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[3792] マリア様が……こっちみんな! (マリア様がみてる オリ主)
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/04/24 01:46
どうも~はじめまして、『ゆ』と申します。

アルカディアに初投稿でしたが、様々な意見感想指摘を聞いてみたくなってしまいテスト板からその他板に移動してみました。


元ネタ作品:マリア様がみてる×オリキャラ主人公

ジャンル:割とコメディというかギャグあり、主人公が腹黒くてややうざい。主人公を絡む百合展開はあるかもしれない、主人公以外の百合描写は普通にある。はたして百合と言えるのか微妙ですが。


基本的に原作展開ぶち壊しはありませんが、こんなオリキャラがいたら?というIFストーリーでもあるので原作のまんまということはないです。大局的に影響がない程度に改変があったりするかもしれないので、原作のイメージを崩したくない方はお気をつけて下さい。
ご意見ご感想、ご指摘ありましたら遠慮なく書き込んでもらえると幸いです。




[3792] マリア様が……こっちみんな! 第一話「胸さわりの月曜日」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/08/11 01:21


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶g(ry

 昨日と変わらない、いつも通りの今日がやってくる――そう思ってた時期が、主人公こと山田真耶にもありました。





マリア様が……こっちみんな! 第一話「胸さわりの月曜日」





「タイが、曲がっていてよ」
「えっ?」

 珍しく早起きした結果がコレだよ!と言わんばかりのガチ百合展開が目の前で繰り広げられていた。

 リリアン女学園の構造上、校舎に登校するにはここの象徴とも言えるマリア像の前を通らなくてはいけない。敬虔なクリスチャンでなくとも、そのマリア像の前では一度立ち止まりお祈りするという。

 面倒くさがりの真耶がそんなことを一度もしたことは無かったが、そんな彼女が立ち止まざるをえない状況が目の前にあった……

(あ……ありのまま、今起こったことを話すぜ!『マリア像の前を見たら、女が艶かしく女の首の後ろに両手を回していた』。な……何を言ってるのかわからねーと思うが、私も何をしているのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……偶然だとか何かの間違いだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ……もっと恐ろしいガチ百合の片鱗を味わったぜ……)

 と、意識を飛ばしてる間に片方の女生徒は校舎に歩いていき、もう片方の女生徒……真耶のクラスメイトである福沢祐巳さんはその場に呆然と立ちつくしていた。一部始終を見せつけられた真耶に二人とも気づくことなく……。

 対応に困った真耶が少し見上げると、マリア像が変わることのない清々しい笑みを浮かべて、小さな緑のお庭の中にストーカーの如く立っていらっしゃるのであった。



「――ということなんだけど」
「なーんだ、そんなこと」

 あれから立ちつくしていた祐巳さんに仕方なく声をかけ、生暖かい目で特に詳細を聞かず遅刻しないよう教室に連れてきた。彼女を席まで送ると前の席の桂さんが暗い顔の祐巳さんに気づき、連れてきた真耶に事情を聞いてくる。隠すこともないので客観的に話すと、彼女はコロコロと笑った。

 そこから祐巳さんと桂さんは何故か痴漢談議?を始めてしまったので、真耶は自分の席に戻ることにする。

 席に着き今日の授業の予習でもすんべーと教科書を取りだそうとすると、不意に声がかかった。

「ごきげんよう、真耶さん」

 視線を上げると、そこにはふわふわした髪が特徴的なきれいな人形……白薔薇のつぼみこと藤堂志摩子さんが立っている。彼女は真耶の席の隣なので、先ほどの言葉はいつもの朝の挨拶なのだろう。

 このリリアン女学園は育ちのいいお嬢様が多く、挨拶一つでもその礼儀正しさというか堅っ苦しい雰囲気が伝わってくる。そんな雰囲気が苦手な真耶は、あまり他人との交流を持つことなく地味な生活を送ってきた。

 しかし高等部へ進級し、このクラスで彼女……志摩子さんに出会って真耶の生活はちょっぴり変わった。

 わざと交流を持たない真耶の意思など関係ねぇ!と言わんばかりに、ご丁寧に世話を焼いてくれるのである。あまりのKYっぷりにわざとやってるかと思いきや、これがまた純粋無垢な天然さんだったりする。流石の真耶も「やれやれだぜ……」とため息をつくしかない。

「あーうん、ごきげんよー志摩子さん」

 天然ゆえに道理を説いてもキリがないし、下手に時間をかけると有名な彼女の側で注目をされかねないので、あっさりと流すのが無難。挨拶を返した真耶を見る志摩子さんは、はにかむように微笑む。

(あー可愛いな!こんちくしょう!)

 百合に全く興味ない真耶でさえ、嬉しそうに微笑む彼女を見ると「おっ持ち帰りぃ~~~!!」と言って、抱きしめながら家に持ち帰りたくなる。流石は白薔薇のつぼみと称されているだけのことはある、うっかり「やらないか?」とか言われたら「アッー!!」とホイホイついていってしまいそうだ。

 そんなことを考えていると、先ほど話していた祐巳さんと桂さんがこちらの方をみてこそこそと話している。

(あやや、あれだけでもう注目されるとか……志摩子、恐ろしい子!)

 真耶は常に平穏地味な生活を望んでいたのだが、現実は非情である。彼女は気づかない、そんな生活のレールからは既に外れていることを今はまだ……。



 放課後、教室の掃除を終えた真耶が帰ろうと廊下に出ると、そこに志摩子さんが立っていた。

「志摩子さん、不安な顔してどうかしたん?」

 何故に関西弁?という突っ込みは無視して真耶は彼女の様子を探る。本来なら関わることをしない真耶だったが、丁度目の前で美人が不安げにしていたら声くらいはかけるだろう常考。

 ざっと状況を見るに、志摩子さんは廊下から見える窓の外を気にしているらしい。彼女が怯えるくらいのガチホ〇でも園内に不法侵入でもしてきたかと思い、彼女の視線の先を見ると……

「ん?あれは祐巳さんと、眼鏡の……誰?」
「眼鏡の人は武嶋蔦子さんといって、写真部の方なのですが……」

 そう言って口ごもる志摩子さん。

(ふむ、写真部ねぇ……平凡を絵に描いたような祐巳さんと写真部の蔦子さん、接点が思いつかないなー)

 志摩子さんと二人で廊下から様子を見ていると、何やら一枚の写真を蔦子さんが祐巳さんにちらつかせている。うん、そんな構図から思い浮かべる事態なんて一つくらいだろう。

「写真を使った脅迫?」
「そ、そんなことをする人ではないと思うのですけど……」

 真耶の零した意見に志摩子さんは反論する。だけど、そんなに顔を真っ青にしてちゃ説得力ないよ……志摩子さん。

 そうこうしているうちに、蔦子さんは祐巳さんを連れて何処かへ行ってしまう。

「志摩子さん、二人の行った方向に何かあったっけ?」
「あの方向には薔薇の館が……」
「うわ、人が滅多に寄らない場所じゃん。冗談で言ったけど、もしかして本当に……?」

 真耶の言葉に、更に蒼白になる志摩子さん。……普段おしとやかな彼女がここまで表情変えるのは、思った以上に新鮮だった。別に真耶がSというわけではないが。

「見ちゃったものは仕方ない。志摩子さん、万が一があっても困るから様子を見に行こうか?」
「……そうね、祐巳さんは私達のクラスメイトですもの」

 不安な気持ちを抑えて、可愛らしく手をぎゅっと握る志摩子さんを真耶は見る。正直面倒ごとはごめんなのだが、彼女の不安を必要以上に煽ってしまって放置するのも寝覚めが悪い。

(まあ、間違いである可能性もあるし、いざとなれば志摩子さんの白薔薇のつぼみとしての威光を借りればいっか)

 本当に些細な誤解から、真耶の平穏地味な生活の崩壊はこうして始まった。



「……なんだ、やっぱり勘違いだったのかー」

 祐巳さんと蔦子さんの後を追いかけた二人だったが、薔薇の館の前まで行った彼女らの話が聞こえると安堵の息をついた。聞こえてきた内容は、二人が紅薔薇のつぼみに用事があったということ。真耶は深読みしすぎたと、志摩子さんは一時でも蔦子さんを疑ったことを反省していた。

「じゃあ私はこれで帰る……」
「山百合会に、何かご用?」
「「はっ!?」」

 帰ると言いかけた真耶の言葉に被せるように、志摩子さんは館の扉をノックしている二人に声をかけた。

(ちょwおまww何してるのこの子ww)

 祐巳さんと蔦子さんはバネ仕掛けのように振り返り、そこに志摩子さんと帰ろうと背を向けていた真耶を視認する。恐らくは先ほど蔦子さんを疑ってしまったことから、彼女達の力になってあげたいという志摩子さんの純粋な好意であるのは分かる。

 しかし、何故そこに自分を巻き込む?真耶はハリセンで突っ込みたいほどの衝動を抑え込む。

「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」
(私の方が驚きだよ、この天然っ子め!)

 人目があるので素の本性を出さず、心の中で毒づく真耶。祐巳さん達には一緒に薔薇の館に来たように思われているだろうから、今急に帰るとは言い出しにくい。しかし、このままの流れだと厄介に巻き込まれそうだと真耶の本能が告げていた。

 そんな真耶の心情も知らず、祐巳さんと蔦子さんは漫才をしながら志摩子さんと話を進めてしまう。

「あら、そういうことだったら、お入りになったら?祥子さまは多分二階にいらっしゃると思うし」
「……私は用はないから帰っていい?」

 駄目元で呟くが志摩子さんには聞こえなかったようだ。すると、蔦子さんが側に寄ってきて耳を貸せと言ってくる。

(今朝の祐巳さんの一連を真耶さんも見てたでしょ?祐巳さんだけだと心許ないから協力してくれない?)
(何の見返りもなしに私は動かない……)

 既に手遅れな気がしないでもないが、最後の抵抗はしておく……が、

(明日の昼食を奢るわ)
(仕方ないね)

 あっさりと折れる真耶、小さくガッツポーズをとる蔦子さん。祐巳さんと志摩子さんは不思議そうにこちらを見ていた。プライドより金or飯、偉い人にはそれがわからんのです。

 志摩子さんの先導で薔薇の館に入っていく。毒を食らわば皿までー的な心境でついていく真耶は、心の中の警鐘が大きくなるのを感じていた。

(山百合会の連中と会うのは正直めんどい……が、祐巳さん達の影に上手く隠れれば目立たない筈!)

 そんな希望的観測をしながら、ギシギシ音のする階段を上っていくと右手にお菓子みたいな扉が見えてくる。志摩子さんの先導のまま扉の前まで行くと、中から突然ヒステリックな声が聞こえてきた。

 ドアにかけられた『会議中につきお静かに』のプレートと矛盾する事態に、真耶も他の二人もついていけない。唯一理解できているらしい志摩子さんの一言で三人は再び凍りつく。

「よかった。祥子さまいらっしゃるみたい」
「え?このヒステリー女があの紅薔薇のつぼみなの?」

 しまった……うっかり地が出てしまい、紅薔薇のつぼみのファンらしい祐巳さんに睨まれた。ソーリーソーリー、悪気はないよ?つい口が滑っただけ。顔を背けている蔦子さん、肩が震えてて笑い堪えてるのバレバレ。

「……いつものことよ」

 志摩子さん、その微妙な間が気になりますが。彼女がノックをせずにゆっくりと扉を開けた瞬間、部屋の中から一人の生徒が飛び出してきた。

 不幸にも、内側からドアノブに手をかけたところを、廊下側から扉を開けられてしまった為にその勢いは増し増しだった。そのままだと扉の正面にいた祐巳さんに直撃したのだろうが、偶々反射神経の良かった真耶がつい反応してしまったのである。祐巳さんが押し倒されないよう、飛び出してきた人が倒れて怪我しないよう、横から手を出した真耶は……重心を支えるべく体の正面の『胸』を鷲掴みにした。


 けして意図して掴んだわけではない。


「えっ!?」
「うわっ?」

 飛び出してきた人物も不意の事故をまさか支えられる(しかも胸を鷲掴み)とは思わなかったらしく、押し倒されなかったけれど祐巳さんもかなりびっくりしたようだ。前者が飛び出してきた人で、後者が祐巳さんの驚きの声である。

――もにゅもにゅ

「だ、大丈夫!?」

 志摩子さんと蔦子さんの色んな意味に聞こえる心配の声が聞こえた。

――たゆんったゆんっ

「あーあ、ずいぶん派手に転んで……ないのね」
「え、祥子の五十キロに押しつぶされて……ないの?残念ー」
「おーい。そこの子、いい加減手を止めたら?」

 部屋の中から騒ぎに気づいた生徒達がゾロゾロと出てくる。山百合総会でしかお目にかかりたくないような無駄にすごいメンバーが勢ぞろい、紅薔薇……以下略。

――さわさわ、どたぷーん

「えっ、私が押しつぶしちゃって……ないの?というか、そこのあなた!」

 ようやく状況を把握した祥子さまは、目の前で自分の胸を鷲掴み……揉んでいる真耶を睨みつける。その顔が熟したトマトのように真っ赤に染まっていく。

「……ワザトジャナイヨ?」

 何故か片言になる真耶だったが、彼女を見る周りの目は予想以上に冷たかった。

――もにゅもにゅ

「――っ!いい加減に私の胸を揉むのをお止めなさいっ!!」

 素晴らしい速度、角度、威力を伴った祥子さまの張り手を、真耶は仕方なく受け入れる。

パァンッ!!

 確実に紅葉跡が出来るであろうその頬を涙目で押さえ、それと同時に真耶は平穏地味な生活に別れを告げた。





あとがき

純粋なマリみてファンには色々とごめんなさい。
見ての通りのマリみてオリキャラ物語ですが、一応原作沿いのコメディ展開に進む予定。
まだテストの段階ですが、あまり魅力のある主人公にはしないつもりです。かといって嫌われものという程でもなく、さじ加減を工夫したいと思っています。



[3792] マリア様が……こっちみんな! 第二話「波乱万丈の火曜日」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/08/19 11:31

 女とはこうも噂話が好きな種族なんだろうか?と疑問符を浮かべた真耶は、深刻そうに話している二人……祐巳さんと蔦子さんを見やる。先日の件が翌日の昼までに生徒全員に広まるとか、どんだけスキャンダルに飢えてるんだここはと突っ込みたい。

 まあ我が身可愛さに目の前の少女、福沢祐巳さんを紅薔薇のつぼみへとあっさり売ったのは真耶としても罪悪感は感じている。ほんの少しではあるが……。

「仕方ないねー誰だって一番自分が可愛いもの」
「あうぅ……」
「私は今後、真耶さんを絶対に敵に回さないことにするわ……」

 そんなに褒められると照れてしまいます。え?褒めてない?ですよねー。





マリア様が……こっちみんな! 第二話「波乱万丈の火曜日」





 先日……祥子さまの胸を揉んでビンタされた後に、微妙に真耶をスルーしながら紅薔薇のつぼみの妹騒動が起こったのである。

「私は、今ここに福沢祐巳を『妹』とすることを宣言します!」

 祥子さまと目が合った祐巳さんが何やら山百合会の連中に職務質問?を受けてしまい、頬を押さえつつ蔦子さんに何事?とアイコンタクトを送っていると突然祥子さまが言葉を発した。

 いきなり何言ってるの?この人。

 先ほどのヒステリックな会話といい、注意の前に手が出るあたり志摩子さんとはまた違ったお嬢様なのだろう。そんな彼女に目をつけられたとは、祐巳さんもついてないとしかいえない。真耶に出来ることは、人格否定しない程度に生易しい目で見守ってあげるだけ。

 そんな真耶の思考を読んだのか、紅薔薇こと水野蓉子さまが冷やかに睨んできた。サーセンw



 一度仕切り直しが必要だと、誰かが言ったので一同は会議中(笑)のプレートのかかった扉の中に場所を移すことにした。

「ツメシボと冷コーのアリアリでよろしくー」

 テーブルに全員が着席すると、その中でお下げ髪の少女がそれぞれに飲み物の注文を取り始めた。想像していた山百合会とは違い、割とフランクな対応に真耶は遠慮することなく注文する。

「え、えっと……?」

 即座に失言を認識。それは当然ながらリリアンの生徒が知っている筈のない用語であり、何故真耶が知っているかは割愛する。意味が理解できずオロオロと困っている黄薔薇のつぼみの妹、島津由乃さんに注文し直す。

「今のなし。ストレートの紅茶でいいです」
「……わかったわ」

 そんな不審そうに見ないでほしい、というか彼女も随分噂とイメージが違うようだ。今の一瞬のやりとりだけで気づく人はほぼいないだろうが、真耶は自分と似た空気を感じた……他人に対して猫を被ってるような感覚を。

 周りの様子を見てみると、祐巳さんが一人で百面相をしている。

(いきなり憧れの祥子さまに姉妹宣言されて戸惑うのは分かるけど、そんなにあからさまに感情を表に出していると薔薇さま方にからかわれるよ?ほら、言わんこっちゃない……しかし、状況を把握できてないとか当然だろうに。タチ悪いね、この人達)

 祐巳さんを放ったらかしで祥子さまは薔薇さまと言い合いをしているが、いい加減にしてほしいものだ。ただ先ほどの失態がある為、真耶と同じく静観していた蔦子さんにまた視線を送る。それを受けて、蔦子さんは言い合う上級生に手を上げて質問した。どうも彼女は上級生の間でも有名人だったらしい。

「私には、話がさっぱり見えません」

 蔦子さんによるちょっと待ったコール!で山百合会の方々も少し落ち着いたのか、下級生にも分かるよう丁寧に説明してくれた。

 話によると、今年の学園祭の劇に男子校の花寺学院からゲストを呼ぶらしい。そのゲストが劇『シンデレラ』の主役、王子様役をやることになったのだがシンデレラ役の祥子さまがこれを拒絶。その理由が男嫌いというだけで駄々をこねていたら、妹一人作れない奴は発言権がないと薔薇さまの誰かが言ったとか。それでその妹を探しに飛び出したところで真耶達に遭遇し、その中で一番普通そうな祐巳さんに白羽の矢が立ったわけだ。

 白薔薇さま曰く、

「部屋から出て一番始めにあった一年生を捕まえて妹にするとか、なんて短絡的なの。藁しべ長者じゃあるまいし」

 らしい。これがリリアン生憧れの山百合会の実態か……。

 そんな説明を聞いて祐巳さんはまた呆然としている。藁しべ長者ですね?わかります……とかありえん(笑)

「……くだらない」

 俺の怒りが有頂天!を通り過ぎて呆れるしかない。

 そんな祥子さまが紅薔薇さまに諭されようとした時、天然KY娘の志摩子さんの突っ込みにより事態はさらにややこしくなる。蔦子さんの証拠写真が登場し、小道具を味方につけた祥子さまが息を吹き返す。そんなに嫌なのか……シンデレラカワイソス。

 というかそろそろ帰りたい。

「いいわ、祐巳さんをあなたの妹と認めましょう」

 あまりにも必死な妹に観念したのか、紅薔薇さまはそう言って……冷静に現実を祥子さまに突きつける。

「ただし、シンデレラの降板までも認めるわけではないわよ?」
「ですよねーw」

 祥子さまに妹が出来たとしても、認められるのは発言権のみ。それくらい頭の良さそうな彼女なら理解していると思ったが、あまりの感情の昂りに思考がついていってなかったようだ。

 Q、何故彼女はこんなにも我がままなのか?

 A、ボーヤだからさ。

「……ちょっと君黙っててくれる?」
「へぁ?」

 先ほどから口が滑ってばかりの真耶に、いつのまにか側に来ていた佐藤聖こと白薔薇さまが小さく注意する。出会い頭でいきなり紅薔薇のつぼみの胸を揉む謎の一年生に、他の人は近寄りたくなかったようだ。

「いや、すいません。被ってる猫が暴れまして……」
「百面相の祐巳ちゃんに写真部のエースのカメラちゃん、そして君か……今年の一年は随分個性が強いね」
「個性的な顔が揃ってる山百合会には及びませんが」
「……結構言うね、君」

 互いに小声での会話の為、他の人には気づかれてない。目立つことを嫌う真耶だったが、あれだけの失態をやらかしてしまった後では自棄になるのも仕方ない。暴走しないだけまだマシといったところだろうか。

 そうこうしてるうちに、祥子さまが祐巳さんにロザリオを授受するところまで話は広がっていて。そのロザリオが祐巳さんの首にかかる寸前で、また志摩子さんの天然が炸裂した。さっき祥子さまの後押ししたり、ここで寸止めとか……

「志摩子さんってば一体何がしたいのさ?」
「志摩子の姉ながら、このタイミングは狙って……ないんだろうねー」

 思わず白薔薇さまとシンクロして溜め息をついてしまう。

 志摩子さんが言うには、祐巳さん自身の気持ちを聞くのが筋だとか。いきなり姉妹宣言したり、勝手に祐巳さんを妹として容認しておきながら今更それを突っ込むの?相変わらずどこかずれてるよ、志摩子さん。

 間があいて落ち着き覚悟を決めたのか、祐巳さんは祥子さまのロザリオを拒んだ。

「面白くなってきた」
「当事者達は全然面白くないでしょうけど」

 白薔薇さまが無責任に笑ったので、無粋に突っ込んであげた。

 志摩子さんに続き祐巳さんにも振られたというかわいそうな祥子さまをいぢめる薔薇さま達を見て、気の毒に思ったのか祐巳さんがらしくもない建設的な意見を言い始めた。何故か志摩子さんが逆に生贄にされていたが。

「祐巳さんにしては珍しい……」
「にしてはって……厳しいね、君」
「普段とはあまりに違ったもので、つい……」

 しかし、そんな祐巳さんの折角の頑張りも当の祥子さまの余計なプライドに引っかかりあえなく轟沈。もう一押しで考えを方向転換出来たかもしれないのに、惜しいことをしたものだ。

 良かれと思って行動したのに空回りだった?とばかりに、祐巳さんは落ち込んでいる。

 そんな彼女を見て、何を思ったのか白薔薇さまがその検討案を取り上げた。

「確かに……祐巳さんが言おうとしたことも間違いでもないし、私達にも一考の余地はあるかもしれない。配役交代はやはり難しい?」

 白薔薇さまの言い分に、しかしながら他の薔薇さまは異論を唱える。

 実際に衣装やポスターの発注が済み、立ち稽古も始まる今となってはそれも当然だろう。かといって後輩というか妹に無理矢理強要するのは、お互いの為にならないと薔薇さま達は最終的に判断したようだ。まあそれも仕方ないと言える。

 その中で白薔薇さまが一つ提案したのが、

「祥子さまが祐巳さんを再び妹にできるか否か……そんなところだろうねー」

 そんな真耶の呟きに白薔薇さまが反応する。

「君なら別の意見があるの?」
「罰ゲームのところを、紅薔薇一家全員にするとか」

 あっさりと言う真耶の意見に目を光らせて食いついたのは、素晴らしき凸……黄薔薇さまこと鳥居江利子さま。反対に真耶の意図を読んで、顔を青くするのは紅薔薇さま。

「つまり紅薔薇さまである蓉子にも罰ゲームをってことね?面白いじゃない」
「ちょっと!私がなんで……」
「そっかー蓉子の妹である祥子が起こした問題だもの、姉である蓉子にも責任はあるわね」
「うっ……」

 先ほどまでの勢いが消えてしまった紅薔薇さまは、恨めしそうにこちらを睨んでいる。策士策に溺れるというか……考えれば簡単に思いつきそうなのに、紅薔薇姉妹は熱くなると視野が狭くなるところまで似たらしい。そうなると、祥子さまの妹になったら祐巳さんもそうなるのだろうか?それはそれで面白いかもしれない。

 上級生同士が口論をしていると、祥子さまは自分の覚悟を見せつけるように宣言した。

「もし祐巳を妹に出来なかったら、学園祭が終わり次第お姉さまとの姉妹関係を解消しますわ!」
「えーっ!?」

 おもしr……とんでもない展開になってきた。祥子さまも相当テンパっていたようで、紅薔薇さまが真っ白になっている。黄薔薇白薔薇さまも流石にはしゃぎすぎたかと、沈黙している。

 祐巳さんが妹になれば、彼女のささやかなプライドを除いて全てが丸く収まる。反対に妹にならなかった場合、紅薔薇姉妹は互いに関係を失い祐巳さんはその原因として学園中に語り継がれることになるだろう。

 そんな中、哀れな被害者である祐巳さんが今にも泣きそうな顔で迫ってくる。

「な、なんでこんな恐ろしい提案するんですかーっ!?」
「やっちゃったZE☆ いやーここまで膨らむとは正直予想外、メンゴメンゴ」
「うぅ~っ!」

 真耶としても、ここまで他の薔薇さまが食いつき、つぼみの祥子さまが暴走するとは思わなかったのだ。祐巳さんには申し訳ないが、もはや賽は投げられたのである。祐巳さんとしての最後のプライドを捨てるか、憧れの祥子さまと紅薔薇さまの破局を望むか。まさに究極の選択、みたいな?

「……嫌な事件、だったね」
「あなたの所為です(よ)!!」×3

 どうやら完全に紅薔薇一家には嫌われたようである。他の薔薇達からの視線も冷たい。

 ぶっちゃけ真耶にとっては些細なことではあったし、本来の目的も一応達したので問題ない。そう、これだけの会話があったのにもかかわらず、真耶は自分のフルネームを答えていないのだ。

 他の一年に紹介されることなく、自分の存在への追求を逸らし続けた。一言でも祐巳さんか蔦子さん、志摩子さんが名を口にすれば即バレなのだが、真耶は道化を演じることでその暇を与えなかったのである。微妙なキャラと認識させることにより、他人からの興味を失くさせる……真耶の今までの平穏地味な生活を守る為の布石。その為の犠牲は問わない。

 汚い!さすが真耶汚い!

 こうして祐巳さんを中心に紅薔薇一家全体での賭けに変貌したまま、その日の山百合会の会合は幕を閉じた。



 翌日、スキャンダル大好き少女達は祐巳さんの心境など知らず、噂話に花を咲かせるのであった。

「――ということがあってねー」
「……詳しい情報が聞けたのは嬉しいけど、私に何を要求する気?」

 噂話の中心は祐巳さんのみ。事件当時現場にいた蔦子さんと真耶のことは欠片も話に出ていない。

 そんな祐巳さんを心配していた桂さんに詳しく事情を説明してあげると、それだけであからさまに真耶を警戒してくる桂さん。……なんでさ?

「噂話の信憑性をあげてもいいし、祐巳さんを心配して助けてあげるのもいいよ。ただし、けして私の名前を出さなければ、ね」
「ここまで聞かされて噂を広げる気にはならないじゃない……確信犯?」
「EXACTLY(そのとおりでございます)」

 あ、桂さんの目がかなり冷やかになった。

「真耶さんは祐巳さんを助けてあげないの?」
「まあ彼女には頼もしい友人が多いみたいだからねー」

 視線を教室の入り口に向けると、祐巳さんと蔦子さんがいかにも『新聞部』という生徒と話している。蔦子さんがわざとらしく教室を見渡した後、祐巳さんに一言声をかけると彼女は新聞部に捉まることなく廊下へと消えていった。

 それについ先ほどタイミングを見計らうように志摩子さんが教室から出て行ったのを察するに、祐巳さんのフォローに行ったのかもしれない。

「平凡な祐巳さんだからこその人徳って奴かな?」
「気づきにくいけれど、気づいてしまえばそれはとても心地よい……って何を言わせるのよ!?」
「恥ずかしいセリフ禁止ー」
「むー!」

 やばい、桂さんがすごく可愛い。

 やはりこのリリアン女学園という場所は、否応無しに多くのガチ百合を生み出そうとしているのではないだろうか?K☆E☆N☆Z☆E☆Nな真耶でさえ、油断をすると百合百合してしまいそうで怖い。

 これこそがマリア様(笑)の呪い……とでも言うべきか。



「どうしてこう、いらん場面ばっか遭遇するかなー、日頃の行い?」

 真耶が帰ろうとした時、俯いた祐巳さんを連れた祥子さまが校舎裏に向かうところを目撃したのだ。

 つい先日の勘違いが思い浮かんだが、彼女達の今の心境プラス校舎裏とくると邪推しても仕方ないと思う。お嬢さま学校だからこそ、いじめの類は陰湿に行われるとグーグル先生は仰っていた……たしか。

 今日は自分一人だし、気をつけてさえいれば巻き込まれることはない……そう思ってた時期g(ry



 後をつけていくと、そこにあったのは第二体育館だった。

「そういえば学園祭で演る劇の立ち稽古が、とか言ってたっけ?」

 入り口の影から不審者っぽく中の様子を窺ってみると、山百合会とは別に二十人くらいの生徒が確認できる。おそらくはダンス部だろうその集団の中に、祐巳さんが一人ぽつりと混ざっていた。

「集団でいじめ、でもないしただの練習か……また勘違いか、ついてないなー」
「昨日の問題児に会えた私はついているね」
「――っ!?」

 真耶はにげだした!

 しかしまわりこまれた!

 にげられない!

「これはこれは白薔薇さま、他の方々は既に練習しているようですが?」

 後ろから羽交い絞めにされた真耶は、苦し紛れの皮肉を言ってみるが……

「遅刻サボリは私の代名詞でね、一々皆も注意することはないんだよー」
「それはそれで空しいですね」
「……実は私もそう思う」

 そのままの姿勢で二人は溜め息をつくと、白薔薇さまは真耶を開放した。

「すんなり開放するとは意外でした……ガチ百合的な意味で貞操の危機かと」
「君ってホントにリリアンの生徒っぽくないね……」

 素直な感想を言うと、白薔薇さまは頭を抱えてしまった。こういったスキンシップを取ってくるタイプは下手に抗うと逆効果なので、冷静にかつ相手の気力を萎えさせる発言が効果的だ。紅薔薇一家だと白薔薇さまのいいカモではないだろうか?

 またこういったタイプは逆にスキンシップされることに慣れてなかったりするが、面倒くさいので真耶がそれを試すことはない。

「で?名無しの君がこんなところに何の御用?」
「祐巳さんがドナドナの子牛のごとく、祥子さまに校舎裏へ連れて行かれたので……」
「わかった、もういい……」

 心底疲れたような白薔薇さまは、真耶と会話することを諦めた。

「それじゃあ実際に遅刻してるし、私はもう行くよ」
「そうですねー巻き込まれて巻き込んだ祐巳さんのこと、上級生として一応見守ってあげてください。まあ出来る限りでも構いませんので」
「……一々一言が刺々しく聞こえるのは、私の気のせい?」
「いえ、わざとです」
「…………」

 振り向くことなく白薔薇さまは体育館の中へ入っていった。

「……名無しの君とか、ワロスw」

 どんな人を相手にしようが、真耶はどこまで行っても真耶だった。祐巳さんを含めた山百合会の面々が、様々な思案に耽っていても関係ない。彼女はリリアン女学園の中でも極めて『自由』が信条な人物なのだから……。





あとがき

ちょこちょこと原作を変化、紅薔薇さまテラ巻き添え。
大局的にあまり効果はないので、単純に作者の趣味です……ごめんなさい。



[3792] マリア様が……こっちみんな! 第三話「水曜日の歌姫、金曜日の『生』下着」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:33
 水曜日の朝、教室に入った真耶を待っていたのは……数人のクラスメイトに囲まれて泣いている祐巳さんだった。

「え?何この状況?」
「いや、私のミス……になるのかなぁ?」

 桂さんが困ったように事情を説明してくれた。

 祐巳さんが山百合会の劇の手伝いにまで巻き込まれた件については彼女自身から説明されたのだが、祥子さまのことについて聞かれた祐巳さんは何も答えられず泣き出してしまったのだという。

「ふーむ、思った以上に重症か~……さて、どうしたものか」

 そう呟くと、特に何をすることもなく席についてしまう。そんな真耶を見たクラスメイトも囲まれていた祐巳さんも、彼女のあまりに素っ気ない態度に呆気にとられている。

(直接的に助ける気はないのね……)

 そんなクラスメイトを見る桂さんは、一人溜め息をつき……泣いていた祐巳さんにハンカチをそっと差し出した。





マリア様が……こっちみんな! 第三話「水曜日の歌姫、金曜日の『生』下着」





 毎日のように一年桃組の教室に沸いてくる新聞部、彼女らへの祐巳さんの対応を桂さんにそっと聞いてみる。どうやら新聞部の魔の手から逃れる為に、祐巳さんは志摩子さんと蔦子さんを伴って昼食を隠れてとっているらしい。蔦子さんまで一緒なのは初日にさらっと嘘をついたことからだろうか?

 まあ真耶には関係ないことなのでいつも通りミルクホールでゆっくりしようと向かった先に、直線に切り揃えられた短い髪をした美人が一人食事をとっているのが目に映った。いつもならスルーするのだが……真耶のレーダーにティンとくるものがあったので、あえてその女生徒の前の席にドカンと弁当を置いて座ってみる。

 目の前の女生徒はいきなりの真耶の怪行動に面食らっていたが、中々冷静な性格らしくすぐに持ち直した。そしてお互いに話すことなく、黙々と二人して自分の弁当を食べている……周りの人達からすれば、さぞ不気味に見えたことだろう。

 リリアンに通う女生徒とは思えないほどに、真耶は食事をとるのが早い。どうでもいいことだが。

 既に食べかけていた目の前の女生徒が食べ終わるのと同時に、手もつけていなかった自分の弁当を完食した。それを目の当たりにした彼女は少し驚くが、やはり取り乱すことなくこちらを見据えてくる。ここまでくると黄薔薇のつぼみの妹とはまた違った、自分と似たシンパシーを感じる。

(なんというかこう、腹黒い?物事に冷静に対処できる人間には多いタイプとみた!)

 せっかくなので食後の談笑にでも付き合ってもらうべーと、真耶は今朝の出来事を唐突に目の前の女生徒に話してみた。

「――ってなことがあったんですけど、あなたはどう思いますー?」
「……そんなことをいきなり相談されても困るのだけれど?」
「ですよねーw」

 それはそうだ。何せ互いに見知らぬ名乗らぬ他人同士、いきなりそんな人物にクラスメイトの話などされても困るしかないだろう。

「いやいや、もちろんそれは百も承知ですー。ただ、全く面識のないあなただからこそ何か気づくことがあるかも?」
「(何故に疑問系?)……そうね、事態をわざと傍観するあなたのようなクラスメイトがいることが彼女の最大の不幸」
「……中々言ってくれますねー、まあ自覚はしてますが」
「(自覚はしてるのね)あぁ、そう……」

 偶々薔薇の館に行くのを目撃されて、偶々零した一言で平和な学園生活を乱されて、偶々助けてほしい場面をスルーされて……真耶がそれぞれの場面で関わらなければ、もう少し穏便にことは済んだのかもしれないが……でもそんなん関係ねぇ!現実で起こってしまったのはもう事実であり、今更IFを想像しても意味は無い。というか責任転嫁するのは好きだが、逆にされるのは嫌いなのだ。

 祐巳さんには本当に申し訳ないが、あの日あの朝あの場所で祥子さまと出会ったのは、もはや運命と割り切るべきだろう。うん、ディスティニー。

「まあ最終的に憧れの祥子さまの妹になるという、祐巳さんの望みは実現するだろうしねー」
「あら?人生は何が起こるかわからないものよ?」
「いえいえーその件に関しては、確定的に明らかですので」

 やけに断定する真耶を女生徒は訝しげに見る。

「結局のところ、祥子さまの妹にふさわしいか、と拘っているのは祐巳さんだけですから」

 真耶が思うに、祐巳さんは乙女チックな夢を見すぎなのだ。ただでさえ純粋培養のお嬢さまが集う学び舎なのに『姉妹』といった儀式が流行っているのである。これでは祐巳さんのような夢見る乙女が量産されるのは当然だろう。

 戦わなきゃ……現実と……。

「そんな風に自分のことだけであっぷあっぷになってるから、見えてくるものも見えてこないんだよねー」
「祐巳さんに見えてないもの?」
「きっかけは偶然だったかもしれないけど、それでも彼女に妹になってほしいという気持ちは、今現在の祥子さまの本当の気持ちだ、ということです」

 あのプライドの高い紅薔薇のつぼみが、自分にふさわしくない妹をわざわざ選ぶことがないことくらい祐巳さんにも分かりそうなものなのだが。

「……そこまで分かってるなら、彼女に教えてあげればいいのに」
「ダメですーそれじゃあ意味がないっス。こーいうのは自分で気づかないと為にならないんでー」

 なんて自分はクラスメイト思いなのでしょう!

「自分で言ってたら世話ないわね」
「……心の声を読まんで下さいなー」

 やはり目の前の女生徒は只者ではない。一目見たときからリリアン一般生徒にはない、カリスマというか雰囲気を持っていると真耶は思っていた。というか心の声読むのは怖い、マジで。

「あら?そろそろお昼休みも終わりみたいね」
「話してたらあっという間でしたね~、いやーあなたのような美人さんとお話できて光栄ですー」
「……あなた本当にリリアン生?」

 しいて言うならリリアン生(笑)?

「ではまた機会がありましたらお会いしましょー」
「そうね……機会があったらね」

 その女生徒の顔から読める言葉は「できれば会いたくない」だったが、真耶は一向に気にしない。そうして互いに名前を最後まで名乗らずに、昼食を一緒に食べた二人は食後の談笑?を終え、それぞれの教室へと帰っていった。

「綺麗な顔立ちに綺麗な声をした人だったけど、山百合会関係だったりはしないよね……?」

 ぽつりと呟く真耶に答える人はいない。

 そんな不思議な出会いがあった水曜日。





「何で外に閉め出されているの?」

 金曜日の放課後、リリアン女学園高等部の被服室の扉の外に二人の生徒の姿があった。

「蔦子さんのカメラ並に私の目が危険視された……OTL」

 一人は写真部のエースこと武嶋蔦子さん、もう一人は平穏地味な生活を夢見る少女A……もとい山田真耶。山百合会の劇で使用する衣服の仮縫いの試着が、現在進行形で部屋の中で行われている。

 衣服の試着ということは、リリアン女学園が誇る山百合会幹部の素晴らしき下着姿が拝めると思い、スケベ親父丸出しで志摩子さんについていったのだが、祐巳さんと違い関係者でもない真耶はあっさり追い出された。特に紅薔薇姉妹に。

 蔦子さんもあわよくばと寄ってきたのだろうが、真耶が閉め出された以上カメラを持って自分が入ることは叶わないと諦める。

「失敗したわね~下手に警戒されなければ、私は入れたかもしれないのに……」
「それはないね。彼女たちの麗しい下着姿を写真に写すなんて無粋、やはり『生』で愛でるのが一番!」
「何を言ってるの?写真に写すことで、永遠にその被写体の素晴らしき下着姿を愛でることができるのよ?それが理解できないのかしら?」
「いやいやー『生』が一番だね!何より響きが素晴らしい!ビバ『生』!!」

 だめだ、この変態……はやくなんとかしないと……。

 被服室の中の様子が手に取るように分かるだろう、扉の外で下着姿と連呼する変態がいるのだから。ただ、注意しに出てこないところをみるに、関わり合いになりたくないと判断したようだ。まあなんだ……気持ちは分かる、たぶん。

(……ところで真耶さん?この扉にカギは?)
(さすがに手芸部員もいるし、そこまではしてないみたいよー?)
(なにかハプニングでも起きれば駆け込もうかな)
(その意見に『全力』で賛成する!)

 自分の欲望に素直に人間が手を組むのはよくある話。

 そんな彼女達の念が通じたのか、部屋の中から祐巳さんの可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。

「きゃー!」

 二人の行動は素早かった。

 悲鳴を聞いた瞬間に扉を真耶が蹴り開けて、部屋に飛び込むと同時に祐巳さんを探す。そして辺りを見回す中、下着姿の山百合会幹部を目に焼け付かんとばかりに「くわっ!」と開眼する真耶。蔦子さんも「シャッターチャーンス!」と言わんばかりにカメラを構えるが、横にいた真耶に容赦なく眼鏡を奪われ行動を止められた。

 蔦子さんはカメラマンとしての意地があるだろうから、眼鏡を奪われろくにピントの取れない写真を撮ることはないだろう。もちろんこれはその為の妨害である。効果はバツグンだ!

「う、裏切り者~!」
「悲しいけど、これ戦争なのよねー。ん~祥子さまのスリップ姿……ふつくしい。祐巳さんは……その、なんというか……頑張れ?」

 何かを犠牲にして入った部屋の中には、紅薔薇のつぼみと祐巳さんが下着姿で戯れているだけだった。他の薔薇さま方は全員劇の衣装合わせを済ませており、麗しき『生』下着は拝めなかった……残念。

 突如部屋に飛び込んできた乱入者に全員が硬直している中、真耶は眼鏡を蔦子さんに手渡すと肩に手を置き……やれやれと頭を振る。

「駄目じゃない蔦子さん。祐巳さんが心配だからって、いきなり飛び込むのはいけないわ?」
「――はぁっ!?」

 はい、責任転嫁完了ー。

 こういう時は先に言ったもの勝ちである。少し前の変態談議により、確実に蔦子さんにも白い目が向かう。そんな露骨な蔑みの目に慣れていないのか、蔦子さんはOTL状態でうな垂れていた。

(勿体無いなー祐巳さんと祥子さまはまだ『生』下着姿を晒しているというのに……)

 おや?祐巳さんと祥子さまの様子が……?

「あなたって人はっ!!」×2

 まだ姉妹になっていない筈なのだが、それを微塵も感じさせないほど息が合った二人に真耶は思いっきり張り倒された……合掌。



「……彼女、どうにかならないかしら?」

 仮縫いの試着を終えた紅薔薇さまが呟いた。

「まあ面白いから私は別に気にしてないけど?」

 特に被害の無い黄薔薇さまはカラカラと答える。

「蓉子には申し訳ないけど、私はあの子に関わりたくないなー」

 体育館前でのやりとりを思い出して、溜め息をつくのは白薔薇さま。

「私を巻き込んだのは腹立たしいけれど、祐巳さんの平凡故の魅力は祥子にとっても私にとっても貴重だわ。祥子の妹として祐巳さんを手放さなくて済んだのは結果的に彼女の提案のおかげ……これは一応山百合会の為になる、ということになるのかしら?……その過程は最悪なのだけど」
「……そうね、平凡な祐巳ちゃんが祥子の妹なんて無理かな?って思っていたけど、案外いい組み合わせに私からも見えるよ。それに噂話とかで祥子も祐巳ちゃんも精神的に疲れてただろうし、さっきのやりとりもある意味息抜きができた……かも?」
「で?蓉子としてはどうしたいの?」

 紅薔薇のつぼみの妹の問題、山百合会としてもあまり長期化してしまうのは困る。ただでさえ山百合会はリリアン女学園で注目されていて、厄介な新聞部も何かあればすぐスクープしようとしたりする現状……祐巳さんが大人しく紅薔薇のつぼみの妹になってくれると色々と助かるのだ。こちらとしても、彼女には申し訳ない話ではあるのだが。

(最初は片意地をはっているだけかと思っていたけれど、今は確実に祥子は祐巳さんに惹かれているし……)

 そこまで考えてふと気づく……名前を知らない真耶のことを話していた筈なのに、いつのまにか祐巳さんと紅薔薇のつぼみのことに意識が移っていたことに。過程や方法の是非を問わずに結果を優先する彼女は、はっきりいって人から好まれない……そう、話題に出すことすら疎ましく思える。

ざわ……ざわ……

「……やられたわね」
「蓉子?」

 あれだけ目立つ行動をしておきながら、周りの皆にほとんど意識されていない。祐巳さんが紅薔薇のつぼみの妹になるきっかけとなる場に巻き込まれておきながら、最近学園に流れている噂話に欠片も出てこない。実際に当事者ではないから当然なのだが。

 そこにいる筈なのにいない、彼女の平穏地味な生活は保たれていた。

「くっくっく……そうは問屋が卸さないわよ?」
「……怖いんだけど、その笑い方」
「蓉子が壊れた……」

 子供が悪戯を思いついたような笑みを浮かべるのを、白薔薇さまと黄薔薇さまは一歩引いて見ていた。





あとがき

主人公の脳内設定は百合ではなくオヤジ。
原作の白薔薇さまのネジを二、三本飛ばした感じでしょうか?
次回登場の銀杏王子はどう料理したものやら……。



[3792] マリア様が……こっちみんな! 第四話「シスコンとの週末」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/04/24 01:31
「――神よ、あなたはどこまでも……どこまでも私を追い詰めるというのか……ガッデム!」

 土曜日の放課後、園内をふらふらしていた真耶は自分の迂闊さを悔やんだ。そんな彼女の視線の先には、見るからに好青年な男と楽しそう?に会話しながら歩く祐巳さん……を、図書館の影から見つめる祥子さまがいた。なんというストーキング。

 放っておけばいいものを、真耶の突っ込み精神がそれを許さない。

『こんなところで何をしているの!?』
「お、お姉さま!?」

 紅薔薇さまの叱責に慌てて振り向く祥子さま。

 しかし、先ほどの声は真耶の百八の特技のうちの一つ『声マネ』である。自分の姉ではなく真耶の姿を確認した祥子さまは、その制服に包まれたスタイリッシュなボディをぷるぷると震わしていた。

「……似てた?」
「――っ!!」





マリア様が……こっちみんな! 第四話「シスコンとの週末」





 祥子さまが繰り出してきた張り手を、真耶は頬に受けると同時に首をひねりその力の方向を逸らした。いい音を鳴らすが、そのダメージは最低限に抑えられている。そんな微妙な感覚に叩いた本人が困惑していた。

「……え?」
「『短気は損気』ですわー、祥子さま。何をそんなにカリカリしてるんです?」

 叩かれたことを全く気にしていない真耶は、改めて祥子さまの様子を窺う。

 ちょっとした声マネで張り手とは、祥子さまは相当ご機嫌斜めのようだ。先ほどの彼女の様子から察するに、祐巳さんに変な虫が沸いたことを心配しているのではないのは明らか。それにストーキングをしていた時の祥子さまの視線は、祐巳さんではなく相手の男の方に向けられていたのを真耶は見ている。

(するとあの男が山百合会の劇に参加する為に、花寺学院から来た例の王子さまといったところか……)

 リリアン女学園という女の園で、ただ一人の男があれだけ堂々と歩いていたのだ。外見もさることながら、おそらくその内面に関しても一級品なのだろう。というか、それほどの男を嫌う祥子さまってどんだけー?

「ま、いいかー私にも関係ないしー」

 一度目は志摩子さんと一緒に勘違い、二度目は自分一人の好奇心による勘違い……今回で三度目、藪蛇による勘違いは勘弁してもらいたい。それにしても、勘違いの件全てに祐巳さんが絡んでいるというのは、どうも認めたくないが運命的なものを感じさせる。

 ここは何も起きないうちに帰るのがベストと真耶は読んだ。

 それに祥子さまの性格上、真耶が聞いたところで何かを話してくれることはないだろう。おそらくその役目を担うのは、今回の騒動の中心人物である福沢祐巳という少女。わざわざ第三者である自分が関わることはない。

「んでは私はこれで……あばよぉ~とっつぁ~ん!」
「は?」

 お嬢さまには理解できないような捨て台詞を残して、真耶はその場を去っていった。





「あるぇー?」

 山百合会フラグを華麗に回避したと思っていた真耶は、目の前の状況に混乱せざるをえない。

 何故ならば、先ほど花寺の生徒と歩いていった筈の祐巳さんが、門の外に学ランを着て挙動不審にうろついているのだ。

 怪しい以外の何ものでもないのだが、よく見ると色々と相違点があることに真耶は気づく。

 顔立ちは祐巳さんに本当に似ているのだが、まず髪形がツインテールではない。さらにリリアン女学園の制服ではなく、花寺学院の制服を着ていること。そして体格についても、真耶の知っている祐巳さんより若干逞しい?……以上のことから、その人物が祐巳さんに良く似た別人という可能性があると推測する。

(いや、しかし……ここまで顔のパーツがそっくりとは、もしかして……?)

 その場合に考えられるケースは多くない、おそらくは祐巳さんの親類者の誰かだろう。

 実際に確かめる方が早いと、真耶は自分の使える特技を最大限に利用する。

『こんなところで何してるの?』
「――祐巳っ!?……ってあれ?」

 この『声マネ』、我ながら面白い特技だと思う。見事に引っかかったその人物は、本来の声の主を探してキョロキョロしているが目の前には真耶一人しかいない。うん、このリアクション間違いなく祐巳さんと同じだ。

「祐巳さんじゃなくて残念でしたー。ところで花寺の生徒がこんなところで何してるんー?」
「え、あ、その……はぁ?」

 未だにアタフタしている姿を見るのは面白いのだが、このままでは話が進まない。

「そろそろ落ち着いてちょーだいな?」
「あ、はい!す、すいません……」

 祐巳さんの名前に反応して、彼女とそっくりの顔しているのだからある程度の予想はついているが……本人確認をしておく。

「とりあえず、君の名前を聞いてもいい?祐巳さんとはどういったご関係?」
「えっと福沢祐麒、一応祐巳の弟ですけど……あなたは?」

 真耶の予想通り祐巳さんの関係者、しかも弟ときたものだ。

 素直に自己紹介してもいいけれど、ここはリリアン女学園の正門の前なのだ。時間帯のせいか今は真耶と祐麒君しかいないのが幸いではあるが、下手に時間をかけると下校する生徒が通りかかる可能性がある。何にしてもリリアン生が一対一で男性と一緒にいるのは目立ってしまうし、まずは場所を変える方が先決だろう。

「ごめんね~このままここにいると目立つから、こっちの方に来てくれる?」
「え?で、でも中に入るには許可とかいるんじゃ……?」
「許可や規則とはー破る為に存在するのだー」
「えぇ~っ!?」

 そう言うと真耶は戸惑っている祐麒君の手を取り、正門の内側……つまりリリアン女学園の中へと連れ込む。そのまま道なりに進んでは他の生徒にかち合う心配があるので、銀杏並木の道から脇に逸れた木陰の方へ。真耶も見た目はリリアン生に見えるので、祐麒君も無理に手を振り払えずになすがままに引っ張られていく。

 噂話好きなリリアン生がこの光景を見たらきっとこう思うだろう……手をつなぎ木陰へと歩く二人はまるで恋人達の秘められた逢瀬のようだ、と。


 あるあr……ねーよw


「この辺ならそうそう一目につかない……かな?」
「はぁ……」

 祐巳さんと比べると、祐麒君は若干リアクションが薄くてつまらない。本来ならお帰り願うところなのだが、正門の前にいた祐麒君の妙に心配そうな顔が真耶の感にティンと告げていた。これは何かある、と。

「では改めて。私は『リリアン女学園三年水野蓉子』といいます、よろしく祐麒君?」
「あ、どうも……」
「じゃあ何かワケありみたいだから、お話……聞かせてくれる?」

 さらりと嘘をつきながら、真耶は祐麒くんの話を聞くことにした。



「……話を要約すると、祐麒君の先輩である柏木生徒会長が花寺学院代表としてここに来ている。その柏木さんは普段はガチホモでその対象に祐麒君を狙っていたが、そんな君によく似た姉がリリアンにいると聞くと嬉々としてここへと出向いた。その際、非常に興味深そうに祐巳さんのことを話す柏木さんを見て不安になって、つい心配になって様子を見にここまで来てしまった、と?」
「ま、まあ……そんな感じです(ガチホモ?)」

 あの祐巳さんと一緒に歩いていたのが、そんなガチホモ男だったとは驚きである。

「つまり祐麒君はその先輩をお姉さんである祐巳さんに取られるのが嫌だったの?」
「違いますっ!!」

 柏木さんとやらと違って祐麒君はノンケのようだ。しかし、いくらガチホモ生徒会長といってもこのリリアン女学園内で騒ぎを起こすとは思えない。そんなことをすれば社会的に抹殺されるのがオチである。

 それくらいのことを想像できないくらい、祐麒君は迫られていたということだろうか?

「となると、そんな柏木さんが自分の姉に近づくのが心配だったのかなー?」
「――っ!?……悪いですか、家族の心配をして」

 もう一つの可能性を指摘してみたら、顔を真っ赤にしながら祐麒君は答えた。

 はい、どうみてもシスコンです。本当にありがとうございました。

(姉の身を案じてここまで来るとか、どんだけーw)

 思った以上の純情ボーイだった祐麒君に、真耶は思わず萌えかけた。紅薔薇のつぼみを出会い頭に魅了した祐巳さんと同じように、この祐麒君もそういった不思議な魅力を持ち合わせているのだろう。あれだけの美形な生徒会長に後ろを狙われても仕方ない。

「いやいや、全然悪くないよ……むしろ微笑ましいかな?」

 しかし、上級生タイプの猫を被るのは結構大変である。所々真耶の地が漏れてしまう。

「柏木先輩が学校から出る時に『ユキチにそっくりなお姉さんか、これは是非とも……』とか気になる台詞を言いかけてやめるし、祐巳は何故かリリアンの山百合会に巻き込まれてるとかいうし……」
「……それはまた、大変ねー」

 ごめん祐麒君、君に対する柏木さんの気持ち……すごくよくわかる。

 非常にからかいがいのある性格をしている、実に面白い姉弟だと思う。うーむ、ガチホモ部分を除けば柏木さんとは上手い酒が飲めそうだ。それ以上の関係はお断りだが、ガチホモなら貞操の心配もないだろうし。

「まあ祐麒君の心配もわかるけど、ウチの山百合会連中もキレ者揃いだからね。柏木さんもそうそう迂闊なことはできないと思うし、逆に祐麒君がこうやって学校に来てる方が祐巳さんに迷惑かかっちゃうんじゃないかな?」
「……そうですね。すいませんでした、俺帰ります」
「ううん、私も無理に中に入れちゃったからね。責任持って外に送ってあげるわー(面白い話も聞けたし)」

 そう言って再び祐麒君の手を取って、並木道の方へ戻る。

「ちょ、ちょっと蓉子さん?」
「手をつなぐくらいいいじゃない、それとも私なんかとは嫌かしら?」
「い、いえ、そんなことはないですけど……」

 祐巳さん共々押しに弱い……これではいつ柏木さんに掘られてもおかしくはないかも。ただでさえ祐巳さん似の女顔なのだから、押しに強くないと男子校だとすぐに「アッー!?」な展開にならないか?w

 そんなことを考えていた真耶は、つい周囲への警戒をおろそかにして気づかなかった。手をつなぎ正門の方へと歩いて行った二人を、少し離れた木陰から七三分けが特徴的な髪型の手帳とペンを持ったリリアン生が見ていたことに……。



 正門の外に向かう途中には、運が良かったのか他の生徒とはすれ違わなかった。

「じゃあ祐麒君、祐巳さんが心配だろうけど気をつけて帰ってねー?私もそれとなく気にしておくから」
「はい、色々すいませんでした蓉子さん。それでは失礼します」
「ごきげんよう」

 最初はともかく、最後はピシっと礼儀正しく決めた祐麒君はそうして帰って行った。

 彼の姿が見えなくなると、真耶は大きく息を吐いた。

「最後まで『水野蓉子』で通せたー、てか初見のしかも他校生の人にそれを見破れるワケもないかw」

 それに祐巳さんの性格上、家族だからといって山百合会のことや紅薔薇さま個人のことを何でもかんでも話しているとは考えにくい。しかも男家族である祐麒君であるならなおさらだろう。

 つまり、この嘘がばれることはほぼない。祐麒君はここに来たことを祐巳さんに話さないだろうし、いずれは紅薔薇のつぼみの妹になるであろう祐巳さんが、紅薔薇さまを彼女の家に招いたりして祐麒君とばったり遭遇させたりしない限りは。

「んじゃさっさと帰るとしますかねー」

 そんな楽観的思考な真耶は、自分に対してのいくつかのフラグに気づかない。

 実は真耶の在り方に紅薔薇さまが気づいていたり、祐麒君と一緒にいたところを誰かに目撃されていたり、名前を偽ったとはいえ年頃な男子生徒が手をつないだり、親切にされた異性に対し想ったりすることとか。

 まあ紅薔薇さまに関しては気づけという方が無理なフラグでもあるし……むしろ気づいてたりする方が怖い。二つ目は完全な真耶の油断。最後のフラグに関しては年頃のリリアン生なら普通気づきそうなものなのだが……色々と無駄にずる賢い真耶は、そのことだけは無自覚だった。

 真耶の外見に関しては、黙ってさえいればわりと美人の類に入っていたりする……黙ってさえいれば。

 これが物語にどう影響するか、それはまだ誰にもわからない……。



[3792] マリア様が……こっちみんな! 第五話「銀杏臭い二週目」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/08/21 15:09

「なあ祐巳、水野蓉子さんって確か山百合会の人だったろ?どんな人なんだ?」
「うぇ?何で祐麒が紅薔薇さまのこと知ってるの?」

 ある朝、登校しようとしていた祐巳に玄関で祐麒が不意に問いかけてきた。

 その問いに何故か出てきた紅薔薇さまの名前に、祐巳は靴を履きながら疑問を浮かべる。

「何でって……リリアン女学園と花寺学院は文化祭に互いの生徒会から手伝いを出すんだよ。つまり先月の花寺の文化祭に、山百合会の人達は来てたってこと……祐巳さー山百合会の手伝いしてるんだろ?」

 知らなかったのか?と言わんばかりの祐麒の視線に祐巳は慌てて記憶を振り返った。確か祥子さまが妹宣言した時、その理由の説明に紅薔薇さまがそんなことを言っていた気がする。

「そうだったかも……だから紅薔薇さまのこと知っていたのね、でも何でそれをわざわざ私に聞くの?」
「男子校への手伝いだったから、ゲストの警備がすごかったんだ。だから山百合会幹部が来ていることは知っていても、実際に顔までは見れなかったから……山百合会の手伝いをしてる祐巳なら多少は知ってるかと思ってさ」
「……ふーん?」

 やけに紅薔薇さま個人に興味を持っているらしい自分の弟を、祐巳はじと~っとした目で見る。

 祐麒も年頃ではあるし、そういった異性に対する想いがあっても不思議ではない。しかし、その相手がよりにもよって三年の上級生で祥子さまのお姉さまである紅薔薇さまとは……我が弟ながら随分と高嶺の花に見惚れたものだ。

「な、何だよ……その目」
「べ~つ~に~?そうだ、何なら今年のウチの文化祭で紅薔薇さまに頼んで紹介してあげようか?」
「か、勘違いするんじゃないぞ!?お、俺じゃなくてクラスの小林の奴が……」

 はいはい、ごちそうさま。

 ツンデレ調な祐麒の反論を「いいお姉さん」的に流す。口では何と言っても流石は姉弟、その百面相である程度何を考えているかはバレバレである。こうも顔を真っ赤にして否定されても、逆にこっちが照れてしまいそうだ。

 そんな福沢姉弟の思考が、実は根本的に勘違いなのだと突っ込む者はいなかった。





マリア様が……こっちみんな! 第五話「銀杏臭い二週目」





「一年桃組の山田真耶さん、少しお時間よろしいかしら?」

 学園祭もあと三日に迫り、今週は午前中授業ばかりなので早く帰ろうとした真耶を一人の生徒が呼び止める。

「あぁん?」

 誰だワレ?と真耶が振り返ると、その先には黄薔薇さまに勝るとも劣らない素晴らしき凸を持った生徒がいた。綺麗な黒髪を七三分けのようにしてお凸を晒している彼女は、きっと黄薔薇さまファンに違いない。

 そんな邪推をしていると、それを微妙に感じ取ったのかやや不快そうに話を続けてくる。

「……失礼。自己紹介がまだでしたね?私は同じ一年で、新聞部所属の山口真美です」
「へーあの新聞部?」

 ゴシップ好きなリリアン生に様々な娯楽を提供する新聞部、その為か一般生徒からの支持は多い。スクープされる有名人の方からしてみれば、うっとおしいこと甚だしいだろうが。

 しかし、そんな新聞部が真耶に用事があるとは考えにくい……極力目立たないように行動してきた筈なのだから。

「で?その新聞部が私に何の用?」
「先日、校門近くの木陰で花寺の生徒と密会していたことについて」
「へぁ?」

 あれー?あの場面をばっちり見られてた?

 確かに祐麒君をからかうのに夢中になって、周囲への警戒がおろそかになっていた節はあった。だがよりにもよって新聞部に目撃されるとは運がない、と真耶は頭を掻く。

「あちゃー困ったなー」
「おそらく私のお姉さまならば即記事にするのでしょうが、私はきちんと当事者に話を聞きますので安心してください」

 詳しい事情を聞かずに記事にするとか、素晴らしいスクープ精神だね真美さんのお姉さまって。

 人となりはともかく、その情熱だけは評価してもいいと思う。

 祐麒君との話は確かに密会とも言えるが、内容は大したことではない……下手に誤解をされて噂が膨れ上がるのは困る。リリアンと花寺双方の学校のモラルが問われたり、真耶はともかく祐麒君個人に責任がかかったりしては色々と申し訳ない。ここは早めに芽を潰しておくべきだろう。

「ところでさー真美さんは私の家の事情は知ってる?」
「は?」

 急に話を変えられて真美さんは戸惑っている。

「実は私が小さい時に両親は他界しててねーそのまま孤児院にお世話になっていたのさー」
「――っ!?」

 真耶も小さかったのでその当時の記憶はほとんどない。それに孤児院の院長先生が気を利かせて、なるべく辛い過去を思い出さないように両親の話をしなかったのも理由の一つである。おかげで気楽な毎日を送っていた。

 そんな風に普通に孤児院で暮らしていた真耶に、ある日劇的な転機が訪れる。

「母がリリアンの卒業生だったらしくてねー孤児院に学園長さまがわざわざ私を訪ねてきたわけよー」
「…………?」

 花寺の生徒との密会について話を聞きに来たのに、いきなり重い身内話を聞かされて真美さんは混乱している。

 ふふふ、すり替えておいたのさ!

「それで身寄りのない私を哀れに思ったのか、学園長が私を引き取りたいと言ってきてねー?」
「え、学園長が?ってまさか……」

 ここまできてようやく真美さんは真耶が何を言いたいのか理解してきたようだ。パパラッチなお姉さまを持った所為か、真美さんは実に頭の回転が速い……それ故にこの手は上策。

「真美さんは賢いねー。そう、今の私の身元引受人はリリアン女学園学園長ことシスター・上村なんだよ!!」
「な、なんだってーっ!?」

 ビシっとポーズを決めて宣言すると、ノリがいいのか真美さんも乗ってくれた。つまり、学園長に大きなコネがあると言いたいワケだ、虎の威を借る狐とはよくいったものである。

 真美さんは非常に悔しそうな顔でこちらを睨んでいる。

 要は記事にしてもいいけれど、その場合学園長が直々に動く可能性がある。その結果、新聞部自体がどうなるかわかりませんよー?と真美さんは言われているワケだ。一部員にすぎない真美さんには、ちと荷が重い取材と言えるだろう。

「……詮索をするな、と?」
「見ていたのが真美さんだけならね。他にいたなら仕方ないけど、それはどうなん?」
「他に目撃者は、いなかったわ……」

 それならば話はここまでである。

 しかし、ただそれだけでは真美さんも納得しきれないだろう。

「オフレコにするならば、真美さんだけには事実を教えてあげるよ?」
「……どういう風の吹き回し?」
「記事にされると困るだけだし、真美さん個人が知るくらいは何ともないから」

 せいぜいが祐麒君のシスコンっぷりを知る人が一人増えるだけだ。

 それに有名な山百合会幹部と知り合ってしまった以上、いつかは一般生徒に気づかれたりするかもしれない。そういった事態に備えて、新聞部に繋がりを持つのは悪いことではないと真耶は判断した。



「――ってことがあったのさー」
「はあ、祐巳さんの弟さんだったのね……ネタとしてはあまり強くない、か。確かに真耶さんの後ろ盾を考えると、下手に手を出さないで正解だったと言えるのかしらね?」

 事情をきちんと説明されれば、真美は冷静に状況を判断できると分かっている。彼女と同じ一年ではあるが、自分のお姉さまである築山三奈子さまは大層ゴシップ好きなパパラッチ……これくらいクールでないとやっていけないのだ。

 自己反省をしていると、真耶さんが真面目な顔をして話しかけてくる。

「勘違いのないように言っておくけど、新聞部の行動を全面的に束縛する気はないからねー」
「どういうこと?」

 学園長の威光をちらつかせておいて何を言うのか?真美がそう訝しむと真耶さんはさらりと答えた。

「要は『私』を記事にしなければいい。それさえ守られるのなら、逆に山百合会のスクープ情報を提供するのもやぶさかでない。まあそこまで内に入れるワケではないけど、あくまで祐巳さんのクラスメイトにすぎないし」
「真耶さんのことあまり知らなかったけれど、いい性格してたのね……」
「人間なんてそんなもんよー?」

 真美は何やらとても疲れたように溜め息をついた。

 ちょっとした取材の筈だったのが何故か巨大なコネによる圧力を受けたかと思いきや、その対象以外の取材を逆に促進されるとか。ただでさえ真美は唯我独尊なお姉さまに振り回されているが、彼女……山田真耶という人物はそれ以上に性質が悪かった。

 お返しに皮肉を言ってみても彼女は平然としている。

 全くノーチェックだった生徒がいざ蓋を開けてみれば、自分の身の保障の為だけに平然と山百合会を売るような悪魔だった、と。真美は今までの固定概念が崩れていくのを感じていた。

(これはいい教訓になる……人の本質は噂話程度ではとても量れない。彼女のように全く目立たない生徒だからといって、物事を楽観視すると痛い目に合う……お姉さまにも戒めてあげないといけないわね)

 その時どこかでポニーテールのリリアン生がくしゃみをしていたが、それはまた別の話。





 学園祭前日、最後の仕上げの為に殺伐となっている生徒達の中で、真耶はのほほんと校庭を散歩していた。

 要領のいい真耶は所々面倒な仕事をあえて可能な限り受けることにより、学園祭当日の自由権をクラスメイトと交渉していたりする……せっかくの祭をクラスの展示の手伝いに時間を割かれるのは勿体無いしからだ。前日までの仕事も真耶のノルマは既に終わっていた。もちろんノルマ以上の仕事をする気はないし、これもクラスメイトと交渉済み。

 そんな真耶の自分勝手な交渉に白薔薇のつぼみこと志摩子さんは微妙な顔をしていたが、自分も山百合会の劇の為にクラスにあまり貢献できてないと思ったのか何も言わなかった。何か不自然に落ち込んだ志摩子さん……そんな小動物みたいな行動されると萌えて困るのですがw

「ということでー落ち込んだ志摩子さんに餌付けでもしてみるかーっと銀杏並木をビニール袋と割り箸持って闊歩しているのでありますー……って誰に言ってんだ私?」

 うろ覚えなので確実性は保障できないが、確か志摩子さんの『主食』がギンナンだった……筈。

 正確には『好物』なのだが、まあそこまで大差はないので割愛する。

「クラス一の美女とギンナン、普通は結びつかないよねーってあれ?」

 ポツリポツリと潰れてないギンナンを拾っていると、気づくとマリア像の裏まで来ていたようだ。この辺だと通りかかる生徒もいるだろうし、別の場所に移動しようとした真耶はマリア像の表側からの声につい足を止める。

(こ、この声はもしや……?)

 足音を鳴らさないようにマリア像の陰へと移動して、表側をこっそり覗き見ると……そこには!?

(衝撃!山田真耶は見た!夕焼けのマリア像の前に一組の男女の修羅場が!?)

 シンデレラの劇の煌びやかな衣装を着た紅薔薇のつぼみとガチホモ生徒会長が何やら揉めている。冷静そうな二人が感情を露わにしている姿は珍しい、ただ祥子さまに限ってはもう慣れていたが。

 ガチホモ生徒会長こと柏木さんは現実を理解しているのだろうか?

 リリアン女学園でも有名な場所『マリア像』の前でリリアン生と言い争うとか、自殺行為だろう常考。お互いに頭に血が上ってるのだろうか、あ……柏木さんが祥子さまの手を掴んだ。柏木さん、それは死亡フラグです。

「やめてったら、離して!」
「祥子さま!?」
「祥子!」

 フラグが!フラグが立った!

