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[34157] 習作 神座巡り にじファンより 神咒神威神楽&Dies irae
Name: メルクリウス◆a849783a ID:93b5b3bc
Date: 2012/07/15 05:32
※この作品は『神咒神威神楽』及び『Dies irae』の作品世界観を流用している二次作です。


『座』それは即ちこの世の在り様を定める宇宙の基点。

座はこの世界の総てであり、この世を統べる神が座す場である。

座は人の渇望が外界に向き、狂気と言って差し支え無き妄念に至った者が座す。

座に至れば己の渇望により生まれた異界で以ってこの世を塗り潰し、己の望む絶対法則を世に敷く事が出来る。

しかし、座を手にする事が出来るのは常に唯一人。

二人以上の神が生まれればこの世総てを己の色に塗り替えるという特性上互いに殺し合い、相手の領土を汚染し合い、どちらかが磨り潰されて消滅するまで争いは続く。



渇望には外界に向けて発せられる『覇道』というものがあり、これが己の望む異界を外向きに永続的に展開し続けるようになればそれを以って『流出』もしくは『太極』と呼び、万象を己の色で塗り潰す。

これを覇道神と呼び、座を手にする事の出来る神格であるとされる。

対して己のみに異界を永劫展開するに至った者を『求道』の神、即ち『求道神』と呼び、彼等は永劫不滅の存在となり、世界から完全に離れた存在となる。

こちらは己のみで自己完結してしまっているが故にこの世に一切干渉が出来ず、座を握った所でこの世の法則を変えるは出来ない。



以上が我等が世界を構成するこの世の真理。

我等の宇宙ではその神の交代劇が既に五度に渡って起こっている。

我等の宇宙の神は今代までに六柱。

最初の神は自身の犯した罪過に押し潰されぬために己が殺した者は総て殺すべき邪悪であったという二元論に逃げ込み、この世の人間を善と悪とに別った女だった。

第二の神は第一の神が産み出した世界の善側の王であり、悪を滅ぼし切れぬ己を嘆き、悪を滅ぼす為に皆が一介の悪を持つ事を望んだ王であった。

第三の神はその潔癖さ故に人が罪を犯す事を許容出来ず、人の悪性を抜き去る事で楽園を築き上げた『明星』を冠する男であった。

第四の神は座の機構に飲み込まれた神であり、己の望む至高の死を求めるが故に永劫の既知に囚われた『水銀』を冠する男だった。

そしてその第四の神の自滅因子《宿主(神)を喰い殺す存在(神殺し)》は己の全力を以って万象を愛する為に闘争と再生を繰り返す地獄を求めた『黄金』を冠する男であった。

第五の神はあらゆる万象を慈しみ、遍く総てを抱き締め来世の希望を約束した『黄昏』を冠する女であった。

そして第五の神の属神はその女を愛し、女が産み出した世界を守り抜こうと誓った永劫静止の地獄を生み出す『刹那』を冠する男であった。

第六の神は自己愛の極限を具現し、己以外の万象総てを滅殺しようとした至上最悪の邪神であり・・・・・・・・・


我等が前代の罪の証。

我等の前代は第五の神の治世において神の抱擁を拒絶し、汚らわしいと厭いその治世を塗り替える為に第六の神を産み出してしまった。

その結果、この宇宙が滅びに瀕するという事態を招いてしまった。

故に我等の前代は邪教と罵られ、謗られ憎まれて然るべき者共なり。

そして我等こそ、その邪教の残党なり。





黄昏を滅ぼした下劣畜生は滅ぼされ、終わるかに見えた宇宙は無事存続し、観測者は次の滅びまで休眠に入った。

だが我等邪教と蔑まれし者達は違う。

前代の我等は黄昏を嫌悪するあまりこの世に存在を許してはならない下劣畜生を生み出してしまった。

もう二度とあんな間違いは犯すまい。

もう二度とあんな外道を生むまい。

故に我等は前代の知り得た旧世界の神をもう一度自身で知覚していった。

前代が知り得た事は碑文だけでは伝わらない。

我等は自身でもって旧神達の理を知らねばならない。

故に我等は神域に潜った。

戦乱に疲弊し、罪過の責を他者に置いた弱き女の二元論

善が悪を滅ぼせぬ事に嘆いた王の堕天奈落

人が罪を犯す事に耐えられなかった潔癖な男の悲想天

唯一つの結末を求めて永劫を流離った枯れた蛇の永劫回帰

愛強き黄金の獣の修羅道

