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[36981] 【機動戦士ガンダムSEED】もう一人のSEED【改訂】【オリ主TS転生】
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/06/27 11:51
こんばんは、はじめまして。menouです。


この作品は2002年10月5日から2003年9月23日にかけて放映された「機動戦士ガンダムSEED」の二次創作SSです。


属性として以下を含みます。


・R-15(微グロ、少量のエロ表現あり)
・オリ主(オリジナル主人公)
・TS転生(男→女)(恋愛あり)
・多重クロス(他ガンダム作品(宇宙世紀・西暦))

以上で苦手な属性を含まれる方はご注意下さい。



この作品は同タイトルSSの改訂・再構成した作品で、同じ作者です。

これから長いお付き合いになると思いますが、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。





以下、お久しぶりな読者様方へ。

これまで前作「もう一人のSEED」を読んでいただきありがとうございました。

前回は「この状態からどうやって誰もが納得できるエンディングを迎えられるか」に悩み続け、
結局連載を中止するという情けない事態に陥りました。


楽しみに読んで下さった皆様には申し訳なく思います。


このたび、ようやく設定がガチッと固まり、ガンダムSEEDの世界でキャラを一人で歩かせることができるようになりました。
……と思いましたが、以前のものを改訂する形にしました。

前回感想掲示板にて、様々な激励や意見を下さり、本当にありがとうございます。
設定を考えるうえで、本当に参考になりました。Arcadiaというサイトに出会えて本当に良かったと思います。


しばらくSS書きから離れていたため、文章が拙くなってる可能性も。


とはいえ、一から書き換えているわけではなく、前作をベースに改訂しているのですが…。

ですがですが、それぞれ設定も若干変わっておりますので、
前回読んでいただきました皆様も新しい気持ちで読んでいただけると幸いです。


今回こそは、最後まで書かせていただきます。







皆様のご意見、ご指摘、ご指導のほどよろしくお願いします。








2013/03/13:第1話 初稿



[36981] PRELUDE PHASE
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/03/13 20:07
私は真に人類の平和と平等を願っていた。
自分に子供ができないと分かった時、その願いはより強いものとなっていた。
それは絶望を知ったからこその反動であったかもしれない。いや、一緒になりたかった彼女がいる世界を守りたかったのかもしれない。
平和と平等はいかにしてできあがるか。よく計画し、歴史や人類学を学んで練り上げ、そのための準備に奔走した。

私は焦っていた。

人々は未だにナチュラルとコーディネイターの垣根を乗り越えることはできず、互いに憎み、争い続けている。
豊かな人々は既得権益のため、貧しい人々は己の不幸な境遇に対する不満の捌け口を求めて、互いの種を批判、侮蔑、弾圧する。
やがて互いの種は食い合い、滅亡するだろう。それが彼には耐えられない。

そして、遂に計画が実行に移された。

その計画がもし青写真どおりに遂行されたならば、それは人類にとっての福音になるはずだった。
争いのない、誰も飢えて渇くこともない、人類全てが待ち望んだ理想の世界。
そんな世界を作り上げる計画を全世界に向けて放送した。

私の予想どおり、少なくない人間が反発した。楽観主義者や人権主義者には刺激が強すぎることは承知していたからだ。
しかし私にも人類にも、それらの人間達を穏やかに説得するだけの時間は無い。人類の滅亡は、すぐそこまで来ていたのだから。
悪手だとわかっていても、強力な兵器と軍勢を示し、人々の反発を圧する。
たとえ現代の人々が理解を示さなくとも、後の世の歴史家は、私を評価してくれるだろう。


しかしその計画が実行に移される前に、私はある種の人物に倒された。


優しさが人々を救うと思っている、力ある少年の手によって。


この混迷する世界を、彼に止める術があるのだろうか?
人々は変わらなければならない。それには必ず痛みを伴う。私の計画がそれであったはずだ。

私は傲慢だと自負しているが、彼も大概だ。

無計画、無軌道なまま戦争に介入し、単純な力だけで止めようとする。
そして最終的には、何の先行きも見えないままにノープランで私の計画の邪魔をした。

彼さえ居なければ。
いや、彼という人物を創り上げた環境を恨む。

彼という存在を作り上げたのは誰だ?


忌まわしき歌姫。


平和を謳い、銃を手に人類に弾丸を撃ち込んだ椋鳥。

もしも。『IF』に意味はないと人は言うが。
もしも彼女がいなければ、あの少年は無力に苛まれながらも平和に暮らしていただろう。
もしも私の計画を受け入れられるだけの土壌を人々の思想に植え込むことができたならば、人々の反感を制御できただろう。

私が犯した失策。それは保守的な人々の生理というものを理解していなかったことだ。
あの歌姫は保守派の典型であろう。彼女のような存在こそ、私の計画の最大の壁だったのだ。

それを読み切れなかったのは私の最大の落ち度だった。悔やんでも悔やみきれない。


やり直せるのだとしたら、神にでも悪魔にでもこの魂魄を捧げよう。
滅亡の危機に瀕した世界を救えるのは、私だけなのだ。


もう一度、もう一度、機会を私に。


私に……!





機動戦士ガンダムSEED ~もう一人のSEED~




寂れた深夜のアーケード街。
寒風が建物の隙間を縫うように吹く音と、セメントと石畳で固めた歩道を叩く足音だけが周囲に響く。
隙間風はヒュウヒュウと笛を吹くように甲高く、頬を撫ぜる風が顔の温度を下げる。もう十二月の半ばだ。
師走っていう名前がついているように、大人達は新年の挨拶回りとかクリスマス商戦とかでやたらと忙しいみたいだが、まだ高校二年の自分には関係ない。
もう期末テストは終わり、年末の冬休みを待つだけ。
はぁ、と息を吐くと温かい息が白く変じ、冷たい空気に冷やされて風の中に溶けていく。

冬というものは、なんでこんなにも侘しい気持ちになるんだろうか?
今年がもうすぐ終わる。思えば一年が随分短く感じた。俺はこの短い一年を無駄なく過ごせただろうか?
そんなものは自分以外には誰にもわからない。だが一年は、寝て過ごそうと勉強で知識を蓄えようと、平等に過ぎていく。
もう少し何か、一年を効率よく過ごせたのではないかーー例えば、勉強、とかではなく、恋愛、とかでもなくて、


ゲームとか。


「うー! 寒っ…… やば、やりすぎた……」


昼は喧騒に満ちていた、両側に並ぶ商店は既にシャッターが下り、規則正しく並ぶ街灯の白い光が、看板を冷たく照らしていた。
聞こえる音は、古い街灯の蛍光灯がショートする音と小走りの足音だけ。
オレンジ色の人工の光を浴びて歩くのは、柔らかな黒髪と、どこか悪戯っぽく目尻が吊り上った、繊細な顔立ちの少年。

彼の名は、空乃昴。人より少しだけゲームが好きな、普通の少年だ。


「やっぱコスト低いの使ってると、フリーダム使った時の感動が違うな、うん」

寂しさを紛らすように独り言をぼやき、時間が遅くなった理由になったものに思いを馳せて、一人笑みを浮かべていた。

機動戦士ガンダムSEED 連合vsザフト

ゲームセンターに並んでいるアーケードゲーム。
説明するまでもない、TVアニメ「機動戦士ガンダムSEED」のアクションシューティングゲームだ。
昴はその全国大会優勝者である。
十六歳の高校二年生であり、中学に入るまではガンダムのガの字も知らなかった彼だが、ガンダムに魅せられたのはその二十年近く前の作品「機動戦士Ζガンダム」がきっかけである。
リアルロボットがもつ無骨さと、スーパーロボットがもつスマートさが程よく共存した外連味と浪漫あふれるメカが、画面いっぱい使って撃ったり斬ったりして戦う姿にほれてしまったのだ。

中学生にはその刺激は強すぎる。中二心をくすぐられた昴は、あっという間にその魅力の虜になり、ガンダムに関する知識をとにかく漁りまくった。
おかげで彼はいまや立派なガンヲタ。知識よりも実際に体験することに重きを置いたタイプのヲタク。
ゲーセンの全ガンダムゲームのランクインはもちろん、富士急ハイランドのガンダム・ザ・ライドも行ったし、お台場の1/1ガンダムも見た。そこまで実力をつけられたのも、好きなものこそ上手なれを体現した彼だからこそだ。
……その集中力がもう少し勉学に向けられれば、彼も大成したろうが……彼の学校の成績については語る意味はあるまい。

「なんでアスランが仲間になってんのかなー……
 アニメ一度は見とくべきか。でも家じゃアニメ見てたらどやされるしなぁ」

自宅の唯一置かれているテレビと、その前に座る父親の背中を頭に浮かべる。
彼の両親は、極度のアニメ嫌いだった。
よく言われている、青少年なんたら保護法に感化された、悪くいうと情報弱者だ。
おかげで、Vガンダム以降のガンダムアニメを見ることができない。今日も友人の家に勉強をしに行くという理由をつけていたのだ。
それにしたって、やっぱり10時はやりすぎたように思う。
周囲はもう深夜の独特の冷たい空気が漂っていて、頬と耳をひんやりと撫でるような時間だ。勉強会と言ってあるとはいえ、小言の一つや二つは飛んでくる可能性が高い。

「ま、アニメ見るの時間かかるし、いっか。
 ……ん?」

路地裏から黒い人影が、のそのそと数m先を横切る人影が見えて、
ふと警戒心を覚えて、立ち止まった。
目を凝らして見つめると、どうやら人間のようだ。……人間じゃなかったらイヤだ。
煤けた灰色のジャンバーを羽織り、作業着のようなズボンを穿いた男。上下揃って襤褸雑巾のように破れ、裏地が露出している。
路地裏に住んでいるホームレスらしい。
彼の周りの空気と――歩いた跡すら汚れているような印象を受けて、胸中で顔を顰めた。
その男が、ギョロリと、血走った目をこちらに向けてくる。ギョッとして身体を竦ませる昴。

「あー……おんひゅらなんらおまれんら……!」
「え?」

ステインやニコチンで黄ばんだ、ボロボロの歯から吐き出されたのは、ひどく滑舌の悪い言葉。
語調からして怒りの言葉を吐き出しているようだが、昴は一つとして聞き取れず、顔を顰めて小さく首をかしげた。
ホームレスの目はドブのように濁っていて、とても正気の沙汰とは思えない。年齢は四十に達していないくらいのようだが、使い古した学校のモップのように髭が伸びっぱなしで、肌も浅黒く、六十近くに老けて見えた。

「おまんおらがなんとんどひゃど……!!」
「いや、待て、落ち着けって…行くからさ、俺」

尚も捲くし立てるホームレスの男に、ぞくりと背筋を震わせる昴。
やばい。こいつは相手にしちゃいけない。
危機感を感じて昴は彼の横を通り過ぎようと、そして彼に目線を合わせないようにしながら避けて通ろうとした、その時。

「おんら……っ!」
「うわっ!?」

ドンッ

ホームレスのやせこけた体が、横から体当たりしてきた。
もたれかかってきたに近いほど、その力は弱かった。
ホームレスの腐敗臭のような体臭に若干吐き気を覚え、触るのもイヤだったが手で押しどける。

「ちょ、なにすんだよ!」

じゅくり。

「えっ」

途端、脇腹に熱いものを感じた。がくん。身体が傾く。
何故俺は座ったんだ? なんで脇腹が熱いんだ? あ、痛い。
痛い、痛い痛い痛い。

「な、え? おい……てめ、ぐあぁぁ……っ」

信じられない思いで、脇腹を見る。
脇腹からいつの間にか生えている、金属の板に付属した木の棒。
包丁が、刺さっている。
着ているパーカーがじわりと赤黒い染みが浮かぶ。それがだんだんと滴を滲ませて広がっていく…!
いつ出した。なんで刺された。なんで俺を刺した。

「くひゃひゃひゃ……!! やったやっら……! ふひぇー!」

ホームレスは狂ったように笑い跳ねて、壊れた人形のように踊り始める。
狂っている。背筋にじわりと冷たい液が通ったような感覚を覚えた。

「か、は……! いて、てて、痛ぇ、痛い、く、ぐぅぅ」
(なんだ、これ……! いってぇ! 痛い! 脇腹、くそ、金属が入って……)

その場に身体を倒し、無我夢中でその包丁をゆっくり抜き取る。
……人間、死の淵に立たされたら、刺さってる刃物を抜いたら一気に出血するなんて、当たり前のことも忘れるものだ。
ドッと栓が抜かれた瓶のように血が更に溢れてきて――身体からじんわりと力が抜けていくのを感じる。
身体が痺れる。意識が遠退く。貧血が、治る気配なく底なしに悪化していくような感覚。

「や、ば、しまっ……う、が、くそぅ……」

失血の影響か。目の前を黒い霧が覆う。
ホームレスの笑い声も、聞こえなくなってきた。

(なんでだよ……俺がなんかしたか……?
 まだ、これからだろ…終わりか? 死ぬってことか? これからどうなるんだ?)

(やべぇ……冗談だろ……帰らないと……早く……救急車……
 助けて……くれよ……父さん……母さん……)

死の際で思い浮かべるのは、一番近しい家族のこと。
決して親子仲がいいとは言えないけれども、それでも自分の帰るべき場所。

(つばさ姉ぇ……お、おれ、そっちに、いくのかな……)

そして、かつて傍に居た、親よりも近い姉のことを想う。

空乃翼。

三つ年上の姉で、もう一人の母親のような存在であり、親しい友人のようでもあった。
いつも見守ってくれていた。いつも優しく、活発で、時には厳しく叱ったりもしてきた。
美人で、文武両道で、憧れの存在だった。

だが彼女は……三年前、今の自分と同じ歳の頃に死んだ。

横断歩道を渡ろうとして、赤信号を無視して暴走するトラックに轢かれた。
現場検証をした検察官によれば、一度跳ね飛ばされて壁に叩きつけられ、そこへ更にトラックが突っ込んだのだという。
遺体の損傷が激しく、告別式で献花する時に棺桶が開いたとき、顔も手足も作り物だった。
異常に軽い棺桶を運ぶ父の顔は、今も網膜に焼き付いている。


いやだ。


親父とおふくろを、またあんな風に悲しませたくない。


生きたい、帰りたい。


最後の力を振り絞って、地面を掻くように腕を伸ばし、瞼を家の方向にひらく。
誰かが走ってきた。
出血多量で意識が混濁しているせいか、姿はぼんやりとして分からない。けど、あれは……女の子? 


誰かは分からない。誰でもいい。助けてくれ。

すぐ近くに狂暴なホームレスがいて、本来ならば彼女の身を案じないといけないのだが、瀕死の昴にはそれだけの余裕は無かった。
ただ、助けを求めて足掻くことしかできない。

手を伸ばす。その少女がその手を握り、跪いた。


何か言っている。口が動いている。





ミ・ツ・ケ・タ






(み……つ……? ……)

(…………)

ゆっくりと下りていく瞼。思考も止まる。
もう少女の声も聞こえない。

全身の力が抜けて……



ブツン

最後に、TVのスイッチが切れるような音がした。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




(く……あ……)

闇の淵から、意識が戻りつつあるのを感じる。
冷たい石畳に奪われたはずの体温が戻る。温かい。
ごうごうと音がする。うるさい。狭いところに詰め込まれている。その極端に狭い空間に、胎児のように体を丸めている。
どこかに踏ん張ろうとして、手足を動かす。ちょっとでも関節を動かすと、柔らかい壁に遮られて身動き一つできない。
上下は? 引力の方向すら判然とせず、顔を上げることもできない。

(どこだ。ここは? じごく? じごくってなんだ?
 くる、し、……くるし……)

思考が細切れになる。呼吸困難のせいだろうか?
なんとか自我を認識しようと試行錯誤するが、まとめる前に思考が四散する。まるで地震が起きている最中に積み木をするかのように。
集中力を発揮できない。疲れている時はこんなものだが、今は別段疲れていない。思考力が著しく落ちている。
もどかしくなって暴れていると、どこからかひどく低いサイレンのような音が聞こえ、途端に頭のほうから吸い込まれていく!
狭い穴に強引に全身が吸い込まれていき、身体が軋むほど締め付けられる!

(いたい、いたい! でないと……!)

ぐり、ごり。嫌な音が耳元に直接響いてくる。頭が割れそうだ! 頭蓋骨が変形くらいはしてるんじゃないだろうか。
狭い穴に頭を突っ込むが、なかなか出られない。徐々に体を捻りながら試行錯誤して、何時間その苦痛と格闘しただろう。

ようやく出口に頭の先端が出た。
もう少し。もう少し。身体をもう一度捻る。

顔が。やっと、出れた。

……!? 息が、できない! 溺れていたのか。
耳にも水が詰まっていたからか、人の声が聞こえるが耳鳴りにしか聞こえない。

(――んあ!)

突然、すごい力で持ち上げられて逆さ吊りにされる。人間の手!? 巨人か!?

どんっ どんっ

(ぐ、え、)
「げぼっ! こほっ!」

巨大な手で乱暴に背を叩かれ――逆さ吊りなこともあって、胃の中の生ぬるい塩水を吐き出させられる。
逆さで吐かされるとか、どんな拷問だ。おかげでちょっと顔にかかってしまった。
耳からも水が流れて、ようやく声が聞こえてくる。

(いきを、息をしないと、……! ぜ、ぜんぜん吸えねぇ……!)
「うゃ、ふあぁ!! うやぁぁ!」
「はーい、よく頑張りましたねー。産まれましたよ、シエルさん!」

呼吸をするために必死に喉を動かすと、吐き出されるのは産声のような声。
目が見えないが、声は聞こえる。そして響いてくる言葉。産まれました?

「可愛い元気な女の子ですよ!」

(は?)
「うゃああ? うぎゃあー!」

疑問の声は、ただの産声として響いた。


―――時はCE.48年。

まだナチュラルとコーディネーターが共存し、世界が平和であったその年。
少年の魂は世界を超え、世界を変える一人の娘として生まれた。
彼――彼女は何のために世界を超えたのか?

その意味はまだ、誰にもわからない……



[36981] PHASE 00 「コズミック・イラ」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/03/16 22:26
『今日初めて、僕はペンを握る。今まで指が文字を書けるように器用に動かせなかったので、これが記念すべき日記の一ページ目だ。
この世に生を受けてすぐ、生前の記憶がうすぼんやりとしてしまってタダの赤ん坊になっていたのも、日記が書けなかった原因の一つだ。
昨日あたり、ようやく自我に目覚めたというか、物心ついたので『昴』の人格が蘇ってきた。

だからこの日記には終わった昴の人生じゃなく、もう一度始まった人生のことを書いていこうと思う。


さて、先に『前回』と『今回』の違いについて挙げていこう。

まずは、国が違う、
ここは日本じゃない。これは生まれてすぐ分かった。医者が、ナースが白人だったし、病院内に躍る文字は全部英語だった。
英語圏内のどこかだろう、と検討をつけていたら、病院名が「シアトル・ジェネラルホスピタル」だったので、アメリカだった。
でも母親は日本人だった。中国人の可能性も……と思ったけど、名前は日本人風。ちょっと安心。前も日本人だったしな。
父親もかな、と思って見てみたら、メタルな歯車の蛇さんを彷彿とさせるような、渋めで彫りの深い白人のおっさんだった。
何人かはわからないけど、アメリカ人だろう。軍服っぽいの着てたし。
ということは、自分は日本人とアメリカ人のハーフだ。美人になれたらいいな。ベッ○ーみたいな自分を想像してみる。

で、しばらくして病院の中を動き回れるようになってから、病院全体がやけに未来的だったのにはちょっとびっくりした。
ちょっと未来に来ちゃったんじゃね? と思いながらワクワクしてると、ニュースで、宇宙に浮かぶいくつもの砂時計型の巨大な衛星? が映っていたので度肝を抜かれた。
自分が大好きな連合vsザフトに出てきたプラントに激似だ。意外にもあの世界観って現実見据えてたんだな……と思ったら、プラントの住人はコーディネイターなのだそうで。
直後に、大西洋連邦のお偉いさんがプラントの動向についてコメントしていたので、まさかまさかと考えてしまう。

プラントだのコーディネイターだの大西洋連邦だの。ここって、ガンダムSEEDの世界なんじゃ。
ガンダムSEEDはあくまでゲームやアニメの世界。現実にはありえないはず。
……それこそ、現実逃避か。目の前にあるものが真実だ。もしかしたら限りなく近い世界なのかもしれない。


僕はリナ・シエルと名付けられ、この世界で生きることになった。
リナ。日本人っぽい名前だし悪くない。母親が日本人だからだろうか。

赤ん坊時代が終わり、ようやく幼児くらいの年齢になると、周囲の環境がよく分かるようになった。
シエル家というのは大西洋連邦の軍人の家系なのだそうだ。
なかなか古くからある家柄で、この国がアメリカ合衆国という名前だった時代からあるらしい。


あと、家には微妙な違和感がある。
なんというか、子供用のアイテムがやけに使い込まれた感があるのだ。
子供服も、誰かが着ていたかのような中古感があるし、積木には微細な傷がいくつもついている。
完成した絵のはずなのに、パズルの一ピースが足りないような空白が、この家にはある。
まるで自分以外に子供が居た、いや、居たかのようだ。
もしかして、自分の前に子供が居たんじゃないだろうか。それも女児。同じ女の子用の服ばかりだから間違いない。

それとなく、お姉ちゃんが居たらいいな的なことを言ってみたら、両親は見事に反応してくれた。
親父は知らんぷりをしたが、いつもよりも返答にごく微妙な間があったし、おふくろに至っては悲しげな表情で空返事をした。

やっぱり、前に子供が居た。それも、おそらく事故かなんかで亡くしている。
そして自分と同じ歳くらいの、小さい子だ。小児用のアイテムしか無いのがその証拠。

どんな子だったのか気になったけれど……詮索はやめておこう。
両親が、子供を亡くして悲しむ表情を見るのはもう嫌だ。
それに、亡くした兄弟のことを考えると、憧れだったつばさ姉ぇのことを思い出す。
もうこの話題には触れないでおこう。せめて、両親から話すまで。


暗い内容はここまでにして。

今の暦はC.E.(コズミック・イラ)51。
ここがガンダムSEEDの世界なのだとしたら、原作のストーリーが始まる二十年前だ。
シエル家が軍人の家系で、僕も軍人になるとしたら、いい感じの年齢で原作のストーリーが始まることになる。
今から鍛えといた方がいいのかな……と自分が懸念するまでもなかった。

とにかく、家はやたら厳しい。三歳の僕にいきなり中学生レベルの学習と基礎トレーニングを課した時は正気を疑った。

馬鹿じゃないだろうか。生まれる前の記憶がなかったら完全に無理だろ。
逆に言えば、今は大丈夫ということだ。ただ、問題文が全部英語なので、その辺りがかなり苦労した。ここはアメリカだから当然だけど。
偏りのある賢さで不思議がられた。でも今は読み書きと日常会話はできるようになったので、お互いに一安心。
くそ、南蛮の言葉は分からんけぇの。生前関西人だったけど』



- - - - - - -



まだ幼い……少年と少女の区別すらつかないような小さな幼児が、
大人なら蹴躓きそうな高さの乳児用のテーブルにペンを置いて、ノートを畳んだ。
日記だ。あれから昴――もとい、リナは、毎日トレーニングで地味に疲れても、欠かさず日記を書いていた。
日記にも書いてあるとおり、『昴』を忘れないためだ。
それ自体が、彼女にとってのプライドというか意地になっている。

(指が短くて動かしづらい)

あどけない顔を微かに歪ませて胸中でぼやいているが、指先も、年齢にしてはかなり器用に動いている。
字はお世辞にも綺麗とは言えないが、自分さえ読めればいい。誰かに読まれても困るし。
ちなみに日記は日本語。ここはアメリカ、いやさ大西洋連邦なので、この家の中で数少ない日本語の書物といえる。

(! 親父かっ?)

近づいてくる気配。慌てず、すぐに日記を隠した。
日本語は母親が自分に話しかける時にしか使っていないので、英語漬けの三歳児が書けるわけがない。怪しすぎる。

「リナ。この計算ができるかね? リナならできるのではないかと思うのだが」

父親の低くて厳かな声が背中から響いてくる。
平静を装い、くるんと、癖の無いストレートの黒い髪が揃った大きな頭を動かし、くりんとした丸い翠の瞳を向けた。
すぐ近くに鉄面皮のような厳格な表情の顔が迫っている。

父親、デイビット・シエルは、歴戦の勇士であることを思わせる非常にいかつい顔と体格をしている。
鍛え抜かれたナイフとでも言うか。前にお風呂に入れてもらったときには、実の娘なのに惚れてしまいそうなしなやかな体つきをしていた。
顔もしかめっ面をしているのに怒ってるように見えないという特殊な長所を持っている。

そんな顔が、今とても近くにいる。鼻息が聞こえる距離だ。ゲルマン系の父親は、顔は彫りが深くて近いと迫力がある。

「どの、けいさん、ですか? おとうさま」

それでもリナは鈴が転がったような、舌足らずなのに澄ました言葉で問いかえした。


- - - - - - -


(ああ……可愛い、可愛いよリナたん……
大人びてるけど、くるんとして小動物っぽくて、そのギャップがイイ!
もう全部がいいよー! 食べちゃいたいよ!
リナ!リナ!リナ!リナああああああああうわあぁぁんクンカクンカ! スーハースーハー! いい匂いだなあ……
リナたんの黒髪をクンカクンk(ry))


- - - - - - -


「……おとうさま?」
(いかつい表情のまま無言で見つめないでほしい。……怖い)

「……ああ、すまない。これだ。」

広げて見せるのは、付近にあるシニア・ハイスクール――高校の一年生の数学の教科書だ。
前世の記憶を持ってる彼女からすれば、できなくはない。高校二年生だったのが良かった。
もし二年生の教科書を出されたら、ちょっと危なかった。『昴』は決して成績の良い方ではなかったのだ。

「かしてください、おとうさま」

安心して短い手を伸ばして受け取り、さらさらと公式を書いていく。
手は止まることなく、解にたどり着く。それを置いたまま彼に見せる。

「おとうさま、あってますか?」
「うん? もうできたのか。どれ……」

デイビットが相変わらずのしかめっ面で解を読んでいくと、彼の顔が更に厳しくなっていく。
顔に深く刻まれた皺に、リナは、間違えたか? と戦々恐々であった。
しばらくしてテキストから顔を引いて、重たげに口を開いた。

「素晴らしい」

そう一言呟いて、去っていった。その大きな背中をじっと見送る娘の視線。

(……相変わらず、何考えてんのかわからん)

デイビットは、滅多に感情を露わにしない鉄面皮だ。
生まれて初めて顔を合わせた時もニコリともしなかったし、母親が重い病気に罹っても、顔面に一筋も皺を寄せなかった。
……でも家族の一大事には必ず駆けつけるくらいだから、実は相当アツい人間なのかもしれない。
不可解そうに考えたが、すぐに興味を、午後から小学校の友達と遊びに行くことに向けて、嬉しそうに準備を始めるリナだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 



『C.E.58――

親父の要求がもとの精神年齢に追いついたのは、三年前か。

そろそろ神童から凡人になろうとしていたが、結構なんとかなった。
いつかは要求が精神年齢に追いつくのは目に見えていたから、勉強していたのだ。
今はもう高校を卒業し、大学二年か三年くらいの勉強をしている。

十歳の身体で何故できるのか? それは僕にもわからないが、年齢を追うごとに加速度的に頭が冴えてきて、自分で言うのもなんだがかなり物覚えがいい。
身体も、十歳とは思えない身軽さとパワーを感じる。体操選手や猿よりも動ける自信がある。
が、目立つのは嫌いなので、平均よりちょっと上くらいの水準を保つことにする。
ただでさえ、ナチュラルとコーディネイターは不仲なのだ。コーディネイターと間違えられたらたまらん。

なにせ、S2インフルエンザが大流行して、それがコーディネイターの仕業だってことで、ナチュラル間でのコーディネイターへの感情が最悪になっているのだ。
それはS2インフルエンザがプラントでは流行らず、地上でだけ流行ってるからだという理由だ。
それに関して詳しく調べるつもりは無いけれど、自分は罹らなかったのでよかったよかった。
でもうちの学校でも、同じクラスの児童が三人死んだ。そのせいで、クラスの中でコーディネイターへの感情がまじでやばい。
その中で、もしコーディネイターだなんて思われたら……。
それこそ楽しい学校生活は終わりを告げて、村八分の苛められっ子生活を迎えることになるだろう。それはイヤだ。


韜晦は結構大変だ。
見せ付けたい、褒められたい、そういう誘惑に駆られそうになる。
教え方がヘタな先生に当たろうものなら地獄だ。教師を張り倒して、代わりに教壇に立ちたい気分だ。
だが楽しい学校生活を送るためだ。目立たない、ちょっとした優等生という地位を保っていこう。
ただ、大人びてるということで頼られることが結構ある。できるからって褒められても微妙な気分だ。
だって、僕はズルをしているのだから。できれば記憶なしで知識だけだったらいいのに……無理か』



- - - - - - -


――プライマリー・スクール教室の一室


「シエルさん、この問題わかる?」
「うん? どれどれ、見せて。……うん、これはこうで、こうだよ」
「へー! すごい! やっぱりシエルさんは頼りになるな!」
「……はは、ありがと」

- - - - - - -

phase:リナの同級生

(シエルさんって本当にすごい!
なんでもできるし、たよれる。かおもすっごくカワイイし、なんだかあこがれちゃう。
でもほめると、なんだかかわいた笑顔になるんだよね。なんでだろ?)


- - - - - - -



『C.E.63――

プライマリー・スクールとジュニア・ハイスクールは、まあまあの成績で卒業した。
言ってしまえば上の下というところだ。優れているが、嫉妬を買うことも少ない……そんな位置を保ち続けた。リナ・シエルは静かに暮らしたい。
飛び級という日本人には馴染みの無い制度があったが、僕には縁の無い話だ。それこそ嫉妬が雨あられだ。
いくら授業の内容が簡単すぎるからといって、それを飛ばさず行くしかない。

そうして、他の学生と同じように一年一年学年を重ねていくのは大変な苦行だったが、なんとかやり遂げた。だが次はシニア・ハイスクールが待っている。
またあの苦行が続くのか……と思ったが、僕はそこに進まなかった。
親父が止めたのだ。
僕の成績と普段父親に見せる優秀さを比べて、何か思うところがあったらしい。
まさかの中卒。何すんねん。まあ、知識量はもう大学卒業くらいのものは持ってるし、いいか。
いざとなれば親父の後光があるしな、HAHAHA。……なんか前の人生よりダメになった気がする。

僕はそのまま、十五歳という若さで士官学校の入学届けを出した。
何故か? ……親父が士官学校の校長で、無理矢理ねじ込んだ。それが、ハイスクール入学を止めた理由だ。
なんかレールが敷かれた人生だ。でも、僕は別に軍に入るのもいいかなと思っている。
空乃昴だった頃は、もし頭が良くてスポーツ万能だったら自衛隊に入りたいと思っていたくらいだ。軍事には元々興味があったし。

筆記試験は……ちょっと難しかった。でもまあ言ってみれば大学入試みたいなものだ。
親父の厳しい指導というか半分虐待的な英才教育が、ここにきて役に立った。

問題は面接だ。うわ…どうしよ。僕はアガリ症のケがあって、面接や大勢の前で話す時になると頭の中が真っ白になる時があるんだ。それでバイトの面接に落ちたことだってある。
筆記はともかく、面接はお断りしたい気分だ。そろそろ面接のアンチョコを作っておこう』

カリカリカリ……

『何故軍に仕官しましたか:私が愛している家族を守りたいと思ったからです』
『学校生活で何を学びましたか:人と繋がる素晴らしさを…云々』



- - - - - - -


――面接会場

「リナ・シエル君。ジュニア・ハイスクールの成績はほとんどランクB+。綺麗に揃ってるね?」
「はっ、ありがとうございます」

(……なんか含みあるけど、気にしないどこう)

「……ふむ。リナ君はデイビット・シエル大佐の娘さんだそうだね。お父様から何を学んだのかな」
「はっ、……」

(はう!? アンチョコにない質問じゃねーか!)

「……軍人ってカッコイイということを学びました!」
「……」


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phase:その日の夜のリナの日記

『/(^o^)\
 オワタ……絶対落ちた……しかも高校ももう入試時期終わったし。高校浪人とかマジ欝なんですけど。
 僕のアホ……カッコイイってなんやねん。ありえん……。
 バイトでも探そうかな……なんで海岸掃除の募集ばっかりなんだよ。地球に優しくしろよ……僕にも優しくしろよ……。
このナンテコッタイ/(^o^)\も、もうすぐオワタ\(^o^)/になるのか。世知辛い世の中やね、ほんと』


- - - - - - -


phase:翌日のリナの日記

『C.E.63――

受かった。何故? って、絶対親父テコ入れしただろ。士官学校の校長だしな。汚いなさすが親父きたない。
まあとりあえず、めでたしめでたしということだ。素直に嬉しい。親父も何食わぬ顔で祝福してくれた。タヌキめ。
母さんは心から祝福している、という感じではなかった。
まあそうだろう。よりにもよって一人娘が死ぬかもしれない軍に仕官するというのだから、諸手を挙げて賛成はできないのが普通だ。
でも母さんには悪いが、僕は僕の道を歩みたい。というか軍に仕官しなければ、これまで厳しい教育を施されて育ったのはなんだったのか。

ここで親父の教育方針についてちょっと触れることにする。
十二年前にやたら厳しいと書いたが、その厳しさは明らかに軍に入隊するためのそれだった。
起きる時間、寝る時間、食事の時間、軍人マナー、基礎体力向上訓練、CQB技術練成、銃器の扱い、果てはシャワーの時間まで。
全部が全部、以前の生活とはかけ離れたものだった。はっきり言ってこのチートボディーじゃなかったら耐えられなかったと思う。
CQBは親父が用意した現役軍人のトレーナーすら瞬殺できるレベルまで強くなったのに、まだまだ親父は満足してくれない。
僕に一子相伝の暗殺拳でも仕込むつもりか? どこを目指してるんだよあんた……。


だけど、そういう厳しさを乗り越えたら、士官学校なんて楽に感じられるだろう。
きっとそれを見越して厳しくしたんだろうな。なんか洗脳されてるような気がしないでもないが、親父に感謝しとこう。
さて、春から僕は軍人だ。どんな厳しい環境なのかも気になるが、問題はMSに乗れるかどうかだ。

どうやらこの世界、ゲームと違って連合にMSが無いらしい。というかロボットっぽいものはプラントにあるが戦闘用ですらない。なんじゃそりゃ!!
じゃああのストライクガンダムはどうやってできたんだよ。ストライクダガーは? そのうち開発されるのか? それともガンダムSEEDとは本当に違う世界なのか?
それまで生きていけるのか。それが問題だ。とにかく優秀な軍人やってたらいつかはMSに乗れるだろう。頑張ろう。

あと些事だが――いや、重大な問題だが、十五にもなってブラジャーが要らないとかどういうことだ。
バストサイズは日記にも書きたくない数値だ。Aと言えばわかるだろう。
それに身長が伸びない。測ってみたら一三〇cm。おまけにロリ顔。どんだけ。
チートボディの代わりに肉体年齢が著しく低い。天は二物を与えずっていっても極端すぎる。
明らかに誰かの作為を感じるんだが……それはいくらなんでも考えすぎか』


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


ざり。

リナが春風に長い黒髪をたなびかせ、ボストンバッグを肩にかけゲートの前に立って、眺めるのは四角く白い士官学校の校舎。
大きめの施設までは結構な距離があり、近くには小さなMPの詰め所があるだけ。
顔を引き締めて、直立不動で立っているのはMPだ。がっちりとした体格で、そこに立っているだけで迫力がある。
そんな軍人達が立っていると、自分が今軍隊というところに入ろうとしているという実感が湧いてくる。
春先の桜の香りを乗せた風が頬を撫で、まだ冬の残滓を感じさせる空気が肌を適度に冷やした頃、よし、と小さくガッツポーズ。
……その姿は、中学校に入学する、幼気な新入生に見えなくもない。

(今日からこの学校の学生か……いや、軍人か。
こっから気引き締めていくか!)

「ちょっと、君」
「え?」

立ちふさがるのは、親父とはまた別の厳つさをもったMP。リナからすれば見上げるほどの上背だ。
せっかくの新たな旅路の出発に水を差されて、リナは何事かと見上げていると、MPは猫撫で声で話しかけながら、おまけに屈んで視線の高さを合わせてきた。

「どこの学校の子だい? ここから先は軍隊の人がいっぱいいるから、おうちに帰りなさい。
それとも迷子? お父さんの名前は?」
「…………」

ぶん投げてやろうか。こいつ。
ぴりっとした殺意を覚えながら、ボストンバッグがずりっと肩からずれた。



- - - - - - -


「それは災難だったな」
「シエル大佐、あいつをクビか異動してください……ありえません」
「まあそう怒るな。そんなことにいちいち目くじらを立てていたら、この先もたんぞ」
「……」

リナと、親父――デイビット・シエル大佐は校長室で話していた。
あれから身分を証明するために、身分証明書と合格通知、果ては親のコネまで使ってようやく入れたのだ。
そのコネを使ったおかげで、士官学校の校長である親父が出張ってきて、こうして面接という名の親子の雑談をしている。

リナは小学生扱いをされて端整な顔を不機嫌そうに翳らせ、頬を膨らませて、ふっくらとした唇を尖らせていた。
そのうえ短い足をぱたぱたと動かしながら座面を両手で突いて、上目遣い気味に父親を睨んでいる。
父親のデイビットは書類を整理しながら、その様子を鉄面皮で見返していた。

「……」

- - - - - - -

phase:親父

(うわはあああああリナリナ超可愛いマジ可愛い食べたい。
リナのためなら死ねる!世界の中心でリナへの愛を叫ぶ!
目に入れても痛くないっていうレベルじゃねーぞ!クンカクンカしたいお!ペロペr)

※これ以降の文章は地球連合軍情報部によって削除されました。


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「……仮にも上官であり校長である私を睨むな。お前は既に軍人で、ここは軍の施設なのだ」
「……失礼いたしました」
「よろしい。とりあえずMPの件に関しては保留にしておく。
今日の午後から通常の課程が始まるから、朝議が始まる前にクラスに帰るように。では、解散」

一方的に話を切り上げられ、リナは不平を漏らすことなく――ただし、無言で見本のような敬礼をして、ささやかな抗議を表した。
……その後、校長室でリナの可愛い怒り方を思い返して悶えているデイビットであった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『C.E.66――
僕は無事士官学校を卒業して少尉となった。リナ・シエル少尉だ。名前のあとに階級がつくとむずがゆい。すんげぇ嬉しい。
士官学校は長いようで短かった。
親父の教育のおかげで、これまでどおりの生活をキチンとこなしていれば、だいたい大丈夫だった。
だけど、問題は他の士官候補生との人間関係だった。
僕が校長の娘ということ、この見た目と実年齢の若さに対して少なからぬ嫌悪の念を抱いていると感じた。
教師は親父の口添え(多分)で平等に扱ってくれたが、士官候補生に関してはそうもいかないらしい』

- - - - - - -

「シエル! ここにゃアイスクリームは置いてないぜ? キョロキョロすんなよ!」
「シエル軍曹殿! おしっこに行きたくなったら案内させていただきます!」
「シエル軍曹! 戦場じゃお前のお父さんはお手手つないではくれんぞ!」

- - - - - - -

『などなど、例を挙げればきりが無い。物理的な手段には訴えてこないから可愛いもんだ。
物理的な手段に訴えれば、それこそ親父が黙ってないだろうしな。七光り万歳。うはは。
……思い出したくないが、たまに椅子が妙に湿っぽいことがあるんだ。なんでだ? 想像したくない……。

まあ色んなことがあったが、僕は士官学校を卒業して無事、正規軍人となったわけだ。
配属先は宇宙軍。最近ザフトが不穏な動きを見せているということだ。まじで?
待てよ、今66年で、確かあのゲームはC.E.71って言ってたな。…やべえ、あと5年じゃねーか!
そういえば士官学校が終われば、本格的にMAの操縦訓練が始まるって言ってたな。

よーし、このチートボディーと、連合vsザフトの全国大会優勝の腕前がようやく発揮できるぜ!
見てろよ、とっととエースパイロットになって、MSに乗ってキラ(笑)っていうレベルになってやろうじゃん。
楽しみで今夜眠れそうにないぜ! 明日の操縦訓練が楽しみだのう!』


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


- - - - - - -

phase:初めての操縦訓練が終わった後の夜、リナの日記

『C.E.六十六――

/(^o^)\……。
げ、ゲーセンと全然違う……思わずナンテコッタイが復活してしまった。
なーんじゃこりゃ! ボタン多すぎ! Aボタン、ガチャレバプリーズ! 覚醒ゲージ無いの!?
なんで右にレバー倒したら機体がくるくる回るんだよ! おかしーだろ!
その上オートロックじゃないから狙いつけづらいのなんのって! 当たんねーかわせねー思った方向に機体が行かねー!
ぎゃー! もうやめたくなってきた! こんなんじゃ戦場出て一発であぼんじゃねーか!

で、でもメビウスなんて、所詮あれだろ。コスト一〇〇もいかないよーなザコ機体だろ。
ストライクとか乗れば、そりゃもう無双できるだろ。断言できる! 僕が悪いわけじゃない! 機体が悪いんだ!
くそ、こうなったら絶対メビウス使いこなしてエースになって、ガンダム乗ってやる! 見てやがれ!
今日から特訓だ! 新しいアーケードゲームが入荷したと思えばいい!』


- - - - - - -


phase:シミュレーター管制室の士官達

「シエル少尉、あれからずっとシミュレーターにかじりついてるな」
「もしかして、最初の訓練課程で上手くいかなかったからムキになってんのか?」
「冗談。初めて動かしたにしちゃ、上等も上等だったぜ。真っ直ぐ飛んだだけでも大したもんだよ、ダウト」
「ハズレだ。ほれ。……ったく、シエル少尉は子供だね。長い目で見ろって感じ」
「あ゛ー! ……だからこその特訓かもな。ったく、親父様のご威光をフルで使ってくれるね。シミュレーターだって本当は決められた時間しか使っちゃいけねーってのに」
「ま、自分に厳しくするためにっていうのは、嫌いじゃないね、俺は。あ、それダウト」
「……ダウト? 本当にダウト? おいおい、もっとよく考えたほうがいいぜ。ダウトじゃないかもよ」
「ダーウート」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『月面よりお送りします。リナです。

宇宙に来るなんて『昴』の頃は考えもしなかったが、その月面に来るなんて更に斜め上だった。
特別に選抜され、訓練を重ねた宇宙飛行士しか来れなかった現代と違って、このコズミック・イラでは宇宙への門戸は広い。
科学技術の進歩のためか、人類そのものが進歩したのか。煩雑だった機械操作や制御も簡易化してるし、宇宙服――ノーマルスーツだって、まるでウェットスーツみたいに薄い。とにかく動きやすく、地上で着ながらCQBをやってみたら、まるで着ていないみたいに動けた。
宇宙に出るコストだって、海外旅行よりちょっと高いくらいに収まっている。かがくのちからってすげー!
月面に移住するのはさすがにかなりの金額と手間らしいけど、国の金で住めるなんて、軍人やってて良かったと思う。



あとこの体、地上よりも宇宙のほうが動きやすい気がする。
体が小さいのも効いてるのかもしれない。宇宙に住んでたんじゃないかってくらい、無重力への適応が早いのだ。
それに無重力空間が落ち着く。本当なら、宇宙空間にずっと漂っていると、宇宙酔いや、酷くなると精神がおかしくなる場合もあるらしいけど、全然そんなことはない。
むしろ水面を漂っているような落ち着いた気分になる。それを教官に言うと首を傾げられまくった。
まあ、それはいいや。優秀ってことで、宇宙軍の月面基地に配属されたし。

C.E.70――
ザフトとの戦争が始まって九ヶ月が経過した。
連邦政府を統合した「地球連合」が樹立したので、自分の中の”腑”がストンと落ちた気分だ。

やっぱり、ここはガンダムSEEDの世界だ。生まれて二十三年目にして、ようやく確信することができた。

ということは、あのキラ・ヤマトもヘリオポリスにいる。ガンダムがあそこで作られている。
でも、どうやってあそこに行く? もしゲーム通りに展開するなら、来年の一月には一ステージ目のヘリオポリス戦がスタートする。
ガンダムのパイロットになるには、自分がヘリオポリスに配属されないといけない。襲撃されるけれど、うまいことガンダムに乗り込めればいいはずだ。

でも今のボクの所属は、プトレマイオス月面基地の第五〇二警戒中隊。しかも配属されたてで、そのうえまだ前線に出されていない。
上層部にどんな意図があるのかは知らんが……メビウスで実戦に出されなくてホッとしてるのが正直なところだ。
それなりに慣れてきたつもりだが、ジン相手にあれで戦って生きて帰る自信が無い。
でも逆に言うと、ガンダムに乗れるだけの手柄も立てれていないということ。
まずい。このままじゃガンダムはおろか、ストライクダガーのパイロットにだってなれるかどうかすら怪しい。
今ボクはメビウスのパイロットをやっている。メビウスっていったら、連合vsザフトでもちらっと出てきたオブジェだ。

あれは最初、民間の航空機かミサイルだと思ってたけど、どうやら戦闘機だったらしい。
これの操縦は、慣れてくると大して難しいもんじゃなかった。ゲーマーとしての感覚が生きてたからか、今じゃ追従性の悪さにイラッとくることが多い。
MSと違って足が無いから振り向くのも遅いし、腕が無いから狙いをつけるには機体ごと動かさないといけないし。
おまけに装備しているリニアガンは、相当上手いこと狙わないとジンの装甲を貫けないらしい。なんだそりゃ。

こりゃ早めにヘリオポリスに配属してもらって、ガンダムに乗せてもらうしかない。
とはいえ、ただの下っ端尉官が自分の思い通りに配属されるなんてことはなく、ここには親父の七光りも届かない。
ああもう、軍なんか入らずに、留学とかいってヘリオポリスに引越しすればよかった。
あれ? でもヘリオポリスってどこにあr』

「ん?」

リナが机に向かってノートに筆を走らせていたら、ドアからノックが聞こえた。
すぐさまノートを机の引き出しに放り、鍵をかけて立ち上がり、ドアに向かう。
時間を見ると、既に二十二時を回っていた。誰だ。
下着姿であった自分を思い出して、慌ててシャツとズボンを穿いて「今開けます」と軽く声をかけ、ドアを開いた。
ドアの前に立っていたのは……軍の略式正装を身に纏った士官だった。襟には中尉の階級章。書簡を手に持っている。まさか。

「地球連合宇宙軍第五〇二警戒中隊所属、リナ・シエル少尉」
「ハッ」

タン、と踵を鳴らして揃え、背筋を伸ばして折り目正しい敬礼を返す。
書簡を開き、丸く巻いた命令書を開いてみせた。重要な書類や命令書は、通信端末からではなくこうした紙媒体で知らされる。
どれだけ科学技術が進もうと、やはり最後は紙だ。通信だと傍受される可能性もある。
士官がその紙を開き、読み上げた。

「連合参謀本部より指令。
リナ・シエル少尉。貴官に一月二十日、二二一二時を以て宇宙軍第五〇二警戒中隊より第七機動艦隊への転属を命ずる」
「了解しました。リナ・シエル少尉、第七機動艦隊への転属命令を拝領いたします」
「よろしい。移動方法と日時は追って暗号による通信で知らせがある。心して待つように」
「ハッ」

機械的に答えながら、言葉を思い返す。

(はー、第七機動艦隊か。かっこいい名前だな。
……でも、ヘリオポリス所属じゃないのか。ヘリオポリスって、確か第八機動艦隊だし。
惜しいなぁ……あ、でも、ここの艦隊で手柄を立てればいいか)

命令書を受け取り、軽い気持ちで考えながら使者を敬礼で見送ってから扉を閉め、軍服をハンガーにかけるとベッドに寝転がる。
天井を眺めながら、どうやって手柄を立てて配属先を変えてもらうか、その算段を練っていた。

このときの彼女に、この転属命令が本当の己の転機だとは、このときの彼女には知る由もなかった。



[36981] PHASE 01 「リナの初陣」 【大幅改訂】
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/06/27 11:50
すぅ……

   はぁ……

すぅ……

   はぁ……

呼吸の音が耳元で響く。自分の呼吸だ。
身体が熱い。汗がじっとりと身体にまとわりつく。身体をよじりたい。が、動かす隙間は無い。
首を動かす。ごつん。ヘルメットがすぐに頭の横のホールドに当たった。
コクピット内はメビウスの電子兵装が微かな電子音を発しているだけで、静寂そのもの。メビウスは訓練用のものでない限り単座式であり、リナ一人きりだ。
無線封鎖をいいことに音楽を聴く馬鹿もいるが、そんなの集中力が乱れるだけだと思う。それに、ここの世界の音楽はテクノが効き過ぎて好きになれない。

早くシャワーを浴びたい。ベッドに寝転がりたい。そういった欲求を堪えながらも、左右上下に配置された計器と、
目の前のモニターに視線を忙しなく配りながら、刻々と減っていくHUDに表示される数字が0になるのを待つ。

モニターには底抜けに暗い空間と、その間に瞬く星々映っている。
グッとレバーを優しく、卵を転がすように動かすと、星がくるんと時計回りに回った。
偵察ポッドを追加で装備しているためやや旋回速度が遅いが、戦闘中でないならそれくらいでちょうど良い。
星々の間に、針金のように小さなものが見えた。そこに向けて、スロットルを静かに開ける。
身体がシートに押し付けられ、星が後ろに流れていく。近づいてくる針金。それは次第に姿を詳細に現していく。

第七機動艦隊所属護衛艦、ドレイク級「メイソン」

リナの母艦だ。その格納庫のハッチを目指してメビウスの鼻面を向ける。
着艦が近いが、最後までレーダーから目を離せない。着艦する瞬間が、一番狙撃される可能性が高い、らしい。

「カーネル1。こちらシエル機、E-4宙域の偵察任務を完了した。着艦の許可を求む」

カーネル1。メイソンのTACネームだ。
通信機に、湿っぽい息を吐きかけながら声をかける。
ヘルメットに反響する己の声。相変わらず、小生意気そうで幼い、天然の猫撫で声。女子中学生みたいな声だ――リナはそう自己評価していた。

〔こちらカーネル1。シエル機、着艦を許可する〕

帰ってくるのは、冷淡な男の声。偵察任務で疲れたリナとしては、もう少し労いの言葉が欲しいように感じる。
だけどここで愚痴でも漏らそうものなら、無駄に集音性能の高いマイクはその声を拾い上げて隊長殿のゲンコツを唸らせることになる。

「了解。シエル機、着艦シークェンス」

精一杯の皮肉を込めたい衝動を抑えながら事務的に告げてコンソールを操作、HUDに様々な情報を表示させ、スロットルを切り、慣性航行。
機体に響くバーニアの細い音が消えて、レバーを指先よりも細かく動かして調整し、HUDに表示される二つの田の字を正確に重ね合わせて……
母艦との距離計が好きな数字まで下がったとき、スロットルを思い切り引き、逆噴射。今度は四点式のシートベルトが身体に食い込み、急減速。
機体は、乗り場に戻るジェットコースターよりも正確に、滑らかにメイソンの発進口に吸い込まれていく。
モニターにメイソンの内壁が大きく映し出され――ゴンッ、という音と同時に小さな振動。クレーンに機体がホールドされた音だ。機体が完全に静止した。

〔完璧だ、シエル少尉〕

オペレーターの短い賞賛の声を聞いて満足げに口の端を吊り上げ、着艦シークェンスの仕上げ作業をする。
ジェネレーター停止。温度確認。兵装ロック。安全弁チェック。
そういった簡単なチェックをして、スイッチ類を押してコンソールパネルを叩いて手順を終えてから、機体が白い明かりに包まれた格納庫に入るのを待つ。

プシュウッ

コクピット内部の与圧された空気が排出され、頭上のハッチが開放。シートベルトを外すとふわっと身体が浮き上がる。
バーを握って身体を上に持ち上げ、愛機のメビウスから離れていく。

「お疲れさん」
「後、よろしく」

ハッチを飛び出ると、労いの言葉をかけてくる整備員とハイタッチしてすれ違う。
与圧された通路に出るとヘルメットを取る。空調の効いた艦内の空気が心地良い。丸くまとめた長い黒髪が露になり、まとめているヘアゴムを外す。
無重力帯に、ふわっと黒髪が流れた。一つの方向に進んでいれば、そんなに邪魔じゃない。まとめていると髪が痛みそうだったのでイヤだったのだ。
最近考え方が女の子っぽくなっている、という自覚はあるが、考えないことにしていた。

偵察任務の報告のために、自慢の髪が痛んでないか撫でながらサブブリッジの方向に流れていると、

〔艦内各員に達す。手を休め、傾聴せよ。艦長のロクウェルだ〕

艦長の艦内放送が響き、リナも思わず流していた身体を壁に掴まらせて止まる。
艦内放送なんて、発進と停留の時くらいだった。何事か、と、全員固まっていることだろう。近くを通っていたクルーも立ち止まって、スピーカーに視線を向けている。
艦長の重々しい言葉は続く。

〔L3宙域にてザフトの中規模部隊が侵攻を開始したという情報が、周辺宙域の警戒艦隊よりもたらされた。
我々第七機動艦隊はこれを迎撃せんため、L3宙域へと転進する方針と相成った。各員第二種戦闘配置。臨戦態勢をなせ〕

(L3? L3といえば、あそこにあるのはヘリオポリス……
ヘリオポリス!? 連合vsザフトの一ステージ目か!?)

艦内放送の内容は、リナに衝撃を与えた。
あの連合vsザフトの舞台に、ついにたどり着いてしまった。あのキラ・ヤマトが。ムウ・ラ・フラガがいる。
ストライクガンダムが目の前に現れるのか? 少なくともメビウスとは全く違うものだろう。
胸が高鳴ってくる。頭の中がじんわりと痺れてくる。僕は期待している?
あのラスボスでもあるラウ・ル・クルーゼも現れる。メビウスなんてあっという間にやられるかもしれないのに、何故かときめいている。

(どうなるんだ……? ゲームじゃ、少なくとも「リナ・シエル」なんて居なかった。
僕は死ぬから? すぐ死んだ脇役だからいなかったのか? それともボクは異物なのか?)

ぎゅ。薄い胸の上で拳を握る。まだ興奮している。膝が震えているのを自覚する。
様々な溢れてくる感情を抑え、リナは愛機が駐機している格納庫に向かった。



- - - - - - -



コクピット内での緊張の時間は続き、リナの緊張が和らぎ始めたころ、警報が艦内に響き渡った。

〔只今をもって本艦は戦闘宙域に進入した。全艦第一種戦闘配置。MA隊は順次出撃せよ。
MA出撃六十秒後に、本艦は支援砲撃を行う。MAは射線に入らぬよう厳に注意せよ。繰り返す……〕

警報と同時、機の外が急に慌しくなった。ギリギリまで点検していた整備員は機体から離れ、代わりに甲板要員が配置につきはじめる。
このメイソンに搭載されているメビウスはリナの機体を含めて四機。
それがフライト(四機編隊)を組んで飛ぶ。これは古来より変わらない。リナはその中の二番機。
目の前で、たった今三番機のメビウスがアンビリカルケーブルを振り切って、バーニア全開で宇宙へと飛び出していった。
リナのメビウスも少しの震動のあと動き出して、カタパルトに乗せていく。

〔一番機、発進。続いて二番機、発進シークェンスを開始せよ〕
「了解。二番機、発進シークェンスフェイズ2」
〔二番機、発進位置へ〕

発艦シークェンスの手順が進むたび、程よい緊張が全身に浸透していく。
大丈夫。訓練どおりにやればいい。自分にそう言い聞かせながら、モニターや各センサーの数値に目を通す。
メビウスも今日は機嫌が良いようだ。
ジェネレーターがうなりをあげ、バーニアがごうごうと咆哮を挙げている。機体が微振動を起こして、まるで引き絞られた弓のように唸っている。

「四番機、各センサー、推力機器、各種火器、オールグリーン。発進シークェンス・ラストフェイズへ」
〔了解。二番機、発進を許可する〕
「二番機、リナ・シエル、行きます!」

ごうっ!!

メビウスの二つのメインバーニアが、一層激しい火を噴く。リニアカタパルトがメビウスの機体を凄まじい力で外に押し出していく!
すごい勢いでメイソンが後ろに吹っ飛んでいき、身体がシートに押し付けられる。
速度計が一気に音速まで振り切られる。機体全体が何かにぶつかったような音を立て、格納庫無い

(これから実戦……戦うのか!
ゲーセンとは違う。落ちたらコストなんて関係無い……再出撃は無いのか。当たり前だよな)

発進の心地よいGを、小学生のような小さな身体で受けながら、ぼーっとそんなことを考える。
とはいえ思いつめすぎるのもダメだと、士官学校の経験で分かっていた。
教官が言うに、戦場は演習のつもりで、演習は戦場のつもりでいるとちょうど良いらしいのだ。
要は、一発当たったらゲームオーバーになる、ハードなゲームの感覚でいいってことなんだろう。
とはいえ、ハードすぎるきらいはある。何せ乗ってるものがメビウスで、敵はジン。
はっきり言って無謀だ。それがわかっていながらも向かう。文字通りの死地へ向かおうとしている。

リナにとって戦場に向かう時間は死刑執行猶予時間だ。だから、リナはこの時間がとてつもなく短く感じた。
いつまでも着かなければいい――そう思っていても、着くものは着く。向かっているのだから。
モニターに小さく映る戦地。ヘリオポリス。戦闘の光が明滅している。戦闘が始まった。
それがリナにとっては、これから自分の身を焼く炉の灯りに見える。……そう思うのは少々感傷に浸りすぎだろうか。
その戦火の中へと、猛然と飛翔するリナのメビウス。隊長機に追いつき、三番機、四番機も追いついてきてダイヤモンドを組む。

〔揃ったな。各員、編隊を維持しつつヘリオポリスに突入する。
もうすぐザフトのジンと会敵するだろう。一機で相手をしようと思うな、一機に対し四機であたれ!〕
「了解!」

次第にヘリオポリスが近づいてくる。戦火がはっきり見えてきた。
ジンのスラスターの火や曳光弾、メビウスが撃つリニアガンの残光も見える。そして爆発光。あれのうち、いくつがジンの爆発光だろうか……。


〔ヘリオポリスに弾を当てるなよ……連合の基地が中にあるんだ〕



隊長の警告に、別の僚機が疑問の声を挙げる。

〔ヘリオポリスは中立では?〕
〔あそこは中立っていっても連合寄りだ。連合が苦しいこのご時勢、使えるものはなんでも使う。それが戦争ってもんだ。相手が化物っていうなら尚更よ〕
「そうですね。5、4、3……艦隊からの支援砲撃、来ます」

あまり同意したくない隊長の主張には、さらりと返事をして、カウントと同時に支援砲撃の警告を促す。
メビウスに予めインプットされていた射線から機体が外れていることを確認し、モニターを睨む。

後方から、艦隊から放たれるミサイルや艦砲がヘリオポリス周辺宙域に向かっていくつも飛んでいくのが見えた。
あれだけの数の砲火が飛んでいれば、花火大会よりも激しい轟音がするはずだろうが、残念、ここは音が通らない宇宙空間。
まるでミュート設定の映画のように、無音で飛んでいくビーム砲とミサイル。それらが通り過ぎると、いくつかの爆光が見えた。ジンの一機や二機は落とせただろうか?
自分達のためにも、精々いっぱい落としてもらいたいものだ。

〔Nジャマー濃度80%……いよいよだぞ。セーフティ解除!
火器管制モードを戦闘に切り替えておけよ! ……きた!〕
「!!」

HUDに浮かび上がるエネミーマーカー。ぎくりと頭の中に痺れが回った。
ついに始まる。ゲーセンの対戦とは違う別のものが。敵の射程は――

ヴンッ!
「!?」

ジンからの火線! 至近弾が機体に衝撃波を浴びせて、弾丸の飛翔音が聞こえた。咄嗟にレバーを左手前に引いて、その光の矢を回避。
姿勢制御用のスラスターを全開で噴き、メビウスの機首をジンに向ける。もうかなり近い。600m程度か。ジンは他のメビウスと応戦しながらこちらに右側を見せている。
ジンは、この距離なら一足飛びで斬りかかってくる。すぐさま応射しなければいけない。
ガンシーカーをジンの位置に向け、リニアガンのターゲットを正確に合わせようとした時、

――!!

頭の中に閃くものがあった。
あの機体は、ずれる。こちらに意識が向きかけている。一瞬気付くはずだ。
何故か分からないが、そんな気がした。そう、あのパイロットが言ったような気がする。そして、これが気のせいだとは思わない。
その声に従ってジンから向かって僅か正面にターゲットをずらし、リニアガンのトリガーを引く。

タァァンッ!!

雷鳴のような発射音。ジンが一瞬前、射撃に気づき前進して避けようとしたが、それがリニアガンの射線と重なり、横腹にもろに弾丸を受け、大穴を開ける。
全身から冷や汗がにじむ。素早く胸部にターゲットを合わせて、再びトリガーを引く。
発射音と同時に弾頭が発射され、上半身を粉砕、ジンは光の球に閉じ込められていった。

〔やるじゃないか、シエル中尉!〕
「まだ、まだ来ます!」

グンッ! レバーを右奥に倒しながらメビウスをひねらせ、スロットルを開ける。直後、ジンの放った76mm弾が自分の居た位置を貫いていった。
冷や汗がまた流れた。一発でも当たったら死ぬ! メビウスの装甲なんて、ジンの76mm重突撃機銃の前では紙のようなものだ。一発で落ちなくても、そのダメージが動きを鈍らせ、結局は落とされる。
全身が緊張で痺れる。息が乱れる。足が震える。必死にスロットルを開け、何度か姿勢制御スラスターを噴かしてランダム機動を取り、76mm弾をかわしていく。

「くううぅぅ!!」

ギィギィッ! ミシミシッ!
上下左右、あらゆる方向に身体が揺さぶられ、かつ強烈なGによって全身が押しつぶされていく。肺が圧迫され、「はぁっはぁっはぁ!」と呼吸を小刻みに繰り返す。
負荷値をちらりと見てみた。そこには10.6Gと表示されていた。ビービーと警報がやかましく絶え間なく響く。
普通の人間ならブラックアウトかレッドアウトで気絶している数値だ。それでもリナの身体は耐え抜き、意識を保って、生き永らえようと必死にレバーとスロットルを動かしていた。

「なんだ、一機面白いナチュラルがいるぞ……くたばり損ないめ!」

リナに76mm重突撃機銃を連射し続けるザフトのパイロットは、思わぬメビウスの動きに舌を巻く。
だが、あの程度の機動をするナチュラルなら、前にもいなかったわけではない。いつものように仕留めて見せる。そう楽観的に考えていた。
その思考を受信していたからか、リナは焦りと苛立ちを覚えていた。撃たれっぱなしなど、この連合vsザフトの全国大会優勝者にあってはならないんだ!

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! この! 調子に乗るなッ!!」
(なんで僕が撃たれる役なんだ! MSに乗ってるからいい気になっていないか!? ジンなんてたかがコスト270じゃないか! 見てろよ!)

メビウスが機首を向けたとき……ジンは既に肉薄していた!
モニターいっぱいにジンの姿が映る。モノアイが不気味に輝いた。手にしているのは重斬刀! 構えからして縦に真っ二つにするつもりか!

「三枚に卸してやるよ、生意気なナチュラルが!」
「このやろおおお!!」

ぐんっ! スロットルを全開! レバーを思い切り左に倒す! メビウスは左に倒れ、同時に凄まじい勢いでジンの懐を通り過ぎていく。互いに背中合わせになった。
通り抜けたはいいものの、あっちのほうが振り返るのが早い。しまった、背中を見せてしまった! 致命的な隙を与えてしまった。
背中に殺気を感じたからか、背筋に冷たいものが流れる。ロックオン警報。撃たれる! 本能のままレバーを押し倒す。メビウスの反応が遅い! だめだ…!

「ひっ!! ……?」

情けない悲鳴を挙げて死を覚悟した直後、そのロックオン警報は消え、いつまでたってもジンの攻撃は無い。
何事か、とレバーを引いてスロットルを若干開けて、メビウスの機首をめぐらせる。ジンの姿が無い?
代わりに、隊長機のマーカーがペイントされたメビウスの姿がそこにあった。

〔シエル中尉、さっきの賛辞は取り消す! ばかやろうが!!
何のための編隊行動だ! 一人で突っ込みすぎだ!〕
「隊長……ジンを?」
〔お前が隙を作ってくれたから、撃ち落とせた。それはいいが、俺が一瞬遅かったらお前は宇宙の藻屑になってたぞ〕

その言葉を聞いて、全身から力が抜ける。頭が冷えていく。はあぁ、と溜息。額に汗をかいている。拭いたいけど、ヘルメットがあるから拭けない。

「助かっ……ん?」

安心したのも束の間。ぴちゃり。僅かに腰を浮かしたとき、股間に温かい液体っぽいものが。安心に緩んでいた表情を、さぁ、と青ざめさせた。
前線の兵士はよく粗相をするらしいが、まさか自分が当事者になるとは思わなかった。誰にも見られていないのに、顔がぽかぽかと火照る。
替えのパンツの心配をしている間にも、再び警報。モニターを見ると、二つの閃光が絡み合い、火線を激しく交わしながらヘリオポリス内部に侵入するのが見えた。
片方は、メビウス・ゼロ。もう片方は……シグーだ。

(メビウス・ゼロ……確か一機しかなかったはず。エンデュミオンの鷹、ムウ・ラ・フラガか!)

メビウス・ゼロは一部の特殊な能力、すなわち優れた空間認識能力を持つパイロットにのみ配備された、名前の通りメビウスの前身である。
その能力を持つパイロットにしか扱えない、有線制御式移動砲台『ガンバレル』を四基搭載している宇宙戦闘機だ。
グリマルディ戦線で三個小隊十五機が投入され、帰還したのがムウ機”のみ”だったらしいので、間違いなくあれはムウ・ラ・フラガだ。

そしてシグーは、シチュエーション的に考えてラウ・ル・クルーゼに違いない。ついに、あの二人が目の前に。
胸の高鳴りが蘇る。頭の中が熱くなって、興奮を自覚する。リナは慌てて隊長に、共にヘリオポリスに入ろうと通信機に怒鳴る。

「隊長! コロニー内部に……隊長!?」

隊長のメビウスが、いつの間にかいなくなっている。モニターの前に流れるのは、メビウスの残骸……まさか!

がんっ!!
「うわあ!!」

機体に衝撃! センサーは、上部に何か乗ったことを知らせてくる。ジンが載ってきた!?
やばい、上から撃たれるか、斬られる。咄嗟の判断で、スロットルを全開!
ジンはバズーカをリナのメビウスに向けようとして急加速され、体勢を僅かに崩す。だが、それだけにとどまった。すぐに改めて銃口を向けて――

「吹っ飛べええええ!!」

スロットルを思いっきり引く! メインバーニア閉鎖、バックスラスター全開!
急加速から急減速をかけられ、さすがのジンも前方に吹っ飛んでしまい……丁度、リニアガンの射線にその腹を見せた。その隙はほんの刹那だったが、リナは即応してトリガーを引く。

タァァァンッ!!

雷鳴。ジンのコクピットを光の矢が撃ち抜いて、モノアイから光が消え、撃たれた勢いのまま止まることなく、宇宙の彼方に流されていった。
すぐにリナは僚機の無事を確認する。フレンドシグナルを確認。……全て応答なし。

「はぁ、はぁ、はぁ……くそ、くそぉっ!」

自分だけが生き残ったのか。隊長も、僚機も落とされた。
メイソンの無事も気になって、振り返ってみるが、何も見えなくなっていた。いつの間にか支援砲火も止んでいる。撃沈されたのか。連合軍の通信回線を開いても、なんら応答が無い。
クルーは、全員絶望的。宇宙空間でMSに艦を撃沈されて生き残る確率は一割を切る。
炸裂系の弾体の直撃を受ければ、艦に大量に積載されている推進剤の引火によって轟沈、爆炎や飛び散る破片によって、クルーは無残に引き裂かれ焼き焦がされる。
運よく脱出したとしても、艦が水没することは無いが、真空かつ無重力の海に放り出されれば、漂流者を発見するのは至難の業だ。


母艦を撃沈した敵の部隊はどうなった? 他の艦に向かったのか? 援護に行くか、と思って機体のチェックをするけれども、センサー類が半分は死んでるし、ジェネレーターも出力が三十%低下している。
さっき乗られたことで受けた過負荷と、無茶な操縦の影響だろう。自己診断の画面は赤と緑で彩られていた。
リニアガンの残弾も二発。とてもじゃないが、他の味方を支援に行ける状況じゃない。絶望が胸中を締め付け、胸がムカムカしてくる。
あっという間に全ての仲間を失った。こんなこと、ゲームじゃあありえない。
ゲームなら撃墜されたら、笑いながら「くそー、負けた!」って言ってこっちを悔しそうに見ながら近づいてくる。「またやろうぜ」と次にやる約束もできる。
だけど隊長は、僚機は落とされて、もう居ない。永久に。次に会う約束もできない。彼らは人生をこの何もない宇宙で閉じたのだ。考えるだけで悲しくてたまらなかった。

「……そうだ、キラ……キラを!」

頭に浮かんだ、ガンダムSEEDの主人公、キラ・ヤマトの名前。
確かゲームのオープニングでは、ハイスクールの学生と言っていたが…彼はきっとストライクに乗る。
彼なら、この状況を打開してくれるだろう。
実に他力本願だが、今のリナにはそれに頼る以外にどうすることもできなかった。心も追い詰められていた。
しかしこの閉鎖されたコロニーに、どうやって入るのか? いや、ムウとクルーゼは入れたはずなのだ。なら、そこから入れる!

「あのゲート、だったな」

ヘリオポリスの工業用のゲート。そこに向かって慎重に機首を向ける。
姿勢制御用のスラスターの一部が死んでいて、妙にピーキーになっている。あらぬ方向に吹っ飛ばされないように注意しながら、メビウスをヘリオポリスの工業用ゲートの向こう側に滑り込ませていった。



[36981] PHASE 02 「ジャンクション」
Name: menou◆6932945b ID:ba710d66
Date: 2013/06/27 17:13
「シェーン機、マック機、ユージ機シグナルロスト!」
「どういうことだ! 連合の大艦隊が近くに潜んでいたのか!?」

 ラウ・ル・クルーゼ隊所属艦、ローラシア級ツィーグラーの艦内では、思いも寄らぬ大損害に絶叫がこだましていた。
 今回の攻撃は完璧な奇襲だったはずだ。例え気づいたとしても、一番近い連合の艦隊(第七機動艦隊)は六時間はかかるはず。まず損害など起こらなかったはずだ。
 それが現実はどうだ。搭載してきたジンとその優秀なパイロットが、たかがナチュラルによって殲滅されてしまったではないか。
 隊長であるクルーゼに知られれば、無能の烙印を押され、未来は真っ暗だ。いや、既に貴重なジンを全て失ってしまった。艦隊提督となる野望が消えていく……。

その元凶である、憎きナチュラル。たかが三隻で、よくも私の夢を潰してくれた!

「こうなれば、一隻でも多くナチュラルの艦を沈めて汚名を雪いでやるわ! 前方、敵艦ドレイク級に艦首を向けろ! 
推力最大! 艦を突撃させつつ、各砲門は砲身が爛れるまで撃ち続けろ!」
「「「ハッ!!」」」

ツィーグラーの艦長は、完全に冷静さを失っていた。
本来は艦長はクルーの生命を一番に考えなければいけないのだが、ナチュラルにしてやられたということが何よりも許せなかった。プライドと、手柄への焦りだ。
それはブリッジクルーも同じで、仲間の仇討ちとコーディネーターのプライドによって、ナチュラルへの怒りに燃えていた。この場に冷静な人間など一人も居なかった。



- - - - - - -



「敵艦ローラシア級、撃ちながら突っ込んできます!」
「馬鹿な……刺し違えるつもりか!」

メイソンのブリッジは、同じように絶叫し、艦長ロクウェルも焦りの表情を隠せないでいる。
味方のメビウスは、二番機を残して全てがシグナルロスト、その二番機も損傷甚大で戦闘継続が不可能になっている。
近くを航行しているのは輸送艦一隻のみ。それも行方が知れない。僚艦の同級艦二隻とも、ジンの攻撃によって撃沈している。
この位置からでは退くこともできない。艦長は、応戦の必要を迫られた。

「止むを得ん……艦内各員に達す! これよりメイソンは突っ込んでくるローラシア級に反撃する! 射撃管制はフルオート、目標をローラシア級に設定!
 全クルーは、いつでも退艦できるようにしておけ! ここにいる貴様らもだ!」
「艦長は……!?」
「艦を離れる前に、恒例の最終チェックをせんとな。行け! 通信ラインを全て操舵席に回すのを忘れるなよ!」
「は、はい!」 
 
躊躇しながらも、コンソールでいくらかの操作をした後ブリッジのクルー全員が席を立ち、我先にとブリッジを去っていく。
それを見届けてからロクウェルは艦長席を立ち、操舵を握った。機関要員に対し、限界まで推力をひねり出すように指示。数値固定して退艦するよう命じた。
とはいえ、あのスピードで迫ってくるローラシア級を、このドレイク級の機動力でかわせるはずがない。激突まであと二分あるかどうか。
己の死を間近に感じ、ふ、とたくわえた黒ヒゲの下に笑みを浮かべた。

(やってくれましたな、シエル大佐。あなたの、ヘリオポリスが狙われるという予測は間違ってはいなかった。おかげでザフトに一糸報いることができました。
 だが、この戦場に招かれたことで多くの部下が死んだ。それに関しては……うらみますぞ)

至近弾でブリッジが激しく震動する。コンソールモニターが点滅し、ダウンするものもあった。ローラシア級の姿がブリッジのフロントシールド一杯に映し出された。
もう、避けられはしまい。
思いを馳せるのは、家族、部下達、その中の、己を死地に向かわせた上官の一人娘。
彼女は見た目こそプライマリースクール生のようだが、年齢は愛娘と同年齢だ。そんな娘を、コーディネーターとの戦いで散らせるにはあまりに寂しい気がした。

(シエル中尉……生きろ!)

操舵を握る手に力が込められる。ローラシア級の外壁を睨みつける。
数秒後、ロクウェルの身体は両艦が噴き上げる爆炎と爆風によって、宇宙に散った――

- - - - - - -

一方そのリナは――

「こっちか……いや、こっちだ!」

ピーキーになってしまったメビウスを操り、工業搬入用のルートを縦横無尽に延びるクレーンや支柱をかわしながら、ヘリオポリス内部を目指していた。
思い浮かべるのはキラの顔。ムウの顔。そしてストライクガンダム。
ゲームの中でも、ジンと比べても遥かに性能の高いあれなら、きっとなんとかなる。しかし、艦は? だが、次のステージに向かえたということは、何らかの脱出する手段があるはずなのだ。
そんな曖昧な希望を求めて、ただひたすらヘリオポリス内部を、そしてキラとストライクの姿を求めて飛んでいた。
ピピッ 警告音と共にHUDが二つの飛翔物体を捉えた。緑色の四角で囲まれたのは、シグーとメビウス・ゼロ。

「しまった、追いついた!?」

冷静に考えれば、戦闘機動をしている二機に対し、真っ直ぐ矢のように飛んできた自分が追いつかないわけがない。
そんな二機の間に、こんな満身創痍のメビウスが突っ込んだところで、的にしかならない。
自分の迂闊さを悔いたが、もう遅い。既に両者から気づかれているだろう。シグーのモノアイがこっちを向いている!

(そのまま、ムウ・ラ・フラガのほうを相手にしてて……!)

祈る気持ちで操縦桿を握った。

- - - - - - -

ムウ駆るメビウス・ゼロと、クルーゼ駆るシグーは、工業用のルートで激しい戦闘を繰り広げていた。
ヘリオポリスの工業用出入口は、モルゲンレーテ工廠の搬出入口と整備工場を兼ねている。
その出入り口は長いトンネルになっており、整備用のクレーンや工員の通路、エネルギーラインのバイパス用の柱など、様々なオブジェクトが縦横無尽に伸びている。
本来、こんな場所で戦闘機動をするなど自殺行為以外の何物でもない。普通にまっすぐ飛んでいるだけでも、激突の可能性があるような場所だ。

ムウはそんな危険極まりないルートで、クルーゼが放つ火線をかわしつづけながら、ガンバレルを操り応戦していた。
一方クルーゼは、性能差と圧倒的な技量によってムウを翻弄しつつも、ムウの並々ならぬ反射神経と操縦技術に対して、決定打を浴びせることができずにいた。

「くっ! こんなところで! チィッ!」
「この辺で消えてくれると嬉しいんだがね。ムウ! ……ん!?」

クルーゼが28mmバルカンでムウをロックオンしたと同時、警報を聞いてそちらを見る。
どう見ても戦闘機動ではなく、真っ直ぐ飛んでくるのは…連合のメビウスではないか。
それも、目の前に居るムウ・ラ・フラガのような特殊な機体に乗ったエースならともかく、数が揃って初めて威力を発揮するメビウスが一機のみ。

「ハエが一匹迷い込んだかな?」

無謀で無知で不運な敵だ。クルーゼは嘲笑して、狙いを据えて機銃を撃ち放つ。

「くぅっ!?」

火線がメビウスに延びて――近くに延びている支柱の存在を意識しながらもメビウスを操り、支柱を盾にして回避。
暴れるメビウス。壁や支柱にぶつかりそうになりながらも必死にメビウスの手綱を操り、スロットルを切り、姿勢制御スラスターだけで機体を操作してなんとか元の機動に戻る。
全身から冷や汗が止まらない。全身が震える。また漏らした。今自分の顔はとんでもなく不細工になっているに違いない。

「~~~っはぁ! くそ、1ステージ目で落とされてたまるか!」
「ほう……? ムウほどではないが、面白い敵もいるではないか」
「余所見すんな!」
「休憩は済んだかね、ムウ!」

余裕の台詞を吐いて笑みを浮かべるクルーゼとて、ロクに戦闘機動もできない敵機を相手にするほど余裕があるわけではない。
クルーゼはメビウスのことを忘れて、すぐにムウとの戦闘に集中しはじめ、そのままヘリオポリス内部へと突入していく。少し遅れて、リナのメビウスもヘリオポリス内部へと突入していった。

「……!? これが、コロニー!?」

リナは、モニターに映るその光景に絶句していた。
まるで普通の町並み。リナが住んでいた日本のベッドタウンに近い光景。それが、下のみならず真上や左右にも、ぐるっと円筒の内部にあるのだ。
そして内部を走る巨大な支柱とワイヤー。地球にしか住んだことのないリナには、この光景はかなり異常だった。
まるで箱庭! 上下感覚を失ってしまいそうだ。その中に見えたのは…ストライク!

「あれが!?」

この目でようやく見ることができたストライクガンダム。それをしっかりと凝視する。白い装甲に青い胸部、赤い腰。間違いない。
以前は連合vsザフトで使っていたこともある。ジンより強力な火力を持っている。渇望していたストライクを見ることができて、胸が弾む。
なにやら軍の輸送用トラックに背を向けて座り込んでいる。何をしているんだろうか。トラックの荷台が開いて……。

「う、わ!」

ぼーっとしていたら、接近警報! 目の前に地面が迫ってきた! 慌ててレバーを引き起こして、地面を舐めるように回避。
モニターがめまぐるしく動いて、近くに高層建造物が無いことを祈りながら空? を目指す。
モニターには、上から下に向かって勢いよく流れていく地面や家が見える。恐ろしい光景だ。ジェットコースターなんて徐行に見える。
運よく空に機首を向けることに成功すると、丁度シグーが、メビウス・ゼロのリニアガンを切り裂く瞬間が見えた。

「今……!?」

シグーがリニアガンを切り裂いている間は、僅かだが直線の機動を取る。今なら当たる! 「長年の勘」がそう告げている。
すぐさま、奇跡的な姿勢制御でリニアガンの照準を、シグーが着弾時に居るであろう位置に向け……発射!

「チィッ!」
「フッ……――むっ!?」

メビウス・ゼロのリニアガンを切り裂いた。これでムウは全ての火器を奪われ、恐るるに足りない存在となった。
ようやくあの連合の新兵器を沈めることに集中できる…そう思った矢先、思わぬ方向からの射撃!

がぁんっ!!

ショルダーを横から撃ち抜かれ、シグーの体勢が崩れる。
クルーゼ自身は反応できた。しかし、シグーが攻撃をしたあとの慣性を殺せずにいて――要は、ゲームでいう「硬直」状態になってしまい、かわせなかったのだ。

「私の隙を狙った? あのハエがか!」

ようやくメビウスの存在を思い出し、そちらに目を向ける。そして、クルーゼは自身の機体とプライドを傷つけられ、怒りに燃える。

(たかが戦闘機ごときが、私に対して!)
「この私に当てた褒美だ! 受け取るがいい!」

シグーをそちらに向き直らせ、手に持っている重突撃機銃を投擲!
リナは、それが回転しながら迫ってくるのを見ていた。巨大な物体が迫ってくるのを見ると、人間は思わず身体が硬直してしまうものだ。そのせいで一瞬反応が遅れてしまう。
操縦桿を咄嗟に右に倒し、引き起こす。しかしかわしきれない!

がりぃぃっ!!
「うわあああぁぁぁ!!」

メインバーニアの片方に激突! メビウスに激震が走り、バーニアが脱落。
ジンに乗られた時に、骨格部に亀裂が入っていたのがかえって良かった。あっさりとバーニアはもげ落ち、本体ごと道連れにするようなことはなかった。
しかし、安堵もできない。メビウスは既に操縦不能に陥り、墜落しようと地面をめがけている。

「う、く! ビルの隙間に……!」

姿勢制御用のスラスターを全開に噴かせて、建造物に激突しないように操る。
重力帯では、スラスターの効果は小さい。が、無いわけでもない。少しずつ機体をずらし、ビルの隙間に着艦する気持ちで機体を水平に。底部スラスター全開。機首上げ。
推進剤放棄。バーニア排除。
地面が迫る。高度計がめまぐるしい勢いで下がっていく。水平器はかなり0に近い数値を出している。あとは障害物が無いことを祈るだけ…!!

高度形がゼロへ。同時、不時着!

「ぐううぅぅぅ!!!」

コクピットを致命的な振動が襲い、まるで猛獣の胃の音のような轟音が体を包み込む。
舌を噛まないよう歯を食いしばり、顎を引いて頭部を固定する。今にも装甲が剥げ落ち、コクピットごと削られてしまうのではないかという激震だ。

それでもメビウスは分解することなく、アスファルトを削りながら、なんとか不時着させることに成功。すぐさま頭上のハッチを開けた。
頭上のバーを掴んで腕の力だけで自分の力を持ち上げて、跳ね上がり、トントンとメビウスのボディを跳ねて地面に降り立つ。
ヘルメットを脱ぐとそれを抱えたまま、ストライクガンダムに向かって走り出した。
角を曲がった直後――

ドォォンッ!!
「~~~!!」

自分が乗っていたメビウスが爆散。爆風に背中を押され、転倒してしまう。
角を曲がったおかげで、飛散する機体の破片を免れることができた。が、そんな幸運に感謝している間もなく、起き上がって必死にストライクガンダムを目指す。
息が荒い。普通に走って、ここまで疲れたことなんて無かった。このチートボディー、いくら走っても疲れることなんて知らなかったのに。

「はっ、はっ、はっ……! なんで、こんな目に……!」

己の不幸を嘆きながら、建物の間を走る、走る、走る。
こういう時、足が短いというのはすごく不便だ。いくら走っても前に進んだ気がしない。
あと、走るたびに股間が気持ち悪い。トイレパックが容量オーバーで溢れてきてる。脱いだら臭そうだが、あとで悩もう。
28mmの銃声や何かの爆音が聞こえる。足元にビリビリと、独特の振動が伝わる。
このコロニー、外壁が破壊されている!?
すごい震動だ。だが、構っていられるか。見えた! 公園の中に軍の輸送用トラック。その横に……。

「スト、ライク…… ――!?」

彼女が見た光景は、アークエンジェルを背景に、アグニを空に向かって撃ち放つストライクの姿だった。
凄まじい熱量と光。ビーム砲はシグーを掠め、コロニーの内壁を蒸発。激しい爆発音と煙を撒き散らし、丸い大穴を開ける。煙はすぐさま、開けられた大穴の中に吸い込まれていった。

「なっ……」

そういえば、対戦ではしょっちゅうアグニ級のビーム砲をバカスカ使っていた。
まさか、あそこまでの威力を持つ兵器だとは思わず、一撃でコロニーに大穴を開けた威力に開いた口がふさがらない。
ストライクガンダムっていうのは、こんなに恐ろしいMSだったのか? 連合の技術は世界一ィ、だな……。

とにかく、身の安全を図るには彼らと合流せねばならない。シグーが、開いた大穴に飛び込んで姿を消した今がチャンスだ。
そう思ってリナは、マリュー達に声をかけながら駆け寄る。マリューや周りに居る子供達も振り向いた。

(ついに、キラやムウ達と合流か……どうなるんだろうな)

アニメのストーリーはわからない。だが、彼らについていけばとりあえず敗北ということはない…はず。
それくらいの軽い気持ちで、彼らと合流することを決意し、歩いていった。

だが、この時リナは気づいていなかった。
自分がキラ達の運命を大きく変える異物だということを。


クルーゼはシグーの腕を灼かれて、ストライクの威力を知って出直す必要を感じたようで、大穴から撤退していった。
風が出てきた。あの大穴から空気が漏れ始めているのだ。だが、一刻を争う事態ではなくなった。戦闘の気配は去っていく。

「き、君は……?」

息を荒らげながらリナが歩み寄っていくと、声をかけてきた女性に視線を返す。
連合軍の整備員と同じ作業服を着た女性。はて、どこかで見覚えがある。この声は……。
そうだ、連合vsザフトで、出撃や戦闘中に声をかけてくるオペレーターの人だ。
名前はわからない。というかゲーム中じゃ紹介されない。が、階級賞は大尉になっている。
さっと敬礼を返し、すぐさま軍人になる。

「私は、地球連合宇宙軍、第七機動艦隊所属のMA隊パイロット、リナ・シエル中尉です」
「え……!?」
(迷子かと思ったわ…それにしては、ノーマルスーツ着てるし)

こらこら、思ってることが顔に出てるぞ。
でも一応上官だ。つっこまないことにしておこう。彼女もこちらの敬礼に対して答礼をする。ゲームじゃあんまり目立たない人だけど、ちゃんと軍人だ。

「私はマリュー・ラミアス大尉よ。正規の軍人が来てくれて助かったわ」
(ん? 正規の軍人が来てくれて? まるで、僕以外には居ないみたいな口ぶりだな。連合の基地のはずなのに)

「あの…状況が飲み込めないのですが、そこの子供達は?」

コンテナの間で縮こまっている、学生らしき少年少女達に視線を向けながらマリューに問いかけて話題を変える。
そのうちの彼女らしき少女に腕を抱かれている、天然パーマの黒髪の少年が、ムッとして見返してくる。
自分よりも年下に見える少女に子供呼ばわりされたからだろう。リナは気づかないふりをして、マリューに返答を求めた。

「この子達は民間人よ。あのストライクに乗っている少年のクラスメイトなの」

クラスメイトぉ? やっぱ見た目どおりただの学生だったのか!
驚きに小さく目を見開いて、汗を一筋。このストライクガンダムって、秘密裏に開発されてたんじゃなかったのか。民間人に見られてるよ?

「な、何故そんな民間の子供達がここに?」
「成り行きでね……話は後よ、アークエンジェルに乗りましょう。ザフトはまだ近くにいるわ」

色々問いただしたいことがあるが、確かに今はここでダラダラしているわけにはいかない。
あのクルーゼは退いたが、所詮退いただけだ。再攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。
まだ敵にジンがどれくらい残っているかわからないが、こちらの手持ちの戦力がこのストライクだけとわかれば、すぐにでも仕掛けてくるだろう。
遠くに見えるアークエンジェルが広い公園に着陸しようと高度を下げている。
リナはサイやトールらハイスクール生の不審そうな視線を浴びながらも、一緒にストライクの手に乗せてもらった。


- - - - - - -


着陸したアークエンジェルの格納庫に、マリューや他のキラの愉快な仲間達と一緒にストライクに運んでもらい、ようやく一息つく。
MSとはいえあんな複数の人数を手に載せると、それはもう狭い。だいたいMSの手など、人を乗せるようにはできていないのだ。
しかも子供呼ばわりしたせいで、手に乗ってる間トールやミリアリアからの視線が痛い。カズイは気弱で人を睨むほどの度胸は無く、サイは人が良いから睨んではこない。
ちなみに、サイ・アーガイルに関しては前から知っていた。連合vsザフトで使えるからだ。彼はMSを操縦できるんだろうか。

「ラミアス大尉!」

奥のエレベーターから大勢走ってくる。アークエンジェルのクルーか。

「バジルール少尉!」
「ご無事で何よりでありました!」

先頭を走ってる女性がマリューの前に立つと、声を弾ませながらも折り目正しく敬礼。
マリューも、喜びを抑えながら軍人の礼を返している。

「あなたたちこそ、よくアークエンジェルを……おかげで助かったわ」

どうやら知己の仲らしい。互いの無事を喜び合っている。
少し羨ましく思う。なにせ、ここにはリナを知っている人物が一人もいないのだから。
母艦であるメイソンは沈み、僚機もことごとく戦死した。宇宙に一人で放り出されたような気分になり、リナは寂寥感を感じて黙り込んでしまう。
バジルール少尉という名前らしい女性士官が、こちらに振り向く。怪訝そうな視線をぶつけられ、くるか、と内心身構えた。

「君は? 子供が軍のノーマルスーツを着て……」
「ボクは地球連合宇宙軍、第七機動艦隊所属のMA隊パイロット、リナ・シエル中尉だ」
「!? あ、いや……し、失礼しました。私は第八機動艦隊ナタル・バジルール少尉です。
シエル……あのシエル家の。多くの優秀な軍人を輩出したという」

自分と同じような境遇の人間を見つけたからか、リナを見るナタルの目が和らいだ。
この広い宇宙で、少しでも共通点がある人間を見つければ、まるでお隣さんのような親近感を覚えるのが人情というものだ。
同じ軍人家系出身というだけで見る目が変わるのだから、同じコロニーの出身者と会えたら家族同然である。

「おいおい何だってんだ!? 子供じゃないか!」
「むっ」

素っ頓狂な男の声。自分に向けられたのか。そう思って振り返ると、視線の先はストライク。
軍人として様々な兵器に触れていると、ストライクを改めて見たらすごいカラーリングだと実感する。トリコロールカラーが、まるでおもちゃみたいだ。
とはいえ宇宙迷彩で塗装されてたら、それはもうガンダムではない気もする。名前はG-3ストライク? 初っ端からマグネットコーティング施されてたらチートだ。
コクピットハッチの昇降用ウィンチを使って降りてくるのは、ベルトだらけの黒い私服を着た少年。
あれがキラ・ヤマト。ナチュラルとコーディネイターの運命を変えるキーパーソン。

(……結局、キラにガンダムに乗られたかぁ……)

胸の中に澱(おり)を沈殿させて、小さく呟いた。
結局こうなるように出来ているのか? キラがガンダムに乗ることは変えられなかった。
だが、こう考えることにしよう。「まずはキラにやらせて、MSのノウハウが整ってから自分が乗ろう」と。
その頃には、きっと別でガンダムが出来てるはず。何も、史上初のガンダムにこだわる必要は無いのだと。
……そして、もしキラが挫折でもしようものなら、自分がストライクに乗ろう。そんな後ろ向きな画策をすると、少し心の整理ができた。

「ボウズがあれに乗ってたってのか」
「ラミアス大尉……これは?」
「……」

自分の心情の変化に悶えている間にも、周囲はキラを中心にどよめいている。
そのどよめきは、少なくとも歓迎ムードではない。独身女だけの同窓会の二次会に、昔の苛められっ子が彼氏連れで出席したような、気まずい空気だ。
例えがアレだが、とにかく気まずいのだ。なんとなく、リナは苛立ちを覚える。

「あの、彼は「へー、こいつは驚いたな」

キラを庇おうと口を挟もうとしたが、クルー達の後ろから放たれた声に割り込まれた。己の言葉を遮った張本人に視線を向ける。
歩いてくるのは、紫と黒のカラーリングのノーマルスーツの、金髪の伊達男。顔はもちろんリアルなのでゲームとは違うが、声と格好ですぐにわかった。
メビウス・ゼロのパイロット。エンデュミオンの鷹。ムウ・ラ・フラガだ。
きょとんとした表情で彼を見上げる。うわー、リアルじゃこんなやつだったのか、と思っている。

「地球軍、第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉。よろしく」

さっと軽めの敬礼をする彼。自分も彼に向かって敬礼。

「第二宙域、第五特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」
「同じく、ナタル・バジルール少尉であります」
「私は大尉と同じ、第七機動艦隊所属、MA隊のパイロット、リナ・シエル中尉です」

それを聞くと、ムウは表情を緩めて自分に一歩近づいてきた。同郷に会えて嬉しいのだろう。


「へえ! そいつは奇遇だねえ。じゃあさっき奴との戦いに割り込んだのは君だったのか。来てくれて助かったよ、ホント」
「い、いえ、大した援護もできませんで……」
「謙遜すんな! 奴に当てるとこ見てたんだぜ、俺は。俺の知る限りじゃ、あいつにまともに当てたのは五本の指で数えられるくらいなんだ」
「そんな……」

(うう、恥ずかしい。あのムウ・ラ・フラガに褒められるなんて。嬉しいけど…恥ずかしい。
あと子供扱いされないのはすげー嬉しいっ)

かあ、と頬を赤らめて長い横髪をくりくりといじりながら視線を泳がせるリナ。
その姿に庇護欲を駆り立てられて和む男性クルー数名。ムウも、そんなリナの姿を見て和んでいた。

「こほん!」
「おっと……乗艦許可を貰いたいんだがね。この艦の責任者は?」
「! 私も許可をいただきたいのですが」

ナタルの咳払いで雑談を切り上げられ、改めてムウが乗艦許可を求めた。やばい、忘れてた。色々あってテンパってたからなぁ。
しかしナタルもマリューも、その問いかけに表情を沈ませた。艦長以下、主なクルーは戦死したらしい。
だから、前艦長に最も近しい人物であり、階級の高いマリュー大尉が繰り上がりで艦長代理になった。
とりあえずムウとリナは己の事情を話す。二人とも母艦を落とされたから、帰る場所が無いと。とりあえず形式上の乗艦許可をもらい、ほっと一安心。
許可がもらえないということはないだろうが、異物からゲストへクラスチェンジしたのだから、立場はだいぶ違う。


- - - - - - -


「ジンを撃退した!?」「あの子供が!?」

マリューが告げたキラの手柄に、驚きを隠せないナタルとその下士官達。おーおー、驚いてる。
話を聞くに、どうやらムウは、僕とは違う任務でこのヘリオポリスに来ていたらしい。
あのストライクの正規のテストパイロットの護衛。ムウ・ラ・フラガというエースを呼ばなければならないほど重要なことらしい。
が、そのパイロットも爆破で死んだと。南無。でも君が死んだおかげで連合は勝てるかもよ? 無駄死にではないぞ。
しかし、ふと思う。なんでキラはMSを操縦できるんだ? 確かMSの操縦はコーディネーターの専売特許のはず……。まさか?

何か思うところがあったのか、ムウはキラに近づく。キラが警戒して、ムウを睨み返しているではないか。ああ、こら。キラをびびらせるな。
リナもキラに歩み寄る。ちら、と一番近いミリアリアがこっちを見た。何か言いたげな顔をしてる。聞きたいことはわかるが、自分からは言いたくない。微妙な乙女心。

「君、コーディネーターだろ」

ムウが静かに投下した爆弾に、リナを含めた全員が色めき立つ。その爆弾は、和やかな雰囲気を綺麗に吹き飛ばしてくれた。
ここにコーディネイターがいる。それは先ほどまで自分達の生命を脅かしていた存在がここにいるということ。あってはならない事実だ。
周りから動揺のうめき声が挙がり、キラに視線が集中する。ムウの視線は、真っ直ぐキラを見据えている。

「……はい」
「はっ?」

キラのシリアスな、しかしあっさりとした返答に、間の抜けた声を漏らしたのはリナだけだった。



[36981] PHASE 03 「伝説の遺産」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/07/21 18:29
――L3、ヘリオポリス周辺宙域。

その宙域には、先ほどの戦闘の名残が漂っていた。
ジンやメビウスの残骸。それらに乗り、戦っていた人間達の肉体は既にここには無い。
まるで、戦っていた者達の怨念の強さを物語るかのように、いつまでも残骸は漂い続け、いつかは宇宙粒子の一つとなって人類が残した宇宙の汚れになるのだろう。

その戦闘の残骸の中に、ラウ・ル・クルーゼ隊の旗艦、ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスが潜んでいた。
ヴェサリウスの非常に広いブリッジは、ブリーフィングルーム、CICを兼ねている。艦長席の後ろにあるモニターテーブルに、ヘリオポリスの簡単な立体地図が投影されている。
それを囲み、クルーゼや艦長のアデス、作戦に関わるスタッフが連合の新兵器に対する考察と対策、戦術について論じていた。

僚艦「ツィーグラー」を喪ったのは、クルーゼにとって大きな痛手だった。それを思うと、今も悔しさで奥歯をかみ締めたくなる。
それは戦力的な意味や、同僚を悼む気持ちからではない。議会からの覚えが悪くなるということ、その一点に尽きた。
一刻も早く議会を掌握せねば、私の望みを叶えることができない。そのため、ブリーフィングの声にも熱が入った。

「ミゲル、オロールはただちに出撃準備! D装備の許可が出ている。今度こそ完全に息の根を止めてやれ!」

「はっ!!」

檄を飛ばし、パイロット達を見送るクルーゼ。アスランが、自分も出撃できるよう上申したがそれをなだめて制止し、クルーゼは己の思考の海に潜った。

(連合の新兵器、ムウ、そして……私に当ててきた戦闘機)

ムウと切り結んでいたとき、したたかにも横から撃ってきたメビウス。
あの屈辱は忘れられない。存在を忘れていたというのは言い訳にならない。己はあの射撃に反応できていたのだ。
では反応できなかったシグーが悪いのか? 馬鹿な。機体のせいにするのは、それこそ三流だ。
メビウスの射撃タイミングは、思い返してみても偶然ではない。当たるべくして当たったのだ。受けた己が一番よく知っている。

(物理的慣性、彼我の機体の特徴、操縦の癖、人間の本能……全てを吟味して、必ず当たる瞬間というのを熟知している……?
フッ、まさかな。できるとすれば、それはコーディネーターを超える存在だ。偶然と思いたいものだが……次に出てくるとしたら、侮れんな)

あの戦闘機のパイロットには、ミゲルやオロールでは手を焼くかもしれない。
そう思い、次の攻撃には己と共にアスランも参加させることを考えながら、オブザーバーの席に戻るのだった。



- - - - - - -




キラがコーディネーターだとわかり、士官達に戸惑いの空気が流れた。
それもそうだろう。この戦争はもはや国同士ではなく、ナチュラルとコーディネーターの戦争なのだから。
つまり、目の前に敵がいる。地球連邦の軍人ならこう考えてもおかしくない。
その軍人の陸戦隊の兵士らが、キラの肯定の返事と同時に警戒心を露にして、小銃を身構える。

「っ……」

トールがキラを庇うように立った。リナも、牽制するように視線を向ける。

「なんなんだよ、それは!」
「トール……」

トールが果敢にも兵士に向かって非難の声を挙げる。キラが頼もしそうにトールを見ている。

「キラはコーディネーターでも敵じゃねーよ!」
「この子は中立コロニーの民間人だ。銃を向ける相手を間違ってるんじゃないか?」

リナもトールを援護射撃する。
ここにブルーコスモスのシンパが居たらかなりやばいんだけど、軍人としての矜持に訴えかけてみる。
なるべく、キラから敵対心向けられたくない、という打算が動機だけど。このキラにはガンダムにある程度乗っててもらわなきゃ困るのだ。

「その少年と中尉の言うとおりよ。銃を下ろしなさい」

マリューの鶴の一声により、渋々ながらも兵士達が銃を下ろす。
リナは気丈に牽制の睨みを兵士に利かせていたが、内心ホッとした。マリューを紙吹雪と共に賛美したい気分だ。
キラの両親はナチュラルで、コーディネイトされた子供……そういうことらしい。
地球連合軍の領地だったらいざしらず、ここは連合寄りではあるが名目上中立だ。戦禍に巻き込まれるのが嫌なコーディネーターやナチュラルにはうってつけの土地といえる。
その説明を余儀なくされた状況を作った張本人、ムウ・ラ・フラガはすまなさそうに声のトーンを下げた。

「いや、悪かったな。とんだ騒ぎにしちまって。俺はただ聞きたかっただけなんだよね」
「フラガ大尉……」

(って、おぉい! そういうこと聞くなら個人的に質問しようよ!?
コーディネーターってわかったら、だいたいの連合軍の軍人は、ああいう反応するってわかってるはずなのに!)

頭の中で百回裏拳を腹にめり込ませながら、上背のムウをうらめしげに見上げた。
彼の表情には邪気が無い。本当に迂闊に喋ってしまったんだろう。空気読め。……まあ『前』の自分は、空気読みすぎて人と話せない、典型的なコミュ障だったんだけどさ。

「ココに来るまでの道中、これのパイロットになるはずだった連中のシミュレーションをけっこう見てきたが、
奴等、ノロくさ動かすにも四苦八苦してたぜ」

なるほど、やはりMSっていうのは本当にコーディネーターにしか操縦できないらしい。
想像するに、歩くだけでも大変な重労働なのだろう。それでは戦闘行動など到底無理だ。まともに歩けるように訓練するだけで戦争が終わりそうだ。
それを考えると、やはりコーディネーターの凄さを思い知らされる。そして、キラの凄さも。どういうレベルなんだろうか、奴らは。
リナはそんなコーディネーターをこれからも相手していかなければならないということに不安を抱き、俯いて視線を落とす。
そのリナの様子を見て苦笑し、「やれやれだな」とぼやいて、歩き出すムウを、ナタルがどこへ行くのかと咎める。

「どちらって……俺は被弾して降りたんだし、外に居るのはクルーゼ隊だぜ」
「ええっ……!?」

マリューとナタルが、その事実に二人して驚く。
クルーゼ隊。やっぱりラウ・ル・クルーゼだ。詳しい人となりはわからないが、いつも強力な機体に乗って立ちはだかるイヤなやつ。
相当な技量なのだろう。さっきメビウスで一合二合しか交戦していないが、今の自分では到底かなわないということはわかった。
そんなやつが、こんな装備も不十分な状態の僕たちの前に立ちはだかる。苦しい戦いになりそうだ。

「あいつはしつこいぞ~。こんなところでのんびりしている暇は、ないと思うがね」

軽く言うな、軽く。余計に不安を駆り立てられる。
そう、のんびりなどしている暇は無い。自分はメビウスを落とされた。ムウもメビウス・ゼロをダルマにされて、ストライクしか残されていない。
となるとコーディネーターでMSを操縦できるキラに任せっきりになることが確実だ。軍人が民間人に頼りっきりなのは褒められたものではない。
自分は簡単な操艦はしたことがあるが、それは小型の宇宙艇のみ。専門の操舵手の訓練は受けていない。ブリッジクルーなど論外だ。

なにより、機体が無いからといって艦内に引き篭もっていたら、ガンダムパイロットなんて夢のまた夢だ。口だけのお荷物になんかなりたくない。
自分はガンダムパイロットになるために、頑張ってきたはずだ。なら少しばかり強引でも、戦果を挙げる方法を探さなくちゃならない。
そのためにも、機体を手に入れなければ。ナタルに詰め寄る。

「バジルール少尉、このアークエンジェルの艦載機は!?」
「はっ? ……艦載機といえば、このストライクがありますが……」

リナの甲高い声と勢いに気圧されて、ナタルは一歩後ずさりした。ええい、察しの悪い奴だな!

「いきなり慣熟もなしで操縦できるわけないよ! 他には無いの!?」
「お、落ち着いて下さい……」

リナは普段は好奇心旺盛そうな丸い目尻を精一杯釣り上げて、口をへの字にしてナタルに顔を近づけていた。
じり、じり。
ナタルが一歩下がれば、リナも一歩詰め寄る。……が、一歩の歩幅が違うせいで、リナが少しよたついた。
まるで子犬が飼い主に、散歩に行こう、と飼い主の太股に前足をもたれかかせて一生懸命おねだりしてるようなそんな光景。


- - - - - - -


side:ナタル・バジルール

(し、シエル中尉……なんて健気なんだ!
長い黒髪も艶々してて……エメラルドみたいな大きい翠の瞳が愛くるしすぎる。友人が飼っていたラフ・コリーのようだ……!
それにしても、ああ、この胸のときめきは一体!? 可愛い、かわいすぎるぞシエル中尉!
撫でてみたい、その丸いほっぺをぷにっとしてみたい。抱き上げても構わんのだろう? ほぅら、腕の中に……
よーしよしよしよしよしよし……)

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「ば、バジルール少尉!?」
「ちょ、バジル……ルぅ、しょうぃい……」
「……はっ!?」

ナタルはマリューの悲鳴に近い叫びと、苦しそうなリナの声でようやく我に返った。
いつの間にかリナを力強く抱きしめてしまっていて、リナは胸の中で呼吸困難に陥っていた。じたばた。
じたばたすると、柔らかい黒髪がふわふわと腕の中でもふってくるので、また和みモードに入ってしまいそうになったりもした。
名残惜しいけれども、ぱっと腕を開いてリナを解放して、こほんと咳払い。

「し、失礼しました。……しかしながら、アークエンジェルは新造艦で、正式に編成された艦載機はまだ存在しません」
「そ、そんなぁ……」

リナが、見るからにショックを受けて、しゅんと目を伏せて俯いた。
もしリナに犬の耳と尻尾が生えていたら、ぺたんと下を向いて尻尾が垂れていたことだろう。
その姿がまた、雨に濡れた子犬を思わせる仕草だったので、男性クルー達が、頬を赤らめながら切なそうな表情でそわそわしはじめた。

「バジルール少尉、なんとかしてやってくださいよ!」
「シエル中尉がこんなに頼み込んでるのに!」
(うっ……)

ついに男性クルーからナタルに向かって非難の声が挙がり始めた。
ナタルとて、その健気で一生懸命な姿に胸打たれ、そして愛くるしい仕草に悶えていたところなのだ。
しかし、「リナの希望に沿うもの」はこの艦に搭載されていない。なんとか叶えてやりたいところだが…
『あれ』を教えたとしても、もっとがっかりされそうな気がする。が、それが無理と分かれば諦めてくれるだろう。

「……と、言いたいところですが、無いわけではありません」
「本当!?」

落ち込んでいたリナは一転、ぱあっと花が開いたように表情を明るくして声を弾ませた。
見た目どおりの年齢の少女のように、ころころと表情を変えるリナ。目からはキラキラと光が溢れんばかりだ。
男性クルーからも、うおぉぉ、と喜びの声が挙がっている。お前らアークエンジェルのクルーのくせに、どっちの味方なのか。
ナタルもリナの嬉しそうな表情にほっこりと表情を緩ませる。

「第二格納庫に『艦載機ではない』機体を格納しています。そうだな? マードック軍曹」
「あ、ああ……まあ一応、簡単な整備と調整をすれば、使えるようにはなりますがね。『あれ』をお嬢ちゃんに使わせるんですかい?」

整備班のリーダーであるマードックに話を振るが、マードックの反応は芳しくない。
『あれ』を使わせるのは予想外だったのだろう。なにせあれは艦載機ではない『荷物』なのだ。
もともと戦力として勘定しているわけではなく、ザフトに奪われては一大事だから載せているだけに過ぎない。

「構わん。シエル中尉にご納得いただくために、お見せするだけだ。調整云々はその後で決める」
「はあ。それならいいんですがね」
「???」

あれだのこれだのと、不明瞭な会話をする二人をぱちくりと見上げる。
でも察するに、機体はあるらしい。ムウには悪いが、一足先に戦場で活躍させてもらうとしよう。あっちにはメビウス・ゼロっていう優良機体があるしな。

「こちらです。貴女の希望に沿わないでしょうが……」
「なんでもいいからっ」

手招きして手を掴み、リナを連れて行くナタル。やはり歩幅が違うので、たまにリナの足がよたつく。
その姿は、まるで遊園地の乗り物に連れて行く母子のようだ。
そんな姿に男性クルーはついていくかどうかおろおろしていたが、

「おめえら! フラガ大尉の言葉を聞いてなかったのか!
ぼさっとしてねえで、さっさと配置につけ! ザフトが来るんだよ! 整備班は、大尉のゼロとストライクを修理するぞ!」

マードックの檄で、蜘蛛の子を散らすように各員の持ち場に走り出した。
キラ以下の学生達は、
「どうする?」「あの子何?」「軍人……なのかなぁ」「なんか放っておかれてないか? 俺達」「……」
と、戸惑いながらも話し合い、マリューに視線をよこす。

「あ、貴方達は……今外に出るのは危険だし、居住区の空いてる部屋に案内するわ。
そこで少し休んでなさい。逃げ回ったり戦闘に巻き込まれたりして、疲れたでしょう?」

とりあえず、学生達のことは保留にすることにした。「こっちよ」と彼らを率いて、居住区の方へ歩き出す。
そして第二格納庫のほうに歩いていくナタルとリナの後姿をちらと見やり、

「……バジルール少尉、あなたそんなキャラだったかしら…?」

ぽつりと、マリューは困惑しながら呟いた。



- - - - - - -



リナやキラ達が入ったのは、ブリッジから向かって右側の第一格納庫だ。
そしてもう一つ、ブリッジから向かって左側の第二格納庫がある。そこには別のG兵器も搭載する予定だったのだが、それがなくなったため用済みになっていた。
今は資材置き場になっており、定期的に施設科が艦内メンテに見回ったり、補給科が倉庫として利用しているだけになっている。

「アークエンジェルが就航する前から、一人の人物からG兵器以外にも搭載機を追加する提案が出たのです」
「G兵器だけじゃ、力不足だったから?」

リナが質問を挟む。

「それは分かりませんが、当初のアークエンジェルの運用計画で、搭載機をG兵器だけにする理由がありました。
五種類もの機体が一つの艦に搭載されていれば、整備員の苦労は計り知れません。少しでも整備の簡便化を図りたかったのです。
そして、G兵器の運用に関わる一切のことをアークエンジェルに集中することで、防諜を確実なものとしたかったのでしょう。
それでもその人物は強硬に、アークエンジェルに搭載機を追加するようにと主張しました。
首脳部は、アークエンジェルの開発計画を推し進めた人間でもある彼の発言を無碍にはできず、別の形で彼の提案を受け入れる形になりました」
「別の形?」
「……ここです」

結局その人物の名前が一切出されることなく、エレベーターの扉が開き、第二格納庫に到着する。
広々として寒々しい。真っ暗で、何も見えない。夜間灯が輝いているが、その機体らしいものが見えない。
いや、真ん中に何か巨大な物体がある。マシン……?
ナタルが無言で灯りのスイッチに手を伸ばす。サッ、と格納庫の内部が光に照らされた。
リナは、そのマシンを見て、絶句する。

「なっ……!?」
(なんでこれが、ここに……!?)



アークエンジェル、メイン格納庫。
そこは戦場のような喧騒に包まれていた。補給科、機械科、施設科、それぞれが、来たるザフトの攻撃に備えて、大急ぎでそれぞれの仕事をこなしている。
メインハッチからは輸送トラックがひっきりなしに出入りし、それぞれの科が物資の取り合いをしている様相をなしていた。

「コンテナをそんなところでバラすんじゃないの! 邪魔だろう!」
「水はモルゲンレーテから持ってくるしか無いだろぉ!」
「ストライクのパーツの弾薬が先だ、急げ!」

そんな戦場の片隅、コンテナに囲まれて直立している機体があった。
ストライクガンダム、メビウス・ゼロ。そして、もう一つの異色の戦闘機。
全体的に角ばっていて、翼も短く小型。まるでストライクガンダムのようなトリコロールカラーの戦闘機。
明らかに異物。アークエンジェルのクルーがそれぞれの任務をこなす合間に、ちらりと物珍しげな視線を送る。
一人その整備をするリナにとっては、その視線は決して心地よいものではなかった。
その戦闘機のコンソールパネルのキーボードを打ちながら聞こえてくるヒソヒソ話が耳に飛び込んでくるたび、はあ、と溜息。

「30mmバルカン砲。残弾800。問題は内蔵ミサイルかぁ……」

この戦闘機の武装は小口径の機銃と、ウェポンラックに収納された小型汎用ミサイルのみ。どれもジンに通用するとは思えない。
機銃は取り外し、メビウスのものと換装すれば補給が利くようになるかもしれない。そこはマードック軍曹と折り合いをつける必要がある。
メビウスより悪い状況になってないか? と暗澹とした気持ちになる。が、無いよりはマシだ。

(救いは、装甲にルナ・チタニウムが使われてるってことかな)

ザクの120mm機関砲弾を通さないほどの防御力を示した、RX-78ガンダムの装甲が使われているというのは、このコズミック・イラにおいてかなりの優位性があると見ていい。
ただ、あれはガンダムの構造によるものでもあるので、過信はできない。劇中ではコア・ファイターは、マゼラ・トップに特攻して大破炎上したのだ。
メビウスよりは硬いかもしれない……その程度の認識にしておく。基本、被弾ゼロに抑えたいものだ。


「照準器……誤差0.003。チェック。姿勢制御スラスター、チェック。メインバーニア、チェック」

キーボードを打ちながら機体の確認。驚いたことに、ほとんど高水準の整備状況でまとまっている。
これならいつでも実戦で使える。が、使えるだけであって、通用するかどうかは別問題だ。

「やっぱり、やめとけばよかったかなぁ」

眩い照明が輝く格納庫の天井を仰いで、溜息混じりに呟いた。


- - - - - - -

「こ、これって?」
「これが先ほど言った『荷物』のMAです」

格納庫の真ん中に佇む、その機影には見覚えがあった。
リナは『生前』小学生の頃、ガンダムに目覚め始めた時に、友達のガンヲタの家で1stガンダムのDVDを見せてもらったことがある。
それゆえ、しばしば登場して活躍していた、この戦闘機の存在も知っている。

FF-X7 コアファイター

コズミック・イラの人間にはピンと来ないだろうが、「宇宙世紀」に開発された脱出用カプセル兼戦闘機である。
しかし何故、それがこんなところに? そう質問したい衝動を抑えて、あくまで「コズミック・イラの人物」の思考でナタルに問いかける。

「私もMAのパイロットとして、連合のあらゆる機体に精通していたつもりですが……このMAは初めて見ました」
「それは道理でしょう。なぜなら、連合にもこのような機体は存在しません」
「え……?」

ナタルさん、貴女は一体何を言っているのだ。

「ある人物が、アークエンジェルの搭載機を追加するように主張したのは先ほどお話ししたとおりです。
ですが、アークエンジェルにもともと載せる予定のG兵器以外は、「はいわかりました」と言って突然載せることはできません。
そういう計画がかなり以前から出来上がっておりましたので。G兵器以外のものを載せる必要性が見出せなかったのです。
しかし、エンデュミオン・クレーター上空のグリマルディ戦線が終結した後、この機体が月軌道を漂流していたのを警戒艦隊が発見しました。
最初はただの正体不明の残骸かと思われていましたが……見たことも無い高い技術で作られたMAであることが判明したのです。
その技術をG兵器に転用するために搭載したのですが、そのG兵器が奪取され『荷物』になりさがったというわけです」

「それで、使うと言っても良い顔しなかったわけか」

でもこのボロボロ具合と、月軌道を回っていたということは、まさか……。

「あらかた調べてみましたが、武装は30mmという小口径の機関砲と小型ミサイルしか搭載できないようで、はっきり言うとメビウスのほうが強力でしょう。
シエル中尉には大変申し上げにくいのですが、これに乗るくらいならCICでオペレーターでもやっていただいたほうが――」
「乗る!」
「は?」

ナタルは、リナがこれを見てがっかりすると思って言ったつもりが……
予想外にも、目を輝かせて意気揚々に宣言されて、思わず顔を挙げてリナの顔をまじまじと見つめた。

「ボクはMA乗りだ。ならMAに乗らなければ何の価値もない。だいたいオペレーターなら、もっと適切な人材が揃ってるだろう?」
「そ、そうでしょうか? しかし中尉の笑顔なら――」
「ワケわかんないこと言ってもダメ! これはボクが乗る!」

妙にこの機体に固執するリナ。鼻息荒く、またもナタルに詰め寄ってる。
ナタルは呆れたように頭を抱え、はぁ、と溜息をつく。

(シエル中尉は頑固だな。このあたりは他のMA乗りと同じ、か。こんな棺桶みたいな機体に、シエル中尉を乗せたくないが……)

とはいえ、船乗りの自分からすれば、メビウスも棺桶には違いないのだが。

「……わかりました。そこまで仰られるなら、これをシエル中尉の搭乗機として、整備と調整の手配をいたします。
ですが、決して無理はなさらないでください。機体の予備パーツが無いのはもちろんですが、中尉は貴重なMA乗りです。
現在の難しい戦局で欠けてしまっては困ります。よろしいですね?」

聞き様によっては上官侮辱罪にあたりそうな、諭すような内容と口調になっているのだがナタル本人は気付くこともない。

「分かってるよ。コア・ファイ……じゃない、このMAの調整、頼んだからね!」

言われた当のリナが、気付かずに喜色満面で声を弾ませるのだから、既に遊園地の係員と小学生のやり取りである。
その表情を見ると、ナタルの胃がきりきりと痛む。この機体を見せて一番後悔したのはナタルだった。


- - - - - - -


「ま、弾が当たれば死ぬのはメビウスもこれも同じだし……なんとかなるか」

と、リナは楽観を決め込むことにした。パイロットは少しポジティブなくらいが丁度いいのである。
それにこれは、あの伝説のパイロットが乗っていた(かもしれない)機体だ。なんかのご利益がありそうな気がする。
戦場の兵士っていうのは縁起がいいものを特に好む。それがリナの楽観の根拠で、それ以外には特に考えていることはなかった。

「さて、そうと決まれば張り切って整備するかぁ」

肩を真上に伸ばして背伸びし、自分が整備すべきコクピットの電子兵装を眺める。
外装が古めかしい。……古いメカだから古めかしいのではないが。計器類がいやにアナログなのだ。
インターフェースがタッチパネルでもホイールでもなく、スイッチとレバー、ダイヤルなどで構成されているし、モニター一つとっても小さい。
視界はメビウスに比べれば良好だが、それはメビウスが装甲に内蔵されたマルチセンサーによって視界確保しているからであり、このコアファイターは連合空軍の主力戦闘機「スピアヘッド」と同じ強化グラスファイバーのキャノピータイプだからだ。
メビウスと比べての優位性といえば、小型であることと視界が良好なこと。あくまで牽制をメインに立ち回った方が良さそうだ。

問題の火力だが、主兵装はミサイルだ。コアファイターの規格に合ったミサイルは、今のところ地球連合軍には存在しない。
外付けのミサイルであったならまだしも、と考える。RX-78ガンダムの胴体として納めるために、武装は全て内蔵式になっているのだ。
そのためコアファイターは余裕の無い設計になっており、ミサイルを格納するウェポンラックは、小型ミサイルがすっぽりと収まる程度の容量しかない。よって、他のミサイルと替えが利かないのだ。
おまけに自分には、アムロみたいに、小型ミサイルだけでグフを倒せる技量は無い。

(我ながら、思い切った決断しちゃったかな……でも生き残るために、なんでもしなきゃな)

今のところメカニック面での問題は無く、一番の懸念はやはりOSだった。メビウスとOSが違いすぎて、実戦ではそれが致命的な差になる。
それをメビウスに近い形に調整するのが、今のリナにできる一番の整備だった。

「まずは武装の強化を視野に入れないとなぁ。ストライカーパックつけられないかな?」



- - - - - - -



その頃ブリッジでは、アークエンジェルのメインスタッフであるマリュー、ナタル、ムウが、現在の状況の確認と、逃げ遅れたアカデミー生の子供達の処置。
そして、次の戦闘への対策。リナのメビウスは大破、ムウのゼロは戦闘不能、となれば頼みの綱はストライク。
ナタルから抗議の声が挙がるが、あれの力が無ければ脱出は不可能、という結論。

「あの坊主は了解してるのかい?」

ストライクを動かし、実際にジンを撃破してみせたコーディネイターの少年、キラ・ヤマト。
彼は民間人であり、地球軍所属の軍人ではない。ましてや地球連合に属する人間でもない、オーブ属する、ヘリオポリスの一市民だ。
ムウの問いかけに、まさか、と言いたげに目元を引きつらせる。ナタルは実直な軍人だ。民間人を戦力として勘定しないくらいの常識は弁えている。

「今度はフラガ大尉が乗られれば……」

もしかしたら、あの高名な『エンデュミオンの鷹』である彼ならば、コーディネイター以上にMSを扱ってみせるのではないだろうか。
ナタルがムウに振るが、ムウは肩を竦めた。

「おい、無茶言うなよ。あんなもんが俺に扱えるわけないだろ」
「えっ?」

ナタルが憮然とした表情でムウを見返した。

「あの坊主が書き換えたっていうOSのデータ、見てないのか? あんなもんが、普通の人間に扱えるのかよ」

ナタルはブリッジ詰めのクルーなので、格納庫に行くこと自体稀なのだが。
意外だ。コーディネイターと大尉の間にどれほどの差があるのかは分からないが、ムウにそこまで言わせるとは。

「ではシエル中尉は……?」

ナタルは、今日会ったばかりの子犬のような彼女を提示する。能力は未知数。
あんな小さな子どものような姿の彼女が、正規の軍人としてやってこれたからには、何らかの秀でた能力を持っているのではないか。
それに、メビウスであのラウ・ル・クルーゼに命中させたとムウが言っていた。なら、彼女ならば……と、いくらかの期待を込めて、ムウに問いかける。

「さぁてね……。あの子もナチュラルなんだろ?」
「は、はい。大尉もご存知かと思いますが、士官学校には入学審査の際に遺伝子検査がありますし、おそらくは」
「射撃のセンスは認めるけど、それだけじゃMSは扱えないだろうさ。どっちにしてもあのストライクは無理だな」

ムウはすっぱりと彼女を斬り捨てる。
普段は誰にでも分け隔てなく接し、持ち前のリーダー肌で皆を見守る彼だが、そういう彼だからこそ言うべきことは言う。
変に期待をかけて任せてしまって、その人間を殺すようなことがあってはならない。そういった厳しい目も持っている。

「中尉に、あの『荷物』を預けることにしました。今戦闘に堪えるように調整している最中ですが、まもなく終わるかと」
「良くて時間稼ぎくらいにはなるかもな。あれだけが出て行ったところで貴重なMA乗りを一人減らすだけだぜ?」

それは自分も案じていた。あんな連絡機もどきで出ようというのだから、蛮勇を通り越して無謀である。
彼女を出撃禁止にするよう、艦の責任者となったマリューに上申しようかと思うのであった。
とにかく、今はあのストライクをなんとか動かせるようにしなければ、この場を切り抜けることは不可能であるという結論が変わることはなかった。



ラウ・ル・クルーゼ隊旗艦、ヴェサリウスでは、アークエンジェル同様、格納庫は戦場のような喧騒に包まれていた。
しかしアークエンジェルとは意味合いが違う。あちらが災厄に備えるのなら、こちらは災厄を与えるため――ストレートに言うなら、攻撃を加えるために賑わっていた。
二機のジンが、ヴェサリウスのカタパルトから飛び出していく。一機は大型ミサイル、もう一機はビーム砲。まるでヘリオポリスごと焼き払わんがごとき重装備だ。
出撃のプログラムが終了し、ハッチを閉鎖する作業を行っていたら、次回の出撃に待たせているはずのアスランが、
アデスやクルーゼの制止を振り切って、イージスを出撃させていった。

「なにっ!? アスラン・ザラが奪取した機体でだと!?」

そう怒鳴っている時点で既に、ブリッジのフロントガラスにはイージスの光点が遠ざかっているのが見えていた。

「呼び戻せ! すぐに帰還命令を!」
「行かせてやれ」

アデスの怒鳴り声を、クルーゼは鷹揚に制する。

「は?」
「データの吸出しは終わっている。かえって面白いかもしれん、地球軍のモビルスーツ同士の戦いというのも」
(それに、厄介な最後の一機を相手にするには丁度良い。うまく露払いをしてくれよ? アスラン……)

ムウのメビウス・ゼロは丸裸で、己に命中させた謎の戦闘機は撃墜した。
ならば、まともな戦闘力であり最も厄介な、ラスティが取り逃した最後の一機を、アスランに掃除してもらうのも悪くはない。
起こってくれた嬉しい誤算に、クルーゼは一人ほくそ笑むのだった。



[36981] PHASE 04 「崩壊の大地」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/07/21 19:14
「コロニー全域に電波干渉! Nジャマー数値増大!」
「なんだと!」

物資の搬入と部隊の再編成の最中の警報。アークエンジェルのブリッジで、オペレーターが悲鳴に近い声を挙げた。
ついに、クルーゼ隊が再攻撃を仕掛けてきたのだ。作業中に、なんて間の悪い。
ブリッジに詰めていたクルーが艦内警報を鳴らし、その警報はリナがいる格納庫にも響いた。

「ほらぁ! お前らがボサッとしてるから、敵さんが待ちくたびれちまっただろうが!
搬入してないコンテナは諦めろ! ハッチ閉めるぞぉ!」

マードック軍曹の怒鳴り声が響き、整備科と補給科のクルー達の動きが慌しくなる。
公園の臨時物資集積場から重機が戻ってきて、慌てた様子で格納庫に戻ってきて、最後のクルーが戻った直後に正面ハッチが閉じられていく。

「ついに来たか……っ。連続で戦ってるんだから、休んでればいいのに!」

無理なことをぼやきながらも、整備用のコンソールパネルを閉じて、キーボードを格納する。
コアファイターのコクピットに乗り込もうとして、ハンガーのストライクに視線を向ける。自分がアレを使えたならいいのに。
残念ながら、自分には使えない。試してはいないが、おそらくは無理だ。
試してみたいとは思うが、そうホイホイと専任パイロットでもない人間が使って良い代物でもない。
もちろん、あのキラが専任パイロットというわけでもないが……キラは「確実に動かせる」のだ。それを知ってる分、歯がゆく感じた。

『総員第一種戦闘配置。繰り返す。総員第一種戦闘配置』

ブリッジのクルーによる艦内放送が流れる。誰の声なのかは、クルーの名前なんてほとんど知らないから分からない。

「お嬢ちゃん! 出るのか!?」

小さな身体をコアファイターのシートに納めたとき、マードックが声をかけてくる。
まるでそれで出るのは良くないとでも言いたげな語調だ。気にすることなく、各部センサーを立ち上げていく。

「今出撃できるのは、この機体だけです! 時間稼ぎくらいはできます!」
「やめとけ! 落とされに行くようなもんだぞ!」
「黙って沈められるよりはマシですよ! トラックとコンテナをどけてください! エンジンに火を入れますから、下がって!」

マードックら整備員が離れたのを確認してからジェネレーターを点火。小さな機体が唸りをあげ、微震動を起こしてパワーを充填していく。
シートの隣に置いていたヘルメットを被り、バイザーを下ろそうとスイッチに手を伸ばしたところで、まるで見ていたかのような放送が釘を差してきた。

『MAの発進は許可せず。出撃体勢を維持し、待機せよ』
「えぇぇ!?」

スピーカーがある(であろう)天井を見上げて絶叫した。
マードックは、やれやれという表情で頭を掻きながらリナを見上げる。見るからにショックを受けているが、そんなに出撃したかったのだろうかと内心首を捻る。
ザフトのMSの恐ろしさを知っていたら、そこはホッとするところだ。

「だから、そのMAだけじゃ無理なんだって」

あきれ気味のマードックを、きっ、と睨み付けると視線を泳がせた。

(お前に、出撃したくてもできないパイロットの気持ちが分かるんか、あぁん!?)
「~~~何考えてんだ、あの魔乳!」
「……え、今なんて言った?」

リナが思いも寄らぬことを口走ったので、マードックは耳を疑った。
まさかこんな年端も行かない(見た目が)少女の口から、そんな荒っぽい言葉が出てくるとは思わなかったのだ。
マードックが呆けている間に、リナは小さな体をコアファイターのコクピットから飛び出した。

「お、おい! 出撃体勢のまま待機って――」

マードックの制止に耳を貸さず、通りすがりの整備兵を押しのけてブリッジに飛んでいく。

(あの魔乳、今度こそそのふざけた乳をぶち揉んでやる、この○○○め!)



- - - - - - -



「ラミアス大尉は!?」
「居住区の子供達と話していますが…中尉、待機じゃ――」
「ありがとう!」

走りながら、すれ違ったクルーにマリューの居場所を聞いて弾丸のように艦内を駆けていくリナ。
居住区に到着すると、マリューとキラら学生達が、なにやらもめているのが見えた。

「――マリュー大尉!」
「シエル中尉!? 待機のはずじゃなかったの?」
「君は、確かリナさん……?」

マリューとキラ、それぞれの反応をする。共通しているのは、二人の意外そうな表情。
この二人の組み合わせはなんだ? そう思ったが、容易に想像できる。唯一あのストライクを動かせる彼に、出撃するよう説得しているところなのだろう。
まあ彼にも出てもらわないといけないんだけど、こっちだってせっかくの戦果を出せるチャンスを潰されそうなんだ。

君とか、年下のキラに言われちゃったけど、今は気にしている場合じゃない。
キラを押しのけるようにマリューの前に出る。くっ、この狭い通路だと威圧感があるな……特に胸の。

「マリュー大尉、私はすぐにでも出られます! 許可いただけないのですか?」
「え、ええ……まだ出るのは早いわ。もう少し待って。あとで指令を出すから」

なんつー灰色なこと言いやがるんだこの魔乳。日本人か貴様は。
マリューからは上官というカリスマが無い。技術将校だからしょうがないだろうが、それはそれでありがたい。強気に出よう。
小さな肩を思い切りいからせ、目を吊り上げて顔を近づけた。できるだけ威嚇!

「こちらのほうが手駒が少ないのに、出し惜しみしてる場合じゃないですよ!」
「…………そう……ねぇ」

予想通り、マリューが怯み始めた。なんか半笑いだし、顔赤いけど酒でも飲んでたんだろうか。

(まあ酒好きそうな声だし、飲んでても不自然じゃないけどな)

マリューが怯んでいる間に、畳み掛けるように早口でまくし立てる。

「小型戦闘機でも、牽制くらいはできます。それに、この少年はMSを動かせるとはいえ軍事行動に関しては素人なんですから、将校クラスの軍人が間近で監督する必要があります。違いますか!?」
「……そうね、その通り……だわ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はまだ、あのMSに乗って戦うとは……」

まるでキラの出撃が決まっていたかのようなリナの口ぶりに、キラが反論する。
まだキラの説得の最中だったようだ。余計な時に割って入ってしまったかもしれない。
振り返って、キラの紫色の瞳を見上げる。キラはそんなに背が高い方でもないけど、40cm近い身長差がある。ぐぬぬ。
身長差で悔しかろうが、キラには是非乗ってもらわねばならない。ここは自分で説得するか……。

「君は民間人だからね。確かに、敵兵と戦う義務は無い。君のほうが筋は通っている」
「だったら……僕にあんなものに乗れなんて言うのは、やめてくれ」
(なんでタメ口なんだコラ。こっちは二十三歳の大人のレィディなんだぞ?)

あくまでキラは、褒められるのを嫌そうに視線を逸らして俯きながら、拒絶してくる。
生意気な口を利いてくるが、ここはあえて目をつぶろう。細かいことを気にしてる場合じゃないしな。
そんな彼を腕組みしながら、半眼で見た。

「ふん。確かにボク達は君達学生に頼るような、情けない大人だ。軽蔑してもらってもかまわない」
「おと……な……?」

なにやら口を挟んできたが、構うものか。

「でも君にしかできないことがある。
君には君の友達を守るための力があるじゃないか。それを振るわずに、友達を見殺しにする気かい?」
「み、皆を人質に、脅迫するつもりか?」
「どうとられようと、それが事実だよ。キラ君。
君達は艦を降りることはできず、その艦は今まさに撃沈の危機に陥っている。撃沈は君達の死も意味する。
けれど、君はそれを防ぐ力を持っている。ボクにも、マリュー大尉にも、この艦のクルーの誰にも持っていない力だ」
「だからって、僕を利用するのか!」

その反論に、頭を振って取り消した。

(まったく極端な奴め、最後まで話を聞け)
「その力をボク達大人を守るためじゃなく、友達を守るために振るうと思えば……戦うのも悪くないと思うよ?
友達のために力を振るえるのなら、これほど幸せなことは無いとボクは思う。ボクにはその力は無いからね」

格納庫に向かうために背を向ける。長い黒髪が、さらりと広がった。

「それでもボクは戦うよ。君と、君の友達を守るために」

振り返ることなく告げられた静かな言葉には、決意が宿っていた。
リナ自身、死ぬつもりも無ければ友達を守るつもりで言ったわけではない。結果からいえばそうなるだろうが、戦果を挙げてガンダムのパイロットに選抜されるための決意表明だったに過ぎない。
だがキラは、額面どおりにその言葉を受け止め、戦わない、と連呼する自分と対比する。
リナの背中は、あまりに小さく、細かった。プライマリースクールで遊んでいるような子供が、戦うと言った。

(こんな小さな子が戦う!? あの子だって怖いんだ! でも戦うのか…皆を守るために。
僕はこんな小さな子に守られるためにこの軍艦に来たのか? ……違うッ!!)

キラのプライドが、仁の心が燃え上がるとき、口は勝手に言葉を吐いていた。

「……待って」

キラの低い、力の篭った呟きがリナの背中に浴びせられた。マリューもキラに、驚いて振り向く。
利用されるからじゃない。いや、利用されるとしても。戦える自分が、女の子だけを戦わせて済ませていいはずがない。
自分を鼓舞しながら真っ直ぐ二人を見据え、胸の前で拳を作って宣言した。

「僕も戦う。僕しか扱えないんだ……あのモビルスーツは!」


- - - - - - -


アークエンジェルが発進する。艦が一瞬揺れて、ふわりと浮揚感。この感覚に慣れないリナは、コアファイターのコクピットで少し戸惑った。
同艦の両舷の格納庫では、ストライクがソードストライカーに換装作業が行われ、もう片方の格納庫がコアファイターが発進位置についていた。

〔ソードストライカー? 剣か……今度はあんなことはないよな〕
「大丈夫だよ、キラ君! 思いっきりぶん回しちゃって!」
〔う、うん! わかった!〕

(うんうん、キラ君、君は本当にいい子だよ〕

既にリナは保護者面であった。リナは精神年齢は十六+二十三歳だから、仕方が無い部分もあるかもしれないが。
実際、自分は先ほどの宣言どおり、キラの監督役を担うために出撃する。
あくまで近接支援であって、打撃力として勘定されていない。有効な武器を持っていないのだから、当然なのだけれど。

〔ヤマト、シエル中尉。敵は工業用ゲート、ならびにタンネンバウム地区から侵入してきています。
ストライクは前衛、シエル中尉はストライクに対する前線指揮と援護を頼みます〕
「了解」

急遽オペレーターとして選抜されたナタルが、サブモニターで(地球連合軍の暗号通信と接続できたのは、ひとえに整備兵のがんばりのおかげだ)指示してくる。

(しかし、ストライクに前線指揮か。士官学校のテキストに、MSと戦闘機の連携なんてマニュアル無かったよな)

悩みながらもジェネレーターを起動させ、各種電子装備に命を吹き込む。操縦桿を握り、操縦系統のテスト。

「シエル機、ジェネレーター出力安定、各部センサーオールグリーン、発進シークェンス・ラストフェイズ」
〔了解。シエル機、発進。……ご武運を〕
〔りょーかい! リナ・シエル、行きます!〕

カタパルトがコアファイターのボディを押し出し、ヘリオポリスの空へと射出される。

〔続いてストライク、発進せよ〕
〔キラ・ヤマト。行きます!〕

通信機から。ナタルの号令の後に、自分を真似たような掛け声が聞こえた。
キャノピーの両側に後付けで取り付けられたバックミラーを見ると、アークエンジェルの甲板ハッチから飛び立つ光点が見えた。ストライクか。
角度的に、そのストライクの出撃する雄姿を見れないのは、リナにとって残念ではあった。

(さて……ストライクの本格的な初戦闘、どんなものか見せてもらおうかな)

まあアムロも初出撃は苦戦してたし、無双とまではいかないだろうが。性能を知ることができるチャンスだ。
気を取り直し、すぐにレバーを引き起こして上空に機首を向ける。見つけた。光点が四つ!

(エレメント(二機編隊)が二つ…離れて機動を行っているということは、片方はAA狙いか!)

姑息な真似を。
だが、四機と同時に戦うことになっていたら落とされていたことだろう。かえって分散してくれてよかったというもの。
リナは手にじっとりと浮かぶ汗を握りつぶすように、レバーを握る手に力を込めた。
ここはもう、キラに全面的に期待するしかない。その歯がゆさに、思わず舌打ちが零れる。


クルーゼ隊の攻撃部隊は、ヘリオポリス内部に突入すると、アークエンジェルの頭をとって突撃する軌道をとっていた。
戦闘隊長であるミゲルは、艦載機であるストライクと戦艦のアークエンジェル、この二つを分断する戦術を決定する。

「オロールとマシューは戦艦を! アスラン! 無理矢理付いてきた根性、見せてもらうぞ!」
「ああ」

アスランは気のない返事をするだけだった。ミゲルの言葉など、耳に入ってはいない。
親友の、キラ・ヤマト。
彼のことが心配で無断で出撃したのだから、それ以外など眼中にはなかった。そして、その横を飛ぶ小型の戦闘機のことも。

「そーら、落ちろぉ!」

ミゲルは撃つ前から勝利を確信した声を挙げ、ストライクを照準に入れた途端、何の躊躇も無く重粒子砲を撃つ。
収束力が弱いため、緩い放射状に伸びる重粒子の砲撃をキラは難なくかわすが、シャフトを支える支柱に命中、溶解し切断!
支柱が砂煙を挙げ、建造物を押し潰して地上に倒れこむ。その惨状に、ちっ、と舌打ちしてジンを睨むリナ。

「やっぱりお構いなしか!」

ミゲル機はリナを無視し、執拗にストライクに照準を定めて乱射している。
しかしそのたびにコロニーの地上が焼かれていく。コロニーの中ということを忘れたかのような戦闘だ。
いや、気にしていないという方が正解か。まだ避難民がシェルターに隠れているというのに、危険な奴だ。
なんとかしてあのジンを止めないと!

〔コロニーに当てるわけにはいかない! どうすればいいんだ……!〕
「距離をとっていたら、撃ちまくってくる! キラ君、距離を詰めろ!」
〔でも、あんな大きな銃で狙われてたら近づけない!〕
「そのためのボクだ! 援護する!」

レバーを引き、スロットルを開ける。マシンの唸りが、スロットルレバーの押し込みに比例して急激に加速!
甲高い音から激しく燃え上がる音に変わり、思わぬパワーに、シートが身体に押し付けられる。

(くぅっ……!?)

コアファイターのスピードを侮っていた。速度計は、既にマッハ3を超えた。
すぐさまスロットルを戻し、旋回してジンとストライクの対峙する空間の近くを飛び回る。
パワーはメビウスの比じゃない。スロットルを開けるのが怖くなるくらいだ。コロニー内では五分の一で充分だろう。

そうしてコアファイターのパワーに翻弄されそうになりながら、機首をストライクとジンに向ける。
相変わらず、まるで戦闘機の巴戦のようにぐるぐると回りながら撃たれたり斬りにいったりを繰り返している。
そのたびにコロニーが無残に破壊され、コロニーの内壁がむき出しになっていく。一部溶解して、かなり脆くなっているとわかる。
これ以上てこずっていたら、コロニーが崩壊する!

「キラ君! ボクが合図したら上昇をかけろ!」
〔!? わ、わかった!〕

キラとの連携を意識してタイミングを計る。
冷静に見ていると、ストライクと対峙しているミゲル機の動きの癖がわかってくる。
重粒子砲を撃つ直前は、一瞬減速して止まり、撃った直後はやや後ろにずれて硬直時間がある。機体と重粒子砲の威力のバランスが良くないのだろう。
ならば、狙う隙は充分にある。
リナはぺろりと唇を舐めて、集中力を研ぎ澄ませる。火器管制をモード2へ。30mm機銃のターゲットを表示させ、ミゲル機を見据えた。

ミゲル機が撃つ、キラがかわす。キラが斬る……かわされる……。
最初は左上後ろに避けた。次はストライクの上を通りすぎて回りこむ。

ストライクの背中とジンの姿が重なる。


――!!


