4.Shuttered Skies/Shattered skies
『シグナム、聞こえる?』
シグナムが隔離捕獲結界を認識したのは帰宅中のことであった。
『…聞こえている、ついでにこちらからも見えている』
シャマルからの通信に間を置いたのは、気持ちを切り替えるためだった。こんな近くで事を起こすとは随分焦っているな、とも思考する。
『ヴィータちゃん、大分手間取ってるみたい。それと、いくつか通信を感知したわ』
感知システムだけではなく、管理局も手を広げてきている、と分割された思考が分析する。
『ついていないな』
右腕をさする。気でも抜けていたか、道場で随分といい一撃をもらってしまったためだ。
『シャマル、今のうちに撤退の経路を決めておいてくれ。どうにも嫌な感じだ』
『了解。今、ザフィーラも向かってる』
「さて、レヴァンティン」
『Jawhol!』
「始めるとするか」
侵入位置がずれた。敵性結界相手では侵入できないパターンの他によくあるタイプだ。ランダムで結界内での出現位置が変化し、隊列を崩される。当然、中から出るのはもっと難しい。視界のはしに見えた閃光はおそらくフェイト達だ。魔力反応を追ってビルの谷間に降りていったようだ。となると、
「増援を足止めするのが仕事になるわね」
本来なら嘱託とは言え管理局員であるこちらがするべき仕事を、娘たちにも割り振らなければならないのは腹立たしいが止むを得ない。Sランクの騎士を相手にしなければならないのだから。来た、青と赤の光点。
『上方から敵よ、回避しなさい』
上方、の時点で上昇中だった3つの光点のうち、金とオレンジが散開する。もう一つの赤はそのまま上昇を続けた。スフィア形成とともに加速を開始する。
狭まる視界に散開する3名のアンノウンが見えた。手始めに3発、フォトンランサーを射出。剣の騎士はあっさっりとかわし、こちらに向き直る。抜き打ちで魔力刃を形成した。邂逅一閃。衝撃音、直刀状に形成したアークセイバーはあっけなく砕け散ったが想定済み、そのまま上昇に転じる。
「大物がかかった!」
叫びとともにシグナム―シグナム?仮面に若干人物特定に疑問を持つ―も追撃に移ってくれる。
『ごめんなさい、一人ひきつけるので手一杯になると思うから、皆無茶はしないように!』
短く肯定の返事がそれぞれからきた。さて、ここからが正念場だ。
「こちらを分散させるのが狙いか」
目元を覆う道化の面の下、ザフィーラは眉をしかめた。最初の一合が挑発の意図を持っていたのなら、ヴォルケンリッターにとっては厄介な事態である。今までの襲撃からある程度手の内(最低でも、烈火の将の傾向)が割れているものとして行動しなければならないからだ。実際のところプレシアの行動は、知識によるダメもとの挑発ではあったのだが。
『シャマル、一人姿が見えなくなった。注意しろ』
相手方の守護獣をいなしながら念話で呼びかける。
『結界の境界部にいるわ。大丈夫、十分対処できる』
「おおおぉぉ」
叫びながら突進してきた守護獣―アルフの正拳突きを左腕でそらすとそのまま右膝を上げる。腹をかばうように相手の左手がそれを阻む直前、体を後ろへとそらしながら強引に右足を振り上げた。
「くそっ!」
上方に押し退けられた形のアルフが悪態をつく。すぐさま拳や蹴撃の応酬となる。必死、の形相のアルフに対し、ザフィーラは表情を崩すことなく対応する。
―技の一つ一つはそれなりだが、経験が浅いか?
