<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[37185] 【完結】一夏がついてくる【IS】
Name: コモド◆229a533c ID:94594918
Date: 2014/01/23 06:57
「なあ榛名、次ISの実習だから一緒に着替えようぜ」
「あ、ああ」
「……」

 不穏な視線を背後に感じて、肌が粟立つ。
 視線の主は恐らく、篠ノ之箒とセシリア・オルコットだろう。おれの手を取って教室をあとにする織斑一夏に好意を懐いているから、いつも一緒にいるおれに嫉妬しているのだろうが、声を大にして言いたい。
 おれは悪くない。

「榛名ってさ、華奢だけど引き締まった良い身体してるよな」
「そ、そうか?」
「ああ。意外と鍛えてるんだな」

 おれの肢体を上から下まで眺めながら、気持ちの良い笑顔で一夏が言う。
 クラス担任の織斑千冬女史譲りの美形なだけあり、その微笑は爽やかでクラスの女子を虜にするのも納得であったが……なぜ着替え中の男子の裸をジロジロと見つめながら、そうも爽やかに笑えるのだろうか。

「ISスーツって機能性を重視してるらしいけど、着心地も良くして欲しいよなー。俺いつも股間が引っかかってさー」
「ピチピチしてるからな。スパッツを何倍もきつくして耐久性上げた感じだな」
「体のラインが丸分かりで少し恥ずかしいんだよなー。デザイン変えてくれないかな」

 取り留めのない話で談笑する。
 笑い話になっているが、実はこのスーツ、割と洒落にならない。
 特注の男子のスーツですら肩と胸部、そして腰から膝までを覆う程度の布地しかないので、お臍丸出しの羞恥心を煽るデザインをしており、女子用となると競泳水着と大差なかったりする。
 元々、女子高で異性の目を気にする必要がない環境だったので極端な機能性重視のデザインも納得いくが、男子が入学してしまった以上、一考の余地があるのではないだろうか。
 カットも際どく、仕様上ノーブラ、ノーパンで着用しなければならないISスーツは、思春期のおれには目の毒である。
 ISスーツは股間にもタイトに密着しているため、もし仮に勃起してしまえば周囲に判然と形状を晒してしまう。だから女子には極力目を遣らないように気を使っているのだ。特に篠ノ之箒とセシリア・オルコット、そして地味にのほほんさんがヤバイ。とても十五歳とは思えない扇情的な肉体をしている。
 しかし、何故ウチの女子は才色兼備な連中ばかりなのか。世界中から選りすぐりのエリートを集めているのだから、優秀な人材が多いのは理解できるが、容姿まで優れているのはなぜだ。
 そして、その女の園に放り込まれても平然としているコイツは何者だ?
 美少女に囲まれ、幼馴染二人や英国お嬢様に明らかな好意を向けられているにも関わらず、一夏は一切眼中にないように見える。乙女の柔肌を目にしても全く動じない様は、若干十五歳にして既に悟りを開いているかのようですらあった。
 入学してからの付き合いでしかないが、一夏が悪いヤツでないのはわかる。女性陣の理不尽な扱いに文句も言わず大人な対応で接することができるし、家事全般も一通りこなせる上に、普段は温厚だが、相手が間違いを起こした時には本気で怒れる熱い一面もある男だ。
 だが、そんな一夏との付き合いでおれの中にひとつの疑問が浮かび上がった。

 一夏はもしかして――ホモなのではないか?



 こんなことがあった。

「榛名、どこ行くんだよ」

 休憩時間に席を立ったおれに一夏が声をかけてきた。

「ちょっとトイレに」
「そうか。じゃあ俺も」

 そして二人仲良く連れションに。きっとクラスに一人だけ取り残されるのが嫌だったのだろう。そうおれは納得していた。
 しかしだ。また、こんなこともあった。

「あー、また負けた。榛名はゲーム強いな」
「まあ、得意なゲームだったからな」

 おれが持ち込んだ家庭用ゲームで息抜きしている時だった。学年で二人しかいない男子であるおれと一夏は、必然的に同室になり、この年頃の男子が部屋でやることといったら専らゲームや猥談になる。
 一夏はそういう方面に関心が薄かったので、おれたちはゲームで盛り上がるようになっていた。――が、ゲームを終え、ふと我にかえると、おれは疑問に思うのだ。

 距離が近い。というか、常に肩が触れている。もたれかかった一夏の体温が生々しい。
 気になり、少し距離をおくと、一夏は神妙な面持ちで迫ってきた。

「何で俺から離れるんだよ」
「え? い、いや……その、近かったから」
「俺のこと、嫌いなのか?」
「そんなワケないだろ。ただ、男同士で密着するのも、なんか気持ち悪くないか?」
「そうか? 俺が弾の部屋にいる時とか、いつもこんな感じだけど」

 ……結局、根負けして、部屋でゲームをする時はだいたい、一夏の言うこんな感じで収まっている。
 もしかしたらおれがおかしくて、同年代の男子の友人関係は一夏の言うようなものなのかと思っていたのだが、やはりおかしいらしい。



「前から思っていたんですけれど――あなた、一夏さんと仲が良すぎじゃありませんの!?」
「そうよ! 幾ら男同士って言っても限度があるわ!」

 一夏曰く、セカンド幼馴染の鳳鈴音と英国代表候補生のセシリア・オルコットが問い詰めてきた。
 場所は食堂。時刻は夕方。一夏は篠ノ之箒と剣道の特訓とかで遅くなっている。おれは「やっぱりか」と相槌をうち、箸を置いた。

「おれも薄々そう思ってたんだ」
「自慢ですの!?」
「ていうか、ハルナって名前が女の子みたいで一夏が他の女に呼びかけてるみたいに聞こえてすっごいヤキモキすんのよ! どうかしてよ!」
「セシリアさん、違う、そうじゃない。おれも変だと思ってたんだ。
 鈴音さん、名前は変えられないからどうしようもない。あと、その気持ちは素直に一夏にぶつけた方がいいと思う」
「金剛さんもそう思っているなら、どうにかならないんですか?」
「だ、だって一夏は唐変木で鈍感だから、アピールしても勘違いしたり突発性難聴になったりするんだもん……」
「セシリアさん、おれがどうにかできる問題じゃないんだ。普段のおれたちを見ればわかるだろ? 一夏がああなんだよ。
 鈴音さん、もう少し直球で攻めなきゃダメだよ。酢豚じゃあいつには難問すぎる。いっそ、『毎日わたしの手料理食べて』とか言っちゃえばいいんだ」
「そ、それじゃあ一夏さんが、ゲ……ど、同性愛者か何かみたいじゃありませんか! 認めません、そんなの認めませんわ」
「ええ!? む、無理だよ! それじゃ告白じゃない!」
「ゴメン、二人交互に話してくれないかな。もうめんどくさいよ」

 何でクレーム対処と恋愛相談まで受けなきゃいけないんだ。
 でも、一夏はモテるなぁ。クラスでも学校でも、男の操縦者は二人いるのに話題の中心は織斑千冬先生の弟で美形の一夏だし。
 まぁ、一夏は恋愛方面はある意味で鉄壁で、女子は女子で空回りしたり抜けたりしてるから進展が見られないんだが。

「えっと。一夏が同性愛者かどうかはともかくとして、一夏は男同士の友情はああいうものだと思ってるみたいなんだ。それにおれたちは女だらけの環境でお互いが唯一の男子だろ? 本当は友達と馬鹿やってたい年頃なんだ、見逃してやってくれないか。
 もちろん、傍から見て度が過ぎてたら注意してくれ。おれも怖い」
「あなたは同性愛者じゃないんですか?」
「おれは普通に女の子が好きだよ」
「あ、そうなんですか。良かったですわ~。もしあなたが同性愛者だったら去勢しなくてはいけないところでした」

 さらっと恐ろしいこと言うなよ。

「でも、普通のこと言ってるだけなのに『女が好き』って言うとなぜか卑猥に聞こえるわね」
「男の辛いところだな」

 何とか話を穏便に済ませ、二人の昂ぶりも落ち着いたところで話を切る。
 ちょうどそこに特訓を終えた一夏が現れ、自然におれの隣に座った。

「あ、一夏さん」
「一夏!」
「お、ここ空いてるか榛名」
「ん、お疲れ。今日は大変だったみたいだな」
「ああ、何か箒が『今日こそはお前の腐った性根を鍛え直してやる!』って息巻いててさぁ。立てなくなるまで扱かれたんだ。ホント参ったよ」
「なんていうか……ご愁傷様」
「教えてくれるのはありがたいけど、もう少し優しくしてくれないかな。このままじゃ俺の身が持たないっての」
「厳しいのは期待の裏返しだから、仕方ないと割り切らなきゃな。篠ノ之さんは、小さい頃の幼馴染だからっていうのもあると思うよ」
「そうなのかなー」
「ちょっと!!」

 一夏の愚痴に付き合っていると、置物と化していた鈴音さんがテーブルを叩き、身を乗り出した。

「なに私を無視してんのよ! この私が挨拶してんのよ!」

 一夏は視線をご飯から二人に移すと、爽やかに微笑む。

「おう、二人とも、いたのか。奇遇だな。あはは」
「さっきから! ずっと! この席にいましたわ!」
「そうなのか。ごめん、気づかなかったよ」

 セシリアさんも乗り出した。……敢えて無視してると思ってたけど、本当に気づいてなかったのか。
 想い人からのこの仕打ちがよほど堪えたのか、二人はわなわなと体を震わせ、そして爆発した。

「あったまきた! 一夏、アンタふざけてんの!? 二人で声かけたのに聞こえなくて金剛くんと話し込むってどういうことよ!?」
「そうですわ! 今日という今日は我慢なりませんわ! 一夏さん、まさか噂は本当でしたの!?」
「ふ、二人ともどうしたんだよ? それに噂って何だよ?」
「そ、それは……」

 お嬢様の口から同性愛の話を語るのは憚れたのか、セシリアさんは口ごもってしまった。
 そこに聞き耳をたてていた野次馬が、好奇とばかりになだれ込んでくる。

「はいはい、私もききたーい!」
「実のところ、二人はどこまで進んでるの!? もう人には言えない関係になってたりするの!?」
「女だらけの園で二人しかいない男子だもん! 閉塞した空間でお互いの間にイケない感情が芽生えて、禁断の仲に発展したりするのもしょうがないよね!」
「どちらが受けか攻めか……妄想が捗る……」
「織斑くんは誘い受けだよ! 金剛くんはヘタレだから、消極的でなかなか切り出せないでいるのを同性相手だとグイグイ引っ張る織斑くんがリードするの!」
「なに言ってるの!? 織斑くんが攻めに決まってるじゃない! 織斑くんは、嫌がる金剛くんを無理やり手篭めにして言葉責めするのが絵的に映えるよ!」
「ちょ、何なのよアンタたちはーっ!?」
「な、なに言ってるか全然分かりませんわー!」
「……何なんだ?」
「ごちそうさま」

 聞きたくないので、揉めに揉める姦しいことこの上ない食堂をそそくさと後にする。
 先に食事を取っていて良かった。一夏は内容を理解できていないようだが、おれにははっきりとわかる。できれば想像もしたくない。

「たいへんだねえ、金剛くんも」

 食堂を出ようとしたところで、ちょうど食べ終えたらしいのほほんさんに声をかけられた。

「のほほんさん、言っとくけどおれはノーマルだからね」
「わかってるよぉ。でも、ちょっとおりむーと距離が近すぎるよね。だからみんな歪んだフィルターで見ちゃうんだよ」

 見てるだけで和む、あだ名に恥じない笑顔に滅入っていた気持ちが穏やかになった。
 何も考えてないようでいて、意外と考えているんだな。

「おれが近いんじゃないんだけどね……」
「そうだね、積極的なのはおりむーだよね~」

 からからと笑う。そうだ、おれは普通なんだ。この環境――多感な時期に女子だけという環境の中においては、周りに気を遣って、辛抱強く生きているんだ。
 美少女に囲まれてなお、その好意を悉くスルーしている一夏が異常なんだ。

「おい、榛名ー! 待ってくれよ!」
「あ、噂をすれば何とやらだね」

 女子に揉みくちゃにされていた一夏が、夕食の乗ったお盆片手に抜け出し、駆け寄ってきた。

「一夏、夕食は食べなくていいのか?」
「あんな状況じゃ落ち着いて食えないっての。部屋で食うよ。その後ゲームしようぜ」

 相も変わらず爽やか、嫌味の欠片も感じない微笑み。
 恐る恐る振り向くと、セシリアさんと鈴音さん、そしてお盆を持った篠ノ之さんがおれを睨んでた。
 どう見ても、おれは悪くないよね?

「なにしてんだよ。ほら、早く行こうぜ」
「あ、ああ……」

 お盆から片手を離し、空いた腕でおれの肩に手を回す一夏。
 のほほんさんが良い笑顔で手を振っていた。例の三人の、憎しみで人を殺せんばかりの視線が背中に刺さる。
 ああ、今日も――いつも通り、一夏がついてくる。



あとがき

あの環境に男がもう一人いたら、こうなるんじゃないかと思って書いた。
たぶん続きません



[37185] 一夏がついてきた
Name: コモド◆229a533c ID:94594918
Date: 2013/04/10 22:03
 IS学園合格通知――女性にしか扱えない兵器『インフィニット・ストラトス』を乗りこなせる素質を持つ、その世代の世界中で最も優秀な女性たちが集う学びの苑におれの名前が載っていた瞬間、おれの人生から平穏という文字が抜け落ちた。
 金剛榛名という同姓同名の女性ではないか、と問い合わせたものの、答えは『間違いなく、あなたです』と冷徹な声が返ってきただけだった。
 受話器を置いた瞬間、鳴る電話。出ると、マスコミ関係者を名乗る者から矢継ぎ早に質問が飛んできた。
 何故受かったのか、身の上話、素性に至るまでしつこく問い質す相手に苛立ち、受話器を置くと、その瞬間また電話が鳴った。
 出ると、別のマスコミ関係者だった。すぐさま切ろうとすると、今度は呼び鈴が鳴った。
 大量の記者やカメラマンが押しかけてきた。

『金剛くん、男性初のIS適合者になった気分はどう!?』
『どうやって操縦したの!? 乗り心地はどうだった!?』
『なぜ男の金剛くんが試験を受けられたの!?』
『あ、金剛くん待ってー!』

 おれは引きこもった。そんなの、おれが知りたいくらいだった。
 滑り止めの私立の試験会場に足を運んだと思ったら、なぜかIS学園の試験会場で、案内に載っていた地図がおかしいのかと携帯で調べても、間違いなく試験会場はそこで。
 混乱して行き交う人々に流されるまま入場して、案の定迷子になったおれは、そこでISと織斑一夏と出会った。
 なぜか動いたけれど、それは何かの間違いだろうと家に帰って、しばらくしてからだった。
 なぜかおれは、織斑一夏とともにIS適正を持つ人類史上初の男性として、世界中に認知されていた。

『アンタ、なにをしたのよ!? IS!? 男のアンタが動かせるワケないでしょ!? 悪いことしたなら謝りなさい! もう、こんなコに育てた憶えはないわよ!』

 偉業を成し遂げたおれを、母親は半狂乱になってなじった。
 そりゃそうだ。自分の息子が一夜にして世界中で名前と顔を全メディアで公開されてるとなると動揺しない人はいない。
 おまけに家の電話は鳴り止まず、外はマスコミに囲まれ蟻が逃げ出す隙もない。気が滅入るのも当然だった。
 その後、母親は電話線を引っこ抜き、マスコミに謝罪してお引取りを願い、それでも帰らないので警察を呼んだ。
 そこで珍しく勤勉に駆けつけた警察に、おれはこう言われたのだ。

『君は我が国の、引いては世界の最重要人物の一人となった。これからは我々が二十四時間警護するから安心しなさい』

 一介の中学生が、一国の大統領よりも価値があるようになった瞬間だった。
 その日、警察と一緒に帰宅した父に言われた。

『大変なことになったな』
『ねえ、おれ、これからどうすればいいの?』
『うむ……警察や国のお偉いさんの話によると、もう普通の市民には戻れないらしい』
『え?』
『過去にIS操縦者の身内が国内で誘拐される事件があったそうだ。他国からすれば、操縦者の縁者ですら研究の材料になるらしい。世界で初めての男性IS適正者のお前は、もうどうあっても普通の生活なんて送れない。普通に暮らそうものなら直ちに拉致されてモルモットにされるだろう。もう無理なんだ、お前も私も母さんも……せめてお前が女なら問題なかったんだが』

 目の前がぐにゃあ~と歪んで、母親が顔を覆って泣き出した。空気が一家離散するかのように沈鬱で、これから心中でもするのかと思うほどだ。
 ギネスに載るくらい凄いことを達成したのに人生が終わるって、どういうことだよ。

『幸い、重要人物保護プログラムを適用してくれて、私と母さんは別人になるが、生活は保証されるようだ』
『え? おれは?』
『お前は……』
『ここから先は、私が話をさせていただきます』

 父と一緒にきた偉そうな人の一人が名乗りだした。
 名刺を見ると、ニュースをあまり見ないおれでも名前は知ってる大物政治家と、大企業の専務だった。

『これから、榛名くんにはIS学園に入学してもらいます。あそこはあらゆる国の権力が及ばない安全地帯ですからね。榛名くんの生活は保証されるでしょう』
『ですが、それはIS学園の生徒でいられる三年間だけです。それ以後の生活も、我々は榛名くんに安全に過ごして貰いたいと考えています。ですから――』

 聞けば、IS兵器のスポンサーになりたいという話で、莫大な金と専用ISを提供する代わりに、ウチの兵器だけ使え。要するに広告塔になれとの仰せだった。
 冷静になって考えると、その政治家と癒着のある企業だったんだろうな。
 もちろん拒否権などなく、それしかこの先生きのこれる道がなかったおれは、あっさり承諾した。
 普通の中学生だったおれに政財界でのさばってる老獪な人と腹芸なんてできっこないし。
 ……正直に言えば、提示された金額に目が眩んだんだが。0が多くて途中で数えられなくなることって、あるんですね。
 それから――幾度かの身体検査、これからの生活で気を付けること(最近は試験管で子どもを作ることも可能などで、できるだけ遺伝子情報――精液、髪の毛等――を漏らさないよう心掛ける、他国のスパイがいる可能性もあるので、言い寄る女性に気を許さないなど)を簡単な言葉で説明され、入学することになった。
 ……荷物を取りに、売りに出される直前の我が家に戻ると、女性人権団体からの呪いの手紙が大量に郵便入れにあったのを見て、もう一般人として暮らすのは無理なんだと悟った。

 そんなこんなで紆余曲折あって入学したおれを待っていたのは、見目麗しい女生徒たちと、もう一人の男性適合者の織斑一夏だった。
 IS関係者としては開発者の篠ノ之束博士に並んで有名な織斑千冬女史の弟、織斑一夏に全校生徒が興味津々な中で、その渦中の当人は、なぜかおれに興味津々だった。

『もしかして、金剛榛名か?』

 頷くと、一夏は歯を見せて笑い、手を差し出した。

『やっぱりか! 俺は織斑一夏。まさか男性IS適正者が二人もいるなんて、凄い偶然だよな。俺一人だと心細かったから、スゲーほっとしてるよ。これからよろしくな』

 他人行儀にならず、それでいて同年代の心を解きほぐす完璧な挨拶だった。近づく女の子がみんなスパイに見えていたおれにとって、同じ境遇に置かれ、気さくでスパイの心配のない一夏の評価はうなぎ登りだった。
 やはり、男性でもISの操縦者に選ばれるヤツは他の男とは隔絶した超人ばかりなのだと、住む世界が違うな、と感心させられた。
 のだが――

『と、なる訳ですが――はい、織斑くん。ここはどうなるんでしたか?』
『は、はい! え、と……すいません、わかりません』
『もうっ、ちゃんと予習してきてくださいって言ったじゃないですか』
『はい、すいません……』

 一夏は勉強が思いのほか苦手だった。おれでさえ必死こいて勉強して頭に入れたことがまだ入ってないのか、と少し呆れたが、それで一夏の評価がマイナスになりはしない。
 むしろ、有志以来、男尊女卑が蔓延っていた世界を一変させたISの男性操縦者の中身が、普遍的な男子高校生に過ぎないという事実に親近感さえ懐いた。
 おれが一夏に心底呆れたのは、女性関係だ。

『へえ。箒、お前ブラジャーなんてつけるようになったんだな』

 六年ぶりに再会した幼馴染に対しての第一声。
 篠ノ之さんの部屋に一夏が招かれ、なぜかおれも一緒に連れて行かれた――篠ノ之さんは露骨に嫌そうな顔をしていた――のだが、そこで篠ノ之さんがしまい忘れていたブラジャーを掴んでのひとこと。

 凛然とした美貌とクラス一の垂涎なスタイルの大和撫子である篠ノ之さんがブラジャーを付けていないという発想がまずおかしい。胸を見れば一目瞭然だろう。あれで付けていなきゃ、もう公然猥褻だ。
 そういえば、髪型が昔と変わっていないから一目で判ったとか言っていたが……一夏って篠ノ之さんのこと、髪型でしか把握してないんじゃないか?
 眼福ではあったが、その後、一夏とともに篠ノ之さんに叩きのめされ、「何で箒はあんなに怒ったんだ?」と戸惑う一夏に少し懸念を懐いた。
 普通、ちょっと考えれば判るよね?



 セシリアさんに喧嘩を吹っかけられた時は、正直かっこよかった。
 今の世の中、女尊男卑の傾向が顕著で、ここの女生徒もその思想が根底に根付いている。その筆頭であるセシリアさんに真っ向から対決し、男も中々やる、とみんなに認めさせた。
 見世物小屋のパンダ扱いだったおれたちも、セシリアさんと一夏の対決以降は対等な立場になれたのだ。
 ……ちなみに、おれは専用ISも持っているが、データ収集が主な目的であることと、先ずは操縦になれることが先決との理由で戦闘向けに造られていないので、ぶっちゃけ最弱だ。スペックだけなら打鉄よりも遥かに上なのだが、如何せん武器が貧弱なため、たぶん打鉄使用の篠ノ之さんにも余裕で負ける。
 喧嘩を売られたのがおれではなくて本当によかった。

 そのセシリアさんだが、対決での一夏の勇姿に心惹かれるものがあったのか、初見とは一転して見事にデレた。
 その変貌ぶりは、目から鱗どころか、セシリアさんから逆鱗が取れてしまったのではと思うほど。
 流石のおれも戸惑ったが、険のとれたセシリアさんは、育ちの良さが滲みでる分別のある人だったので、これで良かったのだと納得した。クラスメートなんだから仲睦まじい方が良いに決まってるしね。

 なのに……また一夏がやらかした。
 IS操縦に基礎知識もなく、操縦も不慣れな一夏に操縦を教えると、セシリアさんが言い出し、篠ノ之さんも嫉妬丸出しで自分こそがと名乗り出た時だ。
 睨み合う二人に、何気ない語調でさらりと一夏が言った。

『あ、おれは榛名に教えて貰うからいいよ』

 ――なに言ってんだコイツ。
 一瞬の間をおいて、凄まじい殺気が込められた視線がおれに向けられた。恋する乙女のエネルギー全てが、指向性を持つ憎悪となって襲ってきた。
 確かにおれは、一夏とは違って搭乗訓練を行ってきた。だが、それでもキャリア、実力ともにセシリアさん以下だし、武芸の心得などないので戦闘技術も篠ノ之さんに及ばない。知識はあるが、それは二人も同じだろう。
 だからおれが教えるのはナンセンスだし、何より二人が怖い。
 丁重に断って、二人に教えて貰うようアシストし、彼女らの怒りを沈めて尚且つ、気遣いのできる男だと好感を得ようとしたのに、一夏はおれが口を開く前に肩を組んで、強引に連行しやがったのだ。

『さ、行こうぜ。男同士で秘密の特訓だ!』
『ちょ――待て一夏。おれより、セシリアさんたちに教えてもらった方が絶対良いって!』
『俺は榛名がいいんだよ。それとも榛名は、俺といるのが嫌なのか?』
『……そういうワケじゃないけど』
『はは、じゃあいいじゃないか』

 立ち返ると、発言がおかしいことに気づく。
 女性陣に敵視され始めたのも、この頃からだった。
 ちなみに、一夏の真意は、

『ふう、助かった。アイツ等かなりのスパルタで、しかもアドバイスは感覚的なことばかり言ってて、話を聞いても要領がさっぱり掴めないんだ。その点、榛名は教えるの上手いし、優しいから助かるよ。
 それに――女の子に情けないところ見せたくないしな』

 要するに、教えが厳しい二人が怖くて、おれに逃げたのだ。
 女の子に情けないところを見せたくないという点は理解できるが、その代わりにおれは一夏を好きな女性の憎しみを一身に背負うハメになってしまったんだぞ。
 どうしてくれんだよ。……どうもするワケないよな、そもそも一夏は、自分への好意なんて全く気づいてないし。



 セカンド幼馴染らしい凰鈴音さんと再会した時が一番酷かった。
 初めこそ、一夏の幼馴染というポジションから余裕すら感じられる態度で一夏と接していた鈴音さん。
 幼馴染が、片や史上初の男性IS適正者、片や中国代表候補生となって再会を果たすという感動的なドラマを持っていた筈なのに、どうしてこうなったのか。

『お前鈴か? なにカッコつけてんだよ』
『ただの幼馴染だよ』
『箒がファースト幼馴染。お前はセカンド幼馴染ってとこだ』
『中学の友達に連絡したか? お前が帰ってきたって知ったらすげえ喜ぶぞ(久しぶりに帰ってきた幼馴染に対して)』
『そろそろ戻るわ。榛名もシャワー浴び終わった頃だしな』
『ああ、憶えてるぞ。鈴の料理の腕が上がったら、毎日俺に酢豚奢ってくれるって話だろ?』

 憧れの男の子との期待を胸に秘め、帰国した可憐な少女は、一夏の鈍感発言の数々で消滅してしまった。
 鈴音さんは目に見えて荒んで行き、

『いま謝るなら、少し甚振る程度で済ませてあげるわよ』
『殺さない程度に痛めつけることだってできるんだから』

 と、好きな男の子にえげつない言葉を吐くようになってしまう始末。
 彼女がどんどん変わってゆくさまを間近で見せつけられたおれは胸が痛かった。
 何だよ、小さい頃に幼馴染と結婚の約束してたんなら、しっかり憶えてろよ。何で変な方向に捻じ曲がって記憶してんだよ。
 幾ら友達だって庇えないよ。もう女の子が可哀想だよ。

 一夏の目に余る愚鈍さに、おれもこれは鈴音さんを応援しなきゃ、という使命感に駆られていた。が、なぜか鈴音さんの怒りの矛先は一夏のみならず、おれにも向いた。

『お願い! あたしと部屋代わって!』
『無理だよ。鈴音さんと代わったら、おれが女の子と同室になるじゃんか』
『何でよ! 可愛い女の子と同じ部屋になれるんだからいいでしょー?』
『いや、倫理的に無理だから。男女七歳にして同衾せず、っていうじゃん』
『うー、こんなに頼んでるのに~! アンタまさか、ホモなんじゃないでしょうね!?』
『違う』
『じゃあ何で四六時中ベタベタしてんのよ! さっきだって、仲良さそうにくっついてゲームしたりしてさ! 何よ、見せつけてるつもり!?』
『違う』
『うわ~ん、男に一夏を取られたー!』

 ……好きな男に無碍に扱われて、情緒不安定になってたんだろう。
 だが、以後、おれは目の敵のように毎日鈴音さんに睨まれ、これで三人に恨まれるようになった。
 ……主に一夏の所為で。
 美少女に睨まれるのは、意外ときつい。目鼻立ちが整っているから造形的に迫力があるし、本気で恋してるから精神的にも悍ましい気迫が込められているからだ。
 でも、そんな目にあっても、おれは一夏を憎めない。
 純粋だから悪意がないし、女性関係以外では限りなく善人な気持ちの良い男で、おまけに同姓相手だと察しが良いから、一緒にいて悪い気がしない。
 一夏といると、女性陣からの視線で気苦労は嵩むが、それでも一夏は、二度と平穏に暮らすことの叶わないおれの暗い人生で出会えた、境遇を同じくした親友なのだ。
 言動に惑わされたり、困らせられたりはするが、嫌いになれる筈がない。

 そう――仮に一夏が、噂通りにゲイだったとしても。

「おーい、聞いたか榛名。とうとう俺たちも大浴場使ってもよくなるらしいぞ。やったな! 今度一緒に入ろうぜ」
「ああ、そうだな……」

 嬉々としておれに笑いかけてくる一夏。
 その発言にクラスの女子が黄色い声をあげ、篠ノ之さんとセシリアさんから不穏なオーラが放たれた。
 おれは背筋に汗が伝うのを感じながらも、精一杯微笑む。
 ああ――今日も、一夏が子犬のようについてくる。




[37185] 一夏がついて……?
Name: コモド◆229a533c ID:94594918
Date: 2014/01/23 06:56
「お引越しです」

 おれと一夏の部屋を訪れた山田先生が唐突にそう告げた。

「はい?」

 疑問の声をあげたのは一夏だった。おれたちはちょうど暇つぶしにプロレスをしていた最中で、一夏がかけてきたアームロックに抵抗していたため、おれは声が出せなかった。

「ですから、お引越しです」
「えと……どっちがですか?」
「ゲホッ! ……そうなると、この学校って男子が二人しかいないんで、必ず片方が女子と一緒になっちゃうんですけど」
「あ、金剛くんはこの部屋のままですよ。織斑くんは織斑先生の部屋に移動です」
「え”?」

 一夏の声が裏返って、顔が青褪めた。

「な、待ってください! 何でおれだけ……!」
「うーん。これは秘密だったんですけど、二人は当事者だから教えちゃいますね。実は明日、転校生が来るんです」
「転校生?」
「はい。しかも、あなたたちと同じ、三人目の男性操縦者が来るんですよ」
「なに!?」

 普通に言ってるけど、それって世界的に重大な案件じゃないのか?
 ていうか、今まで男性は操縦不可能とされてきたのに、なぜ今年に入ってこう何人も出てくるんだ?
 そいつも同時に発表されていたら、世界で最も有名なIS操縦者の弟である一夏より、おれの方が純粋に男性操縦者として優れた研究対象になるとか、真の意味での初めての適正者として注目を集めることもなかっただろうに。
 おれが思惑の坩堝に落ちていると、山田先生は童顔を綻ばせて言う。

「そこで、転校生が早く馴染めるようにと配慮し、金剛くんと一緒に生活してもらうことにしました」
「だからって、何で俺が仲間はずれにされるんですか!?」
「流石に男子生徒と女生徒を同室にさせる訳にはいかないので、織斑先生と姉弟の織斑くんに引越ししてもらうことにしたんです。不満なら一人部屋にしますけど……織斑先生は嬉しそうにしてましたよ? 興味ないように装ってましたけど、久しぶりの姉弟水入らずですし、喜びが隠せていませんでした」
「う……」

 正当な理由と長らく離れ離れだった姉と暮らせる魅力に、一夏が黙り込む。
 実は一夏って、重度のシスコンだから、こう言われれば頷くしかない。
 狙っているのか判らないが、そうだとしたら山田先生はかなりの策士だろう。

「わ、分かりました……」
「わ、わかってもらえて嬉しいです! じゃあ、私も手伝いますから、今日中に荷物を移し終えましょう!」

 がっくりと肩を落とした一夏は、眉尻を下げながらおれを見つめてきた。なぜか目が潤んでいる。

「榛名……引越してからも此処にきていいか?」
「もちろん、良いに決まってるだろ。またゲームしよう。今度は三人でな」
「! ああ!」

 一転して、満面の笑み。感情が面に出やすいな、一夏は。
 ――で、翌朝。

「シャルル・デュノアです。よろしくお願いします」

 歓声。姦しい声に教室が揺れた。
 小柄で華奢な体躯。セシリアさんの艶美な金髪とは異なる、少し乱れたブロンド。
 新調された男子制服に身を包む、紅顔の美少年の登場に女生徒は湧いていた。
 だが、皆が湧いている中で、恐らくおれだけは疑惑の眼差しでデュノアを見つめずにはいられなかった。

 ――だって、どう見ても女の子じゃん。胸ないけど、肌の艶とか、声とか、どう見ても女の子だろ。
 そもそも男性のIS適正者が見つかったなんて話、山田先生以外でおれは聞いてないぞ。
 本当に居たなら、おれと一夏の時ほどではないにせよ、世界中で大ニュースになっている筈だ。しかし、ケータイで確認する限りではそんな情報は全く流れていない。
 フランスの代表候補生らしいから、国家絡みの機密情報として隠蔽されているのか? でもIS関係でそんなことしてメリットあるか? もしそうなら、絶対国外に出さないだろう。いや、でもデュノアっていうのは確か、フランス最大手のIS企業だった筈。その関係者なら、他国のIS技術の偵察として送り込まれた可能性もある。
 ……考えたところで、今は判断材料が少ないか。色々あったから、陰謀論とか信じやすくなってるのかな。

 顔を上げると、そのデュノアがおれの横を通り過ぎるところだった。目が合う。微笑まれた。

「君が金剛榛名? 同じ部屋って聞いたよ。これからよろしくね!」
「うん、よろしく」

 綻んだ顔は愛嬌と可憐さが同居していて、やはり男には見えなかった。



 興味はあったんだ。一夏がおれ以外の男にどんな態度を取るのか。
 おれに対してだけ近いのか、それとも誰に対してもこうなのか。
 結果は後者だった。着替えのために更衣室に向かう途中、女生徒に追われていた時(みんな一夏とデュノア狙いだった)、一夏は迷わずおれとデュノア二人の手を取った。
 やはり誰に対しても――というか、男には距離感のない接し方をするようだ。ほっとした反面、その接し方が女性陣に出来ていればおれは恨まれなかったのに、とため息が漏れそうになった。
 ……その間、デュノアが男と言われ、答えるまでに間があったのに、疑問は確信に変わった。

「ん? どうしたんだよ。早く脱げよ」
「え? う、うん……」

 更衣室に着くと、躊躇わず制服を脱ぎ、裸体を晒す一夏。男らしく、無駄のない上半身を正視できず、頬を赤らめるデュノア。……見慣れてないんだろうな。
 おれでさえ初めは面食らった一夏の明け透けな言動は、女の子は耐性がないと恥じらわずにはいられないだろう。

「着る度に思うけど、やっぱり股間が引っかかって痛いんだよな、これ。押し潰してるから圧迫感凄いしさぁ」
「引っかか……! 押し潰……!?」
「一夏は毎回それ言うな」
「榛名だってそう思うだろ? 絶対に改善が必要だって。元々女性用に開発してあるから、そこまで配慮されてないんだよ。シャルルだってそう思うだろ?」
「え!?」
「何だよ、まだ着替えてないのか。早く脱がないと授業始まっちまうぞ」
「う、うん、そうだね。き、着替えなきゃ」

 脱ごうとはするものの、一夏が全裸でデュノアを凝視しているので、脱ぐに脱げないでいる。その仕草からして、もう女の子以外の何者でもないのだが、一夏は男だと信じきっているみたいで、目を離そうとしない。
 仮に女の子だと気づいてやっているのだとしたら、かなりのドSだが、一夏だから間違いなくないだろう。
 ……仕方ない。

「なあ、一夏。ちょっといいか。ISスーツがキツくて履けないんだ。手伝ってくれないか」
「はは、もしかして太ったのか?」
(今だ!)
「――!?」

 目配せし、この隙に着替えろと訴える。どうやら通じたようで、凄まじい速度で荷物に手を伸ばしたのを見て視線を外した。

「ほら、これでいいか? ったく、こんなんも一人で出来ないなんて、ダメだろー? なあシャルル?」
「あ、あああ、うん! そうだね! はは……」

 如何なる神業か、目を離した瞬間には着替えが終わっていた。
 ISスーツになると、華奢な肢体と体のラインが如実に出る。胸は板みたいだったが、骨盤の丸みを帯びたラインは、どう見ても女の子だった。
 んー。これでバレないと思ってるのかな。

「あれ、もう着替えたのか。……そのISスーツ、着やすそうだな」
「うん、デュノア社特製なんだ」
「苗字と同じだな。やっぱり関係者なの?」
「父がデュノア社の社長だから」
「へえ、社長の息子なのか。道理で気品とかあるわけだ」

 どうやら一夏は気づいてないようだ。まあ、期待はしてなかったけど。
 ……でも、やっぱり男の体は凝視するんだな。女子は視線を向けすらしないのに。



●


今日の授業は、専用IS機を持つ候補生による、生徒への講義だった。
 臨時講師役は、一夏、セシリアさん、鈴音さん、デュノア、おれ。
 案の定、人気は一夏とデュノアに集中し、おれが教えるのは四人と少なかった。来たのはのほほんさんや谷本さんといった、普段から割と話す人たちだったので返って安堵していたが。

「そう、あくまで手足の延長にある感覚を忘れずに。思っている動きとは一手、二手遅れるから初めは慣れないけど、徐々に慣らして行けばいいから」
「う、うん」
「いやー、金剛くんは教えるのが上手だね~」
「そう?」

 のほほんさんが話しかけてきた。茶化しているのかと思ったが、どうも素直な感想のようだ。しきりに頷く。

「うんうん。だって、私たちの表情とかで、どこに困ってるかとか判らないとことかすぐ気づいてアドバイスしてくれるし、どれも的確だもん。先生とか向いてるんじゃないかな?」
「あー……そうだね。そうかも。人の顔色窺うのは誰よりも得意かもしれない」

 此処に来るまで、疑心暗鬼にならざるを得なかったから、そういう方面でのスキルが上達してしまった。
 こっちに来てからも、一夏を好きな女性陣の顔色を窺ってばかりだったし……怪我の功名かな。

「アハハ、金剛くんって、良い人だけど、モテないタイプだよね。誰からも良い人って言われるけど、そのまま良い人で終わるタイプ」
「顔も整ってる方だし、普通にモテそうなのにね」
「一夏がモテすぎるんだよ……」

 皆が呵呵大笑する。特徴がないから悪くも思われないけど、印象に残らないっていうのは自覚してるつもりだ。
 そう務めてきたし、IS操縦者っていう泊がつくまでは、限りなく普通の学生だったと思う。
 家族とは離れ離れになったが、此処での三年間は、地球の男性でおれと一夏しか経験できない貴重な体験になりそうだから……そう不満もない。
 卒業してからの身の振り方は考えなくてはいけないけれど、だからこそ、それまでの三年間は精一杯楽しみたい。
 とりあえず、おれを敵視しないのほほんさんたちとは友好な関係を築いていけそうだ。できれば彼女たちとは卒業してからも友人でいたい。

「あ、おりむーが篠ノ之さんをお姫様だっこしてる」
「それ見て、凰さんとセシリアが鬼みたいな形相で睨んでるね」
「あ、何か言ってるね。なになに……『ア・ン・タ・の・差・金・じ・ゃ・な・い・で・し・ょ・う・ね?』だって」
「読唇術できるの!? セシリアはなんて?」
「えっとねー。『い・っ・た・い・何・を・吹・き・込・み・ま・し・た・の?』、『私・も・し・て・も・ら・い・た・い・で・す・わ・ー!』だって。相変わらずおりむーモテモテだねー」
「金剛くん、気持ちはわかるけど、現実には向き合わないとダメだよ?」
「そうだよ。昔から言うじゃない、上を向いて歩こうって!」
「下ばかり向いてちゃ涙がこぼれちゃうよ」

 一夏……お前が誰かと幸せになろうとすると、おれに不幸が襲いかかるみたいだ。
 人生ってしんどいなぁ。一夏、お前が結婚しても、仲人はおれに頼まないでくれ。刺されたくない。



 一夏は心の機微も情緒もわからない。まして乙女心など存在すら把握しているのかすら危うい。
 先ほどの授業中、一夏を食事に誘った篠ノ之さんが沈鬱な面持ちで呟いた。

「……どういうことだ」
「大勢で食った方が美味いだろ。それにシャルルは転校してきたばかりで右も左もわからないだろうし」
「それもそうだが……」

 啀み合う恋敵三人。火花が散っては初夏の空気に溶けてゆく。今は学校での団欒と憩いの時間である昼休みの筈なのに、どうしてこうなったのか。

「……」
「……」
「……」

 修羅場だ。修羅場が形成されているぞ。
 一夏、何でお前は進んで修羅の道を進むんだ? そしてなぜそこにおれも呼び出すんだ?
 教えてくれ。

「ねえ、本当に僕たちも同席してよかったのかな?」
「一夏が良いって言ったんだからいいんじゃない?」

 三人の視線がおれに向いた。空気を呼んで断ってデュノアさんと食べてきなさい、と瞳が訴えかけていた。
 おれもそうしたかった。でも昼になった途端、一夏に腕を掴まれてデュノア共々連行されたんだ。仕方なかったんだ。
 その一夏が言う。

「良いに決まってるだろ? 俺たちは男子同士なんだし、仲良くしようぜ。それに榛名とシャルルは同じ部屋だろ? 俺だけ仲間外れみたいで寂しくてさー」
「あはは、一夏って寂しがり屋なんだね。大丈夫だよ、除け者になんてしないからさ」
「いつでも遊びに来いよ。待ってるから」

 女の子だとわかってるから、二人きりになると思うと気まずいし。

「そ、そうか? な、なんか照れるな……」
「……なに顔赤らめてんのよ、気持ち悪い」
「そんなことねえよ!」

 顔真っ赤じゃないか。それから、女性陣が一夏のために早起きして作ってきた弁当の試食会が始まり、おれとデュノアは蚊帳の外。極力刺激しないように購買で買った弁当を啄いていた。

「ねえねえ、もしかしてあの三人って一夏のことが好きなのかな?」

 耳打ちするように尋ねるデュノア。なんだ、まさかおまえもか。

「見た通りだよ。少しでも素直になったもん勝ちなのに、プライドとか性格が邪魔してちっとも前進しないんだ」
「ふーん。でも、一夏って全然気づいてる素振りないよね。鈍感なのかな」
「鈍感っていうか、愚鈍っていうか、純粋っていうか、子どもっていうか……」

 あれは中身が小学生から変わってない気がする。もし好きな子ができたらイタズラで応えそうだ。友達に好きな子ができたら、真っ先にその子に「アイツ、お前のこと好きなんだって」とか報告しそう。……いや、それはないか。

「まさか、ゲイなんてことはないよね?」
「――っ! ゴホ、ゲホッ」

 唐突に真面目な顔で口にするものだから、咽てしまった。
 そうか、お前もそうなるか。

「だ、大丈夫?」
「あ、ああ……で。やっぱりデュノアもそう思ったのか?」
「うん……だって、幾ら何でもあの態度は、ちょっと」

 そうだよね。早く脱げよとか言われて、恐ろしい速さで着替えしてる最中に振り向いて隙を見せなかったり、体を凝視されたりしたもんね。
 普通は勘ぐっちゃうよね。

「は、榛名もだよ?」
「え?」
「ISスーツが着づらいからって、着替えを手伝ってもらうのって、その……あわわ、お、おかしいよ!」
「……あ」

 そういえば、デュノアを助けるためとはいえ、全裸で一夏に着替えを手伝って貰ったんだっけ。
 赤面して狼狽するデュノア。何てことだ……一夏だけではなく、おれまで疑われている……!

「ち、違う! あれは、その……」
「……その、なに?」

 否定しようとしたが、面と向かって「君が女の子だから」なんて言えない。デュノアに何かしら事情があるのは間違いないのだから、公然の場で言うのは躊躇われる。
 言い淀むおれに、デュノアは神妙な表情で詰め寄ってきた。

「あのね榛名! 同性愛ってイケないことだと思うんだ! 非生産的だし、神様だってイケないって禁じてるんだよ? 最近は世界中で同性婚が認められてきてるけど、日本では認められてないし、何より――そんなの誰も得しないよ!」
「……うん」

 勢いに押されて、首肯してしまった。そうか、デュノアってフランス出身だもんな。
 フランスってカトリックが主流だっけ。だったらデュノアは同性愛否定派だよね。だって、宗教が禁じてるんだもん。
 おれが頷いたのを見て、なぜかデュノアは満足げだった。

 ……周囲では一夏と三人が火花を散らしながらもラブコメしてて、おれと一夏の組み合わせなんて誰も幸せにならないよな、と図らずして再確認させてくれた。
 でもな……おれだってそんなの御免だよ。



あとがき
すいません、反応が嬉しくて続かせていただきました。
でもこれくらいで許してください、なんでもしますから。



[37185] 一夏がついてこない
Name: コモド◆229a533c ID:94594918
Date: 2013/04/11 22:03



 人権団体というのは、大概は頭がおかしい。
人のみならず、動物愛護団体などの人のエゴ丸出しの集まりも行動が過激で私利私欲に塗れた思考をしている。
 ちょっとしたことで人権侵害だと騒いだり、裁判を起こして謝罪と慰謝料を請求してくる。
人間以外の生物の権利団体すら声が大きい世の中、人の――それもジェンダー関連の人権団体ともなると、世論を揺るがすほどの影響力を持っている。
 その最たるものが女性人権団体、または女性権利団体だ。
彼女たちは、IS誕生以前までは女性の権利の拡大、人権の保障を訴えてきた組織なのだが、ISという女性にしか扱えない最強兵器の登場とともに、男性の権利を剥奪するモンスターに形を変えた。
 曰く、「お前らは私たちに守られる立場になったんだから、地位と権利を譲るのは当然でしょう?」と主張しているのだ。
 実際、ISの存在は大きく、既存の軍事産業は殆どがISに塗り替えられ、軍人は女性が主流になり、各国で女性大統領の誕生が相次ぎ、男性の地位は一世紀前と完全に逆転した。
 そして世界中で女性主導社会が生まれ、女性優遇政策が推し進められることになってしまったのである。
 おかげで男性は非常に肩身の狭い思いをしている。
 以前は結婚してから家で尻に敷かれていただけだったのが、最近は外でも見知らぬ女性にも顎でコキ使われるようになり、子を産むと態度が大きくなる女性はますます増長して手がつけられなくなった。
 男性の間では、もう結婚しないことが勝ち組という概念が定着してきている。どれだけ家族のために稼いでも報われないことが、女性の権利の拡大とともにより明確になったからだ。
 真面目な話、これだと国家は衰退するしかないと思うのだが、あまり大きい声では言えない。女性権利団体が騒ぐからだ。
 差別の撤廃を名目に活動していた組織が、今や差別を助長しているんだから皮肉なものである。

 なぜ今さらそんな説明などしているのかって?
 それは、おれが彼女らにとって不倶戴天の怨敵だからだ。

「あの~……金剛くん? また手紙が届いてるんですけど……」
「焼却処分してください」
「わかりました」
「? なにそれ?」

 もはや定期となったダンボール一杯に詰まった便箋を抱えて部屋にやってきた山田先生に、いつものように頼むと、デュノアが興味を示した。
 おれは緑茶を啜りながら、女のデュノアがおれの苦悩を知るわけないか、と内心ため息をつき、渋々口を開く。

「世界中の女性人権団体からの苦情と怨嗟の声だよ。IS適性は虚偽だったって認めて辞退しろ、って訴えがIS学園にまできてるんだ」
「え? な、なんで!?」
「金剛くんは、その……世界中の男性の希望ですから。だから、世界中の女性には、危惧されているというか……」

 驚愕するデュノアに、言葉を選びながら説明する山田先生、まどろっこしいな。

「おれがISに乗れるメカニズムが解明されると、他の男性もISに乗れるようになるからな。これまでISに乗れるってだけで女性優遇措置を強行してきた連中から、親の仇みたいに憎まれてるんだよ、おれは。もし女性だけが使えるって欠点が克服されれば、また世界は男尊女卑の世の中に戻るからな。そりゃ焦るよ」
「うわぁ、死ねとか自殺しろなんて書いてる。殺害予告まであるよ。怖いね……」

 一通を手に取り、目を通すデュノア。偶にカミソリとか空気に触れた瞬間爆発する火薬が入れられてるから触らない方が良いのに。

「もしかして、一夏にも来てるの?」
「いや、アイツには殆ど来てないよ。一夏の場合は……これは俗説で、世間的な(主にネット上や専門家の)見方だけど、アイツは織斑先生の弟だから、IS操縦者に近しい遺伝子の持ち主なら類似したISを操縦できる、って仮説が一般的なんだ。だから標的は、血縁にIS関係者がいないおれ」
「マスコミの玩具にされたこともありましたからね……ここ、IS学園があらゆる圧力の及ばない場所で良かったです。もちろん、私たち教師は生徒を全力で守りますが、教師だけでは対処しきれない問題もありますから。金剛くんが専用IS持ちで良かったです」
「感謝してます。……まぁ、でも、これからはデュノアもいるので、目標が分散しておれの負担が減ってくれるかもしれないから気が楽ですよ」
「えぇ!? ……あ、うん。そうだね、アハハ、アハハ……」

 汗を流しながら、頭を掻くデュノア。少し、意地の悪い発言だったかもしれない。
 気にしないで、とおれを気遣い、退出する山田先生を見届けて姿勢を崩す。テーブルを挟んで対面に座るデュノアは、多少居心地が悪そうだ。

「やっぱり、一夏と同じ部屋の方がよかったか?」
「? なんでそんなこと聞くの?」
「なんとなく」

 この学校の女生徒は洩れなく一夏に惚れているから、デュノアもかと思ったが、まだそんなことなさそうだ。
 というより、おれと一夏が同性愛者なのでいつ襲われるかわからない、と怯えているような……それは気のせいであってほしい。
 デュノアはおれが淹れた緑茶を啜りながら、ほう、と吐息を零した。悔しいが、一夏の言うように、その所作のひとつひとつに内側から滲み出る気品があった。

「僕は榛名と相部屋でよかったと思ってるよ。察しと思いやり……だっけ? 僕のことを凄い気にかけてくれてるよね。日本に来た時は正直不安だったけど、二人が良くしてくれるから楽しいよ。ありがとね」
「……いや、別に」

 本当は君がスパイじゃないかとか、行動におかしいところがないか疑っているんだ、とは、その曇りない笑顔を前にして言えない。
 性別詐称してる以外では何も怪しいところないし、どう対応していいかわからない。

「そういえば、一夏が来るって言ってたよね? 何時ぐらいに此処に来るのかな?」

 話のネタに困ったおれは、デュノアが切り出した、おれたちの共通の話題である一夏に縋ることにした。

「今日は一夏来ないと思うよ。久しぶりの姉弟水入らずだから、二人きりで甘えてるんじゃないかな」
「あー。織斑先生の弟なんだっけ、一夏って」
「そう。アイツ、何回注意されても『千冬ねえ』って呼ぶの直らないんだ。それで毎回怒られてるんだから、筋金入りのシスコンだよ」
「ぷっ、はは! でも、織斑先生も満更ではなさそうだよね」
「初めは織斑先生もきつめに怒ってたんだけど、最近は軽く注意するくらいで済ましてるしな。案外、心の中では喜んでるんじゃないかな」
「仲良い姉弟だねー。僕、兄弟がいないから、そういうの羨ましいや」
「おれも一人っ子だったな。よその姉弟も、みんなあんな感じなのかな」

 一夏の話題はネタが尽きない。良くも悪くも、このIS学園の中心にいる男なのでついつい口が弾んでしまう。

「一夏って羞恥心がないのかな。あんなに大っぴらに……その、裸になるからビックリしちゃったよ」
「一夏はおれと会った時から、あんな感じだったよ。シャワー浴びたあとも裸で彷徨いてたり、おれがシャワー浴びてる時にボディーソープ切れてるぞ、って入ってきたこともあったな。
 デュノアが相部屋だったら、おれと同じ目にあってたかもね」
「あ、あはは……それは、困るなぁ」

 デュノアが愛想笑いを浮かべた。頬が引きつっている。まあ、女の子だから、そんなことされたら一発でバレただろう。
 内心でほっとしてるんだろうな、と思いつつも話を合わせ首肯する。

「全くだな。デュノアは女の子なんだから、一夏ももう少し気を使ってやればいいのに」
「そうだよ、幾ら男装してるからって、最低限の恥じらいは持つべきだよね!」
「……は?」
「…………あ」

 軽くカマをかけた程度のつもりだったが……流れに任せての失言に、「しまった」と口を抑えるデュノア。
 会話が弾んで、うっかり口を滑らせてしまったのだろうか。それにしても簡単に漏らしすぎではないだろうか。
 重い沈黙。デュノアの顔に汗が浮かび、目がぐるぐると回っている。言い訳を考えているのだろうが、仕草からして墓穴を掘りまくっているから、もうどう取り繕おうが説得力がない。

「……あ、あの……い、今のは、じょ、冗談! そう、軽いジョークだよ、例え話! は、はは……」
「……」
「ほら見て! 僕、胸ペッタンコでしょ? 女の子の胸がこんな板みたいなワケないじゃない!」
「……」
「……ゴメン、嘘ついて」
「いや……」

 俯き、謝罪するデュノア。疑っていたのに、こうもあっさりと判明してしまうと、おれまで何だか申し訳なくなってきた。

「ハハ……馬鹿だね、僕。せっかく男装してIS学園に編入したのに、一日も持たずに自分からバラしちゃうなんて」
「ゴメン、実はおれ、初見から女の子だって気づいてた」
「――ッ!? ……ああ、そうなんだ。だからあの時助けてくれたんだ……情けないな、僕。こんな有様じゃ、榛名以外にもいつかボロが出てたよね。惨めだよ……」

 沈鬱な表情で、消え入りそうな声で呟くデュノア。……あの時って、着替える時のことだよな?
 いったいどんな理由だと思ってたんだよ。まさか、一夏の視線を独り占めするデュノアに嫉妬しているとか考えてたんじゃないよな?



 それから――デュノアは訥々と、男装してIS学園に編入するまでの経緯を話した。
 デュノア社社長の娘だが、愛人の子であること。母親が亡くなってから父親に引き取られたこと。IS適正が発覚し、第三世代ISの開発が遅れるデュノア社のスパイとして他国のISを探るよう命じられたこと。あわよくばおれと一夏のデータを入手して持ち帰るように言われていたこと。
 内容は義憤を覚えずにはいられない非道なものだったが、色々あって疑心暗鬼になっているおれは、いまいち信用できずにいた。
 この流れに、あまりにも出来すぎているような印象を受けていたからだ。実はこれは演技で、女性だと自ら発覚させ不幸な過去を暴露し、おれの同情を買ってたらしこむ作戦ではないかとさえ思えた。
 ……だが、真偽はどうあれ、十五歳の女の子が実の父親にこの仕打ちを受けて、単身で異国に赴かねばならないデュノアの心中は察する。
 おれも一家離散、顔と名前を全世界に公表、過激な人権団体に命を狙われるというコンボを食らって、一時期は塞ぎ込んでいたし。人生を路頭に迷う絶望感は、一人では耐え難いものだ。繊細な女の子では尚更だろう。
 話し終えたデュノアは、一転して晴れやかな顔で淡く微笑んだ。

「でも、これで良かったのかもしれない。ちょっと変わってるけど、二人とも、凄く良い人で……騙してるのが辛かったんだ。これからも騙し続ける辛さを味わうよりも、返って良かったと思う」
「……ちょっと待ってて」
「榛名?」

 席を立ち、緑茶を淹れ直す。なるべく手順を踏まえて、茶葉の成分が多く抽出されるように。

「はい、熱いから気を付けて」
「え……い、いいよ。そんな……」
「緑茶の香りには心を落ち着かせる効果があるらしい。今のデュノアは、少し自暴自棄になってるように見えたから。不慣れな国と言葉でたくさん話して疲れたろ?
コーヒーじゃなくて悪いけど、悪いことしてるからって、一息くらいはついても罰は当たらないんじゃないか?」

 けっこう無理やりなお節介。要らぬお世話だと突っ撥ねられるかと思ったが、デュノアは罰が悪そうにしながらも受け取ってくれた。

「……ズルいよ。こんなに優しくされたら、離れなくちゃいけないのに、まだ居たいって思っちゃうよ」



「これからどうするんだ?」

 幾分、顔色が良くなったデュノアに声が険しくならないように心がけて訊く。
 デュノアは膝の上で手を握り締め、項垂れながら言った。

「わからない。任務は失敗しちゃったから、強制帰国させられて……悪くて牢獄行きかな。自業自得だよね」
「デュノアは何も悪くないさ」

 話が本当なら。おれと同じで、大きな力に逆らえない、どうしようもない人生だったんだ。
 同情こそすれ、咎められる要素なんてない。

「……榛名ってホント変だよね。僕、君たちを騙してたのに」
「おれは騙されてないし、それにまだ何もされてないからな。だからまだ、デュノアとおれはスパイと被害者じゃなくて、同じ学校に通う友達だ」
「慰めてくれてるの? でも、今は酷いよ、榛名。僕はもう、犯罪者として帰らなくちゃいけないのに」
「だから、まだデュノアは犯罪者じゃなくて友達だから、引き止めるつもりでいるんだ。
 帰りたくないなら、此処に残ればいい」

 慮外の言葉に、デュノアが顔を上げた。けれど、思い直してまた顔を伏せた。

「無理だよ……」

 そして、今にも泣き出しそうな声を漏らす。
 ……これからおれが言うことは、同情でしかない、感情に流されただけの考えなしの言葉だ。
 だけど、それが今のデュノアに必要なものだと思うから、脳裏に過ぎる保身の声は全て無視して言う。

「おれがどうして此処にいるか知ってるか? IS学園に入れば、どの勢力も生徒、学校に手出しできないからだ。世界中の女性が敵のおれだって平穏に暮らせる空間だぞ? 男装してるだけの女の子なんて何てことない」

 もちろん、卒業してからのことなんて考えてない自分勝手な言い分だ。
 だが、これで終わりなのと、三年の猶予が生まれることは決定的に違う。
 救いがあると、そう信じて声をかける。

「でも……」

 まだ下を向いて躊躇うデュノアに、続けて捲し立てた。
 今度は完全に感情に流された。

「おれが口外しなければいいだけの話だろ? 頼む、おれをせっかくできた友達が困ってるのに何もしないような奴にさせないでくれ。それに、一夏だって悲しむ。アイツ、新しい友達が増えて、今日は特にはしゃいでたからな。デュノアがいなくなったら泣くかもしれない。もちろん、おれも。だから、嫌じゃないなら、此処にいてくれないか」

 最後は我ながら臭かったかもしれない。デュノアは目を丸くして――そして吹き出した。

「アハハ、アハハハ! ……榛名と一夏って、本当に仲良いんだね」
「……まぁ、否定はしない」
「ホント、妬けちゃうなぁ……」

 涙を浮かべるほど笑って、指で拭う。勢いで一気に喋ったから、無意識に一夏の名前まで使ってしまった。
 ……なんか勘違いしてないかな? 最近、一夏との仲を言及されるたびに、背中にむず痒いものが走るんだけど。
 ひとしきり笑い終えたデュノアが顔を上げた。

「ねえ、榛名。僕、此処にいていいのかな?」
「IS適正あるし、頭も良いから資格は満たしてる。誰も反対しないさ」
「んー、そうじゃなくて……じゃあ榛名は、僕にいて欲しい?」
「は? ……ああ、うん」

 上目遣いに見つめるデュノアに、深く考えずに頷いてしまう。
 するとデュノアは、花が綻んだように破顔した。今日一番の、屈託ない笑顔だった。

「ありがとう、榛名。僕……身勝手だけど、此処に残るよ。僕も、まだまだ沢山、二人と遊びたかったんだ」

 ……デュノアもおれも、この先、どうやって生きていくかも不確かで危うい人生だけど、一先ず、これで良かったんだと思う。
 知り合った女の子が不幸になるのを見て見ぬ振りをするよりは。

「あ、榛名。図々しいお願いだけど、僕のこと、これからは名前で呼んで。みんなの前ではシャルルで……二人きりの時は、シャルロット。僕の、本当の名前で」

 良かった……と思うんだけど。
 この子、本当にハニートラップじゃないのかな。狙いすぎてて怖くなってきた。
 一夏は今頃なにしてるのかなぁ……


あとがき
 シャルロッ党の皆様、申し訳ありません。
 展開の都合上、オリ主とフラグを建てさせて頂きました。
 ちなみに私はセカン党です。今さらですが、主人公の名前、金剛榛名(こんごうはるな)は元ネタが角野卓造に似てる某お笑い芸人だったりします。




[37185] 一夏がついてない
Name: コモド◆229a533c ID:c0963111
Date: 2013/04/16 22:58


「そのサポーター凄いな」
「ああ、これ? デュノア社特製なんだよ。これで胸部を圧迫すると男性と変わらないレベルまでバストを圧縮できるんだ。少し窮屈だけどね」

 凄いなデュノア社。その技術を用いて日用制品の開発に力を注げば、経営危機は容易に乗り越えられそうなものだが。
 寝る時はノーブラらしく、胸部サポーターを外したシャルルの胸は、思ったよりも大きかった。どうやって隠していたのか不思議で仕方ないくらいには。
 てっきり胸がないから男装させられたのだと思っていたのに、セシリアさんより若干小さい程度――日本人女性の平均よりも大きいなんて、詐欺ではないだろうか。
 おかげで妙に意識してしまって、落ち着けなかった。
女の子が同じ部屋でシャワー浴びてるってだけでも緊張するものなんだな。
一夏といる時は気を使うことなんてなかったから、寝つきが悪い夜になった。
 昨夜は義憤に駆られて「居ればいい」と言ってしまったが、一夜明けて冷静になると、シャルロットの用意が周到過ぎて、やはりハニートラップの線が捨てきれない。
 まあ、彼女が怪しい行動を取らない限りは何もしないつもりだけど。

「ねえ、榛名。本当に、一夏には内緒のままでいいのかな?」

 部屋を出る前、不安げにシャルロットが言った。騙してるようで気が滅入るって言ってたっけ。

「アイツは隠し事とか苦手だから、このままの方がいいと思う。それに一夏も、女の子が増えるよりも男といる方が嬉しいだろうし」
「やっぱりホモなんだ……」

 聞き捨てならない言葉が聞こえたが、聞こえない振りをして部屋を出た。どうも勘違いされている気がする。



「お、金剛くんにデュッチー! お揃いだねー、おはよ~」
「おはよう、のほほんさん」
「お、おはよう」

 少々ぎこちないシャルル。やはり負い目があるのだろうか。
 のほほんさんは朝だというのにテンションが高く、いつもの笑顔が五割増しくらい喜悦に富んでいる。

「ねねねね、聞いた金剛くん? あの噂!」
「噂?」

 聞き返す。シャルルを見ると、彼女も首を傾げていた。何だ?

「ふふふ。学年別トーナメントで優勝すると、おりむーと付き合えるって話だよ!」
「はあ!?」

 予想外の答えに、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 なに考えてんだ、あの歩くフラグ乱造機。

「それマジ?」
「うん。だって昨日、おりむーとしののんが約束してるの見たもん。学年別トーナメントで優勝したら付き合ってもらうってしののんが言って、おりむーも了承してた!」

 いや、それって篠ノ之さんの一世一代の告白だったんじゃ……一夏も意味も分からずに了承したんだな。どうせ「買い物に付き合うくらいで大袈裟だな」とか思ってるに違いない。
 そういうヤツだ。篠ノ之さんも可哀想に。

「……あの、それって、告白だったんじゃないかな」

 シャルルが呟く。のほほんさんと一夏がズレてるんだと思いたい。

「でさー。金剛くんはどうするの?」
「どうって?」
「トーナメントだよ。おりむーと出るの? それともデュッチーと出るの?」
「そういや、タッグを組むんだっけ。どうするかな」

 あまり深く考えてなかった。専用機持ちだけど、実用機ではないから他の候補生と違って役に立てないし、棄権しようかと思ってたんだけど。

「は、榛名は僕と組もうよ!」
「シャルル?」
「おお、いつの間にか呼び捨てしあってる!」

 名乗り出たシャルルに面を食らう。
 身をズイと乗り出して、迫真の顔つき。こんなに自己主張する子だったのか。

「僕と榛名が組んで優勝すれば、一夏が不本意に誰かと付き合うこともないし、それに僕たちは同室だもん! コンビネーションも磨けるし、それが一番自然だよ!」

半ば叫んでいるかのような勢いで力説する。
そこまで一夏が嫌か。そこまでおれと一夏を絡ませたくないのか。
間違ってもアイツと一線を超えるなんてありえないのに。ちょっと耳年増なのかな。

「おー、すっごい迫力。専用機持ちの金剛くんとデュッチーが組めばあっという間に優勝候補だね」
「おれのIS、戦闘向きじゃないから滅茶苦茶弱いけどな」
「大丈夫だよ、僕がサポートするから! ……それとも榛名は、僕と組むの、いや?」
「そういうワケじゃないけど」
「――金剛さん!」

 呼び止められて振り向くと、篠ノ之さんと話していたセシリアさんがゆっくりと近寄ってきていた。
 端正な顔はいつになく真剣で、何か琴線に触れてしまったのかと頬が引きつった。

「な、なに? セシリアさん」

 これまでの経験から、少し怖くなって腰が引ける。
 すると、やおら両手を彼女のそれに包まれ、グイと持ち上げられた。

「私、あなた方のことを影ながら応援しますわ! とても、とっっってもお似合いなお二人だと、一目見た時から思っておりましたの。トーナメントではライバルになりますわね、私と、一夏さんの!
 でも、勝つのは私たちですからね!」

 透き通る蒼い瞳をこれ以上ないくらい輝かせ、「私と一夏さん」を強調して、声高に宣言するセシリアさん。
 ああ、一夏とコンビを組むのに当たって、最大の障害になるおれとシャルルがいない方が彼女たちには都合が良いのか。
 ちらりとシャルルを窺うと、「おぉお……」と呻きながら赤面していた。
 セシリアさんは言いたいこと言って満足したのか、「オホホホホホ」と上機嫌に笑って去っていった。
 のほほんさんは――

「うわぁ、デュッチー……そんなに金剛くんのことを……」

 ――何か、酷い思い違いをしている。

「あのさぁ、のほほんさん? おれとシャルルは……」

 間違いを正そうとすると、小さい話し声が耳についた。

「いつの間に呼び捨てする仲になったのかしら」
「デュノアくん、そんなに金剛くんのことを……」
「一晩でデュノアくんと金剛くんが……」
「え? 一晩で金剛くんがデュノアくんを!?」
「昨夜に何が起こったというの!?」
「やっぱり金剛くんがタラシだったんだ……」
「てことは、織斑くんも金剛くんに?」
「タラシ……男タラシ……」
「きっと織斑くんも金剛くんに誑し込まれてメロメロにされてしまったのね……」

 ――待て。待ってくれ。何でそうなるんだよ。

「ち、違う。違うんだ……」

 おれ一人では話も聞いてもらえないので、誰か一緒に否定してくれる人を求めて周りを見渡した。
 シャルルを見た。まだ思考停止していた。
のほほんさんを見た。いなかった。女子に混じって盛り上がってた。
 セシリアさんも心ここにあらずの状態で、篠ノ之さんに至っては外を見ていて話すら聞いていない。

「おーす。なんだ、盛り上がってるなー」

 絶妙なタイミングで一夏が来た。何て絶妙なタイミング。これが天の助けか。

「よ、よう一夏。昨日はなにしてたんだ?」
「おー、榛名、おはよう。悪いな、昨日はそっち行けなくて。千冬ねえがマッサージしてくれって頼んできて断れなくてさあ」

 この負の連鎖を断ち切るべく、一夏との会話を盛り上げるように終始する。
 おれよりも一夏の方が影響力は強い。一夏と織斑先生の話題なら瞬く間にこの教室に蔓延る汚い噂を一掃してくれることだろう。

「マッサージか。そういえば一夏はマッサージが上手かったもんな」
「はは、またマッサージしてやろうか? 前に同じ部屋だった時は毎日マッサージしてやってたもんな」
「お、おれの話はいいだろ」
「何だよ、今さら照れなくてもいいだろ? 榛名は腰が弱くて、ぐりぐり押してやると凄い声をあげてたもんな。そろそろ溜まってるんじゃないか? 今夜にでも榛名にもしてやるよ」

 ――ダメだコイツ。無意識に何て発言しやがるんだ。
 耳を澄ます。嫌な予感がした。もうダメな予感が。

「同室だった時は毎日マッサージしてた?」
「織斑くんが、金剛くんにマッサージを?」
「マッサージ(意味深)」
「金剛くんは腰が弱いから、織斑くんがぐりぐり攻めてた……」
「ほら、やっぱり織斑くんが攻めじゃない!」
「そろそろ溜まってるから、今夜辺りにするだって!」

 おれは崩折れた。一夏に空気を読むことを期待したおれが馬鹿だった。
 失意のどん底にいたおれの袖を、誰かが引っ張る。シャルルだった。

「榛名! マッサージなら相部屋の僕がするから! 一夏は織斑先生にマッサージしてればいいよ!」
「おいおい、なんだよシャルル。おれを除け者にしないって言ったじゃないか。おれも仲間に入れてくれよ。それにな、榛名の弱いところは俺が一番よく知ってるんだぞ?」

『おおーっ!』

 嬌声が上がった。嬉しくない歓声だった。

「取り合いよ、男同士で金剛くんを取り合いしてるわ!」
「金剛くんってジゴロだねー。男の」

 不名誉な勲章とイメージが刻まれた。

「一夏さん! どうしてあなたはいつもいつも……!」
「一夏! どうしてお前はそうなんだ! 見下げ果てたぞ!」
「え? なんだよ。どうしてそんなに怒ってるんだ、二人とも」

 一夏がおれに執心するのを見て、セシリアさんと篠ノ之さんも参戦してしまった。
 ……何でなんだろうな。どうしてこの学校はこうなっちゃうんだろう。
 諦観していたおれの背中を、ちょんちょん、と、のほほんさんが指でつつく。
 目が合うと、にっこりと笑った。

「モテモテだねえ、金剛くん。羨ましい」

 絶対皮肉で言ってるよね。

「……いったいこれは何の騒ぎだ、馬鹿者共」

 混沌とした教室は、いつもよりほんの少し雰囲気が柔らかい織斑先生が静めるまで喧騒が絶えることがなかった。
 おれは今日、このネタでずっとからかわれると沈んでいたのだが、ドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒが出会い頭に一夏の頬を叩く鮮烈なデビューを果たして話題をかっ攫ったので、みんなに忘れられた。
 喜んでいいのか判らなかった。


あとがき
サブタイトルが思いつきません。



[37185] 一夏がやってきた
Name: コモド◆229a533c ID:c0963111
Date: 2013/10/06 00:38

 思わせぶりなセリフとともにビンタを食らわせたラウラ・ボーデヴィッヒと一夏の因縁に皆が色めき立っているのを見て、おれは今朝広まったホモ疑惑が忘れられたことを悟った。
 自分の存在が一夏のおまけに過ぎないことを改めて自覚させられた日の放課後。
 おれはシャルルに誘われて、ISの訓練に精を出していた。

「拡張領域(バススロット)が記録装置で殆ど使われちゃってるんだ。本当に戦闘仕様じゃない実験機なんだね。スペックは第三世代でも最高クラスなのに……これじゃ宝の持ち腐れだよ」

 おれの専用機『紫雲』を眺めながら、シャルルが眉を落とした。
 名前の通り紫を基調とした、国鳥であるキジを基にデザインされた中距離万能型IS。
 国家の意地と男性の威信復活の願いを込められ、あらゆる先進技術の粋を集めて作られたそれは、だがあくまでデータ収集とおれの護身がメインの実験用のISである。
 名前も『試運転』から取ったと開発者から冗談を言われたくらい、本格的な戦闘を考慮していないポンコツ。
 これの所為で日本の代表候補生の専用機開発に人手が全く避けず、着手すらしていないらしいが、おれは面識すらないから詳しくは知らない。
 だって、お前の所為だって文句つけられたら嫌だし。

 まあ、そもそも主な用途が、おれが暴漢に襲われた際の護身と操縦時の身体情報の観測なのだから、こうした学校行事では役立たないのは最初から明々白々な訳で。
 シャルルには悪いけど、おれと組むなら優勝は諦めて貰った方がいい。
 専用機持ち以外の一年生なら慣れてないから勝てるだろうが。

「ううん、まだ負けるって決まったわけじゃないよ。これはタッグバトルだから、僕の装備も貸せるし……それに作戦次第でセシリアたちにだって勝てるよ」

 しかし、シャルルには勝算がある様子だ。
 まだカタログスペックしか開示してないし、第三世代機として唯一仕様(ワンオフアビリティ)もあるらしいけど、実験機と相性が良くなるも糞もないしなぁ。
 ――と、おれとシャルルが彼らの目の当たらない場所でコソコソとやっていたのに、そこに憔悴した一夏が息せき切って駆け寄ってきた。
 白式を展開して。

「榛名ぁ! 助けてくれえ!」
「――いぃッ!?」
「榛名ァ!?」

 イグニッションブーストで加速してるんじゃないかと疑わんばかりの速度で突っ込んできた一夏もろとも吹っ飛び、けっこうな距離をもつれ合いながら転がって、フェンスに当たって漸くおれたちは止まった。
 おれはちょうど、一夏に押し倒された格好になっていた。
見上げたすぐ先に一夏のしかめっ面がある。

「いてて……」
「いてて、じゃねえよ。いきなり何すんだ」
「いやー。悪い悪い」
「榛名―! 大丈夫? 一夏は早く離れて!」
「おわっ! 何するんだよ、シャルル」
「それはこっちのセリフだよ! 突然突っ込んできて……榛名が怪我したらどうするの!?」

 一夏を引き剥がしたシャルルが、腰に手を当て怒る。
 どうも今朝からシャルルの一夏への風当たりが強い。
 今回は一夏が100%悪いけど、一夏がおれに肉体的接触を図っただけで激昂するようになった。
 やっぱり一夏がゲイだと思っているのか。
 その一夏だが、ふと思い出したように目を見開き、おれに手を合わせて頭を下げた。

「やべ……! 榛名、頼む! おれにISの特訓をつけてくれ!」
「何でさ。一夏には専用機持ちで候補生の優秀な教師がいるだろ」
「それで困ってるんだよ……! な、頼む! 見返りに何でも言うこと聞くから!」
「いや、そんなのいらないけど……」

 あまりにも切羽詰った様子に眉をひそめながらも頷こうとしたところで、一夏の優秀な教師陣が足並みを揃えてやってきた。

「なぜ逃げる一夏! 男のくせに軟弱すぎるぞ!」
「そうよ! せっかくあたしたちが教えてあげてるのに!」
「一夏さん、金剛さんとデュノアさんの邪魔をしてはいけませんわ。さ、私たちと一緒に特訓に戻りましょう」

 怒ってる篠ノ之さんと鈴音さん。そして聖母のような微笑でおれとシャルルを見るセシリアさん。
 今朝の一件で、セシリアさんの心象が良くなったようだ。
 その内容がおれにとって良いか悪いかは置いとくとして。
 三人の登場に一夏は顔を青褪め、おれの後ろに隠れた。

「お、おい!?」
「榛名、何とかしてくれ!」

 何とかって、どうすればいいんだよ。代わりに死ねって言うのか?
 一夏が壁を背に背後に隠れたので、三人は瞳を怒りに燃やして詰め寄ってきた。怖い。

「金剛、どけ! もう、今日という今日は我慢ならん! その腐った精神から鍛え直してくれる!」
「いーちーかー! そんなに男がいいの!? 幼馴染より最近知り合った男の方がいいの!?」
「……うふふ……一夏さん? どうしてあなたはそんなに……」

 一夏……出会った当初は、モテモテなお前が羨ましいって思った時期もあったよ。
 でも、訂正する。全然羨ましくない。過ぎたるは猶及ばざるが如しってその通りなんだな。
 おれ今ションベン漏らしそうだよ。

「わわっ! あ、あの……みんな落ち着いて、ね? いちおう一夏の言い分も聞こうよ」
「……まあ、それくらいいいけど」

 見かねたシャルルが間に入ってくれたおかげで事なきを得た。
 冗談抜きで殺されるかと思った。この人たち、マジで一夏を殺そうとしてる時もあったから尚更怖かった。





「で、どうして一夏はおれの所に逃げてきたんだよ」

 少し間を置いてから話を切り出すと、一夏は怒ってるんだか泣きそうなんだか判らない微妙な表情で語りだした。

「どうしたもこうしたも……言ってる内容がさっぱり分かんないんだよ!」
「何でよ!」
「むしろなぜ一夏は理解できないんだ!」
「私が何度も口を酸っぱくして教えて差し上げてますのに!」
「ビュンと振ってズバーっととか、何となく感覚で分かれとか、右斜め二十度とか言われて理解できるかぁ! 理不尽すぎるんだよお前ら!」
「……あー」
 
 様子が容易に想像できてしまい、半端な声が口から漏れた。
 この人たち、国家の代表候補生と篠ノ之博士の妹という、歴とした天才だからなぁ。
 凡人には天才の言っていることは理解できないんだろう。
 名選手、名監督にあらずって言うし。
 溜まっていた不満が爆発したらしく、温厚な一夏が珍しくヒートアップしてゆく。

「大体な! もう少し優しくしてくれたっていいだろ! 榛名はお前らみたいに怒らないし、判らない所があればすぐ察して分かりやすく教えてくれたぞ! お前らもちょっとは榛名を見習えよ!」
「なッ……!」
「ちょ……!」

 絶句する三人とおれ。
 いや、一夏の心中は察するけど、火に油注いでどうするんだよ。
 またおれが彼女たちに恨まれるだろうが……!
 昨日、今日と心労が嵩む出来事の連続に、もう勘弁してくれと泣きそうになっていた時だった。

「何たる脆弱さ、何たる不甲斐なさ……こんな連中が私と同じ専用機持ちとは呆れ果てるな」

 頭上から冷然とした語調の声が降ってきた。
 見上げると、今朝方に一夏を引っぱたいたラウラ・ボーデヴィッヒさんだった。
 高圧的な態度と尊大な口調。ドイツの第三世代IS『黒い雨』を纏う銀髪の少々発育が遅い子だ。
 皆は彼女を敵視しているようだったが、おれは特に悪いイメージはなかった。
 今のご時世の女性って、この三人みたいに強気で自分本位な人ばかりだし、何よりおれのホモ疑惑を一掃してくれたし。
 それに一夏は大事な友達だけど、女性関係だと多少は殴られても仕方ないと思うんだ。
 学園の殆どの女子に恋愛感情懐かれてるって、正直おかしいよね。
 そのラウラさんだが、現れるや否や誰彼構わず喧嘩を売り始め、先ずは手始めとばかりに一夏に狙いを定めたようだ。

「私と戦え、織斑一夏」
「嫌だね。理由がねえよ」

 それまで恥も外聞もなくおれに縋ってきてたのに、人が変わったようにクールになる一夏。

「お前に無くとも私にはある」
「別に今じゃなくていいだろ。クラスリードマッチでも。付き合いきれねえよ。
行こうぜ、榛名」
「は?」

 唐突におれの手を引き、この場を立ち去ろうとする一夏。
 なにカッコつけて消えようとしてんの?

「――ならば仕方ない」

 何かラウラさんが大口径レールカノン構えたんだけど。
 あ、撃ってきた。一夏に向けて――って!

「うえっ、おい一夏!」
「榛名!」
「一夏!」「一夏さん!?」

 ラウラさんと一夏の対角線上に一夏に引っ張られるおれがいたので、おれ直撃コースだった。
 必死に呼びかけるが、気づいてない。嘘だろ――!

「うおおおぉおおおッ!?」
「えっ?」

 咄嗟にシールドを展開し、間一髪で防ぐ。危なかった……後でおれも一夏殴る。

「貴様は……」
「こら、そこの生徒、何をやっている!」
「チッ……」

 火種だけあちこちに散布していき、ラウラさんは去って行った。
 遅れて、心臓が早鐘を鳴らし、汗が吹き出る。……何なの、サイコさんなの?
 一夏と因縁があるなら、そこだけで解決してくれないかな。頼むから。

「す、スマン榛名。助かったよ……」
「……いや。まあ、気にするなよ。友達じゃないか」
「榛名……ああ、そうだな」

 殴ろうかと思ったが、一夏も一夏で顔に心労がにじみ出ていて、怒るに怒れなかった。
 そうだよな。間接的に女性に接するおれより、一夏の方が辛いよな。
 たとえ鈍感でも、人間だもんな。だから――いい加減、手を離してくれないかな。
 周りの視線が、痛いんだ……気づいてくれ、気づけって、気づけよコラ。

●

 今日は一夏が部屋に来た。シャワー浴びると、真っ先におれの部屋に来た。
 女性陣に疲れて、癒しを求めてやってきたらしい。
 なぜおれが癒しなのかは怖いので訊けないが。

「ラウラさんと何かあったのか?」
「ん? 別に、何でもねーよ」
「そっか」
「……」

 一夏とラウラさんに何かしら因縁があるのは明白だったが、一夏が語りたがらないので察してやる。
 床に座布団を敷き、テレビも下に置いて胡座をかきながらゲームをする、おれたちの定番となったスタイル。
 触れ合う肩と肩。ゲームに夢中になって動くたびに何度も離れてはくっついてを繰り返す。
 おれはもう慣れてしまったが、初見のシャルルには珍妙に映ったようで、ベッドの上で胡乱げにおれたちを睨んでいた。
 心なしか唇が尖っている。もう彼女の中では『一夏=ゲイ』が定着してしまったようだ。

「ね、ねえ二人とも? いくら男同士って言っても、距離が近すぎないかな?」
「そうか? いつもこんな感じだぞ、俺たちは」
「ふ、ふーん?」

 口角がつり上がっている。とうとう弾という友人だけではなく、おれまで一緒にされた。
 シャルルはおとなしい子だけど、一夏が関わると短気になるきらいがあるな。

「シャルルもやらないか? 四人まで対戦できるぞ」
「! うん、やったことないから教えてね!」

 飛び跳ねるような勢いでおれの横に座るシャルル。
 一夏に負けじとグイグイ密着してくる。近い。熱い。動きづらい。

「よーし、オンラインで弾を探して四人対戦するか。ずっと二人で遊んでたから、大勢でするのは新鮮で楽しいな」

 一夏も随分とはしゃいでいるように見える。
 女子がいた時は決して見せなかった弾ける満面の笑顔。よほど抑圧されていたのか。

「ん! うくっ! ……ああー! 落ちちゃった……」
「惜しい惜しい。初めてにしては上手いよ」
「はは、シャルルでも苦手なものがあるんだな」
「むっ。僕、一夏を狙う」
「ふっ、初心者相手に負けるわけないだろ」
「じゃあおれも狙う」
「何だこいつら!? チッ、弾までおれを狙いに変えやがった!」
「一夏でも三人に勝てるわけないよね~」
「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前! 離せ榛名コラ!」
「スマッシュ」
「あーっ! やめろ! やめてくれ榛名!」
「やった! 一夏が最下位だ!」
「うぐっ……も、もう一回だ。今度こそおれが勝つぞ!」

 適応の早いシャルル、弾とかいう上級者、おれに見事に挟撃され、首位から陥落する一夏。
 一夏は目立ちたがり屋なので、ちょっと優位に立つとすぐ調子に乗ってしまう傾向がある。
 結果、途中まで一位なのに、全員に挑発を繰り返したがために全て最下位で終わっていた。

「うわあーッ! また負けだー!」
「フフン、初心者に負けるなんて一夏も大したことないね」
「次はシャルルを狙う」
「えええ!?」
「よし、見てろよシャルル! 雪辱を果たすぞ!」
「ず、ずるいよ二人がかりなんて!」
「俺には三人がかりだったろー?」
「うぅ……」

 名も顔も知らない一夏の友人も加えてのゲーム大会は異様な盛り上がりを見せ、日本のゲームに触れるのは初めてというシャルルも夢中になって乱闘に興じていた。
 すると、ノックもなくドアがけたたましく開く。振り向くと――

「やっほー、金剛くん。遊びにきたよー!」
「こら、はしたない。ノックくらいしなさい」
「トランプ持ってきたよー」

 のほほんさん、谷本さん、鷹月さんの三人だった。
 以前からのほほんさんたちとは、たまに遊びに来てはカードゲームをしたり、駄弁ったりしていたのだが――三人で密着してゲームに夢中になっているおれたちを見て、ぴたりと固まった。
 一瞬の静寂。そして、巻き戻るように扉を閉め、退室してゆく。

「お邪魔しましたー」

 ……何が?

「どうしたんだ、あいつら」
「さあ……」

 二人は気づいていないようだったが、おれは去り際の彼女たちの表情で察しがついていた。
 ……明日には、また変な噂が流布されているな、と。
 父さん、母さん。おれは強く生きているけど、学校でのおれの評判は、あなたたちの耳に入って欲しくないです。


あとがき
スマブラって面白いですよね。
次はヒロインズを書きたいと思います。



[37185] 一夏がやってこない
Name: コモド◆229a533c ID:c0963111
Date: 2013/04/15 23:38
「頼みがある」

 月末に学年別トーナメントを控えたある日。
 おれとシャルロットの部屋に、仏頂面をさらに難しくした篠ノ之さんが訪れていた。
 シャルロット……いや、シャルルは体の線が出にくいぶかぶかのジャージで、おれはTシャツにジーンズ、篠ノ之さんは制服だった。

「えーと……なんでしょうか」

 普段あまり話す機会がなく、一夏関連で恨みも買っている篠ノ之さんは正直苦手で、態度も固い彼女と話すと気圧される。
 だが、今日の彼女はどこか恐縮していて、長身が小さく見えた。
 椅子に腰掛けた篠ノ之さんは、拳を膝の上でぐぐぐ、と握り締めながら口を開いた。

「その、今日はだな……れんあ――じ、人生相談。そう、人生相談をしに来たのだ」
「恋愛相談?」
「ち、違う! 断じて違うぞ!」

 そう言われても、口にしかけたじゃん。
 どうして女の人ってこう、素直じゃなくて強情な性格の人ばかりなんだろう。
 知っているので例外って、山田先生とのほほんさん、そしてシャルロットくらいな気がする。
 何もかも政治が悪い。
 頬を紅潮させた篠ノ之さんが落ち着くのを待って、今度はおれから話を切り出した。

「それで、一夏とどうやったら上手くいくか相談しに来たってことでいいの?」
「だ、だからそういうことでは――」
「違うの?」
「う……そうだ」

 問い詰めると、しゅんと俯いて小さい声で答えた。
 相談する時くらいは素で話して欲しい。

「一夏相手だと大変そうだよね。凄いモテるし」

 覚えたての緑茶を淹れたシャルルが、篠ノ之さんにお茶を差し出して苦笑混じりに言う。
 それを皮切りに篠ノ之さんが、堰を切ったように不満を零し始めた。

「その通りだ。六年ぶりに会えたと思ったら、二言目にはブラジャーつけてるんだな、だぞ!?
 アイツは私を何だと思っているのだ!? しかもいつの間にか学年の女子を篭絡しているし、セカンド幼馴染などと言う女まで出てきて、終いには優勝したら付き合って貰う約束が、何故か学年中に誤って広まっているし!
 話そうと思っても一夏はいつも金剛にべったりで、一夏の為に何かしたいと思って行動しても金剛の方がいいと言われる有様だ!
 男にすら負ける私はどうすればいいのだ!?」

 鬱積していたものを吐き出した篠ノ之さんは肩で息をして、お茶を煽り、一気に飲み干した。
 最後の方はおれへの恨み節だった。

「もう一杯!」
「は、はい!」

 気迫に飲まれて、粛々と従うシャルル。
 どうするって言われたって、答えはひとつしか思いつかない。

「んー。おれは相談に乗れるくらい恋愛経験ないし、そんなおれのアドバイスでもいいなら言うけど、篠ノ之さんはさ、もう少し一夏に『好き』って感情を表に出した方が良いと思うよ」
「なに? ……出てないのか?」
「出てないよ。もしくは伝わってないよ」
「そ、そんな……」

 よほどショックだったのか、顔色が悪くなっている。
 自覚がなかったのか……

「篠ノ之さんは、言いづらいけど、ずっとむすっとしてるよね。それだと、相手に自分が嫌われてるって思わせちゃうと思うんだ。
 それに一夏関係になると、すぐに手が出ちゃうし。これじゃいくら幼馴染でも『嫌われてるのかな?』って不安になるよ」
「え……? い、一夏は私を嫌っているのか……?」

 あ、ヤバイ。泣きそうだ。

「いや、嫌ってないよ。むしろ鈍感なアイツなりに好きだと思う。
 ほら、こないだ屋上で篠ノ之さんが一夏に弁当作ってあげたでしょ?
 その時、アーンしてあげたじゃない、あの朴念仁が。これは篠ノ之さんに気を許してなきゃできない行動だよ」
「! ほ、本当か!?」

 顔が明るくなった。よかった、泣かれなくて。

「本当だよ。それに篠ノ之さんって料理も上手だし、面倒見もいいよね。
 美人でスタイルも良いし、欠点らしい欠点もないもん。
 だからさ、もう少しアイツに柔らかく接してあげられないかな。いつも笑顔でいれば、篠ノ之さんの魅力も、もっと増すと思うし、その方が可愛いよ」
「む……こ、金剛は口が上手いな」

 顔を赤らめ、「そうか、笑えばいいのか……」と微笑みながら呟く篠ノ之さん。
 元が図抜けた美人なので、尋常じゃない破壊力があった。
 それが一夏の前でできればなぁ。

「あー、あと髪型を変えてみたらどうかな? 篠ノ之さんっていつも髪を上げてるから、ギャップで一夏も落ちるかもしれない」
「な、なるほど……」

 感心し、しきりに頷く篠ノ之さん。効果あるか知らないけど、こうした変化も必要なんじゃないかな。
 幼馴染同士が結婚するって最近は聞かなくなったし、男女間って飽きないようにするのが大事だよね。
 童貞だけど。

 得心したのか、篠ノ之さんが立ち上がった。

「もういいの?」
「うむ……金剛、感謝する。とても為になった。一夏がお前に一目置く理由も、何となく判った気がする」

 来る前とは違い、彼女の目には自信が漲っていて、こっちも乗った甲斐があった。

「あの、箒。これ……」
「ん? ああ、済まない。頼んだのだから頂かないとな……って、熱!」

 ――その後、お茶を飲み干した篠ノ之さんは満足して帰っていった。
 行ったのだが……シャルロットの視線が痛い。
 半目でおれをじーっと睨んでいる。ああいうのをジト目と言うのだろうか。

「なに?」
「別に。誰かさんって口が上手いんだなーって思っただけ」

 そっぽを向かれた。おれ相談乗っただけで悪くないじゃん。

●

 今日は一夏来ないのかな、と思っていたら、またしても予期せぬ来訪者が現れた。
 高級そうな寝間着を着て、真剣な顔をしたセシリアさんだった。

「ご相談があって来ましたの」
「また!?」

 シャルルが驚きの声をあげた。そうだよね、ビックリするよね。
 篠ノ之さんが来ただけでも驚くのに、同じ日にセシリアさんも来るだもん。

「あら、私の他に誰か居らしたんですか?」
「え? ああ、いや……」

 はぐらかすシャルル。まあ、恋敵が恋愛相談しに来たなんて言えないよな。

「まあ、詮索は致しません。実はですね、今日は、金剛さんに……その、一夏さんとのことで相談に乗ってもらいたくて御伺いしましたの」

 恥じらい、声のトーンを下げながらセシリアさんが言う。予想はできていたが、何でみんな今日なんだろう。

「うーん。具体的には、どんなことで悩んでるの?」
「そうですね……どうしたら一夏さんとの仲を進展できるのか。その為に私に到らないところなどを指摘して貰えれば」

 現実的な悩みに、失礼だが感心してしまった。
 一方的に世間知らずなお嬢様のイメージがあった。

「まあ、おれで良ければ幾らでも乗るけど……いいの? おれみたいな庶民がアレコレ難癖つけても」
「構いませんわ。私が自分の意思であなたが信頼できると思い、こうして足を運んでいる訳ですし、遠慮は要りません。
 ……まあ、あなたが畏まるのは初対面の頃の私が原因でしょうけれど。こ、これでも一夏さんに言われて反省しましたのよ?」

 申し訳なさそうに言うセシリアさんに、おれの心象がグンと改善された。
 言われてみれば、あれを機に滅茶苦茶人が変わったよね。たまげたもん。

「じゃあ、お言葉に甘えて。セシリアさんはね、一夏を好きな気持ちを全面的に押し出すのは良いんだけど、もう少し抑えた方がいいんじゃないかな」
「? なぜですの?」
「ぐいぐい行き過ぎて、一夏が引いてるんだよ。ほら、一夏にISの操縦を教えてあげようとした時とか、一夏を無理やり特訓に付き合わせてたでしょ?
 ああいうのは自分の気持ちを押し付けてるだけだよ。ちゃんと相手の気持ちを汲んであげなきゃ、行き過ぎた好意は嫌がらせになっちゃうんだ」
「一夏さんの気持ちを……む、難しいですわね」

 顎に手を添えて悩みだすセシリアさん。そうだよね、難しいよね。
おれもアイツの考えてることわかんないもん。

「そこら辺は、おれも詳しいアドバイスはできないけど……セシリアさん、日本にはこういう言葉があるんだ。
 『押してダメなら引いてみろ』」
「!? ど、どういう意味ですの、それは!」

 食いつくセシリアさん。日本語は話せても、ことわざや成句までは憶えてないか。

「言葉の通りだよ。ガンガン押してもダメなら、今度は引いてみればいいんだ。
 一夏は鈍感・朴念仁・唐変木・難聴の四拍子揃った『暖簾に腕押し』を地で行く男だけど、そんなアイツでも、いつも自分に話しかけてきたセシリアさんが急に素っ気なくなったりしたら、寂しくなったり、何かあったのかな? って気にかけるでしょ。
 そうやって徐々に意識させていけば、いつの間にかセシリアさんのことばかり考えてるように一夏も――」
「素晴らしい……素晴らしい作戦ですわ、金剛さん!」
「うおっ!」

 なるんじゃないかな、言いかけたところで両肩を掴まれ、手放しに称賛された。
 その場で思いついた作戦に過ぎないのだが、よほど感銘を受けたのか、おれの肩を強く揺さぶって、揺さぶって、揺さぶって……

「ああ、一夏さんが徐々に私のことを想うようになる……何て甘美で素敵な作戦なのでしょう。
 もし私が女王なら金剛さんに爵位を授与していましたわ!」
「……うぷっ」
「セシリア、セシリア! 榛名が吐いちゃう、吐いちゃうから!」
「あ、あら、申し訳ありません。私としたことが……不覚にも我を忘れて……」

 ぱっと離れるセシリアさん。世話を焼こうとする大丈夫、とシャルルを手で制して、深呼吸をして吐き気を静める。
 人の発言をすぐに信じちゃうのは箱入り娘だからなのかな。

「まあ、必ず上手くいく保障もないから、あくまで現状を変えるスパイスにしかならないと思うけど」
「いえ、これは絶対に成功いたしますわ。もう私の中では、一夏さんが私のことで悶々としている未来が見えていますもの」

 胸を張って断言するセシリアさん。普通の人なら効果あるかもしれないけど、あの一夏だからなぁ。
ぶっちゃけ九割くらい失敗すると思っているけど、後が怖いので黙っておいた。

「感謝します、金剛さん。とても有意義な時間になりましたわ」
「これくらいで役に立てたなら、おれも嬉しいよ」
「少し誤解していました。一夏さんが友人と見定めただけのことはありますわね。
 これからは名前でお呼びしてもよろしいですか?」
「おれも名前で呼んでるし、セシリアさんの呼びやすい方でいいよ」
「ふふ、では榛名さんと。私たちの結婚式では仲人をお願いしますわ」

 話が飛躍しすぎじゃないかな……てか、それやらされると多分おれが殺されるから勘弁して欲しい。

「デュノアさん、あなた方も応援していますからね。頑張ってください」
「うえぇっ?」

 帰り際、セシリアさんがシャルルに耳打ちして行ったが、小声で聞き取れなかった。

「……なに言われたの?」
「は、榛名には関係ないよ! いや、関係あるけど、関係ないったらないの!」
「どっちだよ」

 耳まで真っ赤に染めていたのが気になって尋ねてみたが、怒鳴られた。
 また一夏とのホモ関連の話を振られたのかな。

●

「相談があるの」

 予想はついていたが、案の定三人目がやってきた。
 一夏のセカンド幼馴染で中国の代表候補生、二組の凰鈴音さんだ。
 おれのイメージだと常に怒っている姿しかないのだが、今日はその勝気な瞳に力がない。
 濃い人たちの相談を連続で受け持った疲労で眠気が襲ってきていたのだが、眠ると双天牙月で斬りかかられそうなので堪える。

「一夏のことだよね?」
「そうよ。良い勘してるじゃない」

 似たような人が二人もいたので。

「あたしとしても恥ずかしいし、最大の敵に頼りたくはないんだけど、今回ばかりは恥を忍んでお願いする。相談に乗って!」
「おれは構わないけど」

 ちらりとベッドに座るシャルルを一瞥する。

「……何で僕を見るの?」
「なんとなく」

 少しずつ不機嫌になってるような気がしたし、そろそろ夜も深い時間帯だから。
 シャルルは頬を膨らませ、またしてもそっぽを向いた。

「別に? 毎日人が押しかけてきても怒ってなんかないし? 頼られてるのは榛名だから、榛名の好きにすればいいよ」
「はあ」

 やっぱり怒ってるよな。今日は一夏が来ないから上機嫌だったのに。

「いいの?」
「うん。で、どんなことで悩んでるのさ?」

 質問すると、鈴音さんは気恥かしそうに頬を掻いた。

「いやー。ほら、あたしと一夏って幼馴染じゃない? だから一夏のことは何でも知ってると思ってたんだけど……昨日、あそこまで言われたら、流石に落ち込むというか堪えたというか……」

 昨日ってあれか。「榛名を見習えよ」と一夏がキレたことか。

「振り返ってみると、一夏って弾とかと一緒にいた時の方が楽しそうだったし、一夏も一緒にいたい相手には男性的なものを求めてるんじゃないかと思って」
「それでおれなわけね……」
「うん」

 鈴音さんの言葉で、何で女性陣がおれの元を訪れたのか納得した。
 みんな一夏の言葉を真に受けてしまっただけか。
 ……いま気づいたけど、おれに何かしらある時って、殆ど一夏が関わってるよな。
 不意に、この世界の中心には一夏がいて、その周りにいる人々が振り回されているような感覚に陥ってしまった。
 軽く眩暈がして、目頭を抑えながら言う。

「忌憚なく意見言わせて貰うと、別におれがアイツのタイプってわけじゃないと思うよ。
 それだとアイツがゲイになるし……単にお互いが唯一の男子だから一緒に居たがるだけだって」
「それ言うならシャルルだって男じゃない」
「ぼ、僕と榛名だと年季が違うじゃない! それにほら、一夏と榛名は日本人だしね!」
「あ、ああ」
「言われてみればそうかも」

 慌てて訂正するシャルルに、おれも失態に気づき、冷や汗が吹き出た。
 そうだ、女の子だと知ってるのはおれだけなんだっけ。
 あとで謝っておかないと。
 シャルルの咄嗟のフォローに納得行かなかったのか、鈴音さんは腕を組み眉根を寄せた。

「でもアイツ、女のあたしたちに金剛くんを見習えって言ったのよ?
 ホモかどうかは置いとくとしても、金剛くんみたいな性格のコが好みなんじゃないの?」
「おれみたいって言うと、地味で自己主張しない、根暗な性格のコになるけど」
「そんなことないよ。榛名は冷めてるように見えるけど、優しいし、困ってる人がいたら助けてくれるもん」

 シャルル。そういうのは恥ずかしいし、本当の自分を鑑みると落ち込むからやめてくれ。

「お熱いわねえ。けど、それだとますます私と正反対な性格になるような……」
「おれの予想だと、一夏の好みは織斑先生だと思うけどね」

 項垂れる鈴音さんに、半ば確信している理想像を教える。
 篠ノ之さんとか、幼い頃から男勝りな気性の女性に接しているから、一夏はそういう人がタイプだと思っていたんだが。

「ホモで重度のシスコンって、改めて考えたら女の子はどうしようもないよね……」

 シャルルが低い声で呟く。恋する乙女に追い討ちをかけるのはやめろ。

「一夏って家庭的で、家事全般完璧な上に(おれ相手だと)気遣いもできて、性格良し、器量良しの完璧超人なんだけどな。おまけに世界で三人だけの男性IS操縦者ってブランドつきだし」
「あはは、それらを台無しにするくらいの超鈍感だよね……」

 シャルルの渇いた笑いが虚しい。
 冷静に考えると、凄まじい優良物件だ。
天は二物も三物も与えたが、代償に攻略難易度ベリーハードになるように試練を課したのだろう。
溜め込んだものを抑えきれなくなったのか、鈴音さんはプルプル震えていたかと思うと、ガーッと吠えた。

「あーっ、もう! 何なのよアイツーーッ! そりゃモテるのはわかってたわよ、弾の妹とか妹とか妹とか!
 でも此処だと誰も彼も一夏一夏一夏って、どんだけモテれば気が済むのよ!
 こっちはドキドキして再会したってのに、アイツは約束忘れて男にかまけてばかりだしー! 
挙げ句の果てに男のほうが良いって言われるしぃ……うわーん!」

 何かおれも涙が溢れそうになった。
 一夏の幼馴染って色々溜め込んでるんだな……そうだよな、あんな鈍感ジゴロじゃ気苦労が絶えないだろうし、思春期をずっと共に過ごしてた鈴音さんは辛かっただろうな。
 最後の方がおれへの不満なのはさておいて。

「鈴音さん、大丈夫だよ。一夏は鈴音さんのこと大切に思ってるって」
「え……う、うそ」
「ホントだよ。鈴音さんが転校してきた時、一夏が言ってたよ。
『鈴が転校してきてくれてホント助かったよ。話し相手少なかったからな』って。
 一夏はああいうヤツだから判りづらいけど、ちゃんと鈴音さんのことを特別に思ってくれてるよ」
「う、あ……な、何よ一夏のやつ。そう思ってるなら、そう言ってくれればいいのに……もう」

 頬を赤らめ、誤魔化すように憎まれ口を叩く鈴音さん。
 まあ、幼馴染以上かは知らないけど。

「だから、鈴音さんは変わろうとしないで、これからもいつもと同じように一夏と接してあげればいいんじゃないかな。
 これまでもそれで仲良くなれたんだから。できれば、暴力とか怒るのは控えて欲しいけど」
「う……アイツが他の女の子とイチャついてるの見ると、ついカッとなっちゃうのよね。
 ……でも、わかった。我慢してみる」

 良かった良かった。
 これで無事解決かな。できれば、おれに怒りを向けるのも抑えて欲しいんだけど、揉めそうだから止めた。

「さてと、もう遅いから帰る。ありがとね、金剛くん。
 あ、あと、余計なお世話かもしれないけど、アイツの幼馴染からのお願い。
 これからもアイツの友達でいてね」
「うん、もちろん。おれからお願いしたいくらいだ」
「アハッ、じゃあ待たね!」

 快活な笑顔を浮かべて、鈴音さんは去っていった。
 嘆息する。……いや、どっと疲れた。
 あの人たちの相手を毎日してる一夏って凄いな。変なところで見直してしまった。
 ――さて。

「ゴメンな、シャルル。うっかりしてた」
「もう、気を抜きすぎだよ。鈴が僕に関心がないから助かったけど……榛名、ひょっとして疲れてる?」
「いや、そうでもないよ。ただ、シャルルのことを女の子って認識してたから、無意識に答えてた」
「え……」

 本当は疲れがあったのだが、つい見栄を張ってしまう。
 一夏にも似たようなところがあるが、女の子の前では強がってしまうものなのだ。

「……ちゃ、ちゃんと女の子だと思ってくれてるの?」
「ああ、でもこうしたことがないように気をつけるよ。男の子だって心掛けるようにしとく」
「こ、心がけなくていいよ! 気をつけてもらえるのは有難いけど、僕としてはちゃんと女の子だって思ってもらえる方が嬉しいもん!」
「……そ、そうなのか?」
「そうだよ!」

 力説されて、シャルロットくらいの美少女を男と見るのは無理がいるんだけど、と言い損ねた。
 シャルロットは、もじもじと何か言いたそうに逡巡し始めた。

「どうかした?」
「うん……あのね、僕も相談っていうか……お願い、聞いて欲しくて」
「それくらいでいいなら何でも聞くよ。さっきのお詫びも兼ねて」
「ホント? じゃあ……」

 決心したシャルロットは、正面からおれを見据えた。

「シャルロットって、呼んで欲しいな」
「? なんで?」
「僕、二人きりの時はシャルロットって呼んでって言ったのに、榛名は全然呼んでくれないから」

 非難するように唇を尖らせるシャルロットに、そういえば一度も声に出していないことに気づいた。
 心の中ではそう呼んでいるのだが。

「まあ、それくらいならいいけどさ。じゃあ、言うよ」
「……」
「――シャルロット」
「――」

 改めて口にすると気恥ずかしくて、いたたまれなくなった。
 心なしか、頬が熱い。いつもは心地よい静寂も、今は居心地が悪いような……

「……」
「……? どうかした?」
「もう一回……」
「え?」
「もう一回、言ってみて」
「シャルロット」
「もう一回!」
「シャルロット」
「何回も言って!」
「シャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロットシャルロット!」
「あはは、噛まずに言えたね」
「あのな……」

 破顔するシャルロットに、少し呆れる。
 からかいたかったのか。のほほんさんといい、おとなしいコにはからかわれやすいのかな、おれ。

「ゴメンね、榛名。……僕を本当の名前で呼んでくれるの、榛名だけだから……嬉しかったんだ。とても……」
「……」

 そう言われると責められなくて、女の子ってズルいと思う。
 実は時代が男尊女卑の頃から、男って女には勝てないようにできていたんじゃないかな。
 照れくさくなり、斜め下を向いて、切れ切れに言葉を紡ぐ。

「まあ……なんだ。呼ぶくらい、おれなんかでいいなら、いくらでも言ってあげるからさ」
「――うん、ありがとう榛名。でも、なんかなんて言わないで。
 僕は榛名の声で呼んでもらえるから、こんなに嬉しくなるんだよ
 だから、これからもいっぱい呼んでね」

 その笑顔が眩しくて、直視できなかった。
 これでハニートラップだとしたら、この子は世界一の女優になれると思う。
 それから寝るまでに十六回もシャルロットと言った。
 疲れていたのに、寝つきは悪かった。



●

 翌朝、さっそく三人がアドバイスを実行していた。

「い、一夏! その……気分転換に髪型を変えてみたのだが……ど、どうだ? 変じゃないか?」
「おー、いいんじゃないか。似合ってるぞ。そういえば箒の髪を下ろしたの久々に見たな」
「そ、そうか! ……似合っているか、うむ」

 嬉しさを隠せていない篠ノ之さん。
 なんだ、一夏も気の利いた言葉を返せるんじゃないか。
 てっきり何も気づかないかと危惧してたけど、よかったな。

「あ、おはようセシリア。今日は少し遅かったな」
「おはようございます、一夏さん。では私は急いでいますので、失礼します」
「ん? あ、ああ……」

 素っ気ないセシリアさんに呆気にとられる一夏。
 いつもなら会った途端にベタベタくっついていたから、戸惑っているようだ。

(どうですか? 効いてますか?)

