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[3547] パストーレ中将一代記-ある俗人の生涯-(現実→銀河英雄伝説)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2009/02/13 06:38


「あれは夏の終わりでしたな。とにかく、すごい数の艦でした。有名な映画『回廊決戦』の台詞で「艦が7分で星が3分」なんていうセリフがありますが、ありゃ嘘ですな。そんなもんじゃなかったです。
回廊を、まさに艦船が埋め尽くしていましたな。
 いやぁ、その時の興奮といったら、なんとも。
 昔日の一個集団にも満たない数で、敵の大軍を迎え撃ったわけですから。
あ?それは、どういう心理状態かって?
そりゃ、あんた最初から発狂していたんですよ。
・・・それで、閣下が手を振り下ろすと各艦、敵に砲撃を開始して、その後は・・・それは、一生忘れられない光景でしたなぁ・・」

         ―――ある老人の回想 宇宙暦846年、惑星ボヘミア


「さようなら、私の優しい日本人さん。」
彼女はそう言うと、パストーレを扉の向こうに押し込んだ。
迫りくる襲撃者から彼を逃すために。

   ―――ユリアン・ミンツ『銀河英雄伝説 第12巻』ハイネセン出版



1.プロローグ

田中太郎(37歳)は独身だった。
正確にはつい先ほど、独身に回帰したといってよい。
学生時代に知り合った結婚9年目の妻と離婚したのだ。
理由は、妻の浮気だった。
最初は、泣き喚く彼女を許した。相手が彼の経営する中小企業の部下だったが、何とか許した。勿論、部下は首にしたが。
しかし、二度目は許した自分も含めて許せなかった。
だから、彼はかわいそうだったから、という理由で、彼の元部下と密会する妻に離婚届を突きつけたのだった。
『女なんて、、、もう懲り懲りだな。仕事が忙しくなきゃ鬱病確実だ。』そう、突き出した帰りの車で独語する田中だった。
『ミヨちゃんはありゃ病気ですよ。まぁ、次の相手を探せばいいんじゃないですかね?それより、今日やりませんか?ツクダの銀英伝で。』
応じるのは運転を担当する山田次郎だった。彼は田中の大学時代の後輩だった。
『いいねぇ。なら第二次ティアマトだな。俺、同盟な』
そう生粋のウォーゲーマーたる田中自作のオリジナルシナリオを、田中は決めるけるように提案した。山田は、また同盟ですか?たまには帝国やって下さいよ、と苦笑すると室内灯を消した。そして、俺の家まで時間があります。仮眠してください。と付け加えた。
少しでも感情を癒させるために・・・

山田の忠告に従い、後部座席に横になった。
睡眠剤を飲んだせいか、簡単に眠りにつけた。。。


-----------------------------


2.眠りより・・・

『・・・閣下!閣下!』
田中は、肩を揺すられシートから身を起こした。
『・・・?』
見たことのない場所だった。
敢えて言うならば旅客機に似ていた。
しかし、彼はレクサスの後部座席にいたつもりだ。
窓を見てみる・・
『宇宙?』
星空が広がっていた。
『そうですよ、パストーレ中将。もうすぐパトロクロスに到着しますから準備してください。』
緑のベレー帽をした男がそういった。
まるで銀河英雄伝説の自由惑星同盟の軍服のような・・・
『嘘だろ?』
田中、もといパストーレの発言は辛うじて誤解されずに済んだ。


三時間後の作戦会議を約して、彼を起こしてくれたブルック・トゥーアン大尉は第二艦隊旗艦パトロクロスに宛がわれたパストーレの個室から退席した。名前と階級だけは自然と頭に浮かんできたので、なんとかなった。どうやら副官らしいが・・・

『これは夢だ。そうだ!そうに違いない!』
と最初の一時間、夢遊病患者のように連れてこられてからは、37歳の俗人らしく、パニックに陥り、現実否定を繰り返した。しかし、ブラスターを、その小心故に焼跡の目立たない場所に乱射し、頭を三回鏡にぶつけてから、ようやく彼は現実を受け入れた。割れた鏡に移る顔は、劇場版第二作を見たのは去年の暮れだったので、よく顔を覚えていないが、妙にリアルなウィリアム・パストーレ中将だったし、ひっくり返した鞄から出てきた作戦計画書、ワープ航法計画は妙に緻密だったからだ。俗人であっても、素粒子物理学を理解できるほど彼はうぬぼれてはいない。

落ち着け、クールに、そうクールになろうじゃないか田中太郎よ。
ていうか、何故パストーレなんだよぉ!
状況から見てアスターテ前だろ?
てことは、この一週間後に、ラインハルト率いる20000隻に、俺の指揮下12000隻ごと各個撃破の挙句、無能呼ばわりされて殺されるってことかよ!


いや・・・無能呼ばわりはいいが、宇宙空間で死ぬのはなぁ。
とりあえず、、、考えろ、考えるんだ。
伊達に俺は百戦錬磨のウォーゲーマーじゃないんだ!


三択恋愛の王者が合コンに望むときのように、よくわからない自信を奮い起こすと、田中もといパストーレは副官たるブルック大尉を呼び出し、恐る恐る質問をした。勿論、基本的、というより明らかに常識はずれな質問が多かったので、ブルック大尉は不審がった。
しかし、『本作戦に重大なミスを発見してね。命令系統や作戦実施要綱を確認したいんだよ』と言い訳することで何とか誤魔化したのだった。
そして、残りの時間を、今後の対策で苦悩した挙句、使い方が良くわからないシャワーで火傷しかける、マフラーがポプランのようにしか巻けない、といった困難を乗り越え、第二艦隊の士官の案内の元、各艦隊司令官、幕僚による会議に出向いたのだった。
田中、もといパストーレである俗人の第二の生涯はここから始まる。



銀凡伝、なにわの総統的な凡人頑張り物語が好きなので挑戦してみました。展開が似てしまっていますが、どうかお許し下さい。
面白い上で、オリジナリティを出せるように頑張ります。


080721連載開始



[3547] 第2話 逃げろや、逃げろ
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2008/07/25 19:54
『第二、四、六艦隊は、アスターテ星域に乱入する驕敵を補足殲滅せよ。
ダゴン星域会戦の如き大勝利を望むや切である。』
                     「国防委員長命令第970号」


『第二、四、六艦隊は所定の位置より分進合撃、敵を包囲殲滅せよ
 ・・・なお、過早の包囲を避け、決定的段階まで相互距離の保持に留意せよ。
 敵の早期撤退を引き起こすような、行動は厳に慎まれたし。』
                  「宇宙艦隊機密作戦命令第1173号」



1.ハイネセン上空、作戦会議

「敵に対する兵力は4万隻!すなわち敵の2倍以上である。
 これによって、先日来、小賢しく蠢動する敵将を討つ!」
「各艦隊はアスターテ星域にて参集、敵を三方向より包囲殲滅する!
 これはかの歴史的勝利を収めたダゴン星域会戦の再現であるッ!」
 先任である、第2艦隊長官パエッタ中将、第6艦隊長官ムーア中将が説明を行うと、
 第二艦隊旗艦パトロクロスの作戦室に集まった各艦隊の幕僚、分艦隊司令はホゥっ!と熱を上げた。
 そんな雰囲気に冷ややかな視線を投げるパストーレ(田中)は咳払いをして、その態度を誤魔化した。
 じろっ、と彼を二人の司令長官が見つめたからである。
 本来ならば、ここで「今回もわが軍の勝利は間違いない!」とか「完全な包囲網を…」
 とか言う手筈なのだが、人物名と階級しかわからない田中太郎(37歳)もとい、パストーレ中将
 にはわかるはずもない。
 というか、天国まで100光年な自分の状況を何とかすることで一杯一杯なパストーレ(田中)だった

 ち、ちくしょー!せめて、せめてパストーレじゃなくてパエッタにしてくれよ!
 そうしたら全部ヤンの奴に任せて遊んでられるのに

「…さて、この宇宙艦隊司令部からの作戦案に質問は何かあるかな?」
 心中で悶えるパストーレ(田中)を、とりあえず置いたまま、パエッタは質問を振った。
 はい!とパストーレは手を挙げた。未だに現実を受け入れられないので非常に挙動不審である。
 …パストーレ中将、何か?不審な僚友への戸惑いの後、パエッタはパストーレ(田中)に譲った
「えーと、そのですな!この作戦案には問題がいささかあるように小官には思えるのですが。
 何故なら、我々が圧倒的にに不利だからだっ!……です。」
 そして、恐る恐るパストーレはラインハルトの説明をパクッて説明した。
 曰く、二倍の兵力といっても三方に別れていること
 曰く、しかも敵の撤退を恐れる余り、各部隊に距離が離れすぎ、連携に難があること
 曰く、中継衛星の数が少なく相互連絡さえままならないこと
 曰く、敵の主攻目標である中央の自分の第四艦隊が12000隻と敵の役半分しかないこと
 曰く、指揮系統が不明確で、しかも予備兵力が存在しないこと。


「大胆で不愉快な予測だな。百戦錬磨の貴官らしくもない。」
 猪武者、という表現がぴったりのムーア中将は、そう評した。
 他の多くの幕僚は、議論噴出、というより戸惑っていた。
 宇宙艦隊司令部からの作戦案を全否定した上で、司令部の戦略準備態勢まで
 第4艦隊司令長官が批判したのだ。無理も無かった。
 パストーレ中将はどうされたのだ?宇宙艦隊司令部での会議では
 作戦立案のフォーク准将を褒め上げ、率先して中央部隊に志願したのではなかったか?
 確かに問題はあるが、ほぼ完璧な作戦案じゃないか。司令官の考えは慎重に過ぎる
 というか、今更…

「静かにっ!静かにしないか!…なるほど、パストーレ中将は敢えて問題点を指摘したということだな。
 以上の点を頭に入れて作戦を遂行しようという、そういう意図と見える。」
 比較的パストーレと親しいパエッタは好意的に無理矢理解釈し、場を取り繕った。
 しかし、彼の努力は報われなかった。
「ヤン・ウェンリー准将、君はどう思うかね?」
 パエッタは自分の部下に質問を投げかけたパストーレに呆れてしまった。
 正直、パストーレ(田中)は、この会議に余り期待していない。
 話を聞いている限りでは文民からの包囲殲滅命令、ラインハルト出現以来、損害ばかりの宇宙艦隊司令部の勝利を希求する詳細な厳命
 によって、艦隊司令部の一存では作戦変更は無理だろうと感じ始めていたからだ。
 というか、作戦変更して密集した三個艦隊でもラインハルトに勝てる気がしない・・・
 いや、勿論、単独ですら勝てる自信はない。
 パストーレ(田中)は控え室で艦隊編成を見た瞬間泣きたくなった。


 第4艦隊編成 司令官 パストーレ中将(直属3000隻)
  参謀長 タナンチャイ少将
        副官  ブルック・トゥーアン大尉
        
第1分艦隊 エドウィン・フィッシャー准将(3000隻) 
   第2分艦隊 グエン・バン・ヒュー准将(3000隻)
第3分艦隊 ビューフォート准将(3000隻)
第4分艦隊(欠番、本国で再編成中)


 参謀長、その他幕僚は良くわからない。
 ドールトン大尉という何処かで聞いたようなのが航海担当でいたぐらいだ。
 おそらく、全員あんまり役に立たないだろう…田中よりはマシだろうが。
 第1分艦隊は「艦隊運用の名人、フィッシャー」だが、彼は他の能力は凡将よりマシな程度で、(といっても自覚した凡将だが)
 作戦指揮官にヤンやアッテンボローといった人間を得ないと宝の持ち腐れになってしまう。
 俗人にとっては頼りないことこの上ない
 第2分艦隊は、突撃万歳のグエン・バン・ヒューである。視野は余り広くない。実際、原作ではヤンの指揮下から
 離れた瞬間に戦死している。もっとも相手が双璧だったから、これは少し過小評価しすぎかもしれない。
 第3分艦隊は、原作では同盟領侵攻作戦で極少数の艦艇でゲリラ戦を仕掛け、ビッテンフェルト艦隊を一時行動不能に追い込んでいる
 ビューフォート准将の艦隊である。しかし、この御仁も正面戦闘は未知数である。
 極めつけは、直属艦隊を指揮するパストーレ(田中)である。
 艦隊指揮の経験もなく、スパルタニアンって何時出すの?擬似突出とかどうやるの?なパストーレ(田中)である。
 ・・・正直、トリップ前より人生オワタ\(^o^)/な状況である。


 (それでも……ヤンなら、ヤン提督ならきっと何とか…!)
 ヤンとアッテンボローにサインを貰いたいという俗物故の衝動を何とか抑えて、
 やっぱり声は富山敬なんだなぁ、と妙な感動を横において、
 パストーレ(田中)は話を振ってみたのだった。
 しかし、ヤンはパストーレ(田中)にとってのミラクルを起こせなかった
 「たしかに、パストーレ閣下のおっしゃることに私も同意します。
  実際、ガルダ湖会戦という三方向から包囲殲滅しようとする敵軍を各個撃破によって打ち破った例も存在します。
  これは、私の試案です」
 ヤンは一束のファイルをパエッタ、ムーア、パストーレに差し出した。
 パストーレ(田中)は、それを受けて死にたくなった。
 らめぇええええええええ!と
 疑わしげに目で舐めるだけのムーア、真面目に読み込むパエッタ、読みもしないパストーレ。
 「敵が各個撃破に出てきた場合、敵艦隊が押さば退き、敵が退かば押し、そうして時間稼ぎを行い、、
  味方の来援まで持ちこたえ、尚且つ逃がしもせず、そして両翼の艦隊によって包囲殲滅するのです」
 うん、わかるよ。わかるんだけど、その作戦案は俺に二倍のラインハルト相手に機動防御戦闘を行えってことですか。
 というかね、この状況では提案は通らないよ・・・
 「馬鹿馬鹿しい。エルファシルの英雄は、リンパオに匹敵するとお思いらしい。恥ずべきことだ」
 「中々良く出来ているが、この期に及んで当初の計画にない作戦は混乱を生むだけだ。
  特に、艦隊運用の困難さには多大なものがあるだろう。今回は採用を見送る……君に含むところがあるわけではないぞ?」
 ムーア、パエッタは、それぞれの人格が現れる表現でヤンの提案を却下した。
 ヤンは、当初、パエッタに対して多少食い下がったものの、結局はぁ。とだけ言うと頭を掻いて引き下がった。
 そして、会議は解散した。
 帰り際、俗人はみっともなくムーアとパエッタに連絡士官は必要だよね☆ということでラップ少佐とヤン&アッテンを借りたいと申し出た。
 不審がる両者を拝み倒して、参謀を必要としないムーアからはラップ少佐を借りれたが、パエッタからはラオ少佐を借りれたのみだった。
 いくらなんでも副参謀長と砲術参謀をレンタルするというのには無理があった。
 それに何だかんだ言ってパエッタは両者を一応、高く評価はしているのだ。
 ムーアにしても、小うるさい一参謀を追い払えたにもかかわらず、パストーレ(田中)は色々と代価を約束させられた。
 どうせ不渡り手形になるので、俗人は気軽にOKしたが。
 
2.アスターテに向けて

 「艦隊運用の全てを私に任せるですと?」
 白髪の提督、エドウィン・フィッシャー准将は驚いた。
 自分の上官は、鷹揚なタイプではなかったはずだが?そう思った。
 第4艦隊に戻った途端、旗艦レオニダスに呼び出された挙句、全権を任せるといわれてフィッシャーは、面食らっていた。
 「うん、お願いします。私等がやるより、艦隊運用の名人の君の方が適任だと思ってね。
 ただし苦労してもらうよ。」
 俗人は、ヤンの猿真似をしながらも不安がっていた。
 もし断られたら、自分は良くわからない12000隻、人員にして130万人を運用しなければならないからだ。 
 「分かりました。貴方に任された以上、微力を尽くしましょう。」
 数秒の沈黙の後、フィッシャーは許諾した。それは引き受けた以上は全力を尽くす、という頷きだった。
 俗人は、有難う!有難う!と安心の余り、感激するとフィッシャーの手を握り締めた。
 フィッシャーは、それを受けながら、この人はこういうはしゃぎ方をする人ではなかったのだが?とやや戸惑った。
 俗人は安心すると、ラップ少佐とラオ少佐に向き直ると、君たちには私の参謀達とともに、私の今から話す作戦案を検討してほしい、と言った。
 ラップ少佐とラオ少佐は互いに見つめると、先任のラオから俗人に返事をした。
 「ですが、パストーレ閣下。宇宙艦隊司令部の厳命を私たちの一存で変更するのも如何なものでしょう。
  先ほどの作戦会議でもそういう結論でしたが・・・」
 「閣下がおっしゃられた不安については、小官も同意見ですが、現時点での作戦変更は難しいのでは?」
  パストーレ(田中)は、原作知識による余裕を生かして堂々と答えた。
 「そう。だが、敵が司令部の前提と異なる動きを示した場合は、我が艦隊が独断専行しても、同盟軍法に違反しないはずだ。」
  副官のブルック大尉の受け売りをそのまま話すと、俗人は一呼吸ついて続ける。
 「おそらく、敵、ラインハルト・フォン・ローエングラムは脇目も振らず我が艦隊に突入してくるはずだ。
  そこで、我々は偵察部隊・中継部隊を最大限、前面に展開させ、敵が各個撃破行動に出た途端に独断専行を行う。」
  なるほど、と二人の連絡士官は思った。
  宇宙艦隊司令部からの命令には、各個撃破行動に出た場合の指示はないし、その場合新たな作戦指示を行うべき宇宙艦隊司令部は遥か遠くのハイネセンで指示のしようもない。
 「納得頂けたかな?それでは、その場合の作戦案の大枠について説明したい。」
 俗人とて一応、自動車部品メーカーの経営者であったから、彼の作った仕様書は読みやすいものだった。
 もっとも実際的な内容が少なかったということもあるが。

3.永遠の闇の中で

  それから6日と21時間、ついにラインハルト率いる2万隻の帝国軍はアスターテ星域外縁部に到達し、
  第4艦隊を正面に捕らえようとしていた。
 『敵艦隊、発見!数12000!距離35000!薄く陣形を広げて展開中!』
「来たか!」
  ラインハルトは軽い興奮を覚えた。
  ここまでの道のりで、偵察部隊が多く各個撃破の意図が露呈したかと思ったが、どうやら敵は
  情報を戦術決定に生かす柔軟性を持たなかったと思われたからだ。
  でなければ、半分の兵力で無闇に広げるような真似はすまい。
 「行こうか、キルヒアイス。各艦砲撃用意!」
  はい、ラインハルト様。とキルヒアイスが応じようとした刹那、オペレーターが叫び声を上げた。
 『敵艦隊全艦反転!全速で後退…いや壊乱していきます!』 



[3547] 第3話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(上)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2008/07/25 19:51
『「何て逃げの速さだ。まるで疾風だな」提督は半分悔しそうに、残りは嬉しそうにおっしゃった。』
          ルーク・ザンデルス「ファーレンハイト提督の記憶」ランズベルク中央書籍



1.壊乱!
「ちょ!何故、壊乱するんだよっ!必勝の艦隊行動じゃなかったのかよ」
パストーレ(田中)は慌てて、「唯一の分艦隊司令」のビューフォート准将に通信を繋いだ。
『フィッシャー提督、グエンの単細胞を後方に置いてきましたからね。
 というか、貴方が全艦回頭のタイミングを間違えるからですよ。訓練もロクにしてないのに
 まぁ、いいじゃないですか。
 これで敵を後方の「野戦陣地」とやらに引き込めるのですから。』
いや、整然と撤退すれば、もしかしたらラインハルト君は、どうでもいい第6艦隊に向かってくれないかな~
 と思ったんだけどね。ていうか、君正直に言うね。
『褒められた、そう思っておきましょう』
 俗人は頭を抱えた。
 頭の回転が速い奴って、どうして人格と反比例するんだよ。
 こんな捻じ曲がった奴だとは思わなかったぞ
 ここに来るまでにゲリラ戦の権威というので方法を聞いたら
「皆、僕に聞きに来るから教えてあげたいのは山々なんですが、
  質問の仕方を知りませんでね。的外れなことばかり聞くんですよ」
 なんて涼しげに嫌味を言う。こりゃ原作で宇宙艦隊に編入されないはずだ。
『さぁさぁ、早く逃げないと敵が来ますよ』
 わかってる!わかってる!全艦、最大戦速で300光秒先の「野戦陣地」まで後退!

 

 面白くなってきたじゃないか、パストーレの旦那。
 わざと道化を演じ…いや、半分くらいは素か。
 にしても、それによって部下を安心させ、部隊の混乱に自身も動じることがない。
 最初は、また俺を使いこなせることのない上司にめぐり合ったかと思ったが…
 少しは楽しめそうだな。
 ビューフォート准将は、壮大な誤解をしつつ、それとなくほくそえんだ。
 彼は、この年36歳。ブラウンの髪に剽悍な顔つきを持った男だった。
 ゲリラ戦と補給寸断の権威ではあるが、性格の歪みのお陰で能力ほどの出世はしていない
 (もっとも36歳で准将というのは十分に速い)
 彼が、今後パストーレ(田中)を誤解したままかどうかは、まだわからない。。。


2.ナガシノ会戦(帝国側名称:アスターテ・一次会戦)

「いかがいたします。ラインハルト様。」
 赤毛の青年は、金髪の常勝将軍に向き直った。
「やや予想外だが想定になかったわけじゃない。
 このまま前進し、敵の後背に喰らいついて撃破する。
 理由は分かるな?」
 ラインハルトは幼友達のキルヒアイスに遊ぶかのように質問した。
 そして、キルヒアイスは彼の期待を裏切らなかった。
 曰く、敵は本当に壊乱しているようなので、作戦変更し、第6艦隊に向かうのも一つの手ではるが、
 諸提督、特にエルラッハ、フォーゲル、シュターデンが反対し、迅速な行動が取れないばかりか
 一部暴走の可能性さえある。ただでさえ、皇帝の名前を持ち出して脅しつけているのである。
 今更、再び作戦変更するというのでは不味いだろう。
 曰く、諸提督が反対する場合に持ち出すであろう理由は敵を撃破する好機であるということだろうが、
 それは正論でもある。
 曰く、ここに来るまでに中継衛星のことごとくを破壊し、偵察部隊、電子妨害部隊をばら撒いてきたことによって
 敵の相互連絡はおそらく不可能に近いこと。
 曰く、敵の指揮系統は分断されたままであること。
 故に、当分後背を第2、第6艦隊に晒しても問題はないこと。
 そういう説明を聞いて、ラインハルトは満足げに頷いた。
「その通りだ。キルヒアイス。俺の心も同じだ。
 ファーレンハイトを先鋒にして最大戦速!逃がすな!」
 混乱した敵、それも12000隻の部隊がラインハルトの速攻から逃げられるはずもなかった
 特に先鋒のアーダーベルト・フォン・ファーレンハイト少将は速攻の達人である。
 守勢には弱い部分もあるが、その攻勢における力量と破壊力は随一である。
 しかし、ラインハルトは追いつけなかった。完全に逃がすこともなかったが、俗人の構築した陣地まで砲火に捕らえることはなかったのだ。


 いやぁ、危なかった!危なかった!
 艦艇の半数を高速艦艇中心にして、残り半分を「反応装置」による囮艦隊にしてなければラインハルトに殺されてるところだった。
 空母も輸送艦も工作艦も重量級戦艦も、みーんな置いてきたもんなぁ。
 というか、二倍以上で、重い艦艇も存在するのに逃がしてくれないラインハルトって。。。。
 俗人は冷や汗をかいたまま、恐怖によって呆然としたが、副官のブルック大尉に迫られて命令を下した
 「全艦、前方の隕石群の所定の位置から進入!」
 各艦は、我先にと前方に広がる隕石と機雷の隙間を縫うように進入すると、フィッシャーの手腕によって片っ端から再編されていった。
 勿論、幾つかの進入路がフィッシャーによって設定され、信号弾によって示されてはいたが、壊乱状態だったために
 30隻ほどが隕石にぶつかり撃沈し、20隻ほどが機雷にぶつかって損傷した。(機雷はFCSがあるので大爆発しないのは幸運だった)
 勿論、俗人は大して罪悪感を覚えていない。申し訳ないなぁ、と少しは思うが、それによって3000人以上が死んだとは実感がわかないし、
 所詮、異世界である。そういう状況の俗人に博愛主義を求めるのは難しいだろう。道義的には非難されてしかるべきであるが。
 

 ラインハルトはくっ!と指を噛んだ
 してやられたぞ、キルヒアイス!
 敵はその艦隊運用の手腕によって俺たちから逃げ切るだけでなく、待ち伏せていたようだ…
 キルヒアイスは頷いた。
 しかし、ラインハルト様、敵には予備兵力もなく、僅かに12000隻です。
 正面から攻撃し敵の戦力を拘置する一方で、別部隊を敵の前方の隕石群を迂回させれば撃破は可能です。
 そのキルヒアイスの意見をラインハルトは頷いた。
「そうだな、キルヒアイス。迂回部隊にはファーレンハイトを任じよう。俺の直属から2000隻を回す。
 おそらく迂回までに何時間かかる?」
「およそ8時間かと。」
 キルヒアイスは微笑んだ。
「こいつ!既に計算していたな。よし、中央はメルカッツ、左翼はシュターデン、右翼はエルラッハとフォーゲル。
 ファーレンハイトにはブラウヒッチ・カルナップ両艦隊を預ける。急げっ!」
 ラインハルトは、まさにその無意識な優雅さで命令を下した。

 帝国軍遠征艦隊編成
   司令官 ラインハルト上級大将(直属5000隻、ラインハルト、ブラウヒッチ、カルナップ、グリューネマン、アルトリンゲン)
   副官  キルヒアイス大佐
        
第1分艦隊 メルカッツ大将(4000隻) 
   第2分艦隊 シュターデン中将(3000隻)
第3分艦隊 エルラッハ少将(2500隻)
第4分艦隊 フォーゲル少将(2500隻)
第5分艦隊 ファーレンハイト少将(3000)

 
 「敵、イエローゾーンを突破!中央にメルカッツ艦隊4000隻、左翼艦隊は不明ながらも約5000隻、右翼はシュターデン艦隊3000隻。
  さらに後方に敵本隊が存在すると思われます。数は不明ながら8000隻と推定されます」
 オペレーターが怯えを含ませて叫ぶ。それはそうだ、予定では三方向からの包囲のはずが二分の一で正面から迎撃する羽目になったからだ。
 閣下、艦隊の再編成と配置完了いたしました、いや、ぎりぎりでした。フィッシャーが汗を拭いながら言った。
 この空域に予め残置されていたフィッシャー及びグエンの6000隻が構築したのは、隕石群を利用した野戦陣地だった。
 元々の隕石群に加えて近くの小惑星帯から、石っころや放棄された惑星基地を艦隊を動員して運び込み、
 大きすぎる隕石は主砲で破砕するか、真ん中に穴を開け敷設したのだった。
 そして、艦隊常備の浮遊機雷から、近くの警備艦隊の倉庫に眠る航路警備用の敷設機雷、旧式ミサイル、
 不法投棄業者が捨てた廃船等を片っ端から集めて、浮かべたのだった。
 勿論、ただ浮かべるだけではなく、敵の進入に対して出来るだけ効果的な配置、意図的な窪みも作ってある。
 これはパストーレ(田中)のアィディアを基に、ラップ少佐が基本計画を作成し、ラオ少佐が細部を煮詰め、実施要綱を他の参謀が作成した

 後世の戦史研究家は、パストーレのこの戦術を「遅すぎた軍事における革命」という名称で(過大)評価した。
 なぜ軍事における革命(RMA)だったのか、それは陣地戦ではなく運動戦を基本とする当時の基本ドクトリンを引っ繰り返したからだった。
 要するに、俗人は艦隊運動の有効性が勝利の大きな重要性であった当時に、
 (だからこそホーランド、ミッターマイヤー、ファーレンハイト、フィッシャー、ビッテンフェルトといった多くの有能な将帥は
  出世することが出来たし、「有能」であると判断された。)
 それを宇宙要塞に頼らず、「野戦陣地」を構築することで、相手の艦隊運動の優位性を無効化したのだった。
 あたかも日本の戦国期に長篠の戦で織田信長が「野戦陣地」を構築することで、精強な武田軍を撃破したかのように
 実際、日本でも、その後、「野戦陣地」戦術が一般化し、その後の小牧、静が岳、関が原、朝鮮征伐、大阪の陣で数に劣る側が
 野戦陣地を構築し、相手を苦戦させている。
 しかしながら、この銀河時代では限定的なブームになった。
 それこそが「遅すぎた」理由である。
 何故ならば、この後、短期的には指向性ゼッフル粒子という大きな破城槌が登場し、長期的にはワープ距離の延伸といった動向により、
 徐々に無効化されていったからだ。勿論、原作でビュコック提督がマルアデッタ会戦で使用したように必ずしも不要な戦術になったわけではなかったが。
 

 そんな設定オタクな話はさておき、パストーレ(田中)は「ナガシノ作戦」という、こっぱずかしい名称を与えた作戦の開始を宣言した。
 名称の理由は長篠の戦のボードゲームの解説で発想を得たからというものだったから、そっちの方がもっと恥ずかしかったけれども。
 「全艦砲撃用意!」
 『敵レッドゾーンに侵入します!』
 えーと、ヤンは確かしばらくレッドゾーンに入ってから撃っていたような・・・
 しかし、反応が遅いと『無能者め。反応が遅い。』なんてことになってしまう。
 こ、こんくらいかなぁ??
 「ファイエ…じゃなくて、情け無用!ファイア!」
 俗人が手を振り下ろすと、数多の光芒が帝国軍に向かっていき、そして煌いた。





[3547] 第4話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(中)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2008/07/25 19:53
「敵の指揮官はフィッシャーという名前だったな。実に良いポイントに攻撃を集中させてくる。
 こう艦列を維持する部分を狙い打ちされては、攻勢に出る機会をつかめん。」
 メルカッツ提督は副官のシュナイダー少佐にそうこぼした。
                     ユリアン・ミンツ「銀河英雄伝説 第2巻」ハイネセン出版より


1.ザ・トレンチ
 砲撃戦は第四艦隊による長距離砲の射撃から始まった。
 敵を迎え撃つのは、右翼部隊(敵左翼の正面)にグエン・バン・ヒューの3000隻、左翼部隊にビューフォートの2000隻、
 中央にはビューフォートの部隊から増強したフィッシャー率いる4000隻である。残り3000は予備兵力として俗人が指揮していた。
 俗人のアィディア(というより御存知のようにヤン提督のパクリ)による一点集中射撃は、
 訓練不足から4、5本に拡散しながらも右翼のシュターデン分艦隊をしたたかに叩いた。
「後退!後退だ!だからこのような理屈に合わぬ攻勢などすべきではなかったのだ!」
 シュターデンは300程の損害を出し、乱れた艦列を立て直す為に一旦後退した。

「続いて、敵中央!メルカッツ提督に得意の接近戦に持ち込ませるな!」
 俗人は続いて中央のメルカッツ艦隊に砲撃を集中させた。
 しかし、メルカッツは老練な手腕で艦隊を巧みに分散集結させると、
 集中させたエネルギーフィールドで、これまた4、5本に拡散した集中射撃を損害らしい損害もなく防いだ。
「仕方ありません。防御陣地によるアドバンテージに期待して、長距離砲は左翼の敵主攻部隊の「囮攻撃」に専念させましょう。」
 ラップ少佐は、たじろぐパストーレ(田中)に、ヤンの大佐時代のようにこっそり耳打ちした。
 それは、パストーレ(田中)からエルファシルの英雄の盟友の手腕を見せてほしい、忌憚なく私を助けてほしい、と煽てられても、
(こういう煽ては一応、小さな経営者だったので田中は上手かった)
 パストーレの元々の幕僚を憚らなければならない立場故だった。

 今度はエルラッハとフォーゲルが、同盟軍の砲撃によってそれぞれ100程度の損害を出した。
 それは、彼らの突撃を誘う為に意図的に弱められた攻撃だった。
 しかし、考えすぎの慎重居士であるシュターデンと違って、相対的に被害が少なく、戦功に逸る彼らは突撃を選択した。
「順送り人事が何だ!俺たちだって叛乱討伐、辺境警備、宇宙海賊退治に追われる事がなければ、
 戦功を立てて堂々と出世できたんだ!金髪の孺子との違いはチャンスの差だけだ!」
 そういう宇宙世紀の英雄、ジーン伍長と同レベルの考えの彼らは、仲良く最大戦速で相互に連携しながら進んでいった。
 それに、シュターデンより損害が少なかったことが彼らの気を大きくしていた。

 しかし、三段からなる防御線の第一段を突破した段階で進撃はとまってしまった
 残骸やら産業廃棄物やら隕石の隙間から狙い打つ、グエン・バン・ヒューの部隊3000隻に一方的に損害を加えられたからだ。
 おまけにスパルタニアンが後方の艦船の機関部を遮蔽物からの奇襲によって、航行不能に追い込み撤退を不可能にさせた。
 加えて、いたる方向から機雷やミサイルが自分に向かってくるか、誘爆するのである。
(俗人のこれまたチュン大将のマルアデッタ会戦の剽窃だった。)
 お陰で、彼らは引く事も出来ず、無謀な突撃を繰り返させられる羽目になった。
 

 同時期、メルカッツは流石にエルラッハとフォーゲルのような醜態を見せなかったが、その接近戦術の得意さを持ってしても
 攻め倦んでいた。むしろ、4000隻のフィッシャーが巧みな艦隊運用で5000隻のメルカッツをやや押していた。
 当初、フィッシャーは自分には正面からの殴り合いには自信がない、と正直に俗人達に愚痴をこぼしていたが、
 ラップ少佐が遠慮がちに、艦隊運用の名手でいらっしゃるならば、敵の艦列を維持するポイントといった敵の弱点も見えやすいのでは?
 とアドバイスされ驚いたのだった。
 これまで、彼は自分の艦隊運用の能力を上昇することに集中していたので、そういう視点がなかったのだ。
 結果、フィッシャーは正面からの戦闘に限って言えば、能力と自信を上げていた。
 というよりも能力の使い道を新しく発見したのだった。
 それが野戦陣地によるアドバンテージがあるとはいえ、メルカッツをやや苦戦させていた。 

 このようにナガシノ会戦の序盤において、パストーレ(田中)が言い間違えのお陰で、実に絶妙なタイミングで先手を取り、
 野戦陣地戦術が功を奏したこともあって、同盟軍にとって比較的優位な状況が現れた。
 即ち、同盟軍右翼ではグエン・バン・ヒュー(3000隻)が、エルラッハとフォーゲル(4800隻)を圧倒し、
 中央ではフィッシャー(4000隻)がメルカッツ(5000隻)をやや押しつつあり、
 同盟軍左翼では、ラインハルトの「姉ちゃんと義理の兄貴にいいつけるぞ!」という脅しで、前線にかえってきたシュターデン(3000)
 をビューフォート(2000隻)が戯れるように翻弄していた。


「上手くいったな」
 ラインハルト、パストーレ(田中)は、そうした状況を見て、ほぼ同時に独語した。
 天才と俗物、天俗相打ったのは、彼らの認識と目的の違いからだった。

 俗人達はラップの台詞にあったように、敵左翼の不明の部隊(エルラッハ・フォーゲル)を数の多さから主攻部隊と判断、
 中央のメルカッツは助攻、敵右翼のシュターデンは最低限の押さえ部隊であると判断していた。
 すなわち、野戦陣地に敵を引きずり込み、敵を減殺し、攻勢限界点に達したところでシュターデンに直面している左翼部隊から
 引き抜いた部隊と予備兵力を敵左翼に叩きつけ、そこから一気に突破し第2・6艦隊と合流するつもりだった。

 一方、ラインハルトはそんなことはお見通しだった。
 彼の目的は可能な限り短期間かつ少ない損害での撃破だった。
 故に、迂回させているファーレンハイト及びブラウヒッチ・カルナップ艦隊5000隻の存在に気がつかせてはならないし、
 対応できる予備兵力を敵に残させてもいけない。
 彼の認識では自軍左翼は俗人の理解とは違って主攻にみせかけた助攻だった。
 そこに敵兵力を集中させ、中央のメルカッツに残りの予備兵力と可能ならシュターデンも投入し、
 約一万隻の兵力を叩きつけ、敵の予備兵力を失わせ、上手くいけば中央突破による敵の壊滅を図るつもりだった。
 迂回させた兵力の有効性を高めつつ、場合によっては、それすら必要とせず素早い勝利を得る。
 ラインハルトらしいダイナミックな戦略だった。
 ただ、予備兵力3000の内、グリューネマンとアルトリンゲンの2000隻を敵の連絡艇潰しに裂いていたので、
 全面攻勢はいま少し後の予定だった。

 勿論、俗人もラインハルトの意図を完全に誤解しながらも迂回戦術の可能性には思い至っていた。
 実際、ラオ少佐から「司令官閣下は、敵が数の優位を生かして迂回させてきた場合は、どうされるのですか?」と問われていた。
 だが、俗人は「我に秘策あり、だよ少佐。」というのみだった。
 本当は策なんて何もなかった。兵力差が半分では、迂回する部隊と正面の部隊に回す予備兵力なんてなかったからだ。
 詐欺のような手段なら一つあったが、それは現時点では言えない。
 立場的に部下を不安がらせるようなことは言えないし、何より心の底から信用できなかったからだ。
 セル画で、一部の方は極めて特殊な方法でPCの画面から、場合によっては自国言語の字幕を付けて普段眺めている架空の人間達に
 信頼を置け、という方が無茶な注文だろう。
 俗人は孤独だった。
 しかし、パストーレは俗物らしく浮かれ始めていた。
 第2、第6艦隊に放った20隻!(原作では4隻)の連絡艇から応答がなかったものの、
(グリューネマンとアルトリンゲンの2000隻にほとんど撃沈されていた。僅かに2隻が第6艦隊が辿り着いた。
 このことが、アスターテ・二次会戦、三次会戦に大きく影響する。)
 この時点では明らかに、第四艦隊は戦術的に有利な立場であったからだ。
 だけれども、そうした慢心は5時間後に崩壊した。
 そう、ファーレンハイト艦隊が野戦陣地の左方向からの迂回に成功したのだ。


2.ファーレンハイト来る

「て、敵艦隊が左後背より出現!数5000隻以上!」
 それはグエン・バン・ヒューに対して、ビューフォートから更に引き抜いた部隊も含めて4000隻の全ての予備兵力を与え、
 数が6割程度になったエルラッハとフォーゲルの敵左翼から突破しようとしていたときだった。

「ほう、ファーレンハイトめ予想より3時間以上も早く迂回するとはな。なかなかやるじゃないか。」
 ラインハルトはファーレンハイトの有能さを尊んだ。
 お陰で、本来、ファーレンハイトの迂回に対応させないための中央からの攻撃と同調できそうだったからだ。
「ラインハルト様、これで・・・」
「うん、完璧な勝利だ」
 ラインハルトは赤毛の親友に頷いた。
 今度も完璧な勝利を彼の友人と分け合うことが出来そうだったからだ。

「行け!誰の手柄になるとしても、まずは勝つことだ。」
 ファーレンハイトは指揮下のホフマイスターとブクスフーデに命じると、グエン・バン・ヒューへの増援の為に移動中だった
 同盟軍の予備兵力に突進した。
 同時期、ラインハルトは連絡艇狩りから帰還したグリューネマンとアルトリンゲンとともにメルカッツの増援に自ら前進を開始した。
「押し潰せ!もはや敵軍に残された手段は存在しない!」


3.俗人還らず?