とザフィーラは推測する。と、
「くらえ!」
間合いがわずかに離れたところでオレンジの光弾がザフィーラを襲う。
「ふむ」
かわし、弾きながら体当たりをしかける。
『罠か?』
念話での彼の問いに、参謀は即座に答えた。
『そうとは思えないわ。投入戦力の質はともかく、数が少なすぎる。手を出しあぐねているといったところかしら?』
わざと弾き飛ばされたようなアルフの動きに、これはてこずりそうだ、とザフィーラは思った。
―アースラ、ブリッジ内
「くっ、内部の状態がわからない」
高速で操作パネルをタイプしていくが、埒が明かない、とクロノは思う。
「方式が違う上にジャミング自体がきついよ、クロノ君。さっき同様通信も通らない!」
「アレックス!」
「やってます!解析完了まであと少し」
「この術式・・・ベルカ式?」
解析の補助をしているリニスの横でリンディが通信を開く。
「こちらアースラ、ギャレット、聞こえる?」
『先行中のギャレット以下20名、第90管理外世界での探索任務準備中です』
「現時刻をもって先の命令による任務を破棄、至急第97管理外世界に急行してください。連続魔導師襲撃事件と思われる案件が進行中です」
『!・・・了解、半数なら何とか即座に送れます』
「かまいません」
『了解しました』
おい、長距離転送陣だ、との声が聞こえたあと通信ウィンドウが閉じられる。
「リニスさん、予備戦力の当ても出来ました、現場に急行してください」
クロノとリニスが残っていたのは敵性結界の解析のためもあるが、事態の急変に対応するためでもあった。半数とはいえ専属武装隊を呼び戻せるなら、さらに現場に戦力を上乗せしても問題は無い。
「了解しました」
リニスは席を立つと左手首の「ミニッツメイド」から呼び出したパネルを一時操作する。が、「遠隔起動処理開始」の表示に諦め、転送ポートへと急行した。
―再び結界内に戻る
馬鹿なことをやっているのは分かっている、烈火の将相手に「斬り合い」だ。
戦闘スタイルは相変わらず定まらず、フェンシングのように保持したままのアークセイバーで突きを繰り出す。レヴァンティンで軽く弾かれ空いたところに即座に斬撃が叩きこまれそうになるが、突きの引き戻しに左のバックラーの「打ち出し」を重ねて防御を敢行、結果右斜め後ろに弾かれるように移動する。数ヶ月の訓練でもさまにはなるものだ。さまにはなる、程度なのだが。
打ち合い後の仕切りなおしでシグナム?が仮面に覆われていない口元を緩ませる。こっちはそんな余裕もないのだが。右手のミョルニルと、形成した「バックラー」でどうにかしのいでいる状態だ。再度の打ち合いを仕掛けようとする相手に対し、「撃ち合い」へと保持状態のスフィアを前面に出す。
「無粋だな」
弾体形成と相手の刀身が「伸びる」のが同時だったが、反応は想定済み。直線に伸びる「突き」を弾きながら魔力弾を矢継ぎ早に撃ち出す。途端にたわんだ蛇腹剣は複雑にうねり始め、こちらの魔力弾を打ち消し始めた。わずかに抜けたフォトンランサーも、ほんの少しの体の動きでかわされ、魔力の無駄となる。まずい、千日手の類だ。距離を引き離そうにも彼女は「速い」
「アークセイバー」
相変わらず魔力刀身を射出手前で保持したまま。数パターンの手を考えてはいるが、ゼストに仕掛けたのと同様のペテンが通用するだろうか?それはそうと、色の合っていない仮面が気になる。シグナムはピンクと白なのに、仮面はくすんだような紅にところどころに金だ。短い触覚というか角のような意匠さえある。既視感のあるデザインではあるが思い出せない。
魔力面はともかく、腕前では格下であることは明らかな相手だ、本来は射撃戦主体の典型的なミッドチルダ魔導師だろう、とシグナムはあたりをつける。
「となると、まんまと挑発に乗ってしまったか」
無粋と評した射撃スフィアの追加が眼前で行われる。離脱は難しいだろう、戦力の分散と時間稼ぎが目的と見るべきだ。かといって接近戦で押し切るのも難しい。盾を攻撃の手段としても用いる手練れ―というにはやや技量に問題はあるが、そういう手合いは久しぶりであり、また、右腕の鈍痛は若干の枷ともなっていたためだ。
「とはいえ、押し通る」
己が突撃と同時に光弾が殺到する。回避することなくそのすべてを斬り払い進む。ただ近づいて斬る、それこそがシグナムにとっての戦いだ。気迫とともに上段からの斬り落としに、紫の魔導師は突き上げるように魔力刀身にて応じる。なんとも付き合いの良い相手だ、だが終わりにする!
