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[40244] フレイザードと時の砂時計(ダイの大冒険・氷炎将軍生存・完結)
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:a6b5affc
Date: 2014/09/09 00:14
※基本的に原作を知っている方が読むことを想定しています。
※原作に忠実とは言いがたい、ご都合主義的な展開が含まれています。
※全部で数話程度の短編を予定しています。魔王軍側の描写が主軸であり、原作の主人公である勇者一行は活躍しません。

※完結しました。これは偶然に神の奇跡を手にしたフレイザードさんが生き残り、色々とがんばる物語です。



[40244] オーザムの秘宝と物語の始まり
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:a6b5affc
Date: 2014/07/29 00:18

死の大地の南東に位置する世界最北の国オーザム。
氷と吹雪に覆われた極寒の雪国はいま、魔王軍六大軍団の一つ、氷炎魔団の侵攻によって滅亡の時を迎えていた。

オーザム王国の王城 玉座の間。

「おのれ魔王軍め、資源も乏しいこんな小国を滅ぼしてなんになるというのだ!?」
「生きている人間はすべて根絶やしにする! それがオレの方針だ! 文句があるならかかってきな!!」

玉座の間でフレイザードと対峙しているのは、オーザム王と近衛兵長、そして数人の近衛兵たちだ。
城内の通路には凍てついた兵士と焼け焦げた兵士が数多く横たわる、死屍累々の光景が広がっていた。
魔王軍の苛烈な攻撃によってオーザム騎士団が壊滅してしまった今、彼らがこの国に残された最後の戦力だった。

「ヒャダルコ!」
「メラミ!」
「おっと、ごちそうさん」

まだ年若い近衛兵たちはそれぞれに攻撃呪文を放つが、氷結呪文はフレイザードの右腕に、火炎呪文は左腕にそれぞれ吸い込まれてしまった。
右半身に氷を、左半身に炎を纏ったエネルギー岩石生命体であるフレイザードには、熱に類するエネルギーを吸収する能力が備わっている。

「おのれ、化け物め!」

剣術を得意とする近衛兵長が腰に下げていた鋼の剣を抜き放ち、気勢を上げてフレイザードに切りかかる。

「せいっ!」
「うおおっ!?」

近衛兵長の繰り出した鋭い斬撃が、フレイザードの氷の右腕を切り飛ばした。
相手のうろたえる様子に希望を見出した近衛兵長は、フレイザードを脳天から両断するべく、大きく剣を振りかぶった。

「フレイザード覚悟っ!」
「……なんちゃって」

チャンスとばかりに踏み込んできた近衛兵長の顔面を、瞬時に再生したフレイザードの右手が掴んだ。
強烈な冷気が全身を伝い、近衛兵長の身体は氷に覆われていく。だらりと下がった手から滑り落ちた鋼の剣が、軽い音を立てて床に転がった。

「ふん、あっけねぇな。最後の最後、国王を守ろうって連中でこの程度かよ」
「だ、騙し討ちとはなんと卑劣なっ!」
「バーカ、この程度で騙されるヤツが間抜けなんだよ。だいたいよぉ、戦いに卑怯もクソもあるわけねぇだろっ!」

フレイザードは罵声を浴びせてくるオーザム王を一喝すると、氷漬けになった近衛兵長の亡骸を乱暴に投げ捨てる。
床に激突した亡骸はガシャンと澄んだ音を残して、残された人間たちの戦意ともどもあっけなく砕け散った。


「ひゃっはー 燃えろ燃えろー」
「燃やし尽くせー 根こそぎだー」

フレイザード配下のフレイムたちが、陽気に踊りながら城内の各所に火を放ってまわる。
オーザム各地から避難してきていた民間人。人間と共生していた家畜たち。素朴な絵画や民芸品。
徹底した破壊を命じるフレイザードの方針により、オーザム王国のすべてが燃え落ちていく。

「フレイザードさまー 地下で変なの見つけましたー」
「お宝だー お宝だー」

生き残った人間の駆除と暇つぶしを兼ねて城内を探検していたブリザードの兄弟が、小さな箱を玉座の間へと運んできた。
フレイザードが箱を開けてみようと近づくと、その宝箱の中身に思い当たったオーザム王が、強い怒りを込めた叫び声をあげる。

「返せっ! その『時の砂時計』は我がオーザムの秘宝っ! 貴様のように邪悪な者が触れてよい品では――」
「そうかい。とりあえず死んどきな」

魔王軍の侵攻に最後まで抗おうとするオーザム王の血を吐くような言葉に、フレイザードは指先からメラゾーマの炎を放つことで応えた。
五指爆炎弾《フィンガー・フレア・ボムズ》 五発のメラゾーマを同時に打ち出す荒業が、王と近衛兵たちを容赦なく蹂躙する。

「クカカッ、しょせんこの世は弱肉強食だ! 弱いやつは死ぬしかねぇんだよ!」

人間の肉と脂肪が焼ける嫌な臭いを残して、オーザム王家の歴史と血筋はここに途絶えた。

「こいつは戦利品として頂いておいてやるぜ! ……しっかし、こんなチンケな代物が秘宝とはねェ」

宝箱の中に入っていたのは、手のひらに収まりそうな大きさの砂時計が一つだけだった。
本当に最後の最後までしみったれた国だったな。フレイザードは傲岸不遜な感想を吐き捨てて、黒煙立ちのぼるオーザム王国を後にした。


魔王軍の前線基地 鬼岩城。
フレイザードは直属の上司であり、自身の生みの親でもある魔軍司令ハドラーに、オーザム王国攻略の詳細を報告していた。

「――ご苦労だった。魔王軍の切り込み隊長の異名にふさわしい働きだ」
「ははっ」

フレイザードが片膝をついて畏まった態度を見せると、ハドラーは満足そうに頷いた。

「それで、これがオーザムの秘宝とやらか」

ハドラーはフレイザードが持ち帰った『時の砂時計』を検分する。
氷と炎の化身であるフレイザードが手に持っても壊れなかったことから、特別な金属を用いたマジックアイテムであることは明白だ。
金色に輝く縁取りには竜《ドラゴン》の意匠がこらされており、内部の白く透き通った砂からはなにか不思議な力が感じられる。
ハドラーの知識ではその用途までは分からないが、持っていて害になるということはないだろう。

「勲章代わりだ。その『時の砂時計』とやらはお前が持っておけ」
「オレがもらっちまっていいのか?」
「うむ。いかに希少な品とはいえ、部下の戦利品を横取りするわけにはいくまい。他にもなにか褒美を考えねばならんだろうな」
「ありがてぇ。手柄を立てられる戦場さえ用意してくれりゃあ、オレはどこにだって行くぜ」
「ふふふ、オレが魔王軍で最も信頼しているのはお前だ。今後も頼りにしているぞ」

魔軍司令たるハドラーからの惜しみない称賛は、フレイザードの自尊心を大いに満たした。
いち早く人間の国を滅ぼしたフレイザードの功績は、勇者アバンを打ち破って上機嫌だったハドラーによって高く評価される。
勝利と栄光、そして名誉を求めるフレイザードにとって、今回のオーザム攻略は満足のいく仕事だった。


***


時は流れて パプニカ王国 バルジ島

魔軍司令ハドラーはダイたち一行を打倒するための総攻撃を立案する。
しかしそれは、軍団長を失った百獣魔団と不死騎団、そしてバラン率いる超竜軍団を欠く不完全なものだった。

バルジの島中央に位置するバルジの塔。
最上階には人質のレオナ姫が禁呪法によって氷漬けにされている。

苦悶の表情で封じられているレオナ姫を尻目に、フレイザードは戦場の監視を部下たちに任せて遊んでいた。
お気に入りの玩具である『時の砂時計』をテーブルの中央に据えて、サラサラと流れる砂の動きをまるで無邪気な子供のように楽しんでいる。
オーザム攻略を成し遂げた証である『時の砂時計』は、大魔王バーンより賜った暴魔のメダルに並ぶフレイザードの宝物となっていた。

「氷魔塔、炎魔塔ともに破壊されました! 結界が維持できません!」
「ハドラーさま討ち死に!」
「ミストバーンさま ザボエラさま 退却されました!」
「勇者たちがこの塔に向かっています!」

物見に出していた魔物たちの報告はそのどれもが戦況の悪化を告げるものだが、フレイザードは動じない。

「クククッ、なってねえよなぁハドラー様もよ、助太刀を買って出といてやられちまうとはなあ」

フレイザードは上司であるハドラーのことを気に入っているが、それと戦場の習いとは別の話だ。
全軍を統括する立場にあるハドラーが自分から前線に出て戦死したならば、それは自己責任というものだろう。
死にたくない者は端から戦場になど出てくるべきではないのだ。

「だが、これでまた勇者ダイに箔がついたってもんだ。魔王軍総がかりでも倒せなかった勇者の一行、全滅させれば俺の大金星よっ!!」

啖呵を切った氷炎将軍フレイザードが、意気揚々と出陣する。


そして、悲劇は起こった――

「このままフレイザードさまのところへ行けると思うなよっ」
「覚悟しろっ 勇者どもめっ」
「……メガンテ」

フレイザード配下の氷炎魔団、フレイム・ブリザード・爆弾岩らの苦戦。

「会いに来てやったぜぇ! 人質抱えてのんきに最上階で待ってるなんざ性に合わないんでなぁ!」
「暴虐もそこまでだ、フレイザード!」
「なっ、クロコダイン! ヒュンケル! テメェらが助っ人に来てやがったのか!?」

ダイ・ポップ・マァムら三人のアバンの使徒に加えて、フレイザードと同格である元軍団長二人の参戦。

「アバン流刀殺法、空烈斬ッ!」
「オ…… オレの核《コア》が切られて……!?」
「ウギャアアアアア~~ッ!!」

多勢に無勢の圧倒的に不利な戦いの中で、フレイザードはダイの新必殺技によって半身を失う。

「ミ、ミストバーン助けてくれっ! このままじゃ死んでも死にきれねえっ!」
「これは我が魔影軍団最強の鎧…… お前に魔炎気と化す決意があるのなら与えよう……」

ピンチに登場したミストバーンの手によって、新たに魔炎気生命体となりパワーアップを果たしたフレイザードだったが……

「嘘だっ!? オレは最強だ! 最強の身体をもらったんだ!! こんなガキにやられるはずはねえっ……!?」
「これが、本物のアバンストラッシュだッ!!」
「……すばらしい……」

鎧武装フレイザードは、空烈斬の習得により完成していたアバン流の奥義アバンストラッシュを喰らって爆発四散する。
その光景を目の前にしたミストバーンの口から漏れたのは、敵である勇者ダイの力に対する賛辞だった。

――激闘の末、フレイザードは敗北したのだ。


戦いに敗れたフレイザードは持っていた力のすべてを失い、わずかに一欠けらの炎を残すのみの姿になってしまっていた。

「たっ、頼むっ! もう一度だけチャンスをくれミストバーン!」

再度の助力を懇願するフレイザードの哀れな姿を、ミストバーンは無感情に見下ろしている。

「…………」

ミストバーンはおもむろに足を振り上げると、地面に転がっているフレイザードを容赦なく踏みつけにする。
彼にとってはフレイザードなど、勇者ダイの完成版アバンストラッシュを目にするためのただの捨て駒でしかなかった。
ぐりぐりと地面に擦り付けるように足を動かしてフレイザードの燃えカスを完全に処分すると、ミストバーンは虚空へと姿を消した。

『どいつもこいつも気に入らねえ! オレよりも強い勇者のガキ! オレを利用するだけ利用して見捨てやがったミストバーンっ!』

それはもはや声にもならない断末魔の絶叫。フレイザードの魂の雄叫びだった。

『絶対に許さんぞ! 必ず復讐してやるからな! 畜生、オレはこんなくそったれた結末は認めねぇ!! ぜってぇに認めねぇぞォッ!!』

胸中でありったけの怨嗟の声をぶちまけながら、フレイザードの意識は消滅した。


フレイザードの意識が消滅したのと同時刻。
バルジの塔の最上階で、テーブルの上に鎮座している『時の砂時計』が、鮮やかな黄金色の魔力光を発していた。
所有者の死亡。設定されていた発動条件の一つを満たしたことで、『時の砂時計』は自動的にその機能を発揮する。
それは天界に住まうとされる時をつかさどる精霊たちが、地上に残した神の奇跡。

フレイザードは暗く深い死の淵から、なにか不思議な力によって引っ張り出される感触を覚えた。
まるで底なし沼から助け出されるかのような、経験したことのない未知の浮遊感とともに、戦いに敗れて失ったはずの五感が蘇ってくる。

(なんだぁ? オレは助かったのか……?)

フレイザードの意識が覚醒する。
目が覚めたとき、彼は石の段差の上に腰掛けて、テーブルの中央で静かに時を刻んでいる『時の砂時計』を眺めていた。
『時の砂時計』の内部、本来なら白く透き通っていたはずの砂の一部が、役目を終えたと主張するかのように黒ずんでいる。

(まさか全部が夢だったってのか?)

フレイザードは軽く混乱しながらも立ち上がり、現状を把握するために素早く左右に視線を飛ばした。
無骨な石造りの内装と、氷に囚われている姫君。建物の外には青空が大きく広がっている。ここがバルジの塔の最上階であることは間違いない。

「はっ、おいおい、冗談だよなぁ?」

フレイザードは何気なく見下ろした自分の身体が五体満足であることに気がついて、思わず声を出した。
もはや永遠に失われたと思っていた、氷と炎と岩石で構成されている元の身体だ。魔影軍団の鎧は見当たらないし、魔炎気生命体にもなっていない。
理解を超えた現象に直面して呆然と立ち尽くすフレイザードの耳に、聞きなれた部下たちの声が入ってくる。

「ハドラーさま討ち死に!」
「ミストバーンさま ザボエラさま 退却されました!」
「勇者たちがこの塔に向かっています!」

時間が、巻き戻っていた。



[40244] 三週目フレイザードと火炎氷結呪文
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/08/04 00:08

時間が巻き戻っている……!
その認識に至った次の瞬間、フレイザードは俊敏な動作で『時の砂時計』を手に取り、穴が開かんばかりに凝視した。

(理屈はよく分からんが、オレはこの砂時計に助けられたようだな)

過ぎ去った時間を巻き戻して、死んだ所有者を自動的に生き返らせてくれる奇跡のマジックアイテム。
神の奇跡を体験してその全能感に酔いしれたフレイザードは、まるで自分が強くなったかのように錯覚してすぐさま増長した。

「クヒャハハハハッ! こいつはスゲェお宝だぜ! この力さえあればオレは無敵だッ!!」

大口を開けて高笑いするフレイザードの心には、自分でも訳が分からないほどの歓喜と興奮が渦巻いていた。
突然の大声にビックリして階段を上ってきた部下のフレイムが、上司のはしゃぎっぷりに小首を傾げながら声をかける。

「あのー フレイザードさま? 戦いに行くんじゃなかったんですか?」
「おうよ、いま行くぜ。勇者一行の首はオレが獲る! なんせオレ様は無敵だからなっ!」

フレイザードはさして深く考えることもなく、予期せず転がり込んできた二回目のチャンスに嬉々として出陣した。


しばらく後、バルジ島中心部のバルジの塔前の広場。

「空烈斬ッ!」
「ウギャアアアアア~~ッ!!」

そこには前回と同様に、ダイの空烈斬によって核《コア》を切られて悲鳴を上げるフレイザードの姿があった。
勇者ダイ、不死身のヒュンケル、獣王クロコダイン、魔法使いポップ、僧侶戦士マァム VS 氷炎将軍フレイザード
彼我の戦闘力にはどう見積もっても三倍以上の開きがあるのだ。無策で正面から挑んだフレイザードが負けることは当然の帰結だった。

(畜生、オレの失態だっ! なんとなく自分が強くなったと錯覚して舞い上がっちまったッ!)

フレイザードはつい調子に乗ってしまったことを、珍しいことに反省していた。
栄光の証である暴魔のメダルを投げ捨て、捨て身の技である弾丸爆花散を使った背水の陣で臨んでも勝利を掴めなかった相手だ。
“もし負けて死んでしまっても次がある”なんて甘っちょろい覚悟で戦っていて勝てるわけがない。

(こ、こうなったらっ)

フレイザードは腸が煮えくり返るような激情を押さえつけ、前回と同じ台詞でミストバーンに助けを乞う。

「ミ、ミストバーン助けてくれっ! このままじゃ死んでも死にきれねえっ!」
「これは我が魔影軍団最強の鎧…… お前に魔炎気と化す決意があるのなら与えよう……」

鎧武装(アーマード)フレイザードの再誕である。

「ふうぅ、おかげで助かったぜ」

不本意ながらも新たな身体を得たフレイザードは、ガシャガシャと鎧の可動域を確かめるフリをしながら、ミストバーンの様子をうかがう。
無論、フレイザードはミストバーンに対して感謝の念など一片たりとも抱いてはいない。

「おおっと、手が滑ったァッ!」

鎧武装フレイザードは勇者たちに襲い掛かると見せかけて、真横に立っているミストバーンの顔面めがけて全力で拳を振りぬいた。

(この最強の鎧さえ手に入ればミストバーンの野郎は用済みだ。この場で始末して、勇者一行の手にかかって死んだことにしてやるぜ)

フレイザードは分厚い鎧の奥でニヤリと口元を歪める。
個人的な怨みを晴らすためならば、相手が命の恩人であっても躊躇なく闇討ちする。いっそ天晴れな外道っぷりである。

(!?)

