊リーグ、塔矢アキラ芹澤戦を落としリーグ陥落。

 いよいよ北斗杯予選が始まる。


 あとがき

 ヒカル、アキラ卒業式です。
 捏造設定てんこ盛りのオリジナル話です。
 あかりの姉の年齢も名前も容姿も不明で藤崎繋がりで本来一人っ子の某ヒロインに友情出演を願いました。
 ヒカルの前髪が地毛という妄想から白人の血が混じっていると捏造。
 平八爺さんを商社マンとして日本かぶれの英国人嫁さんゲット。
 親父さんの顔も原作、アニメ共に映っていないからきっとハーフなイケメン?



[40496] 10
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/11 10:44
 日本棋院 北斗杯予選
 今日関西棋院、関西、中部両総本部の計4人と東京本院の4人が争い残り2枠を争うのだ。

 東京組4人は予選で一回戦はバラバラになっており勝ち上がっても和谷はヒカルではなく越智と当たるのだ。
 一方ヒカルは二回戦で当たる勝者は強いと噂の関西棋院の社を期待して楽しみにしていた。

(正直進藤と当たらなくてありがたい。森下師匠やオレの研究会で一番身近に見ていたから良く解るがコイツのヨミの深さについていけない事がある。結果いやおうなく力の差を見せつけられる。
 森下師匠に相手を感心していると勝てなくなると言われたが、オレも悔しいんだぜ)

 一方和谷は強敵との戦いを避けられて安堵していた。それでも誰が相手でも油断はできないが。
 だが強い相手には逃げる。北斗杯の噂を聞いた時のヒカルを見た時の反応と共に気持では既に負けていた事に気が付かない。

 和谷の相手は関西総本部の秋山初段。
 中押しで和谷の勝利。

 越智は関西棋院の津坂三段。
 2目半で越智の勝利。

「ボクの相手は和谷?」

 勝利して当然の顔で和谷に聞いてきた。

「ああ」

 それでも負けないと和谷も返す。

 稲垣三段は関西棋院の社初段
 今年入段のプロになったばかりの社はアキラ、ヒカルと同じ15歳。大阪では注目の新人と東京にも噂が流れていた。
 中押しで社の勝利。

(ついこの前まで院生だったヤツに完全にヨミ負けだ)

 稲垣は実力差に悔しがっていた。

 進藤は中部総本部の柴田二段。
 中押しで進藤の勝利。
 中央部をぶった切る黒の姿で次の対戦相手を見極める為に見学を行った社は進藤を強敵と認めた。

 東京組は社相手の稲垣以外は全員2回戦進出が決定。

 持ち時間各1時間30分の本番と同じ対局は午前中に終了し昼食となった。
 最初に言った様に和谷は進藤とあたらず気兼ねなく一緒に昼を取る事が出来た。

 ― ラーメンやハンバーガーばかりだと倉田さんみたいな体形になるわよ

 あかりの言葉がリフレインしたヒカルは頭を振りハンバーガーを食べ次の手合に集中する。

「どうした?」

「何でもない。オレの相手はやっぱり社になったよ」

「本田さんが言っていた初手天元の?」

「予選の時対抗して本田さんも初手天元を打ったが後で並べてもらった一局から強い事はわかっている。
 打ってみたかったから楽しみだよ」

「ふーん」

(ツイている。オレは社とも進藤ともあたらない。勝手に潰しあってくれ。
 オレは実力は上でも相性の良い越智相手だ勝ってやる)


「社おまえは負けへんと思うが頼むで!」

「強かろうと、弱かろうと相手が誰でも負けられへん、それだけや」

 近くの蕎麦屋での社と津坂の会話だ。


 午後からの2回戦。

 進藤対社が遂に始まる。
 先番は社となった。

(打ってこいよ、初手天元。本田さんの時はわくわくしたぜ)

 期待していた社の初手は5の五。
 期待とは違っていたが初手天元以上に打たれない手であった。
 これは立会いの渡辺八段の他見学の稲垣、津坂も目を見開いた。

 この初手にヒカルは2手目天元で受けるのを見て渡辺も社の斜め後ろに座り本格的に観戦をするほどのセンスを感じさせるだ。
 更に3手目の社は5の後。
 互いの強気の攻めに対局の当事者の二人だけでなく周囲も目を離す事が出来なくなった。

(― 同い年に塔矢アキラという怪物が居るが、何スタートの違いだけや数年で追いつく
 師匠、東京にはもう一人化け物が居ったわ。これは予想外の強敵だ)


 和谷と越智の対局は関西総本部の秋山が見ているだけだった。
 和谷優位に進んでいる時に秋山がふと横を見た時進藤、社の対局を見ているのがひとりも居ないのに気が付いた。
 そして、別室に控えた検討中の皆から流れを知り秋山も進藤、社戦に集中していった。

 塔矢と日本の団長の倉田も決着が着きそうな時間にやってきた。
 それからすぐに和谷、越智戦は越智の勝利に終わった。
 だが塔矢は進藤達の対局にしか目に入らなかった。

(どうだ、これで塔矢に肩を並べたぞ。今度こそ無視をさせない)

 塔矢を確認した越智は内心そう思った。

「どっちが選手に相応しいがハッキリしたね。和谷、ボクだね」

(く、くそう~。もう関係ない、終わったんだ帰るぞ)

 だが二人とも進藤、社の対局を見て固まった。
 そして別室で聞いた流れの読めない棋譜の説明を受け渡辺も口を滑らせたが二人の実力のレベルが段違いなのは明白だった。

 北斗杯のスポンサー、北斗通信システムの戸刈が来た時に越智、進藤が代表に決まった筈だった。
 だがここで越智は己のプライドに賭けた社との対局を望んだのだ。
 例え負けても良い。トーナメントの結果とは言え実力差を見せつけられて大人しく代表にはなれないと。
 その叫びに二人に当たらなかった幸運を喜んだ和谷は単純な棋力だけではなくプロとしての心構えからして負けたと心底感じてしまった。
 戸刈もまた少年の熱い気持ちに好感を持ち対局費用の受け持ちを即座に承認した。
 子供たち故の熱い気持ちがこう出ると大会の成功も間違いないですねと渡辺に軽く笑いながら話しかけていた。

「子供、子供と言われますが、囲碁はスポーツと違い子供と大人は対等で私でも勝てるかどうか?」

「ナルホド。単に若い人に興味を持たせればと軽い気持ちで建てた18歳以下という企画が偶然にも我が社にとって好企画を得たという訳ですか」

「日中韓のむき出しの才能のぶつかり合いになります」

 最後に渡辺はそう言って別れた。
 今まで戸刈は上場記念の一回限りの大会。それもアジア進出を考えての日中韓の三カ国団体戦で勝敗は意識せず、むしろコネ作りの為に日本が負けても良いとさえ思っていたのだ。
 それ以前に囲碁のルールも棋士のプロフィールや組織も興味を持たず道具扱いにして部下に丸投げ状態でいたのだ。
 だが渡辺の言葉、何よりもおそらく負けるとわかっても力の上下をハッキリさせたいという越智のプライドの高さ。
 それは社長たちと共に頑張っていた創業時の熱意を思い起こさせたのだ。

(本格的に成功させる為に、彼らのプライドを報いる為に何よりも商売の基本として相手を理解しなければいけない。私も囲碁を学ぶか)

 北斗杯最終予選。越智対社
 中押しで社の勝利。
 覚悟していたとは言え社に敗れた越智は無言で肩を震わせていた。
 それを見ていたのは和谷一人。
 ヒカルはアキラと共に渡辺八段などと別室で検討していた。

(越智、確かにその気持ちを受け取った。必ず北斗杯の勝利を目指す)

 社も又越智の熱意に奮い立った一人だ。


 北斗通信システム 戸刈。

「そうですか、社君に決まりましたか越智くんには残念でした。はい、はい。それでは日本チームの健闘を期待しています」

「室長も変わりましたね。期待していますなんて囲碁に興味なんか無かったのに。パンフの写真は、これは越智くんね、いーらないっと」

「会川君!」

「はい?」

「いや、早急にパンフの準備を。それと写真は返却するものだから丁寧に扱うように」

「はーい(人を子供の様に)」

(全く新入社員とはいえ、いやあの時の越智くんを見ていないから仕方が無いか)

 若い女性社員の態度に思わず内心で溜め息を吐く戸狩。

 進藤家

 和谷から電話があった。

「今度オレの部屋の研究会でリーグ戦をしようと思う。それで越智も誘ったんだ」

「越智も。面白れェ。あっ、そうだリーグ戦は出るかどうかわからないが検討の方だけでも塔矢を誘ってよいかな?」

「塔矢が来るのか?!」

「検討だけなら色んな棋譜もあるし来ると思うぞ」

「……なら進藤から呼んでみてくれ」

「わかった今度連絡してみる」

 和谷も変わった。個人的に嫌っていた越智を認めアキラも拒否せずに受け入れる様に、より強さに貪欲になっていた。
 この変化には師匠の森下も進藤への苦手意識が克服されると密かに喜んでいた。




 外伝 おごって 和谷くん!

 プロとして入段して半年。和谷も越智、進藤とさほど遅れを取らずに二段へと昇段したある日。
 この日は久しぶりに研究会以外で師匠の家で対局する事になっていたのだ。

 祝! 二段昇段と書かれた垂れ幕を手に師匠の娘しげ子が玄関から入ったら待ち構えていた。

(あ~これは)とプロ合格の時を思い出した和谷。

「またケーキの奢りか?」

「今回もケーキで良いよ」

 そう言って出したのが某ホテルでのカップル限定ケーキバイキングのチラシ。

「土曜は研究会だから日曜だな。バイキングは」

「え~っ! 日曜日。まっ良いかそれじゃ今度の日曜ね」

 それなりのホテルで本来まだ高校1年生程度の年齢の和谷と小学6年生のしげ子では不釣り合いでは? と思ったが。
 カジュアルな服装だがケーキバイキングという事でやや若いが高校生カップル程度も何人か居たのでさほど悪目立ちはせずにすんで和谷は内心ホッとしていた。

 女の子と違い男たちはそうケーキを何個も食べるという訳にもいかず、又女性も彼氏の視線の関係でそう数が出ないというホテル側の目論みが成功したようだ。
 それでもしげ子は何個も持ってきて見ているだけで和谷はお腹が一杯になる気持ちだった。
 そう言いながら本人もケーキ2個とコーヒーを持ってきていたが。
 隣の席の同い年かやや年上の少年と視線が合い互いに苦笑を交えた。