刀身はレヴァンティンの刃の前にあっけなく砕け、苦し紛れに掲げられた杖も弾き飛ばした。あと一振りのはずだった。
「バックラー!」
空手のはずのその右手に2枚目の盾が形成される。突き出された盾と剣撃の衝突に、シグナムは顔をしかめる。そして問題は
「ブースト!」
相手の右手から弾き飛ばした杖は相手の左手に収まっていたことだ。噴出する魔力の轟音とともに予備動作なしに下から振り上げられた杖が、右腕を掠る。
幸い掠っただけである。ここにきてやっと魔導師が口を開いた。
「く、外したわね」
仕切り直しのために会話に引き込む。
「ラケーテンハンマーとはな」
にこりと笑って魔導師は答えた。
「非力な魔導師としてはズルの一つや二つないと、騎士様には追いつけないわ」
「ふ、よく言う。それだけの魔力をもってして非力とはな」
どう見てもSランクの大物だ。
「さて、順番が逆になったけれどこちら時空管理局嘱託魔導師、プレシア・テスタロッサよ。あなた―あなたたちには魔導師襲撃事件について色々と聞きたいことがあるので投降を勧めたいところなのだけれど」
ふ、と笑って答えてやる。痛みも治まってきたきたところだ。
「愚問だな」
「よね。せめて仮面の下は拝みたいところだけれど…時間切れね」
急激な魔力の高まりが結界中心部側で発生した。
「何だ!?」
「救援に来て助けられてりゃ世話ないわね」
直後、桃色の閃光が天へと伸びた。それが結界を破壊するものであることは一目瞭然だった。
「この勝負、預けておくとしよう」
「期待しないでおくわ」
すれ違いざまに互いにデバイスを交わす。魔力刃は3度目で砕け散った。やっぱり実体があるベルカ式の方が打ち合いには便利だ、とフェイトは思う。とはいえ再度の打ち合いに備えアークセイバーを再形成、同時にフォトンスフィアも形成した。相手が鉄球を生成したのも同時だった。鉄球の射出を確認してからフェイトはスタートを切る。遅れて曳航するスフィアから弾体を射出し始めた。
3発の鉄球のうち2発を打ち消し、最後の一発を回避してからのすれ違い。これは互いに空振りに終わった。「視界外の視界」で赤い幼女と鉄球が左右に散開するのを「視認」する。
「誘導弾のわりにはやい。ちょっとめんどう」
得物については長さの面では同様だが、そのもので打撃を行える相手と、魔力刃の大鎌として打ち合う自分とでは取り回しの面で不利だった。相手の身の小ささもあって懐に入られると厄介である。
「でも、やりようはある」
加速を含め、速度はフェイトの方が上だった。高速でのすれ違いを繰り返しながら並行して術を「ばらまく」。軌道をずらし、戻して5度目。
「な!バインド!」
再加速前の相手の左腕をリングバインドが捉えた。ばらまいた残りの6つを即座に破棄し、遠隔でバインドを投射する。追加でさらに3つ。これで拘束は完了した。
「武装を解除して投降して」
10分ほど前ならそのままアークセイバーで斬りつけていたかもしれないが、速度で劣っていても互角の空中戦を繰り広げるヴィータに、フェイトの頭は冷えていた。
「は、だれがするかよ!」
「警告はしたよ」
『Caution!』
バルディッシュを構え斬りかかる直前、戦斧そのものが警告を上げる。視界内に挿入されたマーカーが手の甲をこちらに向けた相手の左手をチェック。直後に速度を稼いだ鉄球がヴィータの右手の先から姿を現した。苦し紛れの抵抗、そう判断して高速で旋回してくる鉄球を避けるが、それが悪手だった。
「そんな!」