鎧武装フレイザードの魔炎気を纏った拳はしかし、ミストバーンの身体に当たる寸前で止まっていた。

「……愚かな……」
「か、身体がいうことを聞かねえっ!? ミストバーンっ! テメェなにをしやがったあーっ!?」

ミストバーンは語らない。フレイザードにわざわざ説明してやる必要を感じないからだ。
暗黒闘気を受け入れて再構成された本体が、魔影軍団製の鎧を着ている状態だ。いざとなればコントロールを奪うのは容易いことだった。
信用していない相手にそれなりに強大な力を与えるのだ。首輪をつけていないはずもない。

「ぐ、ちょっと待てオレの身体。正面から戦うな、戦うんじゃねェ。だからちょっと待てって言ってんだろうがーっ!」

ミストバーンの意のままに動く操り人形と化した鎧武装フレイザードは、ダイに向かって無理矢理に特攻させられてアバンストラッシュで散った。

『おのれ一度ならず二度までも! ミストバーンッ! テメエだけはオレが絶対に殺してやるからなーっ!』


***


「ハドラーさま討ち死に!」
「ミストバーンさま ザボエラさま 退却されました!」
「勇者たちがこの塔に向かっています!」

「うるせえっ! そんなことは分かってんだよっ!」

これで三度目になる部下たちの報告に、フレイザードは衝動的に怒鳴り返した。
またしても死んでしまい三週目に突入したフレイザードは、やり場のない怒りと情けなさに身体を震わせる。

「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!」

癇癪を爆発させたフレイザードは悪態をつきながら手近な柱を殴りつけ、地団駄を踏んで床に亀裂を入れた。
怒りの矛先は自分自身へも向けられていた。自身の力不足という事実を認め、もっと思慮深く行動していればここまでの醜態を晒すことはなかったはずだ。
またしても勇者に勝てなかった自分。間抜けにもミストバーンの操り人形となってしまった自分。これ以上の屈辱はない。

「うおおおおっ! 絶対にぶっ殺してやるからな! 待っていろよミストバーンっ!」

感情のままにひとしきり暴れたフレイザードは、ある程度の平静を取り戻して次の一手を思案する。
本音を言えばなにもかもが気に入らなかった。しかし、これは感情のままに喚き散らしていれば解決する問題ではない。
いま必要なのは敗因を分析して対策を練るための、そして華麗なる復讐を実現するための知恵だ。

(いまに見ていやがれミストバーンっ! 最後に勝利を掴むのはこのフレイザード様だっ!)

フレイザードはいささか短絡的な性格ではあるが、けっして馬鹿ではない。
幸いにも、時が巻き戻る前の記憶を保持していられるのはフレイザードだけのようだった。
トライアンドエラー。この圧倒的な優位を生かせれば、勝機は充分にある。

(まずは勇者のガキだ。一対一ならなんとでもなるだろうが、取り巻きが多すぎて倒しきれやしねぇ)

フレイザードはその冷酷な頭脳をフル回転させて、勇者打倒の秘策を練った。


***


「勇者ダイっ! テメェに決闘を申し込むぜ!!」
「決闘だって!?」

バルジの塔に到着したダイたちを待っていたのは、フレイザードからの意外な提案だった。
フレイザードは部下たちを周りに侍らせることもなく、塔の入り口を塞ぐように一人堂々と仁王立ちしている。

「おう、正々堂々の一騎打ちだ。お前が勝ったら姫は無傷で返してやるっ!」
「なにが正々堂々だ! どうせ汚い手を使ってくるに決まってるぜ!」
「信用しちゃダメよ!」

ポップとマァムの懸念はもっともだった。
女子供にも容赦なく攻撃する凶暴性。レオナ姫を人質にとり魔王軍との総力戦を強制させる狡猾さ。
さらには氷炎結界呪法のようなえげつない禁呪法までも平然と用いるフレイザードのことを、信用などできようはずもない。

「勝負を受けたくねぇってんならしょうがねえが…… あれを見な」

フレイザードは空を仰ぎ、はるか上方を指差した。
バルジの塔の最上階、塔の縁ぎりぎりのところに氷漬けになったレオナ姫が見える。

「オレが合図したら部下たちがお姫様を突き落す手筈になっている。あの高さから落ちたらお姫様は粉々だろうなぁ」
「き、きたねぇぞ!」
「バラバラショーが見たくなかったらオレと戦えっ! 勇者ダイっ!」

ポップの罵声もどこ吹く風と、フレイザードは涼しい顔をしてダイに勝負を迫る。

「……わかった。やるよ」

レオナの救出が目的であるダイに選択の余地はない。ダイは小さい身体に闘志を漲らせて勝負を受ける。

「ふん、いい面構えだ。だが待ちな、もうすぐギャラリーが来るはずだ」
「ギャラリー?」

フレイザードの言葉から十数秒後。氷魔塔があった方角からヒュンケルが、炎魔塔があった方角からクロコダインが姿を見せる。

「ヒュンケル! クロコダイン! 無事だったのね!」
「地獄に落ちるにはまだ早いのでな。ヤツへの借りを返すまでオレは死なん」
「うむ、残すはフレイザードただ一人!」
「二人とも無事でよかった。でも手は出さないで。フレイザードとはオレが戦わなくちゃいけないんだ」

戦場に駆けつけたヒュンケルとクロコダインはフレイザードへと武器を向けるが、ダイが両手を広げて二人を止めた。

「どういうことだ?」
「それがだな――」

なぜ全員で戦わないのか。訝しがるクロコダインたちに、ポップが簡単に事情を説明する。

「――つまり、オレたちとダイを分断するための人質作戦か」

ポップから事情を聴いたヒュンケルはそう断定すると、バルジの塔へと鋭い視線を向ける。

(見るかぎり塔の出入り口は正面の一つだけ。忍び込んで救出するのは難しいか。空から直接乗り込めればあるいは)

ヒュンケルからのアイコンタクトを受けたクロコダインは、小さく首を横に振った。

(ガルーダなら空を飛べるが、あの巨体だからな。隠密行動には向かん)

いくら歴戦の勇士である二人でも、人質の命を盾にされては手も足も出せない。
彼らにできるのは、ダイとフレイザードの決闘を見守ることだけだった。


***


ダイとフレイザードの決闘は、ほぼ互角の接戦となった。

(前に戦った時よりも動きがいい? ダメだ! 攻めきれないっ!)

ダイは魔法があまり得意な方ではない。必然的に鋼の剣が届く間合いでの接近戦になるのだが、単純なリーチ自体は腕を伸ばしたフレイザードの方が長い。
牽制を掻い潜って懐に飛び込むのも一苦労だ。しかも苦労してフレイザードの手や足を切り付けても、すぐに再生してしまう。

「ちっ、相変わらず動きの速えぇガキだぜ」

フレイザードの主観では、ダイと戦うのはこれで四度目になる。
子供ならではの身軽でトリッキーな動きにも慣れてきており、もはや惑わされることはない。

「シャアァッ!」

唸りを上げて迫ってくるフレイザードの豪腕を潜り抜け、ダイはフレイザードの頭上を飛び越えてその背後に降りる。
ダイはフレイザードの背中へと横一文字の斬撃を繰り出すが、フレイザードはあえて後ろを振り向かずに前進することで、ダイの攻撃の間合いから逃れた。

「マヒャド!」
「メラッ!」

向き直ったフレイザードの右手から放たれた強力な冷気に、ダイは火炎呪文の魔法剣で対抗する。

「火炎大地斬!」
「ぬおっ!?」

火炎呪文を纏った剣を盾にしながら突っ込んできたダイの一撃を、フレイザードは間一髪で身を引いて避けた。
ダイに魔法剣を使われるのは最初に塔の中で戦った時以来だ。魔法剣の存在を失念していたのはフレイザードのミスだった。

「でやあっ!」
「そうそう同じ手を食らうかよ!」

ダイが続けて繰り出した下から伸び上ってくるような切り上げを、フレイザードは身体をひねって炎の左腕で受け止める。
剣に纏わせていた火炎呪文のエネルギーを吸収されたダイは、フレイザードが吐き出した凍りつく息を避けて離脱した。

「メラゾーマ!」
「真空海波斬!」

先程吸収したエネルギーで増幅されたフレイザードのメラゾーマを、ダイは真空呪文の魔法力を上乗せした海波斬で迎撃する。
バギによって強化された剣圧は炎を切り裂くと、フレイザードの胸部にまで到達して手傷を負わせる。
この一撃によってフレイザードが身につけていた鎖は千切れ飛び、胸元から弾かれた暴魔のメダルが地面に転がった。

「……!」

暴魔のメダルの来歴を知るヒュンケルとクロコダインに緊張が走る。フレイザードが激昂するのではないかと思ったのだ。
そんな二人の心配をよそに、フレイザードが冷静さを失うことはなかった。
以前は栄光の証として大切にしていた物だが、一度は自らの意思で捨ててさえいるのだ。今ではなんの未練もなかった。

「さすがだな小僧。ハドラー様を退け、腕利きの軍団長たちに勝利してきただけのことはある」

フレイザードはすでに勇者ダイの強さを認めている。出し惜しみをしているつもりはない。
最強の技である弾丸爆花散を使わないことには理由があった。ヘタに的を絞れなくすると、空烈斬を使いだされる可能性が極めて高いのだ。
なにより弾丸爆花散はエネルギーの消耗が激しい切り札だ。後に控えている本番に向けて力を温存しておく必要があった。

「よっしゃあ! いけるぜダイ! メラゾーマとマヒャドさえ攻略したらもうこっちのもんだあっ!」

安全な外野にいるポップが、能天気にダイを応援している。

(氷じゃダメ、炎でもダメとなると――)

火炎呪文と氷結呪文。ポップの言葉をヒントにして、フレイザードの脳裏にひらめくものがあった。

「なるほどな。テメェにはメラゾーマもマヒャドも通じねえようだが、こいつはどうかな!」

フレイザードはこれから極大呪文を唱えるかのように、両手を前に突き出した。

「火炎氷結呪文《メラゾーマヒャド》!!」
「こいつ、メラ系とヒャド系の呪文を同時に!?」

ダイはなんとか回避しようとするが、予想外の攻撃で意表を突かれてしまったために、動き出しが遅れた。

「うっ、うわああああっ!」

同時に放たれた火炎と吹雪が、マーブル状の渦巻き模様に回転しながらダイを目掛けて襲いかかる。
超高温と超低温のコントラスト。あまりにも極端な温度変化には、耐久力に優れた竜の騎士の体温調節機能でさえ追いつかない。

「ぐ、ううっ……」
「決着だな。こいつで終いだ! もう一発、メラゾーマヒャドだぁっ!」

重度の火傷と凍傷に耐えかねて倒れてしまったダイに向けて、フレイザードの両手から再び火炎氷結呪文が放たれる。

「避けろっ! 頼むから避けてくれ! ダイーーーッッ!!」

ダイの親友であるポップが、絶望に彩られた悲鳴を上げた。



[40244] 勇者の敗北とミストバーンの受難
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/08/09 23:42

「避けろっ! 頼むから避けてくれ! ダイーーーッッ!!」

ポップが絶望に彩られた悲鳴を上げる一方で、事態を打開するべく現実的な行動を起こしたのはクロコダインだった。

「獣王会心撃ッ!!」

戦況に見切りをつけた獣王クロコダイン必殺の闘気流が、メラゾーマヒャドの軌道を逸らしてダイを救う。

「ダイがやられるのをこれ以上黙って見ているわけにはいかんっ、ここから先はこのオレが相手だフレイザード!」

決闘に介入したクロコダインはフレイザードとダイの中間地点に陣取ると、武器である真空の斧を油断なく構えた。
慌ててついてきたポップも、クロコダインの大きな身体の陰に隠れながらフレイザードを睨んでいる。

「クククッ、いいだろう。だが外野が手を出しやがった以上、この勝負は勇者の反則負けだぜ」

勇者の敗北を宣言するフレイザードの口調には余裕があった。彼はダイの仲間たちによる介入を、事前に予測していたのだ。
フレイザードはクロコダインたちと対峙することなくそっぽを向くと、ダイから離れるようにゆっくりと歩いて見せる。

「元軍団長のよしみだ。勇者にとどめは刺さないでおいてやる。だがっ! 罰ゲームは受けてもらうぜ! やれいっ!!」

フレイザードが大きな声と身振りで合図を送ると、バルジの塔の最上階から何かが押し出されて落ちてくる。

「やばいっ! なにがなんでも受け止めるんだあっ!」
「レオナ姫っ!」
「任せろっ!」

ポップ・マァム・クロコダインの三人が、落下予想地点を目指して弾かれるように駆け出した。
この時、ポップとマァムは人命が失われる危機への焦りから、クロコダインは己の行動がこの事態を招いたという自責の念から、それぞれ判断を誤っている。

「罠だっ! みんな戻れ!」

ただ一人冷静でいられたのはヒュンケルだ。
彼だけは、上空から落ちてくる物体の正体がパプニカの姫ではないだろうことに気づいていた。
しかし、すでに王女救出に専心していた仲間たちに、ヒュンケルの警告の意味を理解するだけの時間は残されていなかった。

「間に合えっ!」

真空の斧を投げ捨てて全力疾走したクロコダインは、ポップ・マァムと協力して、上空から落ちてきた黒いシルエットを抱きとめることに成功する。
そして目を疑った。太陽の光が逆光になっていたせいでよく見えなかったが、落ちてきていたのは氷で接着されて二体ワンセットになった爆弾岩だった。

「ば、爆弾岩だぁっ!」
「きゃあああぁぁっっ!!」

正体に気づいたポップとマァムが爆弾岩から手を放し、悲鳴を上げて逃げようとするが明らかに間に合わない。

『メガンテ』

達磨のように二体連なった爆弾岩たちが、間髪入れずに自己犠牲呪文を唱える。
術者の命と引き換えに破壊をもたらす自己犠牲呪文によって巻き起こった大爆発が、近くにいたクロコダインたちに押し寄せた。


「クカカッ、ありゃ死んだな。頑丈なクロコダインならわからんが、あとの二人はミンチだと思うぜぇ?」
「部下を使い捨てにするとはっ!」
「あいつらはあれが役目なんでな。間違って仲間道連れに自爆するのに比べりゃ上出来ってもんだろ」

目を焼くような強烈な閃光と、耳をつんざく破砕音。吹き付ける強い暴風が、メガンテの威力の大きさを物語っていた。
視界を塞いでいた爆炎が晴れると、すり鉢状にえぐれた地面にクロコダイン、ポップ、マァムの三人が倒れているのが見える。

「……気絶しているだけだな。息はあるようだ」

じっと目を凝らしていたヒュンケルは、全員に息があることを確認すると安堵の息をついた。
ヒュンケルには遠目からでも生命の気配をとらえ、相手が死んでいるかどうかを判別できる技能がある。
死者と生者の境を見極める。不死騎団長としてミイラ男や骸骨剣士たちと共に行動していた経験から身についた特技だった。

「ほう、全員生き残ったか。必殺のタイミングだと思ったが、なかなかにしぶといじゃねぇか」

爆弾岩が爆発する瞬間、クロコダインがとっさにポップとマァムをかばっていたのだ。
我が身を盾として爆発の威力を抑え込んだクロコダインは、最も大きな重傷を負って虫の息だった。地面に投げ出した手足の先端がピクピクと痙攣している。
ポップとマァムにはさほど目立った外傷はないが、二人とも防御が間に合わず、爆発の音や衝撃波をもろに喰らったために意識を失っている。

「ヒュンケルよぉ、ただ一人罠を見破ったのはお見事だったぜ。けどもう降参しな。テメェじゃオレには勝てねぇよ」

フレイザードは替え玉作戦を見破ったヒュンケルの戦術眼に称賛を贈ると、そのまま降伏を促した。
相手がダイだろうとクロコダインだろうとヒュンケルだろうと、一対一なら自分の方が強い。フレイザードの言葉の端からは、そうした自負が垣間見えていた。

(こうなれば、たとえ刺し違えてでも奴を倒すまでっ!)

