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[35473] 【習作】うちの事務所は今日も平和です(アイマスSS&モバマスSS)
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:75adc4c0
Date: 2013/02/22 23:38
 自分の勤め先は、いろいろとおかしいのではないのだろうか。

 ある晴れた日のこと。
 一仕事を終えてようやくお昼ご飯に在りつかろうと箸を掴んだ瞬間、ふとそう思った。

 自分はアイドル事務所に勤めている。
 なんと社長直々にスカウトされてここで働き始めた。

 あの時の社長の姿は今でも目を閉じればすぐに思い出せる。
 貫禄があるスーツ姿。何故か覚えようとしても覚えられない、想像の中でさえもやがかった顔。


 『君、なんかティンってくるものがあるね!ぜひうちで働かないか?』


 控えめに評価しても変人だった


 だが大学四年目の秋にして内定先がゼロの自分は、そんな変人の差し伸べた手を振り払う事は出来なかったのだ。
 不況の波にもまれて、お祈りメールの波にももまれて精神肉体共に疲弊していた自分。
 そんな自分にとって社長の差し伸べた手は、仏様やキリストが差し伸べた手に等しかったのだ。
 まぁやけになっていた感は否めない。何の詳しい説明もなく案内された先は、今の仕事場であるアイドル事務所だった。

 そこで話されたのはアイドルの新時代の到来。
 日本各地のごく普通の一般人の中からアイドルをスカウト、そんな彼女達と共に最高峰であるSランクを目指すという『シンデレラガールズ』の企画。

 Sランクとはアイドルの人気をランクで評価したものだ。基本AからFまであり、アイドルランクと呼ばれている。
 つまりこの企画はそれらのランクを飛び越えたさらに上を目指そうというものだ。……一般人で。

 確か必死に思い出した記憶によると、武道館でライブを行っていたアイドルがランクCだったはず。
 ……CD100万枚突破ようやくBランクと呼べるレベル。
 その上のAランクとなると、有名所の765プロダクションのアイドルである世界的歌姫『如月千早』が国民名誉賞をもらっていたはずだ。
 同じく765プロダクションのアイドルである『双海亜美・真美』の姉妹にいたっては、年間納税者ランキング1位である。

 つまり簡単に言えば、国民栄誉賞貰えて年間収入五億円以上でAランクアイドルと呼べるわけだ。

 その上、Sランクアイドルとなるともう社会現象を起こしたというだけでは済まされないレベルじゃない。
 なんかもうやばいレベル、何がやばいってマジでヤバイ。歴史の偉人になるレベルである。卑弥呼・織田信長と同じように歴史の教科書に載るレベルである。

 そんなSランクを狙うアイドル事務所。ようするに今自分が座っている事務所、かなり外装が寂れていたんだが。

 そしてアイドル事務所なのに、アイドルの姿が見あたらないんですけど。ふと目に入ったスケジュールボードらしきものが、真っ白でお豆腐みたいになってるんですけど。

 この時点で果てしない地雷臭を嗅ぎ取っていた。

 目を向けた先にあったホワイトボードは妙に真新しく、まるで買ってきた新品をそのまま取り付けていたように思えた。
 そう言えばこの事務所にある備品、妙な事にどれも新品かそれに近いものに思えるが……。

 あ、何か嫌な汗が止まらない。
 例えるなら付き合っていた彼女に『できちゃったの……』と結婚前に言われて吹き出たような汗が止まらない。

 ところで、今アイドルは仕事中で出払っているとか……え?アイドルはこれからスカウトする?そうですかそうですか。
 誰がするの?ってその指は何ですか。自分の後ろには誰もいませんよHAHAHAHAHA。

 え、俺?

 

















 「プロデューサーさんどうかしたんですか?まるでこの世の苦悩を全て噛み締めたような顔になっていますけど……」

 「いや、人間やればできるって本当なんだなって。本当だったんだなって。本当だったんだなって」

 「ちょ、プロデューサーさん!?」


 いろいろあった。思い出すだけで記憶の濁流が今の自分を押しつぶすような錯覚さえ覚えるほどに。

 スカウトしようと町まで出かけたら、大声で助けを求められて警察を呼ばれた事なんて当たり前。
 人を雇う余裕が無くて、会社に一週間缶詰とか数え切れないほどあった。毎日がデスマーチだった。
 プロデューサーという名のマネージャー勤務により、若い女の子との付き合いでストレスがマッハ、胃がバーストした。

 アイドルプロデューサーってアイドルの側にいられるんでしょ?アイドルと結婚するプロデューサーもいるんだし、夢のような生活なんだろうなって思うヤツ。
 
 夢を持つ事は良い。ただ夢は覚めるものだ。自分が覚めたように。
 アイドルには猛烈な個性が求められるんだ。そして自分はその個性と嫌でも向き合う仕事を求められているわけだ。

 ぶっちゃけ胃が死にます。死ぬどころか腐れて行きます。光の速度で。

 社長、休ませてください。
 もう疲れたんです。もう廚二病だったり永遠の17歳だったり永遠のニートだったりヤンデレだったりレディースの頭はってたりわかるわなんて連中の相手は、所詮凡人で普通な自分には無理だったんです。
 仕事の面接で面接官に『普通ですね、いや悪くはないんですけど』とか言われてお祈りメール出されまくった人間に、こいつらの相手は無理なんです。

 なんて言って何回も辞表出したっけ。全部却下されたけれど。

 お母さん、健康な子に産んでくれて本当にありがとう。
 もしもそうじゃなかったら入社一ヶ月目で一生立てない体になっていました。

 思わず乾いた笑いを溢す自分に、目の前の女性は頬を引き攣らせながら同じように乾いた笑い溢した。


 「は、ははは。……疲れているようですね。スタドリ、飲みます?」

 「……いただきます」


 でももう大丈夫です。やっと何人かが軌道に乗ってきて、事務所の経営も順調で、うちのアイドルをテレビで見かけることも当たり前になってきました。
 今ではさらに個性的なアイドルが……いや個性的すぎる子が増えましたが大丈夫。私は元気です。

 そして自分は一人では無いのだ。決して一人でここまでこぎ着けたわけではない。
 社長……はぶっちゃけあんまり役に立たなかったけれど、というかお飾りに等しかったなあの人。
 社長はともかくたった今、自分に栄養ドリンクを差しだしてくれている女性こそ、暗黒期を乗り切った戦友とも呼べる存在なのだ。

 どんな時でも今のように笑顔で笑いかけてくれた。
 辛いとき、苦しい時をお互い励ましながら乗り切ってきた。

 そう、彼女がいたからこそ俺は……。


 「それじゃ、100モバコインいただきます

 「え?

 「一本100モバコインですよ、100モバコイン」


 伸ばした手が止まった。











【習作】うちの事務所は今日も平和です(アイマス&モバマス)










 星印が印刷された瓶入りのドリンク。
 製造会社が不明。何の成分が入っているのかすらも記載されていないという、現代消費社会に対する喧嘩腰っぷり。
 しかし飲むと疲労肩こりがすっきりと取れてしまう謎の栄養ドリンク。

 その名も『スタミナドリンク』。訳して『スタドリ』。

 それを片手に目の前の女性はやたらと人がよい笑みで笑いかけてきた。


 「……100円じゃないんですか?」

 「100円じゃないんです」

 「100円じゃダメなんですか?」

 「100円じゃダメなんです」

 「……」

 「……」

 「タダじゃないんですか?

 「何を言っているんですか?


 静寂が事務所に満ちる。


 「モバコインってあのモバコインですか?」

 「どのモバコインか解りませんが、モバコインは一つしか無いと思います」

 「モバゲーのあれですか?」

 「モバゲーのそれです」

 
 再度静寂が事務所を覆った。
 自分のズボンのポケットから最近新調したスマートホォンを取り出して見つめる。
 そしてその流れのままにちひろさんを見つめる。うん、良い笑みだ。感動的だな。

 この人の笑顔はたまにもの凄い不安というか、言いように無い気持ちにさせられる。
 具体的に言うなれば、消費者金融のお姉ちゃんがお金を借りに来た人間に見せる笑みに似ている。何故かそんな気がする。


 「俺、モバコイン持ってないんですけど」

 「じゃぁ購入しないといけませんね!」

 
 まぁ、何て言い笑顔なんでしょう。


 「クレジットカードが無くてですね」

 「ネットマネーでも構いませんよ?」

 「ちょうど切れているんですけど」

 「あらら……」


 そう言って笑顔のまま手に持ったスタドリを鞄にしまい直す。そんなポニーテールが可愛らしい女性の名前は『千川ちひろ』。
 
 年齢不詳(乙女の秘密らしい)。俺が来る前からこの事務所にいた謎の女性である。
 暗黒期のうちの事務所を共に乗り切った、アイドル達に次ぐパートナーと言えるべき存在である。実際彼女がいなかったら俺はこの事務所どころか、この地上にいないだろう。

 そして何故かことある事にこの『スタミナドリンク』を勧めてくるうちの事務員である。

 世の中には、ある特定の食べ物に中毒性を覚えてしまう人間がいるらしい。
 例えば、ラーメン二郎のデカ盛り大味ラーメンに魅了された人間は『ジロリアン』と呼ばれるそうな。

 しかしこの女性はジロリアンのように、このスタドリを愛してやまないわけでは無い。
 というか彼女自身がスタミナドリンクを飲んでる姿を見たことが無い。
 だが彼女は何故か俺が疲れた素振りを見せる度にこのスタドリを勧めてくるのである。

 それもわざわざ自分の鞄から取り出して。

 まるでヤクルトのおばさんである。自転車の前横後ろにクーラーボックス括り付けてヤクルトを売りに来るあれである。
 だが彼女は別に仕事がスタドリ売りというわけではない。うちの事務所はアイドル事務所であり、彼女はそこの事務員である。

 ましてやこの製造元不明のスタドリ製造会社の社員ではないわけで……。
 
 しかもモバゲーでしか使えないモバコインで支払わないといけないらしい。
 ……何でモバゲー?


 「……ちひろさん」

 「はい、何でしょう?」

 「ちひろさんってモバゲー好きなんですか?」

 「私、携帯ゲームはやらないんですよね。なんかことある事にお金支払わせる気満々な、あのがめつい携帯ゲームの態度が気に入らなくて」


 そう憤慨して可愛らしく頬を膨らませているが、何故だろう。

 激しい違和感を覚えた。それも怒りを催すほどの。


 「じゃぁ何でモバコインで請求……」

 「禁則事項です」

 「いや、ちひろさん。流石にちひろさんはそのポーズが許される年齢では」

 「……何か言いました?」

 「いえ、何でもないです」


 別に同僚が弱っている時ぐらいタダでもいいじゃないかと思うが、何故か彼女は必ず要求してくるのである。モバコインを。
 そんな謎の人物であるが、彼女の奇行はこれだけではなく。


 ・バレンタインデーにチョコをモバコインで売りつけてきた。
 
 ・サマーライブイベントのアイドルバトル(アイドル同士のライブバトル)で押し切れずに終わった際、お金を払ったらその相手方のアイドルと戦わせてあげますと言われた。
  払ったら相手方のアイドルを引きずり出してきてくれた。
 
 ・さらに引きずり出すに釣れてその請求の金額が上がっていった。
 
 ・記念日に買ってきたケーキの代金をモバコインで請求された。


 など語りきれないほど多いのである。ツッコミどころが多すぎて困る。
 
 彼女は何者だろうか。もしかしてヤの付く人達の娘さんなのだろうか、そしてモバコイン中毒者なのではないかと疑惑まである。
 ただ分かる事は、彼女がどうしようもなくモバコインを欲しているということ。モバゲーやってないのに。

 流石に不思議に思い、今回のように聞く事はこれまでもあったが、そのたびに毎回誤魔化されてしまう。

 ただ彼女の差しだすスタドリは、異様なほどに効果が絶大だ。これがなければこの事務所の暗黒期を乗り越えられなかったほどに。
 例えご飯を食べられない日だろうと、徹夜した日であろうと、このスタドリを一本飲むだけで何故か元気100倍。
 頭があんパンなヒーローが、まるで大リーグ並みの速さをコントロールを誇るバタ子の投球で新しい頭を得たときと、同様の効果が得られると思って良い。

 ただこのスタドリ、先ほども語った通り中身が一切不明だ。
 もしかしたら違法の薬物が入っているかもしれない。少なくともそう言われたら信じてしまうだろう効力をこれは持ってしまっている。
 
 差しだされた当初は朦朧とした意識で飲み、忙しさを乗り切るというかこの事務所で生きていくためにも、一切何も考えずに飲み続けてきた。
 しかし段々と事務所が落ち着いてくるにつれて、『これ、大丈夫なんですかね?』と心配になってきた。
 この大丈夫には健康的な問題から、日本の法律まで幅広い意味が込められているのだが……。

 少なくとも今のところ麻薬のような中毒症状は無く、健康は悪くなるどころかすこぶる元気である。

 ただやはり俺はその怪しすぎる中身が気になるわけで……。
 

 「……そのスタドリって、何が入っているんですか?」


 聞いたら駄目だろうと思いつつも、長年の悩みを払拭すべく聞いてみる事にした。
 するとちひろさんはしばらく悩む素振りを見せたあと、何かを思い付いたように俺に目をキラキラさせながら俺に笑いかけてきた。
 

 「私の愛がたっぷり入っていますよ♪


 もの凄く体に悪い気がしてならないんだが。
 加えてその笑顔が妙に黒々しく思えてしまった自分は、心が汚れているのだろうか。

 結局、気が付けばコンビニでネットマネーを購入し、今日もいつもと変わらず彼女から渡されたスタミナドリンクを飲みながら仕事に励む自分。
 
 ……うちの事務所は今日も平和です。

 


 













 ■ ■ ■


 ふと今日もモバマスをやっていたら思い付いたネタ。
 いや、ちひろさんは天使やで。ほんまに。良い笑顔しているもん。

 取り合えず、うちのフロントを全部書き終えるまでがんばってみます。
 無課金の自分にはあまりちひろさんは悪魔には見えないんですが、友人は彼女を悪魔どころかサタン扱いしてました。なにそれこわい。



[35473] 2:双葉杏SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:97831182
Date: 2013/02/22 23:44
 世の中にはさまざまな個性を持った人間がいる。
 世界人口は約68億人。その一人一人がそれぞれ個性と魅力を持っているのだ。

 同様に、自分が身を投じているアイドル界にも、さまざまな個性と魅力を持ったアイドルたちがいる。
 むしろアイドルを目指す女性たちは、普通の人以上に強い個性と魅力が求められるといっていい。

 だからこそ多くの人をひきつけ虜にし、同様の素質を持つ女性たちにこの世界へ飛び込むためのきっかけを与えられる。
 そしてそのきっかけを与える先駆者こそ、このプロデューサーである自分なのだ。

 そんな自分がきっかけを与えたある一人の少女がいる。


 「プロデューサーおはようございまーす」

 「おはよう杏、今何時だか分かるか?」

 「……あ、ドラマの再放送の時間だね。もしかしてプロデューサーも見てるの?」

 「うん、嘘はいけないな嘘は」

 「そうだね、ドラマ見ている暇があったらだらだらしているもん

 「そっちじゃねぇよ。予定の出発時刻を過ぎているのになんなのその余裕は」


 世の中にやる気が満ち溢れるアイドルは山ほどいるだろうが、彼女の場合はむしろその逆である。
 仕事に対しての熱意が全くない。予定の時間になっても来ない。最近は事務所にも来ないので、俺が迎えに行くのが当たり前。
 

 「……杏、一つ質問していいか」

 「嫌がる人間を無理やりライブに引っ張り出したプロデューサーは、私になんの質問があるの?あ、もしかして帰っていいの?」

 「百歩間違えてもそれはないから安心していい」

 「ちぇっ。それじゃそろそろ行ってくるよ。まったく人使いが荒いんだから」

 「ああ、その前にだ。その手に持っている人形、そこから出ているイヤホンはなんだ?ちょっと貸してみろ」

 「ちょ」


 世の中に歌を必死に歌って自分をアピールし、歌を観客に届けようとするアイドルは山ほどというか、当たり前なのだが。彼女はそうではない。

 むしろ人形にマイクとレコーダーを仕込んで替え玉にしようとしていた。それも一度だけではなく、ライブのたびに毎回人形に仕込むのだ。

 最近はそれだけでは見つかると学習したのか、マイクを服に隠したり帽子に隠したりスカートの中に隠したりと、歌うことではなく歌わないことにさらなる力を入れてきているような気がするのは気のせいだろうか?


 「最近、プロデューサー頑張りすぎじゃない?私、なんだか心配だよ」

 「俺はお前が頑張らなさすぎて心配だよ」

 「杏のことは気にしなくていいから、今週は仕事をお休みにしよう?うんうん、それがいいと思うよ。だって私が休めばプロデューサーも休めるからね」

 「どちらかというとお前が休み過ぎて俺が疲れてるんだけど」











 うちの事務所は今日も平和です
 第2話「杏、週休八日を希望しま~す」








 
 うちの事務所が『色物事務所』や『アイドル界の魔窟』と呼ばれ始めたのは何時の頃からだろうか。

 個性が強いどころか、個性で人が殺せるのではないだろうかとすら思えるアイドルが集結したうちの事務所。
 そんなアイドルをスカウトしたのは他ならぬ自分自身であるが、最初からそんな連中を集めようとしたわけでは決してない。

 むしろどうしてこうなったのか自分ですらわからない。

 そんな連中のなかでも特に異彩を放つアイドルがここに一人。


 「仕事と杏、どっちが大事なの?」

 「仕事、お金がもらえるから」

 「うわ。それってプロデューサーにあるまじき発言だよね?もっとアイドルを大事にしないといけないよ」

 「仕事とアイドルだったらアイドルが大事だと答えていたよ」

 「あれ、私アイドルじゃないの?……ってことは働かなくていいんだ!よし、帰って新作のゲームをしよう!」

 「よし、そろそろ仕事に行くぞ杏(ニート)

 「なんか名前の横にものっすごい失礼な言葉並べてない?」

 「冗談だ、行くぞ自宅警備員

 「最近プロデューサーのおかげでその仕事させてもらってないんだけど」

 「お前の仕事はアイドルだろ?何を言っているんだ?

 「ねぇ、私は今プロデューサーにかなり理不尽なこと言われていない?」

 「気のせいだ

 双葉杏。年齢は17歳。
 身長139cmの北海道生まれだ。

 追記するなら徹底的な無気力。
 町で見かけてスカウトしようとしたら、面倒くさいと断られた。
 印税入ってくるよと言ったらついてきたというトンでもアイドルである。

 我ながらあの時は頭がおかしかったんじゃないだろうかと最近よく思う。主にこいつを眺めているとき。

 確かにあの時は切羽詰まっていて、とりあえずアイドルを集めなければと四苦八苦はしていたが……。
 それでもこいつをプロデュースしようと嬉々としてスケジュールを組んだ自分は、いろいろと限界に達していたと思う。

 いや、こいつ才能はあるのだ。こんなニートでも才能はあるのだ。
 ダンスの実力も歌唱力もある。にも関わらず彼女はやる気を出さない。

 何故なんだと一回聞いたことがあったが。

 『寝て起きて寝る。それが私の生きざまだっ!』

 とドヤ顔で宣言された。
 彼女にはそもそも『やる気』が備わっていないのではないかと、『やる気』の存在が疑わしくなってきた。


 「私からすればさ、みんなずいぶんと生き急いでいるように見えるんだよね」
 
 「そりゃお前からすれば誰でも生き急いでいるように見えるだろうよ」

 「ふふん、羨ましいでしょ」


 そのおかげで俺が毎日お前を送り迎えしたり、お前を引きずって仕事に行ったり、お前のライブのたびに隠し持っているレコーダーを服を引っぺがして探し当ててるんだけど。
 おかげで変態プロデューサー呼ばわりされてるんだけど。

 ちなみに俺の部屋のエロ本はすべて金髪ダイナマイトボディの美女で統一されている。
 杏は守備範囲外だ。


 「幼稚園って、入るじゃない?プロデューサーも入園したでしょ?」

 「俺は保育園だったな」

 「そっか」

 「そうだ」

 
 杏の幼稚園時代か……間違いなくかわいくなかったな。
 先生にお遊戯をしましょうねと言われたら、寝ていますと答えただろう。絶対そうだ。
 
 
 「あれってかなり残酷なことだと私は思うんだよね」


 そう言って何気なく窓に顔を向ける杏。
 一応こいつも美少女の域に入る顔を持っているのだが、その幼児体型と相まってまったくその気の特殊な感情が湧かない。
 というかこいつにその気の感情を起こしたら捕まると思う。容姿的考えて。


 「今まで一人で気ままに生きてきて、自分のしたいように出来る世界で生きていたのに、突然沢山の他人がいる世界に放り込まれるんだよ。人間関係を学ぶための一歩って話だけれどさ、早い話が自分に『責任』っていう枷を嵌められる儀式だと思うんだよね」

 「……『責任』か」


 それがあるからお前のプロデュースを俺は止められないのだ。
 一回止めようとしたが社長から違約金の話を持ち出されて踏みとどまったのはここだけの秘密だ。


 「そう、『責任』。迷惑っていう自分がしたい行動には責任が伴っちゃう。例えば私は今だらだらしたいって今思ってるんだけれど、実際休んだら多くの人に迷惑かけちゃうよね」

 「あれ?お前自覚あったの?」

 「……どや」

 「何故にしてやった顔」

 「それでそんな責任が付きまとう幼稚園生活に、やっとのこと慣れてきたとする」

 「人間は慣れる生き物だからなぁ」

 「そしたら小学校到来」

 「OH……」


 あ、このバラエティの仕事は杏に入れてあげよう。
 なんか『熱湯風呂』とか『アツアツおでん』とかの単語が見えるけど大丈夫だよね。杏だからな。


 「それでやっとこさ小学校に慣れてきたら中学校に。中学校で死にも狂いで乗り越えたと思ったら高校生に。もうゴールしてもいいよねと思ったら大学生に。大学生もクリアしたとおもったら社会人に」

 「怒涛のごとく押し寄せてくるよな」


 クイズ番組か……入れてしまえ。杏だからな。


 「それで社会人としての自分も終えて、ようやくやりたいことがやれるんだ。自分を見直せるんだって思ったその時には、糖尿病なり腰痛なり自分の体がぼろぼろな状態」


 い○との代わりにヒマラヤ登山か……まぁ大丈夫だろう。杏だからな。


 「その時に初めて自分が今どうなのか理解できるんだ。そして自分の立ち位置に悩むことになっちゃう」

 「『ああ、俺の人生に意味はあるのか』ってか?」


 アマゾンで巨大人食いワニを探せか、受けてみるか。杏だからな。


 「そうそう。その年齢で退社した時って、もう責任がまったくないからだと思うな。その頃には親も死んでしまっているし、上司やら部下に会社の人間関係利益関係の責任から解放される……もとい放逐されちゃうからね」


 俺は放逐されたかったけれど逃げられなかったけどな。
 というか逃げようとしたけど社長にしめ縄で捕られ、ちひろさんに六甲縛りされたあげく、写真を撮られて脅されて逃げられなかったけどな。


 「責任って重要だと思うよ?だってわかりやすい目標で指標だもんね、あれ」

 「責任があると頑張れるものだよ、俺だって自分のアイドルを持っている、こいつらの命運は俺にかかっている思っているからこそ頑張れるんだからな」

 「私に関してはやる気出さなくていいのに……」

 「杏には他のアイドルの三倍は力入れているぞ?」

 「もしかして気があるとか?」

 「杏がやる気ださないから倍以上に俺ががんばらなくちゃいけないんだよ……」


 最近は杏の送り迎えをするたびに、杏のお母さんから何か期待されるような目で見られているような気がするが気のせいだろう。

 夕飯とかご同伴させてもらった時に『もううちの娘も結婚できるのよね』とか、『こんなんだから生き遅れにならないか心配で……』とかちらちら見て言われているが、たぶん気のせいだろう。


 「ありがとう、これからもよろしく。私の印税生活のために。まぁ私はさっきの話を踏まえて、だらだらし続けるけどね」

 「へいへい、誠心誠意がんばりますよっと。というかお前も頑張れよ?」

 「うえ~まぁほどほどに」

 「飴、3個やるぞ?」

 「……4個で手を打とう」

 「甘いの4個欲しいのか? 4個……イヤしんぼめ!!」

 「私、ジョジョは三部以外知らないから」

 「お前は俺を怒らせた!」


 まぁなんだかんだでこいつはやれるやつだ。
 いざって時に人間は踏み出せないものだが、こいつに関しては心配がない。
 ただこいつはそこで踏みとどまるのではなく、だらけるだけなのだ。

 そこさえわかれば自然と扱いが慣れてくる。 
 ようするにだらけられない環境に身を投げ出させればいい。

 激流に投げ捨てれば、いやでも人間はもがかざるをえないからな。

 
 「よっし、そんじゃ仕事に行きますか」

 「はぁ、だるい。帰りたい。休みたい。……ねぇ、車まで歩くの面倒くさいんだけど」

 「しょうがないなぁ。ほれ」


 そう言ってお姫様抱っこで杏を持ち上げた。……こいつ30kgしかないから全然重くないんだよなぁ。
 これで頬を赤く染めればまだかわいいものを、それを当たり前のように杏は流しやがる。

 そんな様子を『あらあら』と微笑ましげに見つめて笑うちひろさん。
 そこはかとなくおばさんくさい。


 「もうこうなったらしょうがない、仕事に行くしかないんだからね。いやいやだよ、ほんと」

 「そうですね~」

 「……っちぇ」

 何故か拗ねるように自分の腕を握りしめてくる。
 二の腕の肉がつねりあげられて悲鳴をあげているぞ、おい。
 そんなに仕事に行きたくないのかこいつ。


 「それで、今日の仕事は何?」

 「動物と触れ合う某どうぶつ園の番組だ。なんと看板人気猿であるチンパンジーのポン君と触れ合えるらしいぞ?