「それでヒカルくんもあかりを誘うように言ったのに……」

 突然聞き慣れた名前が出て思わず振り向いた先には目の覚めるような美少女だった。

「受験の邪魔をしたくないとか言って折角チケットを渡したのに断るんだから」

 そうプリプリ言っていながら複数のケーキを乗せた皿をテーブルに置いていた。

「だけど幼なじみで付き合っていないんだろ?」

 そう言ったのは先ほど視線が合った少年である。

「それでも、出張の度に土産を持って来たり合格祈願のお守りをプレゼントしてるのよ」

「詩織だってオレにその気が無い時でも色々と誘ったら付き合ってくれたじゃないか」

「同じ部活仲間だったからよ。それに今は付き合っているでしょう」

「だからまだ友達感覚で意識していないのに煽ると逆効果だろ」

「そうかもしれないけど、あかりが可哀そうで」

 まだまだ話が続きそうだったが。

「和谷くん」

 無視をされていたしげ子の御機嫌が斜めになっていた。
 慌てて意識を向けたが時すでに遅し。
 後に奈瀬や次郎丸から「小学生でも一人前の女の子の扱いをしないとは」ダメだしを食らって有名パティシエのケーキを奢るという出費が勉強代となった。

 その時の会話が気になったのが葉瀬中の文化祭に行く理由の一つだった。


 あとがき

 基本原作と同じで心理描写の追加程度です。
 和谷の研究会のメンバーも追加です。
 外伝は不二家のケーキではないようです。
 この年代で4つ違いは大きくて和谷は意識していないのは確実だがしげ子はどうでしょうか?
 ここでヒカルの幼なじみに和谷が興味を持って文化祭を覘きました。



[40496] 11
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/12 08:46

 注 社の台詞は各自で大阪弁に変換して下さい。


 北斗杯レセプション会場

 各代表挨拶の最後に韓国の高永夏が出た。

「本因坊秀策を評価しているようだが、今現れてもオレの敵では無い」

 敵意を籠めて睨むヒカルの視線にイラついた永夏があえて誤解を助長するかのような発言をしたのだ。

 時を遡りヒカルたちが北斗杯の代表選考が終了後、週刊碁の新人記者古瀬村が韓国から帰ってきて話しかけたのだ。

「高永夏が秀策を大した事が無いと言ったんだ。絶対に勝ってくれよ!」

 実際は本人の連絡ミスで通訳や取材棋士が間に合わなかったのに対応と誤訳による発言内容の悪さに腹を立て取材情報の秘匿という記者の基本も忘れてヒカルに告げたのだ。
 それだけで古瀬村のレベルの低さとその情報の信憑性がわかる物だろう。
 だが中学を卒業したばかりのヒカルにはそんな事も判断出来るはずも無く、ただ秀策が過去の人間扱いという言葉が残ったのだ。

 その後北斗杯直前に塔矢宅で合宿を行った時にヒカルは団長の倉田に高永夏と対局する為に大将を希望したが実績、実力で塔矢アキラに決まっている。そんな事をしたら塔矢を勝たせるために大将を外したと思われるのはジュニア大会では不味いと一蹴され不承不承その時は頷いたヒカル。
 それが今回の発言である。ヒカルの怒りが再沸騰したが近くの古瀬村の興奮に遮られて表に出そびれてしまった。

 その合宿だが社からの提案で始まったが塔矢の両親も中国に行っており責任者の倉田も男という事で食事に不安を持った母美津子が無事公立校に進学したあかりと一緒に作った弁当を渡したのだ。

「北斗杯を見に行けなくてゴメンね。部員になってくれる娘が代わりにコンサートに付き合うのが条件にされて」

「問題ないよ。マイナーな囲碁部に入るんだ。付き合いが悪いと思われてイジメられたりしたら心配するし」

「ありがとう。その代りお弁当をおばさんと一緒に作ったからがんばって」

 そんなほのぼのとした二人の会話を生暖かい目で見ていた母美津子。

(若いって良いわね)

 新婚時代を思い朴念仁の息子よりも「ガンバレあかり」と彼女を応援するのだ。そうでもなければ一緒に料理をする訳がないはずだ。

 駅で合流した社に手荷物を聞かれ。

「かあさん(とあかり)に持って行けと渡された夜食用の弁当。今塔矢の家には両親が居なくて食事が不安だからって」

「ふ~ん、親が応援してくれるとは大違いやな」

 そう言って、棋士になるのに反対し高校卒業を条件にようやく認めてもらえたと。
 今日からの合宿で学校を休むのも文句を言われた。
 それでも親に認めてもらうために逃げる訳にはいかないと。
 それを聞いたヒカルは半ば騙して院生、プロ試験を受け一方的に高校進学を辞めてプロに進んだ事に心配はしても反対はしなかった両親に改めて感謝をしていた。


 レセプション当日にかつて院生時代に碁会所で打った秀英と出会ったヒカルは永夏と仲が良いのを見て古瀬村の話が真実か聞いたらそんなはずは無い尊敬しているのは韓国の全ての棋士も同じだから誤解を解くと言ったのだ。
 そして事情を知った高永夏はあえて誤解のままで良いから黙っておけと、その方が面白いと子供っぽい事を主張したがその上で挑発を止めることが出来なかった。
 それはヒカルに何かを感じた所為か?


「戸狩君、ホンインボウシュウサクって誰?」

「幕末の棋聖とも史上最強とも言われた棋士です。今でも世界中の棋士が尊敬している筈ですが……
 若さゆえの暴走ですかな? 意外な面を見ました」

「そんな過去の人が最強とは進歩が無いのかね?」

「未だにコンピュータでは勝てない領域です。その読みによる対応能力が優れているのが秀策だと。
 受け売りですけどね」

「戸狩君も意外と詳しいですね」

「主催をしてから始めた程度のニワカですけど」

「それでも知っている程の有名人か、彼は本気で日本にケンカを売って勝つつもりか?」

「さぁ、日本が弱いのは確かだが何かあったのか」

 そう海外のスポンサーと話をする戸狩の視線の先には檀上から降りた高永夏が日本席。進藤ヒカルと記者に話しかけている様子が見えていた。

「タイトル争いをしていてもまだ若いのでどうか大目に見ていただきたい」

「何、勝負師ならあの程度の気概が無いと。それに日本の進藤くんか彼も本気になってくれたようだし」

 そう戸狩の謝罪を受けいれる日本人客。

「それでも自分の功績でもないのに喜ぶ様な連中との付き合いは少し考え直さないとな」

 韓国の招待客を意識した発言をそれでも加えた。

「そこはお手柔らかに」

「ビジネスでの付き合いはするさ。しかし、日本棋院と話して関西棋院共々若手を中心に強化する方策を後押ししなければいけないな」

 そう言って中韓の棋士を見つめる視線は鋭い。
 それは北斗通信とは違い上場企業として歴史の長い一流企業の取締役が持つ気迫である。
 彼は囲碁に造詣が深く個人的に支援しているだけではなく発言力もあり今回の北斗杯の協賛社の一つでもあった。
 そんな彼に頭を下げるしかなかった。

「何、今の日本はどう言っても負け犬の遠吠えになるから言わせるさ」

 大物のご機嫌伺いなど気の遣う仕事に奔走するがもし社、越智戦を知って改めて囲碁に向き合っていなければ今回の騒動も気にもせず大失敗に終わったかもしれないと密かに冷汗をかいたのだ。

 その後対局の組み合わせが発表され初日1回戦が日中戦。次が中韓戦。
 二日目最終戦が日韓戦と決定された。


「だから、日韓戦だけでもオレを大将にしてくれ」

「前も言っていたが大将に拘ったのはアレが原因か」

 日本代表団控え室。
 椅子に座ってそうヒカルに話しかけるのは倉田。
 アキラと社はヒカルの後ろに並んで話を聞いているが正直そこまで秀策に入れ込む理由がわからず戸惑っていた。

「秀策でなんでそこまで怒るんや?」

「とにかく、高永夏がオレに直接言ったんだ。秀策は過去の存在だと。だから戦わせてくれ」

 社の疑問に直接答えずに倉田に己の主張を繰り返すヒカル。

「ダメだっ! 大将は塔矢アキラ。まっ、明日の日中戦の出来で考えても良いがな」

「勝てば大将にさせてくれるんですね」

「勝てればな。他の二人も出来も見るからなさっさと明日に備えて部屋に戻れ」

 そのまま話の急展開に戸惑う社は思わず塔矢を確認した。

「明日の対局全力で行くぞ」

 部屋を出る時に塔矢がヒカルとの出会いの頃の謎を胸の秘めたまま、そう一言言って皆の士気を高めたのだった。



 韓国代表団控え室。

「秀策を莫迦にした高慢な棋士。面白いじゃないか」

「でも日本の客は普通に拍手していたし、反応も薄いから秀策の事知らないんじゃない?」

 永夏の偽悪ぶった台詞に副将の林日煥(イム・イルファン)が疑問を発していた。

「ま、今の日本の囲碁はその程度のものだろう。あの場の出席者はスポンサー関係だろうけど碁を打てるのは何人いる事か?」

 団長以外の付き添いの記者がそう言ってハッハと笑いながら日本には楽勝だと言った。
 何人かの無視できない人物が不快感を示していた事に気が付かなかったようだ。
 その結果どうなるかも。

 その時通訳が戻ってきて、取材時の通訳の不備や当時の発言の訂正などの説明と古瀬村の当時の状況を確認したが永夏の先ほどの発言で全てが台無しであると。

 そのままクッと笑っている永夏の顔にクッションを叩き付けた洪。

「もう勝手に嫌われろ!」

 永夏を尊敬し仲の良い洪すら怒りを示し部屋に戻ると宣言する。
 林日煥もばからしいと興味を失せた様子で出て行く。


「もし秀策がこの世に現れて半年もすればきっと……」

「そんな仮定の話はどうでも良い、どうせ過去の人物だ」

「……」

 このような台詞や態度を素直に見せれない点が国主というタイトルを狙う天才棋士ではなく年齢相応の子供である証拠だろう。

「いつ世界のトップに立つ?」

 記者は話は終わりだと、今後の目標に付いて聞いてくる。

「ご希望は?」

「3いや2年以内だ」

「わかりました」

 再び棋士の顔の戻って部屋を出て行く。
 ヒカルの強敵は油断が無くなった様で途轍もなく高い壁となった。
 それ以前に中国戦で倉田を納得させる事が出来るだろうか?
 結果がわかるまで残り半日。


 あとがき

 今後の社は基本各自で大阪弁に変換して下さい。
 ネイティブの大阪人でも地区によって表現が違うと文句があるのに非関西人には敷居が高いです。

 原作同様永夏に嫌われ者になってもらいました。
 そして戸狩さんは囲碁に手を出したようです。
 中立の立場から離れていく。囲碁を知っている年寄りも居たようです。

 あかりもGWの為見学が出来なかった模様です。



[40496] 12 北斗杯1,2回戦開始
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/12 22:01


 北斗杯初日

 遂に始まる日中戦。
 大将戦は塔矢アキラ対陸力(ルー リィ)
 副将戦は進藤ヒカル対王世振(ワン シチェン)
 三将戦は社清春対趙石(チャオ シィ)

 始まる前に会場に入った日本側の三人は塔矢を除きテレビカメラや改めて取材などに緊張し上がりだしていた。

 ― 一度身体をほぐして頭をカラッポにするのです

(そうだな佐為。オレはまだ格下だ。なりふり構わず挑戦せねば)