この場でフレイザードの言葉に従い降伏したとしても、最終的には命を奪われる可能性が高い。
己の命と引き換えにしてでも血路を開き、ダイたちを逃がすべきだ。そう判断したヒュンケルは、右手に持っていた鎧の魔剣を握りなおす。

「おっと、早まるなよ」

フレイザードがパチンと指を鳴らすと、バルジの塔から数十体ものフレイムとブリザードたち、そして爆弾岩がわらわらと湧いて出てくる。

「これだけの数を相手に仲間を守り通そうってのは土台無理な話さ。だがな、おとなしくオレの作戦に協力するってんなら話は別だ。姫も含めてお前ら全員、命だけは助けてやるぜ?」
「……協力だと?」
「信じるか信じないかはテメェの自由だ。協力するなら命だけは助けてやる。抵抗するなら皆殺しにするだけだ。オレはどっちでも構わねェ」

勇者一行をこの場で殺さず生け捕りにしたからといって、フレイザードは損をしない。
強気な態度で難しい決断を迫るフレイザードはこの時、ヒュンケルの性格を見透かしていた。
ここで人質を見捨てられるような男なら、そもそも魔王軍を裏切って人間の側に味方などしてはいない。

「わかった」

ヒュンケルは迷わない。
降伏の証として鎧化《アムド》を解くと、手に持った鎧の魔剣を足元の地面に突き刺した。
仲間を見捨てて掴んだ勝利に意味などない。それがヒュンケルを縛る枷だった。

(ふん、これで勇者との格付けは済んだ。ミストバーンを嵌めるための手駒も思いがけず手に入った。いうことなしだぜ)

二度までも自分を追いつめた勇者一行を、逆に完膚なきまでに叩きのめして全滅に追い込んだ。
このリベンジマッチの大勝利はフレイザードの自尊心と自己顕示欲を大いに満たし、極上の快楽をフレイザードに齎した。だが。
フレイザードは大きく息を吸い込み、そして吐き出した。

「まだまだっ! この程度で満足できるわけねぇよなァッ!!」

暗く深い復讐への渇望を胸に滾らせて、フレイザードが吠える。
フレイザードにとって勇者一行との戦いは、あくまで前哨戦でしかないのだ。
復讐劇の大本命。過去のフレイザードに直接の止めを刺した男の名は、魔影参謀ミストバーン!


***


バルジの塔正面の広場で、両手を後ろ手に縛られたヒュンケルが、膝をついて頭を垂れている。
ダメージで身動きが取れなくなっていたダイ・ポップ・マァム・クロコダインの四名は、きっちりと拘束されてバルジの塔に運び込まれている。

次なる一手の準備を終えたフレイザードは腕を組んだ姿勢で立っていた。
自分の手駒に成り下がったヒュンケルを見下してニヤニヤと笑いながら、その時を待つ。

(ようやくお出ましか)

待つことしばし。フレイザードの後方で影が揺らめいた。
空間転移で姿を現したのは闇の衣を纏った沈黙の男、ミストバーンだ。

「ミストバーンか、ずいぶんとゆっくりした到着だったな。戦いの助けなら要らねぇぜ。もう終わったところだ」
「…………」
「勇者一行とクロコダインなら塔の中に捕らえてある。全員虫の息だがな。魔王軍総がかりでも倒せなかっただけあってしぶとい連中さ」

不審げに辺りを見回すミストバーンに、フレイザードは皮肉を交えながら現状を説明する。

(チッ、相変わらず嫌な野郎だ)

驚きもしなければ喜びもしないミストバーンの無関心な態度に、フレイザードは内心で舌打ちをする。
これまでも薄々感じてはいたが、この男はフレイザードの生死にも、勇者一行を打倒することにも何ら価値を見出していない。

「…………」

ミストバーンの視線がヒュンケルで固定されている。
何故ヒュンケルだけが他の者とは別に扱われているのか疑問に思っているのだろう。
フレイザードはミストバーンの反応に注意を払いながら、用意していた台詞を口にする。

「せっかくだから見ていくか? ヒュンケルだけはこの場で始末しようと思ってたところだ。ハドラー様の敵討ちなんてオレのガラじゃあねェが、弔いにはなるだろう」

フレイザードは充分な時間をかけて魔法力を最大まで高めていく。

(メ・ラ・ゾ・ー・マ)

フレイザードの左手の指先に魔法力が集中して、五つの炎が灯った。
フレイザードが誇る大技、五指爆炎弾《フィンガー・フレア・ボムズ》の予備動作だ。

「…………」

火刑を始めようとする意図を察したミストバーンが、滑るようにフレイザードの前へと移動した。
ちょうどフレイザードからヒュンケルへの攻撃を遮る位置だ。

「そうか、こいつはお前さんの弟子だったんだよな。なんなら止めを譲ってやってもいいぜ。それとも、魔王軍を裏切った不出来な弟子の助命嘆願でもする気かい?」

カカカッ、とフレイザードはミストバーンに嘲笑を浴びせる。

「……ハドラーは生きている。今は鬼岩城だ……」
「なんだと?」

ミストバーンはフレイザードの挑発には取り合わず、ヒュンケルの処刑理由を失わせるために必要な事実だけを告げた。
ハドラーの生存を知らされて面喰らうフレイザードを置き去りにして、ミストバーンはヒュンケルの元へと歩み寄っていく。

「……無様だなヒュンケルよ。ハドラーとの戦いで力尽きたお前を、私が見逃してやったことも無駄になった……」
「ミストバーン、オレを嘲笑いに来たか」
「……お前の力量であればフレイザードを倒すことは可能だったはずだ。その甘さを捨てられなければ、お前はもはや戦士としての価値すら失うだろう……」

ミストバーンはヒュンケルが囚われることになった原因を正確に見抜いていた。
人間への憎しみを抱いていたころの、不死騎団長時代のヒュンケルであればこのような結果はあり得なかっただろう。

「……魔王軍へ帰参せよ。バーン様は寛大なお方だ。お前が己の非を認め謝罪すれば、お許しくださるだろう……」
「断る。オレはもう二度と魔王軍につく気はない」

ヒュンケルの返答はにべもない。
元々はアバンへの復讐心を利用されて魔王軍の一員となったのだが、自分を拾い育ててくれた父、バルトスの真の仇は勇者アバンではなく魔王ハドラーだった。
過去、誤解からパプニカの人々の命を奪い、同じアバンの使徒である弟弟子たちに剣を向けてしまったことは過ちだったと断言できる。

「……壊れた道具に価値はない。これ以上の醜態をさらす前に、私がこの場で息の根を止めてやろう……」
「よく喋るようになったなミストバーン」

ミストバーンが右手を手刀の形に構えると、揃えた指が伸びて刃状へと変形した。
硬化した指を武器とするミストバーンのデストリンガーブレードだ。

「…………」

ミストバーンはデストリンガーブレードを高々と振り上げると、弟子との別れを惜しむかのように一瞬だけ動きを止めた。
それはミストバーンの全神経がヒュンケルへと集中する瞬間だった。息を潜め、その瞬間を虎視眈々と狙っていた男がついに動く。

「殺った! 五指爆炎弾《フィンガーフレアボムズ》!」

ミストバーンの無防備な背中に、フレイザードの放った五つのメラゾーマが直撃した。


***


ミストバーンは五つのメラゾーマ着弾の衝撃にユラリと揺れて、そして何事もなかったかのようにしっかりとした足取りで振り向いた。

「……何の真似だフレイザード……」
「チッ」

さしたる動揺を感じられない陰気な声音。背筋を伸ばした立ち姿と少し焦げただけの闇の衣。
メラゾーマ五発分。フレイザードの最大火力が直撃したにも関わらず、ミストバーンはほとんど無傷だった。

「もう一度聞く。なんのつもりだ?」
「オレは他人を踏みつけるのは大好きだがなぁっ! 他人に踏みつけられるのは大嫌いなんだよぉっ!!」
「…………」

フレイザードが発した言葉の意味が理解できず、ミストバーンは押し黙る。
ミストバーンにはフレイザードを踏みつけにした覚えも、そのプライドを傷つけるような言動をした心当たりもない。
当然のことだった。時の砂時計で巻き戻る前の記憶を保持できるのは使用者ただ一人のみ。

(ハドラーの死をきっかけに狂ったか)

ハドラーによって生み出された禁呪法生命体であるフレイザードには、もともと精神的に不安定な面があった。
主人であるハドラーが敗死したことでタガが外れたか、あるいはハドラーを討った勇者たちに勝ったことで増長していたのかもしれない。
そこに自分が信じていたのとは正反対の情報であるハドラーの生存を告げられたことで錯乱した。それがミストバーンにとってもっとも納得のいく筋書きだった。

(ハドラーを復活させた私への逆恨みか? それとも私を殺せばハドラーの生存を否定できると思い込んでいるのか?)

フレイザードを虫けらのように踏みつぶした前回前々回の記憶を持たないミストバーンが、真実にたどり着くことはない。

「しゃらくせえ! 呪文が効かないってんなら殴り倒すまでだっ!」
「落ち着けフレイザード! これ以上の私への攻撃はバーン様への敵対行動とみなす!」

いまにも殴りかかってきそうなフレイザードを、大魔王バーンの名前を出すことで威圧する。
フレイザードに冷静さを取り戻させるためにはそれが最善手だと考えたのだが、事態はすでにミストバーンの想像を超えて進行していた。

(……?)

ふいに、ミストバーンは自分の近くで光の闘気が高まっているのを感じとる。
フレイザードへの警戒は解かず自分の肩越しに後ろを見ると、いつの間にか拘束を解いていたヒュンケルが、隠し持っていた剣を構えて闘気を集中させていた。

「……バカなっ!」
「オレが手ずから殺してやってもいいんだがよぉ、自分が育てていた弟子に殺されるってのはより屈辱的な末路だよなぁ?」

先程までのフレイザードの戦闘態勢はブラフだった。
一足早く技の射線上から退避したフレイザードが、安全圏からミストバーンを盛大に煽る。

「グランドクルス!」

ヒュンケルが先のハドラー戦で習得した新必殺技の輝きが、ミストバーンを明るく照らす。

(フレイザードとヒュンケルが共謀しての罠! 私を排除したい二人の思惑が一致したのか!?)

それはこれまで超然とした態度を貫いてきたミストバーンが、初めて見せる焦りだった。

「アッハハハハハッ!」

ミストバーンの動揺を見て取ったフレイザードの、弾けるような哄笑が辺りに響きわたる。
暗黒闘気の使い手が光の闘気による攻撃に脆いことは、ダイの空烈斬とアバンストラッシュに煮え湯を飲まされてきたフレイザード自身が身をもって体感している。

「あばよミストバーンっ! 光の彼方へ消え失せなっ!」

聖なる十字を象った光の闘気が解き放たれて、ミストバーンの闇を飲み込んだ。



[40244] 氷炎魔団の献身とフレイザードの覚悟
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/08/14 00:05

グランドクルスの光が収まった後、そこには三者三様の姿があった。
巻き添えを避けるために距離をとったフレイザードは当然無傷。うまく策が嵌まったことで上機嫌な笑みを浮かべている。
ヒュンケルは体内の闘気を使い果たしたのか、両膝をついて死んだように眠っている。

そしてグランドクルスの直撃を受けたミストバーンはというと、ヒュンケルから少し離れた場所に仰向けで倒れていた。
その身体はまるで彫像のように固まっており、ミストバーンが常に纏っていた暗黒闘気の気配は感じられない。

「動かねぇな。こりゃ死んだか?」

フレイザードは喜色満面の笑みを浮かべて、微動だにしないミストバーンの近くでしゃがみこむ。
ヒュンケルの必殺技が思っていた以上に強力だったことは、フレイザードにとって嬉しい誤算だった。

(あとは事情を知るヒュンケルを始末しちまえば、オレがやったっていう証拠は残らねェな。むっ?)

ミストバーンを観察していたフレイザードは意外なものを目にした。
普段は暗黒闘気によって隠されていたミストバーンの素顔が外部にさらされている。
闇の衣の隙間から見えているそれは、たしかに魔族の青年の顔だった。

「へぇ、もっと怪物じみた奴かと思ってたがな。どれ」

フレイザードはちょっとした好奇心から、ミストバーンの纏っている闇の衣を引っぺがそうと手を伸ばす。
無遠慮に人の秘密を暴こうとするその行為が、グランドクルスの衝撃でおぼろげになっていたミストバーンの意識を覚醒させた。

(――バーン様、私の失態をどうかお許しください――)

フレイザードは闇の衣に手をかけた瞬間、突如として再起動したミストバーンに腕を掴まれる。

「うおっ!? まだ生きてやがったか!?」

言い知れぬ恐怖を感じたフレイザードは、咄嗟に腕を振り払って大きく飛び退いた。
立ち上がったミストバーンは顔の部分を右手で隠すように抑えながら、再び全身から暗黒闘気を立ちのぼらせる。

「ヌウウウッ! よくもこの私をコケにしてくれたなフレイザードよ!」

ミストバーンはぎりぎりのところで命拾いしていた。
すでにハドラーとの戦いを経ていたヒュンケルの消耗が激しかったために、グランドクルスは不完全なものとなっていたのだ。
仮に万全の態勢で技が繰り出されていたならば、肉体に宿るミストバーンの本体は完全に消滅させられていただろう。

「そして…… 見たなっ! 私の素顔を見た者を生かしておくわけにはいかん!」
「ケッ、このオレがきっちりと殺しなおしてやるぜっ! この死にぞこないがぁっ!」

もはやミストバーンはこれまでのようなボソボソとした陰気な話し方ではなくなっていた。
語気を荒げたミストバーンの気迫に気圧されたのを誤魔化すように、フレイザードも声を張って対抗する。

「火炎氷結呪文《メラゾーマヒャド》!」

フレイザードは両手を前方に突き出すと、メラゾーマとマヒャドを左右同時に放った。
超高温と超低温のコントラスト。先の戦いで勇者ダイを戦闘不能に追い込んだフレイザード自慢の新呪文だ。

「無駄だ。貴様如きの攻撃がこの私に通じるものか」
「おいおい、冗談きついぜマジかよ!?」

正面から殺到してくる火炎と吹雪の複合攻撃を、ミストバーンは防御の姿勢すら取らないままで平然と受け止める。

(こいつはヤベェな……)

どうやらミストバーンには炎と冷気そのものが効いていない。
それはフレイザードの持つ技のほぼすべてが通用しないことを意味していた。

(あの衣にヒュンケルの鎧の魔剣と同系統の呪文耐性がありやがるのか?)

魔法的な防御手段であるフバーハやマホカンタを使っている様子はない。
ミストバーンの正体が魔族の青年なら、フレイザードのように火炎呪文と氷結呪文に対する完全耐性があるわけでもあるまい。
となると一番怪しいのは身につけている防具だ。まずはミストバーンからあの闇の衣を引きはがす必要がある。


フレイザードは呪文による遠距離攻撃を諦めて接近戦を挑んだ。
対するミストバーンは、両腕を変形させたデストリンガーブレードの二刀流でこれを迎え撃つ。

「オラァッ!」
「姑息な手段に頼ることしか知らぬ者が私に勝とうなどとは、おこがましいにもほどがある!」

フレイザードが放った渾身の左フックを、デストリンガーブレードの一閃が問答無用で切り飛ばす。
本気になったミストバーンの剣速と剣圧は、オーザムで戦った近衛兵長や勇者ダイとは比べ物にならないほど速く鋭い。

「グッ、オオオオオッ!」

フレイザードは獣じみた咆哮とともに右の拳を振りぬくが、この動きも完全に読まれていた。
ミストバーンは正面から繰り出された拳を難なく避けると、すれ違いざまにフレイザードの右腕と両足を切断する。
流麗なる剣の舞。ミストバーンはわずか一瞬の交錯でフレイザードから四肢を奪い去った。

「死ね。フレイザード」
「まだだっ、弾丸爆花散ッ!」

両手両足を失って地面に倒れこんだフレイザードを追撃の刃が貫こうとした刹那、フレイザードの本体が弾け飛ぶ。
胴体のパーツをバラバラにして飛ばすことでミストバーンの追撃から逃れたフレイザードは、少し離れた位置で体を再構築した。

「ハァ、ハァ、なかなかやるじゃねェの」

フレイザードは失った四肢の再生にかなりの力を使い、肩で息をしている状態だ。
弾丸爆花散による緊急回避にこそ成功したものの、一連の攻防によってフレイザードの魔力と体力は大きく削られていた。
初めて目にするミストバーンの圧倒的な実力に、降伏の二文字がフレイザードの頭をよぎる。

「フレイザードよ。私が降伏を認める条件はたった一つだ。まだバーン様への忠誠心が残っているのなら、潔く自害せよ」

フレイザードが秘める潜在能力はミストバーンにも劣らないだろう。だが、今の彼の力ではミストバーンに傷を負わせることすらできない。
まだ生後一年ほどしか経っていないフレイザードは、強敵との戦闘経験に乏しくレベルも低い。
大魔王バーンの配下として長年にわたり戦い抜いてきた男との、戦いの年季の違いがはっきりと浮き彫りになっていた。


『うなれっ真空の斧よ!』

フレイザードの敗色濃厚な戦場に、横合いから真空呪文の突風が吹きつける。
ミストバーンは風の流れに逆らうことなく受け流すと、空中でくるりと一回転して着地した。

「…………」

ミストバーンは乱入者の正体を見極めるために、声の主へと視線を向ける。
視線の先ではブリザードの兄弟が、二人がかりで真空の斧を支えていた。先の戦闘で回収していたクロコダインの戦斧を持ち出して使用したのだ。