頭の中で、閃くものがあった。

「キラ君、今だ!」
〔!!〕

リナの叫びのコンマ数秒の後、ミゲル機が減速をかけた。しかしそれはほんの刹那だ。
普通の人間が見ても、それは知覚できないほど。だが、その瞬間が来ることが「わかった」。
その刹那の隙間を狙い、キラが合図のとおり上昇。リナはその真下をくぐるように突撃!
ミゲル機が重粒子砲の銃口をストライクに向けて上を向いたそのとき、ジンの腹がむき出しになった。
ミゲルから見ると、ストライクの背中から突然コアファイターが現れたように見えただろう。そこへ容赦なく三十mm機関砲弾を浴びせる!
ジンの機体にいくつもの火花が咲き乱れ、白煙を挙げ、ジンのボディがぐらついた。

「なにいぃぃ!?」
「うわあああああ!!」

予想外の出来事に、ミゲルは対応できないでいた。半ばパニックに陥り、操縦桿から手を離してしまう。
そこへキラが雄叫びを挙げながら肉薄。シュベルトゲベールを振り上げ、両断!
ミゲルはジンごとビームの刃によって真っ二つにされ、悲鳴を挙げる暇も無いままジンと共に爆炎の中に姿を消した。

「ミゲルゥゥゥ!!」

絶叫するアスラン。思わぬところでの戦友の死に、目を剥いて爆炎を眺めることしかできない。
まさか、黄昏の魔弾と呼ばれた赤服候補がこんなところで撃墜されるなんて。あまりにあっけなさすぎる。
あのGと戦闘機がやった。G――ストライクのパイロットは……本当に、あの優しかったキラ・ヤマトなのか?

〔アスラン! どこに居るんだ、アスラン!〕

呆然としていると、味方からの援護要請の通信が入る。しかし、アスランはキラと対峙していてそれどころではなかった。
キラも、アスランが現れて当惑している。

(皆が危ない! でも、目の前にイージスがいる……君なのか、アスラン!?)

その二機の対峙に、リナは割り込むことができず、イージスを視認できても機首を向ける気にはなれなかった。
フェイズシフト装甲には実体弾が通用しない。コアファイターでは流石に手に余る――というより、相手にもならない。
歯がゆい気持ちで操縦桿を握り、ぐるりとコアファイターの機首をめぐらせた。

(あのイージスガンダムに乗ってるのはアスラン・ザラ、だよな。そうか、この時は敵だったな。
下手に割り込んでも、逆にキラの邪魔になりそうだ。ジンを狙うか!)
「キラ君! ボクはアークエンジェルの護衛に向かう! 同じG兵器相手は辛いかもしれないけど、持ち応えるんだよ!」
〔……〕

キラからの応答は無い。アスランとどういう関係だったのかは推し量りかねるが、決して悪い仲だったわけではあるまい。
アスランのことはキラに任せよう。まさかガチの殺し合いには発展はすまい。
そう決まると、アークエンジェルのほうに機首を向けて、アークエンジェルの周りを飛び回っているジンに向かってコアファイターを直進させた。

「くそっ!」

一機のジンが、今まさにアークエンジェルにミサイルを放とうとしている。
アークエンジェルはそのサイズからいってもかなりの機動性がある。しかし、あの角度からでは避けきれまい。
まだあのジンの隙を見出していないが、ジンにターゲットを合わさったらすぐさま曳光弾をばらまいていく。
集束率の低い火線がジンに浴びせられ、いくつかが当たったようでジンのボディに火花が散る。

「……!? な、なんだ、戦闘機か! 脅かしやがって!」

ジンのパイロット、マシューは被弾の音を聞いて肝を冷やしたが、それがただの戦闘機からの攻撃だということを知ると、すぐに照準をアークエンジェルからコアファイターに向きなおす。
小型の標的だということを忘れて、両腕の外側に装着された大型ミサイル、キャニスを発射した。
白煙を曳いて、コアファイターに向かって一直線に飛んでいくキャニス。
リナはすぐさまそれに反応し、微妙なペダル捌きでラダーを駆使、くるりとシザー機動で回避!

「さすがにそんな鈍重なミサイルに――しまった!」

回避したことに得意げになっていたが、すぐさま次に起こるであろう惨事を予想して、思わず後ろを振り向いた。
キャニスが一直線にシャフトに吸い込まれ、爆発。シャフトが激震し、今にも崩れそうに全体をたわませている。
あんなに巨大な構造物も、まるで紐のように揺れる。まるであの共振現象によって揺れたタコマナローズ橋のように。
あと一撃なんらかの攻撃を受けたら、もたないかもしれない――!

「これ以上やらせない!」

そう叫ぶものの、コアファイターではジンに決定的な打撃を与えることはできない。
なら、強力な火力を持つアークエンジェルに任せるしかないのだが、果たしてアークエンジェルは当ててくれるだろうか?
再び機首をジンに向けて三十mm機関砲弾をばらまくが、味方の援護なしには当たるはずもなかった。

悠々とかわされ、脚部ミサイル、パルデュスを発射してくる。
これも同じく誘導弾だが、Nジャマー数値が高く、かつ多くの障害物や熱源があるこのヘリオポリス内ならかわせる!
ミサイル警報がビービーとやかましく鳴り響くのを無視して、地面に向かって突撃。旋回できるぎりぎりを狙って操縦桿を思い切り引いて上昇!
ミサイルはコアファイターを追いきれず、地面で炸裂。
スロットルを一気に引いて減速、操縦桿を引いて逆さまになりながらジンに振り返り、空中で静止。
同時に小型ミサイルを、ロックオンもそこそこにジンに向けて撃ち込んだ!

「なっ……」

その機動を初めて見たマシューは、驚きに固まる。見とれてしまったのだ。
いくつもの地球軍の戦闘機を見てきたが、あの機動を見たことがなかった。
それも当然、あの空中機動は実戦向きの機動ではなく、ただの曲芸だ。普通の兵士なら、強敵であるジンが目の前にいて実践できるほど無謀ではなかった。
だが「ハッタリ」は効いた。マシューは今の謎の機動に身体が硬直した。
リナが放った小型ミサイルの先端がジンのモニター一杯に映り――ジンの頭部が大破消滅。
爆炎は肩も消し飛ばし、キャニスが暴発、あさっての方向へ飛翔していく。

「か、勝手に飛んでいくな!」

リナが悲鳴を挙げる。すぐさまキャニスに照準を向けようとするが、標的が細かいうえに、集弾率の低い内蔵型バルカン砲では、キャニスを撃墜するのは不可能に思えた。
コロニーのあちこちで炸裂するキャニス。空中から見てもわかるほどにコロニーが揺れて、今にも崩壊しそうだ。

「あ、ああ!」

まるで空き缶の中に入れられて、バットで殴られたような爆音と衝撃が、小さなボディのコアファイターを襲い、シートに座っていたリナ自身も凄まじい衝撃を受ける。
コアファイターが損傷を受けたと報告し、警報を鳴らしてくる。コンソールパネルに次々と赤い表示が点灯。幸い自動消火装置が作動したが、失速状態に陥った。
ボーっとしている間に、ジンが放ったパルデュスの至近爆発をもらった! 落ちる!?

「う、くっ……! まだ落ちるな、このっ!」

掴む風を見失った主翼に風を見つけさせるため、操縦桿とラダーペダルを引っ切り無しに操作する。
煙に包まれながらも、機体はエアインテークから爆風を吸ってしまったからか、地面に向かっていることはわかる。
空力制御での立て直しが不可能だと判断すると、姿勢制御用のスラスターを駆使して体勢を強制的に立て直し、操縦桿を引いて再び戦闘機動に戻る。

「なんだと!? あれで落ちないのか!?」

爆炎の中から、ほとんど無傷で立ち直るコアファイター。それを目撃したオロールとマシューは驚愕に目を見開いた。
直撃でなかったにしろ、あの至近距離で爆発を受けて、
オロール機のミサイルをかわしたあの機動性とパワー。比較的小型の弾頭とはいえ、パルデュスの直撃にも耐え切った装甲。
あれがメビウスなら、粉々に粉砕していたはずだ。まさか、あれもナチュラルの新兵器なのか!?

「ありえない! ありえ――ぐわああぁぁ!!」
「……!!」

もう一撃をコアファイターに加えようと真っ直ぐ飛翔したところを、ムウが放ったアークエンジェルのゴットフリートによって狙撃され、オロールはジンと共に消滅した。

しかしそのゴットフリートの向けられた先がいけなかった。
ゴットフリートの余波と輻射熱によって、シャフトの崩壊が決定的になる。
ミサイルの爆風によって脆くなっていたシャフトは連鎖的に崩壊し、コロニーを形成しているブロックが決壊。
人が住んでいた大地が裂け、黒々とした虚無の空間が覗く。それはまるで世界の終わりのような光景。
真空の世界へ空気が逃げて行き、まるでコップが割れて水が飛び散るように、暴風が吹き荒れる! 

「わああああ! やりやがったあああああ!!」

その世界が崩壊するような絶望的な風景に本能的な恐怖を覚え、思わず絶叫する。
その黒い隙間から逃げるようにコアファイターのバーニアから火を吹かせるが、それでも機体はゆっくりと後ろに流れていく。
アークエンジェルやストライクはおろか、コアファイターの推力をもってしてもその気流に逆らうことができずに流れてしまう。
スロットルを全開にしてもこのザマだ。ストライクの姿は既に見失っているし、アークエンジェルの白い巨体も宇宙に放り出された。
まずい、このままだとアークエンジェルとの通信圏外に放り出されてしまう。

「うまいことスロットルを調節して、機体をコントロールしないと……うっ!?」

接近警報。正面に迫ってくるのは、引き剥がされた地面。

「しまっ――」

姿勢制御スラスターを動かすも、時既に遅く。致命的な衝撃。目の前が暗闇に閉ざされる。
脱力したリナを乗せたコアファイターは、そのままコロニー外に吐き出されていった――



[36981] PHASE 05 「決意と苦悩」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/08/25 16:23
薄暗く、煙草の匂いが充満し、様々なアーケードゲームの音楽が混ざり合って不協和音を奏でる店内。
土曜日の昼下がり。ゲームセンターが最も賑わう時間帯だ。
クレーンゲームに集中し、連れている彼女にぬいぐるみをあげようと必死になっている若い男。
中学生くらいの数人の少年が、バスケットのミニゲームでポイント争いをしている。
スロットに熱中してる中年男性や、大画面の前に並んだいくつもの操作盤の前に座り、カードを熱心に動かしている青年、お菓子を落とすゲームをしている家族もいた。
それらのものを見ながらも興味を示さず、彼、空乃昴は人ごみを避けながら、奥まった場所に設置されたゲームに一直線に向かっていった。
それは昴がはまっているアーケードゲーム、機動戦士ガンダムSEED 連合vsザフト。
そのメジャーなゲームに多くの少年達が群れをなしていた。

「おー。やってるやってる」

その群れを見て、全国大会優勝者である昴は笑みを漏らした。
ホームレスに刺され、意識不明の重体に陥ったものの、なんとか一命を取りとめた。
一ヶ月もの入院生活はとにかく退屈だったが、ようやく外出許可が下りて、待望のゲームセンターに顔を出せた。
まだ包帯が取れないが、一週間ほど生死の境をさまよった頃に比べれば余程マシだ。
アーケードゲームに群がる人ごみの隙間を縫って顔を出すと、そのゲーム画面の懐かしさに思わず笑みがこぼれてしまう。

「うわー、懐かし……ん?」

感嘆の言葉を吐きかけて、言葉が止まる。
対戦が始まり、出撃するために上から降りてくる場面。その時に、台詞と共にパイロットのカットインが入るのだが、
その顔は、今まで見たことがないキャラだった。
黒髪に緑の瞳の少女。オレンジ色のノーマルスーツを着てるあたり、地球連合軍側なんだろう。

『ついに実戦か……行くぞ!』

男勝りな台詞を吐く少女。乗ってる機体とパイロットの名前は……ちょうどプレイヤーの頭で見えない。

(バージョン変わったのかな? 見た事無いキャラだな)

新しいバージョンになったなら、尚更プレイしなければならない。
しかも、今プレイしているプレイヤーは凄まじく上手い。敵の隙を全て突き、正面にいる敵と対峙しながらも別の敵の攻撃も予測して避ける。
さきほどから全く被弾していないのだ。そして、外してもいない。無駄な時間もかけない。
もしかしたら、全国大会優勝者である自分よりも上手いかもしれない。
昴のプライドがくすぐられ、一層興味が沸く。このプレイヤーと対戦したら、どうなるんだろう? どうやって勝ちにいこう?
そう考えると、どうしても対戦したくなる。隣の席はシングルプレイをしていて、まだ空く気配がない。

「まだできないよ」
「?」

まだか、と隣の席を見つめていると、そのキャラを操っているプレイヤーに、振り返ることもせずゲームをプレイしながら告げられて、昴は面食らった。
近づこうとする足を止めて、そのプレイヤーの後頭部を見つめる。
そのプレイヤーは『良く見たら』帽子を被っていて、綺麗なストレートの長い黒髪だった。声も可愛い。女の子だろうか。
昴は突然の言葉に、片眉を挙げて肩をすくめた。

「……そりゃあ、まだ君がしてるからできないだろ」
「そういう意味じゃないよ」

返事をしながら、覚醒ボタンを押す彼女。


キィ


スツールを回して振り返ってくる。彼女の顔を見て、昴は背筋を粟立たせ、心臓が跳ね上がった。


その顔は――



「君はまだ、”こっちにいる”じゃない」


虚ろな瞳をした、不気味な笑みを浮かべているリナ・シエルだった。


「おいで……君に、とっても、面白いゲームを教えてあげる」


白い手が、自分の手に伸びる――



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



声にならない悲鳴を挙げながらシーツを払いのけ、勢い良く起き上がる。
息が荒い。全身、じっとりと汗を掻いている。顎の汗を手の甲でぬぐって、顔にかかる長い黒髪をどけた。
身体が気持ち悪い。汗でベトベトする。室内灯の光が網膜に刺さり、軽い眩暈を覚える。

「……っ はぁ、ふぅぅ……」
(なんで、こんなに汗かいてるんだ……?)

おぞましい夢を見た気がするが、思い出せない。
でもまあ、夢で良かった気がする。とりあえず、ホッと安堵の息をついて一安心。
シーツの真ん中にあるファスナを下ろして、マジックテープを剥がしながら起きる。
そこは白い天井と床の医務室だった。身体が浮き上がる、ということは宇宙空間。

(ここは……メイソン? って、そんなわけないか)

メイソンは、ザフトの手によって撃沈されてしまったのだ。メイソンのクルー達の顔を思い出して、少し気分が沈むが、
忘れようとするかのように頭を振って、気を取り直す。まずは今の状況を確認しないと。
身体を見下ろす。異常は……ない。
強いて変わったことを挙げるなら、オレンジ色のノーマルスーツではなく、ノースリーブの白い患者服を着ていた。
地球連合の患者服っていうのはだいたいこれなのだけれど、ゆったり過ぎて横から見ると袖の口から、胸が見えるのが気に入らない。

「ん?」

胸が見える? 見えるほどあるわけではないはずなのに。
襟を指で摘んで開いてみたら、気のせいか、少し膨らんでいる。谷間というわけじゃないが、小山が二つ。
体を捻ると、先端が患者服の生地に擦れて、ぴりっと、むずがゆいような、びくってなる感覚が襲う。
意味もなく顔が赤くなっていく。まさか――

「成長してる!?」
「何が成長したのかしら?」
「うわっ!?」

突然声をかけられて、びっくりしてシーツを胸に引き寄せて、肩を縮こまらせる。
そぉっとそちらに視線を向けると、カーテンを少し開いて覗き込んでくる看護師の女性が微笑んでいた。
思わず、「あ、どうも……」と呟きながら、小さく会釈する。それを見て看護師が可笑しそうにくすっと笑った。

「気分はいかがですか? シエル中尉」
「は、はい。大丈夫です」
「よかった。念のため、もう少し寝てたほうがいいですよ。精密検査もしないと……」
「本当に大丈夫です。ボクって、こう見えて結構頑丈にできてますし」

心配してくれるのは嬉しいけれども、やんわりとそれを断ってベッドを降りる。
ベッドから出ると、やけにスースーするのを感じた。疑問に思って、そっと腰に手を入れると。

下着が、ない。つるりんとした股が丸出しだ。
さぁ、と顔を青ざめさせる。いくらノーマルスーツの下には服を着る余裕が無いとはいえ、下着くらいは着てきたはずなのに、

「え、えっと……着替えってありますか?」
「……言いにくいですが、中尉の下着、使い物にならなくなっちゃって……サイズが合うものも置いてないんです」
「!!!」

思い出した。そういえばずっと、失禁してから処理してなかった。
下半身はずっと漬けっ放しになってたのだ。何にとはあえて言わない。
あのままずーっと放置してたから、色んな意味で使い物にならなくなったんだろう。どうやら捨てられてしまったらしい。
ん? ということは……

「……誰が脱がしてくれたんですか?」
「大丈夫、私が全てやりましたよ」

(大丈夫じゃねええぇぇぇ!! ああ、見られた……。なんだかわかんないけどすごいショックだ。欝だ氏のう)

医務室のベッドにもぐりこんで、むー! と唸りだしたリナ。
それを見て看護師は、ぷっ、と噴き出しそうになっていた。その仕草が見た目どおりの年齢の少女みたいだったから。

「パイロットは皆ああなっちゃうんですから、恥ずかしがらなくてもいいですよ?」
「そういう問題じゃ……うぅぅ~」
「ふふ。それより、具合が良くなったら艦長室に来るように、とラミアス艦長が言われてましたよ」
「…………了解しました」

とっても恥ずかしい目にあったけれども、軍務はスムーズに行わないといけない。
そういう使命感から、もそもそとベッドから這い出て、軍艦の中を患者服で歩き回るわけにはいかないと気づいた。

「そういえば着替え……」
「あ、シエル中尉のお召し物は、今のところこれくらいしか……洗っておきましたから大丈夫です」

(だから大丈夫じゃないんだってヴぁぁぁ!)

軽く落ち込みながらも、洗ってくれたらしい一張羅のノーマルスーツを受け取り、カーテンを閉めてそれに着替えることにした。


- - - - - - -


一人だけノーマルスーツというのは、少し落ち着かない。
すれ違う白い軍服を身に纏ったクルー達と敬礼を交わすたびに、リナはそう思って居心地の悪さを感じていた。
できれば軍服に着替えたかったけれども、アークエンジェルにはリナの体格に合った軍服など置いていない。
だから被服部に特別にあつらえてもらわなければならないのだ。
なかなか成長しないから一回作ってもらえれば後は平気なのだが、その着替えはメイソンに置いてきており、そのメイソンは着替えと一緒に宇宙に散った。

(落ち着いたら被服部に行かないとなぁ)

そう考えながら、無重力帯の通路を艦長室に向かって流れていく。
居住区を通り過ぎて、食堂の前も通り過ぎようとしていたら、入り口に立っているキラの姿が見えた。
その横顔は、嬉しいような悲しいような複雑な表情をしている。何を見ているんだ、と思って近づいていき、

「キラ君? どうしたんだい?」
「あ、シエルさん……」

力の篭らない返事と表情でこっちを見返すキラ。キラの横に立ち止まり、食堂を覗くと、赤い髪の少女が、なにやら感激しながらサイ・アーガイルに抱きついている。
見る限り民間人だが、あんな子はアークエンジェルに乗ってなかったような気がする。はて。

「あの子は?」
「彼女はフレイ・アルスター。僕が回収した救命ボートに乗っていたんだ」
「回収した?」

ということは、脱出した救命ボートを回収してきたのか?
リナは思わず頭を抱える。はぁ、と溜息。これだから民間人は、と胸中でぼやきながら呆れ顔をキラに向けた。

「キラ君。この船は戦闘艦であって、救援艦ではないんだよ? しかも平時ならともかく、今はクルーゼ隊と戦闘中なんだ。厄介ごとを持ち込まないで欲しいな」
「厄介ごとって……! 推進部が壊れて漂流してたんだ。それを放っていくなんて……」
「救命ボートの推進部が壊れてても、救援艦は発見できるよ。まあ、こんなことを言ったって、今からまた放り出すわけにはいかないんだけど……」

キラへのお叱りは控えておくことにした。民間人の彼に軍のアレコレを説いたところで、何の意味もない。
それに、彼に嫌われたくない。それが心の奥底にあった。
幸い、アークエンジェルは強襲揚陸艦としての機能も備えているから、一定の人員収容能力がある。もしこの艦が既存の主力艦艇だったら、収容されることなく門前払いになっていたことだろう。
キラはどこか納得がいかなさそうに表情を翳らせて俯いている。

(しょうがないな、こいつは……まだ子供ってことか)
「……でも」
「ま、いいよ。そういう、困ってる人を見たら放っておけないのがキラ君の良い所なんだろうし。
これからは気をつけてねって感じかな」

怒り顔をぱっと微笑みに変えて、キラの頭をよしよしと撫で……ようとして、手が届かなかった。
んーっ、と唸りながら一生懸命背伸びをするけれど、やっぱり届かない。
それをキラは不思議なものを見るように、ぽかんとリナを見ていた。

「……?」
「~~~っ……はぁ。ま、これで……」

ぽむ。肩に手を置いて妥協した。リナの頬が紅に染まってる。不思議そうな視線を浴びせられて恥ずかしかった。
それを見てキラは、ようやく彼女のやりたいことを理解して、ふ、と笑みがこぼれた。

「シエルさん、僕は子供じゃないんだから」
「な、何言ってるんだい。ボクからしてみれば子供だよ、キラ君は」
「シエルさんよりは年上だと思うけど」

むう。これはビシッと言ったほうがいいのか。年齢を告白するっていうのはちょっと恥ずかしい気がするけれど。
胸の前で握りこぶしを作り、よし、と気合を入れて彼の前で、ようやく膨らんできた胸を張った。

「……キラ君。君はボクのことを何歳だと思ってるんだい?」
「え、十歳くらいかい?」

ノーマルスーツの肩がずれた。

「ど、どうしたの?」

心配してくれているのはありがたいのだが、君のせいである。
だが仕方ないのかもしれない。彼らから言わせてみれば、こんな小学生みたいなナリをして二十三歳とは信じられないだろう。
さて、どう説明したものやら。

「……君はあれだ。十歳児が、正規軍の中尉になれると本気で思ってるのかい?」
「えっと、それは……」

無理です、とは言い切れないキラ。なにせ、目の前にその例がいるのだから。
そうキラが感じている時点で、既に十歳児と疑わないのだろう。そしてリナの発言から、じゃあ違うのか、という懐疑的な目で見てくる。
その視線がとても痛い。慣れてはいるけれど、なぜかキラ・ヤマトにそう見られるのが辛い。

「キラ君。君が生まれたとき、僕は小学生だったんだよ」

こめかみを押さえ、泣きそうになるのを堪えてプルプルと肩を震わせる。

「…………え?」
「え、何?」
「キラ?」

キラの驚きの絶叫に、他のアカデミー生やフレイも振り向いた。さっきまでこっちの話を聞いてなかった全員がこっちを向いた。
だから言いたくなかったのに! 心の中で喚きながら、はあ、と溜息。
もうヤケだ。いちいち子ども扱いされるのも癪だし、全員に伝わるように言ってやろう。

「これでもボクは二十三歳、立派な大人の女性なんだよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?」


食堂に、一同の驚き声が響き渡った。


皆が超常現象に驚く仕事しない某編集者達になったり、一部の男性クルーが人間不信になったり、
「おまえのような二十三歳がいるか!」とか言われたり、キラがレイプ目になったり。
色々心外なことを言われたが、ボクは別に年齢詐称をしたつもりはない。彼らが勝手に勘違いしていただけだ。
トールに、最初から年齢を言えとも言われた。そんな女の子がいるか!
全く彼女持ちのくせに無神経なやつだ。出会った時からそうだが、トールとミリアリアのペアからはあまり良い目で見られて無い気がする。

リナは皆の反応に憤慨しながら、改めて艦長室に向かうことにした。
艦長室に呼び出しされているのに、いつまでも彼らと遊んでるわけにはいかない。ややこしくしたのは自分だけれど。
そうして艦長室に到着し、扉をノックする。すぐに誰何を問う声が返ってきた。

「どなた?」
「リナ・シエル中尉です」
「どうぞ、入って」

入室の許可をもらい、失礼します、と断りを入れながら入室し、入り口に立ち敬礼。マリューも答礼する。
まだ入ったばかりだからだろう、殺風景な部屋だ。デスクには書類を入れる封筒が一つだけ置いてある。
また紙の書類だ。ああいった紙の書類が目の前にあったとき、総じて良いことはなかったので、内心帰りたくなったが、それは言葉にも顔にも行動にも出さない。
そのデスクには、表情を引き締めてこちらを見つめているマリュー・ラミアス大尉が居た。
その表情からは、これから話されることが良いことなのか悪いことなのかは読み取れなかった。
敬礼を解くと、マリューは、ふ、と微笑み、

「シエル少尉、まずはお疲れ様。具合のほうはいかが?」
「は、はい。お陰様でなんとか無事です。私は頑丈な方ですから」
「そう、よかった。……シエル中尉、貴女に、良いお知らせと悪いお知らせがあります。どちらを先に聞きたい?」

まさかの両方だった。

「……悪いほうからお願いします」
「わかったわ。……シエル中尉が乗っていたMAは、コロニーの残骸に衝突した際に中破、戦闘不能になりました」

それを聞いて、眩暈がしてくらりと頭が揺れた。
悪いほうから? そんなまさか。……最悪のほうだ。マリューはびっくりして気遣ってくれる風だけど、正直きつい。

「だ、大丈夫? まだ衝突のダメージが残ってるんじゃ……」
「い、いえ……あまりにショックだったので……」
「でも、貴女が無事に戻ってきてくれてよかったわ。死んだら何もならないものね」

彼女の言葉は優しくて母性的で、ありがたい内容だったけどこれでボクは役立たずになった、とリナはショックを抑えきれずにいた。
泣きそうになるが、それを堪えてマリューの言葉の続きを聞く体勢になる。

「まだ続きがあるから聞いて。マードック軍曹によると、フレームが致命的に歪んでいて、宇宙空間を飛ぶことはできるのだけれど、
機首に内蔵されていた固定武装の機銃がフレームに干渉して、使えなくなってしまったの。今、その武装に代わるものを模索してくれているわ」
「ミサイルは使えるということですか?」
「ミサイルのほうは頑丈な本体に守られていて、なんとか使えるようにはなってるわ。
本来あんな土砂にぶつかって、機首のフレームが歪んだだけっていうのも、奇跡的な硬さなのだけれど」

確かにそうだ。あの時走馬灯が見えた。絶対死んだと思ったのに、自分自身は無傷だった。
さすがあの伝説のパイロットが乗っていた(と思われる)機体。なんともないぜ。いや、あるか。

「ミサイルが生きてるなら、なんとか戦えます」
「そのミサイルも、あと四発しか残されていないの。あんな型のミサイルはこのアークエンジェル、いえ、地球軍どこを探したって無いの。
補充は利かないから、すぐに弾切れを起こすわ。そんな機体で出撃することは、クルーの生命を預かる艦長として許可できません」
「…………」

マリューの言うことはもっともだ。ボクだって、すぐ弾切れを起こすとわかっている機体になんて乗りたくない。
なら最初から出さないほうが良かったのでは、と思うだろうが、あの出撃は手持ちの戦力が少ない中での苦肉の策とやらで、最後のチャンスだったのだろう。
だいたい、あんな弾速の遅いミサイルが、あのメビウスよりも素早く動くジンに、もう一度当たる可能性なんて万に一つも無い。
あのときは一度きりの手品で騙したから当たっただけで、一度ネタがばれたらもう通用するまい。
リナは何の反論もできず、少し落ち込んだ様子で俯いていた。

「これが悪いほう。もう一つの良い方だけれど」
「はぁ」

気の無い返事をする。本格的に役立たずになった自分に、一体どんな良い報告があるというのか。
マリューの厳しい表情が緩み、安心させるような笑顔でリナに微笑みかける。

「貴女の母艦……確か、ドレイク級のメイソンだったわね。
艦は轟沈してしまい、喪失したけれど……大勢のクルーが脱出に成功したそうよ」
「本当ですか!?」

思った以上の朗報に、リナの声も弾む。
唯一の訃報は、艦長は、艦が無人になって無防備になり、救命ボートに危機が及ぶのを避けるために最後まで艦を操舵し、敵艦と激突して戦死を遂げた。
艦長の命を賭けた采配によって、艦長以外のクルーは救命ボートで無事脱出し、救援艦に助けられ、その道中でアークエンジェルとの通信に成功したそうだ。

「よ、よかった……」

リナの体が脱力する。
メイソンのクルーは短い期間とはいえ、軍人になって最初に正式に編成された母艦だ。
クルーには散々世話になっているし、せっかく仲良くなったのに、死んだと思って相当落胆していたのだ。
リナのその喜びように、マリューも思わず表情が綻んだ。

「ええ、本当に……! 今メイソンのクルーは救援艇に乗ってアルテミスに向かったわ。
私達ももう一度アルテミスに向かう予定だし、また基地で会えるわね」
「はい!」


- - - - - - -


マリューとの話が終わり、格納庫に向かう。コアファイターの様子を見るためだ。
格納庫では整備員達がせわしなく動き回っている。特に忙しそうにしているのがメビウス・ゼロだった。
ストライクはフレームのチェックと超音波による応力検査、あと部品チェック程度。
メビウス・ゼロはガンポッドも再装備させないといけないし、リニアガンの取替え、そして無茶な機動を行ったおかげでフレームがほとんど総取替えだった。
コアファイターは機首の装甲が全て剥がされ、三十mm機銃が取り外されている。今のままだとただの錘だからだ。
ミサイルはΝジャマー下ではMS相手に威力を発揮しにくいし、あれもまともな武装と言えるのか。
ミサイルが威力を発揮しないとわかった以上、今のコアファイターは、ただのミサイル運搬機だ。

(戦艦には当たるかもしれないな……)

そう考え付くが、ミサイルの射程に入る前に迎撃されるのがオチだろう。あっちにはガンダムが四機もいるのだ。
どう考えても飛んで火に入る夏の虫。撃墜される自分が容易に想像できた。

「やれやれ、どうしようかな?」

このままじゃ、ナタルの言うとおりCICでオペレーターをするしかなくなる。
しかし今CICが順調に回ってるとすれば、今更新しく自分が入ったところで二度手間なだけだ。
今自分が活躍できる場があるとすれば、やはりあのコアファイターを使うしかない。
しかし、どうやって? あのコアファイターで何かができるとは思えない。
やはりマードックに、コアファイターを改造してもらうよう頼んでみるか。しかし、次の戦闘までに間に合うか?
マードックを視線で探す。居た。大声を張り上げてストライクの整備班の指揮を執っている。
とても壊れた機体を改造できるほど、時間があるには見えない。

「中尉。体調は良くなったんですか?」

声をかけられて振り向く。敬礼してきているのは整備班の若い兵長だった。
リナは答礼して、微笑みながら応える。

「ああ、もう大丈夫。ありがとう。……ボクが乗っていたあのMAなんだけど修理できないかな?」
「は、はぁ。我々もやってみせますが、あのMAの部品がこの艦に置いてないんですよ。
あのMAの装甲の材質も、地球軍のものではないのでなんとも……メビウスと同じ装甲で目張りできなくもないですが、そうするなら一旦、正規の工場に持ち込まないといけません」

その若いクルーは、整備のチェックリストを見ながら、ペンでこめかみを押さえつつ説明してくれる。
そりゃそうだ。プラモデルの改造じゃないんだから、この世界に無い機体の部品など置いているはずもなく、整備ができるはずがない。
共食い整備すら不可能な状況だ。出撃したとしても、あと一回……それも、稼働率は極端に落ちるだろう。

「そうか……。じゃあ、武装を外付けできないかな。リニアガンの予備を取り付けてくれたら一番いいのだけれど」
「突貫作業でMAに外付けラッチを取り付けたとしても、OSへのドライバのプログラミング、ソフト面の問題を解消しないといけない関係もあって、次の出撃には間に合いそうにないですね。
そうだ、まだザフトは撃破できていないんですよね?」
「いや、どうだったんだろう。ボクは途中で気絶してたから……でも撃破はしてないはずだよ」

自分の知らない質問をされて戸惑い、頭を掻く。
ゲーム中では、ヘリオポリスの次のステージはアルテミスのメインハッチ前の地表だった。あのゲームどおりに行くならばアルテミスまで攻撃が無いはずだ。
しかし実際に戦った実感としては、あのクルーゼが、アルテミスまでみすみす見逃してくれそうもないと感じている。
あそこまでの宙域まで、何か仕掛けてくるはずだ。その攻撃に対する防衛に参加できないのは、なんとも口惜しい。
ますます絶望的になってくる。暗澹とした気持ちを必死に顔に出さないようにしながら、コアファイターをぼーっと見ていた。

(よく見ると、あちこち煤けてるな……洗ってはもらったみたいだけど、細かいキズがひどいな。キャノピーもよく見たら、元のコアファイターとちょっと形違うし。現場で復元したのか?
ただでさえツギハギだし、もう一度戦闘したら、もう出撃は無理だな。いや、あと一回も出撃させてもらえるかどうか……って感じか。はぁ。
だいたいコアファイターってなんだよ。もっと他になかったのかよ。コアファイター唯一の特技なんて、そんなの……あっ)

「中尉?」

若い整備員が、ずっとコアファイターを眺めて無言になるリナに、心配げに声をかける。
リナは、彼の言葉を無視して、コアファイターを見つめながら口を開いた。

「……クレーンを一つ借りたいんだけど」
「クレーンですか? マードック軍曹に伺ってみますが、何をされるおつもりで?」
「ちょっと試してみたいことがあるんだ」

彼は首を捻っただけだが、リナはこのコアファイターの可能性を見つけて歓喜の声をこらえていた。

(もしコアファイターが予想通りの構造なら、使えるぞ!)


- - - - - - -


リナが考えていたことは、予想通りだった
それを目撃した整備員達は目をむいて驚いていた。この世界ではあんなことができる戦闘機なんて想像の外だったからだ。
その整備員達の表情が楽しくて、リナは調子に乗って何度もやったらマードックに怒られた。
それでもリナの機嫌は上々で、流れながら表情を緩めていた。

「これでボクも日の目を見ることができるな」

リナが考えていることをしたら、それを最後にコアファイターの活躍は無くなってしまうかもしれないが、仕方が無い。
最後の最後までコアファイターの性能を搾り出してやらないと、MA乗りとしては気が済まないのだ。
そのこだわりには、リナ自身の負けず嫌いな一面が含まれていた。

「……っと」

突然、艦が大きくゆっくりと揺れて、ぐるりと回る感覚。
迫ってくる壁に手を突いてみると、主機の振動が伝わってくる。次に、ゆったりと加速感を感じた。

(アルテミスに向けて回頭したのかな?)

そう思ってみるものの、単に巡航しているだけならこんなに急激に回頭する必要は無い。
ということは、何か一計を案じた末の機動だろう。なにせクルーゼ隊に追いかけられているのだ。
何か一工夫しないと、易々と逃げられる相手でもないはず。……さっき案じたように、もうクルーゼ隊が攻撃をしてきた、わけじゃなきゃいいけど。

(ま、幹部でもないボクがごちゃごちゃ考えることでもないけどさ。)

作戦について深く考えるのをやめた。
以前記述したが、リナは幼少より軍人としての教育を施されてきており、そういった戦術戦略についても教養がある。そして生まれつき、確かな記憶力と機知もある。
だけど彼女が最もなりたかったのは、そういった作戦士官ではない。MSのパイロットだ。
だからそういった頭脳労働は机上の計算で終始させている。
それがCICのスタッフをしつこく断る理由の一つでもあった。
何が悲しくて、せっかく手に入れたチートボディーを机仕事で腐らせなければならないのか。
次の戦闘に備えて仮眠でもしようと、居住区にある士官用の個室に帰ろうとしたら、避難民の列が見えた。クルーが、避難民の身元確認をしているのだ。

(結構いっぱい居るもんだな……こりゃ、本当に厄介なのを抱えちゃったかな)

横を通り過ぎようと流れていると、避難民達から奇異の視線を向けられた。
「子供?」「小学生?」「あの子軍人なの?」など、様々な囁きが聞こえてくる。
リナは、またか、と溜息。身元確認を行っているクルーが「あの人はれっきとした軍人ですよ」とフォローを入れたが、
「地球軍はあんな子供も軍に入れているのか」「それで軍人が勤まるのか」とか、またややこしくなっていく。

(くそっ、小市民どもめ)

リナは心の中で悪態をつき、立ち止まる。
避難民に顔を向けて、背筋をピンと真っ直ぐ伸ばし顎を引いて、カツッとブーツを鳴らして踵を揃え、見本のような敬礼をする。

「ご紹介に預かりました、地球連合軍第七機動艦隊所属、リナ・シエル中尉であります!」

己が規律正しく訓練された軍人であることを示すために、出来る限り大きな声で名乗った。
小学生が軍人然とした厳格な姿勢で挨拶をしたため、呆然と見返す避難民達。

「……き、君みたいな小さな子供が軍人か。軍は何を考えているんだ!」

金縛りが解けた避難民のうちの壮年の男性が、怒り顔で怒鳴りつけてきた。
ボクに怒られても困るんだが、と思いながらも、リナは向き直る。あくまで実直な軍人としての表情を崩さずに。

「持てる者は持っている分だけ要求される。それが軍だけではない世界の常識です。私はそれに従っているだけです」
「だからって、あなたはまだ子供なのになんで戦っているの? こんな戦争は大人に任せればいいのに……」

中年の女性が、まるで気遣うように言葉を繋げる。
平和の中で生きてきて、突然戦災に巻き込まれた一般人。その見本のような、見ていて痛々しくなるほどに優しく、弱々しい表情の女性だ。
ボクも『昴』の頃はこうだったのか、と、女性に自分を投影しながら、壮年の男性に向けたのと変わらない表情で答える。

「私は自分から志願して軍に入隊しました。なぜなら、守りたい人がいるからです。戦う理由はそれで充分です。
『私が戦わなくても、他の人が戦ってくれる』……そう言って戦わず、守りたい人を守れない。
そんな後悔をしたくないから、私は戦うのです。大人か子供かは関係ありません」
「……」
「それでは、任務中なので失礼します!」

まだ何か言いたげな避難民達だったが、リナはそれを無視して、またも折り目正しい敬礼をして流れていった。
放っておけばいいのだが、軍への不信感を募られて、最悪暴動でも起きようものなら目も当てられない。
それに対するフォローのつもりだったが、余計な口出しだったような気がしないでもない。ていうか、ボクの年齢を言えばそれで充分だったのではないだろうか。
でしゃばっちゃったかなぁ、とちょっぴり後悔しながら個室へと向かっていった。


- - - - - - -



リナが避難民に敬礼をして去って行ってから、時間は少し前に遡る。

「どこに行くのかな、この船?」
「一度進路変えたよね。まだザフト居るのかな?」
「この艦とあのMS追ってんだろ? じゃあ、まだ追われてんのかも」
「えぇ! じゃあなに……? これに乗ってる方が危ないってことじゃないの! やだーちょっと!」
「……」

自分がしていることは無駄じゃないのか。キラは、皆の会話を聞いて、不安と、報われない気持ちを抱えていた。
なんでこんなところに居るんだろう。僕たちは関係ないのに、戦いたくないのに。
一度は戦うと決めたものの、やはりそれだけでは吹っ切れないものがある。
そうだ、ストライクのプログラムを書き換えて、あのムウっていう人やリナに動かせるようにしたらいいんじゃないか。

そう鬱々としているところに、通路から、自分をストライクに乗るように焚きつけたリナの声が聞こえてきて、思わず聞き耳を立てる。
リナが子供扱いされて、反論している。よほど腹に据えかねていたのだろうか。
だがリナの言葉を聞いているうち、それがただの激昂でないことが分かり、聞き入る。

(……!)

リナが避難民に叩きつけた言葉を聞いて、胸に突き刺さるものを感じた。


(私は自分から志願して軍に入隊しました。なぜなら、守りたい人がいるからです。戦う理由はそれで充分です。
『私が戦わなくても、他の人が戦ってくれる』……そう言って戦わず、守りたい人を守れない。
そんな後悔をしたくないから、私は戦うのです。大人か子供かは関係ありません)

それは、まるで自身に向けられた言葉のように思う。
なんで自分はあのモビルスーツで戦うことを嫌うのか、もう一度省みた。
戦争がイヤだったから。巻き込まれたくない。……そういう一心だった。
その言い分は、確かに平時なら通るかもしれない。自分が平和な地に居たら正論だったろう。
だけど、戦わないときっと自分達は死ぬ。そういう自覚が不足していたんじゃないか。

正直、前にリナに叱咤激励されたときも、まだ「この人達に巻き込まれている」という意識はあった。戦いたくないという意識が強かった。
でも、それを人のせいにしている場合じゃない。「この人達が悪いんだ」……死んでからそんなこと言っても仕方が無いのだ。
生き残る道は自分達で探さないといけない。その思いが、燻火のようにキラの心を焼いてくる。
だけど――

(まったく、リナさんは23歳だろ? ……大人か子供か、って、大人じゃないか)

立派に年齢詐称だな、と、最後の言葉には苦笑せざるを得なかった。
そこへ、ムウが流れてくる。

「キラ・ヤマト!」
「は、はい」
「マードック軍曹が怒ってるぞ~。人手が足りないんだ。自分の機体ぐらい自分で整備しろ、と」
「……わかりました。すぐ行きます」
「えっ?」
「き、キラ、戦うのか?」

あれほど嫌そうな顔をしていたキラが素直に従ったことに、アカデミー生ら全員が意外そうな顔をした。
この中で最も戦いに対して忌避していたのがキラだったのだ。どういう心変わりだろう? そう思って、キラの顔に注目していた。
いつもの、どこか迷いを秘めた揺れる瞳。だけど、それを振り切ろうとするように、唇の端に力が篭っていた。

「僕達はそれぞれ、できることがあるんだ。それをせずに死んでいくなんてイヤだから……。
それに……僕は皆を守りたい。だから、行ってくるよ」

「キラ……」

彼の言葉に、学生達は彼を止めることができなかった。
そして、感動もしていた。
あの気弱で自己主張をしようとしないキラが、あんなに決意を込めて言ったのだ。皆を守る、と。
ムウはその言葉に、にかっと笑ってキラの肩を叩いた。

「偉いぞ、坊主! 男だな! ブリーフィングルームに案内してやるよ、こっちだ!」
「はいっ」

はっきりとした口調で返事をして、キラはムウの後に続いた。
その後に残されたアカデミー生達は、彼の言葉を反芻していた。

(僕達にはそれぞれ、できることがあるんだ)

前線で戦う、自分達の友人のキラが言ったからこそ、その言葉が胸に染み渡る。
そして何もしていない自分達に、罪悪感がのしかかってくるのも感じた。

「ねぇトール…私たちだけこんなところで、いつもキラに頼って守ってもらって…」
「俺達にできることがある、か……」

キラの、そう言ったときの表情が忘れられない。
学生達の表情には、決然とした意思が秘められていた。
やれることをやろう、自分達のために……キラのために、と。
皆の意思が通じ合い一つになり、無言で頷きあっていた。




2013/07/29 初稿



[36981] PHASE 06 「合わさる意志」
Name: menou◆6932945b ID:7936aa69
Date: 2013/08/17 16:11
〔敵影補足、敵影補足。第一戦闘配備。軍籍にあるものは、直ちに全員持ち場に就け!
繰り返す、軍籍にあるものは直ちに――〕

警報と共に響き渡るロメロ・パル伍長の声。
艦内に緊張が走る。通路では軍人たちが自分の部署に向かって慌しく駆けていく足音が響き、避難民を重要区画に誘導する軍人の声が聞こえた。
その一方でベッドに入ったばかりなのに、と喚く下士官も居た。

「ボクもそうなんだけどな!」

リナは、眠りかけた頭を振って眠気を振り払いながら、個室のライトを点ける。ノーマルスーツはベッドの中では当然脱いでいて、裸で寝ていた。
シーツの下から、薄桃色の幼い肢体を跳ねるように起こして、ノーマルスーツを着込んでいく。
ノーマルスーツを着込む時に前を閉じていると、ふと胸が見えた。
すんなりとした身体の上に盛られた、成長してきた膨らみかけの小さな双丘。
再び意味もなく恥ずかしくなってきて、顔が赤くなる。

(こ、これって、ブラ着けないとまずいんじゃないかな……)

確か、ジュニア・ハイスクールの友人はこれくらいの時には既に着けていた。
母さんの話では、ブラを着けないと敏感になってきた乳首が服に擦れて痛くなるのだと。
それで戦闘に支障が出たらどうしよう……。

(え、えぇい! 今はそんなの気にしていられるか!)

しょうもないことで出撃に遅れてはたまらない。その悩みを振り切って、ノーマルスーツの襟首を閉じ、個室を飛び出す。
自分の部署に真っ直ぐ迷い無く駆けていくクルー達。本格的な戦闘に戸惑い、怯える避難民達。
食堂の前を通り過ぎたが、アカデミー生達の姿が見えなかった。別の場所に避難しているのだろうか。
リナは大して興味を持たないまま、ブリーフィングルームに向かった。


- - - - - - -


「申し訳ありません、遅くなりました!」
「遅いぜシエル中尉!」

上官であるムウよりも遅くブリーフィングルームに到着し、謝辞を述べながら入室したリナ。
並んで立っているのは、ムウとキラだった。
キラはテストパイロット用の青いノーマルスーツを着て、ムウと共にリナを見ていた。

「リナさん」
「キラ君……気持ちは固まったのかい?」
「……正直、まだ怖いです。だけど、戦わないと何も守れないから」
「へえ?」

リナは表面上平静を保っていたが、内心はたいそう驚いていた。
あのときのキラは、思いつきとその場のテンションでガンダムに乗ると宣言していたように感じたからだ。
だから、次は乗らないかもしれない……そう思っていた。思っていたけれど、リナは自分の思い違いだったな、と胸中で反省した。

キラのあの決意は本物だったのだ。

訓練もしていない民間人が戦場に出られない理由は、銃器の取り扱いや戦闘技術の問題よりも、戦うことへの恐怖心が大きい。
たとえキラが優れた”操縦手”であったとしても、戦いへの恐怖を克服していなければ”兵士”として使い物にならない。
逆のパターンでいえば、どこぞのテロリストだが……とにかく、それを短期間で克服したキラのことを、リナは見直した。
少しだけリナは勘違いしているが、ここでは些細な問題だろう。

「おねーさん、感激したよ! とっととザフトを追っ払って、家でぐうたらしようっ」
「は、はいっ」

ぱしん、とキラの背中を叩く。頭を撫でたかったが、出来ないことはしないのだ。
ムウはその二人の様子を見て、微笑ましげに表情を緩めた。

(案外この二人は、良いコンビなのかもしれねーな)

だが、戦闘は雑談の時間を許してはくれない。いつまでも見ていたい気はするが、両手を叩いて切り上げさせる。

「さて、話は終わったかい? 作戦を説明するから、二人ともよく聞けよ」
「あの……」
「なんだ? シエル中尉。まだ話し足りないか?」

ムウが作戦を説明しようとして、リナが口を挟む。が、ムウは特に気分を害する様子も無く、リナに先を促した。

「ボクが乗ってるMAなんですけど、実は特殊な機能がついてるんです。作戦に組み込められたら、と思いまして」
「へぇ? 言ってみな」



- - - - - - -



「――そりゃ、変わった機能持ってやがるな」
「MAがそんな機能を?」

キラとムウは、コアファイターの隠された機能に驚かされていた。
確かに、ありそうでなかなか無い。というかMAに付与される意味は大して無い機能だ。だが、その機能が今回は大いに役立ちそうだ。

「はい。これを上手く使えば、たとえ相手がラウ・ル・クルーゼでも不意を突かれるはずですっ」
「だけど、そんなことをしたら中尉の生命の保証はできないぜ? 特攻みたいなもんだ。いいのか?」

改めてそれを言われて躊躇う。
そうだ、この戦術を使えば確かに大きな戦果を挙げられるかもしれないが、撃墜される可能性はかなり高い。
だけど、このままだとコアファイターと自分は間違いなく役立たずになり、お役御免になる。そっちのほうが、怖い。

「……役立たずのまま艦内でくすぶってるよりはマシです。私はあくまでMA乗りですから」

必死な表情で訴えるリナ。それを聞いてムウは表情を明るくして、リナの肩をたたいた。
びくん、と肩を震わせるリナ。だけどムウはそれに気づかなかった。

「良く言った! それでこそだぜ! それも含めた作戦を説明するぜ!」
「はい、それと……」
「な、なんだ? まだ何かあるのか?」

ムウは戸惑った。早いトコ作戦を説明したいのだが。クルーゼ隊も迫ってきているし、短めに済ませて欲しい。
そう思ってリナを見ていると、リナが冷たい視線をよこしてきて、思わず後ずさり。

「…………セクハラです」



- - - - - - -



「と、とにかく、坊主は艦と自分を守ることだけを考えるんだぞ。
シエル中尉。自分が役に立たないなんて考えて、焦るなよ!」

ブリーフィングが終わり、格納庫のメビウス・ゼロの上でムウが二人に注意を促す。
二人とも優れたパイロットだと思ってはいるが……キラは精神面でまだ心配が残るし、
リナは、活躍の場が無いことに対してどうも負い目を感じすぎている部分がある。

「はい、大尉もお気をつけて」
「大丈夫です、ボクは正規のパイロットです。焦りなんてしませんよ!」

(そういう発言が一番心配なんだよ……)

リナの返答にムウは心の中でぼやきながら、メビウス・ゼロのコクピットに潜り込んだ。


「じゃあキラ君、また後で。
いいかい、ストライクの装甲だって無敵じゃないんだ。動き回っていくんだよ!」
「わかってます!」

リナはリナで、ついキラに何か一言言ってしまう。
それをキラはうるさげに返答するだけだった。それを聞いてリナは、またやっちゃった、と後悔した。
自分も、なんでキラに対して何か言ってしまうのかわからない。直さないとなぁ、と思いながら、自分もコアファイターに流れていく。
搭乗するコアファイターは、ボロボロに見えるように様々な傷や弾痕が描かれていた。事前にマードックに頼んでいたのだ。
この塗装が、今回の作戦に必要なのだ。それにしてもその塗装は真に迫っていて、まるで本当に被弾した残骸みたいだ。

(マードック軍曹、絵上手いな……趣味でやってるのかな)

あの頑固でむさくるしい男の意外な一面を見た思いだった。それが微笑ましくて、くす、とリナは笑みを零す。
キャノピーを上げてコクピットにひらりと飛び込み、エンジンをスタンバイモードで点火。各部センサーチェック。ジェネレーター出力。オールグリーン。
思ったよりいい調子だ。整備班も大した腕だな、と感心しながら操縦桿を握った。

〔シエル中尉〕

サブモニターにマリューの憮然とした顔が映り、出た、とリナは胸中でうめいた。
そういえば出撃禁止を言い渡され、説得する暇もなかったのを忘れてたんだった。
どう説得したものか、と頭を抱えながらも、何か話さないといけない。口を開く。

「……ラミアス大尉、これはフラガ大尉と打ち合わせた上で――」
〔分かっています。フラガ大尉から話を聞きました〕

弁解しようとしたけれど、マリューが遮った。
自分が知らないうちに、ムウが説得してくれていたようだ。ならば話が早い。でも表情に出さず、心の中で胸をなでおろす。
マリューはまだどこか釈然としない表情のようで、ムウにゴリ押しされたのが見てとれた。

〔本艦の目的はあくまでアラスカへの到着であり、敵を殲滅することではないわ。
……絶対に無理はしないで、危険だと感じたらすぐに戻ってきなさい。いいわね〕
「……肝に銘じます」

口調は静かだけど、すごい迫力だ。思わず頷く。
死ぬ覚悟なんてほとんど無しに軍人になったものだから、マリューの気遣いはありがたい。
言われなくても、絶対に死にたくない。一度死を体験した人間だから分かる。
あの絶望感と喪失感を体験した後に「死ぬのは怖くない」と豪語する人間を見ると鼻で笑ってしまう。

死んだら終わりなのだ。自分の限界も知らずに、才能のありかも知らずに死ぬなんて、はっきりいって無駄な人生だとしか言いようが無い。
自分は幸運にも前世の記憶を持って生まれ直したけど、次があるとは限らないのだ。次は消滅かもしれない。暗闇の中を永遠に漂うのかもしれない。
人は、生きていてこそ人間なんだと、リナ・シエルに生まれ直して実感した。
絶対に生き残る。自分の時間、才能を全て搾り出し、この世に何かを残すまで生き続けてやる。軍人の矜持など知ったことか。

〔こちらCIC。シエル機、発艦シークェンスを開始せよ〕
「了解。発艦シークェンス、フェイズワ……ん!?」

カタパルトデッキに繋がるハッチが開けられ、ゆっくりスロットルを開ける。スロットル微小。タキシングでカタパルトに車輪を乗せる。
そういった作業を機械的に行いながらも、戦闘管制の通信に違和感。ナタルにしては随分若いような…。いつものハスキーボイスはどうした?
サブモニターを見ると、映ってるのはアカデミー生の一人、ミリアリア・ハウではないか。
リナはいつものように発艦シークェンスを順調に行いながらも、呆然とサブモニターに映るミリアリアを見ていた。
ミリアリアは真剣な表情でサブモニターからこっちを見ている。遊びのつもりではないのだろう。が、ますますもってどういうことなのか。

「き、君は……学生の?」
〔はい、ミリアリア・ハウです。私がMSとMAの戦闘管制をすることになりました。よろしくお願いします!〕
「よろしくって……ら、ラミアス艦長!?」
〔この子達は自分から志願して、艦の手伝いをしたいって言ってきたの。ちょうどブリッジに人手が足りなかったので、私が任命しました〕

ミリアリアに代わってマリューがサブモニターに映り、事情を簡単に説明してくれた。
いくら上官の命令や行動に対して私心を挟まないのが軍人の鉄則だとしても…これはあんまりすぎて、リナは開いた口が塞がらなかった。
自分のような正規の軍人ですら、ブリッジクルーでない者はブリッジに上がるのは制限されているというのに。そんなので任命しちゃっていいのだろうか。

〔シエル中尉。発艦シークェンスは?〕
「はっ!? あ、カタパルト装着よし、ジェネレーター出力上昇…発艦シークェンス、ラストフェイズ」

ミリアリアに言われて、反射的に発艦シークェンスの報告を行った。嗚呼、軍人の性。

〔了解。シエル機、発艦を許可します。気をつけて行ってらっしゃい!〕
「ちょっと近所で買い物気分か!? ……リナ・シエル、行きます!」

ミリアリアの言い草に突っ込みを入れながらも、コアファイターのスロットルを全開にして漆黒の虚空に飛び出していった。


- - - - - - -


(だ、だめだ。この5年間、折角厳格な軍人のスタイルを貫いてきたのに、学生達がブリッジに入ったせいで調子が狂わされそうだ…)

泣きそうになりながらも、針路をヴェサリウスに向ける。リナは緩みかけていた気分と表情を引き締め、軍人に戻る。
これから自分は死地に向かうのだ。集中力を高めていかないといけない。操縦桿を握る手に力を込め、一度大きく深呼吸。

(……よし)

一度大きくスロットルを最大まで開けて、初期加速をかける。速度がマッハ4に達したところでスロットルを引いて主機停止。
最低限のアポジモーターだけを使って、小惑星を避けながらヴェサリウスに近づいていく。
ごく僅かな電子音だけが響く真っ暗なコクピットの中、ムウが提案した作戦を思い返していた。

(ボクが隠密機動でヴェサリウスに接近して奇襲。フラガ大尉とキラ君は艦の護衛、か。
こりゃ、途中で気づかれたら死ぬな。……でも、確実にダメージを与えるにはこれが一番なんだ)

ムウと協議した結果、艦艇に効果的にダメージを与えられるのは、メビウス・ゼロよりもコアファイターだという

ことになった。
メビウスのリニアガンよりも、コアファイターのミサイルのほうが粘り気のある爆発を起こせるから、大型の標的には有効だ。
4発全てを撃ち込めば、ヴェサリウスに致命的なダメージを与えることはできなくとも、航行に障害を与えることはできるはず。
そうなれば、アークエンジェルがヴェサリウスを振り切るのは時間の問題だ。アークエンジェルは無事にアルテミスに入港できるだろう。

(そろそろかな)

予定の半分を通過した。そろそろ「あれ」をするタイミングだ。
コアファイターの右側にある「G」の刻印がなされたレバーを引く。
すると、コアファイターの翼が折りたたまれ、コクピットがぐるんと回って…胴体の腹に収まっていく。

コアファイターのパーツ合体機能だ。

この機体は、かつて宇宙世紀で運用されたガンダムの脱出カプセル兼戦闘機の役割を担っていた。
しかし、小型とはいえ戦闘機がMSの腹に収まるには、やはりサイズが大きすぎる。その問題を解決するのが、この変形機能だ。
全ての突起物は装甲板の下に収められ、キャノピーも装甲に隠れる。サイズもまた一回り小さくなる。MSの腹に収まる大きさになるというわけだ。
こうすると、もうコアファイターは戦闘機に見えることはない。ただの金属の箱だ。
しかもマードック軍曹の施したペイントで、ただの戦闘跡の残骸にしか見えなくなる。
ただこの形態に変形すると、小さなサブモニターでしか外の様子が窺えなくなるのが欠点だが。

(予定では、ヴェサリウスがミサイルの射程に入るまで600秒! うぅ、緊張で胃が痛くなる……っ)

襲い来る胃の痛みに、リナはお腹を押さえて脂汗をにじませた。
リナは実戦の回数が極端に少ない。
本格的な戦闘をこなしたのは、ヘリオポリス宙域とヘリオポリスコロニー内だけ。
そう、キラと同じ回数しか実戦を経験していないのだ。
だから、リナもいくら職業軍人とはいえ、慣れない実戦にストレスがたまるのはしょうがないことなのだ。
あと、アガリ症も手伝って、コクピットの中で胃が痛くなるほど緊張していた。

(早く到着しろー!)

リナはサブモニターを、白百合のように可憐な顔立ちを歪めながら、じっと睨んで念じるのだった。


- - - - - - -


その頃アークエンジェルは、ヴェサリウスに向かって特装砲、ローエングリンを発射。同時に主機起動。アルテミスに向かう軌道をとる。
ヴェサリウスのブリッジでは、超長距離からの砲撃のために泡を食って回避行動をとっていた。

「前方より熱源接近! その後方より大型の熱量感知! 戦艦です!」

オペレーターが悲鳴のような報告をする。アデスは「回避行動!」と命令を下し、ローエングリンをやり過ごした。
クルーゼもこの行動自体が囮だとは気づかずに、アークエンジェルの早まった砲撃に嘲笑を浮かべていた。
ガモフもヴェサリウスと共に回避行動。己の位置を晒したアークエンジェルに対して仕掛けるために、4機のガンダムが続いて飛翔する。
これで、クルーゼ隊の出動可能な艦載機は全て吐き出された。クルーゼも、道楽でアークエンジェルとの戦いを長引かせているわけではない。
一気に畳み掛けるための全力出動だ。そういう呼吸はクルーゼにとって熟知していた。

(アスランが、キラという少年との友情を優先して、足を引っ張らねば良いがな)

不安材料はあるが、それを差し引いても充分にあの「足つき」を沈められる戦力だ。
あのムウがいたとしても、G兵器の特殊な装甲と火力をもってすれば仕留められるだろう。
自らの手で葬ることができないのは残念だが、この席に座らなければもっと大きな野望を達成することはできないのも確かだ。

(あとはあの四人の戦果を待つだけ、か)
「……ん?」

クルーゼが、ふとブリッジのガラスから宇宙を眺めると、残骸らしきものが漂流していた。
真四角の箱に、痛ましい弾痕や、小惑星と衝突したとおぼしき傷が刻まれている。
クルーゼは最初にそれを見ても、ただの戦闘の残骸程度にしか考えなかった。
ブリッジのクルー達も、それに対して何ら反応を示したりはしない。それぞれ黙して、コンソールパネルを見つめている。
あれもレーダーに映っているのだろうが、こんなに小惑星や戦闘の残骸が浮かぶ宙域で、いちいち残骸一つを見つけたからとて報告などしないのだ。
だが、妙な違和感を覚える。

(何故『綺麗な四角』なのだ?)

あれだけの弾痕や傷が刻まれているのならば、どこかが凹んでいたり欠けていたりするはずだ。
なのにシルエットは綺麗な形を保っている。まるで「人の手で修理されたもの」のように。
あまり時間を置かず、違和感が、クルーゼの中で疑惑という形に変わる。

「アデス」
「? 隊長、何か」
「十時方向に浮遊している、あの残骸を調査しろ」
「あの残骸、でありますか?」

どの残骸のことを言っているのか分からない、というアデスに、あれだ、ともう一度詳細に指し示し、あれですか、と頷き返した。
アデスが指示された残骸を認めるも、何の変哲もない残骸にしか見えない。それこそ、「あれ」と言われた程度では、一度では分からないほどに。
クルーゼは彼の鈍感ぶりに内心舌打ちし、僅かに語気を強める。

「石橋を叩いて渡る、というではないか。……用心に越したことはない。マシューのジンが動けるはずだ。調査に向かわせろ」
「……ハッ!」


- - - - - - -


リナが睨むサブモニターに、ヴェサリウスがはっきり大きく映るまでに接近した。
真空中だから、ヴェサリウスの外装がはっきりと見えすぎて距離感が保ちにくいが……この距離なら間違いなくミサイルが届く。
拡大すればブリッジのフロントからヴェサリウスのクルーの顔も見えるくらいだ。
もうそろそろではないか。そう思って、「G」のレバーを押そうとした時、

ごんっ!
「!?」

機体に重たい衝撃。リナはびっくりして、サブモニターを後方の画面に切り替える。
画面いっぱいに映るモノアイ。こちらに伸ばされている巨大な手。――ジンだ!

「!!」

リナは咄嗟に「G」のレバーを押すが、ギシ、と機体が軋むだけで反応しなかった。

「な、なんで!?」

こんなときに、と悲鳴を挙げる。サブモニターを切り替えていくと、ジンに頭を押さえられているのがわかった。
抱きつくようにしてこの機体に腕を回していたのだ。
本来なら、ジン一機に押さえ込まれている程度では変形を抑え込まれるほどヤワな構造をしていない。
しかし、機首のフレームが致命的に歪んでいるところを、格納庫で調子に乗って何度も変形させていたせいで、整備員も気づかないところで、変形機構に致命的な障害を生んでしまったのだ。

サブモニターに、ジンの顔がいっぱいに映る。
それを見てリナは恐怖に目を見開き、全身が総毛立つのを感じた。
まだ自分が生きているところからして、自分が乗っていると気づいていないようだけど、もしヴェサリウスの艦内に持ち帰られたら終わりだ。
コーディネーターがナチュラルを捕虜にとって、生きて帰す保証などどこにもない。なんとかしてこのジンから逃れないと。

「ミサイル!」

コンソールパネルを叩き、合体形態でミサイルを使用できるかどうか試してみたが、
モニターに冷たく表示された「LOCKED」の文字に、がくりとうなだれる。
この状態でバーニアは……動く。問題は、このジンを振り切れるパワーがあるかどうかということだ。
だが、何もしなければどのみちヴェサリウスの艦内に連れて行かれてしまう。

(でも動いた瞬間撃たれるんじゃ……)

ジンの腰に七六mm重突撃銃が装備されている。装甲が無い今、あれに狙われたら一巻の終わりだ。
頭の中でぐるぐると嫌な考えが浮かんでは消える。動かなければ捕虜にされて殺され、動けば撃たれる。
あのとき、ミサイルの射程に入った時点で撃てばよかった。

「…………ままよ!」

こうなったら、コアファイターの機動力を生かして逃げ切ってやる。
思い切ってジェネレーターを起動させ、スロットルを全開!
ゴウッ! と凄まじい音が機体を揺るがし、急加速をかける。

「なにぃっ!? ざ、残骸が!」

度肝を抜かれたのはマシューだった。
マシューにとって、これはヒマでくだらない出動だったはずだ。
損傷したとはいえ、ナチュラルを倒すことなど造作も無い力を持っているはずの自分に回された仕事が残骸の調査。
だがその残骸が突然動き出し、ジンの手の中からすり抜けていく。突撃銃を抜き放ち、その残骸の姿を照星の向こうに探した。

「抜けた!?」

操縦桿をまわすと、機首もくるりと回る。ジンの腕から抜け出せた!
スロットル全開のまま、ジンを引き離そうとバーニアから炎を吐き出して加速していく。
鳴り響くロックオン警報。ひたすら操縦桿を動かし、ラダーペダルをダンスでも踊るように蹴ってランダム回避運動をする。
ジンの放つ七六mm弾が、後ろから絶え間なく放たれていくのが見える。これのどれに当たっても終わり……。

「やられて、たまるかぁ!」

まだ何もしていない。何もできていない。そんな状態で終われない!
リナは、生き延びようとする執念だけで飛んでいた。もうすぐ七六mm機銃の射程外のはず。
ジンよりもコアファイターのほうが速力があるのだ。振り切れるはず――

「!!!」

機体が激震。金属板を思い切り手で叩いたような音が響いた。
ビービーと激しく鳴り響く警報。被弾の報告!? コンソールを見ると片方のバーニアが被弾し、停止したらしい。
バンッ!!
再び激震。次は生き残ったもう片方のバーニア。コンソールパネルが赤色に彩られていく。
慣性があるので速力は落ちはしないが、加速が全くできなくなった。機動力も奪われていく。
今このコアファイターは、まっすぐ矢のように飛んでいるだけだ。そんなものは、止まっているのと変わらない。ただの的だ。

「うわあぁぁ!!」

恐怖の叫びを挙げるリナ。まだロックオン警報が止まない。だめだ、撃ち落とされる。
リナは死の恐怖に囚われ……逆に冷静になっていく自分を自覚した。
何も聞こえない。己の鼓動だけが聞こえる。死の間際には、走馬灯を見るために限界を超えた集中力を生み出すという。
全てがスロー再生のように、ゆっくりと見えた。通り過ぎていく七六mm弾も、ゆっくりと目の前を追い抜いていく。
その弾丸の雨の中、暗闇に浮かぶ光点。それを、リナは目を見開いて凝視する。

小さな点だが、あれは……


――ストライクの、エールストライカーパック!?


何故、こんなところに――そんな疑問も持たないまま、身体が勝手に反応した。
「G」のレバーを引く。コンソールパネルの画面をOS設定に変えて、整備用のキーボードを取り出しキーを叩いていく。
ドッキングモードを変更。レーザー誘導開始――

機体がオートパイロットになり、かろうじて生きていた姿勢制御スラスターが作動。
エールストライカーパックも呼応するように、己に近づいてきた。
再び整備用のキーボードに指を走らせる。
ジョイント接続完了。エネルギーケーブル接続。ジェネレーター出力安定。コントロールユニット接続!
Bパーツ接続モード。ジェネレーター接続ラインを変更。不足分はバーニア回路をバイパス。出力設定をマニュアルからオートへ。
バーニア点火タイミングを変更、エールストライカーパックのものに合わせる。フラップ命令系統を接続パックに移乗。
コンソールパネルを彩っていた赤が、緑へと変わっていく。各部センサー、オールグリーン。

「……!!」

エールストライカーパックのバーニアが炎を噴き出し、凄まじい速力でジンの七六mm弾の雨をかいくぐる。
ラダーペダルを踏んだだけで、まるでステップでもしたように横へと機体が滑る。
操縦桿を指先ほど動かしただけで、前の二倍近く機首が回る。合体前とは桁違いの出力と運動性。

(す、ストライカーパックが繋ぐと、こんなにパワーが出るのか!?)

リナはそのパワーと運動性に喝采を挙げながら、機首反転。
一直線に逃げてきたからか、ヴェサリウスとジンが一直線上に重なっている。
ジンが機銃を乱射してくるが、猛然と迫ってくるコアファイターに対して冷静に照準を合わせることができず、
コアファイターに一発も撃ち込むことができない。

「当たれぇ!」

ノーロックオンでトリガーを引き、ミサイルを全弾発射。
ミサイルランチャーが開いて、四発全てが炎を曳いて真っ直ぐ飛んでいく。
ジンは当然のように、反射的に回避。しかし、マシューは背に母艦があることをすっかり忘れていた。

「しまったぁ!?」

マシューは悲鳴を挙げるも、もう遅い。ヴェサリウスも、ジンの陰から現れたミサイルに咄嗟に回避運動をするが、
間に合わないまま四発のうち三発が船体に直撃。ヴェサリウスに爆炎の花が咲き乱れ、艦内が激震する!
ブリッジにいるアデスとクルーゼも、襲い来る震動に、身体が無重力に放り出されるのを堪えながら、アデスがクルーに怒鳴り散らす。

「くうぅぅ!! 被害状況を知らせろ!」
「だ、第二、第五ブロック被弾! 火災発生! 第三エンジン、出力20%ダウン!」
「各ブロック隔壁閉鎖! 機関部、第三エンジンをカット、ダメコン急げ!」

クルー達の怒号が飛び交うブリッジ。クルーゼは、出し抜かれた事実を認識し、歯噛みした。

(このような特攻じみた攻撃を仕掛けてくるとは……!)

保守的な攻撃しかしてこなかった今までの地球軍とは、全く異なる攻撃方法だ。
あのパイロットが組み立てた作戦なのか。だとしたらとんでもない策士か、ただの馬鹿だ。
しかし攻撃を成功させたのは事実。運だと片付けてしまうほど、己のプライドは安くない。
飛び去ろうとする戦闘機に対して対空砲火を浴びせるよう指示するが、時既に遅く、もはや光点となってしまった戦闘機に、クルーゼは肘掛に拳を叩きつけていた。

(あの感覚、ムウのものではない……白いGのパイロットでもない)

この艦に向けられた殺気から、今まで出会ったことのあるパイロットから記憶を照会する。
あのミサイルが放たれる瞬間、稚拙だが、野望と若さに漲った感情の発露を感じた。
記憶を探っていると、ごく最近、同じような波動を感じた瞬間があったのを思い出した。
ヘリオポリス。あのメビウスの狙撃だ。

(まさか、あの時私に当てたパイロットなのか? 生きていたとは……)

滅びへの道を妨げるものが増えた。そう感じたとき、その呟きには笑みが混じっていた。



「はぁ、はぁ……やば、かった……」

ジンとヴェサリウスの射程距離外に出たとき、リナは全身から汗が噴出すのを感じた。そして安堵感に全身が脱力する。
まだ暗礁空域から脱出しきってはいないが、あの大博打に比べれば気が軽い。

(それにしても……)

コンソールパネルを叩いて、今のコアファイターの状態を見る。
あの異世界のガンダムの核になるはずのコアファイターが、今のガンダムの強化パーツとドッキングができるとは思わなかった。
本当なら、規格が違って接続できないことのほうが多いはずだ。プラモデルではないのだから。
同じガンダムだからか? それとも、「あの」ガンダムとストライクは何か繋がりがあるのか?
因縁めいたものをリナは感じていた。しかし、くっついたらいいなあとは思ったが、本当にくっつくとは。

(名前をつけないとな……コアファイター……エールストライカー……うーん)

どうでもいいことを考えて、またも股間を温めているものから現実逃避していた。


- - - - - - -


リナがアークエンジェルに帰還したとき、全てが終わっていた。
アークエンジェルの姿が見えたが、ザフトの手に渡ったG兵器の姿が見えない。
遠目に見ても、アークエンジェルの被害は軽微なようだ。それを見て、リナはホッと安堵の吐息をついた。

〔――エル機、……ください、シエル機、応答してください〕

近づいていくと、次第に明瞭になっていく通信。通信機から響いてくるミリアリアの声。
そうだ、着艦して、ヴェサリウスへの攻撃が成功したことを報告せねばならない。

「こちらシエル機。よく聞こえます。……任務完了。着艦の許可を求む」
〔あっ……おかえりなさい。それでは、第二カタパルトへ着艦してください〕
「了解、着艦シークェンスを開始します」

(全く……今度は「おかえりなさい」ときた。)

ミリアリアの、あまりにも日常的な言葉に苦笑を浮かべたが、
己が命を懸けて任務をやり遂げ、精神的な拠り所を欲していたリナには、今はそれが在り難かった。


着艦を完了させたあと、格納庫に運ばれていくコアファイター。
それを整備員達が見上げて、騒然としていた。

「あれって、さっきヤマトが捨てたエールストライカーパックじゃねえか?」
「お、おいおい。あのMA、ストライカーパックと合体してやがるぞ!?」
「もしかして、あれもストライクの支援機なのか?」
「馬鹿いうなよ。ならなんで、あのMAとストライクに使われている技術が全然違うんだ?」

などと実にならない言葉を掛け合いながらコアファイターを凝視していた。
そして着艦作業が完了。コアファイターはクレーンで固定されたまま床には下ろされなかった。
下ろせば後ろのエールストライカーパックが床に干渉するからだ。吊るされたままのコアファイターに、整備員が取り付く。
キャノピーを上げて、コクピットから離れていくリナ。そこに整備班が囲み、マードックが食いついてくる。

「お、おい、お嬢ちゃん! こりゃ一体どういうことだ!? ストライクのパーツをくっつけたのか! どうやって!?」
「ボクも、よくわかんないんだけど……丁度このパーツが漂流していたから、試してみたらくっつきました」

あんまりといえばあんまりな返事だった。マードックは、話が通じていない、と頭を抱えそうになる。
それでもリナの幼い見た目と、あまりに疲れた表情をしていたので、マードックは声を荒らげるのを抑えることに成功していた。
本来は、下士官が中尉に声を荒らげたりして不興を買うなど持っての外のなのだが、豪放な性格のマードックはさして気にしない。

「い、いや、そういうこっちゃないだろ。玩具じゃねーんだから、そんな簡単にくっついてたまるかよ」
「しかし、そうとしか言い様がありません。戦闘データを解析してくれればわかると思います。
…………ブリッジに戦闘内容の報告をしないといけないので、後の整備をお願いします。ストライカーパックは外しておいて下さい」
「……わかった。とりあえず、お疲れさん」

マードックの労いの言葉を背に、ヘルメットを脱いで、まとめていた黒髪を解きながら通路へと流れていく。
彼に対してつっけんどんな言葉遣いになったのは、リナが彼に対して苛立ちを覚えていたからだった。
上官に対する態度がなっちゃいない――そういう理由ではない。リナ自身、上官だからといってあまり偉ぶるのは好きではないから。
理由は別にあった。……自分は疲れているのに、最初の一声が労いの言葉ではなく、メカへの疑問だったからだ。
パイロットにとって、整備員と信頼関係が重要だということは理解している。
が、あちらが自分のことを慮ってくれないようでは、歩み寄ろうという気分が萎えるというものだ。
はあ、と溜息をつく。通路の出入り口には、二人の人間が立っていた。キラとムウだ。

「リナさん! よかった、無事で……」
「よう、シエル中尉。よく生きて帰ってきたな!」
「キラ君、フラガ大尉!」

二人の姿と言葉に、頬が緩む。
通路の前に降り立ち、三人で通路を流れながら言葉を交し合う。

「キラ君もフラガ大尉も、無事で何よりですっ」
「なぁに、あれくらいの修羅場はいくつもくぐってきたからな。どうってことないさ。
それよりも、あのクルーゼの艦に向かっていって、生きて帰って来たってのは大したモンだぜ」
「あ、ぐ、偶然が重なっただけです……キラ君、あの強化パック――エールストライカーパックっていうんだけど――を捨てたのかい?」

またムウに褒められて、頬をほんのりと染めて照れながら長い黒髪をいじり、キラに振った。

「はい。あの強化パックはバッテリーが切れたので、ランチャーパックと交換するために捨てました」

やっぱりか、と思うのと同時、驚く。
なんという偶然。こんな広い宇宙で、特に方向を意識せず放棄した移動物体が自分の元に流れてくるなんて、天文学的確率だ。
これはもう、天啓だろう。ボクに、生きて成すべきことがある、という。
ふ、とキラに微笑みを向けて、ぽむと肩に手を回す。腕が短くて、しっかりとまではいかないけれど。

「ありがとう、キラ君! おかげで助かったよ」
「ぼ、僕は何もしてませんよ。偶然です」

キラは(見た目は年下とはいえ)異性に肩に腕を回されて、頬を染めて戸惑った。
最初はただの背伸びしている女の子かと思っていたけれど、年齢カミングアウトをされてから意識するようになってしまった。
鯖を読んでるかも……とも思ったけれど、落ち着いた雰囲気と発言に、次第に大人の女性であると認めざるを得なくなっていた。
それに彼女は、自分をコーディネーターではなく一人の「キラ・ヤマト」として見てくれる数少ない大人だった。
だから少しずつではあるけれど、リナに対して自然と心を開くようになっていた。

「いやいや。単なる偶然とはいえ、それが無ければボクは確実に死んでたんだ。命の恩人だよ、君は。
よし、おねーさんが何か奢っちゃろう! 生還祝いだ!」
「……食堂のメシはタダだけどな」

豪快に笑うリナにムウの突っ込みが入ったが、聞こえない振りをした。


- - - - - - -


三人でブリッジへ戦闘の報告を行ったとき、リナは二人の報告内容から大まかな戦闘の経緯を察することができた。
まず、キラとムウによる艦の防衛は無事終えたという。それはこの艦があることからわかったことだが、
四機のGから襲撃された割に損傷が軽微だったのは、ひとえにキラとムウの活躍によるものだった。

その中でも格別に抜きん出ていたのが、キラの活躍だ。
ストライクという性能を差し引いても、彼の活躍はめざましいものだったという。
おまけにG兵器を二機、半壊にまで追い込んだらしい。そのG兵器はデュエルとブリッツと確認された。
鹵獲機であるG兵器の予備パーツが無い以上、彼らの戦闘力は半減したも同然。しばらくは攻撃は控えてくるだろう。
その間にアークエンジェルはアルテミスへ支障なく入港する予定だ。
しかし――

「……? あれは……」

アークエンジェルのメインブリッジ。
マリューはブリッジのフロントからアルテミスのすぐ手前に、光点を発見した。それを見て疑問符を浮かべる。
直後にロメロがその信号の正体を解説した。

「地球軍の救援艦のようです。……救援艦から通信が入っています」
「メインモニターに回してちょうだい」
「了解、回線開きます」

ブリッジのメインモニターから、クリアな映像が映し出される。
映し出されたのは、三十半ばほどの、白いノーマルスーツに身を包んだ軍人らしき中年の男。
その顔にはマリューは見覚えがあった。先ほど接触した救援艦に搭乗している、メイソンの副長だ。

〔ラミアス大尉。また会ったな。まさか諸君らもアルテミスに向かうとは思わなかった〕
「ええ、ザフト艦との駆け引きで、戦術上やむを得ず……ところで、何故このようなところで停船されておられるのですか?」
〔我々は緊急艦艇ということで入港の許可を得ようとしたのだが、直前になって本部から連絡があってな。
『現在アルテミスは、付近宙域を航行するザフト軍に対して厳戒態勢を敷いている。
緊急艦艇とはいえ、今一刻でも傘を閉じることはアルテミスを不要な危機に陥れる可能性がある。然るべき基地に寄港せよ』――と言われてな〕

「そんな!」

ナタルが愕然として、思わず声を荒らげる。
救援艦の艦長は、達観した様子で苦笑を浮かべ、肩を竦めた。

〔それが地球軍の今の実情だ。ユーラシアと大西洋は表面上は手を取り合っているが、裏ではどうにかして出し抜こうと躍起になっている。
戦後の連合議会で一つでも席を多く座るために、互いに隙を狙っているんだよ。そのためにお偉いさんも、ユーラシアに少しでも借りを作りたくないのだろうな〕
「……なんてこと」

マリューも、地球軍の実態に落胆して肩を落とした。ユーラシアと大西洋の仲が良くないとは知っていたが、まさかこれほどとは…。

〔君達も、ここに寄港するのは諦めたほうがいい。大西洋連邦の極秘の艦艇なら尚更だ。
拿捕されて、なんだかんだと屁理屈を捏ねて奪われるのが目に見えている〕
「……確かに、仰るとおりです」

マリューは、折角クルーゼ隊との戦闘に勝利して難を逃れたのに…と、無駄骨を折った気分になった。

〔それはそうと…この艦で大西洋連邦の基地までの長距離を航行するのは、少々難儀でね。
この艦も、早く我々を下ろして、ヘリオポリスの民間人が乗った救命ボートを救援する手助けをしなければならない。
良ければ、そちらにメイソンのクルーを移乗したいのだが。前回、こちらからお誘いを断ったのに、勝手で申し訳ないがね〕
「了解いたしました。接舷の準備に取り掛かります」
〔頼む〕

通信が切断され、メインモニターが元の宇宙地図の画面に戻る。

「聞いての通りよ。両舷停止、救援艇との相対速度あわせ。接舷の準備を!」
「ハッ!」

ナタルは号令を復唱し、それに必要な作業の命令を艦内に発令した。



[36981] PHASE 07 「ターニング・ポイント」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/08/29 18:01
――アルテミス宙域で、アークエンジェルが救援艦と接触する少し前。

アークエンジェル内における幹部会議に出席したリナは、追跡してきていたザフト艦がレーダーロストした件を知ることになった。
おそらくあちらの手持ちのG兵器が損傷したことによって戦力が半減し、こちらを攻撃する戦力と動機が失われたためだろう。
広域レーダーでは、二隻のうち一隻が自ら離れていくのを確認できた。速度からナスカ級と推定される。
もう一つのローラシア級も姿が見えなくなり、これで完全に撒いたということになる。

以上のことを会議で知ることとなったのだが、そうなるとヒマになるのは、ムウみたいにブリッジ要員兼任でもないMAパイロット専任のリナだった。
前回のムウとキラによる活躍でアークエンジェルの損害も軽微で、船務も庶務も特に手伝うことが無い。

とりあえずコアファイターの整備状況のチェックを行っていたとき、被服部から連絡が入った。
ようやく被服部が、自分のサイズに合う軍装や下着を仕立てたという。
コアファイターのチェックを終えてから、足早に被服部に向かう。

(やっとかー……ノーマルスーツ、素肌に着るとぺたぺたするからイヤだったんだよなぁ)

念願の軍装にホッと一安心。ノーマルスーツの下に着るための衣服が全部洗濯中で、ノーマルスーツの下は裸なんだ。
裸ノーマルスーツなんて性癖、特殊すぎる。宇宙時代になるとどこぞのHENTAI民族が流行らせそうだけど。
補給科に到着すると、事務仕事をしていた担当の若い一等兵が顔を上げて立ち上がり、敬礼をしてくる。
リナは答礼して、ふわりとその兵の前に立つ。

「リナ・シエル中尉だ。被服部から、ボクの軍装が届いていないかい?」
「ハッ、確認いたします」

若い兵は丁寧に応じて、コンピューターからリストを眺め、すぐに「少々お待ち下さい」と言って立ち上がり、
奥にある物資集積室に入ってすぐ白いボックスを丁寧に抱えて持ってきた。

「こちらでよろしいですか? ご確認下さい」
「ん。どれどれ」

渡されたボックス。確かに、自分の名前と被服部のサインが書かれている。
それだけで、確かに軍装が届けられたと確認すると、担当兵が差し出すリストにサインをして、
「ありがとう。ご苦労様」と彼を労ってから補給科を去っていく。
素直に受け取ったことを、リナはのちに死ぬほど後悔した。


「なっ……んじゃこりゃあっ!!」

リナは自分の個室に帰ってきて、ボックスを開きながらやたら低い口調で怒鳴った。
開けてびっくり玉手箱。受け取ったボックスに入っていたのは、正規の軍人の白い軍服ではなく……。
ミリアリアのような若年の士官候補生が着用する、ピンクの軍服ではないか!
一緒に入っていた下着も、リボン付きの可愛いデザイン。どう考えても軍人が穿くものではない。

誰が用意したのか。いや、被服部に決まってるんだけど、自分は正規の士官が着る白い軍服を注文したはずだ。
もうリストに受領のサインをしてしまったので、突っ返すこともできない。
でも、それでも。そうだとしても。
まだ着るものか。意固地にそう考えて、ボックスを閉じると被服部に殴りこみに行く。

「たのもう!」
「し、シエル中尉?」

戸惑いながらも迎えたのは、内気そうな、眼鏡の似合う被服部の女性兵士。階級は上等兵。
丁度他の男性クルーの寸法取りをしていたところで、その寸法取りされていたクルーも、突然の闖入者に驚いて目をむいていた。
リナはそのクルーを無視して、ボックスをずいっと女性兵士のほうに押し付け、怒鳴ろうとする自分を必死に抑えながら、努めて優しく告げる。

「あー、上等兵……このボックスに見覚えがあるかい?」
「え、えぇ。こちらで仕立てました、シエル中尉の軍装と下着です。何かご不満でも?」

何か間違ったことをしただろうか、という表情の女性兵士に、リナの頭の怒りマークの数が増えていく。

(だめだ、怒るなリナ・シエル。ここで怒ったら負けだ……お前は模範的な軍人のはずだ。頑張れリナ!)

そう自分に言い聞かせ、こほん、と咳払いをして続ける。

「上等兵、ボクの階級は中尉だな?」
「はい、シエル中尉は中尉であられます」
「ではボクは何歳かな?」
「に、二十三歳です」
「ではこれは何かな?」

ボックスをがぱっと開いて、その中に入っているピンク色の軍服を披露する。
…今寸法取りされているクルーが居心地悪そうに視線を泳がせているが、この際無視した。

「ああ、これはですね……シエル中尉にぴったり合うサイズの士官用の軍装が無かったので、
失礼ながら低年齢用のものが存在する、士官候補生用の軍装にいたしました」

このアマ、なんの悪びれもなく言いやがった。
またもリナの頭に怒りマークが浮かんだ。しかし、物理的な問題もある。サイズが合うものが無いのは仕方が無い。
しかし、しかしだ。メイソンのクルーはしっかり士官用の軍服を用意してくれたのに、何故アークエンジェルには無いのだ。

「……まあ、それは広い心で許すとして、この下着はなんだ?」

大切なものを諦める気持ちで絶望感と闘いながらも、とりあえずさて置くことにした。問題なのはこれだけではないからだ。
すぱん。音を立てて広げたのは、リボンとフリル付きのパンツ。
強く引っ張るとそれだけで千切れそうな、柔らかい手触り。白地に空色の縞模様で、ずいぶんと愛らしいものを用意してくれたものだ。
ブラも同じ模様。注文どおりフロントホックにしてくれたのはいい。が、やはりリボンやらフリルやらでやたらファンシーだ。
上等兵は、意を得たりとばかりに表情を花開かせ、得意満面で言ってのけた。

「あ、それは私の趣味です。可愛いでしょう?」
「今すぐ君の着替えと交換しろ今すぐにだ」

真っ黒な顔色でリナはうめいたが、この憎き上等兵の顔色は期待の半分も歪んではくれなかった。

「シエル中尉には似合いませんよ。それにサイズ、合わないでしょう?」
「~~~じゃ、じゃあなんとかしろ! 被服部なら、替えのものはいくらでもあるだろ!」
「さすがにプライマリ・スクールの女の子の着替えは、戦闘艦には置いてませんよ……あっ」

咄嗟に口を噤む上等兵。だが、もう遅かった。
リナの表情を見た男性クルーが、ひっ、と悲鳴を挙げて後ずさりし、上等兵も目を背ける。
背景から地鳴りのような音が響きそうな気配を纏いながら、リナは上等兵の肩を両手でがしっと掴む。

「上等兵……一週間以内に替えの下着を用意しなければ殺ス」
「は、はいぃぃぃ……」

リナの笑顔は牙を剥いていた。


- - - - - - -


「全く、しゃれにならん……」

ぶつぶつと呟きながら、士官候補生用のピンクの軍服を着込んでいく。
とりあえず、ブラを確保できたのは幸いだった。ふくらみ始めたと実感した時から胸が妙に敏感になっていて、
ベッドに潜り込むときですら、内側の素材が擦れたときに妙な感覚を覚えたのだ。

「……女の子の身体ってこんな感じなのか……」

二十三年間女の子をやっておきながら、今更呟いた。
今までだって、性別のギャップが無かったわけじゃない。
服を脱いだときとかはつるぺたのロリボディだったので、自分の身体を見て特に異性を感じたことなどなかった。
強いて挙げるならあったものがなくなったのを見たときは割とショックだった。あと、トイレとか。
何故今まで実感が無かったのかというと、このやたらと成長の遅い身体のせいだろう。
今になってようやく、女の子らしいところが出てきたから、ようやく意識するようになってきた。

(不便なことのほうが多いな……女の子って)

それが『昴』の正直な感想だった。
軍服を着こなし、立ち鏡の前に立つ。きゅっと襟の調子を確かめて、きりっと表情を引き締めてみる。
じっと自分の姿を眺めてみた。

(……ロリだな、相変わらず)

最初は、町で歩いているとたまに見かける、小人症とか低身長症とかそんな感じの病気かと思っていたが、次第に違うものだとわかってきた。
成長しないのではない。『身体の時間が遅い』のだ。
そういった障碍を持った人は、背が小さいだけで肉体は年齢が進み、老いていくものだが、この身体はそうではなく幼い状態を保ち続けている。
アークエンジェルに乗る前までは。
それまでは十歳を超えたあたりから何の変化も無かったのに、少しずつ胸が膨らんできた。何かきっかけがあったのだろうか。
アークエンジェルに乗ったときのことを思い返してみるが、何も変わったことは無かったはず。

(ボクにも、やっと成長期が来たってことかな)

それがたまたま、アークエンジェルに乗った日と重なっただけかもしれない。
気晴らしにシミュレーターで訓練でもしよう。そう思い至って個室から飛び出していった。


- - - - - - -


「あれ、リナさん?」

シミュレーターに行く途中、格納庫の中を通ることになるのだが、そのハンガーにかかっているストライクを見上げて、ついキラのところに来てしまったリナ。
特に彼に用事なんてないはずなのに、何故か足を向けていた。
リナがコクピットを覗き込み、キラはOSの調整を行うためにコクピットに座ってキーボードに指を走らせている。
気まずそうな表情で視線を彷徨わせるリナ。んーと、と呟きながらキラのほうをチラっと見て、

「いや、特に用は無いんだけど……疲れてないかなーって思って?」
「? 一回ぐっすり寝たら、疲れは取れましたよ」
「そ、そう?」

あはは、と乾いた笑いを浮かべるリナ。キラは首をかしげて彼女をじっと見ていた。
びくりと肩を震わせる。自分の身体をチラチラと見下ろされて、針の筵を着ているような気分になった。

「な、なに?」
「リナさんの軍服姿、初めて見ました」
「ああ……どう? これで、ボクが一丁前の軍人だって分かったかい?」

薄い胸をそらして、えへんと胸を張るリナ。
ノーマルスーツも正規軍でなければ所持できないのだが、軍装となると雰囲気が変わってくる。

「え、ええ」

キラの苦笑いの肯定に、ぐっ、と声が漏れてしまった。こいつ、絶対一丁前の軍人だと納得できなかったな。
できればこんなピンク色の若年士官用の軍服じゃなく、旧海軍ばりの白い軍服を見せたかったのだけれど。
……黄色いタイトスカートを、さりげなくキュッと掴む。こりゃ、下着を見られたら色々と終わりだな。話題を変えよう。

「キラ君、それは何をしているんだい?」
「あ、これは戦闘データのチェックと、それをOSに学習させて最適化する作業を行っているんです」
「ふぅん……? ちょっと見ていいかい?」
「あ、はい、どうぞ」

どれどれ、と、彼の作業中のコンソールを覗き込んだ。
今画面に映っているのは、ニュートラルリンケージ・ネットワークの構成と設定のパラメーターだった。
それがストライクの各部センサーとジョイントの関連、インプットロジカル、メタ運動野も展開している。
その全ての数字と機体に直結するプログラムをじっと真剣な眼差しで見つめる。
頭の中で、それらがどうストライクの動きに直結していくのか、妙に冷静になった頭で計算していた。

「…………」
「リナさん、わかるんですか?」
「……キラ君の戦い方なら、このバイラテラル角をもう少し高めに修正したほうがいいと思うんだけど」
「でもそうすると、今度は第二擬似神経野がヒートしてしまうから、代わりにメタ運動野で物理慣性の補正を行ってるんです、ほら」
「それだと無駄な動きにならないかい? シュベルトゲベールを振り回してるところを見て感じたけど、
どうもメタ運動野に余計なパラメーターの肉付けがされてるような気がしてならない。
運動ルーチンを、慣性に対してもうちょっと柔軟に対応できるようにここの伝達数値を……こうしたほうがいいんじゃない?」
「そ、それをすると、もっとピーキーになってしまいますよ? ストライクの神経野だってもつかどうか」
「大丈夫、キラ君にならできるって」
「そうですか……が、がんばります。でも、よかった」

途端に笑顔になるキラ。リナは、何? と見返す。

「僕と同じコーディネイターだったんですね、リナさん。仲間が居て、ホッとしてるんです」
「えっ……? ち、違うよ。ボクはナチュラルだよ」
「そうなんですか?」
「親がナチュラルだからね。……って、キラ君もそうか」

自分はコーディネイターじゃないほうがいい、とリナは心底そう思っていた。
今までの自分の功績とか能力が、人に弄られて出来たものだとしたら、それら全てが……いや、人生そのものを否定されたような気分になるから。
だからといってキラの能力は空しいものだとか、そう思えるほど高慢ではないはずだ。
キラが何かを言おうとしたところへ、チャンドラ伍長のアナウンスが鳴り響く。

〔ブリッジより各員へ。一八二〇時より救援艦と接舷、要救助者を収容する。担当クルーは受け入れ態勢をとれ。繰り返す――〕
「救援艦?」

また民間人が乗り込むのか――と思ったが、直後、マリューの話を思い出した。
確か「接触した救援艦にはメイソンのクルーが乗っている」と。
ということは、これから乗り込むのはメイソンのクルーなのか。この艦もアルテミスに向かっているし、可能性は大だ。

「キラ君、ボクも要救助者の受け入れを手伝ってくるよ! ヒマだしね!」
「あ、僕も行きます!」
「キラ君はそのままストライクの整備をしてていいよ。どうせ入ってくるのは軍人ばかりだろうし」

メイソンのクルー達は善玉の人間ばかりだが、キラを見てどういう反応するかは未知数だ。
だから、こう言ってはなんだが、キラの紹介は後回しにすることにした。

キラを置いて、接舷用のデッキがある区画へと身体を流していく。
壁を蹴り、まるで水を泳ぐように勢いをつけて流れ、すぐに接舷用のデッキに到着した。
もう既に担当クルーがハッチに列を作って集まり、敬礼をして出迎えているところだった。
リナもその列に加わり、敬礼で迎える。流れてくるクルー達は、どれもこれも見知った顔ばかりだった。
オペレーターのランディ伍長、操舵手のリー軍曹、火器管制のアラン軍曹、自分のメビウスの専任整備員をしていた、ユーリィ伍長……。
他にも大勢いるが、ほとんど知った顔だ。皆、「シエル中尉じゃないですか!」「生きていたんですね」「ヒュー! レディ・シエルじゃないっすか!」と、十人十色の反応をしてくれる。
リナも笑顔で手を叩いたり敬礼を交えたりして、彼らとの再会を喜び合う。

「……ショーン少佐」

その中に、CIC統括の姿を見つけた。
相変わらず表情の分かりにくい、冷静沈着な三十代半ばの男。オールバックで眼鏡をしていて、やり手の証券マンのような雰囲気をかもし出している。
メイソンでは、パイロット連中以外で一番交流があり、気にかけてくれた人間だ。
敬礼を交え、喜びに表情を緩ませるリナ。そのリナに、ショーンが口を開く。

「シエル中尉、生き残れたようで何よりだ」
「はっ。幸運が重なり、なんとかアークエンジェルに乗艦することができました。
少佐達も、よく轟沈するメイソンから……」
「……ロクウェル艦長が、クルーが全員無事脱出できるよう、最後まで操縦桿を握っていた。
艦長らしい、勇敢な最後だった」
「艦長、が……」

艦長の訃報を聞き、リナも表情が曇る。
個人的な関係としては、自分をやたらと子ども扱いするようなところが気に食わなかったが、その分まるで父親のように包容力のある存在だった。
軍人としては……優秀な艦長だったと思う。特に艦隊戦では的確な砲撃指揮でジンを三機落としており、それもあって、ショーン少佐はギリアム副長よりも尊敬していた。
そんなロクウェル艦長が、最期は操縦桿を握って死んだなんて皮肉な話である。

「我々がこれからやるべき事は、軍人として己を律し、粛々と任務を遂行することだ。
それが、これまで我々を指導し、指揮してくれた艦長に対する何よりの手向けになる」

そう結ぶと、リナの肩を叩き士官食堂に入っていく。艦長によって生かされたクルー達と共に。

メイソンのクルーの受け入れが終わり、艦内の緊急幹部会議が開かれた。
士官食堂のテーブルを動かして巨大な一つのテーブルを作り、それを全員で囲むといういかにも「緊急」なものだが。
メイソンとアークエンジェル両艦の幹部士官が一堂に会した。議題は、アークエンジェルの航行目的の確認と、メイソンクルーの待遇だ。

リナはアークエンジェル側かメイソン側か一瞬迷ったが、軍人は原隊復帰が原則なので、メイソン側に座ることにした。
席順は副長のギリアム中佐を筆頭に、航海長のエスティアン少佐、CIC統括のショーン少佐、船務長のホソカワ大尉と続いて、
メイソンのMA隊唯一の生き残りであるリナが、メイソンのMA隊隊長に急遽任命されて五番目の席に座った。
それ以降は各部署の担当の下士官が並んでいる。主にブリッジクルーの面々だ。

戦闘艦の幹部士官というだけあって、ここに召集された士官は当然のように白い軍服に身を包んでいるのだが、
一人だけ幼年の士官候補生が混じるという、なんともリナKYな状態になっていた。
アークエンジェルで幹部会議に召集されたのはこれが初めてではないけれど、リナはメイソンの幹部士官達と初めて並んで座ったので緊張していた。
見た目は落ち着いてはいるものの、変に肩肘が張っていて微動だにせず、視線もずっと一点だけを見つめている。
その容姿も合わせて、今のリナはまるで置物のフランス人形のようだった。

「…………」
「シエル中尉、水でも飲んで落ち着け」
「あ、ありがとうございます」

隣に座っているホソカワ大尉に緊張を見透かされ、勧められた水を努めて静かに飲む。
まるで親戚会議に無理矢理付き合わされた姪っ子みたいなリナに、マリューは目を細めてから、こほんと咳払いをして宣言した。

「それでは、アークエンジェル並びにメイソンの合同幹部会議を開催いたします。
議長は第八機動艦隊所属、アークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアス大尉が執り行います。
現在の艦の状況は各々手元に配布しました資料に記されていますので、決定や発言の参考にしてください」

どれ、と、リナは目の前に置かれた資料を手にとって捲る。ふむふむ、ふむふむ。
……思った以上に大変なことになっていた。何故危険を冒してまでユーラシア連邦所属のアルテミスに向かおうとしていたか、理由がわかった。
水がほとんど無いのだ。
あらゆる宇宙艦艇には、水を再利用するための循環装置が前世紀より標準装備されているのだが、それを考慮しても水の絶対量が全く足りていない。
しかも避難民やメイソンのクルーという、通常居るはずの無い乗員がいるわけだから、現実的には、この資料に書かれた数値よりももっと厳しい状況になっているはず。
恐らく十日ももたずに断水状態になるだろう。これは宇宙空間という果てしない距離を航行する艦艇にとって、相当に厳しい数字だ。

「アークエンジェルの航行目的は、G兵器を連合軍本部アラスカまで輸送することです。そのために私達は、途中で必要な資源を補給せねばなりません。
しかし、ここから先は地球軍の基地は無く、途中で補給艦と合流できない限りは水の補給は期待できないでしょう」
「だが俺達が五体満足でアラスカに到着するためには、デブリ帯を迂回する針路を取らなきゃならん。これによって、直進に比べて三日ほどの遅れが生じるだろうなぁ」

そこに口を挟む、航海長のエスティアン少佐。陽気な性格はアメリカの南部育ちだからだろう。つぶらな瞳が彼の主な特徴だ。

「それでは我々は、本部に到着する前に枯渇してしまいます!」

ナタルが非難するような語調で反論するが、エスティアン少佐は肩を竦めるだけだ。

「そんなこと言われても、デブリ帯の中を突っ切るわけにはいかんだろ?
いくら新造艦だからって、デブリにぶつかっても平気ってわけじゃあないだろうしな」
「断水状態での行軍となるわけか。我々軍人は何日かは耐えられるが、避難民や現地徴用の兵には厳しい事態だ」

冷静沈着なショーンも、この事態に表情を翳らせていた。

「いや……」
「おや、エンデュミオンの鷹殿。何か?」

高級士官に馬鹿丁寧に二つ名で呼ばれて、ムウはエスティアンに苦笑した。

「その言い方よしてくださいよ。……思い当たる節があるんです」


- - - - - - -


「なるほど、コロニーの残骸から水を」
「良い案だ、フラガ大尉。そこには確かに生活用水や自然循環用水が大量に蓄積されている。
少しおすそ分けしていただくとしよう」

ホソカワとショーンが、ムウの発案に唸って賛同する。

「――シエル中尉はどう思う?」
「……は。私は異論ありません」

ギリアム副長に突然振られて、用意していた言葉で反射的に答えた。
それを聞いたギリアムは、これはしたり、とばかりに笑顔を浮かべた。リナは、何? と、思わず彼の顔を見つめてしまう。
その視線を無視して、配布された資料でテーブルを叩いた。

「よし、ではシエル中尉に氷塊の掘削作業を任命することに決定した。頼んだぞ、シエル中尉」
「ハッ、シエル中尉、氷塊の掘削作業を拝命いたします……って、えぇっ!?」

大事な会議の場だというのに、思わずノリ突っ込みをしてしまう。
氷塊の掘削作業といえば、似たようなこと――岩石破砕作業を、月軌道上で行ったことがある。
はっきり言って野良仕事だ。機体が岩石にぶつからないようにひどく神経を使うし、生命の危険がある上に地道で地味な作業だ。
ムウの方をばっと見るが、頑張れよ、とわざとらしい笑顔を返してくるだけ。

「あの、そういった雑務は三番機で、最下級のパイロットであるヤマトに任せればいいのでは……」
「現在唯一、G兵器に有効な打撃力を持ち合わせているストライクとそのパイロットは、艦の護衛のために艦内に温存しておきたい。
それに……現在君の機体は中破して、戦闘行動には耐えられないとラミアス大尉から聞いている」

つまり、やる事無いんだから働けよ、ってことらしい。目がそう告げている。
反論することができず、黙って座った。確かに艦内ニートはレベルが高すぎる。
それを異議なしと受け取ったのか、マリューは頷いて、議長として会議を進行する。

「さて、差し当たってのアークエンジェルの行動は決定しました。
次に、メイソンのクルーの方々の、アークエンジェルにおける待遇ですが……私は、この艦の指揮権をギリアム中佐に委ねたいと、私は考えています」
「……妥当なところだな」
「私もそれが相応しいと思います」

マリューの提案に、ムウもナタルも口々に賛同する。
口に出さないが、アークエンジェル側の士官達とメイソン側の士官も無言の肯定をしている。
確かにこのアークエンジェルもマリューも第八艦隊所属だが、元々マリューは技術士官の大尉だ。階級繰り上がりで艦長の座に就いただけに過ぎない。
それならば、別の艦隊所属とはいえ、同じ大西洋連邦、連合宇宙軍の上級将校であるギリアム中佐の方が、能力的にも階級的にも相応しいといえる。
あとは指揮系統の違いによる、艦内に起こるかもしれない混乱だが……それを予防するために、これから編成会議を行う。

(……!?)

それを聞いて、リナは微かに目を見開いて、内心動揺した。

(ちょ、ちょっと待ってよ……ここでマリューが艦長じゃなくなったら、筋書きが変わるんじゃないか!?)

ガンダムSEEDの原作のことはよくわからない。しかし、少なくともギリアム中佐が艦長をしていたなんてことは無かったのは知っているし、
これでもしギリアム中佐が艦長になったら、マリューと同じ判断をするとは限らないし、自分が知っている物語とは全く違う世界に進むかもしれない。
これは自分が来たから起きた影響ではないだろう。たとえ自分が居なかったとしても、メイソンのクルーは無事脱出して、アークエンジェルに乗り込むはずだ。
でも自分が居たから、その小さな影響が大きな影響へと成長して、ここにメイソンのクルーがいる……というのも、自意識過剰だろうか。

(……! まさか……ねぇ)

別の可能性も考えたが、それは会議に集中して打ち消すことにした。
ギリアムは何事か考えるように目を伏せてから、しばらくして立ち上がり……帽子を手に背筋を伸ばして全員を見渡し、高らかに宣言した。

「……強襲機動特装艦アークエンジェルの指揮権を、マリュー・ラミアス大尉から、私フィンブレン・ギリアム中佐へと『貸与』するものとして承諾する。
あくまでアークエンジェルは第八機動艦隊に属するものであって、この指揮権委譲を、私の原隊である第七機動艦隊に合流するまで、もしくは連合軍本部に到着するまでの期限付きとして了承していただきたい」
「期限付き……?」
「いくら階級が違うからとはいえ、所属の部隊が違うからな。あくまで現場判断による臨時の処置、ということだ」

疑問を投げ返すマリューに、ギリアムの代わりにショーンが答える。
「わかりました」とマリューが短く了承して、引き続き議長として役目を果たすために息を吸った。

「次に中佐以下のクルー達の職務についてですが――」


- - - - - - -


長い長い会議がようやく終わった。その長い時間を有効に使ったおかげで、アークエンジェルに乗って以来初めてまとまりのある内容だった。
これも、ザフトの追跡を振り払えたからこそ出来たことだろう。メイソンのクルーも搭乗したことでクルー不足も解消され、ようやく正規軍らしくなってきた。
ブリッジのクルーは再編成、以下の構成となった。

艦長:フィンブレン・ギリアム中佐(元メイソン副長)
副長:マリュー・ラミアス大尉(元アークエンジェル艦長代行)
CIC統括:ヒルベルド・ショーン少佐(元メイソンCIC統括)
オペレーター:ナタル・バジルール少尉(元アークエンジェルCIC統括)
索敵:ジャッキー・トノムラ伍長(元アークエンジェル副操舵手)
操舵手:アーノルド・ノイマン曹長(配置換え無し)
副操舵手:ツァン・リー軍曹(元メイソン操舵手)
電子戦:ダリダ・ローラハ・チャンドラII世伍長(配置換え無し)
砲術担当:ライノ・アラン軍曹(元メイソン火器管制)
他、副担当以下になったメイソン、アークエンジェルのブリッジクルーは予備クルーとして待機する。

見事にアカデミー生のメンバー全員がブリッジから追い出される形になってしまった。短いブリッジ勤務である。
その他艦内スタッフは、メイソンの航海科のメンバーや船務科のメンバーが艦内維持を務めることになった。
アカデミー生は、それぞれの科に配置されることになったらしい。それも見習いとして。まあ階級も無いただの現地徴用の兵なら、こんなところだろう。

大尉であるマリューが副長になったのは、短い期間とはいえこのアークエンジェルを指揮していたのと、アークエンジェル内で最も階級が高かったからだ。
飛行科――要は艦載機のパイロットや整備員の面々は、メイソンの整備員が増えるだけで、緊急で作られた編成とほとんど変わらない。

一番機:ムウ・ラ・フラガ大尉(特務輸送艦MA隊一番機)
二番機:リナ・シエル中尉(元メイソンMA隊二番機)
三番機:キラ・ヤマト(民間人)

キラ・ヤマトを編成に入れるにあたって、やはり一悶着があった。何故ただの学生を、最も危険の高いパイロットに任命するのか……それを説明するのが苦しかった。

「彼はコーディネイターで、艦で唯一ストライクを動かせる人物です」

そう実直に言い放ったのはナタルだった。それを聞いて、ギリアムは眉を顰め、彼に関する質問をまくし立てた。
彼のナチュラルに対する感情は? 信頼できる人物なのか? あれ一機寝返ればアークエンジェルを沈めることができると知って乗せたか?
こういった質問が延々と投げかけられる。彼は現実主義で慎重な人間だ。
地球軍は、ザフトとではなくコーディネイターと戦っていると言っても過言ではない。少なくとも、前線で戦っている兵士はそう思っている。
そのコーディネイターに、地球軍最高機密のストライクに乗せて戦わせるのだ。
彼の心理状態や環境が気になるのは当然と言える。しかし、ナタル他アークエンジェルのクルーは、半分もまともな回答ができずにいた。

「彼はこのアークエンジェルに乗っている、ナチュラルの友人を守るために戦っています。話してみても、誠実で信頼できる少年だと感じました」

ギリアムに視線を真っ直ぐ向けて言い放ったのは、アークエンジェルのクルーではない、リナだった。
ギリアムは、予想外の場所から答弁が返って来たことに面食らいながらも、じっとリナの目を見返していた。

「味方なのだな?」
「我々が彼の味方である限りは」

ギリアムの問いに即答する。その瞳は反論を許さないような、確固たる眼差しだった。
ギリアムは、キラに対するリナの信頼を感じ取り、ふぅ、と溜息をつく。

「……わかった。時間があれば、私からも彼を面接してみよう。君らの意見も参考にしてな」
「ありがとうございます」
「君が礼を言うことではないだろう?」

律儀に礼を言ってくるリナに、ギリアムは苦笑を浮かべた。


〔艦内各員に達する。この度開かれた幹部会議において、艦長代行に就任したフェンブレン・ギリアム中佐だ〕

艦内に響き渡る艦内放送を、リナは格納庫で作業用ポッドのミストラルの調整をしながら聞いていた。
整備をしていた整備員達も、その放送に聞き入るように手を休めていた。

〔マリュー・ラミアス大尉の指揮の下、ザフトの攻撃をよく凌ぎ、これを撃退してくれたことに、私は諸君に敬意を表したい。
これより貴官らは私の指揮下に入ることになるが、諸君らにはこれからも模範的な大西洋連邦の軍人として努め、より一層の奮闘に期待する〕

ざわざわと格納庫にどよめきが走るが、それはすぐに次の放送で収まることになった。

〔――これよりアークエンジェルは、デブリベルトにある廃墟コロニーへと針路を取る。目的は廃墟コロニーに残された用水の確保だ。
航海科は漂流物の監視を厳となせ。船務科は漂流物の激突に備えて待機。整備班は作業用MAの発進準備を整えよ〕

各科ごとに命令を飛ばすと、途端にそれぞれの科が規律正しく動き始める。
それを眺めて、リナもミストラルの調整を再開した。氷塊掘削作業という、なんとも忍耐の伴う仕事に溜息を零しながら。



2013/08/28



[36981] PHASE 08 「つがい鷹」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/09/11 10:26
デブリベルト。
L5宙域に存在する汚染された宙域で、ザフトの制空圏内である。
大規模な戦闘が行われた宙域でもあり、撃破された艦艇や、核攻撃で破壊されたコロニーの残骸が大量に浮遊している宙域だ。
ラグランジュポイントだけあって、どの残骸も惑星の引力の影響を受けないので、好き勝手に動き回る瓦礫が艦艇にはとてつもなく危険なところでもある。
当然、それはフェイズシフトを装備していない機体にも同じことが言える。
だからリナは、残骸の動きにも注意を払いながらミストラルを命がけで動かしていた。

「……う、わ。このっ……んっ……!」

こまめに操縦桿を動かし、姿勢制御スラスターを噴いて残骸の間を縫うように動いていく。
リナにとってラグランジュポイントでの作業は初めてで、ここまで動き回る残骸の中で作業をしたことがない。
前に経験した岩石掘削作業は、月軌道を回る、鉱物資源を含んだ岩石の調査であり、その岩石や周囲の漂流物は常に一定方向に流れていたから比較的楽だった。
接近警報に神経を集中させ、複数のモニターに常に注意を配りながら、かつ操縦桿を握って常に最善のルートを通っていく。

〔シエル中尉、無事ですか?〕
「ン……クリアに聞こえる。大丈夫だよ、バジルール少尉」

機械的に答えながら操縦桿を操り、高速で接近してきた残骸をやり過ごす。
レーダーによれば、もう少しで巨大な構造物が見えてくるはず。それが、あのユニウスセブンに違いない。

(コロニーを直接攻撃、か……)

それを聞いて思い出すのは、あのヘリオポリスだ。
あのコロニーもザフトの攻撃によって崩壊した。戦争において、コロニーなんて考慮に値しないものなのだろうか。
彼らは宇宙で住む国家群だから、コロニー内での攻撃がどんな悲惨な結果を生み出すかは充分承知のはずだ。
それでも彼らは攻撃する。毒ガスの開発者が、被害者のことを慮らないのと同じように。
そしてこのコロニーは、地球軍の核攻撃によって破壊された。敵軍の街を爆撃するのと同じ感覚で。

(折角の宇宙時代なのに、おちおちコロニーに住めやしないなぁ)

平和になったらコロニーに住みたい。そう思っていた時期が私にもありました。
そんな風に考える余裕が出てきたのは、段々操縦に慣れてきたおかげであり、コロニーに近づいてきて細かい漂流物が減ってきたおかげだ。
コロニーの外壁だったであろう汚れきったガラス壁を乗り越えたとき、モニター一杯に、白く停止した町並みが広がった。

「これが……ユニウスセブン」

その光景を見て、呆然と呟く。
宇宙空間に空虚に漂うビル。大量に道路に横たわった車輌。公園だったらしい、荒れた広場。
それら全てが白く濁り、表面を薄く覆った氷で閉じ込められている。

(まるでSFだな……いや、もうSFか)

呆然と呟く。氷結した町並みが太陽光を浴びてキラキラと白く輝くその光景は、凄惨なまでに美しい。
だが、見とれている場合でもない。スラスターに火を灯してゆっくりと近づいていく。
近づいてみると、ビル群の隙間はほとんど漂流物が無いことに気づき、そこにミストラルを這わせる。スロットル開度を微小、底部センサーに気を配りながら、街灯や標識の下を潜って進んでいく。

(こうして見ると、まるでエイプリルフール・クライシス直後のニューヨーク市だな)

もちろんここほど酷くはなかったが、大都市の廃墟はこことニューヨークくらいしか見たことがない。

「っうわ!?」

目の前を過ぎったものに、思わず悲鳴を挙げるリナ。それに反応して、オペレートしているバジルールが慌てて通信を開いてきた。

〔シエル中尉! 大丈夫ですか!?〕
「だ、大丈夫……目の前を、漂流物が流れてびっくりしただけ」

心配そうな声をかけてくるバジルールに、額の冷や汗を拭いながら取り繕うように答える。
漂流物は全く無いわけではなかった。……人間が浮いている。
ユニウスセブンの住民だ。全身が紫色っぽくなり、眼球が凍って、カサカサに乾いて漂っている。そういった死体が無数にビル群の間を漂っている。
それらから目を背け、吐き気を我慢しながらマニュピレーターで死体を目の前から押し退ける。
それでもリナはビル群の間を通り抜けることを選んだ。気分の問題はあるが、漂流物に激突してこれらの仲間入りしたくないからだ。

(人間はぶつかっても、あっちから壊れてくれるしな……)

さっきから、ドン、ドン、と機体に小さな激突音が断続的に響く。死体がぶつかっているのだ。
それらは例外なく、まるで腐った樹木の幹のように脆く壊れて後ろのほうに流れていく。その感触と音が、リナの生理的嫌悪を刺激した。
アークエンジェルに搭載している火器という火器を全弾撃ち込んで焼き払ってもらいたい、という妄想をしながら突き進むと、ビル群がなくなり、次第に自然が多くなっていって、巨大な河が見えた。
コロニーのミラー光を取り入れるガラスの壁ではなく、実際に水が流れていた河だ。しかも、幅はアークエンジェルの全長ほどあるのではないだろうか。

「……シエル機よりアークエンジェルへ。河川を発見しました。掘削作業を開始します」
〔了解。ユニウスセブンの地表にも、未だ多数の漂流物が漂っています。くれぐれも注意してください〕
「了解」

ナタルの注意喚起に応答して、マニュピレーターを駆使して、まずは凍り付いてた土手と河川の間に注意深く掘削用のドリルの刃を押し当て、トリガーを引いた。


- - - - - - -


「つ、疲れる……」

アークエンジェルへと削りだした氷を輸送し、またユニウスセブンで氷塊掘削する作業を繰り返して、既に六時間が経過した。
河川の向こう岸まで氷を削り出したところで、さすがにこのチートボディーも若干の疲れを訴えてくる。
それになにより、精神的な疲れが激しい。氷もぶつからないように漂流物を避けながら移動するというのは、ひどく神経が削られる作業だ。
眠い。もしかしたら目の下にクマができているのではないだろうか。……帰ったらムウやキラに顔を見せられないな、と思いながら氷塊掘削作業を再開する。

〔シエル中尉、あと二トンの氷を積めばアークエンジェルの貯水タンクが満載になります。……あと一息なので、頑張ってください〕

珍しく、ナタルが労いの言葉をかけてくれた。六時間もこんな地道な作業をしている自分に、同情でもしてくれたのだろうか。
いや、ナタルも、アークエンジェルのクルーも皆、この汚れきった宙域で、漂流物や敵機への警戒に神経をすり減らしているはずだ。
それでも自分に気遣ってくれたナタルは、やはり自分より年上なだけはあるな…と尊敬の念を抱いた。

「ありがとう、バジルール少尉」
〔! ……い、いえ……〕

笑顔でナタルにお礼を言い返し、氷の掘削作業を続ける。
削りだした、小型バスぐらいの氷塊をアンカーで接続して牽引していく。アンカーの負荷値を見ると、アームの許容値に近い数字が出ている。少し気合を入れすぎたらしい。
慎重にスロットルを開けて、かなり削られて底が見えている河川を見下ろしてからゆっくりと離れていって、アークエンジェルに機首を向けた。
ようやく長い掘削作業から解放される。そう安堵して、漂流物を避けながら飛翔していると――警報が鳴り響いた。

「!?」

レーダーにボギーを捕捉。質量は比較的小型なドレイク級よりも一回り小さい。熱量は戦闘艦のものではない。
民間船舶だろうか。センサーを戦闘用に切り替えて、最大望遠でそれを望む。
白と緑でカラーリングされた艦。武装の類は見られない。Νジャマー数値がクリアなままのところを見ると、本当にただの民間船舶なのだろう。
ミストラルに搭載されているコンピューターに、識別データを照合する。……ザフトの民間船舶が表示された。

(ま、まずい。要人が座乗するタイプの船じゃないか!)

そういった船は大抵護衛の軍人が乗っている。それに見つかれば通報され、またもザフトとの追いかけっこが始まってしまう。
撃沈するか……という黒い考えが浮かぶが、ミストラルに、通報される前にあのサイズの船を一瞬で撃沈できるほどの火器は搭載されていない。
やはり気づかれる前に、さっさと撤退するのが一番だろう。しかしこちらが迂闊に動けば、バーニアの熱量を感知されて見つかってしまう。どこかに隠れるべきか?
アークエンジェルに応援を頼もうとしても、奴はその通信さえも拾い上げてこちらを見つけてしまうだろう。
幸い、あちらはこちらに気づいておらず、こちらに左舷を向けて悠々と巡航している。今なら、なんとかなるかもしれない。
なんとかして、バーニアなどを使わずに移動しなければ……。そう思って、底部についている氷塊を眺めた。

(………二トンくらいなら、無くてもいいかな…?)

緊急事態なら止むを得ないだろう。そういう言い訳を用意して、ドリルを氷塊に押し当てて分解していく。
一つ二〇〇kg程度の氷に細かく砕くとそれをマニュピレーターでかき集め、後方確認。後ろには何も無い。
よし、と覚悟を決めて、氷塊の一つをマニュピレーターで掴み、

(第一球……投げました!)

ぶんっ。前方に投げる。氷塊との距離が離れていくのを見て、速度計も見る。見事に計算は的中した。
氷塊を投げたときに発生する慣性を利用して、それを推力にしているのだ。機体は氷塊を投げた方向とは反対に向かって進んでいる。
速度は大したことはないが、それで確実に進んでいるので目をつぶる。
進みたい方向に機首を向けるときは、内蔵されているバランサージャイロを利用する。かなりゆっくりだが、スラスターを使うわけにはいかない。
そうした努力が実を結んだのか、ザフトの民間船舶は気づかないようだ。あるいは、周囲に注意を配っていないからか。
尤も、ミストラルよりも大きくて、熱量を伴わなずに動き回っている残骸などいくらでも漂っているのだから、気づかないのも道理だろうが。
手元にある氷塊が半分程度になったところで、ようやく船がミストラルのレーダー範囲外に出た。

(よし……あちらさんのレーダーがどれだけ強力かわかんないけど、所詮は民間船舶。コロニーの外壁を利用すれば上手くやり過ごせるはず……)

アークエンジェルへと機首を向け、おそるおそるスロットルを開けてユニウスセブンから離れていく。
見つけたのか、見つけられなかったのか。その船はこちらに反応することなく、ただただ巡航しているだけだった。



- - - - - - -



「――報告は以上です」
「ご苦労だったな、シエル中尉」
「いえ、戦闘に比べればまだ楽です」

氷塊発掘作業から無事帰還し、報告のために艦長室に向かったリナ。出迎えたのはマリューではない、ギリアムだった。
艦長室に着いて、そういえば艦長が交代したんだったな、と思い返した。アークエンジェルの艦長がマリューじゃない、というのも違和感があるけれども。

「君が発見したザフトの民間船舶だが、ミストラルの航行データから誰の座乗艦かチャンドラ伍長に解析をさせることにしよう。
誰が乗っていたかによっては、ザフトのこれからの作戦行動や部隊の配置が予測できるかもしれん。よくやったな、シエル中尉。よく休め」
「ハッ、失礼します」

サッ、と規律正しく敬礼し、艦長室を後にした。ギリアムはその後姿を見送り、小さな溜息と共に椅子に背を預ける。

「……このタイミングで、プラントが慰霊でもしているのか?」

ギリアムはプラント民間船舶との不自然な遭遇に、違和感を覚えた。
いくらザフトの制宙権内とはいえ、今は戦争中だ。それに、我々が周辺宙域を航行中であることは、クルーゼ隊を通じて上から報告が入らないはずがない。
ならばそんな宙域に、何故民間船舶が呑気にこんな廃墟コロニーに停泊しているのか?

このユニウスセブンはプラントにとっては、悲哀と憎悪が鬱積する墓標なのだ。そんなところに、慰霊か待ち伏せ以外でプラントやザフトの艦艇がいることは想像できない。
しかしザフトの戦闘艦が潜んでいたならともかく、何故民間船舶が我々を潜んで待つ必要があろうか。
やはり、プラントの能天気なお偉いさんが慰霊でもしているのだろう。
どちらにしても、ザフトの船との不必要な接触は避けるべきだ。それを指示するために、艦長室を退室した。



「クライン嬢の艦からの通報か」
「ハッ。二三一〇時のものです」

ザフト軍、L5宙域哨戒中隊の一翼を担う、ローラシア級「ヴィーラント」のブリッジ。
オペレーターの通信報告を受け、オブザーバー席に座っていた緑服の青年が席を蹴って、オペレーターがプリントアウトした報告書を受け取って通報の内容に目を通していく。
その内容は、ユニウスセブンにて連合の作業用ポッドを視認した、とのことだ。それも一機のみ。
連合のマーカーもその作業用ポッドにマーキングされていたという。

「……ここらで行動している連合の艦、といったら、クルーゼ隊が逃した例の新造艦で間違いなさそうだな」

その報告書を艦長に手渡しながら笑みを浮かべる。その表情を、オペレーターは憮然とした面持ちで見上げた。
この軽そうな青年の口調に思うところがあるのではない。コーディネイターにとって繊細な問題を抱えたユニウスセブンに、ナチュラルが無神経にも踏み込んできたのだ。
オペレーターは声が低くなるのを必死に堪えながら、疑問を呈する。

「何故、連合の艦がユニウスセブンの宙域に……?」

オペレーターの心中を見透かしたように肩をすくめる。

「ユニウスセブンだからじゃなく、我々哨戒部隊の目を掻い潜るために暗礁空域に入った、と考えたほうが自然じゃないか?
深刻に考えるな。ナチュラルの考えることなんて、けっこう単純なもんだ」

どことなく社会科の教師を思わせるような、四角い眼鏡をつけた壮年の艦長はその報告書を眺めて眉を顰め、歩き去ろうとする青年に突っ返す。

「後方だから楽ができると思ったら、いきなり最前線ですか」
「そんなことを言っているから、哨戒艦の艦長なんだよ。……オレのシグーを暖気しておけ。針路を、敵艦の予測航路に向けろ。地球に向かうぞ、奴らは」

苦笑しながら命令すると、小気味良い返事と敬礼を返す艦長。それを背にブリッジを出ようとして、ハッチが先に開けられた。

「マカリ」

鈴が転がったような細く高い、幼い声。
名を呼ばれた青年――マカリは、声の主であり、ドアを先に開けた目の前の人物を眺めて、優しい眼差しになる。
その相手は、年のころ十二歳ほど。己の寸法に合わせて特注された赤服を纏った、長い黒髪の、物憂げな表情が父性本能を刺激する、人形のように端整な顔立ちの少女。

「出るの?」

耳元で囁かれる、寂しそうな声。少女がふわりとマカリの視線の高さに合わせて浮き上がり、首に細く短い腕を巻きつけて抱きつく。
少女から苺の香りが微かに広がり、マカリの鼻腔をくすぐる。マカリは微笑んで、彼女の背中を優しく撫でて、彼女のエメラルドのような緑の瞳を覗き返した。

「ああ……寂しいなら、フィフスも出るか?」
「……寂しいわけじゃ……ないし。ヒマだっただけだし」

少女、フィフスは寂しさを指摘され、ふいと視線を逸らしながらツンとした台詞を返す。それを見て愛しそうな眼差しになるマカリ。

「はい、はい。――フィフスのジンも暖気だ。フィフスは先にノーマルスーツに着替えておけ」
「……うん」

艦長に命令を伝えながらフィフスの長い黒髪を撫でて、軽く背中を押してやる。

「コンディションイエロー発令。パイロットはそれぞれの機体内にて待機するよう指示しろ」
「了解しました」

軍隊の緊張感がまるで無い光景だが、艦長はその眉一つ顰めずに当然のことのようにマカリの命令を違わず実行し、コンディションイエローの警報が鳴り響いた。
マカリはフィフスの背中を優しく撫でながら、ブリッジを出て行く。


- - - - - - -


格納庫の隣室には、パイロットの練度維持のためのシミュレータールームがある。
これはアークエンジェルに限った話ではなく、連合の戦闘艦艇には大抵備え付けられているのだ。
リナはメイソンに配備された頃から――いや、士官学校を卒業してからこっち、暇があればシミュレータールームで操縦桿を握っていた。もはや日課である。
『昴』は生粋のゲーマーであり、小遣いの大半はゲームセンターで溶かしていた。
それはリナになっても変わることがなく、ゲームセンターの代わりにこうしてシミュレーターのシートに座って、いかにスコアを稼ぐかに没頭していた。

しかし今日は特に没頭していた。昨日の砕氷作業は自由に動けないし、ずっと地味な作業をさせられた。
あんなのは新兵にやらせる作業だ。中尉とかの、飛行時間が二千時間を超えるベテランパイロットがやるようなものではない。
その鬱憤をぶつけるように黙々と操縦桿を鳴らし、フットレバーを蹴飛ばし、画面の向こうの仮想敵に引き金を引く。

「うりゃりゃりゃっ、落ちろこら! うおおおぅ……んっふ!」

操縦中のリナは独り言が多い。それも、集中すればするほどうるさくなる。
その独り言はシミュレータールームで喧嘩でもしているのかと思えるほどに響いている。

「はりきってるねえ、シエル中尉」
「ええ……よし、そこ、そこそこ……当た――うわっ」

ジンをロックオンして、当てられるタイミングを測っていた時に声をかけられた。
まるで冷水でもかけられたような反応をするリナを、ムウは面白そうに見ながらシートのヘッドレストに肘を置く。

「お前、うるさいね。声が格納庫にまで響いてたぜ?」
「く、クセですよ……それに、コクピットには自分一人しかいませんし」

恥ずかしそうに頬を染めながら振り返ると、ムウと一緒にいるのはキラだった。
キラがアカデミー生達とは別で行動するのは珍しい。シミュレーターの終了キーを押してハーネスを外して立ち上がる。

「出撃以外でキラ君と一緒に居るのは珍しいですね」

彼も他のアカデミー生と同じように、私服から地球軍の軍服に着替えていた。
キラは自分の軍服姿をまじまじと眺められて、ちょっと困り顔になっていた。

「いやなに……メイソンのクルーから聞いた話なんだけどな。近々、地球軍にもMSが配備されるかもしれないらしいんだ。本当かどうかはわかんねーけどな。
でもこのご時勢、地球軍にもMSが配備されるっていうのは現実的な話じゃないか。MS至上論が今の常識だからな。
だから俺も本腰入れてMSの操縦の練習をしようかと思って、坊主にMSの操縦のレクチャーをしてもらおうかと思ったのさ」
「僕でお役に立てるかわかりませんが……」
「なるほど。地球軍で今一番MSを動かしてるのはキラ君でしょうしね」

まさに適材、というわけだ。キラのMS操縦歴は連合随一だろう。
それにしても、地球軍にようやくMSが配備されるのかと思うと、嬉しくなる。もうMAはたくさんだ。
ジンをMAで相手どろうとするならば、大勢で囲んで仲間がやられながらもようやく撃墜できる、という、まるで草食動物が肉食動物に立ち向かうかのような有様だ。
そんなものは真っ当な戦争とはいえまい。数と戦術、それが優れた軍が勝つ。それが健全な戦争というものだ、と思うのは古典戦術に捕われすぎだろうか。

「じゃあ、僕も一緒に練習してもいいかな? ボクもMAからMSに乗り換えどきだと思うしね」
「はい! もちろんです」
「おいおい、俺に頼まれた時とテンション違うぞ。現金な奴め……」

にっこりと笑顔でお願いをするリナに、表情を輝かせて元気良く即答するキラ。ムウは、これが思春期ってやつか、としみじみと考えていた。


- - - - - - -


最初にシミュレーターのシートに座ったのはムウだった。
初めてMSを操縦するということで、やはりG兵器を操縦するはずだったパイロット達と同じようにかなり苦戦を強いられた。
キラは「僕なりにナチュラル用に書き換えてみました」と言っているが、それでも基準はコーディネイター。まだまだ複雑な操作が多く、ひどくぎこちない動きをしていた。
バランサーもほとんどマニュアルなせいで、ペダルの踏み加減を少し間違えるだけで転倒するし、急に振り返ろうものなら上半身がありえない捻り方をする。やはり転倒。
ビームライフルも、肘の角度と肩の角度、手首の角度がいまいち連動せず、動いていない的に狙いを定めるだけで四段ほど操縦の手間がある。狙いが定まる前に撃ち返された。衝撃で転倒。
それはリナの目から見ても戦闘には堪えられないように感じた。
それでも立派に立って歩いて、ビームサーベルを振り回しているのだから、やはりエンデュミオンの鷹の異名は伊達ではない。
一週間練習を詰め込めば戦闘に出られるのではないか。

「やっぱり難しいな、MSの操縦ってやつは……」

ぼやきながらシミュレーターの席を立つムウに、リナは興味深そうにモニターを覗く。

「そんなに難しいんですか?」
「いや、数こなせばなんとかなりそうなんだが……敵地でちょちょいとやって、さあMSで出撃だ、ってやっても的になるだけだろうな」
「MAの訓練をやったほうが現実的、ですか」
「今はな。シエル中尉もやってみな」

わかりました、と平坦に答えるが、リナの内心でははしゃぎにはしゃいでいた。
念願のMSの操縦ができる。今までMAで戦ってばかりで、どうあがいても敵と同じ舞台に立てなかったが……もしMSのパイロットになれば、一対一でまともにやりあえるのだ。
もし地球軍に本格的にMSが導入されれば、戦局は大きく変わるだろう。苦戦続きだった地球軍にも、ようやく光明が見えてくるということだ。

「リナさんも初心者なので、少しプログラムを弄りますね」
「ああ、お願いね」

キラが親切心からか、初心者向けのプログラムを組んでくれるとのことだ。助かる。
自分は、最初からコーディネイター用のOSでなんとかできるなんて、そんな夢を見ちゃいない。自分はナチュラルで初心者なのだ、という心でやらなければ。
キラが整備用コンソールパネルを相手にプログラムを打ち込んでいる。しかし、さすがキラはコーディネイターだ。キーボードの指捌きが早いのなんの。

「できました」
「早っ」

打ち始めて5分も経たないうちに完了した。これにはインド人もびっくりだ。リナが驚くと、キラははにかんで頬を掻く。

「僕もMS用のOSは慣れてるわけじゃないので、ナチュラル用で初心者用のOSが上手くできたかどうかわからないです。だから、失敗しても気にしないで下さい」
「大丈夫大丈夫。練習の失敗を気にするような、そんなヤワな女の子じゃありませんっ」

相変わらず謙遜な言葉遣いのキラを、冗談ぽく言ってからシミュレーターに座り、まずは起動のフェイズから始める。
各部センサーを立ち上げ、ジェネレーターを点火。モニターON。天井を見ているということは、今この機体は寝ているということ。
起き上がらせなければいけない。この作業がまず最初の壁だ。一発で出来るナチュラルはそうはいない。
操縦桿を握り締める。ペダルに足を乗せる。シートに深く腰を据える。
操縦桿とペダルの遊びを確認。セーフティモードで起動して、ペダルと操縦桿をくりくりと少し乱暴に動かしてみる。

(……かなり複雑なシステムだな。これで初心者用のOSか、本当にMS操縦は侮れないな)

だが、難度が高いのは面白い。集中力を高め、頭の中でMSのインプットロジカルのイメージを描く。
操縦桿をゆっくりと動かす。ペダルを柔らかく踏み込む。脚部センサーとバランサーの数値を確かめながら、膝を立てさせ、腕を床につき、上体を起こさせる。
ペダルをあと一センチ弱踏み込む。二つの操縦桿を同時に、ペダルと連動させて前に若干倒す。
バランサーは、下手をしたら前方に転倒するのではないかと思うくらいに前に傾いている。モニターに膝が大きく映りこむ。それを恐れず操縦桿を前に倒し、今度はペダルを踏む力を弱める。

「っ……これで、膝屈みか。なんでこんな、一つ一つ命令するようになってるの? 面倒くさくない?」
「その方が動作の自由度が高いですし、格闘戦とか空間戦闘では有利なんですよ。AMBACも有効に使えますからね」
「そういうものなの?」

さすがにコーディネイターの言うことは違う。ナチュラル相手に無茶振りもいいところだ。
スロットルを僅かに開き、すぐに閉じる。バーニアが一瞬だけ吹き、操縦桿を戻し、バランサーがグリーンゾーンへと一瞬で戻る。
モニターが地面から前方に、絶叫系アトラクションのようにくるんと回って、膝が消えてアークエンジェルのカタパルトデッキの光景が見えた。

「うまいですね、リナさん。一回で立たせることができるなんて」
「? 立ち上がるくらいできるだろ」

エンデュミオンの鷹と同列で並べてもらっても困る。こっちはただの一般兵Aなんだし。
機体のコンディションを見たら「STAND」になっていた。
文字通り立っている状態。ただの直立状態。逆に言うと、非常に安定している状態ということだ。
その状態で静止させたまま操縦桿にロックをかけて集中を解く。

(立たせるのでようやくか……先は長いなぁ。やっぱゲーセンのようにはいかないか)

立ち上がらせるのにもこれだけ苦労したのだ。時間にして十秒程度だが、複雑な操作を要求されたのは同じだ。
それでも、これだけのOSを短時間で組めたことにリナは素直に賞賛したい気分になっていた。

「……本当にキラ君のOSはすごいな。フラガ大尉はともかく、ボクが動かして一回で立たせられるんだから」
「あ、ありがとうございます。でもこれ……」

キラが何かを言いかけたところで、警報が艦内に鳴り響いて、バジルール少尉の緊迫した声が響き渡る。

〔レーダーより敵部隊の接近を感知! 総員、第一種戦闘配置! フラガ大尉とヤマトは直ちに出撃せよ! 繰り返す! 総員、第一種戦闘配置! 対MS戦並びに対艦戦用意!〕
「いよいよ追いついてきやがったか! 行くぞ、坊主!」
「はい! じゃあリナさん、行ってきます!」
「わかった! 頑張って、フラガ大尉、キラ君!」

ムウとキラが敵機接近の報を受け、意気込んで走っていく。その後姿を笑顔で見送るリナ。
それにしてもキラも、前向きに事態に対処しようとするようになった。あの子は本当に成長したなぁ、とまるでオカンになった気分で満足げに頷いたところで、

「…………って待てぇ!!」

置き去りにされたことに気づいた。


「艦長。シエル中尉が自分も出撃させろと喚いていますが……」

リナからの半ばクレームのような通信を受けて戸惑い、艦長であるギリアムに伝えた。
しかしギリアムはそれを予想していたとばかりに目を伏せ、ぞんざいな口調で斬り捨てた。

「MAの無いMA乗りは、船務科の手伝いでもしていろと伝えろ」
「は、ハッ」
(なんか気の毒だわ……)
副長席についているマリューは、リナの扱いに半ば同情を覚えていた。


- - - - - - -


リナが船務科に混じって不満たらたらの表情をしている頃、キラのストライクと、ムウのメビウス・ゼロが発進準備を整えていた。
エールストライカーパックを使いたかったが、マードック曰く、

「お嬢ちゃんが無茶な合体したもんだから、調整中だ! 別のやつで出てくれ!」

とのことだ。仕方が無いので、エールの次に使い勝手のいいソードを選択することにする。
キラはコクピット内で各部センサーの立ち上げを行っていると、ナタルの顔がサブモニターに映った。

〔ヤマト。敵部隊はあのG兵器かもしれん。フラガ大尉との連携を密にするんだぞ〕
「え!? あのクルーゼ隊って人達は追い払ったんじゃなかったんですか!?」

話が違う、とばかりにキラが噛み付く。あの人達がまた来るのか。それも、恐らくアスランも居る。
昔はとても仲が良かった友達と戦いたくない。それは、キラとアスランの共通の思いだった。

〔わからん。あるいは別の部隊か……なんにせよ、油断は禁物だ。たった一隻で追いかけてきた敵だからな〕
「リナさんは出られないんですか?」
〔シエル中尉は、肝心のMAが推進器も武装もやられて出撃不能だ。今回は二人でアークエンジェルを守ってくれ。敵はローラシア級一隻、機影は四機だ〕
「わかりました。……ソードストライカーパック装備完了。各武装テスト。……接続確認。いつでも出られます!」
〔了解。出撃を許可する〕
「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

リニアカタパルトに運ばれ、ストライクが勢い良く宇宙空間に射出される。遅れてムウのゼロが発進。
それを、青いシグーのパイロット、マカリはレーダーで確認。のちに望遠カメラで視認した。
宇宙では派手に目立つトリコロールカラー。兵器とは思えない造形。見覚えのある姿。

「あれか。まさか、正面姿が初お目見えになるとはな」
「マカリが言ってたのが、あれ?」

サブモニターに、フィフスの顔が映る。いつもと変わらぬ静かな表情だが、どこか瞳が輝いていた。
好戦的な性格に辟易することもあるが、こういう時は頼もしい。

「そうだ。あれがお前の望んだ相手だ。だからといって、独り占めはするなよ」
「……ちぇっ」

……頼もしくはあるが、過ぎれば心配だ。手綱はしっかり握っておかないといけない。
そう決意すると、搭載火器のテストをしながら戦闘隊長用の通信回線を開き、母艦ヴィーラントと出撃している僚機全員に通信を繋げた。

「総員、火器チェック! フィフス。行くぞ。作戦は予定通り行え」
「……言われなくても、わかってるし。行く」
「良い子だ。マルタとイッサーはMAをやれ! 俺とフィフスは白いMSをやる!」
〔〔ハッ!〕〕
「ヴィーラントは支援砲撃の命令をするまでは、敵艦の射程範囲外ぎりぎりで待機しろ」
〔了解しました。しばらくはお任せします〕

まるで怠けられるから嬉しいかのような言い草だな……と思いながらも、意識は迫り来る地球軍の二機に向ける。
片方のオレンジ色の小さな機影は、メビウス・ゼロ。あれが噂に聞く「エンデュミオンの鷹」のようだ。だが、優先すべきはこの敵機ではない。
向かうはあのストライク。手には、なんとも物騒な大剣を持っているではないか。あれで斬ろうというのか。真っ直ぐこちらに飛んでくる。

「やれやれ、あんなので斬られたらシグーはひとたまりもないな……フィフス、距離を保って仕留めていくぞ」
「わかってる。あんなのとチャンバラは、ごめん」

マカリは、シグーに二八ミリ内蔵機銃と重突撃銃を手に持たせ、フィフスはジンに二七ミリ突撃銃を持たせる。
照準をストライクの胸元、コクピットに向けて、両腕の機銃から一斉に弾丸をばら撒いていく!
キラはその弾幕を巧みにかわし、たまにフェイズシフト装甲で耐えながら、マカリの乗るシグーへと殺到する。

「うおおお!!」
「大振りだな。……そんなでかい得物では不便そうだな、ストライク!」

凄まじい勢いでシュベルトゲベールが振り下ろすが、構え方が大きいせいでタイミングを合わせて避けられてしまう。二機の位置が交代する。
すれ違いざまに突撃銃で背中を撃たれるが、フェイズシフト装甲が弾いていく。
フェイズシフトはランドセルにも通電していたようで、マカリは歯噛みする。

「さすがに秘密兵器、ぬかりないか!」

ストライクがもう一度シグーに振り向くが、そこへフィフス機がすかさず、ストライクの下から二七ミリ弾の雨を浴びせる。それをキラは一気に加速することで、フィフスが放った弾丸を潜り抜けた。
それでも、近距離からの十字砲火によって避けきれない何発かがストライクの装甲に当たるが、またもフェイズシフトによって弾かれた。

「うわぁ!!」

フェイズシフトで機械は守られていても、中の人間には衝撃が伝わってくる。細い体に激しい振動を浴びて咳き込んだ。
マカリとフィフスは、必ず別の角度からの攻撃を仕掛ける。それも、タイミングは僅かにずらす。
戦闘中で息抜きができるとは、戦闘経験が少ないキラ自身も思っていないが、戦闘の中でも生じるある種の一瞬の間というのを与えてくれないのを感じる。

「この二機、なんて連携なんだ! エネルギーはもつのか!?」
「だがその装甲も、ファンタジーの物質じゃああるまい。有限の物質だ……そうだろう!?」

キラは、エールストライクで出られなかったことを悔いて、イーゲルシュテルンの弾丸をフィフスのジンにばら撒いて牽制し、マイダスメッサーをマカリに投擲!
弧を描いて飛翔するマイダスメッサーを、マカリのシグーは下を潜って避け、避け際に七六ミリ弾をストライクに撃ちこんでいく。
それも全てフェイズシフトの前に弾かれるが、バッテリーパワーが目に見えて下がっていくのを感じて、焦りを覚えた。

「くそっ! 手ごわい!」
「やはり武器はソードだけじゃなかったか! ブーメランにアンカーとはな。開発者はロマンチストだな!」
「……びっくりMS」

フィフスがぼそりと呟きながら、ジンハイマニューバの突撃銃につがえられた銃剣を手に、ストライクの背に迫る!
マカリはストライクの動きを止めるために、突撃銃のトリガーを引いて七六ミリ弾をばらまいていく!

