<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[38079] アクセルワールド~水晶の輝き~【AW二次・オリ主・オリジネーター・リメイク版】
Name: 水晶◆18240469 ID:4bc66f8a
Date: 2013/07/17 18:38

設定に矛盾が出てきたりとか、書き直したくなったりしたので再投稿です。

話の流れががさっと変わった所などがあります。
一部アバターの名前、アビリティ名、必殺技名及び中の人の背景が変わった箇所があります。
できるだけ急いで投稿しますが、リアルでの都合上どうしても遅れてしまう事があります。

誤字脱字、及び矛盾点などございましたら感想欄にて報告して頂けると有難いです。




[38079] EP01
Name: 水晶◆18240469 ID:4bc66f8a
Date: 2013/07/17 20:42
書き直しました。





EP01:Birth Of The Crystal




雨宮《アメミヤ》 晶《アキラ》は、いつものように学校から帰り、世田谷区の一角にある自宅、そのリビングのソファに寝転がる。
少々大きめの一軒家であるが、今この家にいるのは晶ただ一人。辛うじて同学年に収まっている兄は今日は友人の家に泊まるらしく既に家には居ないし、 二歳下の弟もそれに付いて行っている。
両親は共働きで、最近は帰りが深夜になる事もざらであり、ペットを飼っている訳でもない。

宿題は既に終わらせてあり、特にする事もなかった。
普段なら自分の部屋へ行って、グローバルネットに接続するなりVRMMOにログインするなりするのだが、今日に限っては少しの距離を歩く事すら億劫で、そのままソファに寝転がっていた。

寝転がったままの状態で、しばらくの間窓から覗く曇天を見上げる。

———一雨きそうだな……ああ、そういえば今日は洗濯物干してたな。降り出さないうちに取り入れないと。

そう思い、そそくさとベランダに吊ってある洗濯物を取り入れる為に踏み台を用意する。
まだ小学一年生である晶では、踏み台を使わずに洗濯物を取り入れられないからだ。

本来ならば洗濯機の乾燥機能で乾かせるのだが、今は洗濯機の乾燥機能が壊れてしまっている為、わざわざ洗濯物を干さなければならない事態に陥ってしまった。

明日辺り業者の人間が来て取り替えてくれるらしいが、今日洗わなければ明日着る服が無かったのでしょうがない。
取り入れた自分と兄弟の私服を畳んでクローゼットへしまい、両親の使うシャツはハンガーに掛け玄関に吊っておく。

洗濯物を取り入れ一息付き、適当にインターネットでもしようか、と自身のニューロリンカーを家のグローバルネットに接続する。
そこで、視界の右上に青い手紙マークが点滅している事に気が付いた。

———僕にメール?誰からだ?あの人達が僕にメールを送る筈ないし……
そう思いつつ、晶は右手で視界の端に輝くメールアイコンをクリックする。
差出人は不明…………というか書かれていなかった。
差出人が書かれていないというのはあり得ない事であったが、その不可解さよりも好奇心が勝り、内容を確認する。

本文は設定されていなかったようで、ただ、添付物あり、とだけ書かれてあった。
少し疑問に思いつつも添付物のアイコンをクリックする。

容量がかなり大きいのが気になったが、この添付物をダウンロードしなければならない、という使命感めいた感情が晶を支配していた。
そして、この添付物が今までの日常を壊してくれるのでは無いか、というような予感がした。










雨宮 晶は自分が異常であるという自覚を持っている。

生まれたその瞬間から自我というものを持っており、更には幾つもの知識を備えていたのだ。

———この事がバレれば、気味悪がられ、捨てられてしまうのではないか。

そんな考えに至った晶は三日三晩泣き叫んだ。
嫌われるのが、怖かった。拒絶されるのが怖かった。

こうして泣き喚く事で余計に嫌われてしまうのでは、と思い至ったのは良い加減五月蝿いと思ったらしい両親にニューロリンカーを装着させられた時だった。

それからだ。 晶は周囲の望む自分を演じ始めた。

不思議と周囲が望んでいることは解ったので、苦労はしなかった。

それが一体、どれ位続いただろうか。
気が付けば、自分とは一体何なのかよく解らなくなっていた。

——こうして思考している僕は、一体何者だったろうか?

そのように考えてしまうことが日に日に増していった。

晶はそんな自分が嫌だった。

決して何者にもなれないという自身の本質が嫌いだった。

空っぽな、まるで人形のような自分が大嫌いだった。

そして何より、自分が徐々に失われていき、無くなっていくのが怖かった。


それでも、辞める訳にはいかなかった。
どれ程時間を重ねても、最初に抱いた不安は決して払拭される事はなく、むしろ強まっていく一方だった。

晶は、それからもずっと自分を偽り続けた。
周囲の友達と言ってくれる子供達と接する自分を。
周囲の大人達望む自分を。

不透明で本質の見えない仮面を纏い、透明な箱の中に閉じこもって。

時を重ねる毎に晶個人としての『自分』は磨り減っていき、それに比例するように自己嫌悪が増していく。

苦痛なだけの日常なんて、崩れ去ってしまえばいい。
それが晶の、心からの願いだった。






果たして、添付物は、一つのアプリケーションプログラムだった。

【BB2039.exe を実行しますか?YES/NO】

そんなフォントが表示されたと同時、晶は迷わずYESの所に指を突き刺していた。

それと同時に、視界一杯に巨大な焰が噴き上がった。そして暫くして目の前に集まり、【BRAIN BURST】という、一昔前の対戦格闘ゲームのタイトルロゴのようなものを作り出した。

その後のダウンロードに掛かった30秒が、果てしなく長く感じた。

ダウンロードが完全に終わると、疲れが出たのか晶はそのまま眠ってしまった。

意識が落ちる直前に、【WELCOME TO THE ACCELERATED WORLD!】という文字が見えたような気がした。







その晩、晶はこれまで見たことのない悪夢を見た。

晶の周りには、沢山の自分と同じ姿をした何か。あるいは、晶自身。

晶が自分の身体を見おろしてみると、その身体は空っぽだった。
確かにそこにあるのに、中身が無い。

怖くなって周りを見回すが、周囲にあるのは人形のように無表情で、何も映していないような双眸でこちらを見ている自分ばかり。
いや、何も映していないのではない。その瞳の中には、同じく何も映さぬような双眸でこちらを見ている自分が映っている。

——やめてくれ。僕に、その姿を見せないでくれ。そんな目を、こちらに向けないでくれ!

その姿は、見ているだけで晶の事を偽物だと、心を持たない人形なのだと言ってくるように感じた。

———僕は……僕は……一体何なんだ……

頭を抱え込み、その場でうずくまろうとするが、身体は動かない。
ただ、何の表情も浮かばない顔で、ただ目の前にいる同じ表情の自分を見つめているだけ。

やがて、数十であった自分の姿は更に増えていき、それに呼応するようにして空っぽな身体はどんどんと薄れていく。
そしてそのまま消えそうになるのを見て、晶は心からの叫びを上げた。

———嫌だ……何も無いのは嫌だ!僕は……自分自身が欲しい……!誰かの容貌《かたち》を借りてもいい……空っぽな自分に、たった一つの中身が欲しい!

声は出ていない。だが、確かに晶はそう叫んだ。

偽物である自分の中に、一つだけの真実を。
それが、それだけが晶の望む全てだった。

『それが、君の望みか?』





















意識が、ゆっくりと浮上する。

目を開けると、そこは自室のベッドではなくリビングのソファだった。
そして、数秒遅れで全身汗だくである事に気が付く。

おそらく直前まで見ていた悪夢のせいだろうと当たりをつけると、晶は身体を起こす。

それに合わせ、被さっていたタオルケットが落ちる。
信じられない事だが、どうやら両親が掛けてくれたらしい。

「………………今日は………土曜日。学校は、無し」

ニューロリンカーのカレンダーアプリを開きながら確認する。
どうやら昨日はうっかりニューロリンカーを着けたまま寝てしまったようだ。

昨日の事は、本当は夢だったのだろうか?と考え込んでしまうのを、視界の右端に光る青い手紙マークが現実に引き戻した。

「僕にメール?誰からだ?」

と、若干既視感を抱くような言葉を発しながらも晶は青い手紙マークをタップする。
しかし、今度は差出人が書かれていないなんて事も、大容量のアプリケーションが添付されている訳でも無かった。

【SYSTEM BB PROGRAM :あなたのデュエルアバターが完成しました。「バーストリンク」と発声して下さい】

それだけの文章が、昨日の事が夢でなかった事を思い知らせてくれた。
デュエルアバター、というのはよく解らないが、BB、というのは恐らく「BRAIN BURST」の略称だろう。

「えっと………バースト………リンク?」

少々疑念を抱きつつも呟く。一瞬、これが大規模な悪戯《いたずら》なのではないか、と思ってしまうが、それは呟いた直後に解消した。

バシィィ!という凄まじい音と共に、世界がモノトーンの青に変わった。立ち上がって後ろを向くと、キョトンとした表情で固まる自分自身の顔があった。
慌てて自分の姿を確認すると、ローカルネット上で使っているアバターである、とあるアニメに出てくる学生服を着た姿になっている。

晶がしばらく茫然自失していると、またメールが届いた。



【BB PROGRAM:この世界はソーシャルカメラからの映像からリアルタイムで組み上げられています。この『初期加速空間』では、あなたの意識は現実世界での一千倍にまで加速されており、また、この空間内では現実時間の1.8秒、つまりこの中で30分まで過ごす事が出来ます。それでは、チュートリアルを開始します。
視界左側のBと書かれたボタンを押し、DUELを選択して下さい。そのマッチングリストの一番上があなたのデュエルアバターの名前です。その下にある NOCOLOR・ENEMY を選択し、対戦を申し込んで下さい。】


最初の数行の内容に唖然としてしまうが、指示された通りにBと書かれたボタンからDUELを押す。
一瞬のサーチング表示に続き、ネームリストが表示された。
一番上には、CRYSTAL・FAKERと書かれていた。

これが僕のデュエルアバターとかいうのの名前か。

晶はそのまま視界を下にずらす。
すると、そこには指示された通りのNOCOLOR・ENEMY という名があった。

指示された通りにNOCOLOR・ENEMYの名前をクリックし、【DUEL】を選択する。
そして更に表示されたYES/NOのダイアログのYESを押し、対戦を申し込む。
すると、モノトーンの青であった世界が変わり始めた。
自宅のリビングだった筈の場所は、壁が消え失せ草が生え、地面にやや水の溜まった草原になった。

その幻想的な風景に、晶はしばし放心した。
十秒ほど経って意識を取り戻した晶の正面には、全部の色をごちゃ混ぜにしたような色彩のヒトガタがあった。
いや、この場合は居た、の方が正しいだろうか。

晶は何時の間にか自分の姿も変わっている事に気が付いた。

両手、両足から胴に至るまで全てがクリスタルのように透き通っている……というかクリスタルその物のように見える材質で出来ている。

関節は、全て人形のような球体関節だ。
改めて自身の身体を見てみると、やはりこちらも人形のようになっている。

自身のクリスタルの掌に、自分の顔が映る。

口も、目も、鼻も、何もないのっぺりとした顔で、此方も他の部位と同じくクリスタルだ。

なるほど、確かにこれは僕なのだろう。きっと、自分自身が否定したかった、深層心理に存在する僕自身なのだ。

晶はそう、直感した。

「それでは、これよりチュートリアルを開始します」

そう考えていると、目の前のヒトガタが電子音を響かせた。







こうして、雨宮 晶の、加速世界における戦いが始まった。



[38079] EP02
Name: 水晶◆18240469 ID:4bc66f8a
Date: 2013/07/20 14:47
EP02:Day-To-Day Of The Burstlinker


水曜日。僕はいつもと同じように近所の人と差し障りの無い会話をしてからバスに乗る。時間は早朝。
兄とは時間帯が少しずれているので一人だ。
もちろん一緒になる時もあるが、その場合も兄は友人の方へ行ってしまうのでやはり一人だ。
僕達が通う小学校は家から徒歩で通うには少々辛い場所にあるため、バス通学をしている。

バスの中を見回し、まだ誰も座っていないバスの最奥に腰掛ける。
そのとき、バシィィ!という加速音と共に周囲の世界が変わり始めた。

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!】

そして、燃え上がるようなフォントの炎文字が浮かび上がると同時にバスがボロボロと崩れ去り、鋼鉄の街が姿を表した。
変化はそれだけでは終わらない。
次いで、上から【1800】という数字が現れ、左右にぐいーっと二本のバーが伸びた。
上にある青いバーがHPゲージ。 アバターの総合耐久力を示すゲージで、これが全てなくなると負けだ。
その下にある少し細い緑のバーは必殺技ゲージだ。ダメージを受けたり与えたりする事で増え、溜まると必殺技が放てるようになる。また、一部アビリティの使用でも消費される。

