<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[3501] Muv-Luv Idea that doesn't intersect (完)
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/07 21:56
現実来訪、それに伴いオリ有
初期設定に置いて不快感を伴う人は読まないでください。
ネタバレ有り、原作を知っていると想定。

処女作なので完結を目標としています。
誤字脱字報告、感想批評あると喜んだりします。

追記、作者のぶっ飛んだ思考でお送りする勘違い物です。
シリアスなコメディ、コメディなシリアス?どちらかは作者にも不明です……



[3501] そのいち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/18 02:23
  1999年8月9日横浜ハイヴF層

  国連軍カラー蒼色の不知火が9機で坑道内部を進んでいる

 ――デルタリーダーよりCP、現在深度1250m。
   中央区画に到着した。
   これより担当区域の探索を開始する。

 ――CPよりデルタリーダー、任務内容の変更だ。
   万が一の場合は記録の回収を最優先とする。

 ――デルタリーダー了解

  坑道内部の大きな空間
  床全体が光を放ち
  青白く幻想的な光景に9機はやって来た。

 「すげえ……」

  
   Code991


  幻想的な光景に不釣合いな警報が
  デルタ中隊を襲う
 
 ――デルタリーダーよりCP、レーダーにBETAの小型種を5匹ほど確認。
   これより排除に移る。

 ――CPよりデルタリーダー、了解した。

 「デルタ1より各機、食い残しのBETAの処理だ、さっさと片付けるぞ」   

  全機が突撃銃を構え小型種のBETAに向かおうとしたその時

 「中尉!」
 「あ、どうした?」
 「あれ……なんでしょうか?」


 ――CPよりデルタリーダー、状況を報告せよ

 「各機BETAへの警戒を怠らず待機」

 ――こちらデルタリーダー……BETAの奥のホールのど真ん中に
   何か……ある 

 「あれは柱ではないでしょうか……」

 ――こちらデルタリーダー。
   何か細い柱ようなものが天井から床まで1本だけ伸びいて、
   その中央部に透明の部分がある……

 ――こちらデルタリーダー。
   今、最大望遠で確認する……

 ――CPよりデルタリーダー、状況を報告せよ。
   メンタリティが極度の興奮状態を示している

 「……なんだと、人?」

 ――CPよりデルタリーダー、生存者か?
  状況を報告せよ。
  繰り返す! 状況を報告せよ!
  
 ――デルタリーダーよりCP、生存は不明だが
   柱の中に人間を発見した!

 「中尉、BETAがこちらに気づきました!」

 ――CPよりデルタリーダー、BETA排除後
   詳細を報告せよ。

 ――デルタリーダー了解

 「各機へ、後ろの物を攻撃するわけにはいかん。
  BETA1匹1匹にしっかりあてろ!」 






1999年10月22日横浜ハイブF層

  2ヶ月前にG弾によって制圧されたこの地に、魔女と呼ばれる女が居た。
  彼女の目の前には透明な柱、その中に浮かんでいるのは人。

  今回の横浜ハイヴ制圧は予想外の戦果をあげた。
  一つは生きた人間の脳、もう一つは生きた人間。
  更にはBETAが人間を調査していたという事実。

  これらの欠片を集めて天才とも呼ばれる彼女の思考は加速する……

  Alternative planIV

  1995年より彼女を中心に始まった計画、彼女は聖女となるべく考えを纏めていく。

 「博士」

  彼女が思考に漬かりきる直前に、幼さを残す少女の声が彼女に届く。
  彼女は一端考えを停止さえ、背後にいる少女に向き合う。

 「社、結果は?」

  社と呼ばれた少女は魔女に臆することなく淡々と答える。

 「名前と誰かを呼ぶ声だけが聞こえました」
 「誰かを?」

  腕を組みながら指を口元に持っていき、魔女は少女に尋ねる。

 「たけるちゃん……と呼ぶ声が聞こえます」
 「そう」
 
  少女の答えが期待外れだったのか、さしたる反応も示さずに魔女は正面の人を見つめる。

 「こっちは?」

  正面の柱の中に浮かぶ脳では無く、人が入った柱を見つめながら少女に魔女は問う。

 「……何も聞こえません。深い眠りについてるような、真っ暗です」
 「そう」

  こちらも期待外れだったのか、魔女は正面の人を見つめる。

 「あ……目が覚めます」

  唐突な少女の発言に魔女は正面の人を睨むように見つめる。





  

 ――― Masato Side ―――

  自分は眠っている

  実際に眠っているのであれば、この様な考えには至らないはずだ。
  考え改め目を開けようとしてみる。

 「あれ?」

  思わず声を上げてしまって気がつく。
  水の中に自分がいる。
  通常では有り得ない。水の中で呼吸は出来ないし、昨晩は自宅の布団で……
  記憶が曖昧で思い出せない。
  思い出せないのであればこのままで居ても仕方ない。
  思い切って目を開けて現状を把握しよう。

  最初に視界に入ってきたのは蒼い世界だった。
  深海の様に暗く、ぼんやりとした視野。
  肌から感じる冷たい水。
  そこで意識が覚醒している事に気がつく。
  そう自分は起きているのだ、だが現実は最初に確認したとおり自分は水の中にいる。
  鼻の奥が妙に痛い事から、これは現実だと呼びかけられているような錯覚を覚える。
  薄暗さに目が慣れてきて、自分がどういった状況下に置かれているかに気がついた。

 「裸……水中……お風呂?」

  どうやら自分は裸で水の中にいる。
  自分で言っておきながらお風呂は無いと考えを改めようと、首を左右に振って意識の覚醒を促そう。
  そう考え正面を見つめると、そこには白衣を着た美人がこちらをじっくりと観察していた。
  
 「……!?………?」

  白衣の人と勝手に命名しておきながら、その人の動作を見ていると白衣の人はこちらに向けていた視線を外し
  後ろに振り返り何かを言っている様である。
  聞こえない、そう自分は水の中にいるのである。
  そして相手は水の外、間に壁があるのに気がついたのは時間にして1分ほどたってからだった。

  そして白衣の人が再度こちらを見つめると同時に、白衣の人の後ろに少女が居ることに気がつく。
  白衣の美女と小学校高学年位の少女、アンバランスだなあーと思考を回していると。

 {…こ………か?}

  脳内に直接届く声。それに驚き発生源であろう少女を見つめてしまった。
  相手はさして気にする事も無くこちらを見つめている。
  意味が分からない、どう答えていいかもわからない、困ったので首を傾げてみる。
  すると少女は白衣の人と言葉を交わして再度こちらを向く。

 {聞……ま……?……えて…ま……か…}

  脳内に響く途切れの途切れの声意味は一切わからない、
  聖徳太子は10人以上相手に会話したと聞くが、10分の1の言葉では会話は自分には出来ない等と関係ない事を考えていると、
  じっと少女を見ていると視界がぼやけていく。
  ああ駄目だ……これは落ちる。
  意識が暗闇に沈んだ。

  
 ――― Masato Side End ―――









  唐突に目を覚ました男の事を魔女は観察する。
  時間にしては数分、医学的に生きている事は元より分かっていた事だったが、男が実際に動いたというのは大きい。
  BETAのハイブ内部に入って生き残った人類は皆無といってよい。
  ましてやなんらかの実験等を受けた人間等、元より見つかってなど居ないのだから。
  自身が中心となる計画の鍵を握る、彼女の実験の被験者となるべきために存在してるいるようなニンゲンが目の前にいる。
  思わず口元に笑みが浮かんでしまうのを自覚しつつ魔女は観察する。
  男は自分が水の中に裸で居ることに慌てているのかあたふたとしている。
  そして落ち着いたのかふとこちらを見つめて視線が絡み合う。
  男の焦点が合っていくのを感じながら、相手が落ち着いたのであれば意思疎通をしようと振り返り一言。

 「社、彼に話しかけてみなさい」

  少女はこくりと頷き正面の男に視線を向ける。

 {聞こえますか?}

  男はビクリと反応を示すと困ったように首を傾げる。

 「博士声が聞こえていない様です」

  少女の発言に彼女は眉を顰める。
  自分の考えの通りで有れば彼とは社の能力で意思疎通ができるはずだ。
  だが出来ない、出来ないのであれば現状対策は無い。

 「繰り返して話しかけてみて」  

  少女は頷き再度男を見つめる。

 {聞こえますか?聞こえていませんか?}

  幾度と無く問いかけていると、男の瞼が閉じていく。
  そして閉じたのを確認し問いかけるのを中断する。 

 「プロジェクションで過負荷という事は候補生としてのランクは低い……」

  口に出しながら思考を少しずつ纏めていく。

 「社、聞こえたこと感じた事を全部言いなさい」   

  少女は無表情のまま首を左右に振って言葉を発する。

 「起きる直前に少しだけ白くなった以外は、最初と同じ真っ暗でした」
 「それは何も分からなかったということ?」

  魔女は少女に問いかけつつ思考を再度纏め上げる。
  少女のESP能力は相手の思考を色として認識して、それを言葉などに置き換えるものだ。  
  相手は柱の中に居る。
  つまりこの能力が作用しないのであれば彼女の欲している情報は一切手に入らない事になる。
  それは論外だ、ハイヴを制圧したおまけとして手に入れたものとはいえ、その価値は彼女にとってはハイヴを上回る。    
  
  考え再度纏めよう、そこでここより更に奥にもう一人生きている存在が居ることを思い出す。
  状態はお世辞にはこちらより良いとは言えないが、確かに生きている。
  そして少女の能力も通用した。
  どちらにしても彼女の実験の被験者と成るのであればどちらでも構わない。
  第一に生きている事、そして第二に少女の能力が通用すること。
  男は第一条件を脳は第二条件を確実にクリアしている。
  男と脳は彼女の中では等価値にへと変更された。
  現状に置いて取れる手段は少ない。
  成らばとる手段はこれしかない。
  彼女は思考を完了し少女に向かって大きめの声で命令した。  

 「予備も居ることだし、出しましょうか。
  社、ピアティフを呼んできて頂戴」



[3501] そのに
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/18 02:25
1999年10月27日 国連太平洋方面第11軍横浜基地病棟


 ――― Masato Side ―――

  瞼が重く、体が鉛にでもなった様な感覚がする。
  布団に入っているが、身体の状態が良くは無いので布団の重さすら苦汁に感じてしまう。
  目覚めとしては過去を含めても最悪に入るのでは無いのだろうか。
  足の指の先から頭の天辺迄どこも彼処も良好とは言えない状態での意識の浮上。
  こんな状態なら寝ていたほうがましじゃないか?
  自問しつつ寝る前に何をしていたかを思い出す。

  ……水……そう自分は薄暗い水中にいたはずだ。
  そして謎の白衣の女性と少女、脳内に響く声、整理してみようにも訳が分からない。
  考えても結論は出そうに無い、ならば起きて現状の確認をしよう。
  重い瞼を少しずつ押し上げ薄らと入ってくる光。
  視野が少しずつ広がっていく、そこで違和感を感じる。

 「ありゃ、何だこれは?」
  
  視界に入っているのは白い天井、病院の中か何かだろうか。
  起きる前に水中に居たので、水難事故にでもあったのであれば病院は納得できる。
  だが問題のベクトルはまったく違う。
  何故か蛍光灯が2個みえる一つのはずだと脳は認識している様で二つに見える。
  まるで左右の目で同じ映像を別のテレビで見ているような錯覚。
  焦点が合っていないのだろうか?
  目を凝らしじっと蛍光灯を見つめる。
  時間にして3分程たった頃だろう、自分の視界に違和感が無くなって居る事に気がつく。

  寝ぼけていたのだろう、そう結論付けて首を横にして自分のいる部屋を見渡す。
  窓はなく扉が一つ、自分はベットで横になっている。
  壁には大きな鏡、腕から伸びるチューブ。
  点滴のようだ、どうやら本当に病室らしい。


 ――― Masato Side END ―――


  コツ コツ 
  2回程ドアを叩く音が病室の中に響く。
  そっと扉を開けブロンドのショートヘアの女性が入ってくる。
  看護士の服ではなく灰色の服を着ている事から
  医者でも看護士でもないのだろう。
  女性はベットの上にいる男性が起きている事を確認し、
  微笑を浮かべながら男性に問いかける。

 「おはようございます、気分はどうでしょうか?」
 「おはようございます……最悪です」
  
  男性は気だるさを隠さずに女性を見て固まる。

 「どうかしましたか?」

  女性は男性の行動を訝しげに見つめ首を少し傾ける。
  しばらくして男は軽く自嘲的な笑みを浮かべ。

 「すいません、ここはどこですか?」  

  固まっていた男性が唐突に尋ねてくる質問に女性は傾けた首を元に戻す。

 「国連太平洋方面第11軍横浜基地の病棟です」

  すらすらと流れくる言葉に絶句する男。
  女性は言葉を発してから、この基地は最近出来たばかりなので知らないのであろうと結論付け話を進める。

 「担当医を呼びますので楽にして置いてください」

  そう言葉を残し女性は部屋を出て行った。 


  医者の質問は簡単な物が多かった。
 
 「意識ははっりきしていますか?」

 「身体にだるさ等はありますか?」

 「頭痛、吐き気等はありますか?」

  男は身体が鉛の様にダルイとだけ伝え目を瞑る。

  医者は看護士に指示を出し点滴を取り替えて部屋を出て行く。

  残されたのはベットにて眠っている様に目を瞑って思考に漬かっている男だけだった。



 ――― Masato Side ―――

  部屋のドアから入ってきた女性を見て固まってしまった。

  イリーナ・ピアティフ

  自分の記憶が確かならば、彼女はマヴラブというゲームに置いて香月博士の秘書をしていたはずだ。
  ゲームの世界の存在が目の前いる?馬鹿な話だと思う。
  だが非情にも全身のだるさ、布団の重さこれが現実だと思い知らされる。
  わからない、相手はこちらが固まっているのを見て首を傾げている。
  美人がやると強烈な破壊力だ等と考えている自分に軽く笑ってしまう、
  現状の把握の為に場所でも聞いてみよう。

 「すいません、ここはどこですか?」

 「国連太平洋方面第11軍横浜基地の病棟です。」

  予想が悪い方向で当たっていたようだ。 
  これが仮にマブラヴの世界だとして考えてみるか。
  最初に居たのは水の中、水の中で考えれるのは脳の入ったシリンダー。
  あそこに自分はいたのだろうか?だが自分は脳では無く裸であそこいたはず。
  つまり身体があったのだから寝て起きたら00ユニットと言う訳でもないだろう。

 「担当医を呼びますので楽にして置いてください」

  考えを纏めていた所で聞こえてくる声を聞き流しながら思考は加速する。
  ここはマブラヴの世界、ここに居る原因は何もわからない。  
  だとすれば香月博士にでも聞いてみれば答えが返って来るかもしれない。
  だが聞いてみたとしてどうなる?彼女の目的はオルタネイティヴⅣ。
  00ユニットを作り、BETAを排除する計画。
  こちらがそれらを知っているとなれば運がよくて駒、最悪即時殺される。
  
  元いた世界と違う、これが夢であって欲しい。
  元の世界に帰りたいが戦術機に乗り、白銀武のように原因を排除して帰るとなると、
  訓練をし生と死が隣り合わせの生活を送りつつ、更には工作員のように情報を集める生活が始まるのか?
  そんな殺伐としたのはゴメンだし無理だ。
  身体が治ったら早くこの基地から出て逃げ出そう。死ぬのも痛いのもゴメンだ。
  だが逃げれないかもしれない、その時は……
  今は身体を癒す事に専念しよう……おやすみ。


 ――― Masato Side End ―――


1999年10月28日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室
   
  
 「ん~♪んっん~♪」 
  
  出来て僅か数日で紙やファイル等があちらこちらに散かっている部屋
  白衣を着た女性、香月夕子が鼻歌を歌っている。
  その光景を見て助手のイリーナ・ピアティフが一瞬硬直してしまったのも無理がない話であろう。

 「博士、昨日目を覚ました彼に関する書類をお持ちしました。」

  軍人あるが故に、彼女は精強な精神を持って先ほどの情景を振り払い本来の要件に取り掛かる。
  部屋に自分の秘書が来たことに今気がついたかのような態度を取りながら

 「それはもう見たからいいわ」

  先ほど鼻歌を流す程に機嫌がよかった表情から一転し真剣な表情をする上司を訝しげに見ながら
  ピアティフが部屋を出ようとしたその時

 「彼の件だけどね、機密が多すぎるし私が直接話を聞くわ」

  唐突に言い放たれた言葉にピアティフの身体が硬直する。
  つまり博士は彼が起きたことを喜んでいる?
  香月はそんなピアティフを気にすることなく言葉を続ける。

 「解るわね?私の研究に彼が必要なのは」

  続けざまに放たれた香月の言葉にピアティフは沈黙を持って答えとした。




  担架で連れて来られた男を見て香月は後ろにいる社に視線を向ける。

 「どう?」

  尋ねられた意味を正確に把握した社は首を横に振る。

 「真っ暗です」

 「そう、隣に行っていいわよ」

  顎で隣の部屋を指し香月は男を見つめ思考に走る。
  毎日の様に社に覗かせいるが結果は悲惨、結局リーディングが一切効かないと言った事だけ。
  人間でもない、意思疎通も一切出来ないBETA相手に通用したリーディング能力の最高峰を持ってしても覗けない。
  正常に生きている事から人間として生きていて人と死んでいるのかとも予想していたが、
  昨日彼は目を覚ましピアティフや医師達と会話を交わしたという。
  つまり精神崩壊等は起していない。
  煮詰まる思考に内心舌打ちしながら目の前の男を見つめる。

 「これだけいい女を悩ませるのは罪よね?」

  これから起す行動を想定しながら香月はニヤリと笑みを浮かべる。



  
    


 ――― Masato Side  ―――

 
  これはどういった事態だろうか、目の前には香月博士が立ったままこちらを見つめている。
  否見つめているというより観察していると言ったところか。
  口元に浮かぶ笑みが無ければ、さぞや絵になるだろう。
  自分は椅子に拘束されている様で腕が後ろで縛られているのか少し痛い。
  寝て起きたら椅子に拘束され、挙句の果てには目の前に逃げようと決意した存在が目の前にいる。
  急すぎる展開に頭がついていってない。

 「おはよう、目覚めはどうかしら?」

  時間にしては数分なのだろうか、見つめ合っていた香月博士が尋ねてくる。
  先日に比べて体調はかなり良い。
  フルマラソンの後だった身体がジョギングの後程度になっている。
  身体の具合を確認しつつ元凶と思われる香月博士に聞いてみるか。

 「訳が分かりません、俺は何故縛られているのでしょうか?」

  質問しつつここがどこなのだろうかと見回してみる。
  あちこちに散らばっているバインダーや紙、大きなモニターが壁に一つ、机のに上にPC。
  どこがで見たことがあるような?

 「あら、ごめんなさいねえ、私が行くわけにもいかないから連れて来て貰ったんだけど、
  立場っていう者があるこの身の辛いところかしらね」

  後半の意味はわからないが、
  どうやら自分は話をするために連れて来られた様だ、
  やはりマヴラブの世界なんだな……
  原作の登場人物を脳内に並べつつ気がつく。
  待て、自分の考えが漏れれば香月博士に取っては無視できない存在のはずだ。
  そして香月博士には社霞がいる。
  つまり最悪オルタネイティヴⅣの事、白銀武の情報も漏れてしまっているのでは?
  こちらが逃げようと決意した翌日には拘束され、魔女の目の前に連れて来られている。
  これは逃がさないと言う意思表示なのだろうか?
  逃げれないのであれば出来るだけ優位な条件でここに居るしかない。
  だがこちらの持っている情報を全て抜き取られてしまっては相手の一方的な条件を呑むしかない。
  そうなると実験の日々そして解剖されシリンダーへ……冗談じゃない!

 「あら?顔色が悪いわね。
  寝たきりだったから身体がやはりついていってないのかしら?」

  考えていた内容が顔に出ていたようだ、
  相手は天才、凡才の自分が下手な考えをしても無駄だろう。
  情報が漏れていたとしても香月博士は初期の白銀の相手の様に信じる事はしないだろう。 
  ならばどうする?出来ること等考えてみれば一つしかない。

 「お願いがあります、俺を衛士にしてください!」



 ――― Masato Side End ―――



  彼がハイブに拘束される前の事、拘束されてからの事、彼自身の事。
  これから聞く事を纏め上げていると男の様子がおかしい事に気がつく。
  そういえば今日まで寝たきりだった事に気がつき会話の糸口にでもなればと問いかける。

 「あら?顔色が悪いわね。
  寝たきりだったから身体がやはりついていってないのかしら?」

  そこで男の目を見て香月は一瞬固まる。
  ギラギラとした光を放つ目。
  今の今まで男の目は見ていなかったのだ、
  男の目に香月が気を取られいる間に男は香月を睨む様に見つめる。

 「お願いがあります、俺を衛士にしてください!」

  放たれた言葉に室内に一時の静寂が訪れる。
  香月の思考が完全に停止する。
  自己紹介も何もすませていない、この状況で唐突にこの男は何を言い出すのだろうか。
  考えられる可能性を考慮してみても一つの単語が浮かんでくる、
  復讐
  家族を恋人を家を奪われた多くの者が囚われている。
  彼の心情を理解しても意味など無い。
  彼を衛士にしてのメリットとデメリットを香月は考慮する。
  デメリット基地内部とはいえ衛士として外に出すこと。
  彼がBETAに殺されるのはまだいい、だが他所に取られるのは困る。
  メリットは手元に駒として置ける、この一言に尽きる。
  軍人としてここにいる、つまり研究素材として何かと都合が立ち居地。
  生死を賭けた状況、
  ハイブ内部に居たと言う事は香月の求める因子を持っている可能性は非常に高い。  
  それを更に試す地位、意外と衛士にさせる事はメリットの方が多い。

 「構わないわよ」

  睨む様な視線が嬉しそうに顔色が変わる。
  その表情の変化を見つめながら香月は最初の要件を思い出す。

 「ところで貴方、名前は?」





[3501] そのさん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/23 20:52
 「マサトです……あれ?姓がわからない?」

  自分の事のはずなのに分からない。
  目の前で焦っている男を見つめながら香月は推論する。
 
 「ショックによる記憶を失った、といったところかしら?」

  相手に尋ねる意図では無く自分に聞かせるように紡がれた言葉。
  可能性としてはこれが一番高いだろう、だがこれは問題だ。
  自分が欲しているBETAの情報、リーディングが効かない体質、
  自己紹介も何もせずに赤の他人に衛士にしてくれと頼む精神状態。
  動きだすと思った自分の研究もこれでは期待出来ない。
  
 「そう、わからない所は飛ばしていいからこれ書いて」

  大きく狂ってしまった段取りを初期に戻し履歴書をひらひらとさせながら彼に見せる。

 「履歴書……ですか?」

  そこで彼が縛られていたままだった事に気が付く。
  嫌がらせに縛った恩恵も得た事だし開放し履歴書とペンを彼に渡す。
  腕を擦りながら自分の記憶を掘り出しているであろう
  マサトという男を見ながらこれからの予定を組み上げようとした時。
  彼の名前をみて思わず固まってしまう。
  こちらを気にすること無く書き終えた空白だらけで渡してくる、
  むしろ空白しかないといっても良い履歴書をみながら最悪の可能性が脳をよぎる。

 「将登(マサト)ね……姓は不明。2月1日生まれ誕生日は分かってはいるけど歳は不明。
  データベースを見る限りでは……無いわね」

  やはりかと思い、眉間に皺を寄せながらこれからの事を考える。
  将軍しいては政威大将軍に登るという名前、
  こんな名前を付ける馬鹿は一般人には居ないし認められる訳が無い。
  皇族の可能性、しかも公式に居ないと思われる皇族。
  皇族であるとなれば計画に関わっているとはいえ余計な横槍が入ってくることになる。
  データの偽装で押し込むしかない。
  予想外のアクシデント、まったく考慮していなかった問題に頭を抱えながら対策を練る。
  BETAの情報を現状覚えているかは謎、リーディングによって読み取る事も不可能。
  下手に過去を探っては余計な物が大量に出てくる可能性も大きい。  
  訓練兵にするにもこの名前はまずい。
  違う名前に変えて押し込めばよいだろうが彼に不信感を与えてしまう。
  躾も何も出来ていない状況で放り出す訳にはいかない。
  一回りの考察が終わったところで正面の彼を目を向ける。
  ギラギラした視線でこちらを見ている、そうか彼には復讐と言った目的があるんだった。
  これであればある意味協力関係とも言えなくは無い。

 「名前は……そうね、田中マサトにしましょうか。
  マサトは片仮名ね、貴方はこれから訓練兵として生活をしてもらうわ、意味はわかるわね?」

  こちらの意図に気が付かれるのも面倒なので強引に話を進める。

 「歳はどうしましょうか?見た目は……」

 「俺は18です」

  話を中断させられた事よりも彼が言った事が引っ掛かる。
  記憶がもう戻り始めているのだろうか、ならばこれ以上話しを長引かせる訳にはいかない。

 「そう、遅れたけど自己紹介をして置こうかしら。
  国連太平洋方面第11軍横浜基地副司令 香月夕呼よ。
  訓練兵には今日中に押し込んでおくから、明日人を向かわせるわ」

  自己紹介を聞いて驚いている彼が印象的だった。

  


 ――― Masato Side  ―――



 「貴方、名前は?」

  聞かれた内容にこれはどういった事だろうと思ってしまう。
  自己紹介?相手の事をこちらが知っていることは知られているはず。
  つまり異分子なので偽名を提示せよと言った所なのだろうか?
  確かに原作に置いて白銀武は死んだ事になっていた、
  そして斯衛に疑いをかけられた、この事を言っているのだろうか。
  ならば名前はそのままで苗字を変えるか、
  といっても咄嗟に姓が思いつかない。

 「マサトです……あれ?姓がわからない?」

  これで香月博士が都合のいい苗字を用意してくれるだろう。

 「ショックによる記憶を失った、といったところかしら?」

  呟く様に紡がれた言葉に自分は記憶喪失をしていると偽れと言われている事と気が付く。
  一般常識も元居た世界とは違う、過去の話等矛盾だらけだろう
  つまりそちらの方が都合がいいので問題ない。

 「そう、わからない所は飛ばしていいからこれ書いて」

  彼女の手元をみると履歴書と書かれた紙がある、
  こちらの世界でも履歴書はやはり同じなのだろうか?  

 「履歴書……ですか?」

  言葉にして確認した所で返事は返ってこなかったが拘束を外されると窮屈だったのが少し楽になる。
  ペンと履歴書を渡され中身を見る、どうやら普通の履歴書のようだ。
  名前は元々のがやりやすいだろう。
  生年月日、月日は分かるが年というのはずれている可能性があるし空けておこう。
  学歴免許……結局他は一つも言われなかった。

 「将登(マサト)ね……姓は不明。2月1日生まれ誕生日は分かってはいるけど歳は不明。
  データベースを見る限りでは……無いわね」

  これ位の情報ならば記憶喪失としては普通で、白銀と同じような事には成らないだろう。
  すると香月博士は眉間に皺を寄せ何かを考え始めた。
  もしかすると少しは自分で考えて埋めろと言った事なのだろうか、
  厄介事を押し付けられたと思われたのだろう。

 「名前は……そうね、田中マサトにしましょうか。
  マサトは片仮名ね、貴方はこれから訓練兵として生活をしてもらうわ、意味はわかるわね?」

  田中はよくある名前だし問題ない、だがマサトと片仮名なのは考えなかった自分に対する罰なのだろうか?
  意味はわかるの辺りで強調されている様な気がしてならない。

 「歳はどうしましょうか?見た目は……」

 「俺は18です」

  これ以上香月博士の機嫌を損ねるのはプラスに成らない。
  実際の年齢だがこれは問題無いだろう、手っ取り早くこの会話を終わらせるべきだと思い話を遮って答える。

 「そう、遅れたけど自己紹介をして置こうかしら。
  国連太平洋方面第11軍横浜基地副司令 香月夕呼よ。
  訓練兵には今日中に押し込んでおくから、明日人を向かわせるわ」

  続いて言われた言葉に自己紹介をしていないのに名前を呼んでしまえば減点、
  そういうテストが行われていたのだろうかと驚いてしまった。


 ――― Masato Side End ―――




1999年10月29日 国連太平洋方面第11軍横浜基地病棟


  鏡と蛍光灯とベットしかない部屋、ベットで寝ている男の前に立つ少女。
  社霞 は眠っている男を彼女は見つめる。
  過去自分は無作為に色を集めていた。
  それから訓練をして読み取る色を選べるようにし最近では失敗もなかったはずだ。
  だが彼とはじめてあったとき色は無かった、真っ暗そして色が一瞬白になったかと思うとまたしても真っ暗に。
  リーディングつまり自分のESP能力の効かない相手。
  それは彼女にとっては初めての存在だった。

 「ん……んぅ~」

  寝起きで身体を伸ばしている男に彼女は驚き後ろに数歩下がる。
  そして身体を起した彼と目が合う。
  彼はきょとんとした後一言。

 「おはよう?」

  何故か疑問系で尋ねられた言葉。
  どう反応を返していいのだろう?
  いつもなら思考を読めば相手の考えがわかりスムーズに事が進む、
  だけど目の前の存在の色は真っ暗。
  初めての体験故に戸惑いながらも挨拶?を返さなければ。

 「おはようございます?」

  部屋に静寂が舞い降りた。

 「えっと、どういった要件かな?」

  尋ねられた事により本来の要件を思い出した少女は、ポケットからカードを取り出し男に差し出す。

 「博士からです」

  相手がカードを受け取った事を確認し彼女は言葉を続ける。

 「そのカードが認識票になっていて、博士の部屋まで行けます」

  カードを確認し彼女を見た男と視線が合う。

 「田中マサト マサトって読んでくれると有り難い」

  自己紹介、思考が見えないといった事は顔色と言葉のみで会話を成立させなければいけない。
  初体験の連続に彼女は戸惑いながらも返事を返す。

 「社かしゅみです」

  噛んだ、見事に。
  恥ずかしさが一気にこみ上げてきて頬が紅潮しているのがわかる。
  笑われていないだろうかと相手の顔を覗くと、
  男は笑う事なく彼女を見つめている。
  冷静に、冷静に、落ち着いてもう一度。
  精神の再構築を果たした彼女は改めて自己紹介をする。

 「霞です」
    
 「そうか、よろしく頼む社」

  軽く頭を下げてくる相手の行動よりも相手の呼び方が気に入らなかった。
  自分を名で呼べというのにこちらは姓で呼ぶ。

 「霞でいいです」
  
  拗ねた子供のような反応を気にした素振りもなく彼は平然と答えた。

 「わかった霞、これからどうすればいい?」

  相手の言っている意味を考え思い出す、自分はここに博士の命令できたのだ。

 「検診が終わった後に施設の案内をします、その後博士の部屋で衛士の訓練についてのお話があります。
  それでは失礼します」
  
  緊張してしまって噛んだりもしたが命令は遂行しなければいけない。
  同じミスをしない様に出来る限り事務的に伝え部屋から逃げるように出て行く。

 「わかった、ではまた後で」

  出る直前にかけられた「また」と言う言葉が何故か印象的だった。




 
 ――― Masato Side ―――


  随分と久しぶりに日光を浴びたようで太陽が眩しい、
  そういえばこちらの世界に来てから初めての日光だったか。
  目を細めながら自分の前を歩く少女を見つめる。
  今朝起きたら部屋に居た、思わず疑問系の挨拶をしてしまったが
  相手からも疑問系の挨拶が返って来るとは思いもしなかった。
  自分の知っている霞とは随分と違う様な、まずリボンをつけていない。
  あれは確か何か変な名前の物が入っていてリーディングを制限する物だったはず。
  それが無いという事は思考が垂れ流しで入ってくるのではないか?
  自分という異分子が居ると言う事は知っている様で知らない世界なのか?
  昨日の香月博士が自分に聞いたのは結局名前位の者だ
  つまりリーディング能力で自分の思考が見られている事からほぼ原作と同じなのだろう。
  ならば性格だけが少し違っているのか等と考えていると少女は立ち止まった。

 「正面ゲートです」  

  原作と同じ門、詰め所には見たことがある警備兵が二人。
  そして霞を見ていると原作でさえ小さかったのに更に小さい印象を受ける。
  年齢も違うのか?

 「霞、今日は何年何月何日だ?」

  一瞬怪訝そうな顔をする霞を見ているとやはり原作より子供っぽい気がする。
  
 「1999年10月29日です」

 「そうか」

  原作の年数は2001年か2002年のどれかだったはずだ、
  つまり原作より数年前、数年で意外と霞も身長が伸びるのか。
  再度歩き出した霞について歩きながら原作の知識を整理する、
  ん?最初からアンリミテッドとオルタネイティヴで分岐するのか。
  アンリミテッドは最終的にオルタネイティヴⅤ、つまり全滅。
  オルタネイティヴではオルタネイティヴⅣ、香月博士の手駒はほとんど死んで人類に数十年時間を……
  あれ?衛士になっても死亡ルート?

 「PXです」

  絶望的推測が成り立ったその時に次の場所に着いたらしい。
  机、椅子、カウンター、棚に並べられた様々な雑貨。

 「広いな」

  思わず言葉が漏れる。
  原作に置いては食堂のおばちゃんが居る場所、といったイメージしかなかったのだが。
  よく考えてみれば横浜基地の大半の人間がここで食事をするので広くて当然か。
  考え事をしていると霞がお盆を二つ持ってふらふらしながらこちらへやってくる。

 「なるほど、あれだけ食べれば身長も早く伸びるだろう」

  口から漏れた言葉は無意識だったようで霞が机にお盆を置くの見届け  
  自分も注文しに行こうとカウンターに向かう歩き出す。

 「マサトさん、私は一つで十分です」

  どうやら思考を読まれた様だ、
  確かに年頃の女の子は大食いの称号は欲しがらないか。
 
 「すまない、それとありがとう」

  ご飯を持ってきてくれたという事なのだろう……きっと。



 ――― Masato Side End ―――




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


  香月は書類を一つ一つ読みながらその一枚をみて硬直する。

  機密文章
  国連軍横浜基地訓練校 入校希望者 御剣 冥夜。
  御剣 冥夜 日本帝国の政威大将軍、煌武院悠陽の双子の妹。
  彼女の入校と同時に帝国斯衛軍第19独立警備小隊の4名が横浜基地に配属される。

  厄介事はどうしてここまで一度にやってくるのだろうか?
  自分の意思で国連軍に入るのであれば御剣 冥夜をどうしようが何も言ってこないだろう、
  だが彼は別だ、記憶喪失、復讐に囚われていることに付け入り
  彼を国連軍に引きずりこんだ等と解釈されては、
  自分の研究に協力的な日本政府といえども黙っているわけがない。
  訓練校に捻じ込む以外の方法で彼を衛士にしたほうがよさそうだ、
  かといってこの基地から出すわけにはいかない。

 「失礼します」 

  行き詰っていた所に現れた人物を確認すると解決案が脳内に浮かぶ。
  横浜基地副司令直属の特殊任務部隊A-01部隊長兼A小隊長 伊隅 みちる 大尉
  現状で外に出せないのであれば自分の私兵に預けてみてはどうだろうか?
  表に出ることは無い部隊というのは都合がいい上に、
  任務の特質上常時訓練が出来ない事以外は特段問題はない。
  彼も訓練校に入るよりも最高クラスの衛士から学べると言うのであれば文句等は出ないはずだ。
  
 「伊隅、貴女には教官をやってもらうわ」

  唐突に言われた内容を理解する事が出来ないのであろう、
  固まってしまった伊隅を見ながら香月は命令を続ける。

 「訳ありの子でね、若い男よ。過去を聞く以外は何してもいいわ、
  出来上がったらそのままA-01に入れるから、しっかり鍛え上げなさい」

 「はッ!」

  敬礼し伊隅は本来の要件である報告を果たし
  新しい任務、教官の内容について資料を貰おうと香月を見る。

 「資料は後で渡すわ、彼の事だけど何なら部隊単位で鍛えてあげてもいいわよ。必死にやるはずだから。」
  
  何かを含ませた発言、過去の詮索は禁止。
  この部隊に出される命令が普通では無い事は今に始まった事でも無い。
  強引な理屈で疑問を押しのけ伊隅は部屋を出る。

 「部隊単位で鍛えると速瀬辺りが暴走しそうだな」  

  廊下で呟かれた言葉は誰の耳にも入らなかった。






[3501] そのよん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/19 01:52
同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 19F 香月研究室

 ――― Masato Side ―――

  部屋に入ると香月博士がいない事に気がつく。
  これは待てばいいのだろうか、そういえばこの部屋の隣には脳が浮かんでいる容器があったような。
  正直みたいとは思わないが興味が無い訳でもない。
  
 「貴様が田中マサトか?」

  背後から突然呼びかけられ振り返る。

 「横浜基地副司令直属の特殊任務部隊A-01部隊長兼A小隊長 伊隅 みちる 大尉だ、
  貴様の教官をする事になった」

  言われた内容が理解できない、
  神宮寺まりもならば可能性として考慮にも入れておいたが何故伊隅大尉がこのタイミングで出る?
  香月博士は何を考えている、様子見程度に訓練学校から始まると思っていたが。
  まさか原作の様に話を再現するために?
  そうとなれば訓練校では無く伊隅大尉に預けられるのも理解できる。

 「田中マサト訓練兵であります」

  相手から見たら初心者丸出しであろう敬礼をしつつ相手の目をじっと見つめる。
  
 「本来は訓練校に入り必要な訓練を受けて衛士になるのだがな、
  貴様は色々と特殊らしい詳しいことは聞かんがそちらから遠慮することは無いぞ」

  つまり香月博士は俺の事を伊隅大尉には伝えていないと言うことか、
  Need to Knowという事なのだろう。

 「いつから訓練開始なのでしょうか?」

  何を聞いていいかもわからない、開始日時だけでも聞いておこう。

 「ほう、喜べ4日後からを予定していたんだがな、明日からにしてやろう」

 「了解」

  余計な事は言わない方がいいらしい、何かにやにやしながら見つめられている。
  この人は恐らくS属性なのだろう……

 「貴様の宿舎に連れて行く着いて来い」




  部屋に連れて来られ明日の朝7時にグラウンドに来るように告げられる。
  死にたくないの一心で衛士の訓練兵になったがこれでよかったのだろうか。
  香月博士が特段何も言ってこない辺りすぐに解剖されシリンダーに入れられる事は無いだろう。
  つまり現状としては最悪の事態は回避されたのだろうか?
  ならばこれからの事を考えねば成らない。
  まず原作と絡むかどうか。
  アンリミテッドの白銀がやって来た場合はオルタネイティヴⅤ、
  こうなるとどうあがこうにも人類は全滅、つまり考えるだけ無駄。
  オルタネイティヴの白銀がやって来ると想定すれば生き残れる可能性はゼロではない。
  最終的に生き残ったのは誰だ?白銀、霞、涼宮妹。
  思い出せるので3名、A-01に入る=死ぬと考えてよさそうだ。
  だが香月博士は俺を訓練校には入れずにすませようとしている。
  有り得るのは原作知識を持ってオルタネイティヴⅣの都合のいい様に動かせる状況を作り出す存在?
  確かに俺の存在は誰にも知られるわけにもいかないだろう、だがもし知られても精神異常者で片付く。
  原作を再現するのであればA-01に俺が入る事は無い。
  つまり実力次第では生き残れるかもしれないと言う事。
  状況が変わった訳ではないが希望が見えた、
  明日からの訓練に備えて早めに寝ておこう、そういえば起床時間って何時だ?



 ――― Masato Side End ―――




  田中マサト 18歳 記憶喪失、BETAに対して復讐をしようとしていると思われる。
        基本的な体力作りが終わり次第戦術機教習課程に移行する事。
        総合演習等は不要。


  先ほど会った男の資料を見ながらため息を付く、
  復讐、確かに軍に入る人には復讐しようとしているものは多くいる。 
  だが自分達の部隊に入るというのであれば私情等許される訳がない、
  これは矯正すればどうにかなるか。
  そして後半が問題だ、通常必要な射撃や格闘等の知識を無視し戦術機を動かさせる。  
  これでは前線に出した瞬間死んでしまうのでは無いか?
  それとも戦術機教習と同時に教えろと言った事なのだろうか、
  前者であれば自分の部隊には必要無い、
  後者で有るのならば出来次第では使える様になる。
  特段指示が無かったので後者であろうと推測しつつどうやって鍛えるか考える。
  
 「神宮寺教官の偉大さを今になって再確認するとはな」

  相談するにもこれも特務なので相談も出来ない、
  過去自分が受けた訓練を模倣するしかないかと思案しながら伊隅は部屋に戻る。



1999年10月30日 国連太平洋方面第11軍横浜基地グラウンド


  ロールアウトされた不知火のシートのビニールが私を待っている。
  常人には理解できない事を考えつつ香月は時間はまだ少し空いている事の確認し寄り道をする、
  報告に有った通り走っている男とそれを見ながら銃の整備をしている伊隅がグラウンドに居た。
  そういえば外になるべく出さない様にさせるのを言い忘れてたわね。

 「どう、田中の様子は?」

  背後から忍び寄り伊隅に問いかける。
  伊隅は振り返り驚いた様な表情をしそれを一瞬にして引き締めて敬礼する。

 「はッ、初日なので基本的な体力を測っている所であります」

  予想道理の反応返答でつまらないが自分は今は機嫌がいいので気にならない。

 「そう、言い忘れてたんだけどね出来るだけ外に出さない様にして頂戴。
  食事とかも配達の手配はして置くから、後敬礼はいらないわよ」

 「了解」

  相手の敬礼を無視しつつ走っている彼をチラっとみる、
  こちらに気が付いてはいるようだが黙々と走っている。  
  そろそろ時間だしハンガーに行きましょうか。



  機嫌がよさそうな香月博士を見送った後伊隅はため息を一つつく。
  突然後ろから声をかけられたのには驚いたが問題はその次だ、
  外の出すな。つまりそこまでしなければ成らない程の機密が彼に有るのだろう、
  室内でもランニングや筋力トレーニングで体力作りは出来る。
  成るほど通常の部隊ではなく特殊部隊なら彼の機密を維持したまま使えるのだろう。
  
 「20kmか、よしそれ位でいいぞ!5分間歩いた後に腕立て腹筋背筋100回ずつを5セットだ」
 
  最初の10kmの時点でだいぶへばって居たわりには案外根性があるのだなと判断する。
  銃を一度ばらし組みなし軽く構え問題無い事を確認。
  銃の整備も終わり手が空いた頃にへとへとになった田中がやってくる。

 「ハァハァ……終わり、ました」
  
  ふむ、体力よりも気力のみで乗り切ったと言った所か。
  身体は一般人の平均より少し低いかもしれない、
  だが根性が尋常じゃない。
  これならば使えるかもしれんなと思い口元に笑みが浮かぶ。

 「よし今日は初日だしこれまでだ、
  食事については部屋にデリバリーが届く、部屋から出ずに身体を休めろ、いいな」

 「……はい」

  幽鬼の様にフラフラとしながら自室に戻る田中を見ながら
  復讐とこの根性は別物だろう、
  明日からの訓練メニューをしっかり組んでしっかり面倒を見てやろうと思う伊隅であった。





 ――― Masato Side ―――


 「おはようございます、大尉」

  挨拶は敬礼がいいのだろうか?頭を下げた方がいいのだろうか?
  わからないので取り合えず敬礼にしておく。

 「おはよう田中訓練兵」

  相手が敬礼を返してくれるので対応は間違っていなかった様だ。
  そういえば訓練って最初は何をするんだろうか?
  原作知識があるといっても詳細は覚えていない。
  確か午前に基礎体力作りを中心に行い、午後に座学か実技だったか?
  
 「まずは貴様の基本的な体力を測る、グラウンドを走れ」

 「了解」

  敬礼してすぐさまグラウンドを走り出す。
  何周走れ等の指示が出ていない所から限界まで走れって事なんだろうか?
  10分ほど走っているとばててきた、
  そう言えばこの世界に来てから身体は一切動かしていなかった。
  これは余り持ちそうに無いなと思いながらちらりと伊隅大尉を見る。
  What?何故か英語で疑問を体現しそうになってしまった。
  何故伊隅大尉はこちらをちらちら見ながら銃を持ち出しているのでしょうか?
  本当に死ぬ直前まで止まるなと止まれば撃つと言ったことなのだろうか?
  昨日はS属性だろうと思っていたがこれでは温い、
  超を付けてもいいほどのドS……死に物狂いで走り続けるしかない。

  2時間を越えた辺りだろうか身体がおかしい事に気が付く、
  疲労感はあるのだが身体が動く、気分が高揚している。
  これはランナーズハイっと言ったやつなのだろう。
  伊隅大尉の方を見ると香月博士と話をしている。
  止まるわけにもいかずに走り続ける。 
  
 「よしそれ位でいいぞ!5分間歩いた後に腕立て腹筋背筋100回ずつを5セットだ」

  言われた通りに5分程歩くと身体が鉛の様に重くなる。
  止めてはいけないのだろうかと伊隅大尉を見る。
  銃を構えてこちらを見ています泣いてもいいだろうか。
  結局止める等とは口に出来ず必死になって筋肉トレーニングを終わらせる。
  ぶっ倒れそうだ、ふらふらしているのは分かるが報告せねば。
  
 「ハァハァ……終わり、ました」

  息を何とか整え伊隅大尉を見る。
  銃をいつの間にか片付けている様だ。
  こちらが見ているのに気が付いているのか口元に笑みが浮かぶ。
  やはりあの銃はわざとだったようだ、
  霞の大食いといいこの世界は原作とはキャラクターの性格が違っているのでは無いだろうか?  

 「よし今日は初日だしこれまでだ、
  食事については部屋にデリバリーが届く、部屋から出ずに身体を休めろ、いいな」

 「……はい」

  思うように動かない身体を動かしながら部屋に戻る。
  デリバリーを届けさせる、休め。
  考察される事は何だ?
  一つ、余り多く人に見られさせたくない。立場を考えると有り得る。
  二つ、明日以降もこの調子で訓練をするから純粋に休め。あのドSなら有りえる。
  結局結論等でないまま部屋に着いてしまった。
  
  布団に倒れこむと身体が一切動かなくなる。
  結局その日の食事は食べる事が出来なかった。


 ――― Masato Side End ―――



[3501] そのご
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/28 10:48
1999年11月13日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 「帝国情報省が何の用?」

  椅子に座ったまま正面の男を香月は睨みつける。  

 「ガラパゴスゾウガメの生態調査について興味深い話がありましてね」

  睨まれている男はさして気にする素振りもなく飄々としている。

 「帝国の狗はアポ無しやってくる辺り、主人の躾はどうなっているのかしら」

 「美人に睨まれるのは中々刺激的ですが、
  私はその様な事で快感を得る高尚な趣味は無いつもりで居たんですが、これはこれは」

  埒が明かない、これ以上引き伸ばすようならば追い出そう。
  そう判断し香月は内線で警備兵を呼ぼうとする。

 「ハイヴ内部からの生還者は初期では二名、
  片方は五体満足の男、もう片方は脳と脊髄を残し欠損している性別不明の状態。
  五体満足の男は国連の軍のデータベースに新しく登録された田中マサト、
  帝国のデータベースには存在していない」

  言われた内容を理解した香月は固まる。
  例え記憶喪失だとしても、調べようとすれば調べられない事も無い個人情報。
  それを何故隠すのか?迂闊だった。
  帝国情報省がいつか気が付くとは思っていたが実質半月。
  だが日本は自分の研究に協力的なはずだしその程度の事ならば黙認するはず、何故か?

 「いやはや香月博士の計画については我が国は最大限の協力をしていますよ、
  ですが明星作戦によってとある勢力が勢いづいてしまいましてね。
  我が国は彼らの実験場にされたと言う意見がこちらでも沸きあがっておりまして」

  こちらの思考を呼んだのかのように続けられた言葉。
  事前に連絡もされていなかったG弾の投下によって結果的には成功した明星作戦。
  オルタネイティヴⅤ、G弾によって地球上のBETAの一斉排除、
  同時に宇宙船によって10万人を地球から逃がす作戦。
  もし成功したとしても残るのは重力異常によって荒廃した大地のみ、
  自分が認める事が出来ない作戦。 
  おもちゃを二つ手に入れて予想できた事態を無視してしまっていた。
  自分の甘さに歯噛みしながら香月は正面の男に尋ねる。

 「それで?」

  この情報は意味があった、だがこの男がここまで来て話すには少し弱い
  
 「先日、帝国本土防衛軍 第12師団から妙な報告がありまして、
  こちらに詳細が乗っております、香月博士の考察をお聞きしこうかと」  

  差し出された書類には確かに妙な物では有る、
  だがこれだけでは問題は無いはずだと判断する。

 「もう一枚有りましたいやはや歳を取りたくないものですな」

  どれだけ他人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか、
  内心舌打ちし次の書類をみて香月の顔は険しくなる。

 「地中を掘って進んでいる?」

  二枚の書類、一枚目は地中に妙な反応が有った事を示している。
  日本は地震大国でもある、つまりこれだけは自分には関係無い資料。
  問題は二枚目、第一次防衛線と第二次防衛線の間の地中からBETAが数百出現。
  要撃級、戦車級の2種類のみで戦力的に問題は無い。
  BETAが戦術を使ってきた可能性が有る
  今までBETAは愚直に突き進む侵略を繰り返している。
  圧倒的な物量を持ってやって来る、ただそれだけで人類はここまで追い詰められている。
  これに戦術が組み合わされると人類に未来は無いに等しい。
   
 「BETAも成長しているといった事かしらね……」

  一度しか起きていないし結論付ける訳にもいかず紡がれた言葉が香月の推測であった。
  推測を聞いて満足したのであろう男が香月に尋ねる。
  
 「それはそうと亡霊扱いの田中マサト君は何をしているのでしょうか?」

  



 ――― Masato Side ―――


  訓練と言う名前の拷問、そうこれは拷問なのだ。
  初日以降銃を構えられる事は無かったが量が毎日増えている。
  毎日朝起きて食事、走る、筋トレ、食事、風呂、寝る。
  こんな生活は拷問でしかない、訓練が始まってから食事を運んでくれる人と
  この無茶な訓練を命令している伊隅大尉以外会話もしてない。
  これが延々と続くのであれば気が狂ってしまうのではないかと思う。
  言われた量をこなし今日もふらふらになりながら伊隅大尉の元へ向かう。
  慣れてしまえば運動の終わった後の爽快感が心地良い。

 「終わりました」

  伊隅大尉はこちらを見ながら何度か頷く。
  量は間違っていないはずなのだが?何か気に食わない事でもあるのだろうか?

 「明日以降は今日の半分でいい、午後は別の事をするぞ期待しておけ」

 「了解」

  最近では癖になりつつ有る敬礼をし言われた内容を考える。
  最初にある程度無茶をさせて後は継続的に鍛えながら座学をするのだろうか?
  確か原作に置いては身体作りに平行して色々やっていたようだし、
  それらを詰め込んだ後に総戦技評価演習そして衛士。
  むぅ?
  訓練を必死でやれば死ぬ確立は下がるはず、
  だが必死にやって訓練が早く終われば次は死ぬ確立の高い任務。
  これは何という矛盾だ、だがサボる等すれば教官であるドSが何をするかわかったものじゃない。
  もし訓練が終わった後自分はどうなるんだろうか?
  キーとなる白銀がオルタネイテイブの白銀だったならば、
  香月博士は多くのものを失いながらもオルタネイテイブⅣを完遂させる。
  その後に残るのはA01の少数と社のみ。
  自分の使いどころはここ位しか思いつかないが原作の後はどうなるか等わからない。
  ファクターとして自分の訓練をしてくれている伊隅大尉も死に、
  会った事は無いが207B分隊や神宮寺も死んだ後に使われる。
  自己嫌悪に陥りそうになる。
  自分の命を懸けてまで人類の勝利の為に死ぬ、聞こえはいい。
  だが自分は死ぬのはゴメンだ、この一心で訓練兵にしてくれと頼んだ。
  もしオルタネイテイブⅣが成功すれば気まぐれで香月博士は元の世界に帰してくれるだろうか?
  有り得ない、数十年の猶予を得た後でも香月博士は次の一手を考え実行するだろう。
  結局自分が今出来ることは死ぬ気で訓練するしかない。
  人が死ぬのを見過ごす、
  つまり香月博士とある種の運命共同体として生きていくしかない自分が少し歯痒く感じた。



  
1999年11月14日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータルーム


  午前に言われた通り昨日の半分を終えた後に連れて来られた場所、
  箱の様な物が大量にあるこの辺鄙な場所で座学?
  
 「ここがどこか分かるか?」
  
  伊隅大尉がニヤニヤしながら尋ねて来るのが正直怖い。

 「わかりません」

  分からないものは分からない、正直に答える。

 「そうか、着替えを用意してある着替えて来い」

  教えてくれないのか。
  支給されている白い訓練服のままでは座学を受けれない?
  疑問に思いながら指定されたロッカーを開ける、
  一度閉める。
  もう一度開ける。
  何度閉めて開けても同じ物しか出て来ない当然だ。
  強化装備、趣味の悪い全身タイツにしか見えない装備が目の前にある。
  全身タイツを着たことは無いが取り合えず着替えてみる。
  うん?思ったより普通だ。
  よく考えれば全員これを着るのだから着心地も改良されているはずか。
  ヘッドセットを付けてと……あれ?これからするのは座学じゃない?
  自分でも気が付くのが遅すぎだと思う、
  鏡を見てちゃんと着れているか確認する。
  うむ、身体を鍛えだすとマッチョポーズを取る人間の思考がわかる様な気がする。
  衝動を抑えつつ微妙に上がったテンションのまま伊隅大尉の所へ向かう。
  これから行われる事を出来るだけ考えないようにして……

 「これより戦術機適性検査を行う」

  やはりか、出来れば逃げようと考えた次の日に訓練兵に。
  そして訓練を遅らせれば危険から少し遠ざかれると考えた次の日に戦術機。
  自分の読みは一切当たっていない錯覚を覚える、考えるだけ無駄ではないのか。
  座学も総戦技評価演習も終わっていないのに何故?

 「どうした、緊張しているのか?
  まぁ気持ちはわかなくも無いが、これより戦術機適性検査を行う。
  香月博士の取り計らいに感謝しろ」

  緊張以前に状況に付いて行けないのでがとは言えず箱に入る。
  箱はどうやらシミュレーターと言われる物らしい、
  中に入ってみると座席が有りレバーだのボタンだのが大量にある。

 「吐きそうになったり限界だと思ったら緊急停止スイッチがあるからそれを押せ」

 「了解」

 「座ってるだけでいいぞ、では開始する」

  ぐらぐらを揺れ出す。    
  遊園地のアトラクションに比べると正直温い、
  白銀の適正が高かったのではなく、
  幼少の頃から遊園地等でこういった物を経験していれば誰でも余裕なんじゃないか?
  この世界には遊園地等は無いはず、優秀な衛士を作る為に作ったらどうだろうか。
  左右に揺れたり前後に揺れたりしていると眠くなってくる。
  これでどうやって吐けというのだ?
  眠らない様に何かを考えよう、
  何故シュミレーターに乗らされいるか。
  戦術機に載せる為に決まっている、では何故座学等をすっ飛ばして戦術機?
  インスタント衛士という言葉が脳内に響く。
  そんな物作っても早死にするだけで余り意味は無い。
  早死に……まさか早死にさせようとしている?
  昨日はA-01が壊滅したその後に使われると予想していたが温すぎた。
  香月博士がそこまで甘い訳が無い。
  つまりこれで衛士と成功すれば御の字、
  失敗すれば死亡し解剖されてシリンダーと言ったことなのだろうか?
  それならばこの状況を理解できる、納得は出来ないが。

 「どうした田中、終わったぞ?」

  考え事に没頭しすぎて終わった事に気が付いていなかったらしい。
  箱を出ると妙な物を見る視線でこちらを見ている伊隅大尉がいた。
 
 「まさか眠っていた訳ではないよな?」

 「いえ」

 「まぁいい結果は明日教えてやる、これが基本操縦マニュアルだ毎日一回以上読め」

  渡されたマニュアルの重さが異常だ。
  これを暗記できるだろうか?首を傾げていると伊隅大尉が話しかけてくる。

 「疲れて……いそうにもないな、
  マニュアルは半分以上は身体で覚えれるそこまで不安に思わなくてもいいぞ。
  今日はこれまでだ明日も午前は今日と同じ午後は休みだ」

  考えが顔に出ていたのか、歩いていく伊隅大尉を敬礼で見送る。
  早死にしないようにマニュアルの早期暗記を決意した。




 ――― Masato Side End ―――
  




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室



 「進展は……無しか」

  隣の部屋に移した脳髄のリーディング情報の報告書を見ながら香月は溜息を付く。
  先日得た情報ではオルタネイティヴⅤが活気化している、
  まだ猶予は有るとはいえそれは後数年だろう、やる事は多々ある。

 「失礼します、田中マサトの報告書を持って参りました」

  やってきた伊隅から受け取った書類の内容に少し興味が沸いた。  

 「伊隅、復讐じゃないって根拠はある?」

 「はッ、訓練を真面目にこなしておりますが特段焦った感じも有りません。
  本来の訓練を飛ばして先ほどシミュレーターにも乗せました、
  復讐を目的としているのであれば喜ぶはずなのですが……」

 「喜んだりはしゃいだりしなかったと?」

 「はッ、後は目でしょうか?
  ギラギラしている時は多々見受けられますが、
  生への願望といったものに私は思います」
  
  復讐と判断したのは早計だったかしら。
  確かにBETAに捕まる等の体験をすれば生への願望が強調されても仕方ない。
  生きるために衛士になるか。
  考えが浅いが間違った手段では無い、BETAを排除しなければ人類に未来は無いのだから。
  そろそろ一度ちゃんと話を聞いたほうがよさそうね。
  BETAについて、自分についてどこまで思い出しているか。

 「次、この戦術機適正調査結果は事実?」

 「はッ!」

  敬礼はいらないと何度言おうとも敬礼をしてくる伊隅は硬いわね。
  書かれている物は信じがたくも有った。
  それぞれの数値が過去の戦術機適正調査結果の最高値の1.5倍を叩きだしている。
  こんな物は見たことが無い。
  一つだけこの数値を出せれば天才と呼ばれるだろう。
  だがそれぞれの数値なのだこれでは天才どころではない。
  偽装にするにしては高すぎる異常なのだ、
  復讐目当てだと予想し餌付けしようと思っただけなのが思わぬ拾い物だ。

 「博士はこれを知っておられたのですか?」

  伊隅の疑問ももっともな物だろう、
  表に出すわけにもいかない皇族かもしれない存在、情報省に疑いはかけられたが
  人になるべく会わさない様にした結果基本を飛ばして戦術機まで最速だった。
  更にはA-01に入れる、状況だけ見ればまさしくそうなる。
  
 「これは知らなかったわよ、別の事情でそうなっただけよ」

  嘘を付く理由も無いのでNeed to Knowをちらつかせ黙らせる。

 「どう?衛士として貴女の部隊で使えそう?」
  
 「はッ、本人も真面目に取り組んでいるので十二分に通用するかと、
  いえ……最強の衛士に育てあげて見せます」

 「そう」

  伊隅にここまで言わせるならばますます逃がせない。
  予備の現状把握も進んでいない事だし打てる手をしっかり打って起きましょうか。





[3501] そのろく
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/20 05:45
1999年11月16日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータルーム


 「動作教習応用過程Dを開始する」

  伊隅はモニターをみつめながら無茶苦茶だと頭を抱える。
  全ては自分の上司香月博士が適正が高いらしいから過程を飛ばしてやらせてみようと言い出したこと。
  日頃の訓練は真面目にやっている田中がマニュアルを熟読している可能性は高いが
  其処まで甘い物ではない。
  時間制限内に廃墟の町の中で動かない目標3機を撃つだけの操作。
  だがそれでも過去の記録では、訓練兵がこれをクリアするまでの最短時間は33時間。
  だが彼は零、不安はあるがやらせるしか無い。

  ぎこちなく歩きだした戦術機。
  自分の身体を確認するように少しずつ動作を確認しながらやっているのだろう。
  初めてにしては上出来だ、どうやらマニュアルは脳内に叩き込んできたようだな。
  
 「ほとんど機械任せか、これならいける……かな?」

  通信機から聞こえてくる不安そうな声に苦笑してしまう。
  確かにバランスや地表の抵抗等は大半機械が補助してくれる。
  だが最初は振動等でパニックを起こして無茶な操作をしまともに動かせはしない。
  だが特段パニックも起こさずに冷静に事を進めている。
  興奮せずに極めて冷静な状態、まるで衛士になるために生まれてきた存在。
  そろそろ速瀬辺りに田中の事を教えてもいいかもしれない、いい刺激になるだろう。
 
  軽く走りだし目的地に向かう、最初の動作確認のせいで時間がぎりぎり。
  一機目を射程に入れ走りながらフルオートで射撃する。

 「あれ?」

  聞こえていた声を聞きながら自分に飽きれてしまう、忘れていた。
  戦術機適正に目がいき過ぎていた、
  彼が射撃訓練を行っていなかった事を完全に忘れていたのだ。
  確かにある程度は機械が補正をかけてくれるが基本が出来ていなければその意味は無い。
  完全に自分のミス、過程を飛ばすにもこれは飛ばしすぎだった。
  田中には謝罪せねば、これでは唯の虐めではないか。

 「時間が無い……よしッ」

  残り時間から不可能だと判断し中止しようかと思ったその時。

 「なッ」

  完全に理解不能、田中は跳躍しそのまま高度を維持したまま空を飛んでいる。
  何をしているのだ?
  BETA相手に空を飛ぶなど光線級の餌食だ、つまりこれは現実には出来やしない。
  田中はそのまま目標の真上に行き真下に銃を撃つ。
  空爆に近いそれは動かない目標に無差別に降り注ぎ破壊する、
  その高度を維持しつつ廃墟の上を通り残り目標も破壊する。
  そう言えば田中は光線級の存在すら知らないはずだった。
  
 「ぷッハハハハ」

 「大尉?」

  完全に予想外の手段、あの射撃が当たり出したところで
  残りの目標は時間内には位置的に破壊できない。
  それを障害を無視する事で時間内に強引にクリアしてみせた。
  この発想は自分に無かった、これは部隊内で見させた方がいい。

 「すまないな笑ってしまって、自分の考えが硬すぎた事に気が付いたのだ。
  動作教習応用過程Dを終了する。田中、降りて来い」

 「了解」

  1時間近くシミュレーターに入っていたはずなのに平然としている。
  戦術機適正値過去最高は伊達じゃないか。
  過去最短で33時間かかる動作教習応用過程Dを1時間でクリアしてみせた。
  それも射撃訓練も何も受けていない状態でだ、
  取った方法は現実離れした方法。
  だが目的は果たせている、成らば合格としか言えはしない。
  こみ上げてくる笑いを抑えつつ何を言われるのか不安そうにしている田中に声をかける。

 「安心しろ、合格だ。
  こうなった経緯を説明してやろう、
  貴様が先日やった戦術機適性調査の結果が過去最高の物だった。
  それを見た香月博士が適当に飛ばしてやらせて見せろとおっしゃったのだ」

  田中は呆れているのか微妙な顔をしてる。

 「だが私も戦術機適性値にばかりに目がいってしまっていてな、
  貴様が射撃訓練格闘訓練など基本を一切行っていない事を忘れていたのだ。
  それをあの様な方法でクリアして見せるとは予想すら出来なかった。
  与えられた技能が足りない状況でよくやった」

  褒められている内容が理解できていないのだろう、
  先ほどとは違い完全に呆れという視線をこちらに向けている田中を見ているとまた笑いそうになる。

 「1時間の休憩後訓練を再開するしっかり休んでおけ」

  田中に命令して自分の部隊の下へと向かう。
  小隊隊長辺りには次の訓練に同席させるか……





 「速瀬、涼宮面白いものを見せてやる」

 「新人の訓練の時間じゃないんですか大尉?」

  速瀬の問いかけに先ほどの光景を思い出し口元に笑みが浮かぶ。

 「その新人の動作教習応用過程Dだ」

  言われた内容を理解した二人の顔色が変わる。部隊の人間にはひよっこを壱から鍛えるとして言っていない。
  つまり軍に入って高々半月のひよっこが戦術機に乗り動作教習応用過程Dを行っている。通常であれば信じられる内容ではない、
  だが良くも悪くも香月博士の部隊である二人は理解したであろう身を乗り出してくる。
  最初のオドオドした動きから戦術が空を飛んでいる映像を見せる。

 「ぷッ駄目駄目こんなの耐えられない……ヒップッハハハハ」

  腹を抱えて地面でのたうち回っている速瀬を見て思う、CPである涼宮は理解してないのだろう、

 「大尉、彼は戦術機に乗って何時間でこれを?」

 「聞いて驚け、それが初めてだ。
  射撃格闘訓練も受けていない、基本操作のみをマニュアルで頭に叩き込んだだけの状態だ……
  おい速瀬!いつまで笑っている」

 「申し訳ありません」    

  速瀬が立ち上がり敬礼しているのを確認し本題に入る。

 「速瀬、涼宮この動作教習応用過程Dは合格か?失格か?」

 「失格であります」

  即座に答える速瀬、それとは対照的に少し考えて涼宮が答える

 「合格です」

  ふむ、と一つ伊隅は頷き速瀬に尋ねる。

 「何故失格なのだ?」

 「空を飛ぶという行為は光線級の的になってしまい現実には不可能です」

  速瀬は先ほどと同じ様に即座に答える。

  ふむ、と先ほど同じ様に頷き涼宮に尋ねる。

 「何故合格なのだ?」

  涼宮は速瀬をちらっと見てから伊隅を見て答える。

 「最終目的は時間制限内の目標の撃破、この機体はそれを成しています」

 「衛士とCPの判断の違いだろうな、確かに現実をこれをやると光線級の餌食だ。
  だがこいつは実際撃破されずに時間内に目標の撃破をしている。
  つまりこれは合格だ。衛士として光線級を無視するのは論外だがな」

  最後の言葉は呟く様に紡がれる。

 「速瀬、どうやら私を含め衛士という者は固定概念が染み付いてしまっているようだ、
  香月博士の部隊に所属にいるからにはこれから先の任務で固定概念等持ち出せないぞ。
  今回の事は教訓としておけ!解散」  

 『敬礼ッ!』

 



[3501] そのなな
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 04:43
1999年11月23日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータルーム

 ――― Masato Side ―――

  止まって撃つ、命中。
  走りながら撃つ、はずれ。
 
 「むぅ」

  先週から午後の割り当てに格闘訓練と戦術機シミュレーターが追加されたのだが、
  射撃訓練が何故か無いのでコツも何も分からない。
  戦術機側で修正をかけてくれるので止まって撃つのであれば偶に当たる。
  だが動きながらだと一切当たらない。
  どうしたものだろうか、強化装備にデータが蓄積されるとマニュアルに書いていた。
  つまり撃っても当たらないというデータが蓄積されているのかと無駄な事を考えてしまう。
  初日以来伊隅大尉は慣れろの一言を残して何処かへ行く。
  本来の部隊の訓練等忙しいのだろう。

  止まって撃つ、命中。
  今度は匍匐飛行をして撃つ、命中。

  あれ?走っても当たらないのに飛んで撃てば当たる。
  確認の為にもう一度してもやはり当たる。
  何故だろう、走って居る時より振動が少ないからだろうか。
  どちらにしても走って撃っても当たらないのであればこちらの練習を強化したほうがよさそうだ。
  基本的に戦術機は一つの操作が終わるまで次の操作を入力出来ない、
  まず飛ぶ、そして構える、そして撃つ。
  正直めんどくさい。
  原作において白銀が発案したXM3、これによって飛びながら構える、そして撃つとなるのだろう。
  戦術機適正調査の時にも思ったのだが自分の居た世界の人間であれば、
  誰でもプチ白銀になれるのでは無いだろうか。
  でも人類全てを救う等と言える若者は居ないだろう。
  現実逃避に走る、ゲームの世界だとはしゃぐ、自分の様に適度に折り合いと付ける。
  自分の行動を正当化しようとしている事に自嘲してしまう。

  考えながら匍匐飛行を繰り返していると推進剤の残量が無くなりそうになっていたのでシュミレーターを終了させる
  BETA相手に空を飛べないといってもハイブの中では光線級は居ない。
  つまりハイブの中ならば専用の装備を作って飛んで行った方が早く反応炉に辿り着けるのでないか?
  思いつきではあるがアンリミテッドルートの場合使えなくも無いような。
  オルタネイティヴルートが終わった後でも00ユニットが無い、つまりこれは使えるのではないか?
  衛士にしてくれと頼んでから一度も香月博士には会っていない。
  正直怖いのだ、だが使い道の当分来ないであろう自分はいつ切られると怯えるしかない。
  だが香月博士以外に話せそうな人は居ない。
  考えを纏め上げ書類と作成してみるが初めてなのでどう書いてもいいかわからない、
  それっぽく書いとけばいいか?最悪口頭で言えばいいし。

 「田中、香月博士がお呼びだ」

 「了解」

  条件反射で伊隅大尉に了解と言ってしまった、と言うかいつの間に来ていたんですか……
  タイミングがいいのか悪いのか分からないが呼ばれているならば行かなければ。


  

同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 19F 香月研究室


 「失礼します」

  相変わらず散らかっている部屋に入る。
  いつまにか頭にウサギの耳の様な物を付けた霞がいた。
  髪を下ろしたままのほうが個人的に好きだなと思いながらまじまじと見てしまう。
  こちらが見ているのに気が付いた霞は何も言わずにテクテクと隣の部屋に入っていく。
  失礼な事をしてしまった……少し後悔する。

 「何やってるの?」
 
  香月博士が痛い子を見ている様な視線でこちらを見ている。

 「まぁいいわ、調子はどうかしら。
  戦術機適性調査結果は他に類見ない程の高数値、
  初日の動作教習応用過程Dは33時間を1時間に縮めた変態さん」

  行き成り変態扱いですか。
  こちらからしたら天才の貴女も十分変態なのですがとは口に出さずに答える。

 「順調であります」

  最近では慣れた敬礼をしてみせる。

 「へぇ少しはさまになってるわね、記憶の方はどうかしら?」

  む?どういう事だ、記憶喪失はでっちあげ。
  つまりこちらの一般常識等を覚えれたかと聞いているのだろうか。  

 「殆ど戻っていますが?」

  起きてから会話した人が、香月博士 霞 伊隅大尉程度だから完璧だとはいえない。
  だが機密漏洩をするつもりも無いし普通に生活しても問題等無いだろう。
  自分の中で結論付けて香月博士を見ると険しい表情でこちらを見ている。

 「貴方起きる直前の事は覚えている?答えなさい!」

  女性のヒステリーが恐ろしいと言うがこれは怖い。

 「水の中に居たと記憶しています」

 「その直前!」

  何故そんな必死なんだろうかと思いながら思い出す。
  水中の前?今まで何故考えなかったのだろうかと自問しつつも思い出そうとする。
  こちらの世界にいつ自分は来たかがわからない。
  そこだけ思い出せないのだ。

 「そこだけ思い出せません」

 「そう」

  がっかりしている香月博士を見ているとある推測が脳内でたつ。

  因果律量子論の実証
  
  確かに原作に置いてはこの世界の香月博士は自力では辿り着けていない。
  糞ゲーをやっている時に思いついたらしいがこの世界には電子ゲームは無い。
  それが悔しかったのだろう。
  申し訳ないが覚えてないものは答えられないのだ。

 「そういえば貴方は何故衛士になる道を選んだのかしら」

  そんな事聞いてどうするんだ?

