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[36335] 【短編連作】玄人のひとりごと 年末版【ネタ】
Name: giru◆2ee38b1a ID:d45960f9
Date: 2014/12/29 08:08
【前書き】
これは故 中島徹先生の作品「玄人のひとりごと」の
年末恒例ネタを行おうと考えた小ネタSSです。

原作の都合上、読者の方が麻雀を知っている事が前提となりますのでご注意ください。


元ネタは知っているが、登場人物の名前を覚えていないという人へ
----
南:主人公、長髪の和服
東尾:メガネのリーマン。妻子あり。不倫している。
西田:ボーズ頭。オヤジギャグ好き。
無精ひげ:チェック柄のスーツに黒シャツを着ている無精ひげ。本名不明。
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[36335] 2012年
Name: giru◆2ee38b1a ID:266cdb3f
Date: 2014/12/29 02:31
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったなぁ」

 無精ひげを生やした男がしみじみと応じる。
 そして、対面に座る丸顔の男――西田が、やや得意げに牌を握り締めて言った。

「ま、2012年といえば、まずはやっぱこいつかな」

 捨てた牌は五筒。
 牌に込めた意図を東尾と、もう一人、無精ひげの男はすぐに察した。

「おお、オリンピックか」

「確か男子体操で、28年ぶりに個人総合金メダルとか言ってたっけなぁ」

 レスリングも良かった。いやいや、水泳や卓球だって……
 和気あいあいと盛り上がる面子を尻目に、卓を囲む最後の一人、和服に長髪の男――南倍南(みなみ・ばいなん)は胸中で一筋の汗を流す。

(まずい。毎年この時期の麻雀は、この手の話題で盛り上がってるウチにやられっちまってんだよな……)

 過去に受けた数々の屈辱を思い出し、とにかく今日こそは、手堅く打とうと心に決める。
 そんな南の決心を知ってか知らずか、東尾が気楽に牌をツモり、そして捨てた。

「ま、俺はオリンピックよりもこいつだな」

 東尾の捨て牌は東。

「ああ、スカイツリーか」

 納得した西田の言葉に、東尾が頭をかきながら照れ臭そうに笑う。

「いやー、カミさんと娘が連れてけってうるさくてさ」

 だが、これには南も口を挟まずにはいられなかった。

「しかし、開業したばっかりじゃ、人ゴミがすごかったんじゃないのか?」

 南の言葉に、ふっと東尾の目が遠くなる。

「ああ、その通りでよ。何でカミさんも娘も、あんな元気にはしゃげるんだ? こっちは行くだけでクタクタだってのに……」

 その時の疲労を思い出したのか、言葉の中には哀愁が満ちていた。

「……家庭持ちは大変だな」

 これには流石に若干の同情を禁じえず、唸るように呟きながら、西田の捨て牌を待って牌をツモる。
 残念ながら不要牌であったため、そのままツモ切りし――その捨て牌に、無精ひげが反応した。

「お、そいつでロン! 満貫だ!!」

「ぐ!?」

 手堅く打とう、と思った側から満貫の放銃は痛い。
 ぎりぎりと悔しさに歯軋りをしてしまう。
 が、無精ひげが倒した手をよく見ると……

「……っておい、その手は7700だろうが」

「あれ、バレた?」

「粉飾決算してんじゃねぇぞコラ!」

 悪びれもせずに答える無精ひげに、南も思わずツッコんでしまう。

「そういやオリンパスの粉飾決算で逮捕者が出たのと同じくらいの時期だっけか? 天皇陛下がバイパス手術したのって」

 仕切りなおしの次局。
 西田が思い出したように話題を出し、白を捨てる。
 だが、その目は何かを期待するようにきらきらと輝いていた。

(こいつまさか、牌白(ハイハク)でバイパスって言いたいんじゃ……?)

 そしてツッコミを待っているのだろうか。
 あまりにくだらなさ過ぎるオヤジギャグにツッコむ気にもなれず、脱力しながら四索を捨てる。

「あ、そうそう、四索で思い出したけど、フィギュアスケートも今年は日本勢がすごかったよな」

 今度は東尾が南の捨て牌を見て、話題を挙げてきた。

「なんだ、お前スケート見てんの?」

 よほど意外だったのか、無精ひげが目を丸くしながら言った。
 流石に自覚している部分もあるのか、東尾も指摘に苦笑する。

「いやー、娘がハマってて、隣でよく見てるんだわ。女子でも四回転するとかすごいよな」

「おおかた、その回転の間に見えるフトモモが目当てなんだろ」

「い、いやだなあダンナ! ひ、人聞きの悪いこと……!!」

 南の指摘に東尾がぎくりと肩を震わせ、から笑いしながら牌を捨てる。

「あ、それロン! IPSだ!」

 捨て牌に顔を輝かせ、得意満面の笑みで西田が自牌を倒した。

「げぇ!?」

「IPS? それ、ソーズにチュンのメンホンだろ?」

 だが、倒された牌姿は索子と中の混一色であり、無精ひげは思わず首を捻ってしまう。
 バイパスでスルーされたのがよほど不服だったのか、よくぞ聞いてくれましたといわんばかりに、西田は胸を張って解説する。

「IP(いっぱい)のS(ソーズ)だ!」

(……相変わらずしょーもないオヤジギャグで一気に波に乗りやがるな)

 南は呆れ混じりに小さく感嘆を漏らす。
 ひょっとすると、中も山中教授のつもりなのかもしれない。かなり苦しいが。

「ちくしょー、せっかくのトップが……」

 無念を滲ませながら、東尾が点棒を払う。

「まあまあ、日本も民主党から自民党にトップ交代したじゃんか」

「アメリカはオバマ大統領のままだよ……」

 次局もずっと落ち込みを引きずり続ける東尾に、見かねた無精ひげがフォローする。
 消え入るように答えながらツモり、そして捨てる。

「う……! それかぁ~!」

 東尾の捨て牌に、西田が露骨に反応した。

「ちくしょ~……その隣、隣が来てくれれば……」

 無精ひげの順番を経て、西田がさも無念そうに牌をツモり、そして溜息と共に捨てる。
 そんな上家の様子は、当然の事ながら南も見ていた。

(何だ、ひょっとしてすぐ側の牌がアタリか? ならスジ打ちで……)

 だが、南の出した牌を、西田の視線が鋭く射抜いた。

「ロン! 倍満!」

「げっ!? おい、山越し狙いか!?」

「くっくっく、ダンナ。ウイルス感染したパソコンみたいに遠隔操作されてくれたな」

「くだらねー手を使いやがって!」

 毒づきながら、それでも律儀に点棒は払う。

(くそ……コレで俺がドベかよ!)

 倍直は痛い。
 これで東尾を下回って、南自身が4位に転落してしまった。
 何とかして挽回しなければ。
 そうは考えるものの……

 ――次局
「ツモ、平和のみ」

 ――次々局
「ロン、白ドラ1」

 次局も、更に次々局も無精ひげが軽く上がってしまう。

「ええい、安手で流しやがって! テメーは格安航空会社か?!」

「いやー俺は今2位だし、このままでいいかなって」

 せっかくのメンタンピン三色を安手で潰された南が青筋を立てて怒鳴るが、無精ひげは陽気に笑うのみ。
 その後の局でも軽い点棒移動は続くが、南は依然として4位から這い上がる事が出来なかった。

 ――だが、オーラスでとうとう鬼手が来た。

(来たぜ……! 萬子の純正九蓮宝燈テンパイ! こいつで上がれば一気に逆転だ!)

 残り4順。萬子もそこそこ河に出ているが、逆に言えば、他の面子も握れば萬子が出る可能性は高い。

(来い、来い、来い、来い……!)

 1順、2順、3順するも、自身もツモれず、面子からもなかなか萬子が零れない。

「そういや、この事件も首謀者捕まって一段落したっけな」

 南の内面の焦りをよそに、西田が能天気に一索を捨てる。

「そいつはオウムじゃなくて孔雀だろーが!」

 己の役満が成るか成らぬかの瀬戸際に能天気なオヤジギャグをかまされ、耐え切れず怒鳴りつけてしまう。

(今は金環食よりも萬子が見たいんだよ!)

 自らがツモった一筒を、投げつけるように捨てる。

「おいおい、あんま荒れるなよダンナ。いくらオレ達しか客がいないからって」

 東尾。捨て牌・三索。

(ええい、くそ……!)

 結局、萬子ならばどれを引いてもアガリという状況にも関わらず、河底にまでもつれこんでしまった。

「そーそー。せっかくこの暮れに集まってるんだから楽しまなきゃ」

 半ば祈るような気持ちで無精ひげの河底ツモを見つめ、そして――

(南無三……!!)








「テンパイ」
「テンパイ」
「テンパイ」

 南の前で、三人が宣言と共に牌を倒す。
 そしてその牌姿に、南はあんぐりと口を開けてしまう。

(ま、萬子が全枯れ……!?)

 残りツモれる可能性のあった萬子は、残らず三人が面子として用いてしまっていたのだ。
 純正九連が成らぬ徒花であったと知り、今年最後の勝負でドンケツとなった事実に、がくりと脱力する。
 灰と化した南の様子に、そこまで落ち込むほどの手だったのか、と下家の東尾が南の手牌を倒す。

「ああ、ダンナは九連テンパイだったんだ」

「それであれだけ噛み付いてたのか……」

 東尾の言葉に、無精ひげも納得顔になる。

「それで上がれないって事は、流石、人類(マンズ)滅亡説が流れた12月って事だな!」

 西田のくだらないオヤジギャグは、既に真っ白に燃え尽きた南の耳には、もはや届いてはいなかった。



[36335] 2013年
Name: giru◆2ee38b1a ID:266cdb3f
Date: 2014/12/29 07:46
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったなぁ」

 丸顔の男――西田がしみじみと応じる。

「2013年といえば、まずは17年ぶりに新作映画が公開されたこいつだよ」

 言いつつ七筒を捨てる。

「ドラゴンボールか。『神と神』だっけ? すげーよな、もう完結から何年も経ってるのに、未だに大人気だってんだから」

 無精髭を生やした男が感心するように呻き、西田も大きく頷いた。

「ああ、ウチの子どもも直接は知らないはずなのに、この映画が公開されるって発表してからは連れてけってうるさくてさあ」

「俺たちも、昔はかめはめ波のまね事なんかもやったもんだよ」

 やはり世代的にはストライクゾーンなのか、三人は揃ってしばしドラゴンボール談義で盛り上がる。

「……」

 そんな風に和気あいあいと盛り上がる面子を尻目に、卓を囲む最後の一人、和服に長髪の男――南倍南(みなみ・ばいなん)は胸中で一筋の汗を流した。

(……まずい。毎年この時期の麻雀は、この手の話題で盛り上がってるウチにやられっちまってんだよな……)

 毎年のように屈辱的な敗北を喫してしまうこの時期の勝負。
 今年こそは、今年こそはなんとしても勝ってやる――そう固く心に誓い、拳を握りしめる。

 だが、そんな南の内心の決意をよそに、無精髭が気軽に一筒を捨てた。

「その業界ネタなら、この愛と勇気だけが友達のヒーロー書いた人が亡くなったんだっけか」

「やなせたかしさんか。確か作品内での登場キャラ数でもギネスとってたよな」

 己の子供時代を振り返っているのか、東尾が懐かしげに目を閉じながら、無造作に二筒を捨てる。

「ロン、倍満」

 そこへ容赦無く、南がロンを宣言した。

「げっ!?」

 大きく狼狽する東尾をよそに、西田がぽんと思い出したように手をついた。

「そういや自転車運転で余所見は勿論、路側帯逆走も今年から禁止になったんだっけか」

「ほれ、とっとと罰金を払いな」

「ち、ちくしょう……」

 手を伸ばす南に、しぶしぶと点棒を渡す。
 そして次局、西田が声を張り上げた。

「ダンナ、その牌でロンだ。平和ドラ1!」

「チッ……」

 思わぬ放銃に南は顔をしかめるが、それ以上に顔を歪めたのが東尾であった。

「ああああ、俺の字一色が……せっかくダンナに倍返しできる所だったのに……」

 言葉とともに倒された牌は、確かに北待ちの字一色テンパイであった。

(あ、あぶねえ所だった……)

 東尾の手牌はほぼ暗刻で揃っており、まだ巡目も浅かったため、流石に役満テンパイとまでは読めていなかった。
 更に南の手牌には北が一つ。あのままいけば、確実に振り込んでいただろう。

「半沢直樹か~。あのドラマも家政婦のミタほどじゃないけど、視聴率凄いことになってたよなあ」

 当時を思い返しているのか、無精髭が感心した声を上げる。
 期せずして南を救った形となった西田は、ふと思い立ったように南へと向けてきりりと顔を引き締めた。

「僕が殺されても、君は絶対に護るから……百年先もずっと護るから……」

「結果的に助けてもらった事は感謝するが、真顔で気色悪い事言うんじゃねえっ!」

 本気で背筋に寒気が走った南は思わず怒鳴りつけてしまう。

「安堂ロイドか。エヴァンゲリオンの監督が作ったって話題になったな」

 部外者の位置に居た無精髭が、悔しがる東尾を慰めながら冷静に解説した。

「けどまあ、あの監督ネタってんならこいつだろうよ」

 次局で無精髭が自風の南を鳴く。

「風牌立ちぬ……なんちって」

 にやりと笑いつつ無精髭が捨てた東を、憮然としたまま東尾が鳴いた。

「そのダブ東ポン。風牌ネタなら断然こっちだろ」

「ああ、二回目の東京オリンピックが決定したんだったよな」

「……はぁ、瀧川クリステルみたいな綺麗なお姉ちゃんと一杯やりたいもんだよ」

 無精髭の言葉に、ため息をつきつつ東尾は白を捨てる。

「ロン。おもてなし(白)をありがとよ」

「うげぇ!?」

 西田の白ドラ3の満貫に放銃してしまい、東尾は他家から大きく引き離された四位へと転落してしまう。
 そして更に次局。

「ポン! このゲーム機をクリスマスに子どもにねだられたわ」

「P(ポン)S(索子)4か。――っとツモ。俺はそっちより、こいつに興味あったな」

 西田の手牌ネタに応じつつ、ツモ上がった無精髭が晒した手は一萬、一索、一筒の三色同刻。

「XboxONEか。ま、子どもは両方欲しいっていってたんだけどさ、流石にどっちかにしろって言い聞かせたよ」

 子どもがいるだけあって、やはりこの手のネタには敏いらしく、西田はすぐに内容を察したようであった。

「――よっし。この局、ここで一気に捲る。リーチ!」

 この局まで軽い浮き沈みを繰り返していた西田が、流れを引き寄せんと、勢い良くリー棒を自動卓へと投げつける。

「あ゛」

 が、勢いがつきすぎたのか、点棒は自動卓自動卓の中央近くの穴へ落としてしまった。

「あ、あわわわわわ……」

「おいおい、飛行機みてーに故障させんなよ」

 無精髭が呆れ気味に店員を呼び、台を開けて点棒を取り出してもらった。

「(点)棒イン(グ)787号機ってか……自動卓の故障なら洒落で済むが、飛行機だとそうはいかんよなあ」

「ちっくしょ~……」

 東尾の呟きに西田は肩を落としつつ、何とか局を再開させる。
 だが、その失敗で流れが変わってしまったのか、西田は上がれず流局に終わってしまう。

「……はん、ド素人どもが。さっきから黙って聞いてりゃポンだのカンだので分かりやすいネタにばっか走りやがって――リーチ!」

 それまで静かに展開を見守っていた南が三萬を捨て、勢い良く攻撃に出た。

「ゲッ……ダンナ、ダブリーかよ。何が当たり牌なんだ……?」

「そいつは特定秘密に該当するため、提供することはできんな」

 無精髭をあしらいながら、次巡で積もった牌に、にやりと口の端を吊り上げた。

「三萬ウラ筋を一発ツモで満貫。最年長エベレスト登頂を達成っ!」

「あ~三浦雄一郎さんか。あれで80歳超えてるってんだから信じられん」

 そしてオーラス。

(よし……)