 「なんかそこはかとなく危険を感じるんだけど


 冷や汗を流しながら頬を引きつらせる杏。
 それを車にポイする自分。

 ……うちの事務所は今日も平和です。
















■ ■ ■



朝の電車で杏を見ていたら思いつきました。
自分はクールPですが、無課金故にフロントにしている杏ちゃん。作中での扱いがなんかあれですが、自分は大好きです。

感想でやっぱりちひろさんがハートフルボッコにされてます。まぁあれだけ高級和菓子勧められたらさすがに怒りの四つ角が額に発生しますよね。

そしてフロントを公開してほしいとありましたが……した方がいいのかな?
Paの子もいるし、杏のようなCuの子もいます。そして漫画でもSSでもいっこうに脚色を浴びそうにない子がいるのがうちの無課金フロントなので、まぁそこは気長にまっていただければなぁと思います。

杏のようにスローライフでのんびり生きたいものです。











[35473] 3:高橋礼子SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:97831182
Date: 2013/02/22 23:49
 そもそもアイドルとはいったいどのような定義の下で成立するものなのだろうか。
 ふとそんなことを考えている自分がいた。
 
 ネットでみんなのアイドルといっても過言ではないwikiさんに聞いてみたところ、『人気のある芸能人や多方面で活動する歌手・俳優・タレント・声優』とのことらしい。

 つまり歌を歌うアイドルもいれば、脱ぐアイドルもいる。スポーツで人気の選手や、タレント動物もアイドルと言えるようだ。
 
 彼らに共通して言えることは、やはり人とは違う魅力があるところであろう。
 元々、『アイドル』という言葉は信仰の対象の意味をもっているのだと、立川に住んでいる芸人さんがこの前教えてくれた。
 
 なるほど。確かに『アイドル』と呼ばれる彼らが自分たちに魅せてくれる奇跡は、現代の信仰の対象と十分捉えることができる。
 ライブを起こった際のファン達の熱気は、まさに現代に蘇った『レコンキスタ』と言ってもよい。
 
 そう関心しつつwikiを読み進めていくうちに体が固まった。

 『年齢が若くアイドル性を持つ者には一部この呼称が用いられることがある』

 年齢。
 ……年齢か。

 一般の人たちが『アイドル』という言葉で連想する人間の姿は、果たしてスポーツ選手やタレント動物だろうか。恐らくは違うだろう。
 まず第一に思い浮かぶものは、男性であればまだ若い少女の面影を残した女性。
 女性であればまだ青さが残るような若い男性ではないだろうか。

 どちらかといえば『アイドル』は若い年齢の世代に求められるものである。

 お○ゃんこクラブのあの人たちだって、今出てきて『アイドルです』なんて言われても、納得はできるが心に妙なしこりが残るに違いない。
 
 引退した伝説のアイドルであるあの日高舞が今テレビに出たとしても、その歌と容姿を確認してこそアイドルという称号に納得ができるのだ。

 知らない人間が名前と年齢だけ見てアイドル宣言されたならば、「え、その年でアイドル宣言って」とちょっと引いてしまうかもしれない。

 そう、『アイドル』と『年齢』には密接な関係がある。
 特に女性アイドルにおいては年齢は避けては通ることができないキーワードだ。

 パソコンの画面から目線を離すと、目頭を中指で拭う。どうやら目を使いすぎてしまったらしい。
 そしてそのまま横目で今ソファーに座って、優雅にコーヒーを飲む女性に目を向けた。


 「あら、プロデューサーさんどうしたのかしら?私の顔に何かついているの?」

 「いえ、やっぱり高橋さんには他の子には無い魅力があるなと」

 「ふふ……。歳を重ねて女はより円熟していくものなのよ。私は常に美しくあるわ。プロデューサーさん見逃しちゃだめよ?」

 「肝に銘じておきます」


 高橋礼子。大人の魅力あふれる31歳のアイドルである。





 














 うちの事務所は今日も平和です。
 第三話「オンナは30からなのよ、ふふっ」



















 この自分が敬語で話す相手こそ、うちの事務所である意味一線を超すアイドル。
 高橋礼子31歳である。
 
 出身は神奈川県。身長167cm。
 バスト91・ウエスト62・ヒップ90とこれまたうちの事務所で一線を越えているダイナマイトボディの持ち主だ。

 流れるような艶のある髪に、ふっくらとしたルージュ色の唇。決して短い年月では身につかないような、真の大人の女性ともいえる妖艶な魅力を全身からあふれんばかりに放っている。
 この魅力はまだ若いアイドルたちには表現しようがない何よりの強みだ。
 

 まぁ、いろいろ言いたいことはあるだろうが、彼女は『アイドル』である。
 舞台やドラマ、映画に引っ張りだこの高橋さんだが、彼女は女優ではない。『アイドル』である。
 淡い歌声で老若男女を魅了する高橋さんだが、彼女は歌手ではない。『アイドル』である。

 あえて言わせてもらおう。
 さんじゅういっさいでもアイドルであると。

 まぁ実際、初めて年齢を知った時にはやってしまった感が正直あった。
 だが彼女がいてくれたからこそ、俺は今ここで無事にプロデューサーをやれているのかもしれない。

 まだ若輩者の自分は、女性の気持ちがよくわからない。

 学生の気分のままにアイドルたちと接することも、一つの重要なコミュニケーションではある。
 だがそれでは彼女たちの本当の心の声を聴くことはできない。
 女性と接する経験の少なさ、なによりも男性という性別の絶対的な壁が、プロデュースするアイドルたちとの間に常に存在していたのだ。

 アイドルをプロデュースする上で、一番重要なことは円滑なコミュニケーションを築き上げることだ。

 いくら貴重な宝石の原石ともいえるアイドルであっても、環境によって全くその特性を生かせないままこの世界を去っていくことは少なくない。
 「機体の性能を生かせぬまま死んで行け」と言い放った某パイロットのセリフを思い出す。事実彼の通りに撃墜されていったアイドルは数知れず。

 彼女たちが持つ華やかなアイドルの理想とのギャップ、社会の現実、これまでの普通の生活との別離、立ちふさがるライバルというさまざまな壁に心を折られ。
 ついにはアイドルとしての魅力を生かせぬままに撃墜……もといアイドル界から散ってしまう。

 そうならないよう俺たちプロデューサーは、彼女たちの心と体に対するストレスを少しでも軽減する必要がある。

 彼女たちも自分と同じ一人の人間。一人一人の考え方も趣味嗜好も違う。
 それにできる限り合わせ、彼女たちの夢をけっして絶望に変えさせることがないように仕事をこなしていくことが求められるのだ。

 さて、この作業を簡単に例えてみよう。

 モンスターハンターであれば、卵の採集任務をランポスが1000匹存在する荒野で行うような繊細な作業だ。

 スぺランカーをクリアするような繊細な心配りが必要だ。

 アイドルのソウルジェムは常にいっぱいいっぱいだ。すぐに魔女になる。さやかなんて目じゃない。
 むしろあれぐらいの絶望は、捌ききれなければプロデューサーとは言えない。

 素人にこんな作業任せた社長の正気を疑う。

 これに事務処理やマネージャー的な仕事や売り込みがさらに追加されるのだ。それも思春期のガールズを一人じゃなくて何人も担当するのだ。

 起動当初のアーケード版アイドルマスターで千早を初心者が選択するようなものだ。

 最後に自分でもよくわからない解釈が入ってしまったが、軽く見積もっても過労死コースである。

 おかげで新入社員が「仕事だけしていたらダメですかね?人と接するの苦手なんすよ」とか言ってる姿がテレビで出てくると、そのテレビを細切れにしたくなる激しい破壊衝動に襲われる。

 少なくとも暗黒期中に三台は犠牲になった。

 俺が経理をしていたのでこっそり社長の給料から引いておいた。

 だが、そんな切羽詰っていた自分を助けてくれた人こそ、高橋礼子さんだった。
 最初はちひろさんに相談しようと思ったのだが、彼女もまたあの時は自分のように忙しかったので相談できなかった。

 というより壊れたレコードのように「スタドリスタドリスタドリ」とハイライトが落ちた瞳でぶつぶつとつぶやいていたので、あまり話したくなかった。

 そんな時、気を使うように言葉を一つ一つ選んで話しかけてきてくれた高橋さん。
 人生経験豊富であり、何よりも女性としての立場からアイドルについての相談を受け入れてくれたことは、アイドルたちのプロデュースに大きな影響を与えたことは間違いない。
 
 何より彼女と話しているだけで、言いようのない安心感につつまれる。
 これが大人の女性が持つ魅力というものなのだろうか。この人をスカウトできたことは、我ながら実に快挙であると褒め称えたい。

 若い男性だけではなく、若い女性まで。10代からお年寄りまでと、幅広い世代に求められる大人の魅力を持つアイドル。
 それが高橋礼子というアイドルだ。


 「私がアイドルになるなんて、自分でも驚いているけど……ふふっ、今は毎日充実しているわ。本当にありがとう、プロデューサー」

 「それはこちらのセリフです。高橋さんにはいろいろと相談させてもらってますからね。ほんっとうにうちの子たちは個性が強い連中が多いですから」

 「私から見たらあなたも彼女たちもあまり変わりないように思えるけれど?」

 「俺って普通じゃないですか

 「ギャグにしてもそれはちょっと笑えないわ


 ……あれ?俺ってあいつらともしかして同じ扱い受けてるの?


 「あの子たちも年相応のかわいらしいところがあるのは、あなたもよく知っているでしょう?」

 「それ以上に変なところが多いですけどね」

 「そこをどんどん社会の人たちに伝えていけばいいと思うの」

 「うちの事務所が一般人にも魔窟扱いされるようになりますね」

 「魔窟って、一度興味を持って入っちゃうと出られないところなのよ?」

 「アイドル事務所ってそんな物騒なところでしたっけ?」

 「その一番の原因はプロデューサーさんじゃないかしら」

 「確かに集めたのは私ですが、責任は社長がとってくれます」

 「もしかして、あなたをスカウトした社長が一番の原因なのかもしれないわね」


 楽しそうに笑う高橋さんに、思わず自分も自然に笑ってしまう。
 この空間が何とも居心地がよい。
 
 成熟した知性と大人の魅力、話しているだけで引き込まれる話術。まるで包み込まれるような母性と、官能的な微笑み。

 31という年齢はデメリットなどではなく、むしろ一つのステータスなのだと思えてしまうところが彼女の素晴らしいところだ。
  
 なにより胸がでかい。

 
 「プロデューサー、そんなに胸ばかり見ないの」

 
 そういって胸を隠すように自らを抱きしめるのだが、かえってそれが胸を強調する結果となってまして。
 なんていうかたまりません。


 「本当に、高橋さんをスカウトできてよかったと思います」

 「う~ん。その言葉は嬉しいのだけれども、できれば胸だけじゃなくて私をしっかりと見ながら言ってもらいたいわ

 
 それに、と彼女は自らの唇に人差し指を当てて女豹を思わせる笑みを浮かべた。


 「どうせ酔うのなら胸じゃなくて、私に酔ってみるのはどうかしら?」

 「そうですね、今晩あたりは久しぶりに一杯行きますか?」

 「ふふ、もちろん二人だけよね?」

 「ええ、高橋さんのおかげでそこらへんのマナーは理解したつもりですよ」

 「じゃぁ、そこからさらにもう一歩踏み出してみない?」

 
 お手上げ、とばかりに早々に両手を挙げて降参のポーズをとる。
 無理、こういう会話はもう勝てそうにない。
 これ以上話したら根こそぎ自分を引きずり出されそうな気がしてならない。


 「まだまだ青いわね、うちのプロデューサー君は」

「流石にまだまだ高橋さんには及びませんよ」

 「別に青いことは悪いことではないわ。それも私が引き込まれたプロデューサーさんの立派な魅力だもの」

 「惚れました?」

 「どうかしら?プロデューサー君はどう思う?」


 そう微笑む高橋さんの端正な顔には、先ほどまであった自分の誘惑するような女豹の笑みは無い。
 代わりに子供をからかうような悪戯めいた笑みを浮かべていた。


 「まぁ、まだまだ伸びしろがあるということでここは一つ」

 「そうね、プロデューサーとアイドル。私たちはまだまだ上を目指せるもの。最初出会った時は心配だったけど……」


 珍しく彼女の額には汗が浮かんでいた。あの頃の自分は他人からみたらどう見えていたのだろうか。
 この様子を見る分にはやっぱりろくでもなかったらしい。
 

 「……今はあなたがいないと不安になるの。頼りにしているわよ?プロデューサー君」

 「誠心誠意、高橋さんの魅力を伝えさせていただきます」

 「高橋さんじゃなくて、名前で呼んでちょうだい。そんな他人行儀な関係は嫌よ?」

 「それじゃぁ礼子さ」

 「ふふ、背中を預けあえる仲には、年下も年上も存在しないわ。さ、もう一度呼んでみて」


 ……おうふ。
 なんかもう自分はこの人には一生勝てない気がしてきた。


 「わかったよ礼子。これからもよろしく頼む」

 「そうそう、それでいいのよ。こちらこそよろしくね」
 
 
 そう言ってお互いくすくすと忍び笑いをこぼした。
 

 「……うん、今はまだお預け。来る時が来たら、もうその時は逃げられないからね、プロデューサーさん」


 体が突然震えた。

 寒気がおぼえたとか、風邪を引いたのかとかそんなものではなく。
 なんて言うか、生物としての本能というか……。

 まるで豹に狙われたような。そんな悪寒。
 でも悪い気はそんなにしなかったのが不思議だ。

 ……うちの事務所は今日も平和です。

 ……平和、だよな。


 




















 ■ ■ ■


 うちのフロントの高橋礼子さん。

 無課金のクールPフロントといった時点で、この人の登場を予想した人は少なくないはず。
 自分が持っているのは【妖しき女豹】の方ですが、流石にあれをしょっぱなから出すことはためらいが。 とりあえずノーマル高橋さんをイメージしました。
 
 高橋さんは書いていて難しいです。プロデューサーだけでなく自分まで彼女の手の中にいるような気が、書いている間はずっと感じておりました。
 まぁ30代の女性の魅力を若造が簡単にかけるわけないよねと開き直ってみたり。

 まぁ今後の課題です。

 クールは9歳から30代まで、幅広く扱っております。みんなアイドルです、アイドルなのです(集中線)



[35473] 4:脇山珠美SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:97831182
Date: 2013/02/22 23:53
 「うう……負けてしまいました」


 目の前でうちの事務所のアイドルが、目に涙を浮かべながらプルプルと震えていた。

 うちの事務所は確かに色物事務所ではあるが、その変人ぶりに比例して実力はかなり高い。
 個性で人が殺せるような変人60%越えの事務所ではあるものの、一人一人のレベルや能力は他のアイドル事務所の平均に比べてみれば、かなり上に位置しているように思える。

 実際にうちの事務所のアイドルたちは、他のアイドル事務所が驚くほどに躍進を続けている。
 かの765プロに引けを取らない勢いがある事務所として、最近はやたらにライバル視されたり世間から注目をあびているのだ。

 おかげで出番も増えるしオーディションも増えるが……もちろん他の事務所もそのオーディションに期待のホープを送り込んでくるわけで。

 
 「お前は割と恐らくたぶんというか、まぁ頑張ったと思うよ?」
 
 「……うう、これも自分の実力不足のせいです」

 「まぁ俺も今回はいい勉強になったわ。まぁ次は負けないようにやるっきゃないっしょ」

 
 まぁ早い話がそのオーディションで競り負けることもあるわけだ。

 相手側の意向によって行われるのがオーディションなわけだから、気に食わないアイドルであれば落とされることも当たり前である。

 そこで落とされたのが自分のアイドルだった場合、アフターケアが大変なわけだ。。
 なんせ仮にも自信を持って受けたオーディションで落とされるのだから、半端ないショックを受けてしまう。

 そしてそれが後を引いてしまい、何度も何度も落ちた結果。この業界からもけり落とされてしまうのだ。

 よって俺たちプロデューサーはそんなことがないよう、心のアフターケアを全力で行わなければならない。
 自信を持たせ、再び彼女たちを戦争へ突き出す非情の心が必要なのだ。

 そうしないとご飯が食べられないからな。

 自分が担当したアイドルが何度も止めてしまったらお払い箱である。
 この業界で就職したら、ぶっちゃけ再就職は難しいというか不可能といえる。
 アイドルたちも必死だが俺も必死なのだ。

 wiiUの資金繰りためにも俺はこんなところで負けてはいられない。
 必ずやwiiUのためにこのアイドルを立ち直らせてみせる!

 
 「珠美、お前は悪くないさ」

 
 手を肩の上に乗せると、涙目になりながら珠美は俺を見上げる。
 今にも壊れてしまいそうに華奢な体だ。その心もひび割れて悲鳴を上げているのだろう。
 こちらを頼るような脆く弱弱しい視線。

 そんな彼女をいたわるように、言葉を一つ一つ選びながら口をあける。

 
 「受かった奴はスタイルが良くてエロティックな感じだったからな。たぶん向こうは今回その趣向を求めていたんだと思う。出るとこが出ていないお前では無理だ

 「……プロデューサーは私を慰めたいのか乏しめたいのかどちらなんですか」


 おかしい、視線の温度がマイナス273度になった。
 つまりもう下がりようがない。


 「大丈夫、お前のほうが良いって言ってくれる人たちもたくさんいる」

 「何でしょう、まったくその言葉がうれしくありません」

 
 よし、何とか立ち直ったようだ。
 目に闘志を浮かべ、体から立ち上る気炎は天を焦がす勢いだ。

 ただ問題は何故かその気炎が自分へと向けられている。
 何故だ。


 「わ、私は大器晩成型なんですよっ!きっとあと数年もすれば高橋さんみたいなナイスバディに!」

 「……」

 「何か言ってくださいよ!」

 「いや、その、うん。まぁ夢を持つのはいいかなって。でも人の夢と書いて儚い(はかない)って言うんだぞ?」
 
 「それアイドルのプロデューサーが言ったらおしまいですよね?」

 「いや、俺の夢はお前らがほどほどに大成すれば叶えられるから……ね?

 「妙に現実的な話は止めてください


 











 









 うちの事務所は今日も平和です。
 第四話「おっきいヤツにも負けない!」




 

 
 

 
 













 脇山珠美。16歳。
 身長145cm。体重は38kg。
 ちっちゃくてかわいらしい容姿から、若い女性や男性はおろか、孫みたいに微笑ましいと老人方にも人気があるアイドルである。

 本人は身長が小さいことを気にしており、毎日牛乳を飲んでいる。
 ただ希望はかなり薄いだろう。
 
 趣味は剣道、そして時代小説を読むこと。
 女子高生としてはやたらと爺くさ……もとい渋い趣味であるが、最近歴女とかいうマニアックな女性もいるのでそこまで珍しいことではない。

 ただもう一つ付け加えるのならば……。


 「珠美、なにしてんの?」

 「剣道の素振り片手1000回です!やっぱり今回の敗因は私の実力不足が原因だと思ったので」

 「じゃあせめてダンスとか歌とかの練習しようぜ。というか素振りはアイドルの審査項目にないからね?」

 「剣士の心お見せします!

 「いや、アイドルの心を見せてくれない?

 
 熱血系である。
 
 いや、武士系である。

 一応アイドルとしての志はあるらしいが、本人は剣の道とアイドルの道が通じていると真剣に信じている。
 まぁ確かに剣道の儀礼と志は、アイドルの道に通じているところはあるかもしれない。


 「珠美は決めたのです!強く可憐な女子になるため、剣の道もアイドルの道も、両方とも極めてみせると!」

 
 一つ聞きたい。
 お前の中の可憐な女子は竹刀を片手で千回振り切って笑顔を見せるような、「無双乱舞後の魏延」みたいな威圧感を放つ人間なのだろうか。

 
 「女剣士に憧れて……誰かを守れる人間ってカッコいいと思いません?」


 うん、カッコいいとはおもうけれど。

 アイドルに求められているカッコよさとはちょっとというかかなりずれているよね?

 普段は冷静で常識も見識もある、俺と同じ突っ込み側の人間である。
 ただ剣がからむとかなり人格が豹変する。

 『とりあえず切ってから考えます』みたいな人間になる。一昔前の妖夢みたいな感じになる。

 最初スカウトした時は、剣道少女としての誠実さとスポーツマンシップを持っているアイドルだと考えていた。
 ただ時が経つにつれ、スポーツマンシップではなく修造論を持ち出すアイドルに変わっていった。

 ぶっちゃけ自分でも意味が分からない。

 思い出せば、アイドル候補生時代からその頭角を表していたような気がする。
 トレーナーさんたちに教えられたものの、よくわからなかったのか首をかしげていた珠美。

 まぁこれはしょうがあるまい。
 ダンスのポイントやキレなどは何度も練習して身に着けるものである。そんな一日や二日そこらでできやしない。
 そこでくじけてもらっては困ると声をかけたが、彼女はその時笑顔で私に言った。


 『よくわかりませんけど、気合で何とかします!』

 『え?』


 何とかしやがったよあの娘。
 なんと一週間で振り付けや、動きのポイントを押さえてマスターしていた。
 もう彼女のいう気合は気合というかフォースにまで至っているんじゃないかと思えるぐらい出鱈目である。

 まぁなんだかんだでそれで乗り越えられるのだから、彼女もアイドルとしての実力は十分兼ね備えているのだろう。
 ここまで来れたのは運だけではなく、彼女のその高い能力が現れたとみる。
 握力×体重×スピードみたいな感じでアイドルとして超絶強化でもしたんだろう。

 というかそんなキン肉マン理論やぐらっぷらー理論出されて真面目に考えたら負けである。

 この前に珠美は『鍛えてください!もっと強く美しくなります!』と俺に言っていたが、もしかしてあの子は強さイコール美しさとでも考えているのだろうか。

 その理論で行くとヤワラちゃんが絶世の美女になるんですけど。

 そんな美女嫌ですからね。そんな美女プロデュースしたくないからね。
 あれと結婚した旦那さんは俺の中では勇者様だからね。竜王倒すよりもレベル高いからね。


 「あの、どうしたんですかプロデューサー。額にたくさん汗が浮かんでいるんですけど」
 
 「珠美、俺はお前を決してヤワラちゃんにはしないからな」

 「私がやっているのは柔道じゃなくて剣道ですよ?」

 
 そういう問題じゃねぇよ。

 そう思わず突っ込みそうになったが、なんとかこらえる。
 そんな自分を知ってか知らずか、珠美は俺の手がけている書類を軽く覗き込んできた。


 「……驚きました。プロデューサーも真剣に仕事しておられるのですね」

 「いつも仕事していないみたいな言い方やめてくれ。この事務所のプロデューサーは常に清廉潔白で勤勉実直な人間だと評判なんだぞ?」

 「新しいプロデューサーを雇われたのですか?」

 「何でそんな純粋な目でそんなこと言えるの?お前の目の前にいるだろうが」

 「私の知っている清廉潔白と勤勉実直の意味は間違えているようです」

 「おっしゃ表でろや」

 
 三秒で負けた。
 
 というか気が付いたら地面に倒れ伏していたんだけど。
 何?お前なんかスタンドでも持ってんの?矢じりでどっか傷つけられたの?軽くポルナレフ状態なんだけど。


 「……その、プロデューサー。あの、なんか、その。……すいません」


 まじで謝らないでください。
 泣きそうだから。そしてお前はもしかしてまじで無双乱舞打てるの?自分、軽く宙を舞ったんだけど?