 そのままプロ試験の伊角戦の時の様に会場の隅でラジオ体操を始めるヒカル。
 その様子に目を丸くするアキラと倉田。だがそれだけの度胸があれば大丈夫だろうとも安心する。
 スタッフはどうやら見ないふりをする事に決めたらしい。
 その頃一旦会場の外に出た社が戻ってきたが何があったのか落ち着きを取り戻していたがそれもヒカルのラジオ体操を見てギョッとしていた。

 大盤解説室にもボチボチと人が入って来ていた。
 社が見かけた越智が先に座っていた席に伊角と和谷が座ってきた。

「越智も早いな。奈瀬たちは院生研修があるから来れなくて残念だな」

「棋譜は後から見れるから大丈夫でしょう、伊角さん」

「ニギリが始まった。塔矢が白か」

 後ろから次郎丸がやって来て丁度始まったニギリの結果で話しかけてきた。

「次郎丸さんも来たんですか」

「何だとコノヤロー」

 メガネをクイッと上げて何時もの様に辛辣な口調で応える越智に首を絞める次郎丸。

「他のお客さんも居るんだからじゃれ付かない」

 苦労性の伊角が宥める一幕もあった。

「しかし、お前らは大物だよ。この大舞台で観客とは言え普段通りだから。
 進藤は緊張しなければ良いが……」

「和谷は心配性だね」

「始まったな。進藤の黒はどう打つか?」

 伊角の言葉を合図にモニターに集中する四人。
 その頃にはヒカルの祖父平八と母美津子も見学に来たのだ。
 全く囲碁について無知だった母は場違いな感じにドキドキしていた。

 検討室の倉田や中国団長の楊、そして韓国側も序盤から中盤にかけ日中戦で塔矢の攻めの優位と社のプロになったばかりでの活躍に目を見張りそれに反して動きの鈍いヒカルが結果的に評価を下げていた。
 それは大盤解説の渡辺も一緒だった。

「動きが鈍くて押し込まれているって? 馬鹿も休み休み言え」

「次郎丸は力碁で挑んでいつも反撃されているからね」

「越智余計な一言が身の破滅と覚えて置け」

「でもこうして見ると時々感じたsaiの影がハッキリとするな」

「和谷……?」

「ネットで見ていたが秀策っぽいというか、柔らかな受け流す棋風というかそう言ったところが進藤も似ている」

(確かにsaiの棋風に似ている。オレの実力ではそこまで現れないが中国相手にはハッキリと出てくるとは悔しいな)

 己の実力不足を痛感する次郎丸。

「お義父さん、先に帰ります」

 解説の形勢不利と絶望的な事を告げられ見ていられずに席を立つ美津子。
 だが母が帰ってから反撃が始まる。
 その一手にギョッとなる王。
 気が付くと攻めていた白の大石が死んでいた。

(まさか、ここまで誘導されていたのか?)

 ヒカルを睨む王。
 その時ネット中継のテレビのコメント欄でsai vs 塔矢行洋の再来と盛り上がっていた。

 ボウシからの攻めで白を殺した行洋の再現
 イヤイヤ違う最初の秀策流はsaiじゃないか
 行洋の再現wそれ敗北フラグ
 これどこ? 北斗杯? 進藤誰?
 日本のU-18大会。プロ2年目の進藤二段と王四段だよ。
 二段程度でsai~w 塔矢元名人~w ワロス
 貴様碁を知らないなら書き込むな

 日中韓だけでは無く欧米各国にも噂が流れて閲覧者の急増で回線がパンクしかかるほどの話題となった。

「これが進藤の怖い所だ。ボクとの対局でも打ち回しで好手に化けさせらて引っ繰り返った。
 今回はその時以上に上手い打ち込みだ」

 検討室で侮られていたヒカルの逆転に洪は一体どこの国の人間かと叫ぶ。
 高永夏は洪の言葉を無視して黙って碁盤に石を並べていた。
 一方倉田はヒカルの打ち回しにsaiや行洋の物真似ではなくしっかりと自分の物にしているのを確認していた。

(元から底の知れない奴だったが、ここで又もや化けたな)

 倉田たちの見守る中更に進んでいく。

(力碁は次郎丸相手で慣れている。早めの攻めもな!)

(日本は塔矢アキラ以外にはまともな棋士は居ない筈なのにこの強さは何だ)

 互いの意地と力のぶつかり合いに国を背負っているとか、次の大将戦が掛かっているとかそんな意識が消えより高みを目指し己の知識と経験を総動員した対局が続く。

 中盤にヒカルは手痛い失着を犯した。

(この石は何か隠れた目的があるのか?)

 だがそれでも最初の打ち回しで痛い目にあった王は罠かもしれないと慎重になり残り少なくなった持ち時間を使って読みを行っていた。
 ようやく失着と自信を持って打った石にヒカルも対応を必死に考え応手を放ったが不利なのは変わりなかった。
 だが王とのこの一局で更なる高みが見えたヒカルはまだ終わりでは無かった。
 じりじりと詰めていく迫力に王が気圧されていく。

(勝って韓国戦への余勢を駆るつもりだったのにここまで追い詰められるとは。だが同時にまだずっと続けてみたいと思う自分がいる)

王は矛盾した思いを抱きながらも終盤へ、ヨセへと進んでいく。

(ここまで打ちながら強くなった実感を持ったのはいつ以来だろう? いやそれよりも勝敗を越えて相手の一手にワクワクしたのは囲碁を始めた頃くらいか?)

「進藤の勝ちだな」

「塔矢も勝ちだな。社は惜しかったな」

 和谷の言葉に伊角が答えたが既に社は終わりの様だった。

「うん? 次郎丸はどうした」

「和谷か。どうも進藤に本気を出させていなかったと思うと口惜しくてね」

「次はオレたちが本気だけでなく勝つさ」

「どうやら社は投了したようだな。3目半の負けか」

 伊角の言葉に続いて塔矢も最後の追い込みだった。
 次いで塔矢も投了し塔矢の2目半の勝利となり塔矢、社の見守る中最後の攻防を行っていた。
 結果は塔矢と同じく2目半の勝利。
 ヒカルと王、共に打ち切ったという表情をし晴れ晴れとしていた。
 体力を使い切ったと思われる疲労感の中で全力を使い切り悔いはないと自然に視線が合った二人は笑顔を交わし立ち上がった。

 2勝1敗で日本側の勝利という予想外の金星に解説室の一般客はもとより検討室の各代表団のメンバーも騒然としていた。

「終局だ。さっさと引き上げて気分を切り上げなくては。日本に勝って勢いを付ける心算が何時の間にここまで力を付けていたんだ。……いや伊角君もメンタルを除けば充分強かったな、結局は情報不足か」

 足早に対局場に向かう中国団長の楊海(ヤン ハイ)。
 そんな中一人永夏はヒカルの棋譜を並べオレならここをキラずにこっちの頭をオサえると並べて見せた。

 韓国団長安太善(アン テソン)もそれを見て確かに更に3目は稼げたと認めた。

「オレなら時間内に見逃さずにもっと余裕をもって勝てたね。それ以前にあそこの失着での追い付きを許さなかったさ。結局オレの敵ではないね」

「その評価はちょっと早いな。昨日のアイツなら勝てなかった。今日のアイツの失着やその一手は明日のアイツなら気付く」

 そう言って倉田は部屋を出て行った。
 未だに意地を張りヒカルを認めまいとする永夏を残し秀英も呆れたように首を振っていた。

 午後からの中韓戦は1回戦と同じく2勝1敗で韓国の勝利。

「世振は日本戦の敗北を引かなかったというよりプラスにもってこれたが皆苦戦に影響された」

「秀英が負ける碁を拾ったのが助かりましたよ。これで韓国の優勝です」

 検討室での楊海と安太善が碁盤を挟み検討を終えてそんな会話で今日はもう終わりだと立ち上がった。

「おいっ! 日本チーム応援するから明日はがんばれよ。
 それと塔矢君、高永夏に一泡吹かせてやれ」

 日本人席に向かいヒカルの肩に手を置きアキラに指差して好き勝手な事を言う楊海。
 その台詞に思わず気まずくなる日本チーム。
 ポーカーフェイスには皆まだ経験不足のようだ。
 そんな彼らに気にする事も無く部屋を出て行く。


「倉田さん、ほんまにアイツを大将でええんか」

「勝敗よりも成長を見てみたいからな。例えアイツの師匠でなくても楽しみだからな」

「進藤。明日はボクの代わりに大将になるんだ。無様を晒すんじゃない」

「わかっている」

 社と倉田の会話の横で永夏の一局を見て緊張していたヒカルにプレッシャーの様な発言にむしろ気分を変えて立ち上がりながら返答するヒカルの表情にはもはや迷いは無い。
 日韓共に1章。明日の勝敗で優勝が決まるという最高の舞台になった。
 そこで佐為の強さを改めて証明するのがヒカルの覚悟だ。


 あとがき

 悩みましたが、強化フラグと序盤の緊張が無ければきっと勝てたと。
 少年漫画だもの現実の実力を無視して10年早く日本の棋力が高いと思って。
 その分中国が割を食って無事に本国に帰れるのだろうか?



[40496] 13 第一部完結
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/12 22:02


 2002年5月5日 京都

「昨日のコンサートは良かったね、あかり」

「う、うん。ロックは初めてで良く判らないけど、迫力と熱気だけは理解できたわ」

「囲碁ばかりだと感性も老化するわよ」

「ゆみは酷~い」

 プンプンと本気ではないが怒った振りをする。
 ツインテールではないが両サイドに髪を括った美少女が藤崎あかり。
 ショートボブで長身のスレンダー美少女が松沢ゆみ。
 囲碁部入部条件に今回のコンサート参加を依頼したのだ。
 親が遠くまでの泊りがけの旅行に良い顔をせず3人の参加が最低条件の為に引っ張ったのだ。
 背中の半ばまで伸ばした髪を纏めて150センチくらいの小柄な美少女の加賀美彩矢。
 テニス部所属の彼女は早くも学校で話題になっていたのだ。
 美少女振りか過激な性格かは不明だが。
 ゆみと彩矢は同じ中学での友人であかりとは高校で同じクラスになって仲良くなっての初の旅行だった。
 残念ながらテニス部に入部したあかりの親友の津田久美子は今回先約で家族旅行があって不参加だったのだ。
 でもこの様な美少女3人では却って目立って危険だったかもしれない。

「それで今日はどうしよう?」

「昨日はゆみの希望でコンサートだったけど、今更寺巡りもねぇ」

 あかりを見ながらそう発言する彩矢にどうしようかと悩むが結局古い町並みをのんびり散策と無難なものに全員意見が一致した。
 だが1時間もしないうちに日祭日の為のナンパ攻勢にうんざりしたのだ。