「……!!」

キラは、一人で戦う恐怖を覚え、操縦桿を握る手に汗が浮かぶのを感じた――




2013/09/11 初稿



[36981] PHASE 09 「モビル・スーツ」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/09/16 14:40
「装甲厚くても、刺しちゃえば同じ」
「……!!」

ぼーっとした言葉遣いで呟くフィフスだが、その銃剣には必殺の意思が込められていた。
狙うはコクピット。ここを突き刺せば終わる。マカリとの作戦なんて必要なかった。そう、つまらなさそうにフィフスはストライクを見ていた。
キラは銃剣突撃をしてくるジンハイマニューバ(以下ジンHM)の姿を見ていた。このストライクの反応速度では、間に合わないのではないか。

そう思った。以前の調整のままのストライクならば。

操縦桿を捻る。セカンドレバーを押し倒し、左ペダルを踏み込む。ストライクが、ヘリオポリスでは見られなかったように身体を捻り、ストライクは半身を逸らして銃剣を紙一重で回避。
その動きは実にスムーズで、一瞬フィフスは目を奪われてしまう。

「えっ……!?」

まさかMSがこんな細かい機動をするとは思わず、フィフスは驚きに目を見開いた。その勢いのまま、フィフスのジンHMとストライクの肩が激突!
何十台もの戦車が全速でぶつかりあうような轟音と衝撃が走り、コクピットの中でフィフスの小さな身体が大きく揺さぶられ、シートベルトに締め付けられて咳き込んだ。

「げふっ……!」
「くぅぅー!」

キラのストライクも、ジンHMの激突によって大きく弾き出され、同じく激震がコクピットを襲う。
キラ自身も、動物的な脊椎反射で回避しただけで何が起こったか一瞬わからなかった。だが、ストライクは上手く反応して回避してくれた。
すぐさまシュベルトゲベールを持ち直し、目の前で体勢を崩しているジンHMにすぐさまシュベルトゲベールを振り下ろす!

「このぉー!」
「やられないし!」

フィフスとて、赤服を着ているトップガンだ。反応速度などは並みのコーディネイターよりも遥かに優れている。
素早くスロットルを引いて操縦桿を引き倒し、ペダルを踏んで横に回避。しかしジンHMの反応速度が遅れた。
左肩のショルダーが切り裂かれ、バランサーに障害が発生する。気にせずバーニアを噴かして距離をとる。
フィフスは自分の油断を自覚し、眠たげだった表情を顰める。そこへマカリの叱咤の通信が入った。

「フィフス! チャンバラはしないんじゃなかったのか!」
「……いけると、思ったのに」
「油断しすぎだ! 相手はクルーゼ隊を振り切ったヤツだぞ。例の作戦でいく!」
「了……解」

フィフスは、最初は油断していた。MS同士の初めての戦いになることに愉快さを覚えていたが、どこかで侮っていた。
相手はいくら身体能力が優れていても、MSを扱い始めて間もない素人。二合、三合で仕留められると思っていた。
だが、この白いMSはどこか違う、別格のものだと分かってきた。初めてマカリとやり合ったときのように。
フィフスはモニターでシュベルトゲベールを中段で構えるストライクを睨み据えて、追加武装の重斬刀をジンHMに持たせる。

「また格闘戦を!?」

キラは、ジンHMの持った武器を見て、意外に思った。この強力なソードの威力に警戒して、距離を空ける戦闘に持ち込むと思ったのに。
すると、青いシグーも重斬刀を握る。二人とも格闘戦に持ち込むつもりなのか。近接戦闘に特化したソードストライクに対して。
この二人は何がしたいのか、キラには読めなかった。でも、斬りかかって来るならばこのシュベルトゲベールで応戦するつもりだった。
シグーとジンHMが肩を突き合わせて並ぶ。ストライクがシュベルトゲベールを斜めに構え直す。キラの額に汗が浮かんだ。

(……来る!)

二機が同時に左右に分かれる。二機を素早く交互に見る。
この漂流物や小惑星が多い宙域だ。派手な動きは自滅の恐れがある。それを恐れずに、あんな大きな動きをする。
それどころか……

「なっ……!」

シグーは小惑星を蹴って加速している。それに一瞬見入ってしまって、ジンHMを目で追うのを忘れてしまう。
ジンHMもシグーと同じ勢いで迫ってくる。このままだと、シグーと全く同時にこちらに到達するだろう。
どちらを相手にしたらいいのか。キラは一瞬で判断することを強要された。

「一度下がれば!」

距離を空けてやればいいのだ。そうすれば敵もタイミングがずれる。そう思いストライクを後ろに思い切り下がらせた。
すると目の前で青いシグーとジンHMの姿が重なって――シグーが、ジンHMに押し出される形で加速してきた!

「なっ!?」

シグーがジンHMを踏み台にしたのだ。正しくは、ジンHMがシグーの足の裏を蹴って更に加速させた。
よほど息が合っていて、二人の操縦技能が優れていなければ不可能な芸当だ。下手をすれば逆に減速して、あらぬ方向にぶっ飛ばされてしまう。
回避するタイミングを僅かに逸したキラ。迫り来る重斬刀に対し、身体が勝手に動く。

がりぃんっ!!
「手で受け止めるのか!?」
「…………!!」

反射的にストライクの掌で重斬刀で受け止めたキラ。フェイズシフトによって火花が飛び散る。
既存のシグーを遥かに上回る速度を含めた重たい斬撃を受け止められたことに、マカリも一瞬驚いてすくんでしまう。
警報音。第二関節部に過負荷。多元駆動系に異常発生。腕のセンサーがイエローコンディションを表示する。
マカリのシグーは咄嗟に重斬刀を手離し、ストライクの頭上をパスする。
同じように、ストライクの掌が、速度が加わった強烈なGに耐えられなくなって手首部分擬似神経がオーバーヒートする!

「くそっ、手が……うわっ!」

追撃で降り注いできた二七ミリ弾。フィフスのジンHMが、乱射しながらストライクに迫る!
ストライクのボディに火花が咲き乱れ、バッテリーは既にイエローゾーンに到達していた。

「マカリの食べ残しは、ボクが掃除する」

ぽつぽつと呟きながら、迫るストライクを睨みつけるフィフス。全ての弾薬を使いきった二七ミリ機甲突撃銃を投げ捨て、重斬刀を横薙ぎに振るう!

「やられっぱなしで……たまるかぁ!」

キラのプライドが爆発。咆哮を挙げて、スロットルを殴りつけるような勢いで開き、逆に急接近。
その横薙ぎの一閃を頭上にかわして、ストライクがシュベルトゲベールを力任せに振り上げ、ジンHMの右腕を切り裂いた!

「腕……!」

フィフスは重斬刀を握っていた腕を切り裂かれ、それでも、とジンHMの足を振り上げ、ストライクに蹴りを放った。
がぁんっ!!
ジンHMとストライクが反発し合って距離が開く。さすがの二人も、衝撃に意識が一瞬くらむ。
フェイズシフトによって守られた表面装甲は無事でも、内蔵機関全てがフェイズシフトによって守られているわけではない。パイロットは尚更だ。
その衝撃を受け、キラはたまらず一瞬操縦桿を離してしまい、隙を作ってしまった。

「がっ……!」

その隙はほんの一瞬で、MS戦では隙とすら映らないと見えるかもしれない。が、マカリはそれが隙と取った。
重斬刀を煌かせ、真上からストライクに突撃をかける!

「いくら装甲が厚くても、ここらが限界じゃないかな……地球軍のMS!」

マカリは、殺った、と確信する。キラはすぐさま操縦桿を握って対応していくが、エネルギー僅少の警報が鳴る。

「しまった! エネルギーが!」

同時、フェイズシフトがダウン。ストライクが灰色になってスラスターからも火が落ちる。
それを目撃したマカリとフィフスは僅かに戸惑ったが、まるで枯れたみたいに色が無くなったストライクが明らかに弱体化しているように見えた。

「随分とわかりやすいことだ。もらった……うおっ!」

ヴンッ!
マカリのモニターが一瞬、凄まじい閃光に満たされた。
重粒子砲か。シグーを下がらせて振り返ると、迫ってくるのは白い戦艦。アークエンジェルだ。

「ヤマトをやらせるな。敵機をストライクから分断させるように狙っていけ。無理に当てようとするな」
「了解! 全火器、基本照準をトラックナンバー2-1-1から2-1-2に設定。CIWS起動。マーク。ヴァリアント、撃ち方始めぇ!」
「撃ち方始めぇ!」

ブリッジではギリアムとCIC要員の号令が響き、長砲身レールガン、ヴァリアントがシグーとジンHMに放たれ、マカリとフィフスはストライクからアークエンジェルへと意識を移す。
砲撃の的にならないよう、ランダムの機動を取ろうと二機は分かれて動き始めると、今度は金色の閃光が降り注いでくる。

「母艦か! こいつを仕留めれば――」

マカリは欲をかき、あわよくば白い戦艦も落とそうと唇を舐めると、ロックオン警報。同時に、突然機体の周囲を閃光が掠めていく。
上方向からのリニアガンの雨。上を見上げると、オレンジ色のMA――ムウのメビウス・ゼロがリニアガンとガンバレルを乱射させながら迫ってくる!
ムウに戦闘を仕掛けた二機のジンは、大破とはいかないまでも推進器をやられ、戦線を離脱しようとしているところだった。

「坊主!!」
「フラガ大尉!」

キラは心強い味方の応援に、全身に力が戻ってくるのを感じた。おまけに、アークエンジェルとゼロの攻撃で目の前のザフトのMSの二機は及び腰になっている。
そこにチャンスを見出し、青いシグーにロケットアンカー――パンツァーアイゼンを伸ばす!
不意を打たれ、マカリはそのパンツァーアイゼンに掴まれて強引にストライクに間合いを引き込まれてしまう!

「何ィッ!?」
「うおおおおお!!」

パンツァーアイゼンでシグーを引っ張り込みながら、腰に仕込まれたアーマーシュナイダーを引き抜いて……シグーの胸部に突き刺す!
シグーから飛び散る火花。冷却機能低下。バッテリー過熱。コンディション画面が次々と赤く表示されていく。
マカリは撃墜の危険を感じ、撤退の必要を迫られた。

「くそっ……こいつ、いきなり動きが変わった! 撤退するぞ、フィフス!」
「……惜しい……」
「ヴィーラント! これより帰還する。支援砲撃を!」
〔了解しました。道先案内をいたしましょう〕

マカリは唇を噛みながらシグーを反転させ、フィフスもシグーを掴んでバーニアを全開。
追撃をかけようとするストライクとゼロだが、直後に降り注いだ艦砲射撃によって追いかけるタイミングを逸し、見送る形になってしまうのだった。

「はぁ、はぁ、はぁ………」

やがて艦砲射撃が止み、シグーとジンHMがレーダーから消えると、ぐったりとシートに背を預ける。

(なんて、人達だ……本当に、死ぬかと思った)

自分に向けられる、徹底的なまでに鋭く絞られた殺意。刃が迫る瞬間。
彼らは熟練したパイロットだった。あの二機の息の合ったコンビネーション。敵の動きにも対応する柔軟性。
鹵獲されたG兵器のパイロットは確かに強かったが、キラと同じように地力だけの実力のようだった。
きっといくつもの死線を越えたパイロットだったのだろう。自分が生き延びたのは、ストライクの性能とコーディネイトされた地力のおかげだと感じる。
きっと次もやってくる。強くならないと……キラは、今を生き延びた安堵の吐息をついた。

(……そういえば)

あの時ストライクが今までとは違う動きをして避けられたのは、なんだったか。その瞬間の光景を思い出す。

(そうだ……リナさんが弄ったところだ)

リナと一緒にストライクのOSを弄ったあの時。運動ルーチンの伝達関数を書き換えたあのときだ。
あの動きでストライクの胴部の関節が嫌な悲鳴を挙げたけれど、結果的には助かった。彼女の助言なしには、きっと生き延びることはできなかっただろう。
それに。

(リナさん……あなたは、コーディネイター用のOSで、立ち上がってみせた……)

MS用のシミュレーターでの訓練のとき。あのとき、ムウが操ったあと、初心者用のOSに書き換える振りをして、実は自分用のOSに戻しておいたのだ。
だからすぐに書き換えが完了した。さすがのキラでも『初心者用のナチュラル用OS』なるものを、あんな短時間で作り上げることなどできない。
それをリナは、初心者用のナチュラル用OSと勘違いしながらも動かしてみせた。そして確信する。
――彼女は、コーディネイターだ。

(あなたは……なんで、地球軍の軍人なんだ……?)

後方を見ると、近づいてくるアークエンジェルが見える。キラは、艦内で働いている友達の姿を思い浮かべながら、ストライクをカタパルト口に向けてゆっくりと流れていった。


- - - - - - -


「敵部隊、我が艦から離れていきます。支援砲撃、沈黙。Nジャマー数値減少」
「……第一種戦闘配置命令解除。対艦用具納め。フラガ大尉のゼロとヤマトのストライクを収容しろ。
まだ敵部隊が潜んでいるかもしれん。……対空監視、怠るなよ」
「了解」

ギリアムの号令と共にブリッジの緊張が緩む。ギリアムはそれを肌で感じるが、叱咤することはなかった。
自分も初めての艦の指揮。敵を無事撃退し、気が抜けるのは否定できない。
安堵の吐息をつくのを堪え、かつての上官であったロクウェル大佐が抱えていた重荷に思いを馳せていた。

「……終わったのかな」

戦闘終了の号令を艦内放送で聞いたリナは、ムウとキラが帰還し、ようやく船務科から解放された。
戦闘が終わったこと、ムウとキラが無事に帰ってきたことに安堵の溜息をついて、小さな身体を目一杯背伸び。
まとめていた黒髪を解きながら格納庫に飛んでいく。直接戦闘に関わったわけではないから事情はわからないけど、なんか苦戦していたみたいだし、労ってあげたい。
リナが格納庫に着いたとき、ストライクのコクピットに取り付いている甲板要員達が見えた。マードックがコクピットを叩いて怒鳴っている。

「おーい! 坊主! 開けろってば!」
「? どうしたんだい?」
「あぁ、お嬢ちゃん。ヤマトがコクピットから出てこねぇんだよ。寝ちまったのかな……」

なるほど、と思う。キラは実戦経験が少ないし、本格的な戦闘で疲弊するのは当たり前かもしれない。まだ学生なのだから。
コクピットに耳を当てて、何か聞こえるか……と思ったけれど、聞こえるはずがない。

「キラくーん? ……開けるよ」

まるで寝ている息子を起こす母親のような口調でコクピットハッチに語りかけながら、緊急用ハッチ開放キーを探し当てて入力。与圧した空気が吐き出され、コクピットが開かれる。
リナやマードック、遅れてやってきたムウも一緒にコクピットを覗くと、案の定、コクピットシートで寝息を立てているキラを見つけた。
そのキラの寝姿にリナは微笑み、ヘルメットにぽんと手を置いた。

「お疲れ様、キラ君……」
「リナ……さん……」

キラから返って来た返事は、寝言だった。
衛生兵がキラを起こさないようにコクピットから出して、医務室へと運び込まれていくのを見届け、自分も個室へ帰ろうとしたとき。

「そうだ、お嬢ちゃん。合体のことなんだけどな」
(うわっ、来た……)

マードックに呼び止められた。用件は今まで後回しにしていた、コアファイターとエールストライカーパックの合体の件だ。
リナは内心ヒヤヒヤしながら、くるりと振り返って、なるべく良い笑顔で対応することに。にっこりと笑って、後ろに手を組んで、少ししなっとした態度。

「ん、うん。……なに?」
「……お嬢ちゃんのMAとエールストライクは、結論からいって『規格は違うが接続部構造は同じ』だったぜ」
「…………???」

つまり、どういうことだってばよ?
理解の色を示さないリナに、マードックはこめかみをペンの尻でかりかりと掻きながら言葉を探す。

「わかんねぇかな……要するに、他社の部品で全く互換性は想定してなかったが、たまたま出力や構造が同じだったからあの二機はくっついてたってこった」
「わかりやすい例えをありがとう。……でも全く違う技術で作られてるって言ってなかったかい?」
「そうなんだが、そこが不思議なんだ。まるで『エールストライクのほうがMAに合わせて作ってあった』みてえに、がっちり合っちまったんだよ」
「……ちなみに、ストライクとあのMAは、どっちが先なの?」

まるで、ニワトリが先かヒヨコが先か、という問答みたいだ。
マードックは憮然とした表情のまま、コアファイターをペンの尻で指す。

「MAが先だ。その接続部も、俺たちには知らない技術で作ってあるってのに……これって、本当はお偉いさんが秘密で作ったストライクの支援機じゃねえのか?」
「技術屋じゃないボクに聞かれてもね……ストライクの開発計画の責任者に聞いてみないと」

肩をすくめ、格納庫に未だ吊るされているコアファイターを見上げる。
装甲が全て剥がされて、被弾した推進器が外されて核融合炉が丸見えで……まるで死体のようだった。
どうやら本気で解体するようだ。そして自分は壁の花になることが確定したというわけだ。
改めてその事実に嘆息する。嗚呼、ガンダムのコクピットがますます遠ざかっていく……。
せめてブラックボックスや学習型コンピューター、核融合炉だけは置いておくように言わないと。あれは絶対将来役に立つはずなのだ。

「おまけに核融合炉ときたもんだ。こいつぁオーバーテクノロジーの塊だぜ。学習型コンピューターってやつも調べちゃいるが、まだ解析できちゃいねぇ。
なにしろブラックボックスの中だからな。こんな艦の中の設備じゃダメだ。専門の設備が整った基地に持ち込まねーと」
「そっか……」

もし……もし、あの伝説のパイロットのものだったら、彼の戦闘記録が生で見られるかもしれない。

(このコアファイターが、もしかしたら戦争の勝敗を分けるかもしれないな……)

期待に胸を弾ませ、コアファイターを見上げるのだった。




無重力帯というものは厄介だ。
物体が重力に引かれて下に落ちることがない、というのは便利に繋がることもあるが、相応の不便も付きまとう。
身体能力が低い者は無重力に翻弄されて宙で暴れるだけになるし、飛翔物体は驚異的な破壊力を持って人体や機器を破壊する。宇宙空間の真空状態はそれらの最たるものだ。
そして訓練された軍人にとっても、無重力は重要なものを磨耗していく危険を孕んでいる。そう、筋肉だ。
いくら重力区画があるとはいえ、地球に比べれば弱い。地上の二倍ほどの運動をこなさなければ、全身の筋肉は想像以上のスピードで衰えていく。
それは、生まれながらにしてチートボディを持つリナにも言えることだった。
リナの身体は決して無敵ではない。普通の人間のようにお腹が空くし喉も渇き、食べ過ぎれば肥満になり、食べなければ飢えるし病も招く。
そして運動しなければ、その筋肉も細くなりリナの優位性は失われる。それは本人が最も恐れている事態だ。だから彼女も軍規に関わらず運動は欠かさない。

「はっ、はっ、はっ……」

艦内の回廊を、他のクルーと共にランニングをするリナ。運動用のマグネットつきのシューズを履いて走りこんでいる。
白いゆったりとしたランニングシャツを着て、綿生地の薄い水色のホットパンツを穿く軽装のもの。艦内は常に二十度程度に設定されているため、薄着でなければ蒸してしまう。
リナは疲弊しにくい身体を持っているので、他のクルーよりも多く足を動かして走らないと疲れてくれない。
しかし、他のクルーより速く走ると……この狭い艦内だ。前の追い抜こうとすると衝突などの危険があるため、常に同じ背中を見ながら走らなければいけない。
自慢の長い黒髪を三つ編みにして、尻尾みたいに揺らしながら艦内を駆けていく。

時間は朝の〇六一五時。
朝といっても、小さな窓の外を見ても夜みたいに黒い宇宙空間が広がっているだけで、太陽が昇ってくるわけでもない。
しかし、全ての宇宙に住む人間。プラントも連合もオーブも、全ての人間は地球の北半球の時間に合わせて生活している。
これは例え人種民族レベルで敵対していたとしても絶対変わらない、人類共通の普遍的なものだ。全人類の数字が〇から九までと同じように。
それはともかく、朝の〇六一五時だ。この十五分前には全員目を覚まし、すぐに着替えて点呼がある。地球軍全体の規範であって、アークエンジェルもメイソンも変わらない。
そして今行っている体力練成の時間が始まる。およそ十五分程度だ。
それぞれランニングやトレーニングマシンを使ったりするのだが、リナは走るほうを選んだ。機械に運動させられているような感覚が嫌だからだ。

「はっ、はっ、はっ。……」

後ろからの視線に気づいて、ちらりと左後ろを振り返った。
後ろを走るのは、二十代半ばほどの青年。階級は兵長だ。身丈が高く、リナの顔が彼のヘソに当たるほどの上背。
その男はリナにじっと見上げられて、のっぺらした印象の顔を、びく、と引きつらせた。

「ちゅ、中尉……どの、何か自分の顔についておりますか?」

上ずった声を挙げてキョドる男。リナはその顔立ちと篭った声に、内心引き気味になって口の端をひきつらせた。

「いや……その、兵長。ずっと、ボクを見てないか?」
「ハッ、中尉殿の後ろを、ずっと走っておりますので……中尉殿の背中しか見るものが、なくて」
「背中よりも……なんていうか、横から見られてる感じがしたんだけど……」

そうだ。この男はずっと、左斜め後ろを、かなり至近距離を走っていたのだ。
それこそこの身長差だと、リナが速度を落とせば轢かれてしまいそうなほどに近く。今までシューズのかかとを踏まれなかったのが不思議なくらいだ。
なぜか男の視線は泳ぎっぱなしで、走っている熱とはまた別の汗をかいているような気がする。
しかも必要以上にどもる。何か隠している仕草のように見える。

「せ、僭越ながら……中尉殿の、き、気のせいだと思われます」
「……それはいいけど、近すぎると危険だから、もうちょっと離れて走ってくれないかな」

ちら、と前を見る。兵長が離れるのではなく自分が離れるという選択肢もあるのだけれど、自分の前を走っているのは船務長のホソカワ大尉だ。
彼はメイソンのクルーの中でもがっしりとした体つきをしていて、後ろの兵長よりも身丈も高く、その歩幅もあって自分よりも速い。
だから一番速い彼が先頭を走っている。リナはその次だ。基本的に足の速い順に並んで走るのが暗黙の了解になっている。
ホソカワ大尉は走るとき後ろに大きく足を振り上げる癖を持っているので、これ以上近づくと、草食動物を追いかける肉食動物のごとく蹴られてしまう。

「は……はぁ。ご命令であれば……」
「……よろしい」

彼はスピードを一時的に落として、すごすごと離れていく。その表情は何故か、すごくガッカリした表情だった。
一体なんなんだろう。リナは首をかしげながら、ホソカワ大尉の背中を見ながら走り続ける。後ろから響く、多くの足音。

(今日は妙にランニングするクルーが多いような……?)

疑問に思うが、あまり気にせずにランニングを続けるのだった。



(ばっか、兵長! お前近づきすぎるんだよ! 気づかれただろうが!)

兵長の背中をどつくのは、彼の上官の伍長だ。彼の背中に怒鳴るように語調を強めて、前を走るリナに聞こえないように囁く。

(す、すいません伍長殿……もうちょっとで、見えそうだったもので……)
(何が見えそうだったって!? 何が!?)

伍長の目が血走った。ふんす、ふんす。鼻息も荒い。
兵長は問い質されてリナの「見えたもの」がフラッシュバック。鼻の下を伸ばし、表情を緩めた。

(あ、あの……シエル中尉の、ランニングシャツの脇から……膨らみかけの……が……)
(きっさまあああぁぁぁぁ……!! 見たのか! 見えたのか!? しかも気づかれなかったか!?
我々同志によって組織した「シエル中尉の桜色を観測し隊」が結成されて早や二日で、もう解散の危機に追い込む気か!? 軍法会議ものだぞ!)
(か、会議にかけられてもいいですぅ……あの青い果実にツンと尖った、桜色の先っぽ……ぐあっ! ご、伍長殿!
コクピットブロックにエマージェンシー! 脚部過熱、歩行能力に障害が発生であります…!)
(あああああこんなところでか!! 立て、いや起つな! 衛生兵! 衛生へーい!)
(伍長、殿……! 自分に構わず、先に行ってください……! そして、恋人のアメリアに、愛していたとお伝えください!!)
(ていうかお前彼女居たの)

(なんか後ろがうるさい……)

なんか後ろが、ボソボソとやたらと私語をしまくっている。何を言っているのかわからないが、ちらと振り返ると、
アークエンジェルとメイソンのクルーがなにやら仲良さげ(少なくともリナにはそう見えた)に会話に花を咲かせている。
さっき話していた兵長が、前かがみになってひょこひょこと老いた山羊のように走っている。なんで走ってる間に男の生理現象が発生したんだろう。

(エロ会話でもしてたのかなぁ……修学旅行か。でも、仲が良いなぁ)

今まで両艦のクルーはあまり個人的な交流が無かったように見えたから、多少の私語は目をつぶることにする。
それにしても、最近は男と個人的な会話をしていない。アークエンジェルに乗る前は一番話したいと思っていたキラは学生達と仲良く会話を弾ませている。
コミュニケーションがとりやすい食事の時間も、士官食堂と一般食堂で離れている。リナ自身は一般食堂でもいいと思っているが、他の士官との仲をおざなりにするわけにはいかない。
キラとまともに顔を合わせるときといったら、格納庫とシミュレータールームくらいしかない。一番話しているといえばムウか。同じ職業軍人で士官で、MA乗りだから話が合う。

(同じ学生同士のほうが気が合うのかなぁ……って、まだあんまり話してないうちに何考えてんだか)

何の心配もいらない超人に対して、何を思うところがあるというのか。それよりも、自分を鍛えることに集中しないと。
自分の思いに苦笑して彼のことを考えないようにして、ランニングに集中することにした。



- - - - - - -


「ふー……」

朝の体力練成の時間が終わり、一息つきながら女性士官用の更衣室に入る。アークエンジェルに勤めている女性士官は、平均的な戦闘艦に比べて割と居る。
マリュー・ラミアス副長。ナタル・バジルール少尉。ミリアリア・ハウ二等兵。あとはメイソンのクルーに三名いるが、今は省略する。
ロッカーは三十ほどあるが、使われているのは六つだけ。自分の場合は大して量があるわけでもないけど2つ使ってる。単に広々と使いたいからという理由で。
そのうちの一つ(私服用)の前に立つと服を脱いでからタオルと替えの下着を引っ張り出し、シャワールームへと歩いた。
十歳児のようなすんなりとした身体。乳房はようやく膨らむ兆しを見せるけれど、まだまだ女性の凹凸に欠ける。
それが自分にとって大いに不満で、鏡に映った自分からつーんと目を逸らしてシャワールームに向かう。

「ふんふんふーん♪ ……ふん?」

鼻歌を口ずさみながらシャワールームに入ると、先客の音がする。誰だ。中を覗き込むと、仕切りのドアの上からウェーブがかった長い栗色の髪が見えた。
あの頭は……

「ラミアス大尉?」
「あら、シエル中尉。ランニングは終わったの?」
「はい、つい先ほど。……」

マリュー・ラミアス大尉だ。しっとりとした声は特徴がある。髪と同じ栗色の瞳を流し目でこちらに向けてくる。それが大人の色香を思わせる。
自分には望むことができないその肢体と仕草。とても三歳差とは思えない体格差。三十五センチもの差は、メビウスとジンの差をも軽く凌駕する。
魔乳と呼んでも差し支えのない、母性的で豊満な胸。シャワーの湯で濡れると、艶やかに体を雫が滑り落ちる。
そんな彼女とは対照的な、こちらの絶壁。いや、絶壁は言いすぎだ。膨らんでいるのだ。
ただ、サイズ差が飛騨山脈と弁天山くらいの差があるだけだ。決して絶望的な差じゃない。

「シエル中尉……? どうしたの、自分の身体を見下ろして絶望的なカオをして」
「誰が絶壁かっっ!! あっ……し、失礼しました」
「そんなこと言ってないじゃないの……」

『絶~』という言葉に過剰反応するリナに、マリューはいよいよリナが不憫になってきた。

「大丈夫よ、シエル中尉は大器晩成なだけなんだから。今こんなに可愛いんだから、将来性あるわよ?」
「……一生、この身体ってことはないですよね?」
「それはある意味羨ましいけど……あ、い、いいえ、なんでもないわ……」

途端にリナの表情が消えて虚ろな瞳でこちらを見るので、慌てて訂正するマリュー。怖い。思わず目を逸らす。

「とりあえず、シャワーを浴びなさい。いつまでもそうしていたら、風邪を引くわよ?」
「そうですね……っくちゅ」

言ってるそばからくしゃみ。マリューの隣のシャワールームに入って、シャワーからお湯を吐き出させる。
全身をお湯が包み込み、汗や垢と一緒に流れていく。清涼な感触に、はぁ、と快感の吐息。
特に宇宙艦艇は完全に密閉された空間なので、汗臭いのは致命的だ。だから、持ち込んだスポンジで丹念に身体を洗う。

「?」

 視線を感じて、隣を見た。マリューがいつの間にか、まるで母親のような優しい目つきでこっちを覗き込んでいる。

「ら、ラミアス大尉?」
「シエル中尉、綺麗な肌してるわね……二十三歳っていうのが信じられないわ」
「ボクも信じられないですよ。早く成長してほしいです」
「本当、なんでかしらね。私としては、軍人として職務を果たせるのなら問題は無いのだけれど」

同感だけれど、やっぱりこんなロリボディよりも、マリューのようなグラマラスなボディのほうが好きなんだけどな……と、残念な気持ちになる。
シャワールームの中で身体を拭いて、身体にタオルを巻いて出て行く。着替えの軍装はロッカーの中。
マリューも、先に入っていたのに同じタイミングで出てきた。同じく身体にタオルを巻いている。たとえ同性であっても、タオルで身体を隠すのはマナー。
ぺたぺたとロッカールームに向かって歩いていると、
ぺろん。

「…………」
「…………」

身体に巻いたバスタオルが落ちてしまう。気まずい。マリューは苦笑している。いかん、しっかり結んだはずなのに。もう一度バスタオルを巻く。
ぎゅ、ぎゅ。……よし。ぺたぺた。ぺろん。

「…………」
「…………」

……二、三歩ほど歩いたら落ちてしまう。
まさか……

「引っ掛かるところが……」
「…………!」

マリューがよそを向いて肩を震わせてる。笑ってやがる……。上官じゃなかったら文字通りの空中コンボを放ってるのに。

(おのれおっぱい。脂肪の塊め! 自分は余裕があるからそんなに笑っていられるんだ。お前だって十歳のときはぺったんだっただろう!
胸囲の差が戦力の決定的差ではないことを教えてやる! そのうち!)

……ということは言えないので、とりあえずマリューの死角に入り、いそいそと着替えてロッカールームを後にした。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



L5宙域を抜けて丸三日が経った。
この三日、ザフトの攻撃も無く平穏に過ぎ去っていた。L5宙域哨戒中隊以来、全く戦闘が無かったといっていい。
それでもクルー達はギリアム中佐の指揮のもと、常に臨戦状態で対空監視を行い、常に強烈な緊張感と戦っていた。
それでもギリアム中佐の警戒は杞憂に終わり、既にブリッジのメインモニターからでも地球が見えるまでに近づき、アラスカは目の前……かと思われた。

しかし、ザフトはアークエンジェルを見過ごすほど甘くは無かった。

「ストライクとゼロ、ジンタイプ四、シグータイプ一と交戦状態に入りました。敵MS部隊、方位一五〇より更に接近! 
距離一八〇〇。ジンタイプ二、ならびにシグータイプ一!」
「両舷全速後進、敵部隊との相対速度を合わせろ! 対空防御急がせ!」
「一番から五番、ヘルダート、左右から迂回させるコースでプログラムセット。続けて十秒後にゴッドフリートを拡散照準で発射!」
「了解! ヘルダート、プログラムセット! Salvo!」

ブリッジでは敵部隊の更なる増援に騒ぎ立て、その応戦に忙殺される。アークエンジェルから次々と火線が延び、敵部隊の光点の中へと吸い込まれていく。
高い運動性を持ったジンやシグーに艦の砲撃が早々当たるものではないが、充分牽制になるし、上手く火器を集中させれば充分な威力を発揮する。
実際、最初にザフトの攻撃部隊が攻めてきたときに一機のジンを撃墜することに成功していた。忘れてはならないが、艦砲は一撃でMSを屠るだけの火力を持っているのだ。
それでもこの戦力の差に、次第にアークエンジェルは押されつつあった。
アークエンジェルの堅牢な装甲によって、落とされはしないもののダメージが蓄積し、白い艦は見る間に弾着によって灰色に染まっていく。

「第二、第四ブロック火災発生! サブブリッジ中破! 主機出力十二%低下!」
「船務科、ダメコン急げ! 消火班は鎮火を急がせろ! 救護班は負傷者を医療ブロックに収容、急げよ!」
「回避運動はもっと引き付けていけ! 動きを読まれているぞ!」
「くっ……! やってます!」
「できていないから言っている! 沈みたいのか!」

ブリッジでは怒号が飛び交い、キラとムウはその数の差に疲弊しつつあった。
エールストライクで飛び出したキラはジンを立て続けに二機撃墜するも、残りのジンとシグーに攻撃を受けてたじろいでいる。
ムウも集中砲火を受けてガンポッドを一つ失う。舌打ちしてジンに反撃し、左腕を破壊するが重斬刀による反撃を受け、ギリギリで回避。

「くっそぉー! 数が多い! やっこさん本気だなぁ!」
「フラガ大尉! 大丈夫ですか!?」
「坊主は自分の心配だけをしてな!」

苦戦を強いられる二人だが、声を掛け合い、お互いをカバーしあいながら数で優るジンやシグーを相手に互角以上に戦っていた。

〔ヤマト! フラガ大尉! アークエンジェルは攻撃を受けています! 戻って下さい!〕
「くそっ! また増援か! うおっ!」

ムウがアークエンジェルの危機にうめくが、そこへジンの七六ミリ機銃で狙われて、慌てて回避する。
キラも複数機から同時に攻撃を受けながらも反撃でジンを撃墜するが、とてもアークエンジェルを応援にいける状態ではない。
一方艦内のリナはまたも船務科にまわされ、ダメコンに奔走している。消火活動のために、消火剤を散布する任務を負わされていた。
だぶだぶの防護服を強引に着て消火チューブを持って出火しているブロックに駆け込む。防護服ごしでも感じる熱気に顔を顰めながらも、消化剤噴射口を向けてバルブを捻る。

「くぉのー! 艦内で死ねるかー!」

防護服の中で雄叫びを挙げながら、迫り来る炎に消火剤をばらまく。士官学校では艦のダメコンの課業もあるため、消火活動は慣れたものだ。
もちろん本物の危機は初めてなため、多少テンパり気味ではある。それでも優秀な船務科達の活躍により、アークエンジェル内は延焼せずに済み、ダメージは最小限に抑えることができていた。
しかし自然発火でも不慮の事故でもない、この火災。敵はアークエンジェルに次々と弾丸を撃ち込み、火災ブロックは次々と増えていく。
MAで戦うよりもきつい。早く出撃したい……と、リナは切実に願いながら、噴出口のバルブを捻るのだった。

「更にジン二、来ます!」
「迎撃急げ! 今取り付いているMSにはイーゲルシュテルンで対抗しろ! ヘルダートは照準を新たな目標にセット!」
「了解……マーク!」

ブリッジでは船務科に負けないほどに忙しなく敵部隊への対応に追われていた。しかし、アークエンジェルの搭載火器とて無限ではないし必殺でもない。
次々と増えていく敵。しかし、ギリアムは顔に一つも絶望的な色は出さず、ただ今できる最善の戦術を次々と下していく。
それでも更なるダメ押しに、さすがのギリアムの胸中にも撃沈の予感が去来する。諦めかけてしまう己を必死に抑え込んでいた。
そこへ――

「むっ!?」

横合いから、大量の火線が敵部隊に降り注ぎはじめた。幾条ものビームとミサイル。リニアガンらしき閃光も見える。
突然降り注いだ飽和攻撃に、いくつかのジンが火線に晒されて光の玉に封じ込められ、シグーもダメージを負って後退していく。
振って湧いた幸運。MS部隊は後退していき、戦闘の気配が去っていく。
ギリアムは望遠レンズでその火線の元を観測するよう指示すると……見えたのは、地球軍の艦隊と、メビウスの編隊。

「どこの艦隊だ……? 通信を開け」
「ハッ――あっ、艦長、味方艦らしき艦艇から先に通信が来ました」
「早いな……メインモニターに映せ」

命令の直後、後退していくMSの光点を映していたメインモニターが、壮年の男の顔へと切り替わる。

〔危ないところだったな。こちら第8艦隊所属、先遣隊旗艦モントゴメリィ。艦長のコープマンだ〕
「こちら第八艦隊所属、強襲特装艦アークエンジェル。私は第七機動艦隊のギリアム中佐であります」
〔おぉ、ギリアム中佐か……久しいな。まさかその艦の艦長になっているとは〕

ギリアムはメインモニターに映った彼の顔に敬礼し、互いに顔を綻ばせる。二人は所属艦隊は違えど、かつては艦隊戦戦術で競い合った仲であった。

「それで、コープマン大佐はどのような目的でこの宙域へ?」
「うむ。我が軍の最高機密が単艦でザフト制空圏内を飛ぶというのだから、飛び出してきたのだよ。手土産も持ってな」
「手土産、ですか」

またぞろ、格納庫で眠ってるMAのような、得体の知れない実験的なMAでも持ってきたのだろうか。
ギリアムやマリュー、ナタルが揃いも揃って怪訝そうな表情を浮かべたので、コープマンは苦笑して掌を仰いだ。

「おいおい、嬉しそうではないな? 諸君らの苦境を察して持ってきてやったというのに」
「前例がありましてな……失礼しました。では、手土産とはどのようなものなのでしょうか?」
「それは、接舷してからの楽しみにとっておけ。それではまた会おう、ギリアム中佐」
「ええ、また後ほど」

通信が切断された後、ギリアムはシートに深く腰を落として、ふぅと安堵の吐息。
なにやら怪しいものを持ってきたようだが、援軍が来てくれた。それが何よりだった。
今までは友軍からの支援が期待できず、まともな軍事行動ができない状態だったが、これでようやく、戦争らしい戦争ができるというものだ。
長く苦しい戦いの連続で、ギリアムは少し楽観的になっていた。


- - - - - - -


「援軍が来たんですか? 連合から?」
「ああ、ネルソン級一隻に、ドレイク級二隻。艦載機も満載だってよ。これでようやくまともな軍隊になってきたな」
「そうですね……今まで僕達だけで戦っていましたから」

リナにムウにキラ。お決まりの三人が思い思いの感想を口にしながら、リナとムウはミストラル。キラはストライクに乗りこんで、補給物資の搬入に取り掛かる。
初めは戦うことと、アークエンジェルの乗員以外の連合軍人を毛嫌いしていたキラだが、リナとムウと接することで克服しはじめているようで、二人と一緒に増援に安堵している。
戦闘発進ではないので、各々のタイミングで格納庫から発進。接舷し、補給物資が詰め込まれたコンテナを搬出するネルソンに取り付いていく。
普通に空間作業をするだけなら、三人とも慣れたもの。バケツリレーの要領で物資を運び込み、最後の、精密作業に向いているキラのストライクがきちんとコンテナを並べていく。

「結構な量ですね……あといくつあるんですか?」

いい加減ループ作業に飽きてきたリナは、溜息をつきながらモントゴメリィの作業員にうんざりとしながら問いかける。

〔こいつで最後だ! これがとびっきりの手土産だぞ!〕
「?」

作業員に疑問符を浮かべて、モントゴメリィからミストラルのスラスターを精一杯噴かして出てくるのを見届ける。
一体何を引っ張りだそうとしているのだろう。ミストラル二機がウィンチワイヤーを利用して牽引している。結構な重さのものを持ち出しているようだが。
やがて見えてくるのは、「頭」。そして肩。まさか。

「MS!?」

リナは驚きと喜びが混じった喝采を挙げた。




2013/09/14   初稿



[36981] PHASE 10 「流星群」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/09/23 23:47
――起動設定確認。
各ジョイント点検。擬似皮質点検。擬似神経野接続確認。各部センサー確認。
バイラテラル角1:2.5、運動偏差――は、動いてみないとわからないが、ストライクよりかなり妥協した設定になっている。
電子兵装ヴェトロニクスオンライン。APU(補助電源)接続確認。三次元ベクターノズル、偏向テスト完了。
インプットロジカルは……ぱっと見、ナチュラル用なのかコーディネイター用なのかはわからない。
コクピットから顔を出して、足元から見上げてくる何人かの整備員を見下ろす。
そのうちの、まるでサンタクロースのように豊かな髭を蓄えた、まるでテキサスでステーキ屋でも営んでそうな太った整備員に、怪訝そうな視線を向けた。

「これ、使えるんですか?」
「俺が整備したんだ、使えないはずがあるか!」

ぶん、とたくましい腕を振り上げる男。マードックに似て、どことなく頑固一徹の職人を想起させる態度と姿。
とにかく、信用するしかないか。そう思った。そう思わなければ、命がけの戦闘になど出られない。
それに、ストライクを除けば、初めて配備されたモビルスーツ。今までMAで出撃するたびに九死に一生スペシャルに出演できそうなほど死に掛けたリナとしては、これに喜ばないはずがない。
小さな胸を弾ませながら、もう一度コクピットのシートに座って、コンソールパネルのキーに指を走らせ、コンディション画面を表示させる。
ヴェトロニクスが起動。コンソールパネルが輝き、OS起動画面が表示された。

General
Unilateral
Neuro-Link
Dispersive
Autonomic
Maneuver_Synthesis System

「……ストライクと同じOS使ってるのか」

縦読みで、ガンダム。何かの冗談としか思えない。偶然の一致にしては出来過ぎだ。
だけどこいつはガンダムじゃない。キーボードを操作して、機体点検の画面を立ち上げると、左上に型式と機体名が表示された。

GAT-01A 先行量産型ストライクダガー。

先行量産型であることと、型式番号の最後に”A”がつくだけで、あの”ストライクダガー”とどう違うのか分からない。
まあ、何はともあれMSだ。MAじゃないならなんでもいい。ようやく、この世界に来た意味が出てきた。
よし、ここからばっちり戦果挙げて、ガンダムのコクピットを目指すぞ!

「言っておくが、フェイズシフトは無いからな。装甲はメビウスと似たり寄ったりだと思っておけ!」
「……一気にありがたみが失せたなぁ」

十メートル下で作業監督をしている髭の整備員の忠告に、期待感に水を差されて表情をぶすっと翳らせる。
機体は良くなっても装甲は前のまま。またあの毎度九死に以下略に出演しなければならないらしい。
その整備士はリナの残念そうな表情に、蓄えたヒゲ越しにでもわかるくらいに大きく笑った。

「わっはっはっは! 確かにフェイズシフトは実装されてねぇが、パーツのほとんどはストライクと共有してる!
理論上は、奪われたG兵器とやりあえるだけのスペックは持ってるんだ。そんな腐った顔すんな!」
「G兵器の量産に成功したってこと?」

まじでか。期待の視線を髭の整備員に向けたが、その整備員の声が劇的に小さくなった。

「……元々G兵器自体が、量産のテストモデルだからな。五機のG兵器は部品の大部分を共有してるんだが……。
その共有してる部品の予備の規格落ちをかき集めて組み立てたのが、これなんだよな。
まあ、頑張ればG兵器とやりあえる、と思う。多分。おそらく。運が良ければ」

今にも、人差し指同士をつんつん合わせそうなくらいテンション低い。要するに、そんな自慢できる性能でもないらしい。
言われてみれば、よく観察すると頭から下はストライクだ。カラーリングも、なんとなく白色が暗い。
頭と色がダガーのストライク、ということであるらしい。
その貫禄のある整備士は、髭をいじりながら苦笑いを浮かべる。

「見た目が違うのは……G兵器の顔は見たことあるだろうが、それぞれ個性的だろ?
 配置が被ったセンサーを一つに統合したり、高価な部品を妥協して平均化していったら、この顔に収まったんだとよ。事務的な顔してるだろ?」
「……ジム的にね」

上手いこと言ったつもりか、こいつ。本人は、なんだそりゃって顔してるけど。
そこへ、コクピットを覗き込んでくるキラ。いきなり目の前に現れて、どきりと胸の奥が跳ねて小さく目を見開いてしまう。

「? リナさん、OSの調整をしましょう」

その表情に気づいたようで、キラが疑問符を浮かべた。いかん、平常心だ……。

「う、うん、わかった。……いきなり入ってきたからびっくりしただけだよ」
「あ、ごめんなさい……」

別にいいけど、と視線を泳がせながら整備用のキーボードを引っ張り出してコンソールパネルを調整画面に切り替え、リナがコクピットから離れてキラに座席を譲る。
自分は横から見て、あれこれと指示するだけ。さすがにキラのようなスーパーコーディネイターでなければ、OSのプログラミングには手が出ない。
しばらく調整していると、外の賑わいが大きくなってきた。ストライクとゼロの整備員が集まってきたからだ。

「へぇー、こいつがG兵器に続いて初の地球軍のMSかい」

ムウは自機の整備を一段落させ、ハンガーに固定されたMSを見上げて明るい声を挙げる。
今の彼は整備員のオレンジ色の作業服を着ている。

「これでザフトのMSとも対等に渡り合える、ってわけか? だけど一機だけかよ」
「まだ地球軍に、MSの生産ラインが整ってないからな。これを含めて二十機程度しか配備されてねぇんだ」
「そのうちの一機が回ってきたと。期待されてるねー、俺達」

快活に笑うムウ。まったく、気楽なものだ。MSに乗れたとはいえ、こちとらキラみたいに万能で最強じゃない。
それに、G兵器の規格落ち部品を使ってるらしいから、性能は期待できない。あくまでG兵器を比べて、だけど。
まあメビウス・ゼロに乗ってるムウよりはマシなのかもしれない。こちらは対ビームシールドも持っているわけだし……。



時は少し遡る。



「で、このMSには誰が乗るんだ?」

パイロットの三人全員で、搬入した先行量産型ストライクダガーの部品の点検と整理をしながら、ふとムウが声を挙げた。
ぴくり、と肩を震わせたのはリナだけ。キラはきょとんとムウを見返している。

「フラガ大尉が乗るんじゃないんですか?」

まあ、実績とか階級から考えたら、キラがそう考えるのも無理は無いけど……。
それを聞いてリナは、じっとキラを見上げた。ボクが乗りたい! と、視線で訴えるように。でもキラは気づかない。
キラのあっけらかんとした言葉にムウは肩をすくめて苦笑する。

「そう言いたいところだが、順当にいくと乗るのはシエルだろ。
こんな敵地のど真ん中で、突然慣れない機体に替えられてのろくさ出て行くなんて御免だからな。
シエルも同じだろうけど、ちょうど乗るMAが無いだろ? ちょうどいい機種転換の時期だと思うがね」

リナはその言葉に素直に頷く。視点の違いゆえに多少内容は違えど、リナが思っていたことと意味は全く同じだ。
不慣れな兵器、それも全く操縦機構の違う機体に乗り換えるのは、平時であれば無理なく行えるが……それが戦場の真ん中なら、ムウの主張は無理もないことだ。
いくら性能がいいとはいえ、操縦がよちよち歩きではすぐさま落とされて宇宙の藻屑となる。
それでは死んでも死にきれないというもの。大事なことなので二回言うが、リナも同じ事情だ。

「でも、地球軍でも数少ないMSパイロットになれるんだ。将来地球軍には嫌でもMSが大量配備されるだろうな。今のうちに慣れておけよ。
俺はしばらくは、ゼロでやっていくからな。ゼロは俺の相棒みたいなもんだ」
「はい、ではお言葉に甘えて!」

必要以上に元気に応えたリナであった。
ようやく念願のMSのパイロットになった! こう言うと殺してでも奪い取られそうな気がするが、ただの妄想だ。
そういう成り行きで、というか簡単な成り行きで、リナがこの先行量産型ストライクダガー――ストライクダガーとしておこう――の専属パイロットとなった。

「……終わりました。僕もこのMSについてはよくわからないから、細かい調整に関してはなんとも言えないですよ」

整備用のキーボードを格納しながら告げるキラ。二人で行ったOSの調整は終わるが、キラといえど専門の技術者じゃないから、一から組み上げるのは難しいようだ。
それでもリナは満足げに笑顔を浮かべて、キラの肩をぽんとたたいた。

「キラ君の整備なら大丈夫! これで百人力だよ。ありがとう」
「は、はい」

キラははにかみながら、照れるみたいに頬を掻いた。
彼はその自分のスペックに反して、妙に自信がないような態度をとるところがある。
謙虚といえば聞こえが良いが、どことなく卑屈さも混じっているような気がしてならないのだ。
彼に自信をつけさせることが、まず必要なんじゃないかとリナは思った。
だから、彼はとにかく褒めてあげよう。自信がつけば、彼はひとかどのパイロットになれるはず。

「機体の整備中とは思えないほど、楽しそうね」
「あっ……ラミアス大尉?」

キラと微笑み見つめあっていると、コクピットを覗き込んでくるマリューの姿があった。
なんでこんなところに、と思って目を丸くする。憂いを含んだその表情と関係があるのだろうか。
ふ、とマリューが笑った。

「私はG兵器つきの技術士官だったのよ。地球軍が新しいMSが作ったと知ったら、気にならないはずはないわ」
「なるほど……」

マリューといえば、オペレーターとか艦長とかのイメージが強かったから、ブリッジの虫かと思っていたけれど、最初に会ったときは整備員の格好をしていたのだった。

「地球軍のOSがどれくらい完成しているか見たかったけれど、もうキラ君がいじってしまったみたいね」
「す、すいません」
「いいのよ、別に責めてるわけじゃないの。ただ、すごい、と思ってるだけよ」

マリューがキラに向ける瞳は、リナには羨望の眼差しのように思えて、ぎくりとする。
彼女の言いたいことが、なんとなく分かってしまう。

「……機械に関する知識は学生並みくらいのはずなのに、難解複雑なMSのOSがいじれるのだから、大したものよ」
「ボク達ナチュラルには、不可能ですか?」
「えぇ、そうね。何十年に一人の天才……っていうレベルと言えるわね」

リナの問いかけに即答するマリュー。その瞳にはやはり羨望が浮かんでいる。
マリュー自身も、この技術と知識を身につけるまでに、大変な苦労があったのだろう。
G兵器の技術士官なのだから、彼女も多才と言える。だが、キラを見てナチュラルの限界を感じたのかもしれない。

「コーディネイターは、すごいわね」

最後のぼやきにも似た言葉には、キラへの皮肉があらん限り篭められていた。


- - - - - - -


モントゴメリィを旗艦に、コープマン大佐率いる第八艦隊先遣隊の航行目的は、単純にいってアークエンジェルと合流、
のちにアークエンジェルが任務を全うするためにできる限り援護することである。
しかし、先遣隊は航行目的とは別に、荷物を運んできた。ジョージ・アルスター事務次官である。
愛娘が乗るアークエンジェルに行くために、いわば「相乗り」してきた形だ。
というわけで、荷物と一緒に「搬入」されたジョージ・アルスターが、娘のフレイ・アルスターが感動のご対面というやつをやっていた。

「イイハナシダナー……って言うと思ったかコノヤロウ」

リナはそれを遠巻きに見て、ぶつぶつと呟いた。
事務次官とはいえ、民間人がその程度のことのために相乗りするとはなんたる厚顔無恥。
リナは軍人の家庭に育ったため、民間人が軍のことにしゃしゃり出てくることに大いに抵抗があった。
ちなみにキラは棚上げしている。アカデミー生らはちゃんと階級が与えられたのでよしとする。

(しかしあのオヤジは許せん。権力暈に着て民間人の身で乗り込んできやがって。とっとと帰れ。できればその娘を連れて)

腕組みして表情をぶすーっと不機嫌を露にしながら見ていると、ふと気になることを思いついてしまう。
そういえば、このオヤジはこの後どうするんだろう……。

「ああ、パパ! 本当に会えてよかった……この先不安でしょうがなかったの!」
「私も心配したんだよ、フレイ! でも、こうして無事な姿が見られてよかった」
「でもパパ、これからどうするの? この船、戦ってるみたいよ」
「大丈夫だよ、フレイ。私もこれからこの船に一緒に乗るから」

何が大丈夫なのだ。そう胸中でうめいたリナ同様、ムウも頭を抱えて頭をぼりぼりと掻いていた。
戦闘艦に高級文官が乗るなど……扱いに困るし、ほかの避難民の目もあるし、特に前線指揮官であるムウには頭痛の種以外の何者でもなかろう。
できればずっと中央区画に引っ込んでおとなしくしてほしいところだ。

「やれやれだな……お偉いさんの道楽もいい加減にして欲しいね」

ムウのあきれ気味の呟きに、リナは大いに頷きを返した……そこへ、アラーム!

〔総員に達す! レーダーに敵部隊らしき感あり!
総員、対空戦闘、ならびに対艦戦闘用意! 通常通路閉鎖! 非戦闘員はただちに指定された避難区画へ避難せよ!〕

今度は、ぶっつけ本番でMSを操縦しなければならなくなったリナが頭を抱えた。

(本当はもっと練習をしたかったんだけれど……仕方ない!)
「シエル! お前さんはまだ慣熟飛行もしてないだろ! おとなしくしてろ!」

ムウがブリーフィングルームに流れていきながら、リナの出撃したがる性格を知っていて、先に釘を刺してきた。鋭い。それに、これ以上無い正論だ。
だが、リナはそれでも食い下がる。せっかくモビルスーツを使えるんだ。このチャンスを逃してたまるか!

「い、いえ、砲台くらいはできます! シミュレーションも十分やりました!」
「馬鹿言ってんじゃないの! 虎の子のモビルスーツを落としたら責任取れないぞ!」
「き、キラ君の支援に回ります……それならいいですよね!?」
「えぇ!?」

キラが不服そうな声を挙げた。なんか言ったか、とリナがキラにガンを飛ばすと、弱気な性格のキラは、たじ、と後ずさり。
ムウはそのやり取りを見て、ふむ、と一瞬考え事をする風で、

「……しょうがない! 実戦に勝る訓練は無いってとこだな……手数も要るしな。
ただし、自分の命と機体を第一にしろよ。シールド保定と着艦くらいはできるだろ!」
「は、はい……」

えらい言われようだが、我慢しよう。足手まといになりかねないのは認めるところだ。
とにかく、リナとキラも着替えのために、ロッカールームへと流れていった。

通信での緊急ブリーフィングで明らかになった情報は次のとおりだった。
敵はローラシア級が一隻。頭上から逆落としに襲ってくるらしい。もしMSを満載しているなら、六機のMSが現れることになる。
しかし、いくらMSが優位性を保っているとはいえ、こちらはアークエンジェルとストライク、そしてメビウスを満載した地球軍艦艇が三隻もいる。
少々油断しすぎではないのか。そう不審に思ったのは、ムウも同じようだ。モニターの向こうで唸っているムウ。

〔なんかあるな……囮の可能性が高い。よし、俺がこの六機を引っ掻き回す。
坊主と中尉は、しっかりアークエンジェルをガードしてくれよ。坊主は中尉もガードだ、いいな?〕
〔は、はい!〕

おや、キラ君のテンションがやや上がったぞ。どういうことだろう。
まあ彼のやる気が充実してくれれば、ボクも生き残る確率が高くなるというもの。がんばってもらおう。
発進シークェンスを続行。ジェネレーターに火を入れて、OSを立ち上げていく。
地球連合軍の紋章が表示。ローディング。各部センサーを順次立ち上げていく。
さっき点検したばかりなので、細かい各部点検は省略。頭部のゴーグルに光が点り、機体全体をジェネレーターの出力が上がる振動で唸りを上げる。


〔――シエル機、発進シークェンス・ラストフェイズ。発進を許可する〕
「了解! ……シエル機、ストライクダガー、行きます!」

号令の直後、リナが乗った機体が勢い良く宇宙へと押し出されていく――

アークエンジェルから三つの光点が射出されたのと同じ時間。
モントゴメリィ以下三隻の先遣隊もまた第一種戦闘配置につき、機首を上げながら艦載機のメビウスを次々と射出していた。
射出されたメビウスは全部で十二機。フライト(四機小隊)が三つ、編隊を組んで、ムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロに続いていく。
アークエンジェルの艦載機の部隊編成は特殊すぎて、まだMS運用法が確立していない地球軍では、アークエンジェルの部隊と共に飛翔することに少々戸惑いの色があった。
それも無理からぬことだ。今まで散々、同じMSに苦戦を強いられ、撃破されていたのだから。
だが、モントゴメリィの艦長、コープマン大佐はアークエンジェルから射出されたMSを見て、頼もしげな眼差しを浮かべていた。

(あれが我が軍が開発したMSか……あれが量産されれば、地球軍は勝てる。そう信じたいものだ)
「しかし、ザフトに開発が遅れること半年……果たして渡り合えるかどうか?」

いくら兵器で並ぼうと、操るのは人間だ。その人間が正しい運用法を身に着けない限りは、数が揃おうと烏合の衆に過ぎない。
しかも相手はコーディネイターだ。こちらがとろとろとMSの操縦の練習している暇を与えてくれるものかどうか。
アークエンジェルに搭載されているストライク。そして、そのパイロットに思いを馳せる。

「やはり目には目を、か……」

ナチュラルのために戦うコーディネイター。「あれ」が完成せねば、地球軍に勝機は無い。
すぐさま戦闘は始まる。弱気を振り切り、そのコーディネイターと戦わなければならない。
号令を待つブリッジスタッフに、コープマンは静かに戦闘開始を宣言した。


- - - - - - -


「Nジャマー数値増大! 敵艦ローラシア級、MS隊を射出した模様!」
「各砲座、先行したフラガ機に当てるなよ! 先遣隊のMA隊にも射線から離れるよう伝えろ! ……敵機、数の把握を急げ!」
「最大望遠……確認しました、四機です!」
「なに?」

索敵のトノムラ伍長の報告に、ギリアムは疑問符を浮かべる。
確か、地球軍のデータベースではローラシア級のMS搭載数は六機のはず。
ザフトはローラシア級を主力級としており、地球軍がこのタイプの艦艇と交戦した回数は数知れない。
そのデータが間違っているとは到底思えない。何故六機搭載できる艦に四機しか搭載していないのか。

(アークエンジェルのレーダー範囲外から、機体を二機だけ先に射出したのか?
何故だ? その二機も、まだ望遠範囲にすら到達していない……)

ギリアムは悩んだ。現在進行形で向かってきている四機を迎撃しなければならないのは確かだ。悩みながらも四機への砲撃命令を出している。
現在の艦隊司令はコープマン大佐だ。この艦の動きが彼の命令を超えることはない。しかし、この姿無き二機への対応を上申することもできる。
だが、この姿無き二機は何なのか。それがわからなければ、上申する理由も意味も無い。

「索敵は対空監視を怠るな! 敵機がどこから飛び出てくるかわからんぞ!
各砲座はフラガ機と敵機を引き離すように撃て! 精密射撃は必要ない!」
「了解!」



「はぁ、はぁ……」

ストライクダガーのコクピットで、リナの息は荒く、バイザーを白く曇らせていた。
特に疲労があるわけではない。極度の緊張と高揚感がそうさせるのだ。
初めてのMS戦。二十三年間想い続けた念願のMSを与えられて戦闘に出たことに、リナは興奮していた。

三日間シミュレーターで練習していたとはいえ、やはり二本の操縦桿というのは奇妙な感覚だ。
HUDの表示形式も違う。メビウスは、いわば大昔の戦闘機の延長線上のような表示だったが、
こちらはバランサー、接地角、接地圧(この二つは宇宙戦なので「N/A」と表示されている)、フィギュア(今機体がどんなポーズをとっているかというCG)など、メビウスに比べると表示している情報量がかなり多い。
なるほど、コーディネイターはこんなものを見て操縦していたのか。

そのうちの表示、メビウスにも表示されていたエネミーマーカーを見る。距離計はかなり遠い数値を示していた。
とはいえ、レーダーによる情報ではない。Nジャマー散布下では、レーダーは無効化される。
ストライクダガーのコンピューターが、現在見えているジンの大きさとデータを比較して、だいたいの距離を割り出しているだけだ。

「……き、キラ君。ボク達の任務は艦の護衛だからね。慌てて飛び出さないように……」
〔わかってますよ〕

リナの少し上ずった声による警告に、キラから、当然のような声が返ってくる。飛び出したいのは自分だ。自分に言い聞かせるために言っただけ。
メビウスでの初出撃だって、こんなに高揚しなかったじゃないか。落ち着け、リナ・シエル。

「!!」

二機、ムウの撹乱から抜け出してこちらに飛んできた! すぐに距離計はビームライフルの射程範囲に入ってくる。
レティクルが緑色から黄色に変わる。主兵装の射程範囲に入った合図だ。

(七六ミリ機銃のほうが射程が狭いのか……?)
「なら先手必勝!」

□のレティクルと◇のロックオンシーカーが重なり、八角形になる。トリガーを引く!
ビームライフルが緑色の閃光を吐き出し、真っ直ぐジンに向かって伸びた。ジンは右に軽く機体を振って避けた。
やはりかわされる。当然だ。テレフォンパンチに当たってくれるほど、コーディネイターはバカじゃない。
バーニアから火を噴いてストライクダガーを思い切り上昇させ(宇宙で上昇というのもおかしいが)、七六ミリ機銃から弾丸を吐き出してくる。うかつに避けたら艦に当たる!
シールドを構えて、機銃の照準からボディを隠す。
ストライクダガーの腕越しにコクピットを着弾の衝撃が震わせる!

「うっ、くっ……!?」

シールドはもつのか!? 衝撃を感じながら、冷や汗がにじみ出る。思わず、操縦桿を握る手に力が篭められる。
七六ミリ弾なら耐え切るという諸元はあるが、そんなもの目安でしかない。あてにしていたらダメだ!

「くっそ……キラ君、艦を頼む!」
〔リナさん!?〕

キラの制止の声が聞こえてくるが、かまうものか。フェイズシフト装甲が装備されているストライクと違って、
こちらは被弾は即撃墜に繋がる。メビウスと同じように、動き回らないとただの止まったハエだ。
スロットルを開いてバーニアを思い切り吹かし、ジンに突撃をかける。ジンは猛スピードで迫ってくるMSに、一瞬たじろいだようだった。

「うわあぁぁぁぁ!!」

絶叫しながら、ビームライフルを射撃! より近くで撃ったからか、避け切れなかったようで、ジンの左肩をビーム粒子が抉った。
距離計が目まぐるしい勢いで下がる。このスピードでビームサーベルを抜いている暇はない!
ジンは反射的に重斬刀を抜くが、判断ミスだ。この距離と相対速度で、突きや斬ることなどできはしない。
操縦桿を乱暴に捻り、シールドを持つ手を思い切りジンにぶつける!

ガシャアンッ!!

七六ミリ弾の着弾とは比べ物にならないほどの、コクピットを激震が襲う!
シールドの先端がジンの左顎を捉え、カメラアイと首関節部が損壊し、モノアイから光が消えた。
やはりジンのパイロットは耐え切れなかったようで、ジンの動きが止まる。そこへコクピットにビームライフルを突きつけ――射撃。

「……!!」

パイロットは声を挙げる暇もなく、ビームの高熱で一瞬で蒸発。操り手がいなくなったジンの動きが止まる。
漂うだけとなったジンから、もう一機のジンにカメラを合わせる。ロックオン警報が無いと思ったら、キラを相手にしていた。
アークエンジェルの近くで戦闘を行っているキラ。今しがたビームサーベルで袈裟懸けに切り裂いているところだった。

「さすが……」

キラが実戦を行っているところは一回しか見たことがないが、あのときに比べれば危なげなくストライクを操縦している。
こちらは初心者だから、というのもあろうが……いまいち、生前(?)の時のように動かせない。
さっきは勢いだけで倒せただけで、あれより腕のいいパイロットに当たったら勝てる気がしない。

「キラのようにはいかないな……どれ?」

操縦桿を軽く回して、ぐるん、とカメラを巡らせる。メビウスとは比べ物にならない回頭性能。二秒余りで一八〇度視界を巡らせることができた。
視界の先は、ムウとジン二機が交戦しているはずの宙域だ。まだ戦闘を行っているようで、曳光弾が散発的に飛び交っているのが見える。
まだ戦っている。まあ、MA一機でジン二機相手に粘り続けているだけでも人間離れしているけど。

「援護にいったほうが――うわっ!?」

ブンッ!
とでも音がしそうなほどすぐ近くで、何か巨大な黒いものが、青い火を曳いて上から下へ通り過ぎた。
接近警報がかなり遅れて鳴る。なぜ気づかなかったのか。
アークエンジェルから向かって上を見上げる。キラキラと太陽光を反射して移動する物体が、多数。
――隕石!?

「か、艦長! 方位〇-八-〇、直上より飛翔する物体多数! 隕石です!」
「なんだと……!? 対空監視は何をしていた! ただちに小惑星に対し迎撃を――ぐっ!!」

ギリアムが叫んでいる間に、激震がアークエンジェルを襲う。艦長席から落ちそうになるのを堪えて、事態を把握しようと努める。

「くっ……損害状況を知らせい!」
「左舷格納庫、ならびに第二艦橋に隕石が直撃! エネルギーライン断絶! 酸素流出が始まっています……。
第四、第五通路を、隕石が塞いでいます! 各部担当区の連絡通路が途絶!」
「整備用のレーザーカッターで小惑星を切り崩せ! 船務科はダメコン急げ!」
「ピッチ角一四〇度上げ! 隕石群に対し迎撃を開始する! ゴッドフリート、撃ち方始めぇ!」

ギリアムが損害に対する命令を繰り出しながら、ショーンが隕石に対し迎撃命令を発する。
この隕石群は、どう考えても不自然だ。観測の専門家でないギリアムにも分かる。
まさか、敵の攻撃か……? こんな攻撃方法、あのプライドの高いコーディネイターがするだろうか?

先のジン四機の迎撃にすべての砲を向けていたせいで、対応が遅れてしまった。
あと、ジンが来ていたせいで、攻撃は全部MSでしてくると思い込んでしまった。だから、対空監視が隕石群を見逃したのは仕方が無いことなのだ。
しかし、ザフトの最大の有利点であるMSをオトリにするなど、今までのザフトではありえなかった。

「更に方位一五〇より、隕石群多数! 僚艦ローが隕石の直撃を受け、中破! 
モントゴメリィも艦首を隕石で削り取られています……! 航行に支障、援護要請が出ています!」
「艦載火器全てを非常事態(ハルマゲドン)用の自動発射管制で起動! 僚艦ならびに本艦に接近する隕石全てを迎撃対象にしろ!
味方機にも、隕石迎撃を最優先とするよう伝えろ!」
「了解、全火器をハルマゲドンモードで起動! 味方機に援護を打電!」

アークエンジェルと先遣隊は、全ての火器を用いて隕石を迎撃していた。
イーゲルシュテルン――ハリネズミという意味よろしく、全身から火線を針のムシロのように伸ばして、隕石を破砕していく。
隕石に取り付いているのは、ロケットブースターだった。
それも、少量の燃料タンクと旧式のロケットブースターのみ。火薬などの爆破機構も付属していない、ただひたすら突進するだけの兵器。

「ザフトめ、プライドよりも効率を選びはじめたのか……!?」

ギリアムはうめいた。まだ戦争も中期だというのに、こんな急造兵器に頼り始めるとは。
現在もザフトは攻勢を保っており、MS一択で一気に畳み掛けていくのが普通の指揮官の考え方だ。
だが、この指揮官は冷静で慎重で、したたかだ。ザフトには資源も人も少ないことをよく自覚している。そのうえでこの戦術を選んだ。
この兵器はわずかな資源で確かな威力を発揮するため、ザフトのような資源が無い国家でも物量作戦を展開できる。
しかも、この状態でもしMSで追い討ちをかけられたら――

「……!?」

アークエンジェル全体が、びりびりと細かな振動をする。ダメージを受けた衝撃ではない。まさか。

「ば、バーナード撃沈! 隕石の中に、ジンが紛れこんでいます!」
「やられたか……!」

このフルオート射撃管制の弱点が露呈した。全てコンピューター任せなだけに、人間の処理能力では追いつかないような面制圧が可能だが、MSのような機動性の高い兵器には効果が薄いのだ。
全ての弾幕は隕石のために使われていて、MSを迎撃するだけの余裕がない。
ドレイク級”ロー”が、ジンの出現に、そちらに火線の大半を向けはじめる。
しかし今度は隕石の迎撃が追いつかず、次々と船体に隕石が食い込み、轟沈。

「ロー、撃沈!」
「ぐっ……フラガ隊を呼び戻せ! MSの迎撃を優先しろ!」

同時に、メビウスらMA隊がジンの迎撃を開始した。
綺麗な編隊を組んでジンにリニアガンを撃ち込んでいくが、易々とかわされていく。
ジンとて、撃たれるとわかっていれば当てられはしない。いつものようにMSの優位性を生かして、
後ろに回りこんで、メビウスの背中に七六ミリ弾を叩き込み、次々と宇宙の塵とさせていく。
その光景を見て、リナの胸中に、吐き気を伴うほどの怒りがこみ上げてくる。

「お前ら……!!」

目が凶悪にぎらつき、ざわ、と長い黒髪が逆立つ。メイソンのMA隊の姿がフラッシュバックする。
MA隊の仲間は、皆気が良く、こんな幼い容姿の自分をとても良くしてくれた。仲間として扱ってくれた。
恋に悩んでる奴もいた。笑いが好きな奴がいた。家族を想って泣いてる奴もいた。
そんな普通の人間達が、一瞬で宇宙で散った。全てが空しくなってしまった。
メビウスの撃墜に、それを思い出してしまったのだ。

ビームライフルを捨て、ビームサーベルを、ビーム刃を展開せずに握ってジンに突撃!
どうせ隕石の迎撃に撃ちすぎたせいで、ビームライフルを使う余裕などないのだ。邪魔なだけなら要らん!

「うわぁぁぁ!!」

シールドを前に構え、ジンに肉薄。しかし、ジンは接近戦をしようとせず、距離をとりながら七六ミリ機銃を撃ってくる。
ガガガガンッ!! シールドに何発もの銃弾が叩き込まれ、シールドの損傷率の増大をセンサーが伝えてくる。
だが、構ってはいられない。こいつらは許せない!
逃げようとするジンに、被弾を恐れず向かっていく! 背を向けた。愚か者め!
ビーム刃を展開して、そのジンの腰のあたりに、ビームサーベルで真一文字に振りぬく!

「うおわあぁぁ!?」

ジンのパイロットが断末魔を挙げる。ジンの胴体がスパークし、血のように火花を散らせ、わずかなタイムラグの後に、ジンは腰から真っ二つになっていく。
そして、爆発。バッテリー駆動のジンは、大した爆発など起こさない。
まだ戦闘は続いている。振り返ると、もう一機のジンが七六ミリ弾をばらまいてくる。

「うぐっ、うわっ!!」

穴開きチーズのように穴だらけになったシールドが、最後の着弾で腕ごと千切れ飛んでいく。
シールドが無くなれば、もう装甲はメビウスと同じだ。慌ててスロットルを開いて操縦間を引き、バーニアから火を噴いて七六ミリ弾の火線から逃れていく。
反射的にビームライフルに兵装を交換しようとしたけど、ビープ音と共に拒否された。そうだ、ビームライフルは捨てたのだ。
チッ、と舌打ちして、可憐な顔立ちをゆがめるリナ。左足に七六ミリ弾が突き刺さった。コンディション画面に赤が増える。

「このっ、ライフルさえあれば……!」
〔リナさん!〕

そこへ、ジンが一筋の閃光に貫かれ――爆発。ビームの閃光と同時に聞こえたのは、キラの声だった。
カメラを向けると、ビームライフルを構え、灰色に変わっていくストライクの姿があった。
最後の一発を、自分を助けるために使ってくれたらしい。安堵に胸をなでおろし、笑顔を浮かべた。

「キラ君……また助けられ――」

ビリビリビリッ!!
ストライクダガーを、別の振動が襲った。ゴンッ、と機体に異音が走り、わずかに動かされる。
この衝撃は。笑顔だった表情を青ざめさせて、メインセンサーをモントゴメリィの方向に向ける。
まさか、まさか。
モントゴメリィにいくつもの隕石が突き刺さり、異様な形にねじれ、ブリッジがひしゃげて消失していた。
いくつもの小爆発を起こし――最後に、大きな爆発。

「……!!」

眩い閃光の中にモントゴメリィが消えていくのを、リナは呆然と凝視し続けた……。



[36981] PHASE 11 「眠れない夜」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/10/01 16:10
仕掛けてきたローラシア級が撤退していくのをリナはレーダーで見ていたが、追撃する気にはなれなかった。
もうMSはボロボロだ。ビームライフルは一発も撃てず、ビームサーベルは十秒も展開できない。
イーゲルシュテルンだけは三秒ほど連射できる数が残っているが、MSを搭載できる規模の艦艇に致命弾を与えることはできない。

「……くそっ……」

乱暴にヘルメットを脱ぎ捨てて、額の汗を手の甲で拭う。
体が熱い。膝が震えてる。指が痙攣する。
メビウスのときのように、一方的にやられる感覚ではなかった。ちゃんと「戦闘」をやれた。
ジンも二機落とせた。前のようなマグレではなく、落とせると確信した上で落とせた。これは大きな違いだ。

しかし、その戦果の代償は大きかった。
ジンを六機落とすために、ドレイク級二隻、ネルソン級一隻。そしてメビウスを二個フライトを犠牲にした。
人数に換算すると、六対六百以上。全く割が合わない。このままでは、単純な人数差で負ける。

「ボクが……なんとかしないと……」

うつむきながら、決然と呟く。
人一人の力でどうにもならないのは、わかっている。だけど、そう思わなければ上を目指せない。
そうやってリナは努力し、成長してきたのだから。

アークエンジェルに帰投したあと、機体をハンガーに戻し、コクピットから出てきたリナを迎えたのは整備員達だった。
じっと、感情の読み取れない表情で見つめてくる。アークエンジェルのマードック軍曹。メイソンの整備員達もいる。

「う……」

リナは、その視線にびくりと小さな肩を震わせた。
怒っているのだろうか。一回の出撃で、貴重なMSをこんなに壊したから。
左腕は肘から先が無くなり、右足は動力ケーブルが繋がっているだけで、ジョイント部が粉々に粉砕してぶらさがっているだけ。
ジン二機に対してこれでは、割が合わないのか。無能な自分を責めているのか。

「……っ」

どうしたらいいのかわからなくなって、じわ、と涙が浮かんでくる。
リナは焦った。泣くのか。二十三歳にもなって。でも身体は十歳くらいで、どうしても精神が身体に引っ張られる。
若い整備員が手を動かした。ビクッ、と肩が震えて、ぎゅっと眼を閉じる。
ビンタか、パンチか。どちらかを待ち受けて身構えていると、
ぽむっ。

「えっ?」

目を上げる。先ほどの整備員はもう正面に居なかった。
するとまた別の整備員が、ぽむっと頭に手を置いて、無言で前を通り過ぎていく。
次の整備員も。また次の整備員も。まるで示し合わせたように。
そして整備員達が向かう先は、無残に損傷したストライクダガー。各々工具を手に取り付いていく。

「あーあ、こりゃ右足は装甲以外は全取っ替えだな。大腿装甲部はずせ! 擬似神経の回路に気をつけろよ!」
「空いてる第二クレーンよこしてくださいよ! 無重力だからって無茶です!」
「レーザートーチが足りないなら、大尉のゼロのやつらからかっぱらってくりゃあいいんだよ!」
「ダガーのパーツコンテナばらせ! 重機があるうちにな!」

整備員達の、いつもの怒鳴り合いが響いてくる。あまりにもいつもの光景に、ぽかんと見上げるリナ。
なんで? ここまで壊したのに怒らない?

「お嬢ちゃん……いや、中尉殿。整備の邪魔なんで、さっさと格納庫から出てってくれますかね」

上官に対する敬語が混じりながらも、粗野に言ってくるのはマードック軍曹だ。
お嬢ちゃん、から、中尉殿、と言い換えた。その意図が読めず、リナはそれに反応することもできない。
マードックは、既にこちらから視線をはずして整備員達の指揮監督をしていた。もう用は無い、とばかり。

「……軍曹。ボクは……ダガーを、壊してしまって……」
「ああ、派手に壊してくれちまって……整備する身にもなってくださいよ。おい! そこは剥がす前に絶縁すんだよ!」
「え? それだけ……?」

リナが目を丸くすると、マードックは疑問符を浮かべながら、わが子ほどに小さいリナを見下ろした。

「それ以外に何か言ってほしいんですかね。……俺が怒ると?」
「…………」

リナは、無言を肯定の返答代わりにした。
マードックは頭をぼりぼりと掻いて、仏頂面になった。気分を害したというより、何を言ったらいいのか迷っているようだった。
その言葉を探している時間が、リナにはえらく長いように感じた。
整備の指揮はいいのだろうか、とリナが思い始めた頃に、マードックが重々しい口を開いた。

「……中尉殿。中尉殿の任務を教えてくれますかね?」
「ぼ、ボク?」

突然の質問に面食らった。マードックが、黙って頷く。

「ボクは……MA隊――あ、今はMSか……MSのパイロットで、任務は……艦を守るコト」
「その任務を中尉殿が全うするなら、俺達も任務を全うするだけでさ。……つまり、中尉殿はしっかり軍人をやってらっしゃるってことだ」

その言葉を聞いて、リナはようやく理解した。
マードックは、リナがただの親の七光りのわがままなお嬢さんだと思っていたから、今までお嬢ちゃんと呼んでいたのだと。
そして、今その認識を改めたから、呼び方が変わった……

「……ボクは、任務を果たせたかな。僚艦は全部、沈んでしまった……なのに」
「中尉殿がスーパーマンだってんなら、あれらも守ってもらえたんでしょうがね。
俺だってできるなら、全部の機体を一人で面倒見たいところです」
「……でも、できない」

マードックが、褐色の顔に映える白い歯を見せて、ニィッと笑ってみせた。

「中尉殿も同じだってことよ。凡人同士、やれる範囲でやりましょうや」

快活に笑い、くしゃくしゃと黒髪を混ぜるようにかき撫でる。
マードックの手のひらはひどく節くれだっていて、荒れていて、大きい。

「……うん」

色々と言いたいことは、あるけれど。リナは大人しく、自慢の黒髪をかき乱されているのだった。


- - - - - - -


「足つきが、追撃を振り切ったか」
『ハッ。追撃部隊からのレーザー回線による報告です。合流した地球軍艦隊を殲滅するも、足つきを逃した、と』

ナスカ級ヴェサリウスの幹部用の執務室で、クルーゼは通信士からの通信を受ける。
ヴェサリウスは本国に帰還後、突貫で艦とMSの修理と補充を行った後、議会から正式に足つきの追撃を命じられた。
そして、いくつかの人員補充を行うとの辞令も受け取る。その辞令を己のデスクに広げた。

「……赤服をこの艦にもう一人配属とは、議会は余程足つきにご執心とみえる」

その人員は、足つきとの戦闘経験もあるという。その三人のうち一人は赤服、通称ザフトレッドだ。
ザフトレッドは士官学校時代に十位以内の成績を修めたトップガンの証だ。
よって、その数は一期に十人しか補充されない貴重な人材でもある。それが一隻に四人も乗り込む事態は異常であった。
それほどに議会は、その足つきの撃墜を望んでいる。クルーゼにはなんともやりがいのある任務であった。

「そのザフトレッドは、まだ私に挨拶に来ないようだが」
『ハッ、呼び出しましょうか』
「ああ、頼――」

その直後、執務室のハッチが開けられる。

「遅れて申し訳ありません」
「……もうしわけ……ありません……むにゃ」
「遅かったな?」

クルーゼが二つの声を聞いて、ハッチに振り向く。
立っているのは、緑服をまとった東洋系の顔立ちの青年。年の頃にして二十そこそこだろうか。凛とした妙齢の女性にも見えるが、体に女性的特徴が見受けられず喉仏があり、男であると分かる。
黒髪に黒い瞳。黒髪をうなじにかかるくらいの長さに切っている。それがより女性のように見せる原因になっている。
そしてすぐ傍に立っているのは、話に聞いていた赤服。だが……小さい。プライマリ・スクール生ではないのか。
眠たげな瞼を、ごしごしと小さな手の甲で擦っているのは、その赤服を着た小さな少女だ。

長い黒髪に、緑の瞳。顔立ちはまるで陶人形のように整っている。ふらりとした動きで、敬礼する仕草を取った少女。
フィフスはクルーゼを眠たげな眼差しで見ると、ニコリともせず、軽薄な敬礼を送った。
青年のほうは実にキビキビと動いていて、模範的なザフト兵らしい仕草だったにも関わらず。

「このたびクルーゼ隊に配属されました、マカリ・イースカイです」
「…………ん」

おまけに、一語だけの挨拶。艦のオブザーバーで隊長を務める白服に対し、あまりに無礼な態度を示す少女。
だがクルーゼはフィフスを戒めることなく、答礼する。

「ご苦労」

短く応えながら、視線は、こくこくと舟を漕ぎ続けている少女へと向けられる。
その視線に気付き、フォローを入れるマカリ。

「フィフスは地球時間の二十二時を過ぎましたので、眠気が治まらないようです。
この艦に移る直前まで、シミュレーターで訓練していた理由がありますが……」
「…………」

緑服のマカリにフォローされても、フィフスは黙ったまま瞼で不規則な拍手をしている。
クルーゼは、今すぐ仮面を脱いで鼻の根を揉みたい衝動に駆られたが、なんとか堪えて顔を上げる。

「……まあ、よかろう。奪取したG兵器のパイロット達には会ったかね?」
「いえ。フィフスを起こすのに手間取ってしまいまして」
「では、私からの挨拶は以上としておこう。行きたまえ」
「ハッ!」

カッ、とブーツの踵を鳴らして折り目正しい敬礼をするマカリ。フィフスも遅れて敬礼。
フィフスを、俗に言うお姫様抱っこで優雅に抱き上げると、ハッチを開いて歩き去っていく。

「マカリとかいう男はともかく、ザフトレッドがあれではな」

クルーゼは呆れながら、デスクに肘を突いた。
その頃アスランは、親友のキラを想い宇宙を眺めていた。

「……キラ」

彼に接触できたのは、アルテミスに向かうアークエンジェルを追撃した時以来だ。
あの時も鹵獲寸前までいったが、キラには拒絶され、なおかつオレンジ色のMAに妨害されてしまった。
キラを討ちたくない。アスランの心からの願いだった。なのに、キラはどうして戦う?
自分のことを覚えていてくれた。話し方からして、俺が嫌いになったわけでもなさそうだ。
……殺そうとするほどに嫌われるような事態は、ちょっと想像したくないが。

「失礼」
「?」

物思いにふけっている横からかけられる、男の声。アスランは窓の外の暗闇から視線をはずし、声をかけられた方向に顔を向ける。
立っているのは、小さな女の子を負ぶった緑服のザフト兵。
その容姿に、そういえば、と思い当たる。

「あなたは……」
「お目にかかれて光栄です、アスラン・ザラ。L5宙域哨戒中隊より転属になりました、マカリ・イースカイです」
「あ、ああ……どうも」

ザフトではなかなか見ない、お手本のような敬礼に、アスランは少し戸惑いながら敬礼を返す。
自分はそんなに有名だったか、と思いながら、先に敬礼を解くとマカリも敬礼を解いた。
年下相手なのに、マカリはなんら侮る態度を見せない。にこ、と優しげな笑みを浮かべる。

「地球軍から奪ったG兵器を駆るザフトのトップガン。そしてザラ国防委員長のご子息。これが話題に上らないはずがありません」
「なるほど。それで俺のことを……よろしく、マカリ・イースカイ」

アスランは彼が名前を知っていることに納得し、小さな笑みを返した。
マカリはその笑みを見て、じ、と目を細めてアスランを見る。見透かすような彼の視線に、アスランは若干戸惑った。

「……なにやら悩んでいるように窺えますが」
「!」

アスランはその言葉に、恥じらいを覚えた。初見の人間に見透かされた!

「い、いえ、俺はなにも……」

我ながらごまかし方は落第点だな、と内心自嘲しながらアスランは視線を逸らす。
マカリは、僅かな間アスランをじっと眺め……にこり、と笑う。

「……ま、ニコニコと笑いながら戦争なんてできませんからね。失礼いたしました」

マカリは何も追及せず、ただ小さな敬礼をするだけだ。アスランは安堵して緊張が緩み、
彼が負ぶっている少女のことが気になった。緑の瞳を、マカリが背負っている少女に向ける。
それに気づいたマカリは、少女に顔を向けて苦笑を浮かべた。

「ああ……彼女ですか? 彼女はフィフス・ライナーというんですが……寝姿で申し訳ありません」
「フィフス・ライナー……ザフトレッドですか?」

マカリの横にぶらんと垂れている細く短い腕を覆っているのは、赤服の袖だ。
こんな小さな子が赤服になれば、名前ぐらいは広まっていそうなものだが……聞いても思い当たらなかった。

「えぇ、これでも。腕のほうは、長年戦線を共にした自分が保証しますが……
いかんせんこういう身体をしていますから、夜に弱いんですよ。これくらいの時間にはオネムなんです」
「……ああ、なるほど」

アスランは官給品の腕時計に示された時刻と彼女を見比べて、納得した。確かにこれくらいの子は寝てる時間だ。

「彼女からの自己紹介は、また後日ということにさせてください。自分は他の乗員の方々に挨拶をしてきます」

マカリは申し訳なさそうに律儀に言って、敬礼をする。
アスランは、「では」と短い言葉を贈って、歩き出す彼の背と、背で眠る少女を見送った。
マカリはアスランから遠ざかりながら、人の良さそうな笑みを保ったまま、

「アスラン君……悩み多き少年よ。友を見殺しにするなよ?」

口の中で呟いてからマカリは、次に挨拶する人物の居場所を頭の中に思い描いた。

マカリがアスランと別れた同じ頃。
アークエンジェルメイン格納庫。
艦内は地球の日中時間と比べると静まり返っている。艦内の通路は夜間灯に変わって薄暗くなり、対空監視と機関員、ブリッジ要員と整備員、甲板要員以外は就寝時間をとって指定の寝床に就く。
格納庫の電源は落ちないものの、整備員達は夜間の要員に交替し、整備も騒音の発生しない電装チェックだけになっている。
夜間の整備員達はインテリが多く、昼間の大工職人のような豪快な人物はほとんど居ない。
まるで夜間に整備するために軍に入ったような整備員達だ。彼らが聞けば憤懣やるかたないセリフだろうが。

「これで、電子兵装のチェックはよし……っと。ふぅ。全く整備員泣かせだな、こいつは」

コクピットのシートが取り外されて、シートの裏で電装チェックをしているオレンジ色の整備服を着た青年がぼやく。
ストライクダガーのメインコンピューターが収められているボックスの蓋を閉めて、リナの乗機だったメビウスの専属整備員、ユーリィ伍長は額の汗を拭った。
軍用機の電子機器はとにかく扱いに気を使うものだが、このストライクダガーはメビウスよりもはるかにデリケートにできていた。
少し配線を間違えれば、ストライクと同格の大出力バッテリーが大事故を起こすらしいし、装甲一つ剥がすのにも、漏電や感電に神経を使う。
おまけにメビウスとの違いの最たるものである擬似神経系、人工筋肉の構造は複雑を極め、整備に要する繊細さはそれとの比ではない。

「ストライクの整備班ってのは、いつもこれを見てたんかねぇ……たまんねえな」

ぼやきながら、ボックスの蓋を電子コテで縫い付け、コクピットから顔を出す。

「コクピット周り終わったぞ! シートは終わったか!」
「とっくに終わってるよ! シエル中尉のチャイルドシートなんざすぐだ!」

クレーンに吊られていた彼女が座るシートに取り付いていた整備員が、減らず口を返す。
彼女のコクピットシートは小さい。
メビウスに乗っていた時から彼女のシートは整備員達のハンドメイドだ。
既製のシートを改造しているとはいえ、手間がかかる作業である。彼女の存在が一番整備員泣かせだ。

「これで優秀なパイロットじゃなかったら、給養員でもやってもらいたいところだよ、全く。
……シート取り付け始めぇー!」

クレーンで吊り上げられたシートをコクピットに誘導する。誘導しながら、格納庫の隅にある、シミュレーター室へ続くハッチを一瞥した。
まだ使用中の灯りが点いている。使っているのはやはり彼女だろう。
彼女は知り合った頃から、休むことなくシミュレーターで訓練をしたり、隙あらば同僚パイロットを引っ張って模擬戦をしたりしていた。
今までに見ない、珍しいタイプの軍人だった。根っからの努力家なのだ、彼女は。

(まだやってんのか……勉強熱心なことで)

ユーリィは呆れ半分感心半分で胸中で呟き、整備を続けた。

ストライクダガーの整備が終わり、夜も更けて静まり返った格納庫。
スクランブル要員の甲板要員と整備員が、談話室でダラダラとそれぞれ好きなことをやっている。
カードゲームに興じたり、数少ない女性兵士の寸評をしたり、整備哲学という名のメカオタクの自慢ごっこをしたり。
その中でユーリィは、自分の好きなギターのコードを書いていた。自分のギターはメイソンと共に宇宙の塵になり、
今はもっぱらコードを書いて、その音楽の出来を想像することくらいしかできない。

「ふぅ……」

コードを書く手を止め、楽譜とペンを宙に浮かせて背伸びをする。
確かにギターは好きだが、好きなのは弾くことであり、コードはそのための準備であり、作業でしかない。集中力はまもなく途絶えてしまった。
くあ、と欠伸。気晴らしに食堂でジュースでも買ってこようか。そう思って談話室から退室すると、向かいの部屋、シミュレータールームがまだ明かりが点いていた。

(おいおい、夜中の一時だぜ……)

いくら努力家といえど、さすがに限度がある。パイロットには非常時を除いての睡眠時間がしっかりと決められていたはずだ。
まだ敵の追撃は振り切っておらず、臨戦状態でなければならないはずなのに訓練のしすぎで睡眠不足でした、では話にならない。
ユーリィは見咎めてシミュレーターの扉へと歩いていく。ハッチを開けようと指先を伸ばすと、先に開けられてしまう。

「っと……ヤマト?」
「あ、はい……どうしたんですか?」

開けられたハッチの向こうに居たのはストライクのパイロット、キラ・ヤマトだった。微かに驚いてこちらを見返している。
その腕にお姫様抱っこしているのは、そのリナ・シエルだった。ノーマルスーツに身を包んで、腕の中で静かな寝息を立てている。

「シミュレータールームで寝てたのか?」
「はい、水を取りに行こうと仮眠室を抜け出したら、この部屋に灯りがついてたので、見てみたら……」
「……まったく、いつから寝てたのやら。俺が部屋に戻してくるから、ヤマトも水を飲んだら寝ろよ」

苦笑して、キラから腕の中で眠るリナを受け取ろうとするが、キラは差し出そうとしない。

「……リナさんは、僕が届けてきます。大丈夫です、リナさんの部屋はそんなに遠くないですし」

ユーリィは一瞬彼の言っていることがわからなかったが、ニッと白い歯を見せて笑った。
キラは若く、まだこういうことに対して気が利かなさそうな顔をしているのに、なかなかどうして。

「ほーう? なかなか男を見せてくれるじゃあねぇか。彼女をベッドに送るなんてよ!」
「そ、そんなのじゃありませんよ!」

頬を僅かに染めながら、逃げるようにして走り去っていくキラ。
その背を見送り、ユーリィは彼はやはり年齢なりの少年なのだな、と認識を改めて口元で笑みを浮かべた。

(青春時代ってのは、コーディネイターもナチュラルも変わんねーな)

キラの背中を笑顔で見送り、格納庫から姿が消えると、くあ、と大きく口を開けて欠伸をする。

(目覚ましに、これを話の種に盛り上がろうかね)

彼らを邪魔しないためにも、ジュースは諦めよう。そう決めて談話室に戻り、仲間の整備員と甲板要員に、
ヤマトとシエル中尉が一緒にベッドに入った、と、自分好みに捏造した話を繰り広げるのだった。

キラがリナを抱えて、夜間灯のみの薄暗い廊下を歩く。
キラの友人であるアカデミー生の皆は眠っていた。慣れない艦内維持の任務に疲れ果て、泥のように眠っている。
艦内警備の兵士は、夜間は重要区画にしか立っていない。一般人の居住区の通路は無人だった。
遠くに核融合パルスエンジンの低い唸り音が響く音と、自分の足音、腕の中の少女の寝息だけが通路に響いていた。

「…………」

その寝息を立てている少女を見下ろす。若いというより、幼い顔立ち。長い黒髪が歩くたびにさらさらと揺れる。
十歳程度の見た目なのに、大人びた――いや、年齢なりに振舞う彼女だが、今の寝顔は本当に外見年齢どおりの子供に見える。
出来の良いビスク人形のような愛らしい顔立ちは、彼女がコーディネイターであると高らかに宣言しているようにキラに思えた。

「リナさん……」

彼女の顔を見ながら、名前を囁く。
とくん。
胸の中で種火が燻った。
この温かみはなんだろう? その味わったことの無い感触に、キラは戸惑った。
薄く開いた桜色の唇、小さな鼻の穴、長いまつげ、丸い頬。薄暗い通路でもわかる、白い肌。ほのかに甘い香りがする。シャンプーの匂いだろうか。
その全てが、キラの生理的欲求を刺激する。プライマリ・スクールも出てなさそうな外見の彼女から、異性の艶っぽさを感じるのはなぜだろう?

「……リナさん」

もう一度呼んでみる。なんだか、こうして彼女の無防備な寝顔を見ているのが、ひどくいけないことのように思えてしまう。
でも、彼女の顔を、こうしてずっと見ていたい。そのむずがゆくて、温かい気持ちが大きくなっていく。
なんで整備員の彼の申し入れを断ったのか。言葉にできないけれど、この寝顔が答えのような気がした。

「…………ん~ん……?」
「……っ」

名前を呼んだからか? 腕の中の少女が、喉の奥から悩ましい声を漏らして幼い肢体をよじらせている。
キラは息を呑んで立ち止まり、彼女をじっと見つめる。起きてしまう?


- - - - - - -


静かだ。
薄暗い。コンソールパネルやモニターなどの人工の光に照らされ、自分の姿が薄く輝く。
ペダル、操縦桿、各種入力キーははっきりと見える。それら自身が視認性を高めるために光を放っているのだ。
様々な電子機器、入力機器、装甲、緩衝ジョイントに囲まれ、狭いコクピットの中に小さな身体を収めているリナ。
モニターには宇宙が映っている。その中に星々が煌々と輝いている。
状況を思い出した。そうだ、アークエンジェルはクルーゼ隊に追い詰められ、スクランブルをかけて出撃したのだ。

戦場独特の緊張感を帯びて、バイザーを下ろした。すぐ目の前をバイザーがさえぎり、自分の呼吸がうるさいほど耳に響いてくる。
HUDにエネミーマーカーが、一つ、二つ三つ四つ。敵だ。ジン。いや、シグー? 違う、ガンダム、だ。
イージス、バスター、デュエル、ブリッツ。
撃ってくる。同時に操縦桿を右に倒し、脚を開いてペダルを踏み込む。すぐ横をビームライフルの閃光が過ぎった。

「つぅ……!」

その閃光が機体とリナを照らす。カウンターにこちらもビームライフルを撃つ。
四つの光点が散開する。イージスを狙ったが、悠々とかわされた。
別の方向からも閃光。ブリッツのビームだ。すんでのところでかわす。左肩を掠った。

「っあ……!?」

左肩に激痛。ノーマルスーツが破れ、肩から赤黒い血が迸り、抉れている。
やられたのは機体なのに。自分がダメージを受けた! 信じられない思いで傷口を見て、激痛に幼い顔がゆがむ。

「ああぁぁ……! やめろぉ!」

待ってくれ、こっちはパイロットにダメージが来ているんだ!
イーゲルシュテルンにその叫びを載せて連射。イージスはかわそうともしない。そもそも当たっているのか!?
イージスが、歪で禍々しい形態に変形した。スキュラがくる! 上昇をかける!
膨大な閃光がイージスから放たれ、ストライクダガーの両膝から下が溶解した。ビッ、とダメージパネルが赤く転倒。更に赤いモノがパネルにぶちまけられる……!

「ひゃあああああぁぁぁぁ!!!?」

脚が、熱い! 痛い!! リナの両膝から下が、無い。ぶしゅう! コクピットが自分の血で真っ赤に染まる!
ペダルが遠い! 踏み込めない! 操縦桿を握ろうと手を伸ばす。なんであんな遠くに。
肘が無い! 両腕とも無い!? いつの間にか、イージスに両腕を持っていかれていた……

「だ、誰か! 誰か助けて! キラ君! フラガ大尉! ラミアス大尉! バジルール少尉!」

そうだ、仲間がいるんだった! なんで忘れていたんだろう。
通信機に向かって必死に助けを求める。通信が繋がった。リナは小躍りしたかったが、肩が揺れただけだった。

「よ、よかった! ガンダムに囲まれています! 援護を!」
〔あーあ、機体壊してしまったのね〕
〔せっかく我々に届いた貴重なMSなのに……残念です〕
「え……?」

通信機から響くのは、失望して呆れる声をあげるマリューとナタル。
リナは彼が何を言っているのかわからず、緑色の瞳を見開いたまま呆然とした。その間にも通信機から声は響いてくる。

〔まったく、使えねーなお前はよ。所詮餓鬼のママゴトか?〕
「ふ、フラガ大尉……」
〔もうパーツは無いぜ。しょうがねーけど、そのままで頑張れよ。MSが無きゃ、お嬢ちゃんは用無しだからな〕

マードックと整備員達の笑い声が聞こえてくる。まったくだ、いらねーしな、という侮蔑に満ちた声も混じる。
やめて、やめて。ボクだって頑張ってるんだ! 慣れないMSで必死に戦ってるんだ!
なんでもする! MSが駄目ならオペレーターでもダメコンでもする! だから認めてよ!

「リナさん」

耳に響いてくるキラの声。振り向くと、キラが居た。地球軍の若年兵用の青い軍服を着ている。
何故ここに、と考えることは無い。ただ、喜んだ。よかった、居てくれた。彼にフォローしてもらえれば全部帳消しだ!

「き、キラ君、ボクは頑張ってるよね……ちゃんとできてるよね……!?」

すがるように声を挙げる。ヘルメットは無くなって、キラに顔を近づける。
しかしキラは首を縦に振ることなく、女性のような繊細な顔立ちを、悲しみと失望に曇らせた。
 
「……リナさんって、下手糞ですね。やっぱりナチュラルか……」
「……!!」

引きつった声なき声が、喉の奥から響いた。キラの目は、自分を見下している。
まるで水溜りでもがくボウフラを見るようなひんやりとした目で、告げる。

「もうリナさんはいいや。あ、撃ってくるよ? ほら、うまく避けてよ。全国大会優勝者なんだよね?」
「ま、待っ……!」

スロットルを掴む腕が無い。ペダルを踏む足もない。もぞもぞと芋虫みたいに身体をよじらせるだけ。
何もできない。スキュラのビーム光は一瞬でストライクダガーの全ての装甲を溶解。
ビームの高熱がリナの幼い肢体を包む。
陶磁のように白い肌が醜く焼け爛れ、自慢の黒髪は全て焼け落ち、エメラルドのように鮮やかな緑の瞳は、眼球ごと消えて無くなる。
身体が炭化する。皮膚は消し飛び、筋肉が焼失し、骨が溶ける。身体が、消えていく。

「ああああああぁぁぁぁ!!!」

顎しか残らない口で絶叫する。その喉も顎もすぐに無くなり、絶叫は途絶える。
身体が、何も無い宇宙に……誰にも知らないところに、飛んでいく……


ブツン。


世界は黒い壁の中。



- - - - - - -


「……リナさん」
「…………ん~ん……?」

意識がゆっくりと覚醒する。誰かが呼んでる。何をしてたんだっけ……そうだ、シミュレーターをしてるんだった。
目を開けるのがだるい。意識が覚醒するにしたがって、触覚もよみがえってきた。二本の腕で支えられて、いや、抱かれている。
ひどい夢だ。思い出すだけで身体が震える。でも、腕も脚もしっかりとある。
ゆっくりと、緑の瞳の目を開けた。ぼんやりとしていた焦点がゆっくりと定まっていく。
目の前にある顔は……キ、ラ。

「起こしました……か……?」
「ん……? んーん……」

何か悪いことをしてバレてしまったような、後ろめたそうな表情の彼。なんでそんな顔をしてるんだろう?
彼の表情は、いつもどおりのキラだった。人のことばかり考えて、どこまでも少年で、ボクに優しくしてくれるキラ。
ああ、よかった。本当に夢だったんだ。
心の底から安堵する。そういえば、整備員の人たちも許してくれた。ボクはまだ、ここに居ていいんだ。
安心したら力が抜ける。全身が弛緩して、もっと眠りたくなってきた。
身体を胎児のように丸めて彼の身体に額と黒髪を押し付けて、甘えるような声を漏らした。
それにしても、抱かれるのって結構気持ちいい……もう一度彼の腕を甘受して、心地よさそうに表情を緩めて瞼を閉じ――

「~~~~!!?!?!?」
「!?」

もう一度眠りそうになって、くわ、と目を見開いて瞬時に覚醒するリナ。キラが声無き声を挙げるリナにのけぞった。

(待て待て待て待て待て待て!! なんでキラに抱かれてるんだ!? 違うだろ!
ていうかもう一度寝ようとするな自分!)
「は、はははははは放せぇ!」
「わぁっ!? ご、ごめんなさい!」

震える声で叫びながらキラを突き飛ばし、キラもぱっと手を離す。ふわっと無重力に小さな身体が泳いで、近くにある手摺に掴まって床に座り込んだ。
顔が赤いのがわかる。顔が熱い! その頬が赤いのを必死に隠そうと、顔を手で押さえる。
よし、まずは落ち着こう。認めたくないけど、顔の熱で目が覚めてきたぞ。深呼吸深呼吸……
目が覚めてくると、記憶も定まってくる。眠る前のことを思い出して――顔全部を向けると、顔が赤いのがばれそうだから、キラの方に視線だけを向けた。

「……そ、そうか……ボクはシミュレーターを使ってる最中に寝てしまったんだな……?」
「は、はい……起こすのもどうかと思ったから、そのまま運んできました」

なるほど、気を遣う彼らしい。納得して、自分の顔の熱が冷めるのを待って立ち上がる。
言葉を探してから、咳払い。それからニコッと笑顔を作る。年上の余裕を保たないと、この身体では心がもたない。

「こほん。……ここまで運んでくれたことは、感謝するよ。気遣いにもね……ありがとう」
「ど、どういたしまして」

突然平静に戻ったリナに戸惑うキラ。かまうものか、と彼の態度には反応せずに続ける。

「もう夜中の一時半だね。パイロットは休むのも仕事だし、キラ君も早く寝るんだよ?」
「……リナさんも、早く寝てくださいね。一時前に見に行ったら寝てましたから……」

わかったよ、と短く答えて立ち上がり、キラから離れるように体を流す。キラもリナの背をしばし見送ってから、居住区へと流れて行く。
リナはまだノーマルスーツ姿だから、パイロット用のロッカールームに身体を流した。シミュレーターで訓練をして、かつノーマルスーツを着ていたら、それはあんな夢も見るだろう。
首の気密用ファスナーを下ろして、ふわっと熱気と共に漂ってくる香りに、びく、と肩を震わせる。……ちょっと汗臭いかも。

「シャワー、もう一回浴びないとなぁ……」

匂い嗅がれてないかな。それが心配になってしまう。とりあえず脱ごう。ノーマルスーツを脱いで、着替えを手にシャワールームに向かった。


- - - - - - -


「そうですか、ラクス・クラインは無事救出を……」

その朗報を、アスラン・ザラはヴェサリウスのクルーゼの執務室で、クルーゼの口から聞いていた。
クルーゼはその報告を手元のホログラム・コミュニケーターの画面から呼び出し、アスランに見せながら伝える。

「ああ。地球軍の石頭どもに捕まり、戦争最中の追悼に対し難癖をつけられて要らぬ諍いがあったようだ。
身の危険を感じたラクス・クラインは脱出艇で離艦、漂流していたところを偵察部隊に救出され、本国に向かっている……とのことだ」
「そうですか……よかった」
「私も、君の安心する顔が見れて何よりだ」

クルーゼの皮肉っぽい言葉はともかく、アスランは、婚約者である彼女が助かったことに胸をなでおろした。
親が決めた婚約者ではあるが、彼女は自分に良くしてくれるし、彼女のことを個人的にも気に入っている。
将来彼女と結婚するのも、悪くはない――その程度には想っている。その彼女の安否を気遣うのは、アスランにとって当然だった。
そのアスランの表情を見て、ふ、と口元で笑みを浮かべるクルーゼ。
彫像のような造形の仮面で目元を隠す彼からは、その笑みがどのような思いを乗せたものなのかは読み取ることができない。

「君の婚約者と君を再会させたいのは山々だが、我々は作戦の遅れを取り戻さねばならん。
あと八時間で、我々は足つきに追いつく。しかし場所は、地球の衛星軌道上だ。そこにはあの智将ハルバートン率いる第八艦隊が待ち構えている」
「ハルバートンが……」
「贅沢を言えば、奴らと合流する前に足つきを叩きたかったが……様々な追撃も撃退して見せた奴らには敵ながら天晴れとしか言いようが無い。
優秀なパイロットが乗っているようだな、あの足つきには」

それを聞いて、アスランは、ハッ、と視線を上げてクルーゼを見る。
キラ。キラ・ヤマト。
彼に違いない。彼はぼーっとしていて、どこか頼りないところがあるが、優秀なコーディネイターだということも知っている。
あの残った白いG兵器にキラ・ヤマトが乗っているのなら、足つきがここまでたどり着いたのも頷ける。

「き、キラは……キラは、良いように使われているだけなんです! 気のいいあいつの性格を利用して、ナチュラルどもは……!」
「わかっている。だが、状況は既に説得ができる時と場所を与えてはくれんよ。だが君はどうしても、友人をこちら側に引き入れたいのだろう?
そのためには、まず足つきを沈めることだ。説得はそのあと、じっくりやればいい……そうではないかね?」

クルーゼの口調は終始、アスランをなだめ、諭すようなものだった。
理性を持って静かに語るクルーゼの言葉は、キラのために必死になっているアスランを冷静にさせる説得力があった。
その口調で冷静になり、クルーゼのペースに乗せられてきたアスランは次第に、自分が子供っぽいことを言っているのではないかという気分にさせられてくる。

「君の友人が本当に優れたパイロットなら、必ずその時はやってくる……必ずな。急ぐなよ、アスラン。
ラスティやミゲルのように、お前を失いたくはないからな」
「……わかり、ました」

アスランは一秒でも早く、キラと和解したかったが……クルーゼが正論であることに、頷かざるを得ない。
胸を焦燥が焼く。拳を握り締める。このままでは、キラは地球に行って、自分の手の届かないところに行ってしまう。
アスランの目が諦めていないことに気づいているクルーゼは、密かに笑みを浮かべるだけだった。



[36981] PHASE 12 「智将ハルバートン」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/10/06 18:09
「フィフス」
「んぅ……」

名前を呼ばれた気がする。優しい声だ。小さな身体を優しく包み、安らぎを与えてくれる声。水の底に沈殿している飴のように泥濘している意識を、ゆっくりと解かして目覚めていく。
眠気に翳むエメラルドのような緑の瞳を開けて、声の主を探す。誰だっけ? ボクの名前だ。
靄がかった頭が少しずつ晴れてきて、思い出した。彼の顔を見る。優しげに微笑んでくれているのは、自分の隊長であり保護者である、マカリだ。
フィフス・ライナーはヴェサリウスの個室で目を覚ました。羽織っている赤服の袖で、ごしごしと瞼を擦って、ふわ。小さな口を目いっぱい開けて欠伸。
むにゃむにゃ。未だ寝ぼけて、口をむぐむぐと動かしながら、篭った声を喉の奥から出す。

「……今、何時……?」
「朝の五時。よく眠れたようで何よりだよ」

寝起きの耳にも障らない、優しい口調。彼の口ぶりからして、もしかしてずっと寝顔を見てた?

「……むぅ」

恥ずかしさに目を逸らして、目元を掌で隠してしまう。むーっと唇を尖らせて、ほんのりと頬を赤らめた。
プライマリ・スクールの少女が、見たかったドラマの途中で寝てしまった後のような拗ねた表情。
その様子をマカリはほほえましく眺めて、少し広めの少女の額を、さらさらと撫でる。

「よく眠るのも、優秀な軍人の証拠……ってことだよ。さ、そろそろ出撃が近いから、眠気を飛ばしておけよ」
「ん……」

マカリは人の心情を察するのが上手く、自分が話をかわしたいときに路線変更してくれるし、フォローも上手い。
もっとも、必要事項であるがために言ったというのもあろうが、それを持ってくるタイミングが上手い。一部隊の隊長の器としては充分である。
もともと素直になれず意地っ張りな性格を持つフィフスは、軍人かくあるべし、という理由からすぐさま起き上がって、自慢の黒髪を手で撫でながら個室の扉に歩み寄る。

「マカリ」
「何だい?」

扉の前で立ち止まり、振り返った。その瞳は、言うべきか否か、という迷いに揺れていた。
マカリは、笑うことも顰めることもせず、ただ静かに続く言葉を待った。暫しの静寂の後、フィフスが薄紅色の小さな唇を開く。

「……ボクは……地球に、行きたい。……君は、”最後まで送り届けてくれる”……よね?」

会いたい人がいる。会わなければいけない人がいる。そのためには、いつまでも宇宙にいるわけにはいかないから。
それはわかっているが、微かに震える声。自分たちに地球へ行くという命令は無い。下手をすれば敵前逃亡とみなされるかもしれない。
彼もそれを知らないはずがない。今の地位と名声、財産、友人……全てを捨ててでも、自分を送ってくれるのか? 
彼から言い出したとはいえ、途中で翻さないだろうか? そうしても可笑しくないほどに、リスクの大きいことをしようとしているのだ。
マカリはフィフスの不安を知っているように優しい表情を浮かべて、胸の前に拳を置いて騎士のごとく、高らかに宣言する。

「全てに代えてでも、送り届けよう。”お嬢様”」

彼の言葉に、頬が赤くなるのを自覚する。顔がほんのり熱い。それがばれないように、ふい、と顔を逸らして扉に真っ直ぐ向いた。
そんな彼だから、彼の言うとおりに従おうと思えた。そんな彼だから……素直になれない。

「……覚えておくから、ね」

ぽそりと呟くように言って、ハッチの開閉スイッチを押した。

〔敵艦隊群、接近。距離五千。方位一-〇-四。コンディションイエロー発令。MS部隊出撃準備せよ。各員持ち場に着け〕

二人が個室を出ると、戦闘用意が艦内放送で下令される。壁に設置された移動用のグリップを握って、通路をロッカールームに向けて流れる。
角まで流れていくと、先頭を黒髪の少年、続いて銀のおかっぱ頭、褐色肌の金髪、緑の髪の優顔の少年が続いて合流してきた。

「目が覚めたか? よく眠れたみたいだな」
「フン、貴様らが出張らなくとも、俺達だけで充分なんだがな。せいぜい足を引っ張ってくれるなよ」
「小さいお子様とご同道か。言っておくけど、俺はお守りはやらないぜ?」
「お二方、よろしくお願いします」

それぞれ個性のある挨拶をしてくれた。フィフスは彼らの自己紹介は聞いていないが、名前は知っている。
先頭からアスラン・ザラ。イザーク・ジュール。ディアッカ・エルスマン。ニコル・アマルフィだ。一緒に同じ方向に流れながら、四人をじっと眺める。
名前もおおまかな姿も知っているが、実際に肉眼で見るのは初めてだ。珍しさも手伝って、ついじっと見てしまう。
アスランはその視線が気になり、名前を教えてなかったと思いついて、口を開いた。

「……そういえば、俺の自己紹介をしていなかったな。アスラン・ザラだ。G兵器の一つ、イージスのパイロットをしている」
「イージス……アスラン・ザラ。……ボクは……フィフス・ライナー……ジンのパイロット」

アスランは少女の、おっとりとしているのにボーイッシュな一人称に、おやおや、と笑みを浮かべた。
そのちぐはぐな言葉に、やはりプライマリ・スクールくらいの子なのかな、と思い込む。いつ仕官したのかわからないが、最近に違いない。

「君は何歳なんだ? 君みたいな年頃の女の子が戦場に出るなんて……」
「…………」

フィフスが表情をムッと顰めて、唇を尖らせた。何か悪いことを言っただろうか……? 子供扱いがそんなに気に食わなかったのか。
アスランは、まあいいか、と言葉を続ける。

「相手は地球軍の智将ハルバートン率いる第八艦隊だが、こちらは二個艦隊で攻撃をかける。第八艦隊を十回は殲滅できる戦力だ。
イザークじゃあないが、君みたいな子供が出る必要は無いよ。俺達に任せておいてくれないか?」

彼女が戦士であるプライドを養っているのであれば、その言葉は侮辱以外の何者でもないが、こんな小さな子が戦場に出て、死んでしまうよりマシだとアスランは思っていた。
それに、生き死にだけを考えているのではない。こんな小さな子が命のやり取りを覚えるのは良くない、と人並みの良心から出た言葉だった。
しかし、アスランの良心は空振りに終わり、フィフスはますます不機嫌の気配を全身から発散させている。
やはり小さいとはいえ戦士、プライドを傷つけたかな? と、アスランは勝手に考えていた。

話し込んでいるうちにブリッジに到着し、ブリーフィングを開始する。
画面の前に立つのはクルーゼ隊の隊長クルーゼと、艦長のアデス。全員が整列すると、今回の作戦内容が説明される。
第一戦闘目標は、足つきの撃沈。第二戦闘目標、敵艦隊の殲滅。
実に単純明快だ。この作戦に参加するザフト艦隊の目的は足つきで、地球軍第8艦隊の目的も足つきだからだ。

アスランは密かにブリーフィングに並ぶ面々を眺めた。
まずは、同僚であるヴェサリウスクルー。イザーク、ディアッカ、ニコル、マシュー。この四人はいつもの顔ぶれだ。
そこに、元中隊長であったマカリ・イースカイ。MS隊の最年長だ。年齢は聞いていないが、落ち着き方と顔立ちからして二十代前半であろう。
事実上隊長の座から転落したというのに、常ににこやかで余裕のある大人という印象がある。
もう一人は、フィフス・ライナー。マカリとどういう関係なのかはわからないが、常に傍にいる。ザフトレッドだが、緑服のマカリに付き従っているように見える。
十二歳かそこらに見えるが、当然のようにブリーフィングに混じる。クルーゼのブリーフィングを聞く姿は落ち着いていて大人びた印象だ。

いよいよ議会も足つき撃沈に本腰を上げたのだろう。
足つきを沈めれば、キラを今度こそこっちに引き込むことができる。アスランは新しく入ってきた二人を信用することに決めた。

「足つきを逃がせばG兵器のデータが地球軍に回収され、将来に禍根を残すことになる。
所詮はナチュラル、と侮っていては足元を掬われるぞ。諸君の慎重で勇敢な奮闘に期待する」

クルーゼが激励でブリーフィングを締めくくり、敬礼をする。全員が一斉にブーツの踵を鳴らし、「ハッ!」と威勢のいい声が上がった。
ブリーフィングを締めたと思ったクルーゼは言葉を終わらせず、解散しようとしたパイロット達の足を縫いとめた。

「最後に、MS隊の最年長であるフィフス君から、何か意見を伺いたいな」
「……特に、ありません。ただ……皆の生還を、望みます」

それを聞いて、アスランは耳を疑った。
いや、フィフスの言葉に対してではない。クルーゼの言葉にだ。
最年長? 最年少の間違いではないのか。

「全く、フィフスも何か言えよ。せっかくクルーゼ隊長から振られたのに」
「……作戦とか……考えるの、苦手だし……」
「…………最年長だと?」

元祖クルーゼ隊のメンバーは誰もが目を丸くしていたが、最初に異を唱えたのはイザークだった。
他のアスランを含めた赤服3人がイザークを視線で牽制したが、彼の言葉は3人の内心を代弁していた。

「おい、イザーク……」

イザークの良き相棒であるディアッカが、彼を窘める。が、その相棒を振り切って言葉を続ける。

「クルーゼ隊長。さっきから気になっていたのですが、この子供は何なのですか。
我々は足つきを沈めるという重要な任務のために出撃するのに、子供の面倒まで見切れません」

イザークは棘っぽい口調でクルーゼに詰め寄るが、これでもイザークは努めて和らげているほうだ。
アスランやニコル、一度は制止するそぶりを見せたディアッカも、イザークを本気で止めることはせず静観していた。

「イザーク、私の話を聞いていたかね? 最年長、と言ったぞ」
「その意味が分かりかねます。どう見てもプライマリ・スクールくらいの子供ではないですか」

クルーゼはあくまでイザークをなだめるように言う。だがイザークも譲らない。
どうしたら彼を黙らせることができるだろうか、とクルーゼは密かに悩みながら、事実だけは告げてやろうと思い、口を開いた。

「彼女は私と同期なのだよ。それが幼いはずがあるまい」

さらりと告げられる事実。

「……は?」

その間の抜けた声を漏らしたのは誰なのか。

「にゃにぃぃぃ!?」

その絶叫は確実にイザークのものだったが、自分の叫び声も混じっていたんだろう。
アスランはどこか冷静な頭で、そう考えていた。


- - - - - - -


アークエンジェルのブリッジのフロントに、地球が一杯に映る。
地上は今真昼のようだ。はるか真下に平原と緑が広がるその光景は、おそらくアメリカ大陸のどこかだろう。
そしてこのアメリカ大陸の北部のどこかに、地球連合軍統合本部「ジョシュア」がある。
その光景を、ギリアムとマリューは眩しそうに見つめていた。それは地球光だけのせいではあるまい。
危険な長い宇宙の航行をしてきて、心身共に疲れているのだ。早くジョシュアを目指したい。それはアークエンジェル全クルーの総意だった。

「ようやく地球ですね……!」

ノイマンが嬉しげな言葉を呟く。少々はしゃぎすぎだな、と、ギリアムは彼の若さに内心微笑む。

「うむ、長く危険な旅だったがな……第八艦隊の方々がお迎えに来てくれたようだ」
「ハッ。……三時の方向、距離八千二百。上弦十二度。艦数約三十。第八艦隊本隊です」

索敵のトノムラが、明るい声で艦隊の位置と数を告げる。それを聞いて頼もしげに、ギリアムは目を細めた。
三十以上もの艦を率いた艦隊が、この一隻のために出向いてくれたのだ。恐縮すると共に、ギリアムは代行とはいえ、艦長として喜ばずにはいられない。
やがて艦隊の距離が近づいてくる。Nジャマーの影響の薄い距離まで彼我の距離が縮むと、頃合か、とナタルに目を向ける。

「さて、あの智将ハルバートン閣下に、挨拶をせねばな……回線を開いてくれ」
「了解しました。メインモニターに投影します」

すぐさまナタルが応じ、通信回線を開く。Nジャマーが散布されておらず、クリアな映像が映し出された。
モニターに映るのは、金色の髪に同色の髭を蓄えた、精悍な顔立ちの壮年の男。ハルバートン提督の顔だ。

「おう、長い船旅ご苦労だったな……諸君。元気そうで何よりだ」

柔らかな笑みと物腰。フランクな口調で話しかけてくるハルバートン。それに対しギリアムが、ピシッと折り目正しい敬礼を返した。

「第八艦隊所属特装強襲艦アークエンジェル級一番艦、アークエンジェル艦長代行、フィンブレン・ギリアム中佐であります。ハルバートン閣下も、息災のようで何よりです」
「そう堅苦しくならんでもいいよ。先遣隊は気の毒だったが……せっかく味方と再会できたのだ、楽にいこうではないか」

緊張するギリアムに、朗らかに笑って緊張をほぐそうとするハルバートン。
ギリアムは敬礼を解き、破顔する。ギリアムとて、決して好きで肩肘張って、格式ばった軍人をしているわけではない。
だからハルバートンの砕けた物言いは好感が持てた。ハルバートンはギリアムが表情を緩めたことに安心したように、目じりを下げる。

「うむ、いい顔だな。笑顔は大切にしなければならん。……あと、アークエンジェルといえば、ラミアス君も同乗しているのではないかね?」
「はい、ここに居ます。ハルバートン提督、お久しぶりです!」

マリューが嬉しそうに表情を緩めて、声を張り上げる。ギリアムは、既知の仲なのだろうかと二人を見比べた。
ハルバートンも、気の置けない仲間と出会えたかのように、ギリアムに向けたものとは別の笑顔になった。

「おう、ラミアス君! 君も元気そうでなによりだな。ヘリオポリスでの一件は残念だったが、君の元気な顔が見れて私も嬉しい。
まだ作戦行動中の君達だが、時間はあるはずだ。航行中の記録など、込み入った話もある。直接会って話をしないかね」
「はいっ、喜んで。では後ほどお会いいたしましょう」
「ああ、待ってるよ」

そうしてメインモニターが再び地球の地表に変わり、ギリアムは腰を下ろした。
ギリアムは、ハルバートンと顔を合わせるのは初めてだ。まして、マリューとハルバートンが既知の仲だったとは知らなかった。
マリューがギリアムの視線を感じて、問いかけられる内容を悟る。

「ハルバートン提督は同じ艦隊の直属の上官でありますが、かつての私の教官なんです」
「なるほど。……いや、二人の会話が、まるで親子のようだったのでね。何なのか、とは思った」
「申し訳ありません、内輪話をしてしまいまして」

上官を立てることをすっかり忘れていたマリューは、すまなさそうに眉を下げる。

「気にするな。旗艦”メネラオス”に接舷する。両舷停止! 面舵六十、上弦ピッチ角二十! 艦首をメネラオスと並べろ」
「了解、両舷停止、面舵六十! 上弦ピッチ角二十!」

艦長の号令をクルーが復唱し、アークエンジェルの巨体はメネラオスと並ぶようにスムーズに動いていく。


- - - - - - -


アークエンジェルにメネラオスが接舷し、メネラオスから発したランチがアークエンジェルのメイン格納庫に着艦する。
各部署の科長、副長、戦闘隊長のムウ・ラ・フラガ。連合で正式採用予定の量産機で敵機と戦い抜いた数少ないパイロット、リナ。
連合にとって重要なデータを数多く採集したであろうG兵器のパイロット、キラ・ヤマト。これらの人物がハルバートンと会見するために、メイン格納庫に集合した。
どの人物も連合にとってはザフトに勝つ上で重要なデータを持った人物であり、ハルバートンでなくとも話を聞きたがるであろう。

「まず諸君らの、ここまでの航海を労いたい。ご苦労だったな」

ランチから降り立つ、ハルバートンとその副官のホフマン。それに対し最初の軍隊作法に則った挨拶のあと、幹部士官らを眺めてハルバートンはそう切り出した。
ちなみにアカデミーの学生の少年少女達は、ここには集まっていない。それぞれ担当部署に配置されていて集まる暇がないのだ。
ハルバートンはマリューらとプライベートな会話をして、表情豊かに雑談する彼は、実にチャーミングで人間味溢れる人物だと、ギリアムは感じた。

「これまでの戦闘で、クルーに少なくない死傷者も出しただろうが……生き延びた君達に敬意を表する。
G兵器、棒にも箸にもつかないMA、先行量産機など、まるで試験艦のような扱いに色々と不平不満もあるだろうが、アラスカに着くまでの辛抱だ。堪えて欲しい」
「いえ、こうしてハルバートン提督自ら第8艦隊を率いてお迎え下さっただけで、これまでの労苦が報われる思いです」

ギリアムが生真面目な表情で応える。

「うむ、そう言ってもらえると、私も迎えに来た甲斐があったというものだ。さて、君達のこれまでの航海の話を聞かせてくれまいか」
「はい、では……ヘリオポリスでの襲撃からお話いたします」


- - - - - - -


「……ヘリオポリスが崩壊し、第七艦隊の先遣隊、第八艦隊の先遣隊も全滅。特装艦とG兵器を守るためとはいえ、高い代償だな?」

そう皮肉っぽく告げるホフマンの目は、無能どもめ、と言っていた。マリューとギリアムはそれに対し、何も反論しない。
地球軍の中では奇跡的な健闘だったのだが、ギリアムとマリューは上官を死なせたことに責任感を抱いていて、言い返すことなどできなかった。

「だが彼らがストライクとアークエンジェルだけでも守ってくれたことは、いずれ必ず、我ら地球軍の利となる。
正規採用された量産型MSの運用も含めてな」

それを聞いて、リナがぱっと表情を明るくした。自分が誉められた!

「アラスカは、そうは思っていないようですが……」
「ふん! 奴らに宇宙での戦いの何がわかる。ギリアム中佐らは私の意志を理解してくれていたのだ。問題にせねばならぬことは何もない」
「……痛み入ります」

ギリアム中佐が、ハルバートンの言葉に救われた思いがして、目を伏せる。

「コーディネイターの子供の件についても不問ですかな?」
「!」

ついにホフマンがキラについて触れた。リナは反射的に、キラを隠すように動く。といっても彼のほうが頭二つ分は大きいから、前にちょこんと立っただけだけど。

「リナさん……」

リナが自分を庇うような立ち方になったことに、キラが声を漏らす。
一介の中尉の自分が、大佐や准将の非難を退けることなんてできない。けれど、彼は絶対にボク達の味方だ。
そしてボクも、絶対に彼の味方だ。だから、無駄だとわかっても彼を庇う。それは曲げない!
ギリアムとマリューがキラのほうに視線を向けたとき、リナが小さな身体で精一杯ホフマンを威嚇していることに気づき、複雑な表情を浮かべた。

「……キラ・ヤマトは、友人を守りたい。ただその一心でストライクに乗ってくれたのです。我々は彼の力なくば、ここまで来ることは出来なかったでしょう」
「ラミアス大尉の言うとおり、彼はナチュラルを友人とすることができる心優しい人物です。決して、悪意からナチュラルを蔑視したり敵対視する少年ではありません。
この航海の中、ヤマトがクルーと触れ合う姿を見て、信頼できる人物だと分析しました。……今のシエル中尉が、何よりの証拠です」

ギリアムが冷静な口調で、キラを庇護して、リナを見た。
リナはギリアムに視線を向けられ、黙って見返す。ホフマンとハルバートンは、その二人を、ハルバートンが興味深げに見ている。

「……シエル。ほう、シエル准将の娘というのは君か」
「……はい。地球軍第七艦隊所属、リナ・シエル中尉です」

ブーツの靴底を鳴らして、ぴしっと背筋を伸ばしてハルバートンに名乗る。
先ほどの会話から、地球軍の高級将校としては、話の分かる人物だとわかるが……コーディネイターに対する価値観となると別だ。
もしかしたら、反コーディネイター団体「ブルーコスモス」かもしれない。それがリナを警戒させた。
しかしその姿は、黒い毛並みの子犬が、小さい身体を張って精一杯威嚇しているようないじらしい姿に見えるだけで、迫力など欠片も無い。
ハルバートンはその姿に苦笑し、ひらと手を振る。

「そう警戒するな。私は彼をどうこうするつもりはないよ。敵味方の判別くらいはつくつもりだ」
「しかし、このまま解放しては……」

ホフマンが執拗に異を唱える。そこにナタルが何かを言おうとしたところで、キラが、リナの身体を避けて前に出た。
意外そうに、キラを見上げるリナ。キラの表情は、意を決したように引き締まっていた。

「キラ君?」
「確かに、最初は自分のやってることがわからず、ただ成り行きで乗っていました。戦うのが嫌だったこともありました。
でも、今は自分の意志で戦っています! フラガ大尉に、自分のできることをやれ、と言われ、リナさんには、戦う理由を教えられました。
だから、僕はみんなを守るために、戦います!」

キラの力のこもった言葉に、その場にいた一同が唖然とする。
ハルバートンやホフマンはおろか、アークエンジェルの面子も度肝を抜かれた。キラがこんなにはっきりと物事を言えるとは思わなかったのだ。
リナは、何か言ったかな……と、記憶を探していた。まあ確かに言っていたけど、戦う理由なんて教えたかな?
リナが記憶を巡らせている間に、ハルバートンが皆より少しだけ早く我に帰り、真摯な表情でキラを見据えた。

「それは、自分が軍人として戦うということだぞ。それでもいいのだな?」
「……はい。そう取っていただいて、構いませんっ」

軍人になるということ。それに僅かな時間の躊躇があったが、決意して頷いた。

「その友達がこの艦を降りても、君は艦を降りられないぞ。いいのか?」
「……っ」

その忠告に、さすがにキラが返事を躊躇う。
ハルバートンとて、彼を苛めるために言っているわけではない。彼が選択したことに対し、後悔させたくないからだ。
そしてこの選択をして後悔した者は、どこかで均衡を崩し、破滅を迎える。多くの軍人を見てきたハルバートンは、この場に居る誰よりも知っていた。
だから確かめたいのだ。キラの決意を。ハルバートンは、キラの表情をじっと観察していた。

「そのことですが、准将」
「ギリアム中佐、何か?」

ギリアム中佐が割って入る。ハルバートンは特に気分を害した様子もなく、彼の言葉を促した。

「彼の友人は、艦内維持の見習い生として各部署に配置されています。若いために覚えも早く、既に艦の任務を覚えつつあります。
彼らも、現地徴用兵ではなく正規兵として、階級を与えてはいかがでしょうか」
「彼の友人を、かね」
「彼の友人とヤマトを引き離すのは忍びないし、彼の、戦いたいという意志を尊重したい。それに、友人ら四名からは正規の軍人になるという誓約書に、署名も書いています」

いつの間に。リナとマリューとキラが、驚きに目を丸くしている。
ギリアムの提案は、傍から聞けば合理的なように思えるが。要するにキラの戦う理由をこちらで作る……友人を人質をとるようなものだ。本人を前に、よくも言えるものだ。
リナは、大人って汚いなー、と考えながら、そっとキラの顔を盗み見る。
キラはそのやり取りを、何も口を挟むことなくじっと聞いていた。会話の内容を理解しているかどうかは、彼の表情からは読み取れない。
ハルバートンは少しの間目を伏せ、考え事をしたあと、キラを真っ直ぐ見据えた。

「……キラ君。いや、キラ・ヤマト」
「はい」
「デュエイン・ハルバートン准将の権限を以って、本日一七四〇時、キラ・ヤマト並びにその友人ら四名を、正式な大西洋連邦軍軍人として迎える。
特殊機材の操縦技能を有するキラ・ヤマトを宇宙軍少尉、友人四名を二等兵として任命しよう。
本部にも打診するゆえ、追って通達があるだろう。
……このような事態ゆえ、少々粗い形式になってしまったが……これで、君達は正規の軍人となったわけだ」
「は、はいっ、よろしくお願いします」
「よろしく頼むよ。期待している。キラ・ヤマト少尉」
「はい!」

そのやり取りを、リナは不思議なものでも見るかのように眺めていた。
この短い航海の中、彼の中で何かが変わった。守るべきもの、戦うべき理由。それは何なのか。
戦う理由の多くは、変わっていない。だが、キラ自身が変わった。何が大きなきっかけだったのだろう?
どれでもあり、どれでもなさそうだ。でも、彼の決意の表情に迷いは無く、その心配は杞憂のようだった。

(リナさんと一緒に居たい……守りたい!)

彼の中の守りたい人々の顔に、リナが加わったのだ。ムウではなくリナを加えるあたり、キラも男の子だった。
ハルバートンは、彼の返事が快いものであったことに気を良くすると、うむと頷いて表情を緩める。

「これで、彼についての問題は丸く収まったようだな。
差し当たってのアークエンジェルの航行についてだが、これから諸君らにはアラスカ本部に降りてもらう。
メイソンの正規クルーも加わっていることだし、人員については問題なかろう」
「しかし、避難民については……?」
「避難民については、こちらで降下用のシャトルを用意した。彼らには一足先に早く地球に下りてもらう」

ギリアムとマリュー、以下軍人たちはハルバートンの計らいに胸を撫で下ろした。
口には出さないが、避難民は重荷でしかなかった。食料や用水の消耗を早めるし、作戦行動中は、彼らの目を気にしながら遂行せねばならない。
それがようやく下ろせるというのだから、特に艦の指揮運営をする二人にはありがたいことだろう。

「では避難民の脱出を急がせるように。以上だ」
「敬礼!」

ハルバートンが言葉を締めくくる。ホフマンが号令し、全員が敬礼し、遅れてハルバートンが敬礼を返した。ホフマンが直後に、解散、と告げる。
ギリアムが全員に、避難民を乗せるシャトルの手配と人員の選出、それ以外の人員の担当配置について命令を下していると、ハルバートンは立ち去ることなく、キラとリナの方へと歩み寄ってきた。

「ヤマト少尉、シエル中尉。話がある。こっちに来なさい」
「は、はい」
「……ハッ」

なんだろう? リナは疑問に思いながらも口を挟むことなく、彼の手招きに応じて歩み寄っていく。
ハルバートンは二人が歩いてくるのを見て、自身はMSのハンガーに流れていく。
准将の会見があったので整備の手は止み、静かになっている第1格納庫。そこにはストライクとその先行量産機、ストライクダガーが並んでいた。
第二格納庫で、第八艦隊から補給された機体があるようだが、ハルバートンに呼び出されているために見に行けない。
三人は人気の少ない格納庫で、機体のに立ちながらハルバートンと会見することになった。

「シエル中尉、君のお父上のことは良く知っている。私の同期でね。まさかその娘と、こうして軍人として会い見えようとは……」
「シエル准将と同期、ですか?」

なんだと。それは初耳だ。まあ、会う機会があるとは思ってなかったろうし、言う必要も無かったのだろうが。
しかし、新しい人間と会う度に親父の名前が出される。どれだけコネクションが広いのだろうか。ただの士官学校の校長のはずなのに。
まあ智将と敵味方から認知されているハルバートンと同期で、しかも同じ階級なのだから、有能で知られているのだろうけど。

「うむ、彼は実に先見の明に長けていて、彼の助言が無ければ、ここまで早くMSの量産にこぎつけることはできなかった」
「おや、……シエル准将が、MSについて助言を?」

驚きのあまり、親父、と言いそうになって取り繕う。それをハルバートンは朗らかに笑った。

「知らんのも無理はない。これは極秘中の極秘だったからな。家族にも話さないのがあやつらしい。
……だからこの機体に乗れることを、誇りに思うといい。MSの操縦はまだ慣れないだろうが、ここまで生き抜いてきた君なら、なんとかなる。私はそう期待したいね」
「ありがとう、ございます」

また、あの親父に問い詰めないといけないことが一つ増えた。リナは胸中で頭を抱える。
明らかに狼狽しているシエル中尉に、やはり子供だな、とハルバートンは横目で見ながら次はキラに視線を移し、コーディネイターのこと、キラのことについて話し始めた。
G兵器にコーディネイターが乗る。これがどれほど恐ろしいことか、アークエンジェルが身をもって体験していることだ。
敵としても、味方としても。そしてキラがこれからどんな立場に置かれることになるか。キラには覚悟してほしい。ハルバートンにはその意図があった。

「閣下! メネラオスから、至急お戻りいただきたいと」

話している最中に、士官が割って入る。ゆっくりと話すこともできん、と愚痴を零しながら、士官のほうへと流れていくハルバートン。
流れながらも、見送る二人にハルバートンは振り返った。

「君達は、今まで地球軍の体験していない様々なことを体験してきた! G兵器の運用と先行量産機の運用による一定以上の戦果。
これが良い方向に転ぶばかりではない。これからあらゆる意味で、その戦果が様々な苦境に立たされる原因になることだろう。
だが、少なくとも私だけは君達の味方だ! それを覚えておいてくれよ! また会う時まで……死ぬなよ!」
「はい!」

ハルバートンの、心から気遣うような激励にキラは胸を打たれ、笑顔でハルバートンに返事を返す。
リナも彼の温かみのある言葉に感激すら覚えた。長いセリフを言うためにゆっくり漂っていたせいで、下士官に二度目の催促が飛ぶ。
その二人がランチに収容され、発艦していく姿を見送りながら……リナは彼の言葉が、自分達の行く末の黙示ではないのかと感じて、一人胸騒ぎを覚えるのだった。



[36981] PHASE 13 「大気圏突入」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/10/17 22:13
メイン格納庫では、戦闘への準備とは違った賑わいが起こっていた。
シャトルの前に避難民達がそれぞれの荷物を持って集まり、搭乗の順番を待っている。
避難民達はそれぞれ、ようやく戦闘艦から出られることに安堵を覚えて表情を緩めていたり、初めて大気圏突入を体験するため緊張していたりした。

「もうアレには乗れないな、俺達」

キャットウォークで柵に寄りかかりながら、その避難民を見下ろして呟くサイ。
もし自分達が志願しなければ、今避難民が乗り込んでいるシャトルに乗って一足先に地球に下り、戦争に関わらずに生きていくことになっただろう。
サイはシャトルに並んで表情を緩める避難民を見て、複雑な気分になる。

「しょうがないだろ? 俺達、キラと一緒に戦うって決めたからな」
「そうだな」

後悔の色がないトールの言葉に、サイは苦笑を漏らしながら振り返る。
トール、ミリアリア、カズィ。そしてサイ。アークエンジェルに残るのは、この四人だ。
この四人には既に階級が与えられていて、二等兵となっている。まだゼミ生だったのに、思わぬ早期就職になってしまった。
まあ今は戦争中で、もし地球軍が負ければ就職どころではなくなるのだから、悪いことばかりではないが……。

「フレイは……親父さんと一緒に地球に降りるんだってな」
「……ああ」

それを聞いて、サイは表情を翳らせる。
親が決めたとはいえ、婚約者のはずの彼女。一緒に居てくれるとは思ったが……この船は作戦を続行中で、いつ死ぬかわからない危険な場所。
サイは人が良く優柔不断なところがあるので、それを考えるとフレイを強く止めることはできなかった。

「ったく、サイももうちょっと強く言えば、フレイも残ってくれたかもしれないのにな」

トールの発破に、サイは小さくかぶりを振る。

「無茶言うなよ。親父さんと再会してあんなに嬉しそうにしてたフレイを見て、そんなこと言えるかよ」
「そりゃわかるけど……お人好しすぎるよ、お前」

トールの呆れ気味の言葉に、お前とは違うよ、と小さく返しながらも、言うことはわかる。
自分だって本心では、フレイに残って欲しいとは思う。が、ここは相変わらず軍艦であり作戦行動中で、
今回民間人が乗れたのは緊急措置であり、降りられる方法があるならば直ちに降りなければならないのだ。

「おい、新兵ども! シークェンスは始まってるんだぞ、持ち場につけ!」

船務科の少尉が、持ち場に着かずのんびりとしている四人に怒鳴りつける。

「は、はい!」

慌てて四人が返事をして、ついて来いよ、と怒鳴って通路を流れていく少尉の背中を追いかけた。
サイは追いかける直前、もう一度フレイの笑顔を振り返る。父親に向ける笑顔は、実に素直なものだった。しかし……

(フレイは一緒に戦ってはくれないんだな……)

フレイにとって、俺達はなんだったのだろう?
少尉を含めた四人を追いかけながら、シャトルに並んで、父親と談笑するフレイを思い起こす。サイは彼女の気持ちがますますわからなくなっていた。



- - - - - - -


ブリッジのフロントを輝かせる地球光。
まばゆいまでのその青い光は、ブリッジを煌々と照らして電子機器の灯りを曇らせていた。
フロントには防眩フィルターがかかっているはずだが、それぞれのクルーの顔も真っ白に照らされている。
真っ白な光に顔が照らされているために、皆顔色は良いように見えるが、それぞれ緊張に顔を強張らせている。
ここで皆を和ませる軽口の一つでも言えれば……ジョークに通じる語彙には疎い己に、ギリアムは悔しさを覚えた。

「艦長、時間です」

考えている時間が長かったのか。ついに大気圏突入シークェンスに入る時間が迫っていた。
敵部隊を予測よりも早く振り切り、アルテミスにも寄航せずヴェサリウスとも接触しなかったアークエンジェル一行は、敵部隊の攻撃を受ける前に大気圏突入シークェンスに至ることができた。
そして、第八艦隊も、”史実よりも”艦数が多い。その僥倖に、このアークエンジェルに乗る誰もが気付いていないだろうが……
時間を知らせたマリューに、うむ、と頷いて艦内放送のインカムに手を伸ばす。

「達する。艦長のギリアムだ。これより本艦は大気圏突入シークェンスを開始する。
これまで苦しく長い宇宙の旅だったが、それもこのシークェンスで一つの節目を迎えるだろう。アラスカに着くまで、あともう少し、皆の力を借りたい。
そしてアラスカの乾ドックで、クルー最後の一人が地上に降り立つまで気を引き締め、最高度の臨戦態勢を維持してもらいたい。
各員は臨戦態勢のまま待機。大気圏突入時は追って知らせる。避難民のシャトルは発進急げ」
「大気圏突入シークェンス、開始!」
「了解、セイル収納、仰角三十度。突入ルート追跡――」
「前進微速、ヨーソロー!」

ギリアムの艦内放送が終わると同時、ブリッジがにわかに慌しくなる。
大気圏突入シークェンスの実行は誰もやったことがないのだ。シミュレーションで無いわけじゃないが、あんなものを真面目くさってやる人間などあまり居ない。
なにせ大気圏突入するシャトルを操縦するということ自体が少ないのだ。特にメイソンのクルーは、アークエンジェルに乗る前は想定していなかったといっていい。

「ノイマン曹長、肩が張ってるぞ。緊張しすぎだ!」
「は、ハッ!」

操舵手の彼をしかりつけるが、その言葉は自分への言い聞かせであることを自覚していた。

メイン格納庫では、避難民がシャトルに全員が乗り込み、今まさに出発しようとしているところだった。
MS並びにMAのパイロット要員は特にすることがあるわけではない。大気圏突入中は、出撃したくてもできないからだ。
キラとリナは自分のMSの整備も終わり、避難民を見送るためにシャトルの前に居た。
キラの想いはわからないが、リナは、本音を言うと清々した……ので、最後くらいは見送ってやろう、と思ったのだ。

(自分が守った人間っていうのがどんな奴らなのか、っていうのも知っておきたいしね)

一人ひとりの顔を記憶に刻もうとするかのように、ゆっくりと避難民の顔を順に見ていく。
諭そうとしてきた中年の女、叱りつけてきた壮年の男、ザフトの攻撃があるたびに泣いていた幼女……
特に前者二人は、自分を見つけると居心地の悪そうな表情を返してきた。避難していた先のモニターで、戦闘の様子を見ていたからだろう。
こんな小さな子供に守られて、自分はビクビクしていた……そう思っているんだろうか? それとも、守ってくれてありがとう、と素直に言えないから?