 目で尋ねてくるセシリアさんに首肯する。
 目に見えて効果があったことを知り、セシリアさんの顔が満悦そうに輝いた。

「おっはよー一夏」
「ん、ああ鈴か、おはよう」
「ちょっと、シャツがはみ出てるわよ。シャキっとしなさいよ、シャキっと」
「え? ああ、ホントだ」
「しょうがないわね……私が直してあげる、ほら動かないで」
「うわ! 自分でやるからいいって!」
「――はい、これでいいわね。まったく、昔から抜けてるんだから。
 あんまりボーっとしてると弾に笑われるわよ」
「それは困るな……」
「あ、そういえば昔――なんてことがあったわよね」
「ああ、あったあった。それで弾が――」

 おお、何かいい感じじゃないか。
 二人の思い出話に興じて、周りの人が入っていけない空気を醸し出してる。
 アドバイスの結果は上々のようだ。
 効果が目に見えてあったのを実感し、三人が目と腕でガッツポーズをしておれに感謝してきた。
 うんうん、これであの朴念仁を落とせるといいね。

「よう、榛名」
「ん、おはよう一夏。なんか腑に落ちないって顔してるな。どうしたんだ?」

 おれの席を訪れた一夏に首尾を確かめるべく訊いてみた。
 一夏は首を捻りながら、
 
「いや、なんか変なんだよな。今まで一回も髪型変えなかった箒が髪を下ろしたり、セシリアも素っ気ないし、鈴も怒らないし」

 腕組みしながら悩む一夏。これは脈ありなんじゃないか?

「うーん……ま、いっか。そんなことより榛名、今日はお前の部屋に行っていいか?」

 ……ま、いっか? そんなことより……?

「え、ちょ、ちょっと待て。おい、一夏。そんなことよりって……三人に何があったのか気にならないのか?」
「そりゃ少しは気になるけど……ほら、女心と秋の空って言うし、あまり悩んでもしょうがないだろ。
 男の俺にはわからない悩みとかあるだろうしさ。
 それより今日は何のゲームするんだ? 弾がこないだ対戦してから、榛名ともう一回やりたいってうるさくてさー」

 晴れやかな笑顔の一夏。そうか、そういう考えもあるか。
 一見、理に適っているように思える考えだけど、言うタイミングと言葉のチョイスが……
 それより、って……ゲームの方が大事なのか? 美少女よりゲームが好きなのか?
 不意に、おれは背中に怖気が走ったのを感じて、恐る恐る振り返った。
 鬼がいた。

「……やはり」
「私たちの最大の敵は」
「アンタなのね……」

 声には出していなかったが、確かにそう聞こえた。
 そのくらい恐ろしい眼光だった。おれはすぐにトイレに逃げた。
 でもそこにも一夏がついてきて……一夏の攻略って、男なら簡単なんじゃいないかと思った。


あとがき
 どれだけラブコメしようとオチはつけなきゃダメですよね。
 
 



[37185] 一夏がやって……?
Name: コモド◆53cfaf75 ID:fe1b02d0
Date: 2013/04/16 23:20
「貴様に話がある」

 トイレにまでついてきた一夏を振り払うべく、一夏が用を足していた途中に逃げ出した教室への帰路で、ラウラさんに呼び止められた。

「なに?」

 同年代とは思えない凄みのある瞳と冷たい声に、自然と顔が強ばる。
 こないだ不意打ちで砲撃を食らったから、尚更警戒してしまう。
 まさかラウラさんまで恋愛相談なんてありえないだろうし。

「そう警戒するな。少し訊きたいことがあるだけだ」
「はあ……」

 小柄なのに威圧感のある子だな。
 こちらが見下ろしているのに逆に見下されているような感覚に囚われていると、媚びの欠片もない低い声で質してきた。

「なぜ貴様はあのような輩と付き合っている?」
「輩って……一夏のことか?」
「そうだ」

 名前を口にするのも憚られるのか、嫌悪感丸出しでラウラさんが吐き捨てる。
 何で、と問われると答えに困るな。

「あー……そうだな。強いて言うなら、一緒にいて楽しいからかな」
「楽しい? 自己鍛錬すら満足にできない軟弱者といることがか?」
「そうだよ」

 おれの返答が気に食わなかったのか、ラウラさんは眉根を寄せて反駁した。

「理解できんな。集団に置いて最も切り捨てるべきは、無能な味方だ。
 組織に一人足手まといがいると、周囲も軒並み腐ってゆく。
 朱に交われば赤くなる、という言葉が日本にもあろう。自らに利のない者と付き合う貴様の行動は全く理解できん」
「別に利益を求めて一緒にいるわけじゃないよ。おれが一緒にいたいって思ってるから付き合っているだけで」

 友人を貶すラウラさんに、こちらも語調が強くなる。
 何があったか知らないけど、失礼な人だな。

「人は損得で行動するものだろう。あれが貴様に何をしてくれるのだ? 他人の足を引っ張るしか能のない奴が」
「だから損得じゃなくて、感情の話だって言ってるだろ。
 見返りを求めているんじゃない。楽しみを共有できる奴だから一緒にいるんだ。
 それに、ろくに一夏のことを知らない人にアイツを貶されたくないね。不愉快だ」
「……貴様が何を言っているのか、理解できん」
「じゃあアンタの大切な人が貶されてるのを想像してみなよ。我慢できるの?
 アンタはその人と損得で付き合ってるの?」
「む……」

 ラウラさんが口を噤んだ。何でこんな単純で小っ恥ずかしいことで口論してんだ、おれ。
 小さくため息をついて、頭を振った。
 損得で言ったら、一夏と仲良くなればなるほど女性陣に恨まれて心労が鬱積するんだから、損の方が多いっての。
 でも、友情ってそういうものじゃないし、深く考えると恥ずかしくて死にたくなるし。

「……なるほど、理解した。納得はできないが」
「そりゃどうも。アンタ、そんなことも知らないんだね。誰も教えてくれなかったの?」

 苛立ちに身を任せて口を衝いた言葉に、ラウラさんが反応した。
 鼻をひくつかせ、怒気がにじみ出ている。やべ、地雷踏んだ。

「あ、いた。おーい、榛名! 授業始まっちゃうよー……って」

 そこにシャルルが走ってきた。見計らったようなタイミングの良さだ。
 シャルルはおれの横で足を止めると、ラウラさんと睨み合った。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
「ふん、誰かと思えば、過去の栄光ばかりが取り柄のIS後進国の候補生か。馴れ合いにかまけていないで遅れる第三世代開発に勤しめばいいものを」
「人道無視の人体実験でしか技術を磨けなかった国の人には言われたくないね。そんなだから信頼をなくして世界から孤立する羽目になったんだよ」
「ちょ――!」

 何で出会い頭に国際問題に発展しかねない発言してんの?
 いや、仲悪いのは知ってるけど、シャルルはセシリアさんとも仲良くしてたから国際的な遺恨はないと思ってたのに。

「面白いな。私に喧嘩を売って勝てると思っているのか? 負けてばかりの戦下手国家が、この私に」
「もちろん。ユーモアの欠片も介せない人よりは戦闘中も頭が回ると思うからね」
「待て待て待て! お前らここが日本だって忘れてないか? IS学園だぞ!? 二十世紀のヨーロッパじゃないぞ!?」

 若いのに国家間の確執が露骨な二人の間に入り、仲裁する。
 さっきまでおれとラウラさんが個人的な喧嘩しそうになってたのに、一瞬で候補生の国際問題に発展しかけた。
 コイツら、自分たちが国家保有数が限られたIS専用機持ちだって自覚あるのか?

「安心しろ。此処で私闘をするつもりはない。貴様に手を出すな、と教官に命じられているからな」

 瞑目し、臨戦態勢を解くラウラさん。初めからそうして欲しい。

「学年別トーナメントが楽しみだな……金剛榛名、貴様は織斑一夏と出るのだろう?
 二人まとめて叩きのめしてやる。ついでにそこのフランスの候補生もな」
「望むところだよ」
「ちょっと待て、おれは一夏とは出ないぞ」
「なに?」

 立ち去ろうとしていたラウラさんが怪訝そうにして立ち止まった。

「貴様らは付き合っているんじゃないのか?」
「……は?」
「クラスの女子が言っていたぞ。貴様と織斑一夏は付き合っていると」
「はあ!?」

 愕然とした。付き合うってそっちかよ――!

「違う! そういう意味じゃない! おれと一夏は普通の友達だ!」
「違うのか? クラスの女子に貴様らはまぐわっていると聞いたが」
「違うに決まってるだろ! だいたい何でそんな発想になるんだよ!」

 頭が痛くなってきた。何だって此処の人たちは、こう、変な目でしか男を見れないんだ。
 ラウラさんは酷く純粋な口調で、

「日本には衆道という文化があると聞いた。日本は古くからの文化を誇る国と聞く。
 ニンジャ、サムライ、ハラキリ同様にそれらが生き残っていても不思議ではあるまい」
「廃れたよ! ニンジャ、サムライ、ハラキリと一緒にとっくの昔に! 日本人男性が両性愛者ばかりだったのは江戸時代までだ!
 キリスト教の概念が浸透してからは同性愛の文化はないよ!」
「なんだと!?」
「榛名、ずいぶん物知りだね……」

 素で驚くラウラさん、疑惑の眼差しを向けるシャルル。何だよ……そんな目でおれを見るな。

「何てことだ……至急、クラリッサに確認しなくては……」
「どうしてそんなこと知ってるの? 興味ないなら知ってるわけないよね、榛名。何で?どうして知ってるの?」
「適当に取った雑学本に書いてあっただけだって! 本当にそれだけだよ!」
「……何の話をしている、小娘共。早く席につけ」

 ブツブツと考え事を始めるラウラさん、詰問してくるシャルル。
 収集がつかなくなった状況は、機嫌の良い織斑先生がやってくるまで続いた。
 癒しが欲しい。切実に。

●

「――何てことがあったんだ」
「はー。たいへんだったね、金剛くん」
「ボーデヴィッヒさんって、変わった人だと思ったけど、典型的な日本を勘違いしてる外国人だったんだね」
「いるわけないのにね。漫画やアニメの影響で勘違いされてるのかな?」
「あ、でも篠ノ之さんって侍っぽいよね。THE武士道娘! みたいな」
「それにしても、本当にフランスとドイツって仲悪かったんだね。昔の話だと思ってた」
「そもそもヨーロッパって全部仲悪くない? EU結成してるから表面上は仲良くしてるだけで、散々侵略し合ったり屈服させあってるし、今も互いに皮肉言い合ってるイメージだなぁ」
「セシリアとかも日本語ペラペラだから忘れちゃうけど、デュノアくんも歴としたフランス人だもんねー」
「あ、あの。それは挑発されてついカッとなっちゃっただけだから! 僕自身は嫌ってるとかそういうのないから!」

 クラスの女子の姦しいトークに顔を真っ赤にしてシャルルが反論した。
 場所はおれとシャルルの部屋。お菓子やジュースが乱雑に置かれ、円を組み、カードを片手に好き勝手に話している。
 夕食後、一夏が例の三人に連行され、それを見たのほほんさんたちがカードゲームをしようと提案し、おれが快諾したのだ。
 そして集まったのが、のほほんさん、谷本さん、相川さん、鷹月さん、鏡さん、かなりんさん、岸原さん。
 クラスでも賑やかな人たちだったので、凄まじい盛り上がりを見せていた。

「IS学園って国際色豊かと言っても、半数は日本人だから国際問題はないと思ってんだけどな……」
「もうっ、反省してるんだからやめてよ榛名!」
「ドローフォー。ごめんね金剛くん」
「げっ」

 鷹月さんの策略により、溜まったドローカードの直撃を食らった。
 隠し持っていたのか……

「ていうか、IS学園自体が色々と複雑で立ち位置がよくわからないよね。
 日本が運営資金出してるけど干渉できないし、そのくせ先進諸国の代表候補生はほぼフリーパスで受け入れたり、有望な学生を引き抜こうとする人たちがひっきりなしに来るし」
「今年は日本とイギリス、フランス、中国、ドイツだっけ? 入試を受けて入学したのってセシリアと更識さんだけ?」
「あ、僕は編入試験を受けてきたよ。鈴とラウラはわからないけど」
「試験といえば、金剛くんたちってどうやって入試受かったの? ていうか受けられたの?」

 谷本さんに話を振られ、カードを引きながら数ヵ月前のことを振り返ってみた。

「それが妙なんだよな。おれはIS学園に願書を出してないのにIS学園の入試に参加したことになってて、地図通りおれが受けようとした学校の試験会場に行ったら、なぜかそこはIS学園の試験会場で、人の流れに呑まれて会場を彷徨いてたら一夏がISを動かしてて、それに昂奮した試験官がおれにも試させたら不思議なことに動いたんだ。
 それから家に帰ったら合格通知が家に届いてた」
「なにそれこわい」

 みんながドン引きしている。語りでこれなんだから、当時のおれの衝撃たるや、地球が太陽の周りを回っているのが事実だと判明したキリスト教徒より酷いだろう。
 だって、その結果が一家離散だもん。

「なんだか、作為的な匂いがプンプンするね!」
「うん、厨二なネーミングの組織が背後で暗躍していそう!」

 のほほんさんと岸原さんが瞳を輝かせた。そんな連中の都合でおれの人生台無しにされたのか。嫌だな。

「あれ、そういえば金剛くんってどこの所属になってるの? 国際IS委員会の発表聞いてないけど」
「おれは日本だよ。一夏は未定だったかな」
「おー。頑張ったんだね、日本政府」
「海外流出させたら大問題だもんね。今は織斑くんの引き止めに躍起になってるのかな」
「流石に男性操縦者の独占は他国が許さないでしょ」
「でも織斑くん日本人なのに、場合によってはアメリカ所属になっちゃうかもしれないかもしれないんでしょ?
 それっておかしくない?」
「IS条約がうんたら……って、本音! アンタさっきから私の前でリバースするのやめなさいよ」
「気のせいだよ~」

 女の子とは思えない色気のない会話だな……まあ、この人たち、普段はおちゃらけてるけど日本随一の才女だもんな、そりゃそうか。

「あ、金剛くん。生徒会長から言われてたんだけど、生徒会に所属する気ない?」
「生徒会?」
「うん。おりむーもなんだけど、この学校の男子が一人も部活動に所属してないのはおかしいって苦情がきたらしくて」

 のほほんさんから言われて、ようやくこの学校に部活動があることに気づいた。
 そういえばIS学園と言っても学校だから部活動も生徒会もあるよな。失念してた。

「はいはい、だったらウチに来なよ! ハンドボール部! マネージャー欲しかったんだ!」
「清香、アンタは織斑くん誘いなさいよ」
「あ、僕は料理部に入ろうと思ってるんだ。榛名もどう?」
「あ~、私が最初に言い出したのにー。金剛くん、生徒会に来てよ。仕事多くて行きたくないんだよー」
「あ……いや、気持ちはありがたいんだけど、なんていうか、その……」
「?」
「……これ以上、心労が重なることはしたくないというか……」
『……』
「……」
「なんか、ごめんね」
「ううん……」

 一気に場の空気が重くなった。これはおれは悪く……いや、悪いな。

「き、気を取り直して人生ゲームでもしようか!」
「いいね、でもこんなにたくさんでできるゲームあるの?」
「最近は十六人までできるんだよ!」
「は、榛名も元気出して! 大丈夫、いいこともいっぱいあるよ!」

 シャルルに手を取られ、参加させられた。
 おれ、人生ゲームでも人生失敗するような気がするんだけど。

「あ、バーバード大だ。やったー」
「アンタどんだけ運いいのよ、本音」
「金剛くんが宇宙人に攫われた!」
「……」
「金剛くん、目が死んでるよ……」
「しっかりして! 人生これからだよ!」

 何をやっても裏目に出て、ゲームですら上手くいかないことに絶望し始めた頃、何気なくのほほんさんが切り出した。

「ねえねえデュッチー、気になってたんだけど」
「? なに?」
「もう金剛くんとキスした?」
「ブーッ!?」

 シャルルがジュースを吹き出した。咄嗟に横を向いて吹き出したため、おれのベッドにかかった。

「うわ、いきなりそんなこと聞いちゃう? 本音ったら」
「だいたーん」
「ケホ、ケホ! な、なななな……!」
「のほほんさん、男同士でするわけないでしょ」
「えー? だって学校のみんなが噂してるよ?」
「うんうん! 織斑くんとデュノアくんによる金剛くんの奪い合い!」
「デュノアくんの転入によって仲を引き裂かれた織斑くん。デュノアくんの略奪愛が勝つのか? それとも初心に帰って織斑くんの純愛が勝つのか!? って」
「何で僕が悪者にされてるの!?」
「シャルル、突っ込むのそこじゃないから」

 女の子って本当にこういう妄想好きだよな。
 女性週刊誌もくだらないゴシップだらけだし、元々噂話で盛り上がりやすい生き物なのか。

「ていうか、相川さんと岸原さんって一夏のこと好きなんじゃなかったっけ?
 もし一夏が本当にホモだったらどうするのさ」
「うーん。織斑くんって競争率高いし、それに話そうとしてもいつもあの三人が独占してるしね」
「女の子に取られるくらいなら、男に走ってもらった方がいいかなって」

 意味が……判らない。
 え? 同性に取られるくらいなら男とくっついて欲しいの?
 女の子ってそういう考えなの?

「で、実際どうなの? キスした?」
「し、してないよ! ぜ、全然そんなことないもん!」
「ないから。ちなみに一夏ともそんなことないから」
「なーんだ、つまんなーい」
「最近は金剛くんを織斑くんとデュノアくんで挟むのが流行りだったんだけどね」

 詰まるも何も、そんな関係になったらおれは自殺するぞ、たぶん。
 下らない世間話に興じているうちに人生ゲームも中盤に差し掛かり、おれも結婚することになった。
 膨大な借金があるのに。

「お幸せに~」
「お先真っ暗だけどね」
「愛があれば乗り越えられるよ」
「そんなの子どもの戯言だよ……」

 シビアなゲームだ。なぜか子沢山だし。

「結婚かぁ。そういえば金剛くんって、ネットで見たけどかなりヤバイ状況なんだっけ?」
「私も聞いた。不快ならやめるけど」
「構わないよ。ていうか大体の人は知ってるだろうし」
「守秘義務とかないの? ないなら興味本位で教えて欲しいかな」
「んー。たぶん大丈夫。けど、すごいつまらないと思うよ」
「いやいや、大統領より希少な男性の身の上話とあれば、もう興味津々ですよ」

 嫌味だよね、それ……

「うーん、どこから話せばいいのかな」
「あ、じゃあ選ばれた後は政府になんて言われたの? どんなことされたの?」
「そうだね、まずマスコミ対策のために警察が警備してくれて、その後すぐに両親が重要人物保護プログラムで別人された。
すぐ報道管制敷かれたけど、ネットとかで情報が拡散したから意味なくて、住所バレして女性権利団体とかから脅迫状が大量に届いて、ローンで買った家を売った後は日本政府の監視下に置かれたよ。そこで適正とか諸々の検査を受けて、ISの搭乗訓練とか知識を詰め込まれた」
「おぉう……」
「いきなりヘビーだね……」

 何かみんな聞いたことを後悔してるんだけど、開き直って続けてやった。

「それからIS学園で気をつけなければいけないことを刷り込まれてさ、なるべく遺伝子情報を残さないようにって言われて、言い寄る女性には気を許すなって念を押されたよ」
「あ、やっぱりそうなんだ。ハニートラップやスパイが絶対にいるって言われてたよね」
「少なくともウチのクラスには絶対いないと思うけどねー」
「……」

 シャルルが汗を掻いてるけど、おれはシャルルのこと信頼してるから問題ないよ。

「ねえ、あの、遺伝子情報って、その……」
「アレ……だよねえ」
「もしかして、ずっと我慢してるの?」

 羞恥心に頬を染めながら、谷本さん、かなりんさん、鏡さんがおずおずと訊いてきた。
 そっちも興味あるのか。

「……まあ、うん。髪の毛も気をつけろって言われたから、そっちは当然……」
「うわあ……」
「辛いね……」
「私たちくらいの男子って猿みたいって聞くのに」

 同情の視線を向けられた。なに、この羞恥プレイ。
 悶々とする原因の半分はアンタたちの所為なんだけど。

「IS学園を卒業した後はどうするの? 普通の職業にはつけないんでしょ?」
「うん。たぶん、政府の管理下に置かれて、ISのテストパイロットとかかな。
 おれも詳しくはわからないんだけど」
「男ってだけでそんなに不都合になるんだね」
「私たちだと引く手あまたなのに」

 改めて自分の置かれている状況を振り返ると、詰んでるな。
 平凡な人生とどっちが良かったんだろ。家族がいるだけ平凡の方がいいよなぁ。

「あれ? そこまで徹底して遺伝子情報を管理下に置かれるなら、結婚とかどうするの?」
「恋愛結婚とか許されないんじゃない?」
「男性IS操縦者の遺伝子なら外国と高値で取引されて外交の道具にされそうだよね」
「ああ。それならたぶん、政府の選んだ人とお見合いとかさせられると思う」

 ていうか、あの政治家たちなら絶対囲いこもうとすると思う。
 自分の子どもが高確率でIS操縦者になれるし、IS操縦者というのは社会的ステータスも高いしな。

「え……」

 おれの答えを聞いて、シャルルの顔が蒼白になった。

「うっわあ、そこまで自由ないんだ」
「玉の輿は無理かー」
「なんか、可哀想になってきた……」
「うう……金剛くん、今までホモとかゲイだとか言ってごめんなさい」
「いや、別にそこまで悲観してないから、気を遣わなくていいよ。
 文句を言わなければ一生安泰だし」

 辛気臭くなった空気をどうにかしようと努めて明るく振舞う。
 やっぱり話さない方がよかったかも。

「……」
「シャルル?」
「あれ、デュノアくん、どうしたの?」
「顔色悪いけど」

 皆がシャルルを心配し始め、俯いたシャルルを覗き込もうとすると、徐ろに立ち上がって、

「だ、ダメだよ榛名、そんなの! む、無理やり結婚させられるとか、本人の意志を尊重しない婚姻なんて誰も幸せにならないよ!」
「お、おい」
「僕は認めないから! 絶対に認めないからね!」

 ……終わった。
 みんなシャルルの発言に目を輝かせて、良い獲物を見つけたとばかりに喜悦に顔が綻んだ。
 おれは耳を塞ぎ、自分の世界に閉じこもった。
 次の日にはおれとシャルルができている噂が広まり、おれの争奪戦はシャルルが優勢という見方に傾いたらしい。
 ……癒しが欲しい。深刻に。


あとがき
シリアスは放り投げるもの。



[37185] 一夏がやった
Name: コモド◆229a533c ID:fe1b02d0
Date: 2013/04/19 23:48
「待てよシャルル。たまには一緒に着替えようぜ」

 アリーナでの特訓を終えた後の更衣室で、ISスーツのまま帰ろうとしたシャルルに唐突に上半身裸の一夏が言った。
 勘弁してくれよ、と同時に、とうとう始まったか、とも思った。

「え?」
「え、じゃねえよ。お前いつもすぐに帰るよな? シャワーも部屋で浴びてるみたいだし」

 困惑するシャルルに一夏が詰め寄った。微妙にキレている。
 温和な一夏が、一緒に着替えないだけでキレている。

「そ、それが何かいけないの?」
「当たり前だろ!? 男同士の親睦を深めるには裸の付き合いが一番じゃないか」

 なに言ってんだコイツ。
 シャルルは振り払うように腕を振るった。本気で嫌がっているようだ。

「い、イヤだよ! どうして一緒に着替えないといけないのさ!」
「日本にはな、裸の付き合いって言葉があるんだよ。ありのままの自分で隠し事をしてませんよ、っていうアピールなんだ。
 裸になって素の自分をさらけ出すことで初めて深い仲になれるんだよ」
「う……」

 そういう言葉はあるけど、別に裸になる必要はないと思う。
 さも日本の伝統文化なんですとばかりに語られたことと、後ろ暗い面のあるシャルルが言い淀んだのを見て、一夏はさらに詰め寄った。

「というか、むしろどうしてシャルルは俺と一緒に着替えたがらないんだ?」
「どうしてって……その、恥ずかしいから……」
「慣れれば大丈夫。さあ、俺と一緒に着替えようぜ」
「ひいっ!」

 迫真の顔つきで迫る一夏に、シャルルの表情が怯えで強ばった。

「お、おかしいよ一夏! 男同士でなんて! ほ、本当は一夏ってホモなんじゃないの!?」
「安心しろ。俺はホモじゃない。ただ男同士の親睦を深めたいだけだ。
 さあ、三人で一緒に着替えようぜ。慣れれば病みつきになるぞ」

 もうコイツわざと言ってるんじゃないかな。
 追い詰められたシャルルは「あわわ」とガクガク震えたかと思うと、

「うわぁぁあああ! 榛名助けて!」

 おれの背後に隠れ、一夏から距離を取った。
 君ら、困ったらおれを盾にすればいいと思ってない?

「榛名、一夏をなんとかしてよ!」
「榛名からもなんとか言ってやってくれよ」

 前からも後ろからも……どうしろって言うんだよ。
 テンパり、返答に窮したおれは、女のシャルルを優先すべきと結論づけ、庇うように腕を広げて一夏に言った。

「一夏、おれを見ろ」
「ッ!?」
「は?」
「そんなに裸が見たいならおれのを見ろ」
「榛名!?」

 シャルルの当惑の叫びが耳朶を叩く。いや、もう、おれもどうすればいいかわからないんだよ。
 一夏はきょとんとして、

「榛名とは毎日着替えてただろ。もう見飽きたよ」
「それもそうか」
「榛名、おかしいよ!? どうしちゃったの榛名ぁ!?」

 シャルルがおれの肩を揺さぶる。繰り返すけど、もうどうすればいいかわからないんだ。

「シャルルだって部屋だと普通に着替えてるだろ? なんでおれとはダメなんだ?」
「一夏、シャルルは恥ずかしがり屋なんだよ。二人きりでも堂々と着替えたりしてないから、一夏が嫌いとかいうわけじゃないって」
「う、うん! そうだよ!」

 シャルルも便乗してどうにか誤魔化そうとしたら、一夏は益々気に食わないと顔をしかめた。

「んだよ、シャルル。尚更ダメだろ。男の付き合いって言うのはな、良いもんだぞ。楽しいぞ。
 郷に入ったら郷に従えって言うし、食わず嫌いせずに一回やってみろって」
「いぃい、良いよ僕は!」
「こんなに嫌がってるんだし、強要しなくてもいいんじゃないか。シャルルは外国人だし、まだ異国に馴染めなくても仕方ないだろ」
「うーん……そこまで嫌ならしょうがないか。これで馴染んでもらえると思ったんだけどな」

 申し訳なさそうに一夏が謝罪した。
 シャルルがおれの制服の二の腕部分を握り締めて震えている辺り、かなり怖かったようだ。
 まあ、冷静に考えれば男が女の子に脱げって迫ってるんだし、怯えても不思議ではない。
 一夏は頭を掻いて、

「今日、山田先生から大浴場の使用許可が下りたからみんなで入ろうと思ったのに、そこまで裸になるのが嫌なら誘うの諦めるよ。
 二人で入ろうぜ、榛名」
「え?」

 一夏に言われて、入学当初から一夏が頼んでいた案件の許可がようやく下りたのか、と何とも言えない気分になった。
 やたらとしつこかったのはそれが原因か。
 誘われなかったシャルルは目が点になっている。

「だ、大浴場に、男同士で?」
「当たり前だろ」
「は、裸で入るの? 水着じゃなくて」
「当たり前だろ。風呂に入るんだから、洗うとき邪魔になるし」
「……」

 シャルルが黙り込む。また妙なこと考えてるな。この子耳年増だからなぁ。

「榛名はもちろん来るよな? 約束したもんな」
「うん、行くよ」
「はは、そういや榛名と二人きりになるのって久しぶりだな。
 シャルルが来てからは初めてじゃないか?」
「そうだねー」

 ゆっくり風呂に浸かるなら、疲れもとれるかも。
 大浴場……銭湯みたいなものか。もう長い間行ってないから楽しみだ。
 IS学園に来てからはシャワーばかりだったし、一夏も足を伸ばして湯船に浸かれるのを心待ちにしていたみたいだし。

「……」
「……」

 何か、また背後から不吉な視線を感じるんだけど、振り向きたくないな。

「一夏……」
「一夏さん……」
「あれ? 鈴、セシリア。何でいるんだよ」

 魂の抜けたような声に仕方なしに振り向くと、ゆらりと幽鬼の如く近寄ってきたのは、鈴音さんとセシリアさんだった。
 悍ましいことに、目に光がない。薄く笑っているのも恐ろしさを増長させている。
 花も恥じらう乙女なのに上半身裸の一夏に反応すらしてない。二人は小さく、低い、囁くような声音で。

「お風呂、入るのね。金剛くんと一緒に」
「裸で、一緒に湯船に浸かったり、背中を流し合ったりするんですのね」
「ああ、当然だろ。大浴場なんだし」

 一夏が顔色変えずに言い切ると、背後でISの装着音がした。

「よし殺す!」
「何でそうなる!?」

 あ、これヤバイやつだ。おれは一夏と違い、本気で命を狙われたら何だかんだで助かる気がしない。
 紫雲を展開して逃げよう。待機状態では紫紺の宝石がついただけの質素な指輪の紫雲を展開しようとした、その時だった。

「あ、いたいた! 織斑くーん! 私とペア組んでー!」
「ダメよ、私とー!」
「きゃっ、織斑くん裸じゃない!」
「触っていい? 触っていい?」

 女子が雪崩込んできて、更衣室の一角がごった返した。
 いま男子が着替えしてるんだけどな……

「どわ!? な、なんだ?」
「はっ――そ、そうでした。すっかり忘れてましたわ!
 お待ちなさい、一夏さんと組むのは私でしてよ!」
「なに言ってんのよ! 一夏と組むのはあ・た・し! そうでしょ一夏!」
「は? うわ、ちょ、ちょっと待てぇ!」

 女子に揉みくちゃにされ、あっぷあっぷな一夏。
 ああいうの見てるから、モテたくないって思っちゃうんだよ。
 まずウチの女の子ってさ、怖すぎじゃない? 物理的に強いよね。

「帰ろっか」
「うん」

 取り残され、言い様のない疎外感に襲われたおれとシャルルが、この隙に立ち去ろうとした。が、

「お、俺は榛名と組むからやめてくれ! な、榛名。そうだよな!?」

 一夏がまるで溺れている最中のように必死な声音で叫ぶ。
 それで全員の目がおれに向けられたものだから、足を止めて答えた。

「いや、おれはシャルルと組むぞ」
「残念だったね、一夏」
「へ……?」

 先ほどの意趣返しとばかりにシャルルがほくそ笑むと、一夏の表情が絶望に染まった。
 悲痛な語調で一夏が再度叫ぶ。

「な、なんだよそれ! ずるいぞシャルル!」
「ずるくないよ、早い者勝ちだもん。ね?」

 勝ち誇るシャルルと、対照的に負け犬そのものの一夏。
 シャルルがおれに同意を求めてきたが、セシリアさんと鈴音さんが凄惨な目つきでおれを睥睨していたため、おれは目を逸らした。

「クソ! 何でだよ……! 俺だって榛名がよかったのに!」

 本気で悔しがっている一夏。黄色い声をあげる女生徒たち。
 一夏……気持ちは嬉しいけど、気づいているか?
 お前、上半身裸なんだぞ? 上半身裸で、群がる女子高生たちより男がいいって言ってるんだぞ?
 セシリアさんと鈴音さんの目を見てみろよ。虹彩がドス黒く染まってるぞ。
 自分の状況に気づいていないのか、一夏は手を合わせ、頭を下げてまで頼み込んできた。

「後生だ! 代わってくれシャルル!」
「ベー。一夏は女の子と組なよ。みんな一夏と組みたがってるんだから」
「そ、そんなぁ……」
「行こ、榛名」

 シャルルに手を引かれ、今度こそ更衣室を後にする。
 去り際に怒号と嬌声が聞こえた気がしたが、決して振り向かなかった。
 一夏の場合、誰か特定の女性を選んだら色々と終わるような気がするんだけど、こればかりは、おれにもどうすることもできない。
 女難って命に関わるんだなあ。強く生きてくれ一夏。たぶん八割がた自業自得だ。

●

「ふー、いいお湯だ。生き返るな」
「そうだなー」

 床一面、浴槽に至るまで隈なく大理石で誂えられた大浴場。
目に優しい緑の点景を湯船に浸かりながら一望できる、眼の癒しまで考慮した造り。
日替わりの湯は乳白色で、濃厚なホットミルクの中にいるかのよう。
 異性に囲まれ、知らず知らずのうちに肩肘を張った生活を強要されていたおれと一夏は、広大な湯船で羽根を伸ばしていた。
 脱力し、お湯の暖かさに身を任せていると、全身から鬱積したものが軒並み放出されてゆくような、ゆったりとした心地よい憩いの場に揺蕩する。
 あー……いいなぁ、これ。ホントいいや、これ。

「今日は酷い目にあったな……誘ってくれたっていいだろ榛名」

 あまり気持ちよくてうとうとしていると、一夏が恨みがましく睨んできた。
 おれは瞑目しながら言った。

「おれが学年別トーナメントの話を聞いた時には、もうシャルルが組もうって頼んできたからな。
 一夏とは組みたくても組めなかったんだよ」
「抜けがけされたのか……あーもう、どうすりゃいいんだ……」

 一夏が悲観に暮れているが、もう申請しちゃってるからなあ。
 一夏には悪いけど、頑張って一人を選んでもらうしかない。それでどうなるか知らないけど。

「なあ、そういえば最近、織斑先生が妙に機嫌いいけれど、一夏何でか知ってる?」
「ん? 千冬姉か? どうだろ。引っ越してから毎日マッサージと晩酌されてるけど」

 それか。厳格そうに見えるけど、あの人もやっぱりブラコンなんだ。
 血は争えないな。

「榛名はどうなんだ? シャルルとの相部屋は」
「んー……楽しいと言えば楽しいよ。一夏といた時よりは気苦労も増えたかもしれないけどさ」

 何せ女の子だし。視覚的には問題ないけど、着替えの時の衣擦れの音とか、シャワーの水音、夜の静寂の安らかな寝息、湯上りの芳しい女の子の薫りが、忘れてる頃に異性だってことを殊更に強調させるものだから、おれの気が休まる時がない。
 一夏は大っぴらにしてるから初めこそ面を食らったけれど、それ以降は気兼ねない日常を送れてたから、ルームメイトとしては助かっていた。
 肉体的にも心情的にも。
 引っ越して初めてそのことに気づいた。

「一夏は? 久しぶりに姉弟水入らずはどう?」
「はは、普段と変わらねえよ。家だと少しだらしなくなる程度で、あとはいつもの千冬姉だ。
 あ、これは内緒だぞ? 俺が言ったって言うなよ?」
「言わない言わない」

 取り留めのない会話が浴室に木霊して、顔を付き合わせてると、どちらともなく笑いあった。
 何だか久しぶりに一夏と話をした気がした。
 そのまま閉場時間ギリギリまで湯に浸かっていたおれたちは、おれが湯当たりして一夏に肩を貸してもらい、大浴場を出たところで盗み聞きをしていたクラスメートと遭遇し、あらぬ誤解を受けたことをおれが弁解しようとするも一夏が天然発言で更なる誤解を拡散して、部屋に帰るとシャルロットにアレコレ詰問されるという、奇天烈な結果に終わった。
 でも、癒された……かな?


あとがき
DeNAが勝ったので投稿しました。
疲れていた主人公もこれで癒されたでしょう。



[37185] 一夏とやった
Name: コモド◆53cfaf75 ID:fe1b02d0
Date: 2013/04/29 23:08
「金剛、客が来ているぞ。至急、応接室へ迎え」

 トーナメント当日の朝。全生徒が大会の準備に勤しむ中、雑務中に織斑先生に呼び出されたかと思うと、慮外の連絡を受けた。

「客? 誰ですか?」
「行けばわかる。私はお前を呼べと言われただけだ。それ以上は知らん」
「はあ」

 的を射ない言葉に首を傾げつつも応接室に向かうと、黒革の豪奢なソファに腰を深く沈める、久しぶりに見た人物がいた。

「おぉ、榛名くん。久しぶりだね。元気そうでなによりだ」

 おれが政府に保護された時にいた政治家だ。ネクタイが窮屈そうな首元と絵に書いたような中年太り。
 強欲な内面が面貌に浮き出ている、与党幹事長のオッサンだった。
 ぶっちゃけ会いたくなかった。この人、おれを使って影で色々してそうなんだよな。
 酒に酔ったような赤ら顔を綻ばせて、「ささ、座りたまえ」と対面のソファに座るよう促す。
 部屋の奥の黒檀の机に座る女性は誰だろうか。憶えがない。

「突然呼び出してすまないね。君が元気にしているか気になってな。どうだね、IS学園は?
 女の子ばかりの中に男子二人だけでは参るだろう」
「いえ、特には。皆が気を遣ってくれるので支障なく過ごせています」
「そうかそうか。野暮な話だが、IS操縦者とはいえまだ君は学生なんだ。
 顔も悪くない。世界的に有名な君はモテモテじゃないか?」
「いや、そんなことないですよ。さっぱりです」

 もう一人が独占してるからな。
 幹事長は誤魔化すように大笑した。

「ははははは、これは失敬。見目麗しい女生徒ばかりだからね、ここIS学園は。男なら目移りするのは仕方ないと思っていたんだが」
「はあ……」

 下世話な世間話。オッサンと高校生ですることかな。
 親の実家に帰省した時に、酒に酔った親戚のおじさんに絡まれたような感覚になる。
 というか、何でこの人ここにいるんだろう。
 大方トーナメントの来賓だろうけど、生徒に直接面会とかできるのか?
 ……まあ、規則も半ば有名無実と化しているから、学園側の許可を貰えば可能なのか。

「あぁ、そういえば君のルームメイトはフランスの代表候補生と聞いたが」
「はい。仲良くさせてもらっています。トーナメントでもペアで出る予定ですし」
「うむ、他国の候補生と交流を深めるのはいいことだ。それで切磋琢磨し、技術を磨くことが此処の存在意義だからね。
 思えば君は初の男性適合者であるにも関わらず、他国の候補生に引けを取らないほど適正が高かったからねえ。私たちも当時は腰が抜けるかと思ったほどだよ」
「はあ……」

 適当に相槌を打つ。なんだ、本当に世間話始めやがったぞ。

「幹事長、そろそろ……」
「む、わかった。榛名くん。トーナメント、期待しているよ。ではまた」
「はい」

 秘書らしき人物に促され、幹事長が退室する。
 ……マジで世間話をしに来ただけなのか?

「……」
「……えと、失礼しました」

 ずっと黙っていた女性に頭を下げて、おれも応接室をあとにした。
 いったいなんだったんだ?

●

「榛名、どこ行ってたの?」
「んー……野暮用?」
「何で疑問形なの?」

 更衣室で組み合わせの発表を待っていると、シャルルに問い質された。
 与党の幹事長が挨拶に来たとか言えるわけないので適当に答えたが、シャルルは胡乱げだ。
 とはいえ、他言できる訳が無いので知らんぷりを決め込む。シャルルがじーっと見つめてきたが黙殺した。
 不可視の圧力で居心地が悪い。耐えられなくなったおれは一夏に話を振った。

「結局、一夏は誰と組むことにしたんだ?」
「え? なんだって?」
「だから誰と組んだんだよ」
「あ、あぁ……ふ、ふふ、それはなぁ……み、見てからのお楽しみだ」

 何をカッコつけているのか判らないが、気障なポーズを取ってはぐらかす一夏。
 結局、一夏が誰かとペアを組んだという話はなく、一夏に迫る女生徒も開催日が近づくにつれ音沙汰がなくなっていった。
 終いにはあの鈴音さんとセシリアさんでさえ直接ペアを組むことを諦め、専用機持ちのおれとシャルルの優勝を阻むべくタッグを組む有様。
 篠ノ之さんと組むのかと思ったが、篠ノ之さんは同室の鷹月さんと組み、ついに一夏が誰と組んだか明かされることはなかった。
 ペアが決まらなかった人はランダム抽選になるのだが、まさかあれだけの立候補がいるのに誰も選ばなかったなんてことはあるまい。
 ないと思うのだが……一夏だからなぁ。

「……うわ」

 モニターに映る来賓席を見ると、さっきの政治家や政府で見たお偉いさんが何人か談笑していた。
 海外組もそうそうたる顔ぶれで、IS学園が如何に国際的に重要視されている機関かまざまざと実感させられる。
 おれ、人前に出るの中学の全中以来なんだけど。
 そんな小市民が、今やテレビの中でしか見られなかった国の重鎮に目玉のひとつとして刮目されているのだから、人生わからないものだ。
 いや、人生は詰んだっけ。

「緊張してる?」

 シャルルがおれの顔を覗き込んだ。一夏といいこの子といい、なぜ落ち着いていられるんだろう。

「緊張しいなのか、榛名」
「こういう大舞台は初めてなんだよ」
「あ、僕もだよ。お揃いだね」
「俺もだぞ。はは、榛名にも弱点があるんだな」

 むしろ弱点しかないんだけどな。長所ってなに、って感じだし。
 そうこうしているうちに抽選が始まった。同時に組み合わせも決まる。
 最初に映し出されたのはAブロック。そこにおれとシャルルの名前があった。
 うわ、初戦か。相手は――

「げっ!」
「……おれ、目が悪くなったのかな? ありえない文字が見えたんだけど」
「僕も」

 眼を擦り、見間違えなのではないかと期待をこめながら目を凝らした。

【ラウラ・ボーデヴィッヒ 織斑一夏】

「……」
「……」
「……」

 静寂に更衣室が包まれる。痛々しい静謐。
 いったいなにがどうなっているの?

「おい、一夏。お前まさか……」
「何てことだ……何てことだ……!」
「ひょっとして……誰とも組まなかったの……?」

 頭を抱える一夏。コイツ……本当に誰も選ばないで本選に望みやがったのか。
 しかも抽選で選ばれた相手が、よりにも寄ってラウラさんって。
 お前ら思わしげな因縁があっただろ。味方になってどうするんだよ。

「うわああああ! 何でアイツとなんだよぉぉ!」
「敵同士だな、一夏」
「あっち行こっか。作戦練り直さなくちゃいけなくなったし。一夏も挨拶してきなよ」
「薄情だぞお前ら!?」

 どう考えても一人を選ばなかった一夏が悪いよ。
 一夏が悪い。シャルルが辛辣なのは先日、脱げよと迫られたからか。
……にしても、専用機持ち全員がペアになるなんて、作為的なものを感じずにいられない。
 鈴音さんとセシリアさんは逆ブロックだから決勝まで当たらないのが救いか。
 下馬評では圧倒的優勝候補だし、シャルルは勝てると豪語したけど、おれには自信ない。
 それより今はラウラさんと一夏の対策をしなければならないから、頭を切り替えるか。
 ……でも、何でだろう。
 まったくの素人から凄まじい成長を見せる一夏。第三世代最先端の技術を搭載したハイスペックIS『黒い雨』を乗りこなすラウラさん。
 単体で見れば難攻不落な敵で、ラウラさんに至っては攻略が不可能に近い性能を誇る両者なのに、アイツらがペアで対戦相手だとどうなるか、容易く想像できてしまうんだが。

●

 結果的に、どうにかなってしまった。

「邪魔をするなッ! 織斑一夏ァ!」
「邪魔してるのはそっちだろ!」

 案の定、味方なのに対立しあい、息がバラバラ。二人同時におれに向かって突進してきたり、簡単な誘導に引っかかって機体が衝突し合ったりと、実力がまったく活かせていない。
 おれとシャルルはつかず離れずの距離を取り、対角から銃撃で徐々にシールドを削るだけ。
 近距離一辺倒の一夏は近寄らせない限り問題ないし、ラウラさんのワイヤーブレード、レールカノン等の中距離武器も使う暇を与えなければ脅威ではない。
 おれの武器は、自前は基本装備の手首に付いた鉤爪状の近接戦闘武器『剥爪』と、同箇所に設置され、意思一つで引き金を引ける、IS相手には牽制にしかならない威力のガトリングガン『壊鎧』、そしてシャルルから借りているアサルトライフル。
 他の専用機とは比べるまでもない見窄らしい仕様(各関節に動作補助のブーストという特色はあるが)なのに、戦術次第でこうも差が出るとは。

「クソ! こうなったら――!」

 おれと一夏は、シャルルが転入してくるまで、ずっと付きっきりで特訓してきた。
 だから、一夏の気質と癖は完全に把握している。
 おれは一夏が溜めを作ったのを見て、『瞬時加速』で真上へ飛び上がった。

「当たって砕けろだッ!」

 一歩遅れて、一夏が雪片弐型を構築し、『零落白夜』を発動。『瞬時加速』をも併用しておれを追う。
 一夏は落ち詰められると、途端に状況を打開しようと直情的、短慮になる。
 白式の『零落白夜』と『瞬時加速』の威力は確かに驚異的だが、先読みして距離を取っていたおれには届かない。
 追ってくる一夏を『壊鎧』で牽制しつつ、肉薄してきたのを見計らって各補助ブーストを作動。MAXスピードから急反転し、今度は地面に向けて垂直降下する。

「なに!?」

 驚く一夏と擦れ違う。
 この無茶苦茶な制動で発生する負荷も、宇宙空間での作業を想定して造られたISは人体に無害なレベルにまで軽減してくれる。
 元々、鳥がモデルなだけあり空中性能に特化し、機体性能も高いんだから装備もまともなら一夏にもタイマンで勝てると思うのに。
 だが、今回は『零落白夜』を発動させた時点でおれの勝ちだ。

「待て!」

 追撃を仕掛け、追ってくる一夏の速度に合わせて減速し、機体制御の役割を果たす機械翼を広げた。
 これは目隠しだ。地上の様子を一夏に見せないようにするための。
 地上では、黒い雨のAICによってシャルルが制圧され、今まさに攻撃されようとしていた。
が、AICの制御には多大な集中力を必要とする。眼前のシャルルに意識を集中させているラウラさんは、上空から迫るおれに気づいていない。
死角である頭上からライフルを一発命中させ、注意を逸らす。

「――ッ! 貴様……!」

 AICが解除され、シャルルが離脱する。標的をおれに変更したラウラさんは、ワイヤーブレードを放つが、事前に減速していたおれは方向転換して躱した。

「は!? うわっ!」
「何をしている、馬鹿者がッ!」

 するとどうなるか。ワイヤーブレードは背後にいた一夏を絡め取り、重力で加速した勢いを殺せず、一夏とラウラさんは正面衝突した。

「ぐあっ!」
「ぐっ……!」

 呻く二人。だが、ワイヤーが絡まり、おまけに『零落白夜』と『瞬時加速』の併用でエネルギー残量も僅かな一夏。
 ラウラさんは、余力はあっても対策済の二人相手には勝目が薄い。
 もはや勝敗は明らかだった。

『そこまで! 金剛榛名、シャルル・デュノア組の勝利!』

 シールド切れを待つまでもなしと判断したのか、アナウンスで勝者が告げられた。
 会場から大歓声が湧き上がる。……妙な気分だ。興行スポーツで活躍する選手もこんな気持ちを味わっているのか。
 しかし、あっさり勝ってしまった。ここまで作戦通りだと気味が悪いな。

「ま、負けた……? この私が……?」
「あ痛て……くっそ〜、負けたかー……」

 呆然とするラウラさんと、悔しがる一夏。
 普通に協力し合っていれば結果は違っていただろうに、なにしてんだか。

「やったね榛名!」
「うん」

 駆け寄ってくるシャルルに笑いかける。今回はシャルルが土壇場で立案した作戦の通りに事が運んだので、彼女が殊勲を貰うべきだろう。

「やられたよ。強いな二人とも」
「一夏、戦争って戦う前には勝負が決まってるらしいぞ」
「? なんだそれ」

 シャルルが言ってた。実際その通りだった。一夏はペアを組む相手を決めるか、協力すれば良かったんだよ。
 絶対協力しないってわかってたから、こんな展開になったんだし。

「う~ん……悔しいけど、素直に負けを認めるよ。おれたちの分も頑張ってくれよな」
「ああ、任せとけ」

 でないと、お前が悲惨な目に合うからな。
 一夏は安堵したように微笑むと、未だ呆然としているラウラさんに目を遣った。

「帰ろうぜ、ラウラ。足を引っ張っちまって申し訳ないけど、負けは負けだ。後が控えているから、もう行かないと」
「わ、私は負けていない……嘘だ……こんな……」
「ラウラ……」
「くっ」

 睨まれた。え、おれ?
 ラウラさんはおれを睥睨すると、這々の体でアリーナを去っていった。

「……悪いことしたかな」
「元々、一夏が誰かと組んでいればこんなことにはならなかったよね」
「うぐっ」

 図星を突かれて、一夏が閉口する。
 このトーナメント一週間もあるんだけど、何か不安しか募らないや。

●

 初日を終えて、一年生の一回戦が消化された。
 Eブロックの篠ノ之さんと鷹月さんのコンビは見事一回戦突破、一夏と付き合うと張り切っているが、準決勝で鈴音さんとセシリアさんのペアが立ちはだかる。
 その二人はシードで出番はなし。今回のトーナメントには、第三世代機のテストパイロットとして入学している彼女らの機体と仕上がりを一目見ようと集まっている人も多かった筈なので、残念がる来賓も多かったようだ。
 一番の注目カードの男性操縦者を含む専用機持ち対決は、一夏・ラウラペアの空中分解で力を見せることなく終わったし、無駄足を運んだことになる。
 まあ、一週間もあるし、滞在してるだろうから関係ないのか。また明日もあの人たちが来るのかと思うと沈鬱になる。
 まあ、明日は二年生の一回戦だからおれは出ないのだが。

「はい、榛名」
「ん」

 質素なカップから漂うコーヒーの芳醇な薫りが鼻腔をくすぐった。
 夕食を取ったあと、おれとシャルロットは早めに部屋に戻り、休むことにした。
 備え付けの緑茶ばかりでは味気ないとコーヒーやら紅茶やらを買ってきたのだが、

「……おれ、コーヒーが良いって言ったっけ?」
「ううん。でも、何となく今日はコーヒーが欲しそうだったから」
「……正解」
「アハ、やった。当たっちゃった」

 当たったのはおれの心だけでなく、作戦もなのだが、口にするのも野暮なのでやめておこう。
 コーヒーが主流なフランスだけあって、シャルルが淹れたコーヒーは美味かった。
 勝手なイメージで、紅茶ばかり飲んでいるイメージがあったんだが。

「今日は運が良かったね。強敵のボーデヴィッヒさんと一夏に勝てたのは大収穫だよ。あと気を付けるのは、鈴とセシリアのペアだけだね」
「シャルロットのおかげだよ。咄嗟に考えた作戦が見事に嵌ったから。あそこまで徹頭徹尾思い通りに事が運ぶと、ちょっと怖いくらいだ」
「買い被り過ぎだよ。榛名が一夏の性質を把握してくれたから出来た作戦だもん。
 それに、あんな無茶な機動をやってのける榛名の方が凄いよ」

 シャルルは謙遜するが、おれの機体性能と実力を見立てた上で立案したとしか思えないので、少し……いや、かなり戦慄するレベルの明晰さだと思う。

「いや、やっぱりシャルロットが凄いよ。おれだけじゃ絶対に勝てなかった。
 シャルロットがペアで良かったって、心から思ってるよ」
「そ、そう? なんか、照れるな……」

 カップに口をつけて、はにかむシャルロット。
 部屋着は色気のないジャージだが、長めの袖で隠れた手と赤らんだ頬が愛らしかった。

「あとでお礼しなきゃな」
「え? いいよ、別に、そんなの欲しくて頑張ったわけじゃないし」
「今まで模擬戦で一回も勝てなかった一夏に勝たせてくれたから。男に華を持たせてくれたんだもん、お返しに何かしなきゃカッコつかないよ。
 何かして欲しいことある?」
「えぇ!? うー……突然言われても……」
「何でもいいよ」

 あたふたするシャルロットに、つい調子に乗ってしまう。
 やっぱり女の子の前では見栄を張りたがるんだよな。おれも男ってことか。

「何でも……何でもかぁ……じゃあ」
「うん」

 お金ならたんまりあるし、使うのが怖かったから手をつけていなかったけど、これを機に下ろすのもいいだろう。
 どうせ使う機会もないしな。
 シャルロットはおずおずと、

「ひ、膝枕して欲しいな……」
「膝枕? おれが?」
「うん」

 恥ずかしそうに首肯する。意外なお願いに面を食らった。
 女の子の膝枕ならともかく、野郎の膝で喜ぶ奴なんているのか。

「……まあ、おれでいいなら」
「やった!」

 不思議に思いながら了承すると、シャルロットは童心に帰ったように無邪気な顔で笑った。

「はい、どうぞ」
「う、うん……おじゃまします」

 ベッドに腰掛け、膝を閉じてシャルロットを促すと、どこか緊張した固い面持ちで頭を乗せてきた。
 そんなに緊張しなくていいのに。

「……どう?」
「うん……いいよ……すごくいい」

 男の膝なんて高いし硬いしで、決して心地よくなんてない筈なのに、シャルロットは感極まったような夢見心地だった。
 何と言えばいいか、面映ゆい。

「榛名、やっぱりホモ扱いされるのイヤだよね?」
「そりゃあ……」

 おれを見上げながら訊いてくる。そもそもホモって同性愛者の侮称だし、勘違いされて気分が良い人なんていないだろう。

「そっか、そうだよね。うん、わかった」
「? なにが?」
「教えない」

 意地悪く笑ったので、仕返しに手持ち無沙汰になった右手で頭を撫でてやった。

「ひゃっ」
「嫌だった?」
「イヤっていうか、ビックリしたよ、もう。あの、まだシャワー浴びてないから、汚いし、触らない方が」
「大丈夫大丈夫」
「あ……もう」

 そのまま柔らかい髪を整えるように撫で続けると、シャルロットは拗ねたように息を漏らして、されるがままになった。
 膝にあたる吐息の熱がこそばゆい。しばらくすると、疲れが出たのか、シャルロットがウトウトし始める。

「ん……何だか、榛名といると安心する……」
「そう?」
「うん……お母さんみたい……」
「……」

 何とも言えない複雑な気持ちになり、返事ができなかった。
 ただ、眠りそうなシャルロットの邪魔はしたくないので、彼女が眠るまで撫でた。

「お母さん、か」

 安らかに寝息をたてるシャルロットの寝顔を眺めながら、感傷的になってしまう。
 ――結局、この子は一度も怪しい行動は取らなかった。
 信頼しているとは言ったものの、気を許せばつけ込まれると気を緩めることはしなかった。
 だがシャルロットの行為には疑念を持つ隙もなく、それどころかおれの心配までしてくれた。挙句、IS操縦の薫陶や勉強の面倒まで見てくれている。
 シャルロットは周囲を騙している自分に負い目があるようだが、おれにも彼女に負い目があった。
 なんでもすると言ったのは、見栄以上に疑ったことの償いをしたかったから。
 お願いの予想は外れたが……これでよかったのか。いや、ダメだよな。
 ……ところで、おれ、いつまで膝枕してればいいのかな。初めてやったから、そろそろ足が痺れてきたんだけど。肩まで乗っけてきて、さらに重くなったんだけど。





「……ん? あ、あれ! 寝ちゃった?」

 深夜を過ぎて、ようやくシャルロットが飛び起きた。
 ずっとあった重みがなくなって、久方ぶりに解放された気分になる。
 長かった……凄い長かった。

「ゴメン、榛名。僕、うっかり……眠れなかったよね? 榛名も疲れてるのに」
「いいよ。可愛い寝顔がタダで見られたから役得だった」
「――ば、バカ!」

 途中から顔を見る余裕もなかったんだけど、意地でかっこつける。
 そう、男って生き物は気合と意地で何とかなるものなのだ。

「ちょ、ちょっとトイレに――」

 そう言って立とうとしたら、足の感覚が全くなくて顔面からすっ転んだ。

「は、榛名! 大丈夫!? どうしたの!?」
「痺れた……足が、痺れた……」
「僕のせいだよね? ゴメン、ゴメンね榛名!」

 血流が回らなくて足が無くなったみたいだよ。
 そういえば、腕枕して朝起きたら腕が青くなってたとか良く聞くもんね。
 どんなに小顔の美少女でも、頭って重いんだよ。体を深く埋められたらますます重くなるよね。
 人体枕って怖い。

●

「私と戦え」

 決勝戦前日になって、ラウラさんに呼び出された。
 おれたちは見事に快勝を重ね、遂に決勝で鈴音さんとセシリアさんとの対決を迎えることとなった。
 その途中で、篠ノ之さんと鷹月さんのペアがその二人に敗れ、篠ノ之さんが悔しさのあまり引きこもったり(鷹月さんが慰めたらしい)、準々決勝で四組の日本代表候補生と当たっておれが睨まれたりしたが、波乱もあったトーナメントも明日で終わりだと快哉を叫んだ矢先だった。

「無理です」
「なぜだ!」

 率直に断ると、歯を剥き出しにしたラウラさんの片目に射抜かれる。
 いや、無理だから。

「明日は決勝が控えてるから、ラウラさんと模擬戦なんかしてISに欠損でも出たら大変だもの。それに、学園内での許可されていないISの展開は禁止されてるし」
「くっ……」

 正論を返すと、ラウラさんが歯噛みした。遮二無二襲ってくるかと思ったが、意外と律儀で規則にうるさいのかもしれない。
 ていうか、決勝は主要先進国の専用機持ち同士の対決とあって、注目度も桁違いで、ある意味で国家の威信と技術力、パイロットの研鑽具合を示す代理戦争みたいになっているので、もしおれがドイツの候補生と私闘を行った所為で出られなくなったとかなったらヤバイのだ。
 まず間違いなく日本とドイツの関係が悪化する。IS学園が外圧の及ばない場所だとしても、こうして公の場で生徒が出る以上、おれが出ないとあれば問題視されて直に詳細も明らかになるだろう。
 高校生同士の些細な喧嘩で大事になったら目も当てられないし。
 だが、ラウラさんは諦められないようだ。

「納得いかん! 私は負けていなかった。奴が足を引っ張らなければ……それに、まだ私は戦えたのに!」
「無理じゃないかな。一夏に装備が絡まってしばらく身動きとれなかったでしょ」
「黙れ!」

 感情的になるラウラさん。子どもみたいだ。

「おれからも言わせてもらうけど、ラウラさんはそんなに勝ちたいのに、どうして一夏と協力しなかったのさ。
 少しでも協力しあえば結果は違ったと思うのに」
「なぜ私が奴と手を組まなければならない。想像しただけで反吐が出る」
「ラウラさん……要らぬお世話かもしれないけどさ、もう少し肩の力を抜いた方がいいよ。
 クラスでも浮いてるし、自分から溶け込もうとしなきゃ」
「ISをファッションか何かと勘違いしているお気楽な連中と私が? 必要性が感じられないな」
「そういう友達が必要だって思わないところが、見てて心配になるんだよ」
「……心配?」

 説教臭くなるのも勘弁なので、踵を返した。

「あ、待て!」
「ラウラさん、何で一夏を敵視してるのかおれには検討もつかないけど、一度偏見を持たずに話してみてくれないかな?
 きっとラウラさんが思ってるような奴じゃないと思うからさ」
「……」

 返事を待たずに立ち去る。
 疲れた。連日の戦闘で無理が祟っているのかもしれない。
 明日に備えて早めに寝よう。
 ……何か、嫌な予感がするけど、関係ないよな?

●

「フフ……フフフフフ! 来ましたわ! ついにこの日が! 今か今かと待ちわびましたわよ!
 あなたをこの手で倒せる日を!」
「一夏ー! 首を洗って待ってなさいよー! 今にあたしたちがコイツを倒して優勝の栄冠を手にするのを!」

 鈴音さんに指を指される。ちょっと日本語がおかしいが……いや、合ってるのか。やはりおれが最大の障害と認識されているらしい。
 セシリアさんは優雅に髪をかきあげ、一日千秋、悲願の時は来たり、と士気に満ち満ちている。
 トーナメント最終日。全学年の決勝戦が行われる、祭りのフィナーレ。
 世界的な注目度も最高潮だ。一学年は最初に行われるのだが、政治的な意味合いでは最重要な試合である。
 今年の一年生はおれと一夏の世界初の男性操縦者に加え、イギリス、中国、ドイツの第三世代のテストパイロットが所属している。
 IS学園は生徒にとってはISの操縦技術を磨く場であり、国にとっては自国のIS技術とパイロットの優秀さを見せつける場でもあるから、このような生徒対抗試合は、それらを披露する絶好の機会なのだ。
 映像は世界中に放送され、普通はその対戦の結果からISの改善点を見つけたり、優秀な人材をスカウトするのだが……今回は少し旗色が違う。

 前述したが、これは代理戦争なのだ。
 ペアはおれとシャルル、鈴音さんとセシリアさん……政治的な問題に口出ししたくないが、日本と中国、イギリスとフランスは、国家間の仲が悪い。
 おれたちには関係ない昔の話だが、軋轢は風化しにくいので、どうもおれたちの知らない所で勝手に盛り上がっているらしい。
 おまけにおれ以外は専用機持ちの代表候補生。かかる期待も半端じゃない。
もうヤダ、逃げたい。

「は、榛名? 大丈夫? 体がすごい震えてるよ?」
「あ、ああ……これは武者震いだから」
「そうなんだ。やっぱり男の子なんだね」

 クスクスと笑う。ごめんなさい嘘です、ビビってます。
 尋常じゃなくビビってます。だって、大統領とかいるんだよ?
 「Yes,we can」とか言ってる人だってくらいしか知らない、テレビの中でしか見たことない雲上人なのに、何で今はおれのこと見てるの?
 出世が早すぎじゃない?

「さぁーて、アップ完了! 今この場で世界中に、あたしの実力が金剛くんより優れてるってのを証明して見せなきゃね!」
「榛名さん、あなたのことは友人として好ましく思っていますが、それとこれとは話は別ですわ。
 あなたを倒して、私は名実ともに一夏さんに相応しい人になります!」

 案の定おれ狙いだし。まあ、普通は弱い方から攻めるよね、常套だよね。
 でも、それもイヤだ。……仕方ない。これだけは使いたくなかったが……

「鈴音さん、セシリアさん。聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「なによ? 命乞いなら聞かないわよ。ギブアップなら聞いてあげるけどね」

 不敵な笑みを浮かべる二人に、悪魔の言葉を囁いてやった。

「二人が勝ったら、どっちが一夏と付き合うの?」
「――」

 ピタリと、二人の表情が固まった。やっぱり決めてなかったのか。

「せ、セシリア~? 今までの戦いで倒した数って、あたしの方が多かったわよね?」
「オホホ……鈴さん、それは私がサポートに徹していたからではないですか? 戦闘での貢献度では私の方が上ですわよ」
「いやー、でもさぁ。ほら、あたしと一夏って幼馴染だし、お似合いだと思わない?」
「何を言ってるのですか、鈴さん。一夏さんと並んで一番絵になるのは、生まれも育ちも高貴なこの私、セシリア・オルコットですわ!」
「でもでもー。あたしの方が一夏のこと何でも知ってるし、話も合うのよ? け、結婚の約束までしてるし~」
「重要な過去ではなく、これからですわ。過去の栄華ばかりを誇るなんて、鈴さんは一夏さんに好かれている自信がないのですか?」
「アハハ……」
「ウフフ……」

 これから対戦が始まるってのに睨み合う二人。呆気なく仲間割れしてくれた。

「何だか、あっさり勝てちゃいそうだね」
「うん」

 ちょろすぎて半笑いになってしまう。
 最大の強敵なのに一回戦みたいに楽に勝てそうだ。
 そう思うと緊張が解けてくる。リラックスした状態で試合に望めそうだと思っていたら――

『きゃあああああ!』

 会場が騒々しくなり、悲鳴まで聞こえてきた。
 見上げると、会場にいるラウラさんの『黒い雨』がラウラさんをも取り込んで変態してゆく、異様な光景が広がっていた。

「なに、あれ」
「さ、さあ……」

 呆然としていると、シャッターが下り、避難誘導の指示が飛び交う。
 マジなのか、訓練じゃないのか。
 アリーナにいるおれたちはどうしていいか分からず、ISを展開したまま立ち竦むしかなかったが、黒い人型の巨人になった『黒い雨』がバリアを破って突っ込んできた。
 おれに向かって。

「って、おれぇ!?」
「榛名!」「榛名さん!」「金剛くん!」

 行動が早すぎたことと、気を抜いていたので、剣の横薙をモロに食らい、一瞬でISのシールドが消失した。
 勢いを殺せず、フェンスにぶつかり、衝撃に意識が途切れる。

「榛名に何しやがるテメェ!」

 暗転する意識の中で、一夏の声を聞いた気がした。

●

 目が覚めると、白い天井があった。

「……」
「あ、榛名……目が醒めたんだね。良かった……」
「……シャルロット?」
「おぉ! 榛名が起きた。……ところで、シャルロットって誰だ?」
「お、起きたばかりで榛名も気が動転してるんだよ! もう、僕はシャルルだよ。
 同居人の名前を間違えないでよね、榛名ったら」
「あ……ごめん」
「ううん、いいんだ。榛名が元気なら、僕はそれだけで……」

 目の端に涙が滲んでいた。泣いてたのかな。悪いことをした。
 意識がはっきりするにつれて、事態が飲み込めてきた。
 確か、黒いのに攻撃されて気を失ったんだっけ。
 ……油断していたとはいえ、弱すぎじゃないかな、おれ。

「……そうだ、あれはどうなったんだ?」
「ボーデヴィッヒさんなら、一夏が助けてくれたよ。あの暴走ISを一人で倒してね」
「……そうか。一夏は凄いな。おれは一撃でやられたっていうのに」
「なに言ってんだ。その俺に勝って、ど素人の俺の特訓に毎日付き合ってくれたヤツは誰だよ。
 感謝してるんだぜ? 榛名がいなかったら、俺はまだズブの素人だったろうしな」
「おれがいなくても、あの三人に扱かれて強くなってたんじゃないか?」
「……それは辛そうだから嫌だな」

 軽口を叩いて、笑い合う。どこか抜けてるけど、肝心な時は誰よりも頼りになる。
 その場面を見られなかったのは残念だが。

「ありがとな、一夏。おれがやられたあと、真っ先に駆けつけてくれたろ?」
「げ、聞こえてたのか!?」
「ああ、ちょっとだけ。おれにも心配してくれる友達がいるんだな、って、少し嬉しかった」
「……ばかやろう。困った時はお互い様だろ? それに、俺の方が榛名にはお世話になってるんだ。
 まだまだ迷惑かけてくれても全然釣り合わないっての」
「む、僕だって心配したのに……」

 むくれるシャルル。彼女にも礼を言わないとな。

「シャルルにも感謝してるよ。シャルルがいなかったら、おれは一回戦負けだった。
 シャルルと組めて、本当によかった」
「え、えへへ……そうかな、えへへへへ」
「賢いっていうか、ずる賢いよな。シャルルって」
「一夏! 余韻を壊さないで!」
「なんでだよ!」

 ……賑やかだなぁ。
 IS学園のノリは苦手だったが、最近はこれがないとものさみしい自分もいる。
 おれには勿体無い友達もできた。……おれも、ここにいてもいいのかな。

「なーに悟りを開いたみたいな顔してんだよ、この!」
「痛ッ! 首を絞めるな、こ……。……!」
「一夏! 完全にキマってるって! 榛名の顔がトマトみたいだよ!」

 父さん、母さん……やっぱり、生きるのって辛いです。

●

 トーナメントの事件から数日が経ち、事件のほとぼりもお祭り騒ぎの余韻も冷めてきた。
 振替休日も終わり、久々の登校となったわけだが、どうも今朝はシャルロットの様子がおかしかった。
 含み笑いを浮かべては、思わせぶりにおれを一瞥して、明らかに何か隠しているように見えた。
 訊いてみると、拳を握りしめて、

『見ててね榛名。僕がホモ疑惑を払拭してみせるから!』

 と、豪語していた。もう一夏が特定の彼女とくっ付く以外には、どうやっても不可能だと思っていたのだが、シャルロットに考えがあるようなので任せてみることにした。
 しかし、朝食を摂ってからシャルロットの姿が見えない。いったい何をしているんだ?

「おーす、榛名。あれ、シャルルはどうしたんだ?」
「さあ……」

 教室を見渡し、金髪の男装少女を探しても見つからない。
 篠ノ之さんとセシリアさんを見ると、優勝商品の一夏との交際券が有耶無耶になったことにショックを受けているようで、机に沈んでいた。
 そういうのは自力で叶えようね。可能性は低いけど。
 ……あれ、ラウラさんもいないな。事件の影響が残っているのか? 無傷だったって話だけど。

「え、えーと……今日は、転校生を紹介します。いえ、紹介はもう済んでいるんですけど、いちおう紹介はしないといけないと言うか……」

 窶れた山田先生が支離滅裂な第一声で挨拶した。
 また転校生が来るのか。一組にだけ来すぎじゃないかな。

「あーと、ええと……じゃあ入って来てください!」

 扉が開くと、現れたのはシャルルだった。何で転校生で紹介されているんだ?
 眉を顰めながら、見慣れた顔から視線を下に移すと、そこにはブカブカな男子制服ではなく、優美な脚線をさらけ出すスカートが……スカート?

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
「デュノアくんは、デュノアさん、でした。あはは、はは……」
『ええーっ!?』

 湧き立つ教室。おれも訳がわからない。
 デュノア社は? 候補生は? 何でおれに相談もなしに?
 混乱したおれは、つい一夏の方を見てしまった。唖然とし、なぜかショックを受けていた。
 脱衣強要したもんな、一夏。そりゃショックだろう。
 どよめきの中に疑問の声が聞こえてくる。

「金剛くんとデュノアくんって同室だったよね? じゃあ知らない訳ないよね」
「でも、デュノアくんって明らかに金剛くんのこと……」
「織斑くんと取り合いしてたってことは……」
「あれ……もしかして……」

 徐々に、疑問が確信を帯びてゆく。シャルロットに目を遣ると、満足げに微笑した。
 ――狙い通り! これでホモ疑惑はなくなるよ!
 ……何て考えてる顔だな、あれは。これでいいのか。……いや、ダメだろ。おれの立場的にも。
 おれが焦り始めたのを見て、シャルロットは深く息を吸い、

「みんな、聞いて! 僕と榛名は――」
「――その前に、私の紹介をさせてもらおう」
「……ラウラさん?」

 シャルロットの声を遮って現れたのはラウラさんだった。
 けたたましい音をたてて扉を開いたラウラさんは、大股で教室に入ってくると、一夏とおれの手を引き、両脇に侍らせた。
 は? なに? 何でおれ?

「皆に紹介しよう。私の嫁と――」

 一夏の手を持ち上げ、

「――母だ!」

 おれの手を持ち上げた。
 ……何が何だかわからない。

「え? どういうこと?」
「織斑くんが嫁で、金剛くんが母?」
「二人とも女の子だったの!?」

 再びざわめく教室。ラウラさんは混乱を沈める大きな声で、

「日本では気に入った相手を嫁にすると聞いた! だからコイツを私の嫁にすると決めた!
 文句があるヤツはかかってこい! 叩きのめしてやる!」
「文句があるに決まってますわーーーッ!!」
「何だその暴論は!? ふざけるな!」
「誰が一夏を嫁にしていいって言ったコラーーーッ!」

 殺気立つ女性陣。
 どっから湧いてきたの鈴音さん。

「ちょ、何なのボーデヴィッヒさん! 一夏はどうでもいいけど、榛名はなに!?」

 邪魔をされたシャルロットまで食ってかかる。ラウラさんはさも当然のように、

「日本では自分の心配をし、支えになってくれる相手を広義的に母と呼ぶと聞いた。
 金剛の、自棄になった私を気遣い、叱ってくれる姿に……教官にはない優しさを感じたのだ。
 その時、私は思った……『金剛榛名は私の母となってくれるかもしれない人だ』とな!」

 ……訳がわからない。

「そんなのおかしいよ! 榛名は男だよ!?」
「一夏さんだって男性ですわ!」
「そんなものは知らん! 私が決めたのだ、異論は認めん!」

 思考停止するおれと一夏の手を取り、言った。

「金剛、私を導いてくれ……そして織斑一夏を娶り、毎日みそしるを飲むんだ。
 さあ、教えてくれ、金剛。結納はどうすればいい?」
「させるかーッ!」
「何を勝手に話を進めている!」
「誰が結婚を許しましたの!? 決闘ですわ!」
「上等だ、格の違いを見せてやろう」
「先生―、金剛くんが倒れました」
「織斑くんが白目向いてる!」
「あああ、私に聞かないでください。ど、どうすれば……お、織斑先生、早く来てくださいぃ~」
「どうしてこうなっちゃったの……」

 父さん、母さん。天下のIS学園は今日も平常運転です。
 今日は教室で女性陣がISを展開して、騒ぎを聞きつけた織斑先生に鎮圧されるまで殺し合いしてました。
 繰り返しますが、今日もIS学園は平和です。


あとがき
要点まとめ
・(ノンケとホモに)媚びを売る
・主人公、母になる
・シャル「俺の計画は、絶対に狂わないっ!!!」



          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ、   モッピー知ってるよ
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i      そろそろ終わった方が良いって
     、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l
      ヾ:::::::::|≧z !V z≦ /::::/
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /::::(\   ー'   / ̄)  |
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



[37185] 一夏がついてくるの?
Name: コモド◆53cfaf75 ID:fe1b02d0
Date: 2013/04/29 23:10
まえがき
          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ、   モッピー知ってるよ
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i      これから先は蛇足だって事
     、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l
      ヾ:::::::::≧z !V z≦ /::::/
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /::::(\   ー'   / ̄)  |
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「あ、箒は出番ないから」

    ;ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
        ;{::{/≧===≦V:/;
       ;>:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ;
    ;γ::::::::::::::::::::::::::し:::::::::::ヽ;
  _;//::::::し::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ;
. ;| ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i;
  ;、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l;
   ;ヾ:::::::::|V(◯) !V(◯)/::::/;
    ;∧::::ト “    ,rェェェ  “ ノ:::/;
    ;/:::::\ト ,_ |,r-r-| ィ::/::| ;
    ;/            ヽ;
  ;/                ヽ;
  ;(、_|           |_ノ;
     ;|           |;








「お引越しです」

 シャルルがシャルロットとしてデビューを果たした日の放課後。
 山田先生が目をしぱしぱさせながらやってきた。

「ぼ……私ですよね?」
「はい……部屋割を考えるのがもう大変で大変で……」
「すいません」

 目を伏せてシャルロットが謝る。そら事件の後処理から転入手続きとかもあっただろうから、山田先生も苦労しただろう。
 シャルロットはデュノア社とは決別し、一人の女の子として生きていくことにしたらしい。
 だが、今でも代表候補生だったり、製品自体はデュノア社から届いていたりと良く判らない扱いのようだが。

「あ、あの、本当に不純異性交遊はなかったんですよね?」
「はい」
「もちろんです」

 疑惑の眼差しを向ける山田先生に口を揃えて答えた。
 男女が一ヶ月近く同室で過ごしていたのだから、当然の反応だ。
 おれとシャルロットは爛れた関係になったワケでもないので、同等と潔白を主張できる。

「うーん。二人ともしっかりしてますから信じますけど……」
「本当です。神にも誓って何も疚しいことはありませんでした」
「……えーと、おれは誰に誓えばいいのかな?」
「僕に誓ってよ」
「え?」
「本当に何もなかったんですよね!?」
「はい」

 口裏を合わせていると思われたのか、山田先生が激昂した。
 ストレスが溜まっているのだろうか。
 もう荷物を纏めていたシャルロットがスーツケースを持ち、一月を過ごした部屋を出ようとしていた。

「じゃあね榛名。楽しかったよ。不謹慎だけど、いつ女だってバレないかドキドキして、スリルがあって」
「あぁ。おれも楽しかった。シャルロットなら誰とでも仲良くなれるだろうけど、達者でな」
「学校でいつでも会えるのに。榛名はまた一夏と一緒だね」

 言われて、一夏がこの部屋にまた来るのかと思うと、感慨深い気持ちになる。
 正直、女の子と同室だと、気が休まる時がなかったので、気兼ねなく過ごせる一夏との相部屋が恋しくなっていた。
 シャルロットとの同居も楽しかったが、やはり女の子とは緊張してしまう。

「あ、あのー……それなんですが」
「? なんですか?」

 言いづらそうに挙動不審な山田先生を質すと、心底申し訳なさそうに、

「織斑くんを金剛くんの部屋に戻すことを、織斑先生が拒否しまして……」
「はあ!?」

 愕然とした。え、あの人マジでブラコンだったの?

「何で教師が部屋割りに私情を挟んでいるんですか!?」
「うぅ、私だってよく知らないんですよ~! ただ、先日の事件を受けて、男性操縦者の安全を確保するにはこうするのが一番だと織斑先生が頑として譲らなくて……上からも色々言われてて~」
「……ああ」

 そうか、真っ先におれがやられたもんな。主賓が見てる前で。
 たぶん一番近かったから狙われただけなのだが、周囲から見たら謎の敵性ISに男性操縦者が標的にされているように見えたのだろう。
 上っていうのは学園の上層部か、日本政府か。権力に属さないんじゃなかったのかよ。

「てことは、榛名は一人部屋ですか?」

 そうなるのか? それならそれで気楽なんだが。

「いえ、そういう訳でもなくてですね……」
「?」

 妙に歯切れが悪い山田先生。一夏がいないなら他に思い浮かぶ候補がいないんだけど。
 教員も全員女性だし。

「あぁ、どこから話せばいいか」
「どういうことですか?」
「えぇと……と、とりあえずしばらく金剛くんは一人部屋です! きょ、今日はこのくらいで失礼しますね!」

 面倒くさくなったのか、言えない事情でもあったのか。
 そそくさと退室する山田先生。残ったおれとシャルロットの目が合う。

「何が言いたかったんだろう」
「さあ……でも、一人部屋ってことは、いつでも遊びに来れるね」
「女の子なんだから、男の部屋に来るのは控えなさい」
「毎日寝食共にしてたのに、今さらだよ」

 言い返せなくて、黙認してしまった。ホント、よくこんな美少女と一月も何事もなく過ごせたものだ。
 シャルロットはしっかりしているようで何処か抜けているから、日常生活で無防備になる処がいくつかあった。
 時には目を逸らし、時には未然に防いだ自分を褒めてやりたい。この子が着替え中に転んだ時などは、冗談抜きでハニートラップかと思ったし。
 まあ、これで憂悶とした日々も終わるわけだ。少し寂しくなるが。

「荷物持とうか?」
「ううん、平気。それとも、榛名に見ず知らずの女の子の部屋に入る度胸ある? それなら頼むけど」
「……遠慮しとく」
「うん。じゃあ、荷物片付けたあとでまた来るから」

 陽気に手を振って、シャルロットが出て行った。結局また来るのか。
 あまり変わらないな、と思いつつ、扉を閉めようとすると、視界の下に銀色の丸いのが見えた。
 視線を下げると、今朝に色々とやらかしてくれた人がいた。

「ラウラさん、いつの間に……」
「母がシャルロットから注意を逸らした隙にだ」

 姿が見えなかったのに、一瞬で扉の内側に入り込んだラウラさん。
 やっぱりこの子もちょっとおかしい。軍人らしいけど、それにしても社会的常識に疎い気がする。
 平静を装って、話しかけてみた。

「織斑先生から言われた罰は?」
「無論、完璧に終わらせた。当然だ、教官の命令に逆らう筈がない」

 だったら教室でIS展開とかしないで欲しかったんだが、面倒なので口にはしなかった。
 ISの専用機持ちって気性が荒くて、逆上するとみんなIS展開して暴れるんだもん。
 そもそも一部機能の使用すら制限あるのに、完全展開して戦闘するってどうなんだ?
 深く考えだしたらまた眩暈がしてきた。額に手を当てながら言う。

「で、何のようですか、ラウラさん」
「うむ、母に話があって来たのだが……まず、その他人行儀な接し方は止せ。ラウラで構わん、敬語もやめろ」
「……わかった。でも、ラウラもおれを母って呼ぶのやめてくれないかな」
「なぜだ。母は母だろう」
「おれは男だし、まだ娘を持った憶えもないから」
「なら何と呼べばいいのだ?」
「そりゃ、金剛とか、榛名とか」
「金剛は呼びづらい。榛名も母に比べれば長い。何より私は母という響きを気に入っている。よって却下だ」

 どういう理屈なんだよ。

「他に呼び名はないのか? 母に代わる良き名があるなら私も従うが」
「……じゃあ、パパとか?」
「パパ」
「……」
「ふむ、パパか。この響きは心地よいな。これにしよう」
「――いや、ダメだ! 自分で提案しといて何だけど、絶対にダメだ! 禁止!」
「なぜだ!」

 なぜも何も、犯罪臭しかしないだろ!
 小柄なラウラが何も考えずに口にするから、ますますヤバイ。お金の匂いがする。
 無垢すぎるのかな、この子は。

「では、何と呼べばいいのだ」
「もう母でいいです……」
「あぁ、母は母だからな」

 何度かループして、結局母が一番マシだと気づいた。というか、まともな呼び名はラウラが気に入ってくれなかった。
 自分と同い年の娘ができた。

「それで、話って?」
「そうだな。まずは、どこから話そうか」
「あー、立ち話もなんだから、ウチの部屋に上がってよ。飲み物も出すから」
「母の部屋ということは、私の実家か。実家……いいものだ」

 やっぱりこの子、ちょっとズレてる気がする。

●

「――以上だ」
「……」

 ラウラの話と言うのは、彼女の生い立ちについてだった。
 試験官で生まれたとか、軍人として育てられたとか、織斑先生に鍛え抜かれたから今があるので尊敬しているとか。
 つい最近まで一般人だったおれにはかなり重い話だった。

「何でこんなことをおれに……」
「母となる人には私のことを偽りなく知って欲しかった。それだけだ」

 ラウラは淡々と答えるが、おれとしては過去がヘビー過ぎてちょっと困惑していた。
 シャルロットと言い、重い過去がある子多くないかな。誰でも大なり小なり辛い過去はあるだろうけどさ。
 ……ただ、親のいない彼女が母親を求める気持ちは理解できた。
 おれの母は口うるさくて小心者だったが、離れた途端に、それまで味気ないと思っていた手料理が恋しくなった。
 まあ、ごっこと変わらないが、ここまで信頼されているなら応えなきゃ悪いか。

「……」
「おぉ……なんだ、こそばゆいぞ」

 何も知らない子どもだと思うと、それまでの言動も可愛く思えて、無防備な頭を撫でた。
 ていうか誰だよ、この子に衆道とか教えたヤツ。嫁とか母とか言い出したのもそいつの所為なんだろうけど。

「母よ、腹が減ったぞ」
「じゃあ食堂行こうか。まだそんなに混んでない筈だし」
「うむ」

 促すと、おれの後をトコトコとついてくる。
 口調や態度は尊大なのに、行動や思考は子どもっぽい。
 可愛い……かもしれない。





「嫁、ねえ」
「守ってやると言われてな。それで惚れてしまったのだ。運命的だろう?」
「はは、そうですね」

 半笑いになって一夏とのノロケ話に相槌を打つ。
 おれが寝てる間にフラグ建てたのか。心変わりが唐突すぎて意味がわからなかったが、実際に聞いてみても意味がわからない。
 ラウラが運命とか言い始めたので、きっとそういう運命だったのだと思い込むことにした。
 セシリアさんといいラウラといい、恋愛方面に関してちょろすぎじゃないかな。単に恋愛に耐性がないのかもしれないが。

「それでだ、母よ。どうすれば嫁を私のものにできるか教えて欲しいのだが」
「まずは恋人にならなきゃね。一夏に告白して恋愛関係にまでならないと」

 はちみつをかけたアップルパイを口に運びながらラウラが尋ねてきた。
 そこから教えなければならないのか。まあ、そんな反応も新鮮で面白いけど。

「恋人とは母と嫁のような関係か?」
「違う。お互いを異性として好き合って、両想いで交際関係にあること」

 呼び名があれな所為でおれが姑みたいな扱いになっているが、まだおれたちの関係を衆道だと勘違いしているようなので、訂正しておいた。
 するとラウラはナイムネを張って、

「それなら成立しているな。私も嫁を好いているし、嫁も私を好いている」

 片想いなんだよね、残念だけど。何でそんなに自信満々に言い切れるか知らないが、そんなところも可愛いから良いか。
 おれはうどんを啜り、水を嚥下してから言った。

「じゃあ、一夏に『私と付き合ってくれ』って言ってみて。それでアイツがラウラをどう思っているかわかるから」
「ふむ、言えばいいのだな? この私にかかれば簡単なことだ」

 首肯して食堂内に視線を巡らすラウラ。そうか、この子羞恥心が薄いのか。
 これならもたついている三人組に比べればチャンスがあるかも。
おれも一緒になって見渡すと、ちょうどトレイ片手に席を探している一夏を見つけた。
そろそろ混雑してくる時間か。おれはラウラの代わりに手を振って声をあげた。

「おーい、一夏。こっち空いてるぞ」
「榛名! と、ラウラもか。サンキュー、隣いいか?」
「構わん。嫁、母とともに食事を摂るのは家族として当然だからな」
「? 何だか知らないけど、一緒に食事なんて二人とも仲良いな」
「当然だ。私と母だからな」
「?」

 ダメだこりゃ。会話がまったく成立していない。
 これは鈍い一夏が悪いのか、世間離れしてるラウラが悪いのか。
 二人とも全然噛み合ってなくて、同席しているおれの頬が引きつってきた。
 疑問符を浮かべている一夏の視界に入らないよう、テーブルの下でラウラの腕に触り、訊くように促す。

「ところで嫁よ。私と付き合ってくれ」
「ん? いいぞ」

 聞き耳をたてていた周囲の女生徒が「えーっ!?」だの「ウソーッ!」だの騒ぎ出す。
 同時にもう慣れてしまった邪悪な気配も感じたが、おれはまったく動じずに一夏の次の言葉を促した。

「おれからも訊くけど、どういう意味の付き合うなんだ?」
「来週の臨海学校の水着の買い出しだろ? 付き合うよ。俺も新調したかったしな」

 予想通り過ぎてため息も出ない。周りからは「なーんだ」、「よかった」と安堵の吐息がこぼれた。
 みんな、コイツがどういうヤツかいい加減把握しなよ。

「母よ、これはどういうことだ?」
「一夏と明後日デートできるって。よかったね」
「で、デートだと……?」

 紅い片眼を見開いたラウラは、信じられないとばかりに詰め寄ってきた。

「そ、それは男女が親交を深めるために外に出歩くというアレか?」
「うん」
「て、手を繋いでウィンドウショッピングをしたり、夜に夜景を見ながらキスするというアレか?」
「うん」
「……母はさすがだな! 母の言う通りだ!」

 瞳を輝かせて、サンタを信じている子どものような純粋な眼差しを向けてくるラウラ。
 ……まあ、結果オーライなのだろうか。これ以上は二人の邪魔になると悪いので、早々に席を立とうとした。

「じゃ、あとは二人で頑張って」
「あ、榛名も来るだろ? 水着もってきてないよな?」

 二人きりにしようとしたのに、一夏に呼び止められ、誘いまで受けた。一夏……なんでお前はそうなんだ。

「いや、おれはいいから」
「んだよ、お前も来いって。遠慮するなよ」
「そうだぞ母よ。こうして嫁も誘っているのだ。なぜ断る。私たちの間に遠慮などいらん」

 ラウラの為を思って断ったのに、なぜかラウラまで乗ってくる始末。
 ラウラ……それでいいのか? せっかく二人きりだったのに。

「……まあ、二人がいいなら」

 水着は持ってきていなかったので、たしかに無いと困る。
 外出するのもIS学園に入ってから一度もしてなかったので、ちょうどいいか。
 ――おれはこの時、女性陣のことを完全に失念していた。一夏が特定の女性とデートなんてことになったら、どんな事態になるか、冷静に考えれば容易に想像がついた筈なのに。



●別視点



「もう、何で夕食まで待ってくれないかな……」

 引越しの片付けが終わると足早に榛名の部屋に足を運んだシャルロットだが、もぬけの殻のかつての自室に怒り心頭だった。
 同室の生徒はなぜか部屋に居らず、後から行くと告げたのに榛名は一人で先に食堂に向かう始末。
 一月もともに過ごしたルームメイトにこの仕打ちはあんまりではないか。募る不満に久しぶりに履いたスカートの違和感も気にならないほど。

(たしかに、黙って再編入したのは悪いと思うけど……)

 女の自分を見せて驚かせたかった。いつも部屋では色気のない格好ばかりしていたから、女子制服に身を包んだ自分を見せれば、嫌でも意識せざるを得ないと思った。
 このまま男子と偽って、榛名との秘密を抱えて過ごすのも、罪悪感を抜きにすれば悪くなかった。むしろ、その罪悪感も忘れてしまうほど、喜悦に富んだ毎日だった。
 好きな男の子と二人きり。周囲には話せない秘密という蜜は、吊り橋効果もあるだろうが、自分を物語のお姫様のような気分に浸らせてくれた。
 友達もできたし、フランスの片田舎で育ったシャルロットには、大勢でやるゲームに夢中になる感覚も新鮮だった。
 だが、このままでは駄目だと、榛名と親しくなるに連れて気づいた。

(榛名はデュノア社と繋がりがあると、本当に心の底から信用してくれないんだから、しょうがないよね)

 榛名が自分が完全に寝付くまで眠りにつかないことに気づいたのは、半月も経ってからだった。
 少しずつ疲れが溜まっているように見えたのも、シャルロットが未だにスパイではないかと疑って神経をすり減らしていたからだ。
 と言っても完全に疑っているわけでなく、信じたいから榛名自らシャルロットがスパイ行動を取らないか確認していたのだが、好きな人に懐疑的に見られていることを知った彼女は少し傷ついた。
 だから、偽りの自分を捨てて、政治的な事情に縛られない一人の女の子として再出発し、自分の所為で拡散したゲイ疑惑もぬぐい去ろうとしたのだが――

(なんでこうなっちゃうのかなぁ)

 肩を落とし、長いため息をついた。
 ラウラ・ボーデヴィッヒ――シャルロットの告白を邪魔だてし、学校に二人だけの男子を嫁と母として俺の物宣言をした少女。
 何となく日本を勘違い、もしくは常識を知らないことは言動から窺い知れた。
 しかし、一夏と違い、マークの薄い榛名に恋愛感情はなくとも執着する女生徒がでてきたのは誤算だった。

(そもそも榛名をお母さんみたいって言ったのは、僕の方が先なのに)

 自分だけが知っていた宝物を横取りされた気分だった。
 だいたい、榛名とラウラはいつ親しくなったのか。シャルロットが知る限りではいがみ合っていたイメージしかないのだが。

「あら、デュノアさん……いえ、今はシャルロットさんでしたわね」
「セシリア! ……と、鈴も何してるの?」
「しっ、黙ってなさい」

 パスタを注文し、席を探していると、身体を小さくしながら食後のティータイムを楽しんでいるセシリアと鈴を見つけた。
 様子がおかしいことに首を傾げながらも同席していいか訊くと、息をひそめながら頷く二人。
 女性とカミングアウトしてからは、二人も同性として接してくれるようになっていた。
 その切り替えの早さは、シャルロットが恋敵ではないことが要因にあったかもしれない。

「二人とも、どうしたの?」
「アレを見なさいよ」
「?」

 鈴が顎で指した方向を見ると、今朝にやらかしてくれたラウラと榛名が一緒に食事をしていた。
 二人、そして周りも興味津々に聞き耳を立てているのは、ラウラが一夏に惚れた経緯について語っているからのようだ。
 それより気に食わないのは、ラウラが妙に榛名に懐いていることと、その語りに耳を傾ける榛名の目がやけに優しい光を帯びていること。
 そして、シャルロットよりもラウラを優先して食事していること。

「なんか怪しいわね、アイツ等……」
「そうですわね……まるで将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、を実践して、一夏さんの親友の榛名さんから篭絡しようとしているような」
「どこで覚えたのよ」
「榛名さんに言われてから、為になる日本のことわざを勉強しているのです」
「そんなことどうでもいいよ……」

 世間話をぞっとする冷淡な声音でシャルロットが一蹴するものだから、二人の肌が寒気に粟立った。
 シャルロットの表情を見ると、菫色の双眸をすっと細めて、榛名たちを見つめていた。
 こんな子だったのかと、認識を改めた二人の背筋を冷や汗が伝った。

「あ、アンタって偶に怖いわよね」
「そうかな……? 僕、自分ではわからないや」

 あ、ヤバイ。と、危機感に滝のように汗を流す二人は顔を見合わせて話題を変えた。

「そ、そういえばシャルロットってさー、金剛くんと同じ部屋で一ヶ月も一緒だったのよね?
 二人とも仲良さそうだったし、やっぱりそれなりに進んでたの?」
「そ、そうですわね、わたくしも気になりますわ。シャルロットさんが女性だと発覚する前から応援していましたから!」
「え……いいい、いや、何もないよ! 変なことは全然! 本当に!」

 顔を真っ赤に染め、両手を振って否定するシャルロットに胸を撫で下ろす。

「ねえねえ、金剛くんとはどんな感じだったの、実際?」
「わたくしも知りたいですわ。男装を隠して殿方と同棲なんて、聞いてるだけで胸が踊る内容ですもの」
「えぇ!?」

 ついでに、湧き上がる好奇心から話を膨らませた。女の子というものは総じて他人の恋バナが大好きな生き物なのだ。
 慌てふためくシャルロットに二人して意地悪く笑いながら詰め寄った。シャルロットは俯いて、もじもじと視線をさまよわせながら、

「そ、そんなに面白いものじゃないよ? 二人が期待してるようなことはなかったし……」
「いいからいいから。ほら、あたしたちって金剛くんことよく知らないし、アレが女の子とだとどんな感じになるか聞いてみたいのよ」
「ええ。榛名さんもなかなかに紳士な方だと思っておりましたが、二人きりでも女の子に手を出さないのは感心しました。
 ですが、それとこれとは話は別で……人の恋愛は、単純に気になりますわ!」
「う……本当に何でもないよ? いつも一夏とか、のほほんさんたちが来てたから、二人きりになるのも、寝るとき以外はなかったし」
「シャワー浴びたり、着替えのときもハプニングなかったの?」
「うん。ハプニングどころか、僕が着替え中に転んだら見ないように目を背けるし、シャワー浴びてるときにバスタオル忘れたって思ったら、脱衣所にそっと用意してくれてたりして、変なことは一回も起きなかったよ」
「一夏だったら一日三回はラッキースケベが起きてたわよ……」

 榛名が女の子と同室ということで極力気を遣っていたからだ。
 もちろん、天性の女難がついている一夏と同列に語られては堪らない。

「では、男女としての進展は何もなかったのですか?」

 セシリアが申し訳なさそうに尋ねると、シャルロットは気恥かしそうに、頬を緩ませながら言った。

「え、えとね……ひ、膝枕は、してもらったよ?」
「膝枕!? アンタがしたんじゃなくて!?」
「うん……ほら、学年別トーナメントで一夏たちに勝ったご褒美に。一晩ずっとしてもらって、頭も撫でてもらっちゃった」
「キャー! 素晴らしい! 素晴らしい展開ではないですか、シャルロットさん!」
「完全に脈アリじゃない! 何よ、アイツ。女には興味ないみたいな顔して、ちゃっかりしてるわねー」

 三人集まれば何とやら。姦しい声を張り上げて、もはや榛名とラウラそっちのけで盛り上がる。
 国家の代表候補生三人と言えども、蓋を開けてみればただの年頃の女の子ということらしい。
 三人は内緒話をするように身を寄せ合って再び話し始めた。

「そ、それ本当? 僕に脈があるように見える?」
「男が女の頭を撫でるのは気があるサインなのよ! もっと進んだ関係になりたいけど、理性がブレーキをかけてるのね。
 男は好きなコといたら我慢できなくなるから、触ってみたくなるのよ」
「まあ、妹か子どものように見ている可能性もありますけれど、シャルロットさん相手にそれはないでしょうから」
「そ、そうなんだ……榛名も言ってくれれば、僕は別に、もっと触ってくれてもいいのに……」
「くぅー! 何よ自慢してくれちゃってー! この、この!」
「あ、や、やめてよ鈴!」
「羨ましいですわね……わたくしも一夏さんとそのような関係になりたいですわ!」
「……あれ? 一夏だ」

 鈴に肘で小突かれていたシャルロットが、トレイ片手に空いている席を探している一夏を見つけた。

「あら、箒さんとの剣道の稽古は終わったのでしょうか?」
「あ! 一夏のヤツ、金剛くんのところに行きやがったわ!」
「相変わらず、榛名さんにベッタリですわね……」

 黄色い空気が、一夏の登場で雲行きが怪しくなる。
 そこにラウラの告白紛いの一夏へのアタックと、三人でのデートと話がトントン拍子で進んでゆくに連れて、三人の顔から表情が消えていった。

「デート、って言ったわよね?」
「ええ……」
「水着を選んでもらうって聞こえたけど、気のせいじゃないのよね?」
「ええ……」
「よし、殺そう」
「ええ……そうしましょう」
「ふーん……榛名って、僕が水着持ってないの知ってる筈なのに、一夏やボーデヴィッヒさんを優先するんだ……」

 榛名たちの知らぬところでこんな出来事があったのも知らずに、三人は波乱の週末を迎えようとしていた。


あとがき
まえがきでモッピーが言うように、いったん前話で終わったことにして、蛇足的に書いていこうと思います。
元々が一発ネタなので、過度な期待はしないでください。

今後の方針
・(ホモとノンケに)媚びを売る。
・シリアスとか知らない。でもドロドロは好き。
・伏線とか回収したいけど放り投げたい
の三本です。それでも読みたいと思う懐の深い方々だけお付き合いください。



[37185] 一夏がついてきてもいいのか!?
Name: コモド◆53cfaf75 ID:fe1b02d0
Date: 2013/04/29 22:58

 夜になり、眠ろうとしたところで、ラウラがやってきた。
 全裸でやってきた。おれは咄嗟に目を閉じた。

「なにしてんの!?」
「見てわからないか? 添い寝をしてもらいに来たのだ」
「わかるか!」

 それは夜這いって言うんだよ。なぜか自信満々に言い切るラウラに服を着せようとしたが、目を瞑っていてはクローゼットが開けられない。
 仕方ないので掛けていたシーツを手に取り、ラウラに手渡した。

「これ巻いて。簀巻きみたいに全身にね」
「? しかし、それではいざという時に対処できないぞ」
「寝るなら関係ないでしょ」
「何を言う。就寝中も頭の一部は襲撃に備えて起きているものだ。ゆえに母の提案は却下する」
「ああ、もう! いいから着ろ!」
「む! な、何をする、母よ! いくら母でもこれ以上は抵抗せざるを得ないぞ!」
「うるさい!」

 あーだこーだと屁理屈をこねるラウラの体に強引にシーツを巻きついてゆく。
 感触的に程よく覆い隠せたかな、と思ったところで目を開けた。頭と上半身だけぐるぐる巻かれて下半身がアレだったので、隣のベッドのシーツも使って素肌を隠した。
 生えてなかった……いや、おれは何も見ていない。

「ふがふが」
「ごめん、すぐ取るから」

 大人しくしてくれていたラウラの顔を包むシーツを取り、顔だけ露出させた。
 寝ようとしていたのに、完全に目が醒めてしまった。早鐘を打つ心臓の音がうるさい。
 ラウラはいっけん無表情だが、口元が不機嫌そうに尖っている。

「母よ。なぜこのような無体を」
「女の子は人前で裸になっちゃいけないの。特に男の前ではね」
「そうなのか? 嫁や母の前でもか?」
「一夏はともかく、おれは絶対に駄目。一夏とは……まあ、恋人になってからなら、いいのかな?」
「ふむ、つまりまだ駄目なのか」

 物分りがよくて助かった。他人の言うことをすぐに信じる素直なところは少し不安になるが、嘘やデタラメを教えなければいいわけだし。
 そのデタラメを教えるヤツが誰でいつ教えてるのかわからないのが問題なんだけど。

「まったく……ところで、何で裸なの?」
「私は私服を持っていないのだ」
「パジャマも?」
「うむ。制服のほかには軍服しかない」

 唖然とした。女の子というか、現代人としてそれはどうなんだろう。
 どういう生活環境にいたらこうなるのか。誰か教えてやらなかったのか。織斑先生とか。

「……じゃあ、明後日に服も買いに行こうか。必要なものは買い揃えておこう。一夏もいるから、アイツ好みのものを見立ててもらって」
「!? それは良い! 嫁に選んでもらった服が着られるとは……母は冴えているな!」

 大仰に喜ぶラウラに思わず頬が緩む。とりあえず一夏を絡ませれば喜んでくれるのかな。
 その喜びに水を差すようで躊躇われたが、ラウラが此処に来た理由を思いだし、せっかくなので忠告しておいた。

「ついでに言うと、添い寝もダメだから。服を着てもダメだから」
「な、なぜだ!」
「当たり前でしょ。年頃の男女が同じベッドに寝たら絶対に間違いが起こるもん」
「間違いとは何だ? 私は何もしないぞ。ただ一緒に眠りたいだけだ」
「ラウラが何もしなくてもおれがしたくなるの。一緒に眠ったらダメなの」
「何がしたくなるのだ? 母が我慢できなくなる? 頭を撫でることか?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「では何をだ? 何を我慢できなくなるのか教えてくれ。私が許容できるなら受け入れるぞ」
「う……」

 ズイ、と詰め寄るラウラに口を噤む。
 言えるわけがない。言えば卑劣漢に認定されてしまう。かと言って折れたら一夏にもラウラにもシャルロットにも申し訳ないことになってしまうので、此処は引けない。
 追い詰められたおれは勢いに任せて突き放した。

「だからッ! ダメなんだって! 無理なんだよ、色々と!」
「納得できん! 私は一緒に寝てもらうまで絶対にこの部屋を出ないぞ!」
「じゃあ、隣のベッドで寝てくれ。それなら妥協できるから」
「私は一緒に寝て母のぬくもりを味わいたいのだ! 母とともに寝るあたたかさは大変心地よいものと教わったぞ」
「誰だよラウラに変な知識植え付けてるヤツは!」

 水掛け論になり、二人で「ダメ、絶対」、「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから」とあーだこーだ言い合っている時だった。

「あの、榛名? ラウラが部屋にいないんだけど、知らな――」
「ダメだってば! ラウラも、もう諦めてくれ!」
「いや、理由を言ってくれなければ私も引けん! 一晩だけでいいのだ! 私もそれで満足する!」
「一晩だけでもダメなものはダメなの!」
「くっ、なら私もともに寝るだけで妥協しよう。一晩でなくてもいい。それならすぐに済む。どうだ、母よ」
「……まあ、それくらいなら」
「だ、ダメに決まってるよ! なに言ってるの榛名!?」

 ちょっとなら自制も効くし、それで帰ってもらえて、親を知らないラウラが満足できるのなら、と頷きそうになった瞬間だった。
 泡食ったシャルロットが部屋に乱入してきて、おれとラウラの間に割って入った。
 あ、これは勘違いしているな、と第一声からわかった。このコ耳年増だから。

「ちょっとでも一回は一回なんだよ!? それで後々後悔することになってもいいの、二人とも!?」
「あの、シャルロット? キミ、かんちが――」
「初めてが母なら後悔などしない。むしろ母でないとダメなのだ」

 誤解を解こうとしたおれの言葉を遮って、ラウラが爆弾を投げ込んだ。
 あ、これは無理だ、と内容からわかった。耳年増だから。

「な――!? ら、ラウラは一夏が好きなんじゃないの? 何で榛名となの!?」
「嫁と母は別腹だ。私は二人に求めているものが違う」
「さ、最低だよラウラ! 神様だって貞淑でいなさいと言ってるのに、二人とだなんて……!」
「知るものか。そんな神など滅んでしまえ」
「この……! とにかく、榛名はダメ! どうしてもしたいなら一夏としてきて!」
「私は母が良いと言っている。そもそもシャルロット、お前はなぜ私の邪魔をする? お前は母のなんだ?」
「そ、それは……」

 言い淀み、ちらりとおれを一瞥する。あのさ、シャルロットは冷静に人の話を聞こうとしようよ。
 あの三人といい、熱くなったら止まらないんだから。IS適正ってキレやすい人が高いのかな。
 おれはこっそりと部屋を出た。

「と、とにかくダメ! さ、ラウラは僕と一緒に帰ろ?」
「断る。私は母と寝るのだ。先ほど同意を得られたしな。なあ、母……母はどこだ?」
「あれ……?」






「あれれー? 金剛くんだー。何してるの、こんな時間に?」
「もう消灯時間過ぎてるよ?」

 廊下に出て、行くあてもなく一晩をどう過ごすか悩んでいたら、いつもの着ぐるみみたいなパジャマを着たのほほんさんとTシャツにショーパンの谷本さんと出くわした。
 此処の女生徒は寝間着の露出が激しいので目の遣り場に困るのだが、のほほんさんは全く露出せず、谷本さんも激しい方だが一人なので耐えられる。

「色々あって部屋にいられなくなりまして……」
「もしかして、引き剥がされたデュッチーが出戻って来たとか~?」
「いや、たぶんラウラが押しかけて来てシャルロットと修羅場になったのよ。もしくは、織斑くんとシャルロットが取り合いして、付き合いきれなくなった金剛くんが逃げ出したのね」

 何で分かるんだろう。おれの絡む人が少なすぎるのが問題なのだろうか。

「二人はなんで此処に?」
「トイレだよー。消灯時間を過ぎると怖いから~」
「こら、本音! そういうのはオブラートに包みなさい! ていうか言うな!」
「あ、そうだった」

 初めは男子の前でも露出を厭わない女生徒に羞恥心が薄いのかと思っていたけど……女子高ってこんな感じなのかもしれない。
 もともとIS学園って女子高だし、基本的にこういうノリなんだろう。

「それで、金剛くんはどうするのー?」
「今日は帰れないんじゃない?」
「あぁ、うん。廊下で過ごそうかと思ってる。一晩くらいは寝ないで済みそうだし」

 一夏の部屋に行こうと思ったが、織斑先生がいる部屋に入る勇気がない。
 先ず追い出される気がする。ブラコンだし。
 途方に暮れるおれを見て、のほほんさんは手をポンと叩き、名案が浮かんだとばかりに言った。

「じゃあウチの部屋に来なよ! 床に布団とクッション敷けば寝られるし!」
「え……?」
「それいいね! そうしなよ金剛くん!」
「いやいや、おれ男だし」
「いつも私たちが二人の部屋に行ってたから問題ないよ~」
「それに金剛くん、シャルロットと一ヶ月も同棲してたじゃない。今さら今さら」

 そう言われると反論できなくて、口ごもってしまった。
 二人は沈黙を了承と取ったのか、おれの手を引いて歩き出した。

「ようこそー、マイルームへ!」
「ついにウチの部屋にも男子が! たぶん箒とシャルロットを除けば全女子の中で初の快挙だよ!」

 造りは全部屋同じなのに、違う部屋みたいに色合い……というか華やかさが違った。何か良い匂いもした。

「ささ、此処に寝て!」
「眠くなるまでお話しようよ~。あ、そうだ。金剛くんのこと、こんこんって呼んでいい?」
「いいけど」

 替えのシーツと寄せ集めたクッションを寝床にし、二人が本来の位置とは逆の脚側に枕を置き、顔を輝かせて喋っている。
 完全に修学旅行のノリだ。

「じゃあじゃあ、何からお話しようか? こんこんとデュッチーの関係から~?」
「バカ! 此処は金剛くんと織斑くんの関係からに決まってるじゃない!
 ラウラと金剛くんの関係とかより、そっちの方が重要よ!」

 ……根掘り葉掘り質問されて、夜がふけていった。
 今晩に学んだことは、女の子との話に終わりはないことと、意外とウチの女子は男旱が多い。というか殆ど。
 女子高で特殊な学校だから恋愛は殆ど諦めていたところに中途半端に男が入ったため、恋愛に傾倒しやすくなったようだ。
 結局二人が寝たのは二時を回ってからで、おれは緊張とか、服がはだけた二人にシーツをかけたりして眠れなかった。

●

「榛名、昨日はどこ行ってたの?」
「母よ、一緒に寝ると約束したのに、どうしていなくなったのだ。ひどいぞ!」

 翌朝、食堂で二人に出くわした途端に矢継ぎ早に難詰された。ISを潜伏モードにしていた為、おれを見つけられなかったらしい。
 寝不足と心労でぐったりとしたところに来られて、目が回りそうになった。

「あれ、どうしたんだよ榛名。目にクマができてるぞ。溜まってるのか?」
「……なあ、一夏。一夏の部屋に泊まっちゃダメかな?」
「え?」
『えええええええええええええっ!?』

 何か周りがうるさいが知ったことじゃない。
 こっちは死活問題なんだ。部屋にいるとラウラとシャルロット、部屋を出ると男に飢えた女生徒。
 こんな生活が続いてたんじゃ、とてもじゃないがおれの体が持たない。
頼みの綱の一夏は困ったように頭を掻いた。

「んー……俺は構わないんだけど、千冬姉がどういうかわからないな」
「そうか……そうだよな」
「あ、何なら俺が榛名の部屋に泊まろうか? いっそ俺が部屋に戻るってのも」
「いや……いい。いいんだ、一夏……」

 織斑先生のいる部屋に泊まるってのも、良く考えたら眠れる気がしないし、一夏が戻るのを拒否したくらいだ。
弟との生活を邪魔されたら、深く根にもたれそうだ。

「そうか? ていうか何があったんだ?」
「……」

 一夏が興味深げに尋ねてきたが、おれは口を割らなかった。一夏の気持ちがわかったなんて、軽々しく言っていけない気がしたからだ。
 この日、おれは「ついに金剛くんが男に走った」、「金剛くんは女よりも男が好み」という噂が広まるのを耳にしたが、何かどうでもよくなった。
 鈴音さんとセシリアさんが一夏を光のない目で見つめて、シャルロットとラウラがおれを恨みがましい目つきで睨んできたが、心底どうでもよくなった。
 とりあえず、明日を乗り切ればいいんだから。余談だが、今日もおれはのほほんさんと谷本さんの部屋で寝た。
 今日は疲れていたのか、早くに寝てくれた。そして――問題の一日がやってくる。


●

「母よ……なぜ私を避けるのだ」
「ゴメンね、ラウラが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、寝るのが倫理的にダメなだけなんだ」
「なんだよ、喧嘩したのかお前ら」

 約束の日になって、待ち合わせの場所で顔を合わせるや否や、涙目のラウラに縋り付かれた。
 罪悪感が沸々と込み上げるが、こればかりは譲れない。何か、この子の依存度がおれ>一夏になっているのは気のせいだろうか。
 とにかく、今日はラウラと一夏が上手く行くように終始しなくては。
 途中でどうにかしておれが消えて、二人きりになるように誘導しておくか。

「なあ、ラウラ。榛名と何かあったのか?」

 駅前のショッピングモール『レゾナンス』に向かうモノレールの中で、暇を持て余した一夏がラウラに訊いた。
 閑静なモノレール内は揺れもなく快適だが、電車の風情がなく寂しい気分になる。それに耐えられなくなったのだろう。半分は興味あっただろうが。
 ちなみにおれの隣にラウラ、ラウラの対面に一夏が座っている。

「それは、むぐ」
「一夏、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死ぬべきだよな?」
「ん? ああ、そうだな。そういうヤツは今すぐにでも死ぬべきだ」

 死ぬのはお前だ。
 おれは危うく一昨日の出来事を口にしかけたラウラの口を塞ぎ、「それは誰にも話してダメ」と耳打ちした。
 聞いたが最後、一夏は絶対におれとラウラが出来ていると勘違いする。というかおれとラウラの名誉の為にも絶対に他言してはいけない。
 駅を降りると、休日ということもあって殷賑を極めており、多くの人波に酔いそうになった。

「ここ、ここ。懐かしいな。弾や鈴とよく一緒に遊びに来たんだよ。駅前っていうけど駅舎なんだけどな」

 一夏が回顧しながら、感慨深そうに呟く。
 たびたび一夏の話に出てくる弾という人物が気にかかる。なんか、コイツが一夏の他人との距離感の元凶な気がする。

「喉渇いたな……榛名は喉渇かないか?」
「おれはそれほどでも。ラウラは?」
「……」
「……」

 返事がなかったので振り向くと、ラウラの姿がなかった。
 おれたちは顔を見合わせた。

「はぐれた!?」
「落ち着け、おれたちは専用機持ちだからお互いの所在地は『コア・ネットワーク』で判る」
「その手があったか!」

 一夏が感心する。おれは無許可だが、緊急時だから仕方ないと開き直ってISの一部機能を使い、ラウラの現在地を特定しようとしたが――

「何で潜伏モードにしてんだよ!」
「くそ、仕方ねえ。別れて探そう。見つけたらISで連絡くれ」
「ああ……」

 計画が初っ端から頓挫して、頭を抱えた。一夏が上手く見つけて、そのまま二人でデートしてくれればいいが――





 ――結果は、おれが見つけてしまった。どうしてこうも上手くいかないのか。
 ラウラは来た道を戻ると、すぐ発見できた。仁王立ちして、忙しなく視線を動かすラウラに声をかける。

「ラウラ……なにしてたのさ」
「む、母か。この辺は多様に入り組んでいるから、どこから狙撃、待ち伏せの危険性がないか確認していたのだ」
「此処は日本だからそんな危険はないよ……」
「そうでもない」
「?」

 不意におれを腕で制し、背中で庇うような動きを取るラウラ。瞬間、

「――ふっ!」
「ぐふっ!?」

 おれの後ろにいた中年女性の鳩尾を突き、腕を捻る。手から落ちたナイフが乾いた金属音をたてた。
 え?

