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[39800] 【更新停止】名探偵コナン+まじっく快斗の世界で、ファンタジー世界生まれの犯人が生き足掻く話(オリ主物・安価SSの加筆再構成)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2018/05/01 20:41
※この作品は2018年4月30日より、投稿時の不具合のためarcadiaでの更新を一時停止しています。詳細は最新記事(番外編13~15)下部の告知をご覧下さい※

タイトル通りの作品です。
元々安価SSだったのですが、作者がハマりこみ、普通のSSにしてみたくなったので、Arcadiaに投稿します。
全5部構成予定です。安価SS時代の作品にシーン加筆・筋書き変更等を行っています。

※予め下記の事項を読んだ上で、当作品をお読み下さい※
推理要素は、無くは無いですが結構薄めです。
マジキチではありませんが、(魔術的な意味で)ファンタジーです。

↓以下、当作品の今までのあらすじです。微妙にネタバレ注意↓

【第1部 あらすじ】
 夏の日。大阪拘置所に居るはずの殺人犯、坂田祐介が姿を消し、道頓堀の料理屋で遺体が見つかる事件が発生。同日、東京の拘置所からも沼淵紀一郎が消えた。
 2つの事件の関連性が疑われる中、ネットの掲示板に遺体画像つきで犯行声明を出す者がいた。犯人は「異世界から召喚されたサキュバスだ」と名乗り……

【第2部 あらすじ】
 第1部から数日後。入院した『蘭』の見舞いで、コナンと『蘭』の両親は警察病院を訪れた。が、今の『蘭』には、男性に言いづらい相談事があるという。
 英理達を病室に残し、小五郎とコナンは談話室に向かう。自販機目当てで入ったその談話室で、何者かに刺殺された男性を発見し……

【第3部 あらすじ】
 『蘭/サキュバス』が病院から消えた。大きく報道され騒ぎになる中、坂田・沼淵殺害事件で使用された掲示板に、病院から脱走した理由を弁解する書き込みが出現。
 召喚者が代理で書き込んだ内容は、『蘭』の家族にとっても、警察にとっても、大変に衝撃的で、受け入れたくない説明で……

【第4部 あらすじ】
 『蘭/サキュバス』と召喚者は、己の生命のために本格的に動き始めた。最初に実行したのは、人質を取った上での警察への脅迫行為。
 人質事件が世間に明らかになる頃、ある刑事が肝炎の悪化で入院。別の刑事には『彼女』からの手紙が来る。一方、ネットの掲示板では、誰にとっても想定外の告白が登場していた……

【第5部 あらすじ】
 生きて会いたい相手の生死不明。『蘭/サキュバス』は、一時的に精神が不安定となった。召喚者はそんな『彼女』を支えつつ動く決意を強固にする。
 警察すら下手な動きが取れない状況で、召喚者達の寿命の秘密が政府首脳に伝わる。『彼女』の理想を巡って、重要な決断が下される……

【番外編:サキュバスの手記 官吏アポリアの物語 あらすじ】
「一番身近であった魔術師の話を、なおかつ、一番自信を持って書ける私の身内の話を、物語として書こうと思う」
 ――『サキュバス』が書き綴るのは、女官吏アポリアの、生涯の転換点となった数日間。
 拘置所被告殺害事件の凶器の来歴や、世界を渡るまでの経緯にも触れる、『サキュバス』の故郷の物語。

↑以上、あらすじでした↑


なお、安価スレ時代の元スレはこちら。トリは◆oJG7c/xJmMでした。
【安価】服部「とんでもない事件が起きたで工藤!!」(SS速報VIP 第1部~第2部を掲載)
【安価】??「名探偵コナンの世界で生き延びる」コナン「……!!」(SS深夜VIP ↑の移転先。第1部~第3部まで掲載)
※元スレの閲覧は自由です。ただし、ここの感想掲示板でのネタばらしは避けて頂くようお願いします。

※2014年4月22日 ハーメルン様でも掲載始めました。

※4月26日 第1部完結しました。

※4月29日 その他板に移転。
        第2部開始しました。また第1部の1~3までを統合、その後ろの話も合わせて変更しました。

※7月24日 この記事にあらすじを追加しました。

※11月1日 第2部完結しました。11月一杯使って第2部を改稿の後、第3部を開始します。
 (なお、1日~3日まで某所にて自晒ししてました)

※11月22日 タイトル変更しました。
 旧:名探偵コナンの世界で、ファンタジー世界生まれの犯人が生き足掻く話
 現:名探偵コナン+まじっく快斗の世界で、ファンタジー世界生まれの犯人が生き足掻く話

 なお、本日より第2部改稿版の再投稿を開始します。
 プロローグ・エピローグ含めて全13話分を、1日1話か2話ずつ毎夜投稿する予定です。

※12月7日 登場人物まとめ(主要人物編)を投稿しました。
         第3部を開始しました。
         感想掲示板に読者の方々への募集があります。御協力頂けましたら嬉しいです。(→12月20日に締め切りました)

※2015年1月4日 この記事に第3部あらすじを追加しました。

※3月15日 4部作への変更に伴い、タイトル冒頭に追記しました。
 時系列順まとめを掲載後第4部を開始します。

※5月19日 この記事に第4部あらすじを追加しました。

※2016年5月1日 第4部完結しました。1日~4日にかけて、第1部~第4部まで、各部の最後に登場人物まとめの挿入作業を行います。
 また、5部作への変更に伴い、この記事冒頭の記述を変更しました。あらすじも近いうちに加筆します。

※5月5日 第4部タイトルの変更作業、IF話の移動、第5部あらすじの加筆を行いました。

※2018年4月25日 番外編あらすじの加筆を行いました。

※4月30日 更新一時停止。詳細は、番外編13~15の記事下部の告知をご覧下さい。



[39800] 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話 プロローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/06 23:39
8月6日 午前1時55分 大阪 道頓堀 『料理屋 天界』

営業時間外の料理屋に忍び込む二人組。20代半ばの男と、10代半ばの少女。
――こんな組み合わせの情報を字面だけなぞってみたら、この社会の普通の人は、売上金目当ての泥棒なんかを連想するのだろうか。
そんな想像の中で描かれるのは、年上の男の方が主犯で、年下の女を従えている、頭の足りないコソ泥ペア、くらいの図式だろう。

まぁ、実際は全く違うんだけど。
……と、分厚い布地を床の上に広げながら、現に店に不法侵入している当の二人組の片割れ、15歳の『彼女』は心の中で呟く。
実際のところ、主犯は未成年の『彼女』の方で、成人の彼は従犯どころか完全なる被害者だ。
そもそも、この店に忍び込んでやりたい事は泥棒ではない。そんな事よりも遥かに大それた、この社会が忌み嫌う行為。

窃盗目的の不法侵入者なら、暗闇の中をレジや金庫目当てに素早く走り回るのだろうけども、この料理屋は、今は明るかった。
正確に言えば、電気は点けていないけれど、空間の中が明るくなるようにしていた。
今のところここは、質の悪い術符で作った結界の中。外から見た場合の遮光としても、内側の照明としても、結界の術符は、現時点では十分に機能を発揮している。

さて、床の上に布地を敷き終え、埃を落とすつもりで両手をはたいた。
それから、数秒の沈黙。覚悟を決め、布地を指差して彼に告げる。

「上半身全部脱いで、その上に横になって」

およそ10歳年上の彼は、……逡巡はしたが抵抗はしなかった。
息を吐いて気合を入れ、勢いで恐れを誤魔化し、服を一気に脱いで捨てて、あおむけに寝転がってくれた。
この場所に連れて来た段階で、彼の口数は極端に少なくなっていたから、覚悟はしようとしてくれていたのだろうか、と、想像する。

布地の上に半裸を晒す彼の顔色は、青を通り越して白かった。
目をきつく閉じ、じっとしようと努力はしているのだろうが、全身まるごと恐怖に震えていた。
その身体を見下ろし、元職が、この国の、……治安系の公務員だけあって貧弱な身体つきではないのだな、と、思いはするが、その思考も声には出さず。
『彼女』は黙って膝を着き、腰に佩いた剣を抜く。

この環境には、――結界が展開された営業時間外の料理屋、という空間には、『彼女』が行うことを咎める者は誰も居ない。
二人きりの場所で、彼が抵抗しない今、これからやる行為を止められるとしたら、それは『彼女』の決断でしか有り得ない。

「……苦しませは、しないよ。一瞬で終わらせるから……」

今更中断する気は無いというのに、覚悟を決めていたというのに、声に感情の揺らぎが出てしまうのは何故なのだろう。
未熟から来る動揺か、それとも、作法通りの作業を続けると、失われてしまう物への未練か。
作法通りの作業とはすなわち、力を込めた言葉を唱え、剣を振り下ろしてしまうこと。
やり遂げれば、色々な意味で、『彼女』は後戻りできなくなる。

彼に告げた言葉は、実際に行われていた物の模倣だ。
これから先の作法も、途中までは模倣が続く。
『彼女』が目指した職業で、職を任ぜられた時、どんな奴でも最初に必ずやらされるという、儀式の、――処刑の儀式の模倣。

もう、絶対に叶わない進路だが。
合法的な形で、生きている相手に剣を振り下ろす日常も、『彼女』が元々就きたかった仕事に就いていたのなら、たぶん、有り得た。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月6日 午前2時頃。道頓堀の料理屋で。
後の犯罪史に残る『彼女』の事件の、最初の犠牲者は、この時生じた。

前代未聞の事件だった。荒唐無稽な被疑者の事情も、その後の経緯も、何もかもが。
多くの者を巻き込み、また後味の悪さをも残した大事件の、最初の被害者が、この料理屋で『彼女』に殺された彼だったのだ。


※4月12日 初出
 7月1日 文章を全面改訂しました
 2016年5月6日 しっくりこない言い回しを修正しました



[39800] 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話-1
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/02/28 17:18
午前7時15分 毛利探偵事務所 3F

RRRR RRRR……

夏休みの、朝。
ラジオ体操と朝食を終えて二度寝を堪能しようとしていた俺は、横になって5分後にスマホの着信音で起こされた。

「……服部か、どうしたんだ朝から?」

「とんでもない事件が起きたで工藤!!」

「……ぅるせーな服部、電話越しに大声出すのはやめてくれ。俺は起きた直後なんだぞ」

初っ端の怒鳴り声は耳に悪い。この調子で話されると俺が難聴になる。
抗議を受けて自身の興奮状態を自覚したらしい服部は、声量を落として事情を説明し始めた。

「おぅ、スマン。……今、俺の携帯に連絡が入ったとこなんやけど、とんでもない殺しが起きたって」

「……誰が殺されたんだ?」

「人殺して首になった元刑事の坂田はんが、『天界』で、殺されたのが見つかったって」

一気に眠気が吹っ飛んだ。誰が、どこで、何故、殺された?

「はぁ!? 何だって?」

「スマン、説明が足りんかったな。『天界』ちゅーのは料理屋や。道頓堀にあるゲテモノ料理屋で、旨いゴキブリの佃煮で有名なんや。
 この間、俺も和葉や家族と食いにいったんや」

「そりゃ確かに有名になりそうな店だが、……そんな物を、家族で食べに行ったのかよ。
 ってか、何でそんな所であの刑事が死んでるんだ!?」

大事件を起こしたあの刑事が、そんな場所に居るはずがない。
と、言外に込めた意思をくみ取った通話相手は、それを否定せず更に話し続ける。

「どう考えても大事件やろ? 
 坂田はんな、自殺未遂での怪我の治療終えてから(※作者註 原作19巻参照)、逮捕されて免職になっとんのや。
 今は、拘置所に居るはずの人間やったんやで?」

「そりゃそーだ……、あの刑事、結構人殺してただろ?」

あの事件で殺害された人数は、確か4人。
5人目を殺そうとして、こいつに止められて、紆余曲折あったが身柄を確保されていた、はずだ。

「ああ、そやから独房に居ったのに、夜0時くらいの真夜中に、突然、拘置所から消えたらしいんや。
 拘置所が大騒ぎになったんやけど、一向に見つからへん。
 で、今朝になって、料理の仕込みに来た『天界』の大将が、店の1階で死んでる坂田はんを見つけて、通報したんやと。
 詳しくは聞いてへんのやけど、遺体の様子はホンマにズタボロだったそうや」

「……独房や料理屋に、手掛かりは残っていないのか?」

拘置所から坂田を連れ出した何者かによる、殺人事件。
大阪府警は、間違いなく血眼になって現場を検証しているはずだし、遺留品を全力で分析しているはずだ。そうしていないとおかしい。
これは、前代未聞の、途轍もない重大事件なのだから。

「大滝はんから聞いた話なんやけど、坂田はんの消えた独房の中は、カピカピのティッシュだらけだったそうや。
 料理屋にも遺留品はあるらしいけどな、……詳しくはまだ教えてもらってへん」

「ティッシュだらけ? 独房が?」

「俺も驚いて聞き直したで。ティッシュの色は赤だったんやて」

「……そうか」

それは、平次に話したという大滝さんの言い回しが不味い。
単に『カピカピのティッシュだらけ』とだけ聞けば、確かに、その、変な意味で誤解する。

「直前の看守の見回りではそんなモンなかったそうや。
 『今鑑定中やけど、おそらく血液やろ』って大滝はんは言うてた。
 色も匂いもそんな風に染まって乾いたティッシュが、独房にぎょーさん転がってたそうや」

「変な遺留物だな、……それ」

ナニまみれのティッシュでなくとも、血まみれのティッシュは、それはそれで不自然だ。
服部は更に、他にも変な状況を教えてくる。

「ああ。言い忘れとったけど、坂田はんが居なくなる少し前に独房の監視カメラが壊れたらしいで。
 で、故障に気付いた看守が、独房に向かって、坂田はんが消えたのに気付いたんやて。
 看守が到着する前、独房からは将棋の駒音みたいな音が聞こえた、て。
 独房の床は、見てみると穴が空いとったらしい。壁にも穴が空いてたそうや」

「……なあ服部。普通、拘置所の独房の床や壁に、穴があるはずないよな? 日頃、脱走防止のために看守が確認してるはずだ」

「せやな。そもそもその手の建物は、大抵コンクリートで頑丈にできとるはずや。
 仮に看守が聞いた音が、穴を空ける音やとして、……将棋の駒音程度の音で、どうすれば穴が空けられるのか、さっぱり分からへん。
 ……まあ、穴の大きさとか大滝はんから聞いてへんから、詳しいことは分からへんのやけど。
 遺体の様子とか、坂田はんが居た独房の状況とか、詳しい事分かったらまた連絡する」

「ああ、頼む」

さっぱり分からないのは、俺も同じだ。
不自然な証拠と手がかりを残しながら、誰が、何故、どうやって、あの元刑事を殺害したのだろう?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前11時55分 大阪府警 本部長室

「結局、死因自体は、心臓を刺されてほぼ即死やったようです、が、
 上半身に着ていた物を脱いだ後に刺されたようで、綺麗なまんまの服や肌着が、死体の周りに転がっとりました。
 あと、独房に有ったのと同じような赤いティッシュも、大量に残っておりました。
 ティッシュをぶちまけて、その上に衣類が転がって、その上に死体っていう順のようです」

朝から今までの真面目な捜査の結果として、一通りの分析結果は集まる。
所轄署に立ち上がった捜査本部から、本部長と刑事部長に、ひとまず報告が上がる程度には。

「ということは、身体がズタボロやったんは死後の傷か?」

服部本部長の問いかけに、報告者は頷いた。

「はい。
 検視の結果では、心臓を刺した後、注射器か何かで身体の血を抜いて、それから心臓の刃物を抜いて、硬い棒状の何かで全身を殴りつけ、その上で消化管をもぎとったそうです」

「……ひどいな、これは」

写真を見て、遠山刑事部長が呟く。
料理屋の1階、床の上に倒れていたという坂田の死体の有様は、報告内容通りの無残さだ。
刑事事件をいくつも見てきた経験からしても、誰かが意図的にこれほどまで痛めつけた遺体は、滅多にない。

「まぁ、『天界』の大将も最初はショックで吐いていたそうですから……。
 大将が言うには、『天界』は夜中0時に最後の客が帰って、それから店員も色々片付けとかの作業をして、0時半には客席から人が居なくなってたそうです。
 それで、朝5時に店の仕込みに来た大将が死体を見つけて通報した、と」

「『天界』があるの、道頓堀やろ? 
 坂田が拘置所から居なくなったのは0時頃、道頓堀の方の監視カメラに手掛かりは有ったか?」

大阪拘置所に監視カメラは山ほど有った。
が、『坂田の独房内のカメラ等、肝心な物は全部直前に壊れていた。壊れた原因は不明』――という報告が、既に上がっていた。
『天界』は、道頓堀という大阪有数の繁華街にある。そちらにも、路上の人の動きを見る監視カメラの1つや2つ、絶対にあるはずだ。
拘置所と同様に壊れている恐れはあるにしても、はなから諦めて監視カメラを調べない、というのはおかしい。

「それが、……偶然、『天界』の出入口を見つめてる監視カメラがあって、午前2時頃、店のすりガラスの向こうで、変な物が撮れてました。
 詳細は鑑定中ですが、一見見た感じだと、スケボーに人が乗って跳ねてたような動きでした。
 数秒間だけ店の電気がついて、そんな物が見えて、……すぐ電気が消えて、変な物も消えとりますが。
 他には、目ぼしい手掛かりは、何も」

今の報告の言い回しに、本部長は違和感を覚えた。
店の中に、『誰か』が入り込んだのは違いない。店に入る、その時の場面が撮れていたのなら、今、絶対に報告しているはずで……

「……そんなのが撮れてるのに、誰かが店に入るのとかは、撮れてないんか?」

「はい。今言ったのと同じ監視カメラが、記録してました。
 ……店員が夜中に店の戸を閉めてから、朝に大将が仕込みに来るまで、正面の出入り口からは、誰かの出入り自体は有りません。
 他の場所から出入りの痕跡が無いか、調べてはいるんですが、……今の時点では痕を見つけきれてないようです」

なるほど、それならば、監視カメラの内容の報告は、先ほどのような言い方になるのだろう。
納得した本部長は、更に報告を促す。

「そうか。……他に、分かったことは?」

「はい、……拘置所や現場に大量に残っていた赤いティッシュの正体は、案の定血染めでした。ハツカネズミの血です。
 それと、拘置所の独房に空いた穴については、床の穴ができたのは消灯後のようです。
 真下の階が雑居房で、『上の階にぶち抜くような穴は、寝るまでは無かった』て、全員が言ってます」

「その雑居房の面々は、事件当時は、何か目撃はしてないんか?」

そう質問したのは刑事部長の方だ。

「……全員、寝てた、らしいです。夜中でしたから。
 あと、床や壁に穴ができた分、コンクリートが下に落ちるはずですが、何故か見つかってません。
 他には、……拘置所も、『天界』も、細かく調べてますけど、不審な指紋や体液は今のところほぼ採れてません。
 ただ、独房から、一つだけ、看守でもない女性の体液が、……卵細胞を含む体液が採取できました。もちろん、今、解析中ですけど」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後1時 寝屋川市 服部家

「……現時点での大滝はんの情報は、今言った感じや。
 まさかお前、『天界』の中でスケボー使って跳ねたりせえへんよな?」

冗談めかした言葉であっても、相手にとってはどうやら洒落にならないボケであったらしい。
通話相手のちっさい探偵から、半分キレたツッコミが来た。

「んなわけあるか!! お前から話を聞くまで店の存在自体知らなかったんだって!!
 大体俺はここ1週間東京から動いてないぞ!!」

「スマン、冗談や」

ハハハ、と笑って誤魔化すと、コナンが溜息を吐き。それでとりあえず、話題は変わった。
大滝警部からの情報を聞いた、感想へ。

「しっかし、聞けば聞くほど訳が分からない事件だな」

「そやな」

『訳の分からない事件』、……それ以外に、どんな言い方が有るのだろうかと、平次は思う。
手掛かりはあるにはあるが、トリックも犯人の目的も一向に分からない状況の、この事件に。

……ププッ ププッ……

「……他から電話掛かってきた。大滝はんや。いったん切るで」

「おう」

コナンの側との通話を切って、割り込みを掛けてきた警部につないで話しかける。

「……もしもし? 事件は進展があったん?」

「平次君大変や!! 今、東京から連絡が入ったんやけど……」

ただ事でないことが起こったらしいと、声を聞いてすぐ分かった。

「何があったん?」

告げられたのは、なるほど確かに途方も無く重大なニュースだった。
坂田がああやって死んだ今となっては、余計に重大になる事件の知らせ。

「昼の12時頃、沼淵紀一郎が、拘置所から消えた!! 東京高裁で裁判中で、小菅の拘置所に居ったはずやのに!!」

「……何やて!! 沼淵て、坂田はんの事件の時に捕まった強盗殺人犯やないか!!(※作者註 原作19巻参照)」

坂田の事件に、ばっちり関係していた奴だった。
3人もの人間を手に掛け、逃亡先の大阪で坂田に監禁され、坂田の犯した罪を被せられそうになった、凶悪犯。
坂田同様、今は、拘置所に居るはずの人間である。

「そや。
 今のところの連絡では、沼淵の独房では、坂田が消えた時と同じように、赤く染まったティッシュが散乱してて、独房の壁と床に穴ができてたらしい」

「……どう考えても、坂田の事件と関係あるやんけ」

平次の当たり前の感想を、大滝は肯定する。

「そやな、こっちも同じように考えてる。大阪府警だけで解決できる事件やあらへん、って。
 今は、第一報が入っただけなんや。また、なんか分かったら連絡するで」

「分かった。頼むで」

それだけ喋ったら、相手の方から電話が切れた。
平次は息を吐き、更に息を吐き、頭をクールダウンさせて、一言。

「……工藤にも連絡するか」


※4月12日 初出
 4月29日 第1部―1~3までを統合しました
 2015年2月8日 服部家の場所のミスを修正しました(大阪市と書いていましたが、正しくは寝屋川市)



[39800] 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話-2
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/04/29 21:13
午後2時53分 都内某所

『彼女』は、遺体を見下ろしていた。
『彼女』が拘置所から連れ出して、『彼女』が命を奪った存在。
『彼女』の目的のためには、必要な生命だった。

「……」

『彼女』はしばらく考え込んでから、荷物から携帯電話を取り出した。
そして……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後2時56分 大阪府 某警察署 拘置所被告殺人事件捜査本部

「大滝さん! 大変です!!
非番の奴からの電話で……、インターネットの掲示板上に、坂田と沼淵の遺体の画像が上がってる、って……
犯人の犯行声明と一緒に!!」

とんでもない報告に、大滝だけでなく、周囲の人間すべてが色めきたった。

「何やて? その掲示板、どこや!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【グロ注意】ある拘置所での事件のあらまし【私が犯人です】

1:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 14:55:00.00 ID:XXXXXXXXX
まず、私がやった証拠を見せてみる。撮影時刻は今日の2時&14時

1件目:さかた ゆうすけ
wktk.vip2ch/com/dl.php?f=vippeXXXX.jpg
2件目:ぬまぶち きいちろう
wktk.vip2ch/com/dl.php?f=vippeXXXX.jpg

 で、今から書くのはずっと準備してたメモ帳からの転載

2:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 14:55:30.00 ID:XXXXXXXXX
 私はそもそもこの世界の存在ではない。
 この世界では非常に稀な魔力の保有者が、召喚術をミスし、誤ってこの『世界』に呼び出された者だ。
 召喚した者は魔術陣の上の私を見て術式の失敗を悟り、そして私の言う事を聞いて、頭を抱えた。

 陣から出なくてもすぐ分かる。陣の外の『世界』は、私の体力をじわじわと苛む毒で満ちている。
 私は魔術陣から出たがらず、だから陣は活きたままでいた。
 従って、活きた魔術陣が召喚した側の魔力を吸い取り続けながら、私は、陣の向こうの召喚者と交渉した。
 交渉の中で、召喚者は私を『サキュバス』と呼び続けた。その名が、私の生態に合っているから、らしい。

 『サキュバス、貴女は元の世界に戻るか、この世界に身体が馴染むように作り変えないといけない。
  そうしないと、いずれ『世界』に消されてしまう。でも、魔力が私には足りない。
  この世界の人間を殺し、生命力を奪い、生贄にして、新たな術式を練らねば、どちらも出来はしない。
  でも流石に一般人を巻き込みたくない。
  必要な生贄は罪人に限らせてほしい。それで良いなら、術式を作るのに、私は召喚者の義務として協力する』

 他に細々とした交渉を経て、私は召喚者と契約し、そして目的のためにふさわしい方法を探し始めた
 さて、殺人者としての私に聞きたいことはあるかな?
 ↓1~5 までの間に出てきた質問には答えよう。当然、答えられない質問は有るけどね。

3:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:56:00.03 ID:AAAAAAAAA
 ああ、厨二病が末期に…
 どうしてこんなことになるまで放っておいたんだ!!

4:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:57:02.06 ID:BBBBBBBBB
 言ってることが一万歩譲ってマジだとして、
 お前は故郷に帰りたいの? それともこの世界で生きたいの?
 どっちなの?

5:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:57:04.09 ID:CCCCCCCCC
 あなたの精子に転生してもいいですか?

6:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:57:59.12 ID:DDDDDDDDD
 自首できないかな

7:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:58:14.15 ID:EEEEEEEEE
 ふるさとに蛍見に行って捕まったぶっちーコロコロするくらいなら時たまウロついてる全身真っ黒けの厨臭い変態集団もぶち殺しとけよ
 あいつらマナー悪いし真夏でもコートとかマジキチwwwwくっさwwwwww

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後2時58分 大阪府 某警察署 拘置所被告殺人事件捜査本部

ひとつのパソコンの画面を、何人もの捜査員が見つめる。
沼淵の方は判断が付かないが、少なくとも坂田の方の死体の写真は、本物臭い。おそらく被疑者本人の書き込みだ。
無論、書き込み内容が真実かどうかは、今は、判断は保留すべきだが。

「ちょうど今、範囲指定の5レス目がついたところか」

「発見してすぐの通報だったようですね」

通報した非番の人間は、ひょっとしたらスレ立ての瞬間を目撃していたのかもしれない。
すぐさま捜査本部がこのスレを把握できたのだから、そのことについては運が良い。

「……お、スレが伸び始めたな」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:58:32.18 ID:FFFFFFFFF
 おいおい
 マジかよ

9:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:58:40.21 ID:GGGGGGGGG
 キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!

10:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 14:58:47.24 ID:HHHHHHHH
 落ちつけよお前ら、絶対このスレ警察が見るからな!!
 もしかしたら今見てるかもしれんぞ

11:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 14:58:51.00 ID:XXXXXXXXX
 質問ありがとう
 ちょっと回答打ち込むから待っててね

 あと警察関係者の方にお知らせ
 警察関係だと名乗った上で質問してくれたら、その質問に一つだけ答えます

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後2時59分 大阪府 某警察署 拘置所被告殺人事件捜査本部

「……どうされますか?
こっちが何か書くんなら、早く決めたほうが良いんでしょうね。一般人が、警察詐称して何か書くかもしれんので」

「やろな……、当然、あんまり変な質問は書けへん。相手もこっちの正体を信じへんやろし、あとで上から怒られるで」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後3時 都内某所

「……」

『彼女』は携帯のメモ帳に一心に文章を打ち始めていた。
掲示板の向こう、『彼女』の答えに期待している者がいるのだ。質問に答えると決めた以上、返信を打たねばならない。

>ああ、厨二病が末期に…
 どうしてこんなことになるまで放っておいたんだ!!
 →厨二病かどうかは貴方達の判断に任せるよ

>言ってることが一万歩譲ってマジだとして、
 お前は故郷に帰りたいの? それともこの世界で生きたいの?
 どっちなの?
 →

「……」

『彼女』の、指の動きが止まった。
自分がどうしたいのか、とっくに決めていた。後は考えを打ち込み、投稿するだけだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

39:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 15:02:48.27 ID:IIIIIIIIII
 警視庁の高木刑事だ
 君に協力できるかもしれない
 出頭してくれないか

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後3時3分 大阪府 某警察署 拘置所被告殺人事件捜査本部

「……警視庁の方も、これを見てるんでしょか?」

「かも知れへんな。本物の書き込みかどうか分からへんけど」

沼淵は、都内の拘置所から消えた。警視庁は、おそらく大騒ぎになっている。
このスレに気付いているなら、その警視庁の人間がスレに書き込んでも、何ら不思議はないのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

42:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 15:03:53.00 ID:XXXXXXXXX
>ああ、厨二病が末期に…
 どうしてこんなことになるまで放っておいたんだ!!
 →厨二病かどうかは貴方達の判断に任せるよ

>言ってることが一万歩譲ってマジだとして、
 お前は故郷に帰りたいの? それともこの世界で生きたいの?
 どっちなの?
 →私は、身体を作り変えて、この世界で生きたいと思う。
  この世界で消え去りたいとは思わない。でも、生まれた故郷に未練はないから。

>あなたの精子に転生してもいいですか?
 →私は一応、分類上は女なんだけど?

>自首できないかな
 →自首する気はないし、自首したとしても警察は困ると思うよ。たぶん。
  術式完成前の逮捕だと、さっき言った事情で、この世界に苛められて私が消えちゃう。
  術式完成後だと、私の身体がこの世界の人間と同じになってるから
  拘置所から人を連れ出すのに使った、私の力が消えちゃう。犯行立証できないじゃん。

>ふるさとに蛍見に行って捕まったぶっちーコロコロするくらいなら時たまウロついてる全身真っ黒けの厨臭い変態集団もぶち殺しとけよ
 あいつらマナー悪いし真夏でもコートとかマジキチwwwwくっさwwwwww
 →言ってる対象が誰なのかはわかる。
  一応、確定死刑囚から捕まってない犯罪者まで、世間に知られてる分は検討したからね。
  殺る順番とか誰を殺すかとか、生贄にする上での相性とかあって、対象外になった人達がかなり居るけど。

50:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 15:05:36.00 ID:XXXXXXXXX
>警視庁の高木刑事
 たぶん警察は協力できない。私もさっき言った事情で自首出来ない。
 ところで貴方の書き込みは質問じゃないね。
 もう一件、他に警察の人が聞きたいことあれば答えるけど?

61:VIPにかわりましてHIDEがお送りします [sage]:20XX/08/06(火) 15:07:29.31 ID:IIIIIIIIII
 先程の高木刑事と同じく、警視庁の白鳥です
 貴女は、どこの端末から書き込んでいるのですか?
 そもそも、何故、このスレッドを立てようとしたのですか?
 教えては頂けませんか?

202:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 15:15:48.40 ID:XXXXXXXXX
>警視庁の白鳥さん
 今使ってる携帯は、大阪の『天界』で拾った物だよ。たぶん、お客さんか店員さんの忘れ物じゃないかな?

 あと、このスレを立てたのは、術式に失敗したときの保険のためだよ。
 この世界には、魔力持ちがホントにいなくて、政府にそれ関係の知識がないんだってさ。
 私の召喚者がひとりだけ力が突出してて、他に数段落ちる人が数人。みんな政府を避けてる。

 私が喋らない限り、私がやった殺しの動機も、これからやることも分かるわけ無い。
 でも、こういう風に喋れば、万一私がこれからやる術式に失敗したとき、化け物じゃなく、知性体に対する態度で、貴方達が看取ってくれるかもしれないから。

 不思議だよね、単に『私の身体の構成の、変な部分を変換して、新たな一人の人間になる』のと、
 『この世界の人を取り込んで解体して、私の記憶と魂を入れて再構成する』のとでは、後者のほうが楽なんだ。
 どっちも失敗のリスクはあるけど、召喚者と私は、散々考えて後者の方法に決めた。

 どれだけ探しても相性の良い罪人が見つからなくて、取り込む対象が一般人になっちゃうんだけどね。
 つまり、上手くいけば、私がその一般人と融合して、この世界で生きることになるということ。召喚者にとっては苦渋の決断だったみたいだね。

 それじゃ、携帯の電源を切るよノシ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後3時16分 警視庁 捜査一課

「長文を書いたな、コイツ……」

「どうやら本人が語りたいことについて、ピンポイントで質問できたようですね」

目暮警部の呟きに、白鳥警部が応える。
非番の千葉がこのスレに気付いて、慌てて一課に連絡して、それで一課に居た面々が書き込んだ、という流れだ。
警察を騙るふざけた書き込みにも邪魔はされず、こちらからの書き込みで、犯人からこういう長い返信が返ってきたなら、大失敗ではない、と、信じたい。

「佐藤君、掲示板の管理者に連絡は着きそうかね!? 高木君は、大阪府警に問い合わせを!! 書き込みの内容の確認を急げ!!
『天界』の従業員や客が携帯を忘れてないか確認するんだ!!」

「「ハッ!!」」


※4月13日13時7分初出
 この掲示板の禁止ワードに引っかかる部分や、表記の乱れを、投稿後に編集しました。



[39800] 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話-3
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/05/10 20:53
午後4時半 大阪府警本部 本部長室

RRRR RRRR……

電話が鳴った。坂田の事件の、捜査本部からだ。

「……どうや、例の書き込みの真偽は?」

「すぐウラが取れました!
 『天界』の大将の奥さんが、昨日の夜、店に携帯を忘れてたようです!その携帯から、書き込みや写真の投稿がされてました!!
 『事件のせいでバタバタしてて、携帯探すの後回しにしてた』て、奥さんは言うてます」

「で、その携帯の電波は、どうなっとる?」

「やはり午後3時前後に東京で電源入れた痕跡があって、今は電源が切れとるようです。
 少なくとも、例の事、書き込んだのは奥さんじゃありません。昼前までここの署に居ましたし、今もここに居りますし」

つまり、あの書き込みが犯人側の書き込みだということが、ほぼ確定する。
坂田を殺した何者か、あるいはそれに近い者が、『天界』で忘れ物の携帯を盗んだ後、東京に移動し、沼淵を拘置所から連れ出し、おそらくはどこかで殺害、あの掲示板に書き込んだ、と。

「そうか……、そやろな」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後5時30分 警視庁 捜査一課

「警部、沼淵の死体が見つかりました! 坂田と同じく、かなり痛めつけられているようです!」

ふたり目の犠牲が発見されたという、その報告に、目暮警部は噛みつくような勢いで問いかけた。

「どこにあったんだ、高木!!」

「べ、米花町にある和食の料理屋さんです! 2週間前まで営業していたところだそうです」

「……やはりか」

そう言う場所に遺体が有ったなら、遺体の発見に至るのは、まあ順当な話だ。
携帯の電波の範囲内にある、人の居ない飲食店を虱潰しに探し回るよう、捜査員に指示が出ていたのだから。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後6時 米花町 とある路上

「……」

『彼女』は術で姿を隠しながら、獲物になるはずの若い娘を見つめた。
普通に、高校の部活から帰宅する途中の娘は、『彼女』に見られていることに気付くはずもない。

見つめるほうの『彼女』の身体は、この『世界』に毒され、ズタボロだった。
本当はもっと慎重に事を進めたかった。しかし、身体が衰える勢いは止まらず、稚拙にならざるを得なかった。
今回、ネズミの血で染めた符を多用した。触媒も紙も、極めて簡易な、妥協の産物だった。
そんな符で練り上げた術は本当に荒く、失敗と隣り合わせだった。

実際、失敗した。
結界が、独房の壁を抉るわ床を抉るわ、防音機能がおかしいわ、挙句の果てには『天界』で光りながら暴走し、剣やら棒やら死体やらを跳ね飛ばす事態にすらなった。

でも、そんな苦労も報われてほしい、と『彼女』は思う。
時折、身体から体液が漏れる満身創痍でも、どうにか術で身体を隠し、『彼女』は自ら成り変わるはずの娘を見つめる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後6時25分 都内 とある雑居ビル 2F

少しばかり埃っぽい床の上で、蘭は呻いた。

「ぅん……」

「目が覚めたのか」

1月前まで大手のファストフード店が入っていて、今はテナント募集中になっているビルの2階で、ふたりきり。
ローブを纏い、濃灰色の仮面を着け、かつローブの下は全身包帯だらけの『彼女』の姿は、蘭にどんな印象を与えているのだろう。
間違いなく、決して良い印象ではあり得ない。

「……あなた、誰……?」

思考力も運動力も魔術のせいで一時的に落ちている、呂律のまわらない被害者の精一杯の問いかけに、しかし加害者である『彼女』は答えない。

「恨みたいなら恨んでも良いよ。私には、貴女達に謝る言葉は無いから」

「ぇ……?」

蘭の誘拐自体は順調に完了した。
その後の作業も、魔術陣の準備も順調だ。あとは、もう本当に『ちから』を流すだけ。

蘭から取り上げた衣類やら鞄やらは、今『彼女』の手元にある。
蘭のスマホを使えば、犯行声明を書き込んだ時の掲示板に、遺言を残すのも有りだ。
ただ、そうやって書き込めば、たぶん携帯の電波を辿って警察が来る。
術式に成功した場合に、ここに書いた陣を隠ぺいした上で、知らん顔をして『普通の市民として生きる』道が消える。

掲示板に遺言を投稿すべきだろうか、『彼女』は少し考えて、――そして、決断した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【妄想か】拘置所被告殺人・犯人書き込み考察スレ4【実話か】

192:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 18:32:51.40 ID:XXXXXXXXX
 ちょっと遺言をメモ帳にまとめたので、その書き込みに来た。
 今、例の術式に使う一般人を誘拐していて、その人の端末から書き込んでる。

 念のため言っておきたいんだけど、その人はあくまで一般人。
 先に殺した二人とは違って、『罪人ではない』ことを、ここに明言させてもらうよ。

 あともう一つ明言しておくけど、召喚者は、最後の最後まで、術式の対象に罪人が使えないか、調べ回っていたよ。
 最初の、2人の生贄だって、罪人に拘らなければ、もっと相性の良い人見つけられたハズだった。
 でも、召喚者はかなり強く『この2人にしてくれ』って言ってきて、私が妥協した。

 この世界は、本当に苦しいね。
 世界一の魔力持ちの召喚者は、最初から魔力不足になってた。今は最初以上に苦しんでて、身動きが取れなくなってる。
 準備できた術式の媒体は質が悪くて、私もかなり無茶したよ。

 もう、私は、放っとくと半日くらいで消えちゃいそうな体調なんだ。

201:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/06(火) 18:33:30.43 ID:XXXXXXXXX
 それから、私が故郷に戻ろうとしない理由も書いておくね。
 戻ったところで、『父方の親族(特に実父)に殺されかねないから』なんだ。

 母方の親戚が死んでから、放棄できない種類の財産相続で、かなり揉めててね。
 今15歳の私が願った進路を、無理矢理諦めさせて、監禁して、孕ませてから殺して、産んだ子の保護者として遺産横取りする算段を父方が立ててた。
 絶望的な話だけど、そういう行為は常識外れではあるけれど、あの場所の法には一切触れないから、余計に性質が悪い。

 異世界に行ったのは、向こうの技術ですぐ分かる。
 戻らなかったら事故死扱いで、相続権は母方の誰かに行く。
 私が戻ったら父方の計画が復活して、相続権が私に戻って、相続し損なった母方の誰かからも恨まれる。

 私が生きようとする望みを持つ限り、召喚された『この世界』で生きる方法を、探すしかなかったんだ。


 P.S
 警察の皆さん
 私が居る場所が分かっても、魔術陣が光ってるならその光に触れないほうが良いよ。
 運が良ければ、光に触った部分が、身体から欠落するだけで済むけど、最悪のケースだと、建物を巻き込みながら、魔術陣が私達の身体ごと爆発四散するよ。

 誰も触れなくても、単に術式が失敗しただけで、最悪、爆発になるリスクがあるんだけどね。
 逆に言えば、光が完全に無くなれば、結果の如何を問わず、術式自体は完了した事の目印になる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後6時35分 都内 とある雑居ビル 2F

「ぁ……」

蘭がその時最後に見たのは、
自分の胸に向けて血染めの剣を振りかざす、全裸の女の子の姿だった。


※4月13日20時50分初出
 犯人の書き込みが丸々1レス派手に改行ミスしていたので、投稿後に修正しました。
 4月19日 改行ミスが残っていたので修正しました。

 2015年5月10日 蘭の持っている端末を携帯からスマホに変更



[39800] 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話-4
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/04/29 21:12
午後7時15分 ???の屋敷 2F ???の部屋

東京都内のとある場所に、ありえないほど広い敷地の中にそびえ立つ、古めかしい屋敷がある。
その屋敷の住民は、本来は、ふたり。高校に通う年齢の若い娘と、その娘に仕える執事だ。
もちろん屋敷のあるじなのは、執事ではなく娘の方で、彼女は今、酷く体調が悪いため自室で臥せっている、……筈だった。

「やっぱりね。自称ジャーナリストが勝手に出てきて、ネットで中継始めると思ってた」

ベッドの中で上半身を起こし、膝に掛けた毛布の上のノートパソコンから、彼女は、誰かが生放送中の現場の様子を見る。
遺体写真投稿後に祭りになっていたスレで、犯人がああいう書き込みをして、その後、人通りがそこそこある場所の、空きビルの2階が異常に光り始めたのが発見され……
あっという間に通報されて警察がすっ飛んで来たのだろうし、掲示板も更に祭りになって、野次馬が大集結することになる。
そして集まった野次馬の中には、現地から中継を始める奴が、……予想通り、実際に、出た。

今、画面の向こうの現場は、中々にぎやかなようだ。
あのビルの周囲、結構広めに規制線が張られていて、規制線の内側では警察車両と関係者の行き来が激しく、外側は野次馬の数が凄まじい。
肝心のビルの2階の様子は映せないらしく、警察車両と関係者と野次馬しか映っていない中継だが、人でごった返してる環境なのはとにかく伝わる。

「今は、こういう時代なのでしょう、……それにしても、起きていてよろしいのですか?
 無理をされて、本当に、回復出来ないほどに御身体が壊れてしまうのではないかと、……私めには、それが恐ろしくてたまらないのです」

執事は、画面を覗いて感心はするが、それよりもあるじの体調が気にかかるらしい。
そもそも、ノートパソコンを持って来る以前に、ベッドの中から携帯電話を使って掲示板を見るのにも難色を示した執事である。
どうも、あるじが半分死にかけているとでも思っているらしかった。

「大げさよ。私の体調が、今以上に悪くなる要素は無いわ。
 ……そもそも、体調の良し悪しには関係なく、私は、見守らなきゃいけないでしょう? ……私が、召喚したのだから」

全ての始まりは、今から2週間と少し前の、夏休み最初の日の夜。
魔力強化の助言役として、彼女が偉大な悪魔を召喚しようとしたら、召喚の手順を思い切り間違えたことだ。
本来願った者は召喚出来ず、代わりに喚(よ)ばれたのは、剣を握った『彼女』だった。
絶望的な状況に追い込まれ、思い詰めるあまり、親と刺し違えて死ぬ寸前だったという、15歳の『あの子』だ。

召喚後、抗う間もなく盛大に喚んだ側の魔力が消費され、その成果として、記憶や言語や常識が、一瞬で喚んだ側と喚ばれた側で交換され、
……状況を把握した結果、自分も、『あの子』も、この世界での生を願った。願わざるを得なかった。

召喚の結果、召喚した側に義務が生じてしまい、身体の壊れてゆく『あの子』を見捨てると、義務違反で召喚した側も生命を落とすようになっていた。
ただでさえ魔力が少ない中、相性の良い生贄を探し回ったり、居場所を探知したりするのに魔力を費やし、……結果、それ以外の術符を作る余力が無くなった、が。
魔力不足で動けなくなるほどに尽力したのなら、召喚した者の義務は果たしたはずだ、……と、召喚者本人は信じている。

「それでも、魔力の自然回復まで寝込み続けるのは明らかです。御身体はお労(いたわ)り下さい、……紅子様」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後7時38分 都内 現地対策本部

「うちの娘は、どうなってるんですか!!」

対策本部のドアを開けるなり大声を出したおっちゃんに、捜査員達の注目が集まる。
彼等の中から、初めて見る顔の男の捜査員二人組が近づいて来て、俺達を本部の片隅に誘導した。

「毛利探偵……!! 説明しますので、どうか、どうか落ち着いてそちらにおかけ下さい。……そこの坊やも」

おっちゃんも、俺も、苦りきった顔で案内に従い、椅子に座る。
机を挟んで向かい合う位置に捜査員達も腰を下ろし、状況説明が始まった。

「……すでにご承知だと思いますが、現場は、この本部から見て、はす向かいのビルの2階になります。
 『2階が光っている』と、通行人から交番に申し出が有ったのが、6時38分頃。警察官が現場を確認したのは、そのすぐ後です。
 その段階で、既に2階は真っ青な光に覆われ、様子はよく見えなくなっていたようです。
 それで、毛利探偵には、確認して頂きたい物が有るのですが……」

机の上に、大きなビニール袋がいくつも置かれる。
透明の袋の中に入っているそれらの物品には、俺にも、おっちゃんにも、見覚えがあった。

「これ、全てお嬢さんの物ですよね? 現場のビルの階段に、……2階に上がる直前の段に、綺麗に並んで置いてありました。
 制服や肌着も、きれいに畳まれて置いてあったようです」

「間違いないよね、おじさん?」

おっちゃんは、俺の言葉に頷いた。

「ああ、間違いない、……蘭の、うちの娘の物だ」

捜査員側も頷き、更に問いかける。

「……失礼ですが、毛利さんは、『犯人』側の書き込みは、……もう把握されているのでしたよね?」

「ああ。もう、読んでいる。
 いつも帰ってくる時間を過ぎても娘が家に帰ってこなくて、待ってる間に、この坊主が例の書き込みを見つけて、な。
 ……念のためのつもりで、俺から、娘のその携帯に電話したら、アンタら警察が出たんだ」

「……そう、でしたか。
 書き込みを読まれた以上、御納得は頂けると思うのですが、……警察としては、今は現場を見守るほか、手がありません」

前もって予想できた内容だったからか、そう言われても、おっちゃんはパニックになったりはしなかった。
パニックになるのは、探偵事務所に居た頃にもう経験していたから、今更取り乱さないのは当たり前だとも言える。
ただ、拳を強く膝の上で握り締めて、苦しい声で呟いただけだ。

「分かってる。……分かってる。確かに、それしかないんだろうな……」

わざわざ俺も指摘はしないが、現場の真下や真上や、横でもなく、はす向かいのビルにこうやって対策本部を設置したことからも、『魔術』のリスクに対する警察の姿勢が推測できた。
『魔術』が失敗しても、被害が少なくなるように考えたのだろう。最悪の場合、建物ごと爆発する、と、書き込みが有ったから。
『魔術』をどうにかする技術も知識もないから、遠巻きに現場を見守るほかない、と、そう判断しているのかもしれない。

ただ、それ以外に、この本部を見て疑問が湧いた。

「……ねぇ? いくつか質問して良い?」

「何だい? 坊や」

この本部の窓ほぼ全ての部分に、ブラインドが下りている。
特定の窓ひとつに捜査員数名が張り付き、ブラインドの隙間を広げて、目視で現場を確認している、……そんな状況だ。

「現場の光、青い光らしいけど、……放射線とかじゃないの? 見て、大丈夫?
 それと、ここの人達、現場のビデオとかは撮っていないみたいだけど……、録画記録、撮れないの?」

「うん。あの光に、カメラやビデオを向けると、……どうも機械が壊れるみたいなんだ。中の部品が砂になってた。
 放射線の測定器は壊れなくて、……放射線ではないらしいことは分かったんだけど、でも、得体のしれない物ではあるんだよ。
 あの光に向けた時、壊れる機械と壊れない機械が有るみたいでね、外の道路で、今、色々と調べているところだよ。
 とにかく得体は知れないから、……気になるなら、直にあの光を見ないほうが良いかも知れない。特に、君は子どもだし」

「……そう、……!!」

突然、乱暴に制する手が、俺の頭に乗った。おっちゃんの手だ。
その手はワシャワシャと、不器用に俺の頭を撫で回す。注意の言葉と一緒に。

「そういう光なら、お前は外を見ずに、黙ってジッとしてろよ? ……警察の邪魔にならないように、できるだけ口を利かずに、だ」

「う、うん……」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

緊迫する者、願う者、好奇心だけの者、記録する者、その他諸々。
現場に注目する者達にも、もちろん注目しない者達にも、平等に、その日の夜は過ぎていく。

術式開始から約9時間半後。
光が止んで、事態が動いた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月7日 午前4時 都内 とある雑居ビル 2F

まどろみながら、目を開く。
全裸の『蘭』は、同じく全裸の『彼女』の腕を両手で握りしめたまま、床に倒れていた。
肌と髪が異常に白い女の子、それこそ石膏像みたいな色だった、――細身の美人が、目を閉じた姿で、『蘭』に腕を捕まれた状態で、横たわっている。

――ああ、……サキュバスの身体から、魔力も、生命力も、完全に抜けたのか。

一瞬で得心し、術式が少なくとも失敗にはなっていないことを悟った。
サキュバスの身体から魂を抜き出し、ホモ・サピエンスの身体の中の魂に、融合させる術式。
発動の経過の中で、サキュバスの身体からは魔力は抜ける。
それに失敗すると、魔力が抜けきる前に、この『蘭』の身体も、『彼女』の身体も、爆発に巻き込まれるはずだった。

さて、こうして魔力が抜けきった以上、『彼女』の身体は1日経たずに砂になるはずで、
『蘭』の胸を刺した故郷の剣も、魔力の足しに使った故郷の装束も、もちろん生贄の血や内臓も、同様に陣の中でとっくに砂になっていることだろう。

何者かの集団が、ゆっくりとこちらに一斉に近づいて、その人達が息を飲み、全裸の2人の身体に毛布が掛けられ、
握った手がほぐされて、『蘭』と『彼女』の身体は、別々の担架で運ばれた。

運ばれる感触で、四肢がきちんとあることを悟る。
半端に成功していたら、最低でも四肢のどれかがスライムみたいになっていた、かもしれなかったのだ。

いくつもの声が、蘭の名前を呼びかけ続ける。
返事を発する気力が湧かないまま、安堵と疲労感に包まれた『自分』は、目を開けたまま意識を落としそうになり……

「らん!!」

『彼女』の記憶も、『蘭』の記憶も、両方あるから分かる。多くの声の中のただひとつ、この声が誰なのか分かる。
『蘭』の『実の父親』の、叫ぶような声だ。

『自分』の瞳に、涙が浮かぶ。
この父親に申し訳ないからなのか、それとも、こんな父親の元で生まれたかったからなのか、『自分』でも分からなかった。


※4月19日20時34分初出 表記ミスを投稿後に修正しました
 4月20日 捜査員の数に矛盾があったので修正しました



[39800] 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話 エピローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/04/29 21:19
8月11日 午後2時 毛利探偵事務所 3F

RRRR RRRR……

「服部、突然電話してすまねぇ。今、時間あるか?」

「……工藤、お前大丈夫か? 電話越しでも分かるくらい元気無いで」

精神的に落ち込んでいるのは自覚しているが、こうやって服部に心配されるくらいに、俺の調子は悪く聞こえるらしい。
ひょっとしたら、自覚以上に、俺は精神的にヤバいダメージを受けているのかもしれない。
先程おっちゃんから聞かされた大ニュースは、結構きつい内容だった、から。

「ああ、分かってるんだが、……かく言うお前も声に元気が無えじゃねぇか。
 ところで、『大滝さんが東京に来てトラブル起こした』って、聞いたか?」

「さっき、聞いたで。俺も電話しよ思てたんや。
 大滝はんがそっちの病院に、『本人』の事情聴取に来たんやろ? 坂田はんが死んだときの様子の供述取るために。
 で、大滝はんが病室で錯乱して、よりによって『本人』の顔を殴って、『本人』がまた意識不明になっとる、て」

「……ああ、そうらしいな」

あの事件から、5日が過ぎた。
あの事件を起こした『本人』は、最初は意識不明の状態で、その意識がはっきりしたのが一昨日の昼だ。
今も『本人』は、病院に入院しているが、俺は、意識が回復した後の『本人』とは会えていない。

『本人』の人格が、変わったらしい。
身体の見た目は、左胸周辺の皮膚が白っぽくなった以外、これまでの『蘭』と同じ。
おっちゃんや妃弁護士との血縁関係は鑑定中だが、染色体は人間そのものなのは確認されている。
だが、『蘭』の声色が少し変わり、口調は『どこか面影があるけど違和感がある』程度に変化したそうだ。

当然、おっちゃんと妃弁護士はかなりのショックを受け、更に、『このまま会うとコナン君がショックを受けるから』と、小1の筈の俺の面会を禁止した。
もちろん、俺は『覚悟は決めてるから』と言って、夫婦を説得している最中だった、のだが……

「大滝はんが錯乱した理由、聞いたか?」

「ああ、おっちゃんから聞いた。おっちゃんは、警察から事情説明を受けたから。
 大滝さん、『本人』から魔術を食らったんだろ? それで錯乱して『本人』をぶん殴った、って」

あの夜、坂田元刑事を拘置所から連れ出したときのことを、大滝さんが、『本人』から、聞き出そうとしたらしい。
『本人』は嫌がって話したがらなかったそうだが、かなりしつこい追及にイラついて、大滝さんの手を取ったそうだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前10時35分 都内 東都警察病院 703号室

「……そんなに見たいなら見せてあげる、まだ『サキュバス』だった頃の力が残ってる。
 『サキュバス』のほうの記憶を見せるくらいなら、この身体に魔力が残ってるから。
 体質が合わなかったら、……少し錯乱するかもしれないけれど、廃人にはならないはずだから」

「何を……?」

『本人』は大滝の目を見つめ――
同じ病室にいた刑事達は、『本人』と大滝の手が、やがて身体全体が、うっすらと青い光に包まれるのを見た、という。

8月6日の夜中、おそらくは0時~2時の間。
どこかの屋外で坂田に向き合った、自称15歳の『犯人』の記憶に、大滝は触れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ぬるい風が吹いていた。

屋外の、――たぶん公園らしい場所の街灯の真下。緑色のベンチの真ん中に、坂田 祐介は座っている。
元々着ていた私物のシャツと長ズボンの上、『自分』が貸した灰色のローブを羽織っているが、そもそもの体格の違いのせいでローブのサイズが微妙に合ってない。
そのローブの合わせ目を手繰り寄せて握り締め、顔色も青ざめてはいたが、坂田の声は、落ち着いていた。

「つまり、君がこの世界で生きていくためにどうにかしないといけなくて、生きていくための術式の生贄に、この世界の人間が要るっていう事なんやね?
 その生贄探しで、この国の罪人を調べまわって、それで、……僕と、もうひとりが選ばれたって」

身長160cm無いくらいの『自分』は、そんな彼を見下ろす形で目の前に立っていた。
頭部以外のほぼ全身、衣服から露出した四肢どころか服の下も包帯だらけで、かつ、その包帯の下は皮膚のどこかしらが時折裂ける様な痛みに苛まれているが、
……表面的には、坂田同様に、声はどこまでも静かだ。

「そういうこと。恨みたいなら恨んでもいいよ。
 貴方に謝罪することは絶対に出来ないから。……そういう言葉、絶対に言っちゃいけない決まりだから」

殺す側の割り切ったその言い草に、殺される側は、長く、長く、息を吐いた。
組んでいた腕を解き、頭を掻きながら、考えをまとめながら、『自分』に告げられたその言葉は、恨みではない内容で。

「……せやね。
 恨みの、言葉、無い訳やないけど、……君とここに居ること自体、夢なのか、正直自信が持てへんのやけど、
 ……夢やなかったとしても、僕を外に連れ出した君のチカラを見れば、正直、恨んでもどうしようもないとしか思えへん」

「そう?」

坂田は頷き、改めて『自分』を見た。
指の先まで包帯を巻いたサンダル履きの両足、七分丈の黒いズボン、左の手が握り締める濃灰色の仮面、右腰の剣の柄を常に握り締める右の手、半袖の麻の上着、そして唯一、包帯を巻いてない顔、
……『自分』の姿を嘗め回すように見て、噛み締めるように諦めの言葉を吐き続ける。

「うん。……だって、そんな格好した、そんなチカラ持った存在に、そんな風に言われても、悔しさとか湧きようがない。
 それに……」

「それに?」

「……君をミスって喚んだ魔術師さん、『生贄は罪人にせぇ』って言うたんやろ?
 僕が嫌がって、それがもし君に受け入れられたとして……、別に生贄に選ばれてしまうのは、罪人やない、ちゃんとした普通の人やないの?」

少しためらい、促されて話し出したその声には、自分の地位に対するはっきりとした卑下が含まれていた。
罪人である自身の生命を一般人よりも低く見ているその問いかけを、『自分』は、そもそもの前提から否定する。

「嫌がっても、殺すしかないんだけどね。召喚者の魔力の都合で、一般人とかの生贄、あまり探せなかったから。
 罪人の中では、生贄にするのに魔術的な観点で相性が良さそうな人、坂田さんと、もう1人の人しか居ないのに。
 ……だから、貴方が嫌がろうが、殺すしかない。嫌がっても、殺さないのは、ありえない」

「……へぇ」

坂田は、再び諦めの息を吐いて背もたれにもたれ掛り、ローブの布地を握り締めた。
抵抗する意思が完全に消え失せている彼に、半分は補足のつもりで、もう半分は愚痴のつもりで、内情をぶちまける。

「正直な話、拘置所から連れ出す前に、貴方かもう1人かどちらかでも急死されたりしたら、本当にピンチになると思う。
 死んで時間が経った遺体を生贄にするのと、誰かを自分の手で殺して生贄にするのとでは、手間と時間が段違いだから。
 誰かを殺す方法を取らないと、……その方法でないと、時間が足りずに私が消えちゃう。最初から分かってた」

『自分』の身体は、壊れていっている。特に召喚者の居た場所から離れている今、身体の劣化の速度は増していく。
四肢の末端から頭部の方へ、体表から内側へ、裂傷が増す形で崩壊は進んでいくだろう。
あと1日弱で、耐えられないほど痛みが強くなることが予想できていた。痛みで動けなくなったら、それで終わりだ。

「ええっと、……ちなみに、もう1人の生贄って誰? 罪人なんやろ?」

「貴方も知ってる人、だと思う。貴方と一緒に逮捕された、東京の拘置所の、沼淵って人」

告げた瞬間、坂田は豹変した。

「ええ!? 沼淵が? ……ハハハハハ!!」

その激変ぶりに、思わず一歩後ろずさってしまう。
右腰の剣の柄を強く握り直して構え、それでもあくまで落ち着きを失わないようにして問いかける。頭を抱えて嗤(わら)っている彼に。

「……何か、ツボに嵌ったの?」

「その条件やったら、アイツはともかく、僕はまだ納得して死ねる!!」

4人を殺し、5人目以降を殺せなかった元刑事は嗤う。眼鏡の下、涙すら浮かべながら、嗤いながら、叫ぶように理由を告げる。

「へ?」

「だって、沼淵が間違いなく死ぬのも、確定するやないか!!」

殺しそこなった実父の敵の未来を知れたからか、あるいは、どこまでも復讐に絡んで終わる人生への自虐か、どちらにせよ。
『自分』の目の前で、魂の底から、彼は嗤った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前10時36分 都内 東都警察病院 703号室

「……!!」

大滝が我に返ると、ベッドに倒れこむ『被疑者』が目の前にいて、大滝自身は血相を変えた刑事達に取り押さえられていた。
魔術のせいで錯乱して被疑者を殴ったのだと、後にそういう結論に落ち着いた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後2時3分 毛利探偵事務所 3F

「これから、妃弁護士も、おっちゃんも大変だろうな」

他人事のようにそう言うと、通話相手から指摘が来た。

「おいおい、お前も大変やろ。……ショック受けとんの、声聞いただけですぐ分かる」

「……お前も、な」

共に溜息をつき、心を落ち着かせて。

しばらくして、服部が口を開く。『本人』が意識不明なのは大ニュースだが、それに至るまでの流れにも看過できない点があるのだ。

「まあな、……これで、『ねーちゃん』が『ねーちゃん』や無うなったのは確定した。少なくとも、常人に無いチカラ持っとるんはハッキリしとる。
 加害者が被害者の人格が融合するんは法の想定外、ちゅーことで、坂田や沼淵の件は刑事罰は受けへんのやろけど」

もっともな話だ。
そもそも人格が融合する術の存在を、この国の法は一切考えておらず、従って被害者と加害者の両方の人格が同居している存在を裁けるはずがない。

「そうだな。……今、そもそも『本人』が意識を取り戻すのかどうかも分からねえけど。……なあ、服部」

「何や工藤?」

話題を変えて、問いかける。自身でも現実逃避だと感じつつ、将来に関する問いかけを。

「『本人』、いつか大阪の『天界』か、坂田の墓のどっちかに、花を供えに行きたいって言ってたらしいんだ。
 いつになるか分からねーけど、もし、もし、……それが出来るようになったら、お前も付き合ってくんねーか?
 たぶん、俺や、おっちゃんと一緒についてくると思う」

それが、どれだけ先になるか分からない。意識を取り戻すかどうか分からないし、仮に意識が回復しても生涯ずっと入院しっぱなしの可能性だってある。
それでも、今は希望を込めてそんな未来を話したい。少なくとも、今は。

「……せやな。和葉も一緒に会って、そう出来ると良えな……」


【 第1部 瀕死で足掻いた彼女の話 完 / 第2部へ続く 】

※4月26日14時19分初出 投稿後に表記ミスを修正しました。
 4月29日 表記ミスを修正しました。



[39800] 第1部終了時点 登場人物まとめ(主要人物編)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/05/01 12:56
※全て第1部終了時点の情報です。ネタバレ・書いてないことのフォロー・伏線、全部含みます。注意です!※

【名前】サキュバス
【性別】女性
【年齢】15歳
【立場】相続問題で殺されかけた娘(希望進路有)→死にかけの魔術師→人格だけの『魔術師』

【基本情報】
 本名不詳。本作品の主人公にして、作者のオリジナルキャラ。小泉 紅子に召喚された異世界出身の女の子で、魔術の使い手。
 召喚された直後に身体が崩壊しかけたため、毛利 蘭を誘拐、魔術で人格融合した。その後は人格のみ『蘭』の身体に存在する。
 現在、大滝警部に殴られて昏睡中。

【思考・思想】
 元の世界の、実父をはじめとする父方の親族を嫌悪している(相続争いで殺されかけた)。
 故郷に帰る気はさらさら無く、何よりも「この世界で平穏に生きること」への執着が強い。この目的のために誰かを巻き込み殺すことは許容する。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 ???:うーん、……。
(※他人について考えられる状況ではないようだ……)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】毛利 蘭
【性別】女性
【年齢】16歳(帝丹高校2年)
【立場】彼の帰りを待つ女子高生→人格を巻き込まれた『女子高生』

【基本情報】
 原作ヒロインで、関東大会優勝レベルで空手が強い女の子。
 本作品では、夏休み中の部活の練習帰りに誘拐され、自身の身体に『サキュバス』の人格と『自分』の人格を融合させられた、完全なる被害者。
 現在、大滝警部に殴られて昏睡中。

【思想・思考】
 本来は正義感が強い子で、罪を犯すよりも自らの死を望むような性格だった。が、……?

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 ???:うーん、……。
(※他人について考えられる状況ではないようだ……)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】江戸川 コナン/工藤 新一
【性別】男性
【年齢】7歳(帝丹小学校1年)/17歳(帝丹高校2年)
【立場】頭の切れる毛利家の居候/所在不明の高校生探偵

【基本情報】
 身体は子ども、頭脳は大人、説明不要な原作主人公。本来は蘭と同じクラスの帝丹高校2年、17歳だが、黒の組織に薬を飲まされ、小学1年生になっている。
 本作品では想い合っている幼馴染(=蘭)が深刻な事件に巻き込まれたものの、どうしようもなくただ葛藤する立場。

【思想・思考】
 探偵と自称するだけあって、事件や謎は必ず解き明かしたくなる性分。
 だが本作品では、『蘭』の人格融合事件のため、警察への捜査協力が出来るような状況では無くなっている。
 今は、ただ、『蘭』の覚醒を待つしかない自分に打ちのめされている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:どうか意識を取り戻してくれ……!!
 サキュバス:どんな事情があっても、人命を巻き込む奴には同情したくねぇな。
 召喚者:そもそもの元凶らしい、どこかの誰か。正体を暴きたいが、……暴けるのか?
 小五郎&英理:2人とも、ショックが大きいな。精神的に大丈夫だろうか。
 平次:色々情報を提供してくれた友人。いつか一緒にこの事件を振り返る日が来るんだろうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】召喚者/小泉 紅子
【性別】女性
【年齢】16~17歳(江古田高校2年)
【立場】赤魔術の魔女→サキュバスの主(あるじ)/女子高生

【基本情報】
 まじっく快斗に登場する赤魔術の使い手。黒羽 快斗以外の男子生徒を魔術で虜にしている美人。大きな屋敷で執事と2人で暮らし。
 本作品では、召喚術の手順ミスで少女を召喚し、「サキュバス」の名を付けた張本人。
 当初は、サキュバスが即死すると連動して死に至る状況となっていた。『蘭』との融合後は……?

【思想・思考】
 召喚者として、サキュバスのために全力を尽くすことを当然だと考えている。
 基本的に、他者を犠牲にすることはサキュバス同様に許容するが、巻き込む相手は民間人よりも罪人の方がまだマシと思っている。民間人を巻き込むのはやむを得ない時だけ。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:いつかは『貴女』に会いに生きましょう。私の魔力が完全に元通りになってから。
 執事:こんな私に仕えてくれて、感謝している。
 蘭:融合相手としてギリギリ妥協した女の子。
 坂田&沼淵:私が推した生贄達。どんな風に殺されたのか、いつか知ることになるでしょう。
 その他警察:要警戒対象。魔術の知識が無い限り、こちらが捕まることは無いはずよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】毛利 小五郎
【性別】男性
【年齢】37~38歳
【立場】名探偵→表向き離婚問題で休業中の名探偵(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 かつて刑事だった私立探偵で、蘭の父親。コナンが原因で「眠りの小五郎」として世間的には名探偵となった。妻の英理とは別居中。
 本作品では、『サキュバス』に『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために探偵業を休業している。
 なお、休業の表向きの理由は、自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 職業柄からか、「殺人者の気持ちなんか分かりたくない」という姿勢が一貫している。少々だらしないが妻と娘に関する事には熱くなる。
 本作品でも、父親として『娘』を案ずる心は本物。だから『娘』の人格が『殺人者』と融合した事に、特に強い衝撃を受けた。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:目を覚ましてくれ! どんなチカラを持とうが、お前は、俺と英理の『娘』だ!
 サキュバス:『自分』の生命のために『娘』を巻き込んだガキ。事情があろうと俺は許さん。
 英理:俺と一緒に『蘭』を心配してる。『蘭』への思いは俺と負けねぇ位強いから、当然だ。
 コナン:『蘭』の事情を知る居候のガキ。このまま預かり続けるべきか。阿笠博士に返すか?
 召喚者:全ての元凶。躊躇わず他人の人生巻き込む位、召喚者の義務とやらが立派なのか?
 警察:……こういう事件に、果たしてどれほど対応出来るんだろうか。
 新一:蘭と連絡が取れないので、コナンに相談が来たらしい。表向きの理由で納得したそうだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】執事
【性別】男性
【年齢】中年~老年
【立場】小泉家の執事
【基本情報】
 本名不詳。紅子に仕えている醜男の執事。魔術は使えないものの知識は有る。本作でも紅子を支えている。

【思想・思考】
 紅子に対して強い忠誠心をもつ。紅子を支え、労わるのは当然、時には諌めることもある。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 紅子:大切なお嬢様。……覚悟を決めて、やり遂げたい事があるのですね。
 サキュバス:屋敷を発つ前、こちらの顔を隠した上で色々とお話ししました。
 蘭:お嬢様達に巻き込まれた人。
 警察:せいぜいお嬢様に振り回されなさい。余計な知恵で対抗されるのは邪魔です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【名前】服部 平次
【性別】男性
【年齢】16~17歳(私立改方学園高等部2年)
【立場】剣道の腕前が凄い高校生探偵
【基本情報】
 新一/コナンのライバル、かつ親友。大阪府寝屋川市在住、大阪府警本部長の息子。
 本作品では、コナンに事件の発生を電話で知らせたり、捜査情報をコナンに流して相談に乗ったりといった行動を取っている。
 サキュバスに殺害された2名(坂田・沼淵)のうち、坂田の身柄確保で命懸けの活躍をした男(原作19巻)。『サキュバス』事件について注目している。

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【名前】服部 平蔵&遠山 銀司郎
【性別】男性&男性
【年齢】多分どっちも50代……?
【立場】大阪府警の本部長(警視監)&刑事部長(警視長)
【基本情報】
 共にキャリア組と推測される。幼馴染で互いの腕を信頼し合っている親友。
 本作品では、坂田 祐介殺害事件の捜査の指揮を執った。後で「誰が殺したのか」は明白となったが、それ以外に起こったことが前代未聞過ぎて捜査に難渋しているはず。

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【名前】大滝 悟郎
【性別】男性
【年齢】中年
【立場】坂田殺害の捜査に当たった警部→魔術で錯乱して『被疑者』を殴った警部(入院中)
【基本情報】
 大阪府警捜査一課強行犯係所属。原作ではよく平次のそばに居る。平次の方からもかなり慕われている模様。たまに捜査情報を平次に流している。
 本作品では、坂田が殺された件の聴取で、入院中の『蘭/サキュバス』に会いに東京まで来た。
 聴取中、同じ質問の繰り返しでイラっと来た『本人』から魔術で記憶を見せつけられる。この魔術で大滝は錯乱、『本人』を殴りつけて昏倒させた。
 以後、色々と影響を調べるため入院させられ、現時点でも入院中。

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【名前】坂田 祐介&沼淵 己一郎
【性別】男性&男性
【年齢】26&年齢不詳(少なくとも38歳以上)
【立場】死刑濃厚な未決収監者達→サキュバスに殺された男達
【基本情報】
 原作19巻で登場する男達。沼淵のみ35巻にも再登場した。
 坂田は大阪府警元刑事。4名殺害後、平次に確保された男。沼淵は連続強盗殺人犯で、坂田が犯した罪も着せられ掛け、その前に大阪府警に逮捕された男。
 本作品では共にサキュバスによって拘置所から誘拐され、融合魔術の生贄として殺害された。
 坂田の死ぬ前の光景は、『蘭/サキュバス』の魔術によって、大滝が一度見せつけられている。沼淵の最期の様子は不明。



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話 プロローグ 
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/22 00:30

8月13日 午後3時40分  東都警察病院 703号室

――ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ……

「……さん、毛利蘭さん! 分かりますか!!」

どこか聞き覚えのある電子音を背景に、名を呼びかける大きな声が、耳に入ってきた。
まぶたを開けると、眩しい光が視界を染める。ぼんやりとした世界は徐々に輪郭を露わにし、『自分』の顔を覗き込む女性の顔と、その上の真っ白な天井が見えてくる。

「かんごし、さん……」

そんな言葉が、ひとりでに『自分』の口から洩れた。
『自分』を見つめる女性、――看護師は頷き、はっきりとした声で更に質問を投げてくる。

「ええ。自分の名前、言えますか?」

「ぇ、と、…………!!」

瞬間。激烈な勢いで、脳裏に『記憶』が流れ込んだ。
誘拐した、誘拐された、刺された、刺した、覚醒した、父、母、捜査員、会話、手を取り、記憶を見せ、殴られ……
呼んだ、呼ばれた、抱き寄せた、抱きしめた、相手、名前、感情、会話、言葉、肌の色、汗、匂い……

「ッ!!」

跳ねあがるように飛び起きる。両手で頭を抱え込み、『自分』の過去を選り分け、反芻する。
記憶を見せて、殴られて、それで、意識を落として、いた? ――では、『自分』以外の記憶が見えるのは、何故?

「大丈夫ですか? 頭が痛いんですか?」

今度は、看護師ではない落ち着いた声が問いかけてきた。
声の方を向くと、すんでのところで顔が激突する事故を回避して冷や汗をかいている看護師の横、髪を束ねた女性医師がやや腰を曲げて『自分』の様子を観察していた。
これまで気付かなかったが、この病室には、その医師と、もうひとり別の看護師が最初から居たらしい。
看護師ふたりは若く、医師はそれよりは年上だと思う。看護師は両方とも、高めに見積もっても30代前半くらい。医師は更に10歳くらい上か。

「ぃや、いたいんじゃなくて、……」

指先に色々と機器が貼り付いている左手を毛布が掛かった膝の上に落とし、だが右手は引き続き頭を押さえつつ、言葉をどうにか紡ぐ。
今でも、脳裏に流れてくる『記憶』があるけれども、本当に、本当にとんでもない『記憶』が流れ込んできているけれども。
そのことを言ってはならないと、とっさの思考でそう判断する。誤魔化せるだろうか。

「あたまが、クラクラしてる、だけ。
 かんごしさん、……『わたし』、なぐられて、それから、どのくらい、ねてた? いま、なんじ?」

言おうと思っても、敬語が出てこない。魔術を行使しているときの典型的な喋り方だった。
魔術師にとって敬うべきは神様と自身を召喚した者だけ、というのが、あの世界の大抵の魔術流派に共通する基本。
逆に言えば、それ以外の相手との会話では、魔術を使っている間に敬語は使えない。どんなに努力をしても、だ。

「今は8月13日の、……午後3時43分。
 意識を無くしたのは11日の午前だから、丸々2日間眠っていたことになりますね」

白衣のポケットから時計を取り出し、文字盤を見て看護師が答える。

「……そう。まる、ふつか」

思わず息が漏れた。
意識不明だった時間の長さにも、また、脳裏に見えてくる突っ込みどころの多い『記憶』にも感嘆しながら、『自分』は考えを巡らせて。
……考えたついでに、下腹部がジンジンとする違和感を訴えていることにも気付く。これまでの生涯、『サキュバス』の身体では感じたことのない感覚だ。
とはいえ『蘭』の記憶から、何の兆候なのかは分かる。ほぼ毎月女性の宿命として感じている違和感だから、こちらの方は問題無いと言い切って良い、はず。

やはり問題として大きいのは、脳裏にちらつきっ放しの記憶の方だろう。自動発動状態で、どれだけ念じても止まらない魔術は、今の『自分』にとっては害悪に等しい。
でも誰かに相談するのは不味い。魔術の性質からして他人の身体に直接害悪をもたらすことは無いだろうが、だからと言って魔術の正体を軽々しく明かすのは不味すぎる。

――だとしたら、黙っておくべきなのか? これから、どうする? どうなる?

「“……fyusee-h(……弱ったな)”」

引き続き右手で頭を押さえたまま、……ついでに左手は自己主張する下腹を押さえ。
他の誰にも聞き取れない程度の大きさで、溜息に紛れ込まれる形で『サキュバス』の故郷の言語を呟く。
これから、ひとり密かに悩みを抱え、考えなければならない。判断を間違えれば『自分』の生命は遠からず失われる、そんな危機に、またも『自分』は直面していた。


※4月29日初出
 11月22日改稿しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-1
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/14 23:19
8月14日 午前9時 都内 某銭湯 更衣室

「おじさん待って! ロッカーの鍵、抜くのを忘れてる!」

「お、おう」

俺が大声で指摘して、それで初めて鍵の抜き忘れに気付いたらしい。タオル1枚腰に巻いた格好のおっちゃんは、ロッカーの鍵を抜いて、バンドを手首に巻いた。
やはり一連の『本人』の事件で、おっちゃんにも疲れが溜まっているのだろうか。

8月6日に発生し、蘭が巻き込まれた事件から、早1週間。今日、俺に、ようやく『本人』のところに見舞いに行く許可が出た。
きのう、2度目の意識不明状態からようやく覚醒した『本人』が、『コナンくんに会いたい』と言ったことが決め手になったらしい。
で、見舞いに行ったことが決まった直後の、きのうの夜。探偵事務所の風呂が突然壊れた。
『病院に向かうのは、朝に銭湯に行ってからにしよう』という事になり、俺とおっちゃんは、近所の24時間営業の銭湯に来ている。

「あの、毛利小五郎探偵じゃないですか?」

視界の外からの、突然の声掛け。近くに人が居ることにまるで気付いていなかった俺達は、勢い良く振り向く。
声の主は、中肉中背の中年男性だった。
これから風呂に入る俺達とは違い、どう見ても風呂から上がってきた直後のようで、タオル一丁の全身は万遍なく濡れて湯気も上がっている。……俺にとっては、知らない顔の男性。

「……すいません、どちらさまで?」

その中年の男性は、おっちゃんにとっても、面識のない相手であったらしい。怪訝そうな声で問いかけられた相手は、少し焦った様子で自己紹介を始める。

「あ、いえ、たぶん初対面だと思います。
 毛利探偵と同じく、探偵をしている者です。星威岳 吉郎(ほしいだけ よしろう)と申します。
 事務所が東京ではないですし、私はさほど有名ではないのですが。……いや、お会いできてとても嬉しいです。貴方みたいにドンドン事件を解決されるかたは、私にとっては憧れですから」

この探偵は、御世辞ではなく本当におっちゃんに憧れているらしい。
こんな風に褒められて悪い気になる人間は居ない。おっちゃんは照れながら頭を下げ、世間話を振る。

「え? そうですか? ……ありがとうございます。ところで、星威岳さんはお仕事でこちらに?」

星威岳探偵は、笑顔で頷いた。

「ええ、昔していた仕事の関係でこちらに来ています。
 毛利さんが有名になられるよりも前、本当に短期間でしたが、東京である探偵の助手をしていたので、その関係で。
 本当にお会いできて嬉しいです。私が東京から出た後で有名になられた方の話題は、気になっていたんです」

「ホゥ……。東京では、どなたの助手だったんですか?」

その質問は、別に失礼という内容でもない。おっちゃんからしてみれば、星威岳探偵の元上司が、顔見知りの同業者の可能性があったから訊いただけ。
本当に何気ない問いだったが、それを問われた相手の反応は、変だった。

「あ、……いえ、もう亡くなられた方なんですけど、すいません。それでは失礼します」

笑顔だった表情が、突然真顔に変わって、言い淀み、そそくさとロッカーの奥へ去って行く。
おっちゃんはポカンとしながら星威岳探偵の背中を見送り、……視界からその背中が消える頃に、小声で呟いた。

「何だ? 訳有りか?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前10時30分 東都警察病院 703号室の前

「良い事? コナン君。
 『あの子』は変わってしまったから、違和感はあると思うの。覚悟は決めておきなさいね? きのう昏睡状態から目覚めてから、また何か、様子が変みたいだし……」

銭湯で入浴した後、約束通りの時刻に、病院のロビーで妃弁護士と合流して。
そこから7階に上ってくるまで、何度も何度も、それこそ耳にタコができるほど聞いた忠告は、流石にこれで最後。
『本人』が居るはずの病室の前、俺に目線を合わせて真剣な顔でそう告げた妃弁護士を見つめ返し、俺は短く答えを告げる。

「分かってるよ。おばさん」

この階の廊下には、警官が立っている。正確には、この階にある病室のドアの傍に、それぞれ警官が立っている。
『本人』が入院する病室だってそうだ、婦警が1人、見張りのように立っている。
……それを見て実感する。病室の中に居るのは『被疑者』でもある少女、なのだ。

その見張りに会釈をしてから、おっちゃんがドアをノックする。
何言っているのかまでは聞き取れないが、向こう側から声の反応は有って、俺達3人は病室へと入って行った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前10時32分 東都警察病院 703号室

病室は、一見する限りはごく普通の個室だった。
薄いベージュ色の、柄の無いパジャマ姿の『彼女』は、そんな個室のベッドの上で上半身を起こしている。俺に気付くと目を丸くして、それから微笑んで声を掛けてきた。

「あら、おはよう。よく来たね。
 『はじめまして』と言うべきかな? それとも、『お久しぶり』と言うべきなのかな? 江戸川コナン君」

――なるほど。『蘭』の親がふたりとも俺の面会を止めるはずだ。
この『彼女』は、純粋な『蘭』ではない。
見た目は確かに『毛利 蘭』だ。『毛利 蘭』そのものの姿だ。だが、話す声の高さは『蘭』よりも低くなり、話し方も『蘭』らしくない。

「僕、『貴女』のことをどう呼べばいいのかな? 今の『貴女』に、僕についての記憶は有るの?」

覚悟は決めていたから、『蘭』の違和感には今更言及しない。
ただ、これからどんなことを話すにしても、『彼女』の事をどう呼ぶべきか、希望を聞かないことにはそもそも会話が進まない。
俺の質問を受けた『彼女』は天井を向いた。その姿勢のまま腕を組み、数秒ほど考え込んで、それから、再び俺を見て。

「そう、だね。『サキュバス』と『蘭』の、両方の記憶が、今の『わたし』にはあるからね。
 だから、『蘭』の記憶も引き継いでいるはずで、……確かに、君のことは覚えているはずだ、と、信じたいな。
 今の『わたし』をどう呼ぶかは、今の君の判断に任せるよ。『サキュバス』でも『蘭姉ちゃん』でも、好きなように呼ぶと良い」

そんな口振りなら、『サキュバス』か、『蘭姉ちゃん』か、あるいは、それ以外か。
こだわりはさほど無いのかもしれないが、念のために言い方を変えて質問し直す。俺が選んだ呼び方を変に感じられたら困るから。

「『貴女』が望む呼び方は、あるの? 『蘭姉ちゃん』でも『サキュバス』でも、どちらで呼んでも違和感は無い?」

俺が『彼女』をメンタル面で気遣っているのだと察し、質問の意図が腑に落ちたのか。軽く息を吐いてから、『彼女』は自身の左胸に手を当てて答える。

「この身体、見た目はまるっきり『蘭』の見た目だけど、記憶が両方あるから、どちらで呼ばれても違和感は無いかな。
 特段、どっちで呼んでほしいとかの希望も無いよ」

「そう。……おじさんとおばさんは、どう呼んでるの?」

言いながら、俺の後ろのおっちゃんと妃弁護士を振り返る。不意打ちで話を振られた『蘭』の両親が答えようとする、その前に、『彼女』が口を開く。

「ふたりは、『わたし』のこと『蘭』って呼んでいるね。
 ……まぁ、無意識かどうかはともかく、みんな使い分けてはいるよ。『サキュバス』が起こした事件の事を聞くときは、『蘭』とは呼ばない。その話題の時は『サキュバス』か『貴女』だよね。
 当たり前のことだけど、『サキュバス』の事件は、『蘭』がやった訳じゃないから」

自分から事件に言及してきた『彼女』の喋りには、動揺も、不自然な明るさも暗さも一切無い。あくまで平静なものだ。

「……そうなの?」

言っている事自体は至極もっともな内容だが、一応再び振り返り、大人ふたりを見上げる。

「そうね」「そうだな」

――どう呼ぶべきか、これで決めた。
おっちゃん達と別にする必要性は感じないし、……そもそも『蘭』の姿のままなら、普通は『蘭』のままで呼んでおきたい。
それこそ、あえて『サキュバス』と呼ぶべき時、以外は。

「……そう、じゃあ僕も同じにする。普段は『蘭姉ちゃん』って呼ぶことにするよ」

「うん、分かったよコナン君」

真っ直ぐに見つめて告げた俺に、『彼女』から笑顔が向けられる。声は若干高く、この台詞だけはまるで事件以前の『蘭』のようだ。
さて、もうひとつ『彼女』には質問がある。絶対に聞いておきたいと以前から思っていた、名前に関する質問だ。

「ところでさ、その上で『サキュバス』に質問していい? 前から気になってたことなんだけど」

「……何?」

声から、『蘭』らしさが霧消した。低い声の、警戒した喋り方。
また、向き合ったベッドの上からだけでなく、背後のふたりからも、俺の背中に視線が注がれているのを感じる。が、そんなのは無視して、俺は質問をぶつける。
別に変なことを尋ねるわけではない。これまで、俺以外の誰かからも、訊かれた可能性が高い内容のだから。

「えっと、うまく言えるか分からないけど……、『サキュバス』っていうのは元々の『貴女』の名前じゃないんだよね?
 『貴女』自身には、名前は無いの?」

『彼女』の緊張が、一気に緩んだ。頭をガリガリと掻いてから、険しさが取れた調子で俺に訊き返す。

「あー、それか。……もしかして事件の時の書き込みを見て、思ったのかな?」

『彼女』の想像は正解だ。あの8月6日当日の、『彼女』の掲示板の書き込み内容を読んで、俺は疑問を抱くに至った。
そしておそらく、俺が訊く以前に、同じ事を尋ねた人間が居る。少なくとも、警察からはこの点は質問されたことが有る、と考えるのが自然だ。

「うん。
 『交渉の中で、召喚者は私を『サキュバス』と呼び続けた。その名が、私の生態に合っているかららしい』って書いてあったよね?
 それってさぁ、元々別に名前が有った『貴女』を、召喚者が初めて『サキュバス』って名付けた、……って事じゃないのかな?」

今ここで諳んじろと言われれば全文言えるほどに、あの書き込みは、何度も何度も読み返したのだ。
疑問点もツッコミ所も言いきれないほど沢山抱え込んでいるが、それをそのままぶちまけると、ほぼ間違いなく俺は以後の面会を止められる。
ここで質問しても無礼にはならないだろう、……と、そう判断できたのが、この名前の件だ。

初っ端で、俺が『彼女』をどう呼ぶべきか尋ねたのも、一応は計算の上。
名前にこだわっているから関連する質問をしている、と印象付けられるなら、周囲の不信感もいくらかは軽減されるだろう。

「君の言う通りだよ。元々『サキュバス』には、別に本当の名前が有った。これから名乗ることはまず無いだろうけどね」

ひょっとしたら、この質問については、応答の型が『彼女』の中で既に固まっているのかもしれない。穏やかな台詞の中に、つっかえたり考え込んだりする部分が無い。
ならば、この答えなら必ず生じるであろう更なる追及にも、どう応じるかは型が出来ているのだろうか。

「何で、名前を使わないの?」

答えが返ってくるまでに、やや間があった。
毛布の端を掴み、俯いて、それからまた顔を上げ、俺を見つめ。口調は落ち着いているが、嫌悪の感情自体は全く隠そうとはせずに、説明の言葉を連ねていく。

「名付けの仕組みが、この日本とは違うんだよ。フルネームが『誰々の孫の、誰々の娘の、誰々』なんだよね。
 それも、全部父方を辿っていく名前で、自分を示す『誰々』の部分を命名したのも父で。正直な話、名乗るのも、呼ばれるのも、……すっごく嫌」

最後辺りは、吐き捨てるような喋り方になっていた。本気で嫌っているらしい。
あの書き込みの所業が本当ならば、親を嫌って当然なんだろう。遺産目当てで、進路の断念と出産と落命を押し付けたなら、どんな娘でも親に対して絶望する。

「父親と、えっと、……すごく揉めてたって書いてたね、掲示板に」

気を遣った気で考えた言い回しでも、イラつかせてしまったかもしれない。
反射的に何か言おうとして、でも寸前で堪えて。――溜息ひとつで感情を飲み込み、自身を落ち着かせてから、それから『彼女』は言い切った。

「まぁ、『揉めてた』どころじゃなかったんだけど、ね。
 召喚者のところに居た頃から『サキュバス』で、本名を名乗ったことは無いし、これからも『サキュバス』で良いと思ってる、『わたし』は」


※5月6日~12日初出
 11月22日 第2部-1~2を統合・大幅改稿しました
 11月23日 誤植等を修正しました
 2015年3月14日 冒頭部に日付(8月14日)を追記しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-2
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/23 00:11
午前10時40分 東都警察病院 703号室

「あのさ、……警察の人は、召喚者のところに居た時のこと、訊いてくるの?」

少し迷ったが、話の流れ次第では質問しておきたかったことを、訊いておく。
まともな答えが得られない確率が高いのも、また徒労になる恐れが高いのも承知の上。ただ探偵として、この事件のすべての元凶になったらしい存在についての手掛かりを得るチャンスは、逃したくない。

「ちょっと! コナン君…… そのことは」「構わないよ」

妃弁護士が慌てて俺をたしなめようとする、その声を、『彼女』が遮る。
右手を小さく挙げて、『蘭』らしさの全く無い『サキュバス』の声色で、ゆっくりと告げた。

「構わないよ、妃弁護士。『被疑者』として答えよう」

あえて『妃弁護士』の呼び方に重点を置いた口振りだった。
俺の背後で、そう呼ばれた本人が思い切り息を飲む。『お母さん』と呼ばず『妃弁護士』と呼ぶ、――自身の振る舞いを強調する、分かりやすい方法。

「……ありがとう」

ともあれ、礼を言った俺に無言の会釈を返してから、『彼女』は身体を動かした。
ベッドの上、毛布の下に埋もれていた両脚を、俺達が立っている方向、つまり『彼女』から見て左側の床へ。置いてあったスリッパに素足を通すが、立ち上がることはしない。
ベッドに腰掛ける『彼女』が、俺を見下ろす構図になる。自身の膝の上に両手を置いて、あらたまって『彼女』は答えた。

「当然、警察はあの人の事を訊いてくるよ。でも、『わたし』は何も話さない事にしてる。
 召喚されてから、あの夜に大阪に到着するまでの間に見聞きしたことは、ぜんぶ元の身体に置いてきた。『蘭』と融合した後に崩れていった、『サキュバス』の身体に、ね。
 だから、あの人についての情報は、当日にネットに書き込んだことが全て。これ以上は、召喚者のことは何も喋らない」

静かだが、迷いのない台詞だ。そして、こちらの追及を遮断する内容でもある。やはりこの質問に対しても、応答の型は決まっていたのだろう。

「……そう」

――今は引き下がるしか無いな。
これから召喚者について何を訊いても、きっとまともな答えは返って来ない。
ひとまず諦めた俺に、『彼女』が見せたのは笑みだった。硬い口調を少しだけ崩し、更なる言葉をぶつけてくる。

「でもね、探偵くん。召喚者の事を喋らない理由はね、他にもあるんだよ? ヒントをあげるから推理してみると良い」

「え!?」

笑みを更に濃くしつつ、『彼女』は自身の髪を軽く掻き上げた。そのまま右手の指を立てて数字の『1』を示し、話を進める毎に指の数を増やしながら、つらつらとヒントを述べていく。

「ヒント1つ目、【その理由が出来たのは、きのうの午後に覚醒してから】
 2つ目、【『サキュバス』としては見たことがあるもの、『高校生』としては有り得ないものを見た】
 3つ目、【人の名誉に関わること】
 4つ目、【コナン君には何もないから楽だ】
 事情を考えてみると良いよ。このヒントだけで分かったらすごいと思うけど。
 実は人生に関わるくらい真剣に考えていることが有ってね、誰かに相談しようと思っていたの。……男の人には言いづらい内容なんだけど」

話し方の雰囲気からして、『彼女』にとってきっと重大な事柄。
ヒントを出す辺りでは『サキュバス』の声色で、顔にも声にも柔らかさが有った。が、後半は『蘭』の喋り方がかなり入っていて、表情にも真剣味が増している。
――『男の人に言いづらく』かつ、『人の名誉に関わる』か。どんな内容の考え事、というか悩み事なのだろう?
男である俺や、おっちゃんにとっては、少々問い詰めにくい。無理に追及しても、信頼関係が壊れるだけ。

「かなり、色んな意味で難しいみたいだね」

ともあれ、無難な感想を述べておく。推理で真実を当てる難易度は高そうだし、元々の考え事の内容もデリケートそうだ。
『彼女』は俺の言葉に頷き、『蘭』寄りの声で答えた。

「そうだね。
 ……コナン君、お母さんが頼んだ別の弁護士さんがもうすぐここに来るから、その人達が来たら、君はお父さんと席を外してもらえないかな? お母さんと弁護士さんに、相談したいことがあるから。
 ここは病院だから、自動販売機はどこかにあるでしょ? 席を外したついでに、ミルクティーを買ってきてもらえたら、有り難いかな」

そう言えば、妃弁護士とおっちゃんが、『彼女』のために別に弁護士を依頼した、という話は、以前おっちゃんから聞いていた。
我が子が警察に殴られて、丸2日も意識を無くしていた、となって、逮捕されていなくとも弁護士を付ける気になったらしい。

俺は返事をせずに振り返り、大人ふたりの顔を伺った。席を外すべきどうか、またミルクティーを与えるかどうか、どちらも小学生の俺が独断する事ではない。『蘭』の保護者が決めるべき事柄だ。
困惑の感情を込めた俺の目線を受けた夫婦は、目配せで無言の意思疎通を交わす。……しばらくの思案の末、妃弁護士が口を開いた。

「『蘭』。言う通りにするけど、自販機の飲み物を飲めるかどうかは、お医者さんに聞いてからね」

親としても、弁護士としても、極当たり前の判断だ。
『彼女』に悩み事があるなら、聞き出せないよりは聞き出せる方が良く、また、言いづらい内容なら尚更、希望を叶えて『彼女』の信頼を得た方が良い。
とはいえ、飲食制限があるかどうか確認していない状況で、入院患者に飲み物を与えるのも、確かに不味い。

「うん、分かった」

『彼女』も異議は無いようで、母親の言葉にあっさり頷いた。
直後、病室のドアが開く音がして、俺はまた振り返る。弁護士が来たのかと一瞬思ったが、実際は違った。

「失礼します。毛利さん、検温です」

バインダーを持った若い看護師が、ドアの傍で会釈しながらそう言った。
これまでの話題の流れからすると、丁度良いタイミング。この看護師にミルクティーを飲めるか質問すれば良い。

「あの、すいません。娘が『自販機のミルクティーを飲みたい』って言っているんですけど、飲ませて問題ないでしょうか?」 

予想通り、『彼女』が体温計を受け取ってから、話しかける機会を見計らっていた妃弁護士が問いかけた。
質問された方は、首を傾げて考え込んでから、少し自信無さげに答える。

「確か、娘さんには食べ物・飲み物に制限はなかったと思います。……念のため、先生に確認しますけど。
 あと、この階には自動販売機は有りません。1つ下の階の談話室まで行かないと買えないですね」

なるほど、この病院の7階は、警官の見張りが立っている訳有り患者用の階っぽいから、自販機が無くても不思議じゃあない。
医者がミルクティーに許可を出したならば、俺とおっちゃんは、6階の談話室でミルクティーを買ってから、この病室での女性限定の相談事が終わるのを待つことになる、のか。

そのまま、誰も何も話さない静かな状況が数十秒。
『彼女』の腋の下で体温計のアラームが鳴った頃、またしても病室のドアが開く。
若干ふくよかな中年女性と、細めの体型の若い女性の計2人。共にスーツ姿で左胸にバッジを付けている。今度こそ弁護士だ。

「あなた、『蘭』。私が依頼した弁護士さんよ、少年事件専門の」

「そうですか! よろしくお願いします」「……はじめまして」

妃弁護士の紹介を聞いて、おっちゃんは深々と頭を下げた。『彼女』も体温計を看護師に渡しつつ、父親に続いて挨拶を言う。
体温計片手に素早く退室した看護師と入れ替わる形で、弁護士2人は病室へ入って来た。

「はじめまして。弁護士の七市 里子(ななし さとこ)と申します。こちらも同じく、うちの事務所の弁護士で、神代 杏子(かみしろ きょうこ)です」
「はじめまして、神代です、よろしくお願いします」

――この言い方からすると、七市弁護士は事務所のボスで、神代弁護士がその事務所の若手、といったところか。
もしそうで無かったとしても、まさか七市弁護士の方が若手、ということは無い。多分。

「……良かった。弁護士さんがふたりとも女性で。男の人には言いづらい事で、相談事があったから」

『彼女』が笑みを見せて、『蘭』の声色で言った、その台詞に、弁護士2人は当たり前ながら反応する。

「あら、そうですか?」 

顔は今のところにこやかだが、2人とも目は至極真面目だ。仕事として真剣に相談事を聞く気は、――有って当たり前だが、相談事を聞く気は、有るらしい。
俺達が退出してから、『彼女』とこの弁護士達に良好な信頼関係が築かれると信じたい。

「ええ、そのようで、……私と坊主はとりあえず外に出ておこうかと。
 ……英理、話が終わったら携帯に連絡頼む。俺達は下の階の談話室に行く」

おっちゃんが、俺の手を掴んでから言った。予想通り、俺達は自販機のある場所で時間を潰すことになるのか。

「ええ。分かったわ」

妃弁護士が頷くとほぼ同時、開きっ放しだったドアから、先ほどの看護師が顔を出した。

「あの、先生に伺ってきました。『飲み物に特に制限はないから、ミルクティーは飲んでも構いませんよ』だそうです」

「じゃあ、僕達、『蘭姉ちゃん』が話している間に、下の階でミルクティー買ってくるね!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前10時54分 東都警察病院 6階 談話室

階段で1階分下りて廊下に出たすぐ横に、談話室はあった。
そこまで広くはない部屋で、4人掛けのテーブルが2つと、部屋の隅に予備の椅子がいくつかと、看護師の話通り自動販売機があるだけの空間だ。
中に居る人も、テーブルの上に突っ伏して眠っている、毛布を被った男性が1人居るだけ。
部屋の入り口で、おっちゃんは一旦立ち止まった。ズボンのポケットから財布を出し、その中から出した500円玉を1枚、俺の目の前に突き出す。

「坊主、お前も飲むならこれで買え。俺は要らねぇから。……『あいつ』の分のミルクティーは冷たいのにしとけよ」

「ありがとう。……って言うかおじさん、この時期は温かいのはあまり無いと思うよ?」

言いながらその500円玉を握り、談話室の奥の方、自動販売機へと再度歩を進める。
一応被疑者でもある者に温かい飲み物は渡せない、のだろう。中身をぶちまけて周囲の人間が火傷すると困る、から…… !?

――! この匂い……
おっちゃんと一緒にテーブルの横を通り過ぎようとする、その時、『ある物』の匂いが、俺の鼻を付いた。
足を止めて原因を探る。この匂いは、……血の匂いの元は、奥の方のテーブルで突っ伏している、この男性!

「おい坊主、何やってんだ!?」

眠っている『ように見える』男性の傍に駆け寄り、テーブルに投げ出された腕を取る。掴んだ手首は冷たく、手首を触られたことに対する男性側の抵抗も無く。
……最悪な事だが、――俺の指先では脈が見つからねぇ!

「おじさん! この人、脈が取れない!」

おっちゃんにとっては予想外の叫びだったらしい。
俺の言葉を理解するのに一瞬の空白があったが、内容を把握すると驚いた顔でこちらに駆け寄って来て、その男性の腕をおっちゃんも掴む。

「! 何だと!? ……本当だ、」「病院の人誰か呼んできて!! すぐに!」

考えさせる時間を与えないタイミングで、おっちゃんの目を見つめて喚いた。
ここは病院の病棟だ。看護師か医者か、医療関係者はすぐ見つかるはず……!!

「お、おう!」

言葉の勢いに半分呑まれる形でおっちゃんは頷き、ここを飛び出して行く。
談話室を出ていくその背中を最後までは見ずに、俺は男性側に再び目を向ける。

「大丈夫ですか!? 僕の言葉、分かりますか!」

男性の応答は無く、身体は冷たいまま。
一縷の望みをかけて、心臓マッサージや人工呼吸はやるべきだ。男性の顔を、可能ならば身体ごと動かそうとして、被っている毛布を払い除ける。
そこで、顔の下、テーブルの一部に血が広がっていること、更に男性が背負っているリュックサックが、変な形をしていることに気付く。

――まさか……!!
リュックサックの上から軽く手を触れ、その形と硬い感触から『あるもの』を想像した。
脱がして背中を確認しようと肩紐に手を掛けた瞬間、ドタドタと足音が聞こえた。おっちゃんが、呼んだらしい看護師2人と部屋に飛び込んで来る。

「大丈夫ですか!? お客さん!」

もしもリュックサックの下が想像通りならば、これは事件だ。心配そうな顔でこちらに走り寄って来る看護師達に、俺は、大声で先ほど気付いた内容を告げる。

「看護師さん! この人のリュック、形がおかしいんだ! まるで、……背中に、何か刃物が刺さっているみたい!」「何だと!?」

血相を変えたおっちゃんが、慌ててリュックサックを脱がしに掛かった。
あっさりと脱げたリュックサックの下、露わになった物を見て、看護師達が息を呑む。
男性の背中には、俺が言う通り、ナイフが真っ直ぐに刺さっていた。

※5月18日~7月1日初出
 11月22日 第2部ー2~4を統合・大幅改稿しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-3
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/23 00:13
午前10時52分 東都警察病院 703号室

要求通りに毛利探偵とコナンが出て行って、『自分』と妃弁護士と、雇われた弁護士2人の、女性だけになった病室で、相談の時間が始まる。
まずは弁護士達の改めての挨拶から、だ。

「……では、改めて。はじめまして、『毛利 蘭』さん。七市法律事務所の弁護士、七市 里子(ななし さとこ)です」

クリーム色のスーツを着た、ふっくらとした体型の中年弁護士は、微笑みながら会釈した。そして、グレーのスーツの、若い細身の弁護士が続く。

「同じく、神代 杏子(かみしろ きょうこ)です。よろしくお願いします」

……『よろしくお願いします』、と、言えれば良いのだけど、元の『蘭』の人格であればそういう言葉が自然だけども、今の『自分』にはそれは言えない。
魔術が止まらない状態の『自分』は、今、敬語が話せなくなっている。日本語での、ですます調の喋りは完全に使えないと、きのうの段階で分かっていた。

「一応、今、……『毛利 蘭』って名乗っていいのかな?
 ちょっと、ややこしい事件の後で、またややこしい目に遭ってしまって、……できれば筆談が良いんだけども、『お母さん』、頼んでたノート、持って来てる?」

頭を掻いた後、溜息を吐きながら、言葉を濁しながら、それだけ告げた。
きのう意識を取り戻した後、『日記用にノートとペンと下敷きを買ってきてほしい』と、病院に駆け付けた妃弁護士に頼んでいたはずだ。……ちなみに、この時に頼んだ品は他にも有る。
こちらの依頼を忘れていなければ持って来ているはずだし、仮に忘れているのなら、今から買ってきてもらわないと困る。そうでないと話が進まない。

「え、……ええ」

話を振られた妃弁護士は、自身の鞄を広げ、中から依頼の通りの物を取り出した。
新品の大学ノートとボールペンと、『蘭』が使った記憶がある、使い込んだ下敷き。差し出されたそれら全てを受け取って、『自分』の膝の上に乗せる。
最初のページの下に下敷きを敷いて、罫線を引いてあるだけの真っ白な紙の上に、ボールペンを走らせた。
何をどこまで打ち明けるか、また、打ち明けずにおくべきか、既に考えはまとめている。最初に、こちらから言いたいことを一気に書く、ということも、決めていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【これから筆談で書いていく内容に、嘘はないつもりです。ただ、話せないことはあります
 何をどこまで話すか決めかねていて、後で話すかもしれないけれど、今は秘密にしていたい事柄もあります。その旨、ご了承ください

 今、私は敬語が話せない状態です
 書く分には問題は無いのですが、しゃべろうとすると、ただのですます調でも無理な状態です。だから、書き言葉はともかく、今の私の話し言葉はすごく失礼に聞こえると思います
 そういう風に敬語が話せなくなったのは、きのう意識を取り戻してからでした
 8月11日に殴られるまでは問題無かったのに、意識が戻ったら、敬語を話したくても話せなくなっていたんです

 話せない原因は、私にはすぐ分かりました
 サキュバスの世界の大体の流派では、魔術を使っている間は、基本的にはどんなに頑張っても敬語は話せないから
 殴られたのが悪かったのか、殴られる前に魔術を使ったのが悪かったのか、原因はわからないけれど
 きのう意識を取り戻したときから、ずっと、私は魔術を使いっ放しで、今も、発動しっ放しの状態なんです

 その魔術の内容は、「近くに居る人の、直近の性行為の記憶を見抜く」、というものです
 今のところ、私ひとりの努力では、この全自動発動状態は止めきれてません
 看護師さんとかお医者さんとか、見張りのおまわりさんとか、他にもこの近くに来た人すべて、そういう行為の経験がある人全ての記憶に、私はきのうからずっと、さらされていました

 こういう行為の記憶って、サキュバスはともかく蘭には耐性がありません。今まで何でもない風な顔をするの、すごく大変でした

 それで、この件で今、私が認識している問題があります
 問題1点目は、この魔術を止めたいんだけど、止めるのが難しそうだ、ということ
 2点目は、この魔術で見えた記憶の中に、かなり高い確率で違法行為しているらしい記憶があったこと

 1点目の解決策は、思い付いている方法はあるんですが、その方法の詳細は、今は伏せさせてください
 2点目の詳細についてですが、ラブホテルの中の女性の記憶で、彼氏と一緒に違法薬物らしい物を摂っている、そんな記憶でした
 この女性、今は居ないんだけど、どうも、今朝の8時位まで私の部屋の見張りに立っていた婦警さんの記憶っぽいんです、位置的に
 私、これからどうしたら良いんでしょうね?

 とりあえず、私が相談したかったことは以上です

 あと相談事とは別に、弁護士さんに2点質問があります
 サキュバスの事件は、どれだけ報道されていますか? 
 坂田さんの、大阪のゲテモノ料理屋さんでの事件が、結構大きめに報道されたのは確認していますが、そこから先は分からないので
 それから、サキュバスの事件に巻き込まれた形の、毛利蘭については、身元に関する情報はどれだけ報道されているんでしょうか?

 返事は筆談でお願いします。しゃべりだと失礼な言葉使いになる、って事だけじゃなくて、この病室の盗聴が怖いのも、筆談を選んだ理由ではあるから】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前11時15分 東都警察病院 703号室

筆談で書くと決めていたことを、『自分』が結構な時間を掛けて書くだけ書いた、その大学ノートの文面を、弁護士達が読み込んでいく。
予想はしていたが、無表情のままで読んでいられる内容ではなかったようだ。七市弁護士はギョッとした表情をして、神代弁護士は恥ずかしさから赤くなり、そして妃弁護士は、……溜息を吐きながら頭を抱える。

RRRR RRRR……

突然、着信音が鳴り響いた。音が聞こえてくるのは、……妃弁護士の鞄の中から、だ。周囲に軽く会釈して、鞄の中から携帯電話を取り出した彼女は、「あら」、と声を上げた。

「さっき出ていったお父さんから電話みたい。何かしら?
 ……どうしたの、貴方? え!? 何ですって!? ……え、ええ、分かったわ」

一体、何を夫から聞いたのか。実に狼狽えた声を出した妃弁護士は、しかしすぐさま我に返って会話を続けた。
一言二言のやり取りの後、携帯電話を顔から離して手で覆い、『自分』に向けて告げる。

「『蘭』、……ここの6階の談話室で、人が殺された、って。お父さんとコナン君が、第1発見者になったみたい。
 『ミルクティーはちょっと待っていてくれ』って、お父さんが。『警察の捜査に協力しないといけないから』って」

雇われた弁護士2人は、思い切り目を剥いた。
事件の発覚に至るまでの流れは、きっと皆、自然に想像がついている。自動販売機のミルクティーを買いに行った時に、談話室内の遺体を見付けたのだろう。
とすると、比較的早い時間に遺体を見つけ、今に至るまで電話できない状況になっていたのかもしれない。

「それは、……仕方ないなぁ。『とりあえず今日の昼ごはんのついでになるくらいまでは待つから』って、お父さんとコナン君に伝えて」

少し考えて、頭を掻きながらそう答えた。嘘を吐いてもどうしようもない事柄だし、理由自体はもっともだ。
そもそも『ミルクティーは待っていてくれ』で、『持って行けない』と言っている訳では無いのだし。

「分かったわ」

妃弁護士は頷き、また携帯電話での通話に戻った。『自分』が言った通りの事を毛利探偵に伝えている、その姿を、『自分』はひとまず視線から外す。
雇われた弁護士の内、若い方が、『自分』を凝視していたから。
何やら思う事が有るらしい視線を受け止め、小首を傾げた。……神代 杏子弁護士は、どこか感心しているような、あるいは驚いているような口調で『自分』に言う。

「落ち着いているんですね。『毛利 蘭』さん」

父親が殺人事件に遭遇しているというのに、『自分』がさして驚いたり動揺したりしなかったから、それを不自然に思われたのか。
あの探偵の、日頃の殺人事件遭遇率を知らなければ、よほど肝が据わっているか、情が薄いのか、それくらいに感じてしまうのだろう。

「慣れているから。うちの『父』、しょっちゅう事件に遭っているから。……警察の人から『歩く死神』って言われるくらいだから」

『サキュバス』の人格融合が無い、元の『蘭』の人格でも、あの2人が事件現場に居合わせたというだけでは、取り乱したりすることは無い。
今日の、談話室の事件でも、きっといつものように、毛利探偵とコナンは、事件を解決してここに戻ってくる。きっと。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前11時16分 東都警察病院 603号室

「……ああ、分かった。行けそうになったらすぐに持って行く」

そう締め括ってから、おっちゃんは妃弁護士との通話を終えて、無言で目暮警部に小さく頭を下げた。
警視庁から来た目暮警部と高木刑事と佐藤刑事、遺体発見時に談話室に駆け付けた看護師2人と医師、それに俺とおっちゃん。『本人』の病室と全く同じ間取りの6階の空き病室に、これだけの人間が集められている。
集められた目的は、遺体発見時の状況を、さっきここに来た警部達が聴取するため。その前に、おっちゃんが妃弁護士に電話したいと言い出して、……その通話が終了して、今に至る。

「えっと、毛利さん方がこの病院に来られたのは、……『お嬢さん』のお見舞いですか?」

若干言葉を選びながら、佐藤刑事が俺達を相手にそう訊いた。

「ああ。ちょうどここの真上の部屋に入院中だ。……うちの『娘』が入院した経緯は、知っているのか?」

おっちゃんは真剣な顔で頷き、逆に刑事達に訊き返した。
あえて佐藤刑事が『お嬢さんの見舞い』なのか質問してきたからには、警部達は今の『蘭』について、事情を知っているのだろう、と、予想は出来る。
予想は出来るが、それでも、念のため確認しておかないといけない事柄だ。

「ええ。……我々3人は知っています。ところで、どんな用事であの談話室に居たんですか?」

高木刑事の回答と、それから、これもまた当たり前の質問。俺が答える。

「僕達、入院中の『本人』からミルクティーを買ってくるように頼まれたんだ。
 『入院中の7階には自販機は無いけど、この階の談話室にはある』って、看護師さんから聞いたから、あの談話室に行ったんだよ。
 ちなみに『本人』は病室で、おばさんと、別の弁護士さんとで話し合いしてるよ。男の人には言いづらい内容の相談事があるんだって」

刑事達は皆、……かなり、何事かを言いたそうな顔をする。『本人』の相談事の内容が気になるのだろう。
でもこの件で、ここで俺達を追及しても効果は無い。俺も、おっちゃんも、当の『本人』が何を話しているのか知らないのに。

「ほう、そうだったのかい。コナン君。
 ……さて。毛利君とコナン君、それから看護師と医師の皆さんも、……事件の経緯を細かく聞いてもよろしいかな? 最初に遺体を発見したのは毛利君達だったね?」

結局警部の手で話は本題に移る。
こういう事件での目撃者への事情聴取は、しつこく、かつ、細かい。証言内容への些細な気付きが、事件解決の糸口になりうるから。
もっとも元刑事のおっちゃんにとって、そんなのは百も承知の事。嫌な顔は全く見せず説明を始めた。

「ええ。私達は、うちの『娘』から、ミルクティーを買って来るように頼まれていました。
 『娘』の病室の看護師さんから、自販機は6階の談話室にあると教えられて、あの談話室に向かったんです。
 談話室に入って、私が小銭を出して、坊主に渡して、自販機に向かって歩いて、……坊主が突然、突っ伏していた、あの被害者の脈を取り始めたんです」

軽く身振り手振りを交えながら記憶を掘り起こしていく内容に、俺の記憶と突き合せてもおかしなところは無い。
そして説明の結果として、案の定俺に向かって大人達全員の視線が集中。
あの時、俺が感じたことは説明しないと分からないのか。当時談話室で考えたこと、やったことをそのまま話す。

「うっすらだけど、あの男の人の方から、血の匂いを感じたんだ。
 あの人、自販機に背中向ける形で、椅子に座って、机に突っ伏していたよね? もしかしたら、寝ている最中に具合悪くして、血を吐いたのかな、って思って」

仮に被害者が生きていて、腕を触られたことを咎められたとしても。俺が心配そうな表情を作って事情を話し謝れば、たぶん許されるだろう、と予測していた。
ただ心配性で世間知らずな小学1年生が、匂いを嗅いだという錯覚のせいで変なことをしただけだと、そういう結論になって許されるだろう、と。……そんな予測は結局、悪い意味で外れた訳だが。

「それで、坊主が『脈が取れない』って騒ぎ始めて……」

おっちゃんは、また、記憶を元にした説明に戻る。
おっちゃんも脈が無い事を確かめたこと、俺が人を呼ぶように言って、おっちゃんが看護師と医者を呼んだこと、その間に被害者のリュックサックの不信点に気付き……
俺もところどころ口を出しながら、説明が続いた。


※7月1日~7月21日初出
 11月23日 第2部ー4~6を統合・大幅改稿しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-4
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/15 20:36
午前11時28分 東都警察病院 603号室

「……それで、コナン君から呼ばれた警官が、談話室を立ち入り禁止にした、と。フム……
 説明ありがとう。コナン君、毛利君」

「どういたしまして!」「捜査に協力するのは当たり前ですから。警部殿」

俺が7階から警官を2名連れて来た、そこまで話してしまえば、こちらが説明できることは終わる。
そこから先は、警官達に聞くべき事だ。それ以降、俺達は談話室から離され、警官の目の届く場所でずっと待機していたから。

「あの人、誰かに刺されたんだよね? リュックサックに、変な切れ込みがあったみたいだし」

俺は高木刑事を見上げながら言った。探偵として基本的な事の確認くらいはしておきたい。
被害者は、机にうつ伏せで突っ伏していた。背中にはナイフの刃が深く刺さっていた状態。言い換えれば、背中からナイフの柄が生えていた状態だった。
そんな背中に、普通のリュックサックを着せることは難しい。仮に出来たとしても、形がかなり不自然になる。

ただ、あの被害者が着ていたリュックサックには、背中に触れる面の布地に、縦方向の大きな切れ込みが入っていた。
背中から生えていたナイフの柄が嵌り、なお余る幅の切れ込みだ。これでナイフは隠せていたし、リュックサックの形も、見た目の上では不自然にはなってなかった。
また実際は、リュックサックの上に毛布が被さっていた、と、いうことは……

「そう、だろうね。誰かがあの人を刺してから、 ……突っ伏して眠っている感じに見えるように、細工したんだろうね」

深く推理するまでもない。犯人が被害者を背中から刺した後、加工したリュックサックを着せて、更に毛布を掛けたのだ。おそらくは事件発覚を遅らせる目的で。

「オホン! ところで、刺された男性がどこの誰なのか、心当たりはありますかな?」

目暮警部が咳払いひとつ。余計な事を喋った部下を牽制しながら看護師達に問いかける。
医師の方は、心当たりが無いらしい。黙って首を横に振る。看護師2人は互いに目を合わせ、……うち1人が自信無さげに答える。

「あの人は、……あまりまじまじと見てないので自信が無いんですけど、盲腸で入院している、星威岳(ほしいだけ)さんの、ご家族の方だと思います。
 ご高齢の患者さんだから、盲腸でも容態が良くなくて、夜は、長男さんと次男さんが付き添っていました。……もっとも、患者さんの容態は朝になって落ち着いたんですが。
 確か長男さんだけ、名字が違ったと思うんですけど、談話室で亡くなったの、その名字の違う長男さんのような気が……」

――え? 今朝聞いたばかりの名字が、何で、ここで出てくるんだ?

「……星威岳?」

「コナン君、何か心当たりがあるのかい?」

俺の呟きを聞いた高木刑事は不思議そうにこちらに尋ねてきた。あぁ確かに。俺が、こう反応するのは妙だ。

「僕達、今日の朝に銭湯に行ったんだけど、その銭湯のロッカーで、知らない探偵さんがおじさんに話しかけてきたんだ。その探偵さんは『星威岳 吉郎』さんって名乗ってた。
 今回の被害者の人とは、顔がかなりそっくりだったよ。体格が思いっきり違っていたから、被害者とは違う人だってすぐ分かったんだけど。
 ……珍しい名字だし、僕達、案外銭湯で次男さんとすれ違っていたのかも」

「そうだったんだ。……有り得なくはないね。夜通し付き添って疲れて銭湯に行くのも、談話室で休むのも」

名字が合致、顔が似ている、どちらか一方なら繋がりは弱い。が、両方あてはまるなら、あの銭湯で出会った探偵と被害者に繋がりがある可能性は、若干上がる。
高木刑事の言う通り、現段階では『有り得なくはない』という程度の仮説で、調べなければ確定は出来ないが。

「実際にその患者さんの御家族の方なら、病院の方に連絡先の記録があるだろうから、それを見せてもらえますかな?
 連絡先の記録以外にも、監視カメラなどを確認させて頂くことになるでしょうな。その辺りの確認は、今、他の警官達に当たらせてますが……」

目暮警部は、看護師達にそう告げる。
証言や連絡先の手掛かりがある以上、被害者の身元や家族の連絡先は調べるのは、警察ならば極めて簡単。俺達が銭湯で会った探偵が無関係なのかどうかも、警部達が調べれば簡単に判るはず。

……ふと、全くの突然に。
俺の横に立っていたおっちゃんは、突然に、ハッとした顔をした。そのまま真剣な顔で、目暮警部に問いかける。

「警部殿、私は、……いつもの様には、捜査には協力しない方が良いのでしょうかね?
 第一発見者ですし、それに、今は、私の『娘』の状態が、……」

――そうか!! 今のおっちゃんは、『被害者』と融合した『加害者』の父親だ!
ただの探偵ならともかく、審判に付されるかどうか現時点では不明な状態の『娘』が居るのに、警察の捜査に関わることは、……果たして、許されるのか?
有り得ない話だが、仮に、仮に徹頭徹尾『蘭』本人が、一個の人格として何かやらかしたなら、たぶんおっちゃんも諦めがついていたろう。
そうではなく、『蘭』が『サキュバス』と融合しているから、あくまで『蘭』本人は、人格を巻き込まれた『被害者』でもあるから、判断はそれだけややこしい。

言葉を濁しながらの問いかけでも、警部達はおっちゃんが言わんとすることを理解した、らしい。
困惑しながら目配せを交わし、結果、……沈黙し考え込む目暮警部の一言を、佐藤刑事と高木刑事が待つ構図が出来上がる。

「…………。いや、『この件に関しては』協力を頼む、毛利くん。遺体発見直後に死斑が出ていたというのなら、君もコナン君も犯人ではないのだろう。
 ところでコナン君、今もミルクティーを買う分のお金は持っているのかな?」

若干強引な話題の変え方だ。奇妙に感じつつ、それでも、ズボンのポケットに入れっぱなしだった500円玉を確認して、俺は答えた。

「え? ……はい」

「では、今から買って、7階の『本人』の病室に持って行ってあげなさい。この階はともかく、他の階の談話室なら立ち入りは出来るだろう。
 佐藤君はコナン君に付き添ってあげてくれ」

「? ……はい、分かりました」

佐藤刑事も、指示には従ってはいるが、声色に困惑が隠せていない。

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午前11時18分  東都警察病院 703号室

『毛利 蘭』の病室にて。
筆談での返事をねだられていた大人達、すなわち『蘭』の母親と、雇われた弁護士2人の、計3名の弁護士達は、迷いながら、……かなり迷いながら、ノートに文章を連ねていった。

弁護士達にとって、どんな風に書くのかは相当悩ましい事なのだろう。
『加害者』でもあり『被害者』でもある『自分』が、きのうからずっと魔術に目覚めていた、というのは、受け入れがたい事だ。
おまけに全自動で発動状態のその魔術が、よりによって『近くに居る人の、直近の性行為の記憶を見抜く』ものだから、より一層悩ましい。

幾度も目配せを交わし、書き手も交代したりしながら、弁護士達は文章を書き進めていく。
そこまで文字数のある訳でもないというのに、筆談での文章が提示されるまで、結構な時間を費やした。

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【敬語を話せないこと、魔術のこと、両方とも了解しました
 悩み事を教えてくれて、本当にありがとう。ずっと、悩んでいたんですね

 まず先に、あなたの質問に答えますね。サキュバスの一連の事件は、率直に言って、大々的に報道されています
 ネットの掲示板に投稿された内容も、事件の経緯も、何もかも前代未聞なことばかりですから
 大阪での坂田さんの件はもちろん、東京の沼淵さんの件も、そしてその後の、毛利さんの人格が巻き込まれた件も、どれもニュースになっています

 ただ、今のところは、毛利さんの情報については身元が分かる形での報道はされていないようです
 東京在住の高校2年生の女子、とだけ、情報が流れています。本名は当然出ていませんし、御両親の職業も、住所も、伏せられています
 今のところ、週刊誌にもインターネットにも、情報は漏れていない様子です

 次に、発動しっ放しだという魔術について
 私達にも分かるような証明が欲しいです。今見抜いている記憶の内容を、教えてくれませんか?
 他の人の記憶を教えるのはプライバシーの問題があるけれど、今ここに居て了解している身内が相手なら、その問題はないでしょう
 毛利 小五郎と、妃 英理の記憶を、教えて
 妃 英理はここでこうやって承諾しているし、お父さんにも後で事情を話して了解を取るから】

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午前11時33分  東都警察病院 703号室

ノートを受け取り、弁護士3人分の筆跡が混じった文を読み通す。
最後の3行、両親の記憶を見せるよう促す部分のみ、見覚えのある『蘭』の母親の字で、それより上の部分は雇われた弁護士2人の文章が混在している。

意外性は皆無の内容だ。
悩み事を明かした時点で、記憶が見通せることの証明を求められるのは分かっていた。その証明方法としては、見抜いた記憶の内容を明かす以外にすべが無い。
他人ではなく身内の情報を判断の材料とするのは、書かれた通りプライバシーの観点から合理的である。

『蘭』の両親は共にオトナ。
性的なことに関しては品行方正な部類に入る、女子高生にとっては考えたくもない事柄ではあったものの。成人夫婦が自分達の意思と責任でやる事をやっていた、そんな事実は動かせない。

妃弁護士の顔を、見る。問い掛ける意図を込めた『自分』の視線を受け止め、『蘭』の母親である彼女は、真剣な顔で頷いた。
肝心の記憶は、『直近の性行為の記憶』は、きのう当の両親が病室に見舞いにきた時から見えていた。それを記すのにためらう理由は、思い浮かべる限り存在しない。

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【私が見た記憶は、お母さんのマンションの部屋での記憶
 日時は、先月の27日午後9時頃
 この日は、蘭は2泊3日の部活の合宿の1泊目で、コナン君も友達とキャンプに行っていた日のはず。だから、お父さんはお母さんのところに行けたんだね

 お母さんのベッドの上で、2人は、蘭の空手の大会の成績を話題に出してた。それから大学時代の話も
 色々やって、最後にお父さんがお母さんの学生時代の成績を馬鹿にするようなこと言って、お母さんが、お父さんの右のほっぺたをつねり上げた

 もっと細かい記憶は見えているんだけど、どっちが何をどうしてどんな風にしたのか、くわしく書いたほうが良いのかな? さすがに文字に起こすのは恥ずかしいんだけど
 あと、付け加えておくと
 お父さんの記憶と、お母さんの記憶には食い違いは無かった。今書いた、同じ日時の、同じ場所の記憶だった】

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午前11時41分  東都警察病院 703号室

『自分』が書いた面を下に向ける。内容を伏せた形で、妃弁護士にノートを渡した。
ノートを渡された妃弁護士は、雇われた弁護士達に小さく会釈してから身体の向きを変えた。他の者に内容が見えない位置で文面に目を通して、……かなり深い溜息を、一度、吐く。

数十秒の沈黙の末、彼女はページをめくり、下敷きを挟み直して、ボールペンをノートに走らせた。
しばらくして書き上がった内容は、『自分』だけでなく他の弁護士達にも読めるように、『自分』達の輪の真ん中に提示される。

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【今読ませてもらった情報は、確かに私の記憶の通り
 あなたの魔術のことは信じます。これ以上は、記憶の内容を書いてもらわなくても結構
 これからは、魔術のことは真実だという前提で、話をしましょうか】


※7月21日~8月3日初出
 11月24日 第2部ー6~7を統合・大幅改稿しました
 次の話は24日の20時代に投稿予定です

 2015年3月15日 時系列上変な部分を修正しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-5
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/15 20:37
午前11時45分  東都警察病院 703号室

ドンドン!!