「あそこに入らない?」

 しばらくしてあかりが指差した先にはネットカフェがあった。

「そうね、鬱陶しい男からも逃げれるし」

「あたしも賛成」

 ゆみ、彩矢の賛成の言葉に入りあかりが立ち上げ最初にに覗いたサイトは北斗杯のネットテレビのサイトだった。

「やっぱりあかりは囲碁関係だったわね」

 声に驚いて振り返ると二人とも自分のパソコンではなくあかりのパソコンを見ていたのだ。

「何々? 日韓戦で各選手のプロフィール? あっ! この選手あたしの好み。あかりやゆみは?」

 彩矢が示したのは韓国の高永夏だった。

「わたしはどうだろう?」

 ゆみはそう言いながら視線を外さなかったのは塔矢アキラ。
 それに気づいたあかりはあえて黙って話題を変えた。

「今の大将戦や副将戦がどっちが有利かゆみにはわかる? 私はヘボでプロの対局の形勢判断は全然だから」

「今はまだまだ序盤ではっきりしないけど。何? 大将が進藤ヒカルで副将が塔矢アキラ? 反対じゃないの。えっ、昨日の中国戦では両方共勝っているって信じられな~い」

 ゆみの興奮に二人は驚いていた。

「失礼。でも日本は頭一つ分中韓に劣っているのが定説なのよ。それなのに三人中二人で上位の大将と副将というのがどれだけすごい事か解って?」

 うんうんと二人は黙ってうなずく。

「解説の渡辺八段は大将戦の解説がメインで残りはほとんどしないのか」

 画面からコメント欄を開くと続々と出てくる。

 昨日ダメと言ってその後進藤二段の逆転だったから解説必死W

 これでアッサリ負けたら笑う~

 三将の社vs洪無視~ カワイソスグル~。

 進藤また黒。運が有るのは確か。

 ゆみは黙ってコメント欄を閉じて対局を見る。

「でも中国の三将に韓国の大将。日本の三人とイケメン揃いであたしも囲碁をやろうかしら」

 別のパソコンを立ち上げ同じ画面を見ての彩矢の台詞に思わず苦笑をするあかり。

「ひっど~い。せっかくの部員確保のチャンスなのに笑うなんて」

「でも同じことを言って中学の後輩が入部してすぐ辞めたの」

「現実は厳しいのよ」

「ゆみまで」

 ぶー垂れていたがでもやっぱりカッコイイと画面を切り替えてバストアップの映像ばかり見ていたのだ。

(でもゆみも囲碁を始める様になって良かったわ)

 小学校からの友人である彩矢は知っていた。中一の初めまで院生でありプロ予選不合格で伸び悩んで辞めたのだと。
 その後囲碁を封印し同じテニス部で活動していたがどこか退屈にしていた事に気が付いていた。
 高校で偶然あかりの持っている詰碁の棋譜に答えてしまって囲碁が出来る事を知られ一緒に同好会作りに動いた時の表情で良かったと密かに思っていた。

(進藤二段の経歴はふざけているの? 囲碁を始めて一年で院生は良いわ。私が辞めた後に直ぐ入って院生一年で入段! プロの師匠もいなくて院生から森下九段の研究会に参加のみで多くの2次予選を勝ち続けている。そしてこの北斗杯で大将。天才っているのね)

 才能、実力の差にゆみはむしろサバサバとしてアマで活躍する事に割り切る事が出来た。
 北斗杯を知らせたあかりには感謝をして見ると横顔には涙が浮かんでいた。
 画面を見ると韓国相手に勝利は副将の塔矢の1勝のみ。
 塔矢の中押しに社の3目半の負け。最後の進藤は半目で敗北。
 韓国の勝利で韓国2戦全勝で優勝。日本が1勝1敗で2位。中国がまさかの全敗で最下位と予想外の結果に終わったのだ。

 表彰式の中継までは見ずにレストランで食事をしてから東京に帰る事にした三人娘。




「バカヤロー! 悔しいのは負けた本人だ」

 大盤解説室で思わず負けて残念だと言った客に掴みかかる河合。
 その迫力に伊角たちの後ろの座席で大将が塔矢アキラならなどと同じように日本チームを腐した他の客も気まずい顔をして黙ってしまった。
 その文句を言った隣の席の男性が何でもない様に立ち上がり河合の肩を軽く叩く。

「河合さん、そこまで」

「進藤さん、間に合ったんですか」

「急患が少なかったから夜勤明けで直接ね。ヒカルは頑張ったという過程ではなく、単純な勝敗の結果で評価されるプロの世界に入ったのです。結果による批難は黙って受け止め次に挽回すべきです」

「進藤さんは息子にも厳しいですね」

「とにかく息子のことで不愉快にさせてすみません」

「オレも言い過ぎた。済まない」

 父親が謝るのなら仕方が無いと河合も頭を下げた。

「救急病棟の勤務医の私の様に他人様の人生を預かったり、河合さんの様に時には1分1秒を争うお客様を運ぶのでは無くて、己の人生を己で切り開くだけだ。若い内は幾らでも挫折すれば良い。
 河合さんも見守ってください」

「そうだな、アイツを信じれば直ぐに評価は上がる筈。進藤さん迷惑を掛けた」

「ヒカルは幸せですよ。これだけ気にして貰えるのですから」

 そのままガハハと頭を掻きながら笑ってごまかす河合。
 どうやらそれ以上の騒ぎにならず終息したようだ。


 北斗杯 検討室

 この日塔矢行洋も中国から戻って検討室で日韓の対局を見ていたのだ。
 そこで高永夏のあえて怒らすかのような秀策への言葉と進藤の反発を知った。

(自らの命を賭して教えを受けた最後の弟子としてどの様な意図であれ許せるものではないな)

「saiは何の為に現れたのだろう?」

 終局で皆が対局室に向かう中で楊海と行洋だけが残りsaiは正しく現代に蘇った秀策だという話からもし本当に秀策の幽霊ならその目的はという楊海の疑問が口について出たのだ。

「そんなのは決まっている。私と打つためだ(正確にはそれを進藤くんに見せる為だが)」

「流石は塔矢先生お見事」

 そう一言言ってから対局室へ向かった。

「強くなったな。佐為殿との続きを打てるのも近そうだ」

 一人残った行洋もようやく席を立ち息子に会わずに一人噂の台湾の素質ある子供に会いに行くのだった。
 妻にはすぐ戻るので息子の面倒を見させるつもりだった。

 終局後ヒカルの力を認めざるを得ない対局だったのにそれでも憎まれ口を叩く永夏に洪だけでなく団長の安や随行記者も流石に注意をするしかなかった。
 実際冷汗を掻き咽喉も乾くというタイトル争いの様な経験であり塔矢以外にも自分に匹敵する棋士が日本に居ると実感したのに口では格下だと言ってしまう永夏。


「遠い過去と遠い未来をつなぐためオレがいる……」

(なぜ碁を打つのかその理由はオレの中にハッキリとある。ただ負けた事が悔しい)

 永夏に秀策に異常にこだわるのか? お前の碁を打つ理由は何かとそれでも最後に聞いた答えがこれであり悔し涙が止まらなかった。

「馬鹿馬鹿しい、そんな事棋士であれば同じだ」

 そう言って表彰式の準備の為に席を立って行った。
 それを聞いた楊海はどっちも子供ケンカと評し、過去と未来をつなぐのは棋士だけでなく生きる者全てだとも言ったのだ。

 表彰式の最後に北斗通信システム社長より北斗杯の永続化とそのための財団の立ち上げが発表されて、各国へニュースとして流れたのだ。




 ― あぁこれは夢だ。最近は夢か現実か時々わかるようになったんだ

 ― 聞こえるのですか? 私の声が聞こえるのですか?

 そしてそこにははたして一年ぶりの佐為が居た。

「佐為、居たのか。昨日一昨日の北斗杯見てくれたか?
 一勝一敗だったけれど強くなったぜ。
 韓国の高永夏はお前の事を莫迦にしたが洪の言う事では通訳のミスだったのを面白いからそのままにしろだと言ってわざとそのまま誤解させたって酷いヤツだろ。
 なぁ何とか言えよ佐為」

 ヒカルの望みにただ佐為は微笑むだけだった。

「今日は洪。洪秀英憶えているだろ。アイツとも初めて打った碁会所で対局して勝ったよ。
 北斗杯も毎年行われる大会になったって発表もされたよ。
 まだまだ言う事が一杯だ。
 なぁ、オレと一緒で本当に幸せだった? 満足に碁を打てなかったのに。
 今は成仏して虎次郎や碁の神様と打ってるのか?」

 そのまま右手を伸ばす佐為の手の下にヒカルも手の平をかざすと白と黒二つの碁石を渡した。

「これは?」

 黒石に扇子を当てそのままヒカルを指す。次に白石に当てて。

『本当に大切なものを間違わない様に』

 始めて佐為の言葉が聞こえた気がした。
 そのまま意味深に微笑みながら消えて行った。
 残されたのは涙と共に目覚めたヒカルだった。

「佐為。オレは打つよ、これから何百回も何千回も生きている限り」


 あとがき

 流石に日本優勝に出来ませんでした。
 今回は基本原作と同じ流れをあかりちゃん視点で見てもらいました。
 実際原作でも筒井よりもあかりちゃんを出すべきなのに(仮)が付くヒロインになってしまった彼女の救済でもありました。
 正夫さんもあれだけ影が薄いのは全国に顧客が居る営業か開業ではなく勤務医で忙しいのかと思い救急医設定にしました。
 オリキャラ、オリ設定がまたもや追加です。
 そしてこの作品はあくまでもサヨナラでありタダイマ=佐為復活ではありません。

 原作23巻までの第一部完です。
 今後オリジナル展開で更新が遅れます。



[40496] 14
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Date: 2014/10/18 16:05


 7月水曜日 日本棋院

「建物の改装だけでなく組織も変わって全然知らない所みたいだね本田さん」

「それでもオレたち碁打ちは変わらない」

 この日の手合は二人とも勝利し対局室で本田の棋譜の検討をしながらノンビリと無駄話を続けていたのだ。

「院生も今度からABCと細かく分かれるし、何よりもコミが6目半に冬から変更が決定の上、大手合も無くなるという噂だし」

「塔矢元名人が引退してから海外に通用する棋士が減ったから強化をしようという話は前からあったと船村師匠が言っていた。それが北斗杯が毎年実施で若手の層を増やすのと強化に待ったなしで一挙に話が進んだという裏話を教えてくれた」

「それなら若獅子戦も続ければ良いのに」

「進藤が最後に初優勝で幕を閉じたからな。残念なのは確かだ」

(大手合や棋戦の予選システムの変更は塔矢、進藤ショックとも言われているんだがな)

 大手合やまだ検討中だが棋戦の予選も現状の一次二次と低段者から勝ち上がるシステムから、勝ち星や棋戦の実績で昇段したりABCと予選をグループ分けをして早くから低段者と高段者を対局させるのは、段位システムの矛盾解消や若手の強化もあるがアキラ、ヒカルという実例で二段三段で最終予選やリーグ入りして敗退後シード枠に残らなければ再び一次予選から上る事への疑問の声が大きかったのも原因の一つであった。