「…………」

戦場に現れたのはブリザードの兄弟だけではない。
ミストバーンの足元をめがけて複数の爆弾岩たちがごろごろと転がってくる。

「フレイザードさまー」
「いまお手伝いしますー」

とてとてと駆け寄ってきたフレイムたちとブリザードたちが、フレイザードの左半身と右半身にそれぞれ張り付いた。
彼らは全員、バルジの塔内部で待機していたフレイザードの部下たちである。
塔の内部から戦いを盗み見ていた彼らは、フレイザードの窮地に居ても立ってもいられなくなって飛び出してきたのだった。

「お、お前らっ!? オレに呼ばれるまでは絶対に塔の外には出るなといっただろうが!」
「ふぬぬぬっ!」

フレイムとブリザードは全身の魔力を高めると、炎と冷気の熱エネルギーを補給してフレイザードのパワーを回復させる。

「……バーン様に叛いたフレイザードに味方するか……」

ミストバーンは一陣の疾風となって戦場を駆けた。

『うなれっ真空の斧よ!』

ミストバーンはブリザードの兄弟が発動させた真空呪文をひらりと回避すると、強烈な蹴りを見舞って二人を霧散させる。
動きの遅い爆弾岩たちは次々とデストリンガーブレードに切り刻まれて、メガンテを唱えて自爆する暇も与えられずに死んでいった。

「やめろっ! オレの部下どもになにしやがるっ!」

自分の所有物が目の前で不当に奪われている。フレイザードの心には強い怒りが込み上げていた。
ミストバーンはほんの十秒ほどで爆弾岩たちの掃討を終えると、両腕のデストリンガーブレードを解除した。
より効率的に、速やかに敵を一掃するべく、両手の指を周囲の雑魚たちに向けて狙いを定める。

「いいから逃げとけっ! お前らオレの部下なんだろうが! 勝手に無駄死にしてんじゃねぇっ!」
「フレイザードさま ご武運をー」
「あんまり役に立てなくてごめんなさいー」

ビュートデストリンガー。超高速で伸縮するミストバーンの鋼鉄の指先が、その場にいる氷炎魔団のモンスターたちを正確に貫いていく。
十本の指を駆使したミストバーンは、付近にいた数十体ものフレイムとブリザードたちを、わずか数秒のうちに葬り去った。

「……別れの挨拶は済ませたようだな……」
「ふざけやがって! テメェはっ! テメェだけはっ!」

がむしゃらに殴りかかろうとしたフレイザードの身体が、ガクンと停止する。
それは以前、鎧武装フレイザードとなって身体の自由を奪われた時の感覚と酷似していた。

(ぐっ、こいつは前にオレを操り人形にしやがった技か)

闘魔傀儡掌。ミストバーンの左手から放たれた暗黒闘気がフレイザードの全身を束縛していた。

「なんのこれしきィッ!」

フレイザードは下半身に力を込めて大きく一歩前に踏み出した。
体内からミストバーンの暗黒闘気に支配されていた時とは状況が違う。
フレイザードはミストバーンの呪縛にかろうじて対抗することができていた。

「…………」

ミストバーンは左手に加えて右手からも闘魔傀儡掌を放ち、二重の暗黒闘気でフレイザードの自由を奪う。

「弾丸爆花散っ!」

フレイザードは身体のパーツを細かく分けることで、単体攻撃である闘魔傀儡掌を無力化した。
魔炎気生命体として魔影軍団の鎧を着ていた時にはできなかった芸当だ。
弾丸爆花散の発動によって闘魔傀儡掌の呪縛を打ち破ったフレイザードは、自らの身体を複数の弾丸と化して、猛然とミストバーンに襲い掛かる。

「…………」

ミストバーンは申し訳程度に両手で身体をかばいながら、弾丸の嵐が過ぎ去るのを待つ。
ここが勝負どころと考えたフレイザードはぐるぐると空中を巡って、ミストバーンに二度、三度と体当たり攻撃を繰り返した。
一向に止む気配がないフレイザードの攻撃。四度目の突撃を敢行しようとしたところで、ミストバーンの陣が完成する。

「闘魔滅砕陣!」

地面に蜘蛛の巣状の陣地が張り巡らされ、ミストバーンを中心とした暗黒闘気の力場が発生した。
術者の周囲全ての対象に同時に闘魔傀儡掌をかける。ミストバーンが得意とする闇の闘法の奥義だ。

「……謝罪を述べる機会はこれが最後だ。なにか言い残すことはあるか……」

ミストバーンは空中で無防備に停止しているフレイザードの核《コア》へと、ゆったりとした動きで人差し指を向ける。

「――なにがあろうと、お前だけはこのオレが必ず殺す。せいぜい首を洗って待っていやがれ――」

ミストバーンの鋼鉄の指先が、フレイザードの核《コア》を粉々に打ち砕いた。


***


これで四週目。ミストバーンとの決戦に敗れたフレイザードは、またしても過去のバルジの塔へと戻ってきていた。

「ハドラーさま討ち死に!」
「ミストバーンさま ザボエラさま 退却されました!」
「勇者たちがこの塔に向かっています!」

時間を巻き戻すたびに黒ずんでいく『時の砂時計』の砂は、もう全体の半分以上が黒く染まっている。
それが意味する事実は、やり直しできる回数の限界が迫ってきているということ。おそらくは後二回、多くても三回が限度だ。

(さてと。振り出しに戻ったはいいが、オレはここからどうしたらいいんだ?)

フレイザードに勇者一行を始末するだけの力があることは証明された。
だが、おそらく現状のままでは何度挑んでもミストバーンには勝てまい。

(いくら手柄を立てて出世したところで、奴を殺せないんじゃ意味がねえ)

フレイザードはすでに魔王軍での立身出世に対する熱意を失っていた。
同じ魔王軍の一員としてミストバーンと肩を並べて戦うようなおぞましい未来など、絶対にあってはならない。
それにどれだけ出世を重ねたとしても、大魔王バーンの腹心の部下であるミストバーンを処刑できる可能性は皆無だろう。
最終的にミストバーンを殺すという結果に繋がらないのなら、いくら出世したところで無駄というものだ。

「……ハドラー様に相談してみるか」

どうやったのかは知らないが、ハドラー様は無事に生き延びて鬼岩城に戻っているらしい。
フレイザードの力だけではミストバーンを倒すことはできない。ミストバーンを倒すためには協力者の存在が必要不可欠だろう。
六大軍団を統括する地位にある魔軍司令ハドラーの協力を得ることができれば、それはミストバーン抹殺計画の大きな力となるはずだ。


***


「おう、ご苦労さん。お姫様は塔の最上階だ。氷の呪法も解いておいてやったぜ。返してやるから勝手に連れていきな」

今回、魔王軍の妨害を退けてバルジの塔にたどり着いたダイたちを待っていたのは、何故かフレイザードからの労いの言葉だった。

「フレイザード! いったい何をたくらんでいるんだ!」
「別に。いまお前らに構ってる暇はねぇんだよ。他に野暮用ができたんでな」
「なにが野暮用だよ。結界が破られちゃったからな。要するにビビったってことなんじゃないの?」
「よしなさいよポップ」

ダイが疑い、ポップが調子に乗り、マァムがそれをたしなめる。
当然のように揉めてしまっていたところに、遅れてやってきたクロコダインとヒュンケルも合流した。
しばらく言い争いをしていた六人だったが、戦う気がないフレイザードと、フレイザードを倒すために集まってきた者たちの話がまともに噛み合うはずも無い。

「いいか、オレは見逃してやるって言ってんだ。もしもこの場でオレとお前らが戦ったら間違いなくオレが勝つ。そこんとこ勘違いしてんじゃねえぞ」

色々と面倒くさくなったフレイザードは言いたいことだけ言って会話を切り上げることにした。

「じゃあな。怪我には気をつけろよお前ら。オレが知らないところで簡単に死んだりしたら承知しねぇからな」

フレイザードは一方的に別れの挨拶を済ませると、配下の氷炎魔団たちと一緒にバルジの塔を後にする。
まったく戦意のない相手に背後から襲いかかるわけにもいかず、ダイたちはあっけにとられて見送ってしまった。

「……うへぇ、なんか怪我に気をつけろとか言われたんだけど」

これまでのフレイザードの性格からは考えられない発言だ。ポップは薄気味の悪さに身震いする。

「実は善人だったなんてことないわよね。なにかがきっかけで改心したのかしら?」

フレイザードの態度のあまりの変貌ぶりに、マァムは首をかしげるのだった。


「なんだか仲良くお話してましたけどフレイザードさま 勇者たちとは戦わなくってよかったんですか?」
「いいんだよ。こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだからな」

フレイザードが勇者一行を泳がせておく理由は二つある。
一つは魔王軍内部での地位に固執する必要がなくなったため。そしてもう一つの理由は――

(最悪、勇者一行に味方して魔王軍と戦うことになるかもしれねぇからな)

フレイザードが鬼岩城に戻れば、今後の方針を決めるための軍団長会議が開かれるだろう。
ハドラーの意向とその話し合いの結果いかんによっては、フレイザードも魔王軍を裏切る覚悟を決める必要がある。



[40244] 紛糾する軍団長会議と冥竜王ヴェルザーの思惑
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/08/19 00:18

魔王軍の前線基地 鬼岩城

バルジ島から帰還した翌日。フレイザードは今後の方針を決めるための軍団長会議に呼び出されていた。
鬼岩城の左肩に位置するレフトショルダーの間に、ハドラー・フレイザード・ザボエラ・ミストバーンら魔王軍の幹部が集う。
フレイザードは対面したミストバーンを思わず睨みつけたくなる衝動を抑えて、円卓の一席に座った。

「皆、ご苦労だった」

かつては魔軍司令ハドラーと六大軍団長たちの七人が揃っていた広間だが、現在の参加者は四人しかいない。
クロコダインとヒュンケルは人間側に寝返り、バランはハドラーからカール王国の侵攻を押し付けられて出張中だ。
もしバルジ島の戦いであと一人でも欠けていたならば、会議そのものが開催されなかっただろう。

「まったく、部下から討ち死にしたって聞いた時は耳を疑ったぜ。生きてたんなら生きてたって早く言ってくれよな」

ずいぶんと久しぶりに見たような気がするハドラーの姿に、フレイザードは好意的な視線を向ける。
英気に満ち溢れたハドラーの立ち振る舞いからは、心なしか以前よりも一回り力強くなったような印象さえ受けた。

「オレは確かに一度死んだ。しかしバーン様より不死身の肉体を授かっていたオレは、ミストバーンの暗黒闘気の魔力でよみがえったのだ」
「それはそれは、さすがは魔軍司令殿に魔影参謀殿。そのお力には並々ならぬものがありますな」

ハドラーが自身の不死身の肉体の秘密を語る。
話を聞いたザボエラがすかさず太鼓持ちにまわる一方で、フレイザードは表情を硬くして剣呑な気配を漂わせ始めた。
今のハドラーの発言には、フレイザードにとって聞き捨てならない内容が含まれていたのだ。

「……へぇ。バーン様はおろか、ミストバーンの配下にまで成り下がったってわけだ」
「貴様ッ、このオレを愚弄するのかっ!」
「図星を突かれてお怒りですか? 魔軍司令閣下」

フレイザードは凍てつくような氷のまなざしで、ひたとハドラーを見据えている。

(むう、こやつにいったいなにがあったというのだ!?)

ハドラーはフレイザードの突然の豹変に瞠目した。
フレイザードの纏う雰囲気は以前よりも明らかに鋭さを増しており、その瞳には何か危険な意志が宿っている。

(ミストバーン抹殺計画。できればハドラー様に知恵を貸してもらおうと思ってたが、こりゃあダメだな)

ハドラーに相談して協力を得るという作戦は始まる前に頓挫していた。
ミストバーンを倒すためにフレイザードが頼ろうとした男は、すでに敵に取り込まれた後だったのだ。

(ガラにもなく人に頼ろうとした結果がこのありさまだ。本当にざまぁないぜ)

フレイザードの心の底から、不思議と笑いが込み上げてくる。その見事なまでの躓きっぷりは、もはや不満や怒りを通り越して滑稽ですらあった。
親であるハドラーが不死身の肉体を持ち、暗黒闘気の魔力で復活できるという話はフレイザードにとっても朗報といえる。
だが、復活する際にミストバーンの協力が必要である以上、フレイザードがミストバーンを排除する気だと知ればハドラーは間違いなく妨害する側に回るだろう。


「ところでフレイザードよ。おぬしは勇者たちと一戦を交えることもせず逃げ出したそうじゃな?」

ハドラーとフレイザードの不仲を嗅ぎつけたザボエラが、フレイザードを陥れるために意地悪く話題を変えた。

「おう、不甲斐ない味方のおかげで氷炎結界呪法も破られちまったしな。あそこで戦うのは自殺行為ってもんだぜ」
「しかし、人質を返した挙句に敵前逃亡では利敵行為と言わざるをえまい。どう責任を取るつもりじゃ?」

自分自身もなんら成果を上げていないにも関わらず、ザボエラはフレイザードの責任を追及してくる。
他人を蹴落とすことで相対的に自分の評価を上げようとする手法は、魔王軍の中でもザボエラの専売特許といっていい。

「オレが捕まえた人質をどうしようとオレの勝手だ。とやかく言われる筋合いはねぇよ」

フレイザードは肩をすくめて冷静に反論した。
魔王軍では通常、捕虜や戦利品の扱いは手に入れた当人に一任されている。

「アンタが一人で行って勇者一行の五人を始末してこれるってんならオレは止めないぜ? クロコダイン一人を相手に尻尾を巻いて逃げ出した妖魔師団長さんよォ」

フレイザードは相手を小馬鹿にしたような態度で、逆にザボエラを糾弾する。
敵に何の損害も与えることなく撤退したという点において、ザボエラもフレイザードと同罪なのだ。

(うぬぬっ、まだ一歳にしかならん若造が妙な知恵をつけおって)

ザボエラにも反論が無いわけではない。
勇者たちのように正義を語るような輩は総じて性格が甘い。パプニカの姫を人質に交渉すればやりようはあったように思える。
だが、ザボエラがクロコダインに授けた人質作戦が不首尾に終わったことは記憶に新しい。ヘタに反論すると墓穴を掘る可能性が高かった。

(ククク、もっともオレなら勇者一行の全滅も可能だったがな)

なにも言い返せずに顔を伏せたザボエラを見て、フレイザードは内心であざけった。
自分にはできることが同じ軍団長であるザボエラにはできない。フレイザードは建前を並べる裏でひっそりと優越感に浸った。


「そこまでにしておけ。いまは仲違いをしていられる状況ではない」

険悪な空気を嫌ったハドラーが両者の仲裁に入る。
ハドラーは軽く咳払いをしてから、今後の方針を全員に示した。

「オレとしては今一度全軍の力を結集してダイたちを叩こうと思う」
「そのことなんだがよ、ハドラー様」
「どうした、なにか意見があるのか?」

ミストバーンの息がかかっているハドラーは当てにできない。
本来味方であるミストバーンを討つためにザボエラやバランを動かすのも難しいだろう。
となると勇者ダイに味方するか、自力で何とかするしかあるまい。

「オレは今回の一件で自分の力不足を痛感したんでな。一度魔界にでも行って鍛えてみようと思う」

フレイザードが選択したのは自力で何とかする道だった。
それはすなわち、協力者の存在に頼ることなく個人でミストバーンを上回る実力を身につける道だ。
ハドラーとの事前の打ち合わせ無しに勇者一行に味方すれば、その時点で魔王軍とは完全に敵対することになるだろう。
いくらミストバーンを倒すためとはいえ、生みの親であるハドラーと敵対することはできるだけ避けたい。

「なんだと?」

ハドラーにとってフレイザードの申し出は完全に予想外だった。
フレイザードはこれまで本能的な勘を頼りに戦ってきただけで、戦闘技術を磨いたことがない。実力の伸び代は十分にあるだろう。
決して悪い話ではないのだが、この局面でハドラーにとって唯一信頼できる部下であるフレイザードを手放すのはあまりに惜しい。

「それはよい。フレイザード殿のパワーアップは魔王軍全体の利益になるじゃろうて」

ザボエラは好々爺とした笑みを浮かべて、フレイザードの提案に全面的に賛同する。

(ザボエラめ、余計なことを)

ハドラーにはザボエラの考えが読めていた。
フレイザードをダイとの戦いから外すことで、自分が手柄を得る機会を増やそうという目論見だろう。
望まぬ展開に苦々しい表情になったハドラーは、さりげなくミストバーンの様子をうかがう。

「…………」

ミストバーンはいつも通りに沈黙を守っている。フレイザードの魔界行きに反対する様子はない。

(この男が黙っているということは、バーン様もお認めになるということか)

沈黙の男の異名を持つミストバーンは滅多に口を開くことはないが、その実この場で最も強い発言力を有している。
大魔王バーンの側近として、魔王軍最高責任者の意向を直に受けた言動をするためだ。

「話は分かった。だが、いまはダイを倒すために全力を注ぐべき時だ。フレイザードの戦線離脱を許すわけにはいかん」
「ハドラー様よぉ、前にオーザム攻略の褒美をくれるって言ってたの覚えてるか?」
「む、いやしかしだな」

そういえば魔王軍の運営やアバンの使徒たちの対応に追われていたため、オーザム攻略の褒美は考えるといったきりで何も与えていなかった。
ハドラーは言葉に詰まりながらもフレイザードを引き留めるためのさらなる口実を探す。


「ならば、その穴は私が埋めよう!」

大きな音を上げて会議場の扉が開き、この場に呼ばれなかった最後の軍団長、竜騎将バランが入室してくる。

「なっ、バラン! 鬼岩城に戻っていたのか!?」

予期せぬ相手の登場に驚いたハドラーは、思わず椅子を蹴って立ち上がった。

(早すぎるっ! あのアバンの祖国であるカール王国を、わずか一週間足らずで攻略したというのか!?)