 先の一発ツモで流れを引き寄せられたらしい。
 オーラスに配られた手牌は、発、中が対子、白が暗刻の大物が狙える鬼手であった。

(くっくっく……配牌(生まれた)時点でイギリスのロイヤルベビー並に将来が楽しみな手牌だ)

 今年はここまでそれほど目立たずに居たが、大三元を上がる事が出来れば文句なしにトップを取って終わらせる事が出来る。

「その発、ポン!」
「うん?」

「更にその中、ポン!」
「――げっ?!」

 発、中の明刻を晒したことで、他家三人の顔色が変わる。

(だがもう遅い! このまま一気にツモって、ブラック企業みてーにお前らの点棒を絞りとってやるぜ!)

 にやりと笑みを浮かべつつ、ツモった牌は生牌の北。
 山にまだ北が眠っている可能性も高く、字一色も狙うという道もあるが――既に残りの面子も出来上がっているテンパイ状態なのだ。

(ここは手堅く、大三元だけで――)

 トン、と南が河へと北を流した瞬間、三人の目が光った。

「ロン。三暗刻ドラドラ」
「ロン。一盃口ドラ2」
「ロン。国士無双!」

「なにい、全員残らず北単騎待ち!? 無慈悲な三度目の核実験だとおおおお!!?」

 トップから一転、トリプルロンを食らってしまった南は、当然の事ながらその時点でトんだ。

「中々楽しかったなあ。こりゃ来年もいい年になりそうだ!」

 今年最後の勝負に本人は満足がいったのか、無精髭は満面の笑みを浮かべ、

「今年も中々色々な話題で盛り上がれたしな!」

 時事ネタを堪能できた西田も大きく頷き、

「いやあ、四着にならずに済んで良かった良かった」

 最下位から一転、国士無双でトップに立った東尾が晴れやかな笑顔を見せた。

「……」

 そんな三人とは対照的に、四位が確定した南は、晒された三人の手牌と河を見下ろした姿勢のまま、硬直してしまう。
 トリプルロンも勿論だが、何より南がショックであったのは東尾の手牌であった。

(ドラマの半沢直樹は倍返しだが、あの原作小説はドラマ効果で増版三倍返し状態だったって聞いた気が……)

 南の倍満(1万6000点)を、倍返しどころか親役満(4万8000点)できっちり三倍返しにしたという事実が――そしてそれを東尾自身が自覚が無いという事実が余計に――南を卓の上へと突っ伏させた。



[36335] 2014年
Name: giru◆2ee38b1a ID:266cdb3f
Date: 2016/12/17 17:34
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったなぁ」

 無精ひげを生やした男がしみじみと応じつつ、北を捨てる。

「その北、カン! ――ま、2014年と言えば、まず思い出すのはこのドラマだよな」

 丸顔の男――西田が、捨て牌の北でカンを宣言した。

「カン、北(ペイ)……軍師官兵衛か」

「平均視聴率もここ数年じゃ、まずまずだって言われてたなあ」

 和気あいあいと盛り上がる面子を尻目に、卓を囲む最後の一人、和服に長髪の男――南倍南(みなみ・ばいなん)は胸中で一筋の汗を流す。

(まずい。毎年この時期の麻雀は、この手の話題で盛り上がってるウチにやられっちまってんだよな……)

 今年こそは勝って気持ちよく年を越したい。
 毎年、それこそ呪われているかのように年末勝負でドベとなる南は、そう願わずにはいられなかった。
 そんな南の苦悩をよそに、他家の三人は年末ネタで盛り上がっていく。

「ツモ! 大河も印象深いけど、2014年といったら、やっぱこの話題は外せないよな」

 待ちは五萬と八萬のスジであり、更に八萬は三色がついた高目上がりだった。

「あ~消費税かあ……」

「今年の漢字も「税」だったしなあ。十パーセントになるのが先送りになったって意味じゃ、ひとまずは安心だけど」

 次局。
 十巡目に無精髭が東尾の捨て牌でロン宣言した。

「……タンヤオ七対子で3200。そういやあの長寿番組も今年3月に終わったっけ」

「笑っていいともか。タモさん本当32年間ご苦労様でしたって感じだよ」

 更に次局。西田が理牌しながら思い出したように呟く。

「終わったっていえば、ジャンプのナルトも完結したんだったなあ。んでほら、前に完結した漫画の中で、また新しく始まったのがあったじゃん」

 そこで西田の言葉が一旦途切れる。

「ほら、あの実写化もした……ええと、なんだっけ、なんたら教師とかいう……」

 思い出せそうで思い出せないのか、局を進めていく中で、西田は延々うんうんと唸り続ける。
 そんな西田の姿をよそに、無精髭は軽く西をツモり、そして牌を捨てる。

「お、その西でロン」

「げっ!? おいおい一盃口の地獄待ちかよ!」

 東尾に振り込んでしまった無精髭が顔をしかめ、そして西田がその発言に顔を上げる。

「それだ! 地獄先生イーペー!」

「それを言うならぬ~べ~だろうが……」

 スッキリした表情の西田とは裏腹に、おもいっきり間違った発言を南がため息混じりに指摘する。

「そういや今年ってスポーツ系は明るい話題が多かったな。錦織圭とか羽生結弦とか、マーくんとか、あの辺りが海外でも凄い活躍してたじゃん」

「そうそう! 他にも良いニュースといえば、はやぶさ2が打ち上げられて…… あ゛」

 西田が、東尾の話題に応じながら、やけにぎこちない仕草で自動卓からせり上がった牌を手にとり――ふとガシャン、と派手に崩してしまう。
 その動きから、南はすぐに西田が何をしようとしていたのかを察した。

「ヘタクソなイカサマすんなよ。しかもそりゃハヤブサじゃなくてツバメ返しだろうが」

「へ、ヘタクソって言うなよ! 練習じゃあ200回以上成功してまぁす!」

 南のツッコミに、西田が口を尖らせて反論した。
 が、その反論に対して更に無精髭と東尾が続けてツッコんだ。

「STAP細胞みたいに本番で成功しなきゃ意味ないと思うぞ」

「というかそれ以前に、自動卓じゃつばめ返しも意味ないと思うんだがなあ……」

 西田がチョンボの罰符を支払い、仕切り直しの二本場。

「うん、どうした?」

 東尾が怪訝な声を上げる。

「…………」

 第一ツモを手にとった瞬間、無精髭が固まったのだ。
 何度も己の手にとった牌と、そして己の前に並べられている13枚の牌の間へ、激しく視線を行き来させる。

「…………ありのぉ~、ままのおぉ~♪」

 かと思うと、突如、音程の外れた声で歌い出した。
 ぎょっとする三人の前で、無精髭はゆっくりと己の手牌を晒す。

「牌姿、見せるのよぉ~♪」

「げっ!?」
「おいおいマジかよ!?」
「こ、ここでそれをやりやがるか!?」

 晒された牌姿は雀頭に四面子。
 無精髭の手牌は見事な地和を成し遂げていた。

「っ! リーチ!」

 更に次局。無精髭の役満のおかげで三位へ転落してしまった東尾が、果敢に攻めの姿勢を見せる。

「あ~、そういや期限切れ鳥肉使ったってマクドナルドが叩かれたな」

 東尾が捨てた一索を眺めながら、一躍トップに踊りでた無精髭が余裕気味に呟いた。

「その一索ロン、清一色。……実際、あそこはそこから一気に厳しくなったな。ポテトサイズもしばらくS(索子)だけになっていたし」

 世間話の流れのまま、跳満直撃を食らった東尾は、口をあんぐりと開き、がくりと脱力する。

「ちっくしょう……しかも俺の待ちはダンナの密漁船に根こそぎ奪われてやがるし……」

「人聞きの悪い事言うんじゃねえよ」

 東尾が晒した手は三索と五索のシャボ待ち。珊瑚(サン・ゴ)待ちと言いたかったらしい。

「小笠原諸島も折角世界遺産に入ったってのに大変だよな。そういや富岡製糸場が世界遺産に入ったのも今年だったっけ」

 思い出したように西田が付け足した豆知識であったが、肩を落とす東尾は聞いていない。
 そんな東尾とは裏腹に、南は内心で会心の笑みを浮かべていた。

(よしよし、いい流れだ……)

 今夜の勝負。
 当初、南は努めて目立つアガリもせず、放銃することもなかった。
 他家が点棒を撮り合って二位と三位を行ったり来たりする中、ドベだった無精髭が地和で場を荒らし、東尾に跳満の直撃をとれた事で、南が棚ボタ的に一気にトップへ躍り出たのだ。

 そして次局が南四局のオーラス。
 ここを早く上がればトップが確定する。

(おお、こ、これは……っ!!)

 そして配牌を済ませた瞬間、南は小躍りしたい気持ちになった。
 己の眼前に広がる手牌。そこは既に中が暗刻の上、リャンシャンテンまで面子が揃っていたのだ。

(コレは、神が今年こそは俺に勝てと告げている……!?)

 内心の興奮を何とか抑え込み、ポーカーフェイスを取り繕いながら牌をツモり、そして捨てる。
 あくまで怪しまれない程度の動きで、南はじっくりと他家三人の様子を観察した。
 見たところ、最初のニ~三巡以降は三人ともが揃ってツモ切りばかりだ。
 対する南は、既に五巡目でテンパイ。待ちは筒子のリャンウーパー。警戒されるリーチはかけない。

(来い、来い、来い、来い……!!)

 まるであつらえられたかのような己の勝利へ向けた一本道。
 一つ一つのツモに祈るような気持ちを乗せ、そして六巡目のツモ。

(きっ――)

 遂にその時が来た。

(来たああああっ!!!)

 掴んだ牌は二筒。文句のつけようもなく、中のみ1000点でアガリだ。

「くぅっ……!」

 勝利確定。久方ぶりの――文字通り、この年末勝負でそれこそ数十年ぶりの勝ちが確定し、我知らず嬉し涙が出てくる。

「どったの?旦那」
「うん、ひょっとしてアガリか?」
「そんならもったいぶらず、さっさと上がってくれよ」

 そんな南の内心を知ってか知らずか、三人は口々に急かす。

(へっ、バカ野郎どもが……)

 恐らく自分の気持ちなどこの連中にはわかるまい。
 自分にとって、これがどれだけ偉大な勝利であるかを。

「それじゃあ――」

 南が勢い良く顔を上げてツモを宣言しようとした瞬間、己の長髪が鼻の穴をくすぐった。

「ぶ、ぶぇ……」

 むずむず、とナマ痒い感覚。

「ぶぇ…………ぶぇ…………」

 咄嗟に手の甲で鼻をこするが、感覚は収まらない。
 そして――

「ぶ……ぶぅぇっくしょうい!!」

 派手なくしゃみと共に、はずみでツモっていた二筒を河へと誤って流してしまう。

「なんだ、アガリじゃなかったのか……っと? おお?! そいつでロンだ!!」

 無精髭、満貫。

「お、俺もアガリだったわ!!」

 西田、倍満。

「ありがとダンナぁ、最下位脱出! 俺もアガリだあ!」

 満面の笑みと共に東尾、三倍満。

「な、な、な、なにいいいいいいっ!?」

 確信した勝利から一転、トリプルロンを食らい、一時思考がフリーズする。

「お、オイコラちょっと待て! 今のは無しだ、間違いだ、無効だあっ!」

 数秒後に何とか復帰した南が、唾を撒き散らかす勢いで絶叫した。

「な、なんだよダンナ。自分が倒した牌じゃないか」

「そーそー。ダンナもいつも言ってるじゃん。自分は勝負に待ったをかけるド素人じゃないって」

「い、いや、確かに俺が倒したならそうだが……」

 確かに南自身、玄人としての矜持からそのような言葉を言った覚えもある。
 そして通常の勝負であれば、このような結果になったとて、そんな己の信念にすぐさま従っていただろう。
 だが、今回は事情が違う。
 毎年毎年、それこそ気が遠くなるほどの回数で辛酸を舐めさせられている年末勝負。しかもほんの一瞬前まで、勝利が確定していたものなのだ。

 捨てるには、あまりに惜しい勝利。
 それが、南に錯乱気味の言葉を口走らせる。

「……そ、そうだ! 今の捨て牌は俺の意志じゃねえ、妖怪だ、妖怪のしわざだっ!」

 だが当然、三人にしてみればそのような主張など受け容れられるわけがない。

「いやダンナ、いくらなんでもその理屈はないって」

「妖怪のせいにして許されるのは小学生までだろ」

 半眼で睨みつける無精髭と東尾とは裏腹に、西田が何事をか思いついたのか、人差し指を立てる。

「ふむ……んじゃダンナ、こういうのはどうだ?」

「な、なんだ?」

 笑みを浮かべる――大抵この種の笑みを浮かべるこの男はろくな事を言わない――西田に、恐る恐る先を促した。

「俺たちに点棒を寄付するか、氷水を頭から浴びるかってのはどうよ」

「何でこのクソ寒い真冬の夜にアイスバケツチャレンジなんぞしなきゃなんねーんだ!」

 そしてやはり、口から出た言葉はろくでもないものだった。
 アレが許され、日本でも流行ったのは時期的に夏だったからだ。
 この真冬にやったら冗談抜きで風邪をひく。

「じゃ、点棒払う?」

「う、うぐ…………」

 勝利か、矜持か。
 究極の選択を迫られた南は十数秒固まり――

「ち、ちくしょう……」

 南は泣く泣く後者を取った。

「ま、ダンナの気持ちも分からんでもないけどな」
「見せてもらった手牌、あれあのままならアガリでトップだったもんなあ」
「けどよ、やっぱ勝負の場で『待った』は『ダメよ~ダメダメ』って事さ」