「私の母に手を出そうとは、身の程を知らぬ愚物め」

 失神させた女性の持ち物を確認し、身元を確認する。どうやら人権団体の方のようだ。

「ふむ、相手は複数犯かも判らぬ。普通なら尋問して割らせるのだが……」
「いいよ、警察に突き出して買い物を続けよう。何か注目されてるし」

 ラウラに合わせIS学園の制服を着ていたことで、ますます注目を浴びていた。
 襲われかけたのに、妙に落ち着いている。それより恐ろしいことが日常的に続いていたからだろうか。
 IS学園だとISで襲ってくるのが何人かいるし、特に脅威に思えなくなっていた。

「確かに、この手の無粋な輩の所為でデートを中止にされるのも癪だな。母よ、私から離れるなよ」
「あはは……うん、頼りにしてるよ」

 女の子に守られることを情けなさよりも、本当に日常的に暗殺の危機があることに自嘲して笑いが込み上げた。
 先に離れたのはラウラなのに。……いや、突っ込むのはそこじゃないよな。
 ホント何でこうなっちゃったんだろう。

●

「これは何だ、母よ?」
「ぬいぐるみだよ。女の子はたいてい好きだね」
「ふむ」
「なにか気に入ったのあった?」
「いや、特にはない」

 一夏に連絡を取り、合流場所に向かっていた途中で、ラウラが女性向けのグッズショップの前で足を止めた。
 興味があるのかと思ったが、態度は素っ気無かった。好みなのではなく、単純に知らなかったから訊いただけのようだ。
 あまりにも無知過ぎるから、これから色々知っていって、何か趣味や好きなものを持って欲しい。
 少し眺めて、また歩きだそうとした時だった。

「すいません! この辺にこーんな髪型の女の子いませんでしたか!?
 俺と同じ赤毛で、胸はこーんなにペッタンコでヘアバン巻いてるコでちょーかわいいんですけど!」

 赤毛でロン毛、おまけにヘアバンを巻いたおれと同年代の男が号泣しながら尋ねてきた。
 男のロン毛なんて普通は不潔でむさくるしい印象を与えてしまうものだが、彼はそんな印象を微塵も感じさせない美形だった。
 結局は顔の良さが全てな気がしてきた。ラウラが無視したので、代わりにおれが答えた。

「いえ、見てませんけど」
「そうですか……うわあああ、どこ行ったんだ蘭―っ! 一夏に水着を見せるなんて張り切ってたくせに。お兄ちゃんを置いて行かないでくれー!」
「一夏? 一夏って、織斑一夏か?」
「え? 一夏を知ってるんですか……ってIS学園の制服ぅーっ!?」

 仰天する赤ロン毛。あまりの驚きようにおれも少しびっくりしてしまった。

「母よ、コイツは嫁のなんだ」
「聞いてみればいいんじゃないかな」
「あ、この人見たことある! 一夏と同じ男性初の――」

 面倒くさそうな買い物になりそうだった。


●別視点


「へえ、弾と一緒に来たのか」
「はい! まったく、バカお兄ったら、何やってるんだか」
「はは、俺も友人とはぐれちまってさ。奇遇だよな」
「そ、そうですね……ぐ、遇ぜ――いえ、運命感じちゃいます!」
「そうか? 偶々じゃないか?」
「……で、ですよねー。あはは、あはは……」

 五反田蘭は、兄の弾とはぐれた折に、ラウラを探している織斑一夏と遭遇した。
 瞬間、蘭はほんの少し前まで荷物持ちをさせられないと呪っていた兄に深く感謝した。
 一夏は弾の友人で、蘭は自宅を訪れた一夏を一目見た瞬間に恋に落ちた。
 それからというもの、蘭はどうにかしてその淡い想いを成就しようと努力した。
 子どもっぽい言動や服装を(本人の前でだけ)止めて色っぽく振舞ったり、お淑やかに見える背伸びしたファッションを試してみたりもした。
 だが、そのどれも悉く失敗に終わり、異性として見られていないのかと落胆する毎日。
 ライバルも多く、目下最大のライバルと見做していた鈴が帰国しても、関係は発展することはなかった。
そんな長年片想いを続けている蘭に、ようやくチャンスが舞い降りたのだ。これを逃す手はない。
一夏は友人を探しているようだ。その間にどうにかして仲を深めなければ――

「あ、あの! 一夏さん、私、今日は水着を買いにきたんですよ!」
「そうなのか。俺もだよ、奇遇だな」
「はい! それでですね……バカ兄がいなくなっちゃったので、私の水着を代わりに選んでいただきたいんですけれど……」
「俺? 弾じゃなくていいのか?」
「はい! そりゃもう! お兄なんかより一夏さんの方が、断然いいです!」
「そ、そうか? なら構わないけど」
(やった! サンキューお兄!)

 勇気を振り絞ったアピールが見事に実を結んだ。心の中で渾身のガッツポーズを決める。
 もともと一夏に見せる水着を求めて足を伸ばしたのだ。弾ではなく一夏で良いに決まっている。
 もっとも、それを披露する機会があるのか判らないのが難点だが。






「な、なんですの、あの小娘は。やけに一夏さんに馴れ馴れしいですわね」
「あれは……蘭ね。くっ、誤算だったわ。こんな所にいるなんて」

 それから少し離れた場所で、セシリアと鈴のペアは物陰に隠れながら歯ぎしりした。
 上手い具合に一人きりになった一夏を確保する筈が、思わぬイレギュラーの登場に失敗に終わった。
 IS学園の制服に加えて、両者ともに絶世と形容するのに躊躇のいらない美少女であった為、仰々しいストーカー紛いの行動を取っているのは注目を集めていたのだが、恋する乙女は盲目なので一夏以外は視界に入っていない。
 セシリアは敵の情報を知る鈴に頭の上から尋ねた。

「誰ですの、あの方は?」
「一夏の友達の妹よ。前々から一夏のこと好きで、私とはたびたび衝突してた。
 昔は私より小さかったんだけど……しばらく見ないうちに成長してやがったわ」
「友人の妹……それは由々しき事態ですわね。日本の男性は妹という属性が大好きと聞きますもの。
 特に友人の姉妹と聞くと、性的劣情を催さずにはいられないとか。風呂覗かせてと頼み込んだり、友人の家に遊びに行った時の無防備な格好にドキドキするものらしいですから」
「それは偏見だから。だいたい一夏のバカが年下に興味持つわけないじゃない」

 日本の穿った知識を教えられたセシリアに鈴が呆れながら言った。
 ラウラといい、なぜ日本の誤った認識はすぐに信じるのか。
 ラウラと言えば、シャルロットは上手くいっているだろうか。作戦前のシャルロットの追い詰められた獣のような目を思い出す。
 作戦立案能力に定評のあるシャルロットが、今朝方、二人に指示しながら言った。

『ラウラは軍人だから、先ず新しい土地に来たら逃走ルートの確保や地形を把握しようとする。そのとき単独行動をとって甲と乙から逸れるから、僕と二人はそれぞれ行動を開始。
 目標を確保したら各自好きなようにしていいよ。地図はこれ。データはISに転送しとくから確認しておいて。鈴は行き慣れてるらしいから土地勘あるよね?』
『まあね。フフン、完璧じゃない。場合によっては力づくも考えたけど、ラウラにそんな癖があるなんてね』
『さすが、一夏さんたちのペアと日本の代表候補をトーナメントで破っただけはありますわね。二日ともに過ごしただけでラウラさんの行動パターンを見抜く慧眼、わたくしも見習わなくてはいけませんね』
『二人とも、油断しちゃダメだよ。何回状況をシミュレーションしても、本番では予期しない出来事なんて幾らでも起こりうるんだ。
 大切なのは現状に合わせて行動する対応力だよ』

 真面目な話をしているのに、格好は三角形に目と鼻の穴が開いたマスクを被った変質者なので様にならなかった。
 それはさておき、この場合、二人が取るべき最善の行動は――

「……偶然を装って、さりげなく乱入するか」
「それしかありませんわね」

 二人は顔を見合わせ、頷きあった。ついでに一夏を取っちめると、余計な部分まで心を通わせて。
 一方、シャルロットは……



「いやー、世間って狭いな。こんなところで世界初の男性ISパイロットに出会えて、それが俺の友達の友達だなんて」
「それ言うなら一夏だってそうだよ」
「だってアイツ、IS学園に入ってからも普通にウチに来たりしてるから有り難みないんすよ。感覚的には以前のままですし」
「羨ましいな……おれの友達は卒業式に出席した時、みんないきなり態度変えて、知らない人まで十年来の友人みたいな接し方してきたよ。
 女の子も積極的になって、その日だけで一五人に告白された。全員断ったけど」
「……い、一夏と違ってヘビーなんすね……」
「ふむ、母も苦労したのだな」
(何なの!? ラウラだけならまだしも、何で一夏の友人までついてきてるの!?)

 物陰から監視しているシャルロットが内心で愚痴った。
 ラウラを一端榛名から引き剥がすことには成功したものの、すぐに気がついて戻ったために距離が離れておらず、確保に失敗。
 その後、榛名とラウラが傍目には仲睦まじいウィンドウショッピングを楽しんでいるのを見せつけられ、挙げ句の果てに一夏の旧友の登場でシャルロットが入り込む余地がさらになくなった。
 おまけにラウラは榛名の護衛という大役で株をあげ、シャルロットには二人がますます仲を深めたように見えた。

(ずるいよラウラ……恋人と母親なんて名目で二人を独占して、一夏には心、榛名には体を求めているなんて……)

 先日の一件で勘違いしているシャルロットは、恨みがましい眼差しをラウラに向けた。
 視線を察知したラウラが振り向くが、居場所まではバレていない。尾行されていると警戒する程度だ。

(おかしいよ。僕がヒロインの筈なのに、まるでラウラがヒロインみたいな扱いされてる)

 榛名のお姫様は僕の筈なのに……と、色々と勘違いしているシャルロットが爪を噛んだ。
 そんなシャルロットの想いを知ってか知らずか、逃げてばかりの榛名。
 ここ数日でさらに窶れてきている彼に、弾が親しげに語りかける。

「そういや榛名さんのこと、一夏が楽しそうに話してたっすよ。IS学園って女ばかりだから、気心の知れた男がいて助かったって。
 ほら、最近の女性って、ウチの妹もっすけど、気が強いじゃないすか。榛名さんがいないと殺されてたかもって言ってましたよ。冗談でしょうけど」
「……」

 冗談じゃないんだ、と言いたげの榛名。それに気づかず、思い出したように弾が続けた。

「あ、こないだのスマプラ一緒にやったすよね? あれで滅茶苦茶燃えちゃって、またやりたいなって思ってたんすよ。今度どうすか?」
「いいよ、一夏と、その時のもう一人も誘って一緒にやろう」
「母よ、私もしたいぞ」
「うん、ラウラもね」
「うっし! じゃあ、連絡先交換しましょう」
「え、ああ……」

 弾がケータイを取り出したのを見て、榛名もおずおずとケータイを手に取った。
 その困惑した様子を見て、弾が首を傾げた。

「どうしたんすか?」
「いや……そういえば、連絡先交換した男子、一夏以外では初めてだな、と。ちょっと感動して」

 榛名がケータイを持ったのは高校からで、IS学園に入ってからは男子と交流を持つ機会さえなかったので、同年代の男子と話すのも、一夏以外では初めてだった。
 しみじみと不慣れな手つきで赤外線で連絡先を交換する榛名を見て、弾は強引に肩を組んだ。

「うわっ!?」
「なーに辛気臭いこと言ってんすか。一夏のダチなら俺のダチも同然っすよ。こうして出会えたのもなんかの縁だし、せっかくだから楽しみましょう!」
「……わかった。なら、中途半端な敬語やめて、さん付けもやめてくれ。おれも弾って呼ぶから」
「ああ、やっぱりダメだった? 俺も堅苦しいの苦手でさ。じゃあ遠慮なく、俺も榛名って呼ばせてもらうわ」

 肩を抱きよせ、榛名の顔を覗き込み、男臭い笑みを浮かべる弾に、一夏の距離感の原因はやはりコイツだったと確信する榛名。
 だが、新しい男友達ができて嬉しくもあった。しかし、シャルロットは――

(な、なんで!? なんであの人、榛名にキスしようとしてるの!?)

 また盛大に勘違いしていた。シャルロットの角度からは、弾が榛名を抱き寄せ、キスしているようにしか見えなかったのだ。
 わなわなと震え、榛名の男色化に危機感を示す。拙い……絶望的に拙い。

(も、もう我慢できない。しばらく様子を見るつもりだったけど――こうなったら強攻策しかないよ!)

 覚悟を決めたシャルロットは、ラウラの警戒網を掻い潜りながら、巧妙に三人の背後に近寄った。
 一定の距離を取りながら好機を窺う。そして三人が曲がり角で、榛名が後ろを歩く瞬間を狙い、回り道をし、物陰に潜んで好機を待つ。
 そして、その機会は訪れた。

「――むぐっ!?」

 ラウラの姿が角の向こうに消え、榛名から注意が消えた刹那を見計らって、榛名の口を塞ぎ、物陰に引きずり込む。

「むーっ! むーっ!?」
「暴れないで榛名、僕だよ」
「むむうむろと!?」
「静かにして、痛くしないから」

 誘拐かと思い抵抗していた榛名が、シャルロットだと気づき大人しくなる。
 見事榛名の奪還に成功したシャルロットだが、それをラウラが気づかないわけがなく、

「――しまった。母が連れ去られた」
「あれ? そういやいないな。どこ行ったんだ?」
「く――私がいながら、何たる失態だ! いや、私の警戒を潜り抜ける凄腕がいるという情報が得られただけでも良しとせねば」
「ど、どうしたんすか? 何か物騒な話してますけど」

 銀髪美少女と二人きりになり、尻込みする弾に説明する時間も惜しいとISで一夏に連絡を取りながら言う。

「母は女性人権団体に命を狙われているのだ。だから私が警護していたのだが――不覚にも裏をかかれ、母は拉致されてしまった。これより全力で母の奪回に当たる。一般人は下がっていろ。下手したら、ここを灰燼と帰さねばならん」
「な、なんだと!? 俺のダチに何てことしやがる! 俺も手伝うぜ、ダチの危機にじっとしていられるかってんだ!」
「素人が邪魔をする……チッ、行ってしまったか。――嫁よ、大変なことになった。母が拉致されてしまった」

 ただの買い物の筈が、とても面倒なことになりそうだった。



あとがき
俺妹とかはがないとかでドロドロな恋愛が書きたいです。



[37185] 一夏がついてきたのか
Name: コモド◆53cfaf75 ID:fe1b02d0
Date: 2013/05/03 20:05


「なんだって!? 榛名が攫われた!?」
『済まない、私が到らないばかりに……』

 ラウラからの報告を聞いた一夏は、鈍器で頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。
 榛名が拉致された。かつての自分と同じように。

「ラウラが悪いわけないだろ。攫われたのはついさっきで間違いないのか?」
『あぁ、まだそう離れていない筈だ。私はすぐに奪還に向かう』
「犯人からの要求とかはないのか?」
『今のところは何もない。恐らく、母の命が目的だ』
「……ッ! わかった。俺もすぐにそっちに行く!」

 連絡を切り、激情に駆られながら足を踏み出す。
 同行していた蘭の制止の声も聞こえない。答える間すら惜しいのだ。
 全力で足を踏み抜き、来た道を引き返す。その最中、榛名を呑気に買い物に誘った自分の間抜けぶりを呪った。
 榛名が人権団体から嫌がらせを受けているのは知っていた筈なのに、どうして失念していたのか。
 榛名も乗り気でなかった。自分とラウラが半ば強引に誘ったからついてきただけで――榛名はこうなることがわかっていたのだろう。
 歯が軋むほど強く噛んだ。

(俺は……馬鹿だ……!)

 後悔しても仕方ない。事は一刻を争う。すぐに助け出さなくては――

「一夏! 話は聞いたわよ」
「鈴、何でここに!?」
「わたくしもいますわよ!」
「セシリアまで……」

 併走する二人に戸惑う。どうしてここにいるのか。どこで話を聞いていたのか。
 問い質したい気持ちはあったが、今は堪えた。二人の精悍な眼差しが一夏を見据える。

「同じ学び舎の学友がピンチなのを見捨てるなんて、この凰鈴音にはできないのよ。水臭いわね、あたしにも手伝わせなさいよ、このバカ」
「榛名さんには相談相手になってもらった恩があります。それを返すときは今。オルコットの家名に懸けて、必ず悪しき組織から救い出してみせますわ」
「二人とも……」

 いつもはISで一夏を襲ってくる恐ろしい二人が、これほど頼もしく見えたことがあっただろうか。
 瞳の奥にたたえた清冽な光の強さが眩しい。大丈夫だ、この四人でなら、絶対に榛名を助けることができる。
 待っていろよ、榛名!
 一夏は再び前を見据え、親友の救出を心に誓った。



●その頃の例のアレ



「で? なに、これ?」
「榛名が悪いんだよ! 榛名が僕を避けて、ラウラとか、知り合ったばかりの男の人とイチャイチャするから……」

 路地裏に連れ込まれ、身動ぎできない状態にされたおれは、しばらくしてからシャルロットと向かい合った。
 初めは人権団体の刺客だと肝を冷やしたので、シャルロットでよかったと安堵すべきか。
 表参道からは死角になっている場所のようで、おれたちの姿は見えない。よくこんな場所見つけたものだ。ラウラの警戒を掻い潜っているし、シャルロットって本当に多才だな。
 おれは感心ながらも、シャルロットの言い分にため息をついた。

「イチャイチャなんてしてないよ。文字通り親子っていうか、妹みたいなものじゃん。あと、さっきの人は一夏の中学時代からの友達」
「嘘つかないで! だ、だって、榛名は一昨日、ラウラと……え、エッチなことするって約束してたじゃない!
 榛名のエッチ、ロリコン、変態! サイテーだよ! そういうのは本当に好きな人とするものなのに!」
「寝るって、そのままの意味だよ。添い寝して欲しいって言ってきたんだ、ラウラは」
「え?」

 シャルロットの目が点になる。日本語に慣れてないというより、このコはただ目と耳に邪なフィルターがかかってるんだよね。
 思春期だから仕方ないのかな。

「ラウラはさ、誰かと一緒に寝たことがないから、親みたいに思ってるおれに一緒に寝て欲しかったんだ。おれも最初は拒否してたけど、少しだけならいいかなって気になって……そこにシャルロットが入ってきたんだ」
「え? ……え? う、あ」
「確かに紛らわしかったかもしれないけど、ろくに話も聞かないでエッチなことだと一方的に思い込んで喚き散らしてたシャルロットさん。
 おれがラウラとエッチしようとしてるとか、男とキスしたとか勘違いして人を変態呼ばわりした耳年増なシャルロットさん。
 本当にエッチなのはどっち?」
「うわぁぁあぁぁ! やめて! やめてよ榛名! 僕が悪かったからぁ!」

 あたふたとしだすシャルロットに追い討ちをかけると、羞恥心が限界に達したのか、顔を覆って絶叫した。
 頭も良くて機転も効くのに、どうしてこう視野狭窄というか、猪みたいになっちゃうんだろう。
 これシャルロット以外の女子にも言えるよな。すぐ手が出る……というかISが出るのがいるし。
 顔から火が出そうなほど赤面して悶えるシャルロットを見て、またため息が漏れた。

「あとでラウラに謝ろうね。ルームメイトなんだし、ギクシャクしてるのはよくないよ」
「うん……」

 反省したらしく、しゅんと意気消沈するシャルロット。このコは要領が良い。
 誤解さえなくなれば、気難しいラウラとも仲良くやれるだろう。
 同時に、自分の行いを振り返って反省した。後ろ髪を掻く。

「あと、おれも悪かったよ。ちゃんと話す場を設けるべきだった。誤解させちゃったね」
「うぅ……榛名に謝られるとますます僕が惨めになるよ」

 気落ちするシャルロットにまた嘆息しそうになった。意地悪しすぎたか。

「シャルロットはまだ水着用意してなかったよな? おれもないんだ。一緒に選びに行かない?」
「え……榛名、憶えててくれたの?」
「うん。言い出す機会がなくて誘えなかった。せっかく来たんだし、一緒に回ろうよ。それとも、男と水着選ぶなんて嫌?」
「ううん、全然! むしろ、嬉しい……よ?」

 なぜ疑問形で返すのか。シャルロットの真似してみたんだけど、あまり上手くいかないな。
 女の子だから有効なんだろう。シャルロットだから、かもしれない。一夏も偶にやるけど。

「手……」
「ん?」
「はぐれたらいけないから、手、握って欲しいな」
「……あー。うん、そうだね」

 遠慮がちに言う声と握った手は愛らしくて――女ってずるいな、と心の底から思った。
 おれの手は、シャルロットが初めからずっと握り締めてた。


●


 そういえば、一夏たちは何をしているんだろう。ラウラと弾が一夏と再会できただろうか。
 連絡がないってことは遊んでいるのか。こちらから連絡すべきか。
 というか、はぐれたのに連絡一つ寄越さないなんて、ラウラも薄情しすぎではないか。
 おれから連絡すべきなのか。おれはどうするべきなのか。

「ねえ、榛名はどっちがいいと思う?」
「赤」
「んー、こっちかぁ。でも僕はこのパレオも捨てがたいんだよねー」

 水着を両手に持ち、眉根を寄せて悩みだすシャルロット。これで何回目だろう。
 もう帰りたくなってきた。ショピングモール二階の水着売り場でシャルロットに水着を見立ててくれと頼まれ、了承するまではよかった。
 女の買い物が長いのは知っていたが、シャルロットは状況判断力も高いので即決できるものと思っていた。甘かった。そんな訳がなかった。
 そうだよな。シャルロットだって女の子だし、男みたいにぽんぽん決められるワケないよな。
 女性って決断力ないって言うし、国政までこんなんじゃそりゃ政治も滞るよ。

「榛名。僕ってどの色が似合うのかな?」
「シャルロットは……そうだな、白かな」

 リヴァイヴのオレンジとで迷ったが、制服の印象が強かったのでそう答えた。
 部屋で見慣れたジャージの紺色だと、どことなくセシリアさんと被るし。

「白かぁ」

 呟いて白のビキニを手に取る。露出が少なく、シンプルで清楚なデザインだ。
 下着と変わらない水着で清楚も糞もないが。

「でも、白はやめといた方がいいと思う」
「どうして? 似合わないかな?」

 掲げて体に合わせるシャルロット。普通に似合ってる。たぶん、黒と赤以外は似合うと思うが……

「白だと水に濡れると透けるから」
「……榛名のえっち」

 ジト目で咎められた。おれ、そんなにスケベなこと言ってるかな。

「ったく……そんなこと言うなら、もう何も言わない。自分で決めなよ」
「あっ、ごめんごめん。悪い意味じゃないよ?」

 悪くないえっちって何なんだよ。おれが呆れていると、シャルロットは含み笑いを浮かべた。

「ただ、もしかして榛名……僕の勘違いだったら謝るけど……今のって、僕の裸を一夏に見られたくなかったからだったりする?」
「……なあ、シャルロット。キミ、ひょっとしなくてもさっきの仕返ししてるだろ」
「あ、ごまかした!」

 拗ねたように追求してくるシャルロットを、おれははぐらかし続けた。
 何で女子の水着売り場に連行されて、あれこれ水着の品評会もどきまでさせられた上に羞恥プレイまでさせられなきゃいけないんだ。
 シャルロットが水を得た魚みたいに活き活きしておれをからかって、おれが消沈していた時だった。
 シャルロットの顔がぎょっと固まって、何だと振り向こうとした瞬間、いきなり試着室に押し込まれた。

「シャルロット! 何で此処に!?」
「あ、ああ、偶然だね一夏! み、見ての通り水着を買いにきたんだ。あはは、あはははは……」
「そうか。ところで榛名を見なかったか?」
「う、ううん。見てないよ」
「クソッ! どこに行っちまったんだ榛名……!」
「……」
「榛名を見かけたら連絡をくれ! できればシャルロットも探してくれよ、頼む!」
「え? うん……」

 何か聞きなれた声がしたんだけど、カーテンで外の様子がさっぱりわからん。
 騒々しい足音が去った後、シャルロットがカーテンを開いた。

「ふう……出てきてもいいよ」
「いま一夏がおれを探してなかったか?」
「き、気のせいだよ! 榛名の幻聴だよ、うん!」

 それは流石に無理があるんじゃないかな。シャルロットってテンパると支離滅裂になるし。

「さ、続きしよう。これなんかど――」

 外に引っ張られた瞬間、また押し込められた。

「シャルロットさん! 緊急事態ですわ! 榛名さんが大変ですの!」
「せ、セシリア。榛名がどうかしたの?」
「どうかしたどころじゃありません! 悠長にしているこの時間も惜しいくらいです!
 榛名さんが拉致されて、今にも殺されようとしていますのよ!?」
「ええ!?」
「わたくしも全力を挙げて捜索しております。シャルロットさんも協力してください。
 遅くなれば最悪――もう会えなくなるかもしれませんから」
「あの……」
「では」

 ……今のはセシリアさんだよな? 平素とは全く声色が違ったけど。
 またカーテンが開く。冷や汗を流すシャルロット。何かヤバイ事態に発展してないか。

「なあ」
「こ、この水着なんてどうかな? 僕には少し派手かなぁー?」

 現実逃避してる……
 流石に無視できないので、外に出て一夏たちを探そうとしたら、また試着室に放り込まれた。

「今ここに金剛くん来なかった!?」
「う、ううん。見てないよ」
「そう……つーか、なにやってんのよアンタ! 金剛くんが人権団体に攫われたっていうのに!」
「え……」
「あたしはあっちを捜すから、アンタは向こうを捜しなさい。手遅れになってもしらないからね」
「……」

 今の快活な声は、鈴音さんだな。段々状況が掴めてきたぞ。

「おい、シャルロット。たぶんアイツ等、おれがいなくなったのを拉致されたって勘違いしてるぞ」
「うん……大事になってる」
「とりあえず連絡しとくか。無事だって。警察沙汰になったら嫌だし」
「そうだね……誤解は解かなきゃ――!?」

 ISで連絡を取ろうとした瞬間、また押し込められた。何でだよ!

「シャルロット、何をしている!」
「や、やあ、ラウラ。き、奇遇だね」
「呑気に挨拶している場合ではないぞ。母が……母が攫われてしまった……私のミスだ」
「あ、あのね、ラウラ。そのことなんだけど……」
「相手には凄腕がいる。私の警戒網をものともしない実力者だ。私一人では母を取り返せるか、悔しいが判らない。
 奪還には万全を期したい。同行を頼む、シャルロット」
「え? ちょ、ラウラ!?」
「モタモタするな! こうしている間にも母に危機が迫っているのだ! 母よ……無事でいてくれ……!」
「わっ、は、話を聞いてってば~!」

 遠ざかっていく二人の声。シャルロットがいなくなったので、ようやく試着室から出ることができた。
 さて、

「誰に連絡すれば一番早いのかな」

 ラウラの誤解はシャルロットが解いてくれるとして、やっぱり一夏か。
 ケータイでいいかとか思っていたら、赤髪の中学生くらいの女の子が、息も絶え絶えの様子で走ってきた。

「はぁ、はぁ……あ、脚早すぎ……一夏さぁん……」

 一夏を知っていることと、外見が弾に似ていたことで、彼女が例の弾が捜していた妹ではないかと思い、声をかけた。

「ねえ、もしかして弾の妹さん?」
「はい? 確かに弾は私の兄ですけど……って、うわわ、IS学園の制服ぅーっ!?」

 反応で確信した。驚き方がそっくりだ。


●


「そうなんですか。あなたが一夏さんと一緒に遊びにきた友人さんだったんですね」
「うん。それで途中ではぐれてね」
「あはは、初めは新手のナンパかと思っちゃいました。ウチの愚兄と友達になってもいいんですか? 身内から見ても相当な馬鹿ですよ?」
「人の良さって頭の良さは関係ないからね。さっきもキミを一生懸命捜してたよ。良いお兄さんじゃないか」
「また大声で私の名前呼んだりしてませんでした? もう子どもじゃないんだから、そんなに心配しなくていいのに」

 蘭ちゃんと世間話をしていた。ひとつ年下なのに礼儀正しい良い子だ。
 女尊男卑の傾向もないし、普通の子だ。久しく出会っていなかった、普通の子だ……!
 IS学園にいると感覚が狂うけど、普通ってこういうのを言うんだよな。
 幾ら優秀でも腐ってたりしたら、その時点で普通じゃないよ。まぁ、IS乗れる時点で普通じゃないんだけど。

「なんか変な感じですね。テレビで見てた人が目の前にいて、直接喋ってるなんて。
 友達に自慢できそうです」
「絶対にそんな大層なものじゃないよ……」

 いつの間におれの立場が芸能人みたいなものになったんだろう。
 ちょっと自分に嫌気がさしてきた時だった。

「あ、見つけた! 榛名! 見てろ、いま助けてやるからなーッ!」

 気迫のこもった大声に振り向くと、弾がいた。拳を振り上げてこっちに向かってくる。
 拳の先は――蘭ちゃん!?

「お兄!?」
「うおおおおおお! 悪党成敗!」

 しまった。おれ影になって蘭ちゃんが見えていない。このままだと妹に殴りかかってしまう。
 おれは咄嗟に蘭ちゃんを庇おうとして――やっぱり女の子に抱きつくのは躊躇われたので、弾の拳を躱して、弾の肩を掴み、力任せに地面に引き倒した。下になっているのはおれで、背中が痛かった。
 立ち上がろうとする弾を掴んで止める。

「な、何しやがる榛名!」
「落ち着け、よく見ろ。弾の妹だ」
「は?」
「お兄……なにやってんの……?」
「は!?」

 ……あれ? 鬼がいる。おかしいな……さっきの大人しいJCはどこ行ったんだろう。

「いきなり妹に殴りかかるわ、人様に迷惑かけるわ……いい加減にしてよ、この馬鹿お兄!」
「ま、待て。俺の話を聞いてくれ! 仕方なかったんだ!」
「何が仕方ないのよ! 髪切れ、ギター下手くそ、馬鹿お兄ィ!」
「うわぁ! カバンの角はやめろ! やめてくれ!」
「……」

 周囲の視線が痛い。何でおれの上でSMもどきが始まってるの?

「む、アレは……」
「……何で男に押し倒されて、その男の人は女の子に叩かれてるんだろう」
「ど、どういうことですの?」
「弾!? 何やってんのよアンタら!?」
「あれ? 弾と蘭? それに榛名も……」

 騒ぎを聞きつけたみんなも集まってきた。お願いだから早くやめてください。
 弾が暴れるたびに変なところが押し付けられるんです。

●

「まったく、人騒がせにも程がありますわ!」
「本当に拉致してどうすんのよ馬鹿ぁ!」
「ごめんなさい……」

 事情を話すと、怒られたのは案の定シャルロットだった。正座させられて、ぷんぷん怒っているセシリアさんと鈴音さんに説教されていた。
 すぐに連絡しなかったおれも悪いんだが、槍玉に挙げられたのは主犯のシャルロット。
 まあ、二人もシャルロットと共同で何かを企んでいたっぽいが、そこは指摘しないのが賢明か。

「何はともあれ、榛名が無事でよかったよ。マジで誘拐されてたら今頃死んでたかもしれないしな」
「物騒なこと言うなよ、一夏」
「相手がシャルロットとはいえ裏をかかれるとは……私もまだまだ精進が足りんな」

 臍を噛むラウラの頭をぽんぽんと叩く。ラウラがいなければ刺されていたかもしれないから、あとでお礼を言っておかなきゃ。
 弾はまだ蘭ちゃんに折檻されていた。やっぱり女の子って怖いや。

「さて、これからどうする?」

 シャルロットへの説教も一通り済んだところで、一夏が切り出した。

「もちろん、デ……買い物を続けましょう!」
「そうね。せっかくだし、色々見て回りましょうよ」
「そうか。なら俺と弾と榛名は男物の水着見てこようぜ」
「何でそーなるのよ!」

 自然に男だけになろうとした一夏を鈴音さんが止めた。すぐさま再起動したシャルロットも続いた。

「榛名は僕とさっきの続き! 一夏はみんなと回ってきなよ」
「え?」
「ほら来なさいよ」
「ささ、一夏さんはこっちですわよ」
「わ、私も行きます!」
「む……私はどうすれば」
「ラウラも言ってきなよ」
「何でだよ!? 何で俺だけなんだ!?」

 強引に連行される一夏。哀愁が漂っている。出荷される家畜を見送る気分だった。

「ほら、榛名もこっちこっち」

 ぐい、と腕を引かれ、おれも連行される。またあの長い買い物に付き合わされるのか……

「……え? 俺は?」

 ひとり残された弾が呟いた。申し訳ないけど、助けられそうになかった。


●


 ようやくシャルロットの買い物を終えたおれは、男物の水着売り場で大きく息を吐いた。
 疲れた……本当に疲れた。途中で一夏組も加わり、ラウラの私服選びに女性陣が参戦した為、長い買い物はさらに長く、終わりが見えなくなった。
 足は棒のようだし、頭も寝不足でうとうとしている。買い物に来ただけなのに、どうしてこんなに疲れるんだ。

「これでいいや……」

 ざっと眺めて、黒の膝丈の水着を手に取り、カゴに入れる。
 金だけはたんまりある。値段は気にしなくてもいいので、本当に即決だ。こういうのでいいじゃん、買い物って。
 直感で良いと思ったものでいいじゃん。
 レジに向かおうと重い足を動かす。何か女性陣が慌ただしいが、どうしたんだろう。
 試着室の横を通り過ぎる。そしたら、中に引きずり込まれた。

「うむっ!?」
「暴れんなよ……暴れんな」

 またか。今度こそ人権団体か、とISを展開しようとしたら、一夏だった。
 上半身裸の一夏だった。水着を試着している一夏だった。

「う、うもう」
「しっ! 静かにしてくれ!」

 おれの口を抑え、鏡に全身を押し付ける一夏。何だよ、マジで何なんだよ!?
 吐息とか裸身の生暖かさが気持ち悪い。

「むがむが(何やってんだよ)」
「千冬姉と山田先生が来たんだ……見つかったらヤバイ。隠れるぞ」

 いや、どう考えてもこの状況を見つかる方がヤバイだろ。お前なに考えてんだよ。
 おれはこれから起こる出来事が予測できたので、どうにかして脱出しようともがいた。

「うくっ……! 離せ……!」
「馬鹿! いま外に出たら……!」

 一夏を突き放すおれと、おれを押さえつける一夏。何でこんなことになってんだよ。
 その時、試着室のカーテンが軽快な音をたてて開いた。
 無表情の織斑先生と赤面して驚愕している山田先生がいた。

「な、何をやっているんですかあなたたちはーッ!?」

 父さん、母さん……何でこんなことになっちゃったのかな……?
 とめどなく大粒の涙がこぼれ落ち、震えるおれの手のひらを濡らした。
 おれは声をあげて泣いた。山田先生に説教されながら、心の中で。


あとがき
媚びを売る(至言)



[37185] 一夏がついてこなくてもいいや
Name: コモド◆53cfaf75 ID:fe1b02d0
Date: 2013/05/11 01:09

「織斑と私が相部屋、お前は個室だ。いいな?」
「はい」

 説教の終わる間際に、臨海学校の部屋割りを言い渡された。
 なぜ男子生徒同士で相部屋にならないんだとも思ったが、怖いので抗議しない。
 姉としては可愛い弟が男色かもしれないとあっては不安にもなるだろう。おれも色々と不安なんだが。

 説教を終えるとおれたちは、無事買い物を済ませ帰路についた。
 道中、ラウラが過剰に警戒して殺気立っていたり、シャルロットが半裸でおれを拉致した一夏に敵意を向けたり、一夏の隣の座席を巡ってのセシリアさんと鈴音さんの争いが、一夏がおれの隣に座ったことで終戦したりと波乱に満ちていたが、やっと長い一日が終わったのだ。
 IS学園に帰り、みんなと別れて自室に戻る途中、おれはふと一夏を思った。
 一夏と知り合ってから数ヵ月が経つが、未だにアイツのことは良くわからない。
 超がつく鈍感で、お調子者だが熱血な一面もあり、普段は温和だが女尊男卑主義者には怒る。シスコンで幼馴染が二人いるが、なぜか眼中にない。ウェスターマーク効果でも働いているのだろうか。
 では高校で知り合ったセシリアさんはどうかと言えば、これも微妙。
 お尻のラインとか、小柄なのに凄い肉感的なスタイルをしているのに、一夏の反応はイマイチ。
 篠ノ之さん、セシリアさん、鈴音さんが頭一つ抜けてるけど、他のクラスメートも美少女揃いなのに、スク水みたいなISスーツ姿を見てもピクリともしない。

 アイツ、性欲がないのか?
 おれは一夏との同居生活の中で、一夏が異性に興味を懐いているような素振りがなかったことを思い出した。
 そういえば、篠ノ之さんの使用済みブラを手にしても無反応だった。あれメロン入りそうなくらいデカかったのに。
 姉の下着を洗濯しているから慣れているのだろうか? いや、一夏の話では織斑先生は忙しくてあまり帰ってこなかった筈。
 そう何度も触れる機会はなかったと思われる。やはり性欲自体がないのか。
 ……いやいや、この年頃の男が性欲ないなんて。あるワケない。いるかもしれないが、あんなに女の子に囲まれてるのに欲情しないなんて、そんなのインポかゲイくらい……

「――は!?」

 不意に、背筋に電流が走った。脳裏に飛来する光景に戦慄する。
 女性関係でしか怒らない一夏が、珍しく男にキレた事件。

『待てよシャルル。たまには一緒に着替えようぜ』
『当たり前だろ!? 男同士の親睦を深めるには裸の付き合いが一番じゃないか』
『というか、むしろどうしてシャルルは俺と一緒に着替えたがらないんだ?』
『慣れれば大丈夫。さあ、俺と一緒に着替えようぜ』
『安心しろ。俺はホモじゃない。ただ男同士の親睦を深めたいだけだ。
 さあ、三人で一緒に着替えようぜ。慣れれば病みつきになるぞ』

 あの時は寝不足で思考が覚束なかったけど、冷静に考えると、もう疑いようのないくらいホモじゃん。
 何で男はみんな一夏と着替えたがると思ってるんだよ。おかしいだろ。
 確かに脱ぐのは慣れれば抵抗なくなるけど、それでも病みつきになるって。
 それは露出癖に目覚めただけだ。ただの変態じゃないか。

「……いや、でも、弾も肉体的接触は積極的だったし」

 たぶん、一夏の中学では普通だったんだ。
 男子はみんな裸になって着替えあって、親愛を体で表現しあってたんだろう。
 体育会系だな、一夏は。
 おれは無理やり納得させて自室のドアを開けた。

「やあやあ、遅かったね少年」
「すいません、間違いました」

 入ると、青色の不思議な髪色のお姉さんが気さくに挨拶してきたので、おれは自然にドアを閉めた。
 おかしいな。鍵は合ってるんだけど。部屋の名義もおれのなんだけど。
 困惑して立ち竦んでいると、ドアが開き、お姉さんがひょっこりと顔を覗かせた。

「間違ってないよ。此処はキミの部屋」
「何でおれの部屋にいるんです?」

 ていうか誰? 住居不法侵入じゃない? おれ脱ぎ捨てた下着をベッドに放り投げたまま出かけたよ?
 お姉さんはおれの動揺を見透かしたように微笑んだ。端麗な容姿には多々邪気があった。

「私、これからここに住むの。よろしくね、旦那様」
「山田先生! 山田先生はどこですか!?」

 おれは部屋割りを担当していた山田先生を求めて走り出した。
 冗談じゃない……! こんなんどこをどう取ってもハニートラップじゃないか――!
 おれは逃げ出した。が、首根っこを掴まれ、部屋に引きずり込まれた。

「い、嫌だ! 助けてくれ一夏、シャルロット、ラウラ……っ!」
「んふっ」

 この華奢な身体のどこに男性を押さえつける力が秘められているのか。
 おれは肉食動物に首を噛まれる草食動物のように、獣のねぐらに囚えられてしまった。

●

「なるほど、おれの護衛で」
「そ。理解が早くて助かるね」

 暴れるおれを組み伏せ、おれの背中の上で女王のように座しながら事情を説明するお姉さん。
 要約すると、学年別トーナメントで真っ先に攻撃をくらったおれの安全性の保障を政府から要求され、学園側も断りきれず、緊急処置として学校関係者を護衛をつけることにしたらしい。
 それが一夏にとっての織斑先生で、おれにはこの人。おかしくない? 普通教員が担当するよね?

「拒否できないんですか?」
「無理。生徒会長権限」
「それって先生より強いんですか?」
「うん。強引にねじ込んでもらったよん」

 何で生徒会長がそこまで強い権限持ってんの?
 おれの知ってる学校とだいぶ違うんだけど。生徒会長って生徒の要望聞く程度で内申を高めたい真面目くんがやる役職じゃないの?
 この人、獲物を前に舌なめずりする蛇と同じ目をしてるよ。

「まぁ、そんなに警戒しないで。私は学校でも数少ない専用機持ちだから、キミの特訓にも付き合えるし、色々と役得だと思うよ?」
「……いちおう聞きますけど、会長の所属は?」
「ロシアの代表だけど」

 ロシアって敵国……未だに北方領土問題で争っているのに、日本とロシア代表を一緒にするって。
 しかし学生なのに国家代表か。単純に感心してしまった。

「すごいですね」
「ありがと。でも、三十五億分の二のキミの方が、国家にひとりはいる代表より凄いよ」

 完全に皮肉だったので、無言で返す。
 IS学園どころか、世界中を見ても専用機持ちは希少で、女性の最大のステータスだ。
 大国の軍でもエースしか乗れないIS、さらに専用機持ちとなると、如何に優れた存在か推し量れる。
 専用機は操縦者にとっては最大の栄誉であり、国家の技術力と誇りの結晶だ。希望したから許されるものではない。
 そもそもIS学園が専用機、打鉄、教員用のリヴァイブ含めて全ISの十分の一近く保有しているから、相対的に価値が高騰している。
 国家代表でもなければ乗れない専用機。それを男子で、一般人だったおれが所有しているのに反感を持つ人は、頭が緩そうな女の子ばかりに見えるIS学園にもいるだろう。
 まぁ、おれは男性搭乗時のISのデータ収集と護身が目的だからIS学園卒業と同時に剥奪される手筈で、一年の他の専用機持ちも似たような理由で専用機を渡されているから実力も糞もないのだが。

「おれ自身はたいしたことないですけどね。ところで、そろそろ退いてくれません? もう逃げませんから」
「あら、重かった?」
「いえ、羽毛のような心地でした。ただ、おれは脆弱なので会長を支える筋力がないんです」
「遠まわしに重いって言ってるじゃない。案外、良い性格してるわね」

 扇子で頬を突きながら、目を細める会長。……会長?

「……あれ? そういや、まだ名前聞いてない……」
「ん? あぁ、ごめん、忘れてた。更識楯無だよ。たっちゃんって読んでね」
「呼びません」

 DQNネームも真っ青な名前だなぁ、と思いました。

●

「どうしたんだ、榛名。背中が煤けてるぞ」
「……一夏。おれ、思うんだよ。例えば女の子と付き合って、将来、結婚を視野に入れたら同棲するだろ?
 その時に、お互い見たくないものが見えて別れるケースって多いんだって。片付けができないとか料理が下手だとか、嫌な部分まで見えて魔法が解けるんだ。
 恋愛感情を持ってる女の子にすらそうなるんだ。ろくに知りもしない女の子といきなり同居しろとか言われたら……困るよな?」
「? まぁ、たしかに。問答無用で一緒に住むなんてなったら戸惑うと思うが」

 イマイチおれの言わんとすることが掴めない様子の一夏が茶を啜る。
 食堂では、おれと一夏だけで夕食を取っていた。相変わらず聞き耳をたてられているようではあるが、もう慣れっこだ。
 シャルロットを含む五人組は同じテーブルについて不穏な視線を送っている。こっちは素直に怖い。
 おれは柔らかく煮込んだうどんを啜った。最近うどんしか食べていない。消化が早くて胃に優しいから。
 あったかいし。
 おれは首を捻る一夏に言った。

「例えばだけど、篠ノ之さんと同居してる自分を想像してみなよ」
「箒か……」

 腕組みする一夏の眉根が寄り、汗が頬に伝った。

「どうだ?」
「木刀で殴られたり、真剣で斬りつけられてるところしか想像できん」

 誰かの怒声が聞こえた。声の主は想像したくなかった。

「じゃあ、鈴音さんは?」
「鈴か……あまり気苦労しなそうだけど、何かあるたびにISで殺されかけるような気がする」

 またどこかで怒号が飛び交ったが、真剣に考えている一夏には聞こえていないようなのでおれも無視した。

「ならセシリアさんは?」
「セシリアは……女子に聞いた話だと、ベッドが天蓋付きの高級ベッドらしいんだよ。他の私物も高価そうだし、遠慮しちゃいそうだな」

 ヒステリックな悲鳴が響き渡ったが、瞑目してイマジネーションする一夏の耳に入っていないようなので、おれも振り向かなかった。

「最後に、ラウラは?」
「ラウラかぁ……何かふたつ想像つくな。滅茶苦茶規律に厳しいか、逆に何でもやってあげなきゃならないパターン。どっちも苦労しそうだぞ」

 如何にもショックを受けていそうな声がおれの胸を打ったが、それでもおれは一夏から目を離さなかった。
 一夏は考えるのを止めて、そうだ、と手を打つ。

「榛名はもう女の子と同居したよな? シャルロットと。どうだったんだ?」
「シャルロットか……」

 息を呑む雰囲気を察したおれは、どう答えるかしばし逡巡した。
 一夏が真面目に答えたので、おれも素直に答えることにした。

「シャルロットは言動が逐一、狙ってるじゃないかと疑るくらい一々男心を擽ってきてな。
 着替え中に転けたり、シャワー浴びるのに着替え忘れたり、しっかりしてる癖にどこかうっかりしてるんだよ。
 あれはもうわざとやってるんじゃないかと思ったな」

 「何で此処で言うの!?」と耳慣れた声が上がった直後に、「あざとい、さすがシャルロットあざとい」、「シャルロットはあざといな~」と続いた。
 一夏はおれの話に耳を傾けているので聞こえないようだった。

「はは、榛名も苦労してるんだな」

 他人事のように言う。そうだよな、他人事だもんな。
 家族と暮らしてるんだから、一夏も織斑先生も不満なんかあるわけないよな。
 おれは席を立った。振り向くと、怖い人たちがISを展開していたので、一目散に逃げ出した。
 たぶん、今回はおれが悪い。

●

 何とか逃げおおせたおれは、自室のドアノブを回した。
 会長はもう夕食は摂ったとのことで部屋に残ったので、本当に同居するのであれば、まだいる筈だ。
 扉を開く。何だか未知の扉を開くみたいに緊張している。この先は本当におれの部屋なのだろうか。

「おかえりなさい、あなた。お風呂にします? ティータイムにします? そ・れ・と・も――」

 おれは扉を閉めた。ここはおれの部屋じゃない。
 裸エプロンの痴女なんかおれの部屋にはいない。
 おれはかぶりを振り、再び扉を開いた。さっきのはどこでもドアの位置調整がミスっただけなんだよ。
 ちゃんと気を引き締めて現実を見据えれば、ほら――

「こら、何で閉めるの?」

 痴女がいた。決定だ。ハニートラップだ。
 こんなことをする女性がそれ以外でいる筈がない。

「あ」

 おれは再び扉を閉めて、全力で駆け出した。
 ハニートラップなんかと一緒にいられるか! おれは別の部屋で寝るぞ!

「お~、こんこんだ! どうしたの血相変えて~」
「なにかあったの?」

 食堂から部屋に戻る途中と見られるのほほんさんと谷本さんと出くわした。
 ちょうどいい。おれは手を合わせて懇願した。

「お願い! 今日も泊めてください!」
「うん、いいよ~」
「あれぇ~? どうしたの金剛くん。ひょっとして、そんなに私たちの部屋が気に入っちゃった?」

 手をあげて快諾するのほほんさんと意地悪く笑う谷本さん。おれはさらに頭を下げた。

「差し出がましいけど、今日だけと言わず、これからも毎日泊めてくれませんか!?」
「うん。もう二日も泊めてるし、私は構わないよ~」
「え? ど、どうしたの金剛くん。まさか……私たちのこと……」

 おれが安堵した瞬間、背後から死神が、音もなく忍び寄ってきた。

「もうっ、おねーさんから逃げるなんて、イケないコだな、キミは。これはまだまだ躾が必要かな」
「うわ、痴女だ」
「失礼ね。生徒会長、もしくはたっちゃん先輩と呼びなさい一年生」
「あ~、こんばんはー会長~」
「うん、本音ちゃんは元気でよろしい」

 率直な感想を漏らす谷本さんと、親しげに挨拶するのほほんさん。
 いや、裸エプロンで廊下出る人なんて痴女以外の何者でもないから。

「……って、のほほんさん。もしかして、知り合い?」
「うん! だって私、生徒会所属だし」

 マジかよ。全然見えない……は、流石に失礼か。意外だ。そういえば、前に聞いたような気がしないでもない。

「ちょっと、榛名くん。何で他の女の部屋に行こうとしてるの?」
「あ、おれは二人の部屋で寝るんで。これからもずっと。だから会長が使ってもいいですよ」
「却下。ね、本音ちゃん」
「そうだねー。たっちゃん会長が言うなら仕方ないや~」
「なんで!?」
「私は会長の家に仕えてるから、逆らえないんだ~」

 まさかの裏切りに戦慄する。なに、仕えてるって。そんなに良い家の出身なの、この人。

「はい、帰りましょうねー。私たちの、愛の巣に」
「ちくしょう!」
「あっ」

 おれは脱兎のごとく逃げ出した。絶対に嫌だ。誰もハーレムとか望んでないから。それ一番言われてるから。
 おれは一夏の部屋を目指した。もう織斑先生が怖いとか言ってられない。さすがに会長でもブリュンヒルデに逆らうことはできまい。
 火事場の馬鹿力か。あっという間に一夏の部屋の前に到着したおれは、ノックも忘れてドアノブに手を掛け、

「ンア……! い、一夏……そ、そこはダメだ……っ」
「なんでだよ。千冬ねえのココ、もっとして欲しくて仕方ないって求めてきてるぞ」
「ファ!? ~~~っ……! はあ……んん……!」
「ほら、千冬ねえも素直になりなよ。きちんと言えればもっとしてあげるからさ」
「くっ……弟に屈する姉などいない、バカも休み休み言え」
「しょうがねえな……なら、俺も……」
「ひゃあ!? な、なにを……!」
「千冬ねえは強情だからね、しょうがないね」
「あ、あああああ……!」

 ドア越しに聞こえる悩ましい嬌声に凍りつく。
 え、なにあいつら。マジか。マジなのか。姉弟なのに。マジかよ。マジですか?

「逃げちゃダメよー?」

 背後から肩に置かれる。リストラされる窓際族の気分だった。

「いくらおねーさんが寛大って言っても、仏様の顔も三度までとも言うからね。次に逃げたらサンドバックにしちゃうわよ」

 冗談に聞こえなかった。まず裸エプロンで追いかけてくる人が常人と同じ神経してるとは思えない。
 この人なら本当にやりそうだ。おれは手を振り払って、再び逃げ出した。
 こうなったら背に腹は変えられない。苦肉の策だが、シャルロットとラウラに頼るしかない……!
 おれが会長と同居しているとか知られたら面倒だから、知らせたくなかったが、会長と比べたらシャルロットの方が百倍マシだ。
 おれはシャルロットの部屋の扉を闇雲に叩いた。

「誰だ」
「おれだ、金剛榛名だ! 開けてくれラウラ!」
「なんだ、母か」
「え、榛名が来たの?」

 制服姿のラウラが迎えてくれて、ジャージを着たシャルロットも出てきた。

「榛名、どうかしたの? 汗がすごいよ?」
「あ、ああ……」
「榛名くーん? おねーさん言ったよねー? 女神の顔もサンドバックって」
「うわああああああああ」
「え? なにこのひと痴女?」
「ふむ、これが痴女か。あたたかくなったからな」
「今年の一年生は礼儀がなってないね。ちゃんと水着履いてるよん。淑女の嗜みね」
「淑女舐めてますよね、あなた!?」

 めくるな、来るな、寄るな!
 おれは恥も外聞も捨ててラウラの背後に隠れた。

「ラウラ、助けてくれ!」
「うむ、察するに。母はこの痴女に襲われていたのだな。把握した。排除する」
「あら、血気盛んなこと」

 ラウラが痴女に立ち向かう。ほんとに健気な良いコだ。おれは一夏争奪戦ではラウラを応援するぞ。
 ラウラが撃退せんと徒手空拳を繰り出して――

「――む!?」
「甘い」

 気づいたらラウラは投げられていた。動作のひとつひとつが洗練されていて、無駄も澱みもなかった。
 なにこの痴女強い。

「あなたたちは知らなかったようね……この学園での生徒会長の称号は、最強の証だってことを」

 会長は組み伏せたラウラの上に乗り、無駄にかっこいい台詞とともに手をワキワキさせた。
 蜘蛛の巣にかかった獲物の元に向かう蜘蛛の足みたいな動きだった。

「な、なんだその手は。や、やめろ! 母よ、助けてくれ!」
「ふふふ……」
「ひゃああああああああ! ふははは、うわああああああ! 母、ひゃはああああああ! い、イヤだ! こんなの嫌だァ! 母よ助けいやあああああああああああああああ……っ!」

 脇を擽られ、悶絶するラウラ。滂沱と涙を流しながら、おれに手を伸ばすラウラを見ていることしかできない。ごめん……ホントごめん……!

「あっ……あっ……」
「お仕置き完了」

 数分間絶叫したラウラは、全身を痙攣させながら床に突っ伏していた。
 会長の目がおれに向く。
 おれは、これでも、少しは腕が立つ。修羅場もいくつか抜けてきた。そういうものだけに働く勘がある。その勘が言ってる。
 おれは、ここで、死ぬ。

「さーて、次は榛名くんだね……」
「ひいっ」
「ま、待ってください! あなたはなんなんですか! なんで榛名を襲うんですか!?」

 今度はシャルロットがおれの前に立ちはだかった。ラウラが肉弾戦で敗れたので、理論武装で立ち向かうようだ。
 いや、女の子に守られるおれも情けないけど、ラウラが悶絶するのを見てシャルロットも悶えてたよね?
 おれ見逃さなかったよ? 可愛いとか言ってたよね?
 会長は毅然と質すシャルロットに威風堂々と答えた。裸エプロンで。

「あなたは前妻のシャルロットちゃんね。私は更識楯無。この学園の生徒会長で、榛名くんのルームメイトよ」
「え……」

 シャルロットの暗い瞳がおれを射抜く。おれは悪くないから。本当に悪くないから。

「という訳で、ルームメートは返してもらうわよ。ほらほら、いらっしゃいな」
「ああああ……!」
「だ、ダメですっ! あなたみたいな破廉恥な人と同居なんて認めません!」
「痛い痛い痛い!」

 腕を掴まれ、連行されるおれの逆の腕を掴み、シャルロットが引き止める。
 外れる、肩が外れる! 暴力はいけない。シャルロットは得意の理論武装で会長を論破してくれよ!
 なんで焦るとそうなるの!?

「あ、ごめんね榛名……」
「簡単に手放すなんて、あなたの彼への想いはその程度だったってことね。じゃ、榛名くんはもらっていくから」
「え!? こういうのって先に手を放した人が勝つって……あ、榛名! 榛名―!」

 ずるずると引っ張られるおれ。脳内ではドナドナが絶え間なくリピートされていた。
 明日から臨海学校なのに……今日は厄日だ。
 おれは泣いた。おれを引きずる会長が楽しげに言う。

「これで私も夏に乗り遅れないわね」

 絶望と疲れで霞んだおれの頭では、会長がなに言ってるのかわからなかった。



あとがき
何か原作で夏に乗り遅れたことに恨みを持っていたようなので早めに。
どうでもいいですが八巻読みました。それだけです。



[37185] 一夏がついてたらいやだ
Name: コモド◆79eaf3c8 ID:b450ae8b
Date: 2013/05/19 19:17
「……なんで二年生の生徒会長が一年生の臨海学校についてくるんですか」
「禁則事項です」

 海に向かうバスの車内では、おれの隣に座る会長と通路を挟んだ隣に座るシャルロットが睨み合っていた。
 シャルロットの目は荒みきっているのに対して、会長の目は余裕たっぷり。
 おれは窓際に押し込まれ、会長が通路側でシャルロットを牽制しており、ラウラは窓際で震えていた。 昨日くすぐりで失神寸前まで攻められたのがトラウマになってしまったようだ。可哀想に……
つーか、何で護衛されるおれが窓際なんだよ。シャルロットから護ってどうすんだよ。

「織斑先生! いいんですか、二年生が帯同してますけど!」
「学長から正式に許可が下りている。問題あるまい」
「そんな……」

 バスの最前席で一夏の隣を確保した織斑先生が答えた。その顔はわかりづらいが満悦そうだ。
 でも、あなたの幸せの影で歯ぎしりしてるコもいるんですよ? ほら、後ろの席で篠ノ之さんとセシリアさんが悔しそうにしてるでしょう?
 あれ、あなたの所為なんですよ? この負の気配を感じないんですか? ていうかあなた実の弟となにしてたんですか?
 不純異性交遊じゃないんですか? 普段の仕事に徹している姿は仮面だったんですか? 仮面教師ですか?
 失望しました……山田先生を担任だと思うようにします。ちなみに鈴音さんは二組だから別のバスだ。

「榛名! 本当にこの人に何もされなかったの!?」
「何もなかったんじゃないかな」
「それがね、シャルロットちゃん。榛名くんったら二人きりになった途端に豹変して……ダメだって言ってるのに何回も求めてきたのよ? おかげで今日はアソコが痛くて……」
「榛名!」

 頬を赤らめ、股を抑えながらもじもじする会長。それを見て激昂するシャルロット。
 もうやけくそになって言ってやった。

「おれは童貞だッ!」
「わおっ」
『おお~』

 口元を扇子で隠す会長と色めき立つ車内。もう知るか。会長が扇子を広げると「ビックリ」と書いてあった。
 おれも自分で驚いてる。おれなに言ってるんだろう。

「そ、そうなんだ……よかった……榛名もまだなんだね」
「大丈夫ですよ、金剛くん! 経験がないのは恥ずべきことではありません! 日本人は貞淑を尊びますからね! ええ、ヤラハタとか彼氏いない歴=年齢とか、そんな呼称は消え失せればいいんですよ!」

 山田先生が熱弁してきた。日本くらい風俗とか夜這いとか、性の文化が発展してる国ないですけどね。

「内緒だけど私もまだだよ。嬉しい?」
「実はこのバスに乗ってる人、殆どが未経験だと思うんですけど」

 囁くように耳元で告白する会長に辟易しながら返す。会長含めて耳年増ばっかじゃん。
 ……一夏と織斑先生は違うかもしれないが。会長は含み笑いを浮かべると、立ち上がって前席を覗き込んだ。

「そうかな~? ねえ本音ちゃん。本音ちゃんはまだ?」
「はーい、まだですよ~完全新品クーリングオフもされてません!」
「のほほんさん、答えなくていいから。会長、それセクハラだから」

 前の席に座っていたのほほんさんが律儀に答える。
 まあ、十五歳だから普通だよな。

「ちなみに私もまだだよ、金剛くん」
「谷本さんも乗らなくていいから」
「私もだよ!」
「高校生だし、普通だよね!」
「わ、私も……」
「皆さん、何の話をしてらっしゃるんですの?」
「くだらん」

 クラスの中心的な人物の谷本さんが便乗した途端、みんな打ち明け始める。
 これが女子校の空気なんだろうな。さすがに下品な下ネタは言わないけれど。
 空気の奴隷にならずにきょとんとしているセシリアさんと吐き捨てる篠ノ之さんはキャラが濃いと言うか何というか。

「ねえ、こんこん~。夕食食べたらこんこんの部屋に行っていいー?」
「おれは構わないよ。でも……」

 のほほんさんのお願いは予想できていた。一夏が織斑先生と同室になった時点で男に飢えた女子はもうひとりの男子の部屋に来るだろうことは。
 が、今は不確定要素がいる。おれは一年生の臨海学校に帯同しながら横で泰然としている生徒会長を一瞥した。

「ん? いま私のことチラチラ見てなかった?」
「会長っておれと同室ですよね?」
「うん。本音ちゃんたちも来たいなら拒まないからいつでもいらっしゃいな」
「わーい!」
「……こんこん?」

 両手をあげて喜ぶのほほんさん、かわいい。あだ名に反応するシャルロット、怖い。

「のほほんさん。こんこんって、榛名のこと?」
「そだよー。こないだこんこんがウチの部屋に泊まりに来た時にそう呼んでいいって言ったから~」
「泊まった……?」
「シャルロットは知らなかったの? 金剛くんは昨日まで私たちの部屋に泊まってたんだよ」

 谷本さんが混ぜっ返した。何でいま言うの?

「……」
「睨まないでよ。何もなかったって」
「金剛くん、とても紳士だったよ。私が寝てる振りして服をはだけさせたら、ちゃんとシーツ掛け直してくれたし」
「あれ演技だったの!?」
「金剛くんが無防備な私たちを見て野獣と化したら困るじゃない。だから一応ね」
「私は普通に寝てたよ~」

 女って怖い。もし手を出していたらどうなっていたんだろう。
 此処の生徒は爆発物処理とか軍人紛いの技術を学んでいるから、取り押さえられて退学処分とかかな。
 そうなったらおれは……実験室行き? 嫌だなあ。
 おれが視線を感じて向き直ると、まだシャルロットは目を眇めてこっちを見ていた。

「……」
「何で睨むの。谷本さんも言ってたじゃん。何もなかったってば」
「そうそう。怒らない怒らない。シャルロットなんか一か月も一緒に暮らしてたくせに、ケチだぞー」
「シャルロットはケチだなー」
「シャルロットはあざとくてケチだなぁ~」
「何でみんな僕を責めるの!?」

 臨海学校って楽しいイベントで一人ピリピリしてるシャルロットを和まそうと気を使ってるんだと思う。
 ただからかいたいだけの可能性も高いけど。
 その元凶の会長は、唇に人差し指をあて、ウィンクしてシャルロットに釘を刺した。

「シャルロットちゃん。これはおねーさんからの助言なんだけど……あまり束縛しちゃうと男は逃げちゃうわよ」
「会長だって捕まえたことないじゃないですか」
「言うわね。でも恋に正解はないけれど、先人の格言は参考にしておいた方がいいわ。
 男は得てして追うより追われる恋がしたいものよ。そして相手には貞淑さを求めるけど、自分は奔放でいたいの。ね、榛名くん」
「おれは愛されるよりも愛したいです」
「マジで?」
「マジです」

 結局、誰もまともな恋愛経験がないから参考にならないことがわかったのが収穫だった。
 確信した。この学校は、一夏とラウラ以外全員耳年増。

●

「あら、今年もいらしたんですか更識さん」
「今は生徒会長になったんですよ、清洲さん」

 花月荘に到着して女将さんに迎えられた。二回目の会長は面識があるらしい。当たり前か。
 臨海学校二回ってずるくない? 罰として修学旅行なしにしてもいいくらいだよね?
 おれの部屋は会長と同じなので、並んで歩く。この人とは苦手意識が強く、どうも落ち着かない。
 周りを引っ掻き回して愉悦に浸るタイプで、くわえて痴女だ。
シャルロットは言動こそあざとい一面はあったが、基本的には奥ゆかしく、露出も控えていた。
だが、この人ときたら……裸エプロンのあとは裸Yシャツと、あからさまに男を誘惑する扇情的な格好でこちらを煽ってくる始末。
ハニートラップの疑いは、ほぼ黒。しかし、会長がおれの護衛についたのはどうも日本政府の意向っぽくて一概に断定することもできない。
総論としては、よく分からん。おれに何の連絡もされていないのが不満と言えば不満か。

「さて、此処が私たちの新しい愛の巣になるわけだけど……どうする?」
「どうもしません。海に来て一日自由行動なんだから着替えて泳ぐでしょ」
「榛名くんは固いなぁ。あ、もちろん頭が、って意味よ?」

 口元を手で隠して「むふふ」と笑う会長。この人はおれにどうして欲しいんだろう。
 「そりゃもうビンビンですよ」とでも言って欲しいのだろうか。
 反応したら負けだと思い、おれはすぐに荷物と着替えを持って部屋を出た。会長もついてきたが、おれはそのトラッシュトークに決して耳を傾けなかった。
 一夏が恋しい。切実に。



 更衣室に向かう途中で、しゃがみ込んで地面を凝視している一夏を見つけた。
 話しかけようとして、その視線の先にある物体が目に留まる。
 ウサミミが地面に生えていた。兎が埋まっているとのかと思ったが、よく見ると機械でできた偽物だった。

「どうしたんだ、一夏」
「榛名! それがな、束さんがここに埋まってて」
「は?」

 束って、篠ノ之束博士か? 篠ノ之さんの姉でISを開発した天才の。

「一夏くん。とうとう頭がおかしくなっちゃったの?」
「違いますよ! 見ててください。これ抜いたら出てきますから!」

 憐れみを多分に含んだ声で会長が心配すると、一夏はムキになってカブを引っこ抜くような態勢でウサミミを抜いた。
 しかし、出てきたのは地面に出ていたウサミミだけで、勢いよく引き抜いた一夏はその場で後転して頭を強打した。
 今ので本当に頭がおかしくなったんじゃないか。不安になるおれをよそに一夏は起き上がって頭をさすった。どうやら無事らしい。

「あれ? おかしいな」
「可哀想に……榛名くんに会えないからストレスが溜まってたのかな?」
「いや、ほんとうに――」

 二人で一夏を心配していると、上方から空気を切り裂く鋭い音が迫ってきた。
 視線を上げる。巨大な人参が降ってきていた。
 その人参は地面に突き刺さった途端、縦に真っ二つに割れて、中から不思議の国の迷子さんテイストのドレスを着た、頭が緩そうな女性が兎さんのポーズを取りながら出てきた。

「あっはっは! これしきのトラップに引っかかるなんて、いっくんもまだまだ未熟だね」
「お、お久しぶりです束さん」
「うむ、おひさだね。本当に久しぶりだねー。元気だった? 束さんはいっつも超元気だよー? 聞いてる? 聞いてないかアハハハー」

 ……唖然。一夏の話から察するに、本当にこのウサミミ星人が、あの篠ノ之博士のようだ。
 というか、自分で名乗ったし。

「んー。箒ちゃんはいないかー。ざんねーん。まっ、いーけどね! そーれよりー」

 くるりと篠ノ之博士がおれに向き直って、歩み寄ってきた。なんだ?

「はるちゃんだよね?」
「はい?」
「だーかーらー。はるちゃんだよね?」

 顔を覗き込まれ、詰め寄られる。整った顔立ちと妖艶な肉体が肉薄してきたので、思わず仰け反ると、さらに近づいてきた。
 窮したおれは、仕方なく答える。

「確かに、おれの名前は榛名ですけど……」

 が、はるちゃんなんて呼ばれた覚えはない。人違いじゃないかと言おうとしたら、これ以上ないくらい破顔して、頭を撫でられた。

「やっぱりはるちゃんだー。おっきくなったねー」
「!? あの……」
「顔色が悪いね。隈もできてるよ? ちゃんと休めてる? ダメだよ、夜更かししちゃ」

 否定しようとしたが、その声音も表情も、心の底からおれを案じているのが伝わってきて、何も言えなくなった。
 頭を撫ぜる優しい温もりと、久方ぶりに聞くおれを労わる声が心地よくて、懐かしくて、つい甘んじてしまう。
 いや、初対面のはずなのに……何なんだ、これ。

「んふふー。もっとお話ししたいけれど、束さんは箒ちゃんを探さなちゃいけないので、名残惜しいけどここらでおさらばです。またねー、いっくん、はるちゃん」

 思わせぶりなことだけを述べて、風のように篠ノ之博士は去っていった。
 危なかった……これ以上優しくされると、間違いなくあの人を世界一可愛いと思うように洗脳されていた。
 ここの処、優しくされた記憶なかったからなー。

「……榛名、お前……束さんと知り合いだったのか?」
「いや……記憶にない」

 首を捻った。そもそも名前でしか知らない存在だったのに、そんな雲の上の人物に親しげに話しかけられて、おれの方が困惑している。
 ずっと黙っていた会長が不意に「なるほどねー」と頷いて、確信を持って言った。

「榛名くんはアレだね。優しくしてくれる年上の女性がタイプなんだね」
「今それ関係あります?」

 掴めないと言えば、この人の性格もさっぱり把握できない。
 おれの周りの年上にはミステリアスな女性が多い。変な人と言い換えるのも可。

●

 浜辺に出ると、男には目に毒な光景が広がっていた。
 紺青色の透明度の高い海と流木やゴミのない白い砂浜。その美しい海岸を埋め尽くす色とりどりの水着に身を包んだ見目麗しい女子高生たち。
 国際色豊かなため、点在する金髪が陽の光に照らされて輝いていた。
これは辛い……中学の女子がカボチャに思えてくるほどの偏差値の高低差に眩暈がした。
何でIS学園って太ってる子とか器量の悪い子がいないの? 趣の異なる美少女ばかりって、人選したやつ頭おかしいだろ。面食いかよ。

「どうしたんだ榛名。突然目頭を押さえたりして」
「何でもないよ。ただ、太陽が眩しくてな」

 一夏はこの絶景を見ても何の感慨も湧かないらしい。もう呆れを通り越して尊敬する。もうずっとそのままでいてくれ。
 もしかしたら、織斑先生の体に慣れているからそこらの小娘では反応しなくなってるのかもしれないが。

「つーか、何で榛名はTシャツ着たままなんだよ。邪魔だろ、脱げよ」
「おれはいいよ……」

 律儀に準備体操をする一夏に難癖つけられたが、適当に流した。焼くのも泳ぐのも疲れるし、パラソルの下で休むか、ゆっくり釣りをしていたい。
 ちょうど鈴音さんが一夏の相手をしてくれたので、おれは日影を求めて旅に出ようとしたが、会長に襟を掴まれて引き戻された。

「どこに行こうとしているのかしらん。主賓がいなくなっちゃ折角の催しも詰まらないでしょ?」
「こんこん捕獲~」
「脱がせ脱がせ!」
「うひひ。良いではないか、良いではないか」

 どうしてこの世界はおれを追い詰めるのか。
 哀れ、数の暴力には敵わず、服をひん剥かれてしまった。所詮、女子校同然のここではおれたちは玩具に過ぎないのである。
 身包みを剥がされて水着一丁になったおれは、一夏とともに視姦されてしまう。
 いつの間にかおれと一夏を中心に輪ができて包囲されているし。ハンニバルの包囲殲滅戦術を彷彿とさせる手際の良さ。そういえば授業で習ったっけ。

「げへへ、兄ちゃん。イイ体してるやんけ……」
「お代官様ごっこしよう!」
「男回して楽しいの?」

 ここの女の子は、ちょっと頭がおかしい。でも、海に来ても着ぐるみ姿で露出しないのほほんさんは正直、天使だと思う。
 周りが肌色ばかりだから殊更嬉しい。会長の白ビキニとか、直視できない。
 視線を一点に置けないので、仕方なしにきょろきょろ辺りを見回していたら、一夏がセシリアさんにサンオイルを塗ろうとしていた。
 焼いちゃうのか。せっかくの綺麗な肌なのに勿体無いな。

「セシリアさん。セシリアさんは焼かない方がいいんじゃないの? 日焼け止めあるから、それ塗ってもらいなよ」
「え? そ、そうですか? なら其方に……」
「はいはーい! あたしに貸して金剛くん。ほーらセシリア。観念なさい。今からこの白いのを塗りたくってあげるからねー」
「ちょ! 何で鈴さんが――!」

 おれが日焼け止めを荷物から取り出すと、鈴音さんが意地の悪い笑みで奪い取って手に白濁とした液体を搾り取り、全身にまんべんなく塗していく。
 絶景だったが、申し訳なくなったので目を逸らした。善意からの行為だったのだが、結果的に悪いことをしたかもしれない。
 手持ち無沙汰になった一夏は、自分の手にあるサンオイルに目を遣り、おれを見た。

「なあ、榛名。オイル塗ろうか?」
「いや、いいよ」
「つれないこと言うなよ。せっかく海に来たんだし、焼いていこうぜ」
「何で焼く必要なんかあるんだよ」

 おれは焼くと肌が赤くなる体質だし、風呂に入ると痛いから嫌なんだよ。
 きっぱりと否定すると、一夏はがっくりと肩を落とした。そんなに焼きたかったのか。
 一人で焼けばいいんじゃないかな。

「榛名くぅん……私にもぉ、塗って欲しいなー?」
「頭から被ればいいんじゃないですか?」

 シナを作って艷っぽい声で誘惑してくる会長を一蹴して、どうにかして一夏と男同士で二人きりになれないか画策する。
 女の子が多いと危険だ。こんな薄着一枚纏っただけの空間に、天性のラッキースケベ持ちの一夏がいたら、神風が吹いて全員の水着が脱げるなんて事態に発展しかねない。
 そうなったら、女性陣――特に例の三人は反射的に男のおれたちを殺そうとするだろう。
 巻き添えをくらうのはゴメンだ。適当な理由で一夏を連れ出そうとしたら、水着姿のシャルロットがミイラの手を引いてこっちに歩いてきたのが見えた。
 おれがその異様な光景に気を取られている隙に、一夏が鈴音さんに攫われてしまう。しまった。

「はーるな!」
「やあ」
「なんで目を逸らすの?」

 手を挙げて挨拶しながら、着ぐるみ姿ののほほんさんをガン見する。のほほんさんが手を振ってくれたので、おれも逆の手を使って振り返した。忙しいなぁ。

「榛名ッ!」
「おう、シャルロット。似合ってるよ」
「……こっち見て喋ってくれる?」

 視線を戻し、目を合わせる。体には下ろさない。
 じっと瞳の紫水晶を見据えていたら、シャルロットがたじろいだ。

「そ、そんなに瞠目しろとは言ってないよ」
「難しい言葉知ってるね、シャルロットちゃん。ところで、後ろのソレはラウラちゃん?」
「ッ!?」

 おれの背中から顔を覗かせる会長が、ミイラを指さした。
 その声にミイラがビクッと痙攣し、おたおたし始める。ああ、ラウラか。

「あのねえ、ラウラちゃん? 海水浴場のルール知ってる? ここに来たらみんな水着姿にならなくちゃならないのよ? さっさと脱ぎなさい」
「なに!?」
「そんなルールないです」
「なんだと!?」

 頼むからこれ以上ラウラに変な知識吹き込むのやめてくれ。だいたい被害被るのおれと一夏じゃん。
 会長はおれを無視してラウラに躙り寄った。

「どぉれ、私が脱がしてあげましょうか」
「や、やや止めろ! 来るな! 本気で抵抗するぞ! 抵抗するからな!」
「タオルぐるぐる巻きしてなに言ってんの」
「う、うわーっ!」

 俊敏な手捌きによって為す術もなくひん剥かれるラウラ。ていうか、シャルロットは止めないんだね。
 何で泣き叫ぶラウラ見て満悦そうな顔をしてんの?

「お?」
「うう……」
「……何でスク水?」

 おれと会長が、顕になったラウラの水着姿を見て目を丸くした。
 ご丁寧にひらがなで胸元に「らうら」と名前まで書いてある。これ学校指定の旧スクじゃないか。
 あれだけ時間かけて水着選んでたのに、結局これ?
 呆然とするおれらを尻目に、シャルロットは得意げに胸を張った。

「見てよ榛名。似合うでしょ~?」
「いや、似合うけどさ……」

 照れて体を隠そうとするラウラの肩を掴んで、自慢するかのように見せびらかすシャルロット。
 凹凸の少ない幼児体型のラウラにはスク水が映えた。どことなく犯罪臭がするが、似合ってるかどうかで言えば確かに似合っている。
 でも理由は口にしない。言えば不名誉な烙印を押されるから。
 怯えるラウラに会長はさらに肉薄した。

「旧スクって前垂れ部分に水抜き穴が開いてるのよね」
「ひっ! は、母! 助けてくれ!」

 会長の魔の手を掻い潜り、おれの背中に隠れるラウラ。そうか。一夏、シャルロットに続いて、ラウラまでおれを楯にするようになったのか。
 会長は壁役のおれを見て微笑むと、不敵に嘯いた。

「私にはとってつけたような壁なんて無意味よ」
「楯無ですもんね」
「上手い!」

 手を打ち鳴らして会長が大笑した。面倒なので関わりたくなかったんだが、触れた手から背後のラウラが震えているのが伝わってくる。
 また会長の餌食になる様を想像すると不憫に思えたので、何とかしなくてはと覚悟を決めた。

「会長、穴ならおれにもありますよ」
「!?」
「んー? 榛名くんの穴はひとつしかないでしょ」
「いや、二つありますよ。出すだけなら無数にあります」
「私は挿れたいのよ」
「じゃあおれに挿れればいいじゃないですか。だからラウラは勘弁してやってください」
「は、榛名がおかしくなっちゃった……」

 ざわつく周囲をよそに、おれと会長は睨み合った。
 おれには勝算がある。耳年増の会長が、公衆の面前で羞恥プレイを敢行するわけがない。
 自分から脱ぐ露出癖はあるが、男女でまぐわうのには躊躇いがある筈だ。
 おれの狙い通り、会長は攻め口がなくなって、悔しそうに唇を噛む。

「くっ……生意気ね。部屋に帰ったら調教しなきゃ」

 勝った。おれは心の中で懇親のガッツポーズを取った。

「母よ。二人で何の話をしているのだ?」
「ラウラはまだ知らなくていいんだよ」
「?」

 おれは我が子を変態から守ったことに誇りにも似た感慨を懐いた。強敵に一矢報いた深い達成感が胸にこみ上げる。
「やっぱり金剛くんが受けなのね」とか「挿れられたことあるんだ」とか、とても年頃の少女の口から出たとは思えない言葉が耳朶を痛いほど叩いたが、聞こえないフリをした。
 ある訳ないだろ。

●

 遊び疲れた……というより、心労が肉体に響いた日の夕刻。
 豪華な夕食を前に一夏が感嘆の声をあげていた。

「見ろよ榛名。これカワハギの刺身だぞ! しかもキモつきだ。こんなの内地じゃ滅多にお目にかかれないぞ」
「お、そうだな」

 食事にうるさい一夏の喜ぶ声に適当に返事する。
 昼間、女子の水着姿には反応しなかったくせに、織斑先生の水着には赤面して目を逸らした一夏。
 まるで初恋のお姉さんを前に気恥ずかしくて直視できない少年のような反応をした一夏。
 鈍感朴念仁のくせに、「お前、織斑先生が好きなのか」と訊いたら、「そ、そんなわけねえだろ!」と、誤魔化すように怒鳴った一夏。
 半ば疑惑が確信に変わったおれは、暖かい目で一夏を見るようになっていた。
 別に差別したり嫌ったりしないが、友達が近親相姦してると知って、今までと同じように接するのは無理がある。
「正気に戻れ。織斑先生は姉弟だぞ」と説得しても、意志の固い一夏には無意味だろうし……当人同士に任せるしかないのかな。

「榛名、本当に頭だいじょうぶ?」
「シャルロット。キミ今すごい失礼なこと言ってるからね」

 二つ隣に座るシャルロットが上体を傾けて、おれを覗きこんで心配してきた。頭の。
 さっき会長を言い負かした時の発言が尾を引いているらしい。
 座席はおれの左隣に一夏、その隣にセシリアさん。おれの右隣に護衛の名目で割り込んだ会長とその隣にシャルロット。
 一夏がナチュラルにおれの隣に座ったため、その片側を巡って熾烈な争いが繰り広げられた。一夏が気づかないだけで、水面下では目を覆いたくなるような醜い争いがあったのだ。
 その勝者のセシリアさんは慣れない正座で足が痺れて、勝利の余韻に浸る余裕もなさそうだが。

「シャルロットちゃん。その緑色の練り物は抹茶で作ったお菓子で、とても甘くて美味しいのよ」
「へえー」
「嘘だから。それ、わさびって言って辛い薬味だよ」
「騙しましたね!?」
「榛名くん。ちょっと空気読んでよー」

 非難され、もう、と肩を押された。会長のイタズラの被害者を減らそうとしてるだけなのに。
 まあ、外国人が半数を占めるIS学園なのに刺身を出すのは正直どうなのか、とも思ったが、日本だしな。
 それを楽しみにしてくる観光客も多いし、老舗の旅館だからこだわりもあるのだろう。
 セシリアさんみたいに正座やナマモノに苦戦している生徒も多いけどね。

「美味いな~」

 しかし、料理に舌鼓を打つ一夏には、隣で悶え苦しむセシリアさんがまったく目に入っていないようだった。
 お前、本当に織斑先生しか興味ないのな。

●

「おーい、榛名。千冬姉が呼んでるぞ」
「え、なんで?」

 夕食を食べ終え、部屋に戻ると、クラスの女子がおれの部屋に押しかけてきた。
 一夏の部屋には織斑先生がいるので、仕方なくおれの部屋に集まってきたようだ。
 皆、思い思いにカードゲームをしたり、駄弁ったりと男子が居づらい空間を形成していたのだが、予期せぬ呼び出しに面をくらった。
 質問すると、一夏も後ろ髪を掻いて困ったように眉をひそめた。

「俺も要件は聞いてないんだ。ただ呼んで来いってうるさくてさ」
「……」

 ひどく嫌な予感がする。おれ、何も悪いことしてないよな?

「おー、軍曹の呼び出しだー!」
「ご愁傷様です榛名二等兵」
「ご冥福をお祈りします」
「あのさぁ……」

 口々に好き勝手言い始めるクラスメートに呆れる。でも、厳格な織斑先生が直々にお呼びとなると、覚えがなくとも悪いことをした気になってしまう。

「必ず生きて帰ってきてね? 約束だよ」
「安心しろ。教官は意味のない叱責はしない」

 縁起でもないことを言うシャルロットと暗におれに非があるように言うラウラ。救いはないのか。
 不意に、おれは会長と目があった。

「な~む~」
「おい」

 茶目っ気たっぷりな女子に押され、死地に送り出された。
 おれが去ったあと、一夏が部屋に引きずり込まれたが、おれが居た時よりも賑やかだったことに哀愁を感じずにはいられなかった。





「おォ、来たかこんごー」
「うげっ」

 織斑姉弟の部屋に入ると、キツいアルコール臭が鼻をついた。
 部屋の奥には、酩酊状態の織斑先生が畳まれた布団に肘をかけ、空いた手にビール缶を持っておれを歓迎するように手を振る。
 若干気崩れた浴衣と赤らんだ頬、潤んだ瞳がセクシーだったが、床に転がる無数の空き缶とつまみのスルメ等で色々と台無しだ。
 あの凛然とした美人はどこに行ったんだ。

「よく来たな、こぉっち寄れ、なあ!?」
「どんだけ飲んでるんですか」
「んん? 教師が酒飲んで悪いなんて誰が決めたんだ!? 今はプライベートだプライベート」

 ドン引きして言うと、気に触ったらしく声を荒げた。過去に親戚の家に行って、大酒飲みのおっちゃんに絡まれた苦い思い出がよみがえる。
 あれに比べれば、美人なだけマシかもしれない。そういや、親戚の人たちはなにしてるんだろう。
 有名になると親戚が増えるって言うけど、IS学園に入学してからおれの親戚って増えたんだろうか。
 もう確認しようがないから意味ないけど。

「おい、聞いてるのかこんごォ!」
「はい」

 冷蔵庫に入れたコップにキンッキンに冷えたビールを注いで粛々と相槌を打つ。
 シャルロットとか会長、一夏が近くにいると良い匂いがしたのに、この人の近くは酒の匂いしかしない。
 おれの中の織斑先生のイメージが音をたてて崩壊してゆく。正直、入学したての頃は憧れていたのに、どうしてこうなってしまったんだろう。
 織斑先生は遠くを見るような目で訥々と語りはじめた。

「一夏はな、小さい頃からかぁわいくてなぁ。千冬姉、千冬姉と子犬のように懐いてきてなぁ」
「はい」
「何をするにも千冬姉、千冬姉とついてきたものだ。ふふ、自慢の弟だ。料理もうまい、掃除洗濯も完璧、ついでにマッサージもできる! どこに婿に出してもぉ……恥ずかしくない!」
「はい」
「男のお前から見てもどうだ? 一夏は、いーい男だろう! なあ!?」
「はい」
「そうだろう、そうだろう……なのに一夏ときたら……こんなに女がいるのに……男にばかりかまけて……」
「はい」
「はい、じゃない! なんだ昨日のは! い、一夏が半裸でこんごーに迫って……き、貴様が誘惑したんじゃないだろうな!? ええ!?」
「違います」
「うう……一夏はな、あいつがこぉんなに小さい頃から手塩にかけて育ててきたんだ。目に入れても痛くないんだ。本当だぞ? なのに……なのにぃ……」

 何回同じ話を繰り返したんだろう。何回おれは頷いたんだろう。もう何回おれはビールを注いだのだろう。
 慣れない酒の匂いで頭がくらくらしてきた。山田先生どこだよ。大人なんだから大人が相手してよ。
 「ちょっと雉を撃ちに行ってきます」と抜けだそうとしたが、「逃げるな臆病者が!」と首根っこを掴まれて逃げられない。
 酔ってるのに尋常じゃなく強い。本当にこの人、人間なんだろうか。

「ん……そういえば、こんごぉ……お前、束と会ったらしいな」
「え? あ、はい」

 唐突に話が変わって、意識を戻される。一夏が知り合いなんだから織斑先生も知り合いでおかしくないか。

「いーか? あいつには騙されるなよ。あれは狐の皮をかぶった悪魔なんだからな」
「のっけから隠す気ゼロじゃないですか、それ」
「うるさい! きょおは無礼講だ、お前も飲め!」
「無礼講でも、おれ未成年ですし――むぐ、まずいですよ!」

 ……それから先のことは、あまり記憶が無い。
 起きたら日が昇りかけてて、おれと織斑先生は一夏に介抱されていた。
 頭が痛かった。色んな意味で。



あとがき


         r〃〃〃 f7⌒ろ)
          l∥∥∥ || f灯
          |∥∥∥ || | |
          |儿儿儿._」∟⊥厶
          〔__o____o_≦ト
       γ::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧:i i  モッピー知ってるよ
     、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:l  次回で箒が大活躍するってこと
      ヾ:::::::::|≧z !V z≦ /::::/
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /::::(\   ー'   / ̄)  |
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |

 



[37185] 一夏とした
Name: コモド◆79eaf3c8 ID:b450ae8b
Date: 2013/12/13 02:38
「榛名が千冬姉をもらってくれたら良いんだけどな。あ、そしたら榛名をお義兄さんって呼ばなきゃいけないのか?」
「は?」

 起き抜けのおれに一夏が言った。まだ寝惚けてて、聞き間違えたのかと錯覚した。
 まだ寝ている織斑先生が掛け布団を蹴飛ばし、それに甲斐甲斐しくかけ直しながら一夏が続けた。

「大きい声で言えないけど、千冬姉ってけっこう良い歳だろ? なのに男の影とかさっぱりでさ。
 弟としては早く良い人を見つけて欲しいんだよ。でも変な男に引っかかったら困るし……榛名なら安心して任せられるかなって思ってな」
「お前なに言ってんの?」

 二日酔いの頭痛に顔をしかめながら返すと、一夏は眉尻を下げて困ったような声音で言った。

「千冬姉ってそんなにダメか? ちょっと歳は離れてるけど、弟から見ても美人で頼りがいある人だと思うんだけど」
「いや、一夏がもらってやれよ」

 お前、肉体関係あるだろ。そこまでしたなら責任取ってやれよ。
 おれが突き放すと、一夏は赤面して大げさにかぶりを振った。

「な、なに言ってんだよ! 姉弟で結婚とかできるわけないだろ!」
「でも、お前、織斑先生のこと大好きだろ?」
「そりゃ、姉としては好きだけど、あくまで家族としてだ! 女と思ってるわけないだろ!」
「? ? ?」

 じゃあ、何か? 一夏は愛ではなくて、性処理として織斑先生を抱いてるってことか?
 最低じゃないか。肉欲に塗れてやがる。

「一夏、お前な……それ、織斑先生が聞いたら悲しむぞ」
「は? なんでだよ」
「織斑先生は多分、お前のこと好きだと思うぞ」
「家族としてだろ? 俺だってそうだよ。だけど、男としてなら榛名が好きなんじゃないかな」
「はあ?」

 苛立ちが口を衝いてでた。何でそうなるんだ。おれ今まで業務連絡でしか接点ないんだぞ。

「なかなか榛名が戻ってこないから、様子見に来たらさ、千冬姉が榛名の頭を脇に抱えて寝てたんだよ。
 幸せそうな顔してさ。榛名が窒息しかけてたから慌てて解いたんだけど、千冬姉のあんな顔見たことなかった」

 いや、それ単に弟を惑わす間男を排除しようとしてヘッドロックしてただけじゃねえの?
 そして酔いが回ってそのまま寝ちゃったんだろ。おれもしこたま酒飲まされて、昨晩の記憶ないから断言できないが。

「それにな、俺も榛名が家族になるのは……満更でもないっていうか」
「お前なに言ってんの……?」

 頬を指で掻きながらとんでもないことを言う一夏に、少し引いた。
 どういう発想してんの? どういう思考したらそういう結論に至るの?
 一夏は親友だと思ってるけど、家族とは思ったことねえよ。

「ああ、もう! 俺もなに言ってるんだろうな。と、とりあえず出てってくれ!」
「お、おお?」

 グイと背中を押され、部屋を追い出された。酒の匂いがしない廊下。朝の清涼な空気に頭痛が和らぐ。
 ……忘れよう。寝ぼけて変な夢を見てたんだ。そもそも、この学園でおれが釣り合う女性いないし。うん、ありえないありえない。
 廊下を歩いていると、早朝だと言うのに会長と遭遇した。思わず身構える。
 会長はシュタっと手を挙げて、底意地の悪い笑みを浮かべた。

「やあ。昨晩はお楽しみでしたね?」
「会長が想像してるようなことはなかったですよ」
「まぁ、そうだろうね。織斑先生だし」

 からからと笑う。おれは笑えなかった。記憶には残っていないが、脳の奥底に恐怖として刻み込まれているようだ。

「会長は随分と早起きですね。臨海学校が終わるまで寝てればよかったんじゃないですか?」
「辛辣ぅ。これでも、一応代表としてISの新型装備稼働試験に参加してることになってるのになぁ」

 この人がいると、主におれとその周囲にろくなことが起こらないので何もしないで頂きたかったのだが、この臨海学校の正式な目的まで述べられると閉口するしかない。
 阿呆らしいことに、無人の揚陸艇で打ち上げられた装備を拾って使うらしい。いいのかよ、そんなザル警備で。
 今日はそれに丸一日消費するため、遊ぶ暇はない。他の生徒は。しかし、おれは装備を追加する空き容量がないので、一夏と同じく何もすることがない。
 ずっと砂浜で立ち往生だ。また日焼け止め塗らなくちゃいけないな。
 おれが如何にして時間を使うか思慮していると、会長が目を細めた。

「榛名くんって、事なかれ主義っていうか、基本的に受け身で、自分からどうにかしようとしないよね? 現代っ子にありがちな受動的指示待ち体質」
「……そうですね。あまり自分から動くのは苦手です」
「責任が振りかかるのが嫌だからだよね?」

 思考を見透かされているのか、この数日で見抜かれたのか。おれは白旗を上げた。この人には勝てそうにない。
 会長は可愛く首をかしげて、探るように口を開いた。

「気持ちはわかるよ~? いきなり世界中で存在が認知されて、許容範囲を大きく超えた組織が自分の背後で動いてるもんね。男性の未来、IS事業の発展、日本政府、それらに掛かる莫大な金。そんなものを何の覚悟もなく背負わされたら、怖くて身動き取れなくなるよ。
 些細な行動ひとつで世界情勢を左右しちゃうんだもん。大統領が核発射スイッチ携帯してるようなものだものね。同情しちゃう」
「じゃあ、もう少し気を使ってくれませんかね」
「却下」

 見惚れるくらい良い笑顔だった。でも、扇子に「残念」と書いてあったからイラッとしただけだった。
 女性を殴りたいと思ったのは初めてだ。

「あ……」
「……」
「?」

 後ろから声がして、振り向くと、四組の日本代表候補生がいた。
 眼鏡に空色の髪。俯きがちな顔は忙しなくおれと会長、そして廊下を行き来している。
 名前は……何だっけ? 学年別トーナメントで戦ったくらいしか面識がないから、挨拶するべきかも迷う。

「……?」

 代表候補生の顔を見て感じた猛烈な違和感に、おれは会長に視線を戻した。
 扇子で口元を隠し、目は斜め上を向いていた。――が、似ている。眼鏡と表情の差異で印象は真逆だが、髪色といい、輪郭といい、顔立ちまで似通っていた。
 まさか、姉妹か?