ゲージの下側には、右側にCRYSTAL FAKER、左側にTITANIUM TANKと書かれている。
クリスタル・フェイカーは最早見慣れた僕の移し身であり、チタニウム・タンクは僕がこのゲーム、ブレイン・バーストを始めた頃から居る戦友……ライバルの一人だ。

僕がこの正体不明のゲームソフト、BB2039をダウンロードしてから一ヶ月と少しが経過した。

現在のレベルは2。無事、無制限コピー権を手に入れ、もう少しでレベル3に上がっても十分なだけのマージンが溜まる頃合である。
レベルアップ直後に負けて永久退場になった人も数人いるそうなので、その辺りは他のBBプレイヤーも慎重だ。

無制限コピー権とは、文字通りBB2039のアプリを無制限にコピー・配布できるという物だ。

このゲーム、BB2039は昨今のゲームでは珍しい、完全紹介型のゲームだった。

僕も一度、ニューロリンカー専用のアプリケーションショップで探してみたのだが、どれだけ探しても見つからなかった。

また、このソフトダウンロードするにも幾つか条件があるらしい。
まず、新生児の頃からニューロリンカーを着用している事。
もう一つは、相応の反射神経を持っていること。
いずれもニューロリンカーとの親和性を確かめる物だ。

その適性に関しては通信をする裏で問題無く確認できるので、子を作るのはそれ程難しい事ではない。
現に僕の周りにも兄弟を含めて数人、BBプログラムの適性を持った人が居る。
尤も、僕には子を作る気が毛頭無いのだが。

自身の体が構築され、鋼鉄の街……誰が言い出したか、魔都ステージに降り立った。

カツ、という硬質な音を立てて着地した身体を見下ろす。人形のような球体関節に、細い肢体。
その全ては、透き通った水晶のようなパーツで構成されていた。
太陽の光を浴びて、薄く発光しているようにも見えるその体を見て、僕は一度気を引き締めた。

僕のアバター、クリスタル・フェイカーには幾つかの特徴がある。
まず、防御アビリティ。
特定のクリティカルポイントを除く全部位の切断系攻撃無効、貫通系攻撃無効、電撃系攻撃吸収、光線系攻撃1/3軽減、腐食無効、炎熱半減、毒攻撃半減etc……と、ここまで聞けば完全無欠なステータスに聞こえるかもしれないが、重大な欠点も当然存在する。
まず、銃弾系のダメージが二倍になる。 そして、それとは別に射撃系のダメージに1.2倍というマイナスの補正が付くのだ。

つまり、"遠隔の赤"に属するアバター……それも、銃を持つアバターに極端に弱い。しかも、射撃系ダメージ1.2倍の所為で光線ダメージ軽減が死んでいる。

更に、氷結系攻撃と打撃系攻撃に対する防御も弱く、こちらはダメージに1.5倍の補正が掛かった。

確かに水晶のような結晶は叩かれると弱いのだが、これはどうにかならなかったものか、と落ち込んだのは記憶に新しい。

他にも色々あるが、そちらは今は省く。

しかし、打撃系以外にこれといった弱点の無い近接では無双出来る……かと思いきや、実は射撃ダメージには投擲系のダメージも含まれているらしく、その辺りの石を投げられてしまえば余裕でダメージは入れられてしまうし、硬度の差によってもダメージが入るため、一部のメタルカラーや投げ技でも普通にダメージを受けてしまうので案外無双できない。
打撃に関しては努力の結果、高確率で受け流せるようになったのである程度は緩和できるのだが、それ以外が致命的だ。

現に、近接型アバターとの勝率は大体八割をキープしているものの、射撃型アバターとの勝率は二割を切ってしまった。
もはや発見される前に奇襲を掛けるか、水中のステージにでもならなければまず勝ち目がない。
いや、相手が近寄ってきてくれればその限りではないのだが。

次に、独特の攻撃方法だ。鞭や剣、槍や銃、勿論素手の格闘型など様々な種類のアバターがいる中で、このアバター……クリスタル・フェイカーは、自身の球体関節もしくは球体関節に繋がって部位を撃ち出して攻撃する中距離型だ。最近は近距離で決着をつける事が多いが、それは本来の距離ではない。
また、射出した部位は元々繋がっていた場所……つまり、右手を飛ばしたとしたら右手首……から半径二mの範囲で自由に動かせる。
ただ、こちらは弾速も結構あり威力にも期待できるのだが、いかんせん射程が短いので直ぐに避けられてしまう。
更に、ノーマルな攻撃で射出した場合は痛覚等の感覚も繋がってるので射出した部位を砕かれたり壊されたりすると非常に痛い。 タンスに小指の比では無い程に、だ。

指を根元から順に射出していけば射程はかなり伸びるものの、射撃型程使い勝手が良い訳では無く、弾数が直ぐにバレるわ、飛ばした指を壊されて痛いわで碌な事が無い。
何故、中途半端にミドルレンジ型になったのか。 どうせなら完全に遠距離型にして欲しかった。
決まってしまったからには作り直しがきかないのだと思っても、そう考える事を辞められない。

全く、 同レベル同ポテンシャルとはよく言った物で、相性がよっぽど良くない限り無双なんて絶対にできない。

僕のフェイカーが一体どこに、どれ程のポテンシャルを割り振られているのかは知らないけれど、と僕は再び小さくため息を吐く。

フェイカーの攻撃力はあまり高くない。 寧ろ、若干低い部類に入る。
スピード等も普通だ。素の防御値はメタルカラー並に高いが、それも特出していると言える程の硬度ではない。メタルカラーでなくとも緑系にもっと硬い人もいる。
防御アビリティに関しては、他の人のデータを鑑みるにそれ程おかしくもないだろう。
確かに、幾つかある無効系の効果は凄まじい。しかし、一部のダメージ増加を考えるとそこまででも無い気がする。
遠隔系には余裕で瞬殺されるしね。

皆が平均に振られている所を、僕だけが二極、三極に振られているだけなのだと考えれば、まあ、辛うじて納得できる。

攻撃面に関しては、射出すれば威力も結構上がる為、それ程困った事でもない。本気を出せばその辺りの格闘アバターのジャブ位の威力は簡単に出せる。

チュートリアルで聞いた話によれば、ステータスが低ければその分他の箇所にポテンシャルが費やされている、ということなのだが……
それがアビリティの新規取得が早いという所であれば、僕は泣ける自信がある。
しかし、既にアビリティを開眼してしまっただけに否定できない。

話題は少し変わるが、このフェイカー、レベル1必殺技が『クリスタル・ショット』であり、通常の射出より射程・速度・威力が上がり、射出した部位の触覚や痛覚が無くなるのはいいのだが、射出した部位の回収が出来なくなるという鬼畜仕様なのだ。腕など飛ばして避けられたらまず勝てなくなる。
先日覚えたレベル2必殺技と組み合わせれば結構使い勝手良いのが救いといえば救いだ。

「考えていても仕方がないか」

僕がそう言うのと同時に、先程と同じく炎文字で【FIGHT!】と表示された。

今は対戦中。BBプレイヤーとして、全力で戦わなければ観戦者や対戦相手に失礼だ。考え事はいつでも出来る。
ちらり、と対戦相手の位置、方向を示すカーソルを見ると、結構な速度で近付いてきているらしい事が解った。僕は咄嗟に近くの建築物の中へと隠れる。

魔都ステージの属性は、硬い、電気がよく通る、音が良く響くだったはずだ。

彼を相手に正面から突っ込むのは危険だろう。
最後に戦ったのはレベルアップする前だったが、あちらも一つレベルが上がっている。 気を抜かない方がいい。

尤も、フェイカーの攻撃力では確実に押し負けるのだからどちらにせよ一旦逃げる他ないのだが。

キュラキュラキュラ、とキャタピラの音が響く。

「ち!逃げられたか!魔都ステージはオブジェクトが破壊しずらくて行けねぇや!」

そこに居たのは、戦車、としか形容のしようのない銀灰色のアバターだ。
ここからの距離は大体の3m……………それだけ解ると、僕は腕を構える。シャァァァ!という音と共に、手首の球体関節より先が飛ぶ。
タンクはまだ気付いていないようで、戦車への変形《シェイプチェンジ》を解いて全長4、5mもある人型になった状態で辺りをキョロキョロと見回している。
戦車、という呼称に負けないような重装甲の肩には小型のミサイルランチャーの様なものが付き、右手に大きな砲門を装着していた。
相変わらず怖い装備をしている。ともかく、気付かれないよう慎重に、装甲の薄い箇所を狙う。

腕がタンクに近付き、丁度いいポジションに落ち着いた所で、力を込めて一気に貫く。
ザクッ!という何かを貫いたような音と共に、タンクのHPゲージが数パーセント削れた。
それと同時に、僕の右手にも突き指をしたような激痛が走り、こちらのゲージもタンクほどではないが削れる。

「いって!何か刺さった!横腹に何か刺さった!!」
「ッツ~~~~~~!!痛いって言うのはこっちの台詞だよ、タンク!何で装甲の合間を縫っているのに、貫いた筈の僕の方が痛いのさ!」

僕がそう叫ぶと時を同じくして、ギャラリーの中からいくらかの笑い声と拍手が聞こえてきた。
皆笑ってるけど、これ、地味に痛いんだよ! と言いたくなるのを我慢して、僕はタンクを見据える。

僕が痛みに耐えていると、そこそこ高い、声変わり前の少年の声が聞こえてきた。

「ははははは!チタニウムはアルミニウムの二倍の強度があるんだぜ!
モース硬度だって6.0あるからな!お前の水晶と違って柔じゃ無いんだよ!」

それを聞いた瞬間、僕は反射的に叫んだ。

「何を寝呆けた事を言ってるのさ!クリスタルのモース硬度は7.0!こっちの方が硬いよ!それに君のチタンなんかは電気抵抗がたったの420nΩしか無いじゃないか!」
「ハッ!電気なんざ今はこれっぽっちも関係ねぇだろうが!」
「ふふん。誰が態々何の為に発電アビリティ持ちに戦いを挑んでいたと思っているんだい!
これが僕の新アビリティ!圧電効果《ピエゾエレクトリック・エフェクト》だ!」

グッとタンクの装甲に埋まっている手に力を込めると、バチバチという音を立てて多量の電気が発生する。

「うぎゃああああ!痛い痛い!地味に痛い!」
「はっはっは!今日は僕の勝ちだ!」

タンクがビクビクと痙攣し、HPゲージが再び数パーセント減る。
そしてついに、タンクの巨体が地面に膝をついた。その瞬間、足に奇妙な感覚が起こる。地面から、何かを吸い上げるような感じだ。
おそらく、タンクが膝を着いたことで地面に流れた電気をフェイカーの電撃系攻撃吸収アビリティが吸い上げているのだろう。
なるほど、魔都ステージでは地面に電気を流すことで広域攻撃にする事が出来るのか。また戦術の幅が広まった。

そんな感じでちょっとした喜びに浸りながら、ふと自身の必殺技ゲージを見る。ゲージはやっと二割というところか。
と、漸くタンクのHPゲージが八割程まで減った時だ。
タンクの紫色のバイザーが怪しく光った。

「ああああ!痛い!が!ありがとよフェイカー!必殺技ゲージは十分に溜まったぜ!食らえ!俺のレベル2必殺技!《榴散弾《シャープネルシェル!》》」

「シャープネル……………って散弾!?うおあぁ!!痛い痛い痛い~~ッ!ちょっと!僕、弾と射撃には弱いんだからやめてよ!!」
「おい!?それ辞めたら俺の存在意義はどうなる!?」
「その巨体だけでキャラは十分立ってるでしょうに!」

ガリガリガリガリ!と身体が削れる音と共に、僕のHPゲージが六割程削れ、イエローに染まる。
必死の思いで先程まで隠れていた鋼鉄製の建築物の中へ入るが跳弾し微妙に此方に当たってくる。
跳弾した事で若干威力は軽減されたのだが、それでも喰らい続けるのは拙い。
しかし、タンクがこちらが体勢を整える間何もせず待っていてくれる筈もなく、今一番聞きたくないセリフが聞こえた。

「いっくぜい!《徹甲弾《アーマーピアーシングショット》》!!」
「まずっ!?」

咄嗟に前転をすると、ドゴン!という凄まじい音が僕の鼓膜を叩いた。びっくりして振り返ると、さっきまで僕が居た所には大きな穴が空いていた。

「ふはははははぁ!見たか!レベルアップで強化された我が徹甲弾の凄まじさぁ!」

———いや、マジでシャレにならんのでやめてください。僕が食らったら一撃で死ねます。

心の底でそう呟く。離れた右手は未だにタンクのわき腹に刺さっており、そこから発せられる電流は今の所順調にタンクのHPを削っている。
しかし、それだけで全て削り切ろうとすれば時間切れは必至。逃げの戦法は使えない。
次いで、自身のゲージを確認する。HPゲージは真っ赤に染まる直前だが、必殺技ゲージは先程の散弾を食らった事でMAXになっていた。
これだけあれば、十分レベル2必殺技が使える!