 「生きるためです」

  そう解剖されてシリンダーに詰められるのを望む訳が無い。

 「そう、復讐ではなかったのね」

  香月博士がぼそぼそと呟く。
  全ては聞こえなかったが復讐という単語が聞こえた、額に汗が浮かぶのを自覚する。
  因果律量子論の実証が出来ないという理由で復讐されるのは筋違いでは無いだろうか、
  白銀がやって来たら幾らでも実験できるのだからそれまで我慢して欲しいと願う。

 「話を戻すわ、記憶がほぼ戻った貴方はここで衛士になるつもり?」

  は?言われた内容が理解できない。
  ここ以外に行けるのであれば衛士になる必要は無い、もしかして開放?
  香月博士を見てみると試す様な視線でこちらを見つめている。
  これは外に出る道を選ぶと即解剖かもしれない。

 「はッ!」

 「何故ここなのかしら?」

  出ると言ったら解剖でしょうがと答える訳にもいかない。
  嘘をついてもばれる、ならば

 「生き残れる可能性が一番高い場所だからです」

  本音を言うしかあるまい。

 「そう、そこまで覚悟があるならいいわ。
  死ぬ気でやりなさい、使い所は考えておくから。
  後食事を運ばせるのは止めるからPXに行きなさいね、
  で顔を隠すマスクの様な物を用意するから人前に出るときはそれを付けなさい」

  マスク?そんな物を付けたら本当に変態になってしまうのだが断るのも怖い。
  まるでコードギアスだ、自分よりこの人の脳を解剖したほうがいいのでは?等と考えていると
  来る直前に伝えようと思っていた事を思い出す。

 「香月博士、これを……」



 ――― Masato Side End ―――







  書類を確認し終えた香月は笑っていた。
  声を上げている訳でもなく笑っていた。
  彼女の考えることは一つ。
  田中マサトについて、BETAの情報を引き出せなかったがそれ以上を得た。
  彼は魔女と呼ばれる自分相手に対等な位置迄登ろうとしてる。
  最初は復讐の為に安易に衛士に成りBETAを殺す事だけを考えていると思っていた。
  だが今回改めて聞くと生きる為だと言っていた、伊隅の考察はある意味当たりね。
  
 「失礼します」

  呼び出した伊隅に先ほど確認し終えた書類を渡す。
  伊隅を見ているとその表情が面白い様に変わっていく……驚愕へと。

 「副指令これは……」

 「見たまんまよ?彼はそれを自覚している、
  そしてこんな物もくれたわよ」

  去り際に彼が言っていた事を纏め上げた物を伊隅に見せる。


  ハイヴ攻略を目的とした新ユニット・戦術機・兵器の開発依頼書

   ハイヴ内部では光線級が存在しない為、
   高速飛行でBETAを無視し反応炉まで一気に駆け抜けれると推測する。
   飛行ユニット又はそれ専用の戦術機が有効と思われる。
   BETAが詰まっている場合はS-11を改良し方向性を持たせ突破口を開く兵器を使用。
   突き進む事で短時間ハイヴの攻略が可能であると考察される。
   よってここに開発依頼書を提出する。

          国連太平洋方面第11軍横浜基地所属 訓練兵 田中マサト                          

  

 
 「使えると思う?」

  伊隅は考えを纏める為に少し時間を置き答える。

 「実際にやってみない事には断言は出来ませんが……
  成功すればハイヴ攻略も夢ではないかと」

  G弾によるハイヴ攻略では無い。
  新しい発想によるハイヴ攻略、色々抜けている開発依頼ではあるが面白いと。

 「伊隅、彼人前に出してもいいわよ。
  でも常時マスクを着用させて置くこと部隊内部であろうが顔を見せることは禁止。
  理由は言わないでも分かるわよね?」

 「了解」





  伊隅が退室し一人に成り香月は思考に没頭する。
  彼は三つのカードを切ってきた。
  意図した物は二枚だろうが実質三枚だ。
  一枚目、新兵器開発。
  今までに無かった発想を持ってのBETA攻略、
  これで全てのBETAを排除出来る可能性は無いが数個のハイヴなら落せるかもしれない。
  二枚目、戦術機適性調査結果。
  意図していなかったであろうが、
  彼は毎日ベテラン衛士に匹敵する時間戦術機に乗って平然としている。
  そして極めつけが三つ目。
  先ほどの書類をもう一度確認する。


  田中マサト(仮)の身元調査結果

    本名 崇宰 将登(タカツカサ マサト)

    生年月日 1980年 2月1日 現在 18歳

    父 崇宰 雄二 
    母 崇宰 光華 旧名 煌武院 光華
    
    1990年 彼の生誕からに崇宰家当主から勘当され高槻に名を改める。

    1998年京都陥落当時 崇宰 雄二 崇宰 光華 両名は戦術機に乗りMIA判定。
              本人は横浜柊町へと避難。

    1999年BETA侵攻時  行方不明になりMIA判定。


  
  彼は記憶がほぼ戻っていると言った、
  つまり皇族であり、日本帝国の現・政威大将軍 煌武院 悠陽の従兄弟であると自覚している。
  そしてこちらがそれをいずれ知るであろう事も。
  日本政府の対する最強のカードの提示、それが彼の切った三枚目のカード。
  自分の身体を、地位を、知恵を、全てを突き出しこちらに求めるのはなんだろうか?
  生きると言っていた。
  現状ではBETAの恐怖に晒されている人類に未来は無い。
  そうBETAを排除しなければ。
  つまりオルタネイティヴⅣを完成させる事しか有り得ない。
  自分の研究の詳細を知っているとは思えないが人類に勝利を求めている、
  そう自分の全てを代償に勝利を求めているのだ。
  気高い精神だと思う。
  手段も取り得る最高の物を引き当てている。
  言われなくとも人類に勝利をもたらして見せましょう、何を犠牲にしても勝利を!

  認めよう貴方は私とある種の協力関係であると、崇宰 将登 は私と対等に成り得ると。

  部屋に魔女の高らかな笑い声が響いた。

  



[3501] そのはち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/20 05:41
1999年11月24日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 グラウンド

 ――― Masato Side ―――


  半月ぶりの外、空が眩しく暖房等あるわけも無く空気が冷たい。
  新鮮な空気を目一杯吸い込もうとして断念する。
  首から鼻の上までを覆う黒いマスク、
  耳は空いているが周囲にはどこの忍者だよって思われているんだろう。
  香月博士の復讐なのだろうか、何故か常時マスク着用を義務付けられていた。

 「久々の外に出れるんだ今日はグラウンドを走って来い」

  伊隅大尉に命令されグラウンドに着いた時に忘れかけていた事を思い出した。
  そう、この人はドが付く程のSだったのだ。
  そう言われてからグラウンドに来るまで失念していたのだ。
  何たる不覚。
  こんなマスク着けたまま走ったら呼吸困難になってぶっ倒れる。
  だがサボったりしたらどうなるか分かった物ではないので走る。
  開始5分で息が上がってきている。
  更に5分経過した頃には酸素が足りてない、
  考えてみればわかる、冬に暖房を入れた部屋の窓には水滴が付く。
  それがマスクの外と内で同じ様に水滴が付いているのだ、
  布が水を吸えば空気は通さない。
  そのマスクを剥ぎ取れ!と脳からの命令が飛んでくる。
  だがそれを意図的に無視する。

  そして俺は空を飛んだ……どう考えてもコケタだけです。
  酸素不足で頭が回っていないのか。
  そこでふとドSの事が脳内をよぎる……うん、もう一回走ろう。
  初日の拳銃を向けられた事に比べればこれしき!

  ぶっ倒れては走るを繰り返しノルマを走り終え横になる。
  ジャージに泥の付いていない場所等無い、全身泥まみれのハァハァ言っているマスク男。
  どこからどう見ても立派な変態た。
  伊隅大尉はこんな格好にさせたくて外に出して走らせたのだろうか。
  
  身体を起こし視界に入ってきた色は血の様に赤い紅。
  背筋を伸ばし緑色の髪をストレートにおろし歩いている女性。
  月詠 真那 完成された美がそこに居た。
  こちらが見ている事に気が付くわけでも無く去って行く。
  見惚れている場合ではない。
  彼女が居るという事は207部隊がつまりこの世界の時間が加速度的に動きだす、
  その後自分は使われるようになる。
  自分は死にたく無い、生きたいのだから出来る事を全てしよう。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


  結局疲れ果てて着替える暇なくシミュレータールームに辿り着く。
  
 「ほう、いい男になっているではないか」

  聞こえた声に反応し咄嗟に敬礼をする。
  目の前では伊隅大尉がニヤニヤとしながらこちらを見ていた。
  その視線は止めて欲しい貴女について行けるのはドMだけですから。

 「久しぶりの外で張り切ったのか?
  まぁいい今日は新しいプログラムを入れているので少し時間があるシャワーを浴びて来い」

  新しいプログラム?
  原作数年前で何がどうなった等知っているはずが無い。
  取り敢えずシャワーを浴びてこよう。
  



 「田中、貴様が開発依頼を出した物の雛形だ。
  香月博士じきじきの命令だ、貴様が完成まで持っていけ」

  香月博士は天才だ。
  思いつきで提出した物を翌日にシミュレータで実装。
  確かXM3も即時作り上げていた辺り、自分では理解出来ない領域。
  孤高の天才
  自分の認識の甘さを自覚し改める。


  試作型 89式戦術飛行戦闘機 陽炎 飛行ユニット装備
 
   本来腰の後ろについている跳躍ユニットが無く、マウントも無い。
   代わりに付いているのは正面から見て左右に突き出ている羽。           
   動物の様に羽ばたく物でなく左右対称に付き出ているへの字の鋼の棒がハネを作り上げている。
   左腕には全身を覆えるであろう大きさの盾、
   右手には弾頭に指向性のS-11を積んだバズーカ。


  見た目は出来上がっている、これをたったの一日で作り上げたのか。
  これが完成すればA-01崩壊後でも自分は生き残れるかもしれない。
  そう思えてしまう程の威圧感を感じた。
 



 「くッ」

  目の前には自機大破の文字。

  この訓練を開始して2時間がたとうとしていた。
  最初はフラフラと飛ぶ、これは始めて乗った時にしたので問題無し。
  次に少しずつ速度を上げてGに慣れる。
  そして今問題となっているのは市街地での低空飛行。
  最大時速500km/h、こんな速度で突っ込んで曲がれと言われた。
  ヘッドセットの網膜投影方式ディスプレイと言う機能のおかげでタイミングや距離はわかる。
  だが成功しない、愚直に飛ぶ、突っ込む、曲がるという操作を繰り返しているだけなのだが。
  慣性の法則を舐めていた。
  身体が後ろに押し付けられる状態での操作でタイミングが取れないのだ。
  テストパイロットがエリート、今なら理解できる。
  こんな過酷な条件で要求をクリアできるのはエリートだろう。

  銃を撃っても大半はずれる。
  戦術機で斬りかかっても距離を間違えぶつかる。
  そんな素人にはこれは不可能だ。
  
 「操作の簡略化、途中の割り込みが出来ればな……」

  知っているからこそ頼ってしまいたくなる。
  XM3、あれがあれば予め操作入力を行ってさえおけば後は自動で曲がってくれる。
  更には不測の事態が起きれば途中で新しい操作入力で割り込めるという二段構え。
  原作通りの展開であるならばXM3が出来上がるのは2年から3年先。
  それまではこのままでやらねば成らない。
  原作に影響しない様にこっそり作ってくれないだろうか?
  XM3の事を考えていると操作を出来る状況を作ればいけるのではと思い立った。
  速度を維持したまま曲がれないので有れば反転し急停止してから曲がれないだろうか?
  実際に挑戦してみる。

 「くッ、クハッ」

  反転し逆向けの力を加え戦術機を空中で停止させる。
  完全に失念していた、重圧が有り得ない程かかる。
  なんとか耐え切ったが頭がフラフラしている。

 「あ」

  自分でも間抜けだと思う声が漏れる。
  重圧に耐えることに必死で操作入力を忘れていた。

 「そこまでだ、30分の休憩とする」

  呆けていた所に伊隅大尉からの指示。
  了解と返す事も忘れ外に出れぶっ倒れる。
  思ったよりもさっきのは危険らしい。
  焦点が微妙にずれているようで視界がおかしい。

 「大丈夫か?」

  流石に見かねたのか伊隅大尉がやってくる。
  顔を近づけ目を覗きこんで来る、止めてくれとも言う気力も残っていない。
  されるがままの状態。
  貴女の部下に見つかったら誤解されますよ?

 「30分と言ったが今日はこれまでにしよう、休憩ついでに話がある。
  途中に言っていた、操作の簡略、割り込みとはなんだ?」

  聞かれていたのか?
  それはまずい、XM3は重要なファクターだ。
  原作から外れる分岐等取らせた事がばれれば殺されるかもしれない。
  だが飛行ユニットの雛形は作ってくれた。
  これは原作には無かったはず、影響しない範囲であれば問題無い?
  大尉に話していいのだろうか、
  自分の担当をしていると言う事は自分がどういった立場なのか知っているのだろうか?
  一度確認しておこう。

 「大尉、俺の事はどこまで知ってますか?」
 
  質問をしてすぐに大尉の顔つきが険しくなる。

 「貴方の……いや、貴様の本名すらも知っている」

  はい?
  本名は誰にも言っていないはず、ああ霞がいたか。
  つまり大方知っているし言っても問題無いと判断する。

 「操作を一つ一つ行うのでは無く、纏めてある程度入力出来るようにするんですよ大尉」

  自分の解釈通りであればこうなるはずだ。

 「先ほどの場合だと、飛んで全速力で突っ込む。
  そして障害と衝突する直前に曲がるという操作をするわけですが。
  それを予め入れておけば、自分のように重圧に負ける事無く戦術機は動きます」

  まぁ重圧に負けているのは自分が未熟なだけで本来必要無いかもしれませんがね、と付け足しておく。
  言うなれば初心者モード。
  XM3の先行入力はこれに値する。
  何やら考え込んでいる伊隅大尉はこれは知らなかった様だ。
  だがまぁ概念を教えて置いてもさして歴史が変わるわけでも無いだろう。

 「続いて割り込み。
  これは簡略化され連動された動作を中止し新たな命令を与える事です。
  この機能が無ければ不測の事態に対処できませんし、
  これによって操作を実質2種類入力することが可能になります。
  この二つがあれば初心者に近い俺でも戦術機をもっとうまく動かせるかなと考えていました。
  と言っても実装は数年先でしょうが」

  そう白銀がやってくるまでXM3は出来ない。
  つまり現状の操作で何とかしなければいけない。
  数年あるとも言えるし数年しか無いとも言える、今日は疲れたし早めに眠ろう。


 ――― Masato Side End ―――





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 第六ブリーフィングルーム

 
 「速瀬、喜べ新しい玩具だ」

 「はッ」

  本日よりシミュレータに搭載されたテスト機。試作型 89式戦術飛行戦闘機 陽炎 飛行ユニット装備。
  スペックデータを見ている速瀬の顔が歪む。

 「大尉これはどのような状況下で使用する機体なのでしょうか?」

  速瀬は真剣な目で伊隅に問いかける、地上でこれを使えば光線級の的だと。伊隅は目を閉じ腕を組み先ほどの事を思い出す。
  固定概念に囚われるなと先日部下に命じたが、発想が根本から違うように思えてしまう。
  既存の概念では無くまったく新しいアプローチ。彼も天才なのかもしれないな……

 「それはハイヴ攻略専用の戦術機の雛形だ、
  ハイヴ内部に置いては光線級の脅威は存在しない。
  つまり既存の戦術機を使うよりも新しい専用の装備、戦術機を作ろうする計画だ。
  これが本格的に始動すれば戦術機でBETAの反応炉まで辿り着ける可能性を秘めている」

  一気に語り少し間を置く、速瀬は真剣に聞き入っている。深度の深いハイブでは現実的ではない。
  だが目と鼻の先にある 甲21号目標 佐渡島ハイヴ ここならば落とせる可能性がある。そこまで理解しているだろう。
 
 「これよりA-01部隊はこの玩具のテストを最優先任務とする、解散」

 「敬礼」






 「操作の簡略、割り込みか……」

  速瀬が去って行った後に残った伊隅はふと思い出す。
  彼が立案した計画は始動した、そして彼はもう一つ求めている。
  数年かかると彼は予想している様だがこの基地には彼ではない天才がいる。
  その天才に持っていけばどうなるだろうか?
  実際に作るとどういった動きをするかは伊隅には想像出来ない。
  だが彼の考えが人類にとってマイナスになるとも思えない。

 「持っていくか」

  決まったならばと早速書類を作り始める伊隅であった。



[3501] そのきゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/19 03:04
1999年12月2日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「伊隅、これ彼の真似?」

 手に持った紙をヒラヒラとさせながら香月は伊隅に向かい合う。

「いえ、それは彼の言っていた内容を纏めただけの物です」

 即座に返答する伊隅を見ながら香月は思いついた疑問を投げつける。

「彼はこれを何故私に持ってこなかったのかしら?」

 質問してから彼が持って来れない状況に居ることを思い出す。
 人には言えない理由だがこちらのミスで彼は居ないのだった、内面で舌打ちする。

「いえ香月博士、彼はそれが出来るとしても数年先だと言っておりました」

 つまり彼がここに居ないのは関係ないと、
 彼がこれは無理だろうと考えている?
 自分ではない人にこれを持っていった場合はどうなるだろうか。
 不可能だろう、確かに現在の技術では実現は出来ない。
 並列処理速度が追いつかないのだ。
 並列処理とは同時に計算、処理を行なう事。つまり脳の動きに近い。
 自分の当面の目標は量子電導脳の開発、
 最近この研究は進んでいない、だが戦術機程度ならば十分に使える物は既に出来ている。
 そういえば彼は自分の研究内容も実績も知らないのだった。
  
「伊隅、貴女がこれを持ってきたと言う事はこれは使えると言う事?」

 衛士では無い香月は伊隅に尋ねる。

「はッ、正直分かりかねている部分も有りますが。
 先の開発依頼といい彼が無駄な事をするとも思えず、
 また彼が香月博士の研究内容と知らない為に、諦めていた可能性を考慮して持ってきました」

 使えるかどうかは分からない新機能、
 そして後半部分は自分と同じ結論に至った訳だ。
 行き詰まりつつある研究、活性化しているオルタネイティヴⅤ派。
 自分の研究結果を少し出すだけで新たなカードになるかもしれない新規開発。
 様々な事情が彼女の脳内を駆け巡る。
 先日のこちらのミスもある、現在彼と私は対等に近い関係である。
 ならば対価としてこれを作り成功すれば御の字か……
 諦めていた機能が実装されると成れば彼はどういった反応をするだろうか?
 想像しただけで口元に笑みが浮かぶ。
  
 貴女が契約した魔女は天才で有ると実証して見せようで無いか。

「最良の未来か……」

 本人の意図した物ではないが最終的に引き当てている。

「伊隅、社を呼んできて。
 それと彼の退院は明日でよかったわね?」





1999年12月3日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 病室


――― Masato Side ―――

 やはりマスクを付けての生活には無理があった。
 二日前、遂に酸欠で軽度の高山病になり倒れたのだ。
 香月博士は酸欠で死ぬと脳は壊死してしまう事を知っているのだろうか?
 解剖されるのは無論嫌だが、マスク着用による酸欠が死因になるのはそれ以上に嫌だ。
 流石に病室ではマスクを外す許可が出ているの、気が楽だったのがそれも今日までだ。
 明日からまたマスク男としての生活が始まるのか……

 退院手続き待ちをしていて、暇な間に考えて分かった事がある。
 気楽に開発依頼を出したのはいい、そしてそれが通ったのもいい。
 だがそれを自分でテストして実機まで持っていくのは辛い。
 まだまともに戦術機も動かせないような状況では障害物付きの高速飛行なんか出来ない。
 頭は追いついているのに操作が追いつかない。
 香月博士に頼んで基本が終わる迄、飛行ユニットのシミュレーター訓練を中止して貰おう。
 使うのは数年後、インスタント衛士とはいえ最低限の事は訓練しなければならないだろうし納得してくれるだろう。

 出来れば、こちらが基本を終える頃に、他の人が飛行ユニットの調整を済ませてくれる事を祈ろう。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室   

 退院と同時に部屋に来るようにとの指示を受けやって来た。
 目の前には妙にテンションが高い香月博士がいる。
 人がマスクが原因で入院したのが其処まで面白かったのだろうか。
  
「まさかそんな事になるとは思ってなくてね、マスクを付けさせたんだけど、
 悪かったわね、完全にこちらのミスよ」

 謝罪なのだろうか?
 香月博士本人なのだろうかこの人はと思い、まじまじと見てしまう。

「そこでお詫びもかねて、貴方が伊隅に言っていた物を突貫で作ったわよ」

 ……ん?
  
「XM2、まずはコンピューターの処理速度が上がっているわ。
 そして操作の簡略化、貴方の言っている操作を纏め上げて入力。
 つまり一連の行動を一気に入力して待機状態に持っていけるようにする、
 それを実行に移すと順番にその動作がなされていくわ。
 待機状態の実装に伴いその内容を常時上書き出来る様に、これで操作の上書きが出来るようになるわ。
 これをさせる為に操縦系を司るOSをごっそり入れ替えたわ」

 待て、待ってくださいお願いします香月博士。
 3を2に変えたからといってもそれはいけません。
 こんな物表に出したら未来が……

「それに伴い即応性が20%程上昇したからじゃじゃ馬になっているけど、
 慣れれば既存の戦術機の中ではもっとも使いやすいはずよ。
 貴方はこれを作るとしたら後数年はかかると思っていた様だけど、
 知っていた?私はこういった事も出来るのよ」

 まさかの展開。
 数年後の自分に負けているのが納得いかなかったのだろうか、
 そんな理由で人類の未来の生存確率を大きく下げないでください。

「驚いて声も出ないみたいね」

 こちらは必死に原作の後の事を考えているのに、
 原作をぶち壊しかねない子供の様な意地っぱりに驚いております。

「取り敢えず作ったはいいけど、
 これをどうやって使うかは貴方にしか分からないから。
 明日からこっちを優先でやって貰いましょうか、OSのバグ潰しから始めるわ」

 基本も完璧にこなせないのに、どこまで無茶な振りだろうかと思ってしまう。
 確かに白銀の以外の人間で一番近い事が出来るのは自分だ。
 だが技量はまったくと言っていい程に足りてない。
  
 一度考えを纏めなおそう、名前は3を2に変えただけとはいえ一応違う。
 そして原作通りにやるならばXM3を作る、つまり表に出さずにこっそり使う?
 誰が?原作に関わらない既存の人物。
 あれ、それって俺?
 なるほど自分で使うものは自分で作れと、つまり基本を固める時間すらくれないのか。
 今回倒れて入院した事により、更に劣悪な環境になってしまった気がする。
 同時にこれが完成する頃には自分も前線に送られるのだろう。


「あ、それとマスクね通気性のいい新素材のを用意して置いたわよ」

 こちらが一度倒れたのにこりず、そこまでしてマスクマンに仕立て上げたいのですか?






1999年12月4日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータルーム


  97式戦術歩行高等練習機 吹雪

 今回から第二世代の陽炎ではなく、第三世代の吹雪を使えるらしい。
 どんな物なのかも分からないので、取り敢えず乗ってみる。
  
「うぁッ」

 最初の一歩で転倒してしまった自分がダサイ。
 即応性が20%上がっているXM2に、機動性だけでなく、柔軟性、即応性も大幅に向上している吹雪。
 今迄のOSが手を使って別の身体を動かしている物だとすれば、これは自分の身体だ。
 原作に置いてだが、これで戦術規模で大きく変わると言われていたのが実感できる。
 ファミコ○がW○iに進化しました、といった感じだろうか?思考がそれた。
 原作に置いて207分隊は、吹雪にXM3で不知火と渡り合えていた。
 何故かと問われれば三次元の機動概念とXM3と答える、つまりそれはインスタントでも生きていける道?
 甘い考えだと自分でも思う、だが高確率で生き残れる手段が目の前にある、ならばやってみよう。
 そう想像するのは白銀のトライアルの機動、自分でも興奮しているのを自覚しながら戦術機を動かす。

「よしッ」

  

――― Masato Side End ―――



  
「うぁッ」

 モニターに移る吹雪、彼が欲しがっていた初心者でも使いやすいOSのテスト。
 今までとの勝手の違いに驚いているのだろう。確認するように、歩いたり走ったりを繰り返している。 
 自分も陽炎から不知火に乗り換えた時、同じ様な事をしたなと思い、伊隅は口元に笑みを浮かべる。
 
「よしッ」

 聞こえてきた声により動作教習応用過程Dを一瞬思い出す、あの時自分の固定概念は一つ覆された。
 否応無しにも期待してしまう、彼が発想し目指している物は自分には把握出来ていない。
 そして又自分の固定概念は覆された。
 
 突撃銃を棄てながら噴射跳躍、そこから倒立反転でナイフ装備、着地と同時に水平噴射跳躍。

 三次元の動きにより、回避と同時に武器を切り替え、即座に目標に近づき行動する。
 操作の簡略、割り込みとはこういった使い方だったのか。
 使えるかどうか分からないと考えていたが、このOSは使えると断言できる。
 今までの戦術機という機械を動かしていた、だがこれは人間の動きの発展系ではないか。
 XM2が、既存の戦術を、一つ上の高みまで押し上げてくれるという確信を得た瞬間であった。

 自分が興奮しているのを自覚し、落ち着こうとモニターに移る彼の顔を見つめる、
 口元を覆っているマスクにより目しか見えない彼の顔を。
 そういえば彼は最初から飛んでいた。
 そして飛行ユニット、飛行用の戦術機の開発以来。極めつけにこの新しい概念のOS。
 つまり彼が目指しているのはこれらの先にある何か?既に自分では理解の及んでいない領域の更に先。
 一つ一つの操作は荒く、ベテラン衛士には遠く及ばない、だが魅せられる

 自分の部隊にこれを実装して貰わねばならない、訓練兵の彼がこれ程の事をして見せたのだ。
 正規兵の自分達は完全に出遅れている。衛士として、彼が目指す高みを一緒に見てみたいとも思う。
 同時に、負けられないと思う気持ちが湧き出てくる。足りない技能を補って余りある、あの魅せられた動きに……

 香月博士の元へ向かう伊隅は希望に魅せられていた。




[3501] そのじゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/20 12:25
1999年12月12日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータルーム

――― Masato Side ―――


「今日はそこまでだ田中、今日は貴様に紹介したい者がいる」

「了解」

 自分に紹介したい人物?疑問に思ってしまうのは当然だろう。表に出れない自分を誰に紹介するのだろうか?

「整備兵だ。貴様の開発した飛行戦術機について聞きたい事があるらしい」

 こちらの態度に気が付いてくれた様だ。整備兵か、確かにこれからお世話になる人たちではある。 
 だがしかし、いつから開発者が俺になったんですか?香月博士の実績として扱わない事に意味があるのだろうか。
 原作の再現をする為に、最低限の事はやはりしていると言った事なのだろう。
 だが専門的なチンプンカンプンな会話をされても困る。
 どうすればいいのだろうかと、伊隅大尉に縋る様な視線を送ってみる。

「何心配する事は無い。これは貴様の計画だ、貴様の考えを話すだけで良い」

「了解」

 脳内では了解出来るか!と考えているのに、何故か了解と答える自分。
 ニヤリとこちらを見つめる伊隅大尉、俺の考えを話すだけ?自分でどうにかしろと言うことですか。
 その目を止めて欲しいと思ったのは何回目だろうか、このドSめ。



同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 目の前にある物の存在感に圧倒されてしまう。シミュレーターで何度も乗っていた物であってもだ。
 戦術機の実物、国連軍のカラーの蒼き戦術機が整列している。
 子供の頃に憧れたもした、中学生の頃に、実物を作れる職業になれたらという妄想もした。

「大きい」

「そうか、貴様が戦術機を見るのはこれが初めてだったな」

 感動している時、伊隅大尉がニヤニヤをしているのが怖かった。




「あんたが田中マサトかい?」

 後ろから聞こえた声に振り返る、そこにはガタイのいい髭のおっさんが居た。
 おっさんがニヤニヤしながら寄って来る。 

「面白いもん考えるじゃねぇか!飛行ユニットと専用戦術機だったよな」

 こちらが答えてもいないのに、ガハハと笑いながら抱擁してくる。
 男に抱擁される趣味は無い、離れようと抵抗してみる。
 あれ?どれだけ怪力なんですか?幾らもがこうともロックが外れないのだ。

「ああ、思わず興奮しちまった。すまんかったな」

 こちらの抵抗に気が付いてくれたおっさんが離れる。
 興奮したら抱きつくのか、セクハラでいつか逮捕されないか不安だ。
 少し離れた位置に戻ったおっさんがこっちをマジマジと見てくる。
 マスクを付けているのが、やはり気になるのだろうか。

「最近の若い男は微妙だと思ってたんだがな、お前は気に入ったぞ」

 ん?抱きつく……気に入る……単語を脳内で高速処理し纏め上げられた言葉に絶句してしまう。
 まさかホの字の御方ですか?
 伊隅大尉に視線を向けるとニヤニヤとこちらを見ている。
 つまりこうなると分かっていて紹介したと、泣きたくなった。 

「田中マサト訓練兵です、本題に入りましょう」

 この場から逃げ出したい衝動を抑えつつ、早期撤退の為に本題に入らせる。

「ん?ああそうだったな、わりぃわりぃ。
 俺は山崎って名前で整備班長をやっている。まぁ回りからはおっさん、親父とかで呼ばれてるけどな。
 で本題なんだがよ、あれは脱出する時の事も計算にいれなくていいのかい?」

 相手が話している間に一歩下がって距離を取っておく。
 ハイヴからの脱出の事か、空を飛べるのだからメインシャフトから出ればいいだけでは?
 余計な機能を付ければ付ける程重量が増える、つまり遅くなって飛ぶ意味が無くなる。

「必要ありません」

 おっさんの目つきが少し変わる、やっと真剣に話をしてくれる態度になったのか。

「なんでいらないんだ?」

「無駄な物を付けすぎると、重くなって飛行の意味が無くなるからです。
 大原則としてですが、高速飛行によるハイヴの反応炉の破壊を目的としている物ですので」 

 まさか趣味の感覚で余計な機能を付けたいのだろうか?勘弁して欲しい。
 それに乗って俺はいつか出撃するのだ、生存確率を下げないでくれ。。
  
「まぁそれならいいけどよ……戦術機のベースはどれがいい?第三世代機でな」

 ホの字のおっさんから逃げる為に高速で考える、第三世代機で一番死ににくい物を頑丈な物を。 
 吹雪、練習機だし却下。
 不知火、格闘も視野に入れているのでそこそこ頑丈か保留。
 ラプター、コンセプトが根本的に違うので却下。
 武御雷、不知火よりも更に近接重視なので頑丈、これだ!

「そうですね……可能であれば武御雷を」

 おっさんの目が細くなり、こちらの目をジロジロと見つめてくる。
 まるで何いってんだこいつと言われてるようだ。それもそうか、国連軍で武御雷のデータが有る訳ないか。
 原作が始まれば紫の武御雷がやって来るし、その時のデータを取ればいけるだろう。

「そうかい、無理かもしんねぇが希望は分かった」

 やっと開放か、趣味で戦術機に何かを付けるホの字のおっさん。 
 そんな人間に戦術機を作らせる国連軍は、本気で大丈夫かと心配してしまった。


――― Masato Side End ―――






「おい、伊隅ちゃん俺は日本人だぞ?」

 田中が過ぎ去った後、山崎は伊隅に声をかけ、不機嫌なのを隠すこと無く伊隅を睨みつける。

「確かに俺は軍人だ、だがな俺は日本人なんだ」

 再度山崎は伊隅に声を投げつける、だが伊隅は何も答えずに沈黙している。
 
「あら?貴方達何をやっているの」

 二人に声をかけた人物、香月は二人を睨み付ける。

「良いところに来たじゃねぇか副司令、さっき田中マサトの希望を聞いたんだがよ。
 いや取り敢えずレコーダーに入ってるのを聞け」

 整備兵である山崎が、副司令である香月に命令する。
 通常有り得ないはずだが、香月には田中マサトの名前がひっかかる。
 ちらっと伊隅に目線を送ってみても、伊隅は首を横に振るだけ。

「わかったわ」

 どうやら何か起こったと判断した香月は、有り得ない命令に従う。
 そしてレコーダーの会話を聞いている香月の顔が険しくなる。

「わかるよな副司令、俺は日本人なんだ。
 マスクで見えない部分があっても気が付いてしまったんだよ!
 考え方が自分とは違うって考えちまったんだよ!」

 許せないのだ、未来ある若者が、脱出装置の無い棺桶で出撃する事が。
 納得出来ないのだ、将軍に似た目をしている男がここにいて、武御雷の模倣品に乗るということが。

「そう、脱出装置は付けなさい。後者については人類の勝利の為よ」

 Need to Knowで一刀、香月はそれだけ言うと伊隅を連れて研究室に戻る。

「くそったれ!」

 ハンガーに整備班長の声が響いた。






同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室



「マスクは失敗だったのかしら?」

 香月は椅子に座り伊隅に問いかける。 

「判断は間違っていなかったと思います」

「そう」

 即座に答える伊隅の答えを聞き流し香月は考える。
 何故脱出装置が必要ないのか、確かに余計な物を付ければ飛行能力は多少落ちる。
 だが多少なのだ、付けても付けなくても効果等望めやしない。

「伊隅、開発された物は、自分以外の人間も使う事を彼に教えておいて」

「了解」

 これで伊隅には伝わっただろう、XM2と飛行戦術機を提案した彼を、ハイヴの一つ程度の代償には痛すぎる。
 そこでハンガーへ伊隅を呼びいった本来の要件を思い出す。

「伊隅XM2の報告は確かよね?」

「はッ!XM2は希望です。衛士全員に配布されればですが、衛士の生存時間は1.5倍になるでしょう」

 使えるかどうか分からないけど取り敢えず作った、そのOSは希望だと言う。
 彼に対してカードとして作ったはずなのに、いつの間にか彼からまたカードを貰っている。

「借りばかり作るのは柄じゃないわ、それを見なさい」

 伊隅は差し出された書類を見る。


  甲21号目標 佐渡島ハイヴ 間引き作戦
   
   甲22号目標横浜ハイヴの占領により、逃走し合流、そして増加したBETAの間引き作戦。
   本作戦は日本帝国軍主力によって2月1日に行われる。


「確かに佐渡島ハイヴは後3ヶ月もすれば飽和状態になるでしょうが、帝国だけでこれを?」   

 疑問を口に出した伊隅を確認し、香月は待っていたとばかりに言葉を発する。

「不可能でしょうね、00式戦術歩行戦闘機「武御雷」が実戦配備されるらしいけど。
 北関東絶対防衛線と第二次防衛線がガラガラになるわ。
 そしてここからが本題、その作戦の戦意向上の為に、日本帝国の現・政威大将軍 煌武院 悠陽が初陣で出るわ」
 
「なッ」

 驚愕する伊隅を無視し香月は楽しそうに続ける。

「恐らく日本政府は、大規模では無く小規模の精鋭部隊の応援要請をしてくるわよここに。
 作戦時はA01に田中を入れるわ、XM2を完成させ使いこなせる様にして置きなさい」

「了解」

 日本政府への大きな貸しが一つ、更にはXM2と田中、二枚な巨大なカードをちらつかせる。
 彼へのXM2の対価、武御雷はおまけ程度で手に入りそうね。
 そう言えば彼はどこで武御雷の情報を得ていたのかしら?



[3501] そのじゅういち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/20 09:37
1999年12月13日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータルーム

――― Masato Side ―――


 訓練の休憩時間に伊隅大尉がこちらに歩いてくる。昨日の紹介を思い出し警戒してしまう。

「受け取れ!」

 何か銀色の物を投げつけてくるので、思わず右手で掴み取り落とさない様に握り締める。
「痛ッ」と小さい声が出てしまう。何かが指に刺さっているのだ。痛さからゆっくりと手を開けてみる。

「バッジ?」

 指からバッジが生えていた。正確には安全ピンが指に刺さっているだけなのだが。
 貴女何するんですか?と非難の目を伊隅大尉に送ってみる。

「喜べ、特例ではあるが、貴様もこれから少尉だ。それは常時付けておけ、いいな」

 こちらの視線を無視し伊隅大尉は命令する。「了解」と答えつつバッジに目を向ける。
細工が施されていてかなりの凹凸がある。だがその凹凸の間に、血が入り込んで固まっている。
これは流石にまずいだろう、PXに入れ歯洗浄剤は売っていただろうか?

「二つ伝達事項がある。
一つ、貴様の開発している物全てについてだがな、貴様以外の人間も使う事を自覚しておけ。
二つ、少尉になった事が関係している事だ、貴様の初陣が決まった、2月1日だ」

 前者に付いては、将来自分以外の人間が使う。つまり、変な物作るなよって事だろう。
 後者に付いては、遂に来たかと思う。だが誕生日に初任務とは……嫌がらせですか?
元服をするには遅すぎる。成人するには一年早い19歳の誕生日、なんとも中途半端な。

「後一ヶ月半か」

「正式な任務内容の通達は後日になる。貴様が訓練兵になってからの期間を考えるとかなり早い。
だがな、貴様にはXM2が有る。そして貴様には目的があるだろう?死力を持って任務にあたるんだ」

 俺にはXM2が有る。つまり、XM2を作ってやったんだから成果を挙げろ。
目的が有る。つまり、死にたくなければ死ぬ気でやれと。身体が震える、XM2は素晴らしい。
だがXM2を作ってもらったのが原因で、生存確率がむしろ下がっている。どれだけの成果を挙げろと?

「ほぅ、本当に武者震いをしている者は初めて見たぞ、気持ちはわからなくも無いが少し落ち着け」

 ビビッテ震えているのはバレバレらしい。落ち着くのは大いに同意する、焦っても現状は変わらない。
2月1日に何をさせるのだろうか、自分の持ち札から考える。あれ、飛行ユニットとXM2しかないよ?
 飛行ユニットの実戦テストなのだろうか。だがアレは、ハイヴ内部で使う事を想定している。
外で使ったとしても光線級の餌食になる、つまり、ハイヴでしか使えない微妙な装備なのだ。

「飛行ユニットを使用するのですか?」

 ハイヴに入るつもりですか?と含ませて聞いてみる。

「……詳細に付いては正式な通達と同時とする」

 伊隅大尉が逃げるように去って行った。図星だったのか、つまりハイヴ突入の可能性が有る。
一回落ち着こう、原作では表記されていなかった。つまりハイヴ突入は無い、と信じたい。
 カードはXM2と飛行ユニット。そして、成果を挙げろと言われた。これらの事から推測する。
地上に置いて、飛行ユニットを使用しろといった任務内容。これしか思いつかない。
 XM2の対価として、生存確率0に限りなく近い任務……絶望している場合ではない。
最近はXM2の訓練ばかりで、飛行ユニットには一切触れていないが、こうなってしまっては仕方ない。
XM2を使っての飛行ユニットの訓練を開始しよう。 



 シミュレーターを開始して1時間が経過した。気が付いたことが三つある。
一つ目、持てる武装が少なすぎる。背中のマウントが無い、つまり武器は最高2つしか持てない。
二つ目、飛んでいると3分で墜ちる。光線級のレーザーはある程度避けれるが飽和攻撃は無理。
三つ目、飛ぶのではなく基本を浮かぶ状態にして置けば、レーザーが飛んでこない。
 これは大発見では無いだろうか?地上から1m以下の高さを維持すれば補給も出来る。
欠点は弾薬の補給回数の多さと、推進剤の消耗速度。普通に運用すると30分で推進剤が切れる。
弾薬に至っては、数を撃たなければ当たらない。つまり消耗速度が速い、たったの12分だ。

「おっさんにどうにかしてもらうか」

 香月博士に頼めば改善されるだろう。だが、改善された内容では実現不可能な任務がやってくる。
その点に置いては、おっさんの方が幾分かは安心できる。余計な物が付く可能性はあるのだが。

「……最大の障害は貞操か」

 これはこれで大問題だった。 





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 おっさんを探しにやって来たのだが、広すぎてどこに居るかわからない。
右向いても戦術機、左を向いても戦術機、上を見ると照明、下をって現実逃避は辞めよう。

「少尉殿、誰かお探しですか?」

 どうしようかと困り果てて居た時、整備兵の一人が声をかけてくれた。
この世界に来てから1ヶ月半、初めての善意に拠る行動では無いだろうか?嬉しくて涙が出そうだ。

「整備班長は?」

 突然泣きだしたら相手を困らせてしまう。それは本意ではない、なので、声を抑えて感情も抑える。

「あちらです」

 指差された方向に向かおうとした時、他の整備兵がこちらを見ていた事に気がつく。
全員が視線を逸らしたのだ。しかも同時にだ。教えてくれた整備兵もいつの間にか消えている。
なるほど、マスクを付けた不審者が突っ立っていて、作業の邪魔だったらしい。善意じゃなかったのかよ。




「少尉殿、昇進おめでとうございます」

 さっと敬礼してくるおっさん。少し驚きながらも敬礼を返す、おっさんも一応軍人だったのか。

「どういったご用件でしょうか?」

 対応が昨日と180度変わっている。正直気持ち悪い、軍人とはこういった物なのだろうか。
周りに居る人間を想像してみる。伊隅大尉、ドS。香月博士、論外。まともな軍人っておっさんが初めて?
だが昨日は抱擁までしてきたのだ。香月博士を同じ様に、敬礼はいらないと言うと昨日に戻ってしまう。

「飛行ユニットの地上戦用の改善案を持ってきた」

 気持ち悪いが貞操の危機よりはマシだ。我慢し早めに用事を済ませよう。
おっさんが妙な顔している、だが無視して書類を押し付ける。書類を見ているおっさんの顔色が変わる。

 飛行ユニットの地上戦闘運用の為の改善点、という大層な名前が付いているが、書いている事は大きく二つ。
背中から無くなったマウントをどこかにつけて欲しい、推進剤の量を最低でも2倍積める様にして欲しい。
 
「可能か?」

 意識しての命令口調、自分でも似合っていないと思いながらも問う。

「可能ですが……これを地上で使うつもりですか?」

「任務なのでな」

 文句は香月博士に言ってくれ。浮かぶのを思い付かなければ現実逃避に走っていたと思う。
まぁ可能なら作ってもらおう、ベースにするのは出来れば武御雷がいいが無理だろう。

「取り敢えず今回は吹雪で作り上げてくれ、一ヶ月以内にだ」

 命令を出し撤収、上官になったとはいえ、力押しされてはおっさんには適わない。
長いく滞在すればする程、貞操の危険度が上がっていくのだ。



――― Masato Side End ―――





1999年12月20日 帝都 政威大将軍執務室


「失礼します殿下、先日佐渡島間引き作戦の旨を、国連太平洋方面第11軍横浜基地に打診した結果が来ました」

 部屋に入った巨漢の男は膝を地面に付き、頭を下げたまま報告を続ける。

「こちらの要望通り、支援砲撃の弾頭。そして副司令直属の特殊部隊が応援に来るとの事です」

 報告を聞いた少女、煌武院 悠陽は報告した男性、紅蓮 醍三郎に答える。

「表をあげなさい紅蓮、ではその様に正式に通達を国連軍に……」

「お待ち頂けますかな殿下」

 畏れ多くも政威大将軍である煌武院 悠陽の言葉に割り込み、更には静止させた男は地に膝をつき頭を下げる。

「無礼だぞ鎧衣!貴様」

「お辞めなさい、良いのです紅蓮」

 紅蓮が鎧衣と呼んだ男、先月香月博士の研究室に忍び込んだ彼は帝国情報省外務二課の課長 鎧衣 左近であった。

「殿下、早急にお耳に入れて欲しい情報が有り参りました。
先々月ハイヴ内部に拘束されながらも、生存していた人物の一人の名前が判明しました。
その名はマサトと言う者なのですが。将軍に登ると言う書き方をするそうです」

『なッ』

 悠陽と紅蓮は驚愕の声を上げる。

「その者は訓練兵として登録され、先日少尉に昇進。衛士として何処の部隊にも登録されておりません。
ですが現在衛士として、香月博士の元で開発計画を担っている様です」

 二人の驚き様を気にすること無く鎧衣は淡々と報告する。

「副司令直属の特殊部隊に彼は居るのでしょうか?」

 悠陽の問いかけに鎧衣は、首を縦に振る事で事実上の肯定をする。

「殿下畏れ多くも臣下として進言させて頂きます、現状帝国軍の戦力……」

「よい、分かっておる。国連軍は打診通りの内容で正式に通達せよ」

 紅蓮の言葉を一刀し悠陽は征夷大将軍として命令する。

「はッ」

「鎧衣も大儀であった、双方下がるがよい」

『はッ』




 二人が退出した後、悠陽は窓から外を見て一言呟く。

「生きて、生きておられたのですね……」



[3501] そのじゅうに
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/20 11:18
1999年12月24日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「伊隅、整備兵から上がってくる資料と、彼の操縦記録の事なんだけど……使えるの?」

「はッ、個人の技量が大きく関わっておりますが、佐渡島へ行く頃までには」 

 「そう」と答えながら香月博士は整備兵の報告書を再度見る。

「飛行ユニットの地上使用ね……稼働時間は50分で補給に10分……」

 スペックデータを見る限り、まだまだ改良の余地が有るであろう。対BETA戦に置いて50分は短すぎる。
だが数値を見る限りでは有効、超低空を常時飛び回る事を基本にしているので光線級にも有効。
XM2との同時使用により、機動制御が大幅に改善。マウントを左肩、右脚に付け武装も充実。

「A-01で使えるのこれ?」

「訓練中では有りますが実戦には……」

 首を横に振って答える伊隅。そう問題はそこだ。低空飛行とはいえかかる重圧が大きすぎる、
現状の衛士では乗りこなせないのだ。蓄積データが増えても現状では使えない。たった一人しか。

「いいわ、先日12月22日午前、日本政府より正式な『佐渡島ハイヴの間引き作戦』の発表。
それと同時に国連軍への支援要請。同日午後国連軍はそれを受理。XM2、飛行ユニットをお披露目しましょうか」

「了解」

 使うつもり等毛頭無かった、XM2と田中と言うカードをチラつかせ、帝国を揺さぶるだけの予定だった。
だが彼が更に先に提示しようとしている、こちらに相談もしないのは信頼の表れだろう。ならば答えねばと。

「実質一ヶ月もあるわ、彼には……そうね1月1日付けでA-01に臨時編入、マスクは取らない事。
帝国の情報省辺りはもうとっくに気が付いているはずだから。これ以上の露見は必要無いわ。
そして彼には、空を飛んでもらいましょう。機体がワンオフになるけど連携出来る?」

「基本的な連携なら出来ますが、三次元の陣形は現状では有りません」

 「そう」と答えながら香月は彼の考えを推測する、間引き作戦に便乗してハイヴに入ろうとしている?
飛んでしまえば彼の敵は光線級だけになる。更にハイヴ入ってしまえば敵は攻撃してこないのだ。
幾ら彼でもそこまでしないだろう、現状の飛行ユニットでは反応炉まで辿り着く事は不可能なのだから。

「基本の連携だけ叩き込んで置いて。じゃ解散」

「敬礼」






2000年1月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――



「田中マサト少尉、本日付でA-01へ編入。といっても私の部隊なのだがな」

「は?」

 何言ってんの、この人頭おかしくなったんじゃないだろうか。自分をA-01に入れて原作再現とな?
無理だろ、つまり原作前までに殺してやるって意思表示だと思えばよろしいのでしょうか。

「驚くのも無理は無いがな、貴様の特殊な境遇を考えれば当然だろう。
A-01は副司令直属の特殊任務部隊だ。本来連帯規模だったのだが、今は数えるほどしかいないがな」

 いや確かに下手な所に出せる訳が無い。だから個人行動中心だと思っていたのだが、これは良い事なのだろうか。
香月博士の部隊なのだから強い、つまり生存確率大幅に上がったという事だ。任務が厳しいらしいが……
待てよ、これはやはり原作前に、味方誤射で殺すと言った意思表示かもしれない。つまり敵がBETAでなくA-01。

「この後A-01の先任に会わせてやる。だがマスクは取るな」

 絶望的環境になってしまった。成果次第では生き残れると考えていた。だがそれも甘かったのだろうか。
マスクは外すな。つまり将来殺す相手の顔は見たくない、と言った事なのだろう。新年早々これですか。

「着いて来い」

 気分は売られていく子牛だ。ドナドナが脳内に流れた。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「全員では無いのだがな、貴様と関わる人間のみ紹介しよう。CP将校の涼宮 遥少尉だ。
貴様の三ヶ月先任とはいえ、出撃は次回の任務が初めてとなる。同期みたいな物だな」

「よろしくお願いします」 

 原作とは違い髪が短い。オルタネイティヴでは無く君が望む永遠に近い様な、若いからなのだろうか。
優しそうな見た目に騙されてはいけない、この人はきっと黒い人なのだ。なんていうんだっけヤンデレ?

「よろしく、少尉」

「涼宮は指揮管制車両から戦域指示をしてくれる、こう見えて恐い女だからな。怒らせるなよ」 

 ドSの伊隅大尉が其処まで言うのか、怒らせると予定より早かろうが殺される可能性があるのだろうか。
CPならば指示次第で幾らでも抹殺する事は可能であろう。要注意人物だ。

「次はB分隊の指揮をしている速瀬 水月少尉。
本来小隊隊長は中尉なのだがな、実力が有りすぎて階級が一切追いついていない女だ」

「よろしくお願いします」

「伊隅戦乙女部隊へようこそ、期待してるわよ」

 速瀬少尉、戦乙女に期待されると言う事は死後の世界ヴァルハラへ、つまりさっさと死んで下さいと言う事か。

「中隊衛士12人が、代々全員女だった事が由来なんだけどね。あんたのせいじゃないけど、
補給隊員が男なんて、ぶち壊しもいいところねぇ……」

 そう俺のせいではない、恨むならば香月博士か後で来る白銀にして置いてください。

「田中、貴様が作ったOS、XM2をA-01で一番うまく使いこなしているのがこの速瀬だ」

「ちょッ大尉、こんな変なマスクが作ったんですか?」

 変なマスクと呼ばないで下さい。偽名とはいえ名前が……XM2……なんですと?
どういう事だ、原作においてA-01はXM3を初期から使っていた。だから修正が効くのか?
確かに黙っていればXM3に自然に入り込める、だが修正可能なのかこれは。

「伊隅大尉、作ったのは香月博士です」

 負けず嫌いという理由だけで、勝手に作ったのはあの人だ。俺に責任を押し付けるなと抗議してみる。

「だが貴様があの時、私に言わなければ出来なかったぞ。
誇っていいぞ、あれが衛士全員に出回れば戦術の幅が大きく広がる」

 言質は取ったという事か、してやられた。確かに基礎は自分のなりの解釈で教えた。
それをこちらの責任として香月博士は作ったのか、負けず嫌いより性質が悪いではないか。

「へぇ……」

 涼宮さん、速瀬さん、お願いしますから面白そうに見つめないで下さい。一杯一杯なんです。
紹介はこの二名。つまり直接殺すなら速瀬少尉、指示で殺すならば涼宮少尉といった事なのだろうか。
戦場では最大限の警戒をしなければいけない、BETAよりA-01の方を……

「個人的にXM2等聞きたい事は有るだろう。だがそれは後回しだ、ブリーフィングを開始する」






 初任務となる佐渡島間引き作戦において搭乗する機体。飛行ユニット装備の吹雪、これは予想通り。
だがA-01は不知火にXM2を搭載した機体。つまり私だけお空へ?レーザー種で違う空へ逝けそうである。
 作戦内容、第一段階で砲撃に拠りBETAを減らす。第二段階本州にやってくるBETAを戦術機で倒す。
簡単そうに思える、だが自分だけ空を飛べというのは……囮ですよねどう考えても。
 自分に熟練の技は無い。囮になってどうやって生き残れるかを考えねば……無理っぽい。
だが逃げれば速瀬大尉が撃ってくるだろう、自分は原作には居ない人物なのだから。

「煌武院 悠陽か……」

「気になるか?」

 こちらの呟きが聞こえたのか伊隅大尉が険しい顔をしている。呼び捨ては駄目だったか。

「ええ、戦場に出るべきでは無い人物ですから」

 例えハイスペックな武御雷に乗っていても死ぬ可能性がある。原作の登場人物なのだ。
そこまで考えて気がつく、伊隅大尉、速瀬少尉、涼宮少尉、この三名も死なれては困るのだった。
何という事だ、自分が殺されるかもしれない相手が死んでは困る。気がつかなければよかった。

「敵はBETAか人間か……」



――― Masato Side End ―――





「速瀬、涼宮」

『はッ』

「佐渡島の作戦に置いて、我々A-01は田中マサト少尉の生存を最優先任務とする。
わかるな、XM2と飛行ユニットの開発者。更に唯一使いこなせている人物なのだ」

 家柄も問題なのだがな、とは口にせずに伊隅は続ける。

「我々はXM2に希望を見た、だが希望だけで終わらせる事は許されない。BETA、人から彼を守りきれ、いいな!」

『了解』


 任務の伝達が終わり部屋を出ようとする伊隅に速瀬が声をかける。

「あの~、ちょっちいいですか大尉」

「どうした?」

 軽い感じで話かける速瀬を咎める事無く伊隅は答える。

「私は飛行ユニット乗っちゃ駄目なんですかね?」

「自殺希望者かお前は?」

 じゃじゃ馬なのは飛行ユニットでは無く、速瀬なのでは無いだろうか。



[3501] そのじゅうさん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/20 14:43
2000年1月14日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


 ディスプレイに表示された赤い点、レーダーに補足している目標、それを速瀬は不知火で追いかえる。
目標は常に速瀬と一定の距離を置き、廃墟を縦横無尽に逃げ続ける。誘導されている事にも気がつかず。

「ヴァルキリー01、フォックス2」

 唐突に目標の正面に現れた伊隅の駆る不知火は、120mm滑空砲を撃ち目標を撃墜しにかかる。

「ヴァルキリー02、フォックス3」

 目標が伊隅の攻撃に戸惑っている。その隙に速瀬は、36mm突撃機関砲を後ろから浴びせながら目標に近寄る。
目標まで後20秒、到達までの時間を計りながら速瀬は詰めよる。突撃機関砲を棄てながらの噴射滑走、
そして抜刀し突撃する。カウント9,8,7,6,5,4……

「なッ、ああもう!」

 脳内でカウントしていた数字が吹き飛ぶ、相手は空が中心の相手だったのだ。
残り4秒のタイミング急に上昇を開始した目標。飛行ユニット地上装備を付けた吹雪は空へと飛び上がる。
そして36mm突撃機関砲を真下に構えながらの噴射降下。鉄の雨が降り注ぐ。

「01、エアー01スプラッシュ」

「CPより各機、状況を終了します。お疲れ様です」

「ヴァルキリー01了解」
「ヴァルキリー02了解」
「エアー01了解」




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「ほんと回避能力だけ出鱈目よねぇ~、なんていうか変態ちっく?」

 速瀬は回避能力だけを強調し変態マスク、もとい田中に話かける。

「XM2と飛行ユニット、この二つを組み合わせると高速機動が基本になりますからね」

 マスクで覆われているはずなのに、その表情がウンザリしてるのがわかる。

「だってさっきのだって私なら落とせてたわよ。機動じゃなくて射撃と格闘訓練優先出来ないの?」

「そこまでだ速瀬、それよりも先程の最後の弁明を聞きたい物だが?」

 問い詰めようとした速瀬は「げッ」と言いながら後ずさる、そこに鬼が居るのだ。

「罠にかけ挟撃まで持っていけたのはいい、だが最後は噴射滑走でなく噴射跳躍だろ」

 鬼、伊隅が速瀬に一歩詰め寄る。

「いや~、癖がまだ抜け切れて無くて、熱くなってしまいました」

 にゃはははと擬音が聞こえそうな笑顔で誤魔化しつつ、速瀬は一歩下がる。

「すぐに、とは言わん。だが空という概念がある事もしっかり認識しておけ」

 「了解」と答える速瀬を一見し伊隅は田中を睨みつける。

「そして田中、貴様私を舐めているのか?」

 田中は不思議そうにしながらも「いえ」と答える。

「貴様の撃墜迄の時間は着々と伸びている。機体スペックを視野に入れても、まぁ優秀な方だろう。
だがな、貴様は速瀬には一度も落されていない。全て速瀬を意識してる間、私に隙を付かれて落ちている」

 田中は額に汗を浮かべながら黙り込む。

「あれー?もしかして私を意識しちゃっているの~」

 速瀬はニヤリと笑いながら田中ににじり寄って行く。

「速瀬のXM2慣熟度、近接戦闘能力は確かに脅威ではある。
だが毎回同じパターンで終わっていては訓練の意味が無いぞ、後格闘はいいが射撃訓練はしておけ、解散」

 速瀬の行動を華麗に無視しつつ伊隅大尉は退室する。





2000年1月20日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「もう一度言って頂戴」

 この部屋の主、香月が眉を顰めながら伊隅に命令する。

「はッ、田中マサト少尉は訓練内容から陽動もしくは囮を希望していると思われます」

 高速飛行で戦場を駆け回る、確かにそれは陽動や囮に向いているだろう。

「死にたがっているのかしら?」

 香月がそう捕らえても仕方の無い事であった。

「いえ、彼は犬死に等は一切望んでいません。シミュレーター訓練では生存を最優先で動いている節があります」

 「速瀬が絡むと少し妙な動きになりますが」と付け加え、香月の推察を伊隅が一刀する。

「それを見て、どう思う?」

 香月は「まさかね」と思いながら、資料を伊隅に渡し問いかける。

「スペック通りのデータならば自律誘導弾システム装備不可との事ですが、それを補って余りある性能かと」

 成る程、伊隅に其処まで言わせるのであれば彼が武御雷を欲しがるのも納得がいく。
同時に彼がしようとしている事も想像できた。佐渡島の間引き作戦に置いて、こちらはカードを3枚切る。
彼を渡すわけにはいかないので却下。XM2か飛行ユニットのどちらか一枚、そう一枚で武御雷は手に入る。

「伊隅、相手は新戦術機に征夷大将軍 煌武院 悠陽、だけど負ける理由が無いわ。
飛行ユニットとXM2、この2枚のうちの1枚で武御雷を手に入れる」

 結果を出せと命令する。相手は王道、こちらは邪道。「皮肉な者だわね」と笑いながら話を続ける。

「貴方達A-01の今回の敵、BETAでも帝国でも無いわ、崇宰 将登よ。
どちらが目立つかがポイントになるわ、一度位勝っておきなさい」

「了解」

 そう彼が陽動もしくは囮をすると言う事は、帝国に対するデモンストレーションなのだから。 





同日 帝都 政威大将軍執務室


「失礼します、殿下こちらを」

 巨漢の男、紅蓮は悠陽に報告書を差し出す。

「武御雷の有用性は私自ら実感しておりますが、何か問題でも有りましたか?」

 報告書の内容は問題が有ると思えない、そう判断した悠陽が紅蓮に問いかける。

「はッ、確かに我等の開発した武御雷は最強の戦術機で有るでしょう。
ですが問題は香月博士が動くという事、そしてその報告書の中身の立案者が彼だと言う事です」

「将登殿が開発した物、それが武御雷の対抗として出ると言う事が問題なのですか?」

 確かに自分の従兄弟である人物、彼が敵対行動を取ったとなれば帝国政府は揺れる。
だがこれは敵対では無い、そして武御雷の有用性を理解している悠陽にはわからないのだ。

「殿下、口にするのも謀れますが半年前の明星作戦に置いて2発のG弾が使用されました。
それによりオルタネイティヴⅤが活気付いております」

 日本政府が推しているオルタネイティヴⅣ、その成果を挙げさせなければならないと。
そうなると今回は流石に問題が有る。武御雷は最強の戦術機なのだ、それに対抗出来るか否か。

「香月博士を、将登殿を信じましょう。道は違えど同じ所を目指す物を」

 どちらを信じているのか定かでは無く、違う道を進んでいる事を理解している。
歳若くも立派に征夷大将軍としての態度、そう在り続ける煌武院悠陽に対して紅蓮は敬礼を持って答える。




[3501] そのじゅうよん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/22 04:09
2000年1月30日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


「田中少尉、こちらが飛行ユニット地上仕様試作機を装着した吹雪となります」

 山崎は説明書を読んでいる少尉の目を見つめる。最初は面白いと思った、希望だと思った。
だがこの飛行ユニットは化け物だ、熟練した衛士にでも手軽に乗れる様な戦術機ではない。

「パラシュートか……」

 こちらを気にする事無く読み耽っている少尉から視線を外す山崎、彼の内面は複雑であった。
目が征夷大将軍に似ている、斯衛が開発している戦術機『武御雷』を希望している、これらを推測。
皇族関係者、尚且つ将軍家縁の者。何故国連軍に居るのか、考えれば結論等一つしか出ない。
香月博士への貢物、つまり彼は誇りを奪われたのだろう。脱出装置を求めないのは死ぬ為だろう。
日本人として抗議したがNeed to Know、ならばせめてと作り上げた。だがこの吹雪は棺桶にしか見えない。

「着座調整に行ってくる、ご苦労」

 険しい表情でこちらを数秒見つめた後、田中少尉が戦術機に乗り込んでいく。
香月博士は今回の作戦終了後、武御雷が手に入ると言っていた。彼はそれで満足なのだろうか。
生贄として差し出され、自国の為でも無く、香月博士の手の平で踊り逝ってしまう事が。
誇りを奪われながらも気高いその姿に、哀れみを感じる事すら許される訳等有りはしない。
着座調整に向かう田中の背中、何故かそれが過去死地に赴いた衛士の背中と被った。

「結局俺には最良の状態の機体を用意する事しか出来ないんだがな……」

 山崎は敬礼をもって彼を見送った。





――― Masato Side ―――


 ホの字のおっさんが凄い形相で睨むつけてくる、だが気にしたら負けだと判断する。

「パラシュートか……」

 通常、戦術機には脱出用に、機械化歩兵装甲が搭載されている。機械のパワースーツと言った所だろう。
だがこの吹雪には何故か搭載されておりません。以前、他人が使う事を想定せよと伊隅大尉が言っていた。
その結果でこうなったと思えない、つまり俺の戦術機だけ、パラシュートのみが搭載されているのか。
戦場でベイルアウト、そのままパラシュートでフラフラと漂う。その間に降下地点にBETA群がる。
まずい、これではベイルアウトしない方がよっぽどマシでは無いか、降りたら即座に死亡してしまう。

 誰の仕業だ、真っ先に思い浮かんのは香月博士。だが彼女にはA-01が居る、つまりこれは違う。
他に思いつく人間は居ない。ふと顔上げる、おっさんが視線をこちらから外した。
ホの字おっさん、お前の仕業か!だが何故だ、上官として接したのまずかったのだろうか。
そう言えば一度余計な物を付けるなと命令した、業と拡大解釈をしたと言う事なのか……

「着座調整に行ってくる、ご苦労」

 これ以上関わるとまずい、機体をこれ以上悪質に改造されては、生きる残れない。
至急的速やかに逃走する、何故自分の周りは敵だらけになってしまうのだろうか、俺が何をした。



 おっさんから逃げていた為、一切確認できなかった武装の確認を行う。
87式突撃砲×4、36mmチェーンガンと120mm滑空砲が一体となっている戦術機の主兵装。
S-11、自決用だが何故か付いている、ハイヴ突撃の時くらいしか付けないと記憶していたのだが。
確認してもこれ以上出てこない。2種類の兵装、だが実質武器は一つしか使えないと言う事。

 何故S-11が付いているのだろうか。武装については、伊隅大尉にお任せしていたはずだ。
正直敵に近寄ると危ないので、主装は87式突撃砲なので有り難い、だが問題はもう一つだ。
S-11は本来、ハイヴの反応炉を吹き飛ばす為に存在している。自決は失敗時のおまけなのだ。

 ハイヴに突撃して来いと言う事なのだろうか。本来飛行ユニットはハイヴ攻略用の物である。
だが地上仕様でハイヴに入れと言われましても……断ればA-01と言った事なのだろう。

 覚悟を決めねばならない、ハイヴに入ると言っても稼働時間は50分。つまり最長で20分程だろう。
正直開発依頼を出した事に後悔している。今回の作戦で実績を残さなければ死。
何も考えずに衛士をしていれば、まだ訓練兵のままで居れたのでは無いだろうか。




 着座調整を済ませ出撃の時を待つ。事情が複雑に絡み過ぎていて、対策が思いつかない。
第一に今回の作戦で求められている事、陽動や囮、そしてハイヴ突入。
第二に注意して置かなければならない事、速瀬少尉が狙っている。更にCPが信頼出来ない。
速瀬少尉に対しては、常に警戒を怠らない事を意識しての訓練をした。CPは聞き流せば問題無い。
 だが陽動、囮、ハイヴ突入、脱出が出来ない戦術機でこれを行えるのだろうか。
だが考え方次第では問題が無いのかもしれない。元々BETAの攻撃が当たれば撃墜されるのだ。
やはり問題はBETAよりも人間だ、何も考えていないBETAの方が残虐性は無い。



 絶望に浸っている時、気が付くとウサギ少女が正面に立っていた。

「……、……」

 ウサギ少女もとい、霞に助けてくれと目線を送る。

「……頑張ってください、バイバイ」

 思考を読んだのだろう、応援をしてくれる。
でもバイバイって二度と会わないって事なんですよ。貴女わかってて言ってますよね?






2000年2月1日0100 新潟佐渡島沿い海岸 旧国道沿い


 
「我が親愛なる日本国将兵の皆様。これより佐渡島ハイヴ間引き作戦を……」

 ディスプレイに映る戦術機、将軍機である紫、完全なワンオフチューンアップが成され、生体認証まで備えている。
あれは煌武院 悠陽が乗っているのだろか、5機の青き武御雷を従え、威風堂々と戦場に立っている。

「あれが今回お披露目になった武御雷かぁ……乗ってみたいわね」

 速瀬少尉の呟きが信じたくない事実を伝えてくれている。お披露目と言う事は今まで表に出ていない。
それをおっさんに言ってしまった、伊隅大尉のXM2の時といい発言には気を付けねば。


 お偉い方々の挨拶が終わり作戦が始まる。忘れないうちにスコポラミンを3錠飲んでおく。
砲撃の音が鳴り響き、あちこちで人が走り回る中、何故かお祭りの様に感じてしまった。
不謹慎だと思う、だが太鼓の音と砲撃の音、踊る人と走る回る人、これらは似ている、神を奉る人たちに。

「神様ってのが居るなら俺はここには居ないんだろうな。結局敵はBETAで無く人で無く自分なのかな……」

 断言しよう、自分は興奮していると。故に訳が分からない事を呟いた。
 断言しよう、自分は恐怖していると。故に戦場に置いて震えていると。

「死にたくないんだけどな……」

 これが本音。



――― Masato Side End ―――






同時刻 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


 いつもならば眠りについている時間、少女は遠く見つめる。目に見える場所では無いが遠くを見つめる。

「……マサトさん」

 少女は思い出す、ハイヴの柱の中に居た彼は静かに浮かんでいた。本来見えるはずの色は見えなかった。

「……真っ暗でした」

 生まれながら相手の思考が色として見えた、自分はそういう者として作られたのだ。
兄弟、姉妹はハイヴへと入り、散っていった。だが幼い自分はハイヴに入らずに生き残った。

「……普通でした」

 初めて会話した、色の見えない相手と会話。あれが普通だったのだろう。
自分が食事を運んで、彼が勘違いしていた、思考が見えない。これは普通だったのだろう。

「……会えませんでした」

 自分が会いに行くのを躊躇している時、彼は倒れた。病院まで行きたかった。
香月博士の研究の為に行けなかった、XM2と言う名の物を作り上げれば彼は楽になると信じていた。

「……逃げてしまいました」

 XM2の完成、それに聞きにきた彼は会った。だけどその時逃げ出してしまった。
恥ずかしかった、バッフワイト素子のリボンがどう思われいるかわからない事が。
そして自分は、病院のお見舞いにすら行ってないのだ、当時の少女は罪悪感で一杯だった。

「……辛そうでした」

 佐渡島ハイヴ間引き作戦。彼の初任務だと聞き会いにいった。
彼は辛そうな表情をしていた。頑張れと励まし、辛そうな表情を見ていられなくて、自分は逃げ出した。


 ふと彼が言った言葉を思い出した。
 そう言えばもう一度彼に会えると思った。

「……またね」



[3501] そのじゅうご
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/21 16:10
2000年2月1日0230 新潟佐渡島沿い海岸 旧国道沿い 指揮戦闘車


「HQより、ヴァルキリーズ、エアーに告ぐ第一海上防衛線が突破された、戦闘態勢に移行せよ。
繰り返す、第一海上防衛線が突破された、戦闘態勢に移行せよ」

 「思ったより頑張ったわねぇ」と呟きながら香月はモニターを見つめる。
予定より30分上陸を食い止めた、帝国日本海軍はよくやっている、だがやりすぎは作戦の成否に関わる。
本来の目的、BETAの間引きを忘れているのではないか?香月はそう推測するのにも無理は無かった。

「副司令、海底地中に妙な反応が」

 秘書の報告を受け香月の顔が険しくなる。過去に似た事例があったのだ。
鎧衣の報告により判明した可能性、つまり現在BETAは……

「ピアティフ、全軍に通達、BETAが……」

        Code991

 指揮戦闘車の中に警報が鳴り響く。




同時刻 新潟佐渡島沿い海岸 旧国道沿い

「HQより、ヴァルキリーズ、エアーに告ぐ第一海上防衛線が突破された、戦闘態勢に移行せよ。
繰り返す、第一海上防衛線が突破された、戦闘態勢に移行せよ」

「ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各員、エアー01へ全員聞いたな、
10分後BETAの糞野朗がやってくる。新任は決して無理をす・・・…なんだこれは」

 ヴァルキリー01の戦術機のセンサーに妙な反応が出る、そして地が揺れ戦術機コクピットにも振動が伝わる。

「地震ですかね?大尉」

 ヴァルキリー02の確認にヴァルキリー01はCPに確認を取ろうとしたその時。

 地が爆ぜた



――― Masato Side ―――


 突然地面が噴火した、そうアレは噴火だ。地が爆発し穴が開き、その中から大量の化け物がうじゃうじゃと。
身体が震えている、マスクを脱ぎたくなる程に身体が熱い。恐怖に震えながら目の前の地獄から目が離せない。

        Code991

 コクピット内部に響く警報も気にならない、斯衛の軍団の前に開いた穴から出てくる化け物。
次々に化け物の津波に飲み込まれる撃震、陽炎、人を恐れ忘れていた事を思い出した自分に笑ってしまう。
BETAが居るから、香月博士の駒になったのだった。そう自分は死にたくない。

「ヴァルキリー01より各員、BETAを片っ端からぶっ殺せ!食い放題だぞ!」
 
『了解』

 聞こえてきた声に反応する自分、ドSの刷り込みに近い訓練に少しだけ感謝する。
落ち着け、考えろ生きる手段を、地獄から脱出する方法をと。だが即時には思いつかない。

「HQより各員、最優先任務変更、征夷大将軍 煌武院 悠陽殿下をお守りしろ。
繰り返す。征夷大将軍 煌武院 悠陽殿下をお守りしろ」

 CPの涼宮少尉が焦っている?一番焦ってはいけないはずの彼女が焦っている?
データリンクからの情報を確認、どうなっている?何故征夷大将軍の部隊が孤立している?

「01より各機、全速力で駆け抜けるぞ、BETAを無視してもかまわん!」

『了解』

 命令に従い、前だけを見て全速で空を翔る。周りを一切気にせず、後ろすらも気にせずに突き進む。
煌武院 悠陽に死なれては困る。状況が変わっても、原作にどうやって持っていくかは香月博士が考えるはず。
命をチップに行動しなきゃ死が待っている、そんな矛盾を強引に無視しながら。



 見つけた!