「もはや戦線を維持できません!」
「我が直属艦隊は壊滅しつつあり!」
「戦艦レムノス大破!戦艦ネストル撃沈!ブルーノ提督戦死!」
 壊滅的、悲観的な報告で第四艦隊旗艦は埋め尽くされていた。
 事実、パストーレ(田中)の艦艇は次々と爆沈・撃沈・轟沈していった。
「あ、慌てるな!司令官閣下には必勝の策がある!そうですね、閣下」
 ラオ少佐が慌てて言い放った。
 おいおい、そんな縋る目で見るなよ…
 俗人は死にたくなった。
 パストーレ(田中)はビューフォート准将に反転によってファーレンハイトに喰いつくこと、
 先ほど、機雷に衝突して損傷したので、更に後方に待機させていた無人艦艇30隻に、ある信号を送るように命じた。


「無理いいやがって。」
 ビューフォートはごちた。目の前の敵が、やる気の無いとは言え、僅か1000隻で3000隻の敵を食い止めているのである。
 その状況から反転し、ファーレンハイト5000を牽制しろというのだ。土台から無茶な要求だった。
 しかし、
「……だが、誰からも必要とされないよりはましか。面白い。パストーレの旦那の秘策とやらに賭けて見るか」
 ビューフォートは、彼の気難しさを知りながらも、彼を初めて正面から評価し頼ってくれたパストーレ(田中)
 に本当は感謝していたのだ。口が裂けても、そんなことは本人には言わないだろうけど。
 彼は、残った機雷、旧式ミサイル、廃棄艦艇を爆破させ、シュターデンの進撃を止めるとファーレンハイトの側面から噛み付いた。
 そして、カルナップ艦隊を突破すると、ゲリラ戦の権威の名に恥じぬ攪乱攻撃をファーレンハイト直属艦隊に加え始めた。

「参ったな。なんという嫌がらせだ。」
 ファーレンハイトはビューフォートの攻撃に辟易していた
 数は少ないので、たいした損害は受けていないが、一撃離脱と擬似突出を繰り返すので、
 照準を乱されて、今一歩、正面の第4艦隊主力に集中できないでいた。
「まぁいい、所詮は時間の問題だ。ザンデルス、コーヒーを用意してくれ。」
 その瞬間だった。突如、彼らの左方向、第四艦隊後方に3000隻の同盟軍の反応が現れた。


4.ロボス元帥の幻影

「僅か3000隻?どういうことだ。」
 ラインハルトは思わず考え込んだ。
 確認している数から見て、第4艦隊の所属ではないだろう。
 しかし、他の艦隊が増援に来たにしては数が少なすぎる。
「戦術的には極めて小さいが、戦略的にはきわめて大きいですね」
 キルヒアイスが助け舟を出した。
「そうか!ロボス元帥とやらが出てきたのか」
 なるほど、とラインハルトは思った。
 どうやら敵も今回の戦いぶりから見るに流石に馬鹿ではない。
 指揮系統の問題を悟り、慌てて宇宙艦隊司令部が前線に出てきたのだな。
 だが、遅かったようだな。
「ファーレンハイトに、ロボスを叩かせろ!第4艦隊は我々のみで叩く」
 それは恐怖の裏返しでもあった。
 もし、第四艦隊を見捨てて、ロボス元帥が一目散に逃亡し、ラインハルトの後方で第2、6艦隊と合流したとしよう。
 その場合、ラインハルトは自軍の後方で待ち構える数で勝る統一された敵軍と正面から殴りあわなければなる。
 ラインハルトは、絶対にそんな事態は避けなければならなかった。
 敵軍に対して大きな勝利を得なければ元帥に昇進し、一軍の指揮権を得ることが適わないばかりか、
 敗北すれば、逃げながらえても、それを理由に降格の上で予備役編入されかなない。
 ラインハルトとキルヒアイスは、そうした事態によって、二度とアンネローゼを救い出せなくなる事態を恐れたのだった。
 後世の歴史家は言う。こうした特異な状況でなければパストーレの詭計に嵌まることは無かっただろうと。


「よし、反応装置による囮艦隊にひっかかったな!野戦陣地の可燃物を全て爆破の後、全艦散れ!
 いいか、絶対に集団で逃げるなよ。50隻単位以下で逃げれば、時間を惜しむ敵は追ってこないからな」
 パストーレ(田中)は詐欺のような詭計が当たったことを喜ぶと、そう命令した。
 実際には各艦にA5回路を開くように命じただけだったけれども。
「司令官、流石です!既にこの事態を予想していたのですね」
「これが秘策ですか!まさに秘策ですね」
『なるほど、艦隊再編に時間がかかるほど部隊を散り散りにしてしまうことで、敵の追撃を防ぐ。
 いわば、敵に対して自分達は無害な存在だから、それより危険な後方の二個艦隊に対応しなさい、
 と示してやる。そういうことですな。』
『むぅ・・・確かにファーレンハイト艦隊は進路を変え、架空の宇宙艦隊司令部に向かったようですな。』
 ラップ、ラオ、フィッシャー、グエンが口々に俗人を褒めた。
「うん、いや、まぁね。ははは・・・」
『しかし、既に大損害を蒙り全面崩壊寸前ですがな。余り褒められた状況とはいえませんな。
 タイミングを間違えると終わりですよ』
 調子に乗りつつある俗人に、ビューフォートが冷や水をかけた。
「ああ!わかってるよ!お前さんにまかせるよ!さっさとやってくれ!」
 俗人はそういうと指揮卓に突っ伏した。

 
 ビューフォートの指揮によって同盟軍右翼、中央の残った機雷・旧式ミサイル・
 不法投棄された廃船とプロペラントタンクが時間差を付けて爆破されていった。
 それによって全面攻勢を開始したことで、なまじ入り込んでいた正面の帝国軍は一時的に混乱を来たし、前進をやめた。
 その瞬間、フィッシャーは命令を下し、全艦全部隊を上下左右後方のあらゆる方向に
 飛ばしていった。勿論、後方の幾つかのポイントでの何日か後の再集結を約してである。
 帝国軍は、これに対応できなかった。ファーレンハイト達はロボス元帥という大きな幻の戦果
 に向かって突撃していたし、前述のように帝国軍前方部隊は一時的に行動不能に陥っていたからだ。
 第四艦隊は大きな損害を出し、艦隊としての姿すら失ったが6000隻ほどが脱出に成功した。
  

「……敵の宇宙艦隊司令部は無人艦艇が放った「反応装置」による囮艦隊だったようです。
 ファーレンハイト提督から報告が来ました。」
 厳しい顔で全面の野戦陣地の残骸を見つめるラインハルトにキルヒアイスが報告した。
「正に奇才だな。短期間でこれほどの陣地を構築するとはな。そして、よく戦い。よく逃げる
 最後には詭計を使った上で、自らの戦略的意義を消し去り、俺に追撃を断念させた。」 
 ラインハルトは、そう「後出しじゃんけん」の俗人を過大評価した。
「ヤン・ウェンリー以外にもやる奴はいるものだ。敵の指揮官は何と言った?キルヒアイス」
「ウィリアム・パストーレ中将です、閣下。」
「ウィリアム・パストーレ……次は逃がさん。それとキルヒアイス」
 俺と二人っきりの時は閣下はよせ、とさっきも言っただろう。しょうがない奴だ。そうラインハルトは付け加えた。
 この時、キルヒアイスは、わざと「閣下」と言ったのだった。
 ラインハルトは、ようやく笑った。

「逃げ散った敵を如何しますか?これより掃討に」
 その時、メルカッツ提督からの報告が入った。
「無用だ」
 ラインハルトは途中で、それを遮ったのだった。
「は?」
「最早、敵は短期間での艦隊陣形再編と再攻勢は不可能だ。痛手も負っている。
 それより、こちらは速やかに艦隊を再編し、残った敵を各個撃破する。
 未だに敵は指揮系統も物理的にも分断されているのだからな」
「分かりました司令官閣下!」
 おとなしくなったものだな、ラインハルトはやや満足そうにいった。
 変わらざるを得ないでしょう、そうキルヒアイスは応じた。
 新戦術である巧緻を極めた野戦陣地を構築した敵を、砲火を交えてから僅か6時間で撃破したのだ
 この戦闘の結果、同盟軍は艦艇5900隻を永遠に失った。また戦闘に耐えられない損傷艦艇1200隻だった。
 対する帝国軍は、撃沈艦艇2800隻、戦闘に耐えられない損傷艦艇900隻だった。
 アスターテ会戦、それはようやく第一段階を終えたところだった。



 

 
 



[3547] 第5話 大逆転??アスターテ星域会戦の巻(下)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2008/07/25 19:50
『ウィリアム・パストーレは、その平均寿命よりは短い生涯の中で幾つかの二つ名を得たが、
 その中でも「疾風」、「空弁当」、「早弁」は、このアスターテ戦役で得たものだった。』
         ユリアン・ミンツ「アスターテ戦役における二つの軍事パラダイムシフト」『戦史研究』戦史研究学会より



1.アスターテ星域会戦(帝国側名称:アスターテ・二次会戦)

「なんだと!それで敵の損害は?パストーレはどうなった?」
 ムーア中将は、第4艦隊からの報告に対して思わず吼えた。
 それに対して、連絡艇で報告に来た連絡員は怯えながら以下のように報告した
 パストーレ中将は敵を引きつけているので、速やかに救援を望む。
 全速で第2艦隊と連携しつつ向かって来てほしい。
 俗人は、正直自分が助かりたかったので、救援が遅くなるようなことは伝えなかったのだ。
「全艦全速!パエッタにも伝えてやれ。」
 ムーア中将率いる第6艦隊は報告に来た連絡艇を通信途絶の第2艦隊に回すと凸形陣で進路変更し、第4艦隊へ向かった。
 しかし、彼はそのまま帰ってこなかった。
 宙返りの要領で第6艦隊の後背に回りこんだラインハルトと、若干遅れて正面から迫るメルカッツ艦隊に包囲殲滅されたのだった。
 お陰で第6艦隊は、前門のメルカッツ、後門のラインハルトと『あっちむいてほい!』を繰り返しているうちにほとんど全滅してしまった。
 帝国軍の損害はほぼ皆無だった。


2.再集結

 その頃、アスターテ星域外縁部で、第4艦隊は再集結を図っていた。
 本当はもう少し時間をかけて行うはずだったのだが、俗人の命令の下に急速に態勢を図っていた。
「急げよ。盟友を、同胞を救うのだ!」
 とパストーレは実務的なことはさっぱりなので、フィッシャーに任せてひたすらアジっていたが、
 実際のところは、ラインハルト始末できる最良のチャンスじゃないか?と気がついたのだ。
 生き残るのに必死だったが、よくよく考えれば最後のチャンスである。


 そう考えるに至ったのは、この一週間で俗人が考えた今後の人生設計に理由があった。
 最初、俗人はアスターテをとにかく生き延びて退役しようと思った。
 しかし、元のパストーレさんは随分遊び人だったらしく、死んだ奥さんとの娘がいるようなのに貯金はほとんどなかった。
 これでは、同盟政府崩壊後の生活が成り立たない。
 しかも、その後、オーベルシュタインの草刈で逮捕されたり、ハイネセンの災害やら火祭りで死ぬ可能性満点である。
 仕方が無いので、バーミリオンまで史実に沿って、そこでヤンに追従して参戦し、命令を無視してラインハルトを討つことを考えてみた。
 だが、これも問題が大有りである。ここにいくまでに俗人はアムリッツア、ランテマリオ、バーミリオンといった虐殺の修羅場を
 生き残る必要がある。それどころか、その間にクーデター派に殺される可能性すらある。
 じゃあ、ラインハルトの軍門に下るかとも考えたが、オーベルシュタインかラングに苛められるか体良く利用されたあげく消されるかもしれない。
 何より、ラインハルトは横で見ている分には痛快だが、専制君主としては息苦しい圧迫さがあるように思えた。
 別に政治的に弾圧するどうこうというわけではない。というより銀河帝国自体が真面目に過ぎ、面白みの無い社会に思えたのだ。
 まぁ、それは俗人の偏見でもあるのだが。 

 ということで結論が出ず、とりあえずアスターテを生き残ろう!だったのだが、もしラインハルトを消すことに成功すれば
 同盟は維持され、少なくともパストーレが死ぬまでは年金を支給してくれるだろう。遊んで暮らせる!ヤターYO!と思い至ったのだ。
 タイミングとしては、ヤンが登場した辺りがいいな、と俗人は考えていた。
 俗人は、俗物だったけれども、ただ生き残るだけでは嫌な人間だった。
 他人の支配下に入ったり、好きなことが出来ないのがとことん嫌な人間なのだ。
 だからこそ、父親の後を引き継いで中小企業の社長になったのだった。
 
「ブルック大尉、現状での再集結は?」
 副官は、上司たるパストーレに対して、現状ではかきあつめてせいぜい2000です。と言った。
 追撃をかわすためにフィッシャーが本気でランダムにあらゆる方向、あらゆる速度で散らしたために
 6000隻程度は生き残ったが、中々再集結できないでいた。
 俗人は、3000隻になったら再進撃だ、と伝えた。
 本当は、可能な限り用意周到に準備した作戦を簡単に打ち破ったラインハルトが物凄く怖かったけれども。
 

3.英雄の誕生

 それから、しばらくの後、第2艦隊もまたラインハルトとの戦闘に入っていた。
 ラインハルト艦隊16000隻は第6艦隊を損害らしい損害も無く仕留めた後、
 やや遅れて一直線に向かう第2艦隊15000隻に、今度は斜め前方から襲い掛かった。
 数はほぼ同等であるが、士気の高さが違った。
 ラインハルトは帝国軍の高級指揮官には珍しく「平民」の士気の維持に気を遣うタイプだったし、
 なにより連続しての勝利、彼の見事な戦略に上級士官から一般兵士のほとんどが魅了され、その士気は天を突くばかりだった。
 一方、第2艦隊は第6艦隊までがやられたらしい事を知り士気はどん底であった。
 たちまち、第2艦隊は1000隻程の損害を蒙り、陣形を崩し、旗艦の防備が薄くなった。
 そして、帝国軍駆逐艦が放ったレールガンの一撃が旗艦パトロクロスを襲った。
 それが、英雄が生んだ。

『全艦隊に告げる。私はパエッタ総司令官の次席幕僚ヤン准将だ』
 ヤンの声は虚無の空間をつらぬいて走った。
 それはフィッシャーの手腕で何とか3000隻をかき集めて、第2艦隊をギリギリ確認するか、
 しないかの地点に到達していた第4艦隊でも傍受されていた
『旗艦パトロクロスが被弾し、パエッタ総司令官は重傷を負われた。
 総司令の命令により、私が全艦隊の指揮を引き継ぐ』
『心配するな。私の命令に従えば助かる。生還したい者は落着いて私の指示に従ってほしい。
 わが部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ。』
『負けはしない。新たな指示を伝えるまで、各艦は各個撃破に専念せよ。以上だ。』
 いやぁ、よかった。俗人はヤンの演説を聞いて安堵した。
 これで最初の「一生懸命頑張ったけど再編に手間取って応援に行けなかったんです。ていうか、そんな命令ないしぃ~
 ロボス君とフォークちゃんの責任よね、これ。あ!勿論、トリューニヒト大先生には責任ないっす、はい!」
 的な言い訳で傍観する予定を急遽変更し、ラインハルト抹殺に出てきた甲斐があったというものである。

「司令官閣下!早く援けに参りましょう!」
 そんな俗人に元の所属する艦隊を救援したい一心でラオ少佐が言った。
「いや、待て。大丈夫、しばらくしたらエルファシルの英雄の秘策が発動して、膠着状態になるから。」
 俗人はラオを手で制した。正直、この状態で3000隻で突入するのは嫌だった。
 行くなら、ヤンとラインハルトの艦隊が円を描くように追いかけっこする状態で、うん、そう。
「司令官閣下は、ヤンの奴……失礼、ヤン准将の作戦がわかっていらっしゃる。
 そして、それが発動する時点で、戦闘加入する。そうおっしゃるのですね。」
 流石、ラップ君わかってるじゃないの。そういうことね。
 あ、グエン・バン・ヒューが突撃したいって?
 うーん、駄目だって!いや、だから……お、今、11時か。
 よし、今から第4艦隊は全艦隊で昼飯。戦闘糧食を配布。一時間休憩、艦隊司令官命令よ、これ。


4.孤独のグルメ

 ……画面の向こうで、グエン提督が不承不承の呈でパストーレ閣下の命令を受諾した。
 おそらく、通信が切れた後にベレー帽を床にでも叩きつけたのだろうか。
 それにしても、パストーレ閣下は人が変わったかのようだ。
 以前は、こんな太鼓持ちのように煽てが上手く、感情を外に出す人ではなかったのだが。
 こういう機知に富んだ知恵を使うというよりは、神経質かつ直線的な人という印象があったのだが。
 もっと失礼な言いようをすれば、戦機を読むに長け、しかも戦術と戦略を結び付けられる人ではなかったのだが。
 敵のみならずヤンの行動すら完全に予想し、第6艦隊の敗退すらどうも知っていたようだ。
 本当にこの人はパストーレ中将なのか?もしかしたら……
 だが、今は考えるのはやめておこう。少なくとも、この人は俺の「命」を拾ってくれたのだ。
 とりあえず、今はジェシカ、君に再会できる可能性が高まったことを素直に喜ぶことにしよう・・・

 嬉しそうに戦闘糧食を口にほうばるパストーレを複雑な表情でラップは見ながら、そう思った。
 結構、真相に辿り着きつつあるラップ少佐だった。
 俗人は、そんなことも知らずに「いやぁ、ラップ君、このカレーは旨いねぇ」などと暢気に語りかけるのだった。


 うん、旨いじゃないの、これ
 茄子と挽肉のカレーかぁ。でも、もう少しおかずがほしいなぁ
 いや、ここでは宇宙がおかずか。
 サラダはいまいちだなぁ。うーんこりゃああまりにもサラダだったな。
 ちょっと、ブルック君。これじゃあ足りないよ。お替り。
 うん!これこれ!
 これが植物蛋白性カツレツのサンドイッチね。味付けはソースだけか。
 こういうの好きだなシンプルで、ソースの味って男のコだよな
 次はメロンジュースに行くか。
 このワザとらしいメロン味!戦闘糧食はこうでなくちゃな。
 
 食道楽な俗人は、まさに脂で舌が滑らかになっていた。
 しかし、急行軍の後に戦闘前に休息と食事をとらせたこと、自軍の兵力数を弁え、戦機を図った事は部下達に好感をもって迎えられた。
 (生真面目なタナンチャイ少将は、閣下がおかしくなられた……と、ここ何日間の懸念をしゃべり卒倒しそうになったが)
 特に一般兵士達は、グエンとの会話やその後の食事の様子をもって「空弁当提督」、「早弁パストーレ」
 と親しみとからかいを込めて呼ぶようになったのだった。


5.2匹の蛇と俗物

 第4艦隊が、昼食にデザートに食後のお茶まで終えつつあった1205、ついに戦況は動いた。
 ラインハルト艦隊が紡錘陣形を形成し、第2艦隊の中央突破を図った。
 それを見た、パストーレは指揮下のグエン、フィッシャーに前進を命令した。
 ただし、出来るだけ気づかれないように、慣性航行での前進であった。
 なお、ビューフォートはこの場にはいない。
 未だ集結しきらない艦艇や損傷艦艇の面倒や再編、処理の為に彼は後方に残る必要があったのだ。
 グエンやフィッシャーを選んだのは、前者は攻撃力として、後者は陣形からラインハルトの本営を探してもらうためだった。
 そして、1311、ついにヤンの作戦が開始された。
 自軍を中央突破した敵の後背に、意図的に分断させるに任した両翼の部隊を回らせたのだった。
 そして、ラインハルトは、悔しがりつつもキルヒアイスの諌めによって冷静さを取り戻すと、
 全艦に時計回りに運動し、逆に敵の後背につくように命じた。
 
「前進だと?馬鹿な、敵は後ろだ!全艦180度回頭だ」
 最後衛のエルラッハ少将は、やっぱり回頭してしまった。
「フン……おぉ!おあぁ!」
 そして、やっぱり同盟軍の砲火に彼の旗艦は捕らえられ、死んでしまった。
 きっと後世のSS職人が彼を成仏させてくれるだろう。合掌。

 ……いつしか同盟軍と帝国軍は二匹の蛇が互いに相手の尻尾に喰らいつくような陣形になっていた。
 その頃、第4艦隊は、お互いの戦闘に集中し気がつかないでいる両軍の前に、ようやく現れた。
「全艦全速!敵の陣形は乱れて薄くなっている!突撃、突撃!」
 俗人は必死で煽った。檄を飛ばし、これまでの戦いを褒め上げ、敵将ラインハルト打倒の必要性を訴えた。
 それは熱烈な指揮官という意味でよかったのだが、調子に乗って次の言葉を吐いたのが良くなかった。
「金髪の孺子、ラインハルトを打ち倒せ!戦況が奴の手から離れれば、奴などシスコン坊やにすぎん!
 奴を恐れるな!今が好機ぞ!」
 あっ!いけね・・・今のは不味かったかな?まぁいいや、どうせ今日ここでラインハルトは死ぬのだ。
 フィッシャー提督、貴官の艦隊運用の名人としての視点で敵の本営の位置はわかりますかな?
『ふぅむ……大変申し訳ありませんがわかりませんな。』
 え?
『このような陣形は例が無く、余りにも乱れに乱れています。』 
 いやぁあああ!
『ですが、通信量の多さから推測するに中央部が敵本営かと推測されます。
 自信はありませんが……』
 な、なるほど!よし、突入!
 第四艦隊3000隻は一気に帝国側の弧を描く蛇の中央部に襲い掛かった。

 
 しかし、そこにいたのはシュターデン艦隊だった。
 理屈倒れのシュターデンは、その複雑な理論によって複雑かつ詳細な命令を指揮下の部隊に飛ばしまくっていたので、
 簡潔かつ明瞭な命令をくだすラインハルトよりも、結果的に通信量が著しく多くなってしまったのだ。
「応戦しろ!百隻単位の小集団を組んでやり過せ!」
 シュターデン中将は必死に叫んだが、いかんせん陣形が細く伸びすぎて、彼の周囲には600隻程度しか存在しなかった。
「駄目です!持ちこたえられません!」
 周囲の艦艇が次々と火球になっていく。
「直撃、来ます!」
「そんな非常識な!こんな現実があってよいものか!」
 戦艦アウグスブルクはグエン・バン・ヒューの旗艦マウリアが放ったレールガンの弾幕を斜め上から受けて爆沈した。
 
『シュターデン中将戦死!新たな敵艦隊は我が艦列を食い破った後に反転し、再突入を試みる模様』
 帝国軍の旗艦ブリュンヒルトで、オペレーターが報告したが、ラインハルトは別のことに気を取られていた。
「シスコン……シスコンだと!キルヒアイス、俺はパストーレを許さんぞ!」
 艦隊的にも、精神的にも思いっきり痛いところを突かれたラインハルトは怒りに燃えた。
「ラインハルト様、お気持ちはわかりますが、あの蠢動する艦隊を何とかいたしませんと。」
 キルヒアイスの方はアンネローゼを侮辱されたわけでもなかったから、比較的冷静だった。
「ああ!……あぁ、そうだな。現状をどう思う?キルヒアイス。」
「そろそろ潮時ではないでしょうか」
 控えめだが明確な返答があった。
「やはり、そう思うか?」
「これ以上戦っても、双方とも損害が増すばかりです。
 それどころか、敵の第4艦隊から一方的な損害を受けるでしょう。
 戦略的に何の意味もありません。」
 ラインハルトは頷いたが、若々しい頬のあたりに釈然としない色が漂っている。
 現状の戦況が悔しいし、パストーレを許せないのだ。
 というよりも、本当はパストーレが、これほどの早さで艦隊を再編し進撃することを予想できなかったことが悔しかったのだ。
「もう少し勝ちたかったな」
そのラインハルトの言葉に、赤毛の友人は、顔を綻ばせた。この人らしいな、と。
「二倍の敵に三方から包囲されながら、各個撃破戦法を使って1個艦隊を半壊させ、もう一個艦隊を全滅させたのです。
 しかも、最初の敵は、強固な陣地を構築したにもかかわらず6時間で撃破したのです。
 また、最後の敵には後背に回りこまれ、新たな増援を受けても互角に闘ったのです。充分ではありませんか。
 これ以上をお望みになるのは、いささか欲が深いというものです。」
「わかっている。後日の楽しみというものがあるということもな。目障りな敵の一隊はファーレンハイトに仕留めさせろ。」



6.アスターテ会戦の終幕

「あれれ?シュターデンだったみたい……」
「申し訳ありません、閣下。」
 いいって!いいって!俗人は済まなそうにするフィッシャーを宥めた。
 なぁに、もう一度再突入すればいいのだ、そう俗人は思った。
 しかし。。。
『敵艦隊が急速に回廊方面へ引いていきます。第2艦隊も距離をとり始めつつあります』
「いかん!全艦全速で敵の本営へ向かえ!おそらく後退の中心部がそれだ。」
 俗人は慌てて命令を発したが、無理だった。すかさずファーレンハイト艦隊が立ち塞がり、
 砲火を浴びせてきたのだ。

「この状況に区々たる戦術など不要。ひたすら撃ちまくれ!」
 ファーレンハイトは残った弾薬を全て使い切るかのように激しい砲撃戦を行わせた。
 その為、昼御飯休憩をしたものの既に疲れきり、補給も怪しくなっていた第4艦隊は、前に進むことも出来なくなった。
「潮時ですよ、閣下。」
 ラップ少佐が耳打ちを俗人に行った。
「し、しかしね、ここでラインハルトを撃たないとだな」
「ですが、ご覧のように他の敵は稼いだ時間で逆撃態勢を整えたようです。これ以上は危険です。」
「う、うーん」
「第2艦隊も、もはや限界ですから増援も望めません。それとも、何か未来でもお感じなっているのですか?」
 ぎくっ!とした俗人は現実と向かい合うことにした。
 第四艦隊は追撃を断念したのだった。


「やるじゃないか、まったく」
ラインハルトの声には、忌々しさと賞賛の念が複合していた。
金髪の若い指揮官は何か考えこみ、やや間をおいて赤髪の友人を呼んだ。
「敵の指揮官……ヤンとパストーレに俺の名前で電文を送ってくれ」
「どのような文章を?」
キルヒアイスは微笑んだ。今回もラインハルト様の勝利に終わった、と安堵したのだった。



「貴官の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ、か。
 やれやれ、今度会ったら叩きつぶしてやるぞ、ということだな。これは。」
 だが、不思議とラインハルトからの電文に不快感は感じていないヤンだった。
 ラインハルト・フォン・ローエングラムか……
 彼は自らもルドルフ、良きルドルフになろうとしているのだろうか?だとしたら…
「どうします、先輩?返信しますか?」
 ヤンの沈思を破った後輩に、いいよ、放っておいて。それより第4艦隊との合流と生き残りの捜索を急ごう、と答えた。
「ハッ!」 
 敬礼するとアッテンボローは素早く去っていった。
 ふと足元を見るとヤンは苦笑した。戦闘開始前に三司令長官に提出した作戦提案書が落ちていたのだ。
 こんな形で私の意見が正しいと証明されるなんて、望んでいなかったんだがなぁ。私にもっと権限があれば、か・・・
 そこで、ヤンは疑問に襲われた。
 パストーレ中将は、最初自分と同じ意見を持っているようだった。しかし、自分の作戦案は読みもしなかった。
 そして、彼が実際に行った作戦は第6艦隊、第2艦隊が消滅しても自分は生き残る作戦だった。
 これはどういうことだろう?
 もしや、自分の競争相手である二人の艦隊司令を効率的に排除し、自分は見捨てたとの批判を受けないためのアリバイを
 作りつつ、戦功を立てるための行動だとしたら?しかもラップとラオという有能な人間を引き抜いている。
 自意識過剰かもしれないが、何でも、最初はラオではなく自分やアッテンボローを引き抜こうとしたらしい。
 もしや、パストーレも第二のルドルフに?
 ヤンは、「考えすぎだな、私は」と溜息をついたが、パストーレへの不安を拭い去れないのだった。


「貴官の力戦に敬意を表す。再戦においては貴官に必ずや死を与えたまわん。繰り返す、貴官に必ずや死を与えたまわん。
 ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将より、敵将パストーレ中将へ」
 副官のブルック大尉が、そう読み上げた。
『今度あったら必ず抹殺する、ということか。えらい憎まれようですな。
『ですが、今回の会戦ではそれだけ閣下が敵を苦戦させたということですな。
 流石です。』
「いやぁ、ははは……今からごめんなさいって返信できないよね?」
 グエン・バン・ヒューとフィッシャーに褒められて、いい気になりながらも、
 シスコン呼ばわりしたラインハルトの復讐を恐れてた俗人は後半部分は本気の発言だった。
 しかし、周囲はそれを謙虚と照れ隠しの表出と受け止め、今回の俗人の知略を称揚するのだった。
 その為、俗人はラインハルトに謝罪することが出来なくなってしまった。
「杞憂かもしれんが、俺は確かめねばならない……」
 一方、ラップはその思いを抱えながらパストーレを見つめるのだった。
 


7.傍観者達


 同時刻、ユニクロで纏めて揃えました!なファッションの男がモニターに映されたアスターテ会戦の様子を見ていた。
 男の名はルビンスキー、帝国と同盟の中間に存在する重商主義国家の自治領主だった。
「面白いな」
 禿げ上がった頭に精力的な瞳をもった「フェザーンの黒狐」は、そう慨嘆した。
「興味深い魔術を見せてもらった。早速、両国の高等弁務官事務所に二人を調査させろ。
 パストーレも再調査が必要だな。これほどの使い手とは思わなかった。」
 指示を受けた部下のボルテックは退出していった。
「アスターテ星域会戦」はこうして終結した。
戦闘に参加した艦艇は帝国軍二万隻余、同盟軍四万隻余。
喪失あるいは大破した艦艇は帝国軍7000隻余、同盟軍19000隻であった。
戦死した将官は、エルラッハ少将、シュターデン中将。同盟側はムーア中将だった。
同盟軍の損失は帝国軍の2.7倍に達したが、アスターテ星系への帝国軍の侵入は防がれた。




次回予告
「ハイネセンへの帰還を目指すパストーレ。
 そこでまっていたのはドールトン大尉の謀略、初対面の娘、ラップの尋問だった。
 そして、彼が出席するアスターテ追悼式典にジェシカの代わりにあらわれた告発者は?
 次回、銀河俗人伝説、第6-9話 題名思いつかないですごめんなさい。
 銀河の欲望がもう一滴……」
 



[3547] 第6話 ハイネセン、痴情のもつれ経由(上)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2009/01/03 04:03
『アスターテ会戦の翌日。この日のビューフォート将軍の日記は、パストーレ将軍への揶揄に満ちている。
しかし、どこかパストーレへの親しみを感じさせる揶揄である。』
 
                            ――ユリアン・ミンツ編『解説:ビューフォート陣中日記』トリプラ出版



1.戦い終えて

「我が第4艦隊の戦死者は艦艇の損耗率が半数近いのに比して30%に留まっています。
 これは偏に密集体系による陣地防御によって脱出や救助が円滑になされた故と拝察します。
 一方、第2艦隊の損害は2500隻程度と軽微ながら、第6艦隊は1万隻を超えたものと思われ、
 分艦隊すら形成できない有様です」
 ブルック大尉が、そう報告するのを脱力した様子でパストーレは聞いていた。
 このとき、レオニダスの作戦会議室にいたのは、第二艦隊に復帰したラオ少佐を除いた幕僚の全てだった
 すなわち、各分艦隊司令官、ラップ少佐、ブルック大尉、タナンチャイ参謀長と他参謀、航海参謀ドールトン大尉
「我が艦隊はライガール星系クリシュナ基地に、第二艦隊は、シヴァ星系ジョンバール泊地に一旦、帰投いたします。
 我が艦隊及び第二艦隊主力は、各ドッグ、工廠に入渠する予定です。各艦隊司令部は、一個戦隊を直率し、
 バーラト星系に向かえ、とのことです。」
「宇宙艦隊司令部はおかんむりでしょうなぁ。」
 ブルック大尉の説明が終わると、ビューフォート准将が他人事のようにぼやいた。
 各艦隊司令部だけが呼び戻されるのは稀であったからだ。
「ロボス閣下と国防委員会の必勝の策は、崩壊。二倍の兵力を投入したにもかかわらず、
 数にして二個艦隊が宇宙から消滅。しかも勝ち得なかった。
 おまけに会戦序盤において、明らかに失敗を見越して無理矢理、作戦変更した閣下…
 こりゃ軍事法廷で抗命罪、敵前逃亡罪、陣地構築の資材流用における権限の逸脱によって極刑もありうるでしょうなぁ」
(わし、ボロ雑巾のようにされて死んでしまうん?うわぁあああ…!)
 俗人はビューフォートの軽口にこっそり怯えた。この時代、リンチ少将を見れば分かるように
 戦争における不名誉を獲得した者の末路は余に儚い。
「いや、パストーレ閣下の行動は軍法の恣意的解釈であっても、違反ではないでしょう。それに結果を出しています。
 実際、自分や宇宙艦隊司令部の面子より選挙民に関心のある国防委員会や、
 宇宙艦隊司令部と対立する統合作戦本部は、閣下をヤン准将とともに英雄化しようという動きもあるそうです。
 閣下、余りパストーレ閣下を脅さないで下さい」
 ラップ少佐が口を挟んだが、文句を言うものはいない。
 パストーレが、今回の作戦はラップの助力が大きく、
 彼の忠告によって作戦の破綻に気が付いたと周りに説明したからだった。
 タナンチャイなどは良くも悪くも善人だったので「さすが、ミラクルヤンの同期だな」と頷いたものだ。
「え?ラップ君、その嘘本当?いやぁ、はっははは!よかったねぇ!」
 パストーレのその言葉を冗談と誤解した周囲は笑った。
 ラップは、それに唱しながらも複雑な目線をパストーレに向けるのだった。
 そうして、第四艦隊の会議は終了したのだった

2.恐怖!機動ラップ少佐

 その時、パストーレは自室でポプランのようにしか巻けないマフラーと格闘していた。
 副官のブルック大尉に、「閣下、親しみを出そうというのはわかりますが、余にも…」
 と困り顔で諫言され、自力で何とかしようとしていたのだ。
 従兵らに、赤面しながら聞いたものの、彼らは以前の神経質なパストーレを知っていたものだから、
 ある者は、珍しいジョーク、もしくは深遠な質問、あるいは、何か試しているのかと思い、
 俗人が望む回答をしてくれなかったのだ。
「まいったな…夢なら覚めてるはずだしな」
 とりあえず生き残ることは出来たが、根本的な解決は出来ていない。
 ラインハルトは抹殺できず、しかも大勝利をあげた。
 おまけに、ラインハルト将来的に敵対するシュターデンを殺してあげてしまった。
 その上、中途半端に活躍したのでフェザーンのユニクロおじさんには睨まれるだろうし、
 本国の宇宙艦隊司令部などはお冠だろう。
 しかも、退役したくとも個人資産は体の持ち主が金銭感覚に乏しかったのか、ぱっぱらぱーのぱーである。
 おまけに娘までいるときた。
 それに、、、航海参謀のドールトン大尉。なんかに出てきたような気がするがまったく思い出せない。
 嫌な予感がするが…

 そうしたパストーレの苦悩を破ったのはラップの訪問だった。
 従兵に許可を出すとパストーレはラップを迎え入れた。
「閣下、お疲れのところお話をお願いして申し訳ありません」
「いや!いいって、いいって!こっちもラップ君と話したかったからさ」
 パストーレこと田中は中小企業経営者としての鷹揚さと素の明るさでラップに応じた。
「あー、あれだな?君の功績にしたことだろ…今後君には、私の艦隊の作戦参謀になってほしかったからさ。
 その為には二階級特進で大佐にはなってもらわないとね。ああ、勿論生きてだよ。」
 そして、今後、自分には為すべきことがある。それを手伝って欲しい、俗人は言った。
 まったく原作の展開を思えば、というか思わなくても笑えない冗談である。
「過分のお言葉有難うございます。ですが、小官も閣下にお聞きしたいことがあります。」
「何かな?」
 俗人は嫌な予感がした。
「閣下、作戦中でしたから控えましたが、もしかしてマフラーの巻き方をご存じないとか?」
 あぁ?いやね、度忘れしちゃってね、ははは!健忘症って奴かな。
 俗人がそう応じるとラップは微笑んだ。そして、いけませんな、とパストーレのマフラーを直し始めた。
「私も閣下の後輩としてシトレ校長時代に卒業しましたが、こいつを皺無く身につけ、そして、仕舞うのは骨でしたよ。
 ちょっとでも崩れがあると先輩からどやされ、荷物を外に放り投げられたものです。
 あのミラクルヤンなど特に不器用でしてね。よく手伝ってやったものですよ。」
 だろうね、と俗人は応じた。様子が目に浮かぶが、慌てて釈明する。
「あ!いや、私も苦労したよ、うん。忘れるなんておかしいねぇ…ははは。」
「そうですな。これは伊達者のリンパオが士官学校校長になって以来のしきたりですから」
 そのとおりだね、と冷や汗をかきながら暢気に俗人が返事をすると、
 ラップはパストーレの腰のブラスターを一瞬で抜き去ると俗人に向けた。
「ラ、ラップ少佐を拘禁しろ!上官反抗罪だー!」
 と俗人は我らがムーアたんのように叫んでみたが、返事がない。
「無駄ですよ、閣下。高級将官の居室の基本設定は完全防音です。」
 ほら、そこのデスクのパネルで設定するんですよ。ああ、勿論触ろうとしたら撃ちますから。
 座ってください、パストーレ閣下。
 ラップに促され、びっくりした俗人は応接用ソファアに座らされた。
「確か、帝国でもそうだったはずですが?ウィリアム・パストーレ閣下。
 いや?…貴方は何者ですか?」