「……っ」

 おれが、会長が姉キャラとか似合わないなとか思っていると、候補生は、苦虫を噛み潰したかのような表情で大股で横を通りすぎていった。
 似ているが、性格が大きく異なるのは察せた。ついでにスタイルも。二人が並んだときの胸の大きさは、先進国と発展途上国くらいの絶望的な格差があった。

「もしかして、妹さんですか?」
「ん……」

 語調が弱く、歯切れも悪い。姉妹間の仲でも悪いのか。
 この人、かなり奔放だから何か妹さんの逆鱗に触れるようなことをしたのかな。
 本人も触れて欲しくない話題ようだったので、おれも話題を終わらせようとしたが、

「ねえ、榛名くん。もし政府に私と結婚するように言われたら結婚してくれる?」
「は?」

 唐突に会長の口から放たれた爆弾がデカすぎて、全身が硬直した。意味が飲み込めず、理解しようとしても頭が働かなかった。
 結婚って……人生の墓場だっけ?

「だから、結婚」
「おれはまだ十五歳だから法的に無理なんで考えたこともなかったというか、結婚すると個人としての人生の終わりなんで考えたくもなかったていうか……」
「そうだよね……私みたいな女、普通は嫌だよね……」
「なに言ってるんですか!? 人をからかうのやめてくださいよ本当に!」

 表情が陰り、しおらしくも嫋やかな所作は女みたい……いや、女だった。

「からかってないよ。これは本当。……ISの日本代表候補生で、家もそれなりの格式があったから、ウチの妹がキミのお見合い相手に選ばれたの。でも、あの子に縛られた人生なんて送って貰いたくなかったから、私が代わりに引き受けた。今まであまり姉らしいことをしてやれなかったから、それくらいは、って」

 眩暈がした。目の前が真っ白に染まる。マジか。いつかは来ると判ってたけど……もうか。会長がおれの部屋に来たのも、もしかするとそれが原因?
 気が早くないか? そんなに待てないのか? おれの遺伝子を引き継いだ子が欲しいなら、人工授精って手もあるのに……って。

「いやいや、会長はロシアの代表じゃないですか。おれが入り婿になるしかないんで、会長とは無理ですって」
「私は自由国籍が認められてるから、結婚が決まったら日本国籍に戻すよ。専用機も、そのときにはお役御免になってるだろうし……家とISなら、家の方が大事だもん」

 足が震えてきた。IS学園を出たら即、結婚かよ。そこまで自由ないのか。覚悟はしてたけど、もう人生計画の半分は決まっちゃってるのか。
 会長のような美人が嫁になるのは、男なら諸手を上げて歓迎するだろうが……如何せん、おれなら一ヶ月で離婚する自信がある。
 仮面夫婦になりそうな気がするな、とか子どもさえ作れば政府は何も言わないとか打算的な思いが頭を駆け巡っていたときだった。
 目の前に会長の笑顔があった。

「なーんて、ウ・ソ★」
「……は?」

 人を喰った最高の笑みだった。ちょんと鼻先を突かれ、我にかえる。
 一杯食わされた。

「ぷぷっ、榛名くんったら本気にしちゃってー。おねーさんとの新婚生活を想像してトリップしちゃったのかな?
 今度は本当に裸エプロンしてあげようか?」
「……」

 女性を殴りたいと思ったのは二度目だった。なまじ美人なだけに本気で怒れない自分が恨めしい。
 美人は得って、たいていの不興を買う行いも愛嬌として済んでしまうところではないか。
 おれはプルプルと震えて、怒りに耐えた。会長はおれの頬を突っつきながら言った。

「榛名くん、別にお見合いって言ったって必ず結婚しなくちゃならないってワケじゃないのよー? 気に食わないならお断りすればいいんだから。
 まあ、先方の面子とか世間体とかあるでしょうけど、大事なのは自分のことでしょ? 自分を犠牲にする必要なんてないの」
「……妙にリアルティあるウソつかないでくださいよ。本気にしたじゃないですか」
「あは。でも、キミが私と結婚することになっても断らないことはわかったわ」

 政府から打診されたら、が抜けていた。
 おれは逆に聞き返した。

「会長はおれとそうなったらどうするんですか?」
「昔は恋愛結婚なんてなかったからね。諦めるんじゃない? 恋愛小説的には、キミを好きになろうとするか、他の男と不倫して駆け落ちか心中かなー」
「相手はたぶん一夏ですね」
「ふふ、私が榛名くんを好きになるパターンはないんだね」

 自嘲するように微笑んだ。可能性がゼロなことを仮定に入れてはいけないだろう。

「会長だって、おれが会長にメロメロになってるの想像できないでしょう? その逆もまた然りですよ」
「えー。私は自信あるけどなー。榛名くんを骨抜きにするの」

 会長が舌なめずりをして、流し目でおれを見つめた。思わず腰が引ける。
 そういやハニートラップの可能性あったっけ。

「んふっ。榛名くんも私を骨抜きにできるよう頑張ってね」
「頑張りません」

 踵を返す会長を見送りながら、また帰ったら共同生活が始めるのかと思うと、自然と肩が落ちた。
 日に日に処理する抜け毛が増えているような気がする。おれが一緒にいて安らげる人物って誰だろう。
 一夏とラウラ?

「あ、榛名!」
「おー。早いね、シャルロット」

 おれの姿をみとめると、シャルロットはパタパタとスリッパを鳴らして駆け寄ってきた。浴衣の裾が引っかからないか不安になる。
 一夏なら、ここでシャルロットが転んだのを抱き留めて、不可抗力で胸か、お尻を触るのだろう。
 おれにはそういう嬉しいハプニングが起こった試しがなく、案の定シャルロットは何事もなく眼前で立ち止まった。

「榛名がいつまでも帰って来ないから……その、気になって」
「ひょっとして、ずっとおれの部屋にいたの?」

 おずおずとシャルロットは首肯した。心配性が過ぎるな、このコは。

「何で帰って来なかったの? 織斑先生と何かしてたの?」
「酒に付き合わされただけだから。シャルロットが想像してたようなことは一切なかったよ」
「ぼ、僕はエッチなことなんて考えてないってば!」

 否定するシャルロットを、おれは黙殺した。思慮していなければ問い詰めようなんて思わない筈だもの。

「シャルロットたちは何してたの? 一夏も朝まで帰って来なかったみたいだけど」
「みんな思い思いに遊んでたよ。セシリアたちは一夏と絡んで、のほほんさんたちはカードゲームしたりしてたかな。会長はラウラをイジってた」
「そう……」

 語るシャルロットのホクホク顔から、助けないで傍観してたのが容易に想像できた。サドの気質があるのだろうか。
 ありそうだ。いや、ある。
 シャルロットの強かな一面を思い出し、同室のラウラに同情していると、シャルロットが口ごもった。ぼそぼそと言う。

「のほほんさんって言えば……あの、その……」
「アダ名のこと?」
「そうだよ! 何で可愛いアダ名つけてもらってるの!? いつ仲良くなったの? ねえ!」

 詰め寄ってくるシャルロットに肝が冷えた。単純に怖い。余裕がなくなってるのか。

「むぎゅ」

 おれは間近に迫ったシャルロットの両頬を引っ張って一息ついた。柔らかく、きめ細やかな肌の感触が心地よくて、つい指が踊る。
 喋られないようにするつもりでの咄嗟の行動だったのだが、意外な発見をしてしまった。

「はふは!」
「ごめん」

 紫水晶の双眸に咎められて、パッと手を放す。さっきよりも怒らせてしまったようだ。
 とりあえず距離は離せたからいいか。

「なに考えてるの!? 僕のほっぺはオモチじゃないよ!?」
「だからごめんってば」

 頬を膨らませて激高するシャルロットにあざといな、と思う。ないと信じているが、狙ってやってるなら魔性の女だろう。

「えと、のほほんさんは誰にでもアダ名つけてるでしょ? シャルロットにも。だから他意はないよ」

 たぶん。

「泊まったのは……?」
「シャルロットとラウラが喧嘩してたから」
「うっ……」

 自覚はあったのか、シャルロットが閉口した。おれって毎回理不尽な理由で責められてる気がする。
 仕事の付き合いでキャバクラ寄った帰りに香水の匂いで難詰される夫の気分だ。誰とも付き合ったことないのになぁ。

「どうしたの、シャルロット。最近、情緒不安定だよね?」

 ひょっとして生理? そんなわけないか。
 心の中で戯けた。シャルロットは目を伏せて、

「……榛名が」
「ん?」
「何だか、遠くに行っちゃったような気がして」
「……」

 言葉に詰まった。胸に空いた風穴から不穏な空気が吹き抜けたような、言いようのない感情が鬱積した。
 まだ引っ越して数日しか経ってないが、ラウラの母宣言とか会長、襲来とか目まぐるしい毎日だったからな。
 シャルロットが来日してから一ヶ月も一緒にいたおれと離れたことで、ホームシックに似た心境に陥っているのかもしれない。
 お互い、帰る場所がないから。

「あー……」
「……」

 何と言えばいいか、逡巡してしまう。依存されているのは、間違いないと思う。
 シャルロットは女の子だから、支えになるものが欲しい。ラウラがおれに懐いてくるのと同じで――いや、それ以上に母親の愛情を知っているから飢えている。
 でも、おれがいつまでも一緒にいられるわけじゃない。

「あの、さ。シャルロットも、おれになんてかまけてないで、もっと周りを見た方がいいと思うんだ。シャルロットくらいの器量よしなら、もっと良い男もいるだろうし」

 言葉を選びながら、諭すように言う。自惚れているつもりはないが、そう聞こえても仕方ない内容だ。
 だが、早い内に言っておかなければならないことでもある。
 シャルロットの将来は限られているが、それでも選択肢は複数ある。対して、おれの未来は一本道で、そこにおれの意志はない。
 傷は浅い方がいい。取り返しの付かなくなる前に終わらせるべきだ。
 シャルロットは、おれの言わんとする事を感じ取ったのか、それとも感情に流されたのか、不快そうに眉をひそめた。

「何でそんなこと言うの? 僕、榛名が誰かに劣ってるとか考えたこともないよ?」

 重かった。訴えかける声も眼差しも。後ろ暗い思いが胸に満ちる。
 おれがシャルロットにしたことは、きっと、おれ以外の誰でも『そうする』ことで、おれである必要なんてなかった。
 一夏は当然として、あるいはラウラですらも、この学校の誰でもシャルロットの境遇を知れば、おれと同じように引き止めて新たな道を促した筈だ。
 この学校は変人が多いが、善人ばかりだ。性別を偽っていたシャルロットを、発覚後も何の蟠りもなく受け入れてくれた人たちだから、必ずそうなっていた確信がある。
 おれでなくても良かったんだ。むしろ、おれでない方が。
 黙ったままのおれの浴衣の袖を掴んで、シャルロットが続けた。

「榛名……僕、榛名についていくよ。誰かに言われたとかじゃなくて、これは僕の意志。
 あの時の僕に手を差し伸べてくれた榛名だから、一緒にいたいんだよ。でも、迷惑になったらいつでも言ってね。
 嫌われるのだけは、嫌だから」

 振り払えた手を、おれはそうしなかった。
 嫌われるのが嫌なのは、おれも同じだった。
 気まずい空気は、その後もしばらく続いたが、会長に追われるラウラが助けを求めに来たことで払拭された。
 やっぱり似合わないよね、シリアスってさ。そうは思わない?

●

 各種装備運用試験が始まったが、おれはすこぶる暇だった。暇を持て余していた。
 おれの専用機、『紫雲』には弄る隙も装備を追加する容量もないので、新装備なんか送られてきていないのだ。
 セシリアさん、シャルロット、ラウラ、鈴音さん、会長は忙しそうだが、おれと一夏は暇で暇で仕方なかった。
 なにもしないで日に焼かれるのも躊躇われるので、装備がひときわ多いラウラを手伝っていた。
 シャルロットとふたりきりになるのは、今朝の一件から気まずい。一夏は篠ノ之束博士に話しかけられていたので、近寄れない。
 その篠ノ之博士は、先ほど篠ノ之さんに専用機を気軽にプレゼントして、変人ぶりをおれたちにアピールしてくれた。
 おかしくね? 専用機だよ、専用機。IS委員会に国家の保有台数が制限されてるISを妹にプレゼントだよ。所属どうすんだよ。つーか、IS余ってたのかよ。
 専用機持ちのおれでも依怙贔屓を通り越した狂気を感じずにはいられなかった。
 製作者にとっては、核より強い兵器もおもちゃ同然なのだろうか。
 おれが戦慄していると、その篠ノ之博士が無邪気な笑みを浮かべながらぴょこぴょこと近づいてきた。

「やっほー。昨日ぶりだねえ、はるちゃん!」
「こ、こんにちは……」

 兎のモノマネなのか。手のひらを頭の上で動かして挨拶する、篠ノ之束博士(24)。
 堅物の篠ノ之さんとは似ても似つかない。というより、この人が近寄ると、注目が集まるから困る。

「うんうん、挨拶は大事だよねー。私ははるちゃんたち以外にはしないけど。さっそくだけど、はるちゃんのISも束さんが見てあげるよ。出して出してー」
「は、はあ……」

 困惑しながらも、待機状態のISを展開させる。身に纏わない『紫雲』は、相変わらずデザインだけは荘厳だ。外観だけは。
 軌道調整を担う紫色の機械翼、空中での安定感を生み出す若草色の尻尾、索敵・感覚強化のセンサー、武器も精密動作をする機会もないのに何故かついているマニュピレータ、各動作を迅速化するブーストと、スペックだけ見れば現行ISで最高クラスなのに、なぜこうも弱いのか。
 機動性重視してるぶん、防御性能も最低クラスで、一夏とかち合った瞬間にシールドエネルギーなくなるんだけど。
 武器が貧弱すぎて決定打ないから逃げまわってるうちに追い詰められて負けるんだけど。

「あちゃー。こんなの付けてたら、そこらの武装ヘリの方が戦力として三倍はマシだよね。近年稀に見る糞機体だね、これ」
「あのー、それ一応、日本の最新機体なんですけど」

 人間離れした指の動きでデータを解析してゆく篠ノ之博士が、にべもなく悪態をつく。
 まあ、装備が爪とガトリング砲だけだから、言いたいことは判る。愛着はあるが、否定されても反駁する気も起きない。

「あー。この記録装置が無駄に容量を食ってるんだ。馬鹿だねー。束さんにもわからないのに、こんな程度の低い装置で解析できるわけないだろ」
「そうなんですか?」

 開発者でもなぜ男が乗れるか判ってないのか。てっきりおれは、一夏が開発者の知り合いだと知った時点で、特定の男は搭乗できるように設計したと勘ぐっていたのだが。
 篠ノ之博士はおれの問いに満面の笑顔で頷くと、

「うん。だっからー。これはボーンしちゃいまーす。ポチッとな」
「は?」

 電子キーを叩き、ボーン! とかいう冗談みたいな音が聞こえた。何が起きたのかと思い確認すると、記録装置が消去されていた。

「ちょおおおおおお! な、なななな、なにしてくれるんですか!」
「なにって、邪魔だったから」

 邪魔って、そんな理由で解析データを破壊するなんて……!

「いやいやいやいや! おれ、このデータを夏休みに政府に提出しなきゃいけないんですよ!? 貴重な男性の搭乗記録だからって念を押されてたのに、どうしてくれるんですか! どうすればいいんですか!?」
「大丈夫だよ~。絶対に解明なんてできないし、ダミーのデータは用意してあげるから。ダイジョーブだって、ヘーキヘーキ安心しなよ」

 しれっと答える篠ノ之博士。本当に大丈夫なのかよ。バレたらおれの立場が危うくなるんじゃないか。

「ふふ、ついでに色々改造してあげよう。束さんにかかればお茶の子さいさいだよ。パパパッとやって、終わり!」

 不安だ。が、口を挟む間もなく作業は終わってしまう。手際の良さは常軌を逸していて、天才の名声に虚飾ないことをまざまざと見せつけられた。
 いや、本当に任せて大丈夫なのか。

「はい、終了~。やー、我ながら自分の才能に惚れ惚れするね。そうは思わない、はるちゃん?」
「はあ……」

 自画自賛する篠ノ之博士。どう答えればいいんだ。
 顔を引き攣らせていると、間近で覗きこまれた。反射的に仰け反る。昨日の焼き直しだ。

「んー? なんだかはるちゃん他人行儀。久しぶりに会ったからって、別に遠慮しなくていいのにー」
「あの、久しぶりも何も……おれ、篠ノ之博士とは昨日が初対面じゃ」
「えー!? ひどいはるちゃん! 私のこと忘れちゃったのー?」

 恐る恐る頷く。すると篠ノ之博士は大仰に嘆いた。

「ひどーい。私ははるちゃんのことを忘れたことなんて刹那もなかったのにー」
「……本当に会ったことあるんですか?」
「本当だよ! はるちゃんのことは、初めてはるちゃんを見た時間と場所、初めて交わした会話の内容からはるちゃんの表情から背景の木々の葉っぱの枚数までぜ~んぶ色褪せることなく記憶してるよー」

 ――なんだか怖くなってきたぞ。
背中に嫌な汗が流れる。篠ノ之博士は腕を広げて、芝居がかった仕草と語調で言った。

「はるちゃんを初めて見たのは、十一年前の三月二四日の午後三時五二分四秒だったよ。近くの公園で友達と仲良く遊んでるはるちゃんを見たのが最初。そのときは何とも思わなかったっていうか眼中にもなかったんだけど、二日後にまた見かけちゃって。その時は一人だったんだよね。私が公園で考え事してたのにメソメソ泣き始めたから、イライラして「うるさい」って怒鳴っちゃったんだ。普通の子どもだったら、大きい人に怒鳴られたりしたらもっと泣き喚くのに、はるちゃんは何て言ったと思う? 『お姉ちゃんはキレイだね』って言ったんだよ? 束さんは嬉しかったなー。私にそういうこと言うゲスな男はいたけど、下心なしで私を褒めてくれる人はいなかったから。運命だよね。運命だよ。はるちゃんもそう思わない? それでそれで、束さんとはるちゃんの蜜月が始まってね。知ってた? はるちゃんと私が出会ったのはいっくんよりも早かったんだよ? ふふ、箒ちゃんもちーちゃんもいっくんも実はみんな近所に住んでたのに、はるちゃんと接点があったのは束さんだけなんだ。あ、ちーちゃんはたぶん憶えてるよね? なんと驚愕の事実! あのときの子どもがはるちゃんなのでしたー。えへへ、びっくりした? びっくりした?」
「あの、もういいです」

 背骨に氷柱が突き立てられたようだった。
 幼児性健忘でおれが一方的に忘れているのは確からしい。だが、そこまで詳細に語られると、狂気さえも感じてくる。
 おれが三、四歳くらいの時? 憶えてるわけがない。というか、十年以上前の会った子どもがおれだって良く判ったな。

「はるちゃんのことは何だって知ってるよ? 好きな食べ物は羊羹で好きな色は白、好きな作家は志賀直哉。好きなバンドはQueen。血液型はAB型で身長175cm64kg。家族構成は両親と三人暮らしだった。中学生の頃はサッカー部で全国大会出場! 性格は内気で実は年上の女の人に弱い。初恋の人は私だよね? もちろん憶えてるよ、嬉しいな」
「あの」
「あ、そういえば、はるちゃんは昔、女の子になりたがってたよね? 今ならなれるけど、どうする?」
「だ、ダメです!」
「束さん、なにを考えてるんだ! そんなのダメだ!」

 おれがマジモノのストーカーの恐怖に怯えていると、シャルロットと一夏が間に入った。
 周囲も聞き耳を立てていたらしく、皆、おれと篠ノ之博士の関係性について話し合っていた。
 おれが聞きたい。なんなんだ、この人。

「なんだよ、また金髪かよ。いっくんも、もう少し空気読んで欲しいな。これは束さんとはるちゃんの八年越しの感動の再会なんだよ。誰にも邪魔されたくないの。ここまで漕ぎ着けるのにどれだけ苦労したか――」
「空気を読むのはお前だ」

 露骨に嫌悪感を顕にする篠ノ之博士の頭を、織斑先生が力任せに殴りつけた。

「いったーい! ちーちゃん乱暴! でも、そこが愛なのかなと束さんは深読みしてみたり」
「黙れ。奇行もいい加減にしろ。幼気な生徒をお前の都合に巻き込むな」
「えー。ちーちゃん横暴! ちーちゃんだって昨日はるちゃんと何してたのさ」
「なぜお前にプライベートを話さなければならない」
「へえ、プライベートだったんだ」
「……何が言いたい?」
「べっつにー? ちーちゃんは欲張りだなって思っただけ」

 ……この不穏な空気はなんだ。織斑先生から発せられる緊迫した空気で、緊張感が半端ない。
 しばらくして、山田先生が火急の事態とか言い出して、全員の即時避難と自室待機が言い渡され、専用機持ち全員が呼び出された。
 なんなのこの空気。いつぞやと同じ嫌な予感がひしひしとするんだけど。

●

「出撃するのは――紅椿、白式、そして紫雲だ」

 無慈悲な結論が、短い会議で下された。
 アメリカ・イスラエル共同開発の軍用IS『銀の福音』が暴走。それに何故か教官ではなく、専用機持ちが対処することになった。
 絶対に管轄が違うだろ、と言いたかった。元々、ISは全て競技用に開発されたものである筈で、建前に過ぎなかったとしても軍用に開発されたISと、競技用に過ぎないおれたちのISは用途も実用性も大幅に差がある。
 ぶっちゃけ、乗り手の技術も性能も話にならない。撃墜に駆り出されることになったのは、先ほど専用機をもらったばかりの篠ノ之さんと、燃費最悪な白式と一夏、そして機動性だけが取り柄のおれ。
 それに軍人、軍用のISに立ち向かえって、立案する時間がないにしろ、無謀にも程がある。
 事態も発想も突飛すぎてついていけないし、下手したら、これ死ぬじゃん。なんなんだよ。

「うんうん。紅椿と紫雲、現行最速の機体でいっくんをサポートして、零落白夜で堕とす。完璧な作戦だね」

 呑気に作戦概要を繰り返す篠ノ之博士に怒りがこみ上げる。どこが完璧なんだ。乗り手の技術と精神性無視してないか。
 他の専用機持ちはともかく、おれたち日本人はみんな普通の一般人だったんだぞ。
 有人機に本気で攻撃できると思ってるのか? 軍用ISの戦略兵器に対処できると本気で思ってるのか?
 震えてきた。なんなんだよ。最近のおれの処遇、おかしくないか。おれ、つい半年前まで普通の中学生だったのに、何で本気の殺し合いに出陣しなきゃならなくなってるんだ?

「榛名……大丈夫?」

 シャルロットが声をかけてくれた。他の皆は、軍事演習などを経験しているからか、余裕があり、平静を保っている。
 一夏も妙に落ち着いているし、篠ノ之さんに至っては専用機を試せる喜びからか浮かれている。
 つくづく高校生離れした人たちだ。こうなると、おれの場違い感が顕著になる。

「大丈夫……じゃないかも」
「拒否することもできるけどね。というか、私としては辞退して欲しいな。作戦に私が選ばれなかった以上、キミを護れなくなるし」

 会長は当初、自分が出ると主張していたが、束さんの反論に止む無く退いた。
 護衛の会長がいないおれは、付け焼刃の格闘技術を持ってる高校生に過ぎない。今度は人間ではなく、ISと殺し合いだ。
 いつ死んでもおかしくない。普通なら辞退するのが賢明だ。政府も止めるだろう。
 が――こんな時に、日本の何処かにいる両親の姿が脳裏に浮かぶ。
 今、どこで何をしているのだろうか。住所も名前も別人になった二人とは、もう会えないし、どこにいるかも判らない。
 もしかしたらこの近くにいるかもしれない。だとしたら、暴走したISの脅威に晒される可能性も、ゼロではない。失敗すれば、その確率も上がる。
 おれは腹を括った。特に好きだったわけではない。よその家庭と比べても恵まれていると感じたこともなかったが、育ててくれた十五年間の思い出は捨て切れない。
 ここに来てからも、度々恋しくなった。そのくらいには好きだったし、肉親だったんだ。
 恩返しにもならないが、見捨てるような真似をするほど不義に育てられてもいなかった。
 恨むよ、父さん、母さん……

「……辞退は、しませんよ。女の子も出るのに、男が引きこもってるわけにはいかないでしょう」

 強がって笑って見せた。いいんじゃないかな。偶には柄にはないことをしても。
 格好つかないし、足は震えてダサいこと極まりないけどさ。

●

 出撃直前の待機時間。おれと一夏と篠ノ之さんの三人は、砂浜で僅かの猶予を過ごしていた。
 まだ正午にもなっていない。透き通る紺青の空は、昨日と同じように肌を焼いた。
 父母の住む場所とも、この空は繋がっている。そう思えば発奮せずにはいられなかった。
 それでも、緊張のしすぎで吐き気がする。気を紛らわすべく、一夏に話しかけた。

「なあ、一夏。平気か?」
「ああ、俺はな。榛名は……本当に大丈夫か? 顔色真っ青だぞ」
「情けない。男なら堂々としていろ」

 一夏に心配され、篠ノ之さんに叱責される。自分でも憔悴しているのが判る。傍目には見られたものじゃないんだろう。
 最後にひとつだけ聞いておきたいことがあって、ISを展開してオープンチャネルで質問した。

「一夏、今回は無人機相手じゃない有人機での実戦だ。相手もおれたちも、どうなるか判らない。覚悟はできてるか?」
「……ああ、もちろんさ。死ぬ覚悟くらいできてる」
「物騒なことを言うな。私たちがいれば、できないことなんて何もない。そうだろう?」

 何となく、その『私たち』の中におれが含まれていないことは薄々と判っていた。
 別にそこに不満があるわけじゃない。篠ノ之さんの中には一夏しかいなくて、一夏が彼女の鎹(かすがい)になっていることは知っている。
 本来なら一夏と二人きりで出撃したかったんだろう。おれが出るように篠ノ之博士が提案した時も難色を示していた。
 しかし、その浮かれようが気にかかる。一夏もだ。
 だが、時間がない。出撃の時間は、残酷にもあっという間に訪れた。

 白式を乗せて上昇する紅椿の加速は、なるほど、第四世代というだけのことはあった。
 白式という負荷を物ともしない超加速は次元の違いを見せつけられた。天才って凄いね。
 目標の銀の福音は、何処と無くだが、おれの紫雲に似ているように見えた。翼とか。あっちは覆面ライダーみたいなデザインをしてたが。
 突貫する紅椿と白式。白式の仕様から短期決戦の方が良い。早いうちに決めないとこっちが不利になる。
 しかし、初太刀は、冗談みたいな変則機動で紙一重で回避された。
……ああ、なんてこった。あれ、完全におれの上位互換機だ。

「クソッ!」

 一夏が遮二無二突っ込む。だが、その切り返しの一瞬の隙をついて展開するスラスター内の砲口。
 そこから発射される無数の光弾が一夏を襲った。広範囲殲滅戦仕様の機動性重視IS。桁違いだ。
 スペック上では紅椿と紫雲の方が機動性は上とか、丸め込まれた。機動性なんて、圧倒的な火力の前では飾りにしかならない。

「三面攻撃だ! 金剛、ボサッとするな!」

 篠ノ之さんの怒声に我に返る。絶望している暇なんてない。やらなきゃ、マジで死ぬ。
 幸か不幸か、機動性では紫雲だけが福音に対抗できた。二人の攻撃は掠りもしないが、おれの攻撃は命中する。……鳩の豆鉄砲程度の威力にしかならないが。
 だが、牽制にはなる。おれは篠ノ之さんと息を合わせ、残り少ない一夏のエネルギー総量でトドメを刺せるように福音を追い込んでゆく。
 機は、砲弾発射後の硬直。回転するような独特な動きの直後におれの爪と篠ノ之さんの双剣で一時的に拘束する。
 回避はできる。一人ではどうにもならないが、紅椿のスペックなら――

「今だ!」

 おれと篠ノ之さんが一夏に呼びかけた。しかし……一夏はあろうことか、真下に向かい、光弾を打ち払った。
 密航船――を、守るために……!?
 思考が白濁し、千載一遇の好機を逃したことに暗澹とした感情がわだかまった。二人の口論も聞こえない。
 状況は絶望的だ。白式、紅椿両機のエネルギーが切れ、主要機体の行動停止に伴い、作戦継続は不可能。
 残っているのは、おれだけ――

「くっそぉぉおおおお!」

 具現維持限界に達した赤椿を庇う一夏。二人を襲う光弾の間に割って入り、おれが代わりに被弾した。
 左翼損傷……おれの紫雲もダメージを負った。
 もう二人は戦えない。だが、暴走状態の福音は無防備な二人に追い打ちをかけてくるだろう。なら――

「……一夏」
「榛名?」

 深呼吸をした。もう、どうでもよくなった。だから、最期に言いたいことだけ言わせてもらおう。

「一夏はさっき、死ぬ覚悟はできてるって言ったよな? おれ、言いそびれたけど、そんな覚悟はして欲しくなかった。相手を殺す覚悟をして欲しかった。
みんな、お前が大事なんだ。あの密漁船だって見捨てろって思った。篠ノ之さんもそう思うだろ? 犯罪者なんかより、一夏に生き残って欲しいに決まってる。おれも、篠ノ之さんも、織斑先生も、IS学園のみんなも、誰も、お前に犠牲になって欲しくないんだよ」
「お、お前までなに言ってんだよ! さっきはああするしか――」
「分かってるよ。反射的に体が動いたんだろ? お前がそういう奴だってことは、よく分かってるよ」

 だから――

「だから、お前も今からおれがすることに文句言うな。おれも友達が見捨てられないから、体が勝手に動くんだ」
「……榛名、お前、なに言って――」

 返事を待たず、福音に突貫した。オープンチャネル通して一夏と篠ノ之さんの声が聞こえる。
 知るか。自分から好き勝手やっておいて、おれを止める権利も資格もあるわけないだろ。
 無数の光弾が青空を背景に星のように煌めく。視界を埋め尽くす勢いで飛来するそれを、足首のブーストを噴射させ、宙返りすることで躱し、福音の背後に回り込んだ。
 機動性なら紫雲の方が紙一重で上。トリッキーな動きなら負けない。
 おれは間断なく背後から福音を羽交い絞めにした。藻掻く福音に爪を深く食い込ませ、意地でも離れない。
 初めておれを脅威と見なしたのか、福音の翼が自分を包み込むように展開し、自分諸共に攻撃し始めた。

「ぐあっ……!」

 局所的な爆発の熱と衝撃に呻く。反撃とばかりに喉元に爪を突き刺し、ガトリング砲を弾数が尽きるまで撃ち続ける。それでも、福音は墜ちない。

「……」

 おれは、もう一度息を吐いた。極度の緊張も恐怖も、もうない。
 開き直ったおれは無敵だ。怖いものなんて何もない。そうだろう?

「おい! なにやってんだよ榛名! 早く離脱しろ!」

 一夏の怒声が聞こえた。福音の歌声のような起動音とともに次弾が迫ってきてるのに、何で聞こえるんだか。

「まだ退避が完了してないんだろ? ならおとなしくしてろよ」
「バッ――お前はどうするんだよ!」

 一夏の悲痛な声。だが、おれはそれに答えない。
 これは、おれのささやかな反逆だ。初めから全員で出撃しろよとか、教員が出ればよかったのにとか、優しすぎる一夏とか、その他もろもろ。
 周囲に流されて生きてきたおれがする、最初で最後の反抗だ。
 父さんにも母さんにも禄に孝行できないまま別れることになったんだ。これくらいの恩返しくらいはさせろ。

「……おい! 返事をしろよ、榛名!」
「じゃあな、一夏。シャルロットとラウラに謝っておいてくれ。クラスのみんなにも。ついでに会長にも馬鹿野郎って」

 おれは篠ノ之博士さんが改造した装備を発動させた。何を持って付けさせたのか判らない、新機能。
 シールドエネルギーを爆発させて推進力を得る。ひたすら機動性を突き詰めた紫雲に相応しいとか言ってたこの機能を、福音と密着した手首と肘、膝のブーストから全力で開放する。
 全エネルギーを注ぎ込んでの盛大なゼロ距離大爆発だ。この直撃をくらえば、流石の福音とて機能停止する。もちろん、爆発の起点となるおれも機体も無事では済まない。
 でも――ISの所為で狂わされた人生だ。死んでいるも同然の人生だし、いま死んでも大して変わらないだろ?

「榛名!」

 変換されたエネルギーが爆発を起こす直前、誰かの叫び声が聞こえた。
 ――本音を言えば、やっぱり怖い。でも、これでいいと思う。
 直接別れを言うと――顔を見ると、決心が揺らぐ。

『――』

 極光の中で、耳慣れない声を聞いた気がした。そういや、お前もだっけ。ごめんな……
 ああ、死ぬ前に一度でいいから、キスしたかったな――

●

「榛名ァァアアアア!」

 エネルギーを失い、落下するしかない一夏と箒。その視線の先では、紅蓮の大火が咲き、彼の親友が空に散っていった。
 太陽と見紛う光が収束して引き起こした大爆発は、余波が大波を発生させ、峻烈な熱風が広範囲に渡って吹き荒んだ。
 榛名の最後の言葉が脳裏によみがえる。

『だから、お前も今からおれがすることに文句言うな。おれも友達が見捨てられないから、体が勝手に動くんだ』
『じゃあな、一夏。シャルロットとラウラに謝っておいてくれ。クラスのみんなにも。ついでに会長にも馬鹿野郎って』

(俺の所為なのか……?)

 使えて一回の零落白夜を、福音の光弾から密航船を守るために使い、窮地に追い込まれた。
 好機を逸し、絶体絶命の二人を護るために犠牲となった榛名。だが、福音を倒すことを優先していれば、密航船の人々を犠牲にしていた。

『一夏はさっき、死ぬ覚悟はできてるって言ったよな? おれ、言いそびれたけど、そんな覚悟はして欲しくなかった。相手を殺す覚悟をして欲しかった。
みんな、お前が大事なんだ。あの密漁船だって見捨てろって思った。篠ノ之さんもそう思うだろ? 犯罪者なんかより、一夏に生き残って欲しいに決まってる。おれも、篠ノ之さんも、織斑先生も、IS学園のみんなも、誰も、お前に犠牲になって欲しくないんだよ』

「俺だって、お前に犠牲になって欲しくなんか――!」

 口に仕掛けて、自分に榛名を責める資格がないことに気づく。あの状況では誰かが犠牲になる他なかった。
 どうでもいい他人のために自分が犠牲になるか、他人を犠牲にするかしか道はなかったのだ。
 一夏は前者を選んで、榛名なら後者を選んだ。状況が変わって、榛名は親友のために自分を犠牲にした。
 結果のみを見れば、一夏は他人のために二人を巻き添えにし、榛名がその尻拭いをして犠牲となった。
 不甲斐ないのは誰なのか。
 強力な専用機を得て慢心し、浮かれていた箒にも同様の思いがあった。
 一夏に叱責され、戦場にいながら戦意喪失した。結果として、榛名は戦えなくなった二人を護るために身を差し出す他なかったのだ。

「――榛名は!?」

 紅炎が薄れ、視界が晴れてゆく。宙空に制止した銀の福音が、ゆっくりと落下してゆく最中だった。
 紫雲の姿はない。爆風で遠くに飛ばされたのか。

「ふたりとも、怪我はない!?」

 落下する二人を鈴が抱きとめた。見れば、他の専用機持ちも近くまで来ていた。
 セシリアが福音のパイロットを確保し、全員がまだ見ぬ榛名の姿を探そうと躍起になる。

「榛名は……榛名はどこ!?」
「コア・ネットワークに繋いで! 海に落ちた可能性が高いわ! 紫雲のコアが破損していたら特定できないから、全員海面を捜索して!」

 半ば恐慌状態のシャルロットと、的確に指示を出す楯無。
 最悪、榛名の五体が不完全になっている可能性は口にしなかった。
 鈴が二人を陸地に下ろし、皆が榛名の捜索に全力を注ぐのを、二人は見ていることしかできなかった。
 榛名の言葉が途切れることなく、繰り返し胸を打った。

●

 ――引き上げられた榛名は、息をしていなかった。
 ラウラが海流に流されていた榛名を発見し、砂浜に運んだ。
 生気のない青白い顔。外傷は奇跡的に見られなかったが、心臓は既に止まっていた。

「そん、な……」

 シャルロットが膝をつき、呆然と呟いた。滂沱と止めどなく流れ落ちる涙が砂を濡らす。
 目を伏せる鈴とセシリア。何が起こったのか、未だに理解できていないラウラと一夏、箒は立ち尽くすしかできなかった。
 楯無は自らの無力さを悔やむ。噛んだ唇から血が滴る。強がる榛名を引っ叩いてでも止めるべきだった。
 簡単な任務だとうそぶく束の言葉に乗せられるべきではなかった。

「なんでだよ……なんでこうなるんだ……!」
「私の所為だ……私が増長しなければ、こんなことには……」

 己の無力を嘆く二人をシャルロットが睨んだ。

「なんで……なんであんな人達のことを救けたの!? 一夏は榛名や箒よりも他人の方が大事なの!?」
「そんなわけないだろッ!」
「結果を見れば同じじゃない! 榛名は二人を護って、一人だけ犠牲になった!
どうして、どうして……逃げなかったの……榛名の、ばかぁ……!」

 行き場の怒りをぶつけられて、一夏は何も言えなくなった。ずっと、そのことばかり考えていたのだ。
 榛名に縋りつくシャルロットの悲愴な泣き顔に、言い返すことができなかった。

「候補生と持て囃され、図に乗っていた自分が愚かしくて情けなくなりますわ。国家の代表候補が出撃機会すら与えられない中、ただの学生に過ぎなかった榛名さんが勇敢に戦い、目標を無力化し全員を守りぬいた。男性が弱いと考えていた過去の自分を呪いたくなります」
「自分がどういう立場にあるか判ってないから、気安くああいう行動が取れるのよ。悲しむ人がたくさんいることも知ってたら、あんな行動、普通取らないわよ。……明日から、どういう顔して学校行けばいいのよ」
「母は、なぜ目を開けないのだ? 私が見つけたんだ……ちゃんと見つけ出して、助けたことを褒めてもらいたかったのに……」
「ラウラちゃん……」

 この場にいる全員が、夢であって欲しいと願った。
 対立し合ってもおかしくない全員が仲違いを起こさないでいられたのは、振り回されながらも、気配りを忘れず中立でいてくれた榛名の存在が大きかった。
 どんな無茶にも、しょうがないで済ましてくれる榛名に甘えていた面もあるだろう。
 その死を悼む者、信じられない者、受け入れられない者、悔やむ者。
 榛名の亡骸を中心に集まった専用機持ちの中に、息せき切った千冬が割り込むや否や、悄然と怒鳴りつけた。

「なにをしている馬鹿者どもがッ! 心肺蘇生法はどうした!?」

 その言葉に全員が現実に帰った。親しい者の死が強烈すぎて、完全に頭から抜け落ちていた。

「呼吸停止してから時間は浅い。何のために訓練してきたと思っている! まだ間に合う、金剛を助けたくば早くやれ!」

 叱咤され、全員の視線が榛名の唇に向けられた。緊急事態だ。普通なら気にするのも失礼だが、全員がキスの経験もない初心な生娘だった。
 一夏を想う箒、セシリア、鈴は自然と除外され、率先して自分から動こうとしたラウラを楯無が引き止めた。
 榛名の近くにいたシャルロットが、決意を固めて、掌をかたく握りしめる。

(僕は、榛名に助けてもらった。だから、今度は僕が榛名を助ける番だよね)

 シャルロットの唇が、榛名のそれに届こうとした、その時だった。

「なにモタモタしてるんだよ!」
「うわあ!?」

 シャルロットを押しのけ、一夏が榛名の横に座った。

「いま助けるからな、榛名――!」

 一夏の懇親の想いとともに、一夏の唇と榛名の唇が合わさった。

『――』

 全員の時が固まった。正しくは、一夏以外の時間が。
 全員、口が「あ」と発声したままの状態で固まり、完全な無音状態となった。
 響くのは、一夏の呼吸と波の音だけ。
 そして、一夏の万感の想いが実を結んだのか。榛名が水を吐いた。

「は、榛名が息を吹き返したぞ! 待ってろ、榛名……!」

 再び唇を合わせる一夏。もう、榛名が助かるかも、なんて誰も意識していなかった。
 二回、三回、四回と嬉々として一夏が人工呼吸を繰り返す。
 繰り返すが、全員が完全に固まっていた。
 泣こうが喚こうが、二人のファーストキスどころかセカンド、サードすらも帰ってこない事実だけが残った。

●

 息苦しくて目が醒めた。肺が膨らんでない? 鼻摘まれてない? 顔に当たる吐息が生温かくて気持ち悪い。
 気のせいか……いや、気のせいじゃなくて、唇も塞がれてないかな?
 というか、おれ生きてるの? 何で?
 おれは恐る恐る目を開けた。

 ――目の前に目を瞑る一夏の顔があって、心臓が止まるかと思った。

「む”ーッ! む”ーッ!むぐぐぐ――!!!!!!」
「あ……よかった。生き返ったんだな、榛名!」

 いや、いやいやいやいや、さっきまで死んでたことより、キスされていたことの方が衝撃的で死にそうなんだけど。
 おれは不意に唇を手の甲で拭った。一夏のものと思われる唾液が付着していた。
 マジか……いや、助けてもらったことには感謝しなきゃいけないんだろうが、なんか後味悪いというか、あんな別れ方したから、生きてたら格好つかないというか、気恥ずかしいというか。
 ファーストキスだったんだがなあ……男だからノーカンか?

「……あれ? どうしたんだよ、みんな。榛名が生き返ったってのに」

 一夏の言葉に周りを見渡してみると、専用機持ちや教員の方々が勢揃いしていた。
 皆が皆、固まったまま微動だにしない。なにが起こっているの?

「しゃ、シャルロット?」

 傍で蹲ってフルフルと震えていたシャルロットに声をかけたが、反応がない。
 嫌な予感がする。

「――そ、」
「そ?」

 同じく震えていた鈴音さんが発した声を一夏が復唱する。次の瞬間、吠えた。

「そこはアンタじゃないでしょうがぁぁあああ!」
「そうですわ! 一刻を争う状態ではありましたが、そこはシャルロットさんに譲るべきでしょう!」
「なぜお前がするのだ! 百歩譲ったとして、なぜ何回もした? 心臓マッサージもしろ! キスばかりするな!」
「え? え?」

 ゆらりと、幽鬼の如くシャルロットが立ち上がった。
 起き上がった顔は、頭から突っ込んだのか砂まみれだった。

「ゴメン……一夏。僕、もう許せないよ……」
「な、なんか知らんが、に、逃げるぞ榛名!」
「はあ!? ま、待ておれは病み上がりならぬ死に上がりで」
「フン!」

 何かお姫様抱っこされた。逃げる一夏を四人が追いかけてくる。

「殺す!」「生かしておけませんわ!」「もう許せん! 乙女の敵め!」「榛名を返せ! 榛名の純潔を返してよ!」
「なんだか判らぬが、母が無事でよかった」
「うーん……めでたしめでたし?」
「織斑先生! 織斑先生! しっかりしてください!」

 ……終わり?


あとがき

         ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
  ♪       >:´::::::::::::::::::::`ヽ、  ♪
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ  ♪
.    | ll !:::::::l::::/|ハ:::::∧::::i :::::i
     、ヾ|::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l        うーっす!
      ヾ:::::::::|V≧z !V z≦/::::::/
       ∧::::ト “    _   “ ノ::::/!
   ♪  /:::::\ト ,_   し′_ ィ::/::|
         ((. (  つ  ヽ、
            〉  と/  ) ))  ♪
        ♪ (___/^ (_)




>「物騒なことを言うな。私たちがいれば、できないことなんて何もない。そうだろう?」


        ;ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
          ;{::{/≧===≦V:/;
         ;>:´:::::::::::::::::::`ヽ;
      ;γ:::::::::::::::::し::::::::ヽ;     …ぐッ!
    _;//::::::し:::::::::::::::::::::::ハ;
.   ;| ll!:::::::l::::/|ハ:::∧::::i ::::::i;
    ;、ヾ|:::::::|:::/`ト-::::/ _,X:j::/:::l;   …し、静まれ……モッピーの右腕…ッ!
     ;ヾ:::::::::|V(◯) !V(◯)/:::::/;
      ;∧::::ト “  ,rェェェ  “ ノ:::/;
      ;/:::::\ト ,_|,r-r-| ィ::/::| ;  ……まだンゴンゴするのは早い…ッ!
     /;     ∨\/∨    \
.    厶=、 ヽ i\|从!\|∨ 亅    亅
    {.   ヽ  |  `     亅    亅
.    !  ヽ \| i      |/  ,イ
.    ∨  \ |,j       j    j |
     ∨    '《      ,≦=-'  j/!
.      '《    ∧   >'´    / |
.      ∨   》‐<     ,>'´  |
        ∨ /     ,≠<    /|,rァ :
        |/'\_,./  ̄フーァ─‐'´ム-‐ァ
     (( /   }' ̄     |   !   '=ニムz
       Ll i i l矢───┴‐┴─-、三z厂 :


>二人は幸せなキスをして終了


         ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
          {::{/≧===≦V:/
         >:´:::::::::::::::::::::::`ヽ、
      γ::::ノ(::::::::::::::::::::::::ヽ
    _//:::::::⌒:::::::::::::::::::::::::ハ
.   | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::∧::::i :::i
    、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l
     ヾ:::::::::|V≧z !V z≦/::::/
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /:::::\ト ,_ --  ィ::/::|
     /     `ー'    \ |i
   /          ヽ !l ヽi
   (   丶- 、       しE |そ  ドンッ!!
    `ー、_ノ         ∑ l、E ノ <
                レY^V^ヽl
 



[37185] 一夏と真夏の夜の悪夢
Name: コモド◆79eaf3c8 ID:8333e645
Date: 2013/06/06 19:33
まえがき
           ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
            {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ、   モッピー知ってるよ
       γ::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::i  このSSがクッソ汚いホモ御用達って事
     、ヾ|::::::::|:::/`ト-::::/ _,X:j:::/:::l
      ヾ::::::::|≧z !V z≦ /::::/  それがもうちょっとだけ続くって事
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /::::(\   ー'   / ̄)  |
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



         ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
         {::{/≧===≦V:/
        >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ、   モッピー知ってるよ
     γ::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
   _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ   ISのメインヒロインは箒だって事
.  | ll ! :::::::l::::::/|ハ:::::::∧::::i:::::i
   、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l   水面下では箒がリードしてるって事
    ヾ:::::::::|≧z !V z≦ /::::/
     ∧::::ト “      U “ノ:::/!
     /::::(\   へ   / ̄)  |
       | ``ー――‐''|  ヽ、.|
       ゝ ノ     ヽ  ノ |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


           ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
            {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::`ヽ、
        γ:::::::::::::::::::::::::::::::ヽ  モッピー知ってるよ・・・
      _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ :
 .    | ll ! :::::l::::::/|ハ:::::∧::::i :::::::i   ホモはマイノリティに過ぎないって事
      、ヾ|::::::::|:/ト-:::::/\,X:j:::/::::l :
       ヾ::::::::| ≧z !V z≦ i/::::/|  本当は皆ノンケで箒が大好きだって事
           ∧::ト | |    | | ノ:::/::::! :
        /:::::(\| | ´` | |/ ̄):::::| 知ってるよ・・・知ってるよ・・・
      ./:::::::::| ``ー――‐''|  ヽ、:| :
     /:::::::::::ゝ ノ ゚。 +゚ ヽ  ノ |::| :
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


蛇足の蛇足なので、まだこの汚い作品が読みたい人だけ読んでください。





「ねえ……本当に、私でよかったの?」

 夫婦の営みを終えた気怠くも甘い余韻の冷めた頃になって、おれの妻となった人がか細い声で囁いた。
 罪悪感に濡れた声。先刻までの淫蕩な嬌声からは遠い掠れた声音が、彼女を悪夢から醒めた少女のように思わせた。
 もう結婚して二年になる。学園を卒業して間もなく、おれと彼女は籍を入れた。
 もとは、政府から薦められた見合いを流されるがままに受け入れただけの、業務的な関係から始まった間柄だった。
 疑心暗鬼な気質もあいまって、おれは人の内面に土足で踏み上がる彼女を好きになれなかった。
 だが、時間とは不思議なもので、おれの心の楔は、彼女の奔放な気性と自由な笑顔に溶かされていった。
 凡愚極まるおれの心など、彼女の天性の魅力の前では蝋の翼に過ぎなかったのだろう。或いは、誰かに縋りたい弱さを見抜かれていたのかもしれない。
 おれが高校二年の夏に、おれと彼女は一線を超えた。同居して一年が過ぎた、蒸し暑い夜のことだった。
 『もう』と言うべきか。それとも『やっと』、という表現が正しいのか。
 結ばれるまでにかかった期間は、年頃の男女が同棲しているとしては有り得ない長さで、おれと彼女では早すぎた。
 その時間は、おれが自分を諦めるまでにかかった葛藤の長さだ。

 親友は気儘に、自由に愛する人を選べる。複数いる好意を向ける女性の中から、将来をともに歩みたいと思った人の手を取れる自由がある。
 おれにはない。一人だけ、一緒に歩みたいと言ってくれた人と歩く権利も資格もない。
 その現実に苦悩し、大人になり、折り合いをつけて決められた未来を受け入れるまでに、一年しかかからなかった。
 その時間の長さだけ、一人の女性の傷を深くし、一人の女性に恥をかかせた。
 未だに、ふと立ち返る。あの頃の自分に、ひと握りの勇気があれば、どういう未来を歩んでいたのかと。

「あのコね……まだ、あなたのこと好きだよ。これからも、ずっと」

 行為の熱の冷めやらぬ褥で横になる彼女が、胸の中で呟いた。
 淡い感情が想起させられる。まだ、燻ったままだ。大人になった、幼かった頃の思い出と回顧するには、その存在は真新しくて、大きすぎた。
 国を捨て、姓も捨てた少女は、卒業と同時にIS学園の教師となった。事情を知る織斑女史らの協力もあって、彼女は無事に自由を得た。
 だが……心は未だに縛られたまま、誰かと同じように燻り続けている。

「私は、構わないよ? あなたが他の誰かを好きになっても。ううん。好きな人がいるあなたを好きになったから。
 だから――」

 それ以上語らせないよう、強く頭を掻き抱いた。
 妻は彼女の事情を知らない。おれしか彼女の生い立ちを知らないのだ。
 おれは、不義の子として育てられた彼女を同じ境遇に立たせたくなどなかった。
 愛するなら唯一として、もっと包み込むように抱きたかった。
 おれでは彼女を幸せにできないから、もっと相応しい人が現れることを祈って振り払った。
 おれには、ひとりしか抱えられないから。

「おれが愛してるのは、おまえだけだよ」
「……榛名くん」

 彼女が顔を上げた。呼び名がふと昔に戻る。彼女は負い目を感じると、途端に内罰的になる傾向があった。
 そういうところも愛らしかった。
 おれは目を瞑り、ねだる彼女にキスしようとして、彼女の名前を呼んだ。

「愛してるよ、一夏」

 ……一夏?

「榛名……」

 間近に一夏の顔が迫った。え? え? え?
 え!? なに? 何でおれが一夏とキスしようとしてんの!?
 嘘だろ、こんな未来、冗談に決まってんだろこんなの。なあ、なあ!





「――はっ!?」

 おれは飛び起きた。無機質な白い壁が目に飛び込んでくる。
 ……夢か。夢だよな? ……夢でよかったー。
 おれは胸をなで下ろした。激しい動悸と乱れた呼吸をしずめる。
 よかった……変な人と結婚する未来とか、一夏と幸せなキスをして終了する現実なんてなかったんだね。
 しかし、妙にリアルな夢だったな。おれの思考とか経緯が現実的で気持ち悪い。
 大量に寝汗を掻いていたらしく、額に滴る汗を袖で拭った。

「あ、起きたのか榛名」

 瞬間、視界に入り込んだ一夏の顔のアップに、おれの心臓は凍りついた。
 頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。

「うわあああああああああああああああ! 嫌だ! こんなの嫌だあああああああああ!」
「は、榛名! どうしたんだ!?」
「どう見てもアンタのせいでしょうが!」
「一夏はしばらく金剛に近づくな!」
「ラウラ! 一夏を取り押さえて外に連れて行って!」
「なんだよ! 榛名が! 友達が困ってるのに見捨てるなんてできるかよぉ!」
「済まない、嫁。今は母の容態の方が大事なのだ」
「医者を呼んできましたわ!」
「押さえつけろ! 鎮静剤を打て!」
「うーん……寝言で私の名前呟いてたけど、いったい何が……」



●

 燦然と煌めく星がよく見える海岸にて、篠ノ之束は月を見つめていた。
 月の眩さの割りに、その日は星の眺めがよい。地上に灯りがない土地の星の輝きの切なさは筆舌にし難い。
 何万年も前に発せられた光が、地上で生み出された矮小な光にかき消されて届かなくなる。
 人の記憶みたいだね、とセンチな感傷に浸っていた束のもとを、彼女の親友が訪れた。

「こんな所にいたのか」
「やあやあ、ちーちゃん。今日はご苦労さまだったねー。二日酔いは大丈夫なの?」
「おかげさまでな」

 榛名が蘇生してから――榛名をお姫様抱っこして逃避行を繰り広げていた一夏を、再起動した千冬が取り抑えて、念の為に榛名は検査入院することになった。
 その付き添いで専用機持ちと山田真耶が同行しているが、どうも一夏とのキスが心的外傷となってしまったらしく、しばらく近づけない方がいいと判断されたようだ。
 愚弟の行いに頭が痛くなる。人命が懸かった緊急事態とはいえ、あとコンマ数秒で人工呼吸しようとしていたシャルロットを押しのけて自分からしたのには愕然とした。
 本当に男色の気があるのではないかと勘ぐってしまう。ないと信じているが。

「いやー、はるちゃん大活躍だったね! 箒ちゃんはあまり活躍できなかったけど、はるちゃんの勇姿を見られただけでも束さんは大満足だよ。カッコイイ男の子になっちゃったなぁ」
「……おい、束。訊いておくが、本当にあのときの子どもが、金剛榛名か?」

 十年近く前の記憶を掘り起こして、微かに覚えのある面影を思い浮かべた。
 他人に全く興味がない束が、その頃だけは人が変わったように入れ込んでいた子ども。
 だが、快い記憶ではない。束は貼り付けたような笑顔をさらに綻ばせた。

「うん! だいぶ外見は変わっちゃったけど、中身は変わってないね。可愛かったはるちゃんのままだよ」
「その溺愛していた子どもから何もかも奪うことが、お前の愛情表現か、束」

 千冬の凛冽な眼光と声に束が黙り込む。つかの間の静謐も、波の音が埋めてしまった。
 束は目を細めた。

「やだなー、ちーちゃん。私が好きな子に意地悪したくなる小学生男子みたいに見える?」
「IS学園を受験できない男子が二人、願書も出さず、試験も受けていないのに合格した。内ひとりは地図、GPS機能すら偽装され、受験会場に誘導させられている。合格後は安全上の問題で一家離散、一五歳の子どもが親から切り離され、社会的に孤立し、異性ばかりの学校で心身ともに疲弊したところに初恋の女性が現れ、二人は恋に落ちる。
こんなところか? お前が思い描いた絵空事は」

 誰の出来事なのかは語る必要もない。千冬の声には確信と怒りが滲んでいた。
 それでも、束はどこ吹く風と微笑むことをやめない。

「うわあ、束さんもドン引きだなあ。そんな頭悪い計画、イマドキ三流の脚本家でも採用しないよ」
「そうだろうな。そんなことができるヤツは、私も一人しか知らない」

 ISを使える男子が世界で二人。その二人は、IS開発者の知り合い。これで邪推しない方がありえない。
 束は悪役のように不敵な笑い声をあげた。

「ちーちゃんがなに考えてるかわかるよ。私がISをそう設計したって言いたいんでしょ? 残念でした。男がなんでISに乗れるのか、私も知らないのです。あ、でもでも、はるちゃんが乗れる理由はわかるよ。教えてあげようか?」
「いらん。もう過ぎたことだ。お前を責めた所で収まる問題でもない。だがな……人の心は、お前が如何に天才でもどうにかなるものではないぞ。アレの心が、お前の思うようになる訳がない。妙な企みは止せ。アイツのことを想うなら、これ以上、傷つけてやるな」
「わかるよ。はるちゃんの考えてることは、なんだって」

 ついに束の顔から笑みが消えた。千冬も口を閉ざす。
 昔の束は、何を考えているか判らない女だった。いつも無表情で、仏頂面と揶揄されるほど堅物の千冬から見ても、感情が欠落しているように思えた。
 その束が、一人の子どもについて話す時だけ、顔に、声に感情が宿る。

「何回も話したよね? 私はね、箒ちゃん、ちーちゃん、いっくん、はるちゃんの四人以外はどうでもいいんだ。この四人にしか興味もないし、ずっと四人のことだけ考えてる。
 凄い大好きで、世界でもこの四人しか要らないくらい好き。でもね、だから気づいちゃったんだ。私が好きになればなるほど、みんな離れていくって。
 箒ちゃんもなんかよそよそしいし、ちーちゃんもなんか冷たいし、いっくんも箒ちゃんの姉くらいにしか思ってない。証拠に誰も私を追いかけてくれないし、箒ちゃんが私を呼んだのも、専用機が欲しかったからでしょ? 気持ちは嬉しかったけど、なんか痛かったな。
 追いかけてくるのはどっかの国の追っ手ばかりでさ。私の好感度が高いほど、私のことを嫌っていくんだよ。何で気づいちゃったんだろうね、こんなこと」

 矢継ぎ早に話す束の言葉を、押し黙って千冬が受け止める。
 親友と思っていた。その彼女の考えが、今は読めない。
 振り向いた束の顔には、無邪気な笑顔があった。

「でもね、はるちゃんだけは違うんだよ。まだ私がISを創り出す前から、はるちゃんは私のことを大好きって言ってくれた。篠ノ之束を必要としてくれたんだよ。泣き出すと、いつも私に抱きついてきて、胸にしがみついて甘えてきてさ。子どもの愛らしいまま保存できる発明でもすればよかったな。
 あの頃の箒ちゃんも可愛かったけど、箒ちゃんは両親が独占してたし、やっぱりはるちゃんが一番だよ。あ、もちろん大きくなったはるちゃんも好きだけどね!」
「……お前は、その大好きな子どもに何をしたか憶えているのか? 金剛の友達に謂われのない悪評を流して、集団から孤立させた。金剛がお前に懐いたのは、お前以外の遊び相手がいなかったからだ。
 今度は親元から切り離し、社会からも孤立させた。次は何をするんだ? IS学園から退学させて匿うのか? お前は何回繰り返せば気が済む?」
「勘違いしないで欲しいな。はるちゃんは、その前から私のことを好きだったよ。好きだって言ってくれた回数も言葉も一字一句、時間も秒単位で憶えているし、何なら映像で再現してあげようか?
 それに私は、はるちゃんを虐めたりしない。絶交させたのも、はるちゃんと付き合うに値しないクソガキだったからだし、絶縁させたのも、もうはるちゃんに必要ないと判断したからだよ。私は、はるちゃんの幸せの為に行動してる。ちーちゃんにもとやかく言われたくない」

 千冬は額に手をあて、嘆息した。何を言っても無駄なようだが、ひとつだけ忠告しておくことにした。

「金剛はお前のことを憶えていないぞ。お前と結ばれることはない。本当にアイツの幸せを願うなら、もう手を引け。しつこいと嫌われるぞ」
「えへへー。それはどうでしょうか。きっとはるちゃんは私の所に帰ってくるよ。賭けてもいい。
 ちーちゃんもブラコンこじらせて、行き遅れてからはるちゃんを手篭めにしようとか考えないでね」
「誰がするか、誰が。しようと思えばすぐにできるさ」
「二四になって未だにキスもしたことない生きるアイアンメイデンに言われてもなぁ……」
「それはお前もだろう」
「残念でしたー! 私は十年前にはるちゃんと済ませてますぅ! はるちゃんのファーストキスはいっくんではないッ! この束だァー!」

 呆れてかぶりを振った。やはりあの頃の束は、通報して更生施設に送った方が世の為だったのではないかと思えてくる。

「まぁ、生徒に手を出すような真似はしないさ。安心しろ」
「約束だよ? 破ったらちーちゃんでも殺しちゃうかも」

 親友へ向けたとは思えない台詞に、千冬が目を眇めた。

「私からも言わせてもらおう。私の生徒に危害を加えようとしたら、どんな手段を使ってでもお前を止めるからな。肝に命じておけ」
「うーん。それは無理だよ、ちーちゃんじゃ無理」

 そう言うと、束は胸元を漁り始めた。怪訝に眉をしかめる千冬。束が出したのは、古めかしいカセットテープだった。

「パンパカパーン! ちーちゃんがいっくんにマッサージされている時の、艶かしい悲鳴集~」
「な……なんだと……!?」

 頭上に掲げる物体の恐ろしさに千冬の顔が固まった。盗聴までしていたのか、この天災は。

「もしちーちゃんが私に逆らったら、これを『ブリュンヒルデ、弟とまさかの禁断の恋!? 凛々しい戦化粧とは真逆の淫らな情事の様子』と銘打って全世界に公開します」
「束……お、お前ぇ……!」
「ふっふっふ。天才とはいつでも、凡人の一手、二手、果ては思考の全てさえも凌駕しているものだよ」
「くっ……~~っ! 寄越せ!」
「これを取り返しても音声データはバックアップ取ってあるから無駄だよー」

 その夜、月を背にした海岸線で、兎と戦乙女の追いかけっこが行われたことを知るのは当人たちのみだった。

●

 あの事件から三日後。おれは退院し、IS学園に帰ってきた。
 女の子ばかりの此処も住めば都というか、おれの第二の故郷なので真っ白な病院よりも落ち着けた。
 が、銀の福音と戦ってからというもの、皆の反応が露骨に変わって微妙に居心地が悪い。
 まず、箒さん(名前でいいと言われた)、セシリアさん、鈴さん(鈴でいいと言われた)が妙に優しくなり、どう反応すればいいか困った。
 セシリアさんは相談の件から親しくなったのだが、この二人はどう考えればいいのか。
 もしかして、ラウラのポジションを狙っているのだろうか?
 一夏を堕とすために友達のおれを落とし、外堀から埋める方針に変えたのだろうか?
 女って怖いな。

 女と言えば、IS学園では銀の福音戦が脚色されて、おれが一夏を救うために命を落とし、一夏のキスで復活するという、どこぞのおとぎ話みたいな物語となって広まっていた。
 タイトルは『ハルナ姫』というらしい。本当に女の子みたいに聞こえるから止めて欲しい。
 一夏も女みたいな名前なのになぁ。ていうか緘口令とか敷いてなかったのかな。まぁ、どうでもいいか。
 ちなみに、その話では箒さんが出撃した事実が消えている。いつだって、百合では男が、薔薇では女が邪魔だからね。しょうがないね。

 そのおれだが、死の淵から生還したことで無敵状態になっていた。端的に言えば、怖いものなし。
 漫画って一度死んでから蘇生すると強くなったりするよね。あんな感じ。
 病院では一夏の間近に迫った顔面に取り乱したりしたが、カウンセリングを受けて完全復活した。
 マウストゥマウスはキスじゃないって教わったし、はいっ、ノーカンノーカン!
 だいたいキスがどうしたよ。あんなの粘膜の接触に過ぎないじゃないか。唇がなんだよ。
 キスなんかタコとかイカとだってしてるじゃないか。たいしたことないたいしたことない。
 おれは自室のドアを開けた。会長がベッドで寝ていた。

「おかえりー」

 また裸Yシャツかと思ったが、下着はつけているらしい。うつ伏せになり、雑誌を読む会長のお尻から、紫色のレースが見えていた。

「会長ってババアみたいなパンツ履いてますよね」
「喧嘩売ってるの?」

 さっき述べたように、今のおれは怖いものなしだった。
 会長が凄もうが屁でもない。前に栗坊がいようがお構いなしで突き進めるのだ。

「あっ……ふーん?」

 会長は悪巧みを思いついたような、何かを察したような、小悪魔的な微笑みを浮かべた。
 あれはめんどくさいことを考えている顔だ。

「ふふっ、榛名くんも見たいなら、遠まわしに言わないで、正直に言ってくれればいつだって見せてあげるのに。
 ほら、今日は退院祝いの特別大サービスだよ?」

 会長がベッドに膝立ちになって、両手でYシャツの裾を捲りあげた。大人っぽい下着が目に入る。
 以前のおれなら紅潮させて目を逸らしたんだろうが――如何せん、今のおれは無敵なのだ。
 おれは欧米人のように肩を竦めた。ふっ、と鼻で笑う。会長はムッと顔をしかめた。

「な、なんか調子狂うというか……ムカつくわね」
「まぁ、会長も年上と言っても十六歳の小娘ですからね。その程度の色香に惑わされたりしませんよ」

 日頃の仕返しとばかりに憎まれ口が、口を衝いて出てくる。
 会長はふと心配そうにおれの顔を覗き込んだ。

「だ、大丈夫、榛名くん。酸欠で脳細胞が億単位で死んだりしてない?」
「検査ではまったく異常なしでした」

 すると、会長はおれを可哀想な人を見るような目で見つめた。
 おれは無性に悔しくなって口元をつり上げて言った。

「そういえば、会長って処女なんでしたっけ? それでよくエッチで綺麗なお姉さん振れましたよね。キスもしたことないんですよね? おれなんて一夏と何回もしましたよ。ええ、何回もされましたよ。おれの勝ちですね。ていうか、会長っておれより遅れてるんですね。ダッサ!」

 ひくっと会長の頬が引きつったかと思うと、壁に押し付けられた。早すぎて反応できなかった。

「どうやら、病院で治療されずに悪いこと、イケないことばかり憶えてきたようね。私が治療しなくちゃ」

 耳元で囁かれる。熱っぽい吐息に鳥肌が立った。ち、違うぞ。この人は一夏じゃない。負けるな、おれ。
 会長は思い出したように言った。

「そうだ。榛名くん、臨海学校で穴に挿れてもいいって言ってたよね。それって……このお口に私の真っ赤な舌が入ってもいいってことよね?」

 おれの唇に指を押し付け、会長が艶美に微笑した。
 なんて女っぽい声を出すんだ。普段のおれなら一瞬で戦略的撤退してた。
 だが、今のおれはスター状態なのだ。自分でスターと言ってるわけじゃなく、無敵状態なのだ。
 会長なんて死ぬことに比べたら全然怖くない。
 会長とか、超絶美人でIS学園最強で才色兼備で学生にしてロシア代表で料理も完璧でおっぱいも大きいだけの小娘じゃないか。
 一夏の方がよっぽど怖いわ。
 おれは会長の華奢な両肩を掴んで、逆に壁に押し付けた。

「きゃっ……!? は……榛名……くん?」

 両手を胸の前で組み、不安げにおれを見つめる会長に顔を近づけ、先ほどとは真逆におれが耳元で囁いた。

「会長、初めてなんでしょう? なら、おれがリードしてあげますよ」
「え……ちょ、ちょっと待って。こ、心の準備が! こんなの想定してない……」
「先にしようとしたのは会長じゃないですか」
「そ、そうだけど……」
「ほら」
「ぁ……」

 細く、形の良い顎を指で上向かせ、間近で見つめ合う。しばらくすると、会長は覚悟したように堅く目を瞑り、唇をきゅっと閉ざした。
 熟れたリンゴのように色付いた頬、長い睫毛がふるふると震えている。

 おれは我慢できずに吹き出した。

「っぷ、ハハハハハハハハ! アハハハハ! やった! 勝ったッ! 第三部完!」
「……え?」

 鬼の首を獲ったようにはしゃぐおれを、会長はポカーンと、呆気にとられて部屋を走り回るおれを目で追っている。
 今まで生きてきて一番嬉しかったかもしれない瞬間だった。
 あの周囲を振り回しては悦に浸っている会長に初心な乙女みたいな反応をさせた。
 代打満塁釣りなし逆転サヨナラ優勝決定ホームラン並の快挙だ。
 部屋中をくるくると回ったり飛び跳ねたりしながら叫ぶ。

「っしゃあああああああ! アハハハハ、会長も意外と可愛いところあるんですね。
『ぁ……』だって! 『ぁ……』~~~~っ! アハハハハ!」
「あ……あ……」

 口をあわあわと戦慄かせる会長の様子がおかしくて、会長の周りで踊り始めた。

「今どんな気持ちですか? 悔しいっすか? 年下の男に手玉に取られて悔しくて言葉もでないっすか?」
「お……お……!」

 言いたいことを言ったおれは、満足して踵を返した。

「はー、スッキリした。みんなに言いふらしてこようっと。わーい。今日は赤飯だー」

 ルンルンとスキップで足を踏み出した瞬間、足をかけられて転び、腕をキメられた。

「あだだダダダダッ!?」
「榛名くん……キミはやっちゃいけないことをしたわ」

 底冷えする声が頭上から聞こえた。しまった。無敵状態のおれでも、この態勢では何もできない。
 ゲームではマウントを取られることなんてないからだ。

「素直で可愛げのあった榛名くんはどこに言ったのかしら……躾ではなくて、折檻が必要みたいね」
「よ、用事を思い出した。早く帰って宿題しなきゃ」
「キミの部屋はここでしょ?」

 その通りだ。どうやら撤退は不可能らしい。おれは近くにキノコも落ちてなかったので諦めた。
 おれのキノコは恐怖で縮んで使い物にならなかった。

「最後に、なにか言い残すことはある?」

 勝ち誇り、悠然と囁く会長に真摯な声で言った。

「おれや一夏だから良いですけど、他の男の前では、あまり露出しないでください。会長は綺麗だから、今みたいに勘違いされて襲われるかもしれない。カラダは大事にしてください」
「……! わ、わかった……忠告ありがと。……なによ、急に素に戻らないでよ……」

 ブツブツと呟く会長の声を聞き、おれはほくそ笑んだ。
 これで万事解決だね。やれやれ、とおれは心の中で肩を竦めた。
 女ってヤツはギャップに弱いからな。ふざけてる奴がいきなり真面目になると、改心したとか思う。
 映画版タケシ現象だ。不良に置き換えてもいいし、女ならツンデレ。
 まぁ、人間ってヤツはみんな単純な生き物なのさ。ちょろいぜ。

「あ、でもお仕置きはするからね」
「ですよねー」

 ダメだった。おれは絶望した。残機がゼロになった。
 無敵の金剛榛名は死んだんだ。幾ら呼んでも帰って来ないんだ。
 その日、IS学園寮の一室で、獣の咆哮が木霊した。
 調子に乗りすぎた男の無様な慟哭だった。

 翌日――会長はスカートを履くようになった。
 夏休みが、始まる。


あとがき

作者「とりあえずISだし、ノンケに媚売っとけばいいだろ」
↓
「なにイチャついとんねん! 一夏出さんかいボケェ!」
↓
「ホンマにホモってどうすんねん!」
↓
作者「」

作者「とりあえず、もうアニメ分終わったし、幸せなキスして終わらせればホモも文句ないだろ」
↓
「なに汚いモン見せて勝手に終わっとんねん!」
「伏線張っとんねんからもっと書かんかいボケェ!」
作者「」



こんな汚い作品ですが、皆さんのあたたかい声に応えて続くことにします。
過度な期待はしないでください。
あと、主人公は次で元に戻ります。



[37185] 一夏と真夏の夜の白昼夢
Name: コモド◆79eaf3c8 ID:8333e645
Date: 2013/06/06 19:13

 どうも落ち着かない。夏休み初日の朝、本来なら喜ばしい記念日である筈なのに、おれは居心地の悪さに胸に充溢する不信感を抑えきれなくなっていた。
 今日もいい天気、と思わず唸ってしまう快晴の空。空調の行き届いた寮内は快適で、これから始まる一ヶ月以上の休みの始まりに相応しい一日の筈なのに……
 同居人の会長が、プレーリードッグみたいに警戒しながらおれをチラチラ見ている。

「……なんですか?」

 寝間着から制服に着替えている間、ずっと視線を感じていた。
 昨日、散々にやらかしたからだと思うが、つかず離れずの距離を保ちながら緊張状態を保っているのは、護衛としてどうなのか。
 なんでおれを警戒対象に認定してるの? 護ってよ。
 そりゃ昨日はやり過ぎたけど、あれは臨死体験して気分が高揚していたからだ。
 犯罪者が久々のシャバに出たときと同じで、抑制がきかなくなってしまうんだ。
 決して、日頃の恨みが爆発したとかじゃない。すっきりしたのは否定しないが。

「……うん。どうやらいつもの榛名くんみたいね」

 ベッドの影からひょっこりと顔を覗かせていた会長が、全身をあらわにした。
 上半身はいつもの着崩したYシャツ姿だが、下には膝上のフレアスカートを履いている。
 一応、露出は控えるようにしてくれたらしい。よかった。正直、あの三十路の婚活してるオバサンが身につけるような下着を見せられても反応に困ってたんだよ。

「まーた失礼なこと考えてない?」
「ひゃはは(まさか)」

 頬を抓られ、ジト目で睨まれた。よかった、いつもの傍若無人で鬱陶しい会長だと安心していたら、右手が労わるような仕草で頬を滑り、子をあやすように頭を撫でられた。

「……なんですか」
「んー? いやー、私も考えたのよ。キミも色々溜まってるんだなぁ、って。それで、これからは優しくしてあげようかなと思ったの」

 ――変だ。おかしい。妙だ。気持ち悪い。おれの知ってる会長は、他人にあたたかい声をかける人間じゃない。
 絶対なにか企んでいる。昨日の仕返しか? おれは後ずさった。

「? どうしたの?」
「何が目的ですか?」
「はぁ?」

 憮然となる会長からさらに距離を取る。ドアの近くまでにじり寄った。
 会長は扇子を手のひらに叩きつける。

「あのね、榛名くん。今までの私に原因があるかもしれないけど、人の好意を素直に受け取れないって問題だとおねーさんは思うの」
「好意?」

 いよいよらしくない言葉が飛び出したことに狼狽した。
 ドアノブに手をかける。

「待ちなさい!」

 追いかけてくる会長を、ドアを叩きつけてシャットアウトし、間髪入れず全力で逃げ出した。
 ついこないだも似たような出来事があったような気がしないでもない。
 とりあえず、朝食を食べに食堂に行こう。あそこなら会長も堂々と手出しできないだろう。





「あら、榛名さん。おはようございます」
「ここ空いてるわよー」
「どうした。せっかくの快晴なのに、顔が曇っているが」

 朝っぱらから素うどんを注文し、遅めの朝食を摂ろうと席を探していたら、例の三人組に挨拶された。
 皆、夏休みだからと気が緩んでいるのか、既に八時を回っているのに混雑しているので助かった。
 一夏やシャルロット、ラウラはいない。あっちは朝が早いのか。

「ささ、紅茶をどうぞ」

 セシリアさんに紅茶を瀟洒なティーカップに注がれた。おれ、緑茶も用意してるのに。

「榛名っていつもうどんばかり食べてるわよね。男なのにそんなに少食で大丈夫なの?」

 朝からラーメンを食べている鈴さんに心配された。どうも呼び捨てされると違和感が拭えない。
 それ以外にも違和感が拭えない。というか、違和感しかない。

「そうだな。朝こそ肉などの栄養価の高いものを摂るべきだ。一夏の受け入りだがな。
 それに飲み込む速度が少々速いな。うどんとは言え、しっかり噛んで食べなければ胃に悪いぞ、榛名」

 この三人に身体の心配をされるって、得体の知れない恐怖がある。
 懸念していた一夏包囲網をとうとう実行する気になったのか。或いはドッキリか。
 おれが入院していた間にドッキリを考えていて、今日決行して嵌める腹積もりか。
 おれはドッキリのプラカードを探したが、持ってそうな人は見当たらなかった。
 まだ早い、ということか?

「あ、こんこんだ~。退院おめでとー」
「心配したんだからね、金剛くん。もう体は平気なの?」

 のほほんさんと谷本さんがいたわってくれた。のほほんさんは、相変わらず着ぐるみみたいな服を着ている。
 癒される。露出してないコはそれだけで天使に見える。のほほんさん自身はかなりグラマーだが。

「おりむーを助けるために捨て身したんだってー? ダメだよ、もうそんな危ないことしないでねこんこん~」
「そうだよ! 金剛くんだってひとりの人間なんだからさ、簡単に命を投げ捨てるようなことしちゃいけないよ?」

 なんで知ってるんだよ。ていうか、それってそんなに大層な理由があったわけではなくて、追い詰められてキレたおれが特攻して自爆しただけなんだが。

「そうですわね。状況が状況だったとはいえ、命を投げ捨てるような真似はいただけません」
「自分が死んで残された人がどう思うか考えたことある? シャルロットとかひどかったわよ、取り乱して」
「迷惑をかけた私が言えた義理ではないが、その通りだ。みんな、榛名が心配だったのだぞ」
「それは……すいません」
「あたしたちじゃなくて、シャルロットに謝ってきなさい。あたしたちはむしろ、お礼言うか、謝らなきゃいけない側だし」

 責められているのか、勞られているのか判断がつかない。けれど、優しい声だ。
 だが、それがおかしい。この人たちが優しいのが、おかしい。

「アンタさぁ、ちゃんと眠れてる? あの生徒会長と同室じゃ落ち着けないでしょうけど、寝ないとカラダ壊すわよ?」
「この紅茶は王室御用達の一級品ですのよ。冷めないうちにどうぞ」
「榛名、これも食え。男がそんなに少食では、いざという時に力が出せないぞ」

 おれは気後れした。優しいみんなに不信感しか募らない。
 おれってこんなに汚れていたのか。
 もしかして、これはおれが『もしも、金剛榛名に優しい世界だったら』と時代遅れの電話ボックスにお願いして生まれた世界じゃないのか。
 え? 本当にこれ現実なの? 夢じゃないの?

「はーるーなーくーん」

 地獄の底から轟くような声がして、おれは反射的に振り返った。
 お盆を持った会長が仁王立ちしていた。

「ごちそうさまでした!」
「あっ」

 おれは再び逃げ出した。誰か……誰かいつも通りにおれと接してくれる人はいないのか。
 藁に縋り付く思いで、おれはシャルロットとラウラの部屋を訪れた。ノックする。

「誰だ」
「おれだ、金剛榛名だ」
「なんだ母か」
「え? 榛名が来たの?」

 おれは強い既視感を感じて、咄嗟に振り返った。会長はいない。よかった。

「朝からどうしたの?」
「なんだ、その不抜けた顔は」

 よかった……いつもの二人だ……! なぜか視界が滲んだ。

「わっ、な、なんで泣いてるの!?」
「ゴミでも入ったのか、母よ。どれ、私が取ってやろう」
「違うんだ……おれって汚れちまってるんだ……」
「え? 会長に何かされたの?」
「なに!?」

 その後、二人が仇討ちとか言い出して会長を強襲しようとしたので、誤解を解いた。
 もう、何が何だかわからない……


●


「ラウラ、どこに行くの?」
「小便だ」
「もう、日本語ではオブラートに包むようにって言ってるでしょ」

 女子高ってこんなんなのかと、幻滅するやり取りが目の前で繰り広げられている。
 母国語じゃないからしょうがないよね。
 おれは二人の部屋で、寛いでいた。もう此処しか落ち着ける場所が思いつかなかった。
 意図せずシャルロットとふたりきりになる。
 一夏に人工呼吸されて以来、面と向かって会ってなかったので、ふたりきりになると少し居心地が悪い。
 シャルロットのベッドに腰掛けるおれの横に、軽い音をたてて座った。軽く緊張する。
 以前はふたりきりなんて日常的なものだったのに。

「榛名」
「なに」
「おかえり」

 言葉に詰まった。不意打ちに涙が出そうになった。何だか、ここにいてもいい気分になったよ。

「ただいま」

 やっとのことで返すと、無言で微笑んでくれた。いや、帰る場所があるって、いいものですね。

「心配したんだからね。榛名が海の藻屑となって消えちゃったのかと思って」
「うん」
「探している間、ずっと生きている心地がしなくて、ラウラがやっと見つけてくれたと思ったら息してないし……
 あれだけの爆発の中でよく無傷だったね」
「ああ、それなんだけどさ。聞いた話によると、爆発の瞬間にISが妙な動きをしたらしい」
「妙な?」
「うん」

 おれも山田先生に聞いた話なので詳しくは知らないが、ISが操縦者を守るような動きを見せたらしい。
 爆発の際におれは全エネルギーを変換したのに、実際には微量が残っていておれを保護したとか。
 現在は自己修復中だから出せないが。シャルロットも思慮しているようだが、結論は出ないだろう。

「……でも、それで榛名は無事だったんだもん。感謝しなきゃいけないね」

 待機状態で指輪となっている紫雲をシャルロットが撫でた。宝石部分の紫がシャルロットの瞳みたいだった。

「もう、あんな真似はしないで。……また誰かが僕の前からいなくなるの、嫌だから」
「うん」

 シャルロットの境遇を思い、確かに愚昧な行動をしたと反省する。
 鈴さんにも言われたっけ。鈴さんにも似たような出来事があったのかもしれないな。

「ところでさ」
「ん?」

 語調が変わる。憂いを帯びたものから、抑揚が薄いものへ。おれはシャルロットに目を遣った。
 目が据わっていた。

「榛名、口の消毒はした?」

 ……消毒?

「歯磨きはしたけど」
「ダメだよ! そんなんじゃ全然足りないよ!」

 両肩を固定される。おれの肩を掴む細く優美な指が、骨が軋むほどに力強い。
 シャルロットの顔が近づいてくる。

「ちょっ、なに? なになになに!?」
「十一回されてたから、十二回して上書きしなきゃ……動かないで。僕も経験ないから要領がわからないんだ」
「いやいや! いやいやいやいやいやいや! おかしいよ! シャルロット精神状態おかしいよ! シャルロットって、そんなコじゃなかったでしょ!」

 徐々に肉薄してくるシャルロットの顔を、腕で制して距離をとる。
 それでもシャルロットが離そうとしないので、綱引きみたいに均衡した。女の子なのに何て力だ。

「い、痛くしないから! 先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!」
「何の先っちょ!?」

 アカン――思わず関西弁が出てしまうほどに焦った。遮二無二、細腕を振り払って部屋を飛び出す。

「あ――」
「ごめん!」

 もう何に謝っているのかもわからなかった。おれは最後の希望を求めて、我が子の姿を探した。
 ラウラだ。もうラウラしかいない。

「む。どうした母よ。またやつに追われているのか?」
「ラウラ……! ラウラだけだよ! もうラウラしかいないんだ……!」

 おれは恥も外聞もなく、トイレから戻ってきたラウラに縋り付いた。このコしか、もう変わってないコがいない。
 ラウラまでダメだったら、おれはもう……

「? 事情は掴めないが、母が困っているのなら手を貸すぞ。私は娘だからな」
「――!」

 女神だ……女神がいる。イシュタルとかアフロディーテとか、嫉妬深くて人様に迷惑かけたり、不倫して夫以外の子を生んだ某女神とも違う本物の女神だ……!
 おれは嬉しさのあまり、ラウラの小さな手を包んで言った。

「ラウラ! おれ今ならラウラの言うこと何でも聞いてあげる! 欲しいものがあれば買ってあげるし、望むなら靴だって舐めるよ!
 そうだ、手始めに一夏のバカを落としに行こう! 一発でラウラと婚約まで持ち込んであげるよ!」
「なに? そ、それは本当か!?」
「うん! おれにかかれば、あんな唐変木一発だよ! バージンロードの彼方へ、さぁ行こう!」
「わぁ……!」

 ラウラが喜ぶ姿が嬉しくて、二人で一夏の部屋に向かう。
 おれには秘策がある。鈍すぎて気づかないなら、正攻法で落とせばいい。
 告白でもラブレターでもキスでも朝チュンでも、とにかく異性って認識すれば一夏だって意識せずにはいられないだろう。
 おれは一夏の部屋をノックした。

「おう、どうしたんだ」
「おはよう一夏。実はだな」

 顔を出した一夏と挨拶を交わし、改めてラウラを紹介しようとしたら、一夏を押しのけて織斑先生が出てきた。
 ぎょっとした次の瞬間、肩を掴まれ、険しい眼光に睨まれた。

「金剛! お前は、私と束、どっちを選ぶんだ!?」
「え?」

 そのお堅い口から出た言葉が慮外にも程があって、おれの思考は完全に停止した。
 なんかまだ叫んでる。

「いや、この際選ばなくてもいい! 私の味方になれ。記憶にない変な女と、親友の姉で教師の私。どっちを選ぶのがいいかは明白だろう?
 そうだろう!? お前だけが頼りなんだ……!」
「ま、待てよ千冬姉! なに言ってんだよ!」
「これはお前にとっても大切なことなんだ。口を出すな」
「出すに決まってるだろ。千冬姉の気持ちは、俺もよくわかってる。でも、無理矢理はよくねえよ。榛名を脅すような真似して結ばれたって、そんなやり方に愛なんかないだろ!
 千冬姉らしくねえよ! おれも榛名が家族になったら嬉しいけど、本人たちが幸せじゃない結婚なんて間違ってる!」
「お前は何を言っているんだ!」
「母が……母が白目を……! 母……母ァーーー!」

 夏休み早々、おれは寝込んだ。人間不信が加速している。
 あれだよね。インフルエンザとかで長い間休むと、クラスが異界のように感じて登校するのに気後れするし、そんな感じだよね。
 ……そうだといいなぁ。


あとがき
一夏って麦茶飲んでましたよね。



[37185] 一夏と真夏の夜の 夢
Name: コモド◆79eaf3c8 ID:b450ae8b
Date: 2013/12/13 02:44
「なんてことがあったんだよ」
「一発ぶん殴っていいか?」

 五反田家を単身遊びに訪れたおれは、IS学園での出来事を語って聞かせると、弾に真顔で殺気を向けられた。
 ゲームの中のおれが操る桃姫が画面外に吹っ飛んだ。
 IS学園にいることに耐えられなくなったおれは、IS学園や政府に外出届を提出し、護衛の会長を撒くために黒服のボディガードを雇って連絡を取り合っていた弾の家、五反田食堂を訪れた。
 シャルロットやラウラ、一夏と来る約束をしていたのだが、しばらくは関わりあいになりたくなかった。
 おれは普通を求めて、普通の男友達の弾とゲームに興じていた。外では黒服さんが警備にあたっているが、干渉はしてこないから精神的には問題ない。コントローラの操作音が部屋に響き、ゲームの激しいSE、アクションに夢中になる。
 やられれば膝を叩いて臍を噛み、やり返せば痛快に笑いが溢れる。
 これだよ。こういう端から見てとてもありふれたやり取りを、おれは求めていたんだ。
 おれは時間を忘れて対人ゲームに没頭していたが、しかし、野郎二人でのゲームではいずれ飽きがくる。
 それで弾がIS学園について教えてくれと話を振ってきたので、最近の出来事を語って聞かせたら、マジギレされた。
 これがハーレム体質の一夏だったら苦笑で済まされていたかもしれない。が、よくよく考えたら、あそこは美少女だらけの青少年憧れの聖地なのだ。
 かく言うおれも中学生の頃は漠然と世界中の才女が集う花園というイメージを持っていた。現実を知って打ち拉がれたから、すっかり失念していた。
 おれは慌てて取り繕った。

「いや、待て、落ち着け。あそこは弾が思っているような場所じゃないぞ」
「でもよー。この間遭遇した鈴並みの美少女がわんさかいるんだろ?」
「あの人達は全体でもトップクラスの美少女だから」

 IS学園は、失礼な言い方だが、顔面偏差値が学力と比例しているので全員が相応に高い。
特に優秀な候補生は美貌も並外れている才色兼備で、プライドが異常に高い以外は目立った欠点も見られない。
いや、セシリアさんは料理が壊滅的だったか。あれはお国柄な気もするが。

「あー。まぁ、あんだけ綺麗なコが沢山いても、返って困るか」
「少なくとも、弾が想像してるような理想郷じゃないことは確かだよ」

 生死に関わる出来事が日常的に起こるし。一夏なんかは、一日に何回殺されかけているのやら。
 日本刀やISに狙われてよく死なないな、アイツ。

「お兄、ご飯できたよ――って、榛名さん!?」

 襖が開いて、ショーパンにキャミソールと無防備な私服姿の蘭ちゃんが、素の口調で弾に呼びかけた。
 おれの姿を認めて、影に隠れる。良い物が見られた。下着はピンクか。

「あんな格好で女子は廊下をウロウロしてるけどね」
「桃源郷じゃねえか! そこ代われ、殺すぞコラァ!」
「人来てるなら言えって何回言わせんのよ馬鹿お兄!」

 普通だ……おれは弾に首を締められながらも、ありふれた光景を噛み締めていた。
 兄妹って、たぶんこんな感じなんだよね。織斑姉弟が変わってるだけだよね。

●

「ところでさ、榛名って彼女いんの?」

 五反田食堂で昼食を御馳走になる。テーブルを挟んで対面の席に座る弾が、野菜炒めを口に運びながら、下心丸出しの笑顔で言った。
 小指が立っている。嫌らしい質問だった。

「いない、けど」
「歯切れ悪いな。あの金髪のコとかどうなんだよ。明らかに榛名にべた惚れだったじゃん」

 これはセシリアさんではなくシャルロットのことだろう。あの時、弾は置いていかれてたけど、よく憶えているな。
 まぁ、みんな絶世の美少女だから、忘れようにも記憶から消えてくれないか。

「付き合ってないよ。そもそも、おれは自由に恋愛とかできないから、好きでも付き合えない」
「学生なのに? IS操縦者ってそんなに不自由なのか」

 弾が、「うへぇ」と顔をげんなりさせた。おれは水を口にしながら付け足した。

「オナニーもできないしな」
「マジかよ。俺なら死ぬな」
「ご飯食べながら下品なこと言わないでくださいっ」

 しゃもじが飛んできて弾の頭にクリーンヒットした。男同士と言うこともあって、つい口が滑ってしまった。

「イテテ……え? じゃあ榛名はどうしてんの? 一夏なら分かるけどさ、普通の男子ならとっくに悶死してるだろ」
「我慢だよ。禁欲の果てに悟りを開くんだ。あぁ、多少の我慢なんてたいしたことないなって。溜まりに溜まったものが循環して再び自分の体に還元されてゆくイメージだね。まあ、そもそも同居相手がいるし、勉強もしなくちゃいけないから、する暇もないしな」
「苦行者みたいになってんな……」

 IS学園は女子校だからか、無防備な女子生徒が多く、それで性欲が刺激されることもあるが、あまりにスキだらけな姿に幻滅することも多々ある。
 程よく相殺されるのと、多忙なこともあって暇を持て余す時間もない。だいたい誰かが傍にいるし。

「同居人って一夏?」
「最初の二ヶ月はそうだったけど、シャルロット――その金髪のコね――が転入してからは、夏休み直前まで一緒に暮らしてた。今は生徒会長と同室」
「自慢かよ……やっぱり殺していい?」
「やめて」

 他人に羨まれるような思いはしてない。マジでしてない。会長の下着姿が見られるのは百歩譲って羨望されても仕方ないかもしれない。
 だが、それに近い格好はISスーツで毎日眺めているし、恥じらいもなく見せられては有り難みもない。
 「オカズにしていいよ」とか、出来もしないのに挑発して来られても立つのは腹だけだ。
 溜まるのは性欲ではなくストレスだし、なまじ美人なだけに本気で怒れないし、本当にどうしてくれよう。
 おれの悩みも露知らず、弾は心の底から恨み節をぶつけてくるので、おれはIS学園が如何に嫌なところから教えてやることにした。

「あのな、IS学園って弾が思ってるような場所じゃないぞ? まず、ISって競技用って銘打ってるけど、用途は軍事力だろ?
 だから乗り手にも軍人並の体力が要求されるんだよ。周りは天才ばかりで男女の体力差なんて有ってないようなものだし、頭の出来は完全に違うし、女尊男卑の傾向はあるし、おれたちはパンダだし、授業ではどう見ても大学でも扱わないような意味不明な単語が飛び交うし、織斑先生は怖いし、日本の学生なのに爆弾の解体技術や市街戦を想定した戦術を学ばされるし、一夏に惚れてる女の子は怖いし、イベントが起こるたびに問題が起きるし、そのたびにおれと一夏が駆り出されるし、死にかけたし、一夏も怖いしさー」
「IS学園って一夏関連はホラーハウスなの?」

 話の半分は一夏になっていた。別に他意はない。学校では一夏を中心に回っているから、必然的に一夏の話題が増えるだけ。
 一夏の周りの女の子が濃すぎるのも原因だと言える。お願いだからISで殺そうとするのやめてください。

「んー。たしかに大変そうだけどさー、あれだけ女しかいない空間に居たら当然モテるべ。
 例えが変だけど、要は世界で二人だけのIS操縦者ってブランド品だろ? 普通は争奪戦だろ。あの銀髪のコとかも榛名に懐いてたじゃねえか」
「ラウラか。ラウラは娘だからな、可愛いよ」

 おれの心の拠り所と言っていい。特に意味のない暴力を振るうこともないし、態度も豹変したりしない。
 初対面では敵対していた気がするが、細かいことはいい。もう可愛いからどうでもいい。ラウラが嫁に行くときは泣いてしまうかもしれない。
 弾は首を捻った。

「え、なに? そういうプレイなの?」
「娘だって言ってるだろ!」

 心の寄る辺を馬鹿にされ、思わず声が大きくなった。弾との距離が遠くなる。

「そ、そうなのかー」

 気のない返事だった。妹と言った方が良かったかもしれない。でも、おれは母でラウラは娘なのだ。
 改めて考慮するとおかしいが、深く考えてはいけない。可愛ければ許される世の中だからだ。
 部屋に戻ると、今度は鞠男カートをチョイスした。弾が鈍器を、おれが泥似を使用する。
 弾が虹道のショートカットをミスって最下位になり、勝敗が決した頃になって、唐突に口を開いた。

「あー、エッチしてえなあ。榛名はまだ童貞?」
「お? ああぁぁぁ! ……童貞だけど」
「だよなぁ。彼女欲しいぜ、ったくよー」

 不意打ちにコースから外れて落下してしまう。高度な心理戦だ。そうか、そうきたか。
弾は画面から目を離さず、黙々と差を縮めて来ている。これで分からなくなった。おれがまたミスれば逆転される可能性もある。
おれも受けて立つことにした。

「榛名ってキスしたことある?」
「あるよ」
「マジで!? 誰と誰と?」

 好奇心に声を弾ませる。しかしコントローラを操る指は動じることなく、おれを肘で小突く高等技術。対人戦に特化している。
 おれも平素を装って答えた。

「一夏と」
「……へ?」

 弾が放心し、鈍器は直進したカーブを曲がりきれずにそのまま落下していった。おれは勝ちを確信した。

「ど、どういうことだよっ!? は? い、一夏とって……!」
「前に死にかけたことがあって、その時に一夏に人工呼吸で助けてもらったんだ。まぁ、人工呼吸がキスに入るかって意見もあるけど、唇が接触したことには間違いないんじゃない?」

 目に見えて動揺する弾をよそに着々と差を広げる。勝ったな。COMの雷を食らったが、たいしたダメージにはならない。
 余裕綽々のおれの横で敗北必至の弾が、消え入りそうな声で呟いた。

「……そういや一夏のヤツ、寝言で女に興味ないって言ってたな」
「……え?」

 おれの小さくなった泥似が、鞠男に踏み潰された。甲高い笑い声が耳朶を突く。
 静寂が部屋に満ちた。おれのコントローラを握る手が震える。

「や、やめろよな。まったく、質の悪い冗談だなぁ」
「いや、マジ。そもそもアイツ、中学の頃からモテてたのに異性は全く眼中になかったし、IS学園でもそんな感じなんだろ?
 俺もそんなことないとは思うけどよ……」

 ゲームの中ではおれが二位でフィニッシュし、表彰台では鞠男がどや顔をかましていた。

「……おれ、明日、一夏の家に誘われてんだけど」
「……」

 弾の使われていないギターが泣いている気がした。冗談が冗談でなくなっていく。笑えよ、頼むから笑ってくれよ弾。

●

「ここ、ここ」

 照りつける日差しの暑さに肌を焼かれ、耳を打つ蝉の鳴き声に五感で夏を感じる日のことだった。
 おれは一夏の案内に従って織斑邸を訪れていた。寮から徒歩で通える場所にあった。意外なことに、おれの生家からも近い。
 寄ってみたかったが、もう売ってしまったし、どうなっているか見るのも怖かったので自重した。
 織斑邸を見上げて、感嘆のため息をつく。まだ二十四歳の織斑先生が建てたとは思えない立派な新築の一軒家だった。ウチより大きい。
 ISの操縦者って儲かるのだろうか。おれはスポンサーから多額の金銭を貰っているからわかるが……たしか一夏って両親いないんだったよな。
 年の離れた弟を養いながら一軒家まで建てる。織斑先生ってかなりの傑物なのではなかろうか。世界最強ってだけでも相当にヤバイが。

「いいよ、上がって」
「お邪魔します……」

 気さくに笑顔を投げかける一夏に、おれは若干気遅れしていた。友人の家に遊びに来ただけだ。なのに疑心暗鬼にかられるなど失礼ではないか。
 おれは自分に語りかけた。でも、弾との会話が脳裏を過ぎり、その都度、緊張してしまう。
 一夏の挙動すら細心の注意を払って観察してしまわなければならないほどだ。広々としたリビングに導かれ、ソファに座るよう促される。
 キッチンでは、一夏が飲み物の用意をしていた。今日は真夏日。炎天下の中を歩いてきたのだから喉も渇く。一夏は気が効くから、冷たいものを出してくれるのだ。
 そうだ、そうに違いない。しばらくすると、一夏がお盆に琥珀色の液体が注がれたグラスを持ってきた。氷が軽快な音をたて、結露が滴る。キンキンに冷えていた。

「おまたせ。アイスティーしかなかったけど、いいか?」

 これ麦茶じゃん。なんでカッコつけた言い方してんの?
 訝ってしまったが、そういえば一夏には格好を付けたがる男の子らしい一面があったことを思い出す。
 友人に麦茶を出すのが恥ずかしかったのだろう。おれは無理矢理に自分を納得させた。

「今日も暑いな」
「そ、そうだな」

 室内は空調も効いていて快適なのだが、まぁ、外から帰ってきたばかりだからな。
 というか、何でおれはこんなにも緊張しているのだろうか。弾のときとは大違いだ。あっちは自然体でいられたのに、こっちはガチガチになってしまう。

「なあ、榛名って麦茶に砂糖いれるか?」
「は? 砂糖?」

 耳を疑う発言に眉をひそめる。一夏は笑みを絶やさずに冗談っぽく続けた。

「中学のときに友達の家に言ったら、麦茶に砂糖を入れててさ。そこはお婆ちゃんから教わったらしいけど、やっぱりしないよな」
「初耳だな」

 地域性、もしくは昔からの風習なのだろう。方言みたいなものかな。

「試しに入れてみないか? なんだかおれもハマっちゃってさー」
「え、なにそれは……」

 ケースに入れられた砂糖を小匙で投下していく。いや、確かにブラジルでもコーヒーに大量の砂糖を溶かして飲んだりするけど、麦茶って。
 麦の風味に糖の甘さは合わないだろ。

「榛名も試してみろって、な?」
「うわ、ばっ!」

 サーッ、と顆粒が零れ落ちてゆく。それ本当に砂糖なんだろうな?塩だったりしないよな?

「大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ。意外とイケるから安心しろって。騙されたと思って飲んでみろよ」

 つい最近、そんなことを言われた気がする。結果は爆発して終わった。今回は――
 おれは手にとった麦茶を見つめた。一夏を一瞥すると、期待するような目で一夏が見つめていた。
 おれは覚悟を決めた。生唾を飲み、衝撃に備える。どんな味が来ても驚かない。おれはグラスを傾け、

「ダメーーーーーーッ!」
「わわ、馬鹿! いま出て行ったら……!」
「シャルロットさん! 落ち着いてください!」

 外から叫び声が聞こえて、庭を視線を移すと、窓にへばりつくシャルロットとそれを抑えるいつもの女性陣+会長がいた。
 不法侵入じゃないかな。おれは一夏が鍵を開けに行くのを横目に飲んでみた。麦の苦味が甘みで相殺されて、何ともいえない味がした。

●

「ははは、俺が榛名に薬を盛ろうとしてたと思ったって? そんなことするわけないだろ」

 疑惑の眼差しを向けるシャルロットに一夏は爽やかに応じた。全員がリビングで寛いでいる……ように見えて一夏を半目で見つめていた。
 一夏も例のあの事件以降、変な目で見られている。おれの挟んで隣に座るシャルロットと会長が一夏から離そうとしているような感じがする。
 どうせならラウラに隣に座って欲しかった。

「なんだ、来ていたのか。遊ぶのはいいが、騒ぐのは程々にしておけよ」

 微妙に緊迫した空気の中に、帰宅した織斑先生が帰ってきた。そういえば、私服姿の織斑先生は始めてみたかもしれない。
 カッターシャツにジーンズと、ワイルドな着こなしは男らしかった。女子に騒がれる理由もわかる。雰囲気が少女漫画に出てくるクールな俺様に近しいものを感じる。

「……金剛も居たのか。少し、来い」
「はぁ……」

 シャツを脱ぎ、黒のタンクトップ姿になった織斑先生に呼ばれ、腰を浮かす。
 ちょっとドキドキした。それが妙齢の女性の色香にときめいているのか、恐怖に動機が逸っているのかは判別がつかなかったが。

「先日の話だが」
「あの、それなんですけど、話がイマイチわからないんですが」

 全員が聞き耳を立てているのが雰囲気で伝わってくる。キッチンの影で話しているのだが、視線が背中に刺さって気持ち悪かった。
 おれの言葉に織斑先生の凛とした美貌が顰め面になり、いきなり襟を掴まれて引き寄せられた。怖い。

「いいか、金剛。理解する必要はない。お前はただ納得すればいい。束を選ぶな。私を選べ。
 よく考えろ。あんな神出鬼没で世界中から追われている天才と馬鹿は紙一重を全身で体現する奇人変人に味方して、お前に何の得がある?
 二者択一となった場合、一夏の姉の私の方が人間関係的にも将来的にもお前の為になる筈だ。いいか、私の味方になれ。そうすれば、救われる者がいるんだ。頼む」

 早口で畳み掛けられて、つい頷いてしまいそうになった。しかし、意味がわからない。
 選べってなんだよ。おれを巡って取り合いでもしてるの?