 「乙女のたしなみです」


 そんな乙女がいるか。
 いや、いた。俺がスカウトしてた。まじでありえねぇ、こいつ肉まんでHP回復する仕様じゃないよな。
 というかあの油虫の生まれ変わりじゃないですよね?


 「……よっしゃ、お前に杏へ渡すはずだったバラエティの仕事くれてやる。タイで仏僧の修業な?」

 「それアイドルがやる仕事じゃないですよね?嫌がらせは止めてくださいよ、というか杏先輩に何をさせているんですか……」

 「うるさい、俺がプロデューサーだ。つまりこの世で神にも等しいのだ

 「世も末ですね


 あまりのあれな言動に頬を引きつらせる。
 ぶっちゃけこの男が何でいまだにプロデューサーをやれているのか不思議でならない。

 もしかしてスタドリのやり過ぎで頭がいかれたのかと思ったが、ちひろさんが怖かったのでその考えは消した。

 未だ足を生まれたてのバンビのように震わせながら壁に寄り掛かるプロデューサーに、珠美はため息を溢しながら竹刀を担ぎ上げて近寄っていく。

 一瞬さらなる追撃を受けるのかと身構えたが、珠美はそれを意に介さずに彼の体に寄り添って支えた。

 
 「……もう、しっかりしてください。せっかくプロデューサーのご指導のおかげでアイドルの神髄、掴みかけてきた気がするのですから」

 「お前がどこを目指しているか、割とマジで恐怖を覚えてるんだけど」

 
 自分の肩に寄りかかるプロデューサーの熱に、思わず珠美は頬を赤く染めた。
 よくよく考えて今の自分を姿を周りから見てみると、男が女に寄り添うという時代小説でも見る展開。
 そして自分が理想とする、『殿方を守り抜く乙女』に近いものではないのだろうか。

 そう考えるとプロデューサーは……。


 「おーい、珠美。帰ってこい」

 「っは!?や、な、何でもないですよ?」

 
 もしかして、これって周りから見たらうらやましがられる展開だったり?

 そう思った瞬間なんかいろいろと乙女のリビドーが溢れてきた。
 いや、プロデューサーは、その、いい人だし?何気ない気遣いをしてくれるし落ち込んでいた時は励ましてくれるし。
 馬鹿げた振りをして緊張をほぐしたりこうやって事務所にいやすい空間を作ってくれている。それに私は別に面食いというわけではないけれどもプロデューサーはよく見ればカッコいいような……。

 良くも悪くも脇山珠美は純粋であった。
 その純粋さこそがアイドルや剣道で頭角を現した素晴らしい要因であるが、この場においてはそれが災いした。

 早い話が、今までこんな感じで男性と触れ合ったことは一度もなかった。

 そして今は高校一年生であり、そういう出来事に周りの友達も盛り上がる時期。
 嫌でもその手の話は舞い込んでくるものである。
 いろいろとおかたーい珠美ではあったが、その手の話題には年相応な興味を示していた。

 そして……。


 「……その、プロデューサーって。どんな女の子が好きなんですか?」


 もしかしたら、もしかしたら大正ロマン活劇のような。

 そんな彼女ですら自覚できない心の奥底に眠っていたプロデューサーへの想いが、思わず彼女の口を知らず知らずのうちに動かす。

 そしてその言葉に間髪入れずにプロデューサーは答えた。


 「美人で身長があって、巨乳」


 珠美の無双乱舞により、再びプロデューサーは宙を舞った。

 後日、彼女が牛乳を飲む理由に身長以外の理由が加わったらしいというが、それを知っているのはちひろさん以外いなかったという。

 ……うちの事務所は今日も平和です。






























■ ■ ■ 


 友人が「お前ってモバマスキャラでラブコメ書かないの?」と言っていたので、珠美ちゃんでちょっと恋愛要素を入れてみた。

 友人に見せたら頬を引きつらせていた。
 ……あれ?

 前回に比べてはっちゃけどが上がりました。基本はこんな感じです。前回のお姉さまが異常だったのです。基本はこんな欲望にとらわれています。
 そして一応アイドルたちはモバマスのセリフを使ってお話を作っているのですが……友人に「いや、お前のはいろいろとおかしい」と言われました。
 きっとてれているんだと思います。

 珠美ことたまちゃんは、レアでも攻撃力が高いのでいい子です。
 でも自分のせいでこんな子になりました。たまちゃんはかわいいです。

 そういえばたまちゃん用のSSって見たことないですよね。中二病とかヤンデレとか杏とかはぴはぴ★さんとかはよく見るんですけどね。





[35473] 5:ナターリアSS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:97831182
Date: 2013/02/22 22:32
 「お金が無い」


 氷河期が到来した自らの財布を眺めつつ、プロデューサーはその心からあふれ出た言いようのない思いを吐き出した。

 社会人になると、金はまるで滝のように財布の中から流れ出ていく。
 
 学生まではせいぜい自分の趣味の範囲から、ほどほどの自分に都合がよい程度の付き合いぐらいしかお金は飛ばないものである。
 つまりに学生は自分が思うようにお金を使えることが多い。

 しかし社会人となって独り立ちをしようものならばそうはいかない。
 なぜならそこに税金や、付き合いたくもない飲み代、そしてスタミナドリンクとエナジードリンク代が入ってくるからだ。

 新人社員であり、勤める事務所は姉歯製で崖の先に立っているような危うさ。
 そんな彼の手取りはあまりにも切ない。切なすぎた。

 そしてその少ない給料さえも、半分は笑顔が眩しいちひろさんの懐に消えていくのである。
 
 
 「……流石に塩パスタはまずいな。納豆ごはんと味噌汁、おかず無しで食いつなぐか」

 
 お金がないからといって、学生気分のままに塩パスタという究極の手段を行った場合。
 まず、この事務所では生きられない。少なくともこの激務を過ごすためには栄養が必要なのだ。
 
 むしろ下手に節約して栄養を減らした場合、スタミナドリンクでしのぐことになるのでちひろの懐がさらに潤うであろうことは、入社三か月目で学ばされた。


 「お仕事おわっター!」


 心淀んで死にたくなってきたその時、事務所に明るい声がこだました。

 顔を向ければそこには輝かんばかりの笑みを向けるうちのアイドルがいた。
 どうやら仕事を終わらしてきたらしい。先ほど連絡があったが、なかなかによい映像が撮れたと監督が喜んでいた。


 「お疲れさん、ナターリア」
  
 「プロデューサー、ワタシお仕事がんばったネ!」

 「そうだな」

 「がんばったから、ナターリアごほうびがほしいナ!」

 「ほう」


 その言葉に自分は微笑みながら、輝かしい太陽のような笑みを向ける自分のアイドルに向き直った。


 「お金が無くて欝な俺にとって、その言葉は『死ね』って言っているようなものだけど、一応聞いておこう」

 「ナターリア、スシたべたいっ!

 「やっぱお前死ねって言ってるだろ?

 
 もう一つのお金が消えていく理由がこれ。
 アイドルのモチベーションアップのオネダリ。
 女には金がかかると決まっているが、仕事に女がかかわるとお金はさらに飛んでいく。


 「いいか、ナターリア。寿司はな、お金持ちが食べるものなんだぞ?」

 「お金持ちが食べるものがスシ?」
 
 「そうなんだ、そして俺はお金が無い。つまり言いたいことはわかるな?」

 「よくわからないけれど、ナターリアはプロデューサーと一緒にスシ食べたいっ!」

 「わかってもらえないと俺、餓死するんだけど?
























 うちの事務所は今日も平和です。
 第五話「日本のゴハン・・・スシ!スシ食べる!」






 




















 ナターリア。
 リオ・デ・ジャネイロ出身の14歳である。ちなみに特技はベリーダンス。

 そんな彼女を例えるならば『純粋無垢』。

 穢れを知らない子供のような笑顔。加えて健康的な小麦色の肌。
 たどたどしい日本語で必死に自分の意思を伝えようとするその姿は大変に微笑ましいものだ。

 見ているだけで癒される、優しい気持ちになれる。がんばろうと思える気持ちになれる。そんなアイドルこそ彼女、ナターリアである。

 が、外国育ちのためか日本の世と語学に疎い。
 そこがむしろ良いという人間もいるらしいが、さきほどのように無邪気に俺を殺しにかかってくる。
 彼女の好物がスシなのだ。

 旅行鞄にスシを詰め込んで外国行きの飛行機に乗るぐらい好きだ。
 もっともそのスシは異臭を放っていたために、到着後すぐに捨てさせたが。

 とりあえずプレゼントが欲しいと言ったときは、スーパーのスシを買ってきて与えてあげれば大抵は解決するのである。


 「……プロデューサー?」

 「どうしたナターリア、お前の切望したスシだぞ?」

 「なんでピクルスが入っているのしか無い?スシ無いヨ?」

 「これはかっぱ巻きといって、ジャパニーズ忍者が用いるスシだ。あのNOBUNAGAやTOYOTOMIもこのスシを食べていたんだぞ」

 「オオ~、ニンジャもスシ食べたのカ。これすごいネ!」


 そんな日本のことに疎いナターリアに、彼はこのように自分に都合がよいことを教えていた。
 というより都合の良いことしか教えていなかった。 


 「……プロデューサーさん、ナターリアちゃんに自然にだまして変なこと教えないでください。普通にお金が無くてかっぱ巻きしか買えないって言ったらいいじゃないですか」

 「ちひろさん。男にはすべてをかけてやらなくちゃいけない時があるんですよ」

 「かっこいいこと言ったみたいな雰囲気ですけど、かっぱ巻きに男をかけてる時点で相当かっこ悪いですからね?」


 誇らしげに腕を組むプロデューサーに、容赦なくちひろはメスを差し込んだ。
 さすがちひろ、一切のためらいがない。

 だてに多くのプロデューサーを金欠に追い込んでいない。
 いったい何百人のプロデューサーが彼女に塩パスタ生活へと追い込まれたことか。


 「カッパ巻にプロデューサーの何かをかけるのカ?プロデューサーかけて!」

 「……ナターリア、流石にお前にそんな上級プレイは早い。あと俺にはぶっかけプレイなんて趣味はない」

 「ん?かけるとスシますますおいしくなるんじゃないノ?」

 「いや、余計に生臭くなる。というかイカ臭くなる

 「ナターリア、イカ大好きネっ!」

 「俺はアワビが好きだな。あとクリ拾いも好きだ」

 「クリ!?ナターリアもクリ食べたい、今度プロデューサーも一緒に拾いに行こうヨ!」

 「一緒に拾ったら俺のプロデューサー生命終わるからなぁ……悪いけどイけないんだ。ごめんな?」

 「ウゥ、残念。でもいつか一緒に行きたいネ!」

 「そうだな、まぁあと2年経ったら」

 「そろそろ止めてもいいですよね、私我慢しましたよね?」


 が、このプロデューサーはさらに上を行っていたようだ。

 プロデューサーの日本語マジックにナターリアの純粋さが掛け合わさることで、彼らの会話はもはや形容しがたき何かに変わっている。

 というかこれでは高度なセクハラである。
 
 
 「ナ、ナターリアちゃん?あまりこの人のいうことは聞いちゃ駄目だからね」

 「ん?何でプロデューサーの言う事聞いちゃ駄目なノ?」

 「プロデューサーは変な事ばっかりいうから」


 その言葉を聞いてプロデューサーに向き直るナターリア。
 目は不安そうに震えており、まるでチワワのようである。


 「プロデューサー、変なこと言ってル?」


 心配そうに尋ねるナターリアに、プロデューサーは真剣な顔で何度も頷いた。


 「言ってないよ」


 何の躊躇いもない言葉であった。
 格ゲー初心者に待ちガイルを躊躇いもなく選択する男。それがプロデューサーである。


 「ちひろ!プロデューサー変な事言って無いっテ!」

 「そう、良かったわねナターリアちゃん」

 「ウン!」


 まるでご主人様大好きワンちゃんのようなキラキラした目を向けられて、さすがのちひろも諦めたようだった。
 この二人、噛み合っていないようで噛み合っているのである。

 そして外国育ちなのか、日本人以上にナターリアは自分の気持ちをダイレクトで表現している。
 愛情表現も親愛表現もスキンシップもほかに比べて著しい。

 しかし。


 「私、プロデューサーのこと大好きネ!」

 「そっか、俺もお前が人気のうちは大好きだぞ~」

 「に、人気?無くなったらどうなル?」

 「俺が死ぬ

 「ナ、ナターリアがんばる!すごくがんばりマスっ!」


 まったくその気がない。
 あまりにもなさ過ぎて、事務所内で『プロデューサーはゲイ』と囁かれる始末である。

 真面目にプロデュースしているのにひどい言われようである。


 「ナターリア、アイドルになった日カラ、ずっと一緒にいるよネ♪」

 「そりゃプロデューサーだからな。むしろいなかったらクビにされるからね

 「これからもずっと、そばにいて欲しいノ♪ねっ、ダーリン♪」

 「ごめん、スシで家計が圧迫されるのはちょっと……」

 「だいじょうぶネ!ナターリアが養ってあげルっ!」

 「よっしゃ、社長に辞表出してくる!


 そういって懐から辞表を取り出して社長のデスクへと向かうプロデューサー。
 常日頃から辞表を持ち歩いているあたり、彼の会社に対する心労がにじみ出ているように思えてならない。

 というかヒモになるのに一切のためらいがないのかあんたは。

 
 「……ナターリアちゃん、そんな『養う』なんて日本語をどこで覚えたの?」

 「三船さんに教えてもらっタっ!

 「三船さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん早まっちゃだめですよぉぉぉぉぉぉぉ!」


 幸が薄い女、三船さん26歳。
 同じ事務所のアイドルであるが、いろいろと追い込まれ気味である。

 
 「くっそぉ。よくよく考えればこれぐらいで止めれていたら今までこの事務所にいないよなぁ。失敗したなぁ。勢いとノリでアイドル事務所なんて入ったらだめだわ」

 「ノリと勢いでアイドル生命を動かさないで下さいよ」

 「何の前振りも指導もなくプロデューサーになったんだぞ。ぶっちゃけノリと勢いでやるしかなくない?」


 何の指導もなく、アイドルすら存在しなかった事務所を伸し上げた男の言葉は重かった。

 自らアイドルのスカウトを街中で行い、社長のわずかばかりの伝手を使って仕事の幅を広げていき、今ではテレビでも引っ張りだこのアイドルを抱えた事務所に変えた。

 そんな彼のプロデュースはやけでやっていた感が否めない。

 ノリである。勢いである。若さゆえである。超ハードモードである。
 いきなり一城の主になって、地方を統一してのけたようなものである。

 
 「よくわからないけれど、プロデューサーはすごいよネ!」

 「ああ、事務所だといまだに肩幅狭いが、頑張っているほうだと思う。というかもうゴールしてもいいよね?」

 「ナターリアもプロデューサーとゴールしちゃう?」

 「そのゴールはBADENDだと思うな。お前ってモバマスでたっくさん絵柄があるほど人気なんだぞ?ぶっちゃけファンに殺される」

 「ナターリアマラソンの時はだいぶ儲けさせていただきました」

 「おいこら止めろ、この話は早くも終了ですね」


 あの惨劇は多くのプロデューサー生命を奪った悲劇であった。

 前回のイベントがあまりにもボーダーラインが低いものであった。
 そのため「これもしかして入賞余裕じゃね?」という、『孔明の罠』ならぬ『広範囲殲滅型ちひろの罠』にかかった多くの新規参加者が、入賞得点であるナターリアを狙った。

 その結果、ひぐらしもその日暮しになるような真っ青な惨劇が起こったのである。
 100位から2000位の成績が横並び。
 スタミナ振りのプロデューサーたちがスタミナドリンク2000本使っても入賞できない。

 つまりリアル換算で20万使ってもランキング入りができないという悲劇が起こった。

 このあまりの大惨事に、多くのプロデューサーたちはこの事件を『ナターリアマラソン事件』と号して語り継ぐこととなってしまった。


 「もう全部ちひろさんが悪いでいいじゃないかな

 「っちょ


 ひどいんですよ私だって運営の被害者なんですと必死に弁護を試みるちひろを放置しつつ、プロデューサーは再びナターリアへと向き直った。


 「ともかくあんまりそういうこというんじゃないぞ」

 「どうしテ?ナターリアはプロデューサーのこと大好キ!」

 「200万人も入ればそのうち一人ぐらいは確実に俺を殺しに来るやつがいると思うんだ

 「よくわからないけれど、そういう事言ったらダメっ!


 脳内に変な電波を受信し始めたプロデューサーに、さすがの彼女も頭から冷や汗が流れ出た。
 

 「あいつらやべぇよ、マジで未来を生きていている連中だよ。そのうちジェダイになれるぞあいつら」

 「プロデューサーも未来に生きているノ?」

 「少なくとも俺のライトサーベルはダークサイドには落ちてはいない。マスターヨーダ並みの瞬発力と速さは誇っているつもりだ」
 
 「スゴイ!」

 「早かったらダメじゃないですかね?

 
 さりげなくちひろにディスられるも、これを華麗にスルー。
 かと思いきや額に玉の汗が浮かんでいる。


 「早いこといいことネ!私も足が速くてほめられタっ!」

 「違う、違うのよナターリアちゃん」


 悲しげに瞳を伏せながらナターリアの肩をつかむちひろ。
 その切なげな様子にナターリアは僅かばかり左へ首を傾ける。


 「いい?男は早かったら女の人はイけないのよ」

 「何がいけない?ダメ?早いこと問題あル?」


 その言葉に苦しげに大きくうなずいた。


 「……そうね、人類存続レベルでの問題だわ

 「そしてちひろさんには恐らく縁がない問題だ


 プロデューサーが事務所の窓から宙を舞った

 そんな様子を影から伺っていた杏は思った。
 今日はサボろう。
 そしてナターリアはもう日本語覚えなくてもいいと思うなと、珍しく彼女は怠惰を以外を原因としてこの問題を諦めたのであった。

 ……うちの事務所は今日も平和です。

 下から怒号と悲鳴が聞こえる中で、ちひろは窓から広く青いを眺めながら微笑んだのであった。




























■ ■ ■

 ちょっと文字の濃さを入れました。

 うちのフロントで何故かいるナターリアちゃん。
 基本クールで固めていますが、杏やこの子がたまに表に出てくる、そんな事務所です。

 下ネタが多めですが、純粋な子にこそ下ネタと使いたいという自身のリビドーに身を任せた結果です。

 とりあえず今回書いて解ったことは、純粋なキャラだとかなり汚れギャグが書きにくいですね。
 安易に下ネタに逃げましたが、今回の教訓は次に生かそうと思います。

 そしてナターリアは俺の嫁とナターリアフロントを固めた友人が笑っていました。
 お前何気にあのマラソン勝ち残ってたのか……修羅がここにいたとは。




[35473] 6:島村卯月SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:97831182
Date: 2013/02/22 22:33
 最近俺の苦労もあってか、少しづつ知名度が社会に増してきたうちのアイドル事務所。

 最近どころか売り込み四日目ぐらいからテレビ局の中でブラックリスト入りしていたが、お茶の間の皆さんには親しまれるようになってきたらしい。
 そしてうちの事務所の知名度が高まってくると、一つのある現象が発生してくる。


 「あ、あの、私はアイドルになりたくてっ!」


 しげしげと目の前の少女を観察する。
 つまり自らが足を引きずってアイドルの勧誘を行わずとも、向こうから勝手にやってきてくれるわけだ。
 確かにそのほうがこちらとしては楽な作業であるが、アイドルの採用というのは中々にギャンブル性が高いということも、頭の中心に据えておいていただきたい。

 ぶっちゃけアイドルは金がかかる。
 ある程度仕上がる前のレッスンやら指導料やらがかなりかかる。

 そのため明らかにアイドルに向かない子には、大変申し訳ないが、お断り宣言を行わなければならない。
 こっちだって慈善事業をやっているわけじゃないのだ。

 目の前の少女の名前は『島村卯月』。
 年齢は17で、趣味は友達と長電話と。
 歌と踊りは……うん、減点方式だったら100点で加点方式だったら0点?
 
 
 「え~と、島村卯月ちゃん?」

 「は、はい」

 
 目の前の少女はやや緊張気味な様子でこちらを見つめている。


 「悪いけれど、不採用で」

 「な、何故ですか!?歌もしっかりと歌えていました!だ、ダンスだって……」

 
 絶望に顔の色を染めた卯月、突如突きつけられた現実に思わず悲鳴のような声を上げた。
 
 目の前の少女はどうやら他の事務所に落ち続け、最後にとこの事務所を頼ってきたようだ。
 そうか、うちの事務所は最後なのか。ああそうですか、とかそんなことで彼は憤ってたりはしない。
 むしろこの事務所を選択しただけで、その勇気に免じて50点はくれてやってもいいとさえ思っていた。

 
 「理由が……聞きたいかね?」

 
 完全な仕事モードに入ったプロデューサーに卯月は落ち着きを取り戻したのか、神妙な表情でわずかに顎を引いた。

 
 「……そうか。君の頭は悪くはない方だと思う、だから俺がいうことの意味は君自身よくわかってくれるはずだろう」

 「……お願いします。私、どうして自分が駄目だったか、私に何が足りないのか、本当に知りたいんです!」


 現実を受け止め、それでもなお食いすがろうとするその意思は、とても美しく見えた。
 しかしプロデューサーはそれを憐れに思った。
 これはその程度で解決できるような問題ではない。あってはならないのだ、と。

 組んでいた足を解き、彼自身も真摯に彼女を見つめなおす。

 
 「君の名前をもう一度言ってほしい」

 「し、島村卯月です。それが、何かあるんですか?」

 「ある、大有りだ」


 混乱気味な卯月をよそに、プロデューサーは神は死んだとばかりに天を仰いだ。


 「うちの事務所、ユニクロ派なんだ

 「……は?」






























 うちの事務所は今日も平和です。
 第五話「アイドル島村卯月、絶好調です!プロデューサー!」




























 世の中には相反するもの同士が存在する。
 天使と悪魔。上と下。闇と光。天と地などといったように。

 そして人が生まれしその時から、それぞれ決して分かち合うことなく、反目し続けてきた二つの存在。
 それが……。


 「いいか、今はどこも連携をとっている時代なんだよ。うちのとこのアイドルも魔法業界とか、なんとかするRPGとかとコラボってんだ。わかる?」

 「は、はぁ」

 「あの765プロだって、元アイドル現プロデューサーの一人がローソン店員やってたんだから。つまりそれぐらい重要なんだ。ここまでOK?」

 「え、ええ」

 「そして次に俺たちが狙っているのがさ、衣服業界なわけよ。お友達のモンハンだってコラボってるわけだからね、それでうちらに理解があるフレンドリーなところがユニクロなわけ。ドゥーユーアンダスターン?」

 「い、イエスアイドゥー」

 「うん、だからしまむら派の君は悪いけれどうちの事務所じゃ採れないんだ。ごめんね
 
 「すいません、急に意味が解らなくなりました」


 困惑気味に卯月がそういうと、プロデューサーはお前は何を言っているんだとばかりに頭を抱えた。


 「うちに凛って子がいることは知っているかい?」

 「知ってます。今人気急上昇のアイドルで、この事務所の看板アイドルですよね!」

 「その通りだ」


 うんうん、と頷くプロデューサーに気をよくした卯月であったが、話の意図が見えないのか首をわずかばかり傾げる。


 「その、その凛さんがどうかしたんですか?」

 「うちは実はつい最近までローソンと共同でキャンペーンを行っていたんだ」

 
 全国のローソンからマグネットが消えたあれである。
 俺自身は普通に小岩井が飲みたかったのに、得点欲しさに買い占めやがって。ちなみにメッツは別にどうでもいい。

 
 「そのキャンペーンで彼女は代表的な存在だったわけだが……悲劇が起きたんだ」

 「悲劇……ですか?」

 「そうだ」


 ああ、あれは神が嫌がらせをしたとしか思えない出来事だった。
 例えるならロミオとジュリエット、マクベスと同じように、これを聞けば大衆は涙するに違いない。
 今度監督に打診してみるべきか。


 「それは……いったい」

 「彼女はファミチキが好きだったんだ

 「へ?」

 「いや、気持ちは解らないでもない。俺でもどちらかといえばファミチキ派だ。しかし事務所の都合上それを許すわけにはいかなかった……」


 愛する者を引きはがされることは、半身が捥がれることに等しいという。
 ならば彼女が身に受けた苦痛はいかほどのことか、その心を測り知ることが俺にはできない!