回避行動でヴィータから距離を離してしまったために対応は完全に後手に回った。外れたはずの鉄球がさらに方向を変えヴィータの右手首わずか上を通過したのだ。自由になった右腕―デバイスがさらに鉄球を形成する。
「まずい!」
別々の軌道で向かってくる3発の鉄球を反射的に迎撃して、フェイトは完全に鉄槌の騎士の術中に嵌った。わずかに軌道をずらした鉄球がフォトンランサーを躱してフェイトとはまったく違う方向へそれていく事に疑問を覚えた直後、フォトンランサーが相手の左腕、右足、左足へ突き進みリングバインドへと着弾。慌てて逃がすまいと接近するが、相手の姿が轟音とともに消える。
『Above!』
バルディッシュの警告に上昇をかけるが、追いつけない。
『Unknown's Device transformed』
飛行魔法以外にデバイスが魔力を推進力に変換して速度を強化している事実に気が付く。追いすがるのは却って不利、と判断したフェイトは身をそらすように逆方向にループを開始した。
曇天をさらに覆う「雲」。その「閉じられた空」の下、光が行き交い、ぶつかり合う。
彼女はその光景を、結界による複製ビルの屋上から見上げていた。ユーノがくれた優しい光が彼女を癒し続けるが、その光のドームから踏み出せば冷たい天球が皆と同様に彼女を閉じ込め続けることは分かっていた。
―助けなきゃ
歪んだ決意。
しかしレイジングハートの観測から戦況は膠着状態なのは明らかだ。ならば自分しか事態を変えられる人間はいない。
「わたしがみんなを助けなきゃ」
声に出された決意に、従者は答える。
『Master』
「レイジングハート?」
コアまわりににさえ損傷を抱えながら、「主たるものの力」たる杖はその形態を変化させる。
『Shooting Mode, acceleration』
結界相手ならば奥の手があるでしょう、と翼を広げて杖は告げた。
『Let's shoot it, Star Light Breaker』
「そんな・・・むりだよ、そんな状態じゃ!」
『We can be shot,Master.Trust Me,we can be shot』
数瞬ためらった、だが一つの情景が心を決めさせた
「・・・あの子、ないてた」
『Sure, she can break me, but didn't do so』
杖の肯定に、なのははレイジングハートを構える。
「話、きかなきゃ」
『Program start, cout down 』
『 9 』
「いたいよ」
『 8 』
「でも」
『 7 』
「なにもしらないで」
『 6 』
「うらむなんてできない」
『 5 』
「だからきくの」
『 4 』
『 3 』
「あの子の名前も!」
『 2 』
『 1 』
カウントゼロ、なのははそれを口にする。
「スターライト!」
『Starlight・・・Starlight・・・Star・・・light・・・』
「レイジングハート?」
やっぱりだめなの?と思った直後、『Breaker』とレイジングハートは命令を「実行」した。諦めかけ、力が抜けかけたなのはにとってそのタイミングは悪かったと言っていい。
「っ、ブレーカー!」
コマンドワードとともに暴発のように噴出する光の奔流。反動に体勢は崩れかける。なんとか立て直そうと足掻いて、1歩、また1歩と後退する。そんな時だった。背筋に、寒気が。鼓動が、止まるような感覚。いや、止まった。心臓ではなく、その「器官」が。
ぞぶり、と背中から貫かれた。「戦場」には似つかわしくない綺麗な手。人を貫くなんて、到底思えない手が、自分の胸から生えていたた。その指先に、小さな光球を伴って。
これは何?