慈愛溢れる断頭台の女神の輪廻転生

女神を守り抜くと誓った男の無間地獄

己のみになる事を求めた我等が前代の生み出してしまった最悪の神、天狗道

そして今代の座、曙光。

これまでの神は全て知った。

だがそれでも我等は完璧な神を見出せない。

全ての座に言えた事だが、やはり全ての座に陥穽は在る。在ってしまう。

我等の前代は黄昏を貶める為に新たなる神を産み出そうとしたが為に、許されてはならぬ外道を産み落としてしまった。

我等はその過ちを認め、決して今代の神を貶める為に神を産み出そうなどと考えまい。

我等は陥穽無き神を生み出そう。

座を巡る争いを我等の手で終わらせて見せ、それを以て前代の侵した罪の購いとしよう。

この宇宙以外に存在する神を知る事でいずれ来るであろうこの宇宙の滅びの時までに我等は真の神を創世するのだ。

さぁ、完全なる神を産み出すためにこの宇宙以外の神を記していこう。





[34157] 第一の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:93b5b3bc
Date: 2012/07/13 21:24
まず我等を迎え入れた外宇宙は無感情。

理路整然としており、そこに感情と呼ぶものは存在しない。

この宇宙において感情というものは精神疾患の一つである。

なんと機械的で合理的な法なのか。

我等が宇宙の旧神・悲想天に似通ってはいるが、それとは全く次元が違う。

この宇宙には情が無い。

全体の存続を考えれば一を切り捨てる事こそが至上の考え。

この宇宙では例え恋人であろうと、いや、親であろうと子であろうと全体の存続を考えてその選択が有利と見るなら躊躇無く切り捨てる。

合理主義の極限と言っても良いだろう。

そして何よりこの宇宙には循環というものが希薄だ。

一度消費してしまえば再利用という考えはあっても再生という概念は無い。

故にこそ一度失われてしまえば二度と再生する事など無く、新たに補充する必要がある。

完全に人間性というものが欠如した宇宙を知り、我等は驚愕しながらこの宇宙の神に同調していく。

まず強く感じた想いは『 』

そんなものは存在しない。何故ならこの宇宙の神は元より感情が無い。

総ては全体の総意によって物事の解決に当たる人とは違う異生物。

個が無い全体で動く集合精神体とでも表現するべきなのだろうか。

この神は単一であり集合体。一つの意思を持った群体。

この神にとって感情とは精神疾患の一つである。

そんな存在に唯一感情と呼べるものはあるとするならこの宇宙(自身)を存続させる事。

この座はこの神の『消費された熱量は二度と戻る事が無い』という定義に沿っているが故に常に収縮しようとする宇宙である。

それ故にこの神にとって滅びに拮抗する熱量を生む機構が必要であり、最も効率良き方法を模索した。

そしてこの神はその方法を世界規模で精神疾患に罹っている人類の感情の揺らぎに目をつける。

希望から絶望へという対極への感情の移動。

その際に発生する熱量変換。

これは効率がいい。

その中でも二次成長を向かえた少女が最も効率のよい媒体であったが為に少女達の望みを叶えるという甘い誘いで以って契約を誘い、少女達の魂を結晶化し、一定以上の悪感情が溜まると壊れ、魔となるシステムを生み出した。

総ては全体の為。

これこそがこの神の真実である。

この神は感情が無いがために大を救うために小を切り捨てる事に何一つ躊躇も無く、罪悪感も葛藤もない。

人の視点から見るなら管理する上で非情な判断を迷う事無く断行出来るこの神は機構、機能として至上であろう。

故にこそ、ここに陥穽がある。

感情を持つ人という化外には如何に理屈にあっていようと認められぬものがあると。

決して起こり得ぬ奇跡の対価にいずれはこの世に害為す魔と成り果て滅ぼされる運命になったとてそれがなんだというのだ。

我は与え、汝等は対価を支払う。

その何が不満だ。

汝等に奇跡を与える事は即ち宇宙の存続の為。

宇宙が存続しなければ我も汝等も生きられぬ。

ならば汝等の一人や二人、十、千、万死のうと宇宙全体が生きているのだからそれでよいではないか。

何の不都合がある? 小さい犠牲で宇宙を生かし、汝等の望みも叶えた。

これの何が悪い。何が不満だ?