リナは彼らの考えていることを勝手に想像しながら、肘を掌で支えあうように腕を組んで見送る。

「行っちゃいますね」
「清々したよ」

感慨深げに言うキラに対し、リナは涼しげな表情で、本音をぶちあげた。
苦笑するキラ。リナは、なんだよ、と、大きめの瞳で見返す。言動は大人なのに、顔立ちが幼ければ表情も幼い。
本当に二十三歳なのかな? キラはそう疑ってみながら、試すように言葉を続ける。

「寂しくはない、ですか?」
「別に……軍艦に民間人のテンションを持ち込まれると、調子が狂う」

これもリナの正直なところだ。民間人と軍人。キッパリと住み分けていきたいのだ。
というか単純に、民間人が軍艦に乗っていたところで百害あって一利なし。キラも元民間人だったが、もう彼は軍人なので時効だ。
……なんか前もこういうことを考えた気がする。

「…………」
「……ハッ」

キラが妙に黙り込んだと思って振り向いたら、表情を翳らせてる。
まずい、自分達のことだと思ったか? ボクはキラ君を一度だって迷惑だと思ったことはないのに!

「き、キラ君は別……だから! キラ君は、頑張ってるよ! ボクよりも!」
「そうそう、お兄ちゃん頑張ったよね!」
「え?」

割り込んできた、リナよりも一回り幼い声。二人がそちらに顔を向けると、栗色の髪を頭の両側でリボンで結んだ幼女が、ちょこんと立っていた。
避難民の誰かの子供なのか。コズミック・イラに至ってオーバーオールとは珍しい。でもその服のおかげで、いかにも、という幼女だ。

(まがいものの人もいるけど……)

リナの横顔を盗み見る。彼女のエメラルドの瞳が、視線を向けられてることに気付いて半眼で見返してきた。

「キラ君、何か考えた?」
「いいえ……」

普通に幼女な人物が現れてホッとしているキラに、リナが釘を刺した。
なんでわかるんだ、とキラは理不尽な思いに駆られながら、とりあえず、二人の不思議なやり取りに首を傾げてる幼女に意識を向ける。
幼女はキラに注意を向けられて、にこ、と微笑んで、後ろに回していた手をぱっと二人に向けた。
その小さな手には、カラフルな折り紙で出来た花が二つ、握られていた。どちらもパステルカラーのピンクとブルーの花。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 今まで守ってくれてありがと!」

屈託のない笑顔で差し出されたその折り紙の花。キラはブルーの花を受け取って、リナはピンクの花を受け取る。
子供らしい、なんとも可愛らしいプレゼントではないか。キラとリナは知らず、笑顔がこぼれた。
特にリナはほっこり良い笑顔。くしゃくしゃと幼女の頭を撫でてる。

「綺麗なお花だね。大事にするよ。ありがと」
「えへへ……またね!」

幼女の親が彼女を呼び出して、短い脚を振って搭乗者の列に戻っていく。その親子の姿も、艦内放送の催促によってすぐにシャトルの中に消えた。
その姿を見送りながら、手の中の紙の花をくるくると回して、くすっと笑いをこぼした。

「守ってくれてありがと、か……」

そんなストレートな感謝の言葉がもらえるとは思わなかった。
子供の純粋さゆえだろう。それでもお礼の言葉をもらえると、自分が死ぬような思いをして戦った甲斐があった。
子供が作った割には結構しっかりした作りになってる。花びらも立っていて、めしべもちゃんと膨らんでる。きっと普段から折ってるんだろうな。
軍艦の中でいそいそと折っている先ほどの幼女の姿を想像すると、ふと笑みが漏れた。

「可愛い花ですね」
「うん。どこに飾っとこうか……」
〔レーダーより敵部隊の接近を感知! 総員、第一種戦闘配置! 対空戦闘用意! シャトルは緊急発進を! 甲板要員急げ!〕

キラと飾り場所を相談してると、突然の艦内放送。
避難民を見送ったら、第八艦隊から補給された機体を見に行こうと思ったのにこれだ。
避難民達は荷物のチェックもそこそこに、全員シャトルに収容されるとすぐさまハッチが閉鎖し、ラダーがはずされる。

「シャトル緊急発進! 気密チェック急げ!」
「推進剤充填完了! 発進位置へ!」

シャトルの発進に慌しくなるメイン格納庫を背に、予めパイロット達が待機すると決めてあった各々の配置に向かう。
大気圏突入シークェンスに入ってしまった今、艦載機は出撃することができない。
だいたい、艦載機搭載型の戦闘艦が大気圏突入し、そこへ敵部隊の攻撃が加えられるという事例が今まで無かったのだ。
だから「今から出たら危険かもしれない」という、割といい加減な予測のもと、出撃が禁じられた。
その護衛も何もない宇宙を飛ぼうとするシャトルを、ふとリナは振り返った。

(あの子、無事に降りられるのかな……)

もしかしたら、あのシャトルは戦闘宙域の真ん中を飛ぶことになるかもしれない。
戦闘宙域には多くの流れ弾が飛び交う。無論、この広い宇宙だ。あんな小さい機体に流れ弾が当たる確率など、交通事故で死ぬ確率のほうが高かろうが……
それでも、今回は場合が場合だ。敵はこのアークエンジェルを狙ってくる。そうすると火線はアークエンジェルの周りに集中し、その近くか延長線上にいるシャトルは危険だ。

「……!!」

ふと、胸騒ぎがした。頭の中に、ビームに機体を貫かれて爆散するシャトルが浮かび、リナは身体を宙に止めた。
守らなければいけない、あのシャトルは……!
どうする。出撃は禁じられている。でも、あのまま放っておいたら、不安は的中するかもしれない。
そんな漠然とした不安だけで出撃が許可されるとは思えないし、命令違反などすれば、それこそ自分の方が危ない。

「リナさ……」

キラが、大気圏突入に備えなければならないのに、立ち止まったリナに声をかける。

「…………」

振り返ったリナに、キラは息を呑んだ。
泣きそうな顔をしている。その表情の理由は知っている。キラだってわかっているし、同じ思いだ。
なら、どうする……? 決まってる!

「リナさん、出ましょう!」
「え、でも、命令が……」

キラの思い切った発言に、リナは動揺した。
二人はすぐに気密区画に入ると、ハッチが開放されてシャトルが宇宙に向かって突進していくのが見えた。
そのハッチの向こうに見える宇宙で、大小様々な爆光や火線が一瞬見えた。もう、第八艦隊とザフトの戦闘は始まっているようだった。
リナの動揺をよそに、キラは、今まさに発進し、宇宙に消えたシャトルを指しながら続ける。

「あの人たちは、あんな無防備なシャトルで、戦闘が始まった宇宙に放り出されるんですよ。守ってあげないと……
それに、大気圏突入直前に出ちゃいけないって決まりはありません!」

キラは切なげに訴える。メインハッチが閉じ、気密区画のエアコンディションランプがグリーンに変わった。
格納庫の気圧が安定し、生身で出ても平気だという合図だ。気密区画に、リナの甲高い声が響いた。

「ば、バカを言うな! 決まりは無くても、出るなっていう命令が出てるんだ! 命令違反をしたら、タダじゃすまないぞ!」
「軍人は、民間人を守るのが仕事なんですよね!?」
「できたてホヤホヤが、知った風な口を――」

二人が口論している間に、大きな揺れが艦を襲った!

「うわっ!」
「あっ……!」

小さな悲鳴を上げながら二人は姿勢を崩し、無重力なために踏ん張りが利かず、リナはキラに身体を預けてしまう。
とすっ。
リナの長い黒髪が散って、小さな身体がキラにぶつかる。
ふわっ、とリナの柔らかい身体がキラの引き締まった身体に接して、キラに膨らみかけの胸を押し付ける形になってしまった。

(うっ……)

リナはキラの匂いを間近に感じると、あの夜のことが脳裏によみがえって、思わず赤面してしまう。
キラも同じ事を考えたようで、赤面して目を逸らしてしまう。

〔第二区画に被弾! ダメコン急げ!〕
〔艦載機搭乗員に通達! 突入まではまだ時間がある! 短時間でいい、艦を防御しろ! 出撃準備!〕

「……!! ほら、出撃命令だ! すぐに出るよ!」

キラを押しのけるようにして離れ、すぐさまロッカールームに向かうリナ。その後姿は、まるでキラから逃げてるかのよう。
一瞬リナの表情が赤面しているのが見えて、それを一瞬脳内でリピート再生してしまったキラは、遅れて後に続いた。

「あっ……は、はい!」


- - - - - - -


「ムウ・ラ・フラガ、出るぞ!」
「ストライク、キラ・ヤマト、行きます!」
「ダガー、シエル機、出ます!」

いつものメンツ。メビウス・ゼロ、エールストライク、ストライクダガーが、次々とリニアカタパルトで射出される。
三人ともノーマルスーツには着替えたものの、ろくにブリーフィングもせずに出撃した。状況は既に進行しており、一刻の猶予も無いからだ。
そして、戦闘目標もはっきりしている。アークエンジェルの護衛。これに尽きる。

〔大気圏突入開始まで、あと六百秒だ。いいか、帰還命令は絶対遵守しろ! 大気圏で燃え尽きたくなかったらな!〕
「了解!」

ストライクダガーのコクピットにおさまっているリナの意識はアークエンジェルではなくシャトルに向かっていた。
サブモニターを操作して、シャトルを写す。よかった、まだシャトルは無事だ。大気圏突入コースをとり、機首を上に向けている。
もし掠りでもすれば、大気圏突入は不可能になり、大気圏で燃え尽きる恐れがある。アークエンジェルにはある程度の自己修復能力があるが、シャトルはそうもいかないのだ。

「!」

警報が鳴り、メインモニターに目を移した。HUDに二つのエネミーマーカーが投影される。ジンが、二機!
全身を緊張が支配する。ぴりっと脳裏が痺れて、手に汗が浮かぶ。
シールドがしっかり保持されていることを確認して、半身を隠す。くり、とレバーを巡らしながら、微妙にペダルを調節して、くる、と機体で一定の円を描く。
すると、ロックオン警報! 遠いのに!

「重粒子砲!?」

だが、あれはマズルフラッシュが激しいので、射撃の瞬間がわかる。ゆったりと機体を巡らせ、射線をずらしてやりながら……スロットルを全開にして鋭い機動で、ジンから放たれた光の奔流を回避、やりすごす。
重粒子砲の撃った反動で、ジンが固まっている! すかさずビームライフルの照準と直結しているガントリガーを動かし……射程に入った途端、ビームライフルを射撃!
反動から立ち直り、ジンを動かそうとするが、遅い。かわしそこね、左肩を撃ち抜いた。バランスを崩し、戦闘空域から離脱していくジン。

「……いける!」

シミュレーターをこなしまくったのが、効いている。少なくとも、重粒子砲を持ってるジンは撃墜できる!
しかし、調子に乗ったらいけない。あくまでシャトルとアークエンジェルの防衛が重要なんだ。
前線に出ようとする自分を抑えて下がり、もう一機のジンを探す。アークエンジェルに向かってるのかもしれない……いた!

「調子に乗ってぇ!」

アークエンジェルに向かっている! しかも、火線をくぐりぬけて至近距離から撃とうと急接近をかけている!
リナはカッと頭に血を上らせて、スロットルを全開! しかし、対艦攻撃をするジンは、どこで発射位置をとるかわからない。
致命弾を撃ちこまれる!? さぁ、と上った血が冷める。ジンが目の前で発射位置についた。しかし、一瞬間に合いそうにない――
駄目か!? 絶望的に胸中で叫んだ直後、別の方向から真っ直ぐ伸びた閃光が、ジンを貫いた!

「!?」

爆散し、地球と宇宙の境目に向かって吹き飛んでいくジンの残骸。
キラが撃った? そう思ったが、キラのストライクは見当たらない。
その閃光の源を探ると、いた。MSだ。少し遠い距離だが、色合いからしてストライクとわかる。今のビームライフルの推定射程距離は……

「え?」

ストライクダガーと同じ? 不審に思って、その機体をストライクダガーのコンピューターに解析させる。
そうしている間にもそのMSが転針して、こちらをパスしてくる。シールドを振って「バンク」するその姿は……

「ストライクダガー!?」

リナが乗っている機体と全く同じ、先行量産機。誰が乗っているんだ!?
メインセンサーでその姿を追いかけると、三つほどのバーニアの航跡が合流していく。全て、地球軍のIFFを発信している。
それも、全て同じ型。ストライクダガーが、計四機……。いや、第八艦隊のほうを見ると、艦底に係留されたストライクダガーが次々と出撃していくのが見える。

「地球軍が、こんなにストライクダガーを……? いつの間に?」

そのストライクダガーが、倍に相当する数のメビウスを連れて第八艦隊の砲撃支援を受けながらザフトの艦隊に突撃をかけるのが、遠目に見えた。
ビーム兵器を携行したMSが量産されたこともあって、さすがに押されっぱなしということにはならないらしい。アークエンジェルまで到達するジンの数が目に見えて減った。
しかし、ザフトとてそう甘くない。地球軍のMS・MA混成部隊を突破する機がいる!
……イージスと、バスター。そして、ジンが二機とシグー!
そのうち、ジンとシグーはそれぞれ臙脂色、深い青で彩られている。パーソナルカラー?

〔あ、あの機体は……気をつけてください、リナさん!〕
「キラ君?」

キラが、妙にあせった声を挙げる。彼が焦るのはよくあることだが、今回はなにやら様子が違う。

〔前に、リナさんが出撃しなかったときに襲ってきた、連携する二機です! 気をつけてください!〕
〔でもな、大気圏突入まで二分しかない。見ろ、アークエンジェルはもうだいぶ下だ!〕

ムウに言われてアークエンジェルを見ると、もうかなり地球に近づいていて、シャトルも更に小さくなっている。大気圏の炎で赤く染まっているのもはっきり見えた。
相対距離を見ると、今もかなりの速さで開いていっている。このままじゃ、置いてけぼりにされるんじゃ……?

「そろそろ戻る準備をしないと……くぅっ!」

慌てて機体を転針させようとしたら、あの五機が撃ってきた! 機体の周囲を火線が囲む。
特に砲撃戦用のバスター、バズーカを装備したノーマルカラーのジンが撃って来る。レーザー誘導のミサイルを、機体を思い切り動かして振り切る!

〔ああ、だから撃墜することを考えるな! 帰還しながら牽制しろ、それで充分だ!〕
「は、はい……!」

大いに賛成だ。手練れのあの五機とまともにぶつかりあって、勝てそうもない。たとえこっちにキラがいたとしても、同等のパイロットのアスラン・ザラがいる。
シールドでしっかり機体を隠しながら、ランダム機動でバスターの遠距離砲撃をかなり苦心しながらも回避し、近づこうとしてくるザフト量産機とイージスを牽制する。
ジンやシグーは、なんとか牽制はできるものの……イージスがとにかくすばやい。
MA形態に変形すると、ゼロをも上回るスピードでアークエンジェルに飛び込んでいく……あれは、スキュラを撃つつもりだ!

〔アスラン!! だめだ!!〕

キラの通信が聞こえ、エールストライクのバーニアを最大に噴かして追撃しはじめ、すごい勢いでストライクの姿が小さくなっていく。

「キラ君!?」
〔あのイージスは坊主に任せとけ! 俺たちは引くぞ。援護してやる!〕
「はいっ! ――このっ、寄るな!」

リナの叫びもむなしく、機動力に劣るバスターとジンはその周辺に縫い付けることはできたが、ジンHMとシグーが巧みに機体を捻り、ストライクダガーを上回る運動性でアークエンジェルに飛び込んでいく!
くそ、キラ君はもうイージス相手で手一杯だっていうのに! CIWSが起動して対空砲火が開くが、MSの爆光は見えない。やはり取り付かれた!

〔くそっ、時間だ。シエル! 戻るぞ!〕
「はい……!」

最後にバスターとジンに三連射すると、スロットル全開でアークエンジェルに迫る。ムウのゼロは一足先に、アークエンジェルのデッキに着艦していった。
既に大気圏の炎がアークエンジェルの白い船体を赤く染め始め、艦自体のスピードも上がっているようだった。
大気圏突入の限界時間になったからか、対空砲火も閉じる。ストライクダガーも、過熱の警報を発したために急いで着艦しようとアークエンジェルに近づいたが、

「ま、待って! キラ君は!?」

彼の姿が無い。イージスを追い払ったにしては早すぎるし、もしかして取り残されたのでは……
アークエンジェルに彼の姿を探すように上申したが、その上申はすぐに取り下げられた。返って来たナタルの声には焦燥がにじみ出ていた。

〔まだ彼は帰還していません。電磁乱流が発生し、レーダーも使用不能です。しかし、限界です! シエル中尉、着艦してください!〕
「しかし、彼をこのまま置いていっては――」
〔彼より自分の心配をしなさい! 死にたいのですか!〕
「……っ!」

ナタルの叱咤が飛ぶ。唇を噛み、彼の無事がわからないことに胸が締め付けられる思いだった。
大気圏に突入して、あのストライクは無事なのか? それとも大気圏から逃れて、第8艦隊に合流したのか?
できれば後者であってほしい。そうすれば、まだ生き残る望みはある。着艦用のプログラムを起動する指が、震えている……

「…………了解。シエル中尉、着艦します……」
〔ヤマト少尉は、必ず生きて帰ってきます。信じましょう〕
「……うん」

弱弱しくナタルに答え、デッキに下りようとしたら……

「!?」〔あっ!?〕

アークエンジェルの機体に、何かが、文字通りの意味で取り付いた。艦内でも激震が走ったようで、ナタルの悲鳴が聞こえてくる。
なんだ、とメインセンサーを巡らせると、あの臙脂色のジンHMと青いシグーが、アークエンジェルの船体に抱きついているではないか!
正しくは、ブリッジの後方デッキにジンHMが。左舷ゴッドフリートの格納部分にシグーが抱きついている。
リナは知らないことだが、フィフスとマカリが乗っているあの二機だ。

「なっ……!」

慌ててビームライフルの銃口を、その二機に向けようとしたが、

〔よせ、撃つな! 爆発でもされたら、突入中のアークエンジェルはタダでは済まん!〕

ギリアムから直接回線で命令が飛ぶ。確かに、この振動の中で、機体の爆発しない部分だけを狙撃できるわけがない。
しかもあの二機、携行火器を全て捨てて抱きついている。重斬刀は持っているが、腕を動かしたら大気圏突入の衝撃で弾き飛ばされるだろう。
まさか、自分達と一緒に地球に来るつもりか。でも、火器の一切を捨てて、母艦の支援も期待できない地上まで、何故!?

〔決着は地上でつける。今は着艦だ!〕
「はい!」

理由は不明だが、とにかく着艦しよう。キラの無事を祈りながら……

「マカリ、マカリ……! やっと地球に下りるよ……!」
「ああ……眩しいな」

フィフスは、感激を抑えきれない声で叫び、マカリはモニターを輝かせる地球光に目を細めていた。

アークエンジェルは重力に引かれていき、その白い姿は地球光の中に消えていく。
アークエンジェルを中心に開かれた低軌道会戦は、その目的を達成、もしくは消失したために、互いの戦力消耗を避けるために双方撤退していった。
その宙域に、ストライクの姿はなかった……





2013/10/15 初稿



[36981] PHASE 14 「微笑み」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/10/22 23:47
艦全体が揺れ続ける。
ストライクダガーが収容された直後はほんのちょっとした振動しか感じられなかったが、大気圏の成層圏を越えたからか、次第に激しい揺れへと変わっていく。
MSと艦の装甲を越えて、激しい嵐の音が響いてくる。気流のせいだ。気のせいか、外部音声を拾い上げるスピーカーから、ミシミシと嫌な音が聞こえてる気がする。
この艦大丈夫なのか。こんなでかいものが、本当に大気圏突入なんてできるのか?
それよりも、なによりも。キラは無事なのか?

リナはストライクダガーのコクピットの中で、膝を抱えて小さくなっていた。
ヘルメットもいやだ。マスクしてるよりは息苦しくないが、圧迫感がある。戦闘中でもないのにつけたくない。
宙にヘルメットを浮かせていたが、揺れが激しくなると、かくんと下にずれて、すぐにごろんと操縦機器の上に落ちた。
今までふわふわしていた身体が次第に重くなり、血液が下半身に溜まって行く。ついに地球の重力圏に入ったのだ。
およそ一ヶ月ぶりの地球。メイソンに搭乗してからここまで、まるで何年も宇宙にいたような気分だけど、今はその感慨にふけっている余裕はなかった。
キラが居ない。艦に戻れなかった。

(もしかしたらあのまま大気圏に引き込まれた? いや、フェイズシフトがあるから大丈夫なはず。
大気圏突入の熱を守ってくれるほどフェイズシフトが万能なのか、それはわからないけれど……いや、あれも物理的な作用なら大丈夫!
……なはず。いや、でもビームの熱は駄目なわけで……でもでも)

頭の中で、ポジティブな思考とネガティブな思考がぐるぐると回る。目に光が点らない目で虚空を眺めながら、胸に重たいものを蓄積させつつ艦が大気圏を突入し終わるのをじっと待っていた。
やがて振動が収まる。嵐の轟音も遠のいて、艦全体が静かになっていく。
大気圏を越えたのか。そう思って、コクピットを開放して身体を乗り出した。着いたのか?

〔達する、艦長のギリアムだ。貴君らの活躍により、アークエンジェルは無事大気圏突入シークェンスを完了した〕

格納庫に響くのは、ギリアム中佐の艦内放送だ。本当に地球にやってきたらしい。
その証拠に、今まであった浮遊感は無く、コクピットのハッチに足をかけている今、バランスを崩したら真下のキャットウォークに転落しそうだ。

〔なお、突入の際に索敵が、大気圏に落下するストライクを発見したため、同機を追跡、軌道修正を余儀なくされた。
現在地点は南アフリカ。皆も良く知っているだろうが……ザフトの勢力圏内だ〕

ストライク……キラ君を見つけたのか!
リナは喜びに表情を輝かせる。ザフトの勢力圏内というかなり危ない内容も篭められていたが、そんなことよりもストライクの発見を喜んだ。
追跡したということは、ストライク自体無事、ならキラ君も無事なはず!

キラ、キラ君!

喜びに小さな胸を弾ませながら、コクピットを飛び降りた。ふわ、と黒い髪が空中にたなびく。
機体の僅かな凹凸を足がかりに、トントンと猿のように身軽に跳ねて、キャットウォークに降りる。
さっきのテンションのリナなら、怖くてできなかっただろうが……キラが発見された嬉しさに舞い上がっていた。

〔取り付いたジンとシグーだが、まだこちらに取り付いたままだ。艦載火器の死角に乗っており、自力で引き剥がすことができない。
シエル中尉はMSに搭乗、右舷デッキより出撃し、ただちに撃破せよ。
艦内白兵戦用意。陸戦科から守備部隊を配置、左舷エア・ロックを警戒しろ!〕

そうだった、忘れてた!
格納庫にいる人間も忘れていた者が多かったのか、途端に慌しくなる。専任整備士のユーリィ伍長が駆け上がってきた。

「レディ・シエル! ビームライフルの充填は済ませてあるが、役に立たないと思ってくれ!
場所が場所だからな、殴る蹴るの戦いになるかもしれないが、一応ビームサーベルは装備させておいた!」
「て、敵は重斬刀を遠慮なく使ってくるんでしょ?」
「だろうな。苦しいだろうが、レディ・シエルの腕次第だ。うまいこと引き剥がしてくれよ!」

無茶言うな、といいたいが、確かに今この艦には適任は自分だけだ。
ムウもいるが、すばやく飛び回り、射撃兵器しか持たないゼロでは、艦ごと撃ち抜きかねない。射撃兵器を使わなければ○ュウさんになりかねない。特攻するだけの簡単なお仕事です。
こういうとき、MSは便利だ。戦車や航空機では真似できない、まさに戦車や航空機にもなりうる兵器なのだ。
まあ、現にそのMSに今襲われているわけで……便利なことばかりなわけじゃないのだ。

「……はあ。ボクも初心者なのにな」
「MSの操縦に関する特別な手当ても出るって、ハルバートン准将も言ってましたよ。頑張ってくださいよ!」

ため息をついて、ヘルメットを被りなおすリナを励ましてくるユーリィだが、大して金銭欲が強いわけじゃないのでどうでもいい。
生前はゲーセンに使う金が欲しかったが、今はゲーセンなんて行けるわけではない。
おしゃれをするのは好きだけど、服や装飾品で着飾ろうにも、戦闘艦勤めではほとんどできないし。
この先の展開はあまり分からないけど、街のステージがほとんど無かったし、きっとこれから半舷休息なんて無いのだろう。
これから始まるだろう白兵戦紛いのジンとの殴り合いを想像すると、思わずため息が漏れる。

「はいはい、とりあえずやれるところまでやろっか……誘導よろしく」
「了解! 足元気をつけてくださいよ!」

親指を立てるユーリィを見送ってから、ダガーのハッチを閉鎖。ジェネレーターを再起動。センサーを立ち上げ、モニターに艦内の様子が投影される。
サブモニターにナタルの顔が映る。

「ストライクダガーよりブリッジへ。シエル機、発艦します」
〔発艦を許可します。発艦シークェンスは省略。射撃兵器は禁止とします。ビームサーベルの使用許可が出ていますが、極力避けるように。
以後、甲板要員の指示に従ってください。ご武運を〕
「了解。シエル機、ハッチまで前進。出撃――」
〔!? 待って、中尉――〕

突然ナタルが声を張り上げる。どうした? そう訝った直後、開いたメインハッチに姿を現したのは――ジン!?
そのストライクダガーの姿を見たジンのパイロット、フィフスも、予想外のMSに驚きを隠せないでいた。

「……! ストライクだけじゃなかったの!?」

まさか、その量産機であるダガーまで搭載しているなんて知らなかった。
フィフスは動揺したが、それでも敵機を発見したことに身体が勝手に動いた。スロットルを押し倒し、ジンを動かす。
臙脂色のジンは格納庫に侵入、真正面にいるストライクダガーに素手で拳を振るう!
甲板要員らは、なんとかバーニアに吹き飛ばされないように避難したようだが、今度はリナが危ない。

「くうっ!?」

格闘モード!? 慌てて火器管制モードを切り替えるが、相手の拳のほうが速い。
格納庫内にすさまじい激突音が響いた。コクピットにもすさまじい衝撃が走り、シートに何度も身体をぶつけてしまう。
ストライクダガーの頭部が殴りつけられた。ジンHMの質量を全て乗せた拳だったので、機体が整備ハンガーを押しつぶす。
だがジンのほうも無傷では済まなかった。ジンの拳はMSを殴るようにはできておらず、指関節がひしゃげて、ダガーのコクピットに居るリナにも破壊音が聞こえた。

「――この、やろぉ!」

可憐な顔を怒りに歪ませたリナは、パネルに指を走らせて格闘モードに切り替え、ターゲットをジンの胸部に固定。操縦桿をトリガーを引かずに押し倒すと、平手がジンの胸を押す。
そしてスロットル全開! バーニアが青白い火を噴いて整備ハンガーを灼き、デッキがあったために推力の反作用が増加。機体は一気に加速し、ジンを押し返す!

「離せ……うぅ!」
「女の子!? だけど、入れてたまるかぁ!」
「なに……子供? うぅ、このっ!」

フィフスとリナは、相手のパイロットの声が接触回線で聞こえてしまった。甲高くて、鈴が転がったような声。どこかで聞いたことがある気がする。だけど、容赦している余裕はない!
フィフスはスロットルを開いて押し返そうとするが、一度体勢が崩れてしまうと、推力が近い以上逆転は難しい。
前進スロットル全開のストライクダガーに、ジンがパワー負けしてじりじりと押し返されていく。
ジンのボディが変に揺れて、謎の異音が響く。足元を見た、フィフスとリナ。――出撃時にMSの足に履くリニアカタパルトだ。
フィフスは一瞬、それの正体がわからなかったが……リナはすぐに判断した。

「ブリッジ! リニアカタパルト、射出を! 早く!」
「カタパルト!?」

まずい。フィフスは咄嗟の判断で、コクピットを開放。ハーネスを外すと、コクピットから跳躍!
リナはそのジンがカタパルトから逃れないよう、必死に掴み続け――

「出ていけぇぇ!!」

ジンがリニアカタパルトに引っ張られ、すさまじい勢いでカタパルトを滑っていく!
そのまま射出ポイントでリリース。ジンの巨体がぐるぐると玩具のように上下に回転しながら空に落ちていく。
もしフィフスが乗っていたら、あの機体は落下スピードを押さえきれず、地表に激突していたことだろう。そうなれば、軽量紙装甲かつ宇宙戦闘を前提に開発されたジンHMなどひとたまりも無い。
フィフスも、十m近い高さから飛び降りた。それはそれで、このまま落下したらひとたまりも無い。
しかし上手くストライクダガーの足に飛び移ることに成功した。ぷらん、ぷらん、と小さな身体が足にぶらさがる。

「ひっ……」

ストライクダガーの足に、小銃の弾丸がいくつも爆ぜた。身体をぶらーん、とダガーの足から離してかわすフィフス。
その発射された先を見ると、整備員と陸戦隊がフィフスにいくつもの銃口を向けているではないか。
いくら優秀なザフトレッドといえど、こんな無防備にMSのスカート部分にぶらさがってる状態で抵抗できるはずもない。

「……こ、降参……」

短い腕を思い切り振って、武器を持っていないことをアピール。それでも油断無く銃口を向けるクルー達。船務科の人間も銃を取っている。
リナはMSを整備ハンガーに戻そうとしたが、潰された上にバーニアで焼いてしまったため、原型を留めていない。
フィフスがスカート部分に引っかかっていることに気付かないリナは、とりあえずダガーをその場に跪かせて、安定した体勢をさせようとして……

〔うわ、あわわっ〕
「?」

接触回線で声が聞こえる。おかしい。さっきジンは外に突き飛ばしたはずなのに。
どこから聞こえるんだろう、と思って、サブモニターのカメラを切り替えていく。バックカメラ、足元を見るカメラ、肩のカメラ。
そして、コクピットハッチの真下を見るためのカメラに切り替えると、スカートの左端にちょこんと引っかかってるザフトのノーマルスーツが……

「げっ」

まさか、咄嗟に飛び出したのか。もうちょっと身体を曲げると、掴んでいる隙間が完全に閉じるところだった。
少し身体を起こして、隙間を閉じないようにしてやる。ほっ、と明らかに安心しているザフトレッド。
コクピットの中で拳銃を手にして、ハッチを開放。さっ、とハッチの上に乗り出すと、そのぶらさがってるザフトレッドに銃口を向ける。

「動くな!」
「……動きたくても……動けない……」

どこかで聞き覚えのある声で、残念そうに呟くザフトレッド。こいつ、よく見るとかなり小さい。
自分と同じか、やや大きいくらいか。そのぶらさがってるザフトレッドも、こちらを見てびっくりしているようだ。
当たり前か。十歳くらいの小さな子供がコクピットから出てきたら誰だって驚く。ガンダム主人公史上最年少のウッソだって十三歳だぞ。
とりあえず、その後は作業員にクレーン車を持ってこさせて、そこに下ろさせる。
下ろしてみるとやはり小さい。クレーンで下ろすところを見てると、高いところから降りられなくなった子供を抱っこして助けた、みたいな格好だ。おい、両脇を掴んで下ろすな。

「ヘルメットを取ってもらおうか?」

船務科の科長であるホソカワ大尉が低い声で、床に降り立った赤いノーマルスーツに命令する。
それに対して、大人しくヘルメットを取るその子供。ふわ、と長い黒髪が散る。あの髪も、どこかで……
そのやり取りを見ながら、ハッチの裏にある昇降用のワイヤーで降りていくリナ。ヘルメットを取ると、自分と同じく黒髪の頭が見えた。角度的に頭のてっぺんしか見えない。
が、皆の激しく動揺する顔ははっきり見えた。そして、一斉にこっちを見てくる。

「どうしたの?」
「…………シエル中尉!?」
「だからどうしたの」

こっちと足元のパイロットを交互に見ながら名前を呼んで来るだけで答えない。少し苛立って声を出して、皆と同じ高さに降り立つ。
そのパイロットの後ろに立つと、皆が一段と騒がしくなりはじめた。ゲンガー? という言葉が聞こえた。ポケモン扱いか?
後ろから見ると、なるほど、艶々とした綺麗な黒髪だ。まあ、自分には及ばないけどな。主観だけど。

「おい、こっち向け」
「……ムカツク言い方」

ぼそぼそと喋るやつだな、と思いながらその少女を振り向かせる。肩を掴むと、ノーマルスーツごしでもわかるくらい細い肩だというのがわかった。
くるっ、とその少女がこちらを向いた。自分と同じ黒い髪、碧の瞳。

「!?」
「!!」

二人が、同時に驚いた。髪も瞳も同じ色なのは、まだ驚くまでもないことだけど、これはどうしたことだ。
同じ唇、頬、鼻、眼、――同じ顔。

「誰だ、お前は!?」
「君は……っ!」

全く同じ声で叫びあう二人。
特徴的な相違点といえば、リナよりもフィフスのほうが五、六cm上背ということだろう。顔立ちも身体も、リナが二歳ほど成長すれば、フィフスのようになるのではないか。
傍観しているクルーも目を回した。双子というには歳が離れているようだし、双子としても似すぎている。
今はザフトのノーマルスーツと、地球軍のノーマルスーツを着ているという大きな違いがあるので、見分けることはできるが。
同じ服を着て別々に会ったら、まず見分けはつかないだろう。
驚き合っていると、フィフスが途端に表情を緩めた。いや、緩めたと表現するには生ぬるい。
不気味な笑いを、浮かべたのだ。

「……見つけた」
「ヒッ……」

その笑顔に、リナは全身に冷たいものが走った。

(見覚えがある、この笑顔。あの夢。まさか、こいつ……っ)

はっきりとはわからないが、こいつとは会ってはいけなかった、という予感だけが己の中を侵食していく。
何より――まるでそっくりの人間がこうして目の前にいること自体が異常で、生理的に受け付けない。
じり、とリナは怯えた表情で後ずさりをする。こいつに触れたくない。
そのとき――

〔後部艦橋より緊急連絡! 取り付いたシグーのパイロットが侵入した! ただちに応戦を!〕

忘れていた、シグーもいるんだった! その場に居る全員に緊張が走る。その放送に聞き入っている瞬間――
ガッ!!

「つっ……!?」

目の前の少女が、目にも止まらぬ体捌きで回し蹴りを放ってきたのだ! 手の甲を衝撃が走り、拳銃を叩き落される。
後ろのホソカワ大尉らも、慌てて小銃を少女に向けるが、その長い銃身では、近距離の彼女にすぐに狙いを定めることができない。

「うがっ!」「ぐあっ!?」「げっ!」

頭と肩を軸に、まるでカポエラのような身軽な動きで強烈な回し蹴りを放ち、次々と警備兵と船務科の軍人をし仕留めていく。
しかも顎を的確に一撃ずつ。脳を直接揺さぶられた軍人達は目をくるんとむくと、その場に崩れ落ちていく。
さすがに、ザフトレッドである。両手首を後ろに縛られている状態でも格闘ができる訓練を受けていたのだろう、ナチュラルとは動きが違いすぎる。 
あの最もガタイのいいホソカワ大尉も沈められた。誰一人、銃を一発も撃てずに全滅してしまった。
リナはその動きに圧倒されるが、まだ自分は動ける。こいつはここで仕留めないと! 闘志を奮い立たせ、拳を握り締めた。

「このっ!」
「そうだ、ボクに対抗できるのは君だけだな!」

フィフスは、立ち向かってくるリナに嬉しそうに声を張り上げ、振りかぶってくるリナの拳に対し半身を反らして避ける。
パッ、とフィフスの長い黒髪に拳が当たった。それだけだ。続けざまに拳を突き出していく。このチートボディならではの、素早いジャブだ。
並みのナチュラルが相手なら、このワンツーで確実に地に伏せることができる鋭さを持っている。両手が拘束された人間なら、コーディネイターといえど瞬く間にノックアウトできる自信がある。
だが、緩急を付けた……まるで風に翻る旗のような動きで、拳も、蹴りも、全てを最小限の動きでかわしていく。
両手を後ろに回されているはずなのに、この動きは!?

「なぁに、焦ったの? これはゲームじゃないのに、そんな真っ直ぐな拳が当たるわけないでしょ」
「!?」

ゲーム、だと。
頭がカッと熱くなって、残像が生まれるような速さで屈み、同時に足払い。フッ、フッ、と消えて見えるようなメリハリのある素早い動きだが――
トン。軽い音がして、フィフスが小さく跳ねていた。読まれていた!?
頭上から、嘲りにも似た声が響く。

「そんなんじゃ、ゲームクリアできないよ。……ふふ、もっと実戦を知ってから出直しな」

言葉が先か、脚が先か。フィフスの爪先が視界を埋めて――
ガヅッ
鈍い音。強烈な眩暈。意識が遠のく。

「じゃあね、『リナちゃん』」
「……っあ……」
(何言って……んだ……)

ゴトッという音も、床に頭を落とす痛みも、なんで名前を知っている、という怪訝な思いも。
全てが意識と同じように遠のき、真っ暗な闇の中に眠りに落ちた――


意識が鉛のように重く、底なしの沼に沈むように際限なく沈んでいく。ただ、頭の後ろのほうに…ゆっくりとどこまでも沈んでいるような感覚はある。
全身が重たく、けだるい。腰から後ろに引っ張られているようだ。
前後上下もわからない。体のどこも触れていない。服を着ているという感覚すらない。
この感覚に覚えがある。
「空乃昴」が死んだ時だ。
あの時は眠るのとは違う……決定的な「終わり」を感じた時間だった。
落ちていく、戻れない、無くした、忘れられる、あらゆる喪失感が精神を蝕んだ時間。
「リナ・シエル」は今、同じ時間を果てしない闇の中で味わっている。

(死んだのか……ボクは?)

またなのか。いや、そうであってたまるか。
まだ、まだ死ねない。死にたく無い。あがけるものならあがきたい……!
必死に目覚めようとするが、目が開けられない。いや、そもそも瞼を閉じているのか開けているのかすらわからない。
目の前にはどこまでも深い闇があるだけだ。それは壁なのか? 無限に広がっている空間なのか? それすらも判然としないが、ただ闇がある、とだけわかる。
必死に覚醒しようと無言で叫び続けていると……不意に、闇の一部が晴れた。

(……っ?)

光? いや、違う。眩しさなどはない。ただ、脳裏に走るイメージだ。
最初は闇の霧の中に、朧月のようにぼんやりと映るだけだったけど……時が経つにつれ、まるで焦点が合っていくように映像を結実していく。
ボクはアークエンジェルの通路を進んでいる。視界は上下にぶれ、息遣いも感じる。かなりの速度で走っているようだ。
どこの通路だったか。ぼんやりとした頭で記憶を探るが、もうだいぶ長い時間をアークエンジェルで過ごしたから、それはすぐにわかった。
確か、後部艦橋に続く通路だ。しかし、後部艦橋に向かって走った記憶なんてない。じゃあ、これはただの夢?

〔侵入したザフト兵は後部艦橋、第二区画一四番通路を逃走中〕
「案内ありがとう……マカリ、もうすぐ」

自分の位置を教えてくれる艦内放送に対して、嘲り混じりに呟いてから、自分を迎えに来てくれた青年に声をかける。
その青年――マカリというらしい――は、苦笑混じりに答える。振り返らないせいで、その顔は見えない。

「……まるで、俺が迎えに来てもらったみたいだな」

マカリ。変わった名前だ。どの国の人物名ともとれない。少なくともアークエンジェルのクルーにはそんなのはいなかった。
じゃあ誰だ。振り向け。そう思ったが、首は動かない。視界は勝手に左右に振られ、見て欲しい方向を見てくれない。やっぱりこれは夢なんだ。
ただ、その声もどこかで聞いたことがある。いつだったか。録音機かビデオ越しに聞いたことがあったような。思い出せない。
映画の観客にでもなった気分で、その映像をぼんやりと眺める。とはいえどこかに座っているのでもなく、ただ意識が漂っているだけ。

後部艦橋に詰めていたクルーが曲がり角から顔を出して、手にしている拳銃で撃ってくる。

(……!!)

反射的にリナは眼を閉じようとしたが、瞼は無かった。映像が咄嗟に跳躍して、物陰に隠れたようだ。
自分並み……いや、それ以上の反応速度だった。さっきのクルーは、ドアを開けたのとほぼ同時に撃っていた。狙いも正確だった。
それを超反応で横っ飛び、銃弾の雨をやり過ごした。リナは微かに驚いた。自分の記憶では、こんなに自分の体が動いたことはない。夢補正というやつか。
ハッチの手前のちょっとした柱の陰に隠れて、銃声と跳弾の音が止むのを待って、頭上でバンバンと銃声が鳴った。マカリが撃ったのだろうか。
うあ、とうめき声。当てた? 死んだのか? それもマカリの顔を見れないのと同じように、リナには確認する術はない。

「行くぞ」
「……うん」

ちらっと視界がマカリに移った。しかしマカリの頭が映ったのは左後ろ下斜めからという、ほとんど人相がわからない角度。はがゆい。
後部艦橋のハッチに入らず、手前で曲がった。風の音がごうごうと響いてくる。風は感じられないが、穴が開いているのか。
開いた穴に腹を押し付けるようにしている、MSのハッチが見えた。腹部だけでは、機種はわかりづらい。だけど、ジンではないということはわかる。シグーかな?
知ってるシグーは白色をしているのだけれど、これは青色をしている。搭乗者の趣味なんだろうけど……青い機体に乗る人といえば、百戦錬磨の軍人で髭を生やしてて、巨星を名乗ると相場が決まってるのだ。
でもリナの想像は外れ、昇降用のウィンチに脚を掛けるのはマカリだった。緑服。なんだ、一般兵ではないか。
そのマカリが振り向き、こちらに手を差し伸べる。その手をとり、一緒に昇る――

(はっ……!?)

リナはマカリの顔を見て、絶句してしまう。
いや、元から口は利けないのだけれど、一瞬思考が硬直する。それほどの衝撃だった。

「さあて、ザフト勢力圏内のアフリカといえば砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドだったな。奴と合流して、次のステージに行こうか、フィフス」
「……うん。楽しみ。ボクの機体はあるのかな?」

まるで友人とゲームでもしているかのような、気軽な口調で話すマカリと、視界の主。
フィフスと言った? じゃあこれは、あのザフトレッドの視界なのか? いや、それよりも、何よりも。
マカリ。その青年は――『俺』!?



- - - - - - -



「んっ、はぁ……っ」

息苦しい。体が芯から熱い。唇の間から苦悶の吐息を漏らす。
小さな体でもがいて、ぎゅ、と、自分の胸から下を覆っているシーツを掴んだ。邪魔だ、と、まるで親の仇の名でも呼ぶように歯の間からうめき、全力で引き剥がす。
でも重たい。なんだこのシーツは。いや、シーツが重たいんじゃない。お腹の上に何か乗ってる?

「んんっ……!!」

重たい! 潰れたらどうする!?
声にならない怒声を上げて、その重たいものを力づくで引き剥がす。

「んっ……うっ!」
「? うわぁ!?」

どたぁんっ!
その重たいものは悲鳴をあげて、後ろにひっくり返ったようだった。瞼を開けられないので、リナはそれが何なのかも確認せずにひっくり返してしまった。
寝ぼけていたせいもあり、無我夢中だったのだ。その悲鳴に聞き覚えがあるリナは、ばちっと千切れる音が鳴りそうなくらい強引に瞼を開けて、慌てて起き上がって悲鳴の主を確認する。
ベッドにぐったりと体をもたれさせている、若年士官候補生用の軍服を着た少年。サイ・アーガイル。

どろり。

彼が力無く背を預けるベッドには、赤黒い染み。同時に、床にも大量の紅がゆっくりと広がって――
リナは目を見開く。ボクが、ボクがやったのか!? そんなつもりは無かったんだ! 絶望に頭を抱え、くしゃ、と黒髪をかきむしる。

「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!」

リナの悲鳴。火○スのオープニングが脳内で流れた。
ああ なんてことだ ! わたし は ひとり の つみ の ない しょうねん を ころしてしまった!
すぐに けいむか の ぐんじん が かけつける。

  \
:::::  \            リナの両腕に冷たい鉄の輪がはめられた
\:::::  \
 \::::: _ヽ __   _     外界との連絡を断ち切る契約の印だ。
  ヽ/,  /_ ヽ/、 ヽ_
   // /<  __) l -,|__) > 「刑事さん・・・、ボク、どうして・・・
   || | <  __)_ゝJ_)_>    殺しちゃったのかな・・・」
\ ||.| <  ___)_(_)_ >
  \| |  <____ノ_(_)_ )   とめどなく大粒の涙がこぼれ落ち
   ヾヽニニ/ー--'/        震える彼女の掌を濡らした。
    |_|_t_|_♀__|
      9   ∂        「その答えを見つけるのは、お前自身だ」
       6  ∂
       (9_∂          リナは声をあげて泣いた。



もう一人のSEED、完!
























「あいたたた……」
「ごめんごめん、重たかったからつい。大丈夫?」

小芝居をやめて、差し入れに注がれたグレープジュースの水溜りにしりもちをついたサイを助け起こす。
サイはリナに突き飛ばされ、ベッドに背中を打ったものの軽傷ですらなく、ただリナに突き飛ばされてびっくりして放心していただけだった。
リナもそれを知ってたから、小芝居の一つも出たのだけれど。もちろん警務科のクルーは来ていない。あと勝手に終わらせないでほしい。
目を覚ますと、そこはアークエンジェルの艦内の医務室だった。鼻先に鈍痛を感じて手をやると、ガーゼが貼られている。
そうだ、フィフスに顔面を蹴られたんだった。それを思い出すと、軽い憤りを覚え始める。
といっても、女の子の顔を蹴るなんてなんて奴だ。とか、顔に傷跡や痣が残ったらどうするんだ。とか、そんな見当違いな怒りだけれど。
それはともかく、

「心配してたのに、突き飛ばすなんてひどいじゃないですか」
「ははは……でもまさか、君がお見舞いに来てくれるなんて思わなかったよ」

艦内維持の任務もだいたい終わり、今は非番の時間をもらえたために、彼はボクが寝てる間にお見舞いに来てくれていたらしい。
二等兵なのに、よく非番をあてがわれたものだと思う。ボクが伍長の時なんて、課外訓練も山のようにあったり、新兵の風物詩「台風」も毎日繰り返されたぞ。
でもまぁおかげで、いつもは口にできない生の果物を食べられたんだけれど。戦闘中の傷病兵には、こうした希少な生の果実をお見舞いとしてもらえるのだ。
ちなみにサイがお腹に体重をかけてきていたのは、見舞いに来たときに、日ごろの任務で疲れて居眠りしてしまったからだそうだ。
サイが持ってきてくれた見舞い品――リンゴを食べながら、自分が気絶してしまってからの話を聞く。

「あれから、入り込んできたザフトの奴らはすぐに逃げていきました」
「逃げるって、取り付いていたMSでかい?」
「はい。まあ、ここはザフトの勢力圏内らしいですから……アテがあるんだと思います」
「そっか……確か、南アフリカのザフトといえば、砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドの縄張りだったね」

ぼんやりと覚えている夢の内容に思いを馳せながら、少し落ち込み気味に答える。
とんでもないところに降りたものだ。パイロット技能でいうならクルーゼほどではないにしても、指揮官として聞こえる名声はクルーゼが霞むほどだ。
優秀な指揮官というのは、天下無双の兵士より厄介だ。いくら実力があろうと、一兵士にできることなど限られている。
……それを、この『戦争の現実』に触れてよく分かった。たとえチートボディーを持っていようと、高性能機に乗っていようと、戦闘には勝てても戦争には勝てないのだ。
どうしても腕は二本で、目は二つで、脳は一つで、一人で補給と修理などできやしない。一騎当千、万夫不当なんて空想の世界の話なのだ。
サイは、気難しい顔で何事か考え始めたリナを横目で見ながら、リンゴの皮を剥いていく。
そのサイの考えていることは、やはりフレイであった。

(ちゃんとアラスカに着いたのかな、フレイは)

戦闘中の宇宙に放り出されて、流れ弾に当たっていないだろうか。索敵の人――トノムラ伍長にも聞いてみたのだが、
電磁乱流によってレーダーが使えず、シャッターも全て下ろしていたため確認はできなかったという。
あっさり自分のことを置いて帰ってしまったとはいえ、やはりフレイは親友だった。そして婚約者で恋人に限りなく近い相手だった。だから、彼女についてずっと心配していた。
せめて着いた先がわかって、連絡が取れればいいのに。はあ、とため息が自然と出てしまった。
しまったな、と思ってリナをちらりと見ると、やっぱりリナはサイのことを見ていた。

「……アーガイル君も、何か悩み事があるみたいだね」
「え、ええ。まあ」

サイはズバリ悩みがあることを当てられてしまい、躊躇気味に答えて視線を落とした。フレイのことを考えてた、なんて、なぜか言いたくない。
リナはフレイとサイの関係をよく知らないので、彼の悩みごとといえばなんだろう、と考え始めた。艦内での彼の目撃したときの様子を思い返してみる。
そういえばサイと最初に出会ったのは、ヘリオポリスでキラ君がアグニをぶっぱなした直後だったな。

「というか、君はキラ君の友達だったね――って、そういえばキラ君は!?」
「キラは、アークエンジェルが地上に降りてすぐに、ストライクと一緒に運び込まれましたよ。最初のうちは、だいぶ熱にうなされてましたけど……今は小康状態に落ち着きました」
「そっか……よかった」

よかった、とリナは安堵の吐息。そして、不覚だった。なんでさっきまでキラ君のことを忘れていたのか。

(そりゃあ、キラ君とは単なる上官と部下でしかないし、アークエンジェルに乗り込んだのは成り行きにすぎないけどさ。
でもキラ君の成長振りを見てると、へぇー、ほわーっ、おぉーってなるんだ。
でもでも……上司が部下の心配をしたり、成長を喜ぶのは当然なわけで。そう、当然だ! キラ君がいなくなったら、生き残る自信が無い!
まったくもって他力本願な気がするけれど、実際そのとおりだし。スーパーコーディネイターな彼の力なくして、バルトフェルドの部隊を追い払えるわけがない!)

「そ、そうなんだよ。ボクにはキラというパイロットが必要なだけだ!」
「な、なんですか、いきなり……」

自分に言い聞かせるような独り言に、サイはびっくりして心配そうな眼差しを向けた。
この人見た目はいいのに、中身は残念だな。そう言いたげな目だ。実際そう思っているに違いない。

「ムッ。なんだねその眼差しは。色眼鏡割るぞ」
「色眼鏡って、いつの時代の人ですかあなたは……それに、キラを便利屋みたいに扱うのは、やめてください」

友人をただの駒みたいに言われたのが心外のようで、反骨精神満々で睨んでくる。
それでもリナのためにリンゴを剥いている手は休めず、今しがた切ったリンゴをころんとお皿に転がした。根っから人が良い少年だ。
可愛いところがあるやつだなー、と思いながらもリナは細い片眉を上げて、ほぉう? と、いかにも悪たれ軍人を気取ってみた。

「上官を睨むとは良い度胸だなぁ、アーガイル二等兵。んぐんぐ」
「……リンゴ食べながら言われても……」
「お腹空いたからね。あ、シャキシャキしてて蜜が入ってて美味しい……」

ほわわん。ああ、新鮮なリンゴ久しぶりだなぁ。どうやって保管してたんだろ。
そういえばリンゴって塩水につけておけば腐りにくいって聞いたことあったような。味が落ちないだけだっけ。うろ覚え。

「リンゴの美味しさに日和らないでくださいよ」
「……ハッ」

いかんいかん。つい餌付けされそうになった。我に返って、こほん。咳払い。

「アーガイル二等兵。キラ君は自分から望んで軍人になったんだ。そして君も、ボクもそうだ。
……軍人っていうのは、知ってるとおり命令絶対遵守。そして個人の人格は否定され、ただ一つの駒として、ただ『勝つため』に利用される。それを忘れてほしくないな」
「でも! 俺達は生きてます。考えたり、悩んだりします! それを駒だなんて!」

ぴっ、と指を立てて彼の唇にあてる。サイは、それに対して思わず口を閉ざした。

「例え話だよ。大いに考え、悩めばいいさ。でも、軍人が、自分の考えに固執したり、命が惜しくなって命令に反対して動かなかったら、一体誰が戦うんだろうね?」
「それは……」
「アーガイル君が友達思いなのは、充分伝わったからさ……それをバカにする気は更々無いよ。軍人になっても友情を育めるって、そりゃあ難しいことで尊いことだよ?
あの子は、矢面に立って一番危険な目にあって……ザフトにいる友達と戦うことになって、色々と参ってると思うから、励ましてあげて、ね?」

ボクはキラ君にとって、ただの口うるさい上官みたいに映ってるかもしれないから、彼の友達分を補完してあげてほしいな。
それがキラ君の心の支えになるかもしれないから。彼の落ち込んでる顔は、見たくないから。

「そんな……改めて言われなくても、キラは、俺達の大事な友達です」
「ありがとう」

にこ、と彼に微笑みを投げかける。

(うん、これなら心配なさそうだ。キラ君自身も、ボクの見ていないところで友情を育てるのに頑張ってるだろうけど、ボクも何か彼のために何かフォローができればなぁって思うし。
彼らの友情のケアも大事だ。このアークエンジェルに乗ってる理由だって、その友情がもとで成り立ってるんだし。
あんまり友情を育てすぎると、軍務やボクの命より友情を優先しそうで怖いけど。それでも、キラ君がボクと一緒に戦ってくれるように頑張るのだ!
うははは、ボクって外道。この先生きのこるためには止むを得ないのだよ。……止むを得ないんだ)

そして、当のキラの姿を探して視線を彷徨わせる。探すまでもなく、すぐに見つけた。
二つ隣のベッドで、死んだように横になっている。医務室はベッドの数が少ないから、やっぱり近くに寝ていた。
すとんとベッドから降りて、彼の傍に立って彼の顔色を見る。……生身で大気圏突入したとは思えないくらいに、安らかな寝顔だ。

「軍医の人に聞きました。コクピットの中は、すごい温度になってて……ナチュラルだったら、生きてはいられなかったって」
「そう、か。やっぱり……」

サイの言葉に、リナは表情を沈めた。
元々ナチュラルが乗るためのものだし、大気圏を突入するなんて想定外だっただろう。某白いガンダムさんみたいに、機体を冷却する機能でもあればまた別なんだろうけど。劇場版準拠。
理論上はフェイズシフトに守られて、機体は無事だとしても、中はそれはもう美味しい肉まんが蒸しあがる温度だったに違いない。
でも、こうしてキラは無事だ。ちゃんと生きてた。温くなった濡れタオルをどけて、そっとキラの額を撫でる。
ふわふわと、胸の中に……何か温かいものが注がれていくような気分に、リナは戸惑う。

(これって安心って気持ちなのかな、なんか違う、気がするけど。悪い気分じゃない。それでいいんだ、今は。
……キラが、コーディネイターだったことで、色々助けられたけど……)

額を冷やしてた濡れタオルをもう一度、水道(艦内循環用水)で濡らして、よく絞り、また彼の頭に載せる。
心なしか、キラの寝顔が和らいだように見える。

(今は、助かったことで……君がコーディネイターだったことに、感謝してるよ)

もう一度、安らかな寝顔に、自然と表情が緩む。無邪気な寝顔だなぁ……と、姉にでもなった気分で眺めていた。
サイはその傍で、不思議なものでも見るように、ただリナのすることを眺めているのだった。



[36981] PHASE 15 「少年達の向く先」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/10/27 13:50
まず最初に感じたのは、首から下が無いかのような、奇妙な浮遊感。
現実感の無さは、自分の位置を見失わせた。ふわふわとして、拠り所の見つからない無重力感。
いつだってそうだ。
具体性の差異こそあれど、自分はいつも自分の居場所の無さを感じていた。それは、アスランと月面都市で別れてから、アークエンジェルに乗り込むまで、ずっと。

主体性の無さは自覚していた。だって、必要がなかった。
いつだって僕達をトールが引っ張ってくれたし、ノリの良いミリアリアがそれを押し上げて。温和なサイがフォローし、カズィが客観的で冷静な意見でブレーキ役を務める。フレイは皆のマドンナだ。
自分はそこそこメカについて詳しい、ただのメカオタクだ。
何か具体的なことを言って、皆の行動に大きな影響を与えたことが無かった。皆の人の良さで友達の輪に入っていたけど、それでいいのかって思ったことだってあった。
でも、そう強く思ったことはない。不満に思ったこともない。

いいんだ。皆が笑顔で、楽しくやれるなら。僕はその中にひっそりと混じって、友達として皆と笑い合えるなら。それでいい。
皆、僕の大事な友達だ。ずっと……学生が終わったとしても、友達として居たい。そう言えるくらいには、温かい場所なんだ。
ずっと、そうしていられたらよかったのに。僕は、大きな変革は望んで居なかったのに。

爆炎。悲鳴。崩れるヘリオポリス。逃げ惑う人達。トール、ミリアリア、サイ、カズィ――!
体が引っ張られる。炎が通り過ぎる。……アスラン! 遠のいていく。赤い機体、イージスに、アスランの姿が吸い込まれた。

自分の手は、いつの間にか操縦桿を握っていた。アスランが行ってしまう。ハーネスで動けない!
伸ばした手は、無骨な鋼鉄の手になっていた。白いボディ。ストライク。宇宙をデュアルセンサーで見る。
四人が叫んでいる顔が見えた。その先には、白い船体。アークエンジェルが虚空を飛んで行く。
その船体に、また吸い込まれる。格納庫。体がハンガーに押し込まれた。

ハッチが開けられる。格納庫の眩しいライトが、視界を白く染める。
その眩しさに目を細める暇もなく、誰かの姿がコクピットハッチの向こうに浮かぶ。小さな子供だ。
手を差し伸べている。一瞬、躊躇う。その手は、どこか遠くへ……恐ろしいほど遠くへ連れて行かれそうな気がしたからだ。
寂寥感と、変革への畏れ。それが躊躇させる。でも、その手の向こうに、四人の顔が浮かんでは消える。
四人を守りたいなら、手を取らないといけない。僕にしかできないこと。

僕の力で、守ることができるなら。

僕は、畏れてはいけない。固い決意が必要だけど。やらなくてはいけない。
まだ何も分からないけれど……僕は進むために。その小さな手を取った。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



「……ら、くん」

走馬灯が過ぎ去るのは一瞬で、眩暈のような闇が目の前を覆うのも一瞬。ただ、晴れるのにはじれったいほどの時間がかかった。
靄がかった頭。その靄をなかなか振り払うことができず、もどかしささえ覚えながらも、焦る気持ちは無かった。
自分が何をしているのかを思い出そうと、何度も記憶の咀嚼を繰り返す。ゆっくりと、思い出した。
そうだ、ここはアークエンジェルの艦内で、今は……なんだっけ?

「きら……くん」

また、すぐに思い出せた。フレイを見送った後だ。アークエンジェルはこれから大気圏突入をするんだった。
そうだ、ストライクに乗らないと。あれ? ストライクってどこにあるんだっけ? 思い出せない。
まあいいや、そろそろ反応してあげよう。そうしないと可哀想だし。

「キラ君!」
「リナさん」

さっきから自分を呼んでる声。気付いていたよ。気付いていたんだけど、少しボーッとする時間くらい欲しい。
疲れてるんだからさ。ストライクで皆を、リナさんを守ってるじゃないか。だから、さ。
その声の主のリナが、自分の目の前で怒り顔で立っている。今彼女は、オレンジ色のノーマルスーツを着ている。
丸い目尻を精一杯吊り上げて、頬を膨らませながら唾を飛ばしてくる。あ、頬に唾が当たった。もう、汚いな。

「ボーッとしてる暇はないよ! フレイは見送ったんだし、ボク達も出撃しなきゃ!」
「わかってますよ。もう、リナさんは怒鳴ってばかりだな」
「なっ……!」

自分が少しだけ反抗すると、リナさんが大きい目をもっと大きく見開いて、あっけにとられてる。あ、いい気味。
それにしても、凶悪なくらいの小ささだ。ちびっこ、と称して差し支えない小ささだ。この人本当に二十三歳なのか? 実は十歳児なんじゃないか? と、キラは常々思っている。
だから、偉そうにされるとたまにイラッとくることがある。なんか生意気な子だな、って思う。

「ぼ、ぼぼぼボクに、そんな口利くなんて……き、き、キラ君は、偉くなったね!」
「そうかな?」
「また生意気な言い方して! いいから、早くストライクで出撃して!」

リナさんをもっと怒らせてみよう、と思って、とぼけてみる。思惑どおり、リナさんは頭から蒸気を噴出しそうなくらい怒り始めた。
そんなに怒ってて飽きないのかなぁ。血圧上がるよ? 怒り過ぎると美容と健康に悪いらしいし。

「余計なお世話だよ! それに、キラ君が怒らせないようにすればいいんだし……部下の管理をするのは、上官として当然で――っ!?」

その怒りっぽい口が、突如閉ざされた。ふわっと、リナさんの身体が少し浮いて、トスッと自分の身体に寄せる。
腕の中で、リナさんの柔らかい体が硬直するのを感じた。くしゃ、と、サラサラの黒髪を指でくすぐって、リナさんが使ってるリンスの香りが鼻をくすぐる。
温かい。唇、柔らかい。でも小さいや。さすが十歳児。でも乳臭い匂いがしない。抱きしめるには手ごろな大きさだ。

「き、ら、……んむ、あふっ……ぅ……」
「……」

口の中で、リナさんの声が響く。それを強制的に黙らせようと、舌をリナさんの唇の中に割り込ませ、ちゅぅ、と唾液を少し啜った。
びくん、と彼女の身体が震える。リナさんのくぐもった短い悲鳴。でも、口の中にごく小さく響いただけ。
抵抗してこない。彼女の体温が、小動物よろしく上がっていく。あったかい。腕の力を強めると、彼女の控えめな胸が自分の胸に押し付けられた。
あぁ! これが、リナさんの胸なんだ!
胸中で喝采をあげて、抱きしめる力は変えないまま唇を離した。
ぷは、と、どっちのものかわからない呼吸が聞こえる。つぅ、と二人の唇を繋ぐ唾液の橋が架かった。

「……きら、くん……こんな、こと、して……ボクが、ゆるす、と……」

彼女の瞳が揺れてる。潤ってる。怒ってるって顔じゃない。ふわっとした頬が、怒気とは違う色でほんのり染まってる。
それは……恋愛経験の少ない自分でもわかる、恋する、表情。

「許してもらう必要……ないんじゃないですか? もうフレイも行ったし……いいじゃないですか」
「……ボクは……、ンッ、はぁ……ぼ、ぼ、ボクはぁ……っ」

嗚咽を零すように、彼女が声を零す。吐き出される熱い吐息が、首元と顎をくすぐってくる。気持ちいい。
泣きそうな表情で視線をさまよわせている彼女。何か、迷ってるみたいだ。……男の人に抱かれたことないのかな? 見た目どおり、なんだかすごく初々しく感じる。
そうか。だから、迷ってるんだ。初めてだし、どうしたらいいのかわからないんだろうな。初めてって点では僕も同じなんだけど、こっちのほうが年上な分有利だ。ほら、彼女は十歳児だし。
なら、彼女の迷いを強引にでも払ってあげよう。僕になら、できる。
根拠も無く湧いてくる自信に背中を押されるがままに、彼女のノーマルスーツを脱がし始めた。
しゅる、とノーマルスーツのファスナーは、彼女のすんなりとした滑らかな身体を滑り落ちていく。ふわ、と彼女の体温が溢れてくる。

「キラ君……!? だ、だめ……!」
「大丈夫……僕に任せて。リードしてあげるから」

男らしいこと言った、僕。彼女も、戸惑いながらも潤った瞳で見上げてくる。

「キラ君……ま、まかせて……いいんだね……?」
「うん……」

そうして、彼女の肌をノーマルスーツから晒しながら、彼女の幼い裸身に手を沿え、自分の服にも手をかけて――


- - - - - - -


サイと一緒に話し込んでいると、サイが勤務している船務科の上官に呼ばれて行ってしまった。
名誉の負傷を負い、まだ休んでいいというムウからのありがたいお言葉があったため、こうしてキラの傍についていたのだ。
ただ、キラはもう小康状態で、手間のかからない病人だったために、ただ傍にいてキラの顔を眺めているだけだったけれど。
それでも飽きもせずに、ずっとキラの寝顔を見ていた。イケメンだなぁ、と思ったりして、じっと、見ていた。

昴の頃なら、イケメン死ね氏ねじゃなくて死ねみたいな感情しか覚えなかったんだろうけど、女として産まれて二十四年、感覚は既に女性になっていたリナは、キラのような甘いフェイスがとても好ましく感じるようになっていた。
なんていうか、綺麗な風景を見てるのと同じ。見てて飽きないっていうか、すんなりと心の隙間に入ってくる。そんな感じがする。
そうして彼の顔を、じぃ……と眺め、たまに手を握ったり、さらさらと額を撫でてみたりして、五時間もの時間を過ごしていると、

「あ……」

ベッドに寝ているキラが、喉の奥から漏れるような寝言を漏らして身体を震わせるのを見て、咄嗟にキラに顔を寄せた。

「キラ君……?」
「トリィ! トリィ!」

リナと一緒にキラの傍に居た、鳥型ペットロボット「トリィ」も、キラの覚醒に気付いたらしく騒ぎ立てはじめた。
ううん、と呻いて、キラがゆっくりと目を開けていく……彼の視界にまず映ったのは、顔を寄せてくる、リナの顔。

「リ、ナ……さん……? 僕は……」
「あ、まだ起きちゃ駄目だよ。あんなことがあったばかりなんだから、安静にしないと……」

急に起き上がろうとしたキラを手で制して、落ち着かせる。
まだ起き抜けのせいか、寝覚めが良くなかったのか、キラはぼうっとしたままリナを見て、それから瞬きをする。
リナはその表情を見て、やっぱり熱中症みたいなものになってたのかな、と思って心配になって少し表情を翳らせた。

「じゃ、じゃあ、ここは……?」
「うん、地球だよ。無事に降りられたんだ。キラ君も無事でよかった」

にこ、と微笑むリナ。キラにはその微笑が眩しくて、はい、と弱々しく頷くだけだった。

「……そうだ、喉が渇いてないかい? 飲み物を持ってこようか?」
「お願いします。……」
「?」

キラが何か言いたげに、こっちを見てくる。なんだろう?

「キラ君?」

問いかけながら、顔を近づける。すると、キラが目を見開いて、まるで茹でダコみたいに顔を真っ赤にしてる。

「……!! あ、いえ、なんでもないです……!」
「う、うん。じゃあ水取ってくるね」

絶対何かあるテンパり方をするキラがとっても気になったけど、水を取ってくるほうを優先した。
キラに水を渡して、リナも水をちびちびと飲みながら、ずっと目を向けてこないキラに、やっぱり不審に感じる。
なんだろう。もしかしてこの五時間、ずっと起きてたとか? まさか。あの寝息は本物だった……と思う。
そう思おうとしたのは……もし寝たフリだとしたら、恥ずかしすぎるから。寝てる異性の手を勝手に握ったりとか、はしたない。
今もキラはこっちをちら、と見ては落ち着かなさそうに視線を外す。何があった?

「……変な夢でも見た?」

寝てる間に起こったことといえば、それしかなさそうだけど。

「!!!!」

当たったっぽい……
キラの頬がみるみるうちに紅潮して、目を見開いている。なんともわかりやすい。

「どんな夢……見たの? 悪い夢?」
「そ、そんなことはないです!!」

なんでそんなに必死に否定するのかなぁ? ますます気になる!
リナは悪戯っぽい笑みを無意識に浮かべて、出歯亀よろしく身体を寄せて近づいてくる。

「ね、ね、教えてよ。ボクとキラ君の仲じゃないかぁっ。恥ずかしい夢でも、皆には秘密にするからさ……?」
「ど、どんな仲……う、うわ、あわぁ……!」

猫撫で声で近づいて、小さな肩で突くように寄せていく。するとキラは面白いほどに動揺して、身体を反らしていって……ベッドの隅っこに追い詰められた。
じぃー。リナの大きな翠の瞳が、キラを見上げる。リナは、キラの動揺してる顔が可愛いなぁ、とか思ったりして、その動揺する顔が見たくて、さらに接近していく。
キラはといえば、その近い目とか、唇とか、聞こえる息遣いとか、気まずすぎて目を合わせられない!
しばらく奇妙なにらめっこが続いて……リナは前触れもなく、くす、と笑った。

「……なんてね? 人の夢を強引に聞きだすなんてこと、しないよ。ふふ、焦った?」
「あ……り、リナさんっ!」
「あはははっ。じゃあ、ゆっくりね。あ。お友達には君が起きたこと、知らせてあげるからさ」

リナはすぐに立ち上がって、ばいばい、と手を振りながら医務室を立ち去っていく。
キラは、おちょくられた、と残念そうに自覚して、はぁぁぁ、と長いため息をつく。
よかった、シーツの膨らみには気付かれなかった。けれど……彼女は余裕ある大人だな、と、思い知らされた。

「現実じゃ、こんなものか……」

夢と現実のギャップの虚しさに、キラは残念そうに呟きを漏らしたのだった。

「トリィ?」

その呟きを聞いていたのは、トリィだけだった。


- - - - - - -


リナは、キラの友人達に彼が目覚めたことを教えてあげてから、ゆったりとした足取りでメイン格納庫に向かって歩いていた。
そういえば、第八艦隊と合流した時に補給物資が届けられたらしいのだ。先遣艦隊と合流した時も補充があったし、流浪の艦艇にしては好待遇だなぁ、と少しご機嫌なリナだった。
まあ地球軍に唯一残されたG兵器と、高級なMS搭載型汎用艦、貴重な先行量産用MSが一つにまとまっていれば、優遇もされるのかな。

そう考えた後、ふと、リナは夢で見た内容を思い出した。
フィフスの視点だったらしい、あの夢。ただの夢なのかもしれない。だから、それほど気にしないでもいいのかもしれないのだが。

マカリ、という青年の顔を思い出して、ぞっと背筋を震わせた。

あれは、およそ二十四年ぶりに見た……『空乃昴』の顔ではなかったか?
自分が死んだ歳は十六歳で、あれはもっと歳をとっているように見えたけど、あれが成長した後の顔だと言われても、何も違和感がない。
そして、リナと同じ顔をした、フィフス。あれも、成長した自分の顔のように思える。

『空乃昴』と『リナ・シエル』

この二人が、自分と別に居た。しかも夢の内容が現実なら、おそらく同じ部隊で一緒に居る。悪趣味な冗談だ。
今自分は記憶として『空乃昴』を持っていて、肉体は『リナ・シエル』だ。
なんで自分に似たのが二人もいるんだろう? そこに何の意味がある? 存在に意味を問うのはむなしいことだけど、彼らの存在が気になってしょうがなかった。

「……やめとこ。ただの似てる人だよね。考えるだけ疲れる……」

はあ、とため息をつきながら、いつもの癖で、リフトグリップを手にしてトリガーを引いて……ゆっくりと加速し始める。

ずり。
「え」

あれ? そういえば身体が浮いてない。腕だけが引っ張られていく。

ずりずりずりずり。
「あ、わわわ!」

小さな身体がリフトグリップに引きずられていく。さいわいリフトグリップはあまりスピードは出ないけれど、歩くよりは速い。
ブーツのかかとを数歩ほど床に削られてから、離せばいいことを思いついて咄嗟に手を離した。スーッとリフトグリップだけが通路を滑っていく……。

「……!!」

うっわ、恥ずかしい!
リナは一人顔を真っ赤にして、きょろきょろと落ち着き無く碧の瞳を周囲に向けた。誰も見てないよね?
見回していたら、後ろから歩いてきた二人の二十代半ばくらいのクルーが目に入った。階級は……二人とも伍長。
み、見た? ……二人とも、何食わぬ顔で歩いてるけど……。それとなく声をかけてみよう。

「……やあ」

あ、やばい。声がちょっと上ずった。

「あ、シエル中尉」
「調子はいかがですか?」

サッと伍長二人が敬礼をして、答礼する。階級が下の者から敬礼するのは軍の常識だ。
リナが敬礼を解くと、二人も敬礼をやめる。

「うん。軽い脳震盪で済んだみたいだからね。今は大丈夫」
「そうですか、それはよかった……あれ? シエル中尉、まだ中尉なんですか?」

突然の哲学的な質問だった。

「どういうこと?」
「艦が地球に降りてから、クルー全員に昇進辞令が渡されましたよ。シエル中尉は知らないんですか?」

は!?

「いや、ボクは医務室で寝てたし……そんな招集かかってた?」

その言葉に、二人が顔を見合わせた。あ、哀れそうな目でこっちを見るな!

「かかってましたよ。まあ、中尉は名誉の負傷ですから、仕方ないといえば仕方ないんでしょうけど……」
「そういえば招集のときにも、中尉には別で辞令を渡すって言ってましたよ。艦長にかけあってみては?」
「わ、わかった」

うわ、この短期間でどれだけ昇進するんだろ。
リナは格納庫に向ける足を翻して、そのまま艦長室に向かった。

それを見送った、二人のクルーは……リナの背中が見えなくなった頃に、

「中尉、すっかり無重力に慣れきって……」
「和んだ……」

しっかり見てしまっていた二人だった。


- - - - - - -


艦長室での辞令の受け取りは、すぐに済んだ。
艦長と二人だけの簡素なものだったし、艦長もこれから幹部会議を開催するから多忙を極めていたためだ。
渡されたのは、辞令と、大尉の階級章。太い二本の金帯の肩章、二本の銀帯の襟章が眩しい。
若年士官用のピンクの軍服には、随分と不似合いな階級章だ。気のせいか、その階級章が重たい。

「これからは、リナ・シエル大尉かぁ……」

早速襟と肩に縫い付けた階級章を見ながら、感慨深げに呟く。
大尉といえば、歩兵一個中隊を率いることができる階級だ。メビウスやスカイグラスパーからなる航空部隊なら、八機編成の指揮を執ることもできる。
MSは……わからない。地球軍にはまだ、これというMS運用ノウハウが完成していないため、よくわからない。
航空機や戦車扱いなら、八機のMSを統率できるのだろうけれど。08小隊では少尉が三機+一台を率いていたようだ。
ともかく、重大な責務なのだ。大尉というのは。
給料が上がった分、責任は増える。できるなら中尉のままこの戦争を終えたかったけど、昇進拒否も腰が引ける。
長いものには巻かれろ。ああ、日本人気質。生まれ変わってはみたけれど、ボクはやっぱり魂は日本人なのだ。
懐かしく思いながらも、なんとなく情けない気分になりつつ、リフトグリップには触らないようにしてメイン格納庫に向かう。

そのメイン格納庫を一望できるキャットウォークに立つと、早速補給物資を解体しているのが見渡せた。

「おぉ!」

その補給物資の内容に、思わず歓声を挙げるリナ。それというのも、ハンガーデッキに立つ機体を見たからだ。
ストライクダガーが、二機も納入されている。
しかも、二機とも淡いオレンジ色とベージュで彩られていて、明らかに砂漠での戦闘を意識したカラーリングになっていた。
凝っていることに、メインセンサーを覆うバイザーグラスもクリアイエローのものに換装されていて、目を狙われないように工夫している。
リナは間近で見ようと、キャットウォークを降りていく。物資の整理を指揮しているマードック曹長と、補給科の軍曹がやりあっていた。
近づいている間にお互いの意見が合意したのか、大人しく作業を見守るに至っていた。口が空いた曹長に声をかける。

「おやっさん」
「お、シエル中尉……じゃなかった、大尉か。納入されたMSでも見に来たんですかい?」

階級が変わっても、マードック曹長の砕けた口調は変わらない。
リナはそれを聞いて、ちょっと安心した。今更へりくだった物言いをされても困るから。
おやっさんらしいなぁと笑みを零し、彼の傍に立って機体を見上げた。

「これって、ストライクダガー?」
「あー、シエル大尉の先行量産用の機体とはちっと違いますけどね。本物の量産仕様ってやつでさ。
三次元ベクターノズルから安価で整備性の高い可動ノズルに変わったし、ビームサーベルも一本に変更されてる。
関節駆動部やジェネレーターの細かい仕様も変わったから、また分厚い説明書読まなきゃいけねぇ」

大変そうだな、と他人事のように言いながら、その納入された量産仕様のストライクダガーを改めて観察した。
確かに、自分に配備されたのと違って、ビームサーベルは一本だ。足と肘の関節が微妙に形状が違う。シンプルさに磨きがかかっている。
そういえばよくよく思い出してみれば、こっちが正しい量産仕様なんだろうな、と思うけど、今は砂漠戦仕様のカラーリングのせいで、あまりわからない。
更に今まで露出していた内部駆動部を、ラバーフィルムで覆って砂塵対策を行っている。砂塵は精密機械にとって天敵だから、当然の処置だ。旧世紀の兵器だって同様の処理をしていた。
一G化での戦闘を考慮しているためか、脚部が大型化して、バーニアが増設されている。スタビリティの向上も含めている、というのが足の形状からよくわかる。
これも砂漠を移動するために必要な装備なのだろう。自分の機体を見ても、同じように変更されていた。
角度的に背部は見えないけれど、様々なコードや作業用ヴィークル、整備員が集まっているし、何か取り付けられているのは間違いない。

(うわー、男のロマン! 乗りたいな……!)

過去の兵器を参考にした、なんとも男らしい改造が施されていることに、リナは密かに心を躍らせた。
しかしロマンと関係なく、なんとも思い切った改造だ。技術者の悪ふざけというやつだろうか? マードック曹長の目がやたら輝いてるのが気になる。
リナの目も同じように輝いているので、人のことは言えないけど。

武装は……ストライクの武装として開発されたバズーカと、これまでと同じビームライフル。
変わり映えしないが、しょうがない。そう簡単にぽんぽんと武器が開発されるわけではないのだ。
でも、ビームライフルはジェネレーターの出力を圧迫するから、ビームの威力が減衰する地上では避けたいところだ。

「せめて、鹵獲ジンの機関銃は欲しかったんだけど」
「今更、バクゥに劣る兵器をのっけたところでデッドウェイトになるだけですぜ?」
「確かに……」

さすが、マードック曹長はメカニックに詳しい。そのとおりだ。
ジンの七六ミリ突撃機銃。威力は何度も受けた自分自身が知っている。だが、連射銃という種類であることが問題だ。
機銃でMSを撃墜するためには、一機に連続して弾を当てなければならず、その間はもう一機の敵が完全にフリーになってしまう。
一対多の戦闘を強要される今の状況では良い手段とは言えない。
ならば、地球軍で最近開発され、火力としても充分なビームライフルを使うのは当然といえる。

しかし、しかしだ。
リナは軍事マニアでもある。SFチックな光学兵器よりも、火薬と燃料の匂い漂う実弾兵器に萌える人種なのだ。
バズーカを積んでいるのは嬉しいけど、マシンガンとかライフルとか、そういう実弾兵器が欲しいのだ。メビウスの主力火器であるリニアガンは、実弾ぽくないからあまり好きじゃない。
かといって、いやだいやだなんて言ってると……あの隅っこに置かれている、スカイグラスパーのパイロットにされかねない。

今回の補給で、ストライクダガーのほかに、スカイグラスパーも二機納入された。
あちらにも整備員が取り付いているが、点検程度なのだろう、整備員の数も機器の数もその程度だ。
整備員の説明によると、その画期的な旋回半径の小ささと、背部に搭載された大型キャノンのオフボアサイト性により、MSとも互角に渡り合えるということらしいのだ。
らしいのだが……MAというと、どうしてもメビウスを思い出す。紙装甲、近接戦闘における脆弱性は、どうしても不安が消えない。

(あれだけは乗りたくない……)

早くストライクダガーを乗りこなして、MAに乗せられないようにしよう、と決意を新たにするリナであった。
フラガ大尉……もとい少佐も、そのスカイグラスパーの説明を受け、苦笑を浮かべていた。

「俺は宅急便か?」

全く持って同意。リナはうんうんと頷いた。
しかしストライクダガーが二機納入されたから、しばらくは出番がなさそうだけど……。

「そういえば、ストライクダガーを全部実戦整備してるけど、パイロットはいるのかい?」

一機にムウが乗るとして、もう一機は部品取りにするのかと思ったリナは、ふと思いついてマードック曹長に聞いてみる。
マードック曹長は表情を渋らせ、頭をぼりぼりと掻く。

「それなんですがね、これを納入した技研のお偉いさんが少しでもデータが欲しいってんで、全機戦場に投入しろっていうんですよ」
「それにしては、パイロットが補充されたって話は聞いてないぜ」

戦闘隊長であり、パイロット要員を管理しているムウが疑義を挟む。
補充パイロットがいるのなら、こっちに挨拶に来てもいいはずだ。

「いえ、機体だけでさ。なんでも、艦内の人員からパイロットを選出しろってよ」
「無茶な!」
「おいおい……冗談でしょ」

リナは悲鳴に近い声を挙げ、ムウは呆れたような苦笑を漏らした。
パイロットになるというのは、ただ乗れればいいってものじゃない。年単位に及ぶ訓練が必要なのだ。
体力錬成から始まり、操縦の基礎、電子装備の熟知、高重力訓練、空間認識能力の強化、部隊行動訓練、高度な物理学や航空力学などの座学etcetc、パイロットに求められる資質は一朝一夕で身に付くものではない。
それを、臨戦態勢の軍艦の中で選出しろと!?

「あちらさんも、アークエンジェルがザフトの勢力圏内に落ちるとは思ってなかったんでしょうな。
アラスカに入る、という前提で話してたようでしたぜ。実戦を知らずに後ろでヌクヌクと訓練してた連中よりも、
訓練課程を修了してなくても、実戦を経験してる人間のほうが信用できるっていうのが奴らの言い分です」
「それはわかるけど……それでも訓練してやらなきゃ、弾除けにもならないよ」
「そ、それなら、俺がやります!」

若い少年の声が、三人の会話に割り込んだ。三人が一斉に視線を向けると、そこには若年士官の軍服を着た少年が立っていた。
リナは、彼の名前を思い出すのにしばし時間が必要だった。最後に会ったのが、だいぶ前だったから。

「君は……確か、キラ君の友達の」
「トール・ケーニヒ二等兵です。俺にパイロットをやらせてください!」

そうだ、当初ブリッジ要員になったけど、すぐに航海科の見習いにまわされた、トール・ケーニヒという少年だ。
彼女持ちのリア充という単語も思い出し、少々複雑な表情を浮かべるリナだった。

「立候補するからには、自信があるのか?」
「俺も、キラにMSの操縦の仕方をたまに教えてもらってたんです。できます!」

ふむ、キラ直伝か。それなら、他のクルーよりはマシに使えそうだけど……。

「上官のエスティアン中佐には、許可をもらったのかい?」
「はい、中佐は幹部会議で提案してくれるって言ってました。多分、大丈夫です」
「その根拠はわかんないけど……フラガ少佐。ケーニヒ二等兵が採用されたら、彼の訓練はボクに任せてください」
「あ? まあ、元からそうしてもらうつもりだったから、いいぜ」
「ありがとうございます」

そう言って、リナはトールを見て……にまー、と笑った。
年齢的には、空乃昴の享年と同じ年齢だ。トールは遊び慣れてそうだし、シミュレーターもこなしていると。
リナは、ゲーム仲間ができたような気分になって、ついご機嫌になってしまう。昴のときは、よくゲーセンの輪を広げようと(強引な)勧誘活動も行ったものだ。
そして今その毒牙が、目の前のいたいけな少年に向けられたというわけだ。
リナはどこまでいっても軍事オタクで……ゲームオタクだった。

「ケーニヒ二等兵……歩き方からエース撃墜まで、ボクがみっちり教え込んであげるからね♪ 全クリまで寝かさないよ……」
「ぜ、全クリ!?」

何を教え込まれるんだ。
トールは、やっぱりキラが居るところで任せてもらうんだった、と今更ながら後悔しはじめていた。



[36981] PHASE 16 「燃える砂塵」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/11/04 22:06
アフリカ大陸南端部、南アフリカ。
見渡す限りの砂漠。たまに見えたとしても、灰色の荒野が砂漠の隙間からうっすらと突き出ているに過ぎない。
コズミック・イラに突入し、アフリカ共同体が設けたいくつかの緑化政策を経ても、この大地は僅かも緑を息づかせることはなかった。
不毛の大地が広がるこの大地は、単に乾いた大地ではない。人類が長年、その所有権を争っている地球の肉が埋もれている。

すなわち、鉱物資源。

石油は枯渇しつつあり、現在は過剰なまでの輸出規制がかけられているが、その不毛の大地に眠る莫大な鉱物資源は、コズミック・イラとなっても衰えを見せない。
地中深くまで埋め込まれたニュートロンジャマーによるエネルギー不足の現在、経済的価値が喪われたものが多く、この不毛の大地を占有した者が、世界の経済を掌握するといっても過言ではないのだ。

そしてここアフリカ大陸では、地球軍とザフトの勢力圏がモザイク状に入り混じり、戦争状態に突入してからというもの、あちこちで戦火が絶えない。
もちろんそういった複雑な情勢は古来よりあったが、宗教、(ナチュラル間の)人種、そういった紛争はなりをひそめ、
ナチュラルとコーディネイター、地球軍とザフトの勢力圏ではっきりと分かれているのが、C.E.71という現代だ。

そのモザイク状の勢力圏の中で、一際広い粒がある。

「どうかな? 噂の大天使の様子は」
「は! 依然、動きありません」

砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルド隊だ。
その隊長であるバルトフェルドと、副官ダコスタは砂漠に降り立ったアークエンジェルを双眼鏡で遠くから監視していた。
あの奇怪な形をした白い艦艇が、第八艦隊の援護のもと下りてくるという情報があったのは三時間前だ。
たかが一隻の艦艇、最初は泳がせておけばいい……と最初は思ったが、気に入らないが優秀な、あのクルーゼやL5哨戒中隊が仕留められなかったということを思い出すと、すぐに軍用車の用意を命じた。

見れば、なるほど、大天使という名にふさわしい白色の船体に、両舷に太陽電池であろう巨大な羽をつけている。
アークエンジェルとは、ナチュラルもなかなかのネーミングだ、と、砂漠の虎を自称するバルトフェルドは笑みを浮かべた。

「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからな。彼女は未だオヤスミか」

敵地のど真ん中だというのに暢気なものだ、とバルトフェルドは苦笑を漏らしながら、手元のコーヒーの香りを愉しむ。

「むっ!?」
「! 何か……!?」
「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね……こりゃあいいな」
「はぁ……」

ダコスタは呆れが混じった呟きを漏らしたが、バルトフェルドは聞いていなかった。
市販のインスタントコーヒーでは満足できないこだわりを持つバルトフェルドは、オリジナルブレンドのコーヒーの香りに悦っていた。
……部下は何故か、オリジナルブレンドのコーヒーに対する話題をやたら避ける節があるが、この香りのよさがわからんようだ。
天才というものはいつの世でも理解されんものだ。と、バルトフェルドは納得している。

充分にコーヒーの香りを愉しんだところで、引き連れていた部下達に今回の作戦を説明する。
あくまで今回は戦力評価であり、威力偵察だ。何故か? 今回の敵は、旧時代の兵器で数を頼みに向かってくる、いつもの烏合の衆とは違う。
クルーゼ隊やL5宙域哨戒中隊など、並み居る猛者を振り切ってきた連中が相手なのだ。しかも、少数ながらもMSを保持しているという。
たとえジンタイプ以上の性能を持つMSが相手であろうと、己の指揮と優秀な隊員を総動員すれば負けはしないだろう。
しかし、今回のような強敵と真正面から戦闘を行えば、無傷で済むとは思えない。甚大な被害を被る恐れがある。それは非常に面白くない。
それに……一つ気になる点はある。

あの艦に載っているG兵器。そして、もう一機のMS。
G兵器に関しては本国からデータが送られたものの、もう一機のMSに関しては大したデータは持っていない。ただ、量産を前提にしているであろう、という曖昧な報告しかもたらされていない。
もしそれが、地球軍で制式量産されるMSであれば、(多少の被害は覚悟してでも)是非ともデータを入手せねばならない。そのデータは千金に値する。
いつの世も、戦場を支えてきたのは一人のエースではなく、百人の無名の兵士なのだ。その無名の兵士の武器を知れば、勝利を得る。それは戦争の摂理だ。
それらを隊員に告げ、最後に締めくくる。

「もちろん、落としてしまっても構わんが……いっそ捕獲といこうじゃないか。地球軍のMSがいかほどのものか、じっくり見させてもらういい機会だ。
諸君の実力なら、造作も無いことだ。コーヒーを淹れ終わるまでに終わるだろう。では、諸君の無事と健闘を祈る!」
「総員、搭乗!」

バルトフェルドのブリーフィングを終えると、ダコスタが号令をかける。
自分も軍用車に搭乗し、母艦レセップスに向かいながら物思いに耽る。

(地球軍にもMSか。やだねぇ……戦争が長引きそうじゃあないか)

その考えが傲慢であることを自覚しながらも、戦争の早期終結を願わずにはいられない。
そのためにも、地球軍の量産用MSのデータをなんとしても手に入れる。その決意を新たにしながら、次はコーヒーのブレンドを思索していた。


- - - - - - -


キラが医務室のベッドから抜け出せるようになったのは、リナがトールに素敵な笑顔を見せてから一時間後だった。
もう起きた頃には回復していたけれど、衛生長が帰ってくるまでベッドを勝手に抜け出すことができなかったから、リナよりだいぶ遅れて医務室を出ることになった。

「キラ! もう起きて大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だよ。心配かけてゴメン」
「よかった、キラ……」
「流石だよな、やっぱりさ」

通路の途中、見知った友人達に出会い、無事を知らせるキラ。
ミリアリアが心配そうに声をかけ、サイが心から安堵したように微笑み、カズイが嬉しさ混じりの複雑な表情を浮かべる。
皆十人十色の表情を浮かべるのに対し、キラは自分はもう大丈夫であることを教えるように、一人ひとりに顔を向けていくが、一人、足りない。

「あれ? トールは?」
「そう、それよ! キラ、聞いてよ!」
「???」

ミリアリアが、なにやら激昂しているので、キラは不思議そうに視線を返した。トールと喧嘩したのかな? 
バカップルの二人のことだ。つまらないことですぐに喧嘩して、すぐに仲直りしてデレデレするのはいつものことなのだ。
また、惚気と愚痴が混入した話でも聞かされるのかな……と、若干うんざりと考えるけれど、それでも、どうしたの? と一応聞いてみる。

「トールったら、この前船に入ったMSのパイロットになるって言うのよ!」
「へぇ、トールがパイロットか……さすが気の多いトールだなぁ。


……って、えぇっ!? トールがパイロット!?」
「……今、キラのトールに対する本音が混じってた気がするけど」
「き、気にしないで……それよりも、どうして!?」

しまった。あまりに突飛な話で、つい無意識に関係ないことを口に出してしまった。
キラは別のことで焦りながらも、トールがパイロットになるということが納得できなかった。あんな危ないことを、進んでやるなんて……。
それを言ったらフラガ少佐やリナさんもそうなんだけど、トールはちょっと前まで学生で、戦闘経験は無く、自分のようにコーディネイターでもない。
トールが、地球に着くちょっと前にMSのシミュレーターに付き合ってくれ、と言ってきたのはこのためだったのか。
理由を聞いたら「暇だから遊んでみたい」って言ってただけだったし、まさかパイロットとして採用されるなんて夢にも思わなかったから付き合ったのに、まさか本当にパイロットになるとは。

「キラみたいにできる保証はないのに……下手したら死んじゃうのに! キラも止めてよ!」
「で、でも……僕が無理に止めたって」

ミリアリアの剣幕に押されながら、キラは曖昧な言葉で濁す。
自分だって今聞かされたのだ。トールがどういうつもりでパイロットに志願したのか、見当もつかない。
いくら楽天家のトールといえど、戦場に出れば命の危険があることだって承知しているはずだ。
そう考えると、いよいよトールの動機が分からない。キラが返答に窮していると、落ち着けよ、とサイがミリアリアの前に割って入った。

「あいつも普段は軽いけど、結構責任感の強いやつだからな。キラばかりに危険な仕事を任せてたことに、負い目を感じてたんじゃないかな」
「……トールが……」

サイの言葉に、キラは複雑になる。
正直な話、自分ばかりが命がけで辛い目に遭っている、という感覚はあった。
確かに、負ければ死の危険があるのはMSでも艦内でも同じだけど、常に火線をかいくぐり、直接的な死の危険に晒されているパイロットのストレスは、艦内の人間とでは天と地ほどの差がある。
そんな極度のストレス下でもムウやリナに励まされて、前線で苦難を共にしてきて、なんとか均衡を保ってきたのだ。

それでも確実に心のどこかに亀裂が入るのは、キラ自身感じていた。
彼らは生粋の軍人だ。少尉なんて大それた肩書きをもらったが、キラは民間人も同然だ。ムウやリナに、自分の本当の気持ちなんてわかりはしない。そう思っているところもあった。
そこに、同じ立場の友達が一緒に前線に加われば、辛いのは自分だけじゃない、という共有意識が生まれて、精神的にも安定することができる。

それでも、それでもだ。
トールはキラにとって変わらず「守るべき」仲間であり、直接的に命の危険に晒されるのは、歓迎できることではない。
こう思うのもキラの高慢なのだが、学生がパイロットとしてもてはやされもすれば、増長するなというほうが無理な話だった。

「だからさ、あいつの気持ちを汲んで、パイロットの先輩として歓迎してやれよ。
そりゃ俺も心配だけどさ。キラだってパイロットとして戦ってるのに、トールは駄目ってのは筋が通らないだろ?」
「それも……そうだけどぉ」

サイの言葉も一理ある。ミリアリアは反論できず、沈黙する。それでも恋人が出撃するのだから、どこか納得のいかない様子だ。
キラは複雑な面持ちのまま、躊躇いがちに頷く。

「わかった……それで、トールは?」
「航海科の人にパイロットをしてもいいって言われて、すぐにシミュレータールームに行くって走ってったけど」
「シミュレータールームだね。行って、トールと話してみるよ」

友人達と別れ、キラは言われたとおりにシミュレータールームに向かった。
特別何か言葉を用意してるわけじゃないけど、トールの気持ちとかも聞いてみたいから。
そしてできるなら、シミュレーターの訓練に付き合ってあげたい。少しでも腕を上げてトールが生き残れる確率が上がるなら、全力で手伝おう。
そんな決意を持ってシミュレータールームの扉を開け……ようとして、中から響いてくる声に、スイッチを押そうとする手が止まった。

「だめだめ! 地形も考えずにいきなりスロットルを開きすぎだ! そんなんじゃ接敵する前に地面とキスするぞ!」
「は、はいっ!」

幼い少女の怒鳴り声と、焦ったトールの声。少女の声は、キラには聞き覚えのある声だった。
ハッチの前に立ち止まり、耳を澄ませる。


- - - - - - -


アークエンジェルの幹部会議が終わり、エスティアン中佐からトールのパイロットへの転属が知らされると、すぐにリナの特訓が始まった。
操縦設定は、ムウが以前MS用シミュレーターで使ったものと同じナチュラル用OS。
新しいストライクダガーにインストールされていたナチュラル用OSはまだまだ不完全で、問題点は沢山ある……と、ソースコードを見たキラとリナは嘆いた。
そこでキラとリナとムウ、三人で協力し、アークエンジェルオリジナルのOSを作り上げることになった。
もちろんリナとムウにOSを組み上げる知識があるはずもないので、意見を出すだけ。キラがほとんど作り上げた。
そのOSを使って、トールはシミュレーターで特訓をしているのであった。

(へぇ、なかなか筋がいいな……今時の学生ってこんななのかな?)

さっきからスパルタでトールを鞭打ってるリナだが、トールの機械操作に対する飲み込みのよさはなかなかのものだと思う。
もちろんナチュラルの範囲内での話だけど、やはり工学系の学生だけはあるのか。ついこの前まで学生だった新兵にしては良い方だ。
立ち上がりから歩行、物を持ち上げる。こういった基本的な動作については、かなりの早さで修めた。
だからリナの教育方針は、MSの基本操縦から戦闘機動へと早々と移り変わっていた。
しかし。

「隊長機のビーコンは見てるかい? どんどん離れてるよ」
「え? あ、やばっ!」
「隊長機を見失ったら死ぬよ! ほら、隊列なおして! ジンが来てる!」
「と、とと、わ!」

ビープ音が鳴って、機体のコンディションセンサーが赤色を示した。被弾したようだ。
トールは慌ててシールドを構えて、首を引っ込めた亀のように防御姿勢に入るが、その間に味方機に撃墜マークが打たれていく。それに対しても即応することができない。
そうなのだ。トールは基本的な操縦は良くても、軍人として、一兵士としての能力が高くない。
まあロクに軍人として訓練されたわけじゃないから、こんなものなんだろうけど。所詮現地徴用兵なのだ、トールは。
というよりも、まだ連携する余裕ができるほど操縦に慣れてないんだろう。これは数をこなすしかない。

「怖がってるだけじゃダメ! ほら、数で負けてる! 隊列を組みなおして!」
「こ、こっち……!」
「違う違う!」

リナがそう叫んだとき、入りにくそうにしていたキラはハッチを開けて中に踏み込む。
声をかけずに、近寄っていく。トールが座席に座っていて……リナはこっちに背を向け、座席にもたれかかるようにして立っている。
キラがストライクに初めて乗って、マリューに代わって貰ったときの、マリューとキラの距離よりも近い。

(……訓練にしては、近すぎないか?)

キラは、それが気に入らなかった。
操縦を教えるのにあんなに近かったら、むしろ邪魔じゃないか? 全く、トールの腕を上げるのに邪魔にならないようにしないと。
それに釘を刺そうと、リナの陰からトールの顔が見えるように回り込んでいく。そうすると、

「こう、こっち!」
「うわっ……!」
「!!」

リナが、トールの手に手を重ねて、強引に操縦桿を動かした。
それを目撃したキラは、全身が硬直してしまう。
全身を嫌な痺れが走った。胸の中に、ごとりと重たい石が置かれたような感触。

「……リナさん、トールが困ってるじゃないですか」
「え?」

リナは、聞いたことの無いような低い声を聞いて振り向いた。
振り向くと、そこにいたのはキラだった。……リナは、他の誰かなら良かったのに、と、思ってしまった。
それほどに、キラの声は不快を帯びていた。
トールも、何事かとキラに振り返っていた。長い付き合いのトールですら、聞いたことの無い声だった。
一方でキラは、なんでこんな声が出てしまったんだろう、と後悔する。自分をなんとか戒め、努めて明るい声に切り替えてみる。

「あ。ほ、ほら、操縦中に手を出したら、誰だってイヤだと思うから……トールだって、操縦桿を勝手に動かして欲しくないよね?」
「あ、ああ、まあ上手くなったらそうだろうけど、わかんねぇ時は動かしてくれると勉強になるぞ?」
「……空気読もうよ」
「えっ」
「い、いや、なんでもないよ!」

今なんかキラが黒かったんだけど。トールはキラの呟きが聞こえなかったことが、幸運だったような気がした。
同じくキラの呟きが聞こえなかったリナは、彼の姿がここにあることに疑問を抱いて向き直る。

「キラ君、それよりもシミュレータールームに来て、どうしたの? 訓練するつもりだった?」

さっきの声はなんだったんだろう。少し不安な気持ちを抱えながらも、言葉を選びながらキラに問いかける。
その言葉に、キラはなんだか気まずそうだ。彼の真意が読めず、目をじっと見返す。

(何かボク変なこと言ったかな。……いやいや、言葉じゃないし。さっき言ってたな、そういえば)
「トール……そう、トールに話があって」
「俺?」

トールが意外そうに目を丸くする。

「トール、パイロットになるんだね。……この船には軍人は充分いっぱいいるのに、なんでトールが……」
「そういう言い方よせよ。俺はもう、逃げ回るだけの学生じゃないんだから。それを言ったら、お前だって俺と似たような立場だろ」
「でも、あのストライクは特別な装甲で、結構安全で……トールが乗るMSは違うんだよ?」

キラは、心底トールが心配なのだ。最初は激励のつもりだったが、次第にやめさせたいという方向に話を振っていた。
キラがあのストライクダガーを見た限りでは、それはもうひどいものだった。ストライクとは比べ物にならない、まさに大量生産品だったのだ。
運動数値を見ても、あらゆる性能評価をしても、似てるのは姿と名前だけで、あとは劣悪なものだ。
そんなものに、トールが乗って前線に出て欲しくない。
リナの乗っている機体は、ストライクと同等の性能を持っているようだけど、フェイズシフトが無い。直撃を受ければ終わりだ。できるならば彼女にも出撃して欲しくないのだが……正規の軍人である彼女を止めるのは無駄だ。
でも、パイロットとして志願したばかりの、トールなら。友達である彼なら。なんとか止められるかもしれない。そう思った。

その思いを見透かしたように……トールは、相変わらずだな、と苦笑を浮かべてコクピットシートに肘を突いて、上半身を乗り出す。
その苦笑に皮肉っぽいものを乗せて、片眉を上げた。

「よう、よう、キラ。まったくお前は偉くなっちまったよな」
「え?」
「お前は、俺達の輪の中でも特に大人しくて……俺がいっつもリードして、お前はカズイと一緒に、いつもウンウンと頷いて黙ってついてくるだけだったんだぜ?
そんなキラがさ、戦場に出てヒーローみてーに大活躍してさ、俺がやることに意見するようになったんだからよ。
まったく、仕事のできる男は違うね?」

何を、とキラは言い出そうとしたが、トールの表情に邪な感情を感じられず、押し黙る。
まるで、引っ込み思案である自分が、たまに気の利いたことをした時に冷やかしてくるような……「友達」のする、表情だったから。

「……トール」
「お前にばっかり、いい格好させてたまるかよ。俺の活躍の場を奪おうとするなんて、何企んでんだよ?
……はは、そんな顔すんな! 俺だって死にたくねーんだ。大丈夫、無理はしないよ」

笑いながら、キラの腹に拳を押し付けるトール。
その軽いテンションで、元気付けるように言う彼は、やっぱり僕達のムードメーカーだな、と、キラは、自分には無いものを持つトールに、羨ましささえ感じる。

「……うん。一緒に、頑張ろう……!」
「オッケー、任せときな! よし、大尉、お願いしますよ!」
「話は終わった?」

二人の熱い掛け合いを醒めた目で見ていたリナは、面白くなさそうな顔で二人に冷水を浴びせる。

(友情は美しいけれど、それを横で見てたボクは憎たらしささえ感じたよこのやろう。なんだろ、この感情。
むむむ、なんか急にトールがいけ好かなくなってきたぞ! キラ君じゃなくて、なんでかトールだけが!
ボクに対して友情の壁を作ろうとするな! もう友情ごっこしてる場合じゃないぞ! 君とキラ君の間を、びーっと引き裂いてやる! KYと言われようと知ったことか!)

長らく友情というものに触れていなかったことと、トールにキラを取られそうな気がしたリナは、嫉妬の炎をトールに向ける。
……そもそも、キラは元からトールと友人なため、リナの嫉妬は醜い八つ当たりに過ぎないのだが。

「キラ君は、ボクの…………ぶ、部下だからね。直属だ! 軍隊の縦社会なめんな!」
「!? 何言ってんすかっ!?」

黙ってたリナが、突然激昂したことでトールは目を丸くしてる。

(しまった、思ってることが口に出てしまった……も、もう知るか! このテンションで押し切ってやる!)

「え、ええい! 口答えするな! ケーニヒ二等兵、君はまだまだぬるい! 訓練をハードモードに切り替えるからね! 新兵も三日でランボーコースだ!」
「今までのはなんだったんすか!?」
「だから口答えするなー! 状況開始!」

ひいぃぃぃぃ。トールの悲鳴が再びシミュレータールームに響き渡る。
それを見たキラは、何故かわからないけど、丸い目尻をいっぱいに吊り上げてムキになってるリナに、くすっと密かに笑って、二人の訓練を見守る姿勢に移る。
なんだか、先生が生徒に教えてあげてる、から、馬車馬に鞭打ってしごきモードになったリナに、何故かホッとするキラだった。
そのとき、鼓膜をつんざく警報がトールの悲鳴をかき消す。

〔艦内クルー総員に通達! 複数の対地誘導弾の接近を感知! 総員、第二種戦闘配置! 対地戦闘用意! 繰り返す!〕
「こんな時に!」

なんて間の悪い。まだトールの訓練は終わってないのに。
トールは、いつもなら航海科で先輩クルー達と一緒に艦内維持の任務に従事しているはずなので、戸惑いを隠せずにいた。
訓練も途中で、お世辞にも好成績とは言えないし、まだMSの操縦には自信が無いのだろう。及び腰がそれをよく表現している。

「お、俺はどうすればいいんです!? まだ訓練中なのに!」
「君はまだ実戦は無理。航海科を手伝ってて! キラ君、行くよ!」
「はい!」

トールにとりあえずの命令を残してから、キラの返事を聞きながらシミュレータールームを出て行った。

「……いつもと、変わんねーじゃん……」

トールはリナの命令にため息をついて、二人に送れてシミュレータールームを後にする。


- - - - - - -


「お待たせ!」

キラとキャットウォークの上で別れ、ノーマルスーツに身を包んだリナは整備員に短く声をかけて、すっかり陸戦仕様に換装された乗機の装甲に手をつける。

(ボクのダガー、すっかり変わっちゃって。ここまで変わったら、何か新しい名前考えたほうがいいよね……うーん)

わくわくしながら名前を考えていると、ふと、格納庫の喧騒の中に、聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、そっちを見た。
ムウとマードックだ。見るに、ムウがマードックに噛み付いているようだ。
なんだろう? と、出撃直前にも関わらず、好奇心を優先させて耳を傾けてみた。

「なんで俺のMSのメンテが終わってないの!」
「なにせ、いきなり機体が四機も増えたんで……俺たちも徹夜の突貫作業をしてきたんですが、これが限界なんですよ」

ムウの乗機であるストライクダガーはまだ脚部の装甲が剥がされていて、整備用のコードやヴィークルが取り付いている。
あれではスクランブルなんて、どだい無理だ。昨日のは外装パッケージのテストで見た目は整ってはいるが、中身の本格的な擦り合わせはできず、本格的な戦闘に必要な稼働率は見込めない。
それどころか中の骨格やコード類、擬似神経などが剥き出しになっていて、まるで人体標本のような無残な姿を晒している。
大きさが大きさだ。ハンガーに「工事中╋安全第一」と書いてある黄色と黒の帯がついていたら、さぞかし似合うだろう。

「なんで嬢ちゃんの機体は整備できてるのに、隊長の俺は無理なんだよ!」
「上からのお達しで、シエル大尉のMSを優先的に整備しろって言われたんですよ」
「だから……ああ、わかったよ! くそっ」

ムウはかんしゃくを起こしてはみたものの、理由はなんとなくわかっていた。
MAパイロット暦が長く、MSを一度も実戦で扱ったことの無い自分よりも、MSに慣れているリナのほうがスクランブル要員として適任なのだ。
ギリアム大佐の判断はどこも間違っていない。が、この肝心な時に先頭で指揮しなければいけない自分が動けない事実は、歯がゆいばかりだった。

「じゃあ、スカイグラスパーは!」
「MSの方にかかりきりだったんで、まだ武装の積み込みが終わってません!」
「こんなんで大丈夫なのかよ!」

出撃する機体が無く、頭をかきむしるだけのムウに、リナは同じような境遇に何度も立たされたこともあって、同情するばかりだったが、素直にギリアム大佐と整備員に感謝していた。
大気圏下に降り立ってから一晩しか経っていないが、MSの仕上げを集中的に行ったためにリナのストライクダガーは実戦装備が完了していた。
簡単なメンテだけがなされ、特別な装備や改造を施す必要の無いストライクは言うまでもなく、もうお決まりのメンツであるユーリィ軍曹が、コクピットに身を乗り出してくる。

「レディ・シエル! 俺達も地上戦用の調整は出来る限りしてみたつもりだが、これが俺達にとって、初めての地上でのMS運用になる!
慣れない操作に戸惑うかもしれないが、特にバランサーと対地センサーには気を遣ってくれよ! 転倒したMSなんて装甲車以下なんだからな! OK!?」
「了解だよ、軍曹! 武装は!?」

リナは各種センサーを立ち上げ、ジェネレーター始動キーを入れながら怒鳴り合う。
格納庫には様々な騒音と喧騒に溢れており、普通の話し声ではかき消されてしまうからだ。

「武装はビームライフルを右手に持たせてある! バズーカはあくまで対物装備だ! バクゥ相手にはアテにならないと思ってくれ!
それに弾は数が無いから、大事に使ってくれよ!」
「ん……これ?」

ぱちぱちとコンソールパネルを叩いて、火器管制システム――FCSを起動させてみると、バズーカが新しく追加されていた。
装填数は「6/5」と表示されている。一発が既に薬室に装填済みで、五発マガジンに込められているということだ。

「六発かぁ……」
「モノが実体弾頭だからな! ビームみたいにはいかないんだ!」

メビウスでもリニアガンを十二発撃てるのに、これはその半分だ。最初に装填されている弾丸を除くと、それにも満たない。
ゲームじゃ、なくなっても自動的に補給されるから惜しみなく使ってたけど……って、この葛藤はヘリオポリス宙域でもやったな。
とにかく、慎重にタイミングを考えて使わないと。弾切れは死を意味するのが戦場なのだから。

「よし、誘導して! ブリッジ。シエル大尉、発進シークェンス開始します」
〔了解。シエル大尉、発進を許可します。
まだ敵機の位置や勢力が不明瞭です。常に相互支援できるよう、僚機やアークエンジェルとの位置関係に留意してください〕

発進許可がおりて、リナはハンガーデッキからMSに足を踏み出させ、甲板要員の誘導に従って歩かせていく。
カタパルトを履き、発進姿勢のために機体の腰を引いて屈ませる。
足が大きくなったからカタパルトを履けるのか心配だったが、どうやら固い床を踏むときは、拡張した装甲が開いて元の足が露出する構造になっているようだ。

「シエル機、……あー、っと」

ストライクダガー、といつものように言おうとして、一瞬躊躇する。

(そうだ、名前。ストライクダガーの、いわば陸戦型。いや、砂漠戦仕様かな。
あまり懲りすぎて中二病っぽい名前になるのはいやだな……なるべくストレートなネーミングがいいな。
よし、この名前でいこう! まんま英訳だし、もしかしたら正式採用されるかも……)

その妄想にコクピットで一人どや顔になって、自信たっぷりの口調で叫んだ。

「……デザート・ダガー! 行きます!」

スロットル全開。砂漠の夜景に押し出される機体。宇宙よりも遥かに強く身体を押すG。地球の発進の違いに、無意識に操縦桿を握る手に力が篭る。
リナの初めての、地球での戦闘が始まる――



[36981] PHASE 17 「SEED」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/11/17 17:21
対地センサーの数値が目まぐるしく下がっていき、バランサーを示す〒型のマークはガクガクと小刻みに揺れる。
巨大な人型が新幹線以上の速度で滑れば、当然受ける風圧は破壊的なものになる。パイロットにかかるGも相当なものになり、リナの小さな身体がギシギシと軋む。
速度計は次第に下がっていっているが、それでも砂漠とはいえ、激突すれば大破炎上は免れないほどの速度だ。

「くっ……」

発艦時に狙い撃ちにされないようにカタパルトで射出してもらったが、さすがにスピードを出しすぎたか。でも、のろのろと出撃していれば的になる。
各種センサーに気を配りながら、モニターに意識を集中させる。最終的に頼りになるのは、計器ではなく己の目と身体だ。
腰にかかるGで速度と機体の角度を測り、月明かりで出来る自機の影で高度を計る。高度計は目安だ。

それらの数字や景色から着陸の瞬間を見切って逆噴射を吹かせ、着地!
まるで地中に埋めたダイナマイトでも爆発したかのように、着地と逆噴射で、砂漠の細かい砂が噴き上がって機体を覆う。

「げほっ、げほっ……」

リナが、華奢な身体に食い込むハーネスに咳き込みながらも、すぐさま体勢を整えて、上空を群がる戦闘ヘリの群れに向き直った。
アークエンジェルとの戦術データリンクによって表示される、敵戦闘ヘリの位置とデータ。戦闘ヘリ『アジャイル』だ。
ザフトの強みは、優れた能力を持つコーディネイターであること、MSという強力な兵器を持っていることであるが、
機動性や装甲は劣りながらも、強力な火器を搭載している戦闘ヘリも立派な脅威だ。こちらに護衛の制空戦闘機が無いのであれば、尚更である。

「ハエみたいに群がって!」

ロケット弾をばら撒きながら、ふわふわとした動きでアークエンジェルの周りを飛び回る戦闘ヘリに、イーゲルシュテルンをばら撒いていく。
しかし、距離が遠い。ガンシーカーはえらく大雑把な照星だし、ほとんど砲身が無いせいで直進性が皆無に等しい。
そのせいで、あの小さな標的を狙撃するには不向きだ。曳光弾がヘリからかなり遠いところを飛翔していく。

「牽制用以外には使えないか……キラ君、弾幕を張って!」

困ったときのキラ頼み。はい、と小気味良い返事と共に、ストライクが上を向いてバルカン砲の銃口を、上空のヘリに向けるが――

「うわ!?」
「!?」

ずず、とストライクの後ろに踏み出した足が沈み、ストライクが、砂漠に足を取られてバランスを崩した。
そのせいで、一瞬連射した機関砲弾は全く明後日の方向の夜空に光の線を曳いただけで、無駄弾となって夜空に消えた。

「どこを狙っている。宇宙酔いでもしたのか?」

そのヘリパイロットは、ストライクの上げた花火を嘲笑った。
そして、確信する。地球軍はまだ地上でのモビルスーツ戦に慣れていない。地球軍と名乗っていながら、地球での戦いができないのだ。

『油断するなよ、火力だけは一人前のようだからな。あの主砲はコロニーに風穴を開けた、どでかい花火だ。
時々上がってくるそれに気をつけて高度を取りつつ、よちよち歩きしているベイビーをかっさらってやれ』
「了解です、隊長!」

バルトフェルドの通信に応えながら、またヘリパイロットは姿勢を整えて、ロケットランチャーにFCSを切り替える。
アジャイルのロックオンシーカーに収められたストライクダガーで、リナは驚きを隠せなかった。
まさか、キラ君が乗るストライクがバランスを崩すなんて、初めて見た。戦闘も相当だけど、特に操縦に関しては類稀な能力を持っている彼が。
ストライクの細い足は、砂漠には不向きなのだ。一切水分と栄養を含まない砂は、さらさらと流れて、ストライクの細い足を取る。

(この機体の幅広の脚部ならそれほど気にならないけど、ストライクには厳しそうだな……この戦場では、ボクが主力になるのか。
キラが動けないなら、守ってあげないと!)
「立てないなら下がって! 援護するから!」
「い、いえ……! ストライクにだって、できるはず!」

強情だが、口でなんと言おうと動けないのは同じだから、彼を庇いながら戦うことに変更はない。ストライクを背に、シールドを構えながら、上空の戦闘ヘリにビームライフルを向けた。
ストライクが後ろで一生懸命ジャンプしてみたり、バーニアを吹かしたりしているが、何度挑戦しても砂に足をとられるばかりで、一向に体勢を整えられない。

「くそっ! 足が砂にとられて!」

なんで地球はこんなに不便なんだ! 怒りの矛先すらもその砂に飲み込まれるようで、キラは唇を噛む。
リナは彼の苛立ちを感じて、危機感を覚える。彼は階級はあっても素人だ。精神的な脆さのせいで集中力を失いかけている。

「落ち着いて、キラ君! このっ……近寄るな!」

矛先を、アークエンジェルからこちらに向けた戦闘ヘリがロケット弾を撃ち込んでくる!
リナは、ストライクが、実体弾を無効化できるフェイズシフトを持っていることも忘れて、咄嗟にシールドで庇う。
空気中なだけあり、盛大な爆音が機体を包み込み思わず耳を塞ぎたくなる。

「うっ……! やったなぁ!」

上空をパスしようとするヘリに機体をくるんと振り向かせる。
砂漠という極端に柔らかい地形に対応した足は、しっかりと砂を踏みしめて照準を絞らせてくれる。
ビームライフルを発射すると、一筋の閃光が吸い込まれるようにヘリのボディに突き刺さり、ボディの大半を蒸発させて空中分解した。 

「まずは一機……!」

複数群がってくるうちの一機を撃墜したものの、やはり一機落としただけでは痛くもかゆくも無いようだ。
敵のヘリは一糸たりとも統制を乱さず、相変わらずロケット弾とチェインガンの砲弾をばら撒いてくる!
機体が激しく振動して、コクピット内にアラートが響く。シールドで亀態勢に入っているおかげで、全体的には損傷は軽微だけど、ジェネレーターの温度が上がっている!

「うわっ! くっ!」
「り、リナさん! ストライクを盾にしますから、下がって!」
「ろくに姿勢の維持もできないのに、何を言ってるんだい! なんでもいいから早く下がって!
できないなら――」

そのとき、目の前をロケット弾が着弾する。
ボウッ! と、まるでマグマの噴出のように砂が噴き上がって、一歩後ろ斜めに後退した。
その時。

「うわっ!?」

ゴッ!
目の前を、一閃の稲光が凄まじい速度で通り過ぎていった! 今のはメビウス乗りには見慣れている――リニアガンだ。それも、出力が桁違いの。
冷や汗がノーマルスーツの中を伝う。もし砂が噴き上がってなかったら撃ち抜かれていたかもしれない。
レーダーに光点。方向と距離はわかった。二時の方向。そちらにメインセンサーを向けると、地を這う何かが、砂煙を上げながら猛スピードで走り回っている。
センサーで機体識別をするまでもない。あの動きができる機体は他には知らない。
TMF/A-802 バクゥ。

(まるで砂漠を走る魚雷だ……!)

『以前』見たバクゥよりも、実物はかなり早い。ヴィークルとMSの中間とも言えるような形態は、なるほど、この極端に柔らかく、障害物の少ない砂漠では最適だと感じる。
この砂漠では構造上ではあちらのほうが機動力が上だ。少しでも隙を見せれば、あのミサイルランチャーやリニアガンの餌食になる。
しかもビームサーベルを咥えて(?)いる。これはストライクダガーだけではない。ストライクにも脅威だ。
機動力の差を考えると、G兵器に匹敵する可能性がある。となると、大量生産品のストライクダガーでは、かなり危ない。

〔リナさん! 大丈夫ですか!?〕
「キラ君も……!」

見ると、ようやくストライクは姿勢を立ち直らせていた。
まるで周囲を取り囲むように高速移動するバクゥ。まるで、こちらの出方を伺っているかのようだ。
ひょっとしなくても、バクゥは高速移動による撹乱戦術で仕掛けてくるようだ。

「いいかい、今回の敵はG兵器と同じようにビームサーベルを持ってるんだ」
「ビームサーベルを!?」
「うん、だからいくらストライクのフェイズシフトがあっても、近づかれたら危険だ。ランチャー装備なら特にね!
今回はボクの援護に専念して! 足止めさえしてくれれば仕留められる。行くよ!」
「は、はい! 援護します!」

キラの返事を聞きながら、機体を僅かに屈ませてスロットルを開く。すると、脚部の装甲の裾口がスカート状に開いて、ノズルが顔を出した。

地球軍はMSを開発するにあたり、常にザフトの兵器を意識し続けていた。
当然だ。まずストライクらG兵器らが、鹵獲したジンを参考に作り上げたのだから。そしてMSを運用するにあたり、地球軍の兵器の方向性を模索し続けてきた。
G兵器が完成し、ようやくジンタイプに対抗できると安堵したところに、更にバクゥという高機動タイプのMSが現れ、地球軍はバクゥなどの陸戦機動兵器への対策を強いられることになった。
それがG兵器をも上回る機動力を持つというのだから、地球軍の幹部の慌てる様は想像に易い。火力を維持しつつ、バクゥに劣らぬ機動力を持ったMSの開発が急務となった。

しかし戦争は既に激化の一路を辿り、G兵器に匹敵するような実験機を新規設計する余裕は地球軍にはなかった。
G兵器は、そのものが既に完成された兵器であり、改造する余地は今の地球軍の技術力では見出せない。
ならば、その改造する余地があるMSを使えばいいのではないか?
その答えの一つが――この、デザート・ダガーなのだ。

「宇宙じゃどうだったか知らないがなぁ!」
「ここじゃ、このバクゥが王者だ!」

ザフトのパイロットの叫びが響く。確かに機動力は圧倒的だろう。バクゥに匹敵するMSは存在しない。
もう一度バクゥが、地球軍の二機のMSをモニターに捉えようと砂丘の陰から姿を現す。
が――そこに居たのは、巨大な砲身を抱えて索敵をしているストライクのみ。もう一機が、いない!?

「!? もう一機はどこに行きやがった!」

バクゥのパイロット――メイラムはレーダーでもう一機を探す。しかし目の前のストライクしか映っていない。
見失った? 撃墜したか? いや、手ごたえはなかったし、残骸も無い。ジャンプしたのか? いや、その瞬間は見えなかった。

「メイラム、後ろだ!」
「何ィ!?」

思考を巡らせていると、僚機からの警告が飛んだ! 慌ててターンすると――メイラムは、その姿に目を見張った。
地球軍のMSが、真後ろにいる!?
追いついてきたのか!? どうやって!?

「バクゥが王者? なら――」

デザート・ダガーのバイザーグラスが、妖しく輝く。ビームサーベルを引き抜き――

「引き摺り下ろしてあげるよ!」
「うおぉ!?」

ビームの刃がバクゥのボディに突き出され、メイラムは慌ててジャンプをかけるが、遅い!
先端が左前足を捉え、盛大にスパーク。その左前足を溶断すると、がくんとバクゥのバランスがずれた。
メイラムは冷や汗を流し、撤退の必要を感じたが――着地した瞬間、

「があぁぁぁ!!?」

ストライクのアグニが放った光の奔流によって機体もろとも蒸発させられ、本隊に帰る機会が永遠に失われた。

「よし! 一機目……!」
「ナイスキル!」

キラがコクピットで喝采を挙げ、リナが賞賛する。
しかし喜んでばかりもいられない。もう一機のバクゥが激昂して、リニアガンを連射してくる!

「ナチュラルがぁ……バクゥの猿真似を!」

リニアガンの着弾によって砂柱が昇り、足元を削ってくる。あるいは至近弾が装甲表面を焼き、振動を伝えてくる。
咄嗟にシールドを構えると、一発が直撃! 激しい衝撃を受けるが、脚部大型化によるスタビリティ強化のおかげで転倒は免れた。
が、ダメージがあったことには変わりない。あんな大口径のリニアガンをまともに受けたのだから、あと一発耐えられるかどうかだろう。

「うっ……! そっちはゾイドの猿真似のくせに!」

リナは奥歯をかみ締めながら叫んで、リニアガンを連射しながら迫ってくるバクゥに、デザート・ダガーを屈ませる。
ペダルを半分ほど踏み、スロットルを開けると――再び脚部の装甲が開いてジェットノズルが顔を出し、砂漠に爆風を叩きつける。
すぅ、と、機体が僅かに浮いて、まるで滑るような機動でバクゥの連射をやり過ごす。

これが、バクゥ対策への答えの一つ。ジェットホバー機動だ。

脚部の、まるで和装の袴のように口が広がっている装甲は、単なるスタビリティ強化が目的ではない。
脚部装甲内側に隠されたノズルを吹かすことによって莫大な圧縮空気を生み出し、地形に左右されないジェットホバー機動を実現したのだ。
二本足ではあるが、ジェットホバー機動はバクゥに劣らぬ機動力を発揮する。それがバクゥのパイロットの目測を誤らせた。

「なんだと!?」

意表を突かれたバクゥのパイロットは、展開していたビームサーベルを避けられ、三百メートルほど通り過ぎてしまった。
あれが、メイラムのバクゥに追いついた理由か。背中に殺気を感じてすぐさまターンし、砂丘の陰に隠れる。
そこへストライクの肩部バルカン砲が追いかけるように乱射するが、砂柱を挙げるだけに終わった。

「このデザート・ダガーが量産の暁には、バクゥなんてあっという間に――うわ!」

勝ち誇った表情で宣言しようとしていたら、突然目の前に吹き上がった爆炎に機体がよろめく。
戦闘ヘリの爆撃だ。一機バクゥを仕留めたことで、こちらの方が脅威だと思ったのか? 矛先をこちらに向けて、搭載火器をシャワーのように浴びせてくる!

(やばい。今のセリフはフラグだった?)

こんな時にも間抜けなことを考えながらも、操縦桿に配置されたスイッチ類を素早く親指で操作。
頭部に装備されたイーゲルシュテルンをばらまくが、蜘蛛の子を散らすように散開していく。

「それでいい、どこかへ行け! このっ!」

近寄ってくるヘリに射撃体勢に移らせないためにも、絶え間ない射撃で牽制する必要がある。
が、イーゲルシュテルンは所詮牽制兵器。元々少なめに装填されているため、OSが、残弾が残り僅かであることを知らせてくる。

「くっ! それでも……キラ君をやらせてたまるか!」

火器の一つが弾薬切れを起こしたことに、MA乗りであるリナは撤退の二文字が脳裏をよぎったが、それでもなんとか踏みとどまる。
撤退できる状況でもないし、後ろには砂に足を取られて機動力を奪われたキラのストライクがいるのに、引くわけにはいかない!
どうせ一秒も連射できない牽制用の小火器は、FCSから除外する。すぐさまビームライフルに持ち替えさせ、ヘリに狙いをつけていると――

「リナさん!! 左から!」
「――!?」

キラの叫び声が聞こえる。同時、ぴり、と脳裏を小さな痛みが走った。生理的嫌悪のような圧迫感を感じる。
視線を感じる、という感覚が近いが、よりおぞましい感触。温い濡れ雑巾を叩きつけられたようだ。
この感覚の正体を確かめるよりも、まず一瞬後に鳴り響いた接近警報を信じた。咄嗟にそちらにセンサーを向ける。
ビームサーベルを展開したバクゥが、目の前に!?

「機体で追いつこうが、所詮はナチュラルだな!!」

そのバクゥのパイロットは、思わぬ味方の犠牲に我を忘れ、鹵獲作戦を忘れて仇討ちに怒りを燃やし、殺意のまま仇をビームサーベルで切り裂こうとしていた。
ビームサーベルの刃が迫ってくる。モニターが眩しいほどに輝く。
目にも止まらぬ速度で反射的に手が動く。反射神経だけはいいのだ。しかし、意識だけが跳躍して、手の動きがあまりにも遅い。
間に合うのか!? でも、どういう運動ならこんな近くのビームサーベルを回避できる!?
真横にビームサーベルの刃が伸びているせいで、機体を横にずらしてもかわせない。跳躍して回避も間に合わない。
バズーカは論外。ビームライフルは? 狙いをつけようと腕を動かしている間に切り裂かれる。
屈んで避けるか? ビームサーベルの下をくぐれるほど、この機体は柔軟な関節を持っていない。
いくつものシミュレーションと思考が、刹那の間に巡る。その間にもゆっくりと、ビームサーベルが機体を真一文字に両断せんと振るわれる。


その焦りを受信したからか。リナの機体を襲う光の刃をキラも目撃する。それは、まるでスローモーションのようだった。

リナさんが、今まさに目の前であのビームサーベルで切り裂かれようとしている。

なんでだ? そんなことが許されるはずがない。彼女はまだあんなに小さいのに。未来があるのに。
彼女は戦場で死んでいい子じゃない。なのに。

そうだ、僕がこんなに、ノロノロとしているからだ。
機体が砂漠用じゃない? 砂のせい? そんなこと、理由になるものか。
僕が、このストライクを生かしきれていないからだ。戦うことにどこか躊躇していたからだ。
彼女に守られて、浮かれてたんじゃないか? そんなお前こそ死んでしまえ。

そうだ。自分を殺そう。油断して、手加減して、ヘラヘラしている自分を。
ノロマな自分は――いらない。

心の中で、その感情がはじけた時。



キラの世界が、変わった。 




「――――」

リナのダガーに突撃するバクゥに、機械よりも素早く精密に、冷徹にアグニの照準を向ける。
ダガーとバクゥが同じ射線上に立っているが、この程度の近さでは、今の自分には『同じ射線上』とは言わない。

トリガーを引いた。

ダガーの装甲を焼くぎりぎりのラインを光の奔流が通過し、バクゥの頭部を直撃。
そのまま機体を縦に貫いて、爆散する。そこへ戦闘ヘリの爆撃が降り注ぎ、キラは反射的にストライクをジャンプさせた。
リナのダガーが余波で転倒したようだけど、死ぬよりはマシだろう。それよりも、このストライクをなんとかしないといけない。
機体が駄目なら、OSを砂漠に最適化すればいいだけだ。接地圧が逃げるなら、あわせれば良いだけの話。簡単だ。
整備用のインターフェースを引っ張り出し、キーを目にも留まらぬ速度で叩く。

「逃げる圧力を想定し、摩擦係数は砂の粒状性をマイナス二十に設定……」

コンソールパネルの画面が目まぐるしく移り変わり、様々な数値が表示されては消えて、OSが一瞬で書き換わっていく。
MSのOSを書き換えるのは、キラが口にするほど簡単なことではない。それこそ、ナチュラルならば技術開発チームを編成し、月単位の研究が行われて初めてできるものだ。
優秀なコーディネイターですら、戦闘中のOSの書き換えなど正気を疑われる。だが、キラはジャンプ中の僅かな滞空時間で、一瞬で行ってみせたのだ。

ズ、ンッ!
機体が着地。砂丘の斜面に足が僅かに沈み、また機体が滑り落ちる。
また先ほどのように滑り落ちる――、ぎゅ、とストライクが踏みとどまった。

「!!」
「むっ!?」
「止まったっ!?」

三人がそれを目撃する。今まさに起き上がろうとしていたリナが、遠方で観察していたバルトフェルドが、爆撃を仕掛けるヘリのパイロットが。
滑り落ちる場所を想定して放たれたロケット弾は砂柱を上げるにとどまる。
狙いをつけるために直線機動を行っていたヘリは、決定的な隙を生んでしまい、ストライクの放つイーゲルシュテルンであっという間に炎に包まれた。

「き、キラ君……今、なにを?」
「リナさん、あとは全部僕がやる」

リナの問いに答えず、自信も気負いもない、まるで計算式を読み上げるような淡々とした言葉を返すキラ。
その声に、リナは、ぞくりと背筋に寒いものが走るのを感じた。
これが、キラ? 何事にも一生懸命で、必死なキラ?

「貴様、何をしたぁ!!」

バクゥのパイロットが、ストライクの動きが変わったことに異常を感じながらも、勝負を決めようと突撃してくる!
遠巻きにリニアガンを撃ちまくるのは効果が薄いと悟ったか、ビームサーベルで倒そうというのだろう。
しかし、ストライクは先ほどの狼狽が嘘のように、冷静にビームサーベルの死角である真上に軽くジャンプすると、その鼻面に華麗な飛び蹴りをお見舞いする。
吹っ飛んでボディをひっくり返すバクゥの脚部を掴むと、後ろから迫ってきていたバクゥに振り回して、叩きつける!

ガシャアァンッ!!

迫り来るバクゥの速度もあり、破壊音が混じった凄まじい激突音が響き、2機がまるで壊れた玩具のように転がって、一つところにまとまって横たわる。
そこに、ストライクが何のためらいも無く、激昂することもなく、工場の流れ作業のようにアグニを撃ち込み、2機まとめて光の中へと消し去った。

恐ろしいまでの戦闘力、判断力、冷徹さ。まるで戦いの申し子。

こんな、こんなのは、キラじゃない。
誰だ、――お前は。

「――!!」


直後、空をいくつもの火の玉が飛翔するのが見えた。砲弾? アークエンジェルに、数発の砲弾が飛んで行く。敵母艦の砲撃!

「アークエンジェルが!」

リナは悲鳴に近い声を挙げるも、それを見送ることしかできなかった。砲弾は小さいし、ミサイルみたいに火を曳いているわけじゃないから、ロックオンが難しい。
しかも複数発放たれている。おまけにビームライフルの射程外だ。もう、致命的な場所にヒットしないのを祈るしかない。

「やらせない!」

そこにキラは、躊躇せずアグニを向けて、砲門から眩い閃光を放つと、ただの一発で全ての砲弾をなぎ払ってしまった。
アークエンジェルの手前で砲弾が弾け、爆散。夜空に爆炎が咲いて、アークエンジェルの白い船体を照らした。
リナは目を見開いて、一瞬戦闘のことを忘れてしまう。あんな曲芸、キラでもできなかっただろう。

「……!?」

キラから感じる違和感。ジャンプ中の滞空時間の間に砂漠に機体を対応させる能力。まるで別人のように精密で素早い挙動。マシーンのようなしゃべり方。

(まさか)

能力の異常な発達。そこから連想する単語が、頭の中に引っかかる。

(これが、SEEDの力!?)

それに応えるように、ストライクのツインセンサーが妖しく輝く。
キラの覚醒が、始まった。

砂漠戦にOSを適応させたストライクが砂を蹴立てて駆けながら、空を飛び回る戦闘ヘリ『アジャイル』にミサイルを撃ち込み空中分解させる。
その背後に迫るバクゥの目の前に、スライドするように割り込むデザートダガー。
ジェットホバー機動の大きな特徴は、機体の向きに左右されることなく高機動を獲得できることにあった。
リナはその特性を本能的に察知し、ぎこちなさが残るもののそれを自分のものにしつつあった。
デザートダガーは既にビームライフルを構え、照準を正確にバクゥの眉間に合わせる。

「いつまでも調子に乗るなぁ!」

リナがコクピットで吼え、引き金を引いてバクゥをビームライフルで撃ち抜く。
しかし、撃破される直後放ってきた最後っ屁、リニアガンを右肩に受け、ビームライフルを持つ手を喪失してしまった。
コクピットを激震が襲い、ぐら、と機体が傾ぐ。

「うあぁっ……! ビームライフルが……」

バクゥの爆発をシールドで受け止めながら、コンディションセンサーが赤色に変わるのを見て顔を顰める。
ビームライフルがFCSから強制除外され、残る火器は後ろ腰にマウントしているバズーカとビームサーベル。
だけど、バズーカを使おうとするとシールドをパージしないといけない。ビームサーベルを使うときも同様だ。
でも、撤退という選択肢が無い以上、シールドだけで何ができるというものでもない。
バズーカを使うか。そう思って制御キーを叩こうとして、キラの通信が開いた。

「武器が無いなら、リナさんは下がって! 盾さえ構えてくれればいい!」
「っ……そうだとしても、君に頼りっぱなしは……!」

強がってはみせるものの、リナ自身もここに居ることは戦死に繋がることは知っていた。
しかしキラの拡大した戦闘力は、向かってくる者はもちろん、遠巻きに様子をうかがっていた敵機ですら次々と落としていく。
後ろに目でもついているかのような反応。巧みな射撃能力。ずば抜けた反射神経。まるでアクション映画の殺陣を見ているかのようだった。
キラの圧倒的な戦闘力の前に、ヘリはもちろんバクゥですら決定的な攻撃を与えることができずに炎の塊へと変わっていく。
だけどリナは知っていた。ただでさえ稼働時間の短いストライク。あれだけの大立ち回りをしていれば――

「くっ、エネルギーが!?」

案じていた傍から、ストライクが放とうとしていたアグニの砲門から光が消え、同時に全身がくすんだ灰色に変わる。
フェイズシフトダウン。エネルギー僅少。ストライクのボディから、目に見えてパワーが抜け落ちていく。
ということは、実体弾のミサイルやバルカンはともかく、アグニは使えないということだ。キラは重量のあるアグニをパージして、アーマーシュナイダーを引き抜いた。
バルカンやミサイルも残弾が心もとなく、先ほどから射撃していない。さすがのキラも、囲まれた状況でフェイズシフトが無くては、思い切った行動に出られないようだった。

「キラ君も限界か……これ以上は……っ」

いくらSEEDに覚醒しても、エネルギーが無いのでは何もならない。決死の覚悟で、リナはシールドをパージ。バズーカを左手に持たせた。
装甲を追加されたデザートダガーとはいえ、シールドが無くてはかなり心もとない。至近弾があるたび、背筋が凍る。
砂丘からバクゥが姿を現した。そちらにバズーカの照星を向けた、直後。

「地球軍のMSのパイロット! 死にたくなければ、こちらの指示に従え!」
「えっ!?」

突然通信が送られてくる。女の子の声だ。それも、キラと同じくらいの。びっくりして、照準がぶれてしまった。
そのおかげで射撃のタイミングを逸してすぐさまホバー機動。立っていたところにリニアガンが突き刺さり、砂柱が上がる。
こんな時に誰だ! と内心怒りと呆れで満たされるけれど、通信元を探査する暇はない。
だいたい、身元も明かさずに突然指示を出されても困る。指揮権はお前にはないぞ。

「いいから言うとおりにしろ! これからデータを送信する! そのポイントにトラップがあるから、そこにバクゥを誘い込め!」
「くっ、何を言ってるんだ君は……!」

いきなり横から口出しして、指揮を乱されては困る……のだが、今はそんなことを言っててもしょうがない。乗らなければ全滅しか道がない。
ならば正規軍の暗黙の了解――民間の戦闘介入不許可――を無視してでも、ここは賭けに出るしかない。アークエンジェルに指示を仰ごうと、通信を開く。
応答したのはオペレーターのナタルだ。

「アークエンジェル! 通信が――」
「こちらでも傍受しました。今、送信元の特定を行って――ヤマト少尉!」

何? そう思ってキラのストライクのビーコンを追うと、その指示されたポイントにジャンプしながら移動し始めた!?
そりゃ現場判断ではあってるけど、ボクに声をかけてくれたって! あー、もうっ!