答えはすぐにやってきた。何かを吸い上げられる感覚。いつの間にか開かれた「手」の先で、急速に光を失っていく光球。
「あああああああああぁぁぁぁぁ」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
20以上に分割された思考のほとんどが「痛み」に支配される。それでも残った冷静な意識は、術式を放棄しない。まだ、まだ足りない。結界はまだ破れていない。無意識のうちに、また1歩、後退。
見ることさえも止めたくなる痛みの中、光の奔流の勢いが失われつつあることに気付き、なのはは何をされているのか理解した。
魔力を吸い取られてる!だめ、まだだめ!
そこからの彼女の行為は自殺行為と言っていい。急速に減少していく己の魔力さえも術式を駆使して魔力収束の維持を続けたのだ。2つの術式による暴虐的な収奪に、光球は輝きを失っていく。
みんなを助けるの!
その皆が、何のためにここに来たか、と言うことを、既になのはは失念していた。なのはは何十秒も己の最大の術を維持していたかのように感じた。すぐに限界が訪れることは分かっていた。「手」に魔力を吸い尽くされるか、それとも自分自身で使い尽くすか。だが、破滅の予感が首をもたげてくる直前に、片方の収奪がいきなり停止した。「手」が閉じられ、逆回しのように胸の中へと引き戻されていく。直後、いきなり威力を増した光線の為に姿勢を崩し、後ろに倒れこむ。光の奔流の前に砕け散る結界を前に、なのはは術式を杖ごと放棄する。スターライトブレーカー開始から、ここまで25秒。発動時間は7秒だった。問題は、倒れこむ「先」がなかったこと。彼女はそれに気が付くことなく、意識を失った。
「砲撃!?」
上空に向かって放たれる一撃は結界境界部のユーノからも視認できた。直後に位相のズレが戻り始めるのを感知。
「いけない!」
戦闘開始時の時間帯からするとこのまま通常空間に戻るのはまずい、そう判断したユーノは即座に隔離結界を展開する。直ちに同じ範囲が緑色の結界に覆われる。完了するやいなやユーノは砲撃地点に飛び立つ。砲撃がスターライトブレイカーだったから。なのはが砲撃を行わなければならなかった時点でまずい事態に違いない、そう確信したが故の行動だった。
「結界の再展開を確認!ミッドチルダ式、通常の隔離結界です」
「ユーノだな、助かった」
一般人が多数外出している時間帯で結界なしは色々とまずい。コンソールを高速で操作しながらクロノはそんな考えを並列思考の片隅においやる。目的のものはまだ目にしていない。複数の現在進行形の映像がサーチャーより送られてくる。まだだ。
「医療班!負傷者の受け入れ態勢は!?」
すごい魔力の奔流に、思わず手を止めてしまう。それは相手も同じだった。
「なんて砲撃だ。」
「これで終わりだね。すぐに結界は破れる。あとは・・・」
「そう簡単に行くと思って・・・」
赤い魔導師の目がこちらから逸れた。わたしの後ろ、ずっと下の方へ。なのはのいる筈のビルの屋上。
振り向いたわたしの目に映ったのは、杖から手を放して「屋上の外へ」と倒れこむなのは。
「なのは!」
「ばっかやろぉ!」
スタートは同時。一気に最大速度に引っ張り上げた。赤い魔導師も並行して急降下していく。それでも、わたしの方が速い。速い、でも。
20階建て、45m、落下までの時間を計算したバルディッシュが冷酷な結果を思考へと挿入する。0.3秒。0.3秒、間に合わない。
「カートリッジ、リロード!」
高速で繰り返された撃発音と一緒に、赤い魔導師は赤熱しているかのように赤い魔力を撒き散らしながらわたしを追い抜いていった。既にわたしも、ビルの向こう側に落ちたなのはを目に捕らえている、きっと赤い魔導師も。
なのはをいじめたのに、なんで、あなたが助けに行くの?