 なんてボケをかましてる場合ではなく、修羅場に祐巳さんと白薔薇さまが乱入してきた。他の山百合会幹部も続々と集まってくる光景は、中々お目にできるものではない。

 というかこの状況、ばれたらわりと問題……ある意味、真耶にも死亡フラグが立ったと言える。

(知らんぜー勝手に盛り上がったのはそっちで、私は偶々マリア像の後ろに居合わせただけー)

 そんな真耶の言い訳に答える者はもちろんいない。

「――調子に乗るの、おやめになったら!」

 色々と思考が脱線している間に話が随分進んでいたようで、視線を戻すと丁度祥子さまが柏木さんに平手打ちをかましたとこだった。以前祥子さまに叩かれたことのある真耶だからこそ気づいた、今の平手打ちの恐ろしさに。

 まず何より威力が違う、加速や手首のスナップからして以前のより一・五倍はある。そして一番恐ろしいのが打点のポイント、頬の部分から顎へと打ち下ろすそのフォーム。ボクシングでは顎を揺らされると脳まで揺らされ意識が飛ぶとか、意識してやったのであればなお怖い。

(祥子……恐ろしい子!?)

 そして予想通り脳を揺さぶられた柏木さんはその場にあっさりと崩れ落ちた。潰れたギンナンが異臭を放つその地面へ……べちゃっと。

「ガチホモ生徒会長改めギンナン王子……テラワロスw」

 真耶の正直な呟きは、走り去った祥子さまと祐巳さんに意識が飛んでる柏木さんを起こす残りのメンバーのやりとりに流されて聞こえることはなかった。



 その後、下校する志摩子さんを待ち伏せて集めたギンナン袋を渡す真耶だったが、『主食』ではなく『好物』だったことがそこでようやく判明する。そんな真耶の唐突な行動に、やっぱり志摩子さんは微妙な顔を浮かべるのだった。ただ、そのギンナン袋はしっかりと受け取っていたが。



[3792] マリア様が……こっちみんな! 第六話「スイーツ(笑)な日曜日」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/08/21 15:25


 明けて日曜日の学園祭当日、真耶は校内で取材をしていた真美さんを捕まえていた。

「これこれ真美さんや?何故に逃げようとするのかね?」
「あまりあなたとは関わりたくないの」

 ストレートに直球を投げ込んでくる。

 そんなつれない態度がまた新鮮で、ついついからかってしまいたくなるが……今は聞きたいことがあるので自重した。

「ところでさー少し前から祐巳さんへの新聞部の取材が途絶えてたけど、何があったん?」

 真耶が自分の後ろ盾を真美さんに伝えたのは三日前、祐巳さんへの取材が途絶えたのはさらにその少し前の話。あれだけ興味津々だった新聞部が急に来なくなったことが、真耶は気になっていたのだ。

 新聞部部長の妹である真美さんなら正確な情報を知っていると睨んでの捕獲である。

「……話したら解放してくれる?」
「おk、把握した」

 そう言って白薔薇さまよろしく抱きついていた真美さんを解放した。捕獲=抱擁なのは完全に真耶の趣味である。真面目一辺倒な真美さんには効果的かと思ったのだが、お姉さまじゃないと満足できないらしい。

「誰もそんなこと言ってない!」
「ちょw地の文に突っ込まないでw」
「顔に出てるわよ!――もうっ、だから関わりたくないのに……」

 それはまた……サーセンw





マリア様が……こっちみんな! 第六話「スイーツ(笑)な日曜日」





「祥子さまが部長に直談判かーこりゃ随分と愛されちゃってるのねー祐巳さんってば」

 詳しい事情を聞くと真美さんとはそこで別れた、というか思いっきり逃げられた。

 今真耶が向かっているのは自分のクラスである。

「いやー物語のプロローグを見た者としては、エンディングまで見ておきたいものだよねー」

 一年桃組の教室に着いた時間は午前十一時頃、受付のところで祐巳さんと桂さんが何やら話していた。どうやら祥子さまが祐巳さんの交代の時間に待ち合わせしていたようで、今はクラスの展示を眺めている。三人ともまだ真耶に気づいていない。

 それならば、と……祐巳さんに気づかれないように背後に回り込むと、後ろから思いっきり抱きしめてみる。

「ぎゃう!」
「あは!」

 怪獣の子供のような声を上げた祐巳さんのリアクションに、真耶は耐え切れず爆笑した。

 しかし祐巳さん、仮にもリリアン生なんだからもう少し可愛らしい反応が見たかったよ。気配を消して近づいたから、桂さんも気づかなかったようでいきなり現れた真耶に驚いている。

「ま、真耶さん!?今日は自由行動って言ってなかったっけ……?」
「やほー桂さん。だから自由にクラスに来ただけでーっと、祐巳さんあんまり暴れるとおじさん困っちゃうぞー?」
「ふぇ?ってどこに手を入れてるのー!?」

 後ろから抱きしめた姿勢から、祐巳さんの制服の胸元にそっと手を忍ばす。

 真耶の推測が正しければ、ここに例のものがかかっている筈。ちょっと確認するだけなのにあまりに祐巳さんが暴れるものだから、彼女の鎖骨の辺りを艶かしくなぞってやると……大人しくなった。祐巳さんってば弱点多すぎ。

「おーやっぱりロザリオかかってるじゃん。賭けは祐巳さんの一人勝ち、かな?」

 誇らしげに祐巳さんの首にかかっているロザリオを触っていると、展示を眺めていた祥子さまがこちらを睨んでいる。

「……理解したのなら、いい加減祐巳を離しなさい!」

 祐巳さんと姉妹になっても、その性格まではホイホイ変わらないものだ。

「そうだ、お二人に一つ聞いてもいいですかー?」
「何かしら?」

 真耶から逃れた祐巳さんは祥子さまが後ろに庇う。そんな仲の良い二人に素朴な疑問を問いかける。

「お二人の今日の劇の役どころは?」

 例の賭けをそのまま考えると祐巳さんがシンデレラで祥子さまが姉Bになるが、

「シンデレラ」

 と答えたのが祥子さまで、

「姉B」

 と答えたのが祐巳さんだった。

 どうやらお二人はちゃんとした意味で『姉妹』になったようだ。他人事として面白かった姉妹騒動だったが、実際に祐巳さんが妹にならなかった場合のことを考えると背筋が冷える。もちろん祐巳さんが妹になる算段の方が強かったからこその博打だったのだが。

 真耶が特に介入することなくこの結果に辿り着いたのならば上々である。

「祐巳さん、祥子さまと行っていいよー」
「え?でも、まだ交代の人が……」

 これだけ色々とふざけた行動ばかりしていた真耶に、まだ遠慮の気持ちが抜けないとは……祐巳さんは本当に貴重な人だと思う。迷う祐巳さんの代わりに祥子さまの方へと視線を送る。

「祐巳、せっかくの彼女の(厚かましい)厚意……受け取っておきなさい」
「お、お姉さま……はい!」

 『お姉さま』と申したか?

 人の良い祐巳さんは丁寧に礼をしてから、祥子さまと二人仲良く教室を出て行った。

 後に残ったのは、頭に疑問符を浮かべまくっている桂さんと二人のあまりのスイーツさにだれた真耶。ちょっとした厚意に惚気が返ってくるとか、たまったものではない。

「ねえ、真耶さん?どういうこと?」
「んー?」

 桂さんが疑問に思うのも無理はない。学園祭までに祥子さまが祐巳さんにロザリオを渡すことができるか否か、その結果が舞台劇シンデレラに影響すると噂されていたのだ。元々の配役は祥子さまがシンデレラだったのだから、その祥子さまからロザリオを受け取ったならその劇の内容のように祐巳さんがシンデレラとなる、と。

 しかし、実際にはロザリオを受け取っていながら配役に変更なし。

 これに関して戸惑うのも仕方ないだろう。紅薔薇のつぼみの妹騒動の陰に実は紅薔薇姉妹破局の可能性があったなど、祐巳さんの為にも一般生徒にも言えるワケがない。ただ宣言した以上、祥子さまはそれだけの覚悟はあったと思われるが……これは蛇足である。

「ここだけの話、花寺の生徒会長って妙な噂があってね。その内容から祥子さまは姉として、妹である祐巳さんをそれから守った……ってところかな?」

 所々事実を隠しながらの言葉だったが、中々聞こえの良い美談っぽくなった。

 桂さんは完全には納得していないようだったが、真耶相手にとやかく追求する気はないらしい。あとは本来祐巳さんと交代する筈だったクラスメイトと合流したら、また出店に食べに回ろうと真耶は思った。





「夏草や兵どもが夢の跡……ってか?」

 屋上側の非常階段の最上階から、真耶はグラウンドのファイヤーストームを眺める。

 結局食べ歩きに夢中になっていた真耶は、山百合会主催の舞台劇シンデレラを見るのを忘れていた。主役のシンデレラがもし祐巳さんだったのなら、ビデオカメラ片手に確実に祐巳さんをからかいに行ったことだろう。

 祥子さま主演の正統派シンデレラを見てもあまり面白くない。

「しかしまあ……気づけば私も祐巳さんの魅力に囚われていたってことかねー?」
「あら?それは好都合ね」

 完全な独り言に返事が返ってくる。

 そこには腕を組んで仁王立ちをした紅薔薇さまが立っていた。祭の後の独特な空気に浸っていた真耶は、彼女が階段を上ってきたことに気づけなかったようである。

 今更何の用だろうかと紅薔薇さまを見るが、その微笑み……すごく……怖いです。

「私のお話聞いてくれるかしら?『山田真耶』さん?」
「BA☆RE☆TA!?」

 何故ばれたし。真耶の記憶の限り、同じ一年で積極的に紅薔薇さまに名前をばらす人はいない筈だ。可能性としては祥子さまの妹になってメロメロな祐巳さんが一番高いが……紅薔薇さまにわざわざ密告するような性格ではない。

 あらゆる可能性を計算している真耶を見て、それはもう楽しそうに紅薔薇さまが話しかけてくる。

「ふふふ、あなたのそんな顔が見れただけでもすっきりしたわ」

 実は取り乱さないように必死だったりする真耶。

「そーですかー、では拙者はこれにて……」

 油断を突かれてどう考えても不利な状況に、早々に立ち去ろうとするがしっかりと肩を掴まれる。

 振り払おうにも、後ろの彼女のどす黒いオーラに当てられたのか……身体が上手く動かない。

「知らないのかしら?紅薔薇さまからは逃げられない」
「HA☆NA☆SE!」

 どこの大魔王ですか、あなた。

 しかし、冷静に辺りを見ると紅薔薇さまはどうやらお一人のようだ。常にセットというわけではないが、薔薇さま方全員が『山田真耶』に気づいたのではなさそうだ。となると考えられるのは……、

「『私』が『自分一人』で辿り着いたのよ、あなたの本質に……ね?」
「バーローw」

 この二週間の努力?が無駄になった瞬間である。がっくりとうなだれてOTL状態になる真耶。

「……で?私に何の用ですかね?」
「あら、もう諦めてしまうの?」
「引き際がいいと言ってください」

 思えば薔薇の館での初めての邂逅の時に、紅薔薇さまを賭けに巻き込んだのが運のつきだったのだろう。面白さを追求した結果がコレだよ!つまりは真耶の自業自得。

 ただ紅薔薇さまに対してやったことは、賭けに巻き込んだことと名前を隠してたことくらいだ。名前を隠していたのは一年以外の山百合会幹部にも当てはまるが、それを含めても真耶は実は大したことはしていない……必要以上に責められる筋はないのだ。

「それで?名前を隠していただけの下級生にお説教でもします?」
「そんなに警戒しなくてもいいわ。必要以上にあなたを巻き込む気はないのだから」

 『計算通り(ニヤリ)』とかの言葉が似合いそうな紅薔薇さまにしては珍しい。てっきり騙していた罰と言って、真耶を山百合会の従順な手駒にでもする気かと思っていたのだが……そうではないようだ。

「日本語でおk」
「あなたにも一応感謝の気持ちがあるのよ、結果的とはいえ祐巳ちゃんのような貴重な娘を祥子の妹にできたのだから」

 おそらく真耶がいなかったとしても、祐巳さんは祥子さまの妹になったと思っている。あの朝、運命的な出会いをした二人はきっとなるべくしてなったのだ『姉妹』に。

 これ以上の感謝はそんな二人の想いを壊す。紅薔薇さまもそれは理解しているのか言葉を止める。

「結局何が言いたいのか、まとめて三行くらいでお願いしますー」
「三行ってあなたね……まあいいわ、そんな難しいことじゃないから」

 そう言うと紅薔薇さまは真耶の顔を真っ直ぐ見据えた。

「自分の妹ながら祥子は色々と気難しいところがあるの。祥子に慣れていない祐巳ちゃんにとって、それはまだ負担になってしまうでしょう。だから、あなたには祐巳ちゃんの補佐をお願いしたいのよ」
「補佐?同じ一年の二人がいるじゃないですか?」
「由乃ちゃんは身体が弱いから無理できないし、志摩子は既につぼみとしての仕事があるから余裕がないでしょう。でもこれからの祐巳ちゃんには、物事を客観的に捉えられて助言できる人が側に必要だと私は思っているの。本当ならそれは祥子にこなしてほしいのだけれどね」
「それで私、ですか?過大評価しすぎでは?」

 祐巳さんの補佐……確かに平凡な彼女が山百合会幹部の一員になるにあたり、色々と気苦労が多くなりそうだ。突出した学力を持ち得ない祐巳さんでは、学業と山百合会の仕事の両立は難しいだろう。

 ちなみに真耶は目立たないようにかつそこそこの評価を得る為に、テストでは大体七十五点前後を意図的にキープしてたりする。そんな真面目なんだか不真面目なんだかわからない姿勢に、学園長はいつも溜め息をついていた。

「正式に表立って祐巳ちゃんを完全サポートしろなんて言えないでしょう?そんなことをしたら頼りないと思われてると、祐巳ちゃんがショックを受けてしまうもの」

 まあ普通補佐をつけるなんて言われたら、まんま能力が低いと宣言されるようなものだ。

「もしかして、祐巳さんや周りに気づかれないように補佐しろとでも?」
「そうよ、今回みたく裏で暗躍してくれてもいいわ。結果的に祐巳ちゃんや祥子の為になるのであれば、ある程度は容認してあげるから」

 流石は紅薔薇さまというべきか、交渉が上手い。

 これが上からの目線での命令だったなら『だが断る!』で一蹴したのだが……真耶の目立ちたくない意志を尊重し、結果的に間違わなければ裏で好き勝手やってよいと紅薔薇さまが直々にお願いするとなると断りにくい。

 元々美人のお願いには弱いのだ。

「他の薔薇さま方には?」
「何も言ってないわ。だってこれは私の独断だもの、あなたに対する個人的な腹いせでもあるし。ああ、聖や江利子にはばらしてもいいわよ?あの二人ならあなたとはきっと気が合うでしょ」

 山百合会に多少の偏見を持っていた真耶は、それを即座に修正する。特に紅薔薇さまに関してはガッチガチの優等生タイプかと思っていたのだが、中々どうして話がわかる人ではないか。

 常識的なリリアン生であれば、真耶のようなタイプとは相性が悪いと思っていたのでふと聞いてみた。

 それに対しての紅薔薇さまのお言葉は、

「私は聖で大分慣れてたのよ」

 とのこと。

 白薔薇さまには確かにシンパシーを感じるところがあった、オヤジ的思考の部分で。しかし紅薔薇さまにここまで達観的な意見を言わせるとは、白薔薇さまも随分に自由奔放だったようだ。

「さて真耶さん、祐巳ちゃんを陰ながら補佐する件……引き受けてくれるかしら?」
「仕方ありませんねーお受けしますー」

 表立たなくていいのなら、そこまで拘ることもない。今まで通り真耶が面白いように、フリーダムに行動するだけの話である。真耶に振り回される方からしてみれば、この上なくいい迷惑ではあるが。



 場所を変えようと紅薔薇さまと歩いていると、マリア像の前に祐巳さんと祥子さまが抱き合っている姿が見えた。

「なんという百合展開w」
「邪魔しちゃダメよ?」
「しませんてw」

 気づけば後夜祭に流れる音楽が、空気を読んだかのように『マリア様の心』に変わる。真耶たちは二人に気づかれないようにそっと木陰に隠れた……覗き見る満々である。

 二人はリズムを取ると、そのままワルツのステップを踏む。

 リード合奏に合わせて、他の生徒たちが歌い始める。そんなやさしい天使の歌声をバックに一方は仲良く踊り、片や真耶と紅薔薇さまは祐巳さんの補佐について細かい取り決めを確認しあう。

 冷たい空気がおいしくて、肌に気持ちいい。

 月明かりの中、いつまでも踊り続けられるような(謀り続けられるような)気がした。


 祐巳さんが紅薔薇のつぼみの妹になり、真耶が紅薔薇さまと密談した夜。



 月と、マリア様だけが……こっちみんな!





~ TO BE CONTINUED? ~



[3792] 黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第一話「ベスト・スルー?」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:34

 学園祭翌日、振り替え休日となった月曜日に真耶は学園長室にいた。

「学園祭は楽しめたかしら?」
「学園長、それはもうばっちりですー」

 先日『姉妹』になりたてホヤホヤの、祐巳さんと祥子さまのあまりの熱愛っぷりに正直お腹一杯である。

 キレ者の紅薔薇さまとの交渉は精神的に疲れたが、互いに悪巧みが好みだったのか有意義な時間が過ごせた。今まで通り平穏地味な生活を送るのも悪くなかったのだが、やはり人生には程々の刺激が必要だと思う。その点においては、山百合会は格好の的である。

「今日は休日よ『真耶』……山百合会の彼女たちに対する感想を聞いてもいい?」

 真耶の身元引受人である学園長とは仮の親子関係ではあるが、基本的には公私をしっかりと分けて接している。プライベートの時は互いにくだけた話し方にするが、それ以外の時は立場関係を弁えた対応をすると決めていた。実際に学園長と懇意だからといって、頭の固い教師やシスターがそれをよく思わないのもまた事実である。下手な波風は立たせないのが真耶なりの処世術だ。

 今はそのプライベートの時間である。

「そうね~『母さん』……最初は有頂天な連中かと思っていたけれど、噂なんて心底当てにならないと痛感しますたw」

 それにしても個性的すぎるメンバーが、よくもまああれだけ集まったものだ。

 バーローwもびっくりな頭脳明晰派の紅薔薇さま、素晴らしき凸娘こと黄薔薇さま、セクハラ親父な白薔薇さま、ヒステリックなお嬢さまの紅薔薇のつぼみ、どう見ても宝塚な黄薔薇のつぼみ、ギンナンが主食(好物)である白薔薇のつぼみ、薄幸の病弱娘な黄薔薇のつぼみの妹、子狸顔に生まれながらの天然ボケプラス百面相の紅薔薇のつぼみの妹。

 これだけの面子を集めた運命に是非突っ込みたい。

 ちなみに、学園長には学園祭までに起こったことを一通り報告している。今までとは違い、あの山百合会に近づくということはそれだけで色々と目立つ。真耶が自ら問題を起こすことはまずないだろうが、万が一巻き込まれた時の為にいくつかの布石を打っておく……何かあった時に保護者が何も知らない、では済まないからだ。

 一通りの報告といっても、学生の賭けくらいでガタガタ言うほど学園長は狭量ではない。幼少から自由奔放だった真耶を見てきた為、こういったアクシデントにも驚かず……むしろ楽しんでさえいるように見える。

「それで真耶はどういった補佐をするつもりなの?」
「今のところ大したことはしないっす。適当に理由をつけて勉強を見てあげるくらい……ただし三年が卒業するまでに、祐巳さんには少し学力を上げてもらうけどねー」

 我が子の行動に何か期待する親の目、というか仮にも学園長がそんな態度でいいのだろうか?

 祐巳さんの補佐をするにあたって、紅薔薇さまが卒業するまでにある程度の成果を見せておくのは真耶なりの誠意だ。それなりの成果を見せておけば、卒業後まで真耶にしつこく絡むことはあるまい……たぶん。

「まあ意図的に点数取れる真耶ならともかく、卒業式までの数ヶ月だけじゃ祐巳さんには厳しくない?」
「母さん、さらりと酷いこと言っとるw」

 確かに祐巳さんの成績を三ヶ月ちょいで急に上げろ、と言うのはかなりの無理がある。

 しかし、不可能というレベルでもない。余程の事件が起こったり、祐巳さんが学業に集中できなくなるようなことがない限り、真耶の裏技勉強法で十分間に合う期間と推測していた。

「フヒヒwwwまさに祐巳さん育成ゲームwww」
「やれやれ、何事もないといいけれど……」

 学園長の言葉通り、人生というものはそうそう上手くいかないものである。そのことを真耶が知るのは、もう少し先の話……。





黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第一話「ベスト・スルー?」





「――そんなわけで、新聞部の皆さんこんにちわー」
「真耶さんっ!? どうしてここに……」

 軽~い挨拶をしながら真耶は新聞部の部室の扉を開ける。

 学園祭の余韻もそろそろなくなる頃、祐巳さんに影響を及ぼしそうな事件が起きるとしたらまずこの新聞部に情報が入るだろう。今や祐巳さんは山百合会幹部の一員……紅薔薇さまに頼まれたからといって表立って行動しない以上、何らかの情報ソースは必要不可欠である。

 週間新聞『リリアンかわら版』の編集をしていた真美さんは、突如訪れた真耶に驚き椅子から立ち上がった。今新聞部の部室の中にいるのは、真美さんと一年の部員が数人いるだけ……部長である築山三奈子さまがいないのは個人的に残念だったが。

「いや~こちらのちょっとした都合でね、何か山百合会関連で事件が起こりそうだったりする?」
「……ウチの新聞部が毎回問題を起こしてるみたいな言い方しないでくれる?」

 異議あり!と言わんばかりに真美さんが睨んでくる。

「そうだっけ? 祐巳さんの時と違って私の時は、危うく新聞部の危機だったと思ったけど~?」
「――っ!!」

 はいはい、怒らない怒らない。他の一年がいつも冷静な真美さんの怒気に戸惑っているよ?

 真耶は事件の火種がないか確認しにきただけで、別に真美さんと言い争いにきたのではない。ただ真耶の性格上、真美さんのような真面目タイプはついついからかってしまいたくなるのだ。やめられない、止まらない、カルビーの……といったところか。

 怒り心頭な真美さんをスルーしながら部室のテーブルを見ると、次回のリリアンかわら版用の記事が置いてある。

「ふむふむ? ベスト・スール賞記念のインタビューとな?」
「ちょっ!? 勝手に記事を見ないでよ!」

 その内容は二人の愛読書に趣味、好きな言葉などが書かれていた。

 真耶は記事の内容で面白いことが書かれていることに気づく。

「ほほう、これはこれは……」
「……その記事は間違えらしくて、今お姉さまが確認に行ってるの。真耶さん、他の人に言わないでよ?」
「真美さん、私がこういう面白いことを他の人に言うと思う?」
「思わない」

 ちょww真美さんww即答とかヒドスww

 さて、ボケるのはこのくらいにして……先ほどの記事の内容にはティンとくるものがあった。新聞部は間違いと思ってるようだが、真耶は黄薔薇のつぼみとその妹の一般的イメージなど持ってはいない。だから、そのまんま記事の通りなのでは?と思っていた……いわゆるギャップ萌えである。

(むしろそのギャップ萌えを記事にした方が面白いのに、変な固定概念があるからそういう視野狭窄に陥るのさー)

 部長である三奈子さまがそういった方針である以上、第三者である真耶が何を言っても無駄なので何も言わない。まあ彼女たち新聞部には、せいぜい誤情報にて派手に踊ってもらおう……見てる分には面白いし。

「また何かあったら聞きにくるわねー?」
「部員でもないのによく顔を出せるわね」

 真美さんの突っ込みに、真耶は意地の悪い笑みを浮かべる。

「いやいや、何も無報酬でとは言わないよー。私は最近注目株の祐巳さんのクラスメイトだよ? 彼女の赤裸々な秘密を知ることが出来たら、それを一番に新聞部にタレこむのもやぶさかではないんだけどな~?」
「あ、悪魔め……」

 悪魔らしいやり方で……って真美さん、さっきから同級生に酷いこと言いすぎ。

 真面目な性格から苦手意識を持つのは仕方ないことだが、真耶でなければブロークンハートしてしまうだろう……そう真耶でなければ。そんな物言いにショックを受ける程、真耶は可憐で清楚なリリアン生ではない。彼女にとってはかえって褒め言葉でもある。

 そろそろお暇しなければ、パパラッチ部長が帰ってきそうだ。

 真耶的に実に弄りがいのある相手なのだけれど、まだ彼女に会うには早い。真美さんたちもこんな態度の真耶を見て、わざわざ部長に今日のことを話すこともないだろう。……まさに計画d(ry

「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてんだ!って何処かの刑事も言ってたし、真美さんも私のことは上手く利用できれば儲けものとでも考えてちょーだいな」
「はあ……もういいわ、お姉さまが戻ってくる前にさっさと帰って」
「ういうい、じゃあ『また』ね~」
「…………」

 返事がない、ただの(ry……どうやらまともに相手をする気もなくなったみたいである。

 我ながら自覚しているこの性格、他人からすると相当ウザい。

 しかし、ただウザいだけでは逆に周りから嫌われ目立ってしまう。その為にいくらかの稀有な能力を提示することによって、ギリギリのラインで嫌われないようにする……それが山田真耶なりの人間関係の秘訣である。

 赤の他人からの興味を、微妙な境界線で一定に保つのは簡単ではない。真耶は有益な情報を小出しにすることでそれを先延ばしにする……その為の労力を惜しんだりはしないのだが、もっと他のことに労力を回せと突っ込みたい。

 そんな限界ギリギリの緊張感が好きな真耶の夢が、『平穏地味な生活』だなどと信じる人はいない。





「あるぇー?祐巳さん、菊組の教室で何呆けてるん?」

 ある日の放課後、性懲りもなく校内をぶらついていた真耶は人のいない筈の教室に祐巳さんの姿を見る。

「あ、真耶さん……」

 椅子に座って頭を抱えてた祐巳さんが顔を上げた。

 その百面相から察するに、知恵熱が出そうなほどに頭が空回っていると推測する。ここはクラスメイトとして話を聞いてあげるべきだろう。

「菊組ってことは、もしかして黄薔薇のつぼみの妹の島津由乃さんとか?」
「な、何でわかるのっ!?」
「いや、ただの勘だったんだけど……図星?」
「あう……」

 再び頭を抱えてしまう祐巳さんの可愛らしさは、真耶でさえ思わずテイクアウトしてしまいそうになる。

 それは置いておいて、由乃さんのことを考えるだけの余裕ができたのは幸いだろうか。色々あった学園祭は終わったけれど、正式に紅薔薇のつぼみの妹になったばかりの祐巳さんはもう少しその余韻に浸かってるかと思っていた。

 祐巳さんへの学力アップの勉強法の伝授は、早ければ早い方がいい。

 余裕ができたのならこの機会にと思っていたのだが、同じつぼみの妹である由乃さんに注目がいってしまうとは運がない。まあこれでタイミングよく黄薔薇ファミリーに、山百合会を巻き込む問題が発生したりしなければいいだけの話なのだが。

「それで?我がクラスメイトの祐巳さんは、何をそんなに悩んでいたのかにゃー?」
「(にゃー?)うん、あのね……」

 祐巳さんはつい先ほど教室であったことを教えてくれた。

 どうやら彼女は由乃さんの愚痴を聞いていたらしく、その去り際に「吹っ切れた」と残して帰っていったと言う。そんな気になる捨て台詞に祐巳さんは責任を感じてしまったようだ。

「ふ~ん。なるほど、そんなことがあったんだ」
「私まだ由乃さんのことほとんど理解できてもないのに、自分が思ったことをそのまま言っちゃって……」

 他人のことをよく知らずに色々と話を聞いた結果、いきなり吹っ切れたとか言われれば不安にもなるもんだ。

「きっと由乃さんは、祐巳さんに話を聞いてもらいたかっただけじゃない?あんまり気にしすぎるのも、かえって彼女に失礼になると思うぜよ」
「……そうかな?」
「仕方ないって。あなたは『福沢祐巳』であって『島津由乃』ではないのだから、彼女の気持ちを百パーセント理解するなんて無理」

 とりあえず、祐巳さんが落ち込みそうなので軽くフォローしておく。

 正直、祐巳さんには悪いけれど状況は悪い方向に流れている。何故ならば、真耶が所有してる情報と合わせるとその「吹っ切れた」発言は途端に危険度が増す。

 その危険を示唆するキーワードは『先手必勝』。新聞部で見たこの単語が、記事の通りで黄薔薇のつぼみの妹の好きな言葉であるならば……。

「さてさて、祐巳さんにも色々難儀があるだろうけど……強く生きてね?」
「そ、そんな不安を煽るような……」
「まあ私の杞憂で済めばいいんだけどねー」
「真耶さん?」

 この状況では祐巳さんに勉強法を教える余裕はないかもしれない。

 紅薔薇さまとの契約上、早めにこなしておきたいことなのだが……どうにも黄薔薇ファミリーに一波乱ある気がしてならないので保留。祐巳さんが渦中の中心にはならないだろうけど、彼女の性格から仲間を放ってはおかないだろう。

 しかしながら流石は山百合会幹部、話のネタがつきないものだ。

(もし何かまた事件が起きるようであれば、これを機に新聞部部長に接触してみようか? 真美さんの反応を見るに、実に弄りがいのある私好みな性格みたいだし……)

 不安の凶兆が見えているのに一方は純粋に仲間を心配して、もう一方はその凶兆を利用しようと画策している。



 そんな異なる思考が交錯する中、季節はそろそろ秋の終わりを迎えようとしていた。




[3792] 黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第二話「新聞部部長との邂逅」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/08/29 00:08


「黄薔薇のつぼみの姉妹が破局したって」

 教室の掃除の最中に別の掃除分担だった桂さんが、パタパタと慌ただしく戻ってきて他のクラスメイトに何やら呟いている。それは黒板を水拭きしていた祐巳さんにも、デビルイヤーな真耶にも聞き捨てならない台詞だった。

「それ、本当!?」

 水に濡れた雑巾を持ちながら桂さんに突撃していく祐巳さん。

 そのままだと掴まれたときに桂さんの制服が濡れてしまいそうなので、真耶が持っていた箒を机に立てかけ祐巳さんの後を追う。あと少しで雑巾ごと桂さんの制服を両手で掴もうとしていた祐巳さんを、真耶は彼女の後ろから腋の下へ両腕を伸ばし羽交い絞めにして抑える。

「ひゃうっ!?」

 その勢いから転ばないように祐巳さんをしっかりと支え、体勢を直すとその手からやんわりと雑巾を取り上げた。

「祐巳さん、雑巾持ったまま掴んじゃ桂さんの制服が雑巾で濡れちゃうでしょー?」
「ふぇ? ご、ごめん桂さん」

 突然の事態に弱いのは祐巳さんらしい。

 しかし、予感はしていたが昨日の今日で事件が起こるとは……流石は『先手必勝』と言ったところか。

「別にいいよ、祐巳さん。真耶さんのおかげで結局は濡れなかったんだし」
「そうそう、感謝してくれたまへー」

 無駄に偉そうな真耶の態度をスルーしながら、桂さんはそれよりもと今さっき知り得た情報を二人に話す。

 最近桂さんのスルースキルが一段と上がった気がするのは気のせいではないだろう。本性を見せた真耶と一ヶ月近くも接していたら、普通に耐性がついてもおかしくはない。ある意味では、桂さんも只者ではない証明にもなるのだが……当人の心の平穏の為にそこは突っ込まないでおく。

「ところで女学生が濡れる濡れないとかって、そこはかとなくエロスを感じない?」

 そんな真耶のオヤジ発言は、桂さん情報に聞き入っている祐巳さんの耳には届かなかった……残念。





黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第二話「新聞部部長との邂逅」





 桂さんの情報によると、まあ色々あって由乃さんが令さまにロザリオをマリア像の前で返したとか何とか。

「しかし桂さんや? えらく詳しい情報だけどソースは何処さね?」
「あ、私もそれを疑問に思った」

 新聞部でもなく写真部の武嶋蔦子さんのような行動力があるとは思えない桂さんが、それだけの情報を仕入れてきたのには祐巳さんと同じく疑問が残る。しかし桂さんはあっさりと正解を口に出した。

「だって直接令さまに聞いたもの」

 どうやら由乃さんにロザリオを返された令さまは校庭を亡霊のようにふらふら歩き、しかも一連の出来事をブツブツと呟いているらしい……現在進行形で。

 それを聞いた祐巳さんは、同じ山百合会幹部を放っては置けず教室を飛び出した。

 その仲間を思いやる精神は敬意に値するけれど、祐巳さんらしいうっかりミスが一つある。

「まだ掃除終わってないんだけどねー」
「祐巳さんらしいといえば、らしいんだけど……」

 教室に残っていた同じ掃除分担のクラスメイトは、教室を飛び出していった祐巳さんの方向を若干冷ややかな目で見ていた。

(まあいくら紅薔薇のつぼみの妹だからといって、掃除を途中で放り出すのは良くないよねー)

 祐巳さんを抑えたときに机に立てかけた箒を手に取ると、柄の先を床に二、三回叩いて音を出す。

 桂さんを含めたクラスメイトが真耶の方に視線を集める。本当ならこんなことで目立ちたくはないが、祐巳さんへの当たりを和らげるくらいはしておくことにした。

「はいはい、注目~。祐巳さんは山百合会の緊急の用事で抜けましたが、心優しいこちらの桂さんが祐巳さんの代わりに掃除を手伝ってくれるそうです。ですから皆さん、さっさと終わらせてしまいましょう~」
「ちょっ、真耶さん!?」

 何で私が!?っと言わんばかりの桂さんだったが、結果的に桂さんの情報で祐巳さんが行動した以上それなりの責任が付随する。自分の掃除分担を終えて戻ってきた桂さんに、もう一回掃除を要求するのは酷ではあるが仕方ない。

 不満そうな彼女の耳元に真耶は小声で囁く。

「祐巳さんの印象悪くなるのは桂さんも望まないでしょう? それにちょっと手伝うだけでクラスメイトのあなたに対する評価も上がるし、実際残ってる仕事は大したことないからさー」
「むぅ~確かにあの話を聞いた祐巳さんが、令さまを放っておくわけがないとは思ったけど……」
「ほんの少しでいいからよろしくー」
「……仕方ないわね」

 よし、労働力ゲット!

 渋々ながら掃除を始める桂さんを慰めながら、真耶は同時にクラスメイトへの祐巳さんのフォローを行う。山百合会幹部が率先して優遇されていいわけではないが、実際に他の一般生徒とは違い様々な仕事をこなしているのだ。多少のわがままくらいは許容してあげてもいいと思うのだが、どうにも祐巳さんに関しては平凡なイメージが強いのか薔薇さま方のようなフィルターはかからないらしい。

 そんな彼女は山百合会にとっては貴重な存在と言える。

 薔薇さま方と言えど所詮は十代の少女、一人の人間なのだ。そういう固定概念的なフィルターで見られるのは、精神的にきついものがあるだろう。しかし元々一般生徒の一人である祐巳さんがその山百合会に入ることによって、薔薇さま方と生徒との間の溝を少しずつでも埋めていけるのかもしれない。

(おそらくそれこそが紅薔薇さまの真の狙い。しかも祐巳さんを祥子さまの妹にするメリットを踏まえ、彼女を山百合会幹部へと取り込む辺りの計算高さといい……なんという孔明w)

 紅薔薇さまと同じ策士タイプの真耶は、そんな彼女の素晴らしい灰色の脳細胞に敬意を表するのであった。





「事件は会議室で起きてるのよーってことでお邪魔しまうま」

 掃除を終えた真耶は、事件の当事者関係は祐巳さん含む山百合会に丸投げして新聞部を訪ねていた。

「(また来た……)真耶さん!?」
「どうしたのよ、真美? そんな『また来た』みたいな顔をして……」

 うんざりした顔の真美さんを窘めるポニーテールの美女、彼女がこの新聞部をまとめる部長である築山三奈子さま。すらりとした物腰にややきつめな顔立ち、こういった普段強気そうな美人を苛められたらさぞ快感だろう。

 そんな真耶の欲望を感じたのか、三奈子さまはぞくっと身体を震わせる。

「あ、はじめましてー。私は真美さんの『大親友』の山田真耶といいますー」

 さらりとダウトな発言をする真耶……その面の皮はどこまでも、どこまでもブ厚い。

 そんな爽やかな笑顔で放たれた『大親友』という言葉に、真美さんはその思考回路をフリーズさせた。

「あら、そうだったの? 真美みたいな真面目一辺倒な子に親友がいたなんてね。はじめまして、真美の姉の築山三奈子よ」

 あまりの自然な挨拶に、純粋な三奈子さまはあっさり騙される。スクープ好きなパパラッチ娘もこういった一面を見ると、可愛く見えるのだから不思議なものだ。

 そこでようやく真美さんが放心状態から復帰し、間違いを訂正しようとするが……

「黄薔薇のつぼみの姉妹の破局の件、どれくらい掴んでます?」

 何勘違いしてるんだ、まだ私のターンは(ry

「部外者には教えられないわ、いくら真美の親友でもね」

 真美さんに発言の隙を与えず、質問を投げかける。

 それにしても、三奈子さまも意外にしっかりしてるものだ。自分の妹を溺愛してたりすればポロっと口に出したかもしれないのに、部活は部活と別物として区別しているのだから。

 その公私を分けた態度は好意に値する……がしかし、今回の相手は性質が悪い。

「それは残念。クラスメイトの福沢祐巳さんの面白い行動を教えて差し上げようと思ったのですが、仕方ないですね……ここは私の心の中だけに留めておきますかー」
「ま、待ちなさい! 紅薔薇のつぼみの妹がこの件に何か関与したの?」

 ほら、釣れたクマーw

「誠に遺憾ながら教えられませんわー、いくら真美さんのお姉さまでも、ね?」

 先ほど言われた言葉をそっくりそのまま返してみる。

「――っ!」

 あーその悔しそうな三奈子さまの表情、ぞくぞくきてしまいますw

 さて……からかうのはこれくらいにして、そろそろ交渉に移るとしますか。

「どうでしょう? ここは互いに情報交換するということで……」
「くっ、流石は真美の親友といったところね……あなどれないわ真耶さん」
「いえいえ、そちらこそー」

 二人のやりとりを見ていた真美さんは自分が発言する間もなく勝手に真耶の親友扱いされ、話が進んでいくのを沈痛な面持ちで頭を抱えていた。

 悪巧みという部分で息の合った三奈子さまと真耶は、真美さんが重々しい溜め息をつく中で互いに情報を交換し合う。大体の内容は桂さんから聞いた内容と被っていたが、それはすなわちそれだけその事件を黄薔薇のつぼみが流していたことがわかる。

 真耶が流した情報は、紅薔薇のつぼみの妹である祐巳さんがこの事件の解決に動き出したということ。

「でもつぼみの妹になったばかりの福沢祐巳さんが、この事件を解決できるほどの権威を持っているかしら?」
「祐巳さん自身にはないでしょうが、彼女の姉とその姉が動く可能性はあるかと」
「でもね真耶さん。これは噂に聞いた話だけれど、山百合会ではそれぞれの薔薇一家の騒動に他の薔薇一家は口出ししないそうよ」
「それはまた、なんというか……そんなもんですかね?」

 悪巧みを続ける二人を諌めることを諦めた真美さんは、黙々と今回の事件をかわら版にする編集作業をしている。

「それで、やっぱりこの件記事にします?」
「当たり前でしょう。読者の求められているものを今提供せずして、どうして新聞部を名乗れようかしら?」

 その熱意は素晴らしいのけれど、真耶には気になる点がいくつかある。

 三奈子さまは読者である生徒たちに真実を提供する過程のみ重視しており、どうやらその結果までは考慮していないようだ。噂話程度ならば山百合会が動くことはないが、かわら版としてこの事件を衆目に晒した場合は話が変わる。

 ことは山百合会丸ごとを揺るがす事件となり、おそらく他の薔薇さま方も動くだろう。その怒りの方向性は当然のようにこの新聞部に向かうのだが、三奈子さまはそこのところを理解しているのだろうか?

「なるほど、素晴らしいお考えだと思いますわー」

 まあ新聞部に所属していない真耶には関係ないので、適当に賛同しておこう……見ている分には面白いし。

「うふふ、あなたは中々話がわかるわね……よかったらウチの新聞部に入る?」

 それは流石にノーサンキュー。

「いえ三奈子さま。お気持ちは嬉しいのですが、やはり新聞は作るより読む方が性に合うというか……三奈子さまの新聞を読む側でいたいです」

 この勧誘は死亡フラグに思えてならない。

 明日発行される『黄薔薇革命』と大きく書かれた記事、これを生徒に広めた新聞部として紅薔薇さまに会うのだけはごめんである。契約違反でどれだけ睨まれるか想像もしたくない。

 かといって下手に断っても三奈子さまは納得しないだろうから、読者を大事にする彼女の気持ちを逆手にとる。素直に光栄だと言いながらも、あくまで一読者でいたいという訴えは謙虚に慎ましく聞こえるだろう。

「そう、わかったわ……あなたの為にも、きっといい記事を書いてみせるわ!」

 そのまんま真耶の思惑通りに踊る三奈子さまは、ひどく可哀想で可愛らしい。予想通りの性格の三奈子さまに上手く気に入られたので、これからも山百合会絡みの事件の情報はここで得ることができるだろう。真美さんにはとことん嫌われてしまったようだが、ツン期と思えば可愛いものである……デレ期に是非期待しよう。

「さてさて、私はそろそろ失礼します……三奈子さま、真美さん、記事編集頑張って下さいねー」
「またいらっしゃいな、真耶さん。ごきげんよう」
「――ごきげんよう(二度と来るなと言いたい……)」

 何か真美さんの心の声が聞こえてきそうだったが、あまり気にしないことにした。

「ごきげんようー」

 瞬時に着脱可能な特大の猫又を被った真耶は、こうして新聞部部長こと築山三奈子さまとの邂逅を終える。



 後に語り継がれる山百合会幹部の事件簿に記された内の一つ、『黄薔薇革命』事件の前日のことであった。




[3792] 黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第三話「思わぬ再会」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:41

 黄薔薇のつぼみの姉妹の破局があった翌日、いつもより奮闘した三奈子さま率いる新聞部。そのリリアンかわら版は、その日の昼までに高等部の生徒全員に広がるという快挙をもたらしたのである。

 正直、真耶の予想を上回る展開の早さだった。

「あははは~こりゃ予想以上に仕事が速くてイイ出来っス! 流石は築山三奈子さまw」
「真耶……教師側からとしてはあまり笑いごとではないのだけど?」

 午前の授業が終わった昼休み、噂のリリアンかわら版を片手に弁当を食べる真耶。

 そんな真耶がいる場所は学園長室。高等部の生徒たちは盛り上がっているけれど、この事態を教師側はどう思っているかを確認しに手っ取り早く学園長を訪ねていた。時間が時間なので、ついでにそこで昼食を食べているワケだが……いい度胸である。

 学園長はそんな態度を咎めることなく、このかわら版により起きる弊害を憂いていた。

「そーなのかー。ただリリアン生のゴシップ好きは今に始まったことじゃないし、この件はなるべくしてなったんじゃない?」
「だからといって、このまま放置するワケにもいかないでしょう。このかわら版でどんな影響が出るか……」

 三奈子さまと会って気づいた真耶と同じく、学園長もかわら版を見るだけで今後何が起こるかある程度予測できているようだ。

 やはりこの記事の一番の問題は、内容が全て憶測で書かれていることだろう。さらにそれを全体を通して見ると、それがまるで現実のように思えてくる程によく書かれており……素晴らしい美談として仕上がっているのである。

 正直に言ってしまえば、新聞というよりも小説として見た方が面白い。

「いやいや、そこまで未来の予測をここのリリアン生に求める方が酷。別に三奈子さまも、山百合会幹部に悪意を持ってした行動ではないからねー」
「行き過ぎた好奇心は性質が悪いわ。というか真耶、妙に三奈子さんを擁護するわね……もしかしてあなた彼女を煽った?」
「…… ナンノコトデショウ?」

 思わず片言になってしまう……流石は義理のマイ・マザーである学園長、真耶のやりそうなことなどお見通しだった。学園長に引き取られてからはや数年間、未だリリアン女学園に勤める教師&シスターには真耶の被った猫に気づかれたことはない。それほどまでに修練された猫被りを自分から見破ったのは、この学園長と紅薔薇さまの二人のみである。

 他にも何人か素を見せている人はいるが、大抵は真耶が気に入ったタイプに自分から猫を脱いでいる場合が多い。

 そんな猫又を常備している真耶を見た学園長は溜め息をつく。

「まあ、いいでしょう。真耶が慌てていないということは、十分に生徒間で収拾可能と判断したということね?」
「そういうこと。個人的には注目株の祐巳さん……なんとなく彼女が『勝利の鍵』とみた?」
「やれやれ……下手を打って、あの紅薔薇さまを怒らせないようにしなさいな」

 真耶は学園長のその忠告をしっかりと耳に入れる。直感が告げる程に紅薔薇さまは、確実に『敵に回すと怖い』部類であるからだ。これから立ち位置を考えるに、彼女の扱いが最も難しいと言えるかもしれない。





黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第三話「思わぬ再会」





「……何をしているの?」

 昼休みが終わり午後の授業が終わった後、真耶は校舎の裏庭にあるベンチに座っていた……その膝に猫を乗せて。

 最初はうろついていた猫をちょいと呼んでみただけなのだが、気づいたら真耶はその膝の上を占領されていた。しかもその猫独特の体温からもたらされた眠気に勝てず、うつらうつらするその姿はごく一般の生徒の様にも見える。

 もう少し時が経てば確実に寝入ってただろうが、そんなところを誰かに声をかけられ真耶は顔を上げた。

「んあ?」

 その間抜け面を見た声の主は、はっきりと溜め息をついている。

「こないだの子じゃない、こんなところで何を……」
「見ればわかるでしょ~? ぬこに癒されてたの~」

 半覚醒状態……要は寝起きの為、その口調は普段の真耶とはかけ離れていた。

 そして急に声をかけられて驚いたのは真耶だけでなく、その膝の上でくつろいでいた猫も同様だった。声をかけた第三者に気づくと、早々にその場から離れようと……その足場に思いっきり足というか爪を踏ん張って跳び降りたのだ。もちろん足場というのは地面ではなく、一応は女性な真耶の柔らかい膝の上のことである。

「~~~っ!?」

 膝の上の痛みに悶絶する真耶。そんな痛みなど知らぬとばかりに、跳び下りた猫は走り去っていった。

 それを見ていた『誰か』はその光景に思わず吹き出した。

「ふふふ、目は覚めたかしら?」

 そこまで聞いて、ようやく真耶の脳が起動し始める。膝の上の痛みは猫のせいだが既に逃走したので我慢、そしてその原因を作ったであろう声の主の方を睨む。目の前にいた生徒は、学園祭の前にミルクホールで談話した人物だった。

 短く切り揃えられた黒い髪が、涼しそうなイメージを思わせる。しかし、そんな外観からは想像できないくらい性格の悪そうな人……あくまでも真耶の勝手な思い込みではあるが。

「これはこれは、こないだお会いした謎の美人Aさんじゃないですかー?」
「おひさしぶり、変な下級生Aさん」

 前に見た雰囲気や今の発言から察するに、彼女は真耶よりも上級生だろう。

「上級生ってことは二年? それとも三年?」
「二年生ね」
「お~これは素晴らしい偶然もあったもんですー」
「?」

 脈絡のない会話に戸惑っている美人さんは可愛く首を傾げている。

 今日一日の授業が終わるまでに一年生側からは桂さん、学園長から教師サイドの話をある程度聞けた。あとは二年生側の話が聞ければ、今回の事件の流れを掴むことができる。ただ噂話を聞くだけではなく、それぞれの立場からの生の言葉を聞くことで状況を分析する……情報は正確さが命である。

 しっかりと状況を分析して情報を集めたところで、結局のところ真耶本人が解決に動くことはないけれど……

「個人的に問題が長期化すると困るんですー。だから美人さん、もしかして二年生の間で『何か』起こってたりしません?」
「……まるで見てきたように聞くのね」
「一年生の間では既に『何か』起こったみたいなんですー」

 実際に五時間目の授業で、あからさまに真耶のクラスで問題が起きていた。

 祐巳さんと同じくらいの平凡な小山田みゆきさんが、何人かのクラスメイトに慰められながら泣いていたのだ。桂さんの話によると『由乃さんごっこ』としか思えないロザリオ返還があったとか。そのあまりの馬鹿馬鹿しさに真耶は思わず、


 ( ^▽^)ノ☆なんでやねん!


 と、心の中で数十回は突っ込んだ。

「状況的に一年が阿呆な迷惑かけてるみたいですけど、そちら側の反応はどうです?」
「随分辛辣な発言だこと……そうね、黄薔薇のつぼみ程ではないけれど当事者たちはかなり落ち込んでるみたい」

 妹の溺愛っぷりから黄薔薇のつぼみのダメージはやはり大きかったようだ。他の二年も唐突に妹たちからそんなことをされればさぞショックだろうに、そう簡単にロザリオを返した一年の気が知れない。

 まああのかわら版を見た夢見る少女たち(笑)なら、そんな軽挙な行動を起こしても仕方ない。

 というかそれだけ三奈子さまの新聞の扇動力が凄かったということなのだが。

「流石に二年の中では三年にそういうことをする人はいないけれど」
「受験シーズン前にそんなことをできる猛者がいるとは思えませんw」

 何処ぞの猪突猛進な黒猪じゃあるまいし、リリアン生でそこまで無謀な人間はいないだろう。

「一年分の経験があるだけ二年生は被害者止まり、か……」

 実は二年から三年まで被害が広がった場合の対処は考えてなかったりする。流石にそこまでは「あるあr……ねーよw」と楽観視していた為、予想以上の新聞部の頑張りにちょっとだけ焦ったのはここだけの秘密。

「まあ私としても理解できないわね。少し考えれば『ありえない』ことなのに、特にこのリリアンでは……」
「『ありえないなんてことはありえない』と欲深い人も言ってますし、むしろリリアンだからこその影響だと思いますよー?」
「退屈な日常、それ故に刺激を求める……と言ったところかしら?」

 この美人さんはリリアン女学園に蔓延する固定概念に気づいているようだ。

 こういう発想は生粋のリリアン生には難しいが、外部受験でリリアンに来た生徒であれば普通に気づくかもしれない。この美人さんがそうなのかはわからないが、確か紅薔薇さまは中学受験組だったと聞いた気がする。

「あなたのような美人さんがいるのなら、二年は放っておいても平気そうですねー」
「……ねえ? いい加減その『美人さん』って呼び方やめてくれないかしら?」
「おや? お気に召しません?」

 美人には目がない真耶からすれば、『美人さん』と固定する程興味を持ったということなのだが……彼女はあまり気に入らなかったようだ。

「うーむ、じゃあこうしましょう! もし次に偶然会えたら、そのときに自己紹介するということで」
「一度二度までなら偶然で済むけど、三度も続けばその出会いは必然と……ふふふ、中々面白い趣向じゃない」

 そう言って美人さんは不適に笑う。

(うわ~この人絶対紅薔薇さま属性だよ……あの人の実の妹とかだったりしないよね~?)

 これ以上何かうっかりをしないうちに、早々とその場を離れることにした。真耶も美人さんの名前には怖いもの見たさで興味はあったが、藪を突付いて蛇が出ても困るので保留にする。

 ただ、また近いうちに彼女と出会いそうな予感はしていたが……



「本当に不思議な子ね、私が歌と白薔薇さま以外のことに興味を持つなんて……」

 偶々見知った名も知らない下級生が、猫を膝に乗せてうつらうつらしてるのを見て……合唱部の歌姫こと蟹名静は気づいたら声をかけていた。

 以前会ったときの印象では、おそらく普通に会ったとしてもスルーしていただろう。しかし、裏庭のベンチで白薔薇さまが懐いてる猫を膝の上に乗せていた彼女の姿は、何か放っておけない突っ込ませるものがあった。

 そして声をかけた前後の行動、寝惚けた声や猫に膝を爪で引っかかれ悶絶する彼女は以前のイメージを払拭させるに十分だった。

「相変わらず裏でコソコソ何かしてるみたいだったけど」

 山百合会幹部でもないのに、今回の事件のことを良く調べている。

 個人的な事情というのは、前に話していた紅薔薇のつぼみの妹になった祐巳さんのことだろう。同じ一年のつぼみの妹が起こした問題であるし、クラスメイトとして心配になるのもわからないでもないが……何かが足りない気がする。

「個人として祐巳さんに何らかの感情があるならともかく、彼女にはそんな様子は見えないし……隠してるようでもない」

 そこまで考えて静は思わず自嘲した。

 何を一、二回会っただけの生徒のことをこんなに気にしているのだろう、と。将来の為に留学も考えているというのに、これではまるで彼女を『妹』にしようとやきもきしているかのようだ。白薔薇さまの妹にとは考えたことはあったが、自分が妹を作ることなんて今まで考えたこともなかった。

「やれやれ、私もどうかしているわね……」

 静は軽く頭を振ると、溜め息をつく。

 『姉』を持つクラスメイトからは、姉妹になる切欠なんて偶然みたいなものだと聞いていた。そんな偶然がそう簡単に起きるものかと、その時は笑って流していたのだが現実とは何が起こるかわからないものである。彼女とはただの偶然の出会いだったのに、もし必然的な運命を感じさせる三度目の出会いをしてしまったら……自分は彼女をどうするのだろうか?

 今考えても仕方ないことを思いながらも、静は一人帰路についていった。





 そろそろ帰ろうと真耶が校門を目指して歩いていると、その視界に一人の女生徒を捉える。

「黄薔薇さま?」
「……誰?」

 特徴的なお凸が魅力な黄薔薇さまが、その左頬を押さえながら近づくなオーラをかもし出していた。

(うっすら赤く腫れた頬を手で押さえている……ということは)

 考えられるのは二つ。

 一つは誰かにビンタされたとかだが、恐れ多くも黄薔薇さまをビンタできるような人物がリリアン女学園にいるとは思えない……紅薔薇さまを除いて。うん、紅薔薇さまなら正論片手に山百合会幹部としてそれくらいしそうである。しかし、現状でそんなことをするとはとても考えられない。

 かわら版が出る前ならいざ知らず、アレが発行された今山百合会幹部は解決に動き出そうとしている筈。紅薔薇さまといえど黄薔薇さまをビンタしている場合じゃない。

 すると残るはただ一つ。

「ちょっといいですかー?」
「何? 急いでいるのy……」

 そう言いかけた黄薔薇さまの左頬を、その押さえている手ごと強めに『プッシュ』した。

「~~~~~~っ!!?」

 言葉にならない叫びを上げた黄薔薇さまが身悶える。

 赤く腫れた頬を押されてこんな反応をするケースは一つしかない。

「何だ、ただの虫歯か」
「――っ!!」

 あまりの痛さに声が出ないのか、黄薔薇さまが凄い形相で睨んでくる。

 黄薔薇のつぼみ姉妹の破局だ何だと騒がれているわりに、その黄薔薇一家の頂点が何も動いていないのを不審に思っていたのだが……虫歯に気をとられて気づいてもいなかったとは。虫歯が痛いのにそれを放置しているところから、きっと歯医者が嫌いなのだろう。まあ気持ちはわかるけど。

「意地張らないでさっさと治した方がいいですよー?」
「…………」

 自分の状況を見破られたのが悔しいのか、よほど虫歯が痛かったのか、黄薔薇さまは何も言わずに歩き去ってしまった。真耶もこれ以上病人をいじめるのは趣味ではないので、生暖かい目で見送ることにする。



「何をしてるんだ、私は……」

 こんなことをすれば黄薔薇さまから執着されるのは当然であり、そのことに帰ってから気づいた真耶はベッドに轟沈した。

 何というか、自業自得乙。

 (-||-)合掌。




[3792] 黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第四話「ブ○ータス!……お前もか!?」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/11/01 01:13


 それは偶然だった。

 常日頃目立たぬように生活してきた真耶にとって、祐巳さんをはじめとする何人かとの交流は色んな意味で新鮮だった。しかし、彼女達はある意味学園ではかなりの有名人である。その彼女達と話しているだけでも、周りから注目されるのは必至。

 故に真耶は教室に居る事を控えた。

 学力的なスペックに自信のある真耶は、授業と授業の間の休み時間に予習復習をする必要はない。予習復習は確かに大事ではあるが、その行為ですら下手をすると注目を集めかねないからだ。

『予習復習を欠かさない真面目なガリ勉タイプ』

 などと周りに認識されるのは目に見えている。なので真耶は勉強に関しては、予習復習宿題込みで授業中に済ませていた。家に帰ってからはパソコンの前にへばり付くので勉強などはしない。

 それでテストの時にわざと七十点前後に採点を取れる辺り、チート乙と言わざるをえない。

 昼休みもふらふらと日当たりの良い場所を見つけてはそこで食べたりしている。真耶のお気に入りの穴場の中に講堂の裏手もあって、たまに志摩子さんと一緒する事もあった……あくまでお昼仲間といった所だが。

 放課後は部活に所属してないのでほぼ帰宅部である。

 しかし真耶の個人的な趣味の一つである『人間観察』を堪能する為に、毎日校内をぶらついていたが。何処ぞの写真部のエースや新聞部とは違い、美少女を追っかけたりストーキングする事はなかった。適当に歩いている中で、ティンときたモノを観察する程度である。

 その日も偶々裏庭を歩いていたのだが、何か声が聞こえたのでそちらの方に足音を消して様子を窺う。

 木の陰から覗いた真耶の視線の先には、クラスメイトである桂さんと知らない女生徒がいた。





黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第四話「ブ○ータス!……お前もか!?」





 何やら深刻な話でもしているのか、二人とも暗い顔をしている。

 ただの痴話喧嘩か?と様子を窺っていた真耶は、桂さんの手の中にロザリオを視認した。

(おk、把握したw)

 おそらく次にとるであろう桂さんの行動を阻止する為に真耶は木陰から駆け出した。急な物音に驚いた二人がこちらを向くのに数秒、その間に真耶は桂さんとの間合いを詰める。

「真耶さん!?」

 その言葉を出している間にもその距離は限りなくゼロまで迫った。

 そして桂さんの横をすり抜け、無防備な首元へ手刀一閃……そうして彼女の意識は闇に落ちる。地面へと崩れ落ちる彼女を、真耶はしっかりと受け止めた。

「……任務完了」
「ちょっ!? 桂に何をっ!!」

 いきなりの乱入者に呆然としていた知らぬ女生徒が真耶に突っかかってくる。

 しかし、今掴まれ揺すられると桂さんを落としてしまうので、軽く手で制す。

「大丈夫、ちょっと意識飛ばしただけだから」
「それの何処が大丈夫なのよ!?」

 ぐったりと真耶に支えられている桂さんを見る女生徒は言う。

 まあいきなり知り合い?が気絶させられたら驚くのも無理はない……が、かといって不毛な言い争いをするのは真耶の趣味ではない。

「とりあえず、話聞かせるにも聞くにも場所を変えましょう。……保健室でどうです?」
「……わかったわ」



 軽い当て身だった為、保健室に連れて行きベッドで少し休ませると間もなく桂さんは意識を取り戻した。

「調子はどう?……私がやっておきながら言うのも何だけど」
「……いきなり何するのよ」

 首をさすりながら真耶を睨む桂さん。

 何時ぞやの紅薔薇さまの絶対零度の睨みに比べればその程度、ぬるいぬるい。マジでアレはやばかった、まるで某所に氷柱でも突っ込まれたような気持ちになる。おまけに周囲の気温まで気のせいではなく下がる……まさにブリザード級の凍てつく波動。紅薔薇さまにそこまで大魔王属性があるとは流石の真耶でも予測できなかったのだ。二度と彼女を怒らす事はしないと密かに誓ったのはここだけの話。

 まあ下手にからかわなければいいだけの話だけど。

「桂……本当に大丈夫?」
「……お姉さま」

 やはり予測通りというか、この女生徒は桂さんの姉妹であるお姉さまのようだ。彼女の名前?そんなものは大した問題ではないので割愛する。

「さて、桂さんや。あの時一体何をしようとしてたのかにゃー?」
「な、何って……その、お姉さまにロザリオを……」
「それは黄薔薇革命の影響?」
「そんなんじゃないわ! 私は……」

 桂さん本人は否定しているが、この時期にロザリオを返すという事はあの新聞に感化されているとしか思えない……同じような意見を蔦子さんから聞いている。しかし真耶はその事自体はどうでも良かった、今回止めたのはたった一つの理由からだ。

「まあ桂さんがどう考えているかなんて興味はないんだけどねー」
「……っ!? ならどうして!?」
「だって黄薔薇革命直後のボロボロな支倉令さまを直接その目で見ておきながら、同じ事を自分のお姉さまにしようとする……クラスメイト兼自称友人の私として流石にそれはスルーできなかったよ」

 真耶の言葉に目を開く桂さん。

 その反応からそこまで意識してなかったのかもしれない……が、それは理由に成りえない。桂さんという話しやすい友人候補は、地味に生きてきた真耶にとって本当に貴重なのである。その彼女が他の姉妹の破局による失意の姉の姿を見て、それを自分の姉に繰り返そうとする……こんなつまらない事件で彼女が人を傷つけたり、傷ついたりする事が真耶はとにかく気に入らなかった。

 偶然に防げた事に関してだけは、真耶も『見てるだけ』のマリア様に感謝したくらいである。

「自分一人でロザリオを返すくらい思いつめて、その結果なんてどうでもいいってのは自分勝手が過ぎるとは思わない? それとも桂さんにとってのお姉さまってのはその程度のものでしかない?」
「……真耶さん」
「クラスメイトのみゆきさんにしたってそう、リリアン生って皆揃ってどうしてこうも後ろ向きかねー? お姉さまにふさわしくないって思うなら、ふさわしくなろうと努力すればいいのに」

 他のリリアン生と島津由乃さんとでは前提条件がそもそも違う。

 彼女には身体的に『心臓』を病んでおり、山百合会の仕事を無理できない……これは仕方ない事である。故に山百合会幹部として学園を支えていくには問題があるから、そういう理由で身を引くならば一応筋は通る。

 しかし、かの新聞を見て思いついた生徒達にはこれは該当しない。

 健康的な彼女達のその主張は、悲劇のヒロインになってみたいという我が儘にしか聞こえない。そしてその結果傷ついた姉の姿……支倉令さまを見ている桂さんなら尚更自重してもらいたい。

「……少し、頭冷やそうか?」
「……ごめんなさい」
「これは私の個人的なお節介だけどね、桂さん。お姉さまに何か思う所があるなら単純にロザリオを返すってだけじゃなくてさ、きちんと二人で話し合った方がいいよ。言葉では伝わらない事もあるからと決め付けても、実際に言葉にしなければいつまでたっても本当に何も伝わらない」
「そう……よね」

 裏庭で姉と対面していた時の暗い空気は消えている……どうやら納得していただいたようだ。

 真耶と桂さんとの会話中口を挟まなかったKY(空気読めてる)な女生徒A先輩に視線を送る。そんな失礼な呼び方をしてるとは露とも知らない彼女は真耶に深く感謝していた。何故なら妹にロザリオを『返されて』しまっては、正直姉としてはどうしようもないからだ。

 『だが断る!』と言うわけにもいかず、受け取るという事は妹は妹でなくなる……黄薔薇のつぼみの如く放心するのも無理はないだろう。咄嗟にどうすればいいなんて模範解答などありはしないのだから。

 そしてリリアン女学園において、姉妹制度は生徒達の間にかなり崇高なイメージが浸透している。姉妹の契りを結ぶ前ならば、小笠原祥子さまのように断られても再チャレンジという発想が出来なくもないだろう。しかしそれなりに二人で交流を踏まえて契りを結んだ後に、妹の方から一方的に破棄されるなど前例がない。どちらかの明らかな過失でもない限り、一度契りを結んだ姉妹が破局する事は伝統的にありえなかった。

「色々とごめ……いえ、ありがとう」

 だからこそ下級生だろうが素直に頭が下げられる。既に破局した同級生がいる事は噂で聞いていたが、まさか自分達も当事者になるとは思っていなかったからだ。

 上級生からの謝りではなく感謝の言葉、そのセリフを聞いた真耶は安心した。

(この状況で素直に感謝の言葉が出る……か。この後二人で話して『やっぱり破局しちゃったZE☆』という事にはならないでしょうね、ならば邪魔者は退散するとしますか……)

 真耶は椅子から立ち上がると、同じくKY(空気読めてる)な保健教師に呼びかける。

「それじゃあ先生、後は若い二人で、という事で……」
「そ、そうね。私達は職員室に用があるから二人ともゆっくりしていってもいいわよ」
「「えっ?」」

 当事者二人がお見合いの決まり文句に動揺している隙に、真耶と保健教師は保健室を出る。

 保健室の二人の間に微妙な空気が漂った。



 その場の嘘ではなく本当に用事があったらしい保健教師と真耶はしばらく廊下を歩く。

「……大丈夫そうね、あの娘達」

 不意に保健教師が真耶に話しかけてくる。

「ロザリオを返す前に止めれましたから。まあ、返してたら流石にどうしようもなかったですが……」

 真耶はふと思う……島津由乃さんは何を思って姉である支倉令さまにロザリオを返したのだろうか?

 他の一般生徒とは違う理由がおそらくあるのだろうが、生憎と真耶は黄薔薇一家との交流も情報はあまり持っていない。現状で気にしなければいけないのは密約を交わした紅薔薇さまと、彼女から補佐を頼まれた祐巳さんくらいである。

 もっともその補佐の為にも、祐巳さんには他の薔薇一家の事に気をとられずに早々に学力アップして欲しいのだが。これはあくまで真耶の都合なので、彼女に無理強いなどは出来ない。

 新聞部で見たアンケートから察するに、由乃さんはロザリオを返したままでいる人ではない。すると考えられるのは彼女の根幹……身体的問題の解決である『心臓の手術』くらいなのだが、しばらく様子を見て登校して来なくなるようならビンゴだろう。

 しかし何故この時期なのかまでは分からない。

「……ところで先生? ここ最近何か変わった事はありました?」
「ここ最近で変わった事? う~ん……そういえば、最近剣道部の娘達がちょくちょくケガして保健室に来るようになったかも」
「剣道部……」

 なんだろう、このピンポイントな情報は。

 由乃さんの姉である令さまは確か剣道部所属だった筈……。

「そうそう、思い出した……何でも近々交流試合があるとかで、いつも以上に気合入れて練習しているらしいわ。だからといって、それでケガしているようじゃ本末転倒だって少し注意した記憶があるわね」
「剣道部の交流試合、か」

 由乃さんの推定性格上、何か狙うとしたらその試合の日に自分の手術の日を合わせるとか……。

(いやいやいや、そこまで令さまを追い詰めなきゃいけない理由は流石に……それこそ由乃さんに令さまがべったり依存しまくってるなんて事がない限りありえない。でもありえないことなんてありえないのが現実だし、どうしたものかな?)

 色々考えた結果、真耶が出した答えは『放置』。祐巳さん一人のフォローならともかく……ここで下手に色々と介入した場合、山百合会全部の裏方に回されそうな気がする。むしろ紅薔薇さまならやりかねないし。

 今回の件に関しては時間が解決してくれると見た。





 そんなこんなで由乃さんが登校しなくなった。真耶の推測通り身体的解決に向けて動き出したのだろう。ならば時間が経てばその内解決するだろうと、特に何をすることもなく日々を過ごしていた。その間に破局防止の件で桂さんとその姉にお昼をご馳走になったりとかもしたが、概ね真耶の生活に変化は見られない。

 破局の姉妹はそれなりに増えたが。

 蔦子さんから聞いた三組のスールに続き、姉妹破局がじわじわとリリアン生の生活を脅かした……新聞部こと三奈子さまの力の入ったかわら版の効果は抜群だ!