 西田のものまねに、どっと東尾と無精髭が盛り上がった。
 
「…………」

 そんな西田へ反論する気力も、既に南の中からは失われている。

(そういや、トップに立てた局でネタに使ったマクドナルド……結局、あそこも妖怪ウォッチコラボをやったが、業績回復までは出来なかったんだよな……)

 憔悴した頭の片隅でそんな事を考えながら、南は卓に突っ伏した。



[36335] 2015年
Name: giru◆2ee38b1a ID:ed6b14e4
Date: 2015/12/31 01:50
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったよなぁ」
「2015年の大きな動きと言えば……まずこいつらのテロが騒がれてたよな」

 無精ひげを生やした男がしみじみと応じ、丸顔の男――西田が一索を捨てる。

「一索でISってか? お前にしてはえらく直球で来たな」

「人質事件の他にも、ヨーロッパの方じゃ難民騒ぎがかなりでかかったよな」

「その一索ロン」

 それまで口を噤んでいた最後の一人、南倍南が厳かに口を開く。

「そんな暗い話題より、その牌をネタで使うんだってんなら、ほれ、県内一号店の開店だ」

「げっ……」

 開店の言葉と共に倒された牌姿は満貫。
 早速の放銃に西尾は顔をしかめ、東尾はほう、と感心したように声を上げた。

「へえ、鳥取県のスターバックス開店かい」

「ま、この雀荘が赤ドラも使ってりゃあ、オールスターってネタも絡めたかったがな」

「言うねえ。毎年はこのテのノリは、いっつも最後に渋々乗ってきたって感じだったのに」

 横で成り行きを見守っていた無精髭が、茶化すように口笛を吹く。

(へっ……言ってろ)

 無論、南とて好きこのんでこのネタ合戦に自ら切り込んでいる訳ではない。

(毎年この時期の麻雀は、この手の話題で盛り上がってるウチにやられっちまってんだからな……)

 特に去年など、トップ奪取でその悪夢のジンクスがようやく祓えたかと思えば、チョンボからのドベ転落である。
 未だに生々しく思い出せる悔しさに、南は胸中で歯噛みした。

(だが、今年の俺はこれまでの俺じゃねえ……)

 そしてこの一年、去年の悔しさをバネとして、この時期の麻雀をいかにして勝つかを考えぬいてきたのだ。
 そして出した結論がこの行動。

(よーするに、今まで嫌々参戦してたのだがダメだったんだよ。むしろこっちからこの連中をペースに巻き込むつもりでネタをぶん投げていけば……)

 そうやって流れを形作れば、自らの流れで麻雀を打つことが出来る。
 事実、早速の西田からの満貫放銃だ。幸先は良い。

(くっくっく。去年の屈辱も併せて、倍以上にして返してやるぜ……)

 そのために今年は新聞やテレビにも常以上に目を光らせてきたのだ。

(さて、次は――)

 次の親は南。配牌も完了し、第一ツモ。
 そこで更に自らのペースを掴むべく、次のネタを――

「鳥取県と言えば、水木しげるさんがとうとうお亡くなりになったんだよなあ」

「九十三歳だっけか。よくよく長生きされた方だと思うよ――と、どうしたダンナ、卓に顔を沈めて」

 ふと思い出したように西田が話題に出し、東尾が追従する。
 それとほぼ同時に卓へと突っ伏した南に、その場が怪訝な視線を向けてきた。

(こ、こいつらっ……!)

 今まさに振ろうとした話題で出鼻を挫かれ、南は胸中で歯噛みする。
 それでも山や自身の牌を崩さない辺り、去年の山崩しの一件が一応の教訓となってはいるようではあったが。

(ま、まあいい……まだまだこっちにもネタのストックはあるんだからな――!)

 辛うじて顔を上げてツモッた牌を入れ、東を捨てる。 

「あ、その東をポン! 調子よさげなダンナの牌をバクらせて貰って、一気にトップ(有名)になってやるぜ!」

 無精髭が目ざとくドラの風牌を鳴いた。

「オリンピックのロゴ問題かー。あれでデザイナー業界全体もかなり騒がれたよなあ」

 そんな無精髭の行動に、東尾と西田は視線を交わし合う。

「ま、ドラを鳴かれたんじゃあしょうがないな」
「ああ、しょうがないなあ」

 不穏な空気に、無精髭が冷や汗を流す。

「おい、何するつもりだよ」

「なあに」
「こういう事さ」

 にやり、と笑った東尾の一萬に、西田がチーを宣言する。
 そしてすぐさま西田が捨てた三筒を東尾がポンを宣言した。
 見る間に二人はポンとチーを繰り返し、東尾が筒子の染め手、西田が萬子の染め手が濃厚となる。

「くっくっく。ファミリーマートとサークルKの合併のごとき連携ってね」

「ぐ、ぐぐ……」

 せっかくのドラ3風牌ではあったものの、二人の危険手に無精髭が歯噛みする。

「それ、駄目押しの加カンだ!」

 更に東尾が既にポン材としていた三筒を引いたのか、カンとして加え、新ドラをめくろうとする。
 が、

「あ、ロン。チャンカンな」

 あっさりと西田が請求した。

「おいぃ、何あっさりと裏切ってんだお前は!?」

 東尾の叫びに、西田は素知らぬ顔で点棒を要求する。

「チャ(ン)カ(ン)で山口組のごとく分裂ってか」

 結局自身の手は流れたものの、腹は傷まなかった無精髭が胸をなでおろしつつ感想を漏らす。

「……ってどうしたよダンナ。急に黙りこくっちまって」

 そして、再び卓に突っ伏しそうになる南の姿を見咎めた。

(こいつら……狙って言ってんじゃねえだろうな!?)

 何とか自分のペースに巻き込もうと、いくつか用意していたネタ。
 それらを残らずこの三人に回されてしまい――しかも順目としても、全く良い所無しで局が終わってしまった。

(まだだ……まだ全部のネタが尽きたわけじゃねえ!)

 不屈の根性で、何とか精神を立て直す。

(まだ俺のは3位……しかも2位とは微差だし十分トップは狙える!)

 これまで置いてけぼりのような展開ではあったが、南自身は放銃したわけではない。
 そして、最初の満貫分の貯金が無くなった訳でもないのだ。
 
「くっそ、この借りはこいつで返す!」

 そして南と同様――或いはそれ以上にトップを狙い、西田への復讐に燃える東尾が、次局で開始早々に白と發をポンで確保する。

「へっへっへ……こいつで上がれば、一気に逆転だ!」

「あ~悪い。中国はまた南シナ海に侵略してるみたいだわ」

 言いつつ、現在南風の無精髭が中を容赦なく暗カンした。

「ぎゃあああああ! 俺の大事なところが切断されたー!?」

「お前は不倫弁護士かよ」

「そーいやこいつ自身はまだ浮気相手と続いてんのかね……」

 絶叫を上げる東尾に、西田と無精髭の呟きが漏れ――結局、この回は中のバックで無精髭の早上がりとなった。

「お、裏ドラが乗ったな。手牌が無償アップグレードってね」

 更にリーチをかけてのアガリだったため、めくられた裏ドラに無精髭が顔を綻ばせる。
 この一手でトップに立った無精髭であったが、ふと沈黙を保つ南へと視線を向けた。

「――にしてもダンナ、今日は本当に調子悪そうだな」

「だなあ。ネタに走ったのも最初だけだし、後は殆どしゃべってねーし」

「風邪でも引いたか?」

 呑気に言葉を交わす三人に対し、南自身は怒鳴りつけたい心境であった。

(……お前らが、残らず俺の言おうとしたネタを先取りしてんだろーが!!)

 届くわけも無いと自覚しつつも、胸中で叫ばずにはいられない。
 当然、三人にそんな念が通じるはずもなく、風邪といえば韓国でMARSが流行ったな、などと話に花を咲かせている。

(もういい、余計な事はいわん! そもそも奇をてらったのがダメだったんだよ! こいつは麻雀だ。純粋にこの手牌で流れを引き戻す!)

 南の手はドラ3に加えて風牌。無精髭からトップをもぎ取るには十分な手だ。

(見てろよ……年金機構の個人情報みてーに、積み立てた点棒をかっさらってやる!)

 胸中で誓いつつ、力強く牌を捨てる。

「おら、こいつだ!」

 が。

「ロン、三色同順」
「ロン、三色同刻」
「ロン、三暗刻」

「がああああ!? トリプルスリーだとお!?」

 ご丁寧に三にちなんだトリプルロンで、取り込もうと試みた点棒は、逆に南から残らず吸い上げられ、ハコ割れとなってしまった。

「やっぱ調子悪かったみたいだなー、ダンナ」
「そーそー」
「捨て牌見れば俺たちの危険牌くらいわかるだろ?」

 行動がとことん裏目に出た結果、いい所無しで終わった南に対し、三人は自覚なく追い打ちのような感想を漏らす。

「――だ」

 そんな三人に対し、南は怨嗟の如き呟きの後……

「こんな結果、野球賭博と同じく無効だあああああああ!」

 ――などと絶叫できればどれだけ楽ではあっただろうか。

 しかしそこはそれ、南も麻雀を飯の種としてきた玄人である。
 その矜持として、口が裂けてもこのような事は言えなかった。

「いや~今年もこれで終わりだな」
「最後の一勝負、勝って終われて何よりだぜ」
「来年も今年の漢字みたいな『安』心な一年だといいな!」

 思い思いに感想を述べる三人に、南は泣く泣く点棒を支払った。

(……そーいや、VVVとかいうコンピューターウイルスが今月頭にすげえ流行ってたんだっけか)

 『3』つの∨。
 逆に己がそのウイルスで侵食されたかの如く巻き上げられた点棒を見つめ――そして今年もまたこのような結果になってしまったか、と南はぐったりとうなだれた。



[36335] 2016年
Name: giru◆2ee38b1a ID:fc73afce
Date: 2016/12/31 00:35
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったよなぁ」
「2016年といえば……まずはコレか」

 言いつつ、東尾が捨てた牌は六筒。

「ああ、やっぱまずは大河ドラマだよなあ」
「六文銭の真田丸。やっぱ題材が人気武将だったし、前評判通り見応えもあったしな!!」

 やれ、どのシーンが一番良かった、と議論を重ねようとする東尾と丸顔の男――西田の横で、無精髭が制するように声を張り上げる。

「おいおい、筒子で行くのならこっちだって今年は盛り上がったろうが」

 そして出した牌は五筒。

「…………」

 すぐに応えてくれるだろう。
 そう思っての捨て牌であったのだろうが、対する他の面子の反応は薄かった。

「おいおい、どうした。まさか分からんなんて言わないよな?」
「まあ、分からんとは言わんが……」

 沈黙する面々を代表して、西田が口を開く。

「ただ、ここ数年でも東京オリンピックが決まったりだとかでそれ系のネタって言われてるし、そもそも二年毎にそいつは来るしなあ」

 西田の指摘に、更に東尾が言葉を付け加えた。

「しかも今度は夏季オリンピックだったろ? 冬季に比べても盛り上がりに欠けたというか……」

「な、なんだよそれ!? ついこの前までお前らだって、オリンピックって言えばこの牌で騒いでた癖に!」

「そりゃそうだけどよ。だいたい今年の漢字もオリンピックにちなんで『金』とか言い出してたし、今年の話題って事でもちょっと食傷気味な気はするんだよなあ」

「ぐ、む……!」

 更なる東尾の追撃に、しかし無精髭は――自分でも納得してしまったのか――それ以上反論を重ねる事はなかった。

(……また今年もこのパターンの時期がやってきたか)

 卓を囲む中で沈黙を保っていた最後の一人、南倍南が重々しくため息を吐く。
 時節柄、こうした麻雀になるのもそろそろではないか。
 南とて、そう考えてはいたのだ。

(今年こそ、今年こそ勝ってやると考えてここ数年。思えば碌な結果にならなかったからな……もーとにかく、今年はひたすら介入せずに無心で打っていくぜ)

 今年一年のトータルを現時点で勝ち越していた南は、例年に比べて若干心に余裕があった。
 今日は下手に介入せず、さりとて入れ込みすぎず……せめて心穏やかに今年最後の対局を終わらせよう――人知れず、そのような心構えで臨んでいたのだ。

「……ま、五って数字でネタ振るなら、むしろ今年はこいつが大騒ぎだったろ!」

 言って、西田が五萬をポン。
 更に自身でツモッた五萬で明カンに加え、めくった嶺上牌ににんまりと口を歪める。

「それ、嶺上開花ゲットだぜ!!」
「あー、ポン(P)の後の加カン(K)で萬子(M)でポケモンってか。……語呂的にちょっと苦しくないか?」

 自身のネタ振りが不評だったためか、無精髭が辛口気味に評する。

「ま、こいつの親父ギャグはいつもの事さ。そもそもあのアプリは若者がやってなくて、もっぱら老人の散歩のお供になってるって話だぞ」

「そ、そんな事ねーし! これからまた新しいポケモン追加で絶対またブームになるって! 被災地で珍しいポケモンの出現確率アップとかやってたし!」

「なんだ、お前まだやってるの?」

 意外に大きな反応を返す西田に、東尾は目を丸くする。
 が、逆に西田は慌てたように顔を横に振った。

「べ、別にやってないけど……ほら、相当騒ぎになったじゃん!!」

「あーそのニュースは俺も見たけどさ。確か津波警報やらで結局中止になったんじゃなかったっけか?」

「中止は一時的なものだったよ。おかげでちゃんとラプラスもゲットできたしな!」

(やってたのか……)

(しかもそこまで遠出したのかこいつ……)