そんな問いをかけたくなった。でも、わたしでは間に合わない。それでも落ちていくことをわたしはやめなかった。既に地上まで数m、減速もなしに赤い魔導師は突っ込んでいく。飛行角度の修正もせずに!だめ、それじゃ助からない!赤い魔導師がなのはを捕まえる。減速は間に合わない。角度も駄目。そんな状況に、彼女が取った行動は、力技。
シールドの多重展開
くるりと姿勢を入れ替えて、なのはを抱えたまま背中から自分の展開したシールドに突っ込んでいく。その勢いと衝撃に耐えられなかったシールドが彼女に突き破られる。結果、減速。それでも足りなくて、結局はアスファルトに激突。瞬間的に展開されたシールドで、さらに衝撃を緩和?バウンド。2度バウンドを繰り返して、格子の下ろされたショーウィンドウに突っ込んだ。
「なのは!」
犯人の生死なんてどうでもいい、なのはが無事かどうかだけが、そのとき、わたしにとって重要だった。そして、着地したわたしは、一歩も進めなくなった。こわかったのだ、『なのはの生死』を確かめなければいけないということが。
あまりにも身近に『死』が迫ってきていたと言うことが
動けなくなったわたしの耳に、ガラスを踏みしめる音が入ってくる。それは、ひどくゆっくりだった。めちゃくちゃになったショーウィンドウから、眠ったままのなのはが顔を出した。その寝顔はなんだかとてもきれいで、少なくとも、直前に頭によぎった、『地上に激突したなのは』じゃなかった。
『Master,confirmed the biological reaction. She is safe(マスター、生体反応を確認しました。無事です。)』
バルディシュの報告に、へたりこんでしまった。勇気も気力も、とっくに使い果たしてしまったから。でも、休んでいられなかった。
「おい!とっとこっちにきてこいつを受け取れ!重いんだよ!」
姿の見えなかった赤い魔導師がどなる。ああ、なのはに隠れて見えなかったのか。
高空から流星よろしく降下したギャレットたちは散開する4つの光を目にしたが、直後に消えていく光に転送反応の記録のみに留め、隔離結界へと突入する。ほぼ同時刻にアースラにてクロノ・ハラオウンはサーチャーから甲冑の騎士が手にする闇の書を存在を確認した。わずかに早く突入していたリニスも、残念ながら守護騎士と目される相手との邂逅はならず、先に突入した人員の安否確認を行うことになった。
「プレシア?」
『ストレッチャーを持ってきてくれない?』
戦闘の残滓に各員の位置を特定しきれず、念話で問いかけての返答がこれだった。直後に信号弾よろしくビル群の一角からフォトンランサーが打ち上げられた。ギャレット他数人とリニスが急行すると、地べたに横たえられたなのは、そばに座り込んだフェイト、そしてメディカルプログラムのコンソールを左手で操作しているプレシアを確認した。
「呼吸・脈拍は正常。複数個所に打撲。幸い頭部は打っていないし、骨折もないけれど。あとは、魔力の枯渇とまではいかないけれど、彼女のランクからすると危険域レベルまで魔力が減少しているわね」
その言葉に同行していた衛生担当達がストレッチャーを取り出す。再チェックののち、ゆっくりとなのはをストレッチャーに載せ固定する。
「ユーノ君にアルフさんは?」
ギャレットが尋ねる。
「隔離結界の維持にまわってるわ。結界破壊の砲撃直後だったから、外縁部に不安定な箇所が多いそうよ。で、フェイト?」
「はい・・・」
「立てる?」
「ちょっと・・・むり」
その言葉を聞くとコンソールを閉じてプレシアがフェイトの方へと歩みを進める。
「リニスも手伝って」
左腕をフェイトに差し伸べるプレシアに、反対側からフェイトを引き上げながらリニスが問いかけた。
「プレシア、右腕を負傷しているのですか?」
「騎士級と打ち合ったせいで、まともに筋力が残ってないのよ」
デバイスを待機形態にしているのもそのせいである。どうにか立たせるものの、運ばれていくなのはを目にしてまたよろけるフェイトに、プレシアは自分の身に掴まらせることにして飛行魔法を発動した。2人も先に戻らせる事にしてギャレットは残りの隊員及びリニスと現場検証を開始する。ふと、焼けたような金属の匂いに、視線動かすリニス。
「ギャレット隊長」
リニスの呼びかけにギャレットが振り向く。リニスがミニッツメイドで撮影した先を見ると、