「はあ……はあ……なら、こっちもレベル2の必殺技を見せてあげるよ」
「おお!来い!」

グッとタンクが身構えるが、残念ながら、最初の一手でこの必殺技の命中は確定している。
僕は、手首から先が無い右手をすっと目線位まで上げる。
タンクはそれを見て首を傾げた。 僕は、フェイカーの何もない顔の裏側でにやりと笑う。

「水晶爆砕《クリスタル・ブレイク》!」

右腕を横に振りながら叫ぶと、必殺技ゲージが二割程消費され、タンクの横腹辺りに刺さった右手からカチッという音がした。

「は?」

キョトンとするタンクの横腹に刺さったクリスタルの右手が、盛大な音と共に爆発した。
ギャラリーの視点からは、急にタンクの横腹が爆発したように見えたことだろう。
タンクが、硬い鋼鉄の街を錐揉みしながら転がり、仰向けになった所で回転を止めた。

この必殺技が出た時は、絶対これ水晶の技じゃ無いよな、と思わず呟いてしまったものだが、使い勝手はなかなか良さそうだ。

タンクのHPゲージは、八割近くあったのが残り四割まで減少している。
腰部の装甲の一部も剥がれ落ちたようで内側が見えているが、そこに攻撃したところで、致命傷にはなり得ても止めを刺すには至らないだろう。
僕はすかさず仰向けに倒れているタンクの胸部に飛び乗り、迷わず左手を構え、必殺技を使用する。

「《水晶射出《クリスタル・ショット》》」

再度必殺技ゲージが今度は二割程削れ、淡い虹色の光を纏った左手首から先がすごい速度で、今度は首もとの装甲が薄くなった箇所……クリティカルポイントに刺さる。
それだけで、タンクの身体がビクンッと一瞬震える。無駄に硬いタンクのHPは、残り一割というところでギリギリ残っていた。
これから何が起こるのかを想像したのか、タンクの身体が小刻みに震え出す。 僕は、自身のアバターに蓄積された電気によってタンクの胸部にしっかり固定されていたので気にならなかったが、これがなければきっと転けていた事だろう。

僕は、出来るだけ優しい口調で、見えないであろう顔をこれでもかという位に微笑ませ、

「逝って良し。《水晶爆砕《クリスタル・ブレイク》》」

そのまま死刑宣告をした。
いや、むしろ死刑執行だったかな、と何の益体も無い事を考えながらバーストアウト。
今日は朝から幸先の良い滑り出しだ。何か良いことがありそうな気がする。










【YOU WIN!】という文字と共に、僕の意識は元のバスの中に戻っていた。ふぅ、と、しばし戦闘の余韻に浸る。
するとまた、バシィィ!という加速音が響いた。
しかし、次に現れた文字は挑戦者を表す【HERE COME………】という文字ではなく、【A REGISTERED DUEL IS BEGINING!!】という文字だ。

どうやら、今度は僕が観客として呼ばれたようだ。

「ん。今回はアサシンと…………ナイトか」

僕が対戦者の名前を確認すると、その僕の呟きに合わせるように、後ろから声を掛けられた。

「うん。ああ、聞いた?あの二人、もうレベル3だって。凄いよね」

その声に振り返ると、一組のカップルがいた。 片方は、全身を濃い銀色の金属装甲で覆い、猛禽類を思わせる下端がクチバシ状に尖ったマスクを着けた男性型アバター。その隣に寄り添っているのは、太陽を思わせる山吹色の装甲を持ち、腰や肩や髪はまるで綻んだばかりの蕾を思わせるような装甲を持ったショートヘアーの女性型アバターだ。

「ん。ファルじゃないか。フランも。どうしたんだい?」
「フランが君が此処に居るのを見つけたから一緒に見にきたんだ」
「フェイも一緒に見よう?」

男性型アバターの方はクロム・ファルコン、女性型アバターの方はサフラン・ブロッサムという。
プレイ二日目に出会い、それから何度も一緒に喋り、時には争い、共闘した戦友であり、タンクと同じく僕の好敵手《ライバル》だ。

「それは構わないけど………………」
「ああ、見てたよさっきの!凄い対戦だったよね。タンクが散弾をぶっ放した時なんか、僕もう興奮しちゃったよ!それにしてもあの必殺技凄かったよね!」
「まあ、皆の為に自分を犠牲にしようとした事のあるフェイが持っててもおかしくなさそうな技だったけどね」
「おいおい………僕はそんな事をした覚えは無いよ?ちょっとタッグで相性の悪い射撃型に特攻かましただけじゃないか……………っと、そろそろ始まるよ」
「あ、本当だ」

ナイトとアサシンが戦闘を始める。
アサシン……ルージュ・アサシンは、僕と同じ中距離型だ。強化外装の暗器を射出し戦う。同じ系統のアバターだから、僕も彼の動きは幾つか参考にしている。
ナイト……ブルー・ナイトは、その手に持った剣の強化外装を使う近接型だ。彼の動きも、僕が近接型と戦う時には参考にしている。
アサシンとナイトはよく戦っている、所謂ライバルという奴だ。
勿論、彼らと僕も知り合いである。

「ん。ブルーが懐に入り込んでくるのを見越してワイヤーを張っていたか。流石だな」
「あのワイヤー、結構な強度が有るから絡みついたら取りにくいんだよね……」
「私も一回やられたけど、抜け出せる気がしないのよね……」

アサシンの強化外装……つまり、ブレインバーストにおける武器は、ワイヤー、ダガー、ピックという暗器群だ。
ピックで牽制し、ワイヤーで足を止め、ダガーで止めを刺す。
その理に適ったトリプルアクションで何人ものBBプレイヤーを葬り去ってきた猛者だ。
何を隠そう、僕も二、三度そのコンボでやられている。
尤も、ワイヤーで足止めされる前にピックで足の関節を砕かれて、であるが。
そんな事を話している間にもナイトとアサシンの戦闘は佳境を迎えていた。

「行くぞナイト!これが俺の新必殺技だぁ!《ヒドゥンブレード・ストーム》!!」

「うお!避けらんねぇ!」

どうやら勝負あった様だ。
アサシンの懐から大量の暗器がばら撒かれ、次々とナイトの突き刺さる。
しかしまだナイトHPゲージはギリギリ………………1%程残っていたようで、ナイトは消えずに地面に倒れ伏している。

仮にあの技をフェイカーが食らえば、貫通や切断のダメージは無効に出来ても、射撃系のダメージは無効に出来ない為、一溜まりも無いだろう。
おそらくHPゲージがMAX……………ならギリギリ耐えれるかもだけど、割と危なそうだ。
射撃ダメージが、高々二割増しになった程度でそれだけ削られるのだから凄いと思う。
——うわぁ、アレは僕も食らいたくないなぁ。
自分が食らった時を想像して、僕は肩を竦めた。

「おお、怖い怖い………………でも、面白かった。そろそろ終わりだね。
ファル、フラン。また今度。明日は三人でチームを組まない?」
「解った。じゃあ、また明日」
「うん。また明日ね、フェイ」

そんな会話を最後に加速が終わり、僕の意識は再びバスの中に戻った。

「ん。明日が楽しみだな。今日の授業は………」

学校の時間割アプリを開き、今日の授業を確認する。



雨宮 晶の日常の一コマである。





※設定

射撃系………武器、オブジェクト等が射出される攻撃。武器の投擲もこれに分類される。砕けた地形オブジェクトの破片は射撃とみなされない。
弾丸系………実弾系の武器(主に銃)による射撃攻撃。



[38079] EP03
Name: 水晶◆18240469 ID:4bc66f8a
Date: 2013/07/20 00:44
EP03 Vacation





「フラン、それを渡してくれないか?」

長閑な農村ステージの公園で、僕は目の前の山吹色のアバター……サフラン・ブロッサムに呼びかける。

「ちょっと、フェイ? それはどういうこと?」

フランが少し怖い声色で言う。しかし、僕は構わずフランの手元にあるアイテムに向けて手を伸ばす。
フランが手品のようにくるくると回すそのアイテムを手首から分離した腕で追いかけ回す。

「や、やめてよフェイ!折角僕が取ってきたアイテムなんだ!」

それを八周と半分くらい続けた所で、黒銀のアバター……クロム・ファルコンが僕の目の前、フランと僕の間に立ちふさがる。

「ファル。そこを退いてくれ。皆で楽しむのが僕らの目的だろう?」

僕が問うと、ファルはすぐに応えた。

「確かに、そうだ。でも、フェイは根本的な所で勘違い……っていうか、思い違いをしてる!」

「……僕のどこが間違ってるっていうの?現状一つしかないソレを、他にどうする方法があるっていうのさ!」

「それは……」

ファルが息を呑む声が聞こえる。 僕としてもそろそろ我慢の限界が近い。
少しイライラしながら待っていると、決心ができたらしいファルが口を開いた。


「三等分にすればいいんじゃないかな?ラウンドケーキなんだし」

ファルは、フランが抱える円形の素敵アイテムを指差して言った。
僕は、小さくため息を吐くと呆れ声で言った。

「いや、だから、さっきからそう言ってるじゃないか」
「フェイは、これを渡せとしか言ってなかったでしょ?」

フランがじとっとした目で僕を見る。僕は慌てて自分の発言を振り返る。
そして、 確かに等分にしようというワードが入っていなかった事に気付いた僕は即座に話題を逸らす事にした。

「ま、まあ、ほら。 見解の相違とかって結構ある物じゃない? コミュニケーションって大事だよね。
それじゃあフラン、僕は紅茶を淹れるから、ケーキを三等分にするのは任せたよ」

「はぁ……フェイってばいつも変な所で抜けてるっていうか、ドジっていうか……。
まあいいわ。ファル、ケーキを切り分けるから、食器とフォークを並べてくれる?」
「解ったよ」

フランの言葉に少しばかり詰まりながらも、僕達は三人で役割分担を終えてそれぞれの仕事をする。

僕達がこの、『無制限中立フィールド』へとダイブしてから現実時間換算で十分が過ぎていた。
ブレイン・バーストをダウンロードしてから、というのなら半年と少しだ。レベルは4。もう何ヶ月かで、僕らはレベルキャップの半分である5、折り返し点に到達できるだろう。

十分をこの中、1000倍の時間で過ごしている為、僕達が無制限中立フィールドに居るのは実質一週間ということになる。
公園の中でも机のある休憩用スペースで、三人が思い思いの場所で買ってきた品物を発表しているところだ。
僕は銀のティーセット一式と紅茶の葉を。ファルはケーキを。フランは小さな皿とフォークを買って来た。
好きな物を買ってきて集合、と言って別れていたのだが、まるで打ち合わせたようなラインナップだったので、三人で少しばかり苦笑した。

僕は、紅茶を淹れるための準備を始める。 水出しではないので、まずお湯を沸かせる所からだ。
流石に熱湯までは売っていなかったので自分で用意するしかない。
公園の噴水から拝借した水を、自身の体に圧力を与えて電気を発生させて発生した電熱によって沸騰させる。
紅茶の淹れ方については、以前調べたことがあったので問題ないはずだ。

この一週間、食事ということで僕は一つ驚いたことがあった。
フェイカーの顔は文字通り何も無いのだが、なんと、そのままの状態で食事が出来たのだ。
ファル達が言うには、口元に運んだ食べ物が急に消えるのだという。
僕はちゃんと口に入れて咀嚼しているのだが、それは見えないらしい。見られても困るが、思いの外不気味な光景らしくちょっと引かれた事には泣いても文句は出ないと思う。
……見知らぬBBプログラムの製作者に小一時間問い詰めたい。 もうちょっとどうにかならなかったのか、と。

そんな事を考えている間にもお湯が沸いた。
小麦色の風に吹かれ、と昔の名曲を小声で口ずさみながら温めたポットに茶葉を入れてお湯を注ぎ、少し蒸らす。
そして、濃さが一定になるように軽く混ぜると、茶漉しで手早く茶殻を除去する。
それを温めておいたティーカップに注げば、紅茶の完成だ。
紅茶は良い香りを醸し出している。 どうやらしっかり淹れることができたようだ。
美味しそうに切り分けられたケーキの隣に一つずつ並べていく。勿論、下にソーサーを置くのは忘れない。

「いやぁ、びっくりしたよ。まさか此処でおやつが食べられるとはね」
「本当に。私なんか初めてここでご飯を食べてる人を見た時大声上げちゃったし。ケーキを見つけてきたファルや、紅茶を見つけてきたフェイもすごいと思うけど」
「いやいや……僕のはすぐに見つかる所にあったし。それに、ケーキを見つけてきたファルも凄いけど、フォークやお皿を探してきたフランも凄いと思うよ?」
「僕はケーキしか見つけられなかったんだけど……。それにしても、フェイって紅茶淹れられたんだね。僕的にはそっちの方が驚きだよ。もしかして、結構お金持ちの家の子だったりする?」
「まさか。なに、ただ知識を持っていただけさ。そのうちファルも淹れられるようになるんじゃないか?さ、紅茶が冷めないうちに頂こう」