「何回聞いても、話の全容が掴めないんですけど」
「返事は『はい』だ。半人前のお前には、それしか発言は許可されていない」

 ここは軍だったのか。織斑先生は公私の分別はしっかりしていると思っていたのに……幻滅しました。山田先生を慕います。
 仕方ないので返事をしようとしたら、おずおずと、しかし胸の前で力強く手を握るシャルロットが立ち上がって口を挟んだ。

「あの! 織斑先生はまだ若いですから、焦る必要はないと思いますっ!」
「歳は関係ない。なんだデュノア。これにはお前は無関係だぞ」
「か、関係有ります! 大いにあります!」

 気丈に立ち向かう。空気が不穏さを帯びてきた。

「お言葉ですが、織斑先生と榛名は八歳も歳の差があるじゃないですか。ジェネレーションギャップもありますし、仮に結ばれたとしても上手く行かず長続きしないと思うんです」
「……デュノア、それは私を年増と馬鹿にしているのか?」
「違います。織斑先生は美人で社会的な地位も名声もあります。だからこそ、それに相応しい男性が他にいると思んです」
「私が必要としているのは金剛であって、金や名誉ではない。そんなものは何の為にもならん」

 おぉ、と鈴さん、セシリアさん、箒さんが色めき立った。シャルロットが苦虫を噛み潰したような表情になる。
 なんだ、この違和感。話題に齟齬が見られるような。

「な……何で榛名なんですか? ISが操縦できる男性だからですか!? それとも一夏に何か吹きこまれたんですか!?」
「なんで俺!?」

 口論の渦中にいきなり放り込まれた一夏が愕然と自分を指さして素っ頓狂な声をあげた。
 一夏っていつもこんな環境にいるよな。だったらどうすれば切り抜けられるか教えて欲しいよ。切実に。
 織斑先生は柳眉を逆立て、不機嫌さを如実にした。間近で見ると、本当に怖い。

「なぜもない。金剛が適役だったからだ。こればかりは篠ノ之も一夏にもできない。こんなことを頼めるのは、もうコイツしかいないんだ」
「馬に蹴られるのは嫌なんで黙っていましたが、流石に見てられません。織斑先生、榛名くんの意志も無視して強引にことを進めるのは、大人げない上に焦っているようでみっともないですよ」

 毅然とした面持ちで会長まで口を出してきた。珍しい顔におれも少し驚いた。
 二人に責められて、織斑先生はますます憮然となった。

「これが焦らずにいられるか! お前たちに私の気持ちがわかるか? 毎日毎日、危機感に身が焦がれんばかりになる。もう金剛しかいないんだ。なら、お前たちが私を助けてくれるのか? え?」

 いったい何が織斑先生ほどの人物を追い詰めているのか。話を聞く限り、婚期としか思えないのだが、どうも違うような気もする。
 開き直った織斑先生を、今度は女性陣が憐憫の眼差しで見つめた。

「あ、あの! 織斑先生は二十四歳ですから、そこまで焦らなくても……」
「そ、そうですわ! 榛名さんだけなんて、視野狭窄というか、異性が身近にいらっしゃらないからではないかと」
「うんうん! 人生まだまだこれからですよ。付き合っても上手くいくなんて限らないんだし、もう少し様子を見てもいいんじゃないかなー」
「だからっ! 歳は関係ないと何回言わせるんだお前たちはッ!」

 多勢に無勢となった織斑先生は、虚勢を張るように声を荒げた。こんな人だったかな……いったい何が織斑先生を変えてしまったんだろう。
 そんな姉を見ていられなくなったのか、静観していた一夏も重い腰を上げた。

「千冬姉! 俺も、やっぱり無理矢理は良くないと思う」
「人の気も知らずに……! まぁ良い。貴様らが何と言おうと金剛さえ居れば、あとは何とでもなる。金剛、お前だけは私の味方だな? そうだな?」
「やめてください! 榛名も嫌がってるじゃないですか!」
「落ち着いてください。まだ狼狽えるような年齢じゃないですよ」
「相手の気持ちを慮れよ千冬姉! そんなやり方じゃ誰も幸せにならねえよ!」
「ええい! 何をする貴様ら!」

 揉み合うみんなを何故かおれは冷めた思考で眺めていた。こういう状況になれたのか、それとも精神的に強くなったのか。
 冷静な頭で、一人だけ話に混ざって来なかったラウラを探すと、ソファで考える人のポーズで頭を悩ませていた。耳を済ます。

「む……教官が母の嫁に。そうなると、私は教官をお義姉さんと呼ばなくてはいけないのか。すると母はお義兄さんに……。ハッ!? 母なのに兄だと……!?
 難しい問題だ。至急、クラリッサに確認しなくては」

 可愛い。でも、そのクラリッサとかいう悪いお友達はなんとかしなくちゃね。お母さんは純粋なラウラが誑かされないか不安で仕方ありません。
 

あとがき
あれって麦茶ですよね。



[37185] 一夏と真夏の夜の淫夢
Name: コモド◆6e34495b ID:e59c9e81
Date: 2013/09/08 16:09
「そうだ、料理をしよう」

 織斑先生の気分が落ち着くのを見計らって、一夏が唐突に切り出した。
 セシリアさんの料理を忘れたか、一夏。以前にこっそりと嘔吐したんだぞ、お前。
 人数が人数なので、ホームパーティみたいにしたかったのかもしれない。おれと二人だとゲームくらいしかすることないだろうし、ここまで大勢だと返って出来る遊びも限られてくる。
 おまけに眼光が危ない織斑先生までいるのでハメも外せないし。一夏が冷蔵庫を漁るが、在庫が寂しいので調達に買い物に繰り出すことになった。
 黒服さんに挨拶して、全員で真夏の空の下に顔を出す。太陽が中天に差し掛かり、肌を焼く陽光と湿った熱気が肌に纏わりついた。水平線には雲が立っている。
 イギリス生まれのセシリアさんなんかは日傘をさしているが、それでも辛そうだ。外国人には日本の夏は地獄だと聞くからなぁ。
 基本的に寒冷な欧州に住んでいた人には居心地が悪そうだ。仮に一夏がセシリアさんと結ばれたら、やはり一夏が婿入りするのだろうか。
 セシリアさんに兄弟がいるとは聞いたことがないから、それが自然かな。果たして一夏は英語を話せるようになるのか。イギリスの不味い食べ物に我慢できるのか。あっちは食材からして土が痩せているから美味しくないんだよねぇ。
 料理にうるさい一夏なら憤慨して日本食を作っていそうだ。そっちの方が当人にもセシリアさんにとっても幸せかもしれない。
 おれは横を歩くラウラの様子を窺った。

「だいじょうぶラウラ。暑くない?」
「平気だ。私は日頃から鍛えているからな」

 得意げに笑うラウラに、つい頬が緩む。ラウラの玉の肌が赤くなっては大変なので、事前に日焼け止めを塗っておいて良かった。
 ほっこりするおれを見て、シャルロットは唇を尖らせた。

「なんか榛名って、ラウラには甘いよね」

 半目で睥睨されて、納得行かずに眉を寄せた。だって可愛いんだもん。
 便乗して会長も手をワキワキさせて躙り寄ってきた。

「可愛い子は食べちゃいたくなるのよね~」
「ま、また貴様か! は……母っ」
「やめてください! うちの子に何するんですか!」

 駆け寄ってきたラウラを抱き寄せるようにして庇うと、皆がおれを可哀想な人を見るような眼差しで見た。
 鈴さんがため息をつく。セシリアさんが心配そうに右手を胸元で握りしめた。織斑先生がかぶりを振った。

「アンタ……疲れてるのよ」
「家族が恋しいのでしょうか……」
「金剛、ラウラはお前の娘ではない。ラウラ、金剛はお前の母ではない。ついでに言うなら一夏もお前の嫁ではない。まったく、こんな当たり前のことを教師の口から言わせるな」

 ボロクソだった。ラウラが不安げにおれを見上げたので、おれは勇気づけるべく力強く頷いた。
 おれたちは無言で通じ合える。もう何も怖くない。
 絆を確認していると、それまで黙っていた一夏が名案とばかりに指を立てて言った。

「でも、千冬姉と榛名が結婚したら、榛名はおれの義兄になるよな。そうなったら、榛名をお義兄さんって呼ばなきゃいけなくなるな」

 あはは、と一夏が相も変わらず清涼感漂う笑顔を振りまく。前にも聞いたな。
 一夏としては、ウィットに富んだギャグのつもりなんだろうが、空気が読めていなかった。

「一夏、お前は黙っていろ!」
「何でいちいち火に油注ぐような真似すんのよ、アンタは!」
「ち、ちょっとした冗談だろ」

 笑えない……現にシャルロットの瞳が冷たく乾いていってる。今にもボートに乗りそうだ。
 近場のスーパーの空調が熱を冷ましてくれるのを祈るばかりだ。





「なんだか、こうしてると同棲したての恋人みたいだね」
「え? お、おう」

 一夏行きつけのスーパーは、やはりおれも行き慣れたところだった。これだけ近所なのに一度も面識がないのが不思議なくらい。
 全員がカゴを片手に思い思いの食材を手に取る中、おれとシャルロットは二人で行動していた。野菜を選ぶシャルロットの背中から、思いもよらない言葉をかけられて声が上擦る。
 空調が効きすぎてないかな。鳥肌が立つんだけど。

「シャルロットって料理できるの?」
「む、榛名も失礼なこと言うね。これでも料理部に入って練習してるんだよ?」

 口を尖らせる。遠くではセシリアさんが暴れて鈴さんに取り押さえられていた。
 フランスは食事が美味しいことで有名だから、シャルロットの舌も肥えていそうだ。逆にセシリアさんの舌は退化していそうだ。
 そんなにタバスコ買って何に使うんだろう。スープにタバスコって入れるっけ?

「フランス料理でも作るの?」
「ううん。最近習った日本食を作ってみようと思う。あっちの調味料の持ち合わせがないから」

 吟味した末にキャベツを一玉カゴに入れ、おれに向き直る。

「榛名はなにか食べたいのある? 僕が作れる範囲でなら頑張ってみるけど」
「おまかせする。シャルロットが一番自信あるの食べさせて」
「う……ハードル上げないでよ。いじわる……」

 拗ねたのか、上目遣いに睨まれた。セシリアさんが、次は緑の食材を……とか言って目を皿のようにしていた。
 食材って色で選ぶものだっけ?

「ねえ、榛名」
「ん?」
「日本人ってみんなロリコンだって聞いたけど、榛名もそうなの?」
「違う」

 どこで仕入れたのか、全日本男児に不名誉な肩書きを押されている事実を頑として否定する。
 それは日本人が童顔だから海外から見ると幼く見えてしまうだけだ。決してロリコンなわけじゃない。
 ……そうだよね?

「よかった。榛名、急にラウラに夢中になってたから、本心では小さい子が好きなのかと思っちゃったよ」

 胸を撫で下ろすシャルロットに、なぜか背中に汗を掻いた。
 いや、みんな急に態度が変わったから、ラウラに縋るしかなくなってたんだが。
 おれは優しくされると背後で何か良くないものが蠢いているのではないかと、奥の奥を勘繰ってしまうのだ。
 三人かしまし娘とか腫れ物扱うみたいだし、そんなにおれってすぐに死にそうに見える?
 鮮肉コーナーで難しい顔で整列された牛肉と睨めっ子している一夏に気を取られている隙に、シャルロットが寄り添うように隣に並んでいた。近い近い。

「ゴメンね。僕、ウザいかな?」
「シャルロットをそう思ったことなんて一度もないよ」

 不安げな瞳に言ってやる。淀みなく言えた自分を褒めたい。臭いセリフは言い慣れてないから普段なら噛むか、そもそも口にできない。
 見上げる瞳に視線を吸い付けられる。周囲に目を向ける暇もない。

「じゃあ……どう思ってるの?」
「……」

 スーパーでやる会話ではないよね。目を背け、口を噤む。一瞬、顔を曇らせたあと、シャルロットは愛想笑いを浮かべた。

「あ、あはは。いきなりこんなこと言われたら誰だって困るよね。ゴメン、なに言ってるんだろう、僕」

 らしくないと言えばらしくない。でも、寂しがりやな一面があるのも知っていた。近頃は、その部分が顕著になってきている。

「……榛名の周りが賑やかになってきたからかな。怖くなってるんだ。僕、また一人になっちゃうかもって。
 榛名が初めから一夏みたいに女の子に囲まれてたら、こんな風にはならなかったと思う。榛名のいいところ、女の子では僕しか知らなかったのに……」

 男の理想像みたいな子だと思う。基本的に男を立てて、愛嬌もあって、努力もしていて、でも男を転がす強かさも持っていて、おまけに金髪美少女だ。
 一夏でもなければ、男なら勘違いもするし、ずっと騙し続けていて欲しいと願う筈だ。
 恋愛は夢中になっている間は、それこそ他に何もいらないと思えるが、醒めた瞬間にそれまでの思い出が残骸にしか見えなくなる。切り捨てた髪と同じだ。
 愛の言葉とか恋文とか、冷静になれば赤っ恥だ。だから、過ちは避ける。若かった、なんて気安い後悔で済ましてはならない。

「こういうこと言っちゃうから、あざといって言われちゃうのかな。嫌な女って思われるのかな。僕って、重い?」
「軽々しく好きなんて口にする人より、よっぽど誠実だよ。本気であればあるほど、気持ちって重くなっていくものじゃないかな」

 フォローにもなっていない。おれ自身の言葉が軽いからだ。人生経験も平凡、波瀾万丈な人生なんて送ってない人の説法なんて何の深みもない。
 気休めになるか、と。何か言わなくてはと、咄嗟に出た言葉だから。
 ……しかし、スーパーでこんな重苦しい雰囲気でいるのは辛い。清潔感のある白い床や壁に反射する光が眩しくて、おれらの暗くてウジウジした空気がいっそう目立つ。
 こういう時は、だいたい空気を読まない一夏や会長の乱入があるものなんだが――

「野菜って卑猥な形状をしてるものが多いよねー。きうり、ナス、大根、ニンジンetc……」
「大根が入るんですか、会長」
「榛名くんのはどんなの? ポークビッツ?」
「変な話はやめてください」

 割り込んできて猥談を始めた会長をシャルロットがピシャリと締めた。
 完璧な空気の読めなさだった。思ったところに綺麗に決まった気持ちの良さ。空気が一掃されて、いつものグダグダな感じに戻る。
 見計らっているのかと思い、視線を遣ると、意味深にウィンクされた。ちょっと胸が熱くなった。
 でも、右手に持ったきゅうりで色々と台無しだったから、プラマイ0だった。

「買い物は終わったか? 金は私が出してやるから纏めて会計に出せ」

 プライベートなのに引率の先生みたいになっている織斑先生にシャルロットと会長が堅くなる。
 誤解だと思うだけどなぁ。織斑先生も織斑先生で誤解されているのに気づいてないし、やっぱり姉弟だよ。

「すいません、ちょっとこれお願いします」

 催したので、カゴを会長に預け、トイレに向かう。ギスギスした空間にいたくないのもあったので、暫しの戦線離脱だ。





 用を済ませ、手を洗っていたら、鏡に映る自分の後ろにモヤがかかっていた。お化けかと思い、振り向く。
 誰もいない。ゾッとして、早く出ようとしたら、ドアが開かない。え、マジで?
 真昼間の清掃の行き届いたトイレの白さが、不気味さを増す。ホラーは苦手だ。怖い番組を見た後は布団バリアがないとおれは眠れないくらい苦手なんだ。
 焦ったおれは、ケータイで一夏に連絡を取ろうとした。しかし、取り出した瞬間、横から取り上げられた。
 白くて細い腕だったから、本物が出たと肝が冷えた。が、違った。

「こんにちたばたば、はるちゃん。あなたの束さんだよー」

 ある意味、本物だった。いや、本物より怖かった。篠ノ之束博士が、顔の横で両手を広げて茶目っ気たっぷりの挨拶をしていた。

「ここ、男子トイレなんですけど」
「もちろん知ってるよ。それがどうしたの?」

 それが問題なんですが。でも、男子が女子トイレ使ってたら問題だけど、逆だと何も言われないよね。
 掃除のおばちゃんとか普通に入ってくるし。掃除のおじちゃんはいないのかな。

「こらぁ。今ここには束さんしかいないんだから、私だけ見なさい」

 頬を包まれ、現実逃避して遠くを見ていた目を固定される。篠ノ之さんを柔和にし、年上の婀娜っぽさを足した美貌に意図的に釘付けになる。
 触れる手のひらがいやに冷たい。鳶色の瞳が熱っぽい。胸中を名状しがたい風が吹き抜ける。

「何で、ここに?」
「はるちゃんとの思い出の場所が近いからだよ。はるちゃんが次にココに来ることなんて、いつになるかわからないでしょ?
 二人っきりの思い出の邪魔はされたくなかったんだ」

 思い出、思い出と繰り返されても、おれは全く憶えていないのに。重すぎやしないですかね。
 記憶に無い出来事で迫られるって、けっこうホラーに近いと思うんですよ。朝起きたら、見知らぬ女性がベッドで寝てたとかラブコメでよくあるけど、実際にあったら怖すぎるでしょ?

「また目を逸らすぅ。束さんは悲しいです。束さんはずっとはるちゃんしか見てないのになぁ」
「それって目の前のおれですか? 思い出の中のおれじゃないですか?」

 つい、辛辣な胸の内を口にしてしまう。篠ノ之博士は、少しだけ真顔に戻ってから、また子どものように破顔した。

「変なこと言うね。はるちゃんは、はるちゃんだよ。今も昔も。性格や記憶や中身が変わっても、私にとってははるちゃんなの。唯一無二だよ、代わりなんてないの」

 男冥利に尽きるのか、冥土に着いてしまったのか。年貢の納め時という言葉が頭に浮かぶ。
 子どもの頃のおれはいったい何をしたの? いったい何をされたの?

「知りたい?」

 心の底を見透かされたのか、篠ノ之博士は嫣然と微笑した。怖すぎるんですが。

「こんな汚い場所じゃなんだし、あそこに行こうか。ひょっとしたら、はるちゃんも思い出してくれるかもしれないしね」
「え? ええ?」

 鏡が外れると、外の景観が広がっていた。いつ外したの? 予想外の出来事の連続に頭も身体もついていかなかった。
グイグイ手を引かれ、強引に連れて行かれる。狭い狭い。これって拉致じゃね? とか、一夏たちに連絡しないといけないなんて思ったときには、もう遅かった。



●



「ここ、ここ」

 ウサ耳をつけたアリスに導かれた先は、幼少期の大半を過ごした近所の公園だった。
 夏休みに入ったばかりだというのに、人っ子一人いない。ボールを使った遊びを禁じられたからか、ゲームをして遊ぶ子どもが増えたからか。
 廃れ行く思い出の場所に、哀愁にも似た感慨に浸る。ポピュラーな遊具が置かれ、周囲を木々で囲まれた公園は、久しぶりに見ると狭く感じた。
 走り回るには狭すぎるのに、幼い頃は全力で駆け回っていたんだ。それが今やISで空を翔けている。不思議なものだ。

「懐かしいねー。ほら、あの木の下で私とはるちゃんは出逢ったんだよ。はるちゃんはいつも泣いてたな~」

 クスクスと笑う。おれは笑えなかった。おれが泣いていたのは、友達に仲間はずれにされたからで、理由もわからず、仲直りすることもなかった。
 記憶は靄がかかっていて、詳細は憶えていないが。だって、四歳、五歳の頃の話しだしねえ。

「ほら、座ろ」

 ベンチに腰掛けた篠ノ之博士が、ポンポンと隣を叩いた。遊ぶ子どもを保護者が腰掛けて眺めていた場所だ。
 全体を視界に収めることができる特等席に腰を下ろす。妙にドキドキした。
 真夏の暑さとは関係なく、肌が汗ばむ。年上の女性に迫られるのは、今日で二度目だ。
 でも、あっちは切羽詰まっていたのに対して、こっちは優雅にさえ感じる余裕がある。
 けれど、軋む吊り橋にいるような、不安定な緊張感は何だろう。靴が乾いた砂を擦った。雑草が斑に生えていた。

「最後に会ったのは八年前だから、はるちゃんの人生の半分も会えない時間があったんだね。それは忘れても仕方ないよ。でもダイジョーブ! 必ず思い出すから!」
「……改造して記憶を掘り起こそうとか考えてません?」
「まっさかー。私は、はるちゃんに酷いことはしないよ。思い出すのは愛の力。世界中の偉い人は、みんな言うでしょ?
 ラブアンドピースって」

 胸の前でハートマークを作り、満面の笑み。何に感謝してるんだろう。
 いい機会なので、疑問をぶつけてみることにした。

「争いが嫌なら、何でISなんてモノを作って世界中を混乱させたりしたんですか」
「んー? 大国による世界の一極支配を打破したかったから、とか?」
「絶対いまテキトーに思いついたウソですよね」

 実際、アメリカがイスラエルとISを共同開発しなければならないくらい、各国の軍事力は均衡してきている。
 IS発表前は世界を相手取っても勝ち得る戦力を持っていたアメリカが、だ。刀から銃への技術革新を思わせる革命だった。
 それでも世界一の大国には違いないのだが、少なくとも国連での発言力が削がれたのは事実だ。
 その、テキトーにでっち上げたウソを実現させている博士は、片手をパタパタとおばさんみたいに振って冗談めかした。

「やー、ほら。束さんはその場のノリとテンションで実行したことを成し遂げられちゃう天才だから。才能が有り過ぎるってのも問題だよね。異端扱いされては寛容な束さんも怒るのは仕方ないよ」
「はぁ」
「でも……そんな世界を思い通りにできる天才が、たったひとりの子どもの為に世界を変えたって言うのは、ロマンチックじゃない?」

 呆れてため息をついて、望みの答えが返ってこないことに落胆した途端だった。
 訥々とした語り口で紡がれた答えに、篠ノ之博士と向き直る。優しく微笑む美貌が、視界いっぱいに広がっていた。

「……冗談、ですよね?」
「冗談じゃないって言ったら?」

 ベンチに置いた右手に篠ノ之博士の手が重ねられた。真夏の猛暑は、微風さえそよがない。それでも彼女の手は冷たかった。

「良く言うよね? 女は感情で動く生き物だって。でも、それってヒトとして当然のことなんだよ?
 英雄がヒロインを救う理由が救国のため、魔王を倒すついでなんて義務感に急かされたもので何が面白いの?
 恋仲にある女の子を救うために英雄が剣を振るう物語の方が、よほど健全で納得できるでしょう?
 人と人が結婚して子どもを作るのは何のため? 子孫を作って遺伝子を後世に残すため?
 違うでしょう? 好きな人との間に確かな絆を残すためでしょう? 人が動くのはね、情動の結果なんだよ、いつだって」

 心臓の音が近くなる。重なった手に僅かに力がこもった。

「恋に理由を求めるのも、束さんは嫌いだな。好きになった理由を一々述べて、好きになった理屈として正しいか証明しなきゃいけないの? 恋愛はテストかな?
 違うよね。燃え上がるものだよ。人の出会いを口火に、言葉と感情を薪にして生まれた炎が愛。
燃え尽きた灰を見て、どうしてあんな人と付き合ったんだろう、と首を傾げるのも愛が答えを出すものではないから。例え消えても、暖炉は消えずに残るし、再燃もする。そこに出会いがあれば」

 哲学的――いや、詩的で衒学的な言葉だった。理系の博士が、こんなに熱情に苛まれた発言をするのが意外だった。
 篠ノ之博士の手がおれの手を包み、持ち上げる。手の甲に口付けられた。

「な、なにを」
「いっくんに唇を奪われたんだって? ダイジョーブ! はるちゃんのファーストキスは、十年前に私がもらってるから。セカンドも、サードも、ね」

 舐られ、「しょっぱい」と篠ノ之博士が舌を出した。真っ赤で蛇のように長い。総毛立った。
 左手はおれの右手を握ったまま、篠ノ之博士の右手の人差指と中指が、彼女の突き出された唇に触れる。
 何だ? と、訝ったおれの唇にその二本の指が押し付けられた。

「間接チュー」

 無邪気に笑っていた。顔が熱くなる。なに考えてんだ、この人。真昼間の公園だぞ。この時間帯なら人通りだってある。
 公園に遊びに来る子どもだっているはずだ。なのに――

「んー。これでお互いに間接チュー成立だね。えへへ、間接キスは初めて、かな」

 自分の唇に再び押し付けて、恥じらう乙女のように小さく舌を出す。おれは、空いた左手の甲で口元を押さえた。
 彼女はクラスメートの姉で、担任の親友で、ISの権威だ。懇意になっていい間柄ではない。
 逃げようとしたおれの太ももに右手を乗せた。意図を読んで制したかのようだった。

「小難しいことは考えなくていいんだよ。IS学園では、慣れない環境で辛かったよね。我慢と不信の連続で疲れたでしょ?
 でも、これからは安心して。全部、このタバえもんに任せておけば万事解決だから」

 豊満な胸を張る。おれはのび太くんだったのか。

「ヒモにはなりたくないんですよね」
「はるちゃんには、もう一生遊んで暮らせるお金があるじゃない。家族を養えるだけ稼いでいるなら、それはヒモじゃないよ」
「……世間体とか」
「世界で二人だけのISパイロット。男性で最高のステータスだよ?」

 その場凌ぎの言い逃れを続けてゆくうちに、段々と追い込まれてゆく錯覚に陥る。
 何か良い逃げ口上はないものか、思索するおれの意識をまた重ねられた手が引き戻す。

「人を信じるのが辛い? 深く入られるのが怖い?」
「いえ、別に……」
「辛いなら、信じなくてもいいんだよ。愛を示し続けるだけだから。言葉と、行動で」
「わっ」

 覆いかぶさるようにして迫ってきた篠ノ之博士の肩を掴んで押し返す。
 マズイマズイマズイ! 青姦はマズイ! ていうか性犯罪じゃないの!?

「篠ノ之博士! 青少年保護条例に違反しますって!」
「束って呼んで。うんうん、年下に呼び捨てされると、胸がキュンキュンするから」
「束さん! マズイですよ!」

 貞操とか、男だからどうでもいいけど、今回ばかりは洒落にならない。
 真昼間の公園で盛るって、頭悪い学生カップルじゃないんだから。
 懸命に押し返すが、態勢が不利な上に、思いのほか力が強く、劣勢に立たされていた。
 大きな胸が眼前で存在感を放っている。胸元の大きく空いた服を着ているから、谷間が強調され、揺れていた。

「気になる?」
「はい。だから退いて――」
「この胸はね、はるちゃんのものなんだよ。ずっと昔から」

 なんか昔語りが始まった。それでも力は緩まない。何でこんな馬鹿力出してて、平静な顔していられるんだ、この人。

「泣いてたはるちゃんは、いつも私の胸に抱きついてきてたなぁ。小さな背中に回って、世界中で私しか頼れる人がいないみたいに縋ってくるの。
 何で子どもって、あんなに愛くるしいか知ってる? 狭い世界しか知らないからだよ。自分と、自分を愛してくれる人が取り巻く世界しか知らないから可愛いの。
 箒ちゃんも、学校で虐められるまではとても可愛かった。はるちゃんも、私の胸しか知らない頃が一番可愛かったよ。今の困り顔も好きだけどね」

 疲れから、力負けしてとうとう密着する。押し倒され、束さんを見上げた。吐息が肌を這い、唇と唇が触れそうな距離で囁く。

「私の胸はね、はるちゃんの涙が染みこんで大きくなったの。だから、はるちゃんの好きにしていいんだよ?
 胸だけじゃなくて、全部。お願いだって昔みたいに何だって聞いてあげる。代わりに、はるちゃんの全部、貰っちゃうね」

 睦言のように言われて、脱力した。首に腕が回される。女性の薫香に頭の芯が熱くなる。
 得も言えぬ安堵が胸に広がった。確かに、この感情を懐かしいというのなら、おれと束さんは過去に接点があったのかもしれない。
 何で忘れてるのか謎だが、何も考えられなくなっていた。楽な方に逃げて、身を委ねたっていいじゃない、人間だもの。
 視線がぶつかって、幸せのときめき憶えているでしょう、と目で問われた。パステルカラーの季節に恋した記憶がないので、潔く敗北を認めた瞬間だった。

「何をしているんだお前は」
「アイターーーーーーッ!」

 束さんの頭部に衝撃が走って、おれと額がゴッツンコした。声の主に叩かれた束さんは、頭を抑えて上半身を起き上がらせる。
 涙目で恨みがましくベンチの前に仁王立ちする人物に目を遣った。

「ちーちゃん……」
「ウチの生徒に淫行をはたらく性犯罪者がいると聞いてな。飛んできた」

 声でわかっていたが、案の定織斑先生だった。おれの腹の上に座ったままの束さんと睨み合う。
 あの、この態勢は色々と誤解を招くような……

「あぁ、そうか。ちーちゃんはこの場所を知ってるもんね。生徒と一緒に遊んでるなんて、さすがの束さんも想定外だったな。今頃は酒を呷って同僚に愚痴をこぼしてると思ってたのに」
「トイレに行った金剛が行方不明になったら誰だって不審に思うさ。お前こそ思慮が足りないな。要人の金剛がいなくなれば、血眼になって探すに決まってるだろう」
「見つかる頃には用事は終わってる予定だったから。まさか、ちーちゃんが私に歯向かうとは思ってなかったんだよ」

 緩そうな瞳が細められ、冷たく乾いてゆく。湿った風が束さんの長髪を撫でた。

「私、言わなかったかな? ――邪魔すんな、って」
「私も言わなかったか? 私の生徒に危害を加えようとしたら、どんな手段を使ってでもお前を止めると」

 なんか、寒くないですかね。肌が粟立つんですけど。
 キャラが急変した束さんは、嘲るように小さく笑った。

「ガッカリだなぁ。私、ちーちゃんとはずっと親友でいたかったのに。心から親友だと思ってたのになぁ」
「アレを公表するなら好きにしろ。私も、お前のやってきたことを一番知られたくない奴に教えるまでだ」

 織斑先生の視線がおれに向き、束さんの表情が、一瞬、鬼女のごとく歪んだ。しかし、すぐに笑顔に戻る。
 おれ、置いてけぼり食らってるのに、戦争のど真ん中に放り込まれてる感じがする。

「信じると思ってるの? 少なくとも、ちーちゃんの口から語られた根も葉もない話をさ」
「他に実行できる者もいないだろう。それに、一度お前に不審感を懐いた時点でお前の目論見も水泡に帰すんじゃないか? 違うか?」

 静まり返る。束さんはかぶりを振って長いため息を吐いた。

「昔から変わらないね、ちーちゃん。思慮深そうなのに脳筋で、規律を重視してるように見えて、根本にあるのは感情論でさ。
 理解が足らないよ。私がただ私利私欲の為に行動してると考えてるなら、浅薄極まりない愚昧だね。
 そこらのメンヘラと一緒にするなよ。愛と独善の境を見失うほど色ボケしてない」
「なら、せめて金剛が卒業するまで待て。今のお前は未成年を襲う犯罪者だ」

 織斑先生が正論を言っているように見えるが、束さんは、「コイツ分かってねーな」とでも言いたげに肩をすくめた。
 状況についていけないのおれだけじゃない? 誰か説明してよ、ねえ。そこに、

「母! いま助けるぞ!」
「ラウラ!?」

 息を切らしたラウラが駆け寄ってきて、おれの上に馬乗りになる束さんを見て足を止めた。

「貴様は……」
「母?」

 呼び名が疑問だったのか、束さんが小首を傾げ、おれを見下ろした。そしてラウラと視線を何度か往復させると、得心がいったのか首を縦に振った。

「そっかー。やっぱり考えることは同じだね、私たち。嬉しいな、こんな些細なことでも嬉しいよ」
「おい、母の上から降りろ」
「でも、どっちもお母さんかぁ。うーん、はるちゃんはお父さんにならないとしっくりこないよね。束さんも女だし」
「おい! 無視するな!」

 なに言ってるかさっぱりわからない。でも、無視されても怒鳴るラウラはかわいい。あとで迷惑かけてゴメンって謝らなきゃ。

「姉さん!?」
「束さん!?」
「榛名!」

 遅れて、今日集まっていた面々が集合する。全員で捜索してくれていたようだ。
 前も似たようなことがあった気がする。前回は勘違いだったけど、今回は……ていうか、いつまでマウント取られてるの、おれ。

「な、何しようとしてたんですか!?」
「お前らこそなんだよ。下半身でしか物事を考えられないメスガキは黙ってろよ」
「な……!」

 衝動的に叫んだシャルロットを束さんが侮蔑する。この年代の男女はそういうものなんです。耳が痛いのでやめてあげてください。

「束さん、止すんだ。千冬姉にも言ったけど、無理矢理なんて間違ってる」
「いっくん。君はいつから人に恋愛を説ける立場になったのかな。実のない言葉で籠絡されるほど人は甘くないし、私は他人の説得で揺らぐ安っぽい信念なんて持ってないよ」

 ……鈍感だからなぁ。たぶん、今も束さんが婚期を焦ってると勘違いしてるんじゃないか。おれも真実はわからないんだけど。

「さっきちーちゃんに言い損ねたけど、こういうことなんだよ。いっくんのモテモテスキルで男旱のガキを骨抜きにして、はるちゃんに異性の目は向かないと踏んでたのに、甘かったよ。
 ちーちゃんの言うとおりだよ。人の心って難しいね。すぐブレる。好意なんてものは突発性の病、山火事みたいなものだから、予測なんて不可能なんだね。天才の束さんの失敗だよ、それは認める」
「姉さん……以前から貴方のことは嫌いでしたが、今回の件で人として見損ないました」

 箒さんが嫌悪感を表する。実の妹からの罵声にも、束さんは動じなかった。逆に冷ややかな眼差しで見据える。

「箒ちゃんに言われる筋合いはないよ。専用機が欲しくて嫌ってる姉に頼み込んできたのは誰? その恩も忘れて、与えられるばかりだった箒ちゃんには感謝なんてないのかな? それとも自分に辛い想いをさせた姉なんだから、これくらいして当然って思ってる?」
「あ、貴方がそれを言うのか……」
「言うよ。箒ちゃんは好きな人に何も報いてくれないもん。今もそうでしょう? 素直になれないなんて言い訳にしかならないよ。振り向いて貰いたいなら、相応の行動で示さなきゃ。
 アドバンテージも活かさず、立場に胡座をかいて、それでいつか振り向いて貰えるのを待ってるなんて、それが許されるのは少女漫画の主人公だけだよ。いつまで夢見てるの?」
「……!」

 言い返せない箒さんの手のひらに爪が食い込んでいた。ここに来るまでに何があったんだ。
 ていうか、いつまでおれの上に乗ってるの? 争うなら別のマウンドでやってください、お願いします。

「とりあえず、榛名くんの上から退いたらどうですか? それじゃオチオチ話もできないでしょう」

 会長が進言する。やっぱり、おれの心を読んでいるのか。シャルロットと一緒でいちおう同じ部屋で生活しているからかな。
 束さんは会長を一瞥した。

「誰に指図してるんだよ、お前。孫悟空にすらなれないピエロは黙ってろよ」
「道化を演じてたのに我慢できなくなって仮面脱ぎ捨てたのは、あなたじゃないですか。篠ノ之博士」
「……あぁ、誰かと思えば、私の猿真似してはるちゃんに避けられてた奴か。馬鹿だね、本心を見せない相手に心を開く人がいる訳無いだろ。
 お前なんて飛び越える必要もないよ、目障りだから口を挟むな」

 会長の顔が苦渋に満ちる。なにこれ、もしかして束さんがみんなを論破してゆく流れなの?

「目が曇っているぞ、束。以前のお前は目を閉ざしていたが、金剛と出会ってからのお前は、それ以外が見えていない。悪化してさえいる」
「何度も言うけど、差別の延長だよ。好きな人にだって格差はできるんだ。母親と父親にも好き嫌いはできるし、友達にだって序列はできる。
 私が好きって言って、好きって返してくれるのは、はるちゃんしかいなかった。それだけの話なんだよ、人間関係なんて」

 重油のように粘ついた空気の中、シャルロットが動いた。

「榛名を返してください」
「返す? いつからはるちゃんがお前の物になったんだよ。あ?」

 とうとう束さんがおれから降りて、みんなと相対した。全員が身構える。え、戦う流れなの?

「IS使用を許可する。気をつけろ、何をしてくるかわからんぞ」
「あはは、滑稽だね。機械が開発者に歯向かうなんて、できると思ってるの?」

 ここ、公園なんですけど、IS七機導入って、国家規模の戦闘じゃないか。
 近くに民家もあるのに、やる気満々のみんなに冷や汗がでる。いや、ダメだろ。
 おれは全力で状況を理解しようとし、よくわからなかったので、元凶をどうにかしようとした。
 拙い策が脳裏に浮かぶ。やるしかない。おれは息を吸った。



「お、おれはみんなと仲の良い束さんが好きだなー!」
「金剛?」

 ピクリ、と束さんの背中が反応した。ついでにウサ耳も。もうひと押しか。

「女の子が嫌い合ってるのは嫌だなー。女の子の友情って好きだなー。束さんが喧嘩してるところなんて見たくないなー。優しい束さんが好きだなー」
「金剛、なにを言っている。コイツは――」

 織斑先生がなにか言いかけたが、最後まで言えなかった。束さんが抱きついたからだ。

「うえーん、ゴメンねぇちーちゃん。束さんが悪かったから許してよー」

 熱い手のひら返しに、さすがの織斑先生もついていけずに放心していた。グリグリと首筋に顔を埋め、仲直りをアピールしている。
 言い出しっぺのおれも、まさかこんなにも効果てきめんだとは思わなかった。

「みんなもさっきも酷いこと言って悪かったねー。いやー、束さんは頭に血が昇ると心にもないことを口にしちゃうんだよ。はい、仲直りの握手~」

 ISを展開していたみんなにも、順々に握手して回る。全員、顔が引き攣っていた。
 心にもない棒読みにも程がある。全員と無理やりに握手した束さんは、善哉とばかりに万歳して叫んだ。

「はい、これでみんな仲直り! やっぱり世界はラブアンドピースだね、はるちゃん!」
「……おい」

 ドスのきいた低い声が静まり返った公園に、やけに響く。ニッコリと破顔した束さんは、織斑先生の顔を無防備に覗き込んだ。

「なになに? どうしたの、ちーちゃん。あ、スキンシップが足りない? じゃあもっとハグハグしよう!
 行っくよー! 束さんフライング……」
「だ・ま・れ!」
「ああああああ! ちーちゃん! 頭が! 束さんの天才的頭脳が割れるように痛いよう!」

 ミシミシと頭蓋骨が軋む音が聞こえる。アイアンクローを決められた束さんは、両手をバタバタと振って、しばらくして沈黙した。
 用意の良いことに、ウサ耳から、ち~んと虚しい音がした。

「どこまでもふざけた奴だ……」
「あの……私たちはどうすれば……」

 振り上げた拳の下ろす先をなくしたみんなを代表して、会長が尋ねる。場のしらけ具合が異常だった。
 高い金を払って、三文芝居を見せられたあとのような気まずさ。織斑先生も若干、声を上擦らせて答える。

「解散だ。まったく、阿呆らしい。先に帰っていいぞ」
「姉さんは……」

 箒さんが地面に突っ伏す束さんを指差すと、見計らったかのようなタイミングで黒服の皆さんが駆けつけた。
 確保しようとしたが、人参が地面から生えてきて、束さんを乗せると空の彼方へと消えていった。
 空から紙切れが一枚、ひらひらと風に吹かれて落ちてくる。丸文字でこう書かれていた。

『はるちゃんには勝てなかったよ……』

 あぁ、何がなんだかわからない……

「織斑先生」
「ん? あぁ、平気か、金剛。アイツに何かされなかったか?」
「特には」

 質問する前に質問されてしまった。間接キスとかは、別に言わなくてもいいよね。

「……ひとまず、礼は言っておく。お前のおかげで束と敵対せずに済んだ。お前の言うことなら、本当に何でも聞くらしい。
 ……あんなのでも友人だったからな。これで良かったと思いたい」

 しんみりと言う織斑先生に、昔の二人の関係性が窺い知れた。おれが絡まない二人は、凸凹だが仲の良い間柄だったのだろう。
 異性で友人関係が壊れることは珍しくないが、その原因がおれって……
 罪悪感に胸を締め付けられていると、流し目で見つめられた。

「だが、これではっきりした。お前は、土壇場になると束の味方をするんだとな」
「え?」
「先ほどのは、争いを嫌ったように見えたが、実際は多勢に無勢の束を救おうとしてのことだ。
 普通なら、クラスメートを襲う不審な人物を捕らえようとするだろう。でも、お前はそうしなかった。
 束が敵になるのを無意識に嫌がったんだろう。悔しいが、そこはアイツの言う通りだ。お前はアイツに……」

 織斑先生はそこで口を閉ざした。え、なに? 気になるんだけど。言いかけてやめるくらいなら始めから言わないでくださいよ。

「榛名! 俺はずっとお前の友達だからな! 何があっても友達をやめたりしないぞ!」
「お、おぉ?」

 突然、肩をガッツリ掴まれて、力強く一夏に宣言された。困惑していると、他のみんなも集まってくる。

「不肖の姉が迷惑をかけて済まない」
「榛名さん! わたくしたちは皆、あなたの味方ですわ!」
「辛いことがあったら、いつだって頼りなさいよ。あたしたち、友達じゃない」

 いったい、おれが束さんに誘惑されている間に何があったんだ。優しすぎてやけどしそうだ。
 優しくされると泣きたくなるから、やめてください。

「……」

 無言で会長が見つめてくる。居心地が悪そうな面持ちで。束さんに凹まされたのが尾を引いているのだろうか。

「……あ、あはは。なんか、カッコ悪いね、私。お姉さんぶって要らない気回してたけど、空回りして」
「会長には助けられてますよ、おれ」
「……うん。ありがと」

 気休めにしかならない言葉に、会長は寂しそうに笑った。どっちも柄じゃない。
 普段ならここで下らない下ネタが飛んでくるハズなんだが、さすがに束さんの言葉がキツすぎた。

「奴に何もされなかったか!? 母の身に何かあったら、私は、私は」
「大丈夫だよ、ラウラ。心配かけてゴメン。ところでさ、おれがいない間に何かあったの?」
「それはだな、教官が母のムグ」
「ダメ、ラウラ。言っちゃダメ」

 シャルロットが背後からラウラの口を抑えた。なんだよ、気になって仕方ないじゃないか。

「榛名、戻ろ。それで今日はみんなでパーティーして、いっぱい食べて、いっぱい騒ごうね」
「……? うん」

 てっきり病まれるかと思ったシャルロットも、穏やかな声音と柔らかい笑顔で迎えてくれた。
 なんすかね、この感じ。歯切れ悪い肉を噛んでるみたいな、もやもやが胸に鬱積するんだけど。
 まるで、変な夢でも見ていたような一日だった。




あとがき
三章リスペクトです(大嘘)
あと、ネタが切れました。

やったぜ。



[37185] 一夏と一夏のアバンチュール
Name: コモド◆82fdf01d ID:0947ca6d
Date: 2013/09/16 13:43
「一夏……少し、痛い」
「あ、悪い。じゃあ優しくするからな」
「っ、くぁ……! ば、ばか、そこは……!」
「女の子みたいな肌してんな。ツルッツルじゃねえかお前」
「そんなこと……」
「気持ちいいっつってみろ。ホント気持ちいいんだろ」

 楽しそうな一夏に身を任せていると、部屋の扉が蹴破られた。
 見れば、シャルロットが息を切らしておれたちを睨めつけている。

「なにしてるのっ!?」
「マッサージだよ。な?」
「ああ」

 ベッドにうつ伏せになったおれの尻に座る一夏が、腰のツボを刺激しながら言った。
 そのたびに変な声が出てしまう。一夏のマッサージは絶妙に上手い。
 シャルロットは顔を朱色に染めてぷるぷると震えだした。

「紛らわしいことしないでよ!」
「? 何が紛らわしいんだ?」
「……」

 もしかして、漏れていたのだろうか。おれの声が。いや、確実に漏れていたな。
 というか、盗み聞きしていたな。ここ一夏の部屋なのに。

「って、うああッ!? なにしてるんだよシャルロット! 部屋のドアが壊れてるじゃないか!」
「直すよ! これくらい僕のポケットマネーで出すよ! だから一夏は榛名に変なことしないで!」
「変なことなんてしてないだろ。俺はただ、いつも疲れてる榛名を労ってマッサージをしてやってるだけだ」
「変だよ! 何でマッサージで榛名がパンツ一丁になる必要があるのッ!?」

 昂然とシャルロットが一夏を糾弾した。
一夏のベッドに寝そべるおれは、シャルロットの指摘する通り、トランクス一枚だった。マッサージが進行するに連れて一夏に邪魔になるから脱ぐように言われたからだ。
おかげで一夏の指が直に触れる。生々しい感触が一夏の触れた全身に残っている。血流が活発になっているからか体も怠い。
シャルロットに反駁する気力もないおれに代わって一夏が答えた。

「あれ? シャルロットは知らないのか? 整体じゃ服が邪魔になるから服を脱ぐぞ」
「される側が脱ぐのはわかるけど、何で一夏まで上半身裸なのッ!?」

 指をさして仰々しい眼差しで一夏を睨み据える。首を動かして腰の上に座る一夏を見上げると、本当に脱いでいた。
 一夏は、あー、と思い出したような声を出し、平然とした面持ちのまま、

「マッサージって意外と重労働だろ? してると暑くなってきてさ。服が汗で濡れると嫌だから脱いだんだよ。ほら、ちゃんと畳んであるだろ?」
「畳んでるとか関係ないよ!」

 ごうを煮やしたシャルロットは憤然と歩み寄ると一夏をおれの上から突き飛ばした。

「おわっ? 何するんだよシャルロット!」
「ナニしようとしてたのは一夏でしょ!」
「はぁ!?」

 尻もちをついた一夏が抗議するが、シャルロットは取り合わなかった。トランクス一丁のおれの手を引き、外に連れ出す。トランクス一丁のおれを。
 おれの服……

「まったく、一夏は頭がおかしいよ!」
「そうですね」

 ぷりぷりと肩を怒らせたシャルロットが愚痴る。シャルロット、後ろ見てみなよ。きみ、パンツ一丁の男の手を引いてるんだよ?
 痴女じゃん。

「デリカシーが無いし、鈍感だし、周りに興味ないし! 女の子から見たら一夏って本当に変だよ、もうっ!」
「そうですね」

 男から見たシャルロットも変だけどね。あのね、シャルロット。僕、とっても寒いんだ。火照った体が空調で冷やされた冷気に当たって、とても寒いんだよ。

「あ、ところでさ、榛名。僕ね、さっきお料理作ってたんだけど、味見してくれな――って、うわぁぁああ! な、なんで裸なの榛名ッ!?」
「シャルロットが連れ出したのに」

 一転して笑顔になり、振り向いた途端に今度は羞恥で真っ赤になって顔を覆うシャルロットのコロコロ変わる多彩な表情に、おれは無表情でそう答えるしかなかった。
 お願いだから騒がないで。ほら、騒ぐのが大好きな学園の人たちが部屋から祭りの匂いを嗅ぎつけて出てきただろう?
 おれ、パンツ一丁だろ? 変質者扱いされるだろ? 騒ぎを聞きつけて織斑先生が来るだろ?
 おれ、社会的に死ぬだろ? そこまで考えてよ。指の隙間からチラチラ見てるシャルロットさん。

●

「まぁ、お前のことだから事情があるんだろう。詳しくは聞かん。夏休みだからと羽目をはずし過ぎるなよ」
「はい……」

 織斑先生が野次馬を蹴散らして、パンツ一丁のおれを廊下で正座させながら、二言で説教を終わらせた。真夏なのにいつものスーツで、しかしその声音は優しく、表情も教師時の鬼軍曹の如き厳格な雰囲気はなかった。
 心なしか拍子抜けし、肩の力が抜ける。信頼を得たというより、腫れ物扱いされているというか。どうも束さんがおれを拉致した当たりから織斑先生の態度が軟化した気がする。
 おれが銀の福音の事件で死にかけてから皆が優しくなったり、誘拐されてから急に丁重に扱われている。辛い目にあったおれに気を使ってくれているのだろうか。
 何となくでしかないが、違うとおれの冴えない勘が言っている。おかしい。

「織斑先生、質問してもよろしいですか?」
「なんだ」
「おれが束さんに拉致された日にみんなと何かありまし――」
「そうだ、金剛。山田先生が一人で買い物に出かけて口寂しさに大量のスイーツを買ってきてお裾分けしてきてな、とても私だけでは食べきれないから食べていかないか?」
「え、いや、一夏と食べれば、」
「食べていかないか? なあ?」
「はい」

 有無を言わさない鬼軍曹の威圧に耐え切れず、おれは屈してしまった。結果的に服をとりに戻れるから結果オーライだよね!





「はい、たくさん食べてね、榛名」
「……」

 胸焼けするくらいお菓子を食べさせられて部屋に戻ると会長は居らず、かわりに笑顔のシャルロットが出迎えてくれた。
 料理部で練習したらしい唐揚げや肉じゃがなどの一般的な家庭料理がテーブルに並べられていて、甘ったるい生クリームの匂い漬けになっていたおれの鼻腔を醤油の香りがくすぐった。
 でも、残念ながらおれの胃は甘味でいっぱいで、入る気がしない。時間を置いて……とも思ったが、せっかく用意してもらったのに手をつけないのもシャルロットに失礼だ。
 おれは一抹の不安に苛まれながらも、箸を持った。重くもないのに唐揚げを摘んだ箸を持つ手が震える。食べる、噛む、飲み込む。

「どう?」
「美味しいよ。ちょっと驚いた」

 料理はレシピ通りに作れば及第点の味が保証されているものだが、シャルロットには基礎の他にも微細なアクセントが加わっていて、素直に美味しいと言える出来だった。
 おそらく料理部の方々に教わったであろう隠し味や調理法の妙があるのだろう。ぶっちゃけ、母さんの肉じゃがより美味しかった。
 ごめんなさい、母さん。正直、母さんの料理より給食の方が好きだった。それでもあの薄い味噌汁や余計なものが入っているおかずが恋しくなるんだけど。
 驚きに満腹を忘れ、箸が止まらないおれに、頬を緩ませて眺めていたシャルロットが唐突に言った。

「ねえ、一夏の料理とどっちが美味しい?」
「……」

 手が止まる。冷や汗が吹き出た。ちらりとシャルロットを窺うと、表向きに表情は変わらずににこやかだ。腹の底でどういう思惑が渦巻いているかわからないが。
 おれは、以前の束さん襲来事件のあとにみんなの手料理を食べる機会があった。セシリアさんのだけは物理的に食べられなかったけど、全員美味しかったよ。どれがシャルロットが作ったのか憶えてないけど。
 だが、一夏の料理の味は、真っ先に一夏に薦められたので鮮明に憶えている。それを踏まえて、十分に吟味したシャルロットの料理と比較して、率直に答えた。

「い、一夏の方が、美味しかった……かな」

 なぜか声が震えた。喉が硬直したかのように次の言葉が出せない。無言が怖い。
 おれは恐る恐る、眼だけを動かしてシャルロットの様子を窺った。
 笑ってた。

「そっかぁ。自信あったんだけどなー。次は一夏より美味しいって言ってもらえるように頑張るね!」

 ポン、と手を叩いて話を区切る。清涼感さえ感じる言動が空恐ろしくあり、おれは黙っていればいいのに、つい訊いてしまった。

「あの……怒ってないの?」
「え、なにが?」

 シャルロットは裏などないと思わせる、底抜けに不思議そうな声と表情でおれを見つめた。

「怒るわけないよ。僕はまだまだ日本料理のことを知らないし、一日の長がある一夏の方が上手に決まってるもん。だからいつか追い越せるように頑張るの。それだけ」
「……あ、うん。そっか」

 申し訳ない気持ちとどこか腑に落ちない感情が燻ったが、そんなことを言われては頷くしかない。
 本心なのだろうけど、核心には触れていない。歯痒い気分だ。でも、どうせ訊いてもはぐらかされるだろうし。

「今度は僕の得意料理を披露するから、お腹をすかせて待っててね」

 そして皿を片付けて立ち去る。おれは一人、腕を組んで眉を寄せた。
 ベッドに胡座をかいて、こう考えた。

 ――ひょっとしておれは、束さんに改造された人造人間なのではなかろうか。

 荒唐無稽な話に何言ってんだこいつと思うかもしれないが、可能性としてはあり得る。
 おれの娘のラウラが試験官で生まれたという嘘のような話を訊いてから、心の何処かで考えていた。
 男のおれがISを使えるのはおかしい。では、なぜ使えるのか。それは、IS開発者の束さんがおれの遺伝子を改造してISに搭乗可能な個体に仕立てあげたからではないか。
 そう考えると、諸々の疑問にも納得がいく。ISに乗れるのもそうだし、束さんに気に入られているのも唯一の成功個体だからとか、ラウラがおれを母と呼んだ理由とか、束さんが政府に提出するデータを消去して偽装した理由とか。
 みんなが束さん襲来事件以降に優しくなったのも、織斑先生に真実――おれの出生が束さんに改造された人間だから、という悲しい過去を知ってしまったからに違いない。
 そうだ、きっとそうだ。

「だよな……一夏じゃあるまいし、女の子が突発性難聴発症するわけないよな」

 それとなく尋ねてみたことはあるんだ。だがそのたびに、「え、なんだってぇ?」、「そうだ、剣道の稽古をしなくては」、「あ、そうですわ。本国から美味しい紅茶が届きましたの。榛名さんもいかがですか?」とかしらばっくれられて、挙句の果てにシャルロットには、「榛名……」とか憐憫の眼差しを向けられた。
 会長は会長で、「ゴメンね、榛名くん……わたし……」とかなぜか責任感じてて重たいし、織斑先生もあんな感じだし。
 おれがこんな結論を出すのも仕方ないだろう。

「まさかおれが……悲しみを背負ったIS戦士だったなんて……」

 やだ、もう何言ってるんだろう、おれ。おれは顔を覆った。戦士ってなんだよ。実戦経験一回しかないじゃん。
 そんなときに部屋の扉が開いた。

「母一人か。奴はいないか……ところで、なぜ母は泣いているのだ?」
「ラウラ……安心して。おれはラウラと一緒だからね」

 色んな意味で。ラウラはきょとんと小首を傾げた。

「それは嬉しいが……」
「ところで何の用?」

 尋ねるとラウラは、「うむ」と頷いて、

「シャルロットが秘密会議を行うからしばらく出て行ってくれと頼んできてな。暇になったから母の部屋に遊びに来たのだ」
「――待って。その秘密会議? のメンバーは誰?」
「シャルロットに篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコットだ」

 面子の名前を聞いた瞬間、おれの頭の中で嫌な感情が湧き上がった。
 まさか……まさか、みんなでラウラをハブっているのでは?
 一年生女子の専用機持ちの女子でラウラだけを除け者にして、お菓子を食べながらお茶を飲み、ラウラの悪口を言い合って笑っているのではないか。
 想像もしたくない場面が浮かび、振り払うように頭を振る。あの人たちがそんなことをしているなんて信じたくない。
 だが、その面子の集会からラウラを抜く理由はなんだ? 思索すればするほどに腹が立ってきた。

「そうだよ……娘が虐められているとわかって平然としていられる親なんていない!」

 おれは立ち上がり、自室を飛び出した。向かうはラウラ・シャルロットの部屋。足音を殺し、扉に背を密着させて立つ。
 耳を澄ますと、談笑している気配が伝わってきた。そうか……楽しんでいるのか。ウチのラウラ抜きで。

「シャルロット……そういうことするコだったんだね……許せないよ」
「母、いったいどうした? 急に走りだして」

 おれを追ってラウラもやってきた。「しっ」と静かにするよう合図を送る。ラウラが怪訝にしていたが、おれに習って扉に耳を当てて中の様子を窺う。
 もしラウラの悪口を言っていたりしたら辛いだろうが、そんなことを話していたら玉砕覚悟で突貫しよう。
 たぶん返り討ちに合うけど。

『――ま、世間話はここまでにして、本題に入りましょうよ』

 鈴さんの弾んだ声がした。ひとしきり笑い終えたような息遣い。談笑を終えて、その秘密会議とやらを始めるらしい。

『そうですわね。首尾はどうでしたの、シャルロットさん』
『う、うん』

 セシリアさんに促され、緊張したシャルロットが言う。緊張した様子が声で伝わってきた。

「ラウラを仲間はずれにしたことの結果報告か……?」
「事情が掴めない私にも母がおかしいことは何となくだが分かるぞ」

 ラウラが心ない言葉に胸が痛んだが、無視を決め込み扉に耳を押し付けた。

『えっと、とりあえず、料理は美味しいって言ってもらえました!』
『おぉ~』

 湧き立つ室内。料理ってさっきのあれか?

『箒と鈴の言う通り、日本の家庭料理で定番の肉じゃがと唐揚げにしておいてよかったよ』
『でしょー? 定番過ぎて新鮮味ないけど、たいていの男はこれが好きなのよ』
『胃袋を掴めば心も掴めるというしな。親元を離れた榛名は家庭の味が恋しいだろうし』

 どうやらシャルロットの料理の話で間違いないらしい。唐突な差し入れは彼女たちの差金だったわけか。

『まあ、一夏の方が美味しいって言われたけどね……』

 沈痛なシャルロットのひとことで室内に気まずい空気が満ちてゆくのが、扉越しにも伝播してくる。平然を装っていたけれど、実はショックを受けていたのか。
 鈴さんが重い空気を割って切り出す。

『一夏は一人暮らしが長いから、男のくせに料理上手いのよね』
『あまり関係ありませんが、生徒会長も上手でしたわ』
『心配するな。デュノアも日本に来たばかりなのに目を見張る上達の早さだ。いずれ追い越せるさ』
『あはは……わかってはいたけど、一夏に勝てないって悔しいね』

 慰め合ってる……おれは率直な意見を呈しただけなのだが、寂寥感を滲ませたシャルロットの声を聞くと申し訳なくなってきた。嘘でも一夏より美味しいと言えばよかった。

「私もおでんなら作れるぞ!」
「そうだね、次はアスパラガスだ」

 得意げに胸を張るラウラを適当にいなし、おれは再び自分の体温であたたかくなった扉に身を寄せる。

『ていうかさぁ、シャルロットなら榛名くんくらい余裕で落とせそうじゃない? こう、しな作って色っぽい声出せば』
『それは会長が既にやってるよ』
『一夏さんではないのですから、並の男性なら狼になってもおかしくないですのにね』

 扉の向こうでは、おれと一夏が盛大にディスられていた。そうか、鈴さんはおれなら簡単に虜にできると思っていたのか。
 瞳が乾いてゆくのを自覚しながら、黙って耳に意識を集中させる。

『そもそも榛名が普通の男性というのも変ではないか? 世界で二人しかいないIS男性操縦者だぞ? そこらの凡人と一括りにして考えていいのか?』

 箒さんの声だ。普通……いや、普通だったんだよ。IS学園に入学するまでは。
 箒さんの疑問提起に中から、「うーん」と唸る声がした。

『あー……弾とか和馬に比べれば、彼女欲しい、エッチしたいってがっついてないかも』
『榛名は意外と自制心が強いよ。僕と相部屋だったとき、一度も着替えを覗いたりとか……へ、変なことしてなかったし』
『……まさかアンタ、わざと転けたりバスタオル忘れたりしてアピールしようとしてたんじゃないでしょうね』
『してないってば!』

 やっぱりシャルロットは同性の目から見てもあざといのか。実際、あざといよな。狙ってないにしても、おれや一夏以外なら即、手を出してる筈だもの。
 シャルロットあざとい疑惑がかけられている中、セシリアさんの神妙な声がした。

『……実は殿方が好きなのでは?』
『ないよ! そんなの絶対にありえないよ!』
『ですが……』
『同性愛なんてありえないよ! 何でそんなこと思いつくのッ!? 離婚したいからって理由でカトリックから分派した国教会信徒の発想にはびっくりだよ!』
『な、なんですってーッ!?』

 何で宗教上の問題で対立してんだよ。いや、元々イギリスとフランスは仲悪いからわかるけど、争いの発端がおれがホモかどうかって。おれはIS学園の火薬庫かよ。

『まあまあ、落ち着きなさいよ』

 鈴さんが二人を諌める。日本育ちらしいから無宗教だろうし、鈴さんと箒さんにはアホらしい争いに見えているのかな。

『まぁ? 世界一のメシマズ国家の人の味覚は、確かに理解しかねるけどねー』
『……鈴さん? あなたも私の祖国を馬鹿にしてますの?』
『えー? 馬鹿になんてしてないわよー? 事実言ってるだけだしー』
『あんな汚い油大量に使って料理してるからチャイニーズは油でテカテカなんですわ! それにイングランドのお菓子と紅茶は世界一! ですわよ!』
『はァ!? 誰が油ぎってるのよ! 中華料理は世界一美味しいっつーの!』
『落ち着きなよ二人とも』
『なに他人ヅラしてんのよ! そもそも発端はアンタでしょうがッ!』
『だって、料理の話なら……ね?』

 得意げに勝ち誇るシャルロットのしたり顔が目に浮かぶ。こいつら祖国自慢で喧嘩し始めやがったぞ。

『はん、でもヨーロッパで一番評判いいのってフレンチじゃなくてイタリアンじゃない?』
『だいたい、フランス料理も元を辿ればイタリアからもたらされたものですし、各国の良い所だけを寄せ集めてできた格式だけは一人前の美食ぶりたい料理ではないですか』
『イギリスは土地が痩せてるからろくな作物が取れないもんね。大英帝国の属国だった国はどこも料理がまずいことで有名だし、中華だって今の味が確立されたのは十九世紀になってからじゃない。
 それにフレンチは世界の正式な正餐に採用されてるし、それだけグローバルに認められてるってことだよね?』
『あーいえばこういう……フランス人は本当にひねくれ者で自惚れ屋ばかりですわね』
『アンタもそーでしょうが。二枚舌国家』
『世界一マナーの悪い中国人に言われたくないですわ』
『ハァァ!?』
『そうだよ、何回一夏を殺そうとしてるの?』
『それはセシリアも箒も同じでしょッ!?』

 ダメだこいつら……遂に他国を貶し始めたぞ。あれ、元からそうだっけ。
 この人たちには、いい加減に自分たちが専用機持ちの代表候補生だってことを自覚して欲しいな。今まさにIS展開して殺し合いしかねない雰囲気だし、国はIS適正以外に性格でも適性を測るべきではないのか。

「むぅ、これは私も参戦するべきか? ジャガイモと肉料理とビールくらいしか誇れる料理はないが」
「ラウラは行かなくていいんだよ……」

 こんな恐ろしい空間に無垢なラウラが放り込まれていたらと思うと、ぞっとする。
 前にシャルロットと敵対していたことから察するに、隣国のシャルロットと喧嘩していそうだ。あ、イギリスのセシリアさんがいるから場合によっては共闘するかもしれない。
 室内では、ずっと黙っていた箒さんに矛先が向いたようだ。

『ていうか、箒はなに黙って静観してるのよ? なに? ヘルシーで健康的な日本人は争いを好みませんって言うわけ!?』
『え? いや、そういうわけではなくてな。ただ、話についていけなかっただけだ』

 中から露骨なため息が聞こえた。

『日本人は個人の意見を尊重しないよね。集団心理で動いてるっていうか同調意識の塊っていうか』
『授業でも挙手をして貪欲に学ぼうとする姿勢が足りないですわ。謙虚というより、遠慮がちで引っ込み思案なだけな気がします』
『出る杭は叩く、異物は排除するお国柄だもんねえ』
『そ、そこまで言われるのか……?』

 鈴さんは殆ど日本で育ったのに……いや、育ったからの意見なのかな? そう考えると、箒さんって典型的な日本人の思考してるんだな。
 基本的に一夏以外に興味なくて、その一夏には奥手で何もできず、周りに馴染もうとしないもんな。
 怒らず、言い返さない箒さんに味をしめたのか、三人はなおも攻勢を続けた。

『日本はきついことや苦労をするのが美徳みたいに思ってるわよね』
『真夏に高校生を連投させる甲子園や家庭を顧みない労働環境とか?』
『食事中も正座なんて苦行を強いる生活環境がいけないんですわ!』

 日本が槍玉に挙げられ始めたぞ。てか、やっぱりセシリアさんは正座に恨みがあったのか。

『それに魚を生で食べる発想がおかしいですわ! 魚ですわよ!? 寄生虫が怖くないんですの!?』
『やたらと肉とか果物の品質に拘るよね』
『食べ物の品質管理とか病的なくらい徹底的に管理されてるよねー』
『当たり前だろうがッ!!!!!』

 箒さんの怒鳴り声が聞こえて、危うく悲鳴をあげそうになった。

『いいか? 食というのは生活にもっとも密着していて、かつ不可欠な要素だ! 人は家がなくても服がなくても生きていけるが、食がなくては死んでしまう。
 毎日必ず食べるものだ。それの安全が脅かされたり、不味かったり、自由がなく窮屈なものでは生の楽しみが欠如されてしまうだろう。だから私たちは鮮度や味、安全に拘るんだ! 日々の営みを彩り鮮やかなものにするために!』
『……』

 図らず、感心させられてしまった。箒さんの言う通りだ。食事は楽しむものなんだよ。
 だからより安全で美味しく、食べやすいものを求めるんだ。箒さん、流石だよ。あなたこそ日本人の誇りだ。

『箒さん……』
『ごめん、箒……』
『あたしたちが間違ってたわ……』
『いや、私こそ熱くなってすまない』

 和解に傾きかける四人。このまま仲直りか。そう思ったが、

『うん、でもさ、やっぱり鯨を食べるのはおかしいわよね』
『そうですわね』『そうだね』
『お前らだってカタツムリとか犬とかイギリス料理食ってるだろうがッ!』

 日本人って、食べ物に関してだけは妥協しないんですよね。忘れてました。
 しばらく、中からは四人が醜く罵倒し合う声が響いていた。
 よかった……ラウラがこの中にいなくて本当によかった……!

●

『もう……止めにしませんか?』
『そ、そうね……叫び疲れて喉が嗄れたぁ……』
『元はと言えば僕の所為だよね……ごめんみんな』
『いや……我を忘れて応戦した私たちも悪いんだ。気にするな』

 暇になったおれとラウラがあっちむいてホイで遊んでいると、ようやく喧嘩が終わったようでほとぼりもさめた気配がした。
 よくよく考えたら、イギリスとフランス、日本と中国って関係性が似てるもんね。そりゃ仲悪いよ。でも個人間で火種を抱えるのは止そうね。いや、本当に洒落にならないから。

『えーと、何でこんなことになったんだっけ?』
『榛名さんがゲイかもしれないとわたくしが言ったからです』
『……言いたくはないが、榛名よりも一夏の方がゲイ疑惑が濃いと思う』

 違う。一夏は純粋すぎるだけだ。頼むから考えうる限り最悪な結末を想像させないでくれ。

『僕が怒っちゃったのはね、さっき、見ちゃったからなんだ。下着しか身につけてない榛名に、同じく半裸の一夏がマッサージしてるのを』
『……』

 何やらきな臭い雰囲気になる。改めて想像するととんでもない絵ヅラだな。

『榛名くんのヘタレ受けか……』
『最近、クラスの方々の妙な単語が耳に残って仕方ないですわ……洗脳されてしまいそうです』
『や、やめにしないか、この話は。不毛だ、何も生まない』

 まだ腐ってないらしく、皆乗り気でなかったから会話が打ち切られた。

「母と嫁がまぐわっているのか」
「嫁の不倫相手が姑って修羅場ってレベルじゃないよ、それ……」

 旦那が不憫すぎる。ラウラのことだよ。

『榛名さんの人間性なら、わたくしは評価してますわ。アドバイスも的確ですし、努めて冷静でいようとする姿勢は素晴らしいと思います。個性が薄く埋没気味なのは否めませんが』
『良い人よねー。良い人なんだけど』
『いわゆる良い人止まりな人間なのだろうな』

 またおれを評価する流れになる。やめろ、おれ泣くぞ。本気で泣くぞ。女の子の異性評価くらい嫌なものはないんだぞ。

『あ! でも、加点方式なら微妙でも減点方式なら満点じゃない、榛名くんって?』
『榛名さんの良いところ……』
『シャルロットは榛名のどこが好きなんだ?』

 分かっているが、声に出されると胸が高鳴る。聞きたいような、聞きたくないような。

『それは……ナイショ。榛名の良い所は、僕だけが知っていたいから』
『うっわ、ムカつくわ』
『仕方ないですわね。わたくしたちで列挙してみましょうか』

「……」
「母よ、どうした。顔を覆って」
「あー……なんでもないです」

 聞かなきゃよかった。かぶりを振って、また扉にかじりつく。好奇心だけは旺盛で困った。

『えーと、まずはIS操縦者なことよね』
『男性のステータスでは最高に希少だな』
『これだけでほぼ全ての男性より優位に立てますわ』

 大統領より少ないからな。国会議員のように支持でなれるものでもないし。

『あとは……お金持ってるところ?』
『もう一生働かなくても生きていけるらしい』
『まあ、それはわたくしも同じですし、IS適正者というだけで食いっぱぐれることはないでしょう』

 金の代わりに平穏と家族を失ったけどな。

『他には……』
『わたくしは一般男性をあまり知らないのですが、それと比べて榛名さんはどうですの?』

 箱入り娘のセシリアさんの疑問に鈴さんも首を捻った。

『どうかしらねえ。苦労してる分、同年代の男と比べたら大人っぽいと思うけど』
『私たちの理不尽な八つ当たりにも怒ったりせずに対応してくれていたしな』

 やっぱり八つ当たりだったのかよ。血の気が多すぎやしませんか。

『普段から邪険に扱っているわたくしの相談にも快く応じてくれましたし……』
『あ、あたしも相談に乗ってもらったわ』
『二人もか。私も榛名に相談したことがあるぞ』

 一晩に三回も恋愛相談した日を思い出す。あの後も一夏が愚鈍なせいでおれが恨まれる羽目になったんだっけ。
 ……あれ、もしかしておれ、逆恨みされてるだけじゃないか……?

『やっぱり人柄は良いよね。榛名くんは』
『ええ、誠実で懐が深くて良い人ですわね』
『ああ、良い人だな』

 良い人良い人連呼するのやめてくれません? 男として興味ないって言ってるようなものだから胸が痛むんですけど。

『改めて考えると、榛名さんは欠点らしい欠点が見当たらないですわ』
『あたしはクラスが違うからわからないけど、学年で二人しかいない男の子だし、モテるんじゃないの? そこのところどうなの?』

 微細な程度でしかないが、流れが変わった。閉口していたシャルロットが戸惑いを含めた声で言う。

『え、どうだろ……ラウラは、少し違うし』
『あんなの関係がママゴトみたいなものだから除外よ』

「失敬な。私は母が好きだぞ!」
「うん、うん……」

 頭を撫でて宥める。おれとラウラが和やかなムードでいる一方で、中は不穏な気配が漂っているようだ。

『クラスの女性では、のほほんさんや谷本さんと仲が良いようですが』
『そういえば、榛名はその二人の部屋に泊まったことがあるらしいな。しかも二日連続で』
『えっ、マジで!?』

 鈴さんの驚愕の声を皮切りに議論は活性化し始めた。しなくていいのに。

『完全に脈アリじゃない、その二人!』
『そうですの?』
『当たり前でしょ! 女の子が好きでもない男を部屋に泊めるわけないじゃん!』
『ふむ、一理あるな』

 会話に熱が帯びてきた。声の張りが尋常ではない。なぜ女の子は他人の恋バナでこれだけ盛り上げられるのだろう。

『榛名は何もないって言ってたけど……』
『アイツに何もなくても、あっちにはあるかもしれないじゃない。思い返すと、榛名が退院した日も、あの二人は真っ先に話しかけてきてたもんね。迂闊だったわ』
『他には……鷹月さんと話してるのをよく見かけますけど』
『気が合うから話してるだけだと思うが』

 あーだこーだとおれの関わる人物の関係を推測しだす四人。詮索されるおれと女生徒の関係。記憶を掘り起こして邪推される女生徒の感情。
 おいおい、とうとうおれが全く話したことない人にまで調査が及んだぞ。四十院さんって誰だよ。同じクラスにそんな人いたっけ?

『うーん……散々議論したけど、最初の二人以外に気のありそうなコはいなかったわね』
『いえ、最後に要注意人物が二人残っていますわ』
『一人は、生徒会長……だな』

 最後の最後に、とんでもない人物の名詞を出してきた。会長は……とりあえず押せば引く人だとは判明してるけど。真面目に恋愛となると、これほど似合わない人もいないんじゃないか。

『現在同居中で裸エプロンで誘惑したり、はしたない格好で榛名くんに迫ったりしてるのよね』
『は、破廉恥ですわ!』
『話を聞くと気があるようにしか思えないが……』

 会長がおれに気があるとしたら、それはそれで反応に困る。後味の悪いドッキリで思わず身を固めようと決心しかけたこともあるし、無敵状態のおれがからかったこともあるから。

『僕は、僕や榛名の反応を面白がってるだけだと思う』
『まあ、その可能性が一番高いな』

 シャルロットもわかってるなら乗らないで大人の対応で相手にしなければいいのに。ああいう手合いは、対象がムキになればなるほど喜ぶんだから。

『でもさー、遊びのつもりが本気になっちゃうってことも、無きにしも非ずじゃない?』
『生徒会長の家は古くからの名家らしいですから、榛名さんの婚約者になる可能性も捨てきれませんからね』
『む……意外と障害が多いのだな。シャルロットは大変だな』
『一夏ほどじゃないけどね……』

「……」
「シャルロットは母が好きだったのか。ではシャルロットが私の父か」

 そう簡単な問題じゃないんだが、ラウラの性別逆転に和む。このままおれの癒しになって欲しい。

『最後は……あの人か』
『篠ノ之束博士……かぁ』

 その名前が出た瞬間、おれの背中に悪寒が走って背筋が伸びた。先日、拉致されて襲われかけた人だ。そこでその人の名前が出るのか。

『目下、最大の強敵ではないでしょうか』
『たぶん、榛名くんを狙う女としても、物理的な戦闘力でも最強の敵じゃない? 性格のおかしさも含めて最狂でしょ?』
『自分の姉ながら、本当に恥ずかしい』

 自分の妹にもボロクソに言われている束さん。おれはそこまで嫌な印象ないんだが、同性から見たら奇人変人の類なのだろうか。

『それにさぁ、千冬さんから聞いた榛名くんと篠ノ之博士の関係……』
『酷かったね……』
『ですわね……』

「――ッ!?」

 今まで誰に尋ねてもはぐらかされてきた話題に、目をぎらつかせて耳に神経を集中させる。
 気になって仕方なかった。おれが記憶を無くしてるから知りようのない、束さんがおれに執着する理由が何なのか。
 それについて知る機会が訪れたのだ。おれは聞き逃さすよう、扉に全身を密着させた。四人が暗い声で語りだす。

『まさか榛名さんが……』
『篠ノ之博士に性的虐待を受けてたなんてね……』

「え……」

 受け入れがたい真実に、おれは絶句して目の前が真っ暗になった。なおも会話は続く。

『篠ノ之博士が中学生くらいの時だっけ? そのくらいから知り合って、幼い榛名くんに色々やらしいことしてたらしいわね』
『逆なら中学生の男子が五歳の女の子にいやらしいことをしていたんですものね……性犯罪ですわ』
『本当に申し訳ない……身内がこんなことをやらかすなんて……』

 嘘だ……嘘だ……おれは身体の重心がふらつくのを感じた。

「母……? どうし――母ッ! 母ァーーーーーーッ!!」

 金剛榛名一五歳、調教済み。夏休み半ばに知りたくない真実を知り、安らかに息を引き取った。
 嘘です。気を失っただけです。でも、何か大切なものを喪った気がします。
 IS学園一年生の夏。父さん、母さん。僕はえっちなこどもだったみたいです。



あとがき
あ・・・やっと・・・夏が終わったんやな・・・



[37185] 一夏と一夏のあいだに
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2013/09/16 13:35

 ベッドで悶えながら、こう考えた。
 善かれと思えば裏目に出る。何もしなければ巻き込まれる。
 我に帰れば翌朝だ。とかくIS学園は住みにくい。
 おれはどうすればいいのだろう。IS学園に入学してから何度目か忘れた失神から目覚めて、頭を抱えた。
 性的虐待……明かされた真実は、高校生のおれには少しばかり重すぎた。おれも人並みに羞恥心がある。
 幼いころの話と割り切るには、おれの心は未熟すぎたし、加虐者との出会いと再会の印象が鮮烈すぎた。
 クラスメートの姉という近いのか遠いのかわからない縁もその一因にあるし、性的虐待という何をされたのか詳細を想像に任せるほかない過去もそれを加速させている。
 正直に言うと、未だに信じられない。奇妙で奇天烈で人格に問題を抱えていそうだったが、おれにとっては、優しくどこか懐かしい綺麗なお姉さんなのだ。
 あの屈託ない笑顔でおれにどのような行為をはたらいたのだろう。

「ていうか、おれ、いったいどこまでされたんだ……?」

 それが疑問だ。それが本題でもっとも大切なことだ。裸にされて写真を取られたとか、性器をいじられたとか、何かしらSM要素の入る一目に異常な行為をされたのか。
 そもそもおれの貞操は無事なのか。出会った時期を逆算すると、おれが四歳から七歳くらいな筈なので精通はしてないから大丈夫だと思うが、あの束さんだからわからない。
 過剰な独占欲からすべての初めてを奪っていたとしてもおかしくはない。

「すべての初めて……!?」

 おれの背筋に悪寒が走った。まさか、お尻もか? おれのお尻も何かされているのか!?
 あまりの悍ましさに全身が慄き、自分を抱きしめるようにして縮こまる。
 自分の預かり知らない事実は恐怖を助長させるものだ。記憶に無いうちにレイプされていたなんて考えただけで怖気が走る。
 女の子なら、泥酔している間に襲われていたら嫌だろう。男だって同じだ。いくら相手が美人だからって限度がある。
 おれにだって許容できない事柄がある。むしろ、その方が多い。だが――

「なんか、嫌いになれないんだよな……」

 心の何処かでは、なぜか受け入れてしまっている部分があって、その得体のしれない感情が親を想う郷愁に近いことに気づいていた。
 彼女が美人だからなんて男特有の甘さではなくて、彼女を憎めない根幹がおれの深層心理に根付いている。
 虐待が事実なら、これはおれが完全に調教されている証左なのだろうが。

「胸……」

 ふと、束さんに迫られたときのセリフが思い起こされる。

『私の胸はね、はるちゃんの涙が染みこんで大きくなったの。だから、はるちゃんの好きにしていいんだよ?
 胸だけじゃなくて、全部。お願いだって昔みたいに何だって聞いてあげる。代わりに、はるちゃんの全部、貰っちゃうね』

 おれは泣き虫で、事あるごとに束さんの胸で泣いていた。おれのお願いを、束さんは何でもきいてくれた。
 このセリフから読み取れるおれの失われた記憶は、これだけだ。
 さらに束さんのセリフを思い出すと、おれは女の子になりたがっていて、ファースト・キスは十年前に奪われている。
 そしておれはいつも束さんの胸で泣いていた。……ということは、

「あ……榛名くん、おはよう」
「会長」

 どことなくシコリの残るぎこちない態度の会長が、静々と挨拶してきた。
 反応して顔を上げたおれの目に、制服の夏服に内包された豊満な胸が飛び込んでくる。束さんに負けず劣らずの大きな胸。

「会長……」
「? なに、榛名くん」
「胸、貸していただけませんか?」
「へ?」

 おれは呆然と口を開ける会長の肩を掴んで言った。

「おれが今から会長の胸に顔を埋めますので、会長は優しく抱きしめてください」
「は? え? ど、どうしたの榛名くん」
「会長ッ!」
「えええええっ!? こ、コラァ!」

 それからの流れは会長に拍手喝采を送るほかない。胸に飛び込もうとした変質者を、会長は見事に組み伏せて、荒い息を吐いたまま、変質者の背中の上から尋問した。

「どうしちゃったの、榛名くん……」
「すいません……」

 我にかえったおれは、胸を苛む申し訳なさに泣きたくなりながら謝罪した。
 会長は小さくため息をついた。

「私は、理由を聞いてるんだけど? 襲われた女の子としては、一応理由を訊く権利あると思うな」
「それは……」

 法廷でもないのだから適当な理由をでっち上げて、「ヤバイと思ったが性欲を抑えきれなかった」とか言おうと思ったが、そう考える自分への不甲斐なさに、素直に白状することにした。

「束さんが言ってたんですよ。いつもおれが、彼女の胸で泣いてたって。だから、女の子の胸に包まれれば、思い出すんじゃないかって」
「……榛名くん、もしかして、昔のこと誰かから聞いた?」

 察しの良い会長は、それだけでおれの悩みの根幹に辿り着いてしまった。別にはぐらかすことでもないので頷くと、会長はおれの背から退いておれを立たせた。
 まっすぐに向かい合う。

「そっか。知っちゃったか。織斑先生は口止めしてたんだけど……ラウラちゃんから?」
「違いますけど……まぁ、似たようなものです」
「どこまで聞いたの?」
「おれが……束さんに、性的虐待を受けていた、ってことです」
「それだけ?」
「はい」

 だけ、ってことは、他にもあるのだろうか。性的虐待のみならず、ほかにも色々されてのか。
 おれと束さんの関係って、ほんとなんなんだろう。
 おれが戦慄していると、会長は口元に手をあてて何やら思慮して――深く頭をさげた。

「な、なにしてるんですかっ?」
「ごめんなさい、榛名くん。……榛名くんが過去にそんな目にあってるのに、私、軽率だった。本当にごめんなさい」
「……いや、別に気にしてないので。頭を上げてください。会長が気に病むことじゃないですよ」
「でも……」
「あ、ラウラへのいじわるをやめてくれるなら全部チャラにしますよ? どうです?」
「……うん。ありがと」

 つとめて明るく、剽軽に言うと、会長は苦笑して顔を上げた。顔を隠すように広げた扇子には、『謝謝』の二文字。
会長といるときは、何だかんだ言いながら、暗い空気になったことはなかった。だから、おれたちはこれでいいんだと思う。
 会長は、頬を赤らめて、柄にもなく恥じらいを浮かべた。

「榛名くん。お詫びって言ったら何だけど、私で良かったら、胸を貸してあげるよ?」
「あ、結構です」
「ハア!?」

 おれが素っ気なく断ると、会長は愕然と目を見開き、わなわなと震えだした。

「なんで!? さっきは迫ってきたじゃない!」
「いやぁ、冷静になったら、会長ってやっぱり子供っぽいところありますし、束さんみたいな妖艶さと言いますか、大人っぽさが足りないなーと」
「……てい」

 頬を殴られた。おれはベッドに吹っ飛んだ。

「痛い! 会長の人でなし! おっぱい! 暴力ヒロイン!」
「……榛名くん。私が言うのも何だけど、銀の福音戦からどこか壊れちゃってない?」

 会長が憐憫の眼差しでおれを見つめてくるので、おれはあさっての方向を向いて、ふっと息を吐いた。

「戦争って、人を変えちゃうんですよ……」
「……」

 イタすぎる静謐に、涙が零れそうになった。自覚はあったんだ。あったんだけど、ラウラやみんなに優しくされて、おかしくなったのはみんなの方だと逃避していた。
 いざ指摘されると、IS学園では常識人だったおれが毒されてしまった気がして、アイデンティティが喪失して、もうダメになってしまいそうになる。
 顔をベッドのシーツに埋めて隠していると、ベッドに会長が座った気配がした。重みにスプリングが軋み、耳からは真横に会長がいることが伝わってくる。

「本当は私が、榛名くんたちより一つ年上でお姉さんだから、国家代表だから、そういう辛い想いは私が背負うべきだったんだよね。やっぱり、チャラになんかしちゃダメだよ。たっちゃんが自分を許せなくなっちゃう」

 最後は茶化していたが、声音は真剣だった。柄じゃないとは言えなかった。
 おれは起き上がって、会長の横に腰をおろした。

「慰めるとか言わないでくださいよ。おれだって男ですし、女の子には見栄を張りたくなるんですから」
「でも、篠ノ之博士には気を許すんでしょう?」

 不意打ちに胸に冷たいものが流れる。会長に目を遣ると、俯きがちにボソボソと続けた。

「性的虐待だけじゃなくて、篠ノ之博士は、榛名くんにもっと非道いことしてた。榛名くんの人生は、篠ノ之博士のせいで狂ったんだよ。それを聞いても、篠ノ之博士を憎めないんでしょう?」
「……えっと」

 思考が麻痺していて、会長の言わんとすることが飲み込めなかった。固まるおれの左頬に会長の右手が触れる。

「ほら。嫌いになろうとすると、頭が真っ白になっちゃう」

 そう言われて、疑問が確信に変わった。

「狡いことするよね。小さい子に」
「やっぱりおれ……調教済み……」
「なーんか卑猥な言い方だけど、そうなんじゃないかな。私たちは、榛名くんには悪いけれど、織斑先生に話を聞いて、篠ノ之博士を許せないって思った。
 人間としても女としても、行き過ぎてるよ。榛名くんは篠ノ之博士のオモチャじゃない」
「本当に、そうなんですかね」

 また無意識に庇っていた。それに会長の悲しげな瞳でようやく気づく。思わず、口を覆う。
 ……それでも、束さんが悪い人とは思えなかった。記憶に残らない心象でも、優しいお姉さんのままだったから、どうしても、織斑先生の語る篠ノ之束と結びつかなかった。





「あ、それと、一夏くんと二人きりになるのも避けなさい」
「え、何でですか」

 慮外の忠告に聞き返すと、会長は訝しげに目を細めた。

「今の心身ともに不安定な榛名くんと一夏くんが二人きりになって、変な気を起こされても困るからよ」
「何ですか、変な気って」
「例えばよ。篠ノ之博士のことで悩んでいる榛名くんが、一夏くんに促されて胸の内を吐き出すじゃない。すると、きっとこうなるわ」

『榛名……辛かったな』
『一夏……』
『俺、馬鹿だからこんなことでしか榛名慰められない。ゴメンな』
『ううん。いいんだ、おれ……一夏さえいれば、もう』
『榛名……』

「そのまま雰囲気に流されて一部の方々しか喜ばない展開になっちゃうでしょう」
「ねえよ」

 敬語も忘れて、腐った妄想を切り捨てていた。どうしてもホモにもっていきたい方々が存在するらしい。
 シャルロットが部屋を蹴破ってまでおれと一夏を離したのも、恐らくそれが原因だろう。
 会長は眉根を寄せて、さらに唇まで尖らせた。

「女の子にはガード堅くて見向きもしないのに、男にはゆるゆるな人しかいないからじゃないの?」

 女の子の心理って難しいなと思いました、まる。

●

 一夏の部屋に行くことを禁じられたおれは、部屋でアニメを観ることにした。
 無駄に有り余る金を奮発して、レンタルではなく買った名作アニメのBlu-rayを観る機会がようやく訪れた。
 今までは常に誰か傍にいたし、ゲームに興じて暇を潰してたのでアニメ鑑賞する機会がなかった。
 最近になってアニメ業界の巨匠が引退するニュースが耳に入ったので、懐かしくなったので、『スタジオズブリ』の作品をチョイスする。

「あれ、それって『紅野豚』?」
「はい。会長も観ます?」
「あー、そういえばニュースでやってたね。榛名くんてば、意外とミーハー?」
「観ないならいいですよ」
「あーん、観るってばー」

 お互いのベッドに腰掛けて、向かいのテレビにかじりつく。ズブリ映画は、子どもの頃に観た時とは全く違った印象を受けるのに感銘を受ける。
 幼い頃では理解できなかったこと、精神的に成長したことが要因なのだろうか。それがより一層面白く感じさせるスパイスになっている。

「そういえばイタリアってISで目立ちませんね」
「テンペストくらいしかシェアがないからねー。もともと軍も弱いし」

 良い女と食い物があればそれで満足。真理かもしれない。まるこも色男だし。

「母よ、私が来たぞ!」
「榛名、入るねー……って、なに観てるの?」
「スタジオズブリ」

 ラウラとシャルロットが入ってきたので説明すると、ラウラは首を傾げて、シャルロットは瞳を輝かせた。

「ズブリ?」
「わあ、ジャパニーズアニメだね! 僕、大好きだよ!」
「ラウラは流石に知らないか。シャルロットは知ってるの?」
「うん! ドラゴールデンボールとかNURUTOとかよく観てたよ。もちろんミヤザキアニメも」
「フランスは漫画やアニメ文化が浸透してるからねー」

 そういえば、毎年ジャパン・エキスポが開催されているんだっけ。日本と親和性の高い国なのか。
 距離が離れているから、嫌な印象がないのも一因かな。日本でも海外の憧れの都市は昔から華のロンドンにパリって言われてるくらいだし。

「こんな紙芝居が面白いのか?」
「ラウラったら。紙芝居とは全然違うよ。ぬるぬる動いて声も出るし、それにとっても面白いんだからっ」
「なんか、シャルロットちゃんの意外な一面を見た気がするわ……」

 いつぞやのテレビでフランスで日本のアニメを日曜に放送したら、みんなが夢中になって誰も教会に来なくなったという嘘か本当かわからない話を聞いたことがあるが、熱のこもった声で語るシャルロットに与太話でもないと思い始めた。

「『紅野豚』観たんだ。次はなに観るの?」
「一通りは買ったから、好きなのどうぞ」
「んー……じゃあ、ラウラも好きそうなNOWシカを観ようよ」

 ネットで大人買いしたまま未開封のBlu-rayを取り出し、意気揚々とシャルロットが再生機に入れる。
 NOWシカの冒頭でオウムが出てくると、ラウラがぶっきらぼうに言った。

「気持ち悪い虫だな」
「えっ、かわいいじゃない。榛名、オウムは可愛いよね? ねっ?」
「ええ……まあ、うん」

 率直に言えばお世辞にも可愛いデザインではないのだが、鑑賞済みのおれにはオウムの可愛い場面も知っているので、不安げに尋ねるシャルロットに同意した。

「この女は勇ましいな」
「クシャミ殿下はクールでかっこいいよねー」
「漫画を読むと印象が違うわよね、この作品」

 思い思いの感想を述べながら物語が進む。場面が巨人兵がオウムを薙ぎ払ったシーンになると、またラウラが爆弾を放り込んだ。

「この巨人兵とISはどちらが強いんだ?」
「巨人兵じゃないかな。描写をみても生体陽子粒子加速砲の一発一発が戦略核兵器クラスの威力と副次作用があるし」
「でも世界を滅ぼすのに七日かかったのよね。ISと既存の兵器が戦争したら三日もたないって試算データがあるけど」
「ISの機動性と兵器が巨人兵に通用するのかが肝だな」

 物騒な会話だった。なぜ純粋にアニメを楽しめないのだろう、この人たちは。

「ふむ、存外面白かったな」
「でしょ? 次はなに観る?」
「NOWシカ観たんだから、次はラビュタに決まりでしょ」

 会長の鶴の一声で天空に浮かぶ城を巡る物語になった。落下型ヒロインのジータと主人公のパズル、そして個性豊かなトーラ一家が登場人物である。
 そして忘れてはならない人物がもう一人いる。

「このヌスカとかいう男は芸人なのか」

 開始二分でジータに殴られて気絶したヌスカをラウラはそう評した。

「名悪役だよ……」
「なに言わせても名言になるのよね、この男」
「これで二十代っていうんだからビックリよね」
「マジで!?」

 そして物語が進み、ラビュタが真の力を発揮するシーンで、またしてもラウラが爆弾を放り込んだ。

「ラビュタとISはどちらが強い?」
「戦闘用ロボットはISに敵わない。でもラビュタの雷の正確な威力がわからないから――」
「小国を一撃で滅ぼす。曖昧で具体性に欠けるなぁ」

 なぜどうしても軍力の話に結びつくんだ。ISはスポーツが用途のはずなのに。表向きはそうなっているのに。
 彼女たちは骨の髄まで軍人なのか。少なくともラウラはそうだった。

「次はなにを観よう」
「ミヤザキアニメじゃないけど、ズブリの『小樽の墓』にしない? 夏だし、日本の戦時中の話だから、ラウラも興味あるんじゃないかな」
「ほう」

 もうこの時点で嫌な予感がしたが、杞憂に終わってくれなかった。見終わって、おれとシャルロットが滂沱とあふれる涙を拭っていると、ラウラが仏頂面で言った。

「この叔母は正論しか言っていないのに何を甘えたことを言っているんだ、この兄は」
「ラウラ、ほら、この子はまだ子どもだから……」
「戦時中で物資も少ない中で現実を受け入れずに逃げてばかり。だから妹が栄養失調で死ぬはめになった。自業自得ではないか」
「違うよ! あれは叔母さんが悪いよ! セータはまだ十四歳だよ? 戦争でお母さんを亡くして冷静な判断ができるわけないじゃない!
 あれは血のつながりがあるのに見捨てた叔母さんが招いた悲劇だよ!」
「誰が悪いとかないと思うけどねえ」
「戦争が……戦争が悪いんだ……」

 あまりに雰囲気が重苦しいので、『小樽の墓』と同時上映だった『となりのトドロ』を選択した。
 田舎町を舞台とした陽気なBGMと奇妙な生物たちが沈んだ気分を盛り上げてくれる。最後はハッピーエンド。めでたしめでたし……では終わってくれなかった。

「そういえば、これってマイといつきは死んでるって都市伝説があるよね」

 会長がおもむろに呟いたひとことを皮切りに、二人が口を突くように疑問を挙げ始める。

「あ、途中で二人の影がなかったような……」
「謎なのがあの奇怪な生物たちだ。トドロは何の生物だ? イヌバスは何を運ぶ乗り物なのだ?
 あれは死者の霊魂を運ぶもので、トドロは死神ではないのか?」

 あーだこーだと再び議論がはじまった。大人になるって、実は悲しいことなのかもしれない。
 物事を純粋に楽しめなくなるから。おれは感動とは別の涙がこぼれそうになって上を見た。
 疑問を持つのはいいことですが、時にそれは障害になるのです。純真さも楽しく生きてゆくには必要なのです。偉い人にはそれが分からんのですよ。

「おっす、榛名。ラウラにシャルロットもどうしたんだ?」
「嫁!」
「一夏!」

 不毛な議論が終わって、次になにを観るか悩んでいたところに一夏がやってきた。
 おれとラウラは喜び、シャルロットと会長は露骨に嫌そうな顔をした。一夏は、どうやら部屋にずっと引きこもっているおれを心配して様子を見に来てくれたらしい。
 言われて、丸一日アニメ鑑賞していたことに気づいた。時が過ぎるのはあっという間だ。

「へえ、ズブリを観てたのか。面白いよな、ズブリ。俺も大好きだよ、ズブリ」
「嫁も観るか?」
「あぁ。あ、『のけもの姫』あるじゃん! 俺、ズブリでこれが一番好きなんだよ」
「ではこれにしよう」

 一夏の登場でテンションが上がったラウラに目尻が緩む一方、黙りこむ二人に肝が冷える。
 どうしてあなた方はおれと一夏を引き離そうとするんですか。おれから親友を奪わないでください。

『黙れ小僧! お前にサムが救えるか!』
『……生きろ。そなたは美しい……』
「なんと胸を打つ話なのだ……」
「僕これ、昔はとても怖くて最後まで観られなかったなー」
「子どもには蛇で覆われた怪物が嫌悪感を掻き立てるから辛いかもね」
「野獣に育てられた少女との共存をアシダカが悩むんだよな。日本でなかったら出来ない発想だよ」

 思いの外普通に上映が終わった。時代背景が日本の室町時代の頃だから、ISに匹敵する兵器もないし、人間同士の醜い争点もないのでラウラも純粋に楽しめたようだ。
 ……それにしても、ヒロインにサムなんて名前をつけたスタッフは何を考えているんだろうか。
 アメリカ人しか浮かばないんだけど。

「次はこれにしようぜ。『耳を冷ませば』」

 え……お前がこれを観るの?
 『耳を冷ませば』は、ひとことで言えば青春を体現したアニメだ。古臭くノスタルジックな舞台で身悶えるような初心な恋愛が繰り広げられてゆくこの話。
 昔は憧憬していたものだが、残念ながら、もうおれは嫌なオトナになっていたらしい。

「いいよなー、俺もこんな青春がしたいなー」

 一夏が白々しい感想を言って、ラウラ以外から白い目で見られていていた。
 会長が、ふと言う。

「子どもの頃はアマサワくんを格好いいと思ったけど、いま観ると完全にシズクのストーカーね、この人」

 おれもまったく同じ感想だった。夢をぶち壊すようで悪いが、シズクが借りる本すべて借りているとか、カントリー・ロードをバイオリンで弾けたりとか、家の前に居たりとか冷静に考えたらキモすぎる。
 これがスギムラだったら確実にシズクにビンタされていた筈だ。まあ、※だから許されるのだろう。
 初めにシズクをからかった時だって、イケメンでなければ、「は? 何アイツキモ」で終わっていたはずだから。

「ストーカーか……」

 会長が呟くと同時におれを見る。つられて全員がおれを観た。なぜおれを観る。おれを観るな。

「榛名……おれはずっとお前の味方だからな」

 ぽん、と肩に手を置かれ、力強い宣言をされた。なぜか悔しくなった。


あとがき



[37185] 一夏と一夏の終わりに
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2013/09/25 00:28
「織斑先生が性転換した一夏にしか見えなくなった……」

 おれは頭を抱えた。悩みの原因は織斑姉弟である。
 事のきっかけは、いつもどおり暇を持て余したおれが一夏の部屋に遊びに行ったときのこと。
 扉を開けると、一夏と同室の織斑先生がパジャマ姿でくつろいでいた。年上で妙齢の女性、しかも普段は堅物で担任の先生である織斑先生の無防備な寝間着姿が目に焼き付いてしまった。
 それは思春期の男子にとっては垂涎のハプニングで、本来ならば雄性を悶々とさせる艶やかなものだったが、おれを悩ませる理由はそこになかった。

 問題は、脳裡に刻まれたその容姿が、どうしても一夏と重なってしまうことにある。
 織斑先生の表情を柔和にして、男性的に少し容姿を弄れば、一夏になってしまうのだ。
 姉弟なんだから当たり前だろ、という意見ももちろんあるだろうが、おれには死活問題なのだ。
 よく考えてみよう。逆を言えば、一夏が女装すれば織斑先生になるんだぞ? 性別が関係なくなるじゃないか。憧れていた女性の顔が親友と重なるなんて、どういう悪夢なんだ。
 実はあの姉弟はコインの裏表のような存在なのではないか。もうおれの中では一夏と織斑先生の区別がつかなくなっていた。
 ちょっと一夏を女装させて織斑先生と並ばせてみれば姉妹に見えるんじゃないの、とか考えている。おれはどうにかしていた。

「いや、でも一夏はそこそこ鍛えているから骨格的に厳しいか……」
「母は何を悩んでいるのだ?」
「ちょっと世界平和について考えてた」
「何と! 母は立派だな……」
「絶対ウソだってば、ラウラ……」

 純粋なラウラに咄嗟に返した嘘を、冷めた眼でおれを見咎めるシャルロットが指摘する。
 おれを責めないでくれ。ラウラに織斑姉弟の性差で悩んでいたなんて知られたら軽蔑されるじゃないか。
 シャルロットは薄水色のビキニ、ラウラは黒のパーカーを羽織っていて、外観年齢にそぐわない大人っぽいボトムが露出している。
 複雑な気分だ。ラウラを見ていると、娘が色気づいた親の心境に陥ってブルーになる。おれは片手で目を覆い、俯いた。

「どうした、具合が悪いのか?」
「こんな気持ちを味わうくらいなら、草や花に生まれたかった」
「は?」
「またラウラのことで傷心してるんでしょ」

 顔を上げると、呆けているラウラとむくれているシャルロットの顔があって、おれはかぶりを振った。
 視線を巡らすと、同性の妬みを多分に含めた眼力の圧力がおれに降り注ぎ、二人には男女問わない下心と嫉妬と憧憬の目が集中していることを悟る。
 なんでおれだけ憎悪だけなんだよ。一夏、早く来てくれ……親友の姿を探し、広大な敷地内を埋め尽くす肌色の雑踏を見回したが、一向に爽やかな笑顔は見えない。
 おれは、このダブルデートで着替えている二人を待っている間にトイレに立ち、いなくなった一夏の帰りを待った。





 そもそも、なんでレジャー施設のプールに足を運んでいるのかと言うと、ラウラとシャルロットの二人が買い物をしている最中によった福引で、ここの無料招待券を当てたからだ。
 四名様まで無料とのことだったので、二人がおれと一夏を誘ってダブルデートをしようなどと言い出した。
 束さんの件もあって、外出するのを極力控えていたのだが、ラウラに頼まれては断れない。
 一夏が快諾したのもあって、おれも割り切って楽しむことにした。三回しかない高校生の夏だし、楽しまないのはもったいない。

「ハア……ハア……なあ、榛名。そろそろ限界だろ? いいんだぜ、負けを認めても」
「ハァ……その言葉……ハァ……そのままそっくり返すぜ、一夏……」

 熱気がおれと一夏を燃え上がらせ、膨大な汗が全身を濡らした。にじみ出る汗は滝のようで、目に入ってきたそれを手の甲で拭った。
 横に座る一夏が挑発的な笑みでおれを嘲笑う。馬鹿を言え。おれは辛抱強さではお前には負けない。
 顔も運動もお前には負けてるけど、精神面でならお前にだって勝てるんだ。
 おれは不敵に笑い返した。一夏も釣られて口角を吊り上げる。

「ふ、ふふ……」
「フフフフフ……」
「ねえ、せっかくプールに来たんだから泳ごうよ」
「鍛錬にしては微温い環境だな。ただ汗を掻くだけだ」

 だって、その為の施設だもん。いつまでもサウナに入ったまま出てこないおれと一夏を見かねた二人が、強引に引っ張りだす。
 外は冬だった。汗が急速に引いていって、外気温の差に身震いする。汗だくの一夏と顔を見合わせた。闘志が萎えていくのを感じた。
 暑いと頭も沸いてどうにかしてしまうらしい。見つめ合ったまま、虚しい笑いがこぼれた。男って、ほんと馬鹿。

「榛名~? 今日のデート相手が僕ってこと忘れてない?」
「え? あぁ……」
「本当に忘れてたの? もう……」

 シャルロットががっくりと肩を落とす。一夏と全力で馬鹿やってたから、これがダブルデートだということを完全に失念していた。
 一夏がトイレから帰還すると同時に、おれたちはウォータースライダーに向かった。高所からとぐろを巻く長い水路は有名らしく、長蛇の列だったのを駄弁りながら待ち、四人の中でおれが最初に滑った。
 が、如何せん、おれは現代っ子で長い滑り台で遊んだ経験がなく勝手が掴めない。そうしてモタモタしているおれの背中に一夏が突っ込んできて、二人仲良く着水した。
 それがおれたちに火をつけた。
 高さ10メートルの飛び込み台から如何にかっこよく飛び降りられるか競ったり、流れるプールに意味もなく逆らってみたり(マナー違反)、競泳用のプールでタイムを競ったりと、IS学園の軍隊じみた訓練で培われた運動能力を発揮しあった。
 女の子とデートに来ているときにすることではない、と深く反省する。でも、仕方なかったんだ。
 男友達と馬鹿をやる楽しさが。若さは愚かで浅慮で過ちを犯した際の理由に挙げられて嫌なイメージがあるが、忘れてはいけないものだと思う。
 将来、こうして遊ぶことにも大人になると純粋に楽しめなくなるから。顧みない青臭さが残るうちだからこそできることがある。
 もちろん、それには女の子と触れ合う機会も含まれて入るけど、女の子と接触する機会がおれたちには多すぎたから。

「私は腹が減ったぞ」
「じゃあ、昼にしようか」

 ラウラのお腹が可愛くなったのに一夏が吹き出して、施設内のレストランで昼食を摂ることになった。
 簡素な白いテーブルを四人で囲って、学校の食堂と比較してもお粗末なうどんを啜る。学食のうどんって美味しかったんだな。
 一夏も焼きそばをチョイスしていたのだが、微妙そうな顔をしていた。外で皆と食べる隠し味をもってしても美味に感じられなかったらしい。
 シャルロットたちはパスタだったが、こっちは普通に食べていた。そっちにしておけば良かったな。
 しかし――金髪、銀髪の日本ではお目にかかれない美少女である二人と周囲の女性を比較すると、容姿の美醜を嘆ぜざるをえない。
 もちろん美人もいるが、それはごく少数で、大多数が二人と比べるまでもなく、容姿で劣っている。
 IS学園では二人は目立ってはいたけど、ここまで浮くことはなかった。芸能界と比較しても、IS学園の美少女率は異常だった。
 こういうところでも、IS操縦者と一般人の住む世界が違うことを実感させられる。
 中学のときに学年で一番可愛かった子でも、IS学園では埋没して霞んでしまう。容姿も、学力も、運動能力も、どれもが尋常ならざる女子の集まり。
 その中でも二人は国家の代表候補に選ばれるほどのエリートだ。おれが肩を並べていることが如何に異常な事態か。

「榛名、箸が進んでないけど。美味しくなかった?」
「ん……」

 シャルロットに言われ、汁に箸をつけたまま、手が止まっていたのに気づいた。憂鬱だ。
 IS学園という閉塞的な空間にいると麻痺している感覚が、大多数に混じることで正常に戻ってしまう。
 気づかなくていい劣等感だってあるのに。

「ごめん、ちょっとトイレ」

 居た堪れなくなり、席を立った。おれだって織斑先生に訓練を仕込まれてきたんだから、自衛くらいできる。
 ついてこようとした一夏とラウラを制して一人になる。というか、一人になりたかった。
 トイレで手を洗い、鏡に映る自分の顔を見つめて、ため息をつく。薄っすらと色づいた隈がとれない。いつ頃からできたのか、いつしか違和感もなくなっていた。
 この所為で暗い印象が抜けなくて、みんなに心配されるのかな。
 ブルーな気持ちを引きずって三人の所に戻ろうとすると、レストランの扉の影に見慣れたウェーブがかった金髪と茶色いツインテールの後ろ姿を見つけた。
 おれの背中を嫌な汗が伝う。なんでいるんだよ。

「一夏のヤツ……あたしたちの時は誘っておいて来なかったくせに、何で榛名くんに誘われるとホイホイついていくのよ……」
「許せませんわ……おかげで鈴さんとISで戦闘になって怒られたんですから」
「それは二人が悪いよ……」
「うわあ!?」
「は、ははは榛名さん!?」

 呪詛の言葉を呟く二人の自業自得な出来事に感想を漏らすと、ひっくり返る勢いでセシリアさんと鈴さんが振り返った。
 動転する二人に呆れて肩を落とす。一夏のストーカーと化してきているな、この二人。

「なにしてるのさ、こんむぐっ!?」
「静かに!」
「大声出したり暴れたら脱がすわよ……?」

 扉の影に引きずり込まれ、口を塞がれてついでに脅された。完全に犯罪者の手口だった。
 なまじ美少女なだけにレストランを覗きこむ二人は注目を浴びていたのだが、おれを取り抑えたことでざわつき始めている。
 その騒がしい野次馬たちだが、鈴さんが犬歯むき出しでがるると睨むと、怖い人に関わりたくなかったのか一斉に散りだした。
 なんて薄情な人たちだ。

「騒がない、暴れない、あたしたちの存在をバラさない。オーケー?」

 脅迫するように了解をとる鈴さんにコクコクと頷くと、やっと解放された。相変わらず扉と壁の隙間で周りには死角になっているスペースに押し込まれていたが。

「はぁ……なにしてるんだよ。ストーカーなの?」
「うっさいわね!」
「一夏さんと自由に遊べる榛名さんにはわかりませんわ!」

 今にも血涙を流しそうな悲痛な表情だった。おれに非はないのに謝りたくなった。
 それにしても、またこの二人か。

「鈴さんとセシリアさんっていつも一緒にいるよね。仲良いんだ」
「え? 別に仲良くなんてないわよ」
「そうですわね。仲良しこよしではありませんわ」

 口をそろえて否定する。じゃあ何でいつもセットなんだよ。

「全然仲良くなんてないわよね、あたしたち」
「ええ。全然好きでもありませんし」
「セシリアは嫌いじゃないけど好きでもないわ」
「わたくしも、鈴さんは嫌いではありませんが好きでもないです」

 顔を見合わせてお互いの関係を確認しあう二人のドライな間柄に悲しくなる。
 共通の敵を持った時だけ仲間になる。なんて嫌な関係なんだろう。
 おれは紺青のビキニにオレンジのショーパンみたいなボトムのビキニという、臨海学校と同じ格好で中腰になりレストランの様子を窺う二人の突き出た尻を眺めた。
 正直、壮観だったが、三人を待たせているのでいつまでも捕まっているわけにもいかない。
 こっそりと出ようとしたが、そこを鈴さんに押さえつけられた。

「あの、おれ戻らないと……」
「いいから、ちょっと黙ってなさい」

 頭を上から抑えられて、二人の横に並んでおれも渋々と三人の様子を覗き見る。昼食を食べ終えた三人は、おれの帰りを待っているようだった。

「遅いな。母の身に何かあったのでは?」
「大丈夫だって。あれで榛名もガチれば強いんだぞ?」
「どうかなー。榛名ってゲームのヒロイン並みに攫われてるから。案外、クラスの女の子全員と一対一しても負けそうだよね」

 シャルロットの辛辣な物言いに情けなくなった。反論しようとしたが、現在の状況といい、シャルロットや一夏に物陰に引きずり込まれたり、束さんに拉致された時と言い、おれは桃姫かってくらい簡単に連れ去られていることを思い出し、ぐうの音も出ない。
 でもおれの身を案じてそわそわしているラウラが可愛いからどうでもいいや。

「なあ、シャルロットってさ」
「なに、一夏」

 注文したアイスコーヒーのストローに口をつけるシャルロットに手持ち無沙汰の一夏が言った。

「榛名が好きなんだよな?」
「ンブフッ!?」
「汚いぞ、シャルロット」

 吹き出したシャルロットが噎せる。おれも吹き出しそうになった。

「ゴホゴホ! ご、ごめん。……ええ!? な、何で一夏がわかるの!?」
「そりゃ分かるだろ。あれだけあからさまならさ」

 真っ赤になって動揺するシャルロットと対照的に落ち着いた一夏の指摘が突き刺さる。
 同時に横から呪いが聞こえた。

「あからさまな自分への好意は気づかないくせに」
「他人に向く好意にだけは敏いんですのね」

 聞こえない聞こえない。でも、鈍感な奴が他人への気持ちにだけは敏感ってよくあることじゃん?
 モテるやつにありがちじゃん? ハーレム状態の奴なんて特にさ。だから落ち着いて。目に光がないよ?