「北斗杯の騒ぎが終わったら今度は本因坊戦のリーグ入りで進藤は又取材攻勢か?」

「週刊碁や囲碁関係なら良いけどね、芸能関係の雑誌は関係ない事しか聞かないから棋院の方で断ってもらうように頼んでいるよ」

「進藤も大変だな」

「本当に中国に行った和谷が羨ましいよ」

 和谷は北斗杯で一緒に観戦をしようと話をしていた伊角が入口で北京で面識のあった団長の楊海と出会って和谷にも中国留学を誘われた事を知った和谷の両親がチャンスは早いうちに使えと自力に拘る和谷を説得して両親の資金援助で中国留学中だった。
 同行の伊角は10日ほどで帰国したが和谷は1ヵ月以上滞在予定で今月一杯戻ってこないのだ。

「本田さんも高校は公立校でしたよね」

「あぁ、都立○×高だった」

「本田さんみたいに院生が居てプロにもなった人が居るのになぜ囲碁部が無いんだろう?」

「文武両道と言っても受験に有利な推薦を受けやすい運動系が優先だし、オレも学校で部活や指導碁をしていた訳でないからなぁ」

「そう、その指導碁。○×高に行った友だちが同好会を作ったけれど部員が少ないから宣伝を兼ねて今度指導碁に行くんだ」

「へぇ~、作ったんだ」

「部員が少ないから将棋・囲碁部として将棋部に付属した同好会だけどね」

「何時?」

「今度の金曜日。午後2時頃には行こうと思っているけど」

「予定が無いから母校訪問を兼ねて一緒に行っても良いかな?」

「指導碁と言っても無償で行くんだけど」

「関係ない。卒業後の母校孝行という事で」

「なら金曜日に午後2時で校門前で」

 そう急遽指導碁の増員が学校側に知らない所で決まった。



「先生、期末テスト後の夏休み直前に友だちのプロに指導碁を頼んでも良いですか?」

「あかりにプロの友だちが居るの?」

「うん。中学卒業の時にOKを貰ったの」

「でもプロだと初段でもそれなりのお金が必要だし、部費は有って無い様なレベルの我校では」

「お金は要らないって」

「あかりそれって只の友達?」

「松沢君それ以上はヤボだよ」

 放課後の部活であかりが顧問の森下先生に卒業式の約束を実施しようと提案した時ゆみが食い付いてきて思わず顔を赤らめて追及されたところを顧問の助け舟が出たのだ。

「実際無償は拙いから初段の謝礼だと相場は……」

「あのう、今は三段です」

 申し訳なさそうに訂正するあかり。ヒカルもアキラに匹敵する昇段スピードを誇っているのだ。

「まさかその友だちって塔矢アキラ? でもあかりは海王中ではないし」

「ゆみは塔矢に御執心だからな」

「ライトはウルサイ!」

「仮にも先輩で同好会長の僕をそんな黒歴史で呼ぶとは」

 胸に手を抑えて苦しんだ振りをするのは2年の加賀美光一。
 彼女らの友人の彩矢の従兄で伊角によく似たイケメン。但し性格は軽い。
 無所属だった所を他の男からの虫除けとして彩矢に強引に入会させられたのだ。
 幼少の頃自らの名前の光からライトと自称したように色々と残念な2次元オタク。
 だからこそ、友人二人のボディガードとして彩矢が彼に白羽の矢を立てたのだ。
 本来スペックが高くて性格さえまともならハーレムも可能とは彩矢の弁。
 だが光一は「僕は2次元の神になる」と言って恋愛(3次元)に興味を持っていなかった。
 他に男子が一人だけで何とか男女を最低でも後各一名を確保して団体戦に出たいと思っているのがあかりの願いである。
 その為の指導碁であるのだ。

「同じ学校出身の進藤三段です。テスト明けなら本因坊リーグ入りの成否もわかるから問題無いって言ってました」

 そう小さな声で答えるあかり。

「報酬は後で考えるとして藤崎君の元学友なら許可も出しやすいでしょう。一度日程を確認して下さい」

 そう話を締めくくる森下だったが内心では一度父親に確認した方が良いと思っていた。
 新任国語教師兼将棋・囲碁部顧問、森下一雄。彼の父親はプロ棋士森下茂男九段。
 和谷の師匠であり研究会でヒカルとも繋がっているがそこまでは本人も知らない。
 実際腕前はヘボでヨセと目算が何とかという筒井レベル。将棋も駒の動かし方がわかる程度。
 前任者が定年のために教員と顧問両方になったのである。就職難のこの時代に親からの手解きが役に立って運が良かったと言える。

「ふーん、進藤三段ね。随分親しいわね」

「幼なじみだし同じ囲碁部に一年の時に所属してたから。直ぐに院生になって退部したから……」

 既にあかりもゆみが元院生で囲碁を長く打っていなかった事を知っていたのだ。
 気まずそうに視線を向けるあかりに気にするなと肩を組む。

「それで本当に幼なじみ?」

「ゆみもしつこい」

 これ以上は本気で怒りそうなあかりに降参のポーズをして指導碁を行うゆみ。



 ― 付き合うってオレは良く判らないけど、ハッキリしているのはあかりの事が好きだ

 実は北斗杯の後、あかりはヒカルから告白を受けて付合い始めていたのだ。

「オレは囲碁優先ばかりであかりを寂しくさせるかもしれない。学校にも行っていないから時間も話題も合わないかもしれない。デートもほとんどないと思う。
 でも好きだ。離したくないと思うのは我が侭だけど本当の気持ちだ」

「私もずっとヒカルが好き」

 そうは言っても少し前まで中学生。それもドップリと囲碁に浸かった生活のヒカルと幼なじみに好き好きオーラを出した結果他の男子から告白もされていなかったあかり。
 まともなデートも無くてこれで付き合っていると言ったらゆみも彩矢も怒ったかもしれない。
 実際に告白後直ぐに来たあかりの誕生日は平日もあって放課後喫茶店で待ち合わせした後プレゼントが判らんとあかりに選ばさせる無神経さだ。
 あかりは一緒に買い物と喜んでいるが姉の詩織などは後から聞いて呆れていた。
 この時のプレゼントとして一応他にお守り袋に入った白の石も別に渡していた。

「この黒石と対になる白石をあかりが持っていてくれたら勝てる気がするんだ。貰ってほしい」

 一緒に選んで勝ったヘアリボンより嬉しかったりする。
 お守り袋の白石はパスケースに入れてある卒業式に金子が撮ったツーショットの写真と共にあかりの宝物となっていた。
 そして二人は普段は手合のある日にヒカルが早く出てあかりと一緒に駅まで歩くのが唯一の接点と言って良かったりする。

 そして勉強や研究で煮詰まった時には祖父の家に行くヒカル。
 特に手合で盤外戦を仕掛けられて不機嫌になって勉強しても身に付かない時などは。

「ばあちゃん、教えて」

 そう言ってプロになってから真面目に習っている書や茶を飲みに来るのだ。
 真面目と言っても不定期だから上達は察すべきレベルだがそれでも祖父に教わっている英会話よりはましな上達具合である。
 偶に日曜に行った時は。

「ヒカルも遊びに来たの?」

 着物を着付けてお茶を嗜んでいるあかりが居たりする。

「あかりもこっちに来いよ」

 そのまま縁側へ誘い出し初夏の日差しの中あかりの膝枕で昼寝と洒落込むヒカル。

「もーっ、ヒカルったら強引何だから」

 口では文句を言いながら優しく寝入ったヒカルの髪を梳くあかり。その瞳は優しい。
 ヒカルもギスギスした雰囲気が消え穏やかな寝顔になっている。

 そんな二人の様子から平八たちも幼なじみから卒業したのだと悟るが黙って見守っているだけだがそれだけでは終わらない。
 当然両方の両親にも知られるわけだが。

「まったく、あの子は」「あらあら、うふふ」

 母親たちは呆れるやら奥手の二人がと微笑ましく見守る一方。

「母さん、後は任せた」「娘には10年早い」

 逃げたり、吠えたりの父親と悲喜交々の進藤、藤崎家である。


 普段は囲碁の勉強に研究会だ手合だと会えず、休日は北斗杯以降顔が売れてイベントのゲストにも呼ばれるのが多くなったヒカル。
 あかりも最近は期末試験前の勉強だと忙しく指導碁の招待は久しぶりの出会いの場になるのだ。

 そんな小学生の恋愛だが熟年夫婦だかわからないような二人が学校で会ってただで済むはずと思う方が間違っているが誰も指摘する人物が居なくて金曜日が来た。


 あとがき

 原作アフターです。
 棋戦のスケジュールは実際と違って塔矢のリーグ入りに倣っています。
 実際はこの時期から色々変わっていて難しくて調べきれなくて開き直りました。

 本田が学生服姿だったのでオシャレな私立校ではなく制服のある都立高と妄想。
 それならあかりの志望校と一緒にしちまえとOBにしました。
 森下の息子一雄も年齢その他が不明だがプロ試験当時和谷を送る程度の運転経験あり。
 なら当時は大学生で父親と違って堅実な公務員を目指した教員にしました。
 そして、色気の無いヒカルに春が来ました。



[40496] 15
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/10/25 12:06


 金曜日

「ヒカル早いな」

 時間にルーズな印象のあるヒカルが時間前に校門に居るのを見て思わずつぶやいた本田。

「本田さん、それどういう意味?」

「まだ10分もあるのに居るからな」

「電車の時間だから早かっただけだよ。手合で遅刻出来ないから時間は守っている筈なんだけどな」

 ジロッと睨むヒカルにスマンと謝る本田はそのまま来客用玄関へ案内して誤魔化す。

「そう言えば、本田さんは今日はスーツなんだ。手合でも見ないのに珍しいね」

「お世話になった先生の挨拶もあるから、一応社会人としての姿を見せないとな」

「ふーん、オレも一度学校に顔を出した方が良いかな?」

「中学なら同窓会まで待ってても良いし、話題にもなっているから安心しているだろう」

「そうかも」

 そんな会話をしながら受付を済まして一旦職員室へ向かう二人。
 本田が元担任と挨拶をしてから手の空いていた森下と一緒に部室に向う事になった。

「森下先生の息子さんがあかりの顧問とは意外でした」

「あかり。藤崎さんですか、彼女が熱心に部を造ろうとしていましたからね。
 将棋も囲碁も私より強い生徒とが居てお飾りですけどね」

 そう言うが、部員の多い将棋部の大会参加申請や選手の選出に手腕を発揮し、個性的な人物の多い囲碁側との融和などにも苦労してもそんな素振りを見せないのは新任なのに大したものだと同僚に見られていたのだ。

「森下先生に囲碁を教わったと聞いたけれど、直接会うのは初めてですね。森下先生へのお礼に教えましょうか?」

「和谷の様な弟子なら実家に来るけど進藤くんは違うからね。私も素質は妹もだが無くてプロでも無いから研究会にも行くこともないから会うとは思っていませんでした。それに教えるのなら成長の可能性のある生徒で充分ですよ」

 そしてここが部室だよと着いた先には思ったより大きな部室があった。
 そこには将棋部のトロフィーとと共に折り畳み式碁盤、将棋盤が積まれた棚から碁盤と碁石を取り出し時間まで時間を潰してくれと言って仕事があると一旦別れた。