 墓穴を掘った事に気づいていないのか、誇らしげに主張する西田へ、東尾と無精髭が生暖かい視線を注ぐ。

「あー……あと、そういえば、春先に熊本で大きな地震が起きたよな」

 流石にいたたまれなくなったのか、無精髭が話題を逸らしながら牌を捨てる。

「あ、それロン。倍満ね」
「げっ!?」

 が、満面の笑みで西田がロン宣言し、今度は無精髭が凍りついた。

「ハッハッハ、一気にトップから沈んだな!」

「そーいや九州って熊本の地震も大きく騒がれたけど、博多でも大きな陥没事故が起こったよなあ……」

 西田と無精髭の点棒を改めて見比べ、東尾が思い出したように呟いた。

「う、うるせー! その陥没事故の埋め立て並に、すぐトップに返り咲いてやる!!」

 その宣言どおり、次局以降、無精髭は果敢に強気の打牌で攻め入っていった。

「オラ、ツモ! 300・500!!」

「強気な……」

 倒された牌姿はツモのみのゴミ手。それで親リーに対する中張牌全ツッパだったのだから、西田も呆れたような声を上げた。

「ドベならこれ以上落ちようがないからな!」

 だが、無精髭は開き直ったように、親となった次局、更にドラ生牌の發を切ってリーチをかけた。

「逆に堂々と大物手を狙いやすくなるかも!!」

 一巡後、ツモった牌ににんまりと口を歪め、無精髭は牌を倒した。

          清  一   色
「ありがとう! ピュア・ワン・カラー!」

「あーそっか。今年の頭に大きく騒がれてたよな、センテンススプリング」

「なんでわざわざ横文字で言ってたんだろうな、アレ……」

 次局、西田がリーチをかけ、三人が早々に降りたたために悠々とツモ和了る。

「芸能関係なら、スポーツ界隈でこいつの麻薬騒ぎも大きかったな」

 晒した手は、三萬と五筒のシャボ待ち。

「ああ清原か。麻薬っていうから成宮の方かと思った」

「ASKAも再逮捕されかけたしな……今年って麻薬関連の事件もかなり多くなかったような気がするわ」

「SMAPも解散だとか言うし、なーんか今年の芸能関係って暗いニュースが多かったよなあ」

「おいおい、普通に話題のニュースもあったろ? ――リーチ!」

 東尾と西田の沈みがちな表情を払拭するように、無精髭が殊更に明るい声でリーチを宣言した。

「ツモッ。一発いただきっ!」

 そして王牌から取り出した裏ドラ牌に、更に笑みを深くする。

「裏ドラバンバン・三倍ま~ん、ってね!」

「ピコ太郎だったか。いきなり出てきてすげー流行ったよな。今度の紅白にも出るんだっけか」

 西田が感心するが、東尾が無精髭の晒した牌姿に目を細めた。

「――ちょっと待て。お前、その手牌は少牌じゃないのか?」

 指摘を受け、気まずげに無精髭が頭を掻く。

「あ~……ダメ? 選挙だって20歳から18歳になったんだし、折角の三倍満なんだから、一枚足りないくらい……」

「ダメに決まってんだろーが!! ほれ、マイナス金利で没収! 大体お前、何年か前もそういうセコいマネしてたろーが!」

「あああ、俺の点棒がああああ……」

 むしりとる勢いで、無精髭からチョンボ分の点棒をかっさらう。

「ちっくしょー、マイナス金利だってんなら、むしろお前が市中(卓)に金(点棒)を流しやがれ!」

 そんな三人のやり取りに、南は努めて傍観者たらんとした姿勢を貫き、ある意味菩薩のような笑みすら浮かべていた。

(穏やかに……穏やかに……)

 現在の南は、無精髭のチョンボで棚ボタ的に二位へと上り詰めていた。
 トップの西田との差もそうまで大きくはなく、プラス圏内であったため、最悪二位であったとしても構わないほど。

(そうだな。やっぱりこうやって一切かかわらない方向でいくのが正解だったんだよ……)

 努めて不介入を貫いた末での南四局。
 ここまで荒れもせず、己の点棒をキープしつつ進められたのは、南にとって本当に僥倖であった。

(そうだ。このまま穏やかに全てが終われば……)

 ――今年こそ、穏やかに年を越せるかも。
 薄ぼんやりとした願望であったものが、ハッキリとした形として目の前に見えてきた。

 拳を握りしめ、興奮を抑えて牌をツモり、そして不要牌を捨て……

「ロン」
「ロン」
「ロン」

「はぁあ!?」

 ――それまでの穏やかな……という自身への言い聞かせすら一瞬で吹き飛ぶ、トリプルロンを食らってしまった。
 当然、ハコ割れである。

「ちょ、ちょっと待て、どういうことだ!?」

 先までの余裕も忘れ、南は椅子を蹴って立ち上がる。

「いや、どうと言われてもなあ……」

 だが、むしろ三人は南の捨て牌と、そして顔を交互に見比べ……戸惑い気味に口を開く。

「両親を探すドリーのように、俺たちがお互い捨て牌に当たり牌は無いかと探していて……」
「で、君(ダンナ)の名(捨て牌)は、と注目した所、無警戒に俺たちのロン牌を捨てていた結果……」
「――シン・ゴジラに破壊された東京並の壊滅被害になったと」

「「「つまり、それだけな訳だな」」」

 上から西田・無精髭・東尾の順に、的確に南の現状を説明し――最後に綺麗に唱和した。
 むしろ何故驚くのか、と三人の方が目を丸くする。

「じょ、冗談じゃねえっ!!」

 最後までかかわらずに行けば、今年こそ――今年こそ気持よく年越しが出来る。
 半ば思い込みに近い状態で自身を律し、対局を続けていたというのに、結局最後でひっくり返された。
 流石にこの状況を即座に認める事は出来ず、南は絶叫する。

「何がダメなんだよ旦那」
「そーだぜ。別に俺たちは元都知事みてーに点棒の水増し請求してるわけじゃないんだしさー」

 無精髭と東尾のこれ以上ないほどに冷静で的確な通告。
 そしてこの二人の言う通り、あまりに己を律することにばかり気が向いた結果、捨て牌への意識がそれたのだから、完全に自業自得である。

「そ、そりゃそうだがなあ!?」

 だが、今年こそ。今年こそはと努めて目立たずにチャンスを伺い続け――更に一位と高望みせず、プラス圏内であれば二位で構わないと妥協までして――大負けに終わってしまったという事実は、南にとってにわかには認め難かった。

「――あ!」

 長髪を振り乱す南を見て西田は何を思いついたのか、マイクを持つようなジャスチャーを取る。

「――このようにロンゲ雀士は頭を南倍南にしており……」

「おいコラ、どこぞのスキンヘッド元県議みてーな変な呼び方すんじゃねえッ!!」

 レポーターのような口調で現状を解説し始める西田に、南が食いつくように突っ込んだ。
 そしてその騒動は十分ほど続いたものの……

「じゃ、ダンナはその元県議みたいな見苦しい言い訳はしないよな?」
「ぐ、ががががが……!!」

 結局、プロとしての矜持を取り、南倍南の年末麻雀は、またしてもひとり負けの様相を呈したのであった。


「来年こそはっ……来年こそは連載終了したこち亀みてーに、ドベ終了に終止符を打ってやるううう!!!!」


 具体的にどうする、という手段が浮かんだ訳ではない。
 それでも満面の笑みで点棒を受け取る三人に対し、南はそう叫ばずにはいられなかった。



[36335] 2017年
Name: giru◆2ee38b1a ID:5afcaf31
Date: 2017/12/31 19:09

 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったよなぁ」
「っと、ツモ。今年の騒ぎといえば、まずこれかね」

 西田のアガリ手は索子と東の混一。

「あー、東芝か」
「今年も企業がらみでいろいろごたついたもんなあ。てるみくらぶの破産だの、神戸製鋼の偽装だの」

 次局。
 一手目ということで何気なく東尾が捨てた牌に、無精ひげの目が輝いた。

「ロォン!」
「んげ!? いきなり人和(レンホー)かよ……」
「へっへっへ~。今回はごまかし無しだ。国籍疑惑も無くちゃんとアガってるぞ!」

 ここ数年の行状ですっかり信用を無くした無精ひげの牌姿を、東尾が疑い深く確認する。
 が、無精ひげの言葉通り、今回は文句のつけようもない役満であった。
 満面の笑みと共に右手を広げる無精ひげに、東尾も泣く泣く点棒を差し出す。

(……また今年も、この時期が来たか)

 そんな目の前のやり取りを、南はぼんやりと見つめていた。
 すでに恒例となっているこの時期の勝負。
 どう動こうか。どう対策しようか。
 もはやそんな考えすら全てが裏目に出るのでは――そんな脅迫観念が生まれてしまっており、今年はこのやり取りに口を挟む気にもなれなかった。

(とにかく、まずは見に回るか)

 下手に場を荒らすように立ち回るより、静かにしていよう。
 そんな消極的な対策すらも上手くいかないのでは、という気がひしひしとするが、現状、それ以上の手段を思いつくことができなかった。
 そんな南の苦悩をよそに、周囲の三人は盛り上がっていく。

「モリカケ疑惑や衆議院選挙、韓国との合意ゴタゴタもあったし、経済だけじゃなくて政治も随分荒れた一年だったなあ」

 人和への振込で四位に落ち込んだ東尾が、頬杖をつきながらぼやく。

「おいおい、暗い話題ばっかりってわけじゃなかっただろ?」

 対して、役満で一気にトップに立った無精ひげは、笑みと共に一筒を捨てた。

「例えばこんな物も流行ったよな」
「ああ、ハンドスピナーか」

 西田の言葉に頷きながら、無精ひげが懐から現物を取り出す。

「買ってみたけど、気づくといじくり回しちゃうんだよなー」

 くるくると器用に回しながら、白を捨てた。

「あ、その白でロン」
「おいおい、役牌だけの早上がりか?」

 西田のロン宣言にも、ハンドスピナーをいじくる無精ひげの笑みは崩れなかった。

「そんなんじゃ俺のトップを奪えなんか……」

 が、徐々に倒されていくその牌姿に、笑みが凍り付いていく。

「だ……大三元かよ!?」

 すでに中と發を暗刻で持っていたらしく、無精ひげの捨て牌と合わせ、西田の牌は見事に役満を形作っていた。

「ちくしょ~せっかくトップに立ったってのに」

 東尾から巻き上げた点棒。それをそっくりそのまま西田にかすめ取られ、悔しそうに拳を握りしめる。
 だが西田の表情は、役満をあがった割には冴えないものだった。

「どうかしたのか? いつもなら、ここで下らないギャグの一つでも言ってるのに」

 無精ひげの陥落に気を良くした東尾のからかいにも、西田は溜息を返すばかり。

「いやさ。息子がな、これをすげー欲しがってんだよ……」

 言いながら倒した牌――發(青)と中(赤)で挟まれた白板を示す。

「あ~、ニンテンドースイッチ?」

 ひょっとして、という口調で答えた東尾に、西田が重々しく頷いた。

「クリスマスに買ってやるって約束したんだけど、どこいっても見当たらなくてな。けど、プレゼントを楽しみにしてる息子にとっちゃ、売り切れなんて関係ないし……」
「年に一度のプレゼントを、売り切れだったから忖度しろってのも無理な相談だわな」

 同じく子を持つ東尾も何か思い至ったのか、西田と共に溜息をついた。

「――ロン。流石にここに連れていくって事じゃお茶を濁すこともできないしなあ」

 次局も西田が無精ひげからアガり、示しながら倒した牌姿は三連刻。

「レゴランドか……そりゃまあ無理だろうし、下手に連れて行った所で反感抱かれるだけだろうな」

 そして二局続けて放銃してしまった無精ひげは、完全に調子を崩してたのか、その後の局でもみるみるうちに点棒を減らしてしまう。

「あ~くそ、これでハコ割れか!」

 東尾への放銃で最後の点棒が尽き、頭を抱えてしまう。

「確か今日はハコ割れ続行のルールだったよな?」
「……とりあえずやってみようって話にしてたもんな。ここって割れ用の黒棒が無いんだっけ?」

 さてどうしたもんか、と頭をかく無精ひげに、何を思いついたのか東尾がポンと手をつく。

「現金を代わり使えばいいんじゃないか? 万札1000点ってことで」
「そんなメルカリ出品みてーな怖い真似できるか!」

 当然の如く、無精ひげは猛然と抗議し――結局、手持ちの十円玉で代用するに落ち着いた。

「え~っと、それで現在の順位はっと……」

 無精ひげのハコ割れをきっかけに西田が点棒状況を確認する。

「こいつが当然ハコ割れのドベで、俺と東尾がほぼ同点……で、ダンナがトップか」
「……へ?」

 その言葉に、始めて自分の立場を自覚したのか、他でもない南が驚いた声を出す。

「ずっと黙りこくってたからダンナらしくないなーと思ってたけど、なんだか随分と調子いいじゃん」
「なあに、すぐに追い返すぜ!」
「お、おう……」

 東尾と無精ひげの言葉にも、戸惑った声を上げるばかり。

(これは……もしかして、無心で打った事で一気に調子が上がったのか?)