「で、どうなんだ? 榛名とどのくらい進んだんだ?」
「な、何でそんなに乗り気なのさ!」

 恋愛話にノリノリで身を乗り出す一夏にシャルロットが引いている。なんだ、この一夏。
 一夏が恋愛に興味があるなんておかしいぞ。

「そりゃ興味あるだろ。親友の恋愛なんだから」

「自分の恋愛に興味はないのね」
「あるのは榛名さんの恋愛事情だけですのね」

 怖い。横の二人が怖い。おかげで一夏の口から語られた『親友』という言葉に感動する余裕がなくなってしまった。
 まあ、一夏も色恋には歳相応の反応はするのがわかっただけでもいいじゃない。ね?
 だから歯軋りしたり、爪を噛んだりしないでよ。怖いよ鈴さんセシリアさん。

「も、もうっ! 何でみんな僕にだけ質問攻めするのー!」

 テンパッているシャルロットが吠えた。そういえば、シャルロットが質問されているのはよく見かける。
 一ヶ月も同居していたから勘繰る声があるのも仕方ないかもしれないが。

「何でって、榛名が好きなんだろ?」
「それは……好きだけど」

 俯き、ボソボソと漏らす。おれも顔が熱くなった。鈴さんに肘で小突かれる。

「だってさ」
「痛いんですけど」

 照れ隠しだとバレたのか、セシリアさんには温かい眼差しで微笑まれた。なんなんだよ。
 一夏は真剣な顔で言った。

「俺も榛名が好きだからさ――」
「はあ!?」

 シャルロットが立ち上がって、半ば叫び声をあげた。おれは冷や汗が流れた。横の二人の顔から表情が消えたからだ。

「もちろん、友達としてだぞ?」
「あ……そ、そうだよね。あはは……」
「うむ、私も母が好きだからな。嫁の気持ちがよくわかるぞ」

「なーんだ。IS出そうとして損しちゃった」
「男同士の友情っていいですわね」

 一夏とラウラの純然たる好意が嬉しい。横の二人の満面の笑顔が恐ろしい。
 おれは本気の殺意ってヤツを、一瞬だけ体験してしまった。嫉妬って怖い。ホント怖い。
 腰を下ろしたシャルロットに真摯な声音で一夏が言う。

「だから、榛名には幸せになって欲しいんだよ。家族と離れ離れになったアイツの気持ちは、両親がいない俺には分からないけど、失うってことは、知らないよりも辛いと思うんだ。
 アイツに命まで助けてもらっておいて何だけど、あまり嬉しくなかったんだ。榛名が自分のことを軽く考えているのが伝わってきてさ」
「……それは、少しわかるかも」

 シャルロットが目を伏せて同意した。鈴さんもセシリアさんも、耳を傾けている。
 軽く考えたことはないんだけどな。それよりも大切なものが増えただけで。

「榛名がラウラに優しいのも、家族ができたみたいで嬉しいからかもね。ラウラといると、すごく優しい顔してるもん、榛名」
「ああ。だからこそ、ちゃんと好きな人と結ばれて欲しいんだ。俺としては千冬姉と結婚してもらいたいけど、本人たちが望んでいないなら薦めない」
「困るな……教官が母の嫁になると関係が複雑で私には把握しきれなくなる」
「ていうか、織斑先生が榛名を好きってのも無理がないかな……」
「それでだ。俺はシャルロットが悪い奴じゃないってわかってるから、榛名が好きって言うなら二人を応援したいと思ってる」

 一夏の宣言にシャルロットが目を丸くした。ラウラに目を遣って、確認するように頷きあうと、再び一夏を見る。

「き、聞き間違いじゃないよね? 一夏が僕を応援してくれるって」
「そう聞こえたな」
「? なんだよ。不思議そうな顔して」

 一夏が怪訝に眉根を寄せた。
 無理もない。シャルロットにとって一夏は、初めからおれの尻を狙うゲイだったわけだし、恋敵のように思っていたはずだ。
 それから友好条約を結ぼうなんてふっかけられても信じられないだろう。それにしても、酷い勘違いだな。
 シャルロットがちょっと唇を尖らせて言う。

「一夏が他人の恋愛に口を挟むのがおかしかったから驚いただけだよ」
「束さんの件があったからな。束さんは箒のお姉さんで知り合いだけど、親友の人生を滅茶苦茶にしようとしてると知ったら、放っておけない。好きって言うのは、相手を思い通りにするんじゃなくて、相手を想いやるものだろ?
 だからおれは束さんが許せない。恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねって言うけど、榛名のためなら喜んで蹴られるよ。それが榛名の幸せのためならな」

 小っ恥ずかしいセリフを淀みなく言い切る一夏に、全員が閉口した。……なんつー恥ずかしい気障なやつ。
 おれなら絶対に思っても言えない。おれが女なら惚れてたぞ。
 シャルロットは微笑して、

「なんで一夏がモテるのかわかった気がするよ。一夏って人のためなら何でもできるんだね。改めて思った。一夏が榛名の親友でよかった」
「いや、待ってくれ。さすがに今のセリフは恥ずかしくなってきた。喜んで蹴られるって、俺はマゾじゃない」
「問題はそこじゃないと思うけど……」

 何とも締まらない会話だった。鈴さんとセシリアさんから肘で小突かれる。

「やめてください」
「なーにがやめてください、よ。どんだけ小突いてもお釣りが来るわ。これでわかったでしょ?
 あんたがどれだけ、色んな人に想われてるか」
「……」

 何も言い返せなくて、されるがままに嫉妬のこもった肘を受け入れる。軽い鈴さんの肘なのに、思いの外脇腹に刺さった。

「わたくしたちも同じですわ。始めは誤解していましたけど、今の榛名さんは大切な学友です。
 困ったことがあるなら、いつでも頼ってください。何度もあなたに助けられているんですから、わたくしにも恩返しをさせてくださいな」

 背中をバシッとセシリアさんに叩かれた。裸だからもみじがつく。痛い。

「まあ、あんたが誰を選ぼうと勝手だけど、あたしたちはシャルロットの味方よ。あんたは知らないでしょうけど、あたしたちの心情としては篠ノ之博士になんて榛名くんをあげたくない。
 策略や能力で人をいいように操ろうってそうはいかないわ。そういうの、女の子が一番キライなのよ」
「虐待でしたっけ。あまり、信じられないんですけど」
「知っていらしたんですの?」
「まあ……」

 誰に聞いたとは言わない。盗み聞きして知った情報だし、人に話すことでもない。
 鈴さんが厳しい声と表情で話す。

「だったら、尚の事、あたしたちが許せないのわかるでしょ? 人の人生滅茶苦茶にしておいて、のうのうと善人面して付きあおうとしてるなんて見過ごせるわけない。
 榛名くんの家族を奪っておいて、自分が新しい家族になろうなんて虫の良すぎると思わない?」
「……」

 鈴さんの質す声に答えることができなかった。そうこうしているうちに、向こうの三人が浮き足立ち始める。

「ねえ、いくら何でも遅すぎない?」
「まさか、また誘拐されたのかッ?」
「母がまた誘拐されたのか!?」

 また、を強調しなくてもいいじゃないか。慌てふためく三人を見て、二人がおれの背中を押した。

「頑張んなさいよ。一夏と違った意味であんたもめんどくさい男だけど、アイツみたいに鈍感でもないんだから、どうすればいいかわかってるでしょ?」
「ファイト、ですわ」
「……」

 返事をせず、おれは三人の元に歩き出した。確約なんてできない。高校生で十代半ばの子供だけど、おれには不相応の立場がついて回るからだ。

「悪いな、待たせた」
「遅いぞ榛名。心配させるなよな、大か?」
「一夏、下品」
「大便か。それなら仕方ないな」
「ラウラも下品!」

 安堵する三人を見て、おれは胸の支えがとれた気がした。目を眇めているシャルロットに目を遣る。
 それに気づいて、シャルロットもおれを見た。自然と見つめ合う。

「なに、榛名?」
「あー、えっと、さ」
「?」

 一夏のように二の句が継げない。口にしようとすると、照れが入って喉が硬直する。
 しかし、背中に妙に圧力がかかる。叩かれたもみじ以外の不可視の名状しがたいものが背後から睨んでいる。
 おれは覚悟を決めた。

「午後から、一緒に回らない? その……今度は、おれと二人きりで」
「……え? ええッ!?」

 白皙の頬に赤みがさし、あわくって視線を一夏とラウラを行き来する。シャルロットの動揺する様を見ても、一夏は落ち着いていた。
 腰に手を当て、男臭く笑う。

「いいんじゃないか。二人で回って来いよ。俺とラウラで遊んでるからさ」
「よ、嫁と二人きりか……うん、やぶさかではないぞ」
「お、おおぉ……じゃ、じゃあ、こ、好意に甘えて……」

 一夏にしては察しの良い対応の原因も、検討がついている。
 背後からの圧力が、一夏とラウラがデートするとのくだりから殺気に変わった理由も、気づいているが気にしない。気にしたら死ぬ。
 ラウラを一夏に預け、シャルロットとふたりになる。まだ落ち着く気配のないシャルロットを休憩所のベンチに座らせ、顔も見ずに言った。

「シャルロット」
「な、な、なに! 榛名!」
「シャルロットは、まだ将来、どうなるかわからないよね?」
「え……う、うん。IS学園にいる間は安全が保証されてるけど、卒業してからは……」

 自分の話をされて、浮かれていた気分が冷めたようだ。文字通り、心に水を差して、平静を取り戻したシャルロットに、また顔も見ずに言った。

「おれも同じ。どうなるかわからない。シャルロットのことを義憤に駆られて引き止めたけど、問題を先送りしただけで、もしかしたら三年後には、あの時帰った方がよかったんじゃないかって辛い現実が待ってるかもしれない。
 無責任なこと言ってごめん。先に謝っておく」
「謝る必要なんかないよ! だって僕は、あのときの榛名に救われたんだもん。それ以上なんか望んでない」
「それでも、無責任だったことには変わりないから。責任も取れないのに人の人生を変えるなんて、してはいけないんだよ」

 そう言って、反駁しようとしたシャルロットの怒った顔を見た。

「だから、責任を取れるようになってから、今は言えないことを言う。それまで待ってて」
「……それって」

 目を見開くシャルロットに、それより先は言わなかった。待ってて、なんてエゴを押し付けた。男の身勝手なワガママだから、せめてかっこつけたかった。
 シャルロットは吹き出して、クスクスと口元を隠して笑った。しばらくして、微笑む。

「うん。待ってる」

 ――ついでに言及しておくと、それから先のデートは、セシリアさんと鈴さん、そしてラウラが一夏を巡って三つ巴の戦いをプールで繰り広げたことによりおじゃんになった。
 女の子って、本っっっ当に怖いですね。

●

 夏休みももうそろそろ終わりを迎えようとしていた頃、おれは応接室で与党の幹事長に呼び出された。
 夏休みに提出した『紫雲』の搭乗データの解析がようやく終わったらしい。秘書を連れ立って現れた幹事長は、黒革のソファに浅く腰掛けると、難しい顔で言った。

「あー、良いニュースと悪いニュースがあってね。最初に悪いニュースから言おう。『紫雲』のデータなんだが、結果が芳しくなくてね。引き続き研究を継続することになった」
「はあ」

 予想通りだ。だって、束さんが適当に改竄して作ったデータだもん。成果が生まれるべくもない。
 恐れるは、偽物だとバレることだが、どうやらそれは問題なかったらしい。そこは天才の束さんに感謝すべきか。
 幹事長の言う悪いニュースはそれだけだったのか、姿勢を楽にして破顔した。

「次に良いニュースだが、喜びなさい。婚約者が決まったよ」
「は?」

 事態が呑み込めず、顔が引き攣った。瞬きを繰り返す。

「君は気が早いと思うかもしれないが、こういうのは早い方がいい。一度断れたんだが、先方から申し込んできてね」

 嬉々として語りだす幹事長に言葉が耳に入らない。おれが対応に窮していると、応接室の奢侈な扉がノックされた。

「おお、来たか。入りなさい」

 幹事長に促されて入室して来た人物は、見知った人物だった。

「会長……」
「知己だったのか。まあ、お互いに有名人だからね。なら自己紹介はいらないかな」

 会長は、別人のような堅い表情で、聞いたこともない真面目な声で、

「榛名くんの婚約者になった更識楯無です。よろしくお願いします」

 丁重に、頭を下げた。



あとがき
会長、壊れる。




[37185] 一夏がついてきてほしい
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2013/09/25 00:28
 屋上で風に吹かれていた。黄昏れていた。足元が不確かで地震が起きているような眩暈がする。
 おれは、先ほどの出来事を振り返った。会長が婚約者になった。将来的に結婚して、会長の家におれが入婿としてマスオさんになるらしい。
 幹事長が去り、会長と二人きりになった際の会話が蘇る。

『会長、何で……』
『……臨海学校の時に話したこと憶えてる? 見合いの話が来たってこと。あれ、本当だったの』

 訥々と俯きがちに語りだす会長に、薄れていた記憶が掘り返された。
 会長の妹に見合いの打診をされて会長が身代わりになった。そういう『冗談』だった筈だ。

『榛名くんが知らない女の子と急にお見合いしろ、なんて言われたらどうする? 私は断ったの。どこの馬の骨とも知らない男と結婚なんてできるか、させるかってね。
 でも、学年別トーナメントで君を見て、護衛の依頼をされた時は断らなかった。興味があったの。妹を倒して決勝まで進んだ男の子のことを』

 会長との初対面を思い出す。渋々と納得して部屋に戻ったら裸エプロンもどきの格好で出迎えてきたから、ハニートラップだと確信した。
 実際はシャルロットと同じ耳年増で、お姉さんぶって艶やかな振る舞いをしてただけで中身は純な人だった。
 おれを気遣って、空気の読めない人を演じてくれていた。でも、今回は――

『冴えない子だって思った。でも、友達の為に命を投げ捨てたり、辛くても強がって笑ったり、弱いところを見てたら、だんだん放っておけなくなって……
 いつも、君のことを考えるようになってた』

 格好いいところなんて見せた覚えなんてない。情けなくて、逃げてばかりで、頼りない男だった。
 終いには女性に連れ去られて襲われかけ、挙句の果てにその人に過去に調教されていたことまで発覚した奴だ。惨めにも程がある。

『……篠ノ之博士に言われた時、気づいたの。本心を見せないで接して、伝わるものなんてないって。だから、包み隠さずに言うね』

 重篤にも程がある。会長はおれを正面から見据えて、

『私の本当の名前は、更識刀奈。刀奈は、榛名くんのことが好きです。好きになってました』

 愚直にも程がある。バカ正直にそんなこと言われても、困るだけだ。おれの器の小ささくらい知ってるだろうに。

『断った見合いの話を正式に受けて、実家の権力を使って榛名くんの婚約者にしてもらったの。これが、私が榛名くんを守るためにできる、私なりの精一杯。
 卑怯って誹られても、榛名くんの意志を無視したことを罵られても仕方ないと思う。でも、これが私の力でできた最善の方法だったの』

 会長の言いたいことも理解できる。自分の現状が把握できてないほど愚昧ではない。
 ただ、心の準備とか、格好つけたことの惨めさとか、これからとか、思考が複雑に絡み合って納得できなかった。したくなかった。

『悪ふざけだって思ってる? 仕方ないよね。今までの私は、冗談めかして逃げてた。でも、もうしない。榛名くんと向き合う。好きだから』

 ただ、涙を湛えて告白する顔は、否定する余地もない程に可愛くて、おれは押し黙るしかなかった。





「はぁぁあああぁぁぁああああああ……!」

 フェンスに手をかけたまま、床に長い溜息をつく。沈鬱な気分に地面に沈み込みそうだ。
 自分の立場を考慮すると、おれは断ることができない。
 おれの身柄は日本政府が預かっていることになっている。既に親が他人として放逐されいる現状では、名目上の保護者は現・総理大臣だ。
 つまり、政府にとって都合の良いコマとして飼われている、と言い換えてもいい。
 政府としては有力者の縁者としておれを取り込み、IS男性操縦者の遺伝子を確保したかった筈だ。
 その候補の一つとして会長の家があって、会長の家は権力もあって多少の融通が効いた。
 会長の狙いはおそらく、おれを匿って、政府のオモチャにされるのを防ぐこと。。
 どこの誰とも知らない有力者の娘の入婿になって、政争の要としてたらい回しにされていた可能性もある。
 冷静に考えれば、これが最善の、IS操縦者になってしまった金剛榛名が平穏に暮らせる人生なのだろう。
 おれを想い、様々な手段を弄してくれた会長への念も芽生えている。
 でも……

「よりによって今かぁ――」

 まだ十五歳だ。結婚できる年齢でさえない。早いほうが都合の良かったのも、裏で行われた駆け引きの壮絶さを想像するに理解できる。
 理解はできるが、納得したくなかった。
 誰かに相談したくて、おれは何故か一番遠い友人の弾に電話をかけていた。

『もしもし? どうしたん、榛名』
「あのさ、相談に乗って欲しいんだけど」
『おう、いいぜ。大船に乗ったつもりで話せよ』

 鷹揚に了承してくれた弾に感謝し、現状を簡潔に話した。

「相部屋の一つ年上の美人で巨乳の生徒会長と婚約者にされて困ってるんだ。おれはどうすればいい?」
『リア充は死ねッ!!!!!』

 怨嗟の怒号とともに通話が途切れた。そうだよな、おれも弾の立場だったら、こんなこと抜かす奴は殺してた。
 胃に冷ややかなものが流れ、さらに鬱屈として蟠る。吐きそうだ。
 不安は将来だけではない。おれが結婚相手が決まったなんて知れたら、暴動を起こしそうな人物に二人心あたりがある。
 一人は静かに泣いて受け入れそうな気もするが、世界で一番恐ろしい兎さんに至っては、弾みで全世界を恐慌状態に陥れそうな予感がある。
 自惚れでもなく、杞憂で終わる気がしないのだ。今にもおれを拉致して、人の近寄らない土地で死ぬまで暮らそうとかいいそうじゃないか。
 つーか、今にも攫いに来そうじゃないか? あの人の情報網を考えたら。
 そう暗澹とした感情に悩まされていると、不意に屋上の扉が開いた。

「うわああああああああああああああっ!」
「っ!? な、ななな、なに……?」

 恐怖のあまり絶叫してISで逃げようとしたが、束さんではなかった。空色の髪に眼鏡をかけた華奢な少女だった。
 どこかで見たような……

「あ、会長の……」

 臨海学校での早朝の出来事が蘇り、思わず口を突いた単語に、少女は驚愕の表情を憤怒の色に染めた。
 睥睨され、腰が引ける。おれが何かしたか、と関係を詮索すると、学年別トーナメントで負かした相手で、日本の代表候補生である彼女のIS開発機会を奪った当人だという、憎まれても致し方ない事実を思い出す。
 そんなにおれが憎かったのか。冷や汗を掻いていると、少女が口を開いた。

「あ、あなたは……姉さんと、結婚……するの……?」

 吃り、タジタジとした語調で尋ねられる。人見知りなのだろうか。おれも今しがた知らされた婚約の報について既知なことに目を瞬かせたが、会長の妹だから、もう耳に入っていてもおかしくない。

「……あー、どうだろう……」

 彼女の問いに答えようとするが、曖昧に濁すことしかできない。斜め下に目を移し、答え倦ねるおれに少女のきつい声が降り注ぐ。

「わ、私は、姉さんが誰と付きあおうがどうだっていい。あなたが、身内になることも……興味ない。干渉しないで。それだけ……」

 踵を返す。もしかして、それだけを言いに屋上までおれを追って来たのだろうか。相当に嫌われているんだな。

「そう言われても、なあ……」

 精神的に参って、フェンスにもたれた。小姑になるかもしれない人の辛辣な言葉は堪えた。
 空に薄墨が流れて、斜陽の朱色も山稜の奥に消えてゆくのを眺める。
 部屋に帰りたくなかった。

●

 寮の廊下をトボトボと歩いていると、部屋着ののほほんさんと谷本さんに遭遇した。

「やっほ~こんこん」
「今日はいつにも増して暗いね。どうしたの?」
「夏休みが終わっちゃうからだよ~。私も泣きたい~」

 重い足取りと辛気くさい顔で、また心配されてしまう。そうか、もう夏休みも終わりか。
 一ヶ月もあったのに、あっという間に過ぎてしまった。きっと、中学の三年間と一緒で、学園での三年間も、瞬きのように終わって、人生の岐路に立たされてしまうんだろう。
 そしておれは――

「ウップ……吐きそう……」
「は!? ちょ、ちょっとちょっと! 大丈夫っ?」
「こ、ここで吐いちゃダメぇ~!」





「すいません、迷惑かけて……」
「いいよいいよ、私たちとこんこんの仲じゃない~」
「二泊もさせたことあるし、今更いまさら」

 おれの豆腐メンタルがおれの頭にぶち当たって崩壊したのを、二人の自室で介護してもらった。
 一夏より精神が強いとか大言壮語をはいた少し前のおれを殴りたい。自販機で買ったミネラルウォーターのペットボトルを煽る。
 一夏なんて何人もの女の子に言い寄られても平然としているのに、おれは板挟みになっただけでご覧の有様だ。
 おまけにこれから兎さんも乱入してくるとなると、またカウンセリングに通うことになるかもしれない。

「それで、なにかあったの?」

 谷本さんの、普段の野次馬精神に拠るものではない、慈しむような声音に気が少し楽になる。
 彼女のこうした気遣いは、本当にありがたい。

「えーと……」

 しかし、話していいものか。弾はIS学園の部外者であったから話せた。が、内情を知る谷本さんに話して、噂が広まると……
 想像もしたくない未来が浮かぶ。言い淀むおれにのほほんさんが言った。

「もしかしてー、たっちゃん会長との婚約のことで悩んでるの~?」
「何で知って――」
「えっ、なにそれ! ど、どういうことよ本音!」

 おれに先立って狼狽した谷本さんがのほほんさんに掴みかかる勢いで問い質す。
 頭をグワングワンと揺らされながら、間延びした声が答える。

「わ、私は会長の家に代々仕えてて~。お姉ちゃんが会長についてるの~。だからそれ経由で聞いて~」
「だからって何で生徒会長!?」
「谷本さん、落ち着いて……」
「きゅー」

 振り回され過ぎて目を回すのほほんさんを見かねて、谷本さんを引き剥がして事情を説明した。
 知られた以上は黙る必要もない。谷本さんとのほほんさんは、クラスでも特に仲の良い友人だから、隠し事をするのも抵抗があった。
 おれの事情と会長の考え……おれへの告白だけは心に秘めて、それ以外を包み隠さず話した。
 ……会長が自ら見合い話を進めたことは、悪印象を与えかねないのでボカしたが。
 話し終えると、谷本さんは感嘆とも、呆れともとれる長い息を吐いた。

「なんていうか、金剛くんの人生って振り回されてばかりなんだね」
「ひとことで言い表されると泣きたくなるよ」

 入学前は束さんに振り回されて、入学してからは一夏に振り回されて、今は同居した女の子に振り回されている。情けない人生だ。
 谷本さんは腕を組んで、むむむと頭を悩ませる素振りをした。

「でも、生徒会長の思惑も理解できるのよ。釈然としないけど」
「それは我々が女だからですぞ、谷本殿~」

 谷本さんを真似て腕を組んで、気が抜ける声を出すのほほんさん。谷本さんはのほほんさんを向いて、ちょっと不機嫌そうに唾を飛ばした。

「だって、立場を利用して金剛くんを掠め取ったようなものじゃない、これ! 漫画だったら金剛くんは好きでもない相手と親の都合で無理やり政略結婚させられるヒロインよ!?
 こんなの男の子だって嫌だよ!」
「漫画だと、最終的にヒロインは平凡な主人公と結婚するけどー。それが本当に幸せかわからないよね~?
 漫画は結ばれるところまでしか描写しないもん。お金持ちなヒロインが生活水準を下げられて耐えられなくなったり、主人公が他のヒロインからの誘惑に負けて浮気するかもしれないのに~。漫画だと、その方が面白いから結ばれるけど、本当にそれがヒロインにとって幸せで正しいかなんて、誰にもわからないんだよ~」
「それは、そうだけど……」

 女の子扱いされていることに疑問があったが、のほほんさんの口から語られた正論に谷本さんも感情で喚き散らすことをやめた。
 そう、誰だってわかっている。幸せの形はひとつじゃないとか綺麗事があるけど、世界が相手と自分だけで成り立ってない以上、最高の結末なんてないんだ。
 はじめは誰でも初恋の人と結ばれたいはずだ。けれど、それが叶うことなんて稀で、付き合いを重ねて、年を重ねて、自分の背丈に見合った人に妥協してするのが世間的な結婚に至る過程だ。
 結婚に踏み込む度胸も今の御時世では、相当の勇気がいる。子供ができたとか、そういう機会がなければダラダラと恋愛を続けるケースも珍しくないと聞く。
 おれもそういう世界で生きてきた人間で、まさか会長のような名家の女性と許嫁のような関係になるなんて、想像もしなかった。

「そもそも、おれじゃ会長と釣り合わないよね」
「釣り合うとか、女の子は気にしないよ」
「男はするんだよ」

 でなければ格差婚なんて言葉は生まれない。男は面子を大事にするから、女に比べて不甲斐ない自分に耐えられなくなる時が必ずくる。
 愛は冷める。束さんが言っていたが、恋愛は火と同じだ。勢いが強いとどんな障害も薪に変えて燃やしてしまうが、鎮火して残る燃え滓も膨大だ。
 漫画でヒロインの美少女は、愛を優先して凡庸な主人公と結ばれるが、金持ちで美形の男と結婚した方が幸せな人生を歩めたのではないか。
 ネガティブの極みに至ったおれは、そんなどうでもいいことまで考えてしまう。

「おれが一夏なら、こんなことで悩まなくていいのに……」
「織斑くんは、そんなこと考えもしない、が正解じゃないかな」
「いや、まずおれと一夏じゃ、男としての器が違うから」

 おれは手にするペットボトルの蓋を取った。

「いい? これがおれの器だとすると……」
「ちっさ!」
「お猪口より小さいんだー」

 おれはバスルームに向かって、浴槽を指さした。

「一夏の器はこれくらいだ! デッカイだろ!」
「そうだね~」
「ペットボトルの蓋と比べたらね……」

 白けた眼差しを見つめられて、居た堪れなくなる。ペットボトルの蓋は5mlしか入らないんだから、もう規格外に違うだろ。
 谷本さんは可哀想なものを見る眼差しを、不意に悲しげなものに変えて、伏し目がちに言った。

「金剛くんは、婚約に納得してないんでしょう?」
「……まあ」
「なら、考えようよ。不本意な相手と強引に結婚させられる未来を変える方法を。こんなの誰も幸せにならないよ」

 訴えかけるような目で言われたが、返事はできない。現実的でないし、学生の身分、おまけに国の子飼いの身でできることなんて敵を闇雲に増やす方法しかない。
 何も言わない、言えないおれに代わって、のほほんさんが、相も変わらず緊張感のない声で口を開いた。

「私は~反対かな~。こんこんが政治の道具にされなくなるし、それに私は会長の味方だから~、会長の気持ちを応援してあげたいし~」
「は? どういうこと? 政府が持ってきた話に渋々生徒会長が了承したんじゃなくて、生徒会長が主導して婚約を決めたの?」
「うん。会長もらしくなく悩んでたけどー」
「~~~っ! じゃあ尚更許せないわよ! やり口が汚い! 好きなら正々堂々とみんなと同じ土俵で勝負すればいいじゃん!」

 激高する谷本さんに対し、おれが黙っていたことを悉く口を滑らせるのほほんさんは、対照的に落ち着いていた。
なだめるように気の抜ける笑顔で、

「そりゃ~こんこんを好きなゆこちーには我慢ならないだろうけど~」
「えっ?」
「うわ! ばっ! なに言ってんのよこのおばか!」

 思いもよらない言葉に愕然とし、谷本さんを見つめる。その谷本さんは、先程から口の緩いのほほんさんの首を絞めて、半ば錯乱しながら叫んだ。

「ち、ちがうから! 金剛くんが好きってわけじゃなくて、ガールズトークで織斑くんと金剛くんならどっちが良い? って話になったときに金剛くんの方がいいな、って思っただけで!
 別に恋人になりたいとかお付き合いしたいとか妄想したりとかするわけじゃないから!」
「あ……うん。わかったから、のほほんさんを解放してあげたら? 顔が土気色に……」
「きゃああああ! だ、だいじょうぶ本音ぇ!?」

 ……そういえば、IS学園では、同性愛に走るとかがない限り、女の子にはおれと一夏しか選択肢がないんだよな。
 中には、一夏の競争率の激しさにおれを選ぶ人もいるのかもしれない。安定志向の強い堅実な人だろう。
 騒がしい。でも、その騒がしさに鬱屈とした胸中の蟠りが、少し解消された。こういう時に友人のありがたみを知る。
 復活したのほほんさんが言った。

「でも、会長が立候補しなきゃ、遅かれ早かれ、他の誰かに決まってたんだよ。身内にIS男性操縦者がいるって凄いアピールになるし~。おりむーと違ってこんこんには織斑先生みたいな後ろ盾がないからー」
「本音の言いたいことはわかるけどねー。どうしてもねー」

 谷本さんの言いたいことも、のほほんさんの言い分もわかる。
 色々な思惑が錯綜して複雑になった中で、何もしなかったおれのもとにこうしてお鉢が巡ってきただけだ。
 ただ、おれが此処にいる原因をつくった人は、どうするつもりなのか。天才を称する兎さんの顔が浮かんで、

「……シャルロットは、これ聞いたらどう思うんだろ」

 先日、らしくなく格好つけた少女の笑顔が浮かんで、なかなか消えてくれなかった。




あとがき
モッピー「モッピー知ってるよ。ホモなんて必要ないってこと」
モッピー「モッピー知ってるよ。箒が一番母性に溢れてるってこと」
モッピー「モッピー知ってるよ。不人気なのはメインヒロインの証だってこと」



[37185] 一夏がついてこないから一夏になる
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2014/01/23 07:24
まえがき

    ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
          >:´::::::::::::::::::::::`ヽ、   モッピー知ってるよ
       γ::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! ::::::l:::::/|:::::::∧::::i::::i      ホモは死んだって事
     、ヾ|::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l
      ヾ:::::::|≧z !V z≦ /::::/
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /::::(\   ー'   / ̄)  |
         | ``ー――‐''|  ヽ、.|
         ゝ ノ     ヽ  ノ |
    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 スターが欲しい。切実に希う。想像するのは最強の自分だ。最強の自分って誰だ? おれの全盛期っていつだ?
 会長を手玉にとった、生還直後のおれしかいない。あのときのおれは無敵だった。
 輝いていた。まさに黄金時代の幕開けだった。三分と持たずに終わったが、あの時のおれは間違いなく一筋の光だった。
 自室のドアを前にして、おれは喉を鳴らした。部屋には会長が待っている。
 婚約者だ。美人だ。おっぱいだ。おれに涙目で告白しやがった人だ。どうしたらいいんだ。
 悩みぬいた末におれが出した結論は、スター状態になることだった。もうどんな顔して会えばいいかわからないから、開き直ろう。
 おれは深呼吸をし、ドアに手をかけた。

「オラァァアアアッ!」
「おかえり」

 驚かせてペースを握ろうと裂帛の気合を入れて叫んだのに、会長は動じてくれなかった。
 逆に、包み込むような笑顔で迎えられて、出鼻を挫かれる。おれはしばらく棒立ちだったが、無敵状態を保とうと気合をいれなおした。
 Yシャツに膝丈の白のスカートと突っ込みどころのない部屋着の会長に先制攻撃失敗を悟る。
 前みたいに下着の趣味でからかってやろうと思ったのに。

「……」
「……」

 互いに無言で、自分のベッドに座る。ベッドのスペースだけ隔てて向かい合う。いつも意気揚々に会話の手綱を握って人を手のひらで転がす会長らしくない、妙に嫋やかな雰囲気が、気持ちをぐらつかせた。

「わかってる。あんなことがあった後じゃ、意識しないでって言っても無理だよね。普段通りにお願いなんて、言えた義理じゃないし」

 おまけに、訥々と話す会長の顔が憂いを帯びていて、とても悪ふざけできる状況でもなかった。
 あの告白が生半可な想いで紡がれた言葉か、その勇気と覚悟の重さがわかるから。

「付き合ってもないのに結婚なんて、飛躍し過ぎじゃないですか?」
「ね。でも、昔の結婚が家を守るためだけのものだったのと比べたら、動機は昨今の恋愛結婚と何も変わらないよ。
 私は、榛名くんを守りたかっただけ。他の肩書とか、関係より、榛名くんが大事に思えたの」

 心なしか、そう語る会長の顔はすっきりと晴れやかで、

「思慮が足りないですよ。どっからどう見ても、会長が人生を懸ける価値のある相手じゃないですよ、おれ」
「あら。私には良い男に見えるけど」
「あと三ヶ月もしたら、そこらの男と変わらなく見えますよ」

 ……ダメだ。どうしても、憎まれ口が止まらない。人が散々悩んだってのに、この人は。

「おれの境遇に同情して、一時の感情に身を流されてませんか? おれ、恋から冷めて自分の選択を後悔されても困るんですよ。初めから不釣合いだってわかってるのに」
「そうやって、すぐに人の心配ばかりしちゃうところとか」
「おれは自分の保身しか考えてませんよ!」

 つい声を荒らげてしまう。自分の発言の矛盾に気づいたことを誤魔化すためだ。

「会長、もしかしたらおれ、非童貞かもしれないんですよ? 小さいころにアレコレ開発されて、とんでもない性癖があるかもしれない。そんな男と簡単に結婚なんて考えていいんですか?」

 とんでもないことを口走るおれに自分でも驚いたが、会長は一瞬、面をくらっただけで、すぐに慈しむように笑った。

「女の子が経験済みだったら、こういう結婚のときに問題が出るかもね。でも、男の子が経験済みで困ることってあるの?」
「それは……性病、とか」
「性病持ちなの?」
「健康診断ではなかったです」
「じゃあ何も問題ないじゃない」

 その場しのぎで考えた不安材料も容易く説き伏せられてしまう。歯噛みするおれに会長は沈痛な面持ちで、

「もしかして……触れたくも、顔も見たくないくらい私のこと嫌いだった?」
「違います! おれは、ただ、おれに何の相談もなかったことと、会長の人生を棒に振るのが嫌なだけで――」

 他には、泣かせたくない子がいたけど、それは口には出せなくて。

「世界で二人だけの男の子と一緒になれることが、そんなに不名誉かな? ましてや金剛榛名という男の子は世界でひとりしかいないのに」

 隣に腰を下ろした会長から薫香がかおった。スプリングが軋んで、静謐が包んで、動悸がうるさくて仕方なかったときになって、ようやく会長が言った。

「榛名くん。女の子が形振り構わず、男の子に振り向いてもらいたい理由なんて、一つしかないんだよ」
「なんですか。金ですか、地位ですか」
「好き」

 揚げ足を取ろうとした卑屈なおれにかけられた言葉に、ハッと会長を見た。熱に侵された視線がおれを見上げてた。

「それだけだよ」

 嘘つくな、昨今の女が求めているのは安定性で、年収や就職先で男を見定めてるくせに。
 そう反論しようとしたおれの卑小な心の声を、会長の立場が否定する。
 束さんを敵に回す危険も、友人を失う可能性も、実力と研鑽で昇り詰めた国家代表の地位も捨ててでも、おれが欲しかった。
 言葉にするまでもなく、状況がそれを証明してしまっている。
 握りしめたままのおれの右手の甲に、会長の手が重ねられた。

「一人で際限なく抱え込んで、それに耐えられなくなって潰れちゃうあなたの、支えになれたらいいなって……」
「ギャ、ギャップ萌え狙おうたってそうはいかないですよ! こっちは幼いころの性的虐待に加えて、IS学園に来てからは無防備な女子たちにシャルロットで免疫ついてるんですからね!
 一夏ほどどはいかなくても、おれだって」

 自虐するおれを、会長が悲しげに目を細めて、

「すいません!」
「あ……」

 その視線に耐えられず、おれは会長の手を振り払って部屋を飛び出した。
 名残惜しげな声に後ろ髪が引かれたが、振り返ることはしなかった。



●



「据え膳食ったら死ぬじゃねえか! 詰むじゃねえか!」

 自販機コーナーの中心で哀を叫んだ。ハニートラップの危険ももうない。政府も認めている。保護者公認だ。相手も、多分オーケーだった。
 でも、無理。進む度胸も気概もない。
 会長は、おれの人生では遠目に拝めることが叶うかどうかもわからなかった雲上人だ。あんな美人で巨乳で愛嬌も家柄もある人が、おれに迫っている。
 これが一般人金剛榛名なら良かった。身分違いの恋に胸を踊らせて、安酒に酔ったように祝杯をあげていたはずだ。
 でも、今の金剛榛名では、素直に喜ぶことなどできやしない。昔とは違う。
 取り巻く全てが一変した中で、色んなしがらみが増えすぎた。
 それさえなければ、きっと……というか、彼女を拒む男なんてゲイか不能しかいないだろう。
 明朗快活としていて女としての愛嬌もあり、見目麗しく、薄いYシャツを押し上げる胸と優美な手足と漂う色香は、眩暈さえした。
 あれに誘われて拒める男なんているのか? 潤んだ目で上目遣いに見つめてきておまけに手まで握ってきてさあ。
 怪盗の三代目だってダイブしないで押し倒すよ。もうそのままベッドインするだろ常考。
あれ……? いや、待て。
 そんな彼女を拒んだおれは、いったい何なんだ?

「おれ、まさかホモなのか!?」

 愕然と頭を抱えて絶叫した。そんな馬鹿な。いや、だって普通に女の子を魅力的に思ってるし……性欲だってある。
 弾に我慢出来ているのがおかしいと首を傾げられるくらいだが、女の子への欲求だって確実に存在しているのだ。
 ありえない……ありえない……

「いや、ていうか、そもそも何でおれは男なんだ?」

 男と女について懊悩するうちに、ゲシュタルトが崩壊するかの如く、おれの中の性別についての境界が壊れた。
 ISは女にしか使えないはずなのに、男のおれがどうして使えるんだ? おれのIS適正、国家代表候補と同格だぞ?
 女性でも適正がない人がいる中で男のおれが最高クラスって、絶対におれに異常がある。
 束さんなのか? 全部束さんが悪いのか? 束さんの細工がおれに過剰な適性をもたらしているのか?
 ていうか、実はおれって女の子じゃないのか?

「そうか! おれが女の子になれば、全て丸く収まるのか!」

 婚約の件も、世界を騒がせたISを使える男性の問題も、おれが女なら全部解決する。
 その手があったか! 何でこんなことに気づかなかったんだ!
 おれは快哉を叫び、思い立ったが吉日とその日に政府にタイへの入国申請を出して――即日に却下された。

「ちくしょう!」

 無人の自販機コーナーの休憩所の椅子に座って、机をバンバン叩く。政府の役人に性同一性障害を疑われたが、冷静に考えたら、おれって疑いようのないくらい男だった。
 憔悴のあまり気が触れていたらしい。性転換技術の最も優れているタイに行こうとしたのも、完全にどうかしていた。
 だが、これまでの経緯に加えてのこの対応で、政府への反感が募っていくのも確かである。これは倍返しでは済ませたくない。百万倍返ししなくては。
 人の人生をオモチャにしてんじゃねえぞ。

「男性の人権団体の神輿になって日本を変えてやる……!」

 女性人権団体には命を狙われているが、男性にとってのおれは希望の光だ。
 女尊男卑で虐げられている男どもの希望となって復讐してやる。痴漢冤罪の恐怖に悩まされるサラリーマンの方々は全員諸手を挙げて歓迎してくれるに違いない。
 さっそくおれは有名な人権団体に協力を取り付けようとして――

「おれまだ未成年じゃん! 出馬できねえじゃん!」

 選挙権すら得ていない不甲斐ない事実に気づいて苛立ち、机をバンバン叩いた。
 何てことだ……自分を変えようにも、世界を変えようにも、おれは子供すぎて取れる手段がない。
 何て窮屈な世の中なんだ。でも、これで熱した頭が冷めた。子供だって自覚と不可能なことを知った。
 平静さを取り戻した脳が、ひとつの結論を導き出す。

「やっぱりおれって、ホモなんだな……」

 晴れやかな心地で、虚空に向かってつぶやく。
 一夏との関係を否定していたのも照れ隠しだったに違いない。ほら、おれって素直じゃないから。
 みんなにからかわれると、本心を見せるのが嫌で関係を否定したりするじゃん。
 別におれは一夏にベタベタされても嫌じゃなかったし、きっと心の底で受け入れていたんだろう。
 おれは天啓を受けた信徒の心持ちで、クラスメートの鏡ナギさんの部屋を訪れた。

「あれー? 金剛くん。どうしたの?」
「夜遅くにごめんね」

 時間は夜の十一時を回っていた。パジャマ姿の鏡さんは、まだまだ平気そうだったが、同室の夜竹さんは瞼が引っ付きそうになっている。
 夜分遅くの来訪を侘びると、珍しい男子の登場に気分が弾んで見える鏡さんは眼鏡を輝かせて言った。

「いいよいいよー。気にしないで。それで、今日はいったい何の用事で来たの?」

 おれは厳かに頷いて、

「BL本貸してくれない?」
「……え”?」

 鏡さんの好意的な笑顔が引き攣って、夜竹さんの寝ぼけ眼が完全に覚醒して見開かれる。
 おいおい、どうしたんだよ鏡さん。アンタ、腐ってるんだろ? 笑えよ、腐女子。





「カツ丼ください」

 朝、おれが胸を張ってがっつりブレークファストを注文すると、列を作っていた人々が惑い始めた。
 ざわざわと困惑が漣立つように広がってゆく。おいおい、久々に清涼感のある朝なのに、明瞭な気分が台無しじゃないか。

「は、榛名がうどん以外を……!?」
「胃は大丈夫なのか……!?」
「ふむ。私も肉料理にしよう」

 茫然とする皆に呆れながら、顔見知りになった学食のおばちゃんに礼を言って席に着く。
 清々しい気分だ。部屋に戻るのが嫌で共同休憩スペースで徹夜したのに、眠気なんて微塵も感じない。
 おれは重厚なカツを口いっぱいに頬張った。久しぶりの肉汁に頬が痺れる。噛めば噛むほどに味が染みて、うどんの簡素な味わいに慣れた舌が味覚を襲う情報の多さにパンクしそうだった。

「イベリコ豚かな? あぁ、たまらねえぜ」
「珍しいね。榛名がうどんじゃないなんて」

 隣に座ったシャルロットが物珍しそうに肉を噛みしめるおれを見る。
 おれは得意気に微笑した。

「ま、偶にはいいかなって」
「朝にガッツリ食べるのは健康に良いことだ。嫁の受け売りだがな」
「自分で言っておいてなんだけど、朝から肉をガッツリはきついよな。榛名、どうしたんだよ。あんなに小食だったのに」

 健啖家なわけでもないのに、人が変わったように肉をがっつくおれをみんなが訝しる。
 正面に座るラウラも仔牛のよくわからないカツレツみたいなのを頬張っていた。ドイツ語なんてグーテンモルゲンとバームクーヘンだけ憶えればいいって偉い人が言ってた。
 おれは済まして口角を吊り上げた。

「新学期が始まるから、精でもつけておこうと思ってね」
「精……?」
「昼は山芋にオクラと鰻でも食べようかな。ハハッ」
「お、おい。本格的におかしいぞ。精なんて、榛名から一番縁遠い言葉じゃないか」
「前々から母は雄々しさが足りないと思っていたのだ。精力を満たすのはけっこうなことだ」

 一夏とシャルロットが顔を見合わせて、ラウラが同調して肉をかじる。
 おれの隣に顔を曇らせた谷本さんとのほほんさん、相川さんたちが座った。谷本さんがおれの顔を覗きこむ。

「まさか……悩みすぎてメンタルに支障が……」
「やあ、ゆっこりん。今日も可愛いね!」

 爽やかに笑いかけたら、シャルロットがフォークを落として、一夏が牛乳を吹いて、かなりんさんがお盆を落とした。

「榛名が壊れた……」
「ねえ! どうしたの! どうしちゃったの金剛くん!」
「ありゃりゃ~」





 静かに朝餉も食べられないなんて、IS学園は騒がしいところだな、まったく。女の子が多いから仕方ないのかもしれないが。
 おれは狼狽する皆を振り切り、教室に着くや否や、椅子に浅く腰掛けると、カバンから本を取り出して、徐ろに広げた。
 そのまま黙々と熟読していたのだが、人が集まってくると必然的に騒がしくなってくる。このクラスが賑やかなのはいつものことなのだが、今日の喧騒は質が違った。
 おれを中心としたドーナツ化現象が発生し、皆がどよめきながらおれを遠巻きに眺めている。
 こそこそと何やら不穏な表情で話し合うだけのクラスメートの中で、しっかり者の鷹月さんが緊張した顔で声をかけてきた。

「あ、あの、金剛くん」
「ん?」
「それ、なに……?」

 震える手で机に山積みされた薄い本とおれの手にある本を指さす。おれは堂々と胸を張った。

「ボーイズラブの同人誌だけど」
「こ、公衆の面前で、そういう本を読むのは良くないんじゃないかな」

 頬をひくつかせながらも、諭すような声音で注意する鷹月さんを、おれは険しい表情で睨んだ。

「鷹月さんが読んでた小説にだってスプラッタ描写あったじゃない。創作に優劣をつけるのはおかしいよ」
「正論っぽく言ってるけど、表紙! 表紙見てよ!」

 頬を紅潮させて叫ばれたので、おれは手に広げた本を閉じて表紙を見た。
 裸の一夏が寝そべって読者を誘っていた。一夏は絵になっても一夏と一目でわかる。

「一夏だね」
「だから、そうじゃなくて!」
「え、それ俺なのかッ!?」

 何やら騒がしい周囲を無視して、おれはこの同人誌の作者の鏡さんに目を向けた。
 ビクッと震えたのも構わず、名前を呼ぶ。

「ちょっと鏡さん。この本なんだけどさ」
「は、はいィ……」

 小動物みたいに怯えている鏡さんに同人誌を開いて、問題の部分を指差して質問する。

「このア◯ルとチ◯コの間にある女性器みたいなのなに?」
「それはやおい穴って言って、受けの男の子にある――」
「おれにそんな穴ねえよ!」
「ヒイッ!」

 饒舌に語り出した鏡さんにイラッときたおれは同人誌を山の上に乗せて机を叩いた。力の限り叩いた。
 この作品では、おれが一夏に挿入されて喘いでいた。おれなのに凄まじく美化されていて違和感がアナフィラキシー・ショックだった。

「男には穴はひとつしかないんだよ! つーか何だよこれ! もうこれ、おれ女じゃねえか! 両性具有じゃねえか!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「おい、榛名。いいかげんにしろ! 何があったのか知らないが、他人にあたるな」

 怒り心頭の箒さんが柳眉を逆立てておれと鏡さんの間に割って入る。
 おれは平静に再び同人誌を開いて語り出した。

「幼馴染のチリトリは主人公と高校で再会するも、主人公は親友に夢中で相手にしてくれず、告白するも振られヤケクソになったチリトリは、敵対組織に組みして最後は爆死。
幼馴染の死に傷ついた主人公は、優しい親友に慰められ、真実の愛に気づく……」
「? なんだそれは?」
「この同人誌のストーリー。ちなみに主人公の名前は一夏」
「なんだとぉ!? オイィッ! 悪意しかないじゃないか!?」
「ごめん、ごめんって!」

 特定が容易な設定と絵に負け犬役を押し付けられた箒さんが鏡さんの胸ぐらを掴む。鏡さんを助けに来たのに、仲間割れとは虚しいものだ。
 さらに騒がしくなった教室に優雅な所作でセシリアさんが入室してきた。社長出勤とはいい身分だ。

「いったい何の騒ぎですの?」
「榛名がおかしくなって……」
「まあ!」

 手を口に当てて、驚いた仕草をすると、おれの元にツカツカと寄ってくる。
 腰に手を当てて、おれを見下ろすと、

「榛名さん。悩みがおありならいつでも相談にいらしてくださいと言いましたのに……何かあったのですか?」

 胸に手を添え、おれを気遣い、心配してくれる。慈愛に満ちた青い瞳に見つめられて、心苦しくなったおれは、胸を抑えてその同人誌を差し出した。

「これ見てみ」
「はい? マンガ……きゃああああああ! い、一夏さん!? ががが、は、はだ……ははは、破廉恥ですわ!」

 黄色い嬌声をあげながら、顔を真赤にさせて振り乱すセシリアさん。が、破廉恥だとか批難したくせに、また恐る恐る内容に目を通し始める。

「あぁ……何てことですの……一夏さんが、こんなにうっとりと……はっ! だ、ダメですわ!
 こ、こんなもの……! こんな、こんな……気持よさそうに……」
「セシリア!?」

 目を据えて読み耽るセシリアさんを周りが必至に止める。ちょろいぜ。

「ラウラ! 榛名を止めてくれ!」
「うん! (自称)娘のラウラが行くしかないよ!」
「シャルロットで止められなかったら悲惨だしな」
「そんな理由!?」

 何やら外が騒がしい。一夏たちだな。やれやれと肩を竦めて振り返る。ラウラが困ったようにおろおろとしていた。

「しかしだな……私にも母の変貌の理由がわからん。クラリッサに指示を――あ」

 電話をかけようとしたラウラから通信機をひったくり、耳に当てた。

『もしもし、隊長。どうしました、今度は何の用で?』
「あんたか。ラウラに変なこと吹き込んでいる奴は」
『……失礼、どなたでしょうか? なぜ隊長の端末から――』
「ラウラの母親だけど」
『あなたが……!』

 名乗ると、電話の相手は感極まったように息詰まった。しばらくして、感動を押し殺した声が響く。

『失礼しました。私はドイツ軍大尉、黒ウサギ隊副隊長、クラリッサ・ハルフォーフと申します。
 あなたが例の母君であらせられますか。あなたには感謝しています。あなたのおかげで隊長はとても愛らしくなられて――』
「それは置いといてさぁ、あんたウチのラウラになにしてくれてるわけ?」
『はッ……何のことでしょうか』
「具体的には、想い人を嫁と呼ぶだとか、スク水は色物だから露出が激しいの着ろ、だとか。何も知らない無垢なラウラに妙なこと吹き込んでくれたじゃねえか」

 積年の恨みをぶち撒ける。電話向こうの女性は冷静だった。

『これは異なことを……私が入念にリサーチした結果に基いて、日本の流行や文化に合わせた最適な行動を助言したまでです』
「……一応、聞いとくけど、それって何から学んだ?」
『日本が世界に誇るマンガやアニメからですが』
「馬鹿じゃねえの」
「なっ――」

 おれは鼻で笑った。

「リサーチが足りなかったな。今の日本では『萌え』なんて流行ってねえんだよ」
『なにっ!? それは本当ですか!?』

 声高な女性の声におれは首肯した。

「もう日本の男性主要購買層は萌えに耐性がついてしまっているから、量産型のツンデレを代表とする安易な属性付けただけのキャラじゃ食指が伸びないんだ。
 その中で女の子向けの文化だった購買力のあるBL、GLが台頭して、現在は如何にしてホモに媚びを売るかが重要になっている。
 つまりだ……もう異性愛は時代遅れなんだよ」
『……! 馬鹿なっ! 萌え文化が廃れるなど、そんな筈――』
「なら、調べてみるといい。近年、日本でヒットした作品には少なからず、同性愛的に絶大な人気を誇るキャラがいる。
そう、古くはギリシャ神話のアポロンがそうだったように、エバーのカオルくんがホモだったようにな……!」
『……ッ! そ、そういえば……』

 思い当たるフシがあったのだろう、女性は絶句してしまった。

『ハッ!? ドイツ軍人は狼狽えない、ドイツ軍人は狼狽えない!』
「日本について語るなら戦国時代の大名の嗜みくらい勉強してから来いや!」

 一方的に通話を切って、そっとラウラに手渡した。これでラウラが同性愛に走ってシャルロットと仲良くなっても困るから、あとで良く言い聞かせよう。
 会話を聞いていたラウラの顔が悲愴に曇る。

「母よ……いったいどうしたのだ? 何が母を変えてしまった?」

 ラウラ……何で悲しい顔をするんだ。ラウラのそんな顔は見たくない。だが……昨夜の出来事が脳裡を過ぎる。

「……ごめん、ラウラ。おれ、ラウラの本当のお母さんになってあげられなかった。おっぱいをあげられなかった……ほんと悔しい」
「榛名ァッ!? 男はどうやっても出ないよ!?」

 シャルロットの悲痛な叫びが聞こえたが、おれは聞こえない振りをした。
 今にも泣きそうなラウラが言う。

「何を言う。母は何があろうと私の母だ。実母であろうが義母であろうが、私の心の母だぞ。何があろうと……母が私を嫌っても……」
「嫌いになんてなるもんか! ラウラはおれが腹を痛めて産んだ可愛い我が子だよ!」
「母ァ!」
「ラウラァ!」
「いや、産んでないよ! 産めないでしょ!」

 ひしひしと抱き合うおれとラウラの感動の場面を邪魔する輩がいる。こういうのって、ノリじゃん?
 気持ちが伝わっていればいいんだよ。

「何の騒ぎですかー? はい? 金剛くんが壊れた? あはは、そんなまさか――そのまさかでした」

 山田先生の顔が一気に青ざめた。視線がおれの机に山積みのBL本に注がれる。
 そしておれを見て、救いを求めるようにして他のクラスメートを見た。全員の視線が山田先生に期待を込めていた。
 数の暴力に押され、「うぅ……」と呻きながら、山田先生がおずおずとおれの机に歩み寄る。
 荒い鼻息をはいていたが、やがて意を決して昂然と言い放った。

「金剛くん! なんてものを読んでいるんですか! 場を弁えてください! ここは学校ですよ!」
「校則に学校内で同人誌を読んではいけないなんてありませんよ」
「え?」

 愕然とする山田先生に鷹月さんが学生手帳を渡した。目を皿にして隅から隅まで読み通すが、おれの言葉の通りだったのでわなわなと震えだした。
 おれの机を片手で叩く。

「校則以前にモラルの問題です! こんな淫らな雑誌を神聖な学校で読むことを許したら、学内の風紀が乱れます!
 教職に就くものとして、金剛くんの行為は断じて看過できません!」

 山田先生が全うなことを言うものだから、ついついおれもエキサイトしてしまった。

「失敬な! 生殖行為が健全でないのなら、人が結婚して行う夫婦の営みも否定することになりますよ!
 だいたい、おれたちの年頃なんて性に興味がある人しかいないでしょう! こうした時期に性について正しい認識ができていないと将来的に問題が生じます! 山田先生、あなたは生まれてくる子供全てが淫らな行為の結果の副産物だとでも言いたいのですか!?」
「そ、そんなこと言われても、私はまだ処――いやいや、いけないいけない! 
男女なら分かりますけど、金剛くん。あなたが読んでいるのは男性同士の交わりではないですか! 完全な公序良俗違反です!」
「男性同士の恋慕の感情は全て穢れているとでもいいたいんですか!? それは差別ではないですか、山田先生!
 自分だって織斑先生のこと、ちょっといいなーとか思ってるくせに、女同士は棚に上げて男同士は否定するんですか!」
「ええッ!? な、なななな、確かに織斑先生は格好いいですけど、そういうわけではぁ……!」

 勝った。熟れた林檎状態の山田先生を前に勝ちを確信する。
 おれから口で勝てると思うなよ。有ること無いことでっち上げてその場を凌いで勝つんだからな。
 時間が経ったら焼け野原なんだぞ。おれの得意戦法は自爆だからな、ハハッ。

「榛名」

 論破マシーンと化したおれの前にシャルロットがやってきた。
 シャルロットは毅然とおれの目を見据え、

「榛名は……男の子が好きなの?」
「……」

 見つめられたせいか、素直におしゃべりできなくなった。

「す……好きなわけあるかよ! おれだって普通に女の子が好きだよ! 始めっからそう言ってんだろうがッ!」

 おれは机をバンバン叩いた。もう怒りに身を任せていた。迸る激情が体を熱くさせる。

「なんだよ、お前らおれと一夏をホモホモ言ってたくせに、いざおれが本当にBLに走ったらドン引きしてんじゃねえか!
 興奮するわけねえだろ、男の裸でなんて! おれは男だよ!」

 荒ぶるおれの腕に、シャルロットの手がそっと触れる。揺れる紫水晶におれが映っていた。

「大丈夫だよ、榛名。僕はわかってるから。だから……ね?」

 そして微笑むシャルロットにおれの荒んだ心が動いた。

「シ、シャルロット……おれ……」
「ん?」

 幼子にするように優しく首を傾げるシャルロットに、おれは……

「お、お……」
「うん」

 笑顔に促されて、口を突いたように、おれは言った。

「シャルロットって、意外とおっぱい小さいよね」
「……は?」

 唖然と固まるシャルロットにおれは続けた。

「始めはペタンコだったから反動で大きいと思ってたけど、いま思うとIS学園の平均より小さいくらいだよね。
 おれの知ってる中だとラウラ、鈴さんくらいしかシャルロットより小さいのいないし……あ、会長の妹も小さかったな。でも、他の人が大きいから総じて平均以下だよ。
 うん、小さい」
「……」

 自分の胸に手を重ねて、わなわなと震えるシャルロット。
 そして、もうどうすればいいかわからなくなったおれを、一夏が正面から熱く抱擁した。

「もういい……! もう……休めっ! 休め、榛名……っ!」

 ――そして、織斑先生が教室に入ってきたことで、おれは目出度く御用になったのであった。



●



「……どうした?」

 生徒指導室でテーブルを挟み、ソファに腰掛けて向かい合う織斑先生は、普段の厳格な雰囲気は失せ、逆に労るようにおれに尋ねた。
 おれはしばし閉口して、拳を握り、言う。

「盗んだISで走り出したくなったんです」
「反抗期か。それで、誰に反抗するんだ?」
「おっぱいが大きいからって調子に乗ってる連中に……」
「女尊男卑社会にか。大きく出たな」
「……」
「……」

 沈黙が続いて、仕切り直しに織斑先生が嘆息して頭を掻いた。

「本当のところはどうなんだ? この間、政府のお偉いさんが訪問してきたが……何かあったのか?」

 図星をつかれて、顔に出てしまった。また織斑先生が嘆息する。

「当たりか。今度は何を言われた? 差し支えなければ話してみろ。力になってやれるかもしれん」
「……結婚しろと言われました」
「……誰と?」
「会長と……」

 相手を聞いた織斑先生は、瞑目して、「そうか」と頷いた。

「お前くらいの年齢だと、とにかく周囲が煩わしく映るものだ。大人と子供の中間で、夢から醒めて現実と向き合わねばならない多感な時期。
 そういう時分だからこそ、多くの世界を見て、様々な事柄について学び、吸収しなければならない。
 そうして無数の選択肢の中から、進みたい道を選んで行くものだが……お前や一夏には、限られた未来しかない。それも、自分ではどうにもできない大きなものからの命令で、だ。
 お前の気持ちも痛いほどわかるよ。やらかした問題は別として、反感を覚えるのも無理は無い」

 自分の過去に立ち返っているのか、遠くを見つめて織斑先生が言う。
 束さんと親友だったらしいが、その頃を思い出しているのだろうか。織斑先生も激動の人生を歩んできた筈で、今をどう思っているのか気になった。

「一夏は、仕事が忙しくあまり話す時間がなかったからか、反抗期がなかった。教員をしていると思うが、女は早熟でな。
 高校生にもなると反抗期などとっくに終えて、しっかり将来を見据えている者が多い。IS学園は馬鹿が多く見えるが、内面は独り立ちしている者ばかりだ。
 だから、お前みたいな奴は新鮮だよ。……どう接したらいいかわからないくらいにな」

 軍人なら躾けてやるのだが、と恐ろしいことを付け足す。軍人じゃなくて良かった。

「織斑先生、おれ、束さんとのこと聞きましたよ」
「……そうか。口止めしておいたのだがな」

 不思議と、怒りはしなかった。だから踏み込んだ。

「本当なんですか? 束さんが、おれに」
「誇張はあるが、概ねは同じだ。あいつらに無断で話したことは、済まないと思っている。
 だが、火急だったからな。束の目的を理解させる必要があった」
「おれは気にしてませんけど……なんですか、目的って」

 何となく検討はついていたが、訊いてみた。

「お前を、自分だけのものにすることだ。その為に親元からお前を孤立させ、IS学園に入学させた。
 束は興味のない人間にはとことん無関心だ。当然、お前の両親を煩わしく思っていた。合法的にお前をただの金剛榛名にしたかったんだ。
 金剛が束を嫌いになれないのも、幼いお前にそう刷り込んだから。……言ってみれば、お前の人生はあいつに狂わされたんだ」
「おれ、思うんです。憎めないようにしたって言いますけど、本当にそうなのかなって。
 大切な人を不幸せにするような人が、この世にいるのかなって」

 織斑先生は一瞬、瞠目して、険しい目つきになった。

「いるぞ。目的の為に手段を選ばない人種など幾らでもいる。美姫を奪うために他国に侵略した王など典型例だ。
 相手の気持ちなど眼中にない。ただ欲しいだけだからだ」
「織斑先生は一夏を養う為に手段を選びましたか?」
「……どういう意味だ?」

 怪訝そうであり、怒りも込められている目だった。おれは口を閉ざした。
 時計の秒針の音が刻まれて、静謐の痛さが肌に刺さった。織斑先生は、フウと小さく息を吐いた。

「……束の言うとおり、私は脳筋なのだろう。自分たち以外に身寄りがなかった私は、我武者羅に体を動かしていたよ。
 幸か不幸か、世間に出られる年齢になった時には、ISが私の手元にあったからな。それを利用し、一夏を守れる地位と養える金を得た。
 あいつには健全に生きて欲しかったが、私がISの要人である以上、こうなるのも仕方なかったのかもしれない。
一夏が入学するまではろくに帰ってやれなかったが、今は一緒にいてやれる。海外では何より家族を大切にするというが、こっちで同居するようになって、それが見に沁みたよ。
刹那的な考えだが、あいつが入学して良かったと思う自分もいる。家族より身近で大切なものはない。
だからこそ、束が許せん」

 織斑先生が顔を上げて、おれを見つめた。

「例えばだが、私と結婚したくて邪魔な一夏を排除しようとする輩など、私は絶対に認めん。束がしようとしているのは、そういう道理に反することだ。
だから束がお前を奪おうとしても、私は全力で阻止する。親友だったからこそ、私が止めねばならん。わかるな?」
「……はい」

おれも、一夏が悪の道に走ったらぶん殴ってでも止めるだろうから、それは同意した。
それを見て、織斑先生はソファに背を預け、足を組み直した。

「それにしても更識か。分からんものだな。デュノアや谷本、布仏とは仲が良さそうに見えていたが……そういえば、もう秋か」

窓越しに高い青空を見上げて、織斑先生は独りごちた。
世の男性から見たら、なに世迷い言ほざいてんだと半殺しにされかねない贅沢な悩みだとわかっている。
いっその事、本当に女なら、ただIS学園に入学した子供が家庭から出た慶事で済んだのに。
そうしたら一夏を好きな女の子その他になれたのにな、と織斑先生に習って空を見上げた。
 ふと思う。

「どうしよう……もう教室戻れないじゃん」

 一時の遣り場のない衝動に突き動かされた結果、散々に暴れまわったことを、今更後悔し始めた。
 若さ故のたった一回の過ちってことでどうにかならないかな。
 ……ならないよね。





あとがき
           ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
            {::{/≧===≦V:/
           >:´::::::::::::::::::`ヽ、
        γ:::::::::::::::::::::::::::ヽ
      _//::::::::::::::::::::::::::::::ハ
 .    | ll !::::l:::::/|ハ::::::∧::i:::i
      、ヾ|:::::|:::/`ト-::::/ _,X:j:/:::l
       ヾ::::::::|V≧z !V z≦/::::/
        ∧:::ト “        “ ノ:::/!
        /:::::\ト ,_ ー'  ィ::/::|
    ____/⌒``   ,,ー‐,,   "⌒ヽ__
   |::|__し'⌒ヽ    .   .ヽ⌒し′__|
   |::|_____ヽ        )_____|
   |::|_______ヽ、   /⌒ヽ.____|
   |::|______ ヽ,,   i ~iし'.____|
   |:___l二二二二二二二l |二二二二二二二l
   |::| |  |::| |          し′   |::| |  |::| |
   |;;|_|  |;;|_|               |;;|_|  |;;|_|

モッピー知ってるよ
ホモに媚びれば売れるって事



[37185] 一夏がついてこないからいけないんだよ
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2013/10/06 00:54
まえがき


         |
     \  __  /     
      _ (m) _ピコーン 
        |ミ|        
      /  `´  \     
                 
            ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
              {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::`ヽ、
       γ::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ         そうだ、モッピーもレズに媚びを売れば……
.    | ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i
     、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l        
      ヾ:::::::::|V≧z !V z≦/::::/
       ∧::::ト “     “ ノ:::/!
       /:::::\ト.,_ .( )  ィ::/::| 
          /      ヽ
         /    /⌒)  ヽ ポン
         i    /⊂⌒ヽ i









「榛名、学食カフェに寄って行かないか? 今日は俺が奢るからさ」

 六限目の実習授業が終わって、一夏と更衣室で着替えていると、上半身裸の一夏にそう切り出された。
 あの後――徹夜で寝不足だったので保健室で午前中は仮眠をとって、午後に教室に向かうと、みんな温かい笑顔で迎えてくれた。
 教室の扉の前でたじろいでいたのを、トイレから戻った一夏が、おれの肩を抱いてクラスに連れ込んだ。
 おれはもう居た堪れなくて、泣きだして、逃げ出したかったのだが、誰も離してくれなかった。
 こういう時に限って、友人の存在を再認識する。疎ましいと思うこともあれば、感謝することもある。
 この人たちがもっと薄情で、性格が合わなかったら、おれもここまで思い悩むこともなかったのかもしれない。

「悪いけど、今日はいいや。ちょっと、頭を冷やしたいし」

 制服に着替える片手間に、にべもなく返す。
 胸に難癖つけられたシャルロットが拗ねて、「どーせ僕は小さいですよー」とか、「榛名は大きいほうが好きなの……?」とかしつこかったのもあるし、みんな過保護になっていて居心地が悪かった。
 まあ、全部おれの自業自得だからしょうがない。

「そうか……」

 断られた一夏がしょぼんと肩を落とす。なんだよ、その捨てられた子犬みたいな目は。

「あ、じゃあ榛名の部屋に――」
「ごめん、無理だ。ホント、悪いな」

 諦めない一夏を再度突っぱねる。そうして、やっと諦めてくれた。
 会長と二人きりでも耐えられないのに、他に人がいたらどうなると思ってるんだ。
 さて、どうしよう。一夏と分かれ、中庭をウロウロしていたおれは、途方に暮れた。
 近々、新緑も陰り、中庭にも朱が混じり始める頃合いになる。まだ残暑が続き、汗ばむ陽気に悩まされるが、直に寒さに文句を言うようになる筈だ。
 一年前のおれは、部活動を引退して手持ち無沙汰になり、受験に向けて勉強しようと、抜け殻になった気分を奮い立たせていた。
 いったいどこのボタンを掛け違えて、ISパイロットになんてなってしまう人生を歩むことになったのだろう。
 そういえば、好きなバンドの曲の歌詞に、「誰か愛する人を見つけてくれ」という心の叫びがあった。
 当時は意味も判らずに耳障りの良いメロディーと歌声に酔い痴れていたが、あれは作詞者の苦悩を綴ったものではないかと、今になって思う。
 中学の頃は、悩む暇なんてなかった。毎日部活に励んで、家に帰ったら倒れるように寝て、学校では友人とたわいない話で盛り上がって。
 恋で思い悩むこともなかったから、恋愛事と将来が直結している現状が、夢現みたいで現実味がない。
 これでおれが普通の高校生であったなら、会長に告白なんてされた時点で舞い上がって事故死してたであろうに。いや、何で自分を妄想で殺してんだ、おれ。

「束さんもなに考えて、おれをIS学園になんて入れたんだろう」
「知りたい?」
「――っ!?」

 慮外の声に背骨に氷柱が突き立てられたみたいに跳ねた。
 心臓が壊れたみたいに全力で、声の主を探して首を節操無く巡らす。上か!?

「ムフフー。残念! 正解は下でしたー」
「うおわぁ!?」

 地面からニョキッと顔を出した神出鬼没の人物に後退する。首だけを生やした束さんは、ミミズみたいな動きで全身を空気に曝け出して、にぱーと笑った。

「チャオチャオ、はるちゃん。あなただけの束さんだよー! アイライキュー、アイラビュー、アイニーヂュー。
 元気にしてたかなー? 束さんは、はるちゃんを想うだけで毎日超ハッピーだよー」
「こ、こんばんは」

 その神出鬼没ぶりに驚くも、いつものことだったと落ち着きを取り戻す。慣れてしまった自分に悲しくなった。
 束さんは、にぱーと笑うとIS学園を見渡した。

「いやー、ちょろいね。大したことないなIS学園のセキュリティも。まー、何回もゴーレムに襲撃されてるし、束さんの世界一の科学力をもってすれば侵入も容易だよねー」
「何ていうか、流石ですね……」
「やーん。もっと褒めて褒めて~」

 振り向いて悶えた束さんは、おれの顔を見つめると人差し指を顎に当てて、かわいく唸った。

「うんうん、束さんは元気だけど、はるちゃんはアンハッピーって感じだねー。
 わかるよー、好きでもない女と無理やり結婚させられるなんて嫌だよねー。人生真っ暗だよ」
「……知ってたんですか?」
「束さんがはるちゃんのことで知らないことなんて何もないよー」

 えへん、と大きな乳房を張る。意外だった。逆上して、政府の人間や婚約者に何かしでかすと思っていた。

「あの……束さんって、おれのこと……好きなんですよね?」
「うん、好きだよ。愛してる。十一年前からね」

 自惚れていると取られても仕方ない寒い確認に、束さんが即答する。その声と表情には、戯けたところが微塵もなくて、胸が苦しくなった。
 だけど、訊かなくてはならない。

「おれ、心のどこかで、束さんがそういう話を揉み消すんじゃないかって思ってました」
「物理的に? それとも圧力をかけて? やだなー。束さんはそこまで野蛮じゃないよ。
 はるちゃんを担当してる政治家や役人の顔を憶えられないし、それにどうこうしようたって面倒臭いしねー。
 やるなら花嫁泥棒かな? 望まれない結婚を強いられたはるちゃんを、私が颯爽と連れ去っていくの。そっちの方がロマンあるよねー。
 まー、はるちゃんが嫌なことは絶対にしないよ、私はね」

 誰が嫁だと、ラウラにとっての一夏みたいな扱いにツッコミたくなったが、ややこしくなるので止めた。
 束さんの最後の言葉が、やけに頭に残る。おれは、ずっと引きずっていたことを尋ねる決心を固めた。

「束さん、お願いがあります」
「ん? なぁに? 何でも言ってみなさい」
「婚約者の会長や、その関係者に手を出さないでください」

 自信満々に胸をドンと叩く束さんに懇願する。
 この人がおれ絡みで何かやろうとしたら、真っ先に迷惑を被るであろう人たち。
 笑っているが、束さんにとって邪魔でしかない存在だろう。あらかじめ先手を打っておいた方がいい。
 断られる可能性も考えていたのだが、束さんは破顔して、

「なーんだ、そんなことか。いいよー。何もしなーい」

 あまりにもあっさりと了承するので唖然としてしまった。

「ん? どうしたの、ポカーンとしちゃって」
「いえ……まさか、こんなに簡単にオーケーしてくれるとは思ってなくて」
「はるちゃんは嫌なんでしょー? だったらしないよ、私は。束さんは、はるちゃんに嫌われたくないの」
「……」

 満面の無邪気な笑顔で語る束さんを見て、おれの心が翳る。嫌いになれない心とは裏腹に不信感だけは累積していく。
 藍色に染まりゆく空から目を逸らすように下を向いて、おれは口を突く感情を身を委ねた。

「なら、何でおれをIS学園になんて入学させたんですか」

 湿った風が耳に障る。束さんは、僅かに首を傾げて、妖しげに微笑した。

「そっかぁ。ちーちゃんが口を滑らせたんだね? ヤ~な感じだねー。告げ口って女特有の浅ましい発想だと思うよ。
 女は秘密にすることができないからね。本能的に自己顕示欲が強いから、目立とう、優位に立とうとする面倒な生き物だよ」
「おれに嫌われたくないなら、何で家族と引き離したりしたんですか? 気づかれないなら何をして良いと思ったんですか?
 おれのことが好きなら、普通に暮らすおれに話しかけてくれれば良かったのに。それなら――」
「さっきの言葉、訂正させてもらうよ、はるちゃん。『嫌なこと』は、言葉が足らなかった。
 はるちゃんを不幸にしたくないだけなんだよ、私は」

 おれの言葉を遮って、寂しげに笑う束さんがおれの髪を撫ぜた。

「ねえ、はるちゃん。目先の幸せに視界が眩んでないかな? IFの話に心が囚われてないかな?
 はるちゃんの人生は、これから何十年と続くんだよ。これまでの人生の何倍も生きてゆくんだよ。
 大事の前の小事に過ぎないんだよ、今までのことなんてさ」
「なに言ってるんですか?」

 掴みどころのない言葉に顔をしかめる。束さんは微笑んだまま、表情を崩さない。

「例えばね、はるちゃん。はるちゃんがあのまま平凡な男の子のまま生きてゆくのと、ISパイロットとして歩む人生、どっちが幸せだったと思う?
 真面目なはるちゃんのことだから、勉強して進学校に行って、そこそこの大学に通って、勤勉に働くんだろうね。
 そんな人生と誰も経験できないIS学園での生活と男性パイロットの富と名声を得て、いっくんという親友や世界中の優秀な少女に揉まれて研鑽する日々。どっちが良い?」
「それは……」

 黙考する。残酷なたとえだった。
 今となっては、普通の人生を歩みたかったと思う。だが、おれが一般人であれば、弾と同じように一夏を羨んでいたとも思う。
 だが、結局は無知だっただけで、よく知りもしない世界に勝手に憧れを懐いていただけだ。
 一夏やクラスのみんなが大切な人になったのは、今はそれ以外にないからで、昔は大切にしていたものがあった。

「……短い間でしたけど、それでもおれは、おれを育ててくれた両親に、少しは恩返しをしたかったです」
「……うーん。束さんはよーく考えなおして欲しいなぁ。親に返すような恩があったか。
それにね、社会に出たら親と会う機会なんて死ぬまでに一年にも満たないものだよ。成人すれば親が子を養う義務もなくなって、親が年老いるまで関わることなんてなくなる。
 そういうものでしょ?」
「関係がどうなろうと親には変わりないじゃないですか」
「まあ、そうなんだけどね」

 的を射ない束さんの言に苛立ちが募る。眉根を寄せる束さんに語気が強くなった。

「もう、この際だからはっきり言います。おれ、あなたの考えてることがさっぱりわかりません。
 おれのことが好きなら、何でこんな目に合わせるんですか。こんなこと言うの自分でも馬鹿らしいと思いますけど、普通の学生のおれに束さんみたいな綺麗な人が好きだって言ってくれたなら、おれは嬉しくて舞い上がってたと思います。
 でも、こんな状況で言われたって、嬉しくもなんともないですよ」

 でも、嫌いになれないから、腹が立つんだ。
 束さんから柔和な笑顔が失せ、他人にだけ見せる冷酷な表情が表に出た。陰惨な目つきはおれではなく、遠くの誰かを睨んでいる。
 が、また童女のように破顔した。

「今の私が一般人の金剛榛名に接触したらどうなる? 最悪、私を誘き出す人質として攫われてたかもしれないよ?
 ISパイロット金剛榛名だから、束さんは堂々と接触できるの。ただね、束さんにも予想外の出来事が多すぎたから、ちょっと困リングーなだけでー」
「おれ、こんなにされても、束さんが嫌いになれないんです。織斑先生は、束さんがおれに虐待してたからだって言ってました」
「当事者じゃない奴が、私たちの関係を知ってるわけない」

 媚びを捨てた声に顔を上げると、無表情の束さんがおれを見つめていた。

「ちーちゃんは何も知らないよ。ただ、遠くで見ていたことを主観的に解釈しただけ。証拠にはるちゃんの名前を知らないし、私が可愛がってた子供をはるちゃんだって思い出しただけで、詳細なんて語れない。
 知ったふうな口を聞いて、私を貶めているだけ。今もそうだよ。後からしゃしゃり出て来た連中が判ったような口聞いてはるちゃんを盗ろうとしてる。腹が立つよねー。
 はるちゃんを守るのは私だけで十分なのにさ」

 認識の相違があると訴える束さんに返す言葉がない。事実なら、おれの記憶がないことが起因だからだ。
 視線を下げるおれの頬を束さんの両手が包んだ。前を見ると、淡く微笑む艶めいた顔が広がっていた。

「でも、束さんはぜ~んぶ許容してあげます。はるちゃんは必ず私の元に帰ってくるからね」
「どこから、そんな自信が来るんですか?」

 独善的で自分本位としか思えない言動に、つい口が出る。束さんは不敵に口の端を上げた。

「ヒ・ミ・ツ。あ、でもでも、束さんは優しいからヒントを教えてあげるよ。
 ――私はね、ロマンチストなの。結ばれるときは、感動的で感情が昂ぶる時合。
 またね、はるちゃん。束さんの科学力でもあんまり長居するとバレちゃうから。じゃーねー」

 あっけらかんと、軽快に哄笑して、空から飛んできた人参に跨って束さんが去ってゆく。
 驚く暇もないほどに突然の出来事だった。立つ鳥ではないが、痕跡を残すヘマを犯さないだろうし、本当に夢のようだった。

「……違うのか?」

 暗くなり始めた空に独りごちる。誰を信じればいいのか、もう判断がつかなくなってきた。
 肝心のおれの記憶を思い出そうにも方法がないし、織斑先生は束さんを否定するけど、その束さんは織斑先生を無知だと罵る。
 束さんは、自分の持つ力を駆使して婚約を解消するつもりだと思っていたが、それをする気もないらしい。
 ……もうどうすればいいのかわからないや。

「榛名!」

 捨て鉢になりかけたおれの耳に、慣れ親しんだ声がおれの名前を呼ぶ音が届く。
 首を巡らすと、シャルロットが息を弾ませて駆け寄ってきていた。

「ねえ、榛名。カフェに行こ? みんな待ってるよ」

 見上げる瞳に視線が下を向く。その眼が眩しくて真っ直ぐ向かい合えなかった。
 純粋なものには、触れるのを躊躇って臆するようになってしまった。大人になるって悲しいことなのね。
 ……そういえば、中学のとき、全国出場を目標に掲げてひたむきに努力していたみんなの眼は、こんな風に輝いていた。
 もうこういう瞳には戻れないのかな。
 おれは息を吸った。

「ああいうことがあったからさ、居づらいんだよ。ちょっとはっちゃけ過ぎたでしょ、おれ」
「そうだよ! 女の子に胸が小さいとか言っちゃうもんね、甲斐性なしの榛名さんが」

 ジトッとシャルロットが半目で睨む。意外と根に持つタイプらしい。
 他にも世の中に抵抗してクラスの中心でBL本を読んだりしたことが恥ずかしかったりするのが主因なのだが、これも一因には違いなかった。
 おれは息を吐いた。

「あのときは、ああ言っちゃったけど、シャルロットは大きいと思ってるよ。傷つけたならごめん。謝る」
「傷ついたっていうか……その、榛名は大きい方が好きなの? 会長とか、篠ノ之博士みたいに」

 照れて、頬を赤く染めて尋ねてくる。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。

「大きいとかは……どうだろ。あまり気にしたことなかったな。極力、考えないようにしてたし」
「むー……真剣に悩まないでよ。そこは、シャルロットくらいが良い、って言うところだよ?」
「いや、男の本音から言わせてもらうと、形とか色が綺麗だとかが重要であって」
「そ、そこまで語らなくていいよ!」

 勝手に拗ねて、ぷりぷりと怒りだした。おれが一夏程ではなくても、女性に対する扱いがなってないことは知ってるだろうに。

「もう! 興味ないふりしてエッチなんだから!」
「耳年増のシャルロットが良く言うよ」
「なっ、だっ……ち、ちがうよ! 何で榛名は僕のことを……榛名のいじわる」

 真っ赤になって否定してたが、過去の行いを思い出したのか消沈してむくれてしまった。
 胸に痛痒がはしる。シャルロットを可愛く思えるたびに胸中に暗く重いものが堆積してゆく。
 会長との婚約が決定してから、こう思うのだ。早めに諦めさせた方が、シャルロットの為になると。
 できもしない大言壮語を吐いた情けなさが空虚な苛立ちとなって身を苛むが、まだ取り返しはつく。
 束さんの言ではないが、まだ十五歳だ。幾らでもやり直しは効く。遅かれ早かれ知るのだから、いま伝えるべきだ。
 そう決心して口を開こうとして――どうして、言葉にならなかった。
 逡巡するおれをシャルロットが不安げに見つめる。

「ねえ、どうしたの、榛名。なにかあった? 困ったことがあるなら相談して? 僕、榛名のためなら何でもするよ」
「……」

 その純粋さが痛かった。個人でどうにかなることではないのは痛感していたし、好意の原点にも燻る火種があったから。

「おれとシャルロットって不釣り合いだよな、って思って」
「……まだそんな理由で悩んでるんだ」

 拗ねたような、呆れたような顔で呟く。敢えて、もう通り越した悩みを打ち明けた。
 本当は、感情の根幹で悩んでいた。おれは、会長がおれの境遇に同情して勘違いしているだけだと批難したが、それは――シャルロットの境遇に同情して、拠り所のない女の子の鎹になったおれも同じではないか、と。
 懊悩するおれに、シャルロットが諭すように言う。俯くおれを覗きこんで、

「榛名は榛名が卑下するような人じゃないよ。親友のために命を懸けて体を張れる勇気を持った、素敵な男の子だよ。
 そして、困った子がいると見捨てられなくて熱くなっちゃう、優しい人」

 違う。見捨てられなかったくせにスパイを疑っていて不眠症になるような男だ。今だって婚約したのに、それを言えないでいる情けない奴だ。
 無性に腹が立って、勘違いを正そうとしたおれの口を――あろうことか、シャルロットのそれが塞ぐ。
 閉じた瞼、長い睫毛、甘い汗の薫りがいっぱいに広がって、唇に触れた柔らかい感触が、全身に伝播した。
 キス、された。

「えへへ、あげちゃった」

 チロリと舌を出して、茶目っ気たっぷりにはにかむ。背伸びした彼女の顔が下がって、思わず、口を抑えた。接触は瞬きの微かな間だけだったが、
 羞恥よりも疑問が勝って、狼狽するおれにまだシャルロットが何か言っていた。

「榛名がどう思おうとね、僕にとって榛名は、ファースト・キスを捧げたいと思える人だよ。榛名がいれば後悔なんてしないし、楽しくて、嬉しくて、幸せなんだ。
 だから悩まなくていいの。むしろ、僕なんかでいいのかってくらいなんだから」

 だから、違うんだ。と、そう訴えたかった。でも、喉が硬直したように声が出せない。
 シャルロットは我にかえったみたいにあわくって、

「あ、そ、そうだった。カフェ……は、榛名! 来てね? 絶対だからね! み、みんな待ってるから! じゃ!」

 全力で立ち去っていく。……あの後、自分のやったことを思い出して身悶えるんだろうな。
 どうも、自棄になったことで余計な心配をかけて、また巡り巡っておれの首を絞めることになったらしい。
 何でだろうな……何で、昔、思い描いていた甘酸っぱさが、今は辛いんだろう。



●



 どうカフェで時間を潰そうと、おれは部屋に帰らなければならない。
 実習でみんなに負けたセシリアさん以外のクラス全員が集まったカフェは終始乱痴気騒ぎだった。
 コーヒーを飲んでるのに雰囲気にでも酔ったのか、アイスコーヒー一気飲みとかやらかして顔を真赤にして叫んだり、女の子なのに男にセクハラしてきたり。
 シャルロットは自分の行為で自爆して爆発寸前のピンキーみたいだった。顔を見合わせても、おれにはどうしようもなかったので返って助かったが。
 問題は一夏で、「俺が誘っても来ないのにシャルロットが誘うと来るのかよー」と拗ねたり、止める箒さんを振りほどいて見事な蹴りを食らったり、「親友と女どっちが大事なんだよー」と詰問してきたりと面倒臭いことこの上なかった。
 まあ、はしゃぎ過ぎた所為で最後は織斑先生がやってきて、強制的に解散させられたわけだが。

「まさか、部屋に帰れと言われるなんて」

 どうも深夜徘徊していたことが寮長の織斑先生にはバレているらしい。最近の織斑先生はおれに甘く、政府に連絡を取っていたので事情があると見過ごしていたのだが、今日の素行不良で堪忍できなくなったとか。
 まあ、その政府の会話内容が「タイに行きたい」だからな。完全にどうかしてた。

「……」

 昨日の今日だから、会長と合わせる顔がない。だって告白されて、迫られておきながら逃げたんだぞ?
 男の恥って言うけど、会長にも恥をかかせたんだ。こういうときどうすればいいの?
 教えてくれよ、一夏。モテモテのお前なら、これをどう切り抜ける?
 困り果てたおれは、昨日とは真逆に、こっそりと侵入することに決めた。もうステルス入室して、「実はずっと部屋にいましたよ。会長、気付かなかったんですかー?」とかのたまって誤魔化そう。
 おれは物音を立てず、ドアを開けて、中の様子を窺った。

「あれ?」

 誰もいない。外出しているのかな、と安堵した瞬間に腕を掴まれた。

「か、会長……!?」

 ドアの影に潜んでいた会長が、おれを中に引きずり込んで、バックドロップでもかけるように背後からおれを捕えた。

「そいやぁ!」
「ぎゃあああああああああッ」

 その態勢のまま会長が跳躍して、ベッドに着地する。スプリングが悲鳴をあげて軋み、おれの体も宙空を跳ねて――会長に後ろから抱きすくめられて、ベッドに横寝になった。

「……」
「あの……」

 何だこれ。意図がわからず、困惑していたおれの身体を、万力のように会長の腕が締め付ける。

「痛たッ! 痛い! イタタタタタ!」
「……」
「な、何なんですかいきなり! 何か言ってくださいよ! 痛い痛い痛い! ギブ、ギブ――あ、タップできない!」

 腕が腹部で交差するようにして拘束されているので、ギブアップできない。苦悶の声を上げるおれを、会長は無言でホールドして離さない。
 何なの!? そんなにおれが嫌いなの!? じゃあいっそのこと楽にしてくれ。本当、もう解放されたい。
 漏れるんじゃないかと思い始めた頃になって、うなじに息がかかった。

「おかえり……!」
「手粗すぎやしませんか、出迎えが……」

 IS学園って暴力に訴える女の子が多くない? 殴る蹴るなどのISによる暴力がないだけ、一夏よりマシかもしれないけどさ。
 縛めが解けるかと思ったが、緩んだけで、会長の手は胴に回ったままだった。
 ベッドの真ん中に足を広げて座るような、あすなろ抱きの格好で動かなくなる。

「会長……?」
「会長命令だから動いちゃダメ。昨日みたいに、逃げられたら困るもの」

 耳の後ろで吐息と声が囁かれる。鳥肌がたった。柔らかな感触も相俟って、正直しんどい。

「逃げないんで、離れてくれませんか?」
「ヤダ。シャルロットちゃんとルームメイトだった頃も、こんな風にイチャイチャしてたんでしょ?」
「したことないですよ……」

 ろくに眠れなくて困憊してたってのに。普段はジャージで肌を一切見えないくせに着替えとかすると、途端に無防備でドジっ子になるんだぞ、あの子。
 おれの気苦労に拍車をかけたくらいだって言うのに……

「そっか。じゃ、こういうことするのは私が初めてなのね?」
「……たぶん」
「なら、良い」

 呟いて、動かなくなる。ふざけないで欲しい。このままとか動悸が疾って死ぬ。
 そもそもあすなろ抱きは男がするものなのに、何で男のおれがされる側にならなければいけないのか。
 情けないけど、会長には腕力では勝てない。さっきもおれを抱えて大跳躍した人だし、おれを手篭めにするのなんて簡単だろうから、諦めて肩肘張るのを止めた。

「飽きたら、離してくださいね」
「飽きなかったら離さなくていいんだ」
「お風呂入らくちゃいけないでしょ」
「一緒に入ればいいじゃない」
「……あのねえ」

 頭が痛くなった。こんな人だったかなと、こめかみ辺りが痙攣した。会長の細腕にこもる力が、僅かばかり強まる。

「榛名くん。私だって女だから、不安になることだってあるんだぞ」
「生理ですか?」
「……ばか」

 素面では居られなかったので、わざと戯けた返しをしたら、笑っているのか怒っているのか判断に困る声が聞こえた。
 長いためいき。肌に過擦れて汗ばむ。

「今だってそうだよ。恋愛って楽しいものだって聞くのに、グチャグチャで嬉しくなんてない。
 ……どうして辛いのかな」

 それは――

「……コーヒーの匂いがする。女の子の匂いも」

 肩に顔を埋めた会長から、嫉妬混じりの声が肌に響く。

「ごめんね、榛名くん。良い女ぶって後輩に講釈たれてたけど、余裕なんてもてないよ。今も、汚いことだけ考えてる。
 立場が変わっても、心は変わり様がないんだね。肩書になんて……何の意味もない」

 あと何回耳元で好きと囁けば堕ちるとか、誰かの真似をすれば心を許してくれるとか、いっそ強引に関係を迫るだとか。
 浅慮なおれが浮かんだ男を落とす手管を何一つ実行せずに、しばらく会長はじっとしていた。
 一夏がいればいい。一夏が羨ましい。一夏になりたい。
 おれもアイツみたいに、アレコレ悩むことないハチャメチャな恋がしたかった。



 


あとがき

                         ハ            ハ
         ;ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ       ;\ヽ /::::ヽ.ヘ===ァ:/;
          ;{::{/≧===≦V:/;        ;/ |/≧===≦V:/;
         ;>:´::::::::::::::::::::::`ヽ;     ;>:´::::::::::::::::::::::::`ヽ;
      ;γ::::::::::::::::::し::::::::ヽ;  ;γ:::::::::::::二代:::::::::し:::ヽ;
    _;//::::::し:::::::::::::::::::::::::::ハ; /::::::し::::::::::::::::::::::::::::ハ;
.   ;| ll ! :::::::l::::::/|ハ:::::∧::::i :::::i; ;! ::::l:::::/|ハ::::::::∧::::i :::i;  先生助けて!
    ;、ヾ|:::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l ; |::::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/人;
     ;ヾ:::::::::|V(◯) !V(◯)/::::/; :::::::|V(◯) !V(◯)/::::/;  ホモが息してないの!
      ;∧::::ト “  ,rェェェ  “ ノ:::/; ;∧::::ト “  ,rェェェ  “ ノ:::/!;
      ;/:::::\ト ,_|,r-r-| ィ::/::| ;|/\ト ,_|,r-r-| ィ::/:::|
        /     ̄ ̄  ヾ _,,..,,,,_ /     ̄ ̄  ヽ
        |       ヽ  ./ ,' 3  `ヽーっ  /     |
        │   ヾ    ヾl   ⊃ ⌒_つ ソ      │
        │    \,,__`'ー-⊃⊂'''''"__,,,ノ    |



[37185] 一夏がついてこないから……
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2014/01/10 01:03
まえがき


           ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
          {::{/≧===≦V:/、.
        >:´:::::::::::::::::::::::::::::::`ヽ
     γ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     ./:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
    !::::::::l::::/|ハ::::::::∧::::i::::::::::::::::i\
    |:::::::i∨ ノ'∨ 'ヽ、\i∨:::::::::::| .\
    l:::::|  (○), 、 (○)、   ::|:::::::::|  //
     l:::|   ,,ノ(、_, )ヽ、,    :|:::::::::| .//
     ヽ|      r=、     :|:::::::/::::ん
      |      |,r--|     .::|:::/:::::::|
       \     `ニ´  .::::/  i:::::::::|
      /`ー‐--‐‐一''´\  l::::::::::|




 人生の分岐点はどこなのだろう。朝のベッドの上で、微睡み、茫洋とした頭でふと思慮する。
 大きな分岐路は束さんと出会ってしまったことやIS操縦者になってしまったことが挙げられるが、細かなところでは一夏と別室になってしまったことではないか。
 つまり織斑先生がブラコン拗らせずに「教師と生徒が同室などありえん」と一夏との相部屋を拒否していれば、おれはまだ一夏と相部屋だった筈だ。
 それならシャルロットはおれとルームメイトになることもなく、男装が発覚しておれが個室になることもないから会長と相部屋になることもなかった。
 おれは一夏のオマケのままで、シャルロットとの仲で苦悩することも、会長が政略結婚を受諾することもなく、それなりの平穏を満喫できていただろうに。
 ……いや、それだと束さんの思惑通りなのか。束さんの誤算は人の心の変化を予測できなかったことにあると本人が言っていたし、一夏以外と関係を深めていないおれでは耐性がついていないから、束さんにコロッと堕とされていた可能性が高い。
 そうだ。中学生だった頃のおれには、同じ部屋で女の子が寝ているのに落ち着いていられるなんて考えられなかった。

「……」

 敷居を隔てた向こうには、会長がまだ眠っている。美人で年上でスタイルも良くて、加えて家柄も優れていてIS学園の生徒会長でISの国家代表で……と褒めれば枚挙にいとまがない。
 IS学園に集まった才女の中でも特に傑出した人物だ。そんな人が無防備に横で熟睡してるのに平静に考え事に耽っていられるのも、ひとえにIS学園の環境に慣れたからだろう。
 IS学園に来た当初は、全体に満ちる少女の甘い薫りに眩暈がした。けれど今は鼻が慣れて、よほど女の子に近寄らなければ薫らない。
 シャルロットと相部屋になったときも、一夏との男臭い部屋に女の子が来ただけで匂いが一変した。それにさえ慣れて、会長という別の女性の匂いが染み付いたこの部屋にも耐性がついてしまっている。
 まだ女の子と付き合った覚えもないのに倦怠期を迎えた気分だ。
 一夏が例の三人に追い掛け回されていたときに、やたらおれに絡んできた理由が、少しだけ理解できた。
 男同士の気兼ねない間柄は、たまらなく心地よいのだ。腹を割って話せる相手がいるというだけでストレスが軽減される。
 異性が相手では、どうしてもそうならない。一夏とその幼馴染み二人を見ればわかるが、どうしても恋慕の情が隔たりを生む。
 一夏は鈴さんが転入して無邪気に喜んでいたが、鈴さんは一夏との約束が果たされるかどうかで一喜一憂していたのだから。
 その点、おれと一夏は、ゲームをしたり、レスリングの真似事をして鬱憤を発散させたり、IS学園の愚痴を零したりと、同性ならではの付き合いができていた。
 一夏がおれに逃げていたのも、それが恋しかったからだろう。加えて、その頃はシャルロットとおれが相部屋で、男子で自分だけがハブられていたように感じていただろうから。

「――……」

 胸につかえたものが抜けるような、長い息を吐く。要するに、異性では親友にはなれないのだ。
 もちろん極稀にそういう関係になれる人もいるかもしれない。だが、男女間の好意が友情と愛情の分別が曖昧で、そこに肉欲も絡む以上、友人から親友に進展するプロセスで恋に変換されてしまう。
 おれも会長を良い人だと思っていた。さりげなく困っているおれに助け舟を出してくれていたのも分かっていたし、それに感謝して甘えていた。
 それが好意だなんて思いもしなかったし、会長の心に恋が芽吹いていたなんて気づく余裕もなかった。

 幼少の時分に、奇妙な妄想に取り憑かれたことがある。この世界の主人公はおれで、他の人物は誰かが操っているNPCのようなものではないか、と。
 もし仮に、この世界に主人公がいるとするならば、それは一国の大統領でもなければ戦争の英雄でもなく、世界で二人だけの男性IS操縦者な筈なのだ。
 そしてそれはおれではなく、一夏だろう。子供の妄想から冷めたおれには、自分の領分を弁えて、自分の矮小さが嫌というほど理解できている。
 世界最初のIS操縦者を姉に持ち、且つIS男性操縦者なんてスペックは妄想の主人公以外にありえない。
 おれはそのオマケで、親友で、一夏とその女性陣の言動に惑わされるだけのポジションが適役だったと、今になって思う。
 IS学園に来て、一番楽しかった時期は、一夏と馬鹿騒ぎしているときだった。何だかんだで、あの頃が無心にはしゃいでいられた。
 中学の友人の変貌に人間不信気味だったおれには、同じ境遇に置かれた一夏は信用するに足る一生ものの友人だったんだ。
 なぜか一句が浮かぶ。ああ一夏 ああワンサマー ああ一夏
 一夏だ、一夏がいれば、おれも苦悩から解放される。一夏カムバック。別に会長が嫌いとか、そういうわけじゃない。
 ただ、高校生の、引いては子供だから夢中になれる遊興に耽っていたいだけなのだ。
 ピーターパン症候群と呼びたければ呼ぶが良い。男はいつだって子供心を忘れない生き物なのだ。
 今だって無人島に住みたいし、街全部を使って警ドロをしたいし、学校で鬼ごっこやかくれんぼをしたい。あ、やっぱ最後の二つはダメ。一夏を巡ってISで死人が出る。

「榛名くん、起きてる?」

 朝の空気に劣らない澄んだ声。肩が跳ねた。眠気を含まない明瞭な会長の声が敷居越しにかかる。
 首だけを巡らせて、敷居の奥の会長を見た。

「起きてますよ」

 渇いた声が捻り出た。寝起きだから、伏していて気道が塞がっていたから。色んな言い訳が頭に浮かんだが、それだけではない。
 謂わば、気怠い平日の朝に相応しくない感情が鼓膜に響いて煩わしかったのだ。

「榛名くん、昨日は眠れた?」
「まあ、いつも通りは」

 つまりは大して寝てないってことである。昨日は――会長がしばらくすると手を離して、普段通りの顔に戻った。
 それからお互いにシャワーを浴びて、課題を片して、適当に就寝して。寝返りを打つ衣擦れの音にすら驚くものだから中々寝付けず、よくよく考えて見れば、おれはシャルロットや会長の使った後の浴室に入ってるんだと気づいて、目が醒めて。
 おれが色々とやらかしたものだから会長も気を使って露出を控えて、肌が出ているなら出ているで開き直れたのにそこに恥じらいも加わって恋愛未経験のおれには対応できなくなって。
 懊悩というか悶々としていたおれに衒いもなく会長が言った。

「そうなんだ。私は眠れなかったよ。榛名くんが横で寝てるんだもん。夜這いして来ないかな、夜這いしてみようかなって一晩中モヤモヤしてた」
「……変態ですね」
「そうでもないよ。他の子だってみんな多かれ少なかれ妄想してるって。榛名くんはしないの? 私やシャルロットちゃんと同居してて何も思わなかったの?」
「……」

 もちろん、答えられる筈もなく沈黙する。どうも昨日から会長の様子が変だ。
 広義的な意味で言えば元から変わり種ではあったが、会長らしくない。事あるごとにシャルロットの名前を出したり、比較したり……自意識過剰でなければ、独占欲が言動の節々から滲んでいるように見受けられる。
 黙っていてもどうしようもないのだが、とりあえず気怠さに身を委ねていたおれに、再び質問が飛んだ。

「一夏くんと居たときは、どんなことしてた?」
「……? そりゃ、ゲームしたり、駄弁ったり、プロレスごっこしたり……」

 怪訝に思いながらも、今は遠い懐かしい日々を掘り返していると、敷居が開いて、紺色のパジャマ姿の会長が仁王立ちしていた。

「よし、じゃあレスリングしよう」
「なぜに?」

 発想が飛躍し過ぎていて、心底意味がわからなかった。茫然と横になったままのおれに会長が襲いかかってきた。

「は? なんでっ!?」
「ほーら、パロスペシャルだぞー」
「何でッ!? ねえ何で!? イッタ! おれ立ってなくちゃいけないんですけどこれ! ねえ! ねえ!?」
「よーし、それじゃ逆エビ固めだー」
「……! ―――――ッ!!!!!」

 呼吸が出来なくなって、痛みと呼吸困難のダブルパンチに悶えていると、会長が手を離す。
 解放され、やっと人心地ついて、朝から冷や汗を掻いた。そういえば、人の眠りは明け方が一番深いらしい。
 その頃を狙って泥棒も侵入するとか。おれのところにやってきたのは暴力ヒロインだったけど。
 なあに、一夏がISで殴られてたのに比べれば何てことないよ。ハハッ。

「ううっ……会長に嫐られた……」
「人聞きの悪いこと言わないの。無抵抗の榛名くんがいけないのよ。もう少しくらい暴れてくれてもいいのに」

 不満そうだ。一夏ならまだしも、女性相手に肉体的接触の多い格闘技は刺激が強いから無理だ。
 朝だから頭と身体がろくに動かなかったのもある。無論、疑問もそうだ。

「どうしたんですか?」
「……」

 問いただすと、今度は会長が口を噤んだ。ベッドの上に女の子座りで視線を巡らす会長を見つめる。
 強引に聞き出すのも得策じゃないし、その方法もないので諦めようとしたら、ポツリと。

「榛名くんが好みのタイプを模索してた」
「……何でまた」
「言う必要ある?」

 理由は分かりきっているから、わざわざ口にする理由がない。されると、おれが困る。

「年上のお姉さんが好みなんだっけ? 一夏くんと同じで」
「あいつは織斑先生が好きなだけじゃないですか」
「でも、榛名くんは篠ノ之博士みたいな人が好きなんでしょ?」

 どうしてか、しつこい。何故そこまで固執するのか、得心がいかなかった。
 どうしておれがムキになっているのかもわからない。会長は口惜しそうに唇を噛んだ。

「篠ノ之博士が榛名くんと接触してから、ちょっと大人ぶってみた。篠ノ之博士に指摘されてから、どうしようか悩んで……どうすればいいのかなぁ。
 榛名くんはどうしてほしい?」
「どうって言われても……」

 会長の態度の変遷を辿ると、会長がおれとどう接するか思い悩んでいたのか、少しだけわかった。
 ただ、それとこれとは別で。会長との結婚が決まった以上はおれにはどうしようもないし、会長に下衆い欲望をぶつける気もない。
 視線を泳がすおれの肩を押して、会長がおれに馬乗りになった。

「襲おうと思えば、簡単に襲えちゃうのにね。裸になるのだって、そりゃちょっとは勇気いるけど、抵抗なんてないんだよ。
 キスするのだって……」

 覆いかぶさる会長が、すっと身を屈めたのに身体が強張る。脳裡に昨晩のシャルロットとのキスが蘇り――ふと目を細めて、会長が離れた。

「ごめん。頭冷やしてくる」

 足早に退室する会長を呆けながら見送って、静けさを取り戻した部屋で、大きく息を吐いた。
 ……別に性行為に抵抗なんてない。トラウマなんてないし、記憶もないから襲われても既成事実ができて逃げられなくなるだけだったのに。

「……織斑先生が悪いんだ」

 一夏を返せ、このやろうばかやろう。



●



 会長は、本当に生徒会長だったらしい。朝っぱらから開かれた全校集会で生徒会長として登壇していたから、長年の疑惑が晴れた。
 生徒会長じゃなかったら何なのかって、おれの婚約者としか言い様がないのだが、もうどうしたらいいんだろう。
 更識さん家の長女さんでいいか。その会長が『各部対抗織斑一夏争奪戦』なるものを提案したので、さあ大変。
 部活動に精を出す女子がひとりの男を奪い合う血みどろの争いの様相を呈したのです。
 姦しい喧騒のなかでおれはこう思いました。

 ――それっておれも参加できるの?