「エアー01、フォックス3!」

 回線を切り替える余裕も無いので、オープンチャンネルで固定して垂れ流す。
光線級が居ない事を確認し更に上空へと登る、両手に持った87式突撃砲を下に向け構える。
無差別に36mmチェーンガンの雨を降り注ぎ飛び回る、右へ、左へ、前へ、後ろへと。
自分が興奮しているのを自覚しながら撃ち続ける、BETAが多すぎて適当に撃っても当たるのは楽だ。



「こちら国連軍横浜基地所属A-01部隊伊隅 みちる大尉です。殿下ここは我等に任せ補給を行ってください」

 伊隅大尉がやってきたのを確認し、周辺を確認する。他の斯衛もこちらにやってきている。
最悪の事態は防げた様だ、紫の戦術機の無事を確認しながらも適当に撃ちまくる。

「エアー01は殿下をお守りしろ、ここは我々が死守する総員兵装自由」

 後方に下がれるのであれば大賛成だ、だが空を飛んでいるのにどうやって守れと?
斯衛の方々にお任せしてはいけないのでしょうかと思いながらも返事をか……

 レーザー照射警報

 警報が鳴ると同時、強制的に自動操縦に切り替わる。光線級は居なかったはずだぞ?
通常の戦術機は地上をベースに飛び回る、だが飛行ユニットのおかげか、無茶な速度で飛び回る自分の戦術機。
直線に突き進みだけなら何とか耐えれる、そう自分には上下左右前後、完全な三次元の重圧には耐え切れない。
 窪みか遮蔽物か、何か探さなければ気を失ってしまう。必死に気を保ちつつモニターを見つめる。

「…………!……!……………………!」

 通信で何か言われている様だが知ったこっちゃない。気を失ったら死ぬしか道は無いのだ。
ぼやけて来る視界に大きな穴が映った、ああ其処ならばレーザーは飛んでこないだろう。
照射タイミングなんか測って無い。気を失う直前に自動操縦を切り、一気に降下する。

「うおおおおおおおおおおおお」






 目の前には大量のBETAが居ます。BETA側にとっても予想外だったのだろうか?
両方硬直している……一杯来た……穴の中を飛び回る。上から大量のBETAが降ってくる。
ちょっと待て、そう言っても止まってくれないのだろう、こちらもあちらも必死だ。
 リロードする余裕も無いので銃を捨て避ける、避ける、避ける。
これじゃまるでシューティングゲームだと自嘲する、思ったより余裕が有る。

 落ち着こう、焦っても碌な事に成った試しが無い。そうこんなあり得ない所にいるのだから。
データリンクは死んでいる、先程まで通信で何か言われていたのを思い出せる訳もない、次。
機体の状態をチェック、武装は肩に付いた87式突撃砲2丁にS-11が一つ、推進剤はもうすぐ切れる、次。
脱出する手段、穴から出ればBETAは降って来ない。だがレーザーが飛んでくる、次……が思いつかない。
 これじゃハイヴ突入となんら変わり無い状況じゃないだろうか?
今なら香月博士の欲しい物は全部差し出せる、囮のデータ、ハイヴ突入データ。
レーザー覚悟で外に出てもA-01には殺されはしないだろう。目から大量の汗が出た。




「エ……、聞こえるかエアー01」

 唐突に回復したデータリンクに驚き、歓喜する。

「聞こえています」

 感情を押さえ込む、漏らした涙も、漏らした小便もバレルのは恥ずかしい。

「光線級の排除を確認した。出て来い!」

 今ならば伊隅大尉が天使に思える、崇拝してもいい。

「やるべき事をするんだ!さっさと出て来い」

 やるべき事?推進剤がもう無い、武装を再確認、87式突撃砲2丁にS-11が一つ。
S-11を放り込んで脱出しろと言う事ですか?失敗したら蒸発しちゃいますよ?
 訂正しよう、やはりドSが天使な訳が無い、悪魔だ。
S-11を放り込まずに出た場合はA-01に殺される可能性が高い、やるしかない。

「全員下がってください!」

 近くに居られては困る、ぶつかったりしたらこっちが死んでしまう。 
少し時間を置きS-11を投下、同時に急上昇し外を目指す、あと少しで外だ!

 白い光の中、意識が反転した。 


――― Masato Side End ―――





2000年2月1日0230 新潟佐渡島沿い海岸 旧国道沿い 帝国斯衛軍本陣


 地中から湧き出たBETAの群れ、その正面に整列している斯衛に動揺が走る。
征夷大将軍が包囲される配置なのだ、BETAは数を武器に即座に展開する。

「殿下、我等が突破口を開きます故、即時撤退を進言します」

 数分、たったの数分で周りに居た撃震、陽炎が壊滅してしまった。
残った機体、武御雷の性能は確かに高い、だがこの状況では、性能に何の意味も有りはしない。

「なりません紅蓮、将たるわらわが下がるわけにはいきませぬ」

 悠陽は将として紅蓮の進言を一刀する。

「征夷大将軍 煌武院 悠陽の名の元に命じる、何れ後方の部隊が着ます、総員この場を死守せよ」

『了解』

 絶望的状況に置いても悠陽は将であった。




 一機、又一機と武御雷が破壊されていく。状況は改善されていない、悪化している。
だが斯衛で有るが故に、兵士達は戦う、征夷大将軍を守るために……

「エアー01、フォックス3!」

 オープンチャンネルで唐突に聞こえた声に斯衛の動きが止まる。
この状況で味方誤射も何も無い筈なのに何故?疑問を抱くと同時に、鉄の雨が降り注ぐ。
 鋼の翼を持った戦術機が上空を飛び回り、空爆を行う、あれは空爆だ。
過去、光線級が居なかった時、航空兵器の対地に置ける最強手段の空爆。
光線級は確かに今存在していない、ならば好機、ここで動かなくて何が斯衛か。
 
「全機に次ぐ、残弾を気にする必要は無い。我等斯衛の忠誠を見せつけよ」

 ここに居る、後方に居る全ての斯衛に紅蓮が命ずる。我等は斯衛と、守れと。





 無限に続くと思えた時間は僅か15分で終焉を迎えた。

「こちら国連軍横浜基地所属A-01部隊伊隅 みちる大尉です。殿下ここは我等に任せて補給を行ってください」

 後方の斯衛より数十秒だけ早くではあるが国連軍の不知火が到着する。
XM2に底上げされた能力を惜しみなく発揮しBETAを一掃していく。

「エアー01は殿下をお守りしろ、ここは我々が死守する総員兵装自由」

 斯衛には理解出来ない、自分達は最強の機体に乗っている。技能を合わせても最強のはずなのだ。
だが目の前に展開している不知火はどうだ?武御雷より早くここへ辿り着き、そして動きが速い。

 レーザー照射警報

 斯衛の心情等理解するはずもなく、BETAは無慈悲に攻撃を繰り成す。
空に光の道が出来上がる、空に何が?決まっているエアー01しかありはしない。

「エアー01!田中!直ちにこちらまで撤退しろ!」

 伊隅大尉の必死な叫びが聞こえる、田中と言うのは空の衛士なのであろう。
彼は自動操縦で無茶苦茶な機動で飛び回っている、あれでは中の衛士が持つはずもない。

「うおおおおおおおおおおおお」

 自動操縦を止め、手動でBETAが湧き出てくる穴に突撃していくエアー01。

「田中!ヴァルキリーズ各員へ告ぐあの場所まで道を切り開くぞ。レーザーは無視しろ!逝くぞ!」

『了解』

 この判断を聞いて斯衛はようやく理解した、守られたのだと。
守るべき軍である我等はたった一人に守られたのだと、何たる屈辱。
斯衛として許せるはずは無い、BETAを、エアー01を、そして自分を。

「待ちなさい伊隅、突撃前に情報を一つ受け取りなさい。
もう光線級は居ないわよ、それだけ、じゃ、さっさと助けて来なさい!」

「斯衛の同士よ、受けた恩は返さねば成らぬ。
A-01が通る道は我等が武御雷を持って切り開く、全員抜刀、突撃!」

 香月の通信を聞き、紅蓮は即座に命令する。50を超える武神が突撃した。






「穴からの援軍が停止している?」

 伊隅が呟き、そして考える。即座に結論はでた。

「彼なのか……」

 斯衛が切り開いた道を押し広げながらA-01は穴に近き、距離を縮めた事によりデータリンクが回復する。

「エアー01、聞こえるかエアー01」

「聞こえています」

 伊隅は生きていた事を確認し、即座に指示を出す。

「光線級の排除を確認した。出て来い!」

「やるべき事をするんだ!さっさと出て来い」

 そう伊隅は田中に生きろと命じる。

「全員下がってください!」

 下がる?彼が出てきたらBETAが出てくるのは予想が出来る、ここに居る戦力で抑えきれるはずなのだ。
しかし彼が無駄な事を言うはずも無い、ならば従うしかない。

「全員即座に反転、後退だ!」

 A-01と斯衛が下がった後、穴から光が溢れ出した。

 視界が回復した後に見えたのは、翼を失った戦術機だった。




[3501] そのじゅうろく
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 04:43
2000年2月1日0330 新潟佐渡島沿い海岸 旧国道沿い


 白き光が満ち溢れたその後、穴からの増援は途絶えた、だが海岸からのBETAは止まらない。
大量の戦術機だった物の残骸、BETAだった物の残骸、地獄の中心に置いて多くの衛士が戦い続けていた。
予想外の地中からの侵攻とは別に、本来の間引くためのBETAを相手に。


「HQより各員へ通達する、10分後、該当エリアに支援砲撃を開始する。
該当エリアの衛士は即時被害想定エリア内より退去せよ!繰り返す……」

 該当エリア、それは穴の周辺を指していた。

「私と02でエアー01を戦術機事運ぶ、残りは周辺警戒」

『了解』

 翼を失った吹雪を不知火2機で運びヴァルキリーズは撤退する。






「殿下、A-01の撤退を確認しました。殿下も……」

「なりません、あの穴を塞がない限り我等に勝利は有りません」

 青き武御雷の進言を一刀する、紫の武御雷は満身創痍だった。
片腕を失い、返り血に染まりながらも立ち続ける、煌武院悠陽は撤退を認めない。

「殿下、あの穴は我等にお任せください。殿下は一時撤退後、再編成をしBETA一掃の陣頭指揮を」

「崇宰、そなた……」

 今まで一度も発言せずに、将軍を守り続けたもう一つのの青き武御雷、五摂家 崇宰家現当主 崇宰 泰蔵は懇願する。

「殿下、一時撤退は不名誉では御座いません」

 我に任せよ、その任は我が成すべき事だと。

「殿下、私は確信しました、香月博士を推した我等は必ずや勝利しましょう」

「月詠、臨時編入の貴様はここまでだ。以降、斉御司の元に付け……」

 悠陽の了解を取らずに泰蔵は捲くし立てる。

「第3斯衛大隊各機へ告ぐ、我等の忠義を見せる時が来た。総員あの穴へ突撃し奥地にてS-11で自決せよ。
これは無駄死にではない。国を、民を、未来を、人類へ勝利を、総員突撃!」

『了解』

 青き武御雷を先頭に、大隊であった戦術機10機が穴に突撃する。

「殿下、お下がりを……我等はあの者の忠義に答えねば成りますまい」

「……わかりました」

 



 一機、又一機と戦術機が自決していく。その中、泰蔵は後悔と歓喜により涙を流す。
 許されぬ愛を貫き、子を為した息子を守るために除名した。だが息子は斯衛に恥じぬ戦いで死亡した。
生かせたいが為に勘当をした意味等なかったのだ、そして孫である将登は横浜で行方不明に。
 この不条理な世界を恨んだ、軍人である自分より周りが先に死ぬ耐えていく。
憎きは世界、憎きはBETA、憎きは自分だと後悔し続けてきた。
 鎧衣課長の報告を聞いた時、疑ってしまった。ハイヴからの生還者の名前に、存在に。
今日の今日までは信じて居なかった、信じる事が出来なかった、田中マサトという存在を。
だが見た、通常有り得ぬ、空を駆け続ける戦術機を、未来を、希望を、あれは息子の生き写しだと。
 今まで何もしてやれなかった、本土進攻で守りきれなかった自分を責め悔やむ。
だがそれも此処までだ、息子に託せ無かった物を孫に託そうでは無いか。

「皆の者、大儀であった。集結しS-11の一斉爆破を持ってこの穴を塞ぐ」

『了解』

さぁBETA供、我等斯衛が意地を噛み締めろ。老いぼれの命はくれてやる、対価に望むは…… 

 5発のS-11を持って穴は塞がり、周辺に砲撃の爆音が鳴り響く。




「これをもって佐渡島ハイヴ間引き作戦を終了とします」



 






2000年2月2日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「伊隅、貴女相当焦っていたみたいね」

 「まぁ仕方ないけどね」と付け足す香月夕呼の問いかけに、伊隅は複雑な顔をする。
突如出現したBETAから将軍を救うために、不知火でXM2を駆使し駆けつけた。
だが、着いた時にはBETAの死骸の山が積み上げられていた。
 エアー01、空と言うアドバンテージ最大限に生かし疾走する、田中マサト。
鉄の雨を降らしBETAの壁を穴だらけにし、到着した頃には将軍までの道は彼が作っていた。
事前通知により、最優先で守るべき対象とされていた、彼の全力に、自分達では追いつけなかった。
 苦虫を噛み潰す、穴から出現したBETAも、穴の中に居たBETAも彼一人で相手にしていた。
自分達はXM2で慢心してしまったのではないか?特殊部隊が聞いて呆れると……

「A-01も生き残りは3人ね、次の総合演習が終わる頃までは実質休業ね」

 彼が撃墜されてから自分達部隊は一瞬にして壊滅に追い込まれた。
そう、戦術機が8機から2機に減っては壊滅なのだ。

「おまけに大声で田中って叫んじゃうから上層部にばれちゃったじゃない」

 今回の任務は失敗だ、取り乱し、自分の責任により多くの衛士を失い、結果彼は……

「まぁ状況が状況だった事は認めてあげる、最低限生きてはいるしね。
悔やむのは全てが終わった後よ、貴女をまだ死なせる訳にはいかないんだから」

「了解」





「今回の間引き作戦で判明した事が二つあるわ。
一つ目、佐渡島ハイヴが既に飽和状態で有った事、これによりハイヴ蔦部が本州まで伸びていた。
二つ目、BETAの最優先目標の変更、最初はいつも通りだったけど途中で変わったわよね?」

「地中からのBETA出現ですか?」

 確認するような香月の発言に、伊隅は問いで返す。

「惜しい、BETAの地中からの出現はハイヴの巨大化が原因よ。
最初の段階に置いて、地上のBETAは帝国日本海軍を狙っていた、集積機器の一番多い船をね。
彼らの頑張りもあったでしょうけど、90分を経過した頃、BETAは本土に侵攻開始。
同時に地中からBETAの出現、何故か武御雷の正面に展開。そして将軍機を包囲」

 わかる?と目で語りかけてくる香月に、伊隅は推測を口にする。

「指揮官を狙っていると言う事ですか?」

 有り得ない、そうであれば対BETA戦術は、今のままでは通用しない。

「その後、彼が上空からBETAを片っ端から排除、佐渡島本土に居た光線級の動きが変わる、
戦艦へのレーザー照射を止め、全ての光線級が彼を目標にレーザー照射を開始する」

 「報告通り回避能力の高さだけは一級品ね」と笑いながら香月は続ける。

「そして彼は穴の中へ、レコーダーを見る限りでは中で彼は一度も攻撃していないわ。
最後のS-11を使うまで、延々と飛び回り回避に専念していた。それにより穴からの援軍は停止」

 語られる言葉の意味を噛み締めている伊隅を一瞥し香月は続ける。

「これらの事よりBETAの最優先目標の変更を確認。
無人有人問わず、機械の精度と量だけを目標としていたBETAは、有人の集積機器の塊。
つまり最も強いであろう戦術機を、最優先に狙っている事が判明したわ」

 絶句している伊隅を気にすることなく香月は呟く。

「つまりBETAに、武御雷よりも、XM2と飛行ユニットの方が脅威と認定されたわ。
彼との戦いは貴女達ヴァルキリーズの負け、日本政府との戦いは私達の勝利よ」






 伊隅が退出した事を確認し香月は一枚の書類を見る。

「まぁあれだけ田中って叫べば、そりゃばれるよわね。よりによって殿下か……」


 出頭要請書

  崇宰 将登 以上の者を帝都へ出頭する事を望む。

          日本帝国国務全権代行 征夷大将軍 煌武院 悠陽


 日本政府が求めてきたカードは最強のカード、田中マサトの引渡しであった。


「そういえば彼が今、意識不明なのは知っていないのかしら?」




[3501] そのじゅうなな
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/22 13:53
2000年2月4日 国連太平洋方面第11軍横浜基地病棟


――― Masato Side ―――

 暗闇の中に自分に居る、鼻につく臭いから病院だろうと推測する。
こっちに来てから病院にも慣れたものだ、取り敢えずナースコールを押す……


「目が覚めたか、田中」

 聞こえてきた声は、伊隅大尉の声にしか聞こえない、看護士ではない。
いつから白衣の天使になったのでしょうか、むしろ堕天使の方がお似合いですよ?

「起きてますよ」

「そうか……」

 沈黙、貴女何をしにきたんですか?とは聞ける訳が無い、沈黙に耐え切れず適当に聞いてみる。

「あの後、どうなりましたか」

「貴様はS-11であの穴の中のBETAを一掃、そして気絶した。
それをA-01で戦術機事護送、同時に斯衛も一時撤退、一部斯衛による穴の封鎖が行われた」

 ああ、思い出した。伊隅大尉の無茶な命令、S-11の投入。
もう一度やれと言われたら断固として断る、断ると思う、断れたらいいな……

「大丈夫か?」

 頭のおかしい人と思われてしまったかもしれない、堕天使に「ええ」と答え、話を促す。

「一部斯衛……いや、崇宰 泰蔵率いる第3斯衛大隊のS-11による自決により穴は結果的に封鎖。
同時に支援砲撃を開始、その後、煌武院 悠陽殿下が指揮を執りBETAを殲滅、佐渡島間引き作戦は終了した」


 一気に言われても理解が追いつかない、だが終わったならそれでいいだろう。
自分は命令道理に動いていたのだけなのだし、作戦を考える立場の人間でもない。
所で何故目が見えないのだろう、話が丁度終わった所だし聞いてみよう。

「あの、目が見えないのは一体?」

「む……いやなんでもない」

 ぇ?答えにくい事ですか?つまり一生見えないとかその類なんでしょうか。

「目に付いてだが、その包帯はとっても構わんぞ」

 包帯が巻いてあったのか、だがその言い回しは恐すぎる、外して見えなかったらどうしよう。

「現実か……」 

 ちゃんと見えるではないか。流石ドSだ、こんな虐め予想していなかった。
伊隅大尉を見てみると内線で何か話している、やはりナース服では無く軍服だった。

「香月博士がお呼びだ」

 正直会いたく無い。







同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室

 
「派手にやったわね、飛行ユニットは新品を作らないともう使えないわよ?」

 会って早々逃げ出したくなる、香月博士は戦術機を壊した事がお気に召さなかったのだろうか。
新品を作らないと?……博士まさか壊れたままで出撃しろ、そんな事言い出さないですよね?
だが、香月博士の欲しがるデータは取れたはず……いや逃げ回って居たとしか記憶してませんけど。

「必死でしたので」

 発狂しなかった事だけでも褒めて欲しい、死の八分とか言う者も気がついたら終わっていたのだ。

「……まぁ、いいわ。今回ので気が付いた事は何かある?」

 最初の空白が恐いのですが、気が付いた事ですね、即座に考えます。
BETAと戦術機で戦うのは、正直無理が有ると思いました。却下
G弾を有効に使えば、勝率が上がるのでは無いでしょうか。却下
特に思いつかない、香月博士の機嫌をこれ以上損ねるのはまずい、博士を取り敢えず褒めておこう。

「自分の限界を感じました、無力でした」

 世界を救うのは貴女にしか出来ないのです、私の浅知恵ではどうにもなりません。
飛行ユニットも、XM2も、戦場で逃げ回る位しか出来ませんでしたと。

 香月博士が凄い形相で睨んでくる。何故ですか褒めちぎっても駄目なのだろうか。
解剖されるかもしれない、半端に落ち着いているせいか戦場に居た時より恐いのですが。

「貴方、どこか行きたい所はある?」

 唐突に何を言い出すんだろう、出来ればこんな殺伐としていない世界。元の世界に戻りたい。
だが香月博士にメリットは無い、随分前にそう結論付けたし今も変わってはいない。
考えられる事、無力と無気力を履き違えて捉えた……非常にまずいです。
さっきの発言で自分にやる気が無いと思われた可能性が急浮上した。

「全てが、全てが終わった後であれば!元居た世界へと」

 前者を強調して答える、やる気は有ります、解剖は嫌だと、後者は言う予定に無かった本音だ。
やってしまった、やる気が無いと判断されてしまう、一度の発言位大目に見てくれないでしょうか?

「そぅ……マスクは明日から取ってもいいわ。
後希望の場所には定期的に行かせてあげるわ……あちらの要請もある事だし」

 香月博士が聖母に見える、今回だけは許してくれると言う事か、マスクを取ってもいい、変態を卒業出来る!
そして元の世界に帰れる……定期的に……どういう事だ。
後半の言葉は聞こえなかったが、前半の意味、当然元の世界に帰れるのだろう。
定期的に、つまり白銀の様に一日だけとかで帰してくれると言う事か。

「了解」

「後階級一つ上げとくわ、何かと便利だし」

 最低限の餌を与えるから働けという事か、生死を賭けるのは嫌だが確実に死ぬ選択は取れるはずも無い。
結局餌が付いた以外は変わってない、この世界に来て始めていい方向に進めたのでは無いだろうか。





――― Masato Side End ―――









 田中が出て行った後、香月は伊隅に問いかける。

「伊隅、彼に崇宰中将の死亡を教えた?」

「はッ、本人には伝えるべきだと思いまして。ただ、彼はその……」

 それは予想出来る範囲内だと、香月は躊躇している伊隅の会話を続ける。

「気にした素振りも見せなかったと……よく理解してるわね、彼」

 悲しむ事も、悔やむ事も、涙を流す事も、全ては終わった後にすればいいのだ。

「徹底的か……そして無力か……」

 飛行ユニットとXM2は予想以上の戦果を上げた、上空からの射撃による空爆も実戦で実行した。
レーザーの網を掻い潜り、ハイヴ坑道内部に近い、あのBETAの溢れている穴に入って見せた。
武器も使わずに推進剤の残る限り避け続けた、あれは補給無しで反応炉まで行く事を想定だろう。
 
 此処だからこそ作れた、彼だからこそ発想出来、彼だからこそ使いこなせた、その彼が無力。
戦術的にはハイヴの一つや二つは落とせる、だが戦略では勝てない、全てのハイヴは落とせない。

 前回の作戦でBETA行動に新しい動きが見えた、BETAも成長しているのだ。
伊隅ですら気が付かなかった事に、戦場に置いて既に気が付いて居た、そういう事なのだろう。
必用なのは戦術では無く戦略、オルタネイティヴⅣの完成を待つしか出来ない彼は無力と。

「当主の死んだ崇宰をどうやって纏めるのかしら?」

 彼は元居た場所に行きたいと言っていた。
当主が居る間は交渉のカードとして存在してた、彼の存在そのもの。
それを彼はここで切りたいと言ってきたのだ、XM2でも無く。飛行ユニットでも無く彼を。
確かに、当主亡き崇宰の次期当主筆頭を隠したとなれば、私でも立場が危うい。

 国連軍は内政干渉は出来ないのだから。

「ふふふ……クックッック……」

「博士?」

「ごめんなさい、なんでもないわ」

 彼は気が付いている、私の研究が一切進んでいない事を。
そして待っている、私の研究が完成する事を。その時間を稼ぎに帝都へと……
現在払える対価等有りはしない、残ったカードは彼が差し出したXM2と飛行ユニットのみ。
魔女が聞いて呆れる、伊隅に発破をかけたが自分も似たような物ではないか。




 世界一の悪役になってやろうではないか、今回の作戦で素体は6体手に入れたのだ。
全てを骨の髄まで有効に使ってやろう、躊躇等出来はしない、未来の為、人類の為、狂気に染まろう。
全てが終わり世界中を敵に回す事になろうとも成し遂げて見せよう。
悲しむ事も、悔やむ事も、涙を流す事も私には許されない。犠牲の上に平和は成り立つ。



 悪魔に堕ちようとも契約を遂行しよう、私は魔女なのだ。






[3501] そのじゅうはち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/23 05:01
2000年2月14日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 グラウンド


――― Masato Side ―――
 
 
 太陽が眩しい、快晴、遠足日和だなと現実逃避してみる。冷たい空気がマスク越しに伝わってくる。
最初は香月博士に騙されたと思った、そう香月博士が簡単に餌をくれる訳等ありえない。
次の日、歓喜してマスクを外して鏡を見た時、衝撃が走った、顔の上半分と下半分の色が違う。
こんな変則的な迷彩色の顔で表を歩けるわけが無い、つまり騙されたのだ。勝手に信じた自分が悪いのだ。

 元居た世界に帰らせてあげる、そう言っていったがこちらも信用出来ない。泣きたくなった。







「崇宰 将登様ですか?」

 後ろで誰かを呼ぶ声が聞こえる。どこかで聞いた事が有る声に少し興味が沸いた。

「斯衛……?」

 血の色の服を身に纏い、こちらに頭を下げて居る人。月詠 真那さんが居ました……

「田中 マサト中尉であります!」

 見てしまったからには敬礼し即座に答えるしかない。

「……失礼、月詠 真那中尉です。田中中尉お迎えに上がりました」

 どうやら名前を間違えていたらしい。今回の任務は帝都に行ってこいと言ったものだった。
だが香月博士よ何を考えている、この基地よりは確かに原作キャラは少ない、だけど目の前に居ますよ。
名前を間違えたうっかりさん月詠さんが。



 



同日 帝都

 
 帝都、日本と言う国の首都、城塞都市、巨大な壁の前には無数の戦術機。
圧倒的だ、だがBETAの集団がここまで辿り着いたのであれば長くは持たないだろう。
そういえば帝都に行って何をすればいいのだろうか?何も指示は受けていない。

 こちらの疑問を誰かが教えてくれる訳でもなく壁の前に辿り着く。

「許可証を提示してください、中尉殿」

 一応私は中尉ですけど、成り上がりな上に実際そこらへんの訓練兵と変わらないですよ。
ええ許可証なんか貰ってません、困った、初日の白銀と変わらない状況ですねこれは。

「こちらが預かっている伍長」

 月詠さん、最初から言ってください。帝都に国連軍軍服を着たマスクマン……そりゃ不審だ。
あの伍長の判断は客観的に見れば正しい、だから睨まない様にしてあげてもいいのではないだろうか。
斯衛の赤に睨まれている伍長は凄い震えている、よくわかる日頃の自分を見ているようだ。
 


 結局さしたる問題無く車は進む、碁盤の目のように整備された町。
京都はBETAによって一度滅びている、その再現をここで行っているのか。

 関係無い事を考えている、すると国会議事堂の様な物の前に車が止まった。
月詠さんが降りるのを確認して慌てて降りる。

「……こちらへ」

 何故か不機嫌そうな月詠さんに先導されながら歩いていく。
今まで国会議事堂に入った事なんか無い、当然だ、一般人である自分には無縁の場所に何故?
疑問を口に出すのも憚られる、階段を登りとある部屋の前で月詠さんが立ち止まる。

「こちらへどうぞ」

 扉を開けこちらを見つめる視線は複雑な物に見える、入ると同時に扉を閉められた。何故?






 事情説明と言う物は重用だと思う、目の前に居る人物は二名。厳つい禿げのおっさんと……

「煌武院 悠陽……」 

 口から声が零れてしまう、予想出来たはずが無い。やってしまった、呼び捨てはまずい。
即座に敬礼し言葉を発する、無礼者と言われ、銃殺刑にされるのはゴメンです。

「殿下……この度は拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に存じます。
私は、国連軍横浜基地所属A-01部隊臨時所属 田中 マサト中尉であります」

 失言を即座に撤回、事情は分かりませんがこれで勘弁してください。

「……」

 見つめてくる視線が痛すぎる、この部屋に漂う空気、それは自分の失言の結果だろう。

「ん、ん。殿下」

 おっさんが取り繕ってくれる、助かった、おっさんナイスだ。

「……田中中尉、先程の任、大儀であった」

「有難う御座います」

 佐渡島ハイヴの時の事か、それだけを言うために呼び出したのか、案外将軍は暇なのかもしれない。

「そなたは、そのマスクを外せぬ事情がおありになるのですか?」

 マスク?この迷彩色の顔を見せろと?嫌に決まっている、これは恥だ。

「……」

 どうしよう、恥ずかしいのでとも言えない。また部屋に沈黙がやってくる。

「よい、そなたの任務は理解しておるつもりです。そなたは……この先に何を望んでいるのでしょうか?」

 勘違いしてくれて助かった、こういう人達の言い回しは正直理解しずらい。
佐渡島のお礼がしたいと言う事なのだろうか?欲しいものなんか決まっている。

「全てが終わった後、平穏を、希望有る世界を望んでいます」

 死にたくはない、戦いも嫌だ、だが逃げる事は許されない。
その後ならば平穏を望んでも許されるだろうか……情け無いと言われても構わない。
自分は足掻いている、元の世界に帰りたいのだ、せめて終わった後に平穏を……

「……煌武院 悠陽の名の元に全力を尽くしましょう、下がりなさい」

 希望が見えた。



――― Masato Side End ―――






 田中中尉の過ぎ去った後、部屋は静寂に包まれていた。
紅蓮は思う、悲劇だと、高貴だと、かの者もやはり将として有ると。
煌武院と崇宰の血筋。崇宰 泰蔵が勘当をしなかった場合、彼は征夷大将軍になりえた。
勘当により彼ら家族は市井の民に成り下がった。子の居ない自分には理解出来ない部分も有る。

 崇宰 泰蔵の行動は親として当然のものだろう、だが許せない。
煌武院と崇宰の濃い血を受け継ぎ、BETAの絶望にさらされる世界の大役を担う人物。
彼が居れば、少女、煌武院 悠陽殿下も平穏な世界に居れたかもしれない。

 先程の再開は自分が仕組んだ、生き別れの妹を、従兄弟を、思う事すら許されぬ我が主の為に。
だが結果は悲惨な物になった、彼は名を偽り、顔を隠し、国連軍衛士としてここに来た。
最初の名前を呼んで貰えた時、少女の顔は嬉しさで溢れていた、だがそれも許されぬと。

 彼は理解しているのだろう、決死の思いで生き様を貫くのであろう。
ハイヴからの生還を果たし、光線級を恐れずに空を駆けた。彼こそは希望。
結果として彼の親は斯衛をして死ねた、そう国を民を守って死ねたのだ。
彼はそれすら許されない立場に成りつつある、国連軍として人類に希望を魅せたのだ
将軍を、斯衛すらも守ってみせた彼、その彼は誰よりも斯衛に、将に相応しいではないか……

 
「殿下、お気持ちは重々承知ですが……」

 斯衛は語る、少女として悠陽は終わりだと、将として行動せよと。

「よい」

「はッ、香月博士よりBETAの目的の変更の確認しました。
BETAは戦術機を中心に狙う様に……これにより殿下が前線に立つ事は事実上二度と有りえません」

 将軍専用武御雷、あの機体は優秀すぎた。前回の作戦に置いてあの機体は真っ先に狙われた。
将軍が死ねば日本は終わる、故に殺すわけには、前線に出す訳には行かないと。

 苦々しくも頷いた悠陽を確認し紅蓮は部屋を出る、将を少女に戻すために。





 退室した紅蓮は月詠の元へ向かう。

「月詠、泰蔵は……死に際、お主に何と言っておったか?」

「はッ、崇宰様は自分亡き後は彼を当主に、同時に彼がすべき事を成しえる迄守って欲しいと」

 なんとう事だ、勘当した者を戻し当主にせよ、通常有り得ない。
あの一瞬に其処まで魅せられたのかと、そこまで後悔していたのかと。
だが彼は田中として殿下に会ってしまった、引き合わせたのは早計だったかもしれない。

 月詠を見つめ紅蓮は思考する。国連軍衛士訓練学校に日本政府は大量の生贄を入れる。
だが既に最強の生贄が魔女の手の内に有る、これ以上舐められる訳にもいかない。

「月詠、帝国斯衛軍第19独立警備小隊の横浜基地編入は一年引き伸ばす。
その間は田中 マサト中尉を……いや崇宰家次期当主 崇宰 将登をお守りしろ」

 一年の猶予の内に国連に身を置きながら、崇宰を纏め上げる、無茶な事だ。
恨むならば、田中としてこの地に彼を送り込んだ香月博士に……




 希望に魅せられた帝都は揺れ動く。





[3501] そのじゅうきゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/24 09:23
2000年2月15日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 手渡された書類を見回った山崎は断言する。

「無理だ」

「何故ですか、彼はあれに乗ってみせた!我々も訓練すればこれを……」

「あのなぁ……」

 興奮している伊隅を落ち着かせるために一呼吸置き山崎は語る。

「確かに現状の戦術機、つまり不知火でも時速700kmは出せる。
だがな、その速度で急停止なんかしたら一発で衛士は意識失う、ここまではいいな?」

「はい……」

 少し落ち着いた伊隅を確認し山崎は本題に入る。

「あの人のログは見た、確かにあれが実戦で使いこなせれば戦術はひっくり返る。
音速を超えた速度で空中を自由に飛びまわれればな、伊隅ちゃんわかるだろ?
あの人でも自動操縦の時速900kmでは意識を失いかけていた、つまり通常配備は無理。
更に言わせて貰うなら、これ以上は現状の戦術機じゃ持たない、空中分解しちまう」

 故に飛行ユニットの出力を増加案は不可能だと言う。

「伊隅ちゃん、使いこなせていないだろう?」

 山崎が告げるのは事実のみ、伊隅はXM2ですら使いこなせていない。

「あの人の操縦技能は正直低い、銃も適当に撃ってたみたいだしな。長刀の訓練なんか笑っちまったぞ?
突っ込んで間合いミスして体当たり。実戦でそんな事されちゃ整備兵が幾ら居ても足りやしねぇ」

 整備兵は直接戦えない、だから整備と言った手段を持って戦う、だからこそ言う。

「あの人が生き残れたのは正直奇跡だ、碌に訓練出来ていないひよっ子が8分どころか40分生き延びた。
そしてあの状況下だと、伊隅ちゃんの部隊が壊滅してもおかしかない、奇跡の安売りなんかは存在しねぇ」

 泣けと、泣いてもいいと、抱え込むなと。特殊部隊で在る事を、整備班長で在る自分は知っている。
泣く事すら許されぬ立場なのだろう、だが彼には目の前にいる女性が子供にしか見えていなかった。


 整備班長は今日も騒がしく整備兵に指示を出す。少女の泣く声を隠す様に……








同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 二枚の書類が香月の頭を悩ませる、一枚目は整備班長からの報告。
前作戦に置いて使用された飛行ユニットの実戦配置、それは現状では不可能との事。
概念の無かった兵器故、時間をかけなければ使えないのも理解できる、これは仕方ない。

「やってくれるわ……」

 二枚の書類、それは日本政府からの物、前半部分、素体候補生の訓練校入校の1年延期。
今現在は素体は足りている、だがこれから先を考えれば幾つ有っても足りはしない。
現在部隊は三名、部隊としても使えないからと言って素体に回す訳にもいかない。

「訓練兵を早めに仕上げる様、まりもに言わなきゃね……」

 苦肉の策では有るがこれくらいしか対策は思いつかない。

「一年間か、田中 マサトを、崇宰 将登として扱うとはね」

 二枚の後半部分が最大の問題。
日本政府はこちらの最強のカードを掠め取ったのだ。忌々しい、だが彼を差し出す以外の方法は無い。
一年間は彼は帰って来れない、殿下の勅命が相手では……

「これは大きな貸しよね……武御雷もいらない事だし」

 彼が居ないのであれば武御雷は必用無い、問題は殿下の勅命だ。
対価としては、戦術クラスのXM2では弱い、戦略クラスのカードが必用となる。
つまり彼が求めている、オルタネイティヴⅣの完成でしか……

「三年……いや二年か……」

 それが私の余命。








2000年2月17日 帝都 崇宰本家


「そうか、兄は斯衛として逝ったか」

 崇宰 正治、崇宰 泰蔵の弟である彼は誇らしく頷く。自分は斯衛の衛士にはなれなかった。
戦術機適正が低すぎた、故に闘えず悔やんだ、甥の死亡の際は自分は逃げて生き延びた。
妻が戦い死にながらも自分は逃げた、自分は衛士では無い、故に闘えない、故に出来る事は無い。

「月詠、そのものは?」

「隣の部屋に……ですが……」

「構わん、事情は察するに余りある」

 自分は歓喜している、不謹慎だと思う、だが闘えない自分に出来る事が出来たのだ。
顔を隠していようとも、例え別人であろうが構わない、これは何も出来なかった自分に対する兄の計らい。

「ここへ連れて参れ」




 子を成せず、闘う事も出来ない、自分が斯衛として生きる手段がやってきた。

「田中 マサト中尉であります」

 マスクで顔を隠し、名を偽る。少年と大人の間の青年。兄が魅せられ、自分に託した使命。
斯衛として成し遂げよう、分家が騒ごうが構いはしない、この者を

「今日よりこの場を持って、崇宰 将登と名乗れ」

 崇宰の当主に仕立て上げるのが我が使命。

「顔を隠そうとも構わん、我が兄の遺言故に……貴様は崇宰の当主になれ」

「それは任務としてですか?」

 田中は正治に問う。

「横浜基地副司令の許可は得ている、貴様が心配する事は無い。我が全てを成し遂げてみせよう」

「はッ、本日より崇宰 将登と名乗ります」

 田中 マサトは、崇宰 将登へと。





「月詠よ……」

 彼、崇宰 正治は月詠に土下座する。 

「なッ、閣下お止め下さい」

「月詠 真那殿、私は斯衛では無い。誇れる武も持ち合わせておらん。何卒、何卒かの者をお守り下さい」

 月詠は理解する、戦場に立たずとも、この御方は斯衛として在ると、ならば

「はッ、斯衛の名に賭けて誓いを」

 自分も斯衛として答えるのみ。







2000年2月18日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――



 行き成り訳の分からない状況に陥った、改名しろと言われ、香月博士の任ならばと勢いで受けてしまった。
当主って何だろう。うーん……偉い人?遺言でこんな訳のわからないマスクを当主にするというのか。
斯衛の人というのは案外軽いのではないだろうか、将軍にも何故か会えたし。

 状況把握がここ帝都に来てから一切出来てない。香月博士が自分をここに入れた意味を考えねば成らない。
斯衛で何かあっただろうか、クーデター事件しか思いつかない。将軍の立場を憂い起きた事件。
沙霧大尉が主導者で、兵士が発砲して戦闘開始、それをやれと言うのか?
何もしなくてもアメリカの工作でクーデターは起きるはず、つまりそれは無い。
イレギュラーに備えろと?沙霧大尉が行動しなければやれ、兵士が撃たなければ撃てと。
何という事だ、冗談じゃない……BETAと竹槍持って戦えと言われたほうが納得でき……はしないか。

 生きる手段を考えろ、取り敢えず今出来る事を……逃げる為の工作?
ここには霞は居ない、考えは読まれない。コネを作れば香月博士から逃げれるだろうか。
無理、この二文字しか思いつかない、クーデターが起きるようにコソコソと動くしかないのか。
具体に何をすればいいのだろうか……一切思いつかないです、目から汗が出そうだ。

 そういえば、アンリミテッドだった場合の事を、香月博士は考えているのだろうか……頭が痛い。






「将登様、機密に関わらない範囲でお答え戴きたい事が有ります、よろしいでしょうか?」

 どうしたら良いだろうかと考えて居た時、後ろから声を掛けられて驚く。

「何でしょうか?月詠中尉」 

 私は生きる為に必死なのです、出来ればそっとして置いてください。

「将登様、私どもにそのような言葉遣い、おやめ下さい。
斯衛はいかな階級に有ろうとも、将軍家縁の方々にお使えする身です」

 は?崇宰ってそんな偉い人なのか……でも俺は国連軍衛士なんですよ。 

「私は、国連軍中尉です」

 うん、偉くなりすぎたらクーデター首謀者に祭り上げられるかもしれない。

「故に、月詠中尉とは現在対等です」

 だから断固として断る、死にたくないし。背中がうずうずするし……

「……ならばせめて、月詠とお呼び下さい」

 妥協点と言った奴なのでしょうか……これくらいなら首謀者には成らない?

「月詠さん、こちらも様は要りません」

 赤の斯衛に様付けなんかされたら、どうなるか分かったもんじゃない。

「では将登さんと……」

 目が合う、美人だと思う、そして堅い人間なんだろう。この世界に来て初めて会ったまともな人?

「えっと……聞きたい事というのは?」

 お見合いじゃないんだから固まられても困る。

「はッ、将登さ……んは何時頃横浜基地へ?」

 様って言おうとしたんだろうな、でも美人を虐める趣味は無いので無視。
どこまで言っていいのだろうか、入った時期は調べれば直ぐバレルので問題無し。 

「去年の10月末で、実際に訓練が始まった頃は11月の中旬だったかと」

「は?」

 嘘なんか付いていませんよ?

「去年の10月末に入校、11月の中旬に訓練開始です」

 うん、そうだったと思う。

「ではその前は?」

「覚えていません」

「……」

 事実しか言っていないのに何故沈黙が……ん?なんで覚えていないのだろう?

「実質3ヶ月半で前回の作戦に参加したという事でしょうか?」

「ええ、香月博士の命令でしたので」

 香月博士の無茶な命令だった、よく生きていると今でも思う。

「では座学や総戦技評価演習は?」

「総戦技評価演習はやっていません、座学は戦術機に乗りながら有る程度」

 月詠さんの顔が面白い事になっている、言っても問題無い事実だし、香月博士という事で納得するだろう。

「ではあの機体については?」

 実戦には使えないけど流石に答えるのは不味いかな。

「機密です」

 後の会話は全てこの答え。



「将登さん……よく生きていましたね」

 やはり月詠さんもそう思いますか……



――― Masato Side End ―――








2000年2月18日 帝都 崇宰本家


「くッ」

「もう一度」

 自分と対等だと言ったのは別にいい。

「うあッ」

「もう一度」

 衛士として存在しているのであれば理解できなくもない。

「うッ……」

「もう一度」

 だが月詠は怒っている。

「……」

「……将登さん?」

 目の前に倒れている男に、マスクをつけて行動しているおかげか体力は十分有る。だが未熟、故に怒る。

「気を失いましたか……」

 道場の真ん中で倒れている男、我が主の従兄弟、崇宰 将登の馬鹿さに呆れている。

 枕も無いので取り敢えず膝枕をし思い出す。昨日確認し驚愕した事実がある。
『彼はまともな訓練を終えていない』その状況下で彼は戦場に立ち、将軍を、斯衛である自分を救って見せた。
許せない、未熟な身で前線に立った事も、空を飛ぶという無茶をした事も、戦場に立たされた事も。

「香月 夕呼……」

 自分の仕えるべき人を生贄に差し出す相手、恨むべく相手、彼を死地に送り出した人間。

 彼女に怒りを覚えている。




 月詠は将登を見る。彼はどう考えているのだろうか?ふと疑問が湧く。
両親を失い、横浜で行方不明となり、国連軍の訓練兵そしてすぐに衛士として登録されていた。
昨日聞いた通りであるならば、訓練を飛ばし衛士に成っている、通常有り得ない事だ。
まさかと思い格闘訓練をしてみた、だが結果は悲惨な物だった。訓練兵の平均すら至っていない。

 その彼が何故、佐渡島に置いて、特殊な機体に乗り、そしてあれ程の戦果を?
戦場に立ったのは……香月博士からの任務だろうか。だが未熟、訓練兵より脆く弱い。
思い浮かぶのは、政治のカードとして使う事、あの機体が彼しか乗りこせない事。
今この場に崇宰 将登が居る。つまり政治のカードではない……

 つまりあの機体のサンプル取りに使われた。

 彼は自分が脆い事は理解しているのだろうか?確かに技能が衛士の全てではない。
だが限度といった物が有る、彼は結果として生き残った、あのBETAの大群を相手に。
無茶苦茶だと思う、結果としか生き残っていたがかなりの確立で死んで居ただろう。


「全てが終わった後、平穏を、希望有る世界を望んでいます」

 彼が殿下に言った言葉、確かに佐渡島で一時の希望を見た。
斯衛は武御雷を持って、最強の機体を持って、煌武院 悠陽の初陣を飾るはずだったあの戦場。
あの戦場で一番輝いていたのは彼だろう、あれは確かに希望ではあった。



「その様な無茶を続けても……未来は有りませんよ」

 彼とはもう一度話しをしよう、成すべき事を成し遂げて貰わねばならない。

 対等で有りながら、仕えるべき主君でもあるのだから。

「奇妙な関係だ……」

 だが悪くも無い……



[3501] そのにじゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/24 09:25
2000年2月20日 帝都 崇宰本家


 道場、畳を敷き詰められた空間に置いて向き合っている二人。

「将登さん、貴方は私と対等であると言った。ですが貴方は衛士としての能力は訓練兵にも劣ります。
そして貴方に近接戦闘の才能は欠片もありません、だが何故か……危機察知能力は異常に高い」

 月詠は語る、

「故に基礎の体力作りの継続、まぁ貴方はその……呼吸が困難な環境に常時いらっしゃいますので、
一般の衛士と比べても体力は高い方かも知れませんが」

 こほん、と咳払いをして続ける。

「更に格闘訓練、射撃訓練、そして戦術機シミュレーター訓練を中心に行ってもらいます。
本来中尉は小隊指揮権を持ちますが、貴方は状況が特殊なのでその都度教える方法で宜しいでしょうか」

 対等ならば隣まで辿り着けと。

「わかりました」


 マスクを付けているのに異常に体力がある、これは予想外であった。だが射撃訓練は……酷かった。
いつから自分は教官になったのだろうかと思ってしまう、だが彼を、このまま戦場に送り出せば次は無い。
故に鍛えねば成らない、この戦術機適性検査の結果が事実であろうが無かろうか。





同日 帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団 シミュレータールーム


「本来斯衛の施設で行ってもらう予定でしたが……」

「事情が複雑なのはわかっています」

 彼は国連軍衛士の軍服を着ている、故に斯衛の一部が暴走する可能性を捨て切れなかった。
国連軍はアメリカの狗、昨年のG弾により横浜ハイヴは制圧出来た、だが重力異常が起きた。
こちらの方が斯衛よりは幾分ましかと思い此処にしたのだが……

「何をこそこそと見ている」

 やはりこちらへ来ても変わらない、ここではまるで敵地ではないか。

「まぁ自分が変わっているのは自覚しているので……」 

 将登は気に素振りも無く語る、行きましょうと。





 二機の吹雪が対峙する。

 長刀を構えている吹雪の搭乗者月詠は内心舌打する。

「はぁ!」

 最短の距離を突き進み斬る、だがもう一機の吹雪は空へ躊躇無く飛び立つ。
当たらない、何度斬りに行っても距離を置かれている、先程危機察知能力は高いと言ったが訂正しよう。

「異常な回避能力ですね……」

 光線級が居ようが居まいがお構いなしに飛び回る、これは異常だ。
認識を改めよう、彼はやはりあの時、空を駆けた衛士だ、たった一つの技能はあらゆる可能性を秘めている。
戦術機適性検査の結果は事実だったと、戦術機に乗った今は、死の8分を乗り切った衛士として対等であると。

「……ですが」

 専用の機体も無くては、推進剤の残量が直ぐ尽きる!

 吹雪は地へ、そこへ跳び込み長刀で斬りつける。

「まだまだ甘いですね」





――― Masato Side ―――


 斯衛の赤、つまりエースと何故戦わなければならないのだろうか、勝てないのは分かっている。
自分の吹雪は真っ二つに斬られた、つまり死亡。当然ですよね、前の機体と同じ感覚じゃ無理。
反応速度がやたら落ちている、そして推進剤がすぐ切れる、前の機体でも逃げる以外出来そうに無い。
XM2と飛行ユニットは逃げる事しか出来なかったのではない、逃げる事が出来たのだ。

「将登さん、出てきてください」

「了解」

 

 
「あのつかぬ事を伺いますが……光線級の存在は知っていますか」

 ん?あのレーザー撃ってくる半端に可愛い目玉っ子ですか。

「ええ、前回の作戦で穴に入った直接の原因はレーザーですし」

 うん、突然飛んできたレーザーのおかげでパニックを起こした。

「では……何故飛ぶのですか?」

 言わんとする事はわからなくも無い、だけど目指しているのは白銀の三次元機動。
俺が辿り着けるとも思えない、近づいたとも思えない、実物を見たわけでもない。
何故?ハイヴ突入の際レーザーを撃って来ないからだ。でも機密ですよねこれ……

「えーと目指しているところがありまして」

「はい」

 XM3の概念、飛行ユニットを教える訳にもいかない。
自分の考えている事、ハイヴ攻略方法等を教えるのは尚更駄目。

「うまくいえないんですけど、二次元より三次元の方が広いですよね?」

「確かにそうですね」

 適当に言う訳にもいかない。

「現状の戦術機は手が二本、足が二本。つまり人間と同じですよね?」

「はい」

 考えながら言葉を紡ごう。

「戦術機のスペックだと、人間と同じ動きより更に先にもいけますよね?」

「はい」

「人間が飛べなくても戦術機なら飛べますよね?」

 うん、意味不明な事を言ってしまった。月詠さんが不思議な顔をしているのは仕方ない。

「ですが光線級は……いえ、わかりました」

 光線級無視している事には変わりないですよね、何言ってるんだろ俺。
機密に引っ掛かると、それとなく察してくれたんだろうか。

「後あの回避能力は一体?」

 速瀬少尉から常に逃げ回っていたらああなったのだ……死にたくなかったのだ。

「事情がありまして」

 理由が理由故に話せません、月詠さんゴメンナサイ。




 帰るとき皆さんの見つめる視線が痛かった、自分もマスクが変なのは自覚しています。







2000年2月21日 帝都 崇宰本家



「今まで気になっていたのですが、聞いていなかった事があります」

「何でしょうか?」

 目の前に居る月詠さん、何故彼女が居るのかもそうなのだが……今日は後ろに白くてちっちゃいのもいる。
今まで普通に月詠さんが隣に居て、鍛えてくれてたりしているのはいい、だが

「月詠さん、今まで聞いていなかったのですが、何故貴女はここに居るのでしょうか?」

 事情を一切聞いておりません。

「あ……いえ、失礼しました。正式な辞令が下りましたので改めまして」

「帝国斯衛軍第19独立警備小隊 月詠 真那中尉であります。
これより一年間、崇宰 将登様の警護を担当することになりました」

 えっと国連軍衛士で在る俺を守ると……崇宰って何者ですか?

「神代 巽 少尉であります」

 褐色の肌の幼女……

「巴 雪乃 少尉であります」

 真横に茶色の触覚の生えた幼女……

「戎 美凪 少尉であります」

 お団子頭で金髪の巻き毛の幼女……

 今まで普通だったから考えていなかった、この世界の人間は何故か少しおかしい。
月詠さんがおかしくない理由も無い、まずうっかりさんなのは確定だろう、今まで何故いるか教え忘れていた様だし。
そして問題は目の前の三馬鹿だ、どうみても幼女だ、原作では彼女はショタコンだった……
まさかと思うが……月詠さんはロリコンなのかもしれない。

「将登さん?」

 自分に被害が無いのであれば、貴女の性癖は私は一切否定しません。

「崇宰 将登 中尉です、所属は国連軍横浜基地……どこなんでしょうかね?」

 完全に忘れていた、香月博士はいつになったら事情の説明を……



――― Masato Side End ―――






[3501] そのにじゅういち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/24 18:26
2000年2月21日 帝都 政威大将軍執務室


「紅蓮、どういった事でしょうか」

 煌武院 悠陽は日頃変えない顔を険しくし紅蓮を睨む。

「殿下、なん……」

「私はそこまで力不足でしょうか?」

 紅蓮の会話を遮り、睨むのを止め語り続ける。

「何故、何故斯衛である貴方が、榊に指示を出したのですか?」

 斯衛は将軍を、そして将軍家縁の者を守る存在。

「何故、将登殿を帝都に呼び込んだのですか?」

 謁見は自分にとっても嬉しくはあった、だが斯衛は政務に関わる事を許されていない。

「答えよ」

 命ず。

「殿下……先の佐渡島間引き作戦に置いて、崇宰 泰蔵は殉職しました。
そして武御雷の有用性は、十二分には発揮されませんでした。
故に足りぬのです、国を、民を守る為の戦力が、希望が……」

 間を開け紅蓮は捲くし立てる。

「故に田中 マサト殿を、崇宰 泰蔵の遺言を持って崇宰の次期当主 崇宰 将登へと。
殿下、臣下として此度の非礼いかな処分でも受ける所存であります」

 将として自分が行うべき行動を、臣下である紅蓮が行った。
二度と戦場に立てない、自分の権威はこれから先落ちていくだろう。
過去市井に成り下がった唯一の友を、この地獄の世界の死地へ自分は突き出せなかった。
嗚呼、結局

「紅蓮、迷惑をかけました」

 自分が出来ない事を臣下にさせた、自分を憎悪する事しか出来ない。
己が立てぬ戦場へ、幼少の頃の友を戦場へ誘う事しか出来はしない。






同日 帝都 第一会議室


「月詠、これは事実か?」

「はッ」

 紅蓮の手元にあるデータ、崇宰 将登の戦術機シミュレーターのログ。

「どう思った?実際対峙し、遣り合った貴様は」

「はッ、はっきり言うと未熟でしょう。ですが……」

「確かに面白くはあるな」

 月詠の言葉を遮った紅蓮の顔には笑みが浮かんでいた。

「避け続け、逃げ続け、お主相手に15分持ったか。あの翼付きの吹雪とやりおうて見たい物よ」

 嬉々と語る紅蓮の顔が怪訝な物に変わる。

「月詠よ、これが何かわかるか?」

「いえ、わかりません」

 提示した情報、操作の途中に少なくとも1個、多い場合は4個の操縦記録がある。
無論行動が終わりきっていない状態での入力に意味は無い、これはなんだ?

「月詠、お主の操作記録も出せ」

「はッ」

 紅蓮は操作記録を照らし合わせる、同じ時間の稼動なのに飛び回っている将登のログが多いのは分かる。

「6倍か……しかも状況状況に合わせて的確に入力されている、意味は無い行動だが……」

 考えを纏め上げ紅蓮は月詠に向かい合う。

「崇宰 将登はな、行動途中だろうが次から次へと戦術機に指示を出しておる。
戦術機は無論動かんがな、全ての行動が回避よりなのは本人の性格かも知れんがな……
して、あの翼付きの吹雪と同条件でテストした結果はどうなった?」

「はッ、全員あの領域に辿り着く前に気を失いました」

 即座に答える月詠の回答に紅蓮は驚愕する。

「自動操縦まで辿り着けなかったと?」

「はッ」

 戦術機適正調査結果は事実。

「むぅ、かの者の武御雷の個人調整は不可能という事だな」

「はッ、将登様の本来の戦術機動、三次元機動を高速で飛行しながら行うのは、現状の武御雷では不可能です」

 近接戦闘を中心に作り上げられた武御雷では、空中戦闘には向いていない。

「こちらの技術が追いつかんとはな……」

 彼に与えるのは青の武御雷、故に彼の技能がどうあれ全力を出させなければいけない。
それが出来ないと言う事は

「武御雷は延期か……」

 しかし何故彼は空を?

「月詠、かの者は無論光線級を考慮に入れて行動しておるのだな?」

「はッ、確認もしました」

 だが飛ぶ、つまり

「光線級が撃ってこない状況、ハイヴ内部を考慮に入れておるのか」

 結論に行き着いた。

「月詠、鎧衣を呼べ」

 驚愕している月詠を気にする事無く紅蓮は命じ、月詠は退出する。



 G弾によるハイヴ無効化は日本では支持されていない、例え横浜の魔女の手を借り様とも。

「新概念によるハイヴ攻略……なんとしても完成させなければならん」






同日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


 俺は今現実逃避をしている。

「よし、お好み焼きを作ろう」

 香月博士からの正式な辞令が下った。

『田中 マサトは国連軍中尉、崇宰 将登は好きにしなさい、以上』

 たまには逃避に走ってもいいですよね……




 10時過ぎに買い物も終わり夜になるのを待つ。

 13時 食材を見つめているマスク、今は鏡は見たくない。

 15時 飽きてきた。


「何をしていらっしゃるのですか、将登さん……」

 月詠さんが帰ってきた。

「御飯を自分で作ろうと思いまして、卵って意外と高いんですね。自分の手持ちでは正直迷いました」

 気分はハイテンション、一気に月詠さんに話す。

「10時ごろに買い終えてしまって、夜までは時間が有るので待っていました」

「あの……言い難い事なのですか」

 微妙な表情をしている月詠さんが一呼吸置いて続ける。

「将登さんの個人資産は、その気が有るのであれば、戦術機を中隊規模で買う事も可能なのでは?」

 なんですと?一回しか出撃していない新米がそんな持っている訳無い。

「それと……昼はお食べにならないのですか?」

 こっちの世界は一度も昼食は取っていない、食べても昼からの訓練で戻すから無駄。

「昼は取っていません、それが普通なのでは?」

 訓練でリバースは食材の無駄だろう。

「軍人は三食なのですが……なるほど、私もこれより一日二食にします」

 戻したらもったいないですよね。

「あ、夜食べますか?買いすぎたんで」

 一人分だけの食材を買う事は出来なかった、必然的に多くなる。

「……頂きます」

 やはり月詠さんは特殊な性癖持ちかもしれないが、基本的にまともな人だ。


 作ったら何故かもんじゃ焼きになった、出来ない事はやるもんじゃない。


――― Masato Side End ―――




 未知の食べ物が目の前にある、どろどろしている謎の物体が……
食べない訳にも行かないので、箸で細かく切り口に含み租借する。

「……おいしい」

 ……本当に不思議な御方だ。







2000年2月28日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室



「で、何の用?」

 忙しいからさっさとしろと香月は言う。

「そろそろ桜の開花が見られる季節かと思いまして、あの桜並木が一斉に咲けば……」

「忙しいの、わかる?」

 飄々としている鎧衣の言葉を遮り語る、次は無いぞと。

「亡霊改め、田中 マサト改め、崇宰 将登君の事なのですが。彼の操縦に耐え切れる戦術機が有りません」

「だから?引っ張り出したのはそっちよ」

 香月は一刀する。

「我が国で戦術機を改修しようとしている計画が有りまして、そこで借りを更に作りませんかな?」

 鎧衣の言っている事を要約すればこうだ、大きな借り一つに更には完成品を持ってくる。

「へぇ……いいわ乗って上げる、一回完全に壊れてるから、そうね一ヶ月後に送るわ」

 XM2をブラックボックスにするのに一ヶ月かかるしね、とは言わずに香月は了承する。
彼に死なれても困る、彼が居なければ使え無いカードが使える、おまけに完成品が付いてくる、香月に異議は無い。

「それはそれは助かります、上司の命令は厳しくとも、守らねばならぬのが社員の辛いところでして」




[3501] そのにじゅうに
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/25 13:14
2000年3月7日 帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――


 『今日は一人で訓練を』との事で一人で来たのはいいのだが、視線が痛い。マスクを外すわけにもいかないのです。
一人で居るとやはり考えてしまう、香月博士がここに何故、自分を送り込んだのかを、やはりクーデターか……
 順を追って思い出そう、まず将軍の権威が落ち、日本政府が好き勝手する、そこを米国が付け入る。
そして沙霧大尉がクーデターを起こす、榊首相が死ぬ、殿下は白銀達と供に逃走、そこで米国の援軍。

 何をどうやればこれを起こせるか……自分が今崇宰 将登として出来る事。
帝国軍に入るべきなのか、斯衛に入るべきなのか、結局は出来る事はこの二つだろう。
帝国軍に入ればいざと言う時クーデターの引き金を引ける、死亡確定、却下。
斯衛に入りつつクーデターを導くしかない、方法は一切思いつかないがこれしかないか……

 方針は取り敢えず斯衛に入って置くと言う事だけ決まった。適当だがこれしか思いつかなかった。
もしアンリミテッドの場合ならどうするんだろう……数式を白銀に強引に持ってこさせるのだろうか。
そしてXM2を改良してXM3として登場させる、となると強制的にオルタネイティヴっぽくなるのか……
香月博士は先をよく見ている、こんな発想は無かった。ミスしなければ生きていけるかもしれない。




「失礼、崇宰 将登様ですか?」

 訓練も終わり帰ろうとしていた時、後ろから声を掛けられた。マスクに声を掛けた勇者は誰……

「私は帝国本土防衛軍帝都守備連隊所属 沙霧 尚哉大尉であります」

 何故貴方がここに居る、先程のミスしなればの部分を訂正しておこう、ミスした手遅れかもしれない。

「崇宰 将登中尉であります、所属はまだ決まっておりません」

 軍人としての訓練のおかげか動揺を表に出さずに返礼できた。

「唐突に声を掛けて驚かせてしまった様ですね、申し訳ありません。
どうしてもシミュレーターでの行動をお聞きしたく、無礼は百も承知ですが……」

 動揺してるのばれてました、シミュレーターですか、クーデター関係じゃないなら別に構わない。

「何故、貴方は空を飛ぶのですか?」

 皆それを聞いてきますね……秘密なんですよ、その事の大半は。

「お答えできません」

 前回月詠さん相手に説明しようとして恥をかいたのだ、同じ失敗はしたくない。

「ただどうしても理解出来ない部分もありまして……」

 はっきり言うしかないのか。

「任務に関わる事なのでお答え出来ません大尉殿、それと貴方はBETAの行動を理解できますか?」

 理解出来ないからと言われても困るのだ。
自分がこれからする事をまったくと言っていい程、理解できていない自分がそう言いたい。

「いえ、時間を取らせてしまって申し訳ない。私の未熟さを思い知りました」

 大尉相手に強気に言って少し後悔していたのだが、取り敢えず関わりたくないので逃げよう。

「失礼します」



――― Masato Side End ―――






「対BETA戦術は臨機応変が基本、それは我々がBETAの行動を理解できないからか……
人間相手に、理解出来ないと言う理由で行動してしまうとはまだまだ未熟、初心に戻らせて頂いた事に感謝を」

 沙霧は敬礼し見送る。







2000年3月14日 帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団 シミュレータールーム


 月詠 真那の崇宰 将登の認識は人としては変わった人、衛士としては

「凄いのか……馬鹿なのか……未熟なのか……よくわかりませんね」

 どう扱っていいのか判断に困る内容だった。

 モニターに移るのは崇宰 将登の乗る吹雪と、神代 巽の乗る撃震。
スペックの上では吹雪が圧倒しているが、技術を考えれば撃震が勝つと予想している。
だが推進剤を惜しみなく使い駆け回っている吹雪は何度も撃震の背後を取る。が、

「何故当てれないのですか……」

 頭を抱えたくなっている月詠は将登の訓練風景を思い出す、彼は真剣に必死に訓練はこなしている。

「悲しいほどに才能が無いんですね…」

 自分は教官では無い、そして教官にはなれそうに無いと確信を抱いた。



 結果は予想道理、撃震が吹雪の推進剤が切れた所を斬って終了となった。





 月詠の苦悩は続く、彼の訓練メニュー作成をしなければならないのだが、どう鍛えても一つの形しか見えない。
対峙した身としては、彼の最大の特徴は当たらない、当てれない、バランスが物凄く悪い……
近接格闘が得意で射撃が苦手、もしくは射撃が得意で近接格闘が苦手ならば手はある、だがこういった例は無い。
訓練内容としては、推進剤の使用量を抑えつつ、回避する方法を習得して貰う。この一点しか思いつかない。

「巽、雪乃、美凪、将登様の訓練についてなのだが……意見はあるか?」

 本来自分のやるべき事なのだが自分ではどうにもできない。

「はッ、真那様、非常に申し上げにくいのですが……将登様は、回避以外下手に訓練するだけ無駄かと」

 巽の返答は毒舌ではあるが事実でもある。月詠は他の二名に視線を送るが……

「何故目を逸らす」

 気持ちはよく分かると思ってしまうのも仕方ないの事であった。

「これでは本当に、囮か陽動にしか使えない衛士になってしまう」

 教官役は二度と引き受けたくないと思う月詠の顔は苦々しい物である。





2000年3月21日 斯衛 ハンガー


 斯衛の象徴たる武御雷の立ち並ぶハンガーに置いて、一機だけ異色の戦術機が搬入された。
戦術機のOS等は何故かブラックボックス化されており、背中には翼の付いた吹雪。
その戦術機の周りには多くの整備兵が集まっている。

「これがあの噂の飛ぶ為の戦術機か……」

 先の佐渡島に置いて戦果を一番上げたと、公然の秘密とされていた戦術機が目の前にある。
整備兵は職業柄とも言えるが、触ってみたい、中のOSの解読してみたいのだが。

「でもこれに乗るって事は、あの御方は武御雷には……」

 自分達は最強の戦術機を整備していると言う誇りが邪魔をする。
この戦術機を整備するという事は、武御雷の否定に繋がりかねないのだ。



「何をしている」

 横浜から崇宰 将登の専用機が届いた、本来異例とも言える出来事だが、斯衛である自分には関与できない。
そして搬入されたと報告を受けやってきた、月詠が見たのは戦術機に群がる整備兵達。

「中尉殿、質問をよろしいでしょうか?」

「許可する」

 思い当たる節は多々有るが故に、月詠は許可を出す。

「崇宰様は、あれに乗るのでしょうか」

 整備兵としては当然の疑問である。

「そうだ」

 整備兵が複雑な顔をする、本来斯衛の上位階級の者は、専用に調整された武御雷に乗る。
それに乗らず、違う戦術機に乗る、自分達の最強の機体の否定、そして整備が出来ないと判断されたという事実。

 整備兵が懸念していた最悪の事実の公表と供に沈黙が舞い降りる。

「だがな、この件に関しては紅蓮閣下も承知している」

 整備兵の誇りも葛藤も理解できる、故に月詠は言葉を紡ぐ。

「そしてあの御方、将登様は一風変わってはいるが悪い人では無いぞ」

 衛士と整備兵、純粋な階級で言えば衛士の方が階級が高い。

「私にはな、貴様達を蔑ろにするとは思えん」

 だが同じ戦う立場に在る者同士、信頼し合わなければ死ぬのは衛士。

「心配の必要は無い」

 自分に言い聞かせる様に。

「全員持ち位置に戻れ、解散」

『はッ』



[3501] そのにじゅうさん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/25 20:35
2000年3月22日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


「月詠さん、斯衛に入るにはどうしたらいいでしょうか」

 突拍子だが方法がわからないので聞いてみる。

「……あの将登さん、貴方は元々斯衛としてここに来たのでは?」

 重大な認識の違いがあるらしい。

「以前所属は分かりませんって言いましたよね?」

 確かに言ったはず……

「斯衛のどの部隊に入るかは未定ですが……」

 つまり俺が帝国軍か斯衛かで迷ったのは無駄だったと?

「一切説明を受けていなかった上に、香月博士は好きしろとしか言ってこなかったもので。
斯衛と言う事は、黒い武御雷に乗る事になるんですかね?」

 乗った事が無い機体なだけに少し興味は有る。

「いえ、横浜から専用機である吹雪、そして飛行ユニットが昨日搬入されました。
それと将登さん、崇宰が乗る武御雷は青になります」

「青ですか」

「はい」 

 つまり将軍の次と……崇宰って大きいんですね、偉いんですね、再度実感しました。
その大きい所の養子とはいえ、認められていないのだろう。武御雷は無理があるらしい。
そもそも月詠さん、何で今まで一切教えてくれ無かったのでしょうか……これはうっかりか。
忘れて居た頃に発動するとは……月詠さんはやはり『うっかりさん』なんですね。



同日 斯衛 ハンガー


 以前横浜基地のハンガーとは違い、並んでいる戦術機が全て武御雷。
俺の吹雪は何処だろう……ありました、端の方に居ずらそうしている吹雪が。
一度しか乗った事が無い、更には一度目でぶっ壊してしまった吹雪が……

 全ての武御雷には整備兵が付いている、自分の吹雪には一人も付いていない?
月詠さんは何も言ってこない、つまりこれは……分かる訳ありません。

「すいません、吹雪何か問題でも有りましたか?」

 取り敢えず近くに居る整備兵の人に声を掛けてみる。

「いえ……内部は多々ブラックボックスがありますが、特段これと言って問題は有りません、中尉殿」

 忘れていた、マスクを付けた不審者に話かけられては、動揺しても当然だろう。 
内部のブラックボックス、XM2の事か、確かにあれが表に出るのはまずい。

「そうですか、有難う御座います」

 これに乗るとなると問題が有って困るのは自分だ。

「あの……中尉、お聞きしたい事が」

「機密に関わらない範囲であれば」

 XM2の事を聞かれても答える事なんか出来ませんよ、言ったら原作崩壊じゃないですか。

「稼動時間が50分と有りますが、これには理由が?」

「知りません」

 知らない事を聞かれても答える事なんか出来ない、微妙に整備兵が固まっているが知らないんだ。

「そもそもこの飛行ユニットは、突貫で作った物らしいので……」

 自分の無知がばれるのは少し恥ずかしいので、誤魔化してみる。
何故か整備兵の方々が集まって言い合っているが、やはり問題があったのだろうか。

「中尉殿、この飛行ユニットは改良してもよろしいのでしょうか?」

 個人的には、死にたく無いので大いに賛同なのだが……香月博士に確認を取った方がいいのだろうか。
飛行ユニットはブラックボックスではない、そしてXM2が無いとまともに動かせない……問題無いか。

「ええ、お願いします」

 ここの整備兵、ホの字のおっさんとは違い普通かもしれない。

「了解しました、中尉殿」

 何やら集まって相談しているようだ、言ってる内容がさっぱり理解できない。
横浜基地の人間と比べて帝都に居る人間は、比較的普通なのかもしれない。
何より直接的に命の危険を感じる事が無い、横浜基地よりも帝都の方が居心地がいいのだ。
のほほんとしていられるのは何時までなのだろうか、正直考えたく無い。

 武御雷が並んでいるのを見て、少し乗りたくなったのは当然だろう。


――― Masato Side End ―――





同日 帝都 崇宰本家


 彼と整備兵の関係、それは予想よりも良好に築いていけるだろう。だが問題は他にある。

「将登様の戦術機が、横浜より搬入されました」

「ふむ……武御雷はどうなっておる?」

 正治の疑問は当然の物だった、斯衛の象徴として配備された武御雷では無く、違う戦術機に乗る。
これは斯衛にとっては問題が有る。本来将軍より受け賜る武御雷を断ったと判断されかねない。

「その……非常に言い難いのですが、将登様の戦闘方法に一切適応していないのです」

「むぅ……致し方ない事ではあるか……」

 本来斯衛であるならば、武御雷に適合していなかろうが武御雷に乗るべきなのだ。
だが彼に期待されているのは、新しい戦術の基本を作り上げる事。つまり……

「分家だけでなく、他からの反発も予想されるか」

「はい」

 苦々しくも紡がれた言葉が正治の懸念であった。

「ならば……実績を示さねばならぬか」

 分家を抑えるだけならば自分でも出来る、だが問題が崇宰家だけの問題では無くなりつつある。
自分の出来る事が無く、結果的に全て押し付けてしまう現状に正治の心は軋む。





2000年 3月23日 帝都 第一会議室


「閣下の予想道理の返答でした、ブラックボックスの中身については言及するなとの事でしたが」

「やはりあの機体は、戦術機のみでのハイヴ攻略を目的としていたか……」

 鎧衣の報告を受けた紅蓮は、少し考える時間を置いてから話し始める。

「あの機体は極意一部の衛士にしか使えまい……故に従来通りの発想の戦術機と武装の開発。
そして少し遅れた形で、一般的な衛士が使える形で、あの戦術理論を完成させる。
帝国軍技術廠に伝えよ、オルタネイティヴ計画に任せるだけで無く、やれる事は全てせねばならん」

「おや……即座にかの者を中心に添えると思っていましたが、従来通りの開発からですか?」

 鎧衣は紅蓮に臆する事なく質問する。

「……今現在かの者を全面に押し出して開発を行う事は出来ぬ、崇宰家の問題が残っておる」

「つまり、従来と同じ系統の開発を優先し、彼のデータを裏で取ると、いやはや策士ですな」

 鎧衣の言い様に紅蓮は思う所はあるのだが、

「お主がそれを言うか」

 無駄だと判断する。




「月詠」

「はッ」

 鎧衣が退出するまで、一切口を挟まなかった月詠に紅蓮は声を掛ける。

「かの者の訓練は順調か?」

「いえ……射撃能力も格闘能力もその……申し上げにくいのですが……」

 『上がっていません』と続く言葉を遮り紅蓮は命令する。

「構わん、かの者の構想でハイヴを攻略するとなれば必要無い。
高速飛行によって、一気に反応炉を目指すのであれば、敵を斬る暇等無い。
同時に射撃能力も最低限の訓練にしておけ、現状の武装では効果が薄い」

「はッ」

「偽装横穴から出現したBETAを、薙ぎ払える火力を持つ武装……その開発の目処が立ち次第か」

 どれ程の時間がかかるか等分かりはしない、だが

「よいな、崇宰 将登殿の警護を引き伸ばす可能性も視野に入れておけ、しかと守りぬけ」

「了解」




[3501] そのにじゅうよん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/26 12:19
2000年3月24日 帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団 シミュレータールーム

――― Masato Side ―――


 先日搬入された吹雪は、ブラックボックスの関係上シミュレーターでは乗れないらしい。
明日は演習場を使えるらしいが、今日は結局いつも通り、通常の吹雪での訓練が始まった訳ですが。

「当たらない……」

 止まって撃つと当たる、飛び回って撃つとまったく当たらない。

「でも止まれないんだよなぁ……」

 本来自分の乗っている機体は飛行ユニットが付いている、故に止まればそのアドバンテージが消えてしまう。
故に、常に最速で飛びながら当てれなければ、意味は無い。

「手詰まり……こうなったら……」

 どう撃っても当たらない、ならば撃ちっ放しで……

「当たった」

 大発見だ、点で撃つのではなく線で撃つ、無駄がやたら多いが一応当たる。
点で狙うのでなく、大きな線で攻撃すれば攻撃範囲は広くなる、格闘も同じ要領ならどうだろうか。

 飛びながら構えから斬り付けるのは何度やっても失敗した、ならばどうすればいい。
止まった状態からでも構えて振れば斬れる、横に長刀を固定したまま、本体が早く動けば切れる……かな?
近寄ると危険度は上がる、なので実戦ではやりたくは無い、だがこれは訓練。

「ふぅ……」

 一端落ち着かせ操作に移る、両手で剣を固定して飛んで直進。
相手が止まっているので横を通り過ぎるだけで斬れる……と思う、思おう。

「……斬れた」

 浅くではあるが斬れている、今まで当たらなかった射撃が当たり、出来なかった近接が出来た。

「後は反復あるのみか」

 子供になったかの様に興奮している、だけど悪い気はしない、訓練を再開しよう。


 結果的に言うと射撃はまだマシにはなった、動いている相手には一切当たらなかったのだが……
そして近接は素人の浅知恵の限界だろうか、長刀がぽっくりと折れてしまったのだ、シミュレーターでよかった。
近接はやはり諦めてしまうのが良いだろう、BETAに近寄って攻撃を受けたら一撃で死ぬ可能性が高いし……

「明日辺り月詠さんに聞いてみるか」





同日 15;00 帝都 大通り

 訓練も終了したので家に帰ろうと思ったのだが、先程の大発見で興奮している。

「少し頭を冷やしたいので歩いて帰ります、先に戻って置いて下さい」

 送迎してくれる運転手さんを見送った後、大通りをぼーっとしながら歩いてると……

「視線を感じる……」

 寒気がする。確かにマスクを付けて、国連軍の軍服を着ているとなると珍しいだろう。
だが露骨な視線が多い、まさかマスク狩りなるものが流行っている訳じゃないだろう。
有り得ないと断定し、その場から逃げるように裏通りに入る。
自分は不審者だと常に意識せねば……周囲に余計な認識を与えてしまう。




「失礼、そのマスクを取って頂きたいのですが」

 1,2,3,4人……何故囲まれている。

「もう一度言います、そのマスクを取って頂きたいのですが。我々としても手荒な手段は避けたいもので」

 リーダー格ぽい人が凄い睨んでくる、まさか……

「お断りします」

 マスク狩りが現実に起きるとは……即座に逃げる。

「ちッ、構わん、取り押さえて取ってしまえ」

 色の上下違う顔なんか見せたくない、その一心で逃げ出したのだがまずかったようだ。

「手荒な真似はこちらとしても避けたかったのですがね……」

 一瞬で取り押さえられてしまった。

「む……なんだこれは取れないぞ」

 上に乗っている男が呟く、何を当たり前の事を……
一日中付けていて取れないマスクなんだぞ、取るのにコツがあるに決まってる。

「ちッ、傷は付けない様に切れ」

 何を言っている、マスクを取るためだけに首を斬る……本当に?