「ミルクティー持って来たよ! 開けてー!」

勢いの良いノック音と共に、コナンの大声が、突然にドアの向こうから聞こえてくる。
病室内の全員で顔を見合わせた。もう小五郎達の事情聴取が終わったのだろうか?
――いや、コナン君の後ろからついて来ているのは……
『自分』が気付いたことを知らせるべく、弁護士達を手招きする。声をできるだけ落とし、今『見える』情報を、告げる。

「……お父さん、来てないよ。女性刑事らしい人がコナン君と一緒」

え? という顔を示した弁護士達に構わず、『自分』はひとまずドアに向けて声を張り上げた。
説明は後で良い。あまり長くドア前で2人を待たせたら、逆に不審に思われそうだ。

「どうぞ!」

ガラッ!

ドアが開く。ミルクティーの缶を持った江戸川 コナンと、顔見知りの女性刑事、……佐藤 美和子刑事が、予想通り立っている。
色々と思うところはあったが、……主に魔術で見えた情報に関して、思うところはあったが。
『自分』は、心の内の葛藤と疑問を伏せて、ドアの横に立つふたりに微笑みを見せた。
魔術のことで秘密を抱えるのは今更だ。今後、会話を交わす中で葛藤を解消するチャンスはあるかもしれないが、どう転ぶにせよ今は平穏を装ったほうが良い。

「『蘭姉ちゃん』、ミルクティー持って来たよー」

『自分』の葛藤の元になっている刑事、――佐藤 美和子刑事は、ドアの横から動かない。ミルクティーの缶を握ったコナンだけが動いた。
小走りで『自分』に向かって来た彼から、缶を受け取る。
掴んだ途端、ひんやりとした冷たさを感じた。わずかだが表面に水滴も付いている。まるで自販機から買った直後のようだ。

「ありがとう。……これ、冷たいね。買ってすぐ持って来たのかな?」

「うん。最初は、缶を買う前に遺体を見つけたから、買う暇が無かったんだけどね。
 ……事情聴取でね、自動販売機に向かっていた理由を話したら、目暮警部が『先にミルクティーを買って、持って行ってあげなさい』って僕に言ってくれたんだ。
 遺体が見つかった談話室には入れないけれど、他の階の談話室の自動販売機は使えるから」

そんな流れでミルクティーを買ってきたのなら、今『自分』が握り締めているこの缶は、本当に買ってきたばかりの物。なるほどまだ冷たい訳だ。
そこで、雇われている弁護士のうち年上の方、七市 里子弁護士が口を開いた。彼女は軽く膝を曲げて、コナンに目を合わせてから尋ねる。

「毛利探偵のほうは、まだ警察の人達の所に居らっしゃるのね?」

――ふむ。
質問した本人には自覚が無いだろうが、『自分』には都合が良い質問だ。これからの会話の、おおよその流れが読める。
『蘭』の父親は、おそらくまだ捜査に協力している。佐藤刑事がここに来たのは、コナンに付き添う保護者の代わり、だと思う。
だとしたら、コナンの返答の後に、……『自分』が会話を主導する機会が生まれる。

「うん。おじさん、今はまだ下の階で目暮警部達とお話をしてるよ」

コナンは頷き、想像通りの内容を即答。
心の中で身構え、でも慌てないように気を付けて。何でもないように装い、『自分』は言葉を発する。ドアの横に立っている佐藤刑事を見つめながら。

「で、……『お父さん』の代わりに、その人が来た訳だ」

若干、違和感があったかもしれない。喋り方に『サキュバス』の声色が強く出た。
部屋中の人間がこちらを一斉に見つめて、空気が若干重くなる。

「う、うん。佐藤刑事、僕に付いていくように警部に言われたから」

ともあれ、『自分』に向けられた視線は気にしない。ただ、考え込む様子は隠さず、返事を呟く。

「……そう」

――さてさて。この刑事相手に、会話を引き延ばせるかな……?
『直近の性行為の記憶を見抜く』魔術は、対象を選ばない。最初から、佐藤刑事に対しても作用はしていた。
その魔術について、『自分』の心に引っかかっている事柄が、ある。もっと集中して、時間をかけて記憶を丹念に覗いて、事実を確かめておきたい。
だから、出来る限りはこの刑事をここに引き留める。不自然にならないように会話を引き延ばす種は、幸運なことに今の『自分』の元に有った。

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 午前11時48分  東都警察病院 703号室

「……あの、私に何か?」

佐藤 美和子は、少し迷って、そう言った。訳有りの『被疑者』が、長時間自分を凝視したまま黙っているのは変だ。
ベッドの上の『彼女』は、美和子の言葉を受けてようやく沈黙を破る。
『毛利 蘭』の口から出てきたのは、美和子の知る女子高生とはまるで違う声色の喋り。内容も予想外だった。

「佐藤 美和子刑事、そこのドアを閉めてくれないかな?
 この身体の、ひとつの人格を持った『被疑者』として、『わたし』の事件を担当する部署宛てに伝言を頼みたいことがあるから」

――『被疑者』、の人格。……『サキュバス』の、声。
思いもかけない言葉。思考をフル回転させつつ、周囲の反応も伺う。
『本人』以外にここに居るのは、『蘭』の母親を含む、いずれも弁護士バッジを付けた女性3名と、コナン君だけ。それぞれの顔を見るに、……伝言を頼むことは、彼女等も了解していない、ようだ。
ともあれこの面々なら、ドアを閉めても問題はないだろう。無論、何かあった時にすぐ外に飛び出せる位置に立つべきではあるが。

言われた通りに病室のドアを閉めて、『彼女』に向き合った。
『サキュバス』の事件の担当部署は、今は、拘置所被告殺人事件の捜査本部、になる。その本部宛ての伝言を頼まれること、それ自体は内容によってはやぶさかではないが、それよりも前に訊いておきたい疑問がある。

「警察の職員として、『サキュバス』の事件の、……捜査本部への連絡は可能ではあるけれど。『被疑者がこう言っていました』、って、伝えることは出来るけれど。
 でも、何で私に? この部屋の前に立っているお巡りさんも、伝言は受けてくれるでしょう」

台詞の途中から、弁護士達の注目が集まる。しまった、と思い、少し言葉に詰まりながらも取り繕って、言いたいことをどうにか言い切った。
『彼女』自身は、『サキュバス』という名詞を一度も発していない。美和子の側が『サキュバス』という単語を出したのだから、これはカマ掛けに引っ掛かったのと同じ。
……いや、確か、毛利探偵の『うちの娘が入院している事情を知っているのか』という問いかけに、高木が『ええ、我々3人は知っています』といったやり取りが、先ほど、六階での事情聴取の際にあったはず。
つまり、『目暮・佐藤・高木は、毛利 蘭の事情を知っている』という事実は、……毛利一家には知られてもいい情報、のはず。

「警察にはあまり居ないと思うけど、伝言を頼んだそばから忘れるような人、居ないとも限らないから。でも『蘭』の記憶する限り、少なくとも佐藤刑事はそんな風なバカじゃないから。
 それにしても、……『蘭』が『サキュバス』の事件に巻き込まれた事、貴女は知っているんだね」

冗談めかしているのか真面目なのか分からないものの、一応の内容を理由にしたうえで、『彼女』は確認をかけてくる。
弁護士達は相変わらず表情の変化が目まぐるしいが、『彼女』自身は一貫して無表情だ。

「え、ええ。毛利探偵にも同じ質問をされたから答えたけれど、……私は、『あなた』の事情を知っているわ。目暮警部も、高木刑事も」

だから、自分の台詞は失言ではない、と、美和子は言外にそんな意味を込めて答える。
弁護士達がわずかに肩の力を抜いた。だが『彼女』は相変わらず表情は変えずに語り掛けてくる。

「『わたし』の情報は秘匿されているらしいね。少年事件だし、警察でも捜査に関わっている人達しか、『わたし』の身元の情報は知らないと思う。
 でも、貴女が『わたし』の件の捜査に今も従事しているのなら、今日コナン君達が遺体を発見した事件の捜査で、ここに来るはずがない。
 おそらく貴女達は、以前は『サキュバス』の事件に関わってた。今は関わってない。……違うかな?」

まるで『彼女』に追撃されているような感覚を覚えた。低い声でつらつらと述べられていく推測の、その内容は全て正解だ。
坂田被告と沼淵被告が殺害された件が騒がれていた頃、……毛利 蘭が巻き込まれたと分かるまでは、美和子達は捜査に当たっていた。
そして今、その件には関わっていないからこそ、この病院で新たに起きた殺人事件の捜査に、目暮警部達と一緒に出てきている。

この『彼女』にどう答えるべきか。
捜査に関わっていなかった、と、嘘を吐く事は出来ない。捜査本部内で秘匿されるべき被疑者の情報を何故知っているのか、絶対追及される。
沈黙したとしても、『彼女』の個人情報の漏えい疑惑が掛かるのは同じ。……結局、事実を喋るのが最善、か。

「……顔見知りが関わっている事件の捜査に、捜査員として従事するのは好ましくないから。
 『毛利探偵のお嬢さん』が『サキュバス』の件に巻き込まれたと分かった時点で、私達は納得して捜査から外れた。私が話せるのはそれだけ」

もっともそれは、警視庁内の捜査体制に限った話だ。
大阪府警から面識がある者が派遣されて来て、数日前に『サキュバス』と何やらトラブった、という話は今日この病院に来る前に聞かされていたが、ここでは言及しない。
その件のツッコミが来て藪蛇になる前に、美和子は『彼女』に対して言葉を続ける。

「警察の職員として改めて質問。伝言の内容は、何?」

その質問に、『彼女』は、フッ、と軽く息を吐いた。
これまでの前置きが長い割に、捜査本部に伝えるべき肝心の内容は、至ってシンプル。

「『警視庁相手に、後で、書面で、苦情を言うかも知れない』、と。大阪府警でなく、警視庁に。
 どんな内容の苦情か、今は話せないし、弁護士とも意見をすり合わせないといけないけれど。いつになるかも分からないけれど。
 『苦情があるから、書面で苦情を言うかも知れない』と。……それを『わたし』を担当する、そのサキュバスの件の捜査本部まで伝えてほしい」

……弁護士達の安堵の表情から推測するに、苦情の内容は彼女達も把握はしているのか。ただ、伝言を頼もうとした『彼女』の行動が、突拍子も無かっただけで。
伝言内容自体は、捜査本部まで伝えることは問題無い。むしろこの内容なら、捜査本部に伝えない方が問題化する。
また、苦情の内容が何なのかの追及も不可能だ。流石に当の弁護士の前で、『弁護士と意見をすり合わせていない事柄を明かせ』とは言えない。

「……分かった。『後で、書面で苦情を言うかもしれない』ということ。捜査本部に伝えるわ。話したいことはそれだけ?」

『彼女』は即答した。

「ええ。それだけ」

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 午前11時53分  東都警察病院 703号室

「……びっくりしたわ、突然伝言を頼みだすんだから」

コナンと佐藤刑事が、病室から出て言ったのを見送ってから、『蘭』の母親は、溜息交じりにそんな言葉を吐き出した。雇われ弁護士2人も、黙って同意の頷きを見せる。
見張りの婦警が、実は彼氏と一緒に違法薬物に手を出していたらしい件は、いずれ魔術のカミングアウトと一緒に、苦情の形で警視庁に知らせる、方向が良いと思う。
で、さっき佐藤刑事にああいう伝言を頼みこんだのは、記憶を見た『自分』のとっさの判断。

「ぅん、前置き無しに苦情を言うよりは、前置きを入れたほうが良いのかな、って思って」

そこから先、『自分』は本当の理由を言いかけて、……言葉に出す前に、言うべきでないと判断、沈黙する。
――『わたし』が知った情報は、今は『わたし』が抱え込んでおいた方が良い、かな?
佐藤 美和子を呼び止めた、本当の理由。それは魔術で、丁寧に彼女の記憶を見ておきたかったから。で、……結局のところ、呼び止めて記憶を見ただけの成果は、有った。

佐藤 美和子刑事は、後輩の高木 渉刑事と良い仲だ。2人してラブホテルに行った程度に良い仲だ。
本来どこも問題のないはずのカップルだ。独身成人男女、互いの同意付き、違法行為もしていない。
そんな2人の直近の性行為は、8月7日の夜。雑談で、『蘭』が巻き込まれた事件の情報を話題にしたのは頂けない、が、その前日(6日)に共に捜査に関わっていたなら、部外者に秘密を明かした事にはなるまい。

ただ、問題はある。あのカップルにとっては割と大きめの、問題がある。
2人が、その夜、肝炎をうつし合っていて、たぶんまだ2人ともそのことに気付いていない、という事だ。
魔術に絶対はない。ただ、丁寧に記憶を覗いて解析した結果、肝炎の感染は、ほぼ間違いないと言えた。

※8月3日~8月17日初出
 11月24日 第2部ー7~8を統合・大幅改稿しました
 2015年3月15日 時系列上矛盾する文章を修正しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-6
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/25 20:48

午前11時55分 東都警察病院 603号室

ガラッ

俺の手を引いた佐藤刑事が、ドアを開けた。おっちゃん達が居るはずの6階の例の空き病室に2人して入る。

「ただいま戻りました」「戻りましたー」

「ああ、2人ともご苦労」

……俺が部屋を出た時は病室に居た、医師や看護師達が見当たらない。おまけに部屋の雰囲気が若干重い。
俺達が『彼女』の病室に向かっていた間、ここでおっちゃんと警部達が、何かを話していたのか。
佐藤刑事は、すぐに俺の手を離した。彼女がこの部屋の雰囲気に気付いたのかどうかは分からないが、余計なことは言わず、ただ報告があることを切り出す。

「警部。本庁の方に連絡を入れたほうが良いかもしれないことが、行った先の病室で、ありました」

「ん? ……何かね?」

今ここに居るのは、目暮警部、高木刑事、佐藤刑事、おっちゃん、俺。
俺は伝言を頼まれるその場に居たし、妃弁護士と『彼女』が把握していることをおっちゃんに明かしても、リスクは、まぁ無い。
伝言内容をこの場で報告したところで、問題になりそうな面子は居ないわけだ。

「今向かった病室で入院中の『本人』から、警視庁に苦情があるそうです。大阪府警ではなく、警視庁の方に。
 『あとで、書面で苦情を言うかもしれない』と『サキュバス』事件の捜査本部に伝えてほしい、……と、伝言を頼まれました。
 肝心の苦情の内容は、今はまだ秘密だそうです。弁護士さん方と内容をすり合わせていないそうで、その弁護士さん方が居る部屋で追及は出来ませんでした」

「何だ、それは?」

佐藤刑事の言葉に食いつくような反応を見せて、報告に聞き入っていたおっちゃんが、そんな声を出した。
これまでの経緯と弁護士の反応から予想はしていたが、やはりおっちゃんにとっても、寝耳に水の事らしい。

「毛利さん達も、内容は御存じないんですね」

高木刑事の質問、というか、確認。
おっちゃんはブンブンと音を立てそうな勢いで首を縦に振って断言し、俺はその言葉に続いた。

「ああ! 俺は全く知らないぞ。一体どんな苦情なんだ……?」「僕も、分かんない」

苦情の先が大阪府警なら、まだ心当たりは有る。『彼女』は、魔術で錯乱したらしい大滝警部に殴られたんだから。
だが『彼女』はわざわざ『警視庁宛て』だと限定した。ならば、『彼女』が伝えたい苦情の内容は、完全に謎だ。

この件は、ここで会話してももう進展は無いと判断したのだろう。目暮警部が話題を変えた。

「……そうなのかい。
 ところで先ほど、コナン君達がここに戻って来る直前に、病院から、この被害者家族の情報が来たんだが……。
 君達、今朝、銭湯で、『星威岳という名前の探偵に話しかけられた』と言っていたね? その探偵、……『星威岳 吉郎』さんだったか、その探偵が今どこに住んでいるのかは、その時の会話では聞いていないかな?」

警部は、俺がこの部屋を出た時には持っていなかったはずの黒いバインダーを抱えていて、それを撫でて示しながら俺達に問うてくる。
今、何故この件なのか。わざわざフルネームを出して訊いてくるという事は、やはり朝会ったあの探偵は、被害者の家族の可能性があるのだろうか。

「『東京じゃない場所に住んでる』っては言っていましたが。……どこに住んでいるのかは言ってなかった、と思います」

「そうだったよね。
 『以前東京で探偵の助手をしていた』、『おじさんが有名になるよりも前に東京から引っ越した』、『東京の頃の雇い主はもう亡くなっている』、って言ってたけど。……今の住所がどこなのかは言ってなかったよ?
 結局……、朝に会った探偵さんは、被害者の弟さんだったの?」

記憶を遡って、おっちゃんが答える。俺はその言葉に連ねる形で、あの時の会話を補足した。ついでに、どうしても気になった事を警部達に質問。
詳しい説明が、高木刑事から返ってきた。

「本当に君達が会った探偵さんなのかは、まだ不明だよ。病院側の資料と名前は一致しているけれど、同姓同名の別人の可能性はあるからね。
 被害者の弟さんは病院経由で呼び出してもらったから、もうすぐここに来るらしいよ。そこで確認すれば、すぐ分かるんじゃないかな?」

ガラッ!

その言葉を受けて俺が何か話すよりも前に、ドアが開いた。
当然の事ながら部屋に居る者の視線がドアに集中する。入室者は男性の制服警官だ。

「警部! 監視カメラを調べた結果なのですが……。
 現場の談話室内にはカメラは有りませんでした。廊下にはカメラが有り、部屋への出入りは全て撮れていたのですが。
 被害者本人を含めて、4人の出入りがあった模様です」

つまり、犯行の決定的瞬間を映したカメラは無い状況か。部屋の出入りを基に、誰が殺害したのかを絞り込むことは可能だが。
被害者本人を覗いて、実質的な容疑者は3人。数は多くはない。犯人を特定できるだろうか。

「……警部、被害者の弟さんには私が対応しましょうか?」

これまで黙っていた佐藤刑事が提案する。
警部はその言葉に、バインダーを渡しながら応じた。

「ああ、そうだね。頼む、佐藤くん」

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午後12時8分 東都警察病院 4階 廊下

結局、被疑者の弟への連絡のために佐藤刑事を6階に残し、その他の面々が監視カメラの確認に向かうことになる。
監視カメラのモニターが配置されている場所は、4階の守衛控室。この病院ではそこが、実質的な監視ルームだという。

「4階は、患者さんが使わない部屋ばっかりなんだね」

歩きながら、俺は純粋に感想を言った。この階は、廊下を歩けば一発で分かるくらいに、部屋の大きさや配置が他の階とは違う。
『4(シ)』は『死』と発音が通じる。ここに病室を置くのは不適切だと、病院の設計段階から配慮していた、ようだ。

「そりゃなあ。この階は、機械室と倉庫と、守衛の控室がまとまっているからなぁ、……って、何でお前が監視カメラの確認に付いて来るんだよ」

まるで今俺に初めて気付いたという風に、おっちゃんはこちらを睨みつける。おかしな話だ。エレベーターに乗る時からずっと、俺はおっちゃん達に付いて来ていたのに。
やりとりを聞いていた目暮警部が、こちらを振り返る。歩みを止めて、静かな声で俺達に告げた。

「構わんよ毛利君。この子なら一緒でも。……この事件で最後だろうから。
 コナン君、きみが事件に関わるのは今に始まった事でないからな。今更な事だろう」

――ちょっと待て!? 『この事件で最後』? どういう意味だ?

「え!? ……あ、ありがとうございます、目暮警部」

聞き逃せない言葉の意味を警部に問い質しそうになる寸前。
俺の発言をおっちゃんが目で制する。『後で事情を説明するから今は黙れ』、と、表情で訴えていた。

……『この事件で最後』、おっちゃんと警部が了承していること。
まさか、事件への協力はもう止めるとか、そういう類の約束でも交わしたのか? 俺が『蘭』の部屋までミルクティーを届けに行っている時に!?
確信に近い推測が、俺の頭の中で固まるが、この推測が当たっているのかおっちゃんに聞き出す暇が無い。高木刑事が開けた守衛控室の中に皆が入って行く。

腹を括って、俺も部屋の中へ足を踏み入れた。
もし俺のこの推測が正しいのだとしたら、……なおさら、今はこの事件の解決に集中するべきだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後12時11分 東都警察病院 4階 守衛控室

「監視カメラの映像はどうかね? 現場に、人の出入りが4人あったというのは聞いたが」

壁の一面がたくさんのモニターに占拠された部屋。
その一角で、捜査員3人が画像の確認に当たっていた。警部達が入室すると手を止めて、その内の1人が警部に報告する。

「はい。監視カメラに映っていたのは4人です。
 その廊下の監視カメラは、部屋の中を覗かない配置でした。談話室に出入りした者は分かるのですが、誰が加害者なのかまでは……」

被害者は、あの談話室のかなり奥に座っていた。
そんな配置の廊下の監視カメラなら、犯行状況なんかが映されることはなかったのだろう。

「その4人が、部屋に入った時間帯は?」

「あ、はい。この画面に出します、……ちなみに、画面の表示時刻にズレは有りませんでした。
 最初の1人の入退室の後、しばらく誰も入らずにいて、それから被害者を含む3人の入室がまとまっています。
 まず、9時ちょうどに部屋に入って10分後に出た、この人が1人目です。……被疑者の内には入らないでしょうけど」

捜査員が示した画面、映し出されたのはツナギ姿の中年の女性だ。
片手にモップらしきものを抱え、もう片手にバケツらしき物を下げたその姿は……

「どう見ても清掃員ですね。この清掃員は完全にシロでしょう。そもそも被害者と接触していませんから」

高木刑事の言葉に、皆が頷く。被害者とは接触が全く無い上、死亡推定時刻にも全くぶつからない時間帯。
この清掃員は、たまたま清掃作業で談話室に入り込んだ、だけだろう。

「ええ。実質的に事件に絡んでくるのは、その後に入室した3人です。被害者本人を除けば、犯行を行ったのは2人に絞られます」

説明と同時に、捜査員は録画の再生速度を上げた。表示時刻がみるみるうちに1時間進む。
続いて談話室に誰かが入って行ったのは、画面上の時刻が10時10分まで進んでから。
その人が、否、その人『達』が入室する寸前のタイミングで、動画を静止された。

「この画像に映っているのが2人目です。ベビーカーを押した女性のようですね」

モニター上、部屋に入って行くのは2人だが、容疑者を絞り込むという意味では、1人だ。
絶対に犯人には成り得ない存在、……ベビーカーの中の子を勘定には入れず、捜査員は、画像上の女性のみを指し示した。
上は白地の服の上に青いカーディガンを羽織り、下は黒い長ズボンを穿いた、若い長髪の女性だ。右脇に結構大きめの白いバッグを抱えつつ、両手で赤ん坊入りのグレーのベビーカーを押している。

「見た目に明らかな刃物は、さすがに無いですな」

「だが、大きめの荷物を持っているようだ。この女性、凶器を隠し持てない訳ではないだろう」

おっちゃんと警部の言う通り。
映像を見る限りベビーカーの下部に荷物入れは無く、ベビーカー自体も刃物を隠して入れられる様な構造ではない。
あの被害者の背中の刃物、もしこの女性が隠し持っていたとするならば、隠し場所として最も考えられるのは脇のバッグだろう。

……とりあえず、今のところの意見はこれだけだ。警部から無言で促された捜査員は、再生速度を速めた。
10時16分の表示が出て、更なる入室者を映したところでまた映像が止まる。
今度は白いTシャツに黒い長ズボンの、太った中年男性が、薄いイエローの毛布片手にあくびをしつつ部屋の中へ。

「これで、部屋に入ったのが3人目です。部屋を出た映像がありませんから、この人が被害者でしょうね」

服、体格、顔、そして抱えている毛布の色、……間違いない。

「あの毛布、被害者の私物だったんですね」

高木刑事の感想。俺はすかさず、気付いた内容の指摘を続けた。

「でも、リュックが無いね。発見された時、背負ってたのに」

モニターを見ている全員が、ハッとした表情を見せた。
映し出された被害者は、どう見ても毛布しか持っていない。

発見時、突っ伏していた被害者の背中には、ナイフと、その上を包むように背負わせたリュックサックがあり、更にその上に毛布が被さっていた。
毛布は、見ての通り被害者の私物。では、ナイフだけなくリュックサックも、……加害者の物?
折り畳めるタイプのリュックサックだったなら、ナイフ同様、普通に荷物の中に入れて持ち運びは普通に可能だ。

さて、更に映像の再生が進む。
10時21分、先ほどのベビーカーと女性が談話室を出た。入室時と比べて、格好や荷物に目立った変化はない。

最後の容疑者候補の入室は、その2分後の10時23分。水色のシャツと濃緑色のズボンを着た、白髪の老人だ。
怪我の治療中なのか、ギプスを付けた右手首を白い包帯で吊っている。またこの人も、怪我をしていない方の肩に、大きい紺のカバンを下げていた。

「4人目の入室者はこの人物です。腕を怪我しているようですね」

「……だが、完全に手ぶらというわけではないからな。無関係とは言い切れんよ」

警部の言う通り。寝ていた被害者を後ろから刺す、という行為は片手でも出来る。手荷物に凶器を隠し持っていた恐れが排除できない限り、シロとは言えない。
老人は、10時29分に談話室を出た。
画像の早送りの後、10時54分の表示が出ている時刻となり、談話室に入って行く人間が2人映し出される。俺と、おっちゃんだ。

「この時に、談話室で事件に気付かれたのが、毛利さん達ですね」

「ああ」

モニター上、おっちゃんが談話室を飛び出したところで、映像が停止した。犯人を絞り込む手掛かりとしてはここまでで十分だろう。
これからは、被害者本人を含め、あの談話室に入った者達がどこから来た誰なのかをハッキリさせねばなければならない。

RRRR RRRR……

携帯の着信音が鳴った。鳴っているのは、……目暮警部の携帯か。
鳴り続ける端末をポケットから取り出し、警部は電話に出る。

「目暮だ、どうした佐藤くん? ……被害者の弟が来たのか? ああ、被害者の身元は看護師の証言の通りで間違いない、と」


※8月24日~9月7日初出
 11月25日 第2部ー9~11を統合・大幅改稿しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-7+登場人物まとめ(被害者家族編)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/12/07 00:08
午後12時36分 東都警察病院 603号室

事情聴取用に病院から提供された、空き病室。今室内に居るのは、佐藤 美和子と、ただドアの近くに無言で立っているだけの制服警官が1人と、それから、被害者の弟、計3名。
その内の1人、佐藤 美和子は、携帯電話越しに取りあえずの聴取結果を報告していた。

「はい。今、それだけは確認が取れました。被害者は、夢見 竜太郎さんに間違いないそうです。弟の星威岳 吉郎さんに、実際に談話室で確認して頂きました。
 職業は俳優だそうで、弟さんの証言では、被害者から『仕事をクビになった後、伝手をたどって芸能事務所に入れてもらい、端役で出ている』と聞いていたとのことでした」

喋りながら、体格以外は被害者と見間違えるほどそっくりな弟、星威岳 吉郎氏に視線を合わせる。
兄の遺体を実際に見たばかりで、表情がまだ少し青いこの人は、しかし取り乱したり泣いたりはせず、最初から捜査に協力的だった。
今だって、美和子が話す内容を理解して、しっかりと頷いてくれる。……警部に報告している内容に、変な事実の誤認は無いらしい。

「ほぉ……、俳優か……。
 ところで、他に被害者に家族はいないのか? 弟さん以外にも聴取は要るだろう。あと、父親が入院してからの御兄弟の動きも聞いておいてくれ」

雰囲気で分かる。警部は、被害者の経歴に引っ掛かっている。
美和子も、最初に聞いた時は違和感があった。失業した中年男性が真っ当な俳優になるというケースは、皆無とは言えないだろうがあまり聞く話ではない。
とはいえ被害者の職業は、後でいくらでも調べられること。今は、それよりも先に聴取するべきことがある。

「はい」

真っ当な指示に了解の返事を返すと、警部の方から通話が切れた。
美和子は携帯電話をポケットに仕舞い、メモ帳代わりの手帳とボールペンを取り出す。改めて、軽い会釈と共に、星威岳氏に向き合った。

「星威岳さん。お兄さんの御家族の構成を教えて頂けませんか?
 場合によっては、御家族のかたにも心当たりを伺わなければいけませんので」

被害者の弟に対する質問としては常識的な内容のはずだ。でも、答えとして、言葉でなく嘆きと納得とが混じった溜息が返ってくる。
言葉が出てきたのは、感情を込めたその息を吐き切った、その後。

「刑事さんには言っていませんでしたね……。兄は、5年前の夏に、奥さんと娘さんと、あと義理の両親の5人を一度に亡くしています。兄以外が車に乗っている時に、事故に遭ったんです。
 兄は夢見家に婿に行っていましたけど、婿に行った先がそういう事になったので、今、家族は居ません」

「……そうなんでしたか。失礼しました」

父親と息子2人、合わせて3人の中で、長男の被害者だけ名字が違ったのは、そういう事情か。
どういう思いだったのか推察するのも野暮だが、婿入りで変わった名字を、今に至るまで元に戻すことは無かった、のか。

「いえ。……それで『家族亡くしてストレスで激太りして、それ以来体重が落ちていない』って、言ってました。
 で、うちの父が相当に心配して、父の隣の部屋に兄を住まわせたんです。父はアパートを1軒持っていて、そこの1階に住んでいますから」

長男がそんな悲惨な経験を経て体格を大きく変えたなら、そのような親心は、全くおかしくない。
聞き出した家族構成と住所を頭の中で整理する。
被害者の父親は、同じアパートの隣の部屋に住んでいた。今は意識不明でここに入院中。被害者の妻子と義理の両親は5年前に事故死。
被害者の弟はここに居て、誓約書の情報だと確か群馬在住のはずだが、……では、被害者の母親は?

「……お母さんや、星威岳さん御本人はどちらにお住まいなんですか?」

「母は、私が高校生の頃に亡くなりました。私は群馬で探偵をやっています」

――群馬在住の、探偵。毛利さん達が銭湯で会ったのは、やっぱりこの人?
毛利探偵達の証言に思い至りはするものの、美和子から話題に出すのはまだ止めておく。今は、もっと大事な質問が有るから。

「お兄さんの顔を見て確認できる御家族の方は、星威岳さん、貴方だけということですか?」

思索により少々の間を入れつつも、結局、星威岳氏は首を縦に振った。

「そう、……なりますね。父は今、意識がありませんから」

これで、被害者の弟から聞き出すよう警部から指示された2つの事柄のうち、被害者の家族の有無は、聞き出せた。
一旦家族構成をメモしてから、美和子は顔を上げた。もう1つ聴取するように言われていたのは、父親が入院してからの被害者兄弟の動き。

「では、お父さんがここに入院した詳しい経緯は、分かりますか? きのう搬送されたとのことですが」

まず、聞き出したいそのものズバリでは無く、若干遠まわしな問いかけを投げる。
先に父親の搬送経緯を訊いて、次に兄弟の動きを訊く、という風に、順序立てて訊いた方が答える方もやりやすいだろうと、思いたい。
……星威岳 吉郎氏は、遠い目をして、頭を掻いた。

「兄から、聞いた話になりますが……。
 きのうの、朝になる前の時間帯、……夜中の3時半くらいに、父が兄に電話で、『耐えられないくらい腹が痛いから救急車呼んでくれ』と言った、らしいんです。
 驚いた兄が父の部屋に入って、119番に通報している最中に、父は意識を失って、……この病院に搬送されて、盲腸だと分かって、あれよあれよという間に手術になった、そうです」

伝聞形で話す内容は、少々歯切れが悪い。兄の夢見氏はずっと父親に付き添っていたが、弟の星威岳氏はそうでなかった、という構図が実に分かりやすい。
それぞれの住まいの位置関係からして、そうなるのも当然か。父親と長男が同じアパートの住民で、次男のこの人だけが離れて暮らしているんだから。

「星威岳さんは、お父さんが手術をしている時に病院に駆け付けたんですか? それから現在まで、どこに居らっしゃいましたか?」

この問いには、打って変わってハッキリとした口調の答えが返ってきた。

「いえ、私は、当日は仕事の依頼があったのですぐには来られなくて、夕方にここに駆けつけました。面会時間が終了する間際で、手術はとうに終わっていましたね。
 面会時間が終わってからは、兄弟そろって一旦ここを引き上げて、兄の家に帰りました。
 その後は兄の家に泊まるはず、だったんですが、夜、風呂に入る直前にこの病院から電話を頂きました。父の容態が急変した、と言われたんです。
 また慌てて兄と一緒に病院に向かって、……結局朝になったら父の身体は落ち着きましたけど、私も兄も、夜はこの病院で、交代でしか眠れませんでした」

最後辺りの喋り方には、ほんの少し愚痴が混ざる。父親本人を責めるような意図は無くとも、思わず愚痴りたくなるくらいに疲労が溜まる経験だったのだろう。

「では、……今日の朝になってからは、貴方方御兄弟はそれぞれどちらに行かれたんですか?」

会話の流れに沿って、更なる問い掛け。病院がこの人に連絡を取った時、病院の外に居た、と聞いている。
少なくともこの弟さんは、今日にどこかに外出していて、兄殺害の知らせを受けて病院にすっ飛んできた、……はず。

「兄は、今日は、……おそらく最期まで病院にずっと居続けたと思います。仮眠を取るとは言っていましたが、どこに出掛けるとかは言っていなかったので。
 私は、病院を出て、まず銭湯に行きました。きのうの夜は風呂に入れなかったし、人に会うなら小ぎれいにしようと思ったんです。
 父がこうなる前から、以前東京に住んでいた頃の仕事の関係で、今日の午前10時に人に会うことになっていましたから。だから銭湯の後は、そちらに。
 実を言うと、……警察に相談しようと思っていた事柄がありまして」

一度、言葉が切れた。言うべきかどうか若干迷っている様子が見て取れる。
『銭湯に行っていた』という証言から、美和子は、毛利探偵達に会ったのは間違いなくこの人だと確信する。が、それよりも気になるのは、最後に言及した『警察に相談しよう思っていた事柄』だ。
事件に関係が有っても無くても、警察に相談を考えるような内容なら、ここで話してもらった方が良い。
美和子が視線で続きを促すと、……意を決したのか、初めて聞いた事件が詳しく打ち明けられる。

「私は、1年ほど前まで東京で探偵の助手をしておりました。私を雇っていた探偵のかたは病気で引退してすぐ亡くなられまして、それを機に、私は群馬で独立しています。
 東京時代の探偵事務所は、もちろん雇い主の引退で閉まったんですが、その後、全く同じ場所で、雇い主の甥に当たる方が税理士事務所をはじめられました。
 実は、……最近になって、その税理士事務所に、私宛の脅迫状が届いているそうなんです。2週間くらい前から、差出人不明で何通も何通も。
 探偵のかたも、甥のかたも、同じ金田(かねだ)という名字でして、宛先の文面が『○○番地3階 金田事務所』宛てだから、拒否しようが無いそうで」

「そんな手紙、確かに拒否できないでしょうね」

『金田“探偵”事務所』宛ての手紙なら、『税理士事務所』宛てでは無いと判断がつく。しかし単なる『金田事務所』宛てなら、税理士事務所宛ての手紙と区別が付かない。
税理士事務所に手紙を出した顧客が、単に宛先を省略したり間違えたりして書いたのかもしれず、半ば脅迫状だと思っていても念のため開封せざるを得ない。
美和子の理解の言葉を得た星威岳氏は、思い切り首を縦に振った。

「でしょう?
 『封を開けたら星威岳宛と分かる脅迫状が、毎日届いて気味が悪い。脅迫状の内容を見に来てほしい』と連絡を頂いていたんです。今日の10時に、その税理士事務所をお伺いしていました。
 ……ぁあ、すいません。ここでお見せできたら早いんでしょうけど、手紙は税理士事務所に置いてもらっているままですね」

そりゃあこの場で見せてもらえるなら、それはそれで美和子達警察には都合は良い。が、税理士事務所にあると分かっている以上、それは問題にもならない。

「いえ、事務所から提出して頂ければ良い話ですから。後でその税理士事務所の住所を教えて頂いたら、こちらから伺います。手紙の内容は覚えていますか?」

被害者の弟の表情に、恐怖感は浮かんでいなかった。
どちらかというと恐怖というよりは気味悪さに顔を染めつつ、あまり感情を込めずに記憶していた文面が復唱される。

「『ホシーダケ! オマエのせいでオレのジンセイがメチャクチャだ! ブッコロシテヤル!』っていう内容でした。
 全部同じ文面のカタカナ書きで、パソコンか何かで打った手紙が何通も何通も。字体は手紙ごとに違っていて、真面目だったりポップだったり。
 正直、人の人生を壊すような心当たりは、全く無いんですが……。それと、えっと、こちらが税理士事務所の名刺、です。私の方からも、この事務所に事情を話して、警察が来ると前もって伝えた方が良いですか?」

懐の中から差し出され見せられた名刺は、正確には税理士事務所の代表である税理士の物だ。
言うまでもなく、事務所の住所・電話番号、共にバッチリ載っている。米花町の1丁目に存在する事務所で、税理士の名字は教えられた通り金田姓。
礼と共に名刺を受取りながら、美和子は言う。

「そうして頂けるなら、ぜひお願いします。事件に関係するのかどうかは、手紙を頂いて捜査しないと分かりませんので」

殺人が絡む話だ。警察からの連絡のみでも税理士事務所は協力するだろうが、当事者からの根回しで提供がスムーズに出来るなら、それに越したことはない。
名刺に載っている情報をすべて書き留め終え、書き損ないが無いかしっかり確認。それから星威岳氏に名刺を返す。

これで、聞き出しておくべきことはひとまず全部聞いたことになる。
こちらから話していないことは、……毛利探偵との銭湯でのすれ違い疑惑、くらいか? いや、でも今わざわざ話すべき事柄でもないか、とも思い直す。毛利探偵にもプライバシーがあるのだし、と。
取り敢えずの聴取は、ここで〆ていいだろう。

「星威岳さん、ご協力ありがとうございました。後で話をお伺いすることがあると思います。その時はまた御協力お願いします」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※登場人物まとめ(被害者家族編)※

夢見 竜太郎(ゆめみ りゅうたろう)
:被害者。ひどく太っている中年男性。警察病院6階の談話室で刺殺された。室内のテーブルに突っ伏して寝ているときに、背後から刺された模様。死亡推定時刻は14日の10時20~30分前後。
 5年前に婿入りした先の家族が全滅→激太り→父の隣に転居→(3~4年経過)→会社をクビになる→俳優(※実はゲイビデオの男優)になるという人生を歩んでいた。

星威岳 吉郎(ほしいだけ よしろう)
:被害者の実弟。被害者と顔がそっくりだが、体格は中肉中背。
 約1年前まで東京で探偵の助手をしていたが、雇い主が探偵事務所を廃業後死亡したため、今は独立して群馬で探偵をしている。
 2週間ほど前から、東京で助手だった時の事務所に、星威岳宛ての脅迫状が送りつけられていた。

星威岳 銀次(ほしいだけ ぎんじ)
:被害者の実父。高齢者。都内で、自身が所有するアパートの1室に在住。
 13日の午前4時に盲腸で警察病院に担ぎ込まれ、緊急手術を受けている。以後、容態が悪化したり落ち着いたりを繰り返しつつ、501号室で意識不明のまま入院中。


※9月7日~9月16日初出
 11月25日 第2部ー11~12を統合・大幅改稿しました

 作者の事情により、11月27日(木)と28日(金)の投稿が出来ないことが確定しました。
 26日(水)に第2部-8~10の3話を同時に更新、29日(土)に第2部-11とエピローグの2話を更新します。



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-8
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/26 20:59

午後12時47分 東都警察病院 603号室

5階の父の病室に下りますね、という言葉と共に、星威岳 吉郎氏はこの部屋を出て行った。兄を殺した犯人を必ず捕まえてください、とも言いながら。
ずっと無言で立っていて存在感が薄かった制服警官も、星威岳氏の退出を見届けると、無言で敬礼して部屋の外に移動。美和子はこの病室にひとり残される。
これからどうするべきか、……警部に連絡を入れるべき、とすぐに考えが浮かび、支給品の携帯電話を取り出す。
今後自分がどうするべきか指示を受けてないし、何より聴取の内容はすぐに報告すべきだから。

RRR……

携帯電話を開いた瞬間、まだ何もボタンを押してないのに電話のほうが鳴り出した。画面には、こちらが掛けようとしていた相手からの着信表示。
すぐさま通話ボタンを押して電話に出た。

「はい、佐藤です」

「目暮だ。被害者の弟さんから話は聞けたかね?」

――警部、私に別の指示を出すつもりなのかしら? それとも、何かの連絡事?
一瞬だけ推測を頭の中で巡らせる。警部の視点からは、星威岳氏の事情聴取が続いているかどうかはまだ分からなかったはず、だ。
聴取を邪魔しかねなかったこのタイミングで美和子に電話してくるのは、何か事情があるのか。だが何か理由が有るにせよ、自分からは、まず求められた内容を手短に報告するのが当然。

「一通りは聞けました。今、話が終わったところです。被害者の遺体の身元が確認できるかたは、弟さんだけのようです。
 それから、気になることが。……弟さんの以前の勤務先に、弟さん宛ての脅迫状が来ていました。脅迫状の現物は、その勤務先に保管されているようです」

脅迫状の詳細を含め、聴取の結果について、説明を求められたならばもっと喋っていたかもしれない。でも携帯を通した警部の声は、そんな質問はしてこなかった。

「そうか……。
 ところで佐藤くん、監視カメラで判明したんだが、犯行可能な時間帯に談話室に入った被疑者が2人いた。その内1人は、君と同じ6階に居る。
 606号室に居るはずの、片手を包帯で吊った男性だ。カメラの画像によると年配の男性らしい。
 談話室で検証中の者達を向かわせて足止めをさせているから、今から事情を聴きに行ってくれ」

「……! 分かりました。606号室ですね」

なるほど、電話が来るはずだ。
ここは603号室。604号室は存在しないから、606号室は隣の隣の部屋、という事になる。星威岳氏の聴取が終わっているのならば、自分に聴取に行かせるのはまぁ合理的な判断。
警部はこちらの確認を肯定し、そして更に説明を加える。

「ああ、そうだ。
 君も聞いたと思うが、廊下で部屋への出入りを撮っているカメラは有ったから、被疑者は2人に絞り込めた。しかし、談話室内を映しているカメラは無いんだ。
 別々のタイミングで談話室に入退室した2人のうち、どちらが犯人かまだ断定出来ない。念頭に置いておいてくれ」

2人の共犯でもない限りは、二者択一の被疑者候補。どちらかが犯人。
606号室のその男性をハナから犯人と決め付けて対応するのは、それはそれで問題がある。だが気を抜くことも決して許されない状況、か。

「了解しました」

指示が意味する内容を確かに頭に入れて、美和子は答えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後12時49分 東都警察病院 606号室

ガラッ

「失礼します」

ドアを開けて、警部に指示された病室に入る。こちらに背を向けて立っていた警官が2人、同時に振り返ってこっちを見た。その内のひとりが、おそらく深く考えずに小声で呟く。

「あ、佐藤刑事……」

その声に小さく会釈を返して、美和子は部屋の中へ静かに踏み入った。
自分を除いて、この部屋に居るのは4人。警部に指示されてここに来たらしい制服警官2名と、病室の主と思われるベッドで眠る女性と、……今回の件の被疑者候補であろう、腕を吊った老人。

ベッドの上の老いた女性患者は、顔が酸素マスクで覆われていた。青白くやつれた顔で、両の目は固く閉じていて、……睡眠中というよりは、意識不明という表現が当てはまる。
ベッドの横には心電図モニターも立っていた。今のところ音は出ていないが、画面を見ると心拍自体はきちんと捉えてはいるらしい。緊急時にだけ音が鳴る設定にでもしているのか。
……肝心の聴取相手は、患者ではなく、ベッドの傍にいる男性の方だ。美和子はその男性に向き合う。

「突然すいません、佐藤と申します。先ほど、そちらの談話室で、……自動販売機がある部屋で、人が殺されているのが発見されまして」

日焼けした色の肌と、老けた顔に相応した白髪。格好は、水色のポロシャツと濃緑色の長ズボン。右手にギプスを巻いて包帯で吊っているものの、顔色自体は、さほど問題無いように見えた。
60から70歳くらいの、農業か何かしている人、……美和子が抱いた男性の第一印象はそんな感じ。

「そいだけは今、おまわりさんから聞きました。それで、その部屋に行った人に事情を聞いとんのでしょ?」

訂正。どこかの地方で農業か何かをしていて、見舞いか看病で東京に出てきた人、だ。どの地方か分からないが、方言丸出しの喋り。
これから話す言葉の意味が理解できるだろうか、若干不安を覚えつつも、質問を投げかける。

「……はい。失礼ですが、お名前とお住まいをお伺いしても?」

「オイは、霧島 権兵衛(きりしま ごんべえ)て言います。九州から、その妹の見舞いに来てます。
 うちの妹、肺癌で、いつ死んでも不思議じゃ無かそうで、妹から目ぇ離したく無かとですけどねぇ」

最初に自分自身を指差し、会話の流れからベッドの上の患者を指し、霧島氏はそう言った。
少々面食らったが、『オイ』は『私』なのか。そういう方言なのか、この人の出身地では。
言っている内容がこちらの理解通りなら、この場所での聴取なら問題無いだろうが、……いや、こちらが正しく理解できているのか、一応確認したほうが良いのか?

「えっと、……そちらの妹さんが肺癌で、いつ死んでも不思議じゃ無いから、目を離したくない、と」

彼はギプスが無い方の腕で後頭部を掻きながら、申し訳なさそうな顔をした。

「あー、それで合ってます。すんませんね、訛(なま)りが取れんで。
 妹の息子の嫁さんが、昼の1時半にこの病室に来るそうで、それからなら、ここを離れても良かとですけど。
 捜査はもちろん協力しますけど、……いつ妹が急変してもおかしくない状態で、家族が誰ひとり妹に付いてないのは、……ちょっと。
 普段は嫁さんが、妹の面倒を見とるとですけど、今日に限って『オイが妹を見とるから、貯まった家事でもやっとかんね』って言って、オイが嫁さんを帰らせてしまったんですよ、今朝に」

口振りからして、この病室に、他の付き添いの親族は居ないらしい。
今ここからこの人を動かしたら、後で警察にクレームが来かねない。仮に警察で事情を聞いている間に妹さんが急変した場合は言うまでも無く、そうでなくとも警察に対する悪感情は持つだろう。
今の時刻は12時50分くらいだ。この人の言っていることが確かなら40分後にお嫁さんが来るから、それまではここから目を離さない形で、監視を兼ねて事情を聞いていた方が良い、のだろうか?

「では、妹さんの家のお嫁さんが来られるまで、ここでならば、お話を伺ってもよろしいですか?」

「そりゃあもちろん良いですよ、人が殺されたんですもんね」

流石に、殺人事件の捜査協力依頼そのものを拒否する気は無いようだ。美和子の問いかけに、思い切り頷いて真顔で了解する。
自分が人殺しだと疑われていることも、薄々分かってはいるのかもしれない。非協力的な態度を取って変に疑われるのも、本人にとっては嫌なはず。

「では、今日、事件現場になった談話室に入られたのは、いつだったか分かりますか?」

「確か、10時半になる前です、オイがあの販売機の有る部屋に行ったのは。
 喉乾いて、この病室にはお茶置いてないから、自販機のを買おうと思って。看護師さんに聞いたら、『自動販売機はあの部屋に有ります』って言われたとです。
 こんな腕でも、お茶買う分には問題無かですから。財布から小銭出したり仕舞ったり、ペットボトルのフタ開けたり、時間は掛かるとですけどね」

答えつつ、包帯で吊られた右腕を、顔の高さまで上げてこちらに見せた。怪我した場所は指先では無く、もっと下。手の甲か手首のあたりらしい。
確かに人差し指から小指までの指は、ギプスが装着されている範囲からは外れている。指の曲げ伸ばし自体は不自由ながらも可能で、実際にこちらに示して見せる。
これならば人を刺すのも問題無い、……否、もう片方の左腕に怪我が無い時点で、そもそも人を刺し殺すのに差し障りは無い、のだが。

「そうですか。……その時、談話室の中には、誰か居ましたか?」

霧島氏は一瞬遠い目をしたものの、自信の有りそうな口振りの答えを美和子に返す。

「……机に突っ伏してる方が、1人おられましたけど、他には誰も。
 誰か人が居れば、ボトルのフタ、開けてもらおうと思ったとですけど、……毛布被って寝とらす方を、起こすのもどうかと思って」

机に突っ伏していて寝ていた、毛布を被っていた。――間違いなく、被害者。
仮にこの人が犯人ならば、一番嘘を吐きやすい事柄。極力こちらの雰囲気を変えないように努めながら、質問を続ける。

「眠っていたその人、顔見知りかどうか判断はつきましたか?」

「んー、……顔は見てないけど、赤の他人だと思います。東京には、オイの妹家族以外は、元々の知り合い居(お)らん、……あぁ、居(い)ない、ですからねぇ。
 寝てた人の顔なんて、覗き込む気にも無らんかったですけど」

美和子の背後の警官が変な顔を見せたようだ。それですぐ気付いて、通じないかもしれない方言を言い直す。
いや、実際美和子もこの発言は訊き直すつもりだったから、それはそれでいいのだが。

「霧島さんを含めて、眠っていたその人に話しかける人は、居なかったんですね?」

念押しの質問。自信満々の頷きと共に、力強い答えが来た。

「オイは話しかけてません。他に部屋に入って来る人も居ませんでした。他に人が居(お)ったら、ペットボトルのフタ、開けてくれないか頼んでたと思います」

「……そうですか」

これまでのところ、この人の話に矛盾や不自然な点は無い。
ただ、犯人とも犯人でないとも、今の時点ではどっちも判断できずに決め手を欠いている。
お嫁さんが来るまでの時間稼ぎを兼ねて、事件現場以外のことの雑談を交えながら、更に不自然な点が無いかを見るのが最善、か。

「ところで、話は変わりますけど、……ギプスをつけているその怪我、妹さんの病気とは、もちろん、関係は無い、ですよね?」

兄の腕の怪我と、妹の肺癌。両方が同じ原因というケースは、常識的に考えて皆無。たぶん。
霧島氏はギプスを左手で撫でながら、当たり前のように頷いた。

「これ、オイの地元での交通事故ですよ。
 先月の下旬の昼間でした。道を歩いてたら、すぐ近くで車同士が派手にぶつかって、はずみで車のタイヤがオイの所まで飛んできたとです。慌てて避けたけど、腕にたまたま当たって……
 結局、手首が脱臼しとったとですけど、『ぶつかった先が胴体じゃなくて、まだ良かった』って、地元で掛かった医者に言われました」

珍しい経緯での怪我だ。交通事故で負傷する人間は珍しくないが、飛んできたタイヤで通行人が負傷するケースはあまり聞かない。
医者の言葉もごもっとも。仮に胴体に当たっていた場合、負傷するのは肋骨とか内臓。下手したら死んでいる。
ひとまず負傷の経緯は真実と仮定して頭に置いておく。嘘を吐いていればすぐバレる類の話だと本人も分かりきっているだろうに、本物の警察相手に嘘を吐く意味が無い。

「そうだったんですか……。
 ところで、更に話が変わりますがもう1つ質問です。……妹さんのお宅のお嫁さんが後で来られるとのことですが、妹さん御家族はどこにお住まいで、どんな御仕事をされているんですか?」

時間稼ぎと矛盾点探しを兼ねて、また問いかける。
対する霧島氏から帰ってきた答えは、これまた想像を超えていた。住所はともかく、妹家族の事情が。

「家は、東京の、杯戸、……どこやったかな、細かい番地は忘れたけども、とにかく杯戸です。
 妹の息子は医者です。息子の嫁さんは、元看護婦で、妹の息子と結婚してからは主婦だって聞きました。
 妹も、前は、医者、でした。……捕まるくらいのヤブ医者で、オイはよう知らんのですけど、なんか医療ミスで患者さん死なせてしまって、警察に捕まっていたって聞いてます。
 業務上なんとか罪で捕まって、しばらくして釈放されて、それから体調不良になって、調べたらかなり進んだ肺癌だったそうで。
 まだ、こっちでの地方裁判所の判決が出とらんけど、『たぶん判決前に亡くなって裁判打ち切りになるんじゃなかろうか』、って、妹の家の嫁さんは言ってましたね」

一応、この説明も事実、……なのだろう。
理由はさっきと同じ。調べればすぐ真偽が分かる話なのに、わざわざ嘘を吐く理由が無い。

「……そ、そうでしたか」

ベッドの上の女性、――霧島氏の妹は、美和子が入室してから今に至るまでずっと眠ったまま。
酸素マスクで覆われた顔は、本当にやつれ果てていて血色が無く、まさしく生命が消える寸前の病人そのものだ。
医師としての過失の有無を裁かれるよりも前に、この女性は死んでいくのだ。きっと。


※9月23日初出
 11月26日 第2部ー13を改稿しました

 モブキャラ霧島 権兵衛の喋り方の参考にしたのは、2013年9月末に亡くなった作者の親戚です。
 喋り方を思い出しながら書いたので、地元の人から見たら変に思う箇所があるかもしれません。
 個人的な話で恐縮ですが、親戚が亡くなったのはSS速報VIPで、この作品の元になる安価SSの第2部を連載していた頃になります。移動で○時間掛かる場所まで法事に出たのが、きのうのことのようです。あれからあっという間の1年でした。



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-9
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/26 21:01
第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話-9

 午後12時49分 東都警察病院 703号室

コンコン! ……ガラッ

「失礼しまぁーす」

『彼女』の病室のドアをノックして、返事が聞こえてくる前にドアを開けた。
部屋の中に居る面子、ベッドの上の『彼女』と、妃弁護士と、雇われた女性弁護士2人、計4人が一斉に、ドアから顔だけ出した俺、江戸川 コナンの方を見る。

「何かあったの? コナン君ひとりだけで来るなんて」

『蘭』に近い声で、『彼女』は、不思議そうにこちらに問い掛けてきた。
俺がおっちゃんと一緒にこの病室を出たのは、10時50分代。談話室での遺体発見と警察の聴取を経て、佐藤刑事と共にミルクティーを渡しに来た、それが11時45分くらいだった。
それから約1時間後の今、殺人事件の捜査が終わったならば、俺はおっちゃんと一緒にここに戻ってくるはず。俺がひとりここに来るのは、違和感が確かにあるのだろう。

「えっとね、小五郎のおじさんが捜査に協力しているんだけど、僕が邪魔になるから、この部屋で待っておくように言われたんだ。
 ……僕、ここに居て良い? 音楽聞きながら部屋の隅っこで立っておくから、さ……」

今、おっちゃんは捜査の協力で、この部屋の隣の705号室に向かっている。
談話室に入って行った被疑者候補の1人、ベビーカーを押した女性が、監視カメラを調べた結果、談話室を出た後で705号室に向かい、今もそこに居ると分かったから。
守衛控室までは、俺はおっちゃんに同行しても大丈夫だったものの、その後の事情聴取まで付いて行くのは、おっちゃんからも目暮警部からも止められた。

「構わないよコナン君。『わたし』は、お母さん達とは大体筆談だから。書いてる文章を覗き込んで来なければ」

『彼女』は微笑み、手に持ったノートをひらひらと示して見せる。そのノートに書いた筆談で、弁護士達とやり取りを交わしているということなのか。
弁護士達は互いに目配せをしてから、俺に向かって無言で頷く。
俺は自分から持ち出した約束通り、部屋の隅、……ドアの真横で壁に寄りかかった。『彼女』を含む女性達はまだ、俺から視線を外さない。

「……ところで『蘭姉ちゃん』、僕が持ってきたミルクティー飲んだ?」

ポケットから出したイヤホンを握りながら、部屋を見て気付いたことを何気なく質問した。
『彼女』の付近、どこをどう見てもミルクティーの缶が無い。俺がミルクティーを持って来てから、今まで、昼食が出ても不思議でない時間帯だ。それと一緒にでも飲んだのか。

「飲んだよ。お昼御飯と一緒に。看護師さんが、食器を回収するついでに、缶を捨ててくれてね、……!!
 ぁ! この部屋の見張りに立ってた婦警さんが、移動するみたいだね、……隣の病室の方に。高木刑事を含む何人かと一緒に」「ちょっと、『蘭』……!!」

予想通りの答えの会話の最中、突然『彼女』の様子が変わった。
前触れなくビクリと肩が震え、小さな気づきの叫びの後、声色が『蘭』よりも低い『サキュバス』のものになり、その発言の途中で、慌てた妃弁護士が『彼女』の発言を遮る。
――俺、おっちゃん達の聴取先が隣の部屋だってこと、言っていないはずだよな!?

「え!? ここのドア開いてないのに、何で分かるの?」

真横のドアを見て確認してから、俺は驚きの声で質問した。
この病室のドアには、ガラス窓の部分は一切無い。ドアが閉まっている限り、廊下で誰が歩いているのかは一切見えない構造。
今ここに居る『彼女』が、本来、おっちゃん達の移動に気付くはずがない。

「ちょっと、口が滑ったね、何でなのかは言えないなぁ。
 ……当ててごらんよ、探偵くん? 最初に君がここに来たとき、『わたし』が出したヒントと密接に関わってるから」

『彼女』は自身の手で口を拭い、挑発するような笑みを俺に見せて、告げる。声色は完全に『サキュバス』のそれだ。
ヒントと言われて、……何なのか思い当たる事はあるが、念のため確認しておく。

「……それは、召喚者のことを言わない理由の、4つのヒントの事?」

――【その理由が出来たのは、きのうの午後に覚醒してから】・【『サキュバス』としては見たことがあるもの、『高校生』としては有り得ないものを見た】・【人の名誉に関わること】・【コナン君には何もないから楽だ】……
午前にここで『彼女』から言われたヒントが、俺の頭にちらつく。
そのヒントを出した張本人は、明確に頷いた。

「そうだね。探偵なら考えてみると良いさ、……『音楽』を聴きながら」

その顔から、挑発の笑顔は消えない。まるで俺が音楽でないものを聴いている事を、分かっている風な喋り方。
……俺は、『彼女』達から目を離さずにイヤホンを付け、思考に集中することにする。
確かに、俺の耳のイヤホンからは音楽は流れて来ていない。代わりに聞いているのは、犯人追跡メガネのツルから聞こえてくる音声。おっちゃんに付けた盗聴器が拾っている、隣の病室で繰り広げられる会話だ。

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午後12時51分 東都警察病院 705号室

 コンコン…… ガラッ

「失礼します」

目暮警部と高木刑事を先頭に、毛利 小五郎は病室に足を踏み入れる。小五郎の更に後ろには、先ほど命じられてついてきた婦警。
突如ゾロゾロと入室した計4名を、若い女性の怪訝そうな声が出迎えた。

「……何ですか? 探偵さんと、……刑事、さん?」

監視カメラの記録と同じだ。映っていたのと全く同じ青いカーディガンと黒い長ズボンを着た、長髪の若い女性。映像の通りのベビーカーもそばに有る。
その女性は有名探偵の小五郎にまず気付き、それから警部達が無言で示した警察手帳に視線が釘付けになって、言葉が疑問形で終わった。

女性と小五郎達以外で病室に居たのは、真ん中のベッドで酸素マスクを着けて横たわっている若い男性と、ベビーカーの中の赤ん坊。
両方とも眠っているらしく(男性の方は寝ているのではなく意識が無いのかも知れないが)、どちらも入室してきた者達への反応は一切示さない。
――この被疑者、患者の妻か、……それ以外なら姉妹ってとこか?
小五郎は病室を眺め、心の中でそう呟く。心の中でのみの呟きで、今はしゃしゃり出ない。女性に対して事情を説明したのは警部だった。

「ええ。すいませんが、ちょっとお話を伺いたいことがありましてね。
 先ほど、この病院の6階の談話室で、人が殺されているのが発見されました。その捜査の一環で、我々が話を聞いて回っておるんです」

「え!? 談話室……?」

女性は驚愕し目を見開き、同時に更なる疑問を示した。高木が補足を入れる。

「ジュースの自動販売機がある部屋です、ここの一つ下の階の」

「ああ!! あの部屋ですか、あの部屋で人殺しが……
 あ、……それで、私のところに来られたんですね!? 私、あの部屋に今日入ってますから」

どこの話なのか合点がいったのだろう、彼女は自身の手を軽く叩き、声を上げた。おまけに自分に殺人疑惑が掛かっていることに、自然と気付いたのか。声は驚き一色に染まっていたが、顔色は少々青ざめていた。
……まぁ、こんな態度ならば警察からの事情聴取を拒否することも無いだろう。怪しまれたら余計に疑いが掛かることくらい、分かるはずだ。

「そうです。
 監視カメラを解析した結果、貴女だけでなく、部屋に入った人が複数いるのが判明しました。それで、部屋に入った人ひとりひとりに、まず事情を伺うことになりましてね。
 ……失礼ですが貴女のお名前は? そちらで眠られている方の御家族ですか?」

ベッドの上の男性に視線を向けながら、目暮警部は女性に問うた。
何か思うところがあるのだろうか、警部は『部屋に入った人が複数』とは言ったものの、『部屋に入った人が2人』とは言っていない。
そのことに小五郎はすぐ気付いたが、当然ながら黙っておくことにする。こういう言い方にしたのは警部の判断だから、従うべきだ。

「私は蜜葉 鐘衣(みつば かねい)と言います。寝ているのは私の主人です」

やはり夫婦だったのか。ではベビーカーの中の子は……

「では、そちらのベビーカーのお子さんは、蜜葉さん御夫婦のお子さんですか?」

引き続きの警部の質問に、蜜葉 鐘衣さんはあっさり頷いた。

「ええ、娘です。1歳と1か月になります」

「そうですか。蜜葉さん、場所を変えてお話を伺いたいしたいのですが」

この警部の言葉に対して、被疑者である彼女は、うんとは言わなかった。
嫌悪というほどではないものの、困惑が強く浮かんだ表情で、出てくる言葉の歯切れは悪い。

「事情が事情ですし、協力します、けど……、私の母がもう少ししたらこの部屋に来るので、それまではここに居ても構いませんか?
 母にこの子を預けてからにしたいですし、主人には誰か家族がついてた方がいいと思うし……」

――確かに、無理に移動はさせづらい、な……
小五郎は黙って思考する。『1歳の子を警察で預って、責任持ってお母さんに引き渡すので聴取に来て下さい』とは、……言える訳が無い。
容疑が固まって連行するならまだしも、今の段階ではそんな提案はまず無理。

「御主人、体調が思わしくないんですね?」

この発言は高木刑事だ。ベッドの上の男性を見つめつつ、確認するような口調で問いかける。
被疑者の夫らしいその若い男性は、目をずっと閉じており身体も微動だにしていない。眠っているのか意識が無いのか、小五郎の目では判別がつかない患者だ。
どちらにせよ酸素マスクを着けている以上、自力呼吸が出来ない重病人には違いない。

「あまり長くないそうです。クロイツフェルト・ヤコブ病っていう、難しい病気で、ええっと、……狂牛病が人にうつった事例らしいです。日本では相当珍しいって聞きました。
 ……うちの主人、バカなんです。警察の方なら調べれば分かる事でしょうけど、体調おかしいのに病院行かずに、万引きして捕まって、裁判中に病気が分かって入院して……」

病名だけでなく、入院に至るまでの経緯までも、耐え切れずに零すような口調で告げられる。今まで散々夫に振り回され、苦労してきていたのだろう。愚痴でバカだと言いたくなるほどに。

「万引き、……ということは、窃盗罪ですね。御主人の、その窃盗についての判決は確定してるんですか?」

どう反応していいか一瞬迷ったようだが、高木は更に会話の糸口を探し、質問する。問われた側は、愚痴染みた口調のまま答えた。

「地裁の判決は出たけど、高裁の判決はまだだったそうです。……盗癖持ちで、盗んだ瞬間のビデオまで撮られてるくせして、裁判ではみっともなく足掻いてたんです。本当にバカみたい」

――ああ、確かにそれは、……バカだな。
小五郎はまたベッドの上の患者を見やる。
バカだバカだと論評されている本人は、……妻の説明からするとおそらく公判停止中の被告人でもあり、ひとりの子の父親でもある彼は、そんな会話を知る由もないまま眠り続けている。

「ご主人の事情は分かりました。……では、お母さんが来るまでに、ここで少々話を伺ってもよろしいですか?」

目暮警部がまた口を開き、会話を本題に戻す。蜜葉さんは小さく頷き、ベビーカーの子を指して言った。

「構いませけど、でも、この子が泣いた時は中断させてくださいね。今はお昼寝中だから大丈夫だと思いますけど」

「……ああ、そうですね、それも構いませんよ」

流石に警察でも、聴取を理由に泣いている1歳児を放置するほど冷たくはない。そうなったら逆にお母さんになだめてもらいたい位だ。

「ありがとうございます」


※9月28日~10月12日初出
 11月26日 第2部ー14~15を統合・大幅改稿しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話―10+登場人物まとめ(容疑者編・弁護士編)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/22 21:31
午後12時51分 東都警察病院 703号室

『自分』の病室に先ほど入って来たコナンは、宣言通り『音楽』を聴いたまま病室の隅に立っている。
こちらへ、……ベッドに腰掛けている『自分』の方へ視線を向けてはいるものの、露骨に筆談用のノートを覗き込んだりはしてこない。
ノートの文面をコナンに見えない角度にしておけば、またコナンに目を離さなければ、今まで通りのやり取りが可能だ。

ノートの内容を、コナン君に見せてはならない。その点については、『自分』も弁護士達もたぶん同意できる事柄だろう。
今の『自分』は、『近くに居る人の、直近の性行為の記憶を見抜く』魔術が発動中。その魔術の結果をノートに書いて、弁護士達とやり取りを交わしているところだったから。
誰がいつどこで寝ていたとか、その手の情報は、今のこの国の常識から考えて、小学1年生に見せて良い情報では無かった。
……ともあれ。そのコナン君に見せるべきでない情報を含んだノートに、『自分』は文章を書いて弁護士達に渡す。

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【隣の病室に人が集まっているみたいです。事情聴取? 
 お父さんと、目暮警部と、高木刑事と、ここの見張りに立ってた婦警と、あと男女各1名←夫婦?
 ↑少なくともこれだけ私の術に引っかかっている模様】

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午後12時52分 東都警察病院 703号室

ノートを一目見て、妃弁護士が一瞬怪訝そうな顔を見せた。すぐに無表情に戻して、『娘』の膝の上にノートを乗せたままボールペンを取る。
書かれた内容は短く、それを読んだ『自分』の返答も、思考する時間はほぼ無く、即座に行われる。

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【まるでレーダーね。術の有効範囲は?】

【となりの病室までは分かるみたい、集中すれば。まあ集中止めても、術自体を止めることは出来ないけれど
 あと、この術はレーダーそのものだと思う。非処女と非童貞限定で引っかかるだけで
 →だからそこにいるコナン君が感知できないんだけど。むしろ感知出来たら困る】

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午後12時55分 東都警察病院 703号室

文章を読んだ大人達すべてが、目線をコナンに向けた。
突然視線を向けられた本人は、こちらに問うように首を傾げるものの、視線を向けた側は曖昧な笑みで誤魔化す。
ふと思い至った事柄が有り、『自分』は再度弁護士達に渡したノートを取った。

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【あくまでこの魔術は『本人の性行為の記憶を見抜く』もの。追加で日時・場所・相手の名前と、その時にうつし合った病気とか、妊娠の有無とか
 本人の名前は、相手が行為中に名前呼んでこないと分からない。

 今回、となりの部屋の人員が確定できた理由

 お父さん→今日もう会った人、どんな情報が見えるのか確認済み
 目暮警部→蘭は、警部の奥さんを元々知ってた→直近でヤッた相手が奥さん本人→目暮警部?
 高木刑事→ドアの前を歩いて行ったとき、記憶が一瞬見えた。先月ラブホで佐藤刑事とヤッてたみたい
 婦警→術の範囲内に居続けてるから、自然に判明
 男女各1名→ヤッた相手の日時場所が同じ、名前も名字が一緒、『蜜葉』姓の夫婦? 結構古い記憶だからはっきりは見えないけど】

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午後12時58分 東都警察病院 703号室

筆談を読んだ妃弁護士は、引きつった苦笑、……というか無理やり苦笑しようとした引きつり顔を見せた。雇われ弁護士の2人も、何とも微妙そうな顔をする。
3人は目を合わせ、結局妃弁護士が文章を書き、その内容は至極納得いくものだと思ったから、『自分』はすぐさまその内容に同意した。

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【ありがとう。このノートのこのページ、私達が切り取って持っていたほうが良いわね。看護師さんに見られたら、書かれた人の名誉が……】

【それもそうだね、こういう情報、プライバシーの最たるものだし。お願いします】

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午後12時59分 東都警察病院 705号室

『蘭』の病室でどんなやり取りがされているのか、そもそも入院している『本人』がどんなことを感じ取っているのか。
隣の病室の小五郎達には分かるはずがなく、『何』を『蘭』に見られているのかも全く察知できずに、705号室で、殺人事件の被疑者候補への聴取が普通に行われる。

「我々は、廊下の監視カメラを調べたんですが、……蜜葉さんは、今日、あの談話室に入られてますね?
 それから、談話室を出た後、どこに立ち寄ってからこの病室に来たかは覚えていますか?」

高木が落ち着いた声で、本来の話題に切り込んだ。
これは確認の質問だ。この母娘の移動先は監視カメラでとうに分かっている事だから。母親の答えがカメラの映像と合致するかどうかを、確認するための質問。
問われた側も試されている意図を感じ取ったのだろう、記憶を辿りながら、言葉を区切りながら答える表情は、かなり硬い。

「談話室を、出た後、……娘を連れて、一旦、障碍者用トイレに、入った、はずです。それからここに来ました」

回答内容は、監視カメラの情報と合致する。
映像によると、ベビーカーの子とこの母親は、あの6階の事件現場の談話室を出た後で、同じ階の障碍者用トイレを利用していた。それからエレベーターで7階に上がり、この病室に入って、今に至る。
――わざわざ障碍者用トイレを使ったのは、普通のトイレの広さだとベビーカーの取り回しに苦労するから、くらいの事情だろうなぁ……
小五郎は、頭の中で想像する。いずれ高木が質問するかもしれないが、障碍者トイレに入ったのは大方そういう理由だろう。……もっとも、高木が次に投げた質問は、別の内容だったが。

「談話室には、どんな用事で入られたんですか?」

これは答えやすい内容だったらしい。考え込む様子は皆無ですぐ答えが来る。

「自分用の飲み物を忘れていたので、販売機でお茶を買って飲もうと思ったんです。
 そうしたら、娘がグズりかけて、抱っこでなだめていたので、あの部屋には結構長く居たと思います」

――辻褄は合うが、まだこの人が無実とまでは言えねぇな。
小五郎は、そう思考する。きっと警部も高木もそう考えているだろう。
正確には、談話室に居たのは10時10分から10時21分の間。約11分間、この母親とベビーカーの娘はあの部屋に居た。
あの監視カメラは音声を記録していなかったから、赤ん坊が部屋の中でグズっていたことの証明は、厳密には出来ない。
男性を殺害し、後処理に時間が掛かっていただけだったのに、娘のグズりをでっち上げて嘘を吐いていた。……そんな疑いは、未だ残る。

「娘さんと談話室に居た間、部屋には他には誰か居ましたか?」

高木は更に本題に踏み込んだ。あの守衛控室で確認した映像では、この母娘が談話室に居た時期に、被害者が入室していたはずだが。
蜜葉さんは頷き、また記憶を辿りつつ答えた

「最初は、誰も居ませんでした。……途中から、毛布を持った男の人が部屋に入ってきた、と思います。
 太った男の人で、……黙ってテーブルの上に突っ伏して眠り始めたんです。少しビックリしたのを覚えてます」

ほぼ間違いなく被害者の男性の事を、印象に残るから覚えていた、というふうな口振り。……実際、中々に個性的な振る舞いだ。
小五郎の目の前で、高木は警部と目配せを交わすものの、沈黙は長くない。高木は続けて問いかける。

「他に、誰か入ってきましたか?」

問われた方は少し考え込み、ややあって頷いた。

「えっと、もし忘れてたらすいません、……居ないと思います、他には」

実際監視カメラ上では、この母娘が部屋に居る間は、他に入室者は居なかった。
今のところ、彼女の証言に不審点や矛盾は無い。高木は頷き、入室者についての質疑をここで一旦止める。

「部屋に居た時、何か記憶に残った事はありますか? 何でもないことでもいいんですけど」

「えー、そうですね……。
 最初にあの部屋の自販機を見た時、『温かいお茶は無いのかー』って思ったくらいでしょうか。この季節は、冷たい物しかないんですね」

彼女は困った顔をして、ひねり出した内容が本当に何でもないことだからか、少し申し訳なさそうに答えた。
高木は調子を変えない。嘲笑うこともフォローも全く無く、落ち着いた声のまま質問を続ける。

「では、冷たいお茶を買われたんですね? 買ったお茶は今もお持ちですか?」

「? はい。あのバッグの中に有ります」

妙だと感じたようだ。蜜葉さんは怪訝そうな表情を浮かべつつも、素直に頷いて答えを告げる。
彼女が指を指したのは、窓際にある備え付けのタンスの上。監視カメラにバッチリ映っていた、白い大きなバッグが鎮座していた。この母親が肩から下げていたのは、まさしくこれだ。

「すいませんが、……確認を兼ねてバッグの中身、全て見せていただくことは出来ますか?」

――なるほど、そういう流れね。
小五郎は心底納得する。いつかどこかで、念のためでもバッグの中身を見せてもらわなければならない。バッグが話題に出たタイミングでのこの要請は、結構、自然だ。

「構いませんけど、……あ!!」

同意すると見せかけて、全くの前触れなく大声が上がる。これまで気付いてなかった何事かに、気付いたような感じの声。
……高木と警部が顔を合わせた後、警部の方が質問する。

「どうかされましたか?」

蜜葉さんは頬を掻きながら、若干恐る恐るといった様子で答えた。

「男の人に見せるのはちょっと困る物もあって……、ビニールや袋に分けて纏めてるので、いったん選り分けさせてください」

「……ええ、そういう事なら構いませんよ。見ての通り婦警も居るので、私達で困る分はそちらで……、君、頼む」

警部の最後の言葉は、小五郎の後ろの婦警に向けた物だ。
小五郎と同様に、最初から今まで、ずっと黙って会話を聞いていた婦警は、――おそらく、この病室のやり取りで初めて事情を把握したのであろう彼女は、もちろん普通に承諾の頷きと言葉を返す。

「はい!」

女性相手の聴取だったから、女性の捜査員が居ないと困ることがあるかもしれず、でも佐藤刑事を別の聴取相手に向かわせてしまったから。
だから警部は隣の病室の見張りだった婦警を、臨時でこの病室に同行させたのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後1時5分 東都警察病院 703号室

おっちゃんは、俺が付けた盗聴器にまだ気づいた様子は無い。高木刑事はじめ他の人達も当然気付いてはいない。当たり前と言えば当たり前だが、俺が今居る病室の面々も気づくはずがない。
結果として、隣の705号室でのおっちゃん達の会話は筒抜けになって、掛けているメガネのツルから俺の耳元に聞こえてくる。

ガサゴソ、ガサゴソと、荷物を仕分ける音が僅かに盗聴器に拾われる、その時間がやや長めにあった。
それが終わって、被疑者の蜜葉さんが警部達に報告する声。

「……えっと、この袋と、この袋は婦警さんにお願いします。他の物は男の人でも大丈夫です」

また、しばしの沈黙。
数秒後、ビニールっぽい物をいじくっている音が聞こえてくる。婦警か高木刑事がビニール袋入りの荷物を検(あらた)め始めたのだろう。

「すいませんね、蜜葉さん」

荷物を調べる音を背景に被疑者に話しかけたのは、目暮警部だ。
そんな言葉を掛けられた方は、良く言えば落ち着いていて、悪く言えば冷めている、そんな調子で応じる。

「いえ、警察の方もこういう事がお仕事でしょうし、殺人を疑われるのは嫌ですから。私を疑ってないと、こんな荷物の調査はしないでしょう?」

荷物を漁られれば、疑われていることには気づいて当然、か。
でもそんな風に考えが至って、なおかつ素直に捜査に応じてくれるのは、捜査する側にとってはやりやすいだろう。
パニックになって慌てふためいて聴取が出来ない場合よりも、打算込みであっても冷静に振るなってくれる方が、まだ話は通じる。

「……何にせよ、捜査に協力していただけるのは有り難い事です。殺人という重大な事件ですからな」

警察としては至極当然の内容の、警部の言葉。ごく普通に雑談として、被疑者はまたその内容に答えた。

「でしょうねぇ。まさか警察病院で男の人が刺されて殺されるなんて」

――? 今の言葉……
俺は疑問を抱くも、俺の頭の中だけの疑念に、誰かが気付くはずがない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※登場人物まとめ(容疑者編)※

霧島 権兵衛:容疑者その1。九州在住の高齢者の男性。左腕の怪我でギプスを着けている。10時23分~39分に談話室に立ち入っていた。
       年の離れた妹が、肺癌の末期でいつ死んでもおかしくない状態で、606号室に入院中。
       その妹は医師なのだが、医療事故を起こし、業務上過失致死で地裁判決を受けるはずだった(死ねば裁判が打ち切りになる見込みだが)

蜜葉 鐘衣:容疑者その2。都内在住の若い女性。赤ちゃんを連れている。10時10分~10時21分に談話室に立ち入っていた。
      夫が705号室に入院中。病名はクロイツフェルト・ヤコブ病。たぶん寿命はそこまで長くない。
      夫は万引きの常習犯で捕まっており、高裁判決前に病気が判明し、入院している。夫との間に赤ん坊の娘が1人いる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※登場人物まとめ(弁護士編)※

七市 里子:少年事件専門の弁護士。自身の弁護士事務所のボス。中年の女性。703号室で『本人』と筆談中。

神代 杏子:少年事件専門の弁護士。七市弁護士の事務所に勤務している。若い女性。703号室で『本人』と筆談中。


※10月12日~11月1日初出
 11月26日 第2部―15~17を統合・大幅改稿しました
 12月7日 タイトル追記しました
 2015年3月22日 時刻設定が不自然なため修正しました

 作者の都合により27日・28日の投稿はお休みします
 29日夜に第2部-11とエピローグを投稿して、第2部改稿版を完結させる予定です



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話―11
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/22 21:33
午後1時9分 東都警察病院 703号室

相変わらずビニール袋を弄る音が聞こえる。警部は喋らない。被疑者の母親も喋らない。
若干不自然に思えるほどの、長い沈黙。子供の声も、大人の声も、歩く音も、全く無く。
だがその沈黙をおっちゃんが破る。冷静だが訝しさを隠さない声色で、俺がさっき思った事と同じ疑問を、被疑者に指摘した。

「…………。
 奥さん、我々、この病室に来てから、誰がどうやって殺されたのか、意図的に全く喋っていないのですが……。何でご存知なんですか?」

ビニールがガサゴソいう音が止まった。
俺には音しか把握できていないけれど、今はきっと高木刑事も婦警も手を止めて被疑者を見つめている、そんな光景を想像する。

「…………
 あ……!!」

隣の病室のおっちゃん達も、俺も、はっきりと悟った。
――さっきの失言は、つまり、自白と同じ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後1時11分 東都警察病院 705号室

小五郎は、結果的に犯人を追いつめた質問の後も、相変わらず無言で立っていた。ただしその立ち位置は、入室した時とは変わっている。
問い掛ける内容を心に決めた時に、何かあった場合母親とベビーカーを遮断できる位置に、――つまりベビーカーを守れる位置に、無言で移動していたから、だ。
高木も、婦警も、同じような危機意識を持っているらしい。彼等は荷物を広げる手をとうに止めて立ち上がっており、被疑者への目を離さない。万一の時には彼女をすぐに確保できる状況だ。

被疑者は今の所平静だった。動き回ることも一切無く、刑事達同様に、無言でただ立っているだけ、だ。
腕を組んで、うつむき、ずいぶんと長い間考え込んで。……そうしてやっと上げた顔、小五郎達に向ける目は、信じられないほど暗い。
何と表現するべきだろうか。……強いて言うなら諦めを込めたというべきか、溜息交じりの冷たい言葉が、被疑者の口から吐き出された。

「……この事件ではよく考えるんですね、犯人を捕まえるために、……刑事さん達も探偵さんも」

「貴女が、犯人ということですか?」

小五郎の斜め後ろに立つ目暮警部が、はっきりと訊いた。
訊かれた被疑者はまたうつむき、胸の前で組んでいる腕へ視線を落とした。彼女から愚痴のように吐き捨てられる言葉は、問いに真っ直ぐ答えるものではない。

「あの探偵のせいだと思ったんですよ。
 あの探偵と助手が、私の義理の兄を推理ミスに巻き込んだせいで、主人は仕事を失って、盗癖を再発させて……」

問いに答える形でなくとも、こんな会話の流れでのこんな恨み言は、自白と同じだ。
動機を先に話さねば、言い訳のように言葉を連ねなければ、自身が犯罪者だと認められない。そんな犯人の、弱さの表れ。
……弱さの表れではあるものの。話を聞かずに言い訳を切って捨てて、「問いに答えろ」と強要するような態度は、この状況下では、不適切。

「一体、何があったんです?」

こう問うたのは高木刑事だ。
被疑者は相変わらず下を向いて、こちらを真っ直ぐ見ることなく事情を話し出す。殺人に至るまでの、彼女の経緯。

「……私の主人と、主人のお兄さんは、兄弟で同じところに勤めてました。
 去年の春、その勤め先の社長が急に亡くなったんです。それで、金田っていう探偵と星威岳っていう助手が首を突っ込んできて……」

腕が解かれ、片腕で頭を押さえ。
ほとばしる怒りを所々に込めた、動機の言葉がぶちまけられる。彼女を相当追いつめたのであろう、探偵に振り回された物語。

「あいつらの推理ミスで! お兄さん、殺人犯だと思われて一時期捕まってたんです!
 それから警察の捜査で推理ミスが分かって、自殺って結論になったけど、社長の奥さんは受け入れてくれなくて……、主人もお兄さんも、あの職場をクビになったんです!
 謝罪要求しようと思って金田の探偵事務所に行ったら、親戚の人の税理士事務所になっていて……
 笑える話ですよね! あの探偵、私達に全く謝りもせずに体調を理由に事務所を畳んで、……その翌週に亡くなってたんですって!」

激情のあまり紅潮した顔で、途中からは涙さえ浮かべつつ、被疑者は叫ぶような言葉を終えた。
少なくとも小五郎にとっては笑えるような話では無い。誤った推理を行う恐れは、探偵である以上、金田探偵だけでなく、自分にだってあるのだ。
殺人という行為を肯定する気は、小五郎にはさらさら無いが、今回の事件は、……金田探偵と星威岳氏の誤りの結果生じた、きっと最悪の悲劇。

「……それが、何故あの人の殺人に結びつくのかね?」

警部はあくまで静かに質問する。
犯人の感情に引きずられている様子は皆無で、全く冷静に見える。だがそんな風に見えても、心の中で燃える感情があるのだと、小五郎はよく分かっていた。
被疑者は叫ぶだけ叫んで若干落ち着いたようで、先程より声を落として説明を返す。

「お兄さんはともかく、主人は仕事が見つからずにストレスで万引きして、逮捕されて、挙句の果てに病気でここに入院する事態になって……
 あの探偵はもうこの世にはいないから、その助手に脅迫の手紙送りつけて気味悪がらせようと思って……、そんな風に毎日を過ごしていました。
 でも、きのう、この病院であの助手を見つけたんです!
 6階のあの部屋でジュース買っているところに居合わせて、同じエレベーターに乗って、5階の『星威岳』って名札のある病室に入っていくのを見て、……運命の巡り会わせだと思いました」

――あぁ、そういうことか。兄弟で顔がそっくりだったからな……
今朝銭湯で会った探偵の顔と、今日発見した被害者の顔、両方を小五郎は思い浮かべる。体格が違うだけで顔が非常によく似ていた兄弟。
殺す相手が『星威岳』の病室に入って行ったのを見て、この被疑者の頭の中で、非常に重大な、……勘違いが生まれた訳か。

「それで、今日あの談話室で殺したと?」

警部の念押しのような確認に、若い母親は頷いた。
そして頷きだけでなく、自己を殺人犯だと認める言葉も、蜜葉 鐘衣は素直に告げる。

「ええ。……いつか殺す機会があると思ってました。それが今日になるとは思ってなかったけど……」

そこで声が爆発した。

「何をやっとるのかね! アンタが殺したのは別人だ!」

「……え?」

きっと予想外の内容だったのだろう。凍り付く被疑者になお警部の叱声が飛ぶ。
その内容は、犯人がしでかしてしまった重大なミス、……殺す相手の間違いを指摘するもの。

「刺し殺された被害者の名前は、夢見 竜太郎!
 アンタが殺したのは、アンタが狙った探偵の助手でなく、その助手の実のお兄さんだ!」

人違いでなくても、そもそも殺人という行為自体、決して許されるわけでは無い。
ただ、こんな風に本来無関係のはずの身内が巻き込まれるのは、考え得る限り最悪の悲劇に違いなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後1時19分 東都警察病院 703号室

犯人に事実を告げた警部は、そのまま相手に説教していた。――『1歳の子が居るのならば、まずその子のことを考えなかったのか』と。
父親がいずれこの世を去る事が確定的なのだから、母親がこんな事をするべきでは絶対に無い。仮にあの談話室の廊下に監視カメラが無かったとしても、警察は犯人を見つけ上げていただろうから。
被疑者の家族周辺のトラブルを、警察は絶対に捜査する。遅かれ早かれ、犯人は被疑者として捜査線上に浮上していただろう。弟相手に嫌がらせの手紙を送っていたならば、なおさら。

犯人を連行するのだろう、705号室で誰かがドアを開けたらしい音を、おっちゃんに付けた盗聴器が拾う。同時に、この703号室で筆談に夢中だった『本人』が顔を上げた。

「隣の部屋、……話し合い、終わったみたいだね」

――何で、隣の部屋の動きが分かるんだ? 俺はおっちゃんに盗聴器付けてたけど……、本当は、隣の部屋のドアの音はこっちまで聞こえてこないはず、だよな?
俺が考えている内容なんて気にするはずが無く、『本人』はまたノートに視線を落とし、小さく肩をすくめた。指先はノートを掴み、そのまま、……一気に紙を破いて弁護士に渡す。

「弁護士さん、これ、……誰かに読まれたら不味いから」

「ああ、そうですね」

一体何を筆談していたのか分からないが、『読まれたら不味い』という台詞には、弁護士達は全員納得しているようだ。
雇われ弁護士のうち若い方が、筆談内容を書いたのであろう紙を受け取ってカバンに仕舞い込む。
直後、この病室のドアが開いた。

ガラッ

「あ、おじさん!」

まるで急におっちゃんが部屋に入って来てビックリしたかのように、俺はおっちゃんを見上げて声を作った。
隣の部屋を盗聴器経由で把握していた事は、誰にも悟られるべきでなく、入室を知っていたような態度は取れない。

「あー……、こっちの事件はほぼ解決したんだが、……そちらの話し合いはどんな感じで?」

おっちゃんは俺の声を無視して後ろ手でドアを閉め、頬を掻きながら『本人』と弁護士達に訊いた。
まず『本人』が答える。薄い微笑みをおっちゃんに見せて、どっちかと言えば『サキュバス』っぽい低めの声で。

「ん、『わたし』が話したいことは大体終わった、……弁護士さん達は?」

「そうですねぇ、……今日話すことはほぼ終わったと見ていいかと。明日またたくさん話したいことがありますが」「ですね……」

「ということで、今日の弁護士さんとの話し合いは終わりね」

雇われた弁護士2人の意見が一致、それを妃弁護士が総括する形で結論付ける。
全員がそう言っているなら、弁護士との話は、今日はこれで終了か。

「そうか。ノートは、何かに使ったのか?」

『本人』の膝の上のノートの存在に気付いたおっちゃんが更に質問。
誰かが答える前に、俺はノートを指差し、大声で会話に介入した。筆談の事実まで言及されずになぁなぁにされるのは、予感だが、何か、……すげぇ不味い気がする。

「さっきまでそのノートで弁護士さん達と筆談してたよ! 何書いてたのか知らないけど、さっき、書いた紙を破いて弁護士さんに渡してた!」

懸命にアピール。突然の俺の声に驚いたおっちゃんが俺の方を振り返り、次いでノートと、それから『本人』の顔を見る。
おっちゃんと目線が合った『本人』は、表面上はにこやかに拒絶した。

「男の人に読まれたら困る内容なんだよ、内容は『お父さん』でも見せられないなぁ。……『お母さん』に持って来てもらったもうひとつの物と一緒で」

「……そうね」「ええ」「でしょうね……」

またも弁護士三人の意見が合致。――本当に、何を筆談していたんだか。
よほど他人に見せられたら困る内容を書いていたのか? 男の人に読まれたら困る物って何なんだ?

「まあ、弁護士さん方がそうおっしゃるなら、筆談の内容は追及しませんが……」

自分の妻+弁護士2人がこう言っているのなら、おっちゃんはそうやって引き下がらざるを得ない。おっちゃんが引き下がった以上、俺も追及は無理。
だから俺は、ノートの内容を聞きだすのは諦めて、さっきの『本人』の台詞に感じた疑問点に食らいつく。

「ねぇ、『もうひとつの物』って何なの? おばさん、ノート以外に差し入れしたんだ?」

妃弁護士相手の質問のつもりだったが、俺の方を振り返った妃弁護士が、何故か気まずそうな、戸惑いの顔を見せた。
何て説明したらいいのか迷っていそうな様子で、妃弁護士が口を開くより前に、答えが『本人』から来た。とてもとても面白がってそうな、『サキュバス』の声の回答だ。

「君が知ってるかどうかは分からないけど、女の子しか使わない物だよ。コナン君が高学年になったら保健体育で習うんじゃないかなぁ」

女の子しか使わない、保健体育。答えがほぼ一択の分かりきっているヒント。
ただ、反応に迷ったから、とっさに、ただ疑問符を浮かべた様な顔を見せておく。

「……え?」

俺が分からないと思いでもしたのか、『本人』から更に詳しいヒントが提示された。

「子供を産めるホモ・サピエンスの女性なら絶対に必要な物。『わたし』は今日から必要になりそうだと予測して、その予測通りに、今日から必要になっただけ。
 『ナ』で始まるカタカナ4文字、……まぁ、何を持って来てもらったのかどうしても知りたければ『お母さん』にでも聞くと良いんじゃないかな」

『ナ○○○』、――『ナプキン』かよ!?
ツッコミのように答えの言葉が喉から出そうになるも、すんでのところで堪えた。娘が母親に持って来るようねだる物として、かなり自然だ。
でも『今日から必要になってった』ってことはつまり、今日から『蘭』が生理だってことだよな、オイ。――そんな情報、わざわざ知りたい事じゃねぇ!!

「ぃ、いいや、……学校で習うなら、知らないままでいいや」

動揺を抑えつけて出した声は、俺も自覚できるくらいにかなり不自然。
大人達が、本当はコイツ女性の身体の仕組みについて知識あるんじゃないかと言わんばかりに俺を凝視してくる。そんな視線に対峙した俺は無理に笑みを浮かべ、ハハハ、……と、小さく笑って誤魔化した。
まぁ細かく追及するような話題でもなく、皆色々言いたげな表情を浮かべながらも俺から視線を外す。……それで、この話題は終わった。
正確には、『本人』が話題を変えた。

「あー、ところで、弁護士さんとの話は終わったけれど、……『お父さん』には聞きたい事があったかな。今後の『わたし』の人生のことについて」

若干唐突な感がある、話題の転換。
『蘭』とも『サキュバス』とも区別のつかない中間の声色での台詞は、かなり真剣そうな内容だ。
大人達の雰囲気はすぐ変化し、話を向けられたおっちゃんの顔を見た。当然おっちゃん本人は続きを促す。

「……何だ?」

「今の『わたし』の状態で、……『サキュバス』と『蘭』が混ざった今の人格の状態で。
 もし仮に『わたし』が何か人生に関わる決断をしたとして、……『お父さん』は、その決断を応援してくれるのかな? ……っていう質問」

パジャマの胸に手を当てて、言葉を選びながら、おっちゃんの目を見つめ、真摯に問いをぶつける。
答える側も、真面目に答えなければならない類の質問だと思う。不真面目に答えるものではない。
おっちゃんは、……しばらく考えてから、言い切った。

「……内容による、な。娘の人生を左右するものなんだから、それこそ無条件に応援するなんて言える訳がないだろう」

おっちゃんの答えは、親として常識的な内容だ。だがその台詞を聞いた『本人』が見せた反応は予想外。
しばらく無反応のままだったが、……突然に笑い出したのだ。『蘭』の目に涙を浮かべて、発せられるのは『サキュバス』の声で。

「…………、ははは……、そっか、……そーだよねぇ、『父親』なら、『娘』が大事なら、そういう答えが当たり前なんだよねぇ……」

「お、おい! 泣きかけてないか?」

泡を食っておっちゃんが『本人』に向け伸ばした腕。それに首を細かく横に振って拒みながら『本人』は言った。

「いや、大したことないよ、『サキュバス』の記憶が、余計に惨めになってね。
 ……『サキュバス』の父親、ロクな親じゃ無かった、から。あっちの文化的に近親相姦もタブーなのにね、アイツら、私が父の子を産んでから死ねって財産目当てで押し付けてきて!
 そんな、そんな『サキュバス』がボロボロになるたくらみに、一番乗り気で意見を押し付けてきたのが父親だった、から……」

……これは『サキュバス』が語る記憶だ。親族や父に心身とも傷つけられた『サキュバス』の、記憶から来る言葉。
そんな言葉の後、下を向いた『本人』は、まるで涙を流すのを堪えるかのように、深めの呼吸を数回。
それでも落ち着いているようには見えず、おっちゃんが思わず呼びかける。

「おい大丈夫か、……『サキュバス』」

『蘭』、とは言わなかったその声を受け、『本人』は、ゆっくりと顔を上げた。
開き直ったかのような低い声で、涙を目じりに浮かべた顔で、おっちゃんを真っ直ぐに見て告げる。

「大丈夫だよ『毛利探偵』、……むしろ吹っ切れた」

「え?」

『本人』は更に大きな吐息を一度。それから目を擦り、それで涙の痕は完璧に消える。
改まったような真面目な顔を作り上げ、『本人』は宣言した。おっちゃんだけでなく、妃弁護士の方をも見据えながら。

「たぶんこれから、……『わたし』は、色んな決断をすると思う。
 その決断に、『蘭』の親の貴方達が賛成するかしないかは分からないけども、……ただ。どんな決断かも言えないけども。
 ただ、その決断がどれだけ馬鹿馬鹿しいものに見えたとしても、それは『わたし』が考えて、考え抜いた末のことなんだ、……って、それだけは頭に入れておいてほしい、かなぁ」

「ええ、……頭に入れておくわ」「……ああ、分かった。それだけは覚えておこう」

色んな決断。無論俺にとって具体例は不明だが、……どんな決断をする気なのか、今は訊けない、のか。
妃弁護士とおっちゃんには、今、『本人』に質問する気が無いようだ。『本人』が話したがる時が来る時を待つつもりなのだろうか。
――できれば、合法的な事柄に対する決断であって欲しいが……

「それと、……コナン君、今日午前に『わたし』が出したヒントの事、覚えているかな?」

『本人』は、『サキュバス』の声色のまま、不意に俺にも話題を振ってきた。ああ、何の事なのかは分かる。

「覚えてるよ、……『蘭姉ちゃん』が召喚者の事を喋らない4つの理由の事でしょ?」

【その理由が出来たのは、きのうの午後に覚醒してから】・【『サキュバス』としては見たことがあるもの、『高校生』としては有り得ないものを見た】・【人の名誉に関わること】・【コナン君には何もないから楽だ】……
俺はもう完全に頭に入れている。……具体的な推理はこれからだが。

「そう、それ。
 明日か明後日、答え合わせをしようか。君の推理がどれだけ真実に近づいているか分からないけれど。……まだ8月だもの、夏休みだから君は明日も明後日も暇でしょう?」

笑みと共に示された提案。俺の側に拒絶する理由は無い。

「うん、……分かった」


※11月1日初出
 11月29日 第2部ー17を改稿しました
 2015年3月22日 時刻設定が不自然なため修正しました



[39800] 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話 エピローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/11/30 00:04
午後9時45分 毛利探偵事務所 3F

「何やそれ! 結局その被害者は、人違いで刺し殺されたんか?」

俺の説明で事件のあらましを一通り知った服部の、呆れ果てた声がスマホから俺の耳に響く。
やはりそんな風な声が出るような、とんでもない理不尽な事件だったのだと、……今日振り返って、改めて思う。

「ああ、太っているかどうかの違いはあったけど、兄弟で顔がそっくりだったから。殺された方はひどいとばっちりだよな。
 生き残った弟の星威岳探偵も大変だろう、犯人は探偵がきっかけで殺意を持ったわけだし、それに……」

被害者の職業を言おうとして、寸前で迷い、結局口を噤んだ。
殺害された夢見氏は、どうやら生前はAV男優だった可能性が高いのだ。

今日警察病院で発生したのは、曲がりなりにも殺人事件。ニュースを話題にするネットの掲示板では、報道の記事を情報源にしてスレッドが立つ。
そのスレで、前々からネットで通販されているという商品のパッケージ写真が晒され、話題になっていた。
ひねりのない本名に近いニックネームと、大写しになった俳優の顔と体格、……俺が見る限りほぼ間違いなく俳優が被害者本人だった。
そういう掲示板で話題になっているのだから、たぶん警察も、弟の星威岳さんも、被害者がどんな職業だったのかはすぐ知る事態になるだろう。

「それに、何や?」

当然に、服部は俺に言葉の続きを促す。
……小さく溜息を吐き、俺は、夕方に追加で知った別の情報を言った。これもこれで、話題に出す意味はある情報だから。

「おっちゃんと夕飯食べている最中に、ここの事務所に星威岳探偵が電話してきたんだけど、盲腸で入院中だった星威岳探偵の父親も、……今日、亡くなったそうだ」

「つまり、その星威岳探偵は、実の兄貴が刺殺された後に、父親を盲腸で亡くした、と。
 それは、……確かに大変そうや。てか、何でその探偵がそっちの事務所に電話してくんねん」

同情と、的確なツッコミ。
被害者の弟がこちらに電話して身内の不幸を知らせてくるのは、服部にとって違和感が拭えないくらいに不自然なのだろう。

「……ああ、それは、単にお礼の電話を掛けてきただけだ。
 おっちゃん、その談話室での殺人事件の第1発見者になった上、警察の捜査に協力したから。その事を、星威岳探偵は警察から聞いて、初めて知ったんだとさ。
 警察の聴取でおっちゃんの事を聞いてびっくりしていたら、父親が危篤になって病院に呼び出され、病院に戻った直後に父親に死なれて。
 霊安室で葬儀社の車を待っている最中に、おっちゃんへのお礼を言ってないのを思い出して、携帯で事務所の番号調べて電話したんだと。
 『……ひょっとしたら、次から次から色んなことが起こったから、星威岳探偵は混乱してるのかもしれない』って、おっちゃんがボヤいてた」

電話の途中から、おっちゃんは相手を刺激しないよう、とにかく相槌だけ打ちながら相手が通話を終えるのを待っていた感じ、だった。
現実が受け止められなくなっても不思議でない、そんな事の連続の中に、あの被害者の弟は居る。
相手が突然電話を掛けてきてひたすら話し続けた事に対して、おっちゃんの心に本人への憐みや同情心は湧いても、敵意までは湧いてこなかった模様だ。

「……ああ、それは混乱しとるんやろな。
 話変わるけど、入院中の『ねーちゃん』はどうやったんや?」

そういえば今日の『蘭』の事はまだ何も話していない。俺に出された謎の事も、ヒントの事も、何も。
それも服部に話そうとして喋りかけ。……しかし、この時は話題に出せずに終わらざるを得なくなる。

「ああ、そのことなんだけど……、悪ぃ、誰か来た、切るぞ」

ここの1階下、2階の事務所から足音が駆け上がってくる。走り方からしてほぼ間違いなくおっちゃんの音だ。
勢い良くこちらに向かって来るその音を把握しつつ、俺は通話を切ったスマホを充電器に繋ぎ直し、数秒後。

ドタドタドタドタ! バタン!!

「おい坊主! まだ寝てないよな!?」

予想通りにこの寝室のドアを物凄い勢いで開けて、おっちゃんは俺に向かって怒鳴り散らした。
一体何があったのかは分からないが、――表情からしてたぶんロクなことじゃないな。俺は逆に問いかける。

「……どうしたの、おじさん?」

「今連絡があった! ……『蘭』が病院から消えた!!」

「え!?」

言葉の意味を認識した瞬間、驚愕の感情が俺を支配する。
――なぜ、なぜ今晩『あいつ』が病院から消えるんだ!? 明日か明後日答え合わせをしたいと言った『本人』が……!?

「急で悪いが、お前は、ここで留守ば、……いや、博士の家に泊めてもらえないか頼んでくれ! これから、俺が何時に帰って来れるかは分かんねえんだ!」

おっちゃんも半ば混乱しているのだろう、言っている途中で小学1年生を1人夜に放置する危うさに気付き、言い直した。
だが我に返った俺は、頭をフル回転させておっちゃんに提案する。
――博士の家で事件から置いて行かれるより、病院に行った方がマシだ! 行った結果、例え手掛かりが得られなかったとしても……!

「……待ってよおじさん! 僕も病院についてく! 僕、この格好で今すぐ出れるから!」

この事務所の風呂は壊れていた。だから朝銭湯に行ったけども今夜は入浴しておらず、かつ、まだ俺はパジャマを着ていない。
都合の良いことに、俺はスマホひとつ引っ掴めば、すぐにここから出掛けられる格好だったのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後10時10分 東都警察病院 703号室

入院患者が突然消えたために、鑑識を始め多数の捜査員が出入りする室内。
【どこで】消えたのかと、【どうやって】消えたのか、が推測できるが故に、鑑識は、病室のある場所を執拗に調べていた。
個室であるこの病室の、トイレである。

監視カメラの記録を見る限り、廊下の監視カメラは正常で、かつ、患者本人が部屋を出入りする様子は映っていなかった。
一方、病室のトイレは、壁が変色しており、床が砂まみれであり、そして何より。『本人』が書いたと思われるノートが、蓋を閉めた洋式便座の上に広げてあった。

トイレの壁の変色は、かつて『毛利 蘭』が保護された時の、魔法陣が展開された後の床の変色に似ていた。
トイレの床の砂は、同様に『毛利 蘭』が保護された時、床が砂まみれであったことを思い出させるものだった。
そして便座に広げてあったノートの文面を見れば、ここで『誰が』『何を』したのかが一目瞭然であったのだ。


【ふたつの人格が混ざった、今の、わたしの決断です
  ひとまず今は、サキュバスを召喚した人の元へ向かいます
  だから、ここからまた、召喚の陣を開いて向かいます

  これから更に決断するために、必要な知識を探しに行きます
  いつ戻るのか分からないけれど、いつか蘭は戻ってくるでしょう】

【 第2部 記憶に悩んだ彼女の話+脅して殺した誰かの話 完 / 第3部へ続く 】


※11月1日初出
 11月29日 改稿しました
 第2部終了時点の登場人物一覧を挟んでから、第3部へと続きます。第3部は12月7日までに開始予定です

 この第2部は、安価スレだった頃にお題を募集した三題噺でした。お題は「名前」「推理ミス」「記憶」です
 またモブキャラの氏名やストーリー展開の多くの部分を、当時書き込んで頂いた安価レスに基づいて創作しています



[39800] 第2部終了時点 登場人物まとめ(主要人物編)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/02 21:49
※全て第2部終了時点の情報です。ネタバレ・書いてないことのフォロー・伏線、全部含みます。注意です!※

【名前】サキュバス/???
【性別】女性
【年齢】15歳
【立場】相続問題で殺されかけた娘(希望進路有)→死にかけの魔術師→人格だけの『魔術師』

【基本情報】
 本名不詳。本作品の主人公にして、作者のオリジナルキャラ。小泉 紅子に召喚された異世界出身の女の子で、魔術の使い手。
 召喚された直後に身体が崩壊しかけたため、毛利 蘭を誘拐、魔術で人格融合した。その後は人格のみ『蘭』の身体に存在する。
 第2部以降、近くの人物の「直近の性行為の情報」を見抜く魔術が自動発動する事態となった。このため何か思い詰める事柄があり、病院を転移魔術で抜け出して、召喚主の元へ消えた模様。

【思考・思想】
 元の世界の、実父をはじめとする父方の親族を嫌悪している(相続争いで殺されかけた)。
 故郷に帰る気はさらさら無く、何よりも「この世界で平穏に生きること」への執着が強い。この目的のために誰かを巻き込み殺すことは許容する。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:人格融合したもう1人の『自分』。いつか家族の元に帰る方向で動きましょう。
 召喚者:一番尊敬するお方! きっと『わたし』を助けてくれるはず。
 小五郎&英理:こんな親が欲しかったなー……。『娘』を本気で心配してくれる親が。
 コナン/新一:厄介な因果を抱えているみたいだね。病院ではあえて突っ込まなかったけれど。
 佐藤&高木:生きて相手を想い合える事が、うらやましい。病気のことを伝えるべきか迷う。
 坂田&沼淵:最期に願いを残して殺された生贄達。いつか秘密にしている事を世に出したいな。
 その他警察:魔術に対して本当に無知だね。性行為の情報丸見え、って、信じられないなー。

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【名前】毛利 蘭
【性別】女性
【年齢】16歳(帝丹高校2年)
【立場】彼の帰りを待つ女子高生→人格を巻き込まれた『女子高生』

【基本情報】
 原作ヒロインで、関東大会優勝レベルで空手が強い女の子。
 本作品では、夏休み中の部活の練習帰りに誘拐され、自身の身体に『サキュバス』の人格と『自分』の人格を融合させられた、完全なる被害者。
 あくまで人格は融合しており、分かれて併存しているわけでは無い。が、前の人格が強めに出ることはある。『サキュバス』らしい時は声が低め、『蘭』は高め。

【思想・思考】
 本来は正義感が強い子で、罪を犯すよりも自らの死を望むような性格だった。が、……?

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:人格融合したもう1人の『自分』。色々と信じられない情報を知っていた。
 小五郎&英理:『私』を心の底から心配してくれる2人。この人達の『娘』で良かった。
 コナン/新一:戦っていたんだね、新一。『サキュバス』は、事情を最初から知ってたんだ。
 召喚者:『サキュバス』のためには戦ってくれるでしょう。でも、私を気遣うような人なの?
 佐藤&高木:付き合っているのは知ってたし、大人が何するかは分かるけど、……病気、って。
 その他警察:被疑者が病院から脱走。……捜査の熱意だけは凄いことになるんだろうなぁ。
 沼淵:『サキュバス』が見抜いた裏事情が酷い。世の中って、厳しい上にいい加減なのね。

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【名前】江戸川 コナン/工藤 新一
【性別】男性
【年齢】7歳(帝丹小学校1年)/17歳(帝丹高校2年)
【立場】頭の切れる毛利家の居候/所在不明の高校生探偵

【基本情報】
 身体は子ども、頭脳は大人、説明不要な原作主人公。本来は蘭と同じクラスの帝丹高校2年、17歳だが、黒の組織に薬を飲まされ、小学1年生になっている。
 本作品では想い合っている幼馴染(=蘭)が深刻な事件に巻き込まれたものの、どうしようもなくただ葛藤する立場。

【思想・思考】
 探偵と自称するだけあって、事件や謎は必ず解き明かしたくなる性分。だが蘭の人格融合事件後、警察への捜査協力は難しくなるだろうと懸念している。
 本作品でも融合後の『蘭/サキュバス』から謎掛けを出され、懸命にその答えを考えていた。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:決断の内容に全く心当たりが無い。俺に向けた謎掛けに絡んでいるんだろうけど……。
 サキュバス:『蘭』を、ろくでもない方向に引っ張っていくんじゃないだろうな。
 英理:病室で、『蘭』と何を話していたんだろう?
 小五郎:大丈夫なんだろうか。おっちゃん。自分の妻に詰め寄っても仕方ないだろうに。
 召喚者:そもそもの元凶らしい、どこかの誰か。正体を暴きたいが、……暴けるのか?
 目暮:沼淵殺害事件に一時関わってたらしい。おっちゃんとは、病院で何を話してたんだ?
 佐藤&高木:沼淵殺害事件に、警部ともども一時関わっていたらしい。
 平次:色々情報を提供してくれた友人。いつか一緒にこの事件を振り返る日が来るんだろうか。

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【名前】毛利 小五郎
【性別】男性
【年齢】37~38歳
【立場】名探偵→表向き離婚問題で休業中の名探偵(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 かつて刑事だった私立探偵で、蘭の父親。コナンが原因で「眠りの小五郎」として世間的には名探偵となった。妻の英理とは別居中。
 本作品では、『サキュバス』に『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために探偵業を休業している。
 なお、休業の表向きの理由は、自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 職業柄からか、「殺人者の気持ちなんか分かりたくない」という姿勢が一貫している。少々だらしないが妻と娘に関する事には熱くなる。
 本作品でも、父親として『娘』を案ずる心は本物。だから『娘』の人格が『殺人者』と融合した事に、特に強い衝撃を受けた。
 『娘』が『犯罪者』と同一の身体になってしまったため、警察に対して探偵としての捜査協力は控えるべきだろうと考えている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:本当に帰ってくるのか? 何を決断したんだ? 召喚者の元で何をするんだ!?
 英理:病室で、『蘭』と何を話していたんだよ! ちっとも口を割らねぇ!
 サキュバス:『自分』の生命のために『娘』を巻き込んだガキ。『蘭』に何をさせる気だ!?
 召喚者:全ての元凶。本当に『蘭』はこいつの元へ行ったのか?
 コナン:『蘭』の事情を知る居候のガキ。このまま預かり続けるべきか。阿笠博士に返すか?
 目暮:これからは、これまで通りの捜査協力は有り得ないのでしょうね。警部殿。
 その他警察:……こういう事件に、果たしてどれほど対応出来るんだろうか。
 新一:本当の事情を知らずにどっかをほっつき歩いてるんだろうよ。あの探偵坊主!

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【名前】妃 英理
【性別】女性
【年齢】37~38歳
【立場】辣腕弁護士→表向き離婚問題で休業中の辣腕弁護士(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 「法曹界のクイーン」と呼ばれるほどの辣腕弁護士で、蘭の母親。小五郎とは腐れ縁の夫婦で、約10年夫と別居中だが正式な離婚はしていない。
 本作品では、『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために弁護士業を休業している。なお、表向きの理由は自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 夫と同じく、『娘』を案ずる心は強い。また、普段の夫のだらしなさを熟知しているものの、『娘』に関する夫の思いの強さ自体もまた認めている。
 『娘』が『殺人者』と融合した事、のちに誘拐事件を起こした事、どちらにも強い衝撃を受けた。
 入院中の『娘』から、魔術が自動発動している件を打ち明けられた。秘密の相談だったので、打ち明けられた内容を誰にもバラすべきでないと考えている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:まだ私に話していない秘密があるんでしょうね。誰も傷つけませんように……。
 小五郎:秘密の相談ごとの詳細を、あなたに話せるわけないでしょうが!
 サキュバス:『蘭』を巻き込んでいる点で、どれほど同情できる経緯でも賛同はしたくない。
 召喚者:本当にこの人のところに『蘭』は向かったのかしら?
 コナン:夫が預って蘭が可愛がっていた居候。これからも探偵事務所で預かり続けるの?
 警察:魔術への対応ノウハウが有るとは思えない。あまり期待しないでおきましょう。
 新一:融合前に蘭が惚れてた子。表向きの事情しか知らずに、事件捜査で飛び回っているそう。

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【名前】佐藤 美和子
【性別】女性
【年齢】28歳前後
【立場】刑事→色々魔術で見抜かれた刑事
【基本情報】
 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の警部補。警視庁のアイドル的存在にして、格闘も射撃も優秀な刑事。原作公認で高木 渉と相思相愛。
 本作品では、一時、サキュバスが起こした沼淵殺害事件の捜査に関わっていた。『毛利 蘭』が巻き込まれたと判明した直後に捜査から離脱。
 高木刑事とB型肝炎をうつし合い、その事を『蘭/サキュバス』に見抜かれた。佐藤本人に自覚は無い。

【思想・思考】
 刑事として当然の倫理観・正義感を有している女性。「魔術」による事件に驚きつつも、警察の者として解決に向かってほしいと思っている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 高木:今一番大切な、愛する後輩。心を完全に許すくらいに。
 目暮:尊敬する私の上司。
 蘭/サキュバス:どんな苦情を、捜査本部に出すつもりだったんだろう?
 召喚者:逮捕できるなら、警察にとっては理想的だけど……。
 小五郎&英理:今こちらから連絡を取るべきでない夫婦。どれほど苦しんでいるんだろう?
 コナン:今こちらから連絡を取るべきでない子。毛利さん達と一緒に苦しんでいるんでしょう。

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【名前】高木 渉
【性別】男性
【年齢】26歳前後
【立場】刑事→色々魔術で見抜かれた刑事

【基本情報】
 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の巡査部長。原作公認で佐藤 美和子と相思相愛。
 本作品では、一時、サキュバスが起こした沼淵殺害事件の捜査に関わっていた。『毛利 蘭』が巻き込まれたと判明した直後に捜査から離脱。
 佐藤刑事とB型肝炎をうつし合い、その事を『蘭/サキュバス』に見抜かれた。高木本人に自覚は無い。

【思想・思考】
 刑事として当然の倫理観・正義感を有している男性。「魔術」による事件に驚きつつも、警察の者として解決に向かってほしいと思っている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 佐藤:尊敬する先輩で、今一番大切な人。色々心を交わせるくらいに。
 目暮:尊敬する僕の上司。
 蘭/サキュバス:どんな苦情を出すつもりで、佐藤さんに声をかけたんだろうか?
 召喚者:実在自体が謎だよなぁ。捕まえられると思いたいな。
 小五郎&英理:今こちらから連絡を取るべきでない夫婦。大変なんだろうなぁ。
 コナン:今こちらから連絡を取るべきでない子。これからは捜査に協力してくれない。残念。

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【名前】召喚者/小泉 紅子
【性別】女性
【年齢】16~17歳(江古田高校2年)
【立場】赤魔術の魔女→『サキュバス』の主(あるじ)/女子高生

【基本情報】
 まじっく快斗に登場する赤魔術の使い手。黒羽 快斗以外の男子生徒を魔術で虜にしている美人。大きな屋敷で執事と2人で暮らし。
 本作品では、召喚術の手順ミスで少女を召喚し、「サキュバス」の名を付けた張本人。
 当初は、サキュバスが即死すると連動して死に至る状況となっていた。『蘭』との融合後は……?

【思想・思考】
 召喚者として、『サキュバス』のために全力を尽くすことを当然だと考えている。
 基本的に、他者を犠牲にすることは『サキュバス』同様に許容するが、巻き込む相手は民間人よりも罪人の方がまだマシと思っている。民間人を巻き込むのはやむを得ない時だけ。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:私が会いに行く予定の3日前に、自力でこちらに転移して来た。何があったの?
 蘭:融合相手としてギリギリ妥協した女の子。融合した後、何かがあったの?
 執事:こんな私に仕えてくれて、感謝している。
 坂田&沼淵:私が推した生贄達。どんな風に殺されたのか、いつか知ることになるでしょう。
 その他警察:要警戒対象。魔術の知識が無い限り、こちらが捕まることは無いはずよ。

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【名前】執事
【性別】男性
【年齢】中年~老年
【立場】小泉家の執事
【基本情報】
 本名不詳。紅子に仕えている醜男の執事。魔術は使えないものの知識は有る。本作でも紅子を支えている。

【思想・思考】
 紅子に対して強い忠誠心をもつ。紅子を支え、労わるのは当然、時には諌めることもある。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 紅子:大切なお嬢様。……覚悟を決めて、やり遂げたい事があるのですね。
 サキュバス:お嬢様と特別な繋がりがある子。主あるじに忠実ならば何も言いませんが……。
 蘭:お嬢様達に巻き込まれた人。
 警察:せいぜいお嬢様に振り回されなさい。余計な知恵で対抗されるのは邪魔です。

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【名前】目暮 十三
【性別】男性
【年齢】41歳前後
【立場】警部→部下共々『魔術師』に色々見抜かれた警部
【基本情報】
 警視庁捜査一課強行犯捜査三係の警部。小五郎が刑事だった頃は上司だった。若い頃、捜査中に頭を負傷し傷が残った。以来常に帽子を被っている。
 本作品では、サキュバスによる拘置所被告殺害事件のうち、沼淵の件の捜査に関与、毛利 蘭が巻き込まれたと判明した後に捜査から離脱。
 『蘭/サキュバス』によって、妻(目暮 みどり)との直近の性行為の情報を見抜かれた。目暮本人に自覚は無い。

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【名前】服部 平次
【性別】男性
【年齢】16~17歳(私立改方学園高等部2年)
【立場】剣道の腕前が凄い高校生探偵
【基本情報】
 新一/コナンのライバル、かつ親友。大阪府寝屋川市在住、大阪府警本部長の息子。
 本作品では、コナンに事件の発生を電話で知らせたり、捜査情報をコナンに流して相談に乗ったりといった行動を取っている。
 サキュバスに殺害された2名(坂田・沼淵)のうち、坂田の身柄確保で命懸けの活躍をした男(原作19巻)。『サキュバス』事件について注目している。

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【名前】服部 平蔵&遠山 銀司郎
【性別】男性&男性
【年齢】多分どっちも50代……?
【立場】大阪府警の本部長(警視監)&刑事部長(警視長)
【基本情報】
 共にキャリア組と推測される。幼馴染で互いの腕を信頼し合っている親友。
 本作品では、坂田 祐介殺害事件の捜査の指揮を執った。後で「誰が殺したのか」は明白となったが、それ以外に起こったことが前代未聞過ぎて捜査に難渋しているはず。

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【名前】大滝 悟郎
【性別】男性
【年齢】中年
【立場】坂田殺害の捜査に当たった警部→魔術で錯乱して『被疑者』を殴った警部(入院中)
【基本情報】
 大阪府警捜査一課強行犯係所属。原作ではよく平次のそばに居る。平次の方からもかなり慕われている模様。たまに捜査情報を平次に流している。
 本作品では、坂田が殺された件の聴取で、入院中の『蘭/サキュバス』に会いに東京まで来た。
 聴取中、同じ質問の繰り返しでイラっと来た『本人』から魔術で記憶を見せつけられる。この魔術で大滝は錯乱、『本人』を殴りつけて昏倒させた。
 以後、色々と影響を調べるため入院させられ、現時点でも入院中。

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【名前】坂田 祐介&沼淵 己一郎
【性別】男性&男性
【年齢】26&年齢不詳(少なくとも38歳以上)
【立場】死刑濃厚な未決収監者達→サキュバスに殺された男達
【基本情報】
 原作19巻で登場する男達。沼淵のみ35巻にも再登場した。
 坂田は大阪府警元刑事。4名殺害後、平次に確保された男。沼淵は連続強盗殺人犯で、坂田が犯した罪も着せられ掛け、その前に大阪府警に逮捕された男。
 本作品では共にサキュバスによって拘置所から誘拐され、融合魔術の生贄として殺害された。
 坂田の死ぬ前の光景は、『蘭/サキュバス』の魔術によって、大滝が一度見せつけられている。沼淵の最期の様子は不明。


※2014年12月7日 初出
 2016年5月2日 内容を全面改訂しました。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話 プロローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/12/07 21:09
8月14日 午後9時36分 召喚者の屋敷 地下大広間

トイレの中で必死になって構築した転移魔術は、途中『誰か』が魔力を流し込み支えるように構築を補助し、そのため暴発することなく安定した効果を発揮した。
『自分』はその魔術の流れに従う事を当然選び、『自分』の身柄は視界の一瞬の暗転の後、願った通りの場所に移る。
魔力の増強があっても、術に使った符の材料の悪さは若干祟った。転移後に襲ってきた目まいのため、『自分』はそのまま床に座り込む。懐かしい、地下室の床に。

「“……Yura, Kerufe‐fira?? (……貴女、大丈夫なの??)”」

真っ黒いローブと、同色の仮面を着けたひとが、『サキュバス』を召喚したあの方が、『自分』を見下ろしてそう言った。これまた懐かしい『サキュバス』の故郷の言葉で。
だからフラフラした頭を抱えつつ、『自分』は一言だけ同じ言葉で応じ、それから以後はほぼ日本語に切り替えた。目上の喋る言葉に合わせるのは『自分』の故郷の礼儀だ。

「“Kerufe-nan, esti ……(大丈夫です、今は……)”。
 ……本当にありがとうございます、Reune(あるじ)。貴女の協力が無くば、ここには来れませんでした」

『サキュバス』の魔術の流派に限った話ではあるが、以前ハツカネズミの血を符に多用したように、哺乳類の体液は、術の符を作るのにほぼ必須と言って良い。
ホモ・サピエンスの女性は、『サキュバス』の種族と違って、大体の人が定期的に『血を流す』。
『自分』の身体はちょうど『その時期』だったから、破いたノートの上に自前の血液を使って、転移魔術の符としたのだった。

ただ、そんな符は簡易の極みで、その効果も安定しない。
この部屋を狙った術式の発動に召喚者が気付き、かつその追加で魔力を流してくれなければ、安全にこの部屋に到着することは、ほぼ出来なかったと言って良い。

「ところで、何が有ったの? ここに来たということは何か問題があったのでしょう?」

目まいが少々マシになった『自分』は、顔を上げて仮面を着けた顔を見つめる。

見上げた先に見える光景は、何もかもが懐かしい。
あの日、召喚の門に吸い込まれた後、この室内に展開された魔術陣の上で、こんな風にへたり込んだ『サキュバス』は、この方に向き合ったのではなかったか。
黒い仮面を着け、絶対に『サキュバス』に素顔を見せることはなく、名を明かすことも当然無く、必要なときは『サキュバス』の故郷の言葉で『Reune(あるじ)』と呼ぶように命じた召喚者。
女性だろうとは推察しているが、『自分』に向き合うときは、常に両目しか分からない形の仮面を着けているから、その素顔なんて一切分からない。

「ええ。困り事が生まれました。『わたし』が生きる上での重大な困り事です。
 ……今のこの身体では、『わたし』は生きていけないかもしれないのです。魔術のせいで、この身体は、また重大な危機に瀕しています」

「……どういうこと?」

仮面の下の目、数度瞬きの後、当たり前の問いかけが来て。『自分』は、当たり前のように口を開いた。
警察病院に居る間、警察にも弁護士にも家族にも話せなかったこと。
『自分』の危機について、この方なら打ち明けることが出来る、頼ることが出来る、と。そう心底思ったから、こうやって転移の魔術で、ここに逃げて来たのだ。


※読者の方へ募集している事があります。詳細は感想掲示板をご覧ください※



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-1
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2014/12/21 00:06
【被疑者】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ51【不明中】

855:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/15(木) 12:05:29.31 ID:JJJJJJJJJ
 病院からの脱走がいつ公表されるか注目していたが、ニュースになったのは昼前か。
 スレ住民諸君、祭り中失礼する。こちらはサキュバスを召喚した者だ。事情があって、サキュバスは今、私のところにいる。
 こうやってサキュバスが前に使ったのと同じトリップで書き込めば、関係者であることの証明になるだろうか。

 さて、そのサキュバスから伝言を頼まれたので書き込みに来た。
 ちなみに以前彼女が書き込んだ時と同様に、この書き込みは他人の端末を使っている。サキュバスからの伝言は以下の通りだ。
 このレスを含めて3レス分、今から投稿する。投稿中は極力他のレスを控えて頂けると有り難い。

 =============
 何でわたしが病院から抜け出したのか、あるいは、何故わたしが病院でずっと召喚者の情報を黙秘し続けたのか、答え合わせをしようか。
 わたしの身体に大問題が発生して、その解決のために頼れる相手が、召喚者しかいないから、だよ。

 世間に知られている通り、わたしは7日の4時に警察に保護された。しばらく意識不明状態が続いて、一旦は意識が回復したのが、9日の夕方。
 でも、11日の午前中に、大阪府警の人とトラブルがあって、わたしはまたしばらく意識を無くしてる。
 かなりしつこい事情聴取にキレたわたしが、大阪府警の人に魔術を発動させたのが発端。魔術の内容は、単にわたし自身の過去の記憶を見せるものだった。
 だけど術を食らったその府警の人は錯乱して、わたしの顔を思い切りぶん殴って、それでわたしの意識が飛んだんだ。

 それから意識を回復したのは、13日の午後になる。目覚めてすぐ、自分の身体に異常が生じたことに気が付いたよ。
 ある魔術が常時発動しっぱなしになっていて、何をしても、その魔術を止めることが出来なくなっていた。
 それは、『他人の直近の性行為を見抜く』魔術。
 自分の周りに人が近づいてきたら、その人の、『直近の性行為の情報』が勝手に見えてくる状態なんだ。その時の場所とか日時とか会話とか、他にも諸々。

 ここに宣言しておくよ。
 13日の昼以降、14日の夜まで、東都警察病院の703号室付近を通った人達は(部屋の中に入っただけじゃなく廊下を通った人を含めて)、わたしに『その情報』を見られてる。

858:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/15(木) 12:06:21.08 ID:JJJJJJJJJ
 魔術の証明のつもりで、見えた記憶のうち調べやすそうな2件を、ここに書いておくね。

 ・きのう14日の朝8時くらいまで、わたしがいた病室の前で見張りに立っていた婦警さん(下の名前のイニシャルがKさん?)は、
  実は今月4日の夜中に、米花町にある『ホワイトムーン』っていうホテルを、彼氏2人と使ってたみたい。
  そのホテルの個室で、婦警さんも彼氏さん達も、アルコールランプっぽいもので『何か』を仲良くあぶってた。

 ・きのうの昼にわたしの部屋の前を通って、その隣の部屋に行き来していた刑事さんと、その同僚の人は、
  今月7日の夜に、賢橋にある『ハニーロード』っていうホテルで、仲良くなってた。

 前者は警察的に結構な問題な気がする。見る限り、彼氏さん達の顔だけは割とヤクザみたいだったんだよね。『何』を扱ってたのか知らないけど。
 後者は、独身同士のカップルっぽいから、警察的には無問題のケースかも。

 ちなみに今書いた魔術の件に関しては、きのう、弁護士さん達と、サキュバスが融合した先の女子高生の母親には打ち明けている。あの病室で、筆談で。
 魔術で見えた母親と父親の夫婦の営みの情報を具体的に教えたら、母親は魔術のことを信じたよ。
 たまたまだけど、日時と場所から考えて、元々その営みを女子高生が見てた・知ってた可能性は全くゼロだったから。「魔術で見た」事、信じるしかなかった訳。

 弁護士さん達との筆談は全部ノートでやってたけど、色々書いた部分は弁護士さん達がノートから破いて回収していったよ。
 だから、弁護士さん達が去った後で病室に残されたノートは、全くの白紙。(もっとも、夜の脱走前にちょっと書き足して病室に残したけど)
 他人の性行為の情報を書いたものを、盗み見されるリスクのある場所(病室)に置きっぱなしには出来ないものね。

 お巡りさん達の性行為の情報も弁護士さんとの筆談の時には書いていて、結局その時は、『後日、警察相手に書面で苦情を言いましょう』っていう結論に至った。
 ぶっちゃけ薬物事犯が疑われるような情報なんて、口頭で言える話じゃないでしょう?
 まあ、弁護士さん達との話し合いはそういう風な流れで終わったから、わたしがその日の内に病院から抜け出すなんて、誰も予想してなかったんじゃないかな?

867:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/15(木) 12:07:15.33 ID:JJJJJJJJJ
 さて、ここからは弁護士さん達にも母親にも、誰にも言わなかったことを言うよ。
 そして病院から抜け出して召喚者を頼った今こそ、打ち明けなければいけないこと。

 今、わたしはすごく困ってる。この止められない魔術のせいで、自分自身の生存が危うくなってるから。
 病院で、女子高生にとってはキツい記憶を見せられ続けたのは問題ではあるけれど。
 それ以上に問題なのは、『このまま魔術が発動し続けると、じきに今の身体から魔力が枯渇しそうなこと』。

 今のわたしは、女子高生とサキュバスというふたつの魂を、魔力という糊でくっつけたようなものだからね。
 おまけに融合した魂を受け入れるように、女子高生の身体の方も魔力で少しばかり弄ってる。
 このまま魔術が発動しっ放しの状態のまま、魔力が枯渇すると、間違いなく人格も身体も壊れて廃人になって死んでいくしかない。

 だから、わたしはきのうの時点で召喚者のところへ向かう事を決めて、(最初から黙秘すると決めていたけれど)余計に召喚者のことを喋らないようになった。
 魔力絡みの問題に対応することを考えた時、必要な知識を持つ存在は、わたしと召喚者しかいない。
 それにわたしが余計な魔力は消費できない今、どんな術を使うにしても、召喚者の魔力に頼る他ないんだから。
 恩人でもあり頼るべき相手でもある存在を警察に売るようなこと、そんなこと、わたしはしない。

 これから、召喚者と、わたしの状況を解決するために、どういう方法を選ぶのかをじっくり話し合う事にしてる。
 今の環境は他人とはあまり触れ合わないから、魔術の自動発動それ自体を抑えられる環境でもあるし。
 どんな術を使うか色々考えているし、他人を巻き込むとか巻き込まないとかまだ分からないけれど、これから一緒に考えて、決断していくしかないんだ。

 =============

 彼女の文章は以上。この文章に加えて、召喚者として述べることは特に無い。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月15日 午後12時8分 都内 某デパート 5F 女子トイレ個室

仮面とローブを身に着けた紅子が、手袋を二重に着用した手で握り締める、携帯電話の画面の中。
3レス分しっかり書き込んだのを確認してから更新を掛けたら、猛烈な勢いでスレ住民の書き込みが始まっていた。典型的な祭りというか、炎上の開始である。

「……」

ひとり言なんてもっての外。流しっ放しにしている人工の流水音以外は何も外に聞こえないように、静寂を保つよう気を付けながら、携帯電話に挿していたSDカードを引き抜く。
電話を折り畳み、そして魔力を一気に込めた。意図的に電機製品に反発するよう方向づけられた力は、赤く発光しながら正確に携帯電話の部品を破壊。一瞬で構造がバラけた。
そして紅子は掌の上の残骸を洋式便座の中に落とし入れ、……そのまま流す。

紅子の物でない端末が、下水に消えていく。正直言ってこの破壊に感慨はあまり無い。――急いで転移で屋敷に戻らなければ、とは思うが。
この場所に、長居は出来ない。
携帯電話が電波を発している事、捜査機関が調べようと思えばすぐにその位置を突き止められることくらい、一般人でも知っている。

このデパートの、トイレのこの個室は、以前密かに赤魔術用の転移符を貼り付けて、転移の拠点として使えるようにしていた場所だ。
そんな風に整備した時期は、今年の春。紅子が自力で屈服させたい『あの怪盗』と相対するため、警察に察知されない移動手段とすることを念頭に置いていた。
そもそもあの頃は、サキュバスを召喚するとか全く考えていなかった。……全くもって、何が役立つか全く分からないものだ。

ちなみに今壊して流した携帯電話も、魔術によって盗んだ物。
トイレの利用者が手荷物をできるだけ忘れて帰るよう、隣の個室に向けて暗示の魔術を掛けた、成果だ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後12時20分 警視庁 捜査1課

「おい、目暮! ちょっと来てくれ! 『サキュバス』の件の捜査本部から呼び出しだ! あと、監察からもな!」

昼休み中。いつものように愛妻弁当を食べていた目暮の斜め後ろから、松本管理官の声が飛んできた。
振り返ると、紙を数枚持った管理官が、愉快そうではない顔でこちらへ歩いて来ている。目暮は食事の手を止めて立ち上がった。

「……監察ですか? 管理官」

監察、……警察官の不祥事件などを調べる部署だ。
『サキュバス』の事件に絡み、事件を起こした『本人』がきのう病院から脱走したことは目暮も知っている。
その前に『本人』から伝言を頼まれた佐藤が、『サキュバス』事件の捜査本部から呼び出された、……なら分かるが、何故自分が? そもそもなぜ監察までもが呼び出しに来るのだろう……?

「ああ、たぶんこの件の確認だろう。さっきネットの掲示板にこんな書き込みがあったそうだが……」

苦虫を噛み潰したような顔で、管理官は持っていた紙をこちらに寄越した。
掲示板をそのまま印刷したらしい、見覚えのある掲示板のデザインだ。……かつてサキュバスが坂田や沼淵の写真を投稿した掲示板そのものだと、思い出す。

召喚者が代理で書き込んだというそれは、とんでもない内容。荒唐無稽だが、こちらの記憶とは辻褄の合う被疑者の自白。
1レス目の最後の宣言に目の前が真っ白になり、――みどりとの情報を見られたかもしれない衝撃が思考を覆いつつも、それでもどうにかそれ以降を読み通す。

「何だ、これは……!!」

読み終えた結果、目暮の口からそんな激情の声が出た。
警察にとっては苦々しいことに、『本人』が取った選択肢は実に賢い。
捜査本部も観察も、この書き込みを見て、間違いなくその魔術の真偽を検証せざるを得ない。婦警の不祥事をほのめかしているのだから、なおさらだ。

仮に、魔術の件が真実であると判断されたならば、捜査本部は捜査員の再編成を余儀なくされるだろう。
警察は元々既婚者が多い組織だ。これまでの人生で誰かと交わった経験が全く無い者は、おそらく割合としてはかなり少ないはず。
だが今後、そんな少ない人数をかき集めて『サキュバス』用に確保することになるのだろう。捜査員の秘事が自動的に被疑者に筒抜けになる状態は、極めて不味い。

「目暮達は、きのうの昼間、警察病院の7階に行っただろう?
 一昨日からきのうに掛けて、その階に出入りしてたウチの職員がどれだけ居たのか、……これから全部調べるそうだ」

その調査自体は妥当だと、目暮は思う。被疑者に情報が漏れたかも知れないのなら、漏れた内容が、誰のどんな情報だったのかをまず把握せねばならない。
だが監察や捜査本部に話すよりも前に、管理官に話さなければならないことがある。この課に属する者達に関して。

印刷された掲示板のレスの内、2レス目の途中、『ハニーロード』の件を指し示した。
独身同士だから問題無いらしい、薬物事犯ではないらしい方の、情報の記述。

「管理官、きのうの昼間、私と高木くんは『本人』の病室の前を通っています。
 あと、私はきのう、『本人』の部屋に行くコナン君が行くとき、佐藤くんにそれに付いていくよう命じてしまったんですが……
 ……『蘭くん』は、元々、佐藤くんも高木くんも独身だと、知っていたはずです」

つまり、『きのうの昼にわたしの部屋の前を通って、その隣の部屋に行き来していた刑事さん』=高木で、『その同僚の人』=佐藤、という図式が、成り立ち得るのだ。
元から知り合いのカップルだから、『警察的には無問題のケースかも』とわざわざフォローしたのかも知れず。

「……あー、……そうか」

何とも微妙そうな顔をした管理官の口からは、そんな言葉しか出なかった。


※12月14日 初出 NGワードに引っ掛かったので一部のみの投稿です。
 12月15日 前の日に投稿できなかった部分を追加+色々表現がおかしかった部分を書き足しました。
 12月21日 誤植等を修正しました。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-2 (※12月29日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/04/04 12:17
 午後6時15分 毛利探偵事務所 3F

「工藤、……お前、ホンマ大丈夫か?」

俺からの電話を取った服部の第一声が、こんな言葉で。
――あぁ、こいつ、今日の昼の召喚者の書き込みは把握済みなのか、と、悟る。
電話を掛けた俺の口から出てくる言葉は、どうしても弱気な内容にしか、ならない。

「……ぁー、心配かけてすまねぇ。正直、大丈夫じゃないかもしれねぇけど。
 今日の召喚者の書き込み、お前もう読んでるんだよな? 俺も、おっちゃん達も、その件で、今まで警察で聴取されてたんだ」

答えは分かりきっているが、それでも確認はしておく。
呆れたような気遣うような、そんな吐息交じりでの分かりきった内容の答えと、感心したようなこちらへの確認が来た。

「そりゃあなぁ、……あの書き込み、昼やで? 夕方の今になっても俺が把握してなかったら逆に変や。
 でも、予想通りお前も聴取受けてたんやな、おっちゃんだけやのうて。お前は小学生ってことになっとんのに、あの、性がどうこうっていう書き込みの内容で」

服部が言いたい事は分かる。
あの『サキュバス』の書き込みに言及する場合、性に関する言葉に触れずにいるのは、どうしても無理。小学1年生相手に話す内容ではない。
捜査本部の考え方次第では、おっちゃん達を聴取する間、俺からは何も聴き出さずに放置する判断だって、有り得なくは無かった。

「ああ、それは俺が気を回した。おっちゃん達にも、捜査本部の捜査員相手にも、片っ端から質問しまくったんだ。
 『……ねぇ、今日の召喚者の書き込みだけど、文章の意味、僕は分からないふりしていた方が良いのかな?』って。
 大人達は当然、文章の意味が分かっているのかを聞いて来るだろ? で、俺は『たぶん知ってる。人が赤ちゃん産むのに必要なこと、だよね?』って……。
 結局、……その甲斐があったかどうか知らねぇけど、俺は書き込みを読んだ前提で聴取を受けて、きのうの『本人』との面会内容を全部警察に話したわけだ」

電話越しに盛大に吹き出す声が聞こえた。

「!!
 ……ィヤ、スマン、その方法は、……良く考えたな、工藤。警察から情報は取れたんか?」

笑いのツボに嵌り掛けて、でも笑うどころでない状況だと気付いて笑いが止まり、すぐ真剣な声になって質問してくる。
ここからが本題だ。俺が服部に電話したのは、大事な『アイツ』が巻き込まれた事件について、服部に話したいと思ったから。
俺が警察やおっちゃん達から直に聞いたことも、おっちゃんに付けた盗聴器経由で聞いたことも、全て話しておきたい。

「今日のあの書き込みに、少なくとも妃弁護士が分かる範囲では、嘘は書いてない、そうだ。言うべきか悩んでいたようだが、結局、妃弁護士本人は俺に認めた。
 きのうの筆談内容もあの書き込み通りで、嘘は書かれてないらしい。
 ……だから、書き込み内容に『サキュバス』にしか知り得ない情報が書かれていた事は、捜査本部も、おっちゃんも、妃弁護士も、共通の見解になってる」

つまり『本人』は、13日の午後の覚醒以降、『他人の直近の性行為の情報を見抜く魔術』がずっと発動している状態で。その発動状態が止められず。
それで、周囲の者、……病院関係者、警察関係者、周りの病室の患者や見舞客、両親等、近づいてくる者達の性行為の情報を延々と見続けていて。
『本人』は、その事を、きのう14日に雇われた弁護士2名と、母である妃弁護士にだけ筆談で打ち明け、証明のため妃弁護士とおっちゃんの営みの内容を書いた。
……そういう情報一切が、たぶん事実だ、と。

「……そうか」

服部の反応は、しばらく黙った後の、その一言だけだった。
そんな反応になるのは、まぁ、……分かるから、俺はとにかく聞いた情報を明かす。

「書き込みがどこの端末からなのかも警察は調べたそうだが、案の定、これまで事件に全く関与したことのない第三者の携帯からの書き込み、だったらしい。
 捜査関係者も、『蘭』の家族も、『本人』に付いた弁護士も除外されて、……消去法で、あの書き込みは『サキュバス』側の誰かだろう、と。
 今のところ、忘れ物の携帯電話を、召喚者が盗んだ線が濃厚らしい」

「忘れ物か。……その見込み通りとして、盗んだ時の監視カメラとか、証拠当たれるんやろうか?」

どういう場所に忘れられた携帯を盗んだのか知らないが、何も言わずとも、警察は監視カメラを全部調べ始めるだろう。そんな捜査は基本中の基本だからだ。
だがあえて服部がそう言ったのは、……『魔術』と呼びたくはない、証拠を一切残さず物を盗むような『技術』が、召喚者の側に有るかもしれないから。
こちらの科学技術ではどうにもできない『技術』を駆使して色々とやらかす相手は、警察にとって手強い相手に違いない。

「さてなぁ……。
 ……話は変わるけど、実はな、服部。あの書き込みを見た段階で、俺もおっちゃんも、『サキュバス』側の書き込みだろうと推測していたんだ。
 『本人』、きのう病室で、『召喚者の事を喋らない理由を当ててみろ』っていう内容の問題を俺に投げてきたから。ヒント4つも付けた上で、な。
 で、『答え合わせは、15日か16日にしよう』って、言ってきたんだ。……あの書き込みの冒頭に、その問いかけを踏まえていたとしか思えない箇所があった」

――『明日か明後日、答え合わせをしようか。君の推理がどれだけ真実に近づいているか分からないけれど。まだ8月だもの、夏休みだから君は明日も明後日も暇でしょう?』
それが、病室で俺に向けた、『本人』の最後の言葉。

俺は『本人』の脱走を思い浮かぶことは無く、あの病室に居る『本人』との答え合わせばかりをイメージしていた。
だがきっと、そのヒントを出した時点で、『本人』は召喚者のもとへ身を寄せること、答えをネットに暴露することを密かに心に決めていたのだろう。
そして予定通りの脱走の後、『何故わたしが病院でずっと召喚者の情報を黙秘し続けたのか、答え合わせをしようか』と、書き込みの最初に書いた。

「それ、初耳や。……ヒントの内容は?」

そう言えば服部には、この『本人』が出した問題の件は話していなかった、な。
きのう話す寸前でおっちゃんが乱入し、そのまま電話する機会がなく時間が過ぎていた、はずだ。

「ヒント1つ目が、【『わたし』が悩み始めたのは、13日の午後に覚醒してから】
 2つ目が、【『サキュバス』としてはよくあること、高校生としては有り得ないものを見た】
 3つ目が、【人の名誉に関わること】
 4つ目が、【コナン君には何もないから楽だ】
 答えは書き込みを見れば一目瞭然だよな。……【他人の性行為を見抜く魔術が自動発動状態になってしまって、解決のため頼れる相手が、召喚者しかいないから】」

書き込みを読んだ後で振り返れば、辻褄は合う。
1つ目、魔術が自動発動状態になったのは、書き込みによれば13日の午後。悩み始めたのもまさしくその時からだろう。
2つ目、『サキュバス』にとってよくあることなのかどうかは分からないが、高校生にとっては確かに性行為の情報に触れるのは有り得ない。
3つ目、たしかに人の性行為の情報は、モロに名誉に関わる。
4つ目、そりゃあ俺からは何の情報も得られないだろう。新一だった頃も含めて、……言いたくないが、経験は、……今の所皆無な訳で。

「正直、……そんな分っかりづらい問題が有ってたまるか、って思うで。俺は」

服部が率直な感想を言う。
確かに、答えに当たるあの書き込みをみてから、ヒントを振り返って、そして意味を理解するような、そんな問題だった。
ヒントだけで答えを当てるのは、かなり厳しい。……でも、手掛かりは、一応あるにはあったのだ。

「ああ、俺もそう思う。でもな、服部。振り返ればその4つ以外にも手掛かりは無い訳じゃなかったんだ。
 きのう、『本人』は、見えないはずの隣の病室のおっちゃん達の動きを言い当てていたんだ。……変だと思っていたんだが、その時は分からなくてな。
 今日、俺が問い詰めたら、妃弁護士が認めたよ。……『本人』、魔術で掴んだ人の移動を検知できていたらしい。レーダーみたいに。
 俺みたいに、……経験が無い人間は、魔術の特性上掴みようが無かったらしいがな」

スマホの向こう、短く息を呑む音がする。

「……、それ、つまり、非童貞と非処女限定のレーダーか……?」

「あぁ。捜査本部の人間は頭抱えていたよ。
 で、おっちゃんは妃弁護士と派手に喧嘩してた。秘密を守る義務があるのは分かっていても、……でも、秘密にされたことを受け容れ辛かった、らしい」

「それは、……そやろなぁ」

母親が娘の要請で秘密にしてほしいと言っていたことを、早々明かすわけにはいかない。弁護士であっても無くても、守秘義務を守るのは当然の事。
特に、性的な話題を含む内容を、他人に明かすわけにはいかなかったというのは、分かるのだが。
だが、おっちゃんの頭に、その事実がまだついていけてない。……たぶん、俺自身も、事実をまだ受け入れ切れてない部分は、ある。

「『本人』、あの病室に書置き残していったんだ。最後に、『いつ戻るのか分からないけれど、いつか蘭は戻ってくるでしょう』って書いてあって。
 『蘭姉ちゃんが戻ってきたとき、両親が仲悪かったら悲しむよ』って言う方向で俺はフォローしたんだけど、なぁ……」

口論の挙句、妃弁護士は泣き顔で自宅へ去り。
おっちゃんは、俺にコンビニで買った夕飯を与えてこの3階の部屋に放置。今は2階の事務所で、……たぶん酒浸り中。
もしかしたら、いつになるか分からないという、その『蘭』の帰還よりも前に、夫婦仲が壊れてしまう方が早いかも知れない。

RRRR RRRR・・・・・・

突然、着信音が鳴った。今使っている新一のスマホでなく、コナンの方のスマホだ。

「悪ぃ服部、コナンのスマホに電話だ。……いったん切るぞ」「おぅ」

プツッ

断りの言葉を入れて服部との通話を切り、鳴っている方のスマホを取る。電話を掛けてきたのは、……何だ、阿笠博士か。

「どうした、博士?」

博士には、『サキュバス』の事件のことはまだ何も話していない。だから、その事件絡みの電話ではあり得ない、と、当然、思っていた。
キャンプか何かの誘いだろうかとでも思っていた俺の言葉に対して、返ってきたのは想定もしない博士の報告だった。

「新一、ワシの家のポストに手紙が入っておったんじゃが……、その手紙が……。
 切手も消印もない手紙で、宛先が『阿笠 博士 様』と『工藤 新一 様』の連名になっておってな、『親展 17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』と書いてある。
 差出人が蘭くんの名前なんじゃが……」

「……何だって!?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 午後8時30分 都内 某アパート 高木の自宅

RRRR RRRR……

テーブルの上で鳴り響く、プライベート用の携帯電話の受信画面を見て、警視庁捜査一課の刑事、高木 渉は軽く息を吐く。

「……佐藤さんからか」

元々は丸一日非番のはずだったのに、昼に本庁まで呼び出されて聴取を受けた。その聴取が終わったのは1時間半くらい前。聴取後は真っ直ぐに帰宅して、今は自宅で夕飯を食べていた。
あの人の携帯には、本庁から解放された時に様子を案じるメールを送った。その返信は今に至るまで無かったから、この着信は相手からの初の反応になる。

「もしもし、僕です。……大丈夫ですか? 佐藤さん」

何が大丈夫なのか、とか、具体的な内容は触れない。言わなくても、意味は通じる。
高木と同様に佐藤も聴取で呼び出されて、あの書き込みを読まされているはずなのだ。
だから『本人』に、自分達の交わりの記憶を見抜かれたことも、……それを『ハニーロード』のカップルとしてネットに暴露されたことも、知っている、はず。

「何とか、落ち着いたわ。心配かけてごめんなさい。
 私はさっき聴取が終わって、今家に帰ってきたんだけど。……そちらの聴取の終わりはちょっと早かったのね。高木くんは、今、家に居るの?」

大事な先輩刑事の声は、かなり沈んで落ち込んでいるようだが、あくまで落ち込んでいる声だ。泣いたりはしていない。
強いて言えば無理して涙をこらえている可能性はあるものの、この会話の流れでその詮索は無粋の極み。とりあえずは、問いかけに答える。

「ええ、帰宅済みです。今は夕飯を食べてました」

その言葉に、佐藤刑事は元気の感じられない声のまま、こちらが気付いていないことを知らせた。

「そう。
 ねぇ、テレビ見てる? 日売テレビでテロップが出てる、……『ホワイトムーン』の件の当事者が逮捕されたって」

『ホワイトムーン』の当事者、――誰を指しているのかは明白。自分達と並べてあの書き込みに記載されていた婦警だ。
無問題だった自分達とは対照的に、米花町のラブホテルで、彼氏2人と共に薬物に手を出した疑惑のあるKというイニシャルの婦警。
高木の目の前にテレビは有るが、電源は元々つけていなかった。慌ててチャンネルを取る。

「え!? ちょっと待って下さい。
 ……本当ですね」

日売テレビは、収録物のバラエティー番組を放送中らしい。雛壇芸人が能天気に笑っている映像の上部、言われた通りの文字が出ている。
ひとりでに、高木の口からはそのテロップの文字が読み上げられていた。

「『警視庁 現職の女性警察官(26)を逮捕 覚せい剤取締法違反などの容疑
 知人の警察官(26)と会社員(27)の逮捕状も請求』
 『病院から脱走したサキュバスの ネット掲示板への書き込みで発覚
 「魔術で見抜いた」として ホテルでの薬物吸引を指摘していた』……」

事情を知らない人にとっては、後半部はよく分からない内容だろう。
ただしネットで事件情報を追いかけている多数の一般人にとっては、あの書き込みに真実味があることを知らせる内容になる。
書き込みの内容が一応真実であると捜査で裏が取れていて、かつ警察がマスコミに情報を流さない限り、こんな内容のテロップは流れない。
覚せい剤の使用有無は尿検査で一発で分かるし、ラブホテルの使用状況も監視カメラを押収すればすぐ判明するから、冤罪の恐れは極めて薄い。

「こんなテロップになった、って事は、マスコミに報道の自粛を要請したりはしてない、ってことよね?
 夜のニュースでこの事を集中的に掘り下げるのかしら? 経緯も一から説明し直す形になって、魔術の内容にも触れるのよね? ……もちろん、私達のことも」

『本人』の、病院からの脱走は既にニュースになっている。その後の書き込みは、当然だが直後からネットで大騒ぎになっていた。
そして今の、婦警逮捕の情報。もう報道されても問題無いと警察の上層部が判断したから、こんなテロップが出ているのだと推測できた。

「そう、でしょうね。正直な話、魔術の内容に触れずに説明する方法が思い付きませんから。
 『直近の性行為を見抜く』って、言わないと、……一般の方には事情が分からないですからね」

高木の脳裏に、『性行為』という単語が連呼されるニュース番組が想像で浮かぶ。よく分からずに単語の意味を聞いてくる子どもと、凍り付くお茶の間の光景も。
……巻き込まれているのが知り合いの女子高生でなく、自分達が記憶を覗かれた当事者でなく、ただの一般人ならば、笑える1コマなのかも知れない。

「ところで、聴取の時に言われたんだけど、ね。
 外部の人にとっては、私達に比べて『ホワイトムーン』のカップルの方が大問題だから。……そっちの方がインパクトが有るから、だから私達の方は目立たずに忘れ去られるかもしれない、って。
 あの書き込みのせいで、私達の付き合いが上の方まで知れ渡ったけれど、私達には、お咎め受けるようなことは今の所何も見つかっていないから。
 だから、私達の名前はもちろんのこと、所属も年齢も一切伏せる、って」

警察は元々職場結婚が多い組織だ。独身同士で、不倫も二股も無く、純粋に自分の責任で付き合っていた成人の男女の仲を、監察が咎めるはずがない。
例の書き込みで仲が暴露されたことを咎めようにも、周囲の人間が魔術の存在に一切気付いていない状況で、それを理由に罰するのは理不尽に過ぎる。
とはいえ、佐藤の言葉は多分に願望が含まれていて、……若干楽観的だと感じたものの、高木はその内容には同意する。

「そうなると、いいですね。
 『あの子』も、何も違法なことしないまま、保護できれば良いんですけどね……」

言いながら、これこそ現実味の薄い願望だと、高木は思った。
これまでも、これからも、自分の生命に関わる事には『彼女』の態度は真剣だ。生存のために拘置所の被告を2人殺した子が、これからも犠牲を出さないと、誰が保証できるのだろう?
恋人との仲を暴露されたことに怒りは無いが、そんな風に人を殺した存在に、知り合いの女子高生が巻き込まれたことが、自分にとっては残念でならなかった。

「……そう、ね」

一応同意する佐藤の声も、現実的な難しさを理解しているらしく、強さは無い。
警察の者として認めたくないが、今の警察には、『彼女』と召喚者を止める手立ては皆無。あの書き込みを見た一般人も薄々思っているだろう。

警察に出来ることは、すぐ砂と化してしまう証拠の残骸を掻き集めながら、『彼女』がこれ以上、重大事件を起こさないように祈ること。
それだけ、なのかもしれなかった。


※12月23日 初出
 12月29日 後半部のシーンを加筆しました。
 2015年4月4日 誤字を訂正しました。
 なお、次話で募集したモブキャラ名が出ます。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-3 (※1月4日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/04/04 12:17
 8月16日 午前7時15分 召喚者の屋敷 地下 個室

『自分』があるじの元へと逃れて、二度目の朝。
あの大広間の隣、地下内では唯一ベッドと机と椅子が置いてある個室の、そのベッドに『自分』は腰掛けて新聞を読んでいた。
朝の6時半にあるじに起こされ、あるじが持って来た水で顔を洗い、これまたあるじが持って来た朝食を食べて、今は食後のひとときである。

ちなみに『蘭』との融合前からそうだったが、いつも仮面とローブと手袋を身に着けたあるじは、徹頭徹尾顔を晒す気が無く、かつ『自分』との時間を長く取りたがる。
結果、『自分』の朝食を持って来たらすぐに部屋の外に出て、『自分』がここで食べてる時に別の場所で食事、食後にここに戻ってくる、というのが毎朝の流れ。
仮面を外して食事を摂っているところを見られたくないらしい。もちろん今は食後だからここに居る。

――警視庁は、拘置所被告連続誘拐殺人事件で保護された少女が、入院先の病院から失踪したと15日の午前6時頃に発表した。失踪の推定日時は14日の午後9時30分から午後10時の間。
  翌15日の午後12時5分頃、インターネットの掲示板上に、少女の関係者からと思われる書き込みがあり、警視庁は書き込み内容の真偽を慎重に調べている。
  これまでの書き込み内容によると、少女は6日に、大阪と東京の各拘置所から坂田祐介被告・沼淵己一郎被告を連れ出し、殺害。
  その後一般人の女子高生(16)を誘拐し、殺害した被告らを生贄に、少女は自称「魔術」で女子高生の人格と融合したとされており……

今日の日売新聞の紙面は、予想通り1面で大きく『自分』の事件のことを報じていた。『自分』が病院から消えたことも、あるじが代理した書き込みのことも。
もちろん、自動発動しっ放しだった魔術の情報も。……まぁ、『自分』で分かりきっているこれまでの経緯の解説は、後で読めば良い。
警視庁の会見写真の左下、『書き込みに基づき警察官逮捕』の小見出しに視線を向ける。薬物吸引の指摘を受けた例の婦警の逮捕が、記事になっていた。

――また書き込み内容の検証の結果、覚せい剤を使用していた疑いが強まったとして、警視庁は15日の午後11時頃、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで女性警察官らを逮捕したと発表した。
  逮捕されたのは、警視庁巡査の片城 琴美(かたしろ ことみ)容疑者(26)、同じく巡査の古賀 尚人(こが なおと)容疑者(26)、会社員の町田 洸(まちだ あきら)容疑者(27)の3名。
  書き込みに、「魔術」で見えた情報として、具体的な日時とホテル名を挙げて、病院で見張りに立っていた片城容疑者の薬物使用を疑う指摘があったため、警視庁が捜査していた。
  全員、指摘の通りホテルで覚せい剤を使用したことを認める供述をしているという。

「やっぱり、書き込みから1日かからずに逮捕まで行くんですねー、あの見張りの婦警さん」

椅子に座って別の新聞を読んでいるあるじが、顔を上げずに『自分』の感想に答えた。

「分かりやすい事件だから、捜査はそう難しくはないんでしょうね。
 婦警の身柄を確保して薬物検査して逮捕して聴取して、婦警から聞き出した彼氏2人の居場所見つけて捕まえて……、半日あれば十分でしょう。間違いなく捕まるように具体的に書き込んだのだし」

「確かに、……あんな変な記憶、もう、見たくないですから。
 二度と接触しないでほしいですね、あの婦警。……もっともこっちが望んでも、警察の側でも接触はさせないでしょうけど」

苦笑いしながら、病院で勝手に見えてきた、感覚的に受け入れられないあの記憶を思い出す。
ベッドの上で寝そべっていた婦警に渡される、スプーンの上の結晶。差し出す半裸の彼氏は、気味の悪いほど満面の笑顔で。
テーブルの上のアルコールランプで炙られて、煙が出て、吸引して見えた光景は、……とにかく気持ちが悪くて、快感だと思う人が居るのが、謎。
あんな光景を一晩見続けて安眠妨害になるような事態は、正直、今後一切勘弁してほしい。

「絶対にないわね。覚せい剤吸っている最中の、警察にとっては恥さらしの記憶が見えるんだから。
 ……あ、こっちの新聞で私達宛ての識者のコラムが載ってるわ。
 『召喚者と君へ せめて誰も悲しませない選択を』って、……書くだけなら気楽でしょうね」

あるじは、少し呆れたような声を出しながら言った。
内容が気になったから、立ち上がってあるじの方へ歩み寄り、指し示されたコラム欄を見る。
コラムの執筆者は報道機関OBの評論家。若干遠回しではあるが、結局は見出しの通りの結論に至る内容で、確かに言ってる内容自体はもっともではあるのだが――

「……それが出来れば、楽なんですけどねぇ」

今後、生きている人を殺さないという意味での、「犠牲が出ない方法」は、かろうじてクリアできるかもしれない。
だが、悲しませる人を全く出さない方法というのは、……『自分』の生存を優先するならば、そんな方法は、魔術では存在しない。

今はもう、あるじも『自分』も、今後誰かを悲しませることを前提に、どんな風に感情に折り合いをつけるかという段階で。
……病院脱走後に話し合いを繰り返し、そんなこと分かりきっていることだから、今の段階では『自分』にもあるじにも、苦笑いしか出てこなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前10時2分 阿笠博士の家

「博士。工藤くん、来たわよ」

博士は、応接間のソファーに座って、テーブルに置いた何やら発明品らしいものをいじくり回していた。
灰原の言葉で立ち上がってこちらを振り返り、俺の様子を見て目を丸くする。

「来たか新一。遅かった、……なぁ、その箱は……?」

驚いて当たり前。俺が紙箱を大量に持って来るなんて、きのうの博士との電話では一言も触れていなかったんだから。
抱えきれないほどの紙箱を、まずテーブルにどっさりと下ろした。両腕にわずかながら疲労感を感じて、無意識に小さく吐息が出る。

「これ、おっちゃんに持たせられたんだ。
 おっちゃんには、『博士の家で夏休みの工作を作る。もしかしたら泊まり込むかも』って言ってる。
 何を作るのかおっちゃんに訊かれて、とっさに『紙箱で何か作る』って答えちまって……。で、おっちゃんが家じゅうの紙箱を探し始めて、な。
 もしおっちゃんから連絡が有ったら、話を合わせてくれ」

この家に、昨日『蘭』の名前で変な手紙が来たことは、おっちゃんには打ち明けていない。
ほぼ『本人』からのものだろうと俺は確信していたが、……おっちゃんにこの事を伝えればどんな反応をするかも十分に想像できたが、それでも話せるはずがなかった。

封筒にあったという宛名が、博士と、『工藤 新一』の連名だから。更に言えば、『17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』とも書いてあったと聞いたから。
灰原の解毒薬で一時的にコナンから新一に戻ることも出来はする。状況次第でそれを使うことも有るだろう。
……だがそういう方法を検討するのは、博士と、今日ここで手紙を読んでからの判断で良い。

「構わんよ、それぐらい。
 ところで、手紙の件じゃが、……蘭くんが差出人だと知って驚いていたようじゃが、あの子に何かあったのか? 振り返ってみると、最近ワシらは蘭くんに会っておらんが……」

逆に『サキュバス』の件は、これまで博士達には一切明かしてこなかった。
話が話だけに、おっちゃんからも妃弁護士からもきつく口外を禁止されていたし、俺も、これまでは積極的に打ち明ける必要を感じてこなかったから。
でも、手紙がここに来たことで事情が変わった、と思う。きのうの通話した時の俺の反応で、『蘭』に何かがあったことは博士も気づいているのだろうし。

「………。
 博士にも、灰原にも、事情は話してなかったな。
 おっちゃんにも妃弁護士にも、かなり固く口止めされてるんだけど、……あいつ、今月の6日から事件に巻き込まれているんだ」

やはり。2人ともかなり驚いた表情を見せて。
……また灰原は、俺の言葉から、どんな事件に巻き込まれたのか感づいたようだった。信じたくないと言わんばかりの様子で、それでも俺を追及する。

「何じゃと!?」
「……『今月の6日』で思い浮かぶのは、ニュースでよく言ってる『サキュバス』の事件ね。
 高校2年の女の子が巻き込まれて、人格変えられた挙句にきのう病院から逃げた、って。……まさかその女子高生って」

「ああ、蘭だ。
 病院から抜け出す前の日に、一昨日にやっと俺は見舞いに行けたんだけど、見た目は完璧に『蘭』でも、人格は確かに別人みたいだった。
 ……本当にすまねえ、ふたりとも。ずっと黙っていたままで」

目の前の2人に思い切り頭を下げた。
しばらくの沈黙。ややあって、灰原のため息と一緒にありがたい言葉が来る。

「別に良いわよそんな事情なら。……言いたいこと、無い訳じゃないけど」
「ああ、ワシもそれは仕方ないと思うが、じゃが、……うちに来たこの手紙は、そういう事情だとすると……」

ずっとテーブルの隅に置かれたままだった封筒を、博士は、慎重そうに手袋を着けた手で持ち上げた。頭を上げた俺は、その手の中の白い封筒の表書を見つめる。

「……ああ、病院から脱走した『本人』が、わざわざ博士の家のポストに入れた、と思ってる。
 切手も消印も無いってことは、この家の郵便受けにわざわざ直に入れに来たんだ」

黒いボールペンで書いたらしい筆跡は、『蘭』の物だと言えなくもなかった。
宛先欄に『阿笠 博士 様』『工藤 新一 様』そして、『親展 17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』、差出人の欄には『毛利 蘭』。
開封の場に求められている者達はここに居る。読むしかない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【新一へ
 召喚者が代理で書き込んだ、15日昼のインターネットへの掲示板の書き込みを見た前提で話します

 今の「わたし」は、ただ一種類の魔術が自動発動しっ放しで制御できない状態になっていますが、
 異世界に居た「サキュバス」は、元々、「他者を分析する・見抜く魔術」を比較的得意とする種族です
 かつ、故郷では、そういう魔術の専門職を目指す立場でもありました
 故郷にいた頃も、召喚された後も、もっと多くの種類の「分析する魔術」を使いこなしていました

 融合魔術の生贄を探すときも、融合する人を決める時も、魔術的に相性の良い相手を求めて、本当にたくさんの人を分析しました
 そして、生贄や融合相手の人間を決めた後も、その周りの人間について、たくさん、本当にたくさん分析しました

 「サキュバス」の魔術は、誰と誰が同一人物なのかを見抜きます
 その人物の容姿がどれだけ変わっていても、年齢が変わっても、です
 どんな因果があってそうなったのか、過去の因果関係をも、おぼろげながら魔術は見抜くのです

 「蘭」の周囲の人物にどんな因果あるのか承知の上で、「サキュバス」は融合魔術の相手に「蘭」を選んでいました
 あの時は本当に余裕が無かったから、融合の相手として「蘭」を選ばざるを得ませんでした

 新一がどこに居るのかを、今の「わたし」が把握しているという前提でお願いがあります
 16日か17日の午後9時半に、阿笠博士の家の庭で、あなたに会って話したいことがあります
 警察に通報せずにできる限り人払いした上で、どちらかの日に、庭で待っていただけると助かります】


※12月31日 初出
 1月4日 誤植等修正+後半部を追投稿しました
 2月8日 既存話と表記が食い違う箇所を1点修正しました
 2月28日 既存話と表記が食い違う箇所を修正しました
 4月4日 既存話と矛盾する箇所を修正しました

 3が日の後になりましたが、明けましておめでとうございます。
 作者のとりあえずの今年の目標は、3月末までにこの作品を完結させることです。普通のSSとして書き始めて、1年以内に終わらせたいと考えておりましたので。
 この目標に向けて頑張っていきたいと思います。今年も、よろしくお願いいたします。

※先日ハーメルンの方で、この作品の第1部-2に挿絵を追加しました。坂田と沼淵の遺体の絵です。サキュバスが掲示板に投稿した写真として、挿入しています。
 外部のサイトにて、こちらからの依頼でトーチカ様という絵師様に描いていただきました。是非ご覧下さい。

※なお、作中に登場します、覚せい剤で捕まったモブキャラの氏名は、読者の方々の応募を組み合わせて創作したことを、一応ここでも明言させていただきます。
・ハーメルンでの応募結果 →町田(応募者:Ma-sA様) 古賀(応募者:カミ様)
・Arcadiaでの応募結果 →洸(あきら)(応募者:名無し◆de2e7273様) 片城 尚人(かたしろ なおと)(応募者:中堅ROM専◆b84cf333様) 琴美(ことみ)(応募者:通りすがり◆086f596b様)
 ……で、組み合わせ結果は、片城 琴美(26、覚せい剤所持で捕まった婦警) 古賀 尚人(26、覚せい剤所持で捕まった警官) 町田 洸(27、覚せい剤所持で捕まった会社員)となりました。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-4 (※1月13日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/04/06 21:08
 午前10時10分 阿笠博士の家

――最悪な手紙だ。

あまりの内容に、誰も何も喋れず、重苦しい空気が生まれる。
長く長く沈黙が続き、それを破る形でようやく生じた声は、うめき声の混じった博士のもの。

「つまり、新一の幼児化を、……『サキュバス』は『分析の魔術』で経緯ごと見抜いておって。
 ……厄介な因果を持つ人間、つまり新一が『蘭』くんの身近に居ることを知っていながら、『サキュバス』はそんな『蘭』くんを融合相手に選んでおった、と……」

確認するように手紙の内容をまとめ上げたその言葉に、俺も灰原も、頷く。
最初から何もかも『サキュバス』に俺のことを知られていたなんて、信じたくなかったが、――この内容を読めば、認めるしかねぇ。

「そうとしか読めねぇな、この手紙……。
 ……そういや、最初の、『蘭』が融合する前のネットへの書き込みで、『サキュバス』はあの黒づくめ組織に触れていたから、な。
 たぶん、俺と、……あの組織との因果は、キッパリ見抜かれていたと、……思っていいんだろうなぁ」

脳裏に、今月6日の掲示板での書き込み内容がよぎる。
今や大昔のように感じてしまうが、わずか10日前、『蘭』が攫われる前に繰り広げられた、一般人と『サキュバス』とのやり取り。
魔術の生贄用に沼淵が殺されたことに関して、“沼淵を殺すくらいならあの組織の者をぶち殺せ”と揶揄した一般人が、あのスレッドに居たはずだ。

――ふるさとに蛍見に行って捕まったぶっちーコロコロするくらいなら時たまウロついてる全身真っ黒けの厨臭い変態集団もぶち殺しとけよ
  あいつらマナー悪いし真夏でもコートとかマジキチwwwwくっさwwwwww

――言ってる対象が誰なのかはわかる。
  一応、確定死刑囚から捕まってない犯罪者まで、世間に知られてる分は検討したからね。
  殺る順番とか誰を殺すかとか、生贄にする上での相性とかあって、対象外になった人達がかなり居るけど。

あの書き込みから考えて、『サキュバス』は、あの黒づくめの組織の存在自体を把握済み。
組織の存在を知り、かつ俺の正体が誰であるのかも分かっているなら、当然どんな経緯で俺の身体がこうなったのかまでもを見抜いていると考えるのが、自然だ。

「弱み、握られたわね。よりによって『蘭』さんに融合した『犯罪者』に。
 ……ある意味では一番知られてはいけない相手に、『江戸川 コナン』が『工藤 新一』だと知られた」

そう溜息交じりに呟いた後、灰原は言葉を切った。
そのまま数度小さく息を吐き、心を落ち着かせたらしい、……灰原は、俺を見つめつつ問う。

「どうするの? 求められている通りに『彼女』に会うの? それとも、会わないの?
 ……いっそ会う事なんて考えずに、この手紙を持って、FBIかどこかに保護を求めるのも考える? 得体のしれない相手に、知られてはいけない秘密を知られたんだから。
 もし『彼女』に会うとするなら、貴方が1人で今日か明日の夜、ここの庭で待つことになるのよ?」

灰原の言う通り、FBIに保護を求めることも取り得る手だ。
『サキュバス』や召喚者が、俺の秘密をずっと誰にも漏らさずにいる保証なんてどこにもない。知られるべきでない秘密を知られた時点で、俺も灰原も危機なのだ。
……だが。
融合前の蘭の姿を思い出す。俺が『新一』として電話を掛けた時、電話口で俺を想って泣いていた――

「…………。
 会う、『あいつ』に。明日じゃなくて、今日の夜に。
 探偵失格かもしれねーけど、……人格の混じった『蘭』が、俺の正体を知った『あいつ』が何を考えてこんな手紙を送ったのか、直に会って訊きたいんだ」

灰原は、一言「……そう」とだけ言って頷いた。
俺が喋った理由を、あまり信じていないような口振りで。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

博士の家に行く理由を、『夏休みの宿題と工作』だとおっちゃんに告げてた以上、誤魔化しは効かせなければならない。
急ピッチで夏休みの宿題と工作をこなしつつ、灰原や博士と話し合った。

――人払いを相手が要求している以上、指定の時間に、庭に出ておくのは俺だけ。灰原と博士は家の中で待つ。
  念のため俺は探偵バッジと盗聴器を身に着けておき、灰原と博士はそれを通して会話を監視。

  『本人』と話をする時、『本人』が犯罪行為の支援を求めてきた場合は拒絶する。
  但し、犯罪ではない行為の支援である場合は、内容によっては検討する……

そんな方針を決めて、それ以外にもいろいろなことを話し合い、……時間が来た。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後9時30分 阿笠博士の家の庭

手紙に書いた通りの時刻、俺がたった1人で立っているだけの庭で。
俺の1mほど前方、何もないはずの空間が突如赤く光り出した。融合魔術の時とは違う色の、強烈な眩しさに思わず目を細め、瞬間、その光の中に『本人』は現れる。

――魔術の、光か……

一瞬で光は収束し、庭は、闇に包まれた空間へと戻る。
出現した『蘭』は、……黒いワンピースの上に灰色のローブを羽織った『蘭』の姿の『彼女』は、俺に向けて何でもない風に片手を上げて挨拶。
元の『蘭』よりは低い、『サキュバス』の声で。

「こんばんは。まずは手紙に書いてくれた通りに、ここで待ってくれていたことには感謝するよ。
 ……最初に言っておくけど、ここでのやり取りは『わたし』と君だけではなくて、召喚者も聞いていると考えてほしいかな。魔力があるから、機械に頼る以外にも聞き耳を立てる手段は有るのさ。
 今の君だって、盗聴器は着けているでしょう? 工藤 新一くん」

微笑みながら俺に告げる言葉の中身は、表面的なにこやかさとは裏腹の露骨な釘刺しだ。
俺が工藤 新一だという事を、『彼女』も召喚者も知っている。そして、この場所の会話は、召喚者には秘密に出来そうにもなく。
更に、……当て推量がたまたま当たった可能性もあるが、俺の身体に付いている盗聴器を魔術で見抜いている可能性も、否定はできない。

「俺がこうなった経緯は、アンタらは、……『サキュバス』と召喚者は、どれだけ見抜いているんだ?」

盗聴器の話題には触れず、暗に俺の正体を認める形でそれだけを問う。
分析する魔術とやらの性能を確かめる意味でも、これは確認しておかねばならないのだから。
『彼女』は、腰を落として俺に目線を合わせた。俺の背後の博士の家を、右手で指し示して告げる。

「君と、あの家に住んでいる哀ちゃんが、黒づくめの恰好した変な人達と、……何か触ったらひどく大火傷しそうな因果があるって事は分かってる、かな。
 君もあの子も、あの変な人達と因縁があって、元の姿からかなり若くなってるんだよね?
 あと、『サキュバス』が生贄用で殺した沼淵さん。……あの人も、昔は同じ黒づくめの人達と因果があったみたいだね。
 それから、毛利 小五郎探偵に弟子入りしてた色黒の院生さんも、工藤 優作さんのお宅に住んでる院生さんも、……思いっきり、同じ相手との因縁を抱えてる、かな」

つまるところ、おおよそ俺があの組織について知っていることは、丸ごと『彼女』も魔術からの知識として知っている、ということ。
FBIや公安の人達のことも見抜いている辺り、――本当に洒落にならねぇ!
俺の顔が思い切り引きつるのを感じる。『彼女』は笑って、そんな俺をフォローするように更に告げた。

「……まぁ、でも『わたし』自身の生命が危ない状況なのに、君達のそういう面倒事にわざわざ首を突っ込む気は無いよ? ものすっごく面倒な薬(ヤク)のネタみたいだし。
 警察とかにそういう秘密をぶちまけたところで、新一くんだけが危険になるだけだ、って、分かっているからね。だから、誰にも言わない。
 何だかんだ言って、今の『わたし』は半分『蘭』だもの。新一は、……死なせたくないなぁ」

これまでずっと『サキュバス』の低い声だったのに、最後の辺りだけ『蘭』のような喋り方。
俺を死なせたくないという、その言葉を、一瞬、本当にそう思っているものだと信じ込みそうになり、……ズルいな、と思う。
『犯罪者』が人格に半分混ざっている段階で、探偵として、その主張を頭から信じるわけにはいかないだろうに。俺は動揺を悟られないように肩をすくめる。

「そうか? 正直、今までの『お前』の喋り方に、『蘭』の気配はあまり感じられないんだが……。
 と言うか、『アンタ』、手紙に『会って話したいことがある』って書いてたろう? 一体、何を話すつもりで来たんだ?」

『彼女』は、こんな俺の心の動きを見透かしているのか。
ずっと腰を落とした姿勢でいるため目線を合わせたままの顔は、こちらの真剣な目を受け流すように微笑み、問いに問いで答えた。

「今の『わたし』の身体の問題、分かるはずだよね? インターネットで、召喚者にきのう書いてもらったから。思い出して、言ってみて」

何故そんな言い方をするのか。謎に感じつつも、その問いには即答する。
あの書き込みも、これまで何度も読み込んだ。丸暗記に近いくらい、書き込み内容は頭に入っている。

「あの書き込みによれば……、
 『他人の直近の性行為を見抜く魔術』が自動発動中で、魔力の消費が止められない。このままだと『アンタ』の身体から魔力が枯渇して、今の人格も身体も壊れて廃人になるしかない。……って、書いていたよな?」

俺の訊ねるような言葉を受けて、『彼女』は頷いた。

「その通り、よくまとまっているね。それで召喚者のところに逃げてね。色々と話し合って解決の手順が見えてきて、分かったことなんだけど……。
 色々と、仕込んでおく前に君に訊ねておきたいことがあってね、工藤 新一くん。
 君は探偵だよね? それも、魔術の無い本来のホモ・サピエンスだけの世界ならば、非常に優秀な探偵さんだ。……だから、君に質問」

その顔から微笑みは消え去っていた。
あくまで低い『サキュバス』の声で、『蘭』の姿をした『彼女』は、俺の目を見つめたまま問いかける。

「生命の危機を回避する方法は、ふたつ、思い付いていてね。
 ベストだと思う方の手順が順調に進んでいけば、『蘭』は元通り、『サキュバス』の居ない人格を取り戻して、両親の元に帰ってくると思う。
 そういう風に、人格を再分離する魔術で解決できるように、また生きてる誰かの人格も巻き込まずに済むように、これから色々仕込みに掛かるから。
 でも、その手順の中に、……殺人はぎりぎりで回避できるにせよ、これまでの『蘭』ならしないような、他人を悲しませる手段が、絶対に必要なんだ。
 おまけに、戻ってきた『蘭』が『サキュバス』と融合している間の記憶を失っているなら、融合中にどんな事をやらかしたのか、全て忘れているとするなら。
 ……君は、それでも『蘭』の帰還を待っていてくれるのかな?」

問いかけの前提を頭の中で整理する。
――人格は再分離、他の生きている誰かの人格も巻き込まず、人を悲しませる手段、『蘭』は帰還時に全て忘れている……

これから誰を悲しませるのか、『サキュバス』の人格が何に宿るのか、思い付くものはあるものの確証は持てない。
ただ拘置所の収容者を殺してまで生きようとした『彼女』が消滅する方法を選ぶとは思えず……、『サキュバス』は生存を望むのだろうと気付いた瞬間に、俺は叫んでいた。

「俺は、……俺は『蘭』が戻ってくるのを待つさ!
 でも、それだけで帰ってくるのは『蘭』だけじゃねぇ! 『サキュバス』、お前もだ!
 周りを散々巻き込んで、踏みにじって生きようとするヤツが、何も裁かれずに生きていくとしたら、……俺は絶対に許せねぇ!」

「ちょ、……ちょっと、ご近所さんに聞こえるよ。ここ、屋外なんだから」

こちらの剣幕にギョッとして、『彼女』は一歩後ずさった。両手を小さく上げて、俺に声を落とすように仕草で促す。
……そんな反応で急速に俺の頭が冷えて話に返り、頭に血が上がっていたことを自覚。

後ろに下がった形の『彼女』は、その位置のまま見上げるように周囲の家々に視線を向けていた。
ひとしきり見渡した後に「……ふぅ」と溜息を吐いて、更に言葉を続ける。

「えっと、取りあえず、魔術で探知できる限りご近所さんに気付いた人はいないみたい、だけど。声は落とそうね?
 今、結構興奮していたのかな? 言葉の意味が微妙に変だったんだけど。
 『サキュバス』には、『蘭』みたいに大手振って帰れる場所はないんだけどなぁ、君は、『蘭』の帰還と一緒に自首しろと言いたいの?」

「あ、ああ。……そういう事だ」

フォローを兼ねた確認に、俺は取り繕うように頷く。俺が言いたかった意味を、まさに『彼女』は汲み取っている。


※1月12日 初出
 1月13日 最後の辺りが分かりづらかったため、微修正の上、会話を追加しました。
 1月31日 誤字を修正しました。
 4月6日 会話の中に矛盾を発見したので修正しました。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-5
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/01/31 21:52
(※作者よりお知らせ:前話の最後当たりの部分を投稿翌日に追投稿しております。御了解下さい)


 午後9時42分 阿笠博士の家の庭

正義感のあまり声を荒らげて、こちらの言葉でクールダウンした、見た目小学1年生の探偵くんは、余計険しい視線をこちらに向けてきていた。
『蘭』の記憶の通り、――あぁ、こんなヤツだったなぁ、と。
彼のその熱さが懐かしく、いっそ微笑ましさすら感じる。

「君らしい言葉だねぇ、自首を勧めてくる、って。
 今の問題を解決できれば、……ぅーん、今は当然無理だけど、これからベストなルートを掴み取れたなら、……いや、うーん……」

『サキュバス』の声色で苦笑して、首を傾げて、迷うように言葉を濁しておく。
自首を求めてくるのは探偵としては自然ではあるのだけれど、本当に当たり前なのだけど。
……こちらの身体にややこしい事情があるからこそ、「自首する」と断言はできない訳で。

「何を迷ってんだよ!? ……お、お前の言う『ベストな方法』が成功しても、自首できない理由があるのか?」

さすがに声量を落としていたものの、探偵くんの言葉の勢いは相変わらず強く。
ただ喋った内容に、『自分』は内心で意外さを感じた。
この流れでは、こちらの態度に激高してキレるのが自然だと思うのだけど、そうでなく、『自分』が迷う理由を訊いてきた、その点に。

キレる気力が無いのか、それとも、こちらから情報を引っ張り出すのを優先しているのか、……彼の様子を見る限りは後者だろうか。
さっき一度爆発したとはいえ、こちらの長々した台詞に耳を傾ける方が多い、ように思える。この庭での会話、彼にしては大人しいのだ。
『蘭』自身を巻き込んだ得体の知れない『相手』――、だから、感情をぶつけるよりも、情報を出来る限り入手する、そんな戦術を取っているのか。

「うん、まぁ、ためらうだけの事情はあるね、『サキュバス』の生態面で。
 えっと、……ちょっと長い説明になるんだけど、話に付き合ってくれるかな? これからの『蘭』にも関わりかねないのだし」

ともかく迷わず思い切り頷いた。そして、――情報開示の始まりかな? と、心の中で身構える。
話の流れ次第で、こちらの事情を開示することも有り得ると、事前にあるじと擦り合わせていた。
いずれ他者に打ち明けねばならないこと、それをこの場でこの探偵くんや、……たぶん盗聴してる博士や哀ちゃんに先行して明かす形になっても、さして問題はない。
事情を知ったところで、たぶん彼等は何の影響も生み出せないのだから。

「……俺が信じるかどうかは別だぞ」

己を守るように腕を組んだ彼は、浅く息を吐いてから『自分』を睨むようにこちらを見詰める。
話を聞く気だけは有るのだと、そんな条件付きの了承の言葉。なるほど、無条件には信じない、と。

「それは、分かっているさ。
 ひとまずは取っ掛かりとして、……君達ホモ・サピエンスが、生物として最低限死なないために必要なモノ、3つ挙げてみて」

また苦笑いを顔に浮かべて、『自分』は口を開く。
自首出来ない事情を明かす場合、どういう流れで開示するのか、それもある程度は決めている。
手始めに話題にするのは、純粋な生物学の知識の話。彼なら即答出来るだろう問いだ。

「色々と定義は有るんだろうが、そういう訊き方に答えるとするなら、大気と、水と、食糧、だな」

想定通りドンピシャの正答。大気が無ければ窒息して死に、水が無ければ渇きで死に、食糧が無ければ飢えて死ぬ。
どれかひとつでも欠けてしまうと、ホモ・サピエンスは生命を維持できない。

「正解。この3つの全部無いと、君達は遅かれ早かれ死んでしまうね。『サキュバス』も、その点は、ホモ・サピエンスと一緒。
 でもね、『サキュバス』には、これが無ければ死んでしまう、ってくらいに必要な要素が、元々もうひとつあったの」

『自分』は片膝を地面に着けて、目線の高さを彼と完全に合わせてから微笑みを向けた。右手の指で「1」を作り、突き付ける。
ここからが本題だ。『サキュバス』を『サキュバス』たらしめる、――ホモ・サピエンスとは別種なのだと決定付ける、生き物としての差異の話。
彼は肩をすくめて、笑みをいなして真顔で答えた。

「それ、もしかして、魔力、か? これまでの経緯を考えるとそれしか思いつかねぇよ」

――さすが探偵。勘が良い!
小さな拍手と笑顔で、『自分』は、その答えが間違っていないのだと示す。だけども完全な正解では無いのも事実だから、それを指摘する言葉も一緒に。

「半分、正解だね。でも、半分不正解だよ。魔力は絶対に必要だよ、その点では君は確かに正解なんだけど。
 ……たぶん絶対に分からないと思うけど、追加で質問。その魔力って、『サキュバス』はどこからどうやって体内に取り込んでいたんだと思う?
 ヒントは、8月6日の、最初のほうの書き込みの中のワンフレーズ」

『サキュバス』という名から着想を得たならば、正解を出す可能性も無くは無いのだけど、それは相当な難易度の高さだ。
どんな書き込みを指しているのかは分かるだろう。『蘭』との融合魔術を掛ける前、坂田と沼淵の殺害を自白した書き込みだ。
こちらが念頭に置いているのは“交渉の中で、召喚者は私を『サキュバス』と呼び続けた。その名が、私の生態に合っているから、らしい”という文章だが。

「8月6日? ……大気から、じゃ、ねーんだよな。最初の、蘭に融合する前の『サキュバス』の身体は、ここの大気と相性が悪くて崩壊しかかってた、……だろ?」

やはり難易度が高すぎたか。この推理は正解にかすってすらいない。
あるいは『自分』が『蘭』の身体だから、あまり倫理観がぶっ飛んだ推理は無意識にセーブしている、のかも。
『自分』は努めてにこやかな顔で、答えを明かした。

「よく覚えているね。身体が壊れかけてた話は事実だけど、でも推理は大ハズレ。
 答えはね、難しい言い回しを使うなら、……異性との性的接触で、魔力を得ていたんだよ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後9時50分 阿笠博士の家 2F どっかの部屋

「「はぁ?」」

一瞬ギョッとするほどタイミングがぴったりだった。博士の口から洩れた声が、盗聴器が掴むコナンの声と、全く同時に被った。
哀は慌てて真横に座る博士を見上げる。……表情が固まったまま、顔色は一気に赤くなっていた。
――この程度の会話で。工藤君も博士も初心(うぶ)すぎる、……と、思うが、思ってしまうが、決して声には出さない。彼らの名誉のために。

「博士、大丈夫?」「お、おう……」

手加減してそれだけ言ったら、博士は一応我に返った。顔は赤くなったままだったが、とりあえず博士はこれで大丈夫。
ただ問題は、庭に居る彼だ。彼には、流石にこちらから声は掛けられない。
――工藤くんは、凍り付いたまま、ね。きっと……

博士と哀が一緒に居るこの部屋の机の上、モニターは真っ暗で、ただコナンと『彼女』の会話を捉えたスピーカーだけが、正常に機能している状態だ。
庭に隠し置いていたカメラは、『彼女』が出現した時に一斉に動作を停止した。融合魔術同様、転移の魔術も、動画に撮ることは出来ないらしい。
盗聴器は壊れなかったため、結局ずっと庭でのやり取りだけ盗み聞きすることになり、今に至る。

「『サキュバス』はね、身体に、他者から受けた精を魔力に変換する、言うなれば変換回路を持っていて。
 定期的に誰かと交わり、受けた精を魔力に換えて生命を維持してた。
 ……言い換えれば、定期的に異性と交わらなければ生命を維持できない、そんな生命体だったんだよ」

ある程度喋った『彼女』は言葉を切った。対する彼の声らしい声が一切聞こえてこない。たぶん、まだ凍り付いているのだろう。
何拍か置いた後に聞こえてくるのは、結局『彼女』の声だ。

「この一連の事件の、いっちばん最初。
 異世界から『女の子』を召喚した召喚者は、……召喚した『女の子』がそんな生態だったから、だから『サキュバス』と名付けたの。
 この世界の“サキュバス”って、性行為に関する想像上の化け物、だったからね」

それは知っている。彼も博士も哀も、一応、伝承上の“サキュバス”がどんなものかは調べた。
日本語では“夢魔”とも訳される悪魔。寝ている者を襲って誘惑し精力を奪い取る、そんな存在。
――誰かと交わらないと生命を落とす種族の子には、確かに向いている名前ね。

「も、元々の生態が、何で自首をためらう理由になるんだよ!?」

ようやく喋るくらいに調子を取り戻したらしい、上ずった声のコナンが、至極当たり前なツッコミを『彼女』に向けた。
ああ確かに、そもそもコナンは『何故サキュバスが人格再分離後の自首をためらうのか』を訊いていた、はずだ。
それが何故、『サキュバス』の元々の生態の話になるのか。まだ、話は繋がってない。

「話は最後まで聞こうね?
 さっき訊いたよね? 今のこの身体の『わたし』は、魔術の自動発動のせいで、放っておけば魔力の欠乏から生命の危機に瀕してる、って。
 それに対応するベストな方法が何なのかも、もう言ったね? ……それは、『サキュバス』用に新しい身体を創って、融合した人格を再分離するという方法」

「……あ!!」

穏やかに、たしなめるように『彼女』は言い、コナンは気付いたことがあったのだろう、声を上げた。
今の『彼女』の身体の魔力不足という危機、そして、元の『サキュバス』の身体に存在していた魔力の変換回路の存在の話。
共通点は、魔力、だ。

「明言するよ。今の『わたし』のこの身体に、その変換回路はまだ作られてない。だから、今、誰かと寝ても何にもならない。
 新しく創る『サキュバス』用の身体は、もちろんこの世界で壊れなくて、なおかつまた魔力欠乏にならないように、元々の身体と同じ、魔力の変換回路も練り込んでて。
 ……そんな都合の良い身体を創った上で、人格を再分離したら、どうなるかな?」

『彼女』の声から笑みは消えていた。至極真面目な声で出される謎掛けは、先ほどとは打って変わって分かりやすい。
即座に答えるコナンの声が、スピーカー経由でこの部屋にも聞こえてくる。

「『蘭』は、その身体で元の人格を取り戻す。
 『サキュバス』は、定期的に誰かと寝れば魔力を維持できる、……つまり、魔力不足にならない身体に分離する」

そして話は繋がる。
これまた答えの分かりきった問いが『彼女』から突き付けられた。

「大正解。それが、人格の再分離が成功したとしても自首をためらう理由だよ。
 定期的に誰かと交わらないと死んじゃうような、そんな身体を得た、ホモ・サピエンスとは違う女の子を、……そんな15歳の女の子を、これまでこの世界の司法は、扱った経験、有るのかな?」


※1月18日 初出
 1月31日 誤字を修正しました



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-6 (※1月27日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/01/30 21:52
 午後9時54分 阿笠博士の家 2F どっかの部屋

「有るわけが無いわね」「……そうじゃな」

庭に居る2人には聞こえるはずのない、思わずこぼれ出た哀の呟きに、隣の博士が反応した。
単純に『彼女』の問いに答えるならば、そう言うしかない。それ以外にどう答えようがあるのだろう?

――そもそも、刑法や少年法で裁く扱いになるのかしら?
『サキュバス』はホモ・サピエンスとは違う身体を得る、と、『彼女』は言った。
人権は、文字通り“ヒト”に認められる権利だから“人”権と呼ぶ。『彼女』の狙い通り人格が分離した後、『蘭』はともかく、『サキュバス』が通常の司法手続きの対象になるのか怪しい。
下手したら、動物扱いで問答無用で殺処分、……そんな最悪の結末を、召喚者と『彼女』が想定していても不思議ではない。

そんなことを哀は考えていたのだけど、コナンは別の方向に考えが働いていたようだ。
衝撃を受け止め、そして思考に充てたと思われる長めの沈黙の後、彼の声が『彼女』に問いを投げた。
想像したくもないけれど、それでも言わねばならないという風な、恐れながらの声で。

「なぁ、生命の危機を回避する方法、2つある、って、言ったよな?
 もうひとつの方法は? 身体を創って人格が分離するんじゃないなら、魔力を入手する回路、まさか、お前の、……その身体に」

――良く気付いたわね、工藤くん……
哀はただ素直に感心する。この会話の流れで、その点に気付いたのはすごい。
スピーカーから、強い拍手の音がした。『彼女』も感心したらしく、相変わらず『蘭』らしくない声で、褒め称えながら彼を肯定する。

「……ほんっとうに感心するくらい勘が良いねぇ、君は。大当たりだよ。
 君の言う通り、要は、どうやって魔力を入手するのか、……精を魔力に換える変換回路を、どこに刻み込むのか、っていう話だからね。
 これまで言わなかったもうひとつの方法は、今の融合した人格のまま、この『蘭』の身体に変換回路を刻み込む、……っていう、そんな方法でね」

ここで言葉が切れるも、コナンの反応は無い。多分、『彼女』の更なる言葉を促すための沈黙。
だから朗々と『サキュバス』の声色で告げられる。その方法を取った場合に、『毛利 蘭』の身体にもたらされるであろう結果を。

「それはつまり、定期的に誰かと交わらないと死んでしまう身体に、なおかつ二度と子どもが産めない身体に、この身体を、改変してしまうということ。
 この人格の半分は『蘭』由来だから、……まじめな女子高生の倫理観を持つ人格だから、かなりキツイし、結構な高確率で精神的にも病むんでしょう。
 でも、この方法でも、『わたし』の生命は、何とか死なずに維持できるんだよ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後9時57分 阿笠博士の家の庭

一瞬絶句した後に彼の顔に浮かんだ感情は、……どう変化するか伺っていたが、結局は、とてつもない怒り、で。

「ふざけんなよ……、お前そこまでして生きたいのかっ」「生きたいさ」

感情任せに怒鳴り散らすのとは違う、腹の底から出てくるような憤りの台詞を、『自分』は真顔で遮る。
やりたいことがあるから、彼の両肩に手を置いて、目をまっすぐ見た。彼の感情は一気に鎮火して、その口から出る言葉は止まる。

また大声を出されてドギマギする前に、こちらの本心をぶちまけるしかない。そしてやりたいことをやるしかない。
本当にしたいことがあって、言いたいことがあって、今後を見据えて『蘭』はここに来ることを決めた、はず。
……だから『蘭』の声で、『蘭』として話すべきことをここで話せ、『蘭』――!!

「『わたし』は卑怯者だよ、新一。
 このまま何もせずに死ぬのは嫌、でも身体を変えるのも嫌で、……罪の記憶を全部『サキュバス』に押し付けるために、人格の分離を目指してる。
 そのためにまた誰かを悲しませる、って分かってるのにね」

この場では、この庭では、こんな長い台詞では初めて出す『私』の声色だ。小学1年生の身体の新一は、ハッとして名を呼んだ。

「『蘭』……!!」

――そう。『蘭』は、『私』はこの身体の中に居る。
融合されて、知るべきでない事をたくさん知って、見通して、逃げて、あるじと話して。信じたくない事実に押しつぶされそうになっても、『私』は生きている。
心が押しつぶされそうになった挙句、『サキュバス』と召喚者に気遣われている、そんなみっともない『私』が、ここに居る。

「『蘭』の倫理観だと、苦しみ続けるんだろう、って、召喚者もそんな事を見透かしたから、人格の再分離をベストだと判断したの。
 融合している間のこと、どっちかが全て忘れて、どっちかが全て覚えてる。再分離はそういう魔術だから。だとしたら、『サキュバス』が忘れるのは筋が違うから」

単に、今の身体に魔術の変換回路を埋め込む場合、『サキュバス』は、『蘭』の倫理観に引きずられて罪の意識に苦しめられる。『蘭』も『サキュバス』も融合した、今の『自分』の人格が、苦しむことになる。
だから『サキュバス』用の身体を創って人格を再分離することが、より好ましい選択肢となり、更にその場合どちらが記憶を引き継ぐべきなのかも当然決まる。

「……それで、『サキュバス』が記憶を引き継いで、『蘭』が全部忘れて、分離した2人が生きていく、形になるのか。再分離が成功したとしたら」

新一の確認に頷きを返して、更に『自分』は言葉を紡いだ。
意図的に声色を変える。『蘭』にしか聞こえなかった声から、『蘭』と『サキュバス』の中間の声になるように。
『蘭』と『サキュバス』どちらが強く出ているのか、判断が『自分』でもつかないくらい、混ざり合った声。

「そう。そしてね、『わたし』が今夜君に会いたかったのは、ずばり『サキュバス』と『蘭』が、この『わたし』の中に居るから、なんだ。
 『女子高校生』の倫理観と、罪悪感が、これからの『わたし』の歩みを止めてしまわないように。
 君が無事で生きているんだと、そう確信していける間は、きっと『蘭』も『サキュバス』も、自分のやっている事にも耐えられるから。……だから」

「……『お前』、何が言いたい!?」

『自分』の言葉の意味は、目の前の彼には分からないらしい。疑念をそのまま言葉に出して問いにした探偵くんのために、『自分』はローブの懐から杖を出す。
料理用の盛り付け箸を削って形を整えて、黒く染め上げた杖。
たったひとつの術のために病院からの脱走以来ずっと『自分』の身体に密着させていた魔道具だから、……簡易であってもこちらの想いには耐える、はず。

彼はこちらの右手の動きを見つめるだけで、身じろぎひとつ出来ていなかった。
あるじ直伝の魅了の魔術に綺麗にハマり、こちらの動きをどうこうするという考えが浮かんでこない状態。
魔術師に身体を触れられる時にはそれなりに意味があるのだけど、そんな常識、――魔術の文化が無いこの世界では、知りようが無いのか。

こちらが見下ろす小学1年生の頭、額の上あたりに杖先を当てて、魔力を流す。掛けるべき言葉は、願いは、決めている。
あるじとは違う、青色の『自分』の魔力光が彼を覆った。

“――Ta-ta, Yugusis(君に、守りを)”

先に掛けた魅了を弾き、身体に着けていた盗聴器を壊しながら、彼に『自分』の術式が付与された。
結果、彼は魔力のために意識が飛びかけてこちらに倒れ込み、その身体を受け止め抱き留める。
すぐそばの植木鉢に埋まっている、まだ壊れていない別の盗聴器を意識しながら、今度は『サキュバス』の声を出した。……『蘭』では言うべきでないことを、言うかもしれないから。

「『わたし達』からの贈り物。ちょっと薄めの加護の魔術だよ。
 今年の末くらいまでは、君は若干死ににくくなるのかな。あと、君の正体を探ろうとする人達が、本当の正体を掴むまでの難易度が少し上がる」

打算と感情の両方の面で、彼に与えたいと願った術だった。
今後、本来の『毛利 蘭』だったら絶対しない事をするのだから、その前にせめて大事なヒトのために何かをしたのだと、そういう実感が欲しい。それが、歓迎されない魔術でも。

「……!! そんなの、要らねぇ。解いてくれ……!!」

探偵としては当たり前の拒絶。でも、彼にしては、こちらの言葉を理解して暴れ出すまでのタイムラグが若干長い。
魔道具がにわか作りだったせいだろう。彼も、今来ている目まいと、後から来る吐き気に、最長で一晩くらいは苦しむことになるのかもしれない。
こちらの腕の中で暴れる身体を、強めに抑えた。言いたいことはまだ言い終わっていないから。

「クラっとしてる最中だろうけど、『わたし』の話を聞いて、工藤 新一くん。
 これから、多分、君の手の届かない頭越しで色んなことが決まっていくんだ。『蘭』のことも、『サキュバス』のことも。
 でもね、最終的には、『蘭』は帰ってくる。今年中にそうなるように、目指すから。帰ってくるその時を見届けたいのなら、……帝丹小学校の生徒を、続けて」

「……!!」

彼はビクリと大きく震えて、抵抗が止まった。
――やはり情報は欲しいんだね。君は探偵だから。何より、『蘭』の帰りを待っている恋人でもあるんだから。

「毛利探偵のところに居なくても良いの。
 ただあの小学校に通い続けることが出来るなら、これから色んな事が起こるだろうけど、……『蘭』が帰ってくるその瞬間を君が目撃できるようにしてあげる」

彼の口から、「は」、と大きめの息が吐かれる。今度は暴れるのとは性質が違う力が来た。『自分』の身体から離れようとする、そんな動き。
目まいが続いているように見えたが、それでも抱きしめられ続けるのはダメらしい。
『自分』は、その動きは抑え込まなかったけども、……結局彼は立ち上がれず、尻餅をつく形で地べたに座り込んで、こちらを見上げることになる。

「『お前』……、俺に見届けてほしいのかよ?」

『自分』の顔に、自然に笑みが浮かぶのを、自覚する。
『蘭』として答えないのは酷くズルいけれど、今の人格の状態だったら、思い浮かんだこの台詞は『蘭』が直に答えないのが正解だと思う。

「少なくとも『蘭』は、ね。工藤 新一くん、『蘭』にとっての愛しいヒト。
 これからすごくキツい事をして、再分離が成功して、『蘭』が帰ってきても、それから先君と一緒に過ごせるか、とってもとっても怪しいけれど。
 ……せめて『蘭』が帰ってくるその時は、見届けてあげて。それが、君の事情を見通した上で『蘭』の心に触れた、『サキュバス』からの願いだよ」

探偵くんの顔は見ものだった。
かえがえの無い恋人との記憶を侵されたことへの憤激と、それから、嘘ではない本心を明かされたことの狼狽えと。
感情が混ざり合って顔色は赤に変わり、声は鋭くとも長くはない呼びかけとなる。立ち上がろうとする気概も生まれるが、……残念、目まいがひどすぎて無理でした。

「!! 『お前』は……!!」

両手に地面を付いてそれでもこちらに詰め寄ろうとする、そんな彼の情熱は、やはり微笑ましくて懐かしい。
だけど、惜しくも、もうこちらが帰還する時間だ。『自分』は腰を上げて彼から遠ざかる。
――考えたくもないけれど、運が悪ければ、これが新一との一生のお別れになるんだ。

「その魔術の目まいと吐き気、体質にもよるけれど、たぶん一晩で治るわよ。
 『私』はそろそろ帰る時間だから。……それじゃあ、新一、また会おうね」

『サキュバス』ではない方の声で言って、更に後ろへ大きく二歩ジャンプ。
飛びずさった先の『自分』の立ち位置の地面の上、赤い術式が出現する。召喚魔術の発展形の一つ、繋がりある者を望み通りに移動させる、魔術の扉。

かくして、転移は一瞬で終わる。
庭で見た最後の光景、呆気にとられた彼が慌てて口を開いたのは分かったが、その言葉の形までは分かりようが無かった。


※1月25日 初出
 1月27日 誤植等修正+後半を追投稿しました。
 1月30日 既存話と矛盾していた文を1箇所修正しました。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-7 (※2月7日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/02/09 21:05
 午後10時9分 召喚者の屋敷 地下大広間

地面から湧き上がる転移魔術の光を目一杯に浴びた刹那、『自分』の立っている場所の感覚が切り替わる。
探偵くんが居た、夏の風と湿気の強い屋外から、四方の壁のロウソクと床の陣の魔力光に照らされた、あるじが立つ地下室の広間に。
とはいえ、安全に転移が完了したのを確認したからだろう、転移の陣への魔力の流入は止まり、従って床の方の光も止まった。

「おかえりなさい。やりたい事は、全部出来たみたいね」

今度は転移後の目まいは無かった。あるじに完全にお任せした転移ではこれまで大丈夫だったから、今回また目まいが出るなんて疑ってもいなかったけど。
だからへたり込むことなんてなく、『自分』は立ったまま、いたわりの感情がこもったあるじの言葉に満足の微笑みで応じる。

「はい。……ただいまです、Reune(あるじ)。上手く出来ました。
 えっと、これから少し休憩して、最後の転移でしたよね?」

今後、色々と仕込んでやらなければいけない事があるから、『自分』が転移してしなければならない事は、きのう今日と明日、計3日間に全部やる、……というのが、今のところの計画だ。
『自分』がやる予定の転移は、全部で3回。
きのう博士のポストに新一宛ての手紙を投函した1回目と、今日か明日やる予定で、結局今日、博士の庭に転移して探偵くんと話したのが2回目。
その後に行う3回目は、今後を踏まえた手紙の投函。送り先は博士でも探偵くんでもなく、今後の仕込みを踏まえた全く別の、カップル、ということになっていた。

「そうね。うちの執事に命じて、夜10時までにネットに出たサキュバス関係のニュースは、全部印刷してもらっているの。
 そちらの部屋で全部読み通して問題が無ければ、用意した内容は書き変えずに今夜中に手紙を届ける、って事で、……良いかしらね?」

「はい」

その確認の言葉に異議は無いから、『自分』は即答する。
あるじは頷き、この部屋のドアへと向かった。無論『自分』が寝泊まりしている部屋に向かうのではない、開いたのは屋敷の地上階への階段に繋がるドアだ。
案の定、数十枚の紙入りの半透明のレタートレーがドアの外側に置いてあり、あるじはそのトレーを当たり前のものとして掴み上げ……

「……手紙、書き換えて届けた方が良いかも知れないわ。色々と、『貴女』の家族にフォローが要りそうな記事が出ているもの。少なくとも1件」

一番上にあって目に入った記事が、どうも、そういう記事だったらしい。あるじは顔を上げてそんな風に『自分』に言った。
好奇心から駆け寄ってそのトレーを覗き込む。記事のタイトルは……

「『サキュバス事件 捜査本部の謎判断 女子高生の顔も氏名も手配されてない!?』
 ……なるほど、確かにそうですね、Reune(あるじ)」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後10時15分 阿笠博士の家

魔術は、……『彼女』が言う所の加護の魔術は、『彼女』の言う通り、掛けた相手に目まいと吐き気をもたらした。
博士に身体を抱えられないと、庭から家のベッドの上まで移動できなかったくらいには、その症状は重いようで。

「はい、お水」「わ、悪ぃ、そこ置いといてくれ、……ウェッ」

博士に背中をさすられながら、四つん這いで洗面器に向けてえずくコナンは、哀の出したコップに視線を向ける余裕すらない。弱々しく枕元の空間を指差すだけだ。
……相当にしんどそうな様子。
現在のところ、実際に嘔吐に至ったわけではないのが救いだが、それにしても目まいと吐き気の二重苦はかなりつらいらしい。

「打ち合わせでは『彼女』との会話を振り返るはずだったけど、……この体調だったら、このまま寝たほうが良さそうね。
 あなた、とてもじゃないけどまともに頭が回りそうな状況じゃないもの」

指示通りの場所、枕の上のスペースに水の入ったコップを置いてから、哀は提案する。
博士もこちらの言葉に全面的に賛同するようで、手の動きは止めず、半ば諭すように告げた。

「そうじゃの。もう、夜の10時まわっとるよ、新一。
 横になってそのまま寝て、朝に改めて振り返った方が良くないかの? 『あの子』と話した録音データは逃げないんじゃから」

が、コナンはうつむいたまま、無言で首を激しく横に振った。
――何を意地になっているんだか。いち早く推理しないと『彼女』に負けるとでも思ってる訳?
あきれて、彼のすぐ横に立つ。語気を若干強めた言葉を、哀は彼の背中に向けて放った。

「いい加減諦めなさいよ。あなたが起きて今推理しようが、寝て朝に推理しようが、大して変わりないわよ。
 警察が変な対応しているらしい事件なのに」

口に出した直後、――しまった、と、思う。我ながら最後の一言は余計だ。
彼が知らないはずのニュースの内容を、ここで自分が口走っても益にはならない。
まぁ、彼が聞き逃すなんてことはなく、予想通り食いついてきた。洗面器に向けていた顔を初めて上げて、時折走る吐き気に顔をゆがませながら訊いてくる。

「何だそれ? 変な対応、ッ、って」

哀としては、こんな会話をする前に身体を休めてほしいと、そんな風に気遣うくらいには心配しているのだが。
――でも、彼の欲求を逆手に取れば、早く寝るように約束を取り付ける材料には、できなくもない。
哀は、腕を組み、息を吐いて、問いかける。

「……あの庭に『彼女』が出る直前に、ネットに出ていたニュースよ。情報を聞いたら、そのまま寝てくれるの? 」

彼が庭に出た後も、『彼女』が出現するその時までは、2階のあの部屋で、哀はスマホからネットの掲示板をチェックしていた。その時に読んだ情報だ。
『彼女』や召喚者が降臨したあのスレは、順調に番号を重ね、サキュバス事件に関心を持つ者が集う場と化している。新規に出た記事はすぐにリンクが貼られて話題になる状態で、情報収集にはかなり便利。

「ね、寝るから教えてくれ、……ッ、考えるネタは、ぉ、多い方が気が紛れるし……、ゥ」

本当だろうか? この彼の場合、考えるネタが多いと逆に考えすぎて眠れなくなるのでは、と思わなくもない。
あるいは、教えたところで、その内容に更に打ちのめされるのでは、とも。
ただ、こちらを見つめて、何であれ情報を聞き出そうとするコナンの視線の力は、体調が悪いなりに強い。……哀は再び、息を吐いた。

「『蘭』さんが病院から消えた後、情報が、警察の中で上手く手配されていない、らしいの。
 経緯を踏まえると、未成年の犯罪者と同じ扱いで、『蘭』さんの顔や名前が、警察内部限定で手配されるのが当然なのに。……それがされてない、って。
 ……でもこのニュース、信憑性は有る訳じゃないわよ? ネットの記事だもの」

最後に念を押しておく。インターネットの情報は玉石混交、総合的な信用度はそこまで高くない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月17日 午前7時32分 都内 某マンション 佐藤刑事の実家

15日の昼、ネットでの書き込みで、後輩との営みを『サキュバス』に見抜かれたのだと暴露され、その日の午後は、その件についての監察からの聴取で潰れた。
16日は元々非番のため予定通り一日家で過ごし、ようやく今日、普段通りに出勤する。
『サキュバス』の事件はまだ続いているけれど、その捜査から外されている彼女自身は、元の刑事としての日常が始まるはず。……そんな、佐藤 美和子の、8月17日の朝。

美和子が朝食を食べる時間帯、美和子と同居している母は、マンション1階の郵便受けまで下りて新聞を取ってくる。
食べ続ける美和子を横に、その新聞を読み始めるのが母のいつもの日常だったのだけど。……今日は違った。
部屋に戻って来るなり、とてつもなく深刻な様子で、朝食中の美和子に知らせてきたのだ。

「美和子。うちの郵便受けに、貴女と、高木さん宛ての変なお手紙が入っていたんだけど。
 差出人が『毛利 蘭』って名前で、それから後ろに、……ちょっと、大丈夫!?」

差出人の名前を出した途端に娘が思い切りむせそうになり、母の喋りは途中で心配の言葉に変わる。
美和子はコップの麦茶を一気飲みして食事を流し込んで、……どうにか口の中を落ち着かせてから、手をビシリと母に向けた。

「その手紙、見せて! 事件に関係する人なのかもしれないの!!」

その剣幕に、本当にただ事ではないのは感じているのだろう。
母は少しうろたえつつ、でも、娘の言葉には一歩引いてためらった。何もつけていない美和子の右手を見つめながら、確認のように念を押す。
新聞に挟み込んでいる白い封筒をチラりと娘に見せながら言ってくる内容は、至極真っ当だ。

「こ、これ、素手で開けないように書いてあるんだけど、そのまま触って良いの? 私は、もう触っちゃったからどうしようもないけれど」

――あ! 何で証拠品に指紋をつけようとしてるの、私……!!
刑事のくせに冷静な思考を失いつつあった自身の行動に気付いて。反省しながら、美和子は座っていた椅子から腰を上げる。
確か、台所のどこかに料理用の手袋があったはずだ。

「そ、そうね。手袋は、……どこだっけ?」

「そこの炊飯器の下の引き出しよ」

娘の背中に向けて、的確な母の声が飛ぶ。
果たして、言われた通りの場所に、使い捨てのゴム手袋の詰め合わせがあった。……取り出して両手に装着、改めて、手紙を受け取る。
新聞に挟まれてる形でこの部屋に運ばれたそれは、ボールペンで色々と記された白い封筒だった。

切手も消印も住所もなく、宛先として『佐藤 美和子様』『高木 渉様』の連名。
その横に小さな朱書きで『中の紙は素手で触らないでください』とあり、更に左に差出人の名として『毛利 蘭』が書いてある。
封筒の裏面には、注意書きらしい文。『先日のハニーロードの件で、デリケートなお話があります。あなた達の身体に関して、わたしが視たことについてです』

これは確かに、『変な手紙』だ。本庁か、いや、――その前に高木君に電話すべき案件かしら。宛先は連名だもの。

「ゴメン、ちょっと仕事関係で今から電話するわ」

片手で封筒を持ち、もう片方の手で自室のドアノブを握ってから、振り返って母に告げた。……母は、納得した顔で美和子に頷きを見せた。
例え親であっても捜査では部外者、仕事に関する通話を聞くのはNGだということくらい、亡夫と娘が刑事なら分かって当然。


※2月1日 初出
 2月7日 2つ目と3つ目のシーンを追投稿しました。追投稿がギリギリとなり申し訳ありません。
 2月9日 誤字を訂正しました。

 次回投稿は2月11日の予定です。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-8 (※2月15日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/02/28 22:54
 午前7時36分 都内 某マンション 佐藤刑事の実家 美和子の部屋

封筒を持ち上げて、部屋の電球の光で透かしてみる。でも、中の様子は一切伺えない。
――封筒を開けて読むしかないのね。高木君には、その時に読み上げるのを聞いてもらう形が良いかしら。

これから電話を掛けるにあたり、ドアの向こうの母にも隣の部屋の住人にも、出来る限りこちらの声が聞こえないようにする配置を考えるのに、数秒。
……結局、美和子は、自室のベッドの端に、押入れに向かい合う形で座り込んだ。
足元のシーツにハサミと例の手紙を置いてから、手袋を着けた手でスマホを操作、愛しい後輩のプライベートの方の番号を選ぶ。

RRRR R、……

「……おはようございます、高木です。何か御用ですか? 佐藤さん」

着信音が鳴ってから何十秒もしない内に、彼は電話に出てくれた。起床済みだったのかハッキリした声で、怪訝そうにこちらに問うてくる。
不思議に思われるのは当たり前。普段、自分はこんな時間帯には電話してこない。
美和子は、心の中でだけ溜息を吐く。この状況で望ましいのは、小声で、でも相手が聞き取れるくらいの、落ち着いた喋り方。

「……おはよう、高木君。佐藤です。朝早くにごめんなさい。
 『蘭ちゃん』の事件のことで、今お話しできる? うちに『あの子』から手紙が来たの」

「!? だ、大丈夫ですけど。……『蘭ちゃん』って、毛利探偵のところの? 今行方不明の『蘭ちゃん』ですか? その『蘭ちゃん』から手紙が!?」

やはり非常に驚いたようだ。高木君は想像の通りの狼狽の声で、差出人の正体を訊き返してきた。
平穏な日常ならば、こういう慌て声は、後輩が見せる表情の一コマとして微笑ましく感じるのだろうけど、……今はそんなゆるい雰囲気ではなく、余裕もない。

「ええ。その通りよ。うちの母がさっき気付いたんだけど、郵便受けに、新聞と一緒に入っていたらしいの。
 真っ白い封筒で、まだ開けてはいないんだけど、差出人は『蘭ちゃん』の名前で、宛先が、私と貴方の連名になっていて、他にも、変な注意書きがあって、ね」

一旦ここで言葉を切る。重要なのはここからだ。
この注意書きがあったからこそ、自分は彼に、こんな風に電話する決断をしたのだから。

「注意書き、ですか?」

手袋を着用済みの手で、シーツの上の封筒を拾い上げる。
母に受け取っていた段階で知ってはいる文面ではあるけれど、改めて、一から見つめて読み上げた。

「表は『中の紙は素手で触らないでください』。
 それで、裏が……『先日のハニーロードの件で、デリケートなお話があります。あなた達の身体に関して、わたしが視たことについてです』」

表側も重要な注意書きだが、自分達二人にとってより重要なのはもちろん裏側の方だろう。
『ハニーロード』は自分達が交わったホテルの名前。それを『彼女』に見抜かれてネットに暴露されて、色々と監察から聴取されたのは、わずか2日前。
つまり『彼女』は、魔術で視た、8月7日の自分達の交わりの情報の中で「何か」を知って、わざわざそれを知らせるために手紙を送ってきた、ということだ。

「……、それは、中身、は、まだ開けてない、っておっしゃっていましたね?」

彼は、問いかける途中で美和子の言葉を思い出して、でも確認の形で言葉を結ぶ。きっと頭の中で疑問が渦巻いているのだろう。今の美和子だってそうなのだ。
『彼女』は、一体どんなものを視たというのか。そして、手紙で送ってくる、……それも郵便を使うのではなく家のポストに直に入れる、という行為に、一体どんな意図があるのか。
何であれ、……開けて確かめないと分からない。

「ええ、まだ開けてないわ。……高木くん。今から開けて、読み上げるから。一緒に聞いて。
 デリケートなことだって書いてあるし、宛先が私と貴方の連名だから」

この封筒は佐藤 美和子だけに宛てたのででも、高木 渉だけに宛てたものでもない。連名だ。
だから、きっとこの手法が、……どうか正解であって欲しい。
捜査本部に知らせずに開封するという決断も、『デリケートな内容』と注意されているからこそギリギリ許される、と思いたい。

「……分かりました」

スマホからの承諾の声を受けて、美和子はハサミを取った。……封筒のできるだけ端を開いて、中の紙を取り出し、広げる。
全体的に灰を帯びた色の、ゴワゴワした厚い1枚の便箋に、ボールペンで書いたらしい文字列がビッシリと並んでいた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【佐藤 美和子様
 高木 渉様

 私が病院から居なくなった後、インターネットの召喚者からの書き込みを読まれた前提で、この手紙を書いています
 警察病院で、魔術で見たあなた達の情報について、どうしてもお伝えしたいことがありました
 あまりにデリケートすぎたので弁護士さんにも打ち明けなかった事柄です

 私が自動発動中の魔術で見抜いたのは、性行為の日時・場所・会話、だけではありません
 その性行為で妊娠できたかどうかや、病気に感染してないかどうかも、判別はできます
 
 今月14日、警察病院で入院中だった私は、御存じの通り、佐藤さんと高木さんの両方の情報に触れました
 佐藤さんは私と会話を交わしましたし、高木さんは私と対面することは無かったけども、病室の前を通りましたね

 迷ったけども、魔術で視た情報をこうしてこの手紙でお知らせします
 私の目には、あなた方お二人が、ハニーロードで肝炎をうつし合ったように見えました
 カップルの両方が、元々肝炎ウィルスに感染していて、互いに互いのウィルスをうつし合っている、という構図です

 もっとも、この魔術で得た情報に、100%の確証は有りません、とも付け加えておきます
 性行為から時間が経つにつれ、病気の感染についての情報はどんどん劣化していきますから
 例えるならば、文字が所々でかすれたり消えたりした文章を、読み取っていくような状態になります
 どうしたって、どこかで情報を読み間違えている恐れはゼロではありません

 ところで、この便箋は、素手で触ると触った部分から砂になって崩れていくようになっています
 下の「追伸」よりも下の部分は、警視庁に報告してほしいのですが、この本文の部分まで報告するかは、そちらの判断にお任せします
 便箋をハサミで切った後、本文だけ砂にして読まなかったことにする、という手法も可能なはずです

 ただしどこまで報告するのであれ、報告する以上は、今後、高木さんか佐藤さんに、余計な仕事が割り振られる可能性があります
 これから私が自分の身体のために色々とやりたいことがあり、その痕跡として警視庁宛てに、手紙を残す予定があります
 その手紙と、この手紙の情報を付き合わせたら、高木さんか佐藤さんに、捜査本部から仕事が降ってくる、かもしれません

                          敬意を込めて
 追伸

 警視庁の上層部の方々へのメッセージです

 8月7日夕方の、刑事部長室のネズミと手紙の件について
 蘭の両親と、この手紙を宛てたカップルさん達には情報を開示しても構いません
 色々と捜査で気遣われた結果、不審に思われた事項が、16日の夜にネットの記事になったようですからね

 蘭の両親が警察に不信感を持つことを私は望まないし、このカップルさん達には、経緯を全部知っている前提で、今後頼みたいことがありますから

 なお、当時召喚者が書いた、私についての理想は、私も同じ思いとして心の中にあります】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前7時45分 都内 某マンション 佐藤刑事の実家 美和子の部屋

「……手紙は、以上よ」

美和子なりに感情を消した声で読み上げるよう努めていたが、果たして本当に出来たかどうかは分からない。内容が内容だけに、便箋を握る手には震えまで出ている。
追伸部分に内容がよく掴めない箇所があるが、それ自体はさほど問題無い。『警視庁の上層部の方々』には通じる話なのだろう、ということは分かる。
自分達にとっての問題は、そこよりも前の箇所だ。内容は理解できるけども、認めたくない事実、……肝炎をうつし合ったのではないか、と、指摘されている部分。
高木君もその点について認識はあるようで、信じたくないと言わんばかりの引きつった声を出して訊いてくる。

「た、確かに、デリケートな内容ですねぇ。……肝炎、って。
 内容は……、全部、……本庁まで、報告されますか?」

少なくとも、「追伸」以下の部分を砂にする、という選択肢は、今の自分の心の中には無い。そこを消すのは怖い。それより上の部分を残すかどうかがカギだ。
無論、何も包み隠さず素直に上司に報告するのが、警視庁の職員としては唯一の正解なのだろう。
けれどもこの便箋は、大半を砂にして隠蔽したくなる誘惑が、正直に言って、……強い。

内容からして、手紙の内容は警視庁のかなり上の方に報告されるはず。
仮に便箋がそのままなら、自分達が肝炎をうつし合ってうんぬんという部分も、そういう方々の目に留まることになる。
無意識に己への言い訳を求めて便箋を読み直し、シーツの上の封筒も眺めて、……先ほど読んだ封筒の文面が目に入った瞬間、美和子の迷いは、止まる。

「高木君。……今、気付いたんだけどね、半端に隠したところで、矛盾が出るわ。
 封筒に、『先日のハニーロードの件で、デリケートなお話があります』って書いてあるもの。該当する内容が一切見当たらない手紙、提出できる訳が無いわね。
 封筒自体もウチの母に読まれている。だから、……全部報告するしかないわ」

「……ぁああー、そうか。それでは、報告するしかないですね」

微妙に残念さがにじんでいるような後輩の声を、美和子は咎めなかった。一瞬魔が差しかけたのは、自分だって同じ。
でも、警察の者達の矛盾を見抜く能力の高さを、自分達は一番身近で知っている。
こうやって隠すのは無駄だと事前に気付けたのは、自分達にとってはベターな事だ。きっと。

「報告すると、……手紙の内容を検証するために、肝炎の検査を受けさせられるのは確定するわね。
 それから、『サキュバス』の事件について、知られていないことを教えてもらうことになるんでしょう。……『あの子』、どんな仕事を頼む気なのかしら?」

知り合いの女子高生が巻き込まれたから一旦は担当から外れた事件の捜査に、変な因果を抱えた状態で、これからまた復帰することになるのか。
それも、おそらく警視庁の上層部限りで秘密扱いになっていた事項を、これから自分達2人には知らされることになる、かもしれない。

……この時、これまで話題に出る機会もなく、頭の片隅に埋まっていた記憶を、自分も高木君も、完全に思い出していた。
確か『サキュバス』が『蘭ちゃん』と融合した状態で保護された翌日の8月8日、警視庁の刑事部内の職員に出された通達だ。
捜査一課も刑事部だから、その通達を自分達も読んでおり、……。

「『8月7日夕方の、刑事部長室のネズミと手紙の件』ですか。本当に、何があったんでしょうね?
 刑事部長室で、……刑事部長室の場所が変わるような、何かがあったんでしょうけど」

そう。その通達は、刑事部長室の場所が変わる、という内容だった。
7日に部屋の電気系統が派手に故障したそうで、修理が完了するまでは、別の会議室を臨時の刑事部長室として使うと書いてあった、はずだが……。

「ええ。電気系統の故障じゃないことが、……起こっていたのかもしれない」


※2月11日 初出
 2月15日 3つ目のシーンを追投稿しました。
 2月28日 既存話と表記が食い違う箇所を1点修正しました。

 次の投稿は1週間後の予定です。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-9 (※2月26日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/02/28 22:30
 午前11時32分 警視庁 刑事部長室(臨時)

秘書に連れられて、佐藤 美和子警部補と高木 渉巡査部長が臨時の刑事部長室に入室してくる。
……応接用のソファーに座っている小田切 敏郎刑事部長の視線に射すくめられた2人は、ガチガチに緊張しきっていた。
至極当然の反応ではある。普段の指揮系統では、たかが警部補と巡査部長のカップルを、個別に刑事部長室に呼び出すような事態は、まず無い。

大体、このカップルが精神的に大丈夫なのかも実は怪しい。
「捜査本部での聴取と警察病院での肝炎の血液検査が終わったら、何も話さずに刑事部長室まで連れてこい」、と、異例の指示を出したのは、刑事部長である小田切自身。
指示通りにこのカップルが扱われているのならば、今朝以降、精神的なストレスが無いはずが無い。……病気をうつし合った件に関しては自業自得だから、その分、同情は大きく目減りするが。

「挨拶はいい。佐藤 美和子警部補と、高木 渉巡査部長、だったな? 2人とも、そこに座りなさい。
 ああ、今から2人だけに話すことがある。……案内ご苦労だった」

ひとまず、病気の件は無視して、今、説明しておかないといけない事がある。
2人が口を開く前に、小田切はテーブルを挟んで向かい側のソファーを指して、指示を出す。ついでに2人を連れて来た秘書にも席を外すように指示。

「はいっ!」「はいッ!」「……はい」

3人共もちろんその言葉に従い、動いていく。カップルは小田切に対面する形でソファーに座り、秘書は部屋の外へ。
2人がきちんと座ったのを確認し、……相変わらずひどく緊張したままの捜査一課のカップルの目を順に見つめながら、小田切は口を開いた。

「そちらの家に今朝来た手紙の内容は把握している。病院で受けた血液検査の結果も、だ。その件の説明はここでは不要だし、説教も、今ここではしない。
 こうやってお前達を呼んだのは、手紙の追伸欄に載っていた内容について説明するため、だ。
 ……そもそも、今月7日の夕方の段階で、『サキュバス事件』はどういう状況となっていたか、思い出せるか?」

喋りきった後、小田切は視線で、高木の方に回答を求める。
こちらの言葉に納得半分、驚き半分の表情を見せていた高木は、一瞬だけギョッとした顔をして、でも迷いなく答えた。
ひょっとしたら、今朝、手紙の内容を知った段階で当時の時系列は確認済みなのかもしれない。

「その頃は、……既に、『毛利 蘭』さんと『サキュバス』が融合した状態の『女の子』が、意識不明のまま警察病院で眠っていたはず、ですよね。
 その『女の子』は、7日の午前4時に保護されて救急搬送されていますから」

正解だ。大阪でサキュバスに坂田 祐介が殺され、東京で沼淵 己一郎が殺され、そして毛利 蘭が誘拐された、一連の事件が8月6日に発生。
その6日の18時代に始まったらしい『蘭』と『サキュバス』の融合の魔術は、日付が変わっても終わらなかった。
融合魔術の光が止んで、救急隊員がようやく『彼女』の元へ踏み込めたのは、7日の午前4時。以降、『彼女』は9日の夕方に覚醒するまで、眠り続けていた。

「そうだな。その通りだ。さて、……ここから先は、本当に極秘となっている事柄だな。その日、何があったのか」

小田切は、腕を組み、目の前のカップルに向けた視線を強くする。対する2人も、覚悟を決めたように唾を呑みこちらを見詰めてくる。
今から話すのは小田切が、これまで幾度も役職も階級もより上の者達に説明してきたこと。
警視庁と警察庁の上層部の判断で秘匿され続けた事件であり、今朝、その上層部の協議で、このカップルには情報開示やむなしと結論に至った、そんな顛末。

「8月7日の18時、この警視庁の、元々の刑事部長室には、私と秘書が居た。
 ……突然、何の前触れもなく、部屋の中の空間に赤い光が湧き起こったんだ。同時に、刑事部長室内で電気が通っていた電化製品が全て一斉に故障した。
 光はすぐに消え、代わりに光った空間の真下の床に、ハツカネズミの死骸と、変な便箋が残されていた。……便箋には、サキュバス事件の召喚者からという、要求が書いてあった」

目の前の若い2人は、予想通り驚いた様子だ。
あの手紙の追伸欄の内容から、薄々事件についての予想はついていたかもしれない。だが、刑事部長の口から実際に聞かされるのはショックだろう。
ともあれ、2人が、共にこちらの言葉を受け止めているであろうことを確認。小田切は自身のソファーの後ろに置いていた封筒に手を伸ばしながら、言葉を続ける。

「まるで、テレポートか何かで、ネズミと便箋を遠隔地から刑事部長室まで出現させたようだった。そうとしか思えん出現方法だったよ。
 ……実際の便箋の写真が、これになる。ほぼ原寸大だ」

封筒から写真を取り出し、テーブルに置いて2人に見せた。
元々の便箋がピッタリB5判だったから、その便箋が丸ごと収まるように引き延ばした写真は、当然便箋そのものよりも若干大きい。
灰色がかった便箋の上に、定規を当てながら書いたのか、全体的にやたらカクカクした細かいボールペンの字体が踊っている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【警視庁 刑事部 部長宛

 私はサキュバスを召喚した者だ
 辛うじて便箋一枚と贈り物程度なら転移させられるほどには調子が回復したので、この手紙を送付させて頂く
 また、今も今後においても、私がいかなる形であれ、警視庁の方々と直に言葉を交わす気は無い点は承知願いたい

 きのう8月6日の、坂田 祐介・沼淵 己一郎の殺人、及び、毛利 蘭の誘拐と人格融合
 上記の件を自白したサキュバスのインターネットの書き込みについて、私が読む限り、書き込みの内容に真実と異なる点は無い
 すなわち私は、彼女を召喚した後、彼女の生命を維持するために、拘置所の未決囚2人の殺人と、女子高生1人の誘拐と融合を立案した、ということだ
 もっとも、肝心の犯行時には、私の方は魔力不足で身動きが取れなくなっていたが

 私にとっての理想は、サキュバスが生命の危機に瀕することなく、この世の中で平穏に一市民として生活できること
 ずっと生き足掻いてきたあの子には、そんな平穏をどうか与えたいと、強く思っている
 少なくとも現時点では、毛利 蘭という他者と融合した人格ではあるが、それは叶いつつあるようだ

 だから私から警視庁に要請だ
 今後どんなことがあっても、サキュバスが融合した女子高生、毛利 蘭の、身元を特定する情報は決して表に出さないこと
 特に容姿と氏名についての情報を外部に漏らすのは厳禁とする
 その情報が世間に流通することは、サキュバスが今どんな姿をしているのか知られるのと同じだから

 また、この手紙がこうやって出現したという情報は、刑事部長と同階級以上の者、及び、この手紙を調べる鑑識チーム限りとしてほしい
 もし手紙が出現した瞬間を見てしまった者が居るならば仕方無いが、それはあくまで辛うじて許された例外とする
 私は転移の魔術で、普段一般人の立ち入らない刑事部長室という場所に、こうやって物を送ることが出来る
 私がもしキレたら、別の物を別の場所に送るだろう
 その意味をよく考えて動いてほしい

 追伸
 共に送ったネズミは警視庁宛ての贈り物だ
 魔力の塊だから魔道具としては最適だろう、たかだか6時間程度で砂になる魔道具を使いこなせる者が、そちらに居るかは謎だが

 なお、この便箋は素手で触ると砂になって跡形もなくなってしまう
 コピーを取った場合も砂になってしまうはずだし、他に何か鑑識の使う手法で調べた場合もそうなりかねない
 写真に撮った場合は大丈夫だと思うが、試したことはないので保証はしない
 また、何もしなくても4日過ぎれば砂になる
 今後、もし仮に私の方から警察や職員相手に手紙を出す場合には、必ずこの用紙を使う、と、ここに明言しておく】

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 午前11時45分 警視庁 刑事部長室(臨時)

「佐藤、高木、この手紙を読んでどう思った? それから疑問に思ったことも、今ここで出来る限り訊いてくれ」

鑑識の職員にもかつて言ったのと同じ内容の言葉を、小田切はこのカップルにぶつけた。
本当は、本庁職員どころか他の道府県警にも大々的に知らせたいほどの深刻な事件なのだ。だが、この手紙の情報を知っている人間はかなり限られている。
逆に言えば、情報を知らされている面子からは、出来る限り多く意見が欲しいのが本音だ。前代未聞の事件だから、若い者の柔軟な発想は、多いに越したことは無い。

佐藤も、高木も、手紙を読み終えた後の顔色は真っ青だった。額には冷や汗すら浮かんでいる。
最初に口を開いたのは高木だった。
写真の『私は転移の魔術で、普段一般人の立ち入らない刑事部長室という場所に、こうやって物を送ることが出来る』『私がもしキレたら、別の物を別の場所に送るだろう』を指差して、震える声で、

「これって、……遠回しな脅しですよね?
 『刑事部長室に手紙とネズミを送ることが出来た。もし召喚者を怒らせたら、もっと困る場所に有害な物を出現させることが出来るんだ』って……」

病気をうつし合うバカでも、刑事としての思考は有るらしい。この間接的な脅迫はすぐに読み取って、意味するところがどういう事なのかも分かっている。
流石にこれまで便箋を読んできた者が気付いてきたことなのだから、これに気付かない程のバカであるのは流石に困るのだが……。
まぁ、そんな思考は表面に一切出さず、小田切は苦々しく頷く。

「この便箋を読んだ者は、私を含めて、皆、まさしくそういう意味だろうと判断した。……だからこそ、ここに書かれていた要求に従わざるを得なかった。
 召喚者がどこにどんな物を出せるのか、その限界は一切不明だ。前もって転移の魔術を防ぐ方法も、今の我々には無い。相手を刺激させる判断は出来ん。
 一度、ネズミと便箋を出現させた相手が、次に出現させる物が、……例えば、爆発寸前の爆発物、という恐れはぬぐえんからな」

……決して声には出せないが、ただの爆弾テロならば「まだマシな方」だと、小田切は思っている。
少なくともただの爆弾なら、物や人身が損なわれても、大地も空気も汚染されない。損傷が子孫に継がれることも無い。
そういう意味でテロに使われると恐ろしいことになる凶器は、日本国内に限ってもいくらでも存在するのだ。

「……では、この便箋が出現したという事実も、要求の通り、一部の方だけがご存知だったんですね? 具体的にご存知なのは、刑事部長と、それから……?」

この質問は佐藤の方から。教えられる事柄だから軽く頷く。

「具体的には、私と、便箋が出現した時にたまたま部屋に居た、私の秘書。元の刑事部長室と便箋の調査に当たった、鑑識達。
 それから、刑事部以外の8つの部の長と、副総監と、総監。……この警視庁内では以上だ。今日追加されたのが、お前達2人だな。
 警察庁の方にも総監の判断で報告を行ったが、ご存知なのは、階級が私と同じ警視長か、それ以上の方々のみだ。
 なお、……今朝そちらの自宅に届いた手紙の内容も、今言った上層部の方々は承知している。肝炎うんぬんという部分も、お前達の診断結果も」

言葉の最後に、知りたくないかもしれない事実を追加した。カップルの表情が揃って強張る。
――今朝の手紙を警視庁に提出した時点で、覚悟は決めていただろうに。動揺が全く無い、とは、いかんのだな。

階級的に遥か高位の者達ばかりがB型肝炎感染の事実を知っている、という構図に同情はしないでもないが、自業自得と諦めてもらうしかない。
独身同士が己の意思で仲良くするのは大いに結構だと思う。でも病気をうつし合うのはバカだし、よりによって『被疑者』に指摘されるのは刑事の面目丸潰れ。
小田切達が事実関係を知った以上、いずれ何らかの形で処分は必要だろう。その処分が重いか軽いかは、今は、分からないが。

……ずっと俯いていた高木が顔を上げた。こちらの言葉で連想して思い出したらしい、質問が来る。

「あ、その、今朝、佐藤さんのお宅に来た方の手紙での疑問なのですが、……きのうの夜にネットで記事になったこと、って何だったんでしょうか?
 毛利さん御夫婦が警察に不信感を持つかもしれない事柄って、……どんな記事かお分かりですか?」

――そう言えばその件には触れていないな。まだ7日に来た手紙の件しか話していない。
高木が言いたいことは分かる。今朝佐藤宅に来た手紙の、追伸欄。『彼女』の手紙が言及していた記事だ。
立ち上がりながら小田切は言った。

「ああ、それか。……おそらくこれだ、というのは分かっている。ちょっと待っていろ、持って来る。
 ついでに、お前達のところに来た手紙の写真も」

「す、すいません」

恐縮しきった高木の声を背に、自分のデスクの上を探った。
半透明のクリアファイルに、今日上がってきた『サキュバス事件』関連資料をまとめていたはず。
……有った。言った通りのネットの記事のコピーと、今朝佐藤の家に来た手紙の写真。

両方を取り出して応接用のソファーに戻る。佐藤と高木が読める向きで、机の上に記事を広げた。
記事のタイトルは、『サキュバス事件 捜査本部の謎判断 女子高生の顔も氏名も手配されてない!?』
内容はまぁタイトル通りで、真偽も、……警察として情けない話だが、嘘は書いてない。

「『彼女』は、色々なトラブルの後、病院から消えた。未成年の被疑者か家出人として手配するのが筋だが、今のところ一切それはしていない。
 それだと、『毛利 蘭』の名前と具体的な特徴を、所轄の末端まで行き渡らせることになる。漏洩のリスクを考えると出来なかった。
 ……その対応を不審に思った奴が居て、こういう記事になった訳だ」

情報はどこから漏れるか分からない。警察内部限りと厳命して情報を流すよりも、そもそも警察内部にすら情報を回さない方が安全。
小田切よりもさらに上の判断で為された決定だ。召喚者を刺激すると不味い、という前提に基づいた、決定。

「召喚者が、……7日の段階で、『毛利 蘭』の情報が漏れないように要求していたから、ですか。
 『サキュバス』がどんな姿をしているのか、世間に流れてしまうと、……召喚者は怒るだろうから」

確信のこもった佐藤の言葉。何もかも正解だ。

「……そういうことだ。
 なお、毛利夫婦には、今日の14時に、鑑識の者とうちの秘書が、捜査本部で一連の経緯を説明することになっている。捜索願が出されても捜査出来なかった理由の説明も兼ねて。
 お前たち宛てに来た手紙のうち、本文の内容は伏せるぞ。あの夫婦がお前達と親しかったのは知っているが、……今は、『被害者』兼『加害者』の親だ。刑事の肝炎うんぬんという内容までは教えたくはないからな」


※2月22日 初出
 2月26日 最後のシーンを加筆しました。
 2月28日 誤植などを修正しました。

 次話は、引き続き刑事部長室での会話のシーン(便箋内容考察)+コナン側の描写です。その後作中時間が一週間ほど進みます。
 刑事部長室宛ての手紙を読んで思い浮かんだ疑問ありましたらコメントどうぞ。作者の発想外のことがありましたら作品内容に反映させるかもしれません。



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-10 (※3月6日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/06 23:48
【追伸
 警視庁の上層部の方々へのメッセージです

 8月7日夕方の、刑事部長室のネズミと手紙の件について
 蘭の両親と、この手紙を宛てたカップルさん達には情報を開示しても構いません
 色々と捜査で気遣われた結果、不審に思われた事項が、16日の夜にネットの記事になったようですからね

 蘭の両親が警察に不信感を持つことを私は望まないし、このカップルさん達には、経緯を全部知っている前提で、今後頼みたいことがありますから

 なお、当時召喚者が書いた、私についての理想は、私も同じ思いとして心の中にあります】

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 午前11時45分 警視庁 刑事部長室(臨時)

改めて、美和子の自宅に今朝来た手紙の、写真、その追伸部分だけを読む。
……7日に出現していた召喚者の手紙を参照し、内容を踏まえて書かれた物なのだと、今更ながら実感が湧いた。
自分達に宛てられた手紙が、ゴワゴワした灰色っぽい変な紙だった意味も、これでよく分かる。

「私達宛ての手紙だから、……警察の者に宛てた手紙だから、便箋の紙が、両方とも同じ物になったんですね」

素手で触ると砂になる、コピーを取ると砂になる、何もしなくても4日過ぎると砂になる、写真を撮るのは、……こうやって写真を見せられているということは、大丈夫だったということ。
7日の召喚者の手紙では、『今後、もし仮に私の方から警察や職員相手に手紙を出す場合には、必ずこの用紙を使う』と書いてあった。
だから召喚者の元に身を寄せた『あの子』は、17日の今日、警察の職員(=佐藤と高木)に宛てた手紙に、同じ便箋を使った、ということか。

「でしょうね。こんな特徴のある紙、赤の他人が真似しようと思っても作れないですよね。
 万一、誰かが召喚者やサキュバスを騙(かた)っても、紙が違えば、騙りだとすぐ気付きますよね、……ぁ」

いつもの事件現場での会話のように、高木君は、美和子の台詞に続けて推理の言葉を連ねて。言った後で、刑事部長の前だったのだと我に返る。
小田切刑事部長は、そんな彼に小さく苦笑を見せた。この場では初めて見る笑みだ。

「構わん、気付いたことは言ってくれ。この件では、事情を知っている者の発想はひとつでも多く欲しいからな。
 ……逆に命令だ、今ここで思い付いた推理はどんどん言え。これまで誰かが思い付いていそうな意見でも、気にせんでいい」

『思った事を言ってほしい』、というのは、先ほども言われた言葉。刑事部長がそう言うのならば、本当にこちらの意見を聞きたいのだろう。
美和子の視線が隣の後輩と合う。先に喋るのは、……視線のやり取りの結果、自分の方から。

「では、まず、……読んでいて真っ先に気付きそうな事ですけれど。
 『サキュバス』についての理想が、本当にここに書いたまま、これから変化しないのであれば……、何とか、説得して解決出来るかもしれない、と思いました」

2つ並べられた便箋の文章を、順に指差してみる。
7日の召喚者の手紙、……『私にとっての理想は、サキュバスが生命の危機に瀕することなく、この世の中で平穏に一市民として生活できること』。
そして今朝来た『あの子』からの手紙、……『召喚者が書いた、私についての理想は、私も同じ思いとして心の中にあります』。
両方並べて分かるのは、『あの子』がこの世の中で平穏に暮らせるならば、召喚者も『あの子』も、不満は無いという表明だ。

「法の裁きを受けて、……裁かれて、言われた通りに務めた後だったら、その後だったら、世の中で平穏に暮らせるわけですから。
 長い目で見れば、法律上は問題無い形で大手を振って暮らせるんだと、……だから「自首しろ」と、そういう方向で説得できるかもしれないと、思いました。
 ただ、『あの子』の主張では、……自分の生命が危ういから召喚者の元に逃げたので、その問題が解決しないと難しいでしょうね」

身体が崩壊の危機だから、坂田と沼淵を殺して生贄にした、蘭ちゃんを誘拐して融合した。これで一段落したはずだった。
でも大阪府警の者とのトラブルの後、魔術が自動発動状態になってしまった。魔力の欠乏が進めば廃人化して死亡の危機だから、召喚者の元に逃げた。そして、今に至る。
自分の生命のために、法すら犯しながら足掻いていく、という点で、『サキュバス』の姿勢は一貫しているのだ。

生を掴み取る事への渇望が強い子に、生存のための策を提示しないまま、自首だけ呼び掛けても、意味は無い。
逆に言えば、『あの子』が召喚者と共に、生命の危機を乗り越えてしまえたならば、今言った通りの路線で説得できそうな、そんな望みが出来る。
……ふと、思いついたように、高木君が提案する。

「でも、この理想が分かっているのなら、今の段階でも、『あの子』が戻ってくるようには説得は出来ないでしょうか。
 魔術の自動発動がずっと抑えられる環境を、人為的にこちらの努力で作ってしまえば、……そういう、『あの子』がとりあえず死なない環境を、作ることが出来るなら。
 その上で、その場所にずっと留め置くことになるけれど、「こういう環境を用意するから戻って欲しい」、って、呼び掛ける、こういう形って、……どうでしょう?」

――なるほど。そういう線での呼び掛けも、有りではあるのか。
美和子は感心した。小田切刑事部長も口を開く。

「つまり、周りの人選から何から気を遣って、魔術が発動しない場所を作り上げ、そこから一生出ない生活をしてもらう、と。
 『一市民としての生活』を望む者には飲めそうにない話だが、魔力の知識が一切無いこちらから提案できる方法は、……それ位しかないだろうな」

世間の一般人と、政府のお偉いさんの受けは良さそうな方法だ。世間から隔離されている場所に『あの子』が置かれているなら、直近の性行為の記憶は覗かれない。
そう思うと同時に、美和子に浮かぶ感情は、……納得と、諦め。『魔力の知識は一切無い』と刑事部長が明言したからには、警察には、本当に知識が存在しないのだ。
高木君も同じ点で引っかかったのか、これまで話題に出ていなかった点を絡めて、更に質問。

「刑事部長。……本当に、今の警察には、魔術に対抗する方法が無いんですよね。
 では、『魔力の塊』というネズミの死骸も、砂になっていくのを確認するだけ、だったんですか?」

「ああ。鑑識が通常の手法で調べ得る限り調べて、その結果は、普通のネズミでしかなかったようだ。
 魔力的にどうこうという措置は一切取れず、書いてあった通り、6時間後には完全に砂になった、と報告を受けている。
 ……何故、召喚者が警察に『魔力の塊』を出現させたのか、推理できるか?」

半ば想像通りの答えと、それから発言の促し。
推理を求められた彼は、ほんの少し考え込んでから答えた。

「もし、……僕が召喚者だったら、そのネズミに、発信機能なり盗聴機能なりを付けておきますね、魔術で。警察側に、魔術関係の伝手や技術が無いか探るために。
 こんな時限爆弾みたいな代物を送ってしまえば、受け取ったこちら側は対応せざるを得ないですから」

――妥当な推理だわ。
警察の人間ならば同じ事を思い付いていそうな、そんな当たり前の内容だ。
刑事部長も同感らしく大きく頷き、そして自嘲を込めながらの言葉が、その口から出る。

「まぁ、そんな伝手など存在しないのが実情、……という訳だが。
 事件発生以降、捜査本部に自称『魔術を知る者』だの『魔力持ち』だの、売り込みと協力申し出は、……それこそ山ほど来ているらしいが、捜査本部の方で名前と連絡先だけ聞いて全て断っている。
 この手の話の真偽も、こちらからは区別が付かん訳だからな。例えその申し出の中に『本物』が居たとしても、よほどの証拠がない限り信用は出来ん」

何とも微妙な表情での言い回し。そんな表情になる理由も、――うん、とても良く分かる。
この世の中、妄想と現実の区別が付かない人は大勢居る。特にオカルト系の妄想をこじらせている人は数えきれないほどだろう。
そんな人達ばかりが連絡を取ってくる状況下、日本の官公庁として無難に振る舞おうとするなら、刑事部長が言ったような対応になるほかない。

「……だから今は我々警察が、努力するしかない。出来る事が限られた不自由な捜査でも、だ。
 報道で知っているだろうが、拘置所の被告殺害事件の現場遺留品も、事件の3日後にはほぼ全て砂に変わっている。残ったのは坂田と沼淵の遺体だけだ。
 これからも、残された痕跡は砂になると思った方が良いだろう。……そんな捜査でも、出来る限りの努力で、召喚者逮捕を目指して励むしかない」

言う通り、警察は召喚者の逮捕を目指すべき。その点は当たり前の正論。
……でも、自分が思う事では無いかも知れないが、捜査本部の者達の士気が心配になるほどに、通常の捜査で出来る事が封じられている。
被疑者達の使う魔術の解明は出来ていない。民間人からの知識提供は望み薄。遺留品は砂になった。
出来る事といえば、被疑者達の残した手紙の意図を読み解くことくらいか……。

「それは、……非常に苦しいですけど、それが警察の仕事ですからね。推理すること、……が、何より大事になるから、私達に考えたことを言うように命じられたんですか」

流石に、一介の警部補が、刑事部長を相手に『推理することしか出来ることがない』と言うのは憚られる。
幸いにも言葉に出す寸前に気付けたから、とっさに、考えながら喋っている風に取り繕って言葉を変えた。小田切刑事部長はそんな美和子の指摘を強く肯定する。

「まさしく、そういう事だ」

美和子の横に座る高木君は、深く納得した様子。何度も頷き、そして机の上の手紙の写真をまた凝視し始めた。
だから美和子も、同じように写真に写った文字列を眺めて、……しばらくして、今度は高木君が発言。
7日の召喚者の手紙、『もし手紙が出現した瞬間を見てしまった者が居るならば仕方無いが、それはあくまで辛うじて許された例外とする』を指して、彼は言う。

「召喚者は、どれだけの事が出来るんでしょうか。
 この文を読んでみると、物を出現させる時には現地の様子を把握できないように読めますけど、……何でわざわざこんなことを書いたのか、気になります。
 刑事部長だけでなく秘書のかたも、手紙が出現する時を目撃された訳ですから、刑事部長室に誰が居たのか、本当に分からなかったのかも知れませんけど。
 でも、実際に誰が居たのか分かっているのに、分かっていないように偽ることも、出来るのかな、って、……僕は、思いました」

その通りだ。刑事部長以外に誰かが刑事部長室に居たと把握できている状況で、それでも敢えて物を転移させてきた線は、有る。
召喚者は、わざわざ自分に不利な事を馬鹿正直に書くような者なんだろうか。狙いがあって魔力の性能を過少に見せた可能性は、考慮に入れた方が良い。
どんな仕組みで転移の魔術が為されたのか、どうすれば防げるのか、警察には全く分からないのだから。……美和子の頭に、今朝の聴取で証言した内容がよぎる。

「本当に、召喚者と『サキュバス』にどこまでの事が出来るのか、……私達が関知している術以外にも、使える魔術があるのかもしれませんね。
 今日の捜査本部での聴取でもお話ししましたけど、私の家に手紙が来た件だって、私の住所をどうやって突き止めたのか謎なんです。
 これまでに蘭ちゃんに住所を教えたことは無かったはずですし、私が家に入る場面を見られたことも、無かったと思います」

――『サキュバス』の魔術について、毛利さん達の推理、聞きたいなぁ。

今日の14時に、秘匿されていた情報を、『蘭』の両親は、鑑識職員と小田切刑事部長の秘書から聞かされる。
自分達はこの事件に変に関わってしまったから、命令が無い限り毛利夫婦には今後接触できないし、すべきでない。無論、説明の場に行くことも無い。
ただ想像の中で、刑事部長室の手紙の一件を知って怒り狂う毛利探偵を、メガネのあの子と妃弁護士が宥める光景が浮かぶ。

……毛利探偵にいつもくっ付いている小学生を違和感なく想像してしまった事に気付いて、美和子はすぐに脳内の光景を修正。
『あの子』の手紙で情報開示が許された相手は、『蘭』の両親だけ。
だからコナン君は今回排除される。分かりきった話だ。


※3月1日 初出
 3月6日 後半部を加筆しました。

※現在、投稿ペースを思案中です。毎週日曜日に1話分載せれれば理想なんですが……



[39800] 第3部 足掻くと決めた彼女の話-エピローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/03/08 21:22
 午後3時52分 毛利探偵事務所 3F

捜査本部に時刻指定で呼び出され、会議室で信じられない説明を受け、……説明が終わり、会議室から出てきたおっちゃん達は、酷くピリピリした状態だった。
険悪な雰囲気のこの夫婦に触れた時、その雰囲気に当てられてオロオロする小学1年生を演じるのは、俺にとっては容易(たやす)い。
で、捜査本部からの帰りの車中、ハッとしたように「おじさん達、事務所に帰ったら2階でお話しするの? 僕、3階に居るから、下りても良くなったら言ってね!」と俺が言えば、どうなるか。

おっちゃん達の反応は予想通り。車中では何とかだんまりが維持された。
車が毛利探偵事務所に到着すると、俺は階段を駆け上がって3階に飛び込む。2人は2階の事務所に入って行き、……やがてお互いの怒声が聞こえ始める。

とりあえず、短期的な俺の目的は達成。
2階から声が聞こえてくる限り、この3階には確実に俺しか居ない。他人に聞こえない話をするにはピッタリの状況だ。
念のため3階奥のおっちゃんの部屋まで引っ込んで、スマホから掛ける番号は、阿笠博士の家の固定電話。この時間帯、灰原か博士のどちらかは家に居る可能性が高い。

RRR RRR……

「もしもし、阿笠ですが」

予想通り、博士は家に居た。俺はトーンを極力下げた声を出す。

「博士、俺だ。灰原は今居るか?」

「……今は買い物に出ておるが。何か哀くんに用事かの、新一?」

この声色でこの話の切り出し方だったら、まぁ誤解するか。重要な話があるから俺は電話した訳だが、それは灰原を巡る話ではない。
灰原が在宅かどうか訊いたのは、固定電話をスピーカーモードにして、こちらの話を博士と一緒に聞いてほしいと考えていたから、だ。
『蘭』の事件に関して、灰原と博士の両方に、俺の口から釘を刺さないといけないことが出来たから。

「ぁ、いや、2人共居るなら一緒に説明できると思っていたんだよ。後で、灰原には別に電話する。
 『蘭』の情報がまともに手配されていない、って、きのうの夜にあいつが言っていただろ? 捜査本部がそういう風に決断した原因が、分かったんだ」

――『サキュバス』の召喚者が、7日の段階で、『蘭』の個人情報が漏れないようにと警視庁を脅していた。警視庁はその脅迫に折れた。
  だから、『蘭』が病院から逃げた後も、情報漏洩を恐れてまともな手配が出来なかった……

信じたくねぇが、捜査員の口から打ち明けられたのは、結局のところそういう事実だ。
先ほど、蘭の両親はその説明を捜査員から受け、俺もまた説明を「聴いた」。但し、俺については捜査本部の想定していない形で。

「実はな、警察からその理由を聞いたのは、本当は『蘭』の親であるおっちゃん達夫婦だけ、だったんだ。俺は、表向きは何も説明を受けてないんだよ。
 おっちゃん達だけに話す話だったのに、手違いで俺も一緒に呼び出されて。警察から説明を受ける直前に、俺だけ会議室から追い出されたんだ。
 ……おっちゃんの身体に盗聴器が付いていて、俺が盗み聴きしていた事、たぶん誰も気付いてない」

別室でずっと待機させられると分かり、ポケットからイヤホンを出して「音楽を聴きながら待っていても良い?」と訊いた時、ノーという大人は居なかった。
もちろん、実際に俺が聴いていたのは、音楽ではなく盗聴の音声。
捜査員の説明は全て口頭だったし、幸いにも(?)妃弁護士が便箋の内容を全部音読する人だったから、おっちゃん達が何をどう話題に出していたのかはおおよそ把握出来ている。
はらわたが煮えくり返るような事情を明かされたが、俺は、どうにか平静を装っておっちゃん達の会話を聴き通した、訳だ。

「お前らしい行動じゃな、……盗聴した話の内容は、訊いてもいいのか?」

普段の博士だったら、何を盗み聞きしたのかを真っ直ぐに質問してきそうなものだが。
若干訊き方が遠回しなのは、俺が盗聴した話が相当ヤバそうだと感づいているからなのか、それとも『蘭』が関わっている敏感な話だからか。あるいはその両方か。
どちらにせよ、博士のこの質問に対して俺の答えは決まっている。刑事部長室のネズミの出現事件は、……盗み聴きしていた俺が評するのも何だが、他人にホイホイ話していい事じゃない。
俺がこの電話を掛けたのは、単に念入りに口止めをするため、だけだから。

「いや、この件は、……申し訳ないけど博士にも灰原にも話せそうにない、な。
 ただ、博士。……今更だけど、『蘭』が『サキュバス』の事件に巻き込まれてしまってる事、誰にも話さないでくれ。警察の説明だと、そうしないとかなりヤバい。
 『毛利 蘭』の情報が、『サキュバス』の事件に結びついて世間に広まってしまったら、情報を漏らしたヤツが酷い目に遭いかねないんだ」

事態の深刻さを理解したのであろう、博士はただ一言だけ呟く。

「相当に、不味い事が起こっておるのか」

「ああ。警察にとっては本当に不味い事態だよ。……もしかしたら警察は、これからずっと、召喚者と『サキュバス』に負け続けるかもしれねぇんだ」

無力感がこらえきれず、俺の言葉には溜息がにじんだ。
何をもって警察の勝利と表現すべきなのかは難しい。ただ、召喚者達のやる事なす事を一切止められないのだとしたら、間違いなく警察の負けでしかないだろう。
「今の警察に、召喚者達を止める方法は無い」と、捜査員はおっちゃん達に今日明言している。それはつまり警察が負ける恐れが高い、ということだ。


※この小説は全3部作予定でしたが、今後の話の流れを踏まえると中だるみする恐れが高いと考え、4部に分けることに決めました。
 第3部はここで終了となります。これまでの時系列順まとめを挟んで第4部の開始です。
 これからは更新の頻度と文量を変えて、更新の頻度は高め、但し一度の文量は少なめにするつもりです。

 元々は3月中に完結させることが目標でしたが、どう見てもそれは無理っぽいです。
 安価SSとして開始して2年目になる、今年の8月6日までに完結させるのが今の目標です。



[39800] 第3部終了時点 登場人物まとめ(主要人物編)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/05/03 11:51
※全て第3部終了時点の情報です。ネタバレ・書いてないことのフォロー・伏線、全部含みます。注意です!※

【名前】サキュバス/???
【性別】女性
【年齢】15歳
【立場】相続問題で殺されかけた娘(希望進路有)→死にかけの魔術師→人格だけの『魔術師』

【基本情報】
 本名不詳。本作品の主人公にして、作者のオリジナルキャラ。小泉 紅子に召喚された異世界出身の女の子で、魔術の使い手。特に見抜く、分析する魔術に優れる。
 召喚された直後に身体が崩壊しかけたため、毛利 蘭を誘拐、魔術で人格融合した。その後は人格のみ『蘭』の身体に存在する。
 第2部以降、近くの人物の「直近の性行為の情報」を見抜く魔術が自動発動する事態となった。このためなお魔力不足で生命を失う危機にある。

【思考・思想】
 元の世界の、実父をはじめとする父方の親族を嫌悪している(相続争いで殺されかけた)。
 故郷に帰る気はさらさら無く、何よりも「この世界で平穏に生きること」への執着が強い。この目的のために誰かを巻き込み殺すことは許容する。
 元々の種族の特徴(ある程度性行為を交わさないと死ぬ)により、性行為への忌避感が皆無。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:人格融合したもう1人の『自分』。分離して恋人の元に返さないと心が折れるだろうなぁ。
 召喚者:一番尊敬するお方! あるじ(Reune)、生涯付いて行きます!
 小五郎&英理:こんな親が欲しかったなー……。『娘』を本気で心配してくれる親が。
 コナン/新一:厄介な因果を抱えた探偵くん。今死なれると怖い。主に『蘭』のメンタル面で。
 佐藤&高木:生きて相手を想い合えるって、うらやましい。病気は治るかな? 悪化するかな?
 坂田&沼淵:最期に願いを残して殺された生贄達。いつか秘密にしている事を世に出したいな。
 その他警察:魔術に対して本当に無知だね。多分こちらが変なミスしない限り勝てるかな。

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【名前】毛利 蘭
【性別】女性
【年齢】16歳(帝丹高校2年)
【立場】彼の帰りを待つ女子高生→人格を巻き込まれた『女子高生』→覚悟を決めた『女子高生』

【基本情報】
 原作ヒロインで、関東大会優勝レベルで空手が強い女の子。
 本作品では、夏休み中の部活の練習帰りに誘拐され、自身の身体に『サキュバス』の人格と『自分』の人格を融合させられた、完全なる被害者。
 あくまで人格は融合しており、分かれて併存しているわけでは無い。が、前の人格が強めに出ることはある。『サキュバス』らしい時は声が低め、『蘭』は高め。

【思想・思考】
 『サキュバス』との融合後、魔術によって、コナン=新一であることと、彼を取り巻く妙な組織の因縁を見抜いた。
 本来は正義感が強い子で、罪を犯すよりも自らの死を望むような性格だった。
 現在は、将来の人格分離と記憶の喪失に期待し、また、コナン(=新一)との再会を心の支えにして、罪を犯すであろう『自分』に耐えようとしている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:人格融合されたもう1人の『自分』。いつか何もかも忘れて関わらずに生きたい!
 コナン/新一:『自分』の事件を全部忘れて、再会する事が目標になった。……嫌な話だ。
 小五郎&英理:『私』が何もかも忘れても、普通に親娘としてやっていける、と良いなぁ。
 召喚者:これからも、心をお見通しでフォローしてくる人。関わらずに生きたい相手その2。
 灰原:魔術で見えちゃったんだけど。物騒な因果抱えていたんだ、……哀ちゃん(ドン引き)
 佐藤&高木:色々とショックを受けてそう。2人とも病気が治りますように。
 その他警察:熱意だけは凄いけど、これからも、徒手空拳の戦いになっちゃうんだろうな。
 沼淵:『サキュバス』が見抜いた裏事情が酷い。世の中って、厳しい上にいい加減なのね。

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【名前】召喚者/小泉 紅子
【性別】女性
【年齢】16~17歳(江古田高校2年)
【立場】赤魔術の魔女→『サキュバス』の主(あるじ)/女子高生

【基本情報】
 まじっく快斗に登場する赤魔術の使い手。黒羽 快斗以外の男子生徒を魔術で虜にしている美人。大きな屋敷で執事と2人で暮らし。
 本作品では、召喚術の手順ミスで少女を召喚し、「サキュバス」の名を付けた張本人。
 当初は、サキュバスが即死すると連動して死に至る状況となっていた。『蘭』との融合後は……?