そう言って、僕はフォークを握り込んだ。 誰かが唾を飲む音が聞こえた。あるいは、自分だったかもしれない。
匂いはパーフェクト。後は味と食感のみ。
僕達が経験した事のあるVRソフトでは味覚の再現までできていた物は少なく、それもリアルで食べる物に比べると今一つな物しかなかったのだから、当たり前とも言える。
ここに来て食べた物といえば、主に小型のエネミー……無制限中立フィールドに出没するモンスター……がドロップした携帯食のみであり、これはまあ、空腹を紛らわせるために何度も食べた物だが、あまり美味しいとは言えなかった。
つまり、これが僕達の無制限中立フィールドにおける最初のまともな食事となるのだ。
緊張しつつも一口食べる。
その瞬間、僕達の間を僅かな戦慄が駆け抜けた。

「美味しい……」
「これは……」
「美味しい!こんなの食べた事ないよ!」

果たして、ケーキは一番安い物だったにも関わらず、現実世界でも食べた事のないような美味しさだった。
スポンジケーキのふわっとした食感に、口に含んだ時の仄かな甘み……そして広がる上質なバニラエッセンスの風味に、合成甘味料ではない、おそらくは天然の砂糖の味。
全てにおいて初体験の味だった。

僕達は急ぐように、しかし味わって食べる。皆無我夢中、という様子だ。
暫くして、食べ終わる。 紅茶も美味しく淹れられていた。

「ご馳走様でした。いやあ、たったの20Pでここまで楽しめるとはね。ブレイン・バースト恐るべし」
「でも、作った人は凄いね。まさかこんな事ができるなんて……」
「戦わないでずっと此処で暮らしたくなっちゃうね」
「ああ、全くだ。ポイントが少なくなればエネミーを狩ればいいし……いや、でも、娯楽が食事しか無いのは辛いかな?」
「探せばゲームセンターくらいあるんじゃない?」

一頻りの雑談を終え、ふう、と一息つく。

「あ、ファル。口元にクリームが付いてるよ?」
「えっ、何処に……」

ファルが反応を起こす前にフランがファルの口元に付いたクリームを指で拭い、その指をペロッと舐める。
瞬間、僕はファルの顔面から赤い液体が飛び出すのを幻視した。
ファルはその座っていた椅子ごと転け、後頭部を強打した。

「ファ、ファル!?大丈夫!?」
「だ、大丈夫れす……多分……」

その光景を見て、僕は小さく溜息を吐き、拗ねた口調で言う。

「できれば、いちゃつくのは僕の居ない所でやってくれないか?
僕に喧嘩を売っているつもりなら喜んで買うけど」
「い、いちゃついてなんか無いよ!」
「第三者から見れば十分にいちゃついているように見えるけどね。
流石に爆発を強要する程僕は嫉妬深くないけど……」
「フェイが爆発っていうと冗談に聞こえないよ……」
「体が消し飛ぶから使うつもりは……うん、ちょっとしかない」

僕が紅茶を口元に運びながら言うと、ファルはちょっとはあるのかよ、と呟いた。

「さて、どうする? エネミーは多分、あのでかい奴以外はこの三人で倒せると思けど。
それとも、今日は海の方に行ってみる?」

無制限中立フィールドは、一般の対戦フィールドと違って区切りが無い。
行こうと思えば、ソーシャルカメラに映っている範囲なら端から端まで……つまり、北は北海道から南は沖縄まで行けてしまうらしい。
最初にこの事を聞いた時、僕達は皆で色んな所へ行こう、という約束をした。
それで、まずは手始めに海、という訳だ。

「いいね!あ、でも水着……」
「ファル、フランの水着姿が見たいのは解ったけど、ここはリアルじゃなくて加速世界だよ? 水着なんて無くても問題ないよ」

それに、F型アバターの水着はM型アバターの水着の二倍ほど高かったし、と僕は付け加えた。
水着売り場は初日の内にリサーチ済みだ。流石に恥ずかしかったから、僕一人で見てたけど。
運営は一体何処に力を入れているのか、水着や洋服は空間投影型ディスプレイ擬きにグラフィックが表示されるのだ。

すると、ファルが狼狽えたような声を出して言った。

「み、水着姿が見たいだなんて、そんな……」
「あら、じゃあ、ファルは私の水着姿は見てくれないの?」

ファルの言葉に悪戯心をくすぐられたらしいフランが少しむくれた口調で聞いた。
僕は、墓穴を掘ったファルを生温い目で見守りつつ、ポットの紅茶を自分のカップに注ぎ、飲む。
人がからかわれているのを見るのは案外面白い。

「い、いや、そう言うわけでも無くって……っていうか、フェイの方こそフランの水着姿見たくないのかよ!」

ファルの唐突過ぎる問いに対して、僕は数秒間フリーズしてしまった。
僕は、一旦カップの中の紅茶を飲み干してから応える。

「……何で僕がフランの水着姿を見たがるんだ?」

ともかく、話が進まないのは歓迎すべき事態では無いと考えた僕は、適当なところでオチを付けて切り上げた。







「と、いう訳で海だね」
「やっぱり埠頭は見晴らしがいいな。 家を買うならこの辺かな?」

熱砂に灼熱の陽が照りつける中、僕達は海辺の一角に辿り着いていた。

海岸までは、流石に歩きは面倒だということで、一度離脱してからタンクを誘い、合流して戦車形態で埠頭まで連れて来て貰った。
変形したタンクの最高時速はそこらの電車並みに早いのだ。

「砂漠ステージで海って、何かシュールだな。 いや、砂浜っぽくなってるから違和感は殆どないんだが」

タンクがつぶやく。
現在のステージは砂漠。
火属性ステージの中でも一際暑く、また今までに戦ったことのある全てのステージで二番目に障害物が少ないステージだ。
対戦の時には蜃気楼や幻覚が見え、非常に厄介なステージでもある。
暑いしフィールドは平坦だしで僕が苦手なステージの一つだ。
こんなフィールドでタンクとやりあった日には、九割五分くらいの確率で敗北を喫するだろう。

因みに、一番障害物が少なかったのは荒地か、水中の事を考えないなら大海ステージだった。

タンクが海を眺めて泳ぎてーな、と呟いたのを聞いたファルが、タンクの方を見て言った。

「あれ、そういえばタンクって海とか平気なの? 余裕で沈まない?」
「おいハヤブサ……それは喧嘩を売ってんのか? 売ってんだよな?」

ファルの言葉を聞いたタンクが、戦車形態の時には主砲となる強化外装、『アナイアレイター』を装着する。
それを見て、ファルが慌てふためき言う。

「ええっ! いや、そうじゃなくて、単純な疑問だよ! タンクって超重量級だろ!」
「悪かったな! リアルでもカナヅチだわ!」
「もう、タンクもファルも喧嘩しないの。せっかくの海なんだから」

タンクが主砲に徹甲弾を装填しだした辺りでフランが止めに入る。
僕は、密かに二人の背後に回していた腕を元に戻すと、フランに便乗した。

「本当だよ。まあ、これ以上やるっていうなら……」

と、僕は腕に力を込める。 バチッという音を立て、青白い光が瞬いた。

「電気抵抗が少ない二人にそこそこ高圧の電気が落ちる事になりかねないけど?」

その言葉を聞くや否や、ファルとタンクはガシッと硬い握手を交わした。
身長的な差が圧倒的なので、タンクは膝立ちになっていたが。

「いや、すまなかったな、ハヤブサ。 仲良くやろうじゃないか」
「そうだね、タンク。 やっぱりみんなで仲良くってのが一番だよね!」
「「解ればよろしい」」

少し間を置いて、ちょっとした笑いが起こった。
僕達四人は、この世界では親友と呼べる仲となっている。
勿論、先程のやり取りも軽い冗談のようなもので、まあ、ただのじゃれ合いだ。
攻撃だって、もちろん誰も本気でやろうとは思っていない。

……タンクがリアルでもカナヅチだというのは初耳だったが。

「んじゃま、泳ぐか!」
「おー!」
「だね。 準備体操は忘れずに……って、二人とももう行ってるし」

僕が声をかけるよりも早く、タンクとファルは走り出していた。

「まあいいじゃない、フェイ。 私たちだけでも準備体操しておきましょ?」
「だね……っていうか、僕は体操する必要あるのか?」

僕は、自分の体が人形染みたギミックであった事を思い出し首を傾げた。
しかし、やっておいて損はないか、と思い直して体操をする。
遠くの方では大きな水柱が一本立ち、それから二人の楽しそうな声が聞こえてきた。

「うお、冷てぇー!!」
「本当だ!気持ちいい!」

暫くして、僕とフランも合流する。

「おう、フェイ、フラン。なんかいい湯加減だぞ」

出迎えてくれたのは、水中で寝転がっているタンクだった。
ファルはその上に乗っているようだ。
このゲームでは、水中にいることで発生する呼吸困難などのマイナスエフェクトなどが無いので、水中でゴロゴロすることだって可能である。

「湯加減って……」

そういいつつも入ってみると、確かにいい湯加減だった。

「多分、炎天下の移動であったまってた俺達が入ったからだろうな。
最初は冷たかったし」
「成る程ね。確かにそれはあるかもしれない。
ところでタンク、泳がないのかい?」
「いや、何か沈んじまってな……。
起き上がって歩くのはできるのに浮かなかったから諦めた」
「僕は何とか泳げたよ! 気を抜くと沈むけど」
「それはまあ、二人はメタルカラーだからじゃない?」
「チタンが沈んでクロムが浮くのは……ああ、ファルは格闘アバターだから、タンクよりも馬力があるのか」

僕は納得して頷く。
タンクは防御力と武装にポテンシャルが振られている。
確かに力もあるが、サイズを考えれば当然、というレベルでしかない。
格闘系のアバターと違い、本体の力は弱い、という事なのだろう。
重量と大きさがあるため近接戦でもある程度善戦出来るから忘れていたが、タンクは射撃系アバターだったのだ。


一頻り泳ぎ終わると、僕は休憩がてら、近くにあったショップを見て回る事にした。

「貝殻、法螺貝、ビールにするめ……宴会でも開けって感じのラインナップだな……」

見つけたショップは、リアルではコンビニがある位置に建っていた。

「うわ、かき氷に焼きそばって……海の家なのか、ここは?」

当然、アイテムが陳列されている筈もないのでショップの購入画面から確認している。
注文は音声でも可能だ。
購入画面を更に下にスライドしていくと、面白そうな物を見つけた。
購入に必要なポイントは少ない。
僕は迷わず四組購入し、ショップを出た。


「皆、 そこのショップで釣りセットを買ってきたんだけど、やらない?」
「お、いいな。 実は俺、リアルでは釣りで僧侶級って呼ばれてるんだぜ?」
「それ、もしかしなくても坊主なんじゃあ……」
「ハヤブサ、俺の傷を抉って楽しいか?」
「タンク……あなた今、自分から被弾しに行ったわよ……」


そんな風に、本当に楽しい時間は一瞬で過ぎ去って行った。

釣りでは、何と魚型のエネミーが沢山釣れた。
陸に上がってくるなり攻撃を仕掛けて来た奴らを倒すのは一苦労だったが、ファル達とのコンビネーションは抜群で、さして苦労することなく倒せた。

毎日がキラキラと輝いて、楽しくも充実した日々。
これからもずっと、こうした日々が続くんだと、僕達は信じて疑わなかった。
それが、どれだけ簡単に崩れ去ってしまう物なのかを理解しないままに——



[38079] EP04
Name: 水晶◆18240469 ID:4bc66f8a
Date: 2013/07/21 00:37
EP04 Where Is Myself










BBプログラムを僕達一世代目、所謂オリジネーターが受け取ってから、早くも十一ヶ月が過ぎた。僕のレベルも漸く5だ。
最近は射撃型アバターとの勝率も、1v1ならば六割程度には上がってきている。要は、撃たれる前に狩ればいいのだ。
同レベルの奴らには未だに負ける事も在るが、僕よりレベルが低い奴らなんかは見つけ次第クリスタル・ショットからのクリスタル・ブレイクで大抵ワンサイドゲームに繋げられる。
流石に相性の問題もあるので勝率100%とまではいかないが、それでも格下相手なら八割勝てる。……あれ、二割も負けてるのか。案外振るわないな。

他にも、大枚はたいて防弾チョッキの強化外装(ビジュアルの変化は無しで銃弾のダメージを約50%軽減する。効果は一戦闘あたり八回まで)を購入した事も有利に働いているようだ。とはいえ、ここまでやってプラマイゼロというのは泣ける。
しかし、タンクの徹甲弾には相変わらず即死するので結局射撃はすべて回避の方針に変化は無い。