 新聞部に行って真美さんに聞いた所、相当数の姉妹の破局があったそうで頭を抱えていた。良かれと思って編集していた三奈子さまも声が若干上ずっている……流石に数が多すぎたようである。不安な気持ちに襲われている三奈子さまに真耶は清々しい笑顔で答えた。

「大丈夫ですよ、三奈子さま。由乃さんがいずれ戻ってくればこの問題はほぼ片付きます」
「でも大分休みが長いらしいじゃない……大丈夫なのかしら?」
「そればかりは彼女の体調次第ですけど、まあ最悪冬になる頃には帰って来て令さまと復縁しますよ多分」
「え、復縁……?」

 一度自分から解消した相手に復縁を申し込むなんてありえない……そんな顔をしている三奈子さま。

 それは真耶も同感ではあるが、彼女は既に前例にない事を仕出かした身……一度ある事は二度あるとも言う。

「実際復縁しなかったら彼女はこの学園には居辛いでしょう、何せ破局した姉妹達からすると由乃さんは全ての元凶なワケですし。ともすれば復縁するしかないのは自明の理です」
「た、確かに……」
「そして時間が経つにつれて姉妹解消を後悔してる生徒もいるでしょうから、その黄薔薇のつぼみ姉妹の復縁を再度かわら版として新聞部が取り上げるんです。普通の人間は前例があるとわりと何でも行動してしまうものですから、黄薔薇革命の時のようなかわら版があればかなり効果が期待できると思いますよ?」

 ある意味『赤信号、皆で渡れば怖くない!』的思考なのだろうが、酷い話もあったものである。その程度でふらふら揺れる絆に振り回されるとは、真耶としては失笑するしかない。

「全員必ず、とまでは言えませんけど、破局した姉妹はそれでほとんどが元の鞘に納まると思います。それくらいは紅薔薇さま率いる山百合会なら想定しているでしょうし、三奈子さまはいつも通り素晴らしい新聞を作る事に専念しても平気です」

 もちろん、この発言には嘘がある。

 事件解決に動いている祐巳さんがそこまで先見の才はあるとは思えないので、こっそり真耶から紅薔薇さまに全ての情報を流していたのだ。人心に聡い紅薔薇さまなら下手に新聞部を糾弾することはないだろう……実際話を聞いた彼女は「祥子辺りが盛大にぼやきそうね」と呆れていた。

 そんな事実を露とも知らない三奈子さまは、この状況下においても冷静に自分の新聞を褒めてくれる真耶に感動している。先程までの消沈した空気は晴れ、他の新聞部部員も真耶の言い分に感激していた……真美さんを除いて。

(ここまで結果を予測できるという事は、最初からある程度の過程を読んでいたとも取れる。その上で四苦八苦する私達を見て楽しんでいた?……いえ、そんな悪意は感じなかった。なら一体真耶さんの真意は……?)

 真美さんは喜んでいる部員の中で一人難しい顔をしている。おそらく真耶の真意を量りかねているのだろう。

 編集作業に戻った三奈子さまとその他部員の中にいた真美さんの側に真耶はそっと近づく。

「……何?」
「中々充実した日々を送れましたでしょうか、mademoiselle?」
「っ!?」

 顔を朱に染め真耶に怒鳴ろうとするが、途方に暮れていた新聞部に光明を与えた真耶に対する新聞部の印象は最高である……部長の妹である真美さんとしてそれは出来ない。

 出来るのは睨みつける事くらい。

「好奇心の高い三奈子さまは適当に話題を振ってあげた方が楽、逆に何もないと暴走しかねないからねー。まあ今回の件はベストではないけれど、そこそこベターな結末に落ち着くと思わない?」
「……感謝するべきなのかしら、私は『あなた』に」

 真美さん的にかなり頭にきたみたい……『あなた』呼ばわりされた (´・ω・`)

「今回は偶然だったし、私としてはあまり長期的に祐巳さんの周りを騒がしくしないで欲しいだけ。今後は真美さんがしっかり三奈子さまの手綱を取ってくれると助かるわー」
「祐巳さん?……もしかして、彼女があなたの言う『都合』なのかしら?」

 残念、質問に必ず答えが返ってくるとは限らないのだよ……というか純粋に言えない、何故なら紅薔薇さまが怖いからw

(ごめんねー真美さん、ソレは機密事項なのよー)

 沈黙で返す真耶を一瞥すると、真美さんは溜め息をつきながら作業に戻っていった。

 これだけの信頼を得てしまっている真耶の正体にほぼ気づいていながらも、真美さんにはそれを暴く事は今の所出来ない。まあストレスは溜まるだろうが、愛しのお姉さまの楽しそうな笑顔が見れる事で勘弁してほしい。

 真美さんはチェスや将棋でいう『詰み(チェックメイト)』にはまったのだ!!



 ――季節は秋の終わりを告げようとしていた。




[3792] 黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第五話「蓉×聖ですね?わかります」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/11/16 04:57


 あれだけ盛り上がっていた市民体育館で行われた剣道部の交流試合も終わり、応援に来ていた各校の生徒達は帰路についていた。

 そんな帰り道に「少し用事があるから」と、妹達に先に帰るように促す蓉子。そうして妹達と別れると、蓉子は来た道を再び戻り市民体育館のロビーへと向かった。

 既に人がいなくなっている市民体育館に着くと、ロビーに置かれているソファーに座ってもうじき現れるであろう待ち人を待つ。

「ねえー蓉子ってばー」

 何故か蓉子についてきた聖と共に……。

「……聖には関係ない事よ」
「そー言われてもさ、気になるじゃん。わざわざ祥子達を先に帰す程の用事って何なのよー?」

 勝手についてきていながらそんな事を言う聖。

 用事というのはあくまで蓉子の個人的なものであり、聖にはあまり干渉されたくないのだが……やはり行動が不自然すぎたのだろうか?少し考えに耽っていた自分の隣にちゃっかり座っている聖を見る。何処かペットの犬を彷彿させるような『かまってちゃん』な聖を相手に、蓉子は上手くあしらえない自分の未熟に溜め息をついた。

 こうして他の山百合会幹部及びリリアン生の目がない時、聖は蓉子にべったりと甘えてくる。

 藤堂志摩子という貴重な妹を得て、聖は去年の事件からかなり持ち直した。しかし、ある意味で聖にかなり似た所がある志摩子は必要以上に聖に頼ったりはしない。それは聖も同様で、互いに一歩引いた関係は二人にとって悪くない環境だったのかもしれない……が、やはり白薔薇さまと呼ばれる聖も所詮は十代の少女なのだ。

 稀に人恋しくなる時があるのだろう、かといって互いに距離を置く志摩子に対し素直に甘えられない……そんな葛藤。当時聖の支えとなっていた彼女のお姉さまはもういない。そんな聖が蓉子を頼ってくるのは当然だろう、去年の事件の時も最後まで彼女を励ましていたのだから。あの時のような依存的な危うさが無いのは幸いだが、そんな態度の聖を再度間近で見るのは正直辛いものがある。しかし、強く突き放せずついつい彼女を甘やかしてしまう……自分もまだまだ十代の少女にすぎないと痛感してしまう蓉子だった。

(もう少し志摩子が年相応な妹なら良かったのだけれど、彼女も色々あるし……)

 妹達に内緒でべたべたしている二人……傍から見ると何か不倫のような関係にも見えるが、現実はご主人様とペットのような関係である。それほど実害はないのだから特に問題とも言えないのだが……

「だからといってこうもべたべたされるのは、ちょっとねぇ……」
「スキンシップよ、スキンシップー」

 蓉子が深考している隙に、聖は後ろから抱きついていた。

 ロビーには交流試合の応援に来ていた生徒は当然残っておらず、もちろんリリアン生は一人も見られない。だからこそ大胆にも抱きついてきたのだろうが、こんな所を下手に知り合いに見られてはたまったものではない……蓉子はここである人物と待ち合わせをしているのだ。時間的にはまだ余裕があったが、その相手が予定より早く来る可能性はある。

 とりあえず抱きつく聖を剥がそうとする蓉子だったが、それなりに大人びた身体である聖。そんな彼女の『ある部分』がムギュっと押し付けられる感触に、蓉子の鉄の理性に皹が入りかけたその瞬間――

「……あ~そのなんというか、お邪魔だったでしょうか?」

 明らかに「うわぁ……」といった感情丸出しの顔で、蓉子がここで待ち合わせていた人物……山田真耶がそこにいた。





黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第五話「蓉×聖ですね?わかります」





 市民体育館のロビーに微妙な空気が流れていた。

 流石の真耶もあまりのガチ百合空気に言葉が思いつかない。しかしこのまま沈黙が続くのもそれはそれで気まずいので、何とか場を和まそうと声を発した。

「なんということでしょう……蓉×聖ですね?わかります」
「……あなたは何を言っているのかしら?」

 紅薔薇さまの目がかなりキてる……が、顔が真っ赤なのであまり怖くはない。むしろ萌える。

 同じく真っ赤な顔の白薔薇さまは滅多にない状況に混乱中の模様、しかも紅薔薇さまを抱擁したまま。

「むしろ何を言えばいいのでしょうか……?」
「「…………」」

 土曜日の午後にわざわざ呼び出しておいて、甘ったるいラブシーンを見せられた真耶の方こそいい迷惑である。紅薔薇さまの貴重な恥じらひ顔を見れたのは嬉しいが、こんな気まずい現場というのは勘弁してほしい。

 いつもなら容赦なくからかう所なのだが、相手が紅薔薇さまではそうもいかない。下手に彼女に根に持たれて、卒業後まで付き合わされては本末転倒もいい所だ。

 あくまで紅薔薇さまと真耶の関係は、互いに利害の一致によるものである。紅薔薇さまは真耶の平穏地味な生活を今まで通り保障する、その代わりに彼女に祐巳さんの裏補佐を頼む……真耶はその逆である。双方のメリットデメリットを十分に吟味した上での契約なのだ。故に今のような紅薔薇さまとの関係が五分より傾く事態はあまり望ましくない。

「やれやれ、紅薔薇さまらしくもない……」

 あくまで関係が対等なのは互いの利害が五分だからである。その五分の利害がどちらかに傾くと、その瞬間二人の関係は対等とは言い難くなってしまうのだ……とはいっても真耶が六分、紅薔薇さまが四分くらいではあるが。

 しかし、真耶はその利害の傾きに乗じる事はしなかった。

 普通なら自分の有利になるように譲歩したりするのだが、相手が紅薔薇さまでは下手に対立しかねない。真耶のバックボーン的にけして戦り合えないわけではないのだが、そんな事をしては真耶本来の目的が崩壊する。

 したがって余計な葛藤をさせる事態を招いた紅薔薇さまに、皮肉たっぷりの視線を送るだけにしたのだ。

「……私も、何事も完璧ではないわ」

 感情を大分落ち着かせた紅薔薇さまは、持ち前の凍てつく波動を復活させ睨んでくる。

 ……その眼光、マジパネェっすw

「さいですか……それより早く用事済ませて帰りたいんですけど?」

 あの紅薔薇さま相手にイニシアチブを取った、と油断するような真似はしないだろう常考。利害のちょっとしたずれは対立を生む、それが分からないほど真耶は愚かではないし紅薔薇さまも同様である。

 軽く息をつくと、紅薔薇さまは波動を止め真耶と正面から対峙した。

「それなら早々に報告して頂戴」
「了解にゃー」

 そういって懐から黒い手帳を取り出すと、真耶はそれに記された情報を紅薔薇さまに話していく。

「由乃さんの手術に関しては知っている様ですので省きますね、後は主に学園側の対応の事ですが……」
「ちょ、ちょっと待ったー!?」

 そこまできてようやく白薔薇さまが混乱から立ち直った、相変わらず紅薔薇さまを腕に抱いたままなのを見ると完全ではないようだが。

「な、何なの、この娘!? 蓉子の家のエージェントか何か!?」
「ちょ、ちょっと、聖!? 首が絞まるから手を放しなさい!」

 動揺している所為か、紅薔薇さまの首元を掴んで真耶の事を訊ねる白薔薇さま。

 そんな体勢で問答すると、白薔薇さまのある部分が前にいる紅薔薇さまの背中に滅茶苦茶押し付けられるのではないだろうか?冷静さを取り戻していた紅薔薇さまの顔が、再度真っ赤になっている事からその推測は外れてはいなさそうだ。

 まあそんな事は真耶には全く関係ないが。

「紅薔薇さま個人の密偵とでも思ってください。……話続けていいですか?」
「え、ええ、お願い」

 コホン、と息をついてから手帳の中身について報告する。

「学園側の対応ですが、主に新聞部と黄薔薇のつぼみ姉妹への厳重注意案が挙げられています」
「えっ!? 令と由乃ちゃんも厳罰注意対象なの?」
「……確かにそれも仕方ない、か」

 真耶の報告内容に慌てる白薔薇さまと、冷静に聞く紅薔薇さま。

 同じ山百合会幹部の事だというのに、二人の薔薇さまの対応は見事に相反していた。

「どちらも学園を騒がした事には違いはないですから、教師側としても注意はせざるをえないかと」
「で、でも、由乃ちゃんは令の為に手術という道を選んだのでしょう? それなのに……」
「聖、『由乃ちゃんが~』という過程は教師側からすれば関係ないのよ。由乃ちゃん達が結果的に学園を騒がしてしまった事には何の変わりもないもの。しかもそれがリリアン生達の良い模範ともなるべき山百合会幹部だというのだから、尚更お咎め無しでは済まないでしょうね」

 紅薔薇さまの冷静な分析に俯いてしまう白薔薇さま、でもその体勢だと紅薔薇さまにすごく……顔が近いです。

 それにしても白薔薇さまがこれほど情に深いとは、真耶にしてみれば意外だった。この程度の事を聞いても「ふーん?」の一言で済ますと思っていたのだ。人は見かけによらず、と言った所だろうか?

 実際に紅薔薇さまの方はそれなりに想定済みのようだったし。何にせよ今回起きた黄薔薇革命、発端が山百合会幹部でなければここまで大事にならなかったのは事実なのだ。

「まあだからといって彼女達まとめて処罰しちゃうと、それはそれで問題なんですよねー」
「え?」
「わかりません? そんな事したら学園の高等部の生徒達が黙っちゃいませんてー」

 そう、ある意味暴動のようなものが起きる可能性がある。さらには高等部以外に飛び火する事も十分にありえる……真耶から言わせれば「ありえん(笑)」の一言だが。

 何故かというと、乙女淑女達が集う学び舎と言えど我がリリアン女学園生徒諸君は、姉妹制度やらの伝統や薔薇さま方山百合会幹部への憧憬がかなり強い。だからこそ、今回のように連鎖的に姉妹破局が起きたりもする。そんな夢見る乙女な彼女達が憧れの黄薔薇のつぼみ姉妹に処罰が、と聞いたりすれば何が起こるか想像もしたくない。

 そんな希望的推測に、白薔薇さまのお顔に明るさが若干戻る。

「じ、じゃあ、やっぱりお咎め無しなの?」
「そういうワケでもないんですけどねー」
「……詳しく説明なさい」

 紅薔薇さま、まあそう急かさずに。というか、いい加減に白薔薇さまと離れたら?というのは無粋なツッコミなのだろうか……

「これは新聞部とも既に交渉済みですが、後日しっかりと確実に黄薔薇のつぼみ姉妹が復縁すること。そしてその復縁を新聞部がもう一度大々的にかわら版として取り上げる事、この二つが学園側からの最終的な結論です」

 要は大事にした連中が責任持って元の鞘に戻せ、という話である。

 真耶からしてみれば、随分寛大な処置とも言える。あれだけ学園を騒がしておいて表立った処罰が無いとは、お嬢さま学校にしても異例ではないだろうか?お嬢さま学校だからこそとも言えなくもないが。

 結局の所、黄薔薇のつぼみ姉妹さえ復縁すれば、同じように破局した姉妹達も復縁するだろうと学園長を通して教師側に伝えてもらったのだ。リリアン女学園独特の風習を知っている教師達ならば、その意見に深く納得することだろう、と。

 真耶の裏事情を知っている紅薔薇さまは冷ややかな目で見ているが、何も知らない白薔薇さまは不思議がっていた。

「えっと、山田真耶ちゃんだったっけ? いくら蓉子の指示があったとしても、流石に教師側の情報を知っているのはおかしくない?」
「はぁ? ……言ってないんですか、紅薔薇さま」
「……そういえば何も言ってなかったかしら?」

 白薔薇さまの言葉に思わず顔を合わす二人。

「蓉子がそう簡単にペラペラ喋るような性格だったら苦労しないわよ……」

 自分だけ状況が掴めない事に頬を膨らませ拗ねる白薔薇さまは、思わず写真にとってファンの生徒に裏で売ってしまいたい程の可愛らしさだ。色々な問題があるから実行はしない、主に紅薔薇さま的意味で。

 可愛らしく首を傾げている白薔薇さま……こうなった以上、説明をしないわけにもいかない。非常に面倒ではあるのだが……

「まあぶっちゃけた話、私こと山田真耶は学園長の養子だったりするんですねー」
「学園長の養子!?」

 一般的に知られていない新事実に白薔薇さまは驚いている。確かに生徒側で知っているのは、今の所紅薔薇さまと真美さんくらいか?二人のタイプ的に他の人に言い触らしたりはしないだろう、多分。

「ですから私のコネを最大限に使えば、これくらい何でもないのですよー」
「そういう裏事情があるから、今回私が踏み込めないレベルの情報入手に協力してもらったのよ、聖。……とりあえずご苦労様、真耶さん」
「いえいえ~お代官様こそ」

 ふっふっふっと笑う真耶と紅薔薇さまを見た白薔薇さまはドン引きしていた。

(前に会った時から只者じゃないとは思っていたけど、まさかあの蓉子とタメ張れる程とは……真耶、恐ろしい子!)

 そんな面白顔をした白薔薇さまは放っておいて、真耶は改めて紅薔薇さまと情報交換をする。

「やっぱり由乃ちゃんの手術に関しては学園に届けてあったのね、まあ当然だけど……」
「生徒の病欠の理由を問わない学校なんてありませんがな。何せ一週間近くの長期病欠ですし……」

 まあそのおかげで黄薔薇のつぼみ姉妹への処罰の対策が打てたとも言える。

 学園長経由でその情報を入手した真耶は、学園長に『姉の負担になりたくはない病弱な妹が、精一杯の勇気を出して心臓の手術という壁に向かう』そんな感じに盛大な美談として説得するように頼んでおいた。そうしたらその職員会議で、ものの見事に教師達はその心意気に感動したようで、その単純さに学園長も呆れて溜め息をついたという。

 仮にも生徒を教え導く教師達が、一生徒である真耶の思惑通りに踊っているのだから。



「そういえば、何故今回こんなに私達に協力的なのかしら? 私が貴女に頼んだのは祐巳ちゃんの補佐であって、由乃ちゃん達の事までは契約外の出来事ではなくて?」

 不意に紅薔薇さまが疑問を問いかけてきた。

「別に大した事じゃないです。あまり周りが騒がしいの好きじゃないんですよー」

 実際由乃さんの事で祐巳さんは頭一杯で、とてもじゃないが勉強を促す状況ではなかったのだ。短期間でそれなりに効果を出す都合のいい勉強方法などあるわけがない、真耶としても時間をかけた勉強の方が身につくと考えている。なので祐巳さんの周りが騒がしいのは困る……出来れば祐巳さんには早めに学力アップの布石を打ちたかったというのが、今回の事件をフォローした主な理由だった。

 それに今回の件で由乃さんが元気になれば、祐巳さんは同学年の親友とも呼べる人が増える。これは将来的に見ても祐巳さんの為になる、と真耶は判断した。……べ、別に紅薔薇さまの思惑に乗ってあげたんじゃないんだからね!?と、ツンデレ風な解釈も出来るが。

「ふふふ、そう言いながらも最終的に悪くない結果に持っていく……貴女のそういう所、好意に値するわ」
「好意?」
「好きって事よ」

 可愛らしく微笑む紅薔薇さま。

 そんな紅薔薇さまの横顔に見惚れる白薔薇さま。

 そんな二人から数メートルの距離を取る真耶…………ドン引きである。普通のリリアン生であればこのような紅薔薇さまに微笑みかけられたら一発昇天しそうなものだが、ノンケの真耶には効果が無かった。

「……そういうのは、ちょっと……遠慮したいかも」
「ちょ、ちょっと、そういう意味じゃないわよ!?」

 そういう意味にしか聞こえません……どう聞いてもガチ百合です、本当に(ry

 大体紅薔薇さまも紅薔薇さまである。あれ程美人な妹を持ち、美少女に囲われた山百合会のトップという立場にいながら不満なのだろうか?エロゲ主人公のようなハーレムを築いておきながら、こんな自分に色目を使うとは嘆かわしい。

 一般的に黙ってさえいれば真耶も十分美少女ではあるのだが、本人はそこまで自覚していなかったりする。

「まあ、そういうワケでして……黄薔薇革命は特にこれ以上問題なく終結するだろうと思います」

 これ以上怪しい世界に巻き込まれては面倒、とばかりに真耶は話を締めくくった。確かにリリアン女学園としての問題は解決したが、山田真耶としての問題が一つ残っている事に彼女はまだ気づいてはいなかった。



 この後相変わらず白薔薇さまに抱きつかれたままの紅薔薇さまは、不本意な誤解を招く発言をしてしまった事に頭を抱えていたそうだが……それはまた別のお話。



[3792] 黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第六話「黄薔薇さまの憂鬱、そして~」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/03 16:00

 剣道部の交流試合から、あけて月曜日。

 由乃さんの手術も成功し、そのおかげで令さまもすっかり元気になったみたい。この調子なら退院したらすぐ復縁するんじゃないかなぁ~っとクラスメイトの真耶さんと話していた所を、祐巳は黄薔薇さまに襲撃されてしまった。

 黄薔薇さまを見た瞬間、逃げ出そうとした真耶さんを祐巳は慌てて引き止める。

 こう、下から見つめ上げるようにして涙目でじっと見つめた……そんな祐巳に見られていた真耶さんは、「これなんてアイフル?」とよく分からない事を呟いていたが、結局その視線に耐え切れず付き合ってくれた。

 そんな黄薔薇さまに連れられて、やってきたのは放課後の薔薇の館。


 ――ただいま詰問中。


「――と、言うワケなんですけど」

 祐巳は黄薔薇さまに由乃さん達が破局した日から、一昨日の交流試合までの流れを一から説明した。

 それなりに時間のかかった説明を終えると、いつまで経っても他の山百合会幹部が来ない事に疑問を抱く。黄薔薇さまに聞いてみると、皆は祐巳に執拗な黄薔薇さまを押し付けて逃げたらしい。

(うぅ……祥子さま、ひどいですぅ……)

 そんな事を考えていると、黄薔薇さまからの質問の声が無くなっていた。

 なんだろう?と祐巳が顔を上げるとそこには、眉間に手を当てて難しい顔している黄薔薇さまと真耶さんの姿があった。





黄薔薇れぼりゅ~しょん!? 第六話「黄薔薇さまの憂鬱、そして~」





 『黄薔薇革命』を放置した結果がこれだよ!と、真耶は今回の事件への介入を疎かにした事を後悔した。

 何故ならお人よしな祐巳さんは、破局中の黄薔薇のつぼみ姉妹との間を伝書鳩のように繋いでいたという。間近に迫っている学期末試験の準備をすることなく、友達の為にと動き回っていたそうだ。

 道理であまり祐巳さんを見かけなかったワケである。

(祐巳さんの性格を考えれば十分ありえる事なのに、なんたる迂闊……OTL)

 隣を見ると、あの黄薔薇さまも同様に頭を抱えていた。まあ、気持ちは分からんでもない。

 普通に山百合会幹部として互いに協力し合うのならば何の問題も無い……が、今回の件は違う。確かに心臓の手術への不安があるのは仕方ないと思う、しかし何故それを祐巳さんに言う必要があるのか。その姉である令さまも由乃さんの心配ばかりで、間で動いている祐巳さんの負担まで考えていない。これでは一方的に祐巳さんの心労が募るばかりで、とても互いに協力し合ってるとは言えない。

 そういう祐巳さんの人柄は長所であり短所でもある。他人の事を優先して気にして、自分の事は何も言わない……心配をかけたくないから。純粋なお人好しだからこそ損をする、そんな典型的なタイプ。そんな彼女が姉に迎えたのは、高スペックに定評のあるヒステリーお嬢さまこと小笠原祥子である。いずれ祐巳さんのストレスが有頂天に達するのは確定的に明らか。

 本来なら新任の祐巳さんを補佐するのは、先任の山百合会幹部が行うべき仕事である。

 それなのに自分を含めた黄薔薇一家プラス祐巳さん、山百合会のほぼ半数がこの二週間の間ほとんど機能してなかった……流石の黄薔薇さまもこの事態は青天の霹靂なのだろう。いかに紅薔薇さまが優秀だからといって限度がある。

 あとで長々と説教をもらうのだろう。黄薔薇さまの今の心境を表すのなら、

(あー冷やかな視線の蓉子の顔が想像できるわー勘弁してー……)

 とでもいった所だろうか。

 そんなアンニュイな黄薔薇さまのお顔も面白いが、今はそれどころではない。

 真耶は『祐巳さん育成計画』を練り直していた。何しろ当初の予定より二週間近くのロスが出てしまったワケで、学期末試験までに上げられる祐巳さんの成績値は若干下降修正しなければならない。

 そもそもそこまで祐巳さんの成績を気にする必要などないのだが、紅薔薇さまの卒業後の干渉は出来るだけ避けたいのが真耶の本音である。卒業までに祐巳さんをそれなりに鍛えておけば、必要以上の補佐はいらないと紅薔薇さまが判断するかもしれないからだ。

 試験まであまり時間の余裕は無いが、都合よく祐巳さんと話せる機会が訪れたので実行するとしよう。

「……ところで黄薔薇さま? 他の方々が来られないようなら、私達は帰ってもいいでしょうか?」
「……ええ、話はよく分かったから。ごめんなさいね、祐巳ちゃん」
「ふぇ?」

 真耶が帰ろうと祐巳さんを促して席を立つと、あの黄薔薇さまからの謝罪の言葉に呆然としてしまう祐巳さん。黄薔薇さまも席を立つと祐巳さんに近づいていく。

「ウチの令と由乃ちゃんが迷惑かけて」
「そ、そんな迷惑なんて事は……」

 そう言いかけた祐巳さんを、黄薔薇さまは優しく抱きしめる。

 突然の出来事に硬直する祐巳さん、もちろん真耶も同様だった。なにこの展開?w

「な、ななななん(ry……!?」

 あまりの事に声が回らない祐巳さん。

「良かったらこれからも由乃ちゃんの友達でいて頂戴。へたれな令の事を叩きなおしてくれてもいいわ」
「ふえぇ~!?」

 頭がショート寸前の祐巳さんを見ていると落ち着いた。他に大慌てしてる人見ると、逆に落ち着くって話は本当らしい。

 黄薔薇一家を代表しての感謝の印……なんだろうけど、百合百合してる学校にいると色々毒されて困る。白薔薇さまみたいな軽い抱擁じゃないから、祐巳さんも相当混乱してしまったようだ。

 だが話がいい加減進まないので、『世界(ザ・ワールド)――そして時は動き出す』。

「そろそろいいっすか?」

 真耶の一言で、甘い空気が一瞬で吹き飛ぶ。

「ええ。それじゃあ『山田真耶さん』、祐巳ちゃんの事よろしく頼むわね~」
「……わかりました。さ、祐巳さん帰るよー」
「あ、あうぅ~……?」

 まだ呆然としている祐巳さんの肩を抱くと、そのまま出口へと歩いていく。物凄く嫌な予感がしたが、真耶は全力で無視する。

 その二人を見つめる黄薔薇さまの目は、猫のように鋭く輝いていた。



 大分落ち着いた祐巳さんと、銀杏並木の道を歩く。

 真耶は先刻の黄薔薇さまの言葉を考えていた。

(結局、紅薔薇さま以外の薔薇さま方にも名前を知られたか。先に紅薔薇さまと契約してるから、変に絡んではこないだろうが……去り際に見たあの目、非常に嫌な予感がするねー)

 暫く無言で歩いていたが、沈黙に耐え切れず祐巳さんが話を切り出す。

「あ、あの、真耶さん? さっきの事だけど……」
「黄薔薇さまの感謝の事?」
「……うん。よく分からないんだけど、私何か出来たのかな? 由乃さん達の話を聞くくらいしか出来なかったと思うんだけど……」

 そう言って俯いてしまう祐巳さん。

 なるほど、これも祐巳さんの人柄故の反応か。人の弱みや愚痴を素直に話せる人間が、いかに貴重な存在ってものを理解していない。いや、下手に賢く理解してたらしてたでそれも何か嫌だが。

「話をただ聞く、それはとても簡単のようでとても難しい事。身の程を弁える謙虚さは美徳、だけどそれが卑屈になりすぎてはいけない」
「真耶さん?」
「由乃さんに令さまは、祐巳さんの友達に仲間なんでしょ? ならそれくらいの相談は当然で、むしろ悩む方が失礼だと思うにゃー」
「……そうかな?」

 友達や仲間なんてものはそんなもんである。

 そんな事よりも、祐巳さんにはもう少し先の事を考えてもらわないといけない。

「……ところで、祐巳さんは大丈夫?」
「え? な、何が?」

 話をすり替えられた祐巳さんは首を傾げている。余裕あるね。

「間近に控えた学期末試験の準備☆」

 とても清々しい笑顔で、祐巳さんに非情な現実を突きつける。

「あ」

 祐巳さんのコロコロ変わるお顔が、真っ青になっていく。

 まあ黄薔薇のつぼみ姉妹にかかりっきりで、そんな事をしてる暇なんてなかったのだが。そんな彼女に駄目押しの一言。

「祐巳さんが紅薔薇のつぼみの妹になって初めての試験、注目の的になるのは必至だろねー」
「ええぇーっ!? ど、どどどどど(ry……!?」

 なんと素晴らしい道路工事。

 先程黄薔薇さまに抱きつかれた時以上にパニックに陥る祐巳さん。その小動物チックな涙目の顔は、とても可愛らしい……もっと虐めたくなる程に。残念ながら真耶にはそっち側の趣味はない、嫌いでもないけど。

 絶望に落ちかけの祐巳さんの前に差し出されるのは、何処ぞの新世界の神のような嘘臭い笑顔を浮かべた真耶の手である。

「もし、何とかしたいと思うならこの手を取りなさいな。けして悪いようにはしないから……友達として、ね☆」
「……う、うん」

 最初から選択肢の限られた質問。

 祐巳さんはどれだけ不安に思っていても、否応無く真耶の手を取るしかなかった。



 後に祐巳さんは……

「あの時の真耶さんの笑顔は、まるで……そう、メフィストフェレスのようだった」

 と、話していたそうだがそれはまた先の話。





 ようやく退院した由乃ちゃんが令と復縁したその日、江利子は二人を古い温室に呼び出した。

「……お姉さま?」
「何ですか、黄薔薇さま?」

 呼び出しておきながら、一言も喋らない江利子に令達は戸惑っている。

 こういった事は江利子の性に合わないのだが、冬が終わり春を迎えれば自分は卒業してしまう。この事に関してだけは、しっかり妹達に伝えておかなければならないだろう。

「……あなた達、祐巳ちゃんを大事にしなさい」
「「は?」」

 ようやく口を開いた江利子の、そんな言葉に目を白黒させる二人。

「今回の件の流れは詳しく彼女から聞いたわ。令に由乃ちゃん、あなた達二人はもう少し山百合会幹部としての自覚を持った方がいいわね」

 復縁したばかりの二人にかけられた言葉は、祝福ではなく叱責。

 その言葉に短気な由乃ちゃんは即座に食いついた。

「わ、私達が自覚を持ってないって言うんですか!?」
「ええ」
「お、お姉さま?」

 即答する江利子にオロオロするへたれ令。虫歯に気を取られていた自分にも責任はあるのだけれど、だからといってそれは新任の祐巳ちゃんを巻き込む理由にはならない。

 やれやれ、由乃ちゃんもまだまだ未熟ね。

「半年近く先任のあなた達が、新任の祐巳ちゃんをお家騒動に巻き込んだのがその証拠。そんな事は普通あってはならない事だもの」
「巻き込んだって……少し話を聞いてもらっただけじゃないですか!?」

 江利子は空気を一変させた。由乃ちゃんのその一言は見逃せない。

「聞いてもらった『だけ』? 本気でそう思ってるのかしら、由乃ちゃん?」
「ロ、黄薔薇さま?」
「友達の心臓の手術を聞いて、会おうとしない二人の間の伝書鳩をして、それで普通に学園生活を送れていたと思っているの?」
「あ……」

 つい最近まで一般生徒にすぎなかった祐巳ちゃんが、そんな事をして平静でいられたわけがないだろう。それでも手術に向かう友達を不安にさせないように、それを見守る友達の姉を励ますように、どれ程の努力があっただろうか?

「本来なら令と由乃ちゃんが二人で正直に話し合うだけで済む話なのに、祐巳さんや黄薔薇革命の影響を受けた生徒達に教師を含め、学園全体にまで問題を発展させてしまったのよ? その罪の責任を改めて自覚なさい、あなた達はただ許されたわけじゃないのだから」

 特に黄薔薇革命の一番の被害者である破局姉妹の二年生、彼女達が元凶である令達を許す事は多分ないだろう。いくら黄薔薇のつぼみ姉妹だからといって、何もかもが許される道理はない。

 それは背負わなければならない『業』である。

 姉である自分がこんな事にならないように導くべきなのだが、起きてしまった事を今更嘆いても仕方が無い。ならば次へと生かせる最善の手をつくすべきである。

「その上で、今一度祐巳ちゃんの存在を大事にしなさい。彼女は山百合会幹部に、ある意味最適の『逸材』なのだから」

 何と言ってもあのヒステリー祥子が惹かれ、その姉である蓉子も称賛していたほどである。

 本質的に人と群れたがらない聖と志摩子も、祐巳ちゃんには心を許している気がする……確証はないが、態度を見ているとなんとなく分かるものだ。それほどに不思議な包容力を持つ彼女ならば、今回の件で『業』を背負った二人にも分け隔てなく接してくれるだろう。

「でもだからといって、彼女一人に頼りすぎては駄目。逆に彼女の事も支えてあげないと、人の心なんて簡単に壊れてしまう……あれだけ神経質な姉を持つなら尚更ね」
「お姉さま、流石にそれは言いすぎじゃ……」

 同級生をさもヒステリック女のように言う江利子を窘める令、由乃ちゃんは「……確かに」とか呟いている。そういう心配は、短気な由乃ちゃんにも言えるんだけどね。

「ただ困った事に、祐巳ちゃんは人に対して弱みを見せたがらないタイプなのよ。だから彼女のストレスの限界は、非常に読みにくいと思うわ」
「で、では、どうしたら……?」

 相変わらずのへたれね、令。本当ならそれくらい観察眼で見極めて欲しいものなのだけど、性格的にウチの妹達には難しそうだ。仕方ないので、江利子はここである『一石』を投じる事にした。

「そうね、もし彼女に何か違和感を少しでも感じたら、彼女のクラスメイトである『山田真耶』さんを頼りなさい。彼女は祐巳ちゃんの友達の一人で、中々鋭い観察眼を持っていると言っていたわ……蓉子が」
「紅薔薇さまが、ですか?」
「……山田真耶さんって誰? 令ちゃん知ってる?」

 やはり蓉子の名前を出すと説得力が違う……少し切ない気もするが。

 そして予想通り、二人とも「誰それ?」って顔をしている。学園祭の準備の時あれだけ騒いでいたのに、彼女の名前は令達の頭に印象付けされていなかった。これが蓉子が感じていた違和感だったわけか、徹底的な隠遁術とでも言うべきか?

 非常に『面白い』存在ではあるが、おそらく彼女は蓉子と同じ類のタイプ。

 江利子が面白いからと絡んでも、のらりくらりとかわされてしまうだろう。卒業を間近に控えてそこまで熱中するほど、自分は酔狂な性格ではない。かといって何もしないというのも、面白い事に目がない自分のプライドに係わる。

 故にこの一石。


”祐巳ちゃんに関する重要な問題は『山田真耶』を頼れ”


 出来ればそんな事をせずに祐巳ちゃんを助けて欲しいのが江利子の本音である。ただ自分の妹達がそこまで見極めるには、もう暫くの時間がかかると判断した。

 逃げればその分追いかける……そのスッポンのような性格の江利子が、現状で打てる最大の嫌がらせが今ここに発動する。

 そしてそれはその対象である真耶にとって、非常に面白くない布石が打たれた瞬間だった。



~ TO BE CONTINUED? ~



[3792] 学期末試験騒動記 前編「いばらの森? 何ソレ、おいしいの?」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/03 15:54


 皆様こんにちは、山田真耶です。

 季節は冬。

 街はクリスマス・ムード一色。

 しかしそんな浮ついた気分を戒めるべく、中高生には楽しい楽しい学期末試験が控えているのでした。


~中略~


 無事試験が終わりました。

 祐巳さんも今までで一番良い成績を取れたと喜んでいました。

 自分も肩の荷が取れた気分です。

 この試験休みを利用して、久しぶりに貫徹でネットに入り浸ろうと思います。

 それでは皆様ごきげんよう。



 え?端折るな?

 別に大した事は起きてないんですよ?

 ……はぁ、仕方ありませんね。

 では学期末試験の前後を、少しばかり振り返ってみましょうか。





学期末試験騒動記 前編「いばらの森? 何ソレ、おいしいの?」





 それは教室で真耶が祐巳さんにテスト勉強を教えている時だった。

「――白薔薇さまが……」

 そんなクラスメイトの話し声に、教科書を読んでいた祐巳さんは集中を解いてしまう。

(白薔薇さま?)

 テスト勉強を捨ててまで噂話に熱中しているクラスメイトに、祐巳さんの意識は完全にそちらに向かってしまったようだ。勉強<噂話っていうのは、学生としてどうなんだろうね。

(やれやれ、一体誰の為に勉強法をレクチャーしていると思っているのかにゃー)

 目の前で教科書を開いていた真耶は、それを机に置くと両手を祐巳さんの顔に伸ばす。

 両頬を掴み、グイっと祐巳さんの顔をこちらに向かせる。

「ぎゃうっ!?」

 こちらを向かせると、次にその手を左右に伸ばす……もちろん彼女の頬を掴んだまま。

「いひゃいいひゃい~!?」
「私の講習中に余所見は厳禁、例え意識だけでもね」

 祐巳さんが涙目になっているのを確認して、掴んでいた手を放す。

 少し赤くなった頬を摩っている祐巳さん、集中を乱すからそんな目に遭うのである。たかが噂話と真耶の講習、どちらが優先されるかなど決まっている。時は金なりってね。

「うぅ~真耶さん、ひどい……」
「『脱・平均点』が目標って言うから丁寧に教えているのに、それを無視する方がひどいと思うけど。ねえ、桂さん?」

 そういって祐巳さんの隣に視線を送る。

 こちらは噂話よりも勉強に集中していた桂さん。

「そうね、真耶さん。こっちは教えてもらってる立場なんだから、祐巳さんの方がいけないわよ?」
「……あぅ、ごめんなさい」

 うん、素直でよろしい。

 こういう風に自分の非をすぐに認められるというのは、とても祐巳さんらしい。失敗を次の成功に繋げる資質がある。

「――まあそれはおいといて。所詮噂話とはいえど、白薔薇さまの名前が出てくるのは気になっても仕方ない、か」
「十月に紅、十一月に黄、で今度は白? また新聞部が暗躍してたりするのかしら?」

 桂さんはその連続した流れに、新聞部に疑問を抱いていた。

 しかし彼女らは基本的に黒幕にあらず。事件を盛り上げても、事件そのものを起こす連中ではない。ただしその中でも『事件の陰にやっぱり山田』と、あの真美さんならば真耶を疑ってかかるだろうが。疑われるだけで実害が無いので放置している。

 噂話は所詮噂話、事件とまではまだ言えない。

「それはないね。新聞部といえどこの季節、余計な事に手をかける余裕はない」
「え、どうして?」

 ……少しは考えようよ。

「あのね、祐巳さん。この時期に何か企んでいたとして、その結果部員全員が成績落としてみなよ? 下手すりゃ部活動停止になるね、お嬢さま学校と言えどそこまで寛容ではないだろうし」

 学業を妨げる部活動など、百害遭って一利無し。

 それが分からない程、新聞部の三奈子さまと真美さんは愚かじゃないし、動くにしても試験が終わってからだろう。とにもかくにも時期が悪すぎる。

 したがって現状噂話に気を取られるというのは、試験的な意味で確実に死亡フラグである。ここまで祐巳さんに教え込んでおいて、この土壇場でひっくり返されるのは非常に困るのだ。

 くだらない雑念に気を取られないようにして欲しい。

「理解できたのなら、教科書に集中してねー」
「…………うん」

 返事にいつもの元気がない。

 気になりますか、駄目ですか、そうですか。

「……仕方ない、か」
「真耶さん?」

 集中できないと真耶の勉強法は効率がかなり落ちる。ならばその雑念を振り払ってあげるしかないだろう。

 教室を見渡し、お目当ての人物を見つける。

「ちょっといい? 志摩子さん」
「何かしら、真耶さん?」

 ふわふわした髪を揺らしながら、真耶の机の側に歩いてくる志摩子さん。

 とてとて歩く姿も可愛いね、後で飴ちゃんくれたるわー。

「教科書のココからココまでの範囲を、祐巳さんと桂さんに教えておいてくれない?」
「? 別に構わないけれど、どうしたの?」
「ま、真耶さん?」

 講師交代のお知らせ、山田真耶から藤堂志摩子へ。

 志摩子さんのスペックなら十分代わりはできるだろう。教えていた範囲の勉強法を、軽く志摩子さんに引き継がせると真耶は席を立つ。

「明日までに噂話の詳細をリポートしてくるから、今は試験に集中しなさい」
「え?」
「あまり言いたくはないけどね、祐巳さん。紅薔薇のつぼみの妹としての立場を考えるなら、ここでの失敗は姉である祥子さまにもよろしくない印象を与えてしまうの。プレッシャーをかけるつもりはないけれど、少しは頑張って頂戴な」

 祥子さまにも、という言葉は祐巳さんにはよく効くだろう。

 必要以上のプレッシャーがかかるデメリットはあるが、ここで頑張ってもらうと非常に助かる……真耶の今後的な意味で。

 真耶自身でレクチャーできないのは残念だけど、代わりの志摩子さんに頑張ってもらおう。これは山百合会幹部の一年同士の交流にもなるし、勉強を通していい刺激にもなるだろう。

 その分真耶がしなければならない事が増えるが、隠れオーバースペックな真耶は今更試験勉強など不要だったので丁度良かったとも言える。

「んじゃ後はよろしくー」

 そういって真耶は教室を後にした。



 真耶さんが教室を出て行ったから数分、代わりの講師である志摩子さんの教え方は上手かった。

 おかげで順調にノルマをこなし、少し余裕が出来たので祐巳は志摩子さんに話しかける。

「志摩子さん、白薔薇さまに関する噂話って気にならない?」

 自分の姉の噂なのだから、その妹である志摩子さんが気にしてないわけがない、と祐巳は思っていた。

 しかし、返ってきた返事は一言。

「いいえ」

 即答。

「え?」

 まさかの答えに祐巳は混乱する。

 そんな百面相の祐巳を見て、志摩子さんはほんの少し苦笑した。

「もし本当にお姉さまの噂なら少しは気になるけれど、現状では全く確証がないもの。そんな事よりも目前の試験の方が大事だと思うわ、祐巳さん」
「……そういうもの?」
「そういうものよ。真耶さんも多分そう言いたかったんだと思うわ」

 真耶さん、か。

 黄薔薇革命後から、祐巳に効率の良い勉強方法を教えてくれている人。おかげで今回の試験はかなり期待できそうで、『脱・平均点』という目標も乗り越えられそうなのだ。

 ただのクラスメイトにしては、随分祐巳に入れ込んでいるみたいで、一度何故?と聞いてみた事がある。

 その時真耶さんは、

「悪く言えば『同情』だね、一般生徒から忙しい山百合会なんかに巻き込まれた祐巳さんに。まあ一方的な厚意にすぎないから、もし祐巳さんが迷惑だと言うならやめるけどにゃー」

 と身も蓋も無い事を言っていた。

 最初に同情と聞いてショックを受けた祐巳だったが、祥子さまの妹としての堂々たる自信がなかったのもまた事実。いつか立派になれたら返すからと言って、祐巳はその厚意を受け取る事にしたのだ。

 そう言うと、真耶さんに笑いながら頭を撫でられた……なんか悔しい。

 そんな事を思い出しながら祐巳は一人呟く。

「そっか、また真耶さんに借りができちゃったな……」

 試験前だというのに、祐巳の雑念を払う為に噂話の詳細を調べに行ってくれた。

 別に彼女は祐巳の部下とかではない、普通にクラスメイトで友達である。

 例え同情からの厚意と言っても、祐巳は申し訳ない気持ちで一杯になる。

「ほら祐巳さん、元気出してよ。ここで落ち込んだらそれこそ本末転倒じゃない、真耶さんの厚意を無駄にしちゃ駄目」

 祐巳の心情を読んだ桂さんが励ましてくれた。

「そうね、真耶さんは出来ない事はけしてやらないもの。調べに行ったという事は、試験も調査も両立出来ると判断したのでしょう。祐巳さんがそんなに気にする事ではないと思うわ」

 志摩子さんもそれに同意する。

 しかし、そこまで聞いて祐巳に一つの疑問が浮かんだ。

 今までそんな事を考えた事はないのだが、ここまでくるとスルーできない。

「あれ? もしかして、真耶さんってかなり頭良い?」

 そんな発言をした祐巳に、二人は若干冷めた視線を送る。

 気づいてなかったの、と。

「……今頃そういう事言う?」
「祐巳さん……人に教えるというのは、それなりの知識が必要でしょう?」

 た、確かにそれはそうなんだけど……。

「で、でもさ、真耶さんが成績優秀って評判なんてなかったでしょ? クラスでも全然目立ってなかったし……」

 人に勉強を教えられる程頭が良かったのなら、祥子さまのように評判になってる筈である。真耶さんは子狸顔の自分に比べれば、十分美人と言えるレベルだと思うし、そっちの方面の人気があってもおかしくはない。

 それなのに、一年の三分の二を過ぎた今でもクラスに埋もれている。

 祐巳にはとても理解できない事だった。

「祐巳さんには悪いけど、その理由は一言で説明できるわ。私も疑問に思って聞いたら教えてくれたから」

 黄薔薇革命後から、随分真耶さんと仲が良くなった桂さんが面白そうに言う。

 同じ山百合会幹部の志摩子さんも、その理由には興味があるようで耳を傾けている。

 何か複雑の事情でもあるのかと、祐巳は思わず身構えた。

 だが桂さんから放たれた言葉は、

「『( ゚Д゚)マンドクセー』だってさ」

 である。

「「は?」」

 苦笑しながら答えた桂さん、あまりの一言説明に祐巳と志摩子さんの頭脳はフリーズした。





 その日の放課後、真耶は三年のある教室に向かっていた。

 噂話の詳細はある程度掴んでいる。

 一つ、コスモス文庫とやらの新刊『いばらの森』。

 一つ、その内容が白薔薇さまの過去に似ている節がある。

 一つ、つまりその小説は白薔薇さまの自伝小説なんだよっ!!


 ――な、なんだってーっ!?


「……本当におめでたい連中よね、ここの生徒達って」

 溜め息をつきながらも、目当ての教室に辿り着く。

 気のせいではない禍々しいオーラが、そこから溢れているのを真耶は感じた。しかし、今更退く事も出来ない。

 上級生の教室だというのに、真耶は躊躇せずにドアを開く。

 生徒達が既に帰宅した教室の中、一人の女性が窓際の席で夕日を眺めている。

 その夕日に照らされた美しい横顔の持ち主は、教室に入った真耶に気づくとゆっくりとこちらを振り向いた。

「……遅いわ」
「お待たせしました……『紅薔薇さま』」

 魔王と隠者の密会――それはまた物騒な空気だった。





[3792] 学期末試験騒動記 後編「今度は祐巳×志摩子、だと……?許せ○っ!!」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/09 21:55

 夕日に照らされた教室の中で、二人のリリアン生が向かい合って座っていた。

 一人はここリリアン女学園でも有名人、紅薔薇さまこと水野蓉子さま。もう一人は学園中の人が、「誰だっけ?」と呟きそうな認識しか持たれていない影薄い人物、山田真耶。

 遠巻きに見ている限りでは、美少女達が楽しく会話しているだけように見える。

 しかし実際には、

「ここの風習ってどうにかならないもんっすかねー」
「古い伝統に囚われているというのは確かに同意ね、でも長く続いた風習というのは中々変えられないの。私も山百合会と一般生徒の間を埋めようと努力したけれど、逆にそれは敬われる結果になってしまってるし……」
「何というか、夢見すぎなんですよねー。現実を見てないというか、世間知らずのお嬢さまってこんなんばっか?」
「あなたみたいな例外もいるのも事実なんだけど、ね。私の代での変革があまり出来なかったのは悔やまれるわ」

 といった結構濃い話をしていた。

 件の噂話の報告を聞くと、蓉子は溜め息をついた。

「試験期間中に噂話、ねぇ。余程結果に自信があるのかしら?」
「それはないっすね。お宅の所の祥子さまじゃあるまいし、普通に試験勉強が必須な連中です。所謂現実逃避と呼ばれるものでしょうね」
「あなたも存外きついわね。……それにしても今度は聖の噂、か」

 真耶さんの話によると、聖が去年の事件を自伝小説にしたっぽいとか。

 ……正直ありえない。

 あの事件は未だ上級生の間ではタブーとされている。その時の噂に敏感な二年生も、内容が内容だけに口を噤んでいる状態だ。

 そんな状況であの聖が、自分の過去を暴露する?――答えは『否』。

「で、ぶっちゃけどうです? そんな事ありえたりしますかね?」
「まず無いわ」

 彼女の問いに即答する。

 というかそもそも無理のある話だ。去年から約一年、その期間で当事者としての心の傷を完全に癒し、それを文章の形にしようとする。学生としての生活を崩さず、受験に備えた勉強を疎かにせず、大衆に読まれる小説を完成させるなどありえない。

 少なくとも蓉子はこの一年間、聖を見守ってきたつもりである。

 その中で小説を書いたりなどしている様子は一度も無い。蓉子はあの事件以来よく聖の家に泊まりに行った事もあるが、彼女の部屋にもそれらしき形跡は無かった。隠していたりするのかもしれないが、聖は隠し事が出来ないタイプである。真っ直ぐ顔を見て聞けば、すぐにボロを出す……そこが特に可愛かったりするのは内緒だ。

 おっと、話が脱線しかけた。

「この私が保証してもいいわ、聖は『白』よ」
「……そこまで断言されると、こちらも反応に困るんですけど? あと顔がニヤけてましたよ」

 明らかに交流試合の時の事を思い出し、『(゚Д゚;)ウワァ』って顔をしている……失礼な。

 どうも聖の事が絡むと、蓉子は普段しないような失態を犯してしまうようだ。あまり弱みを見せるわけにもいかないので、少し反省しておこう。

「コホン、それで? 他に聞きたい事はあるかしら?」
「んにゃ、これで十分っす」
「……そう?」

 これだけの為に呼び出されたのかしら?と普通にイラッ☆ときたのだが、蓉子はふと気になった。

 彼女がこれだけの情報でどう問題を解決するのか、と。

 情報を提示したのだから、蓉子にはそれを聞く権利はある筈だ。

「ところで真耶さん? この後どう対処するのか、聞いてもいいかしら?」

 いくら蓉子が証言したとはいえ、その噂の小説を聖が書いてないという証拠も無い。

 紅薔薇さまの名を使った所で、好奇心溢れる夢見る少女達の暴走を抑えられるものだろうか?

 しかし、蓉子の疑問に彼女は笑顔で答えた。

「学園長という最強のコネを使って揉み消すだけですねー」

 ……そういえばそういう立場だったっけ。蓉子にしては珍しく勘が鈍っていたようだ。

 それにしても相変わらずイイ性格をしていると思う。

 山百合会幹部でもない彼女の最強のワイルドカード『養母学園長』。というかそんな手があるなら、わざわざ蓉子を訪ねなくてもよかったのではないだろうか?

 ふと聞いてみると、

「自分だけが渦中にいるのはつまらないので、紅薔薇さまを巻き込んだら面白いかな~と思いまして☆」

 真耶さんは、それはもう悪意の無い(嘘だっ!!)清々しい笑顔で答えたものだ。

 ……聞くんじゃなかった、と蓉子は後悔した。





学期末試験騒動記 後編「今度は祐巳×志摩子、だと……?許せ○っ!!」





 紅薔薇さまと別れると、真耶は学園長室に向かっていた。

 宣言通りにコネである学園長を使って、教師側を抑えたらこの噂話は投了である。

 学園長室に着き、きちんとノックをしてから入る。どうやら他に教師の姿は無く、学園長は一人で仕事をしていた。

「真耶、どうかしたの? こんな時間に訊ねてくるなんて珍しいわね」
「……ちょっと、ね」

 紅薔薇さま曰く、白薔薇さまの過去の件は学園長も知っているらしい。なので噂の件を説明するのは簡単だろうと真耶は思っていた。

 しかし真耶の話を聞く内に、いつもは微笑んでいる養母の顔が険しくなっていく。

 思わず真耶は首を傾げる。

「……母さん? どうかした?」
「……真耶。その小説、どこの出版かわかる?」

 いつになく真剣な養母の姿に、真耶は面食らっていた。

「宮廷社のコスモス文庫、だけど……?」
「そう、少し待ってちょうだい」

 そう言うと内線をかける学園長。

 繋がった相手と二、三言話すと、手元のメモ帳に何やら書き込んでいる。数字だけの所を見ると、おそらくその宮廷社の連絡先だろう。続けて外線でその番号をかけていく。

 あまりの真剣な態度に、真耶は何も口に出す事が出来ない。少なくとも冗談を言える空気ではないのは確かだ。

 繋がった宮廷社、おそらく編集部だろう人と話している。

(……カスガ、セイコ?)

 その中で出てきた人の名前に真耶は反応した。

 何処かで聞いた事のある名前、そうあれは確か真耶がもう少し小さい頃――

「か、母さん!?」

 思い出そうとしていると、話が済んだのか電話を切った学園長が涙を流している。

 今まで真耶を育ててくれた養母の突然の涙に、真耶はひどく狼狽した。

「ど、どうしたの? 宮廷社の馬鹿共が母さんに酷い事でも言った? もしそうならそいつら社会的に抹殺してあげるから……」

 火の無いところに煙を立てる、それもまた真耶・クオリティ。

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい真耶! あと言葉遣いは気をつけなさい」
「え、あ、うん……ごめんなさい?」

 流していた涙を忘れさせる程に物騒な発言をした真耶を見て、学園長は溜め息をつく。

(根はいい子なのだけど、ね……)

 色々問題のある真耶だが、養母である学園長への親愛はとても深い。先程の発言も、純粋に学園長を心配していただけである。赤の他人には冷たい真耶だが、その反面身内には滅法甘かったりする。



 落ち着きを取り戻した学園長は、宮廷社から聞かされたある事実を真耶に説明する。

「なるほど……『いばらの森』は白薔薇さまではなく、数十年前の母さん達の事だったのね?」
「そう、ただラストに間違いがあったみたいだけど」
「間違いって?」

 その当事者のもう一方が書いたのに、間違いがあるものだろうか?

 しかしその疑問も次の説明で納得した。

「当時の事件が新聞に載っていて、そこには『一人死亡、一人重体』って書かれていたの。それを回復してから見せられたのだけど、名前が伏せられていたから誤解してしまったのね」
「そっか、自分が生きているなら相手が死んだと思い込んじゃうものね」

 件の小説の最後は二人とも死んで終わりらしい。

「……お互い年を取ったものねぇ」

 しみじみ語る学園長は、胸の痞えが取れたようにすっきりしている。

「せい子とはまたクリスマス・イブに会う事にしたわ。真耶、あなたも会ってみる?」
「そんな無粋な事はしません。数十年振りの再会、邪魔をしたら馬に蹴られるってもんです」
「ふふふ、別に今はもう恋人ではないのよ?」

 楽しそうに話す学園長は幸せそうだ。

 ならばそれでいい。

「残念ながら、その日は別に用があるの」
「クリスマス・イブに?」
「うん。山百合会がパーティー開くらしいから、蔦子さんと桂さんでも誘って乱入しようかと」

 パーティーの件は、先程紅薔薇さまから聞いたものだ。

 表向きは祐巳さんからの、試験勉強を手伝ったくれたお礼。裏向きは紅薔薇さまからの、祐巳さんへの補佐への褒賞……追加で白薔薇さまの噂話の解決も含まれている。

 どちらにしても美味いモノが食えるのには変わりない。

「そう、残念ね。せい子にあなたを紹介したかったのだけど……」
「……時間に余裕があれば、そちらにも向かうよ。私もちょっと会ってみたい、かも」

 何はともかく、これで問題は解決した。

 明日の朝に職員会議で噂話を議題に上げてもらう。学園長自ら問題の宮廷社に確認を取り、白薔薇さま個人が関係していない事を説明する。これでおそらく教師側は納得すると思う。下手に白薔薇さま自身の確認を取ろうと生徒指導室に呼び出しでもかければ、夢見る少女(笑)な生徒達が無駄に騒ぎ出すだろう。教師側にもそれは好ましくない。

 それから朝のHRにでも、教師の方から「噂話はただの噂話、そんな事よりも試験に集中しなさい」とでも言ってもらえば尚良し。

 後は祐巳さん達に、学園長達の名前を伏せて詳細を説明でもすれば十分だろう。

 元々大した事でもないのに、余計な手間がかかったものである。

 ――祐巳さん、勉強大丈夫かなぁ?





 その翌日。

 真耶の手回し通りに教師側は噂話にノータッチ。朝のHRで生徒達に注意が呼びかけられた。

 HRが終わり、試験が始まる前に真耶の席には数人が集まっている。

「――聞いての通り、白薔薇さまは噂話と無関係。もちろん出所である宮廷社の確認も取れてるからね」

 その言葉に安堵の溜め息が流れた。

 祐巳さんに桂さん、やはり気にはしていたのか志摩子さんもいる……ついでに蔦子さんまでいた。

「詳細も話してもいいけど、時間が無いからまた放課後にでも。それでいいかな?」
「うん。ごめんね真耶さん、試験期間中で忙しいのに……」
「あー気にしないで。それよりも、祐巳さんの方は試験大丈夫そう?」

 昨日の勉強会、最後の詰め込みが出来なかったのが気になっていた。

 あの志摩子さんに引き継いだので、失敗にはなっていないとは思うが……少し不安である。

「それは大丈夫。志摩子さんの教え方も良かったし!」
「そ、そんな///……祐巳さんの飲み込みが早かったからよ」
「……志摩子さん」
「……祐巳さん」


 ( ゚ д ゚)ポカーン


 互いによいしょし合ったと思ったら、何か見つめ合ってるし。

 え?何コレ?昨日あの後何があったのさ?

 嘘だ、嘘だと言ってよ、バーニィ(桂さーん)!?

 あまりの異変に混乱していると、桂さんと蔦子さんがゆっくり真耶の肩に手を置いた。

「「戦わなくちゃ、現実と」」
「……意味が分からない。ダメだこいつら、はやくなんとかしないと……」

 『お前が言うな』と突っ込まれそうな真耶の言葉に、残念ながら反応する者はいなかった。紅薔薇さまがもしいたのなら、絶対零度の蔑んだ目で真耶を見た事だろう。

 祐巳さんの試験勉強は杞憂で済んだようだ……別の意味で問題はあったようだが。

 というか桂さん、本気で説明プリーズ。





 そんなこんなで試験も終わり、十二月二十四日。

 この日はクリスマス・イブ&リリアン女学園高等部二学期の終業式である。一部を除く、その他一般の生徒の悲鳴が溢れる成績表返還の日とも言える。もちろん真耶はその一部に括られるが。

 志摩子さんとの疑惑が晴れぬ祐巳さんだったが、成績の方は予想以上に上がっていたらしい。

 それは真耶の勉強方法のおかげなのか、志摩子さんとのパヤ☆パヤ☆が原因なのか……流石の真耶も聞けなかった。桂さん曰く、白薔薇さまの噂や試験の事で若干落ち込んでいた祐巳さんを、少し余裕のある志摩子さんが優しく慰めたとか。

 今までクラスメイト兼山百合会幹部同士くらいの認識が、その時初めて純粋な『友達』レベルに達したということだろう。紛らわしいにも程がある。

「何だかどっと疲れたにゃー」

 山百合会主催……といっても幹部だけのパーティーの席で、真耶は一人呟いた。

 桂さんも誘ったのだが、どうやらお姉さまとの先約があるらしい。真っ赤な顔で惚気てくるものだから、脳天チョップかまして逃げてきた。

 蔦子さんの方は、カメラマンとして普通に参加してたりする。紅薔薇さまが楽しそうに作った飾り付けや、令さまの作ったケーキなどを先程からずっと写真に収めていた。楽しそうでいいね、うん。

 ふと少し前に祐巳さんと話した事を思い出す。

 学期末試験……自分達は問題無かったのだが、黄薔薇のつぼみ姉妹は揃って成績を少し落としている。何故かというと、見事に噂話の罠に引っかかっていたらしい。前回の件で反省しているのかと思いきや、根っからの好奇心の疼きには耐えられなかったそうな。

 正確には由乃さんが騒いで、令さまがそれに振り回された形である。先月に続いての失敗に、黄薔薇さまも頭を抱えていた。

(そりゃ紅白はわりと穏やかなのに、自分の所だけ無駄に盛り上がってちゃねぇ……)

 まあ偶々失敗が続いただけで、そこまで気にしなくてもいいと真耶は思っていた。

 由乃さんのその積極的過ぎる行動力は、奥手な祐巳さんと志摩子さんを引っ張るだけの力があると考えている。彼女達の代になった時、それはきっと重用されるだろう。今はまだ経験を積むだけでいい。

 そこまで考えて、真耶はふと自嘲する。

(やれやれ……その時まで私が彼女達に付き合う義理も義務もないのに、ね)

 パーティーの方は特に何も起こる事無く終わりそうだ。

 なら学園長の方にも顔を出しておくか、と真耶は立ち上がる。

 特に意識する事無く薔薇の館を後にする。途中で離席した真耶に、山百合会の人達が気づくのはもう暫く後になるだろう。

 別に好んで孤立したいわけではない、あくまで必要以上の他人からの干渉を避けたいだけ。その本質は、ある意味で藤堂志摩子という人物と似ている。互いに所属に括られるのを好まず、自身はなるべく自由でいたいという考え方。しかし、藤堂志摩子と山田真耶には決定的な違いがあった。


 結果として藤堂志摩子は状況に流される、自身の意思より他人の意思に合わせるから。


 結果として山田真耶は状況に流されない、自身の意思より勝るものはないと考えるから。


 そういう真耶の傲慢な考えは一般的には好まれない。真耶自身はそれでも気にしないのだが、人間関係を学んでいく中でそういった衝突の面倒さを知る。しかしその為に自身の意思を曲げる気もない。

 そんな矛盾の中で真耶が辿り着いた答えが、今の立ち位置である。

 そこにいるけど、そこにいない。触れようともすり抜けてしまう、そんな幻のような存在。そんな真耶の事を、養母である学園長や大魔王紅薔薇さまではなく、純粋に個人として真耶を包んでくれるような人物がいるとは思わなかった。

 そう、まだこの時までは。



 年が明け、一月末に待ち受けるは時期生徒会役員選挙――。





~ TO BE CONTINUED? ~



[3792] ロサ・蟹ー名(笑) 第一話「始まりは突然に、なの☆」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:42
 年が明けての新学期。

 なんとなく……そう、ただなんとなく真耶は、いつもより朝早くに目が覚めた。

 今日は何か特別な用事があるワケでもない、一応始業式はあるのだが。まあしかし真耶からしてみれば珍しく早起きしたので、さっさと学校に登校してみる事にする。

 もちろん早起きといっても、別に日が昇ってない程早いワケでもない。いつもの通学路を歩いていると、何人かの生徒達の姿も見えてくる。それはいつも通りの変わらない日常の始まりだった。

 しかし校門を抜け、少し歩いた先で真耶はその足を止める。

 これは何という運命の悪戯か?

「…………」

 運命の出会いと別れに定評のあるマリア像の前で、一人の生徒が祈りを捧げていた。

 やわらかな黒髪を顎のラインで潔く切り揃えた涼しげな顔立ちの少女の姿……真耶は彼女を知っている。一年と二年、下級生と上級生という間柄なのに、互いに名乗ることもせずに出会った回数は二度。

 その二度とも名乗らない真耶の無礼にも、怒ることなく受け止めた彼女。そんな彼女の言葉を思い出す。

『三度も続けばその出会いは必然ね、楽しみにしているわ』

 なんとなく早く目が覚めて、なんとなく早めに登校した結果がコレ、か。

 運命の出会いなんてものに夢見る少女な性格ではないが、真耶も近いうちにまた会うんだろうなぁ~という予感はしていた。しかし、思った以上にその再会は早かったようだ。

 よくよく観察して見ると、何か覚悟を決めている節がある。

 このまま邂逅すると十中八九面倒な事に巻き込まれる……そう直感した真耶は、彼女が熱心にお祈りしているうちに後ろを通り抜けようとした。他の生徒達には気づいていない、今なら行けると。

 しかし、現実は非情である。

「お待ちなさい」

 彼女のその一声に真耶は足を止めてしまう。

 そこで足を止めなければ、他の登校中の生徒達に混ざって有耶無耶にできたかもしれない。しかし真耶は止まってしまったのだ。

 恐る恐る振り向いてみると、お祈りを捧げていた彼女はこちらを向いて笑っていた。

「あの……私に何か御用でしょうか?」

 悪足掻きが過ぎるが、真耶はすっ呆けることにした。

 しかし真耶が足を止めた事で、その延長線上に他の生徒はいない。視界内にいる生徒も、声をかけられて止まった真耶を見て、自分ではないと確認し再び足を動かしていた。

 ……これは無理がある、か。

「呼び止めたのは私で、その相手はあなた。間違いはなくってよ」

 惚けようとした真耶はふと気づく。

 あれ?今のこのやり取りって何処かで見た事があるような……?

 深考に入ってしまう真耶、その間にその人は真っ直ぐと近づいてきた。

 すぐ側まで来ると、彼女は鞄を真耶に差し出す。

「持って」

 反射的に受け取ってしまう真耶。その人は空になった両手を真耶の首の後ろに回した。

(こ、これは、まさか――!?)