 それまでひたすらに牌効率を求めて機械的にツモって捨てていただけだが、逆にそれによって三人の戦いから漁夫の利を得ることができていたらしい。

(ひょっとして、これで俺もやっとトップに――いや待て)

 そこで自制する。
 そう。いつも、ここまでなら上手くいくのだ。

(ここからも、努めて冷静に……)

 そうして冷静に、玄人としての闘牌を追求していった結果――南は一気に波に乗る。
 
「ツモ」
 「ロン」
  「ツモ」
   「ツモ」
    「ロン」
     「ロン」
 
「――よっしゃあ! このツモでキタサンブラック七冠達成!」

 アガリを重ね、とうとう七連荘を記録した。
 気が付けば無精ひげだけでなく、他の二人をも突き放し、南は一気にトップの地位を盤石のものとしていた。

「あ~……羽生さんも永世七冠になってんたなあ」
「そーいや藤井四段も29連勝とかとんでもない記録打ち立ててたよ」

 あまりの快進撃に、西田と東尾もむしろ呆れたような感心した声を上げる。

「ええい、お前らそんなこと言ってないで連荘を止めろ! 次にアガられたら役満なんだぞ!?」

 そしてこの連荘で最も被害を受け、さらに十円玉を供出した無精ひげが、二人を叱咤するように怒鳴りつけた。
 だが、南の余裕は崩れない。

「くっくっく……だがお前らごときの点数で今更どうしようってんだ? 下手に抗おうが、このままビットコインみてーに、天井知らずに点棒かき集めてやるぜ!」

 さすがに七連荘。役満も目前となり、他家との点差もほぼ巻き返しなど不可能なほど。
 ここまでくれば……そんな気の緩みも出てしまい、ついつい普段の調子へと戻ってしまう。
 だが、流石にそんな調子に乗った南の言葉に、三人の額には血管が浮かび上がった。

「おら、これでリーチだ!」

 五面待ちの萬子清一色。
 邪魔になる北を捨て、南は一気に勝負を決めようとする。


 ――が。

「ロン。四暗刻単騎」
「ロン。小四喜」
「ロン。国士無双」



「……な、なにいいいいいい!?」

 その捨て牌に、三人が一気に反応した。

「いや~、もう最後なんだし、今年の漢字にちなんで北待ちにしてやれってヤケクソ気味だったんだけど」
「お前もなのか。俺も、もう流石に今回はダンナの勝ちかなって半分あきらめてたよ」
「まさか出るとは思わなかったなあ!」

「あ、あ、あ……」

 大盛り上がりする三人とは裏腹に、南は顎が外れるほど口を開いて呻いてしまう。

「これで今年最後の勝負は終了だな」
「ビットコインも上昇はすごかったが、下がるときも凄いからなあ」
「なーに、来年はまた勝てるだろうし、やっぱ投資も麻雀も引き際が大切ってことだな!」

 いかに点差があれども、さすがに三人から一斉に役満で上がられてはひとたまりもない。
 そしてハコ割れ続行ルールとはいえ、ラス親だった南が上がられれば当然それで終了である。

(た、台風21号みてーに、一気に全部かっさらわれた……)

 あまりに唐突すぎるトップ陥落に、何も反論の言葉を見つけられず、呆然と固まる南。

 何がいけなかったのか。
 途中でトップを自覚したことか。
 そこから調子に乗ってしまったことか。

 油断。慢心。
 敗因はいくつも思い浮かぶものの、最早何をすればいいのかも分からなくなってしまった。

(いっそ、今年完結した浮浪雲の主人公みてーに、最後までのらりくらりとやってりゃよかったんだろーか……)

 結局今年もこうなってしまうのか、と。
 先までの勢いはどこへやら、南はがくりと肩を落としたまま、動かなくなったのであった。



[36335] 2018年
Name: giru◆2ee38b1a ID:b6d86f18
Date: 2018/12/27 00:01

「もう、今年も終わりだな」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったな」

「ああ、本当に色々あったよなぁ……」

 雀卓を囲むメンツは例年と変わらず。
 しかし例年と異なり、どこか空気が重かった。

 軽口も叩き合わず、各自黙々と牌を自模り、そして捨てる。
 たまに上がる声は、鳴きの宣言のみという有様であった。

「あ」

 そして数巡。不意に東尾が気の抜けた声を上げる。

「和了った」

 自摸った五萬を晒し、そのまま自牌を倒す。
 無造作に示される牌姿は、なんと萬子の純正九蓮宝燈。
 だがその見事な役満とは裏腹に、東尾の表情は全く冴えなかった。

「おぉ……」

「あー……」

 そして上がられた他家の二人――西田と無精ひげも、それを悔しがる様子もない。
 むしろその役満に、三人は揃って大きく息を吐いた。

「惜しい人を亡くしたよなあ」

「ああ。麻雀界レジェンドの小島武夫さん。とうとうあの人まで居なくなっちまったか……」

 毎年なにがしかの訃報はあるものだが、とりわけ雀界巨匠の訃報は三人にとって衝撃だったらしい。

「さくらももこさんや桂歌丸さん、西城秀樹さんなんかも今年だったよなあ」

 更に挙げられる有名人の名に、三人はもう一度そろって溜め息をつく。

「なんだ、辛気臭ぇ」

 そんな空気を打ち破るように声を上げたのは最後の面子、南倍南であった。

「落ち込むのは勝手だが、俺は手加減しねぇぞ。オラ、ツモ!」

 次局。南の和了手は親の三倍満。
 役満でツモられた出費を充分に取り返せる打点だ。

「そんなにウダウダしてっと、おめーらの点棒、流出した仮想通貨みてーに俺が根こそぎいただいちまうぞ」

 三人から点棒を集めながら、南はにやりと笑みを浮かべる。

「……なにぃ?」

「ふざけんな、ダンナばっかいい思いさせてたまるか!」

 南の挑発に、三人は目に光を取り戻していく。

「そう思うんならやってみろや」

「言われなくとも!」

 不敵な笑みを崩さない南に対し、次局でまず仕掛けたのは無精ひげだった。
 一巡目からひたすら中張牌の連打を続け、九巡目に幺九牌が河に捨てられる。

「ほれほれ、そろそろだぜ?」

「げっ……」

「チィッ」

 露骨なまでの国士狙い。それもテンパイ気配すら匂わせる捨て牌に、西田と南は顔をしかめてしまう。

「……」

 が、そんな二人をよそに、東尾は落ち着き払って山へと手を伸ばし――そして自摸った牌に眼鏡を光らせた。

「悪いな。関西(カン西)国際空港の滑走路は台風で閉鎖だ」

 そうして晒されたのは四枚の西。

「あ゛ー!」

 当然、その暗槓宣言と同時に、無精ひげの国士は死に体と化す。
 結局その局は流れ、オリた無精ひげ以外は全員テンパイ状態であったため、ひとり罰符を支払う羽目へと陥った。

「俺の点棒がぁ……本当なら俺に集まったはずの点棒が流出していくぅ……」

「そーいや仮想通貨の他にも、マイナンバー流出騒ぎもあったなあ」

「そだねー、っと!」

 次局。
 手牌を確認した西田は笑みを深め、三人の捨て牌を片っ端から鳴いていく。

「チー、ポン、カン! チー、ポン、カン!」

 二・三・四索のチーを二度。そして六索のポン。更に發のカン。
 裸単騎となったところで、西田は音程の外れた声で歌いだす。

「カーモンベイベー、八索ツモォ!」

 自模った八索と共に倒された牌も八索。鳴き牌も含め、見事にアメリカ発祥の役満・緑一色を形作っていた。
 が、点棒を他家から集めながらも西田は不服そうに呟く。

「あ~あ。親で和了れてたら逆転トップだったんだけどな~」

「東京医大みてーな点数下駄履かせはできないんだから諦めろ」

「そーいやスポーツ界隈なら、大学でこいつが騒がれたっけか」

 無精ひげが捨てたのは一索。

「日体大フェニックスの不正タックル事件か」

「あそこの他にも体操だのボクシングだの、今年のスポーツ業界は普段にも増してスキャンダルだらけだったな」

「東京オリンピックがどうなるのか、ちょっと心配になってくるぐらいだったな」

「おいおい、スポーツって言うんなら、年始にこいつが盛り上がってたろ?」

 東尾がツモ上がったのはドラの二筒を暗刻にした満貫。

「ボクシング(二筒)で亀田に勝ったら1000万のお年玉(ドラ)企画。結局亀田側の完勝だったが、ネットテレビで結構盛り上がってたじゃん」

 更に次局でも、東尾が早々にリーチを仕掛けていく。

「そしてここでも上がれば連続和了。二年連続優勝したソフトバンクの勢いにあやかるとしますか!」

「でも確かあそこって、社長の本業で最近でかい電波障害起こしたよな……ということでロン」

「んがぁ!?」

 流れに乗って得意満面の東尾に、ダマテンで待ち構えていた無精ひげが横やりを入れる。

「ちっくしょ~……」

 和了をつぶされて意気消沈する東尾。
 しかし悔しがりこそするものの、当初のような悲壮感はない。

「なんの!」
「まだまだこれからだ!」

 そしてそれは 西田と無精ひげも同様であった。
 いつしか三人も大物手を上がりながら、まだまだこれがあった、いやあれも……と、表情を明るくしていく。

「――それにしてもダンナ。やっぱり年末は調子悪そうだな」

「確かに。最初にちょっとあがっただけで、後はずっと四位のままだもんな」

 挑発を根に持っていたのか、からかってくる東尾と西田に、しかし南は余裕を崩さない。

「へっ、舐めんな。そんなら逆に、そのツキの無さを利用してやるまでよ。ツモ!」

「こ、これまた珍しい役を……」

 開局早々に南が晒した牌姿に、無精ひげが目を丸くする。

「十三不塔なんて、久しぶりに見たぞ」

「この雀荘じゃ役満扱いだったろ。どうだ? 十三人の力を合わせて、見事にビリ(洞窟)脱出だ!」

「確か映画の話も進んでるんだったっけ。タイの十三人洞窟閉じ込め事件」



「さて、と……。んじゃあこのダンナの和了でラスト。清算だな」

「え~っと、お、良かったじゃんダンナ。今年は3位か」

 オカウマを計算した東尾が、意外そうに眼を丸くする。
 確かに最後に役満を上がりはしたものの、他の三人も打点が例年以上に高かったため、南の順位はビリを免れるのみに留まっていた。

「ダンナはこの時期いっつもビリだったからなあ。珍しいこともあるもんだ」

「……」

 からかう西田に、しかし南は特に怒り出す様子も見せなかった。
 逆に無言の姿に圧力を感じたのか、西田の方がうろたえだす。

「な、なんだよダンナ。まさかハレの日みてーに負け分を払わず夜逃げする気じゃねーだろうな」

「……誰がンな真似するか」

 心外だと言わんばかりに鼻を鳴らし、不満を漏らすことなく清算に応じる。

「ただ、まあ……」

 そうして雀荘を後にし、四人で連れだって歩きながら、南はぽつりと呟いた。

「平成最後の年末勝負だったからな。さっきお前が言った通り、ここでやっとビリにならずに済んだなって思っただけだ」

 その言葉に、三人も思い出したように納得顔になる。

「あ~! そういや来年から元号が変わるんだっけか」

「昭和が終わって平成が来たかと思えば、もう次の元号か~……」

「そう思うと、俺たちも随分と長い間、つるんで打ってるもんだよなあ」

「――ま、一つ確かなのは」

 煙草に火をつけて紫煙をくゆらせながら、南は感慨深げにつぶやく。

「俺たちゃきっと何年経とうが、元号が変わろうが、この時期は卓を囲みながら馬鹿話をしてるんだろうってことさ」
























「かっこよくまとめようとしてるけど、確か今年のダンナの勝率ってここ数年の中でも特に悪いんだよな」

「そうなのか? 俺はトントンだって聞いてたけど」

「そりゃ見栄だって。酒が入った時に、ここ二か月の日経平均株価くらい勝率が下落したってぼやいてたから」

「聞こえてんぞテメーら!!」




[36335] 2019年
Name: giru◆2ee38b1a ID:968816ab
Date: 2019/12/30 22:49

 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったなぁ」

 無精ひげを生やした男がしみじみと応じる。

「……そうだな。まあ一番大きな出来事といえば、やっぱり元号の変更か」

 ふと思いついたような言葉共に、南倍南は牌を捨て――それを見た無精ひげが目を光らせた。

「ダンナ、ロン。倍満だ」

「チッ、いきなりか……」

 己もリーチしていたため、危険牌と知りつつも捨てるしかなかった牌。
 いきなりの親倍に、南は顔をしかめる。

「リー棒まで出してたダンナはこれで丁度0点。令(レイ)になる和了か」

「良かったなあ。今年最後の勝負に相応しいじゃないか」

 東尾と、西田が成り行きを面白がってはやし立てる。

「他人事だと思って好き勝手言いがやって」

「今年の漢字だって「令」だったし」

「これ以上相応しいスタートは無いな」

「てめえら……」

 額に青筋を浮かび上がらせ――だが、じきに大きく息を吐き、南は気を取り直す。

「はん、話題で言えばこっちだって大きかったろうが」

 次局、捨て牌に萬子、索子を重ね続けた末、大物手を匂わせた南は一気にを和了り切る。

「どうだ、タピオカブームの到来だ!」

 倒された牌姿は、見事な筒子の清一色であった。

「おおー……」

 西田の感嘆をよそに、南は先の意趣返しだとばかりに無精ひげへと手を伸ばす。

「ほれ、他の二人は当然だが、お前はさっさと増税分(親っかぶり)を含めて点棒をよこしな」

「こ、ここは軽減税率の適用を……」

「認めるわけねーだろ」

 苦しい無精ひげの言い訳を一言で切って捨て。無慈悲に点棒をむしり取る。
 その後しばらくは細かい点棒の行き来が繰り返されるも、大きな順位変動もないまま南場へと入った。

「……ふう、何とかツモ。京都アニメーションみたいに焼かれずに済んだか」

 それまで和了れずにいた東尾が親番でツモり。焼き鳥を回避できた安堵に大きく息を吐く。

「あの火事も酷いもんだったな」

「でも、再建に日本どころか世界中から寄付が集まったんだから大したもんだよ」

 牌を卓の中へと流しながら、南と無精ひげが同意する。

「外国じゃキャッシュレスも当たり前になってるし、ネット上で寄付しやすいってのもあったんだろうな」

 焼き鳥回避の上に親連荘で気が大きくなったのか、東尾が口数も多く言葉を続けていく。

「日本でも10%への増税以来どんどんキャッシュレスを推奨してるし、各社もどんどん決済アプリを展開してるし……」

 そのうち、この雀荘でもアプリ決済だけになったりしてな!――などと冗談交じりに笑いながら七萬を捨てる。
 その捨て牌に、西田が目を輝かせた。

「ロン」

「げっ!?」

「ああ、そういや〇〇ペイってアプリは増えたけど、セブンペイだけは一瞬で終了したな」

 思い出したように無精ひげが呟いた。
 親番で稼いだ点棒を西田に奪われ、東尾が歯ぎしりする。

「あとはまあ、大きな話題と言えば……吉本の闇営業も随分報道されていたっけか」

「――ぎく」

 次局。
 何気ない東尾の言葉に、西田が大きく体を震わせた。

「お前まさか、ヤミテンしてるとか?」

 捨て牌の流れでテンパイ気配と見たのか、東尾が目を細めて西田の顔色を窺う。

「あははは、まっさかー、いくら俺でもそんなことやってないって!」

「本当かぁ?」

 南は半信半疑といった体で、しかし手牌の流れから捨てざるを得なかった牌を捨てる。 

「あ、それロン」

 直後、西田はあっさりとロン宣言した。

「やっぱりかド畜生! しかもやってないとか言いながら、きっちりスジで引っ掛けやがって!」

「別に……」

「あー、その人も最初は麻薬やってないって否定してたが、結局バレて今大変なんだっけ」

 今度は被害を免れた東尾が、疲れたように呻いた。

(くそ、せっかくの勝ち分が無くなりやがった……)

 痛い所での放銃に南は胸中で毒づく。
 東場での無精ひげからの倍直を受けてから、何とか南場に至るまでの間に何とか立て直してはきたのだ。
 しかし、これでまたこの放銃でトップ圏内から外れてしまった。

(こーなったら……)

 そして既に場は南四局。
 ここで取り戻すしかない。

「リーチ!」

 胸中でそう決心するも、無精髭が無情なまでに早々とリーチ宣言をしてくる。

 だが、ここで臆していては勝ちは望めない。

「それがどうした!」

 手を進めるため、南は中張牌の連打を続けていく。

「おいおいダンナ、そんな暴走したら……」

「そうだって、年寄りの運転じゃないんだから……」

 ヤケになったような暴牌に、西田と東尾からは哀れみの声すら上がる。

「ロン!」

 そして数巡を置かずして、無精ひげへと放銃した。

「そりゃまあそんな脂っこい所切り続けてれば捕まるわな」

「無茶すんなよダンナ、上級国民じゃあるまいし」

「ンな事ぁ分かってんだよ!」

 辛うじて裏も乗らず、無精ひげの和了は安手で済んだ。
 更に無精髭自身が親で2位のため続行となる。

 そして南四局二本場。
 ドラは白。
 中盤に至るまで、ドラ牌が一牌も河へと出てこなかった。

「う~む。この二本(日本)場でドラが白(ホワイト)ってんじゃ、槓(カン)はもちろん、ポンで刻(コク)子を作るのも難しいな」

 最終局面の重い空気を察し、西田が場を和ませるように呟く。が、誰も反応を示さない。
 ここで一枚も出てこないということは、つまり誰かがドラの白を暗刻、あるいは二人が対子で持ち持ちになっている可能性が高いのだ。

(誰がもっている……?)
(案外あんなこと言ってる西田か、いや、東尾の方か……?)