3.尋問と蛇と

 何故、何故だ…
 ぐわん、ぐわん、と俗人の脳内を疑問が駆け巡る。
「おかしいと思いましたよ。宇宙艦隊司令部での作戦会議でフォーク准将の作戦案に諸手を挙げて賛成したあなたが、
 進発前のハイネセン上空での会議になって途端に大反対。作戦の前提だけでなく、司令部の戦略観まで大否定。
 加えて、一面識も無かったヤンがなぜか反対意見だと気が付き、あまつさえ発言させた…
 何かがおかしいと思うのは当然でしょう。」
「それにですね、伊達者リンパオは士官学校校長にはなっていません。
 規則を厳しくしたのはドーソン閣下以降です。これで確信しましたよ。」
 俗人は何か反論しようとしたが、二言目で何もいえなくなった。
 やられた!カマをかけられたのだ。
 銀英伝ファンとして迂闊だった…
 そういう問題ではないのだが、そう思ってしまうのが俗人である。
「貴方は敵の作戦を知っていた。そして、自分が出世し、かつ死なぬように我が艦隊を壊滅させるように誘導した。
 帝国の工作員なら見事な手腕ですね。今後も、同盟内部で活躍するという訳ですか」
 ラップはブラスターをパストーレに向けて引き絞るようにした。
「待った!タンマ!ストーップ!こんなことをしても…」
「いえ?今の会話は録音してあります。少なくとも貴方は精神錯乱で入院させらるでしょう。
 ブルックやタナンチャイ閣下もいぶかしみ始めてますし、あとはロボス閣下の一押しで…」
「馬鹿な。ラ、ラップ君なら聡明だからわかるだろう。あれ以外に方法はなかったと。」
「では、何者なんですか!あなたはっ!」
 吼えるラップに俗人は我慢できずに応じた
「あー!もう!俺は別世界からの闖入者だよ。目が覚めたらパストーレになってたんです!
 田中太郎、37歳。中小企業経営者!女房は浮気で離婚したばかり。趣味はウォーゲーム他。
 この世界は、俺のいたAD2008の世界では未来の預言書というか神話的な扱いなんだよ!
 ちきしょー、こんな話信じないだろう?好きにしろってんだ」
 やけっぱちになりながら微妙に理解を求めようと嘘をつくあたりが俗人らしいセコさである。
 俗人は、そういうと目をつぶって腕を組んだ。
 ああ、田中太郎還らずになってしまった。これから連行されるのね…とパストーレは腕を組んで目を瞑った。
 しかし、この痴れ者をひったてぃ!の声も、警備兵の闖入する音も、ブラスターが迸る様子もない。
 五秒して目を恐る恐る開けると目の前のソファに座るラップがいた。

「あれ?ラップ君どうしたの…」
 ぽかん、としたパストーレは思わず話しかけた。
「信じますよ、貴方の言葉。まったく笑うしかありませんよ」
 ラップは膝に銃を置くと顔に手をやり苦笑した。
「でも、信じてくれるんだね。俺の言うこと」
 パストーレは、生命の危機から脱した安堵感と、無理な演技をしなくていいという解放感に包まれた。
 そして、ラップは、とりあえずですよ?と前置きした上で幾つか理由を挙げた。
 第一に、パストーレが精神錯乱したにしては妙に有能であり、人格が変化しすぎである。
 軍医にこっそり尋ねたが、別人だと思えば至って正常な状態に見えるくらいだという。
 第二に、帝国の工作員という可能性がありえないこと。
 いくらなんでも網膜・声紋・指紋を同時に偽造するのは難しいし、作戦立案中に航海日誌を盗み見たが、
 入れ替わるタイミングも見出させない。
 なにより、先ほどはああは言ったが、工作員にしては同盟の利益になるよう動いているし、元のパストーレとの落差が激しすぎる。
 第三に、未来を予測しているとしか思えない行動が多くおかしいこと。
「そこで、別世界からじゃないかっていうソリビジョン的な発想に疑いながらも至ったわけですよ。
 私は士官学校時代に物理学に嵌りましてね。多次元宇宙論が特に好きだったんですよ。」
 どういうことだい?と俗人は話を促した。
「多次元宇宙論、というのはワープ航法の関連で発展したんですがね。
 要するに、世界というのは無数あるという前提に基づいた理論ですよ。
 物凄く簡単に言えば、宇宙とは無限に有り、その大きさも無限である。
 であるならば、いくつもの可能性は確率論的に、可能性ではなく現実になりうるわけです。
 きっと貴方は別の宇宙から来たのでしょう。
 貴方の世界で、ここの世界が忠実に物語なり神話になっているのも有りうる話です。」
 そう述べるラップにパストーレは、んー、俺が言うのもなんだけど、それって凄い低い確率だよね、と言った。
「勿論、そうです。ただ、これが最も説明しやすいんですよ…
 ただし、暫定です。貴方には今後、何が起こるか説明していただき、その結果で信頼します。
 それまで、この会話記録は私が預かります。」
 オーケー、それで行こうと俗人は応じ、本来の展開と今後の展開について、全てではないが幾つか話した。
 本当のアスターテとラップの結末、帝国領侵攻とその失敗、ジェシカの末路、クーデター、同盟の崩壊、
 ラインハルトの簒奪と征旅、エルファシル、回廊の戦い、そして、ヤンの暗殺…
 30分の質疑応答が終わるとラップが言ったのは礼だった。
「にわかには信じがたいけれども説得力はありましたね。
 だが、少なくとも貴方は私の命の恩人です。それだけは確かです。」
「出来るなら、ジェシカ・エドワーズさんにもそうしたいと思うよ、本当に」
「ま、この航海で貴方が異世界人たる所以を見せてくれてからの話ですよ、それは」
 握手を求めたパストーレに、ラップは、そう応じた。
「それで、いいよ、頼むよ。ラップ君」
「あー、Mr.タナカ?」
「いや、もうパストーレ、ウィリアム・パストーレで俺は生きるしかないんだ。それはいいよ」
 それは、俗人のこの世界での最初の小さな、小さな覚悟だったのかもしれない。


4.尋問の終わりと事件の始まり

 ラップの尋問を乗り越えたことで、ラップと俗人は、とりあえずの信頼関係を構築した。
 それは幾つかの契約と恩義から成り立っていた。
 契約とは、俗人がラップに対して、未来を知る異世界人であることを、この航海中に証明すること。
 そして、ラップは、少なくともこの航海中は、俗人に協力すること。
 そして恩義とは、俗人がラップの命を助けたことと、ラップが俗人を見逃したことである。

 いい男よな。俗人はラップのことをそう思う。
 契約を結んだ後、俗人はラップに尋ねた。随分、分の悪い賭けをしたけど失敗したらどうするつもりだったんだい?
 ラップが極めて有能であり、知略に富んでいることは今回の尋問や先の会戦で分かった。
 しかし、この尋問は一歩間違えば、高い確率でラップは破滅する。
 如何に能力が高くても、器用な行いとは思えない。
 むしろ、見過ごして、状況を静観すべきである。
 少なくともラップ個人にとっては成功しても余りメリットはない行為である。
 だから、俗人はラップに聞いたのだった。
「確かにそうです。でも、自分は見過ごしてはならないと思ったんです。」
 ラップは柄にも無いことを言ったと照れくさそうだった。
 俗人は納得した。かくあるべしと。
 こういう男だったから、最後まで、無能なムーア中将に誠心誠意説得を試み、
 最後は拘束されてもで直言を行ったのだと。
 ラップは、陽気でユーモアの多い男だが、基本的には他人に対して極めて誠実な男なのだ。
 そう、ラップの出て行った自室でパストーレは思うのだった。
「にしてもなぁ」
 ラップは好人物だと再確認できたのはいいが、彼の好意は永久ではない。
 自分が工作員でも精神錯乱者でもないと、ハイネセンまでに証明しなければならない。

 と、その時、副官のブルック大尉が通信を申し出たので画面に映し出した。
『閣下、お休みのところ申し訳ありません。
 何でも艦隊の前方に帝国軍の偵察工作艦がおりまして・・・妙な通信をしてくるのです。』
 妙な通信?というか、何で、こんなところに工作艦がいるのよ
『どうも、アスターテ会戦のドサクサで何かやっておったようでして。
 あ!それで、妙な通信というのは…』
 ブルック大尉が説明するには、何でも元同盟軍の悪徳将校を引き渡す代わりに、
 指揮官の没落男爵様以下18名を見逃して欲しいとのことだという。
 何でも、その悪徳将校は軍需物資の横流しやら軍需投機家と組んでインサイダーを
 やったりしたあげく、帝国軍に逃げ出し、今は帝国軍の工作部隊にいたらしい
 名前はジョージ・マルティン中佐というらしい。
 ん?ジョージ・マルティン??悪徳将校??
「あ!思い出した!なるほど、なるほどね!いやぁったぞぉ!
 ラップ君、ラップ君に連絡を取ってくれ、大尉。」
 パストーレは、ジョージ・マルティン中佐の話を聞いて小躍りしたことで、
 ブルックの更なる不審を買ってしまった。
 しかし、無理もない。
 俗人にすれば、ラップに自らの身分について証明する機会が来たとわかったのだから。



次回予告
「ラップ少佐の尋問を凌いだパストーレ。
 しかし、ドールトン大尉の謀略を乗り越えなければラップのとりあえずの信頼は得られない。
 というか、生き残ることも出来ない。
 次回、銀河俗人伝説、第7話「ハイネセン、痴情のもつれ経由(中)」
 というか思いっきりニコイチのパクりでマイソフさん、あさんごめんなさい。
 何より田中大先生、ごめんなさい。
 銀河の欲望がもう一滴……」


付記
ジョージ・マルティンの名前はオリジナルです。ごめんなさい。
彼の名前が分かる方がいらっしゃれば教えていただければ幸いです。
本当にお待たせいたしました。ご期待に添えているかは分かりませんが、再開させていただきたく存じます。
お待ちいただいた方々、本当に有難うございます。心より、新年のご挨拶と御礼申し上げます。



[3547] 第7話 ハイネセン、痴情のもつれ経由(下)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2009/01/06 01:38
『え、ジャン・ロベール・ラップの士官学校時代について語れ?
 ああ…面白い奴だったよ。有害図書を閲覧するクラブを作ったり、アッテンボローやヤンと悪戯を企んだり…
 おまけに士官学校の職員の娘をナンパしたりとやることはやってたしなぁ。
 だが、有能だったのは確かだな。これは私が言わなくても散々言われていることだが。
 でもね、あいつはオカルト好きのところがあったのは意外だろ?
 有害図書の読み過ぎだって、同期の間では、そういう冗談が流行ったものさ。』 
                             ある同盟軍退役将校の証言
                             ユリアン・ミンツ編『オーラルヒストリー、同盟軍戦史』退役軍人連絡協議会

 

1.褐色の苦悩
 イブリン・ドールトン大尉は褐色の美人だ。
 おそらく、オリビエ・ポプランなどに評価させれば、唇が薄ければ完璧だ、とでも言うのだろう。
 彼の毒舌家としての評価を考えれば、それは絶賛に近い。
 彼女は、フレデリカ・グリーンヒルと同期であり、にもかかわらず同じ階級に出世できたのは、
 彼女の努力の賜物の結果である。そう、彼女は将来を嘱望されていた。
 しかし、それが後方勤務本部から前線の一航海参謀、それも第四艦隊司令部ではなく、
 パストーレ直率の分艦隊司令部としてだったのは昨年にあったスキャンダルの為だった。

 ドールトンは自室でぼんやりとしていた。
 かつての彼女は、ましく才媛であったが、今では最低限の仕事はこなすものの怠惰な女性士官でしかない。
 なんで、こうなったんだろうなぁ……彼女は思い出す。
 ジョージ・マルティン中佐は、ドールトンが後方勤務部戦力整備局第一課時代の上司だった。
 最初は、妻子持ちの頼れる、尊敬する上司だった。
 それがいつしか恋愛感情に変化し、依存するには配属されてから時間がかからなかった。
 それまで、優等生であり、恋愛にまったく興味の無かったドールトンは嵌った。
 遅すぎた春は、彼女を夢中にさせた。相手が妻子持ちであろうと関係なかった。
 マルティンは、男性的魅力に富んでいたし、その手のことは得意だったのだ。
 ただし、彼には欠点があった。
 彼は同盟軍士官としての意識が乏しく、世間とは独特の倫理観を持っていたことである。
 つまり、軍事物資の横流し、軍需投機家へのインサイダー情報の提供を含む結託を副業としていたのである。
 マルティンは、ドールトンを自分に溺れさせると、彼の副業を手伝わせることにした。
 勿論、甘言を使って序々にかつ着実にである。
 マルティン中佐の副業は、ドールトンの能力のお陰で以前にも増して大繁盛することになった。
 しかし、それがいけなかった。規模が拡大した為に、査閲部がマルティンの副業に感づいたのだ。
 それは、間一髪だった。マルティンは、査閲部の実行部隊から逃れると、
 ヴァンフリート会戦のどさくさに紛れて、帝国軍に亡命してしまったのだ。
 その後は、ドールトンにとっては思い出したくもない。
 査閲部の微細に渡る屈辱的な尋問、マルティンの妻子からの非難と罪悪感、
 上層部が彼女の能力を惜しんだことと、派閥力学や国防委員の選挙対策の都合によって
 事件が闇に葬られたことで、左遷ですんだもののエリートコースからの明らかな転落。
 そして、一部の事情を知るものからの軽蔑の視線。
 マルティンが憎い。その憎しみが純粋なものだけで構成されていないことが、なまじ分かるだけに憎い。
 しかし、貧困の中で自分を育ててくれた両親は既に無く、栄達も望めず、人間不信に陥り、
 生きる理由を失っていた彼女を生かしたのは、その憎しみだった。
 とはいえ、帝国に亡命したマルティンに復讐する術はなく、結局、怠惰な女性士官として、最低限の仕事をこなすのみだった。
 実際、アスターテ会戦では、早弁するパストーレと、上官の変貌におたおたする副官のブルック大尉を眺めながら、
 弁当を3つ平らげていた。
 パストーレは、「見かけによらず、随分食べる子なんだねぇ、ブルック君」と感心したものだ。
 もっとも、自称グルメの彼は茄子と挽肉のカレー弁当に始まり、レーションを四つ消費していたので人のことは言えないが。
 
 そろそろ、休憩時間も終わりね。
 そう思い、ドールトンがいつの間にか零れた涙を拭いて、職務に戻ろうとした時、艦内放送が流れた。
 艦隊の前方にて、帝国の情報工作艦と接触。没落男爵率いる18名の将兵を拿捕し、
 その中に元同盟軍将校のジョージ・マルティン中佐が紛れており、司令部要員はブリッジに参集せよとのことだった。
 しばし、思考をめぐらすと、彼女は、元の有能かつ勤勉な士官に立ち戻った。
 ただし、それは、かつてのように国家の為でも、男の為でもなく、自分自身の怨念返しのためだったが。


2.痴情のもつれ

『それは本当かの?パストーレとやら。』
 ええ、保障しますよ。
『よろしい。そちに降るぞよ。』
 助かりますよ。タナンチャイ君、伯爵様ご一行に粗相のないようにね!
『わしは男爵じゃよ。ほほ、そちは面白い奴じゃの。将軍、縁があったらまたの。』
 かくして、お家再興の為に、同盟内部での危険な工作活動に乗り出してきた
 マロン・フォン・マローノ没落男爵率いる18名は丁重に連行されていった。
 当初、マローノ男爵は、部下のジョージ・マルティン元同盟軍中佐を売り渡すことで、
 お目こぼしを図ったものの、そんな要求が通るはずも無かった。
 結局、彼と彼の家臣である部下達を捕虜交換リストの上位に乗せることで降伏を受諾した。 
「ねぇ、ブルック君。マローノ男爵って何でああいうしゃべり方なのよ?
 いや、見た目と違和感ないからいいんだけどさ。」
「うーん、帝国の辺境訛りはあんなもんらしいですよ。
 何百年も何百光年も離れた場所にいればああなりますって。」
 腕を組んで考え込むパストーレに、ようやく上官のノリに少し慣れてきたブルックが解説する。
 そうした騒ぎの中、いつのまにかドールトン大尉が姿を消していたことに気が付くものはいなかった。
 
 その頃、ドールトンは、ほの暗い第二ブリッジで孤独な作業を行っていた。
「航路目標……恒星シヴァに設定。所要時間三時間、航路管制を第二艦橋に集約。」
 そして、データを打ち込んでいく。
「偽装航路データ入力……事後の変更はプロテクト防御により不可とする。パスワード設定……入力。」
 ドールトンが行ったのは、航路修正後も、当初の航路どおり、
 恒星シヴァの重力を利用するスイングバイ軌道によって加速するように見えるようにした作業だった。
 勿論、本当の目標は恒星シヴァである。スイングバイ軌道に入った瞬間にシヴァの離脱不可能な重力圏内に、
 ワープアウトする予定である。
 さてと、これで完了ね。
 ドールトンが立ち上がろうとした瞬間、入り口から二つの人影が伸びていることに気が付いた。
「そこまでにしてもらおうか!」
 胸と声を張るパストーレとブラスターを構えたラップだった。

「いや、まさかここまでとは思いませんでしたよ」
「だろう?これで信じてくれるよね、ラップ君。」
 彼らがここに至った理由は単純だった。パストーレが原作での事情(小説だとは言わなかったが)
 をラップに説明したのだ。
 原作でのドールトンは、アムリッツア後の捕虜交換で帰還したマルティンを抹殺する為に、
 航路情報を変更することで、ハイネセンへ向かう船団ごと恒星へ、かつての愛人もろとも突入させようとしたのだ。
 結局、フレデリカの二時間に渡る説得もむなしく、ヤンの魔術に追いこまれた彼女は、
 マルティンが搭乗したと思い込まされた脱出シャトルを撃墜、立てこもった管制室の中で自殺したのだった。
 もっとも、ヤンによれば、ドールトンは全てを承知しての行動だったとのことだが。
 このことから、おそらくドールトンは似たような行動に出るだろう、と俗人はラップに説明した。
 そして、ラップは、やはりヤンには探偵の才能も有ったのだなと思ったものの、正直、半信半疑だった。
 しかし、一応、約束は約束だし、他にパストーレを見極める方法も無かったので、
 ラップは、ドールトンを尾行し、ここに至ったというわけである。
 一方、ドールトンは驚いていた。
 所在データを偽装することで、彼女は最下層ブロックの洗面所にいることに電子情報上ではなっていたのだがから。
「信じざるを得ませんね。アスターテでのお手並みに加えて、この事実。
 彼女のスキャンダルは一部の人間しか知らないはずですしね。
 加えて、貴方が大尉の電子的詐術を見破れるはずもない。それに行動まで完全に予測されるとは……」
 ラップは、さぁ、無駄な抵抗やめるんだとドールトンを促した。
「どうやら、私の過去まで全てご存知のようですね」
「そうそう、今なら無かったことにするからさ。無駄な抵抗は辞めようよ。」 
「あら、そう?」
 ドールトンは、右手をサッとコンソールに走らせた。
 ラップは、慌ててドールトンの右手をブラスターで打ち抜こうとしたが、遅かった。
 ドールトンが、第二ブリッジの照明を全開にしたため、俗人とラップは目が眩んでしまったのだ。
 そして、同時にラップと俗人の間に緊急用隔壁が降りてきてしまった。
 結果、偉そうに前に出ていた俗人は、ドールトンと閉じ込められてしまった。
 勿論、ラップも第二艦橋のハッチを完全にロックされたので助けを求めることも出来ない。
「さて、恒星シヴァまでの短い間ですが、ご一緒していただこうかしら、閣下?」
 俗人は背中を緊急隔壁に押し付けると、ぶるぶる!と首を横に振った。
「へぇ、そうですか。じゃあ、貴方死んで見る?別に死体でもかまわないのだけど。」
 慌てて、俗人は、とんでもない!全力でご一緒させていただきますと、全力で肯定した。


3.呉越同舟な二人

「まったく、アスターテの英雄が情けないものね。」
 ドールトンは、嘆息すると再びコンソールの前に座りなおし、
 画面に恒星シヴァの画像を表示させた。
「だから男なんて、男なんて、ヒック!」
 いつのまにか愚痴になり、いつのまにか涙が出ていた。
 俗人は、えらい美人さんやな、と思った。
 そして、達磨さんがころんだの要領で、
 何とか後ろからブラスターを奪おうと近づこうとした。
「近づいたら撃つ。変なことしようとしたも撃つ。さっさと戻りなさい。」
「もう、撃ってるじゃん……」
 俗人の試みは振り向いたドールトンが、
 彼の横をブラスターのレーザーが掠めた為に挫折した。
 結局、レーザーポインタをおでこに照射されてパストーレは、
 部屋の隅で体育すわりした。
「あのさ」
「何ですか?タメ口に文句でもあるんですか?」
 いや、そういう問題じゃないんだけどなぁ、と俗人は思ったが怖くて口に出来ず、
 いえ、どうぞ、もう階級とかこうなったら関係ないから、別にいいよと言った。

 ちっくしょー!どうしよう!?
 よーし、俺があのビッチ、もとい元女房を口説いた言葉を言ってみよう。
 元ネタ恥ずかしいけど、要は勝てばよいのだ
「それで、あれなんだけどさ、あんまり今の気持ちを本気にしないほうが良いよ。」
 これで話を聞きだして、説得しよう!それしかない!
 これで、皆もパストーレさま素敵!ってなるよ、うふふふ

 しかし、それは逆効果だった。
「他人に何が分かるって言うのよ!あんたら、あんたらに。こんだけ裏切られて惨めな気持ちが分かるの?
 しかも、何人にも迷惑を掛けて!どうしようもない事をして!
 しかもつぐないの機会さえ与えられなかった。」
 俗人は、別の感情を引き出してしまった。
 お陰で、ドールトンは叫びながらブラスターを乱射し、縮こまるパストーレを掠め、服を焦がした。
 その結果、スプリンクラーが作動し、パストーレやドールトンを濡らした。
 勿論、ドールトンが火災報知器を解除するまでの少しの間だけだったが。
「まったく、あんたなんかに何が分かるっていうのよ」
 そして、ぼそっと、パストーレ閣下なんかに言ってもしょうがないのにね、私何やっているんだろう、と小声で付け加えた。
「わかるさ、少しは」
 恐る恐る俗人が応えた。
「え、?」
「俺も女房に裏切られた口さ。
 大学時代からの付き合いだったんだが、俺が見る目が無かったのか、
 俺が彼女を堕落させたのか、部下と寝ちゃったんだよね、ははは。」
「そう、そうだったんだ……」
「いや、一回は許したんだよ。煮えくり返るような、悲しいような気持ちのままだったけど。
 でもさ、二回だぜ?で、理由を聞いたら、相手の男がかわいそうだったからってさ。
 傑作だよな。」
 俗人は嘲った。自分を嘲ったのだった。
 ドールトンは、ちょっとびっくりした様子で俗人を見つめていた。
 五分たっただろうか。哂い続けて沈黙した俗人に声を掛けたのはドールトンだった。
「ばっかみたい。貴方、悲劇のヒーローになりたいだけじゃないの!」
「え……?」
 田中は驚いた。もしかしたら、どこかで優しい言葉を期待していたのかもしれない。
「聞いていたら自分の話ばっかりじゃない。何が彼女を堕落させたって?
 貴方が、彼女のことをしっかり見ていなかっただけじゃない。
 貴方は自分を好きな相手が欲しかっただけ。誰でも良かったのよ。
 だから相手の男に走った。それだけでしょ。
 そりゃ法律や道徳業者に言わせれば悪いのは元奥さんの方だけど……
 ばっかばっかしいったらありゃしない!」
 ドールトンが一気に言い切ると田中は詰まった。
 悔しかったし、お前に言われたくないと思ったが、
 彼女の言うことは真実を含んでいたから言葉に詰まった。
 ようやく、言葉を繰り出す。
「そりゃあ、そうだが……お前さんに言われたくないねっ!」
「そう、そうね……あー!馬鹿らしくなった。もう濡れて寒いし、ヤメヤメ!辞めた!」
 へ?パストーレは思わず間抜けな声を出した。
 あんさん、何言ってるの?と思った。
「設定、今から戻すから話しかけないでくれる?」
 ドールトンは、そういうと椅子に座り、作業に取り掛かり始めた。
 しかし、途中で作業をやめる。
「あ、そう言えば無罪放免って本当?」
「そりゃあ、もう!艦隊ごと心中なんて辞めてくれるなら。」
 正直、パストーレは、このビッチめ!と思っていたが、
 そこは無茶な仕様書を出してくる元請だと思って我慢することにした。
 これでもパストーレの中の人は色々37年間、忍耐しているのである。
 パストーレは首を縦にぶんぶん振った。
「じゃ、もう一つ条件。私を気ままな立場にしてもらえる?
 航路設定って結構しんどい割りに評価されないしね。」
「……そんなの、あるわけが…ないです。」
 ……の部分で、何言いやがる!この(以下略、と叫びそうになるが、
 レーザーポイントを再び額に照射されたので、37年間の忍耐力で耐えた。
 というより、おとなしくなった。
「あるじゃない?第四艦隊司令部付き無任所参謀でも、首席副官とか、そういうのがいいわね。
 何もしなくても大丈夫なのにかっこいいし。あ、人事部にちゃんと要請していただけない場合は、
 ここでの会話記録を古典的だけどP2P回線で全宇宙に放出するのでよろしく。」
 わかりました、と俗人は観念した。もっとも、これで彼が開放されたわけではない。
 ドールトンが電子的後片付けをする間に、念書をきっちり書かされていた。

 10分後、苦笑するラップとパストーレは再会した。
 第二艦橋から両手を頭にやり、自室へ帰るドールトンを見やるとラップは苦笑しながら言った。
「ご無事でなにより」
 ちょっと!ラップ君なに笑ってるの!
 俗人は膨れながら抗議した。 
「いや、会話が聞こえてましてね。閣下の手腕はお見事だったと思いますよ。
 これで、一件落着ですな。閣下は彼女の要求をどうするので」
「いや、認めるしかないよ。あんなのP2P回線で流されたら、間違いなく首になって退役、飢え死にだよ。」
 げっそりした顔で俗人は言った。
 そして、それに、面白いことを俺にはっきりいったしな、とボソっと言ったが、
 ラップは聞こえない振りをしてやった。
「それよりもだ、俺としては、この先、快適に生き残る為の方策を話したいと思うんだ。
 君が認めてくれるなら。」
「いいでしょう、閣下」
 ラップは、この時、初めてパストーレに対して色気のある敬礼をした。


4.痴情のもつれの終わりと新しい関係の始まり

「じゃ、ちょっと風呂入らせてもらえる?ぶぇっくしょん!スプリンクラー浴びちゃってさ。」
 ええ、それではまた、とラップは見送った。
 認めざる得ないな、と思った。
 アスターテでの動き、ドールトンの暴走を予言したこと、そして、ドールトンとの極限状態での会話内容……
 これらのことから間違いなくパストーレは、この世界の今後を知りうる世界からの異邦者だ。
 正直に言えば、ドールトンが自分とパストーレを分断した際、ラップは無線機を使うことも出来た。
 が、しなかった。極限状態であるならば、化けの皮も剥がす事も出来ようと思ったのだ。
 だから、静観した。そして、その結果はパストーレの証言と合致するものだった。
 勿論、未だに自分でも信じられないが。
 
 そして、もう一つ認めざるを得ないと思ったのがパストーレの将器である。
 結果的かもしれないが、あの問題児ビューフォート、グエン・バン・ヒューを
 上手く手懐けた手腕は、感心せざるを得ない。
 また、この戦いで兵士の心を掴んだことも見過ごせない。
 そして、なにより、パストーレは、誤算もあり、結果的には敗れたものの、
 この時代にない新しいドクトリンを持ち込み、二倍の敵に背後に回られても生還し、
 敵の提督を討ち取っているのである。撃破した数では、あのヤンより上かもしれない。
 全てが幸運であるかもしれないし、ヤンより遥かに裁量権が大きかったゆえだろうが、
 少なくとも凡庸な指揮官ではないだろう。
 この男に賭けてみるか……ラップは新たな決意をしたのだった。
 
 
 ドールトンは、シャワーを済ますと途端におかしくなり、ベットに倒れこんだ。。
 何故、こうなったのか、自分でも良くわからない。
 ただ、パストーレを感情的に罵った時に、自分の行動が馬鹿らしく思えたのだ。
 それより、この奇妙な将軍をからかったり、観察する方が楽しいのではないか、と思えたのだ。
 ドールトンは、本当は生きたかったのだ。勿論、巻き込むつもりも無かった。
 ただ、生きるのに絶望していたのだ。
 だから、本当は、シヴァに突入することが直前で分かるようにし、
 マルティンを散々嬲り、脅した上で行動を中止し、自殺するつもりだった。
 だが、先述のように、パストーレに興味を覚えた。だから、当分、死ぬのは先延ばしにしようと思ったのだ。
 それは、本当は生きたいと思った彼女が自分にさせた思い込みかもしれない。
 だから、そこに恋愛感情は、現在のところない。
 面白い奴、というのが正直なところだ。
 将来、この奇妙な上官と部下の関係がどうなるかはまだわからない。
 彼らの関係は始まったばかりなのだから。
 
「や、待たせたね」
 50分後、風呂に入り、お肌のケアを行った上にビールまで済ましたパストーレが、ラップの部屋に現われた。
 スカーフは相変わらずポプランのようだったが。
 俗人としては、諦めてこのままでいくらしい。
「いえ、待つのも部下の任務ですから」
 ラップは俗人を招き入れると、早速本題を切り出した。
「で、貴方はどうするつもりなんですか?
 今後、発生する帝国領への侵攻を食い止めるおつもりですか?」
「いや、それは難しいだろう。あの流れは止められないと思うよ。
 だから流れの方向と量を変えてみようと思うんだ。」
 確かに、とラップは思った。
 現在の同盟及び同盟軍がイゼルローン要塞を陥落させれば、侵攻論は盛り上がるだろう。
 何せ、150年間も一方的な侵略を帝国から受けていたのだ。
 永久要塞を奪取したから講和、ではなく、拠点を得たから侵攻になるのは当然である。
 しかし、方向と量を変える?
「では?まさか!」
 ラップはあっけに取られた。まさか
「フェザーン回廊方面から艦隊で侵攻できないかな?」

つづく



[3547] 第8話 パストーレ、大地に立つ!(上)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:2fbba695
Date: 2009/01/26 08:44
私はヨブ・トリューニヒトです。
去年は1億6000万人が「自由惑星十字軍」に参加しました。
「自由惑星十字軍」は、あなたが専制主義者と戦うためのチャンスです。
今すぐ、ハイネセンシティのフリープラネッツビルか、地域の「自由惑星十字軍」に募金して下さい。

                            ――宣伝映画「自由惑星十字軍」より




1.建国者達の黄昏
「今なんとおっしゃいましたか?」
 ラップは衝撃を受けた。
「フェザーン回廊方面から艦隊で侵攻できないか、と。」
 俗人は自慢げに言った。
「しかし、フェザーンは100年以上に渡る不可侵中立の」
 ラップの言葉は、次の俗人の言葉によってさえぎられた。
「なぁ、ラップ君。誰がフェザーン回廊が平和の海だなんて決めたんだい?」
 完璧に原作のユリアンの二番煎じである。正確には、ヤンの三番煎じである。
 俗人は、まさしく俗物だったから、気にしないで自慢げに言ったが。
 しかし、ラップには衝撃を与えた。
 この時代の固定観念を完全に崩されたからだった。
 人間の認識や前提というのはおおよそ社会のそれから外れることはない。
 だからこそ、異邦人たる俗人の意見を夢想だにしなかったラップは衝撃を受けた。
「実際、さっき言ったラインハルトの同盟領への侵攻だってフェザーンを通ったんだ。」
 満足げに俗人は言った。ラップを驚かしたからだろう。そして、続ける。
「そして、カイザー・ラインハルトに出来たことが、俺達に出来ないと思うか?」
 それは、どうでしょう?とラップは、衝撃から回復したのか苦笑した。
「あーもう!じゃあ、トゥルナイゼンでいいよ!って知らないか。」
 ええ、誰ですか?それに、あの白い船の指揮官がカイザーですか、
 ヤンあたりは賛成しそうですね、とラップは応じた。
「とにかく、フェザーンを併合するしか同盟が生き延びる道はないよ。」
 俗人は、何か苦そうにいった。
 そして、フェザーンを占領する理由を幾つか挙げた
 第一に財政的にである。同盟の国家財政は、もはや破綻寸前である。
 フェザーンを併合し、フェザーン政府保有の国債をチャラにするしかない。
 勿論、経済的混乱を防ぐ為に、フェザーン政府保有の国債はハイネセン中央銀行に引き取らせることになるだろうが、
 当分返す必要はなくなり、税収も増えて財政は今よりは健全化するだろう。
 第二は経済的にである。そもそも資本主義経済の同盟が、帝国に遅れをとるのは経済が制度的に問題があるからである。
 俗人は、これは統計に基づかない仮説だけど、と前置きした上で、おそらく同盟の経済はフェザーンとの貿易において、
 著しく不利になっているはずである。なまじ、帝国の状況が分からない為にボッタクられている可能性が高いはずである。
 勿論、同盟の経済が利権政治と無意味な規制によって、健全な成長を妨げられている可能性はある。
 しかし、規制というのは経済を成長させるトリガーになる場合も多く、フェザーンの経済操作の方が変数として大きいはずである。
 故に、フェザーンを併合すれば、その経済規模もあいまって相当の経済効果が長期的には見込めるはずである。
 第三は社会的にである。同盟は建国期と違って社会が発展してきたことに加えて、社会不安の増大の為に、
 少子高齢化が進みつつある。ここに多産かつ人口の多いフェザーンを加えれば、人口的問題は解決することが出来る。
 第四は軍事的にである。一旦、フェザーンを占領すれば、回廊を守るのは少数の軍事力で済むことである。
 それに、フェザーンの出口は経済的に発展した貴族領やら直轄地など、帝国の柔らかいわき腹が盛りだくさんである。
 これを脅かせる地点を占領すれば、帝国に対して経済的・軍事戦略的にかなりの制約を与えることができよう。
「勿論、ゲームじゃないから国力が同盟+フェザーンにそのままなるとは思わない。
 でも、以上の四点の理由で同盟はかなりの間、延命できると思うんだ。」
 続いて、俗人は軍事的にどのように達成するかを説明した。
 第一段階、敵に可能な限り先んじてフェザーン回廊に侵入し、帝国側出口を占領する。
 そして、出来るだけ分厚く機雷封鎖を行い、野戦陣地を構築する。
 第二段階、フェザーンへの占領を第二梯団を用いて行う。
 これは、フェザーン政府内の協力者に自治領主になって協力してもらうのが望ましい。
 なお、同時期あるいは以前の段階にイゼルローン方面から陽動をかねて小規模艦隊に陽動と牽制を行わせる。
 第三段階、ゼッフル粒子などを用いて、機雷封鎖の穴から侵入する帝国軍を各個撃破する。
 もし、ラインハルトが来なかったら、というより来なくていいのだが、挑発行為を繰り返し、貴族軍の出戦を狙う。
 そこで、最悪でも引き分けに持ち込み、フェザーンの自由惑星同盟への編入を宣言し、一連の戦役の勝利宣言をする。
 その後は、逆撃に転じるもよし、あるいは、帝国各地の軍需施設や水素工場などに嫌がらせの戦略ミサイル攻撃を行うもよし。
 政府には、ここらへんの勝利で納得してもらい、フェザーン・イゼルローンの防衛線を形成し、帝国の内戦なり疲弊を待つ。
「とりあえず、いまここで思いつくのはこんな感じかな?あれ?ラップ君」
 俗人は、一方的にしゃべり終わると、ラップが呆然としているのに気が付いた。
 
 ラップは衝撃を受けていた。
 当然だった。
 この世界では、恒星間での戦略機動なるものは銀河連邦成立以降の800年間途絶えて久しい。
 そして、戦域間での機動さえ、イゼルローン要塞成立以降は、ほとんどなくなった。
 逆に、戦術機動及び戦場機動のみが多用されるようになり、それに長けたと見做された
 ホーランド、ミッターマイヤー、ファーレンハイト、フィッシャー、ビッテンフェルトは、「有能」であると判断された。
 そして、その傾向は特定方面からの防衛及びイゼルローン要塞攻略にのみ従事するようになった同盟では特に強かった。
 だからこそ、戦略機動においてもミッターマイヤーに劣らぬフィッシャーの出世が相対的に遅れもする。
 この時代における戦争観はそうしたものだった。
 それ故に、戦略機動を重視する「機動戦」、陣地防御を重視する「消耗戦」、治安維持を重視する「対叛乱戦術」
 の議論が盛んな時代から来た俗人の意見は、ラップにとって非常に斬新かつ有効に思えたのだ。
 そして、その構想には、多くの問題や困難があるようにも思えたが、フェザーンからの侵攻作戦に
 含まれたエッセンスである戦略爆撃、戦略機動の概念は、そうした感情を上回る興奮をラップに与えた。
 そう、用兵家としての本能を刺激したのだ。
 そして、それが既に衰退過程に入りつつある同盟を救うだろうということも彼を興奮させた。
 だから、ラップは……
「……色々と検討すべき部分はあると思います。」
 とりあえず、それだけを口に出し、そして、
「しかし、大変興味深いお話です。
 決行の際は、私も参加したいものですな。」
 ラップは、微笑った。
 パストーレの基本構想を実行した場合、何人の死者を生み出すのか、
 そして、その幾倍もの悲劇を作り出すかを知ってて微笑った。
 だからこそ、
「この話が終わった後で、少しお付き合いしていただきたいところがあるのですが、宜しいですか?」