 間違いない、これはまさしく数ヶ月前のある姉妹の出会いの焼き直し。

 ミス・シンデレラこと福沢祐巳が、紅薔薇のつぼみこと小笠原祥子と姉妹となるきっかけになった運命の出会い。当時の真耶は、それをただ他人事のように聞いていたものである。まさか自分も同じ目に遭うなど想像も出来る筈がない。

 早起きした所為で身だしなみを怠った、そんな偶然までもが舞台を演出する。

「タイが曲がっていてよ」

 こちらの意表をつけたとばかりに楽しそうな彼女の顔。

 何か無性に負けた気がするので、素直に相手をしてやらない事に決めた。

「サーセンww」

 そんな暴言に目を丸くする顔も可愛く見えた、畜生。





ロサ・蟹ー名(笑) 第一話「始まりは突然に、なの☆」





 始業式の準備が進む中、真耶は溜め息をついていた。

 視界の先には講堂に入ってきた二年生の中に、憧れのお姉さまの姿を探してキョロキョロする祐巳さんが見える。そんな反応してると怒られるぞ……っと既に遅かったか、祥子さま席に着く前に叱るような表情をしていたし。

 祐巳さん、顔がとろけてるよ。

 始業式が始まるというのに、意識を飛ばす程余裕があるのは羨ましいものだ。

 学期末試験前に突貫で仕込んだ真耶の『対福沢祐巳特別カリキュラム』。それにより学力がアップした祐巳さんは、学園の注目の的である山百合会に所属する事にも慣れたようだ。人間誰しも余裕が持てれば、色々と安定するものである。

 まあ、それくらいで有頂天にならないで欲しい所だ。

 新任の祐巳さんは知らないだろうが、一月末には次期生徒会役員選挙なるものがあったりする。学園長という繋がりがある為、真耶はそういった情報には結構詳しいのだ。

 それは民主主義に則った学園生徒達による信任選挙、無条件で薔薇の名を継げる程甘くはないらしい。

 というか個人的にこのシステムは、この学園に限り難しいと思う。名目として民主主義とは言うものの、各薔薇さまが自分の妹に相応しいとか考えて選んだ妹、そんな彼女らに憧れを持つリリアン生が信認しないわけがない。

 それは一種の出来レースとも言える。

 そんな空気の中で、あえて薔薇一家以外の生徒が立候補するなんて事は滅多にない。余程の自信がない限り、ただの噛ませ犬にしかならないからである。好き好んでそんな役を演じる道化などいないだろう、それほどまでに薔薇一家以外からの立候補は勝率は低い。

 真耶が本気で裏工作でもすれば話は別だが。

 本来生徒会役員なんてものは一人一人選んでいくものである、それこそ花寺学院のように。始めの薔薇さまから伝統的に引き継がれていく生徒会役員、だからこそ生粋のお嬢さま学校になっているのだろう。それが良い事なのか悪い事なのかは、真耶にはわからない。

 ただ伝統に拘りすぎるのは正直馬鹿馬鹿しい。もっと自由意志を持った方が、人生楽しいんじゃないかと真耶は思っている。

(……まあ、それはさておき)

 朝早くから恥ずかしい出会いをした真耶達は、放課後にまた会う約束をした。

 その時に改めて名乗りましょう、と。

 確かに登校中の短い時間で自己紹介をするのも、今までの経緯を考えると勿体無い気もしたので真耶も了承したのだ。そんな態度も傍から見れば、憧れの上級生に声をかけられて恥らう乙女に見えなくもない。困ったものである。

(下手に『間』が空いてしまった所為で、余計な事を考えそう……。ただの自己紹介だというのに、この無意味なプレッシャーを感じるのは何故?)

 名も知らぬ上級生Aさん。

 その微妙に腹黒そうな性格はともかく、普通に自己紹介をしないという真耶の遊び心に付き合ってくれた人である。余程のお人好しかと思えば、今朝のような悪戯をしかけてくるお茶目な所もあった。

 互いの腹を探る紅薔薇さまとのやり取りとはまた違った愉しみがある。

 養母である学園長に向ける親愛とも少し違う、この感情。

 それは嫌な感情ではないのは確かで、どちらかというと心地良いモノである。未だかつて感じたことのないその感情に、真耶は一人戸惑っていた。

「……これが『姉妹制度』、という感情だったりするのかな、かな?」

 始業式も終わりに差し掛かる中、ポツリと呟いた真耶に答えを返す者はいない。





 ――その日の放課後。

 通知表を回収する事がメインのHRも終わり、生徒達はそれぞれ帰宅したりしている。

 真耶の補佐対象の祐巳さんは薔薇の館に行ってしまった。まあ特別カリキュラムを叩き込んだので、正直これ以降の補佐はいらないとは思っている。地力さえついてしまえば、祐巳さんはその人柄からきっと大輪を咲かせる薔薇となるだろう。

 残る不安要素としては、姉である祥子さまへの依存。

 今の所はあまり意識していない模様、しかし紅薔薇さまに比べると祥子さまはメンタル面でわりと弱そうなのだ。外からは強そうなのだが、内側からには滅法弱そうである。学園祭の時の柏木・G(ガチ○モ)・優とのやり取りを見ていると、そんな気がしてならない。

 祐巳さんの今は意識のない依存を、祥子さまが上手く対応出来るとは正直思えない。ちょっとしたすれ違いは、じわりじわりと祐巳さんの心を侵食していくだろう。そしてその限界もきっと見極められない、少なくとも今のままでは。

 どちらか片方だけが強くなっても、逆にもう片方が依存するようでは困る。時期的に紅薔薇さまの卒業を控えた祥子さまは、祐巳さんの事までしっかり気を回すのは難しいかもしれないし。面倒臭いな。

 出来れば紅薔薇さまが卒業した後の春早々に、祐巳さんにはしっかりした妹でも作ってもらいたいものだ。

 プチ紅薔薇さまみたいな魔王タイプでもこの際おk。

 まあ何にしても、もう少し先の話になるだろうが。

「それよりも、今は自分の方が優先かな」

 待ち合わせの場所、よくよく密会に使われている古い温室へと向かう。

 薔薇に囲まれた温室、これが薔薇ではなく百合ばかりだったら真耶はきっと逃げ出している。精神的にそんな空間に長居したくなどないからだ……まあ、薔薇でも正直どうだろう?とも思うが。

 真耶が着く頃には、既に待ち人は来ていた。

「今朝方ぶりね」
「ええ、今朝方ぶりです」

 ただの上級生かと思っていた彼女は、温室の中で薔薇に囲まれている。そんな彼女の姿が、何故か自然に真耶は見えた。

「では改めて自己紹介するわ」

 彼女は真剣な目を向ける。

「本日、次期生徒会役員選挙に立候補した『ロサ・カニーナ』こと蟹名静よ」

 その言葉に真耶は硬直した。

 すぐにこちらも名を上げるべきなのだが、本来の性格がそれを許さない。

「…………」
「……どうしたの?」

 急に黙った真耶を、静さまは首を傾げながら見ている。

 ……駄目だ、これは耐えられそうもない。





 m9(^Д^)プギャー





「――蟹名静で『ロサ・カニーナ』とかwwテラワロスww」

 身体をくの字に折り曲げて爆笑する真耶。折角のシリアスな雰囲気が一瞬でぶち壊しであった。

 こんな反応をされて普通怒らない方がおかしいのだが、目の前の静さまは肩を竦めて苦笑している。

 あれ?

「……まあそういう反応も『あり』かしら」

 随分と余裕な彼女の反応に、笑いのツボが急速に冷えていく。

「は……」

 なんだろう、この敗北感。

 静さまを前にすると、真耶は自分が空回りしていることを実感させられる。

 ――クールだ、クールになるんだ山田真耶……これ以上失態を見せ続けるのは非常にまずい気がする。何故かというと、静さまの目が慈愛に溢れてきているからだ。もし頭を撫でられたりしたら、羞恥心で軽く死ねる。

「あーうーすいません。少し取り乱しました」
「ふふふ、別に構わないわよ?」

 こちらが構いますので。

 向こうに名乗らせておいて、いつまでも名乗らないのは真耶の沽券に係わる。

「――コホン。えっと、私の方の名前はですね……」

 真耶が自己紹介をしようと思った時、静さまはその人差し指を真耶の口においた。

 何ぞ?

 そんな奇怪な行動をする静さまの顔は、何処となく意地悪な感じがする。

「私の通称を馬鹿にした罰。だから聞いてあげないわ」
「は?」
「そうね……次期生徒会役員選挙が終わったら、その時に改めて聞いてあげる」

 ……うわ、本当に意地悪された。

 この展開は予想外にも程がある。

 というよりも、真耶は自分の名前を告げない事にショックを感じていた。そんな自分の反応にまたショックを受ける。他者に認識されないように過ごしていた今までを、あっさりと自分で否定してしまったのだから。

 ポーカーフェイスが保てない。

 色んな感情が混ざり合って俯くことしかできない真耶に、静さまは優しく声をかける。

「そんな普通の人間らしい顔も出来るのね、少し安心したわ」
「……そりゃまあ、普通に人間ですし」

 今の真耶の顔は、それはもう拗ねた顔をしているのだろう。

「そういう顔を普段から見せていれば、きっと人気者になれるわよ?」
「柄じゃないです……」

 駄目だ、頭が回らない。

 自分にこんな感情があったとは、まさに青天の霹靂である。

「それに名前を聞いたら何となくやりづらいじゃない? あなたは山百合会の味方みたいだし、私はこの選挙で立候補するのだから。正直敵に回られたくはないけれど、ね」
「……は? 私が山百合会の味方?」
「違うの?」

 思わず顔を上げて静さまの顔を見つめる。

 彼女と見つめ合い、頬に朱が差すのを感じるが今はスルーだ。

「別に山百合会の味方って事はないんですけど。あくまで対象は祐巳さんの補佐だけですし……」
「祐巳さん? ああ、紅薔薇のつぼみの妹になったあの子ね……って随分限定的なのね」
「ええ、まあ…………あ!」

 ティンと閃いた。

 さっきから静さまにペースを乱されまくりの真耶の頭脳に電流走る。

 本来ならありえない次期生徒会役員選挙の四人目の立候補。これを上手く利用すれば、祐巳さんの問題を都合良く解決できるかもしれない。相変わらず過程を重視せず、結果を最優先にした計算ではあるが。

「ど、どうかしたの?」

 突然固まった真耶に問いかける静さま。

 とりあえず静さまの事は保留。どうにも静さまが絡むと正常な思考が出来ないので、別の事を考える事で気を紛らわす。

「……次期生徒会役員選挙への立候補、それなりに覚悟はしてますか?」
「もちろんよ、ただ他のつぼみに対しての不信任というワケじゃないけれど」

 他に理由がある、しかしそれは聞かない。

「正直勝ち目のない無意味な勝負になると分かった上で、ですか?」
「勝ち負けが目的じゃないの、行動する事にこそ意味があるのだから」

 人と距離をおく人生の中で、真耶が初めて自分から興味を持ったのも何かの縁だろう。

「静さまの『味方』はいますか?」
「クラスメイトが気にかけてくれるわ。つぼみ達のようなファンはあまりいないだろうけどね」

 それは嘘だ。

 真耶は思い出した。蟹名静――合唱部で『歌姫』と結構有名な人である。名前は知っていたが、目の前の人と一致するとは思っていなかった。しかし静さま、ファンがあまりいないとはまたご謙遜を。

「そう、ですか」
「別にあなたが気にする事じゃないのよ?」
「いえ、気にします」

 キョトンとする静さま。

「決めました、静さま。私は次期生徒会役員選挙に、『ロサ・カニーナ』側で干渉する事にします」
「え?」
「ぶっちゃけ心乱された八つ当たりじみた理由ですが、結果的には双方にそれなりのメリットがあると判断しました。私の雇い主でもある紅薔薇さまへの意趣返しもついでにするので、全力で干渉してやりませう」

 結局の所、初めに巻き込まれた真耶の自業自得以外の何ものでもないのだが。

「で、散々かき回した選挙が終わったら――静さまに私の名前を刻んでやります!」

 ズビシッ!と天を指す真耶。

 気分的には「俺を誰だと思ってやがる!」みたいな?

 ある意味プロポーズにしか聞こえないこの宣言。

 真耶は自分の顔が、今現在真っ赤であろう事は自覚していた。

 もちろん静さまが選挙に出る理由なども、ある程度の推測はしていた。その流れでおそらく志摩子さん辺りにある交渉をするだろうことも、それを志摩子さんが絶対に受けないであろうことも、高スペックな真耶の頭脳は叩き出していた。

 そんな打算的な考えをする自分に嫌気も差したのだが――しかし、一度溢れたこの『想い』は最早止められない。

 ならばいつもの真耶らしく、傲慢に意志を貫こうと決めたのだ。

 そしてそんな真耶の意志も、

「ええ、楽しみにしているわ」

 静さまはきっと受け入れてくれるだろうと信じて。





 通常の次期生徒会役員選挙にはない四人目の立候補『ロサ・カニーナ』。

 薔薇の館ではその存在を知るも、皆は前向きだった。

 薔薇の継承はリリアンの伝統。

 それが覆ることなど万が一にもありはしない、と。

 しかし、『ありえないなんて事なんてありえない』と欲深き者は言った。

 そして彼女達は、数日中に知る事になるだろう。

 イメージ的に黒薔薇っぽい『ロサ・カニーナ』に付き従うは――

 魔王ですら制御出来ぬ『黒幕』山田真耶。




[3792] ロサ・蟹ー名(笑) 第二話「賽は投げられた」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/10 13:41


 さて、赤面ものな宣言をした翌日、真耶は一人図書館にいた。

 思い切った発言をしてはみたが、人間出来る事には限界というものがある。

 確かに静さまに協力するとは言ったものの、今までの生活を一変させる気は無かった。つまりは今まで通りに陰に潜みながら、圧倒的な差を覆さなければいけないわけだ。

 一人静かに考えたかったので、滅多に訪れない図書館で悩んでいる。

 普通に一人で考えるなら自宅がいいのだが、登校拒否などして学園長に迷惑をかけるわけにもいかない。

「……出来る事は限られる、か」

 こちら側のポイントとしては、

 一つ、結構な有名人、合唱部の歌姫であること。

 一つ、一年である白薔薇のつぼみと違って、残りのつぼみと同学年である。

 その二つくらいか。

 選挙に関する可能性は平等でも、志摩子さんに限っては確率は違う。彼女には悪いが、ロサ・カニーナが舞台に立つにはそこを攻めるのが一番の手だろう。静さまの取り巻き連中ならそう考える筈。

 しかし、常識に囚われない真耶は少し考える。

 確率が違うのならば、同じにしてしまえばいい。落ちる確率も平等にしてあげよう、と。

 真耶が考えた結論は、候補者四人が一斉にスタートする状況に落とす事だった。

 おそらく真耶が完全に本気になれば、祥子さまに令さま、志摩子さんのうち一人を蹴落として、静さまを薔薇に推せる。しかし、それは静さまが望むべき結末ではない。彼女はただ単純に勝負がしてみたいのだ、と真耶は思う。

 故に、五分の勝負にする為の微調整が必要だ。

 幸いな事に、あの時期から祐巳さんに関わったおかげで、つぼみ達全員に対する手札が真耶にはある。

「あとは仕掛けるタイミング、それと拡がり過ぎに注意しないといけないか……」

 リリアン女学園の図書館の中で、一人陰謀を企む少女。

 そんな真耶は同時刻、同図書館内で祐巳さんと静さまがしっかり遭遇してた事に気づかなかった。





ロサ・蟹ー名(笑) 第二話「賽は投げられた」





 役員選挙の事で祐巳さんが一人悶々としている時、真耶は新聞部を訊ねていた。

「へ~真耶さんは静さんを応援してるんだ?」
「ええ、三奈子さま。こういっては申し訳ないのですけど、祥子さまと令さまにはそれほど好感情が持てませんし」
「ふふふ、あなた結構言うわね」
「だって三奈子さまに隠し事は出来ませんもの、真美さんの友達として」

 素直に心情をぶっちゃける真耶に、三奈子さまはご機嫌である。

 真耶の被ってる特大の猫には気づかない……いや、気づけないというべきか。

 こういっては何だが、二年生が普通憧れる薔薇さまというのは当然三年生のことを指す。

 同学年で学園の代表みたいになっている彼女らに、素直に嫉妬しない生徒はけして少なくない。別に三奈子さまも嫉妬しているわけではないが、かわら版に関して同級生にあれこれ口出しされて面白い筈もない。自分の妹でもない、志摩子さんのような下級生に言われるのなら尚更である。

 その心情を、ピンポイントで真耶は扇動する。

 普通の新聞部部員ならつぼみ達を有利に記事にするだろうが、部長である三奈子さまは違う。

「前提条件が五分でない選挙に意味はあるのでしょうか? それではまるで出来レースの様、淑女たるリリアン生に相応しくないと思いません?」
「そうよね~でも無名ではないにせよ、静さんが並ぶのは難しいわよ?」

 新聞部として静さまを有利に報道するわけにもいかない。

 しかし問題はそこではないのだ。

「既に差のあるスタート、ならばハンデがあって然るべきです。かといって不自然なハンデでは双方納得しないでしょうから、それなりに公平な条件にしなければなりません」
「……難しい話よねぇ~」
「……一つ、案があります。しかし、これは新聞部にとってデメリットが少し……」

 ゆっくりと三奈子さまを誘導していく。

「何かしら? 言ってみなさい、真耶さん」
「……選挙当日までの期間の新聞部の活動停止、です。全校生徒に顔の利く新聞部からの宣伝が無ければ、少なくともつぼみ達の評価はこれ以上上がりません」
「――ちょ、ちょっと、真耶さん!? 活動停止はともかく、そんな事をしたら静さんの評価も上がらないわよ?」

 そう、普通はそう考える。

 しかし、一番の宣伝効果を潰すデメリットは実はつぼみ達の方が大きい。何しろ新聞部の宣伝があれば、それで決定的になるのだから。故に別のデメリットの大きさを示唆する事で、三奈子さまを篭絡するのが真耶の狙い。

「いえ、デメリットの大きさを考えればこの案は、むしろ三奈子さまの新聞部が一番大きいかと。折角のイベント期間の活動を、わざわざ制限しないといけないのですから」

 そして、心底新聞部に申し訳ないフリを見せる。

 そういう謙虚な態度に三奈子さまは弱い。

「ぐっ……でも、しかし……」

 メリットデメリットの天秤に揺れている今が好機。

「ですが期間中の活動分は、結果が出た後に大々的にかわら版にする事で十分取り戻せる、とも読んでます」
「え?」
「いつものような活動がない新聞部に、生徒達は情報を求めることでしょう。しかしあえてそれを無視し、生徒達の情報の『飢え』を待ちます。そしてそれが限界点に来た時、つまりは選挙結果が出た後ですね。今までに纏めた……ああ、もちろん極秘で情報は集めるんです。それを一気に公開したら、どうなると思います?」
「――い、今までにない情報への喰い付き……?」
「EXACTRY!(その通りでございます!)」

 真耶は我が意を得たり、と頷く。

 リリアン生達は日頃刺激に飢えている。

 そんな彼女らの心理を逆手に取ったマスメディアの利用法。今までリリアンかわら版に興味のなかった生徒まで、この『焦らし』戦法は効果的だろう。この案により劇的にかわら版のファンは増えると思われる。

 それを喜ばない三奈子さまではなかった。

「す、素晴らしいわ! 真耶さん、是非その手で行きましょう!!」
「「「「全ては三奈子さまの名の下に!」」」」(部員A、B、C+真耶)

 そんな未来図に三奈子さまはもとい、他の部員達全員までノリノリである。

 机に轟沈している真美さんを除いて。

 冷静に考えれば無茶苦茶でしかないこの提案。ある意味純粋で単純な三奈子さまなら篭絡出来るけれど、リアリストの真美さんが相手ではそう上手くはいかない。なので真美さんが口を出す前に畳み掛けた、というわけだ。

 ごめんね、真美さん。君の犠牲は忘れない……別に死んじゃいないけど。

 良ければこんな事もあろうかと、密かに買っておいたこの胃薬でも使って頂戴☆





 新聞部への懐柔が終わると、次は裏庭へ向かう。

 そこには今朝桂さんに会う約束をお願いした、彼女のお姉さまが待っている。

 次の手も搦め手。

 桂さんのお姉さま、つまりは黄薔薇革命の時の被害者達の扇動。

 そんな彼女達は黄薔薇のつぼみのことを良く思ってはいない。その心理を利用し、他のつぼみ達の悪評を流してもらうのだ。

 その話を聞いた桂さんのお姉さまは顔を顰める。

「あまりそういう下策は関心しないわよ?」
「でも嘘はありませんよ? 全ては周知の事実という奴です」

 虚偽の噂の散布ならとても褒められたものではない。しかし、真耶が流す噂は全て事実である。

 直接つぼみ達に対する噂だけでなく、その周りの者への噂も流す……祐巳さんとか。

 例えば「成績優秀、容姿端麗な祥子さまは自分を引き立てる為に、今まで一般生徒にすぎなかった祐巳さん『なんか』を山百合会に入れた」とか「家が隣同士の親戚のコネを使って、由乃さんは令さまに取り入った」とか「過去に傷心してる白薔薇さまの心の隙につけ込んだ」など。若干脚色気味ではあるが、事実としてそういう見方も出来る……ただの嘘ではない。

 そしてこれは間違いなく、一年生でしかない祐巳さん達を傷つける。

 しかもそれを彼女らのお姉さま方は助けられない、それこそ逆効果にしかならないからだ。そういうプレッシャーも大事な選挙の前では、いい足枷になることだろう。姉妹共々良い試練になる。

 その彼女らの噂を流すタイミングは選挙の公示が出た直後。当然のように立候補したつぼみ達はさぞ慌てることだろう。伝統の継承が途端に不安要素に包まれるのだから。

 我が身に出会った不幸を呪うがよい、なんてね。

「……関心はしないけれど、借りは返さないといけないわね。でも本当にいいのかしら? 彼女達はあなたの『友達』ではないの?」
「大丈夫です。これは彼女達を確実に傷つけますが、それ以上に成長を促す結果をもたらします。それはある意味黄薔薇革命の被害者達への贖罪にもなるし、あなたの妹である桂さんへのプラスにもなりますから」
「とんでもない策士、ね。桂があまり近づかないように、と念を押していたのはこの事だったのね……」

 憂鬱そうに桂さんのお姉さまは苦笑する。

 流石に無条件に会う約束はしてなかったか、中々やるね桂さん。

「まあ人間誰しもこんなものです。裏の顔なんて、一々想像してたらキリがありませんよ」
「怖い子ね、あなた。……ところで、こんな噂流したら対象ではない静さんの印象が悪くならない? 彼女の策略と思われるかも」
「それも平気です、証拠なんて出ませんから。証拠もないのに疑ったら、それこそつぼみ達が『詰み』ます。まあそれが分からないくらいなら、いっそそれでもいいですけどね……どちらにしても損にはなりません」

 全ては我が掌中に踊れ、クルクルと。

 ああ紅薔薇さま、あなたの属性が移ってしまったようです……正直楽しいw

「…………もし、私がばらしたら?」

 恐る恐る彼女が問いかける。

 そんな彼女に頬を吊り上げ、ニヤリと笑いかける真耶。

「ふふふ、聞きたいですか?」

 その真耶の笑みを見て、顔を真っ青にする桂さんのお姉さま。

 ガクブルと身体が震えている、寒いのだろうか?

 違うだろう、今の気分は「怯えろ! 竦めぇ!!」とでも言われたようなものである。

「――私は、私の『敵』には一片の容赦もしない。『敵』はただ殲滅するだけ、です」
「ひっ!?」
「でも大丈夫ですわ。ふふふ、『敵』にならければいいだけの話ですもの、ねぇ?」
「は、はははははひぃ!!」

 脅はk(ry……説得完了、と☆

 少し落ち着かせてから、彼女にあるリストを渡す。

 そのリストには黄薔薇革命の被害者などの名前や学年が記載されている。以前新聞部で纏めたものをこっそりコピーして、詳細をさらに記したものだ。その他にも小笠原グループの傘下の会社所属の家族で、リリアン女学園に通ってる生徒の名前なども調べてある。彼女達には逆に祥子さまの取り巻きになってもらうのだ。

 いかにも権力には逆らえない、みたいな印象を与える為に。当然ただの嫌がらせだが、無下に断ればそれも印象ダウンに繋がる。蜘蛛の糸のように執拗に張り巡らされたのは、山田真耶の『搦め手』にすぎない。

 桂さんのお姉さまは泣く泣くそれを引き受けた。

 何処までも真耶は外道である。





 そんな陰謀が暗躍する中、その波紋を感じ取る女性がいた。

「……何かとてつもない嫌な予感がするわね」

 受験勉強に集中していた紅薔薇さまこと水野蓉子。

 今の所何も起こってはいない、だがそれが逆に不安を呼ぶのだ。

 三年が関与しない次期生徒会役員選挙。

 四人目の候補者が現れたかといって、薔薇の継承は不動の筈……蓉子はそれだけ祥子を信頼している。令にしても志摩子にしても、ポっと出の候補者に劣るような事はない。

 それなのにこの嫌な予感は何なのだろう?

「……何か、何かを見落としているとでも言うの?」

 思わず自問する蓉子。

 すっかり受験勉強の手が止まっていたが、元々かなりの高スペックの蓉子にはそれほど重要ではなかった。世の受験生達に言ったら、さぞかし妬まれる事だろうが。

「見落とし……薄い……陰のよう、な――っ!」

 蓉子は目を見開く。

「 ま た あ な た ね ――山田真耶!!」

 そうだ、また気づけば失念していた危険な存在。

 彼女の祐巳さんへの補佐の報告が途絶えている。受験勉強の差し支えないように、と取れる行動なのだが……三年の関与しない役員選挙の事で、祐巳ちゃんにかかる負担を考えれば一言あっていい筈だ。

 自身の力でやり遂げようとする祥子の固い意志を、祐巳ちゃんはまだ上手く理解出来ないかもしれない。

 過保護かもしれないが、山百合会にとって祐巳ちゃんはとても貴重なのだ。せめて卒業までは孫のように可愛がって守ってあげたい、そんな母性本能が蓉子にはあった。

 その為の補佐役だというのに、彼女はまるで動かない。

「まさか、干渉する気? しかも『ロサ・カニーナ』側で……」

 そう一人呟く蓉子。

 もし真耶が近くにいたらこう突っ込むだろう。

『ただの嫌な予感でそこまで具体的に推測されるとか……ありえん(笑)』

 だが真耶が『黒幕』なら、蓉子は『大魔王』なのだ。

 『大魔王』からは逃げられない。

 学生には一大イベントである受験、流石の紅薔薇さまもそちらに集中するだろう、と真耶が思っても無理はないと思う。

 故に生まれた大誤算。

「……仕方ないわね。忙しいだろうけど、聖と江利子にも一応声をかけておかないと。もし『敵』に回ったのなら、彼女――『山田真耶』は祥子達が相手するには少し荷が重いわ」

 陰謀渦巻く次期生徒会役員選挙。

 『黒幕』と『魔王』が相討つ舞台が一体どうなるのか?

 見てるだけのマリアさまはともかく、それはまだ誰にもわからない。




[3792] ロサ・蟹ー名(笑) 第三話「驚天動地」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:43

 正式に選挙の公示があった翌日。

 人気のない古い温室の中には、水野蓉子、鳥居江利子、佐藤聖の三薔薇さまが集結していた。

 その彼女達の表情は厳しい。

「やってくれたわ、山田真耶」
「まさか、こんな搦め手でくるなんてねー」
「……志摩子、大丈夫かなぁ」

 選挙の公示が出る何日か前。

 何となく嫌な予感がした蓉子は、聖と江利子に声をかけてそれとなく真耶の様子を窺っていた。

 きっと何かアクションを起こす、と。

 しかし、全く動きはなかった。

 聖は「蓉子の早とちりじゃない?」と楽観視していたが、蓉子と江利子は何処か嵐の前の静けさを感じていた。あの山田真耶が、祐巳ちゃんが他人事ではないイベントを見逃す筈がない、と。確かにその推測は合っていた、が……しかし彼女は動かない。のほほんと祐巳ちゃんと話したりしているだけだった。

 ハナから完全に真耶を『黒幕』と疑っている蓉子達は気づかない。

 そう、そんな真耶の不気味な静けさに気を取られた薔薇さま方は、こういうイベントでいつも動いてる筈の新聞部の活動が無いという不自然に気づかなかった。そして黄薔薇革命の時の怨嗟の根が、予想以上に深かった事も。

 それは紅薔薇さまを心底危険視していた真耶の打った保険、『黒幕』の自分を『囮』にすることで他方面への不自然な違和感を誤魔化す。

 新聞部や黄薔薇革命の被害者達への扇動といった真耶の陰謀を、蓉子達薔薇さま方が選挙の公示前にそれを『事実』として証明していれば、生徒による違法干渉として教師側に薔薇さま方の介入も可能だった筈である。一生徒とは言えど、薔薇のスリートップならばそれくらいの権限は一応あった。

 しかし、一度選挙の公示が始まってしまえば既に『手遅れ』……そこから先は候補者達のみの戦いである。そしてそれを見越した上での桂さんのお姉さまを含める黄薔薇革命の被害者達を使った流言、これもこうなってしまっては外部の者が止める事は出来ない。

 薔薇さま方の事を見逃していたように見せかけて、実は彼女は誰よりも薔薇さま方の介入を一番に忌避していたのだ。故に自らを『囮』とし、既に蒔き終わった扇動の『種』が開くのを待つだけだったのだ。

 それこそが『個人』の真耶の打てる最良の一手。

 その手腕には流石の蓉子も唸るしかない。

「何かおかしいと思ったら、新聞部も既に懐柔されていたとはね。おそらくは選挙直後を狙っての特大かわら版による、支持者の劇的な向上を餌に篭絡したんでしょう。その上で、今日いきなり拡がったあの噂話……」
「悪質極まりないけれど、残念ながら証拠は出てこないでしょうね。どうやら『ロサ・カニーナ』派も当惑しているようだし」
「多分真耶さんがやった、という証拠も出ないんだろうねぇ。……どうするのよ、蓉子?」

 蓉子達は真耶の狙いに気づいた。

 しかし手は出せない、出したくとも出せない。

 選挙の公示が出た以上、ここから先はあくまでもつぼみ達次第。しかし、元々あったその圧倒的な伝統による差など、この流言で埋まってしまう。もしくは覆るだろう、つぼみ達の行動次第では。

「――どうにも出来ない、わ」
「蓉子!? でも祥子達が……!」

 諦めの溜め息をつく蓉子に、聖は悔しそうな顔で迫る。

 そんな聖の肩を江利子は押さえた。

「聖、蓉子に当たっても仕方ないわ。この事に気づけなかったのは、私達三人ともなのよ?」
「――っ!? ……ごめん、蓉子」
「いいのよ、聖。あなたが言いたい事は良く分かるもの」

 可愛い妹や孫達があんな流言に晒されているのに、三年である自分達は何も出来ない。

 しかも性質の悪い事に、それは真耶が意図的に仕組んだのだ。

 そして彼女の行動は、きっとこの事態ですら最良な結果を導く。

 過程をすっ飛ばして結果を優先する、その異質な考えに蓉子はぞっとする。御せると思って取り込んだ相手は、そんな蓉子の手に負えない程の『化け物』だったのではないか?

 受験で忙しくなるこの時期の反抗も、その計算高さを象徴してると言えるだろう。

 何処までも喰えない人物だ。

 しかし、その中で蓉子にはわからない事が一つだけある。

「……何故、彼女は『ロサ・カニーナ』を?」

 これ程強かな真耶が、まさか蟹名静という個人の為だけに動いているとは、流石の蓉子でも思いつかなかった。





ロサ・蟹ー名(笑) 第三話「驚天動地」





 小笠原祥子は機嫌が悪かった。

 正式に役員選挙に立候補したというのに、その翌日に拡がった噂の所為である。

 曰く、『藤堂志摩子、福沢祐巳に一回ずつ姉妹の誘いを断られた悲しいつぼみ』やら『小笠原グループのお嬢さまには逆らえないから信認するしかない』など、思わず怒鳴り散らしてやりたいくらいに下世話な噂だ。

 しかしこの選挙前にそんな事を出切る筈もない。

 そして何より祥子を傷つけているのは、

『普通に生活していた福沢祐巳という一人の人生を、山百合会の為に生贄にした』

 という噂である。

 そんな筈はない!と断言出来なかったのだ、この噂話だけは。

 学園祭の時のシンデレラ役の件で巻き込んでしまったのは事実。精一杯頑張ろうとしている祐巳の姿を見ているし、当時妹候補になった事でクラスメイトに詰問されたとも聞いた。

 そんな自責の念が、じわじわと祥子の心を蝕む。

 卒業を控えたお姉さまに何が出来るだろうという思いと重なり、それが祥子の纏うオーラをピリピリさせていた。

 ロサ・カニーナの取り巻きを不快と言った自分に、同じような取り巻きが出来ているのもその理由の一つ。彼女達は小笠原グループ傘下の生徒達、その協力を無下にする事の意味を祥子は理解している。

 しかし所詮は十代の少女、理解できてもそう簡単に割り切れる筈もない。

 だから、だろうか。

 選挙の公示があって以来、薔薇の館で甲斐甲斐しく祥子の世話周りをしていた祐巳に、つい強く当たってしまったのは。

「――別にいいって言っているでしょう!」

 祥子と同じく、そんな下世話な噂に晒されて傷ついているだろう妹への、この叱責。

 その時の祐巳の顔を、祥子は生涯忘れる事はない。



 支倉令は落ち込んでいた。

 正式に役員選挙に立候補したというのに、そんな気分を一変させる噂が拡がった所為である。

 曰く、『黄薔薇革命を忘れるな』と。

 前向きな自分の妹である由乃であれば、挫けないかもしれない。しかし令は見た目と裏腹に、繊細な『少女』だったのだ。

 そういった『負』の感情をぶつけられて、悩まずにはいられない。

 選挙の為の準備をしなければいけないと思っても、あれ程の事件を起こしてしまった自分が果たして黄薔薇さまと呼ばれるに相応しいのだろうか、とネガティブゾーンのドツボに嵌っていた。

 けしてあの『黄薔薇革命』は無駄だったとは思っていない。

 しかし振り返って考えると、もう少し他にやりようはあったのではないか、と。

 由乃は言った。

『私、令ちゃんにもっと強くなって欲しいの』

 そうして嫌がっていた手術を受けた。

 それは令が由乃に依存していたから。由乃の為にと言い訳を続けて、その心地良い環境に甘んじた自分の未熟。そんなものが多数の同級生の姉妹を傷つけたのだ、これをショックと思わずにいるのは難しい。

 へた令とお姉さまに揶揄されたのも当然の事だろう。

 そう、自分は『へたれ』なのだ。

 令は「でも仕方ないじゃない! 今までそうして生きてきたのに、それを急には変えられない!」と叫びたかった。しかし黄薔薇のつぼみという立場はそれを許さない。何があろうとなかろうと、薔薇さまはそういうものなのだ。

 だからこそ、令は自問のループに嵌る。

 そして先程から必死に話しかけている愛しの由乃の言葉にも、そのままの気の抜けた生返事を返してしまう。

「……何、由乃?」

 そんな彼女の頬に張り手一閃。

 目を見開いた令が見たのは、涙を浮かべこの部屋から走り去る妹の姿だった。





 奇しくも紅薔薇、黄薔薇のつぼみが犯した失態は、喜劇のように同じタイミングで起きた。

 しかし無常にも時間は止まる事も、巻き戻る事も、けして――無い。





 藤堂志摩子は困惑していた。

 紅薔薇、黄薔薇の両つぼみが役員選挙に立候補し、ロサ・カニーナも同様に立候補した。

 しかし志摩子はその時立候補しなかったのだ。

 何故ならば、志摩子にとって『所属』は足枷にしかならない。いつでも何処かへ行けるように身軽でいたい、そう思っていた。

 でも山百合会に関わるようになって、佐藤聖という『お姉さま』を得て、福沢祐巳という『友達』を手に入れた。それは今まで感じた事のない喜びであり、とても貴重な出会いだったのだ。

 それとは別に、祥子さまや令さまと同じ学年である蟹名静さま、一年でしかない志摩子がその彼女を押しのけてまで山百合会に居ていいのだろうか?その考えはあまりに志摩子の自己中心的なエゴにすぎないのでは?

 そんな葛藤が志摩子にはあった。

 それに拍車をかけたのは、選挙の公示のあった翌日から学園中に拡がった噂。

 曰く、『傷心の白薔薇さまの隙につけ込んだ』やら『紅薔薇のつぼみの誘いを無下に断った高慢な下級生』など。

 全く気にしていないわけでもないが、志摩子にとっては大した事のない噂だった。放置すれば収まると思っていたのだが、ここで志摩子に誤算が生じた。

 クラスメイトが団結してそんな噂から志摩子を守るように動いたのだ。もちろん祐巳さんにも同じく。

 その中には以前祐巳さんを問い詰めていたクラスメイトもいる。あの時の教訓を生かす為に、彼女らは必死にその噂話に対抗したのだ。流れてきた噂は二年生からだったのか、お姉さまと喧嘩中のクラスメイトもいる。

 自分達の為にクラスメイト達が傷ついている。

 それを志摩子は許容できるワケがない。自分は大丈夫だからと皆に言うが、「大丈夫大丈夫!」とクラスメイトは取り合ってくれない。それは全くの厚意からくるものだったが、志摩子の本質である慈愛の心は逆に締め付けられる。

 余裕を失った志摩子は、それが選挙に立候補しない自分の落ち度のように考え、更に落ち込んでいく。

 同じように苦しんでいるだろう山百合会幹部達の事を考えられないくらいに。

 故に志摩子は状況に流される。

 ピリピリしている祥子さまの事も、それを世話する祐巳さんの事も、何処か心無い令さまの事も、そんな令さまを励まそうと必死な由乃さんの事も、志摩子は『何も』しなかった。

 だからこれは必然であろう。





 一瞬にして、今の不安定な山百合会が崩壊する事も。

 現実は――非情である。





 蟹名静は呆れていた。

 ついこないだ恥ずかしい宣言をした、未だ名前を知らぬ生徒の起こした波紋について。

 まず始めに、新聞部が動かない。

 これは知名度的に、薔薇のつぼみ達の勝負が決まる宣伝が無くなった。もちろん自分もそうだが、つぼみ達とのデメリットは向こうの方が大きい。

 次に、おそらくは黄薔薇革命の時の被害者達による流言。

 かなり悪質に練られたその噂話は、たった一日で学園中に拡がった。その内容を聞く限り、つぼみ達はかなり追い詰められているだろう。そしてその流言には自分達『ロサ・カニーナ』派の悪評は一切無い。

 これではまるで自分達がその噂を流布したように見えるが、こんな『犯人は私です』と言わんばかりのあからさまな手口……流石のリリアン生達も考えなかったようである。

 このあまりに不可解な状況に、静のクラスメイト達は単純に都合が良いと解釈していた。

「……随分お気楽な考えよねぇ」

 どう考えても異常なこの出来事、間違いなく『彼女』の仕業であると静は確信する。

 そんな八百長のような勝負は願い下げと言いたい所だが、彼女は相当に頭が切れるのだろう。これ程大々的な流言にしては、範囲が一定に留まっているのだ。つまりは『ロサ・カニーナ』は一方的に有利にはなっていない、精々が差し引いて五分といった状況。

 そんな彼女の不器用な優しさに、静は一人笑ってしまう。

「本当に馬鹿ね、ここまで徹底的にお膳立てしてくれるなんて……」

 流言が拡がったのは選挙の公示のあった翌日。

 そのタイミングからして、おそらくは薔薇さま方への牽制だろう。公示の前であればまだ薔薇さま方の介入する余地はあるが、後ではいかに薔薇さまと言えど介入は出来ない。そんな事をすれば山百合会自体が瓦解するハメになる。

 そこまで計算に入れた彼女の行動を知れば、誰しもが彼女を恐れるだろう。

 しかし、静は嬉しかった。

 何故なら彼女が動いているのは『ロサ・カニーナ』の為ではなく、『蟹名静』個人の為だと分かるから。

 それは憧れの白薔薇さまに認識してもらうのと同じくらいに、静に喜びを与えた。

「ふふふ、ただの運試しの為の選挙がえらく面白くなっちゃったわね」

 静の本当の狙いは、この選挙に立候補する事で今まで全然認識してくれなかった白薔薇さまの瞳に自分の姿を映すこと。

 イタリアへ留学する前に、何も行動する事なくそれを諦めたくなかった。

 ただそれだけの為の立候補である。盛り上がってくれたクラスメイトには申し訳ないのだけれど。

 そこに一人のイレギュラーが現れた。

 そんな静の『想い』を知りつつも、ただ単純に自己を貫く傲慢な少女。

 その姿は藤堂志摩子では成りえない、蟹名静という個人の『妹』の姿そのものだった。



 認めよう、静は彼女を『妹』にしたいのだ、と。



 選挙はきっと現状維持で終わる、つまりは『ロサ・カニーナ』は勝てない。

 あくまで可能性にすぎないが、静にはそんな予感があった。

 ならばその時は、

「――あなたの『名前』を聞かせて?」

 蟹名静は『彼女』を妹に迎えるだろう。

 例えそれがほんの数ヶ月だけの姉妹だとしても。

 静がイタリアへ行く事は、既に決めた事なのだ。

 聡明な彼女はきっと理解してくれるだろう、静の『妹』として。

「その『名前』を刻んで、私は『夢』へと進むわ」

 それこそは蟹名静の――――断固たる意志。




[3792] ロサ・蟹ー名(笑) 第四話「誰が為に」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:45

 何を間違えてしまったのだろう。

「…………はぁ」

 誰もいなくなった薔薇の館で、祐巳は一人溜め息をつく。

 選挙まであと十日を迎えた今日、祐巳達の山百合会はバラバラになってしまった。

 祐巳が祥子さまの叱責を受けた時、同じタイミングで由乃さんが令さまを叩いたのだ。その時は祥子さまを見ていたので、詳細は分からない。しかし、令さまも祥子さま同様に『心ここにあらず』な状況だったのは知っている。

 するとあれは、そんな令さまに由乃さんが爆発したという事だろう。

 その後由乃さんは泣きながら部屋を飛び出すし、令さまはあの時のように呆然としてふらふら出て行くし、志摩子さんまで顔を真っ青にしながら逃げるように帰ってしまった。

 そして祥子さま。

 最近流れていた噂話の所為でピリピリしていたのは、祐巳も気づいていた。そんな祥子さまに下手に近づいたら、お怒りを受けるだろうとある程度予想はついていた。それでも構う事無く、祐巳は祥子さまを甲斐甲斐しく世話をした……何故か?

 それはこないだ真耶さんと話していた時の事である。

 お忙しい祥子さまの為に、平凡な自分は一体何が出来るのだろう?とふと聞いてみたのだ。

 そうしたら真耶さんは、

『いつも通り笑顔でいてあげればいい。それがどんな逆境で苦しい時だろうと、ふてぶてしく笑っていなさい。大丈夫、祐巳さんのいつもの笑顔を見れば、皆元気になってくれるわ』

 と笑っていた。

 その言葉に励まされ、祐巳は祥子さまに理不尽な叱責を受けた時も、泣かないよう精一杯にいつもの笑顔を浮かべたのだ。

 少し無理もあったけれど、祥子さまの為にと頑張った。

 しかし祥子さまはそれを、信じられないモノを見たように顔を歪めていた。祐巳にはよく分からなかったが、複雑な感情が入り混じった顔とでも言えばいいのだろうか?

 それでも笑顔を必死で保っていた祐巳の事を直視出来ずに、祥子さまもまた皆と同じように逃げるように部屋を去った。

 残ったのは祐巳一人だけ。

 いつもの薔薇の館の部屋が、急に広く寂しく感じた。

「……ごめん真耶さん、私じゃあ上手く出来なかったみたい」

 そう呟いた祐巳の頬に、一筋の涙が流れた。





ロサ・蟹ー名(笑) 第四話「誰が為に」





 噂話を一定範囲のみに絞って流言すると、真耶は桂さんのお姉さまから証拠となるリストをしっかり回収した。

 アシがついては困るから、後に残らないように焼却処分である。もちろんそのリストのデータは、真耶の頭の中に完全に記憶済みであるが。

 そして彼女には他言無用と伝えた。

 ただ、勘の鋭い薔薇さま方に追い詰められそうになった場合のみ、真耶の名前を出していいとは言っておく。流石にそこまで共犯者に仕立てるのは可哀想だからだ。

 まあ黄薔薇革命の事を持ち出せば、そういう恨みを買っててもおかしくはないと納得はするだろうが。

 実際あの事件を煽って拡げた責任は真耶にもある。

 しかし、事件の発端には関わっていないし、収拾に尽力したという結果は既に出しているのだ。今更責任追及などは出来まい。

 そんなこんなで、全ての布石を打ち終わった真耶は、後は結果を待つだけだった。

 とはいっても『ロサ・カニーナ』が勝つ事はないだろうけど、と思いながら。

 そんな軽い気持ちで登校した朝。

 教室に入った途端に、真耶は顔を引き攣らせた。


 空気が重い。


 特に祐巳さんと志摩子さん、この世の終わりみたいな顔をしている。

(あ、あるぇ~? 祐巳さんには事前に保険を打っといた筈なんだけど……?)

 落ち込んだ二人を見ていたクラスメイトは、あの噂話の所為だと息巻いていた。犯人はここに!など言える空気ではない、言うわけがないが。そんな動きが実は一番志摩子さんを苦しめているとは知らずに……真耶は何となく察していた。

 敬虔なクリスチャンならではの葛藤といった所だろうか。

 まあとりあえず志摩子さんは置いといて。

 教室を軽く見回して、目標を探す。

 何か知ってる?と、桂さんと蔦子さんにアイコンタクトを送ってみるも、返答なし。

 知らない、つまりは何も話さないという事か。

 志摩子さんはともかく、真耶の洗脳――ゲフンゲフン……特別カリキュラムを施した祐巳さんが、これ程までに落ち込むとは。

 一番に考えられるのは祥子さまの所為、かな?

 でも祐巳さんの笑顔攻撃ならイチコロだと思ったのだが、それは別の意味でイチコロだったとは……真耶は知る由も無い。

「……仕方ない、昼休みにでもじっくり聞きますか」

 席に着く前に祐巳さんに近づき、昼休みに少し話そうと約束を取り付けた。

 空気が重い以外は、特に何も起きる事なく昼休みを迎えるのだった。





 ――昼休みのミルクホール。

「さてと、祐巳さん」

 お弁当を祐巳さんと食べながら、真耶は静かに話を切り出した。

「何があったの?」

 こういうのは直球で聞いてしまうのが、一番手っ取り早い。

 お箸を置いた祐巳さんは、暗い顔を真耶に向ける。

 それはかなり無理のある笑顔。

「真耶さんに言われたように頑張って笑顔でいたんだけど、何か山百合会の皆がバラバラになっちゃった……。お姉さまも元気になってくれなくて、令さまも由乃さんも志摩子さんも――っ!!」

 そこまで言うと、祐巳さんの顔がクシャクシャに歪んでいく。

 今まで随分と耐えていたのだろう……泣かないように、困らせないように、と。

 そんな健気な祐巳さんの頭を撫でてあげる。

「……そっか。頑張ったんだね、祐巳さん」
「ぐずっ……ま、真耶さぁん……うぅぅぅ~」

 そんな優しさに祐巳さんはついに泣き出してしまう。

 しかし真耶は優しく祐巳さんを慰める一方で、

(や、やややややヴぁーい!? 祐巳さん以外……全滅……だと!? このままではとても五分なんて言ってられるレベルじゃない、圧倒的に『詰み』レベルじゃないですかー!?)

 超焦っていた。

 流言によって一時的に不安定な精神状態に追い込み、真耶が精神的に鍛えた祐巳さんに祥子さまを一喝して立ち直らせる。そして祥子さまが立ち直れば、連鎖的に他のつぼみ達も覚醒すると踏んでいたのだ。

 それがまさか完全に裏目に出るとは。

 運がない事に、紅薔薇、黄薔薇の両つぼみの決壊が同時に起こったらしい。そして状況に流されやすい志摩子さんでは、その歯止めにすらならない。

 ならばこの結果は当然だろう。

(――まだだ、まだ最悪までは逝っていない! まだ何とかなる、というか何とかしないと……)

 聡明な薔薇さま方なら、既に『黒幕』は真耶である事に気づいているだろう。

 もちろん証拠などないが、最悪の結果では真耶に安寧は二度と訪れない。

 真耶と同じく、紅薔薇さまもまた『敵』には容赦しないだろうから。しかもそれが自分の妹をあれだけ傷つけた相手なら尚更である。

 状況はかなり危険領域に入っている、これ以上のミスは致命的だ。

(――2、3、5、7、11、13、17……まずは落ち着いて、冷静に状況分析をしなければ――)

 まずは祥子さま。この際、令さまと志摩子さんのフォローは後にする。

 おそらくはこんな状況だというのに、精一杯笑顔を保った祐巳さんの純粋な眩しさに耐えられなかったと推測。

 負の感情スパイラルに嵌った時に、そんな顔を見せられたのだから。

 それくらい耐えやがれ今畜生、と正直言ってやりたい。

 どんだけ精神的に脆いんだか、あの紅薔薇さまにも出来なかった事があるもんさね……いやそういう話ではないか。

 まあ今回は祐巳さんには受け身しか教えていなかったのが一番の失敗だった。その時に一喝してれば問題は無かったのだろうが、祐巳さんの性格にそれを自主的に求めるのは酷だったか。

 ならばやる事は一つ。

「祐巳さん」
「……ふぇ?」

 貯めていた涙を流した分、少し落ち着いた祐巳さん。

 彼女が全て勝負の鍵。

 そしてこれは、『黒幕』山田真耶の明暗を分ける一手。

「よく聞いて、祐巳さん。確かに今の山百合会はバラバラかもしれない、でもそれでいいなんて思わないでしょう?」
「――もちろんっ!!」
「それならば、祐巳さん――あなたが頑張るしかないわ」
「え?」

 ザ・丸投げ☆

 正直祐巳さんにこれ以上求めるのも酷な話だが、他に手はない。

 今までの立場から、真耶が表立って何かしようとも効果は望めないのだ。

 今更学園長の養子であると言った所で何の意味は無い。

 だから祐巳さん、今が駆け抜ける時――!

「祐巳さんが祥子さまを尊敬しているのは知ってる。でも今の彼女は、正面から『妹』と対峙出来ないほどに情けない人よ。令さま並みに『へたれ』と言っても過言ではないわ」
「そ、そんな!? 祥子さまは――」
「だからビシっと一言、彼女に言ってやりなさい。『それが紅薔薇を継ぐ者の姿か』と」

 その一言は効くだろう。

 姉妹にとって姉は尊敬の対象なのだ。その姉を自らが貶める事など、とても許せるようなことではない。

 それはまさに今までの祐巳さんの姿でもある。

「そのロザリオを今一度見せつけてあげなさい。紅薔薇さまから託された――祐巳さんに祥子さまが託したこのロザリオは、紅薔薇の絆はそんなに軽いモノだったのか、と」

 これで立ち直らないようだったら先はないし、その程度の連中に付き合う義理も義務もない。

「で、でも……」
「デモもストもない、出来る出来ないでもない、やるの。祐巳さん、あなたの祥子さまへの『想い』をぶつけてやりなさい。紅薔薇さまと違って、あなた達二人は今一つ『押し』が足りないのだから。どちらも『待ち』では何も変わらない、何も変えられないの」

 それは祐巳さんが、祥子さまといつまでも仲良くなれないということ。

「そんなのは嫌でしょう?」
「嫌ですっ!」

 両手をギュッと握って、祐巳さんは身を乗り出す。

 おk、大分元気が出てきたみたい。

「ならば、今一度頑張りなさい。由乃さんも志摩子さんもそんな祐巳さんを見て、いつまでもグズグズしているような人じゃないでしょう? 祐巳さんと共に未来の薔薇を背負っていく彼女達、あなたの自慢の『友達』は」
「うん!」

 エネルギー充填は十分、後は背中をもう一押し。

「じゃあ、行ってらっしゃい。――大丈夫、何があっても私は祐巳さんの『味方』だから」
「ありがとう、真耶さん!」

 そう言うと、祐巳さんは飛び出した――目的地は祥子さまの教室。

 その盛り上がりは凄まじい……自分の弁当箱を忘れるほどに。

 やれやれ、と真耶は苦笑する。

「確かに祐巳さんの純粋さは、私にゃちと眩しいね。……祥子さまの気持ちも少し分かるわ」

 そもそもの元凶はここにいる真耶なのだが。

 まあそれはともかく、とりあえず修正の第一段階は上手くいった。

 あとは由乃さんと志摩子さんのフォロー。

 真耶は祐巳さんの弁当箱をしっかりとしまうと、ミルクホールを後にした。



 昼休みはまだ少し時間が残っている。

 真耶はその足を一年菊組に向けていた。

 教室を覗いてみると、これまた不機嫌なオーラに包まれた由乃さんがいる。そんな由乃さんの雰囲気に、彼女のクラスメイト達は遠巻きに見ているだけ。あんなオーラが駄々漏れでは、クラスメイト達はさぞ気まずい事だろう。

 これは重症だ。

 真耶としてもあまり目立ちたくはないのだけれど、そうも言ってられない理由がある。

 山百合会の崩壊が二、三日も続けば、薔薇さま方は動く。確実に。

 それは選挙への介入ではなく『妹』をただ守るだけの行為。

 しかしそれは間違いなく選挙への干渉となり、薔薇さま方は学園側からの処罰を受けざるをえない。無論『妹』を守る為ならそれくらい気にする事はないだろうが、結果としてそんな事態を招いたつぼみ達の信認が得られる事は難しいだろう。そしてその結末は、静さまの狙いを完全に台無しにしてしまう事とも同義である。

 つまりはこれだけの山百合会の崩壊を、薔薇さま方に知られ介入される前に修復させなければならない。

 真耶の自業自得によって。

 今日一日が、最終的な結果を最良に動かす為の最大のリミット。

(やれやれ、世話が焼けるわー)

 そしてこれが修正の第二段階。

「ごきげんよう、島津由乃さん」

 まずは軽く挨拶。

「……誰よ、あなた?」

 ああ、もう猫被ってないのね。

 でもそんなツンツンしてるのも、ある意味猫らしいかも。

「まあ私の事はどうでもいいじゃない。それよりも……」
「何なのよ!?」

 落ち着け、由乃さん。さっきから周りの目が痛いから。

 目立ってはいるが、生憎名前を名乗る手間は省かせてもらう。今回だけに限るなら、この教室の生徒達の印象に深く残る事はないだろうし。

「黄薔薇革命で一体あなたは何を学んだのかしらね?」
「――っ!?」

 由乃さんの目が驚愕に開かれる。

「噂に翻弄されている令さまの気持ちも知らずに、子供みたいに癇癪を当り散らして。あなたは何をしているの?」
「わ、私だって令ちゃんの事を分かろうとしたもん! それに当り散らしてなんかない!」
「……そう? 分かろうとしたけど結局我慢出来ず、挙句令さまを叩いて逃げたと聞いたけど?」
「――な、何で!?」

 何故それを知っている!?とばかりに真耶を睨む。

 いや、だって『黒幕』ですし?

「クラスメイトの祐巳さんが教えてくれたわ。悩み相談を聞いてあげられる『友達』として、ね」

 暗に由乃さんは祐巳さんの『友達』にあらず、と言ってやる。

 同じ山百合会幹部なら、そういった悩みも含めて色々話し合えばいいのに。だから第三者の真耶なんかに先を越されるのだ。

 まあこんな状態では、そもそもそこまで考えられないか。

「祐巳さんはもう動き出したわ、祥子さまと仲直りする為に、ね」
「……祐巳さんが?」

 祐巳さんが祥子さまの叱責を受けた時、由乃さんもそこにいた。

 ただ一番にそこを抜けた由乃さんは、その後何があったのか全く知らないのだ。

 知らない事が罪ではない、知ろうとしない事こそが罪なのだ。そして目の前の彼女は、間違いなく前者。なのでその後何があったのかを、由乃さんに詳しく説明してあげる。

「そ、そんな……」

 先程まで真っ赤になって憤慨していた顔が、すっかり真っ青になってしまった由乃さん。

 その上で、あえて優しく声をかけてあげた。

「――で? 同じ一年の祐巳さんが頑張っている今、黄薔薇革命の時のように令さまが落ち込んでしまっている今……由乃さん、あなたはこんな所で何をしているのかしら? それともあなたが手術を受けたのは、こんな我侭を通す為だったの?」
「――違うっ!! 私は……!」
「ストップ、それを言う相手が違うでしょう? それを一番に聞かせてあげなきゃいけないのは、由乃さんの大事な『お姉さま』ではなくて?」
「わ、分かってるわよ!!」

 そ、そんなの言われなくたって分かってるんだからねっ!!って何そのツンデレ。

 さっきの祐巳さんを彷彿させる勢いで教室を飛び出していく。

 教室に残ったのはツンデレ萌えに悩む真耶と、目を丸くして事態についていけない由乃さんのクラスメイト達だった。

 残るは、志摩子さんのみ。





 そして放課後。

 祐巳さんと由乃さんへのフォローが済んだ真耶は、最後の一人である志摩子さんを探していた。

 紅薔薇、黄薔薇のつぼみ達は多分回復するだろう。彼女らの自慢の妹の奮起によって。

 あとは一年飛んだお姉さまを持つ為に、一年生の身でつぼみから薔薇へ上る事になった志摩子さんのフォローで修正の第三段階は終了する。

 しかし中々見つからない。

 随分探し回った為、一度息を整える為に階段の踊り場で深呼吸する。

 そんな真耶を誰かが後ろから抱きしめた。

「☆×■◎※△――――!?」

 あまりの不意打ちに、疲れていて警戒を怠っていた真耶は声にならない悲鳴を上げた。

 まさかこの手の悪戯は白薔薇さまか!?

 と首を振り向けた先には、

「そんな変な声を出さないの。驚いたじゃない」

 静さまが笑っていた。

 それはこちらのセリフです、はい……っていうかなんばしょっとねー!?

 深呼吸中に驚いたのが悪かったのか、噎せた。

「――ゲホッ!?」
「ちょ、ちょっと大丈夫?」

 そう思うならまず放してください、色々当たってます。主に胸とか吐息とか。

 息が落ち着いても、この密着状態が真耶の思考を完全に乱していた。顔が赤くなるのも止められないし、動悸もまた止まらない。これではまるで百面相な祐巳さんみたいだ。

 ああ、あの時白薔薇さまに抱きしめられていた紅薔薇さまは、多分こんな感じだったのねー。

 真耶の脳が蕩けてくる。

「し、静さま? とりあえず放してくれませんか?」
「駄目よ。これはお仕置きだもの」
「は?」

 お仕置き?何の?

 確かに真耶にしてみれば、こんな状況は恥ずかしいなんてものじゃない。まさに羞恥プレイもいいとこだ。

 しかし、それが静さまから真耶に対するお仕置きと繋がらない。

「私、何かしましたっけ?」
「惚けないの。例の流言、あなたの手回しでしょう?」

 そ、それか。

 だがいかに静さまと言えど、あれに関しての証拠はあるまい。

「…………何の事でしょうか?」

 即答していれば完璧だったのに。この状態は、真耶のいつもの冷静さを奪う。

 ――何たる失態。

「その『間』がいい証拠よ」
「……むぅ」

 一本取られた真耶は、仕方なく静さまのなすがままに。

 こんなみっともない所を紅薔薇さまにでも見られたら?と頭では思っても、身体は全く言う事を聞かなかった。

 かといって、そこまでのんびりしてていい状況でもない。

「すいません、静さま。私は志摩子さんを探さないといけないので……」
「志摩子さんを?」
「はい」

 至急の用事があるといえば、流石に放してくれるだろうと踏んだのだ。

 が、静さまは真耶の予想を一回り上回る。

「あら、私よりも志摩子さんの方を優先するのかしら?」

 真耶の耳元で悲しそうに、されど意地悪そうに囁く静さま。


 そ れ は 反 則 で す 。


 気づいたら真耶は山百合会崩壊の事情と、それに関するフォローの経緯をぶちまけていた。まるで浮気現場を見られた夫が、妻に洗いざらい白状するかの如く……何だかなぁ。

「――なるほどね。そんな事情があったんだ?」
「……そうッス」

 いつもの真耶ではありえない醜態に、自己嫌悪に陥る。

 ようやく真耶を解放した静さまは、楽しそうに笑う。貴重な一面を見せてもらった、と。

「まあ、あなたをからかうのはここまでにして。そうね……志摩子さんの事は、私に任せてくれないかしら?」
「ひょ?」
「選挙にまだ立候補してないし、一度話してみたかったのよ。白薔薇のつぼみである彼女と」

 静さまに一任、か。確かに悪くないかも。

 祐巳さんや由乃さんと違って、彼女はその在り方のベクトルが少し違う。真耶をやりこめる静さまの方が、かえって良い結果を生むのではないか?と、真耶は考える。元々静さまが選挙で一番気にしているのは志摩子さんのようだし。

 特に問題はない……筈なのだが。

 しかし、真耶は未だかつて感じた事のない感情に戸惑っていた。

 それは静さまが別の一年生のことを気にかけること。相手が志摩子さんと分かっていても、意味の分からない感情が真耶の中で渦巻く。

 人それを『嫉妬』という。

「ふふふ、大丈夫よ。あなたも分かっているのでしょう? 志摩子さんが白薔薇さま以外を、姉に迎える事なんて無いって。私はあくまで選挙の立候補を勧めに行くだけなのだから、ね?」
「……いやいやいや。心の中を読まないで下さいよ、マジで」

 ある意味紅薔薇さまより苦手だ、静さまのこういう所は。

 と、口では嫌がってみせても、真耶の内心はすっきりしていた。

 『志摩子さんは別に眼中にないわ』と言われて喜ぶなんて、どんだけ自分は彼女の『妹』になっちゃっているんだか。

 ちょっと反省。





 その翌日、祐巳さんからガッツポーズ付きで山百合会復活の報を聞く。

 祐巳さんも祥子さまとしっかり仲良くなったそうで、それは由乃さん達も同様らしい。流石は真耶がその素質に目をつけた『逸材』な事だけはある。歴代薔薇さまにも匹敵するだろう、その祐巳さんの持つ生粋のお人好しな人柄は。

 そして志摩子さんもまた役員選挙に立候補したとも聞いた。

 ……真耶の首は皮一枚で繋がったようだ。

 結果が出れば、薔薇さま方も真耶に強くは出れまい。失敗してたらと思うと、冷や汗ものではあったが。

 その後、モチベーションがかなり下がったつぼみ達だが、何処か吹っ切れたのかそれからの宣伝や活動は素晴らしかった。それは盛り返していた『ロサ・カニーナ』派を、再び追い抜く程の勢いがある。

 何はともあれ、次期生徒会役員選挙の経過は真耶の企み通りにほぼ五分の状況。

 そうして迎えるは、勝負を決める一戦。



 ――候補者達による立ち会い演説会。




[3792] ロサ・蟹ー名(笑) 第五話「名前を呼んで」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/17 08:01
 立ち会い演説会も終わり、選挙の投票結果が出る土曜日。

 そんな慌ただしい一日の中で、一組の少女達がミルクホールでまったりとお茶を啜っていた。

「いや~度々お呼びだてしてすいませんねー」

 渋い緑茶を飲みながら、真耶は言う。

「べ、別にこれくらいは構わないけれど……」

 ミルクたっぷりの紅茶を飲みながら、やや怯えた感じで答える桂さんのお姉さま。どうにもこないだの『説得』が予想以上に効いたらしく、真耶と話していると腰が引けてくる様子。

 そこまで怖がらなくてもいいのに。

 まあ下手にツンツンされるよりも、従属してる方が御しやすいので別に気にしないが。

「さて、例の仕掛けの方はどうなりました?」
「そ、そうね……黄薔薇革命時の被害者達は、あの演説会を踏まえての山百合会の動向にかなり満足してるみたい」

 今回真耶が他に使える手駒があったのにも拘らず、あえて黄薔薇革命の被害者達を使ったのには理由がある。

 それはその被害者達と山百合会とのわだかまりをなくす為だ。

 真耶が煽り、新聞部がフィーバーした為に、予想以上に被害が拡がった黄薔薇革命。

 それによる両者の軋みは、今後の山百合会運営に大きく関わってしまう事となる。もちろん、何もしなければの話だ。現薔薇さま方が卒業してしまった後に、それだけの軋みを回復できる機会は早々には訪れない。むしろ酷くなる一方だ、と真耶は読んでいた。

 正直真耶がそこまで気にする事もないのだが、今後祐巳さんの補佐をするに辺り余計な問題は片付けておくに限る。

 故に、薔薇さま方がまだ在学しているという保険があるうちに、強引にでも解決してしまう事にしたのだ。

 まずその復讐心を利用し、流言によりつぼみを追い詰める。その流言によりつぼみは悩み苦しむ、その姿は妹達に突如ロザリオを返された姉達の復讐心を幾らか和らげる。多少歪んだ感情ではあるが。

 しかしそれだけでは、互いに負の感情に囚われて更に悪化の意図を辿るだろう。

 そこでつぼみの妹の出番となるワケだ。

 その妹を奮起させる事により、立ち直ったつぼみが無事役員選挙に勝つ。自分達を苦しめた相手が苦しみ抜いたその上で、自分達が認められる程の成長を遂げる事により、その恨みの感情は畏敬の念へと変化する。

 それこそが今回の騒動の、『黒幕』山田真耶の真の狙い。

 まあメインの目標は黄薔薇のつぼみ姉妹だけだったのだが、ついでなので残りの薔薇姉妹も巻き込んでやった……今は反省している。

 巻き込んでしまってから気づいた一番の不安要素、それは天然少女の志摩子さんだったのだが、そこは静さまが上手くやってくれたようだ。後でお礼を言っておかなければ。

「そ、それでね? あの、その……」
「? ……何です?」

 結果は上々、と喜んでいた真耶。

 しどろもどろな桂さんのお姉さまの態度にも、感情を乱す事無く耳を傾ける。

 彼女はとても気まずそうに、しかし勇気を振り絞って口を開いた。

「あ、あのね? 真耶さんが危惧してた通りに、先日薔薇さま方に詰問されまして。今日の選挙に生徒達が集中しているうちに、薔薇の館まで来なさいですって」
「ぶふぅっ!?」

 真耶はお茶を吹き出した。


 ――呼び出しktkr。





ロサ・蟹ー名(笑) 第五話「名前を呼んで」





 学園高等部の生徒達(三年生を除く)は選挙の投票結果にご執心。

 山百合会の候補者達も、皆講堂に集結している。薔薇の館に残っている紅薔薇さまと黄薔薇さまを除いて。

 その前に呼ばれた真耶は、非常に居心地が悪い。

「お呼びだてして、ごめんなさいね」
「ちょっとお話を伺いたくて」

 要は「話聞かせろゴルァ?」ですね、わかります。

 笑顔の絶えない二人の姿が、むしろ余計に真耶にプレッシャーを与える。

「え~っと、お二人とも選挙の結果の方はよろしいので?」

 威圧されつつも、真耶は話を逸らそうとした。

 だがしかし、

「心配はいらないわ。だって祥子達が勝つのでしょう? あなたの計算通りに」
「あなたの横槍が無ければ普通に勝っていただろうし、ねぇ?」

 笑顔がとても怖いです。

 まあ予想はしていたが、薔薇さま方は真耶の動きを読んでいたようだ。

 一時的とはいえ自分の妹達が下世話な流言で傷ついているのを見ているのだから、その怒りも当然だろう。その叱責を受ける事くらいは、真耶は元より想定している。

 しかし彼女達は少々の皮肉をぶつけるだけで、真耶を責めたりはしてこなかった。

 何にしても最終的には、かなりの結果をもたらすからである。

 黄薔薇さまはその妹達による黄薔薇革命での一部生徒との決定的な軋み。紅薔薇さまはその妹の精神的弱さを支えられる孫の覚醒。この場にいない白薔薇さまは、その妹の本質的な意味でのクラスメイトとの歩み寄り……これは完璧ではないが、一歩は間違いなく踏み出せたと思う。

 どれも一筋縄ではいかない筈の問題である。それが一時の悪評により、全てが上々の結果へと終息するのだ。

 これは怒るに怒れない。

「本当に厄介な存在ね、あなた。結果として常に最良を導くだけ、その過程は一切気にしないなんて」
「最強のワイルドカードすら使わずに、ここまで多くの生徒を操るなんて……ある意味蓉子以上じゃない?」
「ちょっと江利子? 私はここまで性格悪くないわよ」
「そうよね~流石にこれはちょっとね~」

 しかしこの薔薇さま方、言いたい放題である。

 怒るに怒れない複雑な心境というのは分かるけれど、いつまでも付き合ってはいられない。

 真耶はさっさと呼び出しの理由を聞く事にする。

「で? 言いたい事はそれだけですか?」

 その言葉に意地悪そうな顔をしていた二人は、真剣な顔を真耶に向けた。

「いいえ。過程はどうあれ、あなたには感謝しているわ」
「私もよ。それはきっと聖も同じね」

 受験に卒業を控えた彼女達は、やり残した事があっても手を出す余裕が無かった。

 祐巳さんのいう貴重なメンバーが入っただけでは、やり残してしまった問題を全ては解決出来ない。少なくとも卒業までの短い期間で、それを何とかする術もまた彼女達は思いつかなかった。精々が遺言を残すくらい。

 結局の所、妹達の自主的な成長を信じる他なかったのである。

 それがひょんな事から混ざったイレギュラーのおかげで、あっさりと解決してしまったのだ。

「だから、もし私達に出来る事があるのなら言って頂戴」
「それくらいのお礼をさせてくれてもいいでしょう?」

 真耶の性格を考えると碌な要求をされるかもわからなかったが、薔薇のスリートップとしてけじめはつけておきたい。

 そんな薔薇さま方の覚悟を、真耶は軽く嘲笑う。

 お礼をもらいたくて動いていたのではない、今回の事の全ては静さまへの『想い』のついでなのだ。全く勘違いにも程がある。

 彼女達は真耶の本質を理解してはいなかった。

 聡明な彼女達も、そこまで読み通せるものではない。その事だけに関しては、真耶は少し安心していた。

「そうですね、じゃあ一つだけ……」

 真耶の返答に注目する二人。

 そんな彼女らの常識的な予想など知ったことではない。

「――さっさと卒業しちゃって下さい」

 絶句する紅薔薇さまと黄薔薇さま。

 そんな彼女らを部屋に残し、真耶は颯爽と薔薇の館を去る。

 真耶の平穏地味な生活に、元々彼女達のような『華』は無用。

 しかも積極的に絡み付いてきて、更に棘を持っているような『薔薇』なら尚更である。

 それこそが山田真耶の『在り方』。





 選挙の投票結果が終わった放課後。

 真耶は一人古い温室の中にいた。

 少し前の約束を果たす為、ある物をポケットにしまいつつ、ただ一人待ち人を待つ。

 暫くすると、入り口の方に人の気配を感じる。

「待たせたかしら?」

 そこには静さまがいた。

「いいえ、今来たところです」

 待ち合わせの常套句を告げる真耶。

 そんな態度にクスクスと笑いながら近づいてくる静さま。

 古びた温室に何処か安らぎを感じる空気が流れる。

(おや?)