ハドラーとしては絶対にダイとバランを会わせるわけにはいかない。
そのためにバルジ島の戦いでも、バラン率いる超竜軍団だけは意図的に作戦から外したのだ。

「勇者ダイの相手はこの私が務めさせてもらう! それとも、私と超竜軍団では実力的に不服かね?」
「そ、それは……」

どれだけ知恵を絞っても、フレイザードの魔界行きとバランの参戦に反対する理由が見つからない。
ハドラーの苦悩は深まるばかりだが、もはや会議の大勢は決しようとしていた。


***


大魔宮バーンパレス 玉座の間

事の顛末を知った大魔王バーンは優雅にワインを嗜みながら、二人の側近とともに今後の展開に思いを馳せていた。

「フレイザードの思慮深さは意外だったな。功を焦って死に急ぐとばかり思っていたが、自ら身を引いてみせるとは」

フレイザードのような子供は痛い目に合わなければ成長しない。
勇者一行と会いまみえれば十中八九、目の前の大きな手柄に目がくらんで敗死するだろうと考えていた。

「フレイザードは明日魔界へ旅立つことになっています。監視はつけなくてもよろしいのですか?」

バーンの脇に控えていたキルバーンが、フレイザードの処遇に関するバーンの意向を確認する。

「捨て置け。すべてが手のひらの上というのも味気ないものだ」

フレイザードの戦線離脱はバーンとしても予想外の動きだったが、魔王軍の強化に繋がるのであれば悪い話ではない。
魔界で戦闘経験を積み、大幅なパワーアップを果たして戻ってこれたなら、労いの言葉の一つでもかけてやるつもりだった。
逐一こちらから進展を確認していたのでは、結果を見る際の面白みに欠ける。

「案外、彼もこちらの敵に回るかもしれませんよ。本当によろしいので?」

反逆の兆候とするには根拠として弱いが、フレイザードの魔界行きは勇者一行との戦闘を避けた結果であるようにも見える。
勇者ダイと接触したクロコダインとヒュンケルは人間側についた。
ならば、今回ダイと接触して言葉を交わしたフレイザードが人間側につく可能性は否定できない。

「それはそれで楽しめそうだが、ありえんよ」

大魔王バーンは手元のワイングラスを揺らしながら、キルバーンの懸念を一蹴する。
禁呪法生命体が自らを生み出した主人に逆らうことは滅多にない。本能的に逆らえないようにできているのだ。
フレイザードの主人はハドラーであり、ハドラーの主人は自分である。フレイザードが大魔王に牙をむく可能性はそれこそ万に一つだ。
それに、もし障害となるようであれば、その時はあらためて刈り取ればよいだけのこと。

「…………」

ミストバーンも大魔王バーンと同じ見解だった。
まさか失われた時空での出来事を発端に、フレイザードが自分への強い殺意を募らせていようなどとは思いもよらない。
恨まれている当人ですら身に覚えが無くて気づけないのだ。フレイザードの秘めている叛意が見抜かれることはなかった。


***


魔界。地上のはるか地底深くに存在するもう一つの世界。
ハドラーに氷炎魔団の部下たちを託したフレイザードは、単身で魔界へと降り立っていた。

(そういや一人で自由に旅をするなんて生まれて初めてかもな)

バカと煙はなんとやら。フレイザードは早速目につく範囲で一番高い山の山頂に登った。
ハドラーから餞別として渡された地図と周辺の地形を見比べて、気分は物見遊山の観光客だ。
大嫌いなミストバーンや嫌味なザボエラと顔を合わせる必要がなくなった解放感が、フレイザードの心を軽くしていた。

マグマが煮えたぎる灼熱の火山帯。分厚い氷に閉ざされた永久凍土。強い瘴気に満ちた不毛の大地。
空は常に薄暗い雷雲に覆われており。決して太陽の光に照らされることはない。
そんな初めて見る魔界の風景に、フレイザードは心躍らせる。

(すげえな。地上の雑魚連中と比べたら強そうな気配がわんさかいやがる)

地上のアークデーモンをさらに凶悪にしたベリアル。ライデインにも似た邪悪な稲妻を操るライネック。地上では見られない強力な野良モンスターたちの群れ。
世界最強の男になりたい。男なら誰もが一度は夢見る目標を胸に、フレイザードの武者修行の旅が始まった。


フレイザードが魔界に降りてから一ヶ月が過ぎた。
毎日愉快にヒャッハーすることで急成長を遂げてきたフレイザードだが、その成長は頭打ちを迎えている。
優れた先達に師事することもなく、我流で鍛えて極められる強さなど、常識的な範疇でしかない。

(魔界に来る前に比べれば強くはなったが、まだまだミストバーンの強さを超えているとは思えねェ)

これ以上の成長に限界を感じていたフレイザードは、一つの賭けに打って出る。
冥竜王ヴェルザーの支配領域へと出向き、冥竜王配下のドラゴンたちを狩って回ったのだ。

フレイザードは両腕を交差させて大地を駆ける。
ブラックドラゴンが吐きだした冷たくかがやく息を右手で吸収しながら、グレイトドラゴンが吐く灼熱の炎を左手で吸収する。
右腕に生み出した氷の剣でグレイトドラゴンの首を刎ねると同時、左腕をブラックドラゴンの口腔へとぶち込んで、火炎呪文で頭部を内側から爆砕した。
図体がデカいばかりのドラゴンたちなど、成長したフレイザードの敵ではない。

幾日もの間ドラゴンを狩り続けたフレイザードは、やがて竜族の王と謁見することに成功する。
突如として開いた空間の裂け目の向こうから、魔界の奥地に封印されている竜の石像が姿を見せたのだ。

『最近、ずいぶんと派手に暴れているそうだな』
(こいつが冥竜王ヴェルザー。かつて大魔王バーンと魔界を二分したって男か)

フレイザードは魔界行きを決めてから初めて知ったことなのだが、魔界には魔王軍と緩やかな対立関係にあるもう一つの勢力が存在する。
竜族の王が率いる魔界のドラゴン軍団。冥竜王ヴェルザーの軍勢だ。

『貴様はバーンの配下の者だろう。相互不可侵の約定を違えるつもりか?』

ハドラーからはヴェルザーの支配する地域には絶対に近づかないように言われている。
この場所にいるのはフレイザードの独断だ。この時点で彼は、魔王軍と大魔王バーンに対する明確な裏切り行為を働いていた。
フレイザードの大胆な行動力は、時間を巻き戻すことで所有者のミスを帳消しにできる『時の砂時計』の存在と無関係ではない。

「取引に来た。大魔王バーンの側近であるミストバーンを殺してやる。だからオレに力を貸せ」

実力をつけて自力で何とかしようと考えたフレイザードだが、自分一人では力をつけるのにも限界があった。
ミストバーンを倒すためにはやはり協力者の存在が必要不可欠だ。しかしハドラーは当てにできず、勇者に味方してハドラーと戦うこともできない。
フレイザードが次なる協力者候補として白羽の矢を立てたのが、魔界の第三勢力であるヴェルザー陣営だった。

『面白いことを言う。ミストバーンを殺せばバーンも黙ってはおるまい。魔界最強の男を敵に回すだけの覚悟がお前にあるのか?』
「ミストバーンを殺す邪魔をするってんなら、相手が大魔王だろうとぶっ潰すだけだ」

フレイザードの言葉に嘘偽りはない。
相手が誰であろうと物怖じしない強靭な精神力。なにがあろうとミストバーンを必ず殺すという揺らぐことなき強固な意志。
バーンの計画を妨害するための刺客としては一級品だと、ヴェルザーに納得させられるだけの器量をフレイザードは備えていた。

『……本当に面白い男だな。バーンに逆らう気概を持つ者など久しく見ておらん。よかろう。力を貸そうではないか』


フレイザードが魔界入りしてからおよそ二ヶ月が過ぎた。
フレイザードはハドラーに持たされた魔法の筒から悪魔の目玉を出して、ハドラーとの定時連絡を行っている。
無論、独断でヴェルザーと接触したことはハドラーにも伏せていた。

『戻って来るのだフレイザードよ。近々人間たちは死の大地に攻め入ってくるようだ。アバンの使徒たちとの決戦の日は近い』
「ははっ、お任せください!」

魔王軍の誰かに討ち取られて終わりだろうと思われていた勇者一行は、奇跡的なまでに善戦していた。
竜騎将バランを退け、ハドラーとザボエラの夜襲を切り抜け、ザボエラの息子ザムザを討ち取り、ミストバーンが持ち出した鬼岩城を真っ二つに破壊する。
勇者一行の活躍とそれに勢いづけられた人間たちの抵抗によって、魔王軍の地上制圧は遅々として進んでいないのが現状だった。

(アバンの使徒との決戦ね。オレはもうそっちには興味ねえんだがなぁ)

ハドラーはアバンに。フレイザードはミストバーンに。
自分を殺した者に強い執着を抱いているという点で、ハドラーとフレイザードは似た者同士だといえる。
いまさら勇者ダイや人間たちを始末してもミストバーンを喜ばせるだけなので、フレイザードには彼らと戦うつもりはこれっぽっちも無かった。
とはいえ、それを正直に話して未だアバンの使徒への復讐を終えていないハドラーの戦意に水を差すわけにもいかない。

(余計なことを考えるのはやめだ。オレはとにかくミストバーンさえ殺せりゃそれでいい。こっちの邪魔だけはしてくれるなよ、ハドラー様)

ハドラーとの音声通信を終えたフレイザードは、地上への帰路についた。


***


そして物語は最終局面を迎える。

『オレをなめるなァッ! 大魔王ォッ!』

いつどこで歯車が狂ったのか。あるいは最初からこうなる運命だったのか。
魔王軍の本拠地である大魔宮バーンパレスでは 超魔ハドラー 対 大魔王バーン の魔王軍頂上決戦が行われていた。



[40244] ハドラーたちの猛攻と大魔王の切り札
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/09/14 00:14

魔王軍本拠地 大魔宮バーンパレス

勇者一行を逃がしたハドラーを大魔王バーンが処刑しようとしたことで勃発した、ハドラー対バーンの魔王軍頂上決戦。
バーンがダイたちとの戦いで魔法力を消耗していた事情もあり、ハドラーは大魔王との一騎打ちを優勢に進めていた。
しかし戦いのどさくさで魔牢から抜け出してきたザボエラが、その有り余る魔力を使ってハドラーを縛りつけたことで形勢は逆転する。

「いまです大魔王さまぁっ! このハドラーめにご鉄槌をお下しくだされェっ!」

ハドラーの命はいまや風前のともしびだった。
味方であるハドラー親衛騎団たち、兵士ヒム・騎士シグマ・城兵ブロックの三名はミストバーンの暗黒闘気によって拘束されている。
女王アルビナスも死神キルバーンによって心臓部に死神の鎌を突き付けられて、身動きを封じられていた。

万事休すかと思われたその時、ハドラー陣営最後の一人が参戦する。
突如として飛来した鋭い氷柱がザボエラの脇腹をえぐり、そのまま地面へと縫いとめたのだ。

「ぐえええっ!」

ザボエラは潰れたカエルのような悲鳴を上げて苦痛に悶えた。

「よう、ハドラー様。ずいぶん面白いことになってるじゃねえか」

颯爽と空から降り立ったのは魔界帰りの新戦力。
ただの氷炎将軍から氷炎大魔将軍へと転職を遂げたフレイザードだった。

(フレイザードか。厄介なところで出てきおる)

親であるハドラーが離反した以上、フレイザードも自分に反旗を翻す可能性が高い。
ハドラー処刑の機会を逸した大魔王バーンは、光魔の杖の投擲を中断して様子見にまわる。

「へぇ、だいぶ様変わりしたじゃねぇの」

久方ぶりに再開したフレイザードは、超魔生物となったハドラーを見て愉快そうに笑った。
フレイザードにとってハドラーは親である。少しばかり容姿が変わっているからといって見間違えるはずもない。

「そちらもな。お前が無事に帰ってきてくれたのは嬉しいが、今は少々立て込んでいるところだ」

大きく成長して帰ってきた我が子の無事な姿を見て、ハドラーもニヤリと笑い返す。
魔界から帰還したフレイザードの身体は一回り大きくなっていた。左半身を覆う炎は勢いよく燃え上がり、右半身の冷気は鋭さを増している。
ハドラーはフレイザードと並び立つと、覇者の剣をバーンに向けて油断なく構え直した。

「だ、誰だ?」
「ハドラー様を助けてくれたのか?」

フレイザードと直接の面識がない親衛騎団たちは戸惑うが、ハドラーの窮地を救ったことから彼のことを味方だと認識した。
フレイザードがハドラーの窮地を救う最高のタイミングで介入できたことは偶然ではない。
彼はヴェルザー配下の協力者からある程度の情報を得ており、自分がミストバーンと戦うために最も都合の良い戦況になるまで待っていたのだ。

「フレイザードよ! ハドラーと親衛騎団たちは大魔王さまに背いた反逆者ぞ! 魔王軍の一員としての自覚があるなら直ちにハドラーを抹殺するんじゃ!」

氷柱から抜け出したザボエラが、腹部の傷が痛むのに耐えて声を張り上げる。

「ふーん。それでハドラー様よ、どうしてバーン様を裏切ったんだい?」

妖怪爺が出しゃばってきた流れでなんとなく聞いてはみたものの、フレイザードには既にその答えが分かっていた。
ハドラーがバーンと敵対するに至る理由など、一つしか存在しない。

「ハドラーの奴めは畏れ多くもっ!」
「うるせぇ! テメェには聞いてねえんだよ! せっかく生かしておいてやったのにぶっ殺されてェのか!」

バーン様への点数稼ぎも兼ねて、なんとか有利な展開に持っていこうと口をはさむザボエラを、フレイザードは恫喝して黙らせる。

「ふん、部下の身体に爆弾を仕掛けるような男に従う義理などないわ!」

ハドラーは自分を殺して捨て駒にしようとしたバーンの所業に腸が煮えくり返る思いだった。そしてなによりも――

「オレを謀ったバーンを討ち、そのあとでアバンの使徒たちと正々堂々決着をつける! オレの望みはそれだけだっ!!」

――宿敵である勇者ダイとの決戦に水を差された。ハドラーの反逆理由はその一点に集約される。


「カカカッ! いいねぇ気に入った! 周りの顔色うかがってビクビクしてたころよりもよっぽどいいぜ!」

フレイザードにとって最大の懸念だった、ハドラーとの共闘関係がここに成立した。
憂いが晴れたフレイザードの、透き通るようなオリジナル笑顔には一点の曇りも無い。

「オレの望みはこの手でミストバーンの野郎をぶっ殺すことだ。大魔王の方はハドラー様の好きにしてくれや」

いうが早いか、フレイザードは持ち前の跳躍力と飛翔呪文《トベルーラ》の力で、空中に浮遊しているミストバーンへと急接近する。

「いまこそ借りを返すぜっ! ミストバーンッ!」
「…………」

自分が標的にされたことに若干の驚きはあったものの、ミストバーンは闘魔傀儡掌でフレイザードを抑えにかかる。
そして、フレイザードという存在を侮っていたミストバーンはありえない光景を目の当たりにした。
戦闘態勢に入ったフレイザードの全身から放出された赤と青の暗黒闘気。魔炎気と魔凍気が、傀儡掌による干渉をはねのけたのだ。

「……なぜフレイザードが暗黒闘気を……」

フレイザードに対する迎撃は必要だが、すでに滅砕陣と傀儡掌で拘束している親衛騎団を逃がすわけにはいかない。
ミストバーンの一瞬の逡巡が、フレイザードに先制攻撃の機会を与えた。

「爆炎拳っ!」

フレイザードは魔炎気を凝縮した左拳で、ミストバーンの顔面を思いっきり殴りつける。
それはハドラーの超魔爆炎覇を彷彿とさせる攻防一体の突進攻撃だった。

「……くはッ!」

フレイザードの一撃がミストバーンを大きく吹き飛ばし、捕らえられていた親衛騎団たちを暗黒闘気の呪縛から解き放つ。

「オラオラオラオラァッ!」

フレイザードは炎のような凶暴性をいかんなく発揮して、息もつかせぬ猛ラッシュをかける。
ミストバーンに呪文攻撃が通用しないことを知っているフレイザードが選んだ戦法は、徹底した近距離格闘戦だ。
フレイザードの繰り出す爆炎拳と冷凍拳の連打が、ミストバーンの保有する暗黒闘気を削り取って確実にダメージを蓄積させていく。

(どこまでも殴り倒す! 徹底的になっ!)