「でもやっぱり友達は女の子だったか。あれだろ、髪をこう結わえた囲碁部だった娘」

「なんで本田さんがあかりを知っているんだ」

 頭の両側に手を当てた本田に不機嫌そうに答えるヒカル。

「去年の文化祭で倉田さんの対局を一緒に解説してただろう」

「ああ、そっか」

 そう言って納得した後黒を取ったヒカルが初手天元を打ってきた。

「一度オレも打ちたかったけど機会が無くて今日の本田さん相手が先番だから良かったよ」

 ムウッと唸る本田にイタズラが成功したと笑みを浮かべるヒカル。
 だが本田もただ唸るだけでは無い。あれからも初手天元を研究し様々な棋譜を調べていたのだ。
 北斗杯予選の時と本田も違うのだ。

「遅くなりました」

 そう言って駆け込んだのはあかりだった。後ろからは見学者だろうか数人の女生徒も居た。
 更にヒカルを気にしながらも無関心を装って将棋盤を持ち出す将棋部員。

「ようこそ。僕が囲碁同好会長の加賀美光一。本田先輩に進藤さん忙しい中感謝します」

 いえいえと二人は挨拶したがそのまま指導碁としてまずは、眼目が何とかというレベルまでにしてお近づきになりたいと言う女生徒とあかりと四面打ちで指導碁する事になったがその時に何時もの様に「あかり」「ヒカル」と呼び合ってしまった。
 その呼びかけに女生徒たちが囃し立て、加賀美と一緒に来たあかりを気になっていた男子生徒はムスッとしていた。
 そのまま二人は幼なじみだと言っていたが恋愛に興味のある年齢の女生徒には意味が無かった。

「莫迦だねェ」

 そう言って置き去りにされて目の前の喧騒を傍観するしかなかった本田の前に徽章から1年とわかるスレンダーなショートボブの美少女が呆れたような視線を向けながらヒカルの座っていたイスに腰掛けてきた。

「失礼。わたしも囲碁部で松沢ゆみ。よろしく本田さん」

「よくオレの名前まで知っているな。それよりどこかで会ったか?」

「これでも元院生で最後に一組になったわ」

「そうか元院生か」

 そう言って必死に思い出そうとする本田。

「最後の一組で直ぐにプロ予選で塔矢プロと当たって心が折れて辞めたからずっと一組だった本田さんは覚えていなくて当然よ」

 そう寂しげに微笑みそれにまだ中一だった頃はチビだったしと付け加えた。

「これはどういう手順?」

 話題を変える為に碁盤を見て複雑な盤面を聞いてきた。

「最初から並べるか」

 初手天元からの石を並べ始めた。

「へ~っ、凄いね。初手天元なんてほとんどプロでも見ないのにこんな棋譜になるんだ」

「進藤が応えてくれたからな」

 本田がそう言って去年の春には一時荒れて勝つ事に優先して相手を潰すような碁を打っていたと語る。
 丁度門脇さんが願書の受け取りに棋院で会って対局したけれど、強かったがその棋風に違和感を覚えて、その前に打った時の感動が薄れたが今年再戦したら元に戻ったと言っている。
 これを見ても判るように互いにどう打つか聞いてくるから、こっちも応えようとして成長するから進藤の指導碁は充実するはずだ。

「アイドルに会う気持ちで来たのでなければな」

 最後にヒカルの周りの女生徒を見ながらつぶやいていた。
 その頃ヒカルは上達法などの説明をしていた。

「上達するのに一番は強い人と対局する事だけど、いつまでたっても上達しないのも居るけどね」

「ひっど~い、ヒカルが教えたのって最後の大会前でそれも男子がメインだったじゃない。後は引退後に後輩の小池くんたちで私とはほとんど打ってないのに」

「誰もあかりの事とは言ってないぞ」

 ニヤニヤとあかりをからかうヒカルと素直に反応する彼女を見て一緒に居る女生徒たちは目で会話していた。

『本当にただの幼なじみ?』

『もしかしてこれ、惚気?』

『あたしたちは当てられているだけの存在?』

 などなど、既にお気楽生アイドルに接触という気分ではなかった。尚男子組は既に砂糖を吐いて本田の方に移動していた模様。
 そうは言ってもプロで何度か既にイベントに出たり中学の後輩などで指導碁を行ったり。かつて自分自身が佐為にゼロから教えてもらった経験から解り易い指導であった。
 何よりも囲碁の楽しさを彼女たち初心者にも伝わるような教え方である。

「私の時は置き石を何個しても全部取るのに、随分優しいんじゃない?」

 ジロッと睨むあかりに対しヒカルは。

「石をやっと置けるレベルと一応囲碁になるあかりと同じ扱いでないのは当たり前」

 などと悪びれていない。

「そうだ先生も一局打ちませんか?」

 そのまま「自分はヘボだから」と渋る森下と打ち始め。

「石の流れを見て感じて歪みが無いように感覚を信じて打つのです」

 そうヒカルのアドバイスに森下もゆっくりと打つ。
 かつて、海王の三将と勝たなければいけないと佐為に代わりに打ってもらった時の事を思い出しながらそれぞれの石の意味を解り易く問う形で置いていく。
 残念ながら棋力は当時の三将ほどでは無くそこまでの棋譜ではないが持ち時間を気にしない分が補ってくれて見る者が見れば素晴らしい出来だった。

「皆も棋力が上がればこの棋譜の意味が判るようになるから頑張ってね」

 最後の森下との一局は本田達も見て感心していた。
 砂糖を吐いていた男子生徒もプロの表情のヒカルを見直してただのバカップルではないと評価を上げていて「藤崎さんの相手に相応しいかも」と思い直し始めていた。
 なお女性陣は同学年はヒカル目当てがメインの為に諦めて帰ったのが多いが、2年生はそこまで本気でなかったから微笑ましく思うのとからかいがいがるという悪戯心の両方から残る者が結構いたのだ。
 中には観賞用には部長の光一も居るしという意見の猛者も居た。
 そしてついでに男子も残りなさいと凄むお姉さま方の活躍で晴れて囲碁同会の人数だけは大会出場分の確保となったのだ。

 その日の下校は自然とヒカルとあかりが一緒に帰宅となり並んで歩く姿が誰の目にもお似合いに見えた。
 何より学校では誰にも見せた事の無い笑顔で片思い中の男子も諦めざるを得なかった。
 本田に二人の関係を問いただす女性陣も居たが幼なじみとしか聞いていないとしか答えようが無かった為にそれ以上は後輩の女生徒とお近づきになれなかったのは真面目すぎる欠点だった。

 新入生の三大美少女のうち彩矢は性格で落伍し、今回夏休み前にあかりが本命が居る事が判明。
 多くの男子が涙を呑み最後のゆみに人気が集中したのだ。

「男どもがウザい」

「ゆみ折角の美人が台無し」

「不思議だな~テニス部には言い寄って来ない」

 そして。

「「幼なじみなんて言い訳信用しないからね」」

「えっ?」

「金曜日は真っ直ぐ帰ったの?」

 ゆみの追及に顔を赤くしてゆっくりと答える。

「駅前の……」

 思わず身を乗り出す二人。

「囲碁サロンという碁会所で塔矢くんとヒカルの対局を見た後検討も聞いていたの」

 ダーッと突っ伏すゆみと彩矢。
 聞き耳を立てていた周囲も似た反応だった。

「あかり~、期待させてその返答は無いじゃない」

 彩矢の恨めしげな声にあかりは慌てて言い訳をする。

「だって塔矢くんも一年でリーグ落ちするんだよ。ヒカルだって必死なんだよ」

 それでも仲の良い三人娘だった。

 テニス部部室

「まっ、あかりならそんな処だわ。まともにデートが無くても一緒に居れば幸せというタイプだからね」

「久美子は中学は一緒の囲碁部だったわね」

「今も休みは結構一緒よ。進藤君と時間が合わなくてヒマと言って遊んでるの」

「それって結局付き合ってるってこと?」

「ノーコメント。あかりに聞いて」

 答えていると同じような発言である。


 とある男子生徒の会話。

「お前は葉瀬中出身だろ。藤崎さんの彼氏の事知っていたんだろ」

 涙目の某生徒。

「だってあの二人は中学時代は付き合っていなかったのは事実だし。でもほとんどカップルというよりも夫婦みたいな物で下手な事を言ったら馬に蹴られると全員一致で余計な事を言わないと何時の間にか決まっていたからなァ」

「それを早く言ってくれよぅ」

「でも実際に見ないと納得せんだろ」

「最後の希望はゆみさんだけだ~」

 こんなんで某男子生徒の希望が叶うのだろうか?



 あとがき

 公認バカップル誕生編。
 後に本田経由で和谷や伊角にも情報が流れます。
 ヘボと言っても飽く迄もプロから見てで興味が無くてもアマ初段上位ぐらいは一雄さんもあると設定。将棋も同程度で新任教師なのに不慣れな顧問も任されています。
 そして一度女生徒が入れば今後も初心者の入部も楽になるでしょう。



[40496] 16
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/11/01 19:37


「引っ越しの手伝い?」

「8月になってからだけどね」

 初めての指導碁の帰りで囲碁サロンに行く途中での会話である。

 和谷の研究会に参加した越智が指摘する「こんな壁が薄い所で遅くまで検討で大声を出したり石を打つ音が響くと苦情が来ないか?」と。
 一戸建てのオレやアキラは気が付かなかったけれど他の皆も始めて気が付いたという顔をして、越智が呆れてね。良いマンションを紹介すると言う話になったんだけど。

「ちょっと待て、お前も手合料を知っているだろ。一人暮らしのオレにはそんなに予算は無いぞ」

「それ位ボクだって知っているさ。おじいさんにとにかく相談してみるよ」

 そういう流れで越智の祖父の知り合いの建設兼不動産業を紹介してもらったと。
 場所はやや不便だが広さと防音がしっかりしていて、当分駐車場代も不要という事も含め、囲碁仲間からの紹介だから月一の指導碁で割安にしてもらったという話だと。

「いやあ、先生も忙しくなって指導碁が出来なくなるぐらい活躍するまで居て欲しいですね」

「は、はぁ。でも棋院で確認しないと勝手に指導碁で家賃を割安というのは色々と不味いので」

「もちろんその点は了承しています。出来れば承諾を貰って欲しいですね。そうすれば、若い時の支援者第一号だったと自慢できますよ。何しろこれから中国留学する位意欲のあるお方ですから期待してます」

「はいっ!」

 中国行きの事を言われて萎縮する訳にはいかなかった和谷である。

「棋院から色々手続きをして指導碁の報酬処理と契約の確認も終わって引っ越しが決定しただ。そう云う訳で和谷が中国から帰ったら引っ越すので荷物運びや部屋掃除なんかを手が空いてる仲間で手伝うんだ。
 オレやアキラは棋戦の予選関係で8月はイベントを遠慮して貰っているから手伝える予定」