 よく見ると静さまの目元が若干赤い。ああ、静さまの目的は始めからそれだったか。

「……白薔薇さまに、お気持ちは伝えられましたか?」

 鈍感な彼女に分かるほどに、『想い』をはっきりと伝えるのはさぞ辛かっただろう。まあその『らしさ』こそが、白薔薇さまとも言えるのだけれど。

 静さまはそんな真耶の言葉に驚く。

 しかし笑っている真耶を見ると、軽く溜め息をついた。それくらい真耶には朝飯前である、と納得したのだろう。

「何故それを? とは聞くだけ野暮なんでしょうね」
「はい、静さまの事ですし」

 さらりと恥ずかしいセリフが口から出る。

 ここまで来て、真耶は改めて実感していた。

 やはり真耶にとって、『蟹名静』という人は『特別』なのだ、と。

 ならばこの行動はまた『必然』。

 真耶は静さまの前へと一歩進む。

「どうしたの?」

 静さまの問いに答えず、もう一歩。

 手を伸ばせば、お互いの身体に触れるだろう距離。

 そこで真耶は用意した物を取り出す。



 ――淡いピンクの薔薇の装飾に包まれた十字架の首飾り。



 それはリリアン女学園において、姉妹の絆を繋ぐ証――ロザリオ。基本的に姉が妹の首にかけることで、初めて姉妹と認められる儀式。しかし今、そのロザリオを差し出すのは下級生である真耶の方である。

「私の――『山田真耶』のお姉さまになって下さい」

 そしてそれは、あの山田真耶が初めて自分から名前を認識してもらいたい、と望んだ瞬間だった。

 上級生である静さまは、その差し出されたロザリオを見て目を白黒させている。

「それは、普通……逆じゃなくて?」

 もちろん普通はそうだ。

 けれど、そんな普通の常識などに真耶は囚われない。

 ――ただ撃ち貫くのみ。

「いいじゃないですか。それに静さま……」

 この形にした一つの理由。

「――イタリア、に留学なさるのでしょう? なら私の名前と一緒に持って行って下さい」

 静さまの目が開かれる。

「白薔薇さまのことも、祐巳さんや志摩子さんのことも、この選挙期間に盛り上がったクラスメイトとの思い出、それらのついでに『コレ』も持って行って下さい。これだけ楽しい思い出があれば大丈夫、向こうでも十分頑張っていけますよ」

 差し出した手に光るロザリオ。

 その手にゆっくりと静さまは手を伸ばす。

「……春までの、少しの期間しか……姉妹でいてあげられないけど、いいの?」

 いつもは凛々しいお顔の静さまは、顔をくしゃくしゃに歪めながら真耶に問う。それは真耶がそこまで知った上で姉妹となっても、自分の『夢』を後押ししてくれる事への戸惑い。妹より夢を優先することへの罪悪感とでも言うべきか?

 しかし、だからこそ真耶は笑う。

「私と静さまが『姉妹』となることに、時間なんて関係ないです。それに『妹』は『姉』を支えるもの――私はまあ、守られなくても十分強いですから」

 静さまの手を優しく包む。

 それでも彼女は問わずにはいられない。

「……イタリアへ行ってしまったら、あなたの寂しい時に私は……側に居ないのよ?」

 ロザリオを手の中でしっかりと受け渡す。

 そして今日一番の笑顔を作る。

「大丈夫です」

 今にも泣いてしまいそうな顔の静さまに、そう一言。

 元気を出して、ともう一言。

「寂しくなったら、会いに行きますから。イタリアだろうと何処だろうと、です」
「――っ!!」

 渡されたロザリオをしっかり握り締めた静さまは、涙を堪えきれず真耶に抱きついた。

 ただでさえ白薔薇さまへの想いを告げたその日に、これだけの優しさで包まれては泣けない筈が無い。静さまはただ子供のように、真耶を抱きしめたまま――ただ泣いていた。真耶は優しくその静さまをいつまでも支える……それはまさに姉妹の『在り方』のように。

 それはマリア様の目の届かない、古い温室で結ばれた『偶然』から生まれた一つの『必然』の形。


 ここにまた、一組の姉妹が生まれた。





 暫くして静さまの涙が治まると、間もなく二月を迎える冬の風が二人を襲う。

 コートは着ていても、やはり寒いものは寒い。

 真耶の手を取って先に歩く静さまの首元には、姉妹の証であるロザリオがかかっていた。

 そんな静さまを真耶は上目遣いで見る姿勢で呼ぶ。

「ねえ、『お姉さま』?」

 その甘い声に、前を歩く静さまの耳が赤くなっていく。

 きっと顔も随分赤くなってらっしゃるのだろう。……もちろんそれは真耶も同じだが。

「な、何かしら?」

 そんな顔を見られたくないのか、静さまは前を向いたまま答える。

 しかし、それは真耶が聞きたかったものではない。

「お~ね~え~さ~ま~?」
「…………何よ?」

 やけにしつこく絡む真耶の声に、已む無く静さまはこちらを振り返る。

 顔を赤くした二人は見つめ合う。

 真耶は静さまを姉に迎えたら、絶対にやろうと思っていた事がある。

 その思っていた事とは、

「『名前』を呼んで、お姉さま?」
「~~~っ!?」

 真耶を真耶として認識する言葉。

 養母である学園長の呼ぶ『真耶』ではなく、友達である祐巳さんが呼ぶ『真耶さん』でもない。世界で一人だけの、山田真耶の『お姉さま』だけに許される呼び方。同じ言葉ではあるけれど、何処かが違う不思議な言葉。

 それを呼ばせずして、静さまの『妹』であろうか?

 ――いいや、否。

「お姉さま~?」

 秘技『お姉さま連呼』。

 奥手な祐巳さんや天然な志摩子さん、ツンデレな由乃さんには少し難しい技。己の意志を、傲慢にただ貫く事の出来る真耶だからこそ出来る恥ずかしい一芸。家に帰ったら間違いなく悶絶するだろう、この行動。

 流石の静さまもこれには耐えられまい。

「…………ぁや」
「聞こえませんよ?」

 真耶は絶対に言わせる気満々である。

 静さまはとうとう観念したのか、一度辺りを見回した。選挙は終わったが、生徒がまだ残っている可能性はある。幸い、今はマリア様しか見ていない。こっち見んな、と突っ込みたいのを真耶は我慢する。台無しにはしたくないから。

「――真耶!」

 とても恥ずかしそうなその声は、真耶の心の中にはっきりと通った。

「はい、お姉さま」

 そして真耶もまた、よく響く声でしっかりと返事を返す。



 まだ寒い日が続く一月の終わり、手を繋ぐ二人はとても温かそうだった。




~ TO BE CONTINUED? ~



[3792] 番外編 その一「やまだまや」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/17 07:36


 年も明けた一月二日。

 冬休みに入ってから正月までネットで貫徹していた真耶は、やや朦朧としつつも食料調達の為に外へ出ていた。

 当然年明けでスーパーなど空いてるワケもなく、適当なコンビニで弁当を漁る。

 そんな真耶の今の格好は、肩に届く長さの髪を無造作に黒紐で後ろを括り、リリアン女学園のものではない上下の紺色ジャージに厚い黒コートを羽織るだけ。そんな乙女の欠片もない今の格好だったが、平均女子高生より高めの身長にわりとナイスバディ(死語)な真耶がすらりと立つと、そこまで見苦しく見えないのはこの世の不思議。

 貫徹による目の隈を、それなりに誤魔化す為の化粧も一役買っているのかもしれない。

 本人は全くそんな事は意識してないのだが、世の中そんなものである。

「……これくらい買い込めばいっか」

 おにぎりから麺物まで、真耶が持てる限りの食料を買い込む。

 幸いお金には全く不自由していない、むしろ余裕ありまくりである。何故かは言わないが。

 おそらくそんな彼女の凶行?の一番の被害は、その時レジを担当していた兄ちゃんだろう。

 何故ならパッと見は美人の類の真耶が、ジャージを着てたりコンビニ弁当を大量に買い込んでいるのだから。ブロークンファンタズムにも程があると言わざるをえない。真耶がコンビニを出る時、彼は真っ白に煤けていたとか……現実は非情である。

 そんなこんなで無事目的を果たした真耶は帰路につく。

 しかしその足取りは貫徹によりふらふらしており、更に手に持った大量の食料が揺れている。そりゃあもう、いつ倒れてもおかしくはない有様だった。もし少し先の未来で姉になった人が見ていたら、慌てて支えに行った事だろう。

 ふらふらと真耶が歩道を歩いていたその時、横の道路を赤いスポーツカーが通り過ぎる。

 ありゃ高そうな車だな、と真耶が思ったその車は、何故か少し先の道の脇に停車した。

 何ぞ?と真耶は思ったが、今まで保っていた意識が遂にそこで暗転してしまう。だが貴重な食料を潰すことなく地面に軟着陸させたのは、ある意味真耶の執念といった所だろうか。

「――蓉子さんっ!?」

 真耶の意識が途切れる瞬間に響く声。

 そして最後に見た視界には、それは何処か愛嬌のある子狸のような顔が映った。

(……祐巳、さん?)

 顔だけ見ればそれは仕方ないかもしれない。

 彼……福沢祐麒は、その姉とよく似た顔立ちをしていたのだから。





番外編 その一「やまだまや」





 福沢祐麒は困惑していた。

 友人の小林の家に泊まる予定が、何故か柏木先輩に拉致されているのだ。

 普段は何かと気をかけてくれる優しい先輩には違いないのだが、その挙動が時たま怪しくなる事が最近多いのである。それは必要以上に身体に触れてきたり、ただ話すだけなのにえらく顔が近かったり。

 そんなアプローチを受けている祐麒が、この状況を不安に思わないワケがない。

 だが既にドナドナの荷馬車に乗せられている。

 藁にも縋る気持ちの祐麒が、車外のそれに気づいたのはまさに偶然だった。その通り過ぎた一瞬を、祐麒は奇跡のように掴んだのである。

(あ、あの人だ!)

 数ヶ月前、我が姉を大事にしてくれたという上級生――水野蓉子さん。

 その彼女が偶然にも歩道を歩いていた。

 しかし、何処か足元が覚束ない様子で。

「――せ、先輩! ちょっと車止めて下さい!」
「うわっ!? 何だ、ユキチ突然!?」

 慌てて車を止めるように言う祐麒。驚きながらも、何だかんだで言う事を聞いてくれる柏木先輩。

 車が止まるのを確認してから、祐麒はドアを開け外に出る。

 その先で、彼女の身体が揺れた。

 手にした荷物をゆっくりと地面に置きながら、その身体はくにゃりと足から崩れていく。

(――ま、間に合え!!)

 今まで出した事のない程の瞬発力で飛び出す。

 おかげで完全に倒れる前に、祐麒は彼女の身体を支える事に間に合った。

 もちろん、偶然に胸を触るとかのラッキースケベ的な展開は無い。

「――蓉子さんっ!?」

 声をかけてみるものの反応はない。どうやら意識が完全に飛んでしまっているらしい。

 女性の身体を支えるという慣れない行動に、祐麒は平静さを失っていた。もう少しで自分まで倒れそうになった時、もう一人が彼女を支える事で体勢が安定する。

 そう、車を停車させた柏木先輩が追いついてきたのだ。

「落ち着け、ユキチ」
「先輩? 彼女は――」

 彼女の顔を見た柏木先輩が、一瞬微妙な顔をしていたのは気のせいだろうか?

「――大丈夫だ、少し気を失ってるだけみたいだから」

 そう言うと柏木先輩は彼女の身体を横抱きに。

 俗に言う『お姫様抱っこ』と呼ばれる奴だ。

 祐麒と彼女の体格差的に無理のあったその行動も、柏木先輩がやると妙に似合う。……何か悔しい。

「ユキチ。僕が車まで彼女を運ぶから、お前は彼女の荷物を持ってくれ」
「わかりました」

 倒れた彼女を車の後部座席に運び、その荷物は足元に崩れないように置く。

 暫く様子を見ても、彼女は全く起きる気配を見せない。

 そこまでしておいて、祐麒は今更な事を聞いた。

「……どうしましょう、彼女?」
「ユキチ……お前ね、そこまで考えてなかったのか?」

 柏木先輩は呆れた声を出す。

 周りに人の姿はない。車には男二人に、眠れる美少女(笑)が一人。この瞬間だけ目撃されたのならば、立派に犯罪の香りがしてならない。

 祐麒もただ柏木先輩の魔の手から逃れる為に、偶然見つけた彼女に手を差し伸べたのだが、まさかその彼女がこんな事になるなんて予想外だった。正直どうしていいか全くわからない。

 柏木先輩は少し考えていたが、やがて深い溜め息をついた。

「……仕方ない、か。ここに置いてくワケにもいかないし、彼女の家もわからない。ならばとりあえず、最初の目的地まで連れて行くしかないだろうな」
「そうだ先輩、最初の目的地ってそもそも何処なんですか?」
「それは――」

 説明を受けながら車は走り出す。

 妙な事になっているとは露知らず、後部座席には気持ち良さそうに惰眠を貪る少女が一人。





 目が覚めた真耶は言葉が出なかった。

 コンビニに食料の買い込みに行った筈が、気づけば和服な寝巻きを着てだだっ広い部屋の真ん中で高そうな高級布団で寝ていたのだから。

 貫徹が余程響いたのか、身体も重く立ち上がれない。

「……知らない天井だ」

 ようやく口を開いて出したのはお約束の言葉。

 そんなセリフに呆れたような声が返ってくる。

「おや、目が覚めたかい? 『水野蓉子』さん」
「あや、これは優ちゃん。どうしてここに?」

 ん?『水野蓉子』さん?

「どうしてって……後輩とドライブしてたら、偶々見かけた君が道端で倒れたからだよ。ちなみにここは小笠原邸だ」

 倒れた……だと……?

 そうか、貫徹の影響で買い物途中で意識を失ったワケか……しかも道端で。

 優ちゃんが偶然通りがかったのは正直助かったかも。

 この寒空の中ジャージ姿で凍死とか、わりとも何も笑えない。

 それにしても、ここが小笠原邸とはまた面妖な……とはいっても祥子さまとの関係の事を考えれば、それ程おかしい話でもないか。

「それはそれはお手数かけて、どうもすいませんですー」
「……いい加減、名前の方の弁解を聞きたいんだけどね?」
「名前?」

 そういえば先程聞いた名前は、紅薔薇さまのではなかろうか?

「私はリリアン女学園の学園長の養女、『山田真耶』ですけど? 花寺学院の生徒会長の優ちゃんとは一応面識ありました、よね?」
「君はユキチにもそう言ったのかい?」
「? ……誰です、そのユキチって?」

 どうにも話がかみ合わない。

「――そう、だったね……君はそういう子だったよな」

 肩を竦める優ちゃんは、何処か哀愁が漂っていた。

 もし動けるのなら、側まで行ってそっと肩を叩いてやっただろうに。

 『元気出せ、な?』みたいな。

 しかし生憎身体はまだ上手く動かない。

「その『ユキチ』さんとやらが、私を紅薔薇さまと勘違いしているだけでは?」

 彼女と間違われるなんて、普通ありえない事だと思うけれど。

 真耶は数ヶ月前の事を完全に忘れていた。

「君からそう直接聞いた、と言っているけどね? 僕の後輩の『福沢祐麒』は」
「はい?」
「なあ、ユキチ?」

 優ちゃんはすぐ後ろにいた彼を部屋に招く。

 その姿は、真耶が意識を失う直前に見た顔に他ならない。

「……祐巳さん、じゃなくて祐麒くん?」
「……そうです。――っていうか何で柏木先輩、『優ちゃん』なんて呼ばれてるんですか!?」

 むしろそっちの方が不思議でならないようだ。

 そこでようやく真耶は事態を理解する。

 そういえば彼には名前を偽っていたっけ?その時にはまだ『柏木さん』だった人が、『ユキチ』と何度か口にしていたのを思い出す。ちなみに今の『優ちゃん』とは、言葉通り上手い酒を飲む仲だったりする。

 切欠は学園祭だったが、互いの立場から情報交換をしていくうちに気が合ったのだ。

 大人な雰囲気で誘われたバーで、見事飲み比べにて撃沈してやったのもその理由の一つ。真耶を「ちゃん付け」するかで勝負し、余裕で下した真耶は逆に彼を「優ちゃん」と呼んでいる。流石の銀杏王子も「ちゃん付け」は恥ずかしいのか、以降ちょくちょく暇があれば勝負していた。

 もちろん真耶が負ける筈もなく、優ちゃんには真耶の事は「さん付け」で呼ばせている。それは彼が真耶に勝つまで続く約束。

 まあ「ちゃん付け」で呼んでも、それ以外はきちんと年上相手らしく敬語は使っているが。

 まだ感覚の鈍い身体を「よっこらせ」と起こすと、拗ねた顔の祐麒くんに改めて自己紹介をする真耶。

「いやーメンゴメンゴ。水野蓉子改め、山田真耶――以後よろしゅう!」

 片手を軽く上げただけのそんなフランクな挨拶に、彼はガクっと轟沈する。


 百年の恋も覚める瞬間だった。


 いつもは彼をからかっているらしい優ちゃんも、あまりの姿に見ていて余程痛々しかったのだろうか……下心無しで純粋に慰めていた。

 どうでもいいが、シュールな光景である。

「……はあ。まあとにかく義叔母さまには許可を取ってるから、体調が回復するまで……そうだね、今日一日くらいは泊まっていくといい」
「いいんですか?」
「ここの家にも色々事情があってね、まあ助けたお礼とでも思ってくれ」

 こんな豪華な家に泊まっていくのがお礼?と思ったが、事情があるならそれも仕方ない。

 何せ小笠原家だし、あの祥子さまを見ていると何処か納得してしまう。

 それにまだ、身体の調子は良くない。

「……じゃあお言葉に甘えますね。特に他に何かなければ……私、もう少し寝ていてもいいですか?」
「ああ、そうした方がいいかもね。――ほら、行くぞユキチ。レディに気を遣わせるもんじゃあない」
「え? あ、う、はい、じゃあお大事に……」
「ふふふ……おやすみなさい、優ちゃん、祐麒くん」

 そうして男性陣は部屋を去って行った。



 一人残った真耶は、

「……これ、着替えはその『義叔母さま』がやったんだよね?」

 男は狼なのよ~♪的なBGMが真耶の頭に流れていた。

 ジャージで外出するような真耶にも、一応は女性としての恥じらいは持ち合わせている。まあ相手はガ○ホモ優ちゃんに、姉弟揃って奥手そうな祐麒くんなので、そこまで気にする事もなかったが。

 少し黙考するもやはり貫徹の疲れは抜けておらず、再び可愛らしい寝息を立てて真耶は寝てしまった。





 その後何やら騒がしい時もあったが、寝付きのいい真耶はそれに気づく事なく時間は進む。

 だがそろそろ夕食の時間といった所で、真耶のお腹が「くぅ」と鳴る。

 そして真耶が目覚めるのと同時に部屋の戸が開く。

「真耶さん、お腹減ってないかい? 少し量が多すぎて困ってるんだけど、どうかな?」
「ん~……食べますー」

 優ちゃんの誘いに、真耶は若干寝惚けつつも答える。

 軽く動くくらいにまで回復したので、先導する彼の後を大人しくついていく真耶。

 その先に誰が待っているとも知らずに。

 夕食が待っている居間に足を運んだ真耶は、そこで思わぬ人物と出会うのだった。

「ま、真耶さん――な、何でここに!?」
「む? 祐巳さんが二人?」

 真耶はまだ寝惚けていた。

 そんな真耶を、信じられないモノを見たかのような視線が三つ。

 祥子さまの家にクラスメイトが何故いるのかと驚く祐巳さんに、『ま た お ま え か』と言わんばかりの祥子さまと白薔薇さま。山百合会的に真耶はあまり歓迎されていなかったりする。

 今までの事を思えば当然でもあるが。

「……なんでこの人がウチにいるのよ?」
「祥子、どういう事よ? 何で彼女がここに?」

 あからさまに嫌がる二人、ある意味真耶は銀杏王子より嫌われていた。

 しかし、そんな真耶に援護が入る。

「あらあら、駄目よ~? 祥子さんも聖さんも仲間外れは良くないわ~?」

 祥子さまのお母さんであり、優ちゃんの叔母さんでもある清子小母さまだ。

 小笠原家のその辺の複雑な事情込みで、居間に来る途中に真耶は軽く説明を受けていた。

 目も覚めてきた真耶は、素早く猫を被る。

「いいのです、清子小母さま……元々私は呼ばれていないのですから、それも仕方ありません」

 少し寂しそうに笑う。

「そんな事気にしなくていいのよ~? 皆も仲良くしてあげて~?」
「くっ……わかりましたわ」
「……は~い(相変わらず腹黒いわね、彼女は)」

 こうかはばつぐんだ。

 清子小母さまの悲しそうな瞳攻撃に、祥子さまと白薔薇さまは已む無く白旗を上げる。

 その後ろでは、

「真耶さん、一体何が?」
「いや~不覚にも体調不良で外出中に倒れちゃってね。偶々通りかかった祐麒くんに助けてもらったのよ」
「……何故に『くん付け』?」
「――前に言ってた水野蓉子さん、実は彼女だったんだよ。てっきり年上だと思ってたから、誤解が解けても何かそのままに……」

 真耶が福沢姉弟に事情を説明していた。

「ちょっと祐麒? 真耶さんは花寺の学園祭には行ってないのに、何処で知り合ったのよ?」
「――げっ!?」
「……迂闊な失言だね~祐麒くん」

 姉が心配でこっそりリリアン女学園まで来ていたなんて、本人の前で言える筈もない。

 しかしそれでは真耶を知っているという辻褄が取れない。

「きちんと説明しなさい、祐麒!」
「いや、えっと……そのー」

 珍しくお姉さんしてる祐巳さんに祐麒くんは分が悪いようだ。

 このまま見てても面白いのだが、一応当事者でもあるので一言助言しておこう。

「まあまあ、祐巳さん。いくら姉弟といっても、あまりプライベートの事に突っ込んじゃ駄目☆」
「――プ、ププププライベートって、祐麒あんたまさか!?」
「――いやいやいやいや、って祐巳も簡単に信じんなよ!」

 動揺の仕方もよく似ている、流石は姉弟といった所か。

 そういう姿は見ていて素直に和むが、食欲に勝る程ではない。

 真耶の意識は、机にどーんと置かれたお重のような黒い木箱の中に既に夢中だった。

 鯛~鮑~ウニ~トロ~甘エビ~♪

「ねえ、優ちゃん? キリがないから夕食先に食べていい?」
「……君の所為だろうに。まあ義叔母さまがお寿司を多く注文されたんで、別に構わないだろうけど」
「ふふふ~真耶ちゃん、いっぱい食べてね~」
「はい、ありがとうございますー」

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 福沢姉弟や祥子さま達の様子を眺めつつも、彼女らを差し置いて真耶は豪勢なお寿司をつまみ始める。

 幸せそうに寿司を頬張る真耶の姿を見た祐巳さん達は、とりあえず休戦することにしたようだ。何故なら余程お腹が減っていたのか、手を動かす真耶のペースが速いから。その寿司の豪華さに一歩引いていた祐巳さんも、負けじと箸を動かしていく。

 その際、祥子さまと優ちゃんの変わったやり取りに祐巳さんが少し落ち込むものの、八人前のお寿司は見事七人のお腹の中におさまる。

 真耶は食べるだけ食べると、団欒を邪魔しては申し訳ないと部屋を後にした。

 実際はまた眠くなっただけだが。

「あーそだ、風呂どうしよ? 着替えはこの寝巻きを借りるにしても下着は……」

 結構潔癖そうな小笠原親子に借りるのも、セクハラ親父っぽい白薔薇さまに借りるのも少し気が引ける。祐巳さんに至ってはサイズ的な意味で到底無理。

「……まあ浴衣みたいなもんだし、無くても別にいっか?」

 男性陣はあの二人しかいないらしいので、些細な事と割り切る事にした。

 どうせ異性と認識されてないだろう、と。





 祐麒がいきなり部屋に入ってきた時は驚いたけど、あれは仕方ないと思う。

 柏木さんってやっぱよくわかんない。

 その後清子小母さまが、『なかきよ』なるものを提案してきた。

(『なかきよ』って何? ……犬○家の一族だっけ?)

 「祐巳。それ『なかきよ』とちゃう、『すけきよ』や」と、真耶が聞いてたら突っ込んだ事だろう。

 祥子さまの説明を聞いていくうちに、何処かで聞いたような単語が出てきた。

「――回文?」
「――おっと祐巳さん、お忘れかい?」

 疑問を口に出した時、部屋にもう一人入ってくる。

 どうみてもお風呂上りな真耶さん。湿った髪を後ろで纏めていて、うなじがとってもセクシーです。いきなり祐麒が真っ赤になって俯くから何かと思いきや、寝巻きの胸元が無防備に開いてたりする。

 結構素材が薄そうなその寝巻きをよく見ると、下着の線も見えない。……確かにこれは、健全な男子高校生にはちと刺激が強すぐる。

 ――というか何処見てやがる、我が弟よ。

「ほらほら祐巳さん、私の名前を言ってみな~?」
「ふぇ? 真耶さんの名前って、やまだまや……あ!」

 そうか、上から読んでも下から読んでも同じ!

 さらに詳しくは祥子さまが説明を続けてくれた。



  長き夜の【なかきよの】

      遠(とお)の眠(ねぶり)の皆(みな)目ざめ【とおのねふりの みなめさめ】

  波乗り船の【なみのりふねの】

        音のよきかな【おとのよきかな】



 漢字仮名交じりで書いてもらうと、意味不明だった呪文がちゃんとした和歌に見えてくる……不思議。

 説明を受けた祐巳達は、祥子さまと清子小母さまの用意した千代紙とサインペンを使って宝船を作る。祥子さまのみたいに筆ペンでは綺麗には書けなかったものの、祐巳ははっきりと見やすいように書く事にした。

 これは真耶さんに言われて気をつけている事だが、文字がはっきり見える方が受け手には気分良く見えるらしい。

 正直よく分からなかったけれど、こないだ掃除日誌を読んだ担任が「祐巳さんの字は見やすくていいね」と褒めてくれたので、それ以降もなるべく気をつけるようにしている。

 小ネタに定評がある真耶さん、柏木さん以上に不思議な人だ。



「じゃあ、お休みなさい」

 全員の宝船が完成すると、清子小母さまはご自分のベッドルームに帰っていかれた。

 真耶さんと一緒に。

「「「「――えぇ!?」」」」

 あまりに自然な流れに、柏木さん以外は固まってしまった。

 もちろん、それは祐巳にも言える。

「……仕方ないさ。僕らと寝るワケにもいかないし、さっちゃんも白薔薇さまも彼女は苦手だろう? かといって一人寂しく寝させるくらいなら、いっそ義叔母さまの気が紛れるよう一緒に寝てもらおうってね」

 その行動の理由を話す柏木さんも、「正直どうなんだろう?」的な顔をしていた。

「でも他所の家の、しかも今日会ったばかりの清子小母さまと、普通一緒に寝るかなー?」

 白薔薇さまも難しい顔をしている。

 それに関しては祐巳も同感だったが、

「――でも、真耶さん『らしい』かも」

 他の人と違って色々と気をかけてくれるクラスメイトに、祐巳は誰よりも寛大だった。

 そんな祐巳の意見に、あえて異を唱える者もいない。

 それはある意味、ここにいる全員一致の感想なのだから。





 祐巳さん達と別れて、清子小母さまのベッドにお邪魔してる真耶。

 そのベッドのふわふわな感触はとても新鮮だったが、独特な柔らかさが真耶の眠気を再び襲う。

 まあ寝ちゃってもいっか、と瞼を閉じた時――

「ごめんなさいね」
「はい?」

 清子小母さまは天井を見たまま話す。

「祐巳ちゃんの友達なのに、こちらに来てもらって……」

 真耶が祐巳さん達と寝ないで、ここにいる事を詫びているのだろう。

 祥子さまによく似たお顔だというのに、えらく考え方が違う事につい吹き出してしまう。

「真耶ちゃん?」

 少しこちらを見る清子小母さまは、やはり申し訳無さそうな顔だ。

 そんな彼女の顔に手を差し伸べると、

「気にすることはないです。寂しい時は誰かが隣にいて欲しい、それは大人だろうと子供だろうと同じこと。祥子さまにはあれだけの仲間がいるんですから、私一人くらいこちらにいても構わないでしょう?」

 ずっと年上の女性に言う言葉ではないが、何処か子供っぽい所を残す清子小母さまを見てたらつい口に出していた。

「今日助けてもらったお礼もろくに出来なかったこの身。祥子さまとは比べ物になりませんけど、せめて抱き枕にでもして下さいな☆」

 隣で落ち込まれては安眠出来ぬ、と真耶は励ますように笑顔を見せる。

 既に涙目の清子小母さまはおずおずと真耶の身体に抱きつくと、

「……ふえーん(涙」

 子供のように泣き出した。

 泣いている清子小母さまの背中をさすりながら、気づけば真耶も深い眠りへと落ちていくのだった。



 翌日に朝食を作り終えた祐巳さん達が起こしに来るまで、抱き合って眠る二人はとても仲の良い親子のようだったとか。どっちが親で、どっちが子かは彼女の名誉の為に黙秘することにする。

 一番にその光景を見た祥子さまは、それはそれは複雑そうに祐巳さんに語ったのだそうな。





~ TO BE CONTINUED? ~



[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第一話「バレンタイン戦争(企画)開幕」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2008/12/19 05:40


 二月を迎えたリリアン女学園。

 そして二月といえば、女性にとって特別な日の一つ……『バレンタインデー』。

 それは女子校のリリアンでも関係なく、胸にしまい込んだ想いや日頃の感謝の気持ちなどを差し出す絶好のチャンスである。堅物の教師達も、その日ばかりは寛容にならざるをえない。

 二月十四日とはそういう日だ。

「バレンタイン企画?」

 ポリポリポリポリ。

 新聞部の部室で、部員達に混ざって節分の日用の豆をつまむ真耶。

 誰もがバレンタインデーの事を考えている中、真耶は一人だけ大量の豆を用意していた。それは三奈子さま率いる新聞部ならば、このリリアンでそういう企画でもやるんじゃないか?と密かに用意していたのだが、見事にアテが外れたのだ。

 流石の三奈子さまも、バレンタインデーを前に節分など眼中になかったようである。

 やはり一般的に真耶は何処かズレていた。

 一人では食べきれないので、こうして各所に配って回っている。

『カトリック系の学校だからといっても、日本独特の行事に対して敬う心を忘れてはいけないと思うんです。学校を挙げて行わないならば、せめて雰囲気だけでもお勧めしようかと』

 そう言って主に教師側に配る真耶は間違いなく策士。少なくとも受け取った教師達が、『和』の心を忘れない今時珍しい少女と評価を上げたのは言うまでもない。一つ一つ可愛らしい袋でラッピングしたそれは、はたして節分の雰囲気を味わえるかは疑問だが。

 ついでにと山百合会の連中にも、箱詰めでどかんと薔薇の館に置いて来てやった。差出人の名前には、『節分の鬼より豆をこめて』とシュールな一文をつけてある。まあ祐巳さんにだけはこっそり教えておいたので、後でそれぞれの反応を教えてもらおう。

 さて、話がズレた。

「そう! 心の内に秘めた想いを、大切な人に打ち明ける為の素晴らしい日! そんな乙女達の一大イベントをこの私が、新聞部がみすみす見逃せるワケはない!!」

 一人で全身を万遍なく使って、その感情を表現する新聞部部長。

 両手を広げて宣言するその姿は、思わずノってしまいそうになるくらいに惹かれるものがあった。


 しかしこの三奈子さま、ノリノリである。


「ふ~ん、中々面白そうな企画ですね?」

 その企画書を見てメガネを光らせるのは、写真部のエースこと武嶋蔦子さん。

 前々から思っていたが、カメラマンとして優秀な彼女と新聞部が提携しないのは勿体無いと思う。その事を突っ込んでみたのだが、どうも新聞部と写真部の仲はよろしくないらしい。

 そこで真耶は一計を謀る。

『……三奈子さま、確かに双方仲がよろしくないのは分かりました。しかし写真部のエースを名乗る蔦子さんを、ただ放っておくのは下策です。新聞部のかわら版の注目を集めるのに、腕のいいカメラマンは必須の筈では?』
『でもねぇ、写真部だし……』
『それに何より三奈子さまの妹の真美さんに、もっと友達を作ってあげようとは思いませんか? 生真面目な性格を理解した上で、公私共に頼りになる友人を。その為になら真美さんの一友人として私も、可能な限りの尽力をしますわ』

 最初こそ渋ったものの、やはり『妹の為に』という言葉には弱かった。

 新聞部部長の了解を取った真耶はすぐさまに写真部の方も取り込み、そして今に至るというワケである。

 部室こそ別れてはいるが、新聞部と写真部は完全に提携条約を結んでいる。つまり薄い壁に耳を当てて情報を入手することもなく、普通にそれぞれの部室に行き来しているのだ。

 だからここに蔦子さんがいても、全くおかしくはないのである。

 両方の部員でもない真耶がいるのはおかしいが。





ウァ……なんとかの贈り物? 第一話「バレンタイン戦争(企画)開幕」





 相変わらず減らない豆をポリポリと食べながら、企画書の隅々まで目を通しながら真耶は考える。

 この突拍子も無いこの企画……面白いかもしれない。

 だがこのままでは、企画対象の山百合会にはけして通らないだろう。何せ穴が多すぎる。

「真美さん、この辺り……どう思う?」
「……確かにそうね。お姉さま? この企画書ですが、これだけでは山百合会に承諾を得るのは無理です」

 企画書を立ち上げて有頂天な三奈子さまは、妹の指摘に眉を顰める。

「む、何処が無理だと言うの?」
「まずはゲームの景品が食べ物という事、これは衛生面で駄目出しが出ます。黄薔薇革命の時に知りましたが、黄薔薇のつぼみは趣味が家庭的だとか。まず間違いなく突っ込まれる事でしょう」
「あとこれは二年生からの情報ですけど、祥子さま……紅薔薇のつぼみは去年大量のバレンタインを全て突き返したそうですよ? これはまあ三奈子さまも知ってそうでしたけど、念のため。私にゃ分かりませんが、バレンタイン自体がお嫌いなんでしょうかね?」

 まさかチョコレートが嫌いということはあるまい。

 クリスマスの時に、令さまの作られたブッシュ・ド・ノエルを食べているの見ているから間違いない。

「じゃあ手書きのバレンタインカードなんてのはどう?」
「う~ん、カードですか? でもそれだけでは、今少し押しが弱いですよねー」

 蔦子さんが突っ込む。

 確かにつぼみ達の手書きカードだけで、一般生徒を多くは集められない。しかし余程その企画に執念でもあるのか、三奈子さまはいつもの三倍の高速思考で構想を組み直す。

「ならそのカードが副賞の引換券になっている、というのはどうかしら?」
「副賞というと?」

 何か必死な三奈子さまを見ていて居たたまれなくなっていたのか、真美さんの声はずっと優しかった。

「――ズヴァリ、つぼみとの半日デート券!!」

 そんな妹の可哀想な視線にも気づかず、三奈子さまはテンション高く宣言する。

 ポリポリポリポリ。

 うん、悪くない。

 いや豆の味ではなく、三奈子さまの言い分の方。そのエサは確実に一般生徒達を釣るのに十分過ぎる。

 しかしそれには厄介な懸念がついてくるのもまた事実。

「でも、お姉さま? 奥手な祐巳さんならともかく、令さま至上主義な由乃さんが黙っているとは思えませんが?」
「でしょうねー。絶対に『反対反対、絶対反対!!』とか言ってきますよ? 三奈子さま、そこはどうするんです?」

 考え付くであろう問題をビシビシ指摘する二人……息の合ったコンビである。

 指摘ばかりに三奈子さまも少しエキサイトしてきた。

「くっ……あなた達も少しは考えなさい!」

 二人はそう振られるものの、具体的な代案が思いつかない。問題は指摘出来ても、実際に山百合会を説得するという交渉は簡単ではない。何故なら、相手は役員選挙を見事勝ち抜いた薔薇の後継者達なのだから。

 部室に沈黙が拡がり、真耶の豆を食べる音が響く。

 どちらにしても山百合会は全員一致で却下してくるだろう。

 それをひっくり返すにはどうしたらいいか?

 なに、とても簡単な事だ。

「……彼女達のお姉さまである、三年の薔薇さま方を誘っては如何でしょう?」

 こういっては何だが、彼女達が全員揃おうとも薔薇さま方には敵わない。

 そして薔薇さま方は、揃って面白いモノ好きなのだ。これ程の企画ならば、さぞ面白いとばかりに参戦してくれるだろう。あとは彼女らの協力さえ得てしまえば、今の山百合会など恐れるに足らず。

 真耶の提案に三奈子さまは少し考える。

「でも、受験が忙しいかもしれないし……」
「あの方々に限って、学力的な心配するのは杞憂ですよ? それに企画自体に参加は無理でも、つぼみ達への説得の協力をお願いするだけでもいいんですから。そこまで手間隙かかるわけじゃないですー」

 ここまでお膳立てしておけば、この企画はもはや確定事項といっても過言ではない。

 真耶の提案に反対する者はいなかった。

 普通の生徒には、薔薇さま方をこちらから利用するという発想は出来ない。生徒達の憧れである象徴を、自分達の都合の為になど……下手をすれば反感を買ってしまいかねないからだ。まあ、そこはしっかりと『協力』というスタンスを提示しておけば十分だと思う。

 何とか納得したのか、三奈子さまは企画書を修正していく。

 企画修正のついでという事で、真耶はある『お願い』を三奈子さまに持ちかける。

 それは真耶から『ある人物』への贈り物の一つ。

「ところで三奈子さま。私から一つお願いがあるのですが……」
「――お願い? 色々手伝ってもらってるから、別に構わないけど……何かしら?」

 企画書を修正しながら、三奈子さまは真耶に耳を傾ける。

 言質はとったよ?

「その企画……私のお姉さまも入れてくれませんか?」

 真耶のその言葉に、部室の中が『ザ・ワールド(時は止まる)』。

「「「は?」」」

 呆気に取られたその顔は皆それぞれに面白い。

 まるで幻聴を聞いたかのような動揺っぷりに、真耶は少し傷ついた。

 その動揺から一番に復帰したのは、年の功か三奈子さま。

「ちょ、ちょっと待って。あなた……真耶さんにお姉さまが出来たの? いつ? というか誰?」
「ついこないだですねー」

 誰?についてはまだはぐらかす。

 続いて真美さんが復帰する。

「……真耶さん、企画は山百合会が対象なのよ? つぼみに匹敵する程の有名な二年生なんて……」
「いなかったかにゃー?」

 冷静に分析しながら聞いてくる真美さん。

 見た目こそ冷静だが、動揺が激しかったのかついこないだの出来事を失念している。

 そこまで聞いてある事実を思い出したのか、蔦子さんが最後に戻ってきた。他の一般部員はこの際置いておく。

「もしかして……蟹名静さま? だったりしないわよ、ねぇ?」

 それはないでしょう?的な引き攣った顔で訊ねる。

 ふふふ、流石は写真部のエース。

 それはまさしく『jackpot(大当たり)!』である。

「――YES,I AM!!」

 チッ!チッ!と椅子から立ち上がり、人差し指を上から下へと振り下ろす。

 どうでもいいが、答えになってない。

「――なっ! 何を言うだァーーーッ真耶さんッ!」

 落ち着け、蔦子さん。

 共に色んな意味の死亡フラグが立ちそうで困るから。

 しかしまあ、彼女らが驚くのも無理はない。何せついこないだ山百合会のつぼみ達と、次期生徒会役員選挙を戦った相手なのだから。結果はつぼみ達の勝利で終わったが、実際はかなりの僅差だったとか。

 そんなロサ・カニーナの妹ともなれば、新聞部が放っておく手はない。

 真美さんと蔦子さんは詳細を早く教えろと言わんばかりの勢いだが、ただその横で一人複雑な顔の人がいる。

 静さまと同学年である三奈子さまだ。

「……真耶さん、彼女の進路についてはご存知?」
「はい、もちろん知ってます」
「…………そう」

 いつもなら率先してリポートしているだろう三奈子さまの異変に、事情を知らない二人は訝しかむ。

「如何いう事ですか、お姉さま? ロサ・カニーナの進路が何か……」
「――真美、それ以上いけない」

 問い詰める真美さんに、三奈子さまはやや厳しい顔を向ける。

 スクープを追っかけていても、何だかんだで彼女の心根は優しい。こういう所の気遣いが出来る三奈子さまを、真耶は実に好ましいと思う。その本来の軽快さからついついからかってしまっても、最終的には彼女が得するように動いてしまう真耶だった。

 ある意味、祐巳さんと似たようなカリスマの持ち主なのだろう。

「大丈夫ですよ、三奈子さま。別に隠す程ではありませんから」
「真耶さん……」

 平然と笑う真耶を、何処か無理をしているのでは?と三奈子さまは気遣ってくれる。

 その優しさに、自然と真耶は頭をたれた。

 それを了承と受けた三奈子さまは、妹とその友人に言い聞かせるように説明する。

「……いい、真美? 簡単に言うと静さん……ロサ・カニーナはこの春にイタリアに『留学』するのよ」
「「留学?」」
「そう。つまりは後一ヶ月ちょっとで、彼女はここリリアン女学園からいなくなってしまうの」

 妹を残したまま。

 三奈子さまはそれを先程から非常に気にしているのだ。

「……さっきのお願いは、もしかして静さんの為かしら?」
「そうですね、お姉さまには沢山の思い出を作って持って行って欲しいですから。ただ妹という私の立場は、一応オフレコでお願いします」

 隠す事でもないが、妹を作っておいてイタリアへ行く酷い姉、と曲解する人がいないとも限らない。無駄に身辺を騒がさないように、真耶はきちんと注意を入れる。

 三奈子さまも分かっているのか、それをしっかりと承諾した様子。

「――わかったわ、真耶さん。そういう方向性で、彼女も企画に組み入れて行きましょう」

 丁度修正中だったので、それを新たに組み入れるのは難しくない。幸いに妹の協力がなくとも、静さまには頼りになるクラスメイト……いわゆるロサ・カニーナ派がいるので、人手に関しては問題はないだろう。

 ようやく三奈子さまの真剣な顔の意味を理解した二人は、気まずそうに真耶を見る。

「ごめんなさい、真耶さん。そんな事とは知らず……」
「いやいや、真美さん。そんな気を遣わなくてもいいよ、私は平気だからさ」
「でも折角姉妹になったのに、少しの間だけで別れ離れになるなんて……」

 いつも明るい蔦子さんも、とても気安く笑ってはいられないようだ。

 真耶は軽く頭を掻くと、苦笑いを浮かべる。

「二人にそんな顔をして欲しくて話したんじゃないんだけどね。もし良かれと思うならさ、三奈子さまと一緒にこの企画が目一杯盛り上がるようにしてくれないかな? それがイタリアへ旅立つお姉さまへの、きっと一番の贈り物になると思うから、ね?」
「「真耶さん……!」」

 そんな真耶の心意気に感動したのか、真美さん達は三奈子さまの両サイドにつき企画書の修正を手伝う。それは一般生徒も山百合会も関係なく、誰もが楽しめるバレンタイン企画を作る為に。

 空気だった他の部員達もそれに従う。

 かつてない士気の高揚に、みるみる企画書が修正され組み立てられていく。そして第一段階として、薔薇さま方への協力と学校側への企画の許可申請。多数の生徒が関わる企画である以上、教師に申請しておく必要があるからだ。

 紅薔薇さまへは三奈子さま。黄薔薇さまには真美さんが。そして白薔薇さまには蔦子さん、これはクリスマスの時に指名された事から決まった。残りの部員達は全員が職員室へと向かう。

 善は急げ、とでもいうべきか?

 その勢いにより、あっという間に新聞部の部室には真耶しかいなくなった。

「……以外に熱い所あるのね、この部」

 まるで誰かに「もっと熱くなれよ!」と唆されたみたい。いや、まんま真耶の仕業ではあるが。

 ともあれ賽は投げられた。

 役員としてのロサ・カニーナは成らなかったが、それが僅差だった事で彼女のクラスメイトは山百合会に不信感を抱きつつある。それは間違いなく黄薔薇革命の時と同様に根深い。

 そんな禍根を残していくのは、静さまも本望ではないだろう。

 かといって正攻法だけで、その双方のわだかまりを失くすのは難しい。故に新聞部の企画、という名目を通して互いを協力させるのだ。

 企画を盛り上げる為に、つぼみの妹達には一般生徒側で参加してもらう。これにより本来アシスタントをすべき妹がいない事が、つぼみ達の仕事への負担を増やす。ただそれではつぼみ姉妹の仲が悪くなってしまうだけなので、特別ゲストのロサ・カニーナの出番となる。

 妹達のいないつぼみ達のフォローに、ロサ・カニーナを支えるクラスメイト達に有志を募るのだ。おそらく嫌がるかもしれないが、イタリアへ旅立つ静さまへの思い出作りを思えばそれくらい我慢してくれるだろう。


 『同じ釜の飯を食う』と言う言葉がある。


 企画を進めていく中で、彼女達は何度も話し合いをする必要があるだろう。生憎と釜の飯を食べるワケにはいかないだろうが、薔薇の館での会議の休憩にティータイムは外せない。飯はなくともお菓子を一緒に食べる事は十分ありえる。

 つまりはバレンタイン企画を共に行わせる事で、山百合会とロサ・カニーナ派の融和を図ろうというのが裏の狙い。

 まあどちらにしても、最終的には全て静さまの為になる。

 姉妹にはなったものの、表面的には全く変化を見せる事が無かった真耶。

 しかし、実際はかなりデレデレだった。





 三年の教室。

 『新バレンタイン企画』を持ってこられた蓉子は、その内容に溜め息をつく。

 そんな様子をビクビクと三奈子さんが見てる。ただでさえ上級生のクラスにおり、しかもその交渉相手は紅薔薇さまなのだ。かなりの緊張を強いられているようで、若干顔色が悪い。

 心なしか室内の気温が下がっているのは気のせいだろう……多分。

「……あの~? 如何でしょうか、紅薔薇さま?」
「――悪くないわね」

 そう、悪くない。

 この企画が上手くいけば、『薔薇の館が生徒達で賑わうところを見たい』という蓉子の夢が叶う。山百合会と一般生徒との敷居の溝もかなり和らぐ事だろうし、良い事尽くしなのは確かなのだ。

 しかし、何処か『上手すぎる』。

 山百合会幹部だけでの企画なら気にしなかったのだが、そこにロサ・カニーナという名が記されていた。つぼみの妹達の代わりに、その彼女の取り巻きだった連中が仕事を補佐するという不自然。

 だがそれも無事やり遂げた場合、不思議と話は変わってくる。

 同じ職場で働く事による関係の融和、それは蓉子が身を持って証明しているからだ。主に聖的な意味で。

(そこまで考えている企画……三奈子さんにしては少々『出来過ぎて』いるわよね?)

 となると考えられるのは一つ。

「ねえ、三奈子さん?」
「は、はい、なんでしょうか?」

 こないだの選挙で手綱を操りきれなかった一人の生徒。

 紅薔薇さまと呼ばれる蓉子に、『お礼』よりも『トラブル』を生んでくれるなと警告していった人物。

「――『山田真耶』さんは元気かしら?」

 そこにいるのにそこにいない、底の見えない『黒幕』の姿。

 蓉子はただ一人、それを予感していた。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第二話「子狸の躍動」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:49
 二月に入って間もなくの放課後。

 薔薇の館に珍客達が現れた。

「――ちわーっす、三河屋でーす!」
「…………何やってるんですか、白薔薇さま」

 開口一番がそれですか、祐巳は即座に突っ込んだ。

 それはもう可哀想な人を見る目で。

「むぅ、最近祐巳ちゃんってば冷たくない?」
「それはまあ、二月ですし……って冗談はさておき、白薔薇さま? 三奈子さまに静さままで引き連れてどうしたんです?」

 こんな季節でも変わらない白薔薇さまをさらりとスルーする祐巳。

 そう、白薔薇さまは一人ではない。

 後ろには今のやり取りを見て顔を引き攣らせている三奈子さまと、思わず苦笑している静さまがいる。

 静さまはともかく、白薔薇さまと三奈子さまが一緒にいるって珍しいかも。

「コホン、今日はつぼみ達に話があって来たの。彼女達は二階かしら?」
「はい」
「上がらせてもらうわね」
「……別に私達の許可はいらないのですけど」

 元々薔薇の館は生徒会室にすぎないのである。

 祐巳が言うように、一般生徒が普通に訪ねて来ても何も問題はない。しかし薔薇の館が校舎から独立した建物であるという事と、『薔薇さま』という存在が年々神聖化されていった事で、両者の間に『近寄りがたい』という溝を作ってしまったのだ。

 もちろん山百合会側にも責任はある。まあ、責任と言うにはおかしな話だが。

 生徒は率いる役柄からか、良く在ろうと歴代薔薇さまには優秀な方が多い。それがますます多くの生徒達を惹きつける結果となっているのだ。かといって能力が無さすぎては、山百合会という機能が働かない。機能しないという事は、学園側と生徒側の融和が見込めないという事だ。

 中々儘ならぬものである。

 要はその溝は思った以上に深く、簡単には修繕できるものではないということ。

「そういえば静さまはどうしてこちらに? というより何故に三奈子さまと?」
「ちょっと新聞部の企画に誘われたのよ。ただ詳しい話は上でね、祐巳さん」

 そう言って祐巳達は、ギシギシと音のする階段を上っていく。

 いつも思うけど、この階段って怖い。主に耐久度的な意味で。

 会議室に着く前に、祐巳はもう一つの疑問を白薔薇さまに問いかけた。

「ところで白薔薇さま? 今日は紅薔薇さまと黄薔薇さまはご一緒ではないんですか?」
「蓉子と江利子? んにゃ誘ったんだけど、彼女ら今受験前でちょっと忙しいらしくてね。少し余裕のある私が、蓉子達の代理で来たってとこかな?」

 つまりは受験勉強より面白そうな企画に釣られた、と。

 祐巳はその説明を、そのように解釈した。

 ある人物と関わるようになってから、祐巳は考え方に遠慮が無くなってきている。

 それが良いのか悪いのかは、まさに神の味噌汁(かみのみぞしる)。





ウァ……なんとかの贈り物? 第二話「子狸の躍動」





 白薔薇さま達が会議室に入ってから数分、部屋の中は微妙な空気に包まれていた。

「バレンタイン企画、ねぇ……」

 三奈子さまから人数分の企画書を渡され、それを各々が見てる中で令さまがそう呟く。

 祥子さまは見るからに機嫌が悪い。

 志摩子さんは……少し困惑してる感じかな?

 由乃さんは爆発寸前。

 まあそれも仕方ないだろう、この内容を読む限りでは『バレンタイン企画』とは新聞部と山百合会の合同企画。つぼみ達三人が日頃お世話になっている一般生徒達への、イベントを楽しんでもらうというご褒美らしい。

 つぼみ達がそれぞれ手書きのカードを、高等部の敷地内と校庭の一部という範囲に隠し、それを生徒達が見つけるというゲーム。カードを見つけた者にはつぼみとの半日デートが約束されている、これが由乃さんをピリピリさせている事項だろう。

 企画側にはあくまでつぼみ達のみの参加で、その妹達は一般生徒側で参加と書かれている。

 あとはその企画の中に『ロサ・カニーナ』が混ざっていたり、薔薇さま方三人の署名が添えられていることだろうか。でも選挙で薔薇さまは継承されたのだから、元薔薇さま方と言うべきかもしれない。今の彼女達に山百合会の動向に口を出す権限はない、と本人達より祐巳は聞いていた。しかし読む限り祐巳としても楽しそうな企画だと思うし、あの薔薇さま方が興味を持ってもおかしくはない内容である。

 それにしても、かなり良く練られた企画書だとも思う。少なくともこの時期にイベントを何も考えていなかった祐巳達が、アレコレと文句を言えるレベルではないことは確かだろう。

「新聞部と山百合会との合同企画はともかく、企画書に紅薔薇さまと黄薔薇さまからの一筆が添えられているのは?」

 ただ誰も口を開かないので、祐巳は思い切って訊ねてみた。

 このままでは会議にすらならない。

 祐巳のその問いには、三奈子さまの隣にいる白薔薇さまが答える。

「いや、この企画をただ出されても祥子達はきっと承諾しないでしょ? まあ私としてはどちらでもいいんだけど、蓉子がどうしてもって頼むからさ。なら彼女達から一言があれば皆納得すると思ったの。ちなみに私はここに来てるから書いてないよ」
「お姉さまが?」
「そ、蓉子自身から『最後のお願い』なんて言われたら断れないもの」

 その言葉に祥子さまが反応した。

 先程まで不機嫌オーラが出ていたのに、まさに鶴の一声。紅薔薇さまたっての願いでは断れないだろう。

 一番強情そうな祥子さまが先に篭絡されるとは、流石は紅薔薇さまもしくは三奈子さまと言うべきか。

「……でも半日とはいえ、一個人のプライベートを商品化するのはどうかな?」

 ピリピリしてる由乃さんに気を遣って、令さまは無難な指摘から攻める。

 しかし三奈子さまは、まるで予想済みとばかりに笑う。

「商品化などではなく、あくまでも企画で頑張って楽しんだ生徒へのご褒美みたいなものよ、令さん。それとも一般生徒と半日デートするなんて出来ない、とでも主張なさるのかしら?」

 質問に質問で返す。

 この質問も結構あくどいものだ。否と答えれば、山百合会は一般生徒へ歩み寄る気はないと受け取られてしまう。選挙直後のスキャンダルなんかは可能な限り避けたい。

 中途半端な答えは出来ない為、令さまは少し考えている。

 ……今日の三奈子さまは何か手強い。

「あの、静さまが『ロサ・カニーナ』としてつぼみと共に参加というのは?」

 黙ったままではこのまま押し切られると判断したのか、志摩子さんが一つ疑問を投げかける。

 選挙はもう終わっているのに、静さまがロサ・カニーナの名前を出す……それは祐巳も疑問に思ってた事だ。

 三奈子さまは企画書を軽く叩く。

「企画書に書いた通り、つぼみ以外の山百合会幹部の人……つまりは祐巳さんと由乃さん、それに薔薇さま方ね。彼女達には一般生徒側で参加してもらう、そういう話題として盛り上げてもらう予定なの」
「? 質問の答えになってませんが?」

 首を傾げる志摩子さんに、横から静さまの声が入る。

「せっかちねぇ、志摩子さん。この企画側にはつぼみしか参加しない、つまりは圧倒的に手が足りないの。それを私が参加する事で、クラスメイトから有志を募ってその働き手を補うってことよ」
「その為の『ロサ・カニーナ』ですか……」

 正直その使われ方はどうなんだろう?とは思ったが、当の静さまは面白そうな企画に参加できるということで楽しそうだ。

 それまでの流れを見ていて祐巳は思う。

(何か色々と用意周到すぎる気がするんだけど……?)

 辺りを見ても、祥子さまは紅薔薇さまの一言で既に撃沈。

 思考のループに嵌ってしまった令さまに、反論するだけの材料が無くてイライラしてる由乃さん。多分由乃さんが爆発しないのは、企画側ではないことで一般生徒側として半日デート券を取れるという可能性の所為だろう。

 そして白薔薇さまと静さまに挟まれて困惑している志摩子さん。


 うん、これ無理☆


 どうにも出来ないと祐巳が諦めかけていると、三奈子さまと目が合った。

「どう? 祐巳さんは何か言いたいことはないのかしら?」

 『でもないわよね~?』的な三奈子さまの態度はまさに勝者そのもの。

 平均平凡な祐巳にも、プライドが全くないワケではない。今の三奈子さまの言い様は流石に『イラッ☆』ときた。しかし、この企画書に反論できるだけの材料がまだ思いつかない。

 ふと、こないだ真耶さんに言われたことを思い出す。



 あれは黄薔薇革命が終わり、学期末試験の準備に向かう時のことだった。

「――いい、祐巳さん。何事も『やった! 勝った!』と思い込んだ時が一番危ないの、所謂油断大敵って奴ね。自身がそういう状態になった時は精々気をつけなさいな。まあ逆に他人がそういう状態の時は、劣勢をひっくり返す逆転のチャンスと言えるけど」
「……真耶さん」
「あとは、そうね。自分に出来ることをきちんと見極めて、その上で相手をよく観察すること。ほら、よく言うでしょ? 『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』ってね」
「…………あのさ、真耶さん? それ、今のテスト勉強と何が関係あるの?」

 桂さんがいないマンツーマン講習を受けていると、いきなり話が脱線したので祐巳はそう突っ込んだ。

 力説していた真耶さんは、目を細めると祐巳を見て溜め息をつく。

「はぁ~……祐巳さんってば、そんなに缶詰勉強がしたいの?」
「え、でもこれってテスト勉強なんじゃ……?」

 その為に貴重なお昼休みを割いているのだ。雑談をするなら他の時間に頼みたい。

「ただ長時間続けてもあまり効果はでないの、この勉強法。だからこういう雑談を挟むことで、効率的な気分転換をしようというワケよ」

 長時間って言う程お昼休みは長くないけど。

 祐巳はそう思ったが、確かに勉強に気分転換が必要なのは同意である。

「雑談って……そんな勝負の見極めとかの話が?」
「だって祐巳さんは後に『紅薔薇さま』と呼ばれるのでしょう? こういう知識は持っていても損はないと思うけど?」
「……う~ん」

 真耶さんは平然とそう言ってくれる。

 でも紅薔薇のつぼみの妹ということは、来年はつぼみとなり、再来年は薔薇さまと呼ばれることなのだ。生憎と祐巳はそこまでの未来図を、未だ想像できずにいる。祥子さまの妹として頑張りたいとは思うけど、そこまでの器が自分にあるのか不安なのだ。

 お姉さまのように、生徒を導く薔薇さまに自分はなれるのだろうか、と。

 そんな百面相を読んだのか、真耶さんは笑う。

「祐巳さん、その不安に思う気持ちは間違いじゃないよ。ただ何より問題なのは、その先を見据えるかどうかだからね」
「その先?」
「要は前向きに努力するか、後ろ向きに逃げ出すか……二つに一つ」

 逃げ出すということは、こういった不安から簡単に逃れることができる一番の手である。

 しかし、それは祥子さまの妹であることをやめることだ。それは絶対に嫌だ、と祐巳は断言できる。

 ならば答えは一つと真耶さんは言う。

「――努力しなさい、その為には私すら踏み台にするつもりで」

 そんな単純な言葉は、不思議と祐巳の心の中にストンと落ちた。

 キョトンとしている祐巳を見て、何かを思いついたらしい。

 真耶さんは腕を組みながら、一つの課題を出してくる。

「そうさね~……まずは全体的に視野を広く持つことから始めよっか。どうも祥子さまなんかは、テンション上がると視野狭窄することがあるみたいだし。妹ポジションの祐巳さんが広い視野を持つことで、これから先を上手く補佐出来るんじゃないかにゃー?」
「広い視野、ね……うん、頑張ってみる!」

 元気良く答えた祐巳に、真耶さんは『よくできました』と言わんばかりの笑顔を見せてくれた。

 でも子供の相手しているみたく、頭を撫でるのはやめてほしい。

 そんな日常の合間の話。



 あの時は変な話だなーと思って聞いていたけれど、こういうことも実際にありえるものだとしみじみ思ってしまう。

 残念ながら今回は、真耶さんの小ネタは生かせないみたいだけど。

 今のこの状況……余裕の溢れる三奈子さま、完全に劣勢の山百合会。相手は指摘される問題への対策はほぼ揃えていると仮定、これはもう祐巳個人でどうにかなる状況ではない。

 しかし、三奈子さまは『何か言いたいことはないのか』と聞いてきた。

 状況を逆転するなんて無謀なことは考えない。

 ならば祐巳は祐巳らしく、ただ気になったことを素直に聞いてみよう。

「……素朴な疑問なんですけど、これって私も一般生徒側で参加しなくちゃいけないんですか?」

 おそらくは由乃さんが葛藤している理由の一つ。

 それは視野が若干広くなった祐巳からしてみると、どうしても理解できない所なのだ。企画の盛り上がりとしては、景品であるつぼみの半日デート券で十分な筈。そこに妹である祐巳が、わざわざ一般生徒側で参加しなければいけない理由はない。

 それに短期間でも祥子さまの補佐を、静さまのクラスメイトとはいえ他人に任せるのはつぼみの妹としてどうかと思う。

 紅薔薇さまは言った。

『包み込んで守るのが姉で、それを支えるのが妹』

 こんな時こそ側にいるべきだ、と祐巳は判断したのである。



 三奈子は目を見張った。

 今、この一年は何を言った?

『私も一般生徒側で参加しなくちゃいけないんですか?』

 姉の半日デートという格好の餌があるのに食いつかない。

 ありえない。

 普通の姉持ちのリリアン生では出てくる筈のない発言。まさかそんな視点からの意見が出るとは予想していなかった。

「ゆ、祐巳さん、それはどういう意味かしら?」
「どういうも何も、そのままの意味ですけど……?」

 そのまま……ですって……?

 それはつまり、

「――祐巳さん!? 祥子さまとの半日デートを他の人に取られてもいいの!?」

 丁度よく由乃さんは三奈子の聞きたいことを訊ねてくれた。

 普通に考えて、姉であるつぼみの半日デートを快く思わない妹がいない筈がない。それこそ今の由乃さんのように。

 しかし、そんな彼女の剣幕にも祐巳さんは全く動じない。

「うん」

 そして即答……あ、祥子さんが固まってる。

 まあ妹からそんなこと言われちゃ複雑よね~って違う!そういうことじゃなくて。

「うんって……どういうことよ、祐巳さん!」
「よ、由乃……ちょっと落ち着いて、ね?」
「令ちゃんは黙ってて!」

 また由乃さんの猫被りが剥がれてる。

 黄薔薇革命でようやく知ったとはいえ、このギャップはある意味すごい。

「えっと、私も上手くは言えないのですけど……他の一般生徒達の、つぼみに対する憧れの気持ちを無碍に出来ないじゃないですか? ほら、景品対象の姉妹の片方が参加してたら、他の生徒達も変に気を遣って純粋に楽しめないじゃないかな~と」

 む……確かに、それは一理あるかもしれない。

 この企画、別の見方をすれば、薔薇のつぼみ達を妹達から無理に拘束するとも取れる。そこで一般生徒達が『でもそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!』と言うとは思いたくない。いやかなり切実に。

 そこまで言って、祐巳さんは慌てて一言付け足した。

「あ、お姉さま! 別にお姉さまとの半日デートがどうでもいいというワケじゃないですよ?」
「……そ、そうなの?」
「はい。お姉さまが望む限り、私はお姉さまの『妹』ですから。たった半日程度のことで文句を言う気はないですし、ただファンの生徒達にもお姉さまと触れ合う機会があってもいいと思ったんです。お姉さまのファンだった一人として」
「……あぁ祐巳。あなた、そこまで考えてくれてたのね……」

 何か祥子さんがえらく感動してる。

 部屋の空気が甘くなったのは気のせいだと思いたい。

 その空気に耐えかねたのか、一人が発言する。

「あー……ならハンデをつけたらどうかな? 例えばカードを探す時間を遅らせるとか」

 そうか、祐巳さんの主張は企画の平等性故に、逆に姉妹という関係からの不平等を問うているのだ。

 ならば白薔薇さまの提案は渡りに船。

 三奈子はすぐに企画書への修正を入れる。元々この会議だけで全てを決めるつもりではなかったので、こういった思わぬ指摘は企画の向上に繋がるのだ。ただそれが平均平凡と侮っていた祐巳さんから、というのが少し悔しかったが。

 シンデレラ・ガール的な噂を真に受けて、その眠れる才気に気づかないとは……築山三奈子、一生の不覚。

 由乃さんは不満そうだが、その修正案を聞いた祐巳さんは安心したような顔を見せた。

「それくらいの制限があるなら納得ですー。正直楽しそうな企画だとは思ってたんですが、お姉さまのことを考えると素直に納得できなくて……ごめんなさい三奈子さま、けして企画自体に文句があったワケじゃないんです」
「あらあら、困った子ねぇ。私からもごめんなさい三奈子さん、妹が失礼いたしましたわ」
「……い、いえ、お気になさらず」

 顔が蕩けてますよ、紅薔薇のつぼみ。

 というか何でいきなり惚気られなければいけないんだろう?