「・・・それは、ベルカ式の?」
「ええ、カートリッジですね」
撃発後のカートリッジは余剰魔力で一度高温になりやすい。アルフほどではないものの、その嗅覚がその臭いに反応した。開拓されていない世界で使用されたなら発見に苦労しただろうが、都市部・隔離結界内と言うのが幸いした。すぐさま貴重な証拠品を回収するものの、それを少し眺めた隊員がため息をついた。
「メーカーロゴ・規格の刻印も無し、ノーブランドですね。素材の解析から追ってくしかなさそうですが」
「工場自体残ってるかも微妙か」
はるか昔からの統一規格製品である。次元世界規格の工作機械なら工作室レベルの設備で製造が可能だ。あえて手がかりとして使うなら、工作機械自体の特定だが。
「長引きそうだな、この案件」
ギャレットの感想に隊員一同、同じ気持であった。
グギギギギ
およそXX染色体の存在があげてはいけないような声を上げつつうずくまるヴィータである。
「シャマルを待て。それはそうと黙ってはいられんか?」
そういうシグナムも、右腕を2、3度動かし、顔をしかめる。この場で五体満足なのはザフィーラくらいであった。
「あいつ・・・おせ、え、な!」
「苦しいならあまりしゃべるな。見ていて痛々しい」
息も絶え絶えに悪態をつくヴィータに、ザフィーラが苦言を呈する。その声も暗い森の中、響くことなく消えていく。本来なら命あふれる森なのであるが、殺気の漏れ気味な3人に、動物たちは息をひそめていた。そんな中、カシャンと音が響く。
「!」
左腕で音源に剣を向けるシグナム。が、ザフィーラは動かないままだ。
「私よ」
カシャカシャと金属音をさせて現れたシャマルは、偽装のレベルが高すぎた。
「おい、ずいぶんと洒落た鎧じゃないか」
シグナムのからかいに不機嫌そうな声でシャマルが答える。
「冗談は良して」
漆黒のスーツアーマー―男性用を無理やり作り変えたような甲冑に頭頂部に飾りのついたフルヘルムである。胴部のラインから辛うじて女性であることが分かる程度。
「その鎧」
ザフィーラの問いにシャマルが答える。
「私だと偽装優先で装甲としてはあまり意味ないわ。本当に装甲化したら動きが鈍り過ぎるし。で、一番重症なのはヴィータちゃんみたいね。でも、助かったわ」
「あ、たりめえだ!あの、ばか」
状況的に「落下事故」はシャマルの失態とも言えた。もっとも、それ以上にヴィータはなのはの自分を省みない行動に怒りを覚えていたが。
「はいはい、しゃべらないで。今治療するから」
解ける様に黒い鎧が消え去ると、即座にシャマルは治癒魔法を発動させる。視認可能な傷は文字通り消えるかの如く治ったものの、
「しかしヴィータ、お前のそのざまをどう説明したものか」
単純な傷に比べ、打撲の類は治癒魔法を使ってもしばらく痛みが残る場合が多い。神経系が簡単には「痛み」という危険信号を消さないためだ。あらゆる動きがぎこちないヴィータに、はやてにどう説明したものかとシグナムが思案する。
「木か…おち…」
「はい?」
「だ、から!木からおちた!」
と叫んでから痛みで七転八倒するヴィータ。芯の痛みは数日は残るだろう。
『体に響くなら念話を使え』
ザフィーラの指摘に転がったままのヴィータが返す。
『木からおちた。ガキの帽子が飛ばされてひっかかってさ・・・』
「おせっかいにも取りに行ってしくじったと」
シグナムの指摘に結果は出したとばかりにヴィータが反論する。
『きっちり木から取り返してやったぜ』
「そういうことなら言い訳も立ちそうね…落ちたけどやせ我慢して帰ってきた、って感じかしら」
「大事を取って少し様子を見た、という形で良いな」
「大分時間押しているしな。戻るとするか」
やや遅くなった八神家の夕食であったが、突発的なアクシデント、という説明にならしゃーない、とはやては機嫌を悪くすることはなかった。が、ヴィータにつきっきりである。もちろんそうなる前に非常に心配されたのではあるが、シャマルの「痛み以外はほぼ問題なし」という説明にある意味はやては開き直った。まあ無茶をしたヴィータに罰を与えるという側面もあるが、
「はい、あーん」
正直なところヴィータとしては食べるのも億劫であったが、魔力供給が絞られている以上食事でも取り返さないことには話にならない。しかし、
(この状況、うれしいけどギガはずい!)