「ここまで来たら仕方がないよ。指定ポイントに向かう!」
「シエル大尉!? まだ送信元を――」

一方的に通信を切断して、バクゥに再び照準を向けてバズーカを連射。
キュンッ、という空気を切り裂く鋭い音を残して弾体が飛翔する。狙いは正確なのだが、弾速がビームや銃弾に比べて遅く、命中はしてくれない。
このバズーカは改良の余地があるな……と思いながら、ジェットホバーでヘリやバクゥの攻撃を潜り抜け、爆風や砂つぶてを受けながらも一路指定ポイントへとダッシュする。
それでも十秒強ダッシュすれば、再びジャンプ移動に切り替え、ストライクの横に並んで移動することになった。

ジェットホバーは高水準の機動力を発揮するが、複数のバーニアを常時半開パーシャルで噴射し続けるという性質上、
すぐにジェネレーターがあがるため、その機動性が発生できる時間が極端に短い。
ドムとは違うのだよ、ドムとは。悪い意味で。

機体をストライクと横並びにしてジャンプしながら移動する。

「キラ君! また勝手な行動して!」
「でも、あのままでいたら全滅していましたよ」

おーおー、涼しげに言ってくれちゃって。
リナは呆れるやら感心するやらといった様子でため息をついて、ヘルメットのバイザーを開けた。暑い。
一旦はダガーがストライクと並んだけど、出力の差のせいでストライクに置いていかれそうになる。
そこはデザートダガーの本領発揮、ジェットホバーで高速移動して距離を稼ぎ、なんとか追いつく。
モニターの一部に背部センサーの映像を投影すると、砂煙を挙げてバクゥ達がついてきてくれているのがわかる。

「……それでも! 基本的にはボクとフラガ少佐の指示に従ってもらうからね! いい!?」
「了解です。……指定ポイント、到着します」
「よし!」

相変わらず淡々と返してくるキラ。その声には感情が篭っていなくて、何を考えているのかわからない。ちょっと許せない態度だけど、今はそれどころじゃない。
レーダーマップを表示する。指定されたポイントは100m手前。一見して、周囲と何も変わりが無いように見えるが、何か変化があったらトラップにならない。
追跡してきたバクゥに振り返る。ストライクと並んで、バクゥに対しバズーカを発射。牽制して、無駄なあがきをしているように見せる。
もう一度後退。ごうっ、と脚部バーニアが唸って、そのトラップの上に立った。
バクゥはこちらに近接兵器が無いと侮ったからか、全機がビームサーベルの刃を展開して跳躍し、まるで野犬が獲物を食い散らかそうとするように群がってくる!

「……!!」
「もう少し……今!」

それはどちらの合図だったか。バクゥの刃が届く寸前、二機が同時にジャンプ!
バクゥ達が、二機の居た場所に着地する。直後――

ボゴォンッ!!!

轟音。まるで足元から竜巻が発生したように一斉に砂煙があがり、バクゥ達を丸ごと飲み込む規模の地盤沈下が発生する!
バクゥ達はもう一度ジャンプして、もう一度こちらに飛びかかろうとしたが、遅い。踏ん張る地面が崩落して全機まとめて落とし穴に落ちていく。
そして、爆発。
光と爆炎の狂宴。爆発の連鎖。
盛大な火柱が上がり、爆風が幾重もの衝撃波を放射状に広げて砂漠の表面を波立たせた。穴から飛び散るのは、バクゥの残骸ではないか?

「うわっ……」

ジャンプした二機にも衝撃波が及び、ビリビリとコクピットが揺れる。キノコ雲が立ち上り、周辺にちょっとした砂嵐を生み出した。
炸薬の量を間違えたのではないか。そう思うほどの規模だった。着地して、未だ黒煙立ち上る穴を探査する。が、当然ながら大量の灼熱で何も見えない。
……後に、あれは埋蔵された天然ガスの爆発なのだと知ることになるのだが、このあたりの地形に詳しくない今のリナには知る由も無い。
どすっ。目の前に突き刺さるバクゥの頭部。びくっ、とリナは驚いて体を震わせる。

「……これはひどい」

などと冗談を漏らせるのも、戦闘の気配が過ぎ去っていくのを感じたから。
目元に流れてきた汗を拭い、はぁ、と息を吐く。疲労の溜息だ。そして自分の鼓動に耳を傾ける。トクン、トクン。小さな胸が鳴っているのを感じる。
はぁー……と、今度は深いため息。今度は安堵の意味。激しい戦闘、しかもあれだけ爆撃に晒された後だ。より一層、生を感じることができる。
そうやって戦闘後の余韻に浸っていると、通信が入る。

「ヤマト機、シエル機へ。敵ヘリ部隊の撤退を確認しました。……第一波が退いただけかもしれません。
戦列を立て直すことも含め、ただちに帰投してください」

了解、と応えて、キラを連れだって、高度を下げるアークエンジェルに向かってジャンプする。

「……ふぅ」

がぽ、とヘルメットを取って一息。髪を纏めていた紐も緩めて、ふわっと髪を流す。
まだ艦内でもないのにヘルメットを取るのは普通は駄目なんだけど、暑くて暑くてたまらないから。あと、髪がきつい、と感じてきた。
ジャンプして……着地。ずざぁ、と機体が砂を削って着地すると、ずしん、と小さく重たい衝撃が下半身に伝わって、

じわーーー……

「え? え、ちょ……あ……」

股間が緩む。一気に下半身に熱が集まって、前の身体よりも我慢が利きにくい女の子の身体は、その決壊が速やかにやってきた。
さぁっ。顔が青ざめる。次に、頬が紅に染まる。あ、だめ、だめ。だめだって……我慢……
股間に力を篭めて必死に耐えるのも空しく、ふるっ、と体が震えて、思わず快感に表情が緩んで、虚空を見つめた。


あっー……



……時間差で……粗相って、アリ……?


リナはアークエンジェルに到着するまでの間、もじもじと腰を揺すりながら生暖かい股間と格闘する羽目になった。


- - - - - - -


砂漠の地平線に光が溢れ。星空は巨大な陽光に隠れて青空にとってかわり、やがて朝がやってくる。
アークエンジェルは砂漠に着陸して、ストライクとデザートダガーは直立したまま待機することになった。”明けの砂漠”と接触するためだ。
結局、一晩中ザフトへの対処をしていた。ノーマルスーツに装備されている腕時計を見ると、もう朝の四時を回っていた。
ああ、眠い。ただでさえこの身体は長時間の睡眠を強要してくるのに、どうしてくれる、ザフトめ。
目をごしごし擦っていると、サブモニターにキラの顔が映った。

「リナさん、眠いんですか?」
「んー。まあね……キラ君は眠くないの?」
「僕は、あんまり。夜更かしって慣れてますし……」

ゲームじゃないだろうな。そんな邪推をしながらも、キラが元に戻っていたことに安心していた。
SEEDのせいでああなっていたんだろう。ゲームのおかげで、大雑把な情報は知っている。目からハイライトが消えるんだけど、それくらいしか知らない。
まさかあんな無口で無感動になるのがSEEDだとは思わなかったから、不安になったものだ。安心したら、尚更眠くなってきた……。

「ふあぁぁぁ……あふぅ……」

誰も見ていないコクピット。大きな欠伸をして、んーっと背伸び。頭がちょっとぼんやりするなぁ。
こんな欠伸を艦内や他の軍人の目に入るところでやったら、袋叩きに遭うだろう。パイロットの特権だ、ふふふ。
狭いコクピットの中だけど、身体が小さいから身体を伸ばすことができる。パイロットシートは身体に合わせて小さいけど、
コクピットそのもののサイズは変わらないから、この短い腕ならどこまでも背伸びができる。あれ、たいして嬉しくないぞ。

そうやってリナが無意識の自虐をしていると、何台ものジープが砂煙を挙げて走ってくるのをセンサーが捉えた。
どうやら、あれが助けてくれた一団のようだ。確かにいかつい男や髭の男とか、いかにも「やあぼくテロえもん」と顔に書いてある連中がジープから降りてきた。
正規軍としてはあまり係わり合いになりたくないような顔ぶれだ。本当にあれと話すの? と、不安になる。
『地球軍? コーディネイター? そんなもんよりア○ーだ!』とか言って特攻自爆しそうでイヤだ。そんなもん生で見たくない。

艦からギリアム大佐と副長のマリュー少佐、荒事が得意なエスティアン中佐と、重装備の警務科の兵士達が降りてきた。
武装した警務科の兵士も出てくるということは、当然か。こんな世紀末な連中と相対するというのだから。

(面倒くさそう……でもボクも参加しないわけにはいかないんだろうなぁ)

うんざりとした気持ちで見ていると、ムサい男ばかりの”明けの砂漠”メンバーの中に、金髪の少女が混じっているのが見えた。
女の子? もしかしてさっきの声の子か。そう思って、その少女の映像を拡大する。勝気で精悍な顔立ち、橙色の目と金色の髪の少女。
服装は野戦服のようなカーキ色のズボンを履いて、上には同色の旧式タクティカルベストを着けている。他のメンバーとは少々毛色が違うようだ。
うん……どっかで見たことあるな。絶対会った事無さそうな相手に既視感を感じるってことは、ゲームの登場人物の誰かなんだろうけど。
ギリアム大佐が、髭面の男達となにやら話している。

「まずは助力、感謝する。私はこの艦の運営と指揮を任されている第7機動艦隊所属フィンブレン・ギリアム大佐だ」

踵を揃えて敬礼するギリアム。低い声だが、髭面の男に何か思うところがあるわけではない。地の声だ。
髭面の男達は、値踏みするように大佐ら幹部士官を眺めてから、ふん、と鼻息を漏らす。

「俺達は”明けの砂漠”だ。俺の名はサイーブ・アシュマン。礼なんざいらんさ。わかってんだろ? 別にアンタ方を助けたわけじゃあない」
「……縄張りに入ってきたから、攻撃した、と?」
「それもあるが……まあ、今回は仇討ちみたいなもんでな。本来は、あんたら地球軍も力づくで追い出したいくらいだ」

その言葉に、ギリアムは表情に苦いものを浮かべた。
それもそうだろう。地球連合は極めて巨大な組織であり、その基を確かなものとするために反抗的な国家からはより多くの資産の搾取を強要してきた。
彼らが地球軍に反感を抱くのは当然であり、あの状況で地球軍を見放すか、ザフトに乗じて攻撃してきてもおかしくはなかったのだ。
しかし今回は仇討ちとやらで、あの状況を切り抜けることができた。それは素直に感謝すべきだとギリアムは思ったのだ。

「今の我々は目的が一致していると思っていいのか?」
「……そうなるな」

サイーブの返答と態度に、この男は話せる、と直感する。
今は補給物資は潤沢にあるし、第八艦隊と第七艦隊の人員が揃っているため、物質的な窮乏は無い。
が、一つ……それも、今すぐにでも仕入れなければならないものがある。それを手に入れるため、ギリアムは常道を踏み外す決意を固めた。

「それならば話は早い、我々と共同戦線を組んでいただけないだろうか?」
「正気か?」

突然降って湧いた連合軍士官からの協力要請に、サイーブは怪訝な目を向ける。
先ほどサイーブが口にしたように、連合もザフトも同じように排除すべき対象だ。
それを聞いた矢先での協力要請である。ギリアムの思考を読もうと、サイーブは彼の目を値踏みするように見返す。
ギリアムの被る軍帽の鍔で、照りつける太陽の濃い影が目元を覆っているためよく見えないが……鋭い眼光がキラリと影の下に見える。
真意はともかく、こんなタイミングでくだらない冗談を言うタイプには見えない。どうやら正気ではあるようだ。
話してみる価値はあるか、と思ったが、その場を設けなければなるまい。ちらり、と、ギリアムの両側に控え、小銃を構える兵士にうるさげな視線を向ける。

「……話をするなら、まずその厄介なものを下ろしてからにしてもらいたいもんだな」

サイーブの要請にギリアムは黙って左手を挙げ、銃を下ろさせる。

「あそこのMSも、だ。せめてパイロットの顔ぐらいは拝みてぇもんだな」
「……シエル大尉、ヤマト少尉! 降りて来い!」

ギリアムが、見下ろす巨人のデュアルセンサーに向けて手招きをした。

「っと、降りないとね」

その手振りを見て、ハッチを開放した。空調が効いたコクピット内の空気が逃げていき、早朝の砂漠の乾いた清涼な空気がコクピット内を満たす。
久しぶりの外気に少し爽やかな気分になり、一回深呼吸して……予想より乾いていたので、けほ、と咳き込んで深呼吸をやめて、昇降用のリフトで降りていく。
降りながら、戦闘中に流れた汗を拭う。こんな空気が乾いた土地で汗を流しっぱなしにしてたら、すぐに乾いてカピカピになりそう。

キラも僅かに遅れて降りてきて、一同がこっちを見る。
ざわ、と動揺したのは”明けの砂漠”のメンバーだ。それはそうだろう。連合の正規軍のMSから出てきたのが年端も行かぬ少年少女なのだから。
「子供が出てきたぜ?」「ゲリラかアフガンテロみてえだな」「地球軍も末だな」「それよりもおっぱいだ」と言われたい放題。
……この前同乗してた民間人よりはやかましくはないけど、やっぱり腹が立つ。むぅ。ていうか最後の奴前に出ろ。

リナとキラ、二人揃って地面に降り立って歩み寄る……と、あの少女が苛立ちを露にして歩み寄ってきた。
その視線の先は……キラ?

「君は、あの時の……」

キラが、彼女を知ってるかのような口ぶりで少女を出迎えた。そして驚きの表情。
その少女はキラの言葉に答えることなく、ズンズンと砂漠に深く足跡を残しながら歩み寄ってきて――

「……っ!!」
「わっ!?」

突然、キラに殴りつけた!?
キラは驚きの声を発しながらも、そこはコーディネイター、掌で受け止めるのではなく手首を捕まえて止めた。
えーっと、なんでこの子はいきなり殴りつけたんだ。キラの顔を見るけれど、意外そうにしているだけ。

「……キラ君、この子になんかしたの?」
「な、なにもしてないですよ! ヘリオポリスで一度会っただけで……」

リナに何か誤解されていると感じたキラは必死に否定して、非難じみた視線を少女に向けた。
掴まれた腕を振り払おうと、ぐい、ぐい、と腕を引いたり押したりして暴れながらキラを睨む少女。顔が整っているだけに、怒り顔が余計に怖い。
その怒りぶりに、キラの心情は非難から戸惑いに変わって、困り顔になる。

「な、なんでいきなり、君は……」
「なんで……なんでお前が、これに乗ってるんだ!」

それを聞いたからか。生で声を聞いたからか。リナはこの少女の名前を突然思い出した。
カガリ。カガリ・ユラ・アスハだ……。



[36981] PHASE 18 「炎の後で」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2013/12/15 11:40
鋭い陽光照りつける、うっすらと砂塵が積もった岩山。
”明けの砂漠”の隠れ家であるこの岩山の中の谷間に、ぴったりと収める形でアークエンジェルの白い船体が着陸していた。

「もっと展伸しろ! できるだろ!!」
「ヤマト少尉、そっちが緩んでるんだ! フックを調整してくれ! よーし、いいぞ! それで固定!」
「シエル大尉、そこの岩山が使えます! アンカーフック打ち込み完了!」

しかし、その白い船体は、この黒々とした岩山に隠すには、どうにも目立つ。だからアークエンジェルのクルー総がかりで、砂漠迷彩のネットを張っていた。
といってもアークエンジェルをすっぽり覆えるものではなく、アークエンジェルの外壁を多くのシートで被せて誤魔化すだけ。
それほどの大掛かりの作業ともなると、やはり人間の手だけでは限界がある。だからモビルスーツが活躍していた。
ムウは幹部士官達と一緒に”明けの砂漠”のリーダー達についていったため、ムウを除く三機が展伸作業を行っている。

リナとキラはスムーズに作業を続けているが、問題はトールだ。
トールにモビルスーツの操縦を慣れさせるいい機会なので、トールにもデザートダガーに乗ってもらい、ネットの作業を手伝ってもらっている。
しかしやはり実機とシミュレーターは違うのか。トールは立て続けに飛んでくる指示と緊張からか、半分パニックになりながら操縦桿を握っていた。

「こ、こうですか! こう……そーっと」

ネットの力加減がいまいち理解できていないトールは、そーっと、と口では言いながらも、かなり大胆に動かした。
きりきりが悲鳴を上げ――ついにネットが限界を超える。強化繊維がほつれる耳障りな音を立てて織り目が開き、繊維が引き裂かれていく。

「こう、こうか……あれ!?」
「うわぁー!」

そんな状態になっているネットに気づかずに操縦桿を引いていたトールは、突然船体にしなだれかかるネットを見て、しまった、とコクピットで青ざめた。
その下で装甲の補修作業をしていた航海科のクルーが巻き込まれてしまう。
突然ネットを被せられたクルー達が悲鳴を挙げ、もごもごとネットの下で慌てる。

「なんだっ、これ……おい! ネットを落とした奴は誰だ!」
「ケーニヒ二等兵ぇー!! 貴様、ネットの展伸もできんのかァ!」

幸い光熱を伴う作業を行っていなかったため、ネットの下のクルーは無事だったが、トールはこっぴどく叱られて、ヒィ、と悲鳴を挙げていた。
リナはその騒ぎが聞こえて、ぎゅっ、と岩山にワイヤーをしっかり固定してからそちらをズームする。
コクピットからトールが出てきて、足元にいる航海科の上官に必死に頭を下げている。半分涙目だ。

(あらら……まだ早かったかなぁ)

そう胸中で呟くリナは、半裸でコクピットに座っていた。運動着のタンクトップとホットパンツ姿。頭には同じく整備員の日よけつきの帽子を乗せている。
最初は外で補給作業を手伝っていたけれど、それが終わってモビルスーツによるネットの展伸作業を始めたのだ。
戦闘機動をするわけでもなし……ということで、ラフな格好のままコクピットに乗り込んだ。
ただ、ここまで暑いと自慢の長い黒髪が仇になる。黒髪が色のせいで大変な熱をもって、肌に触れるだけですごく熱い。関係ないけど、頭のてっぺんを触ると超熱い。
もともと毛量が多いから余計にだ。だから、ノーマルスーツを身に着けるときと同じように髪をまとめて括って帽子の中に収めた。

「さて、これくらいかな……どう、ユーリィ軍曹、隠せた?」
「……はい、OK! ばっちり隠れてますよ」
「よし、じゃあ迎えにいくよ。道具まとめといてね」
「了解!」

少し離れた岩山からアークエンジェルを観測しているユーリィ軍曹に確認をとってから、彼を迎えにいく。
近くで見ても艦の全体が隠れているかどうかわからないため、四方から観測するための人員が必要だったのだ。
観測の彼も相当暑かったのだろう。白々と輝く岩山の上に立っている彼は、頭からタオルを被ってじっとりと汗で濡れていた。
手には望遠鏡と水筒。その水筒も随分と軽そうに持っている。彼の身体は重そうにしていたけど。

「はぁー、はぁー……暑くて死にそうですよ……」
「……うん、お疲れ様。も、もうちょっと我慢しててね……」
「は、はい……」

彼を一目見て……コクピットに乗せる気にはなれなかった。
罪悪感がちくちくと胸を刺すけど、滝のように汗を掻いてる彼が狭いコクピットの中で密着すると考えると躊躇するのは、女の子として当然の感性のはず……だ。
モビルスーツの掌の上も相当暑くて熱かったようで、アークエンジェルに着いた時、彼の肌は真っ赤になっていた。……あとでジュースおごってあげよう。
ユーリィ軍曹をアークエンジェルに下ろして、モビルスーツを使った作業は全て終わったので、そのままハンガーデッキに付ける。
後をよろしくね、と、整備員達に声をかけてダガーから下り、なんとなくキラの姿を探した。

「……あれ? キラ君は……?」

はて。もうストライクはハンガーデッキに付けているし、その周辺にも見当たらない。
もしかして食堂か個室で休んでるのかな。ストライクを整備している三十代半ばほどの整備員(軍曹)に、キラの行方を聞いてみることにする。

「軍曹、ヤマト少尉はどこ?」
「あ、シエル大尉。ヤマト少尉はアジトを見てくると言っていましたが」
「そっか、ありがとう」

むー。ボクに黙って行ったな。ボクは君達学徒兵の管理を任されてるのに。トールは割りとどうでもいいけど。
そのトールのダガーも、遅れて格納庫に入ってきた。格納庫のハッチの前で立ち止まると整備員が取り付いて、高圧放水による洗浄を受けている。
あちこちから水をかけられて頭から水を滴らせているダガーは、どことなく雨の中の捨てられた子犬のように落ち込んでるような気がする。
その横を通り過ぎながら、コクピットハッチを開けたトールに声をかける。

「お疲れ様ー! 落ち着いたら猛特訓だね!」
「か、勘弁してくださいよぉー!」

涙声で頭を抱えるトールに、リナは潜み笑いを浮かべた。
飛び散って跳ねてくる水を避けながら、陽光降り注ぐ外へともう一度出た。
もわっと熱い外気が全身を包む。適度な湿度と気温に保たれた艦内との空気の差で、まるで巨大な脱脂綿に身体を突っ込んだみたいだ。
ダガーのサーモセンサーによると、気温は四十八度だった。ユーリィ軍曹が熱中症にならなかったのはさすがだと思う。

「あづ……」

愚痴りながら、ざくっと乾いた砂の上に降りる。この陽光を浴びるだけで汗がぶわっと白い肌からにじみ出てくるようだ。
とにかく、”明けの砂漠”のアジトへ足を運ぶ。砂漠迷彩の天幕の下に並んでいるジープの群れ。
その周りにはジープの整備をしていたり、歩哨が立っていたりする。その見張りは全員顔から胸の上にかけて布を巻いていたりして、いかにも砂漠の民という格好をしている。
手には、これまた年代物の小銃。東側のC.E.以前の武器で、砂漠や森林などの悪環境でも作動するアレだ。
あれでザフトと戦うつもりなのだろうか。あんな旧式の銃で、コーディネイターと渡り合えるとはとても思えない。

(まさにテロリストだなぁ……っと、まあいいや。)

キラの姿を探して、きょろきょろと周囲に視線を配りながら歩く。
歩いてると、”明けの砂漠”メンバーが胡散臭そうにこちらを見てくる。どうも、歓迎ムードではなさそう。
よく見ると、少年兵も沢山いる。パッと見は老けて見えるけど、おそらくキラと同年齢かそれより下くらい。

「おい」

”明けの砂漠”のメンバーを観察していると、後ろから声をかけられた。
アラビア語で喋りかけられたら返事ができなかった。リナは日本語と英語しかできないからだ。
他の連合加盟国は知らないが、地球連合軍全体は英語を使うことが義務付けられている。
地球軍の兵器や専門用語は全体で統一されており、全ての言語に対応させようとすると、軍同士の連携にも支障が出るからだ。

ともかくリナが振り向くと、だいたい二十代半ばほどの浅黒い肌の中東系の男が、話しかけていた。
アークエンジェルにも中東系のクルーはいるけれど、目の前の男は砂漠の民の服装をしている。”明けの砂漠”のメンバーだ。

「? なに?」
「お前、地球軍だな。負けっぱなしの税金泥棒のくせに、よくもでかい面して歩けるもんだな」
「綺麗な顔していっぱしの軍人気取りか。遊びに来たんなら、とっとと帰っておままごとでもしてろよ」
「こいつまだガキだぜ? 銃の反動でこけるんじゃねぇか?」

リーダー格らしき先頭の少年が罵倒している間に、ぞろぞろとリナに群がってくる。
服装は統一されていない。ヒゲが生えていたりして老けて見えるが、顔立ちをよく見ると、十八~二十四からなる若い兵達だ。

(これは、要するに……不良が絡んできた、ってやつ?)

危機感なく胸中で呟き、いっそ物珍しげに彼らを見返した。
本格的に絡まれたのは、昴のときのゲーセン以来だ。あの時は弱かったし、すたこらさっさと逃げ出したのだが。
しかしリナは、今はこのとおりのチートボディーだ。気が大きくなったからか、饒舌になってまくしたてる。

「君達こそ、この程度の戦力で戦争するつもりかい? キャンプファイヤーがしたいならいいキャンプ場を教えてあげるよ。
尤も、君達みたいな素人がキャンプファイヤーを囲んでも、フォークダンスもロクに踊れそうにないけどね。
せいぜい洞穴に篭って、ダンスの練習にでも励んでなよ。銃弾飛んでこないし、君達にはそれがお似合いさ」
「てめえ!」

リナの軽口に色めき立つ少年達。言ってから、後悔。

(あ゛ー、しまった。つい売り言葉に買い言葉で言ってしまった)

だけど、口が止まらなかった。最近いいところ無いし、機体だって壊してしまった。整備員達や他のクルーはよくやったと誉めてくれたけど、あんな活躍で喜べない。
そんなフラストレーションの捌け口が無かったリナは、ついその堰を切ってしまったのだ。でも、こんなところでトラブルを起こしたら後が怖い。
リナが自分の軽口に後悔している間に、若い兵達はその安い挑発に乗っていきり立ち、二十丁度くらいの男がリナの胸倉に手を伸ばした。

どうしよう。リナは困惑したけれど、そんな手に捕まるわけにはいかない。
レジスタンスとはいえ、実戦や過酷な環境で鍛えられたその肉体は、たとえ正規軍人であったとしても御しがたいだろう。まして相手は四人、これを相手どるのはレンジャー部隊でも厳しいに違いない。
――ただのナチュラルなら。

「女の子の胸倉を掴むなんて、下品だね」
「うわっ!?」

その言葉の間に手首を払って反らし、そのまま腕を掴んで足払い。男がバランスを崩し、地面に突っ伏した。
あまりの早業に、男の方が勝手にこけたように見えた残りの兵は、一瞬呆気にとられ、事態を認識すると、怒りが燃え上がる。

「ガキのクセに生意気なんだよ!」
「もうちょっと紳士的に女性を扱えないのかな?」

二十前半ほどの細身の男が、あろうことか肩にかけていた小銃を、棍棒のように振り上げてきた。それをいなすのは簡単だけど、その後の反撃が問題だ。
訓練では、確実に殺す方法や捕虜にするために『あらゆる意味で』行動不能にする技能しか学ばなかった。
そんなことをすれば”明けの砂漠”と連携する、という目論見がおじゃんになるどころか、敵側に回るかもしれない。それだけは御免被りたいところだ。
なるべくこいつらを傷つけずに制圧するには、どうしたらいいか――

「リナさん?」
「何やってんだ、お前ら!」
「へ?」

聞こえてきた二つの声にあろうことか振り向いてしまった。あれ、そこで肩を並べている二人の男女は――

(キラ君と、カガリ・ユラ・アスハ――えぇぇ。なんで仲良さそうなの!? 身体近くない!?
肩が触れそう! てめ、キラ君にさわんじゃね! ●しちゃうぞ!?)
「ちょっと! キラ君、その子誰!?」

知ってるけど、知ってたらおかしいし。自己紹介無かったし、あれからカガリと関わってないし。口をついて出てきた言葉は、まるで彼氏の浮気を発見した彼女のようなセリフだった。
振り下ろされた小銃の横腹に回し蹴りを叩き込み、小銃を弾き飛ばしてそのまま半身を回転。回し蹴りを放った左足がタンッと踵が砂岩を叩く。

「だ、誰って……最初に会ったじゃないですか!」
「名前もどういう子かも聞いてないよ! 随分と仲が良さそうじゃない? もう手を出しちゃったの?」

リナの言葉尻が、どんどん低くなっていく。どことなく振り回す足も鋭さを増した。
ボクシングのワンツーのような速度で軸足をシフト。長い黒髪が翻る様は黒い旋風。右足を居合いのごとき速度で振るい、自分の頭よりも上にある男の顎を爪先で撫ぜ切った。
げっ! と短い悲鳴を挙げて、男が吹っ飛ぶ。年少らしい男はリナの立ち回りに怯んで、振り上げた拳を止めて、二の足を踏んだ。

「な、仲が良いわけじゃないですよ……さっき、また怒られたばかりだし。そ、それに手を出して、って!」
「何で怒られたの? まったく、キラ君は本当に女癖が悪いんだから」

少し遅れて突き出してきた男の拳を引っ張り、手首を掴んで男の懐に背をもぐりこませて足を踏み込み、背負い込むように男を前方に投げる!
ズダァンッ!!
落とす瞬間、少し腕を引いてやるのを忘れないで地に叩き伏せた。がはっ、と男の肺から酸素が搾り出される音が聞こえ、痛みに悶えて動けなくなった。

「何を勘違いしてるんですか! だいたい女癖が悪いって、リナさんに僕の何が――」
「痴話喧嘩なら暴れるのをやめてからやれぇぇ!!」

目の前で展開される惨状に、とうとうカガリの堪忍袋の緒が切れた。


- - - - - - -


突っかかってきた男達を医務室に運び、アジトの中の一室を借りて、キラ、カガリと話すことにした。
こんな炎天下で談話できるわけがない。常識的に考えて。
今着ているランニングシャツも脱いでしまいたい衝動に駆られながらも、やっぱり羞恥心が勝って、じっと二人の話を聞いていた。

このカガリ、まず名前を聞くと「カガリ・ユラ」と名乗った。アスハの名は出てこない。
確かに中立を掲げている国の首長の娘がレジスタンスに協力しているなんて知られたら、国際問題なんてレベルじゃ収まんないかもしれないけど。
下手したらオーブの中立という立場が危うくなり、ザフトと連合からフルボッコにされる可能性だってある。なにしてんだこのお嬢様は。
二人がいつ知り合ったのか、ということを聞くと、どうやらヘリオポリスまで遡るらしい。そんな最初から知り合ってたのか、この二人。

「……なるほど。キラ君がカガリ君を退避カプセルに……気持ちは分かるけどねぇ」

その退避カプセルに押し込まれて、その押し込んでくれたキラは退避できず……その心配もわかる。
でも、キラの行動もわかる。男らしいじゃあないですか。ボクだって多分そうするだろう。まさか連れてる女の子を押しのけて自分だけが助かろうとするわけがない。そっちの方が気が悪い。

「わかるんだけど、心配する身にもなってみろ。……まったく」
「それは……ごめん」

キラは申し訳なさそうにして、素直に謝る。うーん、キラ君はいい子だねー。マジ天使。

「でも聞いた限りの状況じゃ、人並みの良心を持ったヒトは誰でも同じことすると思うよ? そろそろ許してあげてもいいんじゃないかな」
「わ、わかってる。私だって本当は怒ってるわけじゃないんだ」
「そっか。……そんなことがあったけど、せっかく無事に再会できたんだ。キラ君と仲良くしてあげてね」
「……」

キラは、リナの優しい微笑みを見て、まるでお母さんだな、と思った。
リナのその言葉に「友達としてね」という裏があったことには、気付かなかったのだが。
ふと、その部屋に入ってくる気配と足音。誰だ? そう思って、入り口に集中する三人の視線。入ってきたのは、深刻そうな表情を浮かべたサイだった。
その表情に、ただならぬ雰囲気を感じて、思わずリナは腰を浮かせる。キラは、ついに来たか、と覚悟した無表情で、見返していた。

「キラ、探したぞ」
「……サイ」

サイの低い声。この二人に、何があった?
リナはふと、不安な気持ちが胸中に堆積するのを感じた。
サイが何も次の言葉を告げなくとも、キラが立ち上がる。そうして、黙って退出してしまった。

「なんだ、あの二人? 何かあったのか?」
「……わからないよ」

置き去りにされた少女が呟きあい、リナは不安に突き動かされ、二人を追うために立ち上がった。


- - - - - - -


「キラ! お前……! なんてことを!」
「やめてよね! ……! 僕、が、本気になったら……サイが僕に、かなうわけないだろ!」
「キラァァァァ!!」

キラが余裕の表情を浮かべる。サイが吼える。今、二人は互いのプライドを賭けた戦いをしている。
譲れない男としての地位。今まで築き上げた友情の全てを燃やし、灰に還して空を灰色に染める、不毛な戦い。しかし、決して引くことはできないのだ。
そう追い詰めたのは相手であり、何より自分なのだから。
それが男として生まれた者のサガ。命は燃やし尽くすものであるという、男の本能。たとえ、いつか友情も、愛も、命でさえも空虚に帰すとわかっていても。
その戦いは、互いの尾に食らいつき、食いあうウロボロスにも喩えることができた。……傍で見守るリナには、そう思えた。

「やってやる……やってやるぞ!」
「踏み込みが、足りない!」
「もうやめて、二人とも! いつまでこんなことをしてるの!? もう勝負はついてるじゃない!」

二人は吼える。サイが劣勢に立たされているのは一目瞭然だ。見ていられない。リナは制止の声を挙げたが、

「リナさんは黙ってて!」
「悪いけど、邪魔はしないでほしいんだ!」

二人は噛み付くようにリナに返すだけ。一度制止をしてみたものの、リナにはわかるのだ。
サイは負けるとわかっていても、逃げるわけにはいかないと。背中に傷を受けるわけにはいかないのだ、と。

(キラ君……サイ……)

ならば、そこに自分が介在する余地はない。……何でこんな時に、ボクは女なんだろう? 自分が情けない。
サイがうつ。キラの片腕を掠める。キラが蹴る。サイのボディをしたたかに打つ。
キラが押している。だが、気迫でサイは負けていない。必死に食らいついて、キラも無傷ではいられないようだった。

二人が向かい合い、動きが止まる。互いに最後の一撃を繰り出そうとしている。誰かの喉が鳴った。キラの? サイの? リナの? おそらくは、全員の。
張り詰めた空気。剣の達人同士が、後の先を争って動けなくなる瞬間に似ている。まるで空気が鉄の塊になったようだ。

ぽたり。水が滴る。小さな小さなその音が、張り詰めた空気を切った。

「キラアァァァァァ!!」
「サイィィィ!!」

二人の咆哮と同時、二人がぶつかり合い、巨大な閃光が生まれる――





「……熱中しすぎなんだけど」

手にしていたジュースが温くなってきた頃、リナが呆れた声を挙げた。

「……! ぷはぁ! これで二勝八敗か……」
「最後は本当に危なかったよ。サイ、いつの間にこんなに上達したの?」

シミュレーターの画面が暗くなり、二人は――呆れたことに汗だくになって、息をすることも忘れていたくらいの集中力を発揮していた。
二人の後を追いかけたら、その行く先はアークエンジェル。え、そこで話すんじゃないんだ、と意外に思ったけど、人気のある場所を避けたかったのかも、と思った。
で、向かう先は格納庫。人気ありまくり……と思ってたら、シミュレータールームに入ったじゃないか。
で、今に至る。

「……サイが、キラ君にシミュレーターで対戦するっていう約束をしてたってこと……?」
「俺、キラに勝つためにトールとキラとで三人で練習してたんですよ」
「僕もサイの練習に付き合ってたんですけど、意外に上手くなるの早くなってびっくりしました。……あれ? リナさん、なんで怒って……?」
「あったりまえじゃないか!! ただのシミュレーターの対戦で、あんな深刻な顔して誘う!? フツー!」

超紛らわしい! ボクがゲーセンに友達誘うときだってあんな顔しないわ!
でもサイはけろっと言い返した。

「だって、今まで全然かなわなかったし、でも負けたくないしで、緊張してたんですよ」
「もう、サイは真面目すぎるよ。シミュレーターなんだから、そんなに深刻にならなくてもいいのに」
「真面目にするから面白いんじゃないか。それに、最近忙しいキラに時間をとってもらってるんだ。真面目にしなきゃ申し訳ないだろ」
「……気にしないで。いつだって声をかけてよ。僕達、友達でしょ?」
「……キラ」

……この友人グループは、ボクに友情を見せ付ける取り決めでもしてるんだろうか。

「とにかく、提出した利用計画書以上にシミュレーター使ったんだから、あとでフラガ少佐に報告書を提出すること、いいね!」
「すいませんでした!」

時間はもう十九時。完全に夜になってしまった。いくら半舷休息だからって、少々気を抜きすぎだ。
二人が同時に謝る。うん、キラの言うとおり、サイは真面目だな。トールが軽いノリのリア充だとしたら、サイは勤勉真面目な学生ってところか。
それにしても、サイがシミュレーターをしていたのは驚いた。ゲーセンでもサイが使えたから、もしかしたら彼も、と思ったけど。
キラにまかりなりにも二敗の記録をつけさせたということは、MSの操縦もそれなりにできるのかもしれない。……キラはかなり手加減していたみたいだけど。
でもまともに操縦できるなら、彼も戦力として計算してもいいのかな……? するとしたら、トールとサイのローテーションか。

「ん?」

ふと、外が騒がしい。なんだろう。出発するのかな。二人も不思議そうにハッチのほうを見た。

「なんだろう?」
「ちょっと見てくるよ」

リナが外に出ると、戸惑った表情のクルーや、怒鳴り散らす”明けの砂漠”のメンバーがいる。
敵襲か? それにしては艦内警報が鳴らない。CICは常に誰かしらクルーが詰めていて、レーダーを誰も見ていませんでした、ということはありえないのだ。
ということは、クルーと”明けの砂漠”が揉めてるのかな。……ボクじゃあるまいし。
近くにいた、事情を知ってるらしき戸惑っている整備員に、声をかけてみる。

「ねえ、何があったの?」
「あ、シエル大尉。……なんでも、”明けの砂漠”のホームのタッシルが、ザフトに襲われてるそうです」
「えっ!? ”明けの砂漠”の……?」

リナが驚いた直後、艦内警報が鳴り響き、切迫した声のギリアム大佐の艦内放送が流れる。

〔達する、艦長のギリアムだ。これよりアークエンジェルは、”明けの砂漠”の生活拠点タッシル村に向かう。
目的は同拠点を襲撃するザフト軍の撃退、ならびに同拠点の民間人の救助である。総員、アークエンジェルに帰還せよ。総員第二種戦闘配置。対空、対地監視を厳となせ。
モビルスーツ隊はブリーフィングの後、搭乗待機せよ。繰り返す――〕

直後、話していた整備員も表情を緊張に強張らせ、自分の配置に向かって走り出した。
それを見送ることをせず、シミュレータールームの二人に檄を飛ばした。

「放送は聴いていたね! アーガイル二等兵は船務科の配置に! キラ君はブリーフィングルームに行こう!」
「は、はい!」

二人の返事を聞いて、キラと一緒にブリーフィングルームに向かって走り出していた。





砂漠の民が平穏に暮らしていた村を包む、夜空を焦がすほどの炎。
家屋のどれもが、土や石で構成された旧来のものばかりのため、薪のように燃え広がっていく。
更に追い討ちとばかり、アジャイルやザウートによる爆撃により、寂れた村は速やかに火の海へと変わる。
村人が避難して無人となった家屋にナパーム弾が撃ち込まれる。粘性の高い油脂が広がり、乾燥した木々や石、家具や衣服、燃料として日干しにしていた動物の糞。それらに一瞬で燃え移り、人々の生活を灰へと変えていく。

「洞窟にも奴らの弾薬や食料、燃料が貯蔵されているはずだ! 一つ残らず焼き払え!」

洞窟にそれらを隠すのはテロリストの常套手段であり、バルトフェルドはそれをよく熟知している。
通信機で指示を出し、山の手のほうでも爆炎が膨れ上がる。一際大きく、腹を打つほどの大爆発は、燃料か弾薬の貯蔵を破壊したのだろう。
ああいう規模の大きいモノを爆発させるのはあまり気分がいいものではないが、これは報復攻撃だ。ちょっとばかり辛抱してもらうとしよう。

「こういうことは、あまりやりたくは無かったがね……お仕置きはしてやらんとな」

その炎熱地獄を眺めながら呟くのは、その爆撃を指示したアンドリュー・バルトフェルドだ。
お仕置きというのは口実で、つい最近”明けの砂漠”の拠点を発見し、その生命線を絶つ目的で焼き討ちをしたに過ぎない。
攻撃の前に警告をしたが、一体何人がこの炎から逃げ出せたことやら。なにせこちらは急ぎなのだし、訓練でもないのだから全員の無事を確認する義務も義理もない。
健康な女子供であれば逃げ出せたであろう時間を適当に計り、焼き討ちにする。あとは無事かどうかは彼らの運次第だ。

「根の深い恨みを買いそうですがね」
「が、これが戦争だ。攻撃を仕掛けるということは、仕掛けられる覚悟が無ければいかんよ」

彼の後ろに立っている、ザフトの野戦服に身を包んだ優男がそっと言った。
当然といえば当然のバルトフェルドの答えに、静かに笑う。その笑みは、冷たい。

「わかっています。拾っていただいた方の部隊の行動に口出しするほど、あつかましくはないつもりです」
「俺への口出しは別に構わんのだがね。地上に降りてしまった事情は知っている。しばらくは俺の部隊で働いてもらうつもりだが、その後はどうする?」

不思議そうにするバルトフェルドの質問に、優男はしばらく考えてから、笑みを戻して告げる。

「……生き残ってから考えますよ」
「そうかい。だがまあ、もし生き残ったとしたら……たとえどこに行くにしても、ザフトの勝利に貢献してもらいたいもんだね」
「含みがありますね?」

ふ、と、バルトフェルドが笑う。

「別に……含みがあると感じたなら、謝ろう」
「いいえ、こちらこそ失礼しました。……ん、どうした? フィフス」

手元の通信機から、声が響く。それを手に取り、耳を近づけた。
その通信元は、今も街で暴れているモビルスーツのパイロットで、優男のバートナーである少女、フィフス・ライナーからだ。
相変わらずぼそぼそと喋るので、耳を近づけなければよく聞こえない。それでもNジャマーは散布していないので、彼女の声は比較的クリアーに聞こえた。

〔……こういうの、嫌い。民間人、撃っても……暇〕

問題は暇かどうか。相変わらず好戦的な彼女の口ぶりに思わず苦笑を漏らすマカリ。

「まあ、そう言うな。俺達は居候なんだから、わがままは禁物だ。いいから続けろよ……事前警告は忘れるなよ」
〔……わかった〕

通信が切れた直後、また街に火柱が上がった。
……本当に、警告してから爆撃したんだろうな。マカリは不安になったが、彼女は命令には忠実だ。彼女を信頼しよう。

「……戦果はどうだ?」

しばらく爆撃が続いた後、腕時計で時刻を確認したバルトフェルドは、側近のダコスタに通信を開く。
今ダコスタはバクゥで出撃しており、傍にはいないからだ。

〔ハッ、今偵察隊に確認させておりますが、確認できる限りでは全ての兵站を破壊しました〕
「よし、では引き上げると――どうした?」

撤収の命令を下そうとしたとき、緊急回線による通信が割り込んでくる。
何事か、と通信に耳を傾ける。通信元のレセップスのオペレーターは冷静に報告してくるが、早口だ。
だがその通信内容は、早口にさせるに値するほどの内容であった。バルトフェルドの表情が、顰められる。

「……わかった。その旨、了承したと本部に伝えてくれ」

了解の返事を聞いた後、バルトフェルドはダコスタに通信を切り替える。

「ダコスタ君。我々はここに長居する必要はなくなったようだぞ。ただちに撤退だ」
「ハ? ここでおびき寄せた敵を討つのではないのですか?」
「そうも言ってられん状況になった。いいから引き上げだ。基地に戻ったら説明する。帰還するぞ」
「は、ハッ!」

通信機越しにダコスタに命令を下すと、バルトフェルドはさっと背を翻し、部下と共に軍用車に乗り込んでいく。
先ほど会話していた、あの優男――マカリは、自分とは別の軍用車に乗り込んでいくその背を見て、バルトフェルドは微かに顔を顰めた。

(君は顔に出やすいタイプだな……元は直情的な性格を、あの優男風の笑顔で隠しているのが丸分かりだ。
仮面を被って何か悪巧みをしているところは、あのクルーゼにそっくりだな)

あの自分が嫌う、ラウ・ル・クルーゼ。奴も計り知れない部分があり、真意を読ませない男だった。
マカリも似ている。尤も、マカリはどちらかというと感情はわかりやすいが、真意は読みにくい。信用できないという点では二人とも同じだ。
腕はいいし、帰るところが無い友軍だから、マカリと、あのザフトレッドの少女も引き取ったのだが。
厄介な人物を拾ったものだ、と内心嘆息してから、頭の中はこの後の作戦について思考を切り替えていた。


- - - - - - -


アークエンジェルが到着した頃には、全てが終わっていた。
まだタッシル村は炎と煙に包まれており、まだ要救助者がいるのでは、と思い、リナが救助作業を行うためにモビルスーツで出撃はしたけど、
既に村民は全員、村から少し離れた平らな土地に避難しており、逃げ遅れた者はいないという。

「……よかった」

リナは安堵の吐息をつく。
村人が全員無事だったから、というのもあるけど、モビルスーツによる救助作業は面倒でしょうがないから。
船務科のクルー達が、転倒したり火傷を負うなどした村人達に応急手当を行っている。あるいは、水を分け与えている。
ムウが降りてこい、と手招きしてきたので、ダガーのハッチを開け、コクピットから降りて村人達の前に立った。
警務科のクルー達が、村の惨状や村人達を見て、同情やザフトへの罵言を無秩序に口にしている。

リナも、村を焼かれて生気の無い表情の村人達を見て、顔を顰めた。

「……嬉しそうなのは一人も居ませんね」
「当たり前だよ。死人が出なかったのは、そりゃ何よりだが……家を焼かれて嬉しそうにする奴なんて居ないさ。
それが、仇であるザフトの人災なら、尚更だ」

ムウのいつになく暗い口調の言葉を聞きながら、泣いている子供を見て、ずき、と胸が痛む。
確かに、天災なら逆らいがたいものという普遍的な価値観があるし、まして信仰心の厚いイスラム圏の人々なら諦めもつくのだろうけど……
やりきれない思いを抱いているんだろう。復讐に燃える憎悪か、一瞬にして全てを失った虚無感か、土地や財産を失った悲しみか。

そして、疑問に思う。なんで一人も犠牲者が出ていないのか。
街だけを焼き払う? そんな手間なことを、ザフトの人間がするんだろうか。いや、あのバルトフェルドはそのうち仲間になるから、悪い奴じゃないんだろうけれど。
でも今はあいつはザフトで、いくら悪い奴じゃないといってもそこまでするのか。
……でも、その行為に、違和感は感じる。

「それは、偽善だ……」

ぽつりと、リナは呟いた。
それで住民が喜ぶとでも思ったか。感謝するとでも思ったか。
この人たちの生命線を絶ったことには変わりなく、この人たちを難民にしたことには変わりはないのだ。
プラント寄りのアフリカ共同体で散々ザフトを苦しめてきた”明けの砂漠”を受け容れる国など、どこにも無いだろう。他の連邦にも難民を受け入れる余力などない。
この不毛の地であちこちを追い払われ、放浪し、そして朽ち果てる。そんなものが目に見えている。
まさか狙ってやったことなのか? だとしたら、とんでもない悪党だ。

「俺の知ってる砂漠の虎は、そんな悪党じゃなかったがね」
「ですが、こんな生殺し……ボクには理解できませんよ」
「生きてりゃなんとかなる。それに正規軍の報復攻撃なら、警告なしで虐殺……なんて、旧世紀の大国なら平気でやってたもんさ」

それは知っている。調べなくとも、ニュースでよくやってたし。
本当なら、ここでお互いの無事を確認することもできずに、あの炎の街で焼かれているか銃殺されていたんだろう。
遅れてやってきた”明けの砂漠”が、家族の再会に喜んだり抱きついたりをしていたけれど、村人達の報告に、やがて曇っていく。
カガリとお付きの色黒の巨漢(改めてみるとランボーみたいなやつだ)も到着して、二人とも状況に困惑している。
街から上がる炎と黒煙に、死体だらけを予想していたのだろう。被害からしてそれだけの惨状であってもおかしくないからだ。

「皆生き残って……? でも、村が……!」
「カガリ。……タッシルは焼けて無くなったけど、誰も死んでいないよ。だから、大丈夫」

リナは静かな口調で、ポジティブを意識して報告する。
このお嬢様は、先日話していてかなり直情的で激情な人間だとわかったからだ。そして反ザフトの人間でもあると。
もしここでけしかけるような真似をしたら、それこそカタパルトを履いて飛び出すような勢いで出て行くに違いない。

「そ、そうか……皆生きているのは、よかった」

ホッ。なんとか上手い具合に軟着陸させることができた。この子ちょろい。遅れて、キラが駆け寄って来た。

「リナさん! カガリ! これは……?」
「キラ君。救助活動はしなくてもいいみたいだ。村の人たちは、あそこにいる」
「そうですか……よかった。でも」

声は尻すぼみに小さくなって、滅んだタッシル村を悲しげに眺める。よかった、このキラは空気を読めるキラだ。

「”明けの砂漠”の人たちの村が……」
「あいつら、許せないんだ! 私達の目を逃れて、こそこそと力の無い者を攻撃して、勝った気でいる! 卑怯者の集まりだ!」

カガリはここぞとばかりに、ザフトを罵倒する。
カガリは、本来この”明けの砂漠”のメンバーでもこの土地の人間でもないのに、怒り狂っている。義憤だろうか?
その橙色の瞳に浮かぶ光は純粋で、綺麗だ。……だけど、一国の首長の娘としては……綺麗過ぎる目だ、と思う。
果たしてこんな目をした子が、狡猾極まる外交や、並み居る老獪な政敵を相手に立ち回ることができるのだろうか?

「……とはいえ、”明けの砂漠”はどこまでいってもテロリストなんだ。こういう報復は予想してなかったのかい?」
「くっ……そ、そのテロリストと、正規軍が手を組んでも良かったのかよ?」

むぅ。なかなか鋭い切り返しだ。

「ボク達も生き残るのに必死なんだよ……それに、現地民の協力を得るのは決して正道に悖ることじゃない。
東西戦争の大和民国しかり、インドネシア独立の日本軍しかり、現地民の協力を得るのは立派な戦略なんだ」
「そ、そうか……」

昔の戦争の歴史を引っ張り出され、カガリは納得してしまうと共に、微妙に怒りが鎮火した。おぉ、単純。
大和民国は現地協力っていうか現地徴用したんだけどね。カガリが歴史に疎い子で助かったよ!
……あ、キラが片眉を上げて訝しげにこっちを見てる。知ってたっぽい。何も言うなよ! しー!

カガリの怒りはやや鎮火したが、それで事態が丸く収まったわけじゃない。実際に生活の場を失った人々は力なくうなだれて、絶望に打ちひしがれている。
「全員生き残ってはいるけど、全て失った……」「俺達、これからどうやって生きていけばいいんだ」
……そんな怨嗟の声が、あちこちからあがってくる。怨嗟が怨嗟を呼び、収束し、そのうめき声は怒声へと変わっていく。

「あいつら……もう勘弁できねぇ!」「今すぐにでも仕掛けるぞ! そう遠くには行ってないはずだ!」

”明けの砂漠”のメンバー達が口々に喚いて立ち上がり、装甲車に乗り込んでいく。先ほどの前線拠点にある火器を持ってくるつもりだ。
まずい、こいつらはさっき喧嘩した時も感じたけど、かなり沸点が低い。リナは焦った。それはアークエンジェルのクルーやサイーブも同じで、必死に制止している。

「ば、バカな事を言うな! そんな暇があったら怪我人の手当てをしろ! 女房や子供についててやれ、そっちが先だ!」
「そうだ! わざわざやられに行って女子供を泣かすつもりか!?」

サイーブに続き、情に厚い航海科長のエスティアン中佐が叫ぶ。だが、彼らの暴走は止まらない。

「地球軍に何がわかる! 俺達が生き延びるためには、戦わなきゃいけないんだ!」
「俺達に虎の飼い犬になれってのか、サイーブ!? ごめんだな!」
「ばっかやろう、てめえら! ――ケーニヒ二等兵!」
「は、はい!」

エスティアン中佐が叫ぶと――なんと、予めトールが乗っていたダガーが、走り出した装甲車の前に立って通せんぼをした。

「なっ!? MSが!」

いつの間に。リナを含め、航海科以外の人間が全員驚いた。もちろん装甲車に乗り込んだ”明けの砂漠”のメンバーも、立ちはだかる地球軍のMSに眼を丸くしている。
トールのダガーは腰をためるようなポーズをとって、シールドを横に構えている。あれで装甲車の針路を妨害する意図のようだ。

「と、止まってください! アンタ達のリーダーだって、止まれって言ってますよ!?」

外部スピーカーで叫ぶトールの声は、震えている。しかもバズーカを手にしている。
あれで制止するつもりか。まさか、バズーカで脅すつもりか。ありえない。マンストッピングパワーとしても威力がありすぎる。
爆風で足止めするにしても、余程上手くやらなければ、ザフトの攻撃ではなくダガーの攻撃で彼らを殺すことになる。
実際に撃った経験がないトールでは、不可能だろう。リナは焦って、声を張り上げる。

「け、ケーニヒ二等兵、何をしてるんだい!? この人たち相手に戦争するつもりか!?」
「トール!? やめるんだ!」

リナとキラが駆け寄ろうとすると、エスティアン中佐が手で制した。驚きの表情で見上げて、何を、と言おうとした。

「俺がやらせた! あいつに任せろ!」
「で、でも……!」

エスティアン中佐は、何を考えているのか? 上官の命令なので、一歩引き下がって成り行きを見守るしかない。
予想通り、怒りに頭が沸騰している”明けの砂漠”のメンバーは、ダガーの行動とバズーカの武装を見て敵対行動だと思い込んで、武装を構えるではないか。

「地球軍が、俺達の邪魔するんじゃねえ! そっちがその気なら、容赦しねえぞ!」

浅黒い肌の少年――アフメドらしい――が、ロケットランチャーを構え、撃った! 

「ケーニヒ! シールドをしっかり保持しておけよ」
〔りょ、了解……うわっ!〕

エスティアンが通信機を手に、トールに指示を出す。その指示の通りしっかりシールドを構えると、それに弾体が直撃し、爆発。ダガーが揺れる。
が、所詮は歩兵の携行火器。ジンの76mm突撃銃にも耐えるABシールドを貫通することはない。予想通り、シールドが少し汚れる程度で終わる。
しかし、実戦経験のないトールを怯ませるには充分だった。がっちりと亀のようにシールドを構えるトールのダガーの横を、”明けの砂漠”のメンバーを載せた装甲車が砂煙を挙げて通り過ぎていく。
まずい。あれでは行ってしまう!

「ケーニヒ! 構わん、撃て!」
「中佐!?」
「馬鹿、やめるんだ!!」

リナが慌て、サイーブが怒鳴る。その間にも、はい、とトールが返事をすると、何の躊躇もなく通り過ぎた装甲車の背に狙いを定め、バズーカを発射!
バズーカの後ろの排煙噴出口が盛大にバックファイアを噴出して、弾体が発射! 細い煙を曳いて、弾体が装甲車の後ろまで迫り――

「うおおぉぉ!!?」

装甲車に乗った”明けの砂漠”のメンバーが悲鳴を上げ、やられる、と腕で顔を庇った、直後。
バッ!
弾体は炸裂することなく、分解。装甲車丸ごと包み込んでいったそれは、装甲車をスピンさせ、転倒させる。
乗っている何人かの人間が外に投げ出されたようだが、柔らかい砂漠なので、無傷ではなかろうが大惨事には至らない。
それよりも、あれは――

「キャプチャーネット……!?」
「どうだ、俺が提案した新兵器! 昔の経験が役に立ったな!」

エスティアンがガッツポーズをして、歓喜を露にしてる。一体どんな経験をしたんだろうか。
ていうかエスティアンがこの事態を予想していたとは思えないのだが、一体何を想定して提案したんだろう?
リナは思い切ってそれを聞いてみると、エスティアンは体を屈ませ、ちょいちょいと指招き。
何ですか? と、リナはとぽとぽと歩み寄ると、顔をリナの耳に近づけてささやいた。

「”明けの砂漠”が俺達と敵対行動をしたときのために、奴らに内緒でマードック曹長に作っといてもらったんだよ。
テロリストっていうのは恨みを買うと根が深いからな。傷つけずに無力化するのが一番なんだ」

なるほど。リナは納得して頷いた。……直情的で手の早そうなエスティアン中佐でも、結構考えていたようだ。
でも、もう一つ疑問が残る。

「……昔の経験ってなんですか?」
「ああ。俺、元々はストリートチルドレンだったんだ。その時色々あって、キャプチャーネットで捕まった経験があるってわけだ」

……えー。さらっと言われても。しかもキャプチャーネットを使われるって、どんな悪さをしたんだろう。
リナがエスティアンの話に百面相をしている間にも、ダガーが動く。
遠くまで行ってしまい、的が小さくなった装甲車を追いかけようと、トールのダガーが地面を蹴ってバーニアから火を噴いてジャンプする。
たかが装甲車が、MSに狙われて逃げ切れるはずがない。ダガーは易々と一台一台追い込むと、次々とキャプチャーネットを撃ち込み拘束していく。
やがて暴走していない”明けの砂漠”のメンバーが追いつくと、武器を取り上げて無力化し、サイーブの前に連れ出された。
そこに、アークエンジェルの幹部士官やパイロット達も集まる。

「お前達の気持ちはわからなくもない! 俺達が居ない間に、街を焼かれたんだからな……死ぬほど悔しいのは、俺も同じだ!!」
「なら、なんで行かせてくれないんだ!」「俺達は泣き寝入りするつもりはないぞ!」「サイーブ、腰抜けになったか!?」

サイーブの言葉に、暴走したメンバー達が次々と非難の声を挙げる。
しかしサイーブは悲しげに表情を翳らせたあと、更に声を張り上げた。

「俺が嫌いな地球軍と手を組んだワケを、ちったぁ考えろ! 俺達だけじゃ、どうしたって大きな犠牲が出る。
これ以上家族を悲しませないためにも、犠牲を少しでも減らすためにも、地球軍の奴らと連携してザフトを叩かなきゃならん!
お前らも怒ってるだろうが、一番飛び出して行きたいのは俺なんだ! なのに、お前らが俺の努力を台無しにして先走って、そのうえ先に逝っちまったら……残った家族にどう顔向けするつもりだ!
仇討ちもいい! が、一番大事なのは、家族を悲しませないことだ! 俺達の目的を見失うな!!」
「…………」

サイーブの必死の説得に、メンバー達は自分達の暴走を省みて、静まり返る。
皆、命を捨てたいわけじゃない。ただ怒り狂い、そして「命を賭ける」という行為に酔っていたのだ。
そして、サイーブの考えを見通せなかった。なんで地球軍を助け、組む気になったのか。それが一番のミスだった。
アフメドが顔を上げて、”明けの砂漠”にとって地球軍の代表と認識されたギリアムを見上げた。

「……お前らと組んだら、勝てるんだな?」

ギリアムはその問いに、真っ直ぐ目を向ける。

「……私達を信用してほしい。確かに、現在地球軍はザフトに対し苦しい状況に立たされている。
だが、我々は常に、勝つための努力を怠ったことはない。そして、その努力は実りつつある。先ほど諸君らを引き止めたMSが、その結果の一つだ」

そのMSを指されて、メンバー達がMSを見上げる。丁度トールがコクピットが下りてくるところだったので、え、え? と、自分を指して困惑してた。
トールくーん……もっと堂々としておくれよぉ。リナは内心頭を抱えた。

「……なんか頼りなさそうだな」

メンバーの一人が、リナの心情を代弁した。それでも、ギリアムは自信に満ちた表情を崩さずに言葉を続けた。

「彼は我が艦のパイロットの中でも末席で、パイロットの任に就いて三日と経験も浅いが……それでも、ザフトを倒すために必死に努力し、順調に腕を上げている。
我が艦のパイロット並びにクルーは、優秀で誠実だ。そして、MSもザフトのそれになんら引けを取ることはない。それは、その戦いを常に傍で見守り、生還した彼らを迎えている私が保証する。
だが、我々は宇宙から来た。当然、この土地には不慣れだ。ザフトに確実に勝つためにはどうしても、この土地に住まう諸君らの知恵と力が必要だ」

言葉を結びながら、目の前で膝を折っているアフメドに、視線の高さを合わせるように屈み、真っ直ぐ視線を向けた。
既に、アフメドら”明けの砂漠”は、ギリアムに飲まれつつあった。ギリアムの自信に満ち溢れ、謙虚な姿勢も崩さない彼に、感動に近い感情を覚えていた。

「……改めて、私達を信用し、手を組んでいただけないだろうか? ……よろしく頼む」

ギリアムの鋭い眼光が、メンバー達を見据えた。威圧するでなく、気負うでもなく、ただ、信じろ、という確固たる眼差し。
メンバーは黙りこくる。言葉が出ないのだ。弱腰で、事実負けっぱなしの地球軍の士官に、こんな人物がいるとは思わなかった。
その様子を見て、サイーブは肯定と受け取り――パンッ、と手を打ってその雰囲気を払った。

「よし! 今日のところは、家族と一緒にいてやれ! それがお前らの、目的のための手段だと思え。
俺達の村を焼いた憎きザフトを倒すためにも、ゆっくり休めよ! わかったら返事をしやがれ!」
「……おう!!」

暴走したメンバー達は意気を新たにして応え立ち上がり、家族の元に走っていく。
ギリアムは彼らの背中を見送り、一触即発の事態を切り抜けたことに、内心安堵して密かに吐息をつく。
しかし彼らに待っているのは、決して少なくない犠牲を出すであろう泥沼の戦いだ。
いくら士気旺盛であろうと、兵器と人間の差がある。それを地の利と戦術で、どこまで差を埋めることができるか。
コーディネイターのパイロットとG兵器、アークエンジェルといった最新鋭の兵器を保有する我々とは比べ物にならないほどに不利な状況に立たされることだろう。

(だが、やり遂げねばならない……。それが、第七艦隊を差し置いて艦長を任せられた俺の義務だ)

軍人としての矜持が、ゲリラに頼るなと囁いているが……アークエンジェルとストライクをアラスカに送り届けるためには、手段を選んではいられない。
たとえ、何千何百という現地民を戦いに煽動し、見殺しにする結果になったとしても。
アークエンジェルとストライクがアラスカに届けば我々の戦闘データが地球軍の研究開発に大いに役立ち、結果的に未来の多くの人々を救うことになるはずだ。
そう信じなければ、こんな業を一人では背負えない。

ギリアムが冷徹な胸中で奮起するゲリラを眺めているとも知らずに、リナは、一触即発だった雰囲気が緩んで、はー、と溜息をついた。
よかった。ギリアムの演説がなければ、また暴れだすんじゃないかと思った。さすが我らが艦長だ。

「あれが、地球軍の士官なのか?」

一部始終を見ていたカガリが、驚き混じりの声をかけてくる。どうやら、彼女もメンバー達と同じことを思っていた一人のようだ。
その表情には感心と驚きがあった。気のせいか……少し、尖った部分が丸くなったように感じる。

「……うん、そうだよ。我らが艦長さ」
「地球軍っていうのは、もっと、卑屈で保守的な奴らだと思ってた……」

確かに大半の地球軍の士官はそうかもしれない。そもそもこの戦争の発端からして、劣等感で戦ってるところがある。
もちろん全員が全員、感情だけで戦っているわけではあるまいが、冷静で、打算と妥協で戦わない地球軍軍人がどれだけいるやら、答えに窮するところだ。
……でも。

「少なくとも、ボク達は感情に囚われず、絶望せず、諦めず、粛々と任務をこなす軍人だと思っている。
艦長は、その見本かな。だからボクは、艦長を尊敬してる」
「僕も、リナさんやムウさん、アークエンジェルの皆に色んなことを教えてもらった。
自分の立場や、状況に甘えてちゃいけない。自分ができることをするしかないって。だからこうして皆と一緒に戦えるんだ。
……それに、守りたい人達がいる。それって、力を与えてくれることなんだ、って、気付かせてくれた。
地球軍全体が、良いか悪いかなんてわからない。けど、僕に覚悟と居場所をくれた、仲間なんだ」

リナとキラは自信を持って答えた。リナは艦長に、軍人としてあるべき姿を見ているから。
キラは、アークエンジェルのクルー全員が、仲間だと思えるようになった。それはキラにとってかけがえのない成長だ。成長させてくれた仲間には、素直に感謝している。
軍人としての職務を全うするため、自分の仲間を守るため、ギリアムは、リナは、キラは戦っている。その姿勢に、カガリは驚く。

「……お前ら、良い奴らなんだな」

だから、言葉が素直に胸に染み込む。自分は不器用だから、この胸の中に溢れる気持ちを言葉にできないけれど。
カガリは自分が思ったことを、素直に言葉にするだけだった。



[36981] PHASE 19 「虎の住処」
Name: menou◆6932945b ID:befb63ee
Date: 2013/12/31 20:04
”明けの砂漠”の拠点の村を焼き払った数日後。
バルトフェルド隊陸上艦隊旗艦、レセップス級”レセップス”では、アークエンジェルとの交戦で喪われた戦力の補充を行うため、補給部隊と接触していた。
そしてブリーフィングルームでは、アークエンジェルに対する戦力の再評価、戦術の練り直しのため作戦会議が行われた。
急ぎ基地に帰還せねばならないが、アークエンジェル撃破の任務は解かれていない。基地に帰りながらの戦闘――反航戦になるだろう。
予定が変わったため、急遽作戦変更を強いられた。そのために早朝から延々と会議が続く。

砂漠の気温が最も高い時間になった頃、ようやく作戦会議が終わり、ブリーフィングルームから退出して、マカリ・イースカイは背をウンと伸ばした。
うなじの半ばまでの毛質の細い黒髪に、黒い瞳。一見して女性と見間違えるような、繊細な顔立ちの東洋系の青年だ。今はその端整な顔立ちを眠たげに緩ませている。
部隊戦術など興味が無いマカリには、実に退屈な時間だった。自分は身体を動かしてナンボなのだ。今の地位にも、純粋に、高いMS操縦技術を認められて就いている。
隣を歩いている少女、フィフス・ライナーはもっとであろう。ただでさえ、外見年齢も精神年齢も低い彼女だ。さぞかし不機嫌になっていることだろう。
だが意外にも、聞こえてきた楽しげな鼻歌に、視線を向ける。

「フィフス、どうした……? やけに上機嫌だな」
「ん。アークエンジェルに乗り込んだ時に、ね。見つけたの」
「何を?」

東洋の血を思わせる長い黒髪に、若草を思わせる鮮やかな緑の瞳の、十代に入って間もないくらいの幼い少女。見た目は可憐だが、士官学校を上位成績で卒業した証である赤服――ザフトレッドを纏った、優秀な兵士である。
和やかな笑顔を振りまくフィフスの様子に、マカリは苦笑気味に問い返す。彼女らしくない、勿体つけた言い方も可笑しかった。
いつもは歯に衣着せぬ言い方で、彼女の扱いに慣れたつもりの自分ですら、辟易することもあるのに。余程良いことがあったのだろう。

「目的の子を。あの子、ストライクダガーの方に乗ってた」
「アークエンジェルに乗ってたのか……? 出来すぎだな」

率直な感想を漏らす。この戦争が終わるまでに見つかるかどうか、と見当をつけていたのに、まさか自分が追撃任務を負わされていた艦に乗っていたとは。
小躍りでもしそうなくらい、音符を飛ばす彼女。この部隊に合流した当初、砂漠の空気が乾燥していることに不平を漏らしていた頃とは大違いだ。
見た目の歳相応にはしゃいで、ピッと己の目の前で指を立てる彼女に、笑って顔を引く。

「だからね、アークエンジェルとは戦うけど、あの子が乗ったMSだけは、壊しちゃダメだよ?」
「はいはい。……ったく、俺もハンディキャップつけてやるほど、余裕は無いんだけどな」
「大丈夫だよ。あの子のMS以外は、全部壊してもいいから。……あの子のMSも、殺さないなら、両手両足は壊してもいいんだし」
「笑顔で言うな、笑顔で」

MSという単語が出てこなかったら、ずいぶんと物騒な会話に聞こえる。目の前のフィフスの指を戻してやり、窓から見える補給の現場を眺める。
ジオン公国の”ファットアンクル”に酷似した大型輸送機”ヴァルファウ”が、バルトフェルド隊の補充のMSを吐き出している。

二門の肩部キャノン砲、両腕に副砲を二門装備した、脚部の背部にキャタピラを装備した可変型重MS”ザウート”を数機。
確かに火力と装甲は申し分ないが、機動力に関しては最悪の一言に尽きるそれは、見た目も相まって、まさしく『悪いガンタンクR44』である。
マカリやフィフスは操縦したことがないが、決して操縦したいとは思えない。ザフト内部での兵士達のウケも最悪らしい。
MSとしての利点がほとんど無いそれはいまや陳腐化しており、拠点防衛にチラホラ配備されている程度のはずだが……こうして前線部隊であるバルトフェルド隊に配備されるということは、ザフトの懐事情も余程厳しいようだ。

「……見ろよ、フィフス。ガンダムだぞ」
「え、何? ガンダム?」

そのザウートに続いて吐き出されたのは、それに比べてえらく細身で端整すぎる機体。
青と白の機体、デュエルガンダム・アサルトシュラウド。緑とオレンジ色の機体、バスターガンダム。
ヴァルファウの搭乗員ハッチから、ザフトレッドのノーマルスーツの二人が降りてきて、バルトフェルドに挨拶をしていた。

「そうか……そういえば、そうだったな。あいつら、地上に来るのか」

自分達が地球に来ることで頭が一杯だったマカリは、彼らも来ていたことに失念して呟きを漏らした。
彼らが来ると知っていたからといって自分達の行動方針が変わるわけでもないが、彼らと親交を深めておいて損はあるまい。

フィフスを連れ立ち、陽光照りつける艦の外に出ると、バルトフェルドとの会話が終わったのを見計らって近づいていく。
あの二人は地上に降りてきたばかりだが、本当に緊急だったようで、着の身着のまま。荷物を持っている様子が一切無い。
イザークは、マカリの顔を見て眉根を寄せる。好意的な目線とは、到底思えなさそうである。ディアッカはさして興味無さそうに、無感動な眼差しだ。
マカリとフィフスを発見すると、イザークは大股で、ディアッカは少し遅れてのんびりとした歩調で、近づいてきた。
針のムシロ状態のマカリは(フィフスは眼中に無いかのように、二人のトゲが二人に集中している)、胸中苦々しく重いながらも表に出さず、二人を敬礼で迎えた。

「どうも、イザーク・ジュールに、ディアッカ・エルスマン。ようこそ地球へ」
「……なんだ、貴様、地球に降りていたのか。撃墜されたのかと思ったが……生きていたのならば、隊長に連絡くらいしたらどうだ」
「ま、新参者が生きてようが死んでいようが、どこで何してようが、俺たちには関係ないけどさ」

イザークは低い声で応じて、ディアッカは軽薄そうに言うだけである。それを、イザークは睨み付けた。

「馬鹿者! MIAの捜索する手間をかけさせるな、と言ったんだ!」
「俺に怒るなよ」

怒鳴るイザークに叱咤されて唾を飛ばされ、うるさげにディアッカがいなす。
でこぼこコンビだな、とマカリは密かに笑いながら二人の掛け合いを眺めている。その視線を感じ取ったからではなかろうが、イザークの矛先がこちらに戻ってくる。

「いくら新参者とはいえ、貴様等がクルーゼ隊の所属であることに変わりは無い。勝手な真似はするな。わかったか!」
「申し訳ありません。以後、そのようなことは無いようにします」

定型文のような謝意を伝えてくるマカリに、気に入らない、という態度を露骨に示すイザーク。フン、と鼻息を漏らすと、次はフィフスに矛先が向いた。

「貴様は、我々と同じザフトレッドのくせに、緑服のこの男を御せなかったのか。監督不行き届きだな。
全く……何故貴様のような子供がザフトレッドになれたのか、俺には理解できん」

ザフトレッドは、士官学校を優秀な成績で卒業した者に与えられる特別な服の色ではあるのだが、緑服と比べて絶対的に階級が上というわけではない。
が、イザークの中では、ザフトレッドは緑服よりも一階級上という明確な構造が出来上がっていた。優秀である証だから、全くの間違いではないのだが。
フィフスは、それが気に入らなかったのであろう。イザークの言い草に目を細めた。

「……私はいいけど、マカリを悪く言うな」

異性を庇うその発言は、若い二人の好奇心を刺激するには充分だったようで、イザークとディアッカは揃って微かに目を丸くし、面白そうに口の端を吊り上げた。

「なに? この優男に気があるの? お暑いねぇ」
「全くだ。前線のラブロマンスなど、今時流行らんぞ」

ディアッカの普段からの皮肉げな口調が更に甲高さを増し、イザークも続く。
フィフスが、苛立ちを覚えたからか――きゅっと唇を噛む。その気配を感じてマカリがフィフスの顔を自分の身体で隠し、にこ、と人懐っこい笑顔を浮かべた。

「まあ、まあ……これから、同じ任務で動く仲になるんですから、仲良くやりましょう。ほら、フィフス」
「…………」

マカリに挨拶を促されるも、フィフスはマカリの軍服の裾を掴んで顔を隠したまま、離れようとしない。
そんなフィフスの様子に、彼女との付き合いの長いマカリすらも苦笑いが零れる。

(本当は二十七歳じゃなく、十二歳くらいなんじゃないだろうな)

赤服の肩をちょいちょいと引っ張ってやるが、それでも出てこようとしない。
そんな様子にイザークはやりづらそうに顔を顰める。ディアッカは肩を竦めて苦笑いをしていた。

「まあいい。精々、俺たちの足を引っ張らんことだな。……邪魔などしてみろ、覚悟しておけよ」
「そういうこと。じゃ、また後でな。色男サン」

イザークは背を翻し、ディアッカはマカリの肩をポンと叩き、自分達にあてがわれた部屋に向かって歩み去っていく。
まるで不良に絡まれたような心境になりながら二人の背を見送り、行ったよ、と小さく囁きながら、フィフスの黒髪を撫でた。

「…………本当に、あんなのと仲良くしないといけないの?」

いかにも不満そうなフィフスを、マカリは優しく撫でながら宥める。

「そうだ。あの二人は必ず後で役に立つ。俺に向けてくれるお前の笑顔を、ほんの少しだけ分けてやってくれ」

出来る限り優しい語調で言葉をかける。この言い方で良かったか? と確認するように、じっとフィフスの機嫌を窺う。
フィフスは元々丸い頬を、更に膨らまして、マカリの服の裾に、ぶう、と息を吹き込む。不承不承だが、承諾した、という顔だ。

「……マカリの頼みじゃなかったら、ぜったいイヤだったんだからね」
「ありがとう」

微笑み、フィフスの柔らかい頬をそっと手の中に包み込んだ。
この砂漠のステージは激闘になるだろう。積極的に関わるつもりは無いが、彼女の願望を満たすことだけは忘れないつもりだ。
リナ・シエル。
フィフスのためにも――今のアイツには、バルトフェルド隊やあのガンダムの二人相手は厳しいだろうが、生き残ってもらいたいものだ。
もしアイツが死ねば、この旅の目的の半分以上が喪われる。それだけは回避しなくてはならない。

(そうだ、俺の命を投げ打ってでも……)

頬を撫でられて表情を緩めるフィフスを見つめながら、胸中で決然と呟いた。


- - - - - - - - - - -


「バラディーヤに買出し、ですか?」
「……もっと軍人らしく言ってもらえないかしら?」

リナの間の抜けた言葉に、マリューは苦笑した。
タッシルの爆撃から、一日と半日。
あれからタッシルの難民達をアークエンジェルに乗せて、”明けの砂漠”の前線基地に移送した。
その次の日にリナがスカイグラスパーを飛ばして周辺地域を偵察したり、迷彩ネットの張りなおしをしたり、難民達のケアをしたりで、結局一日を潰してしまった。

早朝、リナが偵察任務から帰ってきたその朝に、幹部会議が開催された。
議題は、物資の調達と”明けの砂漠”との連携。その内容を会議の前半に詰め、後半は物資補給と今後の航海(?)予定についてになっていた。

幹部会議が終わるとリナが会議室に呼び出され、今の会話に至る。
バラディーヤの情報が記された資料を受け取る。数枚にまとめられたレポートをぱらぱらとめくりながら、マリューの話を聞く。
ギリアム大佐は、別室でサイーブと話し込んでいる。この幹部会議の前半で、幹部士官達だけでまとめた連携内容を報告、確認しているのだ。
副長であるマリューが話すことになったのは――身も蓋もない言い方をすると、ただの小間使いの命令に自ら出張るほど、艦長は暇ではないからだ。

「やはりというか……ザフトの占領地ですね」
「アフリカ大陸の大半は、既にザフトの手に落ちているから……それに、ここはそのザフトの勢力圏のど真ん中。地球軍の旗を探すほうが難しいわね」
「おまけに、あそこはあの砂漠の虎の縄張りだ。我々地球軍の軍人が真正面から行くと、まさしく腹をすかせた虎の檻に入ることになる」

マリューの言葉を継いだCIC統括のショーン中佐が、諭すような冷静な声音で、危険を示唆する。

「だが、昔から言うだろ? 『冒険をしなければ何も得ることができない』ってな。俺達は危険を冒してでも、
水も弾薬も生活必需品も、なにもかも現地調達しなけりゃいけねぇんだからな」
「現東アジア共和国の旧国家、中国の故事ですな。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』」

エスティアン中佐が諺を引き、船務長、日系アメリカ人のホソカワ少佐が諺の部分だけを日本語で訳した。
おぉ、懐かしい日本語。最後に聞いたのは士官学校に入る直前、九年近く前になる。まさかここに至って日本語が聞けるとは。
大西洋連邦の施設やアークエンジェルの艦内、どこを見ても英語、英語、英語。懐かしい日本語に触れる機会はほとんどなかったから、郷愁の情がくすぶってくる。
まあ、それは置いといて。

「しかし、ボクもキラも、アークエンジェルの数少ないパイロットの一人です。
お言葉を返すようですが、こんな使い走りは、他の伍長以下の兵にやらせればいいのでは?」

一番の疑問が、それだ。トールが幾分かマシになってきたとはいえ、スクランブル要員にはまだ厳しい。
実質三人しかいない重要な戦力であるパイロットを、二人も買出しなどに出向させるなんて、どういうことだろう? いや、外に出れて嬉しいけどね?
……決して、キラと二人きりで出かけるから嬉しいわけじゃないけどね? 本当だからね。

どこか嬉しそうに頬を緩めてるリナに、マリューは話しにくそうに他の士官に顔を向ける。ホソカワ少佐が、その丸い顔を小さく頷かせる。
彼の団子鼻と丸い顔は特徴的だ。日本人の血が濃いせいか、アメリカ人の血が入ってるとは思えないくらい日本人っぽい。

「俺達が一番気にしているのは、ヤマト少尉の精神状態だ。
彼は現地徴用した学生の中でも、繊細すぎるところがある。それにこの連続の戦闘や出来事で、精神的に参っているんじゃないかと思ってね。
気晴らしに、少し外出させたほうがいい。元々パイロットは、特に危険に晒される仕事だからな」
「……それって、ボクのことも言ってます?」

リナが冗談ぽく言って、ホソカワ少佐が口の端を吊り上げた。水を一口飲み、喉が鳴る。

「自意識過剰だな。君は学生パイロット達の管理を任されているということを忘れるなよ。
それに、君のその小さな身体を利用しない手はない。軍服を脱げば、誰が見たって地球軍の軍人とは思えないから、今回の任務に採用するんだ」
「ぐっ……」

二重で傷ついたぞ、今。自意識過剰って指摘されたし、身体が小さいことも言われた。なんて失礼な少佐なのか、ぷんすか。
実はボクは、この砂漠に下りて次の日に誕生日を迎えた。24歳になったのだ。それに、いつまで経っても小さいと思われがちだけど、次第に胸は膨らみつつある。
今Bの真ん中くらいじゃなかろうか? だから、いつまでも小さいって思われてたら心外だ! 顔立ちも背丈も、まだ十歳くらいなんだけどさ。
……なんて、言えるはずもない。恥ずかしすぎる。

「大丈夫だよ、シエル。これから別行動ってわけじゃないんだ。ほんの少しの時間だけだ。
ちょっとした休暇だと思って、気楽に行ってこい。ま、一番心配なのは、はしゃぎ過ぎて迷子になることくらいだけどな」

ムウがリナの心配を見抜いて、リナの心配を解きほぐすように軽い調子で言う。
ただでさえリナは心配性だから、ムウのように砕けた調子で助言してくれる存在がいると、心が休まる。
ボクは小学生ですか、と、リナとムウが笑いあう。そこにマリューが、話を続けようと咳払いをして割り込んだ。

「コホン……同行者として、”明けの砂漠”のメンバーが一人ついていくそうよ」
「……”明けの砂漠”のがついてくるんですか」

見るからに残念そうに表情を曇らせて、リナが低い声を出した。もちろん自覚していない。

「当然でしょう? バラディーヤに詳しい人間が、一人は必要だわ。大丈夫、同じ年代の人に来てもらうことにしているから。
貴女とキラ君は、名目上は、そのメンバーの護衛ということにしているの。だからよろしくね」
「……はあ」

了解しました、と快諾することもできず。リナは気の抜けた返事しかできなかった。
同じ年代の人? 誰が来るんだろう。ボクと同じ年代といえば、一昨日叩きのめした連中がそれくらいだ。
できれば顔見知りで、友好的な人が来て欲しいな、と思いながらも、キラに出発を告げるために会議室を後にした。


- - - - - - -


リナが会議室を去り、静かになる幹部士官達。
航行もしていない艦内というのは、極めて静かだ。堅牢複雑な内部構造と装甲で覆われているため、ダメージでも負わない限りは騒音も感じにくい。
暑くて様々な騒音が響く”明けの砂漠”の拠点に比べれば別世界のようだ。まあ、苛酷な環境の宇宙を航行することを主な目的としている艦なら、当然なのだが。

「……一応、己の精神的な脆さは自覚しているようだな」

ショーンが、沈黙に波紋を起こした。
エスティアンはどかりと背もたれに体重を預けながら、ふぅ、と小さな溜息をつく。

「気付いているにしても気付いていないにしても、シエル大尉には気分転換が必要なのは確かだな……」
「そのための外出許可ですな。彼女は数少ないMSパイロットだから、多少の特別扱いは止むを得ない」

ホソカワ少佐が手の中でペンを回しながら呟いて、ショーンの言葉を補足する。
先ほど言ったように、パイロットは他のクルーよりも優遇されることが多い。そのメンタルケアから、物理的なケアに至るまで。
だから、ムウやリナのような比較的格上の士官はともかく、キラにまで個室があてがわれている。艦内の人員再編成が行われ次第、トールにも個室があてがわれる予定だ。
まだトールはパイロット『候補生』という立場ゆえ、艦内での立ち位置は微妙であったりする。

「彼女……何について悩んでるのでしょうか?」

知ってる風の二人の会話に、マリューが呟く。

「彼女はあの軍人家系の良家、シエル家の一人娘であることは知っています。幼い頃から、大きな期待をかけられていたことも、想像はつきます。
ヤマト少尉ほどではありませんが、能力と成績に関してはナチュラルとは思えないほど優秀です。
人間関係も、決して人付き合いが上手いわけではありませんが、良好なように思えます。なのに、何かを思い悩んでいるように感じるのですが……」

ショーンは、よく見ているな……と、マリューの考察に感心する。
マリューは情に厚く、面倒見がいい性格だ。指揮官に必要な素質である、兵士を一つの駒として扱う冷徹な面は欠けているかもしれないが……。
もし自分が一兵士として戦場に立ったら、彼女の部下になりたいものだとも思う。個人的な趣味として、女性の上司を持ちたいという願望も含まれるが。

だが、ショーンは彼女に対する答えは持っていなかった。
確かに優秀だ。軍人の家系という優位性を差し引いても、彼女の持つ才能を数えれば、コーディネイターという単語が用意に連想できる。
それほどに多くのものを持っている彼女だが、確かにどこか自信を感じない。その理由は何なのか、明確な理由はわからない。だから、

「俺も、よくわからん。だが彼女も一人前の軍人だ。俺達は、彼女のためにできることは全てやっている。自分で解決するまで、待ってやれ」
「……はい」

ショーンは、それに対する答えを引き延ばした。それに同意するように、他の幹部士官達も無言で頷く。
自分よりも付き合いの長い彼らなら、何かわかっているのではないかという期待があったから、マリューは残念そうに視線を下げる。
数少ない、まるで妹のような年下の女性クルーだからだろうか? マリューはたまに、リナのことが気にかかるのだった。

(あの子には、キラ君と同じ危なっかしさを感じるのよね……なんでかしら?)


- - - - - - -


軍用車に揺られること三時間。
バラディーヤの外れで降りた、リナ、キラ、カガリの三人は、送ってくれた幹部士官達に別れを告げていた。
これから幹部仕官達が相手にする、アル・ジャイリーという商人は油断ならぬ闇商人であるとのことだ。
熟練の船乗りのギリアム艦長と、一体どんな駆け引きをするのか見てみたかったけれど……仕方が無い。

「シエルた……」

ん? ナタルが何か言いかけた。大尉、って言いかけたんだろうか。
でも大尉って言ったら、折角民間人に扮して潜入したのが台無しになるんだけど。
じっと見つめ返して、どうするの? って、まるで子犬みたいに首を傾げるリナ。そのいたいけな視線に、ごくり、とナタルは喉を鳴らして――

「――ん。頼みます」

えぇぇぇ……ごまかすために「シエルたん」って言わなかったか、今。
最初の「シエルた」から「ん」までの間が〇.五秒しかないから、確実にそう聞こえたぞ。
ていうか間違えて言っちゃったからって、飲み込まずにそのまま続けなくてもいいだろ。律儀すぎる。

「は、ははは……うん、わかったよ」

リナは引きつった笑いを浮かべて、頷き返す。そしてショーン中佐が、少し顔を乗り出して話し始める姿勢をとった。

「この辺りは『治安が良くない』からな。『スリ』には気をつけろよ」
「……はい」

予め決めておいた符丁。『治安が良くない』とは、敵地であること。『スリ』は敵兵だ。
そうした軍事用語は民間の不自然じゃない言葉にすり返られる。予め決められていない単語も、きっちり変換できなければならない。
軍人であることを周囲に悟られずに、軍人としてやり取りするということは不可欠な技能だ。

「『スリの元締め』は、頭が回ると聞いている。『スリ』もあちこちに潜んでいるはずだ。
……いいか、『財布』を見せるなよ。特にあいつらは、ここ最近の『事件』で気が立っているはずだ。
特に多くの『スリ』が張り巡らされている可能性が高い。報告は途切れさせるなよ。
四時間後に帰還するように。何かあったらすぐに連絡をしろ、いいな」
「了解しました」

これは厳命だからな、と告げた後、士官達を乗せた車が去っていく。それを見送って、三人が雑踏に取り残される。
様々な露店が賑わうバラディーヤの市場通り。
通行人は全員―― 一人一人大なり小なり違いはあるものの――”明けの砂漠”とほとんど同じ格好をしている。同じ民族なんだから当然なのかもしれないが。
”明けの砂漠”にも、このバラディーヤの出身者がいるのかもしれない。
その思考を中断しないといけないくらい、匂いがきつい。
砂と香辛料、その他獣や人の匂いが辺りに漂い入り混じり、とてもじゃないが衛生的とはいえない匂いがする。

「けほ、けほっ……すごい匂い……」

都会っ子のリナはその嗅ぎ慣れない匂いにむせて、眉根に皺を寄せていた。
軍人として訓練しているとはいえ、慣れているのは泥と汗と硝煙の匂い。こういった異文化の匂いは嗅いだことがない。

「確かに、良い匂いじゃないですね」

キラは意外と免疫が有るのか、その匂いに少し顔を顰めただけで、特にむせたりはしなかった。

「お前ら、だらしないぞ。ほら、行くぞ! ぐずぐずしてると四時間なんてすぐに経ってしまうぞ」

カガリは元気だ。当然か。いつから居るのかわからないが、自分たちより先に来て、いち早く慣れているだろうから。
それにしても先に来てるとはいえ、お嬢様育ちとは思えないくらい順応が早いな。
粗野な口調といい、某家出姫並みにお転婆なのかもしれない。実際、火器を担いで戦場に出ていたこともあるみたいだし。実家も壁を蹴り壊して脱走してきたんだろうか。

今日着てきた服は、被服科の女性兵士に特別に誂えてもらったものだ。
シースルーのキャミソールワンピース、その下は淡いピンクの薄手のシャツを着て夏の装い。ヒラヒラした服って最初はすごい抵抗があったけど、なんだか慣れた。
……それにキラの目もあるし、ダサい服は着てられない。精一杯可愛いのを着ないと。


とりあえず、買出しをさっさと済ませよう。さて、リストを見てみると……。

ギリアム:塩味の現地の菓子(無ければ食材を)
ショーン:君に任せた
エスティアン:エロ本と美味い飲み物を買ってこい
ホソカワ:発酵食品
マリュー:甘い物ならなんでもいいわ☆
ナタル:ここにしか無い土産物をよろしくお願いします

思わずリストを見た自分の目を一度疑って、二度見してしまった。
何人かは普通だが……なんだこれは。新入社員いびりか(いや、軍以外で会社に勤めたことはないんだけど)。
下のほうを見ると、アカデミー生達新兵の注文もある。トールやサイは比較的マシだが、ミリアリアはスイーツ、と書いている。スイーツ(笑)
どいつもこいつも注文が大雑把過ぎる。何を買えっていうんだ。この大人数の注文を全部買おうとすると、一日がかりになりそうだ。
カガリとキラも同意見だったのか、明らかに面倒くさいオーラを漂わせた。

「どいつもふざけてるけど、特にこのエスティアンってやつはなんだ?」
「まるで不良学生の使い走りだね……」

なんて的を射ている感想を言うんだ、この二人。どうやってフォローしよう。

「うぐ……た、溜まってるんだよ、きっと」

大して口が巧くないリナが、とっさに切り返した言葉がまずかった。
驚き青ざめるキラ。言葉の意味がわからず、疑問符を浮かべるだけのカガリ。全く対照的な表情を、リナに向けた。

「り、リナさん!?」
「溜まってる? 何がだよ」

え? 溜まって……あ。あ゛ー! 焦ってたせいか変なノリで喋っちゃった! 
しかもキラに聞かれたし! うああああ最悪……男性知りません、で通そうと思ってたのに……。
なんとか誤魔化さないと! まだ曖昧な表現しかしてないし、誤魔化せるはずだ!

「す、ストレスがだよ! なに、キラ君は何を想像してたんだいっ?」
「ストレスのことか。キラ、それ以外に何かあるのか?」

キラをじとーっと睨む。あーっ、顔真っ赤になってないかな。でも確認できないし、勢いで押し通してやれ。
カガリは相変わらず真っ白。純粋な瞳がボクを刺し貫くよ……。ズキズキ。
キラは女性二人から三白眼と純粋な瞳を向けられて、表情を引き攣らせた。

「えっ……? いや、その、ぼ、僕も同じことを考えてました。嘘じゃないですよ!
り、リナさんが紛らわしいことを言うから……」
「ボクのせいかい!? ……」

あ、ボクのせいだ。

「ええい、やめやめ! とにかく行かないと時間が無いよ! だべってる暇はないのさ、これは任務だからね!」
「は、はいっ」
「……地球軍の軍人っていうのは難儀なものだな」

うっさいわ。


- - - - - - -


「はぁ……買った買った! やっぱりお金は使うに限るよね、キラ君! ボクは
今、すごく清々しい気持ちだよっ」
「本当だな! なんだかリナに釣られて私もずいぶん買ってしまった! 買い物というのはこんなに面白いものだったんだな!」

軽食店のテーブルの一角で、つやつやとした表情のリナとカガリが朗らかな声を重ねた。
その表情はなんともいえない達成感に満ちていて、まるで数日振りに快便に恵まれたかのようだ。少々喩えがアレだが。
そのテーブルに、ぐたー……と、突っ伏しているのは茶色の毛玉? いいえ、キラです。

「僕は全然清々しくありませんよ! 僕の買い物なんて手のひらに乗る量なのに、いつの間になんですかこの量は!」

力無く倒れていたキラが、がばっと真っ赤に紅潮してる顔を挙げて非難じみた声を挙げた。
キラの両脇には、「これは買い物ではない……仕入れだ」というレベルの買い物袋が山となって鎮座していた。
クルーの注文はもちろんのこと、半分くらいはリナとカガリの買い物で構成されているそれ。30kg以上はありそうである。
キラの非難もごもっともだが、久しぶりに買い物という娯楽に魅了された若い女二人には通用しない。買い物は女を魔物にするのだ。

「こんなの、女の子と買い物に行ったら普通だよ? キラ君は耐性が低いなあ」
「そうだぞ。ここで男の甲斐性を見せなくてどうする? 女にモテないぞっ」
「ぐぬぬ……」

二人からの集中砲火にキラは男女の差をかみ締めて、ぐぬぬ顔を返すのが精一杯だった。

リナとカガリは、一緒に買い物をしていくうちに何故か意気投合してしまった。
カガリは最初はイヤイヤでついてきたが、若い年齢層の人間と買い物をしたのが楽しかったらしく、ずいぶんとストレス発散ができたようだった。
意外に金を持っていたようで、ほとんど値札を見ずに買っていた。さすがお嬢様。大丈夫かお嬢様。
それでも、”明けの砂漠”と一緒に居る時とは別人のように吹っ切れた顔をしている。

リナは、およそ5年間ぶりに口座内の金を吐き出して、百ドル単位の買い物をしてしまった。
なんせ銀行の口座を見たら、十万ドル近い貯金があったから大層びっくりした。
軍に居る間は使い道もなかったし、使う機会もほとんど無かった。人付き合いも多いわけでもなし、節約が趣味みたいなものだったから貯まる一方だった。
リナ自身、緊張の連続で、溜めたものを吐き出す機会を探していたところだった。違う意味で貯めたものを吐き出してしまったが。

「まあまあ、キラ君。今日は奢ってあげるから、それで勘弁してよ」
「……まあ、いいですけど」

でもまあ、彼の気持ちもわかるわけだ。前世もあるわけだし、女の子の買い物に付き合わされたら愚痴りたくなる気持ちも分かるわけだ。
彼も労わってあげよう。よしよし。キラもむすーっとした表情は変わんないけど、少し柔らかくなった気配はする。

「で、カガリ。さっき注文してたドネル……なんとかって、何?」
「ドネル・ケバブだ。焼いた牛肉を削って、野菜と一緒にパンではさむんだ。美味いぞ!」
「へぇ、それは美味しそうだねぇ。ハンバーガーみたいなもの?」
「似てはいるが、こっちは独特の食べ方があるから一味違うぞ……お、きたきた」

話している間に目の前に置かれたのは、そのドネル・ケバブが運ばれた。それを見て、リナは、どっちかっていうとサンドイッチに近いな、と思った。
以前も書いたが、大西洋連邦はアメリカ合衆国を主軸として結成された連邦組織であり、欧米式の食文化を持つ。
もちろん、その大西洋連邦の軍人も欧米式の食文化であり、そのドネル・ケバブは大西洋連邦でも食べられるサンドイッチによく似てる印象だった。

「なんか変なにおいするよ?」
「油のせいだろ。こっちの油は精製が粗いらしいからな。慣れたら気にならなくなる!」
「カガリって、結構豪快だね」

キラが苦笑しながら言ってる。おいおい、それは女の子に対するほめ言葉じゃないぞ。
それでもカガリは気分を害した様子もなく、ぐいっと赤い液体が入った半透明の容器を引き寄せる。

「まあな。繊細だったらこの土地には住めないさ!
まあ食ってみろ。チリソースをかけて食べるのが、通の食べ方なんだぞ!」

既に通なのか。まるでグルメな芸能人ぽい口調で、食べ方を勧めてくるお嬢様。

「へー、チリソースか。確かにそれなら美味しそうだね」
「それがカガリの食べ方かぁ」

チリソースは軍の食事でもよく出てくるから、確かに馴染み深い。
ドネル・ケバブの食べ方がわからないキラも、勧められるまま、カガリから回されたチリソースを手に取ろうとして、

「あいや、いやいやいや待ったぁ!!」

どこの歌舞伎役者だ! そう思って、びっくりして三人が振り返ると……振り返ると、ハワイアンなおっさんがいた。
サングラスにクラシカルな形状のカンカン帽。今時はじめて外国に出た中年でも着ないようなハワイアンシャツのせいで浮きまくってる。
サングラスの横には立派なモミアゲ。なんだ、どっかで見たことあるやつだな……。特にそのモミアゲ。
リナが訝しげに見てる間にも、そのおっさんは声高に主張する。

「ケバブにチリソースなんて、何を言ってるんだ、君は!
違いの分かる人間は、ヨーグルトソースをかけて食べるのだよ。それがバラディーヤ流だ! 分かるかね!?」
「な、なんだいきなりお前は……私の食べ方に口出しするな」

なんという温度差。やたらハイテンションなおっさんに対し、やたらと冷めた反応を返して、カガリはそのままケバブにチリソースをぶちまけた。
うわ。君、対抗心だと思うけどかけすぎだと思うよ? 真っ赤だ真っ赤。かけたからって三倍になるわけじゃないぞ?
それをおもむろに頬張るカガリ。うわ、辛そう! ケバブの味するのか? 絶対チリソースの味しかしないだろ。
しかしカガリは表情を緩ませる。

「うむ、美味い!」
「マジで?」
「マジだ! ほら、キラとリナもかけろ!」

ずいっとソースを押し付けてくるカガリ。それに対し、おっさんは譲らない。

「なんということをするんだ、君は! 神聖なるケバブを一瞬にして名状しがたき赤い物体にしてしまうとは!
神をも恐れぬ所業だ! このヨーグルトソースによって、白く染め上げて食べるのだ! そうしてこそケバブの無念は晴らされる!」

前半はこのおっさんに同意したい。後半は意味がわからんけど。
キラも、一体どっちの食べ方が正解なのかわからず、おどおどして様子を見守っていた。
関係的にはカガリに同意したいところだけど、このおっさんもかなり押しが強そうだし、変に断ると面倒くさそうだというのが、キラとリナの共通見解だった。
よって、キラとリナは二人が火花を散らすのを見守るしかできない。

が、それがまずかった。
何がどう手が滑ったのか、二人のケバブに向かって無造作に、赤い液体と白濁液がぶちまけられる。

「「あ」」
「うわーあー……」
「えぇ……」

キラとリナ、ドン引き。
紅白サンドイッチ? いやいや、めでたくないぞ。いよいよ「名状しがたき紅白の物質」になってしまったケバブ。
チリソースとヨーグルトソースが混じってカオスになってる。組み合わせ的に食べられないこともなかろうが……。
リナの頬が引きつり、キラは呆然と見下ろした。え、食べるの? これ。

「いやあ、すまなかったね。少年少女。神聖なケバブを台無しにしてしまった」

何をいきなりどっしり座ってるんだ、と思いながらも、そのケバブを手に取る。やっぱり食べなきゃいけない流れなのか。
どうしてくれる、と、恨めしげな視線をおっさんに向ける。参った参った、と呟くだけで全くダメージを感じない。おのれ。

「い、いえ、こういうのもなかなか……」

キラはおとなしく食べてる。いやあ、君は偉いよ。立派な芸人になれる。新人いびり的な意味で。
きっと彼は、ソースの味しかしない、とか思ってるんだろうなぁ。そりゃ当然か。特にキラのケバブのソースの乗り方は半端ではない。
ケバブとソースの厚みがほとんど差が無いんだから。あんなもの食べてたら病気になるぞ。

「ま、いいですけどね」

ぼやきながらケバブを口にする。う。ソースのせいでやたら肉厚で、頬張りにくい。
ただでさえ小さな口をしてるから、あんぐ、と思い切り口を開けなきゃいけない。もぐもぐ。
んぐ……ヨーグルトソースの酸味、チリソースの辛味が混然と絡み合い、乳性たんぱく質がチリソースの辛味を中和して……。
ねるねる○るねが、ひっひっひ……。

「美味い!!」
テーレッテレー
「「「嘘ぉ!!?」」」

おっさんにも驚かれてしまった。

「む、無理しなくてもいいんだよ? さすがに僕も、罪悪感を感じてるし」
「いやいや、ヨーグルトとチリのミックスってこんなに美味しいなんて気付かなかったよ!
チリソースの味の強さをヨーグルトのさわやかな酸味が和らげて、互いに助け合い……味のハーモニーを饗宴してるのさっ」
「マジで言ってるのかい……」

なんかおっさんがげんなりとした顔をしてる。なんて失礼なおっさんだ。お前がかけたのに。
ボクは言葉通りの感動を感じているぞ! 美味い、これは美味い! もっとかけよう。ぶぢゅるぢゅる。

「うぷ……」

おいこら、キラ。その表情はボクをひどく傷つけるぞ。ちょっと頭冷やそうか。
くぬくぬ。キラにヨーグルトソースを振ってると、やめてください、と悲鳴を上げながら逃げ惑ってる。
それを見て、はぁ、と、二人でため息を重ねてるおっさんとカガリ。
――直後。

「伏せろ!!」

最初に叫んだのは誰だったか。おっさんだ。
リナも直前に感じた、まるで鉄の塊のような気配に対して、脊椎反射的に反応して伏せる。
ほぼ同時にキラも、カガリを伏せさせて自身も伏せる。

その頭上を、シュンッ、と何かが空気を切り裂きながら飛翔。店内で炸裂し、様々な破片が飛び散り、悲鳴が飛び交う。
四人は事前にテーブルの陰に隠れたおかげで、無傷。買い物を入れた袋がいくつか裂けたが、まだ持って帰れそうだ。

「無事か!?」
「まあね……テロ屋かな」

おっさんの呼びかけに、少し苦しげに応える。手の中には、咄嗟に抜いた制式拳銃が納まっている。
キラも拳銃を手にしている。彼も撃つのだろうか? 訓練しているところは見たことが無いが。
テーブルを引き倒し、盾にしていると、機関銃の連続発射音がうるさく響いてくる。
突入してきたテロ屋の二人が、銃を乱射しながら何か叫んでる……?

「くたばれ、宇宙の化け物ども!」
「青き清浄なる世界のために!」

げっ! こいつらブルーコスモスか!? 思わずリナはぎょっとしてしまう。
地球連合にも深く食い込んでいる、反コーディネイター団体。地球軍の好戦的な部分は、大半はこいつらが担っているといっても過言ではない。
だからって、こんなところ、こんなタイミングに現れなくてもいいだろうに!

おっさんが物陰から少し身体を出して、銃を撃ち返している。こいつ、銃を持ってたのか。
テロリストがそちらを向いた。その隙を狙い、戦闘不能にさせるために肩口を狙撃。
ぐあっ、とテロリストが身体を傾がせ、そこへまた別方向から飛翔した銃弾が、テロリストに致命傷を与えて崩れさせる。

「なっ……」

そちらに振り返ると、その銃弾を放ったのは店内の客の一人だった。
目の動きと構え、銃口の安定感。こいつ、軍人だ。それもかなり訓練されている。
しかも一人や二人ではない。全員が精鋭クラスの練度をもって、統率された動きと射撃で応戦する。
一体いつから居たんだ? これだけの数の兵士が「たまたま食べに来てました」では納得できない。
ザフトの拠点で大っぴらに武装している人間で、ブルーコスモスと対峙するとしたらザフトしかいない。なぜこんな場所に……。

「構わん! 全て排除しろ!」

その声は、おっさんだ。そちらに目を向ける。サングラスが落ち、カンカン帽もどこかに落としている。
先ほどの能天気なおっさんぶりはどこへやら。的確な指示を兵達に与え、たかがナチュラルのブルーコスモスの尖兵を瞬く間に返り討ちにしていく。
厳然たる口調、指揮ぶり、身のこなし。今までなぜ気付かなかった!? リナは、自分の鈍さに頭を抱えたくなった。
こいつは――かの砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドだった。



[36981] PHASE 20 「砂漠の虎」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/01/13 03:23
「これで吹っ飛べ、コーディネイターども!」

ブルーコスモスの男が構えたのは、対人ロケットランチャー。あれを撃たれたら、ザフト兵だけじゃなく自分達まで爆風に巻き込まれる。
ロケットの発射を阻止しようと、その男の脳天に照準を合わせた瞬間――頭の中に声が響く。

(別に吹っ飛ばしてもらえばいいんじゃないか? 相手はザフトだし、手間が省ける……
自分と、キラとカガリくらいならなんとかできる。なら、吹っ飛ばしてもらった後に撃っても――)

引き金を引く指に、力が篭らない。汗が、こめかみを伝う。撃つべきはどいつだ?
ザフト、ブルーコスモス。砂漠の虎。アンドリュー・バルトフェルド……こいつは間違いなく、今の時点で、敵だ。
優先順位を考えろ。お前は今、地球連合軍の軍人なんだ。ブルーコスモスは確かに危険だ。でも、今自分達を襲ってきているわけじゃない。
タッシルが襲われた。自分も殺されそうになった。自分が本当に倒したいのはどっちだ……?

「リナさん!?」

キラが、リナが何をしようとしていたか気付いた。
いつの間にか、その銃口は、目の前で部下を指示しているバルトフェルドのこめかみに向けられていた。
部下のザフト兵も、テーブルの陰にいるリナが、バルトフェルドに銃口を向けていることに気付いていない。
今彼が銃殺されても、ブルーコスモスが放った流れ弾と誤認してくれるだろう。絶好の暗殺タイミングだった。

それに気付かず――目の前にいるのが砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドと知らないキラは、リナの銃口の向ける先に気付いて目をむいた。
彼女は自分がしていることがわかっているのか? この銃撃戦で錯乱したのか、と勘ぐった。
例え砂漠の虎だとわかったとしても、関係のない一般人の安全を無視してでも敵を討とうとするリナの行為を、許容しようとはしなかっただろうが。

「くっ……!」
「あっ!?」

キラはリナの手から拳銃をひったくると、ロクに使い方のわからない拳銃を構えることをせず、そのままロケットランチャーを構えている男に投げつける!
まるで吸い込まれるように、拳銃がその男に直撃! 短い悲鳴を挙げて、身体を傾がせた。直後、ロケットランチャーの引き金が引かれる。
何をする、とリナがキラに叫ぼうとした、直前。
砲手が姿勢を崩したせいで、弾頭ははるか上に向かって発射。しゅっ、と細い音を立てて天井に吸い込まれ――炸裂!

「ぐぅっ!?」
「あぁっ……!!」
「うわっぷ!?」

四人が頭を庇って、咄嗟に倒れていないテーブルの下に潜り込む。店内の食器やらビンやらが飛び散り、逃げ遅れた一般客がまた悲鳴を挙げた。
砂混じりの熱風が背中を叩き、長い黒髪が持っていかれそうなほどにすさまじい風圧が襲った。
何か炸裂音が響いて、破片が飛散するけどそちらに視線を向ける余裕がない。すぐ近くにソースのボトルが落ちた音がしたが、ガラスが割れる音に紛れる。

「――ッ!!?」

続いて飛散した何かが、後頭部を直撃。目の前がチカチカと星が散って、一瞬真っ暗に。
がくんと頭を垂れて、頭全体が熱くなっていく。たんこぶができたかもしれない。
痛い、痛すぎる! 頭がくらくらする。ぎゅっと閉じた瞼から涙が滲んでくる。こんなに痛かったのは幼女時代の体罰以来だ。

「~~~~~……!」
「大丈夫ですか!?」

キラの悲鳴に近い声が聞こえる。大丈夫じゃない! けど、いつまでも痛がってたらそれはそれで情けない。
なんとか涙を拭って、大丈夫、と言おうとした瞬間。

ぶぎゅ。
「あっ?」

リナの安否を確かめようと、キラが歩み寄ると……何かゴムっぽい弾力の物体を踏んでしまった。
なんだ? と、視線をおろす前に。

びゅるびゅるっ
「ふあああっ!?」

なにやら卑猥な水音と同時、目の前で涙目で顔を赤くしてる彼女、リナの可憐で無垢な顔に、
ぼたぼたっ、と重たい水音を立てながら、白く濁った、粘っこい液体が飛んだ。
小さく筋の通った鼻に、くりっとした丸い目に、少し厚い唇に、柔らかそうな張りのある頬に、艶のある黒髪に。
白く濁ったナニカが吐き出される。栗の花の匂い……は、しなかったが。

「な、なにこれぇ……? 顔に……」
「うっ……」

キラの顔が、赤やら青やらいろんな色に染まった。
屈んだリナの顔は、中腰のキラの股間の高さ。そしてリナの紅潮した顔に吐き出された白濁。
しかも、リナは顔にかかった液体を指ですくって、あむって舐めてる。その動きがまた、まるで指が舌のように艶かしく動いていて色っぽい。
狙ってるのか、狙っているのだろうか。しかも赤く顔を染めて、瞳を潤わせて。ちゅぱ、と唇を鳴らした。
そこまで狙った動きをすると、指を抜いたときにちろっと見えた舌の赤みですら、男の本能を刺激させられる。

「ひぃっ」

キラはらしくもなく、喉の奥から小さく声を漏らして腰を引いた。
不可抗力だ。今の粘っこい白濁にまみれたリナの顔を見れば、想起するものが何かなど容易に理解できる。
ましてキラは思春期。そういうものに興味が盛んな時期の少年には少々刺激が強すぎ、リナの外見年齢を考えると背徳に過ぎた。
腰に熱が集まってくるのを感じて、へっぴり腰になってしまい動けなくなってしまう。ついでに膝も小刻みに震えっぱなしだ。

「キ、ラ君……? どうしたの?」
「わああああっ! な、なんでもないです……!」

リナが白く汚れた顔を近づける。近い。リナの髪から石鹸の匂いがする。しかも乳の匂いが混じってて、かなり危ない。
キラは慌ててリナから身を引いた。気付くと既に銃撃戦は終わっていて、一般人に扮したザフト兵が、ブルーコスモスの尖兵の生死確認をしている。
ふぅ、と、誰ともなく安堵の吐息が漏れる。

「お前、銃の使い方もわからないのか!? 馬鹿!」

カガリがキラに掴み掛かってくる。さっきの拳銃の投擲のことだろう。
その眼には心配の色も浮かんでいるが、キラはその真意を読み取る余裕はなかった。
そのカガリも、何故かヨーグルトソースだけを被って、端整な顔立ちの鼻や頬を白濁で汚している。チリソースは迷子になりました。

(うっ!)

二人の少女と幼女。顔を白濁で汚して、一人は顔を艶やかに緩ませ、一人は掴みかかってくる。
キラの豊かな想像力が――いやさ妄想力が、カガリとリナを脳内で汚しまくっていた。それにしてもこのキラ、ノリノリである。
その掴み掛かってくる勢いに逆らうことができず、ふらふらと腰を引いた姿勢のまま後退り。
しかも喉から出てくる声はどうしても弱く、震えている。

「あ、あ、やめて……」
「それに、なんだ今のへっぴり腰は……怖かったのか? それとも、腹に銃弾を食ったのか!? 見せてみろ!」

キラのその常ならざる態度に、カガリは余計に心配に表情を曇らせて、横になれ、なんて言ってくる。
もし今姿勢を正したら――生理現象を見られてしまう。ああ、やめて。とっくに僕のライフはゼロよ。
スーパーコーディネイターのキラといえど、その生理現象をいきなり引っ込めることなど不可能だ。
ましてその姿勢。もともと人に優しすぎる彼に、心配してくれるカガリを突き返すことなどできはせず、そのまま横にされてしまった。

「おい、なんで腕を下に突き出すんだ? そんなんじゃ脱がせないだろ」
「うぅっ……ぼ、僕は大丈夫だよ。何も怪我はしてないから」

咄嗟に股間を隠すキラに、カガリはその腕をひっぺがそうとする。
しかし今度はしっかり腕を固定するキラ。なおも反抗するキラに、カガリの顔に徐々に怪訝の色が浮かんできた。
いいから見せろ、怪我は我慢するもんじゃない、と、カガリは譲らない。
もう隠すのも限界だ。彼女もムキになってきたのか、その引き剥がす腕の力も強くなってきた。
キラはいよいよ観念するときなのか、と、妙に悟りモードに入ってしまう。のちの賢者モードである。

(なんで……僕達は、こんなところに来てしまったんだろう……)

色々とフライング気味だが、それくらい思春期には重大なことなのだ。
だんだんとその腕がカガリによって引き剥がされる直前――

「無事かい、少年少女達!?」

バルトフェルドの声によって、三人が我に返って振り向いた。
そういえば、と、リナは自分の迂闊さを呪う。相手がその砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドなら、ここは既に虎の縄張りの中なのだ。
ボーッとしている場合じゃない。なんでこうなったのか……後頭部を強打して思考が巧く働かなかったと思いたい。
そんなリナのシリアスな思考をよそに、バルトフェルドの緊迫した表情は、三人の様子に半眼になって、なんともいえぬ複雑な表情になっていく。

「……無事な、ようだね……なによりだ」

その声には、心配して損した、というのと、安堵の音も含まれている。
顔を真っ赤にして股間を隠して横になっているキラ。それをひっぺがそうと躍起になっている、ヨーグルトソースで顔を汚しているカガリ。
極めつけは、艶っぽい表情に緩んでいる顔を、これまた同じくヨーグルトソースで汚しているリナ。
一体どういう経緯があってこういう状況になったのか理解しがたいが、まずはキラに生暖かい視線を送った。

「あんな状況で……最近の若者は、風紀が乱れてるねえ。若いってのは羨ましいよ」
「ち、違います! ヨーグルトソースが……勝手に……!」

ムキになって否定するキラ。はっはっは、と笑っていなしたバルトフェルドに、ザフト兵の一人がバルトフェルドに駆け寄った。

「隊長! ご無事ですか!」
「うむ、彼が『たまたま落ちてた銃を投げてくれた』おかげでね」

その含みのある言い方に、リナは目を見開く。
リナの視線に、バルトフェルドは一瞬、獰猛な笑みを返す。背筋を、ぞくり、と痺れが走った。

――まさか、銃を向けていたのを気付いていた!? 

もし気付いていたのであれば、あの状況下で銃を向けるリナの境遇は容易に想像できるだろう。
幼い外見、そして現地民族ではないリナの人種。まさか軍人とは思わないだろうが、ブルーコスモスの関係者くらいには想像しているのかもしれない。
駆け寄ってきたザフト兵に、こう命じるのではないか? ――彼女を無力化し、捕縛せよ。と。

「それにしても君達、ひどい有様だね……もしよければ、僕に恩返しをさせてくれないかな?」

リナが身体を強張らせていると、気付いたときには、バルトフェルドの表情から獰猛さは消え、最初に出会った時のように飄々とした表情に変わっていた。
声も同じく、ノリの軽いオッサンのような口調に戻っている。それに安心したのか、キラが表情を緩めた。

「い、いえ、そこまでしていただかなくても――」
「まあまあ遠慮するな少年! これは僕からのお願いでもある。
僕を助けると思って、命の恩人に恩返しをする機会をくれたまえ。なあに、大して時間は取らせないよ」

相変わらず押しが強い。後ろのバルトフェルドの部下達も、また始まったよ、という顔をしている。
この辺りの人懐っこい性格は演技ではないのだろう。さっきのブルーコスモスを返り討ちにした張本人とはまるで別人のようだ。

「それに君は、こんな可愛らしいお連れの女性達を汚れたままにしておくつもりかい?
僕の家で身体を洗っていくぐらい、甘えてもらってもいいと思うんだがね」
「あ……」

キラが、リナとカガリの惨状を省みて言葉に詰まる。確かに、彼の好意を断って、二人ともこのままにしておくのは気が引ける。
……別の意味で目に余る状況なので、正視はできないが。

「……くっ」

一方リナは、一刻も早くこの街を出ないといけない、と焦っていた。
召集時間が近い。のんきに洗濯して身体を洗ってをしていると、確実に間に合わない。
それにさっき、銃を向けたのを見られてしまったかもしれないのだ。彼についていくのは、腹をすかせた虎の檻に入るようなもの。
だけど、断っても危険だ。ここは虎の巣であり、彼の言葉が法になる。断れる道理など無い。
それに、自分に銃口を向けた相手を逃がす軍人など、どの世界にもいないからだ。

「……わかりました。お世話になります」
「うむ、人間素直が一番だ! こちらも気持ちよく君達をエスコートできる。
では行こうかね。――車を用意してくれたまえ」
「ハッ!」

リナが不承不承頷いたことに快活に笑顔を返したバルトフェルドは、手近に居た部下に車を回すよう命じる。
程なく回ってくる車をボーッと待っていると、カガリの歯軋りの音が隣から聞こえてくる。

「アンドリュー・バルトフェルド……!」

彼女の歯の間から聞こえてくる声に、リナはこれから向かう虎の寝床で起きる災難を、予感せずにはいられなかった。


- - - - - - -


バルトフェルドが接収したという豪華ホテルにやってくると、リナは身をこわばらせた。
ホテルの豪華ぶりに、ではない。リナの実家のシエル家だって、二十人以上は暮らせそうな立派な豪邸だ。緊張の原因は他にある。
その原因――多くの警備兵が、入り口といわず、ベランダ、屋上、庭にも立っている。
そのうえ、橙と土色で彩られたMS――ジン・オーカーすら立たせている徹底振りだ。完全に臨戦態勢である。
そのうちの一機が、じっとメインカメラをこちらに向けているのだから心臓に悪い。手にしている機銃を向けてこないのが救いか。

「遠慮することはない! さあ、入りたまえ」

竦んで立ち止まるバルトフェルドに、三人は押されるようにして入っていく。できれば全力で遠慮したいところだけど、肩から上にかかったヨーグルトソースが気持ち悪い。
赤毛のザフト兵――ダコスタが駆け寄ってきた。びくっ、と身体を震わせたのはキラでもカガリでもない、リナだ。
キラはまだ軍属になって日が浅く、ザフト兵に対する警戒心はまだ弱いが……みっちりと士官教育を叩き込まれたリナは、敵兵と見るとつい反応してしまう。
だけど幸いにも、ダコスタはリナの様子に気付かずにバルトフェルドに話しかけた。

「隊長! ブルーコスモスに狙われたと聞いて心臓が止まりかけましたよ!」
「君は心配性だな! だけど見てのとおり、無事だよ。彼らの活躍もあってね」

三人に賛辞を送りながら、三人に向き直る。ザフト兵もつられてこっちを見てきたので、ぴしり、と三人は硬直してしまった。
ダコスタは、三人を見て怪訝そうに顔を顰める。特に、リナへの視線が厳しい。
リナは今にも心臓が止まりそうだった。見た目からして軍人とは思われないだろうが、それがわかっていても敵兵の視線は、銃口を向けられているようだった。
ダコスタが、訝しげな声を挙げた。

「……ライナー殿? 確か、マカリ殿と一緒に警備に――」
「イカンなぁ、ダコスタ君。お客様に対して向ける言葉は、労いと歓迎の言葉だけでいい。そうだろう?」

ダコスタの言葉を、バルトフェルドが咄嗟に遮った。
軽く驚いたようが、隊長の表情に気付いて、失礼しました、と敬礼を返し、それ以上の追求はやめた。
なんだかわからないが、助けられた? 不思議そうにバルトフェルドを見る。彼はその視線に気付いて、先を歩き出した。
ダコスタとすれ違うと、三人をあからさまにじろじろと見る。特にリナに視線が集められていた。
なんだよ、と睨み返すと、視線を逸らされてしまった。怯えたというよりスルーされたような感じだったので、むぅー、と唸る。

「うちの部下が失礼したね。いくらリナ君が可愛いからといって、お客様をナンパするなんてね。
若いっていうのは羨ましい限りだが、彼には後できつく灸をすえておくよ」
「な、ナンパ……っ?」

自分で言うのもなんだけど、犯罪だ。それに、どっちかと言うと視姦だ。あらやだはしたない。

「はっはっは、キラ君もそんなに睨まないでやってくれたまえ。
ナンパされるほど可愛い彼女がいるんだ、むしろ誇るといい」

キラの睨み顔に気付いたバルトフェルドが、気さくな笑い声を挙げた。
自分でも無意識だった睨み顔を指摘されて、はっ、と息を呑んで顔を赤くしてる。

「そ、そんなんじゃ……」
「いいよいいよ、青春だねぇ。僕にも少しくらい分けて欲しいもんだ。
……っと、お客様をいつまでも玄関先に立たせるのもなんだ、入りたまえ」

違いますよ、とキラが否定の声を挙げるのに取り合わず、バルトフェルドは三人を率いてホテルの中へと招いた。
さすがに高級ホテルだけあって、空調が効いていて変なにおいも無い。それに限って言えば、まるでアークエンジェルの艦内のように快適だ。
敵地のど真ん中ということも忘れて、すぅ、とリナは深呼吸した。

「……涼しー」
「リナさん、のんきですね……」
「お前、頭にお花でも咲いてるのか? ここは、あの砂漠の虎の本拠地だぞ!」
「う、うるさいなっ」

くそう、カガリにまで言われてしまった。
わかるんだけど、さっきのバラディーヤ市内はそれくらい臭かったし暑かったんだぞ。ぷくぷく。
もー、とリナは唇を尖らせて頬を膨らましてる。

「我々もこの町の匂いは気になってたのでね、電力不足の地球の皆様には申し訳ないが、空調をガンガン効かせてもらっているのだよ、ははは」
「プラント育ちだろうしなあ」

バルトフェルドの冗談に、リナがぽつりと呟く。

「そうそう、我々は箱入り娘だからなぁ。まったくコーディネイトされているとはいえ、
地球の環境の移り変わりはついていけなくなるときもあるよ」
「――キラ君もコロニーに居たみたいだし、同じような感じじゃないかな?」

そういえば、キラはヘリオポリスでどれくらい生活していたんだろう?

「そうですね……地球に住んでいた記憶は無いですし、ずっとプラントやコロニー育ちです」
「生まれも育ちも宇宙、か。冷静に考えるとすごいことだね」

こういうと誤解が生まれそうだけど、宇宙人ってやつだ。
人間の人格や常識は生まれ育った環境で大きく変わるものだから、コロニーやプラントという人工物の中、そして宇宙という過酷な環境で生まれ育った彼らの常識は、地球で生まれ育った僕達とはかなり価値観が違うのだろう。
そりゃあ倫理観や良識などの、いわゆる「理性的な価値観」はたいした違いはなかろうが、空気や水、節約意識、場所の使い方などの「物的な価値観」には大きな隔たりがありそうだ。

地球では空気は何もしなくても手に入れられるし、水は比較的安価に、半永久的に供給される。
微生物から大型動物までに至る食物連鎖によって、人間が過剰な生産と消費をしない限り半永久的に食物も供給されるし、
大気の流れから分子レベルの運動に至るまで、その全てが生物が住むために作用しているため、隕石でも落ちてこない限りは生活できるのだ。
場所だって、コズミック・イラの時代に至ってもまだ使われていない土地が地球上にはたくさんある上、
輸送技術や建築技術の発達によって、地球上でいう「過酷な環境」程度ならば、事実上、海中以外なら地球のどこにでも場所を得ることができる。

それに比べて宇宙はどうだろう。
技術の発達によって、空気や水、食物は高度な科学技術によって循環しており、一見無限に見えるが、地球の自然再生能力には遠く及ばない。
おそらくどんなに技術が発達しても、地球と同じレベルの環境は人工的に得られないだろう。それほどに地球は完成された環境なのだ。
コロニーやプラントをひとつ建造するにしても莫大な資源や資金、時間、人材が必要だ。
地球の家屋みたいに、プラントやコロニーをぽんぽんと増築できるわけでもない。できたとしても、地球に住む人間には想像できないほどの手間がかかるはずだ。
資源や資金、人材の他に、気密、気温、慣性重力の確保、採光、デブリ対策、放射能対策、太陽風対策、自己完結能力――数えだしたらきりがない。

それほどに、宇宙に住むというのは非現実的で、過酷なことなのだ。だから、コーディネイターという遺伝子を組み替えた新たな人類が必要だったわけだ。
それでも彼らは人間という枠内であることに変わりは無く、酸素が無ければ死ぬし、水が無ければ渇くし、食べ物が無ければ飢える。
どこまでいっても、宇宙が過酷なことには変わりないのだ。
地球のゆりかごに住む地球人類。宇宙という過酷な環境に住む宇宙人類。一体どっちが箱入り娘なのだろう?

「大方のコーディネイターはそんなものだよ。オーブに住む同類は別だろうがね。
こうして戦争でもやってなければ、観光に来たんだがね……戦争っていうのは悲しいものだよ」
「…………」

生粋の地球軍の軍人であるリナは、お前達が散々テロを仕掛けてきたからだろ……と言いたかったが、
実際のところ、ナチュラルとコーディネイターの確執がどこから始まったのかはっきりわからないから、できなかった。
プライマリ、ジュニアハイ、士官学校で習った歴史もひどくナチュラル寄りで、コーディネイターが一方的に悪いかのような内容だった。
最初は信じていたけれど、真面目に勉強を始めると疑問がどんどん湧いてくるばかりになってしまった。
結局、何が真実なのかわからないまま……一方に加担することになってしまった。家系もだが、流れに逆らえない自分の性格を恨めしく思うこともある。

「おかえりなさい、アンディ」

経験が豊富そうな艶っぽい女性の声が聞こえて、そちらに振り向く。
青いドレスを身にまとった、長い黒髪の女性。どことなくエスニックな雰囲気を漂わせるのは、彼女がアジア系の顔立ちをしているからだろうか。
身体にぴったりと纏う衣装が女性らしさに溢れた凹凸豊かな身体のラインを強調していて、まるでハリウッド女優のようだ。

「ただいま、アイシャ」

それにバルトフェルドが応じて歩み寄り、腰に腕を回して抱擁する。
アイシャも微かにバルトフェルドの身体に体重を預け、太い首に細い腕をゆっくりと回し、唇同士の浅いキス。
抱き合う、という単語で形容できないような、まさに大人の抱擁である。これで背景が夜のバーだったらメロドラマのワンシーンだ。
どれもが経験豊富な男女の自然な交わりで、若年の三人には少々刺激的だ。キラもカガリも、目を丸くして気まずそうに顔を赤くしてる。
その中で一番年上のはずのリナが、何故か一番顔を真っ赤にしてしまった。くりっとした目をまん丸にして、丸いほっぺがまるで桃饅のよう。

(うお、ぉぉおう……ひ、ひひひひ人前で、な、何してるんじゃいー!)

ぼしゅー。頭のてっぺんから蒸気が噴出して、内心慌ててしまった。なんか顔が熱い!
お、男と女がね、抱き合うってね、自然なことだと思うけどね!? そんな抱き合い方ってあるのかい!? ふおおぉぉぉ……!

「……ふふ。この子達ですの、アンディ? 真っ白だけれど……」

自分の様子に気付いたのか、これまた艶っぽい笑みを漏らして自分達を視線で指してきた。
なんか自分の動揺を見透かされたみたいで、びくり、と肩を震わせた。うぅ、こっちのほうが確実に精神年齢は上なのに、なんだこの差は。

「ああ、どうにかしてやってくれ。チリソースとお茶――は迷子になって、何故かヨーグルトソースだけが派手にかかっちまってね」
「あらあら、ケバブね。ひどい偶然だわ……ふふふ、飾り甲斐のありそうな子達だわ♪」

二人を見るアイシャの目が、妖しく輝いた。効果音をつけるなら、キュピーン☆というところだ。
え、なにその新しい玩具を見つけた女の子の目。カガリと二人揃って、ずざ、と一歩後ずさりした。
でもその目はすぐさま元に戻って、にっこりと最上級の笑顔に変えた。

「さ、いらっしゃい」
「は、はい」

アイシャの笑顔に圧されて、二人揃って頷いてぽてぽてとついていく。
キラはバルトフェルドと話があるようで、別の部屋に案内された。……ついてくるつもりだったら、殴ってたけど。
連れてこられたのは、同じフロアの奥の方。ホテルで同じフロアなので、作りはどこも同じだ。
これで、そこかしこにザフト兵の歩哨が立っていなければもっとリラックスできたんだけど……敵地のど真ん中でリラックスさせろなんて、筋違いもいいところか。

部屋の前に立っていたザフト兵が、踵を揃えて敬礼して、アイシャが笑顔だけを返す。どうも彼女は正規軍じゃないようだ。
若い兵だ。階級は、ザフトには無いからなんとも言えないけれど。というか各服の色の中での階級というか、上下関係はどうなってるんだろう?
ザフトと地球軍の敬礼の形式は同じなので、答礼した。それを見てカガリがきょとんとして、アイシャが、ふふ、と笑み声を漏らした。
リナのその幼い見た目の割りに、いやにキビキビとした敬礼をするので、そのギャップが可笑しかったのだ。
ザフト兵も意外だったみたいで、一瞬きょとんとした顔をするが、すぐにぴしっと背筋を伸ばした敬礼を返した。

「どうぞ」
「失礼します……」

その部屋にリナとカガリは招かれて、中へと入っていく。ここはバルトフェルドとアイシャの共用の部屋だろうか?
リビングは広い。バスケコートの半面くらいはある。落ち着いた色調の絨毯にソファー、輝き過ぎない小ぶりなシャンデリアも良い趣味をしている。
虎の置物があったり、エスニックな置物があったりと、二人の趣味の違いがはっきりと出ている。
それでも違和感がないのは、二人の趣味は違いながらも、しっかりと協調した配置やテーマを意識しているからだろう。

「シャワーに入りましょう……貴女からよ」
「ボクから?」

最初にシャワーに呼ばれたのは、リナだった。

「えぇ。貴女も汚れているのだけれど、ごめんなさいね」
「ああ、問題はない。リナ、早めに出てくれよ」
「うん、すぐ出るから……」

カガリに見送られて、脱衣室に。扉を閉めて、ヨーグルトソースまみれのワンピースとシャツを脱いで、シャワールームにぺたぺたと入った。
乳臭い。……決して自分の体臭じゃなくて。頭からお湯を被ると、ヨーグルトソースが流れていく。

「ぷぁっ」

息を吐いて、顔をばしゃばしゃと手で洗う。すんなりとした、少しぽっこりと膨らんだお腹を水滴が流れていく。
二十四歳で、胸よりお腹のほうが出てるってどうなんだろう。いや、別に太ってるわけじゃなく、全体的に縦長三角形な身体なのだ。
いわゆるイカ腹であるぽっこりしたそのお腹を、こしこしと備え付けのスポンジで洗う。

「んっ……」

くすぐったい。なにこのスポンジ気持ち良い。ふわふわで肌触りいいし、自分の肌に合ってる感じ。持ち帰りたい。
もっと洗っておこう。日頃の垢を落とす良い機会だし。
こしょこしょ、こしこし、……くちゅくちゅ。

「んあっ……!」

びくん。
い、今漏れそうだった……。スポンジ越しに、ぎゅーって指を押し込んだら……全身の力が抜けそうだった。
いかんいかん。そんなに乱暴にやったら傷がついてしまう。ただでさえ(色々な意味で)弱いところなんだし、慎重に、優しく指を、もとい手を使わないと。
こう、この狭いところに、そっと指を……


(※:しばらくおまちください)


- - - - - - -



キラはバルトフェルドに珈琲をご馳走になりながらも、バルトフェルドの執務室にあるエヴィデンス01のレプリカを眺めていた。
そしてこの二人の話題は、そのエヴィデンス01の話題に移る。
一見、鯨に見えるそれ。だが、一体何者なのか。地球外生命体? そうとも見えるし、ただの鯨の化石をいじっただけにも見える。
話しながら、キラは珈琲を飲む。……キラが飲むバラディーヤの珈琲は、苦い。
どこぞの総帥の声が聞こえたわけじゃないが、むせそうになって、バルトフェルドは苦笑した。

「君にはまだわからんかなぁ、大人の味は」

言いながらバルトフェルドは珈琲をすする。美味しそうに飲む彼を見て、大人の味覚はすごいな、と、先ほどの出来事を思い出した。
勧められてソファーに腰掛け、またエヴィデンス01の話題に戻る。
その存在に心を奪われ、宇宙の果てに希望を見出す人類。そしてもっと深みを目指し、作られたコーディネイター。
もっと、もっと先に行くために。人々の欲求に果てはなく、それを叶えるために、同じ人類を遺伝子改造するという禁忌に手を出す。

それがナチュラルとコーディネイターという差を生み出し、新たな対立を生み出した。

何がこの差の、戦争の原因だったのか? このエヴィデンス01か? コーディネイターか?
それはわからないけれど。キラはエヴィデンス01を眩しそうに見上げて呟いた。

「でも……エヴィデンス01って、希望じゃありませんか? 人類にとって」
「希望?」

キラの言葉に、エヴィデンス01を見上げるバルトフェルド。

「だって、このエヴィデンス01がいるということは、この広い宇宙に、僕達のように生き物がいるということですよね。
生命は僕達人類だけじゃない。話ができるかどうかはわかりませんが……そう考えると、なんだか温かい気持ちになれるんです」
「ほう……?」

バルトフェルドはキラの、青いながらも前向きな言葉に、微笑を浮かべた。

「君には、良い仲間がいるようだね」
「えっ……?」
「僕にも頼れる仲間がいる。だが君が話すような仲間とは、少し違うようだな。
戦友とも少し違う。家族のように胸襟を開いて話せる――そういう仲間が、君にいるように思えるよ。話し方から、そう感じる」

それを聞いて、キラの頭の中に仲間の顔が浮かび上がる。
トール、サイ、ミリアリア、カズィ達学生仲間。マリュー、ムウ、マードック、ギリアムらアークエンジェルの士官。
そして、小さな僕のパートナー、リナ。
守りたい。一緒に戦いたい仲間達。確かに彼らは、キラにとって心身の支えであり、成長させてくれた恩人。
彼ら彼女らのことを思うと、胸の中が暖かくなる。こく、とバルトフェルドに頷くと、バルトフェルドは、ふ、と笑みを返した。

ノックの音が聞こえ、そちらに振り向くキラ。入ってくるのはアイシャだ。それをバルトフェルドが声をかけて迎える。

「終わったかね?」
「えぇ。二人とも綺麗になってきたわよ」

言って、どうぞ、とドアを大きく開いて、カガリとリナを迎えた。
二人はアイシャの陰に隠れてる。衣装が見え隠れしていて、よくわからないけれど……

「なあに? 恥ずかしがることないじゃない」
「こ、これを……恥ずかしがらないやつが、いるわけないよっ」
「そうだ……なんだ、この趣味はっ……おかしいんじゃないか?」
「そう? 二人とも可愛いのに……さあ、早く二人に披露しましょう」

そう言って、二人を前に押した。二人とも小さな悲鳴を挙げて、小さくよろめきながらも立ち、二人にその姿を露にする。
その姿に、キラは驚きに目を丸くした。
ほう、と、バルトフェルドがガタッと椅子を足で押して立ち上がる。

リナが先に前に出る。ふわ、と、スカートが踊った。
シルクのリボンで飾った、白い肩を出し、これまた胸元が大胆に開いた、フリルで装飾されたゴシック調のドレスに、シルクのタイツとロンググローブ。
複雑なボンネットを頭に被り、頭にも小さなリボンを二つ両側に飾る。それら全てが、リナの黒髪に合わせて黒一色に統一されていた。
首に黒いベルトを巻いているのは、背徳的なアクセントをつけるためだろう。鎖をつけるための金具がついているのは、何の悪意が働いてのことだろう。
黒革の編み上げパンプスまで履いている。前のカジュアルなシューズはどこにいったんだろう、と考える余裕はキラにはない。

一方カガリも、全く同じ格好をしていた。
ただし、リナとは対照的に、全身純白。ツンツン外側に跳ねていた金色の髪は綺麗に整えられて、空調の微風になでられてふわりと揺れる。
金色の髪と橙の瞳は、その純白の衣装によく合った。少し日焼けしている肌が玉に瑕だが、充分に魅力的である。
リナが深窓の令嬢ならば、カガリは活動的な生命力溢れた少女、というところか。
対照的な特徴が二人の魅力を増幅して、一気にこの質実剛健な執務室の空気を華やかにさせた。

「……ゴスr「「その先は言うなああ!!!」」
「げふぅ!!?」

キラは白黒二人のダブルノックを受け、もんどり打ってソファーに倒れこんだ。



[36981] PHASE 21 「コーディネイト」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/01/29 22:23
「なんで私がこんな鬱陶しい服を着なきゃいけないんだ!」

カガリがフリルのドレスを揺らしながら、アイシャに精一杯抗議している。
鬱陶しい格好とは言うが、お嬢様育ちであるはずのカガリはヒラヒラした服は着慣れているはずなのに。
普段からあんな色気のない……じゃない、活動的な格好をしているのだろうか。そういう問題じゃないのだろうけど。
が、当のアイシャにはそよ風程度にしか感じないのか、最初と変わらない涼やかな笑顔を返してるだけ。

「だって貴女達の服は洗濯中ですもの」

と言って取り合わない。そりゃあ、元の服がすぐに返ってくるとは思っていなかったけれど、こんな非日常的な服でどうしろと。
とはいえ、今から別の服に着替えさせてもらうこともできなさそうだ。ここが敵地だということを忘れちゃいけない。
……シャワールームで色々とあったけど、それは忘れておこう。うぅ、なんであんなことをしてしまったんだろう。
後から入ったカガリにバレないか、かなりドキドキしてしまった。ていうか初めてやってしまった。
何であんなことをやってしまったんだろう……うぅ、死にたい。

「い、いたた……」
「もうっ、あんなこと言わないでよね。……ボク達だって、好きでこんな格好してるんじゃないんだから」
「ご、ごめん」

とりあえず恥ずかしがるのはここまでにしておいて、ソファーに倒れたキラを助け起こす。
キラの顔には靴の裏の跡がくっきり残ってる。ちょっと強く入れすぎたかな。
アイシャは二人を連れてくるためだけに部屋に来たようで、三人が戯れてる間に退室していた。

「そうだ。なんで人にこんな扮装をさせたりする? お前、本当に砂漠の虎か? それとも、これも毎度のお遊びの一つなのか?」

アイシャに抗議するのをひとまず置いといて、カガリがバルトフェルドに対して反発する。
毎度。まるで何度もやっているのを知っているという言い方に、バルトフェルドは片眉を上げた。

「そのドレスは僕のものでもアイシャのものでもないが――毎度のお遊びとは?」
「変装してお忍びで街へ出かけてみたり、住民を逃がして街だけ焼いてみたりってことだよ!」

ちょ、何言ってんのさ。そんな事言ったらバレバレじゃん。捕まりたいの?
リナはカガリの発言を封じてそう言いたかったけれど、自分もバルトフェルドに銃を向けてたのがばれてるかもしれないので、人のこと言えない。
というかバルトフェルドのものでもアイシャのものでもなかったら、一体誰のドレスなんだこれは。
リナとキラは揃って顔を強張らせ、カガリを目で非難するが、カガリは挑戦的な眼差しでバルトフェルドを睨んでいる。
バルトフェルドは、その闘志に燃えた真っ直ぐな眼差しに、口の端を吊り上げる。

「いい目だねえ。まっすぐで――実にいい目だ」
「ふざけるなっ!!」

バンッ! カガリがテーブルを殴りつける。その衝撃でコーヒーカップが倒れ、コーヒーがテーブルに流し出された。
それに対しバルトフェルドは驚く様子も気分を害する様子も無く、ただ冷徹な視線をカガリに向けていた。
リナは止めようかどうか迷ったが、この状態のカガリを無理に止めようとしたらどうなるか……火に油を注ぐ行為になりかねない。
カガリは着替えの時も服の中から武器は出てこなかったし、素手で立ち向かっても殺されることはないだろうけど。

(そういえばボクの拳銃はキラが投げたんだった……)

あの時キラが拳銃を投げて紛失してしまわなかったら、敵対勢力の人間だとバレていただろう。
なにせ持っていたのは地球軍の制式拳銃。それを着替えの時に見られたら、無事では済まなかったに違いない。まさに不幸中の幸いである。
そして腕時計も返された。通信装置も兼ねているから、これも取られずに済んでよかった。
ただ、助けを呼ぼうにも、通信はできない状態だ。ここで通信をしたら、敵に傍受して下さいと言ってるようなものだ。

「――君も死んだ方がマシなクチかね?」

鋭く細められたバルトフェルドの目を見ると、ますますそう思う。
アロハシャツを着てるくせに、放たれる闘気は百戦錬磨の軍人のものだ。キラと同じくらいしか実戦経験を持たない自分とは、格が違う。
その気勢に、三人ともが身を竦める。「返事如何では敵だ」――目がそう言っている。
急にバルトフェルドが、キラとリナに視線を向けた。

「少年少女は、どう思っているのかね?」
「え……?」「……それは」

急に振られても。……本音が他にあるだけに、キラとリナは困り顔で見合った。
二人の反応は予想していたようで、バルトフェルドは構わず続けた。

「どうしたらこの戦争は終わると思う?――”モビルスーツのパイロットとしては”」
「!!?」
「お前――どうしてそれを!?」

リナも、カガリと一瞬同じ事を考えて――バレるはずがない、と思った。
いくらなんでも、バレるには手がかりが少なすぎる。そう思って頭が冷却した、が。

「それはまあ、彼女が居るからねぇ」
「彼女?」

リナが疑問符を浮かべた後、バルトフェルドはリナの方に目を向けた。その視線を受けて、ぎくりと心臓が跳ねる。
ばかな。ボクを見破ることこそ無理なはず。自分で言うのもなんだけど、10歳児っぽい見た目でMSに乗ってるなんて誰が想像する?
一笑に付そうと、少々引きつった笑みを浮かべたリナだが、突然ドアが開く。

「バルトフェルド……話はまだ続いてる?」
「おいおい、もう種明かしかい」

バルトフェルドが、入ってきた少女を苦笑しながら出迎える。その顔を見て、三人が三人とも、驚きに顔を強張らせた。
漆黒のゴシック調のドレス。ボンネットドレスに……臙脂色のリボンで黒髪を飾ったもう一人のリナが、入ってきたのだ。
黒いフリルと臙脂色のリボンをふわふわと揺らし、リナとは違う、眠たげに翳った緑色の瞳を三人に向けて、にこり、と静かに微笑んだ。

「「リナ(さん)!?」」
「は……? ――!! お、前っ」

キラとカガリは、リナと全く同じ顔の少女が入ってきたことに驚き、リナは一瞬呆けてから、この少女が誰かを思い出した。
フィフス・ライナー。アークエンジェルに乗り込んできた、リナにそっくりのザフトパイロット……!
その顔を見て、あの時の屈辱が蘇る。相手は両手を縛られてる状態だったのに、一撃も加えることができなかった。
不気味な笑顔も思い出し、脂汗が浮かんだ。自分と同じ顔をしているというだけでも不気味なのに、さらに同じ服装でやってきた。
こうしていると、本当にドッペルゲンガーのようだ。何かの悪い冗談じゃないのか?