2.病院船見学

 アレシウス級病院船ザルマは、建艦より10年、幾多の戦闘に従事してきた。
 そして、第三次ティアマト会戦以降、壊滅した第11艦隊より第4艦隊に移籍して以来、
 初めての客人を迎えようとしていた。
 それは艦隊司令のウィリアム・パストーレ御一行だった。
 パストーレ以下、ビューフォート准将、ラップ少佐、ドールトン大尉の4名だった。
 参加者の人数の少なさと面子のバラバラさが、この「見舞い」の突発性を表していた。
 だからこそ、ザルマ艦長のフォルキッシャー・ベレンコフ少佐は戸惑っていた。
 そもそも、パストーレは、病院船の見舞いを行うタイプではない。
「まったく、なんだってんだ……」
 ベレンコフは、年齢相応にやや突き出した腹を撫でながら言った。
 出世には興味がなく、蓄えた口ひげの手入れと、彼の給料には見合わない高級車の手入れ
 が趣味の彼には、パストーレの気ままな行動が腹立たしく思えたのだ。
 だが、迎えないわけにも行かない。
 結局、彼はにこやかな顔をして、シャトル進入口で俗人を待ち受けることにした。

「やや!お疲れ様!」
 パストーレは、病院船ザルマに降り立つと出迎えの人間達に向かって太平楽に挨拶した。
「ようこそ、ザルマへ。」
 そんな俗人をベレンコフ艦長が、にこやかに出迎えた。
 そして、俗人はベレンコフ艦長に手を差し出すと、早速だが、病室へ案内して欲しいと頼んだ。
「了解です。ですが、何故に突然?」
 俗人は、その艦長の疑問には答えられなかった。
 まさか、フェザーン侵攻を話したら、ラップ少佐に誘われたので――と言う訳にもいかない。
 俗人が一瞬まごつき、ベレンコフ艦長が内心で「気まぐれか?」と腹立てる前にラップが進み出た。
「……今回は特に激戦だった為に、いつになく兵に無理を強いたとの閣下のお考えゆえです。
 残務処理に司令部がまごつき、突然の訪問になり、艦長以下にはご迷惑かと存じますが、
 宜しく受け止めていただければ幸いです。」
「う、うん。そうなんだよね」
 俗人は、慌ててラップの発言を肯定した。 
 ベレンコフは、なるほど、そうですか、と言うと俗人達を案内し始めた。


「ていうかさ、君達、何だって来たのよ。ビューフォート君もイブりんも」
 ベレンコフが案内する後ろで、俗人が小声で問いかけた。
「いいじゃないですか、首席副官って仕事ないんですから。
 ていうか、イブりんって、変なアクセントやめてもらえます?今度言ったら……」
 P2Pで俗人の情けない姿をバラすぞ、とドールトンが脅したので、
 パストーレ(田中)は、首席副官にしろっていったのは貴様だろうが!
 と叫びたいのを耐えて渋々、ドールトンさん、ごめんなさい、と言った。

 そうした光景を、ビューフォートは、肩をすくめて見ていた。
 ビューフォートは、自分を扱いにくい小銃だと思っていた。
 性能には文句の付けようもないが、反動や保守性は極めて悪い銃だと思っていたのだ。
 性質の悪いことにそれは当たっていた上に、彼自身がそれを気に入っていた為に性質が悪かった。
 何故ならば、彼に言わせれば同盟軍首脳部は「無能揃い」でビューフォートを扱うに足らなかったからだ。
 この考えはある意味正しく、間違っている。
 同盟軍将帥は、戦術機動レベルにおいては帝国軍の七元帥に劣らないだろう。戦域レベルだってそうかもしれない。
 実際、アップルトン中将でさえ、疲弊した状態で、ミッターマイヤーとビッテンフェルトを相手に戦線を維持し続けたし、
 ドーリア戦域の戦術レベルにおける第11艦隊首脳部、ランテマリオ会戦で極めて優勢なワーレン艦隊を少数ではじき返したモートンや、
 20倍の兵力のワーレンを三時間も食い止めたデュドネイ、戦術レベルで敢えて戦意を暴走させることで、あのミッターマイヤーを圧倒したザーニアル准将及びマリネッティ准将、
 たった6000で七元帥相手に主戦線を支えたパエッタは特筆に価する。
 ボロディンやウランフは言うまでもない
 しかし、恒星間の戦略機動や国家戦略、軍事戦略、戦術の有機的な結合という面ではにおいては怪しいだろう。
 ローエングラム王朝時代において、カイザー・ラインハルトの登場によって、
 戦略機動の概念と国家戦略、軍事戦略、戦術の有機的な結合が各帝国軍将帥によって叩き込まれた後は特にそうだ。
 (もっとも、レンネンカンプやケンプ等の存在を考えれば、そこまでいうのは酷だが)
 同盟軍の将帥たちはヤンを除いて、戦略機動の面で劣勢に立たされている。
 ランテマリオにしたって、もう少し、ビューフォートの通商破壊作戦の規模を大きくするか、連携を試みてもよいにもかかわらず、
 そうした気配はなかった。
 そういう同盟軍の危うさが見えるビューフォートは、かつては戦略機動の概念と国家戦略、軍事戦略、戦術の有機的な結合をうったえたこともあった。
 帝国領土への戦略爆撃や同盟領内での焦土作戦による敵の殲滅などを訴えもした。
 若き日のチェン・ウー・チェンと精力的に研究会を開き、普及活動もしたりした。
 しかし、そうした行動はイゼルーロン周辺の戦術的展開、よくて戦域的展開を考えればよいとし、100隻単位での戦闘行動に固執する
 軍首脳部には通じなかった。
 結果、チェン・ウー・チェンは統合作戦本部から国防大学教授に「左遷」され、
 (ただ、教育ポストに回したことから、かならずしも「左遷」ではないという指摘も存在する。)
 参謀として期待されたビューフォートも同じく統合作戦本部から第四艦隊の分艦隊司令に「左遷」された。
 そして、史実では第四艦隊消滅後に、辺境艦隊にまで飛ばされてしまった。
 だからこそ彼は、生来の気難しさを加速化し、世捨て人のような態度を分艦隊の外では取り、
 分艦隊の指揮やその範囲での任務に没入した。
 
 しかし、評価を大幅に変えることになったパストーレの「変貌」は、そうしたビューフォートの主義を変えることになりそうだった。
 彼こそが、自分を扱いこなし、かつ新たな軍事パラダイムを理解する理想の将帥に思えたからだ。
 だからこそ、彼はもうすこし、パストーレを見極めたかったのだ。彼と彼の愛する部下が従うに足るかどうかを。
 せいぜい、楽しみにさせていただきましょうかね、とビューフォートは、こっそり思うのだった。



3.お見舞いはシヴァを越えて

「彼は、クルラック・アブリゲ軍曹です。負傷は全治二ヶ月です。」
 パストーレが、病室に入って最初にベレンコフから紹介を受けたのは彼だった。
「よろしく、アブリゲ軍曹。」
 右肩を負傷したのか、包帯が痛々しい。
 へぇ、どうもとパストーレの握手に応じる軍曹に、俗人は負傷の理由を聞いた。
 軍曹曰く、どうやら駆逐艦の対空砲座が崩壊した際に、救助に向かい負傷したとのことだった。
 それは、凄いね、立派だねぇ!と俗人は、褒めてご家族は?と聞く
「へぇ、御家族なんていうほどじゃぁありやせんが、坊主と穣ちゃんが二人づつと女房がおりやす。
 ……子沢山だと思うでしょうが、半分は女房の連れ子でしてね。
 半年たつのに俺をおじさんとしか呼んでくれないのが悩みでさぁ。困ったもんですぜ。
 しかし、これでもう一回チャンスができたってことです。
 だから、まぁ、閣下には感謝していますよ。」
 俗人は、胸に詰まって、いやいや、というと君達の奮闘のお陰だよ、と言った。
 本当は謝りたかった。自分が生き残ることしか考えてなかったと。
 だが、それは偽善でしかなかった。自分が謝りたいだけの我侭でしかなかった。
 かつて、田中が会社を突然死んだ親から引き継いで二年目に業績が悪化してしまったことがある。
 田中が帳簿の処理を誤るなどのミスを連発したからだった。
 そこで、自分の責任だとして社員に謝ろうとしたことがあったが、友人であり部下の山田二郎に止められた。
 謝っても何にもならないと。
 確かに謝れば本人の精神的にはいいだろう。しかし、それで責任は薄れ、原因はうやむやになってしまう。
 謝られた方だって、社長の田中の力で業績が悪化したと思うのは不愉快だろう。
「ガンダム一機の働きで戦局が動くものか!」、「謝ってすむなら警察はいらねぇよ」と。
 そういう風に説得を受けた田中は退職を募る時以外は詫び言を口に出さずに、
 必死に働いて立て直し、五年目には業績をあげる事が出来たのだった。
 
 そうした経験があったからこそ、相手を尊重するが故に、俗人はアブリゲ軍曹に詫びずに、褒めたのだった。
 その後も、俗人は何人かの病人を、ベレンコフに紹介を受けて見舞っていった。
 ビューフォートが手馴れていたので、俗人はそれを見習ったこともあり、段々と堂に入っていった。
 ただ、皆、活躍した「英雄」ばかりだったのが気になったが・・・
 そして、ベレンコフが、次の部屋に移動しようと促した時に部屋の隅が気になった。
 落ち込んで泣いているような若者がいたのだ。
 彼は?と俗人がいぶかしげに尋ねた。彼こそ、見舞うべきだろう、そう言いたかったのだ。
 ベレンコフは、いえ時間も有りますし……と婉曲に止めようとしたが俗人は無視することにした。
 俗人はラップにベレンコフの相手をさせると部屋の奥へと入っていき、
 その若者に声を掛けようとしたが、一瞬戸惑ってから声を掛けた
 左手以外の四肢が無くなっていたからだ。
「君の名前は?」
「ヨシュア・ジョンストン少尉です。
 グエン分艦隊第二集団第六戦隊所属、駆逐艦ルグラークの航法士官でした……」
 そうかい、とパストーレは頷き握手を求めた。
 ヨシュア・ジョンストンには右手がなかったので、左手を俗人は差し出した。
「助かってよかったね。年は幾つだい」
 俗人は、右手を添えて両手でジョンストンの手を包み込むと、何とかそう言った。
「19です。」 
「そっか、若いのに大変だったね。でも無事でよかった。立派に戦ったんだね」
 そういうと、ジョンストンは突然泣き出した
「いえ……いえ、そうじゃないんです。自分が航法を上手くやれなかったせいで、
 ルグラークは、ルグラークは大破して、みんな、みんな……」
 俗人は言葉につまり、ジョンストンの左手を握りながら肩をさすってやることしか出来ずにいた。。
 と、ドールトンが黙って手元の端末をいじると俗人に差し出した。
 その端末には駆逐艦ルグラークの顛末が書いてあった。
 ナガシノ会戦(アスターテ第一次会戦)の劈頭、パストーレの直属分艦隊に所属していた駆逐艦ルグラークは、
 隕石群及び機雷などを利用した「野戦陣地」に進入するも、壊乱状態で各艦が進入した為に、
 先行する戦艦を避けようとしたものの、失敗。隕石に激突し、大破したとのことだった。
 乗組員は30名。生存者は……航法担当のヨシュア・ジョンストン少尉のみ。
 それを読み終えると、俗人は、何かが苦く思えた。
 隕石に衝突したのは30隻。人的損害は1000から3000人。
 まぁ、そんなものかと。所詮は、アニメの世界だしなぁ。
 あの時は、そう思えたんだよな。
 だが、両手から伝わってくるのは、確かな生命の実感と、自分が殺した多数の死者だった。
「すみません、すみません……俺のせいで艦長も、先輩もみんな、みんな。」
 しゃくりあげながら、そういうジョンストンを見て、パストーレは言葉を切り替えることにした。
「ジョンストン君、それは君の責任ではない。
 あの状況で訓練もなしに、突然の作戦変更に対してよくやってくれた。
 それに君が戦艦に直撃していれば、死者は200人を超えていただろう。
 いや、事故が連鎖すれば被害は拡大し、会戦に重大な影響を与えていただろう。
 私が君達に限界以上のことを要求したにもかかわらず、君達は見事にベストを尽くしたのだ。
 そう、君は自由惑星同盟建国以来の、リン・パオとユースフの子孫として見事な役目を既に果たしたのだ。」
「あ、ありがとうございます。でも……」
 俗人は遮って聞いた。ご家族はいるのかね?
 ジョンストンは、それに対して母親が一人いると言った。
 父親は既にイゼルローン攻略作戦で死んだという。
 俗人は、ジョンストンの両肩を握った。
「元気を出しなさい。
 ヨシュア、君は最善を尽くしたのだ。
 これからは軍務を離れてお母さんに孝行するべきだ。
 それにね、私は安心しているんだ。
 ある親子が二代続けて、祖国に死んで報いることがなくなったと。
 腕や足を無くしてまで国家に献身したんだ。これ以上は過剰というものだよ。
 これからは、生きて存在し続けることで死んだ人たちに報いるんだ。
 もし義手や生活で困るようなら私に相談に来なさい。」
 そう俗人は言い切った。
 らしくないな、と思ったが違和感を感じた。
 ヨシュアにではない。彼は呆然とし、泣いていた。
 なにしろ、相手は百万人単位の長なのだから、当然なのかもしれない。
 しかし、俗人は別の声が背後から聞こえるのを感じた。 
 その病室にいた皆がすすり泣いていたのだった。


4.友情の始まり
 アレシウス級病院船ザルマからパストーレのシャトルが離艦していく。
 それをベレンコフ艦長は直立不動で敬礼をしていた。
 あれから、俗人は精力的に活動し病室を回りに回ったのだった。
 元が中小企業の経営者ということもあり、彼のお見舞いは上手くやれた。
 ベレンコフは驚きつつ、俗人を認めざるを得ないと思った。
 今までの指揮官は戦意高揚の為に、「英雄的な負傷者」のみを見舞いたがったし、
 ムーア中将などはジョンストンのような人間を見ると明らかに罵声を飛ばした。
 だからこそ、彼は意図的に高級将官の見舞いは誘導的にしたし、それに嫌気がさしてもいた。
 だが、パストーレは普通の経営者が部下に接するように応対し、
 彼の部下であるドールトン、ラップ、ビューフォートもそうだった。
 とても、近年の同盟軍における短絡的な軍事ロマンティシズムとは無縁のように思えたのだ。
 実際は、俗人の行動とて軍事ロマンティシズムの範疇なのだが、ベレンコフはそうは考えなかった。
「少しは、面白くなりそうかな……」
 彼は、自分の予想は半分辺り半分外れていたことを後に知る。

 
「ねぇ、ラップ君。俺を試したんだね。最終試験てやつかい?」
 ラップは、そう苦笑しながら尋ねる俗人に、ええ、そうです、申し訳ありません、
 と言って、シャトルのキャビンにあるバーの中で頭を下げた。
 ラップは、俗人に着いて行こうと決めた。彼の方針の正しさも認めた。
 だが、彼の将器と人間性を見極めたかったのだ。
 少なくとも銀河をゲーム感覚で遊び続けるような男なら粛清しなければならない、そう覚悟していたのだ。
 だから、ラップは、今日の様子を見させていただいた結果、誓約します、
 貴方が同盟を救う将帥であり続ける限り、無限の忠誠を誓いましょう、と言った。
 そんなラップに俗人は、有難うと言った。
 俗人は、ラップがそういってくれたのが嬉しかったし、自分の考えの甘さを突かれたからだった。
 確かに、自分はこの世界の人間なんだという覚悟が薄かったと。
 自分がアニメや小説で見た世界とはいえ、今の彼にとってはこれが現実であり、そこで生きている人間達が多くいるのだと。
「飲むかい?」
 俗人の薦めにラップは従った。
 ウィスキーを自分のグラスに注いでもらうとラップは呷った。
 そして、ラップは、今度は同じように俗人に注ぎ、俗人は同じように呷った。ちょっとむせてしまったけれども。
 だが、それは二人のある種の契約、本当に意味での絆を作る儀式だったのかもしれない。
 それが早弁提督と名参謀のコンビの本当の始まりだったと、ラップは後に回想することになるのだった。

 ビューフォートとドールトンは、そういうラップと俗人の光景を眺めていた。
 ドールトンは、ビューフォートの中央時代に、彼の研究会に出入りし、
 ある程度の親交があったから、二人で話していたのだ
「男の友情ってのはいいもんだね。ああするだけで作れるんだから」
 ビューフォートは、そう楽しそうにぼやいた。
 将器、まさに俗人は、その持ち主であるように思えたのだ。
 軍才と将器、あとは自分が智謀と戦術レベルでのマジックを提供すれば
 銀河の統一さえ夢ではない。そのようにさえ思えた。
 勿論、それは壮大な買いかぶりだった。
 軍才に関しては、たまたま俗人が軍事パラダイムにおいて、
 この時代よりも結果的かつ大幅に進んだ時代から来たウォーゲーマーだったからに過ぎないし、
 将器についても単なる俗物の優しさの発露がそう見えただけかもしれない。
 だけれども、このひねくれやの天才は、意外と感動しやすい寂しがりやだったから、
 パストーレを認めたのだった。初めての上官として。
 もっとも、それをあからさまに言うことは無かったけれども。
「貴方もそうなんですか?あの提督を認めるのですか?」
 だから、ドールトンがそういうとビューフォートは切返した。
 君はどうなんだい?と。
「……何もしない御気楽な立場を手に入れたって喜んでいた、
 それも、あんなにパストーレの旦那を馬鹿にしていた君が、
 旦那を手助けしてやるとは驚いたよ。」
 少し意地悪そうにビューフォートは言った。
 それは事実だった。
 ジョンストンの時に、俗人を助けてやって以来、
 一応副官として、不慣れな俗人のお見舞いを陰ながら助けてやったのだ。
 あるときはさり気無く患者のデータを教えてやったり、
 スケジュールを調整して可能な限り見舞えるようにしたり
「そ、そりゃぁ!あんな姿を見たら可哀想じゃないですか。
 あんな腰抜けのオジサンに下手なお見舞いされたら彼らが可哀想過ぎるって思ったからで……
 絶対に、私はビューフォート先輩と違って、上官として認めたわけじゃないんですかねっ!」
 ちょっと慌ててドールトンは食って掛かった。
 ビューフォートは、わかったわかった、俺は混ざりに行くが来るか?と言った。
 ビューフォートの目論見は当たった。 
 ドールトンは、それを丁重に辞退するとブツブツ文句をいいながら、シャトルの自分の席に帰っていったのだ。
「まったく、俺以上に素直じゃないんだから……」
 ビューフォートは、ジョンストンと俗人の会話の時に、イブリンが泣いていたのを見ていたのだ。
 


つづく

次回予告
第9話 パストーレ、大地に立つ(下)
ついにハイネセンの大地に降り立つパストーレ。
待っていたのは大歓迎のヨブたん、会ったことも無い自分の娘、そしてトリューニヒトを告発する女性だった。



[3547] 第9話 パストーレ、大地に立つ!(下)
Name: パエッタ◆eba9186e ID:2cd1b4a1
Date: 2009/02/13 05:48
この映像は、有名な「パストーレ中将の病院船訪問の映像」です。
当時、彼に随行した人間が隠し撮りしたとされる貴重なものです。
画面の端で椅子に腰掛けて重傷者を見舞っているのがウィリアム・パストーレ、その側にいるのがジャン・ロベール・ラップです。
このように、パストーレ中将は、アスターテ会戦を切っ掛けとして、
大きくその軍人としてのみならず人間としての人格を変貌させていったのです。
当時、この映像は隠し撮りした人間によって、P2Pネットワークや動画投稿サイトに流され、
多くの同盟市民が視聴し、感動を呼び起こしたといいます。
宿敵帝国軍を食い止めたものの、多くの兵士と僚友を失った彼の胸には、 この瞬間なにがよぎっていたのでしょうか。
「映像の宇宙世紀」、25回目の今日は、アスターテ星域をめぐる戦闘を通じて、銀河系分断の時代の悲劇を描きます。

     
               映像の宇宙世紀 第25回「それはアスターテから始まった」冒頭ナレーションより


1.パストーレ、大地に立つ!
 
 俗人は、今、ハイネセン宇宙港に到着しようとしていた。
 おぉ!凄い人だかりだねぇ!
 シャトルの窓から子供のように眺めるパストーレ。
 それに応じるのは元気をなくしたブルック大尉であった。
「とほほ……私は、副官を解任ですか。」
「いやいや!新設の首席副官にドールトン君が納まって、君が次席副官になるだけだよ!
 仕事や待遇は、そのままだから安心して。」
 俗人が慌ててフォローした。
「そ、そうですか!安心し……あれ?じゃぁ、ドールトン大尉の仕事は?」
 安心した後に、ブルックは当然の疑問を抱いた。
 そして、自分がドールトンを遊ばせる為に仕事を押し付けられたと気づく前に俗人はごまかしたのだった。
「さぁ!皆!空港でトリューニヒト委員長がお待ちかねだ!直ぐに行こう!」
 そうして、俗人はハッチに走りだしたのだった。
 俗人の基本的な性格は変わらない。

 ハイネセン宇宙港の滑走路ではヨブ・トリューニヒト国防委員長が側近や部下達と並んでいた。
 後ろには大勢のメディアが待ち構えていた。
 表向きには、優勢なる二倍の敵を食い止め、「大戦略家シュターデン」を打ち破り、全軍崩壊を食い止めた
 「英雄」、パストーレを迎える為とされている。
 勿論、そうしたお題目は、大幅に誇張がなされたものだった。
 このセレモニーの実態は、パストーレを持ち上げることで、敗戦を糊塗しつつ、
 ロボスを筆頭とする宇宙艦隊司令部に政治的ダメージを与える為だった。
 トリューニヒトは、正直言えば腹立っていた。
 幾つかの利権を放棄する代わりに、緊急予算を確保して、軍人達の言う通りに二倍の兵力を与えた。
 にもかかわらず、結果は惨敗である。
 ヤン・ウェンリーなどは特に憎たらしかった。
「兵力差が決定的だと言ったのはお前ではないか!にもかかわらず、兵力を無視した戦闘を自分はする……
 まったく、困ったものだ。」
 そういう思いである。それは、まったくの八つ当たりだったが……
 しかし、彼の軍部への不信はここから始まったとも言える。
 そして、アムリッツアにおける彼の予想を超える同盟軍の敗北によって軍部の能力への不信は頂点に達し、
 救国軍事委員会のクーデターは、軍への失望は頂点に達した。
 特に、後者はトリューニヒトを絶望させること大だった。
 同盟軍が、リベラルデモクラシーを国是とする国家の軍隊であるもかかわらず、クーデターを起こしただけでなく、
 しかも、それが帝国による謀略におめおめと乗ったものだったからだ。
 彼が軍への掌握を強化しても無理からぬことである。
 ビュコックが、プロフェッショナルの軍人として「軍による防護」を重視したように、
 トリューニヒトは、政治家として「軍からの防護」を重視しただけなのだ。
 そのバランスが多少間違っていたのかもしれないにせよ。
 このように、もはや同盟は、社会的にも経済的にも軍事的に行き詰まっていた。
 国家機構はフェザーンに寄生され、トリューニヒトもクーデターを切っ掛けに地球教との関係が、
 「ギブアンドテイク」から「一蓮托生」に変化したことで、彼自身の利権を失わずに抜本的な改革を行うことももはや不可能だった。
 勿論、彼が自身の利権を全て放棄しても同じだっただろう。
 利権を持たない政治家の影響力等ゼロに等しいし、同盟の構造的限界も頂点に達していたからだ。
 そして、彼は方針転換した。
 地球教・フェザーンと枢軸を形成し、帝国の乗っ取りを目指すことにしたのだ。
 具体的には、ラグナロック作戦を誘発させ、同盟と帝国を最小限の損害で統合させた上で、
 巨大化する帝国の統治機構内部に浸透し、政体を民主制へと転換させて権力を掌握することだった。
 しかし、ここで着目すべきは、なぜ政体の変更を目指したのかということである。
 その政治力を使って権力を掌握すればよいだけなのだ。
 わざわざ政体を変える必要もない。
 ここがトリューニヒトへの判断を難しくさせる要因である。
 加えて、結果的に彼の行動は戦争の犠牲者を減らす方向にあったということだ。
 ルビンスキーや地球教徒と違って大量虐殺やテロリズムを誘発したことはなかったし、
 (せいぜいが憂国騎士団のような「チンピラ」の起こす騒動ぐらいだった。)
 戦争目的すらない戦争を終結させたことは確かだった。
 少なくとも、ハイネセン10億の民が死に絶えても同盟と民主主義の存続を!と訴えた軍人や政治家よりも「人道的」だっただろう。
 要するに、トリューニヒトとは自分の欲望にも、国民の利益にも忠実な政治家だったのだ。
 
 さてトリューニヒトは、「無能な」軍人達への怒りを抑えつつ、にこやかにパストーレを出迎えた。
「ご苦労だったね、パストーレ君。」
 よくやったとも褒めず、やってくれたねとも責めないところに、彼の胸中が表れていた。
 俗人は、正確にそれを読み取った。というか、彼にしてみればこうした腹芸は、
 元請会社、銀行の融資担当者、地元の市議・県議・代議士との間で頻繁にしていたので、
 トリューニヒトにどういう態度を取ればよいかは、簡単に分かった。
 だから、俗人はトリューニヒトに相対すると片膝をついてこういった。
「むなしく僚友を死なせ、同盟市民と閣下からお預かりした貴重な人命と艦艇を多数そこないました。
 無能非才の身、どのような罰に処されようとお恨みはいたしません。」
 おもいっきりビッテンフェルトの言葉からの盗作である。
 しかし、トリューニヒトは一瞬驚いた。ここまで「正確な回答」をパストーレが答えるとは思わなかったのだ。
 彼は、パストーレが「政治」が多少分かるだけの戦術屋から変化したという事を察した。
 アスターテ会戦以後に送られてきたメールから、なんとなくは感じていたのだが、
 実際に豹変ぶりを見せ付けられると驚くしかない。
 しかし、彼とて慣れたものだったから、一瞬の後に演技に戻った
「いや、今回は政府や軍首脳部の責任も大きい。
 現場の君達はよく敢闘し、不法な侵略者達を追い返してくれた。」
 ”私たちの責任”と決して言わない所に、トリューニヒトの政治的動物としてのセンスが表れていた。
「嬉しくも有難きお言葉。不肖の身に余るお言葉をいただき、かならずや散華した将兵の仇を討つことを誓います。
 しかし、今回敗北を免れましたのは閣下のお力によるもの。
 閣下の国防力整備がなければ私は防御陣を築くこともできずに敗北していたでしょう。」
 俗人はむせぶように震えながら答えた。
 周囲ではマスコミが囲み、多くのカメラやフラッシュが向けられている。
 視聴率が取れそうな映像、そう思っているのかフラッシュが激しくなった。 
「うん、そうかい。ありがとう。ではいこう、凱旋将軍!」
 トリューニヒトは満足げに俗人の肩を抱き、リムジンに乗り込んだ。
 そう、トリューニヒトは本当に演技ではなく満足していた。
 彼らの会話によって、前線指揮官と国防委員会の責任はうやむやになり、
 宇宙艦隊司令部や統合作戦本部の責任が婉曲に強調されたからだ。
 少なくとも、この映像を見た同盟市民はそう思うだろう。
(もっともビューフォートなどは、その光景を見ながら「よくやるよ」と苦笑していたが。)
 これで、今回の大損害の責任を免れた上に、サンフォードに近いロボスや意のままにならないシトレにダメージを与えられるな。
 早速、マスコミ出身のエイロン・ドゥメックやウィリアム・オーデッツに煽らせよう。
 そういう満足感である。死者に対する感情は、申し訳ないな、そういう程度である。
 そして、パエッタが重傷を負い、ムーアが死んだ今、前線指揮官における唯一の手駒である
 パストーレが政治的な才覚を持ち始めたことには、若干の警戒心をともないながらも大きく満足していた。


2.悪巧み

「ん?君は……」
 パストーレをリムジンに招き入れたトリューニヒトは
 違和感を抱いた。ジャン・ロベール・ラップも乗り込んできたからだ。
「あ!いや、メールで連絡させていただいた件について彼の協力も得たので……
 勿論、委員長閣下のお役に立ちたいということでしたので。
 僭越ながら同伴させていただきました」
 もみ手をしながら俗人は答えると、ラップは自己紹介をした。
 それに対し、トリューニヒトは、そうかい、よろしく頼むよ、
 確かヤン君の同期だったね、と応じた。 
 手駒は少しでも多くて困ることはない。
「さて、まったく……負けなかったからいいものの、やってくれたね。」
 トリューニヒトはちょっと顔をしかめながら、走り出した車内で酒を二人に勧めた。
「君が陣地構築に各星系守備隊の機雷を問答無用で使ったから、抗議の嵐だよ。
 宇宙艦隊司令部はお冠だしね……
 ま、不法投棄の産業廃棄物やら採掘済み隕石を陣地構築に使ってくれたのは感謝してるよ。
 ネグロポンティ君の関係企業が不法投棄だと、反戦市民連合から攻撃を受けていたからね。
 これで国防の為に敢えてやっていたということになる。
 その由、ちゃんと記者会見で言っておいてくれるかね?」
「はい!そりゃあ、勿論!トリューニヒト大先生の仰るとおりです!間違いなぃっす!」
 俗人は喜んだ。トリューニヒトは遠まわしに、よくやったと言っていたからだ。
 やはり、彼は、ある程度の利権を捧げ続ければ、大目のことは目を瞑ってくれる人間のようだ。
 そういう安堵感が俗人を思わず喜ばした。
 俗人は俗物だったから、下手したらトリューニヒトが宇宙艦隊司令部と手を組んで、
 自分を精神病院にでも措置入院させようとするのではないか?とこっそり怯えていたのだ。
 だが、それはトリューニヒトを呆然とさせた。
「ははは……パ、パストーレ君も変わったねぇ。」
 口の右端がヒクヒクしている。
 慌てて、ラップが誤魔化すように二枚の紙をトリューニヒトに差し出した。
 トリューニヒトは一瞥して、政治動物の顔に戻った。
「これは、面白いね。説明してくれるかな?」
「一枚目は、企業の設立趣意書です。」
 ラップは説明を始めた。
 ネグロポンティの企業を改編し、新たに産業廃棄物や機雷を使っての陣地構築専門
 及び同盟軍のロジスティック担当専門の企業にする。
 株式は一部をトリューニヒトのものにすることで、還元させる……そういうことだった。
 だが、
「それは三流の政治屋がすることだね。」
 トリューニヒトはシャッ、シャッ、と自分の名前を消して、別の名前を書き加えた。
 彼が書き加えたのは、彼が顧問を務めるシンクタンクを支援している持ち株会社だった。
 俗人は、そうした事情はわからなかったが、ラップの耳打ちで知り、なるほどと思った。
 
 政治資金は濾過器を通ったきれいなものを受け取らなければいけない。
 問題が起こったときは、その濾過器が事件となるのであって、
 受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから、関わり合いにならない。
 政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十分だからだ。
 流石に、トリューニヒトは妖怪だ。
 おそらく、持ち株会社からシンクタンクを通じて、顧問料か出版する書籍の印税を多くすることで
 利益を受けるのだろう。これで、検察の追及を受けても、せいぜいネグロポンティあたりで止まるわけだ。
 そう、俗人は唸らされた。

「で、この処理は後で私の部下を紹介するからやってくれ。
 なかなか嬉しいことをやってくれるじゃないの。勿論、君にも幾らかは回すからね。
 こっちは?統合戦域軍の設立?」
「ええ、それもパストーレ閣下の発案です。」
 ラップが再び説明を始めた。
 我々の同盟艦隊の規模・性能は建国期に比して飛躍的な拡大を遂げた。
 建国期には、宇宙艦隊の総兵力は3万隻未満だったのが、
 アッシュビー時代には宇宙艦隊の総兵力は8万隻程度へと拡大し、
 現在では16万隻を数えるに至っている。
 にもかかわらず、作戦において統括するのは宇宙艦隊司令部か、自主的な各艦隊の共同に任されている。
 これが問題であった。
 前者の方式にすれば、中級司令部が不足している為に、第6次イゼルローン攻防戦やヴァンフリート会戦
 (そして、アムリッツア)がそうであったように、各艦隊を統制できなくなり敗戦する。
 かといって、後者の方式にすれば各艦隊は協調を欠き、第3次ティアマト会戦、第4次ティアマト会戦、
 アスターテ会戦がそうであったように各個撃破されてしまう。
 そこで、中級司令部である「軍団」を三個半艦隊ごとに新設し、戦域レベルでの戦闘を任せることにする。
 また、補給兵站に関しても艦隊ごとではなく、「軍団」ごとに担当させることで、大幅な効率を図る。
 各艦隊の母港に関しても統合を図ることで、効率化を行う。
 加えて、それによって膨れ上がった非効率な宇宙艦隊司令部を縮小する……
 ラップの試算では、800万人以上の削減が可能なはずだった。
 しかし、
「駄目だね、これは。こんなに削減したら失業者がどのくらいでるかわからん。
 各星系だって艦隊の母港の削減による経済的な損失を嫌がるだろうしな。」
 そうトリューニヒトが拒否反応をしめしたところ、パストーレは揉み手をしながら反論した。
「いやいや、民間に返還する技術者の配属及び各軍団の司令部人事は国防委員会の裁量です。
 そして、各軍団の母港をどこにするのかも。」
 俗人が言ったのは、4つの利権が確保できるからよいではないかということだった。
 ひとつ、民間に技術者を返還する際に、産業界とのつながりと貸しをつくれること。 
 ふたつ、各軍団の司令部人事に介入することで、トリューニヒト派が少ない戦闘部隊へ
 大幅に子飼いを潜ませることも、作ることも出来ること。
 みっつ、母港の選定によって旧来の利権をトリューニヒトが奪うことが出来ること。
 よっつ、意のままにならない宇宙艦隊司令部を無力化できること。
「故に、この改革案が通れば、同盟軍の戦力発揮と閣下の影響力は比類なきものとなりましょう。」
 俗人が、そう駄目押しするとトリューニヒトはしばし沈思してから答えた。
「……わかった。考えておこう。
 しかしね、いきなりは無理だよ。何か実績がないとねぇ。」
「勿論です。ですから、限定的に「軍団」制度を実施したうえで、
 この作戦を決行します。アスターテの責任問題とこの作戦によって、宇宙艦隊司令部を解体に追い込むのです。」
 俗人が最後に出したペーパーには第七次イゼルローン攻略作戦とあった。

 
 それから、幾つかの協議をすると三人は別れた。
 トリューニヒトは二人をハイネセン・シティ中央駅で降ろすと自宅へ向かっていった。
 彼は満足していた。
「帝国領を併合し、新銀河連邦の初代大統領になるか……
 それも悪くない。その為には、軍を完全に掌握しなければな。
 よい方法を教えてくれたものだ。
 勿論、今後は奴に警戒は必要だ。
 しかし、警戒の必要のない飼い犬になぞ価値はない。ふふふ。」
 そう、酒を傾けながらトリューニヒトは思うのだった。
「第七次イゼルローン攻略作戦、やってもらおうじゃないか。シトレ君に電話を」
 車内電話を受け取りながら、トリューニヒトは、今後に取るべき算段を考えるのだった。

 その頃、ハイネセン・シティ中央駅から降りたラップとパストーレは愁嘆場を演じていた。
「た、頼むよなぁ、ラップ君」
「やめて下さい!誤解されますって!」
 ラップの袖を掴んではなさい俗人と、逃げようとするラップだった。
 ことの発端は、自宅に帰ろうとした俗人が「初対面」の娘と会うのを嫌がったからだった。
 少なくとも一人では会いたくない。ラップにも来てくれないかと頼んだのだった。
 だが、ラップにしてみれば付き合う義理はない。
 一刻も早くジェシカに会いたい。というか、会いたい。
 第一、自分がいたって何にも役に立たない。
「じゃあの!」
 ラップは鍛え上げた肉体を生かして見事逃げ切った。
「閣下ぁ!明日は追悼集会ですから、お迎えにあがりますので、それまで壮健で!」
 そう走りながら叫ぶのだった。
 しゃあないね、そう俗人は呟くとエレカにメモした自宅住所を打ち込むと乗り込んだ。

 
3.俗人の帰宅

「まいったなぁ」
 それが俗人の正直な気持ちだった。
 しかし、入るしかない。
 自宅のはずなのになぁ、苦笑しながら、意を決して入る。
「ただいま」
 俗人はドアを開けると恐る恐る入った。
 とててて、と駆けて来る音がすると10歳程度の少女が二階から表れた。
 それがチカ・イトウ・パストーレと俗人の出会いだった。