【思想・思考】
 召喚者として、『サキュバス』のために全力を尽くすことを当然だと考えている。
 基本的に、他者を犠牲にすることは『サキュバス』同様に許容するが、巻き込む相手は民間人よりも罪人の方がまだマシと思っている。民間人を巻き込むのはやむを得ない時だけ。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:人生を賭けて『貴女』を守る。召喚した時からそう決めた。
 執事:こんな私に仕えてくれて、感謝している。
 蘭:普通の『女子高生』の倫理観は、犯罪には邪魔になりそうね。我慢してもらいましょう。
 その他警察:要警戒対象。今後私達に対して下手に出続けるでしょう。でも、油断大敵だわ。
 佐藤&高木:男の方は、状況によっては使い道が出ないことも無いわね。確率は低いけれど。
 坂田&沼淵:私が融合に使うよう推した生贄。坂田の願いは簡単に叶うでしょう。沼淵も……。
 コナン/新一:急に死にはしないわよね? 死なれたら『蘭』の心が折れてしまう。
 小五郎&英理:こんな夫婦が良い親に見える!? 『サキュバス』、比較元の基準が悪すぎる!

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【名前】江戸川 コナン/工藤 新一
【性別】男性
【年齢】7歳(帝丹小学校1年)/17歳(帝丹高校2年)
【立場】頭の切れる毛利家の居候/所在不明の高校生探偵

【基本情報】
 身体は子ども、頭脳は大人、説明不要な原作主人公。本来は蘭と同じクラスの帝丹高校2年、17歳だが、黒の組織に薬を飲まされ、小学1年生になっている。
 本作品では想い合っている幼馴染(=蘭)が深刻な事件に巻き込まれたものの、どうしようもなくただ葛藤する立場。

【思想・思考】
 探偵と自称するだけあって、事件や謎は必ず解き明かしたくなる性分。だが蘭の人格融合事件後、警察への捜査協力は難しくなるだろうと懸念している。
 『蘭』を含む人格に正体を見透かされたこと、『彼女』が罪を犯すという言葉に衝撃を受け、ただ『蘭』の帰りを待つしかない自分に打ちのめされている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:指をくわえてお前の帰還を待つだけなのは、……情けないな。探偵として。
 サキュバス:どんな事情があっても、人命を巻き込む奴には同情したくねぇ!
 召喚者:そもそもの元凶らしい、どこかの誰か。正体を暴きたいが、……暴けるのか?
 小五郎:警察の情報で打ちのめされて、また荒れてるな。おっちゃん。
 英理:おっちゃんと比べればダメージ少なそうだが、メンタルの状況が気になる。
 その他警察:思い切り屈服されちまってる。『サキュバス』達を検挙する時は来るんだろうか。
 平次:府警の情報を流してこなくなった。警察内の箝口令がキツいらしい。……当たり前だ。
 佐藤&高木:きっと、どっかで刑事らしく働いているんだろうな。

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【名前】毛利 小五郎
【性別】男性
【年齢】37~38歳
【立場】名探偵→表向き離婚問題で休業中の名探偵(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 かつて刑事だった私立探偵で、蘭の父親。コナンが原因で「眠りの小五郎」として世間的には名探偵となった。妻の英理とは別居中。
 本作品では、『サキュバス』に『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために探偵業を休業している。
 なお、休業の表向きの理由は、自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 職業柄からか、「殺人者の気持ちなんか分かりたくない」という姿勢が一貫している。少々だらしないが妻と娘に関する事には熱くなる。
 本作品でも、父親として『娘』を案ずる心は本物。だから『娘』の人格が『殺人者』と融合した事に、特に強い衝撃を受けた。
 『娘』が『犯罪者』と同一の身体になってしまったため、警察に対して探偵としての捜査協力は控えるべきだろうと考えている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:生きていてくれ! 絶対に他人を巻き込まねぇ形で!
 サキュバス:『自分』の生命のために『娘』を巻き込んだガキ。事情があろうと俺は許さん。
 召喚者:全ての元凶。躊躇わず他人の人生巻き込む位、召喚者の義務とやらが立派なのか?
 英理:『蘭』との間に秘密を抱えていた件、事情は分かるが、……納得してねぇぞ。
 コナン:『蘭』の事情を知る居候のガキ。このまま預かり続けるべきか。阿笠博士に返すか?
 その他警察:元職場でなくても想像が付く。今は、手も足も出ない状況になってるんだろ。
 佐藤&高木:きっと、どこかで刑事として働いているんだろう。
 小田切:『蘭』の事件捜査の責任者。元上司。かなり葛藤しておられるはずだ。
 新一:『蘭』の事、真相は知らずにどっかをほっつき歩いてるんだろうよ! あの探偵坊主!

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【名前】妃 英理
【性別】女性
【年齢】37~38歳
【立場】辣腕弁護士→表向き離婚問題で休業中の辣腕弁護士(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 「法曹界のクイーン」と呼ばれるほどの辣腕弁護士で、蘭の母親。小五郎とは腐れ縁の夫婦で、約10年夫と別居中だが正式な離婚はしていない。
 本作品では、『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために弁護士業を休業しているが、表向きの理由は自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 夫と同じく、『娘』を案ずる心は強い。また、普段の夫のだらしなさを熟知しているものの、『娘』に関する夫の思いの強さ自体もまた認めている。
 『娘』が『殺人者』と融合した事、自動発動しっ放しの魔術のこと、どちらにも強い衝撃を受けた。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:生きて帰って。どんな事をやったとしても、やった事に向き合うから。
 サキュバス:『蘭』を巻き込んでいる点で、どれほど同情できる経緯でも賛同はしたくない。
 小五郎:冷静に現実を受け止めるようになるまで、ちょっと時間が掛かりそうね!
 召喚者:『サキュバス』のための熱意は認めましょう。弁護は頼まれてもしないけど。
 コナン:夫が預って蘭が可愛がっていた居候。これからも探偵事務所で預かり続けるの?
 小田切:夫の元上司。『蘭』の事件の捜査責任者。今は本当に大変でしょうね。
 その他警察:魔術への対応ノウハウが無い。あまり期待しないでおきましょう。
 新一:融合前に蘭が惚れてた子。表向きの事情しか知らずに、事件捜査で飛び回っているそう。

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【名前】佐藤 美和子
【性別】女性
【年齢】28歳前後
【立場】刑事→色々魔術で見抜かれて捜査に関与している刑事
【基本情報】
 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の警部補。警視庁のアイドル的存在にして、格闘も射撃も優秀な刑事。原作公認で高木 渉と相思相愛。
 本作品では、一時期を除いて『蘭/サキュバス』の事件に関わり続けている。
 ……と言うか、『彼女』の側のからのアプローチで、この捜査に関わることを余儀なくされた。作中では捜査1課の業務よりもそちらの方に軸足を置きつつある。
 高木刑事とB型肝炎をうつし合い、その事を『蘭/サキュバス』に見抜かれた。『彼女』の自白書き込みと手紙で判明し、見抜かれた事は佐藤本人も把握済。

【思想・思考】
 元来、刑事として当然の倫理観・正義感を有している女性。
 「魔術」による事件に警察は無力だと思いつつも、それでも警察の者として諦めてはいけないという思いは有る。
 一方、得体のしれないチカラに関して消極的にならざるを得ない小田切の判断に納得もしている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 高木:今一番大切な、愛する後輩。心を完全に許すくらい。病気は一緒に治しましょうね。
 蘭:とんでもない事を見抜いていたのね、『蘭ちゃん』。
 サキュバス&召喚者:私達カップルに、一体どんな仕事を降らせるつもりなの?
 小田切:色々な事を悩まれながら決断されていくんでしょう。大切な物を見失わない前提で。
 その他警察:なにひとつ知識が無い・対応できない技術に翻弄されてる、……自分の職場、か。
 小五郎&英理:今こちらから連絡を取るべきでない夫婦。どれほど苦しんでいるんだろう?
 コナン:今こちらから連絡を取るべきでない子。……推理を聞いてみたい気はするけれど。

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【名前】高木 渉
【性別】男性
【年齢】26歳前後
【立場】刑事→色々魔術で見抜かれて捜査に関与している刑事

【基本情報】
 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の巡査部長。原作公認で佐藤 美和子と相思相愛。
 本作品では、一時期を除いて『蘭/サキュバス』の事件に関わり続けている。
 ……と言うか、美和子同様、『彼女』の側のからのアプローチで、この捜査に関わることを余儀なくされた。作中では捜査1課の業務よりもそちらの方に軸足を置きつつある。
 佐藤刑事とB型肝炎をうつし合い、その事を『蘭/サキュバス』に見抜かれた。『彼女』の自白書き込みと手紙で判明し、見抜かれた事は高木本人も把握済。

【思想・思考】
 元来、刑事として当然の倫理観・正義感を有している男性。美和子同様、「魔術」を使う犯人に対して検挙を諦めてはいけないという思いは有る。
 一方、小田切の判断に納得もしている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 佐藤:尊敬する先輩で、今一番大切な人。肝炎、僕達両方とも治せるといいですね。
 蘭/サキュバス:『きみ』は今、どんな子になってしまったんだろうね?
 召喚者:果たして『サキュバス』についての理想は、……叶うんだろうか?
 小田切:刺激出来ない相手の捜査の責任者、って、途轍もなく大変なんだろうなぁ……。
 その他警察:魔術に対して圧倒できる日は、来るんだろうか。
 小五郎&英理:今こちらから連絡を取るべきでない夫婦。大変なんだろうなぁ。
 コナン:今こちらから連絡を取るべきでない子。これからは捜査に協力してくれない。残念。

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【名前】執事
【性別】男性
【年齢】中年~老年
【立場】小泉家の執事
【基本情報】
 本名不詳。紅子に仕えている醜男の執事。魔術は使えないものの知識は有る。本作でも紅子を支えている。

【思想・思考】
 紅子に対して強い忠誠心をもつ。紅子を支え、労わるのは当然、時には諌めることもある。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 紅子:大切なお嬢様。……覚悟を決めて、やり遂げたい事があるのですね。
 サキュバス:融合後は意図的に会っていない女の子。主(あるじ)に忠実なら、もう何も言いません。
 蘭:お嬢様達に巻き込まれた人。一切会っていません。お嬢様から話だけは聞いています。
 警察:せいぜいお嬢様に振り回されなさい。余計な知恵で対抗されるのは邪魔です。

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【名前】目暮 十三
【性別】男性
【年齢】41歳前後
【立場】警部→部下共々『魔術師』に色々見抜かれた警部
【基本情報】
 警視庁捜査一課強行犯捜査三係の警部。小五郎が刑事だった頃は上司だった。若い頃、捜査中に頭を負傷し傷が残った。以来常に帽子を被っている。
 本作品では、サキュバスによる拘置所被告殺害事件のうち、沼淵の件の捜査に関与、毛利 蘭が巻き込まれたと判明した後に捜査から離脱。佐藤や高木とは違って、捜査には関わっていない。
 『蘭/サキュバス』によって、妻(目暮 みどり)との直近の性行為の情報を見抜かれた。『彼女』の自白書き込みで判明し、見抜かれた事は目暮本人も把握済。

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【名前】服部 平次
【性別】男性
【年齢】16~17歳(私立改方学園高等部2年)
【立場】剣道の腕前が凄い高校生探偵
【基本情報】
 新一/コナンのライバル、かつ親友。大阪府寝屋川市在住、大阪府警本部長の息子。
 本作品では、当初、コナンに事件の発生を電話で知らせたり、捜査情報をコナンに流して相談に乗ったりといった行動を取っていた。が、後に警察内の箝口令がきつくなって捜査情報が入手出来なくなった。
 サキュバスに殺害された2名(坂田・沼淵)のうち、坂田の身柄確保で命懸けの活躍をした男(原作19巻)。報道機関の情報しか入手出来なくなっても、なお『サキュバス』事件について注目している。

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【名前】服部 平蔵&遠山 銀司郎
【性別】男性&男性
【年齢】多分どっちも50代……?
【立場】大阪府警の本部長(警視監)&刑事部長(警視長)
【基本情報】
 共にキャリア組と推測される。幼馴染で互いの腕を信頼し合っている親友。
 本作品では、坂田 祐介殺害事件の捜査の指揮を執った。後で「誰が殺したのか」は明白となったが、それ以外に起こったことが前代未聞過ぎて捜査を止めている。

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【名前】大滝 悟郎
【性別】男性
【年齢】中年
【立場】坂田殺害の捜査に当たった警部→魔術で錯乱して『被疑者』を殴った警部(入院中)
【基本情報】
 大阪府警捜査一課強行犯係所属。原作ではよく平次のそばに居る。平次の方からもかなり慕われている模様。たまに捜査情報を平次に流している。
 本作品では、坂田が殺された件の聴取で、入院中の『蘭/サキュバス』に会いに東京まで来た。
 聴取中、同じ質問の繰り返しでイラっと来た『本人』から魔術で記憶を見せつけられる。この魔術で大滝は錯乱、『本人』を殴りつけて昏倒させた。
 以後、色々と影響を調べるため入院させられ、現時点でも入院中。
 殴らなければ『被疑者』が魔術の自動発動状態にならなかったはずで、その後の経緯も踏まえて責任を感じている。

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【名前】坂田 祐介&沼淵 己一郎
【性別】男性&男性
【年齢】26&年齢不詳(少なくとも38歳以上)
【立場】死刑濃厚な未決収監者達→サキュバスに殺された男達
【基本情報】
 原作19巻で登場する男達。沼淵のみ35巻にも再登場した。
 坂田は大阪府警元刑事。4名殺害後、平次に確保された男。沼淵は連続強盗殺人犯で、坂田が犯した罪も着せられ掛け、その前に大阪府警に逮捕された男。
 本作品では共にサキュバスによって拘置所から誘拐され、融合魔術の生贄として殺害された。
 坂田の死ぬ前の光景は、『蘭/サキュバス』の魔術によって、大滝が一度見せつけられている。沼淵の最期の様子は不明。 



[39800] これまでの出来事 時系列順まとめ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2015/05/10 20:54
これまでの出来事 時系列順まとめ

作中第3部終了までの時系列表です。
警視庁が把握している事柄かどうかを基準としています。小田切刑事部長のレベルでも知らない情報は、★を付けた上、カッコ付き表記です。
また、登場話が書かれていない文章は「本編には書いていないけれど、警視庁が把握している事柄」です。

作者でも目が滑るレベルでかなり細かく記載しています。また、当然ながら思い切りネタバレしています。ご了承ください。


~~~~~~~~ ↓(★7月下旬 夏休み初日の出来事)↓ ~~~~~~~~


・召喚者(=★小泉 紅子)、召喚の魔術でミスをする。
 本当に召喚したい相手は召喚出来ず、代わりに異世界から召喚されたのは15歳の少女。→第1部-4

・その少女は、元の世界では家庭環境面で追い詰められて死ぬ寸前だった。召喚者はそんな少女を『サキュバス』と名付ける。
 世界の違いのせいで、この世界ではサキュバスの身体は長持ちしない。
 召喚者の義務としてサキュバスの生命を維持するために、他者を犠牲にするしかない、と、覚悟を決める。→第1部-2、4

~~~~~~ ↓ 以降、召喚翌日~8月5日にかけての出来事 ↓ ~~~~~~

・時間の余裕の無い中、サキュバスと召喚者の間で、どうやってサキュバスを生かすのか検討される。
 成功度の見込みから、サキュバスとして1個の人格と身体を持つよりも、他者の身体を襲って元の人格と融合することが選ばれる。→第1部-2

・必要なのは融合する相手と、その融合魔術のための生贄。(★そして、魔術によって、相性の良い相手が探される。居場所の探知等で魔力を多大に使用)
 融合相手に選ばれたのは、民間人の女子高生、毛利 蘭。一方で生贄に使う者は、民間人の犠牲を避けたい召喚者の強い希望で、拘置所にいる未決囚2人、と決まる。→第1部-4

(★サキュバスと召喚者、融合前に、毛利 蘭の周りの人間も調べる。分析の魔術で蘭の身近に居る者達(主にコナン)の厄介な因果も見抜く。
 面倒な相手を融合相手に選んだのだと悟ったが、他にふさわしい者を探す余裕はなかった)→第3部-3

・とにかく必死になって計画を練り、間に合わせの素材で必要な魔道具を作り上げてから、サキュバスは召喚者の元を出立する。
 この時点で、召喚者は魔力不足でかなり苦しんでいた。→第1部-3

~~~~~~ ↓ 以降、8月6日の出来事 ↓ ~~~~~~

午前0時頃
・サキュバス、大阪拘置所に侵入、坂田 祐介を誘拐。
 にわか作りの魔術符を使用したせいで、連れ去る転移魔術の使用時に音が発生+坂田が居た独居房の壁や床をえぐる。→第1部-3
 また、転移魔術の影響で独房の監視カメラ等も破壊されている。独房には大量の魔術符の残骸が残される。→第1部-1

深夜
・サキュバス、坂田と公園で会話。坂田は、サキュバスの魔術を見せつけられ、死の宣告を受け入れざるを得ない。
 もう1人の生贄予定者が因縁のある相手だと知らされて、サキュバスの前で思い切り哂う。→第1部-エピローグ

午前1時55分
・サキュバス、坂田を伴って大阪のゲテモノ料理屋「天界」に移動。結界を展開した空間で、坂田を殺害。→第1部-プロローグ
 魔術の生贄とするため、遺体から内臓等を抉って持ち去る。現場には坂田の遺体と魔術符の残骸が残される。
 (★作業時、結界に使った魔術符の暴発で、坂田の遺体が壁に叩きつけられている。その模様が)店外で撮影された監視カメラに、妙な映像として記録される→第1部-1

・またサキュバスは、店主の奥さんが店に忘れていた携帯を発見、拝借して遺体の写真を撮影。以後、この携帯を持って移動する。→第1部-3
 (★その後サキュバスは携帯の電源を切った上で、魔術で、大阪から東京へ一気に転移)

午前5時頃
・「天界」の店主、店内でズタボロになった坂田の遺体を発見。即座に警察に通報。→第1部-1

午前7時15分
(★服部 平次、大滝警部の知らせで坂田の失踪と遺体発見を知る。捜査情報を聞き出した後、即座にコナンに電話して知らせる)→第1部-1

午前11時15分
(★大阪府警の刑事部長室にて、本部長と刑事部長に、坂田殺害事件の一応の捜査結果が報告される)→第1部-1

正午頃
・サキュバス、東京の葛飾区小菅にある東京拘置所に侵入、沼淵 己一郎を誘拐。現場には坂田を連れ去った時と同様の証拠が残される。→第1部-1

午後1時
(★平次、坂田の事件について大滝警部から聞き出していた情報を元に、コナンと推理の電話。
 推理途中でまた大滝から知らせが入り、沼淵の失踪を知る。即座にコナンに電話して知らせる)→第1部-1

正午~午後2時の間
・大阪拘置所の坂田に続く、東京での沼淵の失踪を受け、警視庁に捜査本部が立ち上がる。
 この時点では、原作によく登場する警視庁捜査一課の面々(=目暮・佐藤・高木etc)は、普通に捜査に関わっていた。

午後2時半頃
・サキュバス、米花町の和食店だった建物で沼淵を殺害。坂田と同様の殺害方法で、同じように内臓等を抉って持ち去る。現場には遺体と魔術符の残骸が残される。
 サキュバスは拝借していた携帯で沼淵の遺体を撮影。→第1部-2

午後2時53分~3時15分
・サキュバス、坂田と沼淵の遺体写真をネットのアップローダーに掲載。証拠写真として提示の上、ネットの掲示板で自分の事情を暴露。
 掲示板住民と安価でやり取りしつつ、警察関係者との質問も募集する。→第1部-2

・書き込んだのは警視庁捜査一課の高木と白鳥。大阪府警の者もこのやり取りを見ていた。
 この時に書き込んだのは、異世界人だという主張、召喚された時の召喚者とのやり取り、自首出来ない事情、融合魔術を行うということ、等。
 書き込みの後、サキュバスは携帯の電源を切って現地から移動。(★移動手段は魔術での転移)→第1部-2

午後5時30分
・この時までに沼淵の遺体が発見され、警視庁の捜査本部に報告が行く。→第1部-3

午後6時
(★魔術で姿を隠したサキュバス、部活帰りの毛利 蘭を発見、捕捉。その後、蘭を襲って意識を失わせ、誘拐する)→第1部-3

午後6時25分
・この時点でサキュバスは、蘭を都内某所の雑居ビル2Fの空き部屋に連れ込んでおり、融合魔術の準備も完了していた。
 その状態で、蘭のスマホからネットの掲示板に遺言を書き込む。
 融合魔術の相手が一般人であること、元の世界に戻れない理由、そして警察に向けて、融合魔術の現場から光が出ている間、現場に近づかないように警告を書く。→第1部-3

午後6時33分
・サキュバス、都内某所の雑居ビルで、蘭に対する融合の魔術を開始。→第1部-3
 以降、現地の魔術陣から、盛大に青い光の発光が続く。→第1部-4

午後6時38分
・雑居ビルの発光を目撃した通行人、交番に申し出る。即座に警察官が現地を確認。→第1部-4

午後6時40分~午後7時30分の間
・警視庁の捜査員、現場の雑居ビル周辺を封鎖。サキュバスの最後の書き込みに、魔術が暴発すれば爆発するかもしれないと警告が有ったため。
 現地対策本部は、現場のビルのはす向かいの、別のビル内に設置される。万一爆発した場合の巻き込みを考慮したため。
 また、現場ビルの内部(2階に続く階段)で、まとめて置いてあった毛利 蘭の制服・カバン・スマホなどが回収される。→第1部-4

・蘭の帰りを待っていたコナン、サキュバスの最後の書き込みを発見。小五郎に紹介して一緒に読む。
 蘭が帰ってこないので心配になり、小五郎は蘭のスマホに電話。蘭ではなく警察が出て、警察も小五郎もコナンも、「サキュバスの融合相手」=「毛利 蘭」と認識する。→第1部-4

午後7時15分
(★自室のベッドで臥せっていた小泉 紅子、現場の状況をネットの生中継で観察する。
 光る現場を撮影すると機材が砂になって壊れる。中継には野次馬しか映っていない)→第1部-4

午後7時38分
・小五郎とコナン、現地対策本部に到着。捜査本部の者から説明を受ける。警察も、爆発しないように祈りながら現場を見守るしかない。
 警察は現地に様々な機械を向けて、壊れない機械を探っている。カメラは壊れる。放射線の測定器は壊れない。融合魔術の光は青いが、放射線では無い。→第1部-4

~~~~~~ ↓ 以降、8月7日の出来事 ↓ ~~~~~~

午前4時
(★『サキュバス』の人格が融合した『蘭』(=以後、『彼女』と表記)覚醒。ぼんやりとした頭でも、魔術の成功は悟る。
 『サキュバス』の元の身体は、魂も魔力も抜けて真っ白になっていた。その身体は1日経たずに砂になるだろうと推測。使用した魔道具もおそらく砂になっている)→第1部-4

・現場の光が止んだため、救急隊員が踏み込む。意識が朦朧とした『彼女』と、『サキュバス』の身体を搬送。『彼女』の救急車には、父親である小五郎が付いて来る。→第1部-4

・以降、『彼女』は意識不明となり、東都警察病院で眠り続ける。
 『彼女』の身体は無論検査された。染色体は人間のまま。身体の見た目も『蘭』のままだが、左胸周辺の皮膚が白っぽくなっていた。→第1部-エピローグ

時刻不明
・いつもの捜査1課の面々(=目暮・佐藤・高木etc)、サキュバス事件の捜査から外される。
 顔見知りの女子高生(=毛利 蘭)が事件に巻き込まれ、捜査に当たるのにはふさわしくないと判断されたため。→第2部-5

午後6時
・警視庁の刑事部長室に、謎の赤い光と共に便箋とネズミの死骸が出現する。
 同時に、室内で通電していたあらゆる物が故障する。→第3部-9

・便箋によると、刑事部長宛の手紙と贈り物が、召喚者の魔術で刑事部長室に転移してきたようだった。
 便箋にはサキュバスについての今後の理想等が記載されていた。召喚者がキレた場合、魔術で何かするとほのめかした上、蘭の身元が秘匿されるよう要求。
 また、この便箋等の出現自体を隠すようにも要求していた。→第3部-9

・その日の内に、警視庁の上層部は、召喚者の手紙にどう対応するか極秘協議を行う。魔術の得体が知れないため、要求に従うしかないと判断する。
 手紙が出現したことは、出現を目撃した刑事部長と秘書、警視庁+警察庁の極一握りの上層部、手紙と部屋を調べる鑑識達だけの秘密になる。
 刑事部長室は証拠保全のため使えない。会議室を転用し、臨時の刑事部長室として使う。部屋を変えた表向きの原因は、単に「電気系統の故障」と発表することにする。→第3部-9


・佐藤と高木、夕飯を一緒にお店で食べる。共に、翌日は非番だった。
 それから雰囲気が出来上がり、賢橋町のホテル「ハニーロード」に宿泊する。

・実はこの時点で、共にB型肝炎ウイルスに感染している身だった。結果、お互いにウイルスをうつし合う。
 ただし自覚症状はこの段階では皆無。2人とも感染に全く気付いていない。
 ちなみに「ハニーロード」での雑談で、『サキュバス』の事件が話題になった。→第2部-5

~~~~~~ ↓ 以降、8月8日の出来事 ↓ ~~~~~~

・警視庁の刑事部全体に、刑事部長室の変更が通達される。部屋を変えた原因は「電気系統の故障」と発表された。→第3部-8

・終日、『彼女』は東都警察病院で眠り続けた。『蘭』の両親とコナンが見舞う。→第1部-エピローグ

~~~~~~ ↓ 以降、8月9日の出来事 ↓ ~~~~~~

・この日のうちに、坂田・沼淵殺害事件の現場の遺留品は砂と化した。警察が収集できた物のうち、残ったのは坂田と沼淵の遺体のみ。→第3部-10

昼頃
・東都警察病院で『彼女』が覚醒。人格の変化が確認される。見た目は完全に『蘭』なのに、声色が少し変わり、口調は『どこか面影があるけど違和感がある』程度に変化。
 『蘭』の両親はショックを受けた。また、幼い心への負担を考えて、コナンの見舞いを禁止する。→第1部-エピローグ

~~~~~~ ↓ 以降、8月11日の出来事 ↓ ~~~~~~

午前10時35分
・大滝警部、東京に出向き、東都警察病院で『彼女』を聴取する。その聴取のしつこさに『彼女』がキレて、魔術で彼に『サキュバス』の記憶を見せる。
 見せたのは、8月6日深夜の公園の『サキュバス』と坂田の会話。その魔術で大滝は錯乱、『彼女』の顔を思い切り殴る。→第1部-エピローグ

午前10時36分
・大滝が我に返ると、自身の身体は他の刑事達に取り押さえられていた。
 『彼女』は意識を失い、ベッドに倒れ込んでいた。以後、また眠り続けることになる。→第1部-エピローグ

午後2時~
(★大滝の殴打事件を知った平次、コナンに電話。コナンはこの時点で殴打事件を把握済。コナンは『彼女』の今後を案じる)→第1部-エピローグ

~~~~~~ ↓ 以降、8月12日の出来事 ↓ ~~~~~~

・終日、『彼女』は東都警察病院で眠り続ける。→第2部-プロローグ

~~~~~~ ↓ 以降、8月13日の出来事 ↓ ~~~~~~

午後3時40分
・『彼女』が覚醒。看護師2人と医師が目覚めの瞬間を目撃する。
 即座に『彼女』は、とある魔術が発動しっ放しで止められないことに気付いた。それは「他人の、直近の性行為の情報を見抜く」魔術。
 以降、『彼女』は周囲の人間の性行為の記憶に晒され続けることになる。→第2部-プロローグ
 
・『彼女』は、このまま魔術の自動発動が続けば、魔力欠乏で遠からず廃人化して死亡すると即座に悟った。
 解決のために召喚者の元に逃げることにも思い至り、だから『彼女』は、魔力の自動発動の事は医師達に明かさないことを決める。
(★なおこの時、自身の下腹部の感触から月の障りが近いうちにあることも悟った)→第2部-プロローグ

時刻不明
・覚醒した『彼女』を『蘭』の両親が見舞う。
 『蘭』の両親は『彼女』に少年事件専門の弁護士を付ける事を提案し、『彼女』に受け入れられる。
 その弁護士は明日『彼女』の病室に来ることになった。→第2部-2

・『彼女』の方は、日記用としてノート、ボールペン、下敷き、そして近日中に必要になりそうと明かした上で生理用ナプキンをねだった。
 これらの要望は英理に受け入れられ、翌日病室に持って来ることになる。
 また『彼女』は「コナン君に会いたい」とも発言。これを受けて『蘭』の両親は、コナンを明日見舞いに連れて来ることを決断。→第2部-1、3、11


・毛利探偵事務所の風呂が突然壊れる。小五郎もコナンもこの日は入浴出来なかった。明日の朝、見舞いに行く前に銭湯に行くことにする。→第2部-1

~~~~~~ ↓ 以降、8月14日の出来事 ↓ ~~~~~~

深夜~午前8時頃
・『彼女』の病室は、東都警察病院の7階の703号室。
 この病院の7階は訳有り患者用の階で、病室の前にそれぞれ見張りの警官が立っている。→第2部-1

・『彼女』の魔術はずっと発動中。入室してきた病院職員はもちろん、廊下で見張り中の婦警の、直近の性行為の情報も見抜く。
 午前8時頃まで見張りに立っていた婦警は、彼氏2人との行為中に覚せい剤に手を出していた。気持ちの悪い記憶に晒され、『彼女』の安眠が妨害される。
 視えた情報は、8月4日の米花町の「ハニーロード」というホテルでの行為と分かる。婦警の名前(琴美)も把握する。→第2部-3、第3部-1、3

午前9時
・小五郎、コナンを連れて行った銭湯で、見知らぬ中肉中背の中年男性に声を掛けられる。
 星威岳 吉郎と名乗った男性は、「他県で探偵をしている。小五郎は同じ探偵として憧れだ」「自分は、以前は都内である探偵の助手をしていた」と言う。
 小五郎は誰の助手だったのか問うが、星威岳探偵は言葉を濁してその場を立ち去った。→第2部-1

午前10時30分~51分頃
・コナンは『彼女』の覚醒後、初めて『彼女』を見舞う。『蘭』の両親が見守る中で、『彼女』と会話を交わす。
 『彼女』はどう呼ばれようとこだわらないらしい。コナンは『蘭姉ちゃん』と呼ぶことにする。
 また、『サキュバス』という名は召喚者から与えられたものと分かる。異世界での本名は名乗らないし、今後も名乗る気は無いらしい。→第2部-1

・警察は『サキュバス』が召喚者のところに居た時の事を訊いて来るが、『彼女』は何も話していない。「その時の記憶は、融合後に砂になった身体に置いてきた」と。
 他にも召喚者の事を喋らない理由は有るそうだが、その理由を『彼女』は答えない。
 ただ「ヒントをあげるから推理してみるといい」とコナンに告げ、4つのヒントを提示。→第2部-2

・『彼女』は小五郎とコナンにミルクティーをねだった。「両親が依頼した弁護士が来るので、病室で弁護士達と話す間、席を外して自販機で買ってきてほしい」と言う。
 少年事件専門の弁護士2名が言う通りに来た。共に女性弁護士の七市 里子氏と神代 杏子氏。
 「弁護士が女性でよかった。男性には言いづらい相談事があったから」と『彼女』は発言。
 ミルクティーを飲む許可も医師から出た。小五郎とコナンは病室を出て、6階の談話室の自販機でミルクティーを買い、時間を潰すことにする。→第2部-2

午前10時52分~午前11時14分頃
・病室で『彼女』と弁護士達との会話が始まる。前の日にねだっていたノート類で、『彼女』は筆談を開始。
 「他者の、直近の性行為の情報を見抜く魔術」が発動状態であることを打ち明ける。魔術が止められないことと、見張りの婦警の薬物吸引疑惑も。
 また、弁護士達に、サキュバス事件の報道具合について質問した。→第2部-3

午前10時54分~午前11時14分頃
・小五郎とコナン、6階の談話室で遺体を発見。テーブルに突っ伏して眠っているように見える、毛布を被った男性。
 だがリュックサックと毛布をめくった下の背中に、まっすぐナイフが刺さっていた。
 リュックサックにはナイフの柄が嵌り込むくらいの切れ込みがあった。明らかに殺人事件の被害者だと分かる。→第2部-2、4

・被害者は、中年の、かなり太った男性。顔を見て、朝銭湯で会った星威岳探偵に似ているとコナンは感じる。
 但し体格が違う(星威岳探偵は中肉中背、この被害者は太っている)ので、別人であることは明らかだった。→第2部-4

・現場に駆け付けた看護師が警察に通報。コナンも7階に駆け上がり、廊下で立っている警官を呼んだ。警官2名が6階談話室を封鎖。
 第1発見者であるコナン達は談話室から離され、空き病室の603号室へ移動。以後そこで警官と待機。→第2部-4

・殺人の捜査のため、本庁から目暮警部・佐藤刑事・高木刑事がやって来る。
 彼ら捜査一課の者達は、小五郎達に、現場を発見した状況を説明するように求めた。でも、その前に小五郎が英理に電話したいと申し出、受け入れられる。→第2部-3

午前11時15分
・弁護士達が『彼女』の筆談文章を読み込んでいる最中に、英理の携帯が鳴る。真下の603号室に居る小五郎からの電話。
 「6階談話室で殺された人の遺体を発見した。警察に協力するためミルクティーを持って来るのが遅くなる」とのこと。『彼女』は了解する。→第2部-3

午前11時16分~27分頃
・603号室で小五郎達の聴取開始。この病院に居る理由を訊かれた小五郎は「娘の見舞い」と答えた。
 逆に小五郎は「警部達は『蘭』の事情を知っているのか」を問う。「目暮達3人は、『蘭』が入院した経緯(=サキュバス事件)を知っている」と、佐藤が明言。→第2部-3

・小五郎達は、談話室の自販機を目指した理由と、『彼女』が弁護士達と、病室で女性だけの相談事をしていると目暮達に明かす。
 談話室で遺体を発見してから、警官を呼ぶまでの経緯も説明。→第2部-3、4

午前11時18分~44分頃
(★『彼女』の病室にて、『彼女』が筆談した内容を読み、弁護士達がボールペンを取った。悩みながら3人交互に文章を連ねていく。
 サキュバスの事件は大々的に報道されているが、『蘭』の身元に繋がる情報は漏れていない。
 直近の性行為を見抜く魔術については、証拠が欲しい。英理と小五郎について視えた事を教えてほしい、と書く)→第2部-4

・『彼女』は求められた通りに英理達の情報を書いた。
 その情報は英理の記憶通りで、かつ、『毛利 蘭』が知りようが無い日時・場所での行為だった。行為中のやり取りも言い当てられた英理は、魔術のことを信じる。
 以後、弁護士達は『彼女』が明かした魔術の件については真実、という前提で話をすることにする。→第2部-4、第3部-1

午前11時28分~40分頃
・603号室で目暮達による聴取が続く。
 刺された男性の身元は、「現在入院している星威岳さんの長男ではないか」と看護師が証言。長男と次男が居るが、長男は名字が違うらしい。
 星威岳という名字から、コナンは「今朝銭湯で会った探偵さんは、実は次男かも」と証言。名字が合致して顔が似ているから、有り得なくはない。→第2部-4

・小五郎は「この事件の捜査に関わって良いのか」を目暮達に質問した。
 『蘭』がサキュバス事件で『被害者』兼『加害者』になってしまったから、そんな身内が居るのに捜査に関わって良いのかを気にしている。
 目暮は「この件に関しては協力を頼む」と言った。その上でコナンに、『彼女』の病室にミルクティーを買って持っていくよう指示。佐藤にも付いて行くよう命じる。→第2部-4

午前11時41分~午前11時54分頃
・コナンが佐藤と追い出された603号室で、目暮は医師と看護師にも、礼を言った上で部屋から出す。
 小五郎は目暮に向き合い、「警察への捜査協力はこの事件をもって最後にしたい」と申し出る。身内が被疑者に居る状況で、捜査協力をし続けるのは流石に不味いから。
 目暮は受け入れざるを得ない。

午前11時45分~52分頃
・『彼女』と弁護士達が居る703号室に、他の階の談話室で買ったミルクティーを持ったコナンと、佐藤が来る。
 ミルクティーを受け取った『彼女』は、魔術で自動的に、佐藤の直近の性行為を見抜く。
 (★それで引っ掛かる箇所があったから、とっさの判断で)『彼女』は佐藤に話し掛ける。→第2部-5

・『彼女』は、「捜査本部に伝言してほしい事がある」と佐藤に言い出す。その上で「佐藤はかつてサキュバス事件の捜査に関わっていたのではないか」と推理、佐藤は認めた。
 捜査本部に伝えて欲しいのは、「警視庁宛てに、後で書面で苦情を言うかもしれない」ということ。「その苦情の内容は、弁護士とすり合わせてないから話せない」とも。
 佐藤は「捜査本部に伝える」と約束する。→第2部-5

・『彼女』は、佐藤の直近の性行為を見抜いていた。
 3月7日夜、相手は高木、賢橋町の「ハニーロード」。互いに肝炎に感染していて、この行為で互いにうつし合っている、と。
 (★話しかける間に丁寧に記憶を覗いて解析したから、ほぼ間違いないと確信。でも弁護士達には明かさない)→第2部-5、第3部-8

午前11時55分~午後12時5分頃
・佐藤とコナン、目暮達が居る603号室に戻る。(★医師と看護師が消えており、部屋の空気が若干重い。小五郎達は何か深刻な事を話していたのでは、とコナンは推測する)
 佐藤が、皆の前で『彼女』とのやり取りを報告。『彼女』が警視庁に言うかもしれない苦情が何なのか、小五郎にもコナンにも心当たりは無い。
 コナン達が銭湯で会った人物について、目暮が詳細を質問。被害者(と推定される男性)の弟は、今朝会った探偵と同じ、「星威岳 吉郎」という名前だった。
 もうすぐこの病院に来るので、聴取すれば、銭湯で会った探偵と同一人物かどうか分かるはす。→第2部-6

・監視カメラを確認していた警官から報告が来る。事件現場の談話室内にはカメラは無かった。廊下には有り、談話室への出入りは撮れていた。被害者含め4人の出入りがあった。
 佐藤刑事を被害者の弟の対応に残し、それ以外の面々は監視カメラの確認に向かう事にする。→第2部-6

午後12時~午後12時48分頃
・この間、『彼女』の病室に昼食が配膳される。コナンが持ってきたミルクティーを飲みつつ、食べる。飲み終えた後の空き缶は、食器回収のついでに捨ててもらう。
 なお、昼食の前後も弁護士達と筆談は続いている。→第2部-9

(★昼食後に『彼女』は病室内のトイレに入る。この時、予想通り、英理にねだったナプキンを使う時が来た)

午後12時8分~午後12時10分
・東都警察病院は、守衛控室が実質的な監視ルームになっている。守衛控室に向かう4階の廊下で、コナンが付いて来るのを小五郎が咎める。
 が、目暮が止めた。「いいだろう、この事件で最後だから」と。コナンは目暮を追及しかけるが、小五郎の視線を受けて黙った。
 (★ミルクティーを持って行っている間、捜査協力をもう止める約束をしたのか? と、コナンは推測)→第2部-6

午後12時11分~午後12時35分
・目暮達は、守衛控室で監視カメラの画像を見る。確かに事件現場の談話室には、今朝、4人分(正確には成人4人と赤ん坊1名)の出入りがあった。
 まずモップを持った清掃員が出入りし、それから1時間以上間が開いた後で、赤ん坊入りのベビーカーを押した女性、毛布を持った被害者、右手首を吊った老人が立て続けに入る。
 つまり実質的な被疑者は、女性と老人の2名。共にナイフを入れられる大きさの荷物を持っていた。→第2部-6

・目暮の携帯に着信。佐藤からの電話。
 被害者の弟が病院に来た。被害者の身元は、看護師の証言通り「入院患者(星威岳氏)の長男」で間違いない。→第2部-6

午後12時36分~午後12時46分
・603号室。佐藤は、被害者の弟である星威岳 吉郎氏からの情報を目暮に報告する。被害者の名は「夢見 竜太郎」、職業は俳優。
 「他に被害者の家族が居ないのか」と、「父親が入院してからの兄弟の動き」を聴きとるよう目暮から指示。→第2部-7

・佐藤は指示に基づき、星威岳氏から情報を聴き取る。被害者は夢見家に婿入りしたが、交通事故で婿入り先の家族を一気に亡くした人。
 家族を失ったストレスで激太りして父親に心配され、名字を戻さないまま実家の物件(父親の隣室)に住んでいた。
 その父親はこの警察病院で意識不明で入院中。母親は早くに亡くなっているので、被害者の顔を確認できるのは実の弟のみ。→第2部-7

・父親はきのうの午前3時半に腹痛で搬送され、盲腸の緊急手術を受けていた。兄の夢見氏はずっと付き添っていたが、群馬在住の星威岳氏はきのう夕方に病院に駆けつける。
 そのまま星威岳氏は兄の部屋に泊まるはずだったが、昨夜病院から「お父さんの容態が急変した」と電話を受け取る。兄弟は病院にまた駆けつけて一晩を過ごした。
 日付が変わり今日の朝、星威岳氏は銭湯に行った後で、前から約束していた人に会いに行った。被害者の夢見氏は、最期まで病院に居たはず。→第2部-7

・星威岳氏は1年ほど前まで、東京で金田という探偵の助手をしていた。金田探偵は病気で引退して亡くなり、星威岳氏はそれを機に独立して群馬で探偵をしている。
 一方、金田探偵事務所と全く同じ場所で、今は金田探偵の甥が「金田税理士事務所」を開いている。その事務所に星威岳氏宛ての脅迫状が来ていたという。
 「毎日届いて気味が悪い。内容を見に来てほしい」と言われ、今朝は脅迫状を見に行っていた。脅されている本人には心当たりが無い。→第2部-7

午後12時47分~48分
・星威岳氏の聴取が終わった直後に、目暮から佐藤に電話。聴取内容を報告した後で目暮から指示が出た。
 「犯行時間に談話室に入った被疑者は2人居るが、そのうち1人は606号室に居る。片手を包帯で吊った年配の男性だ。事情を聴きに行ってくれ」
 「被疑者は2人だが、別々の時間帯に入退室していてどちらが犯人なのか断定できない」とも。→第2部-8

午後12時49分~午後12時52分頃
・コナンは、『彼女』が入院する703号室に入る。病室には変わらず、『彼女』と弁護士達が居る。
 捜査協力の邪魔になるから、小五郎はコナンにこの部屋で待つよう指示を出していた。
 この病室に居ていい、と、コナンは『彼女』の了承を得る。弁護士達とは大体筆談だから、書いている内容を覗き込まなければ大丈夫らしい。→第2部-9
 
・小五郎達は、もう一人の被疑者(ベビーカーを押した女性)の聴取のために隣の705号室に向かっている。
 『彼女』は、隣の部屋に向かう人の流れを察知した。構造上、廊下の人の移動は分からないはずなのに。
 何でそんな動きが分かるのか、「召喚者のことを言わない理由のヒントが、密接に関係している」と『彼女』は言い、コナンに探偵らしく考えてみるよう挑発。
 コナンは音楽を聴きながら(★実はイヤホンで小五郎達の声を盗聴している)、思考に集中することにする。→第2部-9

午後12時49分~55分頃
・佐藤は指示通り606号室に入る。制服警官の他に、腕を吊った老人と、意識不明の女性患者(酸素マスク・心電図付き)が居た。
 喋りになまりのある老人は、霧島 権兵衛と名乗る。女性患者は妹で、いつ死んでも不思議でない肺癌の末期患者。九州から見舞いに来たという。
 彼は談話室に入った事は認めた。「自販機のお茶を買うために入った。毛布を被ってテーブルに突っ伏している人が1人居たが、話し掛けていない」と証言。→第2部-8

・右腕のギプスは地元での交通事故によるもの。道を歩いていたら近くで車同士が衝突し、タイヤが飛んできた。避けたが、腕にぶつかって手首を脱臼した。
 また霧島 権兵衛氏の妹は東京の杯戸で、息子と嫁と一緒に住んでいた。息子は医者、嫁は元看護婦。妹も医者。
 ただ妹は酷いヤブ医者で、医療ミスで患者を死なせて刑事裁判沙汰になっていた。まだ地裁の判決前だが、肺癌のため亡くなって裁判打ち切りになる見込みが強い。→第2部-8

午後12時51分~午後12時58分頃
・目暮と高木と小五郎、そして婦警が705号室に入る。監視カメラに映っていた女性とベビーカーの赤子、ベッドの上で酸素マスクを着けて眠る若い男性患者が居た。
 女性は談話室での殺人を知らなかったようで、事情を聴き非常に驚く。女性の名は蜜葉 鐘衣、入院中なのは夫で、連れている赤子は夫婦の娘(1歳1か月)だという。
 夫の病名はクロイツフェルト・ヤコブ病。万引きで捕まり、地裁判決は出たが高裁判決はまだ。盗癖持ちで、盗んだ瞬間のビデオもあるのに足掻いていたらしい。→第2部-9

・703号室では『彼女』と弁護士達の筆談が続いていた。『彼女』は、他人の直近の性行為を見抜く魔術で、誰がどこに居るのかを見抜いていた。
 すなわち、非童貞と非処女限定のレーダーそのもの。当然だが小学1年男児が童貞捨ててるはずがなく、仕組み的にコナンは感知出来ない。
(★コナンは、新一だった頃も、そういう行為の経験は無い。だからこの魔術で感知されるはずがない)
 誰がどこで交わったのかも筆談で書いたため、弁護士がノートのページを切り取って持っておくことを提案した。『彼女』は了解する。→第2部-10、第3部-2

午後12時59分~午後1時20分頃
・小五郎達は705号室で蜜葉 鐘衣氏を聴取する。「談話室で飲み物を買おうとしたが、娘がグズり掛けたのでなだめていた」。「その後は障碍者用トイレを利用した」、らしい。
 「最初は談話室の中には誰も居なかったが、途中から毛布を持った太った男の人が入ってきて、テーブルに突っ伏して眠り始めた」とのこと。
 目暮の「持っているバッグを見せて頂けないか」という要請には、彼女は「男の人に見せたら困る物を選り分けさせて下さい」と懇願。その分は婦警が見ることに。→第2部-10

・荷物を選り分けた後の雑談の中で、蜜葉 鐘衣氏は、「まさか警察病院で男の人が刺されて殺されるなんて」と発言。
 小五郎は、「誰がどうやって殺されたのか、我々は意図的に全く喋っていないのに、何で知っているのか」を問い掛けた。
 その後の反応で、この失言は自白と同じだと部屋に居た皆(★プラス、隣の病室で盗聴しているコナン)が理解する。→第2部-10、11

・蜜葉 鐘衣は殺人を認めた。金田探偵と助手の星威岳の推理ミスで、勤め先の社長の殺害疑惑が掛かり、夫と夫の兄は失職するに至った。
 せめて金田探偵に謝罪を要求しようとしたが、探偵事務所は親戚の税理士事務所になっていた。金田探偵は体調のせいで事務所を畳み、直後に亡くなっていた。→第2部-11

・夫の兄は仕事を見つけたが、夫はそうでは無かった。ストレスで万引きで逮捕され、のち発病して入院。
 蜜葉 鐘衣は嫌がらせで星威岳相手に脅迫の手紙を送っていた。そんな日々の中、きのう病院で星威岳探偵を発見した(と思い込む)。
 「星威岳」のプレートがついた病室に入って行ったから、運命の巡り会わせだと思った。殺害のチャンスは、今日、来た。→第2部-11

・目暮は蜜葉 鐘衣を一喝する。「アンタが殺したのは別人だ!」と。殺害されたのは夢見 竜太郎。顔がそっくりだが体格の違う、星威岳探偵とは名字の違う実兄。
 「1歳の子が居るのならば、まずその子のことを考えなかったのか」と説教の上で、連行する。→第2部-11

午後1時19分~午後1時30分頃
・703号室にて、隣室での事情聴取終了を『彼女』は魔術で感知。弁護士達との約束の通り、筆談に使ったノートを破いて弁護士に渡す。
 直後、小五郎が『彼女』の病室に入って来る。小五郎はノートの使用に気付いて、何かに使ったのか質問。
 筆談に使った事をコナンがバラす。ただ『彼女』も弁護士達も、「男の人に読まれたら困る」として、筆談の内容は教えない。→第2部-11

・『彼女』への、英理からの差し入れがノートだけではない事を、コナンは初めて知った。何を差し入れたのか英理は答えず、『彼女』からはヒントが出る。
 そのヒントから導かれる答えは「ナプキン」、おまけに『彼女』が今日から使っている状態だとも知らされ、コナンは狼狽える。→第2部-11

・『彼女』は突然、真剣な顔で小五郎に問い掛ける。
 「今の人格の状態で、もし仮に『わたし』が何か人生に関わる決断をしたとして、『お父さん』は、その決断を応援してくれるのかな?」
 小五郎の回答は、「内容による。娘の人生を左右するものなんだから、それこそ無条件に応援するなんて言える訳がない」
 常識的な内容だが、『彼女』は予想外の泣き笑いの顔を見せる。『サキュバス』の記憶が余計に惨めになったから。『サキュバス』の父親はロクな親じゃなかった。→第2部-11

・『彼女』は、『蘭』の両親に向き合った。
 「これから『わたし』は、色んな決断をすると思う」「その決断がどれだけ馬鹿馬鹿しいものに見えたとしても、それは考え抜いた末のことだと頭に入れておいてほしい」
 また、コナンに対しては「召喚者の事を喋らない理由、明日か明後日に答え合わせをしよう」と提案。
 コナンは、『彼女』の脱走なんて想像だにせず、病室での答え合わせを思い浮かべて了解する。
 もっとも、『彼女』は病院からの脱走と、その後のインターネットで事情を暴露することを密かに決めていたのだが。→第2部-11、第3部-2

午後9時36分
・『彼女』、召喚者の元へ脱走。個室のトイレの内部で、(★召喚魔術での繋がりをベースにした)転移の魔術を使う。洋式便座の蓋の上にノートを広げて、書置きを残しておく。
 (★魔術には、哺乳類の体液を用いた転移の符が必須。『彼女』は、ノートと、自前の経血を使った。もっとも、魔道具としては簡易の極みで、性能は安定せず。
 召喚者から魔力の補助を得て、何とか転移が成功する)→第2部-エピローグ、第3部-プロローグ

(★転移した先は、召喚者の屋敷。そもそもの始まりとなった、異世界からの『サキュバス』の召喚が行われた部屋。召喚者は黒い仮面を着けて立っていた。
 絶対に素顔を見せず、名を明かすことも無く、必要なときは『サキュバス』の故郷の言葉で『Reune(あるじ)』と呼ぶように命じた、召喚者。
 懐かしい部屋で召喚者と向き合い、『彼女』は病院から脱走してきた理由を話し始める)→第3部-プロローグ

午後9時37分~44分の間
・東都警察病院の看護師、『彼女』が703号室から居なくなっていることに気付く。
 見張りの警官と看護師が部屋に入り、トイレの状態から脱走だと即座に判断。捜査本部と『蘭』の両親に連絡が行く。

午後9時45分~午後9時52分頃
(★コナンは平次と電話し、今日発生した殺人事件の顛末を話す。
 被害者の夢見氏はどうも生前AV男優だった。被害者の父は盲腸で亡くなった。被害者の弟の星威岳探偵は、混乱しつつ毛利探偵事務所にお礼の電話を掛けてきた。
 入院中の『彼女』のことに話が及び、コナンは『彼女』が出したヒントについて話を振ろうとする。が、小五郎がやってきたため通話を終了せざるを得ない)→第2部-エピローグ

(★勢い良く部屋に入って来た小五郎は「『蘭』が病院から消えた」とコナンに告げる。
 警察病院へ向かう間、コナンを阿笠博士の家に預けようとする。でもコナンは、「僕も病院についてく」と言い張り、実際に付いて行った)→第2部-エピローグ

午後10時10分
・この時点で、『彼女』の病室のトイレを鑑識がしつこく調査中。
 『彼女』の転移魔術の結果、トイレの壁は一部変色、床は砂まみれになっていた。便座には彼女の書置き付きのノートが残っている。→第2部-エピローグ

深夜
・小五郎、コナン、英理、トイレに残された『彼女』の書置きを警察から見せられる。
 小五郎と英理は、保護者として娘である『毛利 蘭』の捜索願を提出。→第3部-2、9

~~~~~~ ↓ 以降、8月15日の出来事 ↓ ~~~~~~

朝~昼前
(★召喚者と『彼女』、起床後、改めて今後について協議する。『彼女』の生存のためには、誰かを悲しませることが前提。
 今後、どんな風に感情に折り合いをつけるか、どんな術を使うか、誰にどこまで情報を明かすかが協議される)→第3部-1、3

・警視庁及び警察庁の上層部は、『彼女』の脱走事件への対応を協議する。『毛利 蘭』の情報は、本来は警察内部限りで手配されるべきだが、この件ではそれすらしないこととする。
 召喚者は7日の段階で、『毛利 蘭』の情報が漏れないように要求していた。召喚者を刺激させるのは不味い。
 漏洩のリスクを考えると、警察内部限りと厳命して情報を流すよりも、そもそも警察内部にすら情報を回さない方が安全。→第3部-9

昼前
・『彼女』の病院からの脱走がニュースになる。→第3部-1

午後11時30分以降~午後12時4分頃
(★召喚者、『彼女』が書いた文章データ入りのSDカードを持って、都内某アパートの女子トイレ個室に魔術で転移。
 隣の個室に向けて手荷物を忘れるように暗示を掛け、携帯電話を入手する)→第3部-1

午後12時5分~午後12時9分頃
・召喚者、『彼女』の文章入りのSDカードを携帯電話に挿し、ネットの掲示板にテキストを貼り付けて投稿する。『彼女』の文章を、召喚者が代理投稿したのだと明記。
 この書き込みで、警察病院での大阪府警とのトラブル、直近の性行為を見抜く魔術のこと、弁護士達との筆談の事実が世間に明かされた。
 魔術の証拠として、検証しやすそうな性行為の情報が2件記載される。共に、警察関係者のラブホテルでの営み。1件は問題無い独身男女の例だが、もう1件がどうも違法薬物事案。
 また、弁護士にも言わなかった事実として、魔術の自動発動が続くと廃人になること、だからこそ生存のために召喚者の元に逃げたのだ、と記載。→第3部-1

・書き込みの後、召喚者は使用した携帯電話を破壊。下水に流して(★転移魔術で)逃走。→第3部-1

・書き込みは即座にネットで拡散。警察への通報も相次ぐ。→第3部-1

午後12時20分~午後12時25分
(★警視庁捜査1課にて、昼食中の目暮の元に松本管理官が来る。「監察と捜査本部から呼び出しが来た。多分この件の確認だ」との前置きで、召喚者の代理投稿内容を見せられる。
 目暮の記憶と辻褄の合う内容の自白。何とか読み通し、苦々しい事だが『彼女』の手段は賢いと感じる。
 直近の性行為を見抜く魔術の件が真実なら、捜査本部の捜査員を再編成せざるを得ないだろう)→第3部-1

・目暮は『彼女』に情報を見られた可能性がある、と管理官に報告する。
 書き込みに載っていた性行為の情報の内、薬物事案でない方は、高木と佐藤の情報かもしれないことも報告。→第3部-1

昼~夕方にかけて
・警視庁は、すぐさま投稿内容の確認に動く。きのう警察病院の7階に行った警視庁の者は、(本来非番だった者を含めて)皆呼び出された。
 調査の結果、投稿に書かれていた性行為の情報のうち、薬物事案のカップル=婦警など3名、薬物事案でない方のカップル=佐藤と高木、が確定。 
 性行為の日時・場所の裏付けも取れ、『彼女』の魔術関係の記述は事実であろうと判断される。→第3部-1、2、3

・小五郎、英理、コナンの3名も捜査本部で聴取を受ける。警察に呼び出された時点で、召喚者の代理投稿は3名とも読了済。皆、『彼女』が書いた文章だとすぐ勘付いていた。
 きのう『彼女』から出された謎の答え合わせは、病室ではなくこの書き込みで為されたのだ、とも気付く。
 警察に対して、弁護士である英理だけは証言を渋った。が、結局、読む限り書き込みの内容に嘘は無い事を、認めるに至る。
 書き込み内容に『彼女』にしか知り得ない情報が書かれていたと、捜査本部も、『蘭』の家族3人も共通の見解になる。→第3部-2

・『彼女』は、魔術で掴んだ人の移動を検知できていた(=つまり、非童貞と非処女限定のレーダーを持っているのと同じ)ことを、捜査本部が把握。
 それを知った捜査員はコナン達の目の前で頭を抱えた。→第3部-2

・逆にコナン達は、捜査本部からの報告を通して情報も得た。
 召喚者の投稿は、これまで事件に全く関与したことのない第三者の携帯からの書き込み。捜査関係者も、『蘭』の家族も、『本人』に付いた弁護士も投稿者からは除外される。
 消去法で、投稿したのは『サキュバス』側の誰か。忘れ物の携帯電話を、召喚者が盗んだ線が濃厚である、と。→第3部-2

(★小五郎と英理は、聴取終了後派手に喧嘩をした。小五郎にとって、弁護士に守秘義務があるのは分かっていても、大事なことを隠されるのは受け入れられない模様。
 喧嘩の結果、英理は泣きながら帰宅。小五郎は帰宅後事務所で酒浸り。コナンはフォローを頑張るが、夫婦仲の崩壊を危惧する状況)→第3部-2

(★『彼女』、転移魔術で阿笠博士宅前に出現、家の郵便受けに封書を直接投函。
 宛名は博士と新一の連名。差出人は蘭の名前。表の面には『親展 17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』と記載)→第3部-2

午後6時15分
(★毛利探偵事務所に帰宅したコナン、平次に電話を掛ける。平次は召喚者の代理投稿を読了済みで、コナンを案じている。コナンは今日の聴取で知った情報一切を打ち明けた。
 一通りコナンが話したタイミングで、コナンのもう1つのスマホに阿笠博士から着信があった。一旦平次との通話を切る)→第3部-2

(★博士は郵便受けにあった『彼女』の封書を発見し、その場でコナンに電話を掛けていた。封書の特徴を知らされたコナンは驚く。
 明日博士の家に向かうから、それまで絶対に封書を開けないよう強く頼む。ただ、この通話では『蘭』が『サキュバス』の事件に巻き込まれたことは話さない)→第3部-2、3

午後7時頃~午後8時30分頃
(★高木、警視庁での聴取が終わってすぐに、佐藤に様子を案じるメールを送る。真っ直ぐに帰宅してから夕飯を食べる)→第3部-2

午後8時30分~午後8時40分頃
(★高木のスマホに、佐藤から電話が来る。佐藤の声はかなり沈んで落ち込んでいる様子。性行為の情報を『彼女』に見られた挙句、ネットに暴露されたのだから当たり前だが。
 佐藤に促されて、高木は自室のテレビをつけた。画面にテロップが出ている。
 例の性行為暴露の書き込みの内、自分達ではない方の当事者が、覚せい剤取締法違反で逮捕された模様)→第3部-2

(★佐藤と高木は、今後どうなるか推測する。TVのテロップになったということは、これからニュースで集中的に掘り下げられる。魔術のことも一から説明されるだろう。
 薬物事案のカップルの方がインパクトがあるのだから、佐藤と高木の方は、忘れ去られてほしい。咎められる要素は無いから、警視庁は、佐藤と高木の所属も名前も伏せるという。
 『彼女』も、何も違法なことしないまま、保護できれば良いんだが)→第3部-2

~~~~~~ ↓ 以降、8月16日の出来事 ↓ ~~~~~~

午前6時30分~午前7時20分頃
(★召喚者宅の地下の個室で寝ていた『彼女』、召喚者に起こされる。召喚者が持って来た水で顔を洗い、召喚者が持って来た朝食を食べる。
 召喚者は顔を晒さないけれど、でも『彼女』との時間は長くとりたがる人。
 仮面を外すところを見られたくないためか、食事は別の場所で摂って、すぐ『彼女』の部屋へ戻ってくる。食後のひととき、『彼女』は新聞を読む)→第3部-3

・日売新聞朝刊1面で『彼女』のことが大きく取り上げられている。
 『彼女』の脱走も、召喚者が代理投稿した『彼女』の書き込みのことも。但し、『毛利 蘭』の身元についての情報は無い。
 書き込みに基づき、婦警など3名が逮捕されたことも明記されていた。婦警の身柄確保→薬物検査→逮捕→聴取→彼氏2人の居場所捜索→確保まで1日掛かっていない。
 (★もう、婦警が『彼女』に接触することは無いだろう、と召喚者は推理。警察にとっての恥さらしの記憶が見えるのだから)→第3部-3

・別の新聞の朝刊ではコラムが載っている。報道機関OBの評論家が書いた、召喚者と『彼女』に宛てた内容で、タイトルが『召喚者と君へ せめて誰も悲しませない選択を』。
(★記事を見た召喚者と『彼女』からは苦笑しか出ない。悲しませる人を全く出さないのは無理。
 もう誰かを悲しませることを前提に、感情にどう折り合いをつけるのかという段階だったから)→第3部-3

午前9時30分~午前9時50分頃
(★コナン、毛利探偵事務所を出て阿笠博士宅に向かおうとする。新一と博士宛てに来た、『蘭』名義の郵便を見に行くのだが、小五郎にそんな事情は話せない。
 「博士の家で夏休みの工作を作る。もしかしたら泊まり込むかも」と言ったら、小五郎は何を作るのか訊いてきた。コナンはとっさに「紙箱で何か作る」と返答。
 小五郎は家じゅうの紙箱を探し始めて、コナンに持たせた)→第3部-3

午前10時2分~午前10時20分頃
(★コナン、博士宅に大量の紙箱を抱えて来る。小五郎から連絡には話を合わせるよう、博士に頼む。
 何故『蘭』の名で手紙が届いたことにコナンが驚いたのか、博士は問う。コナンは、『サキュバス』事件の経緯を、灰原 哀と博士に打ち明けざるを得ない。
 事情を聴いた2人は、『蘭』の件をコナンが秘密にしていたこと、それ自体は受け入れた)→第3部-3

(★ではどうして今、そんな事件に巻き込まれた『蘭』=『彼女』から手紙が来たのか?
 手紙の宛先は博士と新一の連名、『親展 17日までにお二人御揃いの場で開封下さい』と記されている。求められている者が両方居るのだから開封するしかない)→第3部-3

(★手紙は、新一宛。15日昼の召喚者の代理投稿を新一が読んだ前提で書かれていた。
 異世界に居た『サキュバス』は、元々、「他者を分析する・見抜く魔術」を比較的得意とする種族。異世界から召喚された後、融合相手を探すためにたくさんの人を分析した。
 新一が幼児化したことを経緯ごと見抜き、厄介な人間がそばに居ると分かっていながら、『サキュバス』は融合相手に『蘭』を選ばざるを得なかった。
 新一=コナンだと、今の『彼女』は把握している。16日か17日の夜9時半に博士宅の庭で会いたい。警察に通報せずに人払いして待ってほしい、という内容)→第3部-3、4

(★手紙を読み、コナンはこれまでの『サキュバス』の書き込みを思い出す。
 『蘭』に融合する前の書き込みによると、『サキュバス』は黒づくめの組織の存在も把握済のようだった。
 今の『彼女』には、新一がどんな経緯でコナンになったのかも見抜かれている、と考えるのが自然)→第3部-4

(★ある意味では一番知られたくない相手(『蘭』と融合した『犯罪者』)に、コナン=新一だと知られてしまった。
 哀はコナンに、『彼女』が求める通りに会うのか会わないのか、あるいはFBIかどこかに保護を求めるのか、問い掛ける。
 コナンは「会う」と答えた。「人格の混じった『蘭』が、何を考えてこんな手紙を送ったのか、直に会って訊きたい」と理由を言う)→第3部-4

昼~夜にかけて
(★コナンは急ピッチで夏休みの宿題と工作をこなしつつ、哀や博士と話し合う。
 指定の時間に、庭に出ておくのはコナンだけ。哀と博士は室内待機し、盗聴器等で会話を監視。
 『彼女』が求めが犯罪行為の支援である場合は拒絶。それ以外の支援の場合は内容により検討する)→第3部-4

午後9時20分頃
・ネット上のニュースサイトに、『サキュバス事件 捜査本部の謎判断 女子高生の顔も氏名も手配されてない!?』という記事が出る。
 人格を巻き込まれた女子高生(=毛利 蘭)の病院からの脱走後、顔や名前が警察内部で手配されるのが当然であるにも関わらず、それが為されていない、という内容。
 『彼女』や召喚者が降臨したスレッドは、スレ番を重ね、事件に関心を持つ者が集う場と化していた。新規に出た記事として、すぐにリンクが貼られて話題になる。
(★博士宅の2階で待機していた哀は、スマホでの情報収集中にこの記事を把握する)→第3部-7

午後9時20分頃~午後10時
(★紅子の屋敷の執事は、紅子に命じられて、この時間帯に出たサキュバス事件の新規記事をインターネットで収集する。
 記事は全て印刷し、まとめてレタートレーに入れて地下室のドアの前に置く)→第3部-7

午後9時30分~午後10時8分
(★約束通り9時30分に、博士宅の庭に立っていたコナンの目の前に、転移魔術の赤い光と共に『彼女』が出現。同時に庭の隠しカメラは壊れ、博士と哀は音声のみ盗聴する羽目に。
 『彼女』は「ここでのやり取りは召喚者も聞いている」と話し、新一(=コナン)も盗聴器を着けているだろう、と釘を刺す)→第3部-4、5

(★哀どころかFBIや公安のことも、コナンが黒の組織について知っていることは、『彼女』は丸ごと見抜いていた。
 もっとも、『彼女』は面倒事に首を突っ込む気は無いらしい。警察とかにそういう秘密をぶちまけたところで、新一(=コナン)だけが危険になるだけ。
 「新一は死なせたくないなぁ」というのが彼女の弁)→第3部-4

(★『彼女』の生命の危機を回避するために『彼女』が思いついている方法はふたつ。
 ベストだと思う方の手順が順調に進んでいけば、『蘭』は元の人格を取り戻して両親の元に帰ってくる。
 『蘭』と『サキュバス』の人格が再分離するように、仕込みに掛かる。生きている誰かの人格は巻き込まないが、人を悲しませる手段を使う。
 『蘭』は融合中の記憶を全て忘れているとするなら、コナンは『蘭』の帰還を待っていてくれるのか。そんな問いにコナンは大声を出し、『彼女』は慌てる)→第3部-4、5

(★『彼女』は、『サキュバス』の生態について情報開示を決めた。
 ホモ・サピエンスが最低限死なないために、大気と、水と、食糧が必要。『サキュバス』には、更にもう1つ必要な要素があった。それは、「魔力」。
 ではその魔力はどうやって身体に取り込んでいたのか。コナンが推理した「大気から」、という答えはハズレ。正解は、「異性との性的接触」)→第3部-5

(★元々異世界から召喚された少女は、身体に、他者から受けた精を魔力に変換する、云わば変換回路を持っていた。
 定期的に異性と交わらないと生命を維持できないから、召喚者は、『サキュバス』と命名した。
 庭の会話を盗聴する哀は、誰かと交わらないと生命を落とす種族の子には、『サキュバス』は確かに向いている名前だ、と思う)→第3部-5

(★コナンは、何で元々の生態が自首をためらう理由になるのか訊いた。『彼女』はこれまで話した内容を再確認する。
 『彼女』は、魔術の自動発動のせいで、放っておけば魔力の欠乏から生命の危機に瀕している。
 ベストな方法は、『サキュバス』用の新しい身体の創造と、融合した人格の再分離)→3部-5

(★新しい『サキュバス』用の身体は、この世界で壊れず、魔力の変換回路も練り込んでいる。そんな都合の良い身体を創った上で、人格を再分離したら、どうなるか。
 正解は「『蘭』は、その身体で元の人格を取り戻す。『サキュバス』は、定期的に誰かと寝れば魔力を維持できる、つまり、魔力不足にならない身体に分離する」
 それこそ『サキュバス』が自首をためらう理由だった。定期的に誰かと交わらないと死んでしまう女の子を、この世界の司法は扱った事が無い)→第3部-5

(★哀は、そもそも人格分離後の『サキュバス』が少年法や刑法で裁く扱いになるのか疑問に思う。ホモ・サピエンスではない子に人権が認められるのかも怪しい)→第3部-5

(★コナンは、『彼女』の生命の危機を回避するもう1つの方法に、自力で辿り着いた。
 要は、どうやって魔力を入手するか、精を魔術に変換する回路をどこに刻み込むかという話。もう一つの方法は、融合した人格のまま『彼女』=『蘭』の身体に変換回路を刻む事。
 それは、定期的に誰かと交わらないと死んでしまう、かつ、二度と子どもが産めない身体への改変。精神的に病む確率も高いが、『彼女』の生命は維持できる)→第3部-6

(★怒りで再び大声を出しかけたコナンを、『彼女』は遮った。コナンの両肩に手を置き、密かに魅了の魔術を掛ける。
 『蘭』の倫理観を召喚者も見透かしたから、人格の再分離という方法がベストだと判断した。
 再分離後は、融合した間の事を、どちらかが全て覚えて、どちらかが全て忘れてしまう。『サキュバス』が記憶を引き継ぎ、『蘭』が忘れる形だと筋は通る)→第3部-6

(★『彼女』は今夜コナンに会いに来た真の理由を告げる。コナンが無事で生きていると確信している間は、『蘭』も『サキュバス』も、自分のやっている事に耐えられる、と。
 すぐには理解できない意味深な内容に、コナンは言葉の意味を問う。が、『彼女』は杖を取り出して魔術で応える。
 魅了を受けて身動きできないコナンに、『彼女』は加護の魔術を付与。魔力を受けてコナンの意識は薄れ、『彼女』は身体を抱き留める)→第3部-6

(★コナンは『彼女』の腕の中で暴れ、魔術を解くように要求。その動きを抑えて、『彼女』はコナンに告げる。
 これから手の届かない頭越しで色んなことが決まっていく。最終的には『蘭』は帰ってくる。その時を見届けたいのなら、帝丹小学校の生徒を続けて、と。
 コナンは『彼女』から離れるも、魔術による目まいで尻もちをつく。帰って来る時を見届けてほしいのか、という問いに、『彼女』は笑みを見せた。
 『蘭』にとっての愛しい人(=工藤 新一)には、せめて『蘭』が帰って来る時を見届けてほしい。『蘭』の心に触れた『サキュバス』からの心からの願い)→第3部-6

(★コナンは『彼女』の告白に真っ赤になるが、目まいが酷過ぎて立ち上がれず、でも『彼女』に詰め寄ろうとする。
 『彼女』は、目まいと吐き気はたぶん一晩で治るわよ、と言い残す。呆然としたコナンを残して、『彼女』は転移魔術で庭から消えた)→第3部-6

午後10時9分
(★『彼女』、転移魔術で、召喚者の屋敷の地下に帰還。博士宅の庭でやりたかったことは全部出来た。『彼女』は今後の予定を確認する。
 これから少し休憩して本日最後の転移(=佐藤刑事宅への手紙の投函)。午後10時までにネットに出たニュースを確認して、問題無ければ用意した文面のまま手紙を出しに行く。
 執事が収集したニュースを見て、手紙を書き換えた方が良さそうだと2人は判断する。『蘭』の家族にフォローが必要そうな記事があった)→第3部-7

午後10時15分
(★『彼女』の加護の魔術は、コナンに目まいと吐き気をもたらした。博士に抱えられて家のベッドに移動し、洗面器に向けてえづく。哀はコップの水を枕元に置く。
 哀は、コナンにこのまま寝るよう促した。予定では『彼女』との会話を振り返るはずだったが、コナンはまともに頭が回る状況じゃない。博士も賛同。朝に会話の録音を聴けばいい。
 だがコナンはその説得を拒絶。哀はあきれて、「いつ推理しようが大して変わらないわよ。警察が変な対応しているらしい事件なのに」と言ってしまう)→第3部-7

(★コナンは哀に食いついた。警察の対応についてのニュースをコナンは知らない。教えたら寝てくれるのか、という哀の要求をコナンは呑む。
 考えるネタが多い方が気が紛れるらしい。哀は諦めて情報を伝え、その上で、ネットの記事だから信憑性は有る訳じゃない、と釘刺し。
 『蘭』の情報が、警察の中で上手く手配されていない。未成年の犯罪者と同じ扱いで、『蘭』の顔や名前が、警察内部限定で手配されるのが当然なのに、されていない)→第3部-7