「なら私も行こうか?」

「えっ?」

「部屋の拭き掃除や昼の準備なんか女の手も必要でしょう?」

「でも男だけの所あかり一人というのも」

 既に次郎丸を女性枠に入れていないヒカル。

「なら久美子や今日の女子部員も誘うわ」

「うーん、夏休み中だから無理しないで良いよ。来てくれるなら有りがたいけど」

「そうでもしないとヒカルと一緒に居られ無いもの。他の娘にも聞いてみるね」

 で、二人に追及された時に提案してまだ直接見ていない彩矢が興味を持ちゆみはあかりに悟られていた様に本田を気になりだしていたので理由を付けて参加する事になった。
 一人クラスの違う久美子も文化祭からアキラの事が好意とまでいかなくても話題にする様になっていたのでそのまま参加予定となり各自詳しい日程が決まった段階で最終決定となった。


 8月の日曜日

 新居の引越しに研究会仲間の門脇と師匠の息子の森下先生がレンタカーで軽トラを借りて来たが1年も一人暮らしした割には荷物が増えていなかったので楽に済んだのだ。
 この日は門脇、森下の他にヒカル、アキラ、本田に森下顧問の囲碁部メンバーあかりにゆみ、その友人の久美子と彩矢と人数は充分だった。
 彼らは2DKのマンションの掃除と食器、家具などの追加品の受け入れと設置を行っていた。
 軽トラには便乗の伊角と次郎丸も居て数少ない荷物を搬入して午前中には一通り形になった。

「塔矢くんもご苦労様」

 そう言って久美子が新しく買ったグラスに注いだ飲み物を手渡していた。
 アパートからの持込みよりも新規買い入れの家具類の方が大きく重くて残留組の方が重労働だったのだ。
 既にヒカルと本田にはあかりが渡していて最後のアキラには久美子が渡したのだ。
 森下と門脇は先に軽トラを返しに行って不在だったのだ。
 新しく買ったテレビを点けると丁度Nカップが始まり倉田と白川の対局だった。

「最近白川さんも活躍が凄いな。オレも早くNカップに出たいな」

「北斗杯の活躍で進藤も塔矢も選考されるかもな」

 中国留学の成果で和谷もヒカルの発言に落ち着いて受け答えが出来る位に自信が付いていたのだ。
 そして白川の活躍の動機の理由を囲碁教室経由から知っているあかりは微妙な顔をしていたのは秘密だ。

「ただいまーっ!」

 何故かレンタカーを返した筈が聞き慣れない元気な声で入ってきたのは、一人増えて中学生と思しき少女である。
 和谷以外には面識が無いのにニコニコと屈託なく部屋に入ってきた少女は。

「皆済まんな。こいつは妹のしげ子でまだ中一で礼儀がなっていないんだ」

 そう言って頭を下げさせる森下。
 そのまましげ子は文句を言いながらも手際よく昼食の準備をしているあかりの手伝いに行くところは素直なのだろう。
 尤も洗い物の手間や一人暮らしに食器類の負担にならない様にピクニックに行くようなサンドイッチやおにぎりにパックに入った爪楊枝などで取れるおかずなどでほとんど手伝える事が無かったのだが。
 一応はそれでも紙皿を運んだりはしていた。

「中一でも女子力が高いねェ」

「運ぶだけですよぅ」

「いやぁ、それでもオレよりも高いよ」

「次郎丸さんと比較したら誰でも高いですよ」

「そんな事を言うのはこの口か?」

 そう言ってヒカルの口を抓む次郎丸。

「あかりちゃんが居るからと調子に乗りおって生意気だぞ」

「ヒカルとは幼なじみですよ」

 顔を赤らめて次郎丸に否定するあかり。

「何を今更。さっきまでのやり取りはどこぞの夫婦かと突っ込みたくなる息の合い方だったぞ」

 次郎丸の反論にウンウンと頷く一同。
 付き合っている事を知っている久美子も苦笑しか出ない。

「あかり、指導碁に来た時点でのあの態度で隠せると思うのが間違いよ」

 さらにゆみが追い打ちを掛ける。

「今更小学生じゃないんだからそこまで囃し立てないわよ。進藤くんがアイドルに転身するのなら別だけどね」

 そう言ってさぁさぁ白状しなさいとあかりに迫るゆみ。

「誰がアイドルだっ! 雑誌インタビューですら嫌なのに」

 そしてヒカルの叫びが木霊する。

「誰が誰と付き合おうがどうでも良いが、越智の言う通り防音のしっかりした部屋にしたのは正解だったな。早くメシにするべ」

 和谷の言葉で漸く周囲が落ち着き始めた。

「はい、どうぞ」

 あかりの差し出すコップを受け取って改めて周囲を見渡した和谷は伊角さんは奈瀬が居ないから仕方が無いが年上の門脇と師匠の息子の一雄さん位しか単独で座っておらず進藤とあかり、本田に何と塔矢の横にも少女たちが座っていた。
 何これと和谷が思った時。

「やっぱり付き合ってるって憧れるわねぇ。特に進藤さんは格好良いし。あっお父さんには内緒だけど塔矢さんも格好良いね」

 そう言いながらしげ子は和谷の隣に座った。

「それにこの料理もほとんどがあかりさんが作ったと言うし憧れるわ~」

「ホント、進藤には勿体無い位出来た娘だな」

 次郎丸がしげ子の言葉に反応していた。
 そんな二人の視線の先には開き直ったヒカルが仲良く皿を分け合っている様子があった。
 そんなヒカルに照れたあかりだがおにぎりのご飯粒を付けたヒカルから自然に拭ってやる仕草などを見るとお腹一杯と言いたくなる様子だった。

「次郎丸は彼氏が欲しいのか、彼女が欲しいのかどっちだ? あかりはやんないぞ」

 次郎丸の視線を感じあかりを庇うように肩を抱いて威嚇するヒカル。

「お前これでもオレは女だぞ。あかりちゃんの料理には憧れても彼女にしたい訳じゃない」

「料理は無理だろ。良くて男飯しか作れないじゃないか」

「何だと……」

「改めてテレビで見ると白川さんの気迫が凄いな。名人選の再挑戦が決まって上り調子の倉田さんに1目半まで迫ったんだから」

 ヒカルたちを無視してNカップの映像を見てアキラはポツリと呟いていた。

「越智も王座の予選で人が変わった様な白川さんに負けたんだよな。最終戦までオレは当たらないがアキラは負けるなよ」

「おいおい、一応森下関係の進藤が言うセリフか? 最初は白川さんに囲碁を習ったんだろ」

「公式戦では塔矢とほとんど対局できないから遂本音が」

「もう、だからヒカルは礼儀知らずと言われるのよ」

 和谷に続いてあかりにも怒られ落ち込むヒカル。

「次の本因坊リーグを目指すから、リーグに進藤が残っていれば対局できるさ。名人リーグも残るつもりだし進藤も上がれば来年は両リーグで2回あるさ。大手合は確実に無くなるようだから棋戦のみだから他の研究会仲間とも当たりにくくなっているから互いに上に行くしかないさ」

 アキラのフォローとも言えないフォローで皆はまず上に勝ち上がらないとなと棋士たちの顔が代わり一般人はそんな変化を黙って見ていた。

「和谷、悪いが先に帰る」

「おう、プロ試験も今日はそろそろ終わりか。奈瀬によろしく言っといてくれ」

「じゃぁな。それから進藤いつまで彼女を抱いているんだ?」

 伊角の言葉に次郎丸への威嚇で抱いてからそのままだった事に始めて気が付いてヒカルとあかりが顔を真っ赤にしてアタフタとした様子を大人の余裕で笑って伊角は出て行った。
 それから部屋の整頓は和谷に任せると皆が帰る準備の時に片付けをしてごみを捨てて軽くなった荷物をヒカルが片手で持って手をつないで帰るのを黙って見送っていったのだ。

「でも、北斗杯の後で進藤くんから告白してくれて付き合いだしたと聞いて大丈夫かと思ったけれど幸せそうで良かったわ」

「津田さん、あの二人北斗杯の後なんですか。文化祭を見た時てっきり付き合っていると思っていたのに」

 そう言ってアキラは和谷や次郎丸たちに同意を求めた。

「いや、研究会で一度突っ込んだら幼なじみと主張してどう見ても自覚していそうになかったから、むしろ今日の方が驚いた」

「指導碁に高校に行った時に同行したら雰囲気が違っていたが、そうか告白済みだったのか」

 和谷の返答と本田のしみじみとした言葉にあれで自覚無しだったのかと目を丸くするアキラ。

「指導碁の後で追及したけど惚けたけどね。今日やっと認めたのよ」

 ゆみが久美子を見ながらそう言って、 久美子も舌をペロッとだしてゴメンねと誤魔化した。

「まあ、今後の研究会が楽しみだなそれじゃサヨナラ」

 そう言って門脇も帰っていく。

「じゃあ、和谷くんさようなら。お兄ちゃん帰ろう」

 しげ子も兄を伴って帰る。

「津田さんもボクが送って行きます」

 塔矢の意外な行動に驚きながらもゆみにこれから碁会所で一局打ちますかと本田が誘ったりと次郎丸や彩矢が取り残され気分になった日曜日だった。



 あとがき

 原作の和谷のアパートを見るとどうみても他の店子からクレームが来ると思い引っ越しして貰いました。
 一番誠実と原作者に言われた本田と伊角にも春を。
 ヒカルとあかりも学校と仲間内で公認の仲になりました。



[40496] 17 外伝 明日美の碁 清春の道
Name: くろしお◆d914af62 ID:766b0d8e
Date: 2014/11/08 09:41


 注 大阪の言葉は各自で関西弁変換お願いします


 外伝 明日美の碁 清春の道

 2002年8月 棋士採用試験(プロ試験)本戦開始。
 院生順位8位ギリギリで今年の奈瀬明日美は予選免除された。
 現在院生で和谷の研究会に居るのは小宮と奈瀬だけである。
 二人とも年齢的に今年最後のチャンスであり必死であった。
 和谷研究会は中国留学中で閉会中だが九星会に先に帰って来た伊角の下に武者修行として対局を繰り返していた。
 他には囲碁サロンではギャラリー(北島)が煩いから道玄坂でヒカル、アキラに鍛えられていた。