「わかりました」

 首に冷たい感覚が走る、認めようこれは現実だ……

「……ふざけんな

 自分の声が異様に冷たく感じる。抵抗しよう、腕の一本、足の一本を失おうとも抵抗しよう。
理不尽な現状に嘆きもしたが耐えた、訓練で何度倒れようとも継続した、戦場に立ちたくなくても立った。
俺は今、我慢に我慢を重ねて生きている。『死にたくない』ただその一心しかない。

「お、おい」

 左肩に何かが食い込むが構わない、暴れ、もがく。

「お前、正気か」

 正気?何を言っている。
香月博士の様に、全てを投げ打って人類の未来を守る為に戦うので有れば、納得はしないが理解は出来る。
故に戦術機にも乗った、伊隅大尉の無茶な命令にも渋々従った、結果として自分の生にも繋がるのだから。

「正気はどちらだ?」

 上に乗っている男が動揺している隙に押しのけ、即座に立ち上がる。

「正気はどちらだと聞いている」

 命は一つしかない、故に尊い、マスク欲しさに俺を殺す等認めない。
『死にたくない』のだ、耐えに耐え続けた枷が外れているのかもしれない……

「俺はな、怒っている」

 左手の感覚なんか有りはしない、相手が硬直しているのも関係無い。
視界がぼやけていく中で相手を睨みつける、ただ死にたく無いだけなのに何故……

 倒れていく中で最後に見たのは……血の様な紅色だった。



――― Masato Side End ―――





同日 15:10 帝都 崇宰本家


「将登様はどうなされた?」

 演習場の手配の為に奔走していた月詠は将登を待っていた、だが車には該当者が居ない。
 
「いえ、本日は歩いてお帰りになられるとの事でしたので」

 今の今まで、一度も歩いて帰ると言った行動は取らなかったのに何故……問題は其処では無い。

「巽、雪乃、美凪、直ぐに出るぞ!貴様はそこで待機しておけ」

 最悪の可能性が頭をよぎる、昨日搬入された吹雪の意味する事を、分家に知られた可能性がある。

「急がねば……」


 
 大通りに着き聞き込みを行う、容姿が容姿故にすぐに方角は判明した。
斯衛が走り回っている異常事態に周りが騒がしい、月詠にその事を気に掛けている余裕等無かった。

 裏通りに入り走ると5人の人影が見え目を凝らす。

 国連軍の軍服を纏い、左半分を黒く染め、こちらを向いている男が目に入る。

 その男はコマ送りの様に前に倒れていく。

 認めようあの男は、あの人は 

「……将登さん?」



 他の男が何か言っている様だが気にも留めず、将登の状態の確認を行う。

『真那様』

 後からやってきた3人は即座に指示を求める。

「美凪、車の手配と正治様に連絡を。巽、雪乃の両名はあの4人の拘束を、逃げるようならば……」

 『殺せ』と命ずる。





同日 18:00 帝都 個人経営の小さな病院内


 連絡を受けてからの正治の行動は早かった、大袈裟に成らない様に小さな病院を丸ごと抑え込んだ。
予想出来て居た事態ではあったが、予想の時期よりも大幅に早かったのが問題だった。

「正治様……将登様のご様態は?」

「ふむ、血を失って気を失ったらしい……後遺症等は一切無い」

 最悪の事態は回避したと。

「正治様、此度の失態は……」

「すまんかった、今回の事態はわしはある程度は予想しておった、武御雷の件でな。
此度の件は……情け無い事に、武御雷を持たぬ当主と言う事に目が行って、先走った分家の仕業じゃよ。
あの4人を洗うまでも無い、全ての分家が当主を崇宰 将登と認めおった……」

 月詠の謝罪を遮り正治は話し続ける。

「今回の一件を持って、崇宰 将登様が目覚め次第当主へと任命、そしてわしは隠居する事になる」

「……」

「完全にわしの失態じゃ……」





 正治が帰った後、月詠は将登の病室の前に立つ。

 今回の事件によって分家の力は大きく削ぎ落とされた、分家が本家の次期当主を傷つけた。
例えそれが本物であろうとも、偽者であろうとも認められる行動ではない。
結果として崇宰家としての問題は片付いた。

 月詠個人にとっても喜べる結果ではある。

「守られ、守れずか……」

 斯衛である月詠は自分を戒める、前者は佐渡島、後者は帝都。

「何が対等だ……」



 帝都が春を迎える迄後少し




[3501] そのにじゅうご
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/26 19:06
2000年3月26日 帝都 個人経営の小さな病院内

――― Masato Side ―――

 左肩が疼く、何故だ?

「また病院か……」

 確かマスク狩りに遭遇して……ぷっちんしちゃんだよな。
今思い出すと恐ろしい事をしてしまった、素直にマスクを渡せばよかった。
あの時も暴れずに外し方を教えればよかったのだ……激しく後悔している、そして

「生きてるんだ」 

 笑いがこみ上げてくるの抑える。

「ぷっくっ、痛ッ」

 失敗した上に傷に響く……痛みが生きている事を実感させてくれた。
そして多少は理性が戻った…あれ?

「マスクがついたまま?」

 何故かわからないがマスクが外されていない。
病院の人達は取るのを諦めたのだろうか?もう少し取りやすい様に改良せねば……




「失礼しま……」

 看護婦さんだ……前回のように堕天使では無く、天使の方がやってきた。

「失礼島?」

 そんな島知りません。なんてどうでもいい事を考えていると、看護婦さんが走って行った。

「病院内は走らない方が……」

 こちらの呟きは聞こえていないようだ。




「目覚めたか、具合はどうじゃ?」

 疲れていると思われる正治さんと、微妙な表情の月詠さんがいる。

「左肩が疼く以外は特には」

 何故医者ではなくこの二名が来るのだろうか……疑問を口に出せる空気ではない。

「すまんかった、今回の一件、わしが分家を抑えきれんが故に……主には辛い思いをさせてしもうた」

 はて?分家とな……マスク狩りを行う分家、当主に成れと言われた俺はマスク男……

「マスクが原因ですか?」

 出来れば違うと言って欲しい。

「それが原因の一つでもある……じゃがお主の責では無い。断言する」

 つまり崇宰家は……マスクが重要なのか?なるほど……香月博士はこうしたいが為に俺にマスクを……
恨むべきは分家で無く、香月博士なのではないだろうか、大本の原因は香月博士の策略だと思う。
崇宰はマスクが重要、つまりマスク好きの一家。確かに権力を手に入れるには有効かもしれないのだが、

「わかりました」

 惨すぎませんか?

「今回の一件でお主は崇宰の当主に正式に任命された……」

 マスクを死守したのを認められても嬉しくは無い……

「初の仕事がこうなってしまったのは申し訳ないのだが……お主を襲った4人の処分だ」

 マスクを奪い取れなかったからか。

「それは、何時ですか?」

「明日ここへ連れて来る」

「わかりました」

 どう処分すればいいのだ……




 正治さんが出て行った後に残ったのは月詠さん、何か御用がおありなのでしょうか。

「将登様、御着任おめでとう御座います」

 背中に悪寒が走った、様付けは止めて欲しい。

「……」

 無言の抗議を送ってみる。

「此度の失態、誠に申し訳ありませんでした」

 ん?

「何の事ですか?」

 意味がわからない。

「お守りできず……」

「気にしてませんよ」

 今だから正直に言える、ぷっちんしたのが恥ずかしい。
香月博士の陰謀に完全に乗らされてしまったのだ、悪い意味合いで……
そう言えば被害者は自分だけではなかった……あの自分を殺そうとした人達もある意味被害者。

「ですが……」

「月詠さん、家に置いてあるマスクを4個、明日までに急ぎで届けて貰えませんか」

「はッ」

 こちらは考え事に集中したいのだ、取り敢えず会話を断ち切る。
直接殺されかけたのは許せない、だが香月博士の企みとなると話が変わってくる。
あの人は意味の無い事をしている様で全てに意味がある、だから俺は今も軍に身を置いている。
そして襲ってきた4人を処分してしまうと、香月博士を認めない事になってしまう。
香月博士は俺に取っては諸悪の根源とも言える、だが香月博士の考え方は間違っていない。
ある種の崇拝に近い部分もある、故に未来を見ている香月博士を、俺には否定できない。
つまり、処分を行うと言う事は……自身の未来、生きる事の否定に繋がりかねない。


 月詠さんが退出したのを確認し自嘲気味に呟いてみる。

「諸君等のマスクへの情熱に私は感動した、故に今回の件は不問とし更にマスクをくれてやろう」

 香月博士……出来ればこんな事二度と嫌です。クーデターの主導者になったほうが精神的に楽です。


――― Masato Side End ―――



 月詠 真那の心境は複雑な物であった。
正治に連れられ、病室に入った時見た将登の顔は青かった。
原因は自分にある、紅蓮に命じられ、正治に頭を下げてまで懇願され斯衛として誓った。
なのに、なのに、なのに将登は傷ついた。


 思い出すのは初めて見た佐渡島の戦場。

 自分は希望を見た。

 思い出すのは訓練風景。

 頭を抱えて訓練内容を考えた。

 思い出すのは何も用事の無い休日。

 彼は食事を作ってくれた。

 思い出すのは病室に居た彼。

 こちらの失態を気にする事無く普通に接してくれた。


「充実していたのですね……」

 認めよう、仮初の主ではあったはずなのに、供に過ごした日々は充実していた。

 認めよう、気高くも普通である人と、人として供に在りたいと思う自分が居る事を……


「覚悟を決めましょう」

 斯衛として長き時を供にある事は出来はしない、既に斯衛としての主がいる。

 人としてならば長き時を、供に歩めるかもしれない。


「一度切りの懇願を……」

 あの御方の邪魔となるので在れば、自分が供に有ることは出来はしない故に。




2000年3月27日 帝都 個人経営の小さな病院内


「ほぅ、全員居るとはな」

 月詠は全員揃っている事に少し驚いた様な仕草を見せる。

「……当たり前です、俺たちは黄色の斯衛、そして崇宰の分家である事に誇り持っています」

 苦々しくも答えた男、今回の騒動に置いて主導者として動いた男。武田は月詠を睨みつける。
自分達崇宰の関係者で無く、他の武家が先に同じ様な行動を取れば崇宰は途絶える。
次期当主を傷付けるつもりは一切無かった、必要だったのは本人かどうかの確認だけだった。

「誇りを持ちながら襲い、挙句に傷を付けたと」

「……」

「よさんか月詠、主らも将登殿の下へ行くぞ」

 月詠の発言を受け黙り込む武田を正治は歩ませる。




「今回の一件は全て、この武田の責任です」

 部屋に入るや否や土下座する武田に一同の視線が集まる。

「貴様」

「当主、非礼は重々承知しております。ですが俺の首でこの3名を不問としてください」

 月詠の静止を無視し、小太刀で自分の首を切ろうとする武田を見て、

「待て!痛ッ」

 止めたのは将登だった。

「将登様」

 近くに寄ろうとする月詠を目で制し、右手で左肩を擦りながら将登は処分を伝える。

「痛いな……今回の一件は全部不問」

『……』

「で、それ置いてあるの一人一個上げる。以上」

 痛さからか自棄に成りつつある将登は、他人が黙っているのを無視し一気に処分を伝える。

「ですが、それでは!」

 『分家が抑えきれない』武田は自分の首を持って、この事態を丸く抑えて終わりだと確信していたのだ。

「ふむ、当主としてそうするのか?」

 正治は今まで、事の成り行きを見守っていたのだが、遂に言葉を発する。

「そうですよ?」

 意味が分かって言っているのか、分かっていないのかはっきりしない答えが返って来る。 

「むぅ……何故じゃ?」

「確かに怪我した事は怒っています、でも自分の信じている者を曲げたくないというか……」

 『うまくは言えないんですけどね』と付け加えて返答する将登を見て、政治は何度も頷く。

「お主は面白いな……最初からお主に任せておれば、こうはならんだったかもしれん」

「それって……褒めてませんよね?」

 何とも言えない、情け無い視線を送ってくる将登を、正治はにやりと笑って無視する。

「処分の伝達は終わった、主らも付いて参れ、これ以上は傷に響く」




――― Masato Side ―――


「痛かった……」

 目の前で自殺を見たい訳が無い、武田と言う人は発想がおかしいのでは無いだろうか。
痛さから適当に不問にし、マスクを押し付け結果的に追い出してしまった。

 視界の隅の方で月詠さんが笑っているのが見える。

「あの……月詠さん?」

「いえ、失礼しました。本日はお願いしたい事があります」

 笑っていた顔が真剣な物に変わる。

「人として、永らくお傍に置いていただけませんでしょうか」

 真剣ではあるが何故か泣きそうに見えるその表情は

「つまり友達になろうと?」

「ぷッ……失礼、そう捉えて頂いても構いません」

 自分の一言で崩壊してしまった。

「色々ご迷惑をお掛けすると思いますが、末永らくよろしくお願いします」

 何故か断る気も起きなかった、右手を差し出す。

「よろしくお願いします、将登さん……私は何れ貴方の隣に行き着きたいのです」

 繋がれた手の先にある月詠さんが、一生忘れられそうに無い程美しく見えた。


――― Masato Side End ―――



 帝都に春が訪れた



[3501] そのにじゅうろく
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/28 10:49
4月10日 帝都 第六演習場

――― Masato Side ―――

 この世界の医療技術は恐ろしく進んでいる、BETAとの戦争で死傷者が多いのも原因なのだろうか?
あっさり人口皮膚なる物で肩の傷は防がれ、退院して実機に乗ることになったのだが……

「ええい、いい加減降りてこんか!」

 前回のマスク狩りによって、香月博士のみに任せる事はしてはいけないと確信した。
任せっぱなしでは原作の白銀と同じ立場に成ってしまう、既に手遅れな気も多々する……
だが何もしない訳にもいかない、香月博士と関与しない範囲で動きながら原作の再現を……

「光線級は何をやっておる!地面に引きずり降ろさんか!」

 いい加減現実逃避は止めよう、正面には紅蓮さんの乗る青い武御雷。
そしてこちらは飛行ユニットを装備した吹雪、今回は突撃銃2丁に長刀2本。
BETAに支援要請するのはいかがな物かと思います。

 最初は一度しか乗った事の無い機体なので、慣れようと思い乗っていた。そこまではいい。
途中から青い武御雷が乱入、そして総合仮想演習システム(JIVES)による演習になってしまった。

 即座に逃げ回り銃を撃つ、撃たれるを繰り返して居た訳なのだが……

「両者、弾切れか……」

 20分間出鱈目に撃ち合ったお陰で、10分程鬼ごっこをしている……
長刀が折れるかもしれない、だが突っ込んで斬るしかないか。

「ほぅ、やっと降りてくるか」

 長刀を水平に構え直線で突き進む。

「むん」

 交差した瞬間長刀がざっくりと斬られた……貴方化け物ですか?

「刀は引かねば斬れんぞ、円が基本なのも知らんのか」

 分かっている、刀は斬る為の武器、バスタードの様な剣で有ればさっきの使い方も出来るのだ……
円が基本、刀を振る事は出来ない……なら機動そのものを円にしてみては?

 即断即実行、折れた刀を投棄、そして新しい刀を引き抜く。
相手は待っていてくれてる、ならば試すしかない。
最速で直進するのではなく大きな円を描くように機体そのものを腕に見立てる。

「うぁッ……推進剤切れか、もう少しで……」

 序盤から全力で飛び回っていたことが原因だろう……青い武御雷の随分と前で、地に降りてしまった。

「降参します」

「状況終了する、各自ハンガーまで移動せよ」

 何か掴めそうだったんだけどなぁ……




同日 斯衛 ハンガー


「……お疲れ様です」

「有難う御座います」

 タオルを渡してくれる月詠さんは、何か哀れむ様な目でこちらを見てくる。

「で……紅蓮さん何故乱入を?」

 俺だって理解していない、じと目を送ってみる。

「ふむ……用事があって会いに来たのだが、思わず乱入にしてしまったわ!」

 がはははと笑う紅蓮さん……貴方戦闘狂ですか。

「おおそうじゃった、遅れながらも崇宰家当主着任おめでとう。
そして所属が決まった、第3斯衛大隊じゃ、といっても主は色々特殊故に余り意味はないんだがな」

「了解ッ」

 最後の一言は無視し敬礼する、第3斯衛大隊に一応所属といった形で何をさせるんだ?

「後……これじゃ」

 青い斯衛軍服?

「国連軍の軍服はここでは色々問題があっての」

「わかりました」

 斯衛には確かに色々問題が有るだろう、何せ御剣 冥夜を生贄として国連に送るのだから……
原作までの時期は御剣 冥夜がいつ、国連軍に入るか聞けばわかるのではないか?

「紅蓮閣下」

「主が閣下と呼ぶな、何故か気持ち悪いぞ」

 後半部分で精神的にダメージを受けた。

「紅蓮さん、御剣 冥夜様はいつ国連軍へ?」

 紅蓮さんの顔色が変わる、もしや地雷を踏んだかもしれない、冷や汗が出る。

「……主が知っておっても不思議ではないか、来年春だ」

 香月博士関係だと処理されたのだろうか、助かった。御剣 冥夜の話は以降出さない様にしないと……

 来年春か、原作まで後一年半か……


――― Masato Side End ―――




「月詠、お主が?」

 『まさか知っておるとはな』と付けたし紅蓮は月詠に向かい合う。

「……いえ」

 答えた月詠の表情は複雑な物だった。

「よい、幼少の殿下を時を同じくされておったのだ。
知らぬわけが無い事を忘れ、お主を付けたわしの判断が……」

「閣下、今回の任は私にとっても学ぶ事が多々有りました。故に……」

 月詠が紅蓮の言葉を遮る事は本来許されない、

「ほぅ、左様か」

 だが紅蓮は不問とした。






4月20日 技術廠・第壱開発局


「今回の要望は理解しかねる部分が多いのだが……」

 頬に傷を付けた男、帝国陸軍中佐 巌谷 榮二は正面の男に素直に疑問を押し付ける。

「先日、何故かアラスカに、佐渡島間引き作戦の前半部分の映像が流れまして」 

「む?」

 疑問を押し付けられた男、鎧衣は飄々と語りだす。

「更には斯衛軍の演習場の映像迄……流失してしまった様です」

「何が言いたい」

「こちらをご覧ください」

 モニターに映し出された映像、佐渡島で空を駆ける吹雪、レーザーを自動操縦で回避している所で終了している。 
次に青い武御雷からの攻撃を延々と避け、そして撃ちあっている吹雪、これが意味する事は……

「元が斯衛であった私に、回ってくるのは当然と言った事か」

 あの吹雪は異常だ、最強を自負している武御雷と遣り合っている。

「中佐、この映像が流れでた事により、各国の三次元機動なるものを、前提にした開発が推し進められています」

「だが今回の要望では……」

 三次元機動等、一切触れられていない。

「ソビエト、アメリカがフェニックス構造に基づき開発を行うでしょう、三次元機動については……
ですが、その三次元機動の最終目的はハイヴの戦術機による攻略」

「なッ」

 淡々と語る、鎧衣の言葉の意味に巌谷は驚愕する。

「ハイヴ内部に置いて、BETAの壁を一掃する兵器が必用となります。
付け加えるのあれば、その吹雪は……現在斯衛に籍を置いています」

「不知火と吹雪の改良……同時に試作兵器の開発。それらを持って他国の技術を盗みつつ完成させるとは」

 巌谷は要望書の内容を、順番に整理し解釈していく。

「先日の佐渡島に置いて、我々は多くの戦術機を、衛士を失いました。
日本政府には現状の戦力で、BETAに勝つ事は不可能と判断されています……」

 一呼吸置き、淡々と語っていた鎧衣の声が真剣な物に変わる。

「新造戦術機では間に合いません、不知火が改良に向いていないのは百も承知。
ですが我々が生き延びる為、手段は選んでいられないのです……中佐殿」

「……了解した、不知火の改良と新兵器開発に踏み切ろう」

 苦々しくも頷いた巌谷を見て満足したのか、鎧衣は退出する。



「不知火 壱型丙と試製99型電磁投射砲ね……忙しくなるなこりゃ」






[3501] そのにじゅうなな
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/28 10:51
2000年4月26日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


「ひらひらだ……」

 斯衛の軍服はエプロンみたいだな、どうでもいい事を思いながらもこれからの事を考える。
香月博士の陰謀により崇宰の当主になった、といっても特段する事は無い。訓練しか……

 クーデターに付いては原作までまだ期間はある、現状何もする必要も無さそうだ。
自分が出来る事、現状で出来る事は、飛行ユニットを使いこなせるようになる事。
だが飛行ユニットが完成しても、自分一人でハイヴ突撃とか命令される気がする……
これでは確実に死んでしまう、原作に関わらない範囲で……どうすればいいのだろうか。

 その1、原作崩壊覚悟で適当な事をしまくる。論外却下

 その2、香月博士に聞いてみる。何をさせられるか恐くて聞きたくない、最終手段保留

 その3、守ってくれる人を作る。……ん?

 ハイヴに突撃しろと言われても、同じ飛行ユニットで突撃する事の出来る人間が居れば安全性が……
だが概念が表に出てしまっては原作が完璧に崩壊してしまう。それと無く月詠さん辺りに聞いてみよう。

 取りあえず、試して貰うとしてもXM2仕様のシミュレーターがいる。
今度飛行ユニットを壊したら、何を言われるか分かったもんじゃない。

「手紙を書こう……」

 香月博士に手紙を送りつける事が決定された。
マスク事件の事により当主に成りました、と嫌味たらしく書いて送ろう。少しくらい反撃しとかねば……
そしてXM2のシミュレーターを出来れば送ってください。と最後に書いておく。
名前はどうすれば言いのだろうか……香月博士に送るのだし田中でいいか。



 手紙を出し帰宅すると、月詠さんが居たのでそれとなく聞いてみる。

「月詠さん……飛行ユニットが出回ればどうなるでしょうかね?」

 直接聞いてしまった、思いつかなかったのだ。

「現状のまま出回ったとしても誰も使いこなせません……恐らく気を失うかと」

 考えた事が全て無駄に終わった。

 戦術機適正検査が過去最高と言われている、だけど俺はそう思っていなかった。
元々居た世界が違う事を完全に忘れていた……困ったどうしよう。
考えれる物、飛行ユニットの性能を下げ、誰も気を失わない程度まで重圧を下げる事。
飛行ユニット本来の価値は落ちる、だが周りに人が居れば安全性は上がる。

「その件についてですが……本日、巌谷中佐がお見えになります」

 誰ですかそれ……



「帝国陸軍中佐 巌谷 榮二だ、貴方が崇宰殿か?」

「はッ、崇宰 将登中尉であります中佐殿」

 頬に傷を持ったオールバック……やの字の人ですか?

「今日は、あの吹雪についてお話を聞かせて頂きたく参ったのだが」

 やの字の人が堅い言葉遣いで話をしてくるのは緊張してしまう。

「はッ」

「ふむ……私は昔斯衛に居たもので、青の方が自分より階級が下と言うのは……どうも違和感を感じる」

 お気持ちはよく分かります、月詠さんに様を呼ばれたら正直寒気が……

「面倒だし普通に話すか?」

「はぁ?」

 やの字の人は思ったより話の分かる人だった様だ。

「そうかい、将登君でいいかい?」

「はい」

 正直マスクとかで呼ばれないなら何でもいいです……それ本名だし。

「まず話を聞く前にこれを見て欲しい」

「……誰ですか?」

 女性の写真だ。うん?

「ん?それは私の自慢の娘だ、美人だろう?……間違えたな本命はこっちだ」

 親馬鹿なやの字の人に改名しよう…… 

「不知火 壱型丙、試製99型電磁投射砲……」

 何ですかこれは……原作に無いものは一切知りません。
不知火を改良して出力の強化、それに伴い、試製99型電磁投射砲という兵器を装備可能にする。
此処までは別にいいんだけど……

「不知火 弐型?」

 情報が空白、こんな物見せられても反応に困る。

「そうだ、不知火 壱型丙、試製99型電磁投射砲の開発の目処が立ち次第、不知火 弐型の開発を行う。
新世代の戦術機を作るのには……予算も時間も足りていないんだ。
後君の飛行ユニットの吹雪が製造されたとしても、誰も乗りこなせ無いからね」

 頭が付いていけない……不知火の第一段階の開発と試製99型電磁投射砲を作る。
そこで飛行ユニット装備の誰でも使える不知火、弐型を開発すると言う事?
そして飛行ユニットの吹雪は使えないと……このままでは一人でのハイヴ突貫が現実に見えてきた。

「何処でやるんですか?」

「先進戦術機技術開発計画は知っているかな?」

 横浜とか帝国でやるのであれば断固として反対する、原作崩壊が確定してしまう。
だが関係無い所でやってくれるのであれば……全力を持って取り組もう、生存確率の大幅上昇だ。

「知りません」

「アラスカのユーコン基地でやってる計画でな、先進国が集まって開発している場所があるんだ。
不知火 壱型丙、試製99型電磁投射砲が出来次第、そこに帝国からも人を新たに送る」

 開発を他所でやってくれるのはありがたい。

「えと……何年かかりますか?」

 時期次第では断固止めなければならない最低2年は欲しい。

「計画そのものはもう動いている」

 手遅れかも知れない。概念少し表に出ちゃってますよ香月博士……

「実戦に完全配備される様になるのは3年後辺りになる」

 つまり原作は関係無く進めれるという事なのか。

「俺は何をすれば?」

 アラスカに行けとか言われても正直困るんですが……英語できませんし、許可取るの恐いです。

「将登君の立場は色々と問題があるからなぁ、出来れば行って欲しかったが。
それまでのデータ取りに協力して貰おうと思ってね、どうだろうか?」

 つまりこっちの考えていた事が向こうからやってきた?
一端整理してみよう、まず開発はアラスカで行う、完成は3年後、つまり原作関係無い。
XM2無しで何処まで性能上昇出来るのだろうか……開発するのは機体。
XM3が実際に配備されればそれを付ければ戦力は大幅に上がる……自分が生き残れる確立が大幅に上昇。

「わかりました」

 原作開始前と言う事で警戒していたが……これならいけるかもしれない。
当分は実戦配備されない程度に協力か、香月博士にばれても問題が起きない程度に留めねば。
香月博士にばれないと考えるだけ無駄な気がして仕方ない。



「所で私の娘なんだがね、どうも愛想が……」

 親馬鹿の会話は月詠さんが止めに入る迄、延々と続いた……


――― Masato Side End ―――





2000年5月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 部屋の主である香月は機嫌がよかった。
00ユニットの研究が一歩進んだ、生体の完全模写が可能に成ったのだ。
後は半導体150億個分の並列処理コンピューターを手の平サイズにして完成させれば、オルタネイティヴ4は完成する。
問題は今手元にあるグレイナインで足りるか否か……

「あら……へぇ、たまには息抜きもいいわね」

 彼女の手元には田中マサトと書かれた手紙があった。




「伊隅、はいこれ」

 伊隅に手渡された手紙、それを読んでいると伊隅の表情が怪訝な物に変わる。

「マスクの愛好者の長……どう言った事でしょうか?」

 やはり食いついた、そう確信し香月は口元に笑みを浮かべる。

「わからないの?彼は一年かかる予定だった崇宰を負傷によって強引に纏め上げた。
そして最後の名前が田中マサト、だからマスクとか言う一見意味のわからない文なのよ。
崇宰 将登として、ここに手紙を送ったらどうなるかわかるでしょ?」

 『予定より恐ろしい程早いけどね』と楽しそうに香月は語る。

「はぁ……つまり田中は、いえ崇宰様は……」

「別に田中でいいわよ?国連軍衛士 田中 マサトでもあるわけだし。
問題はこれよねえ、XM2シュミレーター……特段何も指定して無いって事は訓練用かしら?」

 軽く伊隅に視線を送る事で疑問を投げる。

「シミュレーターがXM2に対応していないと、飛行ユニットは訓練すら厳しいかと」

 伊隅は即座に答える、

「伊隅、貴方達二人は使えるかしら、実戦であれを」

 答え等は気にしてない、と言った軽い感覚で香月は尋ねる。

「……いえ、直進である程度曲がる程度なら行えますが。彼と同じ動きはできません」

 苦々しく答える伊隅の回答がA-01部隊の現状だった。

「そう……訓練兵の繰上げを7月にするわ、XM2の方は完璧に使いこなせるようにさせないさい」

「了解」




 伊隅の反応はある程度楽しめた、そして彼の時間稼ぎは、自分の関知しない領域迄行ってしまった。

「XM2で何をするつもりかしら……」

 彼が使うカードはこれしか無いだろう、世界が大きく動けば動く程、自分の研究成果の小出しで済む。
自分で使うつもりで温存しているカードの効果は……

「どうせなら世界中を引っかき回しなさい」

 『その間にオルタネイティブⅣを完成させて上げる』




2000年5月4日 斯衛 シミュレータールーム

――― Masato Side ―――


 開発はある程度目処が立ったら連絡するとの事で、訓練の日々に戻ったのだが。

「本当に送ってくるとは……」

 XM2のシミュレーターが本当にやってきた。他人に使わせていいのだろうか?
取りあえず分からないので『崇宰 将登 個人専用 入るな危険』と看板を立てておく。
こんな事していいのかな……だが他人に乗られると非常に困る、XM2は流石に表に出せないのだ。

「取りあえず乗ってみよう……」



 前回の紅蓮さんとのJIVESで逃げる能力だけは保証された。

「逃げれるけど倒せない……あの円の動きが一番引っ掛かる」

 直角に回るのではなく大きな円を意識して旋回してみる、ある程度なれてきた。 
実機とシミュレーターの違いだろうか、負荷が久々に乗った吹雪よりも随分と軽い。

 目標を円の外周に置くように旋回しながら、抜刀、加速……

「……見事に体当たりだ」

 あの時推進剤が切れていなかったら……死んでなくても殺人未遂ですよね。

「結局反復するしかないか……」



 4時間もすれば止まっているのには当たるようになったのだが……

「これじゃ射撃と変わらない……」

 動いてる相手には一切当たらないのです。丸い円じゃなくて楕円までは順調だった。
楕円ならば多少の修正も効く、だけど相手が戦術機だと円の修正が追いつかない。

「……そういえば戦術機とやる必要は無かったな」

 根本的に間違っていた、人を殺す訓練をしていたかと思うとぞっとする。
訓練だと戦術機相手に戦う事の方が多かった、だけど自分の目標は本来、

「基礎を繰り返しつつハイヴ攻略の訓練か……ハイヴ攻略の訓練はどうすれば出来るんだ?」


――― Masato Side End ―――





「ハイヴ攻略の訓練をしてみたい」

 その言葉を受け月詠は自身の訓練を即座に中止、モニタールームに全員集める。

「巽、雪乃、美凪……しかと見ておけ」

『はッ』

 言うまでも無い事だがあえて命令する。飛行ユニットを吹雪の本来の目的ハイヴ攻略、それを目に焼き付けろと。

「地上に置ける陽動と支援は100%機能していると設定、ヴォールク02を起動します」

「了解」

 通常戦術機でも回避能力は出鱈目だった、その機動を本来の機体でヴォールクデータをやる。
月詠はモニターを睨む様に見つめる、本来最低でも中隊規模でしか行わない訓練を見つめる。

 開始と同時に恐ろしい加速で突き進む吹雪、武装は突撃銃の4丁にS-11のみ。
BETAを完全に無視し飛び続ける、呆れてしまう根本的に違う。

 通常のハイヴ攻略は、ある程度倒しながら進んでいく、だが飛行ユニットは一度も撃っていない。
5分10分と吹雪は飛び続ける、BETAを完全に放置しながら……

「……ですがこれでは」

 偽装横穴、偽装縦穴、壁の薄い部分が崩壊し、そこからBETAが大量に出てくる穴。
ハイヴ内部にはそういった物が無数に存在している。そしてヴォールク02にも……

「……吹雪大破、状況終了します」

 偽装縦穴から出現したBETA道を防がれ、後ろから追いかけてきたBETAに道を防がれ大破。
時間にして15分……単機としてみれば長くはある、だが……

「もう一度お願いします」

「……了解同条件に設定、ヴォールク03起動します」

 このまま実際にハイヴに突入しては無駄死にだ……
二度目に関わら、ず同じ速度で突き進む吹雪を見ていると……自殺志願者にしか見えない。

「もう一度お願いします」




「今回で今日は最後です、同条件に設定。ヴォールク02起動します」

 5回目のシミュレート、通常ではありえない……だが彼が後一回と言ったので最後と言い起動する。
これまでの結果は一回目の15分から3回目の30分が限界だった。何れもBETAに挟まれ大破。

 変化は訪れた、偽装横穴から出現したBETAが坑道を防ぐ前に、強引な機動で突破したのだ。

「これが……新概念……」

 一度でコツを掴んだのだろうか、吹雪は一切撃たず、飛ぶだけで突き進んでいる。
BETAが出現しても、それを強引な機動で避け、置き去りにして飛び続ける。

「……機体の限界ですね」

 もうすぐ推進剤が無くなる、つまり技量があろうともこれ以上は不可能。
モニターから視線を外しシミュレーターを見つめると異常に気が付く。

 『あれに乗るのは熟練衛士でも無理』整備兵の意見を真実だと確認してしまった。
シミュレーターの揺れが異常なのだ、再現しきれていないとはいえ、あんな物に入って気を保てると思えない。

「……吹雪大破、状況終了します」

 モニターに移る時計は50分経過、中層突入と表示されていた。

「巽、雪乃、美凪、将登様をお送りしろ。私は遅れて戻ると伝えておけ」

『了解』



 3人が出て行った後、操作ログを引き抜こうとする。

「やはりか、横浜基地副司令は何を考えている」

 そこにはIt is not、つまり操作ログが無いと表示されている。
飛行ユニットと同時に搬入された吹雪も操作ログは引き出せなかった……つまり飛行ユニット以外にも何かある。
そしてあの飛行ユニット、確かに有効性は今日証明されたのだが……

「あれでは連携も何も出来ない」

 現実に稼働時間が延びようと誰もあれに追いつけない。
孤軍奮闘でハイヴの反応炉まで突き進み反応炉を破壊、そして脱出。口にするの簡単だろうが……

「本当に死んでしまいますよ、このままでは……」

 実質不可能と判断する。



 考えをある程度見つめた後、視線をシミュレーターに移す。

「頑丈を通りこしていますね、将登さん」

 そこで見た光景に呆れてしまう。通常衛士は休み休みで、合計3時間から4時間しか訓練を行えない。
ところが彼は6時間連続に近い状況でやっても平然としている、あの異常な揺れというおまけが付いてだ。



 全員が退出したのを確認し、搬入されたシミュレーターを見に行く。そこで月詠は絶句してしまう。

  『崇宰 将登 個人専用 入るな危険』

 確かにあの様な揺れをされては誰も耐え切れまい。だが……

「これはどうかと思いますよ……」

  『特務任務用に付き入室を禁ずる 月詠 真那』

「ぷッ……」

 書き足した本人なのに何故か笑ってしまう月詠であった。





[3501] そのにじゅうはち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/29 15:56
2000年5月16日 帝都 崇宰本家

――― Masato Side ―――


「当主、着任の……」

 目の前には分家のお偉い方々が並んでいる……それはいい。
何故武田と思われる人物がマスクを付けている?挨拶は耳に入らず意識はそちらにいってしまう。

「当主?」

「いや、なんでもない」

 集中していないのがばれた……でもマスク付けてる人が居るって、気になるんですね。自覚した。



「当主、この武田をお傍に置いてください。雑用でも何でもさせていただきます」

 やはり武田だった……マスク男に仲間が出来ました。

「断固として断る!」

 感情に身を任せて断ってしまった……

「当主のお立場が複雑なのは重々承知しております。せめて、この帝都に居る間だけでもお傍に置いてください」

 マスク男は傍に置いてどうなる、唯でさえ痛い視線が更に痛くなってしまう。

「……」

「……」

 月詠さんに視線を向けたのですが、視線逸らされました。関わりたくないんですね……

「そのマスクを外せ、それなら考えてもいい」

 妥協案を提示、マスク男をこれ以上増やすと皆さんの視線に耐え切れなくなります。 

「なッ……そういう事でしたか当主、了解しました」

 わかってくれたか、だが武田よ……マスク取るのに君は苦戦せずに取れるんだね、少し尊敬。

「……今日の要件は挨拶のみか?」

『はッ』

「じゃ、解散」

 無駄に疲れた……




2000年5月21日 斯衛 シミュレータールーム

 
 先日の集まりから武田が本家で雑用をこなす様になった、物凄い助かる。
当主として何をしていいか一切知らなかった、おかげで仕事が溜まっていたらしい。

 武田に仕事を押し付け、毎日の様に基礎、そしてハイヴ突入を訓練をしているわけですが……

「何も変わってない……」

 動いてる敵には確実に当てれない、ハイヴの突入も中層に入れば推進剤が切れる。
距離的な物であれば、半分は行けるのだが……偽装横穴は、奥に行けば行く程ふえるらしい。

「集中力が持たないし……」

 2時間も常に避けるだけを意識するのは不可能。一度50分やり遂げ、10分休憩を入れての二回目は途中で堕ちる。

「一人の限界がこれか……そういえば開発どうなってるんだろう」

 親馬鹿はあれから一度も連絡を寄越さない、現状は訓練を続けるしかないのは分かっているんだが……



 煮詰まっている……息抜きに休憩。

「当主、終わりました」

 武田君がやってきた、自分と似たような年齢の男子が近くにいるのは少し気が楽だ。

「お疲れ様……模擬戦やる?」

「はッ」

 軽く話したつもりだったのに……走って着替えに行きなすった。



 正面に対峙するは黄色の武御雷、自分はXM2搭載の吹雪。
飛行ユニット無しでの訓練もしておいた方がいい、との助言を受けやっているわけだが。

「参った……流石斯衛、流石武御雷」

 舐めていた訳でも無い、油断していたわけでも無い。
通常の吹雪で武御雷を遣り合うのは無理があったらしい、非常に押されている。
今まで武御雷とやったのは一度のみ、それも飛行ユニットで逃げ回って居ただけ。
XM2が無ければ……最初の5分で大破していただろう。

 逃げるのは自分、追われているのも自分、押されているのも自分。
武御雷本来の性能は近接格闘、武田の武御雷はその一点だけを考え、突き詰めているのだろう。
長刀を三本装備していると聞き最初は耳を疑った。突撃銃一丁に長刀三本、通常有り得ない装備。
だが対峙して意味は直ぐ分かった……

「……参りました」

 圧倒的な加速で距離を詰め斬る、単純故に強い。
避け続けるだけで精一杯、間合いに入ってしまうと、勝ち目は無いので永遠と逃げていたのだが。

「また推進剤切れね……」

 自分の避ける事しか出来ない能力が少し嫌になった。





「あの……当主」

 武田君はこちらのしょぼさに驚いているのだろうか。

「機密に関わらない範囲でいいのですが……先程の吹雪は改造されていらっしゃるのですか?」

「吹雪その物の出力とかは通常の吹雪と変わらない、変わっている部分は答えれない」

 XM2については答える事が出来ませんよ?

「不知火に乗ったことは?」

「無い……かな?」

「わかりました」

 何が聞きたいんだろうか?こちらはスランプ気味なのだ。シャワーを浴びて頭を冷やそう。




――― Masato Side End ―――






「月詠中尉、お答え頂きたい」

 将登が過ぎ去ったの確認し、武田は月詠へ問う。

「……何の事でしょうか」

「あの出鱈目な機動は一度目にしています、紅蓮閣下との演習で……
ですが今回は通常の吹雪でした、自分は武御雷です……仕掛けがあるとはいえ自分は一度も……」

「私は……説明する権利を持っていません」

 所々詰まりながらも問いただす武田の気持ちを汲み、赤である斯衛は黄の無礼も気にせず答える。

「……非礼を詫びます、失礼しました」

「……」




 月詠の元より去った後の武田は、先の模擬戦を思い出す。

「動かなければ当たっていた……」

 相手は自分の居た所を、無駄が多くとも撃ってきた。あの出鱈目な機動を維持したままでだ。
通常撃つ時戦術機は止まる、だが彼は止まらずに高速飛行を維持したまま当てに来た。

「間合いを詰め切れなかった……」

 性能で勝る武御雷を持ってしても、ここ一番で逃げられる。
最初の5分で一度だけ詰めきれた、だがそれも上空に飛ばれ斬れなかった。

「何故吹雪なんだ。武御雷……いやせめて不知火があれば」

 機械が追いついていないのであれば、新規開発をするか、最新鋭の戦術機に乗らせれば解決する。
だが武御雷は、未だ崇宰当主の元へは届いていない……届けば自分が勝てるとは思えない。

「先代を遥かに超えた化け物ですね、現当主は。そして機密か……未来に何を見ているか知りませんが
……俺は貴方の影として崇宰を守りますよ」

 自分が出来る事は小さい、だが不安定な状態の当主を支えるのも分家の務め。

「なんだ、顔なんかどうでもよかったんだな」

 いつの間にか、本人の素性がどうでもよくなった事に気が付き、自嘲してしまう武田であった。






2000年5月27日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「貴方ね……ここのセキュリティーを何だと思っているの?」

「おや、今回は博士にとっても有益な話を、お持ちしたつもりなのでしたか?」

 毎度の如く唐突に現れる男に香月は呆れてしまう。

「続けなさい」

「先日何故か流失した……」

「それはあんたの仕業でしょ、斯衛を敵に回しても知らないわよ?」

 鎧衣の発言の先は知っている、香月にはつまらない事に掛けている時間も無い。

「いやはや、驚きましたな……そこまで掴んでいらっしゃるとは。
先日開発が始まった試製99型電磁投射砲……重大な欠陥が見つかりまして」

「で?」

 自分達に任せろ言ったのに何を言っている?香月の答えはそれだった。

「コアモジュールを、G元素を使用してでも完成させて頂きたい。ブラックボックスで構いません。
対価に……我が国の保有するG元素の50%を香月博士に……」

「弱いわね」

 G元素は喉から手が出るほど欲しい、手持ちの量だけでは不安もある。だが弱い。

「……先日、崇宰当主が影を作ったのはご存知で?」

「へぇ……いいわ、続けなさい」

 追加された本命に香月は食いつく。

「我々としましては……9月に行われる光州の間引きが終了するまで、彼を田中へと……」

「10月には新兵器は試作段階に持っていけるのね?」

 天才である彼女の思考は早い、計画の頭で頓挫してしまう訳にはいかないのだろう。
故に、鎧衣はカードを二枚も切ってきた。G元素と田中マサトを言うカードを……
確かに、戦術機の開発が始められないのであれば、田中が斯衛に居ても意味は無い。
結果がこちらの利になるのであれば……

「ええ、完成次第。かの者の戦術理論を組み込んだ戦術機が……」

「わかったわ、此処までさせるんだから、戦術機を完成させなさいよ?後G元素は70%寄越しなさい」

 兵器は要らない、世界に対するカモフラージュは彼女の興味の外にある。
欲しいのはハイヴ攻略可能な戦術機とG元素のみと強調し、

「……わかりました」

魔女と狸の契約がなされた。




[3501] そのにじゅうきゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/28 18:56
2000年6月4日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


「着替えの準備は出来ましたか?」

 ええ何度も言われているので一昨日には準備出来ていましたよ。

「お薬はお持ちになられましたか?」

 それは昨日に用意しましたよ?

「月詠さん……」

「何でしょうか、将登さん」

 不思議そうにされても困ります。

「俺は、子供じゃないので……自分で出来ますよ?」

 訳が分からない、何なんだこの事態は。



 事の始まりは6月1日に紅蓮さんからの呼び出しから始まる。

「お主は横浜に一時戻れ、光州ハイヴの間引きが行われる。わしも行きたかったのだがな……
あれは中華連邦の担当だと言われてはな、斯衛であるわしは行けんのだ……羨ましいぞ!」

 と言われ。

 親馬鹿には、

「光州ハイヴの件が終わったら、将登君も本格的に開発に参加して貰おうと思っている。
頑張ってくれたまえ、その時に娘の話をまた聞かせてあげよう」

 と言われた事なのだが……横浜に取りあえず戻れって事ですよね?



 光州ハイヴの間引き作戦、これに参加する為に横浜に戻る。要約すればこれだけなのだろう。

「将登さん、御身体にお気をつけて」

「当主が留守の間、崇宰はこの武田がお守りします」

 月詠さんは斯衛なのでついてこれず、武田は何故かマスクを付けている。
帝都に俺が残るわけじゃないからマスクは別にいいのだが……

 俺が戦場に立つのはそんなに不安なんでしょうか?

 一度だけだが戦場に立った、そして推進剤が切れるまでならば大抵回避できる。
攻撃能力は皆無に等しい事は認めますが……

「逝ってき……行って来ます」

『行ってらっしゃいませ』

 違う意味で言いかけた、最近どうもスランプなので……




同日 帝都周辺


 長くも短くも感じられる帝都の生活も一端お終い。
これからまた横浜基地へ戻る事になった、自分のやるべき事、出来る事を常に探している。

「開発は取りあえず秋まで延期……すぐ出来る事はなんだろ?」

 白銀の三次元を目指して訓練を行っている、だが自分は最近先に進めていない。
どうしても全速で動くと狙いが雑になってしまう、白銀はやはり天才衛士なのだろう。

「実戦だと推進剤が要注意と……」

 平均戦闘は数時間単位で続く、飛行ユニットを使っても50分。無しでやると15分から20分しか戦えない。
やはり一人でやるのは限界だろうか、連携を考えねばならない。

「伊隅大尉に相談かな」

 XM2は横浜のA-01は知っている、隠す必用の無い事で少し気が楽になった。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「お久し振りです、香月博士」

「久し振りね、崇宰当主」

 嫌味ですか……

「田中でいいですよ」

「そう……田中、戦術機開発なんて面白い事やっているわね?」

 もうばれていたのですか……

「……まずかったですかね?」

 許されないのであれば、解剖されてしまう可能性がある。

「あれは中々おもしろいわ、よくやったわね」

 あれ?褒められた?

「今日より田中マサトはA-01に臨時編入、何か有ったら言いにきなさい」

「了解」





 原作を改変しない範囲でやれば許される?確かに桜花作戦の後は香月博士の手駒はほぼ無い。
そこまで先を見ているのあれば原作以外で頑張っても問題は無いと言う事?
つまりA-01に殺される事は……無くなった?


「……」

「……」

 ウサギ、いや霞がいた。

「久し振り、霞」

「……」

 ピクッっと耳?触覚?かわからない物が反応して何処かへ行ってしまった……

「挨拶は返そうね……」

 最低限の礼儀だと思いますよ。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


 指定された場所で待ちながら先ほどの事を考える。
自分の考えは香月博士にバレバレだったようだ……だが特段怒られずに褒められた。
これから原作を改変せずに、自分が生き残れる道を探し続けるのが、現状で一番有効か。

「崇宰様」

「はい?」

 ドSが居た。

「あの、田中でいいですよ」

 ここは国連軍基地だし。何より様は背筋が……

「崇宰様……服を」

 ん?着ているのは青い斯衛服……ここは国連軍基地……

「すぐ着替えてきます」

 それで香月博士以外の対応が変だったのか。




「お久し振りです、伊隅大尉」

「久し振りだな田中、それ遅れながらも昇進おめでとう」

 敬礼をし返礼される、そういえば中尉になってから会っていなかった。

「有難う御座います」

「久し振り、田中中尉、昇進おめでと」

「お久し振りです、速瀬中尉。昇進おめでとう御座います」

 貴女は相変わらず妙に軽いんですね……

「お久し振りです、田中中尉、昇進おめでとう御座います」

「お久し振りです、涼宮少尉。有難う御座います」

 涼宮少尉は昇進していなかったようだ、まぁ階級はころころ変わる様な物じゃないか。

 

「それにしても驚いたぞ、斯衛のよりにもよって青が、国連軍基地をうろついていると聞いた時は」

「申し訳ありません、その久々だった物で……」

 ニヤニヤするのは止めて下さい、貴女に対して苦手意識があるんです。

「そういえば田中、あんた射撃とか格闘まともになった?」

「いえ……お恥ずかしい話ですが、全速で飛び回っていると確実には当てれません」

 物凄く気にしている事をざくりと言われて少し凹む。

「ふむ……よしシミューレータールームへ移動しよう。
速瀬、我々もXM2を使いこなせている事を見せてやろうではないか」

 何ですと……二対一でしかも相手はXM2ですと。
こちらへ来たばかりなのに……行き成り虐めですか伊隅大尉、帝都に帰りたくなった。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


「ちょッ……田中の奴、何が当てれないよ」

 通信から聞こえる声が、速瀬中尉の焦り様を伝えてくれる。
高速で飛び回りながらの射撃、以前の様に避けなくても当たらない訳じゃない。
相手が動いていなければ、当てれるようにはなったのだ。

「といっても、相手も動くから当たらないんだけどさ……」

 最初の20分は鬼ごっこだった、飛び回り追いかけられ、飛び回り……

「食いつかれた」

 流石と言った所か、四角に区切られたエリアの端に、いつの間にか追い詰められた。
これは一対一でなく一対二、つまり速瀬中尉の後ろには伊隅大尉が控えている。

「推進剤はまだある……」

 相手は両方、遮蔽物の後ろに隠れながらじりじりと詰めて来る。

「武装は長刀のみっと……」

 うん絶対絶命?長刀で斬れる確実に切れるのは止まっている物。
止まっている物なんか遮蔽物しか有りはしない。

「ん?……悪くも無いか」

 相手の戦術機を斬れないならば、周りの遮蔽物を斬れば一度離脱できるかもしれない。

「よしッ」

 長刀を真横に構え直線では無く、楕円の軌道に添って戦術機を飛ばす。
目指すは速瀬中尉の手前の大きな壁、相手が壁の後ろに隠れるタイミングに合わせて。

 斬る

 すぐさま壁を蹴り、相手の方に倒す。長刀はもう使い物にならないので投棄。そして飛び立つ……

「逃げれたのはいいが……速瀬中尉は残っている、武装も無い……どうしよう」

 毎度恒例、推進剤が切れて終了……


――― Masato Side End ―――




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「……速瀬」

「はッ」

 田中が見せた機動、それは以前よりも進化していた。
佐渡島の戦いより更に先に一歩進んでいた、XM2搭載の不知火の2機を持ってしても……

「堕とせはしなかったな……」

「申し訳ありません……」

 部隊が壊滅に追いやられ、自分達は死ぬ物狂いで訓練した。
最後の壁を速瀬が避け切れたのも、XM2を使いこなせていたからなのだろう。

「責めている訳ではない、私達は格段に上達してはいるんだ」

 自分に言い聞かせるように、伊隅は語る。

「田中は光州に向け、連携の訓練を申請してきた。あれに付いて行けるか?」

「ご命令とあらば……ですが飛行ユニット搭載は」

 『付いて行け無い』と答える速瀬の口調は苦々しい物だった。

「無理も無い、田中は……特殊過ぎる。香月博士の話によると、1年後から2年後。
あの機動に近い物を再現できる物が出来るらしい。そこまでは飛行ユニット無しでの連携訓練を行う」

「はッ」

「夏を過ぎれば大量の新人がやってくる、光州ハイヴ間引き作戦の参加も決定した。
速瀬いいな……佐渡島と同じ失態は許されんぞ!解散」

「了解」




「斯衛に鍛えられ、機動のみで私達を、有る意味圧倒したのは驚いたぞ……負けてはいられんな」

 自分の教え子が一歩先に居る、誇らしくもあるが悔しくもある伊隅が呟く。





2000年6月5日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「たぁなぁかぁ~~、あんた射撃も近接も出来るようになってるじゃない。
昨日嘘付いたでしょ!お詫びになんか奢りなさいよ」

「速瀬中尉……俺の攻撃は、動いてる相手にはまず当たりませんよ」

 青い髪をポニーテールに纏め、マスク男に詰め寄る速瀬と呼ばれた女性は尋問を止めない。

「昨日の最後のだって納得いかないわ!壁斬るなんて何考えてんのよ!」

 マスクの男、田中は困ったように頭をかきながら説明する。

「動いてるのに当てれないなら、動いてないのに当てればいいと思ったんですよ。
でもあれで長刀が駄目になっちゃって……結局逃げる事しか出来なくなりましたけど」

「よく言うわよ……そこらの衛士じゃあんなの避けれないわよ?」

「まぁまぁ水月。シミュレーターの訓練なんだから……ね?」

 今まで会話に参加していなかった涼宮が、最後の『ね?』に不思議な破壊力を込めて、速瀬を止める。
速瀬は数度頷き即座に黙る。部屋に微妙な空気が流れる……



「貴様等……何をしている?」

 この空間に入った伊隅が、疑問を感じたのも仕方の無いことであった。




――― Masato Side ―――


 速瀬中尉の執拗な尋問、それを止めた黒涼宮少尉が恐かった……

「これより我が隊のモットーを……」

 ドS様が何か言っている、先ほどの黒涼宮の衝撃を受け少し五感が狂っている。
BETAよりも恐い……モットーねどこかで聞いた事が有るような。

「死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな……だっけ?」

 確かこんな感じだった様な気がする。

「いい言葉ですね、中尉」

 何ですと?呟きが涼宮少尉に聞こえていたようだ。

「伊隅大尉、田中中尉が『死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな』と提案しました」

 待ってください、何言っているんですか……それヴァルキリーズのモットーでしょ?

「ほぅ、いい言葉だな田中中尉」

 伊隅大尉……分かっててそう言ってるんですよね、貴女の言葉を取ろうとした訳ではないんです。
つまりこれはやってしまった訳ですね、まだこれに決まっていなかったんですね。

「ふむ……それで行こう、これより我がヴァルキリーズのモットーは、
死力を尽くして任務にあたれ!生ある限り最善を尽くせ!決して犬死するな!に決定した」

 原作通りだから問題無いのか……いやあるだろ。
修正が効くとはいえ、とんでもないミスをやってしまった……伊隅大尉ニヤニヤ見つめないで下さい。

「いい言葉だと思いますよ、田中中尉」

 涼宮少尉、貴女は……真っ黒ですね……

「田中、あんたいい事言うじゃない!」

 速瀬中尉は……何も考えていなさそうだ。

「たぁなぁかぁ~、あんた変な事考えたでしょ」

 勘が鋭すぎる、野生動物並だ。発言には気をつけねば……




「今日よりの予定を発表する、田中はXM2の不知火にまず慣れろ。
そのあと連携訓練を行う、といっても飛行ユニットは連携が不可能に近いのだがな」

「了解」

 不知火ですか、まぁ新しい戦術機に乗れるのは嬉しいのですが……
飛行ユニットの連携は不可能、考えていた内容ではあるんだが……現実に言われると厳しい。

「今年は新人が来るのが早くなりそうだ、そこでだ……総戦技評価演習に我々も参加することになった」

 サバイバルに参加?今年の新人が早いと言うのは何故?

「大尉、質問宜しいでしょうか」

 流石何も考えていないと思われる速瀬中尉、こちらの疑問を変わりに聞いてくれる様だ。

「許可する」

「それは何時ですか?」

 こけそうになった、全然違った。速瀬中尉に期待しないでおこう。

「6月20日だ、内容はこれから考える」

 総戦技評価演習は、島から脱出するのがどうこうって奴ですよね。
自分には関係無いだろう、戦術機の連携について考えねばいかないのだ。

「大尉、内容に付いて素晴らしい案が有ります」

「ほぅ……ふむ、ふむ」

 視線の隅に居る速瀬中尉と、伊隅大尉の笑顔が恐ろしい、嫌な予感がする。

「喜べ田中、総戦技評価演習の内容は、貴様のハーレムに決定した」

「はい?」

 何言ってるんですか?

「貴様をBETAと想定し捕獲作戦を実行する。訓練兵は全て女だ、嬉しいだろう?」

 ドSがとんでもない事を言ってきた、関係無いと思ったら早々これですか。

「嬉しくありません!」

 断固として断ろう!

「ほぅ、貴様はそっちの系統だったのか……それは済まない事を」

「死力を持って、総戦技評価演習にBETAの代役として参加させて頂きます!」

 弱すぎる自分の意思に泣きそうになる。ドSの伊隅大尉の事だ、断ったら整備班長に突き出されてしまう。

「よかったわねぇ~、ある意味ハーレムよ?男の夢よ?」

 速瀬中尉……俺にとっては悪夢です。

「えっと……頑張ってください中尉」

 黒く無い状態の涼宮さんは聖母に見えます。

「ふむ、詳細は後で連絡しよう。解散」

『はッ』

 やはり……帝都に帰りたい。



――― Masato Side End ―――




[3501] そのさんじゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/29 15:55
2000年6月8日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


「田中そこは飛ぶな、跳ぶんだ」

「了解」

 伊隅はモニターに移る不知火の操縦者、田中の技量に純粋に驚いている。
飛びながらの射撃、動いていない相手であればだが、必中している。
基礎体力作りを抜いて一日平均6時間の訓練、これ程やっているのでは納得はいくのだが……

「だから飛ぶな!」

「了解」

 飛行ユニットのお陰で、彼は普通の戦術機には乗れなくなったのかもしれない。
推進剤さえあれば、ハイヴ突撃という条件のみに置いては最強かもしれない。
自分と戦った時もそうだ、元より高かった回避能力が跳ね上がっている。
実際に戦えば長時間戦えない、彼の常時飛び続けるという行動は……

「機体が追いついていけない……」

 一度整備兵に打診した飛行ユニットの強化、あれは機体が空中分解を起こすので不可。
推進剤を増やす、初期の搭載量を増やせば速度が落ちる。つまり……

「ある意味最強の囮、ただし時間制限付き、成長して帰ってきたのは認めてやる。
地上戦闘に置いては、使いどころが難し過ぎるな貴様は……」

 『とてつもなくアンバランスな衛士』それが現状の田中に対しての評価。




「ふむ、貴様は……飛行ユニットの癖を抜く訳にもいかんか……
不知火に飛行ユニットを付けれるかどうか聞いておく、それまでは今日と同じ内容の反復だ」

「了解」

 目の前の田中はやはり平然としている。毎日6時間飛行ユニットでの訓練……
戦術機適正検査の結果は伊達じゃないか、それを最大限活かしているあの機動、あれの支援方法は……

「田中、地上戦闘に置いて……飛行ユニットの有効活用方法は思いつくか?」

 自分の発想と田中の発想は違う、故に問う。

「陽動、囮ですかね……ただ補給が早いので、出来るだけ補給できる場所が近いほうが有効かと。
そうですね……補給コンテナに推進剤を大量に積むか、他の戦術機から貰う位しか思いつきませんが」

 田中は簡単に答えてきた、やはり発想が根本から違う。

「ふむ、コンテナに付いては自分で言っておけ。解散」

「はッ」




 他の戦術機から推進剤を貰うのは……恐らく無理だろう。
補給コンテナの改良……これは地上戦闘のみならばどうにか出来る。

「基本は田中が飛び回り、そこに溜まったBETAの一掃になるか……
山崎さんには迷惑を掛ける事になるな……感謝して置けよ田中」





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


――― Masato Side ―――


 命令との事で嫌々ホの字に会いに来た……

「整備班長、補給コンテナの改良を申請したいのだが」

「はッ、ご昇進おめでとう御座います」

 ホの字は相変わらずだった……権力を盾に最低限の会話で済ませよう。機嫌は損ねない程度で……


「つまり……補給コンテナに推進剤を積むと?」

「そうだ、後飛行ユニットは……不知火には付けれないか?」

 さっき乗った感じだと、吹雪より早く飛び回れそうなんだけど……

「中尉、不知火は改良には正直向いていません。現状のまま飛行ユニットを付ければ……
その、言いにくいんですが。確実に空中分解を起こして大破します」

 何ですと……つまり開発にあった不知火 弐型は実は危険な機体かも知れない。
確か不知火 壱型丙を作ってから、開発に取り掛かるって言ってたし……大丈夫だよね?

「不知火の件は保留でいい、補給コンテナの改良をして置いてください」

「了解」

 ここに長くいても意味は無い、取りあえず逃げよう。





2000年6月19日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「田中マサト、ハーレムによる捕獲計画よ!」

 高らかに宣言した香月博士は、頭のネジが数本飛んでしまったのでは無いだろうか。
えーと総戦技評価演習を行う、それが明日、ここまではOK。

「伊隅、貴女がA分隊を指揮しなさい!」

「了解」

「速瀬、貴女はB分隊の指揮よ!」

「了解」

 なんで全員乗りまくってるんでしょうか……遊べる時に遊ぶって事?

「涼宮はCPとして田中の援護ね」

「了解しました、頑張りましょうね田中中尉」

「はい……」

 皆BETAとの戦闘ばかり考えている訳でなく、たまには息抜きが必要なんだろう。

「田中中尉、そのご愁傷様です」

 神宮司軍曹……それになんと返事すればいいのでしょうか。

「指揮官に伊隅大尉と速瀬中尉?」

 負けた方は失格なんだろうか?

「別に結果なんかどうでもいいのよ、まりも。今年のはもう衛士にしても問題無いんでしょ?」

「はッ、問題有りません」

 つまるところ部隊に上がってくる事は内定されていると、それで遊ぼうと言う事ですね。
俺も遊んでいいのだろうか?訓練兵に追っかけまわされてどうやって遊ぶんだ……
終始、神宮司軍曹から送られてくる、哀れみの視線が身に染みた。



「負けたら罰ゲームでもつけようかしら?負けたチームの担当者は一週間訓練兵の強化服ね」

 それは俺には関係無さそうだ……

「田中が捕まったら……涼宮に着せましょうか」

「田中中尉、頑張ってください……ね?」

 気を失ってしまってもいいでしょうか……




2000年6月20日0900 総戦技評価演習場


 逃げ切れば伊隅大尉と、速瀬中尉に睨まれ、捕まれば涼宮少尉と、捕まえれなかった人に睨まれる。

「絶体絶命って言うのだろうか……これは?」

「……御健闘を」

 神宮司軍曹、貴女は原作と同じで基本的にいい人なんですね。権力の前に無力ですが……

「それでは……田中中尉、1時間後に追手が放たれますので、3時間逃げ切ってください」

「……逝ってきます」

 今回は間違っていないと思う。



「そこから西に行くと、小高い丘があるので、当分はそこで待機してください」

「了解」

 通信機の指示に従って動く、自分で考えて逃げている訳でも無いので、楽かもしれない。




――― Masato Side End ―――





同日 1000 同場所

「これより総戦技評価演習を開始します、任務内容はBETAに見立てた人物の捕獲。
武装は長刀に見立てた木刀、麻酔銃に見立てたペイント弾のライフルを使用。
対象を殺す等は失格、また致命傷に近いものを与えた場合も失格となりますで注意を……」

 神宮司が、やたらと殺すなと指示するのも無理の無い事であった。



「貴女達、相手は逃げる事に関してはプロフェッショナルよ!執拗に追い掛け回し、体力を削り取り捕獲するわ。
開始と同時に展開して散策、見つけ次第残り1時間まで走り回らせるのよ。A分隊に負けるんじゃないよ!」

『了解』

 突撃前衛らしく、速瀬は訓令兵に指示を出す。


「貴様達、恐らくB分隊は広がって散策を開始し、狩りの様に田中を追い詰め捕獲するだろう。
だが奴の体力は異常に高い、付き合っているとこちらが持たん。故にポイントを指定し張り込む。
B分隊に追いかけられ、体力の尽きたところをおいしく頂くわけだ、簡単だろ?罠をしかけろ!B分隊に負けるな解散!」

『了解』

 速瀬の作戦をも組み込み、伊隅は訓練兵に指示を出す。


 訓練兵ではない正規兵の二人が張り切っているのだ……




同日 1100 同場所


「B02よりB01、目標を補足。追撃に入ります」

 通信機から聞こえる声に、速瀬は口元に笑みを浮かべる。
予想より発見の遅れたのは、遥の仕業だろう。だが補足してしまえば順番に追いかけるだけで……

「20分単位で交代しつつ、順番に追っかけなさい。終了近くになれば、簡単に捕まえれるはずだから」

『了解』



「A03よりA01、指定ポイントへの配置、罠の設置完了しました」

 伊隅は時間を確認し獲物が掛かるのを待つ。

「そのまま待機だ、1220まで掛からない場合は、捕獲の為に移動を開始する」

『了解』



同日 1130 同場所


 速瀬は連絡の途絶えたB03の理由を考える。田中が倒した?捕獲対象が攻撃に転じるとは思えない。

「A分隊の罠か……」

 自分の隊長であるならばやりかねない、田中を狙った罠にB03が引っ掛かったのだろう。

「B分隊各員に告ぐ、基本はペアを組んで、罠を警戒しながら目標を追い詰めなさい」

『了解』

 追手の速度を緩め、確実に追い込む方針に転向。だがこれだけでは弱い、

「そろそろ私も出ましょうかね」



「A02よりA01、その……捕獲用の罠にB03が掛かりました」

 通信機から聞こえる報告に、頭を抱えてしまう。仲間であるB分隊を捕獲してどうする。
相手は、何故か避ける事に特化しているのは、生身でも変わらないらしい。

「A分隊各員に告ぐ、基本はペアを組んで行動。目標の捕獲に移行する」

 B分隊の犠牲を出すわけにも行かず、B分隊を同じ行動を取り始めるA分隊。

「私も出るか……」




同日 1220 同場所


――― Masato Side ―――


 一回追撃が緩まったと思ったのだが……

「田中!止まりなさい、撃つわよ!」

 と言いながら、ペイント弾を撃ちまくってくるB分隊と……

「A分隊、目標は目の前だ当てるんだ!」

 と言いながら、ペイント弾を撃ちまくってくるA分隊に追われています……



「中尉、そのまま真っ直ぐ進んでください……」

 必死なので通信機からの指示も、後半を聞き逃してしまった。
だって……速瀬中尉も、伊隅大尉も物凄く楽しそうなんです……リタイヤしちゃだめですか。


 10分程走り回っていたら追撃が止んだ。

「あれ?」

「中尉……そこは地雷原ですよ。追撃は確かにやってきませんが……下手に動くと危険ですよ」

 なんですと……

「えっと……涼宮少尉?」

「……演習終了迄動かないで下さい」


 これは涼宮少尉に嵌められた?黒すぎますよ涼宮少尉……目から汗が出てきましたよ……


 終了迄動かない事を決意したその時、後頭部に衝撃が走り気を失った。



――― Masato Side End ―――






同日 1310 同場所


「……そのなんだ、結果的にペイント弾は命中。BETAの捕獲は成った。故に合格は合格なのだが……」

 どう言っていいかわからない、神宮司軍曹は溜息を吐く。

「貴様達は合格だ!今日一日はバカンスを楽しめ、解散!」

 結果のみを伝え、解散を言い渡す事にした様だ。




 騒ぐ訓練兵とは別に、協力者であるA-01部隊の三名は非常に落ち込んでいた。

「涼宮、貴女地雷原の事はちゃんと伝えたわよね?」

「はッ」

「そう……つまり田中は地雷原と知りつつ、あそこに入ったと。
BETAの行動が理解不能とは言え……現実にそれまで模倣してくれるなんてね」

『……』

 さぞ楽しそうに語る香月の発言を受け、三人は黙り込む。

「私ですらここまでは予想していなかったわ、三人とも失格ね。
貴方達は正規兵、あの騒いでいる訓練兵とは違うのよ?今日の事は常に自覚して起きなさい、解散」

『了解』

 




[3501] そのさんじゅういち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 04:44
2000年6月21日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――


 黒涼宮の策により地雷原の餌食になりかけた。怒らせると怖いなんてもんじゃない、死ぬ。
総戦技評価演習と言う名の、香月博士とA-01の娯楽には二度と関与しないと心に決めた。
俺にとっては遊ぶ余裕等無かったのだ……さて意識を切り替えて訓練をしよう。

『……』

「……」

 何かが見えた、気のせいだろう。

『……』

「その……何をやっているんですか?」

 伊隅大尉と、速瀬中尉と、涼宮少尉が腕を組んで立っている。

「訓練兵の強化服?」

『……』

 俺が何をした……総戦技評価演習では、気絶して捕獲されたはずなのに全員……

「取りあえず訓練してきます」

 脱兎の如く逃げる事にした。今まで訓練兵の強化服なんか見たこと無かったのだ……

 少し恥ずかしかった。




 今度こそ意識を切り替えよう、吹雪とは違い不知火の訓練を開始する。
飛行ユニットは無いので、飛ぶ事はしないように意識して跳ぶ。

「基本は吹雪と同じ、全体性能が少し上昇しているだけと」

 その少しに慣れてしまうと、今度は吹雪に乗れなくなる。どうした物だろうか?
毎日両方に乗って、両方に乗れるようにするしかないのか。

「あの様子じゃ……当分連携の訓練も出来そうに無いんだろうな……」

 本気で困った。




2000年7月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


「総戦技評価演習の件は我々も思うところは多々ある」

 一週間会話すらしてくれなかった、ドSの発言が恐ろしい……

「9月に行われる、光州ハイヴ間引き作戦には……新米供を連れて行く事になる」

 む?

「故に新米が入るまでは……田中の連携訓練を中心に行う」

 それはありがたい。

「2週間後、新入りを強引にこの部隊に押し込むと、副司令じきじきの命令が下った」

 つまり2週間しか通常連携の訓練は出来ないと……?

「田中は……常に囮として……前に出てもらう事になる。
そして田中の足元に溜まったBETAを一掃、補給の間は我々がBETAを抑え込む形になる」

 ん……?

「訓練の予定は以上だ、気合を入れろ、解散!」

『了解』

 連携の練習は確かにしたかった、それは一緒に戦う連携のはずだった……
ですが……自分が囮で、他はそれを食い散らかすとの事。有効なのは有効だろう、でも酷くありませんか。
総戦技評価演習の復讐か……とんでもない事態に陥ってしまった。生き残れるだろうか?