「おかえりなさい……」
 けっこう子供としてかわいいじゃないか、と俗人は思った。
 もし、自分に子供が出来ていたらこういうのが良かったな、と思ったが、
 その場合は、別れた妻との間だったかと思い至り、頭を振った。
「おぅ!父ちゃん還ったぞ。元気ないな、どうした?」
 俗人はチカが元気がなさそうだったので、元気よくそう言ってみた。
 だが、それがよくなかった?
「と、父ちゃん?」
 チカは混乱した。
 父はこんな人間ではなかった。
 トラバース法で、孤児院からパストーレの家にやってきて何年かたつが、
 もっと神経質で厳格というか冷たい人間だったからだ。
 子供嫌いで甘えてくるのを嫌っていた。
 父ちゃんなどと言えば、しかめっつらで父上か父さんと呼べ!という人間だったからだ。
 パストーレがチカを引き取ったのは軍人としての体面上であり、出世に必要だったからだ。
 だから、別につらく当たることもなかったが、愛情を注ぐこともなく放置していた。
 暮らしには不自由はさせず、金も自由に使わせた。もっと必要なものは他にあったのだけど。
 だが、チカは感謝していた。
 孤児院からどんな理由があっても引き取って、人並みの生活を与えてくれたからだ。
 だから、「父」の気を引きたく、よい「子供」でいようとした。
 本来の陽気な部分を消して、おとなしく、真面目で、家事の出来る子供に。
 しかし、パストーレはそれに答えることはなく、チカの不毛な努力は続いていた。
 だから、このパストーレの反応はおかしかった。
 望んでいたが、ありえない反応だったからだ。
「ん?何か変だった?いつもと変だった?」
 俗人は少し慌てた。
「いや、いつもの父さん……いや、父ちゃんだよ。」
 とりあえず、調子を合わせよう。様子を見よう。
 チカは、そう思い俗人に調子を合わせた。 
「そ、そうか。飯食ったか?」
 食べてない。そうチカは答えると、
 俗人はまってろよ、と言うと冷蔵庫を開け漁り始めた。
 あー、なるほどね。時代変わっても鮭や米はあるんだな、よしよし。
 ブツブツ言いながら、俗人は冷蔵庫から材料を取り出し始めた。
 慌てて、チカはパストーレのジャケットをひっぱり、止めようとした。
 こんなのは父ではない。いつもなら適当に出前をとれよ、とお金を置いて終わりなのだ。
 気がおかしくなったとしか思えない。
 だが、捨てられた犬のような目で俗人が「そんなに、食いたくないのか?美味しいよ、きっと」
 と言うので、仕方なく手を離し、ダイニングで様子を見ることにした。
 俗人が作り始めたのは、鮭チャーハンだった。
 味には自信があった。
 彼が学生時代にバイト先で最初に作ったのがチャーハンだったからだ。
 これ教えてくれた親方、元気かなぁ、そう思い鍋を振った。
 副社長の山田二郎も大丈夫だろうか。
 ま、奴がいれば会社は大丈夫だろうけど。
 まさか、こっちに来てないよな?
 まぁ、なにわの総統じゃないんだからな。(お前が言うなよ、とは思うが)
 そんな取りまとめのない事を考えながら鍋を振ると、鮭チャーハンが出来た。
 あとは冷蔵庫の中から、適当に野菜を取り出し、サラダを作り机に並べた。
 どうだ、グゥの音もでないだろう。
 俗人は軍服の上にエプロンを付けた珍妙な格好で威張った。
 そして、さぁ、冷めないうちに食べよう。と呆気に取られるチカに勧めた。

「……美味しい。これ、何?」
 チカは驚いた。ピラフのようで微妙に味が違う。
 それは当然だ。自由惑星同盟では、様々な騒乱やら長征一万光年を経た結果、
 様々な文化が消し飛んでいる。当然、チャーハンやスブタも源氏物語とともに消し飛んでいる。
 というか、チカにとっては、パストーレがこんな料理が出来ること自体驚きなのだが。
「チャーハンだよ。古代料理ということになるんだろうなぁ。
 ヤン・ウェンリーって知っているだろう。あいつの祖先の食いもんさ。」
「ふぅん、父さ……じゃなくて、父ちゃん凄いね」
「ま、まぁな!」
 俗人は照れた。と、同時にこいつ、初めて笑ったな。なかなか子供らしい表情が出来るじゃないか。
 そう思った。
「で、どうだ?成績は。学校は楽しいか?」
 俗人はとりあえずコミュニケーションを図ることにした。
 なんだかんだ言って面倒見のいい男である。
「うん、成績はね、先生に褒められたよ!」
 へぇ、俗人はチカが差し出した成績表を見た。中々いい数字だ。 
 俗人は素直に褒めてやり、よくやったなと、俯いたチカの頭をくしゃくしゃにした。
 その時、チカから涙がこぼれたが、俗人は俗人なので気がつかなかった。
 肝心な時にどうしようもない男である。
 それから、チカは色々と友人のことを嬉しそうに話した。
 途中でチャーハンの御替りを俗人に頼んだ時以外は中断することがなかったが、
 ある単語が出た時に俗人は口を挟んだ。
「ユリアン?」
「そ、ユリアン兄ちゃんは凄いんだよ!フライングボール大会で優勝するし。
 でも、結構抜けてるんだよね。私が鳥のウィリーを預けたのに餌を挙げるのサボったりしたし……」
「へぇ、彼近くに住んでるの?」
 チカはコク、コクと頷いた。
「そうか、一回挨拶に行かないとなぁ。いいかい?」
 俗人としては、ヤンに会いに行きたかったから、いい理由が出来たとほくそえんだ。
 そんな俗人にチカは意を決したように尋ねた。
「ねぇ、父ちゃんって本当に父ちゃん?」



「え?」 
 俗人は凍りついた。
 な、なにを言うんだ。冗談はよそうよ、チカ。
 死んだ母ちゃんから、赤ん坊のお前さんを受け取った日から
 父ちゃんは父ちゃんだよ。
 そう言った。
「嘘だっ!」
 チカは叫ぶと言葉を続けた。
 父さんはこんなんじゃない!
 父ちゃんだなんて呼んだら怒るし!
 御飯も作ってくれない!
 様子も聞いてくれない!
 もっと冷たいのに!
 もっと言葉をかけて欲しいのに!
 だいたい、私はトラバース法で父さんのところに来たのに、なんで忘れてるの?
 一気になきじゃくりながら、そういった。
 今までの気持ちが出たのかもしれない。

 一方で俗人は罪悪感に囚われた。
 俺は悪気がなかったとは言え、この子を騙そうとした。
 父親を奪ってしまった。なのに嘘をつこうとした。
 俗人は、椅子から立ち上がると、俯いてしゃくりあげるチカの横に来ると、
 肩に手をおいて、ごめんな、と言った。
 チカの言うとおりだ。
 俺は、お前さんの父さんだけど父さんじゃないんだ。
 そして、ラップにしたのと同じような説明を、俗人はチカにした。
「じゃあ、父さんはもういないの?」
 不安そうにチカは言った。
「そうだな……ごめんな。
 だけど、俺が父ちゃんになるから、父さんにはなれないけど信じてくれないか。
 罪滅ぼし、というわけじゃないが、これも何かの縁だし。
 女の子を泣かしちゃったからな。責任はとらないと。」
 ごめんな、ごめんな、そう俗人は続けるだけだった。
 しばらくして、チカは落ち着くと泣き疲れたのか寝入ったので、彼女の部屋まで俗人は運ぶと自分の部屋に向かった。
 自分の責任ではないけれども、俗人がパストーレになってからしたこと、そして向かい合うべきものには責任があるのだ
 病院船でも感じたことを、頭に手をやり、改めて俗人は思うのだった。
 
 その頃、しばらくしてチカは目を覚まし、以下の日記を書いたのだった。

 
 ○月×日

 父さんが帰還。
 敵を撃破したとのこと。
 
 みょうに優しくてうれしかったけど、なにかへんだ
 こわくなって問いつめてみたら、中身がいれかわったという
 ばかばかしい。
 そんなことあるけないじゃない。
 
 きっと帝国のスパイだ!
 それか、気が狂ったにちがいない。
 せいしんびょういんにおくりこんだほうがいいのかぁ……
 ちょっとみきわめよう。
 うん、それからでも遅くないよね。
 ごはんおいしかったし。



4.追悼集会へGO!GO!

「父ちゃん、起きて!起きて!」 
 うーん、もう食べられにゃい。。。
「古典的なボケをするんじゃない!起きなって!」
 え?あ、チカね、どうしたの?
「手帳に書いてあるじゃない!追悼式典があるって。」
 あ!そうだった!
 ごめん、もう出るわ!朝ごはん、作る時間ないかもな、ごめん!
「もう、作ってあるから早く食べて!」
 
 俗人は、慌てて有難うというと起き上がり洗面台に向かった。
 チカが俗人の手帳を見たのは証拠を掴む為であった。
 しかし、書いてあったのは、よくわからない内容や文字(日本語)ばかりで、
 どうやら精神錯乱を疑ったほうがいいのかもしれないと思った。
 いや、そもそも、スパイだから暗号で書いているのかもしれない。
 そうも考えるのだった。
 しかし、そうした黙考は、俗人の「タオルどこー!」の言葉で中断させられた。
 まったく、しょうがない父ちゃんだね。
 気づかずに微笑むチカだった。
 

「父ちゃん、はやく行かないと!ラップさんが来てるよ!」
「あー!やっぱりスカーフが上手く出来ねぇ。もう、いいや!
 もう行くわ。朝飯旨かったよ!有難うな。夜には帰るからな。」
 俗人は何とか身支度を終えると迎えに来たラップの車に飛び乗った。
 ラップは苦笑しながら、まったく慌てさせないで下さいよ、と言った。
 パストーレ閣下は猛将のイメージだったのですが、違うのですね。
 乗り込んだ隣から声が聞こえた。
 ラップの婚約者、ジェシカ・エドワーズだった。
 こら、失礼じゃないか!と咎めるラップにいいよ、いいよ、と宥めながら俗人は思った。
(ジェシカ・エドワーズさん、か。この人も何の因果か……)
 少なくとも、スタジアムの虐殺だけは回避したい、そう考える俗人だった。


 追悼式典は、既に満員になっていた。
『お集まりの市民諸君、兵士諸君!今日、吾々がこの場に馳せ参じた目的は何か。
 アスターテ星域において散華した一五〇万の英霊を慰めるためである。彼らは貴い生命を祖国と自由を守らんがために捧げたのだ。
 彼らは良き夫であり、良き父であり、良き息子、良き恋人であった。』
 トリューニヒトは絶好調で叫んでいた。
 俗人はとりあえず、ラップの案内でヤン・ウェンリーの隣に座った。
 物凄くいぶかしむ目でヤンに見られたが、俗人は気にしないことにした。
『彼らは幸福な生活を送る権利があった。だがその権利を棄てて死んだのだ!
 市民諸君、私はあえて問う。一五〇万の将兵はなぜ死んだのか?』 
「首脳部の作戦指揮がまずかったからさ」
 ヤンがそう呟くのに対し、思わず俗人は「ごめん」と言ってしまった。
 ちょっとヤンは驚いた顔をしたが、周囲が話し声に眉をひそめたので会話は中断した。
『その解答はただひとつ。彼らは祖国と自由を守るために生命をなげうったのだ!
 これほど崇高な死があるだろうか?諸君、吾々はここに銘記せねばならない。
 祖国と自由こそ、生命を代償にしてでも守るに値するものだと。
 この偉大なる祖国!自由なる祖国!友よ、死を恐れるな。吾々は戦おう、自由なる祖国のために。
 戦わん、いざ、祖国のために。同盟万歳!共和国万歳!帝国を倒せ!』
『『同盟万歳!共和国万歳!帝国を倒せ!』』
 聴衆の声が木霊し、情熱が飽和しようとした、その時だった。
 その盛り上がりを、一瞬にして冷却させる声が響いた
「委員長、貴方はどこにいますか。」
 ん?俗人は思わずヤンの隣にいるラップとジェシカを見た。
 しかし、彼らもあっけにとられたままだし、ジェシカがしゃべった様子もない。
 じゃあ、誰なんだろう??
「委員長、あなたはどこにいます?戦死を賛美するあなたはどこにいますか?
 首脳部の作戦指揮の責任を糊塗するあなたはどこにいるのですか?」
 引き続きトリューニヒトを糾弾する声の方へ顔を俗人は向けた。
 その声の人物は座席間の通路から演壇にいる国防委員長を指差していた。
 そして、思わず叫んでしまった。姿を現した人物は意外な人物だったから。
「ウ、ウィンザー夫人!?」
 そう、コーネリア・ウィンザー情報交通委員長だった。


つづく



[3547] 第10話 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(上)
Name: パエッタ◆eba9186e ID:654894c0
Date: 2009/02/13 05:51

私が自由にした人々が再び私に剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。
何にもまして私が自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。
だから、他の人々も、そうあって当然と思っている。

                                        ――大昔の独裁者の言葉





1.狸と狐の論争

 トリューニヒトは有権者を神だと思っている。
 いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。
 そして、トリューニヒトに利益や力を与えてくれる。
 ただし、自分では何一つしない神だ。
 だから、神がやらなければ人がやる。そう思っていた。
 要するに、第一に自分の欲望を、そして、その為に神々の利益をついでに実現する。
 それが、トリューニヒトの政治哲学だった。
 要するに、彼は人間でいたかったのだ。
 
 だから、糾弾者がウィンザー夫人であることを知ってトリューニヒトは驚いたが、一方では安心した。
 もし、これが彼にとっての神である、婚約者を亡くした若い女性だったら最悪だったからだ。
 ソリヴィジョンの前の神々がどういう審判を下すかわからないからだ。
 仮に、論理的にその若い女性に反論しよう。おそらく、論破するのは簡単だ。
 だが、論理的反論というものは、感情論の前では、言い訳臭くにしか聞こえない。
 だからといって、感情的に「正論君」や「諸君ちゃん」のノリで反発すれば、
 なんと冷たい男だろう、ということになってしまう。
 加えて、トリューニヒトは徴兵に応じたものの、前線には出ていないから、
 そうした意見を言い過ぎると不味いことになる。
 おそらく、取り乱してみせることで、ソリヴィジョンの前の神々を欺くしかなかっただろう。
 だから、ウィンザー夫人という同じ「人間」が批判してきたことで安心した。
 相手が同じ政治家なら、一定のルールで打算に基づくゲームが出来るからだ。

「委員長、あなたはどこにいます?戦死を賛美するあなたはどこにいますか?
 首脳部の作戦指揮の責任を糊塗するあなたはどこにいるのですか?」
 ウィンザー夫人は、哀切に満ちた表情で切々と訴えていた。
 よくやるよ、とトリューニヒトは難しい表情をしてみせる一方で思った。 
 とりあえず言い分とやらを聞いてみるか、そういう思いだった。
「私は息子を、第六艦隊補給分艦隊に所属していたダビット・ウィンザーを失いました。」
 まずいな、聴衆の雰囲気が変わってきた、トリューニヒトは聴衆の空気の変化を肌で感じた。
 いい加減、厭戦機運が高まってきているのだ。
 攻略できないイゼルローン要塞。
 そして、そこから有人惑星のある宙域にまで度々侵攻してくる帝国軍。
 加えて、ラインハルト登場以降、無駄に損害を増やし続ける同盟軍。
 同時に疲弊していく同盟社会。
 皆、口にしないが、戦争がジリ貧になっていると感じているのだ。
「しかし!国防委員長っ!あなたのご家族はどこにいるのですかっ!」
 秘書がそそくさとトリューニヒトにメモ書きを渡した。
 内容を見る。なるほどね、そう思った。
 ダビット・ウィンザー。19歳。
 母親の政治姿勢に反発し、反対を振り切って軍に入隊。
 母親のコーネリアがハイネセンでの配属を工作するも、ロボスに直訴し前線へ配置。
 それでも、コーネリアの手配りで第六艦隊の補給分艦隊という後方部隊に配属。
 そのお陰で史実では辛うじて助かったが、俗人が下手に歴史をいじくった結果、第六艦隊は史実以上に壊滅。
 というより、ほぼ全滅した。その為、ダビット・ウィンザーは死んでしまった。
 もっとも、そこまでの歴史の悪戯までは、秘書のメモには記されていなかったが。
「わたしの息子は祖国を守るために戦場に行き、現在はこの世のどこにもいません。
 あなたの演説はそれらしく聞こえるけどご自分はそれを実行しているのですか?
 この戦争を終わらせることが、政治家の務めではないのですか?」
 両手を広げ、涙さえ浮かべてみせるウィンザー夫人にトリューニヒトは思わず苦笑しそうになった。
 確かに、息子の死を悲しんでいるのだろう。
 だが、それだけであれば、普通は静かに悼むのが筋だろう。
 少なくとも昨日、今日でしゃしゃり出てくるのは不自然だ。
 奴も神ではなく人足らんとする政治的動物なのだな。
 トリューニヒトは、初めてウィンザー夫人に共感を覚えた。

「あなたにヒューマニズム云々を言われる筋はありませんな。
 全同盟市民が死に絶えても戦争継続を!と先日の議会で野党に訴えたのは貴方ではないですか。
 ご自分が被害を蒙ってから、そういうご発言をなさるのはエゴイズム以外の何者でもない。恥を知りなさい!
 今日お集まりの皆さんが自由と民主主義の維持の為に耐えてきた努力を否定するような言動は許せませんな。」
 トリューニヒトは激昂してみせた。
 ウィンザー夫人の攻勢限界点に達したところで、冷や水を浴びせた。そういう、つもりだった。
 夫人は、かすかに、にやっと笑うと、矛先を転じた。
 トリューニヒトの試みは、とりあえず成功したようだった。
「まぁ、奇麗事をおっしゃるのね。
 私が追求しているのは、貴方のようなシビリアンと同盟軍上層部の責任の問題ですよ。
 戦線の後方で、戦争を煽る事にのみ専念し、戦備の充実を怠った委員長のようなシビリアンたち。
 二倍の兵力で襲い掛かったにもかかわらず、敗北を喫しておいて大勝利とする無能で卑劣な軍上層部。
 私は、この戦争の正当性を認めます。
 貴方達、無能で卑劣な戦争指導者たちを認めないだけです。
 皆さん、皆さんのご家族が死んだ時、彼らは何をしていたのでしょうか?
 後方で戦意を煽っていたのではないでしょうか?
 私は一人の国家に息子を捧げた母親として、それを皆さんに問いかけたいのです。」
 オペラ歌手のように涙を浮かべ、ウィンザー夫人は歌い上げた。
 流石に、トリューニヒトと若手議員の雄としての立場を争うだけはある。
「演説は、それで終わりかね?
 この神聖な追悼集会を汚した罪は重いとは思わんかね?
 私の心は常に前線指揮官達と共にある。
 そして、同盟軍の改革を成し遂げ、必ずや明確な戦果を市民達に掲げるとしよう!」
 パストーレめ、高言したからには責任を取れよ、トリューニヒトはそう思った。
 それとなく、意のままにならない同盟軍制服組上層部の責任を認めながら。
「果たしてそうかしらね?ヤン・ウェンリー准将!貴方はどうかしら?」
 ウィンザー夫人は、一人だけ起立せずにいたヤンを指差して、そう言った。


2.迷惑な一日の始まり

「はぁ?」
 ヤンはおいおいと思った。
 狐と狸の化かし合いは面白いなぁ、と思ってはいたが、自分が突然引きずり出されるとは思わなかったからだ。
「そう!エルファシルの英雄!そして、アスターテの真の英雄であるヤン・ウェンリー。
 貴方ならわかるでしょう。かつてはリンチ少将。今度はムーア・パエッタ・パストーレ、そしてロボス。
 何度有効な手立てを貴方は主張して、無視されてきたか。幾度無駄な戦死を重ねてきたか。
 貴方は、その生き証人でしょう?」
 そうだ!そうだ!と叫ぶ声が聞こえた。
 アッテンボローだな、まったく……
 ヤンは頭を抱えたくなった。
 しかし、無視するわけにもいかない。
「……小官の責任を超える範囲の質問かと存じます。
 自分は軍人ですから。」
 そりゃ、ウィンザー夫人の言わんとすることはわかる。
 トリューニヒトよりは、賛成しなくもない。
 しかし、所詮は同類だ。野心が余りにも見え透いている。
 お近づきにはなりたくないね。
 そう婉曲に言ったつもりだった。
 しかし、ウィンザーは意図的に曲解した。
「なるほど!言えない、つまり否定はしないわけね!」
 そして、一気呵成に続ける。
「委員長、この続きはまたいたしましょう。
 私は今後も、貴方達がどこにいるのか、そして、なすべき事を如何になさなかったか。
 息子を国家に捧げた銃後の人間として問いつめたいと思います。」
 そして、ずんずんと階段を上っていき
「さぁ、ヤン提督。話があります」
 と、通路側にいたヤンの手をむんず、と掴むと勝手に退出して行った。
 ヤンは、虚を突かれたので、ちょっ!ちょっと!と言いながらも出口まで連れて行かれてしまった。
 ラップも、ジェシカも、俗人もあっけに取られ見送るだけだった。
 トリューニヒトが警備員を呼ぶ寸前だったから、それは見事と言えるかもしれない。
 
「か、可哀想に。これも戦争の悲劇です。
 しかし、今日お集まりの皆さんが耐えていることを耐えられないとは……
 同じ議員の職責にあるものとしてお詫びいたします。」
 トリューニヒトも呆気に取られたが、ウィンザーの今回の行動の目的を即座に理解した。
 第一は、息子の戦死によるものだろう。
 さぞかし、感情のやり場に困ったのだろう。出来の悪い子供ほどかわいいからな。
 第二は、今回の敗戦を逆に生かして権勢の拡大を図る自分への牽制だろう。
 P2P等に流されたパストーレの病院船での様子、今回の会戦での活躍が誇張されたこと、
 それによってパストーレの評価はヤンとともに鰻登りになっていた。
 そのパストーレがトリューニヒトと結託したことに危機感を覚えたのだろう。
 第三は、ジリ貧になりつつある戦争への忌避感を票として救い上げる為だろう。
 なんだかんだで、同盟市民だって無意味な戦争に従事したくはない。
 第四は、第二に関連して、ヤン・ウェンリーの囲い込みだろう。
 こちらがパストーレを利用したように、奴はヤンを利用するつもりなのだ。
 そして、ヤンの意図に関係なく、自分に取り込むように持っていった。
 あの光景を見れば、誤解する者は多いだろう。
 まったく、見事な役者だよ、ウィンザー君。
 トリューニヒトは、見事な笑顔で「いや、国防委員長の至誠に疑う余地なし!」「ウィンザーは敗北主義者だ!」
 「ヨブさま、ステキー!」「……痺れちゃう」という声に応じながら手を振るのだった。
 そして、国歌が流れ始めた。


「まったく、どういうおつもりですか!」
 ホールの外に連れ出されたヤンは手を振り解くと抗議した。
 彼は、本当に怒っていた。
 ただでさえ、軍人などという仕事は辞めたいのに、政治的に利用されたのだ。
 彼は観察者になりたかったのであって、政治の道具になるつもりはなかった。
 だから、自分を意図的に嵌めたウィンザーを責めた。
「それは謝るわ。ま、私の車に乗りながらでもどう?」
 ヤンは、しばし躊躇したが、結局は彼女の車に乗った。
 理由を確認したかったし、嫌味の一つでも言ってやりたかったからだ。


3.見つめるもの達

『ぶらぼー!ぶらぼー!国防委員長!』
 そう下品に叫ぶパストーレの姿が意図的にソリヴィジョンに大写しになっていた。
 トリューニヒトの側近が空気を読んで演出したのだろう。
 俗人は、いまいち空気を読めてなかったが。
 そうした映像をクリオ・ブラッドジョー中佐は宇宙艦隊司令部のオフィスで眺めていた。
 遠くの方で作戦参謀のフォーク准将が「なぜだぁああああああああああ!!!」と叫んでいた。
 要するに、今回のアスターテの敗北の責任を政治家たちや、前線指揮官が、
 宇宙艦隊司令部に押し付けようとしていたからだ。
 つまり、作戦立案者のフォークと承認者のロボスの責任にして逃げようとしていることが、
 追悼式典での様子から分かったのだ。だから、フォークは気が狂ったように叫んでいたのだった。
 その様子を無視するかのように、クリオ・ブラッドジョー中佐は、口をだらしなく半開きにしていた。
 そんな、中佐の口を閉じさせたのは、二人の訪問者だった。
「中佐、中佐!こっちの世界に、戻ってきてください。」
 訪問者の片割れである、フレデリカ・グリーンヒル中尉が肩をがしがし、と揺すった。
「……ン?フレデリカにイブリンか?」
 ブラッドジョーは、ようやく現世に戻ってきた。
 といっても、彼はボーとしていたのではない。
 この極めて冴えない風貌をした男は、同盟軍結成以来の秀才とされる男だった。
 彼は、一旦物事を考え始めると、物凄い集中力を発揮する人間だった。
 その為、先ほどまでのように口をだらしなく開いて、涎を零す人間になってしまうのだった。
 もっとも、史実の彼は、時代に冠絶する作戦立案能力を誇るヤン・ウェンリーの参謀に、
 この後なったので、特に目立つこともなかったが。
(実際、マニアである俗人でさえ、なんか捕虜交換のときに出てきたような、出てこなかったようなという始末だった。)
 もっとも、その人事は無理からぬことだった。
 ヤン・ウェンリーの才覚を本人の意思とは無関係に軍上層部は評価していたが、
 それを参謀としてではなく、艦隊指揮官としてのものと誤解していたからだ。
 勿論、ヤン・ウェンリーの本領は参謀としての能力にあるし、彼もそれを望んでいた。
 実際、エルファシル後の配置の殆どは参謀職である。
 しかし、軍上層部は、参謀として使い勝手の悪いヤンの処遇に悩んだ。
 確かに能力はある。しかし、ラップのような上官へのロイヤリティが根本的に欠けていた。
 だから、グリーンヒル大将を除いて、皆が皆ヤンを持て余してしまった。
 そこで、降って沸いたアスターテでのヤンの艦隊指揮官としての見事な活躍である。
 そして、軍上層部は、エルファシルを思い出し、そもそもヤンは艦隊指揮官向きだったのだと考えるようになった。
 結果、ヤンは分艦隊すら指揮したことがなかったにもかかわらず、
 突如として艦隊指揮官、前線指揮官としての道を歩むことになる。そして、勝利を重ねていった。
 だが、思い起こして欲しい。その後の数々の勝利は、艦隊指揮能力ではなく、
 彼の作戦立案能力とカリスマ性によってもたらされたものであったことを。
 だからこそ、史実において、艦隊指揮に傑出するフィッシャーが戦死した時点で、ヤンは戦闘の継続を断念したのだった。
 しかし、そうした事実にビュコックを除いて同盟軍首脳部は気が付かなかった。
 そして、ヤンを艦隊指揮官向きの人間としてこのときから扱うようになっていった。
 だから、ブラッドジョーのような秀才型参謀を史実では、補佐につけてしまったのだった。
 もっとも、ブラッドジョーの運命の今後が史実と同じようになるかは、まだわからないが……

 
 話を戻す。集中の泉から、フレデリカによって現世に引き戻されたブラッドジョー中佐は、早速抗議した
「ひどいじゃないか。僕が考え事しているときは放置しておけって言っているだろう?不詳の後輩よ」
「この時間に来るように行ったのは、先輩じゃないですか。」
 フレデリカは顔をわざとしかめて見せた。
 それによって、ブラッドジョーはようやく何かを思い出し、ひとつのディスクを差し出した。
 それはアスターテ会戦の戦闘詳報及び、それに彼なりの分析を加えたものだった。
「有難うございます。これが欲しかったんです。先輩の分析は勉強になりますから。」
「とかなんとかいっちゃって、本当はヤン提督の戦いが知りたいだけでしょ。
 フレデリカは、ヤン提督に御執心だものね。エルファシルから一途なもんよ、ホント」
 ドールトンが腕を組んで頷きながら茶化した。
 フレデリカは否定できずに、ちょっと、イブリン!と言うだけだった。
 それを見て、ブラッドジョーは、お前変わったな、とドールトンに言おうとして辞めた。
 口に出す必要のないことも存在するのだ。そう、彼女が明るくなったのは喜ぶべきことなのだ。
 ちょっと前までは、顔も出さずに、怠け者の顔をして、心の中で泣いていたのだから。
 だから、ブラッドジョーは別の言葉を言うことにした。
「そういうお前さんは、どうなんだ?
 この間のメールでパストーレ閣下を妙に褒めてたじゃないか。」
「あ、あんな奴を評価なんてしませんよ!
 何ですか、今だって、トリューニヒトに媚を売って。
 みっともないったらありゃしない。」 
 ドールトンは、そう言い切ると、ボソボソと折角感心したから、
 あの時の様子をP2Pに流してやったのに云々と続けた。
 ブラッドジョーには、彼女の独語は聞こえなかったが、なるほどな、と思った。
 あの俗物が、自分の後輩の心の枷を破壊したのだな。やはり、単なる俗物ではないか……感謝はしておこうか、と。
「分かりやすい奴だな、お前。」
 ブラッドジョーは、そういうと帰った、帰ったと言った。
 手元の端末連絡を見ると、どうやら、ロボス元帥が、急遽対策会議を行うようだった。
 最近、富に判断力の低下した彼のことだからグリーンヒル大将かフォーク准将の差し金らしい。
 ドールトンは湯沸かし器のように赤面しながら抗議しようとしたが、フォークが暴れているのを見て引き下がることにした。


「まったく、イブリンのお陰で先輩とあまり話せなかったじゃない。」
 宇宙艦隊司令部のオフィスを退出するなりフレデリカはそう言った。
「え?あちゃぁ、そうね。私が付いて行きたいって言ったものね。
 もう1年以上もブラッドジョー先輩に会っていなかったから、つい……
 ごめんなさい。」
 ドールトンは反省する様子を見せた。本当にうっかりしていたようだ。
 フレデリカは、この年上の友人を、しょうがないわね、と許してやることにした。

 二人が出会ったのは二年前だった。
 勿論、最初から親しい友人付き合いをしだしたわけではない。
 むしろ、最初は険悪だった。
 切っ掛けは、ドールトンの弟分の後輩が、彼女に泣きついたことからだった。
 そのフレデリカに懸想していた後輩は、フレデリカに振り回されたとドールトンに相談。
 ドールトンは、情けない奴ねぇ、そういうのは自分で何とかしなさいよ、
 と思いながらも基本的には彼女自身がある種の単純な善人だったし、後輩を可愛がっていたので、
 任官したばかりのフレデリカを問いつめてみた。
 しかし、問い詰め方が良くなかった。
「あんたが、グリーンヒル閣下の娘さんね。男の振り方にも流儀があるってもんよ。
 顔貸してもらえる?」
 肩肘張って、ニヤリと統合作戦本部情報分析課前で待ち構える姿はまさしく悪漢だったからだ。
 加えて、二つの要素がフレデリカの苛立ちを倍加させた。
 一つは父の名。当時の彼女は、父親の名前を出されることを非常に嫌がった。
 要するにグリーンヒル閣下の娘さん、という一言で自分を表現されたくなかったのだ。
 二つめは、男の振り方。
 フレデリカにすれば、ドールトンの弟分とは、普通の友人付き合いをしていただけだった。
 それなのに、向こうが一方的に付き合おうといってきたのだ。
 そりゃあ、その気持ちは嬉しかったが、だからといってヤン提督一直線の彼女が付き合う道理もない。
 そして怨まれる筋合いも攻められる筋合いも無いはずだ。
 だから、フレデリカは後年ユリアンに語った「猫を被ってた」モードを捨てることにした。
「お断りします。貴方には関係の無いことでしょう。では。」
「ちょっ、ちょっと!待ちなさいよ、あんた!」
 その後は酷かった。
 フレデリカの肩に右手で掴みかかるドールトン。それをひねり挙げようとするフレデリカ。
 すかさず左手の掌底でフレデリカが掴みにかかるのを外すドールトン
「……いい度胸してるじゃないの。」
 頬をぴくつかせるドールトン。
 それからは流石に顔は狙わなかったものの、取っ組み合いの掴みあい。
 他人がいなかったから良かったものの見つかったら確実に処分物だった。
 そして、30分もたった頃、ようやく戦いは終わった。フレデリカの辛勝だった。
「あ、あんた、やるじゃないの」
 もはやぐしゃぐしゃになったベレー帽を拾って被りなおしたドールトンは、そういう言い方で降参を認めた。
 とことん素直ではない人間だ。
「……中尉こそ。」
 肩で息をしながらフレデリカは応じた。
 そして、どうして、ここまで?と聞いた。
 ドールトンは、がっくりしながら説明を始めた。
 要するに、フレデリカはフレデリカで配慮が足りなかったのだと。
 彼女は彼女で無邪気に相手を期待させてしまう行動があった。
 例えば、悪気は無かったが、相手の部屋を訪問してしまったり、
 二人で食事に誘われたら応じてしまったりと。
 フレデリカは、まだ経験は足りなかったけれども聡明さでは、かなりのもだったから、
 ドールトンの指摘を理解し、納得もした。自分はヤン提督に夢中になる余りに配慮が足りなかったのだと。
「ま、わかりゃええのよ。私も昔そういうことやっちゃったからね。奴には私から言っておくから注意しなさいよ」
 ドールトンは苦笑しながら立ち上がり帰ろうとした。
 そんなドールトンを、フレデリカは慌てて呼び止めて、お詫びと御礼に食事をご馳走させて欲しいと言った。
 ドールトンは大食いだったから喜んで、と目を輝かして首をブンブン振った。
 こうして、彼女らは友誼を結んだのだった。
 フレデリカは、この褐色の聡明な美人なのだが、根が単純でどこか抜けている部分のあるドールトンに親しみを感じ。
 ドールトンは、聡明ながらも実はロマンチストなフレデリカを可愛く思った。
 以後、ドールトンとフレデリカの友情は続いている。(史実ではドールトン事件において彼女が自殺したことで終わったが)
 この日、二人がブラッドジョーを訪問したのは、マルティンの事件以降ふさぎこんでいたドールトンが、
 フレデリカに再会を持ちかけたのが切っ掛けだった。フレデリカがブラッドジョーに会うと聞いて同行したのだ。
 まぁ、本当に元気になってくれてよかった……。フレデリカは、機嫌良さ気に横を歩くドールトンを見ながら思うのだった。


「真の解放は全ての人のためにぃ~」
 その頃、国歌を謳い終えた俗人は、冷たい視線を浴びた。ジェシカからだった。
 どうやら彼女はウィンザー女史の訴えにいささか感じるところのあるようだった。
 気まずくなった俗人は、「じゃあ、これで。お先に失礼するよ」と帰宅することにした。
 ラップとジェシカは、この後、式場を探しに行くということもあり、邪魔するのもアレだったからでもあったが。 



4.呉越同舟

「あの子はね、決して軍人なんて向いてなかったのよ。」
 ヤンが乗り込むと、ウィンザーが最初に口にしたのはそれだった。
「母さんは、卑怯だ!戦争を煽っておいて自分は何もしない。こんな戦争はさっさと終わらせるべきだ……よくそう言っていたわ。」
 そのとうりだな、とヤンは思ったが声には出さなかった。
「だから、貴方の力が必要なの。私は、この戦争を終わらせるつもり。
 それが、あの子への罪滅ぼしになるはずだから。
 勿論、それは反戦市民連合による無条件即時和平でも、現行の自由共和党の解放の継続でもない。
 まぁ、こちらの軍事的な勝利による若干優位な講和ね。」
 ウィンザーは、そういい切って見せた。
 つまり、国内政策では是々非々で自由共和党と協力もするが、外交政策では袂を分かつという事だった。
 そして、それにより議会のキャスティングボードを握ったように見せかけることで、
 次期選挙において躍進するつもりだと、ウィンザーは付け加えた。
「素敵な未来図ですな。」
 政治家としてはまっとうな意見だな、と認めつつもヤンは感じた嫌悪感を半分程度出した。
「しかし、そう上手くいきますか?軍事的勝利と容易くおっしゃいますが、
 ここのところ我が軍は負け続けなんですよ。」
 ヤンは具体的にウィンザーに、ここのところの同盟軍のラインハルトへの負けっぷりを正確に伝えた。
 一応、ウィンザーが講和を目指していることもあったから、彼としては軍人としての三大役割のひとつである
 助言的機能を果たしたのだ。彼としては珍しく。
「……ふぅん。そういうものなのかしら。
 でも、一度帝国領に侵攻すれば、帝国の人民は諸手を挙げて私たちに協力してくれるはずよ。
 そこで帝国国内の混乱に乗じて講和に持ち込めそうなものだけど。
 というか、貴方に軍権を与えれば何とかなるでしょ?」
 戦えば必ず勝つ。我らは正義なのだから。
 一言で無理矢理要約すればそういう内容だった。
 だが、笑ってはいけない。
 イラク侵攻作戦策定中において、米国の国防総省の役人の中には「航空支援があれば一個師団でイラク軍の撃破は可能でしょ?」
 と軍人にのたまわった人間がいたくらいである。わが国だってそういう例には事欠かない。
 しかし、それは専門が違うから仕方が無いことなのだ。
 軍人は軍人で政治に対して、往々にして頓珍漢な発言をするように。
「そういうものではないですよ」
 ヤンは、懇切丁寧に説明してやった。
 勿論、何で、こんな息子の死を政治利用する女にしてやらなきゃいけないんだと心中でボヤきながら。
 その結果、ウィンザー夫人は、なんとなくだが、軍事的な常識を以前よりも身に着けた。
 それはそうだ。ウィンザー夫人は「さかしい女」だが馬鹿ではなかったし、ヤンはこの時代の最高峰の用兵家なのだ。
 ただ、ウィンザーが第六艦隊の壊滅理由について聞いた時に、第四艦隊がいささか不用意な行動にも責任があると指摘した時には、
 少し感情的に理解したようだが。
「……じゃあ、これはどう思うの。」
 ウィンザーが出したのは第七次イゼルローン攻略作戦<原案>と書かれた文書だった。
 立案者にはパストーレ、シトレ、トリューニヒトの名前が書かれていた。
 ヤンは目を丸くした。出所は?と聞くとウィンザーは首を傾けて誤魔化した。
 しかし、ヤンには見当が付いた。おそらく宇宙艦隊司令部の誰かが巻き返しの為に議員達に横流ししたのだろう、と。
 その推理は当たっていた。
 アンドリュー・フォークが、トリューニヒトとシトレがロボス潰しの為の作戦の決行を邪魔しようとサンフォードやウィンザー
 のトリューニヒトを警戒する人間達に蒔いていたのだ。
「参加兵力に私の名前がありますね。第13艦隊司令官?」
 ヤンは、校長め、謀ったなと苦笑した。
「そう、あなたは半個艦隊を率いて、パストーレ中将の艦隊とイゼルローンを半年後に攻略することになるのよ。
 成功する自信は?」
「この文書には攻略方法は書いてありませんが、私の方法なら可能かもしれませんね。邪道ですから失敗してもともとですが。」
 ヤンは、純粋に面白そうな顔をしたが、言い終わると若干後悔した顔になった。この羞恥心こそ彼の魅力だろう。
「……なら、この作戦予算には賛成しておくわ。貴方の勝利に期待しましょう。
 それにロボスも息子の戦死の責任者であるしね、かばう必要は無いわ。
 私の派閥が離党した後には、別の案件で反対することでアピールすることにするわ。今後とも宜しく」
 ウィンザーは、あごに手をやって少し考えた後に、そう決断を下した。
 ヤンの勝利は、自分の影響力増大なのだと言わんばかりに。
 だから、ヤンは流石に反論した。
「待ってください!今回は貴方に同情もしたし、言うことに一遍の真実があると思ったからです。
 それに貴方が与党から離脱するならお付き合いは断りたいのです。
 軍人の政治的中立をなんだと思っているんですか。
 大体、息子さんの死を弔いたいのですか、政治的に利用したいんですか?」
「それ以上は、軍人の口出しすることではないでしょう?私の今の夢は息子の願いを実現すること。
 それには、同盟そのものを手に入れる必要があるのよ。
 そして、そのためには金も要るし、議員や市民を動かす大義も要るのよ。」
「大義ですって?」
 ヤンは馬鹿馬鹿しい気持ちになった。もう我慢できない。
 自分が信じてもいないものを、他人には信じるように強制する、
 この手の道徳業者がヤンは大嫌いだったからだ。
 こんな奴がいるから報われない不幸が量産されるのだ、そう思った。
「無能な軍人と政治指導者が市民の、私の善良な人々をむざむざと死なせた。
 ゆえに私たちはをトリューニヒトやロボスを討つ。これが義ね。名目よ。」
 そんなヤンにウィンザーは、言い聞かせるように言った。自分に対してだったのかもしれないが。
「それは偽善ですよ」
 ヤンは、やや怒気を込めていった。
「いいえ、善よ。私は善きことをしているわ。違って?さ、着いたわ。行きましょう」
 しかし、そこはヤンの家だった。
 ウィンザー夫人はそそくさとヤンの家に入っていった。
 出迎えたユリアンを押しのけるように。
 ヤンは、勘弁してくれと泣きたくなった。
 やっと、ウィンザーから解放されたと思ったのに……
 