「キラ君……カガリ。ご機嫌いかが?」
「君は……なんで僕を?」

キラの誰何に、フィフスはただ笑みを深める。

「それはもう……私は『バルトフェルド隊長』のお友達だもの。君たちの事ならお任せ、だよ?
『地球軍の白いG兵器』のパイロット、キラ・ヤマト君。地球軍のMSパイロット、リナ・シエル」

全身から、血の気が引いていくのを感じた。キラとカガリの息を呑む音が聞こえた。自分も出したかもしれない。
こんなところで正体がバレた。いや、かなり前からバレていたのか? もしかしたらフィフスがバラしたのか。
何にしても、逃げないと。いつからバレていたのか分からないけど、早くこの場を立ち去らないといけないことには変わりない。
三人の緊張を読み取ってか、バルトフェルドが笑みを零す。

「そう力むな、少年少女達。今君たちをどうこうするつもりは無い。本当さ。
もしどうにかするつもりだったら、ここに来た時点でやっている。……君たちの事は、あのカフェで出会った時から知っていたからね」
「やっぱりそうか。おかしいと思ったんだ! 私達を散々おちょくって!」

カガリがまたも爆発する。確かに言い分は全く同意なんだけど、君、今の立場考えてるのかな……!
しかしバルトフェルドはそれに取り合わず、顔から笑みを消して真摯な表情に引き締める。

「さて、本題に入ろう。――私はこの戦争が始まってから、常々思っていたことなのだがね……。
良い機会だ。地球軍である君たちからも意見を聞きたいね。キラ・ヤマト君には、特に」
「僕に……?」

キラがバルトフェルドの言葉に訝しむ。ストライクのパイロットだからか。いくら優れているパイロットだからって、地球軍の代表というわけでもないのに。

「この戦争のことさ。戦争には制限時間も得点もない。スポーツやゲームみたいにはね。そうだろう?」

何を言い出すんだ、と、三人は怪訝に思ったが、黙って続きを促す。

「なら、どうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい? 敵である全ての者を滅ぼせば――かね?」

バルトフェルドが、拳銃を抜いて三人に銃口を向ける。
三人の身体が更に強張った。例え話かもしれないが、返答次第では撃つつもりかもしれない。
リナはそれでも、生来の負けず嫌いを発揮して、口元に笑みを浮かべて挑戦的に言い返した。

「ふん。そんな話をボク達が――」

リナは、軍人の考えることじゃない――そう一笑に付そうとしたら、ぐい、と細い腰を掴まれた。
フィフスだ。いつの間にか、息が触れ合うようなくらい近くに来ていた。振り返ると、艶やかに目を細めた顔が近づいている。
ふんわりとした頬。幼いながらも筋の通った小さな鼻。大きな緑の瞳。端整な顔立ち。
他人の顔として見ると、これはこれで可愛い気がするんだけど……同じ顔だから気持ち悪いことには変わりない。
ひ。リナの顔が引きつるが、彼女はひどく穏やかな表情を浮かべている。

「答えて――ボク達にも、すごく関係のある話だよ?」
「何……?」

ボク達にも? そりゃあ、戦争のことなんだから地球軍とザフトには関係あることなんだろうけど、フィフスの言葉には別の意味が入っている気がする。
その意味はおそらく、ボクとフィフス個人の問題。だがそれだけではないような……。
目で、どういうこと、と訴えかけるも、しっとりとした笑顔を返すだけで何も答えてはくれない。

キラも、その問いに対する答えを探していた。
どこで終わりにする? キラは、ヘリオポリスが襲われてからここに至るまでを思い出していた。
中立のコロニーがザフトに襲われ、民間人は帰る家をなくし、あるいは命をなくした。
自分達もザフトに追われ、撃ち合い、殺し合った。自分は今と戦うために軍属になり、友達も軍属になった。
皆が戦争に参加していく。そしていつか死ぬかもしれない。敵も死んでいくだろう。皆が死んだら戦争が終わる? そんなことは――

「……よく、わかりません。僕は、今を生きなきゃいけないから……戦っているだけです」
「今を生きる、ね。そのために他人の人生を奪ってもいいんだな?」
「…………僕だって死にたくないし、友達を守りたい、って思うから」

なるほど、と、バルトフェルドは頷く。
バルトフェルドとて、自分の問いが愚問であることは知っている。軍人が最も考えてはいけないことなのだ、これは。
だがザフトは正規軍というよりも義勇軍であり、ザフトに入隊する前は皆なんらかの職業に就いていた。事実、バルトフェルドもザフトの前は広告会社を経営していた。
恒久和平が実現し、ザフトが無くなったとしても路頭を迷うことはない――だからそんな暢気な考えも出てくるわけだが、もっと哲学的、深遠の問題でもある。
しかしキラのような少年から、その解が出てくるとは期待していなかったので、バルトフェルドは肩を竦めた。

「純粋な敵愾心で戦っているよりは、理性的だね。――地球軍の生粋の軍人である、リナ君からも答えを聞きたいな」
「えっ……?」

そしてバルトフェルドの矛先は、リナに向けられる。
リナも答えに窮した。「今の戦争」が終わる。それは理想的でもあると思う。少なくとも死にそうな目に遭わずに済む。
そりゃあ軍縮が始まって職業にあぶれると割りと困る。バルトフェルドやキラとは違って職業軍人をやっているのだし、軍人家系のシエル家には死活問題だ。
だからこの解を出すということは、自己否定すると同じこと。ということは――

「……皆、戦う以外の仕事を見つければ戦争はなくなるんじゃないかな」
「……何?」

リナの答えに、バルトフェルドは意表を突かれてしまった。

「『命を奪うよりも経済的に利用したほうが得だ』と相手に思わせるようになったら、一応大きな戦争は無くなると思うけど。
ボクが思うに、今の戦争がいわゆるナチュラルとコーディネイター間の『民族間戦争』になってるから終わらないんだ。
だったら目的を『外交戦争』あるいは『利権戦争』になるようにしたら、どちらかの目的が達せられたら、大勢の人が死ぬ戦争は終わる……ボクはそう思う」
「今の戦争がその二つのうちのどれかだとしたら、どうするんだね?」

試すような口調のバルトフェルドの言葉に、リナは肩を竦めた。

「だったら、もうボク達の考えることじゃない。この戦争はどっちかが死滅する前に、必ず終わる。後は政治家にお任せするしかないね……。
ボクとキラ君はコーディネイター憎きで戦ってるわけじゃないことは、覚えておいてほしいな。
もっとドライで――戦ってるのは、あくまで君たちが『敵軍』だから戦っている。ただそれだけだよ」

それを聞いて、ふ、とバルトフェルドは苦笑した。

「なるほど。下手に理想や感情を追求するよりも、現実味があって好感が持てる。銃口を向ける相手に対して冷静に対応する度胸も、いい。
……君も、飛び掛りたいのをよく我慢していたね」

リナに向けていた視線を、キラに向ける。キラはいつでも身体をかわせるように身構えたままだが、結局は何もしなかった。
頭の中では、どうやって逃げるか、とか、考えていたが、身体能力が比較的低いカガリは、自分のようには動けない。
キラが暴れれば、カガリが危ないだろう。だから結局流れに身を任せることしかできなかったのだ。

「たとえ君が、我々同胞よりも優れた能力を持っていたとしても、戦士である我々には肉弾戦では厳しい――そうだろう? コーディネイターのキラ・ヤマト君」
「! お前……!?」

キラは自分がコーディネイターであることを気付かれて、動揺する。カガリはキラがコーディネイターだと知って、目をむいた。
その眼差しはコーディネイターに対する憎悪ではなく、なんで教えてくれなかったのか、という非難だったことが、キラにとっての救いか。
しかしキラにも事情がある。できれば知られたくはなかった。裏切り者、と謗られることが。決して覚悟していなかったわけじゃないが、どうしても避けたかった。

「何で分かったのか――そう言いたげな目だな。我々は君の戦いを遠くから見ていたからね。敵ながら天晴れな戦いぶりだった。
特に戦闘中に機体のプログラムの書き換えなど、我々コーディネイターでもかなり難しい。いや、不可能といっていい。
フィフス君の報告が無くても、君がコーディネイター。それもかなり特別な存在だと気付くのは容易だったよ」

つまり、実際にストライクの戦闘を見られたこと、ブルーコスモスの襲撃、フィフスの報告の三つの情報でバルトフェルドは確信したということだ。
追い詰められたキラは、フィフスに思わず非難の視線を向ける。その視線を受けたフィフスは、にっこりと笑顔を返した。

(くっ……)

その笑顔――いや、顔の造形そのものに、キラはたじろぐ。
自分のパートナーと(心の中で)決めたリナと同じ容姿の彼女。それに対して強く睨むことができない。
もともとキラは――最近は軟弱さが抜けてきたものの――女性に対して弱い。それも、身内に対しては特に。
キラはフィフスの笑顔を睨み続けることができず、視線を逸らしてしまう。誤魔化すようにバルトフェルドに視線を向け直し、フィフスは小さく笑みをこぼした。
バルトフェルドは銃を収めることをせず、言葉を続けた。

「君達がなぜ、同胞と敵対することを選んだのかはわからんが……
あれらのモビルスーツのパイロットである以上、敵同士というわけだな」

ん? 君『達』?
リナはバルトフェルドの言葉に違和感を感じたが、バルトフェルドは断固たる眼差しで言葉を挟む余地を与えない。
その眼差しには、冷厳な意志がこめられていた。三人は再び身構える。
やはりこの男は敵なのだ。フランクな口調で喋ってはいるが、歩み寄る余地はどこにもない。

「やっぱり、どちらかが滅びなくてはならんのかねぇ……?」

彼の眼差しが、どこか物悲しげに曇った。それを感じて、リナはふと違和感を感じた。
バルトフェルドの人となりについては、よくは知らない。当然だ。
事前知識でいうなら、ゲームの中では彼に関するストーリーが事細やかに説明されるわけでもなく、
ただ彼の台詞回しから彼の性格をなんとなく想像することしかできなかったからだ。
そして実際に会ってみてからの感想は、飄々としたトボケたおっさん、としか思えなかった。
いや、砂漠の虎として名を上げているのだから、ただのトボケたおっさんではなく優れた指揮官であるに違いないのだが。実際そう思っていたし、間違いないだろう。

だが、今の彼はこの戦争に対して悲しみを――少なくとも何か思うところがあるように思える。
そういうキャラだったのだろうか? 確かに2年後にはキラ達の仲間になっていたみたいだけど。
リナがバルトフェルドの一挙手一投足に注意を向けていると、唐突に彼が拳銃を下ろした。

「ま、今日の君達は命の恩人だし、良いものも見せてもらったし……ここは戦場ではない」

良いものってなんだろう。北宋か?

「……帰りたまえ。今日は話ができて楽しかった。よかったかは、わからんがね」

バルトフェルドはフィフスに視線で「外まで送れ」と指示を送る。
確かに……良くはなかった気がする。楽しかったかというのも、否。こちらは敵地のど真ん中で楽しいはずもなく。

「さ、ついてきて……ボクが案内してあげるよ♪」

フィフスは妙に上機嫌だ。こいつとはあまり関わりたくはないけれど――今は彼女が関所手形だ。従うしかない。
黙ってついていこうとすると、キラが立ち止まって、何? と見上げると、キラはバルトフェルドを見ていた。
ど、どうしたの。早く彼の気が変わらないうちに立ち去らないと……

「また戦場でな」

その言葉にキラが立ち止まる。

「……」
「どうした、少年。まだ話し足りないかね?」
「お、おい」

バルトフェルドは、早く立ち去れ、と言いたげだけど、特に気分を害することもなくキラを促した。
カガリも焦ってキラを制止するが、視線はバルトフェルドに向いたまま。
キラは少し躊躇った後、かみ締めるように、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「できれば……会いたくはないです」
「……僕もだよ。が、会うことになるだろう。さっきも言っただろう? 敵同士だから、だ」

バルトフェルドは目を細めて、改めて三人を見送る。
リナはそのやりとりをヒヤヒヤしながら見守ってたせいで、扉が閉まった頃には、はぁー、と大きな吐息をついた。
どうしたんですか? とあっけらかんと聞いてくるキラに、きっ、と軽く睨み返す。

「もうっ! 大人しく帰りたかったのに、心臓に悪いことしないでよ」
「そうだぞ! 相手の気が変わって、帰れなくなったらどうするつもりだったんだ!」

リナとカガリ、白黒二人でキラに詰め寄って攻撃すると、キラはさすがに慌てた。

「ごめん。でも、どうしても言いたくなって……。だって敵同士になるんだから、言える機会は、この先無いんじゃないかって心配で……」
「敵相手に、どういう心配してるのさ。
……はあ。キラ君にそういうこと言っても無駄だってわかってるけどね。相手がまだ理解ある人だからよかったよ」

それにキラの戦争に対する思いが聞けたのは、色々と参考になったかな。
ボクももう少しキラと話し合わないと。折角、キラやトールの管理を任されたのだから。
そういえば、いつもより歩きづらいような……あ。

「……って、ボク達の服置きっぱなしじゃない。この服も返さないと……」
「いいよ、リナちゃん。それは元々プレゼントするつもりだったし、二人にあげる」

フィフスが笑顔で太っ腹な発言。お前のかよ! どおりでサイズが合うわけだ!
ていうかプレゼントするつもりだったって、予め会えることを予想していたのか?

「そんなこと言われても、こんなヒラヒラして分かりにくい服、きっと着ることないぞ」

いかにも活動的な服装を好みそうなカガリが、スカートを飾るフリルをつまんだ。
……髪も整えられてるし、何気に薄く化粧が施されていて似合うんだけど、喋りだすと台無しになるタイプだ。
もうちょっと可愛く話せるようになったら女子力がアップするんだけど、そうなったカガリもなんかおかしい気がする。キラが肉食系になった時くらい想像できない。
キラの夢の内容なんて知る由も無いリナは、唐突にキラを引き合いに出すのであった。

「そう? ……まあ、いつかは役に立つだろうし、取っておいてよ。今のカガリちゃん、とっても可愛いから。
おめかししたいとき、これ着たらいいと思うよ? ふふ」

おーい。カガリにもちゃんづけ? 何様なのさ。
でもカガリはまんざらでもなさそうに表情を緩めてる。可愛いという褒め言葉が嬉しかったみたいだ。

「そ、そうか。なら……借りておこう。うん」

おいぃぃぃ!! 何キラをチラチラ見ちゃってんのぉぉぉぉ!!? もうキラ見たよね! もう一度着たって無効だからね!?
「あ、あの時の……着てきてくれたんだ」「お、お前に見せるためなんだぞ。可愛いって言ってくれたから」「カガリ……」「キラ……」
この妄想は詳細には描写しないからな。絶対しないからな。
うおおぉぉ、今のうちに○しておくか!? いや、でも多分後で役に立つから、地味な方法でいったほうがいいのか……ぶつぶつ。

「……リナちゃんは可愛いねぇ」
「は!?」

フィフスが、百面相してるリナを生暖かい視線で見つめていた。
彼女の表情をどれかに例えるなら、彼とのデートのために一人ファッションショーをしている娘を見てしまった母親というところか。
なんでそんな見守る目なんだ。なんて気に入らないヤツだ。戦場でもできれば会いたくない。そう思う。


- - - - - - - - -


「ぷっ……ははははっ! 何の冗談だよ、フィフス」

リナとフィフスが、揃って同じ格好でバルトフェルドの館から出てくるのを、MSのコクピットから見ていたマカリは、笑い声を抑えきれなかった。
あのリナが、まさかあんなものを進んで着るはずがないから、フィフスが――手法は不明だが――何とかして着させたのだろう。
リナの歩きにくそうにしているのと、恥ずかしそうに周囲を何度も見回しているのをズームアップして見ると、また笑いがこみ上げてくる。

「はしゃぎ過ぎだ、お前。二着欲しがるから、洗い替えかと思ったぞ」

ゴシック調のドレスは、このバラディーヤに来てからマカリがフィフスに買い与えたものだ。
突然欲しがるから何かと思ったら……いや、まさかとは思っていたが、リナに着せるとは。
あんなに戦闘にしか興味が無かったフィフスが、完全に遊んでいる。よっぽどリナに会えて嬉しかったのか。
フィフスの顔をズームアップすると、そんな挙動不審なリナを楽しげに見つめて、たまに少女らしく笑っている。
あんなに無邪気に笑うフィフスは今まで見たことがない。あの顔を見られただけでも、大枚はたいた甲斐はあった。

「……間違っても、お前達で殺し合うなんてしてくれるなよ。フィフス」

嬉しそうな反面、まだフィフスとリナは敵同士という立場にある事実を思い出し、笑顔が消える。
フィフスはリナを意図して殺すなんてことは無いだろうが、戦場では何が起きてもおかしくはない。
あの二人の手が、残酷な偶然によって、互いの血で濡れないことを祈るしかない。

「そうなるかどうかは、フィフス、お前の頑張り次第だ」

少し突き放した言い方で、呟いてみる。
所詮自分は、リナとフィフスの間には入れない。自分がリナを説得するなんて、途中で笑い出さない自信がない。
自分は機会を作る手助けをするだけ。裏方に徹するのみだ。だが、黒子だって全く舞台に姿を見せないわけではない。

「俺は、あの少年にでも迫ってみるかな?」

何故か鼻先を赤く腫らしている少年に、ズームアップする。
リナと彼がどういう関係なのかは分からないが、二人の関係の深さ如何では、彼に接触してみるのも悪い手ではあるまい。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。仲の良い人間を味方に引き込めば、リナを説得するのも容易になるはず。
だが彼と接触しようとすると、またアークエンジェルに潜入しなければならない。それはあまりに危険だ。下手を打てば捕虜にされてしまう。

「生身は勘弁して欲しいね。化け物の巣窟なんだから……」

とてもじゃないが、彼やリナ、フィフスのような超人達に生身で挑む勇気は無い。
戦闘せず、平和的な話し合いで解決すべきだろう。もとより、それ以外の説得方法が見当たらない。
話し合いは自分の最も苦手な分野だが、やむを得ない。なんとか年上というアドバンテージを活かして、余裕をもって……。

「……胃が痛くなってきたぞ」

こんな落ち込む気持ちにさせられたのは、”あの時”以来だ。
会話での駆け引きは苦手なんだが、覚悟を決めた以上、やらなければならない。
我が愛する女性のために。


- - - - - - - - -


フィフスに案内されて――というか守られて、ホテルを無事出ることができた。
相変わらず歩哨やMSが立っているが――ジン・オーカーのコクピットのハッチが開いて、無人になってる――、特別警戒されているという風もなく、少し安心できるところに出られた。
フィフスにも別れを告げ、三人で歩き出したところで――リナはフィフスに肩を掴まれた。
顔が、近い。その目は細められて、どこか楽しそうだ。ビクビクとリナは内心怯えながら、唾を飲む。

「な、何……」
「……腕は上がった? リナちゃん」
「は……?」

何を言い出すんだ、こいつは。堂々と本人から直接偵察か?
だけど弱みは見せたくない。本当はバクゥを一機倒すのも大変だけど、大きめに出てやる。

「ふ、ふん。腕は上がってるよ。少なくとも、バクゥなんてメじゃないね」
「そ♪ よかった……じゃあ、頑張ってね? 死なないで……また会えるの、楽しみにしてるから」

しかも、嬉しそうだ。意味が分からない。敵の腕が上がったことで何のメリットがあろうか。しかも生きてまた会おうなんて、矛盾してる。
リナの答えに満足したのか、フィフスは肩から手を離し、ばいばい、と手を振った。
彼女はただ三人の背中に小さく手を振って見送る。リナはキラとカガリに駆け足で追いついて……。

「あ、そうだ。通信機……」

ようやく思い出して、腕時計型の通信機を立ち上げる。ここまで離れれば、傍受はされないだろう。
同時、電子音が鳴った。アークエンジェルからの通信だ。つけたと同時に鳴るなんて、何回コールしてたんだろう? コール音を止めて、応答する。

「キャッチしました。シエル大尉です」
『ようやく繋がりました。ナタル・バジルール中尉であります。ご無事ですか?』
「ああ、三人とも無事だよ。少しトラブルがあって、通信できる状態じゃなかったんだ。これよりアークエンジェルに帰還する」
『了解であります。こちらは既に買い付けも終わり、後は補給作業を残すのみです。……即時お戻り下さい。緊急事態が発生しました』

ナタルの声色に、緊張が篭る。どうしたのだ。三人で顔を見合わせる。
アークエンジェルの位置は、バラディーヤからそう離れていない。もしかして攻撃を受けたのか?
バルトフェルドは自分たちと話していたから、攻撃する暇は無いように思えたけれど。
緊張しながらも、ナタルに先を促す。

「緊急事態? 明確な説明を求む」
『…………ヴィクトリア基地です。ザフト軍の大攻勢が、近日開始されるという情報があり……アークエンジェルにも支援要請が来ました』



[36981] PHASE 22 「前門の虎」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/02/11 21:19
「ビクトリア基地……?」
「ビクトリアっていうと、ビクトリア湖のことか」

地球軍の事情についてあまり詳しくないキラとカガリが、リナに疑問の視線をぶつけてくる。
キラはしょうがないよね。彼はなりたてだし、学生だったから戦争について詳しくなくても仕方ないわけで。
だがカガリ、てめーはダメだ。仮にも一国の元首の娘なら戦争のことは把握してなさい、まったく。
はあ、と小さなため息をつくリナ。

「ビクトリアというのは、カガリの言う通り、アフリカ最大の湖、ビクトリア湖付近にある地球軍の基地だよ。
マスドライバー――宇宙にロケットを押し出すための巨大カタパルトのことなんだけど、それがある数少ない基地で、前にもザフトに狙われたことがあるんだ。
その時は、ザフトは地上支援の重要性を軽視したせいで長期戦に耐えられず疲弊して、防衛は成功したんだけどね」

ふぅ、とまず一息つく。キラが、そうか、と頷いた。

「……そういう、宇宙への架け橋がある基地に、またザフトが攻めてくるということですね」
「そうだね……ザフトも馬鹿じゃない、次はしっかりと地盤を固めて、地上支援も交えた立体的な攻撃を仕掛けてくるはずだ。
今度こそ、ビクトリア基地もやばいだろうね。MSはユーラシア連邦にも配備されつつあるようだけど、どうなるやら」
「それでお前達は、ビクトリアに行くのか?」

カガリが、低い声で唸りながら睨んでくる。
言いたいことはわかるけれど……それでも答える。

「……当然行くことになるね。ボク達地球軍の重要な基地だ。支援の要請があったら、応えないわけにはいかない」
「ちょっと待て、お前達は私たちと連携して虎を叩くんじゃなかったのか!?
あれだけ偉ぶって高説垂れて、最後は見捨てるのか!? 地球軍はやっぱりそうなのか!」

やっぱりきた。リナは渋面を浮かべる。
カガリの中で、地球軍への不信感が募ってきている。その目はまるでバルトフェルドに向ける瞳のようだ。

「カガリ、待って。最後まで話を聞こうよ」
「っ……お前だってそうなんだぞ、お前も地球軍の軍人なら、アークエンジェルと一緒に行ってしまうんだな!」

キラが腕を取ってカガリを制止するが、まるで泣き声のように声を裏返してそれを振りほどく。
カガリのその怒鳴りに、キラは困ったように眉をハの字に曲げて、リナに助けを求める視線を送った。
参った。カガリに気付かれないようにひっそりと溜息をついて、頭を飾ってるボンネットを外して、頭をぽりと掻いた。

「落ち着いて、カガリ。確かにビクトリアから支援要請が来たし、ボク達は行くことになると思うけど、今すぐ行くとは言ってないよ。
それはボクが決めることじゃないけど……ギリアム艦長が一度約束したことを破る人とは思えない。
とにかくアークエンジェルに帰ろう。怒るのはそれからでも、遅くはないよ」

静かに諭すように語りかける。まるで接触信管の爆弾を扱うような気分だ。
とりあえず、激するほどの怒りは収まったのか、カガリは静かになる。しかし睨むような視線は変わらない。

「……わかった。とにかく、お前達の決定を聞く。決定次第では許さないからな」
「……」

相当おかんむりの様子のカガリ。リナは居心地が悪そうに視線を逸らして、うぅん、とうめくだけ。キラもカガリの扱いに困って黙りこくってる。
というか、地球軍に悪感情をもたれると、あとでかなり拙いことになる気がする。オーブのお姫様的な意味で。
でも、確か地球軍とオーブは敵対してた気がする。なんでだろう? オーブが何かやらかしたんだろうか。
まあそんなことは今はどうでもよくて。迎えの軍用車はまだかな……と、誤魔化すように、アークエンジェルが停泊している方向をじっと眺めるリナであった。


- - - - - - -


「統合本部から暗号通信があったのは、一三三五時だ」

アークエンジェル艦内の会議室で開催された緊急幹部会議で、ギリアムは開口一番から本題に入った。
面子はいつもの幹部士官達、加えて幹部士官ではないナタルとリナも席についていた。
皆緊張した面持ちで、静かに語るギリアムの言葉に耳を傾けている。

「ボイスメッセージが届いている。極度に圧縮、暗号化しているため、音質は最悪だが……まずはこれを聞いてくれ」

ギリアムが手元にあるコンソールを叩き、そのコンソールが音声を流す。
わずかな沈黙の後、壮年に入ったくらいの神経質そうな男の声が発せられた。

『……私は、ユーラシア連邦軍所属、ビクトリア基地司令部、総司令官のエドワード・ハーキュリー少将だ』

その声は少し機械っぽく響いている。圧縮と暗号化のために、再現度がかなり低くなっているようだった。

『諸君らの活躍ぶりは、ハルバートンから聞いている。あのクルーゼ隊の追撃を振り切り、並み居るMS部隊を退けてきたそうだな。頼もしい限りだ。
その実績を買い、アラスカに行く前に任務を授けたい。これは統合本部からの承認も得ている。
昨年三月、ザフトが愚かにも我がビクトリア基地に侵攻してきたことは、諸君らの記憶にもあるはずだ。
当時、我々の果敢なる奮戦によりザフトを撃退せしめたことも覚えているだろう』

ここでエドワードが一度息をつく。

『だが、かのザフトどもは懲りずに、またしてもこの堅牢強固なビクトリアを侵攻する作戦を展開しようとしているという情報が、ザフトに潜入中のスパイからもたらされた。
こちらは諸君ら大西洋連邦から受領したMSを配備してはいるが、ザフトも地上での戦争に慣れてきた頃だ。
間違っても、我らビクトリアの勇士が負けることなど有り得ぬが、万が一ということもある。
そこで、ザフトと度々実戦を重ねている諸君らの力を借りたい。
諸君はおそらく、地球軍でも屈指の実戦経験を重ねた部隊だ。その経験をビクトリア防衛に生かしてもらいたい。
ザフトの攻撃は二月十九日、一二〇〇時に開始されるという。それまでにビクトリアに到着するよう厳命する。
それでは諸君の到着を待っている』

その言葉を最後に、音声記録は再生をやめる。以上だ、と、ギリアムが締めくくり、にわかに会議室がざわめく。
そのざわめきは、その期限の短さが原因だ。今日が二月九日だから、期限まで十日。ここからビクトリアまで四千km以上は離れている。
エスティアンは腕組みして何か考え事をしているようだったが、顔を上げたときにギリアムと目が合った。

「エスティアン中佐。十日より早く着けるかどうか? 航海長としての見解を聞きたい」
「……難しいな。もちろん今すぐ出発して、何も見向きせず無着陸で真っ直ぐ飛べば、たとえ出力が落ちたアークエンジェルといえど二日足らずで着く。
だが、ここはザフトの勢力圏だ。多くのレーダー網や戦線を回避するために何度も迂回したり、あるいはザフトの地上部隊と戦闘になったりするだろう。
そういった障害を鑑みて、十日で四千kmを飛ぶというのはかなり厳しいぞ。……なにより、あの砂漠の虎もいやがるからな」

砂漠の虎。その単語を聞いて士官達が表情を暗くしたり、どよめく。それをギリアムが咎める。

「静かに。……ラミアス少佐、こちらの戦力は?」
「フラガ少佐のストライクダガーが隊長機として、ヤマト少尉のストライク、シエル大尉のストライクダガー、ケーニヒ二等兵のストライクダガー。計、MS隊四機です。
それに合わせ、”明けの砂漠”の装甲車両が十二台。対装甲用の携帯火器複数……地球軍の現有戦力に換算すると、中隊支援火器二個小隊かと、思われます」
「そんなもんだろうな」

マリューの分析に、サイーブが頷く。彼とて、かつては大学の教授として教鞭を振るっていたこともある識者だ。
数的、物理的な戦力の理性的な見極めができる彼だからこそ、ザフトに比べ圧倒的に戦力の乏しい”明けの砂漠”をここまで生かしてこれたのだ。
『理性的な見極めができるなら、そもそも挑まない』……は、言いっこなしだ。シビリアンコントロールのために、無謀な戦いでもしてみせないといけないのが現状なのだから。

「シエル大尉。ケーニヒ二等兵の仕上がりはどうだ?」

ギリアムに水を向けられ、リナは迷った。
正直言うと、彼個人の技量は学生だった身としては大したもので、ギリギリ前線に出せる程度にはなっている。
その証拠として、一昨日の”明けの砂漠”の暴走を止めることができている。トラックというすばしっこくて小さな標的は、それなりに練度が高くなくては捕獲できない。
しかし、やはり軍人としての能力は決して高くない。彼の奔放な性格が邪魔をしているのだろう。相変わらず部隊単位の作戦行動が、どうも苦手のようだ。
だが、兵器を出し惜しみできるほど今の状況に余裕が無いのも確かだ。今は一機、一台でも戦力が欲しい。
しかししかし、彼はキラの友人で、もし彼が死んだら、キラが戦場に出るのを渋るようになるかもしれない。
どうする、出すか? 出さないか? 出すか、出さないか、出すか、出さないか、きのこか、たけのこか……うぅぅん。

「……彼の操縦技術は成熟してきました。いい機会に、実戦を経験させてみることにします」
「わかった。ムウ少佐、ヤマト少尉とよく連携を確認して行動するように」
「全力を尽くします」

こくり、と頷いて黒髪を揺らすリナ。
さて、彼を死なせたらコトだ。自分で言い切ったのだから、全力でやらないと。
隣に座っているムウが、こつ、と肘を突いてきた。何? と、そっちに振り向くと、ムウがひそひそ声で心配げに囁いてくる。

「おいおい、大丈夫なのか? シミュレーターに立ち会ってみたが、あいつ、まだ連携は無理だろ」
「……心配が無いって言ったら嘘になりますが、射撃技術はそれなりに整っています。
大丈夫です、責任は持ちます。……ボクが彼の背後を守る形で、自由戦闘をさせたら形になるのではと思うのですが」

ということは次の戦闘は、ずっとトールのお守りになる。実際、かなり面倒だろう。
だけどこれで頑張れば、きっとキラも自分の働きを評価してくれるに違いない。彼の評価が上がると、きっと後の展開に有利だろう。主人公的な意味で。

「お前がそう言っても、最終的に責任持つのは俺なの! ったく、少佐にはなったけど、苦労が増えただけだな……」

ぼやいて溜息をつくムウ。ふふふ、中間管理職は大変だのう。
とはいえ、自分ももう大尉。一部隊の隊長を任されてもおかしくない地位なのだから、そのうちムウを笑えなくなるんだろうけど。
ムウとリナがひそひそと話していると、ギリアムが二人をぴしゃりと叱りつけた。

「フラガ少佐、シエル大尉、私語を慎め。
……話を戻そう。”明けの砂漠”との連携だが、MS部隊との戦闘には原則介入禁止としたい」
「それじゃあ、俺達はどうすりゃいいんだ。まさか出撃するなとは言わねえだろうな」

突然のギリアムの提案に、サイーブが眉をひそめる。
MS部隊との戦闘には介入禁止――これは、事実上ザフトとの交戦はほとんど制限されるということだ。ザフトの戦力はほとんどMSで構成されているのだから。
”明けの砂漠”を出撃させず、地球軍だけでバルトフェルド隊と戦う。それもひとつの選択肢だろう。
しつこく言うが、あんな装甲車や携帯火器でMSと戦うなど無謀もいいところなのだから、はっきり言って囮にもならない。
だがギリアム自身の口から「連携をする」と言ったのだ。あの大演説のあと、それを翻すことなどできないのだ。
ギリアムはサイーブの訝しげな視線を払うようにかぶりを振り、否定する。

「そういうことではない。……この土地に長く住むその知恵と、地の利を生かした戦い方があるということだ。
諸君ら砂漠の民が、先進国の軍隊とどう戦ってきたか――それを思い出してもらいたい」
「……ゲリラの本分をやれってことか」
「正攻法が通じないのは、貴方達が身をもって知っているはずだ」

ギリアムの提案に、サイーブは顔を顰める。
自分とて無策にMSの敵に突っ込んでいったわけではない。しかしどこかクリーンな戦法を立てていたということは否定できない。
自分はあの狂信的なアフガンゲリラとは違う。自分達の家族のために、主権のために戦っている正道の戦士なのだ。そう信じていたからだ。
だが、その正道を行くために多くの仲間を犠牲にしてきたのではないか?
今必要なのは正道を行くためではない。勝って、笑顔で家族の元に戻ることだ。
サイーブは思いをめぐらせた後、ふ、とギリアムに皮肉げな笑みを向けた。

「……まさか、正攻法の塊みてえな地球軍に、ゲリラ戦法を指示される日が来るとは思わなかったぜ。
いいだろう。俺達の底力を、ぬくぬくと育ったお前らに見せてやろうじゃないか」
「頼もしい限りです。……我々は、貴方達が仕事をやりやすいよう、適度に派手に攻撃を仕掛けよう」

ううむ、傍から見ていると、悪巧みをしてる二人組のようだ。越後屋と悪代官的な。
まあ戦争自体ろくでもないものなのだから、悪巧みには違いないんだろうけど。
ギリアムとサイーブがなにやら話しているが、艦の作戦とは関わりがなさそうなので聞き流すことにする。
その後、ギリアムが会議用のウィンドウに周囲の地形図を表示させ、レーザーポインターを手にする。

「さて、問題のバルトフェルド隊との交戦だが、相手も”明けの砂漠”ほどではないにしても、地の利に長けた部隊だ。
真正面から全戦力を叩き付けてくる……とは言いがたいな。これまでのバルトフェルドの情報から鑑みて、相当冷静で慎重なタイプだ。
こちらのMS隊、特にヤマト少尉のストライクにかなり警戒するはずだ。私がバルトフェルドなら、艦とストライクを分断して、まず艦とMS隊を叩く。
ストライクはこちらの戦力の要だからな」

むう、悔しいがそのとおりだ。自分でも、キラのストライクと並ぶ戦力とは言えないことはよくわかってる。
あーあ、なんでこんなことになっちゃったんだろ。最初はガンダムに乗るって意気込んでたのに、今やダガーのパイロットですよ。
③現実は非情である。チートボディー役に立たないなー。MS戦は無双できないし、フィフスにも手も足も出なかったし。
どうせボクなんて最初から最後まで一般兵で終わるんだ、ぐすん。帰ってきたとき、ゴスロリ衣装にクルーみんなで笑われたし。全てがイヤになってきたぞ。

「……シエル大尉」
「はい」

やべ。物思いに耽ってて聞いてなかった。

「聞いてのとおりだ。相互の連携確認を密にするように」
「了解しました、全力を尽くします」

テンプレ返答でその場を切り抜けよう、それしかない。
それにしても、またあの厄介なバクゥを相手にしないといけないと思うと、気が滅入る。
ジンの動きにはそこそこ対応できるようになったけど、バクゥはこっちの動きが重いこともあって、なかなか捉えるのが難しいのだ。
もっと近づけばなんとかなるんだろうけど、あのナリで意外に接近戦もできるから厄介だ。
とにかく、もっとトールにはマシになってもらわねば。トールに死なれても困るけど、自分が死ぬのが一番困る。

「では明日、二月十日〇五一五時に出航する。同時、作戦を開始。”明けの砂漠”も同時出撃する。
パイロットは十分に休息を取り、明日に備えるように。作戦開始は追って艦内放送で報知する。では、解散」

ギリアムが解散を宣言し、場の空気が緩み、リナも席を立って会議室を離れる。

出航までは時間がある。時間は午後六時。夕食が終わってから、リナはトール達の姿を探していた。
今日は作戦会議が長引いたため、幹部士官用の食堂で食事したから、自分の中で予定していた食事中の作戦会議が崩れてしまった。
艦内通話を使いたいけど、あれは相手がどこにいるか目星がついてないと使えないし。

「あっちも食事終わっただろうし、いるとしたら自分の部屋かな……」

しかしこの一Gっていうのは、この小さな体にはとても不親切だ。いちいち歩かないといけないのは面倒だな。宇宙だったら一回ジャンプするだけで壁から壁までいけるのに。
重力を感じると、足が地面を蹴っているというのを尚更実感する。もう地上に降りて一週間経つけど。
トールもひとところに居てくれたらいいのに、と勝手なことを考えながら、リナは学生達がいる居住区に向かって短い足を振って歩いていった。


- - - - - - - - - -


「だからね、ラジオ体操やったことない? あれと同じだよ、部隊行動なんて」
「えっ、ラジオ体操ってなんですか?」
「えっ」
「僕もです。ラジオ体操って初めて聞きましたけど……」

トールとキラを見つけ、部隊行動が苦手な二人に対して講釈を垂れながら歩いていたリナ。
二人を連れ立って、部隊行動のシミュレーションをしようと格納庫に向かって歩いていた。
士官候補生として、部隊をまとめる資質はとことん磨いてきたつもりだけど、それを一から説明するなんて七面倒くさいことはしない。
だから学生にわかりやすいよう、ラジオ体操に例えたんだけど……なんで知らないんだろう?
自分が住んでたところも、何故かラジオ体操が無かったんだけど。日本なのに。もしかしてこの世界にラジオ体操って無いの?
首を捻りながら、とにかく格納庫に歩いてくると、なにやら賑やかだ。

「サイ頑張れ!」
「この、くそっ! うわっ!」
「ほらほら、もっと動かないとやられちまうぞ」

ミリアリアの歓声と、サイの歯の間から漏れる呻き声。ハッチを開けると、やっぱりサイがシミュレーターを使い、ミリアリアが応援し、ノイマンが茶化していた。
並んで立って静観してるのはカガリだ。いつの間にか自然にアークエンジェルに入るようになっていた。
会議が始まるから、といって艦内で別れたけど、出て行ってなかったんだな。

「何やってんの?」
「あ、トール、キラ、シエルさん」
「シエル大尉」
「ああ、キラとリナか」

カガリとミリアリアとノイマンはこっちに気づいて振り返る。ノイマンは折り目正しい敬礼をしてくれたが、ミリアリアはしてくれない。
ノイマンに答礼。ノイマンはミリアリアが敬礼していないことに気づき、肘で小突いてせっつかれて、ようやくぎこちない敬礼をした。
サイはシミュレーターに集中してて振り返らない。というか余裕が無いんだろうけど。

画面が見えるところまで回り込むと、ダメージは五十%超えしてるし、レーダーは敵の光点が点々と自機を取り囲んでいるのがわかる。
僚機は一機だけ。しかもその僚機も撃墜寸前。でもここまで囲まれても、まだ僚機が居るのはトールよりマシだ。
トールは持ち前の操縦能力で最後まで残るんだけど、僚機が全滅した時点で当然失格。
キラがサイの様子を見て、口を開いた。

「サイ、シミュレーターやってるんだ」
「結構すごいんだよー。バクゥを二つ落としちゃうんだからっ」

自慢げに語るのはミリアリア。ほー。シミュレーターとはいえ、なかなかやるな。

「その前に三回はやられちまうけどな」

ノイマンの突っ込みが入る。だめじゃん。がく、とリナを含めた三人が肩をこけさせた。
バクゥは滑るように動いて隙が少ないし背が低いから、射撃が当てにくいのだ。
人間型のMSとの最大の違いは、背に旋回砲塔を装備しているために構えが無いことだ。
もう少しバクゥと戦えば、隙や機動のクセを見つけられるんだけど、地上に降りて間もないためにまだ見つけることができておらず、だいぶ手こずっている。
だがその手こずり具合は、トールやサイとは別次元の悩みだ。リナの悩みの水準は『無双できるか否か』であり、言ってみればキラやアスランなどの異能のトップエースが抱えるものである。
リナの能力からすれば、なんとも贅沢な悩みなのだが。

「うわー! ああ……やられた」

あ、サイが終わった。画面が暗くなり、評価が表示される。適性は……トールと同程度か。
サイはトールとは逆だ。操縦能力はそれほど高くは無いが、部隊行動が得意なようだ。
その証拠に、被弾率はトールよりは多く射撃技術もやや低いが、指揮に対する従順性が高く、生存時間もトールより長い。
なるほど、サイは部下にしても率いやすそうだ。兵士としては彼のほうが向いている。

「次、私にやらせろ」
「おいおい、遊びじゃないんだぜ」

カガリが順番を争うのをノイマンがたしなめる。
リナは、ふと好奇心が湧いた。カガリは確か、のちにストライクルージュのパイロットになるはずだ。
なら、今の操縦技術を確かめてみたい。そう思って、ノイマンに口を出した。

「いいんじゃない? 次は激しい戦闘になるんだ。今のうちに心と体を慣らしておく意味でも、やっておいてもいい」
「りょ、了解しました」

ノイマンはさすがに階級差が激しいからか、従順にリナの言葉に従って引っ込んだ。
軍曹と大尉だもんな。階級振りかざすのってあんまり好きじゃないけど、好奇心に負けちゃったさ。ごめんね。
ノイマンに心の中で謝ってから、リナはカガリに、いいよ、と言って微笑んだ。カガリは現金に笑って、シートに座った。

「お前、話せるな! 恩に着る!」
「はいはい。一日一時間だよ」

いまどき誰も守らないようなルールを言って、カガリのシミュレートを横から見物することにした。

……ほほう。 ほー。 おぉー。ああ……え? ふむふむ。

「カガリって、MS操縦したことあるの?」
「……あ、いや、初めてだ。だけどこんなの、トラックと同じだ!」

全然違うよ、君。ドラえもんとガンダムくらい違うぞ。
起動手順はどこかぎこちないが、経験者が慣れない機体を扱う時特有の仕草と分かる。スイッチ類の探し方に躊躇いがない。
操縦も、言い訳がつかないくらい、カガリのはサマになっている。ボクほどではないが、敵の攻撃によく反応しているし、武器の扱いも慣れている。
それだけでなく位置取りやフォーメーションもしっかりしているのは、MSを操縦した経験のある人間にしかできない芸当だ。
もしかしてオーブでM1アストレイ操縦してたんだろうか。今の時点ってM1アストレイあるのかな。

「もしかして、シエルさんよりすごいんじゃない?」

ほほう、トール君。それはボクへの挑戦かね。いいだろう、君はカガリに技量が追いつくまで特訓しようか?

「やめてよね、ボクが本気を出したら、カガリが操縦でかなうわけないじゃないか!」
「…………リナさん……本当にやめてよね」

おぉ、キラの顔色が面白いほどどす黒くなった。黒歴史を突かれるのは辛いかね、ヨホホホ。

「それはともかく、思ったよりマシなのは驚いたよ。ここに『君のMS』があったら、活躍できるのに」

キラをからかうのはそれくらいにして、カガリを少しつついてみる。
オーブの姫だってバレバレだし、独自のMS作ってるのもバレバレなのだよ。SEED知識があるボク限定だがね。
カガリはそれを言われて、画面の中で操縦をミスって転んだ。
わあ、と、ミリアリアとサイとトールが驚いた声を挙げてる。カガリの顔が引きつった。

「あ、あるわけないだろ! だいたい、私がMSなんて持てるわけがない!」
「君個人はね」

と、意味ありげに言葉を残して黙る。なんのことだ! とカガリが憤慨しながらもシミュレーターを続けるが、あとは悲惨だった。
やっぱりカガリは基本的な身体能力は優れてるけど、精神的に脆いから、弱いところをつつかれると集中力が途切れる。
前半はリナに迫る戦いぶりだったが、後半はグダグダで……最終評価に「集中力に難アリ」とコメントされた。

「お前のせいだ! 変なことを言うから!」
「えー、別にっ、変なこと、言ってない、つもりだけど……いてっ!」

びしびしびし。カガリの駄々っ子アタックを防いでたけど、最後の一発をもらってガツンとリナの黒い頭が揺れた。
でもまあ、みんなからは生暖かい笑顔ながらも、「すごいじゃないか」「やるなあ」「生身でMSに立ち向かうやつは違うな」と、フォローに近い声援が送られた。
まあ実際すごい、けど、ね。やっぱ、MSを、独自開発……こら、そろそろ攻撃やめろ!



[36981] PHASE 23 「焦熱回廊」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/02/15 14:13

「艦長。全クルー配置に就きました」

ギリギリまで各部署のチェック表を眺めていたギリアムは、マリューの報告を受けて頷き、よし、と応えてチェック表を彼女に渡す。
ついにバルトフェルド隊と本格的な衝突が始まる。
かの隊のことは、ザフトが降下してきた時から知っていた。巧みで柔軟、かつ大胆な戦術は、陸上機動兵器の運用を学ぶ上で、非常に参考になった。
そのバルトフェルドを、討つ。上を行く。苦しい戦いになるだろう。が、自分には優秀な部下とMSがある。
いける。指揮官である自分が自信を持たないでどうする。僅かな時間静かに深呼吸し、艦内放送の回線をオンにする。

「…………達する。これよりアークエンジェルは、バルトフェルド隊掃討、ならびにビクトリア基地に向けて航行を開始する。
諸君らも先の戦闘で身にしみただろうが、バルトフェルド隊は精強だ。
だが、諸君らは更に精強で忠実、冷静であることを私はよく知っている。
諸君らがこれまでと同じように軍務を全うすれば、必ず勝てる。精鋭になるな。ただ、軍人であれ。以上」

艦内のクルーに激励の言葉を伝えてから、艦内放送を切り、インカムを置いた。
さあ、戦闘開始のラッパを鳴らそう。

「――両舷微速前進!」
「両舷微速前進!」「両舷微速前進! ヨーソロー!」
「対空、対地監視、警戒を厳となせ!」

アークエンジェルのレーザー核融合パルスエンジンのノズルに火が点り、ゆっくりと砂地を滑りながら浮上していく。
ブリーフィングルームにいたリナはその浮遊感を感じて、いよいよだな、と緊張が高まる。
隣に居るキラとトールも同じようで、緊張で顔が強張ってるのがわかる。

「お前ら、しけた面してるなァ。緊張するなよ。相手が誰だろうと、クルーゼよりはマシだぜ?」

その中で妙にリラックスしているのは、作戦士官用の席に座っているムウだ。
確かに彼は不要な緊張をしている様子はなく、コーヒーの入ったリキッドチューブを飲んでいる。
座ってる姿勢もゆったりと背もたれに体を預けていて、やはり実戦や数多の強敵と渡り合ってきた余裕が窺える。
その余裕が妙に気に入らなくて、リナはふくれっ面で唇を尖らせながら言い返した。

「少佐にはそうでしょうけど、ボクとキラは実際にバルトフェルドに会ってるんですよ? 緊張の一つもしますよ」
「報告で聞いたぜ」

ムウは言葉を短く切ってチューブのストローから口を離し、笑みを消す。

「……これから命のやり取りをする相手のことなんて、忘れろよ。やりづらくなるぞ」
「……了解」

その警告にリナは短く返す。
そういうのは、予備知識で頭ではわかっていたけれど、やはり実際に体験してみると、なかなか切り離せないものだ。
アンドリュー・バルトフェルド。独特の世界観の持ち主だ。
今の戦争に疑問を抱いているあたり、普通のザフト軍人とは一線を画す存在と言える。
それでも手加減は期待できない。戦争に疑問を持つと同時に、現実も知っている相手だ。本気で倒しに来るだろう。

「相手だって必死なんです。……ボクは緊張はしてますけど、躊躇ったりはしません」
「ああ。それでこそプロの軍人ってやつだ」

リナの表情が硬いのは気になったが、ムウは言葉だけでも信じることにして、頭に手をぽむと置いた。すぐ跳ね除けられた。


- - - - - - - - - -


「空対空長距離ミサイル、方位七五より接近! 数八、速度二四〇!」
「CIWS起動、対空防御開け! 対空戦闘、ならびに対地戦闘用意! MS隊の発進を急がせろ! 
艦はこのまま、両舷二分の一で予定航路をとれ! 振り切るつもりでいくぞ!」
「いいか、ヴァリアントは敵航空部隊に使うな! 敵MSだけを狙えばいい!」

突然の敵襲。ブリッジは途端にあわただしくなる。
アークエンジェルを囲うようにミサイルが飛翔してきたのだ。アークエンジェルに装備されているイーゲルシュテルンが顔を出し、火線を開いた。
その名の通り、ハリネズミのようにアークエンジェル全体から火の矢が無数に発射され、火線に晒されたミサイルが撃墜、爆炎へと変わる。

ドゥッ!!

しかしCIWSといえど機械。全てを迎撃できるわけではなく、一つアークエンジェルに命中する。
白い装甲が赤熱し、艦内が振動したが、その頃にはリナ達パイロットは各々の機体に乗り込んで発艦シークェンスを開始していた。
既にキラが駆るストライクがリニアカタパルトによって押し出され、陽光と砂漠の照り返しが眩しい外へと吐き出されていった。

そこに、肩にムウのパーソナルマークである鷹の羽根が飾られたストライクダガーが、戻ってきたカタパルトに乗せられた。
ムウ機も、リナと同様にデザート・ダガーに換装している。外から見ると確かに足が末広がりになっていて、バズーカという武装も相俟ってまるでドムみたいだ。

『シエル! お前は予定通り最後に発艦してケーニヒにつけ! 俺はキラについて指揮する!
――ムウ・ラ・フラガ、ストライクダガー、出るぞ!』

リナは了解、と応えようとしたけれど、もう既にムウのストライクダガーはカタパルトに押し出されていった。
というかデザート・ダガーって叫んでくれなかったな……と、リナはちょっと残念な気持ちになった。しょぼん。
まあ、いいや。さて、そろそろトールのストライクダガーがカタパルトに乗せられるはず。ぼちぼち発艦シークェンスを続行しながら、トール機を待った。

「……なんか、遅いな。緊急出撃だっていうのに……あ、来た」

何を手間取っていたのかわからないけど、ようやくカタパルトにトールの機体が乗せられた。
彼の機体も、ムウのパーソナルマークがついていない以外はムウ機と同型のデザート・ダガーだ。

「何とろとろしてたのさ! 早くしないと艦が沈んじゃうよ!」

トールの機体に通信回線を開いてトールを叱り付ける。我ながら甲高い声だと思う。
……なかなか応答が来ない。彼は機械操作なら得意で、そういった基本的な操作はもう覚えていたと思うんだけど、遅れたせいで慌てて手元が狂ってるのか?
もう一度叫ぼうと息を吸うと、電子音と共にサブモニターにようやくあちらのコクピットが映し出された。

『悪い悪い、今出る! 私に任せろ!』

あれ、トールやけに声甲高くなったなぁ。というか顔も変わったなあ。ノーマルスーツも着てないやーってこれカガリだー!!

「か、カガリ!? 何してんの!? トールは!?」
『トール? ああ、これのパイロットか? あいつならキサカと遊んでるぞ』

キサカって、あのランボーの人か。遊んでるって、謀ったな!?

「こ、こら、あほなこと言ってないでトールと代われ! というか君、”明けの砂漠”と一緒に行ったんじゃなかったのか!?」
「私には私のやることがあるからな。船に残してもらったんだ。心配するな、あいつより操縦はできるぞ!」

ええい、ガンダムの主人公みたいな台詞吐きやがって。主人公はキラだぞ!
お前なんて雑魚相手には勝ててもメインキャラには全然歯が立たない、アポリーみたいなやつじゃないか!
アポリーファンの皆に刺されそうなこと口走ってるけど気にするな!

「バカなこと言ってないで、降りなさい! 機体を分捕ったら営巣入りだよ!」
『そうならないから大丈夫だ、出るぞ!』

おおーい! って本当に行っちゃったよ!?
まるでムウの出撃の焼きまわしのように、カタパルトに押されて吐き出されていった。
というか大人しく発進させた甲板要員は一体何をしているのか。
とりあえず自分も発艦シークェンスを開始する。脚部がカタパルトに固定されると、コクピットが小さく上下に揺れた。

『発艦シークェンス全フェイズ完了。進路クリア。シエル機、発艦を許可します』
「出ちゃったものは仕方ない……リナ・シエル、デザート・ダガー出ます!」

カタパルトのカウントが青に変わると、機体がカタパルトに押されてアークエンジェルの甲板を滑り、吐き出される。
甲板を飛び出すとコクピット内が陽光で照らされて目を細める。といってもモニターが発している光なのだが。
真空中と違い、急加速すると機体を風が押している音が機体越しに聞こえてくる。発進のGも強いようだ。ぎし、と小さな体が僅かに軋む。

早速レーダーを確認。そして目視。どうやらムウ機とストライクはかなり前に向かっているようだ。
少し艦から離れすぎているようだけど、あれで正解だ。アークエンジェルの航路から外れないように行動している。
遠くで火線が飛び交い、たまに空に爆炎が咲く。ヘリ部隊がキラとムウの活躍で落とされているんだろう。

「さて、カガリは……?」

バーニアを吹かして減速しながらメインセンサーを巡らせてカガリ機を探すけど、なかなか見当たらない。
が、捜索は中断させられる。モニターがエネミーマーカーを表示した!
砂煙を上げながら地面を滑る、背の低い敵影……バクゥだ! 遠目だけど、あれはミサイルランチャーのタイプだ。
対艦攻撃をするつもりのようだ。既にミサイルの発射口は上を向いている。もう攻撃位置だ!

「ボクの目の前で……バカにしてる!」

怒りを口にして、すぐさまビームライフルのターゲットシーカーを向けて射撃!
バクゥは不意を突かれたからか、少しよたつきながら左へ逸らすように回避。だが、運が悪い。そっちはボクの着地点だ!

「潰れろ!」

着地と同時に、つま先を振り上げる! つま先がバクゥの頭を捉えて破壊。
ベクターノズルを横向きに吹かしてボディを反転させ、背後からビームライフルでミサイルランチャーを撃ち抜くと爆散。火柱を作る。
無茶な機動をしたせいで、ややよたついた。おっとと、と声を漏らして姿勢を屈めてバランスを整える。

「またG兵器もどきか! 死ねぇ!」

最初に撃墜したバクゥと共に対艦攻撃するつもりだったのだろう。ミサイルランチャーのバクゥが、ミサイルを乱射しながらすごい勢いで滑ってくる!
Nジャマーが散布されていても、これだけ近距離で誘導レーザーを発しているとさすがにミサイルの誘導性能は有効だ。
煙の尾を曳きながらミサイルが飛翔してくる!

「うわっ……!」

こっちはバランスを立て直したばかりで、避ける暇がない。慌ててシールドで防御する。
連続してミサイルがシールドに直撃する。全てが当たったわけではなく、何発かが地面に突き刺さり、あるいは通り過ぎていく。
爆発と煙が機体を包み込み、コクピットのリナはビリビリと激震に揺られて冷や汗を浮かべた。
シールドはもつのか。いや、爆風を撒き散らすだけのミサイル程度なら、もってくれなければ困る。
もくもくと煙がリナのダガーを包み込み、バクゥのパイロットもミサイルを撃ち尽くしたのか次弾を撃つことができない。

「とどめぇ!」

ビームサーベルを展開する、バクゥ。敵機は煙の中だが、とにかく行けば斬れると思ったのだろう。
だが、そのバクゥのモニターに映ったのは、ボロボロになったダガーではなく、銃口。
そして、光の奔流。
バクゥの機体を頭部から腰部まで真っ直ぐビームライフルが貫く。がしゃんっ、とシールドに機体が力なくもたれかかり、

「邪魔!」

リナのストライクダガーが蹴りどける。直後、爆散。爆風がダガーの機体を照らした。

「……ふぅ、ふぅ」

リナはコクピットで、バイザーに荒い吐息をかけていた。
あの時煙に包まれ意識も混濁していた。それから来るのが視覚的に見えていたわけじゃない。
ただ、来るような気がした。勘というやつだろうか? 伊達に、連合vsザフトで撃ち合いの駆け引きをしていたわけじゃない――

「……って、そんなわけないだろ」

自分の考えを打ち消した。実戦とゲームは違うのは、この世界に来てよくわかっている。
でも来るとわかったのはなんでだ? 勘、としか言い様が無い。
初陣のジンを撃破した時、クルーゼのシグーを狙撃した時もそうだった。やっぱり、長年ゲームをしてたから勘が身についたのかな?

「っ……!」

ロックオン警報が鳴り響く。続いて戦闘ヘリが三機。
考えている暇は無い。とにかくこの場を生き残らないと。イーゲルシュテルンをばら撒き、ヘリ編隊が散開。直後。
一閃の光がヘリ編隊の一機を貫き、一瞬にして質量の大半を溶解。煙になって墜落していく。
その発射方向は――確認しなくてもわかる。

「! ……カガリ!?」
『リナ! ボーッとしてるんじゃないぞ!』

カガリの――いや、トールのなんだけど――ストライクダガーが、砂面を屈んで滑りながら近づいてくる。
どうやらあの砂丘の上から狙撃したようだ。……もしかして隠れてた?

「ムッ! 君ね、泥棒さんが何言ってるのさ! だいたい今まで何してたの?」
『お前が敵と踊ってる間に、船の護衛をしてたんだ! 決して隠れてたわけじゃないぞ!』
「……むーっ」

そりゃそりゃ、一人でスタンドプレイするよりも、味方を待って隠れてたほうがいいんだろうけどさ。

「でも援護に来るの遅くない!?」
『……何事も機が大事だ』
「完全に機見失ってたよねぇ!? バクゥのときに来てほしかったよ!」
『ああ言えばこう言う奴だな! 悪かったと言ってるだろう!』
「一回も聞いてないよ!」

戦闘中に醜くぎゃあぎゃあと喚き合う二人。
それでも二人は戦闘中だとわかっているし、じっとしていると狙い撃ちされるし、艦が沈むことも知っている。
索敵しながら移動。大きめの砂丘を飛び越え、坂を下りながらホバーモード。滑らかに地面を移動して、巻き上がる砂煙を最小限に抑える。
その間に、レーダーが敵機をキャッチ。上空の熱源が四機、地上の熱源体が二機。上空の熱源は、熱源の大きさとスピードからして、先ほどのヘリで間違いない。
熱源体は、バクゥよりは遅いが、こちらと同程度のスピード。そちらにメインセンサーを向けると、確かに人型の機体がバーニアを吹かしてジャンプしている。

「カガリ! ジン・オーカーだ!」
『ふん、バクゥじゃなけりゃたいしたこと無い!』

おーおー元気がいいなぁ。ジン・オーカーだってコーディネイターが操るMSには違いないのに。
元祖ガンダムに例えると、普通のジンがザクⅡF型なら、ジン・オーカーはデザートザクだ。この二機は状況次第では後者のほうが強敵になりうる。
それでも彼女の自信たっぷりの声に、だったら任せてやろうという気になった。どれくらいの腕なのか試してみようか。

「じゃあ、右翼の一機を頼むよ! ボクは左翼の一機をやる!」
『任せろ!』

ヘリは元よりアークエンジェル狙いのようで、頭上を通り過ぎていく。迎撃できるならしたいが、ジン・オーカーも来てるので構っていられない。
キラとムウに頼もうとしても、既に多くの敵を引き受けているし、Nジャマーが濃すぎてストライクと繋ごうとしてもノイズが返ってくるだけだ。
もうヘリ部隊はアークエンジェルに任せるしかない。今はジン・オーカーに集中だ。

「来る……」

モニターに刻まれた電子表示は、正面のジン・オーカーを捉えた。小刻みにバーニアジャンプを繰り返しながら、隣のジンよりも速いスピードで接近してくる。
なんだろう。あのジン・オーカーは、ただ正面から来るだけじゃない。ちょくちょく左右に機体を振りながら近づいてくる。
それでも真っ直ぐ近づいてくるジン・オーカーよりも速い。……カスタム機か?

「……っ」

もしかしたらエース級か? ゲームでは名前がある敵といえばバルトフェルドのラゴゥくらいしか出てこないため、敵の正体がわからない。
そのジン・オーカーがある程度接近してくると、突撃銃を構えて――高くジャンプした!

「むっ!」

当然リナは、そのジン・オーカーの姿を追って見上げる。
その視線の先には、まばゆく輝く太陽。そして光に埋もれるジン・オーカーの姿。
太陽を背にして接近しながら、突撃銃を乱射してくる! それに気づいたのは、シールドに弾丸が炸裂して衝撃が伝わった時だ。
突撃銃のマズルフラッシュも、太陽光で塗りつぶされる。まるで空から鉄の矢が降ってくるようだ。
そのジン・オーカーが、突撃銃を撃ちながら重斬刀を抜き放つ。そのまま落下衝撃を乗せて上から切り裂く魂胆か。
だけど落ちてくるだけじゃ動きが直線的で、格好の的だ!

「調子に……うっ!?」

ビームライフルの狙いをつけようとしたが、突撃銃の乱射による衝撃、赤道直下の眩い太陽光のせいで狙いが定まらず、好機を逃してしまう。
おかげで反応が遅れた。重斬刀の刃が迫る……!

「動きが……丸わかりなんだよ!」

そのまま斬られるとでも思っていたのか!
ジャンプしながら斬ってくるってことは、その勢いを乗せて斬るということは、確実に真一文字に斬り下ろしてくるはずだ。
そして、目視モニターはジン・オーカーの姿は見えなくても、距離計は有効だ。ならいつ落ちてくるかは一目瞭然。
あとはタイミングを合わせる――ここ!!

「くぅっ!」

スロットルを引いて左のフットレバーを蹴飛ばす。ストライクダガーが半歩引いて体を左に開くと、正面を重斬刀が通り過ぎていく。
ざむっ! 重斬刀が砂面を叩いて小さく爆発。横腹ががら空きだ!

「でぇい!」

バーニアを吹かせ、砂面を蹴る。構えていたシールドを、そのまま押し付けるようにして突進!
がしゃぁん! ストライクダガーのシールドを横腹にモロに受けたジン・オーカーは踏ん張ることができず、押されるがままに倒される。
リナはビームライフルを投げ捨てると、ビームサーベルを抜き放ってコクピットにビームの刃を押し込んでいく。
ジン・オーカーはパイロットを失い、全身がガク、と一回揺れるとそのまま動かなくなった。

「はぁっ」

さすがに雑魚敵とはいえ、ジンタイプは今でも強敵だ。性能もあまり差が無いから、楽には勝たせてもらえない。
コクピットの中で汗を拭うと、索敵に戻る。カガリは?
カガリを探そうと、トールのダガーのシグナル(紛らわしいな)をサーチする。
アークエンジェルのシグナルが、もうかなり近づいている。ストライクダガーの貧弱なレーダーが届くところまで来ている。
このままのスピードで航行すれば、ビクトリア防衛戦に間に合うか……?

ぼふんっ!

そのリナの楽観を打ち消すように砂柱がいくつも上がり、そちらに咄嗟にセンサーを向けた。
カガリが戦っているのか? それにしては砂柱が激しい――

『シエル大尉!』
「バジルール中尉、これは!?」

アークエンジェルからの緊急回線が開いて、びっくりしながらも状況を聞く。

『バルトフェルド隊の所属艦、ピートリー級から待ち伏せを受けました!
砲撃を繰り返しながら、本艦より1時方向、距離3200から向かってきています。ただちに迎撃を!』
「ボク達二人で!?」
『ヤマト少尉とフラガ少佐は、敵新型と交戦中です。即時対応を願います!』
「っ……了解!」

2機でMSが搭載された艦に対艦攻撃をしろなんて、無茶な! そう思ったけれど、やらなければ突破する前にアークエンジェルが沈む。
待てよ。今、キラとムウは敵新型と交戦中と言っていた。……まさか、ラゴゥが来たのか!? 早すぎる!
援護に行きたい。バルトフェルドは手ごわいんだ。ただでさえ一般兵のバクゥがこんなに手ごわいんだから、今のキラにバルトフェルドは重荷のはず。
……フリーダムがあればまた別なんだろうけど、殺したら殺したで、後々まずい気もするんだ。
ええい、迷ってる暇は無い! 今のことを考えないと!

「カガリ! 生きてるかい!? 通信は聞いた!? ……カガリ!」
『……――てる! お前こそ、しっかりついて来いよな!』

あ、生きてる。

『生きてちゃ悪いか!?』

やば、口に出てた。でもなんか、通信がざらついてるな。どこにいるんだろう?
あ、居た。四時方向。がしがしと砂煙を立てながら歩いてくる機影が見えた。

「まあまあ、生きててよかったよ、ハハハ。……それはともかく、早いとこピートリー級を落としにいくよ!
ところで、さっきのジン・オーカーは倒したのかい? 損害は――うっ」

カガリのストライクダガーを見て絶句する。
左腕は肩先から無くなって、ショルダーが半壊。頭部も左半分の装甲とゴーグルガラスが壊れ、まるでゾンビだ。
しかもビームライフルをどうにかしてしまったのか、持ってるのはビームの刃が出ていないビームサーベルだけだ。
一体どんな死闘を繰り広げたんだ、ジン・オーカー相手に。それでもカガリはそのダメージをおくびにも出さず、勝気な声を挙げた。

『あんな奴、私の腕があれば楽勝だったぞ』
「君の楽勝ってハードル低いな! 苦戦したら『死』なの!?
ていうかそんなんじゃ、対艦攻撃なんてできないだろ! 諦めて帰艦しなよ」
『……ふん。確かにちょっとエネルギーの消耗が激しいからな。一回帰るとするか』

お、存外聞き分け良いな。感心。……一回って?

「あのね、そんなダメージじゃ、エネルギー補給したって無駄だからね?」

それに、これほどの大ダメージをこの戦闘中に修理するなんて絶対できないから、事実上カガリはリタイアだ。

『それくらい分かっている! アークエンジェル、こちらユラ機だ。帰艦するぞ!』
『了解。左舷甲板より着艦せよ』

カガリがナタルの指示に従って、小刻みにバーニアを吹かしながらアークエンジェルに帰っていく。
リナは最後まで見届けることなく、残弾を確認する。コンソールを叩いてFCSを開いた。

(ビームライフルはあと七発分。バズーカは一回も使ってないから七発。
イーゲルシュテルンも一回も使ってないから六百発。ビームサーベル展開時間はあと八秒か……)

ピートリー級の装甲、搭載されたMSとの戦闘。それを考えると、やや厳しいか。
バズーカは対艦攻撃に全弾使うとして、ビームライフルとビームサーベルで搭載しているMSを全て撃破できるか? 怪しいところだ。
いや、もしかしたらあのザクタンクもどき――ザウートなら、一気に近づいてビームサーベル三秒弱で仕留められるかもしれない。
ゲームじゃ、かなり運動性の低いやつだ。リアルだってそうに違いない。問題はあの火力を潜り抜けて接近できるか、だけだ。
しかしジン・オーカーや戦闘ヘリとなると、話は別になるわけで――

ぼごぉんっ!! 
「うっ!?」

考え事をしている間に、至近弾が砂面を抉って砂柱を立てた。
衝撃がビリビリと機体を振動させて、リナは自分が一分の隙も許されない戦場に立っていることを思い出した。
いかん。気合がぼけている。今の自分がすることはただ一つ。アークエンジェルを守って戦うことだ。

「こちらシエル機! これよりピートリー級に単独で対艦攻撃を仕掛ける! 艦砲射撃による支援、お願いします!」
『……了解、ご武運を!』

ナタルの激励を受けて、通信を切る。通信を切る前、ナタルが心配そうに顔を顰めていた。それはなにより嬉しかった。
心配なのは自分がよくわかっている。一機じゃ無謀もいいところだ。だが、やらないといけない。それしか生き残る道は無いのだから。ナタルもそれをよくわかっているだろう。
シールドを正面に構え、ビームライフルを持つ。シールドといえど艦載砲の砲弾を受ければひとたまりも無い。だけどザウートの砲撃を受けるよりましだ。
……指が震える。遠くに見えるピートリー級までたどり着けるのか。

「っ……!」

ちゅんっ。機体のすぐ傍を、小口径の砲弾が通り過ぎた。ぶるり。腰が震える。あんな火力の雨に晒されれば、影も残らないんじゃないか。
それでもキラの顔を思い出し、なんとかモチベーションを持ち直して体を縫い止める恐怖を振り払い、スロットルを開けてペダルを踏み込む。
ストライクダガーが前進する。ごく。喉を鳴らして唾を飲み込み、歯軋り。ペダルってこんなに重かったか?
それでも全身全霊の力を込め、ペダルを踏み込む。がしゃ、がしゃ! コクピットの上下動が速くなる。駆け足をしているのだ。
比例して、死の香りは濃厚になっていく。機体を掠める火線は量を増していくのだ。

(行け、行け、行け! リナ・シエル! お前は最強チートの主人公だろ!
主人公補正っていうやつは絶対だ! お前は死なない! まだ物語は先に続いてるんだ! そうだろ!?)

恐怖で引き返そうとする自分を必死に激励して奮い立たせながら、左右にランダムにステップしながら、ピートリー級に接近していく!
ピートリー級の主砲が、こちらに向いた――


- - - - - - - - - -


「アークエンジェルが!」
「坊主! 今はそれどころじゃねぇ!」

キラが、アークエンジェルの窮地に気づいて視線を向ける。それをムウが叱咤した。
二人は進路上に現れたレセップス級の目をひきつけるために、派手に飛び回ってはライフルでヘリや砲弾を撃ち落すという大立ち回りを演じていた。
二人の戦果は、一騎当千という言葉が当てはまる凄まじいものだ。既にヘリを六機。バクゥを三機。ジン・オーカーを二機撃墜している。

キラが機動力で撹乱し、ムウがビームライフルで確実に狙撃する。まだ二人の連携はぎこちなかったが、キラとストライクの戦闘力で圧倒した。
ムウもまだMSの操縦経験が浅く、さすがにキラのように動けはしないが……そこは歴戦の勇士。
豊富な戦闘経験と鍛え上げられたパイロットとしての勘で驚異的なスピードでストライクダガーの操縦に慣れていき、今は単純な技術ならばカガリに並ぶほどだ。

ムウのストライクダガーとキラのストライクは一箇所に固まりながら動き回っていた。
ストライクダガーは砂漠戦仕様にカスタマイズされているとはいえ、やはりエールストライクに機動性で負ける。
危ない弾はストライクのフェイズシフト装甲で引き受け、その間にムウはポジションを建て直して反撃する。
ストライクの性能あっての連携だが、使えるものは使ってこその用兵だ。

「今俺達は注目の的だ! それがアークエンジェルに戻っちゃ、一気に矛先がアークエンジェルに向くぞ! しっかり動き回れよ!」
「は、はい!」
「よし……んっ!?」

ストライクが発砲してくるザウートに対応しようとバーニアを吹かして飛んでいったあと。ムウのコクピットに鳴り響く接近警報。
どこからだ。ムウは神経を張り巡らせ、周囲を索敵する。レーダーには映っていない。上空でもない。それなら飛び出したキラが気づく。
それでも、立ち止まっては別の敵の標的になる。一歩足を踏み出した、直後。
ずばぁっ!!
なんでここを歩くことが分かったのか。砂面から突然ジン・オーカーが飛び出し、重斬刀を横になぎ払う!

「ぐあっ!?」

コクピットを走る衝撃と、耳をつんざく分厚い金属を切り裂く音に、ムウは肺から空気を吐き出した。
前に構えていたシールドが役に立った。振るわれた重斬刀がシールドに横幅半分以上食い込み、足を切り裂く寸前でとまった。
その以上にすぐさま気づいたキラは、慌ててムウを援護しようと機体を翻したら。

「フラガさん! くっ!」

目の前を二条の閃光が輝いた。咄嗟に機体をブレーキしたからこそ避けられた。
ヒヤリとしたところで射撃地点に振り向くと、またも二条のビームによる狙撃。左手に保持していたシールドが受け止めてくれた。
上空にいたら的になる、と感じたキラは地上に降りると、一機のバクゥが砂煙を挙げながら目の前に滑り込んできた。

「バクゥ――いや、違うのか!?」

キラは、バクゥとは微妙に違うその姿に、息を呑んだ。確かに似ているが、その攻撃的なシルエット、そして先ほど放たれたビームは全く別物だ。
指揮官機。その単語が頭に浮かぶ。でも、この敵部隊の指揮官機といえば――まさか。
砂煙が晴れる。オレンジ色と黒で彩られたボディ。ビーム砲を二門搭載した上部。
そしてより攻撃的なシルエットを持った、虎を彷彿とさせる機体。

「君の相手は私だよ、奇妙なパイロット君」
「……バルトフェルドさん!!」

TMF/A-803、ラゴゥが、キラの前に立ちはだかった――



[36981] PHASE 24 「熱砂の邂逅」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/03/09 15:59
砂漠の細かい砂を巻き上げながら砂面を走るレセップス、そしてピートリー。その二艦の姿は巨大だ。
MS搭載可能な大型陸上戦艦、という肩書きは伊達ではない。航空母艦並みの全長をもち、全高もあるので、超高層ビルが横倒しになっているようなものだ。
二隻が岩山の横を滑るように通り過ぎていく。岩山を巧みに盾として利用しながら、アークエンジェルに砲撃を加えていく。
超高層ビル並みの巨体をまるでトラックのように操る巧みな操舵技術は、さすがバルトフェルド隊の精鋭というべきか。

「…………」

その岩山を挟み、二隻とは反対側のふもと。
砂漠迷彩を施した装甲車が、一台、二台、いや複数。ゴーグルで顔を覆い、同色の布を体に巻いた人影が、二隻の機関音を聞いて、じっと待っていた。
全員が武装している。突撃用小銃、手榴弾、対装甲ロケット弾、対物ライフルなど、各々バラバラだ。

もうすぐ二隻の船首が見える。そのタイミングを捉え、先頭の人影が腕を振る。それを合図に、全車輌がエンジンスタートさせ、砂煙を立てながら駆け出す。
レセップスとピートリーは戦艦といえど、陸上を走るのには違いない。まして戦闘中であれば、どうしても速度を落とさなければならない。
そのため、装甲車でも全力で飛ばせば二隻に並走し、近づくことができた。

装甲車の群れが二手に分かれ、それぞれが二隻に並走する。
最接近した装甲車の人影が、ワイヤーガンを構えて発射。続けて、他の人影も次々とワイヤーガンで取り付いていく。
運転手以外が全て取り付くと、静かに装甲車は離れていく。
速度を落としているとはいえ、陸上戦艦の足は速い。取り付いている人影の布が風で乱暴にはためき、体がまるで旗のように揺れる。

「うっ、ひっ、わあぁぁぁ!!」
「タジールー!!」

そのうちの一人がバランスを崩し、ワイヤーガンから手を滑らせて転落。砂煙の中へと消えていく。
近くを登っていた人間が、落下していく男の名を呼んで手を伸ばすが、すぐに無念そうに引っ込める。
……自分は行かねばならない。これ以上、家族や仲間が犠牲にならないためにも。
決意を込めて登り切り、艦上で轟音を立てながら砲撃をしているザウートが、男達の目に入った。

憎き一つ目のマシン。あれが家を焼いた。仲間を、家族を焼いた。

胸のうちに宿る暗い炎を滾らせながら、背にしている携帯用ロケットランチャーを構え、照星を、ジェネレーター近くの装甲の薄い部分にぴたりと合わせた。
あそこにこのロケットランチャーの弾頭を直撃させれば、噴出するメタルジェットが内部構造を徹底的に破壊するだろう。
そうなればMSなど、ただの金属の塊と化す。あとはコクピットハッチを破り、パイロットをなぶり殺しにできる。

「……コハートの仇……くたばれ!!」

歯の間から漏らす怨嗟の声を呟いて、引き金に掛けている指に力を込めた――


- - - - - - - - - -


「艦砲! 地球軍艦に集中砲火を浴びせろ! 休ませるなよ、その場に縫い付けるんだ!
ザウートは隊長に援護射撃だ! 隊長を死なせるな!」
「了解!」

薄暗く、数々のモニターやセンサー類が放つ人工の光で、辛うじて視界があるレセップス艦橋。
バルトフェルドの副官であり、実質隊内ナンバー2であるダコスタは、バルトフェルドに艦の指揮を任されていた。
だがダコスタは慣れた様子で指揮を振るっている。実際、ダコスタが艦の指揮を任されるのは今回に限ったことではない。
ここぞという時にはバルトフェルドは自らパイロットとして戦場に赴き、ダコスタが艦の指揮を執る。これはもうバルトフェルド隊の日常の光景だ。

「ヘンリーカーターより打電! 敵艦に対する強襲に成功! 敵護衛MSは一機のみとのことです!」

その報告に、ダコスタは作戦が順調に推移していることに軽い高揚感を覚えていた。
これまでも地球軍相手に何度となく勝利を収めてきたが、今回は違う。あのクルーゼ隊、E5哨戒中隊が落とせなかった難敵を追い詰めているのだ。
だがここで詰めを誤れば、自らが尊敬するバルトフェルド隊長に合わせる顔がない。
あくまでも冷静であるよう自分を律しつつ、ただ隊長を支援し、あの白い艦を撃破することだけを考えよう。

「……?」

戦術モニターと可視モニターを眺めていたダコスタは、ふと違和感を感じた。
艦からの砲撃に隙が出来たような気がする。ダメージを管理しているCICからは何の報告もない。

「おい、砲撃が緩んでいるぞ。現状を報告しろ」
「ハッ! ……艦に異常なし。各艦上機、シグナルは……。!? ラグ機シグナルロスト!」
「何!? ……!?」

ズズンッ!
ブリッジを振動が襲う。ブリッジのクルーも一瞬顔を伏せ、何が起こったのか状況を確認しようとコンソールに指を走らせる。

「くっ……! 今の爆発は!」
「……! 艦表面装甲に爆発と思わしき熱源!」
「敵の砲撃か!?」

自分で叫びながらも、まさか、と思うダコスタ。すぐにオペレーターは否定した。

「敵艦の砲撃の火線は認められませんでした……だ、第三区画より、侵入者! 重武装の歩兵による攻撃を受けています!」

その悲鳴じみたオペレーターの言葉に、ダコスタは驚きに目を見開く。まさか、この状況で白兵戦を仕掛けられるなど想像もできなかったからだ。
もし白兵戦があるとするならば、浮上できなくなった敵艦に横付けして突入、鹵獲する時だろう。それが砲戦中に発生するとは。

「な、なんだと……!?」
「侵入者の風貌、武装などから、……”明けの砂漠”のメンバーと思われます!」
「ピートリーより打電! 同じく、武装した侵入者による攻撃を受けていると!」
「くっ……! バルトフェルド隊長が優しいと思って、つけあがって……!」

矢継ぎ早にもたらされる卑劣なレジスタンスの攻撃の報告に、ダコスタは怒りに歯軋りする。
隊長は無駄な殺生はしない。確実に必要なだけの戦果を挙げ、少ない犠牲をもって戦争を終わらせる。
ダコスタはその理想を掲げ、実行に移すことができる実力をもった彼に心酔していた。だが、”明けの砂漠”はその理想を理解せず、こうした卑劣な手段に訴えてくる。
もはや、手心をかけてやる理由は無くなった。殲滅してやらねばならない。彼らがそういうつもりならば。

「艦内陸戦要員は、白兵戦用意! 我々バルトフェルド隊の実力を、恩知らずな”明けの砂漠”の連中に思い知らせてやれ!」
「了解!」


- - - - - - - - - -


アークエンジェルに奇襲を成功させたピートリー級陸上戦艦、ヘンリーカーターは、休み無くアークエンジェルに攻撃を仕掛けている。
ヘンリーカーターの艦長は、隊長の念の入れように感心しながらも、敵を哀れに思っていた。

「敵が悲鳴を挙げて火達磨になるのも、時間の問題だな」

これほどの攻撃を浴びれば、たとえ新造艦といえどひとたまりもあるまい。
だが、容赦はしないつもりだ。ヘリオポリスからここまで味方の攻撃を潜り抜けてきた艦だ。最後まで油断はできない。
敵艦の予想航路をトレースするように艦を移動させつつ、砲撃する。敵も撃ってくるであろうが、間違いなくあちらが撃沈するのが早いはずだ。
勝利を確信していると、オペレーターが低い声を挙げた。

「敵MS、地上より接近! 数1!」
「たった一機だと? 機種は!」

そう問い返しながらも、まさか、あの白いG兵器では、と思う。
しかし、あの白いG兵器は隊長が引き受けるというのが今回の作戦のはずだ。

「機種特定。……G兵器の量産モデルと思われます!」

それを聞いて、艦長は浮かせた腰を再び下ろした。あの白いG兵器だとしたら後退も考えねばならなかった。
艦長は帽子の位置を整える仕草でひそかに冷や汗を拭いながら、余裕の笑みを浮かべる。

「ふん。あの白いG兵器ならともかく、大量生産品など物の数ではない。
艦上のザウートに任せておけ。本艦は引き続き敵艦を攻撃する。各砲座、砲撃を続けろ!」
「ハッ!」
「そろそろあのタダ飯食らいにも働いてもらうとするか……残しているMSを発進させろ!」

格納庫に置いていた、あの埃を被るだけの機体を思い出して、オペレーターに指示する。
オペレーターはその指示に振り向いて、あいつをですか、と指示に疑問を返した。
気持ちはわかる。降りてきて早々、隊長に意見を出したり好き勝手に動かれたりしたのだ。あいつに手柄を渡したくないのだ。

「そうだ。余所者だろうとなんだろうと、この状況で構っていられるものか。いいから出撃命令を出せ!」
「りょ、了解!」


「……?」

ピートリー級――ヘンリーカーターは主砲をこちらに向けたものの、すぐ照準をアークエンジェルに変えて、砲撃を始めた。
こっちに撃ってくれれば――かなり怖いが――アークエンジェルへの攻撃を逸らすことができたのに。もっとひきつけるように動かないとだめだろうか?
対艦攻撃のチャンスだと思うが、まだ艦上のザウートが居る。こちらはピートリー級より射程が短いから、真正面から向かうには御しやすい相手だ。

「ふぅ。もっと近づかないと……」

ヘルメットのバイザーをあげて、冷や汗を拭う。
建前としてはアークエンジェルの砲撃を逸らすために、自分が囮になるべきなんだけど、やはり狙われれば怖い。撃たれなければホッとするのが本当のところだ。
キラがこなした神業的な砲弾の狙撃は、もちろんキラの能力もあるが、あれは長距離砲撃だったがために砲弾の速度が弱まったおかげもある。
こんな至近距離で撃たれれば、砲弾の狙撃はおろか、回避も難しくなってくる。再びこちらに照準が向く前に、決着を着けないといけない!

「今度はこっちの番だ!」

一気にスロットルを開け、操縦桿を軽く前に倒してペダルを踏み込む。
ストライクダガーは大きくジャンプして、バーニアから大きく火を噴く。一気にヘンリーカーターとの相対距離が縮まった。

「跳び上がるとは、莫迦な奴だ! 叩き落してくれる!」

ザウートのパイロットは、迂闊に跳躍したリナを嘲笑い、狙いを定める。
陸戦用MSというのは空中では方向転換が困難で、自由落下中は更にそれが難しくなるものだ。それは先ほどのジン・オーカーが証明している。
リナの照準には、今まさに砲門をこちらに向けているザウートが見えていた。艦上のザウートがビームライフルの射程にまで近づく。

ボウッ、ボウッ! ザウートが砲弾を撃ち上げる! 

来ると思った。リナはぺろりと唇を舐めて、操縦艦を目一杯引き倒し、スラスターのジョイスティックを操作。
ストライクダガーは胸の真ん中に命中するはずだった砲弾を、足に残されていた宇宙用のスラスターを吹かして、のけぞるようにして縦回転!
ヒュゥンッ
コクピットにも伝わるほどの至近を掠めた砲弾。その砲弾は青空に向かって消えていくに終わる。

「なにぃ!?」

必中の念をこめて撃った砲弾を外されて、ザウートのパイロットは驚く。
ストライクダガーが、純粋な陸戦用のMSと勘違いしていたことが、ザウートのパイロットの迂闊だった。
ジン・オーカーと違って、ストライクダガーには宇宙用のスラスターが残されており、空中でも多少の方向転換が可能なのだ。
慌てて両腕の副砲を放つ! だがザウートに装備されている副砲など、精密射撃には向かないもの。一機分ほど左右の脇をすりぬけていく。
リナは避けることもせず、ぐるぐると縦に回るコクピットの中で、ビームライフルのターゲットシーカーを見つめていた。
まず空が見えて、太陽が見え、青と黄色のツートンの地平線が見え、砂面が見える。くるくると回る視界。

一瞬だけ。

ヘンリーカーターが見え、その艦上のザウートが見えた。ターゲットシーカーが重なる。
そのほんの刹那に、引き金を引く!
放たれた一閃のビームは、真っ直ぐザウートのジェネレーターを撃ち抜き、爆散させる!

足の裏のスラスターを吹かして縦回転を制御し、がしゃんっ! ヘンリーカーターの甲板に乱暴に降り立つ。
甲板が三mほどへこみ、艦内の一つや二つの通路が潰れてなくなっただろう。
反対側にいたザウートが、慌てて上半身を回して照準をこちらに向けようとするが、回頭速度が遅い。
素早く振り向き、ビームライフルを胸の真ん中と、コクピットに撃ちこむ。それで、まるで影縫いにかけられたように動かなくなった。

「ヒッ!」

ヘンリーカーターのブリッジで、誰かが悲鳴を挙げた。すぐ目の前に、艦上の護衛兼砲台のMSを全滅させた敵がいる。
艦上に攻撃する術を持たないピートリー級。地球軍のMSが振り向いてメインセンサーを妖しく輝かせる。
ブリッジの何人かが、席を立って逃げ出した。が、もう遅い。ビームサーベルを抜き、

「はあっ!」

ブリッジを、MSの装甲をも融解させる光の刀身で、上半身を捻りながら横一文字に振り抜く!
びぢぢっ、と、融解した金属が泡立つ音を立てながら、ブリッジに居た人間を全員、分子レベルで分解。
ブリッジだった場所は赤く煮えたぎった金属で満たされ、そこはまるで地獄のようだった。

ビームサーベルを振り抜くと、興奮で息が荒くなる。このブリッジに何人人間が居ただろう?
ガラス越しに、逃げ出す者、恐怖に表情を引きつらせる者も見えた。それらを全部、自分がビームで焼き殺した。
死体すら残らない。人としては異様な死に方。生身の人間を、初めて殺した。

「……っ! はぁ、はぁ、はぁ……っ」

興奮で呼吸が荒くなる。冷や汗が出る。人が死ぬ間際は、あんな顔をするのか。
吐き気がする。頭の中が熱くなる。あの顔が網膜に焼き付いて離れない。

「っく、ぅぷ……。……っ?」

あの顔をまた思い出してしまったところに、ロックオン警報。後方から? 爆発とは違う微振動を、ヘンリーカーターが発する。
格納庫のハッチから、バーニアを吹かして飛び出してきたのは……青いシグー!?

「お前は!」

吐き気を噛み殺し、全身に緊張を漲らせる。キラと激闘を繰り広げたり、アークエンジェルに取り付いたりして、クルーゼ並にしつこい、あの青いシグーだ。咄嗟にビームライフルを向ける。
が、そのビームライフルをシグーに蹴り上げられ、破壊音を立ててビームライフルが半壊。FCSが射撃不能を報告してくる。

「速っ……!」

ビームライフルを構えてトリガーを引き、射撃する。そのタイムラグは、普通ならシグーが接近して蹴り上げるよりも短いはずだ。
関節駆動部がチューンアップされているのか。通常のシグーよりも動きが俊敏なうえに、まるで殺陣のようにこっちの動きに合わせてくる。
シールドに仕込まれたガトリングガンが向けられ、その砲身を拳で殴りつけてどかした。壊すことはできなかったようだ。
今度は重斬刀を抜いた! 真一文字に横に振るってくるそれをシールドで受け止める! 表面が重斬刀で削られ、キリキリと金属を力で刻む嫌な音を立てる。

これで二機とも両腕が使えなくなった形だ。まるで二機が取っ組み合いをしているかのように見える。
リナは目の前のシグーを睨みつける。青がメインのカラーリングで、縁が紺色。青い機体が好きな自分の趣味と一致している。
パイロットの見た目といい趣味といい、まるで自分を鏡で見ているようだ。そのせいか。性格とか、敵だからとか以前に、異常に嫌悪感を覚える。
そのシグーのモノアイが輝き、それがまるで笑っているようだった。マカリは、そのストライクダガーの早い動きに、ぺろりと唇を舐める。

「ちょっとは動きがこなれてきたみたいだが、まだまだ下手くそだな、リナ・シエル!」
「!?」

ボクの名前を呼んだ!? なんで名前を知っているんだ!?
というか、下手くそだと。これでも最初に比べればかなり良くなってるはずなのだけど。
構わずマカリは、押し返すためにペダルを踏み込みながら叫ぶ。

「フィフスから聞いた――というのは、お前がいることだ! そうか……お前、自分の仕事を忘れたみたいだな!」
「仕事!? お前達を倒すことだろ! 忘れるもんか! ていうか、ボクの何を知っていて、下手だのこなれただの言うんだ。きもいな!」

こいつストーカー? MSで迫ってくるとか新しいな! 物騒すぎる!
だいたい仕事ってなんだ。ストーカーっていう割りには、妙な切り口で入ってくる。ここは普通、昔会ったことあるよね的なところじゃないのか?
なんとかスロットルを押し込んでランドセルのノズルが炎を吐いても、拮抗することはあっても押し切ることができない。
カタログスペック上はストライクダガーの方が上のはず。バーニアやバッテリー出力もチューンアップされているらしい。基本性能はこちらを上回っているかもしれない……!

リナの内心の焦りを嘲笑うかのように、笑み声で高らかにマカリは叫ぶ。

「そりゃあ知ってる! 誰よりも知ってるさ! なんせお前は、俺の――」
『リナ! 下がっていろ!』

マカリの声を、別の通信が割り込む。この声は、カガリなのか……?
そっちに振り向くと、スカイグラスパーがすごい勢いで飛翔してくるのが見えた。こいつ、懲りずに再出撃してきたのか。艦長は何やってんだ?
ただのスカイグラスパーじゃない。ソードストライカーパックを背負ってる。対艦刀”シュベルトゲベール”を下方に向けて、ビーム刃を展開した。

『どけどけー!』
「……横槍が入ったか。リナ、退け!」

マカリはやたら威勢よく突っ込んでくるカガリに舌打ちして、リナに命令口調で怒鳴った。

びくっ、と体が震える。

反射的にマカリの言葉に従ってしまい、ストライクダガーを飛びのかせた。
武器から手を離されたマカリはシグーを後ろに飛びのかせ、カガリのスカイグラスパーが閃かせたシュベルトゲベールをひらりとかわす。
スカイグラスパーはバーニアから盛大に火を吹きながら、最大速度で通り抜けていく。衝撃波で機体がビリビリと振動して、後ろによろめく。
確かに極低高度を飛ぶ場合は最大速度で飛行するのが正解なんだけど、自分への被害を考えて欲しかった気がする。

「あっ……」

って、なんで離してるんだ!? 離したらあのガトリングガンで蜂の巣にされる!
ビームライフルはさっきシグーに蹴られて無くなったから、後ろ腰のラッチに取り付けられたバズーカを手に取る。
近い。これなら目をつぶっても当たる。FCSがロックオンをするのを待たず、見切り射撃。軽い衝撃と共に弾頭が発射される。
それを――青いシグーは、まるで居合いのような姿勢で待ち構え、バズーカ発射と同時に、一閃。

――キンッ!!

「なっ!?」

リナは目をむいた。
一瞬何が起こったかわからなかったが、バズーカの弾頭が曳いた白い煙が、シグーの手前で二つに分かれて、後方で二つの小さな爆発があがった。
まさか、バズーカの弾頭を切り払ったのか。こんな近距離で。いや、遠距離でも切り払うなんて至難の業だ。
驚いている間に、シグーは再び間合いを詰めてくる! ガトリングガンを撃ってくると思ったリナは不意を突かれて、バズーカを切り落とされた!

「うあっ!」

バズーカが輪切りにされ、FCSに赤い表示が点灯する。
慌ててバズーカを捨てて、ビームサーベルを抜こうとしたら、返す刀で手首を切り落とされた!
そのままボディを真っ直ぐ蹴られ、ヘンリーカーターの第二艦橋あたりに倒れこむ!
第二艦橋も潰れ、艦全体に衝撃が走り、リナ自身も衝撃で目の前を火花が散った。

「あぐっ!? げほっ、ごほっ!」
(素早いだけじゃなく、巧い! それに比べたら自分は、脊椎反射的に動かしているだけだ。これじゃ、歯が立たない……!)

まだリナの感覚がMSの操縦にアジャストしきれてないのもあるのだろうが、それを差し引いてもエース級といえる。
マカリのシグーは重斬刀の先をリナのコクピットに向けて、カリカリと切っ先で装甲を薄く斬って行く……。

「まだ俺を相手にするには早いみたいだな、リナ。まあ、お前は一番『遅かった』からしょうがないか」
「だから……何を言ってるのか、わから、ない……」

背中を強く打ったせいで、うまく呼吸ができない。掠れた声でうめく。
まだ、このシグーに一矢も報いることができていない。なのに、このまま負ける?
眼前には、シグーの切っ先。これがもし一押しされたら、コクピットごと自分を貫くだろう。
だがシグーはそうはせず、重斬刀を収める。

「……この艦はもうダメだな。まあ、下手なりによくやったってところか。単騎で陸上戦艦を戦闘不能に追い込めたのは成長の証と認めてやる。
俺達はカーペンタリアに戻る。今度会った時には、もっと腕を上げておけ。でないと”間に合わなくなるぞ”。ではな」
「ま、て……」

意味深なマカリの台詞。何に間に合わなくなるっていうんだ。ていうか滅茶苦茶上から目線だな。悪態をつきたいが、衝撃のせいで肺が上手く働かない。咳き込みながら、機体の上半身を起き上がらせる。
そこに、寝ていろとばかりにシグーが軽く胸を蹴ってきた。ドンッ、という軽い衝撃。それだけでストライクダガーが再びヘンリーカーターの甲板に寝かされる。

「ぐっ!」
「まだ寝とけ。この機体も、何度もお前だけに構ってやれるほど、バッテリーに余裕があるわけじゃ――」
『逃がさないぞ!』

旋回してきたカガリがシグーにビームキャノンを乱射するが、少し飛び退いただけで回避される。
その回避したせいで、更にヘンリーカーターに大穴が開き、いよいよ艦から火柱が昇る。
沈む……ということはしないが、艦内に警報が鳴り響き、砲撃が止んで艦としての機能を失う。

そのまま無言で、青いシグーはカガリの攻撃を受け流しながら、バーニアジャンプでレセップスへと消えていってしまう。
蜃気楼で歪むシグーの背中を睨みながら、リナはなんとかストライクダガーを起こした。
じっとしていると、このヘンリーカーターの乗員に攻撃されそうな気がするが、接触回線で傍受する限りでは総員退艦で一致しているようだった。

レーダーを見ると、アークエンジェルがかなり遠いところに居るのがわかった。
今からジャンプを繰り返して、ぎりぎり追いつけるかどうか……というところだ

「っく……カガリ、カガリ! 深追いはやめて、アークエンジェルに合流しよう」
『くそっ!』

カガリも、シグーを追いかけるのが無駄だと分かると、毒づきながらも聞き入れてくれた。
そのまま機首をアークエンジェルに巡らせて、バーニアから噴射炎を曳きながらアークエンジェルへと飛んでいくカガリのスカイグラスパー。
それを見送り、機体の調子を軽くチェックする。幸い、アークエンジェルに追いつくだけの機動力は残されていた。バーニアジャンプをして、小さな爆発を繰り返すヘンリーカーターから離れていく。
FCSをチェックすると、満身創痍ぶりが赤色で示される。ビームライフルとバズーカ、おまけにビームライフルを片っぽ無くして、手首も切り落とされた。
こりゃ、マードック曹長から大目玉だなぁ。帰るの億劫になってきた。

「……キラと、ムウはどうしたんだろ……平気かな」

そういえば、目の前のことに夢中ですっかり忘れてた。
こっちは結果的に攻撃は成功したけれど、キラとムウが無事じゃないなら元も子もない。
アークエンジェルに向かってバーニアジャンプしながら、リナは、まだ爆炎と煙がたちのぼる砂漠の地平を、じっと眺めていた。


- - - - - - - - - -


「くそっ! しつっこいぜ、お前!」

ムウは、止まらない冷や汗を拭う暇もなく、しきりに操縦桿やフットレバーを操作していた。
砂中から飛び出したジン・オーカーと、まるでバーリトゥードの格闘技をやっているような荒々しい近接戦闘を繰り広げている。
ビームサーベルはとことん回避され、重斬刀をすんでのところで回避。あるいはシールドを削ってくる。
ムウの鍛え上げられた肉体でも、さすがに悲鳴を挙げる。集中力も切れ掛かっている。

ストライクダガーとジン・オーカーは、互いに剣を抜いて対峙していた。
ビームライフルでは近すぎるのだ。抜いている間に重斬刀で切り伏せられるだろう。
こんな強敵に出会ったのは、クルーゼ以来だ。これほどの敵が、バルトフェルド隊に居たとは。

「……ふーん……さすがだね、ムウ・ラ・フラガ。君、戦いながら、上手くなって、いってない?」
「何っ!?」

突然の通信。それに小さく驚く。どこからだ!?

「エンデュミオンの鷹って通り名がついてるんだってね? 立派じゃない。ボクも欲しいなあ、そういうの。憧れちゃうよ」
「お前に背負えるほど、軽い名前でもねぇんだよ!」

このNジャマーの海の中、通信を飛ばせるのは……目の前の機体しかない。
しかしこの声は。あのリナ・シエルじゃないのか? 何故ジン・オーカーに――いや、違う。前に報告があった。

「お前、例のシエル大尉もどきだな!」

そうだ。艦に乗り込み、船務科の数名、そしてリナをのして艦から脱出したザフト兵だ。確か、名前はフィフス・ライナーという名前だった。
見た目も声もそっくりだという話だ。かなりできる、と聞いたが、まさか実際に目の前に現れるとは。

「……もどき……?」

呆気にとられたようなリナ――いや、フィフスの声。僅かな沈黙。

「……くふっ」
「?」

何かをこらえるような息遣い。まるで痙攣したような息。なんだ、とムウが言おうとして――

「はははははは!!! あはははは!!! ボクがもどきかい! ふふふふ!
そうだよねぇ、君が最初に会ったのはリナちゃんだもんねぇ! 私がもどきになるよねぇ!」
「……!? どういうこった、それは!」

狂ったように笑うフィフスに怖気が走り、それを振り払うように叫ぶ。もどき扱いが可笑しいのか?

「どういうことも何も……ふふ」

フィフスが何かを言おうとしたが、突然何かに気付いたようにモノアイをぐり、と左右に動かす。
それはムウには格好の隙だったが、フィフスの返答が気になってしまい、ついその隙を逃してしまう。
ジン・オーカーが、こちらに向いたまま、バーニアを吹かして後ろに向かって跳躍した。

「……私はこれで失礼するよ。こっちも色々大変なことが起こってるみたいだし」
「逃がすかよ!」

ムウは叫びながらビームライフルを引き抜き、小さくなっていくジン・オーカーに向けてビームを発射する!
しかし、ジン・オーカーはバーニアを吹かして避ける。まるでビームの風圧に煽られているようだ。

「君がボクの相手をするのは、まだ早いよ。MSの操縦に慣れてないみたいだしね……。それに勘違いしないで欲しいな。ボクが逃げるんじゃない。見逃してあげるんだよ?」
「ぬかしやがれ!」

ムウはその言葉に熱くなり、更にビームライフルを連射させるが、当たらない。
射撃戦というものは冷静になり、集中力を研ぎ澄ませて引き金を引かなければ、当たらないものだ。
それを忘れたムウが撃つビームが当たる道理は無く、フィフスが乗るジン・オーカーを見送る花火を上げるだけにとどまってしまう。

「またね、エンデュミオンの鷹。……ふふふ」

その微笑が、Nジャマー干渉でノイズに変わる頃には、既にジン・オーカーの姿は蜃気楼の奥に消えていた……。

「くそぉー!!」

バッテリーがあがったビームライフルのトリガーを引いて、ムウは、コンソールに拳をたたきつける。
ムウの怒りの叫びを聞く者はそこには無く、いつしか砂漠は、風の音だけが響いていた。


- - - - - - - - - -


「くそっ! 速い!」

キラはビームライフルを連射しながら、ラゴゥのスピードに毒づいた。
滑るように動くのはバクゥと同じだが、ラゴゥはバクゥに比べて性能が高く、なおかつ乗っているのが熟練のバルトフェルドだ。
ビームライフルの照準で捉えるが、今、というところで岩陰に隠れてしまい、照準を定めることができない。

「甘いなぁ、当たらんよ!」
「くっ!?」

そのくせ、射撃能力が抜群である。こちらが動いている時を狙わず、着地した瞬間などを狙って撃ってくる。
シールドを構えて、そのビームキャノンを受け止める。凄まじい衝撃。だがシールドはまだもつはずだ。

「このっ……」

撃ってきた方向をシールド越しに把握し、抜き撃ちのようにビームライフルを構える。
ビームキャノンを一連射した後なら、相手にも隙ができているはずだ。そう思い、正確に狙いをつけるが、

「甘いと言った!」

まだ撃ってくる!?
ビームキャノンの閃光が雨あられと注ぎ込んできて、咄嗟にスロットルを開けて飛翔。ビームをやり過ごした。
キラに焦りが浮かぶ。機動と射撃が両立した猛攻。相手は一機のはずなのに、何故か二機を相手にしているような気分だ。
だが、キラとて伊達に様々な強敵と戦い抜いてきたわけではない。ラゴゥの斉射をかわしながらも反撃。ラゴゥの右前足を撃ち抜いた。

「やる……だがっ!」

バルトフェルドはそれに怯まず、狙撃のために一瞬動きを止めたストライクにビームキャノンを連射。
ラゴゥの右前足を撃ち抜いたビームライフルの銃身をビームが捉え、エネルギーラインを蒸発。誘爆を防ぐため、咄嗟にビームライフルを手放した。
ストライクの目の前がビームライフルの爆炎で閉ざされる。そこを狙って、ビームサーベルを展開したラゴゥが突撃!

「もらった!」
「うおぉ!!」

それに対し、キラもよく反応した。
ビームサーベルを抜き放ち、ラゴゥとストライク、両方のビームサーベルがぶつかり合い、”鍔迫り合い”が起こる!
ビームサーベル同士の干渉が起こり、破壊的なビーム片を撒き散らしながら対立する二機。
ストライクにもビーム片が降り注ぎ、フェイズシフト装甲で辛うじて弾くものの、ラゴゥはそうはいかない。
元々ラゴゥのビームサーベルはメインセンサーに近いのだ。そのモノアイにビーム片が飛び込んだのか、センサー類に障害が起こり始める。

「ちぃっ……!」
「アンディ、このままではまずいわっ」

バルトフェルドが舌打ちし、アイシャが危機を示唆する。撤退の必要が出てきたか。バルトフェルドは一瞬迷うが、

(部下のためにも、ここは引けんな……!)

守るべき部下達の顔を思い浮かべ、継戦を決意して操縦桿を握り締める。
キラはコクピットに走る閃光に目を細めながら、バルトフェルドの顔を思い出していた。
今までは攻撃してきたから必死に反撃していたけれど、面と向かって話し、互いの意思を知ってしまった今、この人と争いたくない、と思い始めてしまう。
バルトフェルドも同じだろうが、バルトフェルドはその部分を割り切っている。だが、キラは違った。

「もう戦いたくない! バルトフェルドさん、僕達を行かせて下さい!」
「今更だな、少年! 君と僕は敵同士だ。僕が君を見逃す理由など無いよ!」
「”僕”はバルトフェルドさんの敵じゃないですよ!」
「ならば地球軍から抜けたまえ! それが出来ない限りは、何を言っても虚しいぞ!」
「くっ……!」

ストライクの出力を上げて、力で押し切る。ラゴゥの体が震えながら押し戻され、しかしストライク自体も反発力で後ろに押される。
砂煙を上げ、着地する両者。ビームキャノンがこっちを向いている。

((くっ……))

キラとバルトフェルド。どちらも公平に危険な状態に陥り、冷や汗を浮かべる。
キラのストライクはフェイズシフトの長時間使用、そしてビーム兵器の多用により、パワーが底を突きかけている。
バルトフェルドのラゴゥもビームキャノンの多用でパワーが心許ない状態で、且つメインセンサーへのビーム片によるダメージで、センサーが既に半分死んでいる。

「ならば、再び問おう。少年。……どうやったら、この戦争は終わる。どうやったら、僕達は戦わずに済むようになるのかね」
「!?」

バルトフェルドの音声通信に、キラは息を呑む。

「それほど戦いたくないと言うのなら、今度こそ納得のいく答えが欲しいものだな?
ま、答えられたとしても、大人しく見逃すつもりは無いがね。だが是非とも聞きたくなった」
「ぼ、僕は……」

脳裏によみがえる。バルトフェルドとドネル・ケバブを食べた時。一緒にコーヒーを飲んだ時。
そしてあの問いを。
リナは答えた。皆に仕事があればいい。この戦争が別のものになれば、大きな殺し合いは終わると。
でも、それでは本当の意味で戦争は無くならない。

「答えられまい。君の理論は、所詮地球軍の立場に立ったものだ。それでは君と僕は永遠に平行線だよ。
だが、君がその機体を持ってザフトに来るならば、あの艦は見逃してやる。どうだ、それで君の希望はかなえられるぞ」
「……!」

だけど、それは……!
皆を裏切ることになる! トールを、サイを、ミリアリアを、カズィを、艦の皆を……リナを!
その沈黙と葛藤に拒絶の意志を感じたバルトフェルドは、目を細める。
そうだ、君は地球軍の軍人だ。そして、あの艦の一員だ。あの少女達も裏切ることは……優しい君にはできんだろう。
ふとバルトフェルドは、諦観に似た優しい感情を抱いて……操縦桿を握り締める。

「できないなら、戦うしかあるまい! 少年!」
「僕はぁぁ!!」

二人の絶叫。閃く刃。吹き上がるバーニアの炎。
二機が、交差する――



[36981] PHASE 25 「砂の墓標を踏み」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/03/13 20:47
二機とビームの刃がすれ違う。どちらも必殺の威力を持ったビームサーベルである。
キラとバルトフェルド。二人の力は拮抗している。
地力でいえばキラのほうが上であるが、バルトフェルドには躊躇いがなく、また豊富な実戦経験で上を行っているからだ。
機体は互角であろう。ストライクのほうがカタログスペックは上だが、ラゴゥは砂漠戦に最適化した機体である。
それら精神的、物理的な要素が絡み合い、二人の戦いは互いに決定打を浴びせることができず、閃いたビーム刃は互いの機体の一部を切り落とすに終わる。

「ちぃっ!」

その舌打ちはどちらのものだったのか。
バルトフェルドは必殺の意志を込めた。キラは違う。あくまで戦闘不能を狙った。
キラはバルトフェルドと話しすぎた。相手を知りすぎた。もしかしたら、分かり合えるかもしれない――そんな想いが、機体の動きを鈍らせる。
ムウやバルトフェルドのような百戦錬磨の戦士であれば、感情と戦闘を切り離すことができるが、いかんせん、キラは精神的に未熟なために、詰めにどうしても影響してしまう。

「まだ躊躇っているのか、少年。それでは仲間を守るどころか、自分も死ぬぞ」
「くっ……なんでわかってくれないんですか! 僕達が戦ったところで何も変わりませんよ!」
「少なくとも、私には利がある。私には養わなければならない、守らなくてはならない部下達がいるからね。
君にも同じく、守るべきものがある。それが違う限り、衝突があるのは当然のことだ!」

バルトフェルドとて、キラ憎し、ナチュラル憎しで戦っているわけではない。
元々バルトフェルドは好戦的なタイプではない。むしろ平和主義者だ。だが同時に現実主義者でもある。
だから知っているのだ。今は戦うしかない。住む場所も命も、戦わなければ奪われるのだから。だからこうしてザフトに入隊し、キラとも戦っている。
それを知っているからこそ、キラはバルトフェルドを説得したいと思っていた。離せば分かってもらえる。その期待があればこそ、通信を切らずに懸命に呼びかける。

「僕達は、あなたの大事なものを奪うつもりはありません! ただ、仲間を救うために行きたいんです!」
「君がそのつもりではなかろうと、結局結果は同じだ! 地球軍が勝つということは、すなわちコーディネイター存続の危機なのだからな!」
「……!! それでも、僕は……!」

ストライクのイーゲルシュテルンを発射させ、ラゴゥを牽制。しかし高速で動き回るラゴゥに、充分な効果は無い。
ぐるりと砂丘を迂回し、イーゲルシュテルンをやりすごして、砂丘の陰から飛び出すラゴゥ。ビームサーベルが振るわれるのを、シールドで防御!
キラは左腕を弾かれた反動を利用し、振り子のように右半身を振り出させてビームサーベルを突き出す!

「ぐぅ!」
「きゃあ!」

ストライクのサーベルはビームキャノンを串刺しにし、砲塔から削ぎ落とした。
その衝撃でバルトフェルドとアイシャが悲鳴を漏らす。たまらずバルトフェルドはラゴゥの下半身を、バイクのジャックナイフ機動のように振り出してストライクを蹴る!

「うわぁ!!」

キラは思わぬ反撃を受け、ビームサーベルを取り落とす。先ほどの衝撃を受けたせいで、バッテリーもかなり消耗してしまった。
もうフェイズシフトはダウン寸前。元々ビームサーベルを展開する時間も、もうかなり少ないだろう。
ならば必要ない。予備のビームサーベルは抜き取らず、両脚に格納されているアーマーシュナイダーを抜き、地上ではデッドウェイトにしかならないエールストライカーをパージする。

これで身軽になった。油断無くアーマーシュナイダーを構えるキラのストライク。
ラゴゥも、数少ない射撃兵器を破壊され、残るはビームサーベルのみ。
二人は予感した。次の一合で決着は着く。互いに必殺兵器は一つになり、エネルギー残量も心もとない。
二機の間に、緊張が走る――

「それでも君は、地球軍に加担するのかね? 君はコーディネイターが滅びることに加担するのか?」

キラは、そのバルトフェルドの通信が、自分を責めているように思えて、息を呑んだ。
同胞を殺すのか? 君はコーディネイターなのに。違う種を生かすことを選ぶのか。

『何故お前が地球軍にいる!』
『何故僕達が殺しあわなくてはならない! 同じコーディネイターじゃないか!』
『何故ナチュラルの味方をするんだ!』

アスランの声が脳裏に蘇り、バルトフェルドの主張と重なってキラを苛む。
違う! 僕は生き残るために必死だっただけだ! 友達を、仲間を守りたかっただけだ! 僕が裏切ったみたいに言わないでくれ!

「だから……だからって、ナチュラルの人達が滅びていいことにはなりませんよ!」
「ならばどちらが滅ぶべきか、と問われたら、僕は迷わずナチュラルを選ぶね!
コーディネイターは僕の家族であり仲間だからな! 君は違うのかね!?」
「滅ぶ滅ばないだけが、戦争じゃありませんよ! リナさんが言ってたじゃないですか!」
「現実を見るんだな! 今行われているのは、そういう種類の戦争ではないのだよ!
生き残りたいなら、少女達を守りたいのなら! 僕と戦って勝つのだな!!」

ラゴゥが砂煙を立てて迫る! ビームサーベルの光も強くなった。
フェイズシフトではビーム兵器を防ぐことなどできない。ビームサーベルともなれば、関係なく真っ二つだ。
やられる。やらなければ、やられる。もう口先で収まる状況ではない。キラはようやく理解した。
もしやられたら……もう皆とは会えなくなる。その先が無くなる。いやだ――

僕は――

僕は、死にたくない!!


また、世界が急変した。

澄み切った頭の中。針の先よりも研ぎ澄まされた集中力。視界が広がる。全てが遅く見える。
あの時、バクゥをリナ越しに狙撃したあの瞬間と同じ感覚。
その澄み切った集中力を、突進してくるラゴゥに注ぐ。間合いを計るためだろう。不規則に蛇行しながら接近してくる。
フェイントも織り交ぜてくるはずだ。だけど、今の自分には無意味。全て見えている。

「うおおぉぉ!!」

キラが吼える。こちらからも駆け出す。急所はどこだ。動物でいう頸部。
あそこにアーマーシュナイダーを突き立てれば、撃滅できる。あのビームサーベルをかいくぐれば――
ビームサーベルの刃が迫る。しかしその前にラゴゥの頭部が突き出ている。
そのラゴゥの鼻面に膝を当て、ビームの刃が胴部に届かないように遮り、同時にアーマーシュナイダーを頸部に――

『そのために他人の人生を奪ってもいいんだな?』
「……ッ!?」

僕が、バルトフェルドさんの……!?

「うわぁぁ!!!」

キラは反射神経の限りを尽くし、そのまま目にも留まらぬ速さで操作。フットペダルを踏み抜き、スロットル全開!
ゴウッ! ランドセルのバーニアを噴いて、膝をラゴゥの頭部に当てたまま跳躍!
ラゴゥは勢いそのままにストライクの真下をくぐり、ストライクはその真下のラゴゥの頭部を踏みつける!

「ぐあぁ!」
「あぁっ!?」

バルトフェルドとアイシャは、その衝撃に悲鳴を挙げ、意識を一瞬刈り取られる。
ラゴゥの頭部が脱落し、ビームサーベルの光が消える。ビームキャノンも失い、ビームサーベルも失われれば、もうラゴゥに攻撃手段は残されていない。
がしゃんっ、とすれ違う形でストライクが着地し、ラゴゥは頭部を失ったまま、その破砕断面で砂面を抉りながら滑る。

キラはコクピットで、息を荒らげていた。
汗も止まらない。今の目にも留まらぬ操縦技術は、SEEDを発現させたキラといえどもかなりの消耗を強いられた。
目を開ける。その目はあの冷酷冷徹のバーサーカーではなく、目に正気の光を宿らせていた。

震える手でコンソールを操作すると、サブモニターに背後のラゴゥを確認する。
爆発はしていない。無事ではないだろうけど、生きているだろう。よかった。
バルトフェルドとはもう一度会える。そして、その時には、戦争をどうやって終わらせられるか。……その回答ができるだろう。
今は答えが用意できていない。けれど、今の自分にはたった一つ、真実がある。

「はぁ、はぁ……! 僕は……みんなを、守りたい、だけなんだ……!」

だから、バルトフェルドさん。貴方に「滅ぼす」なんて答えを、用意するものか。してやるものか。
だから、今は”それ”が答えです。バルトフェルドさん。



- - - - - - - - - -


怒号と断末魔、銃声、爆破音が鳴り響く艦内。
普段はバッテリーの駆動音だけが鳴り響くこのレセップスの艦内で、鉛玉と榴弾の応酬が行われていた。
MS同士の戦闘とは違う、生身と生身。装甲越しではない、生の殺意のぶつけ合い。
ザフトと”明けの砂漠”。その二つの勢力に介在するのは、戦争のようなある種の外交ではない。
仇討ち。憎悪。負の感情に裏打ちされた、互いを殲滅しなければ止まない争いだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……! ここがサブブリッジだな!」

アフメドと数名の”明けの砂漠”のメンバーは、様々な通信設備に囲まれた部屋に到着して、周囲を警戒していた。
コーディネイターが開発した機器なので、操作が複雑だが、”明けの砂漠”にはこういった機械に精通したメンバーがいるために大した障害にならない。
旗艦であるレセップスのサブブリッジを占拠してしまえば、艦内で暴れている仲間に敵兵の位置や艦内構造を教えることができ、有利に戦いを進めることができる。
そうすれば、このレセップスを乗っ取ることも容易だ。今、何人かの技士が通信機を使って艦内の仲間の通信と繋げようと、弄っている。

「これで俺達が勝ったも同然だな、ジャアフル!」
「ああ! これで砂漠の虎も思い知るだろ! ……来るんじゃねぇ!!」

その”明けの砂漠”のメンバー、ジャアフルは笑顔でアフメドに同意しながら、突撃してきたザフト兵に小銃で乱射。咄嗟に角に隠れられて仕留めることはできなかったが、足止めできる。
ようやく、自分達に煮え湯を飲ませてきたザフトの奴らに報復できる。見たか、ザフトめ!
アフメドは高揚していた。地球軍にだって、ザフトの陸上戦艦に乗り込んで白兵戦を繰り広げた奴は居るまい。サイーブに従って正解だった。
突如、通信機をいじっていた技士が歓声を挙げた。アフメドが周囲を警戒しながら、近寄る。

「やった! サイーブとつながったぞ!」
「本当か!? おい、繋げよ! 今の艦内の敵の位置を知らせるんだ!」
「わかった! ……サイーブ。俺だ、アリーだ! この艦のサブブリッジを占領したんだ。今どこにいるんだ? 何? 聞こえない!」

貸してみろ、と、サイーブが通信機を奪おうと手を伸ばした、瞬間。

ドウゥッ!!!

衝撃、爆風、高熱が、サブブリッジに居た全員を襲った。
さっき通信していたアリーの頭に、いくつものガラス片が突き刺さった。何人かは四肢を二つほど失い、その場にもみくちゃになって転がった。
サブブリッジにいた、アフメド含めた六人は悲鳴を挙げる暇すらなかった。それほどに一瞬だった。
アフメドも爆風に押されて壁に背中を痛打した。肩に、さっき受け取ろうとした通信機が粉砕して刺さっている。
全身が焼けるように熱い。腹が濡れている。血だ。何か刺さったのか? ……わからない。硬いものだ。多分、機器の破片が刺さったのだ。

「げほっ! げほっ! な、んだよ……いてぇ……! うげぇっ!」

えづいて、喉の奥に溜まったものを吐き出す。どす黒い血が、びしゃりと服の血に上塗りされた。
視界がぼやける。意識も薄らぐ。そういえば、サイーブが、けが人がどす黒い血を吐いたら、内臓に深刻なダメージがあって、助からないって言ってた。
なんで、俺がこんなことに、なってるのか。わけがわからない。
光を感じて見上げると、機器があった壁に大穴が空いて、太陽光が差し込んでいた。外から何か撃ちこまれたのか? そこには、モノアイが輝いている。

「あぁ……くそっ……やっぱり、モビル、スーツ、かよ……」

ジン・オーカー、だ。それが、突撃銃の銃口を向けていた。
まさかMSを使って、味方の艦を壊してでも敵を倒そうとするなんて。
俺達は、ザフトに比べたら装備において劣っていることはわかっている。それを覆すための白兵戦だったはずだ。
それでもやっぱり、モビルスーツがしゃしゃり出てくる。もう、通じないのか。俺達の戦い方は。

「俺に……俺に、モビルスーツがあれば……お前ら、なんて……」

震える手を、転がっている小銃に伸ばす。重い。それでも腰に引き込んで、銃口を、ジン・オーカーに向ける。
俺は負けていない。それを示してやる。お前らザフトに、最期まで負けて、たまるか。そうだろう……?

「カ、ガリ……」

少なからず好意を寄せていた少女の名前を呟く。ああ、カガリにもう一度会いたかった。
自分が懐に忍ばせていた、マラカイトの原石。このお宝を、カガリに渡せばよかった。俺が死んでも、これを見て思い出してもらえるようにすればよかった。
小さな後悔を胸に、小銃の引き金を引く。ジン・オーカーも、引き金を引く。

その火柱が、戦闘終了の合図となった。


- - - - - - - - - -


「……レセップス級、方位一〇〇より後退していきます。敵残存勢力、全て後退しました。
シエル機、ならびにユラ機、フラガ機、ヤマト機、格納完了。両舷甲板ハッチ、閉鎖します」

ナタルの報告に、密かに安堵の吐息をつくギリアム。
結局、”明けの砂漠”は全滅したようだ。敵艦から彼らが後退する様子は観測できなかったし、通信も拾えなかった。
結局、自分は彼らを使い捨てたことになるのだろう。……そういう狙いがあったことは否めない。
だが、ギリアムは己を責めなかった。忘れてはならないのは、自分はどこまでいっても地球軍の軍人なのだ。
優先すべきことは理解している。だから、”明けの砂漠”のメンバーの生死確認よりもまず、ビクトリア基地へ急行することを迷わず選択した。

「よし、針路そのまま。予定航路をとれ。艦内、第二種警戒態勢。対空、対地警戒、怠るなよ。
……しばらく、指揮をラミアス副長に任せる」
「ハッ。ラミアス少佐、指揮を引継ぎいたします」

マリューがキビキビと答え、ギリアムは艦長席から腰を上げ、離れる。
地上に降りてから、アル・ジャイリーとの交渉の席につく以外は、ほとんど艦長席から離れることができなかったが、バルトフェルドを退け、ようやく一息ついた。
ブリッジのすぐ真下にあるCICを見下ろすと、統括席でインカムを外して、自分と同じように一息つくショーン中佐の姿が見えた。

「……ショーン中佐、一息つこう。他の者も、予備員に任せてしばらく休憩をとれ。次はいつ、ザフトの襲撃を受けるかわからないんだからな」

ギリアムがブリッジの人間に号令すると、皆、安堵の吐息をついた。
実際、この激しい戦闘で相当神経をすり減らしたであろう。ギリアムの指示がありがたかったようで、表情を緩めて背を伸ばしたり、リキッドチューブに口をつけたりと、思い思いの方法で休息をとっている。
クルー達が指示どおりに休むのを見届けてから、ギリアムはブリッジを後にする。
エレベーターの中に入り、居住区に戻るスイッチを押そうとすると、後から駆け足で追いかけてきたナタルが乗り込んできた。

「し、失礼します」
「……では下りるぞ。居住区でいいな?」
「はい」

スイッチを押し、エレベーターが小さなモーター音を立てて下りていく。
会話の無い二人。ギリアムは、少し息苦しさを感じながらも話題を探していた。
とりあえず話題を探すために、バジルール中尉の経歴について思いを巡らせた。
代々軍人を輩出している、バジルール家出身の女性士官。士官学校では操艦指揮が、特に優秀だったと聞く。
それがオペレーターの任にあてられるというのは、どういう気分なのだろうか? 役不足だ、と内心憤っているのだろうか。
そして自分の艦の指揮に密かに苛立っていたとしたら、それは申し訳なく感じる。
二十半ばの小娘に、何を恐れるか……と、笑ってもらって構わない。自分はこれでも小心者なのだ。

「……ギリアム大佐」
「…………なんだ?」

突然、バジルール中尉が口を開いた。少々驚いたが、それを顔に出すことなく、努めて平静を保って問い返す。

「”明けの砂漠”の連中は、生きていると思われますか?」

その質問に、改めて驚いた。表情に出たかもしれない。
……ナタル・バジルールという人物が、こういう質問をするとは思わなかった。冷たい人間とは思わないが、割り切るタイプだと思ったからだ。

「……バルトフェルド隊の艦艇は戦域を離脱できた。つまり、そういうことだ」

これ以上ない事実であろう。希望的観測など意味が無いし、彼らに関してはどうしようもない。
バジルール中尉はそれを聞いて、僅かに目を伏せた。彼らがどうなったのか、バジルール中尉なりに気になったのだ。
それが、まるでギリアムを責めているような気がした。そのせいか、舌が弾む。まるで、言い訳をするように。

「これが戦争でなければ、私は立派な詐欺師になれるな。あるいはカルト教団の教祖か。
彼らを舌先三寸で信用させ、間接的に彼らを死に追いやり、踏み台にした。これはどうしようもない事実だ」
「しかし、私は艦長の判断を支持します」

バジルール中尉が、きっぱりとした口調で答える。真っ直ぐアメジスト色の瞳を向けられ、今度はギリアムが目を伏せる番になった。
やはり彼女は若い。そう思う。ここまで真っ直ぐの瞳を向けられるのは、生真面目で、ある種純粋だからできることだ。
その純粋さに、どこか危うさを感じるが、支持を受けることは純粋にありがたい。その気持ちを口にする。

「ありがとう。……私も、優秀なクルーに支えられてこそ、艦長でいられる。第七艦隊と合流するまでは、よろしく頼む」
「こちらこそ、大佐の下で勉強させていただきます」

素直だ。そう思って苦笑いを浮かべる。丁度、エレベーターのハッチが開いた。

「では、失礼いたします」
「うむ」

キビキビとした敬礼をして、自室へと歩いていくバジルール中尉と別れる。
さて、いつもの艦長室に戻るのもいいが、しばらく艦内を散策しよう。仕事は残っているが、少し気晴らしをしたい。
居住区に足を踏み入れる。戦闘が終わったばかりで、もうダメコン作業は終わったからか、クルーがまばらに歩いている。
すれ違ったクルーと敬礼を交わしながら保養室に一応期待の視線を送ってみるが、隔壁が下りている。保養室は開いていたためしが無い。長距離航行のため、節電対策と銘打って常に閉店している。
ならば、と、士官食堂に行ってみる。一般食堂の方が気楽に食事を掻き込めるが、行けば下士官らが高級将校である自分に気を使うだろう。そこまで無神経なつもりはない。

「……ん」

なにやら、フラガ少佐とシエル大尉がテーブルを挟んで座っている。入ると、二人ともこちらに振り向いて立ち上がり、敬礼した。
そのままドリンクバーに直行して飲み物を選び始めると、二人が話を再開する。何か話しているようだが、聞き耳を立てるのは趣味が悪いと思い、飲み物を選ぶことに集中する。

「――だから、ボクは一人っ子です。姉妹なんていませんよ」
「そうか? シエル家くらいでかい家なら、兄弟の一人や二人、居てもおかしくないと思ったんだがなぁ」
「それはそうですけど、原因はわかりませんよ。夫婦仲も良好でしたし。だいたい相手はザフトですよね」

相手はザフト。その言葉に、意識が思わずそちらに向いた。同時に、砂糖を多めに入れたコーヒーを選ぶ。
二人は会話を終えたのか、席を立って士官食堂を退出していく。今から追いかけて、何を話していたかと聞くのはおかしい気がする。
この話を聞いていた人間は、他にいるだろうか? 残念ながら、彼らが座っている席以外は空だ。
ならば、と、給養員の少尉を見る。夕餉の支度をしている。今日は金曜日なので、寸胴鍋を大きな櫂で混ぜていた。

「……一等兵、少しいいか?」
「あっ、ぎ、ギリアム艦長っ」

突然声をかけられて驚いたのか、その給養員は櫂から手を離し、ざっ! とたたずまいを直して敬礼を返した。
その慌てる姿に苦笑を漏らしながら答礼して、手で彼を制する。

「あぁ……調理しながらでいい。少し聞きたいことがある。彼らの話を聞いていたか? 何を話していた?」

我ながら野暮だな、と思いながらも問いかける。
給養員の一等兵は、落ち着きの無い様子で視線を泳がせながら、おどおどとした態度で答えてくれる。

「自分も、調理しながら聞いていたので、詳しい内容は覚えていませんが……フラガ少佐が、シエル大尉とそっくりのザフト兵と交戦した、ということを言っていました」
「シエル大尉と?」

そういえば、大気圏に突入した際に艦内に侵入したザフト兵の一人が、そうだという報告が来ていた。
結局取り逃がしてしまったが、同一人物で間違いなかろう。クルーゼ隊の一人で、それが地球まで追いかけてきたということだろうか。

「偶然似ている人物なだけではないのか?」
「さあ、そこまでは……確かに、この世には自分に似ている人間が二人や三人はいると聞きますが」

そうだとしたら、似ているだけで特に話題に上ることは無いはずだ。言った後に、執拗に攻撃を仕掛けてくる人間がクルーとそっくりとは皮肉が利いている、と思う。
フラガ少佐が提出した報告書によると、最後のジン・オーカーは取り逃がしたという。
そのシエル大尉とそっくりのザフト兵は、生きている。また攻撃を仕掛けてくるだろう。
どこまでもついて回る。借金や過去の負い目のように。

「……まるでドッペルゲンガーだな」
「ドッペルゲンガー……確か、自分に全くそっくりの幽霊か何かで、見たら近いうちに死ぬというものでしたっけ?」
「慎めよ、一等兵」
「あっ、失礼しました」

軍艦に乗る者が、近いうちに死ぬだの縁起でもないことを言うものではない。それを叱咤する。
通路に出てみると、フラガ少佐とシエル大尉は既にどこかに歩き去っていたところだった。
できるなら、二人にはゆっくり休んでもらいたいものだと思う。上官としても、個人的にも。
危険すぎる前線に赴いているパイロット達には、状況が許すなら一週間も休息をやりたいところなのだ。彼らはそれだけの活躍をしている。
そんな彼らに、いかつい上官と顔を合わせずにだらけられる時間を少しでも与えてやりたい。

「折を見て、聞いてみるか……」

独りごちて、まずは戦闘で流した汗を流そうと、シャワールームに向かうのだった。
何気なく、すん、と匂いを嗅いでみる。……ああ、もうそんな歳だ。
気をつけなければ、任務が終わって帰った時に妻子が怖い。こまめに入らなければ……と、決意を秘めるギリアム三十九歳であった。



[36981] PHASE 26 「君達の明日のために」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/03/29 21:56
「……コール。グリニッジ気象観測センター? 聞こえますか? こちら”アドミニストレーター”。
繰り返す。こちら”アドミニストレーター”。コードRP069A。気象観測センター、応答せよ」

何度かのコールの後、Nジャマーの影響でノイズが混じった通信士の若い女の声が返ってくる。

「…………繋がりました。こちらグリニッジ気象観測センター、気象観測官”サーキット”です。御用をお伺いいたします」

女の声は怜悧で、合成音声に間違えてしまいそうなほどに感情に乏しい。

「忙しいところ申し訳ないが、ソロモン市の四日後の天候を教えてくれないか? 雨が降ったら、ライナー幼稚園の遠足が延期になっちまう」
「かしこまりました、少々お待ちを」

短いノイズ。ブツリ、と一度途切れ、スピーカーが沈黙する。
ノイズも聞こえてこない、全くの沈黙の後。接続したときの音もノイズもなく、男の声が響いてきた。

「よく連絡をくれた。今か今かと待ちわびていたところだよ、マカリ」

その男の声は、聞く者の心を落ち着かせるような、優しい声。その声が、通信相手の名前を呼んだ。
Nジャマー影響下だというのに、通信相手の息遣いすら聞こえるほどクリアな通信。通信端末はその通信相手からの借り物だが、どういう原理で通信できているのやら。
その通信端末の前にいるのは、マカリ・イースカイだ。

彼は今、狭いコクピットの中、フィフスを膝の上に乗せながらレセップスから離れていくシグーに乗っていた。
フィフスが乗っていたジン・オーカーはバルトフェルド隊からの借り物であったので、乗機の無い彼女はコクピットに相乗りする形になる。
膝の上の彼女は戦闘の疲れもあって、うとうとと瞼が重たそうにしていた。
その揺れる頭を撫でながら、マカリは通信端末と会話している。

「アークエンジェルに攻撃をかけていたら、地球に落ちてしまったんですよ。
幸いバルトフェルド隊と合流できたんですが、どこに耳があるか分からないので、連絡が遅れました」
「それはこちらでも確認がとれている。落ちてしまったものは仕方がないし、事情はよく分かった。無事なようで何よりだ」

通信相手は、特に気分を害する様子も無く鷹揚な口調で答えた。
どうやら敵前逃亡扱いはされていないようだ。命令外の行動とはいえ、斟酌の余地はあったようだ。
マカリは安堵の吐息を漏らす。敵前逃亡扱いされて、ザフトから追跡される覚悟があったとはいえ、そうならないに越したことはない。

「……さて。君のことだから、生存報告のためだけにこの回線を開いたわけではあるまい。用件を聞こう」

無論、マカリとてそのつもりだ。この男とは個人的にも友好な関係を結んではいるが、公的な立場にある彼の時間を無駄にするつもりはない。
さて、どこから報告しようか。一瞬思考を巡らせ、まずは彼が自分に求めている内容から報告するとしよう。

「……シエル家のリナを発見しました。地球軍の通称”足つき”、アークエンジェルのMSパイロットをやっていました。
まだまだ使い物になるには程遠いですが、もうしばらく熟成させれば一人前になるかと」
「ほう。……デイビット君は約束を守ってくれているようだね。安心したよ。
そうでなければ、貴重なものを渡したことが無駄になるところだった」

マカリは、その通信相手の言葉に、空々しい、と思う。元々そういう契約で渡したのだし、絶対に反故できないようにしたのはこの男だ。約束を反故にできるわけがない。
無表情に、しかし口調は笑みを含んだまま続ける。

「しかし、そのデイビットは、彼女の本来の”仕事”を教えてはいないようですが……?」
「彼と彼女の立場を考えると、教えるわけにもいかないのだろう。不可抗力とはいえ、少々不都合ではあったが……。
アークエンジェルのクルーになるとは、嬉しい誤算だ。キラ・ヤマトにも接触できているだろう。
できれば彼と親睦を深め、信頼を勝ち得て欲しいものだ。そうすれば計画はよりスムーズに実行されるだろう」
「それは求め過ぎというものですよ。アークエンジェルのクルーになったというだけで奇跡的です」

自分の夢想を語り始める通信相手に、さすがにマカリは苦笑を浮かべた。

「私は有能な人間には、より多くのものを求める主義なのだよ。
まあ、それが無理にしても、しっかりとキラ・ヤマトの能力をインプットして持ち帰ってもらいたいものだ。彼の能力は実に有用だ」
「ずいぶんとキラ・ヤマトのことを買っているのですね?」
「当然だよ」

どこか凄みを含んだ笑み声に、マカリは息を呑んだ。

「彼は未来の覇者だからね」




- - - - - - - - - -


人が住むことのない荒野は、夜になれば星空のみしか明かりの無い、まるで宇宙のような空間へと変わる。
地表には、ハイエナなどの一部の夜行性動物がひっそりと活動しているだけで、至って静かだった。
その静謐に、遠くから轟音を響かせながら近づいてくる巨大な飛行物体。
それに驚き、今まさに獲物に飛びかかろうとしていたハイエナが逃げ去った。ガゼルも蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その飛行物体は、地球連合軍の――クルーゼ称するところの”足つき”、アークエンジェルだ。
アークエンジェルはレーザー核パルスエンジンのノズルから青白い火を噴いて、その巨体を荒野の低空で滑らせていく。

バルトフェルド隊との戦闘から六時間が経過していた。
格納庫では破損したストライクダガーの修理が急ピッチで行われていた。艦の外からはエンジンの音しか聞こえないが、メイン格納庫は騒音の坩堝である。
ストライクダガー三機はMSハンガーに直立し、作業車とクレーンが破損部分の取り外しと、電気、電子回路の修理のために整備班がとりついていた。
それを見上げるのは、整備班の班長、マードック曹長、リナ、カガリの三人。
マードックは損傷報告書のチェックリストを眺め、痛い頭をかりかりと掻きながら、盛大なため息をついた。

「あーあー、派手に壊してくれちまって……」
「……ごめん」
「わ、悪かったと思ってる……」
「思ってくれなきゃ困るんだよ」

しゅん。うなだれるリナ。カガリも珍しく神妙にしていたところへ、マードックが追い討ちをかける。カガリはさらに小さくなってしまった。
一時的に同盟を組んでいたとはいえ、モビルスーツの無断使用、そして民間人の戦闘介入。極刑に言い渡されてもおかしくない。
”明けの砂漠”と手を組むと言った艦長だが、モビルスーツを貸与するとは言っていない。しかもキラのように”仕方が無い事情”があったわけでもなく半ば盗んだので、怒り狂った艦長からの沙汰待ちという状態。カガリからすれば詰んだ状態だ。
マードックは怒りを抑え込むように眉間に皺を寄せて、カガリを真っ直ぐ睨みながら、静かに告げる。

「シエル大尉はともかく、カガリの嬢ちゃんは民間人で、これは地球軍のものなんだからよ。勝手してもらっちゃ困るぜ。
壊されるのはいいさ。パーツは足りなくなってきてるが、結果的に艦は助かったしな。
だが、勝手に持っていかれて勝手に死んじまったら、俺たち整備員はやりきれねえのさ。わかるか?」
「…………すまない」

俯くカガリに、マードックが手を挙げる。びくっ、とカガリの肩が震える。
殴るのか。ちょっと、とリナが庇おうとしたが、マードックの分厚く荒れた手はカガリを打たず、優しく金色の頭頂に置かれた。

「……ふん。まあ、生きて帰ってきたのは何よりだ。もうするんじゃねえぞ、わかったな?」
「わかった……もうしない」

諭すマードック。弱弱しく頷くカガリ。
それを見ているリナは複雑な心境だった。……この前機体壊されて落ち込んでた自分も、あんな感じに諭されてたんだろうか。
うーん、思ったより恥ずかしい。あのテンションだから、ああされて嬉しく感じたんだろうなぁ。今だとクサさしか感じない。
居づらそうに頬をぽりぽりと掻いて、カガリのなでられる様を眺める。なんだか飼い主と猫みたいだ。

「……じゃあ、ボクは休むよ。さっきの戦闘でクタクタだし」
「おう、ゆっくり休んでな」

あまり見てられなかったので、適当な理由をつけてその場から退場しようとする。
さっきの戦闘はちょっと疲れたけど、戦場からアークエンジェルへ帰る途中のわずかな時間で、疲労はすっかり回復していた。
このチートボディ、疲労が溜まるのが遅いばかりか、回復も早いみたいだ。便利便利。
マードックはひととおりカガリを慰め終わったのか、一度軽く頭をぽんと叩くと、いつものように胸を張って堂々とした態度をとる。

「ほら、カガリの嬢ちゃんもだ! お前さんはゲストだからな、ゲストらしく大人しくしてろよ!」
「げ、ゲストとはなんだっ。ふん……」

ゲストという言い方が気に入らなかったようだけど、大人しく従うカガリ。
とりあえず、この場は丸く収まった。
だけど、やっぱり気になるのはMSの修理。補修用のパーツだって無限じゃないのだから、いつかは無くなってしまうだろう。
パイロットは戦闘だけじゃなく、そうした物資の事情も考えなければ一流と言えない。どんなに操縦が優れたパイロットといえど、パーツが足りなければ戦力にならないからだ。

(その点、キラ君は規格外だなぁ)

ストライクには、実弾を無効化する(有限ではあるが)フェイズシフト装甲があるとはいえ、それでも下手な人間が乗れば、そんな装甲があろうとなかろうと同じだ。
キラは今までストライカーパックや武器は失ったことはあるが、四肢のどこかをもぎ取られたことはない。
それも、リナのようにジンやバクゥだけでなく、ラゴゥや、ストライクとほぼ同じ性能のG兵器と戦っても、四肢のどこも欠損することなく戻ってきた。
まさに規格外のパイロットなのだ。肉体の性能は突き抜けているといっていい。

(だけど……)

反面。一軍人としての性能はひどくアンバランスだ。
そういった反射神経、運動神経、思考速度、記憶力、知能等の基礎能力は飛びぬけているのに、銃の使い方は知らない。おそらく、戦い方も知らないだろう。
バナディーヤでの一件で、それがよくわかった。彼にはスピードやパワー、テクニックはあっても”スキル”が無い。
スキルは、知能や器用さで磨かれるものではない。経験、勘など、ただの優れた人とは違う人種、戦士としてセンスの賜物だ。
体に染み込ませた経験と勘は、人知を超えた能力を発揮する。時にはマシンの反応を上回るほどに。それほどに、スキルは戦士にとって必要な要素なのだ。

それでもナチュラルの軍人ぐらいなら軽くノせるだろう。彼のスピードやテクニックに反応できるナチュラルは極少数に限られるからだ。
だがコーディネイターのザフト兵相手には厳しい。コーディネイター相手でも多少基礎能力は上回っているだろうが、”スキル”が無ければ勝てはしない。
今までそのスキルの無さを、彼はストライクの性能と本人の性能で補ってきた。だが生身となると通用しまい。相手がエースの赤服なら、出会った瞬間終わりだ。
MS無しで戦うなんてことは無い、という保証はどこにもない。バナディーヤでの一件がそうであったように。
ストライクが、MSがあったら勝てたのに、という言い訳は、棺桶の中ではできないのだ。

「……というわけで、ヤマト少尉、ケーニヒ二等兵。今日から君達に、CQBについて教えようと思う」
「し、CQB?」
「って、な、なんですか?」

リナに突然提案されて、きょとんとするキラとトール。
格納庫でカガリが叱られた次の日の朝。三人は最近人の出入りの少ないトレーニングルームに集まっていた。
そこには四角形のボクシングのリングがあり、そこでレクリエーションとしてボクシングを楽しむことができるようになっていた。
そのリングのすぐ横。キラは動きやすいように、とジャージを着て、トールは普段着から上着を脱いだだけの姿で着た。
リナはといえば、ゆったりとしたランニングシャツに、これまた風通しの良さそうなホットパンツを着用。

「CQBっていうのは、Close Quater Battle(近接戦闘、もしくは閉所戦闘)といって、MS戦とは違って、歩兵の携行火器、ナイフや徒手格闘を用いた戦闘を想定した戦技のことで――」
「…………」
「…………」

ごくり。息を呑んだのはどっちだろうか。
見た目の年齢なりに身軽に動き回り、ホットパンツがひらひらと短い裾を揺らして、腰の幼い肌が見え隠れしている。
おまけにランニングシャツがこれまたふわふわと頼りなげに揺れて、身体をきゅっと小さく回すと、未発達の彼女の肢体がチラチラと見えてしまう。
一G下のおかげで、服は彼女の肌に吸い付かずに重力に振り回され、ちょっと身体を動かしただけで……色んなものが見えそうだ。
それでいて身体の凹凸は乏しいのに、もちもちした肉付きと薄く火照った乳白色の肌が男の性を刺激する。
じぃぃ。もしその視線に熱量があったら、リナがこんがり狐色に炙られてそうなほどに見てる二人。もちろんその集中力に聴力は伴わない。

「……聞いてる?」

一生懸命説明してるけど、何もリアクションを返してこないことに気付いて、じとーっと睨むリナ。
何こっちに視線向けながらボーッとしてるんだ。器用なやつらめ。
キラとトールが、ギクッと擬音を漏らして焦ってる。全く、聞いてくれないと困るぞ。
おずおずと、トールが応えてくる。

「は、はい、聞いてます……えっと、BBQでしたっけ?」
「食べたいのか!? こんがり炭火で焼きたいのか!? 違うよ! CQBだよ!」
「そうそう、そのシーキューブなんですが」
「多方面の人から怒られるよ!?」

何も悪びれることなく、トールは続ける。

「さっきの大尉の話はわかったんですけど、これから行く所ってMSで戦うんですよね? 今から訓練したって無駄なような気がするんですけど」
「甘いな、ケーニヒ二等兵」
「あ、トールでいいです」
「……トール二等兵。MSが人型だということを忘れてないか?」

ちち、と指を振るリナ。

「MSは自分の手足の延長だ。自分の身体の動かし方もわからないのに、MSが満足に動かせると思うかい?
ストライクダガーはナチュラル用のOSだから、自分の手足のように動く、とは程遠いけれど、自分の身体の動きの良いイメージを作れなくては、MSの操縦も上達はできないよ」
「そういうもんですかねぇ」

トールはどこか納得いかなげだ。キラは特に何の反応も示さず、ただリナの話をじっと聞いていた。
キラはリナの言うことがわかっていたし、なによりバナディーヤの時、リナとカガリを満足に守れなかったことが随分と堪えていた。
リナに教えてもらうのは、格好がつかないとはわかっているけれど、もっと強くなって、自分の手で守れるようになりたい。だからリナの訓練も、真面目に受けようと思っていた。
リナはリナで、キラがじーっと見てくることに少々照れを感じながらも、トールに視線を向けて指先をすいっとまわした。

「MSパイロットとしても軍人としても先輩のボクの言うこと、少しは信用してもらいたいね。
ボクは意地悪で嘘を教えるほど、暇じゃないんだ。君には少しでもマシになってもらわないと、君もボクも命が危ないからね」
「言ってくれるよ、全く……」

リナの手厳しい物言いに、トールは苦笑する。こうまで言われては、男の面目が丸つぶれである。
ふわっと黒髪を揺らして指で梳いて、ふふん、とリナは笑った。
トールの感じていることはわかる。自分が『昴』の頃だったら、小さな女の子に物を教えてもらうのは屈辱なはず。
それを少しでも晴らそうとする、精一杯の減らず口を叩いたつもりだろう。

「どうとでも言うといいよ。ボクの訓練を真面目に受けるなら、ボクには何の文句も無いから。
今日のために、君達のトレーニングメニューを用意してきたからそれをしっかりこなしてね!」

綺麗に畳んでいるメモをキラとトールに配り、開いて読み始める二人。
自分の作った教育プログラムに相当自信を持ってるのか、リナはとても得意げで上機嫌に幼い声を弾ませながら解説してる。

「地球軍式の新兵教育用プログラムだから、学生あがりでも大丈夫。若い二人なら、きっとすぐについていけるように――」
「あ、あの、あの! ちょっといいッスか!?」
「なんだいトール二等兵、質問は手を挙げてからだよ?」

上機嫌に解説しているところをトールの異議に遮られるも、気分を害することなく促した。
トールはリナとは対照的に、メニューに不満があるのかしかめっ面でリナに叫んだ。
どうしたの? と、キラがトールのメニューを覗く。

「俺のメニュー、キラとだいぶ違いませんか!?
キラは組み手とか制圧術とか実戦用ばかりなのに、俺のは腕立て伏せとか艦内マラソンとか、これじゃまるでクラブ活動ですよ!」
「ほ、本当だ……リナさん、これってどういうことです?」

キラもトールの不満を理解したようで、答えを求めるようにリナを見た。
それでもリナは傲然と腕組みをやめず、むふん、と鼻を鳴らして応えた。

「きみはほんとうにばかだなあ。キラ君とトール二等兵が同じスタート地点だと思うかい?
キラ君は既に身体能力に不満は無いからね。あとはスキルを磨くだけだと踏んだから、そのメニューなんだよ。
それに引き換え、トール二等兵。君の身体能力は一般的な学生と大差無いどころか、まさに一般的な学生なんだよ。まず基礎が出来てないんだ。
だからまずは基礎体力の向上! 体力も無いのに、技なんて身につくわけないじゃないか。何か反論はある?」
「くっ……」

早口にまくし立てると、トールは何も言えなくなってしまった。
なんでトールの身体能力を知っているかというと、トール達が仕官した時に簡単な適性検査をしたからだ。
そのデータは学生達を預かるときに見せてもらったので、充分把握している。それを見た上で、彼はまだ軍人として不満だと思ったのだ。
特に彼はパイロットなのだから、ボクは彼の命に責任を持たなければならない。キラのことは関係なく、リナ・シエル大尉として。
ともかく、納得? した様子のトールに満足すると、えへんと薄い胸を張るリナ。

「さあ、わかったらさっさと訓練! 訓練!
キラ君、はじめに構えから教えてあげよう。こうして、右半身を一歩引いて、左手を前に構えて……」
「は、はい、こうですか?」
「そうそう、そんな感じ! あ、トール二等兵は一人でやる訓練ばかりだから、メニューを勝手にやっててね。さぼっても、ボクは見てるからね!」
「扱い違いすぎじゃないスか!? ……ったく! とんだ貧乏くじ引いちまったなぁ」

ぶつぶつとぼやくトールをよそに、リナは早速キラに手取り足取り教えはじめた。
まるでお兄ちゃんと遊ぶのを楽しみにしていた近所の幼女のように、声を弾ませるリナと、まんざらでも無さそうなキラを見て、トールは、

「キラ……遠くに行っちまったな」

キラは私達とは違うのよ。そういうミリアリアの幻聴を聞いてしまいながら、遠い目で眺めていた。
サボるな! とリナに怒鳴られ、はいはいと疲れた声で答えながら、床に手を突いて腕立てをはじめるのだった。


- - - - - - - - - -


「はぁ、はぁ、ひぃ、ひぃ……」
「トール、大丈夫……?」

初めての軍隊式のトレーニングが終わり、喉が擦れるような喘鳴を漏らして倒れこむトール。それに対し、キラは疲労を欠片も見せず、ケロッとしていた。
トールが何か言いたげに口を動かしているのだけれど、よほど喉が渇いているからか全く声になっていない。
車に轢かれた鹿のように倒れているトールに屈んで、気遣う言葉をかける余裕くらいはある。

「お疲れ。キラ君、トール二等兵」

そこへリナが、三人分のリキッドチューブを持って給水機から帰ってきた。
トールがひったくるようにして受け取ると、頬を凹ませて喉を鳴らし、じゅぞー、と盛大な音を立てながら啜っていっている。

「……っ! っはぁ。……くそぉ、俺だけ、トレーニング、キツすぎなんですよ……」
「そう? 士官学校の訓練より、かなり妥協した内容なんだけど。コロニーっ子だから運動不足なんじゃない?」
「コロニーは関係ないですよ。……まあ、アカデミーにはそういう運動する課程が無いのは確かですけど」

なるほど、だから運動神経抜群のキラ君は、仲間内でパッとしない存在だったのか。
その運動神経を生かせば、アカデミーで持て囃される存在だったかもしれないのに。

「ふぅん。じゃあ運動不足を克服するいい機会だと思って、精々頑張りたまえよ。もし頑張ってメニューをこなせば、ボクがご褒美をあげるからさ♪」
「ご、ご褒美?」
「り、リナさん!? トール!」

ご褒美、という言葉にトールが食いついて、キラが慌てた。
リナとしては、上官と部下の関係は飴と鞭の使い分けだと思ってるから、軽い気持ちでご褒美と言ったわけで。
単にご褒美って言っただけじゃ効果は薄いかな? と思ったけれど、トールは勝手に想像してくれたようで、なにやらときめきを感じている。

「まあまあ。キラ君と違ってトール二等兵は始めたてだし、体力も君ほどは無いんだし、何かうまみがあったほうがいいかなって思ったんだよ」

そう言うリナの表情はいつもの朗らかであどけないもので、キラとトールが想像するようなものは無いように感じる。
でも、キラはリナの天然ぶりを知ってるから、なにやら落ち着かない気分にさせられる。
トールにはミリアリアがいるじゃないか! と言いたいけれど、それを言ったら自分が変な想像をしてると勘繰られるから、上手く言えない。

「ご褒美って……何スか?」
「それは、メニューをこなしてからのお楽しみってことで♪」

食いついてくるトールに、演技なのか自然体なのか、口に指を当てる仕草をしながら無邪気に答えるリナ。
愛くるしい仕草、とキラは思うのだけれど、何故か純粋に喜べないでいた。
トールは、おぉぉ、と期待に胸を膨らませてるようだけど、面白くない。
無意識に、むすっと唇を尖らせて睨み目になりながら、キラは低い声で唸った。

「……リナさん、僕だって僕なりに大変な思いをしてるんですから、何か見返りを下さいよ」
「ま、まぁな……シエル大尉、キラにも、何かやってくれませんかね?」

キラの低い声に驚いて、トールがおずおずと道を譲る。
キラが怒ると怖い。普段から大人しい子が、キレると変に強くなるっていうのを体現したようなキャラだ。
その変に、という部分がやたら極端なのが彼なんだけど。だから――じゃないが、リナは、うーん、と唸って迷ってみせた。

「しょうがないにゃあ……キラ君も、一つ目標をあげよう。それを達成したら、ご褒美あげよう♪」
「にゃ、にゃあ……?」
「本当ですか!?」


む、渾身のギャグがキラにスルーされてしまった。ちょっとむなしいけど、ご褒美はちゃんと用意させてあげよう。
さて、彼に課す目標は既に考えてある。それを達成すれば、間違いなくボクの目標も達成したことになる。
ま、それでもあくまで第一目標なんだけどね。

「君がどーしてもって言うからねー。……キラ君。君に与える第一の目標。それは、徒手格闘でボクに勝つことだ」
「……え!?」


- - - - - - - - - -


キラの身体が、旗のように宙を舞う。
ここはもう大気圏内だし、宇宙だったとしてもここは重力区画にあるトレーニングルームだ。無重力に任せて身体が浮く道理はない。
だから、キラの身体は重力に従い、背中をしたたかに床に叩きつけられる結果となった。

「ぐあっ!」
「まだ動きが大振りだ! ヒットする箇所をガン見しすぎ! 踏み込みも甘い!」

そのキラを宙に放り投げたのは、彼の袖を掴んでいるリナだ。叱咤を飛ばしながら、彼の身体を起こす。
キラに目標を設定してから、二時間。
それを告げてからすぐに、キラは控えめな態度ながらも、かなり自信満々にリナに挑んだ。
しかし、未だに一度も的確な打撃を与えることができない。
先天的に人並み外れた身体能力を持ったリナと、スーパーコーディネイターという唯一無二の超人的能力を持ったキラ。
二人とも特殊な能力の持ち主だが、決定的に違う戦闘能力の違いに、キラは何度も投げ飛ばされていた。
それを見て、トールが青くなっている。トールもキラの能力の高さを認めていたので、その光景に言葉を失っていた。

「……」
「ぼけっとしない! トール二等兵もいつかはこうならなきゃいけないんだから!」
「無理無理っす……」

げっそりした表情で、力いっぱい左右に手を振るトール。根性なしめ、と、リナは毒づいた。
しかし、もしリナが『昴』だったら、キラに手も足も出ないんだろう。まさに「やめてよね」状態となる。
今は違う。謎のチートボディーによって身体は嘘のように軽いし、細身の割りに膂力もそこらの男にも負けないくらいだ。
だから軍隊式体術もあいまって、スーパーコーディネイターのキラを地に伏せることができる。
とはいえ、リナとて最初からこの体術を習得していたわけではない。全てはリナ自身の努力の賜物である。

「くは、はぁ……っ 僕のほうが、速いはずなのに、なんで……」
「いくら速くても、来るとわかっていれば受け止められるし、力が強くてもそれを生かせなかったら、ダメージは半減するんだよ。
CQBの重要性がわかった? 体術が終わったら、次は銃撃もやるんだけど……まずは基礎の体術から! OK?」
「お、OK……です……」

結局、トールに続いてキラも地を這うはめになり、震える声で了承せざるを得なかった。
まあ来ると分かってても、速すぎたり怯えたりすれば避けるのも受け止めるのも不可能で、やっぱりこれも相応の訓練がなければダメなのだ。
だから……ビクトリア基地に着くまで時間はないけれど、キラとトールにはきっちり教え込まなければならない。

「ボクと一緒に、頑張ろうね! 二人とも!」

――君達の、明日のために。



[36981] PHASE 27 「ビクトリアに舞い降りる」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/04/20 13:25



バルトフェルド隊との戦闘から六日後。
アークエンジェルはザフトからの散発的な攻撃を受けながらも、特に大きな被害を受ける事なく、ビクトリアへの航路を進んでいた。
それも、ビクトリア基地に対する大規模な作戦の開始が間近に迫っているからだ。新造艦とはいえ、たかだか敵艦一隻のために、念入りに整備された戦力を割き、作戦に支障をきたすようなことがあってはならないからだ。
よって、アークエンジェルに対するザフトの姿勢は「近隣部隊は進行遅延誘発のための牽制攻撃を行え」が基本となっていた。

しかし、同時に疑問でもあった。

連合の新造艦が友軍の攻撃によってこのアフリカの地に落ちてきたのだが、目的地はアラスカであるはずだ。
アラスカは、新型の様々な戦闘データを喉から手が出るほど欲しがっているはずだ。
それがアラスカとは反対方向の南アフリカ方面に移動していくのはおかしい。

「この地球軍の新造艦はどこに向かっているのだ? 度々網に引っ掛かっては、どこか一点を目指して飛んでいるようだが」
「アラスカでもなさそうだな……やはり、ビクトリア基地か」

ザフトの中央アフリカ野戦司令部で、アークエンジェルの動きをトレースした地図を眺めていた司令部の面々は疑問を呈した。
彼らは、始まろうとしている第二次ビクトリア攻略戦のための作戦会議を開催するために召集された作戦要員だ。
地球軍の動向を報告し、それにあわせた兵站の整備、補給路の確保、編成などを行っていたのだが、哨戒部隊からの報告によって敵新造艦が話題に上った。

「そのアラスカが欲しがっている新造艦が、何故ビクトリアに向かう? ……まさか、我々の動きに応じるために向かっているとでも?」
「……我らの動きが、地球軍に漏れている、ともとれるな」
「貴様は我が軍にスパイがいるとでもいうのか? バカな。我々コーディネイターの中にナチュラルが入り込めば、わからぬはずがないわ。
狼の中に羊が紛れ込んで、その匂いを嗅ぎつけられぬような愚昧は我々の中にはおらん!」

眉に皺を寄せた男の呟きを、髭をたくわえた壮年の男が一笑に付した。
その笑み声に、意見を一蹴された男は小さく唸る。その笑み声を止めるように、それよりもやや冷静な男が静かに意見を挙げる。

「それよりも、ナチュラルにいい目と耳を持っている者がいる、と考えたほうが自然ではないかね?
我々は少々、派手に動き回りすぎた……ナチュラルに我々の動きが露呈した以上、コソコソする必要は無くなったわけだ。
もう、作戦開始の日まで時間が無い。戦力の結集と編成を急がせるぞ」
「……わかった」

激昂した壮年の男は、その冷静な男の言葉に冷却されて、怒りを飲み込む。
再び喧騒に包まれる薄暗い司令部を、作戦地図を写すコンソールパネルの光が冷ややかに照らしていた。


- - - - - - - - - -



「……よし、ここまでっ」
「はぁ、はぁ……あ、ありがとうございました……」
「……ぜぇ、ぜぇ」

一日の訓練が終わり、キラとトールがリナの号令に、息絶え絶えの様子で敬礼する。
キラもトールも、最後の二時間は真面目に訓練を受けていた。
開始直後は、キラはご褒美欲しさに逸って返り討ちに遭い、トールは基礎訓練の厳しさに辟易して動きが緩慢だった。
だけどキラという身近な存在が居たことで励まされ、徐々に動きが良くなっていった。しかしペースがやはり学生で、まあそのうち慣れるだろう、と思って静観した。
最初から腕立て伏せのスピードを叱るのは酷というものだし、あまりトールのプライドを傷つけないであげよう。

キラはやはり吸収がよく、一日目から、形になるであろうという兆しが若干見えた。
形になるかもしれない、というのを一日目で見えてくるというのは、実際大したことなのだ。ナチュラルなら、その何十倍も時間がかかるはずなのに。
さすがスーパーコーディネイター。MSもこんな感じで乗りこなしたのかな?