「だからここでは強引すぎる。むしろ一旦様子見をするべきだ」

「でもこのままだったらジリ貧になる気がするけど」

「だからと言ってそういった露骨な手は簡単に見抜かれて逆に対応に困っただろ!」

「ムゥ」

「本戦までまだ時間があると思っていると足をすくわれるぞ」

 塔矢の鋭い舌鋒に奈瀬はへこむ。

「でも塔矢のこの打ち回しはわざと隙を作ったんだろ」

 そう言ってパチパチと打っていくヒカル。
 すると逆転のポイントが奈瀬や見学の客にも見えてきた。

「これも手拍子で受けたからであって、もっと石の意図を読み取る訓練をしないと」

「石の流れで不自然な所を感じ取れば罠や失着が見えてくるさ。気分を変えてお客さんと置き石で打ってきなよ。置き石は荒しの訓練になるから接戦の時の力になるよ」

 アキラの厳しい指摘の後でのヒカルのフォローに思わずホロリとなる奈瀬。
 それでも道玄坂の客相手に置き石が増えるのだから力が付いて来ているのは確かの筈。

「越智もプロ試験の時塔矢アキラに鍛えてもらったと聞いたけどよく耐えられたわね」

「とにかく進藤に勝ちたいと必死だったからね、気にならなかったな。でもあんな面があるとは知らなかったよ」

 二人の視線の先には塔矢の予選の検討で怒鳴り合っている二人の様子だった。
 これでも怒って飛び出さないだけ進歩したと言われるのだから進藤ならあり得るが塔矢が感情をむき出しにする姿に研究会に参加するまで誰も知らなかったのだ。
 その後和谷が戻って研究会が再開すると小宮、奈瀬の試験の検討は師匠に任せて和谷、越智、伊角に他にも予定が空いていれば出来るだけ来る様にしているアキラとヒカルも参加しての対局によって鍛え上げていた。
 門脇と本田は残りのメンバーと一緒に別の棋譜の検討を行って不満が出ない様に配慮を行っていたのだ。

「平常心を保てば普段勝率5割の相手でも7割位まで上がるよ。例え直接の棋力が変化しなくても焦りや見損じが減るから取りこぼさなくなる。プロ試験ではこれは大きい。
 中国で学んだ物で棋譜や何かよりもこれが一番大切だった」

 九星会でそう奈瀬に説明する伊角。

「そうであればこの前の道玄坂での塔矢でも進藤の指摘のポイントの発見といかなくても手拍子は防げたはず」

「そうは言っても己の心をコントロールするのは難しいわ」

「だが何時かは出来なければいずれにせよ伸び悩むぞ」

「そうね、頑張る」


 既に9月になりプロ試験も佳境となるがここ数年のプロ試験と違い突出した受験者が居らず小宮3敗、奈瀬4敗だが合否が全く不明の状況だった。
 研究会での仲間との対局。師匠との検討。自宅での棋譜並べ。やれる事は全てやる。
 更にプロになった伊角に教えてもらった平常心の維持。
 碁会所での置き石による荒しの鍛え。
 これにより院生順位が上位の相手にも勝ったり、去年まで緊張で取りこぼしていた下位の相手にも確実な勝利で白星を重ね10月になる。
 その間にもアキラの厳しい指摘に奈瀬も小宮も技術だけでは無く精神も鍛えられていく。
 奈瀬は他にも伊角によって癒され適度に精神がリラックスして実力を発揮する結果合格ラインを維持していたのだ、

 プロ試験最終日。

 小宮は6敗で前回で合格決定。
 奈瀬は9敗。ここで勝てば合格、負ければプレーオフ。相手は院生順位1位で10敗の足立との天王山。


 伊角を始め研究会仲間は和谷のマンションで待っていた。アキラとヒカルはイベントのゲストで仕事。越智は馴れ合いは不要結果は直ぐわかると不在だったが。
 伊角の携帯が鳴る。
 緊張の中奈瀬の泣き声が聞こえる。

「伊角くん、私…… 私勝った、プロになったよ」

 その瞬間に部屋の中で歓声が上がったが伊角は何も言わずに飛び出していった。
 和谷が追いかけようとしたが門脇に肩を掴まれ首を振って遮られていた。


「伊角くん、プロになれたよ。皆の……伊角くんのおかげだよ」

「奈瀬が頑張ったんだからプロになれたんだ」

 研修センターから出て待ち合わせ場所で語り合う二人。
 その日は心配を掛けた両親の為に早く帰る奈瀬をそのまま送っていく伊角。
 仲間からの祝福は後日となった。

 新入段者。
 小宮 6敗。今西 8敗。奈瀬 9敗。
 今年は全員院生出身で18歳が合格であった。

「来年は全員北斗杯予選に出れるんだ。楽しみだな」

 ヒカルの何気ない言葉で一挙に気を引き締める小宮と奈瀬。
 そして奈瀬に黙って頷く伊角。

 勘の良い門脇や次郎丸は二人の関係を察するが賢明にも黙っていたのだ。

 その後足立の他フクも院生を辞めプロを諦めると知ったメンバー。

「ボクは大学進学を目指すよ。そしてアマ大会で世界を目指す」

 フクこと福井の決意の言葉だった。





 大阪某所

「おじさん、今度の高校で囲碁部が出来たよ。清春と同年代でも囲碁が出来るのが居るんだよ」

 北斗杯の後、社清春の父に幼なじみの少女がそう訴える。

「だから清春を囲碁に専念させて」

「清春に言われたのか?」

「まさかそんな事頼む訳あらへんのを父親が知らへんでどうすんの」


 ― 北斗杯2日目。

「親が願っているのは子の幸せです」

 解説室から出た時清春の師匠に出会い、囲碁組織の将来が悲観的でありその為の反対で高校進学であると持論を主張したのだ。

「それなら何故院生に、プロになるのを認めたのです」

 二人の会話に突然割り込んだ声に驚き振り向く。

「失礼。今日の選手の進藤の父親の進藤正夫です。あなたは囲碁の将来を危ぶんで棋士に反対して高校に行かせているんですね」

「そうです。中卒では将来転職するにも資格を取るにもほとんど選択できません。そのままでは派遣も難しいから最低でも高卒と願うのがいけませんか?」

「一度選んだ進路を専念させずに挫折したら生涯後悔を残す事になります。
 最も伸びる時期に学校では一流になるのには難しいでしょう。
 歌舞伎役者などは義務教育ですら無駄と言うくらいです。歌舞伎の観客も囲碁と同じくらい先細りの世界ですよ。
 どんな世界でも全力で挑むものが尊敬されるのです」

「だが才能があると言われても保証は無い」

「大企業も既に鉄鋼業、最近の家電、半導体の苦境とどこも将来の保証はありませんよ。
 私もかつてはエリートと言われた勤務医ですが今では医療費削減に医療ミスによる裁判リスクの3K職場と言われで今も夜勤明けで病院から直接来るくらいですよ」

 そう言っても決して後悔はせずに己の仕事に誇りを持つ男の顔があった。

「苦労を掛けさせたくないと願うのがいけない事ですかな」

 反論する声には既に張りが無くなっている。

「あなたも仕事の苦労も楽しんでいた時は苦労と思っていなかった筈。
 一度息子さんを信じてみてやってください」

「あなたは息子さんを棋士にして後悔しないのですか?」

「幼くともアレも自分で人生を決めた男です。もはや私は見守るだけですよ」

 最後の正夫の笑顔が眩しく見えた。



「……おじさん、聞いてるの?」

「ああ済まない」

「もう、だからうちらじゃ大会上位は無理な初心者ばかりだけど、それでもボランティアで近くの幼稚園や小学校に教えに行って裾野を広げるの。
 将来が不安と言って反対するのは簡単だけど少しでも碁を知ってもらって可能性を広げないと」

「はやてちゃんは前向きだね」

「テニス生命は断たれたけれど生きているもの」

 そう元気に笑うはやてちゃんこと中島はやて。

(将来性のあるテニスでもいつ選手生命を失うか判らん世界だ。安泰という言葉はどこにもない)

「社強化プロジェクトって知っているかな?」

「えっ?」

 社強化プロジェクト

 北斗杯で改めて中韓のレベルの高さと塔矢と進藤という同世代の東京者のレベルも。
 そしてその二人に刺激される関東の若手たち。
 中部、関西の組織のトップはその事実に震撼した。
 このままでは海外はおろか関東にも取り残されると。
 そこで名古屋、大阪の院生に地元棋士が積極的に講師に参加。
 新人の底上げを図り本命の社には。
 大学出身棋士が英語に現国、数学に物理、化学といった教科を教え赤点を防ぎ出来るだけ囲碁に専念するように手伝ったのだ。
 社会系の教科は年ごとに内容が変わるので自習に任せたが。
 そして社の素質に惚れ込んだトップたちは石橋棋聖を始め多く現れ、手が空けば積極的に対局する様に協力して経験不足を補っていた。
 実際に社は棋戦の手合も始まれば勝ち進む事が予測されたのだ。
 とにかく社を中心に若手の強化が始まり名古屋の院生にも一人有望なのが出たと言う話も出てきたくらい将来が楽しみなのだ。

「清春にそんな価値があるのですか?」

 師匠の吉川にそんな事を聞いたりもした。

「素質だけであらへん、ご両親の育てた結果の人格に皆が好んだのです。だから積極的に育てようと思ったんや」

「そうですか」

 そうやって今日も関西棋院で打ちに行っていたのだ。

「ほえー、清春って期待の新人さんだったんや。なおさら学校が勿体無いじゃん」

「確かに。本当に一生を掛けるのかと聞いて当然と清春も応えたがな。
 結局あいつの人生だ好きにするが良いと言ったら一学期で辞めると決めたよ」

「おじさん、それ酷い」

「何、聞いてこないから言わなかっただけだ。あいつも既に言っていると思ったんだがな」

 そう言いながら我が息子は情けない奥手だと内心思っていた。

「はぁ~、空回りだったんか」

「教える子供たちにプロが生まれたり、将来スポンサーになる社長が出るかも知れないから頑張れば良い」

「おじさん、変わった?」

「かもしれない。清春を一人前と認めたからだろう」

 そんな時に丁度清春が帰ってきて父親に彼女を送るように言って再び外に出て行った。

「何で辞めるって言ってくれんかったんや」

「休み明けに言うつもりだったんだ」

「せっかく囲碁部作って説得しようとしたのに恥かいたじゃない」

「それは済まんかった」

「テニスを諦めた身には囲碁も良いから無駄では無いけどね」

 日常生活には支障はないが激しい運動は止められた故障した右肘を持つはやて。
 だからこそ社も棋士として時間を無駄に出来ないと自覚し父親も認め母親を漸く説得したのだ。
 社も夏からプロの道一直線となる。


 あとがき

 奈瀬プロ入りと社二足の草鞋を脱ぎます。
 女流枠の無いヒカルの碁で悩みましたが合格。
 勝率も実際に近付けて敗北数を増やしました。
 代わりに足立とフクが院生を辞めプロを諦めました。

 社も院生は高校に行っているのも多くてもプロになってからはどうかと?
 ここで進藤の父とぶつけて揺さぶって、子供として保護者だからという視線から対等の男同士として認めさせました。
 三年間の高校生活はアキラ、ヒカルとの差が広がると思って中退。
 今後もライバルとして成長していくでしょう。
 実際規模の小さい関西棋院は苦しいようだから父親の懸念も正しいのかもしれないけど、それでも親のエゴにしか見えないから見守るが好きにさせるに変わりました。
 現実の井山、一力も中卒だしトップを狙うなら高校はハンディにしかならないと思いました。
 中国の囲碁道場の紹介テレビ。月~金まで朝から晩まで囲碁の勉強のみ。土日に最低限の一般教養の勉強とプロに成れなかったら潰しの利かない教育。日本は負けるはずと思ったから社も中退決定。


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