 その頃、俗人は家の近くまで来ていた。
「ダイターンスリ♪さようなら~♪」 
 誰にも分からない奇妙な替え歌を機嫌よく口ずさんでいた。
 それはそうだ。あの後、トリューニヒトから電話で、よくフォローしてくれたと褒められ、
 イゼルローン攻略作戦は、俗人の申し出た艦隊編成で進めるとの確約を保証されたからだ。
「これで攻略はヤンに任せて、俺は目的を遂行できるわけだ……と、あれ?」
 家の前に奇妙なものがとまっているのが見えた。
 黄色い救急車だった。
 なんだろう、と思い近づいたところで、ガシっ!と屈強な二人の男に腕を掴まれた
「ウィリアム・パストーレ閣下ですね。ハイネセン中央精神病院です。ご同行願えますか?」
 え?いやぁあああああ!!!
 俗人は、そのまま救急車に乗せられると連れてかれていってしまった。


 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日、それはようやく半分を終えたに過ぎない。


つづく



やっと10話まで来ました。
これも読者の皆様のお陰です。
前回は大量に感想をいただき有難うございました。
凄い励みになりました。
コメント返信は第一部か本編が終了するまでは、ネタバレになったり、言い訳がましくなるのでお待ちください。
ただ、全部は読んでいるので、本当に有難いです。良かった部分や間違った部分の指摘は特に有難うございます
(ただ、1点だけ。ここでの「史実では」、というのは「原作と」同じ意味です。原作を銀英伝の史書として捉え、その上での火葬戦記な感じです)
政治闘争はさっさと終わらしてさくさく進むようにします。
では、また余計なことはしゃべらず沈黙します。


予告


第11回
「しかしですねぇ、タナンチャイ参謀長も副官の方も証言しているんですよ。
 認めたくないかもしれませんが。ま、ゆっくり治しましょう。」
「そ、そんなぁ……」
 俗人は絶望した。

第12-13回
「ハウプトマン少佐、ワルキューレだ!ワルキューレ!!」
「閣下、レール・キャノンを発射させてください。敵に出遅れます。」
「少佐、私はワルキューレがいい!!」
「好き嫌いをいっている場合ですか!?この距離では殲滅されますよ!?」
「貴様!ミッターマイヤーのようなことをいいおってからに、私を誰だと思ってるんだ!わが伯爵家はかつて皇妃をだしたこともある名門中の名門だぞ!」



[3547] 第11回 ヤン・ウェンリーとパストーレの迷惑な一日(下)
Name: パエッタ◆262bb6b8 ID:7fbeae1a
Date: 2009/02/19 14:37
「チカ・イトウ・パストーレは大事な友人でした。
 亡命して何も分からなかった私やベンドリングを、よく助けてくれました。勿論、他の方々も。
 あの頃の自由惑星同盟を非難する方々もいますが、身分のない社会というのは素敵だな、そう当時は思えたのです。
 だって、あのような素敵な友人がもてたのですから!」
                       マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー「金星の追憶」ハイネセン中央出版より



1.二人の災難

「うわぁ!よせ!っていうか話そうよ、ね?」
「はいはーい。皆そういうんですよ、動かないようにしましょうねー」
 そうして俗人は黄色い救急車に連行されていってしまった。
 ふぅ、と溜息をつきながらチカは、その様子を見つめていた。
「本当に良かったのかえ?わらわは、これでよかったとは思えんが。」
 隣のマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーがそういった。
 彼女とチカはマルガレータが昨年に帝国から後見人のベンドリング少佐とともに亡命して以来の付き合いだ。
 要するに近所の年齢の近い友人、そういった関係である。
「えぇ?マルちゃんが『心の病気』かもしれないって言ったから……」
 チカは泣きそうな顔で言った。
「わ、わらわは、そなたから見せられた文章が帝国公用語ではない、
 だから、精神錯乱というのもあるかもしれんのぅと言っただけじゃ。
 そ、それにの。そなたの父ではないか。そなたが信じるべきではなかったのか?」
 マルガレータは今更ながらに、後悔した素振りを見せると、何とか反撃した。
 そして、その反撃は有効だったようだ。
 チカは狼狽し、涙ぐみ始めた。
「だ、だって、父さん、本当に変だったんだもの。
 それで、タナンチャイさんやブルックさんに電話したら、同じこというんだもの。
 ひどいよ、ひどいよ……」
「うっ……すまない、すまなかったの。」
 マルガレータは謝った。これも、こちらで習った慣習だった。
 始めの頃、彼女に嫌がらせをした男子との間で掴みあいになり、
 よくチカから「『けんかりょーせーばい』だからマルちゃんも、ごめんなさいしなきゃダメ!」と言われたものだ。
「……もういいよ。ベンドリングさんが御飯だって呼んでるよ」
 ぐすぐす、泣きながらそう言った。
 見ると、エプロンを付けたベンドリングが家から出てきて叫んでいる。
「そなたも来るか?今日も一人じゃろう?」
 マルガレータは務めて明るく言った。チカはひとりぼっちだったので、よく伴食に預かっていたのだ。
 しかし、チカは、そんな気分じゃないと断り帰っていった。


 その頃、ユリアン・ミンツは当惑していた。
 明らかに彼の保護者は不快感を露にしているし、
 その彼がもっとも嫌いそうなタイプの議員が、この家に上がりこんでいるのだ。
 おかげで、ヤンはさっきから「そこまでは言ってません!」とウィンザーとやりあっている。
 その議論の内容はパストーレの責任に関するものだった。
 ヤンが先ほど車内で言ってた内容は以下のものである。
 要するに、第四艦隊は、位置として作戦の中央であり、情報も一番持っていた。そして、いざとなれば逃げ散ればよかった。
 だからこそ『即時救援』をただ言うのではなく、もう少し具体的に指示をしても良かったかもしれない。
 その意味ではパストーレ閣下が全面的に無責任とは言えない。自分は、そういっただけだ。
 そういうものだった。
 これをウィンザー夫人が、どうしても頑固にパストーレの責任を大きく考えたがるのだ。
 ヤンはラップとパストーレの間の契約を知らなかったが、彼は基本的には誠実で公平な人間であろうとしていたから、
 訂正にやっきになっていた。勿論、ヤンは勝手に上がりこんできたこの議員の態度にも腹立っていたが。
 正直、早く帰って欲しかったが、妙に居座ろうとするのだ。
 ここに至って、ヤンはウィンザーが何かを期待して居座っているようだと感づいた。
 その期待が何かはわからないが……
 
 と、突然、部屋の中を巨大な音声が震えさせた。
 スピーカーで人の声を倍化させたものだった
『吾々は真に国を愛する憂国騎士団だ。吾々は君達を弾劾する!
 ウィンザー議員、悲劇のヒロインを気取りたかったのか?
 ヤン准将、君は戦功に驕ったのか?
 君達は祖国の意思統一を乱す行動をした。』
 それを聞きながらウィンザーは微笑んでいる。
 ヤンは、これを期待してたのだな、と憎らしく思った。
 しかし、一方ではトリューニヒトも軽率なことをしたものだ、と思った。
 議員まで襲うとは不味いだろう。
 いや、まてよ?とヤンは思った。トリューニヒトは唾棄すべき輩だが馬鹿ではない。
 民主政治を愚弄してはいるが、無能ではない。ということは……
 そうか!ヤンは、呑気にシロン茶を飲んでいるウィンザーを見て得心が行った。
 彼女が憂国騎士団にリークするか、挑発するか等の手段で誘き寄せたのだ。
「まったく、迷惑な人だ。貴方は」
 ヤンは、ウィンザーにそう言った。
「まぁ、そう言うものでもないでしょう。もう少ししたら解決するから」
 ウィンザーは、そして、策があるから、と言った。
 そう願いたいものですな、ヤンは呆れるように言うと、家屋破壊弾が飛び込んできた。
 閃光が開き、全てが騒音と煙に包まれた。
『主張があるなら吾々の前に出て来たまえ。言っておくが治安当局への連絡は無益だぞ。
 吾々には通報システムを縄乱する方法がある。出てこないともう一発打ち込むぞ?』
 ヤンは流石に唖然とした。破壊力が最低とはいえ、軍用の兵器を民間団体が保有し、議員に向かって打ち込んだのだ。
 あまり褒められた議員ではなかったが。
 ヤンは、散水器で撃退しようとしたが、ウィンザーの秘書に止められた。
 そして、その理由は直ぐにわかった。
 マスメディアだった。幾つものマスメディアのヘリがサーチライトで憂国騎士団を照らしていた。
 そして、報道車も駆けつけてきた。
 流石に憂国騎士団は、慌てて退散して行った。
「これが狙いだったんですね。家には貴方の息子さんより幼い子供がいるんですがね。
 それを危険に晒すと言うことが、同じ過ちだとは思わないんですか?。
 もうこれで勘弁していただきたいものです」
 ヤンは、そういう風に早く出て行ってくれといった。
「ごめんなさい。だけど、こうするしかトリューニヒトを出し抜くしかなかったのよ。
 ま、お詫びにならないけどヤン准将は、負傷したということにしておくから、後は私に任せて。」
 ウィンザーは深々と謝ると、マスメディアの閃光の中に消えていった。
 


2.Get Away

『これが愛国者のすることでしょうか?
 アスターテの真の英雄であるヤン准将へ爆弾を打ち込んで負傷させるだけでなく、
 議員である私まで襲撃したのです!もはや同盟の民主主義は危機に瀕しています。
 今こそ、外部の敵の前に、国内の敵にこそ目を向けるべきではないでしょうか!』
 役者だな、ウィンザー夫人は、そうヤマムラ医師はソリヴィジョンを眺めながら思った。
 願わくば、これで聖戦論でも即時平和論でもない、現実的講和論が盛り上がって欲しいと思った。 
 彼は来月より少佐待遇で軍医として応召されることになっていたから、そう願わずにいられなかった。
 かつての応召で、同盟軍の硬直性を見せ付けられていたから、余計にそう思うのだった。
 そんな彼に看護婦が新しい患者が来たと知らせた。彼はヤレヤレ、とソリヴィジョンを消すと患者に向き合った。
 患者はパストーレだった。

 俗人は焦っていた。
 もし仮に、正直に話したとしよう。
 おそらく、自分は幽体離脱してやってきた異邦人なんです!と言った瞬間に措置入院は決定するだろう。
 誰もがラップではないのだ。
 だからといって、嘘を話したとしよう。自分はウィリアム・パストーレだと。
 その場合も同じだろう。
 残念なことにウィリアム・パストーレとしての記憶は人名などに関する部分以外は欠落しているから、
 嘘発見器などのメンタル調査にかけられたら一発だろう。
 そんな心の中はパニック状態、見た目は虚脱状態の俗人にヤマムラ医師は、とりあえず質問することにした。
「お名前とご年齢を」
「ウィリアム・パストーレ。40歳……あのう、先生、僕大丈夫なんですけど、家に帰してもらえないでしょうか?」
 俗人は駄目元で言ってみた。
 しかし、そうした陳腐な台詞は通じなかった
「みなさん、そういうんですよ。実は娘さんと近所の方から通報がありましてね。
 で、ちょっと職場の方に確認したら参謀長も副官の方も認めるんですよ。
 とりあえず検査だけしますんで、ま、ゆっくり治しましょう。」
「そ、そんなぁ……」
 俗人は泣きたくなった。自分の運命に絶望したからだ。
 おそらく、自分はこのまま異常者扱いされ、何年か後のルビンスキーの火祭りかラグプール事件で死ぬんだな、と。


 その頃、チカは一人で晩御飯の用意をしようとしていた。
 少し、昨日より寂しいがいつものことなのだ、と自分に言い聞かせると冷蔵庫を開けた。
 あけると中くらいの鍋が入ってあり、置手紙があった。俗人のだった。
 とりあえず、うんしょ、と鍋を出すと手紙を読んでみた。
「チカちゃん、昨日はびっくりさせてごめん。
 いきなり、中身がいれかわったなんて言われてもしんじられないよね。
 でも、父ちゃんのひとりよがりかもしれないけど、娘ができてうれしかったんだ。
 正直、ここにくるまではめんどうだなぁとかおもってたんだけど、(ごめんな)
 でも、きみにあったらなんとかしなくちゃっておもったんだ。
 中身はかわったけど、父ちゃんはおまえを娘だとおもうし、
 チカもそうおもってほしい。
 無理なことをいうかもしれないけど、いっしょうけんめいやるので父ちゃんをしんじてほしい
 おねがいします
 
 これはタイのかす鍋というものです。
 ちょっと、父ちゃんは帰ってくるのがもしかしたらおそくなるかもしれないので、
 その場合は、あたためて食べてください。おいしいとおもいます。
 冷蔵庫みたけど、れいとう食品ばかりたべないようにね。」
 どうやら、これを遅くまで作っていたので寝坊したようだった。
 空けてみるとじゃが芋、大根、蕪、人参にタイの切り身が入っていた。
 野菜の切り口も大きさもバラバラだし、味もすこし濃そうだった。
 温めてみて、器に盛って食べてみた。
 西洋風の器しかなかったから凄く珍妙な見た目になったが、食べてみると美味しかった。
 変わった味だし、塩が少しばかり濃いように思えたけれど満足すべきのように思えた。
 ほとんどひとりぐらしだったから、きちんと野菜に切れ目をいれたりしているのがわかった。
 タイも骨や鱗をきちんと取り除いていた。
 チカはパストーレが不器用だし俗物だけれども、人の善さはなんとなく伝わってきたように思えた。
 ベンドリングの作る料理も愛情があったが、それはマルガレータに向けてのものであり、チカの為ではなかった。
 チカは始めて、自分の為だけに作られた料理を食べていた。だから本当に美味しく思えたのだ。
「今更、こんなことしたって遅いのに。ば、ばかじゃないの?」
 俗人の行動は望んでいた反応を超えていたものだった。だから嬉しかったけど、正直、腹も立った。
 今まで、自分を放置しておいて、と。
 感謝はしているけど、一番欲しいものをくれなかったのに、と。
 だが、
「馬鹿はあたしだ。なにやってたんだろう……」
 今考えても、以前の父ではないのは明らかだった。
 本当に中身がいれかわったのかもしれない。 
 ネットで調べても見たことのない料理は作るし、人格も完全に違う。
 また、確かに父は発狂したのかもしれない。
 誇大妄想に囚われているのかもしれない。
 しかし、それが何か問題なのだろうか。
 発狂していたとしても常識的な人間として振舞って、自分を娘として愛してくれる。
 自分も、まだ一日も過ごしていないから分からないが、このしょうがない父親には自分が必要なのかもしれない。
 それは事実だった。俗人は俗人で寂しかったのだ。信じられる家族が欲しかったのだ。
「どうしてこんなことをしてしまったんだろう……」
 チカは後悔した。
 マルガレータの言葉を切っ掛けにベンドリングに相談し、精神病院と児童相談所に通報したのは不味かったと。
 だから、とりあえず逡巡したが、俗人のメモに”同志”とあった「ラップ」と”重要人物”とあった「ドールトン」に電話することにした。
 もっとも、”重要人物”とはまだ言語が感覚的にはわかっていない俗人が”要注意人物”と書き間違えただけだったのだが。


「ン……ジャン、駄目よ」
 ラップは二回目のお楽しみ中だったから、電話をとろうとしたがジェシカに止められた。
 しかし、パストーレの自宅からだったから、何かあったのかと思い出ることにした。
 もっとも、出るのに少し時間はかかったが。
 そして、チカの話から緊急性を悟るとジェシカを何とか宥めてからパストーレ宅へ向かった。
 勿論、心中では「娘に何てことを話すんだ、あの人は!」と怒りながら。
 ラップ少佐が現場に着くと、私服のドールトン大尉が玄関で泣いているチカをあやしていた。
「状況は?」
 敬礼するドールトンを不要だと抑えながらラップは聞いた。
 泣く子には勝てないよな、とラップは怒りを少し減じた。
 おそらく俗人は、この娘が泣く姿にうそをつけなかったのだろうな、と思ったからだ。
「……中々に深刻ですね」
 ドールトンは説明を始めた。流石に有能だから、彼女は既に状況の把握と情報収集を終えていた。
 構図はこうだった。
 チカがマルガレータに話しているうちに不安になり、二人でベンドリングに相談。
 ベンドリングは心配性な男だったし、正義感の強い男だったから普段のチカの扱いに腹を立てていたので、
 児童相談所のトラバース法担当職員に三人で通報。
 トラバース法担当職員は念のために、トラバース法で明記された権利を元に第四艦隊司令部に確認を取った。
 トラバース法は未成年者を高級軍人の下に送り込む無茶苦茶な法律だったので、
 バランスを取る為にそういった児童相談所職員の執行権限が保障されているのだ。
 勿論、そうした権限の前に正直に答えたというのもあったが、タナンチャイ参謀長もブルックにも悪気は無かった。
 ただ、トラバース法担当職員からの電話の前に、チカから電話がかかって相談を受けていたので、
 正直に「ちょっとお疲れかもしれませんね」「少し変な言動があるかもしれませんな」と言ってしまったのだ。
 トラバース法担当職員は正義の人だったし、自分の功績を挙げることにも熱心な方だから、それで先走って、
 精神病院の救急車『黄色い救急車』を出動させてしまったのだ。
 勿論、トラバース法で児童福祉利権にまで食い込んできた軍部への反発も大きかったのだろうが。 
「そうか、それは不味いな」
 ラップは悩んだ。
 既にトラバース法第四項b条項「保護者の精神異常」に基づく児童相談所の介入がなされたとなれば、
 医師が「正常」という診断を下さなければ難しいだろう。
 しかし、今のパストーレは正直に話しても精神異常、嘘をついても相手はプロだから見破られておしまいである。
 それに不名誉な記録も残ってしまう。
 くそ、どうすればいいんだ!ラップは呻いた。
「ひとつだけ手があります。その代わり少佐にお聞きしたいことがあります」
 ドールトンは、そう言った。

 
「馬鹿者どもがっ!」
 トリューニヒトは荒れていた。
 確かに、ヤン・ウェンリー君はどうしたんだろうねぇ?と憂国騎士団のスポンサーの一人には言った。
 だから、ヤンに手ごろな圧力をかけてくれると期待していた。
 もし圧力をかけるのに失敗しても良かった。それは家に子供を残すヤンへの十分なメッセージになるからだ。
 しかし、ウィンザーが同席しているのに襲撃するとは馬鹿なのだろうか。
 しかも、マスコミが待ち構えているにも関わらずだ。
 おそらくウィンザーが挑発するか、彼女の騎士団内のシンパを使って襲わせたのだろうが……
 ああいう連中は喜んでリスクを踏んでくれる代わりに、脳味噌が足らんのだっ!
 そうトリューニヒトは苛立った。
 勿論、彼がはっきり命令を下すような、十分な監視が出来る関係にしても良かった。
 しかし、それではトリューニヒトの政治生命が危うくなってしまう。
 関係を匂わせつつ、しかし決定的な証拠がないからこそ憂国騎士団は使えたのだ。
 現に、だからこそ今回は責任は回避できそうなのだ。
「切捨て時かも知れんな、憂国騎士団。さて、次はその裏の地球教徒と組むべきか。組まざるべきか。」
 それが問題だな、とトリューニヒトが思ったところで電話が鳴った。
 ラップからだった。
「お、ラップ君どうしたのかね?」
 使える手駒からの電話だった。
「ン!?それはいかんな、至急対策させよう。」
 トリューニヒトは、ラップの報告に驚くと早速手を打った。
 パストーレがウィンザーの謀略によって精神病院に担ぎ込まれたというのだ。
 そこで、一通の文書が欲しいとラップは懇願していたのだ。
 急がなければ他の諸勢力もよってたかって応じるかもしれない。
 ラップからは、そういう内容だった。 
 これ以上、いいようにやらせたまるものか、トリューニヒトは、そう思うと、
 急ぎ文書の発行に取り掛かった。


「これでいいんだな?」
 ジャン・ロベール・ラップは車内で電話を切ると隣のドールトンに話しかけた。
 後ろにはチカが眠っている。
「ま、状況からトリューニヒト閣下は信じざるを得ないでしょうね。
 というより信じなくても、今回の憂国騎士団のスキャンダルでパストーレ閣下を手放せなくなった。
 だから、彼は我々の期待通りに動いてくれるでしょう。」
 ドールトンがラップにトリューニヒトから要求させたのは命令書だった。
 その命令書とは、パストーレの査問会への出頭要請書だった。
 この査問会議は同盟軍法にも記載されていないものであり、リューネブルク亡命事件やマルティン亡命事件などの
 公に出来ない不祥事を取り扱う為のものであった。ドールトン自身呼ばれており、余り良い思い出はない。
 だが、だからこそ、これを利用することでパストーレは自由の身になるのであった。
 同盟軍法に記載はない超法規的措置だからこそ、診断書無しに俗人を救出する言い訳にもなる。
 あとは俗人を救出した時点で査問会は中止すればいい。
 それがドールトンの筋書きだった。
「お、ネットワークに来ましたね。」
 ドールトンは自分の端末から国防委員会のサーバーにアクセスすると、
 トリューニヒトから指示されたパスワードを打ち込んだ。
 そうして、パストーレの査問会への出頭要請書をダウンロードし、表示した。
「後は一刻も早く向かうだけですが、教えてください。この娘の言ったことは本当ですか?
 その……つまり、パストーレ閣下の中身がいれかわったというのは本当ですか?
 馬鹿なことを言っているのを分かっています。」
 でも、そうでないと説明が付かないんです、とドールトンは言った。
 彼女とマルティンの事件、そして彼女が叛乱を起こそうとしたことを電子的詐術を乗り越えて察知したこと、
 病院船での出来事、そして、何より新ドクトリンを生み出し、アスターテ会戦の動きを完全に読みきったこと。
「閣下の戦術的指揮能力は下がってます。艦隊指揮能力だってどうでしょう?
 今の閣下の能力は、普通の人、そういったところでしょう。
 しかし、あの軍事ドクトリンの発想と戦局の先読みは異常です。」
 戦争の霧、という言葉がある。戦争とは不確定要素の塊であるという言葉だ。
 実際、ナポレオンを打ち破ったウェリントンは
「軍人として過ごした歳月の半分は、あの丘のむこうに何があるのだろうと悩む繰り返しであった」とぼやいている。
 勿論、そうした戦争の霧は、20世紀終わりの電子技術の発達によって戦場が三次元からサイバー空間も含めた四次元に
 拡大したことで薄くなったこともあった。イラク戦争やアフガニスタン戦争等の一側面はそうだろう。
 しかし、戦闘がほぼ二次元になってしまったこの時代では、戦争の霧は非常に濃くなり、
 ヴァンフリート会戦のような出来事は普通になってしまった。
 しかし、俗人はまったく連絡の取れない第二艦隊の動向まで完璧に読みきって見せた。
 これは異常だ、そうドールトンは言いたかったのである。
 そうしたドールトンにラップは、どう返事するか迷った
 ラップも俗人も、俗人の正体については他の誰かに明かすつもりは無かったからだ。
 誰もがわかってくれる話ではないし、俗人はこの世界の人間になろうとしていたからだ。
 少なくとも俗人は、病院船で知ったのだ。もう他人事と言って逃げられないのだと。
 だから、ラップは迷ったのだ。
 しかし、
「私も聞きたいです、その話を。」
 チカだった。


3.Run Away

「むーん……」
 パストーレは疲れていた。
 一日目の診断が終わって、病棟にいれられていたのだ。
 ヤマムラ医師の話では、とりあえず三日ほど様子を見てから考えるという。
 勘弁してくれよ、俗人はそう思った。
「あいつ、ちゃんと飯喰ったかな。書置きはしてきたが……非常に腹立たしいけど、無理もないか。」
 俗人は溜息をついた。そりゃそうだ、いきなり義父が妄想に取り付かれたと思っても仕方がない。
 しかし、問題なのはこれからだ。
 今日のところはパストーレの振りをしたが、子供の頃の話を尋ねられたのが不味かった。
 まったくわからないので完璧に適当な話をしてしまった。おそらく、嘘だとばれているだろう。
 実際、ヤマムラ医師は怪訝な顔をすることが多かった。
 外を見ると鉄格子の向こうに月が出ていた。いや、月にしては小さいから、アルテミスの首飾りだろう。
「月のない世界か。」
 ふと寂しさを実感した。
 前の世界に帰りたくなった。
 でも、そんなことを考えても仕方がない、と被りを振って眠ろうとした時だった。
 鍵の掛かったドアが開くと、長い銀髪が見えた。
 ドールトンだった。
 
「ん?げっ!ド、ドールトン君じゃないの?」
 パストーレ(田中)は慌てた。何故、彼女がこんなところにいるのだ。
 慌てて俗人は跳ね起きた。
「ゆ、夢じゃないよな。どうしてまた?」
「私は貴方の夢の女ではないですよ。さ、これに着替えて」
 ドールトンは没収されていた俗人の軍服を差し出した。
 俗人は、ちゃっちゃっと着替えると、何が夢の女だ、と日本語で愚痴った。とんでもない話である。
 しかし、ドールトンはニフォンゴで悪口は止めてください、とにらみつけたのだった。
 俗人はびっくりして、何で……と言ったが、ドールトンは俗人を驚かせたことにニヤリとすると、
 急いで付いてきてください、と言った。

 病院玄関前ではヤマムラ医師とラップが押し問答していた。
「私は、患者に対して責任をもたにゃならんのだ。パストーレ氏はもう少し検査の必要があるんだがな。
 それを勝手に……」
 ヤマムラは不愉快だった。
 たしかに現役の将官をここに措置入院させた、児童相談所及び上部組織の人的資源委員会の策謀は遣り過ぎだ。
 どうも軍部とそのほかの省庁での権限争いに自分は利用されたようだ。
 だが、明らかに精神の健全性に疑いが残る高級将校を前線に投入するのは危険だし、兵士にとっても不幸だ。
 誰一人喜ばない選択肢を、ヤマムラは選びたくなかった。
 彼自身が軍医として向かうことが約束されているならばなおさらだ。
 だが、彼の抵抗は一通の文書の前には無力だった。
 トリューニヒト委員長のじきじきの要求による査問会の開催と、パストーレの即時出頭要請。
 軍における最高権力者からの超法規的要求の前には、児童相談所の木っ端役人では立ち向かえない。
 たとえ、その木っ端役人の背後に誰がいようとも。
「まったく……来たか」
 ヤマムラは嘆息した。
 ドールトンに引き摺られて俗人が玄関まで来たのである。
「今日はいたし方ありませんが、後日必ず来てください。正常とも異常とも言えないのですから。」
 精一杯の抵抗をヤマムラは言った。
 おそらく無意味だろう。今頃、トリューニヒトが圧力をかけて、
 トラバース法第四項b条項「保護者の精神異常」に基づく児童相談所の介入は無かったことにされるのだから。
 勿論、ヤマムラは、そんなことは薄々わかっていたが。
「ははは、気が向いたら行きますよ、先生!」
 俗人は、そう言うと、そそくさとラップの車の後部座席に乗った。一刻も早く帰りたかったからだ。
「後悔しないか。君は狂人かもしれない男に、百万の兵を指揮させるのだぞ」
 ヤマムラは最後にそういった。
 それに、ラップは何も答えなかった。


 チカは、スカーフをだらしなく巻いた男が隣に乗り込んでくるとビクっとした。
 だが、俗人は逆にびっくりしたようだった。
 なんとなく、気まずい雰囲気のまま、車は走り出した。
「……ごめんなさい。」
「ん?いいさ、もう」
 チカの発言に俗人は全てを許すことにした。
 とりあえず、出れたのだから。それに、大よその事情もドールトンから引きずられているときに聞いた。
 絶対に怒っちゃいけませんよ!そういう風にドールトンは俗人に事情を話しながら怒ったのだ。
 正直腹立ちもしたが、所詮は子供のしたことだし無理もない。そういう風に諦めもついた。
「俺こそ、ごめんな。変なこと言って。」
 俗人は済まなそうにした。俺は少なくとも、この子の父親を奪ってしまったのだ。
 それが、どんな父親であってもだ。そう、俗人は思った。
 チカは、そんな俗人に対して首をブルブル振った
「私こそ、私こそ、せっかく仲良くしてくれようとしたのに、こんなことしてごめんなさい。」  
 いいよ、いいよ、と俗人は頭を撫でて、あやしながらラップを見た。
 ラップは、二人にはもう全て話しました、と目で語った。
「……なぁ、チカ。俺はたしかに狂人なのかもしれない。
 もしかしたら、俺はウィリアム・パストーレが、田中太郎だと思い込んでいるだけの存在かもしれない。
 だが、少なくとも、かつてのウィリアム・パストーレではないんだ。田中太郎であるパストーレなんだ。
 だから、新しく親子としてやりなおしてくれないか?」 
「新しい?」
 チカはぐずるのを辞めて、顔を離した。
「そう、新しい。俺たちはやり直すんだ。もう一度、"父さん"は"父ちゃん"になったけど、新しくやりなおそう。」
 チカは、うん、と頷いた。笑顔だった。
 この奇妙な血の血のつながりない親子は、はじめて親子になった。
 チカは、俗人が死んだ後も、後々そう思い出すのだった。
 


 しばらくして、ラップの車は俗人の家に着いた。
 チカは一足先に入ったが、俗人はラップから注意を受けた。
「誰もが分かってくれる話ではないですからね。もう他の人に話してはいけませんよ」
 俗人は、ごめんと謝ったが、君だってドールトン君に……と言い返した。
 それに対して、ラップは仕方がなかったんです、と事情を話した。
 チカが最初に彼女に連絡したこと、そして、今回、俗人を救出するのに彼女の功績が大だったこと。
「それに、あの病院船での映像を流出させたのも彼女ですから。信用できるとは思えまして。そうだろう?」
 にやにやしながら話を聞いていた、ドールトンはびっくりした。
 え?そ、そうなの??ていうか、映像なんて録画してなかったよね、と事情が分からず俗人は、ドールトンに話を向けた。
 ち、ちがいます!ちがいますったら!そんなんじゃないんです!と、ドールトンは言って慌ててエレカで去っていった
「よくわからないけど、これ以上の機密漏洩はなさそうだね。ラップ君、本当に今日はありがとう、助かったよ。」
 俗人は、今日の一日の騒動で疲れたし、眠たかったので無理やりそう結論付けた。
 そして、俺のエレカ持っていきやがった……と落ち込むラップに、タクシー呼ぶかい?と、俗人は肩を叩くのだった。


4.ターニングポイント

「ン、全て片がついたそうだよ。まったく苦労させるね。」
 トリューニヒトは、俗人からの電話を切ると目の前のスダレ頭の男に向かい合った。
 とあるレストランの個室の中だった。
「私が指示したわけじゃないさ。ま、無事解決してよかったじゃないか。
 私も、こうして深夜に出向いた甲斐があるというものさ。」
 そして、部下からの報告を聞いても止めようともしなかったわけだ。
 トリューニヒトは、恩を着せようとするホワン・ルイに対して、そう心の中で呟いた。
 彼らは、今ここで手打ちをしていたのだ。
 トリューニヒトは人的資源委員会傘下の児童相談所による俗人への介入措置の撤回を要求し、
 ホワン・ルイは婉曲に詫びたのだった。現場にいささかの手違いがあったようだと。
「だが、いい機会だから言っておくがね。もはや限界だよ」
 ホワンは白ワインを飲み干すとそういった。
 ヨブは、そ知らぬ顔で何がかね、と言った。
「戦争がだよ。」
 お前だってわかっているだろう、ホワン・ルイはそう言いたげだった。
 そして、彼は説明を続けた。
 本来、経済建設や社会開発に用いられるべき人材が軍事面に偏りすぎている。
 しかも、教育や職業訓練に対する投資も削減される一方だ。
 実際、熟練労働者の社会における比率が低くなった証拠に、
 ここ半年に生じた職場事故が前期と比べて三割も増加している。
 ルンピー二星系で生じた輸送船団の事故では、400余の人命と50トンもの金属ラジウムが失われたが、
 これは民間航宙士の訓練期間が短縮されたことと大きな関係があると思われる。
 しかも、航宙士たちは人員不足から過重労働を強いられている。
「このままゆけば軍組織より早い時期に社会と経済が瓦解するだろう。
 お前さんの好きな利権もろともな。
 だからだ、この際だから言うが、現在、軍に徴用されている技術者、
 輸送および通信関係者のうちから400万人を民間に返還して欲しい。
 これは最低限の数値だ。」
 ホワンは、小柄だが声は大きい。その声はトリューニヒトを、やや圧した。
「そうは言うが、それだけの人数を後方勤務から外されたら軍組織は瓦解してしまう。
 今が国防の正念場なのだ。」
 トリューニヒトは、過去150年間の国防当局者が繰り返してきた言葉を言った。
「そうかね?軍の後方組織がむやみに巨大化しているんじゃないのかね。
 第十三艦隊の設立だってそうだ。おっと、誰から聞いたかは聞かないでくれ。
 ともかくだ、何故、第六艦隊か第二艦隊として再建しない。何故、新しく艦隊を作るのかね?
 どうして、第六艦隊、第二艦隊の後方組織と母港を再利用するか、解散させないんだ。」
「……」
「分かっているさ。お前さんだって出来ないんだろう。
 一度、膨らんだ利権は転がすことは出来てもつぶせないからな。」
 ホワンの指摘は正しかった。
 実際、史実では約十個艦隊が消滅してもなお、第14艦隊、第15艦隊と何故か艦隊だけは増えていった。
 史実(要するに原作)でのバーラトの和約後、やっとこの呪縛は消滅し、全ては宇宙艦隊の指揮下になった。
 だからトリューニヒトは沈黙で答えたのだった。
「責めているんじゃない。お前さんが同盟の腐敗の元凶のように言われているが、
 お前さんは引き継いだだけだからな。腐敗とはいきなり始まるわけじゃない。
 ただ、気が付かない間に大きくなっているだけだからな。」
 ホワンは、そういうことでヨブに発言を促した。半分はご機嫌取りの発言だったが。
「言いたいことはわかったが、それだけで私が動くと思うのかね?」
「思わん。思わんが、お前さんがなにやら策動していることで、私に相談があるんじゃないかと思ってね」 
 ホワンは、トリューニヒトが大幅な同盟軍組織の改編を目論んでいる、と知っていたのだ。
 なぜならば、この二人、実は同じ派閥である。だから、情報をつかめたのだ。
 事実、史実ではヤンの査問会ではホワンもトリューニヒト派の非主流派として出席している。
(大体、トリューニヒト派が一大勢力ならば、大臣ポストの割り当てが一つというのも変な話である。)
 要するに、この二人は自由共和党のある派閥の後継者を争った仲なのだ。
 もちろん、ホワンは派閥継承争いで敗北し、トリューニヒト派内の非主流派になってしまったが。
「やれやれ、お見通しかね?」
 そして、トリューニヒトは俗人の発案を元に800万人以上の削減を目論んでいることをホワンに説明した。
 ホワンは驚いた。最低限の数値として400万人の削減を主張したが、それは政治的駆け引きを前提に水増しした量だったし、
 トリューニヒトがそこまで本気とは思わなかったからだ。
「800万人以上か……」
 ホワンは、そうとだけ言った。それだけあれば、同盟の国力はかなり回復するだろう。
 民生技術も回復するから、軍事力も間接的に高まるだろう。
 これは驚きだな、しかも喜ぶべきだ。ホワンは、そう思った。
「ただし、私も旧来の愛国的な支援者を切り捨てることになる。
 新しい支持者もほしいし、切り捨てたくない支援者には新たな仕事を回してやらなければならない。」
 トリューニヒトは、そう言った。もし、後方支援組織を効率化し、併せて辺境の母港を削減すれば、
 イゼルローン方面近くや「北西部」の星系は不満が貯まるだろう。軍需関係の一部も同じだろう。
 だから、800万人以上を民需に返還する際に、ホワンの利権に自分も噛ませろ、ということだった。
「よかろう、お前さんのことだ。そういうと思ってたよ。」
 ホワンは、何かを諦めるように言った。そして、心の中で、すまんな、レベロと言った。
 彼の個人的かつ政治的盟友である、レベロは、この取引に不満を持つだろう。
 レベロは、かつて「腐敗だけ」の議員から「清流派」に壮年になってから目覚めたから、
 その反動で、かなりの潔癖な人間になっていたのだ。
 もちろん、皆が皆、トリューニヒトでは歯止めが利かなくなるからそうした代議士も必要なのだが。 
 なにわともあれ、こうしてトリューニヒトとホワンの政治的同盟は俗人の騒動をきっかけに始まったのだった。
 翌日、ホワンのトリューニヒト派の共同代表就任が発表される。
 そして、これがトリューニヒト・ホワン国防組織再編成法案の第一歩だった。後の史家はそう語る。 