 そういえば今回はハイヴに入らなくていいのだろうか?後で聞いておこう。



――― Masato Side End ―――





2000年7月2日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「……ですので次回の光州間引き作戦に置いて、我々A-01は飛行ユニットの地上陽動、囮のデータを……」

 伊隅の報告を受けている香月に、ふと疑問が湧く。

「伊隅、彼は反対しなかった?」

「はッ、反対はしませんでした……ですが、ハイヴの突入の有無だけを、確認してきました」

 やはりか、そしてまたか。香月の頭を過ぎるのは佐渡島の一件。
ハイヴ内部に等しい環境での戦闘データ、光線級が居ない状態での戦闘データは既にある。
今回欲しいのは。光線級が居る状態での、地上の戦闘データが欲しいのだ。
前回の佐渡島以降、世界中のBETAが、戦術機を優先して狙うようになりつつある。
故に、地上戦闘に置ける最大の脅威認定されている、飛行ユニットの囮のデータが欲しいと。

「前回のデータは確かに特殊な物ではあったわね……」

「副司令、佐渡島では殿下の救出を急務としていました。ですが今回は違います。
通常部隊との連携が一切出来ないままの飛行ユニットでは……」

 香月の呟きに反応してしまった、伊隅は自分の行為を悔やみ言いどもる。

「確かにイレギュラーだったわね、そして全て彼の戦果へ。
思い出すだけでもぞっとするわ、今回は彼にハイヴ突入は無しと厳命しておきない。
世界中で、三次元機動をベースにした戦術機の改良が始まっている事だし……」

 『XM2が無ければ戦果も上げれないでしょうけどね』と香月は楽しそうに語る。

「彼は田中 マサトでもあると同時に崇宰 将登でもある……
マスクの常時着用は……命令しなくても大丈夫か、隊長クラスにしか会わさないように。
後は前回と同じ、彼の生存を最優先とするわ。いいわね?」

「了解」



「連携無しで完成させつつあるか……帝国に早めに送らないとね」






2000年7月10日 技術廠・第壱開発局


「相変わらず唐突に現れるな……」

 開発を始め、不知火 壱型丙が完成しつつある。だが試製99型電磁投射砲は、一切完成の見通しが立っていない。
巌谷は焦っている。その様子を隠すわけで無く、疲れていると態度に表しながら巌谷は話しかける。

「横浜の副司令……香月博士から差し入れです。中佐殿」

 唐突に現れた男、鎧衣はブラックボックス化された、試製99型電磁投射砲のコアモジュールの資料を差し出す。

「これは……そうか、彼は田中マサトでもあるんだったか……
つまり横浜の雌狐は、不知火 弐型に期待しているのだな?」

 不知火 壱型丙でなく、試製99型電磁投射砲でもなく、不知火 弐型。
そこを強調し、巌谷は鎧衣に問いかける。

「ええ、博士はかの者を随分気に掛けている様ですので。
ソビエト連邦がSu-37UBTERMINATORをアラスカに実験配備を決定、複座によりあの三次元機動を再現。
アメリカはF-15ACTV ACTIVE EAGLEをアラスカへ、純粋な機動力を底上げした機体を配備。
更に来年には、飛ぶという概念を強化し、対人を考慮した戦術機。F-22A ラプター が実戦配備予定。
世界中は流出したデータにより、戦術機の開発が加速的に行われておりますよ。中佐殿」

 相手に言い聞かせるようにスラスラと鎧衣は語る。

「そのノウハウを吸収しつつ不知火 弐型か……これは大変だな。
秋までに不知火 壱型丙、試製99型電磁投射砲は試作段階迄持って行こう。
来年には、次世代戦術機迄の繋ぎとして、不知火 弐型を完成させる」

 つまり巌谷は鎧衣の策により追い詰められた。 
オルタネイティヴⅣの時間稼ぎ、この事実を理解しつつも引き受けるしかない。
日本政府は、オルタネイティブⅣを支援している。



「手段を選ばないか……その愛国心、鎧衣……貴様いつか死ぬぞ」

 鎧衣の過ぎ去った部屋で紡がれた、巌谷の言葉は鎧衣には届かない。





2000年7月20日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「諸君、着任おめでとう。貴様達を預かる事になった特殊任務部隊A-01部隊長兼A小隊長 伊隅 みちる大尉だ。
喜んでいる所に何を言っても無駄だろう。本日はこの部隊のモットーだけを教えておく!」

『はッ』

 伊隅は視線を軽く速瀬に投げかける。

「死力を尽くして任務にあたれ!」

「中隊、復唱!」

『死力を尽くして任務にあたれ!』

「生ある限り最善を尽くせ!」

『生ある限り最善を尽くせ!』

「決して犬死するな!」

『決して犬死するな!』

「以上だ、解散」

『敬礼』




 新任の少尉達が解散した後に残ったのは、伊隅、速瀬、涼宮の三人。

「ひよっこ供は最低限の教習のみを終了した状態だ。
光州ハイヴ間引き作戦まで足手纏いのままでは……任務に支障をきたす」

『はッ』

 伊隅は一呼吸置き二人に命じる。

「いいな、今回の作戦で何ともしても通常戦術機と、飛行ユニットの連携を組まねばならない。
今回の最優先任務も前回と同じ、田中マサトの生還が最優先となっている。
佐渡島以降、BETAは戦術機を中心に狙うように変わりつつある。連携が出来なければ孤立させてしまう。
唯でさえ孤立しやすいんだ、ひよっこが原因で孤立させ、死亡させる訳にはいかんぞ。解散」

『了解』



2000年7月21日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――


 今回も顔見せも何も無かった、A-01がこちらを殺す事は無いと思っているのだが……少し不安だ。

「今回よりエアー01が囮として参加する。我々はエアー01の足元に溜まったBETAの殲滅。
そしてエアー01が補給している間、BETAの侵攻を食い止める訓練と言う訳だ」

 これは……何というか。

「エアー01が囮に出ている間、我々は狙撃するだけでいい。誰でも出来る事だぞ?簡単だろう」

 うん、死亡フラグ?A-01を警戒出来る暇がある訳が無い。

「今回は支援が100%行われていると想定し、光線級は無しだ。
事を重ねる事にシビアにしていく、最終的には支援砲撃無しで行ける様にするぞ!」

『了解』

 了解なんか一切してない、軍人として生活が続きすぎて、反射で返事してしまうのが辛い。
これもある意味連携である事は認めよう、だがこんな使い捨ての様な連携はお断りしたい……

「それでは開始するぞ」


 異議を申し立てる暇も無く訓練が開始された。
光線級が居なく相手は、要撃級、突撃級、戦車級、闘士級、兵士級。
うじゃうじゃ居て正直気持ち悪い、40分間飛び続けろとの事で低空を旋回する。

「光線級が居ないと本当に好き勝手出来るな……」

 足元に溜まっていくBETAをA-01が蹴散らす。
自分が撃つと直ぐ弾切れを起こすので、撃たず飛ぶのみ。

 光線級の居ない訓練は暇だ……

 補給している間は、速瀬中尉が前面に突出、BETAを抑え込んでいる。
俺居なくても問題無いんじゃ無いだろうか……疑問は口に出さすに再度出撃。

 この調子で訓練出来るのは何時までだろうか?




2000年8月2日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「宗像 美冴少尉です、コールナンバーはヴァルキリー03であります」

 また原作キャラクターに関わってしまう現状に、嘆いていいだろうか……

「田中 マサト中尉、コールナンバーはエアー01です。」

「宗像にはC分隊の指揮を取って貰う事になった。
明日よりシミュレーター訓練では光線級、要塞級も組み込む。いけるな?」

『了解』

 つまり隊長クラスには、一応顔合わせをしておくと……マスクで顔は見えてないけど顔合わせ?
後半部分、光線級が居ない状況で、浮遊しているだけだったのは今日までか……

「中尉殿、飛行ユニットは使えますか?」

 ん?宗像少尉、元々ハイヴ攻略用なんで知りませんよ……伊隅大尉に視線を送ってみる。

「……宗像には話しても構わないだろう、本来飛行ユニットはハイヴ攻略用だ。
故に今回の地上で使用は、本来の使用方法では無い。だが任務だ分かるな?」

「はッ」

 地上でも使えるか、試して見ようと言った事だったのか……復讐だけでは無いのか。




2000年8月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


 光線級が居る、故に高く飛べない。要塞級が居る、故に鞭ぽいのが一杯飛んでくる。
一杯一杯になりつつ回避運動を取り続ける。要塞級の動きはどちらかというと遅い。
120mm滑空砲を撃ち込めば倒せるのだが……

「レーザーが飛んでくるっと……」

 全高66mの壁を倒してしまうとレーザーの照射を浴びてしまう。支援砲撃が来るのを待つしか方法が無い。
原作の佐渡島は00ユニットが囮となっていたので、突破し強引に倒せたのだろう……

「参った……本当に囮しか出来ない」

 倒しきるわけにいかず、高く飛ぶ訳にもいかない。

 飛行ユニットは地上戦闘に置いては使い難い……



――― Masato Side End ―――





2000年8月11日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「宗像、エアー01についての感想は?」

「はッ、非常に申し上げにくいのですが……衛士の命を、計算に考えなければ有効かと」

 伊隅の質問に宗像は苦々しく答える。

「ふむ……そうか、衛士としてのエアー01はどうだ?」

「はッ、異常の一言に尽きます……自分があれに乗れば気を失います」

「……分かっているならいい、繰り返し言っておく、我々の最優先任務はエアー01の生還だ」

「了解」

 矛盾していると思いながらも伊隅は命令する。
守るべき相手が囮として前に出る、A-01の過酷な任務は今に始まった事では無いのだが……

「速瀬、前回の様に置いて行かれる様にはするなよ」

「了解、にしても要塞級は倒すなですか。無茶な事言いますよね」

 速瀬の言っている内容は、昨日エアー01より伝えられた内容であった。

「壁が無ければレーザーの餌食になる、かといって鞭を全て避けるのも通常では有り得ないんだがな」

 要塞級を倒せればレーザーの餌食、だから倒すな。
言葉にすると簡単だが……実際にやって見せろと言われても、誰も現状では出来はしない。

「エアー01がやると言っているのだ、彼にはデータ取りが任務としてある……」

 自分に言い聞かせる様に呟く、伊隅の言い訳を聞き、速瀬は苦々しくも『了解』と答えるに留める。




2000年8月20日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


「一つの補給コンテナで、推進剤を最大3回まで補給出来る様になりました」

「わかった、注意点は?」

 山崎は感情を抑え込み、なるべく事務的に田中に説明を施していく。
補給コンテナに推進剤を積む、つまり彼は、前線で補給し連続であの化け物の機体に乗る。
整備班長としては止めたい、だが副司令直々の命令。自分の権限は遠く及ばない。


 説明を聞き終え、過ぎ去った田中を見つめていた少女が居た。
その事に気が付き、山崎は見た目に似合わず優しい声で、少女に声を掛ける。

「よぅ、霞ちゃん。心配か?」

「……」

 霞は声には出さずに小さく頷く。

「ま、あれを乗りこなせるのも田中中尉一人。他の衛士には無理だしな……」

「……頑張ってください」

 自分に言い聞かせるように呟いた、その言葉を受け霞は山崎に声を掛ける。

「……ありがとよ、ってもういねぇか」

 山崎が感謝を述べた時には、霞はどこに行ってしまっていた。





2000年8月30日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


――― Masato Side ―――


「明日より、船で光州ハイヴの近海へ移動する。
作戦は9月3日0600より開始される、概要はまずAL弾による砲撃、そしてAL段と通常弾の砲撃。
その後、戦術機部隊の展開。我々はここからだな。左翼の一番外側を担当する事になった」

 ドSが淡々と語っているがそれ所ではない。
本当に光線級が出てきては、飛行ユニットだけではどうにも出来ないのだ。

「作戦予定時間は0800から1100の3時間だ。田中、貴様は着くと同時に補給。
出撃、補給を繰り返す事になる。いけるな?」

「はッ」

 自信なんか一切ありません。要塞級が居なければレーザーの的、多すぎても鞭の嵐。
一応連携するとは言え、不安が一杯です。この表情がマスクで見えない事に、少し感謝してしまった。

「最悪の場合、我々には支援砲撃が最優先で回される」

 なんと、つまりレーザーが飛んでこない?

「だが余り期待しない方がいいだろう。要請してから30分後に砲撃が届けばいいほうだ」

 ですよね……ドSさん期待させないでください。

「今日は身体を休めて置け、解散」

「了解」




2000年9月2日 光州ハイヴ近海 船上


 昨日判明した新事実がある……

「吐きそう……」

 戦術機は平気でも船は駄目らしい……作戦前にこれは、物凄く不安です。

「田中、大丈夫か?飛行ユニットを乗り回せて居るのに、船が駄目とはな」

 伊隅大尉が、微妙に心配してくれているのか、呆れているのか、分からない視線を送ってくる。

「総合演習の時は平気だったんですが……一晩過ぎた辺りからどうもおかしく……」

 前回は短時間だから平気だったのだろうか。今回は本当に駄目ぽい……

「そうか……薬は飲んで置けよ」

 作戦中止になったりは、やっぱりしないんですね……船に乗らず飛んでこればよかった……
こちらの姿を見て笑っている、伊隅大尉はやはりドSだ。



――― Masato Side End ―――




「奴もやはり人間だと言う事か……涼宮、看病してやれ」

「はッ」

「戦術機で無く船で潰れるとはな、やはり根本から違うのかもしれん」

 涼宮が看病に向かうのを見ながら、伊隅は口元に笑みを浮かべる。





[3501] そのさんじゅうに
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/29 19:06
2000年9月3日0600 光州ハイヴ近海 船上


――― Masato Side ―――


 船酔いでダウンしているこの現状に置いて、黒涼宮の看病は正直勘弁して欲しかった。

「HPが残り少ないです……」

「中尉、どうかなさいましたか?」

「いえ……看病有難う御座います」

 微笑んでいる涼宮少尉は美人なのは認めます、ですけど怖いんです。
船酔いと、黒涼宮のダブルパンチのお陰で、これから戦場に立つ恐怖と言うものが無い。
それに関してだけは感謝してもいいだろう……

 前回と同じ、砲撃の音はやはり祭りの太鼓に似ている。
どんッ、どんッと、自分を鼓舞している様な錯覚を覚える。

 体調は最悪、自信も無い、だけど今回の作戦を生き延びなければ……どちらにせよ未来は無い。

「後一時間半、後一年か」

 身近な死と未来の死。




同日 0800 光州ハイヴ周辺


「HQよりヴァルキリーズ、エアー、5分後そちらに500程のBETAが到着します。
光線級は確認されておりません。繰り返す……」

「より、ヴァルキリー01よりエアー01、前面に出ろ」

「了解」

 酔いも収まった、だが体調は余り良くない。光線級が出る前に出来るだけ削らねば……

 低空を飛行し、BETAを一箇所に集めるように移動する。
何度も、何度も、此処一ヶ月でシミュレーションやった行動を繰り返す。

「死体が溜まる……エアー01よりヴァルキリーズ、同じ場所で旋回は出来ない。
少しずつ移動しポイントをずらします」

『了解』

 BETAの死体の上に、BETAが溜まり積みあがってくる。
同じ場所で繰り返していては、効率よく排除できない、そして低空飛行では裁けなくなる。



同日 0900 光州ハイヴ周辺


「HQよりヴァルキリーズ、エアー、要塞級とその後ろに光線級を確認しました。
要塞級10、重光線級2、光線級25が確認されています。繰り返す……」

 補給の間に休憩している時、涼宮少尉からの通信が入る。

「ここから本番か……気合だけでも入れないとな」

 休憩終了と供に前に出る。要塞級を距離を取り過ぎても光線級に狙われる。
近寄り過ぎても要塞級の鞭が避けれない、地上のBETAは一切無視し要塞級と光線級のみを意識する。

「くッ、シミュレーターとはやっぱ違うか……」

 避ける事は出来る、避け続けBETAが自分の周辺に団子の様に集まっている。
だが後ろにも漏れて行く、身体に掛かる負担がシミュレーターと実戦では違いすぎて完璧にこなせない。

「B分隊、お零れ全て食い尽くすわよ!」

『了解』

 自分が休んでいる間前に出ているのに、元気な事で……速瀬中尉は多少尊敬してもいいかもしれない。


 10分20分と時間は過ぎていく、連続の高速飛行、唯でさえ集中力が磨り減っていく環境。
更に体調は最悪、漏れる数が徐々に増えていく。要塞級は常に10匹程を維持しているが、

「A小隊、漏れた要撃級を仕留めるぞ!」

「B小隊、突撃級15匹さっさと片付けるわよ!」

 他が後方に流れていっている。足元には死体の山、このままではジリ貧。

「ヴァルキリー01よりHQ、支援砲撃の要請を行う。繰り返す……」

「うああああッ、来るなあああ!」

 限界と判断とした、伊隅大尉の支援要請と同時に……誰かがやられた……?

「01より08、応答しろ!08!」

 目の前のBETAがモロクロに見える、自分だけが必死で忘れていた。
飛行ユニットの地上戦闘のデータ採りだけに、思考が固まっていた。
誰かが死ぬ、当然の事だ。俺達は戦場で戦っている、そしてそれが原作キャラクターならば未来は無い。

「……笑っちまう、エアー01よりヴァルキリー01。
要塞級を擦り抜け……そのまま光線級をやる、支援砲撃の必要は無い」

 自分は既に……悪魔に魂を売り渡しているのかもしれない、原作キャラクター以外の死が当然だと思っていた。
前回の佐渡島でもA-01は9人居た、それが帝都から帰ってきた時3人だった……通信を全て切り加速する。

「なんで気が付かなかったのかな……」

 要塞級の壁の隙間を擦り抜ける、体調は関係無い。後ろにBETAが居る、レーザーは飛んでこない。
半分自暴自棄だ、可能性だけでこんな事をしている、泣き叫びたい、だが許されない。
誰かが死んでいる、当然の事だ。それに気が付かずに……気が付かない振りをしていたと言う事。
今も死んだ人の事よりも、ナンバー不明の原作キャラクター、風間 祷子が生きているかどうかしか頭に無い。

 原作でも多くの人が死ぬ、何を今更!当たり前の事じゃないか。
悔しい、伊隅大尉も、速瀬中尉も、涼宮少尉も死んでしまう。自分の無力が!

「俺は……死にたく無いだけなのに!」 



――― Masato Side End ―――




 
「……笑っちまう、エアー01よりヴァルキリー01。
要塞級を擦り抜け……そのまま光線級をやる、支援砲撃の必要は無い」

 通信から聞こえる田中の指示に伊隅は驚き、慌てる。

「エアー01、要塞級を擦り抜けてもレーザーの餌食だ!」

 通信が切られている、加速した彼は要塞級の壁を簡単に繰り抜け、そのまま光線級を食い散らかしている。

「ヴァルキリー01からHQ、支援砲撃の申請は取りやめる!
01より各機、BETAは後ろを見せている!兵装自由、要塞級以外は食い尽くせ!」

『了解』

 目の前の光景は有り得ない、背にBETAの壁が居れば光線級は確かに撃たない。
だがそれをぶっつけ本番で行う、技量が有るのは認める、それが出来るのも彼だけなのも認める。

「……こうも……教え子に突き放されているとはな」

 自分達の未熟さ故に……彼をここまでさせている。
壁の向こうの上空では彼が飛び回っている、既に光線級を片付けたのだろう。
空を駆け、自由飛び回る、相変わらずの出鱈目さに笑いそうになる。

「01より各員!要塞級含め全てのBETAを蹴散らす、いいな!」

『了解』





2000年9月6日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「……凄いわね」

 香月は報告書の内容に純粋に驚いている。光線級の対処法、要塞級を盾として利用し倒す。

「欲しいデータも色々採れた、問題はこれが誰にも出来そうに無い事かしら?」

 香月は一切喋らない伊隅に視線を投げる。

「はッ、はっきり申し上げます。熟練衛士が同じ事をしても10回に一度成功すれば……」

「それは飛行ユニットが無いから?」

 伊隅が答えている途中でもお構い無しに、香月は伊隅に問う。

「はッ、飛行ユニットの使用を前提とした計算は、誰も乗れないので不可能です」

 『そう』とだけ答え香月は興味を失ったかの様に伊隅から視線を外す。

「彼は当分、崇宰 将登へと。どうも武御雷が遅れている様だし……
このデータ国連軍衛士として流しましょうか?それで彼に武御雷を渡す筈だし。
いいデータを取れたご褒美に……貴方達も何か希望はある?」

 『いえ』と答える伊隅の態度に、香月は眉を顰める。

「伊隅」

「はッ」

「あんた達が今回の戦いを、どう思っているかなんか知らないわ、結果を残した彼の判断が正解よ」

 常に最善ではなく最良の未来を引き当てている、これ程人類の未来を任せれる人物は居ない。
香月は歓喜している、自分の予想を遥かに超えた結果を出す彼に。

「了解ッ」

 伊隅は悔やんでいる、己が無力を、教え子に突き放されている現状を。




「……地獄を供に、歩める様に成らねば」

 部屋を出た伊隅の呟いた言葉が、通路に響く。






[3501] そのさんじゅうさん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/30 11:35
2000年9月7日 帝都 崇宰本家


「将登さん、おかえりないませ」

「……ただいま、月詠さん」

 横浜から帰還した将登を出迎えた月詠は、将登の異変に気が付く。

「御疲れの様ですね、当分予定も無いのでお休み下さい」

「……有難う御座います」

 過酷な訓練ですら平然とこなす、彼が非常に疲れている。
実戦を行うというのは、確かに疲労が溜まる。まして二度目の実戦、疲れていないほうがおかしい。
そう見切りをつけ、早めに休みように進める。

 幽鬼の様に、フラフラと部屋に入っていく将登を見ていると、違う可能性が思い当たる。

「当主はお疲れですか?」

 帰還を出迎えようと、少し遅れながらもやって来た武田が、意外そうに尋ねる。

「お疲れなのか……参っていらっしゃるか、どちらかでしょう」

「……自分達は斯衛として育ちましたからね、当主とは少し違うかもしれませんね」

 『まあ大丈夫でしょう』そう言いながら武田は去って行く。

「……私にはそう見えなかったのですが」

 多少疲れていても日頃それを表に出さない彼、その彼があそこまで疲れ、参っている。
光州で何か有ったのは明確だが、国連軍の話を斯衛が聞く訳にも行かない。

「今はお休み下さい」

 月詠は、聞く事が出来ない自分が少し歯痒かった。




2000年9月9日 帝都 崇宰本家


「……」

「……」

 部屋には武田と、月詠が向かい合って座っている。
両者黙り込んでいるのは、先日、国連軍から送られてきた映像に理由があった。

 要塞級を擦り抜け、要塞級を背の盾とし光線級を虐殺する吹雪。
現在帝都には無いが、一時帝都に有った機体。崇宰 将登が国連軍所属していると脅されている。
対処法としては、武御雷を持たせれば解決する。だが彼のスタイルに合わない戦闘を強いる事になる。

「当主は……食事は?」

「……いえ、余りお食べには」

 武田は、月詠の返答に怪訝な物を感じる。あの映像には衝撃を受けた。
だが誇れる武であるはずなのだ、戦術機一機で要塞級と光線級を相手にし、更には光線級を倒している。
その彼が食事が喉を通らない、疑問に思うのも当然であった。

 部屋は沈黙に包まれる。



「月詠さん、武田君、前当主の墓に行きたい」

 唐突に現れた崇宰 将登は、少しやつれた顔をしながら要件を切り出す。

 呼ばれた二人は顔を見合わせ頷く。

『わかりました』




同日 帝都 崇宰家 墓


――― Masato Side ―――


死と言う物を身近に感じ、狂ってしまいたくなった。

思い出すのは先の総戦技評価演習、扱いには納得していない。

だけど皆楽しそうだった……

伊隅大尉も、速瀬中尉も、涼宮少尉も、神宮司軍曹も楽しそうだった。

オルタネイティブⅣが原作通りの展開ならば……彼女達は死んでしまう。

自分は見殺しにする事になる、この課程を変える事は確かに可能だ。

だが……この世界全ての人間を、見殺しにする覚悟が必要になる。

自分にそんな覚悟は無い、香月博士の様に、鋼の精神で突き進む事も出来無いだろう。

白銀の様に、おまけで世界を救う等……言える訳も無い。

この考え方は傲慢だろう、そして自分勝手。だけど自分にはこれしか思いつかなかった。

『死にたく無い』 自分は死からの逃亡の為、に全力で走ってきた。

そんな自分は人間として最悪だろう、自覚している。

『生きる為に』 死からの逃亡では無く、生への願望。

自分の心を殺さずに、これから生きていく方法。

覚悟を決めよう、オルタネイティヴの白銀が来たならば……彼女達を見殺しにしよう。

十字架を背負おう、茨の道を突き進もう、未来は一つでは無い。

アンリミテッドの白銀が来たならば、原作は有って無い様なものだ。

贖罪でもある、言い訳でもある、格好良くなんか無い。

だけど……その時はせめて、彼女達が生き残れる様にしようでは無いか。

逃避でもある。悪足掻きでもある。人類の未来を望んでいない様でもある。

結局は自己満足。

散々考えて……これしか思いつかなかった自分は馬鹿なんだろう。



「武田、俺は武御雷に乗る」

 今までの様に『死にたく無い』でなく。

「はッ」

 『生きる為に』自分らしいと思う、惨めでもある、だけどこれしか思いつかなかった。

 吹っ切れてやろう、所詮ちっぽけな人間なんだ、どうせ彼女達が死んでも俺は後悔する。

何もしない訳じゃない、やれる事は全て行う。今まで考えていた事が馬鹿に思える位、心地が良い。


――― Masato Side End ―――





同日 帝都 第一会議室


「……当主」

 今まですら遠い人物だったと思っていた人物、それがどこまでも遠くに居るように感じた。
武田は、人として斯衛として、この人に仕えれる自分に興奮している。

「武田か、何要だ?」

「はッ、紅蓮閣下、我等崇宰当主に武御雷を!」

 先の横浜より流れた映像により、斯衛の崇宰 将登が、武御雷に乗る事は厳しくなった。
その件については紅蓮もよく分かっている、だが何故武田が此処に来ている?

「ふむ、その件については来週になれば届けられる。月詠で無く、お主が来たと言う事はどういったことだ?」

「はッ、崇宰 将登様は俺の主君であります」

 誇らしく宣言する武田、それを見ている紅蓮の表情が変わる。

「くっ……なるほどなるほど、委細承知した」

 さぞ楽しそうに笑いながらも紅蓮は了承する。




同日 帝都 崇宰本家


 月詠の視線の先には、先ほどまで月を見ていた将登が居る。
本人の中でどんな葛藤が有ったかは知らない、だけど非常に悩んでいた。
その彼が吹っ切れたかのように振舞っていた。

 歓喜した、興奮した、驚愕した。

 今までと同じ様で少し違う目を見ていると様々な感情が溢れ出た。

「そんな所で眠ってしまわれると、風邪を引きますよ」 

 子供をあやす様な声でささやき、タオルを掛け月詠は微笑む。




[3501] そのさんじゅうよん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/30 11:34
2000年9月14日 技術廠・第壱開発局


――― Masato Side ―――


 

「お久し振りです、巌谷中佐」

「お久し振り、崇宰中尉。堅い話は止めておこうか」

 この人は軍人なのだろうか、少し不安に思った。

「不知火 壱型丙が完成した、そして試製99型電磁投射砲の試作が始まった」

 はて……2年とか言ってませんでしたっけ?

「ただ不知火 壱型丙は稼働時間に問題があってね……実質100機製造されればいい方なんだよ。
試製99型電磁投射砲の方は斯衛軍の実戦部隊、 白き牙中隊の中隊長。篁 唯依中尉に任せる事が決定した」

 不知火 壱型丙は、実質戦場で使われる事はほぼ無いと。大丈夫……かな?
試製99型電磁投射砲は篁 唯依中尉、誰ですかそれ……



「入りたまえ」

「篁 唯依中尉であります」

 美人さんが入ってきたと思ったら、親馬鹿の自慢の娘じゃないですか……

「崇宰 将登中尉であります」

 うん、自分の娘に任せるって、親馬鹿が此処まで行くと尊敬してもいい。

「娘さん結婚していたんですね、巌谷さん」

 苗字が違う。

「なッ、中佐!どう言った事で……」

 何で娘さんが突っ込む……そして最後まで言わない。

「ふ……ふははははは……これは俺も予想外だったよ、唯衣ちゃん。将登君には自慢の娘としか説明していなかったんだ」

 複雑な家庭の事情と言った奴なのだろうか。

「申し訳ありませんでした、未婚の方を既婚と言ってしま……」

「いえ」

 謝罪が一刀両断されました。

「申し訳ありませんでした、未婚の方を…」

「いえ」

 最後まで言わせてください。

「申し……」

「いえ」

 どうしていいか分からない、微妙に空気が流れている……親馬鹿に助けてと視線を送ってみる。

「おいおい、唯衣ちゃん、もうちょっと肩の力抜こうや?まぁそろそろ本題に入ろうか、篁中尉」

「はッ」

 親馬鹿から軍人へ、ここらへんは流石と言った事か。

「白き牙中隊は、不知火 壱型丙と、試製99型電磁投射砲のテストをしてもらう事になった」

「はッ」

「将登君、君には……試製99型電磁投射砲の使いどころを検討して貰いたいのだが?」

「はッ、質問宜しいでしょうか?」

 それは別に構わないんですが、

「許可する」

「試製99型電磁投射砲と言うのは、どういった武装なのでしょうか?」

 まったく知らない物を検討しろと言われましても…… 

「む、そうかカタログは後日送っておく。検討内容は手紙で構わんよ」

「了解」





 命令が終わると同時に、篁中尉が即座に退出した。

「なんというか、噂に勝る程……堅い……」

「うむ……俺としても、娘の将来についてな……不安を感じてしまうのだ」

 子供は居ないけど何となく共感できた。





2000年9月17日 斯衛 シミュレータールーム


 武御雷が貰えるとの事で、シミュレーターで動かしているのですが……

「速度の波が尋常じゃない……」

 急加速、急停止。近接格闘を主体に作り上げられているだけあって、瞬発的な加速が凄い。
不知火や吹雪とは、根本から違う機体だと言う事を今更実感した。

「……このじゃじゃ馬が」

 XM2がある訳ではない、同じ様な動きをさせると機体が凄く暴れる。

「……ふぅ……やるって決めたんだよな」

 やれる事は全て、後ろ向きに歩いている自覚はある。
それでもやる、飛行ユニットを動かし続けるより、身体に掛かる負荷も少ない。
自分に格闘の才能は欠片も無い、射撃は最低限当てれる様になっただけ。出来る事はなんだ?

「近接格闘は文字通り、近寄って戦う、それがこの機体最大の特徴」

 口に出し方法を模索する、最速で近寄れはしても、斬る事が出来ない。

「近接射撃ってか、我ながら戦闘スタイルが……一風変わってしまうのはどう言う事だか」

 斬れないなら近寄って撃てばいい。近寄れば適当でも当たる。

「問題は反撃される可能性があるって事か……」

 だから近寄りたくないんだけど……これ以上思いつかない、後は反復あるのみ。





2000年9月20日 斯衛 ハンガー


「青い」

 自分の武御雷が青い、それ以上特段感想も思い浮かばなかった。だって一杯並んでるんだもんこのハンガー……



「中尉殿、どの様に改良を?」

 そうだ、武御雷は個人用にカスタマイズされるんだった……
と言っても思いつかない、専門知識も無い。実際に戦術機を直接弄った事もない。
自分には出来る事が無さそうだ。丁寧に説明して理想に近づけてもらおう……

「大雑把で申し訳無いのですが、近接格闘は苦手なので……近接射撃に挑戦して……



――― Masato Side End ―――




 搬入された青の武御雷を見る為に、武田は走ってハンガーまでやってきた。

「当主は……なにやってんですか?」

 彼の視線の先には、整備兵に囲まれワイワイと騒いでいる当主。崇宰 将登がいた。
どうやら武御雷のチューンアップに付いて話あっているようだが……

「いつから斯衛のハンガーは……町工場になったんだ?」

 整備兵から質問が飛び交い、将登が考え話す、斯衛のハンガーにはあるまじき言動。

「まぁ……気持は分からなくも無いんだけど」

 以前彼が乗っていた吹雪、あれはブラックボックスの塊だった。
故に改良の許可を貰っても、斯衛の整備兵達には手が出せなかった。
だが今回は違う、武御雷なのだ。彼らの本領が発揮される戦術機、張り切るのは無理も無い。

「完成したら一戦お願いしますよ、当主」

 自分が此処に来た意味は無くなった、だが有意義だった。
去り際に彼との戦いを思い浮かべる。武御雷に乗ると言う事は、彼本来の戦い方は出来ない。

「それでも当てる気が一切しない……俺も訓練するか」

 本来の能力では無い彼相手に、本来の能力で挑むこちらが、負ける訳にはいかない。






2000年10月2日 斯衛 ハンガー


「装備は強襲掃討……機体そのものは突撃前衛……」

 月詠は、将登の武御雷の仕様に頭を抱えていた。こんなアンバランスな機体で何をするつもりなのだ……

「スタイルが突撃前衛に近いのも認めます……近接が苦手なのも分かりますが……」

 彼のスタイルは、高速飛行で敵に突っ込み、ある程度距離を取りながら撹乱する。
そして射撃による攻撃を主体に置いている、だがあれは……飛行ユニットが有って初めて出来る戦い方の筈。

「何を考えているのでしょうか……」

 やはり根本から違う、整備兵達は新しいパターンに乗り気の様だが、衛士としては理解しかねる。

「一度戦って見せてもらいましょうか」

 以前戦ったときは、全て逃げ切られた。
機体の推進剤が切れてから倒せたのだが……それでは意味が無い。
本来の戦い方をどれ程残して、武御雷で戦うか。この一点だけは見させて貰わねば成らない。

「私も……訓練に励みましょう」

 武御雷に乗ると言った時から、彼は一日の大半を訓練に費やしている。
自分が完全に劣っているとも思えない、だが勝っているとも思えない。故に鍛える。





2000年10月10日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――



「不知火 壱型丙、試製99型電磁投射砲ね……」

 この二つをどう言った状況で使うか……

 不知火 壱型丙、武器に電気供給出切る戦術機、武器は試製99型電磁投射砲と……
一回別々に考えてみよう、不知火 壱型丙を一言で言えば燃費の悪い戦術機、でも強いと。
この戦術機もじゃじゃ馬なんですね……つまりベテラン位しか使えない。

 試製99型電磁投射砲、一言で言えばレールガン。
圧倒的な火力を持ってBETAを薙ぎ払う……自分には合わない兵器。
これが出来たとしてハイヴ最下層迄行けるだろうか?無理だろう……
BETAの物量、そんな物を正面から相手して戦うのは愚かな考えだ。
火力は確かにある、だが弾薬の消費が半端じゃない。最下層に行く前に弾切れを起こす。

 両方組み合わせても、地上に置けるBETAの殲滅。
ハイヴの中層突入程度迄しか、辿り着けはしないのでは無いだろうか……

「中層突入なら、既に出来るんだけどな……」


 これが完成すれば、不知火 弐型の開発が始まる。
自分が最も欲している、誰もが飛べる戦術機……飛行ユニットでのヴォールクデータを添えて手紙を送ろう。
完成が2年先ならば、原作に直接的関与はしないはずだ……
不知火 壱型丙、試製99型電磁投射砲に付いては、辛口になるが仕方ない。

「決めたとは言え、賭けの要素ばかりだな……」

 やるっきゃないと自分に言い聞かせる。





2000年10月18日 斯衛 シミュレータールーム


 近寄る、撃つ、離脱する。近寄る、撃つ、離脱する。
相手が攻撃してくる訳ではない、なので永遠と距離感を掴むために繰り返す。
障害の有無、高低差、ありとあらゆる状態で近接射撃の訓練を繰り返す。

 延々と繰り返し反復、そんな事をしていればある程度は出来るようになる。
問題は相手の攻撃に反応できるか、XM2があれば強引に操作を割り込めば避けれる。
だが武御雷には無い、敵が何時攻撃してくるなんか読めない。

「来週には実機の慣らし……」

 飛行ユニットは斯衛では実質使用禁止。
武御雷に乗ると決めたその、時あやふやだった立場が、はっきりしてしまったのだ。
斯衛として国連軍の機体である、飛行ユニットには乗れない。

「田中マサトと、崇宰 将登の完全分離……」

 生きると決めた、その為の手段は田中マサトには無い。
香月博士の手の内で好き勝手やってしまっては、人類の未来を丸々刈り取ってしまう。
故に崇宰 将登として動く、XM2も飛行ユニットも今は使えない。

 自分に出来る事をイメージ、自分にはあるのはGに耐えれる身体のみ。
思い出すのは先の光州ハイヴ、要塞級の壁を自棄になって擦り抜けた。
あれに近いものを武御雷でやって見せなければ……

「……崇宰 将登を名乗った意味が無くなる」





 シミュレーターを終了し、汗を流そうと思っていると、武田君がやってきた。

「当主」

「ん?」

 何かあったのだろうか、目がぎらついている。

「10月28日の演習、俺と戦ってください」

 何を言い出すのだ彼は……慣らし運転で何故戦わねばならん。

「お願いします、当主」

「……わかった」

 土下座しそうな勢いで頼まれ、押し切られてしまった。何故必死なのか知らない……
だけどある意味丁度いい、飛行ユニット無しの状態で先に進まねばならない。
実機で戦えるのであれば……何か掴めるかもしれない。




「しかし……紅蓮さんと言い、斯衛っての熱血が多い?」

 どうでも良い事に気が付いた。




[3501] そのさんじゅうご
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/07/31 11:08
2000年10月28日 帝都 第六演習場


 模擬戦開始と同時に一端距離を取る、相手は近接格闘に特化してる。

「……って、そりゃ射撃も普通にこなすか」

 正面の武御雷、武田は自分より強い。当然だ……こちらは訓練を始めて今日で一年。
相手は幼少より斯衛として生きてきた人間、技量で勝てる訳は無い。

 逃げる先々に飛んでくる射撃、自分には出来ない、動いている相手を狙う射撃。
基本を地に設定し跳んで避ける、障害物の無い環境でやれば、即座に撃ち落されていたかもしれない。

「相手の突撃銃は一丁、取り敢えず弾切れ迄はこの調子……」

 卑怯だと言われても構いはしない、技量で劣っている。他で補うしか勝ち目は無い。
飛び回っている訳でも無い、跳び回っているだけでも推進剤の減りが早い。
自分が操縦するとどの戦術機でも、燃費は最悪になるんじゃないだろうか。


 一定時間互い様子見。相手はこちらが、弾切れを待っている事を知っている。

「ほんと飛行ユニット様々だった訳ね……」

 前回の速瀬中尉と、伊隅大尉と遣り合った時と同じ。
いつの間にか、フィールドの隅に追い詰められている。今回は飛べはしない。
可能か不可能で言えは可能。だが飛んでしまっては意味は無い。
長刀が無いので、障害物を斬って逃げる事も出来ない。

「技量の差は絶望的……」

 相手の武御雷は突撃銃を捨て、長刀を構え、噴射滑走で接近してきている。
高速接近で近寄ってくる相手に、自分の射撃は当たらない。

「覚悟ね……」

 模擬戦とはいえ死亡することもある。突撃してくる武神は恐怖の象徴に見える。
ずっと同じ訓練を繰り返した、近寄って撃つ、そして離脱する。
相手が近寄ってくれている、じゃぁギリギリまで待って……

 射撃と同時に噴射跳躍、相手の上を跳び超え、反転全力噴射を行い向きを逆にする。

「……居ない、って上かよ!」

 上空から長刀を振りかざした武神が噴射降下、即座に撃ちながら、水平跳躍で右へ回避運動を取る。

 『左腕損傷』ディスプレイに移る情報、片腕一本の代償で回避成功……

 相手は慢心せずに、噴射滑走で追いかけてくる。こちらは腕が一本欠けている、相手は五体満足損傷無し。 
相手の射撃が無いとはいえ、逃げ回っている訳にもいかない。考えろ、考えろ、考えろ!

「くそッ!」

 XM2や飛行ユニットが有る訳じゃない、だから飛べない。
空中で、方向転換するのが遅すぎて狙い打ちにされる。じゃぁ空中で、機動を強引に変えるしかない。
障害物の壁はそこらへんにある……じゃぁ相手を倒せる場所は……


 停止し敵との距離が縮まるのを待つ、相手は左右に揺れながら、噴射滑走で突撃してくる。
撃てども撃てども当たらない、だがどうせ最後だ。弾切れ寸前まで弾幕を張る。

 相手が振りかぶるタイミング、最後の攻撃を仕掛けてくるタイミングだけに集中する。

 相手の腕が少し動く、まだ……

 距離がどんどん縮まる、まだ……

 相手が最後の加速と同時に振りかぶる……今!

 即座に噴射跳躍し壁を蹴る!
反転全力噴射じゃ間に合わない、だから壁を蹴り強引に反転させる。
 

「止まってる相手には当たるんだよな……」

 行き止まり、しかも剣を振りかざした後。

 獲物は硬直している。

「……次やったら負けるね」

 策と運で勝った……






 一応は勝ちはしたが微妙な気分だ、何も自分が先に進めていない。
近寄って撃つを基本としていたのが、途中から全然趣旨が変わっていた。

 自分の飛行ユニットの動きと、武御雷の動きを脳内でイメージする。
極端に言えば飛んでいると、跳んでいる。他の違いはなんだろうか?

「くねくねと……真っ直ぐ?」

 武御雷の動きは点と点を結ぶ直線、飛行ユニットは点など無い。

「つまり基本を忘れていたと……」

 XM2と飛行ユニットじゃないから駄目だと思っていた。
一応武御雷でも直線的な動き以外も出来る、武御雷という機体に乗るからと言って……

「自分の基本を忘れちゃそりゃ駄目だろ……」




「お疲れ様です」

 悔しそうな武田君からの通信が入った。

「武田君、有難う。一歩先に、いや本来のスタイルに戻れると思う」

「……?」

 相手は意味が分かっていないだろうけど関係無い。
射撃が当たる当たらない以前の問題だった、直線では斜めに跳ぼうが二次元。
自分が目指しているのは三次元だった。

「アンリミテッドの白銀君の動きをすればいい訳ね……格闘は出来ないけど」

 なんで気が付かなかったんだろう。



――― Masato Side End ―――




2000年11月1日 技術廠・第壱開発局


「これ程とはな……」

 巌谷は将登から送られてきた、ヴォールグデータのシミュレートを食い入る様に見ている。
先日の光州ハイヴ間引きの映像、あれは無理だと思う気持ちが少しあったのだが。

「確かに……これならばハイヴを落とせるかもしれない」

 モニターに映る吹雪。BETAを一切倒さずに、強引な機動で飛び続けている。

「……だがこれは誰にも出来まい、そこで解決策付きか。仕事が早いどころか数歩先に居るようだね」

「篁中尉」

「はッ」

 巌谷は、今の今まで一切口を開かずに、モニターを見つめていた彼女に質問する。

「試製99型電磁投射砲は、来月にはほぼ完成するのだな?」

「はッ」

「唯衣ちゃん、今日届いた手紙なんだけど。不知火 弐型は真っ直ぐじゃなくて、くねくねって意味分かる?」

 巌谷は軍人から唯の親馬鹿の声色になり、将登から送られてきた手紙の解読を依頼する。

「は?……いえ、失礼しました。わかりません」

 一瞬娘になったが、すぐ軍人に戻った彼女の返答は、わからないとの事だった。

「誰も居ないんだ、少しは肩の力を抜きなさい」

「はッ」

 『抜けてないから』と言いながら巌谷の顔つきが軍人のそれに変わる。

「試製99型電磁投射砲は早めに完成させろ。君も見ただろう?
試製99型電磁投射砲と不知火 弐型……この二つが有れば、ハイヴは落とせる」

「了解」




「やれやれ、来年には唯衣ちゃんはアラスカか」

 軍人から親馬鹿に戻った彼の発言は、誰にも届かない。





2000年11月10日 斯衛 シミュレータールーム


「……」

「……」

 月詠と武田はモニターを見つめる。
モニターの中で青い武御雷が跳び回っている。飛行ユニットを付けた吹雪に似た動きで……

「なんていうか、当主の思考回路はどうなってるんでしょうか?」

「……」

 先月の演習で何か掴めたのだろうか?
緩やかな動きを中心に跳び、そして急な動きで相手に突撃する。 
緩急を使いこなしながら、直線ではなく限りなく三次元に近い二次元を行う。

「二回跳んだり、自由落下の着地直前に水平跳躍したり……これなら再現できますね」

「……ええ、基本は地に足を付けているので」

 不可能と思われていた動きが武御雷、いや現状の戦術機で再現可能な動きになっている。
その武田の発言を受け、月詠は返事を返す。

「負けたの悔しかったですけど……今なら感謝できますね」

「……」


 武田は悔しかった。故にこの機動を目指す。

 月詠は対等に成りたい。故にこの機動を目指す。





2000年12月1日 斯衛 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――


 月詠さんが一緒に訓練をしませんとの事で開始した訳だが……

「ついてきてる……」

 跳び回る自分に付いてこれている、純粋に驚いた。
跳びまわっているので基本的にはついて来れない……もしかして自分の動きが理解されたと言う事?
それだと……戦えば間違いなく勝てない様な?

「……将登さん、研究させて貰いました」

 つまりアンリミテッド白銀の機動概念がばれた?
問題あるだろうか……あるような?無いような?物凄く混乱しています。

「これで……貴方と供に戦えます」

 混乱している頭が一気に切り替わる、一緒にと言う事は……

「……連携が、出来るようになりました」

 偉く嬉しそうな月詠さんを見ていると、先ほどの不安が少し吹き飛んだ。

「連携の訓練をしましょうか?」

 原作の事よりもこの時は、まともに連携出来るという事が、凄く嬉しかった。





 訓練終了後、反省しておく。

「参ったな」

 機動概念は白銀くればどちらにせよバレルとはいえ……完璧ミスった。
飛行ユニット、この特殊条件に目がいっていたのは、自分だけでは無かったようだ。
原作キャラクターである月詠さんが戦うのは……覚えている範囲で2回。
クーデターと横島基地襲撃、クーデターも横島基地襲撃も圧倒的だったし……問題無い……と思いたいな。

 以降更に気をつけねば……将来禿げるかもしれない。




[3501] そのさんじゅうろく
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 04:45
2000年12月7日 斯衛 シミュレータールーム


「01、フレンドリーファイヤ02TK」

「……」

 訓練を見ている月詠は頭を抱えている。

「将登さん……動いている標的には当てれないのでは?」

「いつもは当たらないんですが……何故か味方として武田君が前に居ると……」

 月詠は頭を抱えている。

「……それで5回連続味方誤射ですか?」

 月詠の悩みはやはり将登だった。

「武田君……ごめんなさい、俺が後ろに居るとこうなる」

「……当主、俺が後ろに行きます」

 物凄く凹んでいる、将登の声を聞いていると怒る気も失せる。
日頃動いている相手には当たらない。だが何故か将登は、高速で動き回っている武田に攻撃を命中させる。
彼の武御雷は最高クラスの整備を受けている。敵味方識別装置が壊れているわけではない。



「武田君……俺、孤立してない?」

「……」


 この二人に連携は無理かもしれない。
武田が前に出る、何故か将登が武田を堕とす。
将登が前に出る、将登が孤立し孤軍奮闘する。

 『どうすればいいのだ……』声には出さす月詠は頭を抱える。

「個々の能力は素晴らしく高いのだが……」

 両者、突撃前衛としては一流と言える領域に至っている。
高速戦闘、近接射撃と言う変則的ではあるが、BETAの圧倒的物量を平然と捌く将登。
武御雷の性能を最大限に活かし、片っ端から敵を斬り道を作り出せる武田。

「問題がどちらかと言えば……将登さんなんですが」

 自分が後ろについた時、将登は孤立しなかった。味方誤射は論外だが武田にも問題はある。
近接主体の為、射撃による援護は余り出来ないのだ。故に将登が孤立する。

「これでは連携しないほうが……」

 恐らく戦力としては大きい。



「武田君、思ったんだけど。無理に常識に従う理由も無いんじゃないかな?
自分で言うのもなんなんだけど、俺って常識的な戦術機の運用してないでしょ?」

「……後者については大いに肯定します」

 何か二人が話し合っている、当主と分家にはまったく見えないのは、気のせいでは無いだろう。

「はっきり言われるのは……取り敢えず、俺が突っ込んで適当に射撃で蹴散らす。そして次に行く。
その間に武田君が残ったのを斬れば、大きい突破口が出来ると思うんだけど」

「……やってみましょう」

 発想が既に連携から外れている気がする、止めた方がいいのか、月詠が迷っている間に始まってしまった。



 将登は、相変わらず出鱈目な機動でBETAの群れに突っ込み、ある程度倒すとすぐに次に行く。
武田は、穴だらけとなったBETAの群れに突撃し、残ったBETAを斬り殺す。

 マップに映るBETAの群れの真ん中に、巨大な道が出来上がっていく。

「有効なのは有効です……これは結果として連携に繋がってはいるんですが」

 過程が連携していない……

「くっ、当主……貴方は面白い!」

「え?」

 武田の気持ちはよく分かる、過程が無茶苦茶で結果だけは残している。
こんな物は連携では無い、結局将登は支援無しで戦って、余り物を武田が倒しているだけだ。

「突撃前衛としては完璧です、ですが……見ているこちらとしては勘弁して欲しい物です」

 せめて自分が居る時は……極力武田と連携させない様にしよう。月詠は心の中で誓った。




「一応連携出来てよかった……何で味方だと当たるのだろう?」

「将登さん……連携という物について講義を行います」

 月詠の苦悩はやはり続く。





2000年12月20日 技術廠・第壱開発局


――― Masato Side ―――


 月詠さんとの連携、武田との連携?の訓練を繰り返していると、巌谷さんから呼び出しがあった。

「崇宰中尉、試製99型電磁投射砲の試作品が出来上がった。
篁中尉には、アラスカに試製99型電磁投射砲のテストと、同時に不知火 弐型の開発に移って貰う」

 それは元から聞いていた話だ。

「それとアラスカの各国の戦術機の映像が届いた、取り敢えず見て欲しい」


 戦術機が跳び続けている。機体の名前は分からない、国も分からない、でもこれは……

「直線的な三次元……」

「直線ではなく、くねくね。これの意味を我々全員で解読したのだが……誰にもわからなかった」

 ……感覚で書いて送ってしまった様だ。

「申し訳ありません……この映像の戦術機は、完全の意味合いでは三次元では有りません。
移動が点と点を結ぶ直線、二次元運動を行い、擬似的な三次元を実現しています。
自分の……飛行ユニットの映像を同時に見れば分かると思いますが……」

 喋りながら言葉を纏め上げる。

「二次元で三次元を実現するのではなく、最初から三次元を前提にして欲しいのです。
それで……あの様な表現になってしまいました」

 物凄く恥ずかしいです……

「成る程、確かに口で説明するのは難しい。つまり不知火 弐型は完全に飛行概念と組み込むと?」

「ええ、以前手紙に書いた内容なんですけど。
試製99型電磁投射砲を使い、中層まで補給物資を持って行き、そこから飛んで反応炉へ。
戦術レベルでハイヴを落せるのは……現状これしか無いでしょう」

 散々考えた、飛行ユニット単品では推進剤は持たない。
ならば途中まで露払いを他にさせればいい、それが可能な兵器も都合良く開発されている。

「不知火 弐型が完成すれば、飛行ユニット装備の吹雪程度のスペックは簡単に出せます。
問題は乗りこなせるかどうかですが……不知火 弐型が完成する頃には可能かと」

 どちらの白銀が来たとしても、来年になればXM2かXM3が世界に配布される。
故に、2年後には……多少速度は落ちても衛士の大半が飛べる様になる。

「それは……いやいい」

 察してくれたようだ、問われても答える事は出来ない。
この人が良い人だろうが関係ない、自分が背負うべき物なのだから。

「ところで、娘をアラスカに送るというのは……やはり心配で……」

 今まで軍人だったのに親馬鹿になってしまった。



 帰る頃には日は暮れていた……





2001年1月1日 帝都 崇宰本家


 左手の指の先から溶けていく。

 右手の指の先から削られていく。

 左足の指の先から燃やされていく。

 右足の指の先から腐っていく。

 苦しい、痛い、止めてくれ、苦しい、痛い、止め……



 起きると同時に布団を押しのける。

「あッ……って、そりゃ……夢だよな」

 新年の開始は最悪だった。

 右手も左手も、右足も左足も。

「五体満足っと……人が居なくて寂しかったのか?」

 武田も月詠さんも居ない、この大きい家で一人きり。

「一年か」

 この現状には不安はある、でもやれる事をしないと……しても後悔はするか。




 未来が確定する一年間、開始と供にとつてもない不安を感じた。



――― Masato Side End ―――



[3501] そのさんじゅうなな
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 04:44
2001年1月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「完成した……」

 そう遂に、遂に悲願となる00ユニットの量子脳が完成した。
オルタネイティヴⅣの主軸、BETAに対する諜報員の肉体が全て完成したのだ。
香月の見つめるモニターの先にはA-01部隊の身体を模倣した物、そして一人の女性と男性の身体。

「後は移植……」

 候補者達の身体は出来上がった、取引によってG元素も足りている。
人格移植の実験をし、それが成功すれば……

「……オルタネイティヴⅣ。人類の未来を任せる資格の無い人間から、順番に死んでもらいましょうか」

 人類の未来を背負いBETAと戦う、故にBETAと戦える衛士がいい。
そして、自分の出す任務如きで死ぬ相手には……用は無い。

「どちらを完成品として使うべきかしらね?」

 人格移植が成功に成り次第、完成品を作らねば成らない。
彼女の思考に浮かぶのは一人の女性。脳と脊髄だけとは言え生きている。
衛士でもない、精神状態が異常なのも知っている、だだハイヴで生き延びている。

「……最有力候補は決まっているんだけどね」

 思い浮かべるのは一人の男性。顔を隠しながらの生活を送っている男性。
最強クラスの衛士にして、ハイヴからの生還者。立場が有るが顔は表に出ていない……
人類の未来を任せるには、これ以上の存在は他に居まい。

「……取り敢えずは、人格移植が成功してからね」

 素体は足りていない、故にA-01にはこれから過酷な任務を与えよう。
思考を纏め上げた魔女は哂う。もうすぐだ、もうすぐだ、もうすぐ……

「……契約は成される」

 対価に全てを頂こう、存在を、名を、命を……





2001年1月17日 帝都 第一会議室


「そうか……形はどうあれ、崇宰 将登は武御雷を使いこなせているか」

 月詠から報告を受けた紅蓮は、その運用方法を楽しそうに眺めている。

「はッ、特殊な使い方とはいえ、斯衛として戦える実力は有ります」

「そうかそうか、ふむ……となると問題は」

 子供の様に驚いてみせているが、紅蓮の思考は別の所にあった。
将軍が戦場に立てない、故に斯衛としては大きな戦果は望めない。現在将軍の権威は地に落ちかけている。
大きく斯衛を動かすわけでなく、小さな事でも構わない。武御雷を使い戦果をあげねばならない。
一年前の佐渡島の戦いでは……武御雷の能力は政府にすら認められていない。
将軍の権威の為に、国のために、戦場に斯衛を出すために……

 崇宰 将登、斯衛の青にして、単独行動に向いている存在が居る。
彼を使い、一度でいいから大きな戦果を……武御雷の有用性の証明せねばならない。


「彼の所属だな……」

 報告が間違っているとは思えない、異常な機動を武御雷で行っているのは問題では無い。
月詠とは連携でき、武田とは結果として連携している。月詠と組ませれば問題は解消する。

「月詠、帝国斯衛軍第19独立警備小隊は四月より、横浜基地への出向が決まった」

 月詠には護衛任務がある。

「はッ」

 つまり彼と連携出来るのは、実質武田のみ。

「崇宰殿にお伝えしろ。BETAの大規模侵攻が起こった場合、斯衛として初陣を果たしてもらうと。
所属は現状のまま、部隊としてではなく……個人として戦闘に参加してもらう」

「……了解ッ」

 半端な連携を組めば、彼の持ち味が消えてしまう。
斯衛の現状の為に、青を消耗品として使う。意味を理解した月詠の心情もわかる、

「すまん……斯衛の、国の未来の為には……手段が他に無いのだ」

「……」

 不知火 弐型、試製99型電磁投射砲……新戦術によるハイヴ攻略の目処が付いた。
彼をこちらに引き留めた最低限の役割は果たしてくれた、だがこのまま遊ばす訳にもいかない。




同日 帝都 崇宰本家


「将登さん、我々は四月に横浜基地への出向が正式に決まりました」

「わかりました」

 特段驚いているわけではない、彼は知っているのだろう。彼の従姉妹の護衛として横浜に行く事を……

「……」

「月詠さん、どうかしましたか?」

 これから伝える内容を、どういった言葉にしようか。悩んでいると、不思議そうに声をかけられた。

「崇宰 将登様、次に大きな戦いが起きた場合ですが……
将登様は斯衛として、部隊としてでは無く、個人として出撃してもらう事が決定しました」

「……了解」

 連携が出来るようになってから……彼は楽しそうに訓練をしていた。
その全てを否定するこの決定。連携は通常の衛士には出来るが、彼には特殊な連携しか出来ない。
政治的要素、将軍の権威、斯衛の現状、様々な因果が彼を死地に誘う。

「まぁ予想出来ていた事ですから……今日は寝ます、おやすみなさい」

「……」

 人として声を掛けたい、だが今の自分は斯衛として振る舞い。彼も斯衛として答えた。

 故に声を掛ける訳には行かない。

「……武田殿に全てを任せねば」

 色々あった一年間、それがもうすぐ終わる。人として、しばらくのお別れ。
四月より自分は斯衛として横浜に行く、帝都に居る間は全て武田に託さねばならない。





2001年1月20日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


「予想出来ていた……斯衛の部隊として動かないのは、好都合なんだけど」

 月詠さんが、横浜基地に出向するのは予想出来ていた。
自分が月詠さんと一緒に戦う事にならないのも予想出来ていた。
連携が一応出来るが……しないほうが使いやすく、戦力的にも大きい事も予想出来ていた。

 今の自分は崇宰 将登。同時に田中 マサトでもある。
斯衛の部隊として、完全に定着しないのであればそれは好都合。

「……」

 吐きそうになった息を強引に押しとどめる。
個人として動く、危険度は上がるのは確かだ。だが好都合、喜べと。

「そうは簡単に行かないか……」

 連携は一応出来るのだ、それ自体は喜ばしいのも事実。
今でなく未来、自分独りで戦うのではなく。誰かが隣に立ちながら戦える。
一歩進んではいる、がっかりした気持ちもあるが……

「贅沢を言える立場じゃない。訓練の再開だ」

 自分は生きる為に出来る事はしなければいけない。




2001年2月1日 斯衛 ハンガー


「本日11時20分、佐渡島ハイヴ発と思われるBETA群が突如出現しました」

 自分の誕生日は呪われているのでは無いでしょうか。
目の前の報告を行っている人は、まったく知らない。文句を言える訳も無いし……取り敢えず聞いておく。

「演習を行っていた部隊を含む、相馬原基地隊『鋼の槍』連隊によりこれらは撃破。
掃討作戦に移行して間もなく、海岸からBETAの増援を確認。
相馬原基地隊は全て出撃しこれらの迎撃へ、圧倒的な物量を誇るBETAを相手に後退」

 押されていると……原作知識に無いBETAの行動等分かる筈も無い。

「帝国軍が総力を上げて行なった面制圧砲撃も、光線級に阻まれ失敗。
現在、帝国軍の支援要請を受けた国連軍が現地に向かっております」

 つまり斯衛は動かないと……何で呼ばれたんだ?


 
「そこで御主には、斯衛として現地に向かってもらう事になった」

 行き成り現れた紅蓮さんがとんでもない事を言う。本当に個人として動かすつもりなんですね……

「単独で斯衛が動く等、通常有得ん……斯衛には帝都を守る任がある。
そこで部隊としてはどこにも所属していない、御主に行ってもらう事になった」

 斯衛としては大きく動けない、だから……俺に独りで逝けと?

「間に合うかどうかはわからんがな。即座に出撃準備を整え現地に向かえ!
現地に置いては……誰とも通信も何も行わず戦い、勝利し、撤退しろ!」

「了解」

 状況も意味もさっぱりわからない、命令されては従うしかないのが辛い。
予期せぬ三度目の実戦は、突然行われる事が決定してしまった。





同日 第二防衛線周辺


 武御雷を駆り現地に向かう、報告によると光線級の排除に成功。
国連軍と帝国軍の砲撃により、BETAは大方片付いたらしい。

「……無駄足って事か?」

 現地にはもう直ぐ着く。だが既に掃討作戦は大方終わっている。

「一応向かいますか」

 間に合う事は無さそうだ。




「HQよりエアー01、旅団クラスのBETAが展開中の部隊の地中より出現、即座に支援に向かえ。
確認されているBETAは、要塞級以外全てのBETAが出現している。繰り返す……」

「01了解」

 通信が無いと言われていたのだが、HQとは通信できるらしい。
状況すら分からずに戦場についても何も出来ない、当然と言えば当然か。
報告の内容は……また地中、掃討終了間際の疲弊した部隊の元への奇襲。

「BETAが戦術ね……」

 原作で地中を侵攻するBETAは居ただろうか……重い浮かんだのはオリジナルハイヴ。

「穴掘って進むってか、取り敢えず、来た意味が出来ちまったし……行くしかないか」

 連携の事は一端頭から外す、自分は今独り。
飛行ユニットも無い、XM2も無い、有るのは武御雷と自分の技能のみ。




「見えた……」

 先ほどの報告から五分、推進剤の三分の一を使い急いで駆けつけた。

「問題は光線級か……」

 モニターからの情報によると、BETAと戦術機が入り乱れている。
光線級が原因となり部隊の集結が出来ていない、自分にはある意味好都合な展開。
こうなると予想して、自分だけを送り込んだのであれば、紅蓮さんは未来を知っている事になる。

「馬鹿な事を考える暇も無いか」

 光線級が邪魔なのであれば、光線級だけ倒せばいい。
入り乱れて混戦となっている、更にここは市街地障害物がある、突っ込めば可能性はある。
足の速い突撃級、要撃級で無いのであれば撃てばあたる……確かに自分なら出来る。
やりたくなんか無い、自分の考えはいつもどうして無茶苦茶になるんだろうか、覚悟を決めよう。



――― Masato Side End ―――





 海岸がら押し込まれ、物量に物を言わせるBETAを相手に奮闘し奇襲作戦を決行。
光線級を排除し支援砲撃が再開、掃討を完了しようとした時。BETAの増援。
今回の戦いに置いて終始戦い続けた男、鋼の槍所属 神田少佐は異常に気が付く。

「光線級だけ減っている?」

 マップデータに映る光線級だけが減っている。
市街地で入り組んだ条件、戦術機とBETAが入り乱れている。
この状況に置いて光線級だけが減っている、理由もわからない、だが好機。

「各員に告ぐ、光線級の数が減っている。即座に集結し立て直す」

 光線級がいなければ、被害は出るが立て直す事も出来る。
少しずつではあるが確実に光線級は減っている、立て直せば勝てる。



「集結完了しました」

 集結と供に光線級の脅威が消えた。

「これよりBETAの掃討作戦を行う」

 武装も殆ど残っていない、国連軍と帝国軍が集まりながらも現状は厳しい。だが0%ではなくなった。

「最強の機体……武御雷か」

 彼の視線の先には、光線級を倒しきったと思われる、青の武御雷が仁王立ちしていた。





[3501] そのさんじゅうはち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/01 03:58
同日 第二防衛線周辺


――― Masato Side ―――


 目の前にはBETA、そしてあちこちに居る戦術機。
武御雷を駆り跳ぶ、レーザー警報は全て無視、遮蔽物を壁にし一番近い光線級の元へ。

「って他にもうじゃうじゃいるよね!」

 勢いよく駆け出したのはよかったのだが、要撃級に行き先を防がれる。
壁に向かい噴射跳躍、壁を蹴り強引に方向転換、噴射降下し即座に噴射滑走。
光線級以外に構っている暇は無い、武装にも推進剤にも限りがある。

「これじゃサーカスだ」

 跳び回りながら重光線級を探す、図体が大きいからすぐ見つかる。
周りには光線級が集まっている……BETAはある程度集まってくれている。

 重光線級の後ろと取りながら光線級を片付ける。
光州の時と同じ、重光線級の身体が壁となり、光線級がこちらを撃てない

「後は繰り返すだけ……」

 個人で早期殲滅なんか出来ない。
壁を蹴り、突撃級を踏んで跳び、止まる事無く跳びまわる。止まれば死ぬ。



「光線級は終わった……そしてこちらの推進剤も終わりかけ」

 やってしまった、まだBETAは残っている。
少し離れた位置まで跳び、様子を見る位しか出来そうに無い。

「死ぬつもりなんか無いんだけどな……ん?」

 光線級をこちらが排除したからだろうか?国連軍と帝国軍の戦術機が集いBETAを殲滅している。

「……助かった?」





2001年2月2日 斯衛 ハンガー


 やってしまった……昨日の戦いは完璧にこなせた。
状況把握も出来ていなかったが、光線級を全て倒した。問題は……

「頑張りすぎて推進剤切れたんだよな……」

 推進剤が切れ、歩いて帰る事になったのだ。

「……物凄く恥ずかしい、そして眠い」

 戦果は十分だった、だけど最後は締まらなかった。半日かけ歩いて帰ってきたのだが……非常に眠い。
寝てしまう訳にも行かない、昨日わかった事を纏め上げねば……

「地中からの進行……」

 確認されていないBETA、原作で実際出たのは一度だけ。
情報が少なすぎる、第二防衛線までハイヴが延びているとは思えない……

「概念の実証……」

 限定された条件下ではあったが、擬似的な三次元機動はやはりBETAに通じた。
訓練を始めて一年と少し、まだまだ未熟な状態で、武御雷という戦術機ではあったが通用した。
オルタネイティブの白銀が来るのであれば、元より問題は無い。
アンリミテッドの白銀が来るのであれば、今回の実証は後々役に立つ。

「通信が禁止されていたのは……結果的には良かったか」

 事情が何かは知らない、知る必要性も無い。結果として自分が表に出る事は無かったのだ。
この力は模倣した物でしかない、現在、表に出す事はあってはならない。
所々では露出してしまっているが……原作に直接関わりは無い……と思いたい。

 出来る事は全て行わねばならない、開発も大方目処が立った。
擬似的な三次元の実証も終わった。今から出来る事はなんだろうか?

 止まる事は出来ない、この贖罪を止めれば……自分の心が死んでしまう。

「……生きる為に」


――― Masato Side End ―――




 ハンガーに鎮座している青の武御雷。それを見つめる三人の斯衛。

「……今回の一件で最低限の要素は揃った、いざという時迄斯衛が大きく動く事は無い」

 武御雷の有用性の実証、最悪の事態が起これば、斯衛は動く事が出来るようになった。
一機で帝国軍と国連軍を支援しきった、絶望的状況を救った機体として認識させた。
紅蓮は刺すような視線を受けながらも話し続ける。

「昨日、成人を迎えたそうだ。祝ってやれ……言うまでも無い事かも知れんがな」

 自分には祝う資格は無い、斯衛として使い捨て覚悟で戦場に叩き出した。
そして、その状況を打倒した将登を祝う事は出来ない、渋い顔のまま紅蓮は立ち去る。



「……当主は出てきませんね」

 昨日、突然青の武御雷が一機で出撃した。その報告を受け武田は焦った。
そんな事をするのは一人しか思いつかなかった、Need to Know、自分は知らない。
必死に聞き込みを行い、走り回っても状況は何も変わらなかった。
自分も出せと言っても許可は下りない、時間のみが過ぎ去っていった。

「月詠さんは……知ってましたよね?」

 こういった事態が、彼女を通さずに起きる筈が無い。
何故独りで戦いにいかせた、何故付いていかない、何故自分に伝えない。
感情が渦巻く、それらを全て抑え込む事に努める。

「……まぁそれはいいんですけど、当主は何故降りてこない?」

 彼女の葛藤も有っただろう、自分の発言を悔いつつも降りてこない将登を不信に思う。

「……行きましょう」

 今まで黙っていた月詠も流石に不信に思ったのか、武御雷のコクピットへ向かう。




「……眠ってますね」

「……ええ、眠っておられます」

 最悪の事態を想定し、コクピットをこじ開けた先に居たのは、眠っている将登だった。

「……起こす……のも悪いような」

 武田は予想外の事態に、どうしていいか判断に迷う。

「……武田殿、私は四月に横浜への出向が決まりました。
今回の件に関しては私は知っていました……その私が頼むのは筋違いかもしれ……」

「言うまでも無いですよ」

 月詠の懺悔に近い願いを汲み取り、武田は言葉を遮る。

「帝都に居る間は、俺が守ります」

「横浜に居る間は……」

「駄目ですよ、貴方が横浜で守るべき人は別に居る」

 またもや言葉を遮る武田の発言に月詠は驚く。

「……知っておられたのですか」

「俺は崇宰の雑務をやっているんですよ?当主の仕事なんか判子を押すだけですよ?
そして横浜に居る間、当主は崇宰ではなく、田中として動くでしょう。斯衛が周りに居る必要は有りません」

 自分の当主の立場は納得出来ない部分もある。
だが自分は斯衛として、分家として仕えている。当主の生き様の邪魔をするつもりは無い。
武御雷に乗ると言ったあの日から……自分は彼を支えると決めたのだと月詠に諭すように話す。

「ただ少し……いや正直かなり不安です。斯衛としてではなく……唯の月詠として。
崇宰で無く、田中でも無い、唯の将登として当主が居る間位は面倒見てあげてください」

 『今も何故か眠ってますしね』と付け加える武田の顔は誇らしく、心底楽しそうであった。

「……わかりました」

 自分の葛藤、それらを拭い去ってくれた彼に感謝を。





2001年3月1日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


「困った……どうしよう?」

 先月の出撃以降やるべき事が見つからない、訓練を繰り返し反復、以上。 
原作まで半端に時間がある、月詠さんはもうすぐ横浜出向に向け忙しく走り回っている。
武田は書類の山に追われている……だって判子押す以外分からないんだもん……


「手紙か?」

 巌谷さんからの手紙、何かあったのだろうか?

 内容は簡単な報告と質問。

「試製99型電磁投射砲は後は実戦でテストすると……ラプターの配備?」

 戦域制圧戦術機、G弾運用を前提として平地に置ける対BETA、対人を想定した戦術機。
この時期に配備されるのか……クーデター事件で恐ろしい対人性能を発揮した機体。
スペックデータを見ているとある事に気が付いた。

「俺の本来のスタイルに微妙に似ている?」

 ある意味、飛行機に近い概念を組み込んでいる。
日本とアメリカの基本戦術の違いからだろうか?どうもしっくり来ない部分がある。
だがこれは原作でも登場していた機体だし……自分には関係無いだろう。

「不知火 弐型の共同開発ね……」

 不知火 弐型の理想は遠く、現状の日本の技術だけでは無理らしい。
そこでアメリカの会社と共同で行ってよいか?と聞いてきているのだろうか。

「好きにすればいいのに……」

 別に日本の製品だけで作ってくれなんて、一度も言っていない。

「うん。残り大半は廃棄処分でいいか?」

 娘の事について書かれても困る、男が出来たかもしれないとかこっちは知った事じゃない。

「今度、篁さんに会ったら祝福でも送ればいいか?」


――― Masato Side End ―――



2001年3月14日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「崇宰 将登としての役割は終わった。そういう訳ね」

 戦術機開発も原型は整い、もうすぐ本格的に動き出すだろう。
斯衛としての問題も、一度の出撃で大方問題は無くなった。

「武御雷は最強ね……本当うまい事利用したわね」

 単独での光線級殲滅、光州でやった状況とは違う。
XM2も飛行ユニットも無くして、武御雷のみで行わせた。

「異常なのは、武御雷なのか、XM2なのか、飛行ユニットなのか……彼なのか」

 どうでもいい事だと考えて居た事をリセットする。
自分にとっての重要なのはここじゃない、彼が戻ってくる。

「……数値化は済んだ、先日の進行で素体は足りている」

 後は脳に移すだけ、後一歩。後一歩で悲願が……

「でもやらせる事も無いわね……どうしましょうか?」


 彼の横浜への帰還が決定された。




[3501] そのさんじゅうきゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/01 18:23
2001年4月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地手前の坂

――― Masato Side ―――


「何というか……凄いな」

 坂の傾斜も凄いが桜吹雪が凄い、今までこんな物を見る余裕は無かった。
圧倒されている、散り行く桜は……戦場でこれから流す血に見える。

「……余計な事は考えない方がよさそうだ」



「お姉………心配……」

 桜を見ていると後ろから声が聞こえ、振り返ってみる。

「……涼宮姉妹か」

 一緒に歩いている、こんなイベント知りません。
遭遇してしまってはまずい、これ以上原作キャラクターに関わりたくなんか無い。
そして……涼宮 遥という人物に、見殺しにするかもしれない人物に、どう接していいかもわからない。

 ここにあるのは桜のみ……隠れる事考えるより走って逃げた方がいい?