午後11時55分
・『彼女』は、佐藤 美和子刑事が暮らすマンション1階の郵便受けに手紙を投函。その姿はマンションの監視カメラに映る。
 封書の表面の宛先は佐藤 美和子と高木 渉の連名、差出人は毛利 蘭。朱書きで『中の紙は素手で触らないでください』。
 裏面に『先日のハニーロードの件で、デリケートなお話があります。あなた達の身体に関して、わたしが視たことについてです』と記載→第3部-7

~~~~~~ ↓ 以降、8月17日の出来事 ↓ ~~~~~~

午前7時32分
・佐藤 美和子刑事の母、郵便受けに入っていた『彼女』の手紙を娘に見せる。新聞を取りに行った時に気付いた模様。
(★差出人の名前を聴くなり、刑事である娘は驚いてむせかけた。母には事件関係の手紙だと明かす。母に促され)手袋を着用の上で手紙を受け取る。
 電話を掛けるべく自室に籠る→第3部-7

午前7時36分~午前7時50分頃
・佐藤は高木に電話を掛けた。手紙の件を話すと高木も驚く。佐藤が手紙を読み上げ、高木はその内容を電話越しで聞くことに。
 封筒を開く。全体的に灰を帯びた色の、ゴワゴワした厚い1枚の便箋。ボールペンで書いたらしい文字列がビッシリと並んでいる。→第3部-8

・手紙は本文と追伸欄に分かれていた。15日昼の召喚者のネットでの投稿を読んだ前提で書かれている。
 本文には、『彼女』が魔術で見抜いた内容を知らせるもの。弁護士にも話していないが、『彼女』には、佐藤と高木は肝炎をうつし合っていたように見えた、らしい。
 また、便箋の紙は素手で触ると砂になる材質で、追伸欄はともかく本文まで報告するべきかは佐藤と高木の判断に任せる、とある。→第3部-8

・追伸欄は、警視庁上層部へのメッセージ。
 8月7日夕方の、刑事部長室のネズミと手紙の件について、蘭の両親と、この手紙を宛てたカップルさん達には情報を開示しても構わない、という内容。
 意味深で佐藤も高木もよく分からないが、上層部に見せたら通じる内容であろうことは理解できる。→第3部-8

・手紙を全部報告するべきか、つまり本文を砂にして隠すべきかを佐藤と高木は話し合う。報告した場合、肝炎がどうこうという箇所が警視庁の上層部に知られることになる。
 魔が差しかけたが、『先日のハニーロードの件で、デリケートなお話があります』という封筒の文は佐藤の母に見られていたため、仮に隠しても隠し通せない、という結論に至った。
 また2人は、8月7日に刑事部長室で何があったのかを訝しむ。→第3部-8

午前8時~午前11時頃にかけて
・佐藤、手紙の件を目暮警部に電話で報告する。警部経由でサキュバス事件の捜査本部に連絡が行く。
 捜査員が佐藤宅に赴き、手紙を回収。高木の元にも捜査員が来て、身柄を確保。カップルは捜査本部で別々に聴取を受けた。
 それから警察病院で肝炎検査を受けに行かされる。『彼女』の指摘通り、B型肝炎をうつし合っている事が確認される。→第3部-9

・佐藤宅に来た『彼女』の手紙の件も、カップルの病院での診察結果も、小田切刑事部長はじめ警視庁と警察庁の上層部に伝わる。
 その手紙の内容を踏まえ、佐藤・高木カップルと蘭の両親に、これまで秘匿されていた、7日の召喚者手紙出現事件の経緯を教えることが決まる。
 佐藤と高木には、小田切刑事部長が直に話す。蘭の両親には、本日14時に、鑑識と刑事部長の秘書が説明することに。→第3部-9

午前11時32分~午前11時52分頃
・佐藤と高木、刑事部長室(本来は会議室だった部屋)に呼び出される。2人は小田切刑事部長と向き合う。
 今月6日~7日頃の事件の推移を再確認した上で、刑事部長の口から、7日の召喚者の手紙とネズミの出現事件のことが明かされた。実際に出現した便箋の文面(写真)も示される。
 その手紙を読んだ上で、思った事を言うように、疑問も出来る限り訊くように、刑事部長は2人に命じる。→第3部-10

・召喚者は、刑事部長室に手紙とネズミを送ることが出来た。仮に召喚者を怒らせたら、もっと困る場所に有害な物が出現しかねない。
 転移の魔術を防ぐ方法が警察側に無い以上、召喚者の要求に従わざるを得なかった。手紙の出現事件自体も、要求通り、警視庁と警察庁の上層部のみに秘匿された。→第3部-10

・小田切は、前日夜にネットに出た記事のコピーと、今日佐藤宅に来た手紙の写真も、加えて2人に提示する。
 『彼女』の病院脱走後、『蘭』の情報は手配しない決断が為されていた。その手配情報が漏れてしまえば、召喚者の要求に反する。
 それを不審に思った奴が居て、ネットの記事になっていた。→第3部-10

・改めて、今朝、佐藤宅に来た手紙を読む。
 刑事部長室に湧いた便箋は、素手で触ったりすると砂になる、特異な灰色っぽい紙。警察関係者への手紙には同じ紙を使う、とあった。
 佐藤は警察の者だから、刑事部長室に出現した便箋と同じ紙が使われた。他人が作ろうとしても真似できないから、誰かが召喚者を騙るのは不可能。→第3部-11

・事情を知っている者の発想はひとつでも多く欲しいから、今ここで思い付いた推理はどんどん言うよう、改めて小田切は促す。
 佐藤と高木は考察を連ねる。→第3部-11
 
・佐藤と高木の考察1―『彼女』の理想を踏まえた、警察の対応
 『彼女』の理想は、『生命の危機に瀕することなく、この世の中で平穏に一市民として生活できること』。
 法の裁きを受けて、裁かれた通りに務めた後なら、世の中で暮らせる。だから自首しろ、という線で説得できないか。『彼女』の生命の危機が解決しないと難しいだろうが。
→理想が分かっているのなら、今の段階でも呼び掛けられないか?
 周囲の人選から何から気を遣って、人為的に魔術の自動発動を抑えた場所。そんな、『彼女』がとりあえず死なない環境をつくったなら、自首は呼び掛けられる?
→一生『彼女』をそこに留め置くことになる。一市民としての生活を望む者には飲めそうにない話。だが、魔力の知識が一切無い警察が提案できる方法は、それ位しかない。

・佐藤と高木の考察2―刑事部長室に出現したネズミの意図
 刑事部長室に出現したのは、手紙とネズミの死骸。手紙によるとネズミは『魔力の塊』らしい。鑑識が調べた結果は普通のネズミ。ただ手紙の通り、6時間後には完全に砂になった。
→もし高木が召喚者なら、そのネズミに、魔術で発信機能なり盗聴機能なりを付けておく。警察の、魔術関係の伝手や技術を探るために。
→実際には、警察にはそんな伝手は存在しない。自称『魔術を知る者』や『魔力持ち』の、警察への協力申し出等は山ほど来ているが、名前と連絡だけ聞いて全て断っている。
 警察には、その手の話の真偽も区別できない。申し出の中に本物が居ても、よほどの証拠が無い限り信用できない。

・佐藤と高木の考察3―警察が出来ること、召喚者が出来ること
 拘置所被告殺人事件の遺留品は、坂田と沼淵の遺体以外、事件3日後にはほぼ全て砂に変わっている。警察にとって推理することが何より大事。(=それくらいしか出来る事が無い)
→召喚者はどれだけの事が出来るのか。物を出現させる時に、現地の様子を把握出来ないように読める。だが、手紙にわざわざ書いたのは何故?
 実際に誰が居たのか分かっているのに、分かっていないように偽った?
→召喚者と『サキュバス』にどこまでの事が出来るのか。警察が関知している術以外に、使える魔術があるのかも。佐藤の住所を突き止めた経緯も謎。蘭に住所を知る機会は無かった。

午後2時~午後3時30分頃
・小五郎と英理とコナン、捜査本部にまた呼び出される。本来小五郎と英理だけ呼ぶはずが、手違いでコナンも呼び出され、結局コナンだけ部屋から隔離された。
 小五郎と英理に対して、8月7日に刑事部長室に出現した手紙の件が公表される。今朝に佐藤刑事宅に来た手紙の件も、本文は教えられなかったものの、追伸部分は明らかにされた。
 この説明の中で、今の警察に、召喚者達を止める方法は無い、と捜査員が明言。
(★コナンは、密かに小五郎に盗聴機を着けていた。英理が文章を音読したこともあって、コナンもおおよその事態を把握する)→第3部-エピローグ

・説明終了後、小五郎と英理の雰囲気が酷く険悪になる。オロオロする小学1年生を演じたコナンの言葉で、帰りの車中ではだんまりが維持された。→第3部-エピローグ

午後3時52分
・小五郎と英理、毛利探偵事務所2階で派手な口論を開始。コナンは3階に駆け上がり、周囲に誰も居ない状況を作り出した。→第3部-エピローグ

・コナン、阿笠博士宅に電話を掛ける。博士は家に居たが灰原は不在。灰原には後で電話を掛けることにして、コナンはとりあえず博士と話す。
 警察で会話を盗聴した経緯は明かすが、盗聴した内容は伏せた。ただ、『蘭』が『サキュバス』の事件に巻き込まれてしまってる事を誰にも話さないよう、博士に釘を刺す。
 相当に不味い事態が起こっていることらしい、と、博士は悟った。コナンも、警察が負ける恐れが高いことを改めて認識する。→第3部-エピローグ
 

3月14日 初出 作中8月11日分(およそ第1部終了)まで掲載
3月15日 作中8月14日途中(およそ第2部-5)まで追記
3月23日 作中8月14日途中(およそ第2部-11)まで追記
3月28日 作中8月14日分(およそ第2部終了)まで追記
4月14日 作中8月17日途中(およそ第3部-8)まで追記
4月25日 作中8月17日分(第3部終了)まで追記 ようやく作成完了!
5月10日 作中第1部-3の変更(蘭が持っている端末を、携帯からスマホに変更)を反映

大変遅くなりました。
途中で記述が細かすぎることに気付きましたが、引き返せずに突き進みました。まさか1月以上かかるとは……

第1部の簡潔さと対照的に、第2部以降が細かく複雑になった事を実感するまとめ作成でした。
作業の中で、書いた話の矛盾に初めて気付いたりしています。
修正できるところは修正しましたが、見落としている点があれば御指摘頂ければ幸いです。

なお、最近、原作(少年サンデー誌上)で松本管理官が昇格&異動し、他のキャラクターが管理官になりました。
迷いましたが、取り敢えずこちらの作品ではキャラはそのままにしています。
今後も、こういう原作と設定が乖離するような場面が生じるかもしれませんが、執筆時の設定に準拠する、ということでよろしくお願いします。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話 プロローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:22
宿屋の2階の、とある部屋の中。神話を暗唱する声が響く。
寝台(Karuto)に腰を掛けた幼い『わたし』が唱えるのは、今から200年ほど前の有名な演説。歴史に残る偉大な巫女が、竜に告げた言葉だ。

「――kurau n vain e, enkureib gusena chimo mipu is, siso sowari nan.(血の繋がりが、必ずしも善いものではないことを、私は知っています)
 ――sisi-s sutwu-ku na to, kurau n vain e be-ta na den.(私を傷つけた者は、血の繋がりが有る者でした)」

一連の言葉は、世界に刻まれ、神話となり、学ぶべき大事な教養となった。祭政一致のこの地で、官吏志望者の必須知識になる程度に、大事な教養になった。
『わたし』は、母と共用のこの寝室で、そういう“覚えるべき言葉”を少しずつ覚えていっている。最終的には、暗唱できる形を目指して。
毎日の暗唱訓練は、寝る前の日課だった。

「――oruru karuen is, naren ka-su mipu to be-ta nan.(この身を、呪いかけたことはあります)
 ――ta-ji, fol mipu is mushu rumu doru to……(結局、そんなことをしなかった理由は……)」

母は隣の寝台(Karuto)に腰掛け、向かい合う形で『わたし』の暗唱の様子を見詰めている。
対する『わたし』は、天井の木目が視界に入るくらいに顔を上げ、記憶を絞り出す。あと2文、末尾の言葉と、演説者たる巫女の名前を言えば終わりなのだが。

「――sisi-s yugus unase na n be-tan e, sisis-n mizetto da riyunion dorunan.(私を守り抜いた者の存在が、私の魂に刻まれたからです)
 ――Aporia Eruneta Karuruban.(アポリア・エルネタ・カルルバン)」

――出来た。

ほうっと息を吐いて、母を見つめる。
母からの評価は、柔らい抱擁と、くしゃくしゃに頭を撫でる手と、暖かな褒め言葉で示された。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月20日 午前2時 召喚者の屋敷 地下 個室

夢の向こうから、不意に意識が浮上する。
故郷とは毛布の質が違う、とまず気付く。ゆっくりと、両目を開ける。
目に飛び込んできたのはほぼ暗闇と言っていい色。……あるじの屋敷の、地下の、石の壁。

――ぁ……

脱力し、心の中で溜息を吐きながら枕元の目覚まし時計を見る。時刻は夜中の2時ちょうど。
夢を見ている最中に目が覚めた、らしい。
幸運な時代の夢だった。確か5歳か6歳頃の記憶。実家の商売が落ちぶれていなくて、母も、次兄も、弟も、生きていて。

寝返りを打ち、隣のベッドに目を向けた。記憶の通り、視線の先のベッドは空だ。毛布は、シーツごと丁寧に畳んで置いてある。
……思わず苦笑が漏れる。母親が寝ているはずがない。世界が違うし、そもそも死んだ者が居るはずがない。二重の意味で有り得ない。

ちなみに、隣のベッドは召喚者用、というわけでもない。あの人がこの部屋で寝たことは無い。
元々、この部屋のベッドは『自分』用の1つだけで、隣にベッドを持ち込んだのは昨日の昼だ。
これから『自分』と召喚者が誘拐し、人質になるはずの子が、このベッドを使う予定になっている。

ベッドへの視線を遮るように、『自分』の右の手のひらをかざして見つめる。暗い空間の中で、目に映るのは当然『蘭』の手。『もうひとり』の手ではなく。
あの身体は、もう砂になって存在しない。この『蘭』の身体の中に、『自分』の人格だけがこうして存在する。
そうなるように願ったのは間違いなく『自分』だ。他者の命を奪いながら、それでも生きたいと願ったからだ。

「“Kasmariora(おかあさま……)”」

脳裏に浮かぶのは、もちろん、妃 英理弁護士では無かった。
元官吏であり、宿屋の主人の後妻であり、5年前の夏に貝毒に中(あた)って、次兄や弟と一緒に死んでいった、『もうひとりの自分』の方の母親。
娘が、自分と同じ道を歩むことを強く望んだ女性だった。娘の『自分』も、その道を目指す、つもりではあったのだけど、……今となっては、叶うはずがない。

目指していたのは、魔術で犯罪者の心を見透かし、真実に迫る、魔術専門職の官吏だった。
配属によっては、公開の場で剣によって裁きを下すことも有り得る、そんな職場の公僕。
最早、絶対に就けない職業だ。この世界では、司法の仕組み自体が違う。元の世界でも、実父に剣を向けようとした時点で『自分』が犯罪者になっている。

でも。
元々、そんな魔術の使い手を目指していたから、魔術に関して高い水準の知識や技能を有していたから、今のところ、この世界での『自分』の生命が存在する。


※以前皆様に御応募頂いた『ファンタジー世界っぽいカタカナの単語』を、ようやくここでたくさん出せました。安価スレ時代に募集した単語も一緒に使用しています。
 (作者の力量というメタな事情で)異世界語の文法はほぼ日本語と同じです。募集時に明記した通り、この言語は、後の話で暗号用に登場予定です。

※5月4日 初出
 5月10日 誤字等を修正しました



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-1
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:22
8月20日 午前8時 鈴木邸 園子の部屋

RRR RRR……

鈴木財閥の令嬢、鈴木 園子の自室に置いてある電話機は、滅多に鳴らない。
使用人達が内線で用事を伝えてくることはほぼ無く、友人も家族も、用事がある時は、家の電話ではなく園子のスマホに掛けて来るからだ。
そんなこんなで普段そう使わない電話機が、突然、鳴った。部屋の主である園子が、机に向かって夏休みの課題を解いている真っ最中に。
この着信音を聞いたのは、いつ以来だろう? 携帯電話も持ってない子どもの頃、外との電話でよく使ってたっけ、……なんて考えながら、園子は立ち上がって、受話器を取った。

「はーい、もしもし~?」

ま、誰が掛けてきたにしても、ただ受話器を取っただけの今の段階では、あらたまる必要はない。
ここの電話機を鳴らせるのは、同じ自宅の中の者、つまり家族か使用人に限られる。外部からの通話であったとしても、使用人の取り次ぎというワンクッションが必ず有る。

「園子お嬢様に、高校の同じクラスのかたからお電話です。お話しされますか? ……毛利 蘭さん、とおっしゃっておられますが」

受話器から聞こえてきたのは、若い男性使用人の声。若干訝しげに感じているのを隠そうとはしない口調だ。
園子にしてみれば、電話してきた相手は『高校の同じクラスのかた』どころの存在ではないのだが。……かといって、彼の説明は責めるようなものでもないだろう。
親しい友人なら、スマホの番号を知っているはず。そちらではなく鈴木家の固定電話に掛けてくる時点で、ある程度疎遠な仲の同級生、との推測が自然に付いてしまうのだ。

「え!? ……話すわ、回して!」「……は、はい!」

だから使用人にとっては、園子の反応は予想外の食らいつき方だったろう。
電話を掛けてきた相手は、園子にとって掛け替えのない大親友。もちろん今どきの女子高生として、互いのスマホの番号を知っている仲だ。
……けれど、わざわざ家の電話に掛けてきたこと、その程度の不自然さは吹き飛んでしまう、そんな事情がある。

蘭は、今月上旬のある日から、ぷっつりと園子との連絡を絶っていた。
いつものように蘭のスマホに電話を掛けたら、誰も出なかった、のが最初。
その時騒ぎになっていた異世界人の大ニュースが頭をよぎりつつ、蘭の家に居候しているガキンチョのスマホに電話して、蘭が出ない理由を訊いた。
あの子は言葉を濁し、「どこまで僕が教えていいか分からないから、一旦切って、後で掛けるね」と告げて通話を切断。
20分ほど後にガキンチョのスマホから掛かってきた電話は、探偵である蘭の父親からだった。

――蘭の両親の間で『何か』があった。何があったのか、詳しい事情は園子にも話せない。
  とにもかくにも、蘭は、母親の元に身を寄せた。
  蘭は、父親と離れたがっているどころか、東京そのものから離れたがっている。
  友人関係も絶って、高校も退学するかもしれない……。

嘘とごまかしの臭いがプンプンするその説明は、園子の心をひどく打ちのめした。
辛うじて、蘭は、お別れの言葉すら言えそうにない状況なのか尋ねた。返ってきた答えは「これからの蘭次第。友達と話せるような余裕が出来るか、分からない」。

……納得できなかった。納得できるはずがなかった。
でも、本当にそんな事情なら(あるいは告げられた事情が嘘であったとしても)、この父親から根掘り葉掘り聞き出そうとすること自体、かなり非常識な行為になる。
それくらいは弁えていたから、園子は、その時は沈黙するしかなかったのだった。

そんな現状で、突然掛かってきた、蘭からの電話。出ないという選択を選ぶはずがない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月20日 午前8時2分 米花公園 公衆電話ボックス

使用人さんと思われる男性の案内の後、通話を切り替える音がした。
公衆電話の受話器を握る『自分』の手に汗がにじむのも、『自分』の胸がドキドキするのも、きっと暑さのせいだけでは無い。
出来るだけ頭を落ち着かせて、『蘭』の声を出す。

「もしもし? 園子?」「!! 蘭! 話したかったよぉ……!! 今、どこに居るの?」

電話の向こうで、まず『蘭』の親友は息を呑んだ。それから、勢い良く言葉が飛び出して来る。
もし目の前に居たらそのまま抱き着いてきそうな、弾んだ声。実に園子らしい喋り方だ。
懐かしさに、『自分』の顔に笑みが浮かんだ。今ここで必要な『蘭』の声が、自然に『自分』の口から連なっていく。

「……久しぶりだねぇ、園子。今は、家じゃないところに居るの。どこなのかは話せないけれど。
 そっちの家の電話に掛けて来て、ビックリしたでしょう? スマホが手元に無いから、電話帳の家の番号を調べたんだけど。朝早くに迷惑じゃなかった?」

場所の問いかけには曖昧に誤魔化して、嘘でない内容の言葉を重ねた。
鈴木家の豪邸の場所は元々知っている。その場所と住宅地図を組み合わせれば、番地が分かる。『蘭』は園子の父の名前も知っていた。
で、市販の電話帳には、世帯主の名前と、家の番地が載っている。
……かくして、固定電話の番号ならば、魔術を一切使わずに判ったのだった。魔力の無駄使いを回避出来たから、鈴木家が電話帳に番号を載せてる家で良かった、と評すべきだろう。

「ぅうん! 迷惑なんかじゃないよ。私は起きてたし、使用人は電話を取り次ぐのが仕事だし」

こちらの言葉に、あっけらかんとした答えが返ってくる。
本当に気にしていないようだ。園子にとっては、『蘭』が電話をしてきたことが嬉しくてたまらないのだろう、……と、思う。

「そう。それなら良かった。
 ところで、……私の事情について、コナン君やお父さんから、話を聞いたりしたんでしょう? 誰から、どんな風に聞いてる?」

『蘭』として不自然でない話の持って行き方で、『蘭』の声で問う。
『サキュバス』としても『蘭』としても、一応、話の取っ掛かりとして、確認すべきことだった。

あの『サキュバス』と『蘭』が融合した日、融合魔術が続行中のまさにその時。園子は、コナンのスマホに電話を掛けてきたらしい。
『蘭』のスマホに連絡が付かない理由を園子から尋ねられ、あの探偵くんは、詳細な説明を一旦保留した。
その場で『蘭』の両親が、園子への対応を協議。……『実の娘』が『殺人犯』と融合している、という事実は伏せられた。
代わりに、『蘭』の両親間のトラブルと、それで父親から離れたがる『娘』、という構図がでっち上げられたそうな。

「えっとね、蘭のお父さんから話を聞いたんだけど、……蘭のお父さんとお母さんの間で、何かがあった、って。
 それで、蘭はお父さんから離れたいどころか、東京からもすごく離れたがっていて、高校も退学するかもしれない、って。
 あ、あと、高校の友達と話せる余裕が出来るかどうかも分からない、って言われたわ」

警察病院で覚醒し、『蘭』の両親から説明を受けた時、実の『娘』が爆発四散するかもしれない状況で、よくそんな内容を思いついたなぁ、……と、『蘭』の家族に妙に感心したものだった。
探偵2人と弁護士1人、職業上当然かもしれないが、よくもまぁ頭が回ったものだ。

とてもとても都合がいいことに、頭が回る家族がでっち上げた虚構は、今の『自分』に極めて役立つ方向で作用している。
この嘘の説明を、『自分』があえて否定する必要性はどこにもない。

「……その説明に、私から付け加えることは無いかなぁ。
 申し訳ないけど、あまり思い出したくない事だから、それ以上の説明はちょっと無しにさせて」

「うん。……分かった」

一度もうこんな風に言ってしまえば、『蘭』の両親に何があったのか、園子はもう追求してこない。
親友だから分かる。それくらいの気遣いは出来る女の子だ。
そして『自分』は、……『私』は、その、人の良さに甘えて大親友の事実認識を誘導しようとしている。事実とは違う形に。

「私ね、たぶん高校も近いうちに退学すると思う。先生から、私のことで説明は有った? 変な噂とか流れてない?」

実は、この質問が、高校の様子を訊くこの質問こそが、『自分』が一番確認しておきたかった問いだった。
園子は一瞬口ごもる。……反射的に軽く身構えた『自分』に示されるのは、心配していた事とは違う方向の、困惑。

「あー、うん。変な噂と言うか、……空手部の子達には、練習の日に、顧問の先生から説明があったみたいだね。
 『御両親の離婚問題のトラブルで、毛利はしばらく休む』って、先生、ハッキリ言ったんだって。
 ……そんな事、バラされて良かったの? その話、登校日にはクラス中に広まってたよ」

――何だ、そっちか。
確かに常識的に考えて、そこは『家庭の事情』くらいにぼかして説明するところ。デリケートな事柄を他の生徒に明かす行為は好ましくない。
……とはいえ、『蘭』の件に限っては特異事例として許容されるだろう。顧問は両親の意に沿おうとしただけ、だ。

これから喋る言葉を、瞬時に頭の中で組み上げて、考えて。
……受話器を握って立つ姿勢はそのままに、目を閉じた。
普段、園子と喋っていた時の会話を思い出す。たまたま『親の離婚問題で東京を去る女子高生』の声を出すように意識する。

「確か、……私のお母さんも、お父さんも、『先生に許可を出した』って言ってたよ。特に空手部のみんなには、事情をそう話すように希望したんだって。
 女子高生が人格を巻き込まれる、変な事件が最近あったでしょ? その事件と同じ日に、『私』はみんなと連絡取らなくなったから、事件に絡めた噂が立っても不思議じゃない、って、お母さん達は思ったみたい。
 えーっと……、お母さんは結構心配してたんだけど、そういう噂とか、本当に大丈夫?」

この、両親の振る舞いに関する説明には、虚偽は無い。
『蘭』は、ただ両親のトラブルが原因で高校を休んでいる。……そんな説明が、園子だけでなく、空手部に、ひいては高校内に定着するよう希望したのは両親だ。
但しその嘘に乗っかり、事件とは無関係に振る舞う『自分』の喋りは、我ながら白々しい。

言い切ってからゆっくりと目を開き、相手の反応を伺う。
今の言葉、変には思われなかったらしい。園子は『こちら』の心の葛藤に全く気付いておらず、合点しきった強い声を、電話の『相手』に向けた。

「なるほどねー。そっちの親が心配している方向での、そういう噂は流れてないよ。
 もし、これから学校でそんな事を言い触らすヤツが出たら、……私、思いっきり反論してあげるからね!」

――あぁ、苦しいなぁ、これは。
励ましのつもりであろう言葉はグッサリと胸に突き刺さった。
他の生徒に食って掛かる園子の様子が頭に浮かぶ。『蘭』の罪悪感が激しく揺さぶられる。

だが、今不審に思われるのは、結果として『蘭』自身に不幸な結果を呼びかねない。
長時間の会話はメンタル的にとても無理。違和感が無い程度に会話を短縮させて、切り上げるのが上策か。変に思われないために、雑談を一言か二言入れて。
……電話が終わるまでの辛抱だ。懸命に『己』の心を叱咤し、溜息を堪え、……鼻から息を吐き、唾を呑む。
そうしてから出せた感謝の言葉は、『自分』でも意外なくらい落ち着いていた。

「……ありがとう。園子みたいな親友が居て、本当に良かった。
 ところで今日電話したのは、その事の確認もあるけれど、それだけじゃなくて。……お別れだから、挨拶しようと思ったんだ。
 私、高校には戻らないと思うし、これから園子と会うことも無さそうだから」

「そうなんだ……」

もう会えないという予測を聞かされても、相手から驚きや反発は最早無い。残念さと納得の入り混じった感傷だけが有る。
幼い頃からの大親友との別れだから、本当に無念だろう。無念だろうが、園子の力ではどうしようもないことだと、理解もしているはず。
……互いの感傷が終わらない内に、心の内から湧き上がってきた一言を『こちら』から言う。

「園子と私、10年以上一緒だったよね。保育園の頃からだもん」

『蘭』は覚えている。むしろ忘れるはずがないし、今後また人格が変化したとしても絶対に忘れたくない。
保育園で、小学校で、中学校で、高校で、……これまでの人生でずっと一緒だった大親友の、大切な記憶だ。

「そうだねぇ。……ねえ、蘭。……離れていてもさ、これからも、私と親友で居てくれるのかな?」

返事は決まっている。『蘭』ならば否定するはずがない質問。
声だけでなく実際に頷いてしまいながら、……『自分』のメンタル状態のマズさを悟る。いい加減に通話を終わらせないとキツい。

「もちろん! 園子とはずっと親友だよ。
 ……ごめん園子、慌ただしくて申し訳ないけれど、あまり長い時間話せないんだ。目一杯喋りたかったんだけど。……またいつか会えると良いね」

高校はおそらく退学する、もう会えないかもしれない、やっと掛かってきた電話は長時間喋れない。
……両親の離婚問題だけでなく、もっとややこしい事情があるように思われるかもしれない。でも、園子に色々と想像されるのは悪くない。
今後電話すら一切無かったとしても、『事情があって電話も無理なんだろう』と、勝手に納得してくれるだろうから。

「あー、……そうなんだ、じゃあ仕方ないね。蘭、いつか会おうね」

予想通り『こちら』の言葉を受け容れてそう言ってきた親友に、『蘭』の声を出す。
再会する確率はかなり低いと思うけれども、それでも最後は、再会を期する言葉が良い。

「うん、また会えるといいね。園子。……バイバイ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月20日 午前8時14分 米花公園 公衆電話ボックス

『彼女』は、受話器を静かに電話機に戻した。
ジャラジャラとお釣りが戻ってくる音を聞きつつ、電話機に思い切り手を付いて、……深々とした溜息が、その口から出る。
長めの溜息が終わるのを見計らって、紅子は『彼女』に言った。

「想像以上に精神的にキツかったみたいね。大丈夫?」

返答は無言の頷きだったが、紅子の目には大丈夫そうには見えない。
召喚した者・された者の繋がりとして、互いの心の動きは、魔力を使わずともある程度検知できる。
遠距離なら視えなくなるが、今は狭い場所に2人きりだ。『彼女』がどれくらい苦しみながら通話したのか、後ろに立っていた紅子にはハッキリと判っていた。

『彼女』と紅子は、共に、米花公園内の公衆電話ボックスの中に居る。
公衆電話ボックスのガラスには、人避けと視線避けの魔術の符をベタベタと貼りまくっており、2人に視線を向けてくる輩は今のところゼロ。
そもそも公園の出入口に人避けの符を巡らせているから、ボックスの周辺には人間自体が居ない。

魔術の符をふんだんに使っているのは、当然、不審者として通報されるのを避けるため。
『彼女』は、黒いワンピースの上に薄灰色のローブを羽織った姿。紅子は、黒い長袖長ズボンの上に濃灰色のローブと仮面のいつもの姿。
ローブを着た成人体型の者が、2人で電話ボックスを占拠しているだけでもおかしいのに、その内1人は仮面で顔を隠しているのだ。対策を取らないと速攻で警察が来てしまう。

「『貴女』、とても大丈夫に見えないんだけど。……次の電話の前に少し休みましょうか」

電話機に手を付いて数十秒ほど俯いたままの『彼女』に、紅子は提案する。――ひょっとしたら、鈴木 園子への通話は失敗だったかもしれない、と思いつつ。
さっきの通話は、先日、探偵くん、……江戸川 コナン/工藤 新一に会いに行ったのと同じで、『蘭』の罪悪感をどうにかするための方策だったのだ。
だが結果は逆効果。『蘭』の声で延々喋り続けるのは、予想以上に精神面の負担が大きい。『サキュバス』の声ならそうでも無いのだろうが。

紅子の目の前で、『彼女』は吹っ切るように短く息を吐いた。俯いていた顔を上げて、こちらを真っ直ぐに見る。

「……いえ、Reune(あるじ)、休むと却って苦しくなると思うので。顔を拭いたら、電話します」

「そう……」

ここまで強く言い切ったなら、もう『彼女』が言うようにさせるしかない。
でも、足元に置いたクーラーボックスから濡れタオルを出して、強く顔を拭く『彼女』を眺めながら、……本当に大丈夫だろうか、と、紅子は思う。

これから電話するのは米花町内の酒屋。
先ほどとは異なり、友人相手に話すための通話ではない。顔見知りの子どもを連れ去って人質にするための、おびき出すための通話なのだ。


※5月10日 初出
 5月17日 後半部を加筆しました

 人の心の揺れ動きを書くのは、難しくて時間が掛かるけども楽しいです。更に、読者の方から見て読みやすければなお良いんでしょうが。……どうでしょうか。
 それと、この話はどこまでを1話にしようか迷って、若干文字数が多めになりました。次の話は酒屋さんとの通話です。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-2
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:22
8月20日 午前8時16分 米花公園 公衆電話ボックス

冷たく湿ったタオルを手の内で折り畳み、そのまま、万遍なく顔を拭う。
ひんやりとした粗い布地の心地良さを感じつつ、短く、息を吐く。疲労のための溜息でなく、気合を入れるために。

――吹っ切ろう、いい加減。
『自分』の生命が何よりも大事であるならば、『蘭』のモラルは、今は抑え込む時だ。
罪を犯さなければ死んでしまうから、罪を犯してでも生き延びることに決めた、……『サキュバス』が坂田・沼淵の両名を手に掛けた時から変わらない構図。それだけ。

再度短く息を吐き、タオルをクーラーボックスに戻す。
腰を上げて電話機を直視した。左手で受話器を取り、右手でお釣りを適当に掴み取って投入する。
……そういえば、掛けるべき電話番号はワンピースのポケットの中だ。ポケットからメモを取り出して受話器を持つ指に挟み、書いてあった通りの番号を押す。

メモに記載した番号は、園子の家の番号を調べる時よりも簡単に判明した物だった。
電話を掛ける先は、商店街で普通に営業している酒屋だ。電話帳に店名と番号を載せてないはずがなく、実際に電話帳を広げてみたら、地図付きの小さな広告が載っていた。

RRR……、

「どうもー、小嶋酒店です」

短いコール音で電話は繋がり、成人男性の声が明るく名乗る。まだ営業時間の40分ほど前だが、電話を取る人は店に居たらしい。
『蘭』の人生を含めて、これまで会話をしたことがない相手だ。この酒店関係者で、大人の男に限っては『蘭』が話した事がある人はいない。
成人女性ならば、知っている人も一応は居るのだが。……少年探偵団が引き起こした騒動で、『家族』が呼び出された時に、顔を見たことがある程度、だけど。

ともあれ、電話に出たのが女だろうが男だろうが言う事は同じだ。用意していた言葉を『蘭』の声で出す。
電話では『直近の性行為を見抜く魔術』の自動発動は無く、問題無く敬語を含む内容が言える。昨夜の内に検証していた。

「おはようございます。帝丹小の1年B組の、元太君のお宅でしょうか?」

昨夜の検証はシンプルな方法で、夜の10時頃、この電話ボックスで色々準備する時、ついでで目暮警部の自宅に電話した、だけ。
電話が繋がって最初に聞こえたのは「はい、目暮です」という女性の声。警部の妻、みどりさんの声だった。

警察病院で見抜いた旦那の記憶から、間違いなく非処女のはずの人。その声を聞いても、魔術が発動しないことを確認。
対する『自分』は『サキュバス』の声で「あ、すいませんです、番号間違えました」と、敬語でお詫びしてガチャ切りした。……要は間違い電話を偽ったのである。
実際みどりさんは、ただの間違い電話としか思っていないはずだ。あの人は『蘭』に会ったことはある。が、『サキュバス』の声までは分かるはずがない。

「そうですけど、……元太のお友達ですか?」

さて、今現在の話に戻ろう。
元太くんを呼び捨てするということは、電話を取った相手はほぼ間違いなく元太くんの父親だ。
探偵くんから以前聞かされた情報だと、チャキチャキの江戸っ子で地の喋り方も江戸っ子らしい人だけど、そうじゃない喋り方もやろうと思えば出来る人、……だったか。

その(推定)父親の当然の問い掛け、……言い換えれば、予想出来るくらいありふれた質問に、『自分』はこれまた用意していた言葉で応じる。
あくまで丁寧に、にこやかであるように努めながら。

「失礼しました。私、元太くんのクラスメートの、江戸川 コナンくんが居候している家の娘で、帝丹高校2年の『毛利 蘭』といいます。
 元太くんはいらっしゃいますか?」

若干『自分』の言葉は他人行儀な気がしないでもないけれど、会ったことのない大人と通話する『女子高生』、としては有り得る範囲か。
『蘭』は高校2年。礼儀正しいに越したことはないし、なれなれしく砕けすぎたらむしろ常識を疑われるくらいの年齢だ。

「ぁあ! 元太からしょっちゅう話を聞いてますよ。毛利探偵のお嬢さん。
 ちょっと待ってくださいね、元太を呼んできますから」

相手の声には、突然高校生が小1の息子に電話してきたことを怪しむより、驚きが全面的に出て来ていた。
あの子らしく、少年探偵団の活躍をいつも親に話しているのだろう。これまでの探偵団と『蘭』の間の関わりを考えると、『蘭』は元太くんの話に頻繁に登場するお姉さん、なんだろうか。
……そんなことを考えている内に、通話は保留の音楽に切り替わる。

――元太くんが出るまで、実質的には小休止かな。
受話器を持ったまま、振り返った。沈黙を守っているあるじと目が合う、……あるじは、黙ったままガッツポーズ。
激励の意思をそこから読み取り、『自分』は微笑みつつ頷く。

この通話の代替は、あるじには出来ない。電話をしているこの時だけは、あるじは声を出せず、後ろに居て無言で励ますのみ。
ただ、『自分』の生命を維持しようと真摯に向き合ってきた人の存在は、ただ存在するだけで十分に有り難いのではないだろうか。
肝を据える。『自分』の生命のために、これから正念場だ。

待つこと数十秒、保留の音楽が終わり、聞き覚えのある子どもの声がした。

「もしもし?」

園子と同じくらいに懐かしい。
探偵くんとよく一緒に居た、身体が太めの男の子。……この受話器から聞こえる彼の声は、怪訝さを隠そうともしていない。
不思議に思って当然だ。同級生の探偵くんはともかく、『蘭』が電話を直に掛けてきたことは、これまで一度も無かった。
『自分』の生命のために、『蘭』らしく。とにかく『蘭』らしさを強く意識する。

「おはよう、元太くん。『蘭』です。急に電話してビックリしたでしょう。迷惑じゃなかったかな?」

第一声で言う内容は、園子の時とやや被る。はなから言葉のバリエーションなんて考慮していない。
奇抜なことを言うための通話ではないし、直前の電話にどんな事を喋ったのかなんて、通話相手には分からないのだし。

「いやいや、気にしなくて良いぞー? で、何の用だ?」

――あぁ、元太くんの喋り方だな。

光彦くんとは違って、この子から敬語は出てこない。性格から考えて出てくるはずがない。
無邪気さに打たれた『自分』は言葉に数秒ほど詰まり、……心を立て直す。
この子を騙さなければいけないのだ。親切で優しくて、ちょっと深刻そうな悩み事がある『お姉さん』の声を、演じろ、――『蘭』!

「ちょっと、……コナンくんの事で、元太くんに相談したい事が有ってね。
 ……あのさ、今日か、無理なら明日でもいいんだけど、『私』、元太くんと直に会って、相談できないかな?」

「えっ!?」

当然ながら、短い驚きの声が耳を打った。「直に会いたい」という希望が想定外だし、そもそも何を相談されたいのかも分からないのだろう。
そんな相手の中で驚愕の情が落ち着く前に、『自分』は言葉を続ける。

「探偵団のみんなや、博士には内緒にしてほしいんだけど……、米花公園で、待ち合わせできない?」

『毛利 蘭』=『サキュバス事件に巻き込まれた女子高生』という図式を、元太くんは知らない。
この子にとって、この電話は単なる『知り合いの高校生のお姉さん』からの電話。
探偵くんや光彦くんに比べれば頭の回転は落ちるが、素直で、友達思いの良い子だ。警戒心なく、友達についての相談に乗ろうとしてくれる、はず。

「……俺は、昼までは家で宿題しなきゃいけねーんだ、今日、昼ご飯食べてからなら……、何とか……、」

――かかった。
小学生の答えとしては想定内の内容だ。必ずしも午前中に会えるとまでは思っておらず、今日か明日の内にこの公園に来てくれれば、それで良かった。
『自分』とあるじの狙いは、元太くんを1人で呼び出すこと、それだけなのだから。

「じゃあ、相談に乗ってくれるんだね! ありがとう!
 今日の1時半に、米花公園で待ち合わせできるかな? 『私』、ワンピースの上に灰色の上着を着ている格好で、公衆電話の前に居るから」

意図的に、『自分』の声に明るさを含める。話に応じてくれることが嬉しくてたまらないのだと示すために。
ちょっとした誘導テクニックだ。
コナンくんの事で悩んでいた『蘭』が、元太くんに相談することで救われる。……そんな光景を妄想してくれるなら、待ち合わせの時までそんな光景しか頭に浮かばないようになれば、まぁ、やりやすい。

「おぅ! 1時半に、米花公園の公衆電話の前、だな? 大丈夫だぞ!」

「そう。くれぐれも、探偵団のみんなや博士には内緒にしてね? コナンくんにももちろん秘密だよ?」

果たして、誘導した通りに元太くんの思考はハマったらしい。打って変わって元気な口調での快諾が来る。
分かりやすいと内心で思いながら、表面上は、あくまで明るい口調で口外を念押し。
歩美ちゃんや光彦くんならまだ良いが、哀ちゃんと探偵くん、博士の3人に漏れるのは非常にマズい。彼らは世間に秘匿された『自分』の事情を知っている。

「ああ、秘密にするぞ! じゃあな!」

ガシャン!

失礼します、とか、そういう挨拶はなく、いかにもな締め方で電話は切られた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

こうして、『彼女』と召喚者は、午後1時半まで現地で待機することになる。

ドアを開閉すると、それだけ公衆電話ボックスに貼り付けた符の劣化が進み、魔術の効果が落ちてしまう。『彼女』達は約束の時間ギリギリまで、夏の日差しが照りつけるボックス内に篭り続けた。
トイレへの行き来も極力防ぐため水分はあまり摂れず、ただ濡れタオルで身体を拭うだけの環境で、『彼女』達はひたすら待った。
……呼んだ子が本当に来てくれるのか、気にしながら。

小嶋家の父親なり母親なりが、訝しんで毛利家に問い合わせたら、『彼女』の狙いは即座に頓挫する。
何かのはずみで探偵団に打ち明けられ、それが灰原 哀や江戸川 コナンに知られた時も同様だ。
他にも、元太がもし体調を急に崩したり、待ち合わせの日時・場所を忘れられたり。……来ないシチュエーションを思い浮かべるときりがなかった。

ヤキモキしながら待ち続けること5時間余り。
結果から言うと、小嶋 元太は、約束通りの時間に公園に来た。来てしまった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後5時12分 毛利探偵事務所 2F

RRRR RRRR……

探偵事務所の机の上で、着信を知らせる固定電話の受話器を取る。
掛けてくる側はおっちゃんの声の応答を想像しているかもしれないが、電話を取るのは、その事務所に居候している小学生の俺だ。

「はい、こちら毛利探偵事務所です」

「この声、……コナン君か!?」

電話を掛けてきたのは、大人の男性らしい人。子どもの俺が出た事に少し驚いたようで、しかしその人の言葉に逆に俺の方が面食らう。
どこかで聞いた覚えのある声だ。俺と話したことがある人で、だが日頃頻繁に会う人じゃあない。誰だ?
ざっと頭を辿っても、……思い出せそうで思い出せない。訊いた方が良いと判断し、素直に尋ねる。

「はい。えっと、……どちらさまでしたっけ?」

「元太の父ちゃんだよ! 前に会ったろ?(※作者註 63巻参照) 今、毛利探偵か誰か、大人の人は居るか? 話がしてぇんだ」

言われて思い出す、TV局の事件で会った、元太の父親の顔。威勢良い声で犯人を追い詰めていた、チャキチャキの江戸っ子だ。
そんな人がこの事務所に、一体何の用だろうか。……ひしひしと悪い予感を感じながら、嘘を吐かず誠実に答える。
残念ながらこの人の要望には応えられそうにない。

「今は留守で、僕は電話番です。小五郎のおじさんは体調を崩して病院に行ったから。……事情を話して依頼を断るだけなら、僕にも出来るから」

『蘭』の事件の心労のせいだろうか、突然の39℃の熱でフラフラになったおっちゃんは、今から1時間ほど前にタクシーに乗って病院に向かった。乗車の間際、俺には「事務所の電話番を頼む」と言い残して。
小学1年生に電話番をさせるよりは留守電を設定する方が良い気がしたが、そこは発熱での判断力低下で御愛嬌だろう。
もっとも、俺はただの小学生ではないのだし、電話番をすることそれ自体は嫌ではない。頼まれた通りに事務所に残り、今に至る。

「……あー、それじゃ仕方ねえな。
 うちの元太、知らねえか? そっちの家の嬢ちゃんに電話で呼び出されて、昼に出たっきり帰ってこねぇんだ。5時には帰って来い、って言ってたんだがよ」

――え!? 嬢ちゃん?

信じられない内容の言葉。俺の思考が凍り付く。
元太が呼び出された。そっちの家の嬢ちゃんに。……この家の嬢ちゃんと言われて、該当するのは、『1人』だけ。
今の『蘭』が元太を呼び出した、目的は分かりたくねぇが、――悪い予感しかしねぇ!

「……嬢ちゃんって、『蘭姉ちゃん』のことですか!? それなら、警察呼んでください!」

「え?」

流石に今の『蘭』について何もかもをぶちまけるのは躊躇われて、とっさに、『嘘をついてない言い方』を作り上げて。
そうして、受話器に向かって叫ぶ。

「『蘭姉ちゃん』、……警察沙汰の事件を起こした後に行方知れずになって、警察が探し回っているから!
 本当に今の『蘭姉ちゃん』が元太を呼び出したなら、誘拐だとしか思えない!」

今度は、元太の父親が凍り付く番だった。

「……はぁ!?」


※5月24日 初出
 5月30日 内容を加筆+記述が荒いと思った部分を修正+みどりさんに関する記述のミスを修正しました。
 『彼女』は警察病院に入院中、目暮夫妻の営みの情報を見抜いています。だから、奥さんが処女・非処女どっちなのか確信を持っているはず、なのです。
 修正前は「多分非処女」と書いていたのですが、そうすると従前の話と矛盾することになります。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-3
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:23
 午後5時28分 米花公園 公衆電話ボックス

公衆電話ボックスの中で立っていた紅子は、派手なサイレンがする方に、仮面を着けた顔を向ける。
やっとだ。午前8時過ぎの『彼女』の電話の後、呼び出された元太が誘拐される午後1時半まで、『彼女』と紅子が公園で待機していた時間は、約5時間半。
その誘拐から更に約4時間後。誘拐現場である米花公園に入ろうとする者達が、……元太以降初めての訪問者が、パトカーに乗ってやっと来た。

紅子の目は、公園入り口で停まったパトカーを注視する。
パトカーから降りたのは、割と若そうな男女、計3人。1人は制服姿の婦警、もう2人はスーツの男女、刑事だろう。
ひょっとしたら、『サキュバス事件』専用の捜査員となった者が、まさしくこの事件現場に投入されてきたのかもしれない。
『彼女』は、他者の直近の性行為を自動的に見抜く。週刊誌の報道によると、捜査本部は、性行為の経験が無い警官を『サキュバス事件』用に募集したらしいから。

この公園には、紅子謹製の人避けの符で結界を張っている。中に入れる例外は、術者に中に入るよう求められたものと、中に入っているはずの者を探す者。
捜査員は後者だから問題なく入れるのだが、現に問題なく入りつつあるのだが。
だが、予定通りに、『結界を壊す』ために紅子は懐から杖を出す。敢えて人避けの魔術を崩壊させる一振りは、3人の内の誰かが結界の中に踏み込んだ一歩とほぼ同じ。

公園の敷地一杯に、爆発のように赤い光が弾ける。

3人はその場で思い切り怯(ひる)んでいた。
そりゃそうだ。事件を知る者であればこそ、『得体の知れない光』の中に突き進んで来るはずがない。どんな効果が有る光なのか、判った物ではないのに。
結界の崩壊に因る魔力光だから無害、という正答を知るのは紅子だけ。その結界を壊した張本人は、再び杖を振る。
婦警達が我に返るよりも前、間髪を入れずに行使される魔術は、必要な物を出現させるもの。

リーン……

ちょうど公園の入り口に立つ捜査員達の目前、目線の位置の高さに、赤く光る門が湧く。鐘のようでもあり、鈴のようでもあるような、甲高く光る音を伴って。
即座に中から長方形の『何か』が彼等に向けて吐き出され、『門』は瞬く間に形を崩す。
空間に解けていく『門』と、ゆるやかに地面に落ちていく『何か』に3人全員の視線が向いた、――予定通り。
3度目の魔術のために、紅子は更に杖を振るう。

最後の魔術は、紅子自身が屋敷に逃げ帰るための転移。
3人の誰からも妨害を受けることは全く無く、それどころか3人の誰からも気付かれることすら無く、魔術は完全に成功した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後5時31分 召喚者の屋敷 地下大広間

『自分』が座っている場所から、3メートルほど前方。石の床のある一点から、ゆるやかに赤い光の波紋が生まれた。

――転移の門だ。あるじが帰ってきた。
即座に腰を上げる。
とんでもなく暑い季節なのに、かなり長時間、狭い空間で『自分』のために頑張って下さった方の帰還だ。椅子に腰掛けたままで出迎えるというのは、流石に非礼だと思う。

床から発せられた光は、ゆるやかに、文字列と記号の緻密な組み合わせへと分化していく。
召喚の魔術陣だと読み取れるほどに全体像が明確になった、瞬間。……陣のど真ん中に、思った通りの人がクーラーボックスと一緒に出現した。
ローブも、仮面も、朝から全く変わっていない姿だ。一見した感じでは、あるじの見た目が変わるような特段の摩耗は無い。
魂の底からの安堵と感謝を込めて、『自分』は深々と頭を下げる。

「Reune(あるじ)、お疲れ様です」

「あら、……『貴女』、こちらの部屋で私を待っていたのね」

『こちら』の声は、意図的な小声。対する方も、声量の意味に気付いて声は小さい。
この部屋の扉の先を見つめているから、意図に気付いているのだと思う。隣の部屋に聞こえると不味い、という理由付けに。

扉を隔てて向こう側、『自分』用の個室に使われていたもうひとつの部屋で、誘拐してきた子が眠っている。……正確には、眠らされている。
もうそろそろ、その強制的な眠りをもたらした魔術が、切れる頃合。
そっちの部屋で誘拐した子が起きるのを確認するか、こちらの部屋で帰って来る召喚者を待つか、『自分』はどちらに居るか迷って、結局は後者をメインにした。
大恩人が帰って来るのに出迎えないのはどうかと思ったし、それに、公園でどうなったかを、少しでも早く訊きたかったから。

「はい。Reune(あるじ)、首尾はどうでしたか? ちゃんと警察は来たんですよね?」

午後1時半の段階で、『自分』は、意識のない子と共にここに転移の魔術で戻ってきていた。
この方だけがあのボックスの中に残ったのは、今に至るまで、やるべきことがあったから。警察が誘拐事件を認知したことの確認と、その警察に向けての文書の提示という行為だ。
元太の親から通報された場合、警官は公園に真っ先に来るはず。その警官に対して結界の解除で牽制しつつ、『こちら』が書いた手紙を突き付ける。そういう流れだった。

「捜査員が公園に来て、魔力光で足止めしてから手紙を出現させて、……落ちた封筒を捜査員が確認したところまでは、見届けてきた。
 私は電話ボックスの中に居たから、ずっとあの場所に居たのは気付かれてないはずよ」

つまり、ひとまずは成功であるらしい。

「そうですか。上手くいって良かった」

手紙を入れた封筒には、『サキュバス事件捜査本部 親展 ※注意 中の紙は素手で触らないでください』と朱で大書している。
公園で封筒を拾った捜査員が超弩級の馬鹿でもない限り、便箋の内容はそのまま捜査本部に伝わるだろう。
『自分』とあるじが良く話し合い書き上げた、犯行の自白と要求を書いた文だ。捜査本部に伝わらなかったら非常に困る。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【捜査本部の皆さんへ

 小嶋 元太くんは、召喚者と私が誘拐しました。生贄目的、兼、人質です
 なぜ誘拐に至ったのかを書く前に、必要なことを説明しようと思います
 身体と魔力についての、これまで警察には明かすことのなかった事柄です

 元々の「サキュバス」は、あなた達ホモ・サピエンスとは明確に違う生物です
 酸素・水・食べ物に加えて、魔力も、生きるのに必須とする、そんな生物でした

 では、「サキュバス」は、生きるのに必要なその魔力を「どこ」から得ていたのか、分かりますか?
 答えは、「異性との性的接触」でした

 「サキュバス」は、他者から受けた精を魔力に換える、いわば変換回路を持っている生き物で、定期的に誰かと交わることで生命を維持していました
 つまるところ、定期的に他者と交わらないと死んでしまう種族であった、ということです

 もちろん、本来の種族名は「サキュバス」ではなく、別の名前でした
 召喚者は、元の世界での名を毛嫌いする「わたし」に、この世界での想像上の生物にちなんで「サキュバス」の名を与えた、という経緯があります
 その、精→魔力の変換回路を持つ元来の身体は、この世界で壊れ続け、「毛利 蘭」との融合後には砂になって今は無い訳ですが

 さて、御存じの通り、今の「私」は、「毛利 蘭」と「サキュバス」が融合した状態です
 そして、魔術の自動発動が止まらないために、このままだと遠からず命を落としてしまう、そんな危機にあります

 病院からの脱走以後、どうするのが良いのかを召喚者と協議してきました
 要は、魔力の欠乏をどうするのかという話でした

 元の身体と同じ、精→魔力の変換回路を今の「毛利 蘭」の身体に刻み込むこと、それは魔術的に十分に可能なことではあります
 代償として子を産む能力を無くし、また定期的に誰かと交わらないと死んでしまう身体になるから、「蘭」を含む今の人格はメンタル面で相当苦しい事になるけれど、でも、生命は維持できます
 そしてこれは、例えば、相性の良い子供ひとり程度、丸々生贄にすることで可能になる手法でもあるのです

 でも、それよりも、より良い手法が有りました
 今言った方法がベターな手法だとするならば、もっと良い、ベストな手法です
 それは、融合した「毛利 蘭」と「サキュバス」の人格の再分離です

 「サキュバス」用に都合の良い、この世界でも壊れない身体を創り上げ、「サキュバス」の人格をそちらに移すということ
 「毛利 蘭」は元の身体で元の人格を取り戻し、「サキュバス」は、子供は産めないけれど、定期的に誰かと交われば死ぬことのない身体を得ます
 代償は、融合していた時の記憶をどちらかが完全に失ってしまうことですが、この場合は、「蘭」が忘れ、「サキュバス」が覚えておくのが筋でしょう
 ここで必要となる生贄は、相性の良い人間の、遺体です。おそらく3~4人分で間に合うはずです】

【私達が目指すのは、もちろん、ベストな方の手法です
 そのために、これから相性の良い遺体を探し、見つけ出せば勝手に盗んで魔術用に使います
 それで魔術が完成し、再分離が成功するのだとしたら、想定する中で最上の結果だと思います

 懸念は、私達が遺体を盗み回っているという情報そのものが世間に出回らないかということです
 情報が出回り、遺体を盗むこと自体が困難になるなら、あるいは警察が窃盗を妨害するなら、もうひとつの方法を選ばざるを得なくなるでしょう
 その時に生贄になり得る子、元太くんは、私達の手で誘拐されて手元に居ますからね

 遺体だけでこちらの身体に関する事態が解決したならば、元太くんは生きて家族の元にお返しします
 今のところは、遺体だけでなんとかしようとしている段階です
 どんな形であれ2学期中には、私の身体についての結論が、形となるでしょう

 だから、元太くんを人質にした上での、捜査本部に向けての私達の要求は以下の通りです
 「私達が、遺体を探し回って盗んでいるという情報を世間に秘匿すること」
 そして「遺体を盗まれた遺族が、窃盗事件を世間に広めないように要請すること」、この場合は子どもが人質に取られている事を遺族に明かして構いません
 最後に「以下の内容の告知広告を、24日の新聞朝刊の1面左下に出稿すること。告知通りの対応を警察が取ること」

 告知の内容は、
 「拘置所被告殺人事件に付いては、現在別の誘拐事案交渉中」「人命優先のため当分の間、新規の捜査情報の公開は中止する」旨の記述を、警察庁と警視庁と大阪府警の連名でお願いします
 広告の中で、「この広告は犯人の要求である』ことを明記していただいて構いません

 サキュバスより 敬意をこめて

 追伸
 「サキュバス事件に巻き込まれた女子高生」=「毛利 蘭」ということは、これまで変わらず秘匿して頂くようお願いします
 今後の流れ次第では、この誘拐事件は、本当に記憶が無い事柄になりそうですから
 元々、「毛利 蘭」は、「サキュバス」の策謀に巻き込まれただけの女子高生です
 記憶から消えた犯罪について、「蘭」が世間から糾弾される事態に陥るのは、「サキュバス」としても結構気まずいのですので

 追伸その2 捜査本部の方へ
 上記の追伸まで書いた同一内容の手紙を、毛利家と小嶋家に郵送します
 郵便事情を考えると23日までに届くと思います
 ここまで書いた事柄は、この家族には明かしてもいいと考えている事柄だ、とお考えください

 追伸その3 刑事部長様
 17日に手紙を送ったカップルに頼みたい仕事があります
 8月31日に、これから必要になる分の元太くんの勉強道具一式を、こちらに引き渡して頂けないでしょうか?
 時間潰しになる物がある程度無いことには、元太くんをずっと監禁し続ける自信が無いのです

 条件は、
 「勉強道具一式をビニール袋に入れた上で、そのビニール袋をリュックサックの中に入れること」
 「受け渡し日時は、8月31日の正午以降、日没までの間。場所は、蘭が14日まで入院していた病室のトイレの中」
 「カップルさんのどちらかが、ひとりでリュックサックを抱えて、トイレの中でドアに背を向けて立っておくこと」

 なお、トイレの中に立つ方は、他人に取られたら困る物は身に着けないことを強くお勧めします】

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 午後7時10分 警視庁 刑事部長室(臨時)

便箋を読んでいる佐藤 美和子警部補の口から、……より正確に言えば、便箋を写した原寸大の写真を読み進める彼女の口から、感情そのままの声が漏れた。

「……うわぁ」

――至極当たり前の反応だな。
佐藤警部補の目の前に座っている小田切 敏郎は、内心で呟く。小田切だって、最初にこの手紙を読んだ時はそんな呟きしか出てこなかった。
ましてや、かつての『毛利 蘭』と親しかったらしいこの警部補のショックはいかばかりなのか、察するに余りある。

写真を読ませるに至った経緯は、先日と似ていた。
捜査員が公園で拾った、『彼女』の手紙。それを読んだ小田切が、捜査一課から例のカップルを呼び出そうとした。
佐藤だけは呼び出せたので、臨時の刑事部長室で、対面する形でソファーに座らせ、経緯を明かしつつ手紙の写真を見せて、今に至る。

なお、呼び出す際に知ったが、高木 渉巡査部長は、急な体調不良で今日の午後から休んでいるという。医者から安静にするよう厳命されているらしい。
だから佐藤だけをここに呼ぶ、つもりではあったが、……同じ警視庁の者とはいえ、手紙の内容でショックを起こし得る女性と、密室で1対1になるのは躊躇われた。
だから、今回は捜査本部から借りた女性の警部もこの部屋に呼んでいる。単にセクハラ防止の監視役として呼んだのだと説明して、ドア付近で黙って突っ立ってもらっているが。

「ありがとう、ございました。
 最後のカップルに該当するのは、当たり前ですけど、……私達なんでしょうね」

便箋の内容をすべて読み終えたらしい。佐藤はそう言いながら、手の内に有った写真をテーブルに戻した。
彼女の顔色は若干青い。手紙の衝撃を心の中で消化しきれているのか、正直、若干の疑問符が付くところだ。

だが、この部屋に呼び出されたということ、それ自体には納得している。その上で、あくまで刑事として大事な話を続けようとしている。
刑事部長という立場では、気を遣うよりも、仕事の方の話をするべきだろう。
自分と警部補の階級差は大きい。ショックを受けている時の気遣いの言葉は、逆に、言われた本人の心に変な勘繰りを生みかねない。

「ああ。色々論点はあるが、まず、その部分について率直に言うぞ。
 相手の要求に従うかどうかは、まだ、決まっていない。今の段階では、要求に従う、従わない、どちらも有り得ると心に留めておいてほしい。
 どちらにせよ、その決断をするのは私よりも上の方だ」

小田切だけの判断でどうこう言えるスケールの事柄では無かった。
犯人側が警察に対して強く敵意を抱いた時、どんな事まで出来てしまうのか、限界が全く謎。おまけに、今後、警察庁や大阪府警との協議もある。
慎重に検討され、論議され、決断されるべき事柄だ。だから要求に従うとも従わないとも断言はしない。
ただ、今の段階で言える予想を、佐藤の目を見詰めながら告げた。

「その大前提の上で言うぞ。
 もしも、もしも仮に、要求に従うとしたら、当日、トイレの中に立つのは、佐藤の方になる確率が高いだろうとは思う。
 高木は、今日から一週間は休むそうだからな。31日の時点で順調に回復したとしても、直前に長く休んでいる者よりは、身体に問題のない方を選ぶ」

高木の病名は、急性のB型肝炎。実に分かりやすい。このカップルがうつし合ったウィルスが、男の方の身体に牙を剥いた。
現時点では入院にまで至っていないのが幸いだが、点滴のため通院する時とトイレに行く時以外、絶対に家で寝て過ごすように医師から指示が出ているという。
31日になるまで、念入りに打ち合わせを行うであろうことを踏まえると、そんな病態の男は、どうしても選択肢から外される。

なお、高木がかかっているのは、先日このカップルが肝炎の検査を受けさせられた際、利用した警察病院だ。今回の病名についても、勿論ウラは取れていた。


※6月8日 初出
 6月14日未明 追投稿
 6月14日夜 更に追投稿
 6月18日 更に追投稿

 当分の間、1シーンが出来上がり都度投稿していく形で進めます。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-4
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:23
 午後7時14分 警視庁 刑事部長室(臨時)

刑事部長の言葉は、警察の判断として完全に合理的だと思う。佐藤 美和子は、心底納得しながら頷いた。
病気中の男vs(今のところ)健康体の女。二者択一で選ぶなら、仕事を任せる場合の相手として選ぶべきは後者だ。
もっとも、本当に仕事を任せられるのかどうかが、今は分からない。刑事部長ですら即答できない未定の事柄について、警部補の身分で言えることは一つだけ。

「『31日に、指定されたトイレに立て』と言われれば、もちろん従います。言うまでもない事ですけれど」

上からの命令は絶対。警察という組織に属する限りは守るべき鉄則だ。
ただ、無茶な命令に対して渋ることや抗うこと、それは辞表と引き換えなら出来てしまう。大顰蹙は買うにしても、全くの合法なのだ。そんな事をする気は全く無いけれど。
上層部の方々が、要求をどう捉え、美和子の心をどう懸念するのか分からない。臆病風に吹かれて仕事を拒むような女性の姿を想像するなら、……それは違う。

「確かに、当たり前の事だな。だがこの状況では大切な言葉だ。その言葉は決定される方々に伝えておこう。
 ところで佐藤、先日呼んだ時と同じ事を指示するが、……今ここで、手紙を読んで気付いた事や、訊きたい事があれば言ってくれ」

「はい」

先程机の上に置いた2枚の写真に、視線を戻す。
刑事部長室に湧いたり自宅に届いたりしたのと同じ、灰色がかった色の2枚の便箋。
封筒には素手で触らないよう書いてあったそうだから、これまで同様に特殊な用紙を使って書かれたのだろう。きっと4日経てば砂になる。

書かれた内容を検討する。文章の字体はどこか『毛利 蘭』に近い気がするけれど、……美和子では確証は持てない。御両親に訊かないと分からないだろう。
それにしても、記述の内容に、手紙を書いた『彼女』に、ツッコミたい気持ちが山ほど湧いてくる。
疑問に思う事は沢山有る。でも言葉に出来なくて、全部を言葉の形にまとめ上げるのにはもっと時間が掛かる気もする。
最初に形にできた質問を、とにかく美和子は訊いた。

「関係者には、いつ、どれだけ、情報を明かすんでしょうか? 書かれた通り、毛利家や小嶋家の皆さんには話すんですよね? 高木君には、どうするか決まっているんですか?」

「高木にいつ話すかは決まっていない。この手紙の情報を明かすどうかも未定だ。
 毛利の探偵事務所と、小嶋 元太くんの家には、捜査員が出向いている。……どちらの家にも、手紙の写真を、追伸その2までは見せることになった。ちょうど今は読んでいる頃だろう。
 なお、追伸その3の内容は当然伏せることになる。が、『御家族に伏せている部分がある』という事自体は捜査員の口から明かすことになっている」

開示範囲は、ごく自然な帰結だ。
毛利家・小嶋家の両家族にとっては、捜査員に見せられた便箋の最後の部分に『ここまで書いた事柄は家族に明かしても良い』という記述が来てしまう。
そこから、『これから書く事柄は家族には明かせない』のだと、とごく自然に類推するだろう。
探偵はもちろん、普通に考える頭を持つ者なら分かる程度のこと。隠している部分の有り無しを問われた時、警察が無回答を貫いたり否定したりするのは変。

「仕方が無い事ですけれど、追伸その3について、毛利探偵のお話を伺うことは出来ませんね」

警察が意図的に情報を一切開示しないのだから、いかに名探偵といえども推理は不可能ということだ。
思い浮かんだことそのままの呟きが、自身の唇から勝手に出る。

「そうだな。その部分について推理するのは我々だけだ。佐藤はどう思う?」

机の上の写真を、ふたたび手に取った。2枚目の便箋の、追伸その3の部分だけを読み通す。
まとめると『8月31日の午後に、元太くんの勉強道具一式を持たせた高木か佐藤を、警察病院のトイレに立たせろ』というのが、『彼女』からの要求の要旨だ。
最後の文は、『トイレの中に立つ方は、他人に取られたら困る物は身に着けないことを強くお勧めします』とのあからさまな警告。

「……露骨に、トイレの中に立った私達に何かをしてきそうな内容だ、と思いました。
 当日、病室の周りには捜査員が配置されますよね。それを踏まえても、元太くんの勉強道具を奪い取れるのだと考えていて。
 『他人に取られたら困る物は身に着けないように』、っていう忠告は、つまり身に着けている物を簡単に奪い取れる状況に置くという示唆で……、」

頭の中で考えをまとめた一瞬の後、自分は更に言葉を足した。
時間を掛けて考えればもっと沢山の事を思い付くかもしれないけれど、文章を読んだ段階でパッと思い浮かんだことを言おうと、そう決めて。

「少なくとも『彼女』は、魔術で『自分自身』を転移させることが出来るはずですから。
 文を読んで最初に思い浮かんだ光景ですけれど、……私か高木君のどちらかがトイレに立った後、『彼女』や召喚者が出現して、中に立っている者を無力化して、その上で丸ごと転移する、そんな図(え)を想像しました」

今月14日、『彼女』は、病院のトイレから転移の魔術で脱走したらしい。
翌15日、他人の携帯電話からネットに書き込んだ召喚者は、デパートのトイレから転移で逃げた疑いが濃厚。
そして今日、元太は公園から転移で連れ去られた線があるという。
『彼女』も召喚者も、他人と一緒に転移する魔術が使える疑いがある。……そう見立てたておいた方が、捜査する側としては無難だ。

「順当な想像だな。これまでこの手紙を見た者達も、まさしくそういう事を想像していた。
 もしも佐藤や高木を要求通りに立たせた場合、奪われたら悪用される物は持たせられない、という話が出ていたな。
 拳銃や手錠はもちろん、警察手帳も、バッジも持たせないかもしれない。今後の検討次第だが、そういう指示が出るかもしれないことは理解しておいてくれ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後7時10分 毛利探偵事務所 2F

ドンッ!!

不意打ちのように音が生まれた。目の前の2枚の写真に向けていた思考が、一気に現実に引き戻される。
おっちゃんが、握り締めた自身の拳をテーブルの上に叩き付けたのだ。
おっちゃんの顔は真っ赤だ。この便箋を読んで激情に駆られるのは分かる。けれど、体調が万全でない男性のこんな顔色が、身体に良いはずがない。

「……おじさん、大丈夫? まだ熱があるんでしょ? 体調、また酷くならない?」「そうよ貴方、……休んでもいいのよ?」

労わるような俺と妃弁護士の言葉に対して、おっちゃんから返ってきたのは強い拒絶だ。

「娘の一大事なんだぞ、休んでられっか!」

おっちゃん本人の話によると、病院では腸炎だと診断されて、点滴を受けて、点滴後の体温は37度8分。病み上がりどころか、まだ病の最中に居る状態だ。
家に帰って早く寝るように、と、医師は当たり前の事を言ったらしい。
おっちゃんも、それは分かっているんだろうけれど、……現実問題『娘』が新たな事件を起こしたら、そうはいかないという事か。

「僕、おじさんを心配しているんだからね……」

俺はそれだけ言って、ひとまず引き下がることにした。もし俺が同じ状況になっても、おっちゃんと同じ態度を取るだろうと思う。
俺にしたって、捜査員が証拠写真を見せるのを渋っていたのに、ゴネにゴネて無理矢理おっちゃんの横に座っている立場なのだ。

改めて目の前の捜査員2人組、――俺とは面識は無い、共に男性の、ベテランと若手の刑事のペアだ、――の方を向き、写真へと視線を落とした。
『本人』が書いたと思われる便箋、を写した、2枚の写真。見た感じではB5サイズくらいか。どちらが1枚目でどちらが2枚目なのかは内容で一目瞭然。
2枚目の写真末尾には、ハサミか何かで写真そのものを切った跡がある。「警察判断で見せない部分がある」らしい。この捜査員達から事前に明言されていた。

「それにしても、……『蘭』では有り得ない事件です。何で、『あの子』が……」

おっちゃんに付いては俺と同じ判断をしたらしい妃弁護士が、呟いた。
言葉の最後はフェードアウトしていて、どんな言葉が続いているのか俺には、――ひょっとしたら本人にも、分からない。

何で、『蘭』が、『サキュバス』に人格を巻き込まれたのか。『サキュバス』曰く、相性が良い一般人を探した結果だという。
何で、融合後の『彼女』が、病院から脱走して召喚者の元へ戻ったのか。『彼女』曰く、魔術が自動発動状態になって止められなくなったからだ。
何で、『彼女』は、阿笠博士の家の庭で俺に加護の魔術を与えたのか。それは、……!!

――『わたし』が今夜君に会いたかったのは、ずばり『サキュバス』と『蘭』が、この『わたし』の中に居るから、なんだ。
  『女子高校生』の倫理観と、罪悪感が、これからの『わたし』の歩みを止めてしまわないように。
  君が無事で生きているんだと、そう確信していける間は、きっと『蘭』も『サキュバス』も、自分のやっている事にも耐えられるから――

――これからすごくキツい事をして、再分離が成功して、『蘭』が帰ってきても、それから先君と一緒に過ごせるか、とってもとっても怪しいけれど。
   せめて『蘭』が帰ってくるその時は、見届けてあげて。それが、君の事情を見通した上で『蘭』の心に触れた、『サキュバス』からの願いだよ――

雷のように、『彼女』があの庭で俺に告げた言葉が蘇る。
あの日、俺に会おうとした時点で、少なくとも何かしら犯罪行為をすることまでは決めていたに違いない。
『蘭』の心が罪悪感に負けないために、俺の生存を心の支えにするために、そのために、――俺に加護を与えたのか、『アイツ』は!

「ボウヤ、何か気付いた事があったのかい?」

明らかにハッとした顔を見せたんだから、見せてしまったんだから、当然捜査員は理由を訊いてくる。
目の前の2名と『蘭』の両親、計4名の視線が俺に向いた。
己の思考を落ち着かせるために、息を吐く。前髪を掻いた右手をそのまま額に置いて、再度深めの呼吸を1発。

「おばさん、今、『何であの子が』って言ったでしょ? 僕、それで、何で『蘭姉ちゃん』がこんな事件起こせるんだろう、……って思ったんだ。
 元々の『蘭姉ちゃん』って、余所の子どもを誘拐するような性格じゃないよね。
 もし百万歩譲って何か悪い事したとしても、やった事の悪さをずっとずっと抱えながら、苦しみ続けて自首しちゃうような、そんな人だったよね」

あの庭での出来事は、今も、これからも、打ち明けられるはずがない。会った経緯を話すことが、イコールで俺の正体を打ち明けることに繋がるから。
『あいつ』が俺に望んだのは、『あいつ』が帰って来る、その時を見届けること。
コナンの姿のまま帝丹小学校に通い続けることは、今のところその望みを叶える上での一番の安牌で。

……だから俺は、気付いた事の核心には触れないことにする。
『彼女』があの庭で見せた感情を、告げた言葉を、俺なりの理解で焼き直して披露するだけだ。

「ベストな方の手法で、人格が再分離した時、『蘭姉ちゃん』は融合していた時の記憶を忘れてしまうんだよね?
 今『本人』の心の中には、元々持っているはずの正義感があるけれど、他にも、「生きたい」っていう思いと、「どうせ忘れてしまうんだから」っていう考え、全部あるんだと思う。
 僕が想像したのは、そういう罪の意識とかを、……それ以外の願望とか思いとかが無理やり押さえつけている、そんな構図。
 後で忘れてしまう予定だから、心がギリギリ耐えられる、……つもりなのかもしれないな、って、思ったんだ」

一から考えを組み立てたように見せかけた、……実際には以前言われた事を基盤にした、そんな推理を、小さめの声で言い切る。

結果として、この場の大人4人に対しての説得力はあった。
無言の頷きと同意の目線と、それから溜息とが、各々から発せられる。
警察側もこれくらいは推理しているはずの内容だが、この場で俺の披露する推理としては、極真っ当な内容でもあった。

ただ、全員が賛同しているようだが、それは声としては出ない。補足するような意見は出ず、もちろん異論の声も上がらない。
自然と沈黙が生まれた。沈鬱な雰囲気が場を包み込む。
『蘭』の両親と俺が、心の内からこみあげてくる様々な感情を処理するための数十秒。

……何度目かの小さな溜息と共に、妃弁護士が沈黙を破った。
腕を組んだ『蘭』の母親は、テーブルの上の写真から目を逸らさないまま口を開く。

「考えたくもない事ですけれど、この手紙、……果たして『本人』は、何から何まで真実を書いたんでしょうか?
 嘘やごまかしが有ったとしても、確認のしようが無いですよね。私達には知識が無いんですから」

――ああ、そうか。何で俺は、『あいつ』の主張が真実だと思い込んでいたんだ?
人格の分離や取るべき選択肢についての記述は、記憶する限り、あの庭で『本人』が言った事と矛盾は無い。
けれども、それでもって「書いていることは真実だ」なんて言い切れるはずも無い。

「おばさん。それって、魔術関係のことや『本人』の身体のことは、誰にも、警察の人でも分からないから、……っていう事?」

妃弁護士は俺の確認に大きく頷き、そのまま、俯いていた顔を上げた。問い掛けるような視線が刑事2人組に向く。
視線を受けた側も、やはり明確な頷きで答えた。
ペアの片方、若手の刑事の口から予想通りの答えが示される。彼の口から出てきたのは、冷静さの中に苦悩を隠せない口調の声。

「そうなりますね。もしこの手紙に真実でない事が書いてあったとしても、今のところ、警察には、それを見抜く方法は有りません。残念ですが」

「嘘があったとしても、どうこうできる話でも無ぇだろーよ、……これは!」

おっちゃんがかなり投げやりな言葉を被せる。
身も蓋もない内容だが、確かにその通り。知識を持っているのは『本人』と召喚者しかいないのだから。
……そしてまた、場に生まれる何人かの溜息。心の中の諸々を消化するだけの静寂。本当に、居た堪れない。

「で、でもっ、無駄かもしれないけどさ、推理すること自体は、別に禁止されている訳じゃないんだよね?
 『相手』が誤魔化すなら、どんな部分を誤魔化すんだろう、って、……考えても良いんだよね? 警察の人達も、そういう推理、期待していたんじゃないの?」

空気を打破するために、目の前の捜査員達に質問する。
答えの分かりきっている問い掛けだが、今、必要な言葉だと思いたい。

『犯人』に加護を掛けられた、その出来事を秘密にする、どちらも探偵失格だと思える事。で
も、考える事は封じられてはいない。おっちゃん達夫婦に考察するよう誘導することも。
ここで考える事や意見を披露する事は、仮に無駄であったとしても、捜査への害までは生まない。
きっと、――俺は、考えることで、『あいつ』の事件に挑戦し続けた気でいたいんだ。それだけの情けない男なんだ。

「確かに、そういう部分は無いとは言えないな。そちらのお二人は、探偵さんと弁護士さんだからね」

捜査員達は互いに顔を見合わせてから、今度は年配の方が俺に告げる。
言葉が指しているのは、無論、俺の横に座る『蘭』の両親。無言で2人の意見を促す。

「親の立場としては、……身体についての記述が、本当に、全部真実を書いているのか気になります。
 記述内容の都合が良すぎる気がするんです。『蘭』も『サキュバス』も、書いていないだけで、何か後遺症を負うのではないかと。
 変換回路も、元の身体と同様に機能するものなのか、疑問はありますね。その回路があったという元々の身体も崩壊しているんですから。
 ……疑心暗鬼になったところで、どうするという物でもないですけどね」

言葉通り、親として当然に浮かび上がってくる疑問だ。
警察を誘導するために書いていないことがあっても変じゃない。あるいは『本人』すら見落としていることがある、怖れすらある。
召喚者と『本人』が検討した結果だから大丈夫だと考えたいが、そもそも大元の発端は召喚者の召喚魔術のミス。魔術も召喚者も万能ではないのだ。

「元々の身体の生態についても問い詰めたいところだな。赤子から年食った個体まで、……書かれた通りのことが必須だったとしたら、ちょっと不自然だ。
 ところで、警察はどうするんだ? 内容の検証が出来ない状況でも、『相手』の要求に乗るのかどうか。これは逆に、警察にしか答えられない事だろう?」

これまで出てきそうで実は一度も出なかった質問を、おっちゃんがついに訊いた。問いを想定していたのだろう、若い方の刑事がスラスラと答える。

「私の立場ではまだ何とも。これから関係機関と協議することですから。新聞に公告を出すとも出さないとも、どちらにせよ決まった時点でお伝えします」

まぁ、一介の刑事としては模範解答だ。今日(20日)の夕方に警察に突き付けられた手紙。広告を出すよう指定されたのは24日付の朝刊。
明日以降、警視庁、大阪府警、警察庁のそれぞれの幹部が協議して対応を決めていくはず。

「予想してやろうか? たぶんお前ら広告を出す方を選ぶと思うぞ。
 魔術をどうこうする方法が無いんだろ? 生きてる子ども1人と遺体2~3人の天秤だろう? 『相手』を刺激した結果、子どもが死んでバッシング、……なんてことは避けるだろうなぁ、組織防衛として」

すげぇ嫌味な毒舌がおっちゃんから出る。
真っ当な回答をした警察に対して、普段なら考えられない態度。『自分』の娘の一大事に加えて、元からの熱で、理性が少々おかしくなったのか。

「……おじさん、38度近い熱のせいで礼儀が吹っ飛んでない? ちょっと失礼だよ、その喋り方」

図星だったんだろうか。「うるせぇ!」という短い一喝と本気の拳骨が降って来た。

俺がとっさに拳を避けて、刑事達が止めに入る。
全員一致でおっちゃんを無理矢理休ませることになり、ついでに俺も強制退席させられ、今日の警察との協議はそれで終わる。


※6月22日 初出
 6月27日 シーン加筆
 6月29日 シーン加筆
 7月4日 シーン加筆 これでこのシーンは完了です。

 筆力の都合上、コナンだけでなく毛利夫婦と一緒の考察になった点、ご了承ください。
 感想掲示板での考察本当にありがとうございました。時間が掛かりましたが、その分書きごたえのあるシーンでした。
 また、頂いたご意見をこの場で全部反映させることも出来ませんでした。後で登場する内容もありますのでご期待ください。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-5
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:23
 午後7時20分 召喚者の屋敷 地下 個室

部屋の中はごく静かだった。誰も、何も、口を開いてはいなかった。
いつもの仮面にローブ姿のあるじは、石の壁にもたれかかって腕を組んでいる。『自分』は、ワンピースの上にローブだけ羽織った状態で、いつも使っているベッドの上に腰掛けている。
2人の視線が共通して向いている先は、もう1つベッドの上。計画通りに誘拐した男の子が眠っている、その顔だ。

――元太くんの覚醒は、近い。この子に昏睡魔術を掛けて誘拐した『自分』達が、元太くんの観察で判断した共通の見解だ。
覚醒した後でどう対応するのかは、無論協議済。それこそ、今更喋る必要は無いくらいに。
目が覚めた後で、口を開くのは『自分』だけ。あるじは徹底的に声を出さないことになっている。覚醒寸前の耳に届くかもしれないから、その意味でも今の段階での会話は不要だ。

「ん、ぅ、……」

覚醒の時が遂に来た。目覚めを示すうめき声が上がる。
あるじは無言で元太くんの視界から外れるように遠ざかり、『自分』は対照的に傍で膝を折る。
毛布の下の左手を取った。『蘭』の両手で、小学1年生の手を出来うる限り優しく握る。
元太くんの両目が開く。ぼんやりとした思考のまま、顔は、自らの手と、その後ろの『女子高生』の方を向いて……、

「蘭姉ちゃん? ……ぇ?」

予想通り混乱の声を漏らす彼に、『自分』は微笑んだ。
喋る方が内心びっくりするぐらい『サキュバス』らしい声色が、『自分』の喉から出る。

「目が覚めたんだね、元太くん。今はもう夕方の7時だよ。
 取り敢えず、夕ご飯食べようか。色々あったけれど、何があったのか話すのは、食べた後の方が良いと思うの」

『自分』と元太くんのベッドは隣だ。これから話を交わす機会はいくらでもある。都合よく虚実の入り混じった話だけれど。
だからこその言葉だった。説明を急ぐ必要は無いのだ。

元太くんの反応は、非常に分かりやすい。
顔は、漫画ならば疑問符がいくつも頭の上に登場しそうな表情を見せる。一方でお腹の方も別の意味で素直だ。盛大な音で答えを示したのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後7時30分 毛利探偵事務所 2F

捜査員2名がゆっくりと階段を降り、ややあってから車に乗って去って行く。
事務所を退出してからの彼らの動きを耳だけで把握してから、事務所の応接用ソファーにひとり座る妃 英理は、これまでに無いくらい特大の溜息を吐いた。
心にべっとりと貼り付くような疲労を感じる。我ながら精神的な摩耗が酷い。
だが、……どんなにショッキングであっても、親として見つめなければいけない『娘』の現実が、目の前にある。

刑事達は先ほど探偵事務所を引き上げたが、彼らが持参した写真は机の上に残された。忘れ物では無く、警察の意思として明確に置いていったのだ。
外部に漏れると厄介な事態になる類の物だが、捜査本部は、自分達にこの手紙を渡しても漏洩は無いと判断したのだろう。英理としても外部に漏らす気は毛頭無い。
むしろ警察は、探偵と弁護士が披露するかもしれない推理まで、ひょっとしたらという形で期待しているのかもしれない。
被疑者の親なのに、そのくらい信頼されているということか……。

「警察の人、帰ったんだよね?」

その言葉で我に返った。
コナン君が、事務所のドアを半開きにしてこちらを覗き込んでいる。
この子、捜査員が出て行く様子を伺ってからここに降りて来たのか。思索に沈みすぎて全く気付かなかった。

英理の口から答えが無くとも、ここの様子は見れば分かる。ドアノブを握って完全に部屋に入った彼は、少しあらたまった。

「あの、……今日、ここに来てくれて、ありがとうございました。たぶん、おじさんと僕だけだったら大変な事になってた」

この子は聡い。元太くんのお父さんの電話で『蘭』の誘拐事件を察知し、すぐに捜査本部へ通報したらしい。次に英理に電話を掛け、最後に、あの夫に連絡した。
英理は自宅マンションに居て、電話を受けてこの事務所に駆けつけた。病院で点滴を受けていたあの人は、治療を切り上げて戻ってきた。
それから捜査本部との細かいやり取りと、捜査員の訪問と、協議があって、……今に至る。
コナン君の初っ端の電話の順番は妥当だと思うし、それ以前に自分に連絡する思考が湧いた点で、英理にとっては賞賛に値する。

「……こちらこそ、呼んでくれてありがとう」

小さな探偵くんに向き直って、英理はそう返した。
この子の言う通りだ。あの状態の夫が英理不在の状態で警察に対応していたら、どんな事になっていたか判った物では無かった。
あの人が普段『娘』思いであることは、別居している自分も否定しない。だけども、発熱のせいだろう、誰が見ても情緒が明らかに変だったんだから。

RRRR RRRR……

突然、英理の携帯とは違う着信音が事務所内に鳴り響く。
音源がどこかはすぐに気付いた。あの人が普段使っているであろうデスクの上の、固定電話だ。
受話器を取るべきだろうか思案しながら電話の前に回り込み、英理の思考が、……ナンバーディスプレイの表示を見た瞬間、凍り付く。
ピカピカ光っている上下2列のデジタル画面。下が掛けてきた者の番号ならば、上の文字列はズバリ掛けてきた者の正体だ。現在の表示は“小嶋酒店(元太の家)”。

「今日、電話を貰った時に、この番号を登録しておいたんだ。さっそく掛かって来たんだね。
 元太のお父さんは、地が出ると、まさに江戸っ子ー、……って感じの話し方になるからビックリするかも」

英理が凍り付いている間に駆け寄って来たらしい、傍に立つコナン君が、喋りつつこちらの顔を見上げた。
流石に英理と言う大人が居る状況で、この子が受話器を取る気は無いようだ。いや、勝手に取られたら非常に困るからそれで良いんだけど。うん。

……改めて実感する。実にこの子は聡い。番号を電話に登録するとか、そういう細かい措置にまで気が回ってくれて助かった。
どんな相手か分からない状態で電話を取って、内心慌てふためくような事態に陥るよりも、今の状況は遥かにマシだ。……予め覚悟を決める事だけは出来る。

「本当にありがとう、コナン君」

短くだが本心からの礼を言って、受話器を上げた。鳴り続けていた着信音が止まる。
英理は、小さく一呼吸置いてから名乗った。

「もしもし、毛利探偵事務所です」

「ぇ、あー……、小嶋 元太の父ですが、えっと」

コナン君が教えた通りの男性は、しかし、想像したような威勢の良いべらんめぇ口調ではなかった。
予想外の成人女性の声に戸惑っているのか、それとも、喋りたいことが山ほどあるのに躊躇ったのか、あるいはその両方か。
相手の心中の機微は、今はまだ分からない。ただどうあっても、『加害者』の親として、告げるべき事柄は最低限告げようと思う。
どんな感情を心に抱えていたとしても、押し殺して表面上冷静に振る舞う術は、職業柄身についている。感情的になりうる相手に対して振る舞う術も、当然。

「小嶋さん。私は『毛利 蘭』の実の母で、妃 英理と申します。
 警察の方から話は伺いました。『娘』がとんでもない事をしでかしたと……、本当に申し訳ありません」

小学1年生を誘拐。生命を維持するための人質、兼、素材候補として。今後の経過としては殺害も有り得る。
……振り返ってみると『あの子』の行動は酷い。「とんでもない事」以外の何なんだろうか。
そう思いながら話した言葉。でも電話の相手は、全く別のことに引っ掛かって訊いてきた。

「……奥さん、名字は毛利探偵とは違うんですか?」

無難に答えられる問いだ。嘘を吐く必要は無いけれど、過剰に喋る必要も何一つ無い。

「はい、事情があって、10年ほど夫と娘とは別居しております。
 夫は、今、体調を崩して会話できる状況ではない、ということで、コナン君が私を事務所に呼んでくれたんです。
 大変申し上げにくいんですが、……このところ『娘』の件で、夫が一番振り回されておりましたから」

「でしょうね……、『サキュバス』の事件がどうのこうのとなれば心労が溜まるでしょうねぇ……!!」

こう喋るに至って、ようやく相手の口から怒りが出た。
どう会話を切り出すか迷い、結局はこういう形で触れたい事項に対する切り口を見つけた、……そんな父親の心を英理は察知する。
怒りを感じつつもこちらの事情も知っているから、結果的に感情の爆発は抑えられている方、なのだろう。コナン君の言うような地は出ていないのだから。

英理は黙って相手の言葉を聴く。喋りたいだけ喋ってもらった方が良い。黙って耳を傾ける道義的な義務は、こちらに有る。

「こちらも今警察から手紙の写真見せられたところですけどね!
 『サキュバス』事件の報道を色々聞いていましたから、ややこしい経緯の挙句、人格を半分乗っ取られたんだと分かってますけどね?
 人格の半分はそちらのお嬢さんでしょう? 人の息子人質に取るなんて、……どんな性格していたんです!?」

……英理は弁護士だ。少年事件の加害者だけでなく、その家族が責められる構図は知っているし、現に見たこともある。
今回、元太くんのお父さんから言われた罵倒は、十分に予想できた言葉ではあったけれど、それでも。

実の『娘』の件で追及される、その精神的なダメージのキツさを、英理は初めて身を持って知った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後7時35分 召喚者の屋敷 地下 個室

紅子は一旦個室から出て、キッチンで2人分のカレーライスを温めてからこの個室に持って来た。『彼女』と元太くんの夕食だ。
人質である彼にとっては、得体の知れない、顔を隠していて全く口をきかない相手が出してきた食事になる。
流石に小学1年生でも警戒心はあり、当初は手を付ける事か迷ったようだ。が、『彼女』が食べている様子を目前にして空腹には抗えなかったらしい。
結局は2人ともそこそこの早さで平らげたのを、紅子はまた壁にもたれかかったまま一部始終見ていた。

「ごちそーさまでしたっ! じゃあ蘭姉ちゃん、俺がここに居る訳を話してくれ!」

何があったのか話すのは夕飯の後にする、と告げたのは『彼女』の方だ。この子もそれを承知してカレーを食べたのだから、完食すれば、……当然こうなるか。
元太くんに詰め寄られた『彼女』は、チラリと紅子に目配せをする。
打ち合わせ通りで問題無い。こちらは了承の頷きを見せ、意を汲んだ『彼女』は元太くんに目線の高さを合わせた。

「まず、言っておくね。元太くんは、『私達』の戦いに巻き込まれたんだよ。きみは何も悪くない」

2名分の人格を抱えた『彼女』は、声を使い分けることが出来る。
この説明をする時は、『サキュバス』の方の声を通すと決めていた。『蘭』の声が前面に出ると、動揺が隠しきれないだろうとの判断だ。

「たたかい?」

物騒な単語に、元太は首を傾げる。『彼女』は微笑みながら紅子を示して言った。

「ええ、話せないことはいっぱいあるけれどね。『私』と、あの人、……Reune(あるじ)は、ある目的のために一緒に戦っていたんだ」

『彼女』は嘘を言うのを忌み嫌う。『蘭』は、日本人として標準的な倫理観から。『サキュバス』は、信仰面と魔術面での理由から。
意図的な嘘は、魔力を一時的であれ削いでしまうのだ。
ただ、嘘は駄目だが、何か重要な事を伏せて話すのは良い。肝心要の事柄を伏せ、喋れる事柄だけを選び、かつ誤解を受けやすいよう誘導するのも、許容範囲の内。
打ち合わせの最中、『彼女』は、「それはもう虚実入り交った説明と同じですね」と評した。紅子も同意見だが、今の『彼女』には、そういう話し方が求められる。

「レ、ウ、ネ……?」「そう。あの人をここではそう呼んでる」

呼び方はそれで正解。『彼女』は“頭を撫でながら”元太を褒めた。褒められた側は、そう深く喜んではなさそうだけど。
まぁ褒める以外の意図があって触っている面があるから、喜ばれなくても良い。

魅了や洗脳の魔術の中には、相手に触れることが起動のトリガーになるものも存在する。以前探偵くんに使った術よりはるかに弱い、ほんの少し聞き分けを良くする魔術なんて、……造作もない。
『彼女』は更に元太に顔を寄せた。心に直に刻み込むように、“思いを込めた”言葉を重ねる。

「『私』とReune(あるじ)は、とってもとっても大事な目標のために頑張っていたんだよ。『私』が欲しいモノを手に入れるっていう目標のためにね。
 それを邪魔しそうな人達が居て、『私達』はその人達とも戦っていた。元太くんはそれに巻き込まれて、ここに隠しとかないと困る状況になっちゃんたんだ」

仮面ヤイバーか、ゴメラか、あるいは他にTVで溢れてそうな特撮か、他には女の子向けの魔女っ娘ものか。
この『彼女』の説明で元太の頭に浮かぶのは、それくらいだろうか。現状とはかけ離れた状況だが、意図的にそれを思い浮かべるように『彼女』が“誘導している”。

「正義のために、戦ってる? 相手は強いのか?」

「どうだろうねぇ。正義だとは言いたくないなぁ。戦っている相手も、自分達が正しいと考えているはずだから。
 相手の強さは、そうだね、強いけど弱い人達だと思う」

元太の“手を握ったまま”、『彼女』は微笑む。
「強いけど弱い人達」、……ふさわしい表現だ。治安が良いこの社会の、魔術の知識を一切持ち得ない警察組織の表現として、実にふさわしい。

「元太くん、今は細かい事は話せないけれど、時が来たら秘密にしている事を話せるから。
 長くても2学期一杯は、ここに居てもらう事になると思う。『私達』の戦いが終わったらお家に返すよ」

長期監禁の宣言に元太は少し驚いたようだが、深刻な動揺は見せない。
頭の中ではきっと、どうしようもないパワーを持った者達の戦いの最中、この地下室でずっと戦いが終わる日を待ち続けている、そんな彼自身の姿が、出来上がっている。
家に帰れないのはどうしようもない事なのだと、彼は今“諦めさせられた”。

「……『蘭姉ちゃん』の声が変なのも、その戦いのせいなのか? 『姉ちゃん』、姿は『蘭姉ちゃん』なのに声が別人みたいだ」

当初からずっと頭にあったであろう質問。「そうだね」、と、『彼女』は微笑みを壊さずに頷いた。

※7月6日 初出
 7月12日 0時30分頃 シーン加筆
 7月12日 21時5分頃 シーン加筆 一部修正
 7月15日 誤植を修正しました
 8月18日 誤植を修正しました



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-6
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:24
(※作者よりお知らせ:前話の最後の部分、元太の台詞にひどい誤植がありました。投稿後の7月15日に修正しています)

 午後9時10分 召喚者の屋敷 地下 個室

うーん、ちょっと誤算だったかなぁ……。
考えてみると当たり前だよねぇ、元太くん。ずっとこの部屋に居ると退屈で、やることが無いって。
今になるまで気付かなかった『わたし』が悪いよ、これは。Reune(あるじ)に、後でラジオでも持って来てもらえないか、お願いしてみるね。

まぁ、後でそうするにしても今退屈なのは変わらないよねぇ?
『わたし』、退屈しのぎで何か面白い話でも出来れば良いんだろうけどねぇ、あまり話のバリエーションは多くないんだよ。
話せる事より話せない事の方が多いんだもん。それで話せる事だって、面白い話じゃないし。

でも、そんな話でも、しないよりはマシなのかなぁ。
ああ、聞きたいの、元太くん? じゃあ、話そうか。
面白いかどうかは分からないし、そのまま話すと気持ち悪い事が多いから結構端折(はしょ)るよ? それで良い?
今のところ『わたし』が丁寧語を使って話せる、おとぎ話みたいな、物語みたいな、そんな話なんだけども、ね……。


今から200年くらい前、ここじゃない世界の、とある世界で実際に起きた出来事です。

その世界は、この世界とは違って、偉大な竜によって創られた世界でした。
その世界には、これまた竜によって創られた色んな種族が住んでいて、色んな魔術を使いながら世界の中で息づいておりました。
世界を作った竜は、その頃は、眠りながら世界を見下ろす場所に在りました。

その竜が創った世界の中の、とある王国の首都に、王様が住むお城がありました。
200年ほど前のその頃、お城には、中年の王様と、その子どもである兄妹が住んでいました。16歳の王子様と、8歳のお姫様です。
中年の王様と結婚していたお妃様は、その頃は病気のせいで亡くなっていました。お妃様と王様はとても仲が良かったので、王様は再婚しなかったそうです。

さて、その世界では16歳が結婚できる年齢だったので、王子様が、隣の国の同い年のお姫様と結婚することになりました。
そのお姫様がお嫁に来て、男の子が生まれれば、それで王様の血は続きますからね。
女の、女王様が王国のトップに立った例は無い訳じゃないんです。ただ女王様よりも、男の王様の方が好ましいと、その頃は考えられていました。

王子様が結婚する時、嫁入りするかたを故郷まで迎えに行って、お城に連れて来るのが、古くからの決まりでした。
父親である王様と、妹であるお姫様に見送られて、16歳の王子様はお城を出発しました。

本当は、何事もなく迎えに行って、戻って来るはずでした。
隣の国の国境を超える直前に、王子様と、一緒に居た家来達は、突然、何者かに襲われました。
王子様たちにとって、予想外の戦いはすごいものだったそうです。頑張ったけれど、あろうことか、王子様も家来達も、みんな、殺されてしまいました。

一方、お城で王子様の帰りを待っていた方々も、予想もしない襲撃に遭っていました。
お城に居た家来達もみんな殺されました。王様は殺されなかったけれど傷つけられて、8歳のお姫様と一緒に、お城の中のとある塔に閉じ込められました。

さて、王様は、今まで話には出なかったけれども、男ばかり三兄弟の一番上でした。
一番上の王様は中年でしたし、その下の弟達もみんな結婚して子どもが居るくらいの大人です。そんな2人の弟の内、上の弟が全ての企みの犯人でした。
その弟は、兄である王様と、甥っ子の王子様、姪っ子のお姫様を全滅させて、自分が王様になり替わろうとしたのです。

王子様は企み通りに倒されました。
王様も、お姫様も、直接は殺されなかったけれど、塔の中に閉じ込められて、殺されたも同然でした。
王様は、斬りつけられて、お腹と背中が酷く傷ついていました。ひどい傷だったので、お姫様を励ましながら亡くなったそうです。

襲撃の翌日、王様の下の弟が、死にそうになりながら、辛うじて自分の息子と一緒に隣の国に脱出しました。王子様がお嫁を迎えに行くはずだった、その国です。
その国の王様に事情を話して、その王様の協力を取り付けてから、自分の国に攻め込みました。
弟同士の激しい戦いがありました。それでも別の国の協力を得た分、下の弟は強かったので、上の弟は倒されました。
首都のお城はまた攻め落とされて、塔の中の王様とお姫様がようやく解放されました。解放された時、塔に閉じ込められてから10日が過ぎていました。

さっき話した通り、塔の中で王様は亡くなっていました。でも、一緒に閉じ込められた8歳のお姫様は生き延びていました。
お姫様だけは最初から無傷だったので、それで生き延びたんだそうです。ただ、お姫様の身体は無事だったけれど、心はひどく傷ついていました。
誰も居ないところで、父親の亡骸を前に一人ぼっちだったんですから。傷付かない訳が無いんでしょうね。

お姫様は、周りの親戚全てを異常に怖がるようになっていました。
自分の父親を殺したのも、自分を殺そうとしたのも親戚だったんだから、そうなって当たり前でした。

塔の中で亡くなった王様の、下の弟が、新しい王様になりました。
王様になって初めて決めた事は、8歳のそのお姫様を、首都から遠い場所にひっそりと住まわせる、という決定でした。
首都から遠い場所にある神殿に、お姫様を派遣して、巫女になってもらおうという決定です。

お姫様は、巫女になってしまうと、もう女王様にはなれなくなります。
でも、王の位を巡る争いで酷い目に遭ったお姫様はとてもとても喜んで、神殿の巫女になったそうです。

新しい王様がこうして王になり、その息子がやがて王位を継ぐと分かったので、世間の注目はそっちに向きます。
お姫様の方は、お城から離れた神殿で巫女としてひっそりと暮らすことになったので、世間の表舞台からは消えていくはずでした。
でも、巫女になって7年後、15歳になった頃に、また予想外に世間の注目を浴びることになるのです。


最初に話した通り、その世界は、竜が創った世界でした。
もうお姫様じゃない巫女様が、15歳になった頃、世界が変になりました。竜は眠っていたけれど、あまりに眠りすぎたので、世界の調子が狂ってしまったのです。

誰かが竜を起こして、世界を調整するように頼まなければならなくなりました。
誰が竜を起こすのか。特殊な魔術を使えば竜は起きるけれども、いかんせん特殊な魔術なので、その魔術を使える者が限られていました。
色んな国が一斉に誰が良いのかを調べ始めて、……調べた結果分かったのは、その巫女様が魔術を使うのが一番良い、という事でした。

巫女様が巫女になった経緯が、世界中に広まることになりました。
本当にその魔術を使えるのか世界中の者が怪しんだけれど、結局、相性が良いのがその巫女様だというのに変わりなく、巫女様が魔術を使うことになりました。
だって、心の底から世界の無事を願わなければ、竜には思いは届かないんですから。巫女様は、世界を恨んでいそうだと思われましたから。

手順通りの場所で、手順通りに人質を捧げ、手順通りに魔術を行う事で、竜は確かに目を覚ましました。
巫女様は竜に世界を調整するように頼み、でも竜はその前に巫女様に問い掛けました。

「何故お前が、世界の無事を願えるのか。あろうことかお前の親戚が、お前を傷つけたことが有ったんだろうに。
 世界の無事を願うよりも、お前の身の平穏を願うよりも、世界を呪い、自身を呪う方が、より自然だろうに」

巫女様は言いました。
「私を殺しかけたのは、父の弟である者です。でもその時、私を最後まで励まして守り抜いたのは、私の父でした。
 生き抜いて足掻くように言われた言葉は、単なる言葉以上のモノになって私の魂に刻まれております。
 確かに、血の繋がりが、必ずしも善いものではないことを、私は知っています。私を傷つけた者は、血の繋がりが有る者でした。
 この身を、呪いかけたことはあります。結局、そんなことをしなかった理由は、私を守り抜いた者の存在が、私の魂に刻まれたからです」

竜はその答えを聞いて、嬉々として笑いました。
巫女様の言葉が本心だと見抜き、故に巫女様の願いは叶えられ、調子がおかしくなった世界は元通りになりました。

こうして、世界の危機は救われ、アポリア様というその巫女様の名前が世界の歴史に刻まれたのです。
めでたし、めでたし。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後10時22分 召喚者の屋敷 地下大広間

今日の夕方以降、紅子は、『彼女』との打ち合わせは筆談で行うことになった。
隣の部屋で就寝中の男の子対策だ。この地下の構造上、ドア一枚隔てただけの隣室からだと、耳をそばだたせれば会話が丸聞こえになってしまう。
万が一起きていた場合に会話の内容を知られるのはもちろん、紅子の声を知られること自体が不味い。

紅子としては、自らの声も容姿も、あの子に晒すつもりは全く無かった。
魔術の生贄とする選択肢は排除しないが、小嶋家に帰すことも念頭に置いておきたい。だから、帰宅後に捜査に役立ちそうな手掛かりを、記憶を、あの子には一切与えない。
それが、現時点の紅子の方針だ。『彼女』も同意している。

“筆談”とはいえ、紅子も『彼女』も、文字を書くよりもタイピングの方が速度的には速い。
だから、筆談用のノート、……ではなくノートパソコンを、きのう新たに買った。
再セットアップCD付き、税別で4000円也。電機街のパソコン専門店で特売中だった中古品で、OS自体がかなり古い。用途としてハナからネットに繋がない、ただメモ帳としてのみ使う物としては十分だろう。

紅子は仮面を着けた顔で、隣に座る『彼女』がタイピングしている報告を眺める。
“あの部屋でやる事が無い。元太くんが退屈そうだ”、……気付きそうで実は気付かなかった盲点だ。さて、要望通りラジオは家にあったと思うが、どう答えたものだろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【確実に自信を持って言える訳では無いけれど、確かこの家にラジカセはあったはず
 何処かに仕舞っていたはずだから、明日、探してみる
 ただ、ラジカセを見つけられたとしても、すぐには渡せないと思って

 ラジオで貴女関係のニュースが流れるかもしれないから、報道が落ち着くまでは待ってもらう
 あの子が自分の境遇に気付いて、思考誘導の掛け直しになると面倒
 貴女の魔力は無駄には出来ない

 どこまでニュースになるのか未知数だけど、警察が新聞に広告を出す日までは、ラジオは待っていてもらうわ
 貴女の事件が詳しく報道されるのは、そのくらいの時期まででしょう

 もちろん、退屈を潰せそうな物は、ラジオとは別に明日調達してくる
 10年前にアニメ化した少女漫画のシリーズが、ところどころ歯抜けで家にあったはずだから、持っていない巻を中古のショップで買い足して全巻渡せば良いでしょう
 昼には渡せると思うから、午前一杯は貴女のおしゃべりで退屈をしのいで
 ちょっと大変でしょうけど、お願い】

【承知しました、あるじ
 たぶん退屈しのぎにできる話のネタは、ギリギリ足りると思います
 リスク無しで普通に話せる話題は、元の世界の歴史や神話くらいしか無いですけどね
 さっき元太くんに話したみたいに、そういう歴史の話とかを、グロい部分抜きで話し続けるのは、明日の午前中までだけなら何とかなるかと

 ただ、明日は、午前中にそんな買い込みに行かれても大丈夫なんでしょうか?
 明日はまた準備に動き回るんでしょう?】

【大丈夫だと思うわ
 昼からはずっと魔術関係で動き回ることになるけれど、午前中は単なる買い込みに時間を使っても大丈夫
 ところで、さっきはあの子にどんな事を話したの? 単純な疑問なのだけど】

【アポリア姫のお話です
 子どもの頃の政変と巫女になった経緯から、竜と向き合って世界を救うまで

 はしょったのは、アポリア姫と父王が閉じ込められた塔の中で何が起きたのか、っていう部分です
 塔の中でどんなにグロいことが起こったのか、気付いても不思議じゃなかったんですけど、気付かれはしなかったですね
 推理力がそこまで無いあの子でも、性格から考えれば連想に至っても不思議じゃなかったです、けど】

【そこを省略したのは正解だと思うわ
 明日もそういう風にお話をお願いね
 もちろん、私の魔術への協力も】

【もちろんです、あるじ
 おやすみなさいませ】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後10時48分 召喚者の屋敷 地下大広間

電源を落としたノートパソコンを閉じて右手に抱え、左手には細々したゴミ入りのバケツを下げて、あるじは地上に繋がるドアへ向かう。
この地下で生じたゴミは、燃やせる分はこの屋敷の中で焼却処分するという。抜かりのない事だ。

何か言わねば、と、『自分』は思った。
普段こういう時に『自分』が声掛けすることは無いけれど、今日は違う。
『自分』の生存のために計画を練り、それに沿って自らの意思で大それたことをして下さった(これからもして下さる)この方に、贈るにふさわしい言葉がある。

「お疲れ様でした。今日1日、本当に、ありがとうございました」

低い声の言葉は、元太くんには聞こえないくらいの声量だけど、礼は出来うる限り深く。

あるじは小さく肩をすくめる。仮面を着けているから表情は見えないけれど、見たことも無いけれど、きっと、苦笑しているに違いない。
誘拐という行為も、ひょっとしたら行うかもしれない殺人も、やむを得ないならば召喚者の義務として割り切っている人だ。

8月20日。
あるじと『自分』が動いた長い1日が、ようやく終わった。


※福岡に出向いてコナン展に行ってきました。
 コナンカフェが無いのはちょっと残念でしたが、原作カラーイラスト原画がじっくり鑑賞できたので、自分的には料金以上の価値はあったと思います。

 毛利探偵事務所が再現された空間があったんですが、おっちゃんのデスクの上にナンバーディスプレイ付の固定電話が置いてあるか気になって、じっくり確認した人間は、あまり居ないでしょうね……。
 この小説での事務所の描写はアニメのビジュアルブックを参考にしているので、変な大ポカは無いと思いたいのですが、コナン展での再現を見て、やっぱりちょっとホッとしました。

※7月20日 初出
 7月27日 こっそり加筆修正 スランプにつき番外編執筆に手を出してます。誰得内容のR18短編を書き上げたら復帰しますので、少々お待ちください。
 8月17日 お待たせしました。復帰しました。
 先日専用の板に投稿したR-18短編の番外編は、読んでいなくても、この本編のストーリーには支障が無いようにします。番外編の内容フォローは次かその次の話の予定です。

 さて、問題です。(正解した方が出ても、何も特典は出せませんが)
 『彼女』が元太くんに話した歴史の中で、省略した事は具体的にどんな事だと思いますか? ヒントは『グロいこと(子どもに話すべきでは無いこと)』『元太くんの性格なら連想に至っても不思議じゃなかった事』です。
 正解は結構グロいので注意です。後の話で出ます。

 8月18日 誤植を修正しました



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-7
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:24
8月20日は、小嶋 元太の誘拐と『彼女』の要求提示という点で、事件のターニングポイントとなる日だ。関係者全員が認める事実だろう。
そして、同月24日は、要求に対する警察の答えが分かるという点で別にターニングポイントとなる日。

ではその間、21日~23日の3日間は何も無い日であったのかというと、実はそうでもない。
後に表に出てくるような事件かどうかはともかく、誰も何も動かない日など、1日も無かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月21日 午前9時14分 毛利探偵事務所 3F

RRR、「もしもし、工藤か? 何や、話って?」

俺の、……コナンのスマホから掛けた電話に、服部はすぐさま出た。
昨晩、「他人に話せない内容で、ちょっと長く話したいことがある。朝9時以降に電話しても良いか?」と服部にメールして、了解を取り付けていた。
それを踏まえた上での電話なんだから、すぐ出て当然な訳だ。
ちなみに、おっちゃんは病院へ行き、妃弁護士は下の事務所で電話番。俺の周りには誰も居ない。

「服部、話をする前に確認させてくれ。それで話が変わるから。『サキュバス』の事件のこと、お前は最新情報でどこまで把握してる?」

俺が今回の電話でコイツに言いたいのは、もう電話をするのは止めてくれ、ということ。
『蘭』の人格が誘拐事件を起こした加害者となり、それ以前に俺は『あいつ』から加護を与えられている。
俺は、純粋に『サキュバス』を追及できるような立場では無くなってしまった。純粋に探偵であるべき服部とは、そもそもやり取りをするべきではない。

……そんな説明をするにしても、きのう発生した元太の誘拐事件をコイツが知っているかどうかで、話の仕方が変わる。
大阪府警の本部長である親父さんは、誘拐事件のことを知っているはずだ。『彼女』が手紙に書いていた新聞広告の要求で、大阪府警の名義が絡んでいた。
本部長の息子なだけで、日頃府警の人からちょくちょく事件情報を聴き出していたコイツが、この誘拐事件のことまで知らされているのかは、不明。
俺の勘だと、知らない確率の方が高そうな気はする。

「最新の情報って言っても、普通の一般人が知ってることしか知らんで、俺。
 15日に、召喚者がサキュバスの代理でインターネットに書き込んで、それで覚せい剤吸ってた婦警やらが逮捕されて、……そこまでや。最新って程でもあらへんな。後はネットの噂を流し読みしとるくらいや。
 お前んトコの『姉ちゃん』が2度目に目を覚ました辺りから、俺、警察からの情報は貰えてへんのやで?
 それからはお前が電話で色々教えてくれてたけど、最近はそんな風に電話してくる事、無(の)うなってたからな。この電話も割と久しぶりや」

今までの流れを振り返る。
『彼女』が博士の家の庭で俺に会い、俺に加護を与えた。それを服部に打ち明けられない内に、俺は、召喚者の手紙出現事件の詳細を知ってしまった。
服部との電話が無くなったのは、その頃からだ。

「ああ、色々あってな。お前にも話せない情報が増えすぎたんだ。電話だと話しちゃいけない事まで話してしまいそうで、な」

『サキュバス』は、博士のポストに投函した俺への手紙で、他者を分析する・見抜く魔術が得意だと書いていた。
何をどこまで見通せるのだろうか。服部に情報を話したとして、それを見抜かれた時、良い印象を持たれるのだろうか。
判断が付かず迷うくらいなら、いっそ何も話さない方が良い。これまで仲が良かったからこそ、うっかり口を滑らすのが恐ろしい。
それで、通話を止めたんだった。

「……そか。
 実はな、ウチの親父がきのうの夜に急に俺を呼んで、『東京の毛利さんトコには絶対にお前から電話すんな。コナン君も駄目や』って強めに念押ししてきたんや。
 まぁ、実のところ、元々『サキュバス』の事件が起きた段階で、そういう風には言われておったんやけど、な。
 訊いちゃいけへんのやろうけど、あの親父の口振りで、何かあったらしい事くらいは俺でも分かる。何て言ったらいいかは分からへんけど、……大変なんやな、そっちは」

なるほど。至極当たり前だが、親父さんはやはり誘拐事件の事を知っているのだろう。
息子が毛利家と関わり合うのはマズい、と考え、念押しする判断は、府警の本部長として極めて妥当。
これまではギリギリで『蘭』だけは被害者だと言えたのだけど、誘拐事件が発生した今では『蘭』も加害者。おっちゃんも俺も、その家族なんだから。

「親父さんの対応、それで正解だと思うぞ。……俺も、『当分お前とは電話できねぇ』って言うつもりで、この電話を掛けたんだから」

「じゃあ、もし大人達に電話の内容突っ込まれた時は、お前の方からそういう断りを言ってきた、事にしとくか? 突っ込まれん限りは黙っておくって事で」

するりと自然な形で本題が言えた。服部も詳しい詮索はせずにそれに乗ってくれるのだから有り難い。

「ああ、そうしてくれ。俺が、この電話自体を秘密にするようにゴネてきた事にしよう。
 ……何があったのか、事情が分かっても、分からなくても、事件が解決するまでは俺に電話するのは止めておいてくれ」

『しあさっての24日に、新聞で何があったのか分かると思う』。そういう風に示唆を言いそうになって、堪えて、言葉を変えた。
やはり服部とは電話を控えるのが正解だ。

「ああ。分かった、そうしとく」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月22日 午前10時2分 警視庁 警視総監室

刑事部長室が、普通に刑事部長室として使えなくなったのは、8月7日の夕方。召喚者からと思われる手紙等が、部屋の中に文字通り湧いてきたからだ。
以降、別の会議室が臨時の刑事部長室になり、元の刑事部長室は今も使用していない。
鑑識の者達に捜査に専念させるため、というのはもちろんだが、そんな魔術が使われた部屋を刑事部長室として使うべきでない、という理由もあった。

この庁舎内でそんな事件が起きたのは、現段階では刑事部長室のみ。
他の部屋では事件が発生していないのだから、他部の部長室や、副総監室、総監室の変更はなく、本来の用途で使用されている。
そんなので良いのかと思わなくもないが、気にしたところでどうしようもない、というのが現実だろう。
相手の魔術を察知する手法も、防止する手法も、警察には無い。刑事部長室以外の部屋に魔術が使われない事を、祈るしかないのだ。

「失礼します」

……脳裏に浮かび上がる懸念をおくびにも出さず、小田切は挨拶を一言告げて、部屋の中へ歩を進めた。
中で小田切を待っていたのは、予想通り1人だけだった。現在のこの部屋の主、白馬警視総監。
奥の総監席に座している彼は、無言で小田切を招き入れた。その表情の険しさから、深刻な話があるのだろう、と予想せざるを得ない。

そもそも小田切がこの部屋に来たのは、内線電話で「サキュバス事件の事で、至急話したいことがある」と呼び出されたから。
話される事が秘密であるならば無関係の客人が居るはずがない。
目の前にまで小田切が来ると、警視総監は席から立ち上がった。刑事部長と警視総監、2人しか居ない部屋で互いに向き合う。

「小田切くん。すまんな、急に呼び出して。
 先ほど警察庁に呼ばれて、口頭で説明を受けた事なのだがね。……今朝、内調で、サキュバス事件絡みの大事件が起きたらしい」

内調。正式名称は内閣情報捜査室で、文字通り内閣に属する。
内調生え抜きの職員も居るが、関係各省庁からの出向者の方が多い。もちろん警察庁からも出向派遣されている職員が数十名単位で居る。
情報機関として国のトップに有る組織、だと言っていい。

「内調で、ですか?」

そこで大事件とは、一体何事だろうか? 半ば信じたくなく思わず確認してしまう。
総監は残念ながら頷きを見せた。

「先日、キミの部屋に出現した便箋があっただろう? アレの写真は、ワシの判断で警察庁の方にも上げたわけだが。
 その写真が、……きのう、警察庁から内調に渡されていたそうだ」

内調は情報収集が本業だ。範囲は国内外問わず、政治、経済、軍事、とにかく国家運営に関わりそうな情報を集めて分析し、内閣へ報告を上げている。
サキュバス事件は世間から大注目を浴びていて、おまけに犯人達は、無差別テロを起こしうるような厄介な技術を持っている相手。
内調が事件情報を集めたがると言うのも、まぁ分かる。

「そうでしたか……」

あの写真を内調に渡した、警察庁のその判断に思う所は無い訳では無いが、今は何も言うまい。
総監の口振りからして、別に情報が内調に漏れたのではなく、警察庁からの正式な情報提供なのだろう。今の自身よりも、指揮系統的に上の組織と立場の判断だ。

さて。ただでさえ深刻な顔をしていた総監の眉間に、余計皺が寄る。ここからが大事件の本題か。
大事件と言うからには、その写真が漏洩したとか? 今朝漏れたのなら、それで小田切に知らせが来ても不思議ではないが……。

「今日の朝6時、内調が収集していたサキュバス事件関係の書類が、同時にほぼ全て砂になってしまったそうだ。
 例の写真だけは砂にならなかったが、元の文面はモザイクが掛かったように読めなくなったらしい。その上に、“許容外への漏洩検知 制裁発動”という文字が大きく浮かび上がったらしい。
 これまで、その写真に触れていた内調の職員は4名。妙な話だが全員が今も眠っていて、周りが起こそうとしても全く起き上がらない状態だそうだ。もちろん、全員、病院に収容されたそうだよ」

――何ですかそれは。
声に出して問い詰めそうになるのを、寸前で堪える。ここでこの人に詰め寄っても不毛なだけ。

誰がこんな事件を引き起こしたのか、これ以上ないほどに分かりやすく、また、検挙や立証の困難さも、同じくらいに理解しやすい。無論、相手が持つ力の得体の知れなさも。
何故そんな事件が起きたのか、動機の想像も容易だ。“許容外への漏洩検知”。この言葉から連想するのは、情報漏洩への制裁が内調に及んだという構図。
思い浮かんだ内容をそのまま口に出す。激情を抑え込み思考を整理するために、必要だ。

「あの手紙が出現したという情報は、当初は、私と同じ警視長以上の者と、鑑識に限定するよう要求されていました。
 後で『被害者』の両親と、高木と佐藤が追加されましたが、今のところはそれだけです。
 内調は、その範囲の外だと捉えられたんでしょうか」

総監は、苦々しく首を縦に振った。

「警察庁の方も、そう考えておったよ。
 こちらから警察庁を報告したり、捜査本部の主だった面子を鑑識と兼務させることは許された、あるいは、見落とされた。内調へ情報を持って行くのは駄目だった。そういう事なのだろう、と。
 こちらへの指示としては、当然だが、情報漏洩防止を徹底するように厳命された。
 うちの職員は当然、毛利家や小嶋家にも、内調の件のあらましを話して良い。必要ならばワシの直筆署名付きでお願いの文書を渡しても良いから、とにかく情報が漏れないよう手を尽くすように、と」

「本当ですか!? そんな指示が……」

今度こそ詰め寄ってしまう。
普通では考えられない、極めて異例の指示だ。そんな文書を渡すことの意味、指示を出した側も分かっているはず。
“内調の内部情報を検知されました。職員が意識不明になりました。そちらの御家庭でも、情報の漏洩は絶対に無いようにお願いします”
……相手に対して無力です、と、警視庁が自ら喧伝しているようなものだ。実際、無力でしかないのだが。

「ああ。
 24日に新聞に広告を出すよう要求されていた件も、それこそ、召喚者が自首してくるような奇跡が無い限りは、要求通りに広告を出す方向で検討するように指示があった」

24日は明後日。朝刊に広告を掲載するかどうかの本決定は明日で間に合う。
だが、警察庁がそう言うのなら、今日の段階でもう決まったも当然だろう。

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 8月23日 午後2時 小田切邸 寝室

転移魔術の赤い魔力光を振りまきながら、いつものローブに仮面姿の紅子は、純和風のその部屋に出現、……出来た。
事前に部屋に準備を仕込んでいた訳では無く、それどころか全く訪れた事が無い場所への転移。そういう場合は、転移魔術の成功率が若干下がる。
例え、分析の魔術で見抜いたことがある場所であっても、だ。
無事に転移出来たことに内心安堵しつつ、溜息の声は意図的に抑えた。この家の者は、家政婦含めて全員不在だと分かっているが、不法侵入先で不要な音を立てるのはマヌケな所業だ。

その場にただ立って、仮面を着けた顔で、周囲をぐるりと見回した。
ものの見事に女性の雰囲気が無い和室だ。物が少なめなうえに整理整頓が行き届いているから、どこかしら殺風景な気がしないでもない。
連れ合いを亡くした50代後半の男の寝室なんて、……警視庁の刑事部長を務める者の個室なんて、こんなものなのだろうか。
そんな事を思いつつ、紅子の視線は、ある方向へ向かう。この部屋の押入れだ。

今の紅子の足は、パンストの上に靴下を重ね履きしていて、履物は初使用の新品スリッパだ。それに長ズボンだから、畳に足痕は残らないだろう。多分。
そんな足で音を立てずに進み、ゆっくりとふすまを開く。
押入れ上段の左半分には、普段使っているらしい布団や毛布等一式がある。丁寧に畳まれたそれらのてっぺんには、枕が鎮座していた。
上段右半分と下の段の全部には、半透明のケースが多数。パッと見た感じ、冬物衣類や小物を仕舞っているようだ。

用意していた魔術符を、紅子はローブの内ポケットから丁寧に取り出す。
紙ではなく、やや大きめの絹布製の符。そもそも大きさと素材だけではなく、創った時期も、考案者も、効果も、きわめて特徴的だ。
符を創ったのは、きのうの22日。符に魔力を込めたのは紅子だが、符に書いている魔術陣の構成を考えたのは『サキュバス』。
この符を枕の中に入れて寝ると、夢の中で淫らな夢が見える。そんな効果を持った“淫夢の符”。夢を見た者の精力を吸い取る、……と言いたいところだが、方向性が少し違う。

そもそも淫らな夢の中の、そういう行為で男性が発するモノは、一部分であれ、その“男性自身を複製したモノ”だ。
この符の魔術陣は、精を魔力に変換するのではなく、精の中に有る“記憶”を得るように構成されている。
一連の“サキュバス事件”にまつわる記憶を、情報を、淫夢の中で自然な形で連想させる。発した精の中に記憶が混ざる。その記憶を、枕の中の符が吸い取る。
明日か明後日、転移魔術でこの部屋に出現した紅子が符を回収。符の中の記憶を、自分の屋敷の地下室で解析する、……そんな計画だ。

枕の中に仕込んだ薄い絹布1枚に気付くというのは、普通のヒトにとっては相当に難しい。符の存在が発覚するかどうかは気にしなくても良いだろう。
むしろ、懸念材料は、魔術が狙い通りに発動してくれるかどうか、だ。
『サキュバス』が種族的に得意な分野とはいえ、魔術の構成自体が複雑すぎる。淫らな夢を見せるだけ見せておいて、肝心の記憶が上手く入手できない恐れがそこそこ高い。
まぁ、そういう失敗に終わったとしても、単なる精神攻撃としては成立するから全くの無意味ではないのだが……。

紅子達は、“サキュバス事件”に関する記憶が欲しいのだ。その事件に関する者との絡みでなければ、狙った通りの記憶は取れない。
では、刑事部長に、誰との淫夢を見させるようにするのか、候補は3人居る。召喚者(紅子)、6日に砂になった元の身体の『サキュバス』、そして『蘭』だ。
紅子は駄目だ。召喚者の姿であっても、警察相手に姿を晒したことは一度も無い。
『サキュバス』の身体も、融合事件が起きた6日前後の記憶しか取れない恐れがあるから駄目。

消去法で、残された候補はただ『ひとり』となる。
夢の中、今の身体の『蘭』が、『サキュバス』の声で迫れば良い。高い精度で、狙い通りの行為をしてくれるだろう。

――結果がどうあれ、この手法は、墓場の中まで持っていかないといけない類の話。
紅子も『サキュバス』も、えぐい方法を考えておきながら、その認識は共通していた。
失敗したとしても成功したとしても、世間一般にこの手法がバレた時、当事者の名誉をいたく傷つける。
女子高生の『被疑者』相手に、夢の中とはいえ、やっちゃいけない行為を強制的にさせられていた警視庁の刑事部長。……うん、スキャンダルにしかならない。

紅子は、符を隠し入れた枕を、願いを込めて軽く叩く。
こうやって仕込むからには、この符の魔術は最後まで狙い通りに成功してほしい。淫らな夢を見せる部分も、記憶を手に入れる部分も。
刑事部長が被疑者を見て連想したのだから、きっと表に出ない捜査情報にまみれた記憶であるはず。必要な魔力の少ないこの手法で捜査情報が上手く入手出来るなら、それに越したことは無い。

捜査に関与してきそうな機関をひたすら監視し、分析し続け、情報のやり取りを見抜き、……そんな今までの方法は有効ではあったが、おおざっぱな流れしか見えない方法だったし、何より魔力をひどく使う手法であったのだ。
今のところ、“サキュバス事件”に関わっているのは、警察庁、警視庁、大阪府警で、捜査の中心になっているのは警視庁の刑事部。ちなみに警察組織以外の機関の関与は、紅子があからさまに潰した。
これで刑事部長の記憶が手に入るとするなら、事件に関する国内の捜査情報は、全般的に紅子たちの掌中に入る。


それから紅子は、部屋の所々に別の符を仕込み、その作業を終えてから、部屋から転移魔術で抜け出した。
仕込んだのは、かつてデパートのトイレに仕込んだのと同じ、赤魔術の転移符。春先に創った符の余りの使い回しだから、構成から何から全く同じ符だ。
この符を数枚ほど、見えない場所に貼っておけば、転移の拠点として十分な効果が得られる。
明日か明後日、またここに来て、枕の中の淫夢の符を回収しなければいけない。だから、この部屋を転移先として整備しておくのは当然の事だった。


※8月23日 初出
 8月30日 追投稿+誤植修正

 最後のシーンは、先日投稿したR18短編の種明かしとなります。
 (年齢制限的に読めない方に説明しますと、この結構無茶苦茶な経緯を踏まえて、刑事部長が見させられた夢のことを短編にしています)

 こちらの方でも明記しておきますが、小田切刑事部長の妻が物故者であるという情報は、公式にはありません。
 これまでの劇場版でそう名乗る女性は出てきたことはなく、『瞳の中の暗殺者』でコナンが小田切邸を訪問した際も、妻らしい人は居なかった、という点からの解釈です。(家政婦さんらしい人は登場していました)




[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-8
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:24
こうして8月24日の朝がやって来た。
衝撃的な朝だった。
幾日かぶりに、『サキュバス』事件が幅広い層の注目を浴びた。

何せどこの全国紙でも(ところによっては地方紙でも)、朝刊の一面の左下に、普通なら考えられない内容の政府広報が堂々と鎮座していたのだ。
それは『サキュバス』側が求めた要求に対する、警察の答え。
明確な形で事件の大まかな事情を示すその広告は、警察の、ひいては政府自体の屈服と、無力さを喧伝するような代物だった。

【 告知
 拘置所被告の殺人事件(いわゆる「サキュバス事件」)に付いては、現在、別の誘拐事案の交渉中です
 人命を優先するため、当分の間、新規の捜査情報の公開は控えさせていただきます
 なお、この広告の掲載は、犯人の要求によるものです
     警察庁 警視庁 大阪府警察

  召喚者さんとサキュバスさんへ
 上記の誘拐事案とは別件でお願いがあります
 今月22日に当室の職員4名が意識を失い、今に至るまで目が覚めていません(23日午後10時時点)
 このことがあなた達の事件に関係して起きたことなら、どうか意識を回復させていただけないでしょうか
 あなた達が示した秘密を知ってもいい範囲の外だったのに、秘密にするべき情報が当室に渡っていたことは承知しています
 ですが、その情報を得た職員自身には何の落ち度もないのです
      内閣情報調査室】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月24日 午前5時45分 召喚者の屋敷 2F 紅子の部屋

紅子の家では、朝の新聞はいつも午前5時前後に配達される。これまでの経験上、配達店の方で何かトラブルがあった時でも5時30分には届く。
だからそれくらいの時間を目途に、今日の紅子はいつもより早起きをした。

そうして読むことにした今日の日売新聞には、前代未聞の告知が載っている。
紅子の想像通りも部分があり、想像していなかった部分もある。
もちろん警察の部分が前者で、内閣情報調査室の部分が後者だ。警察と一緒の広告で職員の意識回復を懇願してくるのは、少々意外だった。

全体的な印象として、内容自体が矛盾しているように思えなくもない。
捜査情報を一切出さないと宣言しておきながら、同じ広告内に、内調で起きた事件のあらましを暴露しているのだから。

とはいえ、秘密が漏れた結果どんなことが起こったのか、何を警察が恐れているのかは、一発で示せる。
貝のように口をつぐみ、情報を抱え込み続ける。そんな風な警察の今後の態度を、この告知はこれ以上無い説得力で正当化してくれる。
組織内の機密情報のやり取りを見抜いて、職員を意識不明にしてくるヤツを、この国の政府機関は敵に回したくない(敵に回せない)のだろう。

「……ふぅ」

寝起きで頭がさほど働かない。眠気を誤魔化すように、マグを掴んでぬるい牛乳を一気にあおる。
とりあえず情報を集めれば、他人の考えを頭に入れていけば、少しは思考も進むだろうか。
新聞を片手に、机の上のノートパソコンを開いた。昨夜はスリープ状態にして閉じたから、ネットを見るのならログインしてブラウザを開くだけで良い。

これまで、『サキュバス』や召喚者(=紅子)が書き込みに使っている掲示板のスレッドは、書き込み速度を見る限りプチお祭りの状態らしい。今朝の新聞を見てこのスレに飛んで来た者が、もうたくさん居るのだろう。
日本人の標準的な起床時刻を踏まえると、このスレのお祭りは当分ヒートアップし続けるはず。

流石に、そういう雰囲気のスレッドを隅から隅まで熟読するのは無理だ。時間がいくらあっても足りない。
ざっと流し読みをして、この事件に絡んだ新しいニュースが出てないか、紅子達が考え付かなかった考察が無いかを探る。
日本のインターネット界隈の中で、ここのスレは事件絡みの知見が一番集積している場所なのだから。
スレを開いて画面をスクロール。大まかなまとめ、広告への感想、考察、煽り、コピペ、諸々が混在する画面を下に進め、……!?。

「……えっ!?」

そのスレの中、とある書き込みが目に入る。内容を把握した途端、紅子の眠気は一気にすっ飛んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【誘拐事案】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ132【交渉中】

82:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 05:32:43.30 ID:KKKKKKKK
 ずっと悩んでいたけれど、新聞の政府広報を読んだ後、ここに書かずに後悔するよりは、と思ったので書き込ませて頂きます。
 サキュバスのお嬢さん、私の話を読んで頂けないでしょうか。
 私は、この世界とは違う世界で、生きた記憶を持つ者です。果たして、あなたと同じ世界の生まれなのでしょうか。

 以下、私の身の上話です。
 あちらの世界は、(少なくとも私が育った場所は)帝政で、最初の帝が統治を始めてからの通算年数で年を数えていました。
 その暦で、帝政96年目の12番目の月、第2週の4日目に、私は生まれました。
 出生地は、帝国の南端(なおかつ大陸の南端)の大きな港町です。建前としては帝の直轄領でしたが、実際は代官が統治する町でした。

 父は代官の下で働く末端の役人でしたが、私が幼い頃に、父は役人をクビになりました。
 父が失業した経緯は詳しくは知らないのですが、とにかく家の生活は苦しくなり、口減らしを兼ねて、私は神殿に預けられました。
 母方の叔母が神殿勤務だったので、それに頼った形です。
 魔術は、得意な術が『破壊』と『呪詛』のみで、それ以外の系統の魔術が不得意でしたが、神殿を追い出されない程度には才覚を認められました。
 そうして、生まれ育った町の神殿で、私は巫女として成長することができました。

85:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 05:33:06.52 ID:KKKKKKKK
 私が(あちらの年齢の数え方で)21歳になる前、冬の終わりに、戦乱が発生しました。
 発端になったのは、自分の町から見て北東方向にある大きな町です。
 草、木、花、キノコ、等々、森の中に生きる生命が肥大化して、意思を持って互いに争い始め、また町も襲い始めたそうです。

 何者かが、森の中の生き物に、凶悪な魔物の意思を大規模に埋め込んだのが戦の原因だと言われていましたが、はっきりとは分かりません。
 (上記の原因が真であった場合、そういう術式は、大規模な攻撃目的の術式であるという点で、宗教的にも法律的にも禁忌です)
 攻められた側の兵は懸命に闘ったそうですが、力及ばずいくつもの町が壊滅したそうです。

 戦乱は収まらず、116年目の、あちらの世界で21歳の誕生日の次の日、軍への派遣が決まりました。
 魔術が使える巫女が戦力としてアテにされて軍の中に入るのは、相当なレアケースだと思います。

 私が異世界に飛ばされる事故に遭ったのは、117年目の2番目の月の第1週です。日差しがつらい夏の日でした。
 軍の上層部は、相手を止めるには、最終手段を使うほかない、という結論に至ったそうです。
 関係無い者を巻き込むのを承知で、時空を弄る魔術で、一気に相手の軍団を消滅させることを決めたそうです。

 ですが、肝心の魔術が起動に失敗、暴発。それに巻き込まれた私は、元の世界から弾き出されました。

90:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 05:35:18.56 ID:KKKKKKKK
 そして弾き飛ばされた先が、この世界になります。
 山の中の登山道を逸れた場所で、目の前には、遭難死寸前で倒れている女子学生が居ました。
 貴女が以前書いたように、この世界は、本来、異世界の者にとって非常に厳しい環境です。
 世界にいじめられ壊れていく身体を必死に保持しつつ、無我夢中で学生の手を取ったのを覚えています。

 気が付いた時、「私」は女子学生の身体で倒れていて、救助隊に囲まれていました。
 元々身に着けていた巫女の装束も、異種族の身体も、発動した魔術の贄になって消えていったのだと思います。