 「あいつは言ったよ、『私はファミチキが好きなんです。Lチキなんて認めることができません!』と」

 「いや、あの、別にどっちでもいいんじゃ」

 「俺は彼女に何も言うことができなかった。その震える背中になんて声をかければいいのか解らなかったよ」

 
 卯月の中で大人気アイドルの株が急降下し、投資家たちが首を吊り始めた。
 一方プロデューサーは熱が入り始めたのか、目じりに涙を浮かべながらも熱弁を繰り広げる。


 「俺は言ったんだ、『ローソンにはからあげ君があるじゃないか』と。しかし凛は『それが、ファミチキをあきらめるという理由にはなりません。ええ、からあげ君は確かにおいしいですけど』と」

 「ちょっと揺らいでませんか?もうからあげ君でも良かったんじゃないんですか?」

 「あいつの一途さに俺は涙した。しかし仕事は仕事だ、私情を持ち込むことは許されない。凛は結局、キャンペーンが終わるまでファミチキを食べることができなかった。ずっとからあげくんを食べていたよ……」
 
 「それ問題解決しているように聞こえるんですけど……」

 「仕事の終わり、車で帰路に着いたとき。あいつは通り過ぎたファミマを目で追いながら言った。『もう、戻れない。私はからあげくんしかないんだ……』とな」

 「気に入っちゃった!?それもう完全にからあげくんでいいんじゃないですか!?」

 「いや、だってファミチキって食い続けていると飽きるぞ?からあげくんはバリエーションあるし」

 「あれ?私、結局なんで落ちたのか全くわからないんですけど。なんでそんなやりきった顔をしているんですか。いや、額をハンカチで拭ってないですね、説明を」

 「お前、あれだけ言ってもわからないのか」

 「これ怒っていいですよね?


 本当にこの事務所を受けてよかったのか。むしろ落ちて正解だったのではないかとすら思えてきた。
 しかしそれでもアイドルになりたいという心は本物なのだろう、他のアイドルだったら「はいはいワロスワロス」で済ませるところを真面目に最後まで聞いていた。

 はっきりいって損な性格であった。


 「ようするに提携しているところ以外と関わっちゃまずいんだよ。ほら、この前スポーツ選手がコカ・コーラと提携してるのにペプシ飲んで解約されただろ?」

 「あ……」

 「あれだけで六千万、そうだ。六千万の契約が消し飛んだんだ。特にうちみたいな吹けば飛ぶような事務所が、そんな有名どころと問題起こしたら本当に吹き飛んじまうんだよ」

 
 それ故の悲劇であった。
 あれ以降、凛はファミチキではなくからあげくんを食べるようになってしまった。
 女は男以上に割り切りが早い、もう彼女の中にファミチキは存在してはいないのだ……。


 「それと同じだよ。お前さんも」

 「わ、私は我慢できます!アイドルになれるのなら、毎日三食Lチキだってかまいません!」

 「いや、それはさすがに健康に悪いし……その、ぶっちゃけひくわ


 耐えろ、耐えるんだ卯月!今ここで目の前の男を殴ったら全てが台無しになる!
 いや、もうすでにこの事務所はやめたほうがいいじゃとか考えているけど、あきらめちゃダメ!
 ファイトだ卯月!


 「いや、お前さんの場合はあれだ」

 「ど、どれですか」

 「苗字がさ、『しまむら』だろ?」

 「……あれです。ユニクロと提携したいからしまむらはまずいんだとか、そんな理由じゃないですよね。いや、サムズアップしないでくださいよ。うざいです」

 「いや、ネットで絶対に書かれるからね。『しまむらなのにユニクロとかwww』みたいな感じで書かれるからね。さすがにそれはちょっと不味いかなぁって」

 
たったそれだけのために約四千字もこの問答を繰り広げたことに卯月は頭が痛くなった。
 ダンスがダメだったら納得できる。歌が下手だったら納得できる。この事務所には合わないでも構わない。

 でも苗字が『しまむら』だからで納得できるわけがない。


 「……いいです。帰ります。やっぱり、私にはアイドルなんて無理だったんですよ」

 
 涙が込み上げてきた。
 今まで努力を続けてきた。何度も何度もくじけそうになった。それでも諦めることはなかった。


 「私にはアイドルとして魅力なないからって、個性がないからって。私よりダンスが下手だったり、歌が音痴だったりした人のほうが採用されて」


 どうしろというのだろうか。
 歌が下手だと言われたら何度でも歌おう、ダンスが下手だと言われたら何度でもうまくなるまで踊ろう。
 ただ個性、個性とはなんなのだろうか。魅力がない?その魅力はどうすれば手に入るのだ。

 悲しくて、悔しくて、涙が込み上げてきた。


 「努力しても、化粧をがんばっても、雑誌を読んで勉強していくら服をコーディネートしても、『個性がない』のただ一言だけで……っ!」


 この人は優しい人なのだろう。
 本当は魅力がないと、個性がないというのが本当の落ちた理由なのだ。今までだってそう言われて落ちてきたのだから。
 こんなバカな話をして、落ち込むことがないように、去っていく人に向けてまでそのような気遣いをしてくれたのだろう。

 諦めたくなかった。テレビで見た輝いている、夢にまで見たアイドルになりたかった。
 そして血の吐くような練習の果てに待っていたのは。

 声を殺して泣く卯月。
 今まで心の中に押しとどめてきた思いが濁流のように流れ出てくる。抑えようとしても抑えられない思いに、彼女は目の前にプロデューサーがいるということを忘れて涙した。


 「……まぁ、君のダンスは特に言うべきところもない。歌も同じ、問題は無いよ。それは特に見るべきところが無いってところは他の事務所と同じかもなぁ」

 「……」

 「でも個性が無いとか魅力が無いってのは意味がわからないわな」

 「……え?」

 
 顔を上げ、潤んだ瞳で見つめた先にいたプロデューサーの顔は、ちひろでさえ見たことが無い『真のプロデューサー』としての顔であった。


 「個性とか魅力ってものは引き出すものだよ。全部最初から備わっているもんさ。それを大きく広げていき、社会の人々に浸透させていくのがうちらの仕事なわけだ。それが無いって言っているのは『うちにその実力が無い』っていっているようなもんだ」

 
 うちの事務所だと元々個性が強すぎる連中ばかりだから、強めた結果悲劇が数多の数生まれたけどね、とプロデューサーは軽く笑った。

 
 「まぁほかの理由としては投資したお金と稼いでくるお金が見合わないってのもあるな。というか大部分はその理由だろ。というわけで、島村ちゃんにちょっと質問」

 「な、なんですか?」


 意地が悪いような笑みを浮かべると、再び足と腕を組みなおして椅子に深く腰かけた。
 

 「君、うちがユニクロから儲ける以上に稼げる自信はあるかい?」

 「……それは」

 「さっきの話持ち出すけど、六千万持ってかれようが、それ以上に稼いでうちの事務所を盛り立てる自信はあるかい?」


 六千万。
 その具体的に示された金額は、一少女の自分には果てしなく重かった。

 
 「失敗したらうちの事務所のアイドルを全て路頭に迷わせるようなものだ。君と同じような夢を持って成功した人間が何人も絶望する。それでも、君はこの事務所でこの賭けに乗るかい?」

 
 人を道連れにするという責任、今までのアイドルが積んできたお金をその身に受けて修練するという恐怖。
 それでも、それでも自分は、自分は!


 「……はい」

 「ん?」

 「なります、私は、島村卯月はそれでもアイドルになりたいです!」


 この想いは本物なのだ。
 諦められない、ここで諦めたら絶対に後悔してしまう。だからっ!


 「その言葉が聞きたかった」


 プロデューサーは笑う。
 このシンデレラプロジェクトはまさに彼女のような人間のためにあるようなもの。
 しかしただ少女のような思いで飛び込んでこられても困る。
 
 彼女は杏などの天才型では無い、しかしその覚悟は彼女が持つ魅力以上の力を引きずり出すと信じている。

 
 「早速だが打ち合わせに入ろっか。時間もったいないし」

 「ほ、本当に、本当に私がアイドルに?」

 「ああ」


 叶った。やっと、やっと今までの積年の想いが実った。
 思わず再び泣きそうになるが、手で涙を拭い取り、太陽のような満面の笑みをプロデューサーに見せた。


 「はい!島村卯月、17歳です。私、精一杯頑張りますから、一緒に夢叶えましょうね♪よろしくお願いしますっ!」

 「ああ、よろしく頼むよ」


 朗らかに笑うプロデューサーに、卯月の頬はわずかに赤く染まった。
 この人に出会えてよかった。この人が自分のプロデューサーになってよかった。
 自分の、自分の魅力を認めてなお押し上げてくれようとこの人はしている。それは、なんて。
 

 「それでな、考えていることが一つあるんだが……」

 「はい!」

 「まず芸名を『ユニクロ卯月』にしよっか

 「はい!……はい?」


 パーフェクトフリーズした卯月に向けて、超営業フェイスでプロデューサーは笑いかける。
 おかしい、先ほどと同じ笑顔なのに某魔法少女のインキュベーターと同じ笑みに見える。


 「あ、あのあれって冗談じゃなかったんですか?」

 「俺はいつでも全力だ。ご飯食べる時も寝るときも、サボる時でさえもな」

 「最後……ってそうじゃなくて、何ですかそれ!?」

 「いや~うちってさ。夢を与えるっていうじゃん?でもあれ正確には夢を買わせているのよね

 「知りたくなかった新事実!?」

 「夢が欲しけりゃ金払ってね、みたいな」

 「そうですね。アイドルとの親睦を深めるためのハッピーギフトが、なんと三つで150モバコインですよ!いかがですかプロデューサーさん!」

 「あれギフトの中身と同じじゃないですか、ちょっと包装豪華にしただけですよね?」

 「女の子は見た目を気にするんですよ~」

 「誰ですかこの人!?」


 ニコニコあなたの隣に這いよる混沌。
 作品が違うのにもかかわらず、なぜかこの言葉が違和感の無い女。
 ちひろの登場に卯月の頭は既にバースト寸前であった。


 「あ、事務員をしています千川ちひろです♪」

 「……あの、もしかしてこの事務所ってずっとこんな感じですか」

 「いや、他のメンツがいない分これで20%ぐらいかな」


 肌が痛くなるほどの静寂。


 「ちょ、ちょっと用事を思い出しました」

 「ちひろさん、確保」

 「はい、任せてください」

 「ちょ、あの、やっぱやめま」

 「大丈夫、一週間で嫌ほど慣れるから。ほら凛だって最初は君みたいだったけれどすぐに慣れたしね」


 ああ、あなたも犠牲者だったんですか。
 と頭の中で株を落としていた人気アイドルに涙ながらに土下座した卯月。

 ある晴れた日のこと、アイドル事務所から悲しげな悲鳴が聞こえたという。
 うちの事務所は……今日も平和です。
























 ■ ■ ■



 ①後は一人書いてフロント終わりだな。
 ②おかしい、全く書けない……。
 ③ほ、ほかのクール勢を……。
 ④(´・ω・`)

 となっていたところ、友人からお前しまむらを忘れんなと言われました。
 素で『それって新アイドル?』と聞きました。いや、何かその時は島村さんの存在忘れていました。

 でも島村さん効果か、次のアイドルも書ける書ける。スランプの時にはやっぱり見方を変えなければなりませんね。

 ちなみにうちの事務所ではレッスンもせずに、島村さんは移籍していく子です。いや、レッスン代が……。



[35473] 7:イヴ・サンタクロースSS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:8b514530
Date: 2013/03/06 21:24
 12月と言えば、多くの人は何を思い浮かべるだろうか。
 恐らく縁がなかろうがあろうが、ほとんどの人は例のイベントを思い浮かべるだろう。

 もちろんそのイベントはこんな色物アイドルの事務所といえども、決して無縁ではないのだ。
 むしろ望まなくとも積極的に関わっていかなければならない。

 セレモニーやイベントがこの日に集中して行われるために、その華となるアイドル達も大変に忙しいのだ。
 なんせこの事務所に勤める百人近いアイドル達が、今日一日フルバーストで予定がぎっしり詰まっている。
 あのちひろや社長でさえ、今日ばかりは日が昇る前に仕事を始めていた。

 そして我らがプロデューサーはその前準備でもう三日寝ていなかった。

 遠回しに気遣った言い方をしたとしても、『犠牲にされていた』という事実はもはや明かである。
 おかげで彼の机の周りには、数十本ものスタミナドリンクのビンが散乱していた。
 ちひろ曰く、『冬のボーナスがたくさんあった』らしいが、もちろん彼の事務所はそんなものは出ない真っ黒企業である。

 しかし、それでも釈然とした思いを抱きながらもまじめに仕事をするあたり、彼もまた一人のプロデューサーなのだろう。

 
 「やべぇ、目の前が霞んできやがった。さてはちひろさん、一服盛りやがったな」


 そんな事実はない。
 一応あの人も最近は社会からの規制が激しいためか、あまり派手に動けないのである。
 ちなみにあの人が派手に動いたとしたならば、三日後には日本各地の消費者金融に多くの駆け込みが発生するだろう。

 まぁ一方で満身創痍な大人がいる中で、この事務所に勤める子供達は気楽なものであった。
 彼の事務所には十歳にも満たない少女達も存在している。
 もちろん彼が町中でスカウトしてきた少女達だ。

 スカウト途中で数回は善意の通報により補導された。
 そして何回も補導されるうちにやけになって警察官の一人をスカウトしたら成功した。

 という実にわけの解らない噂がアイドル業界でまことしやかに囁かれている。ちなみに事実だ。

 そんな少女達はクリスマスのおのおの過ごし方について楽しそうに話し合っていた。
 彼女らは子供であるために、他のアイドル達とは違って早く家に帰れるようだ。
 そしてそんなアイドルの一人が楽しそうにプロデューサーの下へと駆け寄ってきた。


 「先生!質問があります!」

 「おお、薫。いつのまに影分身を覚えたんだ? 七人もいたらどの薫をみたらいいのか解らないよ」

 「先生……その、薫は」

 「あ、ごめんよ。八人だったな」

 「一人だよ!?」


 どうやら限界が近いらしい。

 あのプロデューサーでさえもこの激務に疲弊しているのか、天使がみたら召したくなるような笑みをこぼしている。
 話しかけてきた少女も人間の限界を間近に見せられて戸惑っていたようだが、気を取り直したようにわくわくとした様子で彼を見上げた。


 「ねぇ先生!」

 「うん、どうしたんだ薫」

 「サンタクロースっているの?」

 「いません


 彼は微笑ましいという優しさは持っていたようだが、そのベクトルはひん曲がっていたようだった。
 一切の躊躇いもなく、彼は十にも満たない少女に笑顔で現実を突きつけた。

 あの黒い噂が絶えなく過ぎて『実はいい人じゃね?』という噂が出始めたちひろでさえ、そんなプロデューサーの即答に頬を引きつらせていた。


 「え、でも朝起きたらプレゼントが……」

 「お父さんじゃないかな?

 「私はその日お父さんいなかったよ~?」

 「そりゃお母さんだな

 「そんな事よりもダーリン、クリスマスは私のファミリーと一緒に過ごしましょう!」

 「ごめんね、今のファミリー(仕事)が俺を放してくれないんだ。最近離婚を考えているよ















 
 うちの事務所は今日も平和です。
 第七話「サンタだけどアイドルなんですぅ~」















 子供達がおのおのしょんぼりとした様子で事務所の扉から出て行く光景を、イヴ・サンタクロースは頬を引き攣らせながら見送っていた。

 イヴ・サンタクロース。19歳。
 出身地はグリーンアイランド。趣味は煙突探しである。

 遠回しに見ても痛いプロフィールである。

 しかし流れるような淡い水色がかった長髪と、透き通るような白い肌。
 海外生まれである彼女のその容姿と雰囲気を一目見れば、彼女が痛い部類の人間だとは思えなくなってくるだろう。

 彼女はプレゼントと服を強奪され、雪が降る中をゴミ捨て場にあった段ボールにくるまりながら、トナカイのブリッツェンと共に震えていた。
 当初それを見たプロデューサーは、あれされたんだと勘違いしたために警察を呼び、いろいろあった結果。
 イヴはこの事務所に勤めることになった。

 いろいろ言いたいことはあるであろうが、ほぼ公式だ。突っ込んだら負けである。


 「そ、その。プロデューサーさん?」

 「どうしたんだイヴ。そんな自分の存在が全否定 されたような顔をして」

 「ぷ、プロデューサーは何であんなこと言ったんですか」


 彼女自身の存在生命にかかる問題である。
 さすがの彼女も自分の恩人によって、知らず知らずのうちに全否定されようとは思っていなかったようだ。


 「いや、だって早いうちにそこらへん分かっていた方がいいかなって」


 どちらかと言えば言い方の問題である。
 恐らく帰って行った子供アイドルの家では、両親と彼女達のサンタ論存在論で修羅場まっしぐらである。

 少なくとも「よ~し今年もお父さんがんばっちゃうぞ~」なんて娘に喜んでもらうべく準備してきたお父さんに彼が恨まれたことは言うまでもないだろう。


 「も、もしかしてプロデューサーさんもサンタさんを信じていなかったり……」

 「いや、この年でサンタ信じていたらやばくない?」

 「わ、私は信じていてもいいかなって思うんです!」


 むしろこの人、実は解っているのではないかとすらイヴは考えて始めていた。
 しかしこの男はベクトルがややこしい馬鹿である。
 早い話が面倒くさい馬鹿である。
 もっと早い話が馬鹿である。

 ようするに、馬鹿である。


 「イヴ、その、もしかしてサンタクロースを信じていたのか?だとしたら申し訳なかったというか……」

 「いや、信じるとか信じないとかじゃなくて……。プロデューサーさんは私のファミリーネームを知っていますか?」

 「サンタクロースだろ?まるでサンタみたいな名前だよな

 「(というよりもそのままなんですけど……)」

 「そういえばイヴって日本語ぺらぺらだよな?」

 「世界各地を回らなければならないので……」

 「マジか、もう世界を見据えているのか。これは俺も本腰をいれなくちゃいけないかぁ」

 「は、はぁ」


 世界を見据えているというか、世界を既に駆け回っています とは言いたくても言えなかったようだ。


 「そ、そうだ!プロデューサーさんは何か欲しいプレゼントはありますか!?」


 再びプレゼントを配るための資金集め。そのためにアイドルを行っていたイヴ。
 人気アイドルになったおかげで、懐はそれなりに温かい。
 信じられないのであれば、信じられるような事をしちゃえばいいのだ。そう前向きになってプロデューサーに笑いかけた。

 するとプロデューサーは事務所の天井を見上げた後、儚げな微笑みと共に口を開いた。


 「休みが欲しいかな」

 「そ、それは私がどれぐらい働けば手に入る値段なんですか?」

 「イヴが頑張れば頑張るほどに、俺の手から離れていくものかな


 それが手に入る頃には、果たして俺は生きているのだろうか。
 もう手に入らないんじゃないかな、と笑うプロデューサーにイヴは涙目で狼狽えている。
 そんなイヴにプロデューサーは思い付いたように指を一つ立てた。

 
 「そういえばサンタって煙突が無い今、どうやって不法侵入しているんだ?」

 「ふ、不法侵入って」

 「冷静に考えてみろ。ひげを生やした巨漢が枕元にプレゼント置いてくんだぞ?しかも靴下に。あれか、サンタは靴下フェチなのか。マニアック過ぎるだろ。


 自分の父親が靴下フェチに認定される、という社会の理不尽さに初めて触れたイヴ。
 ぶっちゃけこの場から泣いて走り去りたくなった彼女を尻目に、プロデューサーは「あ~」とうなり声を上げながら思考フェイズに突入する。


 「あれか?ピッキングツールか?」

 「い、いえ。マイナスドライバーで

 「マジか、意外とアグレッシブだな


 夜に家々をマイナスドライバー片手に徘徊する白ひげ男。
 キリストの誕生日にそれは許されるのだろうか疑問である。


 「というか親父ばかりでサンタは色気がないよなぁ。女性のサンタはいないのかね」

 「い、います!私のお母さんだってサンタ服着てますから!」

 「マジか、どこのお店に行けばいいんだ」

 「フィンランドです!」


 国外か、と呟いて一考。


 「一時間いくらだ?」

 「プライスレスですよ!

 「俺の骨を埋める場所が決まったな


 もはや迷いは無用。
 結婚とか将来とかアイドルの事とか考えていたらいけないんだ。
 誰が苦しんでいるのか。自分だ、自分が苦しんでいるのだ。
 他人のことを考えなくていいだよ、まず自分が救われなければいけないんだから。

 ほら、どっかの正義の味方も「自分が救われないで他の人が救えるか」っていってるし。


 「イヴ、俺をお母さんのところに紹介してくれないか?」

 「え……あの、それってもしかして」

 「いや、流石に本番まではしようとは思わない。俺は寝取りものは好きじゃないからな。ただ君のお母さんと楽しくお酒を飲みたいんだ」


 本人は自重しているつもりである。
 ただ現実はまったく自重していなかった。

 普通であれば殴られて終わりであろう。
 また病気が始まったのかとイヴは考えたが、同時に同僚が言っていた言葉を思い出す。
 お酒の杯を交わすこと、自分の親に挨拶すること。

 それはつまり……。

 
 「(ええ!それってつまり、その、あれだよね)」


 またお得意の冗談(ジョーク)なのだろうか、と思って真意を確かめるために彼の瞳を見つめる。


 「……イヴ、頼む」


 本気(マジ)であった。
 瞳の奥に静かに燃える炎を幻視したイヴは、思わず頬が赤く染まる。


 「そのためならば今の仕事を辞めたって構わない。他の子が何という言おうと、それがどんな修羅の道であろうと」


 修羅どころか外道で地獄真っ逆さまである。
 仏様が蜘蛛の糸を垂らさずにつばを飛ばすレベルである。
 後ろ指を指されるどころか、物理的に刺される話である。


 「俺を、フィンランドで君のお母さんに紹介してもらいたいんだ」


 内容はコンクリ詰めされて東京湾にポチャンが妥当であったが、イヴは外国人であって日本の独特な言葉回しが理解できなかった。
 しかし彼が本気で言っていることは十分理解できてしまったのだ。事実彼の言葉に偽りはなく、心に迷いも曇りもなかった。

 ただあわよくば太ももに触れたり、πタッチができればとは考えていた。

 男はエロ系統に関して、女がひくぐらいの異常な熱意を見せることができる。
 人に夢を与える仕事をしていたために、人の思いをある程度察する事ができるイヴ。
 その素晴らしい感性が災いして盛大に誤解したのであった。


 「……わ、わかりました!」

 「分かってくれるのか!?」

 「す、末永くよろしくお願いします」


 困って何もできなかった自分を助けてくれた恩人。
 夢を、希望を与えてくれた大切な人。
 もちろんこの人がたくさんの人に求められていることは知っていた。
 ただ、私だってこの人の事が……。

 イヴは決心した。

 お父さんもそろそろ腰が痛いといっていたし、うん。
 そろそろ跡継ぎが欲しいかもしれないし、うん。
 嬉しさを噛み締めるように



 「そ、それじゃお父さんにも会わないといけませんね

 「え?