そうそう、最近では、BBプログラムを持った第二世代………所謂『子』も順調に増えてきている。前は、っていうか今もだけど、適当な所で子を作ってこのプログラムの事を教えないで殺すような人が居るんだけど、それはちょっとずつ減ってきている。 レベル4まで育てて一緒にエネミーを狩る方が効率が良いからかろう。

因みに、僕はそれを見掛けたら速攻で助けている。
助ける、と言っても、親の変わりにプログラムのレクチャーをするだけだ。しかし、それだけでも数人は全損を免れ、今では立派なBBプレイヤーとなっているので僕的には良いかな、と思う。

別に皆を救いたい、なんて殊勝な事を考えている訳では無いし、見捨てるのは気が引けるからやっただけだからだ。

結果が出たならそれも良し、元よりそれで救えるとも思っていない。知らないのはフェアじゃないと思ったから教えただけ。ただの自己満足に過ぎない。

毎回その事を伝えてからバーストアウトするんだけど、助けた子は何故か皆『師匠!』って呼んで慕ってくれる。
その中にはレギオンに入っても定期的に連絡をくれる子や、レギオンに入らないでついてきてくれる子達も居る。
レギオンというのは、軍団……まあ、所謂ギルドのようなものだ。

そういえば、レギオンに入ってない子達で今レベル3の子が何人かいたから、レベル4になったらアンリミテッドバーストのコマンドを教えてあげないと。

因みに、僕はまだ子は作っていない。
子を作れば、この世界を共有できるリアルでの仲間が増える、とは理解しているのだが、どうも一歩が踏み出せない。
兄弟を誘うのは気が引けるし、かと言って同級生達に渡すのもどうかと思ってしまう。


そんな思考を巡らせている間に、目的地に到着した。
小さな山吹色の屋根の家だ。
予めインスタントキーは貰っているので、僕はその家のドアを勢い良く開け、精一杯の明るい声で挨拶をする。



「やあ、フラン、ファル。遊びに来たよ……って、何やってるの?」

僕がファル達の家のドアを開け放つと、どういう訳かファルが正座し、フランに怒られていた。

家、というのは勿論リアルの家の事ではない。


レベル4以上のBBプレイヤーのみが入る事の出来る『無制限中立フィールド』という所の、リアルでは『暁埠頭公園』と呼ばれる場所の少し北にある家だ。

ファルとフランとの二人でポイントを稼ぎ手に入れたらしい。
らしい、と言ったのは、この無制限中立フィールドに入れるようになった当時の僕は、このフィールド内にのみ存在する『エネミー』と呼ばれるモンスターのハントに夢中になりすぎていたからだ。

それで、僕の一人目の戦友であるタンクと四人目の戦友であるナイト達と競い合う内に、ソロで巨獣《ビースト》クラスを何とか狩れるレベルまでになった訳だが。
それはきっと、僕が中距離型だったのも要因の一つだと思う。
相手の攻撃を回避すれば、後はタイミングを見計らって攻撃を当て続けるだけだからだ。これでもFPSゲームは割と得意なのだ。

もう少しレベルが上がればもっと楽になるんだろうし、現状でもう一つレベルを上げてもマージンが確保できるだけのポイントはあるのだが、タンク達と歩幅を合わせたい、というのともう一つの理由で今はまだレベルを上げていない。

因みに、今の僕はこの無制限中立フィールドで一ヶ月あればそれはもう大量に稼げる。近接特化のエネミーしか湧かないダンジョンに篭り切りになってしまうけど。
お陰で趣味には苦労しない。

余談ではあるが、僕とタンクとナイトとでチームを組めば、大抵のエネミー……それこそ神獣《レジェンド》級をも狩れる自信がある。
ヘイトの管理さえしっかりやればそれ程攻撃が一人に集中する事も無いし、この三人でのチームワークは中々素晴らしい物だからだ。
それに僕ら三人は結構硬く、長時間戦闘を続けられるのもその要因の一つだろう。

その事もあってか、ナイトに何度もレギオンに誘われたが、今の所僕もタンクも拒否している。

つまり、現在僕とタンクは無所属となっている。
まあ、ナイトは彼のレギオン……レオニーズのトップなので僕らと一緒に居る事を是としない輩もいるそうだが。
まあ、今の所害が無いのでどうでもいいし、害が出て来たら正々堂々対戦でケリを付ければいい。

ともかく、僕は怒られているファルの方を見て一言。

「ファル、今度は何をしたの?」

僕の問い掛けに答えてくれたのはファルではなく説教しているフランだった。

「もー!フェイも怒って?!ファルったらあの『帝城』に侵入したんだよ?!」

フランの言葉に、一瞬呆然とした。
絶対不可侵のあの帝城に入って、更に帰って来た等、にわかに信じられるようなことでは無かったからだ。
帝城は、四体の『超級』……神獣級や邪神級を超えたレベルのエネミーに守られているため、実質的に侵入は不可能、というのが僕達の通説だ。実際、僕も様々な方法でアプローチしたのだが、侵入するどころか橋を渡り切る事すらできなかった。
しかし、ファルがそんな事で冗談を言うようにも思えない。

「へ………へえ。もしかして、君が前言ってた『フラッシュ・ブリンク』を使ったのかい?凄いじゃないか」

何とか平静を装い、事前の情報と組み合わせ、推測する。僕がそういうと、フランもうんうんと頷き言った。

「まあ、確かに。あの《帝城》に入ろうとした挑戦心と、奥まで行って戻って来た精神力は褒めてあげるけど……頑張ったね、ファル」
「あ……ありがと、フラン。フェイも」

ファルは照れたのか頭を掻いている。 黒銀の隼くんは、今日も平常運転らしい。
調子に乗られても対応に困るだけではあるが、不可侵の帝城に侵入した事を鼻に掛けないというのはファルの美徳だろう。
彼のそういう所が個人的には好ましく思う。
因みに、黒銀の隼、というのは最近付いたファルの二つ名だ。

「じゃあ、帰還祝いにお茶しましょ。こないだ、銀座エリアのフードショップで追いしそうなケーキ買って来たんだ。ファルもフェイも、座ってて」

エプロンを着て、ぱたぱたと台所へと歩いて行くフランを見つつ、ファルが僕に話しかける。

「そういえば、フェイもレベル5に上がったんだよね? 新しい必殺技、見せてよ」
「ん。いいよ。丁度今あらかたの検証を終えてきた所だし、元々話すつもりだったから。フランが来てから……。
って思ったけど、ファルが我慢できそうになさそうだから先に説明するね」

僕はまず、今しがた検証を終えた機能を見せる事にする。

「まずは……そうだね、何か強化外装って持ってる?」

僕がそう聞くと、ファルは少し考えてから、恐らくHPゲージのある所をタップした。
すると、ファルの手に銀色のカードが現れた。封印状態の強化外装だ。

「そのまま持ってるだけで良いよ。《スキャン》」

僕は、そのカードに右手を向け、レベル5必殺技の一つ、『読込《スキャン》』を発動する。
必殺技ゲージが一割消費され、僕の掌から薄い光の線が現れると、封印状態の強化外装を通過する。五秒程してからその光の線は消えた。

「ふぅ。もうしまって貰ってもいいよ。さて、それでは御開帳………………《贋作精製《フェイク・メイカー》》」

再度、必殺技ゲージが消費される。今度は二割だ。
僕の右手から、発光する微小なコードで構成されたリボンのような物が現れ、カードのような形に変わっていく。

それと同時に、バーストポイントの減少を告げる紫の窓が開いた。
僕はそれをスルーして、できたカードをテーブルに置く。

「うわぁ、凄い……強化外装をコピーしたの?」

ファルが声を弾ませて聞いてくる。恐らく今は見えない目はキラキラと輝いている事だろう。

「ふふふ……それだけじゃないよ。これにはもう一つ効果があるのさ。《スキャン》」

今度は、ファルの胴体に向けて右手から光を放つ。そして、今度は十二秒程で光は無くなる。

「《贋作精製《フェイク・メイカー》》」

また、僕の右手から光のリボンが現れカードを作っていく。

出来上がったカードには、ENHANCED ARMAMENT FAKE FALCON と書かれていた。

「と、こんな所だよ。 セット、フェイク・ファルコン」

カードを放り投げながらそう唱えると、僕の体を一瞬光が覆い、装甲色は元のクリスタルではあるが、目の前の戦友と同じ姿になった。

「成る程、つまりフェイの新しい技は、アバターの外見をコピーして、更にその内容を強化外装として保存できるんだ!しかも強化外装のコピーもできるんだね!」

「ふふ……外見だけじゃなく、アビリティや必殺技もコピーできるよ。ただ、外見写しの外装の展開中は水晶骨格《スケルトン・フレーム》のアビリティ効果が使えないのが欠点かな。
それに、所詮贋作だから強化外装をコピーと言っても今の時点ではオリジナルの……そうだね、だいたい六割程の性能しかないかな。
もっとレベルが上がればそれだけいい贋作になると思う。
確認してみたけど、この必殺技はレベル上がって能力の性能が上がったらコピーした奴の性能も上がるタイプの技みたいだし。
あと、スキャンの照射時間なんだけど、これは封印状態の強化外装で五秒、普通に装備されてる状態なら体積×光線系への耐性×五秒、アバターなら光線系への耐性×2×五秒、必殺技の場合はアバターのコピー時間×3秒みたいだね」
「え、アビリティや必殺技までコピーできるの!? ちょっとズルいよ!」
「うん、まあ、確かにそれだけ聞いてたらズルいと思う。 でも、そこまで便利ってものでもないんだ。
制約がガチガチ過ぎで戦闘中のコピーはほぼ無理なんだ。
仲が良い人に頼んでコピーする分には問題無いけど、コピーしてる間ずっとスキャンの光を当て続けなきゃならないから、本人の同意無しではほぼコピー不可能。 それに、コストの問題がちょっとばかり看過できない。他にも幾つかあるけど、主要なのはこんな所かな。
これだけの制約があるならこの性能も納得かな、って感じだよ」
「コストって?」
「ああ。コピーした内容に応じてバーストポイントを消費するんだよ。まあ、ポイントが必要なのはコピーのマスターを作る時だけなんだけどね。
一度コピーしてしまえば、削除してもポイントが還元されない代わりに、必殺技ゲージが続く限りコピーが可能に……って、どうしたの、ファル?」

僕が説明を続けて行くうちに、ファルの顔が少しづつ青褪めてきた……ような気がした。
僕は心配になり、俯いているファルの顔を覗き込んだ。
すると、ファルが震えた声で言った。

「ごめん、フェイ。ちょっと残りのバーストポイント量を調べてくれない?」
「?別に構わないけど……」

僕は自分のHPゲージをタップして、ポイントの残高を表示する。
その瞬間、僕はこれまでに経験した事がないほどに驚愕した。

「嘘……だろ? 何でポイントの八割以上が消し飛んでるんだ……?」

ここに来る前まではレベルを上げても問題無いだけのマージンが確保できていた筈だった。
しかし現在の残ポイントは、辛うじて安全域にはあるが、無駄遣いできる余裕が殆ど無いところにまで減少していた。
僕は背筋がひやっとした。 もし、今日ここに来る前にレベルを上げていれば、僕はこの世界を永久退場になっていただろう。
いや、もしかしたら不発で済んだかもしれないが。

やっぱり、とファルが空を見上げていた。

「ファル、これはどういうことなの?」
「いや、その……」

少し語気を強くして聞くが、ファルは口ごもり、答えてくれない。
仕方が無いので、僕は、机の上に置かれている、先程コピーした外装を拾い上げて確認した。

「『ザ・デスティニー』?」

僕が知っている中で、ザ、という冠詞が付いた強化外装は四つ……全部で七つしかないと推測されるものだけだ。
つまり、この強化外装は——

「七星……外装?」
「フェイ、本当に、ごめん」

ファルが深々と頭を下げた。
僕はあまりの出来事にしばし放心した。
いや、確かに、帝城へ行って帰ってきたんだからそれくらい可笑しなことでも何でもないのだろうが、それを割り切るにはポイントの消費が大き過ぎた。
僕のリアルでの二ヶ月間が、と言いそうになるのをぐっと堪え、手をひらひらと振りながら答える。

「いや、まあ……ほら、七星外装もコピーできるんだっていうのがわかったからいいよ。
うん、このアバターの隠されたポテンシャルが解って僕は凄く嬉しい。だから、ファルが気に病むことは少しも無いって」

「よかったね、フェイ。始めた頃からずっとソレ気にしてたもんね。さ、準備できたわよ。食べましょ?」

漸く食事の準備を終えた、状況を殆ど知らないフランが、僕らに声をかけてくれた事で気まずい空気が霧散した。
今日ほどキッチンとリビングが完全に分かれていた事を喜んだ事は無かった。
すぐさま、とりあえずこの事はフランには内緒にしておこう、とアイコンタクトを交わす。
おそらくはないだろうが、こんな事でファルとフランの仲に亀裂が入るということだけは避けたい。