あらゆる物理攻撃、呪文攻撃に極めて高い耐性を持つミストバーンに唯一有効なのが生命の力。闘気を用いた攻撃方法だ。
これが暗黒闘気の集合体であるミスト本体と同質の、純粋なる暗黒闘気による攻撃であれば、逆に取り込んで吸収することも可能だっただろう。
しかし、フレイザードが纏っているのは魔炎気と魔凍気だ。暗黒闘気の亜種による攻撃を、ミストバーンは無効化できない。

「……調子に乗るなっ!」

ミストバーンもやられっぱなしではない。
両腕にデストリンガーブレードを形成すると、カウンター気味の攻撃でフレイザードに切りつける。
両者の間で火花が散って、硬質のもの同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。

「ハッ、以前のオレならなすすべなく切り刻まれてるんだろうがなぁっ!」

フレイザードの両拳が、ミストバーンの刃を受け止めていた。
気炎を上げてラッシュを繰り出している最中であっても、敵の反撃の兆候を冷徹に見切って対応できる。
炎の熱さと氷の冷たさを兼ね備えた攻防一体の戦況判断。攻撃と防御の両立こそが、フレイザードの真骨頂だ。

(お、押し切れんっ! このパワー、超魔生物と化したハドラーにも匹敵するか!?)

強力な魔炎気と魔凍気によって強化されたフレイザードの拳は、ミストバーンの予想を大きく上回る硬度とパワーを備えていた。

「テメェしばらく見ねぇうちに弱くなったか? それともオレが強くなり過ぎちまったのか?」

バルジ島の戦いでは反応すらできなかったデストリンガーブレードの剣閃。
当時はかろうじて対抗するのがやっとだった闘魔傀儡掌の呪縛。
どちらも今のフレイザードであれば充分に対処が可能だった。ミストバーンの全力とはこの程度のものだっただろうか。

「カァッ!」

フレイザードは口元から燃え盛る火炎を吐き出してミストバーンの視界を奪う。
それと同時に魔凍気で創り出した氷の杭を、ミストバーンの身体の中心へと突き立てた。


***


「ウオオオオッ!」

ミストバーンの呪縛から解き放たれたハドラー親衛騎団の面々が、キルバーンに殺到する。

「まいったね。楽はできそうにない」

キルバーンはアルビナスに突き付けていた死神の鎌を彼女に突き刺すと同時、瞬間移動呪文《ルーラ》を唱えて離脱を図る。

「君たち、もう少し人質の安全とか考えたほうが良いんじゃないの?」

親衛騎団の突撃は明らかにアルビナスもろとも攻撃する勢いだった。
彼女を人質として盾にしようとしたり、止めを刺すことにこだわってその場に留まれば、キルバーンもただでは済まなかっただろう。

「ミストバーンの相手はフレイザード殿に任せます! シグマとブロックはハドラー様の援護を! ヒムは私と共に来なさい!」

少々の手傷と引き換えに、自由を得た女王アルビナスの指示が飛ぶ。
心臓部の防御にパワーを集中していたアルビナスの傷は浅い。心臓部の核《コア》さえ無事なら問題なく動けるのだ。

「おうよ!」
「心得た!」
「ウフフッ、さすがは女王様、良い采配だ」

接近戦に優れたヒムを前衛に、機動力と判断力に優れたアルビナスを後衛に据えることでキルバーンを抑える。
ハドラーの援護には、呪文を反射するシャハルの鏡を持つシグマと、防御力と突進力に優れた壁役をこなせるブロックを向かわせた。
フレイザードもミストバーンを相手に戦いを有利に進めており、現状すべての戦場でハドラー陣営が戦力優位を確立していた。

「この乱戦の中で、暗殺者である貴方を放置することはできませんからね」
「やれやれ、ボクは正面切っての戦いは好きじゃないんだけどな」

キルバーンは己が不利な状況に置かれていることを自覚している。
大魔宮の内部に誘い込んでの戦いであればいくらでも打つ手があるのだが、今回はなし崩し的に戦闘に突入してしまったために手持ちの札が少ない。
相手はオリハルコンの戦士たちだ。自慢の殺しの罠《キルトラップ》が使用できないのでは、有効な攻撃手段は限られてくる。

「まさか、最強を目指して組織された魔王軍幹部のことごとくが敵に回るとはねぇ」

バーン様の戯れにも困ったものだ。ミストが聞いたら烈火のごとく怒るだろう後半部分は口にしない。
最後まで魔王軍に残った幹部は元々腹心の部下であるミストバーンと一番の小物だったザボエラのみ。
そのザボエラですら、彼が超魔生物に改造したハドラーが今現在バーンを追い詰めていることを考慮すると差し引きマイナスといえる。
最強を目指して組織された六大軍団の試みは暗澹たる結果に終わっていた。


***


「あれは黒魔晶の輝き……! ヴェルザーめの差し金かっ!」

大魔王バーンの叡智は、フレイザードの強さの秘密を看破していた。
それは黒魔晶をはじめとする魔界の鉱物を取り込むことでキャパシティを拡張させ、その身に魔界の瘴気やマグマの高熱、永久凍土の冷気を蓄えさせることで成立する強さだ。
本来なら暗黒闘気を使えないはずのフレイザードが魔炎気と魔凍気を操っているのは竜の血を用いた呪法によるもの。間違いなくヴェルザーの仕込みだろう。

バーンがフレイザードに対する観察と考察に時間を割けたのはそこまでだった。
フレイザードがミストバーンに突撃したことで戦場の均衡が破られ、キルバーンはヒムとアルビナスを相手に正面戦闘を強いられている。
そして大魔王バーンにも、超魔ハドラー・騎士シグマ・城兵ブロックの三人が迫りつつあった。

「カラミティウォール!」

バーンは光魔の杖を振り下ろし、闘気に似た性質を持つ衝撃波の壁を前方に向けて放つ。

「ブローム!」

先頭に立ったブロックの巨体が衝撃波の津波を受け止める。そのまま両腕にパワーを集中すると、大魔王への道を強引にこじ開けた。
勇者一行との連戦で消耗している大魔王の攻撃に、オリハルコンのボディを問答無用で打ち砕けるだけの威力は無い。

「大魔王覚悟っ!」

ブロックが開いた隙間から、覇者の剣を構えたハドラーと疾風の槍を構えたシグマが飛び出した。

「こしゃくなっ」

バーンは片手から超圧縮した暗黒闘気を放ってシグマを迎撃し、もう片手で光魔の杖を振るってハドラーの覇者の剣を切り払う。
大きくサイドステップして間合いを取った大魔王の眼前に影が差す。改めて突進してきた城兵《ルック》の巨体が迫っていた。

「カイザーフェニックス!」

バーンはとっさに、もっとも頼りにしている呪文を唱えて敵を迎撃する。
しかし次の瞬間、突進してきていた城兵《ルック》は急停止。俊敏な動きで跳躍してきた騎兵《ナイト》が両者の間に降り立った。

「シャハルの鏡か!」

伝説の盾の特殊効果で反射された火炎呪文を、バーンは後方に跳躍しながら放った二発目のカイザーフェニックスで無理矢理に迎撃する。
至近距離で二羽の不死鳥が互いをむさぼり合い、爆発によって生じた熱風が大魔王の肌を焼く。

(二手無駄にしたッ!)

かつて感じたことがないほどの焦燥が、バーンの背筋を這い上がる。
部下たちが抜群のコンビネーションで稼ぎ出した大魔王の隙。
大きく優勢に傾いたこの局面を見逃すほど、彼らの王《キング》は甘くはない。

「超魔爆炎覇!」

空間を支配している火炎と熱風を切り裂いて、超魔生物ハドラーが大魔王バーンの生命へと肉薄する。

「光魔の杖よ!」

魔界随一の名工、ロン・ベルクが製作した最強の武器が、主であるバーンの呼びかけに応えてひときわ強く光り輝いた。


***


チェックメイト寸前の鍔迫り合い。押し切ったのは肉体の強度とパワーに勝る超魔ハドラーだった。
ハドラーにパワー負けした大魔王バーンは、地面で数回ほどバウンドしながら勢いよく吹き飛ばされた。
バーンはうつ伏せの状態で地面に這いつくばるという醜態を演じながらも、なんとか自力で立ち上がることに成功する。

「見事だハドラー。誇るがよい。お前たちに追い詰められたことで、余は伏せていた最大の切り札を切らざるをえん」

大魔王は自らの手元へと視線を落とす。光魔の杖には無数のヒビが入っていた。
いかに自己修復機能が備わっているとはいえ、これではしばらく使い物になるまい。
バーンは観念したように目を閉じると、影の男に念話を繋げる。

(ミストバーン。開帳を許す。魔王軍最強の力を持って、この場にいるすべての敵を葬り去るのだ)



[40244] 魔王軍最強の男とバーンパレス最強の守護神
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/08/29 00:05

(ミストバーン。開帳を許す。魔王軍最強の力を持って、この場にいるすべての敵を葬り去るのだ)

バーンからの念話を受諾したミストバーンは、直ちにバーンの元へと馳せ参じた。
すっかり草臥れてしまっている闇の衣の状態からは、ミストバーンの消耗ぶりがうかがえる。

「すまんな。ハドラーたちの力を侮っていたようだ」
「この場は私にお任せください」

ミストバーンの身につけている封印の首飾りが砕けて、闇の衣に隠されていた肉体があらわになった。
閉じられた両目と美しい顔立ち、腰まで伸びた鮮やかな灰銀色の髪と長く尖った耳。
衣の下から現れたミストバーンの素顔は、精悍な魔族の青年のそれだった。

「ミスト。こっちも少しばかり苦戦していてね。一度退いて体勢を立て直させてもらうよ」

足元の地面を透過してキルバーンが音もなく姿を現す。彼はこれまでの戦闘によって片腕を失っていた。

「ハドラー様!」
「ご無事で!」
「逃げるんじゃねェ! テメェの相手はこのオレだっ!」

ハドラーたちの元にアルビナスとヒム、そしてフレイザードが合流する。
魔王軍最強の力を持ってすべての敵を葬り去る。大魔王バーンから下された命令に従い、ミストバーンは単身で戦闘に臨む。

「私がバーン様をお守りする! この姿となった以上、私に敗北はない!!」

真の力を開放したミストバーンが力強く一歩を踏み出すと、対峙している者たち全員に緊張が走った。

(この威圧感、万全の大魔王バーンにも匹敵するか……!)

ハドラーがミストバーンの真の姿を目にするのはこれで二度目だ。
バーンと完全に同質の魔法力を持ち、強く静かな圧迫感を身に纏う魔族の青年。
ミストバーンの正体は大魔王バーンと同等の、いわば分身体とでも呼ぶべき存在だとハドラーは推察していた。


「第二ラウンド開始ってわけだな。火炎氷結呪文《メラゾーマヒャド》!」

フレイザードは臆することなくミストバーンに先制攻撃を仕掛ける。
放たれる火炎と吹雪にはそれぞれ魔炎気と魔凍気を練り込むアレンジが加えられており、以前よりも飛躍的に破壊力が増している。

「二つの呪文を同時に扱うか。器用なことだ」

ミストバーンは攻撃呪文を平然と掌で受け止めると、そのままフレイザードに向かって腕を突き出した。
発生した掌圧が、火炎と吹雪の両方を吹き散らしながらフレイザードの元へと迫る。

「おっと!」

掌圧が届く寸前、フレイザードは横っ飛びで回避した。
衝撃波による遠距離攻撃。現象としてはダイの海波斬に近いが、ミストバーンのそれは技ですらない力押しだ。

(チッ、パワーが馬鹿みたいに跳ね上がっていやがる。こいつは――)
(――これは生半可な攻撃では命取りになる!)

彼我の実力に相当な開きがあることを悟ったハドラーが、初手から自身の最高の技で勝負をかける。

「超魔爆炎覇!」

大きく助走距離をとったハドラーが、全身から魔炎気をたなびかせて突進する。
強力な魔炎気を纏わせた覇者の剣による一撃。それはハドラーたちに繰り出せる最大最強の攻撃だ。

「うおおおおおッ!!」
「バーン様から与えられた不死身の肉体を捨ててまでも己を高めようとする崇高な意志。ハドラー、お前は尊敬に値する男だった」

ハドラーに対して最大級の賛辞を贈ったミストバーンは、ハドラー渾身の必殺剣をただの手刀で迎え撃つ。
真正面からの力と力の激突。断末魔にも似た硬質な破砕音を響かせて、伝説の金属で造られた刀身はあっけなく砕け散った。

「は、覇者の剣が折れただとっ!?」

まるで勇者ダイと大魔王バーンの激突を再現したかのような一幕だった。
ハドラー級の闘気を帯びてさらに強固となったオリハルコン製の剣を破壊できる。
それはミストバーンが放った手刀の攻撃力が、大魔王バーンが持つ光魔の杖に匹敵するということの証明に他ならない。
あまりの驚愕に動きが止まってしまったハドラーに、ミストバーンは穏やかに別れを告げる。

「魔王軍最強の力を目にする栄誉を手向けとして、死ね」

放心状態にあるハドラーの命を奪おうと、ミストバーンの拳が振り抜かれる。


***


ミストバーンの拳が振り抜かれた先には、誰もいなかった。
盛大に空振りした拳。一拍遅れて発生した強烈な衝撃波が、大魔宮の床に大きな傷跡を刻む。

「これは……」

ミストバーンの眼前から、ハドラーの姿が掻き消えていた。

「すまんなアルビナス、おかげで命拾いをした」
「いえ、もったいないお言葉です」

間一髪、ハドラーを救いだしたのはアルビナスだ。
チェスの盤上において最強の駒である女王《クイーン》に備わった高速移動能力。
両手両足の封印を解いて真の力を開放したアルビナスは、文字通り目にも止まらぬスピードを発揮する。

「言ってる場合かよ。来るぜ!」

何事も無かったかのように歩き出したミストバーンを見て、フレイザードが警告を発する。
先程はまだ能力を知られていなかったから不意をついて救出できたが、もう同じ手は通用しないだろう。

「ハドラー様をやらせはしません!」

高速機動形態となったアルビナスが、目にも止まらぬ早業で四方八方からサウザンドボールを放つ。
しかしミストバーンはアルビナスの攻撃を当たるに任せ、一切の防御も迎撃もしないままハドラーの元へと歩を進めた。

「素晴らしい速さだ。まだこれほどの力を隠していたとはな」

絶えず高速で移動するアルビナスの動きはミストバーンの知覚では捉えきれない。
だが、相手の土俵で戦って時間稼ぎに付き合う必要はないのだ。
チェスの駒より生み出された親衛騎団は、王《キング》であるハドラーが倒れた時点で消滅する運命にある。

「牽制にすらならないなんて!」
「オレに任せろっ! 超熱拳《ヒートナックル》!」

ミストバーンは軽く右手を上げて、飛び出してきたヒムの必殺拳を受け止める。
次の瞬間、殴った力の反作用に耐えきれなかったヒムの左腕は、肩口から吹き飛んだ。

「なぁっ、嘘だろっ!?」
「化け物めっ!」

天高く跳躍したシグマが、全体重に加速と落下のエネルギーを乗せた疾風の槍で空中から襲いかかる。
ミストバーンの肩口に当たった槍の穂先は、突き刺さることなく拉げて潰れた。

「次から次へと……」

ミストバーンが突き出された槍の穂先を掴んで一振りすると、空中に放り出されたシグマは勢いよく床に叩きつけられた。

「ブローム!」

ミストバーンは最後の砦となって突進してくるブロックに向けて、シグマから取り上げた疾風の槍を投擲する。
超高速で飛翔した槍は、ブロックの顔面をぶち破って瞬時に行動不能に追い込んだ。

「マヒャド!」
「極大爆裂呪文《イオナズン》!」

フレイザードが全力で放った絶対零度の氷結呪文がミストバーンの肉体を瞬時に凍りつかせ、
同じく魔法力を最大まで増幅させていたハドラーの極大爆裂呪文《イオナズン》が炸裂する。

「やったか!?」

ミストバーンを襲った大爆発にヒムが喝采を上げる。
氷結呪文で細胞を凍らせたところを爆裂呪文で粉砕する連携攻撃。
どんなに強靭な肉体を誇ろうとも限界はある。相手が生物である以上ダメージは免れないはずだった。

「無駄だ」

太陽光を反射してキラキラと舞う細氷の向こうから、無傷のミストバーンが姿を現した。

「不死身……! いや、無敵か!」
「あらゆる攻撃が効かないだなんて、そんな馬鹿なことがあるはずが……」

総攻撃をすべて正面から打ち破られたことで顔を歪めるハドラーとアルビナス。

(まぁ無理だわな)

一方のフレイザードは達観していた。
あのミストバーンに対して、いまさらこの程度の小細工が通用するわけがない。


(冗談だろ。オリハルコンをはるかに上回る硬度を持ってる敵なんてどうやったって倒せるわけが――)