 勿論、その頃、トラバース法担当職員が
「あぁ まさか、まさか、重要な艦隊指揮官がこのような異常精神の持ち主だったとは
 しかし、この男を解放する以外に、このホワン委員長とヨブの衝突を回避する手段が他にいないのも確かだ。
 事態解決のため俺はあえてあえて社会道徳をかなぐり捨てて見て見ぬフリをしなければ!!
 そう、これは超法規的措置!!
 俺はこの非常事態のため一人の不幸な少女の人生を敢えて敢えて見て見ぬフリをするのだ。
 あぁ、最低だ最低だ……、俺はなんて最低なトラバース法担当職員だ。
 ふるさとの両親よ、別れた女房よ、再婚した巨乳美人妻よ
 このアキヅキ・カオルの魂の選択を、笑わば笑えぇぇ!!
 ……うん、見なかったことにしよう!'`,、'`,、'`,、('∀`) '`,、 '`,、'`,、」
 とか何とか言ってたが話の本筋には関係の無いことである。今のところは。 


 それから三ヵ月後、同盟軍の編成を一部変更する通達が発せられた。
 第四艦隊と新設の第13艦隊の上位組織として第一機動艦隊を編成することになった。
 指揮官は第四艦隊司令を兼任する形でパストーレ中将。第13艦隊司令にはヤン少将が親補された。
 この第一機動艦隊は俗人の強い希望により半年の演習の後に攻略作戦を展開予定だった。
 史実より半年遅い第七次ゼルローン攻略作戦の開始である。
 勿論、史実より出兵が遅れたのはウィンザー事件の影響で予算通過が難しく、
 足りない予算を補う為に予備費をかき集めるのに時間がかかったからでもあった。
(結局、ウィンザーは賛成したが、さんざんもったいをつけてからだっだ。)
 なお、フェザーン自治領政府では、この動きを帝国にはほとんど伝えていない。
 帝国に傾きすぎた勢力比を幾らか減らす為だった。
 この奇妙な中立国家の勢力均衡政策は、現在のところ規定路線だった。

 その頃、史実ではちょうど、イゼルローン攻略作戦が開始されていた頃、帝国側からイゼルローン回廊に侵入する艦隊があった。
 その数は約9千隻。 
 先鋒はファーレンハイト中将、後衛はカイザーリング中将、そして、中央に位置するのは、フレーゲル男爵率いる艦隊だった。
 そして、このフレーゲル男爵はヴェルトール貴族主義の権化、啓蒙貴族の先駆け、文化貴族等の異名で呼ばれ、
 近年、若手貴族達をオルグしていることで有名だった。
 彼のお陰でランズベルク伯等は「DOUJIN活動」に嵌ってしまった等と囁かれる始末である。
 そんな彼は、彼の強い希望によって石柱が除去された艦橋で独語していた。
「おかしい。俺が知っている原作と展開が妙に違う。やはり、パストーレは田中の兄貴なのだろうか……」

つづく



[3547] 第12話 出撃準備!(CVは中尾彬)
Name: パエッタ◆eba9186e ID:b95683f4
Date: 2009/09/08 23:09


「我々スペイン人は深く心を病んでいる。
 その恐ろしき病を癒す薬は黄金のみである」
                エルナン・コルテス(アステカの征服者)



1.二人の別れ

「どういうことだ!ホワン」
レベロは議会の控え室でそう詰った。
 彼は、その日の朝に発表されたホワンのトリューニヒト派の共同代表就任について問いただしていたのだ。
 正直、耳を疑った。だが、それは事実だった。
「どうもこうもないさ。トリューニヒトと組む。」
 ホワンはそう言った。
 言い訳をする気にはならなかった。自分がある種の裏切りを行ったのは事実だったから
「フン、清濁併せ呑む、大方そういうことだろうな。」
 レベロは窓に向かった。
 ハイネセンの巨像、そして、その向こうにはハイネセンポリスのビル群が見える。
 左手にはスタジアムを初めとする歓楽街、右手にはビジネス街が広がる。
 そして、それらの先には統合作戦本部ビルと宇宙港といった軍事施設があり、
 その周辺には農業プラントを含む工業地帯が広がっている。
 さらに辺境に行けば、高級食材用の天然農産物の沃野が無限の広がりを見せている。
 そして、建国の人々の名前を冠した山々。そして、ハイネセンポリスに注ぐ大河。
 かつて、グエン・キム・ホアが降り立ち、マヌエル・ジョアン・パトリシオ達が育成した民主政治の松明の清華。
 まさに、これこそが同盟の繁栄の象徴だった。
 しかし、中身はどうか。
 社会の基盤要員は軍にとられ、肥大化した利権はフェザーンとの複合的効果で膨れ上がり経済を大幅に阻害している。
 同盟の現状は、見た目は若々しいが内部は成人病の重危篤患者そのものだった。
 幾つかの煙が見える。それは交通システムの人為的ミスによって起きた事故による煙だった。
 それを睨み付けるようにしたレベロはホワンの方に振り返った。
「だが分かっているのか?お前のやろうとしていることは寄生虫を新しく増やすだけでしかないと。
 上手くいかなかったらどうする?
 下手をすれば巨大な利権をトリューニヒトが握るだけでなく、経済は完全に擬似的な統制経済になり破綻するんだぞ?」
 レベロの危惧は正しかった。
 だからこそ、ホワンは初めて弁明した。
「そうは言っても、このままでいけば同盟は近いうちに滅びる。お前さんだってわかっているだろう。」
 冷えてきた紅茶を舐めるように飲むことで一旦言葉を置く。
 これが僚友を説得する、いや理解を得る最大かつ最後のチャンスなのだ。
 結局、ホワンは、レベロを説得する誘惑に屈した。正確には友情に屈した。
「不滅の国家などはない。平和と民主主義に殉じた気高い、しかし愚かな文明として歴史に名を残すのか。
 それとも平和と民主主義を捻じ曲げた、しかし賢明な文明として歴史に名を残すのか。
 俺たちがどちらを選ばなければならないかは分かるだろう。」
 だが、そのホワンの言葉はむなしい結果しか生まなかった。
「・・・・・・御高説はそれで終わりか?
 俺はどちらも拒否したいね。左翼、右翼は常に根本を考え、俺たち自由主義者は目前の改良を考える。
 右翼は国家革新と高度国防国家に根本を置くし、左翼は奴隷の平和と極端な平等主義を根本に置く。
 しかし、俺たちが守るべき自由主義は目前に余りに多くのものを改良すべきものを見出すが故に自由主義なんだ。
 であるならば、既に存在するものを、出来るだけ利用すべきだ。
 何故ならば、既にあるものは存在する理由があり、これを利用することは最小の犠牲で済むからだ。
 俺にはお前たちもルドルフも、勝手に今という時代を変革期と決め付けて、極端な方法を好き好んで選んでいるようにしか思えん。」
 この時、レベロは「同盟最後の良心的政治家」としての本領を発揮していた。
 ホワンの現実主義的な賭けが、結局は過激主義による博打でしかないことを論破してみせたなのだ。
 レベロは良くも悪くもイギリスの議会政治以来の伝統を引き継ぐ政治家だったのだ。
 ホワンは、何も言えなかった。複雑な表情でレベロを見つめるだけだった。  
「話は終わりのようだな。君は君の道を行け。俺は苦難の道を行く。」
 レベロは、そういって立ち上がると部屋から出て行った。ホワンは、それを無言で見送ることしかできなかった。
 ふと、飲みかけの紅茶が目に入った。瞑目しつつ、再び舐めるように飲む。彼は猫舌なのだ。
 ・・・・・・この飲み方は、レベロに昔から下品だと注意されてきたが、ついに治らなかったな。
 そう、ホワンは思った。

この日、レベロ派は、ホワン派との共同勉強会の解消を宣言した。



2.俗人のある日の一日

「た、たのむ。眠らせてくれ。もう何日もまともに寝てないんだ。」
 俗人は追い詰められていた。過酷な尋問に精神は磨耗し衰弱していた。。
「ふひひひ、これが終わったら眠らせてやるさ。
 さぁ、自由惑星同盟に残された拠点と、その拠点ごとの兵力。出航時の集結手順を言ってみろ。」
「・・・・・・」
「電圧最大!吐くまで続けるぞ」
「ぎゃあああああああああ!!!」
 俗人は叫んだ。



















「・・・・・・父ちゃん、なにやってるの。」
 深夜二時。パジャマを着たチカが俗人、正確にはパストーレの部屋をドアから覗きながら言った。
 呆れ顔、というよりは半分は怪訝な顔だった。
 チカが見ていたのは、ボタンを押したまま硬直するドールトンと灰になっているパストーレだった。
 俗人が腕につけているのは「DENGEKI!君」であり、ドールトンがボタンを押しているのはコントローラーだった。
 「DENGEKI!君」とはコントローラーからの指示によって電気ショックを受けたという錯覚を、
 かのCIA職員とも噂される沈黙俳優の一撃のように鋭く、しかし人体に無害な形で与える装置だった。
 勿論、精神的には苦しいけど。
 ようやく、俗人は意識を戻す。
「こ、これはなドールトンのおば・・・・・・じゃなくて、お姉さんがな。勉強のために無理にやろうってな」
 ここ何日かのパブロフ的経験によって、あやうく更なる暴力を受けることを回避しつつ、俗人は釈明をした。
 この光景はあまりにも教育上よろしくない。
 というか、チカ⇒マルガレータ⇒ベンドリング⇒児童福祉施設の秋月さんのコンボで黄色い救急車に再び拉致されかねない。
 だから、動揺もするし、苦しい言い訳もする。
「ちょっと!この方式を頼んだのは閣下でしょう。
 艦隊指揮の為に、膨大な量を学習する必要があるけど、一向に進まないから何とかしようって言ったじゃないですか。
 手段は選ばなくていいって」
 コントローラーを床に投げつけると、ドールトンは両手を下に振り下ろして怒った。
「ああん?だからといって、大人の玩具の擬似的電気ショック装置はやりすぎだろっ!
 ていうか、この学習スケジュールはなんだ!
 これが首席副官のすることか!
 0430起床・風呂
0500ベンドリング氏とランニング
0630朝食準備
 0710朝食
 0810スクールバスに乗るチカの見送り
 0810戦略思想(講師ラップ)
 0940自宅でのタンクベット睡眠+睡眠学習による復習
 1020戦術論(講師ビューフォート)
 1150食事(弁当)
1220メール関連
 1250航法論(講師ドールトン)
 1420政治思想史(講師E. J. マッケンジー)
1550自宅でのタンクベット睡眠+睡眠学習による復習
 1620週刊プリティー・ウーマン編集長、ウィルマ・ヴァン・クロフトの取材。「今週のナイス・ガイ」
 1650艦隊運用概論(講師フィッシャー)
 1820夕食準備
 1930夕食

 ・
 ・
 ・
 0400自宅でのタンクベット睡眠
 0430起床・風呂
 ・・・・・・この三ヶ月、俺は一日三時間しか寝てないんだが。。。」
 俗人は一気に手帳を読み上げると床に叩きつけた。
「あら?タンクベット睡眠は合計三時間ですから45時間中24時間は睡眠している計算になりますけど・・・・・・」
 ドールトンは首をかしげながらそう言った。
 そこらへんの引きこもりと同じくらい快適なはずですが?そう笑顔で答えた。
「ば、ばっきゃろー!その半分は睡眠学習装置併用だから効果はないじゃないか!
 ていうか、タンクベッド睡眠って強制的に疲労回復させるだけで、全然寝た気にならないんですけど・・・
 本当に寝かしてください。床でいいので・・・・・・」
 俗人は、数字のトリックはやめんかい!とばかりに反論し、情けないことに哀願した。
 なお、この時代、タンクベッドは個人所有を禁じられている。だからこそ、この装置は艦艇にしか存在しない。
 では、なぜ禁じられた装置なのか。
 理由は簡単。この種の装置を「無茶をするのがサイクロプスだ!」「不可能を可能にし、巨大な悪を粉砕する」
 とばかりに勉強やら仕事を無限にするのに悪用して、「アンディー!」とばかりに頭がフットーしちゃうよぉ!な人間が増えたからだ。
 要するに働きすぎのサラリーマン、疲れて家事が出来ないマンモスらりピー、資格勉強する人間が覚醒剤に嵌って、
 臓器移植の母体になってしまうようなものだ。
 勿論、タンクベッドは疲労回復を八倍の効率で行うじゃないか、という向きがあるかもしれない。
 たしかに、それは短期間だったらばいい。
 しかし、俗人が言っているように強制的な疲労回復でしかないし、精神的な回復には限界がある。
 長期的には肉体へも疲労が蓄積する。
 であるからこそ、タンクベッドは軍事組織という個人を効率的かつ組織的に管理できる集団においてのみ所有を許可されたのである。
(消防、警察関係には限定的に配備されている。)
 ちなみに、俗人の家にあるのは、トリューニヒトに最近お願いして設置したものだ。
 むりやり同盟軍法を拡大解釈して、同時に俗人の官舎の登記簿をいじくって軍事施設扱いにすることで、設置しているのだ。
 おそらく、市民団体が訴えたら俗人は負けるだろうけども、そういうわけで同盟軍内部では問題の無い形で設置している。
「へぇ・・・・・・ああした負傷兵や戦死者、そしてこれからも生まれるそういった人間たちの為に顔向けぐらいは出来るように、
 そして、生き残るためにも死ぬ気で勉強したいんだって、頭下げたのはだれでしたっけ?
 そして、それにこんなおじさんの為に付き合って教えてあげてるのは誰なんでしょう??」
 ドールトンは手をコキコキと音を立てるように動かし始めた。
 そう、これこそが俗人が文句をブーたれながらも殺人的スケジュールで学習している理由だった。
 前回はなんとかなったものの、今後はそうは行かない。
 艦隊指揮官とは超エリートであるし、指揮能力、組織運営能力、リーダーシップだけでなく、政治的才覚さえ必要とされる。
 俗人は中小企業の社長だったから、組織運営能力、リーダーシップ(ただし、どちらも増強中隊指揮官レベル)、
 本能的な政治的才覚はあったけれども、足りないものが全てにおいて多すぎた。
 たまたま俗人のいた時代が時代だったから、俗人は戦略思想家としてはナポレオン時代に現れたモルトケのような
 オーパーツだったけれども、今の俗人は艦隊の出航すら指揮出来ない。
 出港には色々儀式を行わなければいけないし、通り道の各星系の政治指導者達に順番も配慮して挨拶もしておかねばならないからだ。
 これでは、早々に俗人は良くて退役、悪くて再入院かエコニアの捕虜収容所行きである。
 そこで、俗人はラップ、ドールトンと協議した結果、猛勉強を始めたのである。
 勿論、ほかの人間には今回の戦役で、改めて勉強しなおしたいということで誤魔化した。
 最初の一ヶ月は、ラップとドールトンのみを講師に勉強。
 最近は、ようやく基礎知識がついてきたので、フィッシャー達を呼び寄せている。
 勿論、新設される第一機動艦隊の幕僚の人選も兼ねて、幾人かの人間を講師として呼び寄せてもいる。
 と、まぁ、そんな設定オタクな過剰な説明はともかく、二人はわちゃわちゃ互いに罵りあいを続けるのだった。
「まったくお互い素直じゃないことで・・・・・・」
 あくびをしながらチカは部屋に戻っていった。
 明日は早起きする必要があるのだ。
 この変なところが大人な少女は、子供らしい無邪気な楽しみを抱えて寝ることにした


 それから8時間後、俗人は30分間のタンクベッド睡眠を挟んで再び再起動していた。
 チカと今日は花見に行くためである。ベンドリング、マルガレータも同行している。
 場所はハイネセンポリスを見下ろす小山である。
 ヤングブラッド山というのが正式名称だが、ハイネセン市民は、サクラヤマと呼んでいた。
 誰かが植えたのだろう。桜の木が咲いているからである。
 スケジュール管理をしているドールトンが、気を使って週に一回は子供と遊びなさいと俗人に仕向けたのだ。
 彼女は彼女で、俗人に懐き始めているチカと、どこか寂しがっている俗人を引き離していることに罪悪感を感じていたのだ。
 例え、それが第四艦隊、そして引いては同盟のためだとはいえ
「父ちゃーん!おいてくよー!」
「ベンドリングよ!遅い、遅いぞ!」
 二人の子供達は走っていく。
 マルガレータは同盟に来てから走ることが好きになっていた。
 それまでは、野放図に「走ること」「運動すること」というのは貴族社会では禁じられていた。
(そりゃ、フレーゲル君がミッターマイヤー氏に殴りかかっても、まともに狙うことすら出来ないわけですよ) 
 要するに形式的なある種の美意識と状況に沿った動きしか許されなかったのだ。
 だから、マルガレータは最初、同盟に亡命したころ、鬼ごっこをチカ達から勧められたが、うまく動けなかった。
 すぐ鬼になってしまって「何じゃ!卑怯じゃ!下品な動きをしおって」と目に涙を溜めて鬼であり続けた。
 その日、チカは付きっ切りでマルガレータの走り方を特訓した。
 最初は日本に来たばかりのフランス人に味噌汁をずっずっー!と飲めと言うようで難しかったが、
 だんだんぎこちなさが消え、日が暮れるころには泥だらけになって、チカと追いかけっこをするにいたった。
 マルガレータは、自由に走ること、そして、無邪気に友人と何の衒いもなく、
 気ままに動き回ることに楽しみを発見したのだ。
 どうでもいいが、初登校日に不安になって木蔭で見ていたベンドリングさんは、それを見て泣いたという。
 おまえは野球奴隷の姉ちゃんか、どこぞの平行世界の美人メイドさんかというツッコミは置いといて、
 彼の回顧録はかくかたる。
「マルガレータは、本当の人間性を回復するだけでなく、同時に生涯の友人を得た。
 帝国では見られない光景を見たことに私は感謝する。
 民主主義は友人を作る思想、その言葉に偽りがなかった」と。
 ベンドリングに関しては、同盟への感情移入が過ぎるという後世の歴史家の批判は当然といえるが、
 おそらく、マルガレータとベンドリングにとっては、これが正直な感想なのだろう。 
 そんなわけで以来、彼女はチカと並んで学校では俊足の持ち主となっている。
「ま、まって・・・・・・NOです、NOですわ・・・・・・」
 そんな二人に今朝方ランニングをこなしてきた上に、大量の弁当やらポットやらの荷物を抱えた
 ベンドリングと俗人が追いつきようもない。というか、追いついてはいけないのだ。
 二人の父親は、それを確認するかのようにお互いの目を交差させると目だけで笑った。
 しばらくして頂上に着く。
 そこには、遺伝子改良によって年がら年中咲いている、どこかの島のような桜が咲き誇っていた。
 他にも何人か家族連れが来ている。
 シートを広げ、俗人とベンドリングの作った料理が並び、四人で弁当を囲む。
 チカとマルガレータは、どちらの保護者の料理が、うまいかを競い合い始めた。
 そのじゃれあい、というより争いを眺めつつベンドリングは黒ビールを俗人に勧めた。
 黒で宜しいですか?という問いかけに俗人はそりゃもう!と拝み手で応じた。
「このフラワー・ウォッチングという奴はいいですな。」
 俗人が口を付けると、ベンドリングは人のよさそうな顔つきでそう言った。
 俗人は、このアンちゃん、統帥本部作戦課のエリートで、三男とはいえ男爵家の出身だったんだよなぁ、と慨嘆した。
 帝国のやり口に呆れたとはいえ、全てを捨ててマルガレータを守るために亡命する。自分には出来ない決断だな、と思った。
「旧世紀のヤーパンの習俗といいますが、まことに結構だと思いますよ、ええ」
 ベンドリングは、そういう俗人の考えをよそに太平楽にそう言った。
「それが亡命の理由かい?」
 軽口のひとつのつもりだった。
 だが、ベンドリングの反応は真面目だった。
「そうかもしれませんね。
 帝国では、こういう文化は失われた、というより抹殺されましたからね。
 文化的多様性は、共同体の崩壊と銀河の分裂を生み、引いては人類社会を衰退に追い込むとの
 ルドルフ大帝の勅許によって、ゲルマン系文化しか残りませんでしたからね。
 帝国の画像をみてごらんなさい。
 皆が同じ服で、娯楽は伝統文化に沿ったものしかなく、建物は皆同じで、どこの星も似たようなものじゃないですか。
 私は、こっち側に来て、そう思いましたよ。
 何より花を貴賎を問わず楽しむために来たなんて、素敵じゃないですか。」
 そう、ビール缶を呷ると、そういい切った。
「そうだね、そうかもしれない。でも、同盟の腐敗はどう思うんだい?
 今だって、ここからいくつか煙が見えるよね?ありゃ交通システムの人為的ミスによって起きた事故だよ。」
 俗人は心の中の疑念をそういう形で打ち明けた。
「同盟の腐敗ですって?帝国の腐敗はもっとひどいですよ。
 私は公然と権力が幼女を殺害しようとしたり、不正が批判されない社会より、衰退しつつある国家を選びますよ。
 なに、私かマルガレータが死ぬまで同盟が持てば、それでかまいませんよ」
 これはこれで正論だな。一般庶民からのひとつの政治の真理というわけだ。そう、俗人は思った。
 そして、ベンドリングは急に真面目な表情になって、こう付け加えた。
「最近のあなたは変わったようだから、言うんですがね。
 だからこそ、次の戦い、勝ってくださいね。あの子達が死ぬまで、この国を維持して下さい。私が言うのも変ですが。」
「そうだね」
 俗人はビールを口に含むと、言葉を続けた
「そうだな。勝たなきゃな」
 眼下には相変わらずの光景が広がっていた。



3.司令部会議

 次の日、新設される第一機動艦隊のオフィスに参謀達が集められていた。
 要するに第4艦隊と第13艦隊のメンバーである。
 その日のことを、ムライはこう回顧している。
「・・・・・・私は、第一機動艦隊の会議室に入った瞬間、驚きに包まれた。
 掴みどころのないヤン提督、
 ちゃんとスカーフを締められないパストーレ中将、
 サンドウィッチを溢しながらむしゃむしゃと頬張るチェン・ウー・チェン少将、
 過激な国家主義者のビラを耽溺しているバクダッシュ大佐、
 口を空けて涎をたらしているブラッドジョー中佐、
 なるほど!なるほど!としかヤン提督に応じないパトリチェフ大佐、
恋人から奪ったハンカチを握り締めてにやけているラップ大佐
 革命家気取りで、どこで使うか分からないアジ演説の草稿を書いているアッテンボロー准将、
 轟然と他人を見下ろしているビューフォート准将、
 危険思想と噂されるグエン・バン・ヒュー准将、
 そして、キスマークと情事の後のにおいを消そうともしないシェ-ンコップ・・・・・
 私の任務は、この連中の秩序を回復することにあると思い至るのに時間はかからなかった。」
 ムライが衝撃を受けていると最後の人間が現れた。
「・・・・・・遅くなりました」
 後方主任参謀のサンバーグ中佐である。
 彼はヴァンフリート会戦で兵站の権威であったセレブレッゼ中将の副官として
 ヴァンフリート4-2基地に赴任したものの、そのまま虜囚の憂き目に遭った。
 その後、捕虜収容所での経験から、普通の有能な士官から「後ろ向きな情熱家」「威勢の良い慎重論者」
 「ラーメン屋や立ち食いそば屋でしばしば見られる”暗い情熱家”」になってしまったと言われている。
 なお、後世の歴史家もとい作家たちは、こうしたパストーレの人材登用に因んで「余り者艦隊」「二軍艦隊」等と呼称したという。

 ・・・・・・そんな無意味な田中大先生以後の表現の剽窃はともかく、
「やぁ!お疲れさん!それじゃ始めようか。ラップ君よろしく。」
 俗人は横に座るヤン・ウェンリー少将に伺いを立てると、会議を始めた。
「それでは、今回第1機動艦隊の作戦参謀に就任させていただくことになった、
 私より説明を始めさせていただきたく思います。
 まず、今回は初顔合わせということで人員を説明させていただきます。
 今回、新しい試みとして統合艦隊司令部構想が実施され、
 第一機動艦隊が新設の第13艦隊と第4艦隊の上級司令部として新設されることになりました。」
 首席副官ドールトン大尉がキーボードを操作し、パワーポイントを表示する。
「この統合艦隊司令部構想は、近年、富に見られる複数艦隊による複数の戦域での会戦において、
 宇宙艦隊司令部が統合指揮できずに、確固撃破されてしまう事例の回避、母港の乱立や補給・航法組織の肥大化の効率的解消
 が目的であります。この構想が達成された暁には戦闘能力の倍加と2000万人の民需への転換が可能になるとされています。
 いわば、我々は、その試金石というわけです。」
 ラップが、そこで言葉を切ると、合いの手が飛んだ。
「・・・・・・なるほど?トリューニヒトとホワンが手を組んだのはそういうわけですか。
 軍需利権から民需利権へか。まことに、結構なことで。」
 第13艦隊第2分艦隊司令のダスティ・アッテンボロー准将だった。
 だが、ムライがさっそく咳払いによる威圧を行ったのでアッテンボローは押し黙った。
 ラップは後輩の上官の粗相に苦笑いすると説明を続けた。
「編成は次のようになります。第1機動艦隊兼第4艦隊司令官パストーレ中将、第13艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将、
 第1機動艦隊副司令官フィッシャー准将、参謀長チェン・ウー・チェン少将、情報参謀バクダッシュ大佐、
 航空参謀ブラッドジョー中佐、後方主任参謀サンバーグ中佐、第4艦隊第1分艦隊司令グエン准将、
 同第2分艦隊司令ビューフォート准将、第13艦隊参謀長ムライ准将、副参謀長 パトリチェフ大佐、
同第1分艦隊モートン准将、同第2分艦隊司令ダスティ・アッテンボロー准将・・・・・・
 総数は第1機動艦隊司令部3000隻、第4艦隊6000隻、第13艦隊7000隻の計16000隻です。
ここからは参謀長のチェン・ウー・チェン少将にお願いいたします。」
 ツナサンドイッチを平らげ、今度は海老カツサンドイッチに取り掛かっていたチェンは
 ドレッシングの付いた指を舐め上げると、メモ帳を取り出した
「失礼。食事中な物で・・・・・・ん?ああ、いや、霧吹きをかけるとこうして、美味しくたべれるものでしてね」
 周囲の視線の意図を誤解したのか、チェンは、そういうと作戦についての解説を始めた。
 

 チェン・ウー・チェンの説明した作戦案は、パストーレとラップとヤンの原案を彼がブラッシュアップしたものだった。
 つまり、ヤンが構想した案をパストーレが原作知識で手を加え、ラップが俗人の改悪点を修正し、
 チェンが16000隻の艦隊が漏れなく実施できるように完成させたものだった。
 その内容は、ヤン艦隊が要塞駐留艦隊を牽引し、その隙に工作員を潜入させて、イゼルローン要塞を陥落させる部分までは、原作と同じだった。
 しかし、俗人は新たに駐留艦隊の撃滅を目的に入れた。
 占領後に、慌てて引き返してくる駐留艦隊をトールハンマーで布陣の両翼を削りつつ、”下方”からヤン艦隊が追撃。
 間隙を対空砲火で埋めつつ”上方”へ誘導。ここでヤン艦隊は占領要員抽出のために追撃を中止。
 あとは待ち構える俗人艦隊が包囲殲滅するという算段だった。
「待ってください。二重の作戦目的は危険です。そもそも、たった一個艦隊で、要塞と駐留艦隊を相手にするとは・・・・・・」
 ムライが真っ先に異を唱えた。
「だいたい・・・・・・」
 そこで、言葉を切り、斜め向かいに座る陸戦連隊長の大佐をムライは見やった。
 あからさまに不審な目で見ていた。そう、意図的に。
 一方で、ムライの眼光で射られた男は平然としていた。

 その男は、ワルター・フォン・シェーンコップ大佐。亡命子弟で構成される薔薇の騎士陸戦連隊長である。
 16歳で同盟軍士官学校に合格したが入学せず、かわって陸戦部門の「軍戦科学校」に入学。
 わざわざ伍長から始めた彼の経歴は、30歳にして大佐にまで上り詰める。
 実質的には、尉官、佐官任官時に1,2年程度の教育期間が挟まれる事を考えれば、
 29歳のヤン少将、27歳のアッテンボロー准将等より、よほど化け物じみた存在であるといえる。
 だが、それだけならばいい。
 彼は、その超特急の叩き上げ経歴と魅力から得た幅広い人脈と情報を生かして、階級以上の影響力を得ていた。
 特に複数の軍関係の女性と断続的な関係を築いていることが問題視されたていたのだ。
 事実、フレデリカ・グリーンヒル大尉は資料編纂室別室時代に、彼の分析レポートを依頼され、下記のように評している
「シェーンコップ氏の人脈に、上下分限問わず幅広い。そして、注目すべきことに彼は複数の花壇を保有している。
 休眠、活動とわずにである。おそらく彼の給湯室情報ネットワークは、間接直接問わずに同盟軍のあらゆる情報を
 収集分析し、寝物語の際に自然と彼に適宜報告されていると思われる。
 つまるところ、軍内部の醜聞、作戦動向、戦況は彼の灰色の頭脳に絶えず注ぎ込み続けているのである。
 事実、彼の異常とも言える戦果、絶対的状況からの生存、政治的陥穽の回避、度重なる昇進はこの事実を傍証している。
 特に、第6次イゼルローン攻防戦での事例は、そうでなければ説明が付かない。
 彼は、合計四万隻を超える艦隊決戦の最中に、命令系統をほぼ無視した挙句、強襲揚陸艦で帝国軍の艦船に複数回突入・制圧しては
 軍用通信で挑発することでリューネブルクを誘き出し、抹殺という完全な私戦を完璧に成し遂げた。
 しかも、処分が下ることはなく、幾つかの勲章が彼と彼の部隊に与えられたという。
 これこそ、シェーンコップ氏の給湯室情報ネットワークの存在を証明するに余りある事例である。」
 もっとも、彼女は結論部分で、
「・・・・・・しかしながら、彼の性向は享楽的騎士道的アナーキストとも言え、俗なことを言えば、卑怯とは無縁の不平屋に過ぎない。
 また、彼自身は基本的には王に従う人物である。・・・・・・意外かもしれないが、彼は自分を認めてくれる人物を求めている。
 確かに、彼は自立した、魅力的な男性である。しかし、彼が享楽的な女性関係を継続しているのは、満たされない認知欲求が
 どこかに存在するからである。おそらく、これは祖母との亡命時前後の体験や帝國で受けた騎士道教育の影響と思われる。
 これが表面的には、分かりにくいのは、彼を王として従えうる器を、持った人物が極度に少ないからである。
 かくして、彼は求められぬ主を求めて、不平屋として振舞うのである。
 結論として、彼が求める王が出現し、その希少な人物が叛乱を希求しない限り、薔薇の騎士連隊のクーデターは有得ない。
 何より、これまでの彼の行動は卑怯とは無縁であることが、それを補強する。
 彼は享楽的であり、不真面目に見るが、実は極めて信義と正道を大事にする男である。
 つまり、クーデターの可能性は極めて低い。せいぜいが、不平のたまった挙句の首都の一時的占拠でしかない。
 今後の情報動静としては、ドラインビングフォース(状況を動かす力)となりうる「彼が求める王」の出現に気を配れば十分といえる。」と述べている。
 これは、フレデリカがシェーンコップを、危険な能力の持ち主だが、その意図は危険なものではないので、
 とりあえずは安全だと結論付けたものである。
 しかし、この報告を受けた上層部は「心理」等というあやふやな変数を無視して、能力を危険視した。
 勿論、そこには自分の醜聞を握られているかもしれないという恐怖もあった。
 かくして、シェーンコップ大佐は、誰も手を出せないままに同盟軍各情報組織の注視の的となり、
 新たに帝国で民族浄化とまではいかないまでも比較的不利な地位にあるアフリカン、アラブ系で構成された
 対叛乱対応市街戦特化部隊、黒騎士連隊がジャワフ大佐を連隊長に編成されるなど、その対応は恐慌とも言えた。
 ちなみに、ビュコック中将は「最近、ハイネセンでは『可能性』と『蓋然性』をごっちゃにするのが流行らしいの、
 とその対応を副官のファイエル少佐等に皮肉ったという。)
 ともあれ、その結果、「とにかく危なそうだ」「クーデターを計画している」という噂が軍内部に広まり、
 シェーンコップはあらゆる意味で危険人物という批評で包まれていった。
 本人としては、刹那的関係構築のための新たなアクセサリーとしか考えていなかったが。
 それはさておき、ムライもまた、監察部にいた時代からシェーンコップのことは注目していた。
 ムライもまた、シェーンコップへの結論としてはフレデリカやビュコックと同じものを抱いていた。
 だが、一抹の不安は抱いていたし、なにより作戦参謀を不要とするヤン艦隊では、
 あえて常識的意見、反対意見を述べる「悪魔の代弁者」であろうと心得ていたので、そういう態度をとった。

「・・・・・・占拠時の作戦参加兵力に問題を感じます」
 そのムライの発言に、シェーンコップは、確かにと言った。
 場の空気が、やや停滞した。そしてシェーンコップは更に凍てつかせる発言をした。
「我が連隊が集団亡命でもしたら、困りますものな。
 この作戦案の基本原案はヤン少将と伺った。
 どうですかな?その場合はどういたしますかな」
 シェーンコップは、何かを期待するように言った。
 このエルファシルの英雄ならば、自分を満足させてくれる何かを出してくれるかもしれんな、
 ただし、、、在り来たりな応答ならば唯ではおかんぞ?
 そう思っていた。
 そして、彼の期待は報われた。
 ヤンは、息子を戦場に送りたくないがために永遠ならざる平和を求めての作戦参加であり、
 作戦の成否はシェーンコップを信じるしかないから、信じると答えたのだ。
 そして、失敗しようと成功しようと退役すると答えたのだ。それも寝て暮らすために。
 シェーンコップは、その意外性と内容の素晴らしさに魅入られた。
 思わず「失礼ながら、提督、あなたはよほどの正直者か、でなければルドルフ大帝以来の詭弁家ですな」と言ってしまった。
 彼流の最大限の賛辞である。もっともヤンは少し不服そうだったが。 
「とにかく期待以上の返答はいただいた。この上は私も微力をつくすとしましょう。 永遠ならざる平和のために」


4.再会劇

 作戦会議の出席者達は、誰もが口に出せなかった一番の問題が片付いて安堵していた。
 ヤンが提唱した奇策は旨くいきそうだったし、失敗すれば逃げ帰ればいいのである。
 作戦目的の二重性も、統合艦隊司令部構想を定着させたい国防委員長の命令だから、という理由が
 彼らの歪んだシビリアンコントロールの理解によって、すんなりと受け入れられとので幾つかの議論の後に終わった。
 というのは後世の小説家の理屈で、本当は、事実上ヤン艦隊(占領)と俗人艦隊(艦隊殲滅)で任務分担を行うということで、
 問題視されなかっただけだった。
 そもそも六個艦隊を動員して陥落しない要塞を攻略しようという時点でむちゃくちゃなのである。
 そんなわけで、会議は実質的な任務要項や実施要綱の作成確認に移り、幾つかの休憩を挟んで夕方には解散した。

 
 シェーンコップは、満足していた。
 ようやく自分を使いこなしてくれそうなヤンという上官に出会ったからである。
 そんな彼は、ブルームハルトとリンツ達と作戦の打ち合わせに入ろうと第一機動艦隊のオフィスを
 出ようとしたところで俗人とラップに捉まった。
 正直、パストーレについては、以前の印象からよい印象を抱いていなかったし、
 給湯室ネットワークから過労の余り、軽いノイローゼになっていると聞いていたから相手にしたくなかった。
 少なくとも今日は、である。
 しかし、不良中年は、俗人が「わたぁしぃは~ローザライン・フォン・クロイツェル♪ローザと呼んでね♪」
 と肩を掴んでいったので興味を持った。
 発狂した艦隊司令官というのは酒のツマミにはなるな、と思ったのと、その名前に何か覚えがあったからなのだが。
 勿論、これまで無能な上官に対して行ってきたように、彼の情報を使ってパストーレを更迭しようと思ったのは言うまでも無いが。
 どうやら、発狂した司令官を更迭させるのが、作戦の打ち合わせより急を要するな、と。


 悠々と、しかし、実際はテンパリながらシェーンコップを従えて歩く俗人の後ろでラップは頭を抱えていた。
 俗人は、大ファンの架空・伝説の人物と出会って舞い上がっていたのだ。
 考えても見るがいい。
 もし、ガンオタが、ギレン総帥と面会できたら?
 もし、婦女子が、BASARAの政宗と小十郎の今日は俺の腹が人取橋な様子に会えたら?
 もし、ダブルコンパイルなお兄さんに会えたら、
 舞い上がらないはずが無い。
 そして、俗人は、どうやら得てして、こういうミーハーな人間に多い、テンパルと奇妙な行動に出る人間だったようなのだ。
 今にして思えば、アスターテ会戦以後の奇矯な行動で分かっていたじゃないか!と後悔しきりであった。
 むろん、念のためラップは私が手引きしますとは提案した。
 だが、その提案は俗人の熱烈な要求によって変更させられた。
 中学生はユリアンを憎んでラインハルトと七元帥に憧れ、高校以後はヤンの民主主義理論をパクり、
 そして、青年・壮年期はシェーンコップや逸話製造機のビッテンに愛着を抱くものだ。
 青年と壮年の間にいた俗人は、シェーンコップ中毒、まさしく第三次中二病に感染中だったのである。
 そして、それに離婚が拍車をかけていた。ある種の性的な挫折感を味わっていた彼は、マッチョイズムを求めていたのだ。
 かくして、俗人はムハッー!、ムハッー!と妖怪漫画の登場人物のようにしながら、薄く笑うシェーンコップを招き入れたのだった。