はやて手ずからのお世話である。断る選択肢などないが、対面に座ったシグナムの視線にヴィータは非常にむかついた。だが、
「む」
そのシグナムもいきなり箸を取り落とすというポカをやらかす。
「シグナム?」
不具合部分をかばった動作と言うのものは、気付かれやすい。ごまかしは効かないと見て彼女は理由をそのまま告げた。
「昼間に師範代から籠手のいいのをいただきまして。竹刀といえど、単純な打撃で見れば侮れませんね」
「みな無茶しすぎやで。もっと体をだいじにせな」
「肝に命じます」
「それじゃ反省も済んだことだし、シグナム。はい」
隣からから突き出された唐揚げに、とまどうシグナム。
「いや、シャマル、とりあえず治療をな『待て、腕の負傷の話でヴィータの負傷具合をごまかすだけではなかったのか!』」
「もうしたわよ?感覚が戻るまでのタイムラグがあるんだから、あきらめて世話されなさい『これもその一環だけど?大体強化無しとはいえ一般人に遅れをとった上に魔導師に同じ場所に打撃を受けるとか鈍ってるんじゃない?でもなんかいいわ、こういうの』」
『いやだからといってこれは。待て、貴様この状況を楽しんでいるだろう!』
『騒がしいぞ、烈火の。食事時は念話の出力を抑えろ』
抗議を続けようとするシグナムに狼形態のザフィーラが苦情を入れる。
「なんかえーな、こういうの。あ、そやザフィーラ。こっちの皿の、ちょっと味付けおさえめにしてみたんや。たべてみん?」
薄味にしたという里芋の煮っ転がしにザフィーラは床から身を起こす。
「頂きましょう」
主はやてが楽しんでいるのである。守護騎士であるならば文句を言う状況ではなかった。
後書き:
手こずりまくった後半部分。こっちがまともに出来なくて前半部の投稿自体控えてた次第です。タイトルのShutteredは意図的な誤用もどき。閉じられた空ならclosedやshutなどになるようで、Shutteredだと「シャッターで閉まった状態」と限定されるのだとか。エースコンバットのはShattered skiesで「砕かれた空」だそうで。調べるまで知らなかったorz
大分前に書いた部分と最近書いた部分とで差が出てると思います。場面転換も頻繁でsideとか使わなかったんで多分大分読みにくい。まあ「母であること A's 2」の伏線は回収したしいいかな。ヴィータはミスもあるけど本質的に戦上手。シグナムの行動がちょっと間抜けすぎたかなーと。最後もポンコツ化してシャマルの手のひらの上で踊ってるし。
仮面というか偽装についてはネタに走った。反省はしない。
P.S.プレシアさんがなんか動いてくれない?いや、他のキャラの自己主張が激しいのか。