「お久し振りです、中尉」

 捕捉されてしまった……

「お久し振りです、涼宮中尉昇進おめでとう御座います」

「……斯衛?」

 妹の事を全力で無視し挨拶は返す。こちらは今斯衛服を着ている。
名前を呼ばないのはある意味有り難い、早期撤退を試みよう。

「あの……妹の涼宮 茜です」

 完全無視していたのに挨拶されてしまった。マスクの斯衛に声を掛ける、貴方の職業は勇者ですか?

「始めまして」

「ここは国連軍なんじゃないんですか?」

 恐ろしい事をストレートに聞いてくる……まだ訓練兵にもなっていないのか、仕方なくもある。
答える訳には行かない、仕方ない姉に助けてと視線を送ろう。

「茜、ここは軍なのよ。わかるわよ……ね?」

 久々に見た……黒涼宮が光臨してしまった。二重の意味で逃げたい……

「用があるので俺はこれで……」

「はい、中尉」

 妹が震えているが関係無い、怖いだもん……




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「お久し振りです、香月博士」

「久し振りね、今日は着替えてから来たのね」

 前回やはり気が付いていたのか……

「俺は何をすれば?」

 今自分が出来る事は無い、更に今の俺は田中 マサト、好き勝手出来るわけじゃない。

「……無いわ」

 気のせいだろうか?首を傾げてみる。

「だから、今のところ無いって言ってるの。何なら御剣達の教官でもやる?
衛士だし、身分も保証済み、あら?これいいかもしれないわね」

「お断りします!」

 何と恐ろしい事を言うんですか、基本的に断ったりする事はしないのだが、これは論外だ。
原作フラグを何故開幕へし折らなければいけない……

「そう、残念ね。我ながらいい考えだと思ったんだけど?」

「そもそも俺は、まともな訓練兵としての教育は受けていませんよ?」

 衛士としての知識は最低限ある、だが歩兵としての知識等は殆ど無い。

「……そういえばそうだったわね、そこら辺も考えて置くわ。
取り敢えず……シミュレーターで飛行ユニットの訓練でもしておいて」

「了解」

 実質何も決まらなかった。



――― Masato Side End ―――




「社、どう?」

 マサトの過ぎ去った後に香月は霞に確認を取る。

「……」

 霞は首を横に振る事で否定をする。

「そう、どうしましょうか……」

 ESP能力が一切通用しない、00ユニット、諜報員になるのに必須スキルを彼はもって居ない。
00ユニットにしてしまえば、強制的にその能力は付け加える事は出来るのだが。

「……保留ね」

 まだ移植は成功していない、その一歩手前で止まってしまっている。
唯一の不安要素は今回で確定した、衛士として使え、最良の未来を引き当てる彼。
衛士として使えず、身体すらない彼女。どちらを00にするべきか香月は考える。

「……最有力は変わっていないんだけど」

 生きているだけでは弱い、故に現状は保留。




2001年4月7日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 PX


「茜ちゃん!茜ちゃん!マスクを付けた人が居ます!」

 涼宮 茜は訓練兵になる事よりも、この現状に不安を感じている。
目の前の少女、築地 多恵、軍人以前に人として……他人を指差すのはどうなのだろうか。

「多恵!人を指差しちゃ駄目じゃない!」

 ……マスク?思い出すのは先日、桜の下で出会った青の斯衛。
一般人である自分には縁の無い人、まさかねと思いながらその人物を見て固まる。

「……あの時の?」

 青の斯衛が国連軍衛士の服を着ている、訳が分からない。

「……ん?」

 目が合った、こちらにやってくる……

「敬礼ッ」

 相手は正規の軍人、自分達は訓練兵、じろじろと見つめてしまった事を謝罪しなければいけない。

「涼宮妹か……あと一人は、うん。知らない」

 ボソボソと呟き何度か頷いている。

「私は築地 多恵ですよ?」

「そうか……」

 正規の軍人相手に、この子は何て事をしでかしてくれるのだろうか……



――― Masato Side ―――


「自己紹介を返さないのは、失礼だと思いますよ?」

 何故か指を差され気になって来てみたら、涼宮妹ともう一人知らない少女がいた。原作関係者?
来てしまった事を後悔しつつ、逃げようと思っていたのだが、破天荒な少女に正論を諭されてしまった。
どこかで聞いたことある名前だ……誰だっけ?……猫の人か!

「……田中 マサト中尉だ」

 原作関係者と言う事が判明してしまった。最低限の挨拶は返して逃げよう。

「あの…中尉!」

「ん?涼宮妹何か?」

 私は早めに逃げ出したいのです、引き止めないで下さい。

「あっ、お姉ちゃんとややこしいなら茜でいいです!それで……」

「貴様達!何をやっている集合時間は過ぎているぞ!」

 神宮司軍曹、貴女はやはり良い人だ……タイミングがよすぎる。



「何で指差されていたんだろう……」

 連れ去れて行く彼女達を見ながら思った、疑問の根源が一切解決されていない。



 
2001年4月17日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「はい、これ一ヶ月で見といて」

 呼び出されるや否や大量の書類を頂いた……

「……これは?」

「去年やった訓練兵の教本よ、大方衛士としては出来上がってるんだし。その程度で十分でしょ?」

 多いような……いや少ないのか?さっぱり分からない。

「A-01との訓練はどう?」

「可も不可も無くですね、去年と特段変わりないかと」

 原作崩壊を避けるために何も教えていない。こちらも飛行ユニットだから概念は完全に理解されていない。

「……そう、何かあったらきなさい」

「失礼しました」



 こんな大量の教本?暗記できるだろうか……

「どうかしたか霞?」

「……」

 しばらく見ない間に身長が随分と伸びている……そして霞さん、何も反応を返さずに逃げないで下さい。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 自室


「また丸暗記か……」

 以前戦術機のマニュアルを丸暗記して以来、久々の丸暗記……

「20を過ぎて、受験勉強をしている気分を味わうとは……手紙?」

 巌谷さんから又手紙が届いている、ちらっと読んで一回見るのを止める。
もう一度見る、うん、中身はやはり変わらない。

「試製99型電磁投射砲の実戦テストが実質完了、来年頭には量産開始ですか……」

 予定より凄く早くないですか?原作関わるかどうか微妙な期間ですよ……

「XFJ計画始動ね……」

 単語の意味は分からない、本格的に不知火 弐型の開発が始まったのか。
自分の手の内には既に無い、余り早く完成させられても困る……

「後はいつもと同じと……頑張り過ぎない様にだけ書いておこう」

 必死に開発されても困るのだ……後半はやはり親馬鹿な内容だった。



「今出来る事は暗記だけか……」

 やれる事はせねば……この日寝るのが遅くなった。



――― Masato Side End ―――




2001年5月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム



「……田中はこんな領域に達しているのか」

 ヴォールクデータを繰り返し行っている田中、彼は三度目に関わらず推進剤が切れるまで堕ちない。
異常だ、疲労が溜まって来るはずなのに……毎度中層に突入している。

「我々ではまだ足手まといか……」

 伊隅は現状のA-01の実力では、ハイヴ突入に置いて役に立たないと判断する。
全てのBETAを無視し突き進む、確かに相手をしなければ最速で反応炉まで辿り着ける。

「推進剤が持たないか……ならば推進剤が届く場所まで露払いか……」

 直接的な援護は出来ない、ならば他で援護するしかない。
特殊部隊が役に立たないのでは、話にならない。悔しさはあるが現実を見つめねば成らない。

「増員までは実質的に、二小隊しかいないのだ……」

 以前のようにXM2の訓練だけをするには多すぎる人数。
かといって中隊規模には届かない人数、やりにくさばかりが目立つ状態。

「夏までは何も出来そうに無いな……」

 夏に5人の増員が確定している、それまでは部隊は開店休業状態が続く。

「涼宮、ヴォールク03を用意しろ!」

「了解、ヴォールク03を準備します」

 何もしないわけにはいかない、せめて中層まで自分達で突破出来れば……ハイヴ攻略も夢ではない。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「今更日本政府に配慮ね……」

 笑ってしまいそうになる、2日前の国連軍上層部から通知。
207B分隊、政治的問題を抱えた人間、それらを全て集めた部隊。その部隊を正規兵にするなと命令された。

「彼の前例があるから、既に配慮も何も無いんだけど?」

 そう、自分の手元には崇宰当主がいる。この異常事態を放置しながら何を今更。

「……急げと言う事ね」

 完成目前にして止まってしまった研究。
それに対してのカードとして切ってきたつもりなのだろうか?本当に笑える冗談だ。
こんな物はカードにすら成っていない、それすら承知して通達してきている。

「嫌がらせか……空の上も騒がしくなってきていると言う事ね」

 時間稼ぎはある程度有効だった、だがそれらも限界が来ていると言う事なのだろう。
早くて来年頭、遅くて春までに完成させなければいけない。

「……いらいらするわね」

 ここに来て魔女の歩みが止まった。




2001年6月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


――― Masato Side ―――


「三日月か……」

 やるべき事が無い、やろうと思えば出来る事は沢山ある。
だがやってしまっては人類が滅亡してしまう……ジレンマに耐え切れそうに無い。
XM2の正しい使用方法も教えていない、A-01は必死に訓練をしているが少ししか上達していない。

「……分かっていたんだけど辛いな」

 もう一度空を見つめる、暗い空間に光を放つ三日月が見える。

「耐えなきゃな、悪いのは俺だし」

 XM2の正しい使用方法を教えるだけで……戦術レベルでは変わるだろう。
だがハイヴを一つ落とせるかどうか程度にしかならない、戦略的要素が必要になる。
自分にはそこまでの手段は無い、本当に……

「原作まで生きていられるか不安だな……」

 心が軋む、俺は今進めていない……




[3501] そのよんじゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 04:46
2001年6月16日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


「田中、次回からこのデータで訓練を行ってくれ」

「了解」

 伊隅大尉から渡された新しいデータ?わからない、だが自分のやるべき事も見つかっていない。
毎日の様に悩み、自分が弱っていっている……取り敢えずやろう、最近精神状態が最悪に近い。


「……途中から?」

 ハイヴの入り口までではなく、中層の少し前からのスタート。
どう言う事だ?途中から始まる……これは自分の考えていた物と同じ?

「……流石と言うべきか」

 これは本来中層から始まる物だ、途中なのはA-01がここまでしか行けないと言う事だろう。
当然だ、中隊に満たない人数。更には試製99型電磁投射砲も無い、こちらが提示していないのだから……

「ここまで考えが読まれるとは完全予想外、取り敢えずやりますか」

 XM2の概念も教えていないのにここまで来れる……教えれば恐らく中層突入は出来るだろう。
彼女達は何もかも足りない状態でここまで進めている。

 中層迄少しの距離、吹雪を駆り突き進む、BETAは全て無視。

「……中層突破」

 中層は飛び続け、避け続ける事に集中しているうちに突破していた。

「くッ」

 未知の領域、設定が出鱈目すぎる。偽装横穴、偽装縦穴ばかりだ……
モニターには大破の文字、突破して僅か五分で堕ちたのだ。

「今までなんでやってみなかったんだろう……増長していたかな」

 だがそれでもいい、やるべき事が見つかった。
計算上推進剤は足りてない、だが使い切るまで飛び続けなければ意味は無い。

「目標は完全回避」

 A-01に感謝を。




2001年6月24日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


「直線ではなく、くねくね……」

 口に出しても実現できない、完全な三次元機動……ここ1週間中層突破移行先に進めていない。
奥に行けば行くほど、BETAの数が増える。わかりきっていた事なんだが壁を築かれては突破できない。

 A-01ともほとんど話してない、伊隅大尉に了解と答える以外はどう話していいかわからない。

「……月見が日課になるとは」

 毎日の様に悩み、結局屋上でぼーっとしている。



「田中、月見か?」

 こちらが避けているのに伊隅大尉に捕捉されてしまった。

「……ええ、別に高尚な趣味という訳でもありませんけどね」

 答えないわけにはいかない、だが辛い……

「ふむ……貴様は軍人としての訓練は基礎を飛ばしているんだったな」

「そうですね、行き成り衛士でしたから」

 何を今更聞いて来るんだ?

「我々A-01の欠員の事で悩んでいるのか?」

「……そうです」

 こちらの考えがバレバレ? まさか伊隅大尉は死ぬ事を知っている?

「過去と未来、死にいくA-01の隊員は犬死だと思うか?」

「……思いません」

 犬死ならば自分がここまで迷う必要なんか無い。死ななきゃ未来が無い、この矛盾が納得できない。

「ならば胸を張れ! 偉大な先人達を語り継ぐ事でしか……我々に弔いの方法は無い」

 理解は出来る、納得が出来ない、この胸の中にある感情を持て余している。

「すぐに納得しろとは言わない。田中……貴様は何を目指している?」

「……未来です」

 そう生きて、未来を目指している。

「未来か、犬死ではないと思うなら。貴様のその行為は先人達の侮辱でしかない。
そして、これから失われていく衛士達に対しても……侮辱でしかない。よく考えろ」

「了解」

 侮辱か……確かに死んで意味がある事を、死ぬわけでも無い俺が悩んでも侮辱だよな。

「なんだ……他人に相談すれば、ましになったんだ」

 ずっと一人で考えてきた、少し話しを変えて誰かに相談すればよかっただけか……

「……俺馬鹿かも、一人じゃ限界あるよね、そりゃ」

 胸のつっかえが消えた、悩みはある。でもこれなら……

「先に進めそうだな」


――― Masato Side End ―――


 

2001年6月25日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


 いつもの隊長クラスのブリーフィングに、今まで参加していなかった田中が居た。

「ほぅ、こちらに顔を出すのは久し振りだな」

「……思うところはあります、それでも進むしかないんで」

 照れくさそうに語る田中を見ていると、伊隅はそこまで重症だった事に今更きがついた。
本来、部隊の精神状態の把握も上に立つ物の役目。それを行っていなかった自分を恥じる。

「ちょっと田中!中層突破以降10分も持って無いじゃない!
あんたそんなんでいいと思ってるの?反応炉まで行きなさいよね!」

 自分の事を棚に上げて、捲くし立てる速瀬に田中が押されている。

「田中、飛行ユニットとXM2だけでは……無理があるのか?」

 伊隅は自分では分からない、故に本人に確認を取る。

「……いえ、やります。ただ推進剤の問題が有りますので。
A-01の皆さんには中層突破迄辿り着いてください、後は自分がやります」

 無茶苦茶な提案、中層突入も現実的ではない。
彼が中層突破してから進めていない事も知っている。その状況でこの提案。

「へぇ……」

『……』

 好戦的に見つめる速瀬、面白そうに見つめる宗像と涼宮、それら視線を気にせずに田中を続ける。

「……あても有ります、なので中層突破迄お願いします」

『了解』

 今まで一切頼られなかった自分達。その自分達に頼みごとを……



 田中が過ぎ去った後、部屋は静寂に包まれる。

「何ともしても中層突破迄するぞ! いいな」

『了解』

 A-01の部隊の目標が決まった。





2001年7月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 研究が進んでいない、後一歩、後一歩の所で行き詰った。

「……カードを切るにもタイミングが合わないわね」

 延命処置だが手段はある、XM2と飛行ユニット。
XM2は有用性の実証が未だされていない、故に却下。飛行ユニットは実証済みなのだが……

「誰も乗れない戦術機じゃねぇ……開発も進んでいるらしいから出来た後かしらね」

 現状のままでは誰も使いこなせない、そしてそれを模した戦術機が作られている。
その戦術機が出た後でしか、カードとしての効力は弱い。

「XM2の有用性の実証か……」

 大きな戦いがあれば、そこに部隊を向かわせれば良い。
だがBETAの行動は誰にも予想出来ない、前回の佐渡島侵攻の時はA-01には表に出なかった。
予定していた量よりも、かなり少ない量しか手に入れれなかったが、BETAの捕獲を行っていたのだ。



「天才にも息抜きは必要よねぇ?」

 香月が見つめる書類には、総戦技評価演習と書かれた書類があった。





2001年7月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム 


――― Masato Side ―――



「喜べ!8月10日、今年の総戦技評価演習に我々も参加する事になった」

 伊隅大尉の発言を聞くと同時に撤退を開始する、去年の二の舞にはなりたくない。

「たぁなぁかぁ~?どこに行くのかしら」

 速瀬中尉に肩を掴まれた……そして涼宮中尉、何時の間に扉の前に移っているんですか?

「いえ、俺はシミュレーター訓練を……」

 中層突破以降の撃破までの時間は、少しずつ延びてはいるが、まだまだ足りないのだ。

「速瀬中尉、どうせなら夜のベッド迄一緒に行きませんか?と田中中尉が言っております」

 宗像中尉……気でも狂ったんでしょうか?

「たぁなぁかぁ~!」

 そんな簡単に騙されないで下さい、意外と純情なんですね速瀬中尉。

「当日シミュレーターはメンテナンスだ。心配するな田中。美少女達が貴様を待っているぞ?」

 その目を止めてくれ、去年は地雷原に突っ込まされたのだ……
この空間が段々とカオスになってきている……涼宮中尉、ニコニコしてないで止めてください。




「ふむ、非常に残念な事に、我々は参加といってもバカンスになるだけだな」

 今回は前回のように逃げなくていいのか。というか残念って何ですか?

「えー去年みたいなのは出来ないんですか?大尉」

 去年と同じ内容は嫌です……

「速瀬もそう思うか。一応神宮司にも確認を取っておこう」

 余計な事しないでください……




2001年8月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「帝国技術廠からご指名よ、崇宰さん」

 呼び出されて早々、意味不明な事をおっしゃる香月博士。

「用件は?」

 巌谷さんから呼び出される理由なんか思いつかない、不知火 弐型は来年の筈だし。

「新戦術機、大方完成したらしいわよ? 早いわよね、今年中に出来そうじゃない?」

 ……早すぎます、そして香月博士の言いたい事は原作崩壊させるなよと釘をさしているのだろう。

「はいこれ、帝都への出向許可証」

「はッ」

 予定より一年程早くできてしまうのでは無いだろうか……どうしよう。

「あんた、総戦技評価演習に参加出来ないわね。今年は楽しめそうだったのに」

 原作崩壊の危機よりも、総戦技評価演習に参加しなくていい事が自分とっては大きく感じてしまった。





2001年8月10日 技術廠・第壱開発局


「お久し振りです、巌谷中佐」

 総戦技評価演習から逃れる事に成功したのはいいのだが……原作崩壊は起こしてはならない。
巌谷さんの頑張り過ぎにより、物凄く危険な事になってしまっている気がする。

「待っていたよ将登君、不知火 弐型のスペックデータだ」

 書類を読んでみる、細かい設定やパーツを見てもわからない。
日本製品とアメリカ製品で組み上げられた戦術機、これのどこが不知火?

「あの……中佐、自分は技術屋では無いのでわからないんですけど」

 分からない物は分からない、正直に言おう。

「む、それもそうか。よし実物に乗ってもらおう」

「もう出来ているんですか?」

 完全手遅れの気がしてきた……どうしよう。




 どうしよう、どうしよう……普通に完成してるぽい戦術機に乗っています。

「動かして壊れたりしないかな……」

 自分でもとんでもない考えだと思う、だけどこれが横浜基地に配備なんかされたら絶望的だ。
慣らしを終えたら全力で動かしてやろう……それで壊れる様であれば必要無いし。

「……しなやか?」

 機体を動かして直ぐに気が付いた。鉄の人形の動きでは無く、人を模した様な動き。
手を伸ばし、縮める。その動作だけで違いがわかる。

「……芯が太い」

 自動でバランスを取ってくれる、自分に掛かる重圧が軽減されている。
それにより、安定感が飛躍的に向上している。

「……速いし、推進剤の減りも少ない」

 何て言えばいいんだろうか、自分の理想に極限に近い戦術機。
壊れろと思ったのは過去の事だ。この戦術機に自分は興奮している。
XM2も、飛行ユニットも無い状態でこれだけ動ける。これを更に発展させれば……

「どこまで行けるかな……よしッ!」

 これは不知火と言う名の別の戦術機だ、全力で飛び回ってやろう。
これが完成すれば……ハイヴを落とせると確信した。


――― Masato Side End ―――




「……これが完全な三次元機動」

 巌谷は、空を飛ぶ戦術機を見つめていた。初動は確認するように、一つ一つの動作を行っていた。
徐々に動きが激しくなり、不知火 弐型が飛び出した。擬似的な三次元と彼が評価していた動きとは違う。
常に上下左右前後。直線ではなく曲線に近い軌道で飛び回っている。

「……ここまで極端な動きは出来ない。個人調整も何もして無い状態でこれか」

 完全に不知火 弐型を使いこなしている。当然といえば当然だ、彼の要求を中心に作り上げた。
誤差の修正等を行えば、更に彼の動きに合った戦術機になるだろう。
現状これを使いこなせるのは一人、だが将来の事を考えれば、その問題も片付く。

「……唯衣ちゃん、よくやってくれた。これでハイヴを落とせる」

 確信を抱いた。





[3501] そのよんじゅういち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 21:15
2001年8月17日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「……へぇ、これはほぼ完成と見ていいのかしら?」

 香月が見ているモニターには、空を駆ける不知火 弐型の姿があった。

「美人とのお約束は守りますよ、来月末には横浜基地に一機だけですが搬入しましょう」

 多少ふざけている感じはするが、それを気にさせない声で鎧衣は語る。 

「ですが……一般に公開するのは少々お待ち頂きたい。
あれは日本とアメリカの共同開発によって作られた機体なので」

「実戦には使うなと? そんなのガラクタと変わらないじゃない」

 追加された条件は納得いく者では無い、取引によっての報酬を使うな、香月はそんな事は認めない。 

「かの国は……ここに搬入する事だけで渋っておりまして」

「それで?」

 アメリカの都合は香月には関係無い。

「最近第五計画が活気付いています、そして政威大将軍の権威が低下し、国内にきな臭い動きがあります。
これらの要素からXG70、そして不知火 弐型の両方を手に入れる方法があります……乗りませんか?」

「……」

 最初の事は知っている、原因は自分の研究が止まっている事。
そして問題はXG70、00ユニットを守る鎧、喉から手が出るほど欲しい物……
鎧衣は、日本国内でオルタネイティヴⅤ派に何かをさせるつもりで居る様だ。
その代償に自分の必要なものを全て集めると……どちらにせよ、自分の研究が完成しなければ意味は無い。

「利害の一致か、わかったわ……でも状況次第では勝手に使うわよ?」

「最悪の場合は構いませんよ、先に搬入してしまう理由はそれですし」

 『この狸が』香月は内心で舌打し、これからの予定を組み上げる。
不知火 弐型もXG70も00ユニットが完成しなければ意味は無い、結局研究を進めるしかない。

「……要件はもうないでしょ、帰りなさい」




「試製99型電磁投射砲と不知火 弐型か……よく考えたものね」

 試製99型電磁投射砲により中層迄戦術機部隊を展開、欠陥兵器である試製99型電磁投射砲の有効利用。 
使い捨て覚悟でハイヴ突入、そこからは不知火 弐型による高速飛行での反応炉破壊。

「戦術レベルの限界……」

 現状これ以上は望めない、ハイヴの一つは落とせる。だがBETA全てを排除する事は出来ないだろう。
その程度であっても一時的とはいえ、現在の戦術を全てひっくり返せる物だ。

「……オルタネイティブⅣ」

 ここまでお膳立てされている、XG70も予想外ではあったが手に入る。
結局、自分の研究の成否に全てが掛かっている。急がなければいけない。

 香月は焦っている。





2001年8月30日 斯衛 シミュレータールーム


「当主……人間辞めるつもりですか?」

「へ?」

 シュミレーターの映像を見ていた武田の言葉は、将登にとっては予想外だったようだ。

「同じ人間のはずなんですけど、考え方が根本から違うような……悪い意味ではないですよ」

「武田君、それは褒めていると受け取っておく。主に俺の精神状態の為に」

 軽口を返してくる将登を見ている武田は笑っている。

「不知火 弐型ですか、当主の理想はこういった者。確かに武御雷では全力は出せませんね」

「性能そのものは言うほど変わらないと思うよ。常時整備が完璧にこなせる。
それも武御雷の特典の一つだし、不知火 弐型だけではハイヴは落とせないし……あッ……」

 さらっと、とんでもない事を言う将登。発言した後に気が付いたようだ。 

「いえ……俺は一応知っていますよ」

「そっか、気をつけないと。休憩終了、模擬戦やろっか」




 少しずつ調整されていく不知火 弐型、その動きは武御雷とは対照的だった。
最短の距離を詰める直線中心の武御雷、浮遊して揺れる様に曲線を描く不知火 弐型。

「……飛行ユニットの強引さも消えていると、本当に当主は回避の天才ですね」

 武田の猛攻を避ける不知火 弐型、行動そのものが早くは見えない。
大きく揺れ、浮遊しながら相手の攻撃を回避している。

「……武田君、これは結果的に……飛行ユニットの時と変わって無くないかな?」

 戦術機が変わろうとも、将登の射撃能力が上がった訳ではない。無論格闘も一切していない。
不知火 弐型から放たれる射撃はまったく当たらない。

「……つまり俺は、推進剤が切れた所を斬ればいいんですね?」

 結果は変わっていない、過程が少し変化しただけだった。





2001年9月1日 帝都 技術廠・第壱開発局


――― Masato Side ―――


「お疲れ様、将登君」

「お疲れ様です、巌谷中佐」

 不知火 弐型のテストは大方完了した、後は作るだけらしいのだが……

「不知火 弐型はいつから配備予定ですか?」

 これだけは聞いておかないといけない。

「通常衛士が使える状態に持っていくのは……もう少し時間が掛かる。
だが安心してくれ、横浜基地には今月末には搬入される。データも渡しておこう」

 なんですと? 不知火 弐型の性能に驚いて、純粋に協力してしまった。
これは……やってしまったかもしれない。ここに来て原作崩壊は起こしたくないんですが……

「といっても緊急事態が起きない限り、出撃する事は無いんだけどね。
実際乗って戦えるようになるには……そうだね、来年くらいだと思うよ」

「わかりました」

 何か事情があるのだろうか。こちらとしては原作崩壊を確定させないのであれば関係ない。



「今度は横浜か……なんか忙しいな」

 最初は、原作付近は自分は動かないと思っていたのに……変わったもんだ。





2001年9月3日 国連太平洋方面第11軍横浜基地手前の坂


「茜ちゃん! 茜ちゃん! マスクの田中中尉がいますよ!」

 何故また遭遇する……

「こら! 多恵そんな言い方しちゃ駄目じゃない」

 別にマスクは自覚している、それはいいんだ……関わりたくないんですよ。

「お久し振りです、中尉」

 今回は斯衛服じゃなくて良かった……何故こんな所で五人もいるんですか?

「久し振り、涼宮訓練……失敬、任官おめでとう涼宮少尉」

「有難う御座います」

 先月の総戦技評価演習はやはりA分隊は合格か。つまりこの子達はA-01に所属、元207A分隊と言う事か。

「おまけに……おめでとう築地少尉」

「有難う御座います。中尉、おまけはいらないですよ」

 関わりたくないのに、関わってくる君はおまけで十分です。
少し離れたところに居るのが関わってくる前に逃げよう……

「急いでいるんで、これで失礼する」

『はッ』

 一人前に敬礼してくる辺り軍人に成ったんだな……そういえば……原作開始って何日?
2年近く前の細かい事なんか覚えていない……これってやばくないですか?




2001年9月16日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


 新人が入ったとの事で訓練は一人で行っている、それはいい。

「原作って10月の何日だろ……」

 10月しか覚えてない、頭を叩いてみても思い出さなかった。
そもそも細かい日付は元々覚えていなかった様な気がする……

「……困った」

 オルタネイティヴの白銀がきた場合。自分は動けない、動かない。
例えそれによって人が死ぬ事になろうとも……全て見殺しにする。問題はこれじゃない。

 アンリミテッドの白銀が来た場合。自分は動くと決めた。
考えれる手段は既に完成の一歩手前まで来ている、不知火 弐型がある……
自分の予定とは違い早期に完成してしまった。だがそれでも表に出ないのであれば、どうにかなる。
香月博士も手を打つだろう、そして何も言って来ない辺りは、容認していると判断する。

「……今夜も月は綺麗なんだよな」

 考えすぎると眠くなる……


――― Masato Side End ―――




「月詠、私は国連軍の訓練兵だ」

「冥夜様、我々は……何者だ!」

 警護は必要無いと突っぱねる御剣を追いかけて、屋上まで来た月詠は不審者を発見する。

「む……眠っておられるのか?」

 相手は座り込んで眠っている、屋上で眠っている不審者。
御剣は相手が国連軍の服を着ている事から、警戒せずに近寄る。

「冥夜様、私が……」

「どういう事だ……月詠、答えよ! 何故、何故この御方がここに居る!」

 捲くし立てる御剣を不信に思い、不審者の顔を確認した月詠の表情が変わる。

「……将登さん?……冥夜様、その御方が国連に居る間は……田中 マサト中尉です」

 マスクで顔を隠した相手、自分の従兄弟がここに居る。会った事は無い、だが写真で見た事はある。
現崇宰の当主として、帝都に居るはずの存在が……国連軍に居る。

「……名を偽っておられるのか?」

 冷静を保とうと心がけ、御剣は月詠に問いかける。

「はッ、崇宰 将登様は……未来の為に、ここに田中 マサトとしています」

「……事情はわからんが、わかった。今日はもう寝る」

 異常な事だ、だが月詠が知っていると言う事は上が認めている。 
自分の与り知れない範囲の事態、納得は出来ないが事情があるのだろう。そう見切りをつけ御剣は部屋に戻る。




「……巡り会う事は分かっていましたが」

 いつか会う事は想定していた。だが御剣が総戦技評価演習に失格したこの時期。
しかも眠っている状態で一方的に……最悪に近い巡り会い。

「……これ程騒いでも起きないのですね」

 こちらが騒いで居たのに、疲れ果てているのだろうか……彼は眠っている。
新戦術機の話は聞いている。一時的に帝都に戻りまた横浜へ、忙しい事は聞いている。

「怒るに怒れませんね。御身体ご自愛してくださいませ」

 出会いが最悪になった原因は両方にある。
月詠はそれとは別に、純粋に疲れ果てて眠っている将登が心配だった。




[3501] そのよんじゅうに
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/02 21:18
2001年9月29日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


――― Masato Side ―――


「はい、これ。セキュリティレベル上げといたから。それを使えば更に地下行けるわ。
そこに不知火 弐型搬入したわよ。XM2だけは入れておくから、後必要なのはその都度山崎に言って置いて」

「了解」

 やはり表に出さない様だ、これで原作崩壊を回避するのか。

「そういえば……飛行ユニットってそれにつけるの?」

「これの跳躍ユニットでも一応飛べますよ、新開発の物ですし。
ですがハイヴ突入を想定するなら……付けた方がいいかもしれませんね」

 反応炉までの時間は短ければ短い方がいい。
問題は使いこなせるかどうか、乗ってみなきゃわからないのが歯痒い。

「……そう。ハイヴ攻略時専用の武装の開発も居るわよね?」

「BETAで通路が塞がった場合は、有るに越した事は無いんですけど。
……重量が余り増えては意味が無くなります。結局、俺には思いつかないんですけどね」

 最初に頼んだ突破用兵器は、結局どうしていいか分からなかった。
強引に塞がる前に突破していけば、反応炉まで辿り着ける……と思っている。

「……何か考えておきましょう」

「はッ」

 何故か香月博士が焦っているような? 原作前だからピリピリしているのだろうか。

「田中、貴方オルタネイティヴⅣについては知ってる?」

「大方は知っていますよ?」

 何を言い出すんだ、細かい事はしらないけど大方はそりゃ知っている。

「……そう、崇宰当主だったわね。当然と言えば当然か」

 意味がさっぱりわからん……そうとう参っているのだろうか。鬱憤を晴らす対象にされても困る。

「失礼しました」

 ぶつぶつ言っている香月博士は怖すぎる、撤退を選択しよう。




2001年10月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 グラウンド


「む……」

「……」

 どうしよう、どうしよう……白銀君が何時来るか不安で表にでたら。

「……御剣 冥夜訓練兵であります」

「……始めまして。田中マサト中尉です」

 原作メンバーにまた会ってしまった…… 

「……」

「……」

 この不思議な空間はなんだろうか、そして凝視されているのは何故?

「……俺の顔に何か付いてる?」

「はッ、マスク以外は付いていません」

 えと……御剣さんってボケ担当? これは突っ込むべきなのか……

「中尉、質問があります」

「許可する」

 何でしょうか?

「何故、顔をお隠しになられているのでしょうか?」

「……事情がありまして」

 上下色が違うのだ……あれ? 下も焼けば同じ色になるよな……何故今まで気が付かなかった。

「御剣、どうかしたのか? お久し振りです中尉! どうかなさいましたか」

「お久し振りです、神宮司軍曹。何もありません、ではこれで」

 神宮司軍曹、貴女は聖女に見えます。即時撤退を……今日は諦めよう。


 毎日下半分も焼こう……




2001年10月12日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


「……これは凄いわ」

 不知火 弐型を舐めていた、XM2と併用すると別世界になった。
まさしく人間の動きそのもの、翼を得た人間という物はこう言う物なのだろうか?

「……慣れたらヴォールクデータか」

 吹雪では結局、中層突破以降10分しか持たなかった。
中層突破から開始できれば、吹雪でも反応炉までは計算上……辿り着ける。
それを更に発展させた状態である不知火 弐型、これを使えば……

「……まずは慣れよう」

 興奮してしまった。マスクを外せる日が来ると分かってから気分がいい。



「……もとのコンセプトのお陰か?」

 XM2との相性が物凄く良い、予想していたよりも早く慣れた。

「……やりますか」

 ヴォールクデータを……



「……駄目だな」

 中層まではすんなりいける、中層突破以降は吹雪より結果が悪い。
直線の移動が遅くなっている……飛行ユニットの爆発的な速度より遅い。
操作性や反応速度が上がっても、純粋な速度は落ちている。つまり……

「……通常の戦術機より性能が上がっている事だけに、目を奪われていた」

 考えれる手段は二つ、飛行ユニットを不知火 弐型に付ける。
不知火 弐型を使い、部隊単位でハイブ攻略を行う。後者は現状不可能。

「山崎さんに頼んでこよう……」

 
――― Masato Side End ―――




2001年10月15日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 地下格納庫


「副司令、これは幾らなんでも無理ですよ」

 山崎は整備兵として、不知火 弐型に飛行ユニットを付ける事は不可能だと言う。

「……取り敢えず、一度付けて乗らせなさい」

「……どうなっても知りませんよ」

 香月も無茶な要求をしている事は知っている。
例え彼がどんな身体をしていても、これでは身体がおかしくなる。
要求されたスペックは……飛行ユニットの吹雪を超える速度。
自動操縦の状態で、気を失いかけていた更に先。乗せるまでも無い、気を失う。

「……彼自身が、気が付いて居ない訳無いでしょう」

「……わかりました」

 彼はオルタネイティヴⅣが止まっている事を知っている……確認もとった。
稼動時間じゃなく速度を上げろ、時間稼ぎに無茶をするつもりでいる……

「……指向性のS-11を弾頭に詰め込める?」

「バズーカの様な武装ですか?可能といえば可能ですが……他の武装が無くなりますよ」

「構わないわ、作っておいて」

 手段を選んでいられない、香月は追い詰められている。
半年間研究が進んでいない、それによりオルタネイティヴⅤ派が活性している。

「……本当にどうなっても知りませんよ」

 山崎は命令を苦々しく受け取る。




2001年10月22日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 PX


「おい、お前あの噂知ってるか?」

「ん?」

 人の集まる場所は自然と噂も集まる、とある兵士と兵士による日常の会話。
月詠は警護の関係上、噂も一応聞き逃すわけにも行かずに傍聴する事にした。

「最近、毎日の様にマスクを付けた男が、正門付近に現れるらしいぜ」

 椅子から滑り落ちそうになるのを何とか耐え、噂話の続きに耳を傾ける。

「ああ、俺も知ってるぞ。マスクを常時付けているせいで、頭に酸素が回らなくて寄行に走ってるとか」

「そうなのか? 俺が聞いた話によると、死んだ恋人が返って来るのを信じているとか……」

 二人は騒がしく噂話を続けている。

「私の聞いた話だけど……マスクはBETAに付けられた傷が原因で、ストレスでおかしくなったとかだけど」

 話を聞いていた別の兵士が、二人の会話に割り込み人が段々と増えていく。

 月詠は自分のすべき事を確信し、席を立ち正門まで向かう。



同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 正門


 月詠は将登を探しながら正門付近を歩く、発見した。

「将登さん……何をしているのですか」

 最近忙しい事は知っている、疲れておかしくなってしまったかもしれない。

「……月詠さん?」

 普通に返事が返ってきた事に安心し、本来の要件を思い出す。

「とにかく香月博士と会わせてくれ!」

 話を聞こうとしたその時、正門の外で誰かが叫んでいる。
視線をそちらに向けてみると、若い男が門兵と言い争っている。

「……」

「……」

 拘束しようとした門兵が投げ飛ばされ、威嚇射撃。これは異常事態だ。
ふと将登の顔を見た月詠は違和感を感じる。無表情、能面を被った様になっている。

 叫ぶ若い男は、良く見ると訓練兵の制服を着ている。
どういった事なのだろうか……進入しようとして失敗したのだろうか。

 言い争う門兵と若い男を黙って見つめていると、何故か香月博士が現れた。

「……行きましょうか、月詠さん」

「……」

 本来の目的、彼が何故ここにいるのかは分かっていない。
だが彼が死人の様に歩いていく背中を見ていると、それ聞く事すら出来ない。

「……」



同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 面白い事が起きた。先ほどの通報で正門に、白銀 武を名乗る人物が現れたという。
自分しか知らない筈の人間の名前を語り、ここに工作員として入り込む理由は無い。

「……どういう事かしらね」

 本来尋問を行うべきなのだが、彼は面白い事を言っていた。
オルタネイティヴⅤ、また後悔する、そしてシリンダーの中の脳……つまり彼は

「……鑑 純夏が求め続ける存在」

 00ユニット候補生、その鑑が呼び寄せたかもしれない因果。
自分の理論の実証を行える、その事実だけで香月にとっては十分だった。





「……くッくく」

 白銀 武との話は、社 霞の存在が居なければ信じれる者ではなかった。
並立世界からの来訪者、それも二度目の移動……未来を知っていると言って来た。
同じ事が起きるかどうかは分からない、今年末にオルタネイティヴⅣが終わる事も考えられない。
こちらにはカードがある、ハイヴを落とせる手段がある……彼は似て異なる世界の住人だ。

「……だけど興味深いわね」

 検査結果から白銀 武である事は判明された。こちらの世界ではKIA判定されている人間。
どこまでが同じで、どこまでか違う世界かを確認しておこう。
少なくとも、鑑が引き寄せた因果である事は確実だ。しかも最初はBETAの居ない世界。
これ程強い因果を引き寄せた彼女は、やはり人類の未来を任せるに相応しい。

「……田中の方は衛士として使い切ってあげましょう」

 魔女は哂う、自身の理論の実証に。

 魔女は哂う、最良の因果を持った存在を手に入れたと。

 魔女は哂う、最強の使い捨てのカードを手に入れたと。




2001年10月23日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室



 香月は白銀に聞くべき事を、全て順番に聞いていく。
オルタネイティヴⅣについて、どこまで知っているかは見当違いの結果に終わった。

「不知火の改良に付いてはしってる?」

 表にはまだ殆ど出ていない、だがオルタネイティヴⅤに移行した後であれば表に出ていた筈。
本当は聞くつもりも無かった、だが改良について一考していたのでふと思いついた。

「いえ、知りません」

 相違点を早速発見した、不知火 弐型は有効な兵器の筈。それを知らない。

「崇宰 将登、田中 マサト。この名前に聞き覚えは?」

「ありません、誰なんですか?」

 聞けば教えて貰えると思っているのだろうか?
オルタネイティヴⅣが成功しなかった相違点は見つけたのだ、一度考えを纏めねばならない。

「後ろを向いて一歩前へ歩きなさい」

「先生の邪魔はしません、何かあったら呼んでください。前の世界の先生はよくオレを呼びつけてました」

「わかったわ。あなたも、何かあったら来なさい」



 この世界と、白銀の語る世界の相違点は二つ。 

  一つ、白銀そのものが違う。

  二つ、彼の存在の有無。

 昨日の考えは修正しておこう、鍵を握っているのはやはり二人。 鑑と彼。
この二つの因果を最大限に利用すれば……オルタネイティブⅣは成功する。

「……肉体を持つ物と持たぬ物」

 00ユニット候補としての適正は、やはりこの二人が圧倒的だ。
問題は一人が肉体を持っていない事、身体が無ければ引き寄せれる因果も少なくなる。

「……最有力は鑑 純夏」

 結論付け、これからの予定を組み上げる。

「未来の変更……」

 世界がほぼ同じであるならば起きる事もほぼ同じ、それを確認し世界を改変する。

「……田中を前面に押し出しましょうか」

 過去に置いて、最良の未来を引き当て続けた男。
彼に任せるのが現状では最良の選択。そう判断した香月は研究に戻る。


 物語は始まった。




[3501] そのよんじゅうさん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/03 21:42
2001年11月7日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


「……そうか、白銀 武は城内省のデータベースには存在していなかったんだな?」

『はッ』

 月詠は三人の報告を受け不審点を洗い出す。
一つ目、横浜基地に突然やってきて門兵と言い争っていた。
二つ目、その日のうちに、国連軍のデータベースを改竄して訓練兵に登録されている。
三つ目、訓練兵として207B分隊に入った事。
四つ目、訓練に置いては体力も技能も全て逸脱している、訓練兵のレベルではない。

 不審点が多すぎる、だがここは国連軍の基地……斯衛としては大きく動けない。
主から何か言われた訳でも無い、現状は監視するしかない。

「警戒を怠るな! 冥夜様をお守りするのだ!」

『了解』



「……どうなさったんでしょうか」

 様子がおかしくなってから将登とは会っていない。
原因が何処にあるかもわからない、推測は出来る事は一つだけ……

「……白銀 武」



2001年11月8日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「……11月11日」

 先ほどやって来た白銀の知っている未来。
佐渡島からBETAが本土に上陸する。似て異なる世界の住民だった者の発言……

「……事実なら動くしか無いわね」

 BETAの行動は誰にも予測出来ない、社曰く白銀は正常。
つまり自分の理論通りならば……BETAがやって来る。
信じるか信じないかは別として、部隊を動かす程度はやってみてもいい。

「A-01はBETAの捕獲任務…彼は、不知火 弐型の実戦テストと行きましょうか」

 自分の手元にある、最高のカードをここで使う。
オルタネイティヴⅣの完成までの時間稼ぎ、賭けでもあるが失う物も無い。

「……未来を変えましょう」

 白銀の居た世界とこの世界は違う、だが大幅には違っていない、動くタイミングはここだ。 



――― Masato Side ―――


「どうかしましたか、香月博士」

 オルタネイティヴの白銀ならば自分は何もすべきではない。
そう結論付け、表に出ずに訓練の日々を繰り返していた。思うところはあるが人類滅亡はゴメンだ。

 そう思っていたのだが、何故呼び出されたんだろう?自分の目論見から外れたか?

「……信じる、信じないが問題じゃ無くて今から言う事は事実よ」

 『いいわね』と付け加える香月博士の目が真剣だ、何か異常でも起きたのか? 

「10月22日、白銀 武と言う人物が現れたわ」

 それは知っている、この目で確認した。

「その白銀 武、この世界とは……似て異なる世界の未来からやって来た存在よ」

 それも知っている、何が言いたいのだ?

「その白銀が居た世界は……この世界と大きく違っている所が複数あるわ」

「……は?」

 つまり……アンリミテッドでも無い、オルタネイティヴでも無い白銀がやって来た?

「貴方がそう思うのも無理は無いわね……その世界では、オルタネイティヴⅣは打ち切りされたらしいわ。
そして世界全体としては大方は同じ、つまり……」

「……未来を独自に改変する?」

 オルタネイティヴの世界に来る白銀、それに似て異なる白銀がやって来た?

「理解が早くて助かるわ。喜びなさい、貴方の望みが叶うわよ。
11月11日、田中中尉は不知火 弐型に乗り帝国軍の演習を見学。BETAが来る可能性は高いわ……
派手に暴れなさい! 貴方が今までしてきた事、全てを使って最良の未来を引き寄せなさい!」

「了解!」


 

同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


 喜んでいる、自分は喜んでいる。

「……単純だよな」

 未来が不安定になった、その事実は容認出来る物では無い。
不謹慎なのは分かっている、でも嬉しいと思ってしまう。

「……あっちは英雄、こっちは大罪人」

 人類を紛いなりにも救った、オルタネイティヴの白銀は英雄。、
人類の滅亡の危機を喜んでいる、今の俺は大罪人。

「……これなら心も生きていられる」

 大罪人だろうが構うもんか、オルタネイティヴの模倣がある程度しか出来ない。
だから俺を使い、時間を稼ぎ、その間に00ユニットを作るつもりでいるんだろう。
自分が死ぬ確率は大幅に上がった、だけど自分は歓喜している。



「……将登さん」

「ん? 何でしょうか月詠さん」

 嘆き、喜んでいると月詠さんが居た。

「あの……先日は」

 先日……そういえばオルタネイティヴの白銀が来た時にも月詠さんがいた。
自分はそれを意識しない程に落ち込んでいた。心配をかけてしまったかもしれない。

「ご迷惑お掛けしました。大丈夫です、俺はやります」

 やるべき事は出来た、贖罪を始めれる。

「……頑張ってください」

 何も聞かずに応援してくれる、その事実が凄く嬉しくて……何故か視界がぼやけて来た。

「……ありがとう」

 やれる事が出来たんだ……さぁ、命をチップに無茶をしてやろう。


――― Masato Side End ―――




2001年11月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 地下格納庫


「不知火 弐型で十分だろ……くそッ!」

 山崎は命令に従い、不知火 弐型に飛行ユニットを取り付けた。
武装も突撃銃2丁しかなく、瞬間的な速度を出す為だけに無茶苦茶な改造を施した。

 不知火 弐型、次世代戦術機までの繋ぎとして作られた機体。そのスペックデータは非常に高い。
自分で改良が出来ないと判断した不知火の改良型、飛行と言う概念を組み込んだ戦術機。
それに吹雪ですら出鱈目な状態に追いやった……飛行ユニットを付ける。

「……せめてリミッターを付けるか」

 明後日試運転を行うと言われた。そしてそれにハイブ突入は無い、飛行ユニット能力を制限しておく。

「……後はS-11か」

 本人が依頼したわけではない、副司令からの命令。
この機体は、まだ表に出すわけにも行かない。故に自決装置を付けろと……




「整備班長、取り付けは?」

 マスクを付けた男が現れ、山崎を敬礼する。

「はッ、取り付けは完了しております。ですが明日は地上戦を想定との事で、飛行ユニットに制限をかけました」

「制限?」

 要求された内容には無かった物の追加。山崎はその必要性を丁寧に説明する。
人間がこれに乗るのは不可能、戦場で気を失い死んでしまうと……

「……そうか、非常事態以外は使わない」

「……」

 使わないとは断言しない田中は上官、意見をこれ以上口に出すわけにも行かず、山崎は黙り込む。

「後機体の機密上、S-11の搭載がされております」

 自決装置、本来ハイヴ突入でしか使わない機能。それを付ける意味を吟味しているのだろうか。
田中は黙り込み、目を閉じ、一呼吸置いてから返事をする。

「……わかった。では、よろしく頼む」

「了解」




2001年11月11日0630 第二防衛線


「いいかお前達、今回の任務はBETAの捕獲だ。倒す事は帝国軍に任せておけ!
我々は麻酔銃を撃ち込みBETAを眠らせる、そしてそれをコンテナに詰めて持ち帰るだけだ」

『了解』

 伊隅はA-01に厳命する、執拗にBETAを追うなと。今回の作戦では新入りが5名居る。
最低限の訓練は終了しているとはいえ、やはり錬度は低い。現在のA-01の人数はCP含め10人しかない。
消耗率が高い事は分かっている。だが、これ以上減らす事も許されない立場なのだ。

「死力を持って任務にあたれ!」

「中隊復唱」

『死力を持って任務にあたれ!』

「生ある限り最善を尽くせ!」

『生ある限り最善を尽くせ!』

「決して犬死するな!」

『決して犬死するな!』

 部隊のモットー、結局これに限る。伊隅は全員に声を出させ自覚させる。

「よし! そろそろやって来る、全員気合を入れて置け!」

『了解』




同日 0730 北関東絶対防衛線


――― Masato Side ―――


「HQよりエアー01、北関東絶対防衛線付近でBETAの再集結を確認しました。
光線級は現在確認されておりません、至急現地に向かいBETAの足止めを厳命します。繰り返す……」

「了解」

 ハイヴ内部では無い、更に光線級も居ない。足止めだけならば今の自分になら出来る。
そう言い聞かせ不知火 弐型を駆る、速度は結局リミッターをかけられてしまったが問題は無い。
あれが必要なのはハイヴ内部限定、今は地上なので問題は無い。

「……俺はやる」

 目前にはBETAが集結している、足止めが本来の目的。余り高度は取らず陽動を開始する。

「……殲滅しろと言われても出来ないんだけど」

 自分の武装は貧弱、直ぐ弾切れを起こすので一切使わない。
跳び回り、飛び回る。回避のみしか出来る事は無い、帝国軍の増援が来るまで延々と回避運動を続ける。

「……死ぬ気は毛頭無いんだ」






[3501] そのよんじゅうよん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/03 02:14
同日 0800 北関東絶対防衛線


「……いつまで曲芸を続ければいいんだ?」

 着いてからBETAとの追いかけっこを続けている、後ろを見てみると……

「……弾が足りないよね」

 見なかった事にしたい。性能の良い戦術機を優先で狙う、つまり不知火 弐型は……

「……最高級の餌?」

 性能が格段に上昇しているお陰で、何故かつまらない事ばかり思い浮かぶ。
ある意味余裕がある、だが武装が足りないので戦わない、戦えない。逃げ続けよう……



「HQよりエアー01、5分後に帝国本土防衛軍第5師団が到着する。
到着と同時に一斉射撃による殲滅が行われる、高度を一定以上維持しろ。繰り返す……」

「エアー01了解」

 こちらが陽動を開始して40分、遅いのか速いのか分からない。
推進剤の残りを見てみると3分の2残っている、飛ぶ事と前提としているだけあって減っていない。
不知火 弐型でなければ推進剤が切れていた、この機体に本当に感謝しなくては……

「……どんどん増えている様な」

 後ろはやはり見ないほうが良さそうだ。




「……撃震か」

 自分は常に状態の良い戦術機に乗っている、今更そんな事に気がついた。
自分を追いかけているBETAは確実に減っている、今までの実戦で一番楽なのでは無いだろうか。

「……え」

 後方の地が爆ぜた、マップデータを確認し原因を探る。

「……戦車もお構いなしに撃つんですか」

 幾ら飛んでいるとはいえ、真下に砲撃されると不知火 弐型でも大破する。
味方誤射で堕ちまくった、武田君の気持ちが今更理解できた。気を抜けば死ぬ……

 緩急を付け、砲撃のタイミングに合わせBETAから少し距離を取る。
終了と同時に近寄り引き寄せる、本当に不知火 弐型じゃなければ死んでいた。
一番楽だと思ったのは即時に訂正しよう、戦場で楽が出来る訳が無い。




「……田中、聞こえる?」

「聞こえています」

 何でしょうか香月博士、こちらは味方に殺されない様に必死なんです。

「A-01の方で問題が発生、至急援護に向かって頂戴。そこはもういいわ。
飛行ユニットの一時使用により現地まで移動。手前で再度リミッターをかけてから撤退支援。
A-01は現状武装は無いに等しいから、帝国本土防衛軍第21師団の増援迄持ちこたえなさい。以上よ」

「了解」

 原作と同じ? ならA-01はBETAの捕獲任務中か。それなら武装も貧弱になるのも分かる。

「……俺も武装は無いに等しいんだけど」

 ここのBETAは大方片付いている、少し距離を取りリミッターを解除。 

「くッ」

 何だこれは……こんな速度で曲がれるわけが無い。
マスクをもぎ取り、大きく呼吸しないように心がけながら只管耐える。
これは過去の佐渡島ハイヴ間引きの時と同じ、自分の肉体の限界を超えかけている。

「……後五分」

 こんな物を乗りこなせる訳が無い、辿り着くまで気を失わない事だけを意識する。

「……着いた」

 朦朧とする意識の中でマスクを付け直す、今過呼吸を起こす訳にもいかない。
リミッターをかけなおし、データリンクから伝わる情報を整理。

「……また地中かよ!」

 A-01の目と鼻の先には穴、過去に二度見たことが有る。
光線級は穴の付近に居る、高度はとれない、噴射滑走で即座にA-01の元へ向かう。



 推進剤も残り少ない、武装無し、高度も取れず陽動も十分には出来ない。

「……方法は、またこれか」

 倒そうにも武器が無い、引き寄せようにも光線級が多くて無理。 
一つだけ、一つだけ方法がある。原作が既にどうなるかは分からない。
マーカーを見てみるとA-01は既に2名欠員が出ている……

「……覚悟ね」

 思いついた方法はな危険な賭け。大罪を背負って歩いている自分に許された……

「……未来、生きる手段」

 A-01は必要以上に殺す訳にもいかない、既に手遅れかもしれない。
修正出来ないかもしれない現状。やれる事は全てやろう、生きたいんだ。


――― Masato Side End ―――




「HQよりヴァルキリーズ各員に告ぐ、後五分でエアー01が撤退支援に入る。
その十分後に帝国本土防衛軍第21師団が増援として到着する。繰り返す……」

 伊隅は焦っている、既に欠員が二名。消耗率の高さは知っていた。
何度も何度も死ぬなと命令した。だが結果として部隊壊滅の危機に晒されている。

「B分隊は突破口を開け、C分隊はB分隊の支援、A分隊は殿だ」

『了解』

 BETAが突如として出現した穴、そこからの増援が続々と現れる。
部隊全てが通常の武装であればここまで被害は被らなかった。無い物強請りをしても仕方が無い。
通常武装のB分隊に突破口を開かせ撤退する、穴からの増援が無ければ確実に行える。
だが穴からBETAは続々と現れている、光線級が居るので噴射跳躍すら出来ない。

「エアー01よりヴァルキリーズ、一時的に光線級を排除する。
その後、噴射跳躍を使ってある程度撤退して下さい、支援砲撃の要請もしました。
……帝国本土防衛軍第21師団ももう直ぐ来ます」

「エアー01……田中何をするつもりだ?」 

 田中が新戦術機の調整を行っているのは聞いている。
撤退の支援をするのも聞いている。だが遮蔽物も何も無いこの状況で光線級を排除?

「……ちょっと無茶を。死ぬつもりは毛頭ありませんからご心配無く。
少し集中したいのと、五月蝿くなりそうなんで通信切りますね。じゃ」

 軽い感じで話かけて来ているが何か引っ掛かる。

「……新型?ちょっとあの速度正気!?」

 前方に居る速瀬の言葉……田中は光線級を一時的に排除すると言った……

「ヴァルキリー01より各員! 光線級の排除と同時に噴射跳躍を使用し一時離脱する!」

『了解』

 退路が開けるならば、即座に脱出しなければいけない。
命令と同時に見た事が無い戦術機が飛び去っていった……

「なッ」

 速瀬の言葉を理解する、早すぎる。飛行ユニット吹雪より圧倒的に早い。

「……これは確かに無茶だ」

 低空とはいえ飛んでいる……要塞級は居ない、レーザーを完全に無視して飛んでいる。
あれは博打だ、レーザーを避けるつもりも何も無い、左右に多少揺れながら突き進んでいる。
見ているだけで冷や汗が出てくる、新入り達が奇声を発するのも無理も無い。

 穴の近くまで突き進んだ戦術機は穴に何か放り投げる。

 同時に側面からのレーザーによって片腕が吹き飛ぶ……

 バランスを一時失いながらも反転しこちらに向かい飛び立つ。

 同時に伊隅は理解する。 

「……佐渡島の時と同じか、各員噴射跳躍でこの場から離脱しろ!」

『了解』

 一時的にBETAから大幅に距離を取る、後ろで爆音が聞こえるのも完全無視。
ある程度距離を取り反転し田中を探す、

「……流石に死ぬつもりは無いと豪語するだけあるか、む?」

 視界に映る片腕の無い戦術機は、飛行しながらこちらに向かっている。だが何か様子がおかしい。

「エアー01、応答しろ」

 通信回線を開いても無言、田中の戦術機は少しずつ高度を下げている。
そのまま高度を下げ、こちらの手前で地に落ち滑りながら停止する。

 状況が把握の為に、即座に田中の戦術機に向かう。

「バイタルデータを……気を失っている?」

 考えてみれば直ぐにわかる事だった。無茶苦茶な速度。
あの状態から急停止、反転しまた飛ぶ……中の人間が生きている事すら奇跡。

「……貴様は何を作っている。B分隊前面でBETAを押し留めろ。
A分隊、C分隊は両翼で援護だ。増援はもう直ぐ来る」

 呆れてしまう、こんな化け物に誰も乗れはしない。
飛行ユニットを取り外して使う以外、使い道など無い。

「助けて貰ったんだ、今度はこちらが守りきれ! いいな」

『了解』

 今回の貸し借りはこれで無しだ。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 本日のBETAの動き、これにより白銀の知っている未来は、大幅にはこちらと変わらない事が判明した。

「……にしても無茶するわね」

 BETAの捕獲数は、前回と今回を合わせれば十分足りるようになった。
問題は彼が起こした行動、前半は不知火 弐型の有用性を十二分に示した。
後半は飛行ユニットを使用し無茶をした。自分は使えとは一言も言っていない。

「……結果は最良なんだけどしっくりこないわね」

 A-01は結果として壊滅はしなかった。彼も入院しているが生きている。不知火 弐型も直ぐ直せる。
A-01の欠員と、彼自身が入院している事を除けば最高に近い最良。何故あんな無茶をしたのだろうか?

「……そういえば白銀の世界の未来、今回の侵攻がどういう結果になるか教えていなかったわね」

 知らなければ必死になってBETAを止める……当然と言えば当然の結果。

「……私が悪いみたいじゃない?」




「……博士の責任です」

 香月に聞こえない様呟かれた霞の言葉は、誰にも聞かれなかった。




2001年11月20日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 病棟


――― Masato Side ―――


「……普通の人間は、ここまで病院にお世話になるのだろうか」

 随分と眠っていた様だ。自分は何故ここに居るのだろうか?
確か不知火 弐型で陽動、いや味方誤射を恐れて飛び回り、A-01の撤退支援を……

「……二度と飛行ユニットの常時使用はしないと誓おう」

 穴の手前まで我武者羅に飛び、S-11を穴の中に放り投げたんだった。
その後片腕を飛ばされ、朦朧としながら反転して飛んで……そこから記憶が無い。
二度としたくないと思っていた事を、自分の意思でやる事になるとは……

「……改変に参加できる喜びで、何をすべきか考えていなかった」

 一番理想とする物は全員生きている事。馬鹿な話だ、却下。
現実的にはやはりオルタネイティヴの模倣、見殺しではなく……俺の傲慢さで殺す事になる?
この手段を選べば、自分にとっては最悪の結果になるんでは無いだろうか。

「香月博士は喜べと言っていた。小さな事でも未来は大きくは変わらない?」

 つまりより最良の未来の為に動けと、桜花作戦の後も手駒が多いに越した事は無いと?
だが下手な事をすればオルタネイティヴⅣが……ん?白銀が居る。つまり数式は持ってこれる。
00ユニットは完成出来、調律も白銀が居るので問題無い。要素は既に揃っている。
オルタネイティヴⅣその物は既に目処が立っているのか。

 難題だ、俺の動き次第で多くの人が死ぬだろう。
それでも原作より殺さないように動く……出来る事は少ししかない。
まずは身近な人から考えるのが良いのだろうか?わからない。

 何もしないわけにはいかない、誰かが死ぬだろう、自分が死ぬかもしれない
見殺しも俺の傲慢で殺すのもやはり出来そうに無い。

「……なんか我儘に成ってきている様な」

 ご都合主義で世界が救える訳なんか無い、参った。

「……結局一つしか無いんだよな」

 全てやる、後悔は後。出来るかどうかも別。これまでに死んだ人。
これから死んで行く人は居るだろう、結果として原作より多く殺してしまうかもしれない。
でもやる……十字架を引き摺って歩くと決めた。最悪の事態以外は恐れずに突き進もう。

「何度も何度も悩んで……これで最後にしたいな」




 他にどうしていいか思いつかないので、身近な死ぬ人から考えてみる事に決定。
A-01のメンバーは確か先の戦いで二名欠員、クーデターで後一名欠員。

「……誰がどこで死ぬかもわからん」

 半端に介入したお陰で既に分からなくなっている。原作メンバーが既に誰か死んでいるかもしれない。
済んだ事を考えてもどうにもならない、犬死にさせない為に未来を見なければ。

「……次はXM3か」

 原作と微妙に違う白銀。彼は、XM3を発案してくれるのだろうか。 
考えても分かる訳が無い、日付すらも分からない、不確定な未来の予測は出来ない。

「……取り敢えず身体を直さないとな」

 後遺症か何かだろうか、身体が重い。





[3501] そのよんじゅうご
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/03 21:45
2001年11月23日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「博士から話を持ちかけられる事があるとは……驚きました。
そして日焼けですか……いやはや羨ましい、私は幾分と日陰での生活が長い物でして」

「そんなどうでもいい話をしに来たんじゃ無いでしょ、結果は?」

 鎧衣の軽口を突っぱね、香月は先日持ちかけた取引の結果を聞く。

「不知火 弐型については、データを頂けるのあればパーツは来週には」

 中破した不知火 弐型は、日本産の製品だけで作られている訳ではない。
故に横浜基地のパーツだけでは不安がある、そこで実戦データとパーツの物々交換を持ちかけたのだが。

「もう一つは?」

 本題とも言えるもう一つの取引、飛行ユニット使用時のデータを対価に持ちかけた取引。

「……本日付で正式に辞令が降りました。
崇宰、武田両名は、帝国斯衛軍 第3斯衛大隊所属 第1独立小隊として横浜基地に出向。
同時に武御雷2機も明日搬入されます。形としては第四計画に全面協力としての出向です」

「そう、また何か会ったら呼ぶわ」

 鎧衣との取引に満足し、香月は帰れと伝える。

「……わかりました」



 鎧衣の過ぎ去った後、香月は報告書の内容を吟味する。

「彼を超える戦術機適正……使いやすいわね」

 白銀 武、鑑の引き寄せた因果。戦術機の操縦概念そのものが、彼の物に似ている。
崇宰という地位がある彼は使い所が非常に難しい。だが白銀には何も無い、故に使いやすい。
戦術機教習プログラムの組みなおし、白銀の操作記録の提示、これらにより衛士が速く仕上がるなら御の字。

「……お詫びのつもりで適当に持ちかけたのに、本当に武御雷まで持ってくるとはね」

 不知火 弐型のデータと、パーツの交換は等価交換。
だが飛行ユニットと崇宰の交換は等価では無い。誰も乗れない機体のデータは必要無い。

 207B訓練部隊の総戦技評価演習合格、同時に駄目元で依頼した崇宰の出向。
今になって生贄へ差出が一気に起きた。つまり日本政府も焦りだしている……

「……本当に12月24日もありえるわね」

 自分が大きなミスをすれば、オルタネイティヴⅤも有り得る状況になりつつある。

「そろそろA-01メンバーと彼、白銀と彼を会わせておきましょうか」





2001年11月24日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


――― Masato Side ―――


「何故、武田君がここに居る」

 退院と同時に、ハンガーへ行けと言われて来てみたら武田君がいた。

「……当主、何も聞いていませんか?」

「俺は田中 マサトですよ?」

 今の私は田中なんですよ、崇宰ではありません。

「……何も知らされていないんですね」

 可愛そうな人を見つめるような視線で見られても困ります。

「当主、帝国斯衛軍 第3斯衛大隊所属 第1独立小隊として、横浜基地への出向が決まったんですよ。
小隊と言っても、俺と当主だけなんですけどね。後仕事はご隠居に押し付けてきました」

「……は?」

「本日武御雷も搬入されました。って本当に知らないんですね……」

 香月博士は本気で原作改変をやるつもりか……手持ちの駒を残してのオルタネイティヴⅣ。
最良の未来を引き寄せろ、自分が昨日悩んだ事を全て吹き飛ばすこの行動、自分が馬鹿みたいだ。

 武御雷ね……そういえば不知火 弐型は壊れたんだっけ。
修理ついで改良の意見を通しておかないと、飛行ユニットは使えない。

「俺がここに居る間は田中?崇宰?」

「正式な辞令なので崇宰ですよ」

 この横浜基地で青い斯衛服を常時着ろと?

「……斯衛服は着なきゃ駄目かな?」

「当主の立場上、どちらでもよろしいかと」

 絶対着ません、あれ目立つんです。

「ところで……ご隠居に押し付けたっていいの?」

「……俺に押し付けた当主が言いますか?」

「ごめんなさい」

 何も言えなくなった。



――― Masato Side End ―――





 月詠は目の前に居る男、白銀に尋問を開始する。

「おまえは何者だ」

「何者も何も……」

「……当主、やっぱ紫は威厳が有りますね」

 どこかで聞いた事がある声が白銀の言葉を遮る。

「武田君、子供じゃないんだからはしゃぐのは……月詠さん?」

「お久し振りです、月詠さん」

 突如として現れた二人、武田と将登の登場に月詠は崩れ落ちそうになる。
居る事は知っていた。だが何故このタイミングで現れるのだ……

「お久し振りです、武田殿。退院おめでとう御座います、将登さん」

「何をしている!」

 話を遮られた挙句に御剣が戻ってきた。
持ち前の精神力で倒れそうになるのを抑えこみ、月詠は御剣に向き合う。

「冥夜様、この者は……」

 この場に居る、武田と将登の存在に気が付いた御剣は混乱する。

「月詠……これはどういった事態だ?」

「その……」

 月詠はこの場の混沌を、どうやって説明すればいいのか迷う。

「御剣訓練兵、白銀訓練兵。この場から立ち去れ」

『はッ』

 見かねた将登の中尉から訓練兵への命令によって、混沌は一時的に収まる。




『……』

 混沌は収まったのだが……静寂が舞い降りた。

「……はぁ。月詠さん、白銀は特定個人を目的に、あの隊に入った訳では有りません」

 事情を察したであろう将登が、軍人では無く人として月詠に話す。

「……申し訳ありませんでした」

「……ごめんなさい」

 将登は何か事情を知っている様だ。信頼できる情報筋からの情報とはいえ、鵜呑みには出来ない。
だが二人に頭を下げられては、月詠は何も言えなくなる。

「お止め下さい、二人に罪が有るわけではありません」

 彼らの武御雷も今日搬入される。その状況下に置いて、此処で尋問を行おうとしたこちらに非がある。

「将登さん、御身体の方は?」

「そういえば当主、入院してたんですか?」

 月詠の先ほどの話を思い出した武田と、月詠の視線が将登に集まる。

「戦術機で気を失って1週間程寝込んだりしましたけど。もう大丈夫です」

 二人に素朴な疑問が浮かぶ、戦術機で気を失う、やたらと頑丈な身体をしている将登が?

「当主、原因は?」

 興味深そうに聞く武田、興味深そうに耳を傾ける月詠、また二人の視線が将登に集まる。

「新型の最高速度で飛び回ったら死に掛けた」

 『二度とやりたくない』そう語っている将登を見ている二人に、共通の言葉が思い浮かぶ。

「当主、こう言っちゃなんですけど。馬鹿ですか?」

 言葉に発してしまう武田、あえて何も言わない月詠、二人の冷たい視線が将登に突き刺さる。
そもそも気を失うような戦術機に乗る事は通常無い。乗る前に無理だと判断出来る筈なのだ。

「……正直後悔しているから、それ以上は」

『……はぁ』

 


同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


――― Masato Side ―――


「可能な限り記録は改竄したんだけど……城内省の庭じゃ、上手くいかなかったみたいね。
貴方ならどうにか出来るかしら? 崇宰家現当主、崇宰 将登さん」

 呼び出されて部屋にやって来たのだが、入って早々帰りたくなった。

「……白銀?」

「……崇宰?」

 白銀が居る、何故?

「あら、五摂家が一つの崇宰家の現当主を呼び捨て? 貴方死にたいの?」

「……え?」

 香月博士は何をしたいんだ? 白銀を虐めて遊んでいるのか?

「殺したりしませんよ。先程の話ですが、月詠中尉には彼は問題無いと一応伝えておきましたが」

「仕事が速いわね」

 原作のイベント途中に、武田君と突入してしまって泣きそうになったのだ。必死に修正しようとしましたよ……

「えっと……先生?」

 白銀の声で我に返った、なんで白銀が居るんだ?

「紹介するわ、似て異なる世界からの来訪者。白銀 武よ」

 徹底的に原作改変を行うつもりなんですね。
何というか……天才と一般人の思考が違いすぎて理解出来そうに無い。

「崇宰 将登、同時に田中 マサト。階級は中尉。前者が斯衛所属、後者は国連軍所属だ。よろしく」

「よろしくお願いしますッ!って先生!」

 俺の存在は半分無視ですか……

「何よ?」

「えっと、そのオレの事情とか……」

 成る程、それは確かに白銀にとっては重要な問題だ。

「彼は全部知ってるわよ? ぎゃあぎゃあ騒ぐようならさっきの話無くなるわよ?
あぁ、田中。XM2の改良バージョンをこいつが発案したんだけど。問題有る?」

「いえ、問題ありません」

 XM3が出来上がるのであれば、問題は無い。 

「白銀、あんたねぇ……まぁいいわ。彼は昔から、私の研究を裏で手伝ってくれていた存在。
新概念の検証とかについては……纏ってからまた呼び出すわ」

 合ってる様な、合って無い様な……手伝わしていた存在、だと完璧なんだけど。




「あの……中尉」

「ん?」

 部屋を出て白銀に話しかけられた、そりゃ不信人物だし疑問も湧くか。

「五摂家って何ですか?」

 唖然としてしまった、彼は香月博士を疑わないのだろうか……

「政威大将軍と言う者は知っているか?」

「はい」

 俺がこんな事を説明する事になるとは、予想外だ。

「政威大将軍は五摂家の当主衆から一人。皇帝陛下に任命される事によって成り立つ」

 これで大方分かるだろう。

「つまり……今の政威大将軍が死ねば。崇宰さんがなる可能性も?」

 倒れそうになるのを抑え込み、冷静になる様に努める。そんな可能性は考えていなかった。
そして白銀、そんな恐ろしい事言わないで下さい……嫌過ぎます。

「……白銀、今の発言は二度とするな。国連軍相手でも殺されかねん」

「マジですか? 気をつけます」

 こんなのに人類の未来を任せていいのか、さっそく不安になった。


――― Masato Side End ―――




2001年11月27日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 香月は先程の会話を思い出しながらこれからの予定を組み上げる。
国連事務次官の来日、同時にHSST落下。衛星に監視をさせ未然に防がせる。
問題はこの行動は怪しすぎて疑われる、だが根拠も何も無い言いがかりにしかならない。

「XM2をXM3に……功績を白銀に」

 彼は構わないと言っていた、XM2をXM3に切り替え発案者を白銀に変える。
これによって使いやすい英雄が誕生する、性能は従来のと比べて30%上がればいい方。
実質10%の為に作りたくは無い、だが崇宰と言うしがらみの無い白銀が発案者である方が都合はいい。

「後は天狗の鼻を一度へし折って、もう少しましにしましょうか」

 白銀の戦術概念、既存の概念如きで天狗になられては困る。
使いやすいのは構わないが、成長の見込みが無い者はいらない。


「白、黄、赤、青、紫。黒以外全ての武御雷が此処にあるって言うのは予想外ね」

 考えを纏めた後、ふと思った事を呟いた香月は、それどうでも良い事と判断し研究に戻る。





[3501] そのよんじゅうろく
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/04 06:44
2001年11月28日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 地下格納庫


「整備班長、飛行ユニットのリミッターに付いて話がある」

「……リミッターですか?」

 不知火 弐型はパーツが足りなくて修理出来ない。だが、飛行ユニットならば改修できる。
将登は、山崎へ要望を伝える事にして、此処にやって来た。

「常時最高出力にするのでは無く、瞬間的な加速力が必要な時のみに使える様に出来ないか?」

 将登の語る内容は現状の不知火 弐型より使いやすく、そして誰でも使いこなせる可能性を秘めている。

「時間は掛かりますが、可能です」

 直ぐには出来ない。だが作ってもみても良いと判断した山崎は了承し、別件を思い出す。

「中尉、指向性のS-11を弾頭に詰め込んだ武装の開発ですが。他の武装が一切無くなる事になるんですが?」

「構わない」

 将登は特段気にする事無く了承する。 

「360mmバズーカ、使用上の注意点は大きく二つ。着弾点から後方300m以上離れて置く事。
そして弾を3発しか積めませんでした。本日よりシミュレーターで使用可能です」

「わかった、飛行ユニットの件を頼む」

「はッ」




 将登の過ぎ去った後、山崎は溜息を付きながら、これからの事を考える。
飛行ユニットの部分使用、これは常時使用に比べて身体への負担が極端に減る。なのでこれはやってもいい。
問題はバズーカの搭載、前回の佐渡島ハイヴからの侵攻。あの時不知火 弐型は一度も撃っていない。
唯一行った攻撃がS-11の使用、戦術機を戦術機として使っていない。

「これじゃ戦闘機だ」

 何を作っているのかわからなくなった、山崎の呟きは誰にも届かない。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 兵舎前通路


――― Masato Side ―――


「そこのッ! 手が空いているのなら、トイレの掃除でもしろッ!」

「は?」

 何故か行き成り命令された、相手は珠瀬?