 シェーンコップの薄笑い――彼が軽蔑すべき敵に相対したときの微笑は既に消えていた。
 赤く、燃えるような髪の少女。
 同盟軍予備幼年学校の合格通知を右手に抱えた少女を見たときに、なにかのデジャビュに襲われたからだった。
 パストーレが言っていたな、ローザラインと。何だ?
 何かが思い出せそうだが、思い出せない彼の思考は少女の発言によって打ち砕かれた
「私は貴方を父とは認めませんっ!」
 父?そうか、俺のことか。なるほどな、そういうことか。
 不良中年は、一瞬驚いたが、外には出さずに言葉をつむいだ。
「どうやら俺の娘らしいな。」
 美人なのが、その証拠だな。シェーンコップはフッと笑いながらそう言った。
「な、なにをしらじらしぃっ!」
 家を赤らめて起こる少女の後ろで、連れてきたらしいバグダッシュが苦笑いをしている。
 どうやら、予備飛行学校で合格通知を受けたところで、半分騙しながら連れてきたらしい。
 父に関して話があると聞いただけです!会うとは聞いてません!帰ります!とバグダッシュに今度は噛み付き始めた。
 それを面白そうに眺めているように見えるシェーンコップの後ろでラップが冷たくささやいた。
「カーテローゼ・フォン・クロイツェル。13歳。愛称はカリン。分かっていると思うが遺伝子的な父親は君だ。
 パストーレ閣下が、独自の情報に基づいてバクダッシュに捜索させた。」
 ラップにすれば俗人から知識は聞いていてもシェーンコップに対しては若干の不安が残っていた。
 それに憎まれ役をする必要もあった。ゆえにその不安が冷たい言い方にさせた。
「若いの。冗談でワルター・フォン・シェーンコップを脅迫してはならないと教わらなかったか?人質のつもりか?」
 一瞬シェーンコップの目が鋭くなった。
「俺に御落胤は一個中隊はいてもおかしくは無いんだ。そんな会った事も無い連中を、
 薔薇の騎士連隊3000名よりも優先するとでも?だとしたら俺も安く見られたものだな。」
 今度は苦笑しながらだった。それを小声で言ったのは、シェーンコップなりの少女への配慮だろう。
「違う!違うって!これは俺なりのお節介なんだよ。」
 慌てて小声で釈明する俗人に、シェーンコップは、
 ほう?閣下は、私に郷愁の念でも植えつけたがっているのかと思いましたが?
 残念なことに、私にはオーディン、ハイネセン、フェザーンと既に多くの故郷がありましてなぁ、
 間に合っておるのです、と面白そうに応じた。
 自分には人質は無意味であるし、つまらんことをするな、と婉曲に、しかし明確に言ったのだ。
 しかし、若干の今までとは違った興味も出てきていた。
 この上官の行動が人質で無いならばなんだ?恩を着せて貸しにするためか?
 ああ、確かにそういう上官もいたな。
 諸君と我々は一心同体であり、必ず生きて連れ帰るとか何とか、薄っぺらい寝言を言っていたから、
 PTSDにして、強制的に後方送りにしてやったものだが。
 さぁ、どう出てくるか・・・・・・
 シェーンコップは俗人に少しだけ、ほんの少しだけ興味を抱いていたのだ。
 もっとも、それは吹けば飛ぶようなものでしかなかったが。
 所詮、ヤン・ウェンリーと俗人では器で格が違うのだ。
「その・・・・・・君のサイン、もとい、なんでもないんだが・・・・・・」
 俗人は、そこで、一旦唾を飲み込んだ。
 そして、一気に大声で言い切った。
「ファ、ファミリーは一緒にいるべきだと思うんだ!」
 カリン、バクダッシュは呆気にとられた。シェーンコップは無言だった。
 そして、私に一個中隊分の託児所でも経営しろと?そう言った。
 続いて、彼女だって今更、遺伝子提供者に、父親面されたくないだろうさ
 それで?という表情だった。本当は色々な感情があったのかもしれない。
 ミッターマイヤーが見れば、ロイエンタールをもう少し大人にしたような奴だな、とでも言ったかもしれない。
 だが、この男の行動からそういった多面的な解釈を引き出すには、普通の人間、特に若い人間では無理だった。
 だから、カリンは表情を、さっと曇らせた。 
「違うって!そうじゃないよ。ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんだ。」
 ほら、君には、この人に言わなくちゃいけない事があるんだろう?
 と俗人はカリンに振った。
 だが、カリンは泣きそうな、顔を赤くしながら、しかし、怒ったような表情で何も言えずにいた。
 甘え方を知らんが為だな。シェーンコップは、正確に評論した。
 とりあえず、今日は退散すべきだな、そう思い、踵を返した

「・・・・・あ」
 カリンは、焦った。このままでは、あの男は帰ってしまう。
 許せない。許せないが、本当は自分を認めて欲しい。しかし、認めて欲しかった思いが強かったからこそ、怒りもわく。
 なによりカリンは若かった。
 だから、今日はもう帰ろう!思いの半分の本音がのどまででかかった。
 しかしは、耐えた。
 そして、もう一人の家族を思い浮かべると叫んだ。
「待って!エリザベート・フォン・クロイツェルを憶えていますか?私の母です。」
 カリンは、ようやく、それだけを言い終えた。
 貴方の・・・・・とは言わなかったのは、彼女のわだかまり故だろう。
 カリンは、背を返して立ち止まったままのシェーンコップを見た。
 反応は無い。見る人が見れば僅かに肩が揺れてたかもしれない。
 ほうら、みなさい、カリン。
 やっぱり、私は行きずりの結果生まれた女なのよ。
 望まれて・・・・・・
「知っている。ローザと言ったな。薄く入れた紅茶のような髪で、よく苦い特製ドリンクを俺にくれたな・・・・・・
 俺は悲しみに満ちて健康的に生きるより、喜びと美女の涙に溢れて不健康に生きるほうがいいと言ったんだがなぁ。」
 そんな瞬間、シェーンコップは、そう独白した。
 そして、彼一流の洞察力で続けた。
「ローザに何かあったのか?」
「先月、入院したんです。もう後1年か2年だって。
 お願いです。会って、母に会って下さい。
 嘘でもいいから、愛していたって言ってあげてください。
 お願いします。お願い・・・・・です。」
 俯きながらカレンは泣いていた。腕を下にまっすぐ伸ばして、指を絡めながら。
 カレンは、情けなかった。
 もっと。
 もっと、時間があれば、違う形で母に孝行できたはずなのだ。
 非力な自分を悔いるとともに、母に何かをしたい。
 それが、シェーンコップだったのだ。
 だから、今日会うとは思わなかったが、バグダッシュの誘いにも応じたのだ。
 しかし、彼女が泣いていたのは、本当はそれだけではなかった。
 彼女が、エリザベート・フォン・クロイツェルとだけ言ったにもかかわらず、
 シェーンコップは、ローザと答えた。
 つまり、エリザベート・ローザライン・フォン・クロイツェルをシェーンコップは決して忘れて忘れていなかったのだ。
(とカリンは思い込んだ。実際は七巻の「私の母、エリザベート・フォン・クロイツェルを憶えていますか?」
 というカリンの問いかけなぞ、すっかり忘れて最終巻のシェーンコップの「そうだ、ローザだ(以下略」
 という台詞が印象に残っていた俗人が、シェーンコップに気まぐれで言ってみただけで、
 それでシェーンコップが咄嗟に思い出しただけだったのだが)
 だから、彼女は嬉しかったのだ。今はまだ自分でも認められないだろうが。
「・・・・・・そうか。そうだったのか。」
 シェーンコップは若き日の熱情を思い出すと、少し遠い目をした。
「わかった。明日行こう思うが、大丈夫か?」
 カリンは、一瞬戸惑った。
 自分の遺伝子上の父親が、初めて誠意ある顔をしていたからだ。
 だが、それは長くは続かなかった。彼女は、黙って頭を下げた。




 それから一時間後。ランドカーに俗人、ラップ、バクダッシュが乗り込んでいた。
「これで、一件落着。シェーンコップ閣下、じゃなくてワルター氏の士気も上がっただろうし、
 カリンちゃんのお母さんも再会できて何よりだね、ラップ君」
 俗人は基本的に俗物的な人のよさがあったから、自分の行いに満足していた。
 もっとも後に俗人はこうしたある意味で神を気取った行為の数々を激しく後悔することになるのだが。
「さて、バグダッシュ君」
 バクダッシュは、いやぁ、何でしょうと言った。
 今回の人探しには多少のコストもかかったから、何らかの褒美を欲していた。
 もっとも、彼は楽観していた。
 わざわざ第11艦隊からとリューニヒトの政治力を使って、自分を引き抜いたのだ。
 相当、パストーレ中将は自分を評価してくれているようだ。
 もしかしたら、偽のインテリジェンスを情報参謀として与え続ければ、我々の計画に引き込めるかも知れんな。
 バクダッシュは自分の描いた未来図にうっとりし、ニヤリと微笑した。
「声はやっぱり神谷さんなんだね」
 は?とバクダッシュは思った。しかし、その疑問は長く続かなかった。
 彼の美しい未来図を破壊する言葉を俗人が、ま、それはともかく、
 と前置きを置いて、放ったからだ。
「君達のクーデター計画について詳しく話してもらおうかね?」と。
 バクダッシュは思わず腰のブラスターに手を伸ばしかけたが無理だった。
 ラップが自分の脇腹にブラスターを突きつけていたからだった
「悪いけど、ちょっとつきあってもらうよ?
 あ!あと主要人員、拠点、資金源、同調者も教えてね。」


5.今度こそ出撃

 それから二ヵ月後。第一機動艦隊はハイネセン上空からイゼルローン回廊に向けて進発した。
 その間、フレデリカの「信じていますわ」発言やら、
 ヤンと俗人の「フィッシャーどん、全部任せるでごわす」の職務放棄があったりしたが、
 異才ヤン・ウェンリーは当然のこと、俗人も何とか艦隊をイゼルローンまで問題なく動かしていった。
「ヘディング7-0-7。予定偽装転進ポイント。針路変更行います。」
「よし、艦隊進路2-3-3。上昇角25。第一戦隊と第四戦隊の前方集団から針路変更開始。
 航海参謀、転進プログラム起動。適時、プログラムの修正を。」
 航海参謀ドールトンとフィッシャー提督のやり取りを俗人はペチャンコになったクッション、
 本人が座布団と主張するものに座って眺めていた。
 永住、というより選択の余地の無い永住をある程度受け入れた今となっても、緑茶と座布団はかかせなかった。
 座布団は、とりあえずハイネセンになかったので、チカが俗人の話から想像したり、アーカイブで調べて、
 家庭科の課題で作ったものだった。
 俗人は、ちょっと座り心地が悪かったけど、気にしないで座っていた。
 出発前に泣きながら、潰れたクッションのようなものを、死なないでと渡してきたからだ。
 チカを宥めた時のことを、座布団を摩りながら思い出した俗人は、いかんいかんと思った。
 ぼーっとしているのを階下のドールトンが笑顔で睨んできたからだ。
 さて、残った書類を片付けるか・・・・・・と思った時、横に人影を感じた。
 ヤン・ウェンリーだった。
 彼と彼の幕僚は、レオニダスに三時間前から最終打ち合わせのために、
一時的に乗艦している。
 ヤンは俗人に向き合い、敬礼すると言った。
「司令官閣下、お話があります。」
 珍しく真剣な表情だった。
 俗人は、手に持った書類を机上に戻すとヤンに、どうぞ、と問いかけようとした。
 だが、それは出来なかった。
 艦橋をどよめきが覆ったからだ。
「イゼルローンだ!」「あの要塞だ!」
 再編成の結果、新兵が著しく増加したことで、そのどよめきはちょっと大きかった。
 だが、ムライの一喝で、それは収まった
 そして、ムライは、こっそりブルックを肘でつついた。
 慌てて、ブルックはオペレーターに何かを小声で命じた。
「イゼルローン要塞を正面にレーザ解析にて捕捉!距離17万!
 光学情報に変換して表示します!」
 オペレーターの声が環境を包んだ。
 さぁ、第七次イゼルローン攻略戦の始まりだ。
 俗人もとい田中一郎だった男は、指揮用座布団に埋まって呟いた。
 人的資源・戦力・情報は揃えるだけ揃えた。
 これで勝てなかったら・・・・・・無能だな。
 凡人ではなく俗人なので、専門外では謙虚さのない俗人は、そう思った。
 
 かくして、一大決戦の幕が上がる。



次回、大逆転??第七次イゼルローン攻防戦(上)

「戦争は霧のようなものであり、不確実性に絶えず満ちている」
                      大昔プロイセンに住んでいた気難しい人
 

編成
 第1機動艦隊 司令官 パストーレ中将(2000隻) 
        副司令官 エドウィン・フィッシャー准将(3000隻) 
        参謀長 チェン・ウー・チェン少将
        作戦参謀 ラップ大佐
情報参謀 バクダッシュ大佐
        航空参謀 ブラッドジョー中佐
        後方主任参謀 サンバーグ中佐
        首席副官 ドールトン大尉
        次席副官 ブルック大尉

 第4艦隊編成 司令官 パストーレ中将(兼任)
第1分艦隊 グエン・バン・ヒュー准将(2000隻)
   第2分艦隊 ビューフォート准将(2000隻)

 第13艦隊編成 司令官 ヤン・ウェンリー少将(1000隻)
        参謀長 ムライ准将
        副参謀長 パトリチェフ大佐
        副官 フレデリカ・グリーンヒル中尉
第1分艦隊 ライオネル・モートン准将(3000隻) 
   第2分艦隊 ダスティ・アッテンボロー准将(3000隻)
   陸戦要員 ローゼンリッター連隊戦闘団(約3000人)



[3547] 第13話 大逆転??第七次イゼルローン攻防戦の巻(上)
Name: パエッタ◆eba9186e ID:b7c888c4
Date: 2011/07/06 18:50
「ヴェルトール貴族主義!叛徒共の言葉で言うならばコスモ貴族主義!
 これこそが現在の帝国と宇宙を救う唯一の概念である!
 そもルドルフ大帝が立たれたのは大衆主義による無責任の横行した社会を立て直さんがためであった。
 そして、大帝は彼の股肱の臣下たちに特権と引き換えに責務を与えた。すなわち、社会秩序・文明・臣民の安寧の維持、
 この三大責務を果たし、臣民の手本となることが我々の本来の姿だったはずである。
 しかるに、現在の貴族階級は自らのエゴのみで宇宙を押しつぶそうとしている。
 このままでは人類社会の存続すら危うい。
 だからこそ、我々貴族階級は本来の責務を果たすために立ち上がらなければならないのである。」
              「セロの使いマ外伝3:金髪の儒子、トリステインへ行く―あとがき―」より



帝国暦487年7月12日12:00 イゼルローン要塞司令部
 静まり返った要塞司令部に古風な時計の音が鳴り響いた。
 要塞指揮官のシュトックハウゼン大将は、その音源を見やると首をかしげ先ほどまでの議論を繰り返した。
「……フレーゲル中将、君のミュッケンベルガー閣下への献策による要塞守備艦隊の増強には感謝している。
 だがね、君の艦隊9000隻がこれ以上とどまることは、要塞の兵站機能に多大な負担を掛けることもまた事実」
 ピシャッ、と自らの皺首に手を当てるゼークト。男爵ではなく、中将と呼びかけたところに彼の心情が表れていた。
「うむ、男爵殿のお陰で我が駐留艦隊は28000隻を超えた。これだけあれば、敵の通常侵攻兵力の2.5個艦隊を優に相手取れる。」 
 これは要塞駐留艦隊司令官のゼークト大将。自らの兵力を増やしてくれたフレーゲルに幾分好意的だが、
 彼とてフレーゲルの艦隊が駐留することで、自らの指揮する艦隊の運用に齟齬をきたし始めていることに苛立ちも感じていた。
 その為、婉曲的ながらも忌々しいシュトックハウゼンを援護射撃することになった。
 それに対し、フレーゲルは肩をすくめるとここ二ヶ月来の主張を繰り返した。
「何度も言っておりますように叛徒どもには選挙というものがある。
 だから、必ずやアスターテの失策を取り返すために艦隊を送ってくるんは間違いなぃ。
 実際、情報部も、不自然な一艦隊規模の臨時演習があると報告しているでしょうが!」
 興奮のあまりか、庶民のような言語で熱弁をふるうフレーゲルだったが、両大将には通じなかったようだ。
 シュトックハウゼンは、だとしてもたかが一個艦隊の来襲でしかない、何が危険なのかね?と言い払い、ゼークトも珍しく彼の意見に同意した。
 要するに、お貴族様に自分たちの職場を荒らされたくない、そういうことなのだ。
何より、フレーゲルが襲来すると予想した時期から二ヶ月もたっていた。
 フレーゲルは、なおも食い下がろうとしたがそれは実現しなかった。
 後ろのファーレンハイトが肩をたたき、カイザーリングがうなずいたからだ。


帝国暦487年7月12日12:15 イゼルローン要塞B-523通路

 港湾部へと続く動く歩道を進むのは、フレーゲル、ファーレンハイト、カイザーリング、そしてその幕僚団だった。
 俗に言う、ヴェルトール貴族主義の軍事部門の根幹をなす三羽烏だった。
「もうしらんわ!好きにしたらええんじゃ、あいつら」
 先頭のフレーゲルは頭を掻き毟った。
 反対通路側の兵士が貴族らしからぬ振る舞いをするフレーゲルに戸惑っていたが、気にする様子はない。
 一応、偽装艦船による工作員〈フォン・ラーケン少佐〉が潜入する恐れもあるとは言ってはおいたが……
 これでは陥落の時期が違うだけで原作通りの展開になってしまう。
 なんだかんだでイゼルローン要塞と駐留艦隊が帝国側にあるかないかではリップシュタット戦役の展開に影響が出てしまう。
 それはフレーゲルもとい山田次郎の真の目的を阻害することになる。
 
「そう落ち込むこともないでしょう。こうなることも既に織り込み済みですから。
 予定通り、ファーレンハイト中将と周辺空域でギリギリまで粘ってみましょう。」
 朗らかに言ったのは今や古風な騎士道精神の体現者としてしられるカイザーリング中将だった。
 青春時代の片思いの相手を守るために、敢えて汚名を被り、そして見事にそれを雪いだ男爵。
 それが上下世間一般での彼の評価だった。しかし、一度は冤罪とはいえ軍法会議に処せられ、
 友人とその妻――彼の片思いの相手を守るために偽証した彼を軍が現役復帰させるはずも無い。
 それが一階級昇進の上、現役復帰しているのはフレーゲルもとい山田の尽力故だった。
 フレーゲルは、彼が提唱するヴェルトール貴族主義の理想像の一つとしてカイザーリング中将を称揚したのだ。
 曰く、このような人材こそ現役復帰させて分艦隊を預けるにふさわしいと。
 曰く、現在の情勢でかくも有能な人材を遊ばせておく余裕はないと。
 そんなフレーゲルの実弾(帝国マルク)交じりの活動によってカイザーリングは現役復帰を果たしたのだった。
 カイザーリングは、実直で律儀な人物だったからこれに感激。
 また、フレーゲルの文化活動とやらには理解しがたいものがあったが、
 特権に応じた義務の必要については共感するところが大きかったから、
 特に違和感なくフレーゲルの軍事面での補佐役を引き受けている。

「ま、フレーゲル君の見込みは大体当たっているから信じたいところだからな。
 卿はさっさと戻るがいい。やる事があるのだろう?」
 一方、そうしたカイザーリング中将とは対照的なのが、ファーレンハイト中将だった。
 彼は彼特有の打算とフレーゲルというこの奇妙になってしまった人物への興味と親しみでフレーゲルと行動を共にしていた。
 彼がこうした態度を示すには若干の原因があるのだが、それはまた後ほど語られる物語である。
 さて、二人の僚友の背後からの意見にフレーゲルは振り返らずに右手を振って同意をした。
 カイザーリングとファーレンハイトは、そんな顔を見合わせるとニヤッと笑うのだった。

 
帝国暦487年7月12日15:00 フレーゲル艦隊旗艦、通常型戦艦ブルックナー 
 
「やる事ねぇ……」
 フレーゲルは遠ざかるイゼルローン要塞を見ながら独語した。
 やる事、詳細はカイザーリングやファーレンハイトには話していないが、オーディンでの仕事が彼には待っている。
 おかしいものだな、と思う。カイザーリングやファーレンハイトといった軍事面での同志、
 そしてランズベルグ、ヒルデスハイム、カストロプといった政治面での啓蒙貴族の同志、
 皆が皆、フレーゲルのやることが帝国の為だと思っている。
 親しみを湧かすための言葉、元の世界のサブカルチャーの再生産による啓蒙と影響力確保、
 それを通じたコスモ貴族主義の普及、人脈構築。

 それら全てはフレーゲルもとい山田にとっては、一つの目的でしかない。

 元の世界に帰るため、それだけでしかない。勿論、ファーレンハイト達への友誼や憧れはある。
 だが、それは二次的なものでしかない。
 ある程度の権力を握り、莫大な予算によって帰還するためのあらゆる方法を検討させる。
 それがフレーゲルもとい山田の本当の目的だった。
 既にシャハトを脅迫して「多次元世界へのワープ研究」を行わせているが、まだまだ予算と権限と人員が足りない。
 山田は思う。そんなの無理じゃないか?馬鹿馬鹿しい?他人が見ればそう思うかもしれない。

 わかってる、わかってるさ。
 だが、俺は妻と子供と年老いた両親を鎌倉に残しているんだ。
 こんな薄気味悪い世界からは帰りたいんだよ。

 わかるか?

 俺は銀英伝が好きだ。だが、その世界で暮らしたいだなんて思わん。

 わかるか?

 目が覚めたら貴族様の猟奇的な変体プレイの真っ最中で、使用人の誰もが俺に作り物の笑顔しか向けない

 わかるか?

 妻と子供のはいていた靴さえ思い出せなくなってきている俺の気持ちが。

 ……もし、パストーレが田中の兄貴ならわかってくれるよな?

「そうだな。パストーレの正体が確かめられるならイゼルローンの失陥など安いものだ。」
 フレーゲルは手を叩くとそう言った。
 もしパストーレが田中なら幾度かボードゲームで語り合ったIF作戦を試してくるはずだ。
 また、彼ならばわかるメッセージを残しておけばいい。うん、そうだ、と思った瞬間、携帯端末が鳴った。
「何か?ああ、それは大変だったな。有難う」
 フレーゲルは取り上げた端末に鷹揚に答えると本国からの秘匿された超高速通信を切った。
 それは、フレーゲルが企んだ「グリューネワルト伯爵夫人暗殺未遂事件」が起きたとの報告だった。
 


「大逆転??第七次イゼルローン攻防戦の巻(上)」



宇宙暦796年7月30日00:00 レオニダス艦橋

 時間を戻す。
 イゼルローン要塞を光学的に観測した第一機動艦隊では、
 最終確認の会議が行われていた。
 口火を切ったのは参謀長のチェン・ウー・チェン少将だった

「さて、既にバクダッシュ中佐によるかく乱戦術で、
 敵主力艦隊は明後日の方向に旅立ちましたが、、、
 予想以上に艦隊数が多いのが気がかりですな。」

 ムライが、確かに2万8000隻もいるのは妙です、情報が漏れている可能性がありますな、
 と補足し、司令長官方は如何お考えでしょうか?と、パストーレとヤンに顔を向けた。

 パストーレとヤンは顔を見合わせ、一瞬の後に俗人はヤンに手で進めた。
 ヤンは、頷くとラップ大佐の考えはどうか?と言った。
 どうやら、親友に花を持たせてやりたいらしい。
 ラップは、ヤンの奴め、と小さく微笑むと回答をはじめた。
「おそらく問題は無いでしょう。
 もし完全に情報が漏れているならば、あのような全力出撃はしないでしょう。
 その場合は、艦隊の半数を流体金属層に待機させ、従来の艦隊数で油断した我々の奇襲を狙ってしかるべきだからです
 予定通り要塞駐留艦隊のおびき出しに成功した以上は、作戦を継続すべきだと考えます。」
 ラップ大佐の説明に一同はうなづいた。
 ヤンは感嘆のため息をこっそりついた。これがラップの天賦の才なのだと。
 極自然に集団を指導する力量と下から信頼される人格的な美点を持つ男の言葉は、
 予想外の艦隊数に動揺しつつあった司令部に落ち着きを取り戻した。
 勿論、何も言わずとも腹芸につきあってくれたチェン・ムライのお陰もあるが、
 これが他の参謀連中では難しかっただろう。

 ヤンは思う。言葉というものは、文字と違って防ぐことが出来ないからこそ、
 使いようによっては、このような効果を出すのだ。
 だからこそ、古代の宗教は言葉や音声を用いたのだったな。
 そもそも、そんな才能のない私が司令官なんだ。ラップのような奴にさっさと任せて退役したいもんだ。
 だいたい私は参謀として経歴を歩まされたのになんだって・・・・!

 ヤンの思考が愚痴に入りつつあった頃、フレデリカが「閣下」と小さく声を出した。
 やれやれ、よくできた副官だよ、とヤンは思考を目の前の現実に戻した。

「では、予定通り。第一機動艦隊主力は要塞駐留艦隊の牽引と牽制、
 第13艦隊と陸戦部隊は要塞攻略を行う!」
 チェンの纏めに続き、ヤンと俗人が「各人の奮闘に期待する」として締めくくり、会議は終わった。


宇宙暦796年7月30日00:20 レオニダス艦橋

 第13艦隊関係者が、レオニダス環境から退出しようとした時、ヤンは俗人に引き留められた。
 ちょっと5分でいいので話がしたいとのことだった。
 イブリン・ドールトンは、作戦開始まで時間がありませんよ!と俗人をにらみつけたが、
 俗人は、「ごめん。イブりん、ちょっとだけだからさ!」と頭の上で合掌してみせてヤンの手を採って、
 艦橋脇の自販機空間まで逃げだした。だれがイブりんですか!という声が響いたが無視した。
「イブりんには悪いけど、さっきの君がしようとした質問が気になってね。」
 俗人はヤンに紅茶を進めて見せた。
 ヤンは若干、戸惑いながら受け取った。
 つくづく思う。こういう人ではなかったはずなんだがなぁ、、、

「予想はつくよ。殲滅するのが気に食わないんだろう?」
 両手で自分の紙コップに入ったコーヒーを見つめながら
 俗人はぼやいた。自分でも迷っていないと言えばウソになるからだった。
 ヤンは、一瞬躊躇したが、顔を引き締めて俗人を見据えた。
「……閣下の案では、単なる虐殺になります。
 政治的には、講和の妨げにしかなりませんし、作戦的には無理がかかるだけで、
 戦略的には何の意味もありません。
 だいたい、単純に数を計算しても、28000隻を殲滅しても帝国は20個艦隊を超えるのです。
 無用の憎悪をかりたて、帝国を強化するだけでなく、講和はいよいよ遠のきます。
 古代の殲滅戦争の愚を我々が何故繰り返す必要があるのです」
 それは、この無意味化した戦争自体への批判も含んでいた。

 俗人は、ヤンのまっすぐな視線にややたじろいだが、一瞬の後に反論をした。 
「歴史家志望だった君には釈迦に説法かもしれない。
 戦略爆撃、無制限潜水艦作戦、そして核兵器が犠牲の多い戦い方だったのは間違いない。
 しかし、他に方法が無かったのも確かなんだ。
 当時の人間たちはまさしく戦死者を国家の意思を示す値として考えていた。
 そうした国民を抱える国家同士が、スマートな戦争をしたところで戦争は終わらない。
 であるならば、たとえ過剰であっても財政・資源的に巨大なダメージを与えるしかないんだ。」
 俗人が一気に言い終わると、ヤンの目はますます険しくなり、
 もう150年間もそのダメージが蓄積していますが?とだけ答えた
 
 俗人は思う。ああ、俺は軽蔑されてしまっているな、と。
 正直、泣きたい気分である。
 だが、同盟を生き残らせて自分と自分の「娘」や周りの人間が安楽に生きるには、これしかない
 そう、アムリッツア以降の大量殺戮、そして、カイザー・ラインハルト誕生以降の無意味な大量死を防ぎ、
 病院船で見た人間たちを増やさないためには、これしかないんだ。
 ラップ君ともさんざん話し合っただろう? 
 そう思いなおすと、俗人は何かを言い続けたヤンに続けた。
「ならばさ、君はイゼルローン要塞を落とせば講和になるっていうけど、本当にそう思うかい?
 軍事的勝利は麻薬に似ている。ここんとこ、負け続けの同盟軍がイゼルローンを落としてみなよ。
 必ず停滞気味だった主戦論が息を吹き返し、『大遠征』が始まるよ。
 それに帝国にしたって、フェザーンにしたって、戦争を前提とした社会になっている。
 この構造を一撃で破壊しなければ、戦争は終わらない。
 であるならば、短期間で一気にやるんだ。」
 沈黙が支配した。ヤンは反論しようと思ったが、痛いところを突かれたと思った。
 自分は、今までその可能性を政治嫌いによって敢えて見ないようにしていたのではないか?と。
 しかし、やはり殲滅戦については異議があったので、何かを言おうとした。だが出来なかった。
 フレデリカとイブリンが時間だと連れ戻しに来たのだ。
 結局、ヤンと俗人は気まずそうに別れるしかなかった。
 

宇宙暦796年7月30日01:40 ヒューベリオン艦橋 

指揮卓におさまりの悪い黒髪の青年が座っていた。
彼、ヤン・ウェンリーは悩んでいた。俗人の言うこともわからなくもなかったからだ。
 むしろ、戦略家としてのヤンは、冷静に、そして、「後智恵」とも気付かずに
 俗人の意見を評価していた。
 しかし、用兵家であり、リベラルな戦争観を持つヤンとしては絶対に認められなかった。
 俗人の意見は一歩間違えれば、戦略的な目的を忘れて、大量殺戮を肯定しかねないからだ。
 何よりその一歩は簡単に外れてしまう。かつての戦略爆撃とてそうだった。
 
 そして、ヤンが真に懊悩していたのは、最後に俗人がポロっと、世界の構造を破壊すると言ったことだった。
 これは一艦隊司令官の発言にしては問題がありすぎる。明らかに、その職掌を外れている。
 トリューニヒトに異常に接近していることも気になる。
 一方で、ヤンの評価するところ、パストーレの人格は気のいい中小企業のおっさんとしてか思えない。 
 ヤンの思い悩むところである。だが、その苦悩はまさに正史において、
 レベロが、能力と人格と行動が矛盾の塊であるヤンをどのように評価すべきか、最後まで悩んだものと皮肉にも同じものだった。
 もっとも、レベロと違い、レンネンや帝国から死にかけの国家を守らなければならない重圧を受けていた訳ではなかったから、
 まだ気楽と言えたけれども。

「まぁ、とりあえずやるしかないか」
 そもそもイゼルローン攻略自体が成功するかわからないのに、その先を考えたって仕方ない。
 いかん、いかん、私の悪い癖だ。戦争はいつだって霧の中で、よしんば要塞を攻略しても
 敵艦隊を殲滅する機会があるかどうかさえ不明だ。
 そうヤンは思うと、ベレー帽をかぶり直し、作戦開始を下令した。
 すなわち、「薔薇の騎士団」が乗り込んだブレーメン級巡航艦の発進を命令したのである。
 

宇宙暦796年7月30日02:03 イゼルローン要塞中央指令室

 なんということだ!
 要塞守備指揮官であるシュトックハウゼン上級大将は歯噛みした。
 せっかく、フレーゲルの気紛れで艦隊編成を大幅に増やしたにもかかわらず、
 ゼークトの艦隊はどこかに消え去ってしまった。
 しかも、脱出してきた巡航艦の艦長によれば、
 どうやら敵は要塞を無力化する新たな方法を思いついたらしい。
「まだ、ぜークトの艦隊とは連絡が取れんのか!」
 いらだたしげにオペレーターを怒鳴りつけたが無意味だった。
 いや、そうでもなかったが最悪だった。
 オペレーターの報告によれば、連絡は取れたもののどうやら待ち伏せていた敵艦隊(俗人達)と戦闘しているとのことだった。
 奇襲を受けて、戦況は芳しくないらしい。
「こうなれば一刻も早く、例の重傷の艦長に会わねばな」
 シュトックハウゼンの焦りは増すばかりだった。

 一方、指令室警備主任のレムラー中佐はご機嫌だった。
 先日、大ファンである「セロの使いマ」「機動戦士カンタム」「新帝国歴イーファゲリオン」の作者であるフレーゲル男爵からサインをもらったからである。
 そして、親しく声を掛けられ、
「私の情報によればフォン・ラーケン少佐を名乗る工作員が要塞作戦に乗じてくるだろう。
 警戒を忘れるな。もし捕まえた場合は、君をアニメ版の声優にも会わせてやろう。
 なに、オーディン45の特別招待チケットもやろう。」
 とまで言われたのだ。そして、そのチャンスが巡ってこようとしているからだ。
 ご機嫌にもなる。もっとも、フレーゲルもとい山田さんは、もうちょいラーケン少佐の特徴などを伝えていたのだが、
 残念ながら舞い上がるレムラ―中佐には馬耳東風だった。

 なぜ、「司令官は不名誉よりも死を選ばれるお方だ!」とか正史でシェーンコップ扮するラーケン少佐を不審に思ったりした
 彼がキモオタ・・・じゃなくて、サブカル野郎になってしまったのか。
 それは、帝国の娯楽の少なさになる。ルドルフ大帝によって極めて画一化された社会には、ほとんど娯楽が無かった。
 ファッションもグルメも映像文化もしょぼくれたものしかない。何より150年もの戦時下である。
 これで、娯楽が栄える方がおかしい。
 そこに、フレーゲルやその取り巻きであるヴェルトール貴族主義を信奉する連中が広めた作品が現れた。
 それはフレーゲルによる現実世界のデッドコピーでしかなかったが、帝国内ではもはや麻薬に等しかった。
 今までなかったものだから、耐性が無かったし、都知事のような偏見もなかった。
 だから、はまった。皆がハマった。
 東欧の小国でねずみ講が流行したように。
 
 そんな、ムハッ―!ムハッ―!なレムラ―中佐は今か今かとシェーンコップならぬラーケン少佐を待ち受けていた。
 そして、、、、ブレーメン級巡航艦の乗組員たちが指令室にやってきた。

「フォン・スミス大佐だ。至急、司令官閣下にお話を、、、」
 
 え?ラーケンじゃないのか?
 レムラ―中佐はあっけにとられた。
 彼が大神オーディーンとさえ崇めるフレーゲルの話と違ったのだ。
 だが、めげる彼ではない。
 IDの確認を、と言おうとしたがシュトックハウゼンに一喝された。
 既にチェックをしたというのである。シュトックハウゼンも一応、気にはしていたので既にチェックはしていたのである。 
 ただ、バクダッシュが捕虜のを使って偽造したので、念のため程度のチェックでは無意味だったけど。
 そして、焦るシュトックハウゼンはハンニバル大佐を呼び寄せると、素早い動きでハンニバル大佐はシュトックハウゼンを拘束してしまった。

「何者だ!反乱か?それとも叛乱軍か?」
 慌ててレムラ―たちは銃を構えたが無駄だった。
「フン、俺は、リーダーのフォン・スミス大佐。奇襲戦法と変装の名人。俺のような天才策略家でなければ、
 百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん。。。とすまんな、こういう挨拶をする約束でな。
 さ、司令官殿を死なせたくなかったら武器を放せ。」
 シェーンコップは顔の変装をといてニヤッと嗤った
 最初は、ラーケン少佐でやるつもりだったのだが、
 俗人がどうしてもシェーンコップに上のセリフをしゃべらせたかったので、こうなったのだ。
 どうやら、後で記録を見て楽しむつもりだったらしい。
 悪ふざけが過ぎるし、馬鹿じゃないかとも思うが、俗人は俗人で「帰ったら何かする」ということを作りたかったのだ。
 敗北で全てを失う恐怖と責任から精神的に逃げたかったから。
 だが、それがシェーンコップに幸いし、レムラ―には不幸だった。
 
「し、司令官閣下は死より不名誉を恐れるお方だ!」
 と諦めきれないレムラ―は叫んだ。
 何より彼は、捕虜収容所に行くことで作品たちと離れ離れになること、
 フレーゲルから与えられるはずだった機会を逃しつつあることに恐怖していた
 だから、シュトックハウゼンへの信頼と忠誠もあって、賭けに出たのである。

 しかし、それはむなしい試みに終わった。
 レムラ―は上官を信じたが、シュトックハウゼンは部下を信じ切れなかったのだ。
 武器を話せ、と命じ、レムラ―以外は武器を捨ててししまった。
 今や、レムラ―は、薬切れ寸前の麻薬中毒患者が目の前の薬物を没収される寸前と同じ心理だった。
 レムラ―は左手でポケットにあった「セロの使いマ12:アルビオン落とし」をシェーンコップの顔面に投げつけると、叫んだ。
「ヴェルトール貴族主義万歳!」
 そして、ブラスターを放とうとしたが無駄だった。
 シェーンコップは左手で文庫本を受け止めながら、右手でいち早く狙撃していた。
 後ろ向きで狙撃できる男の目線をふさいだところで無駄な話だった。
 レムラ―は旅立った。


「おい、最近の帝国ではこんなのがはやっているのか?」
 ソリヴィジョンの子供向けのとも少し違うようだがな。
 中央指令室を占拠したシェーンコップは、ブルームハルトになんとはなしに問いかけた。
 こういう雑談を振る相手として、陽気で悪戯好きなブルームハルトをシェーンコップは好んでいた
 彼の左手には受け止めたレムラ―の「セロの使いマ」が握られていた。
 俺が亡命してきた頃にゃ、こういうのはありませんでしたがねぇ。帝国軍も軟になったもんですぜ。

 絵描き見習いとしちゃあ、極端な人物の強調に興味がありますな、面白いな。とリンツも顔を出してきた。
 どうやら、リンツは村上ピーに騙された、、、じゃなくて、衝撃を受けた欧米人のような気持らしい。
 おいおい、ほんとですか?とブルームハルトが大げさに反応し、笑いに包まれた。
 とりあえず作戦の第一段階は成功し、無謀と思われた要塞を損害なしで占拠したのだ。
 彼らは高揚感で一杯だった。

 シェーンコップは、クラフトから催眠ガスの流入に成功し、
 ブレーメン級巡航艦からの陸戦部隊も各所を占拠しつつあるとの報告を満足げにうなづいた。
 ふと思った。
 最初はわけのわからんことをすると思ったが、なかなかどうして偽名を変えておいて良かった。記録を見ると、どうやらラーケンという偽名の工作員を警戒していたようだ。
 もし、ラーケンのままなら危なかっただろう。
 だが、それはいい。
 しかし、何故、パストーレは同盟軍情報部すら知り得なかった情報漏れを個人の立場で知りえたのか。
 だいたい、先日のローザとカリンの件とて不審なことは沢山ある。
 やはり、調べてみる必要があるな。そう、シェーンコップは思った。 

 再びの歓声が上がった。第13艦隊が占領支援の為に入港してきたのである。
 かくして、第七次イゼルローン攻略作戦は、俗人の言う第二段階に移行する。
 すなわち、要塞駐留艦隊の殲滅である。
 だが、それは俗人やラップの予想を超えた展開になるのだった。


続きは早いうちにやりたいですね。


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