絶望の思考に沈みそうになる中、ヒムは一筋の光明を見出した。

「――そうだっ、フレイザード先輩っ! あんた炎と氷を同時に使えるんだろ。アレできるんじゃねえのか!」
「フレイザード先輩だぁ……?」

先に生まれた仲間に対する親しみと敬意が込められた言葉。心をくすぐる良い響きだ。
フレイザードは思わずにやけそうになる顔を必死に取り繕って平静を装った。

「できるんじゃねえかって言われてもな。アレじゃ分かんねえよ」
「こう、メラ系とヒャド系の魔法力をスパークさせる感じでバチバチっとだな。 ……あ、いまオレ左腕ないんだったわ」

両手に宿した呪文を融合するイメージを身振りで伝えようとしたところで、己の左腕がないことに気がついたヒムが照れ隠しに頬をかく。

「あらゆる物質を消滅させる極大消滅呪文メドローア。アバンの使徒の魔法使い、ポップが使う切り札です」

ヒムの要領を得ない説明をアルビナスが補足する。
この呪文の存在が最後の希望だ。フレイザードが持つ可能性にアルビナスも賭けてみるつもりだった。

「極大消滅呪文ねェ」

フレイザードは半信半疑で挑戦する。
両腕に宿した同威力の火炎呪文と氷結呪文を胸元でぶつけて融合させる。

「なるほど。つまりはこいつが――」

いささか制御が不安定ながらも、フレイザードの手元には消滅エネルギーの塊である光の弓が完成した。

「――極大消滅呪文《メドローア》だっ!」

フレイザードが撃ったメドローアの輝きが、ミストバーンの無敵の肉体を打ち砕かんと突き進む。
だが、フレイザードたちの試みをミストバーンが黙って見逃していたのは無論、それを完璧に防ぐ自信があるからだ。

「フェニックスウィング!」

ミストバーンの手から繰り出される超高速の掌撃。
燃え盛る不死鳥の名を冠した掌圧が、飛んできたメドローアを正面斜め方向にいるハドラーへと弾き返した。

「ぬおっ!?」
「ハドラー様ッ!」

虚を突かれて反応が遅れたハドラーを、咄嗟に反応したアルビナスが突き飛ばして庇う。

「ア、アルビナス……!!」
「ハドラー様、ご無事で…… どうかお逃げください……」

希望を託した閃光が過ぎ去った後には、悪夢のような現実が残された。
ハドラーの生命を守った代償として、アルビナスの左腕と下半身の大部分が消滅している。

「そうもいくまい。お前たちをおいて逃げるわけにはいかん!」

バーンに逆らい敵となった以上、この場に放置すれば間違いなく殺されるだろう。
オリハルコンの駒から生まれた禁呪法生命体である親衛騎団は、ハドラーの魔力による修復しか受けつけない。
行動不能に陥ったブロックとアルビナスを助けられるのはハドラーだけなのだ。

「けどよ、あの呪文でも通じないんじゃ本格的に勝ち目がないぜ」

ヒムが弱音を吐くことを咎める者はいなかった。
今のミストバーンはあらゆる攻撃が通じない絶対無敵の存在。それがハドラーと親衛騎団たちの共通認識だ。
最大の攻撃力を誇るハドラーの超魔爆炎覇が破られ、フレイザードが放った起死回生のメドローアも通用しなかった時点で勝ち筋がなくなった。

「ハドラー様、殿は私が務めます。どうかご決断を!」

このままでは全滅する。その事実を強く実感したシグマが撤退を進言する。
しかし、ここは大魔王バーンの居城たる大魔宮バーンパレスである。彼らの敵はミストバーンのみではない。


***


『ガーッハッハッハッ! 逃げようなどとは笑止なりっ!』

どこからともなく無駄に偉そうな声が響き渡る。
いつの間に布陣していたのか。ハドラーたちを遠巻きに囲むようにずらりと並んでいるのはオリハルコンの戦士たちだ。
七体の兵士《ポーン》に騎士《ナイト》僧正《ビショップ》城兵《ルック》がそれぞれ一体ずつ。合計十体もの超金属戦士たち。
そしてこのオリハルコン軍団を率いるのは、特徴的な口髭と頭の王冠がひときわ目を引く最後の一体。

「我輩こそはバーンパレス最大最強の守護神! 王《キング》! マキシマム!!」
「あ、ああっ!?」

自分たちと同じ姿をした新たなる敵の参戦に、親衛騎団たちは一様に驚きの声を上げた。
マキシマムによって操られる戦士たちは個別の意思こそ持っていないが、親衛騎団たちと同等の身体能力を備えている。

(ぐふふっ、賊どもめ、満身創痍ではないか。どいつもこいつもHPが最大値の半分を割っている)

得意のキングスキャンを使ってハドラーたちの体力を確認したマキシマムは、ニッカリ笑顔の裏で舌なめずりをする。

「掃除屋風情が。獲物の匂いを嗅ぎ付けてきたか」
「ハァー!? まさかとは思うがこの我輩に意見する気かぁ? 貴様見かけん顔だが何者だァーー!?」

マキシマムは耳に手を当てておちょくるようなポーズをとっている。
もちろん、バーンの側近であるミストバーンのことが本気で判別できないわけではない。ただの嫌味だ。
十体もの超金属兵を従えている自分こそがこの場の主役であり、主導権を握っているのだと、彼は素で勘違いしていた。

「ありゃあ、ただの馬鹿だな」
「自分がハドラー様の部下でよかったと、今ほど強く感じたことはない」

ミストバーンと張り合おうとする自称キングの命知らずっぷりに呆れ果てるヒム。
シグマもマキシマムへの嫌悪感を隠すことなく、もう一人の自分に憐れむような眼差しを向けた。

「下種が。お前ごときでは返り討ちに合うのは目に見えている。命が惜しければ何もせず大人しく見ていることだ」

そもそも真ミストバーンの素顔はバーン様本来の肉体のご尊顔なのである。
知らぬこととはいえ、それを侮辱するかのような発言は許しがたい。
己の分をわきまえないマキシマムの言動が、ミストバーンには心底不愉快だった。

「ガハハハハッ! 強がるのは止めておけ! もしも賊どもがバラバラに逃げ出した場合、貴様一人で追うことは絶対に不可能だッ!」

マキシマムはミストバーンのことをズビシッと指差しながら、独自の計算結果を突き付ける。
もっともミストバーンからしてみれば、ハドラーだけを追えばそれで済む話なのだが。いや、それよりも。

「私一人だと……?」

疑問に思ったミストバーンが振り返った先。
そこに居たはずの大魔王バーンと死神キルバーンは、忽然と姿を消していた。



[40244] 最終話 因縁の決着と物語の終わり
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/09/04 00:08

ミストバーンが二人の消失に気づく少し前のこと。

「すさまじいですね。本気を出したミストがここまで強いとは想像もしていませんでしたよ」

圧倒的な力を見せつけるミストバーンの後方。
大魔王バーンと共に観戦していたキルバーンは、軽い口調で喝采の声を上げていた。

(地上の勇者クンたちにはガッカリだったけど、これは思いもかけずチャンスが回ってきたかな)

飄々とした言葉とは裏腹に、キルバーンは内心で慎重にタイミングを計っていた。
ハドラーたちは超魔爆炎覇を破られ、覇者の剣を折られてもなお、戦意を喪失せずに戦い続けている。
彼らが粘れば粘るほど、ミストバーンの背中は遠ざかっていく。

(悪いねミスト。キミとは違って、ボクには大魔王を助ける義理はあっても義務はない……)

大魔王の腹心の部下であるミストバーンとは異なり、元々キルバーンは大魔王バーンの配下ではない。
魔界の奥地に封印されている冥竜王ヴェルザーこそが、死神キルバーンの本来の主人なのだ。

無言で戦場を見つめているバーンへと、キルバーンはひっそりと歩み寄る。
キルバーンの指先がバーンの肩に触れると同時、キルバーンの空間転移によって二人は戦場から姿を消した。

「玉座の間に戻ってきたか。なんのつもりだキルバーン」

バーンは大魔宮バーンパレスの中央部、天魔の塔の最上階へと転移させられていた。
行動の真意を問うバーンに対して、数歩下がって臣下の礼をとったキルバーンがうやうやしく返答する。

「大魔王様におかれましては、体力も魔力も限界とお見受けいたします」

額面通りに受け取れば休息を促すかのような台詞だが、その言葉には明らかに不穏な響きが含まれていた。
表向きはバーンの地上破壊計画への協力者として送り込まれたキルバーン、その本来の任務は大魔王バーンの抹殺である。

「ここで動くか。そうであろうな。この大魔王バーンがここまで追い詰められるなど、前代未聞の出来事だ」

バーンは余裕の態度を崩すことなく首肯して、キルバーンとの決別を受け入れる。
ここぞという場面が来れば敵に回る。それは最初から分かっていたことだった。

「余の覇業の完成を見届けることなく逝くか。それほどまでに余の首を欲するのであれば、それもよかろう」
「大魔王バーン様、お命を頂戴いたします」

キルバーンの持つ大鎌『死神の笛』が、ギラリと物騒な輝きを放つ。
次の瞬間、キルバーンは大魔王の首級を挙げるべく、猛然と切りかかっていた。

「……機を見誤ったな。この大魔王バーンをなめるでないわっ!」

多勢に無勢であればいざ知らず、一対一の戦いで後れを取るような大魔王ではない。
バーンはまるで息を吹き返したかのような素早い動きでキルバーンの懐に潜り込むと、そのまま腕を掴んで投げ飛ばした。

「極大真空呪文《バギクロス》!」

バーンが休息中に溜め込んでいた闘気と魔法力を一気に爆発させての二回行動。
圧縮された極大真空呪文による真空の刃が吹き荒れて、着地したキルバーンの全身を切り刻む。
キルバーンは辺りにマグマの体液を飛び散らせながらひとしきり踊り狂うと、壊れた人形のように足元から崩れ落ちた。

「ぐ、ううっ、まだこんな力を残していたとはっ……」
「この大魔王バーンの首、そう易々とくれてやるわけにはいかん」

油断ならない相手であるキルバーンに、小細工を弄する時間を与えるわけにはいかない。
決着を急ぐバーンの指先に、火炎呪文の魔力が灯る。

「今日までご苦労だった。さらばだ、キルバーン」

大魔王が放ったメラが、魔界のマグマに引火して盛大な火柱を巻き起こす。
紅蓮の業火による火葬。それは陽気な死神の最後にふさわしい、華々しい散り様だった。

「……!? こ、この光はまさかっ!」

キルバーンの罠を切り抜けたと思っていた大魔王の顔が驚愕に染まる。
渦を巻く火柱の中心から、別の破壊エネルギーが解き放たれようとしていた。

何のことはない。キルバーンと共にこの玉座の間に転移してきた時点で、バーンはすでに詰んでいたのだ。
キルバーンが暗殺の舞台としてこの場所を選んだのは本人の趣味もあるが、どこかに閉じ込めるよりも確実に大魔王の逃走を阻止できるためだ。
大魔王バーンはその矜持ゆえに、玉座の間で戦いを挑まれれば受けざるを得ない。そして戦いの勝敗に関わらず、彼は死ぬことになる。

キルバーンが自身の生命と引き換えに仕掛けた最大にして最後の罠。頭部に埋め込まれていた黒の核晶《コア》が作動する……!!


***


(バーン様への念話が繋がらない……!?)

異変に気づいたミストバーンは慌てて大魔王バーンに念話を繋げようとしたのだが、何らかの妨害によって連絡は遮断されていた。

「マキシマムッ! バーン様の身に危険が迫っている!」

平静を欠いたミストバーンが、マキシマムを手勢に大魔王バーンと死神キルバーンの行方を捜索しようとした直後だった。
ミストバーンの視界の端、大魔宮バーンパレスの中央部に位置する天魔の塔から、黒い閃光が放たれる。

(あの光はまさかっ)

ミストバーンは以前にも、同じ破壊エネルギーの輝きを見たことがある。
ハドラーの身体に埋め込まれていた魔界の超爆弾。黒の核晶《コア》を起爆させた時だ。
比類なき大爆発が、バーンパレスの中枢である天魔の塔を吹き飛ばした。遠く離れたミストバーンたちの元にまで、轟音と爆風が押し寄せる。

「おおおっ! バーン様ッッ!!」

ミストバーンが天を仰ぎ、虚空に手を伸ばして嘆き悲しむ。
大魔王バーンの半身を預かる彼は、他の誰よりも早くバーンの死を悟っていた。

「わ、我輩の軍団が崩壊していくだと!? なんだっ!? お前たちいったいどうしたというのだ!?」

マキシマム配下のオリハルコン戦士たちが弱々しい魔力光を放ち、次々とただの小さな駒へと戻っていく。
王《キング》であるマキシマムが健在であっても無意味なのだ。指し手であった大魔王バーンの死によって、駒たちはその役目を終えた。

「これは、まさか」
「バーンが死んだというのか……!?」

バーンとキルバーンの姿が見えないことにようやく気づいた親衛騎団たちとハドラーが、遅れて状況を理解する。

(へぇ、キルバーンの野郎がバーンを殺ったか。良い仕事するじゃねえか)

ヴェルザー陣営と一時的な共闘関係にあるフレイザードは、当然キルバーンの役割についても知っていた。
キルバーンこそがフレイザードに戦況の情報を流していた協力者であり、先のハドラーたちの猛攻を演出した影の立役者だったのだ。

(ミストバーンが動揺している今こそ千載一遇の好機!)

僅かな勝機を見出したシグマが、フレイザードの後ろへと素早く駆け寄る。

「フレイザード殿! いま一度メドローアを! たとえ弾かれたとしても、このシャハルの鏡で必ず仕留めて見せます!」
「断る。そいつはできねえ相談だ」
「そんなっ、何故ですかフレイザード殿!」

返答に納得できないシグマがフレイザードに食って掛かるが、正面からその姿を見て思わず息を呑んだ。
シグマと同じくフレイザードの状態を確認したヒムが悲鳴を上げる。

「りょ、両腕がっ!? これじゃメドローアはもう撃てねえっ!」

初めて使ったメドローアの魔法力を制御しきれなかったせいだろう。
極大消滅呪文を放った反動で、フレイザードの両手首から先は消滅してしまっていた。

(この土壇場でぶっつけ本番、見たこともない呪文を又聞きの知識だけで使ったんだ。無理もねえっ!)
(ハドラー様のため、その身を犠牲にして戦っている戦友に対して、私は何ということを……!)

ミストバーンに対抗できる唯一の攻撃手段が失われたことは残念だが、これは名誉の負傷だ。
深く感じ入って納得した様子のヒムとシグマに、フレイザードはあきれたように言葉を紡ぐ。

「そういう意味じゃねえよ。腕なら再生すりゃいいし、魔法力にもまだいくらか余裕がある」

少しの体力と引き換えに、失われた岩石部分を手の形に伸長して補い、魔炎気と魔凍気を纏わせる。
ヒムとシグマがあっけにとられるなか、フレイザードは瞬く間に腕を再生して見せた。

「オレが撃った呪文が防がれて、そっちの馬面が反射して奴を倒せたとしても、それじゃオレがミストバーンに止めを刺したことにならねえだろうが」

フレイザードがこの戦いに介入したそもそもの目的は、ミストバーンを自らの手で殺すことにある。

「共闘するのは構わねェ。ハドラー様の手前もあるが、お前らが一緒に仕掛けてくれたおかげでオレもずいぶん助かってる」

それが自分勝手な我が儘であることを自覚しながらも、フレイザードは自身の素直な思いを吐露していた。
フレイザードはハドラーのことを信頼しているし、己と出自を同じくする親衛騎団に対しても間違いなく好意を抱いている。

「だがな。ミストバーンはオレの獲物だ。あいつの首だけは、他の誰にも譲らねェ」

それでもなお、この一点だけは譲れない。ハドラーにとっての宿敵がダイなら、フレイザードにとっての宿敵はミストバーンだ。

捨て駒として踏みつけにされた屈辱。なすすべなく殺され続けたことへの怨念。
氷炎魔団の部下たちを失った痛み。ミストバーンを必ず殺すという魂の誓い。
『時の砂時計』のループによって積み重ねられた過去の因縁、その全てに決着をつける……!!