 おい、ちょっと待て。
 俺はイヴのお母さんのπタッチをしたいのであって、イヴのお父さんのπには一切の興味がないんだが。
 いや、πに貴賤は一切存在しない。

 ただ男のπは女のπとは別次元で存在するものなのだ。
 それを触った時点で俺のマイサンは休火山を開拓するグレンラガンに変わってしまう。

 そんな天元突破は認めない。俺のドリルは凹に凸するためにあるものなのだ。
 凸に凸したらそれは『グレンラガァァァァァァァァァン!』ではなく、『創世のアクエリオォォォォォォォォォン!』が始まってしまうのだ。

 何故だ、何故自分がイヴの父親と『アクエリオンCMテロ』しなくてはいけないのだ!?
 お茶の間が凍り付くレベルではないぞ!?


 「えっと、そのだな。俺はノーマルなんだが、その、お父さんってどんな人なんだい?」

 「はい!太っていて髭が生えていますけど、とても優しいお父さんなんですよ!」

 「てでぃべあ!」


 頭の中で怖いもの見たさで見ちゃった例のあれが蘇る。
 だ、大丈夫なはずだ。問題はないはずだ。たぶんそんなことは無いはずだ。


 「あ、そういえばお父さんの職場の人もだいたいは太っていて髭が生えています」

 「そ、そうなんだ」

 「何でも太ることが推奨されているらしくて」

 「OH……」


 海外は悪い意味で進んでいるようだ。
 HENTAIとして名を馳せたジャパンであるが、どうやら海外も日本を追い越せとばかりに飛躍しているようだ。

 そんな飛躍いらなかった。何故人は努力の方向性を間違えるのだろうか。

 そういえば、フィンランドでは同性婚も認めているはずである。
 アダムとイヴではなく、アダムとアダムの創世を認めた恐るべき大地だ。
 そしてイヴはその大地の申し子である。


 「(っな!?まさイヴは!?)」


 そうだ。彼女はきっと遠路はるばると、こんな辺境の地へ教えを説きに来たのに違いない。
 彼女は現代でいうザビエルなのだ。ただ彼女が信仰する神はイエスの父ではなく、その反対に位置する禍々しい股間を晒した聖なるアニキなのだが。


 「い、イヴ。お前、ゲイについてどう思う?」

 「プロデューサーさん突然どうしたんですか!?」

 「頼む、これはあれだ、踏み絵みたいなものなんだ!」


 天草四郎も唾を吐き捨ててタバコを押しつけるレベルの踏み絵である。

 突然プロデューサーが告白してきた内容はイヴに大きな衝撃を与えた。
 踏み絵という言葉の意味は日本の歴史に乏しい彼女では解らなかった。
 しかし自分の愛する人が、必死の覚悟で尋ねてきたということは良く理解できた。

 実際、プロデューサーも必死であった。
 というか必死過ぎて気持ち悪いぐらいに必死だった。
 なんせ長年守り通してきた聖なる穴(ホワイトホール)が黒ずんだ穴(ブラックホール)になってしまうかもしれないのだ。

 そしてそんな彼と対面するイヴは悩んだ。
 恐らく、いや、きっとそうなのだろう。信じたくはない。信じたくはなかった。しかし……。

 自分のプロデューサーはきっとゲイなのだ。

 イヴの国では同性婚も許容されているので、比較的同性婚には優しい国ではある。
 しかし、いざ目の前でそのような告白をされても、頭が真っ白になって何も思い浮かばない。

 だがイヴはその時、母の言葉を思い出した。


 『貴方が愛する人は、きっと王子様みたいに完璧で格好よくないかもしれない。でもね、イヴ。貴方は私がどこへ出してもおかしくないぐらい立派に育てたと神に誓えるわ。だからこのお仕事を任せたのよ?子供達に夢を届ける仕事をね』

 『そんな神に誓えるぐらい立派なイヴが選んだ人よ?私達はそれを受け入れるわ。でもね、一番は他ならぬ貴方が受け入れなければならないのよ』


 「(そうだ……私が、私がプロデューサーさんを信じてあげなくてどうするの!?何も出来ず、服もプレゼントも盗られて、雪が降る寒空で震えていた私。そんな私を何も言わず、変な事もせず、救ってくれた人はプロデューサーさんだけ。そう、私にはもうプロデューサーさんしか)」


 頭がのぼせていた事もあってか、イヴの恋心は鎮火することはなかった。むしろますます乙女爆進恋心ロードど真ん中である。
 乙女の恋心は困難に対してますます燃え上がるものなのだ。

 流石のイヴの母もこんな事態は想定しなかったであろう。
 まさか娘がゲイ相手に恋心を燃え上がらせるとは。

 イヴはやや神妙に,追い詰めたように顔を上げてプロデューサーに向き直った。


 「……私は、私はゲイであっても構いません!」

 「ふぁっ!?」


 そう、イヴの心の炎は知らず知らずのうちに、プロデューサーをサタンが祝福する炎へと突き落とそうとしていくのであった。


 「お父さんも(サンタの)仕事のし過ぎで腰をよく痛めていました

 「お父さんも(夜の仕事の)仕事のし過ぎで腰を痛めていた!?

 「お父さんも聖夜のお仕事を継いでくれたら嬉しいと思います!

 「俺がイヴのお父さんの性夜のお仕事を継ぐ!?


 決意を新たにしたイヴとは反対に、プロデューサーは混乱していた。

 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ。
 『アイドルのお父さんがゲイだと思っていたら、その仕事を継げと言われた』
 頭がどうにかなりそうだった……。
 ちひろさんのモバコインとか、『わかるわ』とか『ドナキチ』とかそんなチャチなもんじゃない。

 もうなんていうか俺の股間がシルバーチャリオットとか言ってられない状況に、取り合えず何か言わなくちゃと彼は口を開く。


 「ど、どんなお仕事なんだい?」

 「いろんな人に夢を与える仕事です!

 「いろんな(性癖を持つ)人に夢を与える仕事かぁ


 プロデューサーは儚い笑みで笑った。
 その微笑みは慈悲に溢れていた。
 イヴは真っ白な雪のように白い頬を、朱く染めた。
 その顔は幸せ一杯といったような顔であった。


 ぷろでゅーさーはにげだした。

 
 もう躊躇いも無いBダッシュであった。
 振り返る事もなく事務所の入り口へと走った。

 しかしこれをイヴが片手を掴むことで何とか防ぎ止める。
 恋する乙女のパワーは、この場を走り去ろうとする精神的にSAN値ゼロのプロデューサーをつなぎ止めた。


 「ちょ、プロデューサーさん!?なんで逃げるんですかぁ!?」

 「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!俺はいつまでも清い体でいたいんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そうか、そうなんだ。
 プロデューサーさんはやっぱりゲイなんだ!
 それでも、それでも私はプロデューサーさんが……!?


 「わ、私はゲイでも、むしろゲイで構いませんからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 「そんな告白はいらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


 一分、一秒も早くイヴから離れたいと願うプロデューサー。
 そしてそれを何とか防ぎ止めようとするイヴ・サンタクロース。

 そんな様子を事務所の外で最初から聞いていたちひろは、静かに回れ右をして階段から下りていく。
 階段を下りて外へ出ると、静かに雪がしとしとと降り続ける空が目に入った。


 「うん、今日もうちの事務所は平和ね。さぁって、帰ってクリスマス企画考えないとね!」


 と歩き出した。
 後日、事務所にはやたらイヴを避けるびくびくしたプロデューサーと、BL雑誌を強ばるような目で見つめるイヴの姿があったとか。

 何はともあれ、今日もこの事務所は平和である。






















 ■ ■ ■ ■






 友「イヴの国ってゲイOKな国なんだって」
 ひ「マジか」

 ということでクリスマスだからイヴを書いていたら、クリスマスから一ヶ月以上過ぎていた。というポルポル状態です。

 イヴは可愛いですね。可愛いですけど自分のせいでゲイでも構わないアイドルになりました。
 多分彼女はアイドルではなく愛盗(あいどる)になったんだと思います。

 というかそろそろフロント終わりです。次々あたりで終わりです。どうすっぺか。
 その他版に移るとしても、その場合文字の大きさと濃さはどうしたらいいでしょうね。

 昔のように大きくて薄い?
 それとも大きくてとても濃厚な濃さ?
 あら、小さくて濃いのが好き?

 この三つを、三船さんとか和久井さんとか高橋さんとか早苗さんに言ってもらいたいと思った人。先生に言いなさい、代わりにちひろさん置いてくから。

 薫ちゃんとか舞ちゃんとか桃華ちゃんに言ってもらいたいと思った人。とりあえず警察行こっか。



[35473] 8:渋谷凛SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:8b514530
Date: 2013/02/25 18:59
 「凜さん、その、お聞きしたい事が……」


 今日も一日終わった。
 渋谷凜は事務所に戻って、買い置きしてあるうまい棒を食べようと考えていた。

 しかし何やら目の前でやたらもじもじしている女の子のせいで、そのうまい棒タイムという神聖な時間が危ぶまれていた。

 自分は彼女のことは知らない。だが同業の匂いがするような気がしてならない。
 この世界に入ってから、妬みや恨みを同業者からよく味あわされた。
 こういうのは無視して帰るのに限る。下手に言い返そうとすればますます穴にはまるだけだ。


 「……ごめん。ちょっと用事があるから」

 「その、少しだけでいいんです」


 その少しが長いのが女の子の面倒くさいところだ。
 時間が無い、既に三時間前に食べた『からあげ君』は収録中に消化しきってしまっている。
 今の渋谷凜はカラータイマーが鳴っているウルトラマンに等しいのだ。


 「ごめんなさい、今の私には時間が無いの」

 「そ、そんな」

 「このままだと私の、ひいては全人類の危機なの

 「え!?そ、そんな大変な事が」


 慌てる少女をよそに、凜は悲観するかの如く天を仰いだ。

 今の彼女にとって世界かうまい棒か。どちらかを選べといったら、しばらく躊躇った後にうまい棒を選択するだろう。竜王も真っ青な思考状態である。

 ちなみにうまい棒かプロデューサーなら、話を途中で遮ってでもうまい棒を選んでいただろう。


 「うん、お願いだからそこをどいてくれない?そろそろ私の仏の顔も四度目辺りに……」

 「お、お願いです!その、一応今日差し入れの『赤福』のおもちも用意して」

 「え?赤福ってあの赤福?」

 「は、はい」

 「……」

 「あ、あの凛さん?どうかなされたんで」

 「何か困った事でもあった?もし良ければ私に何かできることはある?」

 「へ、あ、え?」

 コンマ一秒の速さで阿修羅の如き無表情から営業スマイルに変わった。
 あまりの早業に目の前の少女は処理落ち気味である。

 「うん、やっぱりこういう時はアイドル同士助け合わないとね」

 「は、はぁ」

 「さぁ、行こっか。赤福が私を待っているから」

 「……は、はい」





























 うちの事務所は今日も平和です
 第八話「……まぁ、悪くはないかな」

























 渋谷凛。15歳。
 僅か半年にしてCランクに到達、さらにその四か月後にはBランクへ至った。まさに今、最もアイドル界で注目されている新人である。

 半年でCランクアイドルに到達、それはあの765プロダクションの伝説的なアイドルである星井美希と同じ偉業である。

 早い話が、デビュー僅か半年でCDを100万枚を売り上げるアイドルに成長。さらにその三か月後には武道館でライブをやってのけたということだ。

 普通のアイドルであればどれだけ早くとも1、2年をかけてやっとCランクにたどり着くのが通例だ。

 Cランクになることができず、この業界から去っていくアイドルが何百人いることか。
 その上、Bランクともなれば年に十数人……。
 Aランクに至っては年に2、3人でるかどうか。1人出ればその年は当たり年である。
 そしてそのAランクアイドルの領域に到達することが確実と呼ばれるアイドルこそ、彼女渋谷凛なのである。

 このアイドルひしめくアイドル戦国時代にそこへたどり着けば、それはもはや偶然という言葉では片づけられない。
 それだけの実力があったといえるだろう。

 そして恐ろしいことがもう一つ。この業界に身を置く者であれば、誰もが口をあけて呆けてしまう話が存在する。

 なんとこの一年、Cランクに十数人を到達させた恐るべき事務所が存在する。

 それこそが渋谷凛が在籍している事務所なのだ。
 選考基準が甘い?いや、厳しくしてもなお彼女達はそこを乗り越えてきたのだ。
 おかげでその年のレベルが上がってしまい、他のアイドル事務所が悲鳴を上げる事態になったほどだ。
 それでも彼女の事務所のアイドル達は悠々とその高いレベルを突破していったのだが。

 しかもそのほとんどが何かしらのアイドル養成事務所に在籍していたわけではなく、街中でスカウトされた素人アイドルだというのだから驚愕である。

 それも北は北海道から南は沖縄まで、まさに日本中からスカウトしているという話だから驚きだ。
 最初は都市伝説だろうと思ったがどうやら本当らしい。

 あの事務所に所属するアイドルは一癖も二癖もあるらしいが、それは『アイドル界の魔窟』と呼ばれる理由にはならない。

 一切の常識が通用しない、非常識なことをやり遂げてみせるからこそあの事務所は異常視されているのだ。
 おかげであそこのプロデューサーには様々な噂がたっている。

 ・全員のアイドルを一人で管理している。

 ・栄養ドリンク一本で一週間寝ないで仕事していた。

 ・裸の少女をクリスマスにお持ち帰りした。

 など実に幅広い。
 最後は聞かなかった事にした。

 だがそんな噂が立つほどに、目の前の渋谷凜が在籍する事務所は『ありえない』のだ。
 その事務所から生まれたミラクルガールが、たった今。自分の目の前で……。


 「あ、私と卯月ちゃんが出たから未央ちゃんも出るかと思ったかもしれないけれど、あの子は登場予定は無いから

 「凜さん突然どうかしたんですか!?」


 思いっきりぶっちゃけていた。
 美味しそうに赤福の餅をほおばりながら、お茶も楽しんでいる余裕ぶりである。


 「あの子不遇キャラで売ってたのに、突然SR化するんだもん。ダメだよ、ダメだよ未央。もうそこまでいったら最後まで茨を突き進まないと

 「凜さんは何か未央さんに恨みでもあるんですか!?」

 「いや、もしかしたら希望を持っている人もいるかも知れないと思って。だってほら、希望なんて在って無いようなものだし」

 「それアイドルがいったらダメですよ!?」

 「アイドルに希望を持たれてもなぁ。アイドルだって月の日はヤバイよ?うちのみくもこの前はギーガボンビーが限界突破したみたいな顔していたもん」

 「どんな顔ですかそれ!?」


 ちなみにみくとは彼女の同期である。
 悪意もなく月の日のアイドルの姿をばらす凜に、思わずこれが今一番波に乗っているアイドルの貫禄なのかと戦慄する。


 「まぁそんなことよりも、どうしたの?何か相談事があるとは聞いたけれども」

 「あ、あの、こんな話を聞いてもらってもいいのでしょうか。今話題の凜さんに私みたいな底辺新人アイドルの相談なんて」

 「じゃぁ帰ってもいいかな?」

 「あ、あの、芋ヨウカンが」

 「何でも言って、私達ってソウルメイト(魂の友)じゃない!」


 値段にして600円のソウルメイトである。
 思わず頬が引き攣ったが、このままだと話が進まない。
 話題を切り出すべく、引き攣った頬を何とか整えた。


 「あ、あの。私って一生懸命練習しているんです。けれども凜さんみたいに上手くなれなくて」

 「ふ~ん、あ、これ粒入りなんだ。いいね」

 「オーディションにも何回も落ちてしまって」

 「はぐはぐ、うん」

 「事務所でも最近居場所が無いっていうか」

 「あ、お茶のおかわりが欲しいかも。ちょっと自販機に」

 「話聞いてますか?」

 「へ?あ、うん。あれだよね」


 何度も意味深げに頷く凜に、心強さを覚える。
 少し変わってはいるが、やはりBランクアイドルである。人を惹き付ける魅力というものが……。


 「ハードゲイさんとか波田陽区さんとかの一発屋の芸ってさ、なんか虚しさを感じるよね。 わかるわ

 「まったく解ってないです凜さん!?

 「え、でもあれって凄い見ていて悲しくならない?なんていうかさ、芸能界の世知辛さを垣間見た気がして」

 「いや、解りますけど凜さんは解ってないんですって!?」


 まったく自分の方を確認せず、口に付いたあんこを幸せそうに指ですくって口へ運ぶ稟。

 確かに上に行けるアイドルほど我がとても強いという話は聞いていたが、流石にここまで行かなくちゃならないならもう諦めたらいいじゃね?と思わず考えてしまうが、必死の思いで振り払った。


 「まぁ、あれでしょ。ようするに思うようにいかないから、どうしたらいいか解らないってことだよね」

 「話を聞いてくれていたのなら、最初からそう言ってくださいよ……」

 「諦めたら?

 「凄い良い笑顔で言っちゃいましたこの人!?

 「人生ってさ、諦めと妥協なんじゃないかって時々思うんだ。ほら恋人とか学校とか就職先とかも、最初は高い理想持ってるけど、段々打ちのめされていくにつれて現実知ってくるよね?その理想を諦めて現実を受け入れる事ってさ。残酷だけど大事な事だと思うんだ」

 「だからそれアイドルが言って良いセリフじゃないですよ!?」

 「大丈夫だよ、人間って不思議な事に『もうこれしかないんだ』って思っちゃう生き物なだけ。一旦離れてみると、案外他の道も見つかるから」

 「そして自然に引退勧めてきた!?」


 微笑みながら再び芋ヨウカンに手を伸ばし始める凜。

 ちなみに彼女はもちろん最初はこんな子ではなかったのだ。目を惹かれる魅力はありながらも、普通の女学生であったのだ。
 しかしプロデューサーという名のサタンに見込まれ、例のアイドル事務所を生き抜くために慣れていった結果。

 本当、どうしてこうなった。


 「で、でも……私。引退なんてしたくないんです」

 「う~ん、そうだよね。私もそう言われたってアイドルを辞めたくないから」


 ついには涙ぐみ始めた新人アイドルに凜は困ったように頬を軽くかく。

 凜は本音を言えば、どう言ったらいいのかまったく解らなかったのだ。
 自分が彼女のように新人アイドルで売り出した時期は、そんなこと言ってられる余裕はまったくなかった。それこそこんな風に相談できる力など欠片ほども存在しなかったのだ。

 スカウトされて案内されたのはオンボロ事務所。
 アイドルは自分一人、しかも新人プロデューサーに新人アイドル。おまけに事務所初のアイドルという肩書きであった。

 はっきり言って地獄も生ぬるい環境であった。

 毎日残業三昧で変な笑いを溢しながらモバコインと呟き続けるちひろ。
 ただでさえぼやけた顔が更にぼやけ始めた社長。
  そしてそんな中でポケモンの個体値選別をやって社長とちひろにクロスボンバーされるプロデューサー。

 若干一名はおかしかったが、本当に酷い毎日だった。

 おかげで度胸は事務所で人一倍あると自負している。
 トラブルなんて毎日あって(主にプロデューサーが原因で)ない日がなかったぐらいだ。
 そのおかげでとっさのアクシデントやフリの対応なんて軽々と出来るようになっていった。

 そして握手会の後はファブリーズを使用するようになった。
 いろいろ大事なものを失った気がするが、多分気のせいだ。そうに違いない。

 彼女が知るのは恐らくそんな自分だ。
 それを乗り越えて今ここにある自分なのだ。だから……。


 「う~ん……ねぇ、もしよければうちの事務所で軽くレッスンしてみる?」

 「え?」


 早い話が実際体験すればいいだろう。

 取り合えず、自分は相談を受けても答えられないのだ。
 今まで実践と行動で彼女が欲するものを得てきた自分には、その答えは口で言い表せるようなものでは無い。
 口で言葉と成る前にあった、言いようのない心の温かさ。それが彼女には必要なんだと思うから。


 「い、いいんですか?」

 「うん」

 「そ、その。みなさんのお邪魔になるんじゃ……?」

 「いいよ、そんなこと気にする子なんてうちにはいないから安心して。それに」

 「それに?」

 「むしろうちのプロデューサーが事務所最大の邪魔かもしれない

 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 まったく躊躇いもなくきっぱりと言い切った凜は携帯を取り出すと、電話帳からお目当ての名前を見つける。
 そのまま二言、三言何かを伝えると、『ありがとう』と電話の向こうに伝えて電話を切った。


 「うん、プロデューサーにOKもらったから大丈夫」

 「ず、ずいぶんとあっさり」

 「それじゃ、いこっか」


 約三時間後。
 タクシーに乗せられて到着した事務所は、想像したよりも小さな事務所であった。
 いや、通常よりは大きめなのだが、それでもアイドルが60人以上も在籍している事務所にしては小さい。


 「ただいま」


 観察していると、凜が扉を躊躇いもなく開けて事務所に入っていく。
 自分もお邪魔しますといって入ろうとしたその瞬間。

 彼女を例えようがない悪寒が襲った。

 それは本能的な恐怖であった。
 人が自然の理から外れて久しく、生まれてからここまで体験する事の無かった恐怖。理性では、頭では解っていても体がそれを拒絶している。

 恐怖。そう、それは恐怖であった。進んではいけない、戻れ、戻らないともう二度と戻れなくなる。
 昨日までの自分に、今まで生きてきた自分に戻れなくなる。

 そんな思考の溢れんばかりの濁流が、一刹那の間に彼女の脳裏を駆け巡った。


 「……どうしたの?」


 気が付けば目の前に不思議そうな表情を浮かべた、女の自分から見ても可愛らしい凜の顔があった。


 「そ、その。凜さんは何も感じませんか?」

 「何が?」

 「た、例えるならまるでライオンの巣の中に入っていくような感覚というか……」

 「ライオンなら居ないけれど、うちのアイドルの小春ちゃんが持ち込んだコモドオオトカゲなら放し飼いにしているよ」

 「それOUTです

 「大丈夫、あの子は人間に慣れてるから可愛いよ。あ、でもこの時間は散歩の時間だったから今はいないかな」


 古賀小春、爬虫類大好き系の12才アイドルである。
 ちなみに凜は慣れれば可愛いといったが、爬虫類が人間に慣れるのではなく人間が爬虫類に慣れるのが基本である。

 つまりまったく安心できない。
 ちなみにコモドオオトカゲは口内に失血によるショック死を起こす毒を持っている。
 まったく安心出来ない。

 もう帰りたいと涙目になりながらも上がってみると、中は普通の事務所であった。 
 事務処理用のデスクに若い少女が好みそうな雑誌が並べられた本立て。ファイルがいくつも納められた業務用本棚に隙間無しと書き込まれた仕事のホワイトボードなど。

 一通り見える範囲の物見まわして『よ、よかった。案外、普通の事務所だ……』と安心したその瞬間。
 彼女は強烈な視線を感じた。それも人のような温かさが無い、まるで人形のような生きた心地のしない視線を。