 三奈子は心底そう思った。

「……では山百合会はこの企画を承諾してくれますかしら?」

 反論は他にないようだし、さっさと決を採ってしまおう。甘い空気が充満しないうちに。

「反対する理由はないし、構わないわ」
「私も同じです」

 祐巳さんと微笑みながら祥子さんが言う。

「まあ企画自体は悪くないし、ね? 由乃?」
「……お姉さまがそこまで言うのなら」

 不満顔の由乃さんを宥めながら令さんが言った。

「そういうことだから、頑張ってね」
「……わかりました」
「ふふふ……楽しくなりそう。ねぇ、志摩子さん?」

 志摩子さんは何処か困惑した様子で答える。白薔薇さまはともかく、選挙で敗れたロサ・カニーナこと静さんが楽しそうに企画に参加しているのが理解できないのだろう。

 それに関しては三奈子も思うところはあるが、ある人物から頼まれて企画に組み込んだロサ・カニーナ。彼女はその狙いをもしかしたら読んでいるのかもしれない。その上でこの企画を楽しもうという気概は、まさに剛胆と言わざるをえないが。

 思った以上に疲れたが、何はともあれ企画の目処は立った。

 あとは各所と上手く連携して当日を迎えるのみである。





 夕方のとある喫茶店。

 二人の少女が、窓際の席に向かい合って座っている。

「あの企画は通ったみたいね」
「まあね、あれだけ練られた企画書を蹴るのは今の祥子達では到底無理だもの。当然の結果よ」

 紅茶を優雅に飲みながら、蓉子は話す。

 そんな蓉子を呆れた目で見るのは江利子。

 互いに家に帰ってから待ち合わせた二人の格好は、当然制服ではない。ある程度に動きやすいラフな私服、もちろん季節的に防寒もしっかりと考えられた服装である。そしてその溢れ出るカリスマは、二人を年相応の少女とは思わせない。

 二十代半ばと言われても、つい納得してしまいそうなくらいである。

 受験勉強の合間に二人はこの喫茶店で待ち合わせ、今後について話し合っていた。もちろん百合的な意味ではない、妹達の山百合会の動向と例の『黒幕』の暗躍についてである。

「でも蓉子? 聖にちゃんと教えてあげなくて良かったの?」
「受験勉強中だ、と忠告はしたわ。それでもホイホイとついていったのだから、何が起きても聖の自業自得よ」
「厳しいわねー」

 今回の企画の裏を読んだ蓉子はつぼみ達の説得は了承したが、企画自体への参加は拒否したのだ。

 それはこの場にいるもう一人の江利子も同様である。

「正直『彼女』の暗躍を放置するのは気が進まないのだけれど、こないだの件でようやく理解出来たわ。あれは誰かが制御出来るようなものじゃない」
「ある意味では私の好奇心に近いものがあるわね、全力で反逆する的な意味で」
「どちらにせよ性質が悪いのは確かね」
「……容赦ないわ、蓉子」

 何処か機嫌の悪い蓉子に江利子は苦笑する。

「今回の企画にしても、結果としては悪くない方向に持っていくだろうし、下手に手を出すのは得策じゃない。その過程にどれ程の災厄を招こうとも、最終的には彼女の思った通りに上々の結果で終わるのだから」
「結果『だけ』は出すからね~本当に怖い子だわ」

 自分の妹達が大変な目に遭うかもしれないが、結果として今以上に上手く纏まるだろうから手は出せない。

 蓉子は面倒くさい相手を、孫の補佐役に推薦してしまったと後悔している様子だ。

 何より蓉子を苛立たせるのは、その補佐対象だけには絶対の信頼を受けているということ。他のメンバーからは軒並み煙たがられているというのに、肝心の祐巳ちゃんからは『親友』と思わせているその手口。

 おそらくは契約通りに、蓉子が卒業するまでに祐巳ちゃんはかなり成長しているだろう。

 こないだの役員選挙でも、崩壊寸前の山百合会を持ち直したのは祐巳ちゃんが切欠らしい。能力の高さなどではなく、彼女には彼女しか持ちえぬ『カリスマ』がある。それを早期に発見し、それを生かすべく事態を裏で操る『黒幕』の存在。

 当事者のストレスさえ気にしなければ、この先の山百合会はかなりの確率で安泰だと言えるのだが。

「一部の周りの人間の精神的ストレスを除けば、ね」
「あのねぇ、蓉子? それが分かったからこそ、今回は手を出さないことにしたんでしょ? ここでそのことを考えてたら、それもあまり意味がないわよ?」
「……わかっているわ」

 言葉ではそう言うものの、顔は思いっきり不満で溢れている。

 こないだ告げられた彼女、『山田真耶』の言葉を思い出す。

『さっさと卒業しちゃって下さい』

 つまり余計な気遣いするな、と。契約通りに補佐はしているのだから、きちんと結果は出しているのだから、一々自分に関わってくるんじゃないと彼女は言いたいのだろう。

 確かに祐巳ちゃんの補佐をするという点に関しては、彼女の言い分も分からなくもない。

 しかしその過程で、目に届く範囲で自分の妹が苦しんでいたら助けたくなるのも当然だろう。しかもそれを最良の結果の為に見過ごせと言われても困る。普通に理解は出来ても、納得が出来る筈がない……特に蓉子や聖であれば尚更である。

 そういう考えは、自分より周りの近い者を優先するタイプと非常に相性が悪いのだ。

「……といっても蓉子の性分からして、そう簡単には割り切れないかしら?」

 そういう江利子は、どちらかというと『自分』を優先するタイプ。

 故に妹達には忠告をするだけして、あとは一切を割り切っている。それが一番無難だと知っているから。

「聖には言ってないということは、多分今回で彼女の本質を理解することになるんでしょうね……ああ、心底嫌そうな聖の顔が想像出来るわー」
「……やっぱり教えた方がいいかしら?」

 蓉子はやはり自分<他人のようだ。

 そんな所も嫌いではないが、彼女には目先の受験がある。あまり他のことに気を取られている場合でもない、これは自分にも言えることだが。

 ならば、そんな彼女を諌めるのも三年間一緒に働いた同僚としての義務なのだろう。

「相変わらず過保護ね、蓉子。でも聖だって子供じゃないんだから、自分のことぐらい自分で責任取ってもらわないと」
「…………それも、そうね」
「それにバレンタインデーって、確か蓉子は試験日でしょ? どちらにしても関われないんだから放っておきなさいよ」

 そういって江利子は、テーブルに置かれた伝票を手に取ると立ち上がる。

 珍しく気落ちしてる同僚の為に、今日くらい奢ってやろうという気になったのだ。

 江利子に促されるようにして後に続く蓉子。

 とりあえずは目先のことから片付ける、そう判断した彼女の顔は先程よりかは幾分かマシになっている。周りに『完璧』と言われている蓉子の意外な一面を見れたのは、江利子にとっても悪いことではない。

 二人は江利子の奢りで会計を済まし、その喫茶店を後にした。





 彼女達が去った喫茶店に、再び沈黙が戻る。

「…………洒落にならんですぅ~」

 ついさっきまで彼女達が座っていた席の背もたれの反対側の席。

 いつもストレートに流している髪を後ろで括り、黒縁の伊達メガネをかけて簡易の変装をしている少女。

 その身体はガクブルと震えている。

「……今回は運良く気づかれずに済んだけど、二度とこの店には来ないことにしよう」

 顔を真っ青にしてそう呟いたのは、彼女達より先にこの店を訪れていた真耶だった。

 偶々近くを通りかかり、これは珍しい穴場なんじゃね?とwktkしながら、独特な店の雰囲気を味わっていた結果がコレだよ!!

 空いている後ろの席に誰か座ったと思っていたら、話し声はまさに紅薔薇さまと黄薔薇さま。

(――な、なんじゃこりゃあぁ~~~っ!?)

 と叫ばなかった自分を褒めてあげたい。

 どうやら話を窺っていた限りでは、黄薔薇さまは真耶にもう執着していないらしい。うん、良いことを聞いた。

 だが肝心の紅薔薇さまがどうも根に持っている様子……流石の紅薔薇さまも、身内にはトコトン甘いようで。このままでは、卒業後も関わってきそうな気配がある。『大魔王からは逃げられない』とでも言いたいのだろうか?w まああれだけやれば無理もないが。

 幸いにもその考え方を聞くことが出来たので、まだ修正は効くだろう。

 要は『祥子さまをあまりいじめなければおk』ということ。

 祐巳さんの成長の為に、祥子さまはどうしても必要なワケでもない。ただ祐巳さんが成長していく上で、祥子さまの成長が疎かだと逆に困る可能性はある。その辺の匙加減は難しいが、とりあえず卒業までにそこまでの覚醒を求めることもない。

 控えめに現状維持、そう真耶は判断する。

 とんだ災難だ、と飲みかけのコーヒーに手を伸ばす。

 しかし彼女達の話を窺っているうちに、最初に注文したコーヒーはすっかり冷めてしまっている。

「……やれやれ、なの」

 真耶は溜め息をついた。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第三話「志摩子と静」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/10/21 10:50

 山百合会と新聞部の合同企画が立ち上がってから数日。

 連日薔薇の館では主催者達の打ち合わせが行われていた。当初の予定通りにつぼみの妹二人は薔薇の館から遠ざけられている。祥子さまが危惧した人手の不足は、三奈子さまの新聞部部員や静さまのクラスメイト達が十分に補っていた。

 そう、それこそ祐巳さん達がいなくても別に構わないかのように。

 つぼみの中でも唯一の一年生である志摩子は、そのことを一人悩んでいた。

「それではカードを隠す場所ですが……」

 打ち合わせは続いていたが、今の志摩子の耳には入っていない。

 それはついこないだのことである。

 合同企画のことを気にならないのかと、志摩子は薔薇の館に向かう前に祐巳さんと由乃さんに聞いてみたのだ。心配そうに訊ねる志摩子と違い、そのことを聞かれた二人は一瞬キョトンとし……次に少し困ったように笑う。


 『志摩子さんに心配かけちゃってごめんね?』、と。


 思ったよりも元気な二人に志摩子は面食らう。まるで邪魔者のように薔薇の館から追い出されたというのに、目の前の二人はどうして笑っていられるのだろう?

 そんな志摩子に、二人は明るい声で答えを返す。

「えっと……最初の日にも言ったけど、カードがどうなるか自体にはあまり興味がないの。まあ、少しは寂しいけど……祥子さまが私のお姉さまでなくなるわけでもないし。それに私今ね? 祥子さまにバレンタインチョコを作ってあげようと思っててね~♪」
「……惚気ている祐巳さんはともかく、私は令ちゃんのカードを他の生徒に渡したくないからね。この空いた時間を使って、私の普段使いそうな場所に当たりをつけてるの。令ちゃんのことだから、きっと私にわかる場所に隠すに違いないもの。……いざとなれば誘導尋問するまでね」
「そ、そうなの……」

 二人の前向きな姿勢に志摩子は強い衝撃を受けた。

 それで最近のつぼみ二人の様子にも納得がいく。今までのストッパーである上のお姉さま方は、卒業を控えあまり薔薇の館には来ていない。それなのに不承不承な態度は若干残るものの、三奈子さまや静さまを前にしても感情を激化させていないのだ。

 それはそうだろう。

 何と言っても『妹』達が納得しているのに、『姉』である自分達がいつまでも駄々をこねてはいられない。

 最初の方は刺々しい会話をしていた元ロサ・カニーナ派の生徒達とも、今では企画を通じて普通に意見交換をしていたりする。完全にわだかまりは解けていないものの、選挙の時のようなギスギス感は既にない。

 ……志摩子を除いて。

 その志摩子は選挙の時に、ロサ・カニーナ派に特別興味を持っていなかった。

 『好意』の反対は『無関心』……志摩子はわだかまりなどをそもそも感じておらず、そんな志摩子に対して彼女達も付き合う距離を測りかねている。ただ、それなりに上手くやっているつぼみ二人を見て、志摩子も何とかしようとは考えていた。

 しかしその一歩踏み出す勇気を、目の前の存在が乱す。

(あの時のことがなければ私も……)

 忌々しそうに志摩子は、三奈子さまの横に座る静さまを見る。

 そう、あれは役員選挙に立候補した日……そこで志摩子と静さまの『袂』は分かたれたのだ。





ウァ……なんとかの贈り物? 第三話「志摩子と静」





「……今、何と?」

 受付最終日の昼休みの薔薇の館。

 その中で静さまと対面していた志摩子は、彼女が口にした言葉の意味を理解できなかった。

「聞こえなかったかしら? 私はあなたに『選挙に出るな』と言ったのよ」

 改めて聞きなおしても、志摩子の理解の範疇を超えた発言だった。

 まさかつぼみの一人に対して、直々に辞退を勧めてくるなんて普通は誰も想像もつかない。しかも今回唯一薔薇のつぼみではない立候補者である『ロサ・カニーナ』が、つぼみの一人である志摩子に直接そんなことを言ってきたのだ。仮に祥子さまでもいれば激昂すること間違いないレベルである。

 ただ今現在、この薔薇の館には志摩子しかいない。

 喧嘩別れしてからというもの、山百合会のメンバーが揃うことはほとんどなかった。

「……何故、と聞いてもよろしいでしょうか?」

 未だに立候補を迷っていた志摩子でも、こう面と向かって『出るな』と言われては戸惑ってしまう。

 しかし、そんな志摩子の困惑も気にならないかのように、静さまは平然としていた。

 続けられた言葉は刃物のように志摩子の心に刺さる。

「だって未だ選挙に出るか迷っているような優柔不断な人には、この先の山百合会……しいてはリリアン女学園を任せておけないもの」

 静さまは志摩子の目を真っ直ぐに見ながら言う。

 確かに志摩子としても優柔不断な所は否定できない……できないのだが、それだけで辞退を勧めるというのも不自然な気がする。貶めようとしているわりには、静さまの表情は依然変わらずに笑顔のままなのだ。

 彼女の……静さまの『真意』が読めない。

 志摩子は疑心暗鬼などの気持ちが氾濫し、軽いパニック状態へと陥る。

「だから山百合会のことも白薔薇さまの『妹』ことも、何もかも全部忘れて一般生徒に戻ってくれていいわ」
「…………は?」

 思わず呆けた声が出てしまった。

 もし志摩子が選挙に出なかった場合、代わりに当選するであろう静さまが白薔薇さまを引き継ぐのはわかる。しかし今の静さまの言い様は、まるで志摩子が白薔薇さまの『妹』ではなくなるかのように聞こえた。

 志摩子の混乱に拍車がかかる。

「これまでの白薔薇さまを含む山百合会の人や、一般生徒達の期待を平気で無に帰すような人には、彼女の『妹』なんていう立場など不要でしょう? ああ、流石の紅薔薇さまでもあなたが白薔薇さま……佐藤聖さまの『妹』であり続けることは庇えないでしょうね。間違いなく他の生徒達が反発するだろうし」
「――そんなっ!?」
「まあもっとも、そんな学則などありはしないのだけれど……少なくともあなたが、この学園で過ごしていくのに難しくなるのは確実でしょうね」

 選挙に出ずに白薔薇さまの妹であることを固持するのは簡単、学則にない以上周りから何を言われてもその事実は変えられない。

 ただその場合、確実に志摩子は学園から孤立する。

 それだけならまだいい。志摩子にとって自分が孤立することは気にならない。

 しかし、志摩子の周りの優しい人達はそれをきっと見過ごさないだろう。特にお人好しなクラスメイトである祐巳さんなどは、自分が傷つくことすら厭わずに志摩子を助けようとするかもしれない。自分なんかの為に何の罪もない周りの人間が傷つくなど、志摩子にとって絶対に許容できないことだった。

「……私は、選挙に出るしかないのですね」

 選択肢などそもそもなかったのだ。

 つまり目の前の彼女は、それを態々教えに来てくれたということになる。

 だが志摩子はその『理由』がわからない。自分達は『姉妹』でもないし、仲の良い先輩後輩というほどでもないのだ。選挙に勝ち白薔薇さまになりたいのであれば、黙っていれば済むだけの話である。

 諦めの感情が表に出た時、志摩子を見ていた静さまの表情が変わった。

 他人に鈍い志摩子でもわかるその感情は――『不快』。

「そんな気持ちで出られるのは癪にさわるわね。選挙に出るのなら、断固とした意志を持ってくれないと、ね」

 癪にさわる? 志摩子は眉を顰めた。

(……遠回しに立候補しろと言ってきたり、出ると言ったのに不快な感情を向けられる?)

 先程からの静さまの言動は無茶苦茶である。

 志摩子は目の前の彼女の考えを、さっぱり理解できなかった。

「わからないかしら?」
「……私が何をわかってないと仰るのですか?」

 静さまから自分に向けられる感情はあまりに理不尽である。

 何か至らない所があるなら、はっきりと口にして欲しい。志摩子は彼女の回りくどい言い回しに、いい加減辟易していた。

 しかし彼女は、そんな志摩子の気持ちの予想斜めを行く。

「――でも駄~目、教えてあげない♪」

 悪戯っ子のように目を細める静さま。

 こちらを見透かすかのような目で、志摩子の心の中の平穏を乱してくる。

「それにこれ以上続けると、単なる『弱い者いじめ』になってしまいそうだから……ねぇ?」

 彼女は哂う。

 いくら天然な志摩子でも、今の言葉に含まれた意味には気づく。


 そう、『志摩子は弱者として静さまに見下された』のだ。


 顔が朱に染まる。

 ここまで愚直に悪意を、自分自身に向けられたのは初めてだった。今まで気付こうともしなかった『怒り』の心が志摩子を蝕む。祥子さまのように激情に駆られたい気持ちを、志摩子は必死に理性で押し止めようとする。

 だってそれは、今日までの志摩子の『在り方』を否定することになるのだから。

 しかし、志摩子がその衝動に駆られるのを期待しているのか、静さまは無防備に正面に立ったままだった……変わらず志摩子を見下した目で。

(――――駄目っ!!)

 その態度に堪えきれず、衝動的に右手が動いてしまう。

 その手の平が向かう先は目の前の人物の頬、相手は物怖じともせずに完全なる無防備を晒しているのだ。その感情のままにその手を振りぬけば、さぞ軽快な音がすることだろう。このモヤモヤと濁った感情も、きっと晴れるに違いないと志摩子は思った。


 だがしかし、誰もが想像するであろう未来は訪れない。


 何故ならば志摩子の右手は、静さまの顔のすぐ横で止まっているからだ。その僅かな隙間は、まさに紙一重といっても過言ではない距離である。かつてないほどの大きさの感情の制御をした志摩子の顔は、普段の優しいマリア様のような微笑みを浮かべてはいなかった。

 そこには初めての『生』の感情をむき出しにした少女が一人。

「……あら、押し止まっちゃうの?」

 予想外といった顔をしている静さま。

 空いているもう片方の手で、彼女を叩きそうになった右手を押さえて退ける。

「…………静さまの思い通りにはなりません」

 それが志摩子の今の素直な気持ちだった。

 脅され、馬鹿にされ、哂われた……さらに意のままに操られるなど冗談ではない。

 ここに至り、志摩子は彼女の目的に気づいたのだ。

 蟹名静という人物は賢い人であり、衝動的に何かをするタイプではない。つまりは先程までの態度も、おそらく何かを計算してのことなのだろう。志摩子の平手にも無防備だったことから、わざと叩かれる気満々だったと推測する。

 そう――つまりは、確信犯。

 『白薔薇のつぼみ、立候補者の一人に暴行!?』、そんな見出しのリリアンかわら版が志摩子の脳裏を過ぎた。何故かここ暫く活動をしていない新聞部でも、流石にこの出来事には食いつくだろう。そうなれば志摩子は一巻の終わりである。

 そこまで考えて志摩子は戦慄した。

(――そこまで、そこまでするものなのでしょうかっ!?)

 目の前にいる一つ年上の彼女が、どこまでも狡猾で汚い悪魔のように見えてくる。

 その悪意は最近流れている悪い噂に近いものを感じた。あまりの露骨な噂からロサ・カニーナ派は逆に疑われていなかったが、今の志摩子なら思わず認めてしまうかもしれない。

 犯人はヤs……静さまだ、と。

(……これだけの狡猾さを持つ人ならば、あれくらいは平気でするかもしれない)

 もはや疑わずにはいられない。

 そんな志摩子に、彼女はとんでもないことをさらりと口にした。

「残念ね。色々大変そうな志摩子さんを、私としては『楽』にさせてあげようとおもったのだけれど……」
「――っ!」

 その言葉にかける慈悲などない。

 紅薔薇のつぼみ姉妹と黄薔薇のつぼみ姉妹のストレスを煽り、致命的な喧嘩の元凶……更には志摩子から全てを奪おうとする略奪者。

 間違いなく、彼女は山百合会の……自分の『敵』だ。

 いつも流動的な自分自身を嫌っていた志摩子が、初めて自分以外の人間にその『負の感情』を向ける。

 それは紛れもない『敵意』。

「……私は『あなた』が嫌いです」

 初めは会ったこともないタイプの人間性に戸惑った。こちらを見透かすような目を苦手に思い、志摩子の『居場所』に踏み込んでくることを疎ましく思った。

 それだけならばまだ良かった。

 しかし、彼女は志摩子の周りの人間関係までも傷つけた……しかも直接的ではなく、卑怯にも間接的に。挙句には志摩子の心に土足で踏み込んで、更には踏み荒らすような人間に『好意』など持てるわけがない。

 故に『藤堂志摩子』は認めない――『蟹名静』という人間を。

 そんな志摩子の敵意も彼女は平然と流す。

「あら、奇遇ね。実は私も『あなた』みたいな人は大嫌いなの」

 そう彼女は爽やかな笑顔で言い切った。

 実は互いに嫌い合う二人だが、奇しくもその好みは一致していたりする。それは白薔薇さまであり、または祐巳さんでもあった――――人、それを『同属嫌悪』と言う。

 彼女が薔薇の館を立ち去った後、志摩子は選挙の立候補に応じた。

 その顔に迷いなど、ない。





 どんがらがっしゃーん。

 その時の詳しい話を、後日静さまから聞いた真耶は椅子から盛大に転げ落ちた。

「ど、どうしたの?」
「……な、何でもないですぅ~」

 真耶は思わず頭を抱えた。

 静さまがもたもたしていた志摩子さんに、発破をかけてくれたのだということはわかる。

 しかし、そのやり方はあまりにも強引過ぎた。

 リリアン的にやんわりと背中を押してあげればいいものを、これではトラックで後ろからアタックしたかのようである。下手をすれば交通事故で……『藤堂志摩子 ―死(リタイア)亡―』となっていたかもしれないのだ。

 流石の真耶でもドン引きせざるをえない。

(……マジパネェっす、お姉さま)

 実際に選挙に立候補して見事当選したから良かったものの、一歩間違えれば他のつぼみ達より酷い結末になった可能性がある。

 真耶としては、もう少し穏便に収めて欲しかった。

「う~ん、別にお姉さまと志摩子さんの仲が不和になることもなかったんだけど……」

 まあ、これ以上済んでしまったことを気にしても仕方ない。

 お互いに白薔薇さまや祐巳さんが好きなタイプみたいだったから、仲の良い先輩後輩の関係を築けると思っていたのだが……真耶の読みが甘かったのだろうか。どちらにしても今春には静さまはイタリアへと旅立つのだし、今更志摩子さんと不和になってもあまり影響はなさそうだ。

 少し考え込んでいた真耶は、視線を静さまへと戻す。

「……仕方ないじゃない、あの子見てると苛立つんだもの」

 拗ねた顔で頬を膨らませる静さまに萌えてはいない、萌えていないったらいない。

 まあ現状では静さまの『妹』に真耶がなったことは極秘である。真耶が静さまの『妹』だということを、わざわざ志摩子さんにカミングアウトすることもない。そのことを知らなければ、今後の祐巳さんの補佐に影響することもないだろう。後は静さまが旅立った後にでも、軽くフォローしておけば十分だと思われる。

 所詮真耶にとって、補佐対象外の志摩子さんへの感情なんてそんなものだった。

 どっちもどっちというか、実に『姉妹』らしい二人。散々に山百合会を引っ掻き回しておいて、その二人のわりと共通する信条は『退かぬ!媚びぬ!省みぬ!』だったり。

 何とも酷い『姉妹』である。





 山百合会や新聞部が慌ただしく打ち合わせをしている中、まるで関係ないといわんばかりに真耶は帰宅部を堪能していた。

 まあ、実際に全く関係ないが。

 思ったよりも深刻に悩んでいる銀杏好き少女のことなど気にせず、真耶は家に帰るべく校門を出る。

 その帰宅途中に冷蔵庫の中にきれている食材を思い出したので、道を少し変えて駅の方へと足を延ばす。正月の時のこともあるが、別に真耶とて全てにおいてコンビニ弁当で生活しているわけではない。もちろん財布を忘れたとかのベタな問題が起こることもなく、真耶は無事に買い物を済ます。けっこうな量を買ったので、手に持った手提げ袋(店のビニール袋ではなく手製の物)はかなり重い。

 ふと気づくと、ビル街から少し離れた住宅街を歩いていた。

「……ふぅん」

 車通りも少なく、都心のような排気ガスの息苦しさはない。どこにでもあるような並木道だったが、あまり外出しない真耶にもその長閑な雰囲気はわかる。荷物の重さから少し休憩しようと、真耶は並木道の周辺を見回す。

 すると少し先に公園が見えた。

 日も暮れかけた公園ならば、一人休むには都合がいいと足を向ける。

 だが、誰もいないと思われたその場所には先客がいた。

(……あの制服はウチの学園の中等部かな、かな?)

 どこか哀愁を漂わせてブランコに座っていた少女が、公園の入り口に突っ立っている真耶に気づく。

 目と目が合った瞬間、真耶はその少女が泣いているように見えた。

 しかしブランコから立ち上がり、改めてこちらを向いた少女の顔は普通……思わず目を擦る真耶。

 普通の人であれば、今のはただの錯覚だと感じただろう。だが真耶は普通の概念から外れた人間である。その僅かな瞬間に、彼女のその些細な違和感に気づいた。他人に対し『仮面』を被るのは真耶も同じであるが、ただ彼女とは明らかに使用目的は違う。

 真耶の『仮面』は楽をする為。

 その他人を偽る行為自体も、自分の内の一つとして楽しんでいる。もちろん気に入った相手であれば、あっさりと『仮面』を脱ぐことも厭わない。

 それに対して少女の『仮面』はただ戒める為だけのもの。

 他人を偽り、自分をも偽る。常に『仮面』を被り続けなければいけない、そんな強迫的な観念すら感じられる。一体何がそこまでこの少女を駆り立てるのか、これだけの情報では流石の真耶でもわからない。

 今わかるのことは一つ、この少女が純粋に『哀しい』だけ。

 気づけば何も言わずに真耶の横を通り抜けようとする少女の腕を掴んでいた。

 足を止める少女。

「……離して」

 真耶の不躾な行動に、少女は不快そうに眉を顰める。

 少し強引にでも振り払えば、その手は呆気なく離れるだろう。しかし彼女は掴まれた腕を、自分から振り解こうとはしなかった。まるで差し伸べられた手を、自分から切ることをただ恐れるかのように見える。

 真耶はそこに彼女の『本質』を感じた。

 夕焼けの中で静に佇む二人は、まるで時間が止まったかのよう。

 その静寂を先に破ったのは、やはり少女の方だった。

「……離して、ください」

 繰り返し、どこか懇願するかのように言う。

 その声に、真耶は少女の限界を読み取る。

(今はまだここまで、かな……?)

 事は思った以上に繊細なものであり、下手に無理強いをしては少女は救えないだろう。

 掴んでいた手を離すと、少女は真耶から数歩の距離を取る。

「あなたは、一体……?」

 不信そうにこちらを見る少女に、真耶は笑って見せる。

「偶々通りすがったリリアンの先輩からの忠告、そろそろ暗くなるからお帰りなさい?」
「はっ!?」

 慌てて公園の時計を見る少女の様子は可愛い。

「……それと、もう一つ」

 少し真剣な顔をする真耶に、少女の態度も強張る。

 会ったばかりの少女にこんなことを言うのは真耶も正直どうかと思ったが、気になってしまったのだから仕方ない。

 少しでも言葉が、少女を癒せるかもしれないという想いを込めて。

「あんまり『無理』しないように、ね?」
「――っ!」

 愕然とする少女の肩を軽く叩くと、真耶はその公園を後にする。

 休憩のつもりで立ち寄った公園だったが、自分以上に疲れていた少女に会った。自分と似ているようで全然似ていない少女、とても偶然とは思えないような出会いである。それはまるで今の真耶の『お姉さま』である静さまと出会った時のようでもあった。

 うっかり互いの名前を名乗らずに帰ってしまったのが悔やまれる、

 だがもし、この二人の出会いが『運命』というのであれば、きっとまた出会う機会はあるだろう。この学園のマリア様はそういった悪戯が大層お好きなようだし。

 それに少女はリリアン中等部の制服を着ていた。いずれ高等部の校舎で遭遇する可能性は十分にあるし、我が道を往く真耶にとって中等部にスネークすることなど造作もないことである。それくらいなら蔦子さんでも出来るだろうが。

 ――しかし、山田真耶は知らない。

 この時の出会いが、後の大事件を致命的にまで歪めることを。

 そう、今はまだ……





[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第四話「その発想はなかった」
Name: ゆ◆1002f464 ID:cc4f2017
Date: 2009/04/04 16:10


 バレンタイン当日の放課後。

 イベント参加希望の生徒達が、わらわらと薔薇の館の前の中庭に集合している。

 その参加者の集団の中で、真耶は悩んでいた。

 結局この日までに、志摩子さんと静さまのクラスメイト達は歩み寄れず。あれだけのことがあったから無理もない話なのだが、このまま志摩子さんがダークサイドに堕ちていっても正直困るのだ。他の二人のつぼみの方はわりと上手くいっているというのに、中々ままならないものである。

 一番無難な案としては、彼女の姉である白薔薇さまに慰めてもらうこと。

 ただし、肝心の白薔薇さまがその現状を全く把握していない。あえて志摩子さんとの距離を置くことで、自分が卒業していくことを慣れさせようとしているのかもしれない。もう少し状況を読んで行動して欲しいものだ、今の状況では完全にそれは裏目となっている。

 真耶が遠目から見ても、志摩子さんが負のオーラを漂わせているのは確定的に明らか。

 同じつぼみである祥子さまと令さまの二人は、それを『あの志摩子にも機嫌が悪い日もあるのね?』とか勘違いしているものだから困ったものである。そんな状況すら把握せずに軽率にも参加者の中にいる白薔薇さまを見て、志摩子さんがどれだけの精神的なストレスを溜め込むことやら。

 ただこんなややこしいことになった一因に、真耶が絡んでいることもまた事実。

 ここは一つ布石を打っておくことにする。

 もちろん真耶が友達(笑)として慰めることはない。適材適所、餅は餅屋に。

 辺りを見回して、真耶は目的の人物に声をかける。

「ちょっといい? 祐巳さん」
「え? ま、真耶さんもこのイベント参加するの?」

 信じられないかのようにこちらを見て驚く祐巳さん、まあ今までの真耶の行動を考えれば無理もない。しかしまだ祐巳さんも読みが甘い、これだけの人がいるからこそ逆に目立たないのだ。ただし、こうして長い間祐巳さんと話していたりするのはNGではあるが。

 さっさと用件を済ますとしよう。

「志摩子さんのことだけど……」
「あ、うん、何か元気ないよね? もしかして、真耶さん何か知ってるの?」

 あるぇー?

 思わずフリーズしてしまった。

 真耶の情報網では、祐巳さんは暫く祥子さまへのバレンタインチョコの件で頭が一杯になっていたと聞いていたのだが……

「……気づいていたん?」
「う~ん……何となくは察していたの。でもとりあえず、先に祥子さまへのチョコを作っちゃってからにしようと思ってさ。志摩子さん、企画のことで悩んでいるみたいだったけど、結構深刻な問題だったりするの?」
「あーうん、まあそれなりに……」
「――そっか、じゃあこのイベントが終わったら声かけてみるね?」

 何かを知っていると思われる真耶に聞かないで、直接本人に聞くというその『真っ直ぐ』さ。

 元々素質はあるとは思っていたが、これほどとは正直驚いた。

 今回は企画を提案しただけで、その他には一切手を出していない。祐巳さん自身もかなり成長していたから、最悪薔薇の館から遠ざけられても祥子さまと不和にはなることはないと読んだ。真耶としてはそれだけで十分だったのだが、まさかその中で同僚のことを気配る余裕があったとは予想外である。

 もちろん良い意味で、だ。

 いっそこれを期に、彼女には山百合会の精神安定剤以上の存在にクラスチェンジしてもらおう。それだけの才能を祐巳さんは持っているようだし、その才をただ遊ばせておくにはあまりにも惜しい。

 生真面目な妹の支えになれば、と祐巳さんを山百合会に引き込んだ紅薔薇さま。その気はなかっただろうが、その行動はあくまで祐巳さんを格下の存在として扱っている。だからこそ、イレギュラーである真耶に、彼女の補佐を裏で頼んだりしたわけだ。確かにあの時点での祐巳さんを見ただけでは、それも仕方ないことだろう。

(……ふふふ、これも想定のうちですか? 紅薔薇さま)

 だがしかし、真耶も当時はどうかと思っていた祐巳さんは今、恐るべきスピードで成長していた。

 祥子さまの存在に左右されないメンタル面の強さ、更には周りの人間を惹き込んで癒せる包容力。あとは人間関係の経験を積めば、アンコ型の関取並みの重量感……貫禄もつくだろう。そんな彼女であれば新学期を迎えても、ある程度問題のある『妹』が出来ても大丈夫そう……流石にそれはちと早計ではあるが。

 それはとにかく、いずれはあの紅薔薇さまですら成しえなかったリリアン女学園の伝統、その幻想を壊すことすら可能かもしれない。

 まあぶっちゃけ、そこまでしてもらわなくてもいいとは思っているが。何事も程々が一番ではあるし、学園長の手前あまりそういった過激な思想は拙い。

 それにしても良い意味で真耶の期待を裏切ってくれる祐巳さんに、真耶はつい『悪い』笑みを浮かんでしまう。

 それはもう、『ニヤリ』と。

「……うわぁ」

 あ、祐巳さんがちょっと引いた。





ウァ……なんとかの贈り物? 第四話「その発想はなかった」





 何か怖い笑みをしていた真耶さん。

 あまり一般的でない行動をする彼女に驚くのはよくあること。

「志摩子さんか……」

 そんな彼女がわざわざ教えてくれた情報は、祐巳にとって見過ごせないものだった。

 少し前に企画のことを聞かれたのを思い出す。最近色々と成長している祐巳といえど、出来ることには限りがある。あの時はまだ祥子さまのチョコの方を優先していた為、何か悩みを抱えていた志摩子さんを後回しにしてしまった。

 だが祐巳はその判断を後悔はしていない。

 祥子さまの為のチョコを作ろうとしている時に、志摩子さんの悩みを聞いてあげるだけの余裕はなかった。というよりは、その悩みを聞いてあげるのは彼女の『姉妹』の役目。一年生である志摩子さんに『妹』はいないので、普通なら『姉』である白薔薇さまがそれをすべきだと祐巳は思う。

 しかし、あの白薔薇さまにそんな気遣いを期待する方が間違っていたのかもしれない。

 悩んでいる志摩子さんに気づかずに、このイベントに普通に参加している白薔薇さまを見て祐巳はその方向を切った。しかも志摩子さんの近くにいる祥子さまと令さままでもが、そんな彼女の様子に気づいていない様子。

 由乃さんはイベントに夢中だし、黄薔薇さまも同様……紅薔薇さまは受験の為にそもそも学校にいない。

 ならば動ける人間が動くしかない、祐巳はそう判断した。

(企画の悩み……他のつぼみと上手くいってないということは多分、ない。そうなると新聞部か静さま関係ということになるんだけど……そういえば選挙があってから暫く、静さまの名前を聞いた志摩子さんの顔が強張っていたっけ?)

 と、なると静さま関連の悩みの可能性が高い。

 それにどうも静さまは白薔薇さまの信奉者っぽいらしいし、白薔薇のつぼみである志摩子さんとあまり相性が良くない気がするのだ。もしかして散々に祐巳もからかわれたように、志摩子さんも悪戯好きな彼女にからかわれたのかもしれない。

 でも温厚な性格な志摩子さんが、その程度で怒ったりするものだろうか?

「でも、それにしては少し感情的な気もするし……」

 ちなみに、今現在祐巳はイベントの真っ最中。

 つぼみの姉妹達は他の生徒達とのハンデの為、スタート時間を五分遅らせている。祐巳以外はその遅れを取り戻そうと走って行ったが、イベントを他の生徒達に楽しんでもらいたいと思っている祐巳は一人歩いていた。

 そうそう、一応探し物に有利な自分達を尾行するのことは禁止されている。それでも何人かはこっそり由乃さん達を尾行して行ったが、祐巳に関してはリリアンかわら版に積極的に探すつもりはないと明言していた為に後を尾ける人はいない。というより祐巳は思う、その色のつぼみの姉妹がカードを取ってしまったらこのイベント的に顰蹙ものではないだろうか?

 それに祐巳のゆっくり歩くペースに付き合っていては、見つかるものも見つからないと断念したのかもしれない。

 そんなわけで、祐巳は一人ふらふらと学園内を歩いている。

「うーん、どうしたものだろ……ん?」

 志摩子さんのことを考えていた祐巳は、ふと足を止めた。

 目の前には委員会ボードがある。そういえば志摩子さんは環境整備委員会に所属していたっけ?

「山百合会と委員会を兼ねるのは大変かも、令さまの部活もそうだけど……」

 各委員会からのお知らせを提示する為の畳一畳分ほどのコルクボード、それを見ていた祐巳はあるものに気づく。

「――あ!」

 それは志摩子さんが所属する環境整備委員会の、『環境整備委員会だより』の上に貼られたもの。

 このイベントの賞品の一つ――――『白い』カードだった。





 祐巳さん達はハンデで遅れてスタートする様子。

 一方他の生徒達は、リリアンでのたしなみをどこかに忘れたかのような勢いで散会していった。

「やれやれ、ご苦労なことで……」

 そう呟きながら真耶は一点を目指して歩く。

 イベントの地図の端に描かれた場所、古い温室の周辺には人はいなかった。

 真耶の目的は一つ、この場所にロサ・カニーナのカードが在るかを確認する為だ。ここは真耶と静さまが『姉妹』となった思い入れのある、二人だけの秘密の場所である。だがそれは、普段の静さまを見ていても絶対に思いつかないような隠し場所でもあるのだ。

 もしこの場所に隠されていた場合、静さまは真耶にカードを取って欲しいということだろう。

 真耶としてもそれはとても嬉しい、だがそれと同時に悲しくもあった。何故ならば折角企画したイベント的に、あまりにも公平ではない配慮であるからだ。いくら真耶の『お姉さま』といえど、それをただ見過ごすことは出来ない。

「まあ、無ければそれで済む話だけどね~」

 結局、特に一般生徒達と会うことなく温室に辿りつく。

 真耶はそこでロサ・キネンシスの木の側に、一人の生徒の姿を発見する。結構小っこい人だ。

「おや?」
「――っ!?」

 人気のない温室は他の生徒達には注目されなかったのか、今この場所にいるのは二人。

 その生徒は真耶が声をかけると、驚いて振り返った。その手の中には、ビニール袋に包まれた『紅い』カードがある。

「『紅い』カードはそこだったかー」
「こ、これは……」

 祥子さまも中々粋な所に隠したものだ。紅薔薇のつぼみのことを考えれば、このロサ・キネンシスの木に辿りついてもおかしくはない。今の祐巳さんだったら普通にこの場所を見つけ出す気もするが、何分ハンデがあるからまだ来ていないのだろう……残念。

 温室の中を歩く真耶に、その生徒は酷く狼狽している。

「ん?」

 カードを見つけたのなら早く申請しに行けばいいのに、生徒は顔を真っ青にして立ったまま。

 まあいい、それよりも今は『ピンクい』カードの有無の確認が先だ。

 真耶はあの時の場所周辺を探す。

「……あちゃ~」

 あまりに不自然に、尚且つ大胆に……ただ地面に置かれていた『ピンクい』カード。

 それを拾った真耶は溜め息をつく。

 さて、どうしたものか。

「あ、それは……静さんのカード?」

 『紅い』カードを持った生徒が、『ピンクい』カードを拾った真耶に声をかけてくる。

「みたい、ですね。失礼ですけど、上級生だったりします?」
「え? ああ、うん……一応二年だけど」

 一応って何だ、一応って。仮にも上級生ならしっかりしろや、と真耶は心の中で突っ込んだ。

 もちろんどっかの誰かと違って、それが顔に出ることはない。

「それは失礼しました、じゃあ行きましょうか?」
「え、行きましょうって何処へ?」

 何処へも何も、一つしかないだろうに。

「薔薇の館に申請しに行くのでしょう?」

 彼女の手を引いて温室を出ようとする真耶を、彼女は止める。

「わ、私にはこのカードを申請する資格はないの!」
「資格って……イベント参加者でしょう? さっき中庭で見た顔ですけど……」

 中庭で見たというのはもちろん嘘だ。

 だが彼女が持っているカードは、イベント参加者でなければわざわざ手に取るものではない。それを何故一度手にしておきながら、何故申請しようとしないのだろう。

 真耶は彼女を真っ直ぐに見つめる。

(鳴かぬなら、殺s……鳴かせてみせよう不如帰)

 そんな真耶の目に耐えかねたのか、彼女はぽつぽつと告白した。

 ……そのカードを手にした経緯を。





「ふむふむ……つまりはイベントが始まる前に取ったものだから正当性がない、と美冬さまを仰るわけですか」
「そうよ、私は結局……」

 しゅん、と俯いてしまった……鵜沢美冬さまに、真耶は苦笑する。

 変に真面目なタイプのくせに無理をするからこうなるのだ。

 だがおかげで一つ名案が浮かんだ。

「それがどうしたというんです?」
「へ?」

 真耶の言葉に、信じられないかのように顔を上げる美冬さま。

「美冬さまがイベント前にこれを取った、と誰も証明することは出来ません。そしてこのイベント時間中に私が見たのは、この『紅い』カードを手にした美冬さまです。ならばこのカードを見つけたのは美冬さま以外の何者でもない、私がその証人ですから」

 イベント時間中に見たという真耶の証言を、彼女は覆せない。

 祥子さまがカードを隠した温室で、時間内にカードを手にしているものが所有権を持つ。もしも彼女が何もかも無かったことにしたかったのだとしたら、そもそもこのイベントに参加しなければよかったのだ。

 だが現実には彼女は参加者の一人である。

 ならばその権利をしっかりと行使してもらおう、真耶のとある策謀の為に。

「ああ、でも美冬さまがどうしても嫌だというなら……こちらにも考えがありますよ?」
「な、何? あなたの考えって……」
「――全校生徒にあなたがイベントの始まる前に祥子さまをストーキングし、そのカードを奪ったと公表します」

 目の前の彼女の顔が絶望に染まる。

「もちろん否定してもいいですよ? だけど『学園長の親戚』である私と美冬さま、どちらが信用されるかは一目瞭然でしょうね」
「~~~っ!!?」

 逃げ道を容赦なく潰す真耶。蛙の子は蛙……ドSの妹もまた、『ドS』だった。

 美冬さまは完全に涙目で、小さい身体を震わせて小動物のように見える。例えるなら今の真耶は、その小動物の四肢を押さえた捕食者とでもいった所か。

 更に性質が悪いことに、真耶は飴と鞭の使い分けが上手かった。

「ふふふ、大丈夫です美冬さま。私は何も無理難題を押し付けようと思っているわけじゃありません。美冬さまはその『紅い』カードをただ申請し、同級生の一人として祥子さまと仲良くデートをすればいいだけなのです。それにこのカードを手にしたということは、祥子さまに何か想う所があったのではないですか?」
「…………うん」
「ならば迷うこともないでしょう? そうですね……もしどうしても後ろめたいのであれば、私に脅されたとでも思って下さって結構です。それもまた事実ですし、美冬さまが必要以上に『罪』を感じる必要はありません」
「……そう、かな?」
「はい、そうです」

 真耶はしっかりと断言してあげる。

 弱っている所を突けばこの通りである、人の心なんてものは。


 ね? 簡単でしょ?


 どこか虚ろな美冬さまをエスコートしながら、真耶は薔薇の館へと向かう。ちなみに周りの生徒を刺激しないように、二人ともカードはポケットに隠している。

 薔薇の館が見えた所で、入り口に白薔薇さまの姿を確認した。少し気落ちしていることから、カードは見つけられていないと予測。更にはそこへ紅薔薇さまが現れ、二人が薔薇の館に入った後には黄薔薇さままでもがそれに続いた。

 それはまさに僥倖……先程閃いた策謀を、まるで『天』が成せと祝福しているかのようだ。

 真耶は隣を歩く美冬さまの耳に、そっと囁きかける。





 美冬さまと一緒に、真耶は白薔薇さま達を追って薔薇の館の入り口をくぐる。

「あれ? 君もこのイベントに参加していたの?」

 階段を上がり、生徒達が楽しそうにしている部屋に入ると、真耶の姿を見た白薔薇さまが若干嫌そうに言う。

 そんな声を気にすることなく、真耶は彼女の脇を通り抜ける。部屋の中で座っているつぼみ達と、こちらを楽しそうに見る静さまに視線を送りながら真耶は答えた。

「私はただの付き添いです……『紅い』カードを手にした者の、ね」

 真耶の言葉に、薔薇さま方を含めた部屋の中全員の視線が隣に集まる。

 その視線にビクつきながら、美冬さまはポケットから『紅い』カードを取り出した。

「……私が、鵜沢美冬が見つけました。祥子さんの、紅薔薇のつぼみのカードを」

 部屋の中が騒然とする。

 美冬さまはそのカードを部屋にいた新聞部部長、三奈子さまへと渡す。三奈子さまはそんな彼女を、『誰だっけ?』といった目で見ている。まああまり目立った生徒ではなかったようだから、それも無理もないことだろう。

 一方で真耶は強い視線に気づく。

 紅薔薇さまが少し体調悪そうな顔でこちらを睨んでいた。つい先刻までは部屋の中の様子に満足そうにしていたというのに、えらいあからさまな反応である。

(ふっふっふ……『どうしてそのカードを手にした者が祐巳さんではない?』とでも言いたそうですね、紅薔薇さま)

 お宅の妹のミスですよーと言ってやりたいが、ここは堪えよう。

「――それでは、美冬さま。『後はよろしくお願いしますね?』」

 三奈子さまに色々と質問されている美冬さまに、真耶は一声かけると部屋を出ようとする。

 その行動に一番驚いたのは静さまだろう。

(わ、私のカードを見つけたのではないの!?)

 珍しく動揺する静さま。

 だが残念ながら静さま、選挙の時を思い出して欲しい。勝負というものは、五分の条件でするからこそ面白いのだ。逆境ならまだしも、こんな有利な条件で勝ってしまっては面白くもなんともない。『お姉さま』である静さまとの半日デートがかかっていたとしても、それをただ認めるわけにはいかない。

 真耶の『合図』に、仕掛け人である美冬さまが動く。

「――あ、あの白薔薇さま? そのポケットからはみ出ているモノを、まだ『出さない』のですか?」
「え、何?」

 美冬さまの声に、白薔薇さまはつい反射的にポケットからはみ出ているものを取り出す。


 その手が持っているのは――ピンク色をした『カード』。


 先程美冬さまが提出した『紅い』カードと同様の、このイベントの賞品の一つである。

「――な、何で……ちょ、ええーっ!!?」

 自分の手に持っているカードに、誰よりも驚く白薔薇さま。

 だがここで間をおいてはいけない、更に畳み掛けるように美冬さまは言う。

「――流石は白薔薇さま。このタイミングでカードを出すなんて……私が祥子さんのカードを見つけたことが霞んでしまいそうですぅ」
「ちょ、おま……」
「三奈子さん、白薔薇さまも私と同じ古い温室でカードを見つけました~」

 白薔薇さまに発言はさせない。

 まだ美冬さまのターンは終了してないぜ!

「そ、そうなの? 静さん?」
「え……あ、はい」
「私と一緒にカードを見つけたのに、皆を驚かせたいから時間差にしようと仰るものですから……」

 困ったように笑う美冬さまの言葉を疑う者はいなかった。

 普段の白薔薇さまを知る人間にとって、それは十分すぎるほどにありえることだからである。

 日頃の行いがものを言う、誰もがそう感じた瞬間だった。



「……予想外だったですけど、そういうことならそうと早く言って下さいね? 白薔薇さま?」
「え? え??」

 新聞部部長である三奈子さんが、そう『認めて』しまった。

 静さんのカードの勝者は、白薔薇さまこと聖のものとなったわけである。

 しかもその証人は部屋の中全員、つまりは薔薇さまと呼ばれる蓉子達も含まれるのだ。これ以上の証人はいないだろう。

(――やられた、わね)

 全く覚えの無い聖だったが、もはや否定できるような状況ではない。生徒達が盛り上がる中、ふと部屋の出口を見る。

 そこには悪人っぽい笑みを浮かべる『山田真耶』が、いた。

「ちょ、ちょっと「駄目よ、聖」――蓉子っ!?」

 彼女に気づき、真犯人を指差そうとする聖を蓉子は止める。

 こちらを忌々しそうに睨みながら、小声で彼女に話す。

「あなたが静さんのカードを見つけた、と周りの生徒達は既に『認めて』いるの。ここであなたがゴネたら、静さんの面目を潰すことになるわよ?」
「――静の!? くっ……彼女は『ロサ・カニーナ』の味方じゃなかったの!?」
「わからない、でも……」
「私達が彼女に『踊らされた』というのは確かね。もっとも『ロサ・カニーナ』の方も愕然としているみたいだけど……?」

 江利子もその内緒話の輪に入ってくる。

 確かに静さんは呆然としていた。あの表情は演技ではない、と三人は思っている。

「でも、聖に静さんのカードを取らせることに何の意味が……っ!?」

 ぞくり、と蓉子は悪寒を感じた。

 恐る恐る振り返ると、そこには顔は笑っていながらも……けして『眼』が笑っていない志摩子の姿があった。

 表面上はただ笑っている志摩子に、一般生徒や祥子と令は気づいていない。いや、気づいていない方がよかったというか……

「ちょ、ちょっと、聖!? 志摩子どうしちゃったのよ、アレ!?」
「わ、わわわからないってば!! 怖い、すっごく怖いよ、志摩子!?」
「――聖、どう考えてもアレは『おかしい』わ。一体あの志摩子に何をしたの?」

 志摩子の『闇』に気づいてしまった三人は、静さん以上に動揺していた。

「――何をって、『何も』してないわよ!?」
「……何もしてない?」

 聖の言葉に、何かが引っかかる。

「待って。こないだの選挙から様子がおかしかった志摩子に、あなた何も聞いていないの?」

 次期白薔薇さまとして当選した志摩子は、その結果にしてはどこか陰を潜めていた。

 一年下の薔薇さまの立場というプレッシャーを感じているのかと思い、それくらいなら『姉』である聖が慰めるだろうと思っていたのだが。それを彼女が一切していなかったとなると、話は予想以上に困ったことになりかねない。

「だ、だって……」

 聖のことだ、彼女のお姉さまに言われた『大切なものが出来たら自分から一歩引きなさい』というアドバイスを律儀に守っているのだろう。だが蓉子からしてみれば、それはあまりにも消極的すぎる遺言だ。いつまでも失敗を恐れていては、聖はちっとも前に進むことは出来ない。

 彼女に似ている志摩子という妹がいるからこそ、その一歩を踏み込むことで未来が無限にひらけるというのに。ただ過去に悲しい出来事が色々あった聖に、そこまで求めるのは無理があるのかもしれない。

 蓉子としても複雑な気持ちである。

「……はあ。へたれな聖はともかくとして、祥子達まで志摩子の状態に気づいていないのは問題ね」
「自分達の『姉妹』には無駄に敏感そうなのにね、他家の薔薇だと何故か上手くいかないみたい」

 志摩子の殺気にガクブル状態の聖を、蓉子は江利子と生暖かい目で見る。

 卒業を控えた自分達に出来ることは、あまり多くはない。聖は別として、蓉子達は外の大学へと受験したのだから、いつまでも妹達に頼られるわけにもいかないのだ。だがそんな決意が鈍りそうになるくらいに、自分達の妹は少し頼りない。

 そんな時、聞き慣れた階段の足音が聞こえてくる。

 そう……これは期待のホープである祥子の妹、福沢祐巳ちゃんの音。

 既に『紅い』カードが見つかってしまっていることに、落ち込んでしまうかもしれないと蓉子は危惧する。

 未だに蓉子の中では祐巳ちゃんは『被保護者』なのだ。

 しかし、扉を開けて入ってきた祐巳ちゃんは……

「――志摩子さん! 好きだ! デートしよう!!」

 一瞬、誰もが耳を疑った。

 しかし、祐巳ちゃんは間違いなく祐巳ちゃんで、その掲げた手の中には『白い』カードがある。

 蓉子が知っている内気で平凡な少女の姿は今、跡形もなく吹き飛んだ。

 あまりの予想外のことに、『完璧』と言われた蓉子でさえ椅子から転げ落ちる。部屋の中にいる他の生徒達がその発言に、度肝を抜かれるのも当然とも言えよう。

 一方、そんな恥ずかしい告白を受けた本人はというと――

「――はい! 祐巳さん! デートしましょう!!」

 と、何処か吹っ切れた顔で答えていた。










 『紅い』カードの勝者……鵜沢美冬。

 『白い』カードの勝者……福沢祐巳。

 『ピンクい』カードの勝者……佐藤聖。



 ――そうそう、『黄色い』カードを手に入れたのは島津由乃ではなく『田沼ちさと』という生徒だったとか。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第五話「ちょっと一息」
Name: ゆ◆1002f464 ID:68b7ba5e
Date: 2009/04/24 01:46


 イベントが終盤へと差し掛かる頃、祐巳は薔薇の館へと向かっていた。

 そのポケットの中には『白い』カードがある。

(うーん、つい持ってきちゃったけど……)

 祐巳の心中は複雑だった。

 あれだけ事前にイベントへの積極的参加はしないと言っておきながら、賞品であるカードを持っているということに。

 そもそも山百合会関係者がこのイベントで勝ってしまっては、一般生徒との溝を埋めることにはあまりならない。確かにイベントを通じて薔薇の館への敷居が低くはなったとは思うが、これでは祐巳が思う程の結果には至らないのは確実である。

 そこまで考えていながら、何故祐巳がこれを持って来てしまったかというと……

「……志摩子さんのことがあるし、ね」

 真耶さんの態度から察するに、今の志摩子さんは精神的に不安定なのだろう。

 バレンタイン当日を迎えた今、祐巳には多少の余裕が出来ている。根本的な解決に協力出来るとは思えないのだが、少しでも話を聞いてあげることで志摩子さんを励まそう……と思っていたけれど、それが中々に難しかった。主にタイミング的な意味で。

 おそらくは静さまの件以上に、白薔薇さまの卒業がネックになっているのだと思う。その場合、祐巳は彼女に下手な言葉がかけられない。何故なら『姉妹』の間が一年離れている白薔薇姉妹と違って、祐巳の姉である祥子さまの卒業は一年先である。

 『お姉さまが卒業する』ということを、今の祐巳には理解することは出来ないのだ。

 そこで見つけた、この『白い』カード。これをこっそり白薔薇さまに渡すことで落ち込んでいる志摩子さんを慰めてもらおう……とも考えていたのだが、残念ながら薔薇の館に着くまでに白薔薇さまに会うことはなかった。現実とはそうそう上手くいかないものである。

 さてどうしたものか、と溜め息をつきながら祐巳は薔薇の館の中に入ると……

「――あれ? 真耶さん?」

 そこで祐巳は、階段を降りてくる生徒に気づいた。

「おや、祐巳さん。お疲れ様~?」

 軽く手を振りながら降りてくる真耶さん。

 いつも思うことだけど、彼女は『紅薔薇のつぼみの妹』としての祐巳に接することはない。山百合会のメンバーが側に一人でもいる時に、祐巳は真耶さんと話したことはないのだ。その徹底した態度から、てっきり山百合会のことが嫌いなのかな?とも思ったが、それだったら祐巳の相手もしないだろう。

 よく話すようになってからすぐは、そのことにかなり悩んだものだ。しかし、今はそれほど気にしてはいない。真耶さんはあくまで、『紅薔薇のつぼみの妹』ではない『福沢祐巳』という個人を見ているだけだから。『姉妹』である祥子さまとは違う視点、ただの一般生徒で祐巳のクラスメイトとして。

 それは祐巳に、自分が山百合会幹部だけの……祥子さまの妹だけの存在ではないということを思い出させてくれた。

 その当時の一番の新入りで、尚且つ未熟な祐巳は山百合会の……しいては祥子さまの為に必死だった。それこそ、それ以外には目も向かないほどに。あのままでは、いつかきっと様々なプレッシャーに押し潰されていただろう。そう断言するほどの根拠はないけれど、祐巳にはそんな気がしていた。

(……でも、不思議。真耶さんは今までに、私に対して具体的なことは何一つ言っていないというのに……)

 そのさりげない助言に、随分と祐巳は助けられてきたのである。

 彼女の方に意識を移すと、上の会議室の方が何やら騒がしいことに気づく。上から降りてきたということは、少し前まであの部屋ということだろう。もしかしたら何かあったのか知っているかもしれない。

「――上で何かあったの?」
「うん、『紅い』カードが見つかったみたい。私も『知らない』生徒だけど、一応二年生らしいよ?」
「……そっか」

 祥子さまのカード、か。そのカードの行方が気にならない、といえば嘘になる。

 しかし祐巳からしてみると、見知らぬ上級生が祥子さまと半日デートすることは少し心配だ。それは祥子さま『が』ではなく、もう一人見知らぬ上級生の方『が』である。自分ならともかく、慣れない一般生徒からすると祥子さまはかなり気難しい印象が強いと思う。半日とはいえそんな祥子さまと普通の人が付き合うということは、思った以上に大変かもしれない。

 ただ企画は既に決まっていることなので、その半日デートは行われることは確定済み。だから祐巳としても、今更それに異を唱えることは出来ない。

 それよりも、真耶さんの次の言葉が祐巳の平常心を抉る。

「あ~そうそう、『ピンク』のカードも見つかってさ。しかも、それを見つけたのが白薔薇さまでっていう……」
「――え、えぇっ!?」

 静さまのカードを白薔薇さまが?

 今のタイミングで、それは非常に『拙い』。あの温厚な志摩子さんが切れるとは想像つかないが、彼女も祐巳と同じ人間……必ず限界は来る。それが今でないことを祈りたい所だが、何せ志摩子さんの心を揺さぶっているもう一方の静さまと白薔薇さまの半日デート。

(そ、そんな不幸な偶然ってあるもの!?……お願い真耶さん、聞き間違いだと言って!?)

 やや縋った目で真耶さんを見る。

 しかし、現実はいつも『こんな筈じゃなかった』ことで一杯だった。

 そんな祐巳の心境を察したのか、真耶さんは申し訳なさそうな顔でそれを事実と肯定する。

「周りはほとんど気づいてなさそうだったけど……ごめんね、私じゃどうしようもなかったよ」
「――ううん、教えてくれてありがとう」

 迷っている時間は、ない。

 祐巳はポケットからカードを取り出すと、階段を上がっていく。周りからの顰蹙などはもう割り切り、白薔薇さまに託そうとした気持ちも捨てる……まあ現状でこのカードを白薔薇さまに渡すことは不可能だから仕方ないのだが。

 とにかく、今はただ『友達』を救うことだけを考えよう。

 しかし、階段を上がって部屋の前で一度立ち止まる。

 生半可な行動では、周囲の目を誤魔化しつつ志摩子さんを助けることは難しい。白薔薇さまの代わりに、という行動では駄目なのだ。祐巳が白薔薇さまの面目を潰してまで助けても、きっと志摩子さんは喜ばないだろう。

 ならばどうするか?

 祐巳は、ふと前に真耶さんと話していたことを思い出す。



 それは学園祭が終わった頃の話。

「……本当にお姉さま達はすごいな~」

 祥子さまの『妹』になってから暫く、その仕事ぶりを見て祐巳は劣等感のようなものを感じていた。

 そんな時、話していたクラスメイトが笑う。自分が紅薔薇のつぼみの妹になったことなど、まるで気にしていない真耶さんのいつもの態度に、祐巳はつい愚痴のようにそう零していた。それらは、山百合会のメンバーである志摩子さんや由乃さんには少し言いにくいことだから。

 でも、そんな愚痴にも彼女は普通に接してくれた。その時に聞いた話が……

「華麗にして生まれながら天から才能を与えられた彼女達は『鯛』。でも平均平凡な祐巳さんには、華麗なんて言葉は似合わないでしょう? そう、あなたは『鰈』……泥に塗れるの」
「…………真耶さん。いつも思うんだけど、意味がさっぱりわからないよ?」
「そう? じゃあ少しだけヒントをあげるにゃ~」

 必ずしも自分が主役である必要はない、と。

 そう、他に主役を張れる人がいるのならその人に主役を任せればいい。そしてわざわざ脇役がそれに代わることはない……主役が主役で在る為には、その踏み台にされるべき脇役がいなければならないのだから。



 それは人の持つ劣等感を、都合良く利用した考え方かもしれない。

 しかし、その発想に不快感はなかった。いつだって彼女が教えてくれるのは、常に『前に進む』ことだったからだ。例え自分に何かを成す力が無いとしても、常に最善を尽くす……その心はどんな才能よりも眩しく、そして美しい。祐巳が彼女から教わったことは、今まで考えたこともなかったような方向性の発想ばかり。そしてそれは、ほんの少しずつではあるが『福沢祐巳』という人間を変えていく。

 それらの発想をまとめ、祐巳はとりあえず現状にこう結論づけた。


 ――だからどうした、と。


 周りが何と言おうとも、自分に対する認識がどうなろうとも、それが一体どうしたというのだ。ここで保身を考えるようなら、そもそも祐巳は志摩子さんの友達を続けてはいない。今はそんなことは関係ないのだ、困っている友達を助けるのに周りの許可など必要だろうか。

 手に持つカードを今一度見つめる。

 現状で志摩子さんも白薔薇さまも傷つけることなく、この場を誤魔化す為にはどうすればいいか?

 あの時に聞いた真耶さんの言葉の意味が今、なんとなくわかった気がする。

「……泥なんてなんだい、かな」

 祐巳は不敵に微笑んだ。

 周りが呆然となるくらいに素っ頓狂な行動をしてやろう、それはもう白薔薇姉妹の不和が、志摩子さんの憂鬱すらも吹き飛ぶくらいの。

 今はとにかく、志摩子さんと話す為の時間が欲しい。

 姉である祥子さまには自分の奇行は申し訳ないが、白薔薇姉妹の為ならばきっとわかってくれるだろう。自分と祥子さまとの絆はこないだの選挙の時を思えば、そう簡単には揺るがないだろうと祐巳は思っている。祥子さまの妹になる前、黙って見ているだけだったあの頃とは違うのだ。

(もし祥子さまがゴネた場合でも、後でチョコレートを渡しながらフォローすればいいや……何だかんだで、甘えたい盛りだろうし)

 さて覚悟は決めた、後は己を貫くのみ。

「――よぉしっ!」

 目の前の扉に、祐巳は手をかけた。

 そして扉を開けると同時に、騒がしい部屋の中の状況を見回す。何故か勢揃いしている薔薇さま方に若干驚くものの、その奥にいる志摩子さんの様子にそれ以上に慌ててしまう。何か目のハイライトが消えてるっぽいので、事態は一刻を争うと判断。

 祐巳は『白い』カードを志摩子さんに向け、腹の底から大きな声で宣言する。

「――志摩子さん! 好きだ! デートしよう!!」

 この想いよ――届け。





ウァ……なんとかの贈り物? 第五話「ちょっと一息」





 山百合会と新聞部の合同企画は、あの後黄色のカードも無事に見つかり終了した。

 紅とピンクのカードの時以上に、色々と盛り上がった祐巳さんの白いカード。その派手さに隠されて目立たなかったようだが、黄色のカードを見つけた生徒……田沼ちさとさんは嬉しそうだった。そんな彼女の姿を見るだけでも、この企画は成功したと言えるのではないだろうか。

 主催者側としてイベントの後片付けに参加していた静は、ふと今日の出来事を思い出す。

 結局、真耶はあのまま帰ってしまったのだ……私のカードを密かに白薔薇さまに押し付けて。ほとんどの人が気づいていないようだったが、静は真耶が不自然に白薔薇さまの傍を通り過ぎたことに気づいた。きっとその時にカードを忍ばせたのだろうが、正直リリアン生の所業ではないと思う。

 そしてその行動に隠された真意が、更に静を複雑な気持ちにさせていた。

 今回の企画では、山百合会のカードを一般生徒ではない関係者が取ることは阻まれる……元々両者の溝を埋める為の企画でもあるのだからそれは当然だ。しかし、山百合会メンバーではない静にはそんなことは関係なく、静のカードは誰が取っても構わないのである。ただ静としては自分のカードを取って欲しい人は限られたので、つい自分にとって特別な場所に隠してしまった。

 そこは静と真耶が『姉妹』になった場所であり、彼女にしかわからない筈の隠し場所……もっとも祥子さんと隠し場所が被ったことには少し驚いたが。

 静は妹である真耶にカードを取って欲しかったのだ……思い出の一つとして。

 しかし、真耶はそれを――拒んだ。

「……はぁ、失敗したわね」

 別に静のことが嫌いになったということではない筈だ。彼女はただ、選挙の時の静と同じように公平さを求めただけ。それを考えれば、迂闊な行動をしてしまった静としては何も言えない。

 謝ろうとも思ったが、あの様子では暫く話す機会はないだろう。

「――そうでもないわよ?」

 一人考えながら片付けに集中していた静は、いつのまにかに近づいていた三奈子さんに気づかなかった。

「み、三奈子さん!?」
「ふ~ん? いつもクールな静さんも、そういう顔が出来るのねぇ?」

 珍しいものを見たと言わんばかりの三奈子さん。そうは言われても、誰だって急に声をかけられたら普通に驚くと思う。ただ少し動揺したものの、彼女の他には誰もいなかったので静はすぐに冷静さを取り戻す。

 今、彼女は何と言った?

「……そうでもない? それは一体どういうことかしら、三奈子さん?」

 思えば真耶が白薔薇さまにこっそり忍ばせたカード、あれは明らかに不自然だった。一般生徒であれば気づかないかもしれないが、新聞部部長である彼女がそれに気づかないのはおかしい。

 それなりの観察眼は持っている筈なのに、あえて見逃したのだろうか?

 首を傾げる静に、三奈子さんはやや苦笑しながらネタの種明かしをしてくれた。

「いえ、ね? あなたのカードが白薔薇さまに渡るのは、最初から決まっていたことだから」
「え?」
「この企画を立ち上げた時に頼まれたのよ、真耶さんに。留学していくお姉さまに、楽しい思い出を沢山作ってあげたいって。……ほら? 私は何だかんだで彼女に借りをいくつも作ってるから、そのお願いを断りきれなかったのよねー」
「そう、真耶がそんなことを……」

 やはりそんなことだろうとは思っていた。

 自分が白薔薇さまに抱いていた想い、それを汲んでくれたのだろう。それは選挙の時の気遣いからいって間違いない。確かに『姉妹』となった自分達ならば、こんなイベントを通さなくてもデートくらいは出来る。静も今すぐイタリアへ行くわけではないので、休日に二人の都合を合わせればそれで済む話だ。

 しかし反対に白薔薇さまとのデートは、こういったイベントを通さなければ出来ない。山百合会の一人である彼女と、一般生徒に類する静とでは接点がないからである。静としては選挙の時に一応の気持ちの整理はつけていたのだが、お節介な妹はそれだけでは済ませてはくれないようだ。

 それにしても、新聞部を部長ごとほぼ掌握している手腕には呆れてしまう。きっと目の前の三奈子さんも、真耶に上手いこと使われているとは思ってない。まあ、そう思わせないようにしていることもあるが、それでほとんど敵を作らない所は流石というか。

「……まったく、あの子ったら困ったものね」
「そういえば静さん、イベント前に彼女から伝言を預かってたわ。えっと確か……『今日はお早めにお帰り下さいね☆』だって、どういう意味かしらね?」
「お早めにって……」

 企画の主催者達はイベントの後片付けの他に、半日デートの方の打ち合わせがある。

 なので一般参加した生徒達よりは早くは帰れない、それくらい真耶も知っている筈だ。それなのに早い帰宅を望むということは、家に何かを送ったりしたのだろうか? 今日という日から、バレンタインチョコレートとか。

 あの真耶がそんな殊勝なことをするのは考えにくいけれど……ただ自惚れかもしれないが、自分のことに限って妹である彼女はとことん甘い。

 そういう可能性もある、と考えておいた方が良さそうだ。

「まあ何にせよ、打ち合わせを終わらせないと帰れないわ。後片付けはもう終わりそうだけど……」
「あ、そうだ。静さんはもう帰っていいから」
「え?」

 今日の三奈子さんには色々と驚かされる。

 静の記憶が確かならば、片付けの後には打ち合わせがあった筈だが?