 異世界を渡った痕跡は跡形も無くなり、ただ学生の身体に記憶がふたつ宿ることになりました。

 以上の経緯が嘘か真か、誰にも判断は付きません。私自身にも、判断は出来ません。
 ただ確実であることは、私はもはや何も魔力らしき力を持っていないこと、ひとつの職場を定年退職するまで勤め上げたこと。
 そして、ここでない世界の記憶を持っていることです。

96:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 05:37:23.35 ID:KKKKKKKK
 その遭難からもう40年以上、「自分の記憶」について考えてきました。
 遭難死しかけた脳が生み出した「もう一人の私」の妄想なのか、それとも本当の「異世界を生きた私」の記憶であるのか。
 どちらであれ、この世界に骨を埋めるほか生きる道は無い、という結論は変わりませんけど。

 本当は、あなたの力になりたい、と書きたいところですが、そんな風に助力できそうな事柄が残念ながら思い付きません。

 図々しいお願いですが、あなたの故郷が「私」の故郷と同じであるのなら、「私」がここに来た後の世界の趨勢を教えて頂けないでしょうか。
 あの戦乱がどうなったのか、「私」が生きた帝国がどうなったのかがとても気になっています。
 つらいことも楽しいこともたくさんありましたが、「私」にとってあの場所は、竜が統べる愛おしい古里です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前6時3分 召喚者の屋敷 地下大広間

「何でまた、こんなタイミングでこんなカミングアウトが……」

A4の紙2枚に印刷された内容を理解した『自分』の感想は、率直なところ、そんな感じ。
思わず声に出してしまい、隣の部屋で寝ている元太くんに聞かれかれないと気付いて、慌てて『自身』の口を抑える。

あるじが『自分』を叩き起こしてまで、書き込みを見せようとするはずだ。
あの人が『サキュバス』を召喚した時、召喚魔術の効能で、互いの世界の知識が自動的に交換されている。
『サキュバス』の故郷の言語とか一般常識とかを把握している状況で、この書き込みを見たのだから、かなり驚いたに違いない。

現地の暦も、地理も、年齢の数え方も、約40年前、……正確には43年前の大乱の情報も、全て『サキュバス』の知識に合致。
書き込んだ相手は、本当に『サキュバス』と同じ世界の出身だ。それも、同じ大陸出身で、出身国まで一緒。
元々遭難死寸前だったとはいえ、融合先でそれ以外の生命の危機に陥っていないのだったら、――正直、ちょっと羨ましい。
こんな経歴の女性がこの国に居て、こんな風に書き込んで来るなんて、あるじも『自分』も、全く想定していなかった。

【これ読んで考えをまとめておいて
 私は、あなた達の朝ご飯と筆談用のノートパソコンを持って来るから】

紙に貼り付いた、あるじ手書きの付箋メモに視線が向く。
いかにも女っぽい字体だが、本人が性別を明言していないのだから追及しないのが礼儀だ。そもそもReune(あるじ)という単語自体が中性名詞なのだし。
あるじが書いた通り、今この時は、書き込みから得られる情報の推理に集中するべき。

相手の性別は女性だ。元の世界では巫女で、この世界でも女子学生に融合したのだから、女という性別は揺るがない。
43年前にあっちの数え方で21歳だから、今現在の年齢は、同じ数え方で64歳。
こちらの世界でも、43年前の融合先が女子学生で、学生時代の後に職場を勤め上げて定年退職したのだったら、同じくらいの年齢だろうか。ここの社会では60歳定年が主流だ。

ネックになるのは、魔力の知識を、この書き込み主がどれだけ持っているかだ。
魔力を持っていないと書いているが、軍に派遣されていた巫女だから魔術に関する知識はあるだろう。
今こちらが使っている魔術は、あるじが習得していたものと『サキュバス』が習得していたもののチャンポンだ。40年物の知識程度で完全に打ち破られることは無い、と思う。

とはいえ、警察を含めた政府機関が魔術について全く無知のままなのと、若干でも知識があるのとでは対応策が変わる。
警察ならば、掲示板の書き込みログから誰が書き込んだのかを辿れるはず。
ここの書き込み主が警察に友好的な態度を取ったのなら、それで体系づけられた魔術知識が政府機関全体に渡ってしまったら、少々厄介だ。

『自分』の願いを叶えるために、これからの計画を出来る限り歪ませずに遂行するために、どんな風に動けばいいだろうか……。


※9月5日 初出
 9月11日 シーン3つ分追投稿しました。
 9月15日 最後のシーンを削除し、丸ごと次の話の3つ目のシーンに移動させました。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-9
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:d3ebd74d
Date: 2016/05/05 20:25
 8月24日 午前11時59分 警視庁 (元)刑事部長室

鑑識の者達とか、カメラっぽい機械とか、見た目録音機材っぽい何かとか、そもそも何を測っているのか謎な精密機器とか。
そんな、様々な人と物に囲まれた空間のど真ん中に立つのは、……それも、刑事部長室という場所でこういう風に注目を浴びるのは、佐藤 美和子にとっては人生初の経験だ。
厳密に言えば、他人の視線も機械の焦点も、美和子本人ではなく、手に持っている封筒に向いているのだけど。

「刑事部長室にまた手紙が湧いた」
今から3~4分ほど前。
『サキュバス』事件捜査本部から急遽呼び出された先は、(元)刑事部長室の目の前の廊下。指示通りすぐやって来た彼女に向けて、鑑識の職員は、端的にそう告げた。
使わなくなった方の部屋か、臨時に刑事部長室になった会議室か、どちらの部屋なのか美和子は訊かなかった。部屋のドアに視線を向けながらの言葉は、明らかに前者を意味していたから。

手紙が“湧いた”。そう表現する他ない手法で手紙を送り付けるのは、『彼女』と召喚者が多用する手法だ。
今月7日(刑事部長室)、17日(美和子が住んでいるアパートの郵便受け)、20日(米花公園)。警視庁が把握している手紙が湧いた回数は、以上の3回。
そして4回目が、今日の午前。場所は、最初の出現事件と同じ刑事部長室。
たまたま鑑識が居た時に、これまでと同じく赤い光をまき散らしながら、封筒が空間内に突然出現したらしい。

――美和子が思ったのは、何でわざわざ自分が呼び出されたのか、という単純な疑問。もっとも封筒のオモテ面を見た瞬間に、その謎は解けた。

【親展
 警視庁捜査一課 佐藤 美和子様
 ※出来るだけ早く名宛人本人がお開け下さい
  毛利 蘭】

強要や脅迫に該当するような文面では決してないけれど、米印付きでこう書かれている物を明ける度胸は、誰にも無かった、ということらしい。
警察として合理的に動こうとすると、科学に基づく機器類を大集合させて、準備万端整えた中で名宛人本人(=佐藤 美和子)が封筒を開封する、という流れになる。とても納得がいく判断だ。

ともあれ、周囲の職員に軽く目配せ。全員の軽い頷きを確認してから、……美和子は、改めて手紙に視線を落とした。
手袋着用の手で、それぞれ封筒とハサミを掴む。左手に持った封筒の端ギリギリの場所を、右手のハサミで慎重に慎重に切り進める。
様々な視線と機械が見つめる先で、いつもの(おそらく特異な性質を持つ)灰色っぽい紙の便箋が取り出され、広げられた。

美和子の家に送り付けられたり、米花公園で湧いたりしたのと同じ、ボールペンで書いたっぽい文字列が並ぶ、1枚の便箋。
そのまま内容を読み上げる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【佐藤 美和子様

 以前そちらのお宅に送った手紙は、捜査本部に渡ったんですね
 警察宛ての手紙は全て捜査本部が把握し、要求は正しい形で認識されているのだと、こちらは理解しています
 あなたたちカップルを対象とした今月31日の要求は、高木さんが体調を崩したようですので、佐藤さんにお願いします

 魔力を持つ者は、時に、とても鋭い独特の勘を発することがあります
 半ば、予知や透視に近いものと言ってもいいかも知れません

 私の勘によると、どうやら高木さんは、まともに治療しても生死の境をさまよう、厄介な容態になりそうな気がしているのです
 闘病中の本人に面と向かって言う事でもないので、こうして佐藤さんにお知らせします
 高木さんにこの私の予想を教えるかどうかは、そちらの判断にお任せします

 追伸
 本日、思いがけない出来事がありました
 私達が愛用している掲示板に注目していてくださいね
 新聞広告に対する答えも、その思いがけない出来事に関する応答も、今日午後の何時かに書き込む予定です】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後12時2分 東都警察病院 1F 受付ロビー

病気の治療のために入院するよう医者から言われた時、大体の社会人が真っ先に連絡を入れる先は、自分の家族か、職場。
そういう優先順位は、民間人だろうが公務員だろうが変わらない常識だろう。
警視庁捜査一課の刑事、高木 渉の場合も、そのあたりの判断はごく一般的だった。診察室から出てロビーの椅子に座り、まず電話連絡を入れた相手は、自らの直属の上司である目暮警部。

肝炎の悪化で自宅療養して、医師の指示通り安静にしていた。にもかかわらず、検査の結果、色んな数値は良くなるどころか悪化の一途を辿り、ついに今日、医師から入院を宣告されるに至る。
高木にとっては納得いかない経緯だが、入院という処置自体はきのうから医師に言及されていたから、不意打ちという訳ではない。
医師の言葉はそのまま職場に伝えていた。連絡を貰った目暮警部にとっても、この入院連絡はそう驚く話ではない様子だった。

「……すいません、本当に、大変な時期なのに」

とはいえ、病名がB型肝炎で、それも、自分達が好き好んでヤッた挙句の性感染症だと分かっている。刑事としては非常にきまりが悪い。
入院の報告後、高木の口からは、申し訳なさ全開の謝罪の言葉しか出ない。

「良いんだよ、高木くん。今はしっかり身体を休めて、病気を治すことを考えなさい。
 皆には私から伝えておこう。もちろん、今、席を外している佐藤くんにも」

あくまで労わりの雰囲気しかない優しい言葉が、却って、情けないやら申し訳ないやら。
美和子さんへの言及も、2人の中を把握されているが故の気遣いなのだろうが、そういう気の遣われ方をされることもつくづく情けない。

「……はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。それでは、失礼します」

通話を終えて、……スマホを掴んだまま、椅子の背にもたれ掛って溜息。
前方の壁に設置された大きなTVは、公共放送局のお昼のニュースを放映中だ。
内容はと言うと、当然ながら『サキュバス事件』の大特集。今朝からどこの局も、ニュースのトップはいつもこれだ。
新聞にああいう広報が載った事、それ自体、大きく報道する価値がある。警察が新規に情報を出さないというだけで、かつて公表されていたことをニュースで振り返るのは報道機関の自由、という訳らしい。

――俺は、何をしているんだろう。

20日に発生した誘拐事件と、『犯人』の要求、それを受けて新聞に載せた広報のこと。一通りの情報は知らされているが、入院する身では何が出来るはずもない。
この体調では、捜査員としての仕事はハナから期待されていない。
もし、上層部の方々が自分に望んでいることがあるとすれば、強いて言えば、警部が先ほど言ったように、一刻も早く肝炎を治すこと。
……でも、何も期待されていない確率の方が高い、だろうか。大事件の渦中に居たのに、性感染症で入院しやがった馬鹿な刑事に、誰が何を期待するというのだろう?

ネガティブな想像を振り払うように首を横に振る。ああ、考える内容を変えよう。これからの予定を組み上げよう。
一旦会計して、家に帰って、入院に必要な物を揃えて、またここに来て、入院して、……夕方、仕事が終わるくらいの時刻に、美和子さんに電話して。
入院のことを改めて謝ろう。目暮警部越しの連絡だけで済ませるのはダメだ、うん。
こんな待合の時間を無駄にするのもアレだから、ネットで情報収集したりして、……。


5分ほど後。
スマホで例の掲示板の考察スレを見ていた高木は、『サキュバス』側の書き込みにリアルタイムで遭遇することになる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【誘拐事案】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ178【交渉中】

106:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/24(土) 12:08:27.15 ID:LLLLLLLL
 スレ住民の皆さん、そしてこのスレを見ているはずの警察の皆さん。
 他人の端末からごきげんよう。こちらは召喚者だ。

 今から書き込む内容には、今朝の新聞に載った広報への答えと、それと別に今朝発見した予想外の事柄に対する答えと、2つの部分がある。
 後者は、前回同様『サキュバス』からの伝言だ。
 このレスを含めて全部で3レス。こちらの投稿中は、出来れば書き込みは控えてほしい。

 まず、内調へ、今朝の広報への応答だ。
 内調の職員4人への術は、元々、25日の朝6時くらいをメドに意識が戻るようにようになっている。
 個人差があるから前後6時間くらいブレるかもしれないが、時間としてはその範囲内で覚醒するはずだ。

 意識を取り戻した時点で、今月21日以降の記憶が飛んでいると思うが、こちらが掛けたのはそもそもそういう術だ。
 許容範囲外に知られてはならない情報が漏れていたので(厳密に言えば、情報の漏洩を検知したので)書類を含めて、その情報を含む媒体を消した。
 そして、情報を知った職員からは記憶を消した。職員が意識不明になったのは、記憶抹消の術に必ず付随する効果だ。
 消した物も、記憶も、決して戻ることは無い。復活させることを織り込んだ術ではないからだ。

 今はこちらの魔力に余裕があったから、記憶の抹消というややこしい術が使えた。
 今後また情報漏洩があった時、数とタイミングによっては、秘密を知った者をあっさり絶命させる時が来るかもしれない。少なくともその術の方が、必要な魔力は遥かに少ない。
 だからこれからも、今回のように、記憶を消すだけの対処で終わるとは思わないでほしい。

148:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/24(土) 12:09:12.15 ID:LLLLLLLL
 そしてここからがサキュバスからの伝言だ。

 =============
 今朝ここのスレで書き込まれていた ◆Moto/.Profさんへ
 
 書き込まれた内容を読んで、召喚者共々とても驚きました。
 私と同じ世界、かつ、同じ帝国領の御出身なのではないかと推測できたからです。

 今の段階でほぼ確信していますが、念のため以下の質問に解答をお願いします。
 貴女の経歴から考えて、答えられないはずが無いと思っています。

 問1.元の世界での年齢の数え方を説明せよ。また、こちらの世界の満年齢とは数え方がどのようにズレるか。

 問2.以下は、今の世界での私の身分を、元の世界の言葉で表した名前(ただしかなりの変則式)である。元の世界の表記に関わらず、今回は、単語の頭文字を大文字としている。
    この名前を、意味をできる限り細かく示して訳せ。なお『Succubus』は『サキュバス』とすること。
    Succubus Vain Reune Na Karuruban Kurau Irunkus

 問3.現地の神話(あるいは歴史)より。
    偉大なる巫女アポリアは、王国の姫であった頃、故郷の塔の中で如何にして生き延びたのか、それがどのような形で周囲に知られたのかを答えよ。

172:◆MsSuccubus [sage]:20XX/08/24(土) 12:10:01.18 ID:LLLLLLLL
 なお、以上の問いへの返答の有無に関わらず、今後、警察を含め政府関係機関への協力は一切無いようにお願いします。

 警察に限らず、どこの国家に属する人にも、魔術の知識は与えたくないのです。
 今後、どこかの機関が接触したと分かった時点で、少なくとも私の生命の問題が解決するまではその機関の職員ごと眠り続けてもらいます。

 いつか御望み通りに、故郷のことを語り合う日が来るのかも知れません。
 だけどそれは、私が抱えている危機を乗り越えてからの話とさせてください。
 今は、自分自身が生き延びることに専念したいのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後12時15分 寝屋川市 服部家

「何なんやこれ……」

世の中、需要がある所に供給がある。
掲示板にて、特定のハンドルネームでの書き込みがあった時には個別に通知する機能が付いた、無料のブラウザアプリを、掲示板の管理人公認で創り上げた人が居た。
『サキュバス』事件後登場したそれは、まさに『サキュバス』側の書き込みを念頭に置いて公開されており、事件に興味がある層には愛用されている。

服部 平次も、もちろん自身のスマホにブラウザアプリをインストールしていたから、書き込みがあった事は即座に知った。
スマホで見た内容がパッと見て信じられず、自室のパソコンで改めて掲示板を見て、やはり書き込み内容がスマホの通りだと確認。
……平次としては、ディスプレイに映る書き込み内容全てに絶句するしかない。

『サキュバス』が指名した“◆Moto/.Prof氏”がどんな内容を今朝書いたのか、掲示板を見れば一目瞭然。
ド派手な祭り状態の書き込みの内にも、その人のレスが発掘されて、幾度も貼り付けられている。

召喚者が魔術で情報の流れを追っていること、他人の命を奪い得ること、そして、どうやら異世界出身の者が『サキュバス』1例だけでは無いこと。
どれもこれも重大な事で、平次の頭の中を考察が巡る。
この事件は平次が出る幕のないことだと分かっているが、……こういう事件で何も考えずにはいられないのは探偵の性分だ。
もう連絡を取ることは無いけれど、東京の毛利探偵のところに居る、小さくなったあの探偵も、きっと同じ。

――アイツも、俺と同じようにビックリして、推理してるんやろか……

考えながらスマホを取り出して、平次はアプリの設定を追加した。“◆Moto/.Prof氏”が書き込んだ時も、通知が来るように。


設定の変更は、割と早めに活きた。
“◆Moto/.Prof氏”のレスポンスは、午後1時になる前に来たからだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(※作者註:問3の解答に、不快に感じる行為への言及があります。予め御了承下さい)

【解答】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ189【待機中】

827:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 12:51:28.45 ID:KKKKKKKK
 問1.元の世界での年齢の数え方を説明せよ。また、こちらの世界の満年齢とは数え方がどのようにズレるか。

 解答1.元の世界でも、誕生日には1歳分年齢を足す。
 但し、誕生前の、母親の胎内に居る期間も1年と数えるので、生まれた時は「0歳」ではなく「1歳」となる。
 よって、こちらの世界の満年齢の数え方とは、ちょうど1年分年齢がズレる。

843:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 12:51:58.23 ID:KKKKKKKK
 問2.以下は、今の世界での私の身分を、元の世界の言葉で表した名前(ただしかなりの変則式)である。元の世界の表記に関わらず、今回は、単語の頭文字を大文字としている。
 この名前を、意味をできる限り細かく示して訳せ。なお『Succubus』は『サキュバス』とすること。
 Succubus Vain Reune Na Karuruban Kurau Irunkus

 解答2.訳は、「主(あるじ)の配下の、カルルバン出身の、イルンクス(笛の民)の、サキュバス」

 Vainは「繋がり」「縁」を意味する。氏名に使う場合は、「~の配下」「~の支配下の」と言う前置詞になる。Reuneは「主人・あるじ」を意味する中性の名詞。
 だからVain Reuneで「あるじの配下」。
 出題者の境遇から考えて、Reuneはつまり「召喚者」であると考えられるが、私の知る言語としては、Reuneという語に「召喚者」という意味は無かったはず。
 よって、訳語としては「あるじの配下」とするのが妥当。

 Naは「~な物」「~な者」。氏名だと「~生まれの」を意味する前置詞。Karurubanは地名。それで、Na Karurubanは「カルルバン出身」。
 カルルバンは私の住んでいた都市から見て北西方向にある、盆地の宗教都市。かつて偉大なる巫女アポリアが属していた神殿がある街。

 Kurauは「血」。氏名では「~族の」を表す。Irunkusは種族名、そのままIru=「笛」、n=「~の」、kus=「民(種族)」。よってKurau Irunkusは「笛の民の」。
 この種族の女性は、ある程度成長すると、定期的に異性と交わらなければいけない身体となる。
 異性の精を魔力へと変換し、その魔力で生命を維持する仕組みが、おおよそ10代前半の性徴期に出来上がる。
 召喚者が名付けた「サキュバス」という名は、この笛の民の特性にちなんだ名付けではないかとの推測が成り立つ。
 
925:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 12:53:02.49 ID:KKKKKKKK
 問3.現地の神話(あるいは歴史)より。
 偉大なる巫女アポリアは、王国の姫であった頃、故郷の塔の中で如何にして生き延びたのか、それがどのような形で周囲に知られたのかを答えよ。

 解答3.塔の中で如何にして生き延びたのか→父親の遺体を食べたから。
 それがどのような形で周囲に知られたのか→慣習に従い、王の亡骸が晒されたから。

(以下、神話(歴史)の概要)
 そもそも、アポリア姫と、王である父が塔の中に追われたのは、政変によるものだった。
 王には弟が2人いた。上の王弟が決起し、王城を襲撃。
 王の身体を斬り付けた上で、姫と共に、王城の敷地にある塔の中へ追い立てたのだった。

 監禁された塔の中で、王は、姫に見守られながら息絶えた。死の間際、何が何でも生き抜くように、と、王は姫に言い残したという。

 永遠に続くと思われるほどに、監禁は続いた。閉じ込めた側が餓死を狙ったのだから、すみやかな解放などあるはずかなかった。
 塔の中では父娘がふたりきりだった。
 激しい飢えがアポリア姫を襲った。父親の遺体だけがそばにあった。食糧となる物は遺体だけだった。遺体は食糧となった。

 塔の外の世界では、もう1人の王弟が決起していた。隣国に逃れ、その国の力を得て自国に攻め込み、簒奪者を討って、王城を奪還した。
 彼が部下と共に塔の中に踏み込んだ時、死にかけだが辛うじて息のあるアポリア姫と、どう見ても食べられた痕のある王の遺体が発見された。
 塔の屋根に隙間があり、雨は少しだけ降り込む。2人が閉じ込められた期間は10日間。雨が降る日もあったのだから、それで渇きは避けられたのだろう。

 では何故、姫は飢え死にしなかったのか。王の遺体の痕跡から、王弟はその答えを悟り、痛々しく弱った姫を抱き寄せて泣いた。
 (続く)

978:◆Moto/.Prof [sage]:20XX/08/24(土) 12:54:03.28 ID:KKKKKKKK
 (続き)
 在位の半ばで死んだ王は、服を一切纏わぬままその亡骸を王都の広場の石畳に晒される。
 他方、簒奪者の亡骸は、服を一切纏わぬまま千々に切断されて大河に捨てられる。

 塔の中で息絶えた王と、討たれた王弟は、古からの慣習に従って各々にふさわしい処置を受けた。新しく王となったもう1人の王弟がそうするように命じた。
 王の、有り得ないような遺骸の損傷は民が公に知ることとなり、塔の中で父娘に起こった出来事もまた広く知られることとなった。

 姫は同情されると同時に畏れられることとなり、姫もまた、特に血の近い者達と触れ合う事を恐れた。
 上の叔父が生命を奪いかけ、唯一心を許せた父が殺されたのだ。王位に連なる他の誰が信じられよう。
 新しい王は姫の恐怖をもっともだと思い、王の座から最も遠い場所へと姫を預けた。王座よりも最も遠い場所こそが姫に必要なのだと信じて。

 かくして(現地の数え方で)当時9歳のアポリア姫は神殿に身を置いた。誰もが認める形で、巫女となる道を選んだのだ。
 (概要は以上)

 解答は以上です。
 私も、出題内容を見て、貴女の出身があの世界であることを確信しました。
 あの国の巫女であった者で、アポリア姫の話を知らない者が居るはずがないですからね。

 貴女が大変な状況にあることは、こちらも理解しています。捜査機関への協力は一切断ることとしましょう。
 どうか、貴女が平穏な日々を掴み取れますように。


※9月15日 初出
 9月21日 シーン加筆
 9月23日 誤植を修正しました
 警察病院の高木のシーンだけは、前話の最後に投稿していたものでした。が、この話の3つ目のシーンに移動させました。
 話の内容自体には変更はありません。

 第4部-6で出した問題(『彼女』が元太くんに話した歴史の中で、省略したことは何か)の答えは、この話で示した通りとなります。
 元太くんの性格なら連想に至っても不思議じゃなかった事→食いしん坊だから、お姫様が、塔の中でお腹が空かなかったのか疑問に感じてもおかしくなかった、という事です。
 『塔の中で、10日間ずっと、王の骸を前に一人ぼっちだった』と、元太くんに明言していましたから。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-10
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:25
 8月24日 午後1時5分 召喚者の屋敷 地下大広間

召喚者の装束の紅子は、もちろん、掲示板の書き込みを印刷して『彼女』に見せた。
文章を読み終えた『彼女』は、少しだけ興奮した顔で筆談用ノートパソコンへ向き合う。

“◆Moto/.Profさん”は、間違いなく『彼女』と同じ世界の出身。この書き込みで確定したと、紅子は判断している。
この人が書き込んだ解答は、何から何までが正しい。
年の数え方の文化や氏名だけでなく、約200年前の神話(歴史)の内容を丸ごと言い当てるのは、あの世界で生きた経験がなければ無理だろう。

『彼女』も、多分その判断は同じだ。その上で頭が切れる『彼女』の意見を、紅子は知りたいと思う。
今まで、共に話し合い、考えを巡らせて、これからの方針を練り上げてきた。今更その構造を変える気は無い。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【これで決まりですね
 この人が私と同じ世界出身で、間違いないです】

【私も同感よ
 警察は、どう動くと思う?】

【そうですね
 私たちは、もちろんあの世界の文化の知識があるから、これだけ読めば一発で判断出来たわけですけれど、警察の判断材料としては……
 本当に同じ世界の出身者である確率が非常に高いけれど、厳密には確証を持てないというところでしょうか
 どちらにせよ、警察がこの書き込み主の身元を調べるのは、やる、かも、しれませんね】

【? 警察が厳密には確信できないと、そう考える根拠は?】

【私達はあの世界のことを知っています、でも警察の人達は違うんですよ
 私の種族の特徴=他人と交わらないと生きていけないということ、この点は、警察も、毛利家の人も、小嶋家の人も、知らされています
 元太君を誘拐した時、こちらが公園で手紙を残して明らかにしていますから

 一方、これを書き込んだ人は、問2の解答の解説で、世間に公表されてない私の種族の特徴、……他人との性行為が必須の種族だ、って、言い当てています
 この部分だけ見てみたら、警察にとっては、書き込んだこの人はかなりそれらしい相手です
 けれど、警察の知識としては、そこしか判断材料がない】

【なるほど、あの世界の知識を当てはめて真偽を判断できる人間は、警察側に居ないものね
 貴女も、入院中に、自分の世界のことをベラベラ喋ったわけでは無い】

【そういうことです
 特に「サキュバス」という通称自体がヒントになりますからね、元々の生態にちなんであなたが与えた名前だと、私は最初に世間にバラしています

 ここの掲示板の人達は、私の生態についてもかなりの考察をしていますよね
 ああだこうだ言っている推理は、ほぼ外れていましたけど、中にはズバり正解もありました
 「R18な行為をしないと死んじゃうような生き物なんじゃねーの?」って】

【そうね】

【警察にしてみたら、掲示板をヒントに考えた適当な書き込みが、たまたま警察が一点だけ知っている未公開情報と合致した可能性、厳密にはゼロではないんです
 そういうところまで含めて考えてしまえば、警察には 100%の判断は付かない
 もちろん、これだけの長文を書かれたんだから、異世界出身者の可能性が極めて高いように感じるでしょうけど、100%ではない】

【それで100%判断が付く時があるとすれば、それは、私達が、この人の書き込みを認めるリアクションを示した時しか有り得ない】

【まさしくそういうことです
 だから、極めてそれっぽい相手には間違いなくて、だからこそ書き込んだ人の身元とか調べるかもしれませんけれど、あくまでこの人はそれっぽい相手のまま
 書き込み主の身元を調べるだけではなく、行動確認とか尾行とかは有るかもしれません
 でも、警察にとって、この人に実際に接触を取って真偽を確認する、という選択だけは有り得ないでしょう】

【警察がこの書き込み主に接触をして、それを私たちから検知されたら、その瞬間に、捜査員ごと魔術で昏睡、下手したら呪殺……
 内調にあんな新聞広報出させた国、そんな国の捜査機関なのに、そういうリスクはおそらく取れない
 民間人巻き込んで呪い殺された、あるいは昏睡させられた、って分かった瞬間、世間からどれほど叩かれることか】

【出来れば、書き込み主の身元を調べるだけ調べて接触をしない、という動きを、警察には取ってもらいたいですね
 で、警察が調べた身元に関する情報を、こちらが魔術で盗み見れば、楽になります
 その情報をベースに、書き込み主を突き止めて、念のためその人を起点に魔術を掛ければ良い
 どっかの捜査員が接触したら秋まで昏睡してしまうような、条件付きの昏睡魔術】

【そういう流れになるのなら、出来ることなら淫夢の符が使い物になっていて欲しいところ
 捜査本部+政府機関の常時観測と分析をしながら、貴女の身体に都合の良い遺体を探しつつ、その人への昏睡魔術の維持でしょう?
 流石にちょっと魔力がきつい
 せめて捜査本部宛ての観測が、警察幹部に淫夢見せてからの記憶の抜き取りで代替できるようにならないと】

【そうですね】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後1時53分 召喚者の屋敷 地下大広間

あるじと一緒のタイミングで、床の上の同じ物を見つめながらの溜息が出る。
敷いた布に描いた解析の簡易魔術陣、……の、ど真ん中の灰。淫夢の符を解析に掛けた後の残骸だ。

あるじは、召喚者として掲示板に書き込みに行く前に、小田切刑事部長の自宅に転移して、刑事部長の枕に仕掛けた淫夢の符を回収して来ている。
符をここで解析して分かった事は、今回は、捜査情報の抜き取りに失敗してした、ということ。
符に描いた魔術陣の構成に失敗していたとか、そういう想定内の失敗ではなかった。

枕の中に仕込んだ符は、最初は順調に発動していて、眠る小田切刑事部長に淫夢を見せていたらしい。
魔術陣の起動プロセスが進み、記憶を抜き取る寸前になって、夢を見ていた本人が外部要因で覚醒してしまった。

――まさか、ムカついた実の息子さんに蹴られて、夢の最中に起こされるなんてなぁ……。
あの刑事部長さんに、やたらロックなドラ息子が居るのは知っていた。
けれど、そんな息子が実父を蹴り起こしてしまうのは、『自分』もあるじも予想外だ、流石に。

息子さんが寝室から去った後で本人は寝直したから、枕の中の魔術は再起動した。
で、最初から発動し直した符の魔術陣は、記憶を抜き取る直前で魔力切れ。刑事部長に淫夢を見せるだけ見せておいて、肝心の記憶自体が盗めないまま、という結果に終わる。
小田切刑事部長に精神的なダメージは与えられたかもしれないが、『自分』としては何とも消化不良な結末だった。

符の魔術陣の構造は、淫夢を見せる前半部分と、記憶を抜き取る後半部分に分かれる。
前半部分は自信があったけれど、後半部分は複雑なので成功するかは未知数。『自分』としては、動作の確認をするつもりで符を仕込んでもらっていた。
……今回、そもそも後半部分の起動にまで至らなかったのだから、目当ての動作確認は全く出来ていない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後2時5分 毛利探偵事務所 2F

警察が行う『サキュバス』事件の捜査には、制約が掛かっている。
他人に漏らしてはいけない情報を漏らすのは駄目、“◆Moto/.Profさん”に接触するのは駄目、魔術の知識を得ようとするのも(多分)駄目。
こういう禁止事項を破ると、捜査員が昏睡状態にさせられてしまう。
魔術で、組織内の情報を見抜いていく『相手』と、何の対抗策も無く戦わなければいけない構図。……それくらい、一般人でも掲示板の書き込みから推察可能だ。

おっちゃんや俺達、つまり『蘭』の家族から情報を得ようとすることについては、制約は掛かっていない、と思われる。
というのも、今、実際に、捜査員が探偵事務所に聴取に来ているからだ。元太の誘拐事件が発覚した日にもここに来た、ベテランと若手の刑事2人組が。
『本人』達から攻撃されない範囲を探して、出来うる限りのことをやってやろうという姿勢なのか。警察の行動としては、まぁ分かる。

「入院していた『本人』から、出身地の世界のことを、何か伺っていないでしょうか?
 この人の解答の内容と合致している部分があったり、……逆に矛盾している部分があったとしても、それはそれで、手掛かりになるのですが」

『サキュバス』は、以前、手紙で、自らの種族の特徴として、異性と交わらねば死んでしまう身体だったと書いていた。
“◆Moto/.Profさん”は、書き込みの解答の中で、そのものズバりの内容を笛の民(イルンクス)の特徴として語っている。
その点だけで、“◆Moto/.Profさん”が異世界出身者の可能性が跳ね上がっている。

だけど、警察としてはそれだけでは確定出来ない。判断材料がせめてもう1つあれば、断定出来るのだ、と、――この刑事達は最初にそう言った。
『サキュバス』が、何か自分の世界のことを語っていたなら、それが“◆Moto/.Profさん”の解答内容と合致していたなら、それは十分断定に値するのだ、とも。

20日から体調不良になっていたおっちゃんは、きのうようやく体調を回復させた。刑事達と会話をしても問題無い状態だ。
看病していた妃弁護士は自宅に戻り、ここで聴取を受けているのはおっちゃんと俺の2人だけ。妃弁護士も、もしかしたら別の場所で話を聞かれているのかもしれない。
俺の横に座るおっちゃんは、捜査員の問いに軽く首を横に振る。

「……『アイツ』、入院している間、元の世界のことをあまり話していなかったんだ。
 俺達に向けて、『サキュバス』の実家は料理屋を兼ねたような宿屋だと、一度言っていた、……くらいだな。父親はそこの主人で、実の母親は後妻だった、って。
 こちらとしても、そこまで詮索してねぇんだよ。『本人』が故郷の話をすること自体嫌がっていたからな」

――初耳の内容だ。おっちゃん達夫婦が面会に来ていた時に話していたのか、『本人』が。
ずっと知らされていなかった身の上話に驚きを感じるが、流石にこの場でその追及はしない。俺はそこまで空気を読めない馬鹿じゃない。
とにかく、書き込みを読んでからずっと思っていた事を口に出す。

「おじさん、名前のことは手掛かりになるんじゃない?」「……名前?」

若い刑事が、案の定食いついてきた。

「うん、僕、『本人』が病院から抜け出す前の昼間に、おじさん達と見舞いに行ってて。……『サキュバス』自身に本当の名前が無いのか、尋ねたことがあったんだ。(※作者註:第2部-1参照)
 『サキュバス』って名前自体、召喚者から付けられたものらしいから。元々の、本当の名前があったんじゃないか、気になってて。
 そしたらね。……名付けの仕組みが、この日本とは違う、って、『本人』が話してくれたんだ」

あの時のやり取りを思い出す。『本人』と、おっちゃん達夫婦と、俺。計4人しか居ない病室の、8月14日の会話。俺が問い掛け、『彼女』が答えた。

――えっと、うまく言えるか分からないけど……、『サキュバス』っていうのは元々の『貴女』の名前じゃないんだよね? 『貴女』自身には、名前は無いの?
――君の言う通りだよ。元々『サキュバス』には、別に本当の名前が有った。これから名乗ることはまず無いだろうけどね。
――何で、名前を使わないの?

俺の問いかけに、『本人』は少し考え込んだんだった。思考の後に出てきた、嫌悪感を隠さない『アイツ』の反応は……。

「元の世界のフルネームって、『誰々の孫の、誰々の娘の、誰々』らしくてね、全部父方を辿っていく名前なんだって。
 自分を示す『誰々』の部分を命名したのも父親だから、名乗るのも呼ばれるのもすごく嫌だ、……って、『本人』は言ってたよ」

目の前の事務所の机には、今日の掲示板のやり取りを印刷したA4用紙が、内容をまとめて読めるように広げられている。刑事達がわざわざ持参した物だ。
今から約1時間前の“◆Moto/.Profさん”の書き込み、問2の解答部分を指差した。

【問2.以下は、今の世界での私の身分を、元の世界の言葉で表した名前(ただしかなりの変則式)である。元の世界の表記に関わらず、今回は、単語の頭文字を大文字としている。
 この名前を、意味をできる限り細かく示して訳せ。なお『Succubus』は『サキュバス』とすること。
 Succubus Vain Reune Na Karuruban Kurau Irunkus

 解答2.訳は、「主(あるじ)の配下の、カルルバン出身の、イルンクス(笛の民)の、サキュバス」】

「ここの部分。かなりの変則式で名前を書いているらしくて、で、解答がこれだよね? 一応、『本人』が病院で言ったことと、矛盾はしないんだと思う」

こちらが言わんとすることが分かったのだろう。ベテランの方の刑事が軽く自身の膝を叩いて、心から納得した声を出す。

「本当の名前の書き方が、お祖父さんとかお父さんとかの名前を繋げる方式だったなら。そういう文化なのに、あえて、出身地とか種族を名前に使ったなら。
 それなら、確かに、この書き込みでは変わった方式で名前を書いた、ってことになるな」

「うん! それに、この答えが本当だとしたら、お祖父さんの名前やお父さんの名前も、『本人』の名前も、全く触れずに名乗った、って事でしょう?」

結局のところ『サキュバスの本当の名前』は、分かってはいないのだ。
『主(あるじ)の配下の、カルルバン出身の、イルンクス(笛の民)の、サキュバス』。出身地や種族名は分かっても、肝心の『個人を示す名前』は分からない。
よって、『サキュバス』個人を指示す名としては、これまで通り『サキュバス』と呼ぶほかない。
『本人』が嫌悪した、実父から与えられた元々の名前では、呼ばれようが無い。誰も『その名』を知らないのだ。

「なるほど。確かに、矛盾はしないな……」

俺以外の男性3人が一斉に頷く。
そう。あくまで矛盾はしないという結論が導かれる、それだけの推理だ。
“◆Moto/.Profさん”が異世界出身者である確率が高くなるけれど、かといって異世界出身者だと断定するには至らない、それくらいの情報。


しばらく聴取が続く。
最終的には、……俺達が今持っている情報だけだと、そこまでの判断しか出来ない、という結論に至った。
新たな情報が出て来るなら別だが、今分かっているだけの情報で判断できるのはそこまでだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後6時 東都警察病院 603号室

RRRR RRRR……

午後6時きっかり。入院中の高木 渉は、TVをBGMにベッドに伏せていただけだったから、充電器に挿しっ放しのスマホの着信音にはすぐ気が付けた。
スマホに手を伸ばして画面を見る。電話を掛けてきた番号は、――佐藤さんのスマホだ。
身体を起こす。電話に出ない理由が有るはずない。

「はい、高木です」

「佐藤です。目暮警部から聞いたわ、今日から入院したんだってね。
 入院早々にごめんなさい。今、仕事のことでお話ししていい? 周りは大丈夫? 手紙を送りつけてきた、『あの子』の事件なんだけど」

先輩が何の事件を指しているのかすぐ悟り、無意識に息を呑んだ。先日、この人の自宅に手紙を送りつけてきた、……『サキュバス/蘭さん』の事件。

「……!! 大丈夫ですよ。今のところ、僕は個室に居るので」

携帯電話類の音漏れは怖い。入院先が大部屋だったとしたら、部屋を出てどこかに移動しなければいけないパターンだ。
都合の良い事だが、病院側の都合で(たまたま大部屋が埋まっていたらしい)、少なくとも今晩は個室入院が確定。部屋に居るのは高木1人だけだから、通話に支障はない。

今日の昼間に、『サキュバス事件』について、インターネットの掲示板で動きがあった。
高木自身もリアルタイムで書き込みを見たから、書き込まれた情報だけは知っている。その件だろうか。

「そう。もしかしたら高木くんも知っているかもしれないけれど、今日、インターネットで色々あって。
 実は、……インターネット以外でも色々あったの。
 何があったのかは、あなたが職場に復帰してからじゃないと話せそうにない事でね。だから職場に戻った時に、何があったのか訊いてちょうだい」

――? 一体、何があったんだ?

入院中に心労を与えるのを回避したいから、今の自分には教えないと判断したのか。
あるいは、入院中の者を除外する条件付きで、『彼女』の側から情報開示でもあったのか……?
追及したい気持ちはもちろん湧き上がる。だけども、こういう言い方で情報を伏せられたら、何があったのか質問も出来ない。

「……分かりました。早く身体を治せるように頑張ります」

何があったか気になるのなら、とにかく療養に集中しろ、……そんな意味を込めた捜査本部の判断なのかも知れず。
今の立場で言える言葉を、高木は、本心から愛する人に告げる。

対する美和子さんからは、どこかすがる様な雰囲気すら含んだ、祈りを込めた一言が返ってきた。

「お願いよ。今は病気を治す事に専念してね。……お願いだから」

――本当に、何があったというのだろう……?




※9月22日 初出
 9月27日 シーン追加+既存の文章が荒い気がしたのでいろいろ修正しました。
 9月28日 最後のシーンだけいろいろ修正しました。

 頭が良いように推理を書き連ねるって、とっても難しいですね。青山先生がいかに凄いか分かります。
 登場人物の考察とかに何か穴があるようでしたら、遠慮なくご指摘願います。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-11
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:25
そしてまた、表向きは何も動きが無い日々がやって来る。
24日の時点で、8月31日は、警察病院で、佐藤 美和子警部補が巻き込まれるかもしれない、何かがあるかもしれない日となっていた。

8月24日が終わり、25日となって、それから31日が来るまでの日々。
表に出ないと言うだけで、誰かが、どこかで、何かしらの行動を取っていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月25日 午前11時58分 警視庁 刑事部長室(臨時)

元々の刑事部長室への手紙出現やら、あるサイトの掲示板の書き込みやら、『サキュバス』事件が大きく動いてから、一夜。

――例の、自称“異世界出身の女性”の身元がある程度判ったので、報告したい。
そんな報告が昼前に小田切達の元に上がる程度には、警視庁の捜査能力は、今のところは生きている。
きのう24日の昼以降、小田切は迷いつつも、“◆Moto/.Prof”さんの身元調査にゴーサインを出した。捜査本部はその指示通りに動いた、という流れだ。

定められた手続きを踏めば、ネットの特定の書き込みが、一体どこの回線の、どこの端末からの物かは突き止められる。
回線と端末が分かってしまえば、そこから、書き込んだ人が誰なのかも推測可能。
もちろん、書き込んだ側が端末や回線を偽装したり、召喚者のように他人の端末を使っていたりしたら話は別だが。

“◆Moto/.Prof”さんの書き込みの場合、そんな工作の痕跡は見受けられないという。素直に、自宅のパソコンと契約回線を使って書き込んでいたようだ。
では、誰が書き込んでいたかというと……。

「粟倉 葉(あわくら よう)さん。62歳の弁護士、東都大学名誉教授、か」

捜査本部の捜査員がまとめ上げ、持ってきた資料の初っ端には、当然のことだが名前と年齢と職業が記載されていた。小田切はまずその内容を口に出す。
資料に連ねられた文字列は、その女性の経歴を大まかに語っている。想定外のことだか、書き込み主は社会的地位がかなり良い学者だった、らしい。

――東都大学法学部から(途中で山岳遭難事故に遭いつつも)順調に大学院に進み、博士号を取得。以来ずっと民法学者として東都大学法学部に奉職。
  最終的には教授になり、そのまま60歳で大学を定年退職。大学からは名誉教授の称号を贈られた。
  退職後に他の私大に勤めるなんてことはせず、弁護士登録を行って現在に至る。

「確かに、『ひとつの職場を定年退職するまで勤め上げた』人ではあるな……」

呟きに、資料を持参した捜査本部の者2名、……名前が誰だったか、警視と警部は、ただ頷く。
大学の教職員は全て大学と雇用契約を結ぶのだから、勤め人だったのには違いない。その点、本人の書き込み内容と食い違う点はない。
それにしても、名門大学の名誉教授で現在弁護士というのは、やや意表を突かれる職業だ。中央官公庁の中にも、学生時代にこの教授に教わったことがある者が、探せば絶対居ることだろう。

――修士課程在学中に、学部の同級生だった夫と結婚。夫は、学部時代に司法試験に合格した弁護士。
  34歳の頃、夫の甥っ子が7歳にして両親を亡くしたので、夫婦で引き取って養子とする。その息子は都庁職員になり、所帯を持って独立している。
  他に実子・養子は居らず、現在は賢橋のマンションで夫と2人暮らし。
  登録している弁護士事務所も、夫と同じ所。元々は夫の個人事務所だった所に、退職して弁護士になったこの先生が追加加入した流れ。

警察が接触を図った場合、ちゃんと法律の定めに則って瑕疵なく振る舞ったとしても、何かしらクレームをつけてきそうな夫婦だ。……小田切は素直にそう思う。
この夫婦なら、何かがあった時に頼れるような法律家の人脈は、それこそ腐るほどあるだろうし。
もっとも、今現在の捜査状況では警視庁の側から接触することは当面無い。『サキュバス』側に昏睡魔術を食らいかねないからだ。
そういう意味で接触時の事を考える必要が無いというのは、刑事部長の立場だと凄まじく薄ら寒いものがある。

資料のページをめくる。このページからは、粟倉先生が若い頃の山岳救助記録についての記述だ。
山の中で遭難死する寸前で救助隊に助けられた、と、あの掲示板に書かれていた。記述内容そのものズバりの遭難記録が残っていたらしい。

――43年前の8月中旬、大学の仲間と谷川岳を登っていたのに、1人だけはぐれて行方不明になった。当時19歳の学部1回生。
  はぐれて3日後に群馬県警の救助隊に助けられ、救出劇は地元の新聞の記事になる。
  本人がその遭難体験の事を、大学在職中に山岳部のコラムに書いていて、……コラム自体が今でもインターネットで閲覧可能!?

捜査本部謹製資料、最後は、入手できた外部資料のまとめだ。
東都大学のページに掲載されている名誉教授の略歴とか、当時の新聞記事のコピーとか、大学山岳部のサイトに堂々と載っている本人執筆のコラムとか。
ここら辺は適当に見出しだけ一瞥。形だけは最後まで読み終えた資料を手の中に収めて、顔を上げる。

「インターネットで特定されるんじゃないのか、この人の身元」

警視も、警部も、苦々しさを隠さない表情を露わにしながら、頷いた。警視が口を開く。

「もう、掲示板では実名が候補に挙がっていますよ。
 『40年以上前』、『夏の日に』、『山で遭難死しかけた女子学生』で『ひとつの職場を定年退職するまで勤め上げた人』。それ以上のヒントが無いので、流石に絞り込みできないようですが。
 当時の山岳遭難の記事を漁って、該当する女性の実名を並べるくらいは、あの掲示板で普通に行われているようです」

容易に想像が付く。ここまで注目を浴びている事件だから、さぞかしネット住民が全力で探偵団になって大活躍している事だろう。
過去の新聞記事を収集することも、遭難事件の記事をネットにまとめ上げることも、何一つ制限されることのない合法行為だ。

「……そうか。言うまでもないが、掲示板の情報は注視しておいてくれ」

夏の時期に山で遭難して救出される者は、昔から毎年の風物詩のように出る。
『40年以上前、遭難死しかけた女子学生』、……新聞記事を調べて浮上する者は複数存在するはずだ。
かつ、ネットで調べられる範囲で、定年前に退職したとか定年退職したとか、その後の人生が分かる者がどれほど居るのか。

出来うるならば、書き込み主が粟倉先生だと特定されないままであって欲しい。その方が、まだ色々と面倒が無い。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 8月26日 午前9時 召喚者の屋敷 地下大広間

石の床に大きく魔術の陣を描いた部屋で、仮面にローブ姿の、つまり召喚者装束の紅子は、陣の縁(ふち)の線上に杖を付いてしゃがみ込んだ。
同じく陣の外側、少し離れた壁際に立つ『彼女』は無言。紅子も無言。
陣のど真ん中に置いた大きな鏡も、今は何も言わない。この部屋に在る時は無言を通すように、元から鏡を躾けている。

紅子は、両目を閉じて心を鎮めた。魂の内に魔力を練り上げて、そのまま素手の両手で掴んだ杖に渡す。杖の魔力はそのまま床へ。陣の線を辿って、中心部の鏡へ。
……魔力のラインが明確に繋がった。足元に緩やかな風が湧く。
薄目を開けた。
魔術陣は眩いほど真っ赤に発光している。床に置いた鏡は、縁をやはり赤く光らせながら、『彼女』の目の高さまで浮上していた。

『彼女』の青とは違う、紅子の赤を含んだ魔術陣も、中央で浮上する鏡も。……最早日課になったと言って良いと思う、それくらいに見慣れた光景だ。
『サキュバス』が召喚されてから一旦ここを去るまで、そして人格を融合させた『彼女』が病院を逃げ出してから、今まで。
紅子達は、この形の陣を、この魔術を、ずっと愛用してきた。

他人の様子を覗き見る、余所の組織の情報を盗み見る、そんな視たい物を鏡に映し出す、遠隔透視の魔術。
あくまで映し出すのは外形的な物だけだ。他人の精神や心の内は、別の魔術でないと覗けない。けれど、そんな制限を踏まえても、この魔術は大いに使える。

――まず、いつもの魔術ね。
  前回の魔術行使から今まで、私や『あの子』が贈った手紙や、それを写した写真。その情報が警察の外部に渡ったなら、光景を見せて。

無言で念じれば、鏡は応える。
鏡面を赤く光らせながら、……陣を経由して紅子の体内から魔力を吸い上げながら、魔力的手法による世界の精査が進む。
一枚一枚写真の在り処を掴み、そこから手紙に触れた者、写真の写真を作り上げた者を掴んでいく。

全て探った結果は、――手紙に触れたのも、写真に触れたのも、全員が警官。故に該当なし。

――そう。今日は、特別に調べたい物をまず探すわ。
  警視庁の捜査本部内、“◆Moto/.Profさん”の正体が判る資料は有る? 紙の資料が有ったなら、とりあえず最初のページを見せて。

紅子に命じられた通りの精査が始まる。精査対象は、捜査本部内で、きのうの朝と比較して変わった物、作られた物……。

精査は一瞬で完了。まさしくその通りの紙が鏡に映し出された。
色々と書かれているようだが、文字サイズが大きい最上部のタイトルが【◆Moto/.Profの身元について(報告書)】。
あまり形式ばった書類ではない。おそらく警察内部限りの簡易な資料だ。

紅子の背後で、『彼女』が小さく息を呑んだ。鏡に映った情報のメモ取りは『彼女』の仕事だ。
数秒待つ。『彼女』が身構えたであろう頃に、鏡に念じる。

――ありがとう、その紙をズームで見せて。文章をゆっくりと上から下へ。

【・身元特定の経緯:
 掲示板に対する情報開示要請及びプロパイダに対する開示請求より、書き込まれた際の回線と端末が判明
 24日の05:32と12:51の2回の書き込みは、同じ回線の同じ端末によるもの(特段のアクセス元偽装工作は見受けられず)
 プロパイダ契約先の世帯の女性が浮上し、経歴を調査したところ、おそらくこの人が◆Moto/.Profであろうと推測するに至った

・身元:
 粟倉 葉(あわくら よう)(女・62歳) 弁護士・東都大学名誉教授
・住所:
 賢橋町2丁目8-○○ リブラ賢橋 807号室
・生年月日:
 19◎◎年6月19日生】

見覚えのある名前だ。あの掲示板の“◆Moto/.Profさん”探しで、真っ先に候補に挙がっていた名前。
東都大学山岳部のサイトの、粟倉教授(当時)著の遭難体験談を見つけ出した人が居た。芋づる式に、図書館所蔵の縮刷版から当時の新聞記事を掘り当てる人も居て。
“◆Moto/.Profさん”候補の中では一番社会的地位が高い部類じゃないか、と、スレッドで一瞬話題になっていたんだった。
たしか今も、“◆Moto/.Profさん”候補テンプレのリスト入りしているはず。

後ろでメモを取りまくる音が凄い。ああ、名前と住所は必ず記録するべき内容だ。こちらが把握しているかどうかで選択肢が段違いに増える。
鏡はメモ取りの速度に頓着しない。紅子が止めない限り、報告書の上から下へのスクロールが続く。

【経歴】、――とんでもなくすごい学歴の人。学生時代から退職まで東都大学に居続けた民法学者で、退職後に弁護士になって、今に至る。
間違いなく頭が良いに違いない経歴だ。

【家族構成】、――修士課程に居た頃に、学部の同級生だった夫と結婚。夫も弁護士。法律知識が豊富そうな夫婦だ。
昔、夫の甥っ子が孤児になったので引き取って養子にした。それ以外に子は居ない。養子は成長して東京都庁の職員になって、粟倉夫妻とは別に米花町で所帯を持っている。
現在は夫と2人暮らし。弁護士事務所も夫婦で一緒。

ページが最後まで表示され、ページの上下スクロールが停まった。
そのまま数十秒経つ頃、『彼女』のメモ取りの音が止み、まさしく一息吐いたと言わんばかりの吐息が聞こえる。これが合図だ。

――この報告書のページをゆっくり進めて。ページ毎のズームとスクロールはひとまず不要。必要になったらページを止めるから。

鏡面の映像が動く。【山岳遭難の記録について】、――ネットで掘り出されて分かっている情報だ。ズームせずに次へ進む。
残りはネットから持って来た資料のコピー。見覚えのあるページの塊だ。これも飛ばすように指令して、……報告書が終わる。

――では、別の情報を頼むわ。私が昏睡させた内調の職員について、今も昏睡状態の職員は居る? 居るなら映して。

精査結果は、――全員意識回復。該当無し。
意識を回復させる基準が25日午前6時で、前後に6時間のズレ。今は26日の朝だ。現時点で目を覚ましていない者が居る方がおかしい。

――では、最後の指示ね。さっき調べた粟倉教授の資料以外で、警視庁の、捜査本部内の書類を精査して。
  きのうの朝と比較して変わった書類や、新たに作られた書類を見せて。1ページ目だけで良いから。
  とりあえず、あなた(鏡)の目線で、重要そうな物から優先して見せて。

この魔術の最後の指示はいつも同じだ。最初の指示もいつも同じだけど。
映像がつらつらとスライドショー形式で表示されていく。

内閣情報調査室職員の記憶状態について、――21日以降の記憶が飛んでいた。詳細は要検査だが、日常生活に支障を残すような目立った障害は残っていない模様。
警察庁と内閣情報調査室の合同での折衝の議事録、――きのうの折衝の記録、要は捜査が手詰まり状態、なるほど。
高木 渉巡査部長の病気休暇の申請書と、警察病院の診断書、――両方とも色合い的に原本のコピーで、提出日が24日付。この人が届を提出した部署が別にあって、捜査本部が資料として収集した?
捜査本部の捜査員の、9月からの人員リストと勤務シフト、――大したことない情報、飛ばしましょう。

他にも、作成された書類は複数あるが、紅子の目線で特に目ぼしい物は無い。

――ありがとう。これでこの魔術は終わりよ。

浮かび上がっていた鏡が、ゆらゆらと床に沈んでいった。割れずに軟着陸したのを見届けて、自身から流していた魔力を停止。
あれほど強かった床の魔力光が一気に萎れていく。
完全に光が消えた頃、杖から手を離して立ち上がった。……魔力が身体からゴッソリと抜けた感覚が、紅子を襲う。馴れた感覚だ。この程度ならばまだ心地良い範囲。

ローブの懐から手袋を出して、両手に着ける。
同時に聞こえてくるのは、背後から『彼女』が小走りで駆けて来る感覚。そのまま紅子の横を通って、床の上の鏡に小さく会釈。
布で鏡面を丁寧に拭いてから、鏡を抱え上げて紅子の元へ持って来て、小声で一言。

「お疲れ様でした。Reune(あるじ)」

いつも紅子は無言の会釈で応える。もはや定型化してしまった、魔術後の流れ。
この後の流れも決まりきっていた。紅子が自室に鏡を置きに戻ってから、今知った情報をベースに色々と話し合うのだ。


※10月4日投稿 この話に加筆投稿予定はありません。
次話は、8月27日-粟倉 葉(自宅)、28日-高木 渉(警察病院)、29日-佐藤 美和子(警視庁)、30日-『自分』(召喚者の屋敷)
計4つのシーンを1話に入れる予定です。1シーンあたりの文章量は少なめになると思います。

今回の話は、解説した方が良さそうな情報が多くなりました。

魔力の光について:
紅子は赤、『サキュバス』と融合後の『彼女』は青。最初からこの小説内では統一している設定です。
作中登場した魔術がどちらの魔術なのか、実はこれで判別可能にしています。

東都大学について:
原作で名前が登場している大学です。沖矢 昴さんがここの大学院工学部の学生だったり、群馬県警の諸伏警部が法学部を首席で卒業していたり。
雰囲気的に、作中世界では名門大の模様です。

粟倉 葉の弁護士登録について:
弁護士になるには、原則として司法試験に合格し、司法修習を受けなければいけません。
ただし、大学で法律学の教授等を5年以上勤めた者は、所定の手続きを踏めば弁護士になれます。粟倉教授はこの制度を使ったという裏設定です。
(平成16年3月末時点で大学助教授・教授の勤続5年以上→研修とか何も受けずに弁護士資格をゲット)
この制度では、大学教授以外にも弁護士に認定されるルートが有ります。興味がある方は「弁護士資格認定制度」で調べてみてください。

おまけ:
遠隔透視で報告書を覗き見するシーンで、粟倉 葉の経歴を書いたのですが、載せたらかなり間延びするので没にしました。
もったいないので以下に晒しておきます。
執筆に当たり、実際の東京大学法学部サイトの教員一覧ページを大いに参考にさせていただきました。大学院の学科名も東京大学が元ネタです。

【経歴:
 19××年 4月 東都大学法学部入学(※同年8月 群馬県谷川岳で遭難)
 19××+4年 東都大学法学部卒業、東都大学大学院法学政治学研究科修士課程入学
 (19××+5年 現在の夫と結婚)
 19××+6年 東都大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、東都大学大学院法学政治学研究科博士課程入学
 19××+10年 東都大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(博士(法学))
 19××+10年 東都大学大学院法学政治学研究科講師(専門分野は民法。以後同じ)
 19××+12年 東都大学大学院法学政治学研究科助教授
 (19××+16年 夫の甥と養子縁組)
 19××+22年 東都大学大学院法学政治学研究科教授
 20●●年 定年退職 東都大学名誉教授称号授与
 20●●年 弁護士登録(東京弁護士会所属、粟倉法律事務所)】



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-12
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:26
【拝啓  粟倉 葉先生
 初めてのお手紙が、不躾な形での送付となったことをお許し下さい
 正規の郵便のルートで送付するよりも、魔術で直に郵便受けに入れる方が、色々な面で良いと判断したのです

 最初に申し上げておきますが、こちらは、魔術的手法によって、先生が◆Moto/.Profさんだと特定しました
 ネットの掲示板での人物特定の推理が、正解を示していることもあるのですね

 今回、お手紙をお送りしたのは、「サキュバス」として、こちらの事情をお話ししたいと思ったからです

 私の生まれた家は、カルルバンの街で、料理屋を兼ねた宿屋を営んでいました
 父はその店を祖父から継いで主人をしていました。母は後妻で、嫁に来る前は魔術系の官吏だったと聞いています
 父と先妻の子である兄2人と、父方の親戚の子で、事情があってうちに引き取られた弟、男ばかりの兄弟の中、ただ1人女の子として育ちました
 当初、父も母も、私を、母と同じような官吏にしようとしており、私自身もその期待に沿って育っていました

 周りの環境が変になったのは、5年前の夏からです
 ある日、貝の食中毒事故で、当時泊まっていたお客さんも含めて、家が丸ごと全滅しかけました
 この時、母と次兄と弟が死亡し、父と長兄と私は生き延びました

 元々そこそこ大きい宿屋だったのですが、この事故で家の商売が一気に傾きました
 ハタから見ても無理になりつつあったのに、父と長兄は、5年間、家の商売と、私を官吏にするための教育とを、両方維持しようとしていました
 私の魔術の師匠は、私が望み通り就職する可能性が高いことを見越して、学費をタダに近い額に減免してくれました
 (就職の可能性だけでなく、私が、師匠の息子さんと同い年で、身体を交わす程度には親密だったのもあったのでしょう)

 そんな状況下で、今年の春先、魔石の湧出地の管理者だった母方の親戚と、その親族達の、不慮の事故死がありました 
 ご存知かも知れませんが、そんな場所の管理者は、女しか勤めることが出来ないため、女系で相続される世襲の職業です
 一度管理者になってしまえば、家族も、本人も、そこそこ安定した富豪になれますが、一度なったら、もはや一生辞めることができません

 管理者の地位を継ぐつもりであったろう、より相続順位の高い物達が、事故で全滅していました
 全く予想外のことでしたが、相続権は亡き母を経由して私に至り、私が相続権第1位に踊り出ることになったのです
 私は、生き方を縛るその相続を拒み、師匠の養子になってから、志望通り官吏になろうとしました
 あちらの法だと、相続2年後に他家の養子になった場合、最初から相続が無効になりますから

 そこからの経緯は、以前掲示板に書いた通りです
 父と長兄、それから父に金を貸していた父方の親族達が、血迷いました
 養子の手続きを妨害され、家の一室に監禁され、官吏になるという夢を叶えるどころか、父と交わることと、出産と、死を、強制されるようになったのです
 救いがたいことに、こんな企みに一番乗り気なのが父でした】

【監禁が長く続いたある日、父がニヤニヤしながら、師匠と息子さんの死を、私に告げてきたのを覚えています
 「何者かに殺された」そうです。「熟練の魔術師を誰かが雇って殺害したのでは」、「生意気な娘の心をへし折るために」と
 心は、狙い通りにはへし折れませんでした、逆に殺意が湧いたのでした

 こんな親殺して、私も死のうと思ったんです
 部屋に貼られた魔術封じを掻い潜る形で、師匠の元に置きっ放しだった長剣を手元に転移させて、父に斬りかかろうとして……
 剣を握った瞬間、私は、世界を超えた召喚者の魔術に巻き込まれました

 その後の経緯も、あの掲示板に書いた通りです
 召喚の瞬間に私の記憶を見た召喚者は、私のあるじになり、当時も、今も、私を生かすことに全力を尽くそうとしています
 自分の生のために誰かを犠牲にするしかない、他者を犠牲にするのが嫌なら死ぬしかない、そんな選択肢を何度もこの世界から突き付けられました

 誰かに死を強要されるのはどうしても嫌なのです、また、無責任に法の遵守を求められるのも、同じくらいに嫌なのです
 どちらも、受け入れた瞬間に、遅かれ早かれ私の死が確定してしまう
 そんな風に死ぬよりは、この世界での生存を掴み取りたい

 私達の魔術を妨害する者は、(たとえ粟倉先生であっても)きっと許せないと思います
 特に今の時期は、先生がお持ちであろう魔術の知識自体が、かなりデリケートな問題となっています
 事件がある程度落ち着くまで、世間に先生の事は公表せず、警察への協力は一切拒絶して頂くようお願いします
 そういった事が大丈夫になったら、こちらからまたお手紙を出します

 最後にお尋ねします
 粟倉先生が谷川岳で遭難して助け出された直後は、どんな事を考えたのですか?
 どんな経緯があって、どんな葛藤や迷いの末に、学者さんというその生き方を決めたのですか?
 いつか、私が平穏な生活を手に入れた時、じっくりお話しできれば嬉しいです

 Succubus Vain Reune Karuruban

 追伸
 この手紙は素手で触ると砂になって崩れるようになっています
 コピーを取ったりした場合も砂になってしまうようです
 また、何もしなくても3日経てば砂になる仕組みです

 フィルム式のカメラで写真を撮るのは大丈夫のようです(手紙が砂になっても写真は残ります)
 ですが、正直な話、お店に現像を丸投げしてもらいたくはありません】

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 8月27日 午前11時35分 賢橋町 リブラ賢橋(マンション) 807号室

便箋に綴られていた『サキュバス』の文章を読んで、粟倉 葉は、まずフィルム式カメラを購入するために写真店に走った。
無論、手紙の情報を3日後以降にも残すためだ。
有り難い話だが、デジタルカメラや携帯端末のカメラ機能が充実したこのご時世でも、使い捨てカメラの販売は続いている。
店頭に置かれていた4種類全部を1個ずつ購入し、家に持ち帰った。全て便箋の写真撮影に使い切るつもりだった。

パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ……

こたつ用の机に便箋と、その便箋が入っていた封筒を安置。ついでに、サイズが分かるようにきちんと縦横に定規を添えてから、早速、それぞれの写真撮影を始める。
被写体には一切手を振れず、ただ撮影に使うカメラの高さだけを変えて、幾度もシャッターを切る。
一部なり大半なりがピンボケするとしても、どれかの写真が記録として使える物になるだろう。

ファインダー越しに、葉は改めて封筒の文面を見る。
あえて「あの世界の文字」で【Da Kaseruneta(巫女さまへ)】と書き、その横に日本語で【中の文章は素手で開けないでください】と書かれていた封筒。
学部生の頃から自分の人格の事情を知っている唯一の存命者、……すなわち葉の夫が見守る中、手袋を着けた手で封を開けた。出てきたのは、ひどく重い内容が書かれた灰色っぽい便箋だ。

本当に『サキュバス』からの手紙か、厳密な確定はできないが、異世界出身者が送ってきたのは間違いないだろう。
封筒にあの世界の文字が書けるという事は、つまりそういう事だ。

書かれた内容を分析する前に、葉はカメラの購入に走った。夫は、レンタル現像室(お金を払えば現像機が使えるらしい)をネットで探し出して、予約を入れてくれた。
明日の午前中に、葉が自分で現像してしまう手筈だ。それでお店に現像を丸投げしてほしくない、という『サキュバス』の要求はクリアする。
きっと『サキュバス』が恐れているのは、現像を任せたお店から、警察に手紙の情報が漏れる事態だろうから。

手紙の内容がどこまで正しいのか、自分達夫婦には判断はつかない。
『サキュバス』と、その記憶を覗いたという召喚者の記憶の中にしか、この便箋に書かれた情報の真偽は分からない。
但し、自分達がもし警察に接触した場合、その途端、『サキュバス』からはとても強い憎悪が向いてくるだろう。……そういうことだけは、確実に分かる。

そしてもう1つ、確定的に分かっていること。
あの世界からこの世界に渡ってきた、今のところ唯一の先例として、粟倉 葉は、いつの日か『サキュバス』に語る言葉を用意せねばならない。
『サキュバス』に求められた通り、葉がどんな人生を送ってきたのかを語れるように。

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 8月28日 東都警察病院 608号室 午前10時26分

――俺の病気、治るんだろうか……。

病院都合の個室生活は1晩しか続かず、25日朝以降の病室となっている4人部屋にて。
ベッドにうつ伏せの高木 渉は、意味のないボヤキを心の中で呟いた。
肝炎だと診断を受けて以来、数え切れないほど考え、頭の中でグルグル廻っている心配事。
深く考えてもどうしようもないと分かっているのだけれど、特段の刺激も無い入院生活だ。病気のせいで気落ちしているのも有るのだろう、どうしても思考は暗くなる。

25日から、食欲が落ちたので輸液を受け始めた。26日、朝起きたら黄疸が出ていて、抗ウィルス錠を1日1回朝食後に摂ることになった。
きのう、主治医は、確率は高くは無いけれど、症状の進行次第ではICU(集中治療室)に移動するかもしれない、と言っていた。
わざわざそんな高くない確率のケースに言及したのは、服薬の甲斐なく血液検査の数値が悪くなっているからだろう。

成人のB型急性肝炎は、9割くらいの患者は絶対安静で自然治癒する病気。
とはいえ、ごくまれに悪化して、劇症肝炎に移行してしまう場合がある。こうなった時の死亡率は6~7割ほどで、肝臓移植での救命が検討されるほどだ。
……死ぬのも嫌だし、臓器移植でも、元通りの職場復帰はほぼ不可能になるだろうとイメージが湧く。出来れば、そこまで行きつく前に治って欲しいものだ。

不意に尿意を覚えた。
ベッドから立ち上がる。スリッパを履いて、病室内のトイレに向かう。トイレのドアは病室の出入り口のすぐ傍だ。

ドンッ「あっ、すいません!」「いえ、こちらこそ」

こちらがドアを横に引いたタイミングで、ちょうど中年の女性看護師が出現、軽く衝突。相手が謝ってきて、お互い様だから自分も謝る。
看護師とすれ違う形でドアを跨ぎ、見えた風景は……、病院の廊下。

「あれ? トイレじゃない」

自分の呟きを、看護師は聞き逃さなかった。

「高木さん、トイレのドアを開けたつもりだったんですか?」「はい」

落ち着いた声の問いかけに、ただ頷く。何を訊かれたのかよく分からないけれど、とりあえず頷く。
看護師は少し考えて、更に自分に追加の質問。

「ここがどこか分かりますか?」

簡単な質問だ。それは分かる。

「病院の、えっと、」「病院の? どこですか?」

言葉が出てこない、――今ここに居る部屋は、えっと、病院の、何と言うんだったか……、ええっと、表す言葉は、

「病院の、ロビー?」

目の前の白衣の女性は、少し険しい表情で自分に向き合った。
こちらの腰に緩く手を回して支えるようにしてから、部屋のベッドをもう片方の手で指して誘導する。

「トイレはちょっと待って下さいね、ベッドにまず座りましょう。座ってから、先生を呼びますから」「……はぁ」


成人のB型急性肝炎のうち特に重症のものを、劇症肝炎と呼ぶ。急性肝炎自体は安静にした場合9割の患者は治る病気であるが、ごくまれに劇症肝炎に移行する患者も居る。
この劇症肝炎の患者に共通するのが、重い肝炎から引き起こされる脳症、つまり肝性脳症だ。
劇症肝炎という病名の定義の内に、「肝性脳症を引き起こしていること」が含まれているのだから、逆説的に、劇症肝炎の患者は全て脳症を発症していることになる。

看護師は高木 渉の言動を受けて肝性脳症を疑い、誘導してベッドに座らせて、医師を呼んだ。
その処置は正解だった。医師が来たのとほぼ同じタイミングで、高木の意識が無くなったのだ。

以後、高木 渉は、この病室ではなく、病院のICU(集中治療室)にて治療を受けることになる。
血液検査の結果と脳症の所見に鑑みて、新たに劇症肝炎の診断名が付けられた。
ICUという、素人にもハッキリ分かる戦場で、死に抗うための戦いが始まった。

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 8月29日 警視庁 会議室 午前10時52分

臨時の刑事部長室に転用されている部屋ではなく、……変な言い回しになるが、正真正銘の会議室で、会議をするために、佐藤 美和子は椅子に座っていた。
この会議室は、『サキュバス事件』の捜査本部が普段から押さえている部屋で、美和子がこの会議室に呼ばれているのは、31日の打ち合わせのためだ。

11時からの会議が始まる前に、机の上に目を落とす。
【秘密厳守】が右上に大きく書かれた資料は、これまでの経緯のまとめ。会議が終われば回収するとも書いてある。
美和子の目から見ても、要点がよくまとまっている資料だ。

そもそものきっかけは、17日に、美和子の元に『彼女』から手紙が来たことだ。
手紙の内容は、高木君と自分の肝炎感染を指摘するもの。
この手紙を捜査本部に報告した場合、あとで自分達カップルに仕事が振ってくるかもしれないとも書かれていた。

次に20日、小嶋 元太くんの誘拐事件で、『彼女』からの手紙が残された。
該当する要求部分の要約は、8月31日に、これから必要になる分の元太くんの勉強道具一式を、引き渡せ、というもの。
受け渡し日時は、その日の正午以降、日没までの間。場所は、東都警察病院の703号室のトイレの中。
17日に手紙を送ったカップル(すなわち高木君か自分のどちらか)が、勉強道具一式入りのリュックサックを抱えて、トイレの中でドアに背を向けて立っておくよう、要求された。

次にこの件絡みの手紙が来たのが、24日。
何故か『彼女』は、17日の手紙が捜査本部に渡った事と、高木君の体調不良を知っていた。その上で31日の要求は自分にお願いすると記載。
また、魔力を持つ者の勘として、高木君が生死の境をさまようことになりそうだとも書いていた。

――今更だけど、自分達で肝炎をうつし合ったのを知られるのはとんだセクハラね。本っ当に今更だけど。

唯一の救いは、会議出席者が既に経緯を把握しきっている者ばかりで、今更この件を突っ込んで来るような人は居ない事。
不安事項は、上層部にまで肝炎感染の事実を知られたのに、未だ何の処罰を受けていない事。『彼女』の事件が流動的で処罰できないのだろうけど、少々不気味。
……それと何よりの不安が、高木君の容態。劇症肝炎のため、彼は昨日から集中治療室で治療中だ。『彼女』の予言通りに生死の狭間に居る。

高木君が明らかに職務不能なのだから、美和子が、『彼女』の要求通りに動くしかない。
『彼女』の要求通りの31日に、要求通りの場所に立つ、――それが上層部の判断だ。最早動きようのない決定事項だ。
警視庁ですらない、より上の、警察庁の判断。『彼女』であれ召喚者であれ、得体の知れない、文字通り“魔力”を持つ者を敵に回せないという、とても嫌な判断。

今日この打ち合わせは、8月31日のその日、その時、美和子を含めた捜査本部の者がどう動くのか、すり合わせる事が目的だ。

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 8月30日 午前10時26分 召喚者の屋敷 地下大広間

【高木の状況について:
 高木の容態は、かなり際どい状況。『彼女』の手紙通り、生死の境を彷徨っている
 鳥取から来た母親が、毎日、面会時間に通い詰めている
 高木の母親から佐藤に連絡有り、高木に万一のことがあった場合は、佐藤も病床に呼ぶとのこと
 高木本人が、意識があった頃に、母親に「万が一の時、佐藤さんに看取ってもらえるならそれに越したことはない」と言っていたらしい】

あるじが居ない大広間にて、『自分』ひとりで、手袋を着けた手でキーボードを叩く。いつも打ち合わせ用に使っている古いノートPCに、文章を打ち込んでいく。
根拠のない妄想を記録しているのでは無かった。『自分』が今行っている作業は、収集した情報の、言うなれば、翻訳と記録。

魔術用の特殊印画紙、――素手で触ると砂になってしまう、警察宛ての手紙に多用している紙だ――に、記された文字列。
それを傍らに置いて、日本語に訳しながら、PCにタイピングするという作業。

【病院からは、むしろ危篤では無い状況でも、本人が看取りを希望されてたくらいに親密な方ならば、と、危篤時でない場合でも面会の許可が出た
 佐藤にとっては嬉しい措置だが、ICUは面会時間の制限が厳しいので、仕事の兼ね合いがあり、しょっちゅう面会に出向くのは当然困難
 『彼女』の手紙は高木の生死を明言していなかった
 この状況では、ただ生還を願うしかない】

――刑事部長の立場ではそういう事しかできないでしょうねぇ……。主治医じゃないんだから。

日本語の文字列を打ち込みつつ、内容に思い切り納得して無言で首を縦に振る。

印画紙に記された情報は、小田切 敏郎刑事部長の頭の中から持って来た物だ。
一度目は失敗した淫夢の符での情報収集は、二度目の挑戦では大成功に終わった。

今から30分ほど前のことになる。
解析の陣のど真ん中に回収した符を置いて、あるじが魔力を流し情報を抽出していく作業を、『自分』は小さく歓喜の声を上げながら見入ったのだった。
情報は文章の形で出る。鍋の中からラーメン1本引き出すのと同じ要領で、赤い光の渦から文字列を箸で摘まんで引き出し、印画紙に張り付けていく過程。

【31日の件 現場準備について:
 指定された病室は28日夕から空けてもらっている
 29日朝より病院職員は立ち入り禁止措置、ドアには立ち入り禁止の紙を貼った】

全ての情報を引き出した時、印画紙には、行末以外は無改行の、ひどく細かい「あの世界」の文字が並んでいた。
元から織り込み済のことだ。
符も、解析の陣も、創り上げたのは『サキュバス』の知識。ならばそれで得た情報は、「サキュバスの故郷」での形で出る。

この印画紙自体が3日経てば砂になる代物だ。得た情報を忘れたくないから、どこか別の場所に記録として取っておく。
記録するならば、読みにくさまでもわざわざ一緒にする必要は無い。言語を翻訳し、適宜改行を入れて、読みやすい形にすればいい。

【病室・トイレとも盗聴器・マイク等各種機器を29日昼に設置済
 30日より隣の病室も同様に空にしてもらう、捜査員は当日そちらに待機】

――それにしても読みにくいなぁ、この解析結果……

手袋越しに一旦印画紙を撫でて、一息。
魔力を使わない仕事は『自分』が行うべきだ。今、あるじが明日の準備で忙しく動き回っているのだから、なおさら『自分』が行うべき仕事。
この翻訳作業の分担に一切不満は無いけれど、解析の読みにくさは改善の余地があるかもしれない。出力の改善方法を考えるのも、当然『自分』のやることだ。

【31日の件 相手の行動:
 相手が何をしてくるのか、佐藤の誘拐を考えているのではという嫌疑あり
 人を巻き込んでのテレポートが使える相手
 佐藤を巻き込んで遠距離に行くのでは? 佐藤に危害は加えられないか?
 毛利 蘭の人の善さに期待しすぎるのは危険、警察庁の指示を押し切ってでも、佐藤を指定の場所に立たせるのは止めるべきではなかったか?】

――さすが警察、中々ドンピシャな推理するのねぇ……

思いはしても、声としては呟かない。隣室に聞こえる。
『自分』がすべきことは、ただ作業をこなすこと。あるじの帰りを待つこと。
明日についての本題、【31日の件 実際の対処】に進む。様々な思考は浮かんでも、手は止めずに、ひたすら翻訳を進めていく。


※10月10日 初出
 10月12日 シーン加筆&既出話の誤植を修正しました。3連休でも残り1シーン書き上げきれませんでした。少々お待ちください。
 10月15日 シーン加筆しました。本当にお待たせしました。これで完成です。

 粟倉 葉のシーンが予想外に大きくなりました。最初に思いついたシーンがしっくりこなくて、内容を変更し手紙をぶち込んだためです。
 なお、今後この小説で、『サキュバス』の実父以上のクズを登場させる予定はありません、と、明言しておきます。

 なお、劇症肝炎の脳症描写は、ネットで調べた知識をベースにした想像です。作者は医療従事者でも無ければ、実際に脳症の患者さんを見たことも有りません。
 変な箇所がありましたら、遠慮なく御指摘お願いします。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-13
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:26
 8月31日 午前8時32分 東都警察病院 3階 廊下

東都警察病院は、1階と2階が、外来と色んな検査室。3階が集中治療室。4階には機械室とか守衛控室とか、患者が使わない部屋群。
5階から上は普通の病棟で、最上階の7階には、見張りに警官が立つような訳有りの患者が優先で割り振られる。
……細分化すれば、どの階に何があると詳しく言えるのかも知れないけれど、佐藤 美和子本人の認識は、大まかにそんな感じだ。

今日は、警視庁への出勤ではなく、病院へ直に出勤することが許されていた。
昼から美和子は703号室のトイレに立つのだけど、そのずっと前から隣の705号室で諸々の打ち合わせを行う。
まだ一般外来を受け付ける前の時間だから、病院に入る時は、表玄関からではなく、目立たない場所にある関係者用出入り口から。もちろん病院側に事前に話は通している。

普通にエレベーターで7階まで昇ればいいものを、3階まで敢えて階段を使って、そこから廊下に出たのは、……きっと、許されるはず。
まだ出勤しなきゃいけない時間の前だし、病院内をうろつくわけじゃないし、7階まで階段で歩き通せば「何となく歩きたくなって」という言い訳が効くし。うん。

美和子の前方15m位先のドアには、“ICU(集中治療室) 関係者以外立ち入り禁止”の大きな表記がある。
見舞客向けのICUの出入り口は別にある。おそらく病院スタッフ用のこのドアは、一般向けの案内表記は一切無くて、美和子から見てすごく簡素だ。
ドアの向こうがどうなっているのか、美和子からはもちろん全く伺えない。
けれど、大事な後輩が、チューブだらけの身体になってでも、あの部屋で重大な病と闘っているのは、間違いのない事実。

昨晩、彼のお母さんから電話で聞いた愚痴によると、劇症肝炎のうち急性型のもので、この病気自体、現在の医療では生存する確率が50%ほど。
特にずっと意識のない彼の今の状況は、かなり悪い部類に入る。いつ死んでもおかしくないし、生存した場合でも脳に後遺症が残るおそれがある。

肝臓移植を行えば、生存の確率は大きく上がる。逆に言えば、生存の確率を大きく上げるような方法は、肝臓移植くらいしかない。
が、御家族の中で肝臓を提供できる者は居なかった。志願した方々全員が医学的な理由でハネられたらしい。
脳死移植に望みを掛けて、登録を行い待機中。……だが良く知られているように、日本では臓器の提供者が少ない割に希望者がかなり多く、移植を受ける前に亡くなる患者が大半。

「……行って来ます、高木くん」

――どうか、死なないで。……とは、言わなかった。言えなかった。
きのう初めてあの部屋にお見舞いに行った時もそうだった。手を握って色んなことを言ったが、その時も、「死なないで」とは言えなかった。
口に出した途端、却って生命が危うくなってしまいそうな気がして。
この場でも、あえて、行って来ます、とだけ。

こんな時間に、こんな場所。呟くような言葉は誰にも聞こえはしない。
どう考えても自己満足だけど、美和子自身のケジメとして、懸命に生きようとしている彼に向けたこういう挨拶は、どうしても必要な気がした。

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 午後12時10分 神奈川県 某所

使われなくなって大分経った山奥の廃校舎の、元々教室だった部屋。
そこが、小泉 紅子が今1人で居る場所だった。無論、仮面とローブを身に纏った召喚者の装束だ。
ローブの中の身体は、上は帽子から下のブーツまで、毛一本落とさないような厳重装備。仮面の上には目を見られないようにミラーシェードまで着けている。
何しろ、今日、……警察の者と直に接触するのだから。

埃っぽい床の上で、魔術陣を描いた布が赤く光る。紅子の魔力で陣の中央に浮かび上がった鏡は、接触対象の現在の姿を映し出している。
天井から俯瞰するような目線で映し出される、警察病院の個室の中の、洋式トイレの風景。
物々しい機械類がわんさか設置されている空間の中。たった1人ドアにもたれかかる形で、スーツ姿の女性が、男の子向けのリュックサックを抱えて立っていた。

指定通りに小嶋 元太の勉強道具入りリュックを抱えた、佐藤 美和子警部補。
紅子が魔術で盗み見た打ち合わせの記録によると、バッヂも、拳銃も、警察手帳も、何一つ不所持。
隣の部屋の捜査員とのやり取り用にイヤホンマイクを着けているが、手に持っているのはリュックだけ。“盗られたら困る物は身に着けるな”という、こちらの勧めに従った結果だ。

これで彼女が用足しでも始めれば、ある意味すごいモノが見えることになる。が、この場所に限っては有り得ないだろう。
カメラやマイク等諸々の観測結果はリアルタイムで隣室に情報が飛んでいて、ここで用を足すという本来の用途はハナから放棄されている。
打ち合わせ記録によると、警部補本人がおむつ着用とかどうとか。下手すれば日没まで立ちっ放しになる仕事なのだから、至極順当な判断だ。

――12時10分になりました。変わりありませんか?
――今のところ問題ありません。

11時40分からトイレに入り、以後10分おきの定時連絡の声が、こちらにも届いた。
この遠隔透視の魔術の利点は、設定次第では、現地の風景だけでなく音も聴こえるように出来ること。もちろん、その分余計に魔力は掛かるが。
そしてそれにも増してなお重要な利点は、……機械が掴めないような力の存在を、うっすらとでも可視化してくれること。

鏡を視界の隅に入れる程度に離れて、自分の屋敷から持参した長杖を構える。
杖に魔力を流し、転移の魔術を創り上げていく。
対象がどこで何をしているのかは鏡で見えている。転移の基準になるような符は現地に仕込んでないが、鏡で様子が見える分、魔術の行使はまだ容易い。
転移の範囲は警部補中心にやや広め、トイレの一部を巻き込むとしても、狭すぎて本人の身体が切断されるよりマシだ。

転移できる範囲を確定させて、杖を一振り。
現地の機械を出来るだけぶちのめすような魔力光を強く念じつつ、昏睡を込めた転移の魔術を、思いっ切り作動させた。

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午後12時11分、佐藤 美和子警部補は、抱えていた荷物ごとトイレから消えた。
警察がトイレに据え付けていたマイクやカメラは、彼女が消えると同時に一斉に壊れていた。

隣の部屋から駆けつけた刑事達は、本人が立っていたはずの場所が、空間丸ごとえぐれたようになった現場を、ただ呆然と見つめる羽目になった。

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 午後12時25分 神奈川県 某所

後ろに回された手首が、普段感じないような感覚を訴えていた。硬めの金属っぽい、何か鎖らしいもので強めに締め付けられ、動きが妨げられる感じ。

「ぅ……」

呻きながら、佐藤 美和子は目を開く。
視界に飛び込んできたのは、薄汚い、木目の、床。
自分はどうやら、うつ伏せに寝転がっているらしかった。手首と、それから両脚の膝から下も、鎖か何かでぐるぐるに縛り付けられている状況で。

視線を上げる。
目の前約30cm前方に置いてあるのは、パソコンのディスプレイ、……ではなく、タブレットっぽい。専用のスタンドか何かで立てかけた、タブレット。
職場で使っているのと同じOSの画面は、メモ帳が全開状態の表示で、ただ【この文字を読んだら声を出して】の文字がある。

内容を理解して、指示通りに声を出すよりも、周囲を良く調べたいという欲求が勝った。

タブレットにはケーブルがくっ付いている。ケーブルが繋がっている先は、更に2mほど前方の床の、ノートパソコン。
ゲームの中の魔術師みたいな、濃紺のローブを纏った『誰か』が、そのノートパソコンの画面を見下ろす形で床に座っている。
黒い仮面とサングラスを着けた、『誰か』。見る限り両手は手袋装備、足は黒いブーツ。元の肌の色は全く分からない。

その『誰か』の後ろは壁だ。教室のような、……実質、教室なのだろう、大きな黒板があるだけの壁。他には誰も居ない。
この床の埃具合から考えて、ここはどこかの廃校舎の一教室なのだろうか。

ようやく、直前の記憶を思い出していた。
警察病院のあの病室のトイレに立っていた。突然視界が真っ赤になって、考える間もなく意識が飛んだんだった。
『彼女』達が自分を誘拐するのではないかという推測が、捜査本部では強く主張されていた。その予測が正解だったのだのだろう。
『犯人』の転移魔術でここに連れて来られて、手足を縛られて、……タブレット画面右下の日時の表示を信用するなら、15分ほど眠っていた後、今に至る、と。

目の前のローブ姿の『彼女』、――いや、この人が『彼女』とは考えにくい。
『彼女』は『毛利 蘭』の身体。顔も、指紋も、毛髪も、警察は最初っからばっちりデータを把握済み。今更、あえて身体を隠す必要性がどこにあるのだろう?
だから、目の前に居るのは『彼女』ではなく、美和子の知識で当てはまる者を充てるとすれば、それは。

「あなたは、召喚者さん?」

仮面の下から声は出ない。ノートパソコンのキーボードを叩く音と、それに合わせてタブレットの画面に文字列が加わっていくだけ。

【いかにも。私が召喚者だ】

なるほど。ノートパソコンでメモ帳を開いて文字を打ち込んでいて、その画面がそのままタブレットに映っている、ということなのか。
特別なソフトウェアが要るのかどうかまでは分からないけれど、設定を工夫すればそういうことは出来るのだろう。
美和子が喋って、この召喚者がメモ帳の表示で応えれば、一方が声を出さない形でやり取りは成り立つ。

【最初に言っておく
 このノートパソコンも、タブレットも、ケーブルも、この校舎を管理している役所からの盗品だ
 後で警察から役所に返却しておいてほしい】

――窃盗か。
これで『彼女』達の犯罪が1個追加。ツッコみたい気持ちが湧き上がっても、言葉としての追及は抑えた。現在の状況で相手を刺激したら危険だ。
ここは、“校舎”。役所に管理されているということは公立の学校だろう。そもそも、この場所は都内なのだろうか?

「分かったけど、……ここってどこなの? 東京都?」

【神奈川県内のどこか、とだけ言っておく。ここは、だいぶ前に廃校になった市町村立の小学校の、校舎だ
 過疎地だが、近隣には一応民家がある。最終的には貴女を解放することになるから、その時はどっかの家で警察を呼んでもらえばいいだろう】

タイピングの速度は途切れない。1行改行して、饒舌に喋るように、画面の文章が増えていく。

【警察の者と直にやり取りしたいことがあるから、こうやって貴女を誘拐したんだ
 後で貴女を解放するつもりだからこそ、必然的に、私の容姿を徹底的に隠しているのだと捉えてほしい
 貴女の口からダイレクトに捜査本部に情報が行くと分かっているのに、わざわざ個人を特定される手掛かりを残すはず無いだろう?】

――本当だろうか?
真意は分からないけれど、この場ではその主張を信じるしかないのも事実。美和子から見て、目の前の者の姿は全く掴めない。内容のつじつまは合っている。
自身の生還を前提に、とにかく有益な情報を引き出すしかない。
相手側に会話を成立させる意思はある。では、警察の者として、真っ先に聞き取るべきことは……。

「何を話したいのか分からないけれど、何か話す前に、まずこちらから何点か質問させて。
 小嶋 元太くんは無事なの? 私と会わせたりすることは出来ない?」

即答が返ってきた。

【あの子は無事だ
 今ここに居るわけでは無いし、連れて来ることも出来ないが、今は病気も無く生きている】

「一目で良いから様子を見せてもらうというのも、駄目?」

念押しの懇願に、更なる即答。

【無理だな
 あの子を返す時は、サキュバスの問題が、どんな形であれ決着した時だけだ。途中で誰かに会わせることは無い
 返ってきた時生きているかどうかは、保証できないがな】

最後の一文に、酷い言葉がくっ付いてきた。
元太くんは、人質を兼ねた魔術の素材だと、誘拐当初に『彼女』が手紙で明言していること。あの子が遺体で返ってくる状況が有り得る。分かっていても想像したくない。

もう1つ、元太に関する問いをぶつける。誘拐された場合、必ず訊くことになっていた内容。

「じゃあ、捜査本部の者として提案なんだけど、……こちらの捜査員が、誰か、元太くんの身代わりとして、元太くんと引き換えに人質になれないかしら?」


※10月18日 初出
 10月19日 シーン加筆&既出話を少々加筆しました。
 10月24日 シーン加筆しました。
 会話が長くなったのでいったん切ります。次の話はたぶん1話まるごと佐藤刑事+召喚者のシーンの続きです。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-14
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:26
 午後12時42分 神奈川県 某所

紅子は、ノートパソコンから視線を上げて、目の前の床に転がる女性警部補を見やった。
こちらが誘拐したあの少年の無事を確認する質問と、警察の職員が身代わりになれないかという提案。どちらも、予想通りの内容。
捜査本部の情報を盗み見ていたから、早い段階で必ず訊かれるだろうと確信していた。

どう答えるか、もちろん『あの子』と合議して事前に決めている。身代わりの提案に対しては、ワンクッション置くということも。
あたかも初耳の提案であるように、提案責任者の所在を探るように問い掛けるのだ。こちらが警察側の情報を詳細に盗んでいる事を、悟られないために。

【念のため確認したい。その提案は、貴女の独断ではないのだな?
 警察庁と警視庁、どこまでのお偉いさんがこの提案を承知しているんだ? 貴女が答えられる範囲で良いから教えてくれ】

さてさて、どんな答えが来るだろうか。
黙り込んだり、独断だと答えたりするならば、貴女ひとりの考えには答えられない、と文を打って終わり。しかし、そんな流れになる確率は低いだろう。
元太の誘拐から今日まで、約10日あった。警視庁の捜査本部が組織内協議に当てる時間は十分にあったはずで、独断だと言い切るのはかなり不自然だ。

警部補はしばらく思考する。やがてその口から出たのは、割と素直な答え。

「警視庁だと、少なくとも捜査本部のトップは、……警視庁の刑事部長になるんだけど、この提案を貴方に言うことを承知しているはずよ。捜査本部での会議で、本人が話題に出していたもの。
 警察庁は、この提案にOKが出たって話だけは、もっと階級が下の、別の上司から聞いたわ。私が実際に警察庁の人に会った訳では無いけれど」

【なるほど、では警察の、組織としての提案なのだな】

魔術で盗み見た情報と照らし合わせても、矛盾は無い。
嘘ではないらしい言葉に対して、更に紅子は念押しの文章を打つ。佐藤警部補は無言で頷きを返してきた。
……十分に間を置いて、答えを打ち込んだ。前もって決めていた答えだが、この場で思考をまとめ上げて、考えながら書くように見せかける。

【その提案は却下だ、2つの理由で
 まず1つ目、人質としての価値の問題
 民間人の子どもと、死ぬ覚悟を半ば決めた警察官
 果たして、警察という組織が、心情的に見殺しにしても良いと考えるような人質は、果たしてどちらだ?

 2つ目の理由は、サキュバスの価値観の問題
 あの子は、出身地の文化的に、官尊民卑な価値観が多少ある。役人を殺すことに対しては、特に強烈な嫌悪がある
 警察官だって役人の一種。最初の坂田被告の殺害だって、殺す相手が大阪府警の元警官だから若干渋っていたくらいなのに
 現職の警察官を殺害して魔術の素材にした段階で、毛利蘭だけでなくサキュバスの心も間違いなく折れるだろう
 それでは、わざわざ魔術を駆使して生き延びた意味が無い】

鍵になるのは2つ目の理由だ。ここから、『あの子』の経歴、価値観、目標、それら一切をこの場所で打ち明ける、そんな起点にする。

「……そうなの」

宗教とか嗜癖とか、その手の価値観の話題は、深く追及してケチをつけるものでもない。社会人としてその辺のマナーは弁(わきま)えているようだ。
わざわざ『サキュバス』の情報を明かしたこちらへの注目を隠さず、しかし言葉のリアクションとしては無難な一言だけ。
そんな警部補に、紅子は、追加の文字を打った。警察に対しては初めて知らせる情報を、更に開示するために。

【誤解はしないでほしいが、サキュバスは、殺人そのものを忌み嫌うという訳では無い
 そもそもあの子は、誰も殺さない生涯というものを、元から想定していなかったようだからな
 元の世界で元々志望していた職業が、新人の内に、誰かの生命に手を掛ける、そういう行為を必ずやらされる職だったと聞いている】

「ちょっと待って、それってどんな仕事なの?」

明らかにギョッとした問いが来る。想定通りのリアクションと、質問だ。
どんな仕事なのか直接には明かさない。ヒントをひとつ挟んで、説明はそれから。そういう風にした方が、こちらが言いたいことを理解させるのに適していると思う。

【ヒントだ
 今のこの国で、刑事事件の被疑者が逮捕されて、被告となり、判決を言い渡されるまで、その被告に関わる公務員を思いつくだけ挙げてみろ
 国家公務員と地方公務員の別を問わない】

「……警察官、検察官、裁判官、それと、刑務官。その条件でパッと思いつくのは、これくらい、だけど。
 サキュバスはそんな司法に関わる仕事を目指していたの? 誰かを手に掛けるということは、……刑務官?」

単に知識を問うだけの質問は、比較的答えやすかろう。警察官であるならば必ず知っているはずの内容の謎掛けは、特に。
そしてこのヒントは、こちらが指し示す職にも辿り着きやすい。
ひたすらにひたすらに長文を打つ。『あの子』との打ち合わせで、ここで明かしてしまおうと決めていた、過去の志望。

【実は刑務官に限らず、今貴女が言った職種、全てが正答例になる。あの子の出身地の刑事司法は、こちらの世界とは仕組みが違うから
 捜査で罪人を特定する事、罪人を捕まえる事、裁く事、罰する事、それら全部を同じ役所が一手に担っていたらしい
 流石に、行う仕事によって、役所内でも部署はそれぞれ分かれていたそうだが

 サキュバスが目指していたのは、その役所に勤める官吏。この国の裁判官以上に社会的地位が高いらしいぞ
 今は亡き実の母親は、結婚する前はそこの官吏だったそうだ。あの子は、母親が昔勤めていたのと同じ役所を目指していたことになるな
 もっと具体的な志望を言うと、捜査に携わる専門職。母親と同じ、分析系の魔術を駆使するスペシャリストになりたかったらしい
 人事異動の仕組みとして、専門職でもたまに専門外の部署に飛ばされる例があったそうで、だから、貴女が挙げた全職種が正解となるわけだ

 その役所は伝統的に、専門職だろうが何だろうが、新人官吏には、とにかく刑を執行する仕事を任せる慣例になっていた
 役所に入った新人の内、9割9分以上が、初任地でそれを任されるらしい
 身体刑と生命刑が中心、なおかつ厳罰主義、公開刑が原則の法体系の世界で、こちらと比較したイメージとしては、2~300年以上前の先進国だろうか
 さてと。ここまで説明すれば、元の世界で希望通りの官吏になっていたら、あの子がどんな形で誰を殺すことになっていたのか、分かるだろう?】

同じ世界同士でも文化の違いで価値観がかけ離れていることがあるのに、このケースでは正に世界が違う。
文化の差異そのものは貶(けな)せないが、貶すべきではないが、情報が佐藤警部補に与えた衝撃自体は隠せない。
やや引きつった顔の彼女は、言葉を選びながら、ドンピシャな正解を言い当てる。

「職務で、犯罪者の、公開刑が原則ってことは、公開処刑を、それを、新人の官吏にやらせる慣習だった……。『サキュバス』も、多分そうするはずだった。これで合ってる?
 うーん、その世界でそういう仕組みだったこと、それそのものにとやかく言うつもり無いけれど、……本当に、こことは丸っきり制度が違うのね」

【まさしく、その通り
 サキュバスの実母がかつて官吏としてそうしたように、あの子もそんな官吏になっていた可能性は、ひょっとしたら有ったんだ
 薄赤い仮面を顔に着けて、胸に役所の紋章を縫い付けた薄赤のローブを着て、広場の石畳で罪人相手に長剣を振りかざす官吏に
 もちろん、今更この職業に就く夢が叶えられるはずがないと、本人はちゃんと認識しているぞ。一応それは強調しておく】

新人は必ず公開処刑を任せるような役所があった、実母は昔そこに勤めていた。
情報を組み合わせた帰結として分かるのは、『サキュバス』の実母は公開処刑の処刑人の経験がある、という、実に反応に困る事実。

母と同じ職に就く、――今となっては実現する事のない、『あの子』の夢だ。この世界で叶わないのは当然、元の世界に戻っても叶えられまい。
相続で揉めたとか、恩師親子がとばっちりで殺害されたとか、そういう事情もあるが、それ以前の事として、……『実父の殺害未遂を起こした者』には、ハナから官吏になる資格が無い。
尊属殺と役人殺しは、『あの子』の故郷では極めて重い。未遂であっても、現地の年齢で16まで育った『あの子』であれば、広場の石畳で命を奪われる側になる確率がかなり高いという。

「……そうね。それは認識した状態じゃないと、うん、困るわ。
 ところで、召喚者さん。今あなたが書いた格好が、その世界の官吏の制服なら、……あなたも今は仮面とローブ着けてるわね、関係は有ったりする?」

――そこに気付いたか。
良い着目点だ、と、やや感心しつつ文字を連ねる。
服飾のことは、話の流れによっては教えても可、ということにしていた情報だ。紅子のこの装束には文化的に由来がある。

【こちらが、サキュバスの召喚後に、サキュバス側の世界の慣習に合わせるようになっただけだ
 貴女みたいに顔を覚えられたら不味い者が相手でも、顔かたちを隠せるから、ちょうど良いというのもあるが

 仮面とローブと杖と手袋が、あの子の世界の「魔術で身を立てている者」の標準的な装束。日本で例えるなら、江戸時代の武士の、袴や刀の二本差しと同じようなものだな
 仮面とローブには、所属によって色の決まりがあって、官吏は赤。どこにも属さない在野の者は、黒か紺か灰
 他にも文字通り色々な種類があるが、ここでは省略するぞ。どんな色でも共通の法則として、その色の濃さが上下関係を表す。偉いほど色が濃い、そうでなければ薄い】

「じゃあ、あなたと『サキュバス』では、ローブの色は別? あなたの方が濃くなる? 他の人達は?」

召喚者と『サキュバス』なら、召喚者の方が上。捜査本部で情報に触れる限り、自然に導かれる推理だろう。
これまで徹底して、召喚者として、『サキュバス』を庇護するような態度を取ってきた。上下関係が逆になるのは経緯からして考えにくい。
だが一見自然な質問のようでいて、ナチュラルにこちら側の人員構成まで探ろうとしている問い。意図を察しつつ、答える。

【ああ。私が元々持っていたローブは、たまたま薄い色は数が多くても、濃い物は数が少なかった
 あの子は薄い灰。私は、今着ているような濃紺か、黒か、濃灰。1人がずっと同じ1着を着続けるのは無理があるから、洗濯の都合で着回してる
 他に、こちらにどれほど人が居るかは、教えられないな】

「……ローブだけで最低5着でしょ。十分すぎるほど多いと思うわ、それって。何で、あなた、そんなにいくつもローブを持っていたの?」

実は慣習に合わない色のため最近使っていないローブが、まだこちらの屋敷にはたくさんあるのだが、それにはわざわざ言及しない。
正答は、――魔術を使う家の当主として、儀式用のローブは多いに越したことはないから、なのだけど。それも敢えて明かすものではないだろう。
ここで問いに答えることは、義務ではない。

【さぁ。その問いには答えられないな】

事前の想定通り、全く教えられないような問いが来たら、話題を変える。今回この警部補を誘拐してまで話したかった、本題に触れる。
改行を1個挟んで、ノートパソコンのキーを叩く。

【サキュバスの、故郷の話はここまでだ
 ここからは、直にここで話したかったテーマに移ろうか。相も変わらずサキュバス関係の話であるのは、一貫して変わらないがな】

これまで、食いつくように、ディスプレイとその後ろの紅子を見つめていた警部補の目が、ここでより一層ギラついた気がした。


※10月30日 初出
 10月31日 シーンを加筆しました。
 11月1日 シーン加筆&既存シーンを一部改訂しました。これで加筆は完了です。次話でも、紅子と佐藤刑事のやりとりが続きます。
 11月2日 誤字脱字・表記ズレ・分かりにくい表記等を修正しました。
 11月3日 既存話と矛盾する部分を発見したので修正しました。

用語補足(刑罰の分類について):
生命刑-生命を奪う刑罰、つまり死刑のこと。
身体刑-身体を痛めつける刑罰のこと。現在の日本では制度として存在しません。一部の外国では、むち打ち刑等が制定されている場合があります。
なお、この話では登場しませんが、他の概念として、自由刑(刑事施設に拘禁して移動の自由を奪う)、財産刑(財産を奪う)、名誉刑(名誉・身分を奪う)などがあります。

現在の日本の刑法では、生命刑(死刑)、自由刑(懲役・禁錮・拘留)、財産刑(罰金・科料・没収)のみが定められています。
身体刑は憲法36条違反となるため、どんな法にも一切存在しません。
名誉刑は刑法にはありません。が、公職選挙法等にある、公民権の停止や剥奪を、これに分類する場合があるそうです。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-15
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:27
 午後12時59分 神奈川県 某所

【サキュバスの、故郷の話はここまでだ
 ここからは、直にここで話したかったテーマに移ろうか。相も変わらずサキュバス関係の話であるのは、一貫して変わらないがな
 これは、貴女を魔術でここに連れて来た理由の説明でもある。複数あるが、重要じゃない理由ほどまず先に書くぞ】

床の上で縛られている美和子の目前、タブレットの画面にそんな前置きの文字が連なる。
重要じゃない理由が先、重要な理由が後。
こちらが理解して大きく頷いたら、前方ノートパソコンのタイピングの音と一緒に、メモ帳上の文字が続いた。

【理由1点目。貴女達の性病のうつし合いをサキュバスは見抜いた訳だが、そのカップルが、私の目にはどのように見えるか確認したかったから
 まさか、彼氏の方が、体調不良どころか生死が危ぶまれるほど深刻な容態になるとは予想していなかったが
 この目的は、貴女をここに連れて来た段階で叶っているな。今の私の目には、貴女も、あと半日経たずにB型肝炎を発症しそうに見える】

最初に書いたということは、重要度が一番低い理由のはず。
なのに、しれっと書かれた情報の意味は、美和子にとって重要でないはずがない。
こちらの硬直を、召喚者はどう取ったのか。思考がフリーズしていてもお構いなしに、次の一言が映し出される。

【この見立てが気になるのなら、ここから解放された後に医者に泣きついて入院させてもらえば良い
 ま、貴女が希望せずとも、転移魔術の後遺症調査で半強制入院になると思うが
 病院で半日経てば私の判断が間違いかどうか分かるだろう】

魔術は、ヒトの病の感染をどれほど見抜くのだろうか。召喚者は、『サキュバス』は、各々ヒトの身体をどれほどまでに見抜くのだろう?
『サキュバス』は、他人の直近の性行為の情報を見抜くと打ち明けていた。では、召喚者もそうなのか。同じ魔術なのか、あるいは別の分析の魔術なのか。
それ以前の話として、――今書かれたことは果たして正しいのか。

「……。ええ、そうなるしかないわね」

渦巻く疑問を、一旦飲み下す。
魔術関係の質問は、問うても答えてくれない予感が強かった。魔力という力自体が、召喚者達の最大かつ唯一の武器なのだ。
問うこと自体、相手の気分を害して話が止まる恐れがある。わざわざベラベラ喋ってくれている時に、ぶつけるような質問ではない。

今書かれた内容の真偽を検証するなら、書かれた通りに半日待ってみるしかない。それだけしか対応法がない話。それで、落着しておくべき話だ。
心の中でだけ深く息を吐いて、改めて気を張り直す。複数ある理由の、最初の物を明かされた段階で、相手のペースに飲まれてはいけない。
こちらが顔を上げたタイミングに合わせるように、画面の文字は、次なる理由の説明に増えていく。

【2点目。これは貴女の誘拐というよりも、むしろ、元太少年の勉強道具一式を望んだ理由だが
 私達は、本当にギリギリになるまでは、あの子を生きて帰すことを前提に動きたい

 公園に残した手紙に書いた通り、サキュバスの身体の状況を勘案すると、2学期中には、サキュバスの身体の問題にどうにかケリを付けないとマズい状況だ
 逆に言えば、2学期中丸々監禁した後で解放という流れになる可能性だってある。その間、何も勉強させずに過ごさせるのはどうなのか、と思ったんだ
 この学年なら、勉強道具が一式あれば女子高生でも教師役は出来るしな】

「それ、警察にわざわざ要求を出したのには深い意味があるの? そちらが自分達で勉強道具を集めることだって出来るのに?」

公園に残された手紙を回収して以来、捜査本部でずっと渦巻いていた謎。
誰もが意味を知りたがっていた要求だ。このタイミングでなら、訊ける。

【ああ、それは気になるんだな
 小学生に勉強を教えた経験自体が皆無なのでな、まず何を集めたらいいか、そこまで自信が無かった
 警察に言えば、無駄なく役立ちそうな物を最低限調達してくれるだろうから、その方が楽だと思ったんだ
 わざわざ警察に要求した動機は他にも有るが、ここでは伏せるぞ】

召喚者にとっても予想していた問いらしい。まるで肩をすくめたような調子の、大した事ないと言わんばかりの文章。
伏せている内容にまた酷い動機がありそうだが、ここで追及できるはずも無く、他に訊くことがあるとすれば、……!!。
――ああ、そういえば! 私が持っていたリュックが無い!

「ところで、そのリュックサックはどこに有るの? 私、警察病院のトイレで持っていたはずよねぇ?」

動揺を心の内に抑え込んで、静かに質問。
何故今まで気付かなかったのだろう? 自分の目につく範囲の床に、元太くん用のリュックはどこにも置いていないというのに。
今の今まで、思考から存在自体が抜け落ちていたのだ。

【貴女が意識を取り戻す前に取り上げた。隣の教室に置いてる】

「……そう」

答えはすんなりと出てきた。何故隣の教室に置いたのか分からないが、ここで見当たらない理由としては説明が付く。
何も追求しなかったことで、この話は終わり。次の理由の説明へ。

【で、貴女を連れて来た理由3点目。ここからがより重要な話になるが、その前に確認を
 今、警察病院で意識不明になっている貴女の彼氏は、あくまで彼氏なんだな、夫ではなく。入籍を検討したことは有ったか?】

――高木君。
28日にICUに担ぎ込まれて以降、美和子が見舞いに行けたのはたった1度。どうにか職場と掛け合って、時間を無理矢理作って行けた1度だけ。
生気の感じられない顔色だった。たくさんのチューブが付いた身体でベッドに横たわり、意識の無いまま病気と闘っていた、大事な“彼氏”。

身体を許すくらいの相手だ。もちろん愛は有る。
だけども、この召喚者に答える事実は、あくまで事実のままで答えるしかあるまい。大人の女としては、やや不恰好な回答になるけれど。

「彼氏よ。結婚はしていないわ。
 ……互いに独身同士で、お付き合いはしていたけれど、入籍がどうこうという話が出てきたことは全く無かった。今までの時点では、ね」

それにしても、何故、美和子にこんな事を訊いて来たのだろう。
自分を誘拐した理由の3つ目は、高木君に関わるような事柄なのだろうか?

【私達は、本当に大事な事は、手紙ではなく、こうして直に語る。但し、語った内容は後に必ず残る形で。その記録を世に公表するかは別だがな
 それが、私達の魔術師としての流儀だ
 彼の入院以降、その彼に関して提案したい事柄が生まれた。それが、貴女をここに連れて来た理由3点目だ
 貴女は彼の家族ではないが、警察の者で、事件の経緯を把握している。この場でこの提案を真っ先に話すのが、一番良いと考えた】

死にかけている刑事について、犯罪者が提案したいこと。大事な話で、この言い方では、御家族にするような話でもあるらしい。
ああ、――嫌な予感しかしない。

「……何を、提案したいの?」

自然と声が低くなる。提案内容を見たいような、見たくないような。
目の前、ノートパソコンに向き合っているのは、『彼女』の生命しか考えていないらしい犯罪者だ。
そのために他者を犠牲にすることを厭わず、子どもを人質にするような、そんな相手が、……彼にとって良い提案を持って来ることが、果たして有り得るのだろうか?

【劇症肝炎でかなり危ういらしいな、貴女の彼氏。生きるか死ぬか分からない状況なんだろう?
 貴女も承知の通り、私達は、サキュバスの新しい身体を創り上げるために、魔術の素材として使えそうなヒトの遺体を探している
 もし、彼が病死した場合、その遺体をこちらに譲渡してはもらえないかという、提案だ
 当然、魔術の素材として使用するという前提だぞ。魔術的な観点から見た場合、高木渉刑事は元太少年並みに素材として良い身体だ。遺体であってもかなり使える】

――ふざけるな!!
思わず絶叫する寸前。理性が、辛うじて、喉から出かかったその発声を止めた。

前方の仮面の相手を怒鳴りつけられたら、情を吐き出したその一瞬だけは、自身の精神は楽にはなれるだろう。そう、一瞬だけは。
しかしこの場所で相応しいのはそんな態度ではない。情報を相手から引き出すための場なのだから、ここは何よりも冷静であらねばいけない場所だ。
うつむき、迸(ほとばし)るほどの憤怒を必死に鎮める。これまでの話との矛盾を何とか思い出し、……顔を上げて、さして深く考えることも出来ずに質問がただ口から出る。

「…………。
 警察官を、役人の身体を傷つけるのは、『サキュバス』にとって禁忌ではないの?」

言いながら美和子は思う。――間の抜けた質問を口走ったかも、も。
コイツは先ほど『サキュバス』は役人殺しを禁忌として忌み嫌う、と書いていた。遺体を傷つける行為をも嫌うのなら、こんな提案を向けてくるはずがない。
死体損壊は、刑法上、殺人とは全く別の犯罪だ。殺人と共に犯されることの多い罪だが、単に死体損壊だけの場合、殺人と比較して法定刑は遥かに軽い。

果たして召喚者の答えは、見込み通りの否定形。

【勘違いはするな。生きている役人の殺害がキツいというだけで、元から死んでいる身体を損なうのは全く別だ。そちらは問題無い
 遺体を盗む形でも、サキュバスの精神は余裕で維持できる。承諾を得た上での譲渡なら、余計に忌避感は薄くなる
 さっき触れたように、貴女は彼の家族では無いだろう。この場で即答は出来ないだろうから、今は、捜査本部にこの提案の情報を持って行くだけで良い】

スラスラと書かれた文章は、美和子の怒りをおおよそ鎮静化する働きをもたらした。
即答を求めないという姿勢は、変な気遣いへの微妙な反感と一緒に、こちらの余裕を生んだのだと思う。

刑事として、この提案が為された時に、捜査本部がどう動くのか自然と想像出来てしまう。
仮に、元太くんの解放と同時に行うという条件ならば、捜査本部は、高木君の遺体の譲渡提案に乗る確率がかなり高い。
子どもの人命が、病死した刑事の亡骸一人分で確保できるなら、警察庁の偉い人達はきっとそんな決断をする。
この場合にハードルが有るならば、最大のハードルは、……“彼”の御家族が、『サキュバス』事件の推移について、一般人並みの知識しかないということ。

「そういう提案って、あなたが書いたように、高木君の家族に持って行くのが本筋よね。
 遺体の譲渡を求めるのなら、それを承諾するのは高木君の家族よね。警察じゃなくて、御家族が、承諾するような話よね?
 でも、あなた達は、捜査本部以外の人達への情報提供をかなり制限してしまった。あなた達がヒトの遺体を求めていること自体、世間の人は何も知らない。
 遺体を盗まれた場合の御遺族の場合と一緒で、高木君の御家族には、子どもを人質に取られている事を明かして良いのね?」

高木君のお母さん目線で思い浮かぶ、最悪のシチュエーション。
息子の病死を悲しんでいる時に、息子の勤め先の人達が複数人やって来る。捜査に必要だからと言って、手元から遺体を取り上げて連れ去ってしまう。
何故遺体が必要なのか警察から一切明かされず、おまけにその遺体がいつ戻って来るかも分からない。――今の御時世、どんな大炎上するか分からない話が一丁出来上がり、となる。
せめて、どうして遺体が求められているのかを警察から遺族に説明できなければ、遺族の口封じも無理だ。

【ああ、遺体の譲渡話が固まった場合は、高木刑事の遺族に事情を話してくれ。むしろこの場合は話してくれないと困る
 一応言っておくが、この件に関しては、事態は流動的だぞ
 ただ、現在は、もし彼が死んだとき、譲渡提案がこちらから来るかもしれないと念頭に置いてくれ
 彼の家族に、伏せている情報を教えるかどうかも、今後の流れ次第だ

 闘病中の貴女の彼氏が回復するなら、この提案は意味を無くす
 病死に至った場合でも、その時、他から盗んだ遺体だけで何とかなっている状況になるかもしれない
 遺体と引き換えに元太少年が戻って来るのかどうかも、譲渡話に乗るかどうか判断を左右する材料になるだろう?
 それすら、今後の経緯次第としか言えないんだから】

では、遺体の譲渡についてあれこれ、という話はここで終わりか。
まさか、闘病中の当人を死なせておくから民間人の遺体窃盗をその分止めてくれ、……なんて、口が裂けても言える話では無い。刑事としても、恋人としても。

「そうね。それは、言う通り、念頭に置いておくわ」

無難な返答しか出来ない状況なのだから、話題は当然、次へと進む。

【そして、貴女をここに誘拐した4つ目の理由に移ろう。これが最後で、一番重要な理由だ
 貴女には正真正銘権限が無く、ただ、大事な事だから直に明かしたいだけの話だ。警察にすら権限の無い話だろうな
 サキュバスの今後のことについて。その事を、ここで、今話したい。それが、何よりも大事な誘拐の理由だ】


※11月7日 初出
 12月16日 文章量が多いので話を分割しました。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話ー16
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:27
 午後1時15分 神奈川県 某所

「それは、……さっき書いていたけれど、大事な事は直に話すのが、あなた達の流儀だから?」

鎖で縛られているために起き上がれず、仮面の下の目を見上げるように訊いてくる相手は、警視庁の、本庁勤務の警部補だ。
この女性がずば抜けた秀才かどうかまでは、紅子が関知するところでは無い。が、つい先ほどこちらが打ち込んだ内容を、読んだ端から忘れる馬鹿、という表現は、少なくとも違う。

【そうだ】

この誘拐事件を起こした理由で、言葉にしていないだけの事柄は有る。ただ、それは、これからも明かすことは無いだろう。
ここで打ち明けることにしている4つの理由のうち、今から話すことは、一番に大事な情報。
出来ることなら、手紙にせずに誰かに直に話したい、という点は、『あの子』と自分とで最初から一致した意見だった。

【まず、ある仮定の状況を念頭に置いた質問をしよう
 蘭と融合したままなのか、あるいはサキュバスの人格が分離するのか、どちらに転ぶのかは、ここでは一旦置いておく

 今後のある時点で、とにかく「異性と定期的に性行為を交わさなければ生きていけない身体の、女子」が、警察に自首するとしよう
 そんな特異な身体の少女を、逮捕し、留置し、審判ないし裁判に掛ける。そして裁判の結果に基づいて、どこかの施設の監視下に置く
 そんなケースを、この国の法体系は想定しているのだろうか?】

「そんな想定は、無いわね。
 あなた達の言う通りなら、そういう身体の実例は、この事件が初めてになるもの」

少々の安堵が隠しきれてない、迷いない答え。問い掛けを読んで、こちらが持って行きたい話題の方向性を感じ取った気になっているのだ。この警部補は。
捜査本部内でシミュレーションされていた応答だから、緊張が少々緩んでいる面もあるかもしれない。
……これから、爆弾のような事実が落ちてくるのも知らずに。

【では、もう1つ質問
 この国は、法の根拠も無しに、逮捕後の少女が、誰かと性行為を交わせるような国なのか? 救命のために交わった相手が、何か罪に問われる恐れは?】

『蘭』が融合したままならまだしも、『サキュバス』が分離し単独で身体を得て、警察に捕まった場合。その身が人権を有する存在として扱われるか、実は怪しい。
司法上の手続きが保証されるかは不明で、動物扱いでの“保護”や“殺処分”も検討中。
……それが、現時点での警察庁・警察庁の上層部の認識だと、紅子は知っている。

そして、この場で返って来るであろう言葉も、実は分かっている。
極秘で検討されている内容はあくまで上層部限りで、この警部補にすら知らされていない。
彼女の口から出てくるのは、『サキュバス』が通常通り、少年法に基づく手続きに掛けられる事を念頭に置いた答えだと。

「確かに通常だと、捕まった女の子にそういう、……性行為をすることはいけない事よ。絶対、罪に問われる。
 でもね、あなた達が言っているような身体だとしたら、『本人』も、交わった人も、罪に問われることは無いはずよ。
 だって、誰ともその行為をせずに『本人』が死ぬようなことになったら、それはそれで大問題になるから。
 緊急のことだから、最初は何の法律も無いかも知れない。
 ただ時間差があるとしても、『本人』を念頭に置いた決まりを作ろうという話は、どこかから出ると思うわ。それが法律になるか政令になるかは分からないけれど」

想像通りの模範解答。一呼吸置いて、更に想定外が何一つ無い、念押しの言葉。

「もちろん、これは、ちゃんと『本人』の身体を調べるのが前提よ。
 隅々まで身体を調べて、確かに性行為をしないと死んでしまう身体らしいと、分かって。……それからの話になるでしょうね」

【サキュバスについての、私達の理想は知っているな?
 サキュバスが、生命の危機に瀕することなく、この世の中で平穏に一市民として生活できること。この理想は、今に至るまで少しも揺らいでいない
 また、この理想が叶わないとしても、最低限目指したい状況というのも、あるにはある。それは、生命の危機に瀕することなく、平穏に生活出来ること、だ
 世の中に出ずとも、とにかく生命が危うい状況から脱したいのだそうだ

 世間に出られなくとも、私の従者として、私の元で生涯暮らし続ける状況となっても、その結果でも満足はすると、そう言っていた
 世間に出るのであれ、世間から隠されるのであれ、まず、自身の生命を脅かされない暮らしが欲しい。それがサキュバス当人の最低限の願いだ】

相手は何も言わない。
何も言えないのか、あるいは、長文を打ち続けたいこちらの意向を察しているのか。確かに、饒舌に、サキュバスのことを語りたいのが現在進行形の本心だ。
――これからが、本格的な爆弾投下の時間。

【今、この場で、明言しておこう
 今後推移がどう転ぶのであれ、サキュバスの魂が宿った身体は、「異性と定期的に性行為を交わさなければ生きていけない身体」となるはずだ
 そのため、収監・収容等の際に、生命の維持のための定期的な異性との性行為が、国家によって保障されること。かつそれが国のルールとして明文化されること
 それが為されない限り、サキュバスの自首は無い。仮に本人が自首したがっても、私は召喚主として認めない
 逮捕後の生命が保証されないままの自首は、私の目には危うい博打にしか見えん】

ここまでは、まだこの警部補にとって理解の及ぶ条件。警察に権限が無いという先程の言葉にも、まぁ納得がいくはず。
刑務所や拘置所、少年鑑別所等の収容者の取り扱いは、国会で定める法律、あるいは法務省の省令くらいが妥当なはずだ。警察の権限でどうこうする話では無い。

さて。これまで一応理性を維持していた相手が、取り乱しかねない内容に、踏み込もう。ここで明かしたかった、何より重要な情報に。

【そしてもう1つ明言を
 仮にそうして自首させるのならば、私は、この国とサキュバスに対してとてもキツい呪詛を創り上げるだろう
 サキュバスに家裁で言い渡される処分が、児童自立支援施設送致の一択にしかならないような、そんな呪詛を
 そうでもしなければ、「この世の中で平穏に一市民として生活する」という理想は、叶えられないからだ】

見ちがえるほどに警部補の顔色が変わった。
この会話の流れから、こんな明言を突き付けられることを想定出来ただろうか。酷くとんでもない内容だと感じているはず。
これまでにない焦りと狼狽を丸出しにした、叫ぶのと変わらないような言葉が来る。

「何でっ!?
 ……何か、法制度を誤解してない!? 少年院でも、刑務所でも、最終的には社会に出る道なのは変わらないのよ?
 あなたの圧力で審判が捻じ曲げられてしまえば、『サキュバス』にとって、かえってもっと悪いことになってしまう!」

叫びの内容は、間違いではない。ごくごく当たり前な正論だ。
但し、少年院や刑務所を出た後の時間が、『あの子』に長く残されているという前提ならば。
年を取って、大人になって、中年になって、老いていく。その程度の未来が若い『サキュバス』にはあるはず、……そんな認識だからこその正論。

相手の認識をここでへし折りに掛かる。これまで自分達が一言も明かしてこなかった事柄を、初めてぶちまけよう。

【少年院も、刑務所も、収容期間が本人の寿命に対して長すぎる
 あの子の天寿は、今から長くても15年、短くて10年
 これは、他者と融合しようが、身体を得ようが、どうしても引き延ばせない限界の寿命だ。元からこの程度の寿命だと、最初に召喚された時から分かっていた】

元々の天寿がそうだったのか、実父達の企みよる過酷な生活で元の寿命がすり減らされたのかは、分からない。
異世界の転移そのものに寿命を短縮化する作用があった、という線は、先日薄くなった。粟倉 葉という、転移・融合後も40年以上生きている例を知ったから。
理由は確定出来ないが、『あの子』が召喚された時点で寿命がその程度で、そこから延ばしようが無いのは、どうしようもない不変の事実だ。

「寿命が……、……それくらいの寿命と分かっていても、それでも生きたいから、あなた達は頑張っていたの?
 あなたの魔術は、他人の寿命を見抜けるものなの?」

流石、警視庁の警部補、と言うべきか。衝撃的な事実を突き付けられても、パニックにならず、気分を害さないような言葉回しをとっさに練って問いをぶつけられる思考力は、少しだけ褒めていい。
声が若干震えている辺り、まだ冷静になりきれていないのが丸分かりなのが若干アレだが。
ただ、相手の態度への敬意として、紅子はやや丁寧に情報を開示することにする。

【この世界の生き物の寿命は、この世界では、どんな分析の魔術でも分からない。厳然たる魔術の法則だ
 この法則の例外は3つだけ
 誰が見ても死ぬ寸前の生物の場合。呪詛等の魔術で、寿命が規制されてしまった場合。それから、この世界ではない生物の場合
 サキュバスはこの最後のケースに該当する。だから、私が魔術でうっすらと見抜けたというだけのこと。寿命が近くなれば、より正確な死期が分かるようになる

 サキュバスの出身地でも、同じ魔術法則はあったらしい。従って、元の世界では、あの子の天寿は誰にも分からない状態だった
 私の召喚魔術でこの世界に転移してから、あの子の魂にある天寿の情報を、私が魔術で見抜いて、それで初めて判明したことだ
 なお、元々の天寿以前の問題として、放っておけばあの子の生命が詰む状況なのは今だって変わらない。それで生きようと足掻くのは、いけないことだろうか?】

実父に殺されかけ、異世界転移後は世界に身体を壊され、今に至っては魔力の枯渇の危機に有る。
どこまでが仕方が無いことで、どこからが自業自得なのか、紅子にも『サキュバス』にも分からない。

確実に言えるのは、気を抜けばすぐ死んでしまう環境にあって、『サキュバス』は足掻いてきたということ。
紅子が、そんな『サキュバス』を支える意思を強く持っていること。
……加えて、この国は、紅子や『サキュバス』が持つ力に対して、とても弱いということ。

【なお、この法則のために、サキュバスの融合相手である毛利蘭の寿命がどれくらいなのか、今もって不明瞭だ
 サキュバスのそれよりも長いのか、短いのか、全く分からない。毛利蘭は、この世界で生まれ育った存在なのだから
 理論上、彼女が異世界に転移して、その世界の住民が彼女の魂を分析して、それで初めて分かる情報だ

 ただ、2人が融合した状態の今のままでは、お互いの寿命はより短い方に依存する
 蘭の天寿がサキュバスより短い場合、蘭の寿命が尽きた段階でサキュバスも巻き込まれて絶命してしまう
 蘭の寿命の方が長い場合は逆で、今後10年~15年のサキュバスの寿命が尽きた時に、蘭が巻き込まれて絶命する
 この寿命のシステムは元から承知の上で、サキュバスは、毛利蘭との融合魔術を掛けていた】

60歳だと確実に高齢者扱いされ、40超えたら初老らしい『サキュバス』の世界でも、25~30歳前後までしか生きられないというのはかなり短い部類に入る。
特段、短命の種族、というわけでも無いらしい。この天寿は魔術で延ばすことも出来ないのだから、受け入れる他ない。

現代の日本で高2まで生きた女子の平均余命は、もちろんこの『サキュバス』の天寿より長い。
『蘭』の方が長命で、『サキュバス』に巻き込まれて死にゆく確率が、そうでない確率よりも、かなり高い。
魔術の法則はとてつもなく強固。『蘭』の寿命は見通せず、紅子達の見立てでも、国の統計に基づくこんな推測が限界だ。

「それじゃあ」【もうひとつ寿命関係で明らかなことがある】

警部補が言葉を続ける前に、タイピングを被せる。質問に応じて話が脱線する前に、一気に言いたい。

【私の寿命が、サキュバスに依存しているということだ
 最初の、失敗した召喚魔術が原因だ。サキュバスが死んだ時、その時を起点に私の寿命は一年持たないのが確定している。魔術が私の寿命を規制した
 初っ端で、身体の壊れゆくあの子を見捨てていた場合、私は即死状態になっていた。それは、蘭との融合でどうにか回避したのだがな
 それでも、サキュバスの死と私の寿命の連動は、消し去れなかったというオチだ】

不思議なほどに澄み切った思考の中で、ただただ文字を打ち続ける。
ずっと『彼女』と共に居る、揺らぎのない紅子の本心。変な嘘を吐く訳でも無く、伏せていた情報を書いていくだけ。
国家保安上、紅子はこれで完全に危険度随一のテロリスト予備軍に躍り出ることになるだろうが、……それがどうした。

【この国は、魔術に対しては、とてもとても脆弱だ。転移魔術の使い手を敵に回すことが、国家にとってどれほど危うい事態をもたらすのか
 貴女の勤め先の上層部は危機感を持っているはずだぞ。私達が転移の魔術を使えると公表されていた時点で、ネット上でも指摘されていた事なのだから

 人を殺めるのは簡単だ。寝ているところを攫って太平洋のど真ん中に落とせば良い
 この国を滅ぼすのは簡単だ。全ての発電所の炉の中身を、国土のあちこちにぶちまけてしまえば良い】

“発電所”、“炉”、“中身”。――何を指しているのか、すぐに勘づいたらしい。佐藤 美和子警部補の顔色は、青を通り越して白くなった。

「っ、あなたは……!!」

絶句して出した言葉はその一言が限界で、口をパクパクと動かせるだけ。
ああ、この国には確かに存在する。扱いを誤れば数十年どころか数百年単位で国土に影響を及ぼしかねないような、そんな“中身”を抱え込んだ発電所が。
ざっと、40だか50だかの数の炉が。

どんなに科学の粋を集めた建造物であっても、魔術への対応は全く為されていない。
科学の技術だけで発達したこの国は、超常の力に対して、途方もなく弱い。今まで表に出ている政府の者の言葉は、誰であってもこの現実を認めている。
だからこそ、紅子の文章は力を持つ。ただひとり寿命が尽きるまで守りたい『女の子』のための、脅迫の文章は。

【はっきり言っておく。サキュバスを殺すことだけは、誰であっても絶対に許さん
 生命を維持させ得るか自信が無いから、あの子向けの法を何も作らないというのはまだ分かる。私の元で従者をさせればいいだけのこと
 だが、自首後に天寿を全うする以外のことで、生命が奪われるのならば、特にそれが国家の手によるものならば】

改行を一個挟んで、書き切った。

【私は、この国に本気で報復してから死んでいく、そんな道を選ぶだろう】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後1時49分 神奈川県 某所

美和子の体感でも短いのか長いのか分からない、無言の時間がしばらく有った。
仮面とサングラスに隠された眼を、たぶん見詰め合っていただろう沈黙の時間。
あまりの衝撃で、自身が呆然自失のまま何も喋れない時間が、どれほど過ぎたのか。……意識が現実に引き戻されたのは、召喚者の新たな文字がタブレットに出たからだ。

【これで、ここでの会話は終わりだ
 最初に言ったように、ここから出て助けを求めると良い
 貴女を縛っている鎖の南京錠の鍵は、この教室の後方の床に置いている。頑張れば全部外せるはずだ。鍵は1個だが全部の南京錠で共通だ】

オワリ、終わり、もう会えない。――ここで会話が終わるのは不味い!
我に返って、食い下がった。

「待って! まだ訊きたい事は一杯有るの!」

【では、ひとつだけ質問に答えよう】

少し浮かしかけていた腰を下げて、召喚者はそう答える。

何を問うべきだろう。
これまでの質問と被る内容は、最低の下策。
さっき触れた発電所うんぬんは、……話の運び方に自信無いから却下。実現可能性に疑問を示していると思われたら、実演されて現実の国土が大被害を受けそうだ。
寿命がどうこうという話も無理。内容の正確性に疑問を呈するような問いしか、思いつけない。

捜査本部の打ち合わせで“出来る限り確認する事”になっていた話題を思い出す。――そうだ、ここで一切話題に出なかった事を訊こう。

「じゃあ、……どうしても訊きたかったことから、ひとつだけ。
 いつもあなた達が使っていた掲示板に、『サキュバス』と同じ世界の出身じゃないか、って、疑惑が掛かっていた人の書き込みが有ったでしょう?
 元々は軍に派遣された巫女で、40年くらい前にこの世界に転移して、女子学生と融合して、それから、ひとつの職場を定年退職するまで勤め上げた人。
 あの人は、あなた達の目から見て、本当に『サキュバス』と同じ世界の人なの? あなた達の判断を教えて」

粟倉 葉、……の、名前は出せない。出せるはずがない。警察が書き込み主の身元を調べているのだと知られたら、どんなに不味いことが起こるか分からない。
だから、あくまで存在不明の何者かの書き込みとして、質問をぶつけた。
美和子に向けられた答えは、拍子抜けするほどあっさりとした内容。

【その質問が来たか
 今、答えは言わない。後日、私達が掲示板に書き込むから、それで、警察に分かる形にはなるだろう
 では、失礼する】

美和子に向けたタブレットの画面は、召喚者が使っているノートパソコンの画面の丸写し。
これまで筆談を書き綴っていたメモ帳を、USBメモリにコピーし、そのUSBメモリを正常に取り外す設定に持って行く様子が、そのまま映し出される。