 東尾、そして無精ひげが思考を読み合うように、周囲の顔を見渡す。
 この時の点棒状況は無精ひげ、西田、東尾の順でほぼ点差が無く、倍満以上の点差が開いて南という有様であった。

(最悪、ダンナが暗刻か対子で持ってるのはまだいい)
(軽い手でいいんだ。軽い手であがっちまえば……)

 ならば南はトップ争いから外れ、残り三人での勝負となる――二人の思考がそう行き着くのはむしろ当然であった。
 だが更に数巡後、南は引いた牌に口角を吊り上げる。

「カン!」

 暗槓を宣言し、牌を晒した。

「ぐぉ!?」

 三人が目を見開く。
 宣言と共に晒された暗槓は白。そして新ドラ表示牌は何と中。
 この槓一つで南の手がドラ8の鬼手と化したのだ。

「さあて、日(二本場)中(ドラ牌)韓(槓)、この三つの要素が重なった首脳会談の結果は……」

 王牌に手を伸ばし、緩やかに嶺上牌を自模る。
 そして南は、盲牌と共に宣言した。

「っしゃあ、アイルビーバック!」

 嶺上ツモ・白・ドラ8の三倍満。
 文句なく、南の逆転勝利であった。

「うそおおお、最後にダンナに逆転されるなんて……」

「平成の頃が嘘みたいだな」

 あまりに鮮やかな逆転劇に、西田は嘆き、東尾は呆れ、無精ひげは言葉を無くしている。

「へっ、見たか。令和になってからの俺は一味違うぞ!」

 三者三様の反応に満足した南は、満面の笑みと共に懐から煙草を取り出して紫煙をくゆらす。

「……あー、悪いねダンナ」

 だが気持ちよく一服していた所へ、それまで全く口を挟んでこなかった中年の店員が、申し訳なさそうに声を上げた。

「ウチ、禁煙になったんだよ」

「何ぃ!?」

「ほら、来年四月からは店の中は基本的に禁煙にしろって法律が始まるだろ? それに先んじてウチも禁煙店になったんだ」

 こんな店の中じゃ喫煙スペースなんて作れないからねえ、と溜め息混じりに店員が漏らす。
 だから灰皿も取り払ったとも言われ、南も周囲を見回して初めて灰皿が撤去されていることに気づいた。

「だからさ、今吸ってるそれを捨てろとまでは言わないから、吸うなら外で吸ってもらいたいんだ」

「…………」

 店員。そして煙草。
 しばしその二つの間へと視線を行き来していた南は、やがて無言で立ち上がった。

「せっかく勝ったってのに、最後が締まらないねえ」
「まあダンナだしなあ」

「うるせえ、こんな時にまで下手な運転みてえに煽ってくんじゃねえ!」

 背中に投げかけられる言葉に捨て台詞を残し、それでも南は勝利の煙草を最後まで吸いきるべく、店の扉を開けて寒空の下へと出て行った。



[36335] 2020年
Name: giru◆2ee38b1a ID:ff5a770a
Date: 2020/12/30 00:19

 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾がしみじみと呟く。

「そうそう。今年も色々あったなぁ」

 無精ひげを生やした男が感慨深げに応じた。

「今年一番の大きな出来事といえば……どう考えてもコレだよな」

 丸坊主の男、西田が倒した牌姿は、五六七の三色同順。

「何があったって言ったら、何を置いても真っ先に挙げられるよな、今年のコロナ騒ぎは」

 ああ、とその場の全員が納得と共に溜め息をつく。

「生活がこいつのせいで大きく変わったもんなあ」

「東京オリンピックも延期になったし……」

 次局、東尾が東の後に五筒を捨てる。

「そいつだけじゃないぞ。甲子園も含めて、外で人が集まるようなイベントは殆ど中止か延期になったからな」

 卓を囲む最後の一人、南倍南が一筒を捨てる。
 外での楽しみがほぼ全て無くなってしまった一年を思い返し、四人全員が改めて同時にマスク越しの溜め息をついた。

「それにコロナのせいか、今年も著名人が多く亡くなったからな……野球ならこの人とか」

 西田が捨てた牌は「南」

「南海ホークス……野村克也さんか」

「おい、せめて一索にしろ。俺がどうにかなったみてえじゃねえか」

 その字牌を苗字に持つ南が顔をしかめる。

「やだなあダンナ。怒っちゃやーよ♪」

「そーいや志村けんさんも今年だったっけ……」

 おどける西田に、東尾がしみじみとつぶやいた。

「著名人の自殺報道が例年よりも多かったのも、コロナの影響なのかね」

 無精ひげが倒した牌姿は三萬、三筒、三索の三色同刻。

「三浦春馬を皮切りに、一年末までそういう報道が増えた気がするなあ」

 改めて並べられるコロナの悪影響に、どんどん雰囲気が暗くなっていく。

「けどさ!」

 そんな空気を払拭するように、西田が殊更に明るい声を上げた。

「この一年は確かにコロナで嫌なニュースも多かったけど、逆にこのお陰でとんでもなく流行ったものだってあるじゃん」

 ツモった牌に会心の笑みを浮かべ、西田は手元の牌を倒す。

「そぅれ、あつまれ、動物の森ぃ!」

 牌姿は索子の清一色。

「動物って、動物要素は一索の鳥だけじゃねえか」

 大物手の和了に感嘆はしつつも、つなげようとする話題に南は突っ込まずにいられなかった。
 だが、西田は胸を張って言い放つ。

「森といえば緑だろう!」

「む、無理やりすぎる……」

 東尾の呻き、無精ひげの白けた視線にも西田は全くめげる様子を見せず、次局へ移っていく。

「……とはいえ、西田じゃないが確かに巣ごもり需要が増えたなんて色々言われたよな」

「そうそう。外食産業はダメージがでかいって言われたけど、逆にこいつのリュックを街中でもすげー見かけるようになったよ」

 東尾が和了したのは五八萬待ちの混一色。

「ウーバー(五八)イーツだっけ。そいつを副業にする話もよく聞くようになったな」

 次局、無精ひげが巡目も浅い内に何気なく捨てた生牌へ、南が目を光らせた。

「ただ、そいつは新規参入が多すぎて交通マナーの悪さも問題になってるよな――例えば出会いがしら事故なんか」

「げっ!?」

 しかも南の和了役は満貫の小三元。
 アタるとは思っていなかったのか、思わぬ放銃に無精ひげが顔をしかめる。

「くそっ……見てろよ。全集中・嶺上の呼吸!」

 次局、無精ひげはめげずにドラ4を暗槓。
 気合の深呼吸と共に、王牌に手を伸ばす。

「はん、それで嶺上がツモれれば苦労ねーよ」

 点棒差から、他2人と違い、南は余裕の表情で無精ひげの嶺上を見送る。

「あ、ツモった」

 が、その一言で、一瞬にしてその余裕が崩れた。

「何ぃ?! いや待て、本当に和了ってるかよく見せろ。二段階認証だ!」

「やだなあダンナ、ドコモ口座の不正出金みたいな真似はしてないって」

「お前は何回かやらかしてるだろーが!」

 ――だが、今回は本当に和了しており、南も観念し、親被りの点棒を渋々と支払った。




 その後に細かい点棒の行き来を繰り返し、そして南四局。
 誰が突出しているわけでもない、今年の漢字である密の如く、ひしめき合う点棒状況となっている。

 そしてこの局面。
 南の手牌には、白・發・中がそれぞれ対子で集っていた。

(軽く和了れば勝ち逃げできる局面で、押し付けられた謎の種子みてーな重い手になりやがった……)

 現状は僅差とはいえトップ。
 最後の親である東尾が連荘を重ねているが、それでもまだ4位に甘んじている。
 軽く平和やタンヤオ辺りで和了ろうと考えていた中での、まさかの大物手である。

(さて、どうするか……)

 役牌ポンを重ねてプレッシャーをかけていくのも手ではある。
 だが、南はあえて中の対子から落としていった。

(大三元は任命拒否だ。白發か、悪くても一つ役牌でアガりゃいい)

 中も持ち持ちになっていたわけではなかったのか、他の三人からポンの声が上がることは無かった。
 しばし、誰からも声が上がることなく、牌をツモり、そして捨てる音だけが卓に響く。

「――お、ツモだ」

 3位の西田から声が上がる。
 倒されたのはピンフツモのみ。

 2000点のみならまだ逆転には至らない――安堵の息を吐く南をよそに、西田はあっさりと続けた。

「これで逆転。終了ね」

「いや、ちょっと待て。それじゃあまだ点棒が足りない――」

「ダンナダンナ、連荘積み棒の上乗せ分、忘れてない?」

「あ゛」

 その指摘に、南が固まった。
 あまりに単純な積み棒の見落としに、頭が真っ白になる。

「おいおいダンナ。駄目だぜ、レジ袋も今年から有料化して、きちんと料金上乗せされることになってんだからさ」

「大阪都構想による財源移動は夢と消えたが、こっちはちゃんと点棒移動させとかないとな」

「安倍首相もトップ交代したし、きちんと交代させてもらおうか」

 固まった南の手元から、満面の笑みで点棒を取り出す西田。
 掻っ攫われていく点棒を見つめながら、なぜ積み棒などという余りに基本的な見落としたのか、南は己を省みる。

(……そーだ煙草だ。煙草吸えなくてイラついて、注意力が落ちてたんだ)

 今年の四月から正式に始まった全面禁煙。
 去年にも言われていた事で、南自身もこれを機会に禁煙を試みようと考えたものの、結局実行に移せずじまいであったのだ。
 接戦に精神が削れていく中、ニコチン切れも相まっての見落としだったのだろう――南は己をそう分析した。

 とはいえ、結果が分かったとてあまりに単純すぎる、アホらしい理由ではある事に間違いはないのだが。

(……そーいや、そもそもコロナがここまで広がっちまったのも、こういう単純な見落としが重なった結果だって言われてたなー)

 清算に入る三人を見つめながら、南は逃避するように、呆然とそんな事を考えていた。




[36335] 2021年
Name: giru◆2ee38b1a ID:606e1990
Date: 2021/12/28 02:32

 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年もまた、色々あったよなぁ」

 そのしみじみとした声音に、無精ひげを生やした男もまた感慨深げに応じる。

「今年も色々あったけど、何があったかといえば……まずはやっぱりこれかなあ」

 二人の会話に入り込んできた坊主頭の男――西田が、しばし考えての後に「東」を河へ放つ。

「あれ?」

 だが、その場の誰も、西田の捨て牌には反応しなかった。
 思い浮かべる要素が無いはずはない。そう考えての捨て牌であり、乗ってくることを期待していた西田は、当てが外れて意外そうに周囲を見回す。

 だが、やはり誰からも返答は無く、西田に次いで無精ひげが牌を自模り、そして捨てる。

「――ツモ」

 更に巡目の巡ってきた東尾が宣言と共に牌を倒した。
 その牌姿は、先ほど西田が捨てた「東」をスルーしての五筒高目アガリ。

 そこでようやく西田も合点がいったように、ぽんと膝を叩いた。

「おお、見逃し(無観客)東京オリンピックってことか!」

「あんな変な開催方式、オリンピックの史上でも初めてなんじゃないか?」

 納得する西田とは裏腹に、無精ひげは呆れたように呻く。

「それに最近のオリンピックはきな臭い感じが強いからなぁ」

 自動卓のボタンを押し込み、牌を流し込みながら東尾は苦笑した。

「――ま、確かに最近のオリンピックは、どうにも平和の祭典って趣旨から最近はずれてる気がするのは、間違いじゃない気がするぜ」

 次局。
 卓を囲む最後の一人である長髪の男――南倍南が東尾の言葉を継いだ。
 二巡目へと回り、自模った牌を一瞥した南は、さして迷う素振りも見せずに端の「北」を捨てる。

「おや? もしやダンナ。その言葉通り、平和(ピンフ)狙いに邪魔だったからその北を捨てたんじゃ?」

 茶化すような西田の言葉に、南は憮然と鼻を鳴らす。

「ダジャレ狙いのお前じゃあるまいし、ンな分かりやすい手を狙うかよ」

 そんな南の反応、そして捨て牌に、むしろ部外者である無精ひげが口元を緩めた。

「そうだな、むしろそういうのを狙ってたのは俺の方だし」

 宣言と共に無精ひげが倒した牌姿は北の単騎待ち。
 単騎に重なった北を得意げに示す。

「ジャパンネット銀行から、北北(ペイペイ)銀行へ商号変更完了ってね」

「あ~……そういや名前変わったの今年だったっけ」
「あれを初めて聞いた時、俺、正直「ダサい」って思ったんだよね」

 西田と東尾が一段声音高く各々の感想を漏らす。 

「俺も変な名前って思ったんだけど、なんだかんだで慣れちゃったんだよな。あとワイジェイカードもペイペイカードに変わったし、あの界隈、あの名前で統一していく気なんだろうかって思うよ」

 狙い通りに上がって得意満面の無精ひげに、西田、東尾がそうかもしれないと笑い合う。

(チッ……)