「ちゅッ中尉! あうあうあうあう……」

 何なのでしょう、この事態は。周りには207B分隊と、

「事務次官?」

 どこかで見た事が有るような風景。認めます、原作イベントにまた絡んでしまったのですね。

「貴方は……失礼、娘の冗談ですのでお気になさらずに」

 事務次官が凄い驚いているが、こちらも驚いているんだ。

「はぁ、ではこれで」

 離脱出来るなら離脱しよう。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


「白銀が提案したXM3の雛形が出来上がったわよ。取り敢えず乗ってみなさい」

「了解」

 もうそんな時期か、相変わらずと言うべきなのだろうか仕事が速い。




 吹雪なのは白銀のシミュレーターだからか、取り敢えず動かしてみよう。
反応速度が微妙に上がっている、といっても吹雪だから不知火 弐型にXM2の方が速い。
機体性能の違いがはっきり出ている、操作を続けていると何か違和感に気が付く。

「勝手に連動操作をするのか?」

「気が付いたようね、一定以上のデータが蓄積されると、
誤差内で同一と判定された一連操作が、自動的にコンボとして認定されるの様にしたのよ」

 そういえばそんな物もあった様な、XM2にコンボを足せばXM3なのか。

「それと同時に、強化装備内に蓄積された思考パターンと照合して、
統計的な最適な組み合わせを選択、実行するのよ。大方の説明はこんなものね」

「了解」

 細かい話をされても意味が分からない、コンボが実装された。これだけの事だろう。

「それを貴方の部隊の武御雷に入れておくわ。代わりに、明日の市街地演習で一戦してくれない?」

「……はい?」

 武御雷に積むのは構わない、市街地演習というのは何ですか?

「白銀が自分の概念だけで、どうにかなるって勘違いしてる様だから、一度鼻をへし折ってやって欲しいのよ。
貴方でももう一人でも構わないわよ。そうねXM3初心者の、もう一人の斯衛の方が良いかもしれないわね」

 天才衛士君の壁をしろと言う事か、俺が戦っても逃げ切れても勝てない……武田君に任せよう。

「自分は訓練の想定がハイヴ突入のみなので、対人戦闘が得意では有りません。だから武田にやらせます」

「そう……わかったわ。整備兵が死ぬかもしれないわね」

 頑張れ整備兵。




「当主、お呼びでしょうか」

 身代わり、もとい武田君を呼び出した。

「武田君、吹雪のブラックボックス部分について気になるかな?」

「ええ、それは気になりますが」

 それはそうか、吹雪であんな機動できるんだし。

「あれはXM2と言って……纏めて説明しようか。今回武御雷に、新概念を組み込んだOSを搭載する事になった」

「OSですか?」

 完全に理解している訳じゃない、簡単に要点だけ説明して乗せてみよう。

「簡単に言うと、即応性の大幅上昇。そして操作を上書きして、事前入力を取りやめに出来る。
最後に、ある程度蓄積されたデータから、最適な一連動作を自動入力してくれる。論より証拠、取り敢えず乗って」

「はッ」

 説明はこれで合っているのだろうか、まぁ何とかなるだろう。
頭で考えるより、身体で慣れた方が楽だろうし。




 開始して一時間も経っていないのに、

「……なるほど、当主の異常な機動の要因の一つは、これですか」

 使いこなすの早くない? 今までの努力が一瞬にして崩壊した様な。
モニターに映る武御雷は、華麗に舞っている。戦って勝てる気はしない。

「武田君、明日市街地で、訓練兵と模擬戦だから。勝ってね」

「は? いえ、わかりました」

 流石斯衛、命令と即座に理解した。
関心しながらこれからの事を考える。XM3の次のイベントは数式だったかな。
確か、理論が間違っている事が判明して、白銀チーム全機にXM3搭載される。
その後数式を取りにいく? 記憶が曖昧だ。明日の模擬戦で、榊と彩峰の動きを確認しておこう。

「俺も訓練かな」

 

――― Masato Side End ―――





2001年11月29日 市街地演習場 戦闘指揮車


 香月は非常に機嫌が良かった。先日判明した事実、別世界の私が理論を更に発展させている。
行き詰っていた研究が一歩前に進める、白銀と言う存在は、鑑のオプションだと思っていたのだが。

「あいつもあいつで、面白い因果を引き寄せるみたいね」

 白銀自身の存在価値を、見直す必要がある。今朝彼は元の世界の夢を見るといっていた。
彼は、元の世界と繋がっている可能性を秘めている。そしてそこには完成した理論が存在している。
興奮してしまい、予定に無かった二機の吹雪にXM3を搭載させた。

「……田中、貴方の所の武田。3対1で勝てる?」

 今気が付いた、この模擬戦の後に連続して、白銀の鼻をへし折る予定があった事に。

「香月博士、武田は勝ちますよ」

 自信満々に答える将登を見ても、香月は信じきれない。
例え訓練兵と言っても一人は実質軍人、残り二人も実力は高い。
思い当たる理由も無いので、開始した模擬戦を見学する事に専念する。




「大口叩くだけあって、実力はそこそこあるのね」

「そうですね」

 白銀、榊、綾峰、この三名の吹雪はXM3を搭載している。
その中でも白銀の機動は、他とは次元が違う。他より速く、そして他より巧い。
香月の予想では少し出来る衛士程度だった、だが現実はそれの更に上。

「ほんの少しだけ、見直して上げましょうか」




「状況報告して」

「榊分隊……任務完了!」

「状況終了!全機作戦開始位置迄後退せよ」

『了解』

 予想通りXM3使用チームの勝利、これで欲しい物は大方揃った。

「さて、榊分隊にはご褒美を上げるわ」

『……?』

 開始位置まで移動した榊分隊と、神宮司が不思議に思っているのも当然だ。

「知らなくて当然よ、教えて無いんだもの。榊分隊には……最強を誇る斯衛とやってもらいましょうか」

『!?』

「相手は貴方達と同じ、新概念のOSを搭載しているわ。
三対一だから、機体性能の差を計算に入れても余裕で勝てる筈よね」

 相手の疑問も驚きも無視して香月は続ける。

「ちょっと夕呼!」

「黙りなさい。これは私の『研究』の一環よ、わかるわね」

「はい」

 神宮司の異議も自身の権限により退け。再度模擬戦を開始する様に指示する。

 そのやり取りを田中はつまらなさそうに見ていた。





「榊機コクピット損傷、大破!」

 開始の合図の同時に、驚異な加速で噴射滑走した武御雷は、吹雪を一閃の元に斬りつける。
即座に次の目標を定めた武御雷は、相手の弾幕を避けながらの噴射跳躍により、次の獲物との距離を詰める。

「……成る程、貴方が太鼓判を押すだけあるわね」

 先程の奇襲はXM3の有無は関係していない。純粋な技量の差、訓練兵と正規の軍人の差でしかない。

「これじゃ、白銀の鼻はへし折れないんじゃない?」

 モニターに映る吹雪は、最初の攻撃で多少動揺した様子だが、建て直し連携を取り始めている。
近寄ると堕とされる、そう理解しているのだろう。吹雪は距離を稼ごうと、後退しながら射撃を続ける。

「香月博士、彼は斯衛ですよ」

 将登の発言と同時に、武御雷が吹雪を、演習エリアの端に追い詰める。 
逃げ場を失った吹雪に突撃銃が向けられる。

「彩峰機機関部に被弾、致命的損傷、大破!」

 最初の長刀に意識を奪われ過ぎて、射撃の存在を忘れていた。 
だがこれも堕ちた相手は訓練兵、一番堕ちて欲しい相手でも無い。

「田中、どういった事かしらこれ?」

 不機嫌さを隠さずに、事情を説明しろと命令する香月の素振りを、将登は一切気にしていない。
残った戦術機は武御雷と吹雪、吹雪の方は常時跳び回り、撹乱しながら相手との距離を詰めている。
武御雷は射線から逃れる以外、対して何もせずに立ち尽くしている。

「香月博士、武田は俺の機動を近くで見てきました」

 返事を返さなかった将登が発言すると同時に、吹雪が武御雷に仕掛ける。
噴射跳躍をしながらの射撃で接近、そして着地と同時に噴射滑走しながらナイフを構えて距離を詰める。

 交差する瞬間、武御雷は噴射跳躍で壁に向かい跳ぶ。
そのまま壁を蹴りつけて方向転換、同時に水平跳躍と供に抜刀し一閃。

 噴射全力反転を行うとしていた吹雪に避ける術無かった。

「白銀機コクピット損傷、大破!」



「言った通り、武田が勝ちました」

 誇らしく語る将登を見て香月は理解する。

「お見事、崇宰。流石斯衛ね」

 目の前の男は、田中では無く崇宰、そして彼らは最強を誇る斯衛だったと。






[3501] そのよんじゅうなな
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/05 00:45
同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「貴様達に、面白い物を見せてやる」

『……?』

 伊隅の発言は、突然集められたA-01に予想出来る内容ではなかった。
前回の捕獲作戦で二名の欠員、これにより更に厳しい状況に追いやられている。
日々の訓練を長時間行うしかない、この状況で何を見させるのかと思ってしまうのは、仕方の無い事だった。



 モニターに映し出される戦術機は吹雪と武御雷。
先日ハンガーに搬入された事実は、横浜基地を騒がせた。その武御雷の戦闘記録。
確かに面白い物ではある、そう思い見入り始めた各々の表情が変わる。

「大尉、この吹雪の06と武御雷の搭乗者は?」

 この二機は次元が違う、自分達が目指している機動に限りなく近い物を実現している。
そう判断した宗像は、伊隅に質問する。

「06は訓練兵、そして武御雷は先日出向してきた武田と言う者だ。
その戦術機には、XM3という新概念を組み込んだOSが搭載されている。発案者はその06に乗っている訓練兵だ」

「ちょっと大尉、発案者って言うのは……」

 事情を知っているか故に、速瀬は口を挟み意見しようとするのだが、

「速瀬、これは副司令からの命令だ」

 より多くの事情を知っている上官の命令により遮られる。

「はッ、失礼しました!」

「貴様達にはこの新概念のテストを行ってもらう。その06と武御雷の動きは……再現出来る。
我々が求めていた者が、遂に目の前にやって来たのだ! 明日よりシミュレーター訓練だ、解散!」

『了解』




 隊員が過ぎ去った後に残ったのは伊隅、速瀬、涼宮、宗像の四名。

「速瀬、気持ちは分からなくも無い。事情を知らない者も居るから省いたが……彼は了承している」

「申し訳ありませんでした」 

 苦々しく語る伊隅は、全員を諭すように語り続ける。

「あの06と武御雷の機動は、彼の概念を誰でも実行出来る様になっている。
彼そのものの動きは、前回の捕獲作戦で改めて確信した。人間には不可能だ。
目標は再現可能な機動概念の修得、新入りに負けるなよ? 我々は先任だ! 解散」

『了解』

 伊隅は、出来なかった事が出来るようになる、そこを強調し隊長クラスに発破をかける。

 A-01部隊は未だに中層突破出来ていないのだから。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


――― Masato Side ―――


 新しい玩具を貰った子供の様に、張り切って訓練を再開した武田君を見捨てて、香月博士に会いに来たのだが。

「おや、初めまして」

「……崇宰中尉?」

「……」

 帽子を被ったコート男、白銀、そしてその後ろに隠れた霞が居ました。

「博士なら、司令所に行きましたよ?」

「初めまして、有難うございます。ではこれで……」

 コート男に礼を言いつつ、怪しい人に関わりたくないので司令所に行ことしたその時、

「騒がしいわよ。人の部屋で何やってるわけ?」

 逃げられなくなった。

「帝国情報省は相変わらず礼儀が成って無いわね。で何の用?」

「……帝国情報省?」

 白銀、疑問は口に出さない事をお勧めする。俺も知らないんだけどね。

「いや、シロガネタケルと田中中尉……崇宰中尉に自己紹介を」

 そんな事望んでいません。そしてこのコート男、どこかで見たことある様な。

「じゃあさっさと済ませて帰って頂戴。こっちは用事なんか無いわ」

 香月博士は疲れているのだろうか、気だるそうにしている。

「私は帝国情報省外務二課の鎧衣だ」

「鎧衣?……え!?」

 こちらの都合をお構い無しに話が進んでいく。
帝国情報省外務二課の鎧衣、原作で殿下の脱出をリークしたあの人。クーデターが近い?

「息子がいつもお世話になっているね、シロガネタケルくん」

「息子!?」

 白銀よ、直ぐ口に出すのはやめたほうが。

「そして改めて初めまして、崇宰 将登様」

「初めまして、鎧衣さん」

 様で呼ばれるのはどうも慣れない、背筋に何かぞわぞわした物が来る。

「で?本当に何をしに来たわけ?」

 本来の用件か、クーデターなんだろうな。

「XG-70と不知火 弐型の件ですよ。ご興味無い?」

「貴方がどうにかするって言っていたわよね?」

 会話に付いて行けない白銀は黙り込んでいる。俺も知識が無ければ理解出来ない。

「えぇ、その予定でしたが。実は最近、戦術研究会なる研究会が設立されまして。
その影に何故か、某国の諜報機関の影が、チラホラと」

「それは貴方の担当でしょ、そんな事言いに来たの?」

 回りくどい会話、聞いていて苛々してくるのを抑え込む。

「本題に入りましょう。昨日の朝、国連の宇宙総軍北米司令部に奇妙な命令が出たんですよ」

 確かHSST落下の件、完全に忘れていた。記憶が磨耗してしまっている……

「始めは社 霞か崇宰様だと思っていたんですけどね……死んだ筈の男がここに居る」

 やっと思い出した、白銀の存在は怪しすぎるんだった。
証拠を掴む事は色々と不可能だろう、香月博士はのらリくらりとかわしている。

「では、さらばだ。シロガネタケルくん、崇宰様、また会いましょう」

 クーデターで俺が出撃するなら会うかもしれないな。




「先生さっきの話は」

 白銀くん空気読もうよ。

「ストップ、今疲れているの。崇宰、さっきの話は理解できた?」

「ええ、大方は」

 思い出したし大方は理解できる。所で霞さん何故モアイ像を持っているでしょうか?

「そう……ところで白銀、あんた何しにきたの?」

「朝の事と、さっきの武御雷について聞こうかと思って」

「朝の話? ああ、社に欲情したって話?」

 白銀って実年齢は俺より上だったっけ、つまり年下趣味?

「白銀、幾らなんでも社は犯罪だと思う」

「中尉、先生の虚言を信じないで下さい!」

 虚言なのだろうか? 実際年下趣味であっていると思うのだが。

「馬鹿な事は後でやりなさい、で武御雷だっけ?」

「はい、そうですよ! なんで武御雷と模擬戦なんか組ませたんですか!」

 呆れてしまう、香月博士が鼻をへし折れと言った意味もわかった。

「……あんたねぇ、まぁいいわ。あれはデータ取りよ。
後そこに居る崇宰は、あれより異常な機動をして見せるわよ、精進しなさい」

「はぁ、頑張ります」

 理解しているか不安になってしまう、頭が痛い。
白銀は、一度逃げてから覚悟を持って帰ってきたんだった、最初から軍人として出来上がって居た訳では無かったんだ。
そして香月博士、俺が異常な機動を出来るのは、機体性能のお陰なのを理解しつつ、発破に使わないで下さい。

「話は変わるけど、最近元の世界の夢、見るんでしょ?」

「はい」

「ちょうどいいわ、調べてあげる」

 これは数式を取りに行くための準備か……霞さんそんなモアイ像気に入ったんですか。

「隣の部屋で寝て、朝までね」

「え?」

「細かい事は明日説明するから、とっとと行きなさい!」

 香月博士が物凄く怒っています、俺もこのタイミングで帰ろう。

「崇宰は残りなさい」

 戦術機に乗っていないと、逃げられないのかもしれない。





「ったく、白銀は予想以上ね。まりもに任せましょうかしら」

 覚悟を持たない白銀では、00ユニットの調律が出来ない。

「最低の犠牲で最良の未来か」

 神宮司軍曹の見殺しが決定、そしてそれを否定する権利は俺には無い。

「貴方、帝都に戻る?」

「戻りませんよ」

 逃げられる訳が無い、決めてしまったんだ。

「……そう」



――― Masato Side End ―――





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


 御剣はとある人物を探して屋上にやって来た、以前ここで眠って居た彼を。 

「崇宰中尉、質問があります」

「ん?御剣訓練兵か、どうした」

 将登はいつもの様に、月を見上げたまま答える。

「貴方は、何故ここに?」

 斯衛の青が何故ここに居ると、自分の警護で斯衛の赤が居る事ですら異常事態だ。
それすら霞んでしまう程の異常、崇宰の当主がここに居る。
よりにもよって最近では、将軍の権威の低下が起きていて、民が蔑ろにされている。
その状況下に置いて、何故ここに崇宰の当主が居るのだと問う。

「……そうだな」

 将登は、月を見上げるのを止め、振り返り御剣と向き合う。

「より良い未来を望んでいるんだ。田中でも、崇宰でも無い、将登である俺が」

 『だからここに居る』そう続ける将登の心情を、御剣には理解出来なかった。

「何故、何故帝都では無く、此処なのですか!? 貴方は帝都に居るべ……」

 言葉を発して気が付く、相手は斯衛の青、自分は訓練兵。
この立場が自分が望んでいる筈なのに、自分で壊してしまった事に。

「御剣訓練兵、気持ちは分からなくも無いんだが」

 『困ったな』と言う感じを漂わせていた将登の目が変わる。

「俺は決めたんだ、こういう生き方をするって。
大罪人になろうが、人に罵られようが、こういう生き方しか出来ないんだ。それを否定しないでくれないか」

 怒っている、そして気持ちを固めている、彼は覚悟を決めている。

「申し訳ありませんでした。中尉」

 今ここに訓練兵としてここに居る御剣に、彼を責める権利は無い。



 将登が去った後に御剣は立ち尽くす。

「私は……」

 彼は立場を持ったままここに居る、周りに何と言われようとも構いはしないんだろう。
自分はどうだ、現在の立場は生贄だ。この国が国連に対して差し出した将軍の身代わり。
そしてその状況に置いて、自分は前を見て進めているのだろか。御剣の迷いは晴れない。

 



同日 帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団


「現政権は民を蔑ろにしている!」

 部屋に集まった面々を前に沙霧は声を張り上げる。

「現政権は将軍殿下を戦場から追いやり、お飾りとして存在していれば良いと考えている!
更には先日、崇宰家当主 崇宰 将登様が横浜基地に出向という形で生贄として送り出された。
我々は国を思い、民を思い、此処に集結した! 同士諸君、機を見て我等は決起する!」

『おおおお~!』

 抑えが効かなくなった、今まで外道な手段に訴えないようにしていたのだが、それも限界が来た。
崇宰 将登の横浜出向、日本政府は国連軍、つまり米国へのご機嫌取りに青の斯衛までも引き擦り出した。
真偽は定かでは無い、だがこれを機にと集結した数が多すぎて沙霧には抑え込む事が出来なくなった。

「BETAの行動は理解できないか、厚木基地の者に連絡を入れろ! 切り札を用意する」

 崇宰当主から自分が学んだ事、それを全世界に伝える。
死ぬ事以外で出来る贖罪を、全て行うと沙霧は決意し、クーデターの決起がここに決定された。


2001年11月30日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 自分の分からない事が多々起きている。新OS、鎧衣の父親、政治的な陰謀。
そして崇宰 将登と言う人物、聞けば自分と同じ様な機動をすると言う人物。
この世界には無いと思われる、自分の概念を持ち出した人物。もしかしたら自分と同じかもしれない。
いらついている自分を抑えながら、白銀は原因の調査を開始する。

「先生は教えてくれないしな」

 香月にそれとなく問いかけても、何も教えてくれない。

「すいません。少尉、お時間よろしいでしょうか?」

 白銀は崇宰を知っていると思われる人物と接触を図る。

「ん?訓練兵か、どうした」

「昨日の武御雷の人ですよね? 自分は06の吹雪に乗っていた、白銀訓練兵であります」

 先日倒された相手、名も知らないが聞き込みを開始する。

「ん?ああ、あのプチ当主か! 訓練兵にしては中々の腕だった。
って悪い悪い、俺は武田少尉だ。見ての通り斯衛だけどな」

 プチ当主と言うのは分からないが、会話の切り口になれば良い。そう判断した白銀は質問を行う。

「あの当主と言うのは崇宰中尉ですよね? 自分の機動に似ていると聞いて……」

「そう言う事か、止めとけ止めとけ。一見似ているけど中身は別物だ。当主のをそのままやると死ぬだけだ」

 武田は白銀の似ているの部分をあっさり否定し、無理だと言う。

「何て言ったらいいかな。昔からそうなんだよ、あの人は空を飛んでいる」

「はい?」

 白銀は言葉の意味を理解出来ない、光線級が居るのに空を飛ぶ。
自分の概念にそんな恐ろしい物は、一切存在していない。つまり自分の予想が外れた?
自分と同じであれば、そもそも斯衛の上位に居る筈が無い。そう判断した白銀は別の質問を開始する。

「あの、新概念はBETAに通用しますよね?」

 自分にとっては重要な質問、世界を改変する上で、現状自分にとっての最大の功績。

「ん、既存の物よりは十二分に通用するだろうな。でもお前は俺に負けた、訓練を怠るなよ!」

「はッ、有難う御座います」

 自分の概念はBETAに通用する、白銀はそれに満足し訓練に戻る。



「若いねぇ、まっ訓練兵に夢を持たせるのも大人の役目か」

 白銀の過ぎ去った後の武田の呟きは、白銀には届かない。





2001年12月1日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 PX


――― Masato Side ―――


「……どうぞ」

『……』

 白銀が霞にあーんされている、衝撃的瞬間を目撃してしまった。  

「まだあります」

「あ、ああ」

 見なかった事にしてあげよう、武士の情けだ。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 武御雷の様子を見に来たのだが、月詠さんがいらっしゃいました。

「こんにちわ、月詠さん。元気そうですね」

「将登さんも、お変わりないようで」

 そういえば前会った時少し泣いてしまったんだった、正直少しきまづい。

「危ない!」

「ん?」

 『カンッ』と金属と金属がぶつかった音が響く。自分の前に何か落ちてきた様だが、

「トルクレンチ? 上に置き忘れていたのかな。……危なかった」

「整備兵に厳重注意を行ってきます」

 月詠さんは、こちらの無事を確認すると走り去って行った。

「……武御雷見てこよう」

 修羅の如く怒っている月詠さんは怖いので放置しよう。




2001年12年2日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


「停電って事は数式はそろそろか」

 今日停電があった、これにより数式はもうすぐ届く。
細かい事は大半覚えていない、この世界に来て二年、もうすぐオルタネイティヴⅣ。
不安もあるし悩みもある。これからの事、自分のすべき事を考えながら月を見る。

「……ん?」

 いつの間にか背後に霞が居た。何だろう、悲しんでいる?

「どうしたんだ、霞」

「……」

 原作の何かあったか思い出せない、わからない、

「霞、何も言わなきゃ分からない。悲しい事でもあったのか?」

「……はい」

 霞にとって悲しい事、考えられるのはESP能力しか思いつかない。
どうしていいか分からない、だけど目の前の少女を放って置く事も出来そうに無い。
月をぼーっと見ていていたの原因だろうか、ここに居ると自分が自分じゃなくなっている気もする。

「何かあったのかも分からないんだけど……霞、会話って意味わかる?」

「……?」

 うまい事言えそうに無いんだけどな。

「人間関係に置いて重要な物、人と人の意思疎通の手段の一つ。
一方的じゃなくて、両方の意見を聞かないと対人関係は成立しない」

「……」

 ESP能力があるから、直接わかるからこうなったのだろうか。目の前の少女は話さない。

「まぁ、難しい話は俺には分からないんだけどな。今日は寝て明日にでも考えればいい」

「……はい、またね」

 結局うまく纏めれなかった、考えを読まれているなら、それとなく伝わっただろう。
会話しろと言っておいて矛盾だ。帰っていく霞を見ていると、ふと最後の言葉が引っ掛かる。

「またな」

 バイバイは卒業したのか。


――― Masato Side End ―――




2001年12月5日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 理論の回収がもう直ぐ出来る、白銀の知った通りに噴火前の強制退去も行った。
順調だ、後一歩で00ユニットが完成する。鑑の引き当てた因果は、凄いの一言に尽きる。

「因果としては使えるんだけど、人間としてはどうもね」

 一度元の世界に返した、それだけで帰れるかもしれないと喜んでいた白銀。
世界を救うと最初に言っていたのに逃げようとしている。甘すぎるガキ。

「使い勝手が良いし、現状このままでいいか」

 模擬戦で鼻をへし折った事により、訓練はより真剣になったらしい。
だが人間としては成長していない、期待外れだが使える駒にはなりそうだ。



「防衛基準態勢2発令。全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ。繰り返す……」 

 異常事態の発生を知らせるアナウンスと供に、警報音が鳴り響く。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「これよりブリーフィングを開始する、既に説明にした様に、クーデター部隊が帝都周辺を包囲している。
仙台臨時政府との交渉の結果、国連軍が殿下の保護を最優先に出撃する事になった。
我々A-01は帝都の離城に向かう。殿下は我々が居る離城か、その奥の塔ヶ島城に現れると予想されている。
殿下が我々の居る離城に現れた場合は、そのまま横浜基地へ。塔ヶ島城には斯衛が行く。
塔ヶ島城に現れた場合は、我々はクーデター部隊の足止めとなる」

 状況説明、作戦概要を一気に話し、伊隅は全員を見回す。

「我々は日本人だが国連衛士だ。それを忘れるな、全員相応態勢で待機せよ! 解散!」

『了解』


「新概念のお披露目を、こんな形で行う事になるとはな」

 A-01の錬度は上昇している。伊隅はそれをこんな形で実証する事が、少し悔しかった。






同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


「我々は、207B分隊と供に出撃する事が決まりました。
任務内容は塔ヶ島城の警備、作戦地域は芦ノ湖南東岸一帯です」

「わかった」

 武田は将登に報告し、横浜の基地の外に並んでいる戦術機を見る。

「当主、良いんですか?」

 武田は崇宰の当主がここに居る、その事について問う。

「……」

 将登は答える事無く、立ち並ぶ戦術機を見ている。

「……」

 将登の心境を察した武田は黙る。




「……最良の未来ね」

 将登の呟きは誰にも聞こえなかった。





2001年12月6日 0150 塔ヶ島城周辺


――― Masato Side ―――


 原作通りの展開ならば、白銀がそろそろ殿下を発見するはず。

「当主、クーデター部隊が何故かこちらに向かっています」

「そう、鎧衣さんの仕業だね」

 確か鎧衣さんがリークを行っていたはず。最近やたらと磨耗している記憶が口惜しい。
二年の歳月に対する手段は何も行っていなかったのだから、当然と言えば当然か。

「今回の作戦に置いては斯衛はオブザーバーだ、武田君熱くなって口を挟むなよ」

「当主こそ大丈夫ですか?」

 軽口を返してくれるのが有り難い。原作に置いて分かっている事は三つ。
俺たち二人が存在していなかった事。御剣が身代わりで沙霧大尉と話す事。
空挺作戦で沙霧大尉がこちらへやって来る事。



「CPよりエアーズ……」

 始まった、生きなければ。





同日0255 伊豆スカイライン跡 山伏峠付近


「帝国軍が突破されました。当主、我々は最悪の場合足止めをとの事です」

「了解って……アメリカが来たね」

 正面に居る戦術機はレーダーに映っていなかった。

「こちらは米国陸軍第66戦術機甲大隊」

 対人性に優れた戦術機を所持している国はアメリカ位だ。

「……あれがラプター」

「当主よりマシですけど、速いですね」

 俺を化け物みたいに言わないで下さい。

 地上戦闘最強の、戦域支配の名を持つ戦術機ラプター。
一部はこちらと擦れ違い、そのまま後ろの帝国軍を足止めしてくれるようだ。




同日0400 丸野山一岩山


 通信で月詠さんと、ウォーケン少佐と、神宮司軍曹が言い争っている。
俺も武田も何も言わず、完全なオブザーバー状態になっている。

「いい加減にしろ! 崇宰の当主は何も言ってこない。つまり了承していると把握していいのだな?」

 行き成り話を振られても困ります。同時に視界に何か映る。

「……少佐、手遅れです」

「中尉、何を言っている?」

 いやだって……

「レーダーを」

 航空機が飛んでいる。

「帝国軍671航空輸送隊? 作戦の参加は聞いて無いぞ」

「……空挺作戦」

 今更思い出してもね……あっと言う間に32機の戦術機に包囲された。





 沙霧大尉からの60分の休戦通知。それについて話合っているお三方。
原作通り以外の展開を望んでいるわけでも無いので、黙っておく。

 結果から言うと60分休戦の受け入れ、殿下の容態が優れないのであれば、当然と言えば当然か。



 俺は歩兵としての訓練は受けていない。戦術機に戻ろうとしたその時、声を掛けられた。

「崇宰様、煌武院殿下がお呼びです」

「了解」

 事態がややこしく成りそうなので生きたくない。



「お久し振りです、殿下」

「お久し振りです、崇宰殿。此度はわたしの力が及ばずこの様な事態に……」

「殿下、此度の一件は起こるべくして起こった事です」

 謝罪されても状況は変わらない、このクーデターを容認している俺に謝罪は必要ない。

「……」

「今はお休み下さい」

 原作崩壊が確定する前に、撤退を選択する事にした。

「……わかりました」



 即座撤退したのだが、殿下にあんな事言ってよかったのか?後になって不安になってきた……

「おや、御剣訓練兵」

 目の前に御剣訓練兵がいました。

「……崇宰中尉」

「訓練兵は実質休憩だ、肩の力を抜いておけ」

 彼女はこれから殿下の代わりとして、沙霧大尉と話す筈。無駄に疲れる事をされても困る。

「崇宰中尉、貴方は自分の目的の為に出来る事が在れば。
それがどういった事態を引き起こす事になろうとも……行いますか?」

「俺は出来る事は全てやる」

 何が言いたいかは分からない。だけどやると決めた俺は全てやる。

「そうですか、お答え戴き有難う御座います」

「……肩の力は抜いておけ」

 訳が分からない、まぁいいか武御雷に乗っておこう。



――― Masato Side End ―――





 悠陽は先程の将登との会話を思い浮かべる。時間があるので、久し振りに話をしようと思っていた。
だが自分は最初の一言に謝罪を選んでしまった、国だけで無く全ての未来を欲する彼。
彼にとってはこの事態は、容認出来る者では無かった筈。だが彼は気にしてない素振りで休めと言った。
結果として先程の会話は短く終わってしまった、彼女の中にあるのは罪悪感のみだった。

 そしてこの部隊には、御剣 冥夜が妹が居る。


「月詠」

「はッ」

「白銀を連れて参れ」

「はッ」

 彼に妹の話をもう少し聞いておこう、刺し違えようとも首謀者は自らの手で討つ。





 御剣は先程の将登との会話を思い浮かべる。こちらに肩の力を抜けと言っていた。
この状況下に置いても、揺るがない意思を持っているのだろうか、殿下の傍に居るべきなのに傍には立たず。
国連軍衛士の崇宰として立ち続けている。

 自分が、御剣 冥夜が出来る事は一つある。将軍は、姉は恐らく直接自らの手で沙霧大尉を討つ。
だがそれを行うと言う事は危険も伴う、そして心に傷を負ってしまう。その替え玉に……

「……出来る事はやるか」

 自分の存在を表に出す事になるが、それが最良の選択。





――― Masato Side ―――


 原作通りの展開、御剣が替え玉をして白銀機に、随伴は月詠中尉。

「武田、交渉失敗と同時に突っ込む」

「了解」

 自分達の位置は白銀機の真後ろ。斯衛の青、真実味を更に増すために、距離を置いて配置されている。



 御剣と沙霧の会話、拾っている音を聞きながら、原作と同じ物で有る事に気が付く。
本当に記憶の磨耗が酷い、帰ったらノートに書き留めるなりしなければ。

 射撃音が響き渡った。

「武田、行くぞ」

「ハンター02!? 何故撃った!? ハンター02、応答しろ!」

 あれ? おかしい原作では敵だけを撃った筈。

 じゃぁ目の前で起きた爆発はなんだ……

「ハンター02!? テスレフ少尉ッ! 攻撃を中止しろ!」

 何故、武田の武御雷が炎上している。

「当主、すいません。一緒に居れて楽しかったです……」

 何故、武田の武御雷が爆発した。

「全機に告ぐ! 作戦を第2シーケンスに移行ッ! 兵器使用自由!」

 混乱すら出来ない、目の前が風景がコマ送りの様に見えいてる。
認めなければいけない、認めなければいけない、武田が死んだ原因は……俺にある。



 即座に白銀を守る月詠さんの更に後ろに着く、今は冷静だ、戦うんだ!

 狂ってしまいたい、泣き叫びたい、だけどそんな事出来ない。

「月詠さん、左翼の3機は抑え込みます! その間に突破を!」

「了解」

 対人戦闘は正直得意では無い、今は戦う事だけを考えろ!

 撃っても当たらない、じゃあ当たるところで撃つだけ!

 噴射跳躍と水平跳躍を使い分け、相手の真上を取り真下に射撃を行う!

「なッ!うああああ!」

 相手の叫び声が聞こえる、人を殺した、そんな事考えるのは後だ!

 相手はこちらが斯衛の青と言う事で動きが鈍い、お構い無しに戦術機を壊す。



「その機体には、彩峰が乗っているんだぞ!」

 オープンチャンネルから聞こえる声で、状況を把握する。

「207各機下がれ!」

 月詠さんが沙霧大尉と白銀の間に入り込んで居る。

 原作なんか関係無い、その横まで即座に飛び降り立つ。

「月詠中尉、207の援護に向かえ!」

「なッ、了解」

 今の俺は怒っている。

「……崇宰中尉か」

 原作通りだと思っていた、自分が居る事で変わる可能性を理解していなかった。

「……」

 噴射滑走で距離を取りながら撃ちあう。

 今の俺は自分の甘さに怒っている。

「斯衛である、貴方が何故、米国の片棒を担ぐ様な真似をする」

 相手の語りかけを無視し回避と足止めに専念する。

「どうした中尉! 答えろ!」

 噴射滑走の緩急を付け、相手が抜けようとしたら撃つ。

 撤退完了し追いつけない状態になったので、機体の機動を一時停止する。



「お久し振りです。沙霧大尉、俺は貴方の行動を容認しています」

 認めている、オルタネイティヴの原作通りの展開で更に人を救えると俺は喜んでいた。

「……」

「ですが、俺には許せそうに有りません」

 死なない筈の武田が死んだ、俺の行動で、俺の責任で、

「元より覚悟のうえ」

「だから……俺は貴方を殺します。自分の意思で」

 供に噴射滑走で接近する、交差する瞬間、噴射跳躍と供に真下を撃つ。

「……感謝を」

 炎上している不知火から通信が入る、俺は貴方の為に殺した訳ではない。

 国の為に殺したのでも無い、俺自身の為に殺した。

 まだ舐めていたんだ。この世界を、この状況を、この戦いを……


 沙霧大尉の不知火が爆発した。


「……武田君、犬死にはさせないから」



――― Masato Side End ―――




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 将軍の見送りを終えても開かないコクピット。
青の武御雷、以前開かなかった時は武田と供に開けたコクピット。

 将登は武田が戦死した、その事実を嘆いているのだろうか。
いつまでも放置している訳にもいかない、そう判断した月詠はコクピットを開ける。

「……崇宰中尉?」

 斯衛として、対等な立場として、何時までも落ち込んでいる様であれば、どうにかしなければいけない。
そう思い開けたのだが、様子がおかしい。将登は涙を拭う事無く、操縦桿を握りしめている。

「月詠さん、悪いんだけど……操縦桿から手が外せない」

 初めて人を殺した時、そういった行動を取る前例はある。
将登の指を一本一本外しながら、将登の様子を見るのだがやはりおかしい。
涙を流している、泣いているのに表情は違う。悲壮感も何も無い、何かを決意した時の様な……

「ああ、涙は何故か止まらないんですよ。武田が死んだ事は悲しいんで、間違いではないんですけど」

 指を外して貰った将登は、手を開いたり閉じたりしながら、普通に話しかけてくる。

「……将登さん?」

 分からない、何がそうさせているのか分からないが、彼の言動はおかしい。
落ち込んでいる場合は、叩いてでも復帰させるつもりだった。だが落ち込んでいる様にも見えない。

「俺は、これからも人を一杯殺します」

「……」

 何を言っている?

「だから泣く事も許されない筈なんですけど」

「……お止め下さい」

 決意するのはいい、BETAと戦う、結果として人が大量に死ぬのは当然だ。

「お願いします、将登さん、貴方の苦しみは分かりません。
ですが……ですが! 今のこの時だけは心の底から泣いてください」

「……駄目なんだ、駄目なんだけど涙が止まらないんだ」

 壊れかけている、彼は壊れかけながら進んでいる。そんな物は自分は望んでいない。
そして武田も望んでいない。彼の葛藤は理解できない、だが認められない、見ていられない。
月詠は将登の顔を見る事をしない様に抱きしめ、彼の一時の平穏を求める。



 将登の泣く声がハンガーに響く。





[3501] そのよんじゅうはち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/05 00:41
2001年12月9日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「崇宰、00ユニットが完成するわ」

 数式を手に入れた、そして見通しがたった、後は時間の問題。興奮しながら香月は将登に説明する。

「オルタネイティヴⅣですか、鑑の精神状態は?」

 将登はそれに驚く事無く、香月に問いかける。 

「へぇ、やっぱり知っているのね。そっちは方法があるから問題無いわ」

 崇宰 将登と言う人物を舐めていた訳でも無い、だが相手は常にこちらの予想を超える。
相変わらず面白い、自分が00ユニット候補になっている事も気がついているのだろう。

「そうですか、で要件は?」

 話が早いと楽で助かる、そう思いながら香月は明日の予定について話す。

「明日XM3の公開を行うわ、同時にBETA襲撃が予定されているわ」

「で、俺は何を?」

 捕獲したBETAを解き放つ、香月はそう言っているのに将登は平然としている。

「貴方本当に面白いわね、不知火 弐型で派手に暴れて頂戴。後は最良の未来を引き当てるだけよ」

「了解」



 将登の過ぎ去った後に香月は哂う。

「契約は今年中に果たせる」

 クーデター騒ぎのお陰でXG-70も手に入った、不知火 弐型も表に出せる。
そして00ユニットも時間の問題、精神崩壊を起こしていても白銀が居る。
それでも無理な場合は崇宰 将登がいる。自分に抜かりは無い。




2001年12月10日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


――― Masato Side ―――


 改良の終わった不知火 弐型、一々リミッターを外したりせずに、飛行ユニットを使用出来る様になった。
何でも、一定以上の速度を出そうとする時だけ起動するらしい。詳細は使ってみなきゃわからない。
問題は先程整備班長から受けた注意点のみ。曰く乗りすぎると死ぬ。人間の肉体の上限は超えるなと……

「関係無いんだけどな」

 人を沢山殺した、自暴自棄に成っているわけでも無い。やれる事を全てやるだけ。
最良の未来を、オルタネイティヴⅣが実質完成、いかにして戦力を残して勝ち続けるか。


 Code991


 今日のXM3お披露目に興味は無い、自分の出来る事は無いのだから。
今出来る事は待つ事のみ、モニターではあちこちで戦術機が大破している。

「崇宰、出なさい! 白銀の馬鹿が暴れてるわ、まだ殺すわけには行かないのよ!」

「了解」

 不知火 弐型でどこまで出来るか魅せつけてやろう。



 出撃と同時に最高速度まで一気に加速する。

「くッ」

 飛行ユニットが勝手に起動する、常時意識していないと直ぐ気を失う。
目の前に跳び回り、ペイント弾を撃ちまくっている吹雪が居る。
BETAに襲われた後遺症、それが原因で錯乱しているのか。

「A20706応答しろ!」

「うおおおおおおお」

 駄目だ、言葉じゃ止まらない。白銀に死んでもらうわけにもいかない。
ペイント弾は当たっても死ぬ事は無い、真っ直ぐ白銀の元へ飛びしがみ付く。

「A20706応答しろ!」

「離せッ!俺はBETAを!」

 暴れる吹雪を抑え込むのには、無理がある。
機体性能の違いで何とか抑えているが、何れ拘束が解けてしまう。



「崇宰、よくやった。跳躍ユニットを破壊する、そのまま抑えておけ!」

 通信から伊隅大尉の声が聞こえる、返事を返す余裕すらない。
抑えつけていると、不知火が長刀で吹雪の跳躍ユニットを斬った。

「お見事、ハンガーに捨ててから、直ぐ戻ります」

「了解した」

 即座に最大加速しハンガーに向かう。同時に白銀が静かになった。

「気を失ったのか?」

 この重圧は白銀でも、錯乱していると耐えれないのか。
ハンガーの入り口から吹雪を滑られて、奥に放り込む。苦情は全て無視する。



「光線級は無しね」

 居ないなら飛んでしまえばいい、即座に飛び立ち、上空を飛び回り空爆を決行する。

「くッ、常時最速で居る必要も無いか」

 身体が悲鳴を上げている、使いどころを間違えると死んでしまう。
まだ死ね無いんだ、速度を少し落とし旋回しながら中型BETAを狙う。
小型種は他に任せる、横から撃っている訳ではないので無駄撃ち出来ない。


 大方片付いたので地に降りる。

「不知火 弐型の意味あったのか?」

 普通に飛んで普通に空爆、それだけの行動。これなら吹雪でも出来た。

「余裕ね、ここに居る衛士は、飛行ユニットの吹雪ですら知らないのよ。
そしてあの速度は度肝を抜かれたでしょうね。後白銀は生きてるわよ」

 通信が何時の間にかONに成っていた様だ。

「そうですか、自分はこれで?」

「ええ、戻ってらっしゃい、後はA-01で十分よ」

 不知火 弐型のお披露目は十分だった様だ。最良の未来の為に……神宮司軍曹を見殺しにしなければ。
白銀は覚悟が足りていない、身近な人物が死ぬというのは有効だ。この身を持って実感した。
だから助けない、00ユニットの調律には、覚悟を持った彼が必要だから。出来れば、最後の見殺しにしなければ。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 香月博士が荒れている、書類を散らかし息を切らしながら立っている。
神宮司軍曹の死、彼女にとっての友の死、それを容認した自分が許せないのだろうか。

「香月博士、暴れるのは構いませんが白銀は?」

 気を晴らす為に暴れるのは構わない、彼女だって人間だ。俺だって泣いた。
俺とは違うだろうから理解出来るとは言えない。ただ俺は今、白銀がどうなったかだけを聞きたい。

「帰ったわよ! 元の世界に逃げ帰ったわよ!」

 荒れている、戻ってくると分かっていても辛いんだろう。

「……特殊任務ですね、これから俺はどうすれば?」

「……帝都に行って、斯衛の全面協力を取って来て頂戴。今年中に佐渡島ハイヴを潰すわ」 

 冷静になった香月博士の命令。佐渡島ハイブ攻略の為に斯衛?

「試製99型電磁投射砲ですか?」

 つまりXG-70と、試製99型電磁投射砲の二段階で攻めると言う事か。
確かに自爆だとG元素の回収も出来ない、更には実質G弾と変わらない。

「考えれる手段を全て、そっちは貴方に任せるわ」

「了解」

 帝都か。


――― Masato Side End ―――




 香月は崇宰と話していて冷静さを取り戻した。

「特殊任務、帰って来る事を信じている……そうね、帰って来るわね」

 因果を運びあちらの世界に行く、それは数十億の人を殺すという行為。
白銀は覚悟を持って帰って来る。使いやすい手駒から、使える存在になって。

「試製99型電磁投射砲と不知火 弐型、XG-70と00ユニットの二段構え。まりも、佐渡島は堕とすわ」

 やるべき事が決まった。香月は即座に研究に戻る。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 兵舎前


 白銀の心を救う事が出来なかった。御剣は白銀の部屋から出て呆然と立ち尽くしていた。

「何をしている。御剣少尉」

「……崇宰中尉?」

 我に帰った御剣は、目の前に立っている人物を見つめる。

「白銀か、奴は特殊任務だ。必ず帰って来る。しがらみの無くなった貴様が何をすべきか、良く考えろ」

 『俺も散々迷ったけどね』軍人から唯の従兄弟になった彼はそう言い残し去って行く。

「タケルは、帰って来る。そうか私がしたい事……信じて待とう。感謝を」

 知っている事実を教えてくれ、自分を元に戻してくれた、彼に感謝を。




2001年12月12日 帝都 政威大将軍執務室


「お久し振りです。殿下、閣下」

 将登は臣下としての礼を取りながら、二人を見つめる。

「先の件は大儀であった」

「有難う御座います」

「うむ、身体は元気そうじゃの」

 クーデターにより、政威大将軍の権威は本来の物に戻った。
動かせなかった斯衛は動かせるようになり、煌武院も出陣出来ると言う万全の態勢。

「して、此度の謁見の要件はなんじゃ?」

 褒められる為だけに此処に来た訳ではないだろう? そう言いながら紅蓮は本題を切り出す。

「はッ、オルタネイティヴⅣの完成の見通しが立ちました。
それに伴い、今年中に佐渡島ハイヴを攻略します。その時に斯衛の協力をと、副司令からの伝言です」

『!?』

 二人は驚愕してしまう、今まで暗礁に乗り上げていたオルタネイティヴⅣ。
それが完成する、そして佐渡島ハイブを今年中に攻略すると言ったその内容に。

「本当か?」

 紅蓮は確認のために将登に問いかける。

「潰してみせます」

 正気、そして本気。将登は見られている事を意に介さずに二人を見つめる。

「煌武院 悠陽の名に置いて、全面協力を約束します」

「はッ」

 沈黙を破る悠陽の発言、この発言により斯衛が動く事が決定された。

「紅蓮、詳細を纏めて報告せよ」

「はッ」




2001年12月13日 技術廠 第壱開発局


「閣下、いかがなさいましたか?」

 突然の紅蓮の来訪に、巌谷は驚きながらも要件を聞き出す。

「今年中に佐渡島ハイブの攻略が決定された。それに国を挙げて協力する事になった」

「なッ」

 言われた内容が理解出来ない、そんな巌谷を無視し紅蓮は続ける。

「反応炉破壊の為に不知火 壱型丙と、試製99型電磁投射砲をかき集めろと、崇宰殿の要望だ」

「……中層迄の露払いを斯衛に?」

 なんとか落ち着いた巌谷は、疑問点を問う。

「白き牙中隊を使え、あそこならば不知火 壱型丙と、試製99型電磁投射砲は使えるだろう。
決行の時までに、中層まで辿り着けるようにさせておけ!」

「はッ」

 紅蓮は用事が終わると、次の目的地へ向かう。国全てを動かすために、彼は動き回らなければならない。



「また忙しくなるね、唯衣ちゃん」

 白き牙中隊の隊長は、先日帰還した彼の義理の娘だった。




2001年12月14日 帝都 崇宰本家


――― Masato Side ―――


「そうか、武田は逝ったか」

「はッ」

 紅蓮さんと話を纏め上げ、あちこち走り回っていたら、時間があっと言う間に過ぎ去っていた。
今回帝都に来たからには、果たしておきたかった事。正治さんに報告を行う、俺が殺したと。

「して、何用じゃ?」

「俺は、恐らく崇宰の雑務に関わる事は出来ません」

 正式な出向、そしてオルタネイティヴⅣの発動。崇宰と言う名の家に、愛着はある。だが優先順位は決まっている。

「むぅ……」

「BETAを地球上から全て排除します。その後、出来れば仕事を教えて貰えませんか?」

 虚言だと受け取られようとも構わない、当主と呼んでくれた人は、俺が殺したんだ。

「今の俺には、判子を押すだけの時間もありません」

 時間が無い、佐渡島攻略はもうすぐ。

「そうか……この老いぼれに、BETAを滅ぼす迄生きろと申すか。あいわかった」

「有り難う御座います」

 なるべく早く帰ってきます。
 




同日 帝都 崇宰家 墓



 遺骨も何も入っていない、墓石もまだ無い墓。存在していない墓が目の前にある。
自分が始めて殺した相手、武田の墓がここにある。斯衛の全面協力も取り付けた、崇宰の仕事も押し付けた。
二度と此処に来る事は無いだろう。マスクを外し目を閉じる。

 出会いは最悪だった、襲われ負傷した。その後に傍に置いてくれと言われてからは楽しかった。
当主、彼だけは俺をそう呼んで慕ってくれた。戦い色々気がつかせてくれた。



「武田、次に俺が、此処に来る時はBETAを滅ぼした後だ。
しばらくのお別れだ、本名なんてどうでも良いだろうけど、友達だし教えて置く。

 高槻 将登の名に誓ってBETAを地球から排除する」

 

 俺は英雄にはなれそうに無い、親友を殺し、人を殺し、人を見殺しにしている。

 だけど許して欲しい、BETAは地球から排除するから、何を犠牲にしてでも。
 
 マスクはもう必要無い、名もどうでもいい、後は全てやる、だから待っていて欲しい。





[3501] そのよんじゅうきゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/05 19:59
2001年12月16日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室前 通路


「おや?」

 もう白銀が帰ってきたのか、帝都に行っていたお陰であっと言う間だ。

「崇宰中尉、オレは貴方を目指します!」

「は?」

 何を言っているんだ、以前より見た目は良くなっている。だが発言内容が意味不明だ。

「オレは未熟です、まだ色々足りて無いと思います。それでも目指します、俺は世界を救いたいんです!」

「……そうか」

 意味が理解できない、でもそう言って来る白銀は、俺には眩しすぎる。




「英雄さんは、罪人を目指す必要は無いと思うんだがね」

 香月博士が、白銀に銃を渡した気持ちが分かる。彼は日陰者には眩しすぎる。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「00ユニットですか」

 霞とあやとりとしている鑑、後は調律のみか。

「崇宰、そっちは白銀に任せるわ。貴方は……」

「訓練ですね」

 分かりきっている、俺はまだ、ヴォールクデータの反応炉破壊を成功させていない。

「貴方、単機で行けるの?A-01の何名……」

「やります。他に居ても邪魔ですから。A-01にはよろしくお伝え下さい。
作戦中はこちらの事を一切無視して貰って構いません、00ユニットで希望を魅せ付けてあげて下さい」

 自分と連携していた存在はもう居ない、そして彼でも不知火 弐型の全力には着いて来れない。
他の誰が来ても邪魔だ、意味の無い犠牲は認めない。
それによって世界も救われる、本当の意味で二段構えにして欲しい。

「……そう、12月25日よ」

「了解」

 一週間で辿り着こう、時間的な余裕は無い。

「所であんた、マスクとって生活するの?」

「つける意味がありませんから」

 ニヤニヤ笑いながら話しかけてくる、人類の未来も何も関係ない、この場は逃げよう。



――― Masato Side End ―――





2001年12月17日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


「整備班長、不知火 弐型の色を青の塗り替えておいてくれ」

「……崇宰中尉?」

 山崎の目の前の男を思わず凝視する、青の斯衛服に身を包み、いつものマスクが無い男を。

「それは、斯衛の色ですか?」

 何とか立ち直し、詳細を確認する。

「そうだ、後今日は限界を一度超えてみる。衛生兵を手配しといてくれ」

「中尉! 以前説明したように、あれは人間の乗れる物じゃありません」

 突然何を言い出す、色を変えるのは構わない、これは現状彼にしか乗れないのだから。
だが限界をわざわざ超える理由は無いはずだと、山崎は将登に詰め寄る。

「12月25日、佐渡島を攻略する……俺は自分の手であれを潰したいんだ。
一度限界を超えなければ、シミュレーター訓練も無駄に終わってしまう」

「……」

 日本人の悲願の為に、後遺症覚悟で確率を上げると言う将登に、山崎は何も言えない。

「頼む。整備兵に無茶を言っている事は分かっている」

 斯衛の青が頭を下げている。この事実に周辺が騒がしくなるが、山崎も将登も気にしていない。

「……わかりました。中尉、あんたはいつも無茶苦茶だ」

 無駄だ、二年前から変わっちゃ居ない。そう判断した山崎は降参する。

「いつでも止めれる様に、戦術機を手配します。最悪割り込ませます」

「……了解」





同日 技術廠 第壱開発局


「篁中尉」

「はッ」

 巌谷は親では無く軍人として命令する。

「白き牙中隊に不知火 壱型丙を四機、試製99型電磁投射砲を4つ用意した。
諸君等には、12月25日の佐渡島の決戦にて、不知火 弐型を中層迄届ける任務が決定された」

「なッ……失礼しました」

 上官の発言に口を挟んでしまった娘を、巌谷は親の顔で見つめる。

「唯衣ちゃん、開発の件はよくやってくれた。その集大成を佐渡島で見せるんだ。
将登君を無傷で……中層迄届けてくれないか。この通りだ」

「おじさま……了解」

 任務内容は正気の沙汰ではない、巌谷は理解しながら命令している。
中隊規模で突入し中層まで行く事だけなら出来る。だが生きては帰れない。
親の心境を察しながらも、娘は軍人として答える。悲願の為に。




2001年12月20日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 調律は順調、佐渡島の作戦には間に合う。後は……

「伊隅、ヴァルキリーズはどう?」

「はッ、中層突破寸前迄辿り着きました」

 中層突破寸前、これでは足りない。やはり反応炉破壊を斯衛に任せるしかない。
自分達はXG-70と00ユニットを使用し、陽動とBETAのリーディングを行う。
香月はそう見切りをつけ、伊隅に命令する。

「不知火 弐型を用意したかったんだけど、間に合わないわ。通常の不知火で出撃。
ハイヴ突入は無し、A-02には大量のBETAが来るはずだから、守りきりなさい」

「はッ」





 伊隅が退出した後、香月は最悪の想定をし続ける。
もし00ユニットが使えなくなった場合、もし彼が反応炉に辿り着けなかった場合。
もし、もし、もし……

「どの道、XG-70の自爆は覚悟しないとね」

 帝国軍の大半、そして斯衛は将軍を除き、全てが出撃する。
国連軍も、横浜基地の全てを出撃させる。だがそれでは足りない。

「確実に佐渡島は潰すわ」

 亡き友に誓おう、契約に誓おう、魔女の覚悟は不動のまま決戦に備える。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 屋上


 武田が死んでから、彼は斯衛服を脱ぐ事が無くなった。
月詠は、目の前で月を眺めている将登を見つめる。マスクを取り、先日は不知火 弐型で空を駆け地に堕ちた。
整備班長が止めてくれと頼むのを、全て却下する彼を止める事は出来なかった。
武御雷でも追いつけなかった、上空に居る彼は速く、そして遠かった。一度限界を知りたい。
その為だけに無茶をしでかした、覚悟が尋常じゃない、まるで死にたがっているように思ってしまう。

「月詠さん?」

 こちらの存在に気がついた彼は、普通に話しかけてくる。

「第19独立警備小隊は、第16斯衛大隊の臨時編入が決定されました」

 佐渡島に全ての斯衛を、将軍は自らが足手纏いになるとの理由で出撃しない。
だが帝都の守備に斯衛の戦術機が残らない、実質的な全軍出撃。
この決定を知らせる為に月詠は将登に会いに来た。

「そっか、当分お別れですね。また会いましょう」

「ええ、またお会いしましょう」

 死にたがっている訳ではない、彼は決死の覚悟を抱いているだけ。
また、この言葉により確信した月詠は屋上から立ち去る。

 最初は認識は警護対象、次は変わった人、その次は異常な人、最後は

「人を愛するをいう事も悪くは無い」

 何時からだろうか、愛しく感じていたのは。



「明日、白銀に会っておくか」

 斯衛としての自分の仕事も、もう直ぐ終わる。
斯衛として仕えた主、御剣の事を託す男に会いに行こう。




2001年12月23日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――


 マスクを取ったことにより、飛行ユニット使用時でも少し耐えれるようになっていた。

「何で、今まで気がつかなかったんだ」

 マスクが原因で倒れた事はある、なら外せば良かった事に今更気がついた。
目の前に移るのは、反応炉破壊成功の文字。限界が予想以上だったおかげで、少しずつ進めるようになった。

「このバズーカ殆ど使って無いんだけど」

 横坑を飛行で突っ切る、奥に行けば行くほど通路が広くなる。
主縦坑に辿り着けば後はこっちの物、下に降りるだけ、最後の反応炉にしか使いどころが無い。

「明日は移動、明後日『甲21号作戦』決行」

 バズーカの事は頭から追い出し予定を確認する。
自分はA-01の反対側、南西エリアからウィスキー隊と供に出撃。
斯衛に守ってもらい、西エリアでゲート確保、そのタイミングで第6軌道降下兵団の到着。
同時に白き牙中隊と突入、中層までは守って貰い、そこから主縦坑、そして反応炉へ。

「結局中層迄、何もすることは無しか」

 武装も皆無だし、仕方ないと言えば仕方ない。マップデータも無い。よって推進剤を無駄に出来ない。

「後は寝て待つだけか、そう言えば遺書って書いた事無いな」

 まぁ渡す相手も居ないから、別にいいんだけど。



「死ぬ気は無いし、いいか」






[3501] そのごじゅう
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/05 19:52
2001年12月25日 日本海 戦術機母艦


 目覚めは最悪。また夢を見た、最近毎日の様に見ている。
俺は死ぬ事に怯えているんだろうか、わからないけど考えない。怯える事は許されない。



「作戦概要は事前説明を受けたな?」

『はッ』

「崇宰と白き牙中隊は、ゲート進入まで決して手を出すな、よいな!」

『はッ』

「解散」

『敬礼』

 ゲート確保は紅蓮さんが担当してくれるらしい。重要な任務だし、重鎮も出てくるかそりゃ。



「崇宰中尉、お久し振りです」

「お久し振りです、篁中尉」

 打ち合わせで何か漏れがあったのだろうか。

「開発の件はお疲れ様でした。まだ何も返せていませんが、甲21号作戦は成功させてみせます」

「……中層突入以降、後を追わせて頂きたいのです」

 真剣に語りかけてくる、追いつけない事も理解している。
だが、白き牙中隊が地上に出れる確率は低い。そういう事か。

「置いていきますよ?」

「構いません、有り難う御座います」

 どちらせよ死ぬ覚悟が出来ているのか、俺に出来る事は反応炉を破壊するのみ……



「話は変わりますが、アラスカで好きな人が出来たみたいですね。おめでとう」

 堅い人だし、少しからかってみよう。

「崇宰中尉も、良き人が見つかったとお聞きしましたが」

「は?」

 からかった筈なのに返された? あのお堅い篁中尉に?

「……こちらの事は正直分かりませんが。アラスカでいい意味で成長したんですね」

 参った、これは予想外。

『……はぁ』

 何故溜息をついてるんですか、白き牙中隊の皆さん。

「崇宰中尉!」

「はッ」

 篁中尉が怖くて敬礼して答えてしまった。何故か勝てそうに無い。

「月詠中尉の事はどう思っていらっしゃいますか?」

「良い人?」

『……はぁ』

 物凄く逃げたい、だが戦術機に乗っていない俺は逃げれないと、統計的な結果が。

「私がどうこう言っても仕方ありません。後この空間の空気をどうにかして頂きたい」

 何故だ、白き牙中隊の皆さんがどんよりとしている。
さっきまで、決死の覚悟を決めていた筈なのに……

「今作戦終了後、月詠中尉と食事に行く事! 返事は!」

「了解ッ」

 何なんだこれは。






 戦術機に乗り込み作戦に備える。

「黒い空か」

 砲撃が始まった、佐渡島の上空は黒く染まっている。
佐渡島から光の道が上空に伸びていく、どちらが地球に優しいか一瞬疑問に感じてしまった。
目を閉じ音を聞く、砲撃の音は太鼓の音、自分を高揚してくれる音……




「HQよりホワイトファングス、エアー、発進せよ」

『了解』

 始まった、一気に地上まで飛ぶ。海面はレーザーの餌食になるので最大速度を維持。 

「エアー01、上陸しました」

「ホワイトファング01よりエアー01、貴方は化け物ですか?」

 これを作った貴女に言われたくない。

「エアー01よりホワイトファング01、先程の貴女の方が怖かったと思いますよ?」

 軽口、周りで戦っている人は沢山居る。だけど自分達の仕事は今は守られる事。



 青の武御雷が道を作り他の武御雷が道を開き、ゲート確保に向かう。


「紅蓮さん強いな」

 自分とは違う、純粋に巧く連携により突破力が桁違いだ。自分はある意味反則技しか出来ない。
これが斯衛か、最強を誇るだけあって強い、自分は真の意味では斯衛は無理だろう。




「ゲート確保、損傷は斯衛の二割。後は……お出ましか」

 第6軌道降下兵団、宇宙から落ちて来る戦術機部隊。
地が揺れる、いつも飛んでいるから戦場の地面の揺れは分からない。
だが、正面で土煙を起こしている、彼らの攻撃は凄いのだけは分かる。

「HQよりホワイトファングス、エアー、突入せよ」

『了解』

 

「ホワイトファング01より各機、BETAが居ない間は噴射滑走で突っ切る。推進剤の心配は必要無い!」

『了解』

 まっすぐ進むだけなら推進剤の心配は必要無い。帰る事はやはり想定されていない。
口に出して、文句の一つでも言いたい気持ちはある。だけどそんな事はしない、否定しない。



 おかしい、BETAが居ない? 陽動しているとは言え、こんな事はありえない。
データリンクから目を離さずに着いていく、振動? 噴射滑走で気がついていない!

「エアー01より各機、一端停止しろ! 下からBETAが来ている!」

『!?』

「今まで無かった『縦坑』を上に移動? 穴を掘っている?」

「01より08、09、試製99型電磁投射砲の準備をしろ! 推定個体数4万以上!
各員08と09の一掃と供に突破、08と09はS-11の用意をして置け!」

『了解』

 強引な突破、バズーカを使えばどうにか出来る。でも使わない、犬死にはさせない。これしか出来ない!



 偽装縦穴ではなく、純粋にBETAが穴を掘って進んでいる。

「撃て!」

 BETAの出現と供に試製99型電磁投射砲が火を噴く、

 高速で連射されている弾丸が、BETAをミンチにする。

 試製99型電磁投射砲を実際に見たのは初めて、圧倒的面制圧能力。

「01より各員、突破する」

『了解』

 二機の不知火を見捨てて突破する。中層突入まで後少し。




 マップデータが無い、データリンクも途切れた。どこまで進んだかもわからない。
白き牙中隊は、既に小隊規模まで数を減らしている。試製99型電磁投射砲も後二機。

「篁中尉、次にBETA群と遭遇したら。置いていきます」

「……了解、全員S-11の準備を」

『了解』

 限界、推進剤の温存は出来ている。今中層に居るかどうかもわからない。

「犬死にはさせませんから」

 俺は中隊全てを見捨てた。

 後ろで爆音が響いた。



 一定速度を保ち飛び続ける、偽装横坑からBETAの津波。

「相手にはしないんだけどッ!」

 下がってバズーカを撃つ様な真似はしない、最大加速で突っ切る。

 限界なんかもう関係無い、突き進む事だけを考えろ。

 下層からのBETAの出現、これも強引に押し通る。

 何分経ったか気にならない、気にしたら

「犬死なんかしない! させない!」



 ペース配分なんか最初の10分で忘れてしまった、朦朧としている。

「主縦坑!」

 正面に大きな空間、地下の反応炉まで続く道。推進剤の残りを無視して突っ込む。

 到着と供に衝撃が伝わり、爆音が響き渡った。



「重要な事を忘れるのは駄目だなやっぱ」

 XG-70bの荷電粒子砲がモニュメントを吹き飛ばした事を忘れていた。

 上空から降ってくる瓦礫を避けながら降下していく。

 BETAだけなら昔もあったが難易度が上がりすぎだ。

「もう少しッ!」

 二度目の衝撃、後少しなので気にせずに一気に反応炉を目指す。

 

 時間の感覚が無い、XG-70bの自爆前に反応炉を破壊したい。

 不知火 弐型を開発してくれた人も見殺しにした。

 武田も殺した、今の俺にはこれをやるしかないんだ!

「それか!」

 薄く光る物体、あれが反応炉。

 BETAがこちらに向かってくるが関係無い、

 バズーカを構え即座に撃つ。



「任務完了?」

 反応炉の破壊。呆けているのにBETAがやってこない?
BETAはこちらに背を向け、どこかに向かっている。反応炉は破壊した。

 なら何処へ行く?佐渡島ハイヴが消滅した時BETAは何処へ向かった?

「……横浜ハイヴ」

 即座に噴射跳躍で上を目指す、外に出れば通信出来る。



「俺も焦っているな」

 モニュメントは破壊されている。


 つまり退路が無い。



――― Masato Side End ―――




同日 日本海 重巡洋艦 最上


 原因不明の00ユニットの停止、白銀に回収させてしばらくして、BETAの行動が変わった。
BETAが大量に出現、しかも本州を目指している。原因は分からない。
自爆させるにはまだ早い、柏木が生きている。伊隅を今失うのは痛いのだ。
香月はそう結論付け即座に命令を下す。

「伊隅プランDに変更よ。至急A-02を放棄して戦域を脱出しなさい」

 命令と同時にXG-70bに突撃級が集まり、要塞級が出現する。

「砲撃によりA-02は破壊するわ。さっさとしなさい」

「了解」

 BETAの手にXG-70bを渡すわけには行かない。故に自爆装置も準備してある。
だがこれは諸刃の剣、G弾の有用性の実証はしたく無いのだ。

「柏木少尉のバイタルモニターは全てフラットです」

 CPの涼宮からの報告により、柏木のKIA判定。
脱出が実質不可能、ならばG弾の有用性の実証になろうとも契約を果たそう。

「伊隅……」

「A-02の周辺に……XFJ-01a? 崇宰中尉の不知火 弐型が!」

「香月博士、横浜ハイヴの反応炉、一時停止出来ますか?」

 何故此処に現れる、反応炉破壊はどうなっている。
香月はそれらの疑問を押し留め、質問に答える。

「可能よ」

「じゃ、止めてください。佐渡島ハイブの反応炉を壊したんで、全部横浜ハイブに向かっているらしくて」

『!?』

 今何を言った? 全員の理解が追いついて行かない中、香月は一番速く理解する。

「ピアティフ、横浜ハイヴの反応炉一時停止させて。
涼宮、A-02周辺に白銀以外のヴァルキリーズを集めなさい。
横浜ハイヴの反応炉が停止すれば、BETAは光州ハイヴに向かうわ」






[3501] そのごじゅういち
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/06 01:32
同日 日本海 重巡洋艦 最上


「崇宰、詳細の報告をしなさい」

 命令を出し終えた香月は、事の経緯を聞きだす。

「簡単に、反応炉を破壊、同時にBETAの動きが変化。
そこでハイヴへの帰巣本能を思い出し、横浜ハイヴへの向かっていると推測。
脱出を試みるも、モニュメント破壊により退路が無し、BETAの後ろを追いかけてここへ」

 要点のみを伝えてくる崇宰の息が荒い。当然といえば当然だった。
彼は反応炉を破壊している、体力が残っているわけが無い。
 
「反応炉を一時停止させるから、それまで時間を稼いで!」

「……」

 時間さえ稼げれば作戦が完全に成功する。そう判断したのだが、崇宰からの返事が来ない。

「崇宰! 返事しなさい!涼宮バイタルモニターチェック」

「エアー01、心拍数が低下しています」

 涼宮からの報告、整備兵が化け物と呼ぶ機体は正常。操縦者が限界を迎えている。
希望が見えた途端に絶望が見えてきた、香月は最悪の可能性を考慮して計画の変更を、

「副司令、収納済みの全戦術機を向かわせましょう」

 最上艦長 小沢の提案。佐渡島ハイブは堕とせた、帝国との約束は果たした。だが提案は受け入れない。
ここで全戦術機を向かわせても間に合わない、本土にBETAの進行を許していいはずが無い。

「横浜ハイヴの反応炉、一時停止成功しました。
本土に向け南下中のBETA群が進路を反転! 予想目標地点、光州ハイヴ」

 このタイミングでピアティフからの報告。香月は最終段階への移行を一時見送る。

「A-02周辺は?」

「崇宰機が交戦中、BETAの数は減っていません」

 武装の無い戦術機、BETAを倒さずに陽動しているだけ。コンテナから補給する暇も無い。
大半のBETAが光州に向かっている、だがXG-70bは集積回路の塊。
そして戦術機としては最大の脅威認定されている、その彼があそこに居る。

「ヴァルキリーズ、A-02周辺に到着しました」

 全てを失う可能性は排除された。

「提督、全戦術機をあそこに向かわせてください。それで完全勝利です」

 プランG、XG-70bの自爆により佐渡島を吹き飛ばす。最悪の手段はこれで回避できた。




 白銀は走っていた、BETAとの交戦中に鑑が原因不明の意識重体に陥った。
自分にはどうなっているかは分からない、分かる香月を問いただそうと。

「先生ッ!」

 自分が愛している女性の危機、周辺に人が居るのも気にせず香月を呼ぶ。

「白銀、00ユニットは?」

「指示通りに、メンテナンス装置に接続しました」

 周辺に人が居る。話せないことが多いと判断した白銀は、鑑の名を出さすに報告する。

「そう、ご苦労様。再出撃の準備をしなさい」

 再出撃? そんな事よりも鑑の容態が気になる。

「先生、00ユニットは?」

「見た感じ、機能停止やオリジナルデータの流失に繋がる様な、深刻な問題は発生していないわ」

「再出撃って、何かあったんですか?」

 鑑が失われる可能性は無い、その言葉に安心しつつ状況の確認を行う。
錯乱の為に、マーカー等のデータが一切自分には届いていなかった。

「崇宰による反応炉破壊、それに伴いBETAが横浜ハイヴへ向かって侵攻開始。
横浜ハイヴの一時停止によりBETAの反転。現在A-02周辺に大量のBETAが残っているわ。
だからあんたと話をしている暇も無いの、さっさと行きなさい!」

 脱出していない? 先程、柏木も伊隅大尉の元へ向かったはずなのに何故?

「あの、大尉と柏木は脱出していないんですか?」

「柏木は戦死、あんたが来る前に反転したヴァルキリーズの榊、鎧衣も負傷。
話をしている暇も無いって言ったわよね? 被害を増やしたくないからさっさといきなさい!」

 理解できない、柏木が戦死、榊が、鎧衣が負傷した?