「元々それを伝えにきたのよ。あまり三年生を時間的に拘束するのはよくないだろうから、白薔薇さまには帰ってもらったの。だからまた後日、時間に余裕を持って打ち合わせましょうということで」
「……そうなの?」
「まあ山百合会のつぼみ達には、もう少しだけ付き合ってもらうけどねー」

 だから妹のお願い通りに早く帰ってあげて、か……これもまた彼女の『計算通り』なのだろう。

 ならばそれに逆らうこともない。

「じゃあ三奈子さん、先に失礼するわね?――ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」

 静の担当地域の片付けは済んでいる。まだ残らなければならない山百合会の面々には申し訳ないが、先に帰らせてもらうことにした。

 後日の打ち合わせをしようにも、相手である白薔薇さまは帰ってしまったのだから。

 仕方ないので、静は一人帰路につく。



 帰り道の途中で、実は自分を驚かそうと真耶が待ち受けていたりするのかと警戒していたのだが、結局誰とも会わずにそのまま自宅まで辿り着いてしまった。

(……私一人の考えすぎだったのかしら?)

 思えば『姉妹』という関係に囚われすぎたかもしれない。

 自分の妹である真耶は、そういう所は意外にドライだったりする。

 だからこそ、補佐対象である祐巳さんへの調教……もとい教育には、『姉妹』という関係にあまり囚われないようにしていると聞いた。たしかに姉があの祥子さんでは、余程しっかりしてないと共倒れになる危険があるのでそれも仕方ないのだろうが。それらを見越した上での祐巳さんへのあの教育……少しくらい他人に依存されてもビクともしない重量感たっぷりの包容力、それほどの潜在能力を秘めていた祐巳さんにも正直驚いたが。

 今回の件も、祐巳さんにそれだけの土台が出来ていると踏んでの策だろう。

 つくづく常識に囚われない妹だと思う。

 それに比べ、妹との半日デートという言葉につい浮かれていた自分に反省する。

「なるほど、これが真耶が言っていた『姉妹という関係による視野狭窄』なのね。やれやれ、私としたことが……」

 一つ深呼吸。

 浮つく気持ちを切り替えて、鞄から取り出した鍵で玄関の扉を開ける。

 すると、その目の前には……

「――あら、お姉さま。おかえりなさい」

 何故か白いエプロンを身に纏った妹……山田真耶が微笑んでいた。





 玄関で呆然としている静さまを見て、真耶はしてやったりと笑う。

 三奈子さまへの伝言から、さりげなく帰り道の待ち伏せを匂わせる。だが帰り道の途中に待ち伏せはなく、家の前にも待ち伏せてはいない。『気のせいか?』と思わせておいて、家に入ったという安心感からくる気の緩みのその瞬間が狙い目。

 クールな静さまの貴重な茫然自失姿、写真に撮れないのが少し残念だ。

「流石のお姉さまでも、私がまさか家の中にいるとは思いませんでしたか?」
「――ま、真耶っ!?」

 信じられないものを見るような目の静さま。

 ちなみに何故ここにいるかというのは簡単な話、静さまのお母さまと密かに連絡を取っていただけ。静さまにサプライズしたいと言った所、彼女は瞬時に『了承♪』と賛同してくれたのだ。

 流石は静さまのお母さま、いろんな意味で大物です。

「あ、真耶ちゃん。こっちの手伝いはもういいから、静の相手してあげてね~」
「はい、小母さま」

 呆然としていた静さまに、「静ったら、こんな気の利く可愛い『妹』が出来て良かったわね~♪」と台所から声をかける静さまのお母さま。イベントの後片付け等で普段より遅くなることを知っていた真耶は、先立って彼女に連絡を取って家に上がりこんでいた。ただお邪魔するのは流石の真耶も気が引けたので、ほんの少し家事手伝いをしていたわけである。

 そこまでして、蟹名宅で真耶がしたかったことは一つ。

「はい、お姉さま。私からのバレンタインチョコレートです」

 真耶は一旦台所に戻り、紙袋を持ってきて静さまに差し出した。

 それはわりと高めのチョコレート『フェレロ ロシェチョコレート』。

 真耶も最初は手作りのチョコレートにしようと思っていた。しかし『姉』に初めて贈るチョコレートなのだ、折角なら美味しい方がいいだろうと真耶は考えたのである。普通は心の篭った手作りチョコレートの方が喜ばれそうなものだが、あえて意表を突く形にしてみたのだ。

 予想通りに、静さまは真耶に対して複雑な顔を見せている。黙ってサプライズを企んだ真耶を怒りたい、突然にとはいえ『妹』からのプレゼントに喜びたい、そのプレゼントが手作りではなくわりと高級品ということに対する戸惑い、そんな百面相をしている顔を見られて照れているという風にも見えた。

 やや本気のジト目で睨んでくる静さまは、残念ながらあまり怖くない。

「……真耶、あなたのそういう私を弄ぶ所は『嫌い』よ」
「そうですか? でも私は、そういう感情豊かな顔のお姉さまを見るのは『好き』ですから」

 恥ずかしげもなく、そんな言葉がすらりと出た。我ながらその発言には少し照れてしまう。

 真耶と同様に、目の前の静さまも少し顔が赤い。

「…………馬鹿(――まったくもうっ! どうしてそういう口説き文句をさらりと言えるのかしら……)」
「ふふふ、お姉さま? 顔が赤いですよ~」

 普段クールな静さまのこの恥じらゐ顔、これで後十年は戦える。

 チョコレートを食べているわけでもないのに、何処かこの空間が甘くなった気がした。正直キャラが違うな~と真耶は思ったが……だがそれがいい。それもまた真耶という人間の一面性なのだから。

 目と目で見つめ合う二人。

 そんな二人の時間を止めたのは、台所から出てきた静さまのお母さまの一言だった。

「――二人とも、ご飯出来たわよ~」





 夕食後、真耶は静さまの部屋にお邪魔していた。

 静さまのお母さまが泊まっていいと仰ったので、そのご厚意に甘えることにします……などと言いながら、ちゃっかりお泊りセットを持ってきている辺り、完全な確信犯である。

 部屋着に着替えた静さまは、いつもの冷静さを取り戻して問い詰めてきた。

「――さてと、真耶。あなたは、ただチョコレートを届けに来ただけじゃないのでしょう?」
「流石はお姉さま、ご明察です。おそらく今回の件……白薔薇さまへのカード譲渡のこととか、お姉さまも色々と聞きたいんじゃないかと思いまして」

 真耶は今回の行動を別に後悔してはいない。

 ただ結果的にではあるが、お姉さまである静さまを利用したという負い目が真耶にはあった。だからお詫び……という程の殊勝な心がけではないけれど、静さまから質問を受ける場を用意したのである。

「そうね、じゃあまず一つ。何故白薔薇さまとの半日デートを私に、と画策したのかしら?」
「それは単純にお姉さまへの思い出作りですね、他に意図はありません」

 一応選挙の時に、二人がそれなりに気持ちの決着をつけたらしい。でも結構な時間の中、静さまは白薔薇さまのことを想ってきたのだ。半日デートくらいしても、別に罰は当たらないだろう。

 まあ、余計なお世話といえばそれまではあるが。

「じゃあその次。デートを勧めておきながら、白薔薇さまと志摩子さんの関係を微妙にしたのは?」
「……志摩子さんに関してはお姉さまの所為ですけど。そうですね……一応理由を挙げるのであれば、白薔薇さまの余裕を失くす為です」
「余裕を? それは一体どういう……」
「いつもの飄々とした態度の白薔薇さまでは、半日デートでもきっと静さまの真摯な想いをはぐらかすでしょうから。それではつまらないでしょう? ですから彼女の精神的な余裕を削ぐことで、素の白薔薇さまと向き合ってもらおうと思ったんです。あとは弱っている白薔薇さまを弄れる、という面白さとかも考えましたけどね」

 静さまに関しては、それが狙いの一つ。

 ただ白薔薇さまと志摩子さんの関係を、わざと不安定にした狙いは他にある。

 第一に福沢祐巳という人物の周辺改革。

 この春に卒業する三薔薇さまの妹の三人、祥子さまと令さまと志摩子さん……彼女達は姉の卒業という岐路に立つ。だがその内の二人には支えとなるべき『妹』がいるけれど、姉妹の間が一年空いている志摩子さんにはそれがない。そして新学期に都合よく短期間で妹が出来る可能性は低く、そしてリリアン女学園特有の姉妹関係から、妹は姉の卒業前後は色々と不安定になりやすい時期である。

 個人的になら志摩子さんがどうなろうと知ったことではないのだが、山百合会のメンバーである以上そうもいかない。

 つまりは次期白薔薇さまとなる志摩子さんが不安定でいると、それ以外の人にもその余波が向かってしまう可能性があるわけだ。特にそのストレスが祥子さまに向かってしまうと、必然的に祐巳さんに負荷がかかってしまう。自分の姉から受けるストレス、というのは精神的にあまりよろしくない。

(まあ完全に公私を分けられるなら問題ないけど、十代の多感な少女にはそれは無理な話だよねぇ……)

 結局の所、祐巳さんに対しての不確定な要素がある以上ただで放ってはおけなかった……というのが理由である。

 ぶっちゃけ紅薔薇さまが卒業してしまえば、真耶が祐巳さんをこれ以上構う必要性はなくなるのだが……ここまで付き合っておいて「はい、さよなら」と切るのも少し味気ない。だからもう少し、あとほんの少しだけ彼女の成長を促してあげようと思ったのだ。

 その為の志摩子さんの意識の独立化、これが第二の狙い。

 彼女と白薔薇さまとの距離感を不安定にさせて……その上で、今度の半日デートで志摩子さんの意識を祐巳さんに向けさせる。具体的にどうするかは謀っていないが、志摩子さんの状況を察していた祐巳さんのことだから、きっと何とかするだろう。

 まあ、その分祐巳さんの負担が増えることには違いないが、不確定な負担よりも明確な負担の方が処理しやすいとの判断である。この場合に気にするのは志摩子さんのみに限られるので、祥子さまからよりもストレスの負荷がまだマシな筈。祥子さまがもう少し難しい性格でなければ別の策も考えたのだが、現状ではこれくらいがベターだと真耶は割り切った。

 ちなみに、これらの狙いはあくまでも祐巳さんの同期の人事としか考えていない。

 だから妹である志摩子さんにスルーされる白薔薇さまのことなんかは、当然のことながら考慮していないのだ。どうせもうすぐ卒業するからどうでもいいし、きっとパッシプお節介持ちの紅薔薇さまが適当にフォローするだろう。

 ぶっちゃけ、そこまでは責任持てない。

「じゃあ最後の一つ。どこまでが真耶……あなたの計算通り、だった?」
「やはり鋭いですね~、お姉さまは。ええ、実は白薔薇さまへのカード譲渡以外、全てが『偶然』が連なっただけなんです。私はただそれを幾分かマシな方向に誘導しただけであって、万事が全て計算通りということはなかったですね~」
「…………( ゚д゚)」

 静さまは思わず絶句している。まあ、無理もない。

 ある程度静さまのカードの隠し場所は予想していたが、まさかあそこまでストレートに置かれているとは思わなかった。そしてその隠し場所である古い温室に、祥子さままでもが『紅い』カードを隠していたこと、それにそのカードをフライングでゲットしていた『鵜沢美冬』の存在。彼女にはフライングという負い目があった為、その『紅い』カード共々真耶の都合の良い駒が手に入る。カードを持って薔薇の館に向かうと、その日が受験日な紅薔薇さまが白薔薇さまと黄薔薇さまと同時に在室しているという天啓。更にはある程度の心理誘導をしていたとはいえ、『白い』カードを祐巳さんが本当に取ってきたこと。

 全ては真耶の与り知れぬ『偶然』の賜物。

 その『偶然』を自分の都合の良い展開に利用したのは、紛れもなく真耶の手腕ではあったが。

「ふふふ……人生なんてままならぬもの、だからこそ面白い。そうは思いませんか? お姉さま」
「……それは否定出来ないわね」
「何せ白薔薇さまを罠にかけた時、紅薔薇さまがその場に居たんですよ? 彼女は色んな意味で『完璧』ですし、生半可な策謀では看破されてしまう……特にその対象が紅薔薇さまのお気に入りである白薔薇さまだから。あの紅薔薇さま相手にまともな『理』は通じませんよ……あの場以外だったら」

 では何故、あの場で上手く彼女を出し抜けたのか?

 答えは簡単――『偶然』だったから。

「あれほどに完璧な紅薔薇さまを完全に出し抜くには、『理』以外の力を借りるしかない。それは所謂『偶然』と呼ばれるもの……いくら彼女でも『偶然そうなる』ってことには無防備ですから。まあ、これは大抵の人にも当てはまりますけど……」

 人に偶然を予期するなど不可能だ。その偶然の虚を突かれれば、誰だって不意打ちを受けるのは必至である。

 基本的に策士な真耶でさえ、今回の件は『偶々』上手い具合に流れただけなのだ。もし一歩でも違えば、紅薔薇さまから手痛い反撃を受けていた……もしくは志摩子さんと白薔薇さまが破局したり、祐巳さんが精神的過労で倒れたりしたかもしれない。

 ただ、所詮は『もし(IF)』の話である。

 ぶっちゃけ、細かいことを気にしてはいけない。





「……でも、少し妬けるわね」
「? 何がですか、お姉さま?」

 蟹名家のお風呂も借りて、パジャマ装備の真耶はその言葉に振り返る。

 結局泊まる気満々だったことに突っ込まれなかったのだが、まだ他に何かあっただろうか?

 同じくパジャマ姿でベッドに腰掛けた静さまが、じ~っとこちらを見つめていた。

「最近の真耶の心の中には、福沢祐巳という人間が結構な範囲で占められていることよ。ちょっぴり羨ましいわ……」
「あ、やっぱりお姉さまでもそう見えます? よかった~それなら他の人にもそう見えますよね~」
「は?」
「……結構ギリギリなんですよ、祐巳さんの扱いって」

 その理由を思い返すと、つい苦笑が浮かんでしまう。

 紅薔薇さまへの借りを返そうと、学園祭後から祐巳さんに知恵を与えたのは確かに真耶である。そして彼女は著しい成長を遂げる、それこそ真耶の期待を遥かに上回る程に。今ではふと気づけば、祐巳さんに振り回されている自分がいるあり様だ。

 彼女の周囲にいると、良い意味でも悪い意味でも事件に巻き込まれてしまう。その人が望もうとも望まないとしても、だ。

 否応なく巻き込まれるのであれば、いっそ優秀な助言者として接近することで自分に都合良く動けるようにしたのが今の現状。そういう意味では完全に妥協したといっても過言ではない。この『山田真耶』が妥協するしかなかったのだ……その時初めて真耶は、『福沢祐巳』という人物を恐ろしいと思った。

 ある意味で『理』や『偶然』すら超越した何かを秘めた存在……しいて言うのなら『運命』だろうか。ここまで祐巳さんと関わることを変えられない辺り、陳腐ではあるがそんな言葉が当てはまるかもしれない。

「まあ、あまり気にしないで下さい。大丈夫です、私の行動の優先順位で言うと祐巳さんはお姉さまより下ですから」

 真耶の行動の優先順位を表すのであれば、『真耶>静=学園長>>>(超えられない壁)>>>祐巳>>>一年生>>>二年生>>>三年生』といった所か。それとは別の、いろんな意味での危険度の優先順位としては祐巳さんが一番である。意外に根に持つタイプっぽい静さまも、何かをしでかすという意味では同じくらいの位置だが。

 でもそういった微妙な立ち位置を、静さまに説明しなかったのは真耶の落ち度である。しっかりと説明しておけば、少しでも不安になどさせなかっただろう。

 だから真耶は、ベッドに座る静さまに頭を下げる。

「すいませんでした、お姉さま。……不安にさせてしまいましたか?」
「いいえ、さっきの言葉は取り消すわ。……それにしても、私も意外に弱い所があったのね」

 物憂げな顔の静さまを見ていたら、つい身体が勝手に動いていた。

 正面から優しく抱きしめる。

「いいじゃないですか、弱くたって。それを自覚出来るだけ、お姉さまは十分強いです」
「……そう、かしら?」

 自分の弱さを意識する、というのは思ったよりも難しい。

「はい、それに少し安心しました」
「安心したって?」
「だってお姉さまがする悩み事って、ずっと留学に関する心配だと思ってましたから……」

 いくら真耶でも、人の進路の悩みに関しては口を出せないからだ。静さまが留学のことで悩んでいても、真耶には何も出来ない。

 でも真耶自身のことならば何とでも出来る。

「私ならここにいます、お姉さま」

 抱き合った状態から少し身を起こして、静さまの胸部を指差す。

「何処へ旅立ったとしても、いつだってお姉さまの心の中に『私』はいますから」
「真耶……」

 そういって、もう一度静さまを抱きしめた……互いの体温が心地良い。

 二人の『心』と『身体』……そのどちらかだけが触れ合ってもあまり意味がない。その両方が揃ってこそ、初めてお互いの気持ちが繋がるものなのだ。それがこの学園で言う所の『姉妹』の関係、と真耶は思っている。

「まあ、私のことよりも……落ち込んだ白薔薇さまとの半日デート、楽しんできてください」
「ふふふ、わかったわ」

 正直真耶もこのままの雰囲気は恥ずかしいので、話を切り替えることにした。静さまもそれを理解したのか、笑顔を取り戻している。

 そこで真耶はふと思いついた。

「――あ~そうだ、よければ白薔薇さまがどんな様子だったか教えてくださいね~」

 さぞかし面妖な顔をしているだろうから。

「…………真耶、やっぱりあなた性格悪いわ」

 やや眉を顰める静さま。

 でも残念ながらそれは、真耶的には褒め言葉である。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第六話「半日デート開幕」
Name: ゆ◆21d0c97d ID:22230291
Date: 2009/10/15 22:41

 半日デート予定日の日曜日、時間は午前十一時前。

 JR線のK駅の改札口を出て少し歩いた先に、日常にしては珍しい光景が広がっていた。

 珍しいとはいっても、数人の少女が集まって談笑をしているだけではある。しかしカメラを持って眼鏡をかけている少女を中心に、長い黒髪の性格が厳しそうな人や短髪で女性にしてはどこか凛々しい人など、計九人の様々な少女が勢揃いしているのだから目立つことこの上ない。

 更に駅の改札口前ということもあって、その集団はかなり周囲の目を惹いている。

「むぅ~、何か皆楽しそう……」

 そんな彼女達を少し離れた所で、じっと観察している怪しい人物がいた。

 彼女『達』というよりは、明らかに一人に限定した視線。その限定されている人物とは、隣にお洒落全開な田沼ちさと(呼び捨て)と楽しそうに談話している、リリアン女学園にて黄薔薇のつぼみと呼ばれている支倉令に他ならない。こないだの生徒会役員選挙で次期薔薇さまには当選したとはいえ、現薔薇さま方はまだ在校している……一応支倉令はまだ『黄薔薇のつぼみ』という認識だ。

 そして彼女を見ているということは、その人物の正体は簡単に推測出来る。唯一山百合会の中から一人だけ、この半日デートの日に手が空いてしまった人物。

(田沼ちさとの奴、企画の副賞で手に入れた半日デートの相手のくせして距離が近いってのよ!)

 ――要するに島津由乃その人である。



 自分の姉である黄薔薇のつぼみ……令ちゃんだけならともかく、今回の企画は結果として由乃以外の現山百合会メンバーが全員参加しているのだ。

 流石に由乃としては、一人だけ除け者になっている事実が面白くない。だからこんな風に気になって見に来ることも仕方ない、と由乃は一人自分に言い訳していた。……まあ嫉妬に駆られてここまで来たという事実には特に変わりはないのだが。

「……それにしても、あの新聞部がこうも大人しいとちょっと不気味よねー」

 集合場所を覗いていた由乃はふと考える。

 今回の半日デートで新聞部は珍しく常識的な提示をすると、それ以上の過度な干渉をしてきていない。今までの新聞部からは、とても考えられないくらいのレベルで大人しいと由乃は思っていた。

 まず一つとして、この半日デートの集合と解散の時間を定めたこと。

 一応学園に許可をもらった企画である以上、それなりに先生方に筋を通す必要があるのはわかる。かといって半日デートに教師がしゃしゃり出ては無粋過ぎるので、集合と解散を新聞部が責任を持って監督することになったそうだ。最近新聞部と写真部が協力関係を結んだこともあって、この集合時の監督には祐巳さんのクラスメイト兼写真部でもある武嶋蔦子さんが来ている。

 学園側としては随分前から犬猿の仲だった両部が、こうして共同企画を採ることにかなり満足しているらしい。まあ、部同士が下手に対立し合っていたりするのは、教師達からしてもあまり宜しくない事態だったのだろう。ただ今までの新聞部のことを思えば、『鬼に金棒』みたいに有頂天になる可能性もあるので喜んでばかりはいられないが。

 少なくとも由乃は思いっきり警戒していた。

 実際に黄薔薇革命の時には相当の問題になりかけたのだから、他の人ももっと警戒するべきだと由乃は思っている。しかし企画を目一杯楽しもうとする祐巳さんとは反対に、特に異を唱えたのは結局自分一人だけ。次期薔薇さまである令ちゃん達は、お姉さまである薔薇さま方には逆らえなかった。……挙句には山百合会で一人だけ企画に乗り過ごすという、由乃にとってはあまりにも面白くない事態になる始末。

(よりにもよって何で一人だけあぶれるかなぁ~? こんなの気にするなって方が無理じゃない……)

 由乃は一度頭を振って、思考を今一度切り替える。

 他の提示に関してはイベントの勝者……つまりは半日デートを得た側のことだが、デートの内容をレポートしてもらうという案があった。

 しかしこれは純粋にデートが楽しめなくなる、という可能性を考えて却下される。ただし、肝心のデート内容を公開しなかった場合、多くの『リリアンかわら版』読者が納得しない……というか暴走しかねない。なのでイベントの勝者には、後日新聞部のインタビュ-に答えてもらうという形を採ることにしたとか。これは一応後日であれば、当日はデートのみに集中して楽しむことが出来るという配慮だろう。

 それらもあの築山三奈子さまからの提案なのだが、正直由乃からすると別人にしか見えない。

 今までの新聞部からは少し考えられない動向に、山百合会の面々も戸惑いを隠せていなかった。基本的には常にスクープを追っかけている、という印象が由乃達が知っている新聞部には強い。それを思うと今回の新聞部の対応は、あまりにも大人しすぎて不気味なのだ。

 それと集合時の監督も、我の強い三奈子さまなら真っ先に自分が担当しそうなものだが……

「……三奈子さまは何を考えているのかな?」

 由乃としては首を傾げるしかない。

 こんな風に相手の考えが読めない状態は、次々と不安な気持ちを胸に躍らせる。それにこの集合の際に、企画責任者の姿が見えないというのも少しおかしい。一応企画責任者として半日デート開始前に顔見せくらいはするものだ。

(まさか時間ぎりぎりにドッキリを仕掛けるような性格じゃないだろうし……)

 陰からこっそり集合場所を覗く由乃。

 だからだろうか……そちらの方を気にしすぎていた為に、由乃は後ろに迫る気配に気付くことが出来なかった。

「――あら? ごきげんよう、由乃さん」
「――えっ!?」

 その時由乃の後ろから聞こえてはならない声が響く。

 条件反射的に逃げ出そうとするのだが、下手に飛び出しては集合場所にいる皆から気付かれてしまう。どうしようと一人焦っているうちに、由乃は後ろに迫る人物にがっしりと肩を捕まれてしまった。

 現実に後ろを振り向きたくなかったが、既に肩を押さえられている以上逃げることは出来ない。……諦観の溜め息を吐きながら、由乃は後ろを振り返る。

「……ご、ごきげんよう、三奈子さま」

 そこには楽しそうでいて、でも何処か微妙な笑顔を見せる新聞部部長こと、築山三奈子さまが立っているのだった。





ウァ……なんとかの贈り物? 第六話「半日デート開幕」





 そろそろ時計の針が約束の午前十一時を指そうとしている。

 流石に時間にルーズな白薔薇さまも遅刻することなく、待ち合わせ場所には半日デート参加者が全員揃っていた。

 祐巳はそれとなく参加者に視線を移す。

 まずは紅薔薇デート組……祐巳の姉である祥子さまは、見た感じ高そうな衣服を着てデート相手の美冬さまとお話をしている。祐巳は美冬さまがどんな方は知らないけれど、祥子さまを前にしてあの様子なら特に問題は無いみたい。……そういえば真耶さんが「美冬さまなら大丈夫だろうね~」とか言ってたっけ?

(……ならきっと大丈夫なんだろ~な、多分)

 とりあえず一安心と、他の組み合わせを見てみる。

 続けて黄薔薇デート組……目一杯のおしゃれをしてきたちさとさんは、令さまの腕に絡んでいてその積極性に令さまも若干押され気味の様子。まあ由乃さんが見ていたりすれば憤然ものの光景だけど、この場に彼女はいないから問題はないと思う。令さまの方も家に帰ってそのことを、わざわざ由乃さんに話したりはしないだろうし。

 ただ後日に新聞部によるインタビューがあるので、少しだけ姉妹喧嘩になりそうな火種にはなるかもしれない。でも二人とも『黄薔薇革命』を教訓にしてるだろうから、大事にはならないと祐巳は思っている。

 そして残りの一組……白薔薇さまと静さまの組み合わせに関しては、かなり微妙だった。

 静さまの方はいつも通りなのだが、もう一方の白薔薇さまが何というか挙動不審である。白薔薇さまは祐巳の隣に視線を送ってくるのだけど、その対象である志摩子さんが全く反応しない。一応祐巳にはいつもの顔を見せるのだが、どこか無理をしている気配がする。

 すぐ近くにいる祐巳と志摩子さんがいる場所を含めて、どことなく空気が張り詰めているというか……重い。

 特にその状況を祐巳は、この場の誰よりも否応なく身近に感じていた。

(何というか、そんな二人の間に挟まれた私としては、すごく……気まずい、です……)

 半日デートはまだ始まっていないというのに、祐巳に降りかかる疲労感は尋常ではない。

 更に祐巳を疲労させる要因として、白薔薇さまの隣にいる人物の存在があった。

 白薔薇さまのデート相手である静さまは、気まずい二人の様子を興味深そうに見つめるだけ。静さまならこの重い空気くらい察している筈だが、どうやら完全に静観する様子みたい。……正直に言えば、是非ともフォローに協力してほしかったのだが。

 選挙の時にも思ったが、静さまは人をからかうことがとてもお好きなようだ……というか、どう考えても元凶の人物だというのに良い度胸である。

(それにしてもあの意地悪っぽい性格って、どことなく真耶さんに似ている気がするなぁ? う~ん、二人に共通点なんかは無いとは思うんだけど……)

 とにかく何とか場を保たせようとするけれど、祐巳には志摩子さんの相手をするくらいしか出来ない。思わず周りに救いの視線を送る……が、残念ながら他の二組は自分達のことで一杯で、とてもこちらをフォロー出来るような状況ではなさそう。

 多分蔦子さんなら察してくれそうなものだけど、あくまで監督としての立場だから下手に干渉させるのは悪い気がする。無為に巻き込むというのも、祐巳としては不本意なのでその選択は外すことにした。結局祐巳に出来たのは、デート開始の時間まで二人の板挟みに耐えるだけ。

(……わかっていたことだけど、白薔薇さまと志摩子さんの関係って難しいなぁ~)

 胃にきそうなストレスを何とか誤魔化しつつ、祐巳は改めて二人の関係を思い返す。

 今までは少し変わった姉妹関係だと思っていた。

 しかし紅薔薇さまから聞いた話では、白薔薇さまはとある悲しい過去の事件から、大切なものに対して自分から一歩引いてしまう傾向があるらしい。過去の事情からそういう気持ちもわからないでもないが、あくまでそれはその本人だけの問題でしかない。祐巳がもし志摩子さんの立場だったら、お姉さまに一歩引かれるというのはやっぱり寂しいと思う。

(紅薔薇さま曰く、志摩子さんという存在と出会ってその辺は少しずつ改善はされているらしいけど……)

 ただ今回は、静さまという大きなイレギュラーの存在があった。

 具体的に何があったかはわからないけれど、おそらく志摩子さんと静さまの間で喧嘩のようなことがあったのだと思う。あの志摩子さんが喧嘩するなんて想像もつかないけど、静さまと白薔薇さまのデートが決まった時の二人を見つめるあの顔は忘れられない。……志摩子さんには絶対言えないが、あれはトラウマものだった。

 これは祐巳の想像でしかないが、いくら口では白薔薇さまとの今の距離を心地良いと言っていても、やはり本心としてはお姉さまとの触れ合いが欲しいと思っているのではないだろうか? そうでもなければ、こんな風に第三者の介入に動揺を見せることもない。

 今回のことは白薔薇さまと志摩子さんの両者の、歩み寄りがほんの少し足りなかったのだと思う。

 そして足りなかったのであれば、今度からはもう少し歩み寄ればいいだけのこと。

 祐巳は駅内にある時計を確認する。

(……そろそろデート開始の時間、か)

 複雑な板ばさみにあって疲れかけているけれど、山百合会の危機回避の為にも問題の早期解決が望ましい。

 故に祐巳が選んだ最善は志摩子さんのフォローだった。企画本来の目的を断念してでも、祐巳はこの志摩子さんとの半日デートの権利を手にしたのはその為である。何とかこのデート中に、志摩子さんの心労を癒すことが出来ればいいのだけれど……結構難しいかもしれない。

(とにかく事情を聞かないことには何も始まらないし、色々街を歩き回りながらそれとなく聞いてみよう)

 クラスメイトや山百合会の仲間として、そして何より藤堂志摩子という個人の『友達』として。

 まずは気分転換を第一に考えて行動することにしよう。あ、悪いけれど白薔薇さまに関してはぶっちゃけ放置の方向で……というより学年が違うしデート相手でもないからそれは中々に難しいし。

 最悪の場合でも、きっと紅薔薇さまも動くだろうから平気…………って真耶さんが言ってた。

 そんな風に祐巳が覚悟を決めた時、デートの開始時刻である午前十一時を時計が指す。

 いい加減この空気の中にいるのは祐巳の健康にも悪いので、他の方々には申し訳ないが少々先行させてもらうことにした。由乃さんの積極性……所謂『先手必勝』を真似させてもらうのだ。

「で、では皆様、私達はお先にー!!」

 志摩子さんの手を掴むと、驚いている祥子さまに一礼して正面出口へと走り出す。

「――ゆ、祐巳さんっ!?」

 急に手をとられたまま走り出されたので、志摩子さんは戸惑っている様子。他の組み合わせの面々も、祐巳の突発的で奇怪な行動に唖然としていた。

 しかしそんなのことは今の祐巳には関係ない。

 今は志摩子さんの鬱屈した気持ちが欠片も残らないように、遊んで遊んで遊びまくる。淑女たるリリアン生にはあるまじき行為だが、今日一日くらいならきっとマリア様も見逃してくれるに違いない。

 二月にしては珍しく、楽しくデートをするにはもってこいな快晴の空が、そんな二人を迎えるのだった。





 ――時は二時間程遡り、柏木邸にあるとある客間。

「それにしても今日はどうしたんだい、真耶さん?」

 嫌味なくらいに似合う私服を着た優ちゃんは、真耶に若干呆れたような視線を送ってくる。

 どうでもいいが二月は半ばを過ぎたとはいえ、まだ少し冷える時期だというのに……目の前のイケメンは惜しげもなく、無駄に長い手足を強調したスリムなファッションを着こなしている。ぶっちゃけ見ていて寒々しい程の薄着だが、柏木邸の暖房設備の効果はバツグンだ。

「……そ、そんな野暮なこと聞かないでください」

 正面から優ちゃんに見つめられ、真耶は顔を赤くして俯く。

「ふぅん? それは是非とも、君の口から聞いてみたいね」
「も、もう! 優ちゃんったら……」

 恥ずかしそうに俯く真耶に、優ちゃんは甘く囁きかけてくる。

「ふふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。もう少し自分に素直になったらどうだい?」
「――あっ」

 いつの間にか近づいていた優ちゃんは、真耶の顎をくいっと掴むと自分の方へと顔を上げさせた。

 この状況……普通の女性であれば、これほどのイケメンにこうも迫られたら一発で落ちるだろう。現に迫れられている真耶も、初心な少女のように顔を真っ赤にしている。このままキスシーンにでも縺れこみそうな雰囲気だが、その状態は長くは続かなかった。

 暫く見詰め合っていた二人は、瞬時にまるで別人のように顔から表情を落とす。

「……ううむ、やはりキャラじゃないわー」
「そうだね、どちらかというと真耶さんは『攻め』タイプだから」
「静さまには弱いんだけどね……う~ん、姉妹制度による感情傾向も結構馬鹿にならないかも」
「『黄薔薇革命』だったっけ? やれやれ、そっちの学園制度も大変だね」

 互いに溜め息を吐きながら距離を取る二人。

 去年の文化祭以降の付き合いにより、ちょこちょこ訊ねるようになった柏木邸での出来事の一つ。

 今回は飲み比べでまた負けた優ちゃんに、真耶が暇つぶしに考えた口説き落としという名の罰ゲーム。その類まれなるイケメンの持ち主である優ちゃんとなら、案外いい勝負になるかもと持ちかけてみたのだが、思った以上に甘いマスクが逆に真耶を萎えさせるという結果。どうでもいいが、飲み比べで負けて罰ゲームでも更に駄目出しをされるとか、男の尊厳を傷つけるというレベルではない。

 しかし、柏木優という人物はそこまで柔ではなかった。

「それにしても、本当に真耶さんの演技力には恐れ入るね。全く、この勝負中に『誰?』と何度思ったことか……」
「――はっはっは、私の猫被りは百八式まであるぞ!」
「…………はぁ、たまに真耶さんの言ってることがわからないよ」

 呆れた顔を見せながらも、優ちゃんは何処か楽しそうだ。

 それは真耶とて同じことで、こうしてぬらりと本性を出して気軽に話せる人間は貴重だった。養母の学園長や姉妹となった静さまとは違い、祐巳さん達のような同性の同級生ではなく、かといって恋人というレベルの付き合いでもない関係。

 互いに異性でありながらのそんな不思議な関係は、きっと他人には理解されることはないだろう。

 ――だが、それがいい。

「ぶっちゃけ優ちゃんの甘いマスクの誘惑より、この巨大な炬燵の誘惑の方が強いにゃー」
「……炬燵に負けたのか、僕は」

 がっくりと肩を落とす優ちゃん。

 そんな状態の優ちゃんを見ながら、真耶はずばりと本題の話を持ちかけた。日曜の午前中に、わざわざこの柏木邸まで来たことには理由がある。

「そうそう、祥子さまなら大丈夫ですよ?」
「――!」
「何といっても今日の祥子さまのデート相手……鵜沢美冬さまというんですけど、実はこの方、私に弱みを握られているんです」

 にっこりと笑って、さらりと脅迫宣言をするリリアン生。

「…………可哀想に」

 唐突に切り出した真耶の言葉に、優ちゃんは目を抑え万感の気持ちを込めてそう呟く。

「それで以前清子小母さまに聞いた話を思い出しまして。祥子さま、昔から人が大勢いる所が苦手だとか?」
「……たしかに、ね」
「なので美冬さまに脅……お願いして、デートコースを考慮していただきました。まあ半日デートの予算的に遠出は考えられないし、大人しい学生らしくK駅の周辺を回るくらいでしょう。人が多い日曜とはいえ、場所を選べばそれほどでもないと思います」
「やれやれ……真耶さんにはお見通し、か」

 お見通し、とは言っても清子小母さまからの情報ではあるが。

 余程真耶のことが気に入ったのか、清子小母さまは祥子さまに関することを面白いくらいに沢山提供してくれた。その話の中には、祥子さまと優ちゃんの婚約の真実とかもある。まさか祥子さまの方から「優さんのお嫁さんになりたい」と言ってたとは……まあ、幼稚舎に入った頃の話だけど。いつか機会があれば、ネタにしてからかってみよう。

 それはともかく……美冬さまと祥子さまの縁を考えれば、このデートの組み合わせは存外に都合が良かったとも言える。

「余計なお世話、でした?」

 首を傾げて訊ねる真耶に、優ちゃんは深々と溜め息を零す。

「――いや、助かった。何といっても大事なさっちゃんのことだから、僕も気にはしていたんだ。……真耶さんが来なければ、このあと様子を見に行く予定だったよ」
「まあ相手が祐巳さんだったら、それほど気にはしなかったんですけどねー」

 今の祐巳さんなら普通に『紅』のカードを見つけられたと思うし、特に祥子さまの精神的癒しにもなるだろうから、人ごみを歩くかもしれないデート相手にはもってこいだろう。……あくまでも祥子さまを中心に考えれば、だが。

 残念ながら、それは企画の趣旨的に認められない。

 今回の企画は紅薔薇さまが今まで努力してきた、山百合会と一般生徒との交流の将来を見据えた第一歩なのだ。

「ここで無理をして祥子さまが倒れてもらうというのも困りますし、私もこれくらいの気遣いはしますよ。……普段なら絶対しませんが」

 他にも山百合会で唯一はぶられる由乃さんに関して、一応三奈子さま達に便宜を図っている。

 真耶の予想が当たってれば、由乃さんはK駅で上手く捕獲出来る筈。もちろん由乃さんが実際にK駅に来なければ、むしろ問題はなかったりするのだが……彼女の性格からその可能性は低いと思う。

 ちなみに白薔薇さまは静さまに任せて大丈夫だし、志摩子さんもきっと祐巳さんが何とかするだろうから、この二つのペアに関しては心配する必要はない。ただ、残りの令さまとちさとさんのペアにだけは、かなりの不安が残る。……まあ、コレに関しては今更どうしようもないが。

(いくら裏からの補佐とはいえ、流石にあれもこれも私一人では捌ききれないしね……)

 ともあれ、今回の件で判明したことが一つある。

 それは『福沢祐巳』という、今後の山百合会の中心を担うことの出来る人物の目処がついたこと。

 もちろん全てにおいて完璧ではないけれど、山百合会の誰よりも今回の件にいち早く気づいていたのは祐巳さんだった。裏で動いていた真耶に具体的に何かを言われたのではなく、何も知らない状況で本能的にそれに気づいたということは……つまりは祐巳さんが既に真耶の手を離れつつあるということだ。

 常人より遥かに優秀な小笠原祥子という姉への『依存』や『コンプレックス』の解消、及び基本的な知識や身体能力の向上。それらを本人に気づかれないようにして、その成長を促すことは流石の真耶でも苦労したけれど……依頼者である紅薔薇さまの卒業までに、当初のノルマは十分に達成できたようで何よりである。

 今回のデート中に志摩子さんを立ち直らせることで、祐巳さんはより確かな者へと成るだろう。

 頼りになる三年が卒業した春になっても、祐巳さんが一人いるだけで山百合会の磐石は揺るがないと真耶は判断した。……余程の『こと』が起きなければ、だが。



「――優お兄さま?」

 真耶が一人「勝った! 第一部完!」と心の中でガッツポーズをとった時、部屋の外から凛とした声が聞こえた。

「――おや? 来てたのかい?」

 珍しいな、と言いながら優ちゃんは立ち上がり、声のした襖を開けに向かう。

(…………む?)

 それは特に何でもない筈の行動だったが、何故か真耶は心の奥にざわつきを感じていた。

 ただざわつきとはいっても嫌な感じではなく、逆に何処か喜びというか嬉しさが込み上げる感じだ。基本的に感情をいつも制御している真耶としては、ありえないと言ってもいい程に心がざわめく。

 それは以前にも一度感じたことがあることを、真耶は『知って』いた。

 視線を襖を開けている優ちゃんの方へと移した時、それら全ての疑問は簡単に氷解していく。

「ええ、こないだうっかり忘れ物をしてしまって。出来れば早めに取りに来ようと思った……の、で……」

 優ちゃんに微笑んでいたその『少女』は、部屋の中の炬燵で寛いでいる真耶の姿を見て、動きを止める。

 そして動きを止めたのは、部屋の中にいた真耶も同じだった。

(――これもまた『運命』、とでも言うのかな?)

 僅かに動いた脳細胞の考えに、思わず真耶は苦笑する。

 何せその視線の先にいる『少女』は、以前公園で偶然に出会った……真耶とは違う『仮面』を被り、何処か放ってはおけない不思議な『少女』だったのだから。



 『縁』があればまた出会う、と思ってた矢先のこの出来事。

 この二度目の邂逅が後に大きな事件を起こすとは……今はまだ誰も知らない。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第七話「予想外」
Name: ゆ◆1002f464 ID:22230291
Date: 2009/10/21 11:17


 街中を黄薔薇のつぼみ……いや、支倉令さまと歩く田沼ちさとは、未だかつて味わったことの無い暗い感情に戸惑っていた。

 今日はリリアン高等部で初めて見た時から、ずっと憧れ続けていた人物との半日デート。

 赤白ピンクで構成されたフリルの可愛いワンピースを見てもらいたくて、まだ春には少し遠い気候だったけれどコートを脱いで待っていたりもした。最初は次期黄薔薇さまのデート相手として、衣装も合わせて黄色いファッションにしようかとも思ったのけれど、新聞部が学園生活とは切り離しての交流だと言っていたのを思い出す。

 ならば素の自分で向き合ってみたい、とちさとは考えたのだ。別にこのデートを切欠に支倉令さまの妹の座を狙うという気持ちなどはなく、ただ純粋に多くの令さまのファンから一人だけ勝ち抜いたご褒美として楽しみたいと思っている。もちろん令さまと由乃さんの仲の良さは知っているけれど、半日程度のプライベートを楽しむくらいは構わないだろう。

 しかし現実というものは、かくも儚く厳しいものだった。

「――この映画で良かった?」
「あ、はい! 楽しみにしてたので……」

 目の前の令さまはこちらの気持ちには気づかずに、楽しそうに声をかけてくれる。もちろん、そこには欠片も悪意がないことはちさとにもわかっているのだ。

 でもその優しさは、逆にちさとの心をじわじわと苦しめていた。

 だがそれはあくまでちさとだけが感じているものであり、それを令さまにぶつけることは出来ない。新聞部が言っていた企画の趣旨に反していたとしても、令さまは悪気があってしているわけではないのだから。

 ちさとは集合した時の楽しそうな顔を思い出し、何とか不安な気持ちを表面化しないように気をつける。この時のちさとの表情の演技力は、演劇部に勧誘されてもおかしくはないレベルに達していた。……本人からすれば全然嬉しくないが。

(――こんな、こんな筈じゃなかったのに……っ!)

 楽しいのだ、憧れの人と半日とはいえデート出来るということは。

 ――楽しい、筈なのだ。

 令さまが笑い、ちさとも笑い返す度に、心が罅割れていく。

 半日デートが始まり、楽しそうに福沢祐巳さんが白薔薇のつぼみを連れて行った時には、こんなことになるとは想像もつかなかった。どれだけ楽しい一日になるかと期待していたちさとは、予想以上に強い絆を持つ姉妹というものを思い知ることとなる。

 おそらく令さまは本当に気づいていないのだろう。

 それはほとんど無意識の発言であり、もちろん令さま本人に悪気はない。しかし放たれるその言葉は、確実にちさとの心を傷つけていった。

 そう、ちさとが純粋に楽しいと思える時間は、デートが始まるまでに終わっていたのだ。





ウァ……なんとかの贈り物? 第七話「予想外」





 半日デート参加者の集合場所を覗いていた由乃さんを、真耶さんに言われてたように捕まえてしまった三奈子は深い溜め息をつく。

 現在いる場所はK駅のすぐ近くの喫茶店。

 参加者全員を見送った蔦子さんと、三奈子とは反対側の通路で見張っていた真美も合流している。道端で真面目な話をするのもあれなので、事前に薦められていた喫茶店に三人を連れた三奈子は入ることにしたのだ。……流石は真耶さんというべきか、注文したコーヒーは値段のわりに上手い。

 そんな普通に寛いでいる三奈子達を、すごい形相で睨む由乃さん。

 まあ問答無用でここまで引っ張られてきたのだから、警戒するのも無理はない話だが。

「あのね、由乃さん……そんな目で見つめないでくれるかしら?」
「…………」

 こちらは仮にも上級生だというのに取り付く島もない。

 どうにも彼女にとって築山三奈子という人物は、必要以上に敵視されてしまっているようだ。というよりは、以前の『黄薔薇革命』あたりのことが原因になっているのだろう。もちろんその気持ちもわからなくはないし、こちらにも反省することが多々あったことも認める。

(……でもあれはこっちのミスもあるけれど、そもそも問題を先に起こしたのは貴女達の方なんだけどねー)

 かといってこのまま睨み合っていても話にならないし、三奈子は仕方なく強引に話を切り出す。

 態々回りくどいやり方で、由乃さん一人をターゲトにして捕まえたのはこの為なのだから。念入りに、と頼まれている以上、三奈子も適当なことで済ますつもりはない。

「――さて、由乃さん。何故私が、あなたをここに引っ張ってきたかわかる?」
「さあ? またあることないことスクープする為ですか?」

 まるで毛を逆立てた猫のよう。

 そんな彼女の反応に、真美も蔦子さんも思わず苦笑している。

「やれやれ、仕方ないわね。……由乃さんがこんな調子では、向こうもやはり予想通りなのかしら?」
「予想通り?」

 三奈子は由乃さんの反応から、事前に真耶さんに指摘されていた危惧がどうやら杞憂でないことを悟ってしまう。

 正直これからのことを考えると気が重い。良かれと思って考えた企画だったが、リリアン女学園特有の問題がここまで尾を引くとは思っていなかった。三奈子と同じ結論に達したのか、真美達の顔も疲れたものになっていく。

「さっきから何の話よ……ですか?」

 そんな三奈子達を由乃さんは怪訝そうに見てくる。

 やはり彼女はこの企画の趣旨をわかっていないようだ。山百合会と一般生徒との溝を無くしたいという水野蓉子さまの望み……それを唯一理解しているのが祐巳さんだけだった。蓉子さまの妹である祥子さんですら、それを理解していないというのは正直問題だと思う。

 まあこの企画だけで劇的に変化するわけではないので、あまり無理を言っても仕方ないけれど。

「これは真面目な話なんだけど……あなたの姉である支倉令さんは今日一日、島津由乃という存在を切り離せるかしら?」
「……え、私の存在を切り離す?」
「そうよ。今日のデート相手である、田沼ちさとさん『のみ』に集中することが出来ると思う? あなたの『お姉さま』は」
「…………えっと」

 頭の中で想像しているのか、由乃さんは黙り込む。

 聞いておいてなんだが、三奈子もそれは無理であると確信していた。

 何せ二人は小さい頃からずっと一緒にいたということだし、『黄薔薇革命』の時の令さんの動揺ぶりを思い返せば当然だろう。まあ別にリリアン女学園的には問題はないのだが、今日一日に限っては話が違うのだ。何故ならバレンタイン企画の褒賞であるこの半日デートは、普段の学園生活とは切り離した交流だと公言しているのだから。

 更に支倉令のファンである田沼ちさとという要素が加わり、それは一つの由々しき事態を引き起こす。

(偶然にしては、間が悪いというか何というか……)

 こちらの考えが未だ理解出来ていない由乃さんに、真美がわかりやすくそれを説明する。

「つまりね、由乃さん。令さまのファンであるちさとさんが、デート中に令さまの口から『由乃』という言葉を聞いたらどう思うか?ってことよ」
「……えっ?」
「あの令さまだもの、何かの例えに由乃さんの名前を出す可能性は高い……それも頻繁に。もちろん私達はそこに悪気がないのは知っている。でも仮に二人の事情を知っていたとしても、今日のデート相手は田沼ちさとさんであって、島津由乃という名の『妹』ではないの」

 真美の言葉に由乃さんは顔を青ざめた。

 そんな彼女を真美はじと目で見ながら、深い溜め息を零す。

「私なら傷つくな。例えばお姉さまとのデート中に、私じゃない誰かの話ばかりされたら、ね」
「――わ、私はそんなことしないわよっ!?」
「……わかってます、ただの例えなんですから軽く流して下さい」

 いきなりの妹の問題発言に戸惑う三奈子。

 それだけ真顔で言われると不安になるというか、どうにも真美には敵わない。きつい物言いで正論を並べる真美には、三奈子は口喧嘩で勝ったことは一度もなかった。

(まあ、姉妹間で勝った負けたもないけど……)

 とにかく視線を由乃さんに戻すと、動揺からまだ立ち直っていない様子。

 それはつまり、彼女もまたその可能性があることを認識してしまった、ということだ。

「由乃さんが今日ここに来ていなければ、令さん共々に企画の趣旨を理解していると納得していたのだけど……」

 しかし、実際に由乃さんはここに来ている。

 当初は半日デートの集合と解散の監督責任を果たすだけの予定だったが、やはり人生とは簡単にはいかないものらしい。

「……どうしたものかしらね?」
「どうしたも何も、三奈子さま。精々私達に出来ることは、デートの後でちさとさんのフォローするくらいしかないですよ。今更デートを止めるわけにはいかないでしょうし……」

 三奈子の言葉に、蔦子さんが憂鬱そうに答えを返す。

「企画自体はそこまで悪くなかった筈なんだけど、あらゆる事態を想定出来なかったのは新聞部の手落ちよね~」
「それを言ったら、祐巳さん達を身近で写真に撮っていた私も気づけませんでした。……けして三奈子さま達だけの責任ではありませんよ」
「そうですよ、お姉さま。それに良くも悪くもリリアン女学園自体の風習も関わってきますし、一概に誰かの所為にはできないでしょう」

 気落ちしている三奈子を、真美達が慰めてくれるのが嬉しい。

 仲の悪かった写真部との提携は、大事な妹に『親友』をもたらしてくれた。そう、簡単に諦めずにちょっと変えてみようと努力するだけで、今まで以上の福音を呼び寄せることも出来るものなのだ。それはこうして実感している三奈子が一番よくわかっている。

 ならば今回の件も、プラスの方向に持っていくように努力するのみ。

「そうね、なら手始めに……」

 さっきから置いてけぼりの由乃さんを見据える。

 とりあえず、姉を支えるべき妹の方に頑張ってもらうことにしよう。

「――由乃さん、私達と少し『お話』しましょうか?」





 ファーストフード店の中で、鵜沢美冬は難しい顔の祥子さんと対峙していた。

 デートコースはイベントの勝者がなるべく決めていいのだが、美冬的にあの祥子さんを相手にそこまで強くは言い出せない。一応あの人からの脅……お願いされたこともあるし、無難な所を回るにはどうすればいいかと思っていたら、意外にも祥子さんの方から提案があったのだ。

 その内容とは、出来るだけ一般庶民風のデートコースにしてほしいとのこと。

(生粋のお嬢さまだものね、祥子さんって……)

 それは企画の趣旨的には問題あるのだが、美冬にとって今更リリアンの制度を改革するといったことには興味はない。美冬がこの企みに乗ったのは、ただ祥子さんと一度でいいからまともに話す機会が欲しかっただけ。

 それに無難なデートコースを回るには都合の良い申し出だったので、美冬は快くそれを受けた。

 祥子さんからすれば、こちらを気遣ってくれた提案だったのかもしれないけど、一番の狙いは彼女の妹である福沢祐巳さんの為だと美冬は思う。

 リリアンに通っているとはいえ、祥子さんに比べれば祐巳さんは十分に庶民側と言える。これからの付き合いを考えて、出来るだけ祐巳さんよりの体験をしておきたいのだろう。プライドの高そうな祥子さまにしては随分と殊勝な考えだ。

 大事な妹の為に、精一杯の見栄を張る祥子さんの姿は健気で可愛い。きっと他の同級生も、こんな祥子さんの姿は想像出来ないだろう。

 ならば美冬としても、祥子さんの努力に協力することは吝かでもなかった。

「…………祥子さん。ファーストフードのハンバーガーには、ナイフとフォークはつかないわ」
「――えっ?」

 こちらの言葉に驚いた表情を見せる祥子さん。彼女とて全てにおいて完璧な機械ではなく、妹のことで一喜一憂する一人の人間なのだ。いつもは凛々しい祥子さんの、そんな素の一面を見れたのは美冬としても嬉しい。

 そういえば昔にもこんなことがあったなぁ~、と美冬はしみじみと思い出す。……あの時はサンドイッチだったっけ?

「意外に変わらないものなのね、昔からの習慣って」
「……不覚だわ。以前、サンドイッチで懲りたはずなのに…………って、え?」

 一度不快そうな顔した祥子さんは、美冬の言葉の中に聞き逃せない単語があったことに気づく。

 そう、『昔からの習慣』という言葉。

 それはその時のことを知っている者にしかわからないはずである。ただ未だに美冬のことを思い出していない祥子さんにとって、己の過去を知っているということは不可解なことだろう。……忘れられるくらい存在感のなかった自分が恨めしい。

 こちらを凝視する祥子さんの姿もまた面白かった。

「『痛い? 先生の言いつけを守らないから、罰が当たったのよ』だったかな? ブランコから落ちた私に、祥子さんが言ってくれた言葉は」
「ブランコ? ――もしかして、幼稚舎の時に引っ越した……美冬、ちゃん?」
「……思い出してくれた?」

 驚く祥子さんを楽しそうに見つめる美冬。

 再会早々に出鼻をくじかれて、結局今まで話しかける切欠すら掴めなかったというのに、こうして二人だけで話す機会が得られた途端に、何処か余裕を感じている自分に呆れてしまう。この機会は人に与えられたもので、けして美冬自身が掴んだものではないというのに、我ながらいい度胸だ。

 切欠があれば意外と何とかなるものだ、と美冬は実感している。

 漸く美冬のことを思い出した祥子さんは、溜め息をつきながら苦笑していた。

「……もう、言ってくれたらいいのに」
「ごめんなさいね。でも私も臆病な性格だったし、こんな機会でもなければ言い出せなかったの」

 やはり十年という歳月は長かったのだろう。

 祥子さんが美冬のことを思い出せなかったのも無理はない。そもそも二人はそこまで親交があったわけでもないし、幼稚舎に別れを告げる日に借りたハンカチを返したくらいである。一応その時のお礼にチョコレートを贈ったりしたが、お嬢さまである祥子さんには大したことではないと思う。

 あの時も素直になれなくて、あくまで母の代理のような言い方しか出来なかったのだから尚更だ。

 とにかく自分を思い出してくれただけでも、美冬は十分に嬉しかった。

「引越してしまったから言えなかったけど、美冬さんに是非にと伝えたいことがあったのよ」

 そんな美冬に、祥子さんは真面目な顔で言葉を続けていく。

「伝えたいことって?」
「――あのね? 美冬さんの顔と名前は忘れてしまっていたけれど……私、あの時のチョコレートの味だけは、ずっと忘れなかったわ。ふふふ、大切に包装紙を取っておいたから、今も時々あのチョコレートを取り寄せて食べてるの」
「え?」
「……私の大好物の一つなのよ?」

 そう言って祥子さんは、見惚れるような笑顔をこちらに向けた。


 『すごく美味しかったわ、ありがとう』


 その言葉に美冬は硬直してしまう。

(そ、その言葉と笑顔は反則級だと思う…………祥子さんって結構『天然』系?)

 でも祥子さんのその言葉は、鵜沢美冬がずっと欲しかったものなのかもしれない。

 妙に心が躍ってしまうのも無理はないだろう、何といっても小さい頃から憧れ続けた人なのだから。……たとえ美冬の目の前で、ハンバーガーを食べるのに悪戦苦闘している姿を晒していたとしても。

 そう、何も難しく考える必要はなかったのだ。

 こんな些細な切欠でも、すれ違いなどは簡単に解消されるものなのだから。『相手にされない』と諦めるのは簡単だったけど、たった一歩踏み出すだけで世界は無限の広がりを見せる。怖いあの人に背中を押されて、という情けない切欠だったけど、美冬は漸くそのことに気づくことが出来た。

 ――それは誰もが持っている、小さな小さな『勇気』の欠片。





 目の前の状況を蟹名静は考える。

 頭を抱えてしまっている佐藤聖さまを前に、静の頭の中はクリーンになっていく。

(……さて、どうしたものかしら?)

 半日デートが始まったのが午前十一時で、静の腕時計はそろそろ正午を指そうとしている。

 ちなみに新聞部の提案により、参加者はお昼を持参してもいいことになっていた。デート費用を可能な限り沢山使えるようにとのはからいらしいが、それは逆にそのお昼を何処で食べるか?という問題を新たに作ることになる。静が確認した限り、手持ちの荷物的に持参していなかったのは紅薔薇ペアだけだ。

 まあ昼食をどうするかというのも、個人の自由だから別に気にしてはいない。

 当然静達も持参していたが、未だに落ち込んでいる人間を相手にしていることを思えば、それはあまり大したことではないだろう。

「聖さま、そろそろ元気を出して下さいな」
「…………志摩子に無視された。つまり嫌われた、私はもう駄目だ……」
「――そんな現実に絶望した!ってことですね、わかります」

 静の言葉にも、ほとんど反応しない程の重症。

 どうも聖さまはメンタル面での成長は芳しくないようだ。なまじ久保栞さんの例があるから、彼女は大切な人に拒絶されることに多大に恐怖を抱いている。真耶は余裕を無くすつもりだと言っていたが、ここまでいってしまうと話にすらならない。

(真耶にとってもこの展開は予想外? いや、あの子のことだから、この状態も含めて私の好きにしていいってことね……多分)

 とにかく今は聖さまを何とかした方が良さそうだ。

 幸いこのバスには乗ったばかりで、目的地まではまだ結構時間がかかる。静の持っている手札を上手く使えば、十分に立ち直らせることは可能だろう。

「……全く、聖さまったら『早とちり』が過ぎますわ」
「ウェイ?」
「今の志摩子さんの反応は、人としては当たり前なのではないでしょうか?」
「……ナンドルッテ?」

 二人は心地良い距離を保ち、必要以上の感情をぶつけ合ったりはしない。それは下手に近づいて、相手に甘えてしまわない為でもある。

 互いに向かい合うことで、自分の存在を意識できる鏡のような存在。

 静としてもその関係はわからなくもないが、人としてはその関係は少し寂しいものだと思う。もちろんそこにいるだけで慰められることもあるけれど、どうせならもっと近くで抱きしめられた方が温もりをより感じる。……あの二人にとってはその限りではないのかもしれないが。

 しかし距離をとるという行為は、どちらかというと『拒絶』に近い。

「彼女は自分のお姉さまである聖さまが、大嫌いな私と半日とはいえデートすることに『嫉妬』しているのでしょうね」
「え、志摩子が静を嫌い? それに『嫉妬』って……」

 漸く顔を上げた聖さまは、こちらの言葉が信じられないような反応をする。

「あら、志摩子さんも人間ですもの。そういう負の感情を持たないわけがないじゃないですか、聖さま」
「で、でも、あの志摩子がそんな……」
「直接言われた私が言うんですよ? まあ、あの時は私もつい熱くなってましたけど」

 今思い返すと、我ながらあれはひどい。

 山百合会が半崩壊していた時に、己の立ち位置を決められずにぐずぐずしている志摩子さんを見て、少し前の自分を思い出してしまったのだ。

 それは静がまだ一年生だった頃、イタリアへの留学をまだ完全に決めきれていなかった時の話。

 密かに想っていた聖さまは久保栞さんと出会い、妹ではないが強い絆を彼女と結ぶ。そんな彼女と別れてしまった聖さまが、これから先に妹を選ぶことはないと静は信じていた。あの栞さんですら妹になれなかったのに、他に誰があの人の妹になどなれるというのか、と。

 しかし年度が替わり、聖さまの隣にはそこにいるのが当たり前のように、藤堂志摩子という一年生の姿があった。

(そんな未来を見る為に、イタリア行きを躊躇っていたわけではないのよね……)

 結局聖さまの妹に立候補もせず、将来の夢の為の留学にも踏み切れない、中途半端な自分。

 その時のことを思うと、静は苛立つ心を抑え切れなかった。山百合会の仲間とも、すぐ手を伸ばせば届く距離にいながら、聖さまとの距離に慣れてしまった彼女は、その一歩が踏み出せない。おかげで真耶にはフォローだけを頼まれていたけれど、つい強引に発破をかける結果になってしまったわけだ。

 志摩子さんの事情をそれなりに知っていたとしても、あれはあまりに大きなお世話だっただろう。

「その件については申し訳ありませんでした」
「え? あ、うん。いや、その……」
「? もしかして、志摩子さんから聞いてません?」
「…………うん」

 明らかに狼狽する聖さまを見て、静は今回の志摩子さんの不穏な空気の原因を理解した。

 最初は静と聖さまがデートするのに嫉妬しているだけと思ったが、役員選挙の時から聖さまのフォローがなかったのなら、志摩子さんの不安はピークに達していたのかもしれない。いつもの二人の距離がそのまま誤解を招き、事態をより悪化させてしまったわけだ。

「……はぁ。志摩子さんの様子の変化に気づかない聖さまも問題ですけど、それを相談しない志摩子さんにも問題はありますね。まあ責任の度合いは聖さまの方が上、ですが……」
「そ、そう?」

 一体何の為の『姉妹制度』か。

 義務教育中は教師及びシスターの管理下におかれていた学園生活を、生徒自らの手に委ねるというのがこのシステムの根幹。姉が妹を導くがごとく先輩が後輩を指導するという方法が徹底されることにより、特別厳しい校則がなくとも、リリアンの清く正しい学園生活は代々受け継がれてきた。

 別に態々リリアンの流儀を持ち出す気はないが、こうも噛み合っていない二人は見ていられない。

 ただ聖さまの姉である前白薔薇さまを思えば、このような奔放さもわからなくもないが。普段の聖さまよりも、一回り大きいくらいにあの方はフリーダムだった。それはもう、妹を顔で選んだと公言する程に。もちろん本心でそう言っているわけではないことは知っているが、このリリアンでの発言にしては凄い度胸だと思う。

 色々と懐かしさが込み上げて、静の口からつい笑いが零れる。

「……私、志摩子さんの『嫌い』という言葉が聞けてよかった」
「――静?」
「だって彼女は基本的に思ったことを中々口に出さないんですもの……特にそれが負の感情であるなら尚更のこと。でも私に対して『嫌い』とぶつけてきたということは、それが怒りや憎しみであったとしても、かなり強い感情を抱いているということでしょう?」
「ま、まあ、そうだろうけど……」
「それは何とも思われていない……無関心な対応をされるよりも、私は嬉しいと思います」

 ある意味この発言は聖さまに対する皮肉かもしれない。

 行動を起こさなかった自分もあれだが、聖さまを真似して伸ばしていた髪を切ったことを、聖さまは全く気づいていなかった。……要は眼中になかった、ということだ。

 しかし、これは今更蒸し返す話でもないだろう。

「……そっか。静のおかげ……というのも妙な話だけど、志摩子は一歩踏み出せたのかな?」

 だいぶ持ち直した聖さまは苦笑している。

「そうですね。多少不安は残りますけど、今日の志摩子さんの相手はあの祐巳さんですから……まあ大丈夫かと」
「そうだね、何か最近祐巳ちゃんの成長著しいし……」
「だからといって祐巳さんに全部任せるのは駄目ですよ? 何だかんだで彼女も、志摩子さん以上に危うい所がありますから。これ以上寄りかかる人が増えてしまったら、流石に祐巳さんでも潰れてしまうでしょうね」
「ですよねー」

 今は真耶がついているから大丈夫。

 しかし春を迎えて依頼者である蓉子さまが卒業したら、補佐対象である祐巳さんのことを構ったりはしなくなるだろう。もちろん完全に無視することはないと思うが、あの性格から契約以上の世話をするとは考えにくい。……補佐対象外である志摩子さんのことなら尚更だろう。

 卒業してしまう事実は変えられないけど、志摩子さんが本当の意味で一人立ちするには、姉である聖さまの手が必要なのだ。

「これを機会に、一度志摩子さんと距離を縮めて話してみては如何ですか?」
「……うん、そうしてみるよ」

 ちなみにこの会話……良いことを言っているように聞こえるが、元はと言えば自分達がかき回した所為である。静との対立がなければ、もっと緩やかに志摩子さんの自立が成り立っていただろう。聖さまにしても、ここまで落ち込むことはなかったのだ。

 ある意味責任転嫁も甚だしいというか何というか。

「まあ、良い傾向だとは思います。私の妹曰く、『感情をぶっ放してこその、人間』だとか。良くも悪くも志摩子さんは、もう少し年頃に我侭を表に出した方がいいのではないかしら? 由乃さん以上に、とは言いませんが……」
「そ、それはまた、豪快な意見だね…………って、は? 静に『妹』?」
「あ、聖さま。目的地に着いたようですよ」

 さらりと放った問題発言に狼狽する聖さまをスルーして、静は座席から立ち上がる。

 企画の趣旨を理解している人はともかく、K駅周辺では色々と人目があり過ぎるのだ。今日この半日に限っては、他の誰にも余計な邪魔はされたくない、と静は考えた。

 故に選んだ目的地とは、休日のリリアン女学園。

 休日の学校ならば、部活の為に登校している生徒もいるだろうけど、薔薇の館にお邪魔してしまえばその心配もなくなる。今回の企画とか、少しずつ山百合会と一般生徒との溝は埋まってはきているが、まだまだ薔薇の館は不可侵の領域なのだ。

 それに静達にとっても、ここは色々な意味で思い出深い場所だった。

 『出会い』や『別れ』の話をする場所としては、これ以上の場所はないだろう。

「――とりあえず『腹が減っては戦は出来ぬ』と言いますし、まずは薔薇の館に行って昼食にしましょうか」

 未だ呆然としている聖さまの手を引っ張り、静は乗ってきたバスを降りる。

 折角真耶が作ってくれた機会なのだから、今日は聖さまと目一杯『思い出』を作ることにしよう。

 それが妹である真耶の望みであり、静自身が望むものでもあるのだから。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第八話「Going one's way」
Name: ゆ◆213d3724 ID:22230291
Date: 2009/12/13 02:45


 お弁当箱に入っている唐揚げを摘みながら、祐巳は隣に座っている志摩子さんをちら見する。

(……う~ん、難しいなぁ)

 とりあえず話が出来る機会を得たものの、志摩子さんの様子は祐巳の思った以上に重症かもしれない。

 半日デート開始と同時に、志摩子さんの手を引っ張って勢い良く出発した祐巳達。

 しかし時間が時間だったので、まずは昼食の取れる場所を探すことにした。二人ともお弁当を持参している為、店ではなく適当な広場を探して歩く。まだ季節は春前で暖かいとはいえないが、幸いにも今日は晴天である。

 近くに見つけた公園で、二人はお弁当を広げることにした。これくらいの気候なら、外で食べるのも平気だろう。

 しかし志摩子さんは昼食中、ずっと暗い顔をして俯くばかり。

(一応私にも、志摩子さんの悩みは何となくわかるんだけど……)

 おそらくは役員選挙の時に静さまと何かあったこと、それから今回の件までの間に白薔薇さまと何らかの会話がなかったこと、更には半日デートの組み合わせで白薔薇さまと静さまが一緒になったこと……それらが同時期に起こってしまったことが、現在のややこしい状況を作りだしてしまっているのだと思う。

 全て偶然という事実が、お互いに解決への歩みを遅らせている。

 これはあくまで祐巳の推測にすぎないが、志摩子さんは静さまをあまり好いていない。

 故に白薔薇さまと静さまが半日とはいえデートすることに、企画として理解は出来ても感情では納得しきれていないのだろう。

 簡単に言ってしまえば『嫉妬』しているということだ。

 清廉潔白な志摩子さんに限ってそんなことはない、と誰もが思うだろうが……彼女もまた他の十代の少女達と同じであり、そういう感情があったとしても何ら不思議ではない。自分の大切な人にどう思われているのか、不安になる時もある。

 祐巳自身もそうだったが、リリアンの生徒達は少し山百合会に理想を抱きすぎなのだ。……これは今後も気をつけるべき要件だろう。

 ただ志摩子さんの場合は、他の人達とは少し状況が異なる。所謂外面が良いということではなく、昔からの敬虔なクリスチャンという心構えからくる、自戒の念が強い所為だと祐巳は思っている。つまり嫉妬と自戒による感情の反発が、このような精神的不安定を曝け出してしまっているわけだ。

 性格的にはかなり不器用と言えるだろう。

(……もう少し気楽に物事を考えられればいいんだけどね)

 生真面目な性格というのもそれらに拍車をかけているのだから、それは思わず頭を抱えたくもなる。

 解決方法としては、まず白薔薇さまと腹を割って話し合うことが必須。その上で卒業していってしまう白薔薇さまから、在校生である祐巳達に心の拠り所を移してもらう。これは身近なクラスメイトということもあり、祐巳が先んじて受け持つのがベストだ。以前の由乃さんの時のように、しっかりと支えることが出来るように頑張らなければならないだろう。

 現状で自由に動き回れるのは祐巳くらいで、真耶さんのおかげで学力面に少し余裕が出来たことだし、次期山百合会幹部の一員として仲間を助けることに異議はない。

 いずれ機会があれば、祐巳よりも細かい気配りの出来る真耶さんも引き込んでみようとも思う。

 微妙な沈黙が続いた昼食ではあったが、祐巳も志摩子さんも無事?に食べ終えることが出来た。少し深い話をしなければならないので、雑音が入りにくい場所に移動しようと思う。

 志摩子さんがお弁当を包んだのを確認してから、さりげなく祐巳は話を持ちかける。

「ねえ、志摩子さん? どこか行きたい場所にリクエストとかある?」
「え? いいえ、特には……」

 もちろん志摩子さんの状態から、そこまで考えてはいないと事前に読んでの提案だ。予想通りに志摩子さんは口を噤んでしまった。

 我ながら随分と腹黒くなったものだ、と祐巳は思う。

 まあ友達を助けてあげられるのであれば、それも悪くないのかもしれない……多分。

「──じゃあ、『学校』に行ってみない?」

 その提案に志摩子さんは少し戸惑う様子を見せた。

 祐巳もその気持ちはわからないでもない。

 デートコースの相談を真耶さんにしてみた時、彼女がさりげなく提示した雑音が入りにくい場所……そして祐巳達にとっても、様々な因縁というか出来事が起こった場所でもある。それは当然ながら休日で、ほとんど生徒がいる筈がない『リリアン女学園』のことだ。

 ちなみに守衛さんには真耶さんが話をつけてくれたそうなので、安心して向かうことが出来る。相変わらずここぞという時に、こちらが必要としている何かを察知するのに長けている人だ。自分も出来るだけあの領域に近づきたいものである。

 未だ戸惑う志摩子さんの手を引いて、祐巳は再び前を向いて歩き出した。





ウァ……なんとかの贈り物? 第八話「Going one's way」





 その人を一言で言うのなら『変人』。

 松平瞳子は目の前のやりとりを見て、しみじみとそう思った。

「──『優お兄さま』……だと……!? まさか優ちゃんに、こんな可愛い『妹』がいたとは……何故黙っていたし!」
「いやいや真耶さん、彼女は僕の『妹』じゃなくて『従妹』だよ。それと黙っていたんじゃなくて、話す機会がなかっただけさ」

 詰め寄る女性を前に、優お兄さまは大袈裟に肩を竦めて笑いながら弁解を述べる。

(……優お兄さま?)