 視線をゆっくりと動かすと、そこには一体の人形があった。

 陶器製の人形、ビスクドールだろう。
 フリルが多用された中世の貴婦人を摸したゴシックロリータ服を着んでいる。カールがかった美しい金髪に、翡翠の色をした透き通るような目。

 ただ人形独特の能面のような顔には、まったく喜怒哀楽の表情がない。はっきり言って怖い。

 
 「あ、それ小梅ちゃんが拾ってきた人形なんだ。ゴミ捨て場に捨てられていた人形らしくてさ、気になったから拾ってきたんだって」

 「へ、へぇ~そうなんですか」

 「あ、触ってみる?意外と軽いんだよね、この人形」


 もう逃げ出したかったが、何とか笑顔を保ちつつ凜から人形を受け取った。

 確か自分の記憶では、小梅とは今話題のホラー系アイドル『白坂小梅』のことだろう。この時点で良い予感が微塵もしない。というかこの事務所に入ってからそんなものは無い。

 この人形。気のせいか人肌のようにように温かいし、生きていないのに目が生きているように感じる矛盾。

 
 「たまにいつもの場所から移動したりしてるんだよね、なのに誰も動かしてないって言うの。視線感じる事もあるし、何かあるのかなとは思うんだけれども。小梅ちゃんがその人形とお話ししている事もあるからさ」

 「そ、そうなんですかぁ」

 「うちっていろんな職業からプロデューサーが引っこ抜いてくるけれど、まだ寺系とか巫女系はいないんだよね。もしそんな子が来たら、軽くお祓いして貰おうかなとは考えてる」


 いや、待たずにお祓いしろよ。それも軽くじゃなくて念入りに。

 思わずそう突っ込みたくなったその時、自分の右手の人差し指に軽い違和感を感じた。
 固まる。背中に凍るように激しい寒気。明らかに何かに握られている自分の人差し指。ほのかに感じるのは、まるで赤子に握られているかのような小さな手。それどそれは堅い。


 「その人形ね、稼働箇所が凄い凝ってるんだ。指も気持ち悪いぐらいに動くんだよね。たまに掴んでくるんだけれど……よくできているよね、それ」


 いや、もうそんな次元じゃないからこれ。
 掴んでくる時点でそんな次元は天元突破してますから。

 というかおかしいと思ってくださいお願いだから。どう考えてもおかしいから。

 何でそんな冷静に分析してお茶飲んでるんですか?そして嬉しそうに冷蔵庫にあった『かな子』って書かれた人のプリン食べているんですか。
 もうなんていうか助けてください。


 「あ、もしかして幽霊とか心霊とか信じるタイプだった?大丈夫だよ、そんな非常識なものいないから」


 いやいや、目の前で起きてるんですけれど。めっちゃ手元から視線感じてるんですけれど。
 もう自分の指が痛いぐらい握りしめられているんですけれど。
 そんな徐々に握りしめられていくギミックとか聞いた事無いんですけれど。

 というかもう貴方が一番非常識なんですけど。

 
 「あ」

 「へ?」

 「あと、この飾られたキノコも最近入って来たアイドルのものなんだよね」

 「き、キノコですか?」

 「よくそのキノコに話しかけてトリップしてるけど、まぁ多分1UPしたようなものだから気にしなくて良いと思うよ?本人曰くキノコは友達らしいから」

 「へぇ~キノコは友達ですかぁ~。へぇ~」


 それ間違いなく上がっちゃいけないものが1UPしてます。

 も、もう帰るしかない。
 この事務所は『魔窟』とかいう次元じゃないのだ。もうこれ『異界』になっている。
 人間が訪れて良い場所じゃない、間違いなく汚染される。ナ○シカの腐海よりも酷い事になってるもん。

 そう思いこりゃダメだと話題を切って帰ろうとした。しかし。


 「お、お邪魔し……」

 「おっす、帰ったぞ」

 「あ、プロデューサーだ。お帰りなさい」


 ここに来て、彼女は本当の意味で恐怖を覚えた。
 今まで生きてきた中で一度もない体験。この事務所で感じて来た恐怖以上の、言葉に言い表せないどころか頭が真っ白になる恐怖。


 「どうかしたの、プロデューサー」

 「いや、お前は真面目だな」

 「……まぁ、やるからにはとことんやるつもりだよ」

 「うん、その、それはいいんだが……」


 戸惑うような素振りを見せた男に凛はやきもきしたのか、顔を歪める。


 「何か言いたいことがあるならはっきり言っていいよ。いまさら隠すような仲でもないと思うから」

 「そうか、それなら言わせてもらいたい」

 「お前がセブンアンドアイに入っていったという話が真しやかにネットに流れているんだが」

 「……えっと、だめだった?そろそろからあげくんも飽きちゃったから気分を変えようと」

 「凛、お前はローソンだけにしなさい」

 「え?」


 やばい、やばい。
 逃げないとやばい。もう一刻も、いや一秒も早く逃げないと。


 「その、な?解るだろ?お前がローソンに入らないとな、大人の事情とかあるんだよ。あの765の律子プロデューサーだってローソンからは逃れられない運命だったんだ」

 「あ、うん」

 「よ~く見てみるんだ、彼女はエビフライみたいな髪型してるだろ?彼女はファミリーマートに行ったばかりにあんな髪型になったしまったんだ。おかげで自然系に戻してもノンフライ呼ばわりされる始末。どっちにしろ加工済み扱いだ

 「ええと、律子プロデューサーがエビフライヘアなのと私がセブンアンドアイに入ることが何か関係があるの?」

 「大ありだ凛」


 男は悲観するように天を仰ぎ見た。
 さながらそれは終末を嘆く神父のようである。
 ただどっちかというと十三課の匂いがする神父だ。匂いが香ばし過ぎて近寄りたくない。

 
 「お前はあんな髪型になりたいのか。エビフライが好きなのか?俺はどちらかというとカキフライ派だ」

 「……私は、かき揚げの方が好きだけれど」

 「まじか、最近の若者は渋いな」


 扉を開けて現れたやたら大きいトカゲを引き連れた男性。身なりが整い、まだ年若く格好いい。
 だが、問題はそこでは無い。


 「まぁそれはともかく。彼女はファミリーマートに入ったばっかりにあの髪型になってしまったんだ。凛、お前はエビフライになりたいのか?俺はいやだぞ、自分のアイドルがカリッとさくっと香ばしくなることは許せない。俺、最近油ものとりすぎて医者に注意されたしな

 「最後に力入れてない?


 中心はこの人だ。

 ここまでの様々な危機で人間という種の本能に目覚めた彼女は、一瞬でそれを見破ってしまった。
 人形も、コモドオオトカゲも、何か変な空気出しているキノコも、目の前の非常識な凜さんも。
 全部この人が原因なのだと理解できた。


 「あ。この子が例の子かぁ」

 「うん、ほら○○事務所の」

 「俺が新米の頃にお世話になったところじゃないか。何かこの前に入禁されたけど」

 「何でだろうね?」

 「いや、自分自身もよく解らん。ああ、自分がここのプロデューサーだ。話も凜から聞いたし、事務所からも許可を貰っているから安心してくれ」

 「大丈夫だよ、最初は大変かもしれないけれど慣れるから」

 「っひ、あ、え」


 自分は、もしかして踏み込んではいけないところに来てしまったのかもしれない。
 妙に良い笑顔の凜と、プロデューサーに思わずソファーから立ち上がって一歩後ずさる。

 その際、見ないようにしていた手元の人形に目が行ってしまった。そこには自分を見て明らかに哀れんで同情している顔になっているあの人形の顔があったのだ。

 あ、貴方も被害者だったんですね。

 一瞬、十代の少女の激しい叫びが聞こえた後。その事務所は再び静寂に包まれたのであった。



 ▲▲▲▲





 後日、そこにはレッスンに励む彼女の姿があった。
 その姿には一切の迷いが無く、かつて悩み苦しんでいた少女の姿は無かった。
 彼女は縛られていた鎖から解き放たれたのだろう。彼女の歌は自由と喜びに溢れ、その姿は魅力に満ち溢れていた。

 僅か数日でよくそこまで変われたものだと、事務所の先輩や同期は感心しているようであった。
 何人かの同期がどうしてそこまで変わる事が出来たのか、成長できたのかと尋ねたが彼女は何も言わずただその時ばかりは遠い目をしていたという。

 そしてテレビに出るようになり、ある司会者にそう尋ねられた時の話だ。
 彼女は困ったように笑ってこう答えたらしい。


 『毎日コモドオオトカゲを散歩に連れて行って、人形さんの愚痴を聞いて、キノコ様と友達になればいいですよ


 と。
 それを事務所で栗饅頭を食べながら見ていた凜は、思わず『うわ、この子本物だったんだ』と恐れおののいたらしい。

 渋谷凜の事務所は今日も平和です。


















 ■ ■ ■


 みんな大好き渋谷凛ちゃん、なのにどうしてこうなった。

 一応ここ凜ちゃんもプロデューサーを信用はしています。ただツンのベクトルが変な方向にいってるだけです。

 取り合えず、これを見て凜ちゃんはこんな子なんだ思った人は、間違いなく間違ってますから安心してください。普通に良い子で可愛い子ですから。こんなハジケリストじゃないですから。

 一回はいつものようにプロデューサーとの掛け合いを書いたのですが、データがルーラしたためにこんな感じに。

 友人のクールPにこれ見せたら、うわって言われました。
 多分感嘆の言葉が漏れたんだと思います(小並感

追記、ちゃんみおはちゃんと書きますから安心してください、あんな美味しい人を書かないわけがないので。



[35473] 9:和久井留美SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:8b514530
Date: 2013/03/10 20:19
 
 結婚。

 この言葉を出すだけで女性は色めき立ち、反対に多くの男性はこころにわずかなわだかまりが発生する。

 結婚の意味自体は語るまでもないだろう。しかしその結婚自体を語れと言われれば、某掲示板ではレスが濁流のごとく押し寄せ、2スレ3スレと続くに違いあるまい。

 早い話、人の数だけこの結婚に関しての価値観はあるのだ。

 しかし結婚生活ではなく結婚という焦点に関しては、きっとだれしも憧れを抱くと思う。
 なんせ愛する人と共に行う神聖な儀式だ。心は言い難い思いで、その器をあふれ出んほどに高まる。

 そんな結婚を行う式の計画、つまり『ブライダルプラン』だ。
 夫婦となる理想の男性像と女性像を、いかにパンフレットに載せるかという問題が式を行う側には出てくる。

 やはりその理想像は雑誌やテレビなどで見る、華々しいアイドルであれば人は惹きつけられるだろう。
 そのためにこの混沌とした事務所にもその依頼が舞い込んできた。

 しかし、一方でこんな言葉がある。
 『結婚式前にウエディングドレスを着ると婚期が遅れる』と。


 「……それで、この依頼を私に受けて欲しいと」


 彼女は渡された資料を読みながらそう切り出した。

 彼女自身、仕事であれば何でもこなそうというやる気と意欲はある。
 しかしこの心に沸き立つ感情はまったくの別物であった。


 「向こうの希望で、和久井さんにやってほしいと」

 「そう……」

 「不満ですか」


 不満……ではない。

 仕事にそのような感情を持ち込むという前提すら、彼女の心の中には存在しなかった。
 しかし……。いや、せっかく彼が信頼して受け持ってくれた仕事だ。
 結局のところそれを受けるという事実は変わらない。


 「いえ、問題は無いわ」

 「そうですか」

 「……プロデューサー君は、これに関して何か私に思うところがない?」

 「いえ、無いですけど」

 「……そう」

 「あ、そういえば」


 何かを思いついたようにプロデューサーは手をポンっと軽く打ち合わせた。


 「結婚式前にウェディングドレス着ると婚期遅れるらしいですよ、ドンマイです

 「私には何でプロデューサー君がそんないい笑顔しているのか分からないわ




















 うちの事務所は今日も平和です。
 第九話「いいわ。魅せてあげる」

















 和久井留美。26歳。

 かつては秘書の仕事していたが、わけあってクビになってしまった。
 そして当てもなく町を歩いているところを、いろいろと追い詰められすぎてやばいことになっていたプロデューサーにスカウトされた。

 その仕事ぶりはかつて務めていた仕事を容易に納得させられるほど堅実。
 寡黙で必要最低限の言葉と表情の変化ではあるが、逆にそれが落ち着きがあっていいと好評である。
 趣味の欄に仕事と表記するあたり、その気真面目さが伺える。

 それはこの事務所に来ても変わらないのだが……。


 「答えなさい、何であんないい笑みをしていたのかしら。ね、軽く話してみてくれていいのよ?」

 「あの、和久井さんが掴んでいる肩が悲鳴どころか断末魔あげてるんですけど。肩の骨がみしみしいってますよこれ」

 「まぁ仕事であれば私は構わないわ。元々仕事が趣味なようなものだしね」

 「あ、感覚がなくなってきた。やべぇ、何この新境地」

 「まぁそれはとりあえずおいておいて、その肩を抉られたくなければ満足な説明を頂戴?」

 「すっげぇ、いつも自然に笑えてないわくわくさんがすんげぇいい笑顔にマジで抉られる五秒まえぇぇぇぇぇ!?」


 ベクトルが少し変わってしまった。
 そうしなければこの事務所で生きていけないという生存本能が彼女を変えたのであろう。

 
 「ふぅ……。それにしてもこの私がウェディングドレスを着ることになるなんてね」

 「ち、ちひろさん。な、何か冷やすものを」

 「……本当に、人生ってわからないものだわ」

 「あ、このコールドパックですが300モバコインです」

 「ちょ、俺最近やっているのはGREE なんで」

 「……二人とも、ちょっと」

 「はぁ!?あの課金の鬼どもに魂を売ったんですか!?あなたそれでもモバマスのプロデューサーなんですか!?」

 「別にいいだろ!?セト○リンが気持ち悪いんだ、俺はクリ○ッペ派なんだ!


 30代後半の禿げかけたおっさんを無理やりにデフォルメ化したかのようなあのフォルムにプロデューサーは限界であった。
 動きが気持ち悪いしなんていうか性的に無理であった。あれが目の前に現れたのなら、コンマ3秒で殴り飛ばす自信がある。


 「GREEのクリノッ○こそが課金の権化、運営の犬なんです!あのかわいいフォルムで何万という女性を騙してきたんですよ!それに比べて見てくださいセトル○ンを!」


 そういってちひろは禿げかけたおっさんをデフォルメ化した例のアレを携帯の画面に映し出した。


 「何ていうか貢がせる気ゼロじゃないですか!キモかわいいじゃなくてキモイじゃないですか!ね、善意的でしょ?」


 あまりに興奮しているためか、まったくフォローできていなかった


 「精神に大打撃を与える時点でそれは不合格ですよ!人は金払ってでも癒しがほしいんですよ!」

 「癒しが欲しいのならガチャ回してください!今は20連ガチャの時代ですよ!?私の笑顔も見れますよ!?」

 「ちひろさんの笑顔はサラ金の受付のおねえちゃんと同じで、見ていてなんていうか不安になるんですよ!」

 「ちょっとそこに直りなさい、二人とも」


 頭に怒りの四つ角を出現させた留美の声は、心の奥底にまで響き渡るという代物であった。


 「で、でも和久井さん! この人が○トルリンのことを馬鹿に」

 「本音をいうとね、私もあれは無いと思うわ」


 ちひろ、撃沈。
 事務所のタイルの上で冷たくなりつつある姿を見てプロデューサーは冷笑していたが、そんな彼も留美の視線を浴びせられる。
 その瞳、極寒の地。まるでプロデューサーの財布の中身のように吹雪が吹き荒れていた。


 「最初の話に戻るわよ」

 「戻らなくていいんじゃないかなーって♪」

 「他の事務所のアイドルを真似する度胸は認めてあげるわ」


 他のところのアイドルよりも、もっと自分が担当しているアイドルを見るべきではないか。

 そう思って心の中と頭の中が乱れるも、自分らしくないとそれを振り払う。
 かつての自分はこのような人間ではなかった。もっと冷静に物事を見ることができ、私情を交える事はなかったはずだ。


 「プロデューサーは実力がある。それはこの事務所の誰もが認めていることよ」

 「え、それ本当ですか。事務所のアイドルの沖縄土産が、自分だけゆびハブだったんですけど

 「認めていることよ」

 「この前担当しているアイドルの携帯で俺の登録見せてもらったら、下僕 って登録されてたんですけど」

 「認めていることよ」

 「この前の取材でプロデューサーはいません って答えられたんだけど」

 「認めていることよ

 「そ、そうっすか……」


 思わずごくりとプロデューサーは唾を飲む。
 さすがは秘書だ、微塵も躊躇いが無くこうも言ってのけるとは。

 というか自分はここまでされて何でこの事務所いるんだろう。そろそろ泣いていいよね。


 「貴方がもう少し真面目にやれば、そうも軽く見られることはないはず」

 「その、ほら。事務所の空気をよくするためにですね」

 「貴方が何故事務所の空気を良くしなければならないのかしら?」

 「いや、自分はこの事務所のマスコットなんで

 「ぶん殴るわよ


 そのときのプロデューサーは語る、あれはマジでやりかねない目であったと。

 しばらく氷点下の視線を浴びせていたが、諦めたかのように留美は目を床に落とした。
 そして怯えつつ後ずさって退路を確保しようとしているプロデューサーをソファーに座るよう促した。


 「プロデューサーは結婚を考えているのかしら?」

 「へ、結婚?」


 説教されるのかと身構えていたが、予想だにしない留美からの質問に体が一瞬固まる。
 冗談で言っているかとも思ったが、この人はそういう類は好まない人だと知っている。


 「いや、考える以前に無理ですって」

 「何故かしら?」

 「この職業を納得してくれて、自分の給料に満足してくれる人なんていません」


 アイドルという若い女性を対象とする職業だ。それに急な予定に加え、出張だって突然舞い込んでくる。
 誰だって自分との夕飯ではなく、アイドルのご機嫌取りの食事を優先する男を好ましく思えるはずがない。

 それに自分の給料はマジで低い。忙しさと労働にまったく見合ってないといってもいい。
 まぁやりがいはある、もんくは垂れるがこれほど自分にあった職場はない。
 ただ夫婦二人で生活するのにはきつすぎる。奥さんに働いてもらうしかないが、そのがんばりに報いられる気がまるでしない。

 いや、社長はあれで真面目であるから事務所がもう少し落ち着けば大幅にあげてくれるだろう。現に何回かは打診してはくれている。
 だがマジできついし、アイドルが増えまくっているせいでそうもいかない。なんていうか最初の段階でアイドルデビューさせまくった自業自得である。

 例え給料があがっても、その頃には既に自分もぎゅうぎゅうの予定が詰まったプロデューサー。
 家庭なんて顧みられないし、子供の顔だって見ている暇がない。



 「というわけで既に恋愛関係は諦めてます」

 「そう……」

 「まぁでも最近はお嫁さんを見つけたんですよ」

 「ラブプラス って言ったら階段から突き落とすから」

 「……」


 他称『プロデューサー殺しの留美』である。

 あのプロデューサーの暴走を止められる数少ない一人だ。他の人にもプロデューサーはいなくても彼女はいて欲しいと言われているぐらいである。


 「まったく。貴方は本当に計画性が無いのね」

 「いや~、躊躇っていたら今頃ここでプロデューサーしてませんて」


 軽く笑い飛ばしてプロデューサーは自分のデスクへと座る。
 そして何気なく机の上をあさり出すが……。

 
 「あれ、次のイベントの資料が……」

 「これじゃないかしら?まとめるのなら手伝うわ」

 「いや、そう何度も手伝ってもらうのは」

 「一応事務処理分の仕事は、アイドルの職業とは別にお金をちゃんともらっているから」

 「マジで?俺残業代すらでないんだけど」


 秘書の仕事をしていたからか、時たまプロデューサーの仕事を留美は手伝う。
 なんせ万年人手不足な事務所、彼女のような事務処理経験者はこの事務所にとって欠かすことのできない存在である。

 留美自身、この時間をとても好ましく思えている。

 彼が担当しているアイドルは多かれど、彼の仕事を共に共有できるアイドルは自分以外にいない。
 多くのアイドルが触れることのできない彼の領域に、私は自然に偽ることなく入り込めるのだから。

 パソコンから目を外し、彼の顔を横目で眺める。
 もちろん、彼が気がつかぬようにそっと。

 真剣な目でパソコンの画面を見つめる彼の顔。
 知らず知らずのうちに彼に惹かれていく自分がいる。

 彼はアイドルを限界以上にデビューさせてしまったというが、それは彼が優しすぎるからだろう。

 彼のおかげで少女達は諦めていたアイドルになれた。
 認められず、苦しんでいた少女達へ彼は手を伸ばした。多くの人が通り過ぎていく中で、彼は歩み寄り、その手を掴んで立ち上がらせた。

 彼のおかげで何人のが自分の魅力に気がつけたのだろうか。
 多くの人の波に埋もれていく自分という存在、その個性を見つけ出して磨き上げたことで、少女達は新たな自分を知った。

 彼のおかげで何人が希望を、夢を得られたのだろうか。
 今まで考えることも無かった新たなる道筋。見つけることができなかった、自分が自分として輝ける道程。それは彼女たちにとって、それはどれほど温かく優しかったことか。

 何よりも自分がその一人だった。

 生き甲斐にしていた仕事を無くし、これまで自分を支えていた全てが消え去った。
 むなしかった。ふと自分を立ち返って振り返った道程には、何もありはしなかったのだから。

 考えることは無かった。考えるということを思いつくことさえ無かった。
 故に心には空虚な言いようのない思いだけが残ってしまった。
 そんな時だった。彼に出会ったのは。


 『というわけで、アイドルやりませんか?今なら洗剤がついてきますけど』

 『……警察呼ぶわよ』

 『大丈夫です、この前そうやって呼ばれた警察をアイドルにスカウトしたんで』

 『大丈夫な要素が無いのだけれど』


 目を閉じれば、すぐに思い出す。彼と共に歩んだこの道を。


 『最近会った友人に目つきが柔らかくなったって言われるの。君のおかげ?』

 『マジっすか。最近会った友人に死んだ魚みたいな目になったねって言われたんすけど』


 気がつけば貴方の隣にいる自分が好きになっていた。


 『縛られないのはいいものだわ……』

 『……ま、まぁ人の趣味は人それぞれですから』

 『これまでの生活では考えられなかったもの……』

 『ぐ、グラビアの仕事はキャンセルしときます』

 『別にグラビアの仕事をしてもいいのだけれど、どうしてかしら?』

 『いや、縄痕が』

 『意味が解ったわ。ちひろさん、ちょっとそこのカッターとってちょうだい。あれを切るわ』

 『ちょ』


 私は……。


 『貴方のような人にもっと早く出会えていたら……なんてね。何よ。思ったことを口にしただけなのに、そんなに変?』

 『いいんじゃないですか?でももっと早く出会えたらって、そのときプロデューサーしていませんよ』

 『いえ、早く出会えたとしても。貴方は私のプロデューサーだったと思うから』


 席を立つ留美を不思議そうな顔で見つめるプロデューサー。
 彼女は静かにちひろのデスクに近づき、その上に置かれていたプライダルプランの企画書を手に取る。


 「プロデューサー。貴方はアイドルの恋愛をどう考えているの?」


 その言葉にプロデューサーは大きく肩をふるわせた。


 「え、まさか和久井さん。好きな人でもいるんですか?」

 「まぁ、気になる人がね」

 「……OH」


 ついに、ついにうちにも来たか。来てしまったのか。

 プロデューサーは顔を青くした。
 恋の季節だか何だか知らないが、あれはアイドル業界にとって大恐慌の季節である。

 一瞬にして事務所の株が大暴落する季節だ。下手をしなくてもクビをつる役目はプロデューサーだ。職務と物理的、両面という超コンボをくらう羽目になる。

 まだ若いアイドルであれば、「気のせい。飯食って出すもの出せば問題ない」とか言えればいいのだが、相手は和久井さんである。
 子供なら鼻で笑ってやれるが、大人の女性では話が違ってくる。