「勝てるのですか。あの化け物に」
「ハッ、心配はいらねえよ。両の腕で足りねえのなら、この身体のすべてをくれてやるまでさ」

ヒムとシグマに自分から離れるように伝えると、フレイザードは鋭く前を見据えて魔法力を全開にする。

「考えてみりゃ簡単なことだ。普通に撃っても通用しねえのなら、この身体すべてを肉弾と化すのみっ!」

両腕に宿した火炎呪文と氷結呪文を胸元で融合させる。ここまでは通常のメドローアと変わらない。
フレイザードが左右の身体のバランスを意図的に崩して融合を加速させると、スパークした魔法力が拡大して両腕から全身へと広がっていく。
やがてフレイザードの身体すべてが、極大消滅呪文の輝きを帯びた。

「先輩っ、無茶だっ!?」
「覚えとけよ後輩…… 自分可愛さに保身を図るような奴に勝利はねえ…… 最後に勝つのはっ!」

それはフレイザードが持つ氷炎属性と、メドローアの原理の親和性が高いからこそ実現可能な究極形態。
極大消滅エネルギー生命体。その活動時間は持って数分。生命活動を維持するだけで莫大な魔法力を消耗していく歪な存在だ。

「生命を捨ててでも勝利をもぎ取る覚悟がある奴なんだよぉぉぉっっ!」

あらゆる物質を消滅させる光の化身となったフレイザードが、ミストバーンに向かって飛翔する。

「こいつで終わりだっ! 弾丸爆花散っ!」

フレイザードの切り札である最終闘法は、メドローアを組み合わせることによって更なる進化を遂げていた。

「……!?」

バーンの死に衝撃を受けて呆然と立ち尽くしていたミストバーンが、迫りくる濃密な殺気に反応する。
我に返ったミストバーンが見たものは、視界を埋め尽くすおびただしい数の光の弾丸だった。

「決着の時だ! 約束を果たしに来たぜ! ミストバーンッ!」

消滅呪文の魔力を帯びた光弾が、無数の流星群となってミストバーンに殺到する。
ミストバーンは力任せに地面を蹴って、空高く舞い上がった。
避けきれなかった光弾の一部が、ミストバーンの足のつま先を消し飛ばす。

「逃がしゃしねえよッ!」

即座に逃げを打ったミストバーンを、フレイザードの弾丸爆花散が追尾する。

(これは避けきれんッ)

圧倒的なパワーと無敵の防御力を誇っているため目立たないが、この姿になったミストバーンの機動性はあまり高くない。
これは『凍れる時間の秘法』によって封印されているバーンの肉体を、憑依しているミストが無理矢理に動かしていることによる弊害だった。
本来動かないはずのものを動かしているために、複雑な動作をしようとすると、どうしても動きがぎこちなくなってしまう。

(……大魔王様のお言葉はすべてに優先する……)

大魔王バーンの最盛期の肉体を守護する。それがミストに課せられた最大の使命である以上、ここで退くことは許されない。
我が身かわいさに大魔王バーンから与えられた責務を放棄することは、ミストの道具としての矜持が許さない。
不可能であることは諦めることを意味しない。ミストバーンは不退転の覚悟を持って、フレイザードの最終闘法を迎撃する。

「フェニックスウィング!」

左右交互に繰り出される不死鳥の羽ばたきが、殺到する光の洪水を弾き返し、吹き散らした。
しかしそれでも、意志を持つ拡散追尾メドローアとも言うべきフレイザードの弾丸爆花散を凌ぎきることは叶わない。

(もう少しだ、もう少しだけ持ってくれよオレの身体!)

掌圧によって攻撃の軌道をそらされることは最初から織り込み済みだ。
フレイザードは掌圧に防がれた弾丸を誘導し、巧みに再配置することでミストバーン包囲網を完成させる。
弧を描いた弾丸が、光の檻となってミストバーンを押しつぶす。上下左右正面背後。どう動こうと逃れようのない全方位からの一斉攻撃だ。

「フェニックスウィングッ!」

もしもこの場で大魔王バーンの肉体を捨てたなら、不定形の存在であるミスト本体だけであれば生き延びることも可能だったかもしれない。
しかしその道は選べなかった。バーン様から預かっている大切な肉体を破棄すれば、ミストは自らの存在意義を自分で否定することになる。

「ウオオオオオオッッ!!」

ミストバーンは雄叫びを上げて、愚直なまでに迎撃を繰り返すが、その程度の抵抗では焼け石に水だった。
鮮血が飛び散るわけではない。苦悶の声が漏れるわけでもない。
ただ、消滅エネルギーの光に貫かれた無敵の肉体が、次々と削られて消滅していく。

数十発もの光弾をその身に浴びて、ズタズタに引き裂かれてしまったミストバーンの頭上に光が集まった。
消滅エネルギー生命体としてのフレイザードの最後の力が、光り輝く巨大な槍を形作る。

「バーン様、申し訳ありませ――」

死に際にミストバーンの口から発せられたのは、やはり大魔王バーンへの謝罪の言葉だった。
降ってくる光の鉄槌に蒸発させられて、ミストバーンの無敵の肉体とそこに宿っていた精神体は、光の彼方へと消え去った。

「こ、こっちに来るなあっ! 吾輩を巻き込むんじゃないっ!」

ミストバーンを消し去った光の槍の射線上。運悪くその場所にいたマキシマムが悲鳴を上げる。
元々はミストバーンを狙っていた攻撃の流れ弾に過ぎない。動きが鈍重なマキシマムとはいえ、逃げられるだけの時間的な余裕は充分にあった。

「ぎゃああああっ!」

本人が腰を抜かして座り込んでさえいなければ。


***


ハドラーとバーンの魔王軍頂上決戦は、フレイザードの助力とキルバーンの後押しを受けたハドラー陣営の勝利で幕を下ろした。
爆発で中枢部を破壊され、機能を失った大魔宮バーンパレスは、ゆっくりと上昇を続けている。やがては宇宙の彼方へと去り行く運命だろう。

「皆よくやってくれた。オレはお前たちを誇りに思う」
「もったいないお言葉です」
「ブローム!」

アルビナスとブロックはハドラーの魔力によって修復されていた。すでに外観だけは元通りだ。

「けど、フレイザード先輩が死んじまった……」

もう会えなくなってしまった戦死者の存在を悼み、ヒムは悲しみの表情で項垂れる。
さっと視線を交わしたシグマとアルビナスは微かに笑みを浮かべると、ヒムのいる方向に軽く頭を下げた。

「ご助力に感謝致します。フレイザード殿の力添えがなければ我々は全滅していたでしょう」
「そうですね。フレイザード殿のおかげで助かりました。私たちだけではミストバーンには歯が立ちませんでしたので」
「おうよ! お前ら、もっと褒めるがいい! なにせオレ様の活躍なしに勝利はなかったんだからなぁ、ぎゃははははっ!」

ヒムの耳元から声がした。なにやら高笑いして調子に乗っているのは、間違いなくあの人の声である。
思わぬ展開にギョッとしたヒムは、目を見開いて自分の右側にそーっと視線を向ける。
手のひらサイズに縮んだ小さなフレイザードが、いつのまにやらヒムの肩に乗っていた。

「先輩っ!? あんたミストバーンと相打ちになって死んだんじゃあっ!?」
「馬鹿かお前。オレが本体である核《コア》まで使って特攻するわけねーだろうが。直前に核《コア》と最低限の身体だけは切り離しておいたんだよ」
「きったねえっ! 騙しやがったな!」
「あんまり心配してくれるんでついな。本気で死んだと思ってた、間抜け野郎には良い教訓になっただろ」
「……良かった。本当に良かった」
「あん? 泣いてやがるのか?」

フレイザードの生還を喜ぶヒムの両目からは、嬉し涙が流れていた。
まさか泣かれるとは思っていなかったフレイザードは、どうしたものかとアタフタした挙句、ヒムに詫びを入れるハメになる。

(ミストバーンとは決着をつけられたし、可愛い弟分たちもできた。悪くねえ、悪くねぇな)

ミストバーンへの復讐劇を終えたことで、フレイザードの精神は過去の呪縛から解放され、新たな未来へ向かって歩き出すだろう。
大魔王バーンを倒す戦いに一役買い、魔王軍最強の力を持つミストバーンを打ち倒したことは、まさに不朽不滅の大手柄だ。
そしてなによりも、共に死線を潜り抜けた仲間たちに温かく迎え入れられたことで、フレイザードの心はかつてない幸福に満たされていた。


戦後処理と今後の方針について話し合うのは、ハドラーとアルビナスの役割だった。

「どうやら、あのダニは逃げだしたようですね。戦いの最中にも一度も姿を見せませんでした」
「ザボエラのことなら捨て置いて構わん。大魔王の後ろ盾を失ったのだ、もうオレたちに関わろうとはせんだろう」
「確かにあれは弔い合戦をしようなどとは考えないでしょうが……」

ハドラーはザボエラの生命を奪うことに消極的な様子だが、アルビナスにとってあのダニの生存は不安要素でしかない。
アルビナスは独断でもザボエラを探し出して、始末することを心に決める。

「そういえばハドラー様。あの二人の処分はいかがいたしましょう」
「オレは覇者の剣の修復が済み次第、勇者ダイとの決戦におもむく。死なぬ程度に傷をいやして牢屋へ放り込んでおけ」

バーンに敗れて息も絶え絶えの状態だが、勇者一行の内の二人、ヒュンケルとクロコダインは戦場の片隅で生き残っていた。

「戦いの巻き添えで死んでいてもおかしくはなかった。アバンの使徒たち。まこと悪運の強い連中よな」

ハドラーの口元には笑みが浮かんでいた。
彼は勇者ダイはもちろんのこと、海に落ちたポップやマァムに関しても、その生存を疑ってはいない。

「そのことですがハドラー様。どうか和解をお考えください。もはや勇者たちと戦う必要などありません」
「それはできん。オレは奴らの師匠であるアバンをこの手にかけ、ダイの父親であるバランの死の原因にもなった男だ」

勇者の後継者と元魔王。手に手を取って仲良くするには、積み重ねてきた業が深すぎる。

「オレが死んだらお前たちも生きてはおれん。お前たちにはすまないと思っている」

ハドラー様の望みを果たすためならば命など惜しくはない。
アルビナスを除く親衛騎団たちは、覚悟の面持ちでハドラーに頷いた。

「し、しかし……!!」
「なにも死に急ごうというわけではない。だが、オレにはもう時間が無いのだ。分かってくれ、アルビナス」

復活したフレイザードは、ハドラーと親衛騎団たちのやりとりを眺めているうちに、バルジ島でのミストバーンとの戦いのことを思い出していた。
自分を救うために命を投げ出してくれた氷炎魔団の部下たちの懸命な姿と、ハドラーの死を回避するために言葉を尽くすアルビナスの姿が重なって見える。
陽気に踊るのが大好きだったフレイムや、目端の利くブリザードの兄弟は今も元気でやっているだろうか。

「なぁハドラー様よ。勇者の小僧に勝っても負けても、あとの生命はこいつらのために使ってやってくれねぇか?」
「無論そのつもりだ。もっとも、今のオレは全力の戦闘にそう何度も耐えられる身体ではない。勝ったとしても、生命が残っている保証はないがな」
「約束したぜ。それじゃこいつはお守り代わりだ。ハドラー様が持っておいてくれ」

勇者との決着を望む気持ちが痛いほど分かるフレイザードには、戦いに赴くハドラーを止めることはできない。
だが、ハドラーが生還する確率を少しだけなら上げることができる。

「これは、いつぞやの砂時計か?」
「ちょっとしたマジックアイテムだ。あくまで貸すだけだからな。勇者との戦いが終わったら返してくれよ」
「ふっ、生き残って返しに来いという激励か。ありがたく受け取っておこう……!」

フレイザードからの餞別を受け取ったハドラーは、後日、生涯の宿敵である勇者ダイとの決闘に臨むことになる。
因縁の宿敵となったミストバーンを倒すための、フレイザードの長い戦いは終わった。
大魔王バーンとミストバーンの死はあまねく世界に伝えられ、それを成し遂げた者たちの物語は、後世まで語り継がれる伝説となるだろう。

『フレイザードと時の砂時計』(完)



[40244] あとがき
Name: アズマ◆f6e2fcf0 ID:35b7df2e
Date: 2014/09/09 00:14

多数のテンプレとこれはない要素が満載ッ! 見るがいいっ! これが作者渾身のっ、超絶地雷SSだぁっ!!
……というのは冗談です。この作品を完結まで書ききることができたのは読者の皆さんのおかげです。ありがとうございました。

あなたが「これはない」と思ったssについての考察・雑談スレさんで、
チンピラ悪党主人公はアカン、逆恨みの復讐劇はアカン、復讐を遂げた犯人が幸せになるのはもっとアカン(意訳)
と言っていたのに触発されて、ちょっと説得力を持たせた「これはない」を書いてみました。

「ヤムチャさん馬鹿にされすぎだろ。常識的に考えて」が大きな動機だった『ヤムチャ in H×H』と似たような経緯ですね。
第一話からして主人公がモブキャラたちを大虐殺。しかも国を一つ滅ぼしたことを上司に褒められるという「これはない」が展開されます。

・仮にも命の恩人に対して躊躇なく闇討ち。勇者たちに対しては卑劣な人質作戦を実行して勝利。
・非常に個人的な怨恨から同僚を罠に嵌めたり、所属している組織を裏切ったりする。
・相手と対等な立場にこだわる主人公が、格上の大物を相手に強気な態度で交渉する。
・物怖じしない姿勢を評価され、原作屈指の実力者から気に入られて超絶パワーアップ。
・バタフライ効果無視の原作沿い展開。きっと描写されていないどこかで帳尻があったんだよ。

このあたりの展開とかも「これはない」を意識していました。
ただし主人公の属性がそもそも邪悪だったり、交渉相手にも打算と思惑があったりと、それなりに理由と説得力を持たせてあります。
クククッ、フレイザードさんの放つ正統派主人公オーラに恐れおののくがよいわ!(読み返してみるとマジで主人公してます)


***


以下、引っ掛かっている方がいそうな部分に関する補足説明や、作品語りなんかをつらつらと。

親衛騎団からフレイザードへの好感度がとても高いのは、ハドラー様から信頼されているのとバーン戦で助けに入ったのが主な要因です。
彼らからの好悪判定では、ハドラー様に認められているか否かと、ハドラー様にとって有益か否かが非常に大きいのです。

死亡後の時間巻き戻し復活は、ゲーム版ドラクエ主人公たちが持つ基本能力です。
本作に登場する『時の砂時計』は世界観を逸脱した、いわゆる規格外の力(チート)ではありません。

神の力を手にした男が、その力に頼ることの限界を悟り、己の才覚で事を成し遂げた後は、最も信頼する家族にそれを贈った。
とか書くとフレイザードさんが硬派な主人公っぽいですね。ほんの少しだけ、安易な神様チートに対するアンチ要素が含ませてあります。

バルジ島にいるはずなのに登場すらしないバダック老とゴメちゃん。実はヘイト作品である疑いが!(ジョークです。当方に悪意なし)
物語の本筋に影響しないので、テンポも考慮して彼らの描写は省きました。最終決戦にピロロが登場しないのも同じ理由です。

前書きにある「原作に忠実とは言いがたい、ご都合主義的な展開が含まれています」という文言について。
主にメタ視点から見てもありえないくらいの最善手を連発できるフレイザードの強力な主人公補正のことです。
空烈斬の習得と魔弾銃の破損イベントが発生していないことによる、バタフライ効果を検証していないことも指しています。

勇者一行は活躍しません。と前書きにあるのに、スタイリッシュ降伏からの共謀グランドクルスで大活躍したヒュンケルさん。
彼とクロコダインのことは魔王軍扱い…… というわけではありません。彼の影響力が作者の想定を上回ってしまっただけです。

作中に外れ考察や勘違いネタが多く仕込まれているのは、作者が書籍版オーバーロードから影響を受けたためです。
ループした記憶を持つフレイザードと、その他大勢の登場人物たちと、原作知識を持つ読者たちとで認識が違うという構図ですね。

後々にはネタバレするのでしょうが、作中時点ではフレイザードの行動の真意について正確に把握している人物は存在しません。
フレイザードはハドラーに逆らえないから敵には回らないと語るバーン様も、原作を知る読者からの視点だとニヤニヤできたりします。
最終話でも「約束を果たしに来たぜ! ミストバーンッ!」とか言っちゃってますが、ミストバーンには意味が通じていません。

原作での設定は不明ですが、本作の作中設定ではハドラーが死んでもフレイザードは死なないとしています。
バルジ島でハドラーが死んだときに、フレイザードが余裕綽々だったことが一応の根拠ですね。
本作では親衛騎団がハドラー死亡後に生き残れないのは、チェスの駒の性質を受け継いでしまっているため、という解釈になっています。

感想板のやりとりで話題になりましたが、前半戦の時点でダイかミストバーンを殺すと、フレイザードは後に処刑される可能性が高いです。
フレイザードさんがこれらの死亡フラグを回避してバルジ島から生還するのは、とても奇跡的なことなのです。

最後にこの世界と原作世界の差異について。
勇者一行と大魔王との最終決戦が無くなったので、レオナはミナカトールを習得せず、ポップの勇気覚醒もお預けです。
ヒュンケルはラーハルトが蘇生してきた時点で魔槍を返して剣士に戻ります。両腕が無事なのでロンベルクは今後も現役続行ですね。

その他大きな相違点として、ピラァオブバーンの投下による被害が無く、内蔵されていた黒のコアも地上に残りません。
ピロロ、ザボエラ、ゴメちゃんは最終話時点で健在ですし、ダイは(決闘で死ななければ)行方不明にならずに地上世界で暮らせます。
あとヴェルザー様は魔界で大笑いしています。これも全部フレイザードさんってやつの仕業なんだ。

以上、作者のあとがきでした。



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