「いったい……どうして?」

「戦争だからよ、今日だけで何百人も死んでいるわ。
あんた崇宰を目指すって言ったわよね、地位も権力も実力もある存在。
ぐだぐだ言って無いで、さっさと行きなさい!」 

 自分は世界を救うと言った、そして泣き言も言わないと宣言した。
膨れ上がる感情を、一時的に制御できなかった事を恥じつつも、何とか持ち直し白銀は戦場に戻る。






同日 佐渡島 南東部 A-02周辺


「B小隊、到着と同時に補給コンテナ確保。残りはA-02の直援!」

『了解』

 速瀬はCPの指示を聞き、即座にヴァルキリーズを纏め上げ、A-02の援護に向かっていた。

「……にしても反応炉破壊とはね」

「速瀬中尉、悔しいんですか?」

 からかう様な宗像の意見も一理ある、自分達では中層突破がやっとだった。
XM3搭載と部隊増員を迎えてやっと中層突破、相手は斯衛に新兵器で中層突破。
そこから単独で反応炉破壊、挙句の果てに今A-02の周辺に居る。

「悔しさなんか……あれを見ていたら湧いてこないわ」

 視界で確認した不知火 弐型は、空を飛び回りBETAを大量に陽動している。

『!?』

 新人達はまだ見た事が無かったのか、驚愕しているメンバーを無視しつつ速瀬は異変に気がつく。

「総員、対ショック体制!」

『了解』

 不知火 弐型が上空に飛び上がった。何かをしでかすつもりで居るのは、はっきりしている。
そして、あの戦術機が持っている武装はS-11のバズーカのみ。

 衝撃が伝わり地に穴が開く。



「くッ、あの馬鹿無茶苦茶!」

 BETAを大量に集め上空からの空爆、こんな事を続けられては、近寄られはしない。

「崇宰! あんたね、そんな事されたら援護も出来ないじゃない!」

 速瀬は、通信が繋がると同時に罵声を浴びせる。

「これで弾切れですよ……速瀬中尉」

 息が荒く、声が途切れ途切れ。眉を顰めながらも速瀬は任務を優先する。

「B小隊……」

「うわああッ!」

 一人目の叫び声、鎧衣機中破。

「鎧衣、ああッ!」

 二人目の叫び声、榊機中波。不知火 弐型に目を奪われBETAの接近を許していた。
そう判断した速瀬は即座に戦術機を動かし、二人に襲い掛かった要撃級を長刀で捌く。

「はぁッ! ちッ、風間、珠瀬はここでこいつら守って! 残りでコンテナ確保を優先!」

『了解』

 舌打ちしながら指示を出す。射撃能力の高い二名にお守りをさせ、残りでBETAを排除する。
大半のBETAは、A-02と不知火 弐型が引き受けていてくれる。武器をかき集めねば成らない。




「よしッ! A-02の直援態勢に入るわ」

『了解』

 コンテナはA-02周辺にかき集めた。A-02はあちこち凹んでいるが、まだ壊れていない。

「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、後10分でそちらに戦術機部隊が到着する。
それまでA-02を死守せよ。繰り返す……」

「聞いたわね、ここを守りきったら勝ちよ!」

『了解』

 佐渡島の完全攻略、人類の悲願を日本で成し遂げる。これで高揚しないわけが無い。

「崇宰、推進剤残ってるの?」

「……」

 返事が返ってこない、先程から様子がおかしかった。

「崇宰! 陽動はいいから、こっちに降りてきなさい!」

 返事を返す余裕も無い、そう判断した速瀬は降りろと命じる。
不知火 弐型は速度を緩めこちらに向かってくる、足元には大量のBETA。

「B小隊、突っ込むわよ。残りは残弾を気にせず、食い放題よ!」

『了解』

 BETAの増援はもう無い、戦力差は絶望的だが此処が踏ん張りどころ。

 不知火 弐型と交差すると同時に長刀を抜き要塞級を捌く。

 即座に突撃銃に持ち替え、要撃級を片付け動き回る。

 部下である白銀がやってみせた、自分に出来ないはずは無い。




 
「速瀬中尉! 不知火 弐型が、崇宰さんが起きません!」

 茜の声? 内容は、崇宰が倒れた? 今は戦っている。

 別の方向を向いていた居た意識を、戦闘に切り替えた瞬間。

 腕を振り上げた要撃級が目の前に、回避が間に合わない。



 

 目の前の要撃級が斬り飛ばされた。

 同時に大量の弾丸をBETAを吹き飛ばしていく。

「……青?」

 青の武御雷が正面に立っている、崇宰は後ろに居るので別人。

「悲願は為された。横浜基地副司令に感謝を、と伝えてくれぬか?」

 青の武御雷に続いて続々とやって来る、赤、黄、白、黒。

「了解ッ!」

 残りのBETAを武神に任せきるつもりは無い。

「もう少し頑張りますか! 茜、その馬鹿はよく倒れてるから放って置いていいわ」

「え……了解ッ!」

 よく倒れるは態々言わなくても良かった、そう思いながら速瀬は戦場を賭ける。



「人類の完全勝利か」



 佐渡島は人類の手に。




2001年12月26日 国連太平洋方面第11軍横浜基地


 身体から点滴、呼吸器等を大量に着けた将登が寝ている。
今まで一度もお見舞いに来れなかった将登の前に、霞が立っていた。
許可を得て絶対安静の彼の前に霞は立ち尽くす。

 近寄っていくと何かが見える。

 彼の身体を侵食していく様々な物、同時に死にたく無いと願う意思。

 苦しみながらも突き進み、生きる事を貫く意志。

 今まで一切見えなかった色が見えている。

 彼が起きている間は一切見えていなかった。それが見えている。しかもそれは複数。

「!?」

 驚いている場合では無い、香月博士に報告しなければいけない。そう判断した霞は走りだした。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 佐渡島は完全に落とした、スポンサーは満足している。 
同時に二週間後に甲20号を落とす作戦も予定されている。オリジナルハイヴ攻略の準備も始まった。

「……最強の手駒が両方、一時的に使えないのが痛いわね」

 反応炉の一時停止により、00ユニットの活動が停止。BETAのリーディング結果が引き出せない。
今反応炉の活動を再開させると、大量のBETAが横浜基地へ向かってくる。
佐渡島より西からの侵攻になるので帝都は安全、だが消耗している帝国軍は横浜を守りきれない。

「後は崇宰か」

 報告によると内臓を痛めているらしい、回収した不知火 弐型から救出された彼は衰弱状態。
目が覚めるまでどうなるかは分からない、今の自分に彼に対して出来る事は無い。

「あら、社どうしたの?」

 息を切らしながら現れた霞、この子は崇宰を見舞いに行ったのでは?
理由が分からない香月は、霞に問いかける。

「……博士、将登さんのリーディングに成功しました」

 今まで見えなかった筈の物が見えた、00ユニットが完成した今となっては余り興味が無い。

「へぇ、それで?」

 彼は反応炉を破壊した。それに関係して何か掴んだのだろうか? そう見切りをつけた香月は霞に問う。

「将登さんは、複数居ます!」






[3501] そのごじゅうに
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/06 01:20
同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「どういう事かしら?」

 香月は詳しい説明をと霞に命じる。

「一人は、純夏さんと同じです。ぐちゃぐちゃではっきりは見えませんでした。
何かに身体を蝕まれながらも、死にたくない、死にたくない。そう叫んでいました」

「……続けなさい」

 息を整えた霞の報告、BETAに捕獲され、何かの実験によって精神崩壊を起こした。
これは予想出来る、鑑の存在によりBETAが人類を調べている事は分かっていた。

「もう一人は、生きる事に、全てを投げ出しでも突き進むとだけを考えていました。
……少し混ざっていて、はっきり見えたのはこれだけです」

「そう、下がっていいわよ」

 自分が知っている、崇宰と言う人物は後者のみ。
つまり人格崩壊を起こして、それを直さずに、もう一人の人格を構成した?
人間の脳は所詮一つしかない、それを眠っている状態で、意識を複数存在させている?
様々な推測を立てながら、香月は思考に没頭する。



「先生、今後の事と、純夏の事と、佐渡島で気になった事が」

 煮詰まっている所に白銀がやってきた、今後の予定の話と佐渡島の話。
丁度良いといえば丁度いい、考えを一度リセットさせる為に香月は話かける。

「気になったこと?」

 00ユニットが使えなくなった原因に繋がるのあれば、それは聞いておきたい。

「いえ、それは長くなりそうなんで後で良いです」

「そう、さっきの説明にもあったと思うけど二週間後、甲20号作戦を決行予定だったんだけど。
最悪の場合は延期もするわ。横浜ハイヴの反応炉の一時停止により、ODLの浄化作業が進んでいなくてね」

 一つ目の事と二つ目の内容は繋がっている、00ユニットが停止しているのでデータも抜き出せない。
時間をかけて抜き出すか、BETAが光州ハイヴに着いた後、反応炉を再起動させれば解決する。

「それじゃ、純夏は?」

 不安そうに話してくる白銀を見ていると、自分が本当に先生になった様な錯覚を覚える。

「どちらにしても来週までは起きないわね。甲20号作戦は結果次第ね。
帝国はXM3を寄越せってうるさいし、オルタネイティヴⅤ派も静かになった。
スポンサーも大満足、今回は問題も起きたけど良い事尽くしね。
甲20号の次の準備も世界各国で始まっているし」

 大きな問題が二つ、00ユニットの一時停止、崇宰の問題。この二点以外は問題は無い。

「純夏は来週ですか……世界各国って大陸反攻作戦でも開始するんですか?」

 白銀にも思うところはあるだろう、柏木の戦死、元207B分隊二人の入院。そして、鑑は来週まで起きない。
それらを抑え込んでいる、彼は成長している。そう思いながらも香月は説明を続ける。

「いいえ、オリジナルハイヴを叩くわ。と言っても準備だからいつでも中止出来るけどね。
00ユニットの事だけど、今は何も手を打て無いわ。所であんたの気になったことって何?」

「えっと、純夏の倒れた時に、覚えの無い記憶と言いますか……」

 しどろもどろに話す白銀よりも、その中身が気になる。

「はっきり言いなさい! 倒れた時に何があったか!」

「はい! 以前の世界の記憶なのか分からないんですけど。その別の部隊員と……」

「大人の関係になった記憶を思い出したと?」

 白銀の戸惑いはもう気にならない、原因と思われる要素が浮上した。

「確かに、それが一時停止の要因の一つであることは確かね、素晴らしいわ。
機械であった00ユニットに恋愛感情、更に嫉妬まで引き出させるなんて」

「……」

 香月は歓喜している。自分の作った機械が、人間にどこまでも近い存在に成っている事に。
一方白銀の心境は複雑だ、意図していないとはいえ、自分の行動で死んだ人が居る、負傷した存在が居る。

「この戦いが終わったら、お願いが有ります。オレを助けてください。
オレを因果導体にした原因と、その排除に協力してください。先生の力が必要なんです」

 湧き上がって来る感情を抑え込み、香月に頼み込む白銀。

「あんたが死ぬ事で、元に戻る世界なんて認めないし。どっちにせよそれは排除するわ」

「ありがとうございます」

 確実に成長して、大人になっていく元手駒を見ていると、やはり自分は本当の先生だったのかもしれない。
そう思いながら、これからの対策と、彼に必要な知識を纏めて書類に刷る。

「……これ読んでおきなさい、00ユニットの事について書いてあるわ。
後リボンに細工して置くから、あんたの思考も二度と漏れる事は無いわ。
ついでに、周辺の人物も片っ端から制限して置くから、意識しなくても記憶の流入も有り得るみたいだし」

「わかりました」

「状態が整ったら彼女を部隊に入れるわ」

 人の思考を読めない状態、調律の最終段階、完全に人と同じ存在にする為には、人間の群れに入れるのが一番。

「先生、大丈夫なんですか?」

「不安があるならやっちゃえば? 安心させるにはこれ以上の方法は無いわよ。もう用事は無いし出て行きなさい」

 子供を相手に、恋愛の講義をするつもりもない。そう判断した香月は話を切り上げる。


 

「起きている間は統合、寝ている間は別々……その可能性も有ったか、でも原因は?」

 白銀が過ぎ去った後、香月は思考に没頭する。

「起きている間、リーディング出来なければ意味が無いわね。現状の彼に不満も無いし保留ね」

 考えても分からない、そんな事に割く時間も今は無い。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 甲21号作戦に置いて、自分は最後は何も出来なかった。伊隅は正面に鎮座する戦術機を見つめる。 
不知火 弐型、彼の様にカラーリングを変更されている訳でもなく、飛行ユニットも無い。
純粋に不知火より性能が高く、使いやすく、燃費が良い新戦術機。

 自分の不知火は、柏木と供に破壊された。指揮官用にと余っているパーツで組み上げられた不知火 弐型。

「使いこなせるのか?」

 この機体を見ていて連想させるのは彼の動き、空を縦横無尽に駆けるあの姿。
自分の力量ではあれは使いこなせない、故に飛行ユニットも付いていないのだが……

「大尉、羨ましいですね」

 こちらの心境を察している速瀬がからかおうとしてくる。

「そうか、速瀬は空を飛びたいのか。貴様の戦術機に、飛行ユニット取り付けの申請を……」

「ちょッ! 大尉、申し訳ありませんでした」

 部下に気を使われる様ではまだまだだ、そして彼の動きをする必要も無い。

「速瀬、延期の話も出ているが、二週間後までにヴォールクデータは完全にこなすぞ!」

「はッ」

 自分達に出来ない事、反応炉破壊を成し遂げた彼に、追いつかなければいけない。
前を見て進もう、以前の様に無茶をしようとせず、確実にやり遂げよう。
伊隅は先任の為、自分の為、未来の為に動き出す。


 食事がまだだった事を思い出す。今日は柏木の冥福を祈る日。

「……中華丼か」




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 PX


 白銀は書類を部屋に置き、食事に向かっている。
欠員こそ出たが作戦は成功した、悲しみに浸る時間も無い。そう意識しながらPXを訪れたのだが。

「全員、中華丼?」

「あッ、たけるさん。今日は柏木少尉の好きだった物を、って事で中華丼なんですよ~」

 小さい、一言で表現すればそうとしか言い様の無い幼女。いや少女。珠瀬が白銀の疑問に答える。
成る程と納得しながら白銀は全員を見回す、負傷者の二名は居ない。
だけど御剣、彩峰、珠瀬の三名は、振る舞いが日頃と変わっている様には見えない。
成長している、そう実感しながらもトレーを取り席に着く。


「あ、白銀ちょっといいかな?」

 茜は柏木の最後を聞きたいと白銀に頼み込む。


 全員が注目する中、白銀は誇るように柏木の最後を語る。
先任達の弔いの方法、誇らしく語りづく、自分の教官の教えを実行していく。
話終えた白銀は、先任達の眠る桜並木に行って置こうと思い立ち、席を立つ。

 そこで恋愛暴露話をされるとは思わずに。






2001年12月27日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


――― Masato Side ―――


「貴方馬鹿? 黙って此処に来ちゃったせいで基地中大騒ぎよ。
反応炉を破壊した英雄が行方不明になったってね、お陰で仕事が一時停止したわよ」

 これからの事を聞きだす事しか考えていなくて、とんでもない事になったらしい。
そもそも英雄と言うのは、死人の事を示すんじゃないだろうか。まだ生きてるよね?

「社、どう?」

 霞さんは首を横に振っている、何をしているんだろう。

「そう、隣に行っておいて」

 よく分からないが霞の用事は終わったらしい。
現状はソファーに座り込んでいる、ふらふらしながら此処まで来たけどもう歩けそうに無い。

「騒ぎについてはすいません。あの後どうなりましたか?」

 身体中が痛い、言う事を聞かない身体を強引に動かして、聞きたい事を聞きだす。
最後の方になると記憶が途切れすぎていて、現在の状況が分からない。

「……はぁ、BETAは光州ハイヴへ向かったわ。反応炉破壊お疲れ様。
横浜ハイヴの反応炉の一時停止に伴い、00ユニットのリーディング結果が抜き出せなくてね。
二週間後に一応、甲20号作戦を予定しているけど……どうなる事かしらね。
来週には反応炉の再起動を予定しているわ、同時にBETAの襲撃にも備えるわ」

 原作の情報だとリーディングデータからマップデータを引き出して……
反応炉の一時停止で、それがずれたと。ってことは自分の今するべき事は。  

「じゃあ不知火 弐型の所へ行ってきます」

 壊れていないか確認しなければいけない、次の出撃は来週の襲撃か。
一昨日の最後の記憶が曖昧だし確認してこよう。

「却下」

「は?」

 何故却下なんだろう、壊れていないのか?つまり、

「じゃあシミュレータ」

「却下」

 分からないけど駄目らしい。

「貴方、自分の身体どうなっているか分かってる?」

「ボロボロですね」

 ボロボロが一番適切だろう、思ったとおり動かすだけで辛い。

「一週間の絶対安静、普通の人間なら死んでるわよ。頑丈で良かったわね」

「……それもそうですね」

 不知火 弐型と飛行ユニットを、常時全力で使っていた事を今更思い出した。 

「A-01部隊の訓練を見学していいわよ。次は斯衛は動かせないから。
実質休暇だし好きにしなさい、日本人として言っておくわ。佐渡島の件、ありがとう」

 礼を言われても返す必要も無い、俺は礼を受け取らないのだから。 
反応炉の再稼動と同時に襲撃ね……夜の光る虫みたいだな、BETAって。

「思いつきなんですけど。反応炉って起動させたり停止させたり出来ますか?」

「手間はかかるけど、一応可能ね」

 本当に思いつきだけど、一応話しておこう。

「起動して浄化作業、BETAが向かってきたら停止って言うのは可能ですか?」

「……面白い意見だけど、不可能ね。ブリーフィングルームにA-01を集めるから。
そこで紹介を受けなさい、今まで隊員に会った事無いでしょ。素性を隠す必要ももう無いしね」

 駄目だったか、まぁ適当な意見が通るわけも無いか。

「了解。おわッ」

 立ち上がろうとしたら尻餅をついた。本当に立てなくなった、どうしよう……

「貴方……本当に反応炉破壊したのよね?」

 疑いの眼差しを向けられた。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム

 佐渡島の消滅は防げた、後は次の襲撃次第の部分もあるけど、オリジナルハイヴか。
伊隅大尉等が生きているのであれば、作戦成功率は上がるはず。
メンバーがどうなっているか分からないのが、正直不安なんだけど。

「取り敢えず身体を治さないと……」

「あの~、大丈夫ですか?」

 原作に居なかった人がここに居ます。何故猫の人が居るんでしょうか。

「歩くのは少し苦戦するけど、座っている限りは問題無い」

 原作から、プラス方向に向かっていくと信じて頑張っていたのだが……これはどう判断すれば?






[3501] そのごじゅうさん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/06 21:22
同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「久し振りと言うべきか、築地少尉、涼宮少尉」

 数ヶ月ぶりに会ったのはいいのだが、築地は原作には居なかったような。

『……?』

 何故疑問に感じて居るんだろうか?

「茜ちゃん! この人、マスクの人です!」

 椅子から滑り落ちそうになった。マスクは取っているけど、それは酷くありませんか。

「築地少尉、人様を指差すのはいかがなものかと……」

 無駄に疲れる、この少女の相手はするのは避けた方がいいかもしれない。

「多恵やめなさいって! お久し振りです、崇宰中尉」

 涼宮妹は苦労人では無いだろうか……

「お久し振りです! 崇宰中尉、あの何か用ですか?」

 猫の人は身分も階級も関係無いんですね、猫ですもんね。



「築地、その辺にして置きなさい。お久し振り、行方不明の英雄さん」

『!?』

 猫の人と涼宮妹は、何を驚いているんだろうか。

「お久し振りです、速瀬中尉。騒ぎになっていますか? 後、英雄と呼ぶのであれば怒りますよ」

 病院を抜け出したのは、まずかったのかもしれない。そして俺は、英雄にはならない。

「放送で無事を確認って流されたから、もう大丈夫よ。別にいいじゃない英雄さん」

 一安心出来たが……速瀬中尉が、からかおうとしている。逃げようにも走れない。

「あの~速瀬中尉、崇宰中尉が噂の変態さんですか?」

 変態、俺が? どういう事だろうか、速瀬中尉をじと目で見つめる。

「えっと、昔はマスクマンだった訳だし。機動も変態だし……」

 少しずつ速瀬中尉が下がっていく。速瀬中尉は、攻めるのは得意だけど、守るのは下手糞?



「貴様達! 何をやっている」

 このパターンは二度目です、ドSとその他諸々の登場か。色々足りていない気がする、榊も鎧衣も居ないのは何故?
敬礼してくる面々に敬礼を返す、立てないので座ったままの敬礼だけど仕方ない。

「まずは、こちらの崇宰中尉の紹介をして置こう。
以前より、A-01とは任務を供にする事があった人物で、見ての通り斯衛だ。
崇宰家の現当主にて、佐渡島ハイヴの反応炉を破壊した人物だ!」

『!?』

 隊長クラスや、涼宮姉以外は驚いている。知らされていなかったのか?
失敗の可能性の方が高かったのも事実だし、余計な情報を与える意味も無いか。

「初対面でも無い人も居ますがよろしく、崇宰 将登中尉です。
無理しすぎたみたいで、今は立つことすら出来ないんで座ったままですけどね。
一応斯衛の青ですが、所属は余り関係無い立場なんで気にせずに」

 様付けは一生慣れないだろうな。

「積もる話もあるのだがな、これだけは言わせて欲しい。佐渡島の件、感謝する」

『ありがとうございます』

 やめて欲しい、俺は罪人だ。感情を抑えながら声を出す。

「紹介の続きを」

 受け取らずに続きを促す、拒絶する訳にもいかない。

「既に知っている者の紹介は省く、まずは風間 祷子少尉だ」

 ヴァイオリンの人か、聞いた事は無いから少しは興味は有るんだけど。そんな余裕も無い。

「風間です、よろしくお願いします」

「よろしく、風間少尉」

「次は、涼宮 茜少尉だ。既に知り合いの様だがCPの涼宮の妹だ」

 面識があるし、原作メンバーだから知っている。

「涼宮少尉であります! お久し振りです中尉」

 凄く動きがぎこちなくなった。

「二度目になるが久し振り。肩の力を抜いた方が良いと思うぞ? 青の斯衛といっても人間だし」

 速瀬中尉が余計な事を吹き込んでいる可能性がある。一般人と証明しなければ。
青の斯衛で、反応炉の破壊を成し遂げた。これは一般人なのだろうか、本人の認識は一般人だしいっか。

「次は築地 多恵少尉だ」

「はい、築地です。お久し振りです。マスクは取ったんですか?」

 この子は、まともに相手をすると精神が磨耗されていく気がする。

「久し振り、マスクは付ける意味も無くなったんでね」

「既に分かっていると思うが、まともに相手をすると疲れるだけだぞ」

 ええ、伊隅大尉分かります。何か抗議している猫の人は無視してください。

「後は二名居るのだがな、負傷していて入院中だ。
復帰は先になるのでその時に、残りは任務で供にした事がある筈なので割合する」

 彩峰と珠瀬と御剣と白銀、クーデターの時か……前の二名は話したこと無いんですが。
原作メンバーは既に欠けていて、精神的に疲れる猫の人が追加されている。
原作だと、伊隅大尉と猫の人が居なかったから、戦力的には変わってないのか?
無意味な事を考えるのはやめよう、俺が居ると言う事だけで大幅にずれているのだ。



「ふむ、貴様は反応炉をどうやって破壊したのだ?」

 機密も何も無いし、普通に話すか。先任の事は誇らしく語る、結果として犬死にはさせていない。

「中層までは斯衛に露払いをして貰いました。試製99型電磁投射砲とS-11で強引に突き進み。
そこからは真っ直ぐ飛んで向かって、S-11を搭載したバズーカで反応炉を破壊しました」

『……』

 説明が足りていないのか?

「えっと、途中でモニュメントが破壊され、主縦坑に居たのでその時は必死でした。
BETAと瓦礫が大量に降ってきたので。破壊した後も、それが原因で外に出れませんでしたし」

『……』

 まだ足りないのか?

「結局BETAを追いかけて行ったら、A-02の近くに出れたんですけど……」

「なるほど~、やっぱり変態さんなんですね」

 猫の人が酷い事を言ってくる。事実しか語っていないのですが。

「貴様は相変わらずと言うべきか、出鱈目だな」

 ドSよりは人間的に間違っていないと思いますが? 全員頷いているのは無視だ。

「白銀! あんたも飛行ユニットに乗りなさい!」

 速瀬中尉、それはいい考えかもしれない。

「嫌ですよ速瀬中尉! オレはそこまで変態じゃないんです!」

 白銀、俺の扱い酷くないですか。

「速瀬中尉、どうせ乗るなら速瀬中尉の上がいい。そう白銀が言っています」

「しぃろぉがぁねぇ~」

 何でだろう、疲れてきた。




 わいわいやっている中隊は楽しそうだ。

「伊隅大尉、甲20号作戦、俺が参加するとしたら、どうなるんでしょうか?」

 俺は連携に向いていない、そして全員を置いていってしまう。
甲20号作戦が実現するかどうかは分からない。でも聞いておいて損も無い。
全員の注目が伊隅大尉に集まる、そりゃ気になるか。

「恐らく、A-02とA-01部隊の逆方向からの進入となる」

『!?』

 全員が驚いているが知った事ではない、A-02が敵を引き寄せ俺が突っ込む。
一番有効的なのはこれだろう、俺は引く事は許されていない。

「成る程、それで見学と言うのは?」

 正直俺が見る必要性を感じない。

「我々は、実際にハイヴ突入した事があるわけではない。気がついた点、全てを報告してくれ」

「了解。先行ってますね、足遅いんで」

 経験の有無は重要か、実際ハイヴに入った時は必死になってしまった。
それで見学ね、こちらの身体の事も考慮にいれれば有効だな。



――― Masato Side End ―――







「白銀、現状では貴様が崇宰に一番近い」

 将登が過ぎ去ると同時に、騒いでいた隊員の空気が変わる。伊隅はそれを確認しながら連絡を伝える。

「本来、私が乗る予定だった不知火 弐型を貴様に預ける。
これは副司令と、隊長全員の総意の元に決定された。いいな乗りこなせ!」

「了解」

 甲21号作戦に置いて、白銀は彼と似たような陽動をやってみせた。
自分では乗りこなせない。そう判断した伊隅は香月に許可を取り、白銀に不知火 弐型を預ける提案をした。
最良の未来を引き寄せる、一人の衛士でしかない将登は反応炉破壊を成し遂げた。それを模倣するために。

「見学と言う名目で実質休暇状態だが、聞きたいことは聞いておけ」

「はッ」

 まったく同じ事は望んでいない、先の作戦は博打に近い状況。
毎回博打を実行して、成功する可能性は低い。その為に、確実にA-02とA-01で甲20号作戦を成功させなければいけない。

「ヴォールクデータは100%まで持っていく。 解散!」

『敬礼』




 隊員が去って行く中、白銀は不知火 弐型の意味を考えていた。
自分の機動が認められた。自分の都合良く考えるとこうなる、だがそれだけでは無いはずだ。
甲20号作戦、自分達とは反対側から彼は反応炉に向かう。A-02に敵が集まるのは前回で実証済み。
一緒に居るよりも作戦成功確率は上がるだろう、だが捨て駒。結論付けると同時に悔しさに湧き上がる。
甲21号作戦ではA-01部隊は欠員が三名でた、それらを思い出すと同時に悔しさも抑え込む。
自分は弱音は吐かない、泣き言も言わない、世界を救わなければいけない。心の中で繰り返す。

「白銀」

「……涼宮」

 突撃前衛を目指していると公言している少女、自分をライバルだと思っている少女。
不知火 弐型の件について難癖を付けに来たのだろうか? 白銀は色々考えながら耳を傾ける。

「不知火 弐型、乗りこなしなさいよ」

「ああ、乗りこなしてみせる。でも意外だったな、何か言われるのかと思った」

 激励の言葉を受けるとは思いもしなかった。白銀はそう言いながら答える。

「悔しいって気持ちはあるけど、先任や負傷してる人に顔向け出来ないじゃない。
意地を張らずに頑張ってみようって決めたんだ、あたし」

 思い浮かべるのは、柏木、榊、鎧衣の三名。様々の経験を得て彼女も成長しているのだろう。
負けてはいられない。そう思いながら白銀はシミュレータールームまで走り出す。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 通路


 色が見えた、彼が深い眠りについている間に色が見えた。
今まで見えなかった色は二つあった、対照的な色。生への執着、生への願望。
色々と教えてくれた彼、その彼にに何か起きたのだろうか?

「霞?」

 話を聞こうと思った、会話。彼がくれた思い出の一つ。
白銀 武 自分がいつの間にか好きになっていた人物とは昨日会話できた。
基地内が歓喜の色に溢れかえっていた、その中で自分は何も出来なかった。
姉妹達が成し遂げれなった事を、鑑一人に押し付けてしまった。結果彼女は眠っている。

「どうかしたのか?」

 目の前に居る彼は不思議そうにこちらを見ている、色は見えない。
でも分かることはある、ボロボロ。一言で言い表すならばその一言。

「……将登さん、私は衛士になります」

 何も出来ないのがもう我慢できない。

「……そうか、頑張れ」

 否定も肯定もしない、こちらの意思を認めてくれる彼。
人間関係、彼と話をしてから色々と調べた。自分を見守っていてくれる彼は、

「将登さん、お兄さんと呼んでもいいですか?」

 兄の様な者なのだろう、そう結論付け聞いてみる。

「……霞、君まで俺を変態にさせたいのか?」

 兄というのは、彼の中で変態なのだろうか?

「いや、多分勘違いだろう。好きにしてくれ」

「……はい、お兄さん」

 言いたい事は分からない、だけど許可は貰った。今の自分にはそれで十分だった。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


 佐渡島ハイヴの完全攻略、それにより有用性の実証が済んだXM3の試験導入が行われる。
その慣熟訓練の為にシミュレーター訓練を行っている月詠の元に、フラフラしながら歩いて来る将登が現れる。
病院から行方不明になったと聞いて全員で捜索に当たった、 先の戦いの最大の功績者、日本人としては感謝を伝えたい。
だが彼は、それを望むのだろうか? 望まないのであれば、感謝をしても言葉に表す必要も無い。

「お疲れ様でした、将登さん」

 望まないだろう、彼は常に未来を見ている。そう判断した月詠は感謝を口に出さずに労わる。

「お疲れ様、月詠さん。あっ、今度ご飯食べに行きませんか?」

「はい?」 

 言葉にしてから後悔する、これでは断っている様なものだ。

「そっか、じゃ」

「いえ、将登さん! ご一緒させて頂きます」

 勘違いされては困る、彼とは一度も食事を供にしたことは無い。
それを彼から誘ってくれたのを断る理由は無い。月詠は決死の覚悟で将登に詰め寄る。

「わかりました。身体が治ったら改めて誘いますんで」

「お待ちしております」

 何故突然食事の誘いをしてくれたのだろうか? わからない事は多い。だが結果に不満は無い月詠であった。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 人類の手に落ちた佐渡島、G元素20kgの回収の報告と同時に新事実の判明。

「光州ハイヴからの侵攻、同時に佐渡島にBETAが残っている」

 口に出してみても現実は変わらない、光州ハイヴのBETAが飽和状態になった。
佐渡島から逃げ出したBETAが合流して数が増えた、単純な事だ。
そして佐渡島、調べてみると蔦部が群馬県まで伸びていると推測されている。
反応炉を一時的に停止させただけでは、駄目だったのかもしれない。

 一時停止のお陰で大半のBETAは光州へ行った。そしてあちらは大東亜連合が相手をしてくれる。
だが長くは持たないだろう、結局佐渡島にまたハイヴを建設されてしまう。
BETAのリーディング情報、これを引き出せれば希望はある。だが反応炉が停止している現状では……

「どちらにしても国内のBETAを一掃、リーディング結果を抜き出さなければ」

 一週間待てば、全てのBETAが光州に行くと予想していた。
だが現実には光州からの侵攻が既に始まっている。またハイヴを建設されてしまう。
それならばこちらで反応炉を再稼動させ、かき集め殲滅する、早ければ早い方がいい。
そしてリーディング情報には、マップデータの様な物が見え隠れしている。
賭け要素が多い、だが再度ハイヴを建設されてはG弾で吹き飛ばせという意見がでかねない。

「ピアティフ、反応炉の再稼動急いで。同時に帝国軍に連絡、BETAが横浜に襲撃、予定日時は三日後」

 通信で即座に命令をし、00ユニットの元へ向かう。






[3501] そのごじゅうよん
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/07 08:01
同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


――― Masato Side ―――


「ヴォールクデータにはありませんでしたが、佐渡島ではBETAが新たに縦坑を掘る行動が見られました。
よって、反応炉破壊が成功すれば、次回から意図的に擬似縦坑の数を数倍に設定します」

『了解』

 各ハイヴのデータはまだ無い。だからヴォールクデータを完璧にこなして貰うしかない。
中層以降と言う条件なら、俺は単機でこれを成し遂げれる。A-01でも時間の問題でクリア出来るだろう。
それに不安要素を足していく、1週間の反応炉停止。これにより時間的猶予が出来た。

「白銀少尉、不知火 弐型は飛ぶ事を想定している。躊躇する必要は無い」

「了解」

 にしても白銀は化け物だな、機動のみなら、長年やり続けているこちらの方が上かもしれない。
だが総合能力は断然あちらが上、射撃も格闘もこなしている彼は天才と言われているだけはある。

 自分は連携は出来ない、連携等で自分の口から言うべき事は無い。

「……違う?」

「中尉、どうかなさいましたか?」

 こちらの呟きが涼宮中尉に聞こえたようだ。

「いえ、何でもありません」

 白銀の機動、自分の機動、比べてみると根本的に何かが違う。 
彼は飛んでいる? 違う、彼は跳んでいる。高速で跳び回って飛んでいる様に見えるだけ。
自分は日頃飛んでいる、高速で跳び回るのではなく、高速で飛び回っている。
今更とんでもない勘違いに気がついた。白銀が飛行ユニットを拒否する理由はこれか。

「白銀の次に適正が高いのは築地か」

 意外な発見、彼女は高速戦闘をこなしている。ただ前に出すぎて涼宮妹に怒られている様だが。
白銀の機体の性能上昇、これだけで随分と戦力が上がっている。支援の数が減っていても攻撃力が変わっていない。

「……簡単にクリアか」

 突入から190分で反応炉破壊、初回で成功。原作より戦力は上がっているかもしれない。

「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ、お疲れ様でした。これより20分の休憩とする」

 俺のやる事はもう無いな。部屋で一眠りしておこう。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室



「と言うわけで、鑑少尉をA-01に編入。同時に反応炉を再稼動。
マップデータがあれば、現状のA-01部隊でハイヴの反応炉は破壊は可能。
貴方のお仕事は大方終了、本格的に休養に入りなさい」

 結局反応炉を破壊しても、BETAを殲滅した訳では無いから、意味が無かった?
原作メンバーが変わっていても、歴史は大きくは変わっていない?
これでは、俺が殺した人が犬死になる? 駄目だ、マイナス思考は駄目だ。
考えようによっては、桜花作戦はこれで決定的になったんだ。更に成功率を上げねばならない。

「A-01にはオリジナルハイヴ攻略を?」

 確認しなければいけない。

「予定しているわ。ひとつ聞きたんだけど、貴方、身体を蝕まれる様な夢を見る?」

「見ますけど、あまりに気にしていません。どうでも良い事ですし」 

 目覚めが悪くなる程度、罪悪感を感じているのかどうかは知った事ではない。
次回の横浜襲撃までに完治は不可能、そして桜花作戦までにも完治は不可能。

「参った、出来る事が休むだけだ」

「あら、貴方焦っているの? マップデータも引き出せたし、人類の勝利は見えているわよ」

 確かに桜花作戦までは行けるだろう。原作メンバーが居なくとも戦力的に落ちている訳ではない。
喜ぶべき事なんだろう、俺が関与して変わってしまっている現状。マイナスには至っていない。

 先程のヴォールクデータ、白銀は不知火 弐型に乗り更に化けた。
連携の出来ない自分とは違い、連携をこなしていた。メンバーが変わっていても攻略できていた。
XG-70bの回収も出来ている。G元素は少量とはいえ確保できた。

「じゃ、自室で休んでおきます」

 桜花作戦では自分は必要ない、仮にも斯衛がでしゃばれる事態ではない。
より良い未来を望むのであれば……次回の襲撃で動くしかない。
現状はマイナスには成っていない。かといって大きなプラスにも成っていない。
『犬死にさせない』そう決めた、死ぬ気も無い、地球上のBETAを殲滅すると誓った。



――― Masato Side End ―――





2001年12月28日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「鑑、白銀の件は分かったわ。一つだけ聞いておきたい事があるのだけどいいかしら?」

「はい」

 白銀を守りたいが故にA-01から外せと言う鑑、それはいい。
そこまで人間らしくなった要素を否定するつもりも無い。白銀がどうにかする問題だろう。

「統合された貴女は、崇宰と言う人物は知らないのね?」

「はい、知りません」

 つまり原因は、鑑ではない。。

「そう、処置装置に戻りなさい」

「はい」

 彼が原因で世界がループするのであれば原因の排除も必要。
だが彼は恐らくループしていない、一回のみ呼ばれた存在である可能性が高い。

「自分で自分を呼び出したのかしら」

 呼ばれた本人は恐らく気にしていない、元の世界の夢を見るわけでは無く。
この世界の夢を見ている、つまりもう呼ばれた人物が世界に定着している。



 リーディングの成果は良好だ、各ハイヴのマップデーターや配置。
これを公表すれば地球上大半のハイヴは叩ける、だがXM3とXG-70だけで勝てるとは思えない。
19日の伝達時間を考慮にいれ甲20号作戦を決行。電撃戦で一気に排除すると言う対策は取っていた。

 後二日後に基地に向けてBETAがやってくる、帝国側は協力は実質的に不可能だと言って来た。
戦力が無いのだ、先の佐渡島の戦いで多くの兵士が死んだ。一応太平洋に艦隊は配備されている。
正式に発表はまだしていない、戦力が足りなさ過ぎるので士気を下げてしまうのだ。

「今はデータの解析が優先ね」

 リーディング結果の解析、これを完璧にこなす以外打てる手段が無い。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 シミュレータールーム


 XM3の試験導入、それに伴い月詠は慣熟訓練を行う。
世界が変わった、一言で表すならばこうだろう。自動で入力される動作、不都合があれば取りやめれる。

「……凄い」

 口から出してしまった言葉が、このOSの評価。

「これがあれば前線の衛士達は……」

 彼の操作ログを見ていて不信に思った点、それが今判明された。
昔から存在していたと思われるこのOS、それを表に出さずに居た事実。

「……地獄に逝くつもりなんですね」

 人として外道の道を歩いている、安易にこのOSを表に出さなかった。
先の戦いでも斯衛の一個中隊を置き去りにしている。結果は残しているので英雄と呼ばれている彼。
だが彼自身は悪魔になろうとしている、英雄と呼ばれる事は苦痛でしか無いだろう。
武田一人、彼一人失っただけで壊れかけていた。自分には何が出来る?

 XM3を使いこなす、現状ではこれしかない。

「次の甲20号作戦、随伴の申請をしておきましょう」

 甲20号で斯衛は大きくは動けない、だが一個小隊程度ならば動けるかもしれない。 
駄目もとの申請、通る通らないかは分からない。せめて修羅の道を供に……





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 手前の坂


「白銀か」

 白銀は鑑に振られた、この事実を整理しようと、先任達の眠る墓の前に来ていた。

「崇宰中尉」

 一方将登は暇を持て余し、散歩していたら白銀を見かけて声をかけた。

『……』

 互いに特に用事があった訳でも無い、二人の間に沈黙が舞い降りる。
男二人で見つめ合うと言うのは、如何な物かと思われる。

「中尉はどうしてここへ?」

 白銀はこの空気をどうにかしようと、会話を試みる。

「散歩、戦術機に乗っちゃ駄目。シミュレーターも駄目。やることが無くてな」

 昨日は将登も訓練の見学を行っていた。だが鑑の入隊により外された。
暇になるのも仕方ない、そもそも病院に入っていなければいけないのに、うろついている事が異常だ。

「白銀は、愚痴か」

「ええ、まりもちゃんと柏木に」

 ここに来る理由は愚痴であっている、自分の心の整理の為に先任に愚痴る。一見するととんでもない行為だ。

「……程ほどにな」

 思う所は多々あるであろう将登は基地に戻っていく。




 将登の過ぎ去った後に、月詠がやってきたのは別のお話。





2001年12月29日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


「……何をやっているのかしら」

 報告者に書かれているどうでもいい内容、崇宰 将登があちこちに出現している。
邪険にするわけにもいかずに適当にあしらっているとの事、この忙しい時に何てくだらない報告を……

「明日の襲撃まで、自室に閉じ込めるように指示しておきましょうか」

 最悪の場合は明日出撃して貰う、かき集めた戦力では足りない。
BETAは未だに確認されていないが、確実に横浜基地にやってくる。

 どうでもいい報告を適当に処理した香月は鑑の様子を見る。
精神的には少し不安定、男の仕事と白銀に言ってある割には仕事が遅い。

「だからさっさとやれっていったのに、駄目ね」

 昨日、白銀は振られている。ある程度は鑑は安定しているとはいえ不安もある。


 
「あら?」

 数値を見ていると鑑の状態がさらに安定にしていっている。
何をしているか確認すると、肉体関係を築き上げている。

「駄目だと思ったけど、ぎりぎりね」

 安定に向かってはいるが、これはODL浄化が必要。そう判断した香月は霞に呼びに行かせる。


「防衛基準態勢2発令、即時出撃態勢で待機せよ!」

 予定より早すぎる襲撃、香月は司令室に向かう。






同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 自室


――― Masato Side ―――


「……暇」

 休養と言うのは本当にやる事が無い。訓練しようとしたら怒られた。
整備に混じろうとしたら叩き出された、食堂に座っていると邪魔と言われた。

「明日か」

 自分が原作終了までに動ける最後の機会、現状でも恐らく桜花作戦は成功する。
明日の横浜襲撃をなるべく被害を抑えてやり過ごせれば……

 扉の向こうが騒がしい、何事かと思いドアを開けようとしてみる。

「閉まって開かない?」

 開かない、閉じ込められた?





「防衛基準態勢2発令、即時出撃態勢で待機せよ!」

 どうしようか悩んでいる時に警報が鳴り響いた。本当にどうしよう……


――― Masato Side End ―――




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ブリーフィングルーム


「BETAの出現予想地点は旧町田市一帯。地表到達は70分以内。攻撃目標は当横浜基地。
先日行われた反応炉の再稼動と供に、残っていたBETAがやって来たと言った推定だ。
地表到達から最速20分でこの基地にやってくる、推定数は現在で3万。
我々の任務はXG-70と、その衛士である鑑の安全確保だ。基地施設はその次。
そして帝国軍からの増援は来ないと通達があった、疲弊しているのは分かっているし当然だな」

 状況報告から一気に話す伊隅は、一呼吸置き全員を見回し命令する。

「A-01中隊は、第7戦術機甲大隊と供に、基地の中枢施設の防衛にあたる。
これはXG-70の地下格納庫搬入リフトに最も近いからだ。
帝国斯衛軍第19独立警備部隊も我々と供に行動することになった。
明日以降の事は一先ず考えなくていい、BETAを殲滅しろ!」

『了解』




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 司令所


 陽動に次ぐ陽動、BETAが戦術を使ってきている。
徐々に押し込まれてきている、帝国軍の支援も実質無いに等しい。地上から来ると予想していたのに出現位置が近すぎた。
様々な要因で横浜基地にBETAの進入を許した。この事態に香月は焦っている。

 戦術機の半数以上を一瞬で失った、ある程度は駆除したとはいえ増援が次から次へやってくる。
圧倒的物量に戦術が加わった、何故このタイミングで戦術を駆使してきているのは分からない。
充填封鎖によりBETAの通路をメインゲートに絞り時間を稼ぐ。手段が他に思いつかない。



「閉じ込めるのは酷いんじゃないですか? 香月博士」

 A-01と斯衛を下げて、時間を稼ごう。そう思っている香月の元に将登が現れる。

「いや、振動が激しくて。ドアが開いたんで此処まで着ました、状況は……悲惨ですね。
航空支援が実質開店休業ですか……出ましょうか?」

 充填封鎖により、航空支援を一箇所に集めるとはいえ足りていない。
そして彼は空からの攻撃に特化している衛士、今使えば二度と使えなく成る可能性もある。

「……やれる?」

 此処に来た理由は地上に行けなかったからだろう、通路はあちこち封鎖されている。 
そして態々此処に来た理由は、使い捨てに成ってもいいかとの確認。

「行って来ます」

 被害は予想の遥か上、現状使えるものは全て使わないと生き残れない。
そう判断した香月はハンガーまでのロックを全て解除せよと指示する。

「涼宮、斯衛はそのままでA-01を下げなさい」

 彼が堕ちるまでは斯衛の随伴させよう、A-01には地下格納庫を守らせる。



同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


 砲撃により地が揺れている、その中で生きて帰ってきた衛士がピストン出撃を繰り返す。 
整備兵は戦術機を片っ端から修理し出撃させる、ハンガーの戦術機は殆ど残っていない。

 何度も出撃を繰り返し衛士達は散っていく。そして整備兵までもが出撃していく。
山崎は誰も乗らない戦術機を見つめる、青くカラーリングされた戦術機。
誰も手を出さない、誰にも乗れない戦術機。もう整備する戦術機が無い。自分のすることは無い。

「……俺が乗るか」

 この戦術機は誰にも乗れない、唯一乗れる人物は負傷中。
自分が誰にも乗れない戦術機にした、基地内部に大量のBETAが侵入している。
歩く砲台でもいいから戦力が必要、そしてもう自分の出来る事がこれしか残っていない。

 強化服も何も無い、乗っても歩き銃を撃つ位しか出来ない、それでも必要。そう判断した山崎は戦術機に向かう。



同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 メインゲート周辺


 当初の予定では、自分達はA-01に随伴して、地下格納庫の防衛にあたるはずだった。
だが指示では斯衛は残れと不可解な命令が来た、指示に逆らうつもりは無い。

「……捨て駒か? 有得んな」

 月詠は、BETAの侵攻を抑えながら、湧き上がってきた疑問を一刀の元に切り捨てる。
どういった事情か知らないが、此処を守る必要があることは理解している。
BETAの侵入は想定されている、それを遅滞させるのが今必要な事。

「ブラッド各員、即座にBゲートのBETA排除に向かってください」

『了解』

 メインゲートを守っていて、Bゲートが危機に晒されている。
BETAの動きが完全に今までと違う、XM3によって底上げされた武御雷を駆り現地に向かう。

「成る程、斯衛は此処に残る意味はこれか」

 月詠は今歓喜している。あの青の戦術機と、ようやく供に戦える事に。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 ハンガー


――― Masato Side ―――


 許可を得て薬を適当に飲んでハンガーに着いたのだが、戦術機の数が少ない。そして自分の戦術機の前に整備班長?

「何をしている?」

「中尉!? 何故ここに居るんですか?」

 相手の驚きは関係ない、今は時間が無い。

「出るからに決まってる! 武装はどうなっている?」

 見た感じでは何故か重武装になっている、ハイヴ内部を飛び回るわけでも無いので問題無いのだが。

「87式突撃砲を三丁、300mmバズーカを一丁です……ご武運を」

「世話になった、死ぬつもりは無い」

 今までホの字だと警戒していたのが、違うかもしれない。
飛行ユニットといい、結構な無茶を頼んで居た事に今更感謝をしている。本当に今更だ。



「……きついな」

 身体が軋みを上げている、操作するだけで疲れを感じる、でもやらなければいけない。
桜花作戦で自分は使い物にならないだろう、地球上のBETAを排除すると誓った。
亡き先人達に、亡き友に……覚悟を決めよう。原作中に俺が出来る最後の事を成し遂げよう。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 Bゲート周辺


「HQよりエアー01、Bゲートの要塞級を排除しろ」

「了解」

 飛び立つと同時に目眩に襲われる、それを強引に押し留めBゲートの上空から空爆を決行する。 

 光線級が居ない、BETAはBゲートのみを目指している。

「好都合」

 飛び回る余裕は無い、Bゲート上空で固定し撃ち続ける。



「ブラッド01よりエアー01、ご一緒させていただきます」

 斯衛の援軍? 一人じゃ補給する暇も無いので非常に助かる。

「一緒に食事をする予定だったのに、メインディッシュがBETAになってしまうのは残念ですね」

「……思ったよりは、元気みたいですね」

 空元気なのはバレバレらしい、撃てども撃てどもBETAはやってくる。

 空からの攻撃は有効、だが死骸が集まってくる。

「エアー01よりHQ、基地施設破壊許可を、このままじゃ侵入を許す事になる」

「HQよりエアー01、許可する」 

 正直やりたくない、これによりBETAが侵入する可能性がある。

「エアー01よりブラッズ、一時的に下がれ! このエリアを一掃する」

『了解』

 距離を取った事を確認し、上空に飛び上がりバズーカを撃つ。

 基地全体が揺れているのだろう、通信から悲鳴が聞こえるが今はそれどころではない。

「HQよりエアー01、今の攻撃でBゲートの隔壁が一部破壊された。二度目は許可しない」

 今のを撃たなければ、結局BゲートにBETAが侵入していた。相手も理解しているのだろう。

「了解」

 上空からの攻撃だけでは追いつかない、小型種の侵入を許してしまっている、降りて戦うしかない。

「エアー01よりブラッド01、降りて戦います。エレメントどうですか?」

「ブラッド01よりエアー01、喜んで。02、03、04は3機連携を」

『了解』

 まるでダンスのお誘いだ、食事はBETA、ダンスは戦術機、どこか間違っている気がする。 



――― Masato Side End ―――





 おかしい、動きが鈍い、本来の彼の速度に自分では着いて行けない。
拠点防衛と言う条件、同じ箇所を飛び回っている彼でも、自分では完全な連携が出来ると思えない。
その彼と連携が出来ている。わかりきっている事だ、一緒に戦える嬉しさで忘れていた。

 『彼は衰弱している』この事実を忘れていた。鈍いといっても自分よりは速い。
必死に着いていきながら、月詠は彼の身体を案じる。

「HQよりエアー01、ブラッズ、メインゲートに光線級が出現した。即座に向かえ、そこは砲撃を行う」

『了解』

 元々侵入は覚悟していた、だが光線級の温存。こんな事は予想していなかった。
BETAを完全に舐めてしまっていた、同時に目の前の不知火 弐型が高速で飛び上がった。

「……先に、行ってます」

 呼吸が荒い、その状態で最速で飛んで現地に向かっている。
既にBゲートは守りきれる状態ではない、一個小隊と一機では物量に耐え切れなかった。
即座にメインゲートへ向かう為に、戦術機を動かす。




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 司令所


 良く抑えていてくれる、出撃した不知火 弐型は、Bゲート周辺の要塞級を全て平らげた。
だが、ここにきてBETAは光線級を投入してきた。香月は笑いながら確信する。

 『BETAはこちらの情報を知っている』そして、それが漏れたのは恐らく横浜基地。
メインゲートに不知火 弐型が辿り着いているが、要塞級が壁になり倒せていない。
ゲートに穴が開きBETAが雪崩れ込んでいる、ゲートを閉じている理由も既に無い。

「メインシャフト第2、第3区画を充填封鎖する」

 司令の判断は正しい、反応炉に辿り着かれては、ここがBETAのハイヴになってしまう。

「待ってください。全部分かったんです、聞いてください」

 処置がまだ終わっていない、人格が完全に近い形で安定しているとはいえ、そんな事をされても困る。
だが全部わかった? 何かと問われればBETAの今の行動しかありえない。

「五分で話しなさい」

 

 BETAは反応炉で情報をやりとりしている、そして鑑の持っている全ての情報が漏れた。
詳しい事は聞き出せなかった、だがやるべき事は分かった。反応炉を出来れば停止、最悪でも破壊しなければいけない。

「A-01と崇宰に繋いで」

 XG-70bを機動させ、囮にし、格納庫でA-01に戦わせる。
反応炉までは大量のBETAが居る、その中を突っ切って反応炉まで行かせる。それぞれの存在に指示を出す。



「まずはXG-70bを起動させるわ、それでBETAはそこに集まる。A-01とブラッド02から04はそこを死守」

『了解』

 指示を受け、基地内部に戻ってきたA-01と斯衛に香月は命令する。

「同時に、エアー01とブラッド01は反応炉停止作業支援へ向かってもらうわ」

『了解』

 囮の起動によりBETAを留め、その間に反応炉を停止する。

「停止作業には私が行くわ」

『!?』

「待ちたまえ、博士の身に万が一の事があればオルタネイティブⅣは……」

 香月自ら動く、司令は認めないと抗議を上げる。

「私が行きます。私は停止作業の訓練も受けていますし、私の方が足も速いです」

 涼宮中尉の進言、確かに一番速く着けるのは彼女だ。周囲が一時的に黙る。

「……それが最良ですね。香月博士、こちらはもうすぐメインシャフトですよ」

 今の今まで一度も発言しなかった将登の意見。時間が無い、涼宮中尉が最良だと推している。

「わかったわ、停止コードとかのデータは後で送るから急ぎなさい。
XG-70bを起動させるわ、A-01はしっかり守りなさい!」

『了解』




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 メインシャフト


 先ほどの進言以降、将登が言葉を一切発しない。

「将登さん?」

 メインシャフト降下直前、月詠は不信に思い声をかける。
動きの質が少しずつ上がっている、だが言葉が減ってきている。限界が近いのだろうか?

「大丈夫です、92式多目的自律誘導弾システムを付けれないのが痛いですね」

 メインシャフト内部のBETAに対しては92式多目的自律誘導弾システムは有効だ。
武御雷は元々、飛行ユニットを装着している不知火 弐型に付けれないのは、確かに痛手だ。

「あのお身体は……」

「行きますよ」

 そんな事を聞きたいわけではないと再度質問している最中、障壁が開いた。同時に降下していく将登に慌てて着いていく。

「速度が違いすぎる!」

 同じ機体では無い、だが降りるのは同時にしなければいけない。 
自然と将登が先に降り、月詠が来るのを待ちながらBETAを殲滅している。

 焦る気持ちを抑えながら、月詠は必死に降下していく。これでは足手纏いになってしまう。

「くッ!」

 ここはハイヴ内部似ているが、ハイヴ内部ではない。
光線級が、レーザーを撃ってくるのを回避しながら降りていく。

 最下層に辿りついた、障壁の一部が破壊されている。

「……反応炉についているのを……狙撃でやりましょう」

 おかしい、だが状況が状況なので確認も出来ない。

 反応炉に張り付いているBETAを一匹ずつ仕留める。



――― Masato Side ―――


「こちらα3涼宮、制御室に辿り着きました」

 参った、さっきから自分が二人居る。もう一人の自分がうるさい、死にたくないと叫び続けている。
冗談じゃない、身体が限界を迎えている事は分かりきっている。先ほどから何故か血を吐いているのだから。

「副司令駄目です……エラー061の文字が」

 声が途切れ途切れにしか聞こえない。もう一人の自分がうるさくて、気を失わなくて済んでいる。
自分が二人居るのは何故だろうか、そもそも俺がこの世界に居る理由は何だろうか。
白銀は鑑が呼び寄せた、原因の排除が出来なくてループしている存在。
じゃぁ俺は? 鑑が呼び寄せる理由が無い、つまり……このうるさい奴が呼び寄せた?

 訳の分からない情報が大量に流れてくる、幼少の頃の記憶。BETA侵攻により横浜に逃げる記憶。
更にはBETAに捕獲され痛覚を調べられている自分の記憶。原因は俺そのもの?

「……」

 何か聞こえてくる、モニターにはケーブルを接続しろとの指示。
記憶なんかどうでもいい、今はこっちを優先するべきだ。

「了解」

 意識を現実に呼び戻し作業に取り掛かる。

 作業終了と供に何かを発見する、穴? そういえば原作では涼宮中尉が反応炉停止作業に成功したか?

「制御室!」

 呼びかけながら制御室の前まで飛び上がる。目の前には涼宮中尉の血が張り付いたガラス。
同時に通信が繋がらなくなる、原作ではここで速瀬中尉の自爆か。

「……手遅れか、月詠さん反応炉を吹き飛ばします。先に上がってください」

「ですが……将登さん! そのバイタルモニターは!?」

 誤魔化していたのにばれた、最後の最後にしまらないなぁ。

「先に上がってください、撃って直ぐ急上昇出きる、自分じゃないと不可能です」

 機体性能の関係上、自分にしか出来ない。

「ああ、後一つお願いが……」



――― Masato Side End ―――




同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 90番格納庫


「速瀬、白銀、築地! 障壁が突破されると同時に、貴様達は跳び回って撃ちまくれ!
ブラッズの面々は抜刀し近接戦闘、その他は射撃で片っ端からやれ!」

『了解』

 障壁はもうすぐ突破される、その状況下で伊隅は指示を出す。

「白銀、あんた新型なんだから、私の2倍は倒しなさいよ!」

「ちょッ、速瀬中尉2倍は無理ですって!」

 絶望的状況、その空気を軽口によって吹き飛ばす。

 同時に障壁が破られる。

 やって来る大量のBETA、突撃前衛の彼らは一定の高度を取りながら跳び回る。

『はぁッ!』

 白き武御雷は抜刀し要撃級を中心に片付ける。

 残りの戦術機はXG-70bの周辺に集まりBETAを無作為に撃ち殺す。

 数の違いから徐々に押し込まれ来る。

「HQよりα1、α3は任務失敗、現在対応を協議中。α3がBETAの襲撃を受け全滅、α2とは通信途絶中」

『!?』

 涼宮中尉の戦死、その事実に全員に衝撃が走る。

「……お姉ちゃん、ぅぐああ!?」

 一番衝撃を受けていた、涼宮の乗る戦術機に要撃級の攻撃が命中する。

「うおおおお!」

 少しずつ後ろに下がっていた白銀は即座に援護に入る。

「落ち着け白銀!」

 荒れている、一言で言えばそう言い表される彼の状態に伊隅は命じる。

 涼宮機を庇う様に跳び回る、彼にその言葉は届いていない。

 孤立しつつある彼の救援に向かえば、BETAの侵攻が更に大きくなる。

「うおおおお!」

 持ち前の機動、不知火 弐型に駆使し白銀は跳び回り、涼宮機周辺を守り続ける。

 一人で守り続けるのも限界がある、徐々に追い詰められていく白銀の元に赤き武御雷が参入する。

「少しは落ち着くんだな、白銀少尉」

『月詠中尉』

 通信が途絶えていた二人の片割れ。その登場に周囲は喜びの声を上げる。

「崇宰は?」

 伊隅は状況判断の為に、即座に必要な情報を引き出す。

「崇宰中尉は反応炉付近に居る、即座にXG-70bの停止。同時に反応炉にBETAを掻き集めろとの事だ。
中尉は、反応炉事BETAを吹き飛ばす算段だ」

 月詠は必要最低限の情報だけ与える。

「風間、XG-70bの停止を」

「了解」

 風間は即座にXG-70bに張り付き停止作業を行う。

「風間離れろ!」

 崩壊していくXG-70b、それに巻き込まれる風間機。

「BETAが離れていく?」

 XG-70bの停止、それに伴いBETAは反応炉に向かっていく。

「A小隊、C小隊、XG-70b周辺のBETAを排除後、風間の救助作業を。
B小隊とブラッズは格納庫のBETA排除後、崇宰の援護に」

「成りません、崇宰中尉でなければ行っても無駄になります……」

 伊隅の指示を月詠は否定する、援護に行けるのであれば自分は即座に向かっている。
S-11のバズーカで全て吹き飛ばし、同時に急加速で安全圏まで飛べる機体は、彼の機体しかない。

「そうか、そう言う事か。B小隊とブラッズはBETA排除後救援作業を手伝え」

『了解』









2002年1月2日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 B19F 香月研究室


 崇宰 将登。彼の要請により紫の武御雷を御剣少尉、青の武御雷を伊隅大尉、
赤の武御雷を速瀬中尉、白の武御雷を築地少尉、珠瀬少尉、彩峰少尉へ。
そして白銀、社、鑑の三名がXG-70dに乗り、桜花作戦は決行された。

「生存者は三名」

 結果的に生きて帰って来れたのは三名、白銀、社、築地のみ。
未熟な英雄、白銀の消滅も確認した。オリジナルハイヴの数が、10の37乗あるという新事実も判明した。
BETAの脅威は既に過去の物になろうとしている。必要なデータは揃い、上位存在は消滅した。

「そういえば、何故白銀に武御雷と言わなかったのかしら?」

 彼に白銀がXG-70dに乗る事は教えていない筈。今更素朴な疑問だと思いながらも考える。

「博士!」

 白銀の消滅の確認と供に、彼の見舞いに向かった社が走ってきた。

「どうしたのかしら?」

 社からの報告を聞いていると、出てくるわ、出てくるわ新しい情報が。



「くくくっ、つまり彼は勘違いによって最良の未来を引き寄せる手伝いをした訳ね」

 この世界の結末を知っていながら奮闘していた彼。
最初は自分に解剖されると怯えていた、そこから少しずつ成長し、最後には英雄と呼ばれるまで辿り着いた。
笑ってしまう、一番強力なカードだった彼は、根本的に勘違いを起こして必死に成っていただけの存在。

「でも、何千、何万の命を救った事も事実よね。彼はおもしろいしこのまま放置して置きましょうか」

 話を聞いて統合すると、彼は結果的に数多くの人間を救っている。
彼が居なければ佐渡島は根こそぎ吹き飛んでいた、そして新戦術機も出来上がらなかった。

「社、彼はもう複数居ないのね?」

「はい」

 もう一人の彼は消滅しているのに、彼は消滅していない。興味深い存在ではある。
だが最良の未来を引き寄せていたのも事実、彼が死ぬ物狂いで戦った事も事実。

「世界に認められた存在か、私からの報酬は見逃してあげる事だけね」

 科学者が興味を引く対象、それを見逃す。十分な報酬である。

「私は墓迄持っていくわ、社はどうするのって聞くまでも無いか。お兄さんだもんね?」

「……はい」

「にして、勘違いで世界を救う手伝いをするかしら普通」

 魔女は笑う、これは傑作、これは喜劇だと。





同日 国連太平洋方面第11軍横浜基地 病棟


――― Masato Side ―――


「そっか……桜花作戦は成功したんだ」

「はい」

 月詠さんは穏やかな顔をしているが、内心悲しんでいるんだろうか。
結局あの後、反応炉を破壊した後の急加速により、限界を迎え気を失った。

「武御雷は言った通り?」

「はい」

 自分の武御雷含め、全ての武御雷を与える。放っておいても彼らに行き渡ったであろう。
だがあえてお願いした、命令ならば歯向かう権利を有しているからお願い。
将軍から預かった機体を勝手に貸して処分されないだろうか? 今になって不安もある。
だけど気にしない、最悪の未来は避けれた。桜花作戦の成功。後は地上のハイヴを潰すだけ。

「退院までは、今度こそ寝たきりの生活をしよう」

 血を吐き散らかして、コクピットが悲惨な事になっていたらしい。
整備兵に怒られるかもしれない。必死だったし許してくれるだろう。

「御身体、ご自愛下さい」

「ありがとう、そういえばお願いの対価。どうする?」

 武御雷の件、あれの対価に何でも言う事を聞くと言ってしまった。

「そうですね……結婚してください」

「は?」

 今何とおっしゃいましたか?

「貴方ははっきり言わないと伝わらないようです。佐渡島の際もボロボロに。
今回の件では後一歩で死ぬ所まで行ってしまっています。見ていて安心できません。ですので結婚してください」

「えっと、地球上のBETAを殲滅したらでいいですか?」

 何か非常に押されている気がするが、自分は地球上のBETAを殲滅すると決めている。
その後でならばやる事は決めていない、後ならば……結婚?

「……言質は取りました。お待ちしております」

 勢いに押されて、人生の墓場への片道切符を手に入れたのかもしれない。



     彼の勘違いは訂正されずに、地球上のBETAを殲滅する迄戦い続ける。


     三年後、地球上のBETAを殲滅すると同時に結婚し退役。


     帝都に戻り判子を押す日々を送って生涯を終える。   お終い。




[3501] 後日談?
Name: ぷり◆ab1796e5 ID:b12c9580
Date: 2008/08/07 21:55


お馬鹿なお話です、一応後日談ですが……お馬鹿な(ry

そんなの読みたくないって人は無視してください。

























2005年1月1日 甲2号目標


――― Masato Side ―――


「……やってしまった」

 今回は最後のハイヴ、甲2号目標の完全制圧、反応炉の破壊は許可されていない。
BETAを殲滅し、研究用の反応炉の確保を目的としている。

「……いつも癖で突っ切ってしまった、本当にどうしよう」

 今までハイヴ突入=反応炉破壊の為に最速で突っ切っていた。
その癖で気がついたら反応炉まで辿り着いてしまった。

「君達はどう思う?」

 正面にはこちらを囲むように配置されているBETA。
地球上では、既に絶滅品種に認定されても可笑しくないほど個体数が減少している。

「いや、襲ってくるのは分かりきっていたんですけどね」

 来る途中に必死になって突撃銃を捨ててしまった。本当に何しに此処に着たんだろう。
持っている武装はバズーカのみ、反応炉を破壊してしまうと上層部に怒られる。



「兄さん、何をやっているんですか!」

 霞さん、見て分かりませんか?

「逃げ回っています」

 必死なんです。

「避けてください」

「へ?」

 霞さんは一言と同時に、こちらに向かって銃を向けている。無慈悲な弾丸がこちらに飛んでくる。
この三年間で草食動物のウサギだった可愛らしい彼女は、肉食獣の獣になったのかもしれない。
四肢は長く、髪は銀色、そして美人、これだけの要素が揃って、恋人が出来ない原因もこれかもしれない。
そういえばまな板も追加されるのか……

「失礼な事を考えないで下さい!」

「考えを読まないで下さい!」

 飛んでくる弾丸の量が増えた。



「……何をやっているんですか?」

『……』

 追いかけているBETAの動きまでも一時的に止まっている。
あれは恐怖だ、あれは怒っている、あれに歯向かっちゃいけない。

『月詠さん、ごめんなさい』

 霞と即座に謝る、遊びすぎたかもしれない。 




「HQより各員、BETAの殲滅を確認した。地球上にBETAはもう居ない。我々の勝利だ!」

 報告が入ると同時に力が抜ける。

「終わった」

 戦いが終わった、罪を塗り重ね、贖罪を続けていた。長い長い時間が終わった。
最後は色々としまらなかった、道中なんども死にかけた、それらが終わった。

「……地獄に行くのは俺と博士くらいか」

 本当に疲れた。


――― Masato Side End ―――



「将登さん?」

 最初こそ反応炉でじゃれあっていたが、即座に殲滅へ移った霞と将登。
以心伝心、事実この通りの二人の連携は、世界中探しても見つからない程の領域。
それらを駆使しあっと言う間にBETAを殲滅してみせた。そして、その報告を聞いたを聞いた将登の戦術機が止まった。
月詠は不信に思い、声をかけるが反応が返ってこない。また何か有ったのか?
彼は反応炉破壊を行う時いつも無茶をする。毎度の如く入院するのだ。今回も危険な状態では無いか?
そう思い月詠は将登の元へ駆けつける。

「眠っています、達成感と罪悪感、歓喜しながら泣いています」

 霞の報告に納得する、彼は地球上からBETAを殲滅すると言い、ずっと駆け続けてきた。
その達成感、そして多くの人間を見殺しにしてきた罪悪感。せめてひと時の平穏を……

「茜ちゃん! 茜ちゃん! 崇宰さんが死んでいます!」

「ちょっと多恵! 有り得ない事言わないの、殺しても死なないのが崇宰さんでしょ」

 前者の言い様は論外だが、後者も酷い。

「二人とも! 静かにしないか!」

 せっかくの平穏、それを打ち破るこの二人の行動に、月詠は怒りを覚える。

「えと……月詠さん、どうしたんですか?」

 月詠の怒鳴り声によって一時の平穏が終了したらしい。





2005年2月1日 佐渡島


 最初こそは嫌がっていた将登だが、権力の前に屈して演説を行う事になった。
人類史上初めて、反応炉破壊により完全攻略できたハイヴの跡地、佐渡島には多くの人が集まっている。

「忘れないで欲しい。失った物の大きさを、家族を、友を、恋人を!」

 失った物は大きい、ある者は涙し、ある者は目を閉じる。

「噛み締めて欲しい。掴み取った物の大きさを、空を、日常を、平穏を!」

 掴み取ったは大きい、ある者たちは抱き合い、ある者は歓声を上げる。

「俺も沢山の命の上に立っています、皆さんも沢山の命の上に立っています。
考えてください、これからの事を、未来を、生きると言う事を!」

 台本も何も無い唯の叫び、彼の内心は何年経っても変わらない。

「まだ月や火星に、数多くのBETAが存在しています。オリジナルハイヴの数も10の37乗存在しています。
ですが地球上から、それらの要因は排除されました! そこで俺は、斯衛を辞めます!」

『!?』

 全員に衝撃が走る、斯衛は辞めると言って辞めれる物ではない。まして彼は青で数多くのハイヴを沈めた英雄の一人。

「あれ?」

 全員の反応が、余りにおかしい事に気がついた将登は、不思議そうにしている。

「ああッ! ごめんなさい、辞めるのは衛士でした……」

 後半になる程小さくなっていく声が、彼の心境を表している。本当にしまらない男である。





同日 帝都 崇宰本家


「……」

 眠っている将登の顔を見つめながら月詠は思い出す。この3年間は本当に忙しかった。
最初は武御雷の無断貸与、これにより斯衛の一部が暴走し、彼が銃弾を浴びた。
横浜基地副司令が強制徴収したと正式発表しても、守りきらなかった彼のみに全てが降りかかった。
殿下自らが不問にすると発表しなければ、斯衛の暴走は止まらなかった。

 そして彼は血反吐を吐きながら戦い続けた。ハイヴ突入回数10回、反応炉破壊回数11回。
どちらも人類史上最多を誇る回数、彼が高速でハイヴの反応炉を破壊するおかげで、被害は少なく済んだ。
だがそれを良しとしない国は多々あった。日本はG元素を独占しようとしている。
先進国は自国の戦力でハイヴを攻略できる、被害は甚大になる事になろうとも、G元素を欲していた。

 実際にG元素は全て国連に預けられている、そして彼は政治的な動きは一切行っていない。
事実無根の容疑、さらに先ほどの斯衛を辞めるという発言。自分は権力を欲していないと正式に公言した。
これにより人類の英雄を疑う事は、世間柄認められはしない。

 目の前で眠っている彼は、大人のはずなのにどこか子供に見える。

「ん……おはよ、つくよ……真那さん」

 彼が自分が呼んでいる、初めて下の名前で呼んでくれた。喜びを噛み締めながら返事を返す。

「おはようごさいます、お疲れ様でした。将登さん」

 長きに渡る戦い、自分達の後ろには屍の山が築き上げられている。

「長い間、待たせちゃったね。結婚しよう、真那さん」

 今まで考えていた事が全て吹き飛んだ、手すら繋いだ事が無い。

 彼は必死に生きていた、自分との約束を忘れていると思っていた。

「三年間ずっと考えたんだ、俺ってどうしょうも無いから、真那さんが傍に居てくれると助かる」 

 照れくさそうに言う将登の顔を見ていると、溢れてくる感情を抑え切れそうに無い。

「……はい。喜んで」



「認めません。兄さんが結婚すると私の虫除けが居なくなります!」
 
 色々と台無しだ。

「あの、霞さん? 俺の頑張りを全て否定するような発言は……」

 将登は泣きそうな顔をしている、人生初めてのプロポーズが霞の発言によって最悪な状況に。

「……将登さん、信じていますよ?」

 月詠の顔は笑顔だ。

「兄さん、駄目ですよ!

 霞の顔も笑顔だ。

「俺……頑張ったのに、平穏は何処へ?」



「あら、相変わらず楽しそうねあんたたち」

『香月博士』

「崇宰、あんた色んな因子を持っているわよね。勘違いに、恋愛に、兄妹愛。面白いわ、最高の研究対象よ!」

「はぁ?」

「そうね、いい事思いついたわ。世界中の未婚女性に希望を与えましょう!チキチキ料理対決、崇宰 将登のお嫁さん決定戦よ!」

『!?』

「ルールは簡単、一番彼においしいと思わせる物を作った人の勝利よ!」

「どこかで聞いた事ある様な……この展開、うん。もう色々と手遅れな気する、もう止まってもいいかな」




 この対決の優勝者はもんじゃ焼きを作った月詠 真那、もとい崇宰 真那であった。

 景品である崇宰 将登は腹痛により、2ヶ月の入院生活を余儀なくされた。



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.088429927825928