 なんせ後がない。

 和久井さんも26だ。年齢的はちょうど良い時期だ。
 これを逃したとして、果たして将来は良縁に巡り会えるかといったら……あれだ。うん、あれである。

 その、重いというか想いというかさ。それが段違いなのだ。

 
 「えと、それって気の迷いとか生理だったとか、ちひろさんに変なもの飲まされた とかじゃないですよね?」

 「流石にちひろさんでもそれはないと思うけれど。そして冗談でこんなことは言わないわ」


 頭を抱えて唸るプロデューサーに留美は視線を落とした。
 大人であるが故に、若い子達のように我が儘に振る舞うことはできない。


 「……ごめんなさい。無理よね、今の話は聞かなかったことに」

 「あ~いいんじゃないですか。アイドルのお付き合いも」

 「え?」


 驚く留美をよそにプロデューサーは肩をすとんと落とすと、力なく笑う。


 「いや、だってある程度男女の付き合いでそこらへんの感を磨いておかないと、これだって時に変な男にひっかかりますよ?」

 「今の私が言うのも問題だけれど、アイドルは原則恋愛禁止ではないのかしら」

 「まぁそれはそうですよ。でも愛なんて病気みたいなもんなんですから。無理に治そうとしたら絶対に悪化して変な感じにこじれますって。それで仕事に影響出たらそれはそれでいやだし。もちろん問題があるなら洗脳してでも止めますけどね。ちひろさんがいますから」


 恋愛自体は悪いものではない。
 むしろそれは推奨されるべきものだ。だがこの仕事上、どうしても問題がある。


 「ああ、別にふしだらな関係になれっていうわけじゃないですよ。たくさん付き合ってたくさん経験して、そんで解ってきたときにこの男だって結婚すればいい。元々恋愛ってそんなものじゃないですか。その頃には『恋』と『愛』の違いも解りますから」


 和久井さんは大人ですから、そこらへんは解ると思います。
 唖然とする留美にプロデューサーは頬杖をかきつ、次に頭をかいている。


 「そりゃ仕事上はやっては駄目ですよ。売り上げに関わってくるもんですから。でもうちらはファンに夢を売りつけることは当たり前ですが、アイドルにも希望を見せてあげないと叩かれるんですよ。本当に面倒くさいことに」

 「そんなこと言ったら、また他の子に白い目で見られるわよ」


 留美は解らない。
 これが恋なのか、それとも愛なのか。
 何せこんな想いを感じたのは、生まれて初めてなのだから。


 「ま、ともかくお付き合いは否定しませんよ。ただどうせなら最高5年は待ってもらいたいかなって」

 「5年?」

 「5年、5年あれば間違いなく和久井さんをSランクに押し上げますから」


 Sランクアイドルにして生きる伝説、スーパーアイドル日高舞。

 アイドル史どころか日本史に名前を残す偉業を成し遂げた。
 13歳でデビュー、活動期間が僅か3年にもかかわらずファーストCDから5連続ミリオンをたたき出した。

 そして日本だけではなく、世界が注目するアイドルの頂点を決めるアイドルアルティメイトの優勝者。

 他にも様々な逸話がある。

 ○1回のフェスで10アンコールは当たり前。アンコールの影響による帰宅難民が数十万単位で発生したため、彼女のライブの日は終電という概念が消える。

 ○ぐっとガッツポーズしただけで5万枚CDを売り上げた。

 ○一人フロントで攻撃値三十万を悠々と超えて見せた。バック?そんなものはない。

 ○武道館ライブ終了後に彼女のマイクを見たら、最初から壊れていることが解った。

 ○司法・立法・行政・日高舞

 などと全盛期の日高舞伝説は某掲示板でコピペ扱いされるほどだ。

 そんな彼女が結婚引退した時。
 その人気に比例した批判の嵐が巻き起こったかといえば、そんなことはなかったのだ。

 伝説となったアイドルの結婚。それこそ燃やすための素材は山ほどあったが、誰もがその素材を燃やすことを恐れ、手を触れることはなかった。

 いつからかこう言われることになった。
 Sランクアイドルは人の法にと倫理に縛られるものではなく、壁を越えた何かであると。
 故に歴史上の偉人のように、あらたな倫理を創り上げていく、それがSランクのアイドルであると。


 「Sランクになれば誰も恋しようが結婚しようが何も言われませんからね。それまでちょっと待っていてくれると嬉しいです。そりゃ待てないって言うのなら社長やらを巻き込んで相談しなくてはいけませんが」


 本当に、この人は……。
 留美はこみ上げてくる温かい衝動に、思わず笑み浮かべる。

 私をSランクアイドルにする?本気?
 いや、本気なのでしょうね。彼はいつだって本気だ。
 そしてそれを実現し、成し遂げてきた。だから私はそんな彼の姿にあこがれを抱き、いつしかその姿に見とれるようになった。

 だから……。


 「このプライダルプランの企画、受けるわ」

 「へ、ああ。良いんですか?」

 「構わないわ」


 表情が一切変わることのない留美の顔、しかしプロデューサーは彼女が微笑んでいるように思えた。
 珍しい、機嫌がここまで良い和久井さんは久しぶりに見た気がする。


 「そうね、Sランクアイドルになれば誰にもこの恋路は邪魔はされない。いえ、させない」

 「そうですね~」

 「例えそれが認められなくても認めさせることができるから。なんせSランクアイドルだもの」

 「……へ?は、はぁ。その和久井さん?何か心なしか背後に拳王が見えるんですけど」

 「そうよね、そして相手もその愛を拒むことはできないわ。なんせSランクアイドルだもの」

 「……和久井さん。俺の頭上に輝く7つの星が見えるんですけど。おかしいなぁ、ここ事務所の中なのになぁ」


 働きすぎたのかな?そろそろゴールしちまうのか俺?
 と思わず恐れおののいて妙に輝く星を見つめて乾いた笑いをしているが、その星の原因は彼自身である。

 ちなみに拳王様のゲージはMAXだ。いつだって小足で十割の準備はできている。


 「最初にプロデューサーが言ったこと、覚えているかしら」

 「へ?あ、ああ。あれっすよね……セ○ルリンの」

 「駄目、私の目を見て」


 気がつけば留美はプロデューサーの鼻先三分まで距離を詰めていた。

 早業である。その動き、まさにトキ!
 思わずプロデューサーは後ずさろうとする。しかし彼は自らのデスクに座っているのだ。逃げられるところなどありはしない。


 「貴方のせいで私の第二の人生が始まったのよ。……いいの。後悔してるわけじゃないわ。一緒に歩んでくれるんでしょ」

 「そりゃプロデューサーですから歩まざるを得ないというか。……あと和久井さん、距離が近いというか」

 「留美ってこれからは呼んで」

 「あの、留美さん?距離が」

 「私……和久井留美はずっと貴方のそばにいると誓うわ。それがプロデューサーとアイドルの関係でも、それ以上でも……」


 吐息を間近に感じるようになり、プロデューサーが頬を引きつらせようとした。その時。


 「ちひろ、復活です!プロデューサーさんクリノ○ペなどという幻想に惑わされてはいけません、そして私はグリーアイドルマスターなんて断じて認めてたまるものかぁ!」


 運営の犬……ではなく事務員千川ちひろ、復活。


 「大体モバゲーでモバマスが売れたからってアイマスに手を伸ばすグリーは気に入らないんですよ!私たちが必死になって携帯ゲーム業界で築きあげた栄光と市場を横からかっ攫おうとするその根性が気にいらねぇ!」

 「あの、ちひろさん。キャラが変わってます」

 「携帯ゲームでアイドルマスターという市場を取り込むことがどれほど難しいと思うのですか!?ソーシャルゲーだからって敬遠してしまった人たちに少しずつアイマスとは違ったモバマスの魅力を広げていき、認めてもらえたからこそ今のモバマスがあるんですよ!」

 「……ちひろさん、今私はプロデューサーと」

 「画面の配置にも気を使い、私たちは1人1人、150人を超えるモバマスアイドルに制作者は魂を込めました!開発者自ら課金を躊躇うこと無い、真の愛を込めました!それはただの金儲けにあらず!ただ1人でも多くのプロデューサーの心を得るためだけに!故に私たちは最初は765プロだけにしか興味を持てなかった多くのプロデューサーをモバマスアイドルに取り込むことに成功し、新規のプロデューサーの心を掴み、オリコンランキング入り、ついには漫画化まで行き着くことができたのです!」

 「……あの~ちひろさん?その、スタミナドリンクが欲しいなぁって」

 「オリジナル性を大きく持たせた!地雷と言われ、こんなのアイドルマスターのアイドルらしくないと蔑まれても私たちは新たなるアイマスの境地を目指した!」

 「……気持ちは分かったけれど、今は私とプロデューサーの」

 「バハムートのように絵を美しく、アイドル1人1人に個性と魅力、そして何よりも魂を込めた!前例が無いほどに詳細な設定を決めあげ、他のアイドルゲーにはないアイドルマスターの魅力をモバマスに受け継ぐ努力を積み重ねた!」

 「「……あの、ちひろさ」」

 「既にモバマスのアイドル達は携帯ゲームに収まるほどがないほどに成長できました!敬遠していた気むずかしい765ファンのプロデューサーさん達にも少しずつ受け入れてもらうことができました!信用を、信頼を、モバマスは少しずつ積み上げ、そして何より先人達のアイドルマスターがあるからこそ今があるのです!それを」


 プロデューサーと留美は、訳も分からないちひろの気迫に押されるばかりであった。
 言っていることはまったく解らない。だが彼女には、ちひろには2人を寄せ付けぬ気迫があった。


 「横からかっさらうだけではなく765の新規アイドルと共に!?オリジナルではなく自ら765の公式アイドルを作り上げると!?しかもしょっぱな全員声つき!?なんですかこの優遇度は!?公式さんは私のことが嫌いなのですか!?

 「いや、ちひろさんのこと好きな人って相当な色物というか


 思わずプロデューサーが頬を引きつらせながら呟くと、目聡く聞き取ったであろうちひろが彼の方を振り向く。

 涙目である。鼻水だらだらである。
 もう女性としていろいろOUTな顔である。

 そのままちひろは留美を押しのけてプロデューサーの腰に抱きついた。


 「うぅぅぅプロデューサーさん、私を、私を捨てないでくださいよぉぉぉぉぉ。アーケードやらアニメ派のプロデューサーさん達が向こうに行くのは目に見えているじゃないですかぁぁぁぁ」

 「ちょ、ちひろさん抱きつかないでくださいよ!?つうか鼻水汚いですって!?」

 「どんなに頑張っても取り込みづらかったり、取り込めなかった層をあんなに簡単に取り込もうとするなんて狡いですよぉぉぉぉぉぉぉ。事前登録で『千早』さんを『千原』なんて間違えてるのに、アニメアイドルマスター柄なんて酷いじゃないですかぁぁぁぁぁぁ」

 「酷いのは今のちひろさんの顔ですから!?ほら、鼻ちーんして、ね?」

 「うう、ちーん」


 鼻を赤くするちひろの介護を行うプロデューサーを見て、留美は大きくため息をついた。
 もうこうなったらどうしようもない。最後までいけるかと思ったが、今日はどうやら運がなかったらしい。


 「……ふぅ。そろそろ仕事の時間よね、行ってくるわ」

 「あ、だったら俺が送りますよ」

 「自分の腰をよく見てから言うべきね。大丈夫よ、近いから私1人でも大丈夫」

 「ジュピターとか876プロまで出せるなんて酷いですよぉぉぉぉぉぉ」

 「あぁ……その、すいません」


 訳の分からないことを泣きながら言い続けるちひろに、流石のプロデューサーも押され気味である。

 腰に両手を回して放さないちひろの顔に手を押し当てるわ、挙げ句の果てに鼻の穴に指を入れるというフェミニスト団体がみたら狂乱の嵐を起こしそうなことまでやらかしている。
 しかし、このちひろもまったく放す気がない。

 そんな様子を冷めた目で留美は眺めつつ、扉をけたたましく閉めて出て行った。 


 「……私が結婚前にウェディングドレスを着る責任、とってもらうわ」


 どうやら顔の色以上に腹の中は真っ赤、煮えくり滾っていたようだ。


 「勝つわ。私は……負けない」


 事務所のドアノブを一回転、愛おしむように撫でる。
 そして目を暗く輝かせると、一歩。また一歩と廊下を歩み、エレベーターへと向かった。


 「アイドルとしても、女としても」


 カン・カンと彼女のヒールの音が遠ざかって行く音がやがて聞こえなくなると、プロデューサーはやや大きく息を吸い込み、吐きだした。


 「重ぇ……」

 「うぅ、見捨てるなんて許しませんよぉぉぉぉぉぉ。私とプロデューサーさんはモバコインという魂の鎖 で繋がれているんですからぁぁぁぁぁ」

 「こっちも別の意味で重ぇ……


 モバコインを購入する際に「え、マジでこんなんに金掛けんの俺?いいの?昼食一回分だよ?」といった嫌な汗。
 あれがモバコインの鎖のせいだとしたら、生々しすぎてやるせなくなる。


 「だ、大丈夫ですから。この事務所辞めませんから、ね?」

 「本当、ですか」


 マジ泣きであった。
 流石にこれはいろいろ酷い、もうこれアニメとか絵で表現していい顔じゃない。
 化粧がナイアガラで顔がボンビラス星状態だ。


 「先に留美さんに言いましたが、自分はアイドルを見捨てません」

 「うぅプロデューサーさん……今のプロデューサーさんはとても格好良く見えます」

 「いつもは?」

 「吉幾○と同レベルです

 「今は?」

 「梅沢○美男レベルです


 どうしよう、ちひろさんの基準が解らない。

 頬を引きつらせるプロデューサー。それをよそにようやくちひろが立ち直り、笑顔を見せてプロデューサーから放れた。

 と、その時。

 ちひろの突貫により崩れた、プロデューサーの机。そこから何かの資料がこぼれ落ちた。
 それはプロデューサーとちひろの間に狙ったように飛来。


 「ん?これなんですか?」

 「え、あ……」


 ちひろが不思議に思ってみて見るとそこには。


 『グリーにて新規プロデューサー募集中!一緒に765プロでお仕事してみませんか?』

 『初心者でも大丈夫、ベテランの赤羽プロデューサーと律子プロデューサーが丁寧に教えてくれます』

 『保険全完備、交通費支給、ク○ノッペ配給』

 『モバマスから担当アイドルを引き抜いてきた来られた方にはさらに』


 恐ろしいほどの静寂の帳が事務所に降ろされた。


 「……プロデューサーさん、これなんですか?」

 「あ~ほら、なんか事務所に入ってたチラシなんですよ。だから、ほら。つい他の広告と同じように机にぽいっと」

 「それにしてはマーカーでご丁寧に線がひかれていますね」


 空気が凍る。


 「クリノッ○配給ですか

 「○リノッペ配給ですね


 恐ろしいほど堅い笑顔のちひろがプロデューサーを見つめる。
 それを見てプロデューサーは目をさっとそらした。


 「これ、最後に担当アイドル引き抜きがうんたらかんたらかいてあるんですけど」

 「かいてますね」

 「そういえばさっき、私が本当ですかって尋ねた時。プロデューサーが言ったのってアイドルだけですよね?ねぇプロデューサーさん私はどうしたんですか?」

 「あ~ほら、ちひろさんにはあれがいるじゃないですか」

 「あれ?」

 「セトル○ン」


 ちひろの後ろから例のおっさんみたいなあれがちょこちょこと歩いてくると、ちひろを慰めるように腰を優しくぽんぽんと叩く。

 ちひろはそれを殴り飛ばした。
 鮮やかな右フックであった。


 「この野郎、さてはアイドル引き連れてグリーに行くつもりですねぇぇぇぇ!?させません、させませんよおぉぉぉぉぉ!」

 「いや、だって条件いいし先輩が指導してくれますし、ク○ノッペがいるし」

 「ふざけないでくださいよ!私だって本音を言えばセト○リンよりクリ○ッペがいいんですよ!?なんでうちはあれでOK出したんですか!?」

 「ぶっちゃけやがったこの女!?というかさっき殴り飛ばしたセ○ルリンが青い血流してるんですけど!?」

 「もうこの際他のアイドルはどうでもいいからこの私をグリーに連れてってくださいよ!仕事しますよ、ものすっごい仕事しますよ!?」

 「貴方は一番仕事しちゃ駄目な人間ですよ!?何人殺すつもりですか!?」

 「貴方は今まで課金した額を覚えているんですか!?」

 「無課金です」

 「貴方本当にプロデューサーですか!?

 「プロデューサーですよ!?

 「プロデューサー、もちろん私も私も連れてってくれるのよね?いえ、私しか連れて行かないわよね?」

 「何時からいたんですか留美さん!?」


 それから社長が来て3人を叱りつけるまでこの騒ぎは続いた。
 この事務所は今日も平和である。






























 ■ ■ ■

 留美さんって重い女ってよくいわれます。
 でも『重い』を『想い』にしたらあれだよね、いいよね。自分にはどストライクですよ。

 故に気がついたらこうなっていた。後悔はしていない。
 ちひろさんの部分はめっちゃ過激にやりました。そして台風の中心である目って穏やかですよね。いや、何がとはいいません。

 ひつまぶしはモバマスだろうがグリマスだろうがアイマスだろうが大好きです。ついでに瀬戸留鈴も大好きです。
 搾取ですって?無課金には関係ありませんHAHAHA。もし小梅ちゃんウエディングが公式で来たら本気だす……。

 ……待ちますとも、一年も待ったんです。あと50年は待てる。モバマスがとまっても待ちます。

 今後もしグリマスキャラが登場するのであれば、その度にちひろさんは暴走モードに入ります、たぶん。

 そしてプロデューサーがイケメンだって前回の感想で書いてくれた人がいましたが、よく考えてみてください。そんなことはありません。



[35473] 10:上条春菜SS
Name: ひつまぶし◆20dd4b1b ID:75adc4c0
Date: 2013/04/14 00:36

 一言にアイドルと言っても、その種類は実に多い。

 グラビアや写真集などで、自身の豊満なボディや溢れ出る魅力を表現するグラビアアイドル。

 テレビや雑誌で活躍するのではなく、インターネットの世界で自らの可愛さをアピールするネットアイドル。

 ごく一部のアキバ系の人達に向かって秋葉原を中心に活動するアキバ系アイドルと、実に様々なアイドルが存在している。

 ちなみにうちの事務所にもそのようなアイドルは多い。

 廚二病をアピールし、既に過ぎ去った悪しき記憶を呼び起こして成人男性を苦しめる『廚二病系アイドル』。

 年齢不詳で永遠の17歳を何年経っても貫こうとする涙ぐましい決意をした、自称ウサミン星からやってきた『ウサミン系アイドル』。

 何て言うかもう働かなくてよくね?という欲望が何故か大ヒットした『ニート系アイドル』。

 ぶっちゃけよく俺の精神が持ったと褒めてもらってもいいんじゃないかな?

 なにこれ、俺に対する新手の嫌がらせか?
 ぶっちゃけ誘ってしまった段階で『できれば断って欲しいな~』なんて思った連中が軒並み大ヒットするとか、あれだろ。
 
 俺の胃を確実に殺しに来ているだろ。

 昨日なんてまゆ→幸子→蘭子→きらりという死のデスコラボレーションだった。
 ぽんぽんが痛すぎて一日何も食えなかった。心配したきらりのベアバックでトドメをさされた。

 というか普通のアイドルはベアバックでプロデューサーを失神させません。

 一度で良い、一度で良いんだ。俺に安寧の日々を思い出させて欲しい。
 俺に平和な日々を送らせて欲しい。

 
 「プロデューサーさんはプロデューサー失格です!」


 なのに何でお前はそんな事言うのだ泣くぞコラ。


 「毎日深夜1時に帰宅して翌朝7時に仕事場に来る生活を送っている俺にお前はそんな事を言うのか?」


 心からの言葉だった。
 そして涙目であった。

 
 「え、いや、その、プロデューサーに足りないものがあると思いまして」

 「春菜。俺は数十人のアイドルを一人で担当しているんだぞ?同業者にいったら冗談だと笑われたんだぞ?」

 「そ、その」

 「なぁ、俺に何が足りないんだ。あれか?甲斐性か?そんなもの持ってたら生きている自信が無いぞ」

 
 予想以上に追い詰められていたのか、しどろもどろになる担当アイドル。
 あまりにマジすぎて驚いたのか、うまく声が出ないらしい。


 「さぁ、言ってみろ。大丈夫だ、怒らないから。俺も担当アイドル相手にぶち切れることはないよ」

 「そ、そうですか」

 「ああ、言ってごらん?」

 
 それでもこのプロデューサー、アイドルのプロデューサーとしての常識が身についているようだ。
 まるで死にかけたキリストのような儚い笑みを浮かべている。

 その言葉に若干安心したのか、彼のアイドルは苦笑いを浮かべたあとにゆっくりと声を出した。


 「その、プロデューサーさんにはメガネが足りないと思います!」

 「はっ倒すぞヒューマン!?お前の写真を全部川島さんコラに編集してネットに流すぞコラァ!

 「えええぇぇぇぇぇぇぇ!?めっちゃ怒ってるぅぅぅぅ!?」


 
























 うちの事務所は今日も平和です。
 第七話「やっぱりフレームはピンクかなぁ」




















 「済まない、ちょっと最近寝不足でな」

 「は、はぁ。そうですか」

 「それで、どうしてお前は急にそんなことを言い出したんだ。何だ、あれか。生理か?」

 「メガネです

 「悪い、生理のほうがマシだった


 上条春菜。18歳。
 静岡県出身のメガネアイドルである。

 恐らくこのアイドル業界一、メガネを心から敬愛しているアイドルだと断言していいい。
 この事務所で行われた面接で、いきなり自分のメガネについて尋ねてくるあたりその本気度がうかがえる。

 ちなみにその時のプロデューサーの回答は、『うどん食っているとき曇りそうだな』であった。
 
 メガネのファッション性とか有無とかの話題を一切ぶった切ってこの回答。
 ある意味プロデューサー自身も凄まじいバイタリティを秘めているといえよう。
 
 
 「私、思うんです。この事務所にはメガネ成分が足りないと」


 しかし彼女もそれに負けずにメガネについて熱く語りだした。
 何が彼女をそこまで突き動かすのか、その理由は話すまでもない。

 メガネだ。


 「765プロにはメガネのプロデューサーが二人もいるんです!やっぱり事務所の伸びしろにはメガネが関わってくると思うんですよ!」

 「あれエンディングによっては竜宮のプロデューサーは離反する素振りがあるぞ?実質一人じゃないか」

 「それでも一人はいます!」

 「たくましいなぁ、おい」


 遅めの昼食として栄養皆無のカップ麺をすすりつつ春菜を眺める。
 俺に弁当を提供してくれるような素晴らしい人物はいない。
 彼女はいたけれど、職場環境のひどさを語ったところ。先が見えたのか新しい男を見つけた。

 後日、納豆を郵便受けに入れておいた。
 
 もちろん健康に良い藁納豆だ。手間をかけないようちゃんと醤油を入れてかき混ぜたものを入れておいた。
 たぶん声を上げて喜んでくれるだろう。別れた彼女に贈り物をする心優しい俺には、きっと新しい彼女ができると信じている。

 まあ、それはまったく別として。うちの事務所の連中は軒並み美人なのに、必ずといっていいほどこいつみたいな変なオプションが付いている。


 「第一さぁ、俺はメガネじゃなくてコンタクレンズ派だぞ?」

 「異端査問ものですね」

 「弁護人を呼べ」

 「弁護人は私です」

 「完全なマッチポンプじゃねぇか


 カップ麺はやっぱり醤油だよな。安定感が他のやつよりも堅い。
 たまにカレーとかシーフードも食いたくはなるが、やっぱり醤油が原点だ。


 「プロデューサーさんは何でコンタクトレンズなんてものをしているんですか!?それでもプロデューサーですか!?」

 「プロデューサーだけど?」

 「アイドルのプロデューサーはメガネかけていなければプロデューサーじゃないんですよ!?かけていない奴は全員パチモンです!