 そんな三人とは裏腹に、二巡目の闇テンを潰された南は胸中で舌打ちした。
 しかしちょうど回ってきた親番に、まだこれからだと気を取り直す。

「ツモ、タンヤオ」

「ロン、平和」

「ツモ、發ドラ一」

「ロン、イーペーコーのみ」

 気分を一新させたことで波をうまく引き寄せたのか、以降四局、南は怒涛の勢いでアガリを重ねていった。
 いずれも安上がりではあったものの、点棒をかき集め、更に場にはどんどん積み棒が重ねられていく。

「ロン、東のみ」

 そして五本場。
 西田から勝ち取った放銃に、南は得意げに牌を倒した。

「かぁ~っ! 混一狙えるその手で東のみかよぉ。ダンナ、煙草の値上がりだの押し寄せる軽石だのじゃないんだから、そんな小刻みなアガリじゃなく、もっとドカンとでっかく狙ってもいいんじゃないか?」

 ドラすら捨てて安上がりに徹する南のアガリに、西田が苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
 だが、そんな指摘も当の南は意に介さない。

「はん、それこそ今の局はお前が先にリーチいれてただろうが。そんな時は大物狙わずさっさとアガッとくに限るんだよ。逃げるは恥だが役に立つ!!」

「そういや確か星野源と新垣結衣の結婚って今年だっけなぁ……」

 胸を張って断言する南に、無精ひげが思い出す。

「それに小さかろうがこれで五連荘。八連荘も目前だぜ」

 とうとう六本場。
 あと2回のアガリで連荘役満も見えてくるという状況に、南は笑みを浮かべる。

「ま、Ⅴ6も今年で解散だ。ダンナも快進撃はその辺で諦めなって」

 が、次局に東尾が三巡目にあっさりと手牌を倒した。
 浅い巡目ではあったが、その手はドラ中暗刻の混一色。

「ぐおっ……俺の八連荘が中国(刻)のせいで失踪かよ」

 無念に拳を震わせながら、南が呻く。

「失踪といえば、あのテニスプレイヤーは今無事なのかねえ」

「他国のことながらちょっと心配になるよな。それこそあっちのオリンピックも近いんだし」

 ぶるぶると震える南をよそに、西田と無精ひげが顔を見合わせる。

「しっかしまあダンナ。おもちゃ王国の床みたいに派手に抜け落ちたな」

 東尾が指を折りながら点棒を計算し、見事なコツコツドカンで四位へ転落した南へ点棒を要求した。

「ハン、まだ射程圏内よ」

 投げつけるように東尾へと点棒を渡し、南は席に座り直す。

 そして迎えるは南四局。

「今までの年末なら、ダンナがそう強がったときってだいたい四位で終わってたよな」

(言ってやがれ……)

 西田の茶化しにも応じず、黙々と理牌する。

 確かに先の放銃は決して安い出費ではなかった。
 だが、それまでに積み上げた点棒のおかげで、まだ高い手作りで十分にトップは狙える圏内を維持できている。

 幸いにして場は重い。誰も鳴かず、またリーチが宣言される様子も無い。
 そして十巡目。
 煮詰まった空気の中、南は自模った牌を親指で読み取り、口元に笑みを浮かべた。

「宇宙ステーションまでウーバーイーツお待ち! どうだ、前澤が乗ったロケットのごとき、華麗な大気圏突破!」

「お、おぉ~!」
「やるなぁ、ダンナ」
「いや、これは素直に凄いわ……」

 言葉通り、南の和了手は三色ドラドラ五八待ちのド高目。
 東尾を二位に蹴落としての見事な大逆転であった。

 無精ひげ、西田はもとより一位を奪還された東尾までも、感心の声を上げる。

「ど~だ、見たか!」

 周囲三人の反応に、南は満足気な腕組みと共にふんぞり返った。

「――うん?」

 だが、そんな南の喜びに水を差すように、西田が怪訝な声を上げる。

「どうした」

「いや、自動卓の点棒表示がおかしくてさ。もしかして壊れたかね」

 箱に幾度か点棒を出し入れするも、西田の言葉通り、液晶画面の点棒状況に変化が生じない。

「おいおい、みずほのシステム障害じゃないんだから……と言いたい所だが、確かいい加減この卓も古いからなあ」

「ま、本当に故障なら店に修理任せりゃいいだろ」

「ほれダンナ。卓の調子悪いことだけ店長に伝えて、はやいとこ清算済ませて帰ろうぜ」

「む、むぅ……」

 無精ひげに促され、しかし南は席からは立つことなく煮え切らないうめき声をあげる。

「さて、帰るか……」
「年末はテレビ何見る予定だ。やっぱり紅白か?」
「そういや笑ってはいけないって今年は放送されないんだよなあ」
「ウチは娘にせがまれてドンキのテレビもどきを購入する事になったよ……」

 わいわいと先に店を後にする三人を尻目に、南はじっと残された卓を見下ろす。

(勝つには勝った。確かに勝ったんだが……)

 事実、点棒では確かに勝った。トップに立つことができた。
 しかし目の前の液晶表示は和了前と変わらない。

「……消費税も総額表示に改まったってのに、どうにも締まらねえ年末になっちまったなあ」

 間違いなく勝利こそした。
 したものの、その集大成とも言うべき最終点差を目することが出来ない。
 そんな状況に、南は勝利の余韻と相まった、なんとも形容しがたい溜め息と共に席から立ち上がり、三人を追って店を後にした。




[36335] 2022年
Name: giru◆2ee38b1a ID:16f3c273
Date: 2022/12/26 02:11
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年もまた、色々あったよなぁ」

 そのしみじみとした声音に、西田もまた感慨深げに応じる。

「今年に何があったって……ま、やっぱりお約束としてコレを出しとくか」

 西田が北に続けて河へ捨てたのは五筒。それだけで卓を囲む三人は察した。

「冬季の北京オリンピック……それを言いたいがためだけに、ドラ牌の五筒を捨てるのかよ」

「いいじゃん。どの道、今回は俺には使えなさそうな牌だったし」

「なら、そいつポンだ」

 呆れ混じりの南の言葉に反論する西田をよそに、無精ひげが捨て牌の五筒にポンを宣言した。
 南もそれみたことか、と言わんばかりの視線を注ぐが、西田は意に介さずに次巡に西を捨てる。

「そいつも出るならポン」

 無精ひげが更に食い取り、流石に西田も顔をしかめる。

「――ロン。ま、そこが出るなら侵略させてもらおうかね」

 ドラと西を食い取られ、流石にテンパイ気配を感じた西田はそこからはオリ気味に打っていくようになった。
 が、その数巡後、場に二枚出ていた北を手拍子で捨てた瞬間、無精ひげが地獄の単騎待ちで討ち取った。

「孤立(単騎)した北の大国(ロシア)が、西(ウクライナ)への侵略ってか」

「ちょうど西家だったお前が放銃くらったってのもシャレが聞いてるな」

「うるせーやい!」

 東尾の解説と南のからかいに、流石に西田も落ち込みながら点棒を吐き出す。

「確かこの騒ぎは、オリンピックが終わった直後ぐらいだったなあ」

「あの事件で一気に、今年一年が暗い年になるんじゃないかってイメージついたな」

 無精ひげの言葉に、東尾も深々と頷く。

 そして次局。

「あ、そいつでチ―」

 西田が果敢に六筒を食い取り、五筒・七筒の塔子を晒した。

「国内でも、東京じゃ秋ごろにまたコロナで亡くなる人も増えたって言うし、今年も色々な有名人が亡くなったよなあ……っと、ツモ! 俺、この人の毒舌と落語は結構好きだったんだ」

 食って作った面子を生かし、西田がツモ上がった牌姿は一筒を雀頭にした五六七の三色。
 そしてこちらも、三人はすぐに察した。 

「ああ、三遊亭円楽さんか」

「他にも渡辺徹や仲本工事、上島竜平なんかも亡くなったな」

 東尾に応じるように、そして南も思い返す様に指折り数える。

「そんなら俺の中で一番デカい有名人訃報は、やっぱりこれだよ」

 更に次局。
 無精ひげが一萬、二萬、三萬と捨て牌を重ね、数巡後にツモった牌と共に大きく息を吸う。

「一、二、三、ダーッ! マテンからの満貫ツモ。元気があれば何でもできる!」

「アントニオ猪木もほんの2~3か月前だったな」

「――ロン。訃報と併せて政治の世界じゃあ、この人が亡くなった事件で、間違いなく日本の歴史は変わったな」

 無精ひげの満貫に負けじと、東尾が南から上がったのは萬子の清一色。

「くっ。統一教会……安倍元首相か」

「まさか令和の日本で、白昼堂々の銃撃なんてニュースを聞くことになるとは思わなかったよ」

「他にも円安もどんどん進んで、物価もまた一段と上がっていったっけ」

 東尾への放銃に南が苦々しく点棒を吐き出す横で、無精ひげ、西田も暗い顔で応じる。
 失点の気分を切り替えようと南は袖の中をまさぐったが、すぐに目的の物が入っていないことを思い出し、ため息と共に座り直す。

「ダンナも禁煙してたんだっけ? 雀荘でもすっかり吸えなくなったからなあ。今年にゃマルボロも値上げしてるし、それで調子落としたんでないかい?」

「うるせー、その一萬(イーマン)でロン。おめーこそ、ツイッター社みてえに突然解雇されないよう気を付けな」

「んげっ……」

 東尾のからかいに、安手とは言えきっちりとロン上がりで復讐を果たす。

「イーロン・マスクか。社員を解雇しまくったり、ツイッターの表示回数を実装するとか、何かと行動は騒ぎになっていたなあ」 

「まあ、暗い話題や悪い話題ばっかり言ってたってしょうがないさ。今年にあった良い出来事といえば――コイツか!」

 西田の言葉を引き継いだ無精ひげが、東尾の捨てた五筒で槓を宣言する。

「えっと……槓? 何だったっけなあ」

 槓に思い至るものはあるかと頭を巡らせる西田をよそに、無精ひげはにやりと笑みを浮かべながら、嶺上牌に手を伸ばす。

「どうだ、藤井聡太の五槓(五冠)達成により無事に嶺上開花で満貫だ!」

「確か去年の四冠から、今年初めに早々達成したんだっけ」

 倒された牌姿では、ご丁寧に五翻で見事に上がり切っていた。

「それに若者の話題って言えば、今年から成人が20歳から18歳になったよな。これをきっかけにって訳じゃないが、また将棋やスポーツなんかでも、若い世代で凄い奴が出てきて欲しいもんだよ」

「あ、あと映画じゃワンピースが凄く話題になってたな。なんでも今年の紅白にも出るらしいし」

「ロン。映画の話題ならこいつだろう! ジュワッチ(18)!」

 西田が中腰で十字に手を交差させ、無精ひげから出てきた牌に親ッパネ18000点を倒そうとしたが……

「あ、シンだとウルトラマンにはその掛け声は無かったぞ。というかほとんど無言だった」

 東尾の無言(ヤミテン)の頭ハネに阻止された。

「うげっ。そうだったのか」

 無精ひげと東尾の点棒を恨めし気に見送った後、オーラス前に気を取り直す様に、西田は手元で点数状況を確認する。

「ん~。なんだかんだとここまで盛り上がってきたわけだが……今のところドベはダンナか。しかもこの点差なら、ラスはほぼ決定したかな」

 西田の言葉通り、唯一南だけが小アガリしかできておらずに持ち点が一万点を割り、他の三人から大きく遅れを取っていた。

「うるせえ、今年の漢字だって「戦」なんだ。俺ァ最後まで戦ってやる!」

「諦めたら試合終了だよ、ってか?」

 三人の中でも特に四万点を超えて点棒に余裕がある無精ひげがニヤニヤとからかう。

「だいたいワールドカップだって日本が奇跡を起こしただろうが!」

 無精ひげに合わせて笑みを浮かべる東尾と西田を睨み返し、南は荒々しく山から牌を取り出していく。

(来い、来い、来い……!!)

 そしてオーラス。
 そんな南の思いに答えるように、奇跡は起きた。

「おらツモぉ! どうだ、ドイツとスペインを下して大逆転のダブル役満だ!!」

 有言実行に倒された牌姿は大三元字一色。まごう事なきダブル役満であった。

「「「お、おぉ~」」」

「くっくっく。オーラスにこの手を引き寄せるのが玄人ってもんよ。村神様のように崇めてくれていいんだせ」

 得意絶頂の南に対し、まさか本当に超大物手を上がり切るとは思わなかった三人は言葉をしばし失う。
 ……が、やがてふと気づいたように、東尾が点棒を数え始める。

「けどさ、これってダブル役満じゃダンナはトップまで届かないよな? ダンナは子だし、親っかぶりが西田だから――」

「あ~、そだな。俺が何とか一位維持だわ」

 東尾に続き、気づいた無精ひげが頷いた。
 その横で、西田が能天気な声を挙げる。

「ま、いいんじゃない? 日本だってドイツとスペインは破った後に、残念ながらコスタリカには負けちまったし」

「村神様は三冠王だったが、ダンナは二冠が精いっぱいだったってことだな!」

「ぐぉ、この、言わせておけば……!」

 ラスからの二着確定。これだけを聞けば華麗な逆転劇ではあるものの、
 確かにトップまで奪取出来なかった事は南にとっても痛恨であった。

(くそ、あの牌さえ鳴かなけりゃ……)

 目先の役満に釣られ、つい一度だけ鳴いてしまった。
 それさえなければ、四暗刻さえも狙い、トリプル役満すら実現したかもしれないのだ。

「ちぃっ……小室圭の司法試験みてーに、麻雀も自模り直しができりゃよかったんだがな」

 大きくため息をついた後、届かなかった一位に未練を乗せ、南は三人には届かない声量でそっと呟いた。



[36335] 2023年
Name: giru◆2ee38b1a ID:27f1adc5
Date: 2023/12/28 22:37
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年もまた、色々あったよなぁ」