ともかく、僕らはフランの用意してくれた美味しい紅茶とケーキで小さなお茶会を始めた。







「ね、フェイはさ、このゲームについてどう思う?」

美味しいガトーショコラを頬張りながら、フランが聞いてくる。

「ふむ……なかなか難しい質問だね。……まず、このブレイン・バーストプログラムは謎が多い。
僕はね、フラン、ファル。このゲームは、ニューロリンカーを作った目的なんじゃないか、と思うんだ」

「へぇ。で、博士、その心は?」

「ファル、その呼び方はやめてくれ。……続けるが、このブレイン・バースト2039は、最初期のニューロリンカーでもダウンロード出来るんだ。
他のアプリケーションは、下手すれば最初期のニューロリンカーではデータのシステムが違いすぎてダウンロードする事も叶わない。
それは、最初期のニューロリンカーのスペック的に無理なんだ。だが、このブレイン・バーストだけはダウンロードできる。
それはつまり、最初期のニューロリンカーがもう既にこのゲームをする為に開発された、という風には取れないか?」

「「確かに、言われてみれば………」」

ファルとフランが同時に頷く。
その逆の可能性もあるが、あえて言わない事にする。

「そもそも、このブレイン・バースト自体の目指す先が、僕は人間の可能性なんじゃないか、と思うんだ。2000年初頭頃のライトノベル染みているとは思うけどね。
———『人間だけが神を持つ 可能性という内なる神を』……って言う言葉も在るくらいだしね」

「へぇ~……ってフェイ。それ、アニメの台詞でしょ。カッコ良く言っても、私知ってるんだからね?」
「ホントだよ、もう。でも、あの頃のアニメって面白いの多いよね。特にあのシリーズのロボットアニメなんかはデザインにも力が入ってるし」

どうやら二人は知っていたようだが、僕は案外この言葉を気に入っている。
タンクに勧められて見たアニメだったが、この台詞だけは不思議と良く覚えている。というか、僕的にはフランが知っていたことがびっくりだ。

「あのシリーズだったら、私は、ほら。あの、おヒゲの奴が結構好きだよ。ファルは?」
「僕はやっぱりあの角割れかなぁ。変身ってかっこいいし。フェイは?」
「黒くてダークネスな格闘型かな。アレの最終話の四話程前の話が泣けるんだ」

しばらくロボットアニメについての雑談をする。
話題の中心は主に親の子供時代か、もしかしたらそれよりも前の物が中心だったが。

まあ、何にしても、 やはり自分だけでなく皆で話し合うのは楽しい事だと思う。
自分でも気付かなかった事が解ったり、へぇ、って思うような意見が出ることもあるし。







「最近、この世界に来ると帰って来たって思ってしまう事があるんだ」

ふと、そんな事を呟く。この二人になら、話してしまっても良いのだろうか。

「?急にどうしたの?フェイ」

フランに言われ、ハッとする。
自分が、それこそ生まれた瞬間から抱えている事など、彼らには聞いて欲しくない。
そう思い直し、誤魔化す。

「い、いや、何でもない。ケーキ、美味しかったよ。ありがとう、フラン、ファル。
それじゃあ、僕はこれで。後は二人でゆっくりすると良い」

ケーキを食べ終えたので、僕はファルとフランに礼を言って別れる。
ファルにはすれ違い様に「プロポーズ、頑張れよ」と言っておく。

それを聞いた瞬間にファルがわたわたと慌てふためき始めたのを見て、少し笑ってしまう。

そうだ。あの二人は、この加速世界の中だけとはいえども恋人同士なのだ。
二人の大切な時間を奪いたくは無い。
ちょっとした胸の痛みを感じながらも、僕は家を後にする。


そして、二人が末永く幸せである事を願いつつ、僕は黄昏ステージの東京を、エネミーを狩るために走り抜けた。


この場所が、この場所だけが自分が自分でいられる唯一の場所なのだ。

もう、数えるのも億劫になるような長い時間をこの中で過ごしている。





クリスタル・フェイカーは……雨宮 晶は、学校から帰りながら宿題を終わらせ、夕飯を食べると兄弟との会話もそこそこにこの無制限中立フィールドに降り立つ。
そして、午後九時から午前六時半までの九時間半、つまり約四百日間をこの中で過ごす。

現実には無い、個人としての自分を実感するために。


詰まるところ、晶はまだ、此処………加速世界でしか個人としての自分を実感できていなかった。



加速世界での長い、長い夜は、まだ始まったばかりだ。



設定集

晶の日記………晶の日記。クラスメイトの事、近所の人の事、話した内容などを簡潔に纏めてある。これにより加速世界で長期間過ごした時に生じる違和感を緩和している。
しかし、やはりというかなんというか、カバーし切れない所は当然存在し、その度に即興で切り抜けている為実は結構ギリギリである。

稼いだBP………タンク達と楽しむ為にレベルアップには使わず貯蓄しており、結構貯まっていた。が、今回がさっと減った。
貯めていた理由の二つ目は新しく習得したアビリティのためのマージン。他にも、遠距離を移動する時の交通費としても使われる。

無制限中立フィールドでの約400日間と晶の生活………エネミーを狩ったり遠くまで行ってみたり泳いだりご飯食べたり寝たり、偶にいるBBプレイヤーと狩りをしたり……と色々している。最近驚いたのは東京以外の所でBBプレイヤーと遭遇した事。 一週間のうちで潜らない日は一日たりともありえない。 たまに九時より早目にダイブする事もあるが、解除時間は六時半固定である。
水晶骨格《スケルトン・フレーム》……フェイカーの全身切り離し可能かつ切り離した後の制御が可能となるアビリティの名称。



[38079] EP05
Name: 水晶◆18240469 ID:4bc66f8a
Date: 2013/08/23 21:46

EP05



渓谷ステージの奥地で、僕らは巨大な蛇型の神獣《レジェンド》級エネミーと対峙していた。


「はぁ……はぁ……はぁ……《クリスタル・ショット》!」

大蛇が大きく体を振るった隙を狙い、この数時間にどれだけ放ったか解らない程の必殺技を放つ。
神獣級エネミー、『大蛇神アナンタ』。未だかつて、誰も攻略したことのない神獣級エネミーの一柱だ。
事の始まりは現実時間でおよそ三日前。ダンジョンの最奥にまで良く出かけるナイトが神獣級を狩った、という噂が回ってきたのは早朝の事だった。
それを聞いた僕とタンクは灼熱の如き対抗心を燃え上がらせた。 ナイトと僕らの実力はほぼ拮抗している。ならば、僕らも神獣を狩ってやろうじゃないか! と意気込んでいたのは二日前。
しかし、ソロで狩るには手頃な神獣級が殆ど居なかった。
そこで、僕らはナイトがソロで倒した神獣級よりも高位に当たる神獣を二人で倒す事に目標を切り替えたのだ。
その結果僕らが挑んだのが、かつて親友のブラック・ロータスが率いるメンバーが全滅しかけたという神獣級エネミーである大蛇神アナンタだ。

「くっそ!これだけやって漸く半分……どんだけタフなん、だ!炸裂!」
「やっぱり、途中で一回脱皮させたのがまずかったかな。《クリスタル・ブレイク》!」

アナンタの両目に刺さった、僕の右手とタンクの砲弾が同時に爆発した。
同時に、アナンタの断末魔が辺りに響く。
四段に折りたたまれたHPゲージの三本目が一割程減少していた。

アナンタが叫びをあげる。
甲高い音が周囲に響き渡り、アナンタの体が小刻みに震え始めた。

「タンク!脱皮がくる!」
「わあってらぁ!《爆散榴弾《ハイエクスプローシブカノン》》!」

タンクの技名発声と共に、右腕に装着された大砲が赤い光を纏って火を吹く。
そして放たれたソレは、アナンタの横っ面に直撃すると同時に激しく爆発した。

アナンタの巨体が初めて倒れ、周囲に強烈な振動を送る。
どうやら行動のキャンセルに成功したようだ。

実際のところ、ここまで辿り着いたのは二回目。一回目はこの大蛇型エネミー持つ厄介な能力である脱皮を行われ、HPゲージの二本目まで回復されてしまった。

しかし今回はうまくキャンセルできたらしい。 また、僥倖な事に気絶《スタン》の状態異常まで発生してくれたようだ。
これ幸いとばかりに二人で最大火力をぶつける。

流石に神獣級だけあって一分もかからずに回復してしまったが、既に三本目のゲージは二割を下回っている。

だが、この程度では安心できない。 ステージの切り替わり、すなわち変遷までの時間は四時間を切った。
アナンタは渓谷ステージだけにしか出現しないので、これを逃せばまた現実換算で八時間程待たなければならない上に、ここまで削ったHPも全快してしまう。
しかし、とてもじゃないがノーマルな攻撃だけでこれを倒し切れるとは思えない。
必殺技を使えば安定してダメージを与えられるが、必殺技ゲージとて無限ではない。
僕はアナンタの勢い良く暴れ回る攻撃の回避に徹しながらもタンクに声をかける。

「タンク!主砲のチャージはまだか!」
「もう少し、あと一分だ!そんだけ溜めれば多分削り切れる!耐えてくれ!」

タンクを見ると、両肩に装備している二門の砲から射撃を行っているのが見え、その右手に装着している大型の砲門には現在進行形で光が集まっている。

タンクはレベル4、5のレベルアップボーナスで新たにアビリティを強化したのか、更にサイズが一回り大きくなった。今や全長は7mを越えている。
アバターのサイズに関係するアビリティがあるというのは聞いていたのだが、それがここまで影響するとは思わなかった。
正直にいうと、たんくに目の前に立たれるとその巨体が放つプレッシャーはかなりの物となる。
外見の割には遠距離型なので格闘戦に持ち込まれれば殆ど負けてるけど。
正直、タンクとの近距離戦なら戦車形態の轢き逃げアタック位しか怖くない、というのはファルの言だ。

また、最近では弾頭炸裂アビリティなんていう、恐ろしいアビリティを習得してしまった。
こちらは打ち出した弾を任意のタイミングで炸裂させるというアビリティで、これのお陰で現在タンクの攻略に難航している。
躱しても着弾するとか、どうしろというんだ。

閑話休題

タンクが今チャージしているのは僕らの切り札。
タンクのレベル6必殺技で、チャージに時間と必殺技ゲージが大量に掛かるが、その分強力な一撃を放てる技だ。
タンクは先程から溜まった必殺技ゲージを少しづつチャージに費やしている。開幕で一発ぶつけてから、これでもうかれこれ六時間はチャージを続けて居るだろう。
その間僕はアナンタのタゲが完全にタンクに移らないようヘイトを稼いでいる。

「《修復《リロード》》」

僕のその宣言と共に、残り三割程しかない必殺技ゲージの約三分の一………全体の一割が消費され、先程爆発した右手が元の場所に再構築される。
クリスタル・ブレイクで爆破した部位を、一割程の必殺技ゲージを消費し修復するこの必殺技は、クリスタル・ブレイクと同時に習得した。
僕がこれを使った理由の一つは、ヘイトを溜める為だ。
このゲームではダメージよりも回復にヘイトが溜まる傾向があるため、ヘイトを稼ぐだけならばHPゲージが回復せずとも部位欠損を回復するこの必殺技が有効なのだ。

「ぐっ!《フラッシュ・ブリンク》!」

アナンタがこちらを向き、全身で体当たりをするようなモーションを取った。このモーションは当たり判定が大きい打撃系の攻撃だ。
残り八割を切っているこのHPで乗り切るのは不可能だろう。

そう考え、タイミングを計りファルの技、フラッシュ・ブリンクを借りる。
この技は光の粒子となり目視できる移動する技だが、粒子化状態では一切のダメージを食らわない、という側面もある。
ファルのと違って紛い物のこの技は、二割の必殺技ゲージだと28m程しか移動出来ないが、一度回避するだけならば十分だ。

攻撃を外したアナンタはごろんと虚しく転がった。
その隙をついてナイフを無残に抉れた、元々目があったはずの場所に投擲する。
傷を抉られた事で怒り狂ったアナンタの尻尾が僕に迫ってくるのを、足元に出した適当な外装を踏み台にして上空に躱すと、タンクの声が聞こえた。