USBメモリは実際にノートパソコンから取り外され、召喚者が回収し、そのまままた腰を上げて、……この教室から去って行く。
――ここで、無言は、いけない。

「ねぇ! ……ッ!!」

一言を出して、何か喋ろうとして。
美和子は、何も言えないという現実に慄然として、また絶句する。

警部補として“普通の被疑者”相手にいくらでも思い浮かぶ説得の言葉が、この場ではことごとく不適切だった。
『彼女』や『蘭』の無事を願う言葉は、それが犯罪行為でしか得られないなら、使えない。元太に手出ししないように言うのも駄目。遺体窃盗を勧める意味になる。
自首を勧める言葉も、相手が要求する法令の制定に絡むから無理。自身に権限の無いことを喋りかける無責任は、この相手にはきっとNG。
犯罪行為を止めろ、……今の『彼女』が死ぬ。喧嘩を売るようなものだ。

ブーツを履いた足は止まらない。
結局、佐藤 美和子が何も言えないまま、召喚者はここから去って行った。


この日、午後2時20分頃。神奈川県内のとある民家から、110番通報があった。
鎖とノートパソコンとタブレットを抱えた、スーツ姿の自称警視庁の女性刑事が、近所の廃校から抜け出してウチに助けを求めてきた、という通報。
職務中の警視庁警部補の拉致・監禁の報に、神奈川県警はもちろんすっ飛んできて、佐藤 美和子は保護され、病院に運ばれた。

午後12時11分の転移から、民家からの通報まで、約2時間10分。
最後30分のうち大半は、縛られた美和子が、現場の教室で鍵を片手に、手足の節々の南京錠と格闘していたから、犯人と向き合った時間は、実質、1時間半と少々。
それが、日本警察史上初、転移魔術を使用した刑事拉致事件の概要だった。


※11月7日 初出
 12月16日 文章量が多いので話を分割しました。


※紅子が教室から去るシーンで佐藤刑事に気を利かせた台詞を言わせようとして、作者がどん詰まりになりました。
 この流れで言えそうな言葉が予想外に少ないどころか、思いつくものが皆無でした。刑事が言っても問題なさそうな台詞って、このシーンではどんなのが有り得たんでしょう……?

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[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-17
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:3aeeebc2
Date: 2016/05/05 20:27
 午後1時54分 召喚者の屋敷 地下大広間

佐藤警部補と別れてから数分後。紅子は、慣れた転移魔術で自宅の地下室に帰還した。
廃校舎から真っ直ぐに戻って来た、わけでは無い。一ヶ所立ち寄る場所があったので、まず廃校舎からそこに転移し、更にそこから自宅へ帰ってきた。
立ち寄った場所に長々と居た訳では無いから、どちらにせよあの廃校舎から去ってそう時間が経ってない内に、『彼女』の元に帰って来たことになる。

「Reune(あるじ)、お疲れ様です」

転移魔術の赤い魔力光が晴れた時、紅子の目前に現れるのは、自身が守るべき『彼女』だ。
近寄って向けられた言葉は、労わりの感情がこもったささやき声。手袋を着けた紅子の手は何も荷物を持っていないから、すぐに無言の抱擁で答えた。

ああ。『この子』に今すぐ伝えたい、ひと言がある。
本当はここでの会話はノートPCでの筆談であるべきだが、今そうするのは少々まだるっこしい。隣の部屋に声を聞かせるべきでない少年が居る。

――声を落とせばきっと大丈夫よね、たぶん。
『彼女』をより強く掻き抱く。声色すら分からない小さな声で、『相手』の耳に直に入れるように紅子は告げた。

「上手く出来たわ。何もかも計画通りに」

「!? 良かった……」

返ってきた強い抱擁と小声に、笑み、……仮面の下の表情は見えないだろうと思い直す。大きな頷きを返した。

あの廃校舎の出来事で、こちらの予定を揺るがすようなことは何も起こってはいなかった。想定外は何も無かったわけでは無いけれど、計画は揺るがなかった。
元太宛ての物を入れたリュックサックの生地に、盗聴機か発信機の類(たぐい)が仕込んであったようで、転移した際に浴びた魔力で完全に壊れて、煙を上げた。……というのは予想の範囲内。
でも、あの警部補のブラの谷間からも同じ煙が上がったのは、予想外。衣服のどこかに機械を仕込むのは把握していたが、よりによってそこなのか、と。
警部補が覚醒した後のやりとりではこの件に全く触れなかったので、機械をそんな場所に隠していた自覚が本人に有ったのか、現時点では全く謎だ。

「……おそらく、これからも予想通りに進むと思うわ」

小さく告げて、抱擁を解く。
いまのところ警察の動きは想定通りだ。これからも、多分そうだろう。
情報を盗み見る魔術は自分達の強みだ。それに警察ならばどう思考するかの推測を重ねれば、確度が高い(と、紅子は思っている)シミュレーションが出来上がる。

警部補はあの廃校舎から脱出する事だろう。縛っていた鎖とか、筆談に使ったノートPCとか、とにかく残された遺留物を持てる限り手に持って。
刑事ならば、重大な事件の遺留品を、あの教室に置きっ放しにするという判断には至らないはずだ。
だが、持ち出した遺留品の内、彼女を縛っていた鎖と南京錠は一定時間経てば砂になる。そうなるように紅子が魔術で設定しているからだ。
一方、役場から盗んだノートPCとタブレットには、そのような魔術の細工はしていない。ずっと崩れることなく、そのままに残る。

警部補が神奈川県警に保護された場合、県警から聴取などは受けない。警視庁に保護され、そのまま病院へ入院させられるだろう。
“サキュバス事件”はそういう風に、警視庁が(あるいは警察庁が)一括で捜査することになっている。
数日前に警視庁が決定し、全国の道府県警に出された通達は、神奈川県警を強力に縛る。
内閣情報調査室の者を昏睡させて記憶を消した件が、警察という組織内では衝撃的だったらしい。他の道府県警への情報流出が徹底的に忌み嫌われた結果の、決定だ。

無論、役場から盗んだノートPCもタブレットも、砂と化した物達も、通達に基づいて警視庁の捜査本部に渡ることになる。
その中でもノートPCに残るメモ帳は、捜査上何よりも貴重なデータだと見なされるだろう。
丸々残された重大な会話の情報は、歪まずにそのまま捜査本部と警察庁に伝わる。
病室に押し込められたあの女性警部補に、召喚者とのやり取りが本当にメモ帳の通りだったのか、執拗な質問がぶつけられることだろう……。

――そういえば。佐藤警部補が肝炎を発症寸前に見えた、って事は、『この子』には伝えてないわね。

廃校舎で本人を直に視た時に、紅子が初めて把握したことだ。『彼女』には知りようの無いこと。
ただ、このまま詳しく話すのは気が引ける。最初は声を落とせるとしても、気を抜けば大声になってしまいかねない。
声の大きさを気にしながら会話をし続けるという選択肢はある。でもそれよりは、本来のこの場所での有り様で、……購入したノートPCでの筆談で、詳細を話すのが筋だろう。

一旦この部屋の隅に向かう。先日買ったボロい中古のノートPCは、まさしく帰還後のやりとりを見越して、予めこの場所に置いていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後4時13分 緑台警察病院 509号室

【これで、ここでの会話は終わりだ
 最初に言ったように、ここから出て助けを求めると良い
 貴女を縛っている鎖の南京錠の鍵は、この教室の後方の床に置いている。頑張れば全部外せるはずだ。鍵は1個だが全部の南京錠で共通だ】

【では、ひとつだけ質問に答えよう】

たった2~3時間前に画面上で見せつけられた文章を、紙の上の文字として、改めて辿る。

――私、ここで召喚者を引き留めたのよね、『待って、まだ聞きたいことが一杯あるの』って……。

思い起こした言葉を書き加える。書き加えようとする。そのための赤いボールペンは、美和子の右手の中に有る。
ペンを握る手が動かない。いや、動かないというのは正確ではない。一応動いている。動かすことに脳が多大なエネルギーを感じているというだけで。
あの場所の筆談を最初から読み通して、振り返り、台詞を補足する作業。もう、やり取りの終盤辺り。頑張って、書き終わらせなければいけないのに。

まるで身体を動かすのに余計にエネルギーが要るような、今のエネルギーが足りないような、そんな感触。
実際、身体のパフォーマンスは落ちているのだろう。B型肝炎を発症中なんだから。
……溜息が出る。

この病気の初期の自覚症状は、風邪に似ている。だるさ、食欲不振、発熱、吐き気、等々。その後、黄疸や、尿の変色が出ることがある、という。
美和子が抱えている症状は、今の所は、だるさだけ。だけどそのだるさが、1つ前の台詞を書いた辺りから半端ではなくキツくなっていた。

神奈川県警に保護された後の動きは、召喚者が廃校舎で告げた予想とそう外れない形で進んだ。
僅かなだるさを感じ始めたのは、県警に保護された直後のこと。迎えに来た警視庁の者達の手で、そのまま緑台警察病院に連れて行かれた。
後輩の入院先とも、『彼女』のかつての入院先とも異なるが、ここも都内のれっきとした警察病院である。そこでB型肝炎の確定診断を受けて、美和子の入院があっさり決定。

一般に、入院という行為の目的は、病気を治すことだ。今回は病気を治すだけでなく、魔術を受けた場合の影響調査も目的になっているが。
……どちらにせよ患者である以上は、病室で安静にしなければならないはずの身。
でも、のんきに休養を取る訳にはいかないだろうというのは、その患者本人が薄々思っていた予想で。決して口には出さなかったけれども、その予想も的中した。
案の定、佐藤 美和子ただひとりにしか出来ない仕事を携えて、捜査本部から人が来た。

こうして、廃校舎で見せつけられたタブレットの文字列に、個室のベッドの上で向き合う構図が出来上がる。今度は、バインダーに挟まれたA4用紙の束として。
ノートPCに残っていたメモ帳の文字列には、召喚者側の言葉しかない。
それだけで大まかな会話の流れは分かるだろうが、あくまで、大まかに分かるだけ。捜査本部の人達により正確に理解してもらうには、もう一方がどう喋ったのかを補完する必要があったのだ。

「佐藤警部補。書くのがしんどいのなら、私が聞き書きしましょうか?」

手が止まっているのを見かねたのだろう。傍で座っている捜査員の男女2人組の内、女性警部補の方が提案してきた。
椅子に腰かけている彼等は、もちろん、『サキュバス事件』関係の最重要機密に触れることを許された者達だ。
男性の階級は警部、女性は警部補。共に10歳以上年上で、どちらも元々は鑑識所属だった方々だという。……刑事部長室に手紙が湧いた事件の鑑識作業から、捜査本部に合流したのだろう、多分。

「いえ、もうすぐ書き終わるので大丈夫です。すいません」

彼等の気遣いに甘える前に、自力でやり遂げるべきだ。
残る台詞は本当に少ない。召喚者に最後ひとつだけ許された質問の言葉。それから、本当に最後だった、まさしく言い掛けただけの声掛けのひと言のみ。

美和子に今任された仕事は、あの場所での台詞を補完する事だった。
事件についてよく考え始めれば、……特にあの後輩の身体関係には不安しか無い。それ以外にも不安材料だけで精神が一気に不安定になってしまいそうなくらい、危機だらけ。
例えば、元太くんを救命するために、必要なのは高木君の遺体、となった時。……タイミング次第では、高木君が警察判断で絶命させられるんじゃないかとか、
――ああもう、考えるな、私!! 余計なことを考える時じゃない!

今は台詞を書き上げる事だけを考えて、やり遂げなければいけない場面だ。それ以外の何も考えるべきではない!
だるさを吹っ切るように息を吐き、気合を入れた。そのまま、無理矢理生み出した勢いだけで一気に書き上げることにする。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後6時43分 警察庁 とある会議室

【刑事として冷静であるように努めようとはしていましたが、徹頭徹尾その通りだったのか自分でも疑問に思う所です。
 特に高木君の遺体の譲渡を求められて以降は、相手の打ち込む言葉に呑まれていたように思います。
 本来、交際相手や知り合いが関わる事件には携われないというルールの意味が骨身に沁みました。交際相手が絡むからこその動揺も召喚者は狙っていたのかも知れません。

 遺留品の内、拘束具類は砂になり、ノートパソコン類は残りましたが、筆談の結果がそのまま残っている点に、召喚者の意図を感じています。
 重要な事を話したのだから、その言葉が丸ごと警察に届くよう企んだのではないでしょうか。

 召喚者が教室から去る時、私は思わず一声だけ掛けて、そこから続く言葉が思い付かずに絶句してしまいました。
 何を言っても、相手を不快にさせるか犯罪を勧める内容になってしまいそうでした。
 今振り返ってみて、この国を壊さないようにすがるべきではなかったかと思い至りましたが、もうどうしようもありません】

――この国を壊さないように、か。言うべきだったか、言わなくても良かったか、どちらだろうか。
佐藤警部補から聞き取った内容をまとめた文書を改めて読み返し、小田切 敏郎は心の中でだけ溜息を吐く。
国を滅ぼされかねない脅しのインパクトと、病気で気弱になっている点、両方あるのだろう。中々に率直すぎるほどの内容で、まぁ、……気が滅入る。

会議室は、ひどく沈鬱な、重苦しい雰囲気に沈んでいた。月並みな表現だが、まるで通夜か葬式のような雰囲気だ。
言葉の意味としてはあながち間違ってないのだろうと思う。
この会議が、警察の捜査の選択肢を、犯人を捕らえる気概を、叩き潰し、葬り去る場所になるのは違いない。絶対口には出せない考えだが。

刑事部長室に召喚者の手紙が湧いた件以降、『サキュバス事件』が何か動くたびに、警察庁と警視庁の合同で、情報を共有するための会議が開かれていた。
機密保持のための召喚者の要求から、必然的に、参加者の階級は小田切と同等以上(つまり警視長以上)で、かつ指揮系統上『サキュバス事件』に関わる者に限られる。全員合わせても10名も居ない。

で、その会議に参加している皆が皆、同じ資料を手に持って、ポジティブなことはまるで考えられないらしい、厳しい表情をこちらに向けていた。
その資料というのは、本日の誘拐事件について、事の経緯はもちろん、残ったメモ帳も、その補足も、病院で聞き取った内容も、包み隠さずに載せた代物だ。
今は会議開始から15分余りが過ぎて、全員が全てを読み終えた頃合い。ほとんどの参加者の表情は青ざめた真顔で、無言で小田切の言葉を求めている。
――そろそろ口火を開く頃合いか。

「本日の事件については、お配りした資料の通りとなります。お読み頂いた通り、対処を誤るととんでもない事になる告白がありました。
 原子力発電所という文字こそ出していませんが、召喚者は、明らかに原発の燃料をネタに脅してきています。
 下手を打って『サキュバス』に死なれたら、自暴自棄になった召喚者が、国土を徹底的に汚染した挙句にとっとと死んでいく流れになりかねません」

大げさ過ぎる事を言っているのではない。廃校舎でのやり取りを丸々読めば、どんな阿呆でも、最悪そんな風になってしまうリスクに思い至る。
原発うんぬんという国家滅亡の危機の話が、ただのヒトの活動家の言葉ならば、(政治的な威力は別として)警察としては無視出来たろう。
だが、この言葉は佐藤警部補の転移魔術を実演した張本人から出た。ヒトを転移出来たのだから、核燃料も転移出来るのだろうという当然の類推。説得力が跳ね上がる。

「将来的に『サキュバス』の対処として、国が、法を曲げる事や、法を作る事も、否定はできません。
 まず『サキュバス』を念頭に置いた法令を策定するかどうかで、……つまり逮捕後の性行為を認めるかどうかで、今後の方向性が大きく変わってきます。
 とはいえ、この事は捜査本部では決められません。そもそも警察が決めるべき事でもありません。法務省や、政治家の方々が決めるような話です。
 しかし、そういう本来の権限を持つ方々への情報提供や相談も、召喚者を刺激しかねないために現時点では不可能となります。
 今、警察として議論出来る範囲内ではありますが、召喚者や『サキュバス』に対して、捜査方針としてどうあるべきか、どうか率直な御意見をお願いします」

言い終えてから、小田切は深く頭を下げた。――何ともまぁ片手落ちな会議だろう、と思いつつ。
今後、国家を維持するために『被疑者』の逮捕を断念するという決断も、『被疑者』向けに法律を設(しつら)えるという決断も、どちらも大いに有り得ることだ。
しかし、警察だけでそんな決定は絶対に出来ない。組織内で議論は出来ても、決める事は警察という組織の権限を越える。警察官僚として弁えて然るべき常識だ。

「……では、小田切君。高木君の件に関してだが、ワシから確認だ。
 我々警察にとって気まずいのは、元太君が殺され、なおかつ、高木君が生存するケースだろう。もしくは、元太君が殺害された後に、高木君が病死するケースか。
 前者だと“何で肝炎から回復したんだ”となるし、後者だと“何でもう少し早く死んでくれなかったんだ”となる。そんな無責任な声は、事の経緯が明らかになれば、世間から絶対に出るだろうな。
 しかしだからと言って、我々が、入院中の彼に手を下すという事は、まさかでも有り得えない事だろうね?
 警察としての倫理面はもちろんのこと、役人殺しを嫌うという『サキュバス』の価値観の面でも、そういう事はいかにも不味いように思われるが」

最初の質問は、白馬警視総監から来た。
この言葉の末尾がどことなく自虐染みているのは、状況によっては倫理観を踏み越えて手を下す決断が有り得たから、かもしれない。
『サキュバス』の危機は回避されるかもしれず、従って召喚者が自棄(やけ)になって国土に被害を及ぼすことは当面無くなるかもしれず、人質の民間人の子は助かるかもしれない。
――腑に落ちない者を大勢生むだろうが、表向きは被害が抑えられるかもしれない筋書きには違いないな。本当にあの巡査部長を殺せるなら。
普通なら即答で“有り得ない”とだけ答える問いに違いないが、小田切は若干長めの説明を付けた。

「はい、総監。おっしゃる通り、我々が高木刑事を死なせるという決断は倫理的に有り得ない。当然のことです。
 『サキュバス』の価値観についても、召喚者の言葉を素直に捉えるなら、そういう解釈になりますね。結論から先に申し上げると、私個人は、そう解釈するのが無難だろうと考えています。
 召喚者の言葉が真実ならば、『サキュバス』本人が、警察官を含む一般の役人全般を手に掛ける事は無いのでしょう。
 しかし他人が行った殺人行為について『サキュバス』がどう反応するか、召喚者は明言していません。高木が病死した場合に、遺体を損壊して素材にするのは問題無いとは言っていますが」

正直な話、国を滅ぼしかねない『相手』達を一時的でも落ち着かせる確証が得られるとすれば、死に掛けている刑事1人の生命がそう重いと思えない。
曲がりなりにも治安を預かる組織の幹部として、魂の内に持ち合わせている天秤だ。
本気で国の滅亡が回避出来るという前提ならば、苦渋の決断でも、自分のポストや人生投げ打ってでも、……本来有り得ない決断が、きっと、自分には出来る。
もっとも肝心の『相手』を激発させてしまう恐れがあるから、幸いにも、警察としての倫理をぶち壊す検討をせずに済んでいる、というだけで。

「あくまで、もしもの話ですが、……仮に、我々が入院中の彼を死なせたとして、“他人に殺された刑事の遺体”を受け取った『サキュバス』がどう反応するか、読めない部分は有ります。
 その殺しをやった者達を、蛇蝎のごとく嫌うのか。それとも、気に掛けずに有り難く遺体を加工して魔術の素材にするのか。反応が、読めません」

「それならば、……なるほど。君の言う通り、誰がやっても、刑事殺しは『サキュバス』に嫌われる、と、予測する方が無難だな。
 我々としてもその解釈の方が良い」

説明から思考を巡らせ、こちらが先に言った言葉に納得して理解する。
この場の全員、警察内では十分なエリートだから馬鹿ではない。皮肉の混ざった総監の了解の言葉がそのまま共通認識となる。
続いて、顔見知りの警視監から質問が来た。今は警察庁に居る彼は、こちらから見て1期上の先輩に当たる。

「小田切さん。高木巡査部長の殺害が駄目というその解釈で行くのなら、治療中止という消極的な死も、念のため避けた方が良いという事になりませんか。
 無理に生かそうと病院や家族に干渉することも、それはそれで別の意味を生んでしまう。……こちらからは全く口を出さないのが無難でしょうか」

「ええ。私もそう思います。
 変な言い方ですが、……純粋に病死した結果、遺体となった時に、初めてこちらから遺体の譲渡うんぬんという詳しい情報を、家族に持って行くことにしています。
 今の段階では、家族と医者の両方に、良い方向であれ悪い方向であれ、容態が変わった時にとにかく連絡を寄越すように依頼しているだけなのですが。
 明日、警察病院に捜査員を説明に行かせて、“詳細は話せないけれど、ある事件が起きている。高木刑事の容態次第で事件の流れが変わりそうだ”とだけ伝えようと考えています」

家族も医者も不安に感じる事だろう。が、仮に死亡した後、何の前置きも無く遺体を手放すよう突然の説得が来るよりはマシだと思いたい。
高木が生きている間にワンクッション置く形で、何かが起きているという情報を伝えた方がまだ良い、という判断だ。
妥当に思われたらしく承諾の眼差しが皆から来て、小田切は無言で会釈して受け止めた。

「……話が変わりますが、そもそもの根本的な質問をよろしいですか。小田切さん」

これまで発言の無かった男が、ここで声を出してきた。この発言者も警察庁所属、確か小田切の3~4期下のはずの警視長。
全員の注目が集まるまでの約数秒を待ってから、続きの言葉が出る。

「我々が、非常に消極的になる前提で話が進んでいること、そうするしか方法が無いのは否定しません。
 表向きとしては、召喚者の言葉が全て真実という前提で振る舞うのが無難なんでしょう。
 その上で、小田切さんの個人的な御意見を伺いたいのですが、……今回、召喚者が書いた内容に虚偽は有りそうに見えますか?」

完全に勘で答えて良いから、個人的な感触を知りたい。そういう意図の質問なのだろう。
答える前に、今までの情報を頭の中で整理する。
確実なのは、他者や物体を転移させる魔術が相手側に存在する事。不確かなのは、『サキュバス』の身体に関する情報と、『彼女』と召喚者の寿命に関する情報。
つまるところ警察で検証出来ない情報は、全て不確実な部類に入る訳だ。それらを含めて、相手の主張が丸ごと真実だと信じられるかどうか。

「あくまで私個人の考え方になりますが、今日の時点では、召喚者の主張にかなりの真実味があるように感じています。
 消極的な判断になりますが、……今日の新たな主張を踏まえても、召喚者の主張に大きな矛盾などは感じられませんから。
 もちろん、召喚者側が嘘を吐く動機は大いに有ります。『サキュバス』の児童自立支援施設送致という結論を得るために、寿命に関する情報をでっち上げたという線は有り得ますが。……ただ、」

部屋の中の面子を眺めて、小田切 敏郎は本心を吐く。

「今回の、佐藤警部補と召喚者のやり取りを読んだ時、印象としてとても腑に落ちる感覚がありました。
 何故、『サキュバス』が召喚者を頼ったのか。そして、何故、頼られた召喚者が『サキュバス』のために力を尽くそうとするのか。
 『相手』の寿命に関する一連の情報は、これまでの振る舞いを説明するうえで、かなり説得的であるように感じています。……国家の安寧を考える上で、かなり困る情報でしたが」

最後の言葉に、同意のこもった頷きが向けられる。
今の段階で生命の危機にあり、その危機を乗り越えても、今後10年~15年で『サキュバス』が天寿を迎える。召喚者の寿命は、最長で『サキュバス』の寿命の1年後。
その程度のスパンで身の回りの寿命を捉えている相手が、果たして最期の時まで、この国の国土を巻き込まない理性を維持出来るものなのだろうか。
……やり取りを読んだ時からずっと、脳裏に浮かび続ける疑問。何よりも大切な論点であるにも関わらず、一方でこの場では実効性のある議論がとても出来そうにない話でもあった。


※12月16日 初出
 12月20日 シーン追加しました。続きは23日までに投稿します。
 12月23日 脱字修正修正しました。
 2月1日 長らくお待たせしました。言い訳の仕様が無いほどの更新遅延となり、誠に申し訳ありません。矛盾発見により3回ほど全消し→書き直しをしておりました。ともあれ、これで第4部-17が完成です。
 次より第4部-18で、粟倉 葉サイドの話が続きます。その次は紅子視点の話です。

 作者のリアル事情により、ちょっと更新頻度が落ちそうです。話自体も駆け足気味になるかもしれませんが、とにかく完結を最優先に突き進もうと思います。




[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話-18
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/05/05 20:27
【誘拐事案】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ223【交渉中】

253:◆MsSuccubus [sage]:20XX/09/01(日) 07:48:32.42 ID:MMMMMMMM
 おはよう、スレ住民諸君。召喚者だ。

 今回の書き込みは2レス。
 いつものように、私から諸君宛の書き込みと、『サキュバス』からの伝言だ。例の如く、こちらの書き込み中は、出来れば書き込みを控えてほしい。

 まず、私から1点目。
 公に知られ、またここのスレタイにもなっているが、私達の手によって誘拐事案が発生中だ。この事案は現在も継続中だ、と、ここに宣言しておく。
 今日は夏休み最終日だが、明日の新学期からも事案が継続する事が確定した、とも。
 元々2学期が終わるまでにはカタを付けようと思っていたのだから、想定の範囲内だ。

 それから、2点目。
 内容は公表しないが、誘拐以後、私達と警察との間で意志疎通の機会はあった。
 私達の要求により、警察は誘拐事案の詳細を今の時点で何も語っていない。そして、事案がひと段落つくまでは、警察は何も語らない。
 前述の通り2学期中には、何があったのかが世間に明らかになるだろう。

 私から言える事も、私は徹頭徹尾『サキュバス』のために動いている、ということだけだ。
 『サキュバス』のために必要だと判断したから、誘拐という行為を選んでいる。その私の行動方針を、警察は把握している、ということも。

 さて、次のレスは『サキュバス』からの伝言だ。

255:◆MsSuccubus [sage]:20XX/09/01(日) 07:48:32.42 ID:MMMMMMMM

 ◆Moto/.Prof様
 突然ですが、以下の問に解答をお願いします。

 問1.元の世界での魔術で身を立てている者の装束について。必須であるものは何かを答えよ。

 問2.上記問1の装束の色の規制について。装束の内、色の規制があるのは何と何か。また、所属と色の関係を出来うる限り多く列挙せよ。

 問3.上記問1の装束の色の規制について。色の濃淡が示す意味を答えよ。

 問4.分析魔術による寿命解析の原則について。 生物の寿命が分析可能or不可能な場合に触れつつ、その原則を示せ。

 問1~問3は、そちらの経歴から考えて即答可能と思います。問4については、解答はなかなか厳しいでしょうか?
 なお、私の件に関して警察等への協力は控えてほしいという要望は、引き続き守って頂きますようお願い致します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  9月1日 午前11時48分 賢橋町2丁目 路上

「ふぅ……」「なんだ、溜息吐いて」

 不意に粟倉 葉の口から出てきた溜息を、右横を歩く夫は聞き咎めてきた。苦笑いを顔に出しつつ、葉は言葉を返す。

「ちょっと、疲れたから。昔のことを思い出すのって、文章を読むのとはまた頭の使い方が違ったみたい」

 長く学者を続けていて、現職が弁護士。特段、頭を使う仕事が苦というわけではない。それが苦手ならそもそも学者という職を選んでいない。
 ただ、今朝から行った作業は、頭脳労働とはいえ、普段やるようなものとは少々毛色が違った。
 深く深く記憶を掘り下げて、何とか思い出すべきことを思い出そうとする、そんな作業。

「そうか。無理する必要は無かっただろうに。葉」

「……本当、私がこだわっただけだけね」

 ちょっと呆れた夫の指摘に、苦笑、再び。
 思い出すべき記憶は、無理に思い出そうとせず、あやふやなままでも良かったろう。どうしても正確に思い出したいと執着したのは、まさしく自分の意地だ。

 今朝、掲示板にあった召喚者達の書き込み。その後半部は、葉に向けられた『サキュバス』の問いかけだった。その内容は全部で4つ。
 問1~3までは、すぐさま即答出来る内容。ただし先方が書き込んだ通り、最後の問4だけは、葉としては正確な解答が出来るものかがかなり怪しい。

 問われたのは、何てことはない、魔術原論の基礎に出て来る話だ。分析系が得意な笛の民のお嬢さんならば、常識のように知っていてもおかしくない事柄の質問。
 あの子が目指していたらしい魔術系の官吏というのも、種族的に考えて分析系魔術絡みの確率が最も高い。仮にそういう系統の志望だったならば、なおさら知っている事だろう。
 ただ、こちらは破壊系と呪詛系が得意な巫女だった。あの世界の種族すら違う。10代半ばの頃、神殿の講堂で一度学んだだけの知識を、急に質問された構図。
 若い頃に作った手持ちの”資料”にも記述が無い問いで、……うろ覚えでも何とか思い出せたが、正直、内容に自信が無い。

 ともあれ、思い出すために頭は十分に使った。外の空気を吸って、頭を冷やして、ついでに昼御飯は久々に地下鉄の駅近くの牛丼屋で済ませて。
 その後確かな記憶を思い出せなければそのまま書き込もう、という。そんな、日曜の、お昼時。

「先生!? 東都大学を辞められた民法の粟倉先生ですよね?」

 目当ての牛丼屋の近くまで進んだ頃、左前方からの若い男性の声が、葉を呼びかけた。夫共々、声の方を見る。
 ポロシャツににジーンズ姿の、肩から鞄を下げた、……多分20代か。自分達夫婦と比べれば随分と若い男性だ。
 ――誰だろう、見覚えが無い。

「あの、覚えていませんか? 先生が定年退職された時、僕、最前列で粟倉先生の最後の講義聞いていたんですが……」

 長く奉職していた東都大学を定年退職したのは、一昨年のことだ。
 その当時の学生の中にこんな顔は居ただろうか、葉は思い出そうとする。――ダメだ、思い出せない。

「あー、ごめんなさいね。えっと、お名前何だったかしら、あなた」

 小さく頭を下げる。本当に思い出せないのだから仕方あるまい。
 東都大学のOBかあるいは現学生か、どちらとも知れないその若者はハハハと笑った。

「いやー、思い出せないなら仕方ないです。学年に何百人もいましたから。それじゃあ、失礼しますね」

 会釈した彼は、そのまま葉の横を通って後方に去って行き、……数秒後、
 不意打ちが来た。

「死ね!」

 斜め後ろからの衝撃で頭がブレた。思考する間もなく、ザクザクという音と、背中からの熱い感覚がほとばしる。

「――……!!」

 罵声。
 聞き取れない男の野太い罵声。夫だろうか、あるいはあの男性なのだろうか。

 薄茶色の中の、赤。
 ああ、地面の舗装と自分の血か。倒れているのだ。口からダラダラと出血しながら。
 顔を上げる。ぼやけた視界の真ん中で、誰かが誰かともつれ合う姿が見える……。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【解答】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ239【待機中】

591:VIPにかわりましてHIDEがお送りします[sage]:20XX/09/01(日) 11:58:07.28 ID:NNNNNNNN
 速報
 地下鉄賢橋駅近くの路上 俺の目の前で通り魔発生
 刺されたのはこのスレで上がってた異世界人候補の弁護士っぽい
 救急車でたった今搬送された

592:VIPにかわりましてHIDEがお送りします[sage]:20XX/09/01(日) 11:58:59.01 ID:OOOOOOOO
 >>591
 なぬ!? 詳細寄越せよ! できればトリ付けて!

623:VIPにかわりましてHIDEがお送りします[sage]:20XX/09/01(日) 12:04:59.00 ID:NNNNNNNN
 >>592
 トリ付けないけど出来るだけ詳しく説明するわ
 地下鉄の賢橋駅の出入り口そばのコンビニで、俺、立ち読みしてたのよ
 たまたま顔を上げたら、コンビニのガラス越しの道路で、年配の女性が刺された

 ちょっとトラウマになったかもしれん
 俺、その男と目が合ったわ、どうも頭の逝ってた若いアンちゃんが犯人
 「ざまあみろ異世界人め」とかすげぇ声でわめいてた
 その場で旦那さんに取り押さえられてたけどな

 つうか旦那さんここで出てた弁護士さんだよな? 多分
 旦那さんが奥さんの名前を何度も何度も呼んでた
 本人かどうか厳密には知らんけど、被害者が話題の教授に似てて、「ヨウ」さんっぽい名前なのは間違いないと思う

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  9月1日 午後12時9分 召喚者の屋敷 地下大広間

 掲示板をチェックしていたタイミングが良かった、と、紅子は率直に思う。
 昼食前に掲示板を確認し画面を開いた瞬間、自称通り魔を目撃した人物による詳細な書き込みが、ピンポイントで目に飛び込んできたのだ。
 元からローブ姿だった。仮面を着用し、ざっとSNSを調べてから掲示板の内容を紙に印刷し、『彼女』が居る地下室に駆け降りるまで、掛かった時間は数分。今、紅子の息は若干荒い。

【取り急ぎ掲示板以外にも他に色々見てみたけれど、賢橋で人が刺されて救急車出動、犯人確保済みなのは間違いなさそうよ
 現在進行形で現地から呟いている人が他に居た。とんでもないタイミングでとんでもない事が起こるのね】

 信じられないという顔で書き込みを読んでいる『彼女』を横に、紅子は筆談用ノートパソコンのキーを叩く。
 通り魔の発生は、報道機関のサイトには出ていなかった。ただSNSで実況されて拡散されているだけの段階だ。事件そのものは本当であるようだから、いずれニュースにはなるだろう。
 警察への情報提示のつもりで今朝方こちらが粟倉 葉(=◆Moto/.Prof)に問い掛け、あちらの解答を待っていたタイミングでの通り魔情報という流れ。
 なお、粟倉本人の通り魔被害の真偽はどうあれ、掲示板上に◆Moto/.Prof名義の解答は未だ無い。

 真横の『彼女』を見る。
 仮面を着けていない『毛利 蘭』の顔は、驚愕と不安に染まった表情で、長く思案しているようだ。考え込む時間は紅子の体感でかなり長め。
 ……やがて決心した顔で、キーボードへのタイピングを始めた。

【あるじ、この話が本当かどうか分かりませんが、もし本当だとして
 今後もしそれで本人が亡くなられたなら、その時は、通り魔を呪い死なせる許可は頂けますか?】

 呪詛系/加護系の魔術は、紅子も『彼女』も、使うことはできる。ただし遠隔で誰かを標的にできるのは、単に身体なり心なりを傷つけるだけの単純な呪詛のみ。
 加護の要素なり、複雑な発動条件なりを少しでも入れると、付与する相手に直に向き合わなければ効果が無い。
 逆に言えば、ただ通り魔の心なり身体なりを徹底的に壊すだけならば、この屋敷からでも出来る。紅子が『彼女』にOKを出しさえすれば。

【今は保留ね
 真実そういう流れになったとしても、貴女が魔力不足になるリスクが恐ろしい
 それに、サキュバスしか関係のない因縁なのだから、蘭が融合した状態では殺しの許可は出せない。誰かに加護を与えるならともかく、殺しは駄目
 蘭の方の精神が、おそらくとんでもないことになる】

 元太誘拐の実行時ですら結構ギリギリだったのだ。通り魔とはいえ誰かを呪い殺すのは、『女子高生』の倫理観では精神的な負担が半端なく重いだろう。
 『サキュバス』の怒りの感情だけを考慮して殺害許可を出すのは無謀だ。殺した時点で『彼女』のメンタルが壊れかねない。
 仮面の下の目で『彼女』の顔を見る。……心底納得した模様。こちらに大きな頷きを見せてくる。
 呪い殺すのどうのという話は一旦保留。同じテーマのまま方向性を変えよう。

【それで、本当に粟倉さん本人が刺されていたとして、私達はどうするべきと思う?
 私の魔力は今そこまで余裕は無いわ。魔術をいくつも連発させるのは無理
 でも、この教授がもし死んだりしたら、今度はサキュバスのメンタル的にはキツいでしょうね】

 つくづく面倒なタイミングでの通り魔情報だった。きのうの拉致を伴う刑事との協議と、今朝の書き込みのために魔力を結構消費してしまっている。
 紅子の場合、『彼女』とは違って、魔力は時間と共に自然回復する。が、現在の体内の残余魔力量が少ないのはまた別の問題。
 現在の魔力は、ギリギリ警視庁捜査本部の情報探査を1回行えるくらい。
 それを明日は行わないとして、今日使える魔術は良いとこ2つ。今後2~3日の体調不良を覚悟で3つ。それ以上は、……きっと今後の作業自体に支障が出る。

【やるべきことをまず列挙しましょうか、あるじ。それから優先順位を考えましょう
 まず先生の現状確認は必須です。本当に刺されたのか、本当ならば容態がどうなのか見なければならない
 それから、こちらで確認していた異世界資料が今どこに有るのか、粟倉家から余所に渡り得る前に確保するべきかもしれません】

 ――あの粟倉夫婦の家には、そういえば、“あの世界”について書かれた資料があるんだったわね。
 『彼女』の文字で、ようやく紅子は存在自体を思い出した。
 粟倉 葉という名を知り、住所を知った頃、彼女の周りの異世界関係の物について調べるように分析魔術を掛けて、それで引っ掛かった資料類。
 全て、作成された日時がだいぶ昔らしい物だった。新しいものでも作成日は30年以上前。大体が作成後40年の大台に乗っていた。
 こちらとしては資料があるという事だけ把握して中身は精査していないが、ただ資料の存在と場所だけは検知していた。……そんなシロモノ達。

 確かに『彼女』が打ち込んだ内容はもっともだ。今気にかけるべきことには違いない。
 では、他にやるべきことは無いか、紅子は文字を打つ。

【もし粟倉さんが死んでなかったとして、本人に治癒や加護を与えることも、検討材料かしら
 今見る限り、死に至った場合、貴女のメンタルがややキツいことになりそうだけど
 出来うることなら、やるべきでしょうね】

 ……ホゥ、と、息があった。
 『サキュバス』がこちらに向けている感情は、――ああ、召喚者だから分かる。この思考を言葉に直すならば、安堵か、感謝か。
 『彼女』は、顔を伏せてただキーボードに手を載せる。

【でも、あるじの魔力が限られているのですから、私の思う優先順位は、】

 そこで一旦文は切れる。
 長い長い思考の時間を挟んで、文字は打たれた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【通り魔】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ251【確保済】

92:配偶者◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/01(日) 21:04:54.17 ID:KKKKKKKK
 こんばんは。召喚者さん、サキュバスさん。私は◆Moto/.Prof本人ではなく、◆Moto/.Profの配偶者です。
 トリップキーを事前に夫婦で共有してしていたため、このトリップで書き込んでいます。
 ◆Moto/.Profは、本日、突発的に、生命が極めて危うい状態になりました。
 詳細は伏せますが、現在、意識が回復する見通しが立っていません。私のみ入院先から先ほど一時帰宅し、自宅の端末からこうして代理で書き込んでいます。

 私は、この世界で生きる者としておそらく唯一、配偶者の記憶の件を昔から知っていました。
 他に近親者の何人かが事情を知っていたようですが、私が知る限り全員が既に没しています。全員、私より年上の、◆Moto/.Profの血縁者でした。

 ◆Moto/.Profは、意識不明になる前に、サキュバスさんの問題の解答を残していました。ここにその解答を書き込ませて頂きます。

 問1.元の世界での魔術で身を立てている者の装束について。必須であるものは何かを答えよ。

 解答1.手袋、杖、仮面、フードの付いた上着。全ての職で、これだけは共通の装束である。

99:配偶者◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/01(日) 21:05:32.48 ID:KKKKKKKK
 問2.上記問1の装束の色の規制について。装束の内、色の規制があるのは何と何か。また、所属と色の関係を出来うる限り多く列挙せよ。

 解答2.仮面と上着に色の規制がある。
 神殿に属する者は青。王・王族は緑。軍に属する者は黄。官吏は赤。左記のどれにも属さない者は、灰か黒か紺のいずれか。
 なお、何らかの理由で収監されている者・罰されている最中の者は、元の所属に関わらず全く染色の無い上着を着る。

 所属の変遷があった時は、上着と仮面の、縁取(ふちど)りの色で示す。
 例えば、元軍人で退職後は在野の者となった時は、灰or黒or紺の上着に黄色を縁取る。
 ◆Moto/.Profもかつてはそうだった。元々神殿の者で軍に移ったので、青く縁取った黄色の上着を羽織っていた。

 問3.上記問1の装束の色の規制について。色の濃淡が示す意味を答えよ。

 解答3.身分の上下関係を示す。濃い色ほど身分が上。逆に薄い色ほど身分が下。

 問4.分析魔術による寿命解析の原則について。生物の寿命が分析可能or不可能な場合に触れつつ、その原則を示せ。

 解答4.原則として、生物の寿命は分析魔術では判断できない。この点は、◆Moto/.Profでも明言出来ることだったという。
 分析魔術で判断できる例外は、確か、以下の3点のみ。 (例外の数は確か3つだったと思う。内容についてはあまり自信が無いとのこと)
 1.魔術的な事由によって、寿命が定められた 2.万人が認めるほど明確に、死去する直前である 3.分析対象の生物が、異なる世界の者である
 なお、3点目に関しては、その異世界の生物の魂に、他者の魂が一切混ざっていない事が求められる。混ざった場合は寿命の分析は不可となる。

 ◆Moto/.Profの解答は以上です。

107:配偶者◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/01(日) 21:06:07.23 ID:KKKKKKKK
 ところで◆Moto/.Profは、異世界について、記憶を元に大量の資料を作成していました。
 棚ひとつ丸々使うほどの分量の、音声記録(ほぼ全部カセットテープ)とノート類です。
 この世界に転移したばかりの頃に、元の世界を忘れないために作ったのだと聞いています。

 帰宅してすぐに気付いたのですが、それら資料類が棚ごと自宅から消えています。
 ◆Moto/.Profの危機を察知したあなた方が、うちに忍び込んで棚を持ち出したのではないですか?
 誰が盗んだのか分かりませんが、窃盗犯があなた方であるならば、変な言い回しかもしれませんが、最も悪くない構図だとは思います。

 親告罪扱いにならないケースだと承知の上であえて言います。
 仮に犯人があなた方だったとしたら、私には、窃盗行為に関して、あなた方への処罰感情は浮かびようがないのです。

 サキュバスさんと故郷について語り合える日が来ることを、◆Moto/.Profは心から待ち望んでいたからです。
 ◆Moto/.Profは、サキュバスさんの生存を願っており、そちらの要望通り、手持ちの資料を警察等に渡しはしないという決意を固めていました。
 私も、配偶者としてその願いに賛同しています。

 私には、警察に提供できるような異世界の魔術の知識は一切ありません。
 資料が家の中でそのままだったら、私はその取扱いについてきっと困惑していたでしょう。
 ◆Moto/.Profが意識を回復する時が来るまで、配偶者の希望通りに、誰ひとり資料に触れさせない方法を必死で思案しただろうと思います。
 あの資料が全てあなた達の管理下に置かれるとすれば、◆Moto/.Profにとっても、あなた達にとっても、好ましい事なのでしょうね。

 いつか、◆Moto/.Profが、サキュバスさんと語り合える日が来ることを願ってやみません。
 それでは、失礼いたします。


※4月23日 初出
 4月24日 シーン追加しました。追投稿の作業途中でここのサイトのエラーに引っ掛かって悪戦苦闘していました。お見苦しい所をご覧になっていた方がいらっしゃったら申し訳ないです。

 作中で9月1日が日曜日扱いですが、カレンダーは(元々の安価スレが始まった年である)2013年準拠ということでお願いします。

 第4部がとんでもなく長くなったので、一旦〆る事にしました。全4部のつもりでしたが全5部になります。次エピローグなので、お決まりのコナンサイドです。
 登場人物紹介の挿入、IF話の移動、この部のタイトル変更とか、色々作業した後で、第5部プロローグになります。
 この第4部の新タイトルは、『罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話』となります。で、現第4部タイトルを第5部に持って行きます。
 更新頻度がアレでも、完結には突き進みます。今後ともよろしくお願いします。

用語補足(窃盗と親告罪):
粟倉(夫)による掲示板への書き込みで、『親告罪扱いにならないケースだと承知の上で~』という記述がありますが、この点について補足です。
『親告罪』とは、被害に遭った人からの刑事告訴がなければ、刑事裁判にはならない罪のことを言います。そうでない犯罪は『非親告罪』です。
『親告罪』の分かりやすい例としては名誉棄損が挙げられます。これは名誉を傷つけられた本人が訴えければ刑事裁判になりません。
『非親告罪』の分かりやすい例は殺人でしょうか。殺された本人は訴えようが無いですし、警察は殺人のことを知った時点で捜査を始める形になりますよね。

窃盗は、この点やや特殊な犯罪です。
まず、被害者の、配偶者or直系血族or同居の親族が窃盗を行った場合、その罪について刑は免除されます。
また、それ以外の親族が窃盗を行った場合、親告罪扱いとなり、被害者が刑事告訴しなければ刑事裁判になりません。
ただし、作中では、盗んだと思われる側(=サキュバスと召喚者)は、盗まれた側(=粟倉夫妻)と一切親族関係は有りません。
粟倉(夫)が告訴しようがしまいが犯罪となってしまう訳で、それでもなお粟倉(夫)は、盗んだ側に処罰感情は無いと明言した訳です。



[39800] 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話 エピローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/05/05 20:28
【東京・賢橋 東都大名誉教授 路上で刺され重体 19歳の少年逮捕

 賢橋町2丁目の路上で、1日午前11時55分頃、女性が少年に包丁で刺される事件があった。
 刺された女性は、東都大学名誉教授で弁護士の粟倉(あわくら) 葉(よう)さん(62)。少年に頭を殴られた後、身体の複数個所を刺され、意識不明の重体。
 少年はその場で粟倉さんの夫に取り押さえられ、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。

 警視庁賢橋署によると、少年は賢橋町の大学生(19)。
 大学での元教え子を装って、路上を歩いていた粟倉さん夫婦に話しかけ、別れ際に突然襲い掛かってきたという。実際には、少年には粟倉さん夫婦のどちらとも面識は無かった。
 取り調べに対して、少年は「異世界人をこの世界から追い出そうと思った」など意味不明な供述をしており、賢橋署は責任能力の有無を含め慎重に捜査している】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  午後9時15分 毛利探偵事務所 2F

 ――今日のニュース。やっぱり印刷してたのか。

 応接用の机の上にバラバラと置いてある複数のA4用紙。その内の1枚が、目に入ってきた。
 紙をパッと見た感じ、例のトリップが付いた“召喚者”と、例の“配偶者”の書き込みと、あとは賢橋町で弁護士が刺された事件のネットニュースを印刷した物ばかり。
 きっとおっちゃんがスクラップブックにまとめるのだろう。『蘭』が巻き込まれて以降、おっちゃんはそういう風にニュースの記録を続けている。

「おじさんも、この刺された人が、掲示板で名乗ってた異世界人だと思っているの?」

 事務所でパソコンの画面を見ているおっちゃんは、一見すると、事務所が通常営業していた時とそう変わらない姿に見える。
 俺の声で、初めて俺が3階から降りて来たことに気付いたらしい。
 こちらが着ているパジャマを見て、おっちゃんは質問に答えるのではなく、まず壁の時計を確認した。

「……坊主、まだ寝てなかったのか? もう夜の9時過ぎてるぞ」

 明日から2学期が始まる。一度は寝付こうとしていた小学1年生の子どもが、この時間にわざわざ起きて来るというのは、確かに説教の対象になる。

「うん。歯磨きしている時に、配偶者さんの書き込みに気付いたから。
 ちょっとね、おじさんとお話して考えをまとめないと、逆に眠れない気がするんだ。……ねぇ、おじさんの考えを教えてよ」

 スマホのアプリが、“配偶者”の書き込みを検知して知らせてこなければ、俺はそのまま寝ていたはずだ。
 先ほどの、9時4分~6分にかけてのあの書き込みを見て、……とてもでは無いが、おっちゃんと話さなければ寝付けない気がした。
 俺の考えをまとめたいという点だけでなく、おっちゃんの反応が気になるという点もあった。後者の内容は本人にはとても言えないが。

 おっちゃんの反応を伺う。……意外にも、早く寝ろ、の一喝は来ない。

「そうだなぁ。逆に聞くが、お前はどう思う?」

 おっちゃんも、何か俺と話したいのだろうか?
 何せ、今日だけで色々な事が急転直下している。おっちゃんも俺と同じで、『蘭』の秘密を共有出来る者と、混乱しがちな思考を整理し合いたいのかもしれない。

「掲示板の人達の受け売りだけど、
 ……僕も、配偶者さんが書いた事を読んでみると、やっぱり、刺された弁護士さんが掲示板に書き込んだ自称異世界人の可能性が高くなったのかな、って思う。
 弁護士さんが刺されて重体だってニュースで言っていて、同じタイミングで、異世界人の配偶者さんが、本人が突発的に意識不明になりました、って言ってるんだからね。
 出来事と書き込み内容のつじつまは合うでしょ?
 まぁ、警察の人達なら、僕達みたいに推理するまでもなく、本当にこの弁護士さんが異世界人かどうか分かっているんだろうけどね」

 あのスレッドで、異世界人(=◆Moto/.Prof)の候補として挙げられている人は複数居た。粟倉弁護士はその内の筆頭候補だった人物だ。
 襲撃事件のニュースの内容と、配偶者の書き込みの内容は矛盾はしない。
 断定的な事は言えないが、粟倉弁護士が、掲示板上の◆Moto/.Profである確率が跳ね上がったのは客観的に見て間違いない。
 ……警察のように権限を持たない立場では、推理出来るのはそれだけだ。

「ああ、確かにな。俺達はネットで出てきた情報だけでの推理だが、警察なら、掲示板の書き込みに使った回線がどこの誰の物か、割とあっさり調べられるからな。
 ところで、坊主。今日の書き込みを見て、お前が他に気付いた事は有るか?」

「僕が気付いたわけじゃないけれど、掲示板で言われてて、すごく納得した推理はあるよ。……これ見て、おじさん」

 そばの机に置かれていた紙束を探る。俺が選び取るのは、今朝の召喚者による書き込みと、先ほどの配偶者さんの書き込み。
 まず、今朝の書き込みの内、『サキュバス』が◆Moto/.Profさんに宛てた4つの質問の部分を指差して、おっちゃんに見せる。

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【問1.元の世界での魔術で身を立てている者の装束について。必須であるものは何かを答えよ。

 問2.上記問1の装束の色の規制について。装束の内、色の規制があるのは何と何か。また、所属と色の関係を出来うる限り多く列挙せよ。

 問3.上記問1の装束の色の規制について。色の濃淡が示す意味を答えよ。

 問4.分析魔術による寿命解析の原則について。生物の寿命が分析可能or不可能な場合に触れつつ、その原則を示せ。】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「問1の問題文って、元の世界についての質問だ、って、最初に書いてる。
 問題文の内容的にも、『サキュバス』が生まれた異世界についての話なのは間違いないよね。
 その世界の決まり事について質問しているのであって、この世界について質問しているわけじゃない。それは、問2と問3も、同じことだよね」

「そうだな」

 即座に理解したらしいおっちゃんは、強く頷く。俺はそれを確認してから言葉を続けた。

「でも、問4は違うんだよね。異世界の法則についての質問だ、って限定が、問題文に無いんだ。
 で、問4でさっき書き込まれた配偶者さんの答えが、これ」

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【解答4.原則として、生物の寿命は分析魔術では判断できない。この点は、◆Moto/.Profでも明言出来ることだったという。
 分析魔術で判断できる例外は、確か、以下の3点のみ。(例外の数は確か3つだったと思う。内容についてはあまり自信が無いとのこと)
 1.魔術的な事由によって、寿命が定められた 2.万人が認めるほど明確に、死去する直前である 3.分析対象の生物が、異なる世界の者である
 なお、3点目に関しては、その異世界の生物の魂に、他者の魂が一切混ざっていない事が求められる。混ざった場合は寿命の分析は不可となる。】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「もしもだよ。書き込まれた答えの内容が全て正解だとするよ。その上で、この原則も、例外も、異世界だけじゃなくこの世界でも当てはまるのだとしたら」

 仮定の上での推論を述べながら、俺の指は、先ほどの解答書き込みの内、3番目の例外をなぞる。
 この例外に該当し、寿命が分析出来そうな存在を、俺達はただ1例だけ知っている。

「3番目の例外だけは思いっきり当てはまりそうな『異なる世界の者』が、『ひとり』だけ居たよね? この世界にとっての、『異世界人』が。
 今は『蘭姉ちゃん』と融合しているから、たぶん寿命の分析は出来ないけれど」

 おっちゃんの目が大きく見開かれた。俺が誰を言いたいのか理解し、その存在のそばに誰が居たのかも思い至ったらしい。

「! 融合事件を起こす前のサキュバスか!
 召喚者が分析魔術とやらを使えるのかは分かりはしねぇが、……元々、何かしら召喚魔術を使おうとしていた奴らしいからな。
 もし召喚者が分析魔術が使えて、それでサキュバスを分析していたとしたら……」 

「そういうことだよ。もしかしたら召喚者は、サキュバスの寿命を最初から見抜いてたのかもしれない、って。
 ……そういう風に掲示板に書いた人がいて、僕はその推理にものすごく納得したんだ」

 ネットの集合知も馬鹿には出来ない。公表された情報から考察を交わす人間は山ほど居る。
 特に、この事件は最初から社会的に大注目を浴びている。なおさらのことだ。

「なるほどな、確かにお前の言う通りだな」

 ちなみに、掲示板上には、論点は他にもある。この原則と例外がこの世界でも当てはまるとして、例外を記した文章に解釈の余地があるからだ。
 単に、分析者と分析対象の出身世界が異なるだけで、寿命の分析が可能ということなのか。あるいは、この世界ではこの世界の生物の寿命は分からない、ということなのか。
 前者なら、『サキュバス』は、俺達ホモ・サピエンスの寿命を分析し放題という構図になる。後者なら、単にかつて融合前のサキュバスの寿命が分析可能だった、という事が分かるだけだ。

 ……とはいえ、その議論には、今、俺は立ち入らない。

「どういう書き込みで召喚者と『サキュバス』がこの書き込みをしたのか、僕には分からないよ?
 でもね、この寿命についての質問って、将来のための伏線ではないのかな、って、思った。
 『サキュバス』はこれから、『自分』の寿命について、何か書き込んだり、おじさん達や警察の人達とやり取りを交わすことが、ひょっとしたら、あるのかもしれないね」

 『サキュバス』は、何も意味が無いことを、何も考えずに言い出すような性格には見えない。
 では、今日書いた質問の意図は、どこにあるのか。『本人』が明言しない事ははっきり分からず、ただ推理するしかない。

「それもそうだが、その言い方を借りれば、警察にとっては、……この書き込みが伏線の回収に見えるのかも、しれないぞ。
 『サキュバス』達が捜査本部とどんな意志疎通をしているのか、ここ最近は、俺にも、英理にも、全く知らされてないからな。
 俺達にとっては唐突な書き込みや質問でも、今の警察にとっては何か意味があるように見えるのかも、しれん」

 おっちゃんが言う事も、なるほど至極もっともだ。
 警察が『サキュバス』達とどんな言葉を交わしたのか、現時点で何も語っていないし、語らない態度を取ること、それ自体は理解している。
 この点も、今の時点では推測するだけ。

「そうだね。……警察の人達って、召喚者さんや『サキュバス』と、どんなやり取りをしているんだろうね?
 召喚者さんの書き込みだと、いつかはそのやり取りが公表されるはずだけど。……おじさんは、知るのが怖くないの? 知りたいと思ってる?」

 この問いはやや失言に近かったかもしれない。おっちゃんは、俺を軽くにらんで言い切った。

「怖いとか、知りたいとかじゃねぇんだ。その時は、俺は、知らなきゃならねぇんだよ。
 『娘』を巻き込んだ奴らが、『娘』と一緒に一体何をしたのか。俺は、親だからな」

 ――人格を巻き込まれ、その後犯罪に手を染めさせられた『娘』の帰還を待つ親の、義務。
 自分に言い聞かせるような態度が明確な言葉に、俺はただ一言しか返せない。

「そっか。……うん。そうだよね」

 いたたまれないような沈黙が、続く。
 ……疲れ切ったように深い溜息がおっちゃんの口から出た後で、ようやく、「もう十分話しただろうから早く寝ろ」の言葉が来た。
 抵抗なんかする気が浮かばない。おとなしく従うことにする。


【 第4部 罪に染めた/染まった彼女の話+死に掛けそうな誰かの話 完 / 第5部へ続く 】

※今後の更新スケジュールについてお知らせです。
 5月1日~4日:第1部~第4部まで、各部終了時点での登場人物まとめを順次投稿。各部エピローグの後に追投稿を差し込む形になります。
 この期間は、毎日ageで投稿する形になると思います。

 5月5日:第4部タイトルの変更作業と、IF話の移動を実施。和葉のIFはこの第4部エピローグと登場人物まとめの更に後ろに持っていきます。

 なお、感想掲示板のレス返しは5月5日に行います。



[39800] 第4部終了時点 登場人物まとめ(主要人物編)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/05/05 20:21
※全て第4部終了時点の情報です。ネタバレ・書いてないことのフォロー・伏線 全部含みます。注意です!※

【名前】サキュバス/???
【性別】女性
【年齢】満15歳(出身地の数え方で16歳)
【立場】落ちぶれかけた宿屋の娘(魔術系官吏志望)→死にかけの魔術師→人格だけの『魔術師』
【基本情報】
 本名不詳。本作品の主人公にして、作者のオリジナルキャラ。小泉 紅子に召喚された異世界出身の女の子で、魔術の使い手。特に見抜く、分析する魔術に優れる。
 この世界に召喚された時に紅子に天寿を見透かされており、残りの寿命は10~15年と短命。
 天寿以前に身体が崩壊しかけたため、毛利 蘭を誘拐、魔術で人格融合した。その後は人格のみ『蘭』の身体に存在する。
 第2部以降、近くの人物の「直近の性行為の情報」を見抜く魔術が自動発動する事態となった。このためなお魔力不足で生命を失う危機にある。

【思考・思想】
 元の世界の、実父をはじめとする父方の親族を嫌悪している(相続争いで殺されかけた)。
 故郷に帰る気はさらさら無く、何よりも「この世界で平穏に生きること」への執着が強い。
 この目的のために現職の役人を殺すことは忌避するが、それ以外の誰かを巻き込み殺すことは許容する。
 元々の種族の特徴(ある程度性行為を交わさないと死ぬ)により、性行為への忌避感が皆無。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:人格融合したもう1人の『自分』。分離して恋人の元に返さないと心が折れるだろうなぁ。
 召喚者:一番尊敬するお方! あるじ(Reune)、生涯付いて行きます!
 粟倉:同郷の大先輩。いつか対面して語り合いたい相手……。死んじゃ嫌!
 元太:ホント単純で無邪気な食いしん坊さんだねぇ、きみは。生かせる限りは生かそうね。
 高木:死ぬかな? 生きるかな? 死んじゃうならタイミング次第で助かる。……うーん。
 小五郎&英理:こんな親が欲しかったなー……。『娘』を本気で心配してくれる親が。
 佐藤:色んな都合上、捜査に巻き込んだ刑事さん。生きた彼氏と想い合えるのが羨ましい。
 コナン/新一:厄介な因果を抱えた探偵くん。今死なれると怖い。主に『蘭』のメンタル面で。
 坂田&沼淵:最期に願いを残して殺された生贄達。いつか秘密にしている事を世に出したいな。
 その他警察:魔術に対する無知・無防備っぷりが逆に怖い。いや、助かるけど!

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【名前】毛利 蘭
【性別】女性
【年齢】16歳(帝丹高校2年)
【立場】彼の帰りを待つ女子高生→人格を巻き込まれた『女子高生』→『犯罪者』な『女子高生』
【基本情報】
 原作ヒロインで、関東大会優勝レベルで空手が強い女の子。
 本作品では、夏休み中の部活の練習帰りに誘拐され、自身の身体に『サキュバス』の人格と『自分』の人格を融合させられた、完全なる被害者。
 あくまで人格は融合しており、分かれて併存しているわけでは無い。が、前の人格が強めに出ることはある。『サキュバス』らしい時は声が低め、『蘭』は高め。

【思想・思考】
 『サキュバス』との融合後、魔術によって、コナン=新一であることと、彼を取り巻く妙な組織の因縁を見抜いた。
 本来は正義感が強い子で、罪を犯すよりも自らの死を望むような性格だった。
 現在は、将来の人格分離と記憶の喪失に期待し、また、コナン(=新一)との再会を心の支えにして、ひたすら罪を犯す『自分』の行為に耐えている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:人格融合されたもう1人の『自分』。いつか何もかも忘れて関わらずに生きたい!
 コナン/新一:『自分』の事件を全部忘れて、再会する事が目標になった。……嫌な話だ。
 召喚者:罪を犯す前、心をお見通しでフォローしてきた人。関わらずに生きたい相手その2。
 小五郎&英理:『私』が何もかも忘れた時に、普通に親娘としてやっていける、と良いなぁ。
 高木:まさか死んじゃうの!? おまけに遺体を入手して加工するかも? え? えっ!?
 元太:『私』には君は殺せないかなぁ。……うん、無理。
 園子:多分もう会えない大親友。元気に高校生活を過ごせてることを祈るだけ、かな。
 佐藤:色々とショックを受けてそう。とにかく、病気が治りますように。
 灰原:魔術で見えちゃったんだけど。物騒な因果抱えていたんだ、……哀ちゃん(ドン引き)
 その他警察:熱意だけは凄いけど、さすがに今回は徒手空拳の戦いをしてるのね。
 沼淵:『サキュバス』が見抜いた裏事情が酷い。世の中って、厳しい上にいい加減なのね。

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【名前】召喚者/小泉 紅子
【性別】女性
【年齢】16~17歳(江古田高校2年)
【立場】赤魔術の魔女→『サキュバス』の主(あるじ)/女子高生
【基本情報】
 まじっく快斗に登場する赤魔術の使い手。黒羽 快斗以外の男子生徒を魔術で虜にしている美人。大きな屋敷で執事と2人で暮らし。
 本作品では、召喚術の手順ミスで少女を召喚し、「サキュバス」の名を付けた張本人。実は召喚時にサキュバスと寿命が連動してしまっていた。
 『蘭』との融合後も寿命の連動自体は変わらず、『サキュバス』が死ぬと1年以内に死に至る(つまり残り寿命は最大でも16年)。

【思想・思考】
 『サキュバス』側の生い立ちへの同情も、自身の延命目的も、どちらも含めて『サキュバス』のために全力を尽くすことを当然だと考えている。
 基本的に、他者を犠牲にすることは『サキュバス』同様に許容するが、巻き込む相手は民間人よりも罪人の方がまだマシと思っている。民間人を巻き込むのはやむを得ない時だけ。
 とはいえ、『サキュバス』が国家権力によって殺されるならば、魔術で報復し国を滅ぼすことも辞さない。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 サキュバス:人生を賭けて『貴女』を守る。召喚した時からそう決めた。
 執事:こんな私に仕えてくれて、感謝している。
 蘭:普通の『女子高生』の倫理観は、流石に犯罪には邪魔ね。無理に我慢してもらってるけど。
 粟倉:死なれると『サキュバス』のメンタルが不味いかも……!?
 その他警察:要警戒対象。今後私達に対して下手に出続けるでしょう。でも、油断大敵だわ。
 高木:生死どちらに振れるかまだ見えない。死ぬならタイミングが良い方が当然助かる。
 元太:今のところ生かして解放する確率が高いから、そうなる前提に動きましょうか。
 坂田&沼淵:私が融合に使うよう推した生贄。坂田の願いは簡単に叶うでしょう。沼淵も……。
 佐藤:多分そこまで重病化はしないんでしょうね、彼氏とは違って。
 コナン/新一:急に死にはしないわよね? 死なれたら『蘭』の心が折れてしまう。
 小五郎&英理:こんな夫婦が良い親に見える!? 『サキュバス』、比較元の基準が悪すぎる!

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【名前】江戸川 コナン/工藤 新一
【性別】男性
【年齢】7歳(帝丹小学校1年)/17歳(帝丹高校2年)
【立場】頭の切れる毛利家の居候/所在不明の高校生探偵
【基本情報】
 身体は子ども、頭脳は大人、説明不要な原作主人公。本来は蘭と同じクラスの帝丹高校2年、17歳だが、黒の組織に薬を飲まされ、小学1年生になっている。
 本作品では想い合っている幼馴染(=蘭)が深刻な事件に巻き込まれたものの、どうしようもなくただ葛藤する立場。

【思想・思考】
 探偵と自称するだけあって、事件や謎は必ず解き明かしたくなる性分。だが本作品では、『蘭』の人格融合事件後、警察への捜査協力を諦めた。
 『蘭』を含む人格に正体を見透かされたこと、『彼女』が罪を犯し続けることに衝撃を受け、ただ『蘭』の帰りを待つしかない自分に打ちのめされている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:指をくわえてお前の帰還を待つだけなのは、……情けないな。探偵として。
 サキュバス:どんな事情があっても、人命を巻き込む奴には同情したくねぇ!
 元太:どうか生きて帰ってきてくれ。お前が殺されるところなんか想像したくねぇんだよ。
 召喚者:そもそもの元凶らしい、どこかの誰か。正体を暴きたいが、……暴けるのか?
 小五郎:精神的に大丈夫なんだろうか。おっちゃん。
 英理:おっちゃんと比べればダメージ少なそうだが、メンタルの状況が気になる。
 その他警察:思い切り屈服されちまってる。『サキュバス』達を検挙する時は来るんだろうか。
 平次:これまでの様なやり取りを止めた友人。互いに遠慮なく話せる日は何時になるやら?
 佐藤&高木:きっと、どっかで刑事らしく働いているんだろうな。

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【名前】佐藤 美和子
【性別】女性
【年齢】28歳前後
【立場】刑事→色々魔術で見抜かれて捜査に関与した刑事→入院療養中の刑事
【基本情報】
 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の警部補。警視庁のアイドル的存在にして、格闘も射撃も優秀な刑事。原作公認で高木 渉と相思相愛。
 本作品では、一時期を除いて『蘭/サキュバス』の事件に関わり続けている。
 ……と言うか、『彼女』の側のからのアプローチで、この捜査に関わることを余儀なくされた。作中では捜査1課の業務よりもそちらの方に軸足を置いている。
 高木刑事とB型肝炎をうつし合い、最終的に発病・入院。今後は捜査から離脱する模様。

【思想・思考】
 元来、刑事として当然の倫理観・正義感を有している女性。「魔術」による事件に警察は無力だと思いつつも、それでも警察の者として諦めてはいけないという思いは有った。
 もっとも、召喚者の情報(寿命制限と、国に対する心構え)を知って以降は、『彼女』達による国土滅亡のリスクを認識し、その回避が最優先だと認識するようになった。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 高木:どうか死なないで! 我儘な願いもしれない。でも、……貴方には生きてほしいの。
 召喚者:お願い、この国を壊さないで……。
 元太:きみが『蘭ちゃん』に殺される光景。……有り得るのが恐ろしい。考えたくない。
 蘭:積極的な行為でなく、融合した『人格』に引き摺られ罪を犯す。そんな図であってほしい。
 サキュバス:事情があろうと罪は罪。但し、この点は絶対分かり合えないでしょうね。
 小田切:色々な事を悩まれながら決断されていくんでしょう。多分、国の存続を最優先にして。
 その他警察:なにひとつ知識が無い・対応できない技術に翻弄されてる、……自分の職場、か。
 小五郎&英理:今こちらから連絡を取るべきでない夫婦。どれほど苦しんでいるんだろう?
 コナン:今こちらから連絡を取るべきでない子。……推理を聞いてみたい気はするけれど。

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【名前】高木 渉
【性別】男性
【年齢】26歳前後
【立場】刑事→色々魔術で見抜かれて捜査に関与した刑事→病気で危篤な刑事
【基本情報】
 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の巡査部長。原作公認で佐藤 美和子と相思相愛。
 本作品では、一時期を除いて『蘭/サキュバス』の事件に関わり続けている。美和子同様、『彼女』の側のからのアプローチで、この捜査に関わることを余儀なくされた。
 佐藤刑事とB型肝炎をうつし合い、早い段階で発病、入院療養に入る。どんどん重病化した挙句、本当に生命が危うい事態となり、東都警察病院のICUで意識不明のまま治療中。
 警視庁の面々からも、『蘭/サキュバス』達からも、生命の行く末を大いに心配・注視されている。

【思想・思考】
 元来、刑事として当然の倫理観・正義感を有している男性。
 途中で捜査から離脱せざるを得なくなった『サキュバス』の事件について、自分の知らないところで事態が動いているらしいことは認識している。
 いつか病を治し、知らされていない情報を全部教えてもらうことが目標になった。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 ???:うーん、……。
(※他人について考えられる状況ではないようだ……)

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【名前】小嶋 元太
【性別】男性
【年齢】6~7歳(帝丹小学校1年)
【立場】小学1年生→『サキュバス』に誘拐された人質
【基本情報】
 コナンと同じクラス、少年探偵団のメンバー。年の割に大柄な食いしん坊。家は商店街の酒屋。
 本作品では、『蘭/サキュバス』に誘拐され、人質とされた。紅子の屋敷の地下室で監禁されており、『蘭/サキュバス』が面倒を見ている。
 今後の経緯によっては、『サキュバス』の身体のために、殺害されて魔術の素材になり得る存在。
 ヒトの遺体の窃盗で間に合うなら、生きて返される見込み。

【思想・思考】
 食いしん坊で単純な頭をしたわんぱく坊主。誘拐された後、『蘭/サキュバス』から偏向した情報を与えられ、魅了の魔術を掛けられた。
 『蘭』の人格が何か違うことには気付いている。自分が人質になっていること、場合によっては殺されるかもしれないことを全く把握していない。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:何か事情があって戦っているやさしい『姉ちゃん』。俺を守ってくれてる……?
 あるじ(レウネ):仮面を着けて喋らない人。どんな顔なんだ? どんな声なんだ?
 元次:俺の父ちゃん! すごい江戸っ子! 母ちゃんと一緒に酒屋やってんだ!!
 コナン:同じクラスで、いつもすごいことを考える俺の子分!
 小五郎:コナンを預かっている人、蘭姉ちゃんの父ちゃん。すごい名探偵のおっちゃん。
 英理:蘭姉ちゃんの母ちゃん。ちょっと怖いおばさん。

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【名前】毛利 小五郎
【性別】男性
【年齢】37~38歳
【立場】名探偵→表向き離婚問題で休業中の名探偵(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 かつて刑事だった私立探偵で、蘭の父親。コナンが原因で「眠りの小五郎」として世間的には名探偵となった。妻の英理とは別居中。
 本作品では、『サキュバス』に『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために探偵業を休業しているが、表向きの理由は自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 職業柄からか、「殺人者の気持ちなんか分かりたくない」という姿勢が一貫している。少々だらしないが妻と娘に関する事には熱くなる。
 本作品でも、父親として『娘』を案ずる心は本物。だから『娘』が『殺人者』と融合した事と、誘拐という犯罪に手を染めた事に、特に強い衝撃を受けた。
 また、『犯罪者の娘』の父親になってしまったため、警察に対して探偵としての捜査協力は控えるのは当然だと思っている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:罪を犯してでも生き延びる光景も、死んでいく光景も、……どっちも考えたくはねぇ!
 サキュバス:『自分』の生命のために『娘』を巻き込んだガキ。事情があろうと俺は許さん。
 元太:殺されないでくれ! 小学生の死なんか誰も願っちゃいねぇんだ。
 英理:『蘭』との間に秘密を抱えていた件、事情は知ってるが、……今だって納得してねぇぞ。
 コナン:『蘭』の事情を知る居候のガキ。このまま預かり続けるべきか。阿笠博士に返すか?
 召喚者:全ての元凶。躊躇わず他人の人生巻き込む位、召喚者の義務とやらが立派なのか?
 その他警察:元職場でなくても想像が付く。今は、手も足も出ない状況になってるんだろ。
 佐藤&高木:きっと、どこかで刑事として働いているんだろう。
 小田切:『蘭』の事件捜査の責任者。元上司。どれほど葛藤しておられるんだろうか。
 新一:『蘭』の事、真相は知らずにどっかをほっつき歩いてるんだろうよ! あの探偵坊主!

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【名前】妃 英理
【性別】女性
【年齢】37~38歳
【立場】辣腕弁護士→表向き離婚問題で休業中の辣腕弁護士(裏事情は世間に秘匿中)
【基本情報】
 「法曹界のクイーン」と呼ばれるほどの辣腕弁護士で、蘭の母親。小五郎とは腐れ縁の夫婦で、約10年夫と別居中だが正式な離婚はしていない。
 本作品では、『娘』が巻き込まれた立場。『娘』の問題に集中するために弁護士業を休業しているが、表向きの理由は自身の離婚トラブルに集中するためと偽っている。

【思想・思考】
 夫と同じく、『娘』を案ずる心は強い。また、普段の夫のだらしなさを熟知しているものの、『娘』に関する夫の思いの強さ自体もまた認めている。
 『娘』が『殺人者』と融合した事、のちに誘拐事件を起こした事、どちらにも強い衝撃を受けたが、弁護士としてそつのない振る舞い自体は出来ている。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 蘭:生きて帰って。記憶が無くても、身体が変になっても、やった事に一緒に向き合うから。
 サキュバス:子どもの生命を保険にして遺体を漁ろうとする思考。とても賛同できないわ。
 元太:仮に殺されたとして、『蘭』の精神は本当に持つのかしら……?
 小五郎:冷静に現実を受け止めるようになるまで、ちょっと時間が掛かったわね。
 召喚者:幾ら積まれても、この人の弁護は無理。身内が被害に遭ってる以上、有り得ないけど。
 コナン:夫が預って蘭が可愛がっていた居候。これからも探偵事務所で預かり続けるの?
 小田切:夫の元上司。『蘭』の事件の捜査責任者。今は本当に大変でしょうね。
 その他警察:魔術への対応ノウハウが無い。あまり期待しないでおきましょう。
 新一:融合前に蘭が惚れてた子。表向きの事情しか知らずに、事件捜査で飛び回っているそう。

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【名前】小田切 敏郎
【性別】男性
【年齢】56
【立場】警視庁の刑事部長
【基本情報】
 原作の劇場版限定キャラクター。左利き。警視庁の偉い人で小五郎の元上司。ロックミュージシャンな不良のドラ息子がいる。
 本作品では、『サキュバス』が起こした様々な事件の、警視庁の捜査責任者。
 刑事部長が責任を担うのは警視庁の組織構成上当然だが、『サキュバス』側のアプローチによって捜査に関わることを余儀なくされた面もなくはない。

【思想・思考】
 劇場版では、警察の役割について強い誇りと信念を持つ、能力面でも優秀な警察官僚。また警察に先んじた優秀な探偵(コナン)に敬意を示したこともある。
 本作品では、召喚者が転移魔術を使える事を早くに把握。魔術に対抗出来ずとも、何とか『犯人』への手掛かりを得たい思っていた。
 しかし、召喚者の寿命の事情と覚悟を知ってから、相手を刺激させるよりは、国の滅亡回避が最優先だと判断した。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 召喚者:絶対に刺激出来ないテロリスト予備軍。最期まで理性的であってくれ!
 その他警察:魔術に対応できれば良いのだが、……無いものねだりは仕方あるまい。
 サキュバス:絶対に刺激出来ない『被疑者』。人格の分離を目指すようだが、果たして。
 粟倉:こちらからアプローチする前に死にかけている女性。死なないでくれよ……!!
 元太:我々の手での救出は無理だろう。『相手』の判断を待つしかない。
 高木:死んで欲しいわけではないが、死ぬなら『彼女』に取って良いタイミングで死んでくれ。
 蘭:『サキュバス』との融合後、しばらく経って、たまに変な夢に出て来る。……何故だ?
 佐藤:まあ、良く働いた部類だろう。しっかり療養すると良い。
 平蔵&銀司郎:大阪府警の顔見知り。最近、外部に話せない情報について秘密協議を行った。
 小五郎&英理&コナン:今こちらから接触してはいけない人達。心労は抱えているだろうな。

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【名前】執事
【性別】男性
【年齢】中年~老年
【立場】小泉家の執事
【基本情報】
 本名不詳。紅子に仕えている醜男の執事。魔術は使えないものの知識は有る。本作でも紅子を支えているが、『蘭/サキュバス』や元太には顔を晒しておらず、これまでのところやや影が薄い。

【思想・思考】
 紅子に対して強い忠誠心をもつ。紅子を支え、労わるのは当然、時には諌めることもある。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 紅子:大切なお嬢様。……寿命が短くなったからこそ、やり遂げたい事があるのですね。
 サキュバス:融合後は意図的に会っていない女の子。主(あるじ)に忠実なら、もう何も言いません。
 蘭:お嬢様達に巻き込まれた人。一切会っていません。お嬢様から話だけは聞いています。
 元太:お嬢様達に巻き込まれた人その2。屋敷に住まう私の存在を、全く知らないはずです。
 警察:せいぜいお嬢様に振り回されなさい。余計な知恵で対抗されるのは邪魔です。

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【名前】粟倉 葉
【性別】女性
【年齢】62
【立場】異世界の記憶を抱えた弁護士(元教授)→同郷者を見付けた弁護士(元教授)
【基本情報】
 当作品の主要登場人物中、2人目のオリジナルキャラ。
 賢橋町在住の弁護士。東都大学法学部の教授として勤め上げ、定年退職した民法学者。夫が弁護士で、同じ事務所で弁護士をしている。
 実は大学の学部生時代に谷川岳で遭難死しかけたことがある。その時偶然に、死にかけた従軍巫女が異世界から近くに転移し、ほぼ無意識のうちに人格融合の術を行使(転移の原因は、異世界側での時空を弄る魔術の暴発)。以後、今まで2つの世界の記憶を抱え込んでいた。
 第4部終盤で見知らぬ男に突然刺され、意識不明の重体になっている。

【思想・思考】
 『自分』に宿った記憶について長く半信半疑で、今回の『サキュバス』の事件でようやく同郷者を発見した形。
 『サキュバス』については同情的、かつ従順。元の世界について、『自分』の転移後どうなったのかを知りたがっていた。

【他者に対する認識(主要なもの・相対的な重要度が下がるほど下に記載)】
 ???:うーん、……。
(※他人について考えられる状況ではないようだ……)

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【名前】目暮 十三
【性別】男性
【年齢】41歳前後
【立場】警部→部下共々『魔術師』に色々見抜かれた警部→部下が入院中の警部
【基本情報】
 警視庁捜査一課強行犯捜査三係の警部。小五郎が刑事だった頃は上司だった。若い頃、捜査中に頭を負傷し傷が残った。以来常に帽子を被っている。
 本作品では、サキュバスによる拘置所被告殺害事件のうち、沼淵の件の捜査に関与、毛利 蘭が巻き込まれたと判明した後に捜査から離脱。佐藤や高木とは違って、捜査には関わっていない。
 『蘭/サキュバス』によって、妻(目暮 みどり)との直近の性行為の情報を見抜かれた。『彼女』の自白書き込みで判明し、見抜かれた事は目暮本人も把握済。

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【名前】服部 平次
【性別】男性
【年齢】16~17歳(私立改方学園高等部2年)
【立場】剣道の腕前が凄い高校生探偵
【基本情報】
 新一/コナンのライバル、かつ親友。大阪府寝屋川市在住、大阪府警本部長の息子。
 本作品では、当初、コナンに事件の発生を電話で知らせたり、捜査情報をコナンに流して相談に乗ったりといった行動を取っていた。が、後に警察内の箝口令がきつくなって捜査情報が入手出来なくなった。
 『蘭/サキュバス』が元太誘拐に関与してからは、父親から、コナンを含む毛利家の面子に関わること自体を止められた。
 サキュバスに殺害された2名(坂田・沼淵)のうち、坂田の身柄確保で命懸けの活躍をした男(原作19巻)。報道機関の情報しか入手出来なくなっても、なお『サキュバス』事件について注目している。

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【名前】服部 平蔵&遠山 銀司郎
【性別】男性&男性
【年齢】多分どっちも50代……?
【立場】大阪府警の本部長(警視監)&刑事部長(警視長)
【基本情報】
 共にキャリア組と推測される。幼馴染で互いの腕を信頼し合っている親友。
 本作品では、坂田 祐介殺害事件の捜査の指揮を執った。後で「誰が殺したのか」は明白となったが、それ以外に起こったことが前代未聞過ぎて捜査を止めている。
 作中では出ないものの、大阪府警・警視庁・警察庁の連名で載せる広告の件で協議する際、警察庁から『サキュバス』事件について、機密扱いの事柄も含めて情報を得ている。(どちらも階級が警視長以上だから知る資格は有った)

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【名前】大滝 悟郎
【性別】男性
【年齢】中年
【立場】坂田殺害の捜査に当たった警部→魔術で錯乱して『被疑者』を殴った警部(入院中)
【基本情報】
 大阪府警捜査一課強行犯係所属。原作ではよく平次のそばに居る。平次の方からもかなり慕われている模様。たまに捜査情報を平次に流している。
 本作品では、坂田が殺された件の聴取で、入院中の『蘭/サキュバス』に会いに東京まで来た。
 聴取中、同じ質問の繰り返しでイラっと来た『本人』から魔術で記憶を見せつけられる。この魔術で大滝は錯乱、『本人』を殴りつけて昏倒させた。
 以後、色々と影響を調べるため入院させられ、多分現時点でも入院中。
 殴らなければ『被疑者』が魔術の自動発動状態にならなかったはずで、その後の経緯も踏まえて責任を感じている。

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【名前】坂田 祐介&沼淵 己一郎
【性別】男性&男性
【年齢】26&年齢不詳(少なくとも38歳以上)
【立場】死刑濃厚な未決収監者達→サキュバスに殺された男達
【基本情報】
 原作19巻で登場する男達。沼淵のみ35巻にも再登場した。
 坂田は大阪府警元刑事。4名殺害後、平次に確保された男。沼淵は連続強盗殺人犯で、坂田が犯した罪も着せられ掛け、その前に大阪府警に逮捕された男。
 本作品では共にサキュバスによって拘置所から誘拐され、融合魔術の生贄として殺害された。
 坂田の死ぬ前の光景は、大滝が一度見せつけられている。沼淵の最期の様子は不明。


※5月4日 初出
 5月5日 しっくりこない箇所があったので修正しました。



[39800] 番外編 IF 和葉が、ファンタジーな犯人の事件に巻き込まれる話
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/04/10 16:39
  8月1×日 どこかの屋敷 地下室

 スーツの上から巻き付けられた銀の鎖は、縛り方が中々にキツい。冷たい石の床の上に寝かせられた身で、無理のある姿勢でもどうにか視線を上げて、ローブ姿の『彼女』を見る。
 腕を組んでこちらを見下ろす『彼女』の姿は、普段着ないような灰色のローブだ。
 フードの下に見えるのは、束ねてはいない、耳の傍でピン留めしただけの黒い髪。

 『遠山 和葉』の中に居る『魔術師』は、『娘』の身体で、本来の『和葉』の声とは程遠い声で、切り出した。

「……正直な話、『私』達は、あなた達警察を信用しようがないんだよ。遠山 銀司郎さん。
 そもそも、あなたの理解が欲しいとは思ってないわ。あなたが警察の倫理観を持つ限り、理解し合えるとは思ってないもの。でも、ひとつだけ質問させてね」

 静かに覚悟を決めた低い声は、目を見つめたままの真摯な問いとしてぶつけられる。

「あなたは、『和葉』が生きるために罪を犯すことを容認できる?
 それをしなければ、『和葉』の人格は死んでいくしかない、っていう前提でだよ。そうなったときに後に残るのは、この『和葉の身体』と、この『身体』に宿った『サキュバス』の人格だけだ」

 自分の横で同じように縛られた平次君と、こちらを見下ろす『彼女』と、ディスプレイの文字で会話を交わす召喚者と。この場に居る全員に見詰めらながら、……銀司郎は、口を開けた。

     ◆     ◆

  8月1×日 警察庁 長官室


「服部 平蔵くん、遠山 銀司郎くん。君達を大阪府警の役職から外し、今日付けで警察庁の長官官房付とする。出勤は不要。大阪の自宅にて、当面は待機だ」

 言葉と共に差し出される、言われた通りの辞令。ふつう不祥事を起こした相手に言い渡されるような内容だが、自分達2人に向けられた長官の視線は冷たくは無く、むしろ同情交じりで温かい。
 平蔵は無言で頷いて、分かりやすいその辞令を受領した。横に立つ遠山も同じらしい。拒否しようがない、自分は受領するほかない立場だ。

「君達は、私を恨むかね? 君の息子さんのために何も出来なかった私達を」

 ――平次。
 一緒に拉致られた遠山は返された。平次だけが『彼女』の元に残された。取引のために、流れによっては『彼女』の“素材”とするために……。

「長官、今の段階では何も言わんほうが良いと思っております。『誰』がどこ見てるか、我々にはちっとも分からへんのですから。
 見抜く眼差しを持った『相手』を、変な力持った『ヤツ』を、……敵には回せへん。そうとちゃいますか? その質問の答えが言えるのは、何もかも解決してからです」

 口ではそう言い、感情を握りしめた拳と視線にだけ込めて。平蔵が辛うじて言えたのは、それだけだった。

     ◆     ◆

  8月2×日 どこかの屋敷 地下室

「『和葉』は、キミを、……平次くんを愛していたんだろうね。うん。身体の奥底から心を許すくらいに。それは間違いないよ。
 人格は割とはっきりと分離されちゃっているけれど、そういう好意とかは何となく分かる」

 若き日の過ち、と許容される程度の話には違いなかった。
 高校2年生の夏休み初日、相思相愛のカップルが愛し合い、最悪の事態を避けるつもりの配慮は有ったものの、実のところその配慮が不十分だったという話。
 そこから話が前代未聞の方向に進み、『女の子』の側が事件に巻き込まれ、カップルが何をしてたのかが世界中に喧伝されてしまったのだけど。結果、彼氏の側が盛大に父親に殴られたのだけど。

「……当たり前や、好(す)いてもいない奴に身体許すようなアホちゃうわ。アンタが取り憑いた相手は」

 彼氏としてははっきりと明言できることだろう。ずっと小さい頃から一緒に居た存在だから、相手の賢さも、想いの在り方も、深く、深く、知っているのだと。

「そうだね。それは違いない。
 ねぇ、平次くん。『サキュバス』として、質問良いかな? もしも、このお腹の中に居た子がちゃんと育っていたのなら、キミは、キミの家族は、……どう対応していたと思う?」

 『自ら』の腹を撫でながら、訊く。生まれるどころかまともに育ちもしなかった、2週間ちょっとで自然に失われてしまった子が、確かに存在した場所を、撫でながら。

     ◆     ◆

――ねぇ、教えてよ! あなた達は『私』を救えるの? 何も出来ないあなた達が……!!

 前代未聞の事件。『犯人』は異世界の『少女』。生命を求めた死にかけの『少女』。

――我らの職務と技能を以って、以下の通り宣誓いたします、か。この内容では署名は無理だ。

 有り得ない眼差しと力を持った『魔術師』の衝撃は、あるじと共に列島のひと夏を駆け巡る。

――きみの力と意思に敬意を。……だからこっちの言葉を聞いてくれへんか、『サキュバス』。

 逡巡と思考の末に、『彼女』への答えは告げられた。


 和葉が、ファンタジーな犯人の事件に巻き込まれる話 執筆予定、……今のところ無し!!


※エイプリルフール当日に思いつき、今更書き出したIF話(予告編のみ)です。
 リアル多忙と相まって長くスランプが続いていますが、小説を書く意思自体は消えてませんよ、ということで、とりあえずこれだけ投下いたします。

  ちなみに、ここ最近、この『名探偵コナン+まじっく快斗の世界で、ファンタジー世界生まれの犯人が生き足掻く話』の原稿案を、書きたいシーン優先でとりとめなく書いて、検索除外設定で投稿したりしています。
ネタバレOKでも読まれたい方は、ハーメルンの作者の活動報告の記事よりどうぞ。



[39800] 第5部 考え願って足掻き抜いた、あるじと彼女と誰かの話 プロローグ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/05/16 21:21
  9月1日 午後9時10分 召喚者の屋敷 地下 個室

 ねぇ、元太くん。いつもと比べてちょっとばかり怖い話だけど、『わたし』が話したい話を、話しても良いかな。
 寝る前にするような話じゃないかもしれないけれど、無性に話したい気分なんだよね。

 今からずうっとずうっと昔、ここではない世界、でのお話です。偉大な竜が創り上げた世界のお話。……うん、これまでもきみに何度か話した世界だね。
 今から話すのは、その世界での、最初のお話。竜が、世界を創った時のこと。

 はじめに、何も無い、本っ当に何も無い場所がありました。そんな場所に、どこからともなくやって来たのが、とてつもないチカラをもった竜でした。
 竜は、そのチカラでもって、何もない場所に世界を創り出しました。
 この世界の太陽と地球みたいに、陽射しを生む星と、陽射しを浴びる星を。
 そして陽射しを浴びる方の星に、水と、魔力を含む大気、それから、色んな動物や植物達。
 竜は、そういったもの達を一気に生み出したのです。

 色んなものを創り上げた竜は、自分が創った星を見下ろし、生き物達に語りかけました。

「私のチカラで生み出された生き物達よ。私は、世界を創った者として宣言しよう。
 私は時折眠り、時折目覚めながら、この世界を見下ろす場所に居続けよう。
 私の眠りが長く続くと、世界は調子を崩すだろう。その時は、お前達が私を起こすがいい。

 お前たちの生き方に、私は何から何まで口は出すまい。
 ただ私は、この世界の中で、生き物が生まれ育ち死んでいく様(さま)を見守ることとする。

 ただし、世界を創った者として、ここにひとつだけ宣言する。
 お前達がどうしようもなく苦しい時、自分の|生命《いのち》を捨てる選択だけは、この私が保障する。

 だから、私のチカラで生み出された子ども達よ。
 “どんな場合でも、誰であっても、自殺という選択だけは絶対に取り上げてはいけない”
 これは、私が創ったこの世界の者全員に与える護(まも)りであり、呪(のろ)いである」

 ……竜は最初にそれだけを語って、自分の言った通りに世界を見守ることになりました。

 さてさて、竜が創った世界では、自殺に関する考え方について、竜が言った通りの考え方“だけ”が正解になりました。
 何しろ、世界を創った者の言葉だもの。お年寄りでも子供でも誰でも知っている、国の法律より重たいルールになったの。

 ところでさ、元太くん。
 この世界での話だけどさ、例えば、大人の人が、他の人をわざと殺したりとか悪い事したら、その人ってどうなるか知ってる?
 ……うん、警察に捕まるよね。で、法律の決まり通りに裁判にかけられて、大抵は刑務所に行ったりする。ごくたまに、死刑とか。ニュースで言ったりするよね。

 今言った、ここではない竜が創り上げた世界でも、悪い事した人は同じような目に合うよ。
 でね、その世界では、竜が最初に言った言葉が世界の決まり事だから、自殺する人を止めてはいけないっていうのが決まりだから、……牢屋の中の悪い人でも、その世界ではね、自殺だけは自由に出来たの。
 それって、この世界の人にとっては、とてつもなく恐ろしいことに見えるのかもしれない。この世界では、牢屋の中では自殺は出来ないからね。

 自殺が、他人を殺すのと同じくらいにダメな事だ、って考える人、この世界には居るけれど。
 そういう人とは、絶対に分かり合えない考え方なんだろうねぇ。きっと。


 ……あら、ドアがノックされてるね。
 Reune(あるじ)が『わたし』を呼んでるんだ。多分『わたし』とお話ししたいんだと思う。
 一旦この部屋の明かりを消しておくから、きみは先に寝ておいて。うん、だから、おやすみなさい、元太くん。

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 午後9時16分 召喚者の屋敷 地下 大広間

 あるじは、無言で、『自分』にA4の紙を手渡してきた。例の掲示板の書き込みだ。約10分前に書き込まれた文章を、印刷しここに持って来たらしい。
 
 トリップは、粟倉 葉弁護士と同じ“◆Moto/.Prof”だが、書き込み自体は旦那さんによるもの。
 まぁ、想定内だ。
 本人が意識不明に陥っていても、事情を知っている近親者が代理で書き込むケースは、有り得ると思っていた。金輪際書き込んでこない確率も、同じくらいに有り得るとは思っていたけれど。
 同居の身内は弁護士の旦那さんしか居ないようだったから、代理で書き込んでくる確率が一番高そうな人が、順当に代理してきた、という構図だ。

 その旦那さんが書き込んだ内容を、上から順に辿る。

 ◆Moto/.Profは、本日意識不明になった。うん、知っている。知っている! 19歳の通り魔に刺されて意識不明でかなり生命が危ないってこと、それから、……!!
 ――心が崩れそうになる、こんな所で躓いてはいけない。まずは文章を先に読み解こう。

 近親者が◆Moto/.Profの異世界事情をどこまで知っていたか。この箇所には初耳の情報がある。
 高尾山の遭難以後に、両親と祖母に異世界関係のことを打ち明けたらしいのは、分かっていた。今日入手した資料の中に、大学時代の日記があった。
 当初に打ち明けられた面々は亡くなっているのか。本人の年齢が今は60歳超えているのだから、その親・祖父母の世代は亡くなっていてもおかしくない。

 で、こちらが出した問題の解答は、……全て正答だ。性格な答えが出るか不安だった問4も、予想以上に詳細。まさに満点解答だ。
 警察にとっての粟倉弁護士の扱いは、“異世界の知識があるかもしれない人”から、“間違いなく異世界の知識がある人”に変化するだろう。
 あるじが廃校舎で佐藤刑事に与えた異世界の情報は、警察にとって、一般には未公表の知識のはずだ。
 それと一切の矛盾の無い解答を言い当てたという事実は、◆Moto/.Profが以前から知識を有していた事を、一目瞭然に証明した事になる。

 書き込みの最後1/3は、夫婦宅から盗まれた資料について。棚が丸ごと自宅から消えたなら、流石にどんな人でも即座に気が付くか。
 『自分』達が盗んだかもしれないと思い至っていて、警察には非協力的な態度を貫く気が有って、その上で処罰感情が皆無だというのなら、……この部分は書き込まずにいて欲しかったとは思わなくはない。

 だが、旦那さんの立場ではこういう書き込みになるのも理解は出来る。旦那さんにとって、資料を盗んだ犯人が誰なのかは一切分からないからだ。
 警察やら公安やら、もっとおっかない存在やらが犯人という線を考えた場合、窃盗の事実を公表しないのはマズい。
 貴重な資料が『サキュバス』の敵対者に渡ったのかもしれないのだから、『サキュバス』にその旨を確実に知らせなければならない、はずで……。
 こうして、盗んだ者が『自分』だろうが、それ以外だろうが、どちらにせよフォローは出来ている形の文章に落ち着いたのだろう。それなりの逡巡の末に書かれた内容に違いなかった。

 ――異世界の資料が『自分』達の管理下に置かれるなら、◆Moto/.Profにとっても、『自分』にとっても、好ましい事。

 末尾の文章を噛み締めながら、この大広間の隅の方に視線を向ける。
 あるじが、本日午後に行使した魔術は、合計で3回。内訳は、粟倉 葉弁護士の身体状況分析、粟倉家所蔵の異世界資料の場所調査、それから、異世界資料の窃盗。各1回ずつだ。
 しばらく体調不良に陥るのを承知であるじが盗み出した棚は、中の資料を何一つ失わないまま、この場所にこうして安置されている。

 ――あぁ。

 どうしようもなく胸の内に湧き上がってくる感傷を、ただ、目を閉じて耐える。 
 粟倉 葉弁護士に加護や治癒を与える方向には、あるじの魔力は使わなかった。そうでなく、資料の確保に魔力を使うという決断だった。
 そうなったのには理由があった。あるじの魔術で緊急手術中の身体を分析した時、とんでもない事実を初めて見抜いたからだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午後9時25分 召喚者の屋敷 地下 大広間

 床に座る『自分』の横、あるじもまた立膝で座している。
 ノートPCのキーボードを静かにタイプする気配に、目を開いて画面を見た。打ち込まれて出た文字は、あるじのやさしい配慮だ。

【あなたは泣いても良いのよ。私と違って、泣いてもそうは困らないから】

 かつてのあるじは、涙を流せば魔力を永遠に失う身体だったという。そしてサキュバスはというと、嘘を吐くと一時的に魔力をかなり失う種族だった。
 召喚された時に仕組みが変わった。ふたりの間で、知識・言葉・魔術、等々、様々なものが交換される中で、魔力の有り方もまた変化した。
 今のあるじは、涙を流せば魔力が一時的にかなり失われる。嘘を吐くと、体内の魔力量はそのままに、行使する魔術の効き目が、一時的に少し落ちる。
 『自分』は逆。嘘を吐いた時は体内の魔力が一時的にかなり失われ、涙を流した時は魔術の効き目が一時的に少し落ちる。

 だから『自分』が嘘を吐くのも、あるじが涙を流すのも、禁忌。後に回復するとしても、魔力量が完全にゼロになったり致死すれすれまで少なくなるのは、とても危うい事だ。
 が、『自分』が涙を流す事への禁忌度合はというと……、現状では、嘘を吐くよりはまだ重い禁忌では無い、と、思う。
 今はあるじと違って魔術の使用を控えているし、そもそも効き目の落ち具合もそうキツい訳では無い。
 以前に病院から脱走した時、目に涙を浮かべたその日に、(あるじの補助付きとはいえ)この屋敷に転移で戻って来る事が出来た、その程度のこと。

「すいません。あるじ。どうしたって、『私』、今、不安定みたいです。
 『蘭』にとっての、あの探偵くんとの再会みたいに、『サキュバス』にとっては、あの弁護士と話す事が、予想以上に心の支えになっていたみたいで……」

 タイピングで答えるべきは答えるべきなのだろうが、そうするように指は動かず、手はあるじのローブの裾を掴む。
 何で『自分』はこんな迷惑を掛けているんだろうか。この御方は今も体調が優れてはいないはずで、『自分』もそれを自覚している。
 ――なのに、何で、こう、すがる様にささやき声が出るんだろう。『自分』がこんな態度を示せば心配されるじゃないか……!!

 かなり進行した大腸がんを患っている。肝臓と肺に転移済み。メスを入れた痕跡が無く、投薬治療の痕跡も無く、本人も無自覚だと思われる。
 そんな身で何か所も通り魔に刺されたのだから、まさしく生命の危機だ。緊急手術で大腸を切除した時、たまたま患部が含まれていたので、生検すれば医師が癌に気付く余地はある。
 ……それが、数時間前に見抜いた粟倉 葉弁護士の現状だ。

「何で、魔術が万能でないんだろうって、思うんです。治癒の術式で癒せたら、どれだけ良かったか。
 そもそも、何で今日になるまであの人の身体を調べようともしなかったんだろう、って……!!」

 そんな風に病に侵された臓器が多い以上は、『自分』もあるじも、下手に手は出せないというのも、また明らかだった。
 『自分』達の治癒の魔術は、術を掛ける対象の体内で、生命力を移動させるものだ。健康な臓器の有り余る生命力を、病気の臓器に移して回復させる構造。
 癌のある臓器は当然、そうでない臓器も含め身体が全体的に弱くなっている人相手に、こんな仕組みの魔術を使う余地は一切無い。

 事前に癌を見抜いていれば、手紙でそれとなく検査を受けるよう勧めていただろう。相手の寿命に期待することも無かった。
 これまで警察の捜査情報を覗いたり、異世界の資料の在り処を調べたりはした。でも、粟倉弁護士本人の身体は調べなかった。『自分』達の落ち度だ。
 『自分』はともかく、相手はずっと健康体だと無意識に思っていた。病気に気付くこともなく、無邪気に語り合う日を願っていた……!

【泣いて良いのよ。貴女の心のためなら。私は、貴女を支えて、守るために居るのだから。
 むしろ今は無理せずに泣きなさい。事実を受け止めるために、明日からは、もう泣かないでもいいように】

「……は!!」

 はい、の返事が出せず、しゃくり上げる呼吸になって、そのままあるじに肩を支えられる。
 背中を撫でられながら、声も無く、『自分』はしばらく泣いた。


※5月13日 初出
 5月15日 最後のシーンを加筆しました。
 5月16日 誤字を修正しました。

 今更ですが、今後の話の進み方について注意喚起です。
 原作では有り得ない主人公で、原作では有り得ない話の進み方をしてきました。これからも完結までそういう路線は続きます。
 第1部プロローグで明記したように、関係者の多くに後味の悪い終わり方をします。

 特に、警察サイドと主人公サイドが両方同時にハッピーエンドになることはありません。
 警察にとってのハッピーエンドは、『サキュバス』と召喚者双方の確保、及び、魔術の解明・無害化です。
 主人公サイドのハッピーエンドは、召喚者が逮捕されないまま、『サキュバス』の生命が確保され、かつ児童自立支援施設送致と社会生活が成し遂げられること。
 この2つが両立することは、論理的に有り得ませんよね。逆に、どちらも叶わないままという事態は有り得る訳ですが。



[39800] 第5部 考え願って足掻き抜いた、あるじと彼女と誰かの話-1(※6月11日加筆)
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/06/11 23:16
  9月2日 午前8時23分 江古田高校前

 2学期初日の朝は、若干の風があって蒸し暑さを全く感じない。極めて清々しい朝だ。が、他の生徒に交ざって校門へ続く道を歩む紅子には、案の定、その心地良さを満喫する余裕は無い。
 分かり切っていた事だ。前の晩に体調不良を承知で魔術を複数回使って、予想通りに体調が本調子になっていないというだけ。
 こんな体調でも登校する理由があったから、むしろこんな体調を理由付けにしてするべきことがあったから、執事の心配顔を振り切って登校したのだけど。

「おはよう。久しぶりね、黒羽君、中森さん。あなた達はいつも元気そうね。……私と違って」

 歩みを進める生徒の群れの中に、同じクラスの2人組を見付けた。
 こちらの見立てでは白い怪盗の裏の顔を持つ彼と、無邪気で純粋な幼馴染の彼女、という組み合わせの2人組。平静を装って話しかける言葉に、無意識に皮肉が入る。

「おう……、体調悪いのか?」「おはよう紅子ちゃん。大丈夫?」

 2人からこちらに返って来たのは、当たり前だが、身体を案ずる言葉。
 体調不良アピールに演技臭さは無いはずだ。食欲は無いのに、朝食を口の中に流し込んで来た顔だから。きっと、自邸を発つ前に鏡で見た通り、結構青白いはず。

「ええ。少し、ね、ぅぇ……!!」

 ――あ、本格的にこみ上げてきたわ。
 左手で掴む物を探して、すぐ横、高校の校門を掴んだ。まっすぐ立てそうにないと脳が指令、その場にかがみ込む。うつむく。目を閉じる。
 消化器の中身が、気管を逆流する。欲求に逆らえない、逆らうべきでない、飲み込むべきでない、出すべき……!!

「紅子ちゃん!」「おい、大丈夫かよ!?」

 目を開けて、地面を見る。
 たった今自分の口から出た、朝食だったモノがぶちまけられている。ものの見事な吐瀉物だ。
 
「……黒羽君。先生呼んできて下さる? ひとりで保健室まで行けるか分からないの」

「あ、ああ! ちょっと待ってろ!」

「中森さんは、背中をさすってもらっても?」

「うん! 本当に、大丈夫?」

 ずいぶんと楽になったが、まだ顔を上げる気分にはなれない。
 うつむいたまま言ったお願いは両方とも叶えられ、彼の方はここを去り、彼女の方は紅子の背中を撫で始めた。

 声を出すだけの元気だけは、今のところは有る。
 少しスッキリした今の気分でなら、あえて誤解を招くような長台詞を、……きっと上手いこと言えるだろうか。

「大丈夫かどうかで言えば、ひとまず、……今日の授業は無理でしょうね。
 もしかしたら明日からも休み続けるかもしれないわ。色々とね、無理があったの。高校に通い続けるかどうかをずっと迷い続けて、……やっぱり無理ね。これでは」

 嘘を吐く事、涙を流す事。今は禁忌である事は、どちらも無いように振る舞わねばらならない。
 泣かないのは大丈夫だ。問題は嘘を吐かない事。あからさまな嘘を吐く事は出来ない。ただメンタルの不調を偽るように、紛らわしい言葉を連ねる事。

「紅子ちゃん。無理はしないほうが良いと思うよ……」

 嘔吐した同級生に掛ける言葉として常識的な気遣いは、今の自分の身には有り難い。精神的な意味でも、続く会話の取っ掛かりやすさと言う意味でも。

「……そうね、中森さん。私、もしかしたら、ここを辞めるかもしれないわ。
 家族からは、高卒認定試験に通るのを条件に、もう高校に行かなくても良いと思われているの。
 ああ、誤解しないでね、貴女も誰も、クラスのみんなも悪くない。人間関係が原因ではないのよ。上手く言えないけれど、……私の、心と体の、問題だから」

 あの執事は、表向きは家族の一員だ。高卒認定に合格すれば高校を辞めて良い、と、言われたのは事実。
 心と体の問題と言うのは、この高校に登校しながら『サキュバス』の事件に関わり続けるのは難しいという事。確実に紅子のキャパシティをオーバーする。
 だから高校に登校しないという、そんな実態は、無論、説明しない。『彼女』の事は、自分と、執事と、『彼女』しか知らない事。

「……そう」

 2学期の初日に校門前で嘔吐。授業に出ずに家に帰り、以後、不登校。
 ……完璧な流れだ。本当は体調不良を理由にして登校直後に保健室に行くつもりだったが、それ以上に良い流れだ。
 校内で噂にはなるだろう。知らないものが誰一人居ないくらいに話のネタになるだろう。だがこれで、不登校になった事そのものに不自然さは生まれない。
 物騒な事件に掛かりきりになったから登校しなくなったのではなく、何かしらメンタルの不調で登校しなくなったのだと思ってくれるなら、まさに今朝登校した狙いの通り。

「おい、小泉! 先生呼んできたぞ!」

 その声で、顔を上げた。
 遠巻きに自分達を見ている生徒達、彼らを掻き分けて小走りで寄って来る黒羽 快斗と、その後ろで担架を持って駆けて来る教師2人と、それから更に背後に建つ校舎。ぼんやりとそれらを眺める。
 自覚は無かったが、ある程度この学校への愛着を持っていたらしい。
 納得ずくの決断だから、高校生活との決別は惜しくはない。それでもこみ上げて来る感傷を、まとめて吐く。……さて、出て来る物は息だけだ。

 ――卒業には1年半ほど早いけれど、この学校での高校生活は、たぶんこれで終わりね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前9時5分 召喚者の屋敷 地下 個室

 カレンダーとしては2学期最初の朝。
 警視庁提供の元太くん用勉強道具一式は、早速今日から活躍することとなった。

 ――まぁ、ド素人の高2女子でも、正式な小学校のカリキュラムに遅れない程度には、家庭教師の真似事は出来るだろう、と、『自分』は思う。
 午前中は9時から集中力が尽きるまでが算数、午後は1時から集中力が尽きるまでが国語、というえらく大雑把なスケジュールだが、他教科を教える事もなく、この2教科だけ。
 勉強道具に同梱されていた教え方の手引も、手元にある。良くつまづくポイントと、そのカバーの仕方も載っている。その通りに進めば挫折することもあるまい。

 さてさて、最初の算数の授業は、“10から20までのかず”だ。1学期に教わっただろう10までの数を振り返った上で、11から先へ。

「10と1で11、10と2で12、10と3で13、10と4で14、10と5で15。……さあ、今言った通りにやってみて」

 机の上の大きなTの字の上、左側には、さんすうセットのブロックをまとめた10の塊がある。右側に、言葉に合わせてブロックを1つずつ足していく。
 15まで進んだら、右側のブロックを一旦全部取り払い、隣の席の生徒(=元太くん)に手渡し。

「じゅうといちでじゅういち、じゅうとにでじゅうに、じゅうとさんでじゅうさん、じゅうとよんでじゅうよん、じゅうとごでじゅうご、‥…はい」

 言葉が若干たどたどしい気はしないでもないが、習い初めの小学1年生としては思い切り許容範囲だろう。答え自体は完璧に合っている。
 『自分』は小さく拍手しつつ、教師役として当然のリアクションを示した。

「正解です。良く出来ました。……」

 ――それにしても、元太くんの様子が気になるな。
 ホッとした顔を見せるのは分かるのだ。誤答よりは正答の方が良い。……ただ、全般的に元気がない。今朝からずっと。
 原因の心当たりは、無いではない。こちらの想像通りなら完全に『自分』が原因だ。不安定さを隠そうとして、この子に隠しきれなかった昨夜の『自分』のせい。

「……何だ、『姉ちゃん』?」

 じっと見つめる『少女』の視線は、その意味を訝しがる、無邪気な子どもの視線に打ち返される。
 冷静沈着であるよう『自分』の心に言い聞かせ、逆に問いかけた。

「うん。元太くん、何か集中してないなーって、思ってね。もしかして、算数以外のことを考えてた?」

「……実は、『姉ちゃん』は自殺したいのかな、って、ずっと考えてた。 死なないよなぁ、『姉ちゃん』!」

 ――やっぱり。
 昨夜、あの寝る寸前の物語は、この子にとって物騒過ぎたのだ。『こちら』が何かしら抱え込んで浮き足立っていた、その状況でのあの話は、この子の心の平穏を明らかに害していた。
 今は、もう大丈夫だ。あるじの元で思いっきり泣いて、それから一晩過ぎたから。だから微笑んで、真剣な眼差しで、言い切ろう。

「それは無いよ、元太くん。それだけは無い。
 確かにね、ここじゃない世界での考え方のお話はしたけれど、それと、『私』が自殺したいと思っているかどうかは別だもの。『私』はね、きっと限界まで生きつづけるわ」

 あの世界で、実父達は、実に不遜だった。今すぐの自殺を徹底的に妨害し、出産後の自殺を強要したのだから。
 だから自殺は出来なかった。自殺するとしたら、それは、実父の殺害を成し遂げた後に掴み取ったでだろう成果だった。

 でも、あいつを殺しきれずに世界の壁を越えて来たこの場所では、この生命は、恩人と分離し難く連動している。
 あのあるじの温かさと決意を知っているのだから、あの御方を巻き込む自殺は無い。

「じゃあ『姉ちゃん』は、何で、きのう俺にあんな話をしたんだ?」

 考えていなかった質問。元太くんに取っては自然に浮かび上がってくる問いだろうが、『こちら』に取っては不意打ち。一瞬考え込む。

「何でだろうね、うん、……たぶんね、あのおとぎ話を君に知ってもらいたかったから、かもね」

 誤魔化しだと思われるかもしれない。でもきっと、この正答は、一面としては正解だ。
 また別の面があるとすれば、きのう入手したあの弁護士の手製資料を読んで、
 ――どうしても消せなかったあの世界への追憶と思慕に、ほんの少し中(あ)てられてしまったから、かもしれない。

 粟倉 葉さんは、『自分』とは違う。
 『自分』のように、故郷を捨て去りたいと願ったわけではない。また、あるじのように記憶を共有する者も、そばに居なかった。
 ただひとり、かすかに望郷の念を抱えながら生きてきて40数年。ようやく見つけた同じ世界生まれの『少女』と語り合いたいと、願っただけだったのだ。
 
 昨夜この子に神話を話した事は、『自分』の心の中で浮かんだ様々な感情を、咀嚼して消化するプロセスの、一環だったのだと思う。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前11時25分 警視庁 とある会議室

 きのう、『サキュバス事件』に関して、短時間の間に事態が動いた。
 派手に状況が一変したために、捜査が一段落したタイミングで、小田切から他の幹部達に捜査情報を説明する必要が生まれた。定期的に開いている警察庁・警視庁間の会議を、臨時に開くことになるわけだ。
 記者会見の場ならば“事件に関係あるかどうかも含めてコメント出来ません”と連発するような内容でも、この場ならば全て詳らかになる。
 出席者は階級が警視長以上の幹部達だ。小田切が捜査情報を伏せる必要性もない。

 会議の冒頭部、佐藤と高木のカップルの動向についてはサラッと流す。
 佐藤が入院しているが症状は軽いこと、高木がICU(集中治療室)で死に掛けていること、どちらも前回の会議から事態は変わっていない。高木の方が回復するか死ぬかすれば話は別だが、現在のところ“意識不明の重体”が続いている。
 この場で何より重要なのは、このカップルの事ではなく、きのう以降の事件の動きについての説明だ。

「配布の資料に記載の通り、きのう大きな動きがありました。重要な点を要約すれば4つとなります。
 1点目、召喚者による掲示板の書き込みがありました。
 2点目、粟倉 葉弁護士が、19歳の少年に刺されました。
 3点目、粟倉 葉弁護士の夫による代理書き込みがありました。
 4点目、その書き込みで、粟倉家から異世界についての資料が盗まれた疑惑が浮上しました。以後、長くなりますが、時系列順に説明させて頂きます」

 小田切は言葉を切って出席者を一瞥。きのうの朝以降に発生した事象は、要点を掻い摘んでもそれなりに多い。

「1点目の召喚者による書き込みについて。まず書き込みに使われた端末と手口について説明致します。
 結論から申し上げますと、いつもと変わらない手口です。端末の所有者は早々に特定され、聴取も完了しています。
 所有者によると、地下鉄杯戸駅の女子トイレ個室を使った際、鞄ごとスマートフォンを忘れたそうです。忘れ物に気付いて戻った時には、鞄からスマートフォンだけ消えていたとのことでした。
 駅の監視カメラから、所有者の行動の裏は取れています。一旦トイレを離れた約10分の隙にスマートフォンを盗まれ、書き込みに使われた模様です」

 東京都内、人が集まる施設の、女子トイレ個室の、パスワードの掛かっていないスマートフォンか携帯の忘れ物。
 男子トイレが狙われたことはなく、忘れ物ではない端末が狙われたこともない。
 召喚者が女ということなのか。あるいは、女子トイレは、男子トイレに比べて効率が良いということなのか。(用を足す時、女性は確実に個室を使う)
 女子トイレ内の忘れ物を魔術で検知しているか、さもなくばトイレの使用者に魔術を掛けて忘れ物を生み出しているのか。
 ……そういう推理は捜査本部内で以前に出て、この会議で触れたことがある。

「所有者と同じ時間帯のトイレに出入りした者は居ません。監視カメラに一切映っていませんでした。
 一方でスマートフォンの通信範囲は大きく動かず、書き込み直後に通信が途絶しています。
 トイレの浄化槽からは、破壊されたスマートフォンの残骸がごく一部ですが発見されました。現在は鑑識が分析中です。
 上記の点より、召喚者が転移の魔術でトイレの中に直に移り、スマートフォンを盗み出して書き込みに使った後で便器に流し、そのまま転移魔術でトイレから消えたのだと推測されます」

 これまで、いくら調べても、召喚者のDNA等は何一つ得られなかった。だから今回も、おそらく証拠は得られないだろうと予想できてしまう。
 そんな意味でも、変わらない手口。

「……肝心の書き込み内容ですが、御手元の資料をご覧下さい。
 前半部は召喚者によるスレッド住民への書き込み、後半部は『サキュバス』による粟倉 葉への出題です。どちらも、先日の拉致事件での召喚者とのやり取りを、極めて強く意識した物と言えます。
 ご覧の通り前半部の内容は、誘拐事案の存在を召喚者が認め、なおかつその行動方針を記した内容です。
 我々にとっては既に知れている情報ばかりですが、世間一般には始めて公表される情報が含まれます」

【誘拐以後、私達と警察との間で意志疎通の機会はあった。
 私達の要求により、警察は誘拐事案の詳細を今の時点で何も語っていない。そして、事案がひと段落つくまでは、警察は何も語らない。
 前述の通り2学期中には、何があったのかが世間に明らかになるだろう】

 この中で小田切達にとってやや重要なのは、書き込みのこの部分。
 これで、“人質事件の決着が着くまでは事件について一切報道発表しない”という態度への理解は、広く得られた事になる。
 世の中には警察発表を信じない層が一定数居るが、そういう層は、逆にこの手の犯罪者本人の書き込みは大体信じるものだ。

 警察の態度を巡るマスコミの悪評も、今後は大きく減るだろう。替わりに、事件解決後の情報公開を待ち望む視線が注がれることになるが。
 今なお即座の情報開示を表立って望んでいる者は、ネット上でもごく僅か。記者クラブに出るようなマスコミでは多分居ない。

「書き込みの後半部は、◆Moto/.Prof(元教授)への、……粟倉 葉弁護士への出題です。
 先日の拉致事件の際、召喚者は“異世界の記憶を持つ者”の認識について、【後日、私達が掲示板に書き込むからそれで分かる形になるだろう】と答えています。
 それを踏まえた出題が、まさしくこれなのでしょう。出題された問題は、全て、佐藤警部補に与えられた情報を見れば答えが分かる内容です。
 粟倉弁護士の解答が合致するかどうかで、我々警察にも、本当にこの人が異世界の記憶を持っているのかどうかが判断可能になるはずでした」

 だから、この書き込みをきのうの朝に見てから、小田切は粟倉 葉弁護士の答えを待ち望んでいた。
 異世界の装束を尋ねる問1~3も、寿命の解析の原則に関する問4も、どう答えるか期待を抱いていた。
 本当に異世界の記憶を持つのかどうか、何かしら確実な判断材料が来ると思っていた。答えが書き込まれる前に解答者が重大事件に巻き込まれるなど、全く想定しなかった。
 そんな思考は、今振り返って見ると、――見込みが非常に甘かったと言わざるを得ない。

※5月22日 初出
 5月23日 誤字等を修正しました。
 5月29日 1シーン加筆しました。
 6月11日 お待たせしました。最後のシーンがかなり長くなったので分割します。第5部-2は一応書き上げていて、推敲が完了次第(たぶん6月12日中に)投稿します。

 最後のシーンについて、当初は刑事部長の記者会見のシーンを考えていました。
 ……が、「事件に関係有るかどうかを含めてコメントできません」の連発&心の中の呟きがすごく気持ち悪くなったので没。
 次に考えたのは会見前の部下とのやり取りですが、これもすごく書きにくくて没。最終的にこの形に落ち着きましたが、予想以上の長文となりました。

 以前にも記載しましたが、この小説がどういう流れで決着するかはもう決めています。
 現在読んできた方々にとっては、どんな風な終わり方を予想されているのか、作者として非常に気になる所です。エスパーみたいにドンピシャで当ててくる方が居そうだという怖さもありますが……。



[39800] 第5部 考え願って足掻き抜いた、あるじと彼女と誰かの話-2
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:64652921
Date: 2016/09/04 21:03
 9月2日 午前11時41分 警視庁 とある会議室

「2点目、粟倉 葉弁護士刺傷事件についてです。
 皆様ご存知の通り、事件発生はきのうの昼前です。賢橋町の路上で、19歳の大学生の少年が粟倉弁護士を刺しました。
 少年の氏名住所は御手持ちの資料に記載の通りです。刺された側は、この資料をまとめた今日の11時現在でも意識不明のままとなっています」

 とんでもないタイミングで刺傷事件を起こして逮捕されたのは、米花大学の文学部1年生の若者。
 未成年だから報道発表には絶対に出ない名前も、ここの資料には堂々と載る。流出厳禁の警察内資料だから出来ることだ。
 きのう賢橋署で撮影された顔写真は、青白い肌にひどく血走った眼。いかにも病んでそうな面を晒している。
 これでも襲ってくる前は至極まともそうに見えたらしい。まぁ小田切の経験上、ひどい動揺で容貌が一変するのはままあることだ。

「被害者の搬送先である緑台警察病院で、賢橋署員が一度だけ夫に事情を聞いています。
 粟倉弁護士は夫婦で路上を歩いていたそうです。少年は東都大学の元学生を名乗って近づき、騙し討ちで奥さんの方を襲った模様です。
 少年はその場で夫に取り押さえられました。なお、事件を目撃した通行人がすぐ近くの賢橋署に直接駆け込み、少年は現場で署員にそのまま引き渡されています。
 被害者は肩から腰にかけて背中を7ヶ所刺されており、緊急手術を受けました。きのうの内に手術は終わりましたが、引き続き緑台警察病院のICU(集中治療室)で予断を許さない状態が続いています」

 正直、防ぎようのなかった事件だと思う。現実社会で全く接点の無かった相手の襲撃だから、被害者も警察も全く予期出来ないものだった。
 後知恵で“粟倉弁護士に護衛を付けるべきだった”とも言うまい。警察の者が接触すること自体が、状況上、絶対的に禁忌だった。
 『サキュバス』からあらぬ誤解を受ける事を恐れ、この弁護士夫婦には、護衛どころか常時の行動確認も付けていなかったのだ。

 ただし連携不足からこちらの対応が半端になった点については強く反省が残る。
 『サキュバス』事件捜査本部と賢橋署の間で行き違いが生まれ、“何も知らなかった”署員が、ただの刺傷事件の聴取のつもりで夫に接触してしまっていた。
 当然刺傷事件に限った内容の聴取であったが、夫はこの聴取には極めて協力的だったらしい。
 ……あの弁護士夫婦への非接触は、出来るならば徹底的に貫くべきだった。今となっての弁明は、誰に対するものであれ却って不自然。『サキュバス』が変に誤解しないように祈るほかない。

「少年の取調べと家宅捜索の情報が私の所に上がってきていますが、……どうも妄想をベースにして、この弁護士が異世界人に違いないと思い込んでいたようです。
 今朝の家宅捜索結果は精査中ですが、『サキュバス』事件に関する資料類が少年宅から発見されており、少年は妄想と現実の区別が付いてなかったのではないかと強く疑われています。
 掲示板の住民の言葉を借りるならば、粟倉弁護士は、あくまで異世界人の筆頭候補でした。複数人居る候補の中で社会的地位が最も高いのではないかと話題になっていた、それだけの女性です。
 勝手な妄想の結果が、ピンポイントでたまたま実際に異世界人の記憶を持つ人を直撃し、こういう形になったと思われます。
 この『サキュバス』事件は、特に部外者が妄想を逞(たくま)しくする要素の多い事件ですから」

 出席者全員が、苦々しくも納得した顔を見せる。本当にピンポイントで嫌な事件が発生してしまったのだという苦さが、この場の者達の共通理解。
 その後に書き込まれた文章によって、粟倉 葉弁護士本人の重要度が跳ね上がった。書き込みの内容を知っているからこそ、この刺傷事件は実に痛い。

「そして3点目と4点目、粟倉弁護士の夫による書き込みと、資料の窃盗について。
 書き込み内容は、お手持ちの資料記載の通りです。アクセス開示請求により、この書き込みが粟倉家の回線からだと確認されました。
 ……書き込み内容の通り、警察病院から帰宅した夫による書き込みだと思われます」

【こんばんは。召喚者さん、サキュバスさん。私は◆Moto/.Prof本人ではなく、◆Moto/.Profの配偶者です。
 トリップキーを事前に夫婦で共有してしていたため、このトリップで書き込んでいます。】

 会議の出席者に配布された資料を改めて辿る。刺傷事件の発生を知り、解答の書き込みを半ば諦めかけていた頃、期待を裏切る形で登場した書き込みだ。
 問1~3の魔術師の装束に関する規定、――手袋・杖・仮面・ローブ(上着)の着用、仮面とローブの色の規制、身分を表す色の濃淡。
 問4の分析魔術の原則と例外、――生物の寿命は覗けないという原則、例外はいずれかただ3つ(他の世界の生物である・魔術による寿命が規制された・明らかに死ぬ寸前である)
 代理で書き込まれた解答が全て正しいものであったという事実。これが意味するものは、非常に大きい。

「ご覧の通り粟倉弁護士の解答は、何から何まで、件(くだん)の拉致事件で佐藤に与えられた情報と合致します。
 この解答で、粟倉 葉弁護士が『サキュバス』と同じ異世界の記憶を保有することが、我々の目から見ても確定したことになります。
 粟倉弁護士が書き込んだ知識は、これより前の物も含めて全て正しい内容であったと見るべきでしょう。
 召喚者も『サキュバス』も、当然ながら、こういった我々の認識を把握しているはずです」

 以前の◆Moto/.Prof名義の書き込みを見た所で、『サキュバス』を即座に逮捕できそうな手掛かりが知れる訳では無い。ほんの少しだけ異世界の情報を垣間見る事が出来るだけ。
 確実に1ヶ国は帝国を自称する国があったこと、戦乱に関する巫女の思い出話、年齢起算の手法、変則式だという氏名の中の単語の意味、結構エグい王と姫の神話(歴史)、……。

「御覧の通り、皆様御手持ちの資料には、8月24日の粟倉弁護士の書き込みを改めて掲載しています。(※作者註:第4部-9参照)
 『サキュバス』に関係するところだけ抜き出すと、まず、自称15歳という年齢が、満年齢の15歳と同じなのかが疑わしくなりました。
 満年齢で自称しているならそのままですが、自称が異世界の15歳だった場合、満年齢は14歳という可能性があります。
 また、イルンクス、“笛の民”とも書いていますが、他人と定期的に性行為を交わさなければ死んでしまうという種族の特質も、記載の通りなのでしょう。
 もっとも、……本当に『サキュバス』の元の身体がそんな種族であったのか、そもそも年齢も含め自称の情報が正しいのか、厳密に言えば証明出来ませんが」

 異世界にIrunkus(笛の民)と呼ばれる種族が存在した、その種族の女性は、ある程度成長すると性行為が必須となる身体だった、という、情報その1。
 『サキュバス』は、元の世界の種族はIrunkus(笛の民)であった、という情報その2。
 混同しがちな事柄ではあるが、論理的に考えて、この2つは互いに矛盾しないというだけのそれぞれ別個の情報だ。
 幾度もこの会議で出た話だ。『サキュバス』と召喚者が嘘を吐く必要性は見受けられないが、さりとて真実を主張したのかどうか、判別する知識自体がこの国の警察には無い。

「最後の、粟倉家からの資料の窃盗についてです。我々にとっては、資料の存在自体が初耳でした。
 粟倉夫婦が住んでいるマンション“リブラ賢橋”での、きのうの監視カメラのデータは入手しましたが、それから先の捜査は足踏みしている状況です。
 書き込みの通り、窃盗罪そのものは非親告罪ですので捜査の着手自体は可能です。
 が、相手は、こう明からさまに警察へ協力しないことを表明している弁護士です。本音か建前か分かりかねますが、表向きこう書いている相手に捜査協力を求めるのは非常に困難と思われます。
 なお、監視カメラのデータの入手については奥の手を使いました。この点も併せてこの場で報告致します」

 最後の言葉に、数名ほどが怪訝そうな顔をした。彼等は事前に何も聞いてなかったらしい。
 出席者の内、白馬警視総監は深く事情を知っている側に入る。真摯な顔でこちらに頷きを見せた。
 一瞬目を合わせて軽く頷き返し、この会議の配布資料にも載せていない話に、小田切は踏み込む。

「今回、リブラ賢橋の中で何かしら盗まれたと騒ぎ出す住民が出るはずも無いのに、“窃盗捜査のため”と言ってマンションの管理会社にデータの提供を求めるのは憚(はばか)られる状況でした。
 粟倉弁護士が刺傷事件に遭った事、この弁護士に異世界の記憶を保有している疑惑がある事、それから、異世界の記憶がある者の自宅から資料が盗まれた事、全て世間一般に公表されています。
 捜査事項照会書に馬鹿正直に理由を書けば、管理会社から情報が漏れた時、この弁護士こそが異世界の記憶を持つ張本人だと警察が答え合わせをする形になってしまいます。
 ……そのため、たまたま粟倉夫妻と同じマンションに住んでいる、『サキュバス』事件捜査本部の警視を口実に使いました。
 警視本人と白馬総監の許可を頂いた上で、警視庁(うち)の監察に、管理会社と接触してもらいました。
 捜査事項照会書の書面上は、窃盗の捜査ではなく“内部通報に基づく職員不詳事案疑いの調査のため”とし、きのうのマンションの監視カメラのデータを1棟丸ごと手に入れています」

 何人かが露骨に顔をしかめた。
 外形上、警視庁の監察が管理会社にやって来て、“警視庁(うち)の者が変な事をやっているっていうタレコミがあったから、調べるためにマンションの監視カメラのデータ1日分下さい”と言った事になる。
 まずまともな会社なら、言われるがままデータを提供するだろう。
 警察を信頼する企業であれば当然、嫌っている企業でも、こんな文面の依頼を受ければ必ずデータを出してくる。この管理会社の内心は不明だが、データは、即、丸ごと提供してくれた。

 ただし、今後、管理会社から情報が漏れた場合、実際に住んでいるその警視に要らぬ悪評が立ちかねない。
 リブラ賢橋全体で見た場合、この警視以外に警視庁職員は住んでいないという(ある意味では何かの物語のような)都合の悪さもある。他の居住者が疑われる余地すら無い。
 この手法を思い付いたのが居住している当の警視本人でなければ、小田切もこの手段は受け容れなかっただろう。

「そうして入手した監視カメラのデータの分析結果ですが、特段に粟倉家に入り込んでくる不審者はありませんでした。
 たまたま監視カメラの向きが、粟倉家のドアの出入りもギリギリで映していたようです。室内へ出入りした者は、粟倉夫婦のみでした。
 夫の書き込みの通り、召喚者か『サキュバス』か、転移魔術を使える者が、転移の魔術で棚ごと盗み出した。そんな見方が一番有力だと思われます。
 以上のことから考えて、……」

 溜息めいた息が知らずに漏れて、一呼吸置いて、総括する。

「どう見ても、警察は後手に回っているとしか言えない状況です。粟倉 葉弁護士が亡くなった場合、異世界関係の知識を得る望みが完全に消える事になります。
 ……報告は以上です」

 生きているが捜査に非協力的というこれまでの態度が続くとしても、死んでいて一切証言が取れないよりは絶対的に良い。
 前者ならば、今後の流れ次第で口を割ってくれるようになるかもしれないという望みが、まだ有ったのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(※作者註:原作1巻1話のような斬首描写あり。予め御了承下さい)

 ?月?日 午前/午後??時??分 ??

「ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!」

 明らかに変声機を通したくぐもった野太い声の、腹の底からの絶叫。へたり込んだ美和子の耳に突き刺さる。
 ローブ姿の『毛利 蘭』を抱えて、濃紺のローブに黒い仮面の魔術師は、激しい叫び声を上げていた。
 魔術師の腕の中、『毛利 蘭』の身体は猛スピードで砂になり崩れていっており、その砂もわずか数秒で虚空へと消えていく。
 美和子の手の中の拳銃がもたらした、『彼女』の落命という結末が、目の前で進んでいく。

 周囲の刑事達は遠巻きにこちらを見ているばかりで、何も手を出してこない。
 手を出したくとも、この空間に手を出しようが無いのだ。自分達の周囲、金色に光るドーム状の結界は、外側からの接触を拒む働きをしているから。
 どんな罵倒が向けられようと、何をされようと、こちら側に手は出せない。

「アンタなのかよ!! よりによってアンタが! なぁ、アンタが『この子』を手に掛けたのか!? こちらの事情を知っているはずのアンタが!」

「ちが、違うの、これは誤射で、」「知っている! いや、過失か故意かなんて関係無いんだ、警察が『この子』を死なせた。それ以外の何なんだ? なぁ!」

 美和子のたどたどしい言い訳をぶった切って、召喚者は言葉で責めてきた。