「ふう」

リナ自身は少し火照ってしまった身体を、シャツをつまんでぱたぱた振って風を送り込んでる。
そのシャツがばたばたと動くたびに、筋の細い白い腋から、火照って薄く朱が差したふくらみかけの未熟な乳が見えてしまうのだけれど、キラとトールは疲弊で俯いていて見逃した。

「よしっ」

リナは息を整えると、一度大きく背伸びすると、二人に向き直ってにこりと笑顔。

「二人ともお疲れ様。もう部屋に戻って休んでていいよ。
しっかり休んで、いつでも出撃できるようにしててね。もうビクトリアは近いけど、油断しないように!」
「リナさんは休まないんですか?」

体力が回復したキラが、気遣わしげに聞いてくる。トールは寝転がって、リキッドチューブから水分を一生懸命吸い上げていて、そんな余裕はない。
そのトールの疲労困憊した様子を横目で見て、くす、と小さく笑って腰に手を置いて肩を広げた。

「ボクの一日のトレーニングメニューは全然終わってないからね。
君達に教えてたから自分はやらなくていい、なんてことが通用したら軍人は務まらないんだよ。さ、君達は休んだ休んだ」

トールを引っ張り起こしながら、二人をトレーニングルームから追い出していく。
キラは気まずそうにしながらも、大人しくリナに従ってトレーニングルームから出て行く。

「リナさんも、無理しないでくださいね?」
「……部下に気遣われるほど、ボクは落ちぶれちゃいないよ。気にしないで早く行って行ってっ」
「わ、わかり」

プシュゥ。キラの声がハッチの減圧の音で遮られ、リナに押し出されていった。
二人が遠ざかっていくのを確認することなく、ランニングマシンに乗ってコンソールを操作する。
こういうマシンのトレーニングって嫌いなんだけど、今艦内のあちこちで修理作業や対空監視を行っているため、ランニングができない。

「普通にトレーニングできてた頃が懐かしいよ」

ぼやく。メイソンのクルーをやってた頃はただの下っ端だったから、自分のことをしてればよかったんだけど……
今は学生の管理を任されてしまったせいで二人の訓練を見てあげないといけないし、朝と夜に、佐官に昇格するために必要な勉強もしないといけない。
自分は別に尉官のままでいいんだけど、あの口うるさいショーン中佐がいるからサボれない。ムウは戦闘中以外はユルいから、何も言ってこないけど。
腕時計を見る。まだ晩御飯まで時間がある。よし。
コンソールに指を走らせていく。ハードコースで、更に数値を上方修正。ナチュラル向けの設定だから、ハードにしても温いんだ。

「たるんだ分、取り戻すかぁ」

意気込んで、スタートキーを押した。ロックが外れるくぐもった金属音が響いて、足元のベルトコンベアが回り始める。

「はっ、はっ、はっ……」

小刻みに息を弾ませ、ナチュラルが見れば目眩がするような速さで回るベルトコンベアの上を駆ける。
リナのトレーニングメニューは、一般的な地球軍軍人に設定された量を遥かに上回る。
詳細は省くが、あえて基準を設けるなら、スーパーコーディネイターたるキラでさえも途中で音を上げる量だ。

「ぐはぁっ、はぁっ……はっ、はぁっ……」

そんな量をこなせば、いかに並外れた身体能力を持ったリナといえど、疲労で倒れてしまう。
だけど、彼女は決して妥協することをしなかった。
全てにおいて既にナチュラルの領域を逸脱した能力だが、それでも、まるで自分の限界を試すように、何かに急かされるように、リナは研鑽を怠らない。
リナにとって、訓練は存在価値を維持するための“儀式”だ。一般的な軍人のいう、生き残るために己を磨く、とは違う。
転生者の悪癖、いや、弊害とも言える思考。

――自分はチートをしているのだから、常に誰よりも優れていなければならない――

常に聞こえてくる囁き。それがリナの背中を押し、過剰な鍛錬に駆り立てる。
幼い頃からの期待も、その焦燥の一つだが、リナは『昴』の頃から固定観念が強く、そうあるべき、と、自分に規定してしまう性格だった。
悪いことに、それは、自分だけに規定するわけではない。……他人にももたらしてしまうのが、彼女の人格の負の側面だった。

「……キラ君。君なら、ボクの……考えること、理解できるよね」

スーパーコーディネイター、キラ・ヤマト。
彼もまた、自分と同じ悩みを抱えているんだろう。誰よりも優れていなければならない、と。
生まれながらにして超人的な能力を持った彼と自分。周囲の期待。
リナは自分に言い聞かせるように、トレーニングルームの白い天井にキラを投影して手を伸ばし、愛でるように、虚空に映る彼を撫でた。


- - - - - - - - - -


アフリカの夜が明ける。
なだらかな真っ黒の山脈の間から白く輝く太陽が昇り始め、黒い平地は陽光を受けて色を取り戻していく。
まるで月の夜明けだな、と、展望フロアの全面ガラスの向こうに見える風景に目を細めながら、キラは感傷に浸った。
手に持っているリキッドチューブに口をつける。……1G下なんだから、別にカップでもいいと思うけれど、と小さな不満がある以外は、快適な朝だ。

このアークエンジェルに乗ってから色んなことがあったように思う。
アスランと再会して、でもお互いの立場のせいで和解する暇もなく撃ち合って。色んな人と戦って、殺されそうになったりもした。
バルトフェルドさんは大丈夫だろうか? 一応機体だけを壊したつもりだけど、中の人が絶対無事とは言い切れない。
あのリナさんにそっくりな人は、なんなんだろうか? 外見年齢的に考えて、リナさんのお姉さんかもしれない。
そういえば、まだアークエンジェルに乗って三週間しか経っていないんだった。こんなに濃い三週間は初めてだ。おそらく一生忘れられないな。

あれこれと考えながら全面ガラスの壁を見回すと、針路方向の左側ぐらいがぽつぽつと緑が増え始め、灰色の大地に肌色のラインが見えてきた。
街はまだ見えないけど、人が住んでいる気配が少しずつ感じられるようになってきた。
針路方向を覗き込むようにガラスに張り付いて、呟く。

「そろそろ、ビクトリアかな?」
「そうだぜ」

キラの独り言に答えたのは、通路を歩いてきた、軍服を着崩したムウだった。
コーヒーのリキッドチューブを手にしていて、くつろいだ様子だ。
キラの傍に立つと、手摺に体重を預けてキラと同じ風景を眺め、眩しそうに目を細めて感嘆の呟きを漏らした。

「キラは地球は初めてか?」
「はい。コンピューター・グラフィックスや本では見たことがあるんですが、本物は全然違いますね。
奥行きがあるっていうか……リアルです」

ずれた発言をするキラに、あ? とムウは一回聞き返してしまい、プッと吹き出した。

「ははっ! そりゃあリアルだろ。まあ俺も、坊主にデカイ顔で語れるほど、大自然の光景を見慣れてる訳じゃないけどな。俺もコロニー生まれのコロニー育ちだし」
「ムウさんもですか?」
「地球軍寄りのコロニーだってあるんだ。何も地球出身だけしか地球軍に入れるわけじゃないぜ」
「……僕達も、入れましたからね」

コロニー云々はキラも知識の上で知っていたが、やはりコロニー人口よりも地球人口の方が多いことはたしかだ。
だから――地球軍の軍人のコロニー出身の割合は知らないが、圧倒的に地球出身が多いであろう中でコロニー出身の仲間に出会えただけでも、まるで同じ街の出身に出会えたような親近感を覚えるのだ。
キラの自分を見る目が明らかに変わったの感じて、ムウは『参ったね』と胸中で呟いて頭を掻いた。

「ま、どこが出身だろうと仲間は仲間だ。コロニー出身同士だと嬉しいのは、よく分かるけどな?」
「わ、わかってますよ」

顔に出てしまったかな。心を読まれたようで気恥ずかしくなって、慌てて取り繕った。

「それはともかく、ビクトリアまでもうすぐだ。
ちっと立ち寄るだけだが、念のため客を迎える準備だけはしとけよ」
「客ですか?」

自分がヘリオポリスで助けた住民達とフレイの顔が浮かんだが、すぐに打ち消した。
軍人しかいない基地に行くんだから、一般人が乗り込んでくるわけがない。
キラの想像など知らず、ムウはキラの疑問に答える。

「ビクトリアはユーラシア連邦の基地だから無いとは思うが、非常時だからな。
もしかしたらユーラシアの軍人がアークエンジェルに臨時編成されるかもしれないぜ」
「えっ。でも、僕はその時はどうすればいいんですか?」
「心の準備をしてろってことさ!」

アークエンジェル以外の軍人の参入の可能性に戸惑うキラの背中を、ムウが景気よく叩いた。

「ユーラシア連邦の軍人っていうのは、皆カリカリしててとっつきにくいんだ。
あいつら俺達大西洋連邦のこと、嫌ってる節があるからな。だけど気にすんな、最低限ご機嫌とってりゃいい」
「でも、そんな人達が乗り込んできて、連携とか大丈夫なんですか?」

軍のことはよく分からないけど、例えば会ったばかりの人間と息を合わせて何かをしろって言われても無理な気がする。
こっちにはこっちのルールやリズムがあるし、あっちにはあっちのルールやリズムがあるはずだ。
でもムウは気楽そうな顔をして、肩をすくめるだけだ。

「いらねー心配だよ。俺達はプロの軍人だ。階級が上の人間には従うし、部隊の空気には身体を合わせる。
人間としちゃ少々信頼できねーが、プロの軍人としては信用できるぜ。ユーラシア連邦も優秀だからな」
「そうですか……」

キラはムウの自信のある言葉を受けて、ムウの言葉だから信じてみようという気にはなったものの、やはり不安はあった。
その不安は、メイソンクルーがアークエンジェルに移乗してきた時に感じたものとそっくりだった。
まして、今回はリナのような橋渡し役がいないことが不安を増長させた。ユーラシア連邦の人達は、どういう人達なんだろうか。
ヘリオポリスの時に比べて多少は積極的になったといっても、まだまだ人付き合いの苦手さは拭えないキラだった。


- - - - - - - - - -


中央アフリカに、再び大地を漆黒に染める夜の帳が下りた頃。
キラの憂慮は杞憂に終わり、地球連合軍の宇宙への窓口、ビクトリア基地へとアークエンジェルは到着する。
ユーラシア連邦にとって慣れない大気圏内航行艦の到着に、ビクトリア基地はわざわざ滑走路に誘導灯をつけて、アークエンジェルを出迎えた。
それを見て操舵手のノイマンは戸惑って、一瞬舵を持つ手を止めてしまう。

「これに従うのか? ぎゃ、逆に難しいな……」
「レーザー誘導があるわ。コンピューターに任せるのよ」
「りょ、了解」

アークエンジェルの技術顧問でもあるマリューがノイマンに助言して、手動で行おうとしたノイマンはオートパイロットに切り替える。
艦全体に微かな振動があってから、多少のぎこちなさはあるものの、ゆったりとレーザー誘導に乗って着陸態勢に入っていく。
ギリアムは思い出したようにインカムをとり、艦内放送に切り替える。

〔達する。艦はユーラシア連邦基地、ビクトリア基地へと着陸を開始した。
着陸の際、若干の衝撃があるものと思われる。各員落下物、転倒物に注意せよ〕

艦長の放送が艦内全体に響いたとき、ミーティングルームでアカデミー生達(今は新兵だけど)と喋っていた。
単に雑談をしていたわけじゃなく、もともとはトールに軍人の基本的な知識――基本的な軍紀、階級制度、指揮系統などを教えていたんだけど、何故かトールの仲間達が集まってしまった。
仲間達――熱心に聞いていた順に並べると――サイ、ミリアリア、カズィは、トールを探してここに来たので、丁度いいから、と、リナが全員に教えていたのだ。
案の定、基本知識に疎かった四人に、何度となく叱咤を飛ばしながら教えていただけど、どうやら時間切れのようだ。
リナは放送を聞いて、作戦会議用のモニターの操作端末を置く。

「そろそろ行かなくちゃ。講義はこれで終わり、さあ配置について!」

四人は、はぁ、と、安堵のため息をついて脱力する。
トールなどはペンを鼻の下で挟み、唇を尖らせていた。

「軍人になっても、勉強しないといけないなんてなぁ。MSの操縦の練習のほうが気が楽ですよぉ」

ぼやくようなその言葉に、リナは腰に手を当ててレーザーポインターを指でくるっと回した。

「君達は現地徴用で、最低限の軍紀も知らないんだから、これくらい勉強しなきゃいけないのは当然なんだよ。
軍隊は、知らなかったじゃ済まされない厳しいところなんだから、講義は君達のことを思ってやってあげてるのっ。
ボクなんて君達より、もっともーっと、難しい勉強をしてきたんだからね。君達に教えてるのは、まだまだ簡単なほうさ」

叱ってはみたものの、気持ちは分かる。特に士官学校では大学以上にやたらと難しい授業内容だったから、チートな記憶力を持つ自分でも大変だった。
でもそれを知られたら面子に関わるので、ボクは楽勝だったよーん、とかいう風に振舞う。
そのやり取りに、サイが苦笑しながら割り込む。

「でもまぁ、よかったじゃないか。俺達、シエル大尉の言うとおり軍のことなんて何も分からなかったし。
俺とカズィも、まだまだ怒鳴られてばっかりで大変だったんだぜ」
「そうだよ……俺だってうっかり寝坊しちゃったせいでハリス伍長に殴られて、まだ頬が痛いんだけど」

カズィは修正されたらしい赤くなった頬をさすりながら、不満の声を漏らす。
インドア派らしい彼の態度に、はぁ、と溜息をつく。寝坊は完全に君の責任だろ。でも口には出さない。

「遅刻して殴られるだけならまだマシさ。士官学校で寝坊なんてやらかしたら、そいつだけじゃない。同じ部屋の人間全員が、連帯責任で罰を課せられるんだ。
厳しいよ? 一日中腕立て伏せやグラウンドマラソン、小銃磨きやらされたりするんだから」

ちなみに実体験じゃない。同期の男が実際に寝坊助がどうなるかを皆に知らしめてくれたのだ。
被験者の彼への報酬は、前述のものに加え、皆の冷やかしや生暖かい視線、そして同じ部屋の人間全員からの制裁だった。

「でもアークエンジェルのクルーが優しいわけじゃないよ。今は作戦行動中だからそんな暇が無いだけ。
もし平時だったら、同じ罰を課せられたと思うよ」
「……軍って厳しいなぁ……。スクールなら、体罰だ、って親がすっ飛んでくるよ」

士官学校の厳しい規則にカズィが弱々しく呻く。

「命懸かってるからね。軍人がだらだらしてたら死ぬのは、この二週間でよくわかったでしょ?
さ、行った行った! ボーッとしてたら、また上官の雷が落ちるよ!」
「ちぇっ、自分で呼び止めておいて、よく言うよ」
「朝ごはんもまだなのにぃ」

アカデミー生達より一回り低いリナは、各々の不満を口にする少年少女達の腰を、えいえいと押して、ミーティングルームから追い出していく。
追い出されずに所在無さげに立っているトールが、小さくリナに訊いてみた。

「あの、俺は……?」
「ボクと君はノーマルスーツを着て待機! 資材の搬入出があるだろうからね。
キラ君もそうなんだけど、何処にいるか知ってる? 見つけたら伝えといてね」
「わかりましたよ」

マイペースな返事をして、トールは皆に続いてミーティングルームから退出していく。
……はぁ。自然と溜め息が出てしまう。 トールはまだまだ軍人としては錬成が足りないけど、腰が据わってきたと思う。
バルトフェルド隊を退けた後から毎日課している軍隊式トレーニングと、こうした座学のおかげだろう。
まだ実戦を経験させてないのがマイナスだけど。今回のビクトリア防衛戦が初陣なんて、ツイてない奴だ。後衛に回しておくか。
トールの配置をどうしようかと頭をこねながら、自分もノーマルスーツに着替えて格納庫に集合する。
キラには途中で会えたけど、ムウと一緒にコーヒーを飲みながら、アフリカの広大な大地をメインディッシュにブレイクタイムを満喫していたらしい(主観)。

「ボクは慣れない教鞭振るってトールに講義してたのに、いいご身分だねーっ」

ぷくぷくと、丸い頬っぺたを更に丸くしていじけてみせる。
キラは小さな子供の扱いに困ったように眉を下げながらはにかんで、頭を掻き、すいません、と軽めに謝った。
……態度にあんまり反省が見られないけど、でもまあ相手はムウだし、いいんだけどさ。しつこく怒んないであげよう。
それから軽い衝撃があって、艦全体が上下に小さく振動する。滑走路に着陸したようだ。

「メインハッチ開放! メインハッチ開放!」
「MS搬出準備だ! 各機パイロットは搭乗せよ!」
「搬入車用意!」

格納庫が途端に慌ただしくなり、その喧騒に押されるように三人は自分の機体に乗り込んでいった。
リナはストライクダガーのコクピットに小さな体を潜り込ませると、ハッチを閉鎖して機体に灯を入れる。
点灯するメインモニターに、大きく開いたメインハッチが見えた。ナタルの指示で、ムウに続いてストライクダガーを歩かせる。
コクピットの中が、人工の光とは違う太陽の光に照らされていき、リナは衝動に駆られて、コクピットハッチを開いて自然の風を取り入れた。
湖が近いからだろう。アフリカとは思えないほど涼しい気候。少し空気も湿り気がある。機体は大丈夫なのかな?
黒髪が吹き込む風で揺れて目を細める。バナディーヤや”明けの砂漠”と違って砂塵の量が少ないから心地いい。
コンソールを操作すると、シートが前にせり出して視界が広がった。

「ここが、ビクトリア基地かぁ……」

まず視界に映ったのは、こちらのMSを見上げてくるユーラシア連邦の軍人たち。作業車。
遠くを眺めると、航空基地の広大な土地に並ぶ、さまざまな軍用機が所狭しと翼を並べている。
アークエンジェルの前には、先に着陸したらしい大型輸送機が尾を開いて、まるで童話のガリバーのように縛られた巨人を搬出している。

「あれ? ……ストライクダガーだ!」

リナは思わず、感嘆を漏らして体を前に乗り出した。
間違いなくそれは、目の前を先に歩いているのと同じ、ストライクダガーだ。よく見たら、あの大型輸送機は大西洋連邦の機体だ。
そうか、ユーラシア連邦は大西洋連邦から機体を借りてるか、あるいはもらってるかして、ザフトの攻撃を凌いできたのか。
なるほど、と納得しながらムウに続いてストライクダガーを歩かせていく。シートが前に出ているせいで、上下動がやや大きい。歩く先はビクトリア基地の格納庫。
ユーラシア軍人たちが見上げているのが見えて、大きく手を振り返した。子供が乗ってるぞ、という反応はいつもどおり返ってきた。もう慣れたものだ。

いつまでもシートを前に出していると受けが良くないので、シートを引っ込めて機体の腹の中に潜り、ハッチを閉鎖する。
コクピット内を与圧する音が響いて、また機械に囲まれた。ムウのストライクダガーに従って歩いていくと、大きな格納庫に案内されていった。
最近建てられたようで、真新しい施設。MSの背丈は18m前後あるため、既存の施設ではMSが立って歩いて入ることができないために、急いで作り上げたのだろう。
その建造物の屋根によって、太陽光が遮られ、再び人工の光に照らされる。もう少し外を眺めていたかった。降りたら見に行こう、と心の中で決める。
二人はちゃんとついてきてるかな? と、バックモニターに切り替えると、すぐ後ろにストライカーパックを装備していない、ベーシックなストライクがついてきていた。パイロットはもちろんキラだ。
その肩越しに、ストライクダガーがちゃんとついてきているのが見えた。パイロットはトールだ。決してカガリじゃない。

四機ものMSが並んで歩いている、というのは、今の時期のユーラシア連邦ではめったに見られない光景だ。
ストライクなどのMSの開発は大西洋連邦が主導になって進められていたため、生産されたMSはアラスカやパナマに最初に配備され、ユーラシア連邦への配備は二の次三の次になっていたからだ。
大雑把に配備順を挙げるなら、まずジョシュアに配備、それから大西洋連邦の主要基地や主力艦隊に配備、そしてユーラシア連邦の主要基地に配備、といった順になる。
ザフトの攻撃が近いビクトリア基地だからこそ、MSが配備されたり、大西洋連邦からMSが貸与されたりしているが、他の基地は未だに通常兵器で延命している状態だ。

「だからユーラシア連邦にとっちゃ、ちょうどよく俺達が降りてきてくれたのは、まさしく大天使が降りてきてくれた気分だっただろうぜ」

ビクトリア基地の空き倉庫で、ムウはチーズグラタンをスプーンで混ぜながら語った。
今この格納庫は、アークエンジェルのクルー達の休憩用の空間として用いられており、上級下級問わず士官たちが腰を下ろして体を休めていた。
そのムウの語りを聞いているのは、リナだけだ。二人向かい合ってミールプレートをつつきながら相談しあっていた。

普段ならアカデミー生達はそれぞれの兵科のクルー達と固まって食事をしたりするんだが、今回はアークエンジェルを降りることができたため、特別に仲の良い集まりで食べることができた。
アカデミー生だった新兵達は、その五人で固まって雑談しながら食事をしている。
相変わらずトールとミリアリアはイチャイチャしつつ、彼氏彼女ならありがちな「はい、あーん」をやってる。リア充め、爆発しろ。戦争終わってから。
キラはその四人と雑談しながらも、たまに視線をちらちらと送ってきてる。なんだろ。

「でも、そのザフトの作戦を察知してMSが揃うって、すごいことですよ。かなり以前から、ザフトの動きが分かってたってことですよね?」

疑問を投げかけるとムウは不可解そうに眉を顰め、マカロニを口に放り込んだ。
自分も釣られてマカロニを食べる。……このマカロニ、ちょっと火の通りが悪い気がする。もぐもぐ。塩気強いし。

「そこなんだが、地球軍がザフトに送り込んだスパイってのが居るみたいなんだ」
「かなり優秀なスパイなんですね。ザフトにスパイなんて不可能だと思ってました」

リナはなんとなく、ダンディズムでやたらと女性にモテる七番目のスパイを思いついてしまった。

「ザフトの重要機密に迫るくらいだから、相当優秀なんだろうな。ザフトの警備網は、地球軍の警備なんて比べモンにもならないだろうからな」
「……そうですね」

ムウの皮肉げな口調に、口を噤んでしまう。
表向き中立だからとはいえ、簡単にザフトの侵入を許してG兵器を奪われてしまったことは、まだ記憶に新しい。
ムウが守るべきG兵器のパイロット達を失った。彼の皮肉げな口調は、地球軍上層部への怒りも込められているように感じた。
だからといって、地球軍上層部だけを槍玉に挙げられない。護衛だったムウ、防衛出動した自分も、ザフトに力及ばず、G兵器を奪われてしまったのだ。
だから、地球軍上層部への怒りと、自嘲が綯い交ぜになって、胸中は複雑な気持ちだ。
その複雑な気持ちを払うように、ムウは、声に出して笑い、チキンのホワイトソースがけにフォークを刺した。

「まあ、俺だってザフトの警備事情を知ってるわけじゃないけどな。あちらさんもこっちと大して変わりないんだろ」
「所詮は人間のやることですからね。でも、スパイってどんな人でしょうね?」
「さてな。もしかしたら女を口説いて情報集めしてる、すっげぇダンディな男かもしれないぜ?」

どこの七番目のスパイだ。少年のように目を輝かせながら語るムウに胸中で突っ込みを入れながら、さく、と、デザートのピーナッツバターを塗ったクラッカーをかじる。
相変わらず、日本に比べたらすごい極端な味だ。意外と塩っ気が強くて、甘味と相殺するほどだ。クラッカーは何の味もしない。ほぼピーナッツバターの味だ。

「……?」

食事が終ろうとしていると、喧騒に異変が生じて顔を上げた。ムウもそれに気付いて、そっちに振り向いた。
キラ達アカデミー生の方だ。トールが何かやらかしたのか? と思ったら、騒ぎの中心はミリアリアだった。
立ち上がって、四人の軍人と口論を繰り広げている。何が起こってるんだ?

「私達がどうしようと勝手じゃないですか! 彼女が居ないからって、かみつくのはやめてよね!」
「お、おいおい、ミリィ、やめろよ」
「ミリアリア……!」
「二等兵(プライベート)のくせに、白昼堂々とイチャイチャしてんじゃねえ! 無神経なガキが!」

ミリアリアが叫び、トールとサイとキラが止めて、軍人が怒鳴りつける。周囲からも、その騒ぎに好奇の視線を集めていた。
察するに、トールとミリアリアのイチャイチャが気に入らない軍人が噛みついたようだった。って、そのまんまだ。
そのミリアリアと口論を繰り広げている軍人は、若い。おそらく二十代半ばか。中尉の階級章をつけている。士官学校の出だろう。
赤茶けた髪をつんつんと立てた、人相のよろしくないタイプの男だ。腕まくりして、左腕に鉤爪で引っ掻いたような刺青をしている。
それにしても、二等兵をプライベートと呼ぶってことは、大西洋連邦の軍人だ。彼らは見たことがないけれど……?
ともかく、やめさせないといけない。これ以上悪化すると、最悪懲罰の対象になってしまうし。

「こらこら、何やってんの。こんなところで喧嘩なんてみっともないぞ」
「! ……ハッ、少佐殿!」

ムウと二人で近づくと、その噛みついていた男はムウの階級章を見て背筋を正し、敬礼した。ムウも軽く答礼する。
ミリアリアは敬礼もそこそこに、ムウに矛先を向ける。

「少佐、聞いてくださいよ! この人達、自分が寂しいからって私達に難癖つけてくるんですよ!」
「なっ、てめえ!」

甲高いミリアリアの叫びに、また赤茶髪の中尉が青筋を立てる。ムウは、はぁ、とため息をついた。

「……言い方は悪いが、中尉が概ね正しいと思うぜ」
「えっ……?」

ムウが賛同してくれることを期待していたミリアリアは、愕然とした視線でムウを見ていた。

「ここにゃ、故郷に彼女や奥さんを残して戦場に出てきたやつが、ごまんといるんだ。
そこで人目憚らずイチャイチャされたんじゃ、故郷を思い出して飯も喉に通らねぇ。中尉の言ってることが正しいよ」
「……でも、あんな言い方しなくたって……」
「ケッ。軍隊なめすぎなんだよ、ガキが」

赤茶の中尉がミリアリアに追い打ちをかけ、ミリアリアががくりとうなだれる。
追い打ちをかけた中尉にムウは苦笑して、そちらに向き直る。それに反応して、ざ、と、踵を鳴らしてやや上を向いた。

「中尉も、ちっと口が悪いな。……上官である俺の監督不行き届きだ。俺の顔に免じて、これくらいにしといてやってくれねえかな?
俺から、こいつらにきっちり言っておくからさ」
「……ハッ。少佐殿のランチタイムを邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

敬礼を交わす二人。ふう、一件落着のようだ。
自分もムウの陰から体を出して、中尉は何者なのか気になって問いかける。

「ところで、君達の姓名所属は? 聞いた感じ、大西洋連邦の軍人のようだけど」
「あ? ガキがもう一人――」

更に小さい子供の登場に、その赤茶の中尉がまた口の悪さを発揮、したところで、その表情がみるみるうちに驚愕に染まっていく。

「……てめえ、シエル! こんなところに!」
「え?」

あれ? 知ってる人? 名前呼んだよ? なんでそんなに怒り顔なんだろう。
小首を傾げて、大きな緑の瞳でじーっと見上げる。そういえば、どこかで見たことあるような……
その目つき。記憶がまるで、一点をつまんで全てが引き寄せられていく布のように、記憶がよみがえっていく。

「……あ! ライザ!」

鮮明に脳裏に蘇った、彼の名前を思い出して、口に出して叫んでいた。



[36981] PHASE 28 「リナとライザ」
Name: menou◆6932945b ID:d161fd91
Date: 2014/04/27 19:42
中学から高校へ上がった時の気持ちを、読者は覚えているだろうか?
周りを見知らぬ同年齢の学生に囲まれ、不安と期待、そして多少なりとも緊張はしただろう。
そして、小さなきっかけで始まる交流。あるいは仲違い。そうして周囲との接点が生まれ、新しい学校での人間関係が構築されていく。
それができなかった、少しだけシャイな子供もいるだろうが、そこはとりあえずここでは例を挙げない。
なぜならリナは、士官学校に入学したとき、周りと接点を持たざるを得なかったからだ。

「おいおい、プライマリ・スクールの女の子がいるぞ?」
「何かしら。飛び級にしてもおかしくない? 入学規定はどうなったの?」
「迷子なんじゃねえか、ケケケ」

想像してみてほしい。読者のあなたが、学校、会社――とりあえず小中学校は抜きにして――に進学入社したとき、もし、10歳くらいの長い黒髪の小さな美幼女が隣に座ったら。
まずは驚くはずだ。そして不可解な思いを抱くはずだ。歓喜にむせぶ方が居たら桜田門の門戸を叩くことをお勧めする。その門戸を構える組織は、そうした人物に対処するエキスパートだから。
とまれ、その10歳の幼女が自分達と同じように学ぶことが分かったら、先ほどのリナの聴覚に飛び込んできた呟きに近しい感想を抱くのではないだろうか。

(あーあー、分かってんよチクショウ。”俺”が場違いな存在だって、自分でも分かってんだよ。
耳障りだから黙っててくれよ。静かに存在することにするから。頼むから構うな、ほっとけ。この際腫れ物扱いにとどめてくれ)

うんざりとした心境で、両耳を塞ぎたい気持ちを必死に抑えながら、入学式の校長――つまりはこの世界での父親の挨拶を聞いていた。
自分は校長の娘だ。今は知られていないが、すぐに知られることになるだろう。シエルという珍しい家名を持つ家は、他に存在しないからだ。いくら父親と自分が似ていないとしても。

「新入生代表の宣誓」

恒例の宣誓が始まる。新入生代表は、入学試験でトップの学生がすることが、旧世紀よりの軍隊の”しきたり”になっている。
トップで入学できたが、デイビットの細工により自分が宣誓することはなくなった。
リナ自身がデイビットに依頼したのではなく、デイビットの意思で宣誓する人間を変えたのだ。
校長の娘が新入生代表として入学の宣誓をする。本当ならばこれほど見栄えすることはないのだが、リナの見た目が問題だと言うのだ。
栄えある地球連合軍士官学校の入学式に、プライマリ・スクールの幼女が宣誓するとあっては新入生の士気に関わる、らしい。
どこか強引な理屈だが、リナ自身は宣誓しないことになったのが楽でいいと考えたため、特に異論は挟まなかった。

「代表! アイオワ出身、ライザ・ベッケンバウアー!」
「ハッ!」

高らかに指名された新入生が、低い声で応答して立ち上がった。
リナは大して興味は無かったが、自分の代わりに宣誓することになってしまった哀れな新入生を一目見てやるくらいはしてやろう、という気持ちだった。
赤茶色の短く刈り込んだ髪、ぱりっとした若年下士官用の軍服を着た少年。軍服の上からでも分かるくらいに逞しい体つきは、まだ軍隊経験者ではないとは思えないほどだ。
彼の名前が挙げられ、ざわ、と、周囲が盛り上がるのを感じた。なんだ、有名人なのだろうか?

「ベッケンバウアーって……あの軍閥家系の?」
「すげえ、ベッケンバウアー家のやつだぜ。しかもあの家、統合戦争のエースが先祖らしいぞ」
「まじで!? すげえな、将来約束されてるようなもんじゃん!」

説明ありがとうございます。なるほど、自分と同じ軍人の家系で、統合戦争のエースの子孫か。
パイロットなんてあんまり有名にならないものなんだけど、よほど伝説的な活躍をしたエースに違いない。
でもあまり興味ない。パイロットよりもメカニックのほうが好きなのだよ。伝説のエースよりも汚泥にまみれて地を這う一般兵のほうがかっこよくね?
というわけで、リナがライザを見る目はそれほど温度の高いものではなく、ただ「自分の代わりに宣誓した赤茶色のやつ」程度の認識と記憶で留まった。

入学式が終わって、三日ほど経った。
相変わらずリナは奇異の目で見られ、友人と言える人物はほとんどいなかった。
やはり校長の娘であること、幼女の姿のせいだ。誰もがリナの扱いが分からず、関係者になることを敬遠した。
その代わり、敵対者もいなかった。上下関係の厳しい軍隊で、大佐である校長の娘に対して積極的に敵対するのは、メリットが無さすぎた。
よって、リナの扱いは彼女が望んだ通り、「腫れ物」に定着する。おかげで学生食堂での食事は、誰も伴わず一人きりだ。

(ふん……群れやがって。俺は一人でも、ぜぇんぜん平気だもんね。集団行動なんて知るか! アムロやカミーユみたいな内気な主人公だっているんだ。
せいぜい今のうちに楽しんでろよー。俺は! 一人で鍛えて、勉強して! 将来お前らをアゴで使ってやる! ふんだ! ふんだ!)

がつがつ。カルボナーラに八つ当たりするようにフォークを突き立てながら、横で楽しげに談笑している集団に胸中で呪詛をまき散らした。
それが寂しさの裏返しによる嫉妬であることは必死に気付かないようにしていた。
リナは一人が好きなわけじゃない。友達と一緒にゲームしたりして、その話題で盛り上がったり、遊びに行ったりしたい、ごく普通の感性の”少年”だった。
だから、リナはその寂しさを紛らわせるために不満を今の現状にぶつけることしかできない。

「あ、ライザさん!」
「ど、どうも!」

途端に表情をこわばらせ、立ち上がる隣のグループ。ライザ? その名前に反応して、顔を上げる。
その顔を見ると、なるほど、あの人相の悪さと赤茶色の髪は、あの新入生代表だ。周りには取り巻きと思われる学生数人を引き連れている。
なるほど、新入生代表で軍閥家系、将来有望そうなライザにコネを作るためにお近づきになっているのだろう。ふん、出世虫め。
同じ立場の自分もいるけど、優秀かどうかも分からない上に幼女だから距離が測りかねる自分よりも、旨味のあるライザにつくことを選んだのだろう。

なんとか記憶の底からライザの顔を引っ張り出し、思わずじーっと注視してしまう。その屈託のない(ようにライザには見えた)視線に、フン、と鼻息を漏らす。
何を思ったのか、そのライザはリナの隣に座ってる学生に歩み寄ると、何か自分が悪いことをしたのでは、と顔色を青ざめる学生に、低い声で短く命令した。

「おい、席空けろ」
「え? は、はい!? どうぞ!」

学生も突然予想外な命令をされて驚いたものの、逆らっても何の得もしないと思い、すぐさま引き下がる。
なんで隣に来るんだ? 隣の席につくライザを、不可解な気持ちで迎える。どかっ、とスツールの脚を鳴らしながら乱暴に座るライザ。

「……おい、シエル。リナ・シエル」
「あ、え?」

うわ、話しかけられた。しかもこんな横柄に話しかけられたのは、生まれて初めてな気がする。思わず声裏返っちゃったし。
睨みつけるでも愛想を向けるでもなく、まるでまな板の鯉の美味い所を探している板前のような視線で観察してくる。
なんだ? こいつとは個人的な関わりなんて無い。家が同じ軍人の家系だからって、シエル家とベッケンバウアー家は親交があるわけでもなかった……はず。
ぐるぐると頭の中でライザとの関連を検索していると、ライザは取り巻きに何事か指示して、観察顔が一変、にっと表情を緩めた。

「そう固くなるなよ。俺達ゃ、仲間だろ?」
「仲間?」

何言ってんだこいつ。
きょとんとした自分を置き去りに、ライザは疑問の挟む余地もなく、得意な話題を振られた関西人のようにベラベラと喋りだした。

「お互い厄介な家に生まれちまって、親の言いなりでまんまと軍人になったんだ。お前もそうだろ? よく分かる。よーく分かる。
俺だって好きで偉ぶってるわけじゃあない。偉い軍人の家系に生まれたら、家の面子ってやつがあるからな。ヘコヘコ周りに頭を下げてたら、家の品格も下がるんだ。わかるだろ?
お前は一人でいるみたいだが、そうやって孤高を決め込むのも家の品格を守るための手段だ。俺には分かってんだ。だからお前は俺の仲間だ。
そういうことは小さなお前でも分かるだろ? 十歳児とはいえ、士官学校に入れた頭はそれなりにお利口なはずだ。いくら校長の娘だからって、十歳児がコネだけで入れるわけがないからな。
だからそう緊張するなよ。仲良くやろうぜ?」

十歳児十歳児連呼するなボケ。そう言いたかったけど、こういう早口でまくしたてる奴に正面から抗弁するのは疲れるので、「うん」とだけ答えた。
それに人相の悪い奴が愛想よくニコニコするのを見るのは精神衛生上よろしくないので、ちょっと視線を逸らすことにする。
自分の返答を好しとしたのか、スッとライザが大きな手を差し出してくる。

「だったらホレ、友好の握手だ」
「え。あ、うん」

肉食系なライザのテンションに押されて、リナは言われるがままに小さな手を差し出して――その手が空振りした。

「えっ?」

そのライザの手が自分の頭上に来たとわかったのは、頭に肉厚なそれがばふっと乗った後だった。
がくんと頭が下がり、不意に転びそうになってテーブルに捕まった。わあ、と、ちょっと情けない声が出てしまった。
あ、頭を押さえつけてくる!? なんでこんなことをするのか分からなくて、動揺を隠せないまま頭を持ち上げようと頑張る。

「うわ、わ、何すんだ……!」
「――なんて、言うと思ったか? ガキ」

ライザの豹変した声が、上から降ってくる。
威圧的な語調でリナの頭を見下ろし、わしわしと自慢の黒髪を乱暴にかき混ぜてくる。
さっきまでの友好的な表情は一転して、見下すような――子ども嫌いな青年が、生意気な口を叩いてくる子どもに対するような蔑む表情だった。

「ガキのくせに、一人前に俺と同等みたいな顔すんじゃねえよ。ここは士官候補生だけが使える食堂だ。さっさと消えろ」
「何……言ってんだ、ボクだって……!」

ような、じゃない。こいつにとっては、俺は生意気なガキそのものなんだ。
威圧的で攻撃的、見下すような目。間違いない。こいつは俺の敵だ。負けてたまるか!
首に力を込め、押さえつけてくる手に対抗して押し返す。なめんな。体の構造からお前とは違うんだ!

「て、めっ……!」
「ボクだって、お前と一緒にほしくねぇよ! 見た目で判断するよーなお前と!」

ぐぐぐ! 頭を強引に持ち上げ、がし、と手首を握りしめる。今ここでこいつを投げてもいいんだけど、入って三日でトラブルを起こしたくない。
でもその握ってる手首には思い切り力を込めてやる。ライザの額に冷や汗が流れた。手が小さいから指が回らないけど、ナチュラルを制圧するには十分な握力。
しかしライザは、栄えあるベッケンバウアー家の人間としての面子がある。負けるつもりはなく、拮抗した状態が続いた。
二人の意地の張り合いが数分続き、ライザがリナの頭上越しに時計が見え、引き剥がすようにリナから手首を引いた。
何故かは一瞬わからなかったけど、すぐにその理由に気付いた。食事の時間をこの諍いにかなり使ってしまったのだ。流石に空腹のまま午後を迎えるのは避けたい。

「ッ! ……二度とその生意気なツラ見せんじゃねえぞ」

意地よりも空腹を優先し、去っていくライザ。リナはその背中に罵倒の一つも浴びせたかったが、もう人ごみの中に消えていった。
取り巻き達も、慌ててライザを追いかけていき、やがて静かなランチタイムが再開される。
しかしリナの心中は、彼への憤りで穏やかならぬ荒れ模様だった。

(馬鹿にしてやがる、くそったれ! 家系でしかプライドを維持できないやつ! お前の顔を見るなんてこっちから願い下げだ!)

心の中でライザに口汚く罵倒しながら、まるで八つ当たりをするようにカルボナーラにフォークを突き立て、鼻息荒くがつがつと食べていく。
二次性徴すらしていない幼い体のせいか、まだリナの中の『昴』は根強く残っていた。そのせいで、まだ女性らしい仕草が根付いていないのだ。
その食事風景は粗野な少年のようであったが、リナ自身は全く周囲の視線にはばからずにカルボナーラを征服していった。

それがライザとの最初の邂逅だった。
第一印象は、一目瞭然。……最悪だった。
一年生の頭目とも言うべきライザと対立したせいでリナの孤立は深まり、厳しい士官学校生活は更に過酷さを増す。
その生活の内容は、前回リナが日記に記したとおりだ。

その後数ヶ月が経過様々な訓練が行われ、リナは次第に頭角を現し始めた。

まず、訓練。
とはいえ、リナが数年後アークエンジェルでトールに実施したように、基礎体力向上から始まる。背嚢(中身入り)を背負ってのマラソン、匍匐前進、障害物踏破、網の昇降などがあるが、リナはそのどれも、二位よりも二十%以上速い成績を、顔色も変えずに打ち出した。
ライザは通常の学生よりもやや速い程度で、リナの背中を見送ることしかできない。それも、全身汗まみれ、嘔吐寸前まで体力を絞り出した結果だ。
座学に至っては、常にトップを独走する。ライザは二位から五位あたりをウロウロしていた。
他にも、軍人として必要なスキルを身につけるための様々な訓練があったが、ライザは上位に入るものの、リナには決して成績で及ぶことがなかった。

いつも、リナが上で、ライザは次で。
それが日常になるうち、
リナにとっての最初の悲劇が始まった。

「おい、コーディネイター! とっとと宇宙に帰れ!」

誰が言い出したのか。

「さすが校長の娘。コーディネイターでも仕官できるもんな。お嬢様は違うね!」
「プラントじゃついていけないから地球軍に来たか? 賢明なことですな!」

シエルはコーディネイター、という認識がいつの間にか広まっていた。
証拠は無い。ただ、トップだというだけでコーディネイター扱いされ、差別された。
リナは、差別される悔しさや寂しさよりも、屈辱が先に立った。
確かに才能もあるだろう。人並み外れた能力を先天的に得ていたことは否定できない。
だがリナには、その才能を更に精錬し、昇華させた努力が今の能力を維持しているという自負があった。
周囲の期待をその小さな体に一身に受け、それに応えるために。
そして自分が主人公になり、ガンダムのパイロットになるために。
爪削ぎ血吐く努力もしていない人間に、自分を非難する資格は無い。リナはぶつけたい相手の居ない怒りを燃やし、暗い炎を胸に抱えていた。

リナの士官学校生活の伍長時代の前半は、忍耐との戦いだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「あのライザ、っていう中尉は、リナさんの同期だったんですか?」

キラの一言で、現実に戻ってくるリナ。
いかんいかん、と苦笑しながら自分の頭を小突いて、ボーッとしていた自分を戒めながら視線を向けた。

「そうだね。いつもボクに突っかかってくる血の気の多い奴でさ。いつもボクを見るとイライラしてたよ」

ランチタイムも終わり、夕方に差し掛かる頃。リナは、キラに昼の件――ライザとリナの既知であるかのようなやり取りについて聞かれていたのだ。
ビクトリア基地のブリーフィングルームで、固まって座った三人。ビクトリア基地はユーラシア連邦の基地というだけあって、大西洋連邦の軍人はやや肩身が狭かった。
大西洋連邦の軍人たち専用に待機室はあてがわれたものの、昼の件で新兵の学生達が居づらさを主張したため、少しだけ早めに部屋を出て、ブリーフィングルームに集まったのだ。
ムウは、指揮官や隊長クラスが集まるブリーフィングに参加するために、あのライザとのイザコザがあった直後に行ってしまった。

「なんだか、リナさんに恨みを買ってるように見えましたけど……」

キラが心配げに表情を曇らせる。それに対し、リナは少し言いづらそうにどもった。

「まぁ……ね。この見た目だし、あの頃はボクもちょっと荒れてたからね。色々あったんだよ」
「荒れてた?」
「あ、いや、……色々だよ!」

トールが突っ込んできたので、強引にごまかす。うぅ、黒歴史。黒歴史は埋めとかないとね。
二人とも納得いかなそうな顔してるけど、そこは紳士のつもりだからか突っ込んではこない。やれやれ。

「シエルと何があったかって?」
「!?」

聞こえてきた野生味のある低い声。三人が振り返る。リナは心臓が跳ねた。
そのライザ本人がやってきた。しかも取り巻きのモブ顔の三人も連れて。

「ど、どうしてここに!?」
「おいおい、つれないこと言うんじゃねぇよ。俺達ゃ同じ大西洋連邦の軍人だろうがよ」

ややヒステリックな声を上げてしまうリナに対し、わざとらしく心外そうな顔をするライザ。
この顔は確実に、自分に対してあてつけをするためにやってきたな。しかもキラの隣に座ったし! こら、触れるな近づくな! 不良が感染る!
しっし、と追い払う手と、トールの敵意の視線を無視して、ライザはふてぶてしく足を組んでどっかりと座りこんでしまう。
トールの敵意の理由は、当然ミリアリアとライザが争った件だ。トールは自分が悪かったとわかっているから口には出さないが、やっぱり思う所はあるらしい。
キラはなにやら歯にものが挟まったような表情をしていたけれど、意を決したように顔をライザに上げた。

「ライザ……中尉。シエル大尉と、士官学校では、どんな関係だったんですか?」
「き、キラ君っ?」
「あ?」

三人ともがそれぞれ意外そうな表情と声で、キラに注目した。
言ってから、自分が場にそぐわない質問をしてることに気づいて、顔を伏せる。

「あ、す、すいません……なんだか親しそうだったので、好奇心で、つい」
「……あぁ、なるほどな」

何が「なるほど」なのか。何かを察したようにライザが意味深に笑い、身体を乗り出させてきた。
リナは、自分に顔を近づけてくるライザに、なんだよ、とへの字口になる。

「こぉんないたいけな少年まで、毒牙にかけたのかぁ? さすが曹長の時にミス地球連合を取った女は違うな!」
「!? そ、そんなコト今更持ち出すな!!」
「うそ! マジですか!?」
「リナさんが……!?」

こらトール! 木星に生命が存在したって聞いたような顔するな! キラ君はまだ納得顔……さ、されても、それはそれで複雑だけど。
うわー、黒歴史。恥ずかしすぎる。あの時の記憶を消したい。

「タイトルは大袈裟だけど、実際は士官学校の催し物で、学生達で勝手に決めただけなんだよ……?」

と、付け加えておこう。というかそれが事実なんだけどさ。でもこれで一安心。
それを聞けば二人とも、それ以上追及してはこないだろ――

「で、シエルな、そのコンテストで優勝するために、わざわざスクールみ……ぐは!?」

愉快そうに話すライザの顔面に、小さな拳が突き刺さった。

「ってーな!! いいだろうが、勲章物だろうが!」
「誰にとっての勲章だ! それ以上話したらもう一発お見舞いするぞ!」
「やめろ、お前の手は尖ってんだからよ!」
「ちょ、ちょっとシエル大尉! ライザ中尉も、もう人が集まってきましたよ!」

喧々囂々とじゃれあい始めた二人を、トールとキラが慌てて制止する。さっき入ってきた偉そうな士官にギロと睨まれてしまったからだ。
クッ、トールになだめられるのはシャクだけど、確かに会議室に人は増えてきている。見たことの無い人間が多いが、大西洋連邦の軍人達ばかりだ。
もちろん軍人はパイロットだけでなく様々な兵科が存在するので、ぞろぞろと大勢の軍人達が詰めてきた。テニスコートくらいはありそうなブリーフィングルームが埋まりそうだ。
席も埋まってきたので私語をするのも自然と憚られ、人数が多いだけにざわめきは多少あったものの、作戦画面の前にムウとその補佐らしい士官が立つと、シンと静まり返った。
ムウがこっちを見つけると、アイコンタクトで挨拶してきた。愛想がいいことだ。

傾注アテンション!」

補佐の士官(よく見えないが、大尉だろう)が怒鳴り、ブリーフィングルームの空気がピシッと引き締まる。
どうも、とムウが補佐官に手をひらりと振ると、ふぅ、と息をついてから口を開いた。

「あーあー。……よく集まってくれたな。俺は宇宙軍第八艦隊所属、強襲特装艦”アークエンジェル”のMS部隊隊長、ムウ・ラ・フラガ少佐だ。よろしく」

まず名乗りで話を切り出すムウ。その声は多少緊張はしているものの、軍人にありがちな硬さは感じない。フランクな喋り方は相変わらずだった。
作戦画面が、補佐官の手で切り替えられていく。何かトーナメント表みたいなのが映った。……暗黒武闘会を開くとかではなく、組織構成だ。
それと、自分もよく知っている地球軍のMS、ストライクダガーのコンピューター・グラフィックスが表示される。

「まず俺達大西洋連邦の軍人が、ユーラシア連邦の基地に集められた理由から話しておこうか。まあ、知ってのとおりだが、ビクトリア基地の防衛だ。
MSは本来ザフトのモンだったが、それと対等に戦うためにってんで、MSが地球軍でも作られるようになった――ってのは、もう話すまでもないか。
とにかく地球軍で作られるようになったMSは、大西洋連邦が独自開発で作り上げたモンだから、当然ユーラシア連邦は順番待ちってわけだ。まだ格納庫二つ分しかMSは無い。
そんな装備でザフトの本格攻撃が始まった日にゃ、どうなるかわかったもんじゃねぇ。だから俺達大西洋連邦が持っているMSと、それを操る人材が必要なわけだな」

どうやら、ユーラシア連邦にも多少はMSが配備されてはいるようだ。見たことはないけど、ストライクダガーなんだろうか?
ムウの話は続く。

「そのために俺達が集まったわけだ。ユーラシア連邦も大西洋連邦も、同じ地球連合軍だ。気に入らないところもあるだろうが、気張っていこうぜ。
……あと、この部屋に集まった奴らは、臨時にアークエンジェル隊の指揮下になる。急で悪いが、この画面に表示されている編成になるからな。あとで正式に任命されるから、まずは話を先に聞いてくれ」

え。

「今から読み上げられた奴は、返事とともに立ってくれ。……ゲイル・マッカーサー少尉、アニー・ジェーン曹長、マイク・バンタム曹長。以上は、俺の指揮する第一MS部隊に配属だ」

呼ばれた軍人たちが、返事と共に立ち上がる。若いのもいれば、三十も半ばの軍人もいる。戦場を生き残ったツワモノ達、といった風情の、引き締まった顔立ちをしている猛者の集まりのようだ。
着席を命じられてそのようにするムウの部下達。続いて読み上げられる。

「リナ・シエル大尉」
「っ……ハッ!」

うわ、第二MS部隊だ。いきなり呼ばれて、びっくりしてしまった。立ち上がってなんとか返事する。
周りがざわめく。十歳児が隊長で大尉ってことで、皆自分以上に驚いてる。もう驚くのも慣れてしまった。
長い黒髪を指でくりくりといじりながら、涼しい顔をしてやる。余裕の顔だ、実績が違いますよ!

「ライザ・ベッケンバウアー中尉」
「ハッ!」

うそぉ!? 二重でびっくり。余裕の顔が一気に崩れてしまい、思わず三つ隣で立ち上がった彼を見上げてしまう。妙な視線を送ってくるな!

(つーか、君がボクの部隊ってどーゆーことだよ! こっちくんな! アイオワに帰れ!)
(よろしくお願いしますよぉ、隊長どのぉ? ここにゃてめえの親父が守ってくれるトコロじゃねぇんだ。ヘマなんかしてみろ、後ろから撃つぜ?)
(”上等ジョートー”だよぉ……”撃墜オト”されて”不運ハードラック”と”ダンス”っちまいたくないなら、しっかり”編隊ツイ”てこいよォ……!?)

ビキ! ビキ! リナの頭上の空間に、何故か疑問符と感嘆符が並ぶ。ライザも負けじと火花を飛ばす。何故かリナの背中に某Wさんの影が浮かぶ。
あからさまな睨みあい、まさに愚連隊の視殺線だ。一触即発、挟まれたキラとトールは脂汗を流すだけが精いっぱいだった。
二人のやりとりに気付いたのか、補佐官が、ごほん、と咳払いしてくる。おっと危ない。直立不動の姿勢に戻る。

「……リック・エドモンド少尉、ビリー・ケリガン少尉」
「ハッ!」「ハッ」
「以上四名が、リナ・シエル大尉を隊長に据えた第二MS部隊だ。仲良くしろよ?」
「キンダーガーテンの遠足じゃないんですよ!」

リナの怒鳴りに、周囲から低い笑いが沸き起こる。……笑われたんじゃなく、笑わせたんだと思いたい。
後から読み上げられた二人は、ライザの取り巻きだ。禿頭で黒い肌の南米系軍人と、茶髪白い肌の北米系の軍人。モブなので、一般兵AとBでいいか。
その笑い声はムウが手で制すると、さすがに集中力と組織力の高い軍人達だけあって、すぐに静まり返る。
着席を命じられて、四人とも座った。キラと同じ部隊じゃないのか、残念……。

第三小隊は読み上げられたが、いまいち覚えていない。全員面識のない軍人達だから、あとで書類上で確認するだけでいいだろう。
前と同じように着席を命じられ、次に第四小隊が読み上げられた。

「――読み上げるぞ。キラ・ヤマト少尉」
「え!? は、はい!」

キラが隊長になったー!?
それでまた周囲がざわめく。自分の時とざわめきは同程度くらいだ。納得できる。
とはいえ、08MS小隊では、シロー・アマダが新米少尉で隊長をやっていたから、無いわけじゃないだろうが、その前が少佐、大尉と隊長続いたのだから、ざわめきもするだろう。
……でもそれはアニメの話であって、現実の軍隊でどういう反応をするかは未知数だ。上のほうも思い切った決断をするな、と思う。

「カマル・マジリフ曹長、リジェネ・レジェッタ曹長」
「「ハッ」」

猫毛の黒髪に淡い褐色肌の曹長と、男としては長い濃紫の髪を持つ白皙の美青年が立ち上がる。狙撃兵のような鋭い空気を感じる二人だ。どことなくエースの風格が漂っている。
キラは指揮官としての能力は不足気味だから、熟練の二人を副官に立てて、キラの部隊の指揮能力を養おうということだろう。
誰が編成したのかはわからないけど、キラの将来性を期待しての編成なのだろう。でなければ、こんな優秀そうな二人を下につけはしまい。

「トール・ケーニヒ二等兵」
「……はいっ!」

おー。キラと同じ編成だ。よかったねトール。それが嬉しかったのか、トールの顔も綻んでいる。誰も知らない部隊に配属されないか心配だったのだろう。

「がんばろうね、トール」
「俺に任せろよっ」

と、拳をコツンとぶつけあっている。友情は美しきかな。同じく着席を命じられて、四人が座った。

続いてムウの説明が入る。少し長いので省くが、省略するとこういうことになる。
今説明された部隊編成は、一部隊四機編成の十六機。これはアークエンジェルの限界格納数の倍以上だ。とても全て格納できるわけはないが、無理に詰め込むつもりはない。
戦地までは甲板上にMSを立たせ、運搬していく。敵機と交戦すれば出撃する。航空母艦が常に甲板上に機体を駐機させていたのと同じことだ。全部を整備ハンガーにかける必要はどこにもない。

そして戦地では、出撃と補給のローテーションを組む。
まず第一部隊、第二部隊を出撃させる。第三部隊と第四部隊は艦内待機。第一部隊と第二部隊が整備と補給に戻ってきたら、第三部隊と第四部隊が出撃する。
全力出撃をしては、出撃中の部隊が全て帰還した際に、防衛線に空白ができてしまうが故の采配だ。それに、艦内にはMSの補修用のパーツを満載するので、余計な機体を格納庫に置くこともできない。
そして、MS部隊の戦闘領域は、あくまで母艦とMS同士の視線が通る範囲内で行うこと。
旧来のレーダー時代ならば違っただろうが、今はレーダーが役に立たない有視界戦闘の時代だ。これを超えると母艦と通信やデータリンクが不可能になり、孤立する。孤立は即「撃墜」につながることを忘れてはいけないのだ。

「俺達はビクトリア、いや、地球軍屈指の機動部隊だ。ほつれの出てきた戦線を立て直すために、あちこちを巡回する遊撃手の役割を任される」
「俺達はランチタイムのウェイターですかい?」

叩き上げの曹長が軽口を叩き、周囲が低く笑う。それにもムウは肩をすくめ、笑みを返した。

「そうだ。しかも注文はひっきりなし。やりがいはあるだろ?」
「ありすぎて過労で天国まで行っちまいますよ」
「その時はドッグタグだけは置いていけよ、書類処理が楽になるからな」

ムウの切り返しに、また周囲が沸いて、よし、と区切った。

「以上だ! 何か質問は? …………では、解散!」
「総員、敬礼!」

補佐官の号令に、ブーツの踵の音がブリーフィングルームを震わせた。



[36981] PHASE 29 「ビクトリア攻防戦」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/05/05 22:04

「よく来てくれた、フィンブレン・ギリアム大佐。長旅御苦労だったな」
「……ハッ」

賑々しい兵士達の空間から隔絶された、冷たい空気の漂う部屋。
朝日が差し込む基地司令執務室に、ギリアムは呼び出された。彼をその部屋に呼び出せるのは、目の前にいる人間しかいない。
ユーラシア連邦陸軍ビクトリア基地司令、エドワード・ハーキュリー少将。
やや神経質そうな、鼻と顎が尖った面持ちが英国紳士を思わせる、六十を目前に控えた壮年の男。実際彼はイギリス人であるらしい。
彼とギリアムの間にある分厚い執務机には、湯気を上らせるティーカップが置かれていた。それを音を立てず持ち上げ、口を付けた。

「――失礼。朝は必ず飲む習慣なのでね」
「いいえ、お気になさらず」

飲んでから断りを入れるエドワードだが、ギリアムは特に気分を害することはしない。アメリカ出身であるギリアムは彼の習慣を理解する気はなかったが、拒むつもりはなかった。
じっと静かに、エドワードがティータイムを終えるのを待つ。上官の前で静寂を保つ作業はもう慣れた。
というか、最初から待たせるつもりだったのだろう。上質なソファーを勧められたことに安心したのは間違いだったようだ。
しばらく、静かな時間が過ぎる。その間、ギリアムはこれからの厳しい戦いに備えて瞑想にふける。

「……君達、アークエンジェルがビクトリア基地の周辺に降り立ってくれたことは、我々にとっては実に幸運だった」

ティータイムが終わったのか、エドワードが前置きもなく語り始める。ここでギリアムは、彼がマイペースな存在だと理解した。
エドワードは、空になったティーカップを番兵に下げさせると、グレーの瞳に鋭い眼光を灯す。

「君がここまで運んできたものは、大変素晴らしい……強襲特装艦、アークエンジェル。そして、G兵器。我々ユーラシア連邦には垂涎ものの兵器揃いだ。
航海レポートを閲覧させてもらったが、アルテミスに寄港しなかったことは英断だった。ガルシアは野心の強い男だからな。もしかしたら奪われていたかもしれん」
「…………」

何を言い出すのだ、と思う。もうビクトリア基地には、地球軍製のMSが配備されているはずだ。いまさら特別羨ましがるようなものでもあるまい。
さっさと本題に移ればいいものを、回りくどい言い方をしてどういうつもりなのか。
ギリアムが疑念と不信感を抱くと、エドワードはそれを悟ったかのように口元に笑みを浮かべた。

「何……死線をかいくぐって援軍に駆け付けた友軍をどうこうしようなどとは、思わんよ。だが、一つ面白いものを持っているようだな」
「……といいますと?」

遠まわしな発言を繰り返すエドワードに内心うんざりしながらも、ギリアムは問い返す。
エドワードの眼光は鋭い。その視線はナイフのようで、その口は銃弾を吐き出す銃口だ。

「コーディネイターの兵だよ」
「……」

その銃口から実弾を吐き出され、ギリアムは黙り込む。
キラ・ヤマトを現地徴用したこと、そして彼がコーディネイターであることは、既に統合本部は把握している。それが彼に伝わったのだろう。
それを持ち出される予感はしていたため、特に動揺はしなかったが……。
エドワードはギリアムの沈黙を好しとしたのか、鷹揚な笑みを見せて肘かけに手を置いた。

「なにも警戒する必要はない。毒を以て毒を制す。結構ではないか。
古来より、敵国生まれの兵士を重用した例が無かったわけではない。それに、そのコーディネイターのおかげで、ここまで来れたのだろう?
それが化け物であったとしても、利用できるものは利用する。そういう合理的な考えは……私は嫌いではないよ、ギリアム大佐」

化け物。
その単語を聞いて、その言葉と、かのキラ・ヤマトを頭の中で比較してみる。……が、どうにも、重ならない。
エドワードの排他的な物言いに、ギリアムは密かに眉を顰めた。

ギリアムは、与えられた任務を黙々とこなす寡黙な軍人だ。そこに私情は挟まない。
コーディネイターが、とか、ザフトが、とか、そういった固有名詞に興味はない。敵軍は叩く。味方は支援する。そういう単純な価値観のもとに行動してきた。
それ以外の感情は軍人にとって邪魔なものだ。……そういう理念のもと、これまで軍人をしてきたのだが、何故か、エドワードの物言いが気に入らなかった。
その感情が、ギリアムの口を動かした。

「……ハーキュリー少将。お褒めに預かり恐縮ですが、私は”化け物を利用”できるほど有能ではありません」
「ふ。……まあ、そういうことにしておこう。どうせ、私も同じ穴のムジナだ」
「?」

またも彼の言っている意味が分からず、片眉を上げて、得意顔のエドワードを見返した。このブリテン少将と一緒にして欲しくないのだが、それよりも意味の方が気になる。
その表情に機嫌を良くしたのか笑みを浮かべると、通信機を手に取る。二秒と経たずに通信兵が応じた。

「私だ。試作機のパイロットを、アークエンジェルの艦長に紹介したい」

それに対する返事は、応の一言だったのだろう。言った直後にすぐ通信機を置いた。

「試作機ですか」
「うむ。拠点防衛用の技術を小型化した装置をMSに実験的に搭載した機体だ。
大西洋連邦には公開していないが、応援に駆けつけてくれた恩人である君にだけ、教えておくとしよう。……うむ、来たようだな」

得意げに語調を弾ませるエドワードが、呼び鈴に気付く。応答キーを押すと、件のパイロットが到着したことを知らせてくる。通せ、と短く答えると、扉のロックが解除され、扉が開いた。
試作機のパイロットとは? ……同じ穴のムジナといったが、まさか、コーディネイターか?
やや警戒しながらも、振り向く。ヤマトが温厚な人間だからといって、味方のコーディネイターに対し心を許すほど、ギリアムは能天気ではない。

その扉を開けて中に入る、少年。

まだ軍学校を出たてぐらいの、少年らしいあどけなさが残る顔立ち。それでも鍛え抜かれた、ナイフのように鋭い体つき。その上に地球連合陸軍の軍服を着ている。
人相は……良くはない。顔立ちは飛びぬけて良いはずだが、睨む目とむっつりと「へ」の字に結んだ口元が台無しにしている。
黒髪はざんばらで、伸ばしっぱなし。頭髪に特に規定は無いが、伸ばしていると良い扱いを受けないのだが……それが許される立場なのだろうか?
しかし、誰かに似ている。だがその似ている人物は、このような粗野な風貌の人物ではなかったような気がするため、どうしても重ならず、思い出せない。

その入ってきた少年に対し、いくつも推測と疑念を浮かべている間に、エドワードは、得意げに彼を紹介した。

「紹介しよう。カナード・パルス少尉。我らがユーラシア連邦の試作機、ハイぺリオンのパイロットだよ」
「……ユーラシア連邦、特務部隊X所属。カナード・パルス少尉です」

言葉尻は丁寧ながらも、ぶっきらぼうな口調でカナードは名乗った。
その声に、ようやく重なった。

「宇宙軍第七艦隊所属、強襲特装艦アークエンジェル艦長代行、フィンブレン・ギリアム大佐だ。……失礼だが、キラ・ヤマト少尉と関係が?」

好奇心に負け、つい問いをぶつけてしまう。そうだ、あのキラ・ヤマト少尉に、顔の部品がどれもそっくりなのだ。声などは本人かと違えるほど似ている。
兄弟か、それに近しい血縁関係なのだろうか?
だが、その問いがカナードの激情を激しく燃え上がらせることになるとは、ギリアムには少し想像ができなかった。

「!! キラ・ヤマトだと!!」

突然人が変わったように歯を剥き出しにし、飛びかかってくる!

「ウオッ!?」
「どこにいやがる!? キラ・ヤマトは! 貴様、知っているな! 教えろ!」
「な、何……!?」

身体能力としてはナチュラルの域を出ないギリアムは、カナードの襟首に伸びてくる手を避けることはできず、掴みかかられてしまう。
その剣幕に驚き、戸惑うギリアム。その余りの勢いと予想外の事態に、不覚にも、彼の問いに対して頭脳が正常な働きができなかった。

「パルス少尉!! 上官暴行罪だぞ! ハイぺリオンから下ろされたいか!」
「……!! クッ!」

彼を戒めたのは、ギリアムではなくエドワードだった。その鶴の一声に正気を取り戻したのか、カナードはギリアムの襟首を離した。
横隔膜が酸素を欲し、げほ、と咳込む。酸素が入ったおかげか、ようやくカナードの豹変に考えを至らせられるようになった。
カナードのあの表情は、まるで親の仇を睨むかのようだった。睨む先は、おそらくそのキラ・ヤマトであろう。
この少年、なぜあのヤマトをそこまで怨むのだ? あの少年に、ここまで怨嗟を向けられるような大それたことができるとは思えない。

「キラ・ヤマト……この基地に居るのか……!」

カナードの呟き声の鋭さは、ギリアムの、探してどうするつもりなのかという疑問に対する答えだった。
――キラ・ヤマトとこの少尉は、会わせてはいけない。


- - - - - - -


「そういえば最近、日記書いてないな……」
「どうした、急に。お前日記なんてつけてたのか」

ライザや二人の部下とアークエンジェルの周りを走りながら、リナは思い出したように呟いた。
今、ムウも、キラも、トールも……その他アークエンジェルのメンバー達も、全員それぞれの部隊に分かれて、各々隊長の判断で行動していた。
リナ率いる第二部隊は、体を動かして戦闘に備える、という方針になった。もちろんほぐす程度にとどめておく。精々ジョギング程度だ。
他の部隊の動きはよくわからない。隊員召集後、すぐにジョギングを始めたが、キラの第四部隊は、のほほんと自己紹介とかしてそうだ。修学旅行並みに。

「まぁね。……なんていうか、過去の自分を忘れないために、かな」

そうだ。『昴』であったことを忘れないための日記だ。前まではそれを意識してつけていたはずなのに、日記を書かなくなったのはいつだったか?
だがライザの反応はそっけない。ハン、と鼻で笑って冷めた目で見返してくる。

「なにが、過去の自分を忘れないために、だ。忘れたい過去だらけのくせしやがって」
「知った風な口利くなよ!? ボクだってアカシックレコードに残したい栄光だってあるわっ」
「ほぉう? 栄光ある我らが隊長のシエル様には、どのような偉大な過去が? 例えば装甲車に乗ろうとして次のラダーに手が届かなくて落ちたこととか、ミスコンでシャノン軍曹に負けそうになって脱g……うお!!」

ライザのニヤケ顔があった場所を小さな拳が通り過ぎ、続く言葉を切り裂いた。

「動くな! そのおしゃべりな口をブーツで塞いでやる!!」
「やってみろクソガキ! 返り討ちにしてMSの装甲に縛り付けてやるぁ!!」

ジョギングしながら拳と蹴りと罵倒の応酬を始める二人。そのやりとりをずっと後ろで見ていた二人の部下は、はぁ、とため息をついていた。
リナとライザの喧嘩が取っ組み合いに発展した頃、
――ズンッッ

「あっ……!?」
「ンだッ!?」

リナはライザの腕にしがみつきながら噛みつくのをやめて、そのお腹の底から響くような音の方向へと、目を向けた。
煙が上がっている。それも、また、ズンッ、ズンッ、と音が響き、爆炎が遠くで立ち上るのが見えた。
――攻撃!?


「て、敵襲ぅーッ!!」
「なんだ、湖からの攻撃か!?」

一方湖付近では大惨事が発生していた。
湖に潜んでいた、ザフトのフロッグ隊――水陸両用MS部隊が、突然湖畔から顔を出して、基地に対して爆撃を開始したのだ。
湖に対しての基地の防御は最低限でしかない。水を滴らせながら立ち上がり、モノアイを妖しく輝かせた水陸両用MS――UMF-4A グーンが、手近な監視塔にフォノンメーザー砲を照射し、爆裂させた。
その後に続くように、くすんだ灰青に塗装されたジン・ワスプが上がると、グーンへの迎撃に駆け付けたミサイル装甲車『ブルドック』に重斬刀を叩きつける!

「ザフトのMSだ!!」「くそっ! 湖から来るなんて!」「ハッチをやられた! 重機を持ってきてくれ!」

怒号が飛び交い、せわしなく軍人達が駆け回る。それぞれ配置につくために動き回り、あるいは攻撃から退避するために移動する者もいた。
ロケット弾を撃ち込まれた格納庫が炎上し、消火班が消火活動を開始する。MSのパイロットはオレンジ色のノーマルスーツを着ると、ハンガーにかけられたストライクダガーに取りつく。
それよりも先に、また『ブルドック』や『リニア・ガンタンク』が出動。炎熱や煙から脱出するように格納庫を出ると、グーンら上陸したMS部隊に砲撃を開始する。
ジン・ワスプの横腹に砲弾が命中し、よろけるものの、またも上陸して水から上がってきたグーンがフォノンメーザー砲に『リニア・ガンタンク』は撃ち抜かれて爆破炎上した。

〔総員に告ぐ! ビクトリア湖よりザフト軍のMS部隊が侵入! 沿岸近隣の部隊は、ただちに迎撃を開始しろ!
敵地上部隊も侵攻を開始したものと思われる! アークエンジェルは発進準備を終え次第、直ちに発進せよ! 繰り返す!〕

敵襲警報が鳴り響き、基地内の放送が響いてくる。その頃にはリナ達はアークエンジェルに乗り込み、すぐさま甲板へと走って行った。
アークエンジェル内でも警報が鳴り響き、チャンドラⅡ世軍曹の艦内放送が響いてくる。

〔て、敵部隊が基地内に侵入! 全クルーはただちに配置につけ! 艦長は間もなく到着……いや、艦長到着! 傾注!〕
「第二部隊、揃った!? ボク達が先陣を切るぞ……遺書を書く暇も神父を呼ぶ時間も無いから、心の中でしっかりママにサヨナラ言っておくように!」
「はンッ! てめえの葬式には出ねえからな! ――リック、ビリガン! お嬢様のケツをしっかり持っとけよ!」
「ハッ!」「ハッ!」

その若干恐慌気味の放送を聞き流しながら、ストライクダガーの昇降用ワイヤーに掴まると、隊員同士の掛け合いを済ませる。
まるでライザの指揮する部隊のような言い回しで少し問題があるようだが、ライザが副官ということでだいたい場が収まるのだ。
ストライクダガーの起動キーを入れてOSを起動。O.M.N.Iの画面が現れ、GUNDAMの表示。出力が上がっていくのが分かる。

〔達する、艦長のギリアムだ。状況は基地の放送を聞いての通りだ。総員、第二種戦闘配置。対地、対空戦闘用意。
全クルーは各科長の指示に従い、配置につけ。MS部隊の出撃タイミングは追って伝える。以上〕

敵部隊の奇襲を受けた事態とは思えないような、落ち着いたギリアムの声が、コクピットの接触回線で伝わってくる。それでもかなり短く切ったのは、相応の緊急事態ということだ。
放送が切れた後、ブリッジは慌ただしく艦の発進シークェンスが進められている。

「遅れて申し訳ありません!」
「ラミアス少佐、早く席につけ。主機起動! 安定起動ののち、両舷二分の一!」
「主機起動! 安定起動ののち、両舷二分の一!」「各MS搭乗員はコクピット内にて待機せよ!」

ギリアムが命令を下し、マリューが復唱する。ナタルやチャンドラ二世がクルーに指示を送る。
艦全体が一回大きく震動し、レーザー核パルスエンジンが点火。到着の時のような見送りは無く、湖から侵攻してきた攻撃から逃げるようにして飛び立つ。
続いて、基地に到着したMSを前線に輸送するための大型輸送機も飛び立っていく。
ブリッジのフロントからは、黄土色と空色の狭間に戦闘の光点が見えた。ブリッジのクルーの間に緊張が走る。レーダーを見ていたチャンドラ二世が悲鳴に近い報告をする。

「第一防衛ライン・ポイントγが敵の先導部隊と接触! 交戦を開始しました! ……すごい数の火線です! 続いてポイントθ交戦を開始!
緊急暗号通信! ポイントθより増援要請を受信しました! 空挺部隊は編隊を分散、各担当ポイントへと飛行していきます!」

ついに、ザフト軍の前線が押し寄せてきた。
戦場全体が動き始め、防衛ラインが迎撃のための長距離砲撃を開始する。
有視界の観測による、自走ロケット砲、ならびにりゅう弾砲部隊の砲撃だ。目視による砲撃なため、精密射撃は不可能だが、数が揃えば飽和攻撃が可能だ。
そして弱誘導型のミサイル。Νジャマ―影響下のためこれも精密誘導は不可能だが、長距離迎撃という条件に限れば、敵味方判別しないという制限を前提に弱いながらの誘導が可能だ。
陸上戦艦や機甲部隊が移動する砂煙が上がり、パッ、パッ、と爆発光が断続的に閃く。

「よし、ポイントθに機首を向けろ! 主機最大出力! 続いて第一種戦闘配置に移行。各砲座、ミサイルはいつでも撃てるようにしておけよ!」
「了解。コリントス、ウォンバット装填! ゴットフリート充填開始! イーゲルシュテルンを待機モードで起動!」

アークエンジェルの火器システムが臨戦態勢へと移行。やがて戦場が近付けば、あと百二十秒で敵部隊がレーダー範囲に届く。
もう敵には目視されているはずだ。ならばこちらにも陸上戦艦の長距離砲が向けられているはず。
そろそろか。ギリアムは頃合いを見計らい、命令を下す。

「よし、第一、第二MS部隊を発進させろ! 発進確認後、両舷微速!」
「了解! 第一、第二MS部隊、発進を許可する!」

ナタルの命令を聞き、まずは甲板上のムウが率いる第一MS部隊のストライクダガーが動き出す。ゴーグルタイプのメインセンサーが輝き、立ち上がる。

「了解だ! 行くぞ、お前ら。しっかりついてこい! ――ムウ・ラ・フラガ、ストライクダガー出るぞ!」

勢い込んで掛け声を放ち、甲板を蹴ってランドセルと脚部のバーニアを思い切り吹かして右舷に飛び出していく。
続いて二番機から四番機も発進し、第一MS部隊が発進を完了するのを見ると、第二MS部隊であるリナもヘルメットのバイザーを下ろし、出力を上げていく。

「続いて第二MS部隊、出るぞ! 各機、遅れるな!」
〔おうよ、ユーラシアの連中にお手本を見せてやるぞ! GOGOGO!!〕

リナが部下に号令をかけ、ライザがそれに応えるようにリックとビリーに怒鳴る。
陸地を見下ろすと、森の中に点々と地が見える、緑の多い大地だ。今回は森林戦になるのか。
砂漠の時と違って視界が狭まるが、それはあちらも同じことだ。とにかく、木々が無い平地を狙って、アークエンジェルの甲板から飛び降りた。

「と、と……」

何回かバーニアとホバーを逆噴射させながら修正舵をきって、無事に着地、木々を避けてジャンプしながらアークエンジェルに並走していると、遠くの空に曳光弾が撃ちあがる。
いくつかの爆発。土煙が多くあがり、あちこちで爆炎があがっている。ちゃんと敵MSと戦えているんだろうか?
できる限り数を減らして欲しいところだけど、第一防衛ラインはMSをほとんど配備していないらしいから期待できない。

〔おい、隊長殿よ! 方位〇二〇に敵影だぜ!〕
「んっ?」

ライザが別の方向で何かを見つけたようだ。ライフルを振ってその方向を示している。
確かに、火線を潜り抜けて飛翔してくる機体が見える。カメラを最大望遠にしてみるが、ストライクダガーの望遠カメラの性能などしれている。あれは……?

〔各部隊へ。方位〇二〇、距離千四百、高度四千フィートに感アリ! 数八! 機種特定……AMF-101、ディンです!〕
「っ、あの空飛ぶメカか……」

自分が分かる前に、ナタルが報告してくれた。一緒にその機体データも戦術ネットワークを通じて送信してくる。
リアルでの仕様は詳しくないが、大気圏内の単独飛行が可能なMSだ。実際、地球軍の戦闘機では格闘戦では全く歯が立たない。
実はゲームでもよくわからない。使い手がほとんどいないし、自分が使った感じでは、射程が短くて使いづらいイメージしかない。が、ジンより運動性が高いことは確認している。
なるほど、単独飛行可能なMSなら、森林でも行軍速度が落ちることなく侵攻できる。そのためにディンを送り込んできたのか。
アークエンジェルがそのディンを射程距離におさめると、ヴァリアントで迎撃。頭上でレールガンを発射する轟音が鳴り響き、それを追いかけるように対空ミサイル、ウォンバットが飛翔していく。

「ボクらも行くぞ! ライザはボクと一緒にフロント! リック機とビリー機はバックで援護!」
〔へいへいっと! お手並み見せてもらいますかね!〕

ライザが応じ、アークエンジェルの火線を潜り抜けてきたディン達が、アークエンジェルではなくMS部隊のリナ達に撃ってきた!

「くっ!」

収束性は無く、絨毯爆撃がごとく大量にばらまかれるミサイル。五十近いミサイルが広範囲に発射され、回避できる場所がひどく狭い。
考えている時間もない。ミサイルがこちらに届くまで瞬き程度しかないのだ。

「イーゲルシュテルンで迎撃! シールド構え!」

部下に叫び、自身もそうする。シールドを構え、頭部だけシールドの上に出すと、頭部に内蔵されたイーゲルシュテルンから七十五ミリの弾丸をばらまく。
曳光弾がミサイル群を迎え撃ち、三分の一弱が空中で爆散する。しかし爆風を突き破って飛翔するミサイルが降り注いでくる!

「くううぅぅ!?」

まるで地面を耕すような爆発が周囲に木霊する! それは機体ごしに爆音が聞こえるほどで、コクピットが揺るがされ、リナは歯を食いしばって激震に耐える。
ストライクダガーもよく踏ん張ってくれた。シールドにミサイルが炸裂し、シールドが壊れるかと思ったが、耐久力はまだ十分残っていた。さすが、ストライクのシールドよりも硬いと豪語するだけある。
だけどミサイルだけに警戒していればいいわけじゃない。ディンが来てる!
シールドを引くと、目の前に妖しくモノアイを輝かせるディンが!?

「うわぁっ!?」
「ミサイルなど牽制だ! 馬鹿め!」

リナが驚き、ディンのパイロットが吠えて散弾銃の銃口を突き付けてくる!
ゴンッ。コクピットハッチから音が。コクピットに撃ち込むつもりか!

「誰が!!」

バーニアをフルスロットルにして左のペダルをリリース。同時に右のペダルを床まで踏み抜き、操縦桿を思い切り引き倒した!
わざとストライクダガーがバランスを崩し、ボディが仰向けに転倒。右足がその散弾銃を持つディンの手を蹴りあげた!
撃ちだされた散弾の一部がストライクダガーの頭部の端を削るにとどまり、散弾銃はディンの左手を離れて空を舞った。
ディンのパイロットは何が起こったのかわからず、飛びのこうとディンのバーニアを吹かそうとした。

「はっ!?」
「遅いっ!」

その頃には、既にリナのビームライフルの銃口はディンの胸部を捉えていた。
ぶしゅんっ! 緑色の閃光がディンの胸部を貫くと、胸部から上が吹き飛び、バックパックの一部も融解して爆散する!
下半身だけを残して倒れこむディンを最後まで見届けることなく、部下の三人を見る。
隣を見ると、ライザ機がディンと腕とボディを擦りつけあいながら必死に格闘戦をやっていた。ライザ機がディンの腕を掴んで離さないのだ。
が、ディンが味方がやられたことに動揺して視線をこっちに向けた隙に、

「ぶっとべ!」

ライザ機に蹴り飛ばされ、倒れこんだところにビームライフルを撃ち込まれて爆散した。
彼はとにかく強気だし負けず嫌いだから、最後に寄り切ったのだろう。さて、あと二人の部下は……。

〔し、支援を……支援をぉー!!〕
〔くそったれぇ! ちょこまかとぉ!〕

悲痛な叫び。リックとケリガンだ。すぐにそちらに視線を向けると、リック機は右腕を吹き飛ばされてビームライフルを喪失しており、シールドを構えながらよたよたと逃げ回っている。
ケリガン機は頭部を失い、正確な射撃がままならない状態でビームライフルを撃ちあげているものの、地上から空への対空攻撃は当りにくい。冷静になっていないなら尚更だ。
二機とも森林に入り込んで、樹を陰にしながら逃げているためになんとか即撃墜を免れているものの、時間の問題だ。
ディンは機銃をばらまきながら、木々の隙間からたまに見えるストライクダガーの周りを、まるで獲物にたかるハゲワシのように飛び回っている。まずい、あの二人はもう撃墜寸前だ!

「あいつら!?」

ライザは自分の取り巻きがやられそうになっているのを見て、ビームライフルを乱射しはじめた。
それに気付いてディンがこちらに向き直る。その直後にケリガンの撃ったビームライフルがディンの肩をウィングごと撃ちぬいて墜落させ、木々の向こうに消えた。
もう一機は不利を悟ると、こちらに背を向けて撤収していく。

「帰ってくれたか……」

はぁ。ため息がこぼれた。ディンの攻撃は、まるで嵐のようだった。残りの四機は第一部隊が相手をしているのだろうか。森の反対側に降りたから、姿が確認できない。
支援に行きたいところだけど、さっそくうちの部下が片腕を失ってしまい、もう一機は頭部が無くなった。
早速だけど、これは第三部隊と交代すべきなのだろう。ディンを三機も落としたから、そこそこの働きはできたとみていいはず。
ライザがリック機を助け起こす。シールドも凹みまくって黒ずみ、既にアンチビームコーティングも剥げている。次にミサイルの直撃を受けたらもたないだろう。
リナもケリガン機に駆け寄り、「大丈夫? 機体の調子は?」と声をかける。

〔メインセンサー不調、FCSがビームサーベルを認識してくれません……レーダー精度も低下しました、第一部隊がレーダーに映りません〕

ちなみに第一部隊は、リナ機のレーダーには映っている。それが撃墜されていないとも限らないが、この近距離が映らないのは重傷だ。

「……限界だね。交代しよう」

〔申し訳ありません……〕と、落胆した返事を返すケリガン機の肩に手を置いて、コンソールを叩き、アークエンジェルを呼び出す。

「アークエンジェル? こちら第二部隊。三番機と四番機が損傷した。戦闘継続は困難、待機部隊と交代を許可されたし」
〔了解。――第四部隊をただちに発進させます。警戒態勢を維持しつつアークエンジェルに並走せよ〕
「了解、警戒態勢を維持する」

ナタルとやり取りを終え、ふぅ、とため息。ディンと初めて戦ったから、まだ緊張が解けない。
アークエンジェルがまだイーゲルシュテルンによる対空砲火を開いているのを見ると、第一部隊はまだディンと戦っているようだ。
今すぐ援護に行ってやりたいが、こちらは不調の部下を二人抱えている。その二人を放っておいて援護に行くことはできない。
悪いけど、第一部隊は独力で切り抜けてもらうしかない。

〔各部隊へ。方位三二〇、距離九〇〇に更に敵部隊接近の感アリ! ジン・オーカー二、バクゥ二! 航空部隊……アジャイル、数四!〕
「くそ、またか! リック少尉、ケリガン少尉、各々ボクとライザの背後にまわれ! リック少尉はシールドでケリガン少尉をガードしろ!」
〔りょ、了解!〕
〔敵長距離砲撃、来ます! 方位二一〇より、着弾まであと十五秒!〕

怒涛の勢いで戦況が変化していく報告に、リナは目が回りそうだった。

「味方の防衛線はどうなってるの!?」
〔各部隊とも、担当正面での交戦で手一杯になっているようです! 一部、突破されたと……〕
「あーもういい、そこまで言わなくていい! とにかく、早く交替部隊を出して!」

やる気が殺がれそうなナタルの報告を強引に打ち消して、交替部隊の発進を急かす。

〔了解。第四部隊が発進します! ……長距離砲撃、来ます!〕

おっと、長距離砲撃が来てるんだった! 遠くから複数の光の玉が飛んでくるのが見える。まるで真昼に上げられた花火のようだ。
おそらくピートリー級が発射した弾だ。まずい。何発かが直撃コースだ。自分は避けられるが、損傷した部下二機が避けられるかどうか?
今ここであれをどうにかできるのは、アークエンジェルと、第一部隊と自分とライザか。地上からもバラバラと対空砲火が上がるが、当たっていない。

「ライザ、砲弾を狙撃。できる?」
「馬鹿言うな! 俺はてめえじゃねぇんだよ!」

即答されて肩を落とす。やっぱりアレはキラにしかできない芸当だったのか。いや、ボクにももしかしたら、できるかもしれない。
とにかくやってみるしかない! ビームライフルの照準スコープを引っ張り出し、覗き込んで狙撃姿勢をとり。
必中の意思を込めて、緑色の閃光が一筋放たれる。

「っ!!」
(一発目が外れた! 途中でビームが若干逸れた!?)

「そうか、空気中の水蒸気と熱歪曲でズレるのか……」

でも緻密な計算をしてる暇はない、間もなく着弾する! もういちどスコープを除く。若干下を狙い、トリガーを引き絞る!
再び緑色の閃光が放たれると、今度は光の弾とビームが交わり、弾頭を一瞬で蒸発させて失速、爆散した。

「一つだけかよ!」

冷や汗が流れる。でもライザの言うとおり、飛んでくる弾は一つだけじゃない。おそらく四、五発がこっちに飛んでくるはずだ。
ライザとケリガンがビームライフルを乱射するが、当たらない。リナも狙撃する時間が無いのでメクラ撃ちをするが、やはり当たらない!
アークエンジェルを頼ろうにも、アークエンジェルも自身に飛んでくる砲弾を迎撃するので精いっぱいだ。ウォンバットやイーゲルシュテルンで迎撃できているが、MS部隊までカバーする余裕はあるまい。
今から回避行動をしても、どれかに当たる。風の抵抗で砲弾の軌道がブレて、正確な着弾位置を読むのは非常に困難だからだ。

「全員、シールド防御!」

リナが命令を下す。幸いシールドは全員持っている。部下二機はシールドがまずいが、無いよりマシだ。
誰も撃墜されないことを祈りつつシールドを構えていると……複数の爆発音!
大気を揺るがし、ヘルメットの遮音機能が実装されたスピーカー越しでも鼓膜をつんざく爆音に、歯を噛み締めて来るであろう衝撃に耐える……が、いつまで経っても衝撃は来ない。

「……?」

そっと目を開けてシールドをどけると、目の前にMSの背中が見えた。
地球軍製……ストライクダガー? いや、この機体は……

「ストライク……キラ君!?」


〔第四部隊、ただちに発進を。ヤマト少尉、ストライカーパックは何を?〕

キラはストライクをリニアカタパルトに運ばれながら、OSを起動してストライカーパックをリクエストする。
自分としては気に入っているのはエールストライカーなのだけれど、仲間の機体がエールストライクの機動力に追いつけないので、別をチョイスしたほうがいい。
そうムウに助言されたので、ソードか、ランチャーか、と迷っていると、サブモニターに通信画面が映る。中東系の浅黒い肌と、赤褐色の瞳の青年……カマル曹長?

〔キラ・ヤマト。その機体には砲撃戦用の装備があるな?〕
「あ、はい。ランチャーストライカーですか?」
〔それで出てくれ。俺とリジェネは近接戦闘で護衛する〕

物静かなカマル曹長の進言に、キラは躊躇うのをやめた。彼の口調は理性的な響きを持っていて、頼れると感じ取れたからだ。
若いように見えるけど、百戦錬磨の空気を感じる。まるでムウさんのようだ。防衛戦が終わったらじっくり話してみたい。そう思いながら、ナタルに通信をつなぐ。

「……ランチャーストライクでお願いします!」
〔了解、ランチャーストライカーを装備。ストライク、発進位置へ。敵の長距離砲撃が迫っている、注意しろ!〕
「砲撃が!? くっ……キラ・ヤマト、ストライク、行きます!!」

バルトフェルド隊との戦いのときのように、艦がまずい。いや、ムウさんやリナさんも危険かもしれない!
機体がリニアカタパルトで押し出される。自分の意識はリニアカタパルトよりも早く外への出撃を求めた。
シートに体が押し付けられ、視界が広がると、目の前の空に砲弾の群れが見える!

「させるかあぁぁぁ!!」

瞬時に狙撃態勢に入り、アグニの砲門を砲弾の群れに向け、トリガーを引いた――



[36981] PHASE 30 「駆け抜ける嵐」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/05/11 09:12
「はははっ! ナチュラルの基地は脆いな! 面白いように焼けていくぜ!」

ビクトリア湖から基地に侵入した水陸両用MS部隊の一人、グーンのパイロットは、メーザー砲で格納庫を火の海にしながら叫ぶ。
地球軍側も続々と防衛部隊を出しているが、いきなり格納庫をやられてしまったために、MSを出撃させるのが遅れてしまっているのだ。
基地にあがったのは、グーンが六機、ジン・ワスプが二機、ゾノが三機。ストライクダガーが動けるものから防衛出動に出ているが、MSを使い慣れていないパイロットは、熟練度と地力で勝るザフトのMS部隊に押されていた。

戦車やミサイルタンク、対装甲重火器を装備した歩兵も出るが撃破に至らず、苦戦を強いられていた。
そのグーンの背後の兵舎の陰に回りこんできたリニア・ガンタンクが砲門を向けるが、側面から機関銃弾を浴びて鉄くずへと変わる。
グーンの若いパイロットは、それに気づいて、「あ?」と間の抜けた声を漏らして振り返る。
リニア・ガンタンクを撃破したのは、地上制圧のための、ジンの装備である七十六ミリ重突撃銃を手にしたジン・ワスプだった。

「突っ込みすぎだ、キーロフ。相手は戦車といえど、包囲されればグーンの装甲ではひとたまりもないぞ」

落ち着いた冷静な声が、グーンのパイロット、キーロフのスピーカーから響く。そのジン・ワスプの肩には白い二本線がペイントされている。隊長機だ。
だがMSの圧倒的な優位性を、自分の実力と思い込んで酔っている若いキーロフは、そのジン・ワスプの壮年のパイロットの忠告を笑い声で打ち消した。

「へんっ! ナチュラルの基地なんて俺一人で全部やってやるよ!」
「……我々の任務は強襲による陽動であって、制圧ではない。やりすぎると本隊と合流できなくなるぞ。……むっ!」

ジン・ワスプは格納庫の陰から出てきたストライクダガーのビーム射撃を受けて、コクピットに震動が走り、左腕の肘から先を喪失した。
損傷するも、焦らず素早く膝を曲げて姿勢を低くし機銃を撃ち返して反撃する。
しかしストライクダガーは牽制のつもりだったのか、格納庫の陰から出てくることなく、銃弾を浴びせられるやいなや、すぐに格納庫の陰の向こうに姿を消した。
ジン・ワスプのパイロット、マッシュは考えた。キーロフを置いて追撃するのは危険だ。ここで深追いするのは愚の骨頂。自分の任務を忘れて戦功に逸ったら、死は目前だ。

「キーロフ、ドジった。左腕を喪失、任務続行は至難……俺は先に撤退する」

どこからか回り込んでくるかもしれないストライクダガーを気にしながら、キーロフに声をかける。
が、そのキーロフのグーンが見当たらない。何かの倉庫らしい建造物が高熱でひしゃげて――メーザー砲の熱にしては激しい融解だ――煙をあげているのと、瓦礫があちこちに散乱しているのが見えるだけだ。
もう先行してしまったのだろうか? まずい。自分の忠告を無視して行ってしまったのか。
血の気の多い奴のことだ。敵機を見つけてそのまま行ってしまったのだろう。あいつはここが敵の基地だということを忘れているんじゃないだろうか。

「キーロフ! 返事をしろ! お前も引き返せ!」

周囲を見回しながら、もういちど名前を呼ぼうとしたとき。……格納庫や倉庫が並んでいる大通りで、何かが輝いているのが見えた。
緑色に輝く球体? いや、多面体? 角を光のラインが結びあって、その線が織りなす面はうっすらと光の膜を形成している。
あんな戦場で目立つものがあっていいのか? それを凝視していると、その光の多面体の向こうに、MSらしきものが立っているのが見える。
その機体の目の前に転がっているのは、あれはグーンのクローではないか? 出会いがしらに撃破したのか。
そう判断できたときには、手に持っている銃をこちらに向けて撃ってきた!

「くっ!」

ばら撒かれる銃弾、いや、ビーム。速射式のビームガン!? とっさに飛びのいて格納庫の陰に隠れる。
いつの間にか左脚部が撃ち抜かれていて、膝から先が溶解した金属の棒になっていた。あのビームの一部をくらったのか。

「なんて出力だ……これが地球軍のMSか!?」

戦慄の呟きを漏らす。あの速射弾の一発一発がこの出力だとしたら、まともに連射を浴びればあっという間にフライにされてしまう。
格納庫のハッチに背を預け、重突撃銃をその機体に向けてフルオートで撃ち返す。それが当たったのかどうかも確認する余裕がない。とにかく這ってでも撤退しなければ。

「ザックス! マディソン! こちらマッシュだ! B-4格納庫のハッチの前で行動不能になっている! 支援を!」

通信を繋ぎ、今も戦っているであろうグーンのパイロット二人に呼びかける。独力では撤退は難しいゆえの支援要請だ。
しかし、その呼びかけにも何も反応が返ってこない。ふと周囲を見回すと、いつの間にか戦闘の気配が遠のいている。
俺を残して撤退したのか? まさか。俺はこの強襲部隊を率いる隊長だ。よほどの劣勢ならば戦意を喪失して算を乱すだろうが、今は優勢に近いはずだ。少なくとも劣勢に立たされている報告は聞いていない。

「どうした! ザックス、マディソン!  ……くっ!」

しかし何度通信を試みても、返答は返ってこない。
やむを得ない。機体を残してしまうことになるが、脱出せねば。一人ならばどうにかして生き残る自信はある。
素早くハーネスを外してコクピットのハッチ開放キーを押す。拳銃のホルスターは腰のベルトに巻いている。いざとなれば白兵戦で、ナチュラルを倒すことも容易だ。
コクピットの電子表示が消え、ハッチが開いて基地の風景が見えてきた、と、まばゆい光が見える。

「……?」

網膜を焼きそうなほどの閃光。発光弾か? マッシュは疑問に思い、目を細めて腕で庇う。しかしその光が、次第に迫ってくる――




「こいつで潜り込んできた雑魚は終わりだ」

格納庫の陰に座り込んでいたジン・ワスプのコクピットにビームナイフの刃を突き立てると、カナードはナイフを抜き、脚部のラックに収める。

「ククク……クハハハ!!」

カナードは最後の敵機を撃破して、自機の圧倒的な戦闘力に対する高揚を抑えきれず、コクピットで哄笑した。
模擬戦でも抜群の成績を収めたハイぺリオンだが、実戦に出てみれば、その高性能ぶりは笑ってしまうほどだ。
ザフトの雑魚機体など目じゃない! 火力、機動力はもちろん、この光波防御帯「アルミューレ・リュミエール」は、ザフトの攻撃を完全に遮断してくれる!
そこに己の操縦能力が加われば、どんな奴を相手にしたところで負ける気がしない。例えそれが、キラ・ヤマトだとしても!

「キラ・ヤマト……これでお前を葬って、俺が最強になってやる! 俺が最高のコーディネイターだ!」
〔……カナード少尉。侵入したザフト部隊を全機撃破したな?〕

その高揚に水を差してくるのは、ハーキュリー少将の声だ。ギロ、とサブモニターを睨み、吐き捨てる。

「あぁ、あんな雑魚どもなんざ、俺のハイぺリオンにはゴッコにもなりゃしねぇよ」
〔流石だな、カナード少尉。いや、ハイぺリオンのおかげかな? ……引き続き、基地防衛任務にあたりたまえ〕
「……了解、基地を防衛するぜ」

低い声でハーキュリー少将に答えると、鷹のように目じりを吊りあげて、火線が上がる遠くの空を睨み据えた。
あのキラ・ヤマトが乗っているアークエンジェルは、どうやら第一だか第二だかの防衛ラインに向かったようだ。
どこにいる? いや、おおよそ見当がついている。感じるのだ。同じ遺伝子をもつキラ・ヤマトの場所は、直感的に知ることができる。

「おい、エックス2、エックス3!」
「「はい」」

彼の呼びかけに対し、無感情な少女の声が応じる。カナードの所属している、特務部隊Xの部下の少女達だ。
彼女らが乗っている、漆黒の塗装が施されたストライクダガーが二機、ハイぺリオンの左右後ろにつく。

「特務部隊Xは、基地防衛任務にいくぞ。場所はポイントγ、アークエンジェルだ! 俺に続け!」
「「はい」」

カナードの命令に少女達は淡々と答え、粛々と命令を受け入れてハイぺリオンに続いてジャンプする。
炎上する武器庫を鎮火させる消火班は、三機のMSが飛び上がる旋風にあおられて小さな悲鳴をあげ、体を低くした。
明らかに配置を無視した動きに、Xの指揮にあたる中佐が、泡を食って慌てて通信を開く。

〔カナード少尉! 元の配置で防衛にあたれ! 命令違反だぞ!〕
「積極的防衛行動に移る! こちらから仕掛けなきゃジリ貧だぜ!」
〔貴様っ! 特務部隊は――〕

中佐の怒鳴り声を、通信を切ることで遮るカナード。
一度ハイぺリオンに乗ってしまえば、こちらのものだ。それに、こんな近くに己の仇敵であるキラ・ヤマトがいるのだ。激情家のカナードが我慢できるわけがない。
中佐は司令部の作戦画面から、ハイぺリオンとストライクダガー二機がジャンプして遠のいていく背に、切れた通信機に向かって怒鳴っていることしかできない。

「くそっ! カナード少尉め、軍法会議モノだぞ! 近くの部隊は、特務部隊を呼び戻せ!」
「落ち着け、中佐」

それに対し、ハーキュリー少将は余裕のある態度を崩さずに、小じわが目立ち始めた目元を緩める。

「しかし、配置を守らねば、次に強襲部隊が現れた時に対処できません!」
「部隊が一つ抜けたところで、この司令部の鉄壁の防衛網は破れんよ。それに、もう強襲部隊は現れん。私が保証する」
「……例のスパイからの情報ですか」
「そうだ」

ハイぺリオンを大映しにしていた作戦画面はビクトリア基地のマップに変わり、半リアルタイムで敵味方の動きを、受信した情報に照らし合わせて更新していく。
基地司令部から遠のいていく、特務部隊Xと銘打たれた光点が、ポイントγに向かって動いていく。そこにはちょうど、アークエンジェルの光点があった。

「あの白い艦――アークエンジェルだったか?――も、ザフトに目をつけられているだろう。上手く引きつけてくれれば基地の防衛は盤石だ。
……万が一沈められたとしても、あれは大西洋連邦の艦だ。我々ユーラシア連邦には何の痛みもない」

ハーキュリー少将は、近づいていく二つの光点を見ながら楽観視した。



ビクトリア基地の北西に広がる森林地帯は、コズミック・イラに入ってもなお緑深い、貴重な森林地帯だ。
森林があると思えば山があり、山を降りたと思えば谷があり、そしてMSの高さほどもある森林が平地を覆い隠す、起伏の激しい地域。
攻めるに難しく、守るに易い、まさに防衛に適した地形にビクトリア基地が存在するのだ。
だがザフトはその行軍困難な地形を乗り越え、攻めてきた。その数、質は、ビクトリア基地の分厚い防衛ラインを確実に圧迫していく。

「一七MS隊、前進!」
「機甲部隊が前進するぞ、戦車隊続け!」
「榴弾砲! E734、N066地点に射撃! ぇー!!」
「EQ、EQ! こちらポイントγ、九八防衛隊! ザフト軍地上部隊の猛攻を受けている。支援を!」

地球軍のMSが駆ける。戦車隊が木々を押しつぶして進軍する。地面が降り注ぐ砲弾で耕され、MSが踏み固める。
泥にまみれたジンが、木々の間から飛び出して戦車に重斬刀を叩きつけて沈黙させ、七十六ミリ機銃で対MS装備の歩兵を引き裂いていく。

「てめぇぇ!!」
「ナチュラルがあぁぁ!!」

飛び込んできたストライクダガーがビームサーベルを振るってそのジンの胴体を切り裂き、同じ部隊のジンがそのストライクダガーに機銃弾を撃ち込み、胸のラジエーターを貫き、頭部が半分砕ける。
よろけるストライクダガーにディンがミサイルを叩きこんで爆裂四散させたところに、スカイグラスパーが編隊を組んで飛翔し、大口径ビームキャノンで貫く。
ジンがスカイグラスパーに向かって機銃を撃ちあげるも、既にスカイグラスパーの機影は遠ざかっていく。

「くそっ、チョロチョロと!」

そのスカイグラスパーに気を取られているところを、ジンは横合いから出てきたリニア・ガンタンクに横腹を撃ち抜かれ、そのまま倒れこんだ。
そしてまたそのリニア・ガンタンクも、降り注ぐピートリー級の艦砲射撃により地面ごと砕かれる。
撃っては撃たれ、進んでは引く。一進一退の戦況。もし地球軍にMSが無かったならば、ザフト優勢の一方的な展開になっていたであろう。
ストライクダガーのビームライフルとビームサーベルは、ジンやディンなどの量産型MSに対して決定的な打撃を与えることができる武器であるため、ザフトのMS部隊は思い切った攻撃に出ることができないでいた。

「ナチュラルのくせに、こんな小型のビーム兵器を!?」
「これまでのお返しだ、ザフトめ!」

ジンの部隊がストライクダガーの部隊にビームライフルを乱射され、思わず腰を引く。迂闊に飛び込んだストライクダガーが、ジンの腰にビームライフルを直撃させるものの、重粒子砲の反撃を受けて爆散する。
その重粒子砲を撃ったジンのパイロットが喝采をあげるものの、ビームライフルによる集中砲火を受け、ストライクダガーと同じように撃破された。

やや北寄りの防衛ライン、ポイントγの通常戦力はあらかた撃破され、MS部隊も全滅が近い。
虎の子のMS部隊なのだが、今この防衛ラインを圧迫している部隊は、そのMSを次々と撃破していく。その敵MSはすぐそこまで迫っている。指揮車の周りには自走対空ミサイル”ブルドック”と、旧式の戦車が僅かにいて、歩兵部隊がちらほらと場所を固めているにすぎない。
その歩兵たちも、ザフトのMSが自分たちを滅ぼすために今にもやってくるのではないか、と、不安と緊張を隠せないでいた。

「こちらポイントγ! 九七部隊! 増援はまだか! 突破されるぞッ!!」

茂みに隠れた指揮戦闘車の大尉は、押し返すも数が減っていくストライクダガーに肝を冷やし、また通信機に怒鳴り返す。
しかし敵部隊が押し寄せるに従って空間中のΝジャマーが満ちていき、司令部からの通信にノイズが多くなっていって、返信が聞き取れない。

〔……ッ、ジェ……が、……ぼ、う、……せよ……〕
「何!? 天使エンジェルがどうしたって!? 天使様にでも祈れってか!?」
〔……エン、ル――だ!〕

苛立たしげに怒鳴り返す大尉に、司令部のオペレーターがもう一度応える。
オペレーターも大声で話しているのであろう。ノイズの向こうで語気荒く叫んでいるのがわかる。

「……!?」

その声の一つ一つをつなぎ合わせ、完成する単語の意味を知り、大尉は通信機を放ると、操縦手の制止を無視して指揮車の上部ハッチを開いて、周囲を見回す。

「あれが来るのか、いつ!? どこからだ!?」

大尉の叫びに周囲の兵が注目するが、自身は気にしない。
だがそれでも、大尉は司令部が送り込んだという増援の姿を探した。大部隊ではない。それでもアレが来れば戦況は変わる。
この不利な状況にとって、アレはまさしく天使だ。いつ来るんだ。早く来い!

「ッ!?」

突然空を埋め尽くした爆音に、大尉と周りの兵は身をかがめる。ついに敵の砲撃が届いたのか?
しかし自分の体は無事。指揮車も傷一つついていない。恐る恐る空を見上げると……一条の閃光が砲弾を薙ぎ払い、盛大な花火を上げているのが見えた。
続いて、まるで戦闘機の編隊飛行のようにミサイルが飛翔していく光景。長距離ミサイルには見えない。

「来たのか! アークエンジェル!」

大尉の歓喜の声に呼応するように、白い機体が木々をなぎ倒しながら姿を現し、歩兵達もその機体からわあわあと逃げ惑う。
その白い機体は歩兵たちに構うことなく、黄色のデュアルセンサーを空に向けると、両手で抱えている巨大なビーム砲を、空へ発射!
周囲が眩く照らされ、大尉が被っているヘルメットが吹き飛ばされてしまいそうなバックファイアが吹き荒れる。
悠々と飛んでいたディンが二機、そのビーム砲から吐き出された光に巻き込まれて消滅する。

「な、なんて火力だ! これが味方のMSなのか!?」
「た、助かった……!」

周囲の兵が、安堵と歓喜の声を挙げる。
まるで人のような顔をした白いMSは、その声が聞こえたのか歩兵達を見下ろした。大尉は、その白いMSはGAT-X105”ストライク”という名前だったと記憶していた。
宇宙軍第八機動艦隊、強襲特装艦”アークエンジェル”の艦載機。あの火力ならば、ザフトのMSも薙ぎ払えるのではないか? と、大尉は期待する。
そして実際それをやってのけたのだろう。宇宙からはるばるここまで来れたということは。なんという機体とパイロットだ!
大尉は感激し、あのMSのパイロットに礼を言いたい衝動に駆られるまま通信機に手を伸ばした。

「おい、あのMSと通信を繋げ!」
「ま、待って下さい。今回線を……繋ぎました!」

命令に慌ててMSの受信周波数をサーチする。地球軍共通の暗号無線を使用しているため、すぐに指揮車の通信機と周波数が合致する。
大尉はMSを見上げながら、通信機に叫んだ。

「あー、あー。ストライクのパイロット殿、聞こえるか? こちらポイントγの防衛を指揮している、ランド・クルス大尉だ!
貴君の早急かつ強力な支援に感謝する! ……できれば貴君とはゆっくり酒でも酌み交わしたいところだが、状況が状況だ!
前線で私の部下が悲鳴を挙げている。至急援護に向かってくれ!」

やや早口気味なメキシコ出身の大尉の要請に、ストライクのパイロットは「わ、わかりました」と、短く幼い声で答えた。
急いでいる状況だが、その意外な若さの声に大尉――ランドは、思わず顔を顰めた。

「ん? 乗っているのは少年兵か? 名前は――うわっ!」
〔すいません、急ぐので失礼します!〕

少年パイロットは、何かをごまかすように早口で言って、バーニアを吹かしてジャンプして行ってしまう。
その後を、二機のストライクダガーがバーニアを吹かせて降り立つ。
一機は、ジンのキャトゥス無反動砲を背負い、ジンの装甲を増加装甲とばかりに着込んだ現地改修機。
もう一機は、ジンHMの銃剣を真似たのか、ビームライフルの下にビームサーベルを取り付けて改造した妙なMS。
二機とも、クルス大尉の部隊を一瞥して、すぐにジャンプしていってしまう。
ランドは、嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく三機に目を丸くしながら、ただ見送ることしかできなかった。

「……ん?」

もう一機、やってきた。そういえばMSの部隊定数は四機だ。やってきた順番から察するに、あれが四番機だろうか?
その四番機は、わき目も振らずに、がちゃんがちゃん、ふらふら、と、でこぼこの足場にフラフラ蛇行しながら追いかけていく。
先にやってきた三機と違い、基本的な装備のみのストライクダガー。トール機だ。

「ま、待って下さいよ、曹長ー! キラー! お前も待てよー!」

コクピットでトールが泣き言を吐きながら必死に追いかけていく。
いかにも新兵の歩き方。なんだかずいぶんと頼りない動きだが、あれも数々の戦いを生き残ってきた兵だ。運は強いのだろう。……そう思うことにした。

「……アークエンジェルの奴らは、茶目っ気のある奴ばかりだな」

ランドは茫然と呟き、近くに立っていた兵士が同じ思いで頷いた。


- - - - - - - - - -


〔助かった、礼を言う!〕
〔こ、こっちだ! 早く来てくれ! うわああぁぁ!!〕
「……っ、わかりました、もう少し持たせて下さい!」

アークエンジェルがポイントγに着いてからは、ザフトの主力部隊が押し寄せているからか、キラ率いる第四部隊と第三部隊は更に援護に奔走する羽目になった。
特に、第三部隊は飛びぬけて秀でたパイロットが居ないため、結果的に、精鋭揃いの第四部隊が多くの敵を引きつけることになる。
隊長であり、ストライクに乗ったキラにかかる負担は激しく、キラ自身とストライクのエネルギーもアグニを撃ち続けることが難しくなっていた。
増え続ける支援要請。強要される、部隊の仲間に気を配った戦い方。初めて部隊指揮を任された重圧。それらがキラの体力を奪っていく。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
「大丈夫か、キラ・ヤマト」
「は、はい。大丈夫です……それよりも、正面!」
「了解」

近距離通信でキラを労るのは、カマル曹長だ。言葉尻は淡々としているが、そこからは優しさと余裕が感じ取れる。
そのキラの負担を減らそうと、キラの部下である三人もストライクの攻撃をフォローする。
ランチャーストライカーとはいえ、ストライクの機動力はストライクダガーを軽く凌駕する。キラの動きは大振りな傾向があるため、特に護衛行動をするカマルとリジェネには負担がかかった。
それでもカマルとリジェネは不満を漏らすことなく、忠実に護衛行動に徹し続ける。決して派手な動きはせず、近づく敵を攻撃するのみにとどめ、火力の中心はストライクであることを意識し続ける。
さすがにエースの風格は伊達ではなく、大規模な攻防戦の中にあっても冷徹な二人の行動は、キラにとって参考になるものだった。

「くそっ……ぜぇ、ぜぇ……これが、戦争かよ……」

それに対し、トールは初陣の緊張に呑まれてしまい、ただついていくことしかできなかった。
前回のバルトフェルド戦が初陣になる予定だったのだが、謎の浅黒い男とくんづほぐれつ(※表現過剰)するだけに終わってしまった。
大規模な攻防戦が初陣になってしまったことはトールにとっては不幸以外の何物でもなく、三人についていくのがやっとで、ほとんどビームライフルを空撃ちしてるだけだ。

〔それでいい、トール・ケーニヒ。当たらなくとも撃て。射撃は牽制になる〕
〔そういうことだ。君のミッションは弾幕の展開と理解してくれていい〕

カマルとリジェネが、射撃が当たらないことに対して焦っているのを感じて、トールに激励を飛ばす。
はい、と返事をしたかったが、喉が枯れてしまい掠れた音が出ただけだった。
喉が渇いた。早く代わってほしい。もうノーマルスーツの下の手足は汗でぐちょぐちょだ。ヘルメットの中は冷たい汗だらけになっている。

〔トール……大丈夫?〕

気遣わしげな声をかけてくるのは、キラだ。

「余計な心配だぜ、キラ。いいからお前は目の前の敵に専念してろよ!」

そうだ。あの小心者で消極的だったキラが、涼しい顔してこんな大変なことをやっているんだ。
今までキラは自分達の後をついてくるばかりだった。それが、今はすごいことをやってのけている。負けていられない。
トールは負けず嫌いを発揮して、額に流れている汗を拭うことなく声を弾ませて応える。
キラは彼が強がりを言っているのがすぐにわかったが、止められるわけもなく、こくりと頷く。

「わかった。無茶はしないでね」
「するかよ!」

トールの早口を最後に通信を切り、着地するともう一度、バーニアを噴かして大きくジャンプ。
ピートリー級の懐に飛び込むと、主砲にアグニを撃ち込む! 船体の堅牢な装甲をも融解蒸発させる光の奔流が、主砲はおろかメインエンジンすら破壊する。

「しゅ、主砲消滅……だ、第二から第八までの区画が消滅! 主機は……!?」
「し、白い奴が、何を……ぐわああぁぁ!!」

艦橋では、ストライクがそれほどの威力を持ったビームを放ったと知覚することができず、艦長らブリッジクルーは席を立つこともできないまま、ピートリー級と運命を共にした。
ピートリー級がエネルギーラインを導火線にして誘爆するのを見届けることもせず、キラはその甲板を踏み台にしてもう一度ジャンプすると、その爆風に煽られて、更に高く飛び上がる!
その直上を飛び、着地した瞬間を狙撃しようとしていたディンのモニターに、一瞬で迫ってくるストライクが大映しになる。

「何!?」

不意を突かれ、反応できないディンのパイロットが驚愕の叫びを挙げる。
まさか地球軍のMSが、空の王者であるディンと同じ高さに跳んでくるとは思わなかったのだ。

「どいてくれ!」

キラのストライクが、ディンの頭部に膝蹴りをお見舞いする!
ディンの頭部は衝撃と質量に耐えかねて千切れ飛び、更にその勢いのままディンの背中を蹴って更に跳躍!
ディンのパイロットは、その二度目の衝撃に目を剥いて、二度目の驚愕の叫びを挙げた。

「私を踏み台にした!?」

ストライクが更に跳躍したところに、空中で動きの鈍いストライクを狙い撃ちにしようと待ち構えていたディンが居た。
慌ててディンが七十六ミリ機銃の引き金を引くが、左腕でセンサー類をカバーしてフェイズシフト装甲で防御。
アグニを手放し、空いた右手で腰部ラックに仕込まれたアーマーシュナイダーを引き抜くと、人間でいう鎖骨の部分に突き立てる!

「ぐおおぉぉ!!?」
「それでもう戦えないはずだ! 脱出しろ!」

首からコクピット付近までアーマーシュナイダーの刃先が到達し、電気系統がショートして火花が散るディンのコクピット。
パイロットはキラの叫びに咄嗟に従って、ハーネスを外すとコクピットのハッチを開けて飛び降りていく。
しかしキラにはそのパイロットの無事を見届ける余裕はない。ディンと一緒に機体は引力に引かれて落下を始めている。
この間は無防備だ。すぐさまディンからアーマーシュナイダーを引き抜き、周囲を警戒しようと目の前にストライクの目を向ける、と。

「ついに見つけたぞ、ストライクゥ!!」
「なっ!?」

目の前に、ビームサーベルを抜き放っている青いG兵器――デュエルが!?
今しも、そのデュエルはビームサーベルを振るってきている。ビームサーベルはフェイズシフトでは防御できない。
キラは反射的に、無人になったディンを持ち上げて盾にする。
びぢっ!!
ディンの装甲が泡立ち、溶解し、切り裂かれていく。それでもデュエルのビームサーベルの出力では瞬断することはできず、ビームサーベルの刃が届く時間にラグが生じる。

「くそっ!」
「無駄なあがきだ、観念しろ!」

イザークはディンを切り裂くと乱暴に残骸を投げ捨て、バーニアを吹かして再び迫ってくる!
デュエルは宇宙に居る時とは違い、増加装甲を纏っていた。強襲用の追加装備「アサルトシュラウド」だ。
肩にレールガンとミサイルランチャーを追加し、更にフェイズシフトではないものの鎧を纏うことで総合的な防御力が向上するうえ、バーニアも増加しているため推進力も向上している。
そのため、空中での機動力は、ランチャーストライカーパック装備のストライクよりも上だ。

今しも、ビームサーベルが振り下ろされようとしている時に……二機の間を通り抜ける、二つのビーム!

「何っ!?」

イザークは狙撃の危険を感じて、咄嗟に脚部のバーニアを吹かして後退し、ビームが伸びてきた先を見下ろす。
――キラの部隊のストライクダガー、リジェネ機とトール機が、ビームライフルで牽制射撃をしてきている。

「全く……先走るのはカマルだけで十分だ」
「キラ、もうちょっと俺達を待ってくれてもいいだろ。ったく!」
「リジェネさん、トール!」

キラはイザークが足を止めた隙に、機体を引かせる。

「キラ・ヤマト。君は機動力のあるパッケージに換装しろ。上空が手薄だ」

リジェネは戦況を分析し、キラに具申する。
担当正面に配置されている大方の陸上戦艦は沈黙したし、アグニを装備したランチャーユニットはジェネレーターが上がる寸前だろう。

「……わかりました。でも、部隊の指揮は……?」
「僕が一時的に引き継ぐ。カマル曹長は指揮向きの性格ではないしな……早くしろ!」
「は、はい!」

キラはリジェネの具申に、ほぼ反射的に頷く。確かに、もうストライクのエネルギーは七割を切っている。混戦の中でフェイズシフトダウンが起これば危険だ。
機体を巡らせ、アークエンジェルに向かってジャンプする。

「待て、ストライク!」
「嘗めてもらっては困る」

イザークがそれを追撃しようとしてリジェネのストライクダガーが立ち塞がり、ビームライフルを二射する。

「ぐわっ!」

一発は外れたが、別の一発がデュエルのアサルトシュラウドの胸部装甲に直撃! 装甲を薄く貫かれ、激震に見舞われてたまらず着地する。
たたらを踏み、そこへ更にリジェネ機にビームを放たれては飛びのき、イザークもビームライフルで反撃するが、リジェネは機体を屈ませてビームをやり過ごした。
もう一度ストライクの姿をデュアルセンサーで探すが、既にMSの高さほどもある木々に紛れて見えなくなっていた。
レーダーも、電子戦に特化しているわけではないデュエルでは、Νジャマーに阻まれて捉えることができなくなっていた。

「くそっ……あと一息というところで……っ!」

ストライクが、地球軍のMSに足止めされている隙に行ってしまったことに苛立ちを覚え、その矛先を下にいる二機のMSに向ける。
機首を向き直らせ、スロットルを全開! 全速力で二機に向かっていく!

「雑魚ごときが……オレの邪魔をするなァッ!」

急速に迫ってくるデュエルの姿を、レッドは冷静に見据えるが、トールは違った。
初陣で、ストライクに似た高性能機がすごい勢いで迫ってくるのだ。キラの強さを身にしみてよく知っているトールがパニックに陥るのは当然だった。

「う、うわあぁ! 来たぁぁ!」
「ケーニヒ二等兵、下がれ!」

リジェネはトールに怒鳴りつけて前に出て、ビームサーベルを抜き放つ。
しかし、リジェネは不利を自覚していた。
リジェネはストライクの驚異的な出力を目の当たりにしている。それの兄弟機で似通った構造だとするならば、ストライクダガーでは役者不足だ。
それも相手は、ただの普通のパイロットではないようだ。だが、やるしかない。背中には若い少年兵がいるのだから。
デュエルとストライクダガーがビームサーベルで打ち合う! 
互いにアンチビームシールドで受け合い、すさまじい火花と閃光が迸る! 超高熱のビーム片が周囲に飛び散り、近くの樹が炎上した。

「くっ……やはりガンダム相手に、この機体では……!」
「フンッ! その程度の機体でデュエルに敵うとでも思ったか、愚か者め!」

機体の不利を再確認したリジェネの聴覚に、イザークの嘲笑が飛び込む。実際、ビームサーベルは明らかにパワー負けしている。ビームの収束が弱まってきて、ジェネレーターがオーバーヒート気味だ。
しかし飛び退いたり蹴りを入れることもできない。そんなことをすれば、ただでさえパワー負けしているのに、態勢が崩れて切り裂かれてしまうのがオチだ。
こちらのジェネレーターがあがる前に、不利を打開しなければならない。機体を捨てることを覚悟した……その瞬間。

「何ッ!?」

デュエルの目の前に迫ってくる、別のビーム刃! 頭を逸らしてなんとか避けたが、V字アンテナが片方切り落とされた。
ちぃっ、とイザークは舌打ちして飛び退く。割り込んできたのは……ビームライフルからビーム刃を伸ばした、ストライクダガー。

「せつ……カマル曹長か」
「遅れて済まない。援護する」
「いや……助かった。相手はガンダムだが、君と組めばやれる」

カマル曹長にとって、質も量も圧倒的不利な状況は初めてではない。それを知っているリジェネは、カマル曹長の援護を自分の任務と決めた。

「了解」

変わらず愛想の無いマジリフ曹長に、クスッと笑い、ビームサーベルを戻すとキャトゥス無反動砲を手に取る。

「ケーニヒ二等兵、援護しろ!」
「お、俺はどうすれば」
「僕が撃てと言ったら、撃てばいい。難しく考えるな」
「……はいっ」

返事だけはしっかりするトールに、
その三機が構える様子を見ても、イザークは全く物怖じしなかった。
たかがストライクの模造品。しかもパイロットもナチュラルだ。それが三機集まったところで、何を恐れることがあろうか。ただの烏合の衆に過ぎん!
しかし、イザークは、無意識にストライクを自分に投影していた。
ストライクのパイロットは、同じG兵器を四機も相手にして生き残っている。ならば、同じG兵器に乗っている自分にできない道理があろうか?
できないはずはない。ナチュラルにできて、コーディネイターでトップガンの自分が!

「どけ、雑魚共! 俺の狙いはストライクだけだ!」

イザークのデュエルはすべての火器を開くと、一斉発射した!



[36981] PHASE 31 「狂気の刃」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/06/01 13:53
「カマルさん、リジェネさん、トール!」

キラのストライクはアーマーシュナイダーを両手に握り、もう一度デュエルと対峙しようとしたら、その間に三人のストライクダガーが割り込み、デュエルの全武装乱射を受けている。
木々が砂糖菓子のように砕け、地面が沸騰した湯のように泡立ち炸裂する。ストライクダガーがあんな攻撃を受けて、自分が換装して戻ってくるまで保つのか。

「アークエンジェル! 装備の換装を……エールストライクの装備を射出して下さい!」
「だめだ、空に射出したら的になる! 帰艦して、艦内で換装作業を行え!」
「敵は待ってはくれませんよ! カマルさん達が危険なんです、お願いします!」

ナタルに、珍しく声を荒らげるキラ。
確かに、宇宙とは状況が違って混戦状態の上空は危険だ。敵がどこからどう狙っているのか分かりはしない。
しかし、キラも多少の被弾は覚悟の上だ。ビームでない限りは、フェイズシフトが保たせてくれる。
そのつもりで要求するが、どうやら一足遅かったようだ。

「!!」

ロックオン警報。前方……やや上空。咄嗟に飛び退いて肩部バルカンのロックオンセンサーを向ける。
複数の機影が、木々スレスレの上空を飛翔している。ディン五……イージス!?

「アスラン!?」

キラの口から、親友の名前が飛び出した。あのイージスのパイロットは、アスランだ。
イージスとブリッツは、ずんぐりむっくりの飛行機のような機体の背に乗っているが、あれで空を飛べないMSを運搬しているのだろう。
ディンが、イージスを置いて先行し、七十六ミリ機銃とミサイルで弾幕を張る。火線が一気にストライクに集中し、ストライクの周りで殺人的な弾丸と爆炎の嵐が吹き荒れる!
まずい。ストライクのフェイズシフト装甲なら完全に防御できるが、無限じゃない。アグニを連発していたせいで、もうバッテリーの残りがイエローゾーンの真ん中に到達している。

「くっ……」

機体が危険な値を示した中で爆撃に晒されながらも、キラはアスランのことを考えていた。
アスラン。今も僕のことを心配してくれているのか? 戦いたくないって思ってくれているのか? 僕達は友達なのに、なんでこんなことになってしまったんだ。
話したい。会って話したい。きっとアスランなら、アークエンジェルの人達と話せば仲良くなれるはずだ。皆良い人達なんだ。

「アスランっ!」

その想いを爆発させるように叫ぶ。機銃とミサイルの嵐を強引に振り払いながら、ストライクをジャンプさせる!
ディンの編隊はストライクの予想外の行動に驚いて散開するが、イージスは避けることなく迎え撃つこともせず、シールドを構えて受け止める!

がしゃぁんっ!!