「よっしゃぁ!こんだけ溜めりゃあ残りの五割位消し飛ぶだろうよ!《波動砲《ウェイブ・モーション・カノン》》!!」

僕はもう一度外装を踏み台にし、効果範囲から逃れようとする。同時に、タンクの構えた主砲から青白い、高威力であると側から見るだけで直感出来そうなビームが発射された。
着弾の瞬間、眩い光が辺りを包み込む。思わず目を瞑ってしまうほど強烈な閃光を放つそれは、着弾点から10mは離れているはずの僕にまでダメージを与えた。
いくら神獣級とはいえども着弾点にいるのだから、仮に生き残ったとしても瀕死になるはずだ。
そして二秒程して、光が徐々に収まって行き、やがて完全に収まる。
果たして、着弾点には満身創痍な蛇型エネミーがおり、その鈍重な身体を引き摺って逃走を図ろうとしていた。
身体の所々は焼け焦げ、鱗の殆どが焼け落ちている。その見かけを裏切らず、視認できるHPゲージは最後の一段、それも数ドット程しか残っていない。

「うっげぇ!悪りぃ、フェイカー!ちょっと残った!」
「大丈夫だ、問題無い!《水晶射出《クリスタル・ショット!》》」

落下しつつ、八割まで溜まった必殺技ゲージを二割消費し、両腕の肘から先を射出する。先程までと違い、目では無く胴体に向けて放った。最初にやった時は刺さらず弾かれてしまったが、今度のは刺さる、という明確かつ明瞭なイメージがあった。
グサッと、瀕死のアナンタの背に腕が刺さる。そして、そのタイミングでもう一つの必殺技を発動する。

「《水晶爆砕《クリスタル・ブレイク》》ー!」

一際大きな爆発音と共にアナンタのHPゲージが0になり、同時に無数のポリゴン片へと爆発した。
白く明滅する視界の右上にバーストポイント加算の旨が書かれたシステム・メッセージが表示される。

確認する気力すらも湧かなかったが、何とも言えない達成感が僕を満たした。
そこまできて、漸くある事を思い出す。

今、僕は上空数三十mを落下している。しかも、僕のHPゲージは残り一割も無い。
このまま落ちれば高所落下ダメージで確実に死ぬだろう。
そう思い当たったときには、地面が残り十mにまで近付いていた。思わず目を瞑る。

しかし、いつまで待っても落下ダメージどころか、落下した衝撃すら感じなかった。
恐る恐る目を開けてみると、僕の視界に飛び込んできたのは見慣れた銀灰色《ぎんかいしょく》のボディに輝くメタリックパープルの長方形のバイザーだった。


「よっす。お疲れさん」

咄嗟にタンクが受け止めてくれたらしい。
俗に言うお姫様抱っこだった。

「ありがとう、タンク。《修復《リロード》》」

僕は若干の気恥ずかしさを押し殺して礼を言うと、消し飛んだ両腕を修復する。

両腕が元に戻ったのを確認し、問題なく動く事が解ると、さっさとタンクに降ろしてもらう。
タンクがアーマーパージ、と呟くと7m程もあったタンクの体が2m程の大きさに変わった。
僕も最近になって初めて聞いたのだが、アビリティ『装甲解除《アーマーパージ》』というのを使う事でこのサイズまで小型化できるそうだ。
因みに、一度パージすれば一定のクールタイムの後ならば再展開が可能らしく、戦況に応じて切り替えるのも有りなのだとか。
ともかく、僕達は一度それぞれの右手でハイタッチを交わす。


ふう、と大きく深呼吸をすると、タンクはある一点を指差した。
その方向を見ると、透き通ったクリスタルの刀身を持つ一振りの長剣が薄く発光しながら地面に突き刺さっていた。
その輝きは神々しく、細身でありながらも絶対の信頼がおけそうな程の力強さを感じさせる。
聖剣か、はたまたどこぞの王国の戴冠剣か。 そういった感想が真っ先に浮かんだ。
確認するまでもなく、大蛇神アナンタのドロップアイテムだろう。

あんな禍々しい蛇からこれほど清美な剣が手に入るとは、運営も中々いい趣味をしている。
きっと日本神話あたりのファンが居たに違いない。 よくみれば、剣が刺さっているのはアナンタの尻尾があった辺りだった気がする。

探せば三種の神器を模した強化外装なんかもあるのかも、とどうでもいいことを推察しつつ、僕らはその剣に寄って、眺める。
不意に、タンクが口を開いた。

「今回の一番の功労者はお前だからよ。その剣、お前にやるよ」
「いやいやいや。君の波動砲がなければ倒せたかすら解らないよ?だからそれは君が抜くべきだ」
「良いって良いって。俺は遠距離型だぞ?こんなの持ってたって宝の持ち腐れだ。
それに俺の色は銀灰色だからよ。ほら、色っつーか、材質もクリスタルっぽいし、俺よりお前が抜けって」

更に反論を続けようとした所で、とん、と剣の方向へ突き飛ばされる。

「……君がそこまで言うなら」

気を引き締め、目の前の聖剣の柄に、少し躊躇いながらも触れる。
すると、聖剣は銀色のカードへ変わった。

【YOU GOT AN ENHANCED ARMAMENT 《STARLIGHT LIBERATER》】

「スターライト……リベレイター……」

そう呟くと、タンクが言う。

「へぇ。それが剣の名前か。え~っと、スターライトは星の光だろ?リベレイターは……なんだっけか」

「解放する、リベレイトが元だろうから……。スターライト・リベレイターで"星明かりの解放者"みたいな意味になるんじゃないかな?」
「成る程ね………っと。英語で思い出した。 俺はそろそろログアウトするわ。宿題が途中でよ」
「ははは。君らしいといえば君らしいけど……。 もう少し計画性って言葉を良く考えてみたらどうかな」
「なかなか辛辣だな、おい……。 まあ反論の余地も無いが……。っと、さっさと終わらせてくるから、後で一緒に試し斬り行こうぜ!」
「了解。 じゃあ、宿題終わったらメール頂戴。 この前フェイカーとしてのアドレス教えといたよね?」
「おう。そんじゃま、サクッと終わらせっかあ!」

そんな会話をしながら、僕たち二人は近くのポータルへと入り、同時に離脱する。

目をゆっくり開けると、ダイブした場所と同じく自室のベッドの上だ。
凝り固まった(ような気がする)肩を揉みほぐし、大きく伸びをする。

「ふぁぁ~………疲れたぁ……。
ナイトも一人で神獣狩るなんて凄いなぁ。
僕らはたった一体を倒すのにあんなに時間が掛かっちゃったよ。やっぱり、ナイトは凄いや」

そう考えながら転がっていると、フェイカー用のアドレスにメールが届いた。
一瞬タンクかと思い、びっくりしながらもファイルを開く。
差出人はタンクではなく、フランだった。

「フランからか。えっと、『互助レギオンを設立の為のプレゼンテーション』?
ああ、成る程ね。 そう言えば、二人が有名になり出して結構経つもんね。 もうそんなに貯まったのか」

ファルが持ち帰った七星外装、ザ・ディスティニー。その規格外の性能を利用した宣伝と対戦。
僕も二人の計画を聞いた時は心底驚いたが、結果としては上々。 ピュアカラーズの誰だったかも下したと聞いたからそろそろだとは思っていた。
近々、加速世界の常識が……いや、ルールが変わる。そう思うと胸の高まりが抑えられない。

「日時は……うん、いける。 学校からの帰りで少しくらいは遅れるけど、多分説明中には着けるかな。 よし、送信!」

メールを返信すると、もう一度寝転がる。

「はぁ……。ファルもフランも凄い。 僕なんかでは足元にも及ばない。
何で僕はこんなにも弱いんだろうな……」

小さく呟くと、自分の身長と殆ど変わらないサイズの枕に顔を埋める。
からっぽな僕にとっては加速世界の友人達は皆眩しくて、直視できない。
どうしても、僕と彼らの差を考えてしまう。

「晶。 夕食の準備が出来たからリビングに……って、何してるの? 寝てるの?」

暗い思考に陥りそうな所で部屋のドアが開き、兄、結一《ゆういち》が入ってきた。

「起きてるよ……。兄さん、親しき仲にも礼儀あり、って言葉知ってる? ノック位はしてくれないとびっくりするんだけど」
「ん、ごめん。 次からは気を付ける」

はあ、とため息を吐きながら立ち上がる。
兄弟相手だと仮面を被る必要が少ないので気が楽だ。

「すぐ行くよ。 今日は……兄さんとケイのハンバーグだよね。 たのしみだなぁ」
「あまり期待されても、晶よりは下手だけどな」

二人で少しだけ、笑う。




——空っぽなら、今からでも作っていけばいいのかもしれないな。

そんな事を少しだけ考えた。












[38079] EP06
Name: 水晶◆eaa8b2e4 ID:4bc66f8a
Date: 2013/09/29 22:11
「なんで……如何して!」

僕は、少し遅れてフラン達がプレゼンテーションを予定していた場所に到着した。
遅れたと言ってもほんの五秒。予定ではまだまだ説明会の途中の筈だった。
しかし、そこで行われていたのは互助レギオンの為の説明会などではなく、もっと悍ましい惨劇だ。
フランは窪地の中央で黒い十字架に貼り付けられており、窪地の淵ではファルも黒い万力のような物で抑えつけられている。

「やめろ……やめてくれ!なぜ…………どうしてなんだ………!」

ファルが叫ぶ。 僕は、今がどういう状況なのか全く飲み込めず……いや、理解するのを拒んでしまっていた。
フランが磔られているのは間違いなくヨルムンガンドの巣だ。未だ攻略を成し得た者の居ない神獣の一角。何人ものBBプレイヤーが挑み、敗れてきた長虫のテリトリーの範囲内だ。
今は煉獄ステージなので、あの神獣という言葉がこれっぽっちも似合わない長虫型のエネミーは確実に現れる。
あんな所に貼り付けられてしまえば、確実に殺されてしまうだろう。
周囲を見回すが、そこらにいる他のBBプレイヤーは、恐怖を抱いてしまいそうになるくらいにじっ、と窪地の中央を見つめている。

「済まないね、ファルコン君、フェイカー君。彼らの代わりに、せめて私が答えよう」

そんな、低く滑らかな声が聞こえたかと思うと、いきなり地面から黒い板が二枚せり上がり、回避する暇もなく僕を拘束した。

「ぐ………」

声のした方向には、黒い積層アバターが立っていた。恐らくは僕らを拘束している奴なのだろう。
ピシィ!と、圧力で生じた電気が周囲に散るが、積層アバターは特に興味を示さずに言う。

「あの強化外装の力は、いまだ黎明期にあるこの世界に於いては余りにも規格外過ぎるんだ。それは、ここ数日の対戦を通じて君たち自身も如実に体感した事だろう?」

その教師染みた口調は、現実世界の僕の担任の教師よりも更に年上に感じさせるようなプレッシャーを放っていた。
大人に叱られているような気がして反射的に俯いてしまうのを、意思で抑え込み、積層アバターを睨みつける。

「なら……《鎧》をショップで処分する。手に入ったポイントは全部、公平に分配する。それでいいだろ………ここまでする必要はない、そうだろう………!!」

ファルの懸命に押し出したような声が聞こえる。僕は体を拘束している黒塗りの板から脱出しよう試みるが、漆黒の万力はビクともしない。

「残念ながら、その方法だとショップに強化外装が残ってしまう。再びあれを手に入れ、ゲームのバランスを崩す者が現れないとも限らない。
あの鎧は、元あった場所に戻さなければならないんだ。そのためには、プレイヤー以外の力によって、所有者を消滅させるのが唯一の方法なんだよ、フェイカー君、ファルコン君」
「いや!まだ方法はある!例えば……一度売却し、封印状態になった鎧を何処ぞの家の中に鍵と一緒に放り込む方法はどうなんだ!!」

僕がそう怒鳴ると、積層アバターは再び穏やかな口調で言った。

「ふむ。その方法だと鍵の紛失………家の中に鍵を忘れた場合の緊急措置としての幾らかのバーストポイントを支払う事で新しい鍵は作れる機能が使えるからね。いくら買った本人しか新しい鍵を作れないと言っても君達がまたそれを使わないとも言い切れない。つまりはこの方法しかないのだよ」

「なら!いまフランが死んでもとの場所に戻ったとしても、それは再び取得可能だ!それはどうなる!」

「別に、然るべき時期に正規の方法で取得するなら構わないさ。ゲームとは、そういうものだ」

その積層アバターの答えにもう一度食らいつこうとした瞬間に、ヨルムンガンドの口元でフランのアバターが無数の細片と化し砕け散った。
屹立した山吹色の光の柱が描いた刹那の墓標が虚しく輝く。

ヨルムンガンドが巣穴へと戻っていく。これでまた、一時間の後に再び行われるのだろう。そう思い、解決策を模索し始めると、背後から人のものだと思えない程無垢で清らかな声がした。

「《リザレクト・バイ・コンパッション》」

その声と共に、小さな光の粒子が宙を舞い、フランの、山吹色の残り火に触れると同時に、フランのアバターが実体化する。
回復アビリティだって、という僕の呟きは、ヨルムンガンドの咆哮によって掻き消された。