 どうにかして収集を付けなければならない立場なのに、説得しなければならないのに、言葉が上手く出てこない。
 確かに、国家権力で『彼女』を殺してしまった場合、何が起こり得るのか知っている。表に出せない深刻な事情を、この人に直に教えられて知っている。

 思わぬところからの助け舟が、不意に来た。地面に転がった無線機から出てくる、聞き覚えのある男性の声。

「召喚者さん。私の話を聞いてくれないか。
 私は小田切 敏郎。警視庁の刑事部長だ。君達の事件の捜査責任者でもある。この事件について部下が起こした行動は、全て、私が責任として負うべき事なんだ。
 この警部補への思いも、この国全体への恨みつらみも、……全部私にぶつけて、それで、どうか収めてはくれまいか。
 ……私は、この建物の通信指令室に居る。君ならば一気にここに来れるだろう?」

 ――何をおっしゃっているんですか、刑事部長。
 美和子の心はそのまま凍り付いた。言葉を向けられた相手の方は、怒りを隠せないまま更に言葉を吐く。

「アンタひとりの生命にそれほどの価値は有るとでも? なぁ、自惚(うぬぼ)れるなよ。……クソが」

 悪態ひとつ残して、もはやローブしかない『彼女』の残骸を固く抱え込んだまま、その場から召喚者は消えた。きっと、転移の魔術だ。

 その場に残されたまま、どれほど時が過ぎたろう。
 結界と同じ金光が美和子を包み込み、同時に生温かい物を浴びた。ベシャリという音と共にナニカが後ろからもたれ掛ってくる。

 見た事は無かったが聞いたことはあった。頭部が切られた人間の身は、首の切断面から盛大に血液を吹き出すことがあるという。

 両膝を付いた座位のスーツの身は、美和子の右肩と腕を経由してズルリと地面に倒れる。
 血まみれの視界で、血を吹き続ける“それ”を見る。
 顔が無くても分かる。
 刑事部トップの、頭の無い、――

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 9月2日 午後2時15分 緑台警察病院 509号室

 ――そこで、目が覚めた。
 思わず周囲を確認してしまう。上は病室の白い天井、前は病室の壁、左は窓ガラス、右はベッドのすぐそばで立っている看護師と、……目が合った。

「大丈夫ですか? とてもうなされていたので、起こそうとしていたんですが」

 聴いた台詞が引き金になり、記憶が一気に蘇る。
 自分は、佐藤 美和子は、B型肝炎により入院中。
 絶対安静を言い渡されているので昼食後に眠りに就き、そのままとんでもない夢を見て、看護師が起こす寸前で勝手に目が覚めた、らしい。
 『サキュバス』の誤射も、その後に浴びた血の感触も、――全てが悪夢の中の出来事、という訳か、全く。

「あ、はい。大丈夫です。ひどい夢を見てしまって。……拳銃の誤射で人を死なせて、責任を取った上司のクビが飛ぶ夢で。
 すいません。お水を飲みたいんですが、どうすれば飲めるんでしたっけ」

 嘘は吐いてない言い方がとっさに口から出る。『少女』を死なせたとか、物理的に刑事部長のクビが飛んだとかは、そういう言い方は、何となく不味い気がした。

「えっと、ちょっと待って下さい」

 言われるまま水を準備する看護師の動きを視界に入れながら、無意識に髪を掻き上げた。汗ばんだ前髪が、同じく汗のにじんだ右手に貼り付く。

 つくづく最悪な内容の夢だった。
 馬鹿なミスをした刑事ひとりの生命を守るためだけに、流石に刑事部長がわが身を呈したりはしないだろう。
 しかし国土の危機の回避のためならば、それを成し得る相手を鎮めるためならば、博打半分での献身は、無いとは言えない。そういう意味でも、やたらリアリティのある夢。
 やはり拉致された時に知らされた情報の衝撃は、我ながら大きいらしい。『サキュバス』の死を、召喚者の怒りを、自分はどれほどに恐れているというのか――!

 ……全く、現状のみじめさには溜息しか出ない。
 入院中の身では、どう望んでも捜査復帰は出来まい。捜査に加わったところで警察らしいことが出来る事件とも思えないが、病院で蚊帳の外なのは、なお、辛い。
 事態が動いている事は分かっていても、美和子にはどうしようもないことだった。ただ、この病室から捜査の行く末を案じるしかないのだ。


※6月12日 初出
 6月19日 誤植を訂正しました。
 7月3日付記 作者多忙で書けないうちに、本当に書く調子がつかめなくなりました。本調子になるまで少々お待ちください。すいません……。
 9月4日付記 ご無沙汰しております。長いスランプでしたが、番外編を原稿用紙に書く程度なら何とか出来るようになりました。ハーメルンの私の活動報告にリンクを貼っています。本調子になるまで少々お待ちくださいませ……。

 作中の9月2日はこれで終わりです。次のシーンより、日付が3日進みます。

 作者として明言しますが、作中で異世界の記憶を持つ者は、粟倉 葉と『サキュバス』の2名のみ。
 最初の召喚時に『サキュバス』の記憶を覗いた紅子、及び人格融合した『毛利 蘭』を、『サキュバス』と別にカウントしたとしても4名となります。
 今後新規に異世界記憶持ちのキャラが登場することはありません。



[39800] 第5部 考え願って足掻き抜いた、あるじと彼女と誰かの話-3
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:54f2b618
Date: 2018/05/01 20:42
 9月2日 午後9時5分 召喚者の屋敷 地下大広間

【あるじ、お身体は大丈夫なのですか?】

 紅子の横。
 並んで床に座る『彼女』が、筆談用のノートパソコンに打ち込んだ言葉が、まず、それだった。

【本調子にはまだ遠いけれど、大分復調した
 朝に一旦外出した以外、ほぼ丸一日寝入っていたから】

 きのう魔術を連発したために紅子に生じた体調不良は、現時点でも尾を引いている。もっとも、2~3日続くと予想していたから、想定の範疇だ。
 高校はホームルームすら出ずに帰宅し、以後、自室のベッドの中でただ横になっていた。
 魔力の自然回復に伴う体調の回復ペースは、想定より若干早い。日中動き回っていたならば、もっと回復は立ち遅れていただろう。

【そうですか、良かったです】

 『彼女』ははっきりと、安堵と喜びのにじむ笑みを浮かべる。紅子は、薄く微笑みを返した。
 召喚した者、召喚された者としての繋がりがある。こちらは仮面を着けていて見えない笑みでも、心は通じる。

 ――さて、話を変えよう、と、紅子は思う。
 日中、自室のベッドの中で考える時間は山ほどあった。そうして思い付いたことを話すのだ。
 今後やるべき事、『彼女』の心の安定方法を整理して、思い付いた事。

【ところで、私が今夜もこの部屋に来た理由なのだけど、寝ている最中に考えたのだけれど、貴女、夫の方の粟倉弁護士相手に手紙を書いてみない?】

【え?】

 意外そうな表情と一緒に、文字が返ってきた。
 粟倉 葉弁護士が癌を患っているという分析結果を、夫の方に知らせる、という行為。
 それは、昨晩やるべき作業の優先順位を整理する中で、発案後に真っ先に切り捨てられた事だった。

 きのう紅子が使った魔術は、計3回。1回目が弁護士本人の体調分析(これで癌が発覚した)。次に、粟倉家の異世界資料の場所の調査。最後に、この資料の窃盗。
 限られた魔力を資料の早期確保に充てる、とした判断は、間違ってはいないと紅子は思う。
 ただこの判断は、『彼女』の(主にサキュバス側の)心の安定には必ずしもベストのようには見えなかった。粟倉夫婦を案じる感情が、『この子』の心の内に皆無、というわけでもないのだ。

【私の体調を踏まえれば、明日の夜か、あさっての朝には、転移で便箋を自宅に送りつけても体調を崩さない程度には魔力が回復しているはず
 優先順位の問題で一度諦めたけれど、貴女、粟倉弁護士側に癌の発見を伝えたかったのでしょう?
 意識不明の本人には、伝えることは出来ない。でも、本人の夫には、手紙は送れる】

【それはそうですが、あるじは大丈夫なのですか?】

【魔力は心配しなくて良い
 今日丸一日寝込んで、明日も寝込むつもりで、それで復調するはずだもの。その後なら、手紙を一度転移させるくらいで体調を崩すことは無いから】

 紅子は自信を込めて明言し、しかし『彼女』の返事には少し間があった。あるじ(Reune)の体調を案ずるが故の、逡巡が。

【分かりました。では、文面を考えておきますね
 明日の夜には送れるようにしておきます】

【送る時は、封筒を郵便受けに入れるのでは無く、自宅のリビングの中に直に送りつける形を取ることになるでしょう
 そうでないと、間違いなく「私達」からの手紙だと証明はできない】

【旦那さんに送る場合は、明確に「魔力で手紙を送った」状況を目撃させなければ、差出人の証明にはならない、ということですか?】

 阿笠 博士邸や佐藤 美和子警部補宅の郵便受けに手紙を転移させた時、差出人欄に『毛利 蘭』の名前を書いた。そうすれば、間違いなく開封してくれると判断したからだ。
 粟倉 葉弁護士宅の郵便受けに手紙を手紙を転移させた時には、封筒には『サキュバス』の出身地の言葉を書いた。それが『差出人』が『誰』なのかという証明になったからだ。

【ええ、まさにそういうこと。相手は魔力の知識が皆無という一般人だもの】

 『彼女』は納得の顔を見せてから、……特段書き込むことはないらしく、黙って続きの筆談を求めた。紅子は打ち込みを続ける。

【ただその後は、もう他に手紙を送るため魔力を費やすことは当面無い、そのつもりでいてね?
 約1週間前から予定を組んで手紙を転送する余力を生み出すことは、状況次第で出来るでしょう
 でも、突発的に翌日に転送したくなった、と言われても、どうしようも出来ないかもしれない
 これから貴女の身体のために色々と突き進む、そのために魔力を使うから。そのつもりで覚悟しておいて】

 紅子の魔力を今後、どう費やすのか、すり合わせはとうの昔に済んでいた。
 警察組織の情報の監視(情報の盗み見+淫夢の符での抜き取りの併用)と、『彼女』の身体の問題(遺体の探知とか、窃盗とか、加工とか)に費やすことになるのだ。

 『彼女』の目を見る。真顔の頷きの後、簡潔で重い返事が来た。

【分かりました】

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【粟倉 葉先生の旦那様へ

 どうするべきか迷いがあり、手紙を送るのがこの時になるまで遅れたことをお詫び致します
 また、前回の手紙以上に不躾な形の送付になったことも、重ねてお詫び致します
 紛れもなく差出人が私であるという事の証明として、こうして転移で送るという形しか思い付かなかったのです

 葉先生が事件に遭われた事も、事件当日の旦那様の書き込みも、こちらは承知しております
 ひとりヒートアップした第三者のせいで、あのような事件が起こる事は、全くの予想外でした
 また、大変な状況でありながら、当日中にに書き込みを代行していただいた事、本当に有り難く感じております

 さて、このように手紙を送ることを決めたのは、掲示板では書けないデリケートな事を、この手法でなら打ち明けられると判断したからです

 葉先生が賢橋駅近くで刺され、緑台警察病院に搬送されている事を把握してから、私と召喚者は、先生を魔術的な手法で治癒することが出来ないか、検討を行いました
 私達が使える治癒の手法は、対象の体内で生命力を移動させるものに限られます
 すなわち、健康な臓器で有り余る生命力を、病んだ臓器に移すという手法です
 単純な刺し傷で特定の臓器が痛めつけられただけならば、私達の技量で何とか出来るのでは無いかと想像していました

 結論から申し上げます
 私達では、葉先生を治癒することが出来ないという判断に至りました
 刺された部分だけでは無く、それ以外にも、複数の臓器が事件以前から弱っていたためです

 私達の分析魔術では、粟倉 葉先生の大腸に、かなり進んだ癌があるように見えました
 肝臓と肺にも、既に癌が転移しているように見受けられます
 襲撃事件後の緊急手術で切除した大腸の中に、癌細胞が含まれるようです
 医師が生検を行えば、癌は診断として確定するのではないでしょうか】

【この分析は、私達にとって予想外の発見でした
 それまでは先生が御健康であると無意識に考えており、御本人を分析したことは無かったのです

 現代の医療で用いられるような治療の痕跡も、葉先生の体内には見られませんでした
 これまで御本人は、本当に無自覚なまま、日々を過ごされていたのでは無いかと推察致します
 病んだ臓器に振り分ける程の余剰の生命力が見つけれなかったため、私達では治癒出来ません
 残念ながら襲撃事件の前より、先生は、私達の技量では治癒不能の状況になっていたようです

 もっと私達が治癒に熟達していれば良かったのに、と、心から感じています
 転移や遠隔分析は出来ても、私達が使える治癒の魔術はこの手法に限られるのです

 この手法が使えない場合、それは、そのまま何とかなる領域を外れることととなります
 他に治癒で使える手法があれば、その手法で、先生を癒やすことが出来たのに
 そうして、元気になった先生と語りたいことがたくさんありました

 先生が意識を取り戻すかどうか、楽観的に見積もっても確率は5割程だと判断せざるを得ません
 もう、私達には、先生が回復されることを祈ることしか出来ません

 Succubus Vain Reune Karuruban

 追伸
 御自宅の異世界資料は、ご想像通り私達の手元にあります
 窃盗という行為を働いた私達に対する温かな御言葉、重ねて感謝申し上げます

 なお、この手紙は素手で触ると砂になって崩れるようになっています
 コピーを取ったりした場合も砂になり、何もしない場合でも3日経てば砂になる仕組みです
 フィルム式のカメラで写真を撮るのは大丈夫です(手紙が砂になっても写真は残ります)

 そちらから御返事がある場合は、トリップ付きで、いつもの掲示板に書き込みをお願いします
 私達に対して、訊きたい事、確認したい事等が有る場合も、書き込みを下さい
 内容に応じて、同様の書き込みか、この方式の手紙で、1週間以内にお返事を返せると思います
 上記期間内にこちらからの返事が無い場合は、私達はyesと答えたものと御判断下さい】


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【配偶者】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ321【危篤中】

984:配偶者◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/03(火) 22:01:36.29 ID:KKKKKKKK

 サキュバスさんへ。◆Moto/.Profの配偶者です。
 先ほど、自宅にて、貴女からの私宛ての直筆の手紙(便箋2枚分)を確認しました。

 ◆Moto/.Profの心身のことについては、ドクターからも説明を受けておりました。
 専門家の目で、現状を一目見て不審に思うことがあったようです。
 ◆Moto/.Profは今も意識が無いままですが、手紙に書かれた通り、当人を調べてもらうことになっていました。

 また後日、詳細なお返事を書き込ませて頂きます。取り急ぎ以上のみお知らせ致します。

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【配偶者】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ348【検査中】

209:配偶者◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/04(水) 19:09:12.09 ID:KKKKKKKK

 サキュバスさんへ。
 
 現在、投稿予定の文章の推敲を行っています。
 本日21:30までに推敲は完了すると思います。完了次第、長文をここに投稿予定です。
 もしこの時までに書き込みがなければ、突発的にこちらの都合が悪くなったのだと御判断下さい。

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【配偶者】拘置所被告殺人・考察&まとめスレ361【推敲中】

197:配偶者1/4◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/04(水) 20:45:51.43 ID:KKKKKKKK
 
 サキュバスさんへ。◆Moto/.Profの配偶者です。2枚の便箋は全て読ませて頂きました。
 ◆Moto/.Profに対する貴女方の心遣いに感謝致します。

 まず、配偶者の心身のことをお伝えしますね。
 本日も、ドクターの説明を受けました。
 今日の段階ではまだ詳細な検査の途中であって、確定的な結論を下すには至っていません。
 ですが、昨日頂いた御手紙の記述と食い違う事項は、今のところ無いようです。

 当人が意識不明のままの現状で、どこまで書いて良いものか、正直なところ迷いがあります。
 本来どこまで書くか、その身体の本人が決めるような事項でしょうから。
 今後、この心身の件については、単に貴女方の分析が当たった場合のみでは、逐一私からここに書き込むことは無いとお考え下さい。

 私が書き込むとすれば、手紙の記述が外れた時か、何かしらの動きがあった時
 (例えば配偶者自身が意識を取り戻し、何か書き込みたいと望むなど)、そのどちらかになるでしょう。

 (続く)

219:配偶者2/4◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/04(水) 20:46:34.01 ID:KKKKKKKK
 
 現状を踏まえて、一点、貴女方に御承知頂きたいことがあります。

 これまで私は、◆Moto/.Prof の記憶のことは誰にも話したことはありませんでした。
 また、現実社会で、◆Moto/.Prof が自分の配偶者であると明言したこともありませんでした。
 これらは、他に事情を知る本人の身内が没して以降、夫婦の間だけの秘密となっていました。

 ただ、本当に残念なことですが、◆Moto/.Prof のこれからを想定した時、
 例えば相続関係等の様々な法的な手続きが、近い将来に発生しかねないことが予想されます。
 これまでも予想外の事がありました。今後も、予想だにしていない事が起こるかもしれません。
 今の段階で、知己の専門家にある程度の出来事を相談をしようか、検討しているところです。

 しかし、そうした専門家に、この数日間の出来事について必要な説明を行おうとすると、
 どうしても貴女方の手紙や、ここの書き込みの件に触れざるを得ません。

 守秘義務のある専門家の方に、私の代理人になることをお願いする場合、
 私は、上記の夫婦の秘密をその専門家に打ち明ける判断をしなければいけません。
 その事を、貴女方にも御承知頂きたいのです。

 (続く)

232:配偶者3/4◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/04(水) 20:47:09.55 ID:KKKKKKKK

 さて
 貴女の故郷がどんな風だったのか、◆Moto/.Profがここに来た後の故郷の世界はどうなっていたのか、◆Moto/.Profは知ることをとても楽しみにしていました。
 貴女も、◆Moto/.Profに対して話されることを楽しみにしていたのでは無いでしょうか。

 貴女達同様に、私にとっても、◆Moto/.Profの心身の現状は、本当に思いがけないものでした。
 ◆Moto/.Prof自身も全くの無自覚であったはずです。
 無意識の内に、自身が健康な状態でいつかサキュバスさんと語り合う日が来ることを想像していたと思います。

 かねてより報道を通して、貴女方は警察にとって手強い相手なのだろう、と感じていました。
 今回の御手紙で、警察が苦戦する理由の一端を改めて見た気がします。
 貴女達が有し、かつて◆Moto/.Profが有していた技術は、万能ではないのだとしても、科学の枠外にある技術であることは違いないのでしょう。

 貴女は、明晰な思考能力で、自己の生命のため冷静に目標を成そうとする方だと推察致します。
 苦難に直面されている身でありながら、結果として、◆Moto/.Profの件で更に絶望に繋がる事実に触れる形となったことが、本当に残念でなりません。

 (続く)

263:配偶者4/4◆Moto/.Prof [sage]:20XX/09/04(水) 20:48:15.55 ID:KKKKKKKK

 大変申し上げにくいことを書かせて頂きます。
 詳細を知りうる立場に有りませんが、誘拐と交渉が現在進行中らしい、という現状で、私が一番恐れる事があります。

 失礼ながら、貴女が抱える絶望が抱えきれない程になり、貴女方諸共に破綻していくことです。

 これから、仮に、貴女方が◆Moto/.Profの生死を深く見つめていた場合。
 万一の場合、貴女は、とてつもなく傷つく結末に至ってしまうのではないか、絶望をもっと強くしてしまうのでは無いか、とも、懸念しているところです。

 以下、質問ではなく提案です。御返事も不要です。

 もし、貴女の心の中に、◆Moto/.Profのために用意していた語りがあったならば、
 それは◆Moto/.Profではなく、誰か別の方のための語りとしてはどうでしょうか。

 元が◆Moto/.Profに向けたものである以上、何もかも元の言葉の通りとはいかないでしょう。
 でも相手が貴女との対話を望む方であれば、相手にも貴女にも、きっと得る物があるはずです。

 あるいは、この掲示板であれ、どこか場所であれ、不特定の第三者に向けた形でも良いのです。
 十分な吟味の末、誰かの名誉を損なうことなく、広く世界中に公開されても問題ないと思える内容を、綴られたり語られたりすること。
 それは、貴女達の判断能力で可能な事なのではないかと、私は思うのです。

 ◆Moto/.Profの配偶者より

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 9月4日 午後9時13分 召喚者の屋敷 地下大広間

 まるで毎夜9時前後の『彼女』との打ち合わせに揃えたような、ちょうど良い時間帯の投稿。
 印刷した長文を、紅子が自室でそうしたように、『彼女』は何度も何度も反芻するように辿って、長考していた。
 新たな絶望はその顔には無い。分かり切っていた諦めと、妙な感心があるだけ。

【さすが弁護士さん。奥さんがああいう風な目に遭っている時でも、これだけ気をつかった長文を打てるものなのですね】

【ええ。オブラートをいくつも包んだ刺激しない文面、必死に練ったのが丸分かりの書き込みね】

 こちら側は、しょせん世間的には得体の知れない犯罪者でしかないのだ。拘置所収監者2名を殺害、更に誘拐やら自宅に手紙を送り付けてくるやらの、正体不明の誰か、だ。
 対する粟倉夫婦は、揃って法律の専門家。妻の方がこんな一大事であっても、夫の中では、理性と計算が、感情よりは勝ったに違いない。

【この書き込みを読んだ関係者は、今、私達よりも絶望を感じているんでしょうか
 将来、この先生から事情聴取出来たら良いな、って思ってた方々、たくさん居たはずです
 大腸癌という直接的な文字は出ていないけれど、書き方からして、粟倉先生が死に瀕する位にすごく重い病気なのは伝わっています】

【そうね】

 きのう3日の夜から今日4日に至るまで、夫の方の粟倉弁護士の書き込みは、都合、三度。

 最初の書き込みの段階で、警察ほか関係者一同は、雲行きの怪しさを感じ取っていたはずだ。
 ◆Moto/.Prof(=粟倉 葉)本人に医学的な問題があるのは違いなかった。ドクター(医師)が一目見て不審に感じ、検査するのだから。
 字面は「心身のこと」となっていたが、意識不明者の「心の疾患」をどう調べようというのか。
 「心」ではなく「身体」の方に問題があるのでは、という推論は、掲示板上の野次馬達にさえ当たり前に生まれていた。捜査機関でも探偵でも、同じ事に思い至らない訳がない。

 そうした前振りの上での今夜の書き込みは、悪い予感が当たったようなものに違いないのだ。
 1日掛けても確定しない診断名。相続が発生する予想。何より、『生死を深く見つめると傷つくのでは無いか』という懸念。

 ――直截な文言は使っていないが、明らかに◆Moto/.Prof(=粟倉 葉)の近日中の死を、配偶者が想定し、そう一目で分かる形で公表している。

【ところで、この4レス連続の書き込み中の2番目、どう思う?
 私達の反応がなければ、1週間過ぎた後、代理人探しで他の弁護士に相談しに行きそうだけど】

 紅子は、床に広げた文面を指し示す。
 趣旨として、要は「専門家の代理人に、◆Moto/.Profの正体を含めて、ここ数日の経緯を打ち明ける判断をしなければならない。承知して欲しい」と言いたいらしい箇所。
 配偶者の死が想定されるのだから、将来の相続関係とかを見据えて動き始めたい、という考えは、弁護士なら当然の思考なのだろうか。

【書かれているのは相続問題だけですが、旦那さんは刑事裁判も念頭に置いていそうですね
 賢橋で襲われた事件の裁判では、被害者の家族というか遺族になるかもしれないんですから
 その裁判で遺族側として代理人を立てる流れは、弁護士さんですから普通に思い浮かべると思います】

 指摘はもっともで、紅子の思考の盲点を突くものだ。民事上の問題しか視界に浮かんでいなかった。確かに、その件の刑事裁判も、いつか開かれるはずだ。

【あ、そうね】

【そうだとしても、他の弁護士に相談されるのを、私達が止める謂われは無いと思います
 私達の立場では、警察にまとまった魔術の情報が渡るのが嫌なだけですよ
 もう一度この方に手紙を送るのだとすれば、そういう内容の釘刺しでしょうか
 このまま、手紙を送らずに黙っておいても良いのかもしれませんけれど】

 そうキーボードを打って、『彼女』の指が止まった。無言で問う視線が紅子を見つめる。
 ――手紙を送るかどうか判断を任せる、ということなのだろう。

 筆談用ノートパソコンの画面の右下部にカレンダーを出して、少し考える。
 今は水曜日の夜。完全に復調した紅子の魔力量はどん底ではないが、無駄遣いは出来ない。
 手紙を送付しなくても、たぶん問題は無いだろう。が、絶対問題ないと断言出来るものなのか。

 まず、明日(5日・木)や明後日(6日・金)の転送は無い。
 日々の魔力の回復ペースを考えると、遺体探しと、警察情報探査と、転送を同時に行えば、それだけで手一杯になるタイミングだ。
 突発的なトラブルが直後に生まれば、また魔力量がピンチ。

【念のため、そういう釘は刺しておいたほうがいいでしょうね。いつも通り文面は貴女が考えて、私が内容をチェックする
 手紙を転送する日は7日か8日になるでしょうけど、何か魔力が要る事態が発生した場合は後日に延期するから、そのつもりで
 あと、トラブルがいくつも起きた時は、手紙を送ること自体を諦めるから】

【分かりました、あと】

 即答の後、『彼女』の手が止まった。逡巡しているような間を置いてから、文字が連なる。

【あるじに、お願いがあります
 魔術用の印画紙に余裕はありますか?
 寝ている時、サキュバスとしての記憶を転写させて、物語にしたいな、って、今、思って】

 えらく突然の要望だ。何故そう言い出したのかは分かりやすいが。
 きっかけになったのは、やはり、この粟倉弁護士の書き込みだろう。書き込みの最後の部分を読んで、『この子』の心の内に何か語りたい物語が生まれてしまったのか。

 記憶転写を使うというのは良いアイディアだと思う。
 『この子』の魔力が減るという話ではないし、紅子の魔力も必要量はほんのわずか。
 かつ、原稿用紙なりパソコンなりに向かい合うよりも、ずっと早く、情報量の多い物語を綴れる方法だ。

 術式自体も、無茶では無い。
 以前警視庁関係者の枕に仕込んだのは、複数の術式を組み合わせて『彼女』が構成した術式。
 具体的には、淫夢を見せる術と、記憶転写の術、主要箇所はこれらの組み合わせだった。
 そうした複雑な物が他者相手に問題なく使えたのだから、より単純な記憶転写だけの物を『作成者』自身が使って、失敗するはずが無いのだ。

 ただし懸念材料はある。
 語りたいことを本当に語ることが、『彼女』の心(メンタル)の安定に良いことなのだろうか? 今はそこそこ安定しているのに、わざわざ不安定になるならば、紅子は絶対賛同できない。

【印画紙に余裕はあるけれど、それが貴女の心の安定に役立つなら印画紙は使って良いけれど
 何を語りたいのか教えて?
 心の安定を損なう内容は禁忌だし、書き上げても誰にも見せないままになるかもしれない】

 不特定多数に見せたいのか、特定の者に見せたいのか、どうあれ事前に紅子のチェックは入る。
 無いとは思うが、公表前提で書き綴っておきながら、紅子に止められてフラストレーションを抱える、……という流れになったりしても、困るのだ。

【ありがとうございます
 公表するかどうかは別として、ただ、無くしたくない記憶を書きたくて】

 真剣にキーを打ち進める『彼女』の横顔に、絶望は無い。
 決して喜びの表情ではないが、少なくとも絶望では無い。懐かしさとか、追慕とか、そういう類いの、遠くから俯瞰するような。

【私が、サキュバス側の私が生まれる前の、母のことを書きたいな、って
 官吏の頃、短い数日間の内に、失職確定やら、求婚やら、襲撃やら、激動が続いた期間があったらしくて
 何から何まで語れば、私が坂田さん達に振るった剣のことも触れる流れになりますね】

 ――そうか、と、紅子は確信する。
 『彼女』が書き綴り語りたいのは、『サキュバス』が飲み込んで受け入れた過去なのだ。
 願い通りに語っても、決して不安定になることは無い。振り返って、かすかな苦さはあっても、刺されるような痛みは無い。『自身』を見失うことは無い。

【分かったわ
 どんな流れで書きたいのか、明日1日きっちり思考を固めて記憶転写した方が効果的でしょうね
 明日の夜には術式付きで印画紙を渡すから、それを手袋と枕に仕込んで寝れば良い
 もし、その物語にタイトルを付けるとすれば、何になるのかしら?】

【シンプルに、官吏アポリアの物語、とか、あ、サキュバスの手記だから、「サキュバスの手記 官吏アポリアの物語」とか、ですかね?
 母と、義母になるはずだった方に捧げる物語にしたいです】


※4月25日 初出

前話掲載から1年以上の間が空いたことを深くお詫び申し上げます。

投稿が止まっていた間、スランプだったり実生活で色々有ったりとあったのですが、番外編を書くのにハマりこんだりもしておりました。

次回更新より、書き上げた番外編を順次投稿致します。
このため当初の予定から変更し、本編をこのような内容としました(最初は、前話の後書き記載の通り、時系列が3日飛ぶ予定でした)。

番外編のタイトルは、ずばり「サキュバスの手記 官吏アポリアの物語」です。
内容は本文での記載通り、コナンのコの字も無いようなものになります。全24話執筆済、1回の投稿で3話ずつまとめて投稿予定です。


※大切なお知らせ※
 この作品は2018年4月30日より、投稿時の不具合のためarcadiaでの更新を一時停止しています。詳細は最新記事(番外編13~15)下部の告知をご覧下さい※



[39800] 番外編 サキュバスの手記 官吏アポリアの物語1~3 はじめに/暴発事件のこと/事件処理のこと
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:54f2b618
Date: 2018/04/27 23:04
※本編第5部-3と連続更新しています。ご注意下さい。
 また、この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。

※初出時、一部ビックリマークや数字の表記が抜ける現象が発生していました。修正しました。
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 ※官吏アポリアの物語1 はじめに

 この物語を、かつて、アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナという名であった、
 同じく、かつて、ドルゴネア・ユバンクス・カルルバンという名であった、2名の女性に捧ぐ。


 世間一般の多くの者が知っているように、『サキュバス』という、今の私の名がこの日本で知られるようになったのは、今年の8月、坂田・沼淵両氏が犠牲になった事件からだ。
 より正確には、彼等の殺害後の犯行声明が、私の名が広まるきっかけになった出来事だろう。

 掲示板に書いた犯行声明の中で、私は、元の世界でどういう身の上だったのかを大まかにだが語ったことがある。
 その後、私が一時期入院していた時にも、事件の聴取の中で色々と問われた事項はあった。
 ただ、前者の内容は、あくまで概要でしか無かった。そして後者の内容は、性質上、警察の関係者限りの中で秘匿されている。
 多くの人が、私の育った世界について、詳しい状況を知らぬまま、私自身は、下手を打つと今年中には死ぬかもしれない身の上になっているのが現状だ。

 何か、もっと詳しい情報を書き残すべきではないかと思った。
 あの世界の事を書き残すべきではないだろうか、何もかもを語る事は物理的にも精神的にも出来ないけれども、書きやすい形で、あの世界の在り方の一端を、この世界に残しておくべきでは無いだろうか、と。
 私に、万が一のことは起こりうる。この世界に遺しておきべき情報は、今のうちに遺しておくべきか、と。

 だから私は、あの世界で、一番身近であった魔術師の話を、なおかつ、一番自信を持って書ける私の身内の話を、物語として書こうと思う。
 生前の実母と師匠に事あるごとに聞かされた話。時系列として何があったのかは諳んじれるほど詳しく覚えている。

 今から記すのは、魔力と魔術が確かに存在していた、ホモ・サピエンスに限定されない沢山の種族が息づいていた世界の、ある官吏の物語だ。
 私の母が、宿屋の後妻になる前、官吏であった時代。確実に生涯の転換点となったらしい、数日間の物語。


注意点は以下の通り。

・あの世界の統治機構については、私が産まれるよりも以前に日本語資料を作った先人が居る。役所や役職の日本語訳名については、その先人が充てた訳に倣うこととしている。

・年齢は全て現地の数え方での表記だ。満年齢の数え方とは丸1歳分ズレている。

・名前を明記しているのは、全て物故者で、私が多少なりとも容姿を知っていた魔術師に限っている。
 なお、この条件を満たす者であっても、そもそも名前を知らない者については載せようがないので表記が無い。

・同じ世界の中でさえ時代や地域によって倫理観も法令も異なるというのに、まさしく世界が違う場合の法慣習の有様については、善悪を断じる謂(いわ)れもないだろう。
 何より強調すべき事として、「私は法慣習の善悪論争のためにこの話を書いたのではない」。

 以上の事を、最初に明言しておく。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※官吏アポリアの物語2 暴発事件のこと

「アポリア・フォルネス、一大事!」

 帝暦142年、冬の終わりのある月の、月初の日。夕暮れ頃。官舎の自室で仮眠を取っていたアポリアは、駆け込んで来た3年下の男性官吏に叩き起こされた。

「何……?」

 寝ている時に、突如眠りの世界から引き上げられる。5年半少々のここでの勤務経験の中で、初めてのことだった。
 声の調子だけで、何事が起きたのは察せられる。そもそもこの男は、アポリアとは所属の部門が同じだが違う班のはずだ。慌てふためいて起こしに来る時点で何かが明らかにおかしい。

 覚醒して起き上がった身に、彼の声が飛んでくる。
 当事者の体質と魔術の流派によるが、大抵の魔術師は、魔術の行使中は敬語は使えない。
 特に笛の民は、魔術を使っていなくとも敬語が話せない者が多い。予想通りの口調で、まさしく一大事としか言いようのない報せが来た。

「僕の班のっ、××××が、大通りで魔術を暴発させた模様! 歩行者と住居多数を吹っ飛ばして死傷者多数!
 ××××は制圧済み! しかし現場で治癒魔術の手が不足! 第7班、アポリア・フォルネスレンスマキナに緊急出動指示!
 庁舎には事件報告済! 僕が転移で現場まで運ぶので至急準備を!」

「! 了解!」

 即座に毛布を跳ね除け、寝台から降りた。
 肌は白く、眼の色は茶色で、肩口で切り揃えた髪の色は銀。背だけは高いが、現地慣用句で言うところの『骨と筋と皮は有るけれど肉は無さそうな』体型の、女。
 この時の正式な名は、アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ。年齢は3日前に25歳になったばかり。

 本来の専門は分析系の魔術。加えて治癒系も並以上に使える腕ではあった。
 が、転移系魔術の方は使い物にならない腕前で、徒歩で30歩の場所への術式の構築に半日掛かるくらいに不得手。
 そのため移動手段は、自分の足で動くか、転移魔術の上手い者に運んでもらうかのどちらかになる。

 薄赤色の制服と黒の編上げ靴は元々着用していた。床の上に畳んでいた、同じく薄赤色の制式の上着(ローブ)を羽織り、赤色の仮面を着け、赤い手袋で覆った手で腰に杖を佩(は)く。
 司法府勤めの官吏かつ魔術師として最低限の体裁を整えて、アポリアは後輩の転移に乗った。


 カルルバンの街は、率直に言って居住密度が高い。さほど広くはない盆地にひしめく住民数は、神殿を除いて約12万(当時)。
 宗教上の理由から由緒は古い神殿を一際高い山の麓の真ん中に抱いて、一直線に大通りが伸びている。
 しょっちゅう誰かしらが通る大通りで、魔術の暴発事故が起きた。盤の目状に整備した区画4つを巻き込む規模だったのだから、被害者数はロクでもないことになる。

 背負われたアポリアが現場に転移した時、大惨事の現場には、既に救援の面子は大勢居た。自室で起こされる前、庁舎で一報を受けた者達が先着していたらしい。

 転移地点すぐ傍、アポリアより頭一つ低い背丈の、長い黒髪の男性が立っていた。
 ゲノムヘリター・ユバンクス・カルルバン(59)。上級職で、司法府長の地位に就いている、つまりアポリア達の勤め先の長だ。
 取るもの取りあえず庁舎から飛び出て来たらしい、一応顔に仮面は着けているが、赤色の上着のフードが被りきれておらず、ほぼ丸見えの長髪がボサボサだ。
 目線を下げると、暴発を起こした先輩が簡易の魔封じの布でグルグル巻きにされた上で地面に倒されており、当の司法府長がその身に片足を乗せて抑えている。

「捜査第7班、アポリア・フォルネス、現着! 必要なのは、「治癒だ! 重傷度の高い者から先に! 神殿と合わせても術師が足りん恐れがある! とにかく救えそうな生命を救え! 後で魔力は補填する!」了解!」

 この上司が発する声は、体質的に実年齢よりずいぶんと若い。仮面の下に険しい眼差しの赤い瞳を見せつつ、怒鳴るように当たり前の指示を飛ばした。アポリアは従う意思を見せて答える。

「アポリア・フォルネス、僕が治癒対象へ誘導するので、貴女は治癒への専念を」「了解」

 神殿が大きい街は、治癒を使える官吏の配属が稀になる。カルルバンの街は典型例だった。
 伝統的に、神殿には、治癒系を使う魔術師が多く集まる傾向がある。
 巫女や神官が出張って来る場所で官吏が出番を奪う事は通常無く、強いて言うならば怪我や病気が同時多発で発生し、魔術師が底をつきそうな非常時のみ。
 現に、この時のカルルバン司法府の魔術職官吏70名少々の内、他者に行使出来るほど治癒系が使える者はアポリアと、もう1名、計2名しか居なかった。
 その1名はアポリアの2段階上の上司だが、アポリアとは異なり、治癒の範囲は手足の外傷限定だ。この場では役に立ちはするが、瀕死の重傷者の救命には必ずしも向いていない。

 後輩の分析魔術は、周囲の中で一番に切迫度が高くかつ救命出来そうな者を的確に見抜く。
 何よりも救出と救命が優先される慌ただしい現場で、アポリアは、周囲に散った手足も何も見ないようにして、導かれるまま、内臓の止血と、造血を一晩無我夢中で行い続けた。

 最終的な被害者数は、死者だけで40名を超えた。重軽傷者は350名超。適確な救助により負傷者はおおよそ救命されたため、死者は、爆発に巻き込まれて即死した者が大多数。
 そんな大惨事だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ※官吏アポリアの物語3 事件処理のこと


 カルルバンは国の直轄地だ。アポリアの故郷とは異なり、領主は居ない。
 司法府も、行政府も、官吏は、皆帝都で最低2年間の教育を受けた後に配属された者達。
 任免は帝の名において行われ、俸給は国庫から出る。形式においても実質においても国家所属の官吏であって、一定基準より重い不祥事を起こしたときは、処断はカルルバン司法府では無く帝都から派遣された者達が行う。

 暴発を起こした先輩魔術師は、司法府庁舎の裏の監獄の房にその日のうちに放り込まれた。
 治癒で魔力をギリギリまで使ったアポリアは、官舎の、司法府長の部屋で丸2日寝込む事態になった。
 ……寝込む事自体は決して心地よい事では無かったけれど、良い面が皆無というわけでも無かった。
 あんな規模の事件が起きてしまった以上、最終的にどんな風に事件処理が進むか、寝込んでいる間に考えを巡らせて、覚悟を決めておくことが出来たから。


 アポリアの職務復帰後の初仕事は、帝都から派遣された者達の捜査補助。

「フォルネスレンスマキナ出身のアポリアが指令する、この場の過去を示せ」
「次いで――出身の――が指令する、……我が力を加えてなお過去を示せ」
「次いで――出身の――が指令する、……示す過去を投影せよ」

 何のことは無い、3名1組を1単位とし、複数単位で起動する魔術。その中の1名にアポリアが配置されたというだけのこと。
 過去の情景を映し出すという、平凡な魔術。必要な魔力量が馬鹿高いというだけで、術式自体の難度は高くない。
 手順に従って定型の詠唱句を手順通りに同時詠唱すれば、至極当然のように、術式は手順通りに起動される。

 こうして現場の大通り1面に、事件当時の状況が映し出された。
 普通の、夕方の大通りだった。歩行者の数が途轍もなく多い時間帯。物売りやら物買いやら旅行者やら家に帰る住民やら、ありふれた1日の有りし光景をそっくりそのまま見せている。


 ――ごった返す通りの中を、男の子が2名駆けていた。
 年齢は10歳もいかないだろう、顔がよく似ている、親戚同士という男の子達。
 走りながら、柑橘系の果物を投げ合っている。そのまま、後に『爆心地』と呼ばれる十字路の方へ駆けていく。

 ――まさしくその十字路の真ん中に、赤い上着(ローブ)と仮面姿の官吏達は居た。
 偉い順に、風の民の男性魔術師(50代・班長)と、剣の民の女性魔術師(27)と、笛の民の男性魔術師(22)、カルルバン司法府の捜査部門第4班、いずれも魔術職採用、職種は普通職の全3名。
 一番下っ端の男が、周囲の注目を集めないよう認識阻害の結界を展開しているから、場所の割に、視線を浴びることは無い。
 魔術に気付く者もわずかに居はするが、あえて騒ぎ立てずに視線を逸らして去って行く。
 3名1組の移動はいかにも公務らしく、そもそもの認識阻害の結界は仕事の真っ最中にしか使わない術だ。話し掛ければ公務妨害になってしまう。

 ――3名の視線の先には、路上で露店を出している物売りの男達がいた。法律上専売品となっている物品類を、密かに統制外で売買していたらしい男達。
 長いこと帝国の監査を掻い潜って来た奴らで、1年間に及ぶ帝都での犯行について、全容が判明したのはつい1月前。その時には全員帝都から逃げ出していたらしい。
 大まかな居場所が分かるまで時間が掛かり、手配がカルルバンの街に回ってきたのは、その日の昼すぎのこと。
 庁舎で探査の魔術を実施し、正確な居場所を掴んだ。今から男達を捕らえて身体拘束を掛けて監獄に放り込むまでが、カルルバン側での官吏達の仕事だ。

 ――剣の民の女性官吏は、魔術の符を利き手に摘まんでいた。起動のための詠唱が紡ぐのは、動作阻害の結界の作動。
 狙いは無論、目の前の密売犯の男達。どうしてか国の探査魔術の裏をかいていたらしいから、魔術について何らかの対抗策を持った集団なのは違いない。
 これでまた逃げられたら恥だ。念入りに念入りに、普段なら使わないくらいの魔力を込めて詠唱を紡いでいく。

 ――相変わらず、男の子達は駆けていた。
 一般庶民の彼等は目の前の物騒な構図に気付くことは無く、無邪気に笑い合いながら果物を投げ合っていた。
 手元が逸れて、投げられたその果物があらぬ方向に飛んでいくその光景を、『最期の瞬間』まで笑いながら見ていた。

 ――残り1節の詠唱で動作阻害魔術が起動するという状態、魔術符は高々と天に振りかざれる、そこに、後ろから飛んできた果物1個。
 官吏の指先から思い切り弾き飛ばされる、魔力が限界まで込められた魔術符、あらぬ方向に飛んでいって、路面に叩きつけられ、不安定な魔力、刹那、膨れ上がり……。

 ――不味い!
 咄嗟に笛の民の官吏が認識阻害の結界を解除、身体保護の結界が周囲の者達を包み込む。対象となったのは幸運にもその場に居た数名だけ。現場に居る者に比して圧倒的に足りない。
 班長は魔術符の暴発を抑え込みにかかる。更なる魔力での鎮圧を試み、だが、間に合わない……!

 ――そして、大惨事は起きた。


「……さて」

 こうして、現場の再現は終わる。
 見物の住民も、その場の官吏達も、誰もが絶句し、あるいは意図的に沈黙していた。声を上げられるのはただ1名。帝都から来た責任者だけだ。
 暴発事件の発生後、関係者の審問と目撃者の事情聴取に丸2日。この過去を投影する魔術の目的は、事実関係の最終確認のため。
 ここで真実は誰の目にも明らかに確定された。だとすれば今から行う仕事としては、罰の裁定を仮に下すことしか残っていない。

「どうしてここまで被害が拡大したのか、これで確証が取れたわね。ただ正常に動作阻害の結界を起動させようとして、暴発しただけならば、これほどの被害は出ない。
 『加害者』の詠唱の様子を見れば明らかよ。通常の4倍以上の魔力を込めた上、そもそも詠唱が途中で止まっても、魔術の起動術式は途中停止が出来ないようになってた。
 これでは、正常に魔術が起動出来たならば良いけれど、詠唱中に不慮の事態が起きた時には暴発するしかないわ。
 官吏だろうが、在野の者であろうが、職業魔術師として断じて有り得ない手法よ。修業始めたての子どもですら、こんな事は分かってる」

 仮面を被っているというのに良く通る声の、勤続40年少々という貫禄のある上級職の女性官吏の正論。
 司法府官吏、制服の色味は皆一律で薄赤だ。
 ただし制服の上に羽織る、フードのついた上着(ローブ)の色味は、偉い者が濃く、下っ端が薄い。誰よりも色濃い赤の上着の彼女の声は、規定に則り、責任の軽い者から重い者へと罪刑論が及んでいく。

「こんな大通りで果物を投げ合う子どもの非常識さについて、親の教育が問われるべきでしょうが、この官吏達の失敗に比べたならば些細な事でしょうね。
 認識阻害の結界を張っていた笛の民については、官吏3名の中で一番責任が軽いでしょうけど、少なくとも何の咎めも負わないのはおかしいでしょう。
 一番責任が重いのは、この暴発を起こした当の剣の民か、それからこの3名一組の責任者で、この異常な魔術を止めるべき立場にあった班長の風の民か。
 どちらの責任がより重いかは別にして、重い責任がどちらにも有るべきよ」

 現地法にも感情にも適った結論だった。誰もが予想通りだと思っていたような、責任と罪の有り方。
 果物を投げていた子ども達の親は軽くだが罰せられ、官吏達の内、笛の民の方は最低でも免官が確実、……剣の民と風の民は、付加刑はともあれ、主刑は死刑しかない。
 言い回しの意味は、つまるところそういう事だ。

「この地の慣習と法に則り、わたくしは、裁き手(ユバンクス)としてこの場の皆に問いましょう! 今述べた責任と罪の有り様(よう)に異議有るものは居るかしら?
 今この場での異議が無い限り、今述べた通りの形で彼らは断罪されるでしょう。
 異議有る者は今この場で名乗りなさい! 但し、官吏たる者が名乗る時は己の職を賭しなさい!
 異議有る者が誰であれ、帝都に於いて、その異議も考慮した上で、彼等の責任が再び審査されることになるでしょう!」

 罪状は、謀殺でもない、故殺でもない、過失致死。ただし魔術による。
 そんな、魔術による過失致死。加害者側が助命されるのは、せいぜいが死者10名くらいまで。誰か職を賭してでも反論すれば、事案次第では12~13名死亡でもギリギリ極刑は免れなくはない。
 そんな量刑相場の社会で起きた、死者40名超の事件。誰が失職覚悟で反論するというのだろう。

 一切の異議が無いことを示すために、アポリアはその場で両膝を付いて頭を下げる。
 周りも同様だった。この仮裁定の場で、見物の住民も含めて、異議を示す者は誰も居なかった。

 ※4月25日 初出
  4月26日 一部のビックリマークや数字が、投稿時に原稿から抜ける現象を修正。
  4月27日 誤字修正



[39800] 番外編 サキュバスの手記 官吏アポリアの物語4~6 「広場の月番」のこと/剣と詠唱のこと/剣の行方のこと
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:54f2b618
Date: 2018/04/27 23:30
※この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。

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 ※官吏アポリアの物語4 「広場の月番」のこと

 こうしてカルルバン司法府の官吏2名の処刑が(ほぼ)決定。その決定に基づいて、更に様々な法律通りの処理が行われた。

 司法府の官吏は、1期が8年間。通算の年限は5期で計40年間だ。出世した上級職の一部は帝都での6期目が有り、この場合のみ4年間で、勤続年数の上限はどんな者でも44年。
 (ちなみに1期目の1~2年目&3期目の1年目は、帝都での教育期間に充てる。実勤務はない)
 班長である風の民の方は5期目だった。この場合処刑の場は帝都と決まっており、転移魔術で即座に連行された。
 もう片方の剣の民は2期目であり、5期目ではないため、このままカルルバンで処刑される。刑吏はアポリアになる事が、予め決まっていた。

 罪が重い場合は公開の生命刑か身体刑、中間の刑が居住地追放や免職で、軽い場合は財産刑というのが刑罰法の大原則だ。
 その中で特に極刑を執行する役目は、司法府の官吏の中で月ごとに担当者が決まっている。

 担当は、変則的な輪番制だ。2期目以降で月番の未経験者が居る場合、その未経験者に割り振られる。そんな者が居ない場合、1期目の者達が順番で務める。
 その順番は採用年次順、同年次が複数居る場合は官吏番号順。官吏番号は年次毎に生年月日順で並ぶので、恣意は一切無い形で担当の順序が決まる。

 まれに初任地がとんでもない僻地で、1期目の間に1回も当番が回ってこないという例はある。そういう配属地に当たる割合は、若手官吏が100名居るとすると、その中の1~2名くらい。
 ちなみに住民数が12万というこの街は、2か月連続で公開処刑が無ければ珍しいと言われる規模だ。若い官吏がこの仕事を任される光景は、『割とよく見る風物詩』程度のものでしかない。

 帝都での教育2年の後、カルルバン司法府勤務が5年半と少々。配属されたてではないが、1期目の8年目(つまり最終年)であったため、たまたまその月に当番が割り振られていたのがアポリアだった。
 当番が嫌だというなら、辞職する以外に回避する方法がない。処刑対象が実の親だろうが誰だろうが一切考慮されず、ましてや単なる仲の良し悪し等が考慮に入れられる訳がない。
 官吏の処刑は滅多にある事ではないけれど、顔見知りの処刑が有り得る事は広く世間に知られている。任官前に想定してしかるべきで、それが駄目なら最初から採用試験自体を受けるべきではない。
 そういう覚悟を官吏に求めるこの当番は、公開処刑を街の石畳の広場で行う事から、『広場の月番』と呼ばれている。


「……今日から受け取りに来られる方は、貴女様なのでしたね」

「ん。本来の月番は私だから」

 監獄に放り込まれている加害者も、生きている限りお腹は空く。公開処刑は監獄が溢(あふ)れたりしない限りは毎月月末の執行だから、それまではギリギリ飢え死にしない程度に食事は出す。

 その食事は、監獄から徒歩で20歩ほどのごく近い所にある、そこそこ大きい料理屋に作ってもらっていた。
 宿屋を兼ねた(むしろ宿屋が本業らしい)料理屋は、アポリアがこの街に配属される約50年前から、監獄への料理の提供について毎年司法府と契約を結んでいるらしかった。
 朝夕2食、いずれも味の無くて具も無い粥と、味を極限まで薄くした汁物と、果物のワンパターンしかないから、作る手間は楽な方だろう。
 食べる方は、凄まじく悲惨に感じる内容に違いない。どんなに困窮していようと、まともに生きていれば、粥には何か具を入れるものだし。

 ちなみに、監獄は建物自体に少々特殊な魔術を刻み込んでいる。
 収監されている者は、出される食事を2日連続で手を付けなかった場合、一気に衰弱して餓死するという仕組みだ。これを利用した自殺は、そう稀でも無かった。

 何故だか知らないが、広場の月番は監獄へ居る者への料理の世話も任されている。
 司法府と契約している店だと承知の上でアポリアは日頃贔屓にして通い、店も職業を承知の上で、勤務時間外に通ってくるアポリアをただの客として受け入れてきた。
 仮面に薄赤い上着(ローブ)姿のアポリアが、店の裏口から監獄用の料理を受け取りに来ても、店主が過剰に驚くことは無い。

「では、今月一杯よろしくお願いします」「ああ、こちらも」「ねー! 爺様ぁ!」

 司法府長の実年齢とそう変わらない年頃の男店主から料理盆を受け取る。
 直後、店主の孫息子が奥から駆け寄ってきた。2名居る孫は男兄弟で、この少年は上の子だ。家族の団欒を邪魔して居座る意図は無い。無視して店を出る。

「それ、あの馬鹿な暴発起こした奴のー? 爺様が毒でも入れてとっとと死なせれば良いのにー」

 ……そのまま去るわけには行かなくなった。盆を持ったまま店に戻る。

「何を言っとるんだお前はー!!」

 アポリアの目の前、とんでもない剣幕の祖父が孫をぶっ飛ばしたところだった。
 壁に叩きつけた身を引き起こし床に倒し、馬乗りになって追加で平手打ちをしようとする店主の手を、アポリアは一旦止める。
 我ながら、ひどく険しい声が出た。

「暴発を起こした『アレ』が、殺したいほど嫌いなのか。暴発で知り合いがやられたのか」

「……は、い。そのとおり、です」

 不穏当な発言をやらかした、7歳児。処罰の対象にはなる程度には不穏当。でも、保護者が躾けるのならあえて官吏が出しゃばる必要もないくらいの罪。
 刑罰を決める権限も執行の権限も(広場の月番を除けば)1期目のアポリアには無いが、こういう場合に軽く説教をするくらいは出来る。上司への事後報告では必須ではあるけれど。

「どんなに嫌いでも、毒を入れるのは止めておけ。捕まった『アレ』の身体は、もう帝国のモノだ。死なせるかどうかは役所が決めることで、ただの子どもが決める事じゃない。
 そんな事をしたと分かった瞬間に捕まって、ロクでもない目に合うだけだ。本気で、牢屋の中で水樽に突っ込まれる話になるぞ。……冗談であっても二度と言うな。分かったか?」

「はい……」

 孫の明確な返事を確認し、今度は祖父の方に向き合う。

「それと、店主」

「何でしょう?」

 盆を持っていない方の手で、店主の振り上げた腕を掴みながら問う。分析系魔術の腕で採用された身分、嘘を検知する魔術くらいは無詠唱でも楽々発動出来る。

「私の目を見て答えてくれ。……店主を含めたこの店の誰か、毒薬なんて持っているのか? 誰かを死なせるような毒は大抵法に触れるわけだが」

「!! 持ってませんよ!」

 叫ぶような否定の言葉に嘘は無いらしく、アポリアは納得して手を離す。

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 ※官吏アポリアの物語5 剣と詠唱のこと

 それから更に2日後の夕刻。

 庁舎の外庭に、所属の官吏全員が集められた。
 皆に向き合う形で立つのは、ここの司法府長。その脇に帝都からの派遣官吏達。
 事前に予告されていた集会だ。どんな内容になるのか事前に予想がついている集会。当たり前といえば当たり前の儀礼だ。

「暴発事件の処分について、帝都で正式裁決が下った。果物を投げ合っていた兄弟の親は財産半分没収、官吏は、風の民の××××が免職、残りの2名の官吏は付加刑無しの斬首。
 また、同じカルルバン司法府に勤める我々も、任期満了後の再任用は無しとなる。……皆、今年の年末で任期が切れる者は特に、退職後の身の振り方は考えておくように。
 私自身は、今月末で余所に異動になるそうだ。現時点で任地は不明だが、異動の内示は出た」

 そこかしこから息が漏れる。

 来るべきものがついに来た。
 処刑沙汰の不祥事を起こした官吏が出た場合、連帯責任として、同じ職場の者の任期は更新されない。
 帝都は諸々特殊で例外だが、それ以外の街の司法府には適用される原則。この時、このカルルバン司法府に居る官吏の、最大8年での辞職が確定したわけだ。
 5期目である者は40年勤め上げた場合と実質何ら変わらないが、それ以外の者は、生きようとする限り、(年金暮らしするか自殺でもする気でなければ)辞職後の生き方を決めなければいけない。

 出来ればずっと勤めていたかった、という思いは、アポリアの心の内にもある。
 司法府長の部屋で寝込んでいた時から、任期の不更新も司法府長の異動も(ほぼ)確実な措置だと悟っていたから、取り乱したり悔しがったりする事も無いけれど。
 1期目最終年のアポリアは、長の言う『今年の年末に任期が切れる者』だ。暦の終わりと始まりは初夏。今は冬の終わり、辞職まで残り半年もない。


「そして、アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ、前へ!」

 予定通りの呼び声。並び立つ官吏の中で最前列に立っている身、無言で司法府長の前に進める。

「今月の広場の月番に、この剣を預ける。汝の魂に誓ってその責務を果たすよう」

 作法通り跪いて、鞘に入った直刃の長剣を受け取った。
 アポリアにとっては、最初で最後の受領となるはずの剣だ。約5年半前の初めての月番では、この剣は貸し出されなかったから。
 10歳以上の者の処刑では、原則、街の広場の石畳での公開斬首刑。
 そのため使われる剣は、平時においては現地の総責任者が持ち、処刑に使う事が確定している時は勤めを担う月番に貸し出す。
 『広場の剣』と呼ばれていた。


 剣の造りは特殊だ。通常酷い鈍(なまくら)で、誰かが、毎日詩を詠唱しつつ魔力を流すと切れ味が維持される、一種の魔道具。物理的に刃を研ぐことも出来ない。
 刃の維持には魔力が少なくない量で必要、おまけに丸一日魔力が流れなければ魔力量の判定が一からやり直し。
 長が日頃魔力を流す事なんて無いから、運が悪ければ、剣の貸与が処刑前日になり、徹夜で魔力を流す羽目になる。
 今回は事件発生が月初だ。月末までの毎日、時間を見つけて少しずつ作業すれば良い。うっかり忘れる日が出ない限り、問題は生じないはず。

 集った者達が解散した後、アポリアは剣を持ったまま外庭の一画にある大きな石に向かった。
 地面に両膝を付き、腰掛けにも使えそうな平らな石の面の上に、刃を晒す。
 当然、剣に鋭さは皆無だ。剣身の根元には、『134年春 帝都 司法府付設工房』の、目立たない飾り文字の小さな刻印がある。製造時期と製造元の銘だ。
 魔術を流すのはこの文字からやや離れた辺りから。剣身の腹に杖を当て、詠唱を紡ぐ。

――はじめに1個の竜神有りし
  見通す眼差し、溢あふるる力
  その眼差しの向く先に
  1つの世界を創り給たもう

――はじめに1個の竜神有りし
  願い、念じて、産み出す力
  大地と空と大海を
  1つの世界を創り給う

――はじめに1個の竜神有りし
  続いて願った、新たな生命(いのち)
  満ち満ちるほどの数多(あまた)の生命(いのち)
  世界の中に創り給う

――はじめに1個の竜神有りし
  世界に告げし託宣は
  加護にして呪詛、縛りし力
  寿ことほぎにして呪いし言葉

――はじめに1つの託宣有りし
  贈る言葉は、自死の自由
  如何いかなる者も例外は無く
  この自由こそ守らるるべし


 ……詠唱を終え、アポリアは振り返る。詩の途中で背後に誰か来た。
 自身と同じ仮面と上着(ローブ)姿でも、背丈と雰囲気で見分けはつく。司法府の官吏の中では一番小柄という特徴があるし、何よりこの街で一緒に過ごした同期だから。
 種族は笛の民で、短めの黒髪と、黒目の女性。ドルゴネア・ユバンクス・カルルバン(25)。種族的にはやや珍しく、転移系魔術を得意とする魔術師だ。現在は警衛部門の第1班所属。
 広場の剣を一旦鞘に戻し、身体ごと真っ直ぐ彼女に向き合った。

「……珍しい類型だよね、その詠唱。広場の剣での詠唱で、アポリアみたいな創世記を選ぶ月番って、少ないんじゃないの?」

 事実だった。剣に使う詠唱の詩については、常識を守る範囲でなら自由。術者のセンスと体質によって、魔力の効率が良い詠唱が何なのかは変わる。
 このカルルバンの街に配属される前、帝都での2年間で、どんな詩を詠唱に使うかは各々(おのおの)が決めていた。
 剣の用途からして皆似たり寄ったりの詠唱になるらしく、刑罰論か生死論を使う者が8割に近かったはず。それ以外の詩を使うという時点で少数派になる。

「実はもっと効率が良い詠唱が有ったけど、内容が相応しいものでは無かったから。他の詩の中でまだマトモだったのが、コレ」

「諦めた詩って、どんなのだったの?」

「巫女アポリアによるゲノムヘリター追悼詩」

 かつて、世界を救うため身を挺した青年が居た。同じ目的のため、青年の胸を剣で突き、魔術を成功させた、元王女の巫女が居た。犠牲の末に世界は救われ、青年と巫女両方の名が世界に残った。
 世界を救う魔術の過程で青年の遺体は多くが失われたが、辛うじて残ったいくつかの部位だけは、周囲の者達の手で手厚く葬られたという。青年の胸を突いた巫女による追悼の詩と共に。
 ――アポリアが言ったのは、その『追悼の詩』そのものだ。

「それは、……詠唱に使う勇気は無いわね、誰も。帝都でもちょっと迷うし、ココだと余計に差しさわりが有りすぎるわ……」

「だろう? 流石に不遜すぎる」

 罪への罰なら首を刎ねる。術式の生贄ならば胸を突く。剣を使うという一点において同様であっても、採用区分を問わず、官吏全員が自明の事として知っている。
 ここは、巫女が属した神殿の所在地、カルルバンだ。月番の名は巫女と同じ『アポリア』だ。更に、今の司法府長の名が、犠牲になった青年と同じ『ゲノムヘリター』だ。

 歴史に残った名だからこそ、『流れ星(アポリア)』は、今やごくありふれた女性名となっている。
 ここの司法府の魔術職の中で、女性官吏はギリギリ30名に足りない数が居るが、この名前を持つ女は自分を含めて4名居るくらいに、本当に良く見る名だ。

 対して、『力に満ちた者(ゲノムヘリター)』という名前は、黒髪赤眼の笛の民という印象が強くある男性名で、そうでない者にはあまり似合わない。
 一般的に知られている名ではあるが、『アポリア』ほどの普遍性はないだろう。
 約60年前。カルルバンの零細の転送屋夫婦は、黒髪赤眼でかつ魔力に恵まれた次男坊に、ごく当たり前の思考でもって名を付けた。
 次男坊には、分析系魔術の才能があった。10歳からこの司法府で雑用要員として働きつつ魔術と学識を磨き、長じて20歳で魔術職で官吏採用に合格。現在、官吏生活一筋で39年目。
 出身地の街で司法府長になっていたが、もうすぐ大事件の責任を取って異動させられる、……という流れな訳だ。

 ただ、今は、そんな当たり前の名付けのせいで、一番効率の良い詠唱がちょっとどころではなく差し障る。

 祭政一致が当然、世界を創った竜を称え、その竜と向き合って世界を救った巫女と青年を称えることを当然としなければ、そもそも公職に就けない世界。
 巫女と司法府官吏という職の違いがあったとしても、色々な意味でなぞらえてはいけない者をなぞらえているように見える構図は、不味い。そんな社会通念の中で、自分達は生きている。

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 ※官吏アポリアの物語6 剣の行方のこと

「ところで本題だけど、その剣の行方について。それ、今年一杯で使用年限が終わり。知ってるわよね?」

 ドルゴネアは、アポリアがこれまで思い至ってなかった事を柔らかく告げる。
 そう言えば、これまで勤めている時に何度か話題に出ていた。広場の剣の使用年限は8年。魔道具としての仕組みを維持するためにそう決まっているのだとか。
 ちょうど剣の使用年限が尽きるのと、アポリア達の1期目の終了は重なる。

「同じ時期に1期目終わる者で、退職者優先で希望者に払い下げ。……みんな年末で退職だから、誰が貰うのか決めないといけないか」

 カルルバンに配属された時、同期(=帝暦135年の年始採用組)は自分を含めて6名居た。
 しかし、初歩的な魔術のミスで上司を全裸にして免職処分を喰らった者、急な病の死亡者、突然自殺した者、それぞれ1名ずつ居て、3名に減っている。
 バタバタと異例な形で3名まで減ったのは、何と自分達がカルルバンに配属された最初の月に集中した。が、以後は意外にも辞めた者は無い。今に至るまで、同期は、いずれも笛の民、3名のままだ。
 未だ残る同期は、アポリア以外には、このドルゴネアと、もう1名、ベルゼという男。全員118年生まれの同い年だが、生年月日の先後は、ベルゼ→アポリア→ドルゴネアの順になる。

 ベルゼとドルゴネアは、共にこのカルルバン出身。実質的には夫婦という関係の2名だった。1期目は結婚できない決まりだから、書類上は結婚していないだけの。

「実は事件の前から、ベルゼと本当に夫婦になって、私の大叔母様の私塾を継ぐ話が降ってきていてね。大叔母様もベルゼも乗り気だから、多分それで話がまとまるわ。
 で、出来れば剣を貰うよう大叔母に言われたの。塾の備品にしたいから」

「へぇ……」

 これまで幾度も聞いたことがあった。
 ドルゴネアの大叔母は、元司法府官吏。現在はこの街で魔術の素養がある子に向けて私塾を開いているという。その私塾を継ぐならば、備品としての剣は、確かに有った方が便利が良いだろう。

「剣ってね、正確には、希望者多数の場合はくじ引きで誰の物になるか決めることになるんですって。
 魔道具って、法律上、誰かと誰かの共有財産にすることは出来ないから、退職する時には、少なくとも私とベルゼでくじ引きして、書面上の所有者が誰になるのかを決めることになるの。
 貴女は、これからどうするの? 貴女も欲しいのなら3名でくじ引きになるわね」

 この状況では、アポリアの希望は確かにカギになる。
 格安の払い下げとはいえ、剣を得た分、退職手当は差し引かれる。剣を使わない職に就くなら、間違いなく不要だが。

「どうするか何も決まっていないから、一応、保留。もしかしたら、私も剣を希望するかもしれない。
 故郷に戻りたくは無いって事だけは考えているけれども、……復職を目指すにしても、4年はどうにかして食い繋がないといけないか、……でも、4年後に復帰できる前提で働くのも中々危ういし」

 4年。任期満了による強制失職から最低4年が過ぎれば、司法府に復帰出来る場合もある。
 但しそれは、その時点の司法府内で官吏の不足がある場合に限られる。
 実際に復帰出来る確率は1期目で辞めさせられた者が最も高いが、それにしたって復職出来た割合は4割5分程度。
 半端な割合だが、復職の目はもはや無いと考えた方が、精神的にはまぁ楽になれるだろう。

 アポリアが官吏になった経緯を踏まえれば、故郷の親族というコネは使いたくなかった。
 そういうのを使わなくても、司法府の官吏という職に就いていた魔術師が食い詰めることはないだろう、と、思いたい。魔力に恵まれた者が飢えて野垂れ死ぬのは、ゼロではないにせよ比較的稀だ。
 今後のことはこれから考えるつもりだったのでさして深く考えず、取りあえず、言ってみる。

「復職を目指すかどうか決めてないけれども、いっそ、上級職になる前の退職なのだから、子どもを産んでも問題ないような仕事に就きたいとは思う。今から探さないといけないな」

 司法府の官吏の身分を分類する時、区分の軸はいくつか有る。
 1期~6期目までの、『任期』。下から順に、班長・部門長・副長・司法府長の、『役職』。
 絶対多数の魔術職、帝都にしか居ない学識職、元魔術職しか就けない経理職、という『採用区分』。
 そして絶対多数の魔術職のみが、各々の得意とする魔術によって、分析、治癒、呪詛、転移、創成の『魔術系統』に五分されている。
 どれも重要な区分だが、何にも増して大切なのは、普通職か、上級職かの『職種』の区分だろう。何せ生き方そのものが変わってくるのだ。

 魔術職として採用された者は、どんな魔術系統であれ、2期目の終わりまでは、皆、普通職だ。
 2期目の途中で、志望者に限り上級職の選抜を受験できる。で、試験に通った者は3期目から上級職になる。

 上級職は結婚できない、普通職は(2期目以降で普通職同士なら)結婚出来る。上級職は厚待遇で、普通職の待遇は2段ほど落ちる。上級職は退職後も終身年金が出る、普通職は退職手当のみ。
 何より、上級職は子を生(な)せない、普通職は結婚していたら子を生せる。上級職は遺産を他者に相続出来ない、普通職は、自分の子どもに限って出来る。

 ――アポリアが目指していたのは、そんな風にある面で恵まれ、ある面で制約を受ける職だった。
 不妊体質でもないけれど、故郷に頼らずに生き抜ける職として、上級職を視野に入れていたのだ。暴発事件が起きる前までは。

「そっか。そういう話、大叔母様のところに縁組の相談話とかで持ち込まれているかもしれないわ」

「……えっ?」「実はね、」

 詳細を聞く前に、覚えのある女性の悲鳴があたりに響いた。で、あまり覚えの無い男性の怒声が悲鳴に被さる。どちらも監獄の方からだ。
 アポリアとドルゴネア、揃いの仮面の下の目が合う。

「ドルゴネア、場所を変えよう。縁組話を話す時じゃあない」

「そうだね。縁起が悪い」

 監獄からの悲鳴は割と良く有ることだった。このタイミングでなら何でそんなものが聞こえてくるのかは自明だから、特段の驚きはない。あえて聞き続けたいかと言うとそうでもないが。


 極刑の確定者は全身に魔封じの刺青を施される訳だが、その手の刺青は生娘には効きが悪い。剣の民は特にその傾向が強いのだという。
 官吏になるほど魔術に長けた者の処刑に抜かりがあって良いはずが無く、生娘を生娘でなくした上で刺青を打つのが合理的、という結論に至る。

 20代後半の生娘と言うのは笛の民の生態では有り得ない概念だが、他の種族の場合は、それこそ種族によるとしか言いようがない。
 剣の民の場合はというと、生態的には十二分に有り得る存在で、特に官吏という職に有るならば、生娘のまま勤め上げて天寿を全うする例も無いでは無かった。

 官吏側のこの日の儀式が広場の剣の貸与ならば、監獄の中での儀式は刺青打ちだった。
 帝都司法府の地方派遣部門の官吏達は、獄に繋がれた者を痛めつけるほど脱走の危険を減らせるという考えだ。
 この点、とってもとっても研鑽を積んだ『職務熱心な方々』だと庶民の間でも多分に有名だから、儀式を施される側はさぞかし苦痛だろう。
 今回は、監獄の外に悲鳴が聞こえる方が逆に溜飲が下がって良いと思う者も多いだろう。あの暴発は、住民の中にあまりにも沢山の死者と遺族と負傷者を生み出したのだから。

 こうして、アポリア達の元先輩に、帝都の官吏達がナニをしているのか丸分かりになる訳だが、……分かるが、わざわざその様を見ようとはアポリアもドルゴネアも思わない。
 司法府長は職務上の義務として見届けているはずだ。官吏達も志望すれば自由に見れる環境であるはずだった。法令上、職業魔術師の見学は拒まれないものであるはずだから。

「多分、助命はされないんだろうね」「! ……あるわけない」

 刺青が打たれた後であっても、助命する術は有るには有る。帝都の特殊工房で、非常にえげつない目に遭うというもので、……現実には助命が出来ないのと同じだが。
 それにしたってせいぜいが5年ほどの延命でしかなく、『助命』との名は付いているが、実質じわじわと生命を奪われるという制度でしかない。

 感じ入るだけの想いがたとえあったとしても、理由の有る、完全に合法な刑事手続の内のひとつに異議を唱える気は無かった。自分達の心の方が、現状を受け入れるしかない。

 いずれ広場の石畳の上で死にゆく者に追悼の礼は相応しくなく、ドルゴネアもアポリアもただ沈黙することで礼に変えた。
 かつて此処に居た先輩へのささやかな想いを、無理矢理にでも葬り去るために。


 ※4月27日 初出



[39800] 番外編 サキュバスの手記 官吏アポリアの物語7~9 縁談のこと/親戚関係のこと/告白のこと
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:54f2b618
Date: 2018/04/28 08:57
※この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。

※第8話にはややこしい親族関係の説明があります。
 当作はハーメルンにも1~2日遅れで掲載中ですが、そちらには補足の図を掲載します。ハーメルン上でのジャンルは「名探偵コナン」ですが、当作連載中は公開設定を「チラシの裏」にしています。ご注意下さい。

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 ※官吏アポリアの物語7 縁談のこと

 誰かに養われている限り、養われている側の婚姻縁組に関する一切は、養う側の意思のみに掛かる専権事項。
 更に血縁の上下関係が有れば、それこそ生活上の一切を当事者の意思に関係なく決められると言っていい。
 そんな、やたらめったら尊属の権限が大きい民事法制の中で、官吏は、親族の軛(くびき)からは自由で居られる身分のひとつだ。
 神殿に属すること、官吏になること、どちらも生家との法律的な絶縁を意味する。大昔からそうだった。

 大多数の一般庶民は、己の名の後に、父の名を連ねる。同名の者が居て紛らわしい場合は、父方の祖父の名を更に連ねる。名門の生まれならば、その後ろに更に一族の名が付く。
 大方の場合は、それで用が足りる。

 生家と絶縁している身分だと、名乗りが変わる。
 一族の名も、父や祖父の名も使えない。代わりに、地名を名乗る。
 神殿の者は、例外として、神殿の所在地。それ以外のあらゆる絶縁者は、出身地を代用とする。
 なお、司法府の官吏の場合、採用区分や勤務年数に関係なく、名前と地名の間に、『ユバンクス(裁き手、断罪者)』の職業名詞を必ず置く。

 アポリアはフォルネスレンスマキナ出身の司法府官吏であるから、アポリア・『ユバンクス』・『フォルネスレンスマキナ』。
 同じくドルゴネアはドルゴネア・『ユバンクス』・『カルルバン』。
 司法府長も、ゲノムヘリター・『ユバンクス』・『カルルバン』だ。

 他者と混同しない状況ならば、『ユバンクス』は略しても良い。むしろ内輪の日常会話では、(改まった場所でも無い限り)呼び掛ける必要もそう無いわけで、完全に省略する場合の方が多い。
 地名の部分も、混同の恐れが無い場合は末尾が略される。だからアポリア・フォルネスや、ドルゴネア・カルルゥになったりする。
 ちなみにそれ以上の省略は、砕けた(=親密な)呼び方になる。誰かをあだ名で呼ぶようなもので、砕けすぎるので、社会通念として公式の場では使わない。

 官吏であるがために、アポリア・フォルネスは、退職後の己の縁談について自己の意志で自由に決断できる。
 官吏に就く事による絶縁は、あくまで相続・扶養の権利義務から外れるだけで、一切合切の付き合いを絶つことまでは要求されていない。
 だから、ドルゴネア・カルルゥは、大叔母を頼って純粋な厚意に甘えることが出来る。そこに金品の利益が介さない限りは合法だ。

 腐っても司法府勤めだ。法に違えない動き方はアポリアもドルゴネアも弁えている。もちろん、元司法府勤めの者も。


「失礼する。貴女が、……ここの塾長か」

 集会の翌日の昼下がり、アポリアもドルゴネアも共に非番。連れ立って私塾を訪れた。
 灰色の生地に赤く縁(ふち)取った上着(ローブ)は、現在は在野の魔術師で、元職が官吏である者の服装。
 私塾の塾長らしい老魔術師は、年齢のせいだろう、全盛期とは比べものにならないほど魔力は弱い。でも、アポリア達よりも不思議な貫禄がある。
 彼女は、親戚の子とその同僚を見て、事情を聞くよりも前にピンと来た様子を見せた。

「ええ。私が塾長でドルゴネアの大叔母よ。一応ね。
 中にお入りなさいな。ああいう事件が起きてから、退職後の進路未定の方が居られるならばここに連れて来るように、ドルゴネアに言っていたの」

「それは、有り難い」

 私塾の一室にアポリア達を案内しつつ、老いた魔術師の目線はアポリアの腰に向く。

 職務時間外の官吏2名は、私服の上に灰色の無地のローブ姿だ。仮面も着用していない。
 ただアポリアだけは、赤い剣帯に、鞘に収めた広場の剣を差している。
 月番で貸与された剣は、勤務時間外でも常に佩(は)くのが決まり。誰が何をやらかしたせいでその剣が誰に向くのか、何故アポリアがここに来たのか、一目で理解出来ているのが当たり前だろう。

「いえいえ、良いのよ。年が離れているとはいえ、貴女達後輩のためだもの。
 貴女の場合は、職の相談事でしょうかね。それとも、縁組の相談事?」

 誘導された先の部屋、アポリアの隣の椅子に腰かけつつ、ドルゴネアが答えた。

「就職も縁組も、何も決まっていないのよ。大叔母様。
 同期の中では、アポリアだけ年明けにどうするか決まっていないの。ここに持ち込まれている話について、詳しく聞きたいんですって」

 魔術を教授するような私塾の長は、その塾が長く続くほど、どの街でもひとかどの名士の部類に入る。特に、司法府の雑用要員の子ども達を預かっているような者は。
 ここに私塾が開かれてから35年少々。雑用要員の衣食と教育についてカルルバン司法府から委託を受け、育てて官吏にすること30年少々。この塾長は、間違いなく名士だ。

「そう。貴女がアポリア・フォルネス、笛の民ね。
 特技は、治癒と、他に何が使えるのかしら? ああ、あの爆発の現場処理で治療で大活躍したのは見て知っているわ。私も駆り出されたもの。貴女、凄かったわね」

 居住者数12万の街が、70名少々の司法府でいつも完全に手が回るはずもない。突発的に誰かの手が欲しい状況下では、有志の魔術警防隊に負うところが大きい。
 裁断権は全く無いが、捕縛と救助については一定権限を正式に与えられた、日常では別に正業を持って暮らしている職業魔術師の市民の面々。あの暴発事件で、この塾長も出動したのだろう。
 アポリアは椅子に深く座り直し、小さな賞賛の言葉を軽く受け流す。あの作業をこう言われるのはむず痒い。

「それはどうも。本職は分析だ。他に治癒が使える。それ以外の系統は仕事には使えない実力で、特に転移は駄目だ」

「……喋り方は、体質上の問題でその口調なのよね? 魔術を鍛えて、丁寧に喋れなくなった方」

「ん。最大限柔らかくしても、いつもこんな感じになってる」

 魔術師は、大抵、話し方に制限が入る。庶民でも一般常識で知っている事。
 魔術を使う時のみ制約が掛かる者も居るが、使わない時でも制約が掛かる魔術師も居る。特に笛の民は後者が多い。ここまでぶっきらぼうな口調は、特段に稀というわけでもない。

「では、……そうね、その特質でシックリ来そうな話は、一応ここに来てるわ。親戚から持ち込まれた話なのだけどね。
 子どもを産みたい、産みたくない、そういう希望は有るかしら?」

「その希望なら、可能なら産んでみたいとは思ってる」

 アポリアは即答した。塾長は応じる。

「爆発事件の前からだけど、この街で商売をしている親戚から、相談事が来ていたの。嫁が亡くなってから1年経って、息子に後妻が欲しいんですって。
 まぁ、亡くなった嫁の方も私の親戚で、従兄妹同士で結婚した仲だったんだけど。
 ……貴女達も知っている家のはずよ。今の家族構成は、近い将来の引退を視野に入れている店主と、その息子と、嫁が遺した男の孫が2名。
 たまたまドルゴネアが、嫁の倒れる瞬間に居合わせた。これで、どこの話か分かるかしら」

 瞬時に分かった。およそ1年前にそういう出来事があったのだ。
 アポリアにとっては、よく通っている店の店主一家に不幸があった話。
 ドルゴネアにとっては、親戚、かつ、同じ私塾に通っていた姉弟子を偶然看取った話。


 昨年の今頃、その店の1階で、第3子を妊娠中だった嫁は、腹を押さえて突然倒れたのだった。それも、本来の出産より約半年も前の時期に。
 勤務時間外のドルゴネアと、婚約者かつ同僚のベルゼは、真横の客席に座っていた。慌てたドルゴネアは手を握って様子を『視た』。
 で、体液の流れが無茶苦茶な、死に瀕した胎児と、その胎児の影響を受けて生命が危うくなっている母親の姿が『視えた』。

 その場から動かすのは危険だった。家族と、手を振り解けなくなったドルゴネアと、急遽呼ばれた治癒系の魔術師が囲む中、床の上でのお産が始まった。
 胎児は、女の子だった。意外にあっさりと産まれた子はあまりに小さく、一泣きだけでその生命を終えた。
 胎児の絶命と同時、母体の身体からも力が抜けた。ドルゴネアとベルゼは、私塾の教本をそのままなぞるように寿命が失せていく様(さま)を、はっきり『視た』。
 胎児同様見る見るうちに呼吸が止まり、二度と目を覚ますことはなかった。

 そんな出来事があった店がどこなのか、アポリアは知っていた――、

「――監獄用の食事を作っている、あの宿屋か」

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 ※官吏アポリアの物語8 親戚関係のこと

「亡くなった嫁の名前は、グセイア、だったか。生地屋で生まれ育って、あの宿屋の従兄に嫁いだ魔術師、だった、と、……聞いた記憶がある。合っているか?
 生前、歌が得意だったな。1階の料理屋で、癒しの魔術を、歌声に乗せて披露していた。代わりを探しているのか」

 アポリアは、あの店の常連客だ。
 店主の息子はアポリアの2歳上で、他の客からは『若旦那』と呼ばれている茶髪の男。
 その亡き嫁グセイアは、アポリアの1歳上だったはずだ。夫と同じ茶髪で、くせっ毛のある長髪を束ねていた。美しい、柔らかい笑みを自然に見せる女性だった。
 アポリアがこの街に配属された時には、夫婦の間に最初の子はもう生まれていたが、2番目以降の子は、それこそお腹の中に芽吹いた頃から知っていた。

 ドルゴネアとあの宿屋の一家に面識が有ることも、配属当初から知っていた。
 ……が、実は親戚で、かつ嫁の方は姉弟子だということまでは、その嫁が子ども共々死去した経緯をドルゴネアに聞いた時に、合わせて知った。
 この私塾で魔術の腕は磨きはしたものの、治癒系にしか才能が無く、官吏になろうとは全く思いもせずに従兄に嫁いだ魔術師、だったらしい。

「ええ。何もかも合っているわ。可能であれば嫁を、そうでなくても通いで来てくれる魔術師を紹介してくれないか、って、店主と息子が相談に来ていたの。
 嫁ぎ先の宿屋で苛め抜かれたなら、ふざけるな、って言うところだけどもねぇ。
 そういう事は無かったし、死因だって、誰かの悪意で亡くなったんじゃなく、ただ不運が重なっただけだもの。縁があれば紹介するという事で、相談だけは聞いていたのよ」

「あの宿屋は、貴女とも親戚であるんだな。ドルゴネアと親戚だとは聞いていたけれど」

 ドルゴネアと、宿屋は親戚。ドルゴネアの大叔母がこの塾長。気が付かなかったが、塾長と宿屋に親戚関係が有っても矛盾はしない。

「ええ。私は三姉妹の末よ。私自身は出産とは無縁で、官吏を辞めた後にこの私塾を開いたけれど、姉達は、普通に子どもを産んで生きてきたの。
 あの宿屋の若夫婦は、どちらも、私の一番上の姉の孫。
 上の姉も、子どもは三姉妹でね。長女は、若い頃に子どもと一緒に産褥死した。次女は宿屋の後妻になって、三女は生地屋に嫁いだ。で、次女方の孫息子と三女方の孫娘が結婚した訳ね」

 いとこ同士が結ばれるのは、一部禁忌だが一部合法だ。
 父方の祖父が同一、つまり父親同士が兄弟なら駄目。それ以外の関係ならば許容される。

「……ちなみに、ドルゴネアと、ベルゼは、どっちも、下の姉の方の孫よ。この子達も、いとこ同士で結ばれていることになるわね」

「へっ!?」

 一定以上の分析系の魔術の技量が有れば、他者同士の、ある程度の血縁関係の有無を見抜けるようになる。
 アポリアの場合、目の前で隣に並び立った者同士程度の血縁の有無につき、4~5親等以内なら大体分かるくらいの腕前だ。
 ――例えば、目の前の同僚と、自称大叔母の塾長の間に血縁が有るのかどうか、秘かに疑問を感じるくらい。
 これまで一緒に働いていた同期2名の間には、従兄妹の関係だと呼べるほどの血縁は無いように思えた。遠い姻戚なのだろうと、アポリアは思い込んでいた、が。

「アポリア。初めて話す事だけど、私達のお母様方は、どちらもお爺様とお婆様の養子よ」

 ドルゴネアは何でも無いように言った。塾長も、軽く微笑む。

「そう大それた経緯でもないのよ。
 今から50年くらい前になるわ。私が余所の街で官吏の1期目していた頃に、この街で病気が流行ったんですって。下の姉夫婦は、それで1番上の女の子以外の子を3名、一気に亡くしたの。
 その頃、同じ病気で両隣の家も病みついたそうよ。一方では、1番下の当時4歳の女の子だけが生き残って、他が亡くなった。もう一方の家でも、同じく当時3歳の女の子だけが生き残った」

「で、夫婦は、自分の子の葬送の帰り道に、途方に暮れていたお隣さんの女の子達に気付いて、両方とも家に連れ帰ったのね。
 そういう事情で養子になった4歳の女の子が成長して、嫁に行って、そこから生まれた娘が私。3歳の女の子が成長して、嫁に行って、そこから生まれた息子がベルゼ。……そういう訳よ」

 アポリアは頭の中で系図を書き上げていく。
 ドルゴネアと大叔母、ドルゴネアとベルゼ、ドルゴネアと宿屋の若夫婦、いずれも血縁を感じなかった原因は分かった。途中で養親と養子の関係が挟まれば、そこに血縁は無い。
 言える感想は、一言だけ。

「それは、大それた経緯だと思うぞ。そんな子どもを複数保護するなんて。公の手で身売りされてても不思議じゃないだろうに」

 生きている親族間での養子はごく普通にある。亡くなった親族の子を引き取る話は、もっと身近。困窮とは縁遠い身分であっても、養親・養子になる話は、アポリアのごく傍にあった。
 一方、親族に子どもを養える余裕が無く、あるいは親族全て亡くした子が身売りされる話、どちらも同じ位、世の中に溢れている。
 孤児の側に魔術の素養があれば、誰かの庇護が少なからずあるが、そうでも無ければ世間の扱いは非常に冷たい。
 血縁が無い他者の子どもを、それも複数引き取る奇特な者の実例を聞くのは、アポリアの生涯で初めて、だと思う。

「そうね。当時のお母様方が、ある意味で幸運に恵まれたから、私もベルゼも生まれてる」

「その時保護された女の子達が、大きくなって、こんな立派な子達を産み育てることになるって、……当時、姉夫婦を含めて誰も思ってもいなかったでしょうね。
 この塾だって、親族の中で継げる技量がある者は、この子達の他には居ないのよ」

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 ※官吏アポリアの物語9 告白のこと

「ところで元の話に戻るけれど、私のところに持ち込まれた、宿屋の縁談。流石に、嫁に行くかどうかなんて即答は出来ないでしょう。
 単に、通いで宿屋に勤める場合も含めて、働くことを前向きに考えてもらえるなら。……私と一緒にあの宿屋に行ってもらうことは出来ないかしら?」

「え?」

「恐らく大丈夫だと思うけれど、実際に歌いながら治癒を使えるのか、実地で試したほうが良いと思うわ。今日だと1階は義務休業で営業できない日、お客に披露して利益供与になる事は無いわね。
 店主父子も、働いてくれそうな術師が居たら実際に連れて来てほしい、って、言っていたの」

 なるほど、と、思った。
 アポリアは音痴ではない。が、じんわりと歌に魔力を込めるようなことは、日頃行っていない。実演が出来なければ勤め話すらも成立しない話だ。

「では、塾長。今から一緒に行ってもらっても?」「ええ、もちろん」


――風が吹くたび 故郷を想う
  わたしが去った あの時に
  どんな風が 吹いたのか

――風が吹くたび 故郷を想う
  わたしが居ない この時に
  どんな風が 吹くものか

――風が吹くたび 故郷を想う
  わたしが戻らぬ これからも
  変わらず風は 吹き続く


 かくして、かつて若旦那の先妻が生きていた時のように、料理屋で歌ってみることになる。
 床よりも一段高い踏み台の上は、客に歌を披露する者のための場所。広場の剣を佩いた者が立つのは、きっと宿屋の歴史の中で初だろう。
 見下ろす客席に本物の客は無い。宿屋の一家4名と、同僚と、同僚の大叔母、それだけだ。

 塾長経由の魔術師探しで、よく知っている現職官吏(しかも広場の月番)が来たのは予想外だったらしく、店主は話を聞いたその時こそ驚き顔を見せた。
 まぁ、すぐに平静を取り戻して歌を聞く顔は、冷静な経営者のそれだ。

「今くらい歌えるなら、問題無く勤まると思いますよ。ちょっとばかり魔力が多いので、魔力酔い防止で少し魔力量を抑えて頂くことになりますがね。
 今の歌を、毎日、昼と夜の、客が多い時間帯にそれぞれ5回ほど、出来ますかね。えっと、か、じゃなかった、アポリアさん」
 
 現職の官吏が仕事で来たなら年齢問わず『官吏様』。私事で来たなら、相手の年齢差によって『○○さん』か『姉さん/兄さん』、あるいは、『姉さま/兄さま』。
 分別が付かない子どもでもない限りは呼び分けを区別するのが道理であって、その辺りを混同するのは立場上少々マズい。
 店主の苦笑いの自嘲を無視しつつアポリアは踏み台から降り、一言簡潔に答えた。

「ん。問題なく出来ると思う」

 店主達の方に歩みを進めながら、こちらからも、質問を投げる。
 元から知っている店で、一家が慌ただしく働いている姿は間近で見てきた。悪印象は無いけれど、過剰に美化された姿を見ているわけでもない、と思う。
 ただ、嫁ぐか通うか分からないけれども、この店と縁が出来るとするならば、今のうちに言っておかねばならない懸案事項が、確実に存在していた。

「店主。率直に言って、ここで働く選択は『有り』だろうと思っている。退職後に本当に働くかどうか、いつまでに貴方に返事をすれば良いんだろうか?
 それから、……もし本当に働く事になるのなら、私は、働く時は若旦那の所に通ってもよろしいか。私には、退職後の男のアテが無い。もし、若旦那が駄目なら他に誰か紹介して欲しい。
 在職中は官吏と交わるしかないが、年明け以後のアテがないんだ。ドルゴネアと違って」

 成長した笛の民の女は、定期的な異性との性交渉が生存に必須だ。
 生涯のうち、10代前半の二次性徴期から、大体50代後半ほどまで。子を生(な)す仕組み、魔力を生ずる仕組みの両方に直結するそれは、この種族の女として生を享(う)ける限り魂に付き纏う制約。
 笛の民しか居ない一家で、亡き先妻だって笛の民の女だ。知らないとは言わせない。

 ドルゴネアにはベルゼが居る。共に退職し、私塾を継ぐ。組み合わせが揺らぐことは無い。
 アポリアにはかつて別の男が居た、今は司法府長が居る。こちらは、司法府長が月末に異動するから、変化せざるを得ない宿命だ。

 現職官吏は現職官吏同士でしか交われない原則。
 官吏ではない者と交われる例外は(収監者相手の例外はまた別として)、相手側が婚約者かそれに準じる者で、かつ、官吏側が1年以内に確実に退職する場合のみ。
 ……上級職は結婚禁止なので、普通職にしか適用しようがない例外規定だ。

 司法府長がこの街に居る間は良い。司法府長の異動後は、別の官吏と交わって年末の退職まで生命を繋ぐしかないが、年末までならば協力してくれそうな男性官吏のアテは一応ある。問題はその後だ。

 店主父子は顔を見合わせた。やや、思考の間があって、店主が答える。

「退職は、年末なのでしょう? もし働くとなった時、倅(せがれ)と関わることは、私としては道理だと思います。雇い主だろうが夫だろうが、大事な女性を生かす営みは義務でしょうから」

 そうはっきりと言い切り、話を息子に振った。
 振られた側は、店主よりも、……ずっとずっと長い沈黙を、前置きにした。不意に、真剣味を帯びた声で告げる。

「むしろこの場での、婚約を、願ってはいけませんか。アポリアさん。
 これは、良縁なんだと思います。ここで歌う貴女を、僕はずっと見ていたい……!」


 背丈はアポリアより僅かに低い。前妻と同じ色の髪を首筋辺りまで伸ばしていて、眼の色も前妻やアポリアと同じ、茶。
 視線が、魂を射抜いた気がした。

 目を閉じる。

 今の状況を思う。料理屋には、同僚とその大叔母と、店主と、息子と、孫2名。
 それから、……何故だか知らないが、外からこの店に入ろうとしている司法府長。何の用で入店したいのか分からないが、縁を結んだ相手がこちらに近付いてきているのは感じ取れる。

 頭の中で、理性の算段と感情の欲求が激流を作って渦を巻いている。普通ならば適当に無難な返答をするところだ。普通の精神状態ならば。
 魔術で心を改変されているとか、そういう裏事情は、……ない。その手の術は受けた側が即座に気付くし、官吏に気付かないほどの力量を持つ者は希少だ。
 直ちに職を放り出せるとは思わない。月番の『仕事』の直前で失職した馬鹿官吏と、失職させた宿屋の馬鹿な若旦那、の構図が出来上がってしまう。
 現在一期目のアポリアは年末に辞めるのでなければ退職手当も出ない。結婚の即断は無い。それは不幸しか生まない。

 ――そもそもの大前提として認めざるを得ない。アポリアは若旦那に惚れたのだ。

「凄い時期なのに言うんだな。……若旦那。本気か?」「はい!」

 どうしてだろうか、自分の声はかすれて震えていた。若旦那からは勢いの良い即答が来る。
 今やりたい事、言うべき事を想う。心の中で結論を出し、目を開けて、アポリアは声を絞り出した。

「じゃあ。……そうだな。
 私は、」


※4月28日 初出



[39800] 番外編 サキュバスの手記 官吏アポリアの物語10~12 誓いのこと/指令のこと/司法府長のこと
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:54f2b618
Date: 2018/04/28 23:37
※この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。

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 ※官吏アポリアの物語10 誓いのこと

「私は、フォルネスレンスマキナの、生まれです。
 官吏になるまでは、アポリア・マキニス・グセナエリター・フォルネスという名前でした。
 母は、私を産むときに死にかけたそうで、私に兄弟姉妹は有りませんでした。代わりに、いとこ達は居ましたけれど」

 アポリアは、若旦那を真っ直ぐに見て、ゆっくり、切り出す。
 滅多にない喋り方に、周囲がざわめいた。

 通常の会話では敬語を話せないほど魔術を鍛えた者にとり、この口調はそれだけで意味を持つ。
 誓いの言葉は、大方の魔術師にとって喋り方の規制が外れる例外。その語りの内容が己の半生を語るものであるならば、後に続くのは生涯に関する文言くらいしかない。
 アポリアが語るのは、代々女子が当主となる一族に生を享(う)けた、傍流の女の物語。

「母方の一番上の伯母は、3年前まで、フォルネスレンスマキナの領主である、フォルネスの魔石守一族の当主でした。母は、その伯母から見て2番目の妹にあたります。
 私は、産まれたときから、当主になる事を期待されていない、傍流でした。『将来、嫁に行くか官吏になるかどちらかを選べ』と折に触れて言われながら育ちました。
 私の伯母はともかく、その跡継ぎである従姉が、親族の中で私だけを何故か異様に嫌っていたという事情もありました。
 従姉が当主になれば私は本気で殺されるだろうと、皆が予想し、余所で生きる術を得るように口を揃えて助言していました。
 官吏になることは、従姉の元から逃れて帝国の庇護下に入るということでした」

 はじめは少しばかりつっかえるものの、以後の口調は滑らかに。
 でも、語調は走らせることなく、最後の誓いに至るまで、丁寧であろうとは思う。大事な内容であるのだから。

「14で身体が出来てから、義理の再従兄でもある、幼馴染で同じ年齢の、風の民の男と関係を持っていました。
 17の時、彼と同時に司法府の採用に合格しました。2年間の帝都での研修後、19歳で共にこの街に配属されました。
 しかし、彼は配属6日目に、魔術の種類と狙いを誤り、うっかり当時の捜査部門長を全裸に剥いてしまいました。公衆の面前での失敗でした。
 彼は大方の予想通りに免職処分を受けて、故郷に帰ってしまいました。
 私は、引き続きこの街での勤務を望みました。その為に関わる相手を探しました」

 笛の民の女性魔術師は、どんなに優秀であっても、誰か男性の魔術師と組み合わせを作らなければ採用に受からない。それで合格する時は共に合格するし、落ちる時は共に落ちる。
 一方、事情があって男性の側が職を辞する時、その事で以って女性側が退職を強要されることは無い。しかし現職官吏は現職官吏でしか交われない原則は、変わらず有効だ。
 ――要は、『勤め続けたいならば、同じ職場内で協力してくれる男性を決めるしかない』。

 風の民の『あいつ』とは、1期目終了時に道が別たれるのだろうと予想はしていた。自身は採用当初から漠然と上級職志望で、『あいつ』は1期目で極力貯蓄して退職後に商売を始める気だったから。
 だが1期目満了で辞める気だった方が、たった6日で馬鹿馬鹿しい不手際を起こして職場を去るのは、流石に予想外過ぎた。
 更に1月以内に同期が相次いで2名死去した時も、それはそれで強烈だったけれど。

 結果的に『あいつ』は不幸になった訳ではない、ということ、それだけは救いかもしれない。
 故郷に戻った『あいつ』は、親族一同にしこたま怒られつつも、結局はその親族の伝手で誰かに雇用され、もうすぐ独り立ちする話が湧いてきているというから。
 アポリアだって、(上級職になる道は断念せざるを得ないにせよ)今に至るまでは司法府で勤め続ける事が出来たのだから。

「異動の時期が被らず、魔力の相性が良く、既存の男女の関係を乱さないという前提がありました。また、複数の男性が選択肢として残る場合、一番年上の者と交わるのが鉄則です。
 そうして選んだ相手が、当時の審問部門長でした。以来5年以上が経ち、兼任副長、司法府長と異動されていきましたが、私との関係はそのまま続きました。そうして、今に至ります」

 何故、職場の一番年上を選ぶべきなのか。
 ――生きるために必要な行為なのだと、余計な思惑が入らずに当事者も周囲も割り切れるから、というのが、司法府内で積み重ねられた長年の知見。アポリアは素直に従っただけだった。

「アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナの経歴は以上です。
 今述べた事柄に嘘無きことを竜神に誓います。貴方は、この言葉を踏まえた上で、婚約の求めに応じて頂けましょうか?」

 社会通念上、不味いことは何もしていない。制度上最年少の年齢で司法府に採用された者が、途中で予想外の事態に遭いつつも、在職を望んで働き続けた経歴でしかない。

「ドルゴネア・ユバンクス・カルルバンの責任において、官吏になってからのアポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナの経歴に虚偽無きことを保証します。竜神に誓いますっ」

 被せるようにドルゴネアの保証が入る。有り難い話だ。まぁ宿屋の一家はともかく、司法府の関係者なら皆知っている内容しかない語りだから、虚偽が問題になることは無いのだけども。
 店主の目配せを経て若旦那から出た返事は、予想通りだった。

「もちろんです、アポリアさん」

 女の種族によって、男女の婚姻の形態は変わる。単純な話、子を生(な)す仕組みの種族毎の特徴が、そのまま婚姻の仕組みに反映される。
 『子を産ませる側と産む側が心から願わなければ、産む側の胎(はら)に新たな生命は宿らない』。笛の民の身体は、そんな仕組みだ。
 よって、産ませる/産む事を承諾することを『結婚』と呼び、承諾した男女を『夫婦』と言い、やがて『夫婦』になることを約束した関係を『婚約』と呼ぶ。

 『結婚』も『婚約』も、民事法制上口頭の了解で成立する行為。
 若旦那とアポリアは、どこからどう見ても只今をもって『婚約者』となった。


 ……不意に、突拍子もない大声が割って入った。

「ねえさま、僕達のお母さんになるのー? 子どもを産んだら飢え死にしそうな身体なのにー」「バカ!!」「オイ!」

 店主が上の孫の頭を思いっきり殴り、若旦那も一喝した。下の方の孫息子が怯えてドルゴネアのローブにしがみ付く。雰囲気が固まる。
 この子、先日も失言で祖父にぶっ飛ばされていた。相変わらず考えなしな発言をする癖は、流石に数日では変わっていないらしい。
 引き続きの敬語口調は、……体質的に無理。ということで、元の通りでしか喋れない。

「随分な言いざまだな。客商売の家の子で、言っていい事といけない事の分別が付いてないのは不味いだろ。そのくらいの年齢で」

「すいません、アポリアさん。うちのガキが」

 妊娠=死、の構図がこの子の中に出来ているのかもしれないが、それにしてもこの言い方は非礼だ。
 再度、店主の小さな殴打が息子の頭に降る。アポリアは止めはせず、ただ苦笑を見せた。

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 ※官吏アポリアの物語11 指令のこと

「話は終わったか? 邪魔するぞ。
 色々と思うところがあるが、アポリア・フォルネス、ひとまず婚約は祝福しよう。
 今、仕事の話をして良いか。ドルゴネア・カルルゥも」

 店の出入口からの声。
 ずっとアポリアの後方でやり取りを見ていたらしい司法府長は、本来は非番であるはずなのに、何故か私服ではなく官吏の格好をしている。

「たった今広場に掲示したところだが、先ほど、帝都から指令が来た。
 あちらの監獄で収監者が溢れそうらしい。明日、確定者は全て繰り上げて処置するそうだ。こちらの×××××についても合わせるよう指令が来た」

 空気が変わる。言葉の意味を、子ども以外は全員理解している。

 監獄の収監者数が定数に達しそうな場合の対処は、大昔から決まっている。処刑しても問題無い者に刑を下すのだ。
 どの街であっても、監獄が溢れない限りは月末に一気に処刑する。帝都の監獄は相応に規模が大きいのだが、大規模な摘発が重なれば月半ばでの処刑は起こり得る。
 通常、帝都でそういう事が行われようが、この街には関係ない。しかし、現在はカルルバンから連行された元官吏が帝都に収監されている。繰り上げ処刑される者達の中に入っているはずだ。
 同案件で極刑を言い渡された者達は、同じ日に刑を下す。これもまた昔からの大原則だった。

「急な話だが2名とも準備に動け。特にアポリア・フォルネスは、剣への魔力を今夜までに流し切っておくように」

「「了解」」

 今後の動きを考える。
 これから他の官吏は、手が空いている限り広場の準備に動くのだろう。
 急に重みを実感する右腰の剣。刃に流した魔力量は、現時点で絶対的に足りてない。今から日没くらいまでは、詠唱に時間を費やすしかない。徹夜しなくても良いだけマシではあるが。
 ……そこまで考えてハッとする。念のため、言葉に出して確認しておいた方が良い事項があった。

「司法府長。今日の内に私が剣に魔力を流したとして、体内の魔力量は、今から丸二日間は辛うじて持つ。
 言い換えれば、万が一何かあった場合は足りなくなる程の魔力量しか無い。今夜の内に、どうにかしておいた方が良いだろうと思う。
 これまでなら貴方と関わっていただろうが、これからは……」

 笛の民の女である限り、定期的に異性と交わらなければ、魔力どころか生命も危うい。で、自己の魔力量管理は、徹底的に自己責任だ。
 魔力が足りなくなると、本能が理性を凌駕してしまう。勤務の真っ最中に管理を誤り、うっかり異性を襲って処分を受ける同種族の官吏は、帝国の司法府魔術職全体で年に1~2名の頻度で出る。
 非常事態で魔術を連発したために自己管理を誤ったなら、厳重注意か減給かというのが処分の相場。
 そういう事情でもないのに広場の月番が『仕事』の最中にやらかしたなら、……考えたくは無いが、たぶん免職だろう。

「婚約者に協力を求めるのが道理ではあるな。夜の外出申請を今日中に出せ。許可は出す。
 但し家主と当事者の了承が有るのが前提だが」

 なるほど、もっとも。アポリアは店主父子に向き直った。

「……そういう事で、今夜は通いに来たいんだが、何か支障は有るか?」「有る訳ございませんよ! なぁ?」「ええ」

 では、これで魔力問題は解決。

「では、私は司法府に戻るぞ。アポリアもドルゴネアも、早く戻るように」


 職場の長がそんな指示を出して去ったのだから、本当に『早く引き上げる』しかない。
 長く雑談を交わすのではなく、店主父子に手短な一言を残してから去るのが筋。

「一旦庁舎に戻る。夜から、頼む。
 ……今後、私が退職するまでに、結婚契約の文面を考えることになるだろう。時間が有る時に話し合いをさせてくれ」

 財産が全く無い庶民なら、婚約も結婚も口頭で行っても実害は無い。
 ただ、少しでも財産が有るなら別だ。婚約はともかく結婚の方は、口頭の誓詞と別に書面の契約を交わすのが通例。あいまいな夫婦関係は、未来で財産相続問題の火種になり得るものだから。
 男の方は宿屋兼料理屋という家業が有り、女の方は官吏として働いた結果の貯蓄(+いずれ支給される退職手当)と、生家周辺のややこしい相続権がある。契約条項を詰めない方が不自然だ。

「! そ、そうでしたね、分かりました。これからよろしくお願いします」

「ああ、頼む」「じゃ、私達は戻らせてもらうわね」

 ドルゴネアがそう〆た。共に軽く礼を示し、色々と急転直下で腑に落ちていない者達を残して、ここから出ようとする。が、アポリアは足を止めた。

「何故だか知らんが、司法府長がまたこっち来てるぞ。小走りで」「え?」

 果たして数秒後。言った通りに上司が舞い戻ってきた。

「店主、さっき言い忘れたんだが、……!」「な、何でしょう?」

 アポリアのすぐ真横。赤いローブの彼は、店の石壁を引っ掴み、赤い仮面の下で荒れた息を呑み込んで。

「監獄用の飯、ずっと1名分だったな。今のところその飯は、明日の朝までで良い。
 で、今日の夕食と明日の朝は一品増やすことになっているが、問題なく出せるよな? どうにか調達して間に合わせてほしいが」

 ――あ!
 言われるまで気が回らなかった。監獄用の料理は、料理屋の義務休業の例外だ。今収監されているのは元先輩の×××××だけ、彼女は明日処刑されるのだ。以後の食事の提供は不要になる。
 店主の方も指摘されて思い出したらしい。が、答えは落ち着いていた。 

「全く問題ありませんよ、急な変更は割と有る話ですから。1名分だけなら、私どもの食事から1皿減るだけです。
 流石に、たくさん収監されてる状況で急に全員に1品増やす話なら、御相談していたかもしれませんけれども」

「なら良いんだ。今日の夕食について、アポリア・フォルネス、……は、剣に魔力を流すのが最優先か。夕食を取りに行く時間が無いなら、他の者に取りに行くよう振るように」

「了解」

 上司として当たり前の指示。部下として当たり前の返答を返す。

「じゃあ、今度こそ失礼するぞ」

 かくして司法府の官吏3名は連れ立って宿屋を出た。

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 ※官吏アポリアの物語12 司法府長のこと

「アポリア・フォルネス。
 これまで部下の結婚も婚約も何度も見てきたが、月番の真っ最中に婚約が成立したのは初めて見たぞ。それも、結果的にだが月番の『仕事』の前日に婚約か。
 一目ぼれでもしたのか?」

 呆れているというべきか、感心しているというべきか。そのくらいの感情が有るらしい声色の、司法府長の問いは、まぎれもなく自分に向けられたもの。的確な質問にアポリアは短く答える。

「ええ、まさしくその通り」

「……そうか。典型的な、一目ぼれの魔力、だな」

 アポリアより頭一つ低い仮面の下、くつくつと揶揄するような低い笑いが漏れる。

「いつものごとく、婚約の告示も外出許可申請も、司法府内で全体掲示だ。
 私としては思うところは無い。いつか終わる関係が早めに終わってしまっただけだから。
 ただな、祝福の言葉も、非難の陰口も、全部お前たちの責任で受け止めるように。婚約したアポリア・フォルネスだけでなく、婚約の誓約を保証したドルゴネア・カルルゥも、どちらも当事者なのだから」

 妥当な指示だ。
 月番が月番中に婚約するのは常識からズレているが、禁止事項ではない。処刑前日の婚約が例え顰蹙を買ったとしても、その結果を含めて受け止めるべきなのは自分達しか居ない。
 一瞬隣のドルゴネアと顔を見合わせてから、共に官吏の顔で答える。

「「了解」」

「……それから、どちらも退職後にこの街に住むだろうから言っておく。
 あの暴発事件で巻き込まれた者達の補償のため、基金を積む話が出ている。
 帝都側の予算で出せるのは、死亡者が家長の場合で収入の3月分、それ以外で1月分、負傷者は半月分を上限に補償、ということになるらしい。その分は月末に支給することになった。
 追加補償の元は、暴発を起こした班の面子の没収物品の競売売上と、ここの官吏一同の出資だな。それで年末までに帝都予算と同額ぐらいは出すように言われている。
 お前達2名共、出資した方が良いだろう」
 
「「了解」」

 この助言にも揃って即答を返す。相場並みかやや高いという内容。高すぎると周囲からやっかまれることは無いが、安すぎると声高に文句が出ることも多分無い、その程度。
 性質上官吏が出損する許可は出る。むしろ逆に基金に積極的に出しておかないと不味い。


 そして、少し一息。司法府長は硬い雰囲気を崩して、ボヤきのように呟く。

「……いや、しかし、平和な世の中になったものだと実感するところだな。戦乱で殺伐としていたら、本当に身の回りから浮いた話が一掃されるぞ」

「それは、南部の植物災害の?」

「ああ。話した事はあるな。私は2期目で、ちょうど南の街に居た。
 破れかぶれで食糧強奪を起こす者が多くてな、街の治安が荒れに荒れたんだ。ちょうど現地の司法府は1期目が20名くらい居たが、1年どころか半年で広場の月番が1巡した」

 アポリアは寝物語で聞いたことが有るし、ドルゴネアも聞いた事はあるはずだ。

 帝暦116年から約2年間、この帝国の南部で、大災害があった話。
 半年で20名くらいの月番が一巡したというのは、つまり、月末以外で監獄が溢れそうになる機会が、6ヶ月の内にそれだけ多かったということ。そのくらい異常な治安悪化を生んだ、災害の、話。

 全てのきっかけは、突然、とある森の植物たちが意思を持ち、住民や動物達を脅かし始めたこと。
 当初は現地官吏が動いたが鎮圧に至らず、やがて軍が動員され、最終的には神殿まで力を貸した、らしい。
 そこまでしても植物達をどうこうすることは出来なかった。軍は、最終手段として、大規模な魔術で時空を弄り、相対した植物達を丸ごと消滅させようとした。
 が、……その時空系魔術は暴走。予定の数倍規模まで膨れ上がって、弾けた。軍しか知見を持っていない時空系の術式は、普段そう使うものでもないもので、経験の浅さから制御を誤ったらしい。

 術の範囲内に居た者達は、丸ごとこの世界から消え去った。現地には、ただ大規模に陥没した荒地だけが残ったらしい。
 吹き飛んだ範囲は広大だった。4000万の住民を養ってきた帝国有数の穀倉地帯で、現地の畑の2割近くが瞬時に無になったのだ。
 畑だけではない。範囲内の現地住民と、軍の大隊丸ごと2つ、永遠に失われた。

 それだけでも悲劇には違いないが、もっと悲惨な事態を招いたのは、暴発の影響で生じた二次被害だった。
 吹き飛ばされた範囲のみならず、帝国南部の広い範囲で、転移系など一部の魔術が使用しづらくなったのだ。
 食糧等一切の流通を転移系魔術に頼っている社会で、どう頑張っても従来の1割しか物が運べないという状況に陥れば、深刻な食糧不足を生む。
 特に南部の都市では、魔術の効力が完全に正常化するまでの約2年の内に、途方もない数の餓死者と、他地域への避難民が出たという。

 後に、森の暴走から後の食糧難まで、全部ひっくるめて『南部植物魔術大災害』という名が付いた。

「街の住民数が元の3割までに減った時も、緩やかに世情が回復していく様子も、災害の原因が分かって周囲の者が罰を受ける様(さま)も、私はずっと見てきた。
 月番中に婚約を交わせるほどには世の中が晴れやかになったという事なのか、それとも、お前だけが頭の中の観念が変なのか。……どちらなのか、正直、疑問に思うところだな」

 大災害の根本的な原因調査も、二次被害のせいで困難を極めた。
 司法府が全力を尽くした分析魔術で、当初からの世評通り、森の中で、植物相手に好奇心から禁術を掛けた未成年の魔術師が全ての元凶だったと判明したのが、アポリアが6歳か7歳の頃。
 当の魔術師は植物の暴走に巻き込まれて既に死んでいたけれど、実の両親と、兄弟子2名と師匠が、責任を負った。全員が魔術師の管理不行届を問われ、兄弟子と師匠には禁術の開発も罪状に加わった。

 被害の規模が異例すぎるため、罪状の割に、判決も異例だった。
 帝都とか南部とか色々な街で、公開処刑されたそうだが、皆、ありったけの付加刑付き、……つまり広場に引っ張り出される時点で、身体中どこもかしこも傷だらけで、生きてはいたものの、生きている『だけ』の状態だった、らしい。

 ただ、災害後に遠い地方で生まれた(帝暦118年生まれの)アポリアが、そのくらいに育った時には、一応の危機は去っていた。
 見えないところにどこかしら傷を抱えた者は大勢居るだろう。が、大災害当時苦労した記憶は、司法府長のように、周囲の年長者の物語の中にしかない。


※4月28日 初出



[39800] 番外編 サキュバスの手記 官吏アポリアの物語13~15 告示のこと/生まれた場所のこと/官吏という職のこと+更新一時停止のお知らせ
Name: oJG7◆2c7b4d3c ID:54f2b618
Date: 2018/05/01 20:43
※この番外編は、完全にオリキャラしか出ない異世界ファンタジー物です。コナンのコの字もありません。予め御了承下さい。

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 ※官吏アポリアの物語13 告示のこと


【●婚約に関する告示

 捜査部門第7班所属、135年採用329番のアポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナは、カルルバン第2街区14番地 星啼き亭在住の住民、○○○○○・○○○○○・○○○○○と婚約した
 婚約時の誓約について、同第11班所属、135年採用351番のドルゴネア・ユバンクス・カルルバンが保証した

 上記内容の報告書を受理したため告示する
 9月2週1日/142年 カルルバン司法府 司法府長 ゲノムヘリター・ユバンクス・カルルバン】

【●夜間外出許可に関する告示

 区分:新規許可
 対象者:捜査部門第7班所属 135年採用329番 アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ
 期限:本日より本年末日まで 任意の時
 目的地:カルルバン第2街区4番地 星啼き亭 ○○○○○・○○○○○・○○○○○方(婚約者)
 理由:魔力不足時の対応のため

 上記申請を許可した
 9月2週1日/142年 カルルバン司法府 司法府長 ゲノムヘリター・ユバンクス・カルルバン】


 司法府の敷地は、大人の腰ほどの高さの石塀に囲まれている。司法府入り口近くの一画、石塀を基礎にして、大通りに面する形で大きな掲示板が立っている。

 誰かの署名のある告示文書は、署名した者(この場合においては司法府長)が貼り出すのが決まり。
 木製の脚立に乗っかって、署名以外は全て公用活字体の文書を貼り出している上司を、官吏姿のアポリアは、脚立を支えながら眺める。
 最近やたら脚立がグラつくらしい。諸々の手続きを終えて告示文を完成させてから、司法府長は掲示を手伝うように命じて来たのだ。雑用要員にも出来る仕事を、官吏のアポリアに。

 2種類の告示の横には、先ほど貼り出されたと思われる処刑の告示が有る。


【●処刑に関する告示

 対象者:×××××・ユバンクス・×××××
 住所:カルルバン第2街区3番地 共用官舎×××番室
 身分:官吏 魔術職かつ普通職 司法府133年採用×××番
 所属:カルルバン司法府捜査部門第4班

 罪名:魔術師刑罰規定令第4条違反 魔術による過失致死
 被害者数:死者44名 負傷者少なくとも350名

 判決:付加刑無し 広場に於いて公開斬首
 手続経緯:仮裁決9月1週4日 確定裁決同6日
 仮裁決官吏:帝国司法府 地方派遣部門 第3班班長 ◎◎◎年採用◎◎◎番 ◎◎◎◎◎・ユバンクス・◎◎◎◎◎
 確定官吏:帝国司法府 再審部門 第1班班長兼任部門長 ●●●年採用●●●番 ●●●●●・ユバンクス・●●●●●

 処刑日時:9月2週2日
 刑吏:カルルバン司法府捜査部門第7班所属 135年採用329番 アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ
 日時確定の理由:同罪に問われた者が帝都に於いて斬首されるため

 9月2週1日/142年 帝都司法府 地方派遣部門第3班 班長 ◎◎◎◎◎・ユバンクス・◎◎◎◎◎】


 こちらの署名は、帝都からの派遣官吏のものだ。
 処刑の告示に限っては、他の告示とは違って、ここの掲示板と、広場の掲示板の2ヶ所に掲示する。
 予想外の処刑告示を聞きつけ、わざわざこちらの掲示板を見に来たらしい住民がそこそこ居た。彼らは自分達に直接何か話し掛けたりはしない。ただ遠巻きにして大いに注目を向ける。

「おい、今日婚約した官吏って、明日に刑吏やる方じゃないか?」「え?」「名前一緒だし、135年の329番って、」「本当だ」「そこに居るぞ。ほら、広場の剣を差してる」「あー」

 ひそひそ話のつもりなのかどうか分からないが、どうあれ、会話の内容は思い切りアポリアの耳に入ってくる。

 先ほど司法府長に言われたように、祝福の言葉も非難の陰口も全て自分の責任で受け止めなければならない。婚約はアポリア自身が決めた事。誰かの決定に従うという身分ではないのだ。
 野次馬に話し掛けるつもりはない。聞こえないふりをするべきか睨み付けるべきか迷い、結局は何も反応しないことにする。聞こえる範囲の言葉では、別に中傷は無いのだから……。

「――リア、撤収だ。この脚立は私が持とう」

 何時の間にやら地面に降りていた司法府長の指示に、慌てて言葉を返した。

「! 了解」


 司法府の敷地。大通りに声が聞こえないくらいの場所まで来てから、脚立を抱えた上司は唐突に振り向いた。

「なぁ、アポリア・フォルネス。今日、あの場所で婚姻の誓約を交わしている時の話だが」

「……?」

 ――部下を呼びに行ったら、婚約の誓いを取り交わしている最中だった。

 果たして、どのくらいの感慨があるのだろう。
 司法府長は上級職で、従って、上級職である限りは生涯結婚禁止。在職中の結婚は、事前に普通職の降格を望んでいない限りは免職対象。退職後の結婚だと終身年金が止まる。
 そこまでして添い遂げる程の好意なぞ、アポリアにも司法府長にも無かった、はずだが。

「お前、私が宿屋に近づいていることに気付けたはずだよな。気付いていなかったのか、あえて気付いたが無視したか……」

 事件が無くとも、アポリアは2期目になれば他の街に異動するはずだった。
 何事もなくったって今年の末には別れると分かっていた関係は、19歳から25歳までの5年半以上の期間は、アポリアにとっては十分に長い。およそ35歳くらい上の司法府長にとっては、どうだろうか。
 仮面に隠されていない赤い瞳は、アポリアの顔を見つめたまま。ただ、言葉を続ける。

「どちらなのかは追求しない。ただな、一目ぼれの魔力だと言うことにしておこう」

 何とか反論しようとしたが、しかし、沈黙を選ばざるを得ない。
 どう思考しようとしても、結論はこの上司の言う通りに落ち着く。一目ぼれの魔力としかいうしかない。その通りだ。


 司法府長に無言で礼を示し、これまた無言の彼の追認の下、本来やるはずだった仕事に戻る。

 司法府の外庭、平らな石の鎮座する一角。
 昨日と同じく、剣身を晒して。杖を出して。――そう高くない塀の周り、住民の視線がある。アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナという官吏を見ている興味津々の視線。

 心の中で、開き直る。
 否定出来ないのならば、否定するべきで無いのなら、受け入れるしか無い。生涯で初、妻として誰かに望まれたという事実に。

 昨日詠唱した詩は、駄目だと感じた。
 アポリア自身の体質は変わらないけれど、精神の在り方はこの1日で少し変わった。
 巫女アポリアの詠唱は最初から駄目で、昨日のも何となくしっくり来ないのだ。
 自分の心の中、一番に合っていると思う詠唱は、過去を探り、考える、そんな詩だと、思う。


――わたしがとても幼くて、世界のかたちを知らぬとき
  親はまさしく万能で、優しく厳しく間違えず
  悪意渦巻くたたかいは、神話の中の出来事で
  とるに足らない幼な子に、敵意を見せる者は無し

――いつしかわたしの背は伸びて、世界のかたちをとうに知り
  親も師匠も縁戚も、間違えるだけの生き物で
  妬みと嫉みと陰謀と、あらゆる所に偏在し
  今のわたしを幼な子と、思う者など有りはせぬ

――背丈に知恵を詰め込んで、視線に思索を詰め込んで
  そうしてわたしは、乙女になった

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 ※官吏アポリアの物語14 生まれた場所のこと

 アポリア・ユバンクス・フォルネスレンスマキナ。
 単語の意味を後ろから辿れば、『フォルネスレンスマキナ出身の』、『司法府官吏の』、『アポリア』。

 別に生まれ自体は呪ってはいなかった。17の成年まで働かずに済んだというだけで、恵まれた育ちだと断言出来る社会だから。
 司法府の魔術職にしても、早くて10歳から雑用要員で働いた事があるという者が、決して珍しくはないのだし。

 自分が『帝国の民として生まれた』という言い方は、明らかに事実に反することになる。アポリアは帝国領の生まれではなく、そもそも民という身分では無い。
 しかし『帝国の内で育った』という言い方だと、間違っているとも言えない表現に変わる。海原の中の離島の如く、帝国直轄領に囲まれた場所。逆に帝国にとっては、自国内に抱え込んだ異国。
 故郷、フォルネスレンスマキナの形は、『帝国内の外地』と分類される物だった。


 『フォルネスレンスマキナ』の意味は、『フォルネス魔石湧出地』。
 魔石は、魔道具を作るのに必須の資源。魔術に多くを依存する社会では、文明を維持するのに必須の品。戦略資源でもある。

 地中の坑道内、自然とそんな石が湧き立つ『その場所』の地質は、太古の昔から、何よりも利用価値の高い土地に違いなかった。
 ただ、何も手も掛けない魔石鉱は気まぐれだ。落盤が頻発し、魔石も乏しい量しか出さない。
 分析系の魔術の使い手が、坑道内を魔術で覗き、魔石の在処を探り当てるという試みは、土地を利用し始めた頃からあったに違いない。

 そんな試みを繰り返す内、『体質の相性が合う、笛の民の女魔術師の強い魔力で地域を鎮めれば、安定して豊富な魔石が手に入る』という事実の発見に至るのは、きっと当然のことだった。
 しかも女魔術師にとって、その場所が『自分の領土』なのだと認識が無ければ駄目だった。他者の支配を受ける土地となれば、落盤にまみれ、魔石の湧出量も、どうしたってガタ落ちしてしまう。
 土地そのものが、そういう認識の元での魔力しか受け付けない地質なのだった。

 かくして、体質の相性が良い女魔術師の血統は、土地の支配に不可欠な血筋として尊ばれる。
 母から娘に受け継がれる体質は、息子には受け継がれない。女系相続を宿命づけられた血筋は、フォルネスという氏族名を称し、現地一帯が『フォルネス魔石湧出地(レンスマキナ)』の名となる。
 土地の管理者は領主と称し、同時に、一族の主と全く等しくなる。フォルネスの一族は、魔石守の一族とも呼ばれるようになる。

 種族・性別に関わらず、魔力に恵まれた者は不妊体質の割合が多い。不妊体質では無い場合もあるが、それもそれで難点があって、結構な確率で、男女問わず、子どもを生せば、親の魔力は減衰する。
 一族では、当主と、その他大勢を区別していた。
 大方の場合、その時の当主は子を産むことはない。不妊体質の者を当主に据えて、同じく不妊体質の女系の親族との、養親-養子関係で受け継がれるようになる。例えばアポリアの伯母-従姉のように。

 他方、魔石が湧く地の周囲は、どんな勢力であれ、この一族を従えるよりは、管理者としての領主の支配を認めた上で、対等の立場で魔石を取引した方が良い、という算段を働かせる。
 誰だって、豊富に資源が湧く地は、豊かなままであった方が良いに越したことはないのだ。
 時勢によって周辺の模様は変わる。だた、魔石の湧く地そのものについては、誰であれ土地の支配の面で領主の上に在ることだけは忌避して、歴史を重ねてきた。


 ――と、まぁ、そこまでの、いわば表向きの知識なら、宿屋の若旦那は正しく知っていた。
 カルルバンからフォルネスレンスマキナまでの距離は、徒歩で丸一日ほど。知っていた理由として、比較的近い立地なのが大きいだろう。

 一族の中から見た実質は、形式とは別の様相を見せていた。形式的な独立領が、実質的に余所の勢力に巻き込まれているかどうかはまた別の話だった。

 約100年前。フォルネスレンスマキナは、周囲を帝国直轄領で囲まれる現在の形になり、同時に領主-帝の間で協約が結ばれた。住民の越境・転居・転職の自由の保障が、この協約で定められた。
 それはそれで重要であろうが、それ以上にキモとなる規定は、領主が、帝が派遣する行政府官吏を受け入れる一方的な努力義務を負ったこと。
 以後、行政のほぼ全ては、帝国の派遣官吏に委任されるようになった。

 ――ぶっちゃけると、アポリアの見る限り、帝国領の中のちょっとした名士一族と変わらない有様だったと言えよう。
 実質的には、生き方を縛られた土地の管理者に過ぎないのだ。生まれ育った場所を離れられない、そこそこ恵まれた富豪というだけの。

 ちなみに、『帝国の官吏採用に合格した者には、仮に帝国籍を付与する』、『教育期間を終えて任地に赴く時には、正式な帝国籍とする』という一文も、協約内にあった。
 アポリアが官吏になれたのは、まさにこの規定による。


「官吏採用に受かった者には仮の帝国籍を付与する、ということは、採用に合格するまでは、領主の姪っ子のままな訳だ。もちろん、採用試験の会場でも」

 夜間、女が通ってくる形の逢瀬は文化的に良くあることで、おまけに女側が官舎を抜け出す許可を取っているのだから、女の方が宿屋に来るのが絶対に正しい。
 店主と孫は別の部屋に引っ込んでいる。若旦那の寝室は、婚約者男女の語り合いの場に変わる。
 若旦那はアポリアの生家を詳しくは知らなかった。故郷の地名しか知らず、実領主一族の生まれだと、今日の誓約で初めて知ったのだという。アポリアの話に興味津々だ。

 酒精のうっすい柑橘酒はこういう時に用意しておく物だ。小振りな土瓶から、お互い木椀に注いで一口飲む。
 アポリアが持ち込んだのだから彼女好みの味。ほろ酔いの勢いに任せた会話が、寝台の上に腰掛けてからの流儀。

「私だけ、薄緑の上着(ローブ)だった。周りは在野の者の形(なり)なのに。そこそこ目立ったぞ。
 背中と右胸に大きくフォルネスの紋章を縫い付けていたから、帝の一族だと勘違いする馬鹿は居なかったけれども」

 魔術師のローブの色には、規制がある。
 統治者は緑。神殿は青。官吏は赤。軍は黄。在野の者は、灰か紺か黒。どんな場合でも、偉い者ほど色が濃くなるのが決まり。

 フォルネス一族のローブには、色味が3通りしか存在しない。この帝国の帝の一族ならばもう少し種類が多いらしいが、フォルネスは3通りだけ。
 領主以上に濃い色は有り得ない。領主の一段階下が、跡継ぎと元領主。その一段階下が、それ以外のその他大勢。官吏の採用試験に受かるまでは、アポリアは、その他大勢に含まれる女子だった。

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 ※官吏アポリアの物語15 官吏という職のこと

「官吏のなり手はな、大まかに5種類あるらしい。帝都に居た頃に教官から聞いた。
 まず、雑用要員からの自然な持ち上がり。次は、体質とかそういう事情で生涯独身で生きたい者。3番目は、自分の腕だけの在野では生きていく自信が無い者。
 4つ目は、俸給を貯蓄したい腰掛けの起業予定者。で、5番目、……事情があって、生家から離れたり、追い出されたりした者。私はこの典型例だな。
 同期の中では私だけだったが、何年かに一度は、薄緑のローブで官吏採用を受ける者はあるらしい」

 別段、帝国の中の異国、――いわゆる『帝国内の外地』が、アポリアの故郷ひとつというわけでもない。確か50と数ヶ所ほどだったか。
 大陸のどこであっても、土地は公有制としない国は無い。帝国もその点は当然のこと。帝でも諸侯でも支配出来ない場所は、形式的には異国。各々の土地ごとに、領主=管理者と一族が存在する。
 領主は、帝と対等の立場で協約を結ぶ。領主の一族の中には、アポリアと同じように協約の条項を利用し、官吏を志す者も出るだろう。

「……いかにも、それらしいですねぇ」

司法府官吏は1期8年の任期制。社会的地位は高く、俸給も余裕があるので蓄財も出来る。一方で生家とは絶縁する身分で、自身の財産処理にも制約有り。上級職になればより厳しい制約が入る。
 ――優秀な者が集まるかどうかは知らない。財産相続に頓着しない・出来ない立場の者ならば、集まる。高級官吏の世襲を忌み嫌ったがために設計された制度だ。
 志願者は、皆、地位と制約を頭に入れて採用試験を受けている。それでも志願者不足が問題だと聞いたことは無いから、制度としては上手く機能しているはずだ。たぶん。

「ともあれその時の試験会場では、私だけ薄緑のローブだったんだ。目立つのは覚悟していたさ。
 ただ、試験の面接の時に話した志望動機が、教育期間中に同期で噂になるのは予想外だった。
 話した内容がそこそこ衝撃的だったから、格好の噂の的になったんだな」

「……どんな志望動機を話したんですか?」

 約8年前、帝都司法府の試験会場を思い出す。
 帝都での採用試験は教養と実技。最後に面接。
 教養は筆記と詩文諳誦だった。実技は魔術を披露する物で、流派を問わず、拘束、身体防護、認識阻害の3種が全員必須、加えて専門系統(アポリアの場合、分析系)の実演。
 最後の面接では、個室の中に試験官4名に志望者が5名。アポリアは椅子に座って試験官に対峙した。動機を問われて言った内容は、――。

――『私は、一族の跡継ぎに、何故か異様に嫌われていた。
 跡継ぎが成年したての年齢の時、私は12歳だった。その年の最初の宴席で、跡継ぎは理不尽に私を罵倒した。内容が生命の危機を感じるくらいの言い様で、場が壊れた。
 以降、他の親戚一同は口を揃えて、一族から離れた身分になるように私に助言した。このままだと跡継ぎが私を殺しかねんから。
 助言はもっともだったし、私の得意魔術から考えれば、司法府の官吏になるのが良いだろうと思ったので受験した』


「うわぁ……」

「嘘は、吐いてないぞ。当時領主だった伯母に、帝国司法府宛の推薦状を書いてもらったが、そっくりそのまま同じ経緯が載っていたそうだから。
 で、試験を通って帝都で教育を受け始める時点になって、面接で言ったことが何故か同期中に広まった、という流れだ。面接で同じ部屋になった受験生が言い触らしていたんだな。
 官吏になったからには生まれは問わないはずなんだが、目立たない場所で雑談に持ち出すまでなら何も言われないというものらしい。表立って罵倒の材料に使いでもすれば、流石に免職だろうが」

「そういうものですか……?」

 疑問符を含んだ問いに、苦笑を返した。

「そういうものだったのさ。まぁ、噂が流れたのも最初の時期だけだったが。
 そもそも教育期間中に採用者が半分は辞める世界ではな、本当に初っ端の雑談の種にしかならない。
 途中から雑談の余裕が消えるくらい苦しい場所だぞ、あそこは。教養も実技も、基準に足りない者をふるい落とす2年だった」

 素養が有る者を多めに採って、教育中に、向いていない者を徹底的にそぎ落とす。
 司法府の官吏に権威を持たせるためとも、志望者層に幅広い間口を持たせることで多様性を持たせるためとも言われる。おそらく、どちらも正しい。
 魔術職採用の受験資格は17歳から27歳まで。教育期間途中で辞めても、1年間の間隔を置けば再受験は可能。
 制度設計上、若い者ほど、『力が及ばないと自覚しているなら、一旦辞めて鍛え直してから採用試験を受け直せ』と、教官から言われやすい。

 教育期間中のアポリアは優等生だった。豊かな生家で学習済の内容が半分以上だったから、優秀な成績を取るのは当たり前。ただ、それでも、細々とした厳しい規則は少々キツかった。
 苦学の末、辛うじて採用試験に通ったような者にとっては、初めて学んだ事柄が多いはず。厳しさは段違いであったはずだろう……。

 ――ああ、酒精が回ってきたな。

 掌の木椀の中身を飲み干して、寝台の手すりに安置する。心の内の感慨をただ苦笑いとして封じたまま、アポリアは若旦那にしなだれかかった。

「……魔力紋は、どちらでしょうか?」

「こちらに、右肩の付け根に」

 魔力紋は、体内の魔力溜まりを示す箇所。通常時は色素が無く、白いアザのようで、魔術を使うときだけ魔力光と同じ色で光る。
 異性の手でなで回すと、かなり手っ取り早く発情する効果があった。


※4月29日 初出


※4月30日追記 大切なお知らせ※

 ストーリー途中で突然となりますが、このサイト(arcadia)での連載を、本編・この番外編共に、ここで一旦停止いたします。
 ハーメルンでは連載を継続します。あちらでのみ掲載している挿絵等もありますので、続きを読まれたい方はそちらをご覧下さい。

 投稿を止める理由は、一言で言いますと「arcadiaでの投稿時の不具合(?)のため」です。
 タイミングが合った方はご覧になっていると思います。
 この番外編の1~3話を最初に投稿しようとした際、『英数字、ビックリマーク、波形(~)等の文字が、投稿後のここの表示では全部消える』という現象が発生しました。
 翌日、メモ帳から原稿をコピペし直したら現象が解消されたため、不具合の原因は、このarcadia様側にあるのではないかと推測しています。

 以後しばらくは問題は起きていませんでしたが、4月29日夜より、16話~18話を投稿しようとした際に、この不具合がまた発生しました。
 翌30日昼に再度投稿を試みましたが、一部の文字が表示から消える現象は解消されていないままです。

 この現象が厳密にarcadia様側の問題なのか、どんなタイミングで何が原因で起こるのか、私には分かりません。
 ただ、お読みになっている方は分かると思いますが、当作品は数字、ビックリマーク、波形等の文字をそこそこ多用している作品です。
 これらの文字が消えると意味が通らなくなる場合もあり、不意に表示がおかしくなるのは結構キツいところです。

 将来、この不具合の解消がアナウンスされる事があれば、ここでの連載を再開するかもしれません。
 まず、arcadia管理人の舞様が復活されるのかどうか、このサイトの一利用者として待ち続けようと思います。

 これまでの掲載分はここに残しておきます。感想等も定期的にチェックするつもりですが、ハーメルンの方が返信が早いと思いますのでその旨ご承知おきください。


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