車の大事故でも起きたような金属の轟音を響かせながら、二機が衝突。二機のコクピット内が激しく震動し、ぶつけられたアスランは、その衝撃とグゥルの態勢維持と格闘を強いられた。

「キラ!?」
「けほっ……アスラン、もうやめてくれ! 僕達が戦うことは無いんだ!」

キラも、衝突時の衝撃にシートベルトに体を縛られて、咳き込みながらも訴える。
その声にアスランは、顔を顰める。
この戦場でキラに出会うということは、彼が無事であることと同時に、まだストライクに乗って戦っていることだ。
嬉しくもあり、残念でもあり、アスランにとっては、この再会は複雑な思いがこみ上げてくるものだった。

「お前こそっ……もう地球軍に協力しないでくれ! 地球軍の味方をするということは、俺の敵になるってことなんだぞ!」
「僕はアスランの敵になった覚えは無い! 地球軍の人達は、悪い人ばかりじゃないんだ。
僕がコーディネイターだって分かっても、みんな対等に接してくれる。話せばわかるんだ、アスラン!」
「くっ……それでも、ナチュラルは信用できない!」

イージスは、しがみついてきたストライクをシールドで押し返し、ビームライフルを向ける。
しかし撃つことはできない。アスランにとっては、未だに変わらずキラは大切な幼馴染であり、友人なのだ。

「お前は騙されているんだ! 地球軍の奴らは、お前の能力を利用するために!」
「あの人達はそんないい加減なことはしない!」

話は平行線だ。二人は気付いたが、どうにもならない。
お互いに友情が続いていることを確認することはできたが、互いに譲れないものがあると感じたのだ。
アスランは父が治めるザフトのために、キラはアークエンジェルにいる友人のために。片方が討つべきものは、片方が守るべきものなのだ。

『私には養わなければならない、守らなくてはならない部下達がいるからね。
君にも同じく、守るべきものがある。それが違う限り、衝突があるのは当然のことだ!』

キラの脳裏に、バルトフェルドの言葉が蘇る。
そうなのか? アスランと違う立場に立っている限り、アスランと戦うしかないのか?

(こっちは引けない。でもアスランとは戦いたくない! どうすればいいんだ!)

「キラッ!!」
「!?」

キラが葛藤に苛まれていると、アスランの血を吐くような叫びが聞こえて、ギョッとする。
気付いた時にはメインモニターいっぱいにイージスの足の裏が映りこみ、そのまま脚部の力とバーニアの推進力で押し返されてしまう。
イージスに蹴られた!? お互いの位置から後退して離れ合うと、そのイージスとキラの間を、強烈な閃光が通過!

「なんだ!?」
「これは!?」

キラとアスランが、その戦艦の主砲に匹敵するビームの熱量に驚く。
そのビームは嵐のように伸び、低空に伸びたビームは、まるでロウソクに火を灯すように木々を一瞬で炎上させた。
ただの乱射かと思いきや、散開したディンに一撃ずつ正確に撃ち込まれ、ことごとく撃破、破片を森林にばら撒いていく。
ディンの破壊はすさまじく、断面がビームの熱で溶けて、温めたナイフで切ったバターのようになっていた。それを見てキラは戦慄する。
もしあれが直撃すれば、ストライクといえど撃墜は免れなかっただろう。それを思うと、先ほどのアスランの動きの真意に気付く。

(アスランが、僕を助けてくれた?)
「くっ……この砲撃、足付きか!?」

キラはアスランが助けてくれたことに気付き、礼を言いたいが、アスランはそれどころではない。
ストライクを狙ってビームが撃たれたのは初撃のみで、後の砲撃は全てザフト側のMSに放たれている。
イージスにビームが降り注いでおり、それをステップやジャンプで回避しつつ、回避しきれなかったものはシールドで弾く。
やがて近づいてくる、その砲撃の源。キラとアスランはそれを視認して、目を見開いた。

「が、ガンダム!?」
「まだ地球軍にG兵器が!?」

アスランは現れたその機体をイージスのコンピューターに照会させるが、ボギー、すなわち正体不明機と判定した。
しかしキラのストライクのコンピューターはビクトリア基地でアップデートさせたため、そのボギーの正体はすぐに判明した。
CAT-X1、ハイペリオン。

「CAT-X1……? G兵器じゃないのか? ユーラシア連邦のガンダム!?」

大西洋連邦だけじゃなく、ユーラシア連邦も独自のガンダムを開発していた。
それ自体は大して驚くべきことじゃない。大西洋連邦とユーラシア連邦が反目し合っているなら、ユーラシア連邦も対抗して強力な兵器を作ることは容易に想像できるからだ。
問題は、そのパイロットだ。

ムウから聞いた話によると、大西洋連邦はG兵器に適合したパイロットを育成しきることができなかった。
OSが不完全だったこともあるが、MSの開発自体が遅れていたユーラシア連邦が、大西洋連邦よりも先駆けてパイロットを育成できたとは考えにくい。
かといって、ストライクダガーとは全く別物に見えるあの機体に、ストライクダガーのナチュラル用OSを積んでいるとも思えない。
ということは、あのガンダムにインストールされているOSはコーディネイター用のOSをインストールしている可能性が高い。
つまり、パイロットはコーディネイターかもしれない。キラは、パイロットが誰なのか、無性に気になった。

「アスラン、下がって!」

キラは別の結論を思い出し、咄嗟に叫ぶ。
ユーラシア連邦の機体ということは、アスランを攻撃するということ。アスランがやられるのは考えにくいが、あの火力を目の当たりにしたら不安が拭えない。
イージスやストライクを守っている堅牢なフェイズシフト装甲は、ビームの前では無力。特に、地上ではイージスの得意な一撃離脱戦法が使えない。イージスには不利だらけなのだ。

〔馬鹿にするな! お前を置いて下がれるか!〕
「だけど……」
〔く、ククク……〕

アスランとの通信に、別の声が混じる。笑い声? 通信元は、あのガンダム、ハイペリオンのようだ。
その笑い声は、普通じゃない。響きに狂気が混じっている。まるで長い年月をかけて熟成された憎悪が、解放されようとする時のように。

〔ハハハハハ!! やっと……やっと見つけたぞ、キラ・ヤマト!〕
「何? 僕を……!?」

自分の名前が出たことに、キラはぎょっとした。
あのガンダムはユーラシア連邦の機体だ。てっきり、ザフトのアスランの手に渡ったイージスらG兵器を倒しに来たのかと思ったが、自分の名前が出てきたことに不意を突かれた。
一体なんで探しに来たんだ? その問いが間に合わないほどに躊躇の無い動きで、ハイペリオンが手にしているビームマシンガンを向けてくる――

「くっ!」

そのハイペリオンの所作に対し、アスランは一瞬の迷いもない。ビームライフルをハイペリオンに向けて射撃!
射撃される前にカナードは反応し、ステップでビームをかわすと、木々の中に消える。
自分を撃ったハイペリオンの姿が消えた。逃げたわけじゃない。今も森の向こうから殺気がひしひしと伝わってくる。
どこから来るんだ。Νジャマーが濃いせいで、正確な位置が把握できない。キラとアスランは冷や汗を流し、鼻を伝うが、拭う隙も作れない。
木々の木の葉が揺れた。

「そこだっ!」

アスランが木々に向けて撃つ。樹木の隙間をビームが通り抜け、木の葉がまるで突風に吹かれて霧散する雲のように薙ぎ払われる。
残ったのは、自然発火する木々だけ。何も爆発しないまま岩に突き刺さって爆ぜ、ビームは減衰する。
しかし手ごたえは無い。避けた、いや、外された! アスランが舌打ちをした直後。

「!!」

キラは、アスランの死角から飛び出てくる二つの漆黒の影が見えた。
それが何なのか? 一瞬には理解できなかった。だが明らかに、銃口らしきものをアスランに向けている。
敵なのか? 味方なのか? それすらも判断する余裕は、キラにはない。もう既にその黒い機体は射撃体勢に入り、あとはトリガーを引くだけだった。
それだけで、その銃口はアスランを射抜く。フェイズシフト装甲があるから、といってアスランが撃たれるのを見過ごせない。ビームかもしれないのだ。

――アスランを、やらせはしない!!

その真摯な意思だけが、キラの指と目を動かした。
有効な武器は肩部バルカンと、ミサイルランチャー。この一瞬であの黒い機体の攻撃を阻害できるのは肩部バルカンだ。
FCSを咄嗟に切り替え、肩部バルカン、頭部バルカンをアクティブに。その二機を同時にバルカンによる弾丸で乱射する!

「!」

二機は、弾丸の雨を受けて射撃を中止。一機はメインセンサーのカバーを砕かれ、もう一機はライフルを撃ち抜かれて投棄した。
その二機が地面に着地し、黒い姿の正体が判然とする。
赤いラインが入った漆黒のボディに、赤いゴーグル。肩に、銀河を貫く流れ星を抽象的に象ったパーソナルマークが描かれた……ストライクダガー。IFFが、そのストライクダガーを味方と判断している。
その味方を、撃ってしまった。

「き、キラ……お前……」

アスランが狼狽した声を漏らす。味方を故意に撃った、友人のキラ。
相変わらずキラは、アスランを庇うようにストライクダガー二機と対峙している。その背中からは、味方と対峙することに対する躊躇が無いように思える。
一方、ストライクダガーは敵を狙ったはずなのに、味方に妨害されて戸惑っているように見える。一歩後ずさりし、ビームライフルの銃口を彷徨わせたり、盾を構えてみたりしている。

「な、何をしている……!? お前、何をしているのか――」
「アスランは……友達なんだ」

その言葉に迷いはない。
『アスランの敵になった覚えは無い』。その言葉はキラの嘘偽りの無い本心であり、アスランに死んで欲しいと願った時など一秒たりとも無いのだ。
地球軍にいようと、ザフトに行こうと、それだけは揺るがない、キラの意志。

〔くくくく……ハハハハハ!! やっちまったなぁ、キラ・ヤマト!〕
「……!!」

だが、状況は許してはくれない。
カナードの哄笑は、そのキラの罪を糾弾するかのようだ。姿無き声は尚も続く。

〔ザフトを庇って味方を撃つなんてな……やっぱりお前は、ザフトの野郎と通じていやがったんだな! これでお前を倒す大義名分ができたってわけだ〕
「……! 先に撃ってきたのは君だろう!」
〔俺が撃ったのはそっちの赤いヤツだ。射線上にたまたまお前がいただけだぜ? 丸腰みたいだったんで、援護してやっただけの話だ〕

屁理屈だ。銃口は明らかにこちらに向いていたし、あの殺気は本物だった。
でもこの人を論破したところで、この場が収まるようには到底思えない。殺気なんて証拠にならないし、おそらく意図的にロックオンを解除していたんだろう。
彼の両脇に控えているストライクダガーがビームサーベルを抜いた。ハイペリオンは機体が変形して、何かをしようとしている。
新しい武器か? 拘束するための道具を出しているようにも見えるけど、わざわざガンダムに着けるものだろうか? 何にしても、平和的に解決はできなさそうだ。

〔裏切り者、キラ・ヤマト! 反逆罪でこの俺が始末してやる! てめえはもう必要ねえ!〕

憎しみすら篭った叫びと同時、背中の水滴のような流線型の黒いユニットを展開して、こちらに向けてきた。
直後、ロックオン警報!

「えっ? うわぁっ!」

キラが警報に咄嗟に反応して、アスランのイージスとは反対の方向に飛びのく。イージスもストライクに続いて飛びのく。
ほぼ同時に、二人が居た空間を眩い光で埋め尽くしたのは、高出力のビームだ。さっきディンを次々と撃墜したのはこれだったようだ。
こんなビームの直撃を受けるわけにはいかない。なんとかしなければ。でも、こちらはアグニを喪失しているし、アスランのイージスだっている。絶体絶命だ。

〔逃げ回るんじゃねぇ、俺と戦え! エックス2、エックス3! キラ・ヤマトを撃て! ただし撃墜はするなよ……!〕
〔〔はい〕〕

味方に撃たれて狼狽する仕草を見せていたストライクダガーの二機が、突然何事も無かったように冷静に持ち直す。
ビームライフルを持っているほうは、メインセンサーを破壊されながらも正確な射撃でストライクのシールドを削り、ビームライフルを撃たれた方は後ろ腰に備えたバズーカを構えた。

「うっ、くっ!」

ビームライフルを後ろに飛び退いて避け、バズーカの弾頭は木々を盾にしてやり過ごす。
ビームとバズーカの光熱が次々と木々を焼き払い、周囲が火の海に変わる。焦げて形が崩れる木が増え、避けきるのが難しくなる。
だけどあっちが撃ってきたからといって反撃したら、本当に地球軍の、みんなの敵になってしまう。

「くっ!」

追い込まれている。あの二機の黒いストライクダガーの攻撃は正確で、一箇所に追い込んできているのがわかる。
ビームはフェイズシフトでは防げない。だからこそエールストライクはアンチビームコーティングされたシールドを装備しているのだけど、今はほとんど防御手段がない。
懐に飛び込むか。いや、相手は三機だ。一機に飛び込んだところで、別の二機に狙い撃ちにされるだけだ。

「やめろ、お前ら!」

避けるのが苦しくなってきたところに、アスランのイージスが割り込み、シールドでビームを弾く。

「味方のはずのキラを撃つなど、やはり地球軍は……!」
「あ、アスラン!」

迷っていると、通信が入る。アークエンジェルだ。焦り気味のナタルの叱咤の声がキラの耳を打つ。

〔ヤマト少尉、何をしている!? それは味方だぞ!〕
「ナタルさん!? 僕じゃありません! あっちがいきなり撃ってきたんです! ワケの分からないことを言って……」
〔それだけでは状況がわからん! ただちに交戦を中止――〕〔ヤマト少尉、君の部下を率いて帰艦せよ。第二部隊の修理補給が完了した。代わりに出させる〕
「でも……!」
〔これは命令だ。事実はどうあれ、味方機と争う君を前線に放置するわけにはいかない〕
「だから、これは……!」
〔ヤマト少尉〕

キラの反論を、ギリアムの断固とした冷厳な声が遮る。
アスランのことを言えない。ギリアムやナタルを信用していないわけじゃないが、友達を放っておけない、という論理が通じるとは到底思えない。
それも、その友達であるアスランはザフトだ。地球軍軍人の彼らからしてみれば、そのザフトのパイロットが味方機に討たれるのは、歓迎することはあっても止める理由は一つもない。

ギリアムの心境はまた少し違った。ハイペリオンのパイロットがカナード・パルスであることを知っているし、彼がキラを親の仇のように憎んでいるのも知っている。
まず間違いなく、カナードから仕掛けた戦いなのだろう。キラが彼と何があったのかは知らないが、キラを引っ込めなければ状況が変わらないことはよく分かる。
今のキラは、カナードに対処できるような体勢でもない。ならば、リナ率いる第二部隊を展開して牽制しつつ、カナードに警告をしなければならない。
標的のキラでなければ、問答無用で撃ったりはしないだろうが……念の為、第二部隊の連中には包囲した上で、十分警戒した上で対応させるつもりだ。

キラはギリアムが彼なりに対処しようとしていることは知る由もなく、焦りが頭のなかを占めていく。
そのアスランがキラの葛藤を聞いたかのようなタイミングで、再びキラに通信を開く。

〔キラ、ザフトに来い! そうすれば俺がお前を守ってやれる! 俺達が戦う必要もなくなるんだ、キラ!〕

アスランの必死の叫びを、黒いストライクダガーのビームが遮る。
ビームとシールドが激突する音。稲光のような炸裂がイージスのシールドで閃き、イージスの体勢が崩れる。
そしてビームライフルを失った片方の黒いストライクダガーが、ビームサーベルを手にイージスに突撃を仕掛けていく!

〔くぅっ! お前ら……!〕

ガンッ! イージスが膝でストライクダガーの肘を蹴り上げ、横にずらしてやりながら、逆の足を軸に、つま先から発振するビームサーベルで二段蹴りに似たアクションを行う!
しかし黒いストライクダガーはその蹴りに即応し、シールドで受け止める。アンチビームコーティングとビーム刃が激突して、砂鉄が鉄板で擦れるようなスパーク音が鳴り響く。
体勢を崩したイージスに、すかさず別のストライクダガーがビームライフルを向けるが、イージスはその高い推進力を利用して強引に体勢を立て直し、後方へ大きくジャンプしていく。
それを二機の黒いストライクダガーが追撃して、ジャンプ。すぐ後に、何かが爆発する轟音が響いた。

「ア、アスラン!」
〔余所見たぁ余裕だなキラぁ!!〕
「うっ!」

迷っている間にハイペリオンがバーニアを吹かして肉薄、短いビームサーベルを突き出してきた!?
咄嗟に反応してフットペダルを後ろに向かって振り、機体をしゃがませる。
あの最初に戦ったジンの重斬刀の突きをかわしたのと同じようにやり過ごす!

「やめろぉ!!」
〔トロくせぇ!〕

カナードはそれを読んでいたのか。ストライクが放ったカウンターの右拳に対し右に体をスライドさせて回避するハイペリオン。
ハイペリオンはビームナイフの持ち手を逆にし、身体を泳がせているストライクのランドセルに突き立てようと降り下ろした!

「速い……でも!」

キラとて伊達に多くの実戦を重ねてきたわけではない。
微妙な操縦桿捌きで機体がバランスを崩すギリギリまで前傾姿勢になり、スロットルは転倒を恐れず全開。
その拳を突き出した勢いのまま降り下ろされるナイフを掻い潜り、ハイペリオンと位置を交替する。
並のパイロットならば激しく転倒するか、それを恐れて中途半端な姿勢になりビームナイフの餌食になるところだ。

「よしっ……うわぁっ!?」

ハイペリオンを抜けて、安堵の表情を浮かばせかけたが……キラの視界一杯に迫ってくるのは、大木の幹!
激突する! フェイズシフトに守られている表面装甲は衝撃に耐えることができても、内部構造はその質量に耐えることができない。
キラは危険を感じ、素早くフットペダルと操縦桿を同時に操作。スロットルを引いて全閉、腰に伝わるGの微妙な変化に合わせてスロットルを戻す。
その操作は一秒にも満たない早業。駒のようにくるんと機体が反転し、幹に機体の背を向けて激突を回避する。

〔無駄なンだよぉ!〕
「うっ!」

振り返った先では、すでにハイペリオンが銃口を向けている。
撃たれる。引鉄を引こうとしている。銃口と自分の額を、殺意が一直線に結ばれた――
ブシュゥンッ!!

「〔!!〕」

ビームが空気を振動させ、空気中の埃を分子崩壊させて発光する。
しかしそれはストライクに向かって水平に伸びるのではなく、地面に向けて鋭角に放たれた。
地面に突き刺さったビームは地面を白熱させて穿ち、亜光速で粒子が地面に激突したために衝撃波が機体をビリビリと振動させた。

〔このやろう……! 良いところを!〕

そのビームの発射元である機体――上空から降りてくるストライクダガーに水を差され、カナードは歯噛みする。
このタイミングで割って入ってくる奴といえば、大西洋連邦、それもアークエンジェルの艦載機に違いない。
折角、単騎で突出していたキラ・ヤマトを、混戦のどさくさに紛れて葬れるチャンスだというのに!

「ユーラシアの機体! こちら大西洋連邦所属艦、アークエンジェルの搭載部隊だ!
その白い機体は同軍の所属機である! それ以上は誤射と認めないぞ!」

そのストライクダガーは警告を発しながら、逆噴射で着地の衝撃を相殺して降り立つ。
肩に白いラインが塗装された第二部隊の隊長機が二機の間に立つと、シールドでストライクを庇う。
その機体の操縦桿を握るリナは、ハイペリオンの姿を見て手が震えた。

(アレはなんだ!? ガンダム……見たことがないタイプのガンダム!?)

ゲームでも登場しなかったガンダム。なんだかストライクに比べて色んな武器? を背負っているようだけど、砲撃系なんだろうか?
でも上空から見て、機動性はランチャーストライクといえど優るとも劣らないほどだったし、高機動タイプなのかもしれない。
そして機体に識別をかけさせると、ストライクと同様、その正体はすぐに分かった。ハイペリオンという名前らしい。
型式からして、大西洋連邦に対抗して作ったことは容易に想像できる。
あれが味方なら乗ってみたい――もとい心強いんだが、どうも怪しい雰囲気だ。手にしているビームライフルをなかなか下ろしてくれない。
とはいえ、ザフトは現在進行形で攻めてきている。仲間割れしてる場合じゃない。
とにかくこのガンダムにはキラを撃つのを後回しにしてもらわなくてはならない。いや、後でもやられると困るんだけどさ。

「事情は状況が終わってから聞く! とりあえずユーラシアのお前は、再度然るべき命令系統の指示を仰いで――」
「雑魚がオレに指図するんじゃねぇ!」

キラを前にして激昂しているのか、カナードはリナの制止に応じずビームマシンガンの引き金を引く!
一発がストライクダガーのそれに匹敵するビーム弾が連射され、シールドに突き刺さる!

「ちょ、おいおいお!?」

機体が激しく揺さぶられ、シールドの表面温度が急激に上昇。ダメージセンサーがやかましく警報を鳴らしてくる。
やばい。ガンダムタイプに撃たれたら、低コストなストライクダガーなんてあっという間に乙ってしまう。
いくらシールドにアンチビームコーティングが施されているといえど、ビームを照射され続ければコーティングは高熱でその効果を失い、シールドは貫かれる。
もう同じ場所に五発は受けた。あと二発受ければ、確実に……!

「うぐっ……! だからやめろって……!!」
「――やめろぉ!!」

二度目の制止の声は、キラの口から放たれた。
ストライクダガーの横をすり抜け、ストライクが肩部バルカンを乱射しながらハイペリオンに突撃をかける!
その突撃にカナードは、自分の獲物が自ら飛び込んできてくれたことに歓喜し、口の端を吊り上げる。

「莫迦がッ! 取り巻きの雑魚がヤラレそうだからって釣られやがって!」
「いくら味方でも、これ以上勝手なことはさせない!」

カナードが好戦的に吼え、キラがリナを守りたい一心で叫ぶ。
ハイペリオンがビームナイフに手を添え、ストライクがアーマーシュナイダーを抜き放つ。
相手はビームサーベル。こっちは実体剣。こちらの不利は目に見えている。だけど、上手く横をすり抜ければ!
ハイペリオンがビームナイフを居合抜きのように振り上げる。

「っ!」

足元から突き上げてくる殺気。
ダンッ!
とっさに、フットペダルを親の仇のように床まで踏み抜き、操縦桿も同様の素早さで半分引く。
ストライクがややのけぞりながらビームナイフの刃を紙一重で避ける。だが、それはキラ自身の感覚の話だった。
コクピットの前面が激しくスパーク。モニター類が死に、代わりにアフリカの刺すような日光がコクピット内を照らした。
飛散する砂よりも小さいビーム片で、ノーマルスーツに細かい穴が開く。このうちの一片でも大きさが二倍以上あれば、超高熱かつ有害なビームは確実に自身を死に至らしめる。
だが怯まない!

「うおぉ!!」

闘志を露わにして吼え猛り、両手のアーマーシュナイダーを交差させ、X字に斬撃を繰り出す!

〔ぐううぅ!!〕

カナードは思わぬ反撃に反応しきれない。同じくコクピットハッチを切り裂かれ、モニターが全滅し、代わりに日光がコクピットに降り注ぐ。
飛散する装甲や電子部品の破片。カナードは素頭にそれをもろに受け、目を閉じて腕で顔を庇う。ノーマルスーツのヘルメットを煩わしく思っており、外していたのが仇となった。
実体剣のアーマーシュナイダーなのが幸いしたが、もしこれがビームサーベルであったなら、一緒に降り注ぐビーム片を浴びて致命傷を受け、カナードの命は無かっただろう。

それでもカナードには充分なダメージになった。操縦桿から一瞬手を離してしまったせいで、ハイペリオンがよろめく。
そのよろめいて戦意を半ば喪失したカナードの周囲に、ストライクダガーが、二機、三機と降り立ち、両側からハイペリオンを羽交い絞めにした。
ハイペリオンの右側に立っているのは二番機、ライザだ。左側の三番機はエドモンド少尉。

「はんっ! 大西洋連邦に向かって、随分と調子に乗ってくれたなァ、ユーラシアのG兵器よぉっ!」
「このまま連行させてもらう! 後でじっくり事情を聞かせてもらうぞ!」

二機が羽交い締めのままハイペリオンを連行しようと、バーニアを吹かせる。
終わったか、と、キラとリナは安堵の息を漏らす。会ったこともない相手――それもガンダムタイプのMSに因縁をつけられて、危うく誤爆されるところだったのだ。
増して、今はザフトによる大攻撃の真っ最中なのだ。ザフトの相手だけでもいっぱいいっぱいなのに、そのうえ味方と争うなんてやってられない。
ライザとエドモンド少尉がハイペリオンを連行する。ハイペリオンが暴れださないだろうか、と、リナはハイペリオンにビームライフルを向けながら様子を見守る。

「う、くっ……」

そのハイペリオンのコクピット。
カナードはなんとかダメージから立ち直り、頭に降りかかった部品を、ぱっぱと払い落し、眠気を振り払うかのように顔を振る。
まさかハイペリオンに乗った自分が、これほどまでに追い詰められるとは思わなかった。
ハイペリオンの性能の高さは、ザフトとの戦闘によって証明していたし、自分自身の能力に自信を持っていた。
それをキラとストライクによって傷つけられた。この俺が。最強のコーディネイターのこの俺が!

「……してやる……」

怨嗟の声がカナードの口から漏れる。口元が歯噛みによって歪み、操縦桿を握りなおす手には血管が浮いた。

「殺してやる……殺してやるぞ、キラ・ヤマト!!」

引き裂かれた装甲の隙間から見えるストライクを、その装甲越しのキラ・ヤマトの姿を凄絶な表情で睨み据える。
全身を焼き尽くすような殺意。頭の中で、キラをありとあらゆる残虐な方法で殺傷する場面を想像する。
どんな手段を使ってでも、キラ・ヤマトを殺す。もう地球軍だのザフトだのはどうでもいい!
殺意に身を任せ、コンソールのキーを素早く操作。バックパックの二対の砲塔が持ち上がり、前方に展開。

「何っ……? キャノン!?」

そのハイペリオンの動きに対し、リナとキラが警戒する。
しかし、実際には違った。砲塔らしきアームの先端装甲が開き、砲門とは違う三角形のアンテナのようなものを露出させる。

「てめえ、妙な真似するんじゃねえぞ!」
「!? 二人とも! 離れて!」

ライザがそのハイペリオンの動きに、ビームライフルを向けてけん制しようとする。リナは、嫌な予感を感じて、ライザとエドモンドに警告を発する。
しかし、遅かった。
ハイペリオンと二機のストライクダガーの周囲の空間に、多角形の光の格子が編み出される。
その格子に半透明の光の壁が張り合わされる。その光の壁は、まるでシャボン玉のようにゆらゆらと極彩色を放っていた。
見たことがある。
あれは、アルテミスの傘――アルミューレ・リュミエール!

「な、なんだ、こりゃ……」「中尉、これは……!?」

中でライザとエドモンド少尉が、突然空中に展開された謎の光に、戸惑っていた。
大西洋連邦の軍人といえど、ユーラシアお得意のバリアは外から見ればわかるのだろうが、中から見るのは初めてだ。
それに、この大きさのMSがアルミューレ・リュミエールを展開できるなど想像の外だったのだ。

〔いつまでも掴んでんじゃねえ、雑魚がっ!!〕

ハイペリオンが、鬱陶しげに二機を殴り飛ばす!
躊躇していた二人は、ハイペリオンのパワーに踏ん張ることもできずに機体が後ろに下がり、その背は光波防御帯に、押される。
バックパックが、触れた瞬間――


バチィィィンッ!!


「ぎゃああぁぁぁ!!!」「ぐあああぁぁぁ!!!」

何の対処も施されていないストライクダガーの隙間という隙間が電光を迸らせ、炎上し、あちこちで小規模な爆発を起こす!

「ら……」

リナは、見てしまった。
ライザの機体が黒こげになり、白煙を噴き上げ、コクピットのハッチが弾ける瞬間を。糸が切れた人形のように、倒れ伏す機体を。
目を見開く。全身から血の気が引く。脱力する。吐き気すら覚える。

ライザが高電圧に焼かれ、黒焦げになる姿を幻視した。



「ライザあああぁぁぁぁぁ!!!!」

リナの絹を切り裂くような悲鳴が、密林に響く。



[36981] PHASE 32 「二人の青春」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/06/14 20:02
C.E.65の夏。

その頃世間ではプラントがザフトを結成したり、ブルーコスモスの、コーディネイターに対するテロ行為が活発になったりと、この地球圏が徐々に不穏な空気に満たされていた。
おかげで、教官の喋り口調がやたらと右翼的になっていく。コーディネイターは怠け者だの、反抗的だの。聞いていてウンザリする。
そして教官からの視線が痛い。……この教官も、口には出さないものの自分のことをコーディネイターだと思っているらしい。
最初から程々に手を抜いていれば、コーディネイターと勘違いされることもないんだけど、ガンダムのパイロットを目指している自分としては、これは譲れない。

この世界に生まれた理由は、ガンダムに乗って無双することなんだと思っている。神様がそう定めたに違いない。
でなければ、こんなチートボディーを与えられた意味がわからない。キラってやつは、ゲーム内でもかなり優秀なキャラとして描かれているから、研鑽を怠っていては奴にガンダムの席を奪われる。
だから、座学の講義で自分が座る席は最前列だ。この席順も、親父のコネを使った。
もっとも、このコネを使ったことによる他の候補生からの批判はない。むしろ喜んで譲られた。そして珍しがられた。わざわざ教官に目をつけられるような席に座るなんてと。

俺からしてみれば、命にかかわる軍人の勉強を怠ける奴のほうがどうかしている。
怠けてたらメビウスだぞ? ストライクダガーだぞ? 下手したら戦車や戦闘機だぞ? そんな低コストのやられ役になってもいいのか?
俺は嫌だ。
ガンダムに乗って戦場で無双して、最後まで生き残りたい。幽閉はされたくないけど。
でもガンダムに――主人公機にあこがれるのは男の子の浪漫ってやつなのだ。今女の子だけど。


そして、やたら右翼的な喋り方をする教官の講義がようやく終わる。投射物の物理運動とかロケット飛翔体の航空物理学とか数学的な講義なのに、やたらとザフトについての雑談が混じった。
教官代えたほうがいいだろ、と胸中で呆れながらも、教材をまとめて鞄の中に放り込む。部屋に帰ったら、今日のおさらいをやっとかないとな……。

「よぉ、シエル。ちっと付き合えよ」

教官の教え方の悪さにうんざりとしつつ立ち上ると、ライザの誘いの声がかけられる。彼の席は後ろ斜めだ。
最前列の席のため、出入り口からは近く、そこにゾロゾロと人が集中している。
他の人に聞こえたんじゃないかな、とリナは要らない心配をしながらも、ライザの言葉と仕草を吟味する。
顎で指示するあたりがライザらしい。クス、と笑みを漏らして振り返り、視線を流した。

「ボク、君はちょっとタイプじゃないかなぁ」
「……いいから来い」

しれっとした口調の答えに眉間にシワを寄せるライザに、ジョークが通用しない奴、と唇を尖らせながらも素直に、いいよ、と頷いた。
もう日暮れも近い。常夜灯がポツポツと点灯し、床を冷たく照らす時間だ。候補生達の気配は遠く過ぎ去り、廊下には俺とライザの足音しかしない。
この軍学校はアメリカの西部にある。セミやヒグラシの鳴き声がしない夏というのも随分と風流の無いものだと思う。
早く寮に帰って、恒例のベッド大嵐(先輩方の嫌がらせで、朝直しておいたシーツなどの寝具が無残に乱れる現象)を直したいんだけど、班長の彼には従っておこう。

「取り巻きはどうした?」
「女を誘うのに、大勢で囲む奴があるかよ」
「……そうだね」

本当は色っぽい誘いでも何でもないくせに、こだわるなぁ。別に紳士的とか思わないぞ。
一つの棟を通り過ぎ、何故かボクシングコートのあるCQB実践訓練場に連れて行かれた。
ひんやりとした空気が漂っていて、見えるもの全てが紺色に見える薄暗い場所。すぐにライザが電灯のスイッチを入れ、色を取り戻した。
今は誰も使っていない。というか使ってはいけないのだが、何故かライザは鍵を持っていて悠々と中に入ってしまった。

「なんで鍵持ってんの?」
「てめえの親父殿に談判したら、快諾してくれたぜ」
「は……?」

あの親父、娘売ったのか!?
あんぐり、開いた口がふさがらない。どういう内容を談判して、どういう意図で快諾したんだ? 
確かにライザも軍人家系で親父はこいつの家と仲良しでも不思議じゃないけど、あの親父、まさか娘の俺を政略けっ、けっ……

「ていうかなんで脱ぐ!?」
「あ? 着たままヤるつもりか? てめえも脱げよ」

まてまてまてまて。当然のような顔をするな。上着を脱いだせいでライザの逞しい体つきが、ぴっちりとしたシャツの上から良く見えてしまう。
うわ、ライザって鍛えてるな……上腕二頭筋に何か詰め物してるみたいだ。首なんて、ボクのウェストくらいあるんじゃないだろうか。

「って、そうじゃない! ボクに脱げって、それって……こ、こんなところで……そうだとしても、早すぎるし……」
「? いいからヤるぞ。ここまで来てビビってんじゃねぇ。いいからこれ着けろ」
「つ、着けろ、って、ライザが着けるんじゃなくて!? そんな、女の子用のなんて用意よすぎ……ん?」

手元に放り投げられたのは、家族計画的なアレじゃなくて……バンデージと関節パット?
キョトンとしながらライザを見ると、脱いだのは上着だけで、拳にバンデージを巻き、膝と肘にパットを付けていた。
なにこれ。迫られていたと思ったら、いつの間にか格闘の準備をさせられてる。事態が掴めません。

「……どゆこと?」
「まだわかんねぇのか。同期首位のシエルサマに、CQBをご教授願おうってコトだよ。てめえの親父も承認してる。イヤとは言わねぇよな?」
「そ、そういうこと……」

弱弱しく納得してみせるのが精いっぱいで、へな、と思わず脱力。
脱げだのヤるだの、紛らわしい単語が多すぎる。いかん、自意識過剰だ。だいたい精神的には男同士だ、キモい。
しかしまあ、あのプライドの高いライザが教えてくれだなんて、殊勝なことを言うようになったものだ。
教官にすら助けを求めない彼が、まさか同期で、かつ見た目が幼い自分に言えるようになったのは成長したってことかな?
とりあえず、大人しく自分も上着を脱いでライザと同じように準備。リングに上がると、ロープを掴んで体を伸ばし、軽く関節を温める。

……なんだか、妙に緊張する。ライザと訓練するのは初めてじゃないけど、あの時は衆目環視の中だったし。
今の訓練場は外の風鳴りも聞こえてくるくらい静かで、この学校には自分達二人しかいないんじゃないかと思うくらいだ。
でもライザも容易い相手じゃないし、ちゃんと集中していかないといけない。さてさて、そろそろライザも上がって――!?

「わぁっ!?」

振り向いた瞬間、顔の横を拳が掠めた! 咄嗟に頭を逸らしたけど、もし避けそこなっていたら、鼻と唇の間に命中していた!
いきなり人体急所への正拳突き!? 驚いて目をむいて、その拳の主であるライザに、

「は、はじめの合図も無いのにいきなりやってきたな!?」

非難の声を浴びせるも、そのライザの表情は冷酷な無表情を、貫いていた。

「何甘えたことぬかしてやがんだ。実戦に合図もクソもあるかよ」

表情と同じようにフラットな口調は、凄惨な怒りと冷たい響きを伴っていた。
なんで……なんでこんな表情ができる? こんな声を出せる? あの最初に会った時よりもはるかに凶暴な光を持った目で睨んでくる!?

「ら、ライザ……? くっ!」

不安と驚きの表情を浮かべているこちらに、ライザは何の躊躇も無く畳み掛けてくる。
続いて伸びてくる手を払う。何が起こったのかわからず、振るわれる脚を肩と腕でガードして、小刻みに突き出されるジャブを受け止める。
一つずつ処理しているようだが、全て同時処理だ。それくらいにライザの攻撃は的確で素早く、鋭い。
左右のジャブのフェイントをかけてきた。目の動き、ジャブとの筋肉の揺れの違いに気付き、フェイントの左が引っ込むのに合わせて、体を素早く差し込む!

「!?」

ライザの驚愕する表情が見えた。まさかフェイントの左に合わせて来るとは思わなかったのだ。
まるで自分から突っ込んでしまったのかと錯覚しそうなほどの、超反応。ライザはもうすでに本命の右を出してしまい、体が慣性で泳ぐ。
来る。ライザは確信していたが、それはコンマ数秒。伸びきった体はライザの意志を無視して硬直。

「げっ!!」

ライザの分厚い鳩尾に、リナのとがった肘が突き刺さる。
いくらリナが体格に見合わぬ怪力の持ち主とはいえ、ライザほど鍛えられた肉体に拳打は効きづらい。
しかし筋肉の継ぎ目である鳩尾に肘が極まれば、横隔膜が麻痺。酸素欠乏により、一瞬意識が飛ぶ。
その隙を狙い、リナはライザに背を向けるようにして体を捻り、鎖骨をライザの胸の下に押し当て、

「――ッハ!!」

ダァンッ!!
空気砲のように息を吐き出すのと、ライザの股の真下に震脚を刻むのは同時。
絞り込んだ力と踏み出した力をライザの肉体に叩き込むと、彼我の質量の差をものともせず、ライザの体を、まるでリニアカタパルトに乗ったメビウスのように弾き飛ばした。
ライザは喉から声を絞り出し、うめきながら悶える。それを見て少しやりすぎたか? と思ったが、まず叱咤の声を浴びせた。

「ライザ! 自分から教えてくれって言っておいて、不意打ちはないだろっ?」
「ぅ……るせぇ……教えてなんて……誰が頼むかよ、ガキによぉ」

苦しそうにしていたライザが、体を折りながら立ち上がる。さすがに鍛えているだけあって、回復が早い。
ライザの屈強な体から、闘志が立ち上るような気がした。……まだ来る! ライザの姿が膨らむ。そう錯覚するような突進。
リナは呼吸を鎮め、迎え撃つ。ボクシングスタイルで打ち込んでくる。それを受ける、いなす。ライザの手首をつかみ取り、二の腕を外に押し込みながら足払い!
ドゥッ! ライザの胸がしたたかにリングの床に打ちすえられる。

「がっ……!」

すれ違う形で、リナが立っていた場所にライザがうつ伏せに倒れ込み、ライザが立っていた場所にリナが立つ。
ライザの口から呼吸が絞り出される音が鳴る。受け身を取れないように転倒させたため、横隔膜を痛打し、ライザは一瞬呼吸困難になって悶絶した。

「そっちがその気なら、俺だって容赦しないからなっ! ライザ、立てよ!」

もう、完全に頭に血が上った。
あの高慢で、何かにつけて突っかかってくるライザが珍しく教えて欲しいって言うから、夕食前の大嵐を直す時間を潰して付き合ってるのに、不意打ちしてくるうえにその態度!
こうなったら、どっちが上かここでハッキリと白黒つけてやる。その鼻っ柱たたき折ってやるからな!

「……そういうのが気に食わねぇってんだよ、アマぁ!!」

ライザが突進してくる。負けじとリナも拳で迎え撃つ。
ライザはテクニックでは勝ち目がないと分かったからか、体格差を生かしたレスリングスタイルで突進をかけてくる。
リナはそんな真っ直ぐな動きのライザをスピードで翻弄しつつ、小柄ながらも鋭い拳と蹴りで応酬。しかしライザも屈強に鍛えられているため、すぐには倒れない。

「うあっ!」
「ぐふぉっ!!」

リナがライザの岩のような大きな拳を避け損ね、肩に受ける。ライザはリナの小石のように小さな拳に反応できず胸に受ける。
弾かれるように両者距離を開ける。ライザは息があがり、リナは肩に受けた拳に、いててと小さく呟いた。
両者とも同じく一撃を交換し合ったように見えるが、やはり反応できたが避け切れなかったリナと、反応すらできなかったライザでは内容が違った。
ライザは実力の違いを思い知るが、負けず嫌いゆえにおくびにも出さない。

しかし、それ故に引くこともしない。
性格もある。しかし別の意味でライザにとって、この少女の「ある部分」が絶対に許容できない。

「気に入らねぇんだよ……」
「ボクが子供だからか? そんなつまらないプライドで、ボクにこんな――」


「生まれつきの力だけで、俺の上に立ってるってのが気に入らねぇんだよ!!!」


「なっ……」

絶句し、目を見開くリナに構わず、満身創痍の身体を構えるライザ。
向かってくる。もうそのパンチのスピードは、最初ほどではない。しかしライザの咆哮に隙が生まれたリナは、二発、胸とお腹に拳を受ける。

「あっ! ぐっ……」
「俺はなァ、ベッケンバウアー家の長男だ。先頭に立たなきゃいけねぇんだ……。俺はな、周りの期待に応えるために、どこの誰よりもテメエを磨いてきた自負があるんだよ……。
それをテメエが! テメエみてぇな、楽して力を手に入れた奴が! 土足で踏み込んできやがって!! コーディネイターが!!」

……コーディネイター……!?

「お前に俺の気持ちが分かるかよ! 必死に積み上げてきたものを、コーディネイターだからって楽々その上に乗っかってきやがって!
出て行きやがれ! コーディネイターならプラントに行けってんだよ!」

そう訴えながら殴りかかってくるライザは、まるで泣いている子供のようで。
彼の表情は、泣いているのか、怒っているのか判断しかねる表情で……激情にひきつらせていた。
もうライザの身体は、リナの度重なる攻撃により満身創痍になっていた。筋肉の節々が痛み、膝が笑い、疲労によって拳に力を込められない。
さっきから受けているパンチも、痛いことは痛いが跡も残らなさそうな、弱々しいものだ。
しかし、リナはライザに劣らぬ激情を噴出させ――

ぱちぃんっ!!

「――!!?」
「もう一度言ってみろよ……」

リナの声も、平手も震える。
予想外の痛み。頬が熱くなる痛みに不意を突かれ、固まり、驚きに目を見開くライザ。
いつもリナの攻撃は、拳か蹴りだった。それが平手。いわゆる女性的打撃。
リナは端整で、髪も長く、男らしい要素を持たない少女らしい少女なのだが、その言動や仕草で、つい男扱いしていた。
だからライザにとって、平手打ちは不意打ちも不意打ちだった。平手打ちを女性から受けたことのある男性諸君はお分かりになるだろう。平手打ちは、痛みよりも精神的ダメージの方が大きいのだ。
その不意打ちの精神的ダメージは、激昂させていたライザを数瞬鎮火させた。

「なっ……お前、「黙れ!!」

動揺の声を漏らすライザを怒鳴り声で遮る。
その声量と甲高さに気圧されて、思わずライザは黙り込んでしまう。

「ボクが……楽々だって? ボクのこと、何も知らないくせに……!! ボクが何もしないで、誰からもプレッシャーをかけられないで、ここまで来れたなんて絶対に言わせないんだよ!!」

ライザが黙り込んだことで、リナの噴火は抑えがきかなくなる。

「名門ってだけでミエ張ってる奴に! 何がわかるんだ! 家の名前を上げたいなら、学校じゃなく戦場でやれ!
ボクは違うんだよ! 家なんて関係ないっ……ボクは死にたくないからやってんだ! だから必死にやってるのに、お前は、お前たちは!! ボクの邪魔ばっかりして!! ゴッコ遊びならおウチでやれ!!」

村八分され。罵られ。無視され。
鬱屈し、凝縮されたストレスが喉から塊となって吐き出される。
ライザだけが悪いわけではないのに。ライザに八つ当たりしている。それを自覚している。彼なんてまともにぶつかってくるだけマシなのに。

またライザの腹に拳を打ち込む。ごふっ、と、肺から濁った音を漏らした。肋骨が折れたのかもしれない。
ビクッ、と小さな肩が震える。
やってしまった。人を傷つけた恐怖に、リナの大きな瞳から大粒の涙が、ぽろ、ぽろ、と溢れていく。ボクは、ここまでするつもりは、なかったのに。

「……お前らのなかよしこよしのお遊戯ゴッコに、ボクを巻き込むな!! 群れないと何もできないクセに!!
コーディネイターだ? ナチュラルだ? そうやって区別してる時点で、お前らは劣等感の塊なんだよ!! そんなお前らに、真剣にやってるボクを笑う資格なんて無い!!
嫉妬で他人を傷つけることしかできないバカに、これ以上付き合ってらんないんだ!! わかったら、これ以上ボクに関わるな!!!」

お願いだから、向かってこないでくれ。味方同士で痛い目を見るのも、見せられるのも、イヤなんだ。
ボクのことは”腫れ物扱い”で、よかったのに――なんで、放っておいてくれないんだ。
その思いを。訴えを。願いを。鉄の塊にしてぶつける。

「……そうか、それがお前の本音か」

その塊が効いたのか。……胸を押さえながら、先ほどの激昂とは打って変わって、低い唸り声のような声を漏らすライザ。
もう何度も打撃を受けて、満身創痍のはずなのに。膝も震えて満足に構えもとれないはずなのに。彼の声には、妙な凄味があった。

「……!!」
「お前が……なるほどな、そこそこ努力したってことは、認めてやる……。俺をここまでボコれるなんて、ただすばしっこいだけじゃあ……無理だからな。げほっ、ベッ!
……! だけどなぁ。生意気なんだよ! 気に入らねぇんだよ! ガキのなりして、必死こいて大人ぶってよ……ガキならガキらしく、ハナ垂れながらママのおっぱい吸ってろよ!」

血反吐を吐き捨てながら、リナの拳をガードし、また振るう。ライザにとって許せないこと。それは、女子供が戦場に出てくることだ。
女性蔑視と言えばそれまでだが、純粋に男としてのプライドであり、優しさの本質でもあった。
傷つくのは、手を汚すのは男だけでいい。男はいくら傷を負っても、傷痕ができたとしても、それは男にとって、家族を守ったこと、守りたい者を守るために戦ったという誇りになる。死も同様。覚悟はしている。
しかし女性が傷を負い、傷痕を残せば、それは単なる「汚点」だ。女性らしい白い肌を損なうし、それは男にとっても汚点となる。男が守れなかったという汚点に。


「ボクだって好きで、こんな身体で生まれてきたわけじゃない!!」

だがリナには、そんなことは関係なかった。
自分だって、男のほうが良かった。背が高くスラッとしたほうが良かったに決まっている。
美幼女に生まれてよかった? 確かに最初はそう思ったけど、いつまでも幼女なんて不便のほうが先に立つに決まってる。

「そうやって生まれのせいにするところが、ガキなんだよ!!」
「お前が言うなぁっ!!」

その後の口論は不毛なものへと発展していく。
二人共、考えるよりも先に手が出ていた。殴り、殴られ、蹴り、蹴られ。
二人の喧嘩は、消灯時間が過ぎ、部屋点呼がかかって二人の不在に気付いた教官が探しに来るまで続いた。

この日から、二人は目に見えて競い争うようになった。
二人共、別に示し合わせたわけでもないのに”相手のステージで勝ちに行く”という負けず嫌いを発揮させる。
リナは、重量級のライザの得意とするウェイトリフティングでライザに対抗し、ライザは、リナの得意とする射撃実習で対抗する。
だが、どうしても互角にはならない。
二人の技能の才能――いわゆる『スキル』は互角であろう。しかし、リナが先天的に持ち合わせている超人的な身体能力は、ライザの身体能力を遥かに上をいくのだ。
体力と回復速度が違えば、一日に積み重ねることができる訓練量もはっきりと差が出る。身体能力で負け、更に同じように限界まで鍛錬を積み重ねるならば、追いつくことができない絶対的な差が生まれてしまうのだ。

しかしライザは、それをおくびにも出さない。

「次は負けねえんだよ!」

お決まりでそう言い捨て、ライザは更に訓練を重ねる。

「次も返り討ちにしてやる!」

リナもそのライザの背に言い放ち、負けじと訓練を己に課す。
互いに敵意をむき出しにするが、いつか二人は敵同士ではなく、別の感情のもとに張り合うようになっていた。
すなわち、ライバル。
リナにとって、初めてそう認め合える相手。彼と対決した後、負の感情以外で戦っていることに気付く。
気負いなく張り合えるのだ。ライザとは。
訓練場での激しい口論と喧嘩で生まれた溝も、そうした関係を続けていく間に少しずつ埋まっていった。

リナにとって、ライザの存在は救いだった。
たとえ表面上はいがみあっていても。顔を合わせるたびに罵り合っても。
この世界で、シエル家以外ではじめて出来た人とのつながりだった。
ライザだけではないが、士官学校の三年間、リナの心が摩耗しきらずに済んだのは、ライザとの競争があったからだと言っても過言ではない。

士官学校を卒業して。
ライザと戦場で再会できたら。きっと彼と仲良くやっていこう。そう願ってビクトリア基地で再会を果たせたのだけれど、

その思いは果たせなかった。

ライザがちょっかいをかけてくる。からかってくる。……自分も照れ臭くて、言葉と態度に出せない。




言いたかった。



君がいたから、士官学校をがんばれた。




その言葉は、永遠に君に……届かないの?





ストライクダガーが、ライザが、燃える。

機体が発する稲光が、ライザを遠くにいかせてしまう。

君はそうやって、ボクの手の届かないところに行ってしまうのか?


「ライ……ザ……」

ハイペリオンのアルミューレ・リュミエールが光を消し、ビームナイフを抜き放つと、ストライクに向かってジグザグ走行しながら突撃を仕掛ける。
バヂッ、と一度表面装甲に電気が走り、無言のまま、まるで糸がきれた人形のように倒れ伏す、ライザとエドモンドの機体。
パイロットの無事は確認できない。ライザはどうなった? 確かめようと通信を何度も試みるけれども、二機とも通信途絶状態だ。

「……!!」

苛立ったリナは、戦闘中だということも忘れて機体を屈ませ、コクピットハッチを開けて外に飛び出る。
オートメーションで屈む挙動をするとはいえ、まだ十分に姿勢が下がっていない状態でも、構わずに飛び降りた。
高さ六m。普通の人間なら骨折してもおかしくないが、リナは身軽に着地すると、そのままライザの乗るストライクダガーのコクピットに向かって走る。
ドバッ! と、至近弾が弾け、土砂が地面から噴き上がった。爆風が身体を突き飛ばす!

「くぅっ……!!」

そこで、ようやく今ここが戦場だということを思い出した。
でもそれよりも。機甲部隊同士の砲弾の応酬ならば、早々こっちに弾は飛んでこないだろうと決めつけ、構わずにライザの機体に駆け寄る。
近くまで寄ると、どれほどの強力な力がストライクダガーを駆け抜けたのか、思い知らされた。
二機の表面装甲は薄く焦げ、装甲塗料が溶けてはげ落ちている。電子機器に使われている非金属素材が溶け、装甲の隙間から染み出て草原に落ちる。
まるで腐乱死体のようだ。その連想をして、ゾッと背筋が寒くなる。
ストライクダガーと、ライザの姿が重なってしまった。

「らいざ、ライザ……!! 開けろ、ライザ!!」

ごんっ、ごんっ。コクピット部分の装甲を叩くが、返事がない。当然なのだが、気が動転していてそれが思いつかない。
一瞬後、脚部のつま先にハッチ強制開放のキーがあるのを思い出してそれを叩く。が、それでもハッチは作動しない。
完全に電子機器が死んでいる。緊急脱出装置も試してみたかったが、あれはパイロットが無傷でなければ危険だ。もしライザが瀕死の重傷を負っていたら、緊急脱出の衝撃でトドメを刺してしまう可能性がある。
考えたくない。でも、どうしてもライザの死が頭にチラつく。

「……!!」

今もストライクと撃ち合い切り結んでいるハイペリオンを、憎悪の籠った瞳で見上げる。
悪魔の機体。不幸の使い。お前がいたから、ライザがこんな目にあった。
頭の中がヒリヒリと焼ける。万の罵言と鉛のような殺意がこみあげてくる。

よくも。よくも、よくもよくも……!!!

ボクから大事なものを奪ったな!!!!!



「なんで……こんなことを!!」
「お前が消えたら、いつでもやめてやるよ! 大人しく死にやがれ!」
「誰が! 暴力を振りまくだけのお前に、やられるわけにはいかない!」
「上等だ!! この手でブッ殺して、俺が最強のスーパーコーディネイターになってやる!!」

アルミューレ・リュミエールを展開したハイペリオンに、キラのストライクは決定打を見いだせないでいた。
キラはアークエンジェルに射出させたソードストライク装備でハイペリオンと対峙しているが、シュベルトゲベールでも、アルミューレ・リュミエールを突破するのは難しいようだ。

エネルギー切れを待つしかない。そう判断したキラは、イーゲルシュテルンで牽制しつつマイダスメッサーを使い、ハイペリオンの動きを制限する。
シュベルトゲベールはバッテリーの消費が激しい。できればフェイズシフトも落として消費をさらに抑えたいところだけれど、敵はハイペリオンだけじゃない。
今もザフトは攻撃してきている。たまにジンや戦闘ヘリ”アジャイル”が飛来してきては、攻撃をしかけてくる。
”アジャイル”のロケット弾掃射を避ける。ハイペリオンにもロケット弾の一部が飛んでいったが、展開するアルミューレ・リュミエールに阻まれ、”アジャイル”は逆にイーゲルシュテルンで撃墜された。

「くそっ! 邪魔するな!!」

ハイペリオンが放ったビームを逃れた先に、ジンがいた。相手も、木々の間から突然白いG兵器が姿を現したから、驚いたのだろう。
咄嗟に重斬刀を抜き放ち、切りかかってきたところを逆に手首を掴み、ひねり上げて、手首ごと重斬刀をもぎ取る!

「ぐおおぉ!! な、なんてパワーだ!」
「悪いけど! ……くっ!?」

ジンのパイロットはG兵器のパワーに驚き、もぎ取られる力に体勢を崩されてボディが泳ぐ。
なんとか転倒しないよう踏みとどまるが、その背をハイペリオンが放つビームに撃ち抜かれて爆散する。
キラは、リナから教えてもらったCQBの動きをMSに応用してジンから重斬刀を奪い取り、その重斬刀を左手に構える。
……これでも、アルミューレ・リュミエールを突破するなど論外だろう。
だがシュベルトゲベールと合わせれば、なんらかの突破口になるかもしれない。フェイズシフトでも、刺突ならば貫けるのだから。
まるで宮本武蔵になったような気分で、二刀流の構えをとった。

「やれるのか、これで……でも、やるしか!」
「そんなナマクラで、俺に――ぐおおぉ!!?」
「!?」

重斬刀ごとストライクを切り裂いてやろうと、ハイペリオンが飛び込むが……その右肩から、ビームサーベルの刃が生えた。
カナードには、何が起こったのかわからなかった。しかし、キラには見えていた。
リナのストライクダガーが木々を縫うように突撃し、その肩にビームサーベルを突き出したのだ。
キラを倒す執念に駆られたカナードは、うしろから急速に迫ったリナ機に反応することができなかった。

「許さない……」
「て、めえ……!」

震える声がバイザーを押す。操縦桿を握る手が震える。
味方のはずのライザを。個人的な恨みで、エゴで、殺した。

「ライザが……お前に何をした? ライザは何も悪くないのに……お前は、お前は……」
「雑魚が、このハイペリオンに傷を……!!」

そうか。
その機体がそんなに大事か。


ライザをあんな風にしたのも、機体に触られたからか。そうか。


そんなくだらないことで。


頭の中で、ふつ、と何かが切れたような気がした。
心に燃える黒い炎は爆炎へと変わる。

それは、一筋に圧縮された鋭い殺意。




「もう死ねよ……」





リナの世界が、変わる。



[36981] PHASE 33 「目覚め」
Name: menou◆6932945b ID:bead9296
Date: 2014/06/30 21:43
「ん……?」
「どうされましたか、クルーゼ隊長」

オーストラリア北方、カーペンタリア基地の作戦会議室。
インド方面に存在する連合軍基地の攻略作戦を戦術士官達と会議を行っていたクルーゼが、突然の違和感に襲われて、眉間を押さえた。
地上での副官である黒服のザフト軍人が、そのクルーゼの様子に気遣う声をかける。
その声に応じることなく、クルーゼは頭の奥から響いてくる違和感に疑問を覚えた。

(なんだ、この感覚は……。まるでムウを感じた時のようだが?)

似通った遺伝子を共有する者とだけ通じ合うことができる、シンパシー。
フラガ家の血筋の者だけが有する特殊な能力である。これを感じる時は、あの己のオリジナルであるアル・ダ・フラガの実子、ムウ・ラ・フラガが近くに来た時にしか感じることができないはず。
いや、この感触は確かにシンパシーに似ているが、もっと……遠くから押し寄せてくる津波のような、巨大なプレッシャーだ。
ムウからは感じたことがない、この違和感。奴以外の誰かが放っているようだが……誰だ?

「……失礼。少し、気分が優れない。席を外させてもらう」
「では、上陸作戦の立案は」
「ワイルダー殿の案を支持する」
「ハッ」

重要事項の提案だけを告げて、このプレッシャーの源を探るべく作戦会議室を後にする。
自室である執務室に向かって歩きながら、プレッシャーの種類を吟味する。
少なくとも発生源は近くには居ない。ある一定方向から感じるものではなく、その形もあやふやだ。
しかし強大な力だ。これほどのプレッシャーは、あのムウ・ラ・フラガですら発したことはない。

「このざらっとした感触……気に入らんな」

苛立たしげに呟く。
無方向、無目的な敵意。女のヒステリックな怒声を聞いているかのようだ。
しかし距離があるからか、別の要因があるのかはわからないが、発生源の位置や人物はわからない。それが歯がゆい。
長時間このプレッシャーを浴びていると、また発作が起こりそうだ。薬を飲んで落ち着かねば、と、己の執務室に向かって足早に歩き始めた。


「っ、嬢ちゃん?」

艦内のレストルームで休憩していたムウも、一瞬頭痛を覚えて、リナがいる方向に思わず目を向ける。
声なき声、形の無い意識が頭の中を貫いたような気がした。
まるでクルーゼを感知した時と同じように、互いの波長が意思を捉えたのだ。
だが奴の時のような、鋭い殺意ではない。この湿った温かい感覚は……。

「泣いているのか? 誰かが死んだのか……?」

彼女が嗚咽を漏らしている。その吐息が聞こえた。
誰の名前を呼んでいる? 水の中から喋っているように、声があやふやで形を成さない。
だが、彼女が危機に陥っているのは間違いない。早く出撃しなければ。こんな悲しみの意思を拡げる少女を放っておいてはいけないのに。

「こんな時に、俺って奴はさ……!」

焦燥が募り、頭部が半壊した自機を見上げて、苛立ちに歯噛みする。




「……っ」

同時刻。同じカーペンタリア基地。
新しく届いた愛機の調整を格納庫内で行っていたフィフスは、コクピット内でがくんと頭を垂れて、頭を抱える。

「どうした? フィフス」

その異変に気付き、チェックシートを手に調整を補助していたマカリが、彼女の異変に気付いて声をかける。
当のフィフスは小さく震えながら頭を抱えて縮こまっている。尋常ならざる彼女の異変に、マカリはコクピットに身体を潜り込ませ、フィフスの小さな体を抱きかかえた。
フィフスの身体は軽い。平均的な十三歳くらいの体型だが、体重は四十kgを割っている。ザフト入隊時に、それが理由で落とされそうになったこともあるくらいだ。

ゆっくりと顔を上げて、マカリの顔を見上げる。

「リナちゃんの声が、聞こえた」
「……始まったか」

フィフスの表情を見、声を聞いて、とりあえず身体への異常が無かったことがわかると、そっと地面に下ろした。
ついに、この時が来たようだ。マカリは表情を硬くする。
これで奴は計画を次の段階へ進める。自分の中では、リナが覚醒するのはもっと後の予定だったのだ。
フィフスを、無事に目的の人間に会わせてから覚醒を促すつもりだったが、どうやら予定外の窮地に立っているようだ。
自分の行動が、奴の計画の進行に追いついていない。それを自覚し、焦りを覚える。

「これから忙しくなる。あいつが目覚めたなら、もうゆっくりしていられない。
……奴に連絡をとろう。もう気付いているだろうが……何か指示があるはずだ。フィフスは前もって準備を進めておいてくれ」
「わかった」

マカリは、フィフスの返答を聞いて頷く。そして、その表情と声に、また憂鬱になる。
彼女の表情は、恐ろしいほどの無表情。ごく平坦な声になっていた。フィフスは再びコクピットに潜りこむと、調整を再開する。
整備用のインターフェースのキーを叩く指の動きは、フィフスが異常を訴える前の三倍近く速く、正確だ。
自分も仕事に戻りチェックシートに視線とペン先を落としながら、呟く。

「あいつの様子が、そうなのか……実際に見るのは初めてだな。この機体を手に入れてすぐなんて、まるで測ったかのような……」

チェックシートのタイトルには、こう書かれていた。





”ZGMF-X10A フリーダム”






- - - - - - - - - - - -



ビームサーベルの鉄をも蒸発させる高熱が、ハイペリオンの機体を灼く。
装甲が融解し、周辺の電子機器をショートさせ、ビームサーベルが貫いた左肩から先が完全に機能停止する。
おまけにランドセルに搭載している左側のアルミューレ・リュミエール発振機は、”フォルファントリー”ごと高熱の干渉で故障、少なくともこの戦闘中は使用不能に陥った。
ハイペリオンのコクピットを照らしているコンソール画面に、次々とレッドアラートが表示される。
カナードは屈辱と怒りに燃えた。背後からとはいえ、たかが雑魚の機体がハイペリオンに傷をつけるとは!

「絶対に許さねぇ!!」

怒りの炎を口から吐き出しそうなほどに吼え猛り、ビームナイフを輝かせて振り向きざまに水平に振るう!
ストライクダガーの首を飛ばす太刀筋だったが、その光の刃は届かずストライクダガーのゴーグルの目の前を、残光を曳いただけに終わる。

「くっ……出力が弱まったか!」

確かに、フォルファントリーやザスタバ・スティグマトを乱射しすぎた。ビームナイフの刀身が多少短くなっていてもおかしくない。
ならばもっと踏み込む。ストライクダガーはそれに対し、一歩も引かない。

「……それがどうした」

リナは低い声で呟く。
ハイペリオンの動きは速い。キラが操るストライクに優るとも劣らないスピードだ。
しかし今のリナには、見える。
生身のリナの動きと比べれば遥かに鈍重だ。ハイペリオンの予備動作とほぼ同時に反応し、まるで工場の精密機械のような、操縦桿とフットペダルを目にもとまらぬ速度、正確さで動かす。
コンマ秒遅れてストライクダガーが追従し、もう一本のビームサーベルを引き抜くと、ギリギリでハイペリオンのビームナイフの下をくぐり抜ける!

「速い!?」
「何っ!?」

キラとカナードは驚愕の声を挙げている間に刃の下に潜りこむと、右手に握ったビームサーベルでハイペリオンの胴にビームサーベルを水平に振るう!
しかしカナードもこれに反応。性能差にものを言わせて、ストライクダガーの振るう腕よりも速く、ワルツのステップのように身体を半回転させてビームサーベルの刃の長さから逃れる。

「うおぉっ!?」

それでもやはり間合いが間合い。完全に逃れきることはできず、ビームサーベルの先端がコクピットを掠め、コクピット内がビームで眩く照らされる。
ストライクにコクピットハッチを切り裂かれて自身が無防備だったのと、それに加えてヘルメットを被っていないため、ビームサーベルが近くを通るだけでも致命的だ。
だがコクピットハッチが予め切り裂かれたことは、不運でもあり、幸運でもあった。
もしハッチが無事だったなら、それを切り裂かれた際にビーム片と溶解した金属が飛び散り、ヘルメットをしていないカナードはひとたまりもなかった。

「調子に乗るな、雑魚が!」

ビームサーベルの閃光に網膜を焼かれながらも、ストライクダガーに向かって正確に照準を向けるとビームマシンガンのトリガーを引く。
リナはその攻撃を先読みしては、いなかった。
しかしハイペリオンがビームマシンガンを持ち上げる動作が見えていたため、ほぼ同時に反応。ビキッと悲鳴を挙げる操縦桿を無視し、目にもとまらぬ操縦桿捌きで機体を半歩右にステップさせる。
そのステップのリズムのまま、素早くハイペリオンへ踏み込む!

「がぁっ!!」

ビームマシンガンを撃ったその一瞬後に、ストライクダガーの肩からのタックルがハイペリオンのコクピットを捉えた!
さすがにコクピットハッチが無いと、衝撃を相殺することはできない。裂かれた装甲がひしゃげ、コクピット内の電子機器が火花を散らせて明滅し、空間が少し狭くなる。
実際は、ビームナイフの刀身は短くなってなどいない。リナのストライクダガーが、姿勢を全く変えずに素早く半歩引いて避けたのだ。
全く上下動無く引いたので、カナードはビームナイフが届かなかっただけと勘違いしたのである。
リナがこれを読んでやったわけではない。ただ単に、リナの瞬速の操縦に対してストライクダガーの追従性が悪いため、不本意ながらギリギリで避けた結果である。

操縦以外のカナードの判断ミスは、ストライクダガーだからと甘く見たことだ。
確実に勝つ戦法をとるなら、徹底して距離をとり、アルミューレ・リュミエールを展開してキラとリナの攻撃を無効化しつつ、射撃戦に持ち込めばよかったのだ。
だが、それができない理由がある。それは、基地内外でのザフトのMSとの戦闘、キラとの戦闘でバッテリー容量がかなり心許なくなっていたのだ。
無補給で連戦、それも消耗の激しいビームキャノン”フォルファントリー”とビームマシンガン”ザスタバ・スティグマト”を連射していたのだから、アルミューレ・リュミエールが使えなくなるのは偶然ではなく、なるべくしてなった事態だ。
いくら通常のMSよりもジェネレーターが増設されているとはいえ、それらを連続使用したうえで連戦に次ぐ連戦では出力が弱って当然。
ハーキュリー少将の誤算は、カナードの、キラに対する執念を理解していなかったこと、そしてハイペリオンの性能を過信しすぎたことだろう。

「……」

光を宿さないガラス玉のような瞳が、コクピットを半分潰されてストライクに倒れこんだハイペリオンを捉えた。
その瞳に一切の躊躇も迷いも宿さない。ただ、まるで第三第四の目が開かれたように視界が広がり、恐ろしいほどに集中力が増している。
スポーツにおける”ゾーン体験”という状態が、今のリナに近い状態だ。
心と体が完全にシンクロし、迷いが完全に消え去る。まるで空から自分を見下ろしているかのように、全てが見える。
リナは、その不思議な感覚になんら疑問も持たず、自然体で受け止め、そして心の赴くままに身体を動かし、ストライクダガーを操縦する。
もはやカナードへの怒りは無い。

ただ、殺す。

その一点に全てを集中させた。


「とどめ」

ぼそりと、呟く。
先ほどビームサーベルを振るった時、コクピットの中に、かみ合わない歯車同士を無理擦り合わせたような異音を立てたが、無視する。
ハイペリオンを撃破することに比べれば些細な問題だ。今ここで、こいつを殺す。
半身斜めに構え、ビームサーベルを刺突の形に構える。一歩踏み出そうとしたところで――警報!

「!」

レーダーに、敵味方の光点が入り混じる。敵はディン四、ジン・オーカー三、アジャイル十二。加えてピートリー級一台。
それに比べて、味方はリニアガン・タンクにブルドックが十数台いるだけ。殲滅されるのは時間の問題か。
このレーダーから手に入る情報から戦術予測を組み立て、その計算結果を弾きだすと咄嗟に飛び退く。

ゴバァッ!!

リナが立っていた場所が炸裂! 木々がなぎ倒され、土が耕され、火柱が上がる。
ピートリー級とディン、アジャイルによる一斉砲撃だ。ピートリー級が近づいたせいでΝジャマー数値が増大し、通信装置が使用不能に陥る。
キラと連絡がとれないし、ハイペリオンのパイロットの怒声はノイズの向こうに消える。

チッ、と舌打ちが漏れる。リナの標的は、ハイペリオンからザフトの部隊にすぐさま切り替わった。
ストライクダガーを振り向かせると、イーゲルシュテルンの弾丸をばら撒きながら大きくジャンプ!
本来直進性の低いはずのイーゲルシュテルンを正確にアジャイルに命中させ、まるで七面鳥撃ちのように三機を火達磨にする。

「うおぉー!! ナチュラルのMSなんぞにぃ!!」
「叩き落せ、這うしかできない連合のMSなぞ!」

ディンのパイロット達は味方の戦闘ヘリがあっという間に落とされたことに激昂し、対空ミサイルをリナ機に向けて発射!
リナはそのミサイルの数が、イーゲルシュテルンでは対応しきれないと見るや、片足を振り出して脚部バーニアを吹かせて全速後退。
ミサイルはリナ機を追尾して、一塊に集まってくる。そこにビームライフルの引き金を引いてビーム弾を撃ち込む!

ドドドウウゥッ!!!

空にいくつもの火球が花咲き、次々とミサイルが誘爆を引き起こす! MSに乗っていても、その爆音が腹の底を叩く。
直撃させるのではない。わざと掠めさせてミサイルの信管を誤作動させ、自爆させたのだ。それが、あの盛大な爆発につながった。
まるで空に何個もの小さな太陽ができたように、爆炎がいくつも上がった。赤い光がコクピットを照らし、視界にはそのミサイルの爆発の光だけが眩しく映る。

「み、ミサイルが全弾!? あれだけぶち込んだものを――ぐあぁっ!!」

二十数発ものミサイルが、一つ残らず撃墜されたことに驚愕したディンの一機のコクピットを、光と煙の向こうから伸びてきたビームが貫く!
ミサイルと運命を同じにしたディンは、パイロットを失いジェネレーターを撃ち抜かれ、小規模な爆発を起こしながら墜落していく。

「ざ、ザッシュ!! 」

僚機が、敵機を再視認する前に撃ち落されたことに驚いたディンのパイロットは、空中分解しながら森の中に墜落する僚機を見送ることしかできなかった。
爆煙がまだ無くならないうちに、狙撃した!? 今もディンのロックオンシステムは空を隠している多数の熱源のために、敵機を捕捉できないというのに。
センサーが機能不全になっている状況で狙撃となると、ノーロックオンで撃ったことになる。

(そんなことが……ありえん! 乱射したものがたまたま命中したに過ぎん!)
「うおおおぉ!! ザッシュの仇いぃぃぃ!!!」

ディンのパイロットは僚機がやられた怒りの咆哮を挙げ、ディンのスロットルを全開にして煙の中に突っ込む!
他のアジャイルやディンも続いて、煙の中に飛び込む。たかが量産型MS一機、数と性能差でねじ伏せるつもりなのだ。

「殺してやるぞ、ナチュラル共おおぉぉ!!」

その怒りの叫びが終わる前に、ディンのパイロットはビームの閃光に包まれ、その煙の一部となってしまった。

「くっ……り、リナさんっ!?」

キラはハイペリオンが倒れかかってきて転倒し、土煙が晴れた時に見えたのは、アジャイルとディンの部隊に向かって跳躍するリナ機のバーニアの炎だった。
あれほど、ライザがバリアで焼かれてハイペリオンに対して怒りを露にしていたはずなのに、その相手を放っておいて別の相手に飛び掛っていくなんて。
そのリナの豹変ぶりに、キラは戦慄を覚えた。
まるで人が変わったようだ。怒りで自分を見失っているのか? それにしては狙いも動きも恐ろしいほど精密だ。
それに、目に付くもの全てを攻撃しているように見える。

”バーサーカー? それは何かの神話に出てくる、狂戦士のことだろ? ”
”狂……戦士? ”
”そう。普段は大人しいのに、戦いになると興奮して、人が変わったように強くなる……なんだ、いきなり? ”

フラガ少佐が自分の戦い方が変わった時のことを、そう表現した。
バーサーカー。それはまさに、今のリナを表現する最適な言葉のように思える。

「まさか、リナさんも!?」

自分と同じように、バーサーカー状態になったのか。まさかリナまでもが、同じ力を持っていたなんて。
誰もがその力を持っているわけではないはず。だとしたら、自分とリナにどんな共通点があるんだ?
わからないけど、彼女がコーディネイターであることはこれで確実になった。ナチュラルを見下すわけじゃないけど、機体性能が拮抗しているのに、あそこまで敵を圧倒するのはナチュラルには不可能に思えたからだ。

ズンッ!!

「!!」

コクピットが微振動を起こす。ザフトの航空部隊を撃破し終わったのだろう、リナのストライクダガーが目の前に降り立つ。
機体の損傷を考慮せず乱暴に着地したせいで、びぢっ、と脚部関節が軋むが、当のリナはそれを無視。
不気味にゴーグルを輝かせ、ビームライフルを捨てた。太陽を背にしているストライクダガーは、キラの眼には今までに見たことのない不気味なものに映った。
左腕は肩から喪失していた。まるで強引に引きちぎったように、断面からコード類や人工筋肉が剥き出しになっている。
ビームライフルを持っていた右手にビームサーベルを握り、ビームの刃を展開する。殺気が、機体全体から妖しく漂っている……!

「くっ……!?」

まさか、僕ごとこのハイペリオンを撃破する気なのか!?
ストライクダガーの視線は、ハイペリオンを向いている。しかし、ビームサーベルを今振り下ろされると、自分まで斬られてしまう。
なんとかハイペリオンから離れようと機体を動かすが、一瞬間に合わない!
既にビームサーベルは振りあげられた。踏み込み方からしても、自分ごと深く斬り伏せようとしている。

「やめろぉっ!!」

操縦桿を思い切り押し、右のフットペダルを踏み抜く!
ストライクは膝を立ててハイペリオンの腰部を押し上げ、背中を両手で持ち上げた!
その動作と、リナのストライクダガーがビームサーベルが降り下ろしたのは同時!

「ぐうぅ!!」
「がはっ!?」
「!?」

キラがハイペリオン越しに伝わってくる衝撃に歯噛みし、直接衝撃を加えられたカナードが、乗用車同士の交通事故並みの衝撃を受けて苦悶の声を漏らし、リナは突然ハイペリオンが近づいてきたので目を丸くする。
ストライクダガーの限界を超えて振り下ろした手首が、ハイペリオンの胸部に激突!
その衝撃が手首から右腕の肘に伝わり、関節の駆動部が耳障りな金属音を立てて破壊する!
金属部品が暴れまわり、エネルギーラインが切断されてビームサーベルが光を消し、だらん、と曲がってはならない方向に曲がる。
MSの腕をあらん限りの強さで叩きつけられたハイペリオンも、無傷では済まなかった。
インテークがひしゃげて冷却機能が機能不全に陥り、ジェネレーターが熱暴走を回避するために緊急停止。デュアルセンサーから光が消え、腕がだらんと垂れる。

キラを執拗に追い続けたハイペリオンとカナードの暴走劇は、こうして戦火のただ中で第一幕目を閉じた。



「こいつら……邪魔をするな!」

その頃アスランは、カナードの隷下にある黒いストライクダガーに、執拗に攻撃を繰り返されていた。
この二機は、とにかく連携が手ごわい。
木々や小さな崖、大岩もある密林の中を縦横無尽に素早く駆け回り、一機がビームライフルを撃ち、わずかな時間差で別の方向から別の一機が撃ってくる。
一kmでも離れれば音声通信すらできないほど、Νジャマーが大量に散布されている環境下で、まるでお互い意思疎通ができているかのような連携をとるのだ。
これでは、一撃離脱を得意とするイージスの真価を発揮することができない。
地上で変形すると著しく運動性が落ちるため、イージスの最大火力であるスキュラは撃つことができない。……撃てたとしても、木々が邪魔で照準が定まらない。

「だが、それでも!」

たとえ二機の連携が優れていても、性能差はいかんともしがたい。
量産機ではイージスにスピードも、パワーも、装甲も劣っている。ジンよりもぎこちない動きしかできない機体では、咄嗟の事態に即応できないことは目に見えていた。
アスランはこの二機との競り合いの間にそこまで性能を読み取り、決行に移す。
木々の隙間から出てきた黒いストライクダガーにイーゲルシュテルンを叩きこみ、装甲表面に火花が散り、装甲がボロボロに弾けていく。

「あっ……!」

パイロットの少女は、機体に打ちつけられる振動と、装甲を掘削されて中の機械部分がダメージを受けたことにより、怯む。
ストライクダガーの動きが止まる隙を見て、アスランは素早くビームライフルを構え、トリガーを引く。
もう一機のストライクダガーがすぐさま飛び出てビームライフルをイージスに構えるが、もう遅い。
閃光がイージスのビームライフルの銃口から溢れる。


その頃、リナが怒りによってバーサーカーへと変貌し、



二機の漆黒のストライクダガーも、黒い残影を曳いてビームを避けた!



「なっ!?」

アスランは驚愕の声を挙げ、目を疑った。
ビームを撃った後にかわした!? そんなことができるのか!?
しかも機体は変わらないはずなのに、スピードまでも、まるで別物のように向上して距離を詰めてくる!

「動きが変わった!?」

今までイージスの格闘能力に警戒してか、積極的に格闘戦を仕掛けてこなかったのに、突然戦法が変わったことに驚きの声を挙げる。
それでも機体性能はイージスの方が上だ。アスランは物怖じすることなく、両手にビームサーベルを閃かせて応じる。
二機もビームサーベルを同時に展開すると、片方に対してイーゲルシュテルンで牽制し、もう一つをビームサーベルで払う。
だが二機の攻撃はこれで終わらない。
同時に一歩距離を離す。片方はフェンシングの構え、片方はサムライを思わせる中段の構えをとり、またも同時に仕掛ける!
一機は突き、もう一機は払い、更に振りあげ、薙ぎ、と変幻自在の剣術で襲う。

「うっ、くっ! 量産機で、よくもイージスについてくる……!」

二機の猛攻にアスランはさすがに苦い声を漏らす。
両機とも、赤服級、いやそれ以上のすさまじい技量の持ち主だ。これほどの技量、コーディネイターなのか!?
アスランは迷いながらも、集中力を高めて二機の斬撃を同時処理で戦う!
足払いを小さなジャンプでかわし、突きをシールドでいなし、振り上げの斬撃をバック宙でかわし、空中への追撃のビームライフルは、まるで落下する猫のような動きで縦回転してかわした。

「っ!?」

しかしかわし方が紙一重過ぎて、バックパックの表面をビームが溶解。ラジエーターのコンディションシグナルがイエローに変わり、アスランは舌打ちを漏らした。
空中で逆さまになりながらイーゲルシュテルンをばらまいて二機の踏み込みに楔を打ち、片手逆立ちで着地すると、ストライクダガーの頭部を脚部のビームサーベルで水平に刻む。
しかしストライクダガーも身を引いてかわし、二機が同時にイージスの腰に突きを放つが、片手でジャンプしてバーニアを駆使し、宙に飛びあがるとMA形態に変形、スキュラの砲門を輝かせる。

「これで!!」

スキュラの砲門から超高音の眩い光の奔流を放たれ、二機を薙ぎ払う!
咄嗟に飛び退くが、距離が近い。それにストライクダガーの俊敏性など、たかが知れている。二機とも回避が間に合わず、片方は両脚が溶解し、踏み込みが深かったもう片方は、下半身が全て消し飛んだ。
戦艦を一撃で撃破するほどの威力のエネルギーが地面に突き刺さると、地面をあっという間に沸騰、蒸発させ、大爆発を引き起こす!

「うぁっ!」
「きゃあっ!」

爆発の衝撃に二機が晒される。踏ん張る脚を失ったMSではひとたまりもなく、二人は悲鳴を上げて、思わず仰向けに倒れこむ。
バランサー機能停止、ジェネレーター過熱状態、暴走による爆発の可能性あり。
二人は機体が戦闘不能になったと判断すると、すぐさまコクピットハッチを開けて身軽に外に躍り出て、森へと散り散りに走る。
特務仕様の愛機を捨てるのは惜しいけれども、まだ、自分達にはやらねばならないことがある。ここでやられるわけにはいかない。
しかし、二人がかりでも勝てなかった事実に、二人の少女のうちの片方、カナードにエックス2と呼称された少女が、ヘルメットの中でうめく。

「……アスラン・ザラ……ここまで、強力なパイロットだったなんて。データ通りにはいかない……」

アスランは再びMS形態に戻して着地。二人が脱出したのをズームで確認する。
茂みに飛び込む一瞬、連合の黒いノーマルスーツに身を包んだ二人の小さな後ろ姿が見えて、目を見開く。

「こ、子供……!? やけに小さく見えたが……」

驚きを口にするが、すぐに首を振る。
あんな、プライマリースクール生くらいの小さな子供が、MSの操縦ができるわけがない。きっと、MSとの対比で小さく見えただけだ。
そう自分を誤魔化し、乗り手を失った二機のストライクダガーのコクピットにビームサーベルを順に突き立てて、完全に破壊する。

『アスラン! 無事でしたか!』

その直後、ニコルの顔がサブモニターに映る。そちらに振り向くと、黒いG兵器”ブリッツ”が立っていた。

「ああ、無事だ。少してこずったが、問題ない」
『そうですか……よかった。こちらの戦力が低下しつつあります。戦力温存のため、プラントはビクトリアより撤退を決定しました』
「何っ!? 父上がそう言ったのか!?」

ニコルの予想だにしない報告に、
まさか、と思う。強気な父がそう簡単に、この重要拠点の攻略を諦めるとは思えない。
しかし、父とてプラントをまとめるリーダーだ。勝敗が決したならば撤退を決意する冷静な戦略眼も持っているのだろう。

『そこまではわかりませんが……しかし、連合にMSが配備され始めたことで、押し切ることができなかったようです。
僕達も帰還しましょう。帰還用のグゥルをポイント・Δに隠しています』
「くっ……わかった、帰還する」

渋々ながらも、ニコルに頷き、グゥルを隠しているポイントに移動するために、木々の間を縫うように移動する。
また、キラをこちらに取り込むことができなかった。どこまで連合の味方をするつもりなのだろうか?
本当に、連合の一員になってしまったのか? そうなってしまったら、本当にキラを討たねばならないことになってしまうのに。

しかし、キラは自分を庇ってくれた。連合に疑われるような行動をしてまで。
それは本当に嬉しく思った。俺達の友情が壊れたわけではないことを確認できただけでも、今回は良かったのかもしれない。
複雑な気持ちだ。友達を守る、というキラの行動は一貫している。連合にもいい友人ができたのだろう。キラに友人が増えたのは、旧友として喜ばしいことだ。
だからこそ、キラが敵の陣営に居るのが悲しくてならない。

「理想は、そのキラの友人ごと、ザフトに引き込めればいいんだが……ふっ、無理だな」

呟いてみて、それは実現不可能な理想に過ぎないと、自嘲気味に笑う。
ザフトはナチュラル打倒を旗にしている。それが下ろされない限り、キラの連合の友人を取り込むのは不可能だ。
それに、ナチュラルは母を、ラスティを殺した。自分自身、そう簡単に気を許せるとは思えない。
いつか二人の死を乗り越えた時、分かり合える時がくるのだろうか。
それはきっと、この戦争が終わって平和な時代がやってきた時だろう。……その相手が生き残っていれば、の話だが……。

物思いにふけながらイージスをグゥルに乗り込ませ、飛翔する。ここまで後退すれば、連合のビクトリア基地の防空網範囲外ゆえに、飛行することができる。
味方の陸上艦隊に合流しようと飛んでいたとき、ニコルが明るい声をあげた。

『あ、イザークですよ』
「イザークか……無事なようだな」

やや遅れて、別のポイントに隠していたグゥルに乗り込んで飛翔しているイザークのデュエルを見つける。
イザークと編隊を組むためにグゥルを寄せていくと、そのデュエルの姿がはっきりと見えてきて……

「なんだ……?」
『……どうしたんですか、イザーク?』

そのデュエルの姿に、ニコルとアスランは二人揃ってギョッとした。
作戦開始時には装着していたアサルトシュラウドはパージされていて、フェイズシフトがあるにも関わらず左腕を失っている。
頭部は半壊して、デュアルセンサーから光を失っている。ビームライフルもどこかに無くしてきたようだ。
イザークが、ここまで苦戦するなんて。確かディン一個中隊を連れていたはずなのに、何故こんなことに?
それを問いかけると、ただ憤慨してこう叫ぶだけだった。

「うるさい!! ナチュラルめ……今に見ていろ!」

そのセリフはあまり良くない気がする。キャラ作り的に。
遅れて合流した、ほとんど無傷のディアッカと合流し、イザークの愚痴を聞きながら四人は攻略部隊の生き残りと合流するために、森林地帯の空を飛んでいった。






「はぁ、はぁ……止まっ、た……?」

キラはハイペリオンに手首を叩きつけ、リナのストライクダガーの動きが止まったことに息をつく。
何故暴走したのかわからない。バーサーカー状態は確かに集中力が上がって、全てにおいて能力が上がることはキラ自身も実感していることだが、彼女の場合は、まさにバーサーカーとなって暴れまわっていた。
幸い味方は攻撃していない(僕は攻撃されそうだったけど、黙っていればいいので問題ない)ようなので、彼女の立場が悪くなることはないだろうけど……。
両腕を失ったリナ機はバッテリーも底をついたのか、頭部のセンサーも光を消している。

「リナさん……リナさん?」

通信機におそるおそる呼び掛ける。
まだバーサーカー状態だったらどうしよう、という怯えから、キラの呼びかけは若干弱い。
が、返事の代わりに、ストライクダガーが膝をつき、その膝が破砕音を立てて砕け、砂煙を立てながら横這いに倒れた。

「!?」

その異常な倒れ方に驚いて泡を食うキラ。
手早くストライクを跪かせてハッチを開放。ヘルメットを脱ぎ、目の前のコンソールパネルが下がるのも待てずに飛び出していく。
戦闘の雰囲気がいつのまにか遠のいていったため、躊躇なく飛び出すことができた。たとえ戦闘中だとしても、飛び出すつもりだったが。
つま先にあるハッチ強制開放のキーを押し、ストライクダガーのハッチを開けて覗き込んでリナの姿を確認する。
よかった、生きてる。キラは表情を綻ばせて体を乗り出し、彼女の名前を明るい声で呼んだ。

「リナさん! 無事ですか!?」
「……」

呼ばれても、何の反応も示さない小さなノーマルスーツの少女。
まるでコクピットに置かれたマネキンのように動かない彼女に、キラは再び背筋を寒くする。
ヘルメットのバイザーの奥の顔は、横向きに顔が倒れているせいで確認できない。

「……リナさん!?」

再度呼びかける。
おかしい。
特に怪我をしているようには見えないし、打撲もないはず。モビルスーツが倒れた時の衝撃程度なら、ストライクよりも改良されたショックアブソーバーが全て吸収するはずだ。
まさか、バーサーカー状態になった時の反動か!?

コクピットの中に這い上り、彼女の横向きの顔を両手で捕まえてバイザーの奥の顔を覗く。

「リナさっ――」
「……な、なに?」

覗き込むと、おっかなびっくりの彼女の顔を見ることができた。
驚いたように、ぱちぱちと緑の瞳を瞬かせて見返してくる。顔色は悪くない。瞳孔の開き方も眼球運動も、いつもどおりだ。近くでよく見てたからわかる。

「……無事ですか?」
「え? だ、大丈夫だよ……なんともない、ほら平気」

さっきの激昂ぶりが嘘のように、ケロッとした表情の彼女。ヘルメットを脱いで、ふわっと長い黒髪をシートに流しながら微笑む彼女。
白い頬には汗の滴が伝って、少し白目の部分が充血してるようだけど、確かに大丈夫なようだ。
汗とシャンプーが混じったようなのにおいがする。なんかちょっと乳臭さも混じってる気がする。……マンダム。

「……キラ君?」
「…………ハッ! あ、いや、よ、よかったです。無事で……」

ポーッとしてたところを呼び掛けられて、思わずハッとする。慌てて誤魔化して顔をそむけてしまう。
……やばい、ちょっと顔赤くなってないかな?
自分が顔をそむけてる間に、リナは呑気に機体チェックなんかやってる。パイロットとしては普通の行動なんだけど……。

「あーあ、壊れちゃったな……この機体。バッテリーもとんだし、」

しかし、違和感を感じる。
あれだけ、ライザさんを倒されて激昂していた彼女が、なんで何事もなかったように平然としてるんだろう?
軍人だから、いつ死んでもおかしくない。……そういう風に割り切ってるからだろうか?
でも聞きづらい。今は、バーサーカー状態の反動で記憶が飛んでいるだけかもしれないし、忘れていたほうがいいのかも……。

『――シエル大尉、シエル大尉。……あっ……ご無事でしたか』
「……バジルール中尉。うん、無事だよ。キラ君もここにいる」

葛藤していると、第一電装用(通信機やハッチ開閉などのコクピット周り)の予備バッテリーが働き、通信機からバジルールさんの声が響いてきた。
そして、彼女の口から、ザフトがビクトリア攻略を諦めて撤退したため、部隊を率いて帰還するように伝えてきた。
まずい。ライザさんのことを思い出してしまうかも。慌てて口を挟む。

「あ、あのっ! リナさん、ライザさんは――」
「うん、残念だけど仕方ないよ。そういう覚悟で兵隊やってるんだもんね」

え?
信じられない思いで、彼女のあっけらかんとした顔を見返す。
ライザさんがああなってしまったことを、覚えている? なのに、なんでそんなあっさり……?

「じゃあ、機体とライザを運ぼう。それにライザが死んでるとも限らないしね。さ、キラ君、君の機体に載せてほしいな。もうこの機体はダメだし。
ハイペリオンも運ばないといけない。もしかしたら目を覚まして、もう一回暴れ始めるかもしれない。そうしたら大変だよ?」
「……は、はい」

確かに、あのハイペリオンが暴れだしたら危険だ。もう動かないと思うけど、パイロットが飛び出してきたら厄介だ。
彼女と相乗りか。この匂いを発してる彼女と相乗りか。……大丈夫かな。色々。
その笑顔に無言の圧力を感じて、背中を押されるようにコクピットの外へ振り返る。

「えっ?」

コクピットの外の風景の突然の変化に、思わず声が出てしまう。
小さな背格好の、黒い地球連合軍のノーマルスーツが……まるで幽鬼のように二人並んで立っている。
なんでこの子達は、何の音も気配もなく立っている? いつの間に居たんだろう? 誰かが近づいてきたら、結構敏感な自分なら気付きそうなものなのに。

「……君達は?」

自分の呼びかけに、言葉の代わりに二人同時にヘルメットの与圧ファスナを開き、ヘルメットを脱ぎ始めた。
ヘルメットをくりくり、と二、三回捻り、外される。顔が、見えて――

「なっ!!?」

その驚くキラの背を、別人のように無表情のリナが見つめていた。



[36981] PHASE 34 「別離」
Name: menou◆6932945b ID:7fc0dd98
Date: 2015/04/20 23:49
「――――様、マカリより緊急通信です」
「来たな」

オペレーターの少女からの報告に、男は執務室の椅子を鳴らして通信機のコンソールをタッチする。
画面の半分を占めていた電子画面が、世界の情勢地図から通信コントロールの画面に切り替わり、無数のチャンネルの中から彼のコードネームがクローズアップされた。

『――――。もう気付いていると思うが、』
「ああ、ようやく蒔いた”種”が芽を出したのだな。こちらでもテスト中の一人が変貌したのを確認した」

そうか、とマカリが頷く気配を見せる。
音声通信のみ。まだこの通信方式は開発中のため、リアルタイムの画像を送受信できるほどの通信容量はない。
ただしこの通信方式はΝジャマーの妨害を受けない、この戦争においては画期的な代物なのだ。
プラントでは既に実用化に成功しており、無線で遠距離操作できる小型ビーム砲の開発に応用することができるのだ。その母機は現在建造中で、プラントの切り札になりえる性能を持っていると”知っている”。
何もかもが上手くいっていることに笑みを漏らしながら、執務机の端に置いていたチェスの”ナイト”の駒で、こつこつと机を叩く。

「ビクトリアの攻略作戦は”無事失敗”したようだね。彼女の発芽といい、計画は順調に進行中だ。私からの贈り物の乗り心地はいかがかな?」
『ああ、確かに乗ってみたが……敏感に作りすぎたんじゃないか? 俺の知ってるフリーダムじゃなくなっている。
悔しいが、俺ではあの機体の限界を引き出すことはできない。
それにフィフスには乗機が無いし、あいつに任せてみることにする。操縦技術はあいつのほうが上なんだ』

マカリの物言いに苦笑する。
謙虚なようだが、操縦技術”は”と言っているあたり、他では負けていないと暗に主張している。負けず嫌いな男だ。
だからこそ彼は王者に上り詰めることができたのだろう。負けず嫌いという性格は、向上心の裏返しでもある。

(……どういうつもりだ?)

しかし、彼の主張はどうにも屁理屈のように感じる。
”前”の知識をもとに開発計画を打ち出して設計し、この男、マカリの助言を得て、より強力に仕上がったフリーダム。
おそらく最も乗りたかったのはこの男のはずだ。「弱い機体から最強の機体に乗り換えた時の爽快感がたまらない」というのが彼の主張だった。
その彼が突然フリーダムのパイロットの席を譲ると言いだした時は、この戦争が始まる前から重用してきた彼の言葉をさすがに疑った。
彼ほどの腕前の持ち主が、限界性能を引き出せないというのか? 自信家である彼の発言とは思えない。
……それとも、フリーダム以上の機体を期待しているのだろうか? それはさすがに、欲が張りすぎていると思うが……彼の希望なのだから、応えてあげることにしよう。

「わかった、フリーダムはフィフスに任せてくれても構わない。計画に支障は無いからね。多少役割が変わるだけだ。
……君はシグーのままでいいのかね? 君に回せる新型があるわけではないが、地上ならばラゴゥかディンのほうが有利だと思うが……」

だが、私とて彼の親友だ。フリーダムほどではないにしろ、せめて何か新しい機体を据えてやりたい。
指揮官用としてはシグーの性能は悪くないが、地球軍にモビルスーツが現れた今、そろそろ苦しくなってきているはずだ。
シグーはストライクダガーにスペックで劣る上に、地上では運動性能はディンに譲る。
いつまでもシグーを使い続ける必要はない。あの超一流パイロット、ラウ・ル・クルーゼですら、地上に降りてからシグーからディンに乗り換えたのだ。
だが彼は、私の好意をやんわりと断る。

『問題ない。まだこの機体で負けたことがないからな。シグーでどこまでやれるか、試してみたいんだよ』

彼に初めて与えた機体なだけに、愛着でも持っているのだろうか?
だいたい、負けたらそこで死んでしまうのだが、まだ彼は『前』の感覚を引きずっているのだろうか。
腕はすこぶる優秀だが、そこが彼の欠点だ。その欠点が、自身を滅ぼさなければいいのだが。

「まあ、新しい機体が欲しいときは、また連絡したまえ。……ところで、シエル家のリナはどうしている?」
『直接確認はできていないから、なんとも言えん。俺は今カーペンタリアで、あいつはビクトリアだからな。同じビクトリアにいる同型の二人からも、連絡が途絶えたままだ。
しかし起動したなら、もう自分の仕事に取り掛かってるところじゃないか? 本当に起動が引き金になってるなら、だけどな』
「設計上はそうなっている。ただ、これは私の得意分野ではないからね、どうなるかは、それこそ神のみぞ知るというところだ」

声の雰囲気が変わる。ここからが彼の本題であり、己の本題でもある。

『いよいよだな。もうあの子達は地球圏に送ったのか?』
「私を誰だと思っている? 既に二十人と二十機、全て侵攻部隊と称して組み込んでいるよ」

もう計画は次の段階に移った。
少女達は既に覚醒し、手駒のパイロットの能力は計画を発動できるまでに上がった。
そのパイロット達のための機体も全て揃っている。まだ座るべき騎手の元にたどり着いていない機体は三機だけ。
二機はユーラシア連邦に潜り込ませている二人の分。一機は……そう、アークエンジェルに乗っている”彼女”だ。
多少強引だが、彼女がアークエンジェルに乗っている意味は無くなった。そろそろ召喚すべきなのだろう。

『それを聞いて安心した。これで心おきなく行動できる』
「意外だな。孤高な君が、何かに遠慮して行動していたのかね?」
『俺だって一応ザフトの一員だ。味方の目くらいは気にするさ』

一応ときたか。彼の放蕩ぶりは相変わらずだ。どこかの一員になったと認めようとしない一匹狼……悪く言うなら、気取り屋なところに、思わず笑みが零れる。





マカリは簡単な身辺状況の報告を終え、通信を切る。
通信が切れると、周囲に再び暗闇が降りる。人工の光はここまで届かず、太陽の光は水平線の向こうに消えている。
格納庫の隅に置かれたコンテナの陰。普通に見れば怪しさ全開だが、警備兵には全て通信相手の息がかかっているため問題はない。
いや、問題はあった。

「……むぅ」

隣で、フィフスがつまらなさそうな顔をして自身を睨んでいるのを、通信が切れてから気付いてしまった。
白い頬を膨らませて、かりかりとコンテナの壁を人差し指で掻きながら苛立ちを表現するフィフス。
話が長くてつまらなかったのと、構ってもらえなくてよりつまらなかった。そういう類の憮然とした顔だ。
マカリはその顔が微笑ましく、すまん、と小さく謝りながらフィフスの黒髪を撫でてやる。そうすると表情を緩めて、心地よさそうに目を細める。
まるで犬かウサギのようだと思いながら、全く指が引っかからない長い黒髪を梳いてやる。……少し落ち着いてから、本題を切り出す。

「奴との話はついた。ようやく……ようやくだ。お前との約束を果たせる」
「……会える?」

細めていた目を開いて、緑の瞳に希望に満ちた光を灯す。
その瞳の輝きを見て、ここに至るまでの苦労が脳裏に蘇る。死を覚悟したことも数えだすとキリがない。
だが乗り越えてきた。この子のために。命を救ってくれた彼女のために。
彼女の優しい手触りの黒髪を、まるで絹糸の弦を張ったハープを奏でるように優しく撫でながら、彼女の小さな身体を抱きしめる……。

「ああ、ようやく。お前の親父に会わせてやれる」

今、その恩を返す時が来た。自由の翼が、お前を運んでくれる。






「……じゃ、じゃあ、行きますよ」
「「「うん」」」

異口同音……とは、まさにこのこと。
キラは全く同じ声が三方向から耳に飛び込んできたので、ごくり、と喉を鳴らした。
全く持って驚きを隠せない。なにせ、あのリナが、まるで影分身でもしたように三人現れたから。
いや、少し違う。リナはストレートのロングヘアーだが、二人はショートヘアーだったりポニーテールだったりして、髪型で見分けられる。
それに、なんとなく顔つきが違う気がするのは性格の差だろう。

(うわぁ……なんか、甘い匂いがする……乳の匂いだけじゃないや……)

ストライクのハッチを閉め、ジェネレーターを再起動させながら、鼻孔の奥を撫でる匂いに、必死に表情が緩むのを堪える。
膝の上でちょこんと小さなお尻を載せて、つむじを見せつけてるのは、リナ・シエルその人だ。
以前、お姫様抱っこをしたことはあるけど、こうしてお尻が触れてくるのは初めてだ。やっぱり柔らかい。ノーマルスーツ越しなのが惜しいところだ。
それから右後ろ側、自分が初めてストライクに搭乗した時に身体を押し込んだ位置に、エックス2と名乗る女の子がいる。
彼女はリナそっくりだけど、ショートヘアーだ。物腰が落ち着いていていて、話し方も知性的な印象を受けた。
左後ろ側。ジンと戦闘になってマリューさんから操縦を引き継いだときに彼女が居た場所にもう一人の女の子が入った。
同じくリナそっくりで、こちらはサイドポニーテール。終始無言で無表情。何を考えているのかわからない。

「……zzzzzz」
「!?」

左後ろから、寝息が耳に飛び込んできた。思わず振り返る。
半眼になって虚ろな瞳になってる。まさか、これ寝てるのか? 目を開けながら寝てる子なんて初めて見た。

「また寝てる……ごめんね。この子、隙あらば寝ようとするダウナーな子なの。
着いたら起こすから、起こさないようにゆっくり機体を動かしてくれる?」

ショートヘアーの女の子が、まるで自分の子どもがはしゃぎ疲れて寝てしまった母のような、穏やかな口調でキラにお願いする。
寝ようとする、というか既に寝てる気がする。この子達も激しい戦闘で疲れたんだろう。言われたとおり操縦桿をゆっくり動かし、ハイペリオンをどかしにかかる。
元々キラは、機体を乱暴に扱うタイプではない。彼自身の気質と、幼い頃からメカに触っていたため、メカは――オタク的な意味も含め、まるで友達のように扱っているのだ。それはトリィの存在も手伝っている。

「わかりました。とりあえず……えっと」
「あ、この子はエルフ・リューネよ。私は、リィウ・リン」

彼女の名前を言おうとして口ごもると、リィウと名乗る少女が紹介してくれた。
顔は瓜二つだけど、やっぱりリナさんじゃないんだな、と不思議に思いながらも納得した。雰囲気はリナより落ち着いていて女性らしいし。
こんなことリナさんに聞こえたら、殴られるんだろうけど。

「で、ではリィウさん。なるべく揺れないように努力しますが、機体はやっぱり揺れるので……。
エルフさんがジョイントに巻き込まれないように、見てあげてくださいね」
「……了解」

自分の言っていることが何か可笑しかったのか、クスッと笑いながら答えた。
後ろの二人とのコミュニケーションはこれで一旦終えて、次は目の前の黒いつむじを見下ろした。
リナの頭だ。膝の上に座ってるのに操縦の邪魔にならないなんて、幼女にもほどがある。

「……リナさん、大丈夫ですか?」
「? なにが?」

バリアに巻き込まれたライザさんが心配じゃないんだろうか? 今も彼女は最初と同じように平然としている。
何について心配されたのか分からない様子でキョトンとしている彼女は、確かに大丈夫そうだ。

「……いえ、行きます」

今の彼女は、きっと色々と心の整理がつかないだけなんだろう。彼女から彼について聞いてくるまで、その話題には触れないようにしておく。
機体を起こして直立させ、アークエンジェルの方向を確認して、ペダルを緩急をつけて踏み、慎重にバーニアジャンプする。
離れて行く地面。転がるストライクダガーとハイペリオンが視界に収まる。ふとハイペリオンのパイロットの安否に思いを馳せるが、自業自得……そう思うことにして振り切り、アークエンジェルを目指した。



戦闘の火と轟音は過ぎ去り、硝煙と血の残り香だけを漂わせて、緩やかに空気が入れ替わっていく。
損傷したストライクダガーとハイペリオンの回収作業は、日が沈む前に終わった。
一番難しかったのは、アークエンジェルの着底できる平地を探すことくらいで、機体の回収作業、及び怪我人の収容、カナードの拿捕はスムーズに行われた。
夕日が地平線に沈み、ビクトリア湖に夜が訪れ獣の遠吠えが聞こえてきた頃、アークエンジェルはビクトリア基地に向けてレーザー核パルスエンジンに火を入れた。

「ところで……」
「ん?」
「……」

キラのストライクに乗せられてアークエンジェルに帰艦し、一息ついたところでリナが声を上げ、リィウとエルフが振り返る。
自機を失った三人同士。地球軍において、自機を失って生還したパイロットというのは極希少な存在だ。
おそらく、そんな存在のほとんどがここに集まっているのだろう。だが今リナにはそれは関係がなかった。

「えーっと……君たちは、どこまで知ってるの?」
「何を?」

リィウが問い返し、エルフは沈黙を保ったまま、リナと同じ瞳、リィウと同じ意味の込めた視線で見返す。
逆に問い返されて、リナは「え?」と戸惑った。同じ外見、同じ感触を受けるこの子達だから、考えていることを共有しているのかと思ったのだ。
えっと、と、視線が宙を漂う。

自分がSEEDと呼んでいる全能感が全身全知覚を支配した時……互いの存在を感知したのだ。
同じ防衛戦で戦っていたリィウとエルフ。水平線のずっと向こう、カーペンタリアにいるフィフス。
それとまだ会っていない、同じ仲間達。その全員と、まるで肩が触れ、息を交わらせたように近くに感じたのだ。

混ざり合い、同化し……まるで多くの色の光を合わせると白色になるように、自分の色が消えていく感覚。

その感覚から逃れる頭の中に刷り込まれた情報。断片的ではあるけれど、確かに自分がなすべきこととして記憶が入り込んできた。
成さねばならない、という、全ての感情を押し流すような凄まじい強迫観念。今はその感情は時間の経過と共に雲散霧消していったが、あの強い感情は異常だ。
誰かに薬を投与されたのでも、洗脳するような機材を取り付けられたのでもない。あのストライクダガーも、整備を手伝ったこともあるが特に不審なところは無かった。ごく普通の兵器だった。
もしかしたら、自分と同じ外見を持っている二人が何か知っているかも……と、直感的に思ったのだが、肝心の二人は知っているのか知らないのか、曖昧な態度しかとらない。

「……いや、なんでもない」

知っていたとしても、知らんぷりを通されたら追及のしようがない。重たいため息をつき、諦めて視線を外す。
正直、自分と同じ顔が並ぶのを見ているのはいい気分じゃない。
それにあの強迫観念は、火事場の馬鹿力的な集中力を発揮した副作用で、妙なテンションになっただけかもしれない。
触れるのはやめておこう、と思う。

(……ライザ)

それよりも、ライザのことだ。
キラのストライクに同乗してアークエンジェルに帰艦後、彼はすぐに衛生班によって回収、ビクトリア基地に収容された。
安否のほどは分かっていない。アルミューレ・リュミエールがモビルスーツの装甲に接触した場合、どれほどの被害を機体とパイロットに与えるかはデータが無いのだ。
仮にメビウスと同程度の耐久性だった場合、パイロットは即死……というのが、アークエンジェルに乗艦したユーラシア連邦の軍人の談だが、それはあくまで宇宙要塞アルテミスに設置されたものの出力を想定した場合であり、出力が遥かに劣るハイペリオンに装備されたものが同じ結果を出すとは限らないのだそうだ。
とはいえ、アルミューレ・リュミエールは中二臭い名前だが、原理を名前にするとビームシールドであり、ビームサーベルと同じだ。予断は許されない状況であることに変わりはない。
回復するか否かは、ライザのナチュラル離れした体力に期待するしかない。歯痒い思いを噛みしめるリナ。

「リナ・シエル」
「っ?」

名を呼ばれて思考の深みから顔を上げると、リィウとエルフが視線を僅か上に向けて自分の後ろを見ていた。
目の前に、自分の名前を呼んだ声の主は居ない。振り返り、二人と同じように視線を上げる。
いつの間に近づいてきていたのか。そこには、褐色肌に猫毛のアラブ系の青年軍人と、陶磁のように白い肌にボブヘアーの青年軍人が立っていた。
確か、キラが隊長の第四小隊の……カマル・マジリフ曹長だったか? それと、リジェネ・レジェッタ曹長。

(この二人とボクに関わりなんてあったか?)
「ボクに何か用事?」

上官に話しかける時は敬礼しろ、あと大尉をつけろよデコ助野郎、とムッとするが、それよりもこの二人が自分に話しかけてくる用事があるのか、と記憶から探る。
キラをサポートしてくれたし、この二人の用事の方が気になったので、この場では不問にしておこう。
キラ関係だろうか。彼は今回も大活躍だったはず。
マジリフ曹長の隣に立っているレジェッタ曹長は、こちらを値踏みするような眼差しを向けてくる。
とても上官に向けるような視線じゃない。……まあ、彼もこんなロリボディの軍人が気になるんだろう。

「一緒に来てくれ」

デートのお誘いだった。
クールなイケメンっぽい彼のことだ、そんな端的で無表情なお誘いでも、普通の女性ならコロッといってしまうだろう。
だけど申し訳ないが、こっちは普通の女性じゃない。それに、他の女性が居るところでお誘いをしても無駄無駄。二十点。
……と、冗談はこれくらいにしておいて。

「先に用件を言ってくれる? ……出撃から帰ってきたばかりで、疲れてるんだよ。手短にね」
「大事な話だ」

その大事な話ってなによ。

「リナちゃん、モテモテだね♪」
「もてもて……りあじゅう……ばくはつすべき」
「……」

リィウとエルフが冷やかしてくる。自分の顔と声だから余計にうざったく感じて、重いため息が漏れた。
そういうノリは嫌いだ。ただでさえ今は、ライザが瀕死の重傷を負って気分がダウンになってるのに。

「私達はお邪魔みたいだから、艦内の観光旅行でもしましょうか。おいで、エルフ」
「うい」

そんなリナの空気を察したのか、あるいはカマルとリジェネの用事に遠慮したのか、二人はそれ以上冷やかすのをやめて、あっさりと背中を見せる。

「いや、お前達もだ」

立ち去ろうとした二人を、カマルは呼び止める。
振り返る二人。リィウが悪戯っぽい笑みを見せてカマルを見上げ返した。

「女の子を三人も同時に口説くつもり? イケメンだから、そういうのに慣れてるのかな?」
「そんなえさに……つられクマ……」

二人共しょうもないことを言っているが、完全に滑っている。リジェネ曹長に至っては眉を顰めて視線を逸らす始末。
痛々しい二人だ。リナは鼻の根を揉んで、カマルは何を言っているのか分からない、といった様子で、少し呆けるという珍しい表情を浮かべた。
まあ、いい。この二人は放っておいて、カマルを見上げ返す。今、ブルーな気分になっているのに、そっとしておいてほしい。
意地悪のつもりで、権力を振りかざしてみた。

「……この二人はともかく、上官のボクを引き止めるなら、それなりに理由があるんだろうね? 誰から命令されたの?」
「誰からでもない。だが、話を聞いてほしい。お前の父親に関する件だ」
「!」

その言葉に、初めてリナは興味を覚えた。
この二人は親父の遣いだったのか。それにしては自分達よりも早く、この基地に居たようだが、親父がここに来ることを予見してよこしたってことか?
まあ、ビクトリア基地が攻撃を受けることは地球軍に筒抜けだったみたいだし、アークエンジェルをここに派遣する命令もあったのだから、命令系統や情報の中心地であるJOSH-Aにいる親父が、アークエンジェルがここに到着する前に部下を派遣しておくくらいは簡単だったのだろう。

「じゃあ君達は、シエル准将の直属の部下なの?」
「いいや、その下のナカッハ・ナカト少佐だ」

二つ下の命令系統のようだった。まあ、曹クラスが将官から直接命令を受けてるワケがない。
そのナカト少佐とやらも、ここに来ているのかどうかは知らないが、ただの伝令に佐官が走り回るわけにはいかない。

「へえ、ナカト少佐のお使いなのね」
「知ってるのか?」

雷電、ではなくて。リィウがそう零して、続ける。

「第七機動艦隊の少佐よ。私達も彼の下についていたこともあるから、よく知ってるの」
「第七機動艦隊……」

そういえば、自分は第七艦隊の所属だった。リナはアークエンジェルに馴染みすぎて、すっかり忘れていた。
第七艦隊に居た頃は、メビウスやミストラルばかり使っていたから、苦い記憶しか無かった。頭が忘れようとしたのかもしれない。
とにかく、第七艦隊の少佐からともなれば、無碍に扱うこともできない。
リナは腕組みして、ようやく二人の話をまともに聞く気になって二人に身体の正面を向ける。

「初めにそう言ってくれればいいのに。で……どんな伝令を持ってきたの?」

マジリフ曹長はリナが言い終わるより早く、データが収められたカードを手渡す。
書面じゃなかったようだ。機密とか大丈夫なのだろうか、と心配になっていたが、続く言葉に目を剥く。

「リナ・シエル。転属命令だ。本日付でアークエンジェルの艦載機パイロットを解任。
俺達と一緒に、アラスカ基地まで来てもらう」
「は?」

言っている意味が分からない。
解任。パイロットを解任。その言葉に、ぐらりと頭が揺れる。アークエンジェルを降りろ、ということ……?
他の二人にも、アラスカ基地へのお誘いをかけている。二人が快く了解しているのを、はるか遠くの出来事のように見ていた。
呆然としているリナに構わず、マジリフ曹長は淡々と言葉を続ける。

「ここのマスドライバーを使って低軌道グライダーで飛べばすぐだ。明朝に出発する」
「ちょ、ちょっと待て!」
「どうした」

思わず制止してみたものの、この命令に背くことはできない。それに、この曹長二人組に言ったところでどうしようもない。
それでも、リナは急転直下の展開に頭がついてこれなかったので、一息つきたかった。
とはいえ、頭の混乱は収まらない。ヘリオポリスからビクトリア基地までの記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
ここまで苦労して、自力で歩んできたのだ。アークエンジェルに乗ったのも。クルーゼ隊やバルトフェルド隊の猛攻を退けたのも。
アークエンジェルを守ったり守られたり。キラやムウと必死で戦って、ここまで生き延びてきたのも。
全部、親父とは全く関係の無いところで、自分達の力で切り拓いてきたのだ。アークエンジェルと、そのクルーには愛着がある。

それに、キラ。
彼が心配だ。普通に戦うという点なら、生き残れるかもしれない。いや、ところどころ危ういところがあるから、何があるか分からない。
できるなら、傍で守ってやりたい。キラと最後まで戦って、この戦争の終戦を見たい。

……その後のことは、正直、言葉に表すことができないけれど。
でも、自分なりに未来の展望があって、親父の力の関わらないところで闘いぬいて、エースとして名を馳せたいのだ。
それを、いきなり親父がしゃしゃり出てきて、これから、というところで路線変更をしろと?
感情では、到底受け入れられない。

「……ボク達以外では、誰が同行するんだ?」

せめてもの抵抗のつもりで問いただす。もしかしたら、アークエンジェルのメンツがついてくるかもしれない。
だが、カマルはささやかな抵抗など風と流し(というか気付いていない)、表情を一毛も変えずに答える。

「お前達三人だけだ」

リナは目の前が一瞬暗くなった。
アークエンジェルと。メイソンの元クルー達と。ムウと。……キラと、離れ離れになる。

「…………」

了解の返事もせず、重力に任せて頭を垂れるしか無かった。



[36981] PHASE 35 「少女が見た流星」
Name: menou◆6932945b ID:1e6273ac
Date: 2015/09/16 14:36
「そんな……リナさん、アラスカに行ってしまうんですか!?」
「一足先にね……そういう命令なんだ」

マジリフ曹長に転属を言い渡されたその次の日の朝食時間。ビクトリア基地の士官食堂で、いつものパイロットのメンツに転属の旨を伝える。
マスドライバーを用いて低軌道グライダーを射出。成層圏ギリギリを飛んで、宇宙からも地上からもザフトの襲撃を躱して、一直線にアラスカへ。
そこで第七機動艦隊へ復隊し、任務に就く。そこから先、誰の下に、どこへ派遣されるかは機密になっているので、まだ知らされていない。
その予定を告げると、一番驚いたのはやはりキラだった。

「でも、なんでこんなタイミングでリナさんが……? ムウさんも、第七艦隊の軍人じゃないですか」
「おいおい、俺に出て行って欲しいのか?」
「そ、そんなつもりじゃ……ただ、他にも第七艦隊の人達はいっぱいいるのに、なんでリナさんだけって思ったんです」

苦笑するムウに困惑するキラを、リナは少し寂しげに笑い、肩をすくめる。

「そこのところは、ボクにも分からないよ。軍の命令だから仕方ない、としか言えない。推測でいいなら言うと、アークエンジェルで一番動かしやすい人材だったんじゃない?
今の地球軍は、MSパイロットは一人でも欲しい状態だし、中央にMSパイロットに熟練した人材を集めて、教官にするとか……その辺りだと思うけど」

我ながら尤もらしいことを言ったが、カマルが「親がらみ」と言ったのだ。それだけでは無いのだろう。
一体親父が、なんで今になって一人娘に用があるのか。大事に奥に仕舞っておきたいなら、最初から権限を使って自分の下に配属すればいいのだ。
将官の子息令嬢は、その直下に配属されるのは通例のことであるし、誰も非難はしない。
かといって高官の気まぐれで一パイロットを配置換えできるような、楽観できる戦況でも無いし……考えれば考えるほど分からない。

「でも、地球軍の飛行機がザフトの制空圏を飛んでも大丈夫なんですか?」
「ああ、それなら平気だよ。低軌道上……いわゆる成層圏には、地上軍の攻撃は届かないからね」

敵地上空を飛ぶ。それに不安を覚えるのも無理からぬ事だが、杞憂だ。
こうした低軌道航行は、皮肉にもΝジャマーのおかげで安全が保証されている。そうでなければ、統合戦争時代の弾道ミサイル迎撃システムによって撃墜されてしまうのだ。
更に言うと、現在の技術では、成層圏を、MSやMSを搭載できる大型機が飛行することはできない。
前述のように、ミサイルや小型機などは飛行できるが、そんな高度で小型機同士の撃ち合いをしたところで戦略的に意味が無いし、コストパフォーマンスも悪いので、成層圏はほぼ非武装中立なのだ。
あとは針路上空に敵艦隊が存在しないことさえ確認できれば、平時の旅客機と同じようにリラックスして飛行できる。

「ボクも、アークエンジェルに未練がないって言ったら嘘になる。でも、キラ君とフラガ少佐が守ってくれるから大丈夫だよ。
アークエンジェルとは所属が違うから、次に会えるのは終戦後かもしれないけれど……まあ、別のクラスに行った、くらいに考えてよ。また会えるんだからさ」

暗い顔をするキラを励ますつもりで気軽に言ってみせる。
わかっている。これは戦争だ。お互い、明日生きている保証なんてどこにもない。紙切れ一枚、数キロバイトの命令書で死地に赴かなければならない身なのだから。
キラに関しては杞憂なんだろうけど……自機を失ったパイロットが心配する筋合いは無いのかもしれない。

「そんなに落ち込むなよ、坊主。俺達軍人は、転属なんてしょっちゅうなんだぜ。こんなヤバイ戦争だから、心配なのは分かるけどな」

明らかに落ち込んでうなだれているキラを見て、ムウはキラの肩を叩き、努めて朗らかな声を挙げた。

「こういう時は、笑って見送るのが一番だぜ。顔を合わせていられるうちにな」
「そうそう。だいたい、しんみりした空気で送り出されると縁起が悪いでしょ?」

ムウもたまには良いこと言う。リナも笑顔で頷いて、チキンの香草焼きを口に運ぶ。
陰気臭い雰囲気は苦手だ。いくら戦争で転属だからって死に別れるわけでもあるまいし、もっと笑顔で、気楽に送り出して欲しい。
……正直なところ、自分だけストーリーの枠から外れていくのは、寂しいというか、仲間はずれにされたような気分だが、まあどこかで合流するだろう。行き着く所は皆同じ、最終決戦の地、ヤキン・ドゥーエなのだから。

「ボクが心配してるのは、MS同士で顔を合わせた時に、誤射されないかどうかだよ。特にケーニヒ一等兵」
「ちょっ、俺だって二度修羅場くぐり抜けて、進歩してますよ! そんなヘマやらかしませんって!」

リナの唐突な弄りに、トールが不服を訴える。
トールはビクトリア攻防戦の参加と、G兵器を僚機と共同で撃退した功績が認められて、二等兵から一等兵へと昇進していた。
下士官、特に兵の間は昇進が早い。特に最前線では、手柄を立てるチャンスが多いのと、上位階級の戦死者が後を絶たないためだ。
まあ、大尉であるリナにとっては、二等兵も一等兵も下っ端であることには違いない。精々、今までは無かった階級章が襟と肩につけられるだけのこと。

「へへへ、俺もついに階級章がついたぜ! 見ろよ、超かっこいいの!」
「すごいじゃない、トール! 頑張ったおかげね!」

昨晩目撃した、元アカデミー生達に、トールが今までにないドヤ顔で階級章を見せびらかせていた場面が、今も目に焼き付いている。
自分の頑張りが認められた証だし、さぞかし嬉しかったんだろう。気持ちは分かる。命がけで戦って貰った階級だから、その感激もひとしおだ。
あと、ビクトリア攻防戦に参加した証として、ユーラシア連邦から徽章が贈呈されるらしい。が、悪いけどそれを貰えるまでここに留まる猶予は無い。
それを見せびらかす相手はいない。なにせ、アークエンジェルのクルーも含め、全員が貰えるのだから。

俯いていたキラが顔を上げる。

「出発はいつなんですか?」
「明日の〇七〇〇時だよ。朝日に向かって飛ぶことになるね」
「東回りで行くんですか!?」

驚きは分かる。だって、東回りだと相当な遠回りになる。軽く世界一周だ。
普通の航空機なら丸一日かけても着かない距離である。聞いてるだけでもお尻が痛くなりそうだ。

「衛星軌道は東回りだからね。低軌道を飛ぶグライダーだから、こればっかりはしょうがない。
アークエンジェルは、どうやってアラスカに向かうの? まさかアークエンジェルまで東回りじゃないよね?」

一番の関心事はそれだ。ゲームでは、バルトフェルド隊との戦いの後紅海に出て、モラシム隊と戦闘があるはずだ。
自分の知るところでは、この時代では地球軍に水中戦用のMSは開発されていない。水中ではゲームほど、現実は海の底は浅くないはず。かなり苦戦するだろう。
全員の視線を受け、ポテトサラダを飲み込んだムウが水を飲んだ後、口を開く。

「……それなんだが、西アフリカはだいたいザフトに取られちまってるし、この場では細かくは言えないけど、東回りになるって話だ」
「大丈夫なんですか? かなり遠い道のりになりますけど」

やっぱりか。内心で嘆息し、テーブルの下で掌の中の汗を握る。
ゲーム通りの航路を辿ってしまうのか。東回りだとすれば十中八九、紅海を渡る。陸はザフトの勢力圏だし、きっとそうだろう。
大丈夫なはずだ。ゲームでは何の問題もなく、東回りでもアラスカに到着していた。その経過は分からないが、全員着いたはず。トールがゲーム上に出ていないので心配だが。

「まあ、ちょっとした世界旅行になっちまうけど、いけるだろ。それよりも自分の心配をしろよ」
「?」

アラスカのJOSH-Aといえば、連合軍の中枢を担っている統合本部。いつ補給ができるか分からないアークエンジェルよりも、遥かに安全なはずだけど。
ムウの言っていることが分からず、きょとんとするリナに、ムウは苦笑を浮かべた。

「アラスカに転属といえば、多分お前の親父さんのいるJOSH-Aに配属されるんだろうけどな。
JOSH-Aだって、100%安全とは限らないんだぜ? ビクトリアの攻略に失敗したザフトの連中が焦って、どんな無茶をやらかしてくるか分からないんだ。
地球上にはΝジャマーが打ち込まれたから、核は無いだろうが、大量殺戮兵器は核だけじゃないからな。俺はそっちの方が心配だよ」
「あの、ボク、これからそういうところに行くんですけど……」

ムウは、どよんとした表情でリナに睨まれ、悪い悪い、と乾いた笑いを浮かべる。
全く、笑って見送ろうぜと言った張本人が、舌も乾かぬうちにこれだ。

朝食を終えると、低軌道グライダーは燃料の補給を終えて、最終点検をしている最中である旨をレジェッタ曹長から報告される。
もう出発は近い。その前に、ここまでの苦楽を共にしてきたアークエンジェルのクルー達に挨拶をして回る。

「俺もヘリオポリス着任前から整備兵やってましたが、嬢ちゃんの機体ほど手を焼かせてくれた経験はありませんでしたぜ。JOSH-Aのもやしを泣かさんで下さいよ」
「肝に銘じておくよ、マードック曹長」

格納庫でマードック曹長と笑みを交わす。彼の熟練の整備の腕があればこそ、リナはここまで生き延びてこれた。
彼の言うとおり、JOSH-Aにこの人ほど腕の良い整備兵が居てくれればいいのに。そう願ってやまない。

「私が居ない間に、ショーン中佐と喧嘩しないで下さいよ? エスティアン中佐」
「”明けの砂漠”の若い奴らと暴れた奴がよく言うぜ。貴様こそJOSH-Aでは良い子にしてろよ」

惑星や星の位置から艦の正確な位置を割り出し、軌道計算、エンジン出力計算などを行い、Νジャマー散布下でも正確な航行をするための航海科の長、エスティアン中佐は子供のような無邪気な笑みを浮かべ、リナと拳を押し付け合う。
仕官前はカリフォルニアきっての悪童だったらしい。キャプチャーネットで拘束、逮捕されたことのある(悪い意味で)稀有な人物だ。
そんな人物が、艦でも一、二を争う頭脳派集団である航海科の長をやってるんだから不思議なものだ。

「アラスカでまた会おう、シエル大尉。配属先次第では、再会は終戦後かもしれんが……その時は、貴官の故郷のシアトルで一杯やろう」
「何故こちらへ?」
「シエル”准将”にも挨拶をしておきたい。ご息女に世話になったしな」

CIC統括のショーン中佐は、見た目通りの真面目人間を発揮させて、リナから苦笑いを誘う。
その時にはオレンジジュースでも飲んでおこう。まだ酒を飲める体じゃないし。

「これまでご苦労だったな、シエル大尉」
「大佐こそ、これからのご苦労をお察ししますが、どうかご健勝であられますよう」

艦長代理のギリアム大佐と握手を交わし、敬礼する。
リナが、アークエンジェルに居て、自分が軍人であることを最も強く意識させられるのは、ギリアム大佐の前に立った時だ。
全体的に、実直で堅実な印象のある彼は、ただ上級士官だからというだけでなく、視線と雰囲気がこちらを戒めているような気がしてくるのだ。
リナが背筋を伸ばしてかっちりとした敬礼をするのを見て、まるで日本の柴犬だな、と思い、ギリアムは笑みを零す。

「そう固くなるな。今まで大尉と親交を深める機会は無かったから、エスティアン中佐とするように……というわけにもいかないが、ショーン中佐とするようにはしてくれないか?」
「は、はあ……」

確かに、大佐と個人的な話をすることは殆ど無かった。リナはそれに気付いたのと、フギリアムの、初めて触れるプライベートな顔に、毒気を抜かれた。

「私も、どこまでも真面目な軍人というわけでもない。公の場でもないから、楽にしてくれ。
そうだな……大尉、仲の良かったハイスクールの教師は居たか?」
「いいえ」
「む、そうか……ならば、お父上とは……は、少し違うな。近所の口うるさい大人というのでは……」
「……それだと、大佐に対して無礼な態度をとってしまいます」
「そうか? ……まあ、なんだ。それなりに丁寧であれば、過剰にかしこまらなくてもいい」

何か上手い例えを出そうと、視線を彷徨わせ視線を泳がせるフィンブレンに、思わずリナも笑ってしまう。
それに気付いて、咳払いして「失礼しました」と、また背筋を伸ばした。
今まで、ここまで砕けたギリアムを見るのは初めてだった。質実剛健、実直一徹な軍人だと思っていただけに、あまりのギャップにこらえきれなかった。
その様子に、ギリアムもまた笑う。

「今の感じでいい。次に会う時には、もう階級も何も無くなってるかもしれない。その時には気軽に、フィンブレンおじさんとでも呼んでくれ」
「は……はっ」
「ではな。配属先での健闘を祈る、シエル大尉」

そう言うと、ギリアムは肩に手を置くのではなく……白い革手袋に包まれた手で、頭を軽く撫でてから、白い軍装の背を向けて歩いて行く。
その後姿を、リナは撫でられた頭に触れながら、呆気にとられて見送った。



「シエル大尉」
「ラミアス少佐。ちょうど良かったです」

彼女を探していたら、あちらからやってきた。マリュー・ラミアス少佐。フィンブレン大佐の傍で、アークエンジェルやG兵器に関する助言で補佐していた彼女だ。
原作では艦長をやってたけど、撃沈された「メイソン」の生き残りのクルーがアークエンジェルに乗り込んだことで、階級繰り下がりで副長になった。
彼女よりも偉い佐官も乗り込んだのに副長に収まったのは、アークエンジェルやG兵器に関する知識が豊富で、艦長に直に助言できるのと、アークエンジェルが帰属する第八艦隊の士官達の中では最高位であるのが理由だ。
実際、戦闘指揮、航行に関しても、艦長他幹部士官達に多くの助言を与えており、アークエンジェルを正しく運用できたのは彼女の功であると言っても過言ではない。
敬礼を交わし、マリューが寂しげに微笑む。

「大尉は先にJOSH-Aに行ってしまうのね。寂しくなるわ」
「はい。お先に失礼します、という感じです。ラミアス少佐もお元気で」

マリューは情が深く、感受性豊かなので、その言葉が建前ではなく本心から言っているのが表情と語調からも分かり、リナもつい目頭が熱くなってしまう。
シャワールームで顔を合わせることが多く、裸の付き合いもあったりして、個人的に甘えやすいタイプでもあり、リナとしても彼女の事は気に入っていた。
立場もあって、アークエンジェルのおふくろと言っても過言ではない。……本人に言えば盛大に顔をしかめられるだろうが。

「えぇ。また同じ部隊に配属されるといいわね。この戦況ですもの、お互い僻地に飛ばされることもあるかもしれないけれど」
「それを言ったら、飛ばされるのはボクの方ですよ。ラミアス少佐は、栄えあるアークエンジェルの副長じゃないですか」

マリューはきょとんとしてから、間を置いて小さく笑いを零す。

「栄えある……そうね。私達は軍務に誇りを持って艦に乗っているもの。大尉は立派な精鋭よ」
「あっ? いや、その……はい」

彼女の妙な反応に、一瞬戸惑ってから小さく頷いた。
この世界全体を、機動戦士ガンダムSEEDという作品として俯瞰して見ていたリナには、ついアークエンジェルをホワイトベースと同様の伝説的な船として考えており、つい大げさな言い方をしてしまう。
まるで全てが自分たちを中心に物語が、世界が動いているように錯覚してしまうのだ。
アークエンジェルも、他の艦よりも多少戦果を挙げているだけの、数ある軍艦の一隻であり、この世界全体からしてみれば、ちっぽけな一戦術単位に過ぎないのだ。
それを気付かされて、思わず赤面する。

「何を赤くなってるの? 今の言葉は皮肉じゃなくて、本当にそう思ったの。そうでないと、多くの人の命を奪う軍人なんてやってられないものね。
もっと自分に誇りを持って。貴女なら、きっとJOSH-Aでもやっていけるわ。頑張ってね」
「おだてないで下さい」

まるで遠方に働きに出る息子を送り出すようなセリフに、苦笑いが漏れるが、満更でもなかった。
それでも負けず嫌いの性分が働いて、思わずツンとした言葉を出してしまうが、マリューは気分を害することなく、むしろ穏やかな笑顔を浮かべ、無言でリナの頭に腕を回し、胸の中に引き寄せた。
硬い布地の軍服越しだが、柔らかさと香水の香りに包まれ、リナの目が見開かれる。

「……っ!? あ、の……」
「……なんでかしらね。貴女のことが、まるで妹のような気さえしてくるわ。私には妹なんて居ないけれど、きっと貴女のような感じなのかも……」
「…………」
「ごめんなさい、変なこと言ったかしら。味方の基地に着いて一段落したから、少し気が緩んじゃったみたい」
「い、いえ」

マリューの優しい声と共に体が離され、リナもほのかに頬を染めて、俯きがちになる。
軍人らしくない、情緒豊かな人だとは思ったが、まさかこんなに優しく抱きしめられるなんて思いもしなかった。
こんな柔らかさを持った人とも、あと一時間もしない内に別れると思うと、アークエンジェルでもう少し触れ合っておけばよかった。
そんな郷愁にも似た寂寥感を感じながら、目が潤うのをじっと我慢しながら見上げる。

「……少佐も、お元気で。JOSH-Aで待っています」
「えぇ。私達もすぐ追いつくわ」

マリューの背中が見えなくなってから涙を拭い、次の挨拶に向かう。
アークエンジェルのクルー全員に挨拶し終えると、もう出発が間近に迫っていた。
基地の修復工事と朝の調練で基地が喧騒に包まれる中、リナとエルフとリィウが、自分よりも大きな背嚢を背負って、低軌道グライダーの格納庫に立つ。
ガントリークレーンや航空機を牽引するためのタグ(日本で言うところのトーイングカー)、荷物や燃料を運ぶリフトカーが忙しなく動きまわっており、格納庫というよりも工場のような雰囲気だ。
そしてその三人を案内するためにマジリフ曹長が同行する。彼は私物をほとんど持ち込んでいないのか、ボストンバッグ一つだけだ。

「着替えしか持ってきていないの?」

いくら低軌道グライダーが音速をはるかに超える速度で飛ぶとはいえ、窮屈な密室の中で数時間を共に過ごすことになるのだ。
その間だんまりでは、あまりに息苦しい。少しはコミュニケーションをとっておこうと思い、話しかける。

「そうだ」

リナの努力をそよと受け流し、ごく端的な返事をするマジリフ。
会話が続かない。リナの目が泳ぎ、言葉を探す。

「……そ、そうか……アークエンジェルやメイソンでも、ギターとか、携帯ゲームとか持ってる人居たけど……」
「必要を感じない」

そこまで言われると、はぁ、としか言い返せなくなる。
マジリフとコミュニケーションをとるのを諦め、気分を紛らわすために自分が乗る予定の機体に視線を移す。
イメージとしては、Ζガンダムでレコアが乗っていたホウセンカを、スケールアップしたようなイメージの機体だ。
機体上部はアースブルー色で、底部が黒く塗装されており、地上と宇宙から目視で発見されにくいように配慮してカラーリングされている。
それにステルス性にも配慮しているのだろう。ヘックス状の外装で、反射面積を極力小さくしている。

「本当は、国賓や将官クラスでないと乗れない飛行機なんだって」

リィウが、まるで見た目通りの年齢のように顔を輝かせながら、楽しげに説明してくる。
なんでこんなにはしゃいでるんだろう、こいつは、と疑問に思いながらも、やはり内容は気になる。

「そんな大層なものに、なんでボク達パイロット風情が乗れることになってんの?」
「さあ。お偉いさんが乗っていいって言うんだから、お言葉に甘えようよ。中は結構快適らしいよ? ドリンクバーもあるって」

遊園地の乗り物に飛びつく子供のようなはしゃぎようのリィウを頭の隅に追いやり、リナは怪訝な気持ちでグライダーを見る。
確か、この転属命令を出したのは宇宙軍第七艦隊のナカッハ・ナカト中佐だ。大元をたどれば、第七艦隊の司令に行き当たる。
それ以上の命令系統……となると、JOSH-Aの宇宙軍統括、あるいは三軍を指揮する立場にある大西洋連邦大統領になってくるが、いいとこ第七艦隊の司令だろう。
ユーラシア連邦の基地にいるパイロットを名指しで呼び出せる上に、一度打ち出すのに多大なコストがかかるマスドライバーを使えるのだから、相当な権限の持ち主が命令を下したに違いない。
親父、というのも考えにくい。准将、たかが准将が、ここまで大掛かりなことができるだろうか? マスドライバーを使ってパイロットを呼び寄せる大義名分を作り出せるものだろうか。

「……」
「……わっ」

考え込んでいたら、エルフがまるで幽鬼のごとく目の前に佇んでいた。
まるで瞳の色が珍しいかのように、じっと目を覗きこんでくるが、確かフィフスやリィウと同じ色で、大して珍しい色でもない。

「な、何……?」
「…………おかあさんに、にてる」
「は?」

年が近い(?)女の子に、母親に似ているなどと言い出すエルフに困惑する。
先ほどマジリフ曹長とコミュニケーションを取ろうと頑張っていただけに、ここで無視するというのも気に入らないので、一生懸命返答の言葉を探す。
うん、まずはお説教だ。眉間を摘んでいた手を離し、今にも寝てしまいそうなエルフの目を見返す。

「あのね……そりゃあ、ボク達は似てるから、どこかしら似ているかもしれないけど」
「うん」
「女の子に対して、自分のお母さんに似てるなんて言うもんじゃないよ。ボクは君に母性を発揮したことはないし……年も同じくらいでしょ? だから……」
「?」
「失礼だって言ってんの!」

首を傾げるエルフに、思わず声を荒らげる。
マジリフ曹長といい、このメンツの半分は、どうやらコミュニケーション不全症らしい。当のエルフも、何が失礼なのか分かっていないのか、不思議そうにこちらを見返してくる。
頭を抱えて頭痛をこらえるリナは、こいつと同じ配属先は御免だと胸中で唸る。ついでにマジリフ曹長ともだ。

やがて、発進時刻が近づいてくる。管制室から搭乗のアナウンスが流れたため、四人とも乗り込んでいく。
マジリフ曹長が機長のようで、エルフと漫才をしている間に操縦席に乗り込み、管制室と発進のやりとりをしていた。
既にマスドライバーに充電が完了され、グライダーにも推進剤が充填された。あとは低軌道上の安全を確認したのちに打ち上げだ。
打ち上げのギリギリまで機体とマスドライバーの点検をしていた整備士達も離れ、自分達が乗り込む番になった。
大きな荷物は後部ハッチに収められ、『各員搭乗せよ』というアナウンスが響き、手荷物の入ったバッグを肩に、タラップを上がろうとして――

「リナさん!」

自分を呼ぶ声が聞こえた。キラだ。振り向くと、らしくもなく息を荒らげ、駆け寄ってくる。
そういえば、パイロット同士の挨拶は食事の時に済ませたつもりだったけど、きちんと挨拶はしていなかったかもしれない。
駆け寄るキラを迎えるように立ち止まると、リィウとエルフもキラに呼ばれたかのように立ち止まる。キラの視線は、リナにだけ向けられている。
タラップのすぐ下まで来て、手を伸ばせば届くくらいの距離まで近づいた。キラの手が、肘の高さまで持ち上げられる。その手は震えていた。
「何?」と、リナはキラの思いつめたような表情に、少し不穏な気分になったが、キラは何度も唾を飲み込むだけで、答えることができない。

「キラ君?」
「……っ、その……気を付けて、ください。僕達も、すぐ行きます。アラスカに!」

聞いているこちらが心配になりそうな激励の言葉だった。
最後までキラらしい、必死で、様々な感情をぎゅうぎゅうに詰め込んだような声に、笑みが漏れる。

「うん、キラ君もね。……じゃあね」

持ち上げられた両手は既に下げられていて、結局何を意味する手だったのかは分からなかった。




リナ達乗員が座席にシートベルトで固定されて間もなく発進シークエンスが完了し、ゆっくりと機体が回るのがリナ達に伝わった。
A3用紙ほどの小さな窓から外を覗くと、低軌道グライダーを駐機していた格納庫が遠く離れていくのが見える。
下を見ても、低軌道グライダーの翼が見えるだけで特に面白みがない。
これが前世ならば、その翼の非日常じみた機械らしさに興奮するのだが、日常的にモビルスーツやらモビルアーマーに触れている今では、地味な機械としか感じなくなってしまった。

「これが可変型MSとかだったら、何時間でも見てられるんだろうけどな……ムラサメとか」

呟いた直後、機体が小さく沈み込む。リニアカタパルトに乗ったのだ。
機体が唸りを挙げて震動し、甲高いジェット噴射音が響く。ついに発進だ。初めて宇宙に上がった時のことを思い出す。
あの時の緊張と高揚は、今も忘れられない。人生初の宇宙。前世だったら、ごくごく選ばれた人間しか出られなかった。テレビで見ていて、憧れを抱いたものだ。
それがまさに自分がその立場になったかと思うと、涙が止まらなかった。周囲はいきなり泣きだした自分をえらく冷やかしてくれたものだ。

コズミック・イラに入って十数年程度で、宇宙への進出は選ばれた人間だけが行けるような厳かな場所ではなくなった。
C.E.11で初のスペースコロニー『世界樹』が完成、その次の年には月面都市『コペルニクス』が完成。
それらを境に、地球と宇宙の往来はより盛んになり、旅客機に乗るよりはかなり値が張るが、それでも西暦に比べれば遥かに手軽に宇宙に行けるようになった。
同じシャトルに乗る幹部候補生達は、これよりも前に宇宙に行ったことのある人間もいるのだろう。自分は宇宙には行ったことはなかった。
精々映像で、宇宙に向かって飛んで行くシャトルを見ていただけで、親父――デイビットは頑として宇宙には行かせてくれなかった。軍人なら簡単だろうに。

(これから、その親父のところに行くわけか)

予定とはだいぶ違うが、時期が早まったんならそれはそれでいい。
あの親父のケツを蹴り上げ、それから胸ぐら掴んで事情をとっぷりと聞かせてもらおう。
振り返ってみれば、親父に振り回されっぱなしの人生だ。それくらい許されるだろう。
モビルスーツのパイロットになれたのは親父のおかげでもあるが、親父の権力があればG兵器のどれかのパイロットにつっこむのもできただろうに、それをしなかったので蹴りつけるだけでとどめてやる。
それを想像して少しだけ気分を高揚させ、シートに背を預けたところで……機体が、まるでカタパルトで打ち出されるように、ぐんっ、と加速をかける。
発進のアナウンスが無かったので、少し不意を打たれた。他の軍人も乗ってたらブーイングものだっただろう。

窓の風景が急速に流れていく。窓に、チラとアークエンジェルの艦影が見えた。
もう、アークエンジェルに乗ることはもう無いのか。そう思うと、少し目頭が熱くなった。
別れの挨拶は済ませたはずなのに、また寂しい気持ちが浮かんでくる。
痛めている小さな胸を、発進のGが押さえつけ……機体はマスドライバーの急斜面を駆け上り、成層圏を舞った。

「……宇宙か」

上昇のGが過ぎ去り、機体の震動も収まると、前髪がふわりと浮き始める。
ポケットに入れていたキャラメルを浮かして、また宇宙に来たことを実感した。今となっては、この無重力が気持ちいい。
きっとこの宇宙の向こう側に、最終決戦の地であるヤキン・ドゥーエがある。そしてジェネシスも。
建造期間を考えると、ジェネシスはとっくに建造が完了しているはずだ。あんなデカイもの、どうやって破壊するんだ? と思わなくもない。
ジェネシスかヤキン・ドゥーエの姿を探そうと、宇宙の彼方に目を凝らしていると……。

「なんだ……?」

流星のように光が尾を曳くのが、黒塗りの宇宙の向こうに見える。
それも、一つ。こんなところを単機、あるいは単艦で巡航する機体があるのか? もしかしたら、ザフトかもしれない……そう思うと、怖くなってくる。
リナは朧気な不安を抱きながら、その光の尾を眺めていると。

「!?」

その光の尾を曳いているものが、急速にこちらに接近してくる!?


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