「まさか……………」

ファルを見ると、もうその光景が幾度となく繰り返されて来たかのような雰囲気を醸し出している。

「まさか……何度も、フランを殺しては蘇らせてを繰り返していたのか!?貴様らは!!こんな無限エネミーデス……いや、無限エネミーキルが、許されると思っているのか!!」

先程から僕に充填されていた電気が放出され、スパークした。
その時、僕の横でその光景を見ていたファルの声が響いた。

「…………いやだ。もう、いやだ。大切なものを喪うのは………それだけは……絶対に嫌だ!」

ファルが力を振り絞るように叫ぶ。

「う……お、お、おおお……………!!」

「やめておきたまえ、ファルコン君。我々に君達を排除する意図は無い。作戦が終了すれば、ちゃんと解放する予定なんだ。恐らくあと、一、二回だから、それまで大人しくしていてくれないかな」
「だ……まれ……!」

ファルの両手の装甲に細かい罅が走り始めた。

「ファル、何を!」

一見自暴自棄にしか見えない行為。
フランの危機に、動揺しているのかもしれないと、いやに冷静な思考が告げた。
それと同時に湧いてきたのは、ドス黒い絶望感と後悔。
———僕が……もっと早くに来ていれば防げたかもしれないのに……………

何故だろうか。体に力が入らない。不甲斐ない自分を責める気力すら湧かず、ただ呆然とフランを見つめる事しかできない。

そして、遂にファルの両手の装甲が、硬質な金属音と共に砕け散った。

「《フラッシュ・ブリンク》!!」

ファルがそう叫ぶと、光の粒子となって移動、そしてフランの前で実体化したファルはヨルムンガンドを蹴り飛ばした。
通常技ではそれ程ダメージは与えられない。
しかし、その隙にフランのレベル5必殺技のシェルターが展開される。

ファルとフランは少しの時間見つめ合い、そしてフランの胸をファルが貫いた。
瞬間、フランの身体は光でできた数列のリボンのように空へと上がっていく。
僕も何度か見たことがある、最終消滅現象のエフェクト。フランがこの世界から、永久に退場した。
フランの事だ。きっと、残りポイントが少なくなった為にファルに頼んだのだろう。
僕は、親友を守る事すら出来なかった。

だが、そんな絶望は、すぐに違う感情が掻き消した。

——ファルは、こんな状況でもフランを助ける為に動いたんだ。

それは、自分自身に対する怒り。
拘束されている。 ただそれだけで、フランを助けに行こうともしなかった自分への、強烈な憤怒。
僕の中で燻っていた火花が、大きな炎へと変わる。

———そうだ。僕が、僕だって。ファルと同じように、立ち上がれる筈……いや、立ち上がらなくちゃいけないんだ。もう、これ以上後悔したくないなら……立ち上がるんだ!

「う……おおおおおおお!!!!!」

華奢な両手に力を込める。 ありったけの力を注いでも、黒い板は微動だにしない。
それでも、力は弱めない。弱める訳にはいかない。
ほんの少し、板の隙間が広がる。
だが、足りない。この程度ではダメだ。
発生した電気が板を焼くが、その程度ではどうにもならない。

——なんで、僕はこんなにも弱い!

たった一人の親友も助けられない。 それだけが堪らなく悔しい。

「ファルに、だって……」

僕の口が自然に動いた。

「ファルにだって、できたんだ。 僕だって!」

純粋な格闘アバターでない僕では、ファルのように圧力で装甲を砕くのはほぼ不可能。

——けど、だからって、諦めてやるものか!

僕の水晶は硬いのだ。どんな重圧にも負けないだけの硬度は備えている。
条件が整っているのだから、あとは僕が実行するだけだ!

僕は、両腕の力を強める。重圧を押しのけ、立ち上がる為に。

「もっと、強く……。もっと、硬く! うあぁぁぁぁああああああ!」

目の錯覚か、僕の体が薄く輝いた気がした。

変化は、あった。

僕を両側から拘束する板が、ゆっくりと、しかし確実に開き始めたのだ。

「おや、フェイカー君。君は賢明だから行かないと思ったのだがね」

黒い積層アバターの呆れたような声が聞こえた。
僕は、間髪入れずに返答する。

「生憎、目の前で親友が頑張って居るのに見捨てられる程………人間が出来ちゃいないのさ!」

僕はそのまま、勢いで板の間を離脱する。
背後でガチン!という板が閉じた音が聞こえた。

「ただ、君だけは許せない。許さないし、許すつもりもない。
後で、必ず殺してやる。首を洗って待っていろ!」

僕はヨルムンガンドに飲み込まれたファルの元へ向かった。あの長虫は確かに強い。
だが、スターライト・リベレイターを使い、ファルと共闘できれば離脱する時間を稼ぐ位できる筈だ。
何せ、リベレイターはヨルムンガンドと同格かそれ以上の神獣級エネミーからのドロップ。
攻撃力だって、七星外装には劣るが十分一級品だ。

「ファル!僕が今からそいつの足止めをーッ!」

僕が駆け付けると同時、ヨルムンガンドの頭部が弾ける。 血を思わせる強烈なダメージエフェクトが迸った。
その奥に、漆黒の鎧を身に纏い、黒い靄のような物に包まれていたファルを見つける。

「あ……あああ………あああああ——————ッ!!」

金属質の歪みを帯びた絶叫が響き渡る。ヨルムンガンドの瞳が、まるで怯えるかのように明滅した。
ファルはそれでも尚止まらず、裂けた奥にある柔組織を掴み、何度も何度も引き千切る。
其処にあるのは、純然たる怒り。底が見えない程に深く、濃密な憎悪と絶望。
その殺意は自分に向けられた物では無いにも関わらず、足が竦み、動けなくなる。

どれ位経っただろうか。一瞬の出来事が、僕にはもっと長い間の出来事に思えた。ファルの両足が地面に着いた時、ヨルムンガンドは半ばまでが左右に断ち切られていた。
高位の神獣級エネミーをこうもあっさりと、なんて感想は浮かんだ直後に弾けて消える。
叫びをあげ巣穴へ帰ろうとするヨルムンガンドの巨体の右半分を、漆黒の鎧を纏ったファルがその鋭く強靭な鉤爪で掴み、左半分を足で踏んで固定した。
次の瞬間、ヨルムンガンドは一気に尻尾の先まで裂き尽くされた。
ヨルムンガンドは一度、不自然な形で停止してから断末魔を上げつつ幾千もの断片へと化し、爆散する。

「グ……、ル、アアアアアアアアア!!!!!」

漸く爆散エフェクトが消え去ったと思った時、飢え、猛るような獣の咆哮が劈く。

———ごめんね、フェイ。さようならーーー

ファルの声が、確かに聞こえた。

「ファルッ!」

そう叫んだ次の瞬間には、僕はファルが手に持った漆黒の大剣の腹で飛ばされていた。このコースは、離脱ポータルへの一直線のコースだ。そう認識した時には既にポータルの揺らめく光が僕を包み込んでいた。

「ッ!ファル!クソッ!」

自室のベッドの上へ戻される。前に離脱した所が近かったから駆け付ける事が出来たが、此処から彼処までは二時間はかかる。それまでファルが其処に留まって居るとも考え難い。

「守れなかった………!僕は………!僕が、もっと……!」

最後に見たファルの姿を思い出す。 慟哭する獣のような声が耳にへばりついて忘れられない。
全ては、僕が間に合わなかったばっかりに。

—— 違う。

そんな声が聞こえた。

——確かに、僕は間に合わなかった。でも、そうやってまた、今度はファルの事も見捨てるのか?

「……そうだ。僕が今すべきは、後悔する事じゃない……。全力で、ファルだけでも助ける!アンリミテッド・バースト!」

鎧は絶対的な性能を持っていた。 物理攻撃は全て無効にしたし、レーザーに至っては反射していた。金属の弱点である腐食までは無効にできなかったようだが、それ以外には無敵と言って良いほどの物だ。
しかし、それでも。 僕は一度だけ、腐食系攻撃以外で鎧を装着していたフランがダメージを受けたのを見たことがある。
増して、あの場に居たのは僕でも知っているような腕利きのBBプレイヤーだ。 いくらファルでも無事に切り抜けられないかもしれない。

そんな不安を抱えて、僕は再び無制限中立フィールドに降り立つ。
僕を照らすのは、曇天から射す微かな光。 頬に当たる水滴がこのフィールドが霧雨ステージであることを示していた。

変遷が来てしまっていた事に数秒間フリーズしてしまったが、僕はファルの元へと駆ける。
せめて、ファルだけは助ける。確かにフランは死んだかもしれない。
それでも、ファルまで失うのだけは嫌だ。
フランもきっと、そんな事は望まない筈だ。

不安や焦りが僕の頭の中を埋めつくしていく。
気が付けば、先程の窪地の淵に立っていた。

ファルはその窪地の真ん中に立っていた。ファルの手元から無数のリボン状の光が空の彼方へと消えて行った。
他にアバターの影は無い。マーカーすらも、残っていない。
僕がファルに近付こうとすると、ファルはその右手で僕を制止し、先程迄の獣のような声ではなく、元の声で呟いた。

「フェイ。もう、僕の事は放っておいて。今まで、本当にありがとう。僕は、俺は、やらなくちゃならない事ができたんだ。 だから、さよなら」

ファルは、辛うじてそれだけを絞り出すとポータルへと見えない程の速度で駆けて行った。
僕はその場に崩れ落ちる。

「ファル……ファルッ!ごめん、僕は……。ごめん、僕も、ありがとう。 ファル……」

視界がゆがむ。口が、意味のある言葉を紡いでくれない。
色んな事が、僕の頭の中をぐるぐると回る。

「たぶん……」

そこから先は、言えなかった。何が言いたかったのかも解らない。



暫くして、ファルは加速世界から永久退場した。
最後にはクロム・ファルコンの名前は忘れられ、クロム・ディザスターと呼ばれ、死んでいった。

彼が消滅する直前に言っていた言葉が耳から離れない。

『俺はこの世界を呪う。穢す。たとえ此処でいっとき消えても、俺の怒りは、憎しみは何度だって蘇る』

その後、ファルの言葉は事実となった。討伐に参加していたマグネシウム・ドレイクが……高潔で知られていた彼までもが『ディザスター』となってしまったのだ。
ドレイクは僕と、七星の持ち主であるナイト、グリーン・グランデ、パープル・ソーン、それからタンクやアサシンを含むその他数人のハイランカーで討伐に成功した。
今はまだ三代目ディザスターは現れていないが、それも時間の問題だろう。

「……フェイ」

窪地の一角に立てられた、小さな墓標。その前に佇む僕の後ろから、タンクが声をかけてきた。
僕は振り返って答える。

「ごめんね、タンク。 僕の私用に付き合わせちゃって」
「いや、いいんだ。ハヤブサやフランも、俺の大切な親友だったからな。
……あいつらがもういねぇなんて、全然実感が湧かねぇんだ。 俺はハヤブサの……ファルコンの最期にも、フランの最期にも居合わせちゃいないからな。
正直、今でもあの埠頭公園の家に言ったら笑顔で出迎えてくれるんじゃ無いかって思ってる。
けど、フェイ。 お前は二人ともの最期に居合わせたんだろ? ……泣ける時に泣いておかないと、辛いらしいぞ」
「タンクは優しいね。 でも、いいんだ。僕は十分泣いたから」

僕はあれから、無制限中立フィールドにくる度、フランとファルが散って行った場所に花を捧げている。
偶然にも、フランが永久退場した場所と、ファルが永久退場した場所は同じだった。
僕は、その場に残っていた家の鍵を墓標代りに埋めると、ファルとフランの名前を深く胸に刻んだ。
名もなき墓標。 だけど、それでいい。
僕達だけが覚えていればいい。 きっと、ファルもフランもそう言ってくれるはずだ。
この加速世界に、ファル達が生きた証を少しでも多く残して起きたい。確かにそういう気持ちはある。
けど、それをしたところでどうにもならないのだ。 一度崩れ落ちたものは、二度と元には戻らないのだから、僕が二人にしてやるべきことは安心できるだけの準備。 心残りを排除することだけだ。

現実世界では、既に彼らは消えてしまった。 匿名のメールを送ってみたが、どうやら全損してしまうと加速世界に関する記憶を消失するらしい。返って来たのは、迷惑行為に対する警告通知だった。

ささやかな墓標を見て、僕は例えこのブレイン・バーストプログラムを失おうとも、決して彼らの事は忘れないと心に誓う。
そして、彼らの分も戦い続ける。それが、僕の、彼らに対するけじめだ。
BBプレイヤーの死はBBプレイヤーの中にしかない。
ならば僕にできる事は、彼らが居たことを証明できるBBプレイヤーで有り続ける事だ。



そして、いつか……………





あの黒い積層アバターを。 フランを殺し、ファルに呪いを生み出させたアバター達を、全てこの手で葬り去る。













感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.037737131118774