 そのしみじみとした声音に、西田もまた感慨深げに応じる。

「ま、今年の騒ぎといえば、まずはこの【増税メガネ】さんかな」

 それに応じるように、東尾が【二筒を横にして】リーチを宣言した。

「他にも増税レーシックだとか、今年の総理は言われたい放題だったなあ」

 東尾の下家にあたる無精ひげが、現物で逃げながら呟いた。

「ま、あれだけ負担増とバラマキを繰り返せば、俺らみたいな庶民からはそうも言われるさ」

 数巡後、めくった牌に西田は満面の笑みを浮かべる。

「よっしゃツモ。【インボイス制度開始】で、登録事業者からは売上1000万以下でも消費税徴収~!」

 親で和了りきった東尾が、得意満面で三人に対して点棒の上乗せ請求する。

「……確かに、今年の漢字に【税】が選ばれたのも、あの総理の言動や政策が原因だったのは間違いねえな」

 ほかの二人に合わせて卓を囲む最後の一人、南倍南が溜め息をつきながらも点棒を差し出した。

「あと世間で大きく騒がれた事件と言えば、やっぱりこいつだな」

 次局、無精ひげが【北】を捨てる。

「【You、振っちゃいなよ】!」

 右の親指と人差し指を立て、えらく発音の良い横文字と共に、にやりとした笑みを浮かべる。

「ジャニー【喜多】川か。性被害騒動であの会社も進退どうなるやら、って話だよ」

「社名も変えて再出発したらしいが、来年以降、あそこ所属のアイドルがどうなるか、本当に分からねえな」

 東尾と南の言葉に、西田も大きくため息をつく。

「なんか今年は暗い話題から入っちゃってるなあ。もっと明るい盛り上がれる話題は無かったっけ?」

「それなら玄人として見逃せねえ大イベントが春先にあったぞ」

 西田に応じ、南が今しがたツモった牌と共に手配を倒す。
 和了手は【七筒】を使った【七対子】。

「初代【北斗の拳】のパチスロが復活して、あの界隈じゃあ随分盛り上がったぜ」

「あーあったあった! 懐かしいなあ、四号機の頃にホールで打ち倒したよ。まさかスマスロで復活するとは思わなかったぜ」

 思い入れがあるらしい東尾が懐かし気に目を遠くする。
 が、ふと思い至ったように南へ顔を向けた

「あれ、旦那って麻雀だけじゃなくパチスロも打ってんの?」

「博打を選ばねえのが玄人ってもんよ」

 何を当たり前の事をと鼻を鳴らす南が次局再開へ向けて自動卓の賽を転がす。

「ま、ダンナに負けてられんな。ダンナが七で和了るなら、俺は【藤井八冠】にあやかって、この親で【八連荘】目指してやる!」

 次局、無精ひげが鼻息荒くやる気を見せ、あやかる様に【八索】を捨ててリーチ宣言した。

「いーや、今回も俺が和了らせてもらうぞ」

 混一を匂わせる西田に対し、開局当初から中張牌を捨て続けていた東尾が【四筒】を捨て、呪うように囁き始めた。

「【字牌字牌字牌字牌字牌字牌字牌振れ振れ振れ振れ振れ振れ】……」

「【四筒】で【車】か。いくらバレバレの国士だからって鬱陶しいぞ。テメーは【ビッグモーターのコナン君】か」

 とはいえ流石に国士テンパイのプレッシャーはあったのか、既にリーチをしていた無精ひげを除き、残る二人も役牌を絞り、誰も和了る事はなく巡目ばかり進んでいく。

「ちっ、くそ……通せっ!」

 最後の巡目、自模った牌に顔をしかめた無精ひげは、観念したように【ドラ牌】の【東】を捨てる。

「くぅっ……!!」

 ド本命であったが、どうや当たり牌ではなかったらしい。
 奥歯を噛みしめ、東尾は口惜しさをにじませる。
 対照的に、無精ひげはほっと一息をついた。

 だが、そこに西田が割り込む。

「コナン君といえば、今年の映画は【黒鉄の魚影】だったな――という訳で悪いね。河底撈【魚】(ホウテイロン)だ」

「ああ~!? 【お魚くわえたドラ猫】に俺の国士が掻っ攫われたぁ!」

 振り込んだ無精ひげよりも先に、役満を潰された東尾が嘆きの声を上げた。

「そういえば、サザエさんのスポンサーやってた【東芝】も、とうとう今年に上場廃止したんだっけか」

 唯一蚊帳の外にいた南が、一連の流れに感心したように呻く。

「って、ちょっと待て。いくらなんでも河底でそこまで条件揃うなんて出来すぎだ! すり替えか何かしたんだろ、イカサマで【逮捕する】!」

「人聞きの悪いことを言うな、お前は【私人逮捕系ユーチューバー】か!」

 よほど国士が惜しかったのか、物言いで足掻く東尾に西田も憤然と抗議した。

「そういう人たちも、結局本人が逮捕されてニュースになったよなあ」

「ぐ……」

 無精ひげの呟きに、さすがに旗色悪しと見たのか、東尾もそれ以上抵抗する事はなかった。

「ユーチューブといえば、今年もこいつみたいに炎上した動画が出ていたな」

 次局。
 無精ひげが前巡に処理した【中】の横に、更に今回自模った【中】を捨ててリーチを宣言する。

「【醤油チューチュー(中中)男】か……あのせいで注文皿しか流れなくなって、回転ずしの醍醐味がなくなったんだよなあ」

「炎上動画なら、ホームレスに食い物買ってあげるって言ってレジで置き去りにするだなんて胸糞悪いものもあったな」

「ポン。あとは今年も色々な人が亡くなったけれど、この人の知らせを聞いた時は衝撃だったよ」

 西田がドラの九萬を鳴き、卓の右手に【三つの九萬】添える。

「【999(スリーナイン)】。松本零士さんだな」

「寺沢武一さんやムツゴロウさん、大江健三郎さんも今年だったな。全く、各業界のレジェンドたちも、どんどんいなくなっていくよ」

 東尾も神妙にうめいた。

「ツモ。【白】のみ」

 西田と無精ひげのやり取りに、南が我関せずと言わんばかりに、ツモ和了る。

「おいおい、旦那。ドラポンとリーチにそんな安手で突っ張ったのかよ」

「ぬかせ、突っ張ろうが安かろうが、この上がりで俺がトップよ」

 言葉通り、この和了で微差といえど南がトップに立っていた。

(さっきの【白球】でつないだ流れ。【38年ぶり日本一のタイガース】のように、この【三萬・八萬】待ちで年末をトップで飾ってやる!)

 トップ終了まであと一歩と迫った手牌に、南は内心でほくそ笑む。

「よし、こいつでリーチだ!」

 南の宣言とともに捨てられた牌に、三人の目が輝いた。

「「「ロン」」」

「いい!?」

 だが、最後の最後、見事にトリプルロンの網に捕まった。

「……やっといてなんだが【陸上自衛隊機】と【オスプレイ】がいっぺんに墜落したみたいな見事な凹みだよなあ」

 いっそ清々しいまでの急転直下に、さすがに東尾は気まずげに唸る。

「ダンナの点棒にも【タイタニック号見学の潜水艇】みたいな爆縮現象が起きたな」

 点棒計算する無精ひげの言葉通り、このトリプルロンによって、南は見事にトップからドベへと叩き落とされてしまった。

「…………ふっ」

 しばしの逡巡。
 その後、南は堪えてなどいない、と言わんばかりに鷹揚に袖の中で腕を組みなおす。

「【三萬・八萬】待ちに拘るあまり、【闇(八・三)バイト】の【銀座ロレックス店仮面強盗】みてーに、ちょっと無茶しすぎたな」

「「「……」」」

 落ち着いた声音とは裏腹な堪え切れない肩の震えを、三人は見て見ぬふりをすることにした。





[36335] 2024年
Name: giru◆2ee38b1a ID:4073f901
Date: 2024/12/28 12:21
 とある町の、とある雀荘。
 年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
 既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。

「もう、今年も終わりだよな~」

 ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。

「そうそう。今年も色々あったよなぁ」
「2024年といえば……まずは今年初めに芸能界でめでたいニュースがあったな」

 丸刈りの男、西田が応じるように頷く対面で、無精ひげが【一萬】を捨ててリーチを宣言する。

「このリーチは必ずアガって見せる。【ジッチャンの名にかけて!】」
「はいはい【相手は十五も上のおじさんなの】。 1500点ね」

 びしりとポーズまで決めての宣言だったが、それを読み切っていたように、東尾が安手でロン和了する。

「うげぇ!?」

 上手く決めたと思ったであろう手をあっさりと覆され、無精ひげは顎が外れそうな勢いでうめき声をあげた。

「【堂本剛と百田夏菜子の結婚】か~。今年は新年早々【能登大地震】が起きたり大変だった時期に、明るい話題も提供してくれたよ」

「何かこの結婚があったから漫画の金田一も子ども生まれる展開にしたんじゃないかって言われてたな…」

 西田が感慨深く頷く横で、着物に長髪の男――南倍南が口を開いた。

「漫画、といえば、業界自体も今年はかなり騒がれたな」

 南は既に捨てていた【七】索、【九】筒に続いて新たに【四】萬を切る。

「例えばこいつとか」

「あ~……ドラマと原作者のトラブルかあ」

 その捨て牌の並びに、三人が思い出したように渋面を浮かべる。

「【セクシー(794)ダンサー田中さん】、まさか作者が自殺するほど揉めただなんて」

「訃報で言えば、今年も本当に色々な人が亡くなっちまったよな。……直近だとこの人か」

 次番の東尾が、ツモった【中】を盲牌と同時にツモ切る。

「【中】山美穂さんね。後はこんな人もだな」

 次に西田が不要と見たのか【ドラ】牌を捨てる。

「【ドラえもん】の大山のぶ代さんか。表舞台に出る事はなくなってたけど、それでも亡くなったって聞いた時は気落ちしたよ」

 誰かが牌を切る度に誰かから大きなため息が漏れる。

「けど、今年の訃報といえば、自分にとってはやっぱりこれだな」

 無精ひげが無念を滲ませて捨てたのは【一索】

「【鳥(一索)】山明さんか…日本のレジェンドもどんどんいなくなっていくよなあ」

「最初こそ明るい話題が出たが、やっぱり暗い話題の方が印象にも残るよな。…ゴールデンウィーク明けなんか、ウチの会社でも新人がこいつ使ってトんだよ」

 東尾が南の六萬をポン宣言し、自牌のそれと合わせて【六萬を三つ】晒す。

「退職代行【モームリ(666)】か」

「そんなすぐ退職されるなんて、お前の職場も大概ブラックなんじゃねえか?」

 西田の唸りに続き、南がからかい交じりに告げる。

「そんな事ないって! ……多分」

 揶揄に対して否定しつつも、内心で思い当たる点はあるのか、東尾は弱弱しく語尾を付け足した。

「連休と言えば、新宿【タワ(塔)マン】のキャバ嬢が、貢がせまくった男に殺された事件もあったっけ」

 染めた対子手でも狙っていたのか、【萬】子の【塔】子処理を進めていた無精ひげが思い出したように声を上げる。

「その塔子……」

「どうかしたか?」

 西田が無精ひげの河に捨てた【七萬・八萬】を見て呟いた。

「いや、それ(【78】)のパイロットやってた声優も、不倫報道が大きく騒がれたなって思って」

 不要の【白】を切った西田に、無精ひげが目を光らせる。

「【僕が一番、白を上手く使えるんだ!】ってか? そいつでロンね」

「ウゴッくぅ!?」

 その宣言に、西田はとある機体名のようなうめき声をあげた。

「まあ、あんな業界上澄みの人がやっちゃったんじゃ【ふてほど】に違いねぇな」

「それって大賞取るほど流行ったか? 元の番組は聞いたことあるけど」

 もっともらしくうなずく南の横で、東尾が首をひねる。

 次局。

「そういや明るい話題というか、今年は【新札が発行】されたじゃん」

 【北】に続き、【一萬】、そして【(紅)中】を暗槓しながら、無精ひげが話題を変えた。

「【北】里柴三郎に、渋沢栄【一】、それから津田【梅】子だっけ」

「渋沢栄一には妾がいたから、結婚式の祝儀には旧札の諭吉を使えとか言い出す奴もいたなあ」

 さきほどのロン上がりの意趣返しなのか、西田が東尾をちらりと見やりながら呟く。

「うっ……」

 先ほどの声優不倫の話題も相まって、東尾も気まずげに、露骨に視線を逸らした。

「り、リーチ! どぅれ、ダンナの手牌はと……」

 ごまかす様にわざとらしく東尾は身を乗り出す。

「いくらリーチして手牌変えられないからって【角川不正アクセス事件】みたいに手牌覗きに来るんじゃねえ!」

 当然、南は東尾の頭を殴りつけて覗き込みを阻止した。

「ったく……」

 ほんの冗談じゃないか、と頭を押さえる東尾にブツブツと文句をたれつつも、覗き込みを阻止した己の手牌に、南は内心にんまりと笑みを浮かべていた。
 平和、タンヤオ、一盃口、ドラ2。リーチで自力でツモれば倍満も狙えて、トップも射程圏内になる。

(見てな。【蓮舫の都知事選は3位に終わった】が、こっちは成功して1位をもぎ取ってやるぜ!)

 いつの間にやら無精ひげが裸単騎で待ち構えていた。が、待ちはこちらが有利だ。
 勢いに乗るように、南は勢いよくリー棒を捨てる。

「おら、追っかけリーチだ!」

 だが、そうはさせじと無精ひげの目が光った。

「ロン! これ以上の旦那のツモ和了を阻止するため、四【槓(韓)】子で【戒厳令の発動】ね~」

「なんだとぉ!?」

 確かに無精ひげが暗槓、明槓を重ねていたことは分かっていたし警戒もしていた。
 しかし単騎待ちにこれは当たるまい、と捨てたつもりの牌だったのだ。
 にも拘らず南の読みははずれ、見事に役満が直撃してしまう。

「いや~。ダンナの点棒、【ブラックマンデー越えの日経下落】並に持っていかれたなあ」

「【トランプ大統領銃撃は暗殺未遂に終わった】が、旦那はバッチリと放銃したって感じだね」

 当然、いうまでもなく、南の最下位確定である。 しかもハコ割れで。

 西田と東尾のはやし立てに、しばし南は身体を震わせた。

「く、くっ…!」

 ひとしきりの屈辱の耐えた後、南は大きくため息を吐いた後、着物の袂から電子タバコを取り出し、落ち着くように一吸いする。

「は、はん。【大谷の通訳が横領した挙句に溶かした金】に比べれば、この程度の負け額、大したことねぇな」

「そういうセリフ、ダンナが大谷並に稼いでたらかっこいいんだけどなあ……」

 西田の呟きが聞こえたのか定かではない。 が、やはりこらえきれないのか南が電子タバコを握る手はぶるぶると震え続けていた。
 そして本日トップとなった無精ひげが、追い打つように声をかける。

「【今年の漢字】は読みづらい【金】だった訳だが、ダンナも今年の最後は、読み切れず金運に恵まれなかったな」



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