 正解はできません。理由は、部活動に参加していないからです。ふざけんな!
 おれはクラスの催し物を決めるSHR中に机で憤慨していた。激怒していた。今にも走り出しそうなほどだ。
 クラス代表の一夏が困った顔でなんか言っている。

「なあ、榛名も何か言ってやってくれよ」
「何の話だよ」
「聞いとけよ! 俺たちでホストやれとか王様ゲームやれって企画が出てるんだよ。嫌だよな?」

 前を見ると、『一夏と榛名のホストクラブ』とか『ハルナ姫』とか『織斑一夏と金剛榛名がツイスターゲーム』とか書かれていた。
 おれと一夏がくんずほぐれつか……

「ありだな」
「ええッ!?」
「よし! 金剛くんの許可は出たわ!」
「あとは織斑くんだけよ!」
「観念した方がいいよ、織斑くん~?」

 おれが乗り気と見るや一転して攻勢になる女子に、何か嫌な気分になる。違うよ、おれは純粋に一夏との友好を深めたいだけなんだ。
 決して同性愛なんかじゃないんだよ。わかってよ。

「皆さん、冷静に考えましょう! よーく再考なさってください。一夏さんと榛名さんがツイスターゲームをして何が面白いと言うのですか」

 セシリアさんが起立して訴えかける。シャルロットが便乗して追随した。

「そうだよ! お客様が全員そういうものが見たいわけじゃないんだよ?」

 乗り気だった女子が腕組みして唸った。

「うーん……利益重視なら確かに趣味に走るのは……」
「でも、これを逃したら生のBLがいつ見られるかわからないし……」
「二人に何でも言うこと聞かせる権利を売り出したら幾らになるか……私なら十万出しても買うのに」

 ちょっと思想がぶっ飛んでた。鷹月さんが頬を引き攣らせて言う。

「せ、せっかく男子を独占しているんだから、もっとそれを活かせる提案ないの? ホストクラブとかいい線いってると思うけど」
「純粋に人手不足だと思うが。どっちにしろ客寄せも接客も二人しかいないのだろう?」

 箒さんが口を挟む。需要は圧倒的に一夏にあるだろうし、おれにはドンペリ一丁! なんて言える気概も盛り上げるテクもない。
 そんな気分にもなれないし。

「ならアレでいいではないか。メイド喫茶で」

 行き詰まり欠けていた話し合いの最中にラウラが発言した。……何でラウラがメイド喫茶なんて知ってるんだ。
 お母さんはそんないかがわしい所を教えたことありませんよ。

「シシシシャ、シャルロット……な、ななな何でラウラがメイド喫茶なんて知ってるの」
「こ、声が震えすぎて怖いよ! えとね、この間ふたりで買い物してるときにバイト頼まれたんだ。その時にラウラがメイド服を着て接客したの」
「なん……だと……」

 おれはショックのあまり、頭が真っ白になった。シャルロットが「可愛かったよ~」とか楽しそうに話す声が鼓膜を叩くが、頭に入ってこない。
 なんてことだ……ちくしょう……! 見たかった……! おれもラウラのメイド姿見たかった……!
 SHRはおれが悔恨に苛まれて机に打ち拉がれている間に終わった。催し物は、無事『一夏と榛名のご奉仕喫茶』に決まったらしい。
 公序良俗違反してるようにしか聞こえないのはご愛嬌だ。



●



 放課後のバトルフィールドと化すアリーナに向かう途中で、おれは電波を受信した。
 電波はもちろん例えで、変な発想というか妄想が浮かんだのだ。おれは待機状態で指輪となっている『紫雲』を凝視した。
 おもむろに呟く。

「お前ひょっとして喋れたりしない?」

 案の定、何も返ってこない。端から見たら完全に痛い奴だ。でも、これは根拠がないわけでもないのだ。
 例の自爆したときに、何か声のようなものを聴いた気がする。後になってISが自立駆動したという話を耳にして、ISに意思があるのではないかと疑うようになった。
 もしかして話せるんじゃね? だって束さんが造ったものだし、そんな機能くらいありそうじゃん。
 そんな発想に至るのも仕方ないだろう? だって専用機が自立思考を持って会話可能なら、無理して人と話す必要もないし、ISだから変なことにならない。
 ひとりの寂しさも紛らわせるし、良い事づくめじゃないか。
 試運転から名前が取られた不幸な過去を持つコイツには、妙な親近感が湧く。弱いし、紙耐久だし、まさにおれみたいじゃん。
 話せるなら酒でも飲み交わそうぜ、五年後くらいに。

「や、榛名くん」
「……ども」

 偶然、ばったりと会長に出くわしてしまった。見られてないだろうか。いや、それを不安がるよりも今朝の件で頭を悩ますべきだ。
 いい加減、男らしく割り切るべきではないか。大人になって真剣に向き合うべきではないか。
 アリーナに向かうおれの横に会長が並ぶ。どうやって切り出そうか、しばし迷う。タイミングを見計らっていたら、会長が話しだした。

「今朝はごめんねー。どうも最近、情緒不安定でね」
「どうせなら襲ってみればいいじゃないですか。会長は変態だから欲求不満なんでしょう?」
「……こやつめ。年上の女性にセクハラするとは。教育がなってないわね」

 扇子の先で頬を突付かれ、緊張が緩和して空気も弛緩する。やっと、らしくなった。
 無理してスケベオヤジみたいなセリフを吐いた甲斐があった。行末の見えない将来の不安に苛まれるよりも、今の苦悩が一番つらい。
 少しずつでもいいから善くしていけばいいんだ。解決できるかは別として。
 とりあえずは、現状の改善はできたかな。と、安堵した瞬間だった。

「会長、覚悟ぉぉっ!」
「いィッ!?」
「――っ!?」

 竹刀を振り上げて突進してきた女生徒が、会長に襲いかかろうとしたのを見て、反射的に抱き寄せて庇ってしまった。
 たたらを踏む女生徒が、竹刀を正眼に構えて鬼女みたいな形相で睨んでくる。

「会長ズルい! 男子の独占はさせないわよ! 織斑先生の弟の織斑くんは、是非とも我が剣道部にィ!」
「いきなり何なんですか!」

 背中越しに怒鳴ると、竹刀を構えたまま女生徒が言った。

「生徒会長はいつでも襲っていいのよ! そして倒せた者が次の生徒会長になれるの!」
「どんな無茶空茶なルールだよ! ここ民主主義の国だぞ!」
「決めたのは会長よ!」

 どこの世紀末の世界の決まり事なのか、そんなとんでもない法律を作った当事者の会長を見下ろす。
 抱き寄せたので当然だが、胸のなかに小さくなって、すっぽりと収まっていた。

「いったい何してるんですか、あなた」
「え、あ……うん……」

 胸に顔を埋めて生返事をする会長に呆れる。一夏争奪戦といい、マジで適当に思いつきで行動してるだけなんじゃないか、この人。

「ちょっとぉ、金剛くーん! そこ退いてー! 会長倒せないー!」
「危ないからやめてください!」

 隣の校舎の二階から袴姿の女生徒が文句をいってきたので怒鳴り返した。薄々感じていはいたが、この学校って馬鹿なんじゃないだろうか。
 生徒会長って選挙で決まるものではなく、力で奪い取るものだったのか。時代が逆行してないか。
 それとも、普通選挙は大多数の愚民が間違った選択を犯す民主主義最大の失敗とか言い出すのか、ここの生徒は。
 ……一応、エリートの集まりだからありそうだな。セシリアさんとか。

「あんまり騒ぐと織斑先生呼びますよ? あの怖い織斑先生呼びますよ? 織斑先生に嫌われると一夏からの好感度も下がりますよ?」
「えー? 金剛くん、それは卑怯だよ!」
「不意打ちしてくる人に卑怯もクソもあるか!」

 正論を返すと、反論できなかった彼女たちは消沈して帰っていった。やっぱり織斑先生は怖いらしい。
 これからは問題が起こるたびに織斑先生を呼ぼうかな。何かたいていの問題がそれだけで解決する気がする。
 危険が去ったので、溜息をつくと、会長の背中に回していた腕を解いた。抱き寄せた肩は想像以上に華奢で、これでおれより強いのが不思議でならなかった。
 咄嗟とはいえ、女性を抱きしめてしまった自分が恥ずかしくなり、離れようとしたが、手を離しても会長との密着は解けなかった。

「会長、もう大丈夫ですけど」
「……」

 声をかけても会長の制服の胸部分を掴む手が、いっそう強く握りしめられるだけで、熱い吐息が服を這って首筋に届いた。
 あれ……

「会長……?」
「弱いくせに、どうしてこんなことするのかな、きみは。あれくらい、私、何ともなかったよ?」

 胸に顔を埋めたままで、会長が毒づく。つむじが真下にあって、会長が使っているシャンプーの薫りが強く香った。
 それから逃れるように顔を逸らして言う。

「いや、あれは、咄嗟に身体が動いて……」
「うん。わかってる。きみは、そういうコなんだよね。一夏くんの時も、そうだったもんね。
 私は、そんなところを好きになったんだから」

 何か会長にスイッチが入ってしまったようで独白のような告白に固まってしまう。突き放すこともできない。

「胸板、意外と厚いんだね。私が守ってやるって息巻いてたのに、こうされると存外心地よくて、頭が真っ白になっちゃった。
 ……やっぱりダメだ。私、我慢できないよ、榛名くん」

 顔を上げて、上目遣いの瞳に見つめられる。見つめ合うと素直になれなくなる病気なので、目を逸らそうとしたら、首に会長の腕が回された。

「ごめん、榛名くん。私、今からとてもきたないこと、するね」

 制止の声をかける間もなく、背伸びした会長の顔が右の首筋に迫った。そこに会長の唇が触れたと思ったら、吸い付かれた。

「は!? ちょ、ちょっと」
「んっ……」

 鼻息が肌を艶かしく這い、唇の触れる首が熱く、水音が耳の近くで鳴った。
 あまり強く吸うので、痛痒に顔をしかめた。なにされてるの、おれ? なにされてるの、おれ!?

「はぁ……」

 唇が離れると、生暖かい息が吹きつけられた。仕上げとばかりにチロリと吸われた場所を舌が舐める。
 動揺が極まっていたおれに会長がいたずらっぽく微笑んだ。

「べー。つけちゃった」
「は? は? ……は?」

 口付けされた箇所を手で押さえ、疑問符を語尾につけて、ぐるぐると覚束ない頭で必至に考えていると、会長はくるりと軽快に踵を返した。

「じゃーね。榛名くん」
「は? な……ええ!?」

 取り残されたおれは、周囲を見渡して、誰もいないことを確認するとトイレに直行した。
 首を傾げ、鏡に映る口付けられた箇所を見る。……くっきりと、紅い痕が残っていた。
 ……キスマークだ。

「マジかよ……」

 愕然と、鏡を見つめたまま固まる。痕は判然と赤く染まっていて、注視しなくても浮かび上がっているのが見て取れる。
 どうしよう……こんなん付けているのがバレたらどうなるかわからない。絆創膏を貼ろうと思ったが、そんなものを付けていたら余計に目立つ。

「……襟を立てればいいか」

 いつぞやの偉い人もやっていた由緒ある着こなしを思い出し、元々立っている襟をさらに立ててみた。
 すごい馬鹿っぽかった。ちなみにISの練習はサボタージュした。スーツを着たら、一発でバレるから。



●



 おれは戦々恐々と食事を取っていた。場所は食堂。夕飯はきつねうどん。もううどんじゃないとおれでない気がしてくるくらいうどん。
 視線を右往左往させながら、首を縮めてうどんを啜る。明らかにおれは挙動不審だった。
 会長にキスマークを付けられたおれは、頭隠して尻隠さずというか、素振りが不審すぎて周囲に訝しげられていた。
 なぜ特訓に来なかったのか問い詰めてくる一夏が、おれを見て顔をしかめるレベルの不審さというと、おれの擬態に甘さが如実にわかるだろう。
 周りの女子がヒソヒソとおれを見ているのは、決して疑心暗鬼に陥っているからではない。
 怪しがられているのだ。おれの身に何かあったのでは、と。

「おい、どうしたんだよ」
「何でもないって」

 隣に座る一夏の疑問の声に笑顔で答えると、一夏の頬が引き攣った。そんなにヤバイのか、今のおれは。
 亀か。亀に見えるのか? それともすっぽんか。もう伸ばせばいいのか。無理だ。

「怪我でもしたの?」

 向かいに座るシャルロットが心配そうに言う。胸が痛い。ソーセージを頬張るラウラがぶっきら棒に言った。

「私は整体に覚えがある。見せてみろ、母。一瞬で楽にしてやる」
「まるで人を殺すときの一言みたいだよ、ラウラ」

 物騒な日本語に背筋が冷える。神経とか大丈夫なのか。

「マッサージなら俺がしてやるよ」
「いいって」

 反射的に断ってしまった。しまった、一夏と遊べるチャンスだったのに。

「ねえ、あたしは二組だから良くわからないけど、榛名くんどうしたの?」
「さあ……放課後からこの調子で……」

 鈴さんとセシリアさんがこそこそと話しているのが耳に届く。マズイ……キスマークっていつになったら消えるんだっけ。
 ネットで調べておくんだった。医療用語で吸引性皮下出血って言うんだっけ。
 早く逃げ出そうと急いでうどんを啜るおれの背後で、人の気配がした。ぎょっとして、その瞬間には遅かった。

「あーーーっ! こんこんの首筋にキスマークついてる~!」
『ええええええええええええええええええええええ!?』

 こっそりと忍び寄って首筋を覗きこんだのは、あろうことかのほほんさんだった。
 おれは宗教裁判にかけられた憐れな女性の心境を想起させられた。おれを逃がさないよう、檻のように野次馬が取り囲む。
 終わった……おれは脱力して、肩を下ろした。

「き、キキキキスマークぅ!?」
「え、うそ!?」
「うわ、本当だぁ!」

 クラスメートの女子がおれの襟をずらし、痕を確認すると、犯人探しが始まった。

「相手は誰?」
「おい、榛名! しっかりしろ!」
「キスマークとはなんだ?」
「シャルロット?」

 鈴さんがシャルロットを見るが、シャルロットは蒼白な顔で首を振った。
 一夏にガクンガクンと肩を揺らされながら、喧騒の只中にいるおれはキスマークも知らないラウラかわいいな、と現実逃避していた。
 ざわつく周囲は、剣呑とした空気になった。

「シャルロットじゃないって……」
「じゃあ……」

 特定が進む。一夏たちは多分、束さんだと思っているのかもしれないが、他の人は相部屋の会長だと思っているだろう。
 それは正解で、お前ら誰かひとりくらいキスマークじゃないんじゃないか、って疑問に思えよと心の中で悪態をついていると、

「これは何の騒ぎ?」

 おれの顔の筋肉が固まった。声の主が容易に想像できた。人混みを掻き分けて会長がおれたちの座るテーブルにやってくる。
 自然な感じで会長は近くの女生徒に尋ねた。

「どうしたの、みんな?」
「えっと……それが……金剛くんが首にキスマークを……」
「あ、それ、私」

 あっさりとバラして、扇子を広げて口元を隠した。なにしてんだよ、この人。
 瞬間、割れるような悲鳴と怒号が飛び交った。

「せ、生徒会長と金剛くんが!?」
「え……本当に?」
「付き合ってるの!?」

 戦犯になった気分だった。何も悪いことしてないのに、何でこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。
 騒がしい周囲を静める合図のように扇子を鳴らすと、会長は悠然と言った。

「はい、静かに。付き合うってのは、少し違うわね。私と榛名くんは、婚約者なの。私たち、結婚するの」
『はああああッ!?』

 おれは耳を塞いだ。ここで言うのか。発表しちゃうのか。……いや、初めからこのつもりで、これをつけたのか。

「え、ええ……! は、榛名! ホントか!?」

 驚愕しっぱなしの一夏が、真偽を尋ねてくる。おれは黙殺したが、それで察したようだ。
 箒さんとかセシリアさんとか鈴さんとかの目が痛い。ラウラの純粋な目も見られなくて、シャルロットなんて絶対に顔も向けられなかった。

「榛名……嘘だよね……?」

 縋るようなシャルロットの声が聞こえたが、何も言えなかった。

「嘘じゃないよ。ね、榛名くん」

同意を求める会長の声にも答えなかったが、息を飲む雰囲気がして、遅れて席を立つ音が響いた。

「シャ、シャルロット!?」
「待ってください!」

 鈴さんとセシリアさんが後を追って、どよめきが強くなる。罪悪感とか色んなものが込み上げて、胸中を揺蕩った。
 それでも会長を責める気持ちにはなれず、自責の念と後悔ばかりが募る中、谷本さんが声を荒らげた。

「それはあんまりなんじゃないですか、会長!」
「あなたは……谷本癒子ちゃんだったかな」
「私のことなんてどうでもいいじゃないですか! それより、何でこんなことしたんです。みんなに見せつけるためですか!」
「ちょ、ちょっと癒子」
「黙ってて!」

 一瞥する会長に谷本さんが怒鳴った。どうも激昂しているようで制止する鷹月さんも振り払った。
 会長は、視線を斜め下に向け、語気を弱めて言う。

「何で、か。改めて問われると、ちょっと答えづらいかな」
「やっぱり後ろ暗いことがあるんですね」

 難詰するかの如く睥睨する谷本さんを会長が睨み返した。

「勘違いしないで欲しいわね。私は自分への怒りはあるけど、榛名くんに対する感情に後ろ暗いことなんて何もないわ」
「金剛くんの気持ちを無視して結婚の話を持ち込んでおいて、なに言ってるんですか!」

 周りが視界に入っていないみたいだ。まだ婚約の話が唐突すぎて状況を把握できていない他の生徒と違って、谷本さんは事前に話を知っていたから、こんなに怒っている。
 会長が眉根を寄せ、唇を噛んだ。谷本さんが続ける。

「好きなら金剛くんの気持ちも大事にして、堂々と勝負すればいいじゃないですか! なのに影でコソコソして、挙句の果てにみんなの前で見せつけるような真似して……卑怯ですよ!」
「……なら、あなたたちは榛名くんに何かしてあげたの?」

 静かに、会長が反論した。谷本さんが意表を突かれたように瞬いて、気を削がれた声音で言った。

「何か、って」
「癒子ちゃんは榛名くんの事情を知ってたんでしょう。どこで知ったのか知らないけど、榛名くんの身の上話を聞いて、どうしたの?
 力になってあげようとした? 大方、大変だなとか他人事みたいに思ってただけで何もしてあげられなかったでしょう? 違う?」
「……それ、は」

 その言葉に、おれも言葉に詰まった。おれの苦労話を、誰もが遠い異国のニュースを見聞きするような感覚で聞いて、それで終わりだった。
 生徒だけでなく織斑先生も同じで、例外は束さんを除けば会長だけだったんだ。
 言い淀む谷本さんに、会長は吐き捨てるように言った。

「確かに私は衝動に任せてこういうことをしたけど、榛名くんの為に何もしてあげられなかった人に否定されたくない。政略結婚ではあるけど、私は自分の意思で榛名くんを選んで、榛名くんの為になりたかったの。それは誤解されたくない」
「……」

 谷本さんは俯いて、黙ってしまった。会長はおれの元まで歩み寄ると、おれの手を取った。

「行こ、榛名くん」

 何かもう、どうしたらいいかわからなくて、言われるがままに席を立ったおれをラウラが呼び止めた。

「母、待ってくれ。どういうことだ。なぜ教えてくれなかった」
「そうだよ。何で黙ってたんだよ、榛名」

 一夏も追随しておれを問い詰める。おれは、

「……」

 何も言えずに、会長に手を引かれて食堂をあとにした。
 情けなさが募るばかりで、不甲斐ない自分への苛立ちで身が焦がれそうだった。
 どう足掻いても人を傷つけなければならないときにどうすればいいかなんて、おれにはわからなかった。



あとがき


           |:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
           |ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ ::::::::::::::::::::::::
           |::{/≧===≦V:/ :::::::::::::::::::::
           |>:´:::::::::::::::::::::::`ヽ、 :::::::::::::::::
           |::::::::::::::::u:::::::::::::::::::::ヽ :::::::::::::::::
           |:::::u:::::::::::::::::::::::::::::::::ハ :::::::::::::::::
           |::::l:::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i ::::::::::::::::  榛名頑張れ!
           |::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::::l ::::::::::::   モッピーはなんにもしないけど
           |::::|c≧z !V z≦o/::::/ :::::::::::::
           |::::ト “     “ ノ:::/ :::::::::::::::::
           |\ト ,__ ´`  ィ::/::| :::::::::::::
           | / (⌒)   (⌒) グッ ::::::::::::::
           |  / i     i ヽ ヾ:::::::::::::::



[37185] 一夏がついてくるっつってんだろ!
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2013/12/13 02:58
まえがき


            ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
              {::{/≧===≦V:/
          >:´::::::::::::::::::::::`ヽ、
       γ::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll!:::::l::::/|ハ:::::::∧::::i::::::i   
     、ヾ|::::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l   モッピーが榛名を応援するわけないだろ!
      ヾ:::::::::|V≧z !V z≦/::::/   榛名はくたばれ!箒ちゃんを出せ!
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /:::::\ト ,_ ー'  ィ::/::|   
        /,,― -ー  、 , -‐ 、
       (   , -‐ '"      )
        `;ー" ` ー-ー -ー'
        l           l




「出番」



        ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
          {::{/≧===≦V:/
       >:´::::::::::::::::::::::`ヽ、
    γ:::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
  _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
. | ll ! ::::l::::/|ハ::::::∧::::i :::::::i
  、ヾ|:::::::|:::/、|:::::i::::/::::.メj:::/:l
   `ヾ::::::|V /:(◯),!V、(◯)/:::/ はじめからないだろッ!
.    ∧::::ト “   ,rェェェ、 “ ノ:::/!
.    /:::::\ト , _ |,r-r-| _ィ:/:::| i |
  /        ̄  ヽ !l ヽ i l
 (   丶- 、        しE |そ  ドンッ!!
  `ー、_ ノ         l、E ノ <
               レYVヽl








 逃げるように食堂をあとにして、おれと会長は部屋に戻った。手は繋がれたまま。後ろ手にドアを閉め、立ち尽くした会長の背中を見る。
 灯りをつけるが、会長は微動だにしなかった。

「会長?」

 訝しり、呼びかけると、肩が震えた。

「ふ、ふふふ……あははは! 言っちゃた、言っちゃったね榛名くん」

 くるりと振り返ると、会長は目の端に涙を滲ませて破顔した。
 痛快だったのか、悲痛だったのか。指で雫を拭って小首を傾げた。

「これで明日には全生徒が私たちのこと知っちゃうね。エッチなことしてるって思われたかも」
「そうですね」
「怒ってない?」

 不安げに揺れる瞳にトーンを変えずに言った。

「おれが会長を怒れる立場にないですし、それに……誰が悪いって言ったら、おれですから」
「嘘。絶対に怒ってる。私、全部わざとやったんだよ。榛名くんは私のなんだって、こんな手を使って。
 それに……私、榛名くんに叱ってほしい」

 予想外のことを言い出した会長に目を剥くと、コツンと額をおれの胸に当てた。

「前は、私がふざけたりイタズラすると、呆れた顔で注意してくれたじゃない。私、あれが心地よかったんだ。
 今日、榛名くんに抱きしめられた時に思ったの。榛名くんを困らせたら、もっと私のこと見てくれるかなって」
「……傍迷惑な」
「うん。こんな女でごめんね。矛盾してるってわかってるんだけど」

 クスっと子猫のように微笑して、額をこすりつけてきた。
 ふと、顔を上げておれの首の痕を覗き見る。

「私がつけたのすごく赤くなってるね。いつになったら消えるかな? ……ずっと残っててほしいな。消えたら、またつけていい?」

 感慨深げに呟いて、自分がつけたキスマークを指でなぞる。こそばゆい感覚に少し身震いした。

「……せいっ」
「痛っ。DVだ! DVだ!」
「いい加減にしてください」

 軽く頭を叩くと、たいして痛くもないくせに頭を抱えて騒ぐ会長に嘆息する。
 自分はもっと凄いことしたくせに。普通の人はパロスペシャルを無防備な人にくらわせたりしないぞ。
 せいぜいタワーブリッジくらいだ。一夏にやられた。

「……一夏くんじゃないけど、榛名くんもモテるから。こうしてアピールしておかないと」
「人生でモテた試しがないんですけど」
「なら、今がモテ期なんじゃない?」

 軽い語調で言われて、そんなくだらない単語に感慨深い気分になる。都市伝説ではなく、そんなものが本当に実在して尚且つその当事者になるとは思わなかった。
 複数の女性に言い寄られるなんて、漫画のラブコメでしか知らない事柄に脳が鈍くなっている。
 滅多にないし、おれの記憶では、こういう話の大半が上手くいった試しがない。最後にはおれが刺されて終わるのではないか。
 そんな一抹の不安が胸を過ぎる。ほら、よく聞くじゃん。良い船ですね、って。ここだとnice IS.かなぁ。誰のでおれの首だけが世界中を旅するんだろう。

「……別にモテたくなんてなかったんですけどね」
「そうね。私も、榛名くんを好きな人が世界で私だけなら良かったのにって、何回も思った」

 ぼそりと呟いた逃避に会長が追随した。さらりと出たにしては重い残響と内容に、おれには返す術がなかった。



●



 おれと会長の婚約の報は、昨夜の内にIS学園全関係者全員が知るところとなったらしい。打てば響くというか、IS学園は女性が多いので噂話が瞬く間に広がる。
 そしてそのヒソヒソと話す声が絶妙な音量でおれの耳に届くのでタチが悪い。やれキスマークがあっただの、童貞公言していたのにやっちゃっただの、一夏くんが可哀想だの、私たちを裏切っただの。
 最後の方々は思考が腐ってらっしゃるのでどうでもいいが、おれの手の及ばない所で勝手に進んでいた縁談なんか、おれにどうしろというんだと、声高に言い返したかった。
 肩身が狭いので縮こまっていたが。朝の食堂の隅っこで今日もちびちびとうどんを啜る。
 何か会長は文化祭の運営とかで奔走しており、おれは一人ぼっちだった。別に寂しくないけどね。これっぽっちも寂しくなんかないけどね。

「あ、いたぁ!」

 大声に振り向くと、何やら気色ばんだ鈴さんが大股で近寄ってきた。うどんを箸で抓んだまま固まったおれの腕を掴むと、思いっきり引っ張られた。箸がテーブルに落ちる。

「ちょっと来なさい!」
「あ、ちょ! 引っ張らないで!」

 まだ半分しか食べてないうどんを残して食堂から連れ出されると、セシリアさんも腕組みして待っていた。
 心なしか眉間に皺が寄っている。これから始まることが容易に予想できて、げんなりした。

「何ですか?」
「何ですかじゃないわよ! どういうことよ、結婚ってぇ!」

 八重歯を剥き出しにして怒鳴る鈴さんに気落ちを禁じえない。いや、おれもどういうことなのか経緯を詳しく知りたい。
 鈴さんやセシリアさん――そしてシャルロットからすると、おれは心を弄んでおきながら会長に乗り換えたようにでも映っているのだろうか。
 少しの痛痒、胸が疼く。セシリアさんが変わらず難しい顔で続く。

「まさかわたくしたちが危惧したことが現実になるとは思いませんでしたわ……後で話を伺いましたが、生徒会長が榛名さんに惚れてしまったとか」
「だからっていきなり婚約ってのもどうかと思うけどね。まだ十五でしょ、榛名くん」

 イライラが隠せていない鈴さんは、今にも地団駄を踏みそうだ。どうしたものかと思慮していると、鈴さんが怪訝な眼差しを向けてきた。

「……榛名くんと相部屋になった人、全員が榛名くんに首ったけになってるんだけど、何かやってるんじゃないでしょうね。
 調合した惚れ薬をお茶に仕込んだりとか。……あるなら譲って欲しんだけど」
「するか! あるか!」

 突拍子もないセリフに敬語も忘れて叫んでしまった。ま、いいか。
 全員って一夏も入ってるんだけど、間違ってもないだろう。おれも今は一夏が恋しいし。

「そこは……まあ、榛名さんの人徳? のおかげと言ってよろしいのではないでしょうか?」
「何で疑問形なの?」
「だってあたしたちは榛名くんを男として好きじゃないし、どこに惚れたのか何て知らないもの」

 尤もだが、とっても傷ついた。分かってはいたが、悪気はないのは分かっているが、すっごい傷ついた。
 おれも聞きたいくらいだから、他の人にはおれが言い寄られているのが不思議でならないのだろう。
 だから、おれもどうしたらいいか判らないでいるのに。

「つーか、それはどうでもいいのよ。あたしが言いたいのは、シャルロットのこと」
「……あー」
「あの後、あたしたちが追いかけたんだけど、シャルロットは部屋に引きこもっちゃって。ISでブチ開けても良かったけど、さすがに気が引けてね。
同室のラウラに任せたはいいんだけど、ラウラでしょ? ちゃんとケアできてるか不安だし」

 名前が出た途端に空気が重くなる。キスをしたのが、一昨日だったか。
その次の日にその相手が相部屋の女性と親密な間柄で婚約もしていると知らされたシャルロットの気持ちを思うと、罪悪感だけが募った。
いっそ、これで見限って嫌いになってくれないかとさえ思う。その方が幾分、心が楽だった。

「実際は、どうですの? 生徒会長とは、その……」
「みんなが想像してるようなことは一切ないよ。これも、学校で付けられただけ。流れで抱きしめたりとかはあったけど」
「うわあ、会長もやることえげつないわね。全員の前で見せつけたわけか。ついでに、あわよくば榛名くんを好きな女の子に諦めさせようって魂胆なんだ」

 呆れたような声を鈴さんも出すが、鈴さんも似たようなことしてたよね?
 ほら、転校してきたばかりの頃に、幼馴染アピールして二人だけの空間を演出したりして……
 あとが怖いので口にはしなかったが。

「破棄はできませんの?」

 心情的にシャルロットの味方なのだろうセシリアさんが、懇願するような声で訊いてくる。
 おれは努めて平坦な声で言った。

「会長との縁談を断ったら、他の有力者との縁談が持ち込まれるイタチごっこなんだ。そのたびに断って、政府の役人の面子を潰すと、おれの立場も悪くなるから」
「狸爺どもの面子より大事なものがあるでしょうがッ!」
「もちろんあるよ。おれの身の安全と立場」
「この――!」
「父さんと母さんの身柄は政府が預かって安全を保障してくれているんだ。反抗的な態度なんてとれないよ」

 家族の話題を出すと、鈴さんも閉口した。怒りで紅潮していた顔が、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
 汚い逃げ方だが、事実だ。重要人物保護プログラムで匿われた両親は政府の管理下にある。言い換えれば、自分たちの裁量次第でどうにでもできるということ。
 離れ離れになっても家族だ。関係が赤の他人になって名前が変わっても、血の繋がった親子である事実は変わらない。
 世界で二人だけのISパイロットとはいっても、所詮は一人の男子高校生に過ぎない。国家というのは想像よりも遥かに大きく強固なものだ。
 だからどうにもできないんだと、言い逃れておく。

「そうですわ! 世論に訴えかけましょう! 民衆に呼びかけて、醜悪な権力争いで政略結婚を強いる政府を責めればきっと――」
「会長みたいな美人と結婚できるのに、それを振って別の女の子と付き合いたいとか言う贅沢ぬかす男の意思を誰が支持してくれるのさ」
「……ぐ、群集心理を利用すれば……」
「あたしが男だったら殺すわね。逆に榛名くんに暴動の危険が及ぶんじゃない?」

 セシリアさんの意見を即、却下する。思慮するまでもない。そんなの弾に相談した時点で結果は明白だ。
 IS学園という花園でそんなラブコメめいた恋愛してる奴の人生なんて知ったことではない。おれだって逆なら死ねって思う。
 会長がとんでもない醜女なら世間の同情もかえたかもしれないが、会長を美形だと思わない男などいないだろう。
 そもそも、ただ政略の為だけに持ち込まれた縁談なわけでもない。

「……二人には申し訳ないと思うけど、おれも男だから、嫌な気持ちだけじゃないんだ。好意は伝わってくるし」

 あれだけ綺麗な人に好きだと言われて、一途な想いをぶつけられて心が揺れないはずがない。
 強引で卑怯な手を使っていても、それに迷い、苦悩している姿を見せられては責められない。
 だから何だと言われれば、それまでだが。

「申し訳なく思うなら、あたしたちじゃなくてシャルロットにでしょ」
「……」

 鈴さんの辛辣な物言いに唇を噛む。言い訳して逃げてばかりのおれの芯に堪えた。

「煩わしいモノばかりですのね。ISさえ無ければ自由に恋愛できましたのに、ISが無ければそもそも出会ってすらいないとは」

 セシリアさんが虚しそうに呟いた。それはここにいる全員に言えることで――箒さんだけは、ない方が良かったと思っているのではないか。
 ふと、ISがない世界のおれたちを想像して……虚しくなるばかりなので早々にかぶりを振った。
 朝の空気は爽快だったのに、胸は悪くなるばかりだった。



●



 すれ違う山田先生に妬みと嫉みと僻みの込められた視線で睨まれ、まだ二十歳そこそこなのに行き遅れアラサーじみてきた先生に戦慄しつつ、教室に入ると一斉に視線がおれに集まった。
 学級裁判にかけられる無実の生徒の気分になり、おれは気後れした。視線の圧力で悪くもないのに自白してしまいそうだった。
 どうして民衆は一人を吊るし上げるんだ。何で村八分なんて因習を作ったんだ。どうして生贄になる村人は年若い美少女だけなんだ。
 おれは何とも言えない疎外感に苛まれながらも席についた。まだシャルロットは来ていないようだった。
 耳を澄ますと、やはりあの一件でクラスは持ち切りのようだった。

「やっぱり榛名くんは床上手なのよ。榛名くんのルームメイトになった人、みんな榛名くんにメロメロになってるもん!」
「大人しそうなのに実はベッドヤクザ!? ヒャー」
「きっと織斑くんも榛名くんの巨根に誑し込まれたのね……」
「でも、臨海学校のときは童貞だって言ってなかった?」
「じゃあ、お尻で!?」
「きゃー!」

 おれはキレた。

「いい加減にしろよお前ら!」

 おれは声を張り上げて立ち上がった。このクラスの人は良い人ばかりだが、ホモに関しては妥協しないのだ。
 つまり、腐っているのだ。だからおれは朱に交わる前に断ち切らなければならない。おれは腐ったリンゴにはなりたくないのだ。
 怒声をあげたおれに驚いたのか、静まり返る教室でおれは心を鬼にして言った。

「よーし、そんなにおれが女誑しだって言うんなら、試しに実力を見せてやるよ」
「え……?」

 おれは目を眇め、扉の前に仁王立ちし、獲物を待った。おれが皆の言うように生粋の女誑しなら、即興で出会う女の子、出会う女の子を虜にできるはずだ。
 相手を選ばない。信じるのは、おれのテクニックのみ……おれは腹を決めた。
 教室の扉が開く。入って来たのは――箒さんだった。おれは肝が冷えるのを感じた。

「ん? ……どうした、榛名」

 入室した瞬間から正面から見つめるだけのおれを訝しげに睨んでくる。後ろに下がろうとする足を前に踏み出し、おれは近寄って言ってやった。

「お、おれと今晩一緒にトゥゲザーしない?」
「……は?」

 箒さんは顔を歪めて呆然としていた。おれは自分の口から出た言葉のダサさが信じられず、ショックで固まった。
 なぜ一緒とtogetherの意味が重複する言葉を選んでしまったんだ。英語は得意科目だったのに……

「……何を言っているんだ、お前は」

 汚物を見るかのような目で睨まれ、おれは危うく泣きそうになった。

「ほらな! 無理じゃねえか! おれなんて所詮こんなものなんだよ!」
「いや、元から可能性ない人に迫ってもダメじゃない」

 おれは錯乱して踵を返し、席に戻ろうとすると、鷹月さんの的確な指摘が胸に刺さった。
 もっと早く言って欲しかった。失意の中、肩を落とすおれの前に誰かが立ちはだかった。
 顔を上げると、瞳を潤ませた谷本さんがおれを見つめていた。

「金剛くん、かわいそう……」
「え?」
「お父さんお母さんと離れ離れになって、新しい家族も知らない人に決められるなんて……挙句の果てにこんな扱いにされて……金剛くん、可哀想すぎるよ……」

 そして静々と泣き始めたものだから、教室の空気が白けたものからしんみりとしたものに変わってしまった。

「そういえばそうだね……」
「金剛くん、帰る家もないんだもんね」
「好きな人くらい自由に決めさせてくれてもいいのに、時代錯誤の政略結婚を強いられて……」
「そんな人に私たちはホモだゲイだと言って面白がって……」
「金剛くん、ごめんね」
「ごめんね……金剛くん」

 同情の視線と言葉を一身に注がれ、おれは狼狽した。え、そんなにおれって可哀想なの? 泣くほど?
 親友も娘もいるのに……おれは打開する手がなくなり、立ち尽くすしかなかった。
 やめろよ……精神的に参っているときに優しくされたり同情されると人は泣いちゃうんだぞ。やめろよ!

「……事情が掴めんぞ。なんなんだこれは……」

 そして、置いてけぼりをくらった箒さんが複雑な表情で呟いた。経緯を話したらおれが殺されるので黙っておいた。
 基本的に一夏大好きな女性陣は、おれの味方というより、友人のシャルロットを悲しませたくない気持ちの方が強いからだ。
 次に教室に入ってきたのはラウラだったが、顔が死んでいた。株に失敗して人生が終わった人のような顔だった。

「ど、どうしたラウラ?」

 今すぐに駆け寄って慰めてやりたかったが、同情するクラスメートの輪から抜け出せず、取り残された箒さんがラウラに声をかけると、ラウラは機械を思わせるぎこちない動きで箒さんを見た。

「は、母が結婚……そうすると奴が義母に……母は今までシングルマザーだったのか。すると私は更識ラウラに……だが、今の母と私の名字は違うんだ。なぜだ……?
一夏を嫁にすると一夏・ボーデヴィッヒ……だが私は更識ラウラになるから一夏も更識一夏に……人類がみなサラシキになってゆく……」
「何を言っているんだお前は! おい、しっかりしろ!」

 完全に錯乱し、茫然自失となっているラウラをがくんがくんと揺さぶる。教室は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
 そこに飛び込む夏の虫――いや、金色の麗しい縦ロール。

「母はなぜ母なんだ……母はなぜ男なんだ……母は未婚の母だったんだ! 私は私生児だったんだ!」
「しっかりしろぉぉラウラァァ!」
「金剛くんごめんねえ~!」
「やめてよ! おれを憐れまないでくれよ! 泣くからな! おれも絶対に泣くからな!」
「な、なんですの、これは……」

 きっと、家から出たら世界が破滅していた人の反応はこんな感じなのだと思わせる唖然とした顔でセシリアさんが呟いた。
 きっと、今日はクラスの終末の日なんだ。おれは地獄が去った後に来る天国を待った。

「どうしたんだ、これ?」

 一夏がやってきた。おれは藁にもすがる想いで一夏を見た。クラスに来た一夏の顔はドン引きしていた。
 が、おれを囲むクラスメートが号泣しているのを見ると、鬼気迫る形相で歩み寄り、おれの胸倉を掴んだ。

「なにやってんだよ榛名!」
「はあ?」
「おれの知ってる榛名は、女の子を泣かすような奴じゃなかった! 友達想いで優しかった榛名は、どこ行っちまったんだっつってんだろ!」
「ええ……?」

 おれが泣かした訳じゃないのに責められて、おれは狼狽した。教室はこの世の地獄だった。
 一夏も地獄の使いだったんだ。喧騒に次ぐ喧騒にどうしようもなくなったクラスに、最後に現れたシャルロットだった。
 ――正直、今日は休むかと思っていた。おれの婚約の件がショックで顔も見たくないくらい落ち込むと思っていた。だが、彼女はそんなに弱くなかったようだ。
 女子の輪を割っておれの前に来たシャルロットは、泣き腫らしたのか、充血した目でおれを見つめて言った。

「おはよう、榛名」
「お、おはよ」

 まだ一夏に胸倉を掴まれたままだったが、挨拶を返すと、ぎこちなく微笑んで、険しい顔になると、

「ねえ、榛名。ひとつだけ訊かせて。榛名があの事を知ったのはいつ?」

 言葉少なめに質す。あの事とは――尋ねるまでもない。おれは視線を逸らした。

「夏休みが終わる、前の日……」
「……そっか。そうなんだ。そうだよね……」

 顔を伏せ、確かめるように、噛み締めるように呟く。再び顔を上げたシャルロットの表情は、貼り付けたような淡い笑顔だった。

「うん、わかった。ありがとね、榛名」

 その、ありがとうの意味が分からず、おれは忘我と固まってしまった。
 てっきり、盛大に罵られてビンタでも拳でも飛んでくるかと、そのくらいは覚悟していたからだ。
 その後、機嫌の悪い山田先生がバラバラのクラスを統制して、HRが始まったのでシャルロットに訊くこともできなかった。



●



 このアウェー感をどうにかしたい。昼休みに食堂の列に並んでいたおれは、ブーイングされるプロスポーツ選手の気分を少しだけ味わっていた。
 べつだんブーイングも罵声もメガホンも生卵も飛んでこないが、陰口は飛んでくる。と言っても侮辱しているわけではなく、例の婚約についての話を尾ひれをつけてヒソヒソしているだけなのだが、腹が立つものは腹が立つ。
 もうグレてやろうか。人を育てるのが環境なら、人を過ちに走らせるのも環境だ。
 ドラマとかで母親が変わり果てた息子に「そんな子に育てた覚えはないわよ」と嘆くが、変わり果てる過程を知らないことにこそ問題があると、おれは常々思っていた。
 人が変わるのにだってプロセスがある。影響を受けやすい子供ならなおさら繊細だろう。
 ちょっとしたシグナルに気がついてあげて、過ちに走りそうになったら正してやるのも大人の役割じゃないのか?
 今のおれは正論マシーンと化しているから口論では負ける気がしないぜ。グレてもインテリ化してインテリヤクザまっしぐらだ。
 ほら、偶にいるじゃん。不良のくせに成績は良いやつ。おれもあんな感じで幅を効かせてやろう。
 おれが目下IS学園制覇の目標を脳内で掲げ、国家代表候補生を倒す術がないことに気づき早々に絶望していると、にわかに後ろが騒がしくなってきた。
 おれは、やれやれ、またIS学園特有の騒動か? と、呆れながら、そういえばまだ昼飯何にするか決めてないなぁと思いながらも振り返ってみることにしたのである。

「やっほー」

 後ろには、扇子を広げた会長が笑顔で立っていた。注目を集めても動じていない肝っ玉は流石だ。
 渦中の二人が揃ってしまったので、喧騒は二段増で音を強めた。

「どうしたんですか?」
「お弁当作ってきたから、一緒に食べようと思って」

 左手にぶら下げた包みを掲げる。……もしかして、朝にいなかった理由はこれか。

「まだ注文してないならいいでしょ?」
「……まぁ、はい」

 濁した声で返事をした。背中に引かれて、空いている席に座った。どうしても注目を集めてしまう。
 昨晩、ここで盛大にやらかした二人が衆人監視の中で仲睦まじく手作りの昼食を食べようとしているのだから自明の理である。
 それにしても、おれって尻に敷かれすぎじゃない? 生まれてから今に至るまで誰かにヘコヘコして生きてるぞ。その結果がこれだよ。見ろよこの無残な姿をよぉ? なあ?

「ご開帳~」

 呑気な声で開かれた弁当箱は漆塗りの重箱で、中身も比例するように学生の昼食に似つかわしくない豪華なものだった。
 気合が入りすぎて申し訳なく思ってしまえるくらい奢侈な弁当の中に、唐揚げと肉じゃがという庶民的な料理を見つけて、別の意味で絶句した。

「どうどう? 腕によりをかけて作ったんだよ、この……愛妻弁当? きゃっ」

 頬に手を当て、会長は恥じらう仕草を見せる。それにつられて周囲がどよめいた。ああ……

「会長……」
「はい、あーん」

 満面の笑みで唐揚げを摘んで、口を開けろとせがんでくる。悲鳴じみた歓声も聞こえた。躊躇いながらも口を開ける。丁寧に放り込まれた。

「……」
「どう?」

 冷めてはいたが、確かに美味しかった。貧乏舌には過ぎた肉と腕だ。

「けっこうなお手前で」
「よかった。じゃあ、これも」

 アーン、と肉じゃがのジャガイモを口に運ぶ。噛むと染みた煮汁の味が口内に広がって、次が欲しくなった。
 どうしてこうも料理が上手なんだ。……母さんがもう少し料理上手だったら、おれの胃袋の攻略難易度も上がっただろうに。

「どう?」
「美味しいです……本当に」

 混じりけのない感想を述べると、会長は首を傾げて微笑んで、

「よかったー。ね、どっちの方が美味しかった?」

 その『どっち』の意味を図りかねて逡巡するおれの耳に、何かをへし折る嫌な音が届いた。
 振り向くと、金髪の後ろ姿と、その対面に座るラウラのポカンとした顔があった。
 ……何でいるの。

「……」

 シャルロットは無言で立ち上がると、こちらを見向きもせずに食堂をあとにした。立ち去るシャルロットを目で追っていたラウラがアワアワとわななく。
 何か、恐ろしいものを見てしまったのか。おれは追おうとしたが――横に座る会長を思い出して、席に留まった。
 かわりに、ラウラを呼んだ。

「ラウラ」
「お、おお……母か。ひ、久しぶりだな」
「毎日会ってるじゃないか」

 明らかに動転しているラウラを手招きすると、お盆を持っておれの右隣に腰を下ろした。
 会長を意識して横目にチラチラと窺うラウラに、会長が笑顔で返すと、ラウラは叫んだ。

「い、嫌だ! コイツが父になるなど断じて許せん! 毎日虐待されるに決まってる!」
「やーねえ、そんなことしないってば。それに暴力も時には行き過ぎた愛情表現って場合もあるのよ?」
「会長」

 ややこしくなりそうだったので釘をさす。会長は舌を出してとぼけた。呆れながらもラウラに向き直る。

「ラウラ、様子が変だけど……なにかあったのか?」

 なにかあったに決まってるし、理由もわかりきっているけど、直接訊いてみたかった。
 ラウラは一瞬、口を噤んだが、渋々と語りだした。

「いや、そのな……昨日、母が結婚すると訊いて取り乱してしまったのだが、一夏たちに『シャルロットを頼む』と言われて、私なりに頑張ってはみたのだ。
 だが……シャルロットは枕に顔を埋めて生返事を繰り返すだけで、終いには風呂場で啜り泣いて閉じこもってしまってな。私はオタオタして、母がこれから名字が変わるとか色々考えていたら、同じようにネガティブになって……気づいたら朝になってたのだ」

 おれは無言で頭を撫でた。

「おぉ……こそばゆいぞ、母よ」
「ごめんな、ラウラ」

 こんな純真な子の心を惑わせてしまう罪悪感が口を突く。会長も悪いが、おれと、あと無意識に女心を乱させる一夏も反省しろ。言っても意味はないだろうが。

「そういえば榛名くん。母親の嫉妬は娘にも向くらしいよ」
「何の話ですか。何の」

 ラウラの頭を撫でていると、会長がジト目で見つめてきて、その会長をラウラがジト目で睨んだので、会長とラウラが睨み合う事態になった。
 もう、どうしろと言うんだ。……シャルロットには、これからどう接すると良いのかもわからないでいるっていうのに。

●

 おれがクラスメートを専用機持ち以外全員泣かせるという前代未聞の朝の大事件により女誑しの烙印が刻まれ、婚約者ができたことにより副担任の緑だぬき(独身)が敵に回ったので未婚の女性職員の大半までおれを敵視するようになった日の放課後。
 おれは風来坊になることを密かに決意した。もうこれからは子連れ一匹狼みたいにラウラを乳母車に乗せて世界を回りたいと思う。
 もうその方が幸せになれるのではないか。ラウラがおれがシングルマザーだと気づいてしまった。確かに父親はいなかったが、仕方なかったんだ。だって、おれは子供を作る行為をした憶えがない。
 束さんの性的虐待疑惑も、織斑先生が一方的に言っていただけで、真相は定かではないし。もしかしたらおれがISに乗る為だけに作られた人工生命体の可能性も否定できないのだから、仮定の可能性は無限にある。
 そして、人はそれを妄想と言う。もう少し、夢を見させてくれてもいいじゃないか。どうしてこうも、将来に夢を見られる期間は少ないんだ。
 若い頃は楽しみが無数にあるのに……おれの人生は、もう決まってしまった。
 中学のときはサッカー選手になれると思っていたな。好きな選手のポスターを部屋に飾ったり、夢の中では壮大な人生を辿ったスーパースターだったけど、実際はちょっとサッカーが上手いだけの小市民だった。
 それがISに乗れたってだけでこんな場所にいるのだから、ある意味では夢に勝る思いをしているのかもしれないけれど。

「なんだっけ、中学の理科の実験で習ったやつ。摩擦のない道でボールを転がしたら云々っての。ありえないよな」

 物理学的にも、人生に置き換えても。進む道にはおれだけじゃなくて、沢山の人がいるんだから衝突したり道を逸れたりもする。
 だから問題に納得がいかなかったのを憶えている。今更思い出すのも変だが。最近、色々ありすぎてセンチメンタルジャーニーな気分になっているのかもしれない。

「母! 大変なことになった!」

 そんなことを考えながら廊下をぶらぶら歩いているところにラウラが切羽詰まった様子でやってきた。
 おれは目を細めた。

「ラウラ。IS学園を卒業したら家族水入らずで世界一周旅行でもしようか」

 使いどころのない金だけは腐るほどある。軍需産業というのは儲かるらしい。嫌な話だ。

「それは嬉しいが、今はそれどころではないのだ。こっちへ」

 腕を掴まれ、引きずられる。なんだか強引な人ばっかりだ。

「どうしたの?」
「シャルロットが生徒会長を呼び出した」
「え?」

 返ってきた答えは、考えられるうち最悪の組み合わせで――どうなるのか、容易に想像がつくようで、てんでわからなかった。





 どうやらシャルロットの宣戦布告は居合わせた人も多かったようだ。空き教室で対峙する二人を物陰から窺う人物が十人くらいいた。
 面子を挙げると、一夏、箒さん、セシリアさん、鈴さん、のほほんさん、鷹月さん、谷本さん、そして大人っぽいメガネの先輩だ。揃いも揃って聞き耳を立てたり、覗き見たりしているので異様だった。
 まるで修学旅行で女湯を覗こうとする男子生徒のような執念を感じる。おれとラウラは一夏の隣に身を潜めた。

「おい、何がどうなってんだよ」
「は、榛名! なにやってたんだよ、この非常事態に!」

 小声で怒鳴る離れ業を一夏がやってのける。状況を飲み込めないおれに鷹月さんが状況を補足してくれた。

「シャルロットが生徒会室に乗り込んで会長を連れ出したのよ」
「驚いたわ。あんな緊張した空気は味わったことないから」
「怖かったよ~」

 メガネのお姉さんとのほほんさんが続いた。たぶん生徒会関係の人なんだろう。こっちはのほほんさんとは違って、生徒会のイメージ通りのしっかりしてそうな人だ。

「黙って! 話してる」

 鈴さんが指を立てておれたちを睨んだ。中を窺うと、緊迫した空気がひしひしと伝わってきた。

『それで? これでも私は生徒会長で忙しいから手短にして欲しいんだけど』
『じゃあ率直に言います。榛名との婚約を解消してください』

 扉越しに響く声に心臓が鷲掴みにされた気分になった。周りを一瞥すると、一様に似たような顔をしていた。
 会長は澄ました声で言う。

『一応きくけど、何で?』
『間違っているからです』
『だから何が?』
『あなたと榛名が付き合うことがです』

 会長が吹き出した。笑い声が木霊する。本気でおかしかったのか、シャルロットを嘲笑しているのか判別ができなかった。

『シャルロットちゃん、変なこと言うね。恋愛に正しいも間違いもあるの?』
『恋愛じゃないから言ってるんです!』

 声を荒げる。できれば、これ以上、この二人のやり取りを聞きたくなかった。今すぐ逃げ出したかった。
 でも、足が張り付いたように動かない。

『政略結婚で榛名の意思も無視して、権力と家柄を使って強引に縁談を進めただけじゃないですか!
 榛名の気持ちを確かめたんですか! してませんよね? 榛名は何も知らなかったんですから』
『榛名くんは、受け入れてくれたよ』
『榛名が人の嫌がることをできないことくらい、会長なら知ってますよね?』

 それから、しばしの静寂が訪れる。肌が痛いほどの静けさ。息をするのを忘れる。
 会長が嘆息した。長いため息だった。

『……正直、それを言われると、困るの。私も悩んだから。自分の気持ちを確かめる時間とか、将来とか、みんなとの関係とか。でも、それを差し引いても、榛名くんへの想いが強かった。
 だから解消もしないよ。榛名くんに頼んでみたらどう?』
『榛名が断れないのを知ってて、無理やり婚約したくせによく言えますね』

 それで余裕のあった会長の空気が変わったのが、外からでもわかった。

『ねえ、シャルロットちゃん。仮に私と榛名くんの婚約が解消されたとして、どうするの? 付き合うの? それからどうするの?』
『何が言いたいんですか』
『率直に言ってあげる。シャルロットちゃんと榛名くんじゃ幸せになれない』

 みんなの視線がおれにも集まった。見ないで欲しかった。

『……なんでそんなことを他人に決められなくちゃいけないんですか』
『分かりきっていることだからよ。悪いけど、シャルロットちゃんのことは調べさせてもらったわ。まぁ、男装してIS学園に入学なんて無謀なことしてくるくらいなんだから、色んな事情があったんでしょうね。
 そんなシャルロットちゃんが榛名くんを好きになったにも理解できる。いえ、当然というべきかしら』

 高校生の男と女が秘密を共有して二人で同じ空間で暮らしていたんだ。何らかの感情が芽生えるのは自然の成り行きだった。
 だからこそ、無理なんだ。

『でも、シャルロット・デュノアとして再編入するときにデュノア社と縁を切ったそうね。フランス代表候補生の肩書きは残っているけど、今のあなたはIS学園に所属しているから護られているだけの宙ぶらりんな女の子に過ぎない。
 後ろ盾も何もない、政治的に利用価値のないあなたと榛名くんが、どうやって結ばれるの? IS学園を卒業したら、自分の身さえ危ういあなたが』
『……それは』
『駆け落ちでもする? 世界で二人だけの男性パイロットと、そんなことができると思う?
 世界中の刺客から狙われる生活を榛名くんに強いるの? それでも結ばれれば本当に幸せなの?』

 会長の淡々とした指摘が一々刺さる。薄々、わかっていたことだ。
 おれは平凡な男でシャルロットは可憐な少女だったが、立場では、おれは世界の要人でシャルロットは明日も不確かな国の裏切り者だった。
 どっちにしろ不釣り合いだったんだ。

『……立場がないと、好きになっちゃいけないんですか。好きな人をこんな汚い形で奪られても、はい分かりましたって諦めないといけないんですか』
『身分違いの恋は昔からある。いけないって分かってるから燃えるんでしょうね。シャルロットちゃんも同じ。
 異国の地で自分と似たような境遇の男の子に出会えて、吊り橋効果で燃え上がってるの』
『……何が、言いたいんですか?』
『誰でもよかったんでしょう? 不幸な自分を助けてくれる王子様なら』
『っ!』

 乾いた音が、盛大に響き渡った。叩いたシャルロットは涙を浮かべて肩で息をして、叩かれた会長は斜め下を向いて俯いている。
 全員が息を呑んで動けなかった。最初に動いたのは会長だった。

『殴って気が済むなら、幾らでも殴りなさい。それくらいなら甘んじて受け入れるから』
『なに善人ぶってるんですか。あんな、あんなことして……』

 シャルロットが身も声も震わして言う。

『榛名にキスマークつけて、それをみんなの前でばらして! なんで僕に見せつけるような真似したんですか!
 ……榛名と付き合ってるなら、僕に内緒にして欲しかった。もう少しくらい、あの楽しい時間を過ごしていたかったのに』
『……』
『だから納得できないんです。榛名が生徒会長を好きになるなんて。だって、榛名と一番長く過ごしたのは僕だから。通じ合えてると思ってたから。
 だから、後から出てきたあなたが榛名を汚い手で奪ったとしか思えない。そんな人に負けたくない!』
『――私だって恋愛ごっこしてるお姫様なんかに負けたくなんかないわよ!』

 冷静だった会長が吼えた。驚いたのは様子を窺っていたおれたちだけではなく、シャルロットも同様だった。
 苛立ちを顕に声を張り上げる。

『私が縁談に悩んで、婚約してからも榛名くんとギクシャクしてるときに、呑気にキスして無邪気に喜んでる目先の幸せしか見えない子が、榛名くんと通じ合えてる?
 じゃあ、そのとき榛名くんが何について悩んでいたかわかってるの? 榛名くんがずっとあなたのことばかり考えてるとでも思ってるの!?』
『み……見てたんですね!? だから僕への当てつけに……今日のお弁当もそうだったんだ!』
『そうよ、悪い? 篠ノ之博士が榛名くんに接触したから急いで駆けつけたら、あなたと榛名くんがキスしてた私の気持ちがわかる!?
あなたは榛名くんの足枷にしかなってないの。榛名くんはあなたの考えなしの好意のせいで思い悩んで、全然笑ってくれない』
『嫉妬して、散々榛名を振り回してオモチャにしたあなたが言っていいセリフじゃないですよ!』

 そして、二人が取っ組み合い、机や椅子が倒れる音がした。

「ヤバ――や、やめなさいって二人とも!」
「そうですわ! 気持ちを落ち着けてください!」
「冷静になってくれ!」

 呆然と見入っていた皆が、揉み合う二人を止めに教室に駆け込んでいく。おれも行こうとしたが、鷹月さんとメガネのお姉さんに止められた。

「金剛くんは行かない方がいいと思う」
「ええ……今日の喧嘩は、見られたくなかっただろうから」

 歯噛みをして、立ち竦む。二人の気持ちを考えて、おれは立ち去るしかないのだと、自分に言い聞かせた。
 結局、これはおれが優柔不断で、事なかれと流されるままにいたから起きたのだ。原因はおれにある。
 自己嫌悪に苛まれていると、一夏とラウラはまだ固まっていた。

「女の子って、こええ……」
「まだ戦争している方がマシな恐怖心だ……」

 たぶん、これを覗いていた皆の気持ちを代弁する二人をよそに、おれは逃げた。
 これが正しいんだと言い聞かせながら。





●



 自室に逃げ帰り、これからどうするべきか考えていると、机に見慣れないものがあった。
 カードのようなものが角から刺さっている。なんだこれ、と訝しりながらも引き抜き、目を通す。
 そこには、以下のような文章が可愛らしい丸文字で書かれていた。

『拝啓、はるちゃん。
貴方の学園祭の紹介チケットは頂いた。はるちゃんに他の女は似合わない。
はるちゃんの瞳、はるちゃんの心を必ず頂きに上がります。いかなる障害も我が愛は乗り越えてみせよう。
By怪盗ラビット』

「……えええええええええええ!?」

 おれは卒倒しそうになった。




あとがき


             ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
              {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::`ヽ、
       γ::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! :::::l::::/|ハ::::::∧::::i :::::::i   良い子の諸君!
     、ヾ|::::::|:::/`ト-::::/ _,X:j::/:::l   更新が遅れた理由が
      ヾ:::::::|V≧z !V z≦/::::/   作者が忘れていただけなのは
       ∧::::ト “        “ ノ:::/!
       /:::::\ト ,_ ー'  ィ::/::|   モッピーと君達だけの秘密だ!
        /,,― -ー  、 , -‐ 、
       (   , -‐ '"      )
        `;ー" ` ー-ー -ー'
        l           l



[37185] 一夏がついてこい
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2013/12/22 17:24
まえがき

              ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
               {::{/≧===≦V:/
         > :´::::::::::::::::::::::`ヽ、
       γ::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll ! ::::::l::::::/|ハ::::::∧::::i :::::::i  ノンケのくせに
     、ヾ|::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l ホモアピールする連中が増えているらしい
      ヾ::::::|V≧z !V z≦/::::/
       ∧:::ト “        “ ノ:::/!  _ (⌒)
       /:::::\ト ,_ ー'  ィ::/::|    やれやれ
   ⊂⌒ヽ /           ヽ /⌒つ
     \ ヽ  /            ヽ /
      \_,,ノ         |、_ノ



「メインヒロインのくせに不人気のヒロインが増えているらしい」



             ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
               {::{/≧===≦V:/
          >:´:::::::::::::::::::::::`ヽ、
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
     _//:::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
.    | ll !::::::l::::::/|ハ::::::∧::::i:::::::i プーッ!
     、ヾ|:::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l 誰そいつwwww
      ヾ::::::|V≧z !V z≦/::::/
   クス  ∧:::ド゙゙゙゙゙゙゙Y ⌒)゙゙゙゙゙ノ:::/! さっさとモブに格下げしろよ
    クス/:::::\ト ,_人 "ヽィ::/::|
     /::::/  /    \  \ヽ
     ∨ ─(____⌒) .\ __  )─





「出家しようかな」

 やぶれかぶれになったおれは、無意識にそう呟いていた。
 俗世に疲れた。女で悩むのは、煩悩に塗れているからだ。肉体の不浄の穢れが精神を侵しているのがいけないのだ。
 だから山にこもって世俗から隔離し、第二の釈迦になるんだ。
 リムジン乗ってる坊さんがいた気がするが、それは心が穢れているのが原因で、修行をすれば人力車に見えるはず。
 インド独立の父、ガンジーは自分がSEXしてる最中に父親が亡くなったのがきっかけで禁欲を心がけたそうだ。
 その後に子供を四人も授かってるけど、心がけたそうだ。うん。

「ダメじゃん……」

 おれは絶望した。人である以上は、人は欲望からは逃れられないのだ。
 宗教関係なら、問題がややこしくなるから手出しもしにくいと思ったんだが。
 いちおう、イスラム教なら妻を四人まで娶ることが可能だったりするし。まあ、さっきのアレを見る限り、間違いなく無理だ。
 箒さんたちもそうだが、みんな独占欲が強すぎて対抗心剥き出しで共存なんてできそうにない。
 今でもISで大喧嘩するくらいだ。いつか本気で殺し合いをしそうだ。

「……どうしよう」

 何度目かわからなくなったが、頭を抱える。シャルロットと会長の件もある。が、それに加えて束さんの予告状まで手元に収まり、おれのキャパシティを軽く超えていた。
 二人だけでおれの手に負えないのに、それに束さんまで加わったら、いったいどうなるんだよ……
 しかも、内容から察するに、今回は束さんも本気みたいだ。意地でもおれを奪いにくるつもり腹積もりだろう。
 しかし、どうやって? おれを連れ去って、誰の手も届かない場所でずっと一緒に暮らすとか?
 一夏やラウラに会えないのは嫌だ。それにおれが嫌がることを束さんが率先してするとは思えない。
 家族と離れ離れにさせられ、人生を滅茶苦茶にされたのに、嫌いになれないのは、あの人がおれを第一に想ってくれている確信があるからだ。
 けれど、裏を返せばおれの邪魔になる者には容赦しないということで。

「……織斑先生に相談してみるか」

 以前、織斑先生が束さんを絶対に止めると息巻いていたのを思い出す。だが、何となく頼りにならない気がするのはなぜだ。
 なんていうか、IS学園が総力を挙げて束さんに戦いを挑んでもまったく勝てるイメージが湧かない。世界を相手にしても余裕で勝てそうなんだが、おれの思いすごしだろうか。
 というか、今って学園祭の準備期間だっけ。すっかり忘れてた。また謎の敵性物体が乱入してきそう。
 この学校、何かイベントのたびに攻撃されてるんだけど、もう少し警備どうにかならないのかな。その都度、おれと一夏が何とかしてるんだけどさ、何で生徒に任せっきりなのよ。
 おれ一回気絶したし、挙句の果てには一回死んでるんだけど。そろそろ織斑先生とか山田先生が、「ここは大人に任せておけ」って格好よく前線に出てくれてもいいんじゃないですか?
 このまま行くと、束さんに連れ去られたおれが誰も知らない土地で束さんとの子供を抱いて、青空を見上げる未来しか見えないんだけどさ。

「……いちおう相談みるか」

 おれは一縷の望みに賭けてみることにした。

●

「学校とは勉学に励む場であって、男女の出会いの場ではないんです。わかりますね、金剛くん」
「はい」

 職員室に足を運び、山田先生に声をかけたら、返ってきた第一声がそれだった。
 おれはいつの間にか説教されていた。なぜだ。

「近頃の若い子は……男子が入学してきたからって浮かれすぎです! 私が学生だったときは、皆ISの操縦を極めるべく日夜鍛錬に没頭したものでした。
 なのに、今の学生ときたら、やれ織斑くんだの、金剛くんだの……色恋に夢中になって学生の本分を忘れて大変なっていません!
 そうは思いませんか、金剛くん!」
「でも山田先生って教師のくせに一夏に色目使ってましたよね」
「そ、そそそんなことしてませんよ!」

 巨乳を揺らして、頬を染めて否定する山田先生は、とても成人した大人の女性には見えなかった。
 つーか、男子学生から言わせてもらえれば、山田先生にはもっと露出とか控えてもらいたい。
 その大きい胸の谷間をひけらかす格好は、学生の勉強への意欲を著しく阻害しています。

「山田先生。先生はまだ全然若いんですから、婚期とかで焦らなくてもいいと思いますよ」

 まだ女子大生くらいの年齢だろうに、何が彼女をそこまで逸らせるのだろう。理解できない世界だ。
 山田先生は婚期の話題になった途端、鬼女みたいな形相になって語りだした。

「わかってないですね、金剛くんは。もう婚約者を見つけた余裕ですかっ?」
「いや、そんなつもりはないですけど……」
「教師って職業はとにかく出会いがないんですよ。四六時中生徒の相手をしてなければいけませんし、休日も部活やら授業の資料作成やらで潰れて合コンもいけませんし。
 学校という閉塞的な空間から出る機会もIS学園は特に少ない上に、ここは男性職員も殆どいないので、そもそも男性に接触できる機会自体ないんです。
 機会を逃すまいと榊原先生みたいにどう見ても地雷の男性に突っ込むか、気長にお見合いに期待するしかない私たちの気持ちがわかりますかっ?
 花の二十代なんてあっという間ですよ! なまじIS操縦者ってスペックが高いから妥協もしにくいし、大前提として恋愛なんてしたことないからどう男性に接したらいいかもわからない私の気持ち、今まさに恋愛中の金剛くんにわかりますか? わかるんですかっ?」
「……なんか、すいません」
「いえ……私も熱くなってしまいました」

 ここ職員室で、他の教員の方々もいるんだが、山田先生に同調している人が多いのを見るに否定しようのない事実なのだろう。
 よくよく考えてみれば、先生方もIS学園のOGだろうから、男っ気のない青春を過ごしてきたのが容易に想像できた。
 榊原先生が盛大にディスられていたが、彼女が反面教師になって自分は騙されないようにしようと身持ちが堅くなり、それで余計にハードルが上がっているのかな。
 童貞も処女もこじらせると取り返しがつかなくなるんだな。
 何でかな。女性団体からおれを守ってくれていた山田先生像がどんどん崩れていくよ。

「あ、あの……ところで、何の用事でここに?」

 ひとしきり不満をぶちまけて平静になった山田先生が、おずおずと上目遣いで尋ねてくる。
 おれは例の予告状を見せた。

「? 何ですか、これ。カード?」
「さっき部屋に入ったら机にあったんです」

 経緯から話して協力してもらおうと、順々に説明しようとしたのだが、両手でカードを持ち、内容を読む山田先生の顔が硬直し、プルプル震えだした。

「――って、これどう見ても恋文じゃないですか! 熱烈なラブレターじゃないですか!
 なんですか、自慢ですか!? 書いたことも貰ったこともない私に見せびらかしてほくそ笑んでるんですか!?」
「多分犯罪予告だと思うんですけど」

 ある意味では間違っていないが。怪盗の三代目の模倣犯というのか。おれも一度くらいは憧れたことがあった。
 あなたの心です、なんてクサいセリフを臆面もなく、またこの上なく自然に言えるのは、あのとっつぁんだけだろう。
 疑心暗鬼にかられる山田先生の相手がめんどくさくなり、やはり織斑先生に相談するべきだと思い直したおれは、足に力をこめた。

「山田先生」
「はい?」
「彼氏ほしいって嘆いてるだけじゃなくて、自分からガンガン責めないと一生処女ですよ」
「なあっ――!?」

 驚愕と羞恥で頬を染め上げた山田先生が口を開く前に、おれは背中を向けて全力でダッシュした。
 待ちなさい、とかヒステリックな怒声が聞こえたが、振り返りはしないのさ。
 しかし、なんだ……独り身を憂う山田先生を見て、優越感に浸ってしまったのは、どう転んでもおれはひとりにならないとわかっているからなのかな。
 事態は急転しているのに、心のどこかで嬉しがってる部分を見つけて、男のどうしようもない性と寂しがり屋の自分に、さよならを告げた。
 多分、今が人生の絶頂期で――最高のどん底だろうから。



●



「なるほどな……事情はわかった。私も最善を尽くそう」

 織斑先生は生徒相談室にいた。黒革のソファに腰かけ、足を組む織斑先生は、カードを忙しなく裏返したりして観察しながら、そう言った。
 以前に、束さんが許せないと語った本心を思い出す。あの時の織斑先生は、教師や人としてというより、姉として怒っていた気がする。
 同い年で、同じ年の離れた下の弟妹がいる親友同士でありながら、姉であることを放棄して男のことだけを考えて生きている身勝手さに憤りを感じていたのではないか、と。
 織斑姉弟とは違って両親も健在なのに、それを簡単に見捨てたことへのやり場のなさもあるかもしれない。
 この人たちの関係を邪推するのもなんだが、一夏があのヒロインズを放置して二十代半ばになって十近く年下の少女に現を抜かしたら、おれも殴ってでも止めるから、そんな感じかな。

「しかし、アイツも律儀というか愉快犯というか馬鹿というか……」
「性分なんじゃないですか?」
「ふっ……そうかもしれんな」

 そう話す織斑先生は、どこか楽しそうで、昔を懐かしんでいるようだった。

「警備のことなんですが……あまり手荒にはしないでくださいね」
「……お前は二言目にはアイツを庇うな」

 瞑目して、長く息を吐いてから織斑先生が呆れるように言った。

「念の為に訊くが、お前はアイツを好きなのか? もしそうなら、お前の意思を尊重して束の好きにさせてやってもいいんだ。
 アイツが改心するのを前提でな」
「嫌いか好きかで言えば、好きだと思います。でも、恋愛感情はありません」

 本心だと思える感情を口にする。過去に好きだったとしても、今のおれにとっては、クラスメートの姉に過ぎない。
 美人でおれのことが好きと言ってくれるとか、おれの人生を滅茶苦茶にした張本人だとか、そういう付加要素は気にならなかった。

「そうか」

 織斑先生は、そう答えて深く背をもたれた。

「お前に振られて半生の片想いが終わるなら、アイツも納得するだろう。まあ、納得しなかったときが一番怖いんだが。
 ……何をしでかすか予想がつかんからな」
「ハハ……」

 口が半開きになって、変な声が漏れた。私のものにならないはるちゃんなんか要らない! と、こんな世界は壊れればいいんだ! の、どっちだろう。
 シャルロットたちの反応からして、女の子だと同性に怒りが向くようなので二人を殺そうとするかもしれない。
 そうなったら、なるようにしかならないか。
 織斑先生は、包み込むようで、それでいて不敵な笑みを浮かべた。

「どうなろうと、お前の人生だ。好きに生きてみるといい。私も教師として……姉としても、弟の友人だ。出来る限り、手を貸してやる。
 どういう選択をしようと勝手だが、ま、悔いのないようにな」
「……はい」

 迷ったけれど、声だけは確かに返事をして、生徒相談室をあとにする。やっぱりかっこいいな。
 異性だが、憧れてしまう部分がある。

「あー、ちょっと待て」
「はい?」

 胸を満たす感慨に浸りながら出ようとしたのを、額に手をあてた織斑先生が呼び止めた。
 織斑先生は逡巡して、腕を組み、あさっての方向を見て言う。

「あの、そのだな……一夏と小娘共の間に、なにかあったのか?」

 なんだそれは。おれは眉をひそめた。

「いや、ないと思いますけど」
「そうか……」
「どうしたんですか?」

 尋ねると、彼女は凛とした表情を不安で崩してしまった。

「いや、一夏がな……怯えた顔をして私の元を訪ねてきて、『千冬姉……女の子って怖いんだな』などど相談してきおってな。
 私がなにかあったのかと訊いても、はぐらかして要領を得ない。これは、また奴らがやらかしたのかと思ったんだ」
「……」

 それは、ひょっとしてもしかしなくても、あの二人の修羅場を目撃したからではないでしょうか。
 おれは察して、弟に思い悩むブラコンなお姉ちゃんの観察を続けることにした。

「おい、金剛はなにか知らないのか。お前は一夏の親友だろう」
「さあ」
「くっ……まぁ、いい。だが、一夏をあんなに怯えさせるものなどあるのか? 普段からISで殴られても平気な奴だぞ。まさかアイツ、あの年でお化けが怖いのか? いや、まさか……」

 何やらブツブツ悩み始めたお姉ちゃんを、白く生暖かい眼でおれは見つめた。
 どんなに格好良く完璧に思える人でも、抜けている部分はあるものだ。
 だが、それは時にギャップとして凄まじい破壊力を有するので注意が必要だ。
 人間というものは、とかく異性が絡むと腑抜けになる生き物なのである。腰抜けでも可。



●



 自室に戻ると、会長がシャワーを浴びているようだった。
 タイミングが良かったのか、悪かったのか。水滴が床を打つ音を聞きながら、ベッドに腰をおろす。
 普段は、会長が入浴中は無心になったり、本を読んだり、勉強したりして気を紛らわせているのだが、今日はそんな気分になれなかった。
 シャルロットはもっと大人しい性格をしていると思っていたが、実際はもっと気丈で譲らない激しい気性を隠していた。
 会長はもっと冷静で一歩引いた視点で物事を見聞きしていると思っていたけれど、実際は嫉妬深くて負けず嫌いだった。
 つまるところ、おれの目は節穴だった。理解しているようで、彼女たちのことなんてわかってなかった。
 こんなに倒錯してしまった状況で、今度の学園祭に束さんがやってくるなんて告げたら、目も当てられなくなるのは確実だ。
 敵の敵の味方と団結する可能性も無きにしも非ずだが、どっちにしろ決裂するのは明白なので期待してない。
 一夏のところの鈴さんとセシリアさんを見てると仲が良さそうなんだが、ぶっちゃけあれは、共通の敵であるおれを排除しようと躍起になってただけだし。

「あ……帰ってたんだ」

 まだ湿った髪の毛、熱の冷めやらぬ体にバスタオルを巻いただけの会長が、おれを見てつぶやく。
 様子からして本当に気づいていなかったようで、放課後の後遺症は思いのほか深かったみたいだ。

「はい。湯冷めするんで服着ましょうね」

 会長のベッドに投げ捨てられていた衣服の類を手渡すようにして押し付ける。
 湯上りの体から薫る甘い薫香と熱気が五感を眩ませたが、何となく慣れていた。だから下着も触れる。何だかんだ、半年も女性と暮らしてきた。耐性はついていた。

「……」

 しかし、会長はうつむいて受け取ろうとしなかった。会長の着替えを持つ手は、会長に触れる手前で止まっていた。

「会長?」
「ねえ、しない?」

 何の脈絡もなく出た誘いに、心臓が凍った。

「……何をですか?」
「エッチなこと。少し早いけど、しちゃおっか」

 冗談でごまかすには、声と様子が雰囲気を帯びすぎていた。
 いつもの人をからかうためだけの格好ではなかった。

「おれたちってまだ、学生で――」
「でも、男と女だよ」

 いつもの正論を封殺して、会長はおれを上目づかいで見つめた。潤んだ瞳。泣きそうに見えたのは、気のせいではなかったかもしれない。

「榛名くんが我慢してるのと同じで、私も我慢してるんだよ? 今日は、特にムラムラしてるの。ちょっとくらい強引に襲われてもいいかな」
「また怒られたいんですか?」
「それも好き。でも、今は榛名くんがいい」

 強情で反応に困った。どうしたらいいかと迷っていると、トンと軽く胸を押された。ベッドに押し倒されて、服が散らばった。
 会長が馬乗りになる。髪から滴る水滴が頬についた。

「ほら、榛名くんを襲うのなんて簡単なんだよ。本当はいつだって出来たし、いつもこうしたかった。
 次は、どうしよっか。これより凄いことする?」

 艶やかな手つきで会長の指が首筋を這った。キスマークを撫でられて鳥肌が立つ。タオルがはだけ、大きな乳房が露出していた。
 熱に浮かされた顔が微笑する。

「私、凄いドキドキしてる。榛名くんもドキドキしてる? 抱き合ってるだけであんなにあったかいんだから、肌の触れ合いってもっと気持ちいいよ。
 一緒に気持ちよくなろ?」

 そして、一瞬の間をおいて唇が迫って来るのを見て、おれは会長の左頬に手を添えた。
 会長がそれをどう取ったのか、目を瞑る。おれは――

「会長、頬、赤くなってますよ。どうしたんですか?」

 見開かれる瞳が、おれの手に移り、会長は慌てて身を起こしておれの手を引き離した。
 自分の手で頬を隠し、曖昧に笑った。

「あ、あはは……そんなに目立つ? 参ったなぁ……今日の挑戦者がちょっと難敵でね。不覚にも手こずっちゃったんだ」

 会長が気後れしたのを見て取ったおれは、起き上がって平静を装って言葉をつづけた。

「気をつけてください。会長の肌は白くてきれいだから、余計に目立つんで」
「――う、うまいこと言ったつもりか、バカッ!」

 バスタオルを顔に投げつけられて、おれは塞がった視界のまま、再びベッドに倒れた。

「着替えるから見るなっ」

 そして衣擦れの音がして、おれの口から乾いた笑いが漏れた。
 耳元で心臓が鳴っている。驚いて状況が呑み込めなかったが、そんなおれでもはっきりとわかるくらい、会長の体は震えていた。
 おれも動揺していたが、会長たちのそれは想像以上のようだ。
 学園祭が終わったあと、おれは生きていられるんだろうか。
 少なくとも、今みたいに逃げてばかりだと、どうしようもなさそうだった。



●



 おれの中でのほほんさんが実は凄腕の暗殺者ではないかという憶測が成り立った頃には、学園祭の準備期間も終わり、当日を迎えようとしていた。
 ゲームでは序盤から出ている頭の緩そうなキャラが実は裏切り者だったりする。のほほんさんもその系譜なのではないか。
 左手は添えるだけだけど女の子は両手を使う二刀流だ。二刀流は雑魚と言われるが、実は成功率がワンハンドに比べて高いのだ。
 ISは接近戦だけでなく遠距離のビームも打てる両刀が強い。でも切れ味は片刃の刀が強い。
 しかし、おれは何を言っているのだろうか。のほほんさんに旦那様と呼ばれて混乱しているのだろうか?
 最近、考えることが多すぎて常時こんらん状態だ。時折、わけもわからずじぶんをこうげきしたい衝動にかられる。
 なんかね、みんなもうひどいんだよ。僕は執事になんかなりたくないのに執事指導だとか言って明らかに漫画知識の接客を徹底的に叩き込んでくるし、いつの間にかおれは非童貞キャラになってるし、貴腐人には親の仇のように睨まれるし。
 会長とシャルロットの確執以降、微妙に気まずくなったのかラウラくらいしか碌に話しかけてくれる人もいないし。
 そのラウラにメイド喫茶について妙な知識を吹き込む部下に、「現実のメイドなんてババアしかいねえだろうがッ!」と怒鳴ってやったけど、クラなんとかさんはいったいなんなんだ。
 日本のメイドさんは美人しかいないと思っているのか。現実見ろよ。おれだって見たくないけど、残酷な現実が、いつだって生きている人間には突きつけられるのだ。
 だが、それがいい。その不条理がいい。人は荒波に揉まれ、高い壁を越えて成長していく生き物なのだから。

「タバスコって美味しいよね、そう思わない、ラウラ?」
「調味料としては美味いが、母のように飲むものではないぞ……」

 どうしてタバスコは出にくいのか。刺激で痛い唇と臭くなった口で、そう考えた。

「なぁに、辛味は甘さで中和でできるから平気平気。砂糖ドバー」
「そのような報告は学会で聞いたことがないぞ」
「甘いって言ったら、サツマイモのテンプラでどうやってご飯食べるんだよ。おでん、テメーもだ。お前ら絶望的にご飯に合わないんだよ!」
「私が思うに、日本の食卓は塩分が濃すぎると思うのだが」
「それはね、日本人はしょっぱいものしか三食に認めないからだよ、ラウラ」

 現実逃避して、不平不満を吐き出していたが、そろそろ辛くなってきた。
 付き合ってくれたラウラに心の中で感謝する。本当にいい子だ。
 おれはこれから悪い子になる。おれを反面教師に育ってくれ。
 おれはタバスコを放り捨てた。

「金剛くん! それ喫茶店で使うやつよ!」
「ご、ごめんなさい」

 鷹月さんに怒られ、頭を下げる。娘の前で怒鳴られる情けない親がいる。おれだ。

「本格的に奇行が……」
「漫才でしょ」

 どっかからそんな話し声が聞こえた。聞こえない聞こえない。
 ところで、おれの一夏はどこにいるのだろう。おれと同じく執事調教されているのかな。
 何で執事って鬼畜なのが多いのかな。何でメガネは鬼畜かデータの二択しかないのかな。
 思索に耽っても答えはなかった。だって、男の子だもん。

「榛名、ちょっといい?」

 耳慣れた声、けれど聞き覚えのないトーンに振り向くと、シャルロットがいた。
 例の一件以来、久しく会話をしていない。微妙な居心地の悪さを感じながら頷く。

「……燕尾服、似合ってるね」
「窮屈で動きづらいけどね」

 おれは天邪鬼なので褒められると素直にありがとうと言えないのだ。
 燕尾服は、ぶっちゃけシャルロットの方が映えると思うのだが、本人が気にしていそうなのでやめておいた。
 シャルロットは後ろ手で手を組み、俯きがちにもじもじと逡巡してから、

「ねえ、榛名。もしよかったら……よかったらでいいんだけど」
「……うん」
「学園祭……一緒にまわらない?」

 躊躇いがちなセリフに、心中を察する。強く出られないワケも分かりきっていたから、答えるのに時間がかかった。

「無理ならいいんだ。先約があるなら、そっちを優先しても、いいから」
「いや……いいよ。そのくらいなら」
「……いいの?」
「うん」

 首肯すると、ぎこちなく顔を輝かせて、ホッとしたように笑った。
 別に、嫌いになったワケでも、疎遠になったワケでもないのに。
 恋愛と言うのは友情とか大切なものを色々とぶち壊すものなのだと、否応なく思い知らされた。
 男女間の友情が成り立たないのも、きっとそれが原因なんだろう。
 あー……学園祭に弾が来て、一夏と新しいカップリングの新風を吹き込んでくれないかな。



あとがき
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

                ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
                 {::{/≧===≦V:/、
           / >:´::::::::::::::::::::::::`ヽ\_
            |iγ::::::::::::::::::::::::::::::::ヽi|
           〈/::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ_》箒ちゃんの出番増大こそが
            !::::::l::::/|ハ:::::::∧::::i:::::::i 人気回復の最大の切り札
           |::::i∨ ト-:::::/ ,X:j:::/:::::l 早くセシリア、鈴とレズレズしろ
           ヽ::::|(◯), !V、(◯) i/:::::/
             ゝ:}"  ̄ 'ー=-' ̄" ノ:::::/::!


「あ、もうそろそろ終わるから」



// //       ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ  // /
// //       {::{/≧===≦V:/   ///
// // //   >:´::::::::::::::::::::::`ヽ、 //
// // // γ::::ノ(::::::::::::::::::::::::::ヽ// //
// // _//:::::::⌒::::::::::::::::::::::::::ハ// //
// .//| ll ! ::::l:::::/|ハ:::::∧::::i ::::i// //
// // 、ヾ|::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::::l//
// //  ヾ::::::|V(◯),!V、(◯) /::::/
// // // ∧:::ト ((  ,rェェェ、 )) }:::/!// //
// // //   \ト )) |||| !| |((イ// // //
// // //   / ∪-`ー-ー' ∪\// // //



[37185] 一夏と
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2014/01/10 02:47
まえがき


「お前クビや」


         ;ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
          ;{::{/≧===≦V:/;
       ;>:´::::::::::::::::::::`ヽ;
    ;γ::::::::::::::::::::し:::::::::::ヽ;
  _;//::::::し::::::::::::::::::::::::::::ハ;
. ;| ll ! :::::l:::::/|ハ:::::::∧::::i :::::i;
  ;、ヾ|::::::|:::/`ト-:::::/ _,X:j:::/:::l;
   ;ヾ:::::::|V(◯) !V(◯)/::::/;
    ;∧:::ト “  ,rェェェ  “ ノ:::/;
    ;/::::\ト ,_|,r-r-| ィ::/::| ;
    ;/            ヽ;
  ;/                ヽ;
  ;(、_|           |_ノ;
     ;|           |;




             {::{/≧===≦V:/
         >:´::::::::::::::::::::::`ヽ、
       γ:::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
      //:::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
     | ll ! :::::l::::::/|ハ::::::∧:::i :::::i
     、ヾ|::::::|:::./`ト .::::/ ,X:j::/:::l
      o :::::|V。≫= !V =≪。/::::/o
    ○  ∧:::トo~~     ~~oノ:::/ ○
       /::/\ト , _~"゙` _ ィ /
    ┘ \ (⌒)      (⌒) └
   >   / ! !!!        ! !!!   く ドンドン
    て / (_)      C (_)  て

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





          ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
           {::{/≧===≦V:/
       >:´:::::::::::::::::::::`ヽ、
    γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
  _//::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
  .| ll ! :::::l::::::/|ハ::::::∧::::i :::::::i
  、ヾ|:::::::|:::/、|:::::i:::::/:::::.メj:::/:l
   ヾ:::::::|V≧z:::::V::::z≦/::::/
    ∧::::ト U::::::::::::::::::U ノ:::/!
    /:::人ト ,_ ー'_ U::/::|







「やっぱりハル×イチにしない?」
「なんでよ。イチ×ハルで行こうって最初から決めてたじゃーん!」
「だーかーらー! 金剛くんはヘタレ受け以外ありえないって何回言わせるのよ!」
「織斑くんの誘い受けが至高って結論が出たでしょ」
「そういう王道を敢えて外れるチョイス、わたし大嫌い」
「そうそう、一夏くんの無自覚攻めが最高よ」
「金剛くんの鬼畜攻めが一番そそられるのよねえ」
「いやいや、金剛くんは誤解受けが」
「金剛くんの健気受けがみたいな~」

 学園祭当日にクラスの腐女子が内部分裂を起こし、宗教戦争が勃発した。
 クラスはBLの炎に包まれた。おれは爆弾そのものなのだが、彼女たちの言う『金剛くん』は架空の存在であり、完全に別人なので逃げ延びることに成功した。
 きっかけは些細なことだった。クラスの女子が学年唯一の男子二人を有するアドバンテージを最大限に活用し、『他のクラスに差をつける! ドキッ! 執事二人の禁断の愛憎パライソ劇』をやろうとか言い出した。
 バーの歌姫みたいなもので、簡易的な劇をやって客に満足してもらおうとか何とか。
 劇名は、執事二人のはずなのに『ハルナ姫』。一夏が王子様で、おれがお姫様らしい。
 その時点ですでに意味不明だったが、役を決める途中で誰かが言った。

『金剛くんは、ヘタレ攻めが一番映えると思う――』

 そのひとことで、学園祭に向けて一致団結していたクラスがバラバラになった。
 議論は荒れに荒れ、眠り姫のおれが逆に一夏にキスして目覚めればいいとか、むしろ眠っている王子様にお姫様がキスすればいいとか、いっそのことお姫様いらないずっとキスしていようとか、どうしてもキスさせたい層がいるようだ。
 以前にクラスの女子が、おれをホモ扱いしていたことを悔いて泣いていたが、あれは賢者タイムみたいなものだから仕方ないんだ。
 性欲は尽きないから、一回後悔しても時間が経つと復活してしまうんだ。男ならわかるはずだ。女も同じなんだ。

「あのねぇ……もう当日で、セリフを憶えさせる時間もないからやらなくていいんじゃない?」

 鷹月さんが頭を抱えて仲裁すると、みんな渋々と「それならしょうがないね」と持ち場に戻っていく。
 カップリング論争をしたかっただけなんじゃないかな、この人たち。宗教もそうだが、見解の相違って恐ろしいよね。
 あと、金と権力と薬ね。人を変えてしまうからね。怖いよね~。

「そろそろ開催するから用意しておいて、ピエール」
「かしこまりました、お嬢様」

 反射的に一礼してしまう。ピエール――おれの源氏名だ。指導という名の調教の結果、おれはピエールになっていた。
 燕尾服を華麗に着こなし、洗練された振る舞いを見せる世界で二人だけのIS男性操縦者……何をどう間違ってしまったんだろう。
 妥協を許さない方々の手によって……おれは変えられてしまった。一夏はいつもどおりだったけど。
 どうしてだろうね。

「あら、意外と似合ってますわね、榛名さん」
「私には勿体無いお言葉……恐悦至極にございます」
「ど、どうなさいましたの、その口調……?」

 本物のお嬢様なのにメイド服を着たセシリアさんが瀟洒に語りかけてくださったので、またお辞儀して返した。
 こんな豪華なメイドさんいるんだ、と思ったが、勝手に口が動いてしまうんだ。
 久しぶりに会話したのに引かないでくださいまし。

「むう……胸元がキツいな」
「今日一日の貸し切りですもの。割り切るしかありませんわね」
「ミス・シノノノ。使用人の分際で雇い主に口答えなど、関心しませんね」
「……コイツはなぜ私には同列扱いするんだ?」
「ツッコむのはそこなのでしょうか……」

 パッツンパッツンのメイド服を不満げに着こなすけしからん箒さんに苦言を呈すると、白けた視線と哀れなものを見る瞳がかえってきた。
 あれか? 人を見せかけで判断してるな? 甘いな。おれの中身はもっとポンコツなんだぜ?

「すごいな、榛名は。本物の執事みたいだ」
「一夏。嫁に厳しいことは言いたくないが、お前の目は節穴だと思うぞ」

 おれの擬態に関心する一夏とジト目のラウラがいる。どちらも燕尾服とメイド服だ。
 ああ……ラウラのメイド服を死ぬ前に見られた……もう人生に悔いはないな。

「……」

 どこかから不穏な視線をひしひしと感じるが、今のおれは優秀な執事ピエールなので持ち場を離れなかった。
 金髪メイドって王道なの? たぶんシャルロットは執事服が似合うからおれのと交換しない?
 そしたらおれが名実ともに灰かぶり姫になって、ガラスの靴を自重で踏み潰してしまって傷だらけの裸足の女神に変身するからさ。



●



「……」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……俺はお嬢様じゃねえ」

 接客した赤髪長髪の、一目にはガラの悪い若者にしか見えない男性は、不満そうにおれを睨んだ。
 忙しくてチラリとしか見てなかったから、一見して女性と判断してしまったよ。
 おれは澄ました態度で頭を下げた。

「失礼しました、旦那様」
「旦那様と呼ばれる年齢でもねえよ」
「では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「……もう何でもいいわ」

 疲れ果てた顔で男性は肩を落とした。たいへんお疲れの様子でしたので、おれは丁重に空いている席に案内した。
 男性は戸惑いながらもゴテゴテに飾りつけた椅子に座った。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「お、おう」

 メニューを渡す。男性はやはり狼狽しながらも目を通した。
 時折、目を離して横の席を盗み見ている。おれも一瞥すると、一夏とエロいチャイナ服を着た鈴さんがイチャついていた。
 おれは妬ましくなって少し声を荒らげた。

「弾、後がつかえてるんだからさっさと決めろよ」
「!? き、急に素面に戻んじゃねーよ! びっくりするだろうがっ」

 やべ、つい素が出てしまった。叩きこまれた執事の精神を思い出し、かぶりを振って理想の執事に成り切る。
 よし、もう大丈夫だ。弾は、視線を彷徨わせ、おずおずとメニューを指さした。

「えーと、この……『美人メイドによるご奉仕フルコース』っていうのください」
「申し訳ございません、お客様。そちらのメニューは女性限定メニューでして、男性のご注文はご遠慮させて頂いております」
「ええっ……!?」

 弾は絶望し、信じられないと目を見開いた。たしかにどう見ても男性向けのメニューだが、よく考えてみて欲しい。
 ここは学校だ。おれたちがみんな高校生だ。未成年だ。そんないかがわしいサービスを提供できるわけがない。
何より、許可を取っていない。弾や少年期を過ぎてしまった男性が考える額面通りの行為などありえないのだ。
付け足すと、この学園祭は完全招待制なので、身内が配ったチケットを受け取れる人物以外に外部客……つまり、男性は殆ど考慮されていなかった。
これは、普段は専用機持ちで嫉妬を買っている代表候補生を、一般生徒がこき使って溜飲を下げてもらおうという狙いがあったからだ。
悲しいことに……せっかく来てもらった弾には申し訳ないが、選べるメニューは、これくらいしかない。

「お客様には、こちらをお薦め致しますが、いかがでしょうか?」
「いかがでしょうか、って……『ピエールの贅を尽くしたお・も・て・な・し』と『並』の二つしかねえんだけど」
「はい、どちらかをお選びください」

 弾の顔がますます曇り、その目が「マジなの? ねえマジなの?」と問いかけてきていた。おれは黙殺した。
心なしか、クラスの女子の期待が集中している気配もする。無言の凄まじい圧力が弾に『ピエールを選べ』と訴えかけていた。客なのに。
弾は身震いし、クラスを見渡してから、再びおれを見た。

「いちおう訊いとくけど、ピエールって……誰?」
「私でございますが」
「……『並』で」

 クラスのそこら中から舌打ちが響き渡った。





「わかってるわね、ピエール」
「あんな上玉、めったに来ないわ。男性客は年老いた父兄だけかと半ば諦めてたけど、良い仕事してくれたじゃないの」

 裏では、このクラスを取り仕切る貴腐人たちが、このような会話を繰り広げていた。
 メイド服を着た美少女女子高生なのに、今はサングラスをかけ葉巻を吸って札束を数えるマフィアに思えた。
 彼女たちには、弾がネギと鍋を背負ってやってきたカモに見えているらしい。
おそらく弾は一夏が呼んだのだが、どうやらおれが召喚したことになっているらしく、おれの功績になっていた。
 言い辛いけど、おれが呼び寄せる予定になっているのは怪盗ラビットなんだよね。内緒だけどさ。

「はい、ピエール。お客様の注文の品よ」
「くれぐれも、私たちの期待を裏切らないでね」

 料理を手渡され、念を押される。言い方が完全にヤクザだった。
 抗議したかったが、おれはしがない使用人ピエールだったので口答えできるはずもなく。
 数少ない味方のノンケたちは接客やら調理で忙しく、おれは孤立無援の敵地で奮闘を余儀なくされたのだった。
 おれはせめて外面だけは取り繕うと、柔和な顔をつくった。

「お待たせしました。こちら当店自慢の『グレートデリシャスハイパーデラックスジャンボウルトラミラクルスーパーパフェ』でございます」
「おい、もう一回言ってみろ」

 弾が何か言っていたが、形式上はただのパフェだったのでおれは無視してテーブルに置いた。
 名前が大層――というか適当――なだけで普通のパフェなのだが、弾は怪訝に見つめ、指差す。

「なあ。なんでバナナがそのまま刺さってるんだ?」
「仕様です」

 おれはマニュアル通りに喋った。余計なことは話すな、と言い包められている。おれはできる執事なんだ。
 おれは必死で自分にそう言い聞かせた。弾は不審な眼差しをおれに向け、バナナを抜こうとしたので、おれは続けた。

「お客様が自身で皮をお剥きになり、口に頬張ってお食べください」

 これもマニュアル通りだった。弾は半ギレだった。

「え、俺が剥くの!? いや、普通だけど、わざわざ言う必要あんの!?」
「まったく……お客様は私がついてないとダメですね……」

 おれは大仰に嘆息し、バナナを手に取ると、弾の背後にまわった。

「は? なになにっ?」

 狼狽える弾を尻目に、おれは弾の背中に密着し、腕を回してバナナを弾の顔の前に出すと、手慣れた手つきで皮を剥いた。
 露出した身の先端を弾の唇に押し付ける。

「はい、ア~ン」
「食うかボケェ!」

 クラス中から黄色い大歓声が飛び交う中、弾はついにキレた。おれを押しのけ、立ち上がるとおれのバナナを奪い、床に叩きつけた。

「いい加減にしろコラ! なんでメイド喫茶に来て男に接客されなきゃいけねえんだよ!」
「お客様、店名を確認なさってください。ここは『一夏と榛名のご奉仕喫茶』です」
「なおのこと悪いだろ! 気色悪いわ!」

 完全に正論だったが、おれは執事だったので譲れなかった。客が騒ぎ立てているにも関わらず、クラスメートほか、客の学校の女子連中も頭が湧いていた。
 カップリングは喧嘩しているくらいが丁度いいとか意味不明なことを呟いている。基準がよくわからない。
 弾はまだ怒りが収まらないようで、まだ愚痴っていた。

「金髪お嬢様メイドとか巨乳ポニーテールツンデレメイドとか綺麗どころいるのに、何で俺だけ執事なんだよ」
「インビジブル・ハンド・オブ・ゴッドが……」
「カッコつけた言い方すんな」

 弾は舌打ちして、口を尖らせた。

「ったく、榛名のせいで気分台無しだぜ。せっかく美人な人と知り合いになれて浮かれてたってのによー」
「あん?」

 それを聞いたとき、おれは自分が執事であることを忘れた。眉根を寄せて詰め寄る。

「弾、お前まさか、ウチの生徒と仲良くなったんじゃないだろうな?」
「え? あ、いや……仲良くなったってわけじゃねえんだ。ただちょっと話しかけられたから、連絡先を交換しただけで」
「逆ナンされてんじゃねえか! これだからチャラいイケメンはよぉ!」

 怒りに我を忘れたおれは、机をバンと叩いた。弾は一瞬ひるんだものの、これまでの経緯を思い出したのか、負けじと怒鳴り返してきた。

「な、なんだよ! ちょっとくらい良いじゃねえかよ! お前ら普段からこの桃源郷でハーレムを味わってるだろうが!
 俺だってほんの少しくらい青春を謳歌してもいいだろ!?」
「良いわけねえだろ! ここのどこがハーレムだ、よく見ろよ! 人面獣心のケダモノの集まりじゃねえか!
 おれと一夏はな、ここの人たちの私欲を満たす肥やしでしかねえんだよ!」

 外野から非難の声が聞こえたが、おれは無視した。弾はぐるりと見渡してから、

「ふざけんな! 美少女しかいないこんな環境で生活してる奴の嘆きなんてな、金持ちが『金持ってもいいことない』って呟いてるのと同じなんだよ!
 この学校、嗅いだことないめちゃくちゃ良い匂いするじゃねえか! ウチなんかホコリ臭いんだぞ!
 持ってる奴の悩みなんぞ知るか! 俺たちは持ってすらいねえんだぞ!」

 そうだそうだ、と追従する声が聞こえたが、女性の声だったので無視した。
 おれは憤慨し、腕を払って喉を震わせて全身で怒りを表現した。

「馬鹿野郎! 女の子がたくさんいるとな、すっげえ陰湿ないじめや嫌がらせが多発するんだぞ!
 お前が考えてるみたいな頭ん中桃色な女の子なんているわけねえだろうがッ! 腹の中真っ黒だぞ! 内臓にギャランドゥ生えてんだよ!」

 ひどい! 私達はそんなことしてない! と、抗議の声が唱和していたが、面倒だったので耳を塞いだ。面の皮が厚かった。
 弾は我慢ならんと机に右手を叩きつけた。

「なんか女の子嫌い発言してるけど、お前ちゃっかりモテてんだろ! 俺知ってんだぞ!
 複数の女の子と相部屋になってその年で娘もいて婚約者もいて年上のお姉さんにも言い寄られてるらしいじゃねえか!
 おれと替われよぉ! 頼むから替わってくれよぉぉぉぉ!」

 どれだけ羨ましいのか。弾は血涙を流して懇願しだした。弾には婚約者くらいしか相談してないから、あとは一夏が教えたのかな。
 ハーレム主人公の親友特有の慟哭を受け止めたおれは――それでも湧き上がる怒りを抑えきれず、傍観していた一夏を指さした。

「本当に羨ましい環境にいる奴が、男に奉仕すると思うか!? できるならおれだって、一夏みたいに半ケツのチャイナ美少女にア~ンしたかったわボケ!」
「!?」

 巻き込まれた鈴さんは、幸せそうな顔から一転して、羞恥で顔を真っ赤にし、お尻を両手で隠した。あとで一等賞をあげよう。
 弾は激しく同意したが、それでも言いたいことがあるようだった。拳を握りしめ、力説する。

「それは分かるけども! 鈴は昔からの知り合いで、こう……グッとくるものがないんだよ!
 ギャップも大事だけど、友情が先立つと性欲も陰るんだ。な、分かるだろ!?」
「確かに、幼馴染は仲が深すぎると異性として見るのはキツいかもしれない。でもさ、そんな普段は意識してない女の子が、急に女を全面に押し出す服装で現れたら……キュンとしちゃうんだろ」
「確かに……確かにな。まぁ、鈴は貧乳って時点で論外なんだが」
「うっさいのよアンタたちは!」

 鈴さんの投擲したパフェの生クリームが、おれと弾の顔面に命中し、視界がブラックアウトした。
 張り付いた生クリームがゆっくりと顔から剥がれ落ち、目を開けると、眼前には笑顔の鷹月さんが立っていた。わぁ、かわいい。

「金剛くん、休もう?」



●



 実は、IS学園でもっとも恐ろしいのは鷹月さんなのではないか。あの天使の笑顔には、言外に、「もう邪魔だから出てってくれるかな?」という意味が込められていた。
 おれと弾はカクカクと頷いて退出した。その後、弾と和解し、彼の恋だか欲情だか区別のつかない想いを応援してから別れたおれは、屋上を目指していた。
 もう学園祭はずっと一人かくれんぼをしていよう。そう決意する。怪盗に見つからなければおれの勝ちだし。

「あ、見つけた」

 ネガティブなおれの目の前に、メイド姿の会長が見えて、おれはついに幻覚の症状が出たのかと目頭を抑えた。

「早く早く!」
「急かさないでよ~。話題のカップルだからねー。お、執事とメイドでいいじゃない」

 会長が走ってきて、おれの左腕にしがみついた。すると、カメラを構えたメガネっ子が速写した。
 パパラッチだ。

「マスコミは散れやオラァ!!!!!」
「わっ」
「な、なに!? なになになにィ!?」

 突然現れた二人は、豹変したおれに驚いているようだ。だが、知らん。
 おれは積年の恨みを爆発させた。

「お前らが騒いだせいでおれの個人情報駄々漏れなんだよ! 住所までバラ撒くな! ストーキングまでしやがって、何様のつもりだ!」
「わ、私はそこまでしてないよ!」
「知る権利だの報道の自由だの表現の自由だの、自分たちの権利を主張するだけしやがって! テメエらは人様の人権侵害してるくせに我が物顔で権利訴えんな!
 情報社会の人間としての義務を果たしてから権利を主張しろ! ペンは剣より強いとかぬかして調子こいてんじゃねえぞオラァ!」
「はい、落ち着こうねー」
「ケぺ」

 喉を絞められたおれは、喉からカエルが潰れたような音を出して堕ちた。
 会長の胸で意識を失う最中、「写真撮れた?」とか確認する会話が聞こえた。
 写真……そういや、写真はひとつも持ってこなかったなぁ。





 会長がおれの代理として『一夏と榛名のご奉仕喫茶』で働いてくれるらしいので、おれは屋上で涼んでいた。
 風が妙に澄んでいる。空は抜けるように青く、雲ひとつない。晴れ晴れとし過ぎていて、逆に幸先が良くない予感がする。
 物語的には、こういうのはそう遠くない未来を暗示したりするものだが、なんでこんなに綺麗な空なのか。
 つーか、今シャルロットと会長が鉢合ったら一触即発の事態にならないか。上手いこと調整してくれることを祈るしかないのかな。

「あー……」

 これからどうしようか。柵にしがみついて思索に耽る。しかし、良い案など浮かばない。
 これから束さんが来る。天才の彼女が何をしでかす気か、凡人のおれには計り知れないが、まぁ色んな意味で攫われるんだろう。
 そうなると、どうなるか。人間関係も壊れるだろうし、今の生活も送れなくなるのは間違いない。
 将来について、どれほど悩んだか。立ち返れば、苦悩しっぱなしの学校生活だった。
 行く先を案じて、見えないものを恐れて、見えたものを疑って、そうすると何も手につかなくなって逃げてばかりだった。
 不安を抱えるほどに安全策を選んで、視野狭窄になり、言い訳を続けた結果が今のおれだ。
 ケジメをつけるにせよ、責任を取るにせよ、攫われるにせよ。今回ばかりは逃げずに立ち向かわなければなるまい。
 中天を越して、あとは落ちるを待つだけの陽を見上げた。けれど、眩しくてすぐに目を逸らした。
 逸らした先で、人集りと喧騒が聞こえてきた。何やら捕物が始まっているらしい。
 遠目に凝らしてみると――ひらひらのドレスを着た女性と黒いスーツの女性が対峙している様子がうかがえた。
 おれはしゃがんで身を隠し、ISを部分展開して音声と映像を拾ってみた。

『何をしに来た』

 織斑先生の酷表な声が耳に届いた。後ろには教師の皆さんがスーツの下に全身ピッチリの――名前なんだっけ――強化骨格を着こみ、仰々しくて学園祭の和んだ空気に似つかわしくない。
 場所は校門で、怪盗ラビットこと束さんは、堂々と正門から入ろうとしていたようだ。
 その束さんは、したり顔でおれから盗んだチケットを取り出した。ピラピラと靡かせる。

『フフン、決まってるよー。かわいいはるちゃんと妹の学園祭に父兄としてやってきたのさ』
『お前に父兄を名乗る資格はない』

 辛辣に切り捨てる織斑先生にも束さんは全く動じてなかった。

『や~だな~。戸籍上は完全な他人でも、血縁があれば、それは肉親に変わりないんだよ? たとえ殺したいほど憎くても、私は箒ちゃんの姉だし、どれほど愛していても私とはるちゃんは他人。
 ちーちゃんたちも同じ。だから血を交じらせるんでしょう?』
『お前がやろうとしていることは犯罪だ』

 頑として譲らない織斑先生に束さんは指を立て、チッチッ、と挑発した。

『違うんだなぁ、愛の告白だよ』
『金剛はお前を好きではない』
『今のはるちゃんはそうかもね。でも……本当のはるちゃんは?』

 え、おれ偽物なの?
 衝撃の事実に泡を食うおれをよそに、ふたりは盛り上がっていた。

『お前が何を考えているか見当もつかないが、私たちは絶対にお前を通さん』
『そりゃぁないぜえ~とっつぁ~ん』
『誰がとっつぁんだ』

 コントしてんじゃねえよ。おれが脳内で唱えていたクローン説が真実だったりするのか。
 切羽詰まっていたおれは、屋上から叫ぼうとするのを懸命に堪えた。
 そうこうしている間に教師陣が束さんを包囲する。

『大人しく捕まれ。抵抗しなければ手荒にはせん』
『おっと、そういうわけにはいけねえなぁ』

 芝居がかった口調で束さんは胸元からパイナップルを取り出した。……何あれ、手榴弾?