 「じゃぁお前はいったい誰にプロデュースされたんだ?」

 「誰って、プロデューサーさんじゃないです。何を当たり前のこと言っているんですか?」

 「……そうかぁ。俺はメガネかけていないぞ?」

 「……じゃぁ私は誰にプロデュースされたのでしょう?」

 「よっしゃ、ちょっと俺の担当アイドルからお前外してやるから待ってろ」

 「ちょ」


 冗談いってねぇで仕事しろって社長に突き返されました。

 ふて腐れて席に戻って再びカップ麺を食べ始めるプロデューサー。
 まさかマジで実行するとは流石に思っていなかったのか、目を虚空に泳がせている春菜。

 彼は行動力だけは突き抜けている男である。
 突き抜けすぎて誰にも理解できないというか、したら終わりなところまで行き詰めた男だ。

 
 「つうかお前は社長の方にメガネ勧めろよ。この会社の顔だぞ?」

 「あの人はメガネかけているかどうか以前に、そもそも顔自体が見えないじゃないですか。なんか黒っぽくもやがかかっていますよ?」

 「それっぽくない?うちの会社の顔が黒くもやがかかっていて見えないとかさ、うちの事務所らしくて」

 
 それ絶対アイドル事務所に有って良い顔じゃないです。

 とは流石に春菜は言えなかったのか、非常に曖昧な笑顔でごまかした。
 もし言ったらこの事務所を辞められさせる予感がしてならないという、非情に世知辛い事情があった。


 「というかさ。アイドル業界の社長ってのは、全員顔がもやがかっているもんじゃね?」

 「いや、それはおかしいです」

 「だってこの前765プロの社長さんと挨拶したけれど、顔は真っ黒だったぞ」

 「それは、ほら。ヒサロに行ったんですよ

 「ジュピターで有名な961プロの黒井社長も顔が真っ黒だったぞ?」

 「たぶんそれ顔洗ってないだけです

 
 黒井社長が聞けば、全力でこの事務所を潰しかねない会話である。
 ある意味で765プロ以上の好敵手だろう。関わった瞬間に落ち目になりそうだが。
 

 「というかメガネですよメガネ!プロデューサーさん付けましょうよメガネ!」

 「え~。メガネよりもコンタクトの方が……」

 「解っていないですねぇプロデューサーさん」


 ふふん、と得意げに笑う。そして懐から何やらテロップを取り出した。
 よく街角でテレビが行うようなあれである。


 「お前それどこから出した?」

 「メガネの力です。それよりもこのテロップを見てくださいよ!」


 『メガネのおかげで彼女ができました!』
 『メガネのおかげで大学合格できました!』
 『メガネのおかげでお金持ちになれました!』
 『ガネメのおかげで毎日が幸せです!』
 『メガネのおかげでバレンタイン凛ちゃんとウサミンSR手に入れました!』


 「どうですか!?この人達全員メガネのおかげで」

 「一人ガネメになってね?」

 「素晴らしいことじゃないですか!」


 春菜のメガネに向ける愛情の一割でもアイドル業に向ければ、今頃はBランクなんて余裕な気がしてならない。

 この前は軽いドラマがあり、台本がどうしても覚えられないと悩んでいた。
 冗談で『語尾に全部メガネつければ覚えられるんじゃね?』って言った。
 十分後には全部覚えてきやがったというソースがある。

 もう全部メガネでいいじゃね?
 こいつメガネにプロデュースされたほうが数十倍いいじゃないかと最近切に思う。


 「ってそうじゃなくてだ。今回は前回のオーディションの話を振り返ろうって春菜を呼んだつもりなんだが」

 「う、前回のオーディションって……」

 
 落ちた。

 いくら才能があり、メガネに熱い情熱を燃やそうといえど。
 やはりオーディションは珠美の時と同様に、向こうの需要にそわなければ意味はないのである。

 しかし一応このプロデューサーもプロデューサーの一人であり、ある程度はそのあたりに目星を付けてある。
 経験によれば春菜の演技力と持ち味があれば、9割は堅かったはずなのだ。
 

 「別に春菜を責めるわけじゃないよ。ただ自分が読み違えた事に対して違和感があってなぁ。何か調子でも悪かったのか?」

 「あ、あれは」

 「あれは?」

 「……私の」

 「私の?」

 「メガネのレンズが曇っていたので!
 
 「ふけよ


 流石のプロデューサーもこれには頬が引き攣っていた。
 本人は照れ笑いしているが、照れる要素が全くない。現にプロデューサーはもう帰りたくなっていた。


 「ほら、面接だったらメガネの曇りは関係ないだろ?面接はどうだったよ」

 「メガネについて熱く語りました

 「うん、原因がよく解った。お前馬鹿だろ?


 春菜が受けたドラマのオーディションは家族の和気藹々ドラマである。
 決してメガネの相沢のドラマではない、というかあってたまるかそんなドラマ。


 「だって私のアピールポイントはメガネじゃないですか!?」

 「かといってメガネだけ押してどうすんの!?確かにお前のメガネはアピールポイントだが、他にもいろいろとあるだろ!?」

 「メガネを超えるアピールポイントはありません!」

 「だったらお前のメガネだけオーディション出してるわ!?」

 「……私が出ないと意味ないじゃないですか?」

 「お前一瞬それいい考えだと思っただろ?な、そうなんだろ?」

 
 最近、春菜の本体はメガネなのではないかとすら思えてきた。
 この前春菜のメガネを春菜だと思って話しかけてしまったし。


 「お前そのうちダブルメガネとするんじゃねぇか?」

 「よく知ってますねプロデューサーさん!」


 何気なく言った言葉にノリノリの春菜。
 嫌な予感がした。ものすっごい嫌な予感がした。

 鞄から二つ目のメガネを取り出した。
 そしてそれをにやにやと笑いながら大切そうに額へとかける。

 
 「必殺!ダブル眼鏡!ふっふっふ、どうです?これで眼鏡の魅力が2倍、いえ3倍伝わるはずです!!」


 それを見ながらプロデューサーは悟った。

 だめだこいつ。早く何とかしないと。
 いや、もう手遅れくさいけれど。


 「春菜、ちょっとテストしたいから質問させてもらうぞ?」

 「へ、なんのテストですか?」

 「SUN値チェックだ」

 
 どこから取り出したのか伊達メガネを用意して装着、さらに引き出しから白衣も取り出して装着。
 ちなみにこれらは全て備品として経費で落としている。


 「プロデューサーさんです!私の知っているプロデューサーさんです!やっぱりプロデューサーさんはメガネをかけていませんとあきまへん!」


 その課程で春菜のテンションがスーパーハイテンション状態になったが、面倒くさいので無視した。


 「はい、それじゃ診断を始めます。質問一。五日前食べた夕飯は?」

 「……す、スパッゲティ?ええと、おでん?」

 「質問二、一ヶ月前にかけていたメガネは?」

 「VOLTEFACE(ボルトファース)URBTAモデルですね

 「質問三、三秒でこの絵に描かれている人の数を数えろ?ほい……はい、終わり」

 「ちょ、いくらなんでも無理ですよ!?軽い目視だけで20人ちょっとはいたんじゃないですか!?」

 「質問四、この絵に描かれているメガネの数を一秒以内に答えろ。ほ」

 「47です

 「……質問五、目の前の崖にあなたのお母さんとメガネがぶら下がっています、どちらか1人しか助けられません。どちらを助けますか?」

 「どちらも死ぬ気で助けます、私のお母さんメガネかけているので

 「何か適当な豆知識語って」

 「ウィキペディアには『眼鏡フェティシズム』と『眼鏡キャラクター』のページがちゃんとあるのはみんな知っていることですが……」

 「うん、もういいや


 疲れたようにメガネを外すと、プロデューサーは天を仰いで神に祈った。

 こいつ重病だわ、もうなんていうか手遅れだわ、ここに彼女の墓を建てよう。
 たぶん墓がメガネ型だったら喜んで埋葬されてくれるはずだ。


 「ええと、今の検査の結果はなんだったんですか?」

 「え?ああ、もうメガネでいいんじゃないかな?」

 「マジですか、最高の結果じゃないですか」

 「お前の中ではそうなんだろうよ、お前の中ではな」

 
 もうこいつあれだ。桃鉄でキングボンビーがメガネかけていたら、死力を尽くしてそのキングボンビーを奪いかかりそうな気がする。

 
 「よく解りませんが、そろそろメガネの魅力が伝わりましたよね!?」

 「お前はあの会話のドッチボールでどうしてそんな結論がでたわけ?」
 
 「だってプロデューサーのメガネパワーの上昇を感じますよ?」
 
 「マジで?上がるとどうなるよ」

 「視力が悪くなります

 「BADステータスじゃねぇか

 
 そうでなくとも最近はパソコンの家計簿ソフトの見過ぎで目が痛いというのに。
 意外と家庭的な男であるプロデューサー、家庭的な男はモテるという女性向け雑誌を読んで家庭的な男になったのだ。

 なってから気がついた、家庭的な面を見せる相手がいなかった。

 
 「……プロデューサーさん?」

 「くそ、流石BADステータスだ。嫌な思い出を振り替えさせられるとは」

 「たぶんそれメガネ関係無いと思いますけど」

 「いいや、メガネだね。絶対メガネだね、メガネのせいだね」

 「いけない、プロデューサーのメガネパワーが暗黒面に!?」


 春菜の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
 そしてその場に崩れ落ちると、両手を地について泣き叫ぶ。


 「選ばれしものだった!コンタクトを滅ぼすはずだったプロデューサーさんが、コンタクトにつくとは!」

 「マジで?俺いつの間にそんなどうでもいい運命しょっちゃってんの?」

 「メガネに均衡をもたらすはずが、自らをコンタクトの中に葬るなんて!」

 「聞けや」

 
 本人はノリノリだが、内容はあまりにも酷すぎてオビ○ンですら暗黒面に落ちる会話だ。
 流石のシスの暗黒卿もこの暗黒面は知るまい、というか知っていたらシスは全員メガネだ。


 「つうかどうしてお前はそんなメガネに執着するようになった?うちに来たときは既にその醜態だったけどさ」

 「私がメガネを愛するようになったワケ……ですか?」

 
 さりげなく言い換えやがった。


 「……あれは、小学三年の冬。そう、あの日は雪が降ってました」


 儚げに微笑む春菜。
 何かに想いを寄せているのであろう。
 今の彼女からはメガネの狂気は消え失せており、とても穏やかな顔と雰囲気を身に纏っている。

 もうそのままで良いじゃないかとプロデューサーは思ったが、珍しく空気を読んで黙っていた。
 というか何も言えないように春菜に右足を踏まれていた。いてぇ。


 「私は特に勉強ができたり運動能力があったり、もちろん歌だってうまいというわけではありませんでした。だから自分に自信が無かったんです」

 「へぇ~」

 「あ、メガネはもちろんありましたからね」
 
 「メガネはなくても良かったんじゃないかな。」

 「でもその頃は私自身、メガネが好きではなかったんです。ほら、私が子供の頃ってまだメガネがファッションの主役じゃなかったですよね」
 
 「メガネがファッションの主役であったことなんて歴史上あったっけか?」

 「プロデューサーさんの鼻って整ってますよね?」

 「ごめんなさい」


 春菜はメガネを外しかけていた。

 あれはメガネに血がかからぬよう最大の配慮を行う彼女なりの“決意”である。
 故に流石のプロデューサーも今度は本当に黙った。なんか頭上に死兆星見えたし。


 「暗くてメガネをかけていた私は、クラスでいじめられました。毎日毎日メガネ猿とかガネメとからかわれて、泣いていたものです」

 
 今考えれば名誉な事なんですけど、と笑う春菜と頬を引きつらせるプロデューサー。


 「泣いたらお腹が空きますよね?だからその日は駄菓子屋によってブタメンを買ったんです」

 「もちろん、にんにくダイナマイト味だよな?」

 「邪道ですね、とんこつ味ですよ。お湯を入れてもらって近所の空き地に入り、一人食べようとした、その時でした。あの人と出会ったのは」




 ▲ ▲ ▲



 『面妖な……まさかこのような事になってしまうとは』


 空き地の前を通りかかったのは、美しく輝く銀色の髪をたなびかせたお姉さんでした。
 その姿はまるで絵本から飛び出したお姫様みたいで、思わず私は惚けてお姉さんを見つめていたことを覚えています。


 『しかし……お腹が空きましたね。ですがこの時代のお金はありません、いかがしたものでしょうか』

 『……お姉さん、どうしたの?』

 『おや、随分と可愛らしい。……その手の中にあるものは!?』

 『……これ?』

 『芳醇で濃厚な豚骨すーぷをできうる限り安価で製造しようとした企業の努力、そして懐かしいいんすたんとの麺との共和の香り!?』

 『……ブタメン、食べる?』

 『よろしいのですか!?』

 『……うん、ホームランバットと五円チョコがまだあるからいいよ。お姉さんにあげる』



 ▲ ▲ ▲


 「今でも色あせず心に残っています。涎を垂らして目が血眼、鼻息が荒いあのお姉さんの姿を。……たまに夢に出るほどに」

 「トラウマになってるじゃねぇか


 思い出を美化しようと努力している春菜の額には汗が浮かんでいた。
 どれだけブタメンに必死だったんだそのお姫様。

 
 「それで気がついたらその人に、いろいろと心の中のわだかまりをぶちまけちゃってて」


 ▲ ▲ ▲



 『そうですか、そのようなことが……』

 『わたし、暗くて、メガネで、自信が持てなくて……うぅ、ひっく』

 『大丈夫です。ほら、可愛いお顔が台無しですよ?』


 苦しくて涙を流す春菜を優しく抱きしめる。
 そして涙を流す春菜をしばらく見つめていたいた銀髪の女性は、彼女がかけているメガネを見て何かを思いついたようであった。


 『春菜、顔を上げてください』

 『……』

 『えい』


 銀髪の女性は人差し指を宙で一回しすると、優しく春菜のメガネに触れた。


 『いまの、何?』

 『これは月の魔法です、その魔法を貴方のめがねにかけました。これで何も心配することはありません』

 『……魔法?』

 『はい、魔法です。らぁめんのささやかなお礼です』


 幼い春菜の目元の涙を小指でぬぐいながら、銀髪の女性は優しく微笑んだ。


 これで貴方は暗くなんてなくなり、明るく元気になれます。
 勉強だってくらすで一番になれるはずです。かけっこだって男の子にも負けません。
 そのめがねがある限り、貴方は学校一の人気ものにだってなれます。

 だから……。


 ▲ ▲ ▲

 

 「努力を惜しまず、常に前を向いて、貴方らしく元気に生きなさいって。あの人は言ってくれました」


 どんな酷い話がくるかと思えば、予想以上のまともな話だったとプロデューサーは感心した。
 幼い自信が持てないメガネの少女、そんな少女に自信を持たせるために魔法をかけてあげた銀髪の美しい女性。

 ちょっとしたいい話だ。間違いなく美談で語られる内容である。


 「その後、今まで嘘のように私は変わりました。運動会で一番目立つ活躍、テストは毎回百点。友達だって沢山できて、いつのまにか私をいじめる子なんていなくなってました」


 春菜の能力は高い。

 難しくスタミナがすり減るようなダンスを悠々とこなし、台本一冊をなんだかんで三日で覚えきる才能。
 学校内でも評判が良く、テストは必ず上位陣に名を連ねる。

 そんな彼女の実力を、自信を引き出すきっかけになった出来事なのだろう。

 もちろんメガネにそんな力なんてあるわけがない。だが自分に自信が持てない彼女のために、何かよりどころをその女性はその場で用意したのだ。


 「その後、お礼を言いたくて何度も空き地に通いました。何回も、何十回も通い詰めて、ある日。ようやく再会できたのです」


 
 ▲ ▲ ▲



 『お姉さん!』

 『おや、貴方は……』 
 
 
 私はメガネにかけてくれたお礼を言いました。
 あなたのおかげで今の私は絶好調なんですよって。
 そしたらあの人は……。

 
 『ふふ……ではうまくいったようですね。実は、魔法はメガネにかかっていなかったのですよ?』

 『え……それって、もしかして』

 『そうです……』

 
 まるでお母さんのようにやさしく微笑んでくれるお姉さん。
 そう、私は気が付いてしまったんです。お姉さんが魔法使いではないことを。
 そして……。


 『そのすべてはあなた自身の……』

 『メガネのおかげだったんですね!

 『……はい?』


 メガネがいかに素晴らしいものであったのかを。


 『学校のかけっこで一番!テストで毎回百点!いじめられなくなったことも!全部、全部メガネのおかげだったんですね!』

 『いえ、そうではなく……』

 『私は自分のメガネをダメなものだなんて考えてました!だからお姉さんはメガネの素晴らしさを教えるべく、魔法なんていう方便を使ってくれたんですよね!』

 『春菜、少し落ち着いて……』

 『ですよね!』


 しばらく黙りこんでいたお姉さんでしたが、不安げになってきた私を見ると、私の手を取って神妙深くうなずいてくれました。


 『……その通りです。めがねとは素晴らしいものなのです』

 『はい!私、これからメガネと共にがんばります!』

 『……そ、そうですね。日々精進です』

 『はいっ!』

 
 ちょっと右頬がひきつったお姉さんを私は笑顔で見送りました。
 そう、あのお姉さんはきっと神様がメガネの素晴らしさを伝えるために、わざわざ私のところに来てくださったメガネの天使様なんだって。
 
 
 ▲ ▲ ▲


 「あのお姉さんこそ、メガネの神様が遣わした天使。そして私はメガネの神の啓示を受けたメガネの聖人なのです」

 「お前は目の視力の矯正よりも、心のケアを推奨するわ


 本人はその光景を思い出しているか、目を潤ませて感涙の涙を目じりに浮かべている。
 しかしプロデューサーはあの話のどこに感動していいのかまったくわからなかった。

 思わず黄色い救急車を呼ぼうとするが、電話番号がわからなかった。
 とりあえず、ちひろに電話をかけた。


 『はい、千川ちひろですが』

 「消費者庁のものですが

 『え?』

 「すでに警察と弁護士の方からお話はされていると思いますが、このような結果になって残念です。法廷で会いましょう」

 『え、あ、ちょっ!?』


 まだちひろは何かを電話越しに叫んでいるが、かまわずプロデューサーは電話を切った。
 そして一仕事を終えたとばかりに額の汗をぬぐう。

 
 「えーと、プロデューサーさん。何をしたんですか?」
 
 「悪は去った。この戦い、私たちの勝利だ」

 「……控えめに見ても、ちひろさんにいたずら電話をしたようにしか見えなかったんですけれど」

 「勝利とは、時にむなしいこともある。今みたいに」

 「いや、勝利とかそういう次元じゃ」

 「大人になれ、春菜」

 「……えぇー」

 
 冷めた目で見つめる春菜を諭しつつ、プロデューサーは資料を手に取った。
 手に持っているのは海外で行われるアイドルフェスの概要が書かれているもの。


 「春菜、お前がメガネのことを愛していることは解った。納得は小さじ一杯分ももしていないが」

 
 だけどな、そう続けてプロデューサーは椅子に深く腰をかけた。


 「お前自体の魅力はどうなんだ、春菜」

 「……え?」

 「お前はメガネをかけていないと意味はないのか?お前がファンに伝えるのはメガネだけなのか?そこに上条春菜の姿はないのか?」

 「それは……」

 「俺はお前のメガネに対する愛を否定しない。馬鹿にはするけどな」

 「ちょ」

 「だがお前がメガネに頼り切るのなら、それはメガネを使っているだけだぞ?メガネと共に歩みたいのなら、お前はメガネによりかかるのではなく、メガネの隣にいるべきだ。違うか?」

 「……プロデューサーさん」


 春菜は己の身を恥じた。

 いつから自分はメガネを縛っていたのだろうか。
 独りよがりにメガネを愛するあまり、メガネへの愛を妄執へと変化させてしまった。
 それはメガネへ愛をささげる自分の姿、それを好ましく思える自分が心のどこかにあったからだろう。

 プロデューサーはそんな自分の目を覚まさせるべく、きっとわざとメガネにつらく当たったのだ。
 私のために、彼はメガネを自らの手で傷つけたのだ。
 そこにどれほどの嘆きと慟哭があったのか、私には計り知れない。

 そして春菜はそこではっと気が付いた。

 
 「……プロデューサーさんは、メガネを愛するが故に。自らメガネから離れてコンタクトをつけていたんですね」

 「……そうだ」


 神妙深く彼はうなずいた。そんな事実は無い。
 本人はうどんを食べているときにメガネが曇るから、コンタクトをつけているだけである。

 
 「愛するが故に、自ら離れる……ですか。あはは、目が曇っていた私にはそれがわからなかったんですね」

 「離れるからこそ気がつくことがある。良いメガネっていうのは、例え離れていても……繋がっているんだよ」

 「プロデューサー……」

 
 そう、俺達はたった今昇り始めたばかりなんだ。
 この果てしないメガネ坂を……。

 一仕事を終えたプロデューサーは冷蔵庫にあった「かな子」と名前が張ってあったコーラのふたを開けて飲み始める。

 飲み始めるまで一切の躊躇いがなかった。


 「……って、プロデューサー。それってかな子ちゃんのコーラですよね?」

 「そうだな。む、これゼロじゃないか。あいつダイエット始めたのか?」

 「いや、そうだなじゃなくてですね。人の物を勝手に飲んだらダメじゃないですか!?」

 
 激昂する春菜をよそに、プロデューサーは一気に最後の一滴まで飲み干した。
 

 「ふぅ。春菜はそういえばしらなかったな」

 「え?」

 「俺が冷蔵庫から勝手に何故、法子のドーナッツや柊さんのお酒、早苗さんのイカ焼きに奈緒のぜんざいに智絵里の金平糖、藍子のマドレーヌに加蓮のイチゴワッフル、それと……」

 「もしかして、私のフルーツケーキ食べたのってプロデューサーですか?」

 「うん」


 華麗な右フックがプロデューサーを襲った。
 
 
 「落ち着くんだ春菜。いや、これには明確な理由があるんだ」

 「ふー、ふー……。良いでしょう、どんな理由があって私や他のアイドルの食べ物を貪りやがったのですか?」

 
 猫のように息を荒くして威嚇する春菜に対し、プロデューサーは実に堂々としており、まるで自分が正しい事が当然であるといった様子。

 もしかして、本当にプロデューサーが正しいのではないか?
 そんな考えが春菜の頭をよぎった。

 「この事務所に入ったときに、『この事務所は自分の家のように思ってくれて良い』って社長言ってくれてな。自分の家のように食い飲みした」

 「OK、プロデューサーさん。覚悟は良いですね、ちなみに返事は聞きません」

 「ちょ」

 
 頭をよぎっただけだった。

 その日、プロデューサーは春菜によって大地の肥やしとなり、さらに事実を知った他のアイドル達に踏みならされた。
 ……今日も、この事務所は平和です。








 

 ■ ■ ■


 春菜ちゃん=メガネ

 これでおおよそ間違いはないです。逆に言えばこれだけで話が書けます。
 少なくとも私は書けました。

 ちなみに私もメガネかけています。
 もちろん、春菜ちゃんへの愛ですよ!

 ……決して、乱視が強くてコンタクトがつけられないなんてことはありません。
 メガネ重い、ずり落ちる、そして眠い。

 それにしても一ヶ月ぶりですね、お久しぶりです。SS速報VIPでちょくちょく書いていました。
 書いたものはブッダ「シンデレラガールズ?」イエス「うん」などなど。
 聖☆おにいさん面白いですよね、書いていて楽しかったのでまた今度、続きを書こうかなぁ。

 そして次回辺りはその他版に移ろうか、そんな事を考えつつ今日も道場を巡っています。


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