 瞳子は従兄である彼の、こんな楽しそうな顔を初めて見たかもしれない。

 常にどこか余裕のある態度で、どんな相手にも素の一面など出したことがなさそうな柏木優お兄さま。従妹である瞳子にも優しいけれど、どちらかといえば従兄妹の関係を弁えての付き合いである。……もちろんそこに不満などはないけれど。

 そういう関係の方が、瞳子にとっても丁度良かった。

 そんな彼が何故か敬語で話している女性……彼女とは一度公園で出会った人だけど、何となく自分の仮面の裏側を見抜いているような目をしていたのを覚えている。

「……優お兄さま、この方は?」
「おおっと、瞳子は初対面だったかな? こちらは……」
「『はじめまして』、お嬢さん。柏木優の愛人一号の山田真耶です、よろしく~☆」
「──ちょっ!?」

 優お兄さまの紹介を遮って、その彼女は自己紹介と共にとんでもないことを暴露した。

 普通に考えればありえないことだが、小笠原家の例を思えば別にありえない話でもない。小笠原祥子さまの父と祖父が、外に愛人を囲っていることは親戚の中でも有名な話だ。同様に優お兄さまも、外では相当に爽やかな好青年と評されている。……『血』は争えないのかもしれない。

 その『真耶さん』もさりげなく近づいて、呆然としている優お兄さまの腕に抱きついている姿を見る限り、全くの冗談というわけではないのだろう。

「…………そう、ですか」

 せめて従妹として出来ることは、絶対零度の冷たい視線を送るくらいだけだ。

 それに以前出会ったことを優お兄さまに黙っていてくれたのは助かった。こんな些細なことで、いつも自分を気遣ってくれる優お兄さまを不安がらせることもない。

 だが今まで見せたことのない冷たい視線に、優お兄さまはかなりの動揺を見せる。

「ま、待ってくれ、瞳子! そんなこと冗談に決まっているだろう?」
「あら? そんなに必死になって弁解しなくてもいいですわ、優お兄さま。恋愛の趣向も人それぞれ、でしょうし……?」
「ふふふ……真耶お義姉さま、と呼んでくれてもいいわよー?」
「……真耶さんも煽らないでくれ」

 こんな風に狼狽する優お兄さまを見たのも初めてだ。……堪えきれずに、瞳子はつい笑いを零してしまう。

 そんな瞳子の反応に興味を持ったのか、真耶さんも楽しそうに笑っている。ただ少し気になるのは、視線がさっきから自分に向けられていることだ。

「……何でしょう?」
「中々話がわかるじゃないか、お嬢さん。そんな君にはご褒美に、この私を好きにする権利を与えようっ!」
「ああ、それは別にいりません…………?」

 丁重にその権利をお断りした瞳子は、ふと違和感を覚えた。

 先程から真耶さんは自分のことを『お嬢さん』や『君』としか呼んでいない。いきなり優お兄さまが過剰な反応をするものだから、つい自己紹介の機会を逃してしまっていたことに気付いた。優お兄さまはさっきから『瞳子』と呼んでいるが、たぶん真耶さんは瞳子が自己紹介をするのを待ってくれているのだろう。

 全く、変なところで随分と律儀な人だ。

「……失礼しました。私の名前は松平瞳子、リリアン女学園中等部の三年です。ちなみに優お兄さまとは少し遠い親戚ですので、流石に『お義姉さま』とまでは呼べませんわ」
「それは残念。なるほど……松平瞳子ちゃん、か。──うん、君にはこの響きが良く似合う」

 そう言って真耶さんは優しく微笑む。

(……その言い方、まるで優お兄さまみたい)

 正直同一人物と言ってもおかしくはないレベルだ。真耶さんがもし男性だったら、まさしく優お兄さまそのものではないだろうか。たしかにそう考えると、二人の気が合うというのも理解できるかもしれない。……まあ、愛人云々はスルーするとして。

 そんな時、やや物悲しい声が部屋に響いた。

「──ところでこっちを見てくれ。先程から柏木邸の中でこの僕が空気な件について……どう思う?」
「……すごく、どうでもいいです」

 真耶さんは優お兄さまの言葉をまさに一刀両断にする。

 あの優お兄さまを相手にこの態度……やはりこの人は変な人だ、と瞳子は確信した。

 この短期間で更にもう一人変な人に出会うとは、人生とはわからないものだ。例の高等部のバレンタイン企画は中等部でも注目されていて、実際に企画の内容もある程度知れ渡り、何人かの生徒はこっそり見学に行ったらしい。……まあ、瞳子もその一人なのだが。

 そこで瞳子は、あの小笠原祥子さまの妹になったと思われる『福沢祐巳』らしき人物を見かけた。噂に聞いた容姿から、おそらく間違いはない筈。

 だが瞳子はその人物が理解出来なかった。

 何故なら姉である祥子さまの『紅い』カードではなく、『白い』カードを持っていたのだから。

 紅薔薇のつぼみの妹である彼女が、紅薔薇のつぼみこと祥子さまのカードを狙わない……リリアン女学園の伝統から考えれば、その行動はありえないと言ってもいい。

 その後に聞いた話だと、彼女は企画には積極的に参加しないと公言していたとか。だというのにカード所有者になるなど、多くの生徒の反感を買うのではないだろうか。そして何より不可解なのが、その行動をしている彼女に微塵の迷いがなかったことだ……少なくとも何も考えていないとは思えない。一体どんな思惑があったというのだろうか?

 小笠原家を取り巻く連中に虐められそうな、哀れな生贄の羊にしては彼女はあまりに異質過ぎる。

 しかし、瞳子は逆に納得もしていた。

(……それくらいの人間でなければ、とてもではないが小笠原家には関われなかったということね)

 思えば祥子さまの姉である紅薔薇さまもそうだった。祥子さまが当時やっていた習い事を、山百合会に引っ張りまわすことで全て止めさせてしまったのだから。……小笠原グループの権力を考えれば、もう少し躊躇してもいい筈なのに。

 それはともかく、瞳子の中に『福沢祐巳』という存在は良くも悪くも深く刻まれることになった。

 だが結局瞳子にとって『福沢祐巳』も『山田真耶』も、そのどちらも『変人』という認識には変わりない。そんな彼女達を意識してしまっている自分に呆れつつも、瞳子は自然と笑みが零れていることに気付かなかった。

 外向けに被っている仮面ではなく、苦笑に近いものではあるが間違いなく自然に零れた笑顔。──そんな瞳子の様子を、目の前にいる真耶さんがどこか満足そうに見ていたことに。





(……私は一体何をしているのだろう)

 志摩子は深い溜め息を吐く。

 一緒に昼食を取り、並んで道を歩いている半日デートのペアの相手は、間違いなく祐巳さんだということ。

 その覆しようもない事実は、志摩子の心を痛いほどに締めつける。

 本来の企画の趣旨に反してまで、彼女は志摩子の『白い』カードを見つけてくれた。企画当初には積極的に参加しないと言っていたのに、こうして自分のカードを見つけてきてくれたのは、おそらくこちらの不安を察したが故の行動だと思う。……それがどういう意味を招くか、祐巳さんもわかっている筈なのに。

 志摩子はそんな自分の不甲斐なさを恨めしく思っていた。

(祐巳さんばかりに、負担をかけさせるわけにはいかないのに……)

 今の山百合会の現状を考えれば、そんなことは明白である。

 あの小笠原祥子さまの『妹』になったこともあるが、やはり仕事面での負担は祐巳さんが一番重い。

 同学年である志摩子は次期白薔薇さまという立場になり、妹が出来るまで雑務全てを兼ねることは出来なくなる。そうなると必然的に残った仕事が祐巳さん達二人にずれこむのだが、由乃さんは昨年の秋頃に心臓の手術をしたばかり……姉である令さまも、体力的に無理な仕事は頼めない。

 いくら本人が望んだとしてもこればかりは……リリアン女学園側としても、元病人に必要以上の重責をかけることは望まないだろう。

 つまり最終的に祐巳さんにお鉢が回ることになるわけだ。

 もちろん祐巳さんならば重責をかけていいわけではないが、少なくとも由乃さんにかけるよりはまだいい……と、そこまで考えて愕然となる。何故なら祐巳さんへの負担を危惧していた筈の志摩子が、気付けばそのことを是としてしまっていたのだから。

 三年生達が卒業していく中で、山百合会での負担が祐巳さん一人に集中しているという現状は少し拙い。

 しかしそれがわかっていても、志摩子にはそれを何とかする術がないのもまた事実。なるべく雑用を増やさないようにと考えても、志摩子は志摩子で『白薔薇さま』としての仕事が山積みであり、その志摩子を補佐すべき『白薔薇のつぼみ』は、少なくとも春にならない限り新入生として入ってこない。

 元気が取り柄な祐巳さんといえ、山百合会での雑務のほとんどを請け負うというのは無理がある。

(いくら祐巳さんでも、このまま負担を抱えすぎてはいつか限界がくる……)

 たしかに春になれば新入生が入ってくるとはいえ、その中からすぐに妹を選ぶことが志摩子に出来るとも思えない。

 志摩子の妹になるということは、第二の『藤堂志摩子』を生み出すことになる。一年生の段階で『白薔薇のつぼみ』になるという重責を、祐巳さんの為に見知らぬ新入生の誰かに背負わせるなど志摩子にはとても出来ない。

 同じ一年なのに『白薔薇のつぼみ』だった志摩子と、『紅薔薇のつぼみの妹』だった祐巳さんとで仕事面に負担の差が出るというのも不思議な話だ。だがそれはリリアン女学園特有の伝統によるものであるし、そのことを志摩子が気にしても仕方ない。

 今志摩子が確実に祐巳さんに出来ることは、なるべく仕事以外での負担をかけないことぐらいである。

 例えに出すのは申し訳ないけれど……由乃さんが絡んだ『黄薔薇革命』の時のように、それぞれの薔薇一家の中で解決できる筈の問題を、他家である祐巳さんを緩衝材として引っ張り出さないように注意しなければならない。特に人の良い祐巳さんは、こういう時に限って由乃さん以上に行動的になるから要注意だ。

(そんなことはわかっている、わかっている筈なのに……っ!)

 だというのにも関わらず、今日こうして祐巳さんに自分達姉妹を気遣わせている自分がいる。

 いくら危惧していたとしても、それが実践出来ないのでは全く意味がない。

「──どうかしたの?」

 苦悩する志摩子を心配したのか、祐巳さんが歩きながら顔を覗き込んでくる。

 ほのぼのとした陽気の下で、上目遣いの祐巳さんを見ていると何か無性に癒されてしまう。まるで現状に何か問題があったとしても、祐巳さんならきっと何とかしてくれるような……そんな気分を錯覚させる魅力のようなものを感じる。

(それにしても祐巳さん、いつもと全く雰囲気が変わらないのね……)

 その普段通りの対応がまた志摩子を当惑させた。

 志摩子の悩みの大本……蟹名静さまとの確執のことはまだ誰にも話していない。

 本来であればお姉さまである聖さまに相談するのが妥当ではあるが、三年生は受験や卒業を控えていることもあり、あまり心配をかけるわけにはいかなかった。何分これは、あくまで個人の感情という問題でしかないのだから。それに聖さまが静さまのことを気に入っているのに、その妹が嫌っているなんてとてもではないが言えない。

 ふと、目の前にいる祐巳さんならどうするのだろう?と志摩子は思った。自分一人では思いつけないことでも、他の人にとって必ずしもそうではないものである。祐巳さんならば、志摩子とは違った解決方法を思いつくのかもしれない。

 しかし率直に聞けない志摩子は、適当に会話を切り出していく。

「……最近、祐巳さんはよく笑顔を見せるのね?」
「ほへ?」

 我ながら意味不明な問いだと志摩子は思う。

 でも役員選挙の時のことを思えば、もう少し慎重になってもおかしくはない。なんといってもあれだけ祥子さまの勘気にあてられたのだから。

「深い意味は無いのだけど、少し気になったから……」

 志摩子の言葉に、祐巳さんは首を少し傾けると笑顔を見せる。

「う~ん、私も上手く説明できないんだけど……」

 そう言うと、祐巳さんは考えていることを少しずつ言葉にしていく。

「例えばだけど、笑っている人の前だと自分も楽しくなるし、厳格にしている人の前ではつい緊張しちゃうものじゃない?」

 祐巳さんは歩みを止めると、晴天の空を見上げた。

 つられるように志摩子も空を見る。

「これは真耶さんの受け売りだけど、鏡が自分の姿を映すように、人もまた自分の心を映すんだって」
「……自分の心を、映す」
「だから私は笑うの。そしたら私の前にいる人も、きっと笑い返してくれると思うから」

 単純な考えだけどね、と祐巳さんは少し恥ずかしそうに笑った。

 しかし人の受け売りだというその言葉は、志摩子に電流を走らせる。たしかに単純ではあるかもしれないが、それはとても好感の持てる考え方だと思う。

 現に今、志摩子は祐巳さんの笑顔に反射するように笑っているのだから。

(……ああ、これが祐巳さんと私の『違い』なのね)

 簡単に言ってしまえば素直であるか、そうでないか。

 色々な柵に囚われている志摩子は、その程度のことに気付くことが出来なかった。思い返してみれば、白薔薇のつぼみとなる際に紅薔薇さま達に色々と助言を頂いたことがある。……何事も自分自身で判断して決めろ、と。

 それを考えれば、今の志摩子はその時からまるで成長していない。

 不安を感じたのならば、もっと早くに聖さまに素直に打ち明けていれば良かったのだ。互いにとって心地良い距離など言い訳しなくとも、聖さまと志摩子はまぎれもない『姉妹』なのだから。

 言葉にしなければ、伝わるものも伝わらない……それは気付いてしまえば、特別変わったことではないただのコミュニケーションに過ぎない。

「……ふ、ふふふふふふ」
「し、志摩子さん!?」

 あれだけ長いこと悩んでいたのに、祐巳さんのちょっとした言葉と行動で解決してしまうなんて……自分にも存外単純なところがあったものだと笑ってしまった。

 突然笑い出した志摩子に、祐巳さんは驚いている。

(──時には眩し過ぎることもあるけれど、暗闇で迷った私に道を照らしてくれる……本当に『太陽』みたいな人ね)

 学校が始まったら、一度聖さまとお話してみようと思う。

 静さまとの確執や卒業していくお姉さまへの想い、それらの不安をまとめて言葉にしてぶつける……まずはそれからだ。時期的に遅すぎる気もしないでもないが、実際に卒業してしまっては尚更である。

 今回の祐巳さんによる頑張りの為にも、是非とも問題の解決をしてしまいたい。

 だが少しでも前向きにと考え始めた志摩子は、そのことを気にするあまりに当初の懸念事項の一つだった、祐巳さんへの負担の具体的な解決を失念してしまう。

 それが少し後に起きる事件を防ぐ最後の機会だったことに、この時点で志摩子が気付くことはなかった。





「──それにしても、真耶さんがここまで律儀に紅薔薇さまの依頼を守るなんてね」

 まったりとお茶を飲んでいた優ちゃんが、ふと話を切り出してくる。

「裏で暗躍しても良いという言質も取ったし、私が巻き込まれない限り面白いことが起きるのは大歓迎ですから。私としても、下手に紅薔薇さまをあの時点で敵に回す気もなかったし……まあ無難な判断だったと思っています」
「それには同意するよ。彼女達は実に面白いけれど、反面に怖い部分もあるからね……薔薇だけに。うん、新学期からは瞳子にも良い刺激になるんじゃないか?」
「優お兄さまから聞いた祥子お姉さまの逸話の数々……ええ、確かに刺激にはなるかもしれませんわね」

 瞳子ちゃんの言葉に、優ちゃんは思わず苦笑していた。

 逸話の数々って……一体何を吹き込んだのやら。瞳子ちゃんが祥子さまに暴露でもしたら、さぞかし面白い事態になるのではないだろうか? まあ心に思っただけで、あえて口にはしないであげたが。

「そういえば真耶さん……わざわざ僕の家を訪ねてきて、さっちゃんのフォローについて報告だけってことはないんだろう?」
「……まあ、お見通しですよねー」

 流石にそれだけならば、電話の一本でも入れればいいだけのことだ。

 それを敢えて柏木邸まで訪ねたということには、それなりの理由がある。とはいっても、あくまで真耶自身の矜持による行動でしかないが。

「瞳子ちゃんという予定外の人間がいるけれど、それもある意味では都合が良かったのかもしれないにゃ~」

 完全な部外者ならともかく、彼女は小笠原家の遠い親戚にあたるという。春の新学期からはリリアン女学園高等部の一年生になるわけで、学園関係者ではない優ちゃんよりは動きやすいかもしれない。

 一人納得顔の真耶に、瞳子ちゃんが疑問を投げかけてくる。

「どういうことですの?」
「来期からの『小笠原祥子』という人物のフォローを頼むのに、優ちゃん達は丁度良い人材だと言うことさね」
「リリアンの外でならば紅薔薇さまよりは僕の方がさっちゃんに近く、学園内ならば瞳子が一番小笠原家の事情に詳しい。単純に親戚という関係から、僕ら以上にさっちゃんを気にかけることが出来る者はいないだろうってことさ」

 真耶と優ちゃんの説明に、瞳子ちゃんはいまいち理解が追いついていない様子。

 まあ、それも真耶側の事情を知らないのだから無理もない話である。

「私は祐巳さんの補佐を、卒業するまでという条件で引き受けたの……紅薔薇さまから、ね」

 つまり春以降に、真耶が祐巳さんに関わるという義務や義理は存在しない。

「……わかりませんわ? それが何故、私達が祥子お姉さまのフォローをするという話に繋がるのですか?」
「自分で言うのもなんだけど、祐巳さんへの過剰なまでの補佐は完璧だった。唯一問題があるとすれば、それが祐巳さん個人にだけということね。これに関しては私も蓉子さまも、完全に誤算だったと言うしかないのだけれど……」
「なるほど……祐巳ちゃんの成長は著しいけれど、他の山百合会のメンバーはそこまで至っていないということかな?」

 山百合会の幹部としてのスタートラインが、祐巳さんだけは相当に遅れていた。

 その為に集中して鍛えてみたわけだが、真耶としてもこれほど祐巳さんに才覚があるとは思っていなかったのだ。特にメンタル面では不屈の精神というか、歴代の薔薇さま方を上回る程ではないかと、真耶個人は思っている。学力面でもそれなりの基礎はあったので、様々な応用にさえ慣れていけば自然に成績は上がるだろう。

 それらだけなら嬉しい誤算だったのだが、ここで問題が一つ浮上してしまった。

 それは祐巳さんの『姉』である小笠原祥子さまが、思った以上にメンタル面で弱かったことだ。

 生憎とそれが判明したのは役員選挙の時で、時期的には既に祐巳さんには精神的な支柱を数多く築いてしまっている。真耶としても、あの蓉子さまの妹がそこまで打たれ弱いなど想像出来なかったのだ。他の山百合会のメンバー達も、それぞれ厄介な事情を抱えていたりする。

 適当に学園生活を過ごしていた真耶が、それらを全て把握しているわけもない。

「新学期からの山百合会は、祐巳さんから崩れることは十中八九ありえないでしょう。あとは経験さえ積めば、祐巳さんは紅薔薇さまに匹敵すると見ていますから。しかし逆に祐巳さんを原因として、他のメンバー達から崩れることは十分に考えられる……主にメンタル面でのタフネスさ的な意味で」
「……となると、その候補の中で一番確率が高いのがさっちゃんになるのかな?」
「そうですね……少なくとも私はそう読んでいます」

 役員選挙の時は上手く持ち直したが、新学期からは蓉子さまという保険が効かない。それに自分という補佐役もいなくなる。祐巳さん一人がいくら頑張っても、周りが勝手に崩れてしまってはどうにもならないだろう。

 いくつかの情報から、話を聞いていた瞳子ちゃんは尤もな指摘をしてきた。

「……そこまでわかっているのでしたら、真耶さんが何とかすればよいのでは?」
「山百合会でも何でもない私が何故? クラスメイト以上友達未満の関係でしかない祐巳さんや、それ以外の他人でしかない山百合会のメンバーに、私がそこまでしなければならない理由はないねー」
「でも真耶さんの干渉によって生じた誤算なのでしょう? ならばその責任は取るべきだと思いますが?」

 たしかに瞳子ちゃんの言うことにも一理ある。

「……だからこうして優ちゃん達にフォローを頼んでいるじゃない?」

 真耶個人が持つコネの中で、これは最も効率の良い手段だと思う。直接的な援護だけが、必ずしも完璧な効率を生むわけではないのだ。

 納得のいかない顔の瞳子ちゃんに、真耶は更に畳み掛ける。

「それに私ってば、祐巳さん以外の山百合会のメンバーには好かれてないからね~。そんな相手が下手に口出ししたのでは、プライドの高い祥子さまなんかがどう反応するかくらい想像出来るでしょ?」
「……うっ」
「人には相応の立ち位置ってものがあるのだから、こればっかりは仕方ないと思ってほしいなー」

 もちろん真耶としても、誰かさんみたいに人のいない楽園に住みたがっているわけではなく、ただ物語の中心に自分がいるよりも、少し離れたところで傍観していたいだけ。例え祥子さまの親戚である優ちゃんや瞳子ちゃんに文句を言われようと、今更この方針を変えるつもりはない。

 まあ自分のことはともかく、今は祐巳さんのことを気にしよう。

「それでね? 元々平凡だった彼女を効率良く補佐する為に、私は様々な薫陶を祐巳さんに刻んできたけど……困ったことにそれによって、祐巳さんはある程度の無理が利くようになってしまったわけなのよー」
「……どういうことですか?」

 真剣な顔をした真耶に、訝る瞳子ちゃんが問いかけてくる。

「無理をするにも『限界』がある、ということだろう?」

 こちらの言いたいことを察した優ちゃんが、引き継ぐように言葉を繋ぐ。

 身体的欠陥を持っていた由乃さんとは違い、祐巳さんは一般的な健康を持っている。たしかに真耶が色々と仕込んで能力が上がっていたとしても、それはあくまで仕込んだ能力的なものでしかないのだ。

 要するに、祐巳さんの基礎体力はそれ程に伸びていない。

「そんな状態で無理を続けたらどうなるかなんて、誰にでも想像は易しいでしょうね」

 いとも簡単に言葉を吐き出した真耶に、憤慨した瞳子ちゃんが食ってかかってくる。

「──それがわかっていて、何故っ!?」
「──今後の為に必要なことだから、よ」

 正直祐巳さんに対して瞳子ちゃんがここまで食いつく理由はわからないが、この対応に関してはこちらも妥協できない理由がある。

「福沢祐巳という人間は、滅多に人に対して弱みを出さない。普段の百面相から察するのは簡単だろうと誰もが思うけど、それはあくまで『感情』の変化であって、けして心に秘めた『弱み』ではないの。それを錯覚している人達が、真に祐巳さんの状態に気付くことはないでしょうね」

 むしろ祐巳さん自身もそれに該当するのだから、事態がややこしいのだ。

下手に無理が利くようになったことで、かなりのレベルで祐巳さんが無理することは間違いない。真耶を除く誰かがそれに気付き、正すことが出来れば何も問題はないのだが……それは紅薔薇さまが試験で零点を取るくらいにありえないだろう。

 これまで山百合会にそれとなく付き合った真耶からしてみれば、それぞれが自分のことで手一杯という感じである。余裕を持って祐巳さんのことを、それなりに気配りが出来るとは思えない……残念ながら。

「自身の体調管理くらい出来て当然だろうけど、今の祐巳さんは山百合会の役に立てることに陶酔しちゃっているからね。九分九厘疲労の限界点に気付かずに倒れる……くらいのことは起きると思っていい」

 今まで平凡だった祐巳さんが、普通に祥子さまの補佐が出来るようになったのだ。特に祥子さまのファンだった祐巳さんからすれば、まるで夢のような話……多少の無茶くらい気にすることはないだろう。

 その言葉を聞いていた二人は苦い顔を見せる。

「それも祐巳ちゃんの為かい?」
「……自分よりも他人を慈しむことは美徳ではあるのだけど、だからといって自己を省みない理由とは成り得ない。そういうことを自覚する為にも、一度限界点を知っておく必要がある、と私は思うけど?」
「……もう少しやり方を、どうにか出来ないものでしょうか?」
「まあ普段通りであれば、そこまで酷くはならなかったと思う。でも山百合会の行動予定表の三月にある卒業生を送る会や卒業式といった行事があるから、それらの対処で確実に奔走しなければならなかっただろうね。何にせよ行事が無事に終わるまで、元々の祐巳さんが持つ基礎体力で考えてみると……とてもではないが保たないだろうにゃー」

 それらを踏まえた上で、薔薇さま方が在学中に問題の解決を図るのは難しかった。

 まあ祐巳さんだけに集中して成長を促したのだから、周囲との差が出たり無理が祟ったりするのは当たり前である。裏方の真耶としては、その祐巳さんの成長に引き摺られるように周りも成長して自立するのが望ましい。だが中々思ったように周囲が成長することはなく、リリアンの伝統に良くも悪くも引き摺られている始末。

 故に次回はやや強引だが祐巳さんに倒れてもらうことで、山百合会の根本的な依存性を取り除くという計画だ。祐巳さんを山百合会の支柱であると自覚させ、その上で頼りきりにならないようにと忠告の意味を込める……この成長は本人にとって、間違いなくプラスになるだろう。

 だが強引であるが為に、問題がないわけでもない。

「真耶さんの意図はわかった。でも祐巳ちゃんが、いつどこでどう倒れるかまでは流石にわからないんだろう? その辺りの保障はどうなっているんだい?」
「そ、そうですわ! もし駅のホームなどで倒れられたりでもしたら、大惨事になってしまいます!」
「……ふっふっふ、その辺の対処をしてない真耶さんとでもお思いか?」

 少なくとも学園内であれば、真耶がいるから大丈夫。……動かせる駒も多いし。

 次に祐巳さん宅で倒れた場合は、家族が普通に止めるだろう。娘が過労で倒れたことで、学園に対して何らかのアクションはあるかもしれないが……そこもまだ何とかなるレベルだ。

 しかし、問題はやはり登下校中である。

 ストーカーよろしく真耶がぴったり尾行することも考えたが、祐巳さんに対しては顔が知られすぎている為、それも中々に難しいことだ。あからさまに知っている人に尾行されるなど、真耶としてもご免被りたい。

 ならば一体どうするのか?

「これは非常手段でしたが、清子小母さま経由で融小父さまに動いてもらうことにしました」
「……は?」
「祥子さまの妹である祐巳さんの為にと交渉して、プロの探偵を何人か雇ってもらったんですよ。短期間ではありますが、祐巳さんは小笠原家のVIP扱いになっています。こと安全に関しては、信用してもらっても構いません」

 男の探偵ではあまりに不審者過ぎるので、腕の立つ女探偵ばかりだとか……その情報源には突っ込まないであげたが。

 ぶっちゃけ交渉というよりは脅迫に近い。

(祥子さまの妹ともなると、小笠原の娘も同然。さぞかし余計な敵が増えて困ることでしょう……なんて、よく言ったものだな~私)

 ちなみに社会に出ていない小娘の戯言は、融小父さまにあくまで祐巳さんを思ってのことであるとあっさり見抜かれた。おまけにやれ見積もりが甘いとか、やれ相手を選んでから交渉しろとか、三時間近くも説教を受けた……もちろん正座で。

 まあみょんな過程はともかく、結果としてこちらの意図を尊重してもらえることにはなった。流石は大人というか、自分がまだまだ未熟であることを自覚させられる。

 高いけど得難い買い物だったなぁ……と一人しみじみしていると、呆然としていた二人が意識を取り戻す。

「……ま、まさか、あの叔父さまを動かしたとは。やはり真耶さんの行動は、僕の予想を斜め上に突き進むね。はたしてそこまでする意味があるのか、激しく疑問だけど……」
「……慎重なのか大胆なのか、正直私には判断がつきませんわ。ある意味では紅薔薇さまをも凌ぐのではなくて? まあ今更変人であることには変わりありませんが……」

 過ぎたこととはいえ、二人とも言いたい放題だ。

 真耶自身も今回の交渉はやり過ぎたとも思うが、自分の都合で祐巳さんを危険に晒すことには違いないので、それくらいの責任は果たすべきだと思っている。

「どうも誤解されがちだけど、あくまで今の私の行動理念は『学園生活』を平穏無事に過ごすことで、それ以外のことに関してはフリーダムなの。融小父さまを動かしたとは言っても、清子小母さまというコネがあったからに過ぎないし。時間的余裕があれば、もう少し穏便に事を運んだよ?」

 こうして事態を早期解決させる為に動いていることには理由がちゃんとある。

まず面倒くさいという気持ちがあるが、真耶としては紅薔薇さまが卒業した後に山百合会に関わるつもりはない。もちろん裏方としても、だ。学園長というコネを最大限に活かして、祐巳さんとは違うクラスになる予定である。それにいつまでも真耶が祐巳さんの近くにいては、本当の意味で祐巳さんの自立にはならないのだから。

 祐巳さんが自分の限界を見極めることが出来れば、紅薔薇さまの依頼は完全に達成したといっていいだろう。

 あとは真耶の予想を超える事態が起きなければいい。……こういう考えはそういう事態が起きるフラグっぽいが、あまり気にしないようにしよう。

「とりあえず優ちゃんには祐巳さんが倒れた後に、祥子さまが下手に取り乱さないように気をつけて? 私もそっちまでは気が回らないから」
「……まあそれくらいなら、お安い御用さ。瞳子も余裕があれば気にしておいてくれ」
「……色々と言いたいことはありますけど、賽は投げられた状態ですし、私も微力ながらお手伝いしますわ」

 祐巳さんを人柱のように扱う計画に不満はあれども、結果的に最善に繋がるのであればと二人は納得してくれたようだ。まあ共犯……協力者を作る為に、真耶としてもわざわざここに足を運んだのだが。

 どうせ一人で出来ることなんて高が知れている。

 古い伝統があるリリアン女学園でも、もう少しこういった認識が強まれば、山百合会を紅薔薇さまが望んだ状態に出来るかもしれない。今の閉鎖的な生徒会を打破するには、生徒一人一人の認識の改革が必要である。

 大学からリリアンの外に出る予定の真耶はそこまで気にしてはいないが、ここまで成長した祐巳さんなら紅薔薇さまの意志を、祥子さまよりも立派に引き継いで行くのだろう。

(義母さんの学園がより良いものになるのなら……養子として、こんなに嬉しいことはない……!)

 とにかく祐巳さんには今期に限って、人より苦労することを我慢してほしい。来期からは祥子さまと好きにイチャイチャしていいから。



 主な用事を終えた真耶は、炬燵の中に引き篭もった。

 ──優ちゃんと瞳子ちゃんの微妙な視線に晒されながら。




[3792] ウァ……なんとかの贈り物? 第九話「蟹と狸の円舞曲」
Name: ゆ◆213d3724 ID:22230291
Date: 2009/12/29 23:38


「よかったのですか、お姉さま?」

 やや不思議そうに真美が聞いてくる。

「……別に構わないでしょう。あまり深入りするのは禁物だけど、今回の企画の責任者としてこれくらいは言っておかないとね」

 机に置かれたコーヒーを一口飲むと、三奈子は深い溜め息を吐いた。
 少し前まで黄薔薇のつぼみの妹こと島津由乃と会談していたのだが、とりあえず言っておくべきことは言ったので帰らせることにしたのだ。そもそも彼女が今日ここに来た主張などは、三奈子にとってはどうでもいいことである。
 とにかく現状を正しく認識しろとは伝えたけど、これで理解出来ないのであればそれまでの人間にすぎない。

(まあ、黄薔薇さまも事前にそれらしいことを言っていたみたいだし、多分大丈夫でしょう……)

 あとは当事者同士で問題の解決を図ってもらうしかないだろう。

 それに三奈子にも島津由乃の気持ちはわからないでもない。
 何よりも彼女とその姉である支倉令との関係は近過ぎたのだ。小さい頃から身体の弱かった島津由乃を見てきた支倉令が彼女に対し過保護になることも、そんな関係を当たり前に思ってきた島津由乃が支倉令を独占したくなることも、ある意味では必然と言えるのかもしれない。

 むしろそこまでを企画を立てた段階で気付けなかったことにこそ、三奈子はショックを受けていた。
 『黄薔薇革命』の時に事前調査を怠ったことで、相当な事件にまでなってしまった前科があったというのに。こんなことでは折角山百合会と提携出来るようになってきたのに、その彼女達からの信用までも失ってしまう。もちろん『リリアンかわら版』を見てくれる一般生徒達に対しても、だ。
 企画の責任者としては、この不手際の始末は何とかする責任がある。

「そうね、真美。あなたが田沼ちさとのフォローに回りなさい」
「私が、ですか? 別に構いませんが、黄薔薇のつぼみにはお姉さまが?」
「私は責任者として企画の最後を見届けなければならないわ。最後のペアが黄薔薇のつぼみ達ならそうするけど、その可能性は未定でしょう? それと蔦子さんには悪いけど、彼女には写真部として最後まで付き合ってもらうから」
「……はあ」
「そうなると必然的に残るのはあなただけ……これは彼女と同学年である、真美にしか任せられない仕事よ。とりあえず、田沼ちさとのフォローだけを考えておけばいいから」

 各ペアがどういう順番でデートを終えるかまでは、流石に三奈子にも予想がつかない。

 ただその中でも、一番傷付いている可能性が高いのは田沼ちさとだろう。本来なら三奈子としても自分自身が向かいたいところだが、責任者という立場がそれを許さない。ならばせめて妹である真美を当てるのは、責任者である三奈子としての誠意の表れである。
 賢い妹は三奈子の言いたいことを察して苦い顔するが、同時にその意味も理解しているので拒まない。

「……損な役回りですね。でもこれが企画を立てた者の『責任』、というものですか」
「そう、これが来年以降にあなたが受け継いで往くものよ。……怖気づいたかしら?」
「いいえ。……むしろ望むところです、お姉さま」

 そう言って不敵に笑う真美。

 相変わらず可愛げがなく優秀過ぎるそんな生真面目な妹が、三奈子にはとても誇らしかった。
 時には諫言が煩わしくも思う時があるが、それでも真美が居てくれて良かったと思うことの方が遥かに多い。リリアンの姉妹制度なんて特に気に留めていなかった三奈子だが、この妹との出会いを設けてくれたことに関してだけはマリア様に感謝している。

 そんな風に昔を思い返しながら二人だけの空気を作っていると、やや気の抜けた声が耳に届く。

「…………私はお邪魔ですかね?」

 二人の甘い空気に当てられたのか、いつも元気な彼女にしては声が重い。

「──コホン! いいえ、貴方には最後まで居てくれないと困るわ」
「ならもう少し、私の存在も留意していただけると幸いなのですが……」

 そういえば自分達二人だけではないことをつい失念していた。
 誤魔化すように取り繕うが、武嶋蔦子のテンションはかなり下がっている。これは由々しき問題かもしれない、何としても解決を図らねばならないだろう。幸いにもここは喫茶店、彼女のご機嫌取りを行うにはもってこいの場所である。

「ご、ごめんなさいね、蔦子さん。……そうだ、コーヒ-のおかわりはいかが?」
「こ、このデザートなんかもどうかな、蔦子さん?」

 三奈子と真美、二人揃ってご機嫌取りを取る姿に彼女は思わず苦笑していた。

「……ふふふ、それなら二人のご厚意に甘えるとしますか」

 そんな彼女がメニューの中から選んだのは、店でも一番との評価を受けているデザート。……当然、値段もデザートの中でも一番である。


 ──三奈子の財布が悲鳴を上げた。





ウァ……なんとかの贈り物? 第九話「蟹と狸の円舞曲」





 薔薇の館の二階にある会議室、そこにある大きな机の上に二種類の弁当箱が広げられていた。

「……何か休日なのに、あまりいつもと変わらない気がする」

 憮然としているのは白薔薇さまこと佐藤聖さま。
 まあ山百合会の人達はよくここで昼食を取っていたらしいから、それは無理もない話かもしれない。

「そうですか? 私は少しどころか、かなり新鮮な気持ちです」

 一般生徒がこのように薔薇の館を利用するのは、こないだの宝探しイベントの時くらいである。ましてや薔薇さまの一人と食事を取るなど、普通では考えられないことだろう。他の生徒達に知られたら、さぞかし羨ましがられることは間違いない。

 当然ながら静としても、他人にわざわざそんなことを言う気はないが。

「それにしても休日の学校に来るなんて、静はどういうつもりなの? デートコースにしては随分と変わっているけど……」

 それぞれが昼食を取り終わり、一息入れて落ち着くと聖さまが訊ねてきた。
 もちろんこうした疑問を投げかけられるのは想定済みだったので、静は落ち着いて聖さまに答えを返す。

「私もそう思います……が、聖さまのお話を聞いてみるには、この場所が最適かと思いまして」
「……私の話?」
「ええ。聖さまは卒業されるし、私はイタリアへと留学します。せめてもの土産、というのはおこがましい話なのですが、聞いてみたい話があるのです」

 目の前で真っ直ぐに微笑む静を見て、聖さまは怪訝な表情を浮かべる。

 これはあくまで静個人の興味に過ぎない。
 他人に聞いた話ではなく、当事者であった聖さま自身からの話。それを聞かずして、静は気持ちよくイタリアへ行くことは出来ない。

「──久保栞さんのことについて、ね」
「──っ!?」

 その名前を聞いた聖さまは、あからさまに動揺を見せる。

 静としてもとうに過ぎた過去を掘り出して、聖さまの傷を抉るつもりはない。しかし、一年近く想い続けても気付かれなかったこと……もちろん静もそれほど積極的に近付いたわけではないので、それも仕方ないとは納得している。だが、その原因となった人物がいることを知ってしまった以上、どうしてもその人物を意識してしまうのは無理もないことだろう。
 彼女の周囲の人間はその境遇を知っているからこそ、あえてその話題に触れることはなかった。辛い過去の特効薬は時間とはよく言うが、間近でそれを見ていた人達は穏便に事態を収束させていく。
 しかしある意味では、それはただの問題の先送りというものでしかなかった。
 それが聖さま一人だけの問題であるならば、静としてもそこまでしつこく聞かなければならない話ではない。しかし今回の企画での流れを見るに、聖さまのその後の対応にやや引き摺られている人物がいることを確信する。

 ただこれは噂話だけで判断できるものではないので、静は単刀直入に本人に聞くことにしたのだ。

「人伝に聞いたことはありますが、やはり本人に聞いてみないことには真偽がつけられません。『いばらの森』の時も下級生は騒いでも、上級生は揃って口を塞ぎましたから」
「……流石は静だね、人には出来ないことを平然とやってのける」
「いえいえ、伊達や酔狂が趣味な妹の口癖の一つに、『それがどうした!』というのがありまして。わからないものは何でも聞いてみる、そういう考えに転向したのですよ。これがまた、中々に爽快で楽しくて」
「…………どんな妹よ」

 心底呆れた感想の聖さまを見る静も、もちろん当初は同じようにそう思っていた。
 しかし気付いてみれば十分に染まっている自分がいる。

(我ながら末恐ろしい妹を作ったものね……)

 時々見せる甘えがなければ、碌でもない姉妹関係になっていたことだろう。

「まあ私の酔狂な妹はともかく、教えていただけませんか? 聖さまが一目惚れしたという、久保栞さんについて──」

 静の無茶なお願いに、彼女はとても苦い顔をしている。
 何せ過去の傷に塩を塗るような振る舞いであるし、断固として拒まれても当然のことだ。しかし静としては、聖さまの為にも話してほしいと思っている。何故ならそれは、今後志摩子さんとどのように接していくかにも関わっていくことだから。

 率直に言えば祐巳さんの補佐をしている真耶への、餞別ついでのお節介とも言える。
 発つ鳥跡を濁さずではないが、聖さまがしっかりと過去を清算しない限り、志摩子さんもまた中途半端な考えのまま学年を上がってしまう。それは祐巳さんの将来的に、あまり喜ばしくない事態である。ただでさえ一人少ないのだ、今の山百合会は。このままでは山百合会での負担が、真耶が気にしている祐巳さん一人に集中してしまいかねない。

 そこまで考えて、静はふと気付く。
 静が考えても簡単に辿り着くその程度のことを、あの狡猾な妹が見逃すだろうか?と。

(……まさか、それまでもが真耶の計算通りなのかしら?)

 あらゆる意味で底の知れない妹。
 最善の結果の為であれば、多少の過程など微塵も気にしない。あの紅薔薇さまですら裏を掻かれたというのだから、今回のことも次の布石にしている可能性は十分にありえる。

 姉妹となった静にも話さずに、淡々と己が目的の為に突っ走る真耶。
 他の生徒達以上に常識に囚われない彼女は、普通の感性の持ち主である姉ならば、即座に姉妹関係を解消していてもおかしくはない。

(……ふふふ、それでこそ『真耶』ね。あなたはあなたの望む道を往きなさい)

 しかし生憎と静は普通一般の生徒にあらず。

 ただベタベタイチャイチャする姉妹ではなく、互いに異なる目的と手段を持ち行動する。つくづくリリアン女学園に在籍していることが不思議でたまらない。……まあ学園長の養子という尤もな理由はあるけれど。そのリリアンではありえない言動や行動は、今まで持っていた静の価値観という世界を無限に広げていく。
 夢へと向かう翼を静は自分で持っていたけれど、あのフリーダムな妹はその翼がより活かせる広大な空を示してくれたのだ。まさに水を得た魚のような気分である。

 気分的には祐巳さんも、静と似た感情を持っているのではないだろうか?

「……まあ、静になら別にいいかな?」

 つい真耶のことに静が気を取られていると、聖さまは仕方なくといった感じでポツポツと過去を語っていく。件の久保栞との衝撃的な出会いから、その悲しい別れまでを。
 聖さまの話を、静はなるべく客観的に受け取ろうとする。特に大まかな流れは人伝に聞いたものと大差はなく、しかしいくつかの細かい部分が静の興味を惹いた。辛そうに語る本人は全く気付いていないようだが、静にはどうにもそれらが気になって仕方がない。

 ふと時計を見ると午後二時近くになっていた。
 真耶が仕込んだ布石を考えると、そろそろ舞台の幕を開けてもいい時期だ。

 ある程度内容を反芻し、考えを纏めたところで静は口火を開く。

「これはあくまで私個人の感想なのですが、いくつか指摘したいところがあります。まずは聖さまが栞さんの事情を知った時ですけど、あの紅薔薇さまにしては迂闊な対応と言わざるを得ません。その時の聖さまが置かれた状態を察すれば、栞さんと拗れることぐらいわかるでしょうに」
「うぇい!?」

 話を聞いていた静が、まず口にしたは紅薔薇さまへの批判だった。
 目の前に座っている聖さまは、飲み物を口にしていたら間違いなく噴出していたくらいに驚いている。

「紅薔薇さま……当時はまだつぼみでしたが、彼女の能力からもう少し穏便に事態を推移させることが出来た筈です」
「で、でも、あの時の蓉子は私のことを本当に心配してくれて……」
「もちろん紅薔薇さまが悪い、とは言っていませんわ。ただ、もう少しやりようがあったのは事実です。……おそらく本人も、そのようなことを言っていたのではないですか?」
「うっ……」

 その言葉に対して、聖さまは何処か覚えがあるような反応を示す。

「そして次にですが、やはり当事者のもう一人である栞さんの対応ですね。敬虔なクリスチャンであるならば、最初からそう言って拒んでいれば良かったと思います。少なくとも土壇場まで引っ張って拒むというのは性質が悪い。あの時の聖さまがそこで拒まれてどうなるか、それすらも考えていなかったのであれば論外でしょう」
「──っ! 栞のことを悪く言わないで!」
「それは無理です、聖さま。話を聞く限り、彼女の対応が一番問題を悪化させる原因となっているのは、誰が聞いても確定的に明らかですわ」
「──ちょっと、待ちなさい! いくら静でも言葉が過ぎるわよ!?」

 机を叩いて激昂する聖さま。
 それとはまるで正反対に、静の頭の中はとてもクールだった。正面から激しい怒気に晒されても、今の静は全く動じることがない。

「何処が、でしょうか? 聖さまと親密になっておきながら、いざとなればマリア様の名前を出して退けて、更には一緒に逃げようという約束までも反故になさった。聖さまにそこまで想われていながら、まるでただの気の迷いだったかのよう。姉妹制度という妥協案があったにも拘らず、ここまで侮辱された聖さまが何故彼女の庇い立てを続けるのか、私には理解出来ませんわ?」
「違う! 栞は悪くないの! あれは全て、私の所為であって──」
「いいえ聖さま、あなたにはそこまでの責はありません。聖さまが主に負われるべき責とは、その過去の事情を知っている人達に気を遣わせないことぐらいです」

 聖さまの過去を知っている人は、嫌でもそれを意識した対応が迫られる。
 例え本人が気にするなと言っても、それだけの過去を知ってしまえばそうもいかない。無意識に同情という感情に縛られない人間など、そうはいないだろう。本当の意味で根本の問題を解決しない限り、それはいつまでも続く。

 言いたいことばかり言う静に、具体的な反論を返せない聖さまの勢いは落ちていった。

「そんなことは……ない、わ」
「そして栞さんを転校に追いやったのは、当時の聖さまの担任教師です。姉妹制度がある学校にも関わらず、女生徒同士が親密になることを悪し様に扱ったのですから。その方が余裕を持った対応をしていれば、双方にそこまでの『傷』を残すことはなかったと私は思います。まあ、急に成績を落とした聖さまが切欠にはなったのでしょうけど……そこまで悪い例として取り上げなくても、十分に事態は収拾出来た筈ですわ。……もし私の妹がその場にいたとしたら、きっと社会的に抹殺していたでしょうね」
「そ、それは、流石に無茶が過ぎるんじゃ……」

 残念、無茶無理無謀は真耶のお家芸だ。
 一度やると決めたのならば、最後までそれを貫き通す……その心意気は是非とも見習いたいものである。

「そもそも『姉妹制度』や『薔薇さま』という伝統を賛美しながら、それ以外の関係を悪し様に否定するなんてナンセンス極まりないですわ。人間関係というものは、そこまで限定されてしまうほど単純ではありませんもの」

 必要以上に自責の念に囚われた聖さまもアレだが、学園側ももう少しまともな対応をしてもいい筈である。そしてリリアンで育った人は、そのことにほとんど疑問すら抱いていない。
 リリアンに外の常識を持ち込むな、と言われればそれまでだが。

(そういう意味では中学受験組である紅薔薇さまだけが、伝統である山百合会の改革に視点を当てた…………まあ、真耶は別格よね)

 少し熱が入ってしまったので、ティーカップに残っている紅茶を一口飲む。

 学園に通う一生徒として、ここまで現体制に不満を述べるのは相当に疲れる。
 普段の静にしてはありえないくらいに熱弁を振るったが、全ては舞台演出の為の詭弁に過ぎない。
 上級生を批判して、既に居ない者すら批判して、挙句には教師や学園までも批判する。自分を挑発しているのかと思えば、どこか逆に慰めようともしている……そんな不自然な静の態度に、聖さまは祐巳さんにも負けず劣らずに面白い顔をしていた。

「……さて。ここまでの話を聞いても、まだ聖さまは自分一人が悪いと思うのですか?」
「…………」

 さも筋が通るような気がする詭弁を聞かされて、聖さまはすっかり黙り込んでしまう。
 それらしく聞こえても、所詮は過ぎたることでしかないのだ。誰の所為だの誰が悪いなどと、今更持ち出すような話ではない。
 これらは全て聖さまの『本音』を引き出す為の布石である。
 目の前で困惑している聖さまは気付いていないようだが、つい先程もう一人の舞台役者が到着していた。……他に誰も来る筈がない、この休日の薔薇の館に。

 気分はまさに演劇部の静は、今一度この舞台で踊り始める。

「そうやって聖さまが自責の念に囚われて、一体誰の為になるのです? 聖さまには見えないのですか? あなたの横にいる親友や、あなたを慕ってくれる後輩……そして愛しい『妹』の姿が」
「──!」
「あなたのお姉さまが遺した『大切な人が出来たら、一歩引きなさい』という言葉、あなたの妹に対して本当に実践出来ていますか? 少しでも困っている彼女を、一歩の距離で救える場所にいますか?」

 志摩子さんの自立心を促す、という気持ちはわからなくもない。

 ただ、彼女は以前より誰かに必要とされたがっている節がある。それを理解して手を差し伸べた聖さまが、その彼女に対して微妙な距離感を作ってしまうのは早計だ。もう少し段階を踏んでから、その関係を進めるべきだった……静は二人をそう分析している。
 お互いに見える距離にはいるものの、どちらも似たような存在故に干渉に躊躇してしまう。片方の一歩では届かない……それが今の二人の関係を客観的に見た感想である。

 先程机を叩いて立ち上がった聖さまの目線に合わすように、静もまたゆっくりと席を立ち上がった。

「……それとも、本当は彼女のことなんてどうでもよかったりするとか?」
「──そ、そんなわけ、ないでしょう!」
「そんなわけ、とは? 具体的に言ってくれませんかしら? 無知な私にもわかるように」

 更なる静の挑発に顔を赤くしていく聖さま。
 しかし彼女の性格から、ただやられっぱなしは性に合わないのだろう。次第にその表情に覚悟が宿っていく。舞台はそろそろクライマックスを迎える。

「……志摩子は、私の大切な妹よ」
「はあ……そんな耳元で囁く程度の小声が、彼女に対する聖さまの本当の気持ちなのですか? 何の為に休日の学校を選んだと思っているのです……下手な遠慮はいりませんわ」

 失望じみた溜め息を零しながら、静はゆっくりと後ろのドアへと下がっていく。
 俯いていた聖さまは、こちらを睨むように顔を上げると、

「──私は志摩子が『大好き』だっ!!」

 これでもかという程に大きな声を張り上げて、顔を真っ赤に染めて宣言した。
 その言葉を聞いて、ようやく静は満足そうに頷く。

「栞や自分と似ているからなんて理由じゃなくて、純粋に藤堂志摩子という人間個人を! 祐巳ちゃんには悪いけど、抱きしめ心地は志摩子が一番! でも、そんな単純なことが言えなかった!!」
「──それは、何故?」

 心の奥に隠された、聖さまの志摩子さんに対しての想い。それをわかっていながらも静はその先を促す。

「は、恥ずかしいじゃない! あれだけ上級生ぶってたのに、こんな小心者で臆病者みたいな……」

 茹でダコのように真っ赤になった聖さまは、ひどく可愛らしい。……出来るのであれば、この人と姉妹になってみたかった。

(……我ながら、未練がましいわね)

 今の静には真耶というかけがえのない『妹』がいるというのに。

 それはともかく、ここまでの挑発で煽られた聖さまは見事に大胆発言をした。もちろんもう一人の当事者である志摩子さんが、この場にいるわけがないと思っているからの発言であるのは間違いない。
 だが現実には『ありえない』ことなど、結構あったりするものである。

 聖さまの様子を窺いながら、静はさりげなく近付いた会議室の出入り口のドアを急に開いた。

「──きゃっ!?」

 するとドアがいきなり開いたことに驚いた声が部屋に響く。

 静はドアを開けると同時に、その人物が逃げないように片手をしっかりと掴む。不意を突かれたその人物は急に開いたドアを避けることは出来たが、体勢を崩した所為で静の強引な誘いに抵抗することも出来ずに引き込まれてしまう。

 その人物を目の前で認識した聖さまは、真っ赤な顔のまま言葉がない。

(まあ、無理もないでしょうね。何と言っても……)

 恥ずかしいほどの大告白をした相手が、同じように真っ赤な顔をして目の前に立っているのだから。

 つまりはその人物とは、まさに藤堂志摩子その人である。

 二人が絶句している内に、静は志摩子さんを部屋の真ん中へと押しやった。

「私が思うに、お二人はもう少し本音をぶつけあった方がよろしいかと」

 しれっと言う静に、聖さまはぷるぷると肩を震わせる。
 はて、部屋の気温はそれほど寒くはなかった筈だが。悪戯っぽく笑う静に、ついには我慢できなくなった聖さまの不満が飛ぶ。

「し、静!? あなた、私を謀ったわね!?」
「あなたは素晴らしい人ですわ……しかし、私にも私なりの矜持があった。ただ、それだけのことです」

 聖さまの怒りを流すと、何か言いたげな志摩子さんに目を合わせる。

「……静さま」
「志摩子さん……良かろうが悪かろうが、人に感情をぶつけたりぶつけられることを厭わないでね。人が一番されたくないことは、きっと『無関心』だろうから。『白薔薇さま』を継いでいくあなたには、それくらい気にしていかなければならない責任があることを忘れないで」
「──わかりました。それと静さま、申し訳ありませんでした」

 深く頭を下げる志摩子さんに、静はひらひらと手を振った。

「さあ──何のことかしら?」

 微妙な空気を改善することなく、真っ赤な顔の二人を残して静は部屋を出る。
 ドアを閉じる瞬間、聖さまが何か言っていたようだが、あえて聞こえなかったことにした。ここまでお膳立てをしたのだから、あとのことは知ったことではない。
 ただ、そんな心配も杞憂だろう……何だかんだいって、彼女達の芯はとても強かったりするのだから。

 ギシギシと音が鳴る階段を降り、ロビーのところで静はふと二階を見上げる。

「今度こそ、本当に『さよなら』ですわ……私の好きだった『白薔薇さま』──」





 休日の学校の校舎にて、祐巳は暇を持て余していた。

「……大丈夫かなぁ?」

 いつもはバスで向かう学校への道を、ふらふらと寄り道しながら歩く。
 結構な距離があったのだが、志摩子さんと色々な話をしながらだったので、気付けば普通に到着していたのだ。……いい運動にはなったかもしれない。
 言われていた通りに校門からは普通に入れて、とりあえず薔薇の館へ向かおうというところで祐巳は真耶さんの言葉を思い出す。

「デートの中で学校に行ってみるなら、志摩子さんを薔薇の館に『一人』で行かせてごらん? きっと彼女にとって良いことが起こる…………って、ばっちゃが言ってた」

 誰だよ『ばっちゃ』って、という突っ込みはさておき。
 真耶さんがよくわからないことを言い出したら、それは間違いなく予言的な何かが当たる。……良い意味でも、悪い意味でも。祐巳としては難解なパズルを投げっ放しにされた気分になるのだが、それを自力で解いた時の満足感は中々癖になるものがある。

 ただ今回もまた難しく、でも今までを振り返ってみれば決して解けなくもないレベルではあった。
 基本的に真耶さんは祐巳がやりたいことを、予言者のように数歩先まで読んでいる……そしてその読んでいることを、さりげなく祐巳に匂わせてくるのだ。

 それを踏まえて考えると、今回は祐巳自身に直接は関係しないことがわかる。

「いっそ正直教えてくれればな~って思うけど……」

 一回だけ素直にそう聞いてみたこともあったが、

「──それじゃあ面白くないじゃない……『私』が」

 と、ぶっちゃけられた。

 全く以て酷い話である。

 別に祐巳は真耶さんを面白がらせる為に生きているわけではないのだ。しかしそんな風に不満をぶつけてみても、いつものらりくらりと流されてしまう自分がいる。……どうも今の祐巳では口論で彼女に勝てる気がしない。
 まあ真耶さんのことはともかく、学校に着いた祐巳は志摩子さんを一人薔薇の館に先行させることに。当然志摩子さんは不思議そうにしていたが、トイレに行くからなど理由をつけて誤魔化すことにした。

 そして福沢祐巳は考える。

「おそらく今までの経験から察すると、私が今優先しているのが志摩子さんのフォローだから、真耶さんの予言的な何かはそれに類するものと見ていい筈……」

 とにかく今の志摩子さんに必要なのは、白薔薇さまとの本音を曝け出しての会話である。
 祐巳でも話を聞くことくらいは出来るだろうが、志摩子さんが持つ根本的な問題の解決までには至らない。その辺はやはり『お姉さま』である白薔薇さまに、ビシッと言って決めてもらわなければならないだろう。

 そうなると実は偶然にも、白薔薇さまのペアが休日の学校を訪れていたりするのかも。

「あはは、な~んてことがそうそうあるなんて…………──ぎゃうっ!?」

 祐巳が一人笑いながら廊下を歩いていると、不意に後ろから誰かに抱きつかれる。
 休日で無人の学校の廊下を歩いていたわけだから、無防備なことといったらこの上ない。いつも白薔薇さまにやられている不意打ち以上に、祐巳の警戒心は低かった。

 おかげで怪獣の子供のような悲鳴を上げてしまう。

「ふ~ん、これが例の怪獣の子供かー」

 しかしいつものセクハラ犯人の声とは違うことに、後ろから羽交い絞めにされている祐巳は気付く。
 厳しい体勢ながら振り返ってみると、そこにはなんと蟹名静さまがいた。少し前まで噂をしていた当人が出てきたことに、祐巳は平静を保てない。

「な、なななななな!?」
「落ち着いて、祐巳さん。別に取って喰おうなんて思ってないから」

 爽やかな笑顔を見せる静さまに宥められる。

 そのおかげで、何とか祐巳は失った落ち着きを取り戻すことが出来た。そして冷静になってくると、当然のように静さまに対して一つの疑問が浮かぶ。
 視線を背後の静さまに向けたまま、祐巳はその疑問を正直にぶつける。

「……何故、静さまが休日の学校に?」
「あら、その言葉はそのまま祐巳さんにも返せると思うけど?」
「で、ですよねー」

 何せお互いに半日デートの真っ最中。休日の学校にいること自体が不審極まりないのは明らかだった。あっさりと言葉を返されて、祐巳は必死に頭の中で考えを纏めなおす。
 だがそれを纏めるまでに、静さまに先手を取られてしまう。

「……ところで祐巳さんがここにいるということは、志摩子さんも一緒なのかしら?」
「あ、はい。とりあえず、先に薔薇の館に向かってもらいましたけど……」
「──ああ、それは何とも『奇遇』ねぇ。私も所用があって抜けてきたのよ、『薔薇の館』に白薔薇さまを残して」
「…………え?」

 静さまの言葉に祐巳の思考は硬直する。
 つまりは信じられないくらいに都合良く、今の薔薇の館には志摩子さんと白薔薇さまの二人きりということか。

(……そんな『偶然』って、あるものなの?)

 真耶さんの予言的な何かも、ここまで来ると末恐ろしいものを感じてしまう。
 おそらく他意はないものだと思いたいのだが……

「? どうかしたの、祐巳さん?」
「え!? い、いえ、クラスメイトが休日の学校など珍しくて、デートコースには面白いんじゃないかって言っていたんですけど……」
「あらあら、本当に『奇遇』なこともあるものね。実は私も、お節介なクラスメイトが色々とデートコースを考えてくれたのよ?」
「……そうなんですか?」

 正直に静さまは、白薔薇さまとのデートコースの選択に相当悩んだことを告げる。
 しかし、お節介なクラスメイトのおかげで、随分と楽しい時間が過ごせたそうだ。学校という場所が白薔薇さまにとって思い出深いものであることを、祐巳は以前紅薔薇さまに話を聞いて知っている。

 祐巳は静さまの話を聞いて、けして真耶さんだけが特別ではないと考えを少し改めた。

 色々と視野が広がったのはいいのだが、その分疑心暗鬼に囚われるというか……見たくない余計なものまでが見えてしまう今日この頃。親切なクラスメイトに疑念を向けるなんて、そんな自分の狭量さにこそ疑念を持つべきかもしれない。
 そんな暗い感情がまた顔に出ていたのか、静さまが祐巳を抱きしめていた手を放す。

「静さま? ──って、ひゃうっ!?」

 一度は解放した手が、今度は肩に伸びてくる。

「……随分と凝っているのね? あまり無理はしては駄目よ、祐巳さん」
「あっ! い、いえ、そんなに……あぅ……無理は、してませ……んっ!」

 肩を揉み始める静さまに答えようとするのだが、思ったよりも上手なマッサージに言葉が途切れてしまう。思わず狙ってやっているのか、と心の中で思ったくらいだ。しかしこれだけ肩揉みが気持ち良いということは、実は結構疲れていたりするのかもしれない。

(でも祥子さま達と違って、雑用くらいしかやっていないんだけどな……?)

 様々な責任がかかる薔薇さま方に比べれば、つぼみでしかない祐巳のその辺は微々たるものである。ただ由乃さんが体力的に無理が出来ないから、その分だけは祐巳が代わりに動くしかない。でも祥子さまが「祐巳はよくやってくれているわ」と褒めてくれるから、祐巳としてもついつい頑張り過ぎてしまう。
 まあ『病は気から』とも言うし、これからは少し気をつけることにしよう。

「ところで静さまは、志摩子さんと白薔薇さまの不和の原因を知っていたりします?」
「原因? ああ、もしかして私とのことかしら?」
「あ、やっぱり何かあったんですね……」

 さらりと自白する静さまに、祐巳はガクリと膝をつく。
 知っていたのなら何故協力しなかった、と飄々としている静さまを祐巳は恨めしそうに睨む。
 しかし彼女は全く動じることはなかった。

「でも結果的にはこれで良かったのではなくて? これくらいのことがなければ、白薔薇さまが卒業するまでに志摩子さんが自立することは難しかったでしょう?」
「そ、それはたしかにそうなんですけど……だからといって、それが静さまの行動を正当化する理由には成り得ませんよ! 『ロサ・カニーナ』の時もそうでしたけど、どうしてそんなに意地悪なんですか!?」

 いとも平然に「ロサ・カニーナとは実は黒薔薇」と嘘を言う人だ。
 すぐに気付いたから良かったものの、うっかり祥子さまの前で無知を晒していたかもしれないと思うと、心穏やかではいられなくなる。
 流石の祐巳の剣幕に、静さまもやや申し訳なさそうな顔を見せた。

「……そういう性分だから、では到底納得出来ないわよね。そうね、今日のデートが終わる時に二人には謝罪させてもらうわ。それでいいかしら?」

 かといって人の不幸を笑う人でもない。
 自分が悪かったことに、誠意を持って頭を下げられる人なのだ。ただ本音を漏らすなら、最初から謝るようなことをそもそもしないでほしいものである。志摩子さん達二人だけではなく、出来れば祐巳にも謝ってほしい。……企画の趣旨を曲げてまでフォローしようとした祐巳の苦労的な意味でも。

「……もう、それでいいです」

 残念ながら祐巳には、上級生に対して頭を下げろと面を向かって言う勇気はなかった。



「そうだ、祐巳さんはこの後すぐに薔薇の館に向かうの?」

 ようやく祐巳から離れた静さまが訊ねてくる。

「いえ、志摩子さんと白薔薇さまが二人きりの機会ですし、もう少し時間をおいてから向かう予定ですけど……」
「そう、なら少しだけ私に付き合ってくれる?」
「? 別に構いませんが……」

 そう言って歩き出した静さまの後を追う。

 休日の誰もいない校舎に廊下。
 先を歩く静さまとそれに続く祐巳の足音が、建物の中に響いていく。
 それは何処か、別の世界のように祐巳は錯覚した。

 静さまが歩くその進路を見ながら、祐巳は目的地を想像する。廊下を抜け、階段を上がり、それが三階に着いたところで一つの答えが祐巳の脳裏に浮かぶ。

「もしかして、音楽室ですか?」
「当たり。でも多分、鍵がかかっているでしょうね」
「え? それならば何故……?」

 目的地についても、鍵がかかっているのでは意味がない。
 そんな疑問符を頭に浮かべる祐巳に、静さまは楽しそうに言葉を続けていく。

 祐巳の手を取った静さまは、そのまま音楽室の前を素通りする。

「……アヴェ・マリアは好き?」
「──好きです!」

 脈絡のない静さまの振りだったが、祐巳は即答した。
 祐巳が祥子さまに憧れた切欠になった新入生歓迎会、その時に祥子さまが弾いていたのが『アヴェ・マリア』だった。
 その後祐巳が祥子さまの妹になる際にも、一緒に連弾したことのある思い出の曲である。

 そんな祐巳の態度に、静さまは面白そうに目を細めた。

「今日は私にとって忘れがたい思い出の一日となったわ。その演出に協力してくれた祐巳さんに、感謝の気持ちを込めて──」

 廊下には、バルコニーのように中庭に開いた場所がある。三階ということもあって、その場所からは見晴らしがよかった。
 そこへ辿り着いた静さまは、祐巳の手を放すと胸を張り、口を開く。
 中庭に響き渡るその美しい声は、音楽に疎い祐巳でもわかるほどに素晴らしいものだった。

 グノーのアヴェ・マリア。

 その感動的な歌を聞いた祐巳は、一人イタリアへと留学する静さまの、その揺るぎない意志を強く感じた。



 悲しい別れ、そして喜ばしい旅立ち。多くの人に転機が訪れる時。
 ──季節はまもなく春を迎えようとしていた。



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