『ッ、しまった!』
『ぽーい』

 地面に叩きつけると、大発光して周囲を白色に塗り替えた。レーダーもイカれて、束さんをロストする。

『あばよーとっつぁん!』

 逃走する束さんの高笑いが轟いて、光が収まったときには、束さんの姿はすでになかった。

『束ぇ……! 遠くには逃げていないはずだ! 奴の狙いは金剛だ! 金剛を探せ!』

 慌てふためいて散会する教師陣。……まあ、予想はできていたけどね。こうもあっさりと、出し抜かれるとは。
 ――あー……

「やばくね?」

 顔から表情が消えたのを自覚する。心の葛藤がひとつに収束し、脳が今やるべきことを指し示す。

「逃げよう」

 直前に立てた決意を放り出し、おれは一目散に屋上をあとにした。



●



 これは勇気の逃走だ。戦略的撤退だ。メロスがセリヌンティウスを助けるために走っているのと同じで、処刑が怖いから逃げているわけではないのだ。
 そこのところは理解して欲しい。おれの良心とかには特に。
 クラスの出し物で華々しい廊下を駆け、仮装大会みたいになっている女生徒の波を掻き分け走る。
 木を隠すには森の中、人を隠すには人の中と思ったが、燕尾服を着た男子は女子ばかりのIS学園では目立ちすぎる。
 どうしよう――どうすればいいんだ。おれは冴えない頭をフル回転させたが、束さんから逃げ切る方法などさっぱり浮かばなかった。

「そもそも織斑先生が取り逃がした時点で詰んでないか、これ……!?」

 すなわち、IS学園どころか世界最強の人ですら捕らえられないわけで。
 武力では完全に勝ち目がないことは明白だった。なんか根本的な技術力からして違う。
 何で胸の谷間から頭大のパイナップルが出てきて、それがレーダーを撹乱する作用のある発光弾になるんだ。
 あのおっぱいは四次元ポケットなのか? 人間は二十二世紀のたぬきに勝てるのか?
 ギガゾンビなら……いや、日本創世まで遡らなければいない。詰んだ。

「宇宙にフライ・ハイすれば逃げきれるかな……」
「あれ、榛名」

 元々のISの用途を思い出し、宇宙空間にISは適応できるのか思慮していたが、名前を呼ばれたので振り向いた。
 一夏が女の子に囲まれていた。どこかのアイドルの出待ちの如き様相を呈していたので、おれは無視した。

「ま、待ってくれ! 榛名! 頼むよ、助けてくれ!」
「そんな余裕ないよ!」

 我が身可愛さに親友を見捨てる。見捨てるというか……普通に幸せそうにしか見えないし。
 あまり見ていると嫉妬で飛び蹴りをかましてしまいそうなので、全速力で一夏の横を駆け抜けた。
 ――が、

「何で逃げるんだよ! 置いて行かないでくれ榛名!」
「あ、一夏くんが逃げた!」
「逃すな!」

 一夏は渾身の力で女子を振り払い、おれを追ってきた。目当ての一夏が逃げたので、女子もついてきた。
 いや、なにこれ。

「榛名ぁぁあああ! 置いていかないでくれええええ!」
「知るかぁ! こっちはこっちで一杯一杯なんだよ!」
「どうしてそんなことを言うんだ! 以前の榛名はそんなこと言わなかった! 
親友のピンチには必ず手を貸してくれた。榛名は女の子に囲まれて変わってしまったんだ!」
「むしろ変わらない一夏がおかしいんだよ!」

 並走して、なぜか争い合う男ふたり。そりゃ変わるだろ。一回死んでるんだぞ、おれ。

「分かった! 話し合いはあとにしよう。今はおれは、」
「やっほー、は~るちゃん! ご無沙汰だね~」
「ぎゃあああああっ! きたああああああああっ!」

 廊下の窓ガラスをぶち破って、怪盗ラビットこと束さんがド派手に登場した。
 おれは錯乱して踵を返した。が、後方のウンタラカンタラ、迫り来る女子の壁が邪魔をする。

「榛名! ――って、何で束さんが!?」
「いや~。理由を話せば長いんだけど、とりあえずいっくんには特に用はないかな」
「じゃあ、なぜここにいるんですか?」
「相変わらず察しが悪いねー。ちーちゃんがかまってやらなかったからかな?」
「……榛名ですね?」

 おれが女子を相手にモーセの海割を再現しようと悪戦苦闘している最中、背後では一夏と束さんが険悪なムードになっていた。
 おれはどうすればいいんだ? 逃げるべきか、一夏と共に戦うべきか?

「榛名! ここは俺に任せて先に行け!」
「え!?」

 物騒なセリフを一夏が背中で語り、逃走を促す。いや、お前それは……

「いっくん……それはね、死亡フラグって言って、主人公は決して吐いちゃいけないセリフだよ?」
「行け!」
「お、おう」

 気迫に負けて、おれは女子の肉壁をかき分けて駈け出した。
 一夏の迫力にあてられてか知らないが、一夏好きな女子も臨戦態勢になっている。

「フッフッフ……甘い。甘すぎるぜ、いっくんよぉ」
「昔の俺と同じだと思わないでください」

 かくして、一夏連合と束さんの戦闘が勃発した。……いや、たぶん勝てないと思うけど。
 今は逃げた者が勝ちってことで。おれは親友を囮にして逃げた。





 束さんと遭遇してから一分が経過した。おれはまだ廊下を走っていた。
 どこまで逃げればいいんだろう。織斑先生のもとに行くのが一番良策なのだろうか。
 だが、織斑先生が赤子同然に出し抜かれた現実がある。一夏は心配だが、束さんも必要以上に痛めつけたりはしない筈だから、やはりおれがどう動くかが――

「あ、榛名」

 前方に、メイド服のシャルロットを見つけた。顔が引きつる。なんだってこんな時に――!

「あの……」
「急いでるから、じゃ!」

 何か言いかけたシャルロットの横を駆け抜けた。

「待って!」

 が、腕を掴まれ、引き止められた。その握りしめる細指の力が、予想以上に強かったものだから、その表情を見て後悔した。

「何で逃げるの!? 僕のことも嫌いになったの!? ……もう、話してもくれないの?」
「違う! 違うけど……」

 言葉が足らず、今のおれには、彼女に伝える術がない。言い倦ねるおれの言葉をシャルロットはじっと待っていたが、そこに割り込んでくる影がひとつ。

「奴らは逝ったぞ。次は貴様だ……はるちゃん」
「早すぎんだろぉぉあああああああああああ!!!!!」

 また芝居がかった口調で現れた束さんをみとめた瞬間、おれは再び脱兎の如く逃げ出した。
 もう一夏やられたのかよ。あっけなさすぎだろ。
 余裕なく振り返ると、束さんが高笑いしてついてきていた。怖い。

「あれは……そういうことか。榛名!」

 シャルロットもついてきた。いや、敵わないからやめておいた方が。

「榛名! 待って!」
「無理!」
「はるちゃんのお尻を追っかけるのも楽しいけど、そろそろはるちゃんも疲れたでしょ?
 ちょ~っと怪盗ラビット三世の胸で休んでもいいと思うよ?」
「初代と二世は誰だよ!」
「榛名! 絶対止まっちゃダメだよ!」
「どっちだよ!」

 息せき切ってくだらないやりとりをしながら、廊下を巡る。
 おれが篠ノ之束博士に追いかけられていることは忽ち学園祭で沸き立つ全校に知れ渡り、事態は妙ちきりんなことになっていた。

「え!? 金剛くんが女性に詰め寄られて必死で逃げてる!?」
「つまり、金剛くんの貞操がピンチ!?」
「金剛の尻が追われてる!?」
「そういえば一夏くんも追ってた!」
「そういうことなのね!」

 どういうことなんだよ! すれ違う女生徒のウワサ話が段々と耳を疑う内容に変わっていったことに口伝の恐ろしさを知る。
 背後には、まだ束さんと、その後ろにシャルロットがいた。いや、心なしか……というか、追ってきている人の数が如実に増えている。
 中には鬼気迫る形相の生徒もいて、おれに何か恨みでもあるのかという必死さだ。
 おれ何かしたか!?

『全校生徒に緊急速報! 逃げる金剛榛名くんを捕まえた人には、織斑一夏くんを一日好き放題できる権利をプレゼントします!
 繰り返します! 榛名くんを捕まえた人には一夏くんをあげるから、捕まえて私、更識楯無に引き渡すこと! 生徒会長権限で保証します!』

 無常に響き渡る全校放送の声――会長か。この騒ぎが収集つかなくなったのは、これが原因か。
 でも、景品が一夏ってことは、ひとことで言うと、やばいんでないの?
 走り通しで酸素が回っていないおれの頭でも、起こりうる事態が容易に想像できた。
 前に、三人の女生徒の姿が見える。遠目にも判別に困らないポニーテールに金髪縦ロールとツインテール。

「榛名! お前に恨みはないが――」
「一夏さんを手に入れるために――」
「お縄についてもらうわよ!」

 専用機持ち三馬鹿トリオは、ISを展開しておれを捕縛しにかかった。完全に殺す気だった。
 おれは進路を変更し、衝突を避けた。もう学園祭どころではなかった。

「束ェェェエエ!」
「とっつぁ~ん! しつこい女は嫌われるぜ~」
「お前が言うな!」
「榛名! 何で俺が景品になってるんだ!?」
「一夏! 生きてたのかよ!」

 今度は教師陣と一夏も加わり、もう目的が何なのかすらわからなくなってきた。

『金剛くーん! 大人しく捕まってー!』
『うおおおおおおおお! 榛名! うおおおおおおおおお!』
『いいから止まれぇぇぇぇぇぇ!!!!』
「な、なんだってんだよこれは!? アラク――ぐあっ」

 濁流と化した人の波に呑まれ、錐揉みされ、見ず知らずのOLのお姉さんが潰されてしまった。
 ごめんなさい! でもおれが悪いんじゃないんです! 人の性が悪いんです!

「も、もう無理……」

 かれこれ十数分は全力疾走している。全力は盛ったが、階段の昇り降りに加えて追われている重圧に奇襲での驚愕する疲れで足が重い。
 『紫雲』を展開して逃げようか画策しているおれが曲がり角を曲がった瞬間だった。僅かに開いた扉から腕が伸びて、おれを絡めとった。

「むぐっ」

 いつぞや全く同じ目にあったな。教室の扉に何らかの細工が仕込まれているのか、常時の何倍も速く閉じた。
 大勢が廊下をどよもす地響きが教室内に響く。おれの口を塞ぐ手は小さく、背中に触れる面積も小さかった。
 相手はすぐにわかった。

「はぁ……! ラウラ……」
「無事だったか、母。しかし凄い汗だな」

 口を包む小さな手が離れ、振り向くといつもの仏頂面のラウラがいた。不覚にも涙が出そうになった。

「ラウラぁ……! おれの味方はラウラだけだよ……」
「あら、ひどいわね。私は?」

 会長が胸の下で腕を組んで仁王立ちしていた。おれは疑惑の眼差しを向けた。

「騒ぎをここまで大きくしたのは誰でしたっけ?」
「最善の方法だったってだけよ。榛名くんは周りに迷惑をかけまいと一人になろうとするでしょう?
 だから孤立させないようにしたの。一人になったらすーぐ篠ノ之博士に捕まっちゃうし」

 行動を完全に読まれていたのでおれは口を閉ざした。束さんは誰にも対抗できない可能性が高いが、それでも誰かが居れば助けてもらえるかもしれない。
 他力本願で情けないことこの上ないが、事実は事実だ。おれが束さんに身を捧げれば、とも思うが、それは勘弁願いたいし。

「あ、ラウラちゃんが榛名くんをゲットしたから一夏くん好き放題券プレゼントするわ」
「う、うむ」
「え……ラウラ……まさか」
「ご、誤解だ! コイツが母を捕まえられるのは私しかいないと言い出して……!」
「どうせラウラちゃん以外に捕まったら逃げるでしょ、榛名くんは」

 ラウラがおれを売ったのかと、動揺するおれを会長が的確にビシビシ言葉で殴ってくる。
 人の行動パターン分析するのやめてくれませんかね。

「さ、逃げましょうか。あのごった煮状態でも、そろそろ榛名くんがいないことに気づくでしょうし」
『そう、誰でも気づく。少し一緒に居ただけの人間でも行動パターンが把握できる。何より、目の前のはるちゃんを安々と見失う私だと思ったか』

 ドアの向こうから可愛らしい声がする。もう一発で声の主が分かってしまった。

「マズ――! 逃げるわよ!」
『もう遅いんだな~これが。クラッキング完了~』

 会長が細工を仕掛けた施錠がいともたやすく解錠され、ドアが開く。案の定、束さんである。

「ジャーじゃじゃーん! 怪盗とお姫様の感動のご対面だー」
「ぎゃーッ! 助けてええ! 犯されるぅー!」
「やだなぁ~。それはアフターサービスだよ」
「やっぱり犯すんじゃないですか!」
「どう見ても嫌がってますけど……」

 追われ続けた恐怖がよみがえり、年甲斐もなく泣きわめくおれは、情けないことこの上なかった。
 恐怖を助長させるようにゆっくりと歩いてくる束さんを見て、会長とラウラがISを完全展開する。取り残されて困惑したおれも集団心理から便乗して展開した。

「おやおや、物騒だなー。今日は学園祭だよ? 平和に楽しくハッピーにいこうよ」
「母が攫われると困るのでな。兎は我が黒ウサギ隊だけで十分だ」
「ラー、ラウ……ラウラちゃん。私とはるちゃんが結婚すれば君に姉ができるよ」
「えっ?」
「おれにもう一人娘が!?」
「出来らぁ!」
「はい、佞言に誑かされない」

 ISで突っ込まれるとシールドエネルギー減るんだけど。

「篠ノ之博士、投降した方がいいですよ。生身でISを相手にできないことは、製作者のあなたが一番理解しているはずです」
「んー?」

 水の槍を向け、勧告する会長に束さんは首を傾げるばかり。発言が理解しかねると、心の底から不思議がっていた。
 そこに雪崩れ込んでくる専用機持ちの一年生が五人。

「榛名! もう逃げないでよ!」
「そうか! 俺が榛名を捕まえればいいんだ!」
「させません、させません、させませんわ! どのような形であれ、勝った者がウィナー!」
「一夏! アンタは何も得しないんだから退いてなさい! 我が天道を阻む者は、どいつもこいつもぶっ飛ばす!」
「そうだ! 邪魔者は力で捩じ伏せる! 体中に流れ出すエナジーがそう言っている!」

 欲に目が暗んだ人の末路だった。発言がヒロインに相応しくない物騒な言葉のオンパレード。
 ぶら下がった人参を追い続ける馬の心理がわかった気がした。猪突猛進の乙女ほど怖いものはない。
 しかし、ISを展開したおれたちと対峙する束さんを視界に入れたことで頭が冷えたようだ。
 全員が険しい顔で束さんを睨むと、ISで武装した八機が狭い教室内の中心の束さんを包囲する。
 如何に強力な武器を持っていても使う隙すら与えない、完璧なチェックメイトの状況を作り出した。

「姉さん……やはり、こうなりましたね」
「箒ちゃん。箒ちゃんは恋の意味を履き違えてるかな。姉からの助言だよ。想いを一方的にぶつけるだけが恋愛じゃないよ」
「それは束さんが言っていいセリフじゃない」

 一夏が口を挟んで批難した。束さんは両手を広げて一夏に笑顔で言う。

「なんで? 私くらい一人の異性を想って行動した人は、この星の歴史を探しても比類する者はいないよ。
 だって、その結果で世界が形を変えたからね。君たちの乗るIS、人との出会い、生きる社会構造、これまでの人生の道程に至るまで。ぜ~んぶ、私がいなければ成り立たなかったんだよ?
 そして如何様にも望むままに姿を変えられる。これが想いの力じゃなくてなんなのさ」

 ……しばし、一様に黙りこむ。皆、忘我と自分の中で思慮に没しているようだった。
 一夏と箒さん、鈴さんを除けば、全員がISという存在なくして出会う縁のない人々だ。
 誰も彼も、ISを介して出会い、知り合い、関係を深めていった間柄でしかない。この人がいなければ、そもそも今が成り立たないのだ。
 だから私を否定するなら、現在の全てを否定することになると暗に告げている。
 それが理解できない人ばかりじゃない。皆が口を閉ざす中で、真っ先に反論したのは、シャルロットだった。

「そうやって何でも自分の望み通りに事が運ぶと思っている傲岸さが、人の心を介せない原因なんじゃないですか。篠ノ之束博士」
「そう。だから一番大切なひとを不幸にして、今もそれに気付けていない。それこそただの自己満足の思いあがりです」

 会長が続く。……もう止めにしない? 一夏も鬼女めいてきた女性陣を見て、顔真っ青にして脂汗流しているしさ。ね?

「へーえ? 知ったふうな口を叩くね。じゃあ、お前らは好きな人を幸せにできるのか?
幼さと恋で耳鳴りのする耳かっぽじってよく聞け。自分の置かれた環境と想い人の心情をすべて加味して、結ばれて幸せと言えるのか?
女の臭い妄想と倫理を男性に当てはめないで、相手の立場に立って考えろ。取り巻くしがらみを含めて、その人は共にいる未来で幸せに見えるか?」

だから、本当にやめようよ。

「私と付き合うと男は変わるとか、ただ愛してくれればそれでいいとか、彼にとって一番は自分だとか、自分本位に思考してるだろ?
 箒ちゃんたちもさ、さっきのいっくん独占権争奪戦のときも真っ先に目先の利益に飛びついたよね? 少しでもいっくんの気持ちを考えた? チャンスがあれば自分を見てくれると思ってたの?
 お前らは恋を履き違えてるよ。顔が良い、何かが優れてる、お金を持ってる。ちょっとしたきっかけで移ろう程度の精神で誰かを護ろうなんて、約束もできない大層な言葉を吐くな」
「……詭弁です。あなたもできないことを私たちに押し付けないでください」

 そう会長が返すのがやっとだった。喜劇から一転して急に真面目なことやられると頭がついていかないんだよ。わかるだろ。

「アンタがどんだけ偉かろうが、あたしたちを否定する正当性も人を言い様にして許される権利もないでしょうが」
「尊敬しておりましたが、わたくしのクラスメートに仇なそうとする輩に成り下がった人の戯れ言など耳を貸しません。わたくしは自分の想いが正しいと自信を持って断言できますから」
「鏡は女の心までは映してくれないからね~。これが、私が世界を変えたのが原因なら反省しなきゃいけないね。
 恋をしている人間というのは、傍から見ればとても恥ずかしいものなんだけど、女性が増長して余計に周りが見えない女が増えた」

 それで、今まで我慢していたのを堪えられなくなったのか、顔を伏せて震えていた箒さんが憤った。

「もういい! 人を傷つけてばかりの姉さんなど、もう姉さんじゃない! 私が捕まえて何もできないよう黙らせる!」
「ほ、箒!?」

 飛びかかる箒さん、追随する一夏。そしておれは――

「あとで弁償します!」
「母ッ!?」
「逃げた!?」

 紫雲で窓を破って空に飛翔した。元を辿れば、おれが原因なんだし、おれがいなくなれば問題は解決するはずだ。
 何より、おれが原因で人が争うのを見るのが耐えられない。だったら、いっそ殴られた方がマシだけど、誰もそれはしないから。
 良かれと思ったんだが、

『――ISコアのクラッキング完了。学園内のISは機能停止だよん』

 ISの内線から束さんの声がした。時を待たずして、突如ISが推進力を失い、上昇から墜落へ軌道が変わる。
 なにそのデタラメ!?

『製作者に被造物が敵うものかな? 神の力を借りでもしない限り、兵器っていうのは構造も設計も把握済みで管理も万全で制御可能なものでなくてはならないものだよね。
 私が作ったもので私に立ち向かうなんて、ちょっと考えれば誰でも無意味だって悟れるはずなんだけどなー』

 銃の作成者が銃では死なない並みの無茶苦茶な理屈だが、この人だと道理も通じる。理屈上は納得できるんだが、一個人が完全に自由にできるものに世界は征服された絶望感に物哀しい気分になった。
 だって今のおれ、蝋の翼を溶かされたイカロスだもの。墜ちるしかないんだもの。

「嘘でしょーーーっ!?」

 叫びながら、吐き気がするGに苛まれたのも一瞬。おれは屋上に墜落し、クレーターができた。
 たいした高さではなかったことと、衝撃をISの装甲が和らげてくれたおかげで怪我はないが、落下後の紫雲は待機形態に戻ったまま、何の反応もない。
 これで逃げる手段と対抗策を失った。一夏たちは無事だろうか。連絡を取ろうにも、ISは使用不可、電波の類もパイナップルで狂っている。
 戻ったら束さんがいる。そうなったら対抗手段が何もない。

「……詰んだ」

 もう打つ手が無いじゃん……騒ぎにしたくないから織斑先生にだけ相談したけど、結局大騒動になって、どうにもならなかった。
 直に束さんがやってくる。おれは――





●



「はるちゃん、み~つけた!」

 学生寮の自分の部屋に身を隠していたところを束さんに見つかってしまった。
 自分なりに思索を巡らしてみた結果、学園祭をほっぽり出して無断で帰る奴はいないだろうと思いつき、こそこそと帰宅したのだが、甘かった。
 以前に箒さん探知機なるものの存在を匂わせていたから、おれの探知機も作ってたりするのかな。
 鍵を掛けなかったのは、見つかったら終わりだと観念していたから。ここまで来たら暴れても無駄だろう。

「はるちゃんの行動なんて、手に取るようにわかっちゃうんだからね。困ったら自分に馴染みのある場所に逃げるのは、昔から変わらないね」

 そう、昔から逃げてばかりだった。嫌なことから逃げて、立ち向かうことをしなかった。
 一度だけ、勇気や誇りのためといった尊い事柄ではなく、自棄っぱちになって逃げることを放棄して、そして死んだ。
 それも友人を守るためなどではなく、思い通りにならない現実に嫌気がさしたからで、人に誇れる名誉ある死ではなかった。
 三途の川が渡れずに戻ってきて、沸点が低くなり、感情を発露する機会も増えたが、根っこは変わらない。
 辛いことから逃げて、現実には背を向け、ひたむきな想いにそっぽを向いた。
 もう逃げ場もない、背水の陣がしいてある。精々あがいてみよう。

「前に侵入したときも思ったけど、はるちゃんの匂いがするね。ま、他の女の匂いがするのは不快だけど、しょーがないか」
「あの、みんなは……」
「心配しなくてもピンピンしてるよ。傷ひとつつけてないから安心していいよん。優しいはるちゃん」

 心配はしていなかったが、本当に約束は守ってくれたようだ。
 最初の接触で衝突した一夏も無事だったし、束さんはおれの嫌がることを決して行わなかった。
 ……いや、おれを追いかけ回すのは、説明ができないんだけどね。

「積もる話は山ほどあるし、はるちゃんと夜通し語り合いたいな。今日はゆっくり話そうね。ぜーんぶ終わったあとで」

 相変わらず、子供のように底抜けな愛らしい笑顔を向けて、言葉尻に表現できない情愛を乗せてくれる。
 おれはたくさんの人に申し訳ない気持ちを懐いてきたが、彼女に対するそれは重さが違っていた。
 にわかに外が騒がしくなり、束さんは入り口を見る。

「来たかな」
「は?」

 覚悟を決めているおれの出鼻が挫かれ、眉をひそめると、扉が壊れかねない勢いで開かれた。
 入ってきたのは、シャルロットと会長のふたり。まだメイド服を着て、息も絶え絶えで膝に手をついて。
 疑問がおれの口をつく。

「なんで……」
「何でも、何も――」
「後悔したくないからだよ!」

 ふたりが気炎を瞳に宿して、束さんを睨んだ。どれだけ無謀なんだ。勝てないのは、これまでのやりとりで分かりきっているだろうに。

「ま、来ると思ってたよ。お前らは私に真っ先に反論した。そして、はるちゃんとそれなりに一緒にいたからね。
 はるちゃんの取る行動は読めると踏んでた。最後がお前らがはるちゃんと過ごした部屋になるのは、皮肉が効きすぎているかな?」

 部屋の隅で体育座りだったおれが立ち上がり、ふたりとの間に束さんが阻むように仁王立ちする。
 同時に、女性の声じゃない低い大声も聞こえてきた。

「あ、それはいっくんもだったか。でも、今は邪魔だから入れてあげない」

 小さい人参を模したスイッチを押すと、部屋の出入口にアリーナの障壁に似た結界が展開された。
 これで外界から遮断されたわけか。……しかし、用意が良すぎるし、用いる兵器や技術も桁違いすぎて、為す術もない。
 彼女が物理的な手段を強行しなかったのは、幸いだった。束さんは、親しい人に向けるものとは大きく異なる冷酷な態度でふたりを睨み返した。

「本音を言うと、別にはるちゃんを攫ってからでも良かったんだ。ただ、それをすると遺恨を残すことになる。
 はるちゃんの心に未練を残して一生引きずることになる。それにはるちゃんの願いもあったから、はるちゃんを最も好いているお前らとの決着はつけなくてはならなかった。
 想いの強さも、身体的強さも、心の強さも、繋がりの強さも、何ひとつ私に優っているものはないんだと見せつけてやりたくなった」

 傲岸不遜な物言いに会長が反駁した。

「よくも抜け抜けと……榛名くんの人生を掻き回して、不幸にしておきながら、榛名くんに好きと言える厚顔無恥に反吐が出ます」
「不幸になってる? どこが? 幸せに決まってるよ。ねえ、はるちゃん?」

 振り返り、無邪気な笑顔をおれに向ける。おれは何も言えなかった。
 シャルロットが言う。

「お金や地位で人の幸福が決まると思っているのなら、それはあなたが浅はかなだけですよ」
「お前らは、人を責める前に自分の無知を嘆いた方がいいよ。そもそも、IS学園に通う前のはるちゃんが幸せだった根拠はなに?」

 その言葉に、ふたりがハッと目の色を変え、おれを見た。根拠なんてない。
 彼女たちは、現在のおれの気苦労を見て、おれの悲嘆に暮れる様を見て、同情してくれていたに過ぎない。
 過去を話したことなんてない。だが、現状を嘆く以上、昔の方が良かったのは紛れもない本音だった。
 だから言った。

「束さん、おれは」
「以前の、普通の暮らしをおくっている方が良かったって? それも、はるちゃんが何も知らないから言えるんだよ」

 おれの言葉を遮って話す束さんの声は、遣り場のない怒りやおれへの哀れみ、愛しさが入り混じった切実な響きで。
 皆、自然と閉口して耳を傾けていた。

「もちろん、幸せなんて人によって違うことなんて天才の束さんはとっくに知ってるさ。
金があれば幸せって人もいれば愛があれば幸せと言うやつもいる。
 幸不幸の受け取り方は人それぞれだけど、普遍的な幸福のイメージは、誰しもが漠然と共通してあるだろ?
 他人が見たはるちゃんの家庭は、どうみても不幸だった」

 悲しげに目を細め、束さんはおれを見つめた。

「はるちゃん、憶えてる? IS学園に入学が決まった日のこと。慌ただしくて、はるちゃんは混乱してたかもしれないね。でも、私はよく憶えてるよ。
はるちゃんの母親は、世間で子供が騒ぎを起こしたと知って、まずはるちゃんを責めたね。子供が何か悪いことをしたと決めつけて、庇うこともせずに自分の世間体だけを気にして泣いてたね。
 はるちゃんの父親は、子供の人生が厳しいものになると知っても、他人事みたいに話すばかりで、はるちゃんを心配する素振りすら見せなかったね。二度と会えなくなると分かっていても、別れを惜しみすらしなかったね」

 記憶が脳裏でよみがえる。嫌なことが一度にたくさん起きて、思い返したくない頃の出来事。

「ねえ、幸せな家庭の両親ってこんな反応するの?」

 問われたのはシャルロットと会長で、返答に窮して目を伏せた。
 答えられないのを見て、束さんは憎々しげに語りだす。

「お前らは知らないだろうが、私は、はるちゃんが私の腰に届かない幼い頃から、はるちゃんのことをよく知ってる。
 はるちゃんですら知らないことも、何でも、知り尽くしている。そんなお前らに批難されるのは業腹きわまりないし、今すぐにでも八つ裂きにしたい。
 でもお前らにも知る権利と必要がある。はるちゃんにも知ってほしい。私のことも理解してもらいたいから全部話してやる」

 ――知りたくないことも、知らなければよかったこともある。

「私は、はるちゃんと知り合ってから、他人に少し、ほんの少しだけど興味が湧いた。はるちゃんが好きになって、でも何ではるちゃんが泣いているのか分からなかったから、その二人を調べた。
 ――私は愕然としたよ。私の親はさ、厳しかったけどそれなりに出来た人で、まぁ箒ちゃんが尊敬してるくらいの人物だったんだけど、それが人の親の基準だと思い込んでた。
 はるちゃんの家庭環境を知ったとき、私は世界の広さと自分の未熟さを呪ったよ。
 はるちゃんの母親は、好奇の目で見られる自分の子供が憎くてたまらなかった。自分の評判を貶める血を分けた子供を心の底から嫌ってた。
 はるちゃんの父親は、そもそも家族に興味がなかった。子供ができたから結婚しただけで、仕事に夢中で家庭を顧みない人間で、はるちゃんがどうなろうと関心すら見せなかった」

 反射的に否定しようと思っても、いま思えば、そうだと思い当たる節が多すぎて、口を噤むほかない。
 束さんは慈しむようにおれに語りかけてくる。

「はるちゃん。はるちゃんは中学生になってから、サッカーをとても頑張って練習したね。
 公立の強豪校で厳しい練習を積んで、全国大会にまで進んだ。予算がなくて自家用車で遠征に行くとき、はるちゃんは一人だから友達の車に乗せてもらってたね。
 スパイクが壊れたときは学校で禁止されているバイトをこっそりこなして買ってたね。
 他の子の母親は部活に励む子供を応援してるのに、はるちゃんの親は何もしてくれなかった。
 そのくせ、いざ全国大会に出場が決まって保護者主催の祝勝会にはのこのこやってきて、主力だったはるちゃんの頑張りを自分だけの手柄のように語った。
 いくら殴っても足りないやつだったけど、それでもはるちゃんは、親が来てくれたことを喜んでたね。
 ……親に褒められたくて必死で努力して、それが叶ったことを、心から喜んでた。
 それで家庭環境は改善するかと思ったけれど、結局なにも変わらなかった。でもね、はるちゃん。私はずっと見てたよ。努力家なはるちゃんが夢に向かって頑張っている姿をずっと見てた」

 知らなければよかった。だっておれは、それが変だってことも知らなかった。

「そんな親でも、親は親だ。無理矢理に引き裂けば、はるちゃんは悲しむ。だから合法的な措置で他人に離れさせてもらった。
 本当はもっと早いうちから別れさせたかったけど、世界の圧力で創設されたIS学園は高等教育の機関でね。この国では義務教育がよほど大事らしい。
 せめて学区がいっくんと同じなら――ここもちーちゃんは思い通りに動いてくれなかったなぁ。
 いっくんとはるちゃんがこれほど仲良くなるのなら、初めから引きあわせておくべきだった。お互いにマイナスにしかならないと読んでいたけれど、私が手を出せないあいだも、いっくんなら或いは……
 いや、これはただの言い訳だね。見苦しくなるから止そう」

 かぶりを振り、悔恨をにじませる。だから嫌いになれなかったんだ。
 この人の行いには、おれへの思いやりが見え隠れする。猪突猛進で自己以外には見向きしないように見えて、おれのために後悔して自分の間違いを認めてもいる。
 忘れている記憶の中には、深甚な出来事が眠っているかもしれない。そう確信させる事実が目の前にある。

「薄々感づいているかもしれないが、私はこの世界が嫌いだ。だからISを創り、力が物を言う世界を変えた。
 だが、その変わった世界でまた嫌いなものが生まれる。これから私が何かを成し得ても、きっと、そのイタチごっこなんだろうね。
 いっそのこと全て滅ぼしてゼロからやり直してしまうのが理想だけど、それはナンセンスだし、何より面倒。貴重な時間を他人のために使うなんて真っ平ごめんだよ。
 だから、嫌いなもののない私の世界で生きようと思ってる。はるちゃんを連れてね」

 昔語りが終わり、束さんが未来の話を切り出した。黙って聞いていたふたりが身構える。

「なにやる気になってんだよ。敵わないのは十分わかったろ。私もはるちゃんの部屋で暴れる気なんてない。
 今ここで、はるちゃんを連れ去るつもりもない。失くしたものを取り返しに来ただけだ」

 予想を裏切る言葉に、緊張はそのままだが、臨戦態勢が解けた。束さん以外の面々が疑問を顔に貼り付けて固まる。

「はるちゃんはIS学園に卒業までいてもいいよ。友情を育むも良し、学力を伸ばすも良し、進学するのも就職するのも、好きにすればいい。
 私はそれまでに、はるちゃんが住みやすい世界を作る。私が生まれるまでに世界は不純物を溜め込みすぎた。たとえば、金髪。お前の信仰している宗教」

 指をさされ、シャルロットがまばたきを繰り返した。

「宗教は社会通念の礎を築いたが、差別を助長させた。お前はいっくんのはるちゃんへの感情を邪推して差別したな。それは宗教で禁じているからだ。自然宗教社会では男性の同性愛は栄えるのにな。こうして偏見が生まれ、生きづらくなる。
 創唱宗教は個人の思想が色濃く出る。個人の教えゆえ綻びやすく反感を買う。事実、何度も分裂して現在に至るだろ。生まれた瞬間から洗脳されて刷り込まれ数を増やす。形のないものから生まれた教えの不備だ」
「ひ、人が何を信じようと勝手じゃないですか!」
「そうだ。人が何を想おうと人の勝手だ。だから、私も変えられない。いくら私が万能であろうと、人の心は変えられない。
 宗教は、単純で脆い人を救う素晴らしい仕組みのひとつだ。その影響力は、私であろうと敵わない。
 一個人が死ぬまでひとつのことを信じ続ける。それを塗り替えることは私にもできなかった。
 天才の私が、この年になって、やっと気づけたことだよ。はるちゃん」

 今度は肯定されて、シャルロットは目を白黒させた。イマイチ言わんとすることが掴めない。
 事情を飲み込めたのか、会長が言う。

「……あなたが榛名くんを連れ去るつもりがないのは分かりました。ですが、それでは今日、ここに来た理由が見つからない。
 これまでに何度かちょっかいを出してきたこともそう。あなたの目的が真実なら、あなたは卒業後に榛名くんを迎えに来ればよかった。
 なのに、こんなにも予定を早めて強引になったのは」
「お前の考えている通りだよ。私は人の心が分からなかった。お前らみたいに、はるちゃんを好きになる奴がいるなんて考えもしなかった。
 素敵な男の子に育って嬉しいけれど、正直困ったよ。このままだと、はるちゃんの心が、私以外の誰かで固まってしまう。
 そうなると、私はどうなる? 大好きなはるちゃんを、洗脳してでも無理矢理に私のものにするしかなくなる。そんなことは絶対にしたくない。
 目的のために手段は選ばないが、はるちゃんに無理強いだけはしたくない。そんなのはもうはるちゃんじゃない!」

 虚飾ない本心だったのが、声の大きさにあらわれていた。額を抑え、瞑目して、思い出すように訥々と語りだす。

「……この子は、真に追い詰められると自分を真っ先に捨てる子だ。そういうふうに育ってしまった。
 銀の福音で自爆したのは、私でも想定外だった。よりにもよって、逃げるためにつけてあげた武器で……!
 昔から守ってあげられるのは私だけだった。今もそれは変わらない。お前らでは力不足だ」

 そして、ふたりを凄惨な目つきで睨んだ。普段は柔和な光をたたえた瞳が殺意を漲らせている。
 おれでも怖いくらいの眼光に、だがふたりは引かなかった。逆に睨み返す。

「何と言われようと、僕は榛名が好きです」
「榛名くんを支えられるのはあなただけではないですよ」

 それを不敵に笑って受け止め、束さんは両手を広げた。

「そうだろうな。お前らは引かないのは分かってた。だから、はるちゃんに決めてもらおう」

 え、ここでおれ!?
 本気で驚愕したおれを三人の視線が集まる。緊張で動けなくなったおれの腰を抱き、束さんが引き寄せた。
 ふたりが引き剥がそうと駆け寄るのを制止し、束さんは言った。

「でもさ、それはフェアじゃないだろ? お前らには、ここで共に過ごした記憶がある。
 けれど、私の記憶は、はるちゃんにはない。だから、いま思い出してもらう」

 片膝をついた束さん。その膝におれの背中が乗せられ、肩を抱き胸に収める。まるでおとぎ話の王子様がお姫様にキスするワンシーンのような格好だ。
 そう思っていると、おれの肩を抱いていた束さんの右手が、おれの顎を上向かせた。え、マジでキスしようとしてるの!?
 動揺するが、おれの体に回った束さんの左手が、身動きを封じてされるがままになる。
 誰に向けての言葉か。束さんは耳元で、甘い声音で囁いた。

「眠り姫が覚醒めるのは、いつだって、愛しい人のキスだと相場が決まってるものだよ」

 シャルロットと会長が止めようと詰め寄るが、それも叶わず。
 溶けるような甘い感触が唇を包む。驚きに目を見開く。束さんの長い睫毛が、あたたかな額が触れる。
 それを懐かしいと思ったのも束の間――貧血を起こしたような、幽かな光が視界を満たして――
 見知らぬ記憶が、奔流となってまざまざとよみがえる。

 忘れていたものを、欠けていたものを――昔の自分を取り戻して、決意を固めた。





[37185] みんながついてくる
Name: コモド◆82fdf01d ID:e59c9e81
Date: 2014/01/25 05:54
 柔らかく肩を抱く人を思い出す。人にやさしくされたのは初めてだった。
 男なのに男に馴染めず、かといって女の子と仲良くなれない。そんなおれの手をとってくれた人が彼女だった。
 いま思えば、とても変わり者で、とても美人で、おれにだけは優しかった。
 その優しさに理由があるとすれば、それは純然たる好意だったのだろう。
 みんながおれを邪険にあつかう中で、手を引いてくれたのは、おれ以外を邪険にあつかう人だった。
 いま思えば、関係は慰め合いに近いものだったのかもしれない。
 親しい人がいないおれと、親しい人ほど離れていく彼女で、共依存のような関係が形成されていった。
 そんな関係が三年ほど続いたある日、彼女は世界とおれに魔法をかけた。

『大きくなったら、また会おうね』

 そう言って、おれの前からいなくなった。そうしていつしかおれの記憶からも消え失せた。
 その転換点から、もう十年近く経つ。失くした記憶と自分が戻って、何かが欠けている喪失感からも解放された。
 もう、逃げる必要がない。逃げる理由もない。さあ、自分の気持ちに決着をつけに行こう。
 背を向けてばかりのおれに、ただひたむきに、まっすぐにおれに向き合ってくれた彼女たちと、せめて最後くらいは、見つめ合えるように。










 唇が離れ、遅れて、額の感触も消えた。目を開けると、笑顔の束さんが視界いっぱいに広がった。
 一度まばたきをして、かぶりを振る。茫洋と見えなかったものが、突風で晴れてしまったかのような、急激なショックで意識が飛んでしまったようだ。
 でも、もう大丈夫。おれは一人でも立てる。束さんの腕が緩んだのを見て、立ち上がって、全員の顔を見た。
 不安げに瞳を揺らす人がいれば、喜びを隠し切れない人もいる。
 ふと、視界が霞んだ。女の子の前で泣く自分が情けなくなり、手の甲で力任せに拭う。
 想うままに心の中をぶちまけてしまえればいいのにと、女々しい感情が飛来する。
 走馬灯みたいに駆け巡った記憶の衝撃は、たしかに心をぐらつかせた。だが、今となっては過ぎ去ったものだ。
 耐えて、忘れる覚悟くらい、とっくにできている。大切にすべきは今。
 おれは足を前に踏み出し――束さんを抱きしめた。

「あ……!」
「……っ」

 悲鳴を押し殺した声が耳に届く。胸のなかには、おれのために半生を捧げてくれた人がいた。
 束さんは歓喜の情を弾けさせ、子供のように笑った。

「やっぱり……! やっぱりはるちゃんは私を選んでくれた! 思い出してくれたんだね、私との思い出!」
「はい、全部思い出しました」
「そうだよね! はるちゃんは私のこと大好きだったもんね! うんうん! わかってる、わかってるよ!」

 束さんとの記憶を除けば、昔には良い思い出は残っていなかった。だからこそ、この人との記憶は美化されて、鮮明な写真として明瞭に思い起こせる。
 忘れてしまっても、意識の奥底には彼女への感情が根強く残っている。嫌いになれるわけない。
 だから、抱きしめた。

「束さん、おれ……」
「うん。なぁに?」

 甘える小動物のように愛らしい瞳でおれを見上げる。おれは、瞳を逸らさずに、



「おれ……シャルロットが好きなんです」



 思いの丈を打ち明けた。

「……え?」

 時が凍った。比喩ではなく、おれ以外の誰もが、おれの発した言葉の意味を理解できていなかった。
 並ぶもののない天才の束さんですら。

「え、あ……え? お、おっかしいな~。束さんの耳が遠くなっちゃったのかな? 知らない名前が聞こえたぞ?」
「おれが好きなのは、シャルロットなんです」

 繰り返した。一言一句に想いを乗せて、違うことなく伝わるように。
 束さんは顔を綻ばせた。

「や、やだなぁ~。名前まちがってるよ。視覚野で誤認が生じちゃったのかな? それともまだ混乱してる? はるちゃんの好きな人はさ」
「シャルロットが、好きなんです」

 再び、繰り返した。胸のなかにいる人に向かって口にするたびに、過去がちらついては胸に刺さった。
 束さんは拗ねる子供みたいにおれの胸を掴んだ。

「ちがうってばぁ。好きな人の名前を間違うなんて、とっても失礼なことなんだからね、はるちゃん。ねえ、はるちゃん」
「束さん、おれはシャルロットが――」
「うるさい!」

 怒声はそれまでの可憐な声ではなく、震えていた。顔を伏せた束さんは、おれの胸に向けて感情をぶつけた。
 手と声が胸を突く。

「はるちゃんの声で他の女の名前を呼ぶな! 他の女を好きって言うな! お……お、おかしいよ……なんで?
 え? はるちゃんは、私のこと好きって言ってくれたのに……なんで?」
「束さん……」

 胸をつかむ両手の感触とはまた違う痛みが胸を締め付ける。喉が詰まり、名前を呼ぶだけに留まった。
 束さんは、未だ何が起こっているのかわからないシャルロットを睨んだ。

「なんで……なんでこんな奴が? こいつは何もはるちゃんに報いてない! 私は、はるちゃんのためにどんなことだって実行してきた!
 はるちゃんにとって害悪でしかない親は二度と会えないように隔離したし、生きていくのに必要な金も、地位も、はるちゃんの望みも叶えて……世界だって変えた!
 こいつは何もしてない! なんで!? はるちゃんが好きになる理由なんてないでしょ!? そうでしょう!?」

 そして縋るようにおれを見上げた。おれはその瞳を見据えた。何も語ることなく、ただ見つめるだけだった。
 束さんの顔が悲壮に歪んだ。

「な、何でかなー? 顔? コーカソイドの顔立ちがタイプなら整形するよ? 金髪が好きなら全く同じ色に染めるし、ボクっ娘が好きなら今すぐ変える。
 年齢は変えられないけど、束さんはずっと若々しいままだよ? なんなら幼女化しても――」
「容姿の問題じゃないんです。おれはシャルロットを好きになったんです、束さん」
「……」

 震える吐息が肌を舐めた。長いため息と共に項垂れる。声を出そうとして、その都度、束さんは感情を押し殺すように震えていた。
 やがて、小さく呟く。

「はるちゃんは……好きって言ってくれた。世界でひとりだけ、私に好きって言ってくれた。
 そのはるちゃんが……あれ? はるちゃんが、なんで……」

 しかし徐々に大きく、声に感情が乗る。それは落胆と悲哀と激情が混濁したもので、

「わ、私を好きだって言ったのは、はるちゃんじゃないか。だから、だから私も好きになったんだ。
 なのに他の女をさ……他の女を好きになるはるちゃんなんて、もうはるちゃんじゃない!」

 上げた顔は怒りに濡れていて、おれには決して向けたことのない冷たい表情に変わっていた。

「本当のはるちゃんを返せよ! やっぱり全部まちがってた……! あの反吐まみれの家族と凡俗なガキに囲まれて、良くない育ち方をしてたんだ。
 本当に大切なものなら、初めから囲って大事にしなきゃいけなかったんだ! もういい!
 失くしたなら造ればいいんだ! 私が好きだったはるちゃんを――!」
「束さん!」

 憎悪を向ける束さんの肩を、背中を、頭を抱き、腕の中におさめる。咄嗟のことに束さんも驚いたようで動きが止まった。
 その隙に、あふれる気持ちのままに口を滑らせた。

「ごめんなさい。あなたのことを、ずっと忘れてて……全部、思い出しました。公園で会ったときから、毎日あそんでもらった思い出と、最後に別れる日までのこと、全部。
 その頃のおれは、偽りなくあなたのことが好きでした。初恋だったと思います。その気持ちと思い出は、もう二度と、忘れません。
 ……両親のことは、正直、どう言えばいいか、今も答えが見つかりません。でも、あなたがおれを想ってしてくれたことは、感謝しています。
今のおれがあるのは、あなたのおかげですから」
「……だ、だったら」
「でも」

 未練を口にする束さんを遮るように、声を出した。

「今のおれは、シャルロットが好きなんです。……ずっと逃げて、臆病な言い訳をしてました。
 けど、ここで今の心を偽ったら、一生後悔する。自分だけ安全な道を選んで、シャルロットをひとりにしたくない。
 ……だから」
「はるちゃん……」

 泣いてまともに発声できない束さんを、いっそう強く抱きしめて、顎を頭に乗せ、言った。

「だから、あなたの気持ちには応えられません。……ごめんね、束おねえちゃん」

 ――だから、抱きしめた。
 昔はあなたの胸で泣いてばかりだったおれが、今は泣くあなたを抱き寄せてあげることができる。
 恋慕以外の感情を伝えるには、こうするしかなかった。
 しばらくして、束さんは顔を上げた。引きつった笑顔が、痛々しかった。

「そ、そっかぁ。はるちゃんは、他に好きな子ができたんだ」
「はい」
「なら、祝福しなきゃね。はるちゃんは、そっちの方が幸せなんだから」

 そう言うと、束さんはおれから離れて、窓の縁に足をかけた。

「お幸せに……」
「あっ」

 まだ伝えたいことがあったのに、束さんは例の人参に乗って、空に消えていった。
 いや、『まだ』という表現はふさわしくない。本当は語り尽くせない恩と情がある。
 でも、まだ決着をつけなきゃいけない人がいる。
 おれは、会長と目を合わせた。

「会長」
「分かってるわよ。ごめんなさい、でしょ?」

 予想とは異なり、会長は飄然としていた。むしろおれが面をくらうほど、拍子抜けするくらい清々しい笑顔だった。
 ふっ、と肩をすくめる。

「目の前であんだけ好き好き言われちゃねえ。見てるこっちは堪ったもんじゃないわよ」
「……すいません」
「いいよ。元々、私が無理言って出来た関係だし……それに、薄々、分かってはいたし」

 そう呟く会長は、わずかに寂しそうで。だが、すぐにいつもの会長に戻ると、颯爽と踵を返した。
 ドアに向かっていく会長に呼びかける。

「会長!」
「ん? あー、大丈夫。外にいる人たちに、もう心配ないって伝えてくるから」
「いえ、その……おれ、会長との婚約は断ります。でも、これからも、会長とは友達でいたいです」

 これは予想外だったのか、会長は目を丸くした。が、くすくすと笑った。

「それはちょっとどうなの? 婚約破棄してまで振った女に、友達でいたいって」
「図々しいのは分かってます。だけど、会長と一緒にいる時間は、嫌いじゃなかった。だから、」
「……ん。私も君といる時間は好きだったよ。だから好きだったんだ」

 ――そして、「じゃあね」と小さい響きを残して、会長は扉を閉めた。
 外から喧騒がする。二人きりになる。どことなく、ぎこちない。
 思えば、最近は二人きりになる時間が、あまりなかった。以前はこの部屋で、毎日、二人きりの時間を過ごしていたのに。
 シャルロットの秘密を共有して、初めて異性と同じ部屋で過ごした日々がよみがえる。
 今の感情が芽生えたのは、いつだったか。意外と早かったかもしれない。
 少なくとも、中学まで異性に縁のない生活を送ってきたおれには、男装をして転入してきた外国人美少女との同居生活は眩しすぎた。
 寝るときもシャワーを浴びてるときも着替えをしているときもドキドキしっぱなしだし、あざといくせに反応は初心だしで、はっきり言えば参っていた。
 意識しないときはなかった。一緒にいるときに胸にわだかまって、外に溢れようとする苦しいのか熱いのかわからないものを恋情と呼ぶなら、おれはシャルロットが好きなんだ。

「シャルロット」

 名前を呼ぶ。呼ばれたシャルロットは――未だに固まってた。

「シャルロット」

 もう一度名前を呼ぶと、やっと反応した。けれどオドオドとしていて、今まで気丈だったシャルロットの緊張が解けたように見えた。
 手の届く範囲に歩み寄る。上目遣いのシャルロットは、ちょっとあざといけれど、やっぱり可愛かった。

「さっき何回も言ったけど、おれ……シャルロットが好きだ。誰よりも、シャルロットが好きだよ」

 改めて本人に告白すると照れくさくて、頬が熱くなる。
 反面、シャルロットの顔は曇っていた。

「どうしたの?」
「だ、だって……」

 問うと、涙をたたえた瞳と震える唇で語りだす。

「ぼ、僕といると榛名は不幸になるって……榛名といると毎日が楽しくて、嫌なことも忘れられて、僕、何も考えないようにしてて……
 でも会長や篠ノ之博士が、榛名を好きって言うから……大好きな榛名を渡したくなくて、何も考えずに榛名を好きだ、好きだって言ってて……!」
「うん」

 言葉がまとまらず、ちょっと支離滅裂であったけど、意味は伝わる。安心させるために笑って頷いた。
 言葉があふれてくる。

「さ、さっきも、榛名が僕を好きって言ってくれて、嬉しかったけど、安心したら、榛名のことが浮かんで。
 僕は国とお父さんを捨てた裏切り者で、榛名も同じになっちゃうって……榛名が好きなのに僕、榛名のこと考えてなくて、自分のことばっかりで……!
 ぼ、僕のせいで榛名が不幸になるのに、好きって言ってもらえたことを喜んでる自分が嫌で……っ!」
「うん。でも、いいんだ」

 優しく抱き寄せ、柔らかい金色の髪を撫でた。触れ合うと、よりその華奢な女の子が愛おしくなった。

「おれも、シャルロットが好きなだけだから」

 ただ、感情に身を任せて、大事だと思える方に秤を傾けただけだから。

「保身とか、立場とか、世間とか。そういった物事を全部捨ててでも、シャルロットを大切にしたいって、そう思っただけだから」

 周りのことなんていっさい考えないで、私情を優先した、馬鹿な男だから。

「だから、シャルロットは自分を責めないでいいんだ。それよりも、不安にさせてごめん。
 優柔不断で、逃げてばかりで、情けない男で、ごめん。
 ……シャルロットは、こんな男でもいい?」
「うん……うん……!」

 胸に顔を擦りつけて、しきりに顔を縦にふるシャルロットが、すこし、おかしかった。

「ありがとう。……これから、いっしょにたくさん苦労しよう。そして、その苦労よりも多く幸せだって思える、ふたりになろうね」

 幸多くない人生を歩んできた彼女に、心の底から幸せな家庭を築かせてあげたい。
 実際は、おれも幸せとは言えない家庭だったけれど、だからふたりで、頑張っていこう。
 ……やっと気負いなく、好きな人を守ってやると言える自身がついた。
 だから、抱きしめている。

「ふ、ふええ……」
「あれ?」

 柄でもなく格好つけて、プロポーズみたいな言葉を捧げたのに、シャルロットは滂沱と涙を溢れさせて、おれの背中に腕を回した。
 それから、子供みたいに泣き始めた。

「ふぇぇ……! う、うああぁぁあああああ……! うっ、うわあぁぁぁん」
「シャルロット……」
「ぼっ、僕も……好ぎ……うぅぅううう……ああああああああ……っ」
「うん」
「はる、な……の、ことっ……ずっど、大好き、だからぁ……ぐすっ、うぅああぁぁ~ん」
「うん……うん……」

 安心して泣き出すシャルロットが親を見つけた迷子に思えて、泣き終えるまで、ずっと頭を撫でていた。
 ……未来予想図では、このあと、自分からキスしたかったのだけれど、それは先になりそうだ。

「約束、したからね」

 学園祭を回ると、約束したけど――今は、この腕のぬくもりと、胸を満たす感情に浸っていたい。
 この心地良いやすらぎが、ずっと続けばいいのに、と。
 好きな女の子の幸せを願って、ただ抱き合っていた。

















『宴の後で』



「ここにいたのね」

 布仏虚は、紙コップ入りのコーヒー片手にぼんやりと無防備な更識刀奈の隣に腰を下ろした。
 刀奈は、グラウンドで行われている後夜祭のキャンプファイヤーの穏やかな火を片隅で見つめていた。立ち上る火の側では、ダンスを踊るわけでもなく、女子生徒が夕闇の下の灯りに酔って騒いでいる。
 あの後――榛名を助けに行こうとする生徒を落ち着け、学園祭の実行を再優先するよう全生徒に促した。
 生徒会長の手腕を遺憾なく発揮し、束によって大混乱に陥った学園祭を無事立て直した刀奈の統率力は称賛されてしかるべきだ。
 だが、褒めて欲しい人は、側にいなかった。同じ学園にいるのに手の届かない位置に行ってしまった。
 それを自覚すると胸の空洞が煩わしくなり、仕事に打ち込み、盛り上がる生徒の熱を見ると、また胸の痛痒が騒いだ。
 今度は気を紛らわすものがなかったので、己の手で作り出した光景を眺めていた。
 そこに雑務を終えた虚が来た。

「居ちゃわるいの?」

 口が悪くなったのは、致し方なかった。傷心の喪失感が、未だ全身を包んでいた。
 虚は澄ました顔で微笑んだ。

「いいえ、ここはIS学園だもの。そこの生徒会長がいて悪い道理がないわ」

 自分よりも大人な付き人の理屈に、肩の力が抜けた。地面に手をつき、姿勢を崩すと、少し気が楽になり、打ち明けることにした。

「ふられちゃった」
「ええ、そこら中で噂になってるもの。知ってるわ」

 あちゃー、と手で顔を覆い、天を見上げた。そういえば、女の子は恋話が好物だった。
 おまけに自分は全校を巻き込んでシャルロットとひとりの男を取り合った。話のネタにならないわけがない。

「……まぁ、仕方ないと言えば、仕方ないんだけどね」

 正攻法で敵わないのは、自分の想いに気づいたときから分かりきっていた。
 だから策を弄して、自分と榛名が一番幸せに道を模索し、想いを貫いた。
 ……だが、結局榛名は、刀奈を選ばず、今を選んだ。

「元々、私の横恋慕みたいなものだったし、自分なりに迫ってみたけど、あのコ、動じないんだもん。
 裸になって押し倒しても、私の裸には目移りせずに、叩かれた痕を見つけるし……」
「あなた、そんなことまでしてたの」
「う……」

 そういえば、この出来事は話したことがなかった。不安に苛まれて無理矢理に迫った気恥ずかしさと気まずさで、今までは心の奥に封印していたのに。
 虚は呆れたようにため息をついた。

「金剛くんと同室になってからのあなたと来たら……生徒会室でも毎日毎日、金剛くんの話ばかり。
 それがいつからか、金剛くんの身の上とか将来とかで思い詰めて、私や本音に相談したり、愚痴を聞かされたり……
 金剛くんを明確に好きになり始めたのは、キスされそうになったって時からかしら?
 ミイラ取りがミイラになってどうするの」
「ちょ、ちょっと! やめてってば!」

 三人しか知らない、悩める乙女だった秘密を、自分の様子とセットで説明され、羞恥心に赤くなる。
 恋をしているときは見えなかった行動が、冷静になった今では恥ずかしくてむず痒くなる。

「普段は肌を平然と見せてたくせに、恋を自覚した途端に恥じらいを覚えたものね。
 ちょっと面白かったわよ。下着やボトムスのファッションを真剣に相談してくるあなたは。おまけに金剛くんがいないときに部屋で」
「や、やめてやめて! ホント、お願い!」

 仮にも年頃の少女だから、気になる異性に下着の趣味をなじられて気にしないなどありえなかった。
 思い返すと、布仏姉妹には、他にも様々な事柄を打ち明けてしまっている。とんでもない秘密まで言ってしまったこともある。
 耳を塞いでかぶりを振った。今、人生でも一番恥ずかしい思いをしているかもしれない。

「くすっ……でも、かわいかったわよ。年下の男の子の言動ひとつで一喜一憂させられてる生徒会長さまは」

 だが、大人ぶっている虚に、ちょっと反抗心が芽生えた。自分の性分からして、負けるのは嫌だったからかもしれない。
 刀奈は、底抜けに意地悪い笑みを浮かべて虚の顔を覗きこんだ。

「なぁ~にニヤついてるのよ。虚だってこれからそうなるんだからね」
「ならないわよ……なに言ってるの」
「はぁん、とぼける気だな。私が知らないと思ってるの? IS学園副生徒会長さまが、学園祭で他校の男子生徒を逆ナンしたってこと」
「……情報に誤りがあるわ。私は正規の招待客か確認しただけ」
「ほほう、確認するためだけに、連絡先まで訊く必要があるんですかな? んー?」
「……」

 これからしばらく、昔ながらの長い付き合いから繰り出される、好みのタイプや行動を知り尽くしたいやらしい追求が続いた。
 弄り倒して満足したのか、すっかり冷めたコーヒーを啜り、刀奈は星が瞬く夜空を見上げた。

「……ありがとね、虚」
「もう……」
「ふふっ、ごめんごめん。……うん。榛名くんのことは忘れる。部屋も明日には出て、今の気持ちも、心の片隅においておくことにする。
 その方がいいよね」
「あなたがいいならね」

 拗ねた虚に笑いかける刀奈の笑顔は、いつもの彼女の屈託ない不敵な笑顔で、安心して虚も綺麗な秋の夜空を見上げた。
 澄んだ空気には、少し早い冬の訪れを思わせる肌寒さを感じて、早い季節の移り変わりに、ちょっと寂しくなった。

「よーし! 榛名くんが振ったことを後悔するような良い女になってやるぞー!」
「フフ……頑張りなさい」

 夜が更けてゆく。








 しばらくして……



「やっぱ無理。好き。大好き」
「早いわね……」

 体育座りで膝に額を合わせ、気落ちする刀奈に虚は落胆を禁じ得なかった。
 思いのほか、心の傷は深いようだった。
 刀奈は唇を尖らせて肩を揺らした。

「すぐ忘れられる程度の恋なら、結婚なんて考えたりしないって。一生物の男だって思えたんだぞー。
 振られたときだって、良い女演じて、格好つけて去ってさ……あわよくば私に振り向いてくれるかもとか考えてた。
 でも……一度も、名前で呼んでくれなかった。教えたのに」

 言葉尻に嫉妬と哀愁を含めて、未練をぶちまける。鼻を啜った。泣いてはいなかった。

「未練たらたらね……」
「そうですー。好きですー。大好きですー。好き好き大好き超愛してますー」
「重症ね……」

 初恋であり、本気で将来を想い描いた相手だからか。ちょっとやそっとでは刀奈から榛名は消えてくれそうになかった。
 燻ぶるどころか燃えている恋心に火照る刀奈は思い出と未練ばかりを口にする。

「キスしとけばよかったなー。あのときも引かないで強引に行っちゃえば……」
「もうっ。聞いてられないわねー」

 そうして、思い出ばかり振り返っているうちに、ふと、ある言葉が浮かぶ。聞き流していた、何気ないひとこと。

『おれは愛されるよりも愛したいです』

「あ……そっか」

 それで、疑問が氷解した。自分は榛名を愛して、守ってあげることばかり考えて、榛名から愛されることを失念していた。
 もちろん好きになってもらいたかった。けれど……

「でも……そうだよね」

 もっと肝心なことを忘れていた。

「男の子……だもんね」

 及び腰で争い事を嫌って、庇護欲を唆る子だったが、それでも男の子だった。
 なぜ、もっと早くに気づいてあげられなかったのだろう。また、後悔が募った。

「こっちこっち~」
「ちょ……ちょっと……! 本音……引っ張らないで……!」
「あら……?」

 思い詰めていたところに闖入者がやってきた。間延びしたかわいらしい声と久しく聞いたことのない懐かしい声。
 呑気に手を振る布仏本音と――それに腕をひかれた刀奈の妹、簪だった。

「なん、で」
「来ちゃいましたー」
「い、いいかげん離して、本音……」

 変わっていない刺々しい態度と人見知りの激しい気弱な声がした。見間違いではなかった。
 虚を挟んで本音と簪が並ぶ。姉妹の距離は一番遠くて、今までで一番近かった。

「本音ちゃん……どうして」
「かんちゃんが~傷心のたっちゃんを慰めてあげたいって言うからですよ~」
「い、言ってない! そ……そんなんじゃ……」

 慌てて大声をあげる簪と放心する刀奈の目が合う。が、すぐに逸らされた。

「……姉さんが、婚約者に振られたって聞いたから……笑いに来ただけ……」
「またまた~素直じゃないな~」
「だ、だいたい本音が人の言うこと聞かないで連れて行くから……!」

 取り繕うように似つかわしくない声を張って否定する妹がかわいくて、刀奈はくすりと微笑した。

「そうだぞー。簪ちゃん、お姉ちゃんは初恋の男の子にたった今、振られちゃいましたー」
「……どうしてこんなに明るいの」
「いえ、さっきまで落ち込むわ、未練たらたらだわで酷かったのよ」

 散々、愚痴を聞かされた身としては突っ込まずにいられないのか。ため息混じりに虚が言う。
 簪は驚き、口を開けた。

「……姉さんも、男に振られると落ち込むんだ」

 完璧超人だと思っていたのに。幼いころから比較され、なにひとつ勝てた試しがない姉にムキになっていた遠い存在が、今は年頃の少女にしか見えなかった。
 むしろ、別人に見えた。
 刀奈は開き直ったのか、虚勢を張らずにいられないのか、朗らかに冗談っぽく言う。

「簪ちゃん。すっっッッッごい辛いよ! もうね、ロンドン橋から落っこちて自殺しちゃいたいくらい辛いよ!
 身も心も裂けちゃいそう。でも、それでも好きで好きで溜まらなくて、居てもたってもいられないの。
 あー、辛いわー超辛いわー」
「なら……好きになんてならなきゃいいのに」

 ポツリと出た本心を、刀奈はやさしく拾いあげた。
 刀奈の隣に移動し、苦笑して、燦然と煌めく星を追う。

「そうかもね。でも、不思議なことにね。恋が実らなかったことを後悔しても、榛名くんを好きになったことは後悔してないんだ。
 それに、辛いけど、悪い気はしないの。振られたくせに榛名くんを思い浮かべると、何だか幸せになれるのよ。
 人を好きになれるって、とても素晴らしいことなんだって、みんなに教えてあげたいくらい」
「……よく、わからない」
「そうねー。簪ちゃんも恋をすれば分かるかもね。一夏くんとかどう? ライバルは多いけど」
「実は、こんこんのこと、ちょっといいなって思ってましたー!」
「本音……」
「あら……」
「……ごめんね、本音ちゃん」

 生徒会の面子+一名で、祭りの後を眺める。
 思わぬ告白もあったが、姉妹の距離は一番近くて、今は触れ合っていた。









『それぞれの二人』



「ここにいたのか、束」

 人気のない屋上でひとり、ベンチに座って遠い火を眺める束を、スーツ姿の千冬が見つけ出した。
 今は仲違いをしてしまった親友を一瞥すらせず、束はつぶやく。

「あ、無能だ」
「黙れ、ポンコツ怪盗が」
「イタッ」

 手刀が頭に落ちる。「うぅ」と呻る束。だが、痛くなんてなかった。傷はもっと別の場所にあった。
 無遠慮に千冬が隣に腰を落ち着かせる。束も拒まなかった。
 束はしばらく頭を抱えていたが、何も言い出さない千冬が気にかかり、ちらりとその顔を見て言う。

「なにしに来たのさ」
「半生を懸けた片思いを盛大に振られて終えた現代の光源氏計画失敗者を笑いに来た」
「帰れ!」

 普段のおちゃらけた束なら、ふざけて済ませただろうが、さすがに看過できなかった。
 が、本気になる気力は残っていなかったので、出店から盗んだジュースの紙コップを投擲した。あっさり回避されたが。

「冗談だ」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろ……」
「まさかお前の口から真人間らしい言葉が聞けるなんてな。人は恋すると変わるのは本当か」

 散々、コケにされた仕返しなのか。満足気な千冬に束は、むっと頬を膨らませた。

「なんだよ。恋もしたことない上にブラコンで膜に蜘蛛の巣張ったアイアンメイデンのくせに。
 教師で世界最強のブリュンヒルデ(笑)なんて呼ばれてるのに、科学者ひとりに翻弄されて顔真っ赤にしてたくせにー」
「殴るぞ」
「殴ってから言わないでよ!」

 今度は割りと本気で痛かった。自分の馬鹿力考慮しろよ、と唸りながら束は涙目で千冬を睨んだ。
 千冬は、足を組み直して肩を落とした。

「まったく……失恋して傷心の親友を労ってやろうと来てみれば」

 それが癪に障った束は、声も心も尖らせた。

「よく言うよ。何度も人の恋路を邪魔したくせに」
「なら、せめて事情くらい話せ。長い付き合いだが、お前のことは未だに理解できん」
「話しても無駄だろ。のっけから否定して敵対するくせに」
「そうでもない。今は、お前を女としても、人としても、少しだけ尊敬している」

 さらりと、常人ならば照れくさくて言えないことを口にできるのが、織斑姉弟の美点なのだろう。
 耳に入る触りの良い言葉が、千冬が自分に向けたものとは信じられず、束はしばし固まった。
 しかし、それもごく僅かの間でしかなく、また憎まれ口が突いて出た。

「嘘つき」
「嘘じゃないさ。……お前も、手段こそ間違っていたが、一人の大切な者を護ろうと動いていたんだな。
 中学のころに教えてほしかったよ」
「……教えられるわけないだろ。私たちの関係を性的虐待だー、なんて思い込む精神まで純潔のオボコに」
「不純には変わりないだろう」

 どうも認識に齟齬があるようだ。榛名と束の過去は、千冬が断片的に知っているだけで、全容を知るのは本人たちのみだ。
 深く知るのは野暮というものだろう。千冬も追求はしなかった。
 話題がなくなると、珍しく束は愚痴をこぼし始めた。

「はるちゃん……もうちょっとだったのにな。記憶を取り戻して、二人の思い出も、愛情も……」
「金剛には、過去よりも今が大切だった。めそめそするな、もう何歳だ、お前は」
「恋愛に年は関係ないだろー」

 むしろ傷は年齢を重ねた方が深く、大きい。後が無いだけに。
 束は、全てを吐き出すような深いため息をついた。

「はあ……はるちゃんの精子と私の卵子を人工授精させて、子供を産もうかな」
「おい、洒落にならんからやめろ」
「分かってるよ。はるちゃんに愛してもらってできた子じゃなきゃ、意味ないよね」

 束の科学力なら簡単に実行できてしまえるだけに戦慄してしまう。
 だが、束は恋愛に関しては自分なりの哲学をもっていて、それに沿った物語性がなければ好まない傾向があった。
 親友の意外な一面を発見できて、少し嬉しくなったことを、千冬は自分が笑っていることに気づいてから、遅れて悟った。

「でもさ……本当に愛してたんだよ、はるちゃんのこと。十年もだよ。忘れられてたのもショックだったけど、まさか記憶を取り戻しても振られるなんて……
 私は篠ノ之束だぞー……はるちゃーん……世界一すごい天才なんだぞー……なのにさー」
「世界を思い通りにできる天才も、ひとりの男の心を好きにはできなかった。まぁ、お前の好きそうな話じゃないか」
「うわ、くっさ。昭和のババアかよ」
「……」
「あぅあぁあああ! ごめんなさーい」

 頭をぐりぐりされて、半泣きになった束の肩に、千冬は自分の肩を合わせた。

「束、篠ノ之と仲直りしろよ」
「……どうかな。はるちゃんしか、私のこと好きになってくれる子いなかったし。私もイライラして不満ぶつけまくったし、もう無理でしょ」
「そんなに人が信用ならないか」
「うん。はるちゃんだけ。クーちゃんも家族だからいいけど」
「なら、私が親友としてお前を好きになる。それでも人が信用できないか?」

 またしても言葉の意味に理解が追いつかず、束は目をぱちくりさせた。

「お前は私が嫌いか?」
「……嫌いじゃないけど、ちーちゃんは私を好きになってくれなかったし」
「だから、好きになってやる。親友の私がお前を好きになる。きっかけづくりだ。
 少しずつでいい。人を信用できるようになっていけ」

 ――本当に、この姉弟は、もう。

「うわ……好きになってやるって……なんつー上から目線。未だにちーちゃんが処女な理由がわかったよ」
「黙れ。返事は?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ちょっとだけなら、いい」
「よし」

 根負けして、束が折れた。何だかんだ言って、束の狭い人間関係において、一番付き合いの長い千冬は特別だった。
 好きだった。ただ、見向きもしてくれない中で自分だけを見てくれた榛名が全てになっていった。
 そのベクトルが外にも向けば――千冬が親友なりに束を慮った答えだった。
 束は気恥ずかしくなったのか、それとも元気を取り戻したのか。子供のように笑みを浮かべた。

「ま、思春期の恋愛なんてほぼ必ず別れるものだから、相性が合わなくて別れたあとに、傷心のはるちゃんを優しく抱きしめてあげればいいだけなんだけどねー」
「……騒がしいやつだ」
「あったりまえだよ。はるちゃんを幸せにするのが私の夢だからね。ちーちゃん風に言わせれば、『人生を滅茶苦茶にした責任を取れ』ってやつ。やることいっぱいで、いつまでも落ち込んでいられないんだよねー」

 千冬の声真似をする束の幼子のような忙しない挙動に苦笑が漏れた。
 しかし、そのノリが妙に懐かしい。今日は気分がよかった。
 ふと、あの使い古された言葉が思い浮かぶ。

「束」
「ん? なーに、ちーちゃん」
「奴はとんでもないものを盗んでいったな。……お前の心だ」
「……は? 頭だいじょうぶ、ちーちゃん」

 ――いや、最初に怪盗とか言い出したのお前だろう。そこは「はい」って言えよ――
 本気で頭の心配をしだす束の首根っこをつかみ、ずるずると引きずりだした。

「よし、今日は飲むぞ束。私の奢りだ」
「えッ!? た、束さんは、お酒は遠慮したいなー。あれ飲むと思考が鈍る……」
「それがいいんだろう。お前は頭が良すぎるんだ。たまには鈍らせるくらいでちょうどいい」
「え、や、やだー! はるちゃーん! はるちゃーん!」

 女心と秋の空。やっと、二人が親友になれた夜。
 幾人の想いが交錯した夜は、静かに更けていった。




















蛇足の蛇足の蛇足という名のおまけ
アフターストーリー『みんながついてくる』



 ――約三年後。

 IS学園を卒業したおれとシャルロットは、卒業後、すぐに入籍した。
 早すぎるという声もあったが、確たる証を形として、おれたちは求めていた。
 二年半の付き合いを経ても、おれたちの気持ちと関係は揺るがなかった。
 途中で冷やかしを受けたり、会長がちょっかいを出してきたり、束さんが襲撃してきたり、一夏がおれを連れてIS学園を飛び出したり、新たに娘ができたり、千冬さん二号が現れたり、外では悪辣な人権団体が解体されたり、ファントムなんちゃらが壊滅したり、色んな出来事があった。
 その経緯を経て、なお変わらず、増すばかりであった愛情を表すには、これしか思いつかなかった。
 おれは卒業後、進学せずに倉持技研に就職した。相変わらず男性の操縦者が現れないこともあり、貴重な男性ISテストパイロット兼整備士として働いている。
 シャルロットも進学せずに専業主婦になる道を選んだ。家族に強い思い入れと憧れがあったから、とおれは思っている。
 新婚旅行はフランス。周囲で賛否両論あったが、シャルロットが生まれた土地を直に見たかったことと、シャルロットの亡きお義母さんへの挨拶と報告を済ませたかったから、無理をいってここにした。
 そして現在。都心に家を買って、平穏に暮らしている。こんなに幸せでいいのかと思えるほどに。
 もっと苦労するかと思っていた。だが、おれの周囲は、善人が多すぎた。
 束さんを筆頭に、全員の協力があって、今のおれたちがある。今は、感謝してばかりの毎日だ。

「榛名……僕、とても幸せだよ」
「うん、おれもだよ」

 桃色のサマーセーターに白の膝丈スカート。その上にエプロンと、すっかり主婦が板についたシャルロットが微笑した。
 結局、シャルロットは一人称が直らなかった。別に構わないのだが、意識していない限り、『僕』と口に出てしまう。
 その柔らかな金糸の髪は、今日はおさげだった。料理するのに邪魔にならないように、とのこと。
 練習の甲斐もあってか、今は一夏よりも上手になった。
 家庭に差し込む夏の日差しを浴びて、自慢の妻が言う。

「うん、それはいいんだけどね」

 笑顔のまま、リビングを見渡した。

「何で新婚家庭に入り浸ってる人がいるのか、僕は疑問でしかたないんだけど、どうなってるのかな」
「娘の私が母の家に居て、何の疑問がある」

 ソファに座ってテレビを見ながらせんべいを齧っていたラウラが、ドヤ顔でふんぞり返った。
 今日はゴスロリ風で服飾過多なミニワンピを着ていた。とても似合っている。自慢の娘だ。
 ラウラは日本の大学への進学が認められて、IS学園を卒業した今も日本で暮らしている。
 というか、家に住んでいる。賃貸住宅を探しているラウラに、「じゃあウチに住もう」と言ったら、二言でOKが出た。
 シャルロットも了承している。

「まぁ、ラウラとは寮でずっと一緒だったし、実害ないからいいけど……」

 ちらりと一瞥すると、我慢ならないとばかりにテーブルを両手で叩いた。

「なんで一夏が毎日ウチに来るの!? ちょっとは自重してよ!」

 同じくソファに座って時代劇を見ていた一夏は、怒鳴られて肩を揺らした。美男子に成長した一夏が、シャルロットを見て言う。

「いいじゃないか。友達の家に遊びに行くなんて普通だろ?」
「普通じゃないよ! 僕はもう人妻なんだよ!? 榛名が仕事でいない時間から遊びに来てるのを近所の奥さんたちに目撃されてるせいで、『またあそこの外国人の奥さん、他の男を連れ込んだわ』って陰口叩かれてるんだよ!?
 ゴミ出しで顔を合わせるたびに微妙な空気になる僕の気持ちを考えてよ!」

 割りと深刻な話だった。まぁ、日本人が排他的なのは今に始まったことではないが、風評は気をつけた方がいいな。
 一夏は大学に進学した。本人は早く社会に出て千冬さんを楽させてあげたいと言っていたが、千冬さんに断固として反対されたためだ。
 これもいざこざがあったが、千冬さんが人海戦術も駆使して一夏の説得に成功したので一夏が折れたのだ。
 都心部の大学に通っており、自宅からも通えるのだが、おれの家と大学が近いために頻繁に遊びに来る。
 というか、毎日来て泊まっていく。半同棲状態だった。

「私はとても気に入っているぞ。嫁がいて、母がいて、父もいる。家族団欒だ!」
「あ、僕が父なんだ……」

 ラウラがご満悦そうに胸を張った。かわいい。
 一方で、父扱いされたシャルロットは真剣なんだか落ち込んでいるんだか何とも言えない表情で切り出した。

「あのね、二人とも、聞いて」

 呼ばれて、二人が画面から同時に目を離す。その動きにイラッとしたらしく、リモコンで電源を切った。
 二人の悲鳴が木霊したが、シャルロットはかまわず喋りだした。

「僕は……その、そろそろ子供が欲しいんです」

 結婚して半年になる。常々、子供が欲しいと言っていたが、よもや皆の前で切り出すとは思わなかった。
 固まるおれをよそに、一夏とラウラは平常運転だった。

「つくればいいじゃないか」
「ついに私も姉になるのか。がんばれ、私は影ながら応援しているぞ」
「だから! 二人が毎晩毎晩夜遅くまで騒ぐから! 夫婦の時間が作れないんだよ!」

 割りと切実な願いだった。あー、うん。そういえばそうだね。こっ恥ずかしい話題だけど、そういえばご無沙汰だったような。

「そうなのか、榛名」
「まあ……」
「そうか……じゃあ、夜になったら俺は静かにしてるから」
「だ・か・ら! 新婚ホヤホヤの家庭に男がいるのがおかしいって僕は言ってるの!」

 一夏はなぜかちょっと怒っていた。

「おれは榛名の親友だぞ」
「関係ないでしょ! 僕にとっては、一夏は元同級生だけど邪魔者なの!」
「おい、榛名! お前の嫁さんがひどいこと言ってるぞ!」
「嫁は嬉しいけど、話そらさないで!」

 肩で息をして激高したシャルロットは、携帯電話を取り出して、一夏を睨んだ。

「セシリアたちに連絡して、引取に来てもらうよ」
「あ、待ってくれ! それだけは……!」

 態度を急変させて下手に出た一夏をシャルロットは怒鳴りつけた。

「待ちません! ラウラも含めて、たーくさんの女の子が一夏に待たされてるしね。
 時間はたっぷりあったのに結論を出さない一夏がわるいよ」
「だ、だってあいつら、顔を見合わせるたびに喧嘩になるじゃないか! それに一人を選んだりなんてしたら……!」

 悲壮な顔つきになった一夏は、なぜかおれとシャルロットを交互に見た。
 ……ここからはおれの推測だが、シャルロットと会長の修羅場を目撃して以来、女性同士の喧嘩がトラウマになってしまったようなのだ。
 確かに怖かったが、それでも極端に怯えており、なぜかおれに逃避するようになった。
 早く、一夏がトラウマを克服できるようになればいいな。
 しばらくして、家の呼び鈴が鳴った。

「あ、もう来たんだ」
「ええッ!?」

 インターホンには、セシリアさんたちと思しき姿が遠目にも確認できた。
 凄まじい疾さだった。げに恐るべきは女の執念か。一夏が尋常じゃない震度で震えだす。

「ど、どうすればいいんだ……! は、榛名! 助けてくれるよな!」
「助けたいけどさ……お前、大学でもモテまくってるらしいじゃん」

 一夏が目を背けた。まあ、有名人だし美形だからモテるだろうけど、どうやったらそんなにモテるのか不思議なくらい人気があるらしい。
 知人から聞いた噂だけど。

「お邪魔するぞ」「お邪魔しますわ」「お邪魔するわ」「お邪魔……します」

 微妙なことで揉めているうちに箒さん、セシリアさん、鈴さん、簪さんがやってきて一夏は捕まった。
 四面楚歌にも関わらず、一夏があまりに往生際が悪いので、五人には一室を与えて隔離した。
 裏切り者という断末魔の叫びが轟いた。おれが悪いのだろうか。

「ラウラは行かなくていいの?」
「私は常に満たされているからな。あそこまで狭量にはならん」

 フフン、と得意気に余裕のある表情で鼻を鳴らす。そういえば毎日いっしょに居るもんな。
 一夏がああだから進んでる気配ないけど、ラウラにとっては幸せだろう。
 しばらくして、また呼び鈴が鳴った。

「はーい」

 リビングに戻らず、シャルロットが出る。今日は夏休みだからか、来客が多いな。
 ラウラと高速あっち向いてホイで遊んでいたのだが、いつまで経ってもシャルロットが戻って来なかった。
 心配になって覗いてみると――

「ねえ、そろそろ立ち話もなんだし、入れてくれてもいいんじゃない?」
「ダメです。入りません。間に合ってます」

 楯無さんとシャルロットが、玄関でやりあっていた。楯無さんはホットパンツにタンクトップと露出が異常に高く、それに対しシャルロットは新聞の勧誘を断る機械的な返事で断り続けていた。
 十分近くこの調子だったのか。おれに気づいた楯無さんが顔を明るくして手を振った。

「榛名くん! やっほー!」
「榛名、塩を撒こう」
「シャルロット、失礼だよ。お久しぶりです、楯無さん」

 挨拶すると、変わらない飄々とした様子で返してくれた。箒さんたちもだが、偶然――というかIS学園の推薦――で、大体の卒業生は同じ大学に進学した。
 ルートは複数あるが、知り合いは殆ど同じ大学に進学したので、同窓会状態らしい。違う大学に行っても関西を除けばほぼ都内の学校なので会おうと思えば会える。
 外国籍の人も一夏目当てで国内の大学に進学した人が、知り合いにけっこういるし。
 楯無さんも都内の大学に進学したので、会う機会は多い。というか、普通に遊びに来る。

「あはは、お久しぶりと言っても一週間前にも来たしねー」
「休みのたびに来るのやめてもらえませんか?」
「榛名くん、私、外歩いてきたから暑いの。早く涼みたいから、中にあげてくれない?」
「榛名! 今この人、胸元広げて誘惑してたよ! わざとだよ! わざと!」
「シャルロット……。スリッパです、上がってください」
「ありがとう。いやー、話の分かる旦那さんで助かるわねー」
「ぐぬぬぬぬ……」

 なぜにこんなにも仲が悪いのか。いや、原因は考えるまでもないんだが、なぜ氷解する気配すらないのか。
 IS学園時代からの悩みの種だった。リビングでラウラを含めた四人がテーブルを囲う。
 ……が、楯無さんはおれの横に座った。

「そこ、僕の……!」
「ねえ、榛名くん。良いお酒が手に入ったの。今度ふたりで飲まない?」
「榛名はまだ未成年です!」

 おれと楯無さんの間に、シャルロットが強引に割って入った。またこの空気なのか。

「ドイツとフランスは十六歳から飲酒OKでしょ?」
「ここは日本です!」
「日本だって十八歳になったら歓迎会でお酒飲むから大丈夫よー。榛名くんだって飲まされたでしょ?」
「ノーコメントで」

 確かに飲まされたが、シャルロットを裏切れないのでこう答えた。シャルロットがまた食って掛かる。

「というよりですね、妻帯者に二人きりでお酒飲もうと妻の目の前で誘うのは、どうかしてると思います。何かいやらしい目的があるとしか思えません」
「うん、だって寝取ろうとしてるんだもん」
「ラウラ! 今すぐこの人追い出すの手伝って!」

 ぶっちゃけすぎな楯無さんに頬が引きつる。さすがに堂々とし過ぎた。いっそ清々しい。
 ヒートアップしているシャルロットをよそに、楯無さんは頬に手を当てて嘆息した。

「榛名くん。こんなに束縛する奥さんじゃ大変でしょ? 我慢してない?
 男の浮気は甲斐性だって言うのに……」
「榛名は不倫なんてしません!」
「私が嫁なら、榛名くんが誰と寝ても構わないのになぁ」
「う、嘘つかないでくださいよ! あのとき、あんなに言い争ったじゃないですか!」
「それはケース・バイ・ケースよ」
「に、日本人の貞操感覚おかしいよー!」

 ……この人たち、本当は仲良いんじゃないだろうか。二人が口喧嘩しているのをラウラと指で互いの数字を増やしていく名称不明の遊びをしながら見守っていると、矛先がこっちを向いた。

「榛名もなにか言ってよ! この人がいつまでも榛名に未練たらたらなの、榛名が優しくするからでしょ!?」
「えー? でも榛名くんだって、私が他の男と出来たら嫌になるでしょ?」
「……」
「榛名……?」
「いや、違う! これは男の性なんだ!」
「カリカリしないの。あまり怒りん坊だと、シャルロットちゃんのこと『ロッテちゃん』って呼ぶわよ」
「お菓子みたいだからやめてください!」

 想像して、ちょっと嫌だな、と思ったのを一発で見破られた。
 いや、だって……一時は婚約者だったし、覚悟を決めてた時期もあったから、多少は情が移ってはいるけど。
 シャルロットを裏切れないから、そうなることはないよ。と、考えていたら呼び鈴が鳴った。

「また?」

 呆れ気味にシャルロットが呟く。今日は来訪が多いな。
 シャルロットだけに任せるとあれなので、おれも一緒に出向くと、

「ちゃおー、はるちゃーん!」
「……」

 無邪気な束さんとその娘のクロエがいた。クロエは丁寧にお辞儀をして、束さんはおれに抱きついてきた。

「なっ、なにしてるんですか! 離れてください!」
「んー? 結婚を承諾してあげたのは誰だったかなー?」
「う……」

 反射的に独占欲が発動して、引き剥がそうとしたシャルロットに、意地の悪い顔で束さんが囁いた。
 色々あって、おれの保護者が束さんになり、未成年なのに結婚するにあたって承諾が必要になった。
 この際に一悶着も二悶着もあったが、束さんが認めてくれたおかげで、今の現状がある。
 他にも数えきれない恩義があって、おれ含めてシャルロットも頭が上がらない状態になっている。
 シャルロットにとっては……もしかしたら姑に当たる存在なのかもしれない。だから仲悪いのか。
 今回はあっさりシャルロットが敗北したので、束さんたちもリビングに集まった。
 ラウラとクロエが並ぶ。……似てるなぁ。

「ねえ、客人が来てるのにこの家はお茶も出さないの?」
「は、はい! 少々おまちください!」
「アイスティーにしなさいよ!」

 嫁いびりが繰り広げられていた。束さんはノリノリで太いおばさん声を出すと、地声で高笑いしだした。

「あはははは! 嫁姑ごっこ楽しいー!」
「あの、あまりシャルロットをいじめないでください」
「大丈夫大丈夫。これは愛のムチだから」

 そのムチ、茨がついてませんか? ルンルンと鼻歌交じりに着席する束さんを見て、クロエが言った。

「榛名」
「ん?」
「榛名はラウラの母なのだろう?」
「そうだけど」

 即答すると、楯無さんの冷たい眼差しが突き刺さった。おれは無視した。
 クロエは目を閉じたまま、淀みない口調で続ける。

「私とラウラは、一応は姉妹だ。そして、この人は私の母だ」
「そうだねー、クーちゃん」

 束さんがクロエの頭を撫でる。しかし、クロエは動じずに言った。

「しかし、あなたもラウラの母だと言う。私たち姉妹には母が二人もいる。これでは混乱が生じないか」
「そうだね、はるちゃん。結婚してお父さんになって」
「させませんよーっ!」

 麦茶を用意してきたシャルロットが、颯爽と再登場した。テーブルに置くと、クロエに向き直った。

「く、クロエちゃん。篠ノ之博士に言わされてるだけだよね? そうだよね?」
「いや、純粋に疑問なだけだが」
「……」
「この四人は……」

 恐らく、真面目に言っているクロエにシャルロットが絶句し、楯無さんが呆れていた。
 親子愛って、本当に良いものですねえ。
 そして、また呼び鈴が鳴る。

「ま、またなの……」
「おれが出るよ」

 疲れが見えてきたシャルロットを気遣って客を迎えると、大人っぽくなった弾の妹の蘭ちゃんが立っていた。
 学校帰りなのかIS学園の制服だった。

「お邪魔します。いつもすいません、榛名さん」
「いや、かまわないよ」

 お決まりの挨拶を終える。今は生徒会長をしているとかで、弾に似ず、非常に優秀な子みたいだ。
 顔を上げた蘭ちゃんは、目を輝かせた。

「ところで、一夏さんはどこに?」
「奥の和室」
「ありがとうございます!」

 同時に駈け出して、あの壮絶な果たし合い場に突貫していった。
 彼女も逞しくなったな。それが良いか悪いかはともかくとして。
 そして間を置かず呼び鈴が鳴る。

「はい」
「こんにちは、榛名くん」
「こーんにちわ~」
「お邪魔するね」
「あっついねー。元気してた?」

 癒子さんにのほほんさん、静寐さん、清香さんにかなりんさんにナギさんにさやかさんに理子さんと、何かいっぱい来た。
 いや、一度にたくさん来すぎでしょ。
 と、思いはしたが客人なので丁重に出迎えた。シャルロットの遊び友達らしく、よくランチを一緒にしたりしているらしい。
 まあ、友人を無碍に扱うなんてできないしね。十人以上集まってもまだ余裕のあるリビングなのが役に立った。
 今さらだが、この人たちも頻繁にここに通っている。本当に今さらなのだが。
 おれが楯無さんや束さんを相手にし、シャルロットが元同級生ズと歓談する形になる。
 元恋敵が相手でないのでシャルロットも笑顔を見せていた。会話の内容が気になり、皆の相手をしながら聞き耳を立てる。

「シャルロットはいいわよねー。勝ち組で」
「え?」

 早速似つかわしくない単語が聞こえて不安が掻き立てられた。女子大生が使う言葉か。

「わたしね、大学に通って気づいたのよ。一夏くんと榛名くんって、レベル高かったんだな、って」
「あ~」
「わかるわー」
「すっごいわかる」
「みんな外見だけ取り繕ってるけど中身ないよね」
「ね。下心とか丸見えで気持ち悪くて」

 これもしかして女子会って奴なのだろうか。あの悪口ばかりと高名な、あの。

「僕、いまいちピンと来ないんだけど、そんなに?」
「そういえばシャルロットは榛名くんと一夏くんくらいしか男の子知らないんだっけ?」
「IS学園は限られてた楽園だったからね。私も男子の基準をあの二人にしてたから、愕然としたわ」
「あの二人は話してても自然で嫌な気分にならなかったもん。たまに変になってたけど」
「それに比べると……比べるのも失礼なんだろうけど、子供っぽいよね、ウチの大学生」
「苦労してないもん。一夏くんたちより苦労できる環境の子もそういないんだろうけどさ」

 だって世界で二人しかいないんだよ。二人だよ、二人。三毛猫のオスより貴重だよ。

「あと、この年になると男を見る目変わっちゃうのよ」
「わかる~」
「どんな感じになるの?」
「そりゃあれよ。将来性とか、器の大きさとかで男を測るようになっちゃうの」

 ごめんなさい、おれの器はペットボトルの蓋です。

「榛名って大きいかな?」
「アンタたちの拗れた四角関係解消できたんだから、並よりはあるでしょ」
「卒業後すぐに結婚なんて、よっぽどじゃなきゃできないよ」
「それにさ、十八歳で都心にこんな立派な家買える男、探してもいないって」
「おまけに世界で二人しかいない男性IS操縦者」
「いいなぁ、シャルロット。私も主婦になりたい」
「そ、そうかな……」
「ゆこちーはデュッチーとこんこんが付き合ったって聞いて泣いたもんね~」
「うるさい! それにもうデュノアじゃないでしょ!」
「あ、そうだった~」

 笑い声が木霊する。……まあ、幸せなら何よりだ。
 そして、例のごとく呼び鈴が鳴った。

「よう」
「お邪魔します、金剛くん」

 弾と虚さんのカップルだった。虚さんが大学に入学してから付き合い始めたらしい。
 マジでコイツどうやって落としたんだこのやろうと当初は一夏の友人の数馬とともに丑三つ時の丑の刻を企画したが、翌日になって数馬くんが原因不明の発熱で寝込んだために中止になった逸話がある。
 おかげで数馬は未だに彼女ができない。

「マジでムカつくわ……」
「お前にまで呪われるなら、俺は誰になら祝福されんだよ。ゲイツか」

 ちなみに虚さんから弾に告白したらしい。おれは訳もなく悔しくなって枕を濡らした。
 イケメンは苦労しなくても彼女ができるんだ。不公平だな、束さんの言う通りだ。

「一番、谷本癒子! 歌います!」
『イエエエエエエエエエエエィッ!!!!!』

 リビングに戻ると、酒飲みが始まっていた。まだ昼なのに。
 夏休みだからって気が弛み過ぎじゃないか。

「うお、相変わらずハーレムだな」
「お! イケメンが来た!」
「彼女持ちだ! 殺せ!」
「うおわああああ!?」
「あ、あの子たちったら、こんな昼間から……」

 馬鹿騒ぎするのほほんさんと楯無さんの姿を見つけて、虚さんが苦労を滲ませた。
 おれや静寐さんと気が合うかもしれない。その静寐さんも今は酒に溺れて弾けているが。
 ところで、弾が男殺しって焼酎をラッパ飲みさせられてるんですけど、止めなくていいんですかね。

「酒の匂いがするな」
「え? みんなまだ未成年……」
「堅いことを言うな、山田先生。もうあいつらはIS学園の生徒じゃないんだ。こういうのは自己責任だ」
「姉さん。なぜ私も……」
「気にするな。酒の席だ」

 遂に上げてもいないのに織斑先生と山田先生、それにマドカちゃんまでやってきた。もしかして酒の匂いに惹かれたんですか?
 酒の席だからって、弟が実家に帰ってこないからっていい加減酒を飲みに家に来るのやめてくれませんか?

「私はビールの本場! ドイツ生まれだ! 酒に強いんだぞ! 本当だぞ!」
「わたしは九州だ! 薩摩生まれは水代わりに芋焼酎飲んでるんだぜ!」

 ホラ吹くな。またラウラが日本を勘違いする。

「榛名! 助けてくれぇ……!」
「逃げんなぁ!」
「軟弱者め!」
「逃がしませんわ!」
「……そろそろ決めて」
「白黒つけましょう、一夏さん!」

 這々の体で抜けだした一夏がおれに縋り付いた。
 おれは心を鬼にして見捨てた。逃げてばかりじゃ……逃げてばかりじゃダメなんだよ、一夏!
 が、ゾンビじみた執念でおれにしがみついた。何がお前をそこまでさせるんだ。

「おれたちは親友だろ! IS学園じゃ負け知らずだったじゃないか! だから二人で力を合わせれば……!」
「いや、これはお前個人の問題だから……」

 なんか申し訳なくなったが、これもお前とみんなのためなんだ。頑張ってくれ、一夏……

「はーるなくん! 一緒に飲みましょう」

 酒臭い吐息がかかったと思ったら肩を組まれた。楯無さんができあがって絡んできていた。

「はるちゃんもへべれけになろうよ、バベル宮殿に……」

 束さんは、もう何を言っているのかわからなかった。
 片付けどうしよう、と頭を悩ませていると、肌を赤らめて頬を膨らませたシャルロットが目の前で立っていた。

「どうし……」
「んー……!」

 唐突に首に手を回されたかと思うと、次の瞬間に唇がくっついた。そういや欲求不満だっけ、と他人事のように考えていたら、開いた唇の間から液体が流し込まれた。
 風味で判然とする。これ、酒じゃん……

「ぷはっ……浮気はダメだよ、榛名ぁ……って、あれ?」
「……きゅー」
「し、死んでる……!」
「シャルロットが榛名くんを殺した!」
「えぇぇええええ!?」

 いや、おれが下戸なだけだから……
 目が回る陶酔感の奥で、目まぐるしく動く現実が見えた。
 今はみんながこうして集まって、明々に日常を楽しんでいる。
 けれど、いつか忙しくなって離れてしまうときが、必ず訪れる。
 そのときは寂しいだろうけど、おれが生きている今はとても楽しいから、だから精一杯楽しもう。
 手に入れた幸せが逃げてしまわないように。
 だけど、少しだけ、眠ってもいいかな。

 目を瞑る直前の見えた景色は、大好きな人たちの顔でいっぱいだった。








                    ハヽ/::::ヽ.ヘ===ァ
                    {::{/≧===≦V:/
                    >:´:::::::::::::::::::::::::`ヽ、
                 γ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
                //::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ハ
              ..| ll ! :::::::l::::::/|ハ::::::::∧::::i :::::::i
              ..、ヾ|:::::::::|:::./`ト- .::::/ ,X:j:::/:::l
               .. ヾ:::::::::|V≧z !V z≦/::::/
                . ∧::::ト //////////丿:::/
                /:::::\ト , __ `ー' __ ィ::/
                  /           \
                 |     ,― 、,―、   |
                 \   ̄ (⌒⌒)  ̄ /
                    ̄ ̄\\// ̄

おわり


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.13246417045593