この考え故に感情を持つ者の葛藤を理解出来なかった。

これこそがこの神の特性であり、欠点である。

この神、座の機構に取り込まれる前にこの宇宙の神となっていたのだな。

故にこそ、この宇宙が座の機構に取り込まれた際渇望が無いにも関わらず座に就けたのか。

この神はなるほど何かを統べるには必要な取捨選択をそこに雑念が一切入らない故に容易く出来る。

だが、それは制度化された一片の揺らぎも無いシステム内に生きる者のみしか存在せぬ世界でしか機能しない。

感情という不確定な物に揺らぐ化外が存在した時点でこの神の運命は決まっていたというわけだな。

この神、この理に名を付けるなら『無情の獣――機械論』


我等はこの無感情の宇宙に別れを告げ、さらなる外宇宙の法則へ潜っていく。



[34157] 第二の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:93b5b3bc
Date: 2012/07/15 05:39
次に我等を迎え入れた外宇宙は先の無情の獣と同じ世界の宇宙。

黄昏の如き柔らかな桃色の抱擁。

励まされる。

我等の望みを間違っていないと肯定する意思で我等が満たされていく。

ああ、なんと安らかなのか。

ああ、これが無情の獣の後に座った神か。

我等の想いを認め、励ます意思を受けながら我等はこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『救済』

貴方達の望みは間違ってなどいない。

なのにどうして報われない、どうして絶望し、世を呪う?

人々の願いを絶望に変える存在を許せなかった。

それがこの者の起源である。

前代の獣の法下に生まれ、希望を絶望に変えて死んでいく少女達の傍に在り続けたこの者は少女達を魔に変え、その想いを穢す理が許せなかった。

こんな理は間違っている。

彼女達は精一杯生きた。希望を抱いて生を謳歌した。

彼女達の生を、想いを踏み躙る理など断じて認められない。

なんと清く優しき想いなのか。

この神が敷く法は黄昏のような輪廻転生をこそ具現はしないが、神が総ての絶望を引き受けるというある種の自己犠牲を具現している。

絶望などしなくていい。貴方達の選択は間違っていない。貴方達が望んだ事は何も間違ってなどいない。

だから貴方達の絶望は総て私が引き受けよう。

貴方達の望みは間違っていない。

だから絶対諦めないで。

どうか初めに抱いた希望を見失わないで。

貴方達は絶望なんてしなくていい。

貴方達の絶望は私が全部受け止めてあげるから、全部飲み下してあげるから。

だから安らかに逝くがいい。

流れ出させた渇望は『総ての人を魔となる前に救済したい』

絶望は神が総て飲み下し、人はその願いを絶望に染まらせる事無く、安らかに神に抱かれ消えていく。

これこそがこの神の真実である。

この神は人の望みを間違いではないと肯定し、その死に当たって人に絶望を抱かせない。

故に黄昏のように人の望みを肯定し、柔らかな抱擁を以って人を見守るが、黄昏が犯した過ちは犯さない。

何故なら、あの下劣畜生のような存在は多くの人々を泣かせ、絶望させる。

この神はそんな存在を断じて許さないという黄昏には無かった攻撃性も有している。

その点においてこの神は黄昏を上回っている。

しかし、悲しいかな。この神にも陥穽はある。

人はその死において絶望する事も時には必要だ。

でなくば同じ間違いを繰り返し続けてしまう。

それでは何も進歩がない。

絶望を忌避し、排斥し過ぎた。

これこそがこの神の特性であり、欠点でもある。



この神の治世は黄昏と同じく実に理想的だ。

だが黄昏が許されてはならない外道をも抱き締めようとしてしまったように、この神も人の希望を尊く思い、絶望を忌避し過ぎたために人から絶望するという機会を奪い去ってしまった。

絶望するからこそ人は考え、悩み前に進む。

万事希望の光に満ちていてはその歩みはいずれどうしようもない破綻に行き着くだろう。

この神は絶望を厭うあまりそこからの進化を捨て去ってしまったのだな。

この神、この理に名をつけるなら『円環の理――五濁浄化』


外宇宙に答えを求めてまだ二つ目だというのに我等が穢した黄昏の輝きに似た理を見せ付けられ、我等は改めて我等の行いを懺悔し、答えを見つけるべくこの宇宙に別れを告げ、次の宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第三の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:4dba11c5
Date: 2012/08/02 23:53
次に我等を迎え入れた外宇宙は牢獄。

何故、どうして。

何故何度やろうと変えられない。何故何度やり直しても変わらない。

何度繰り返しても変えられない結末に半ば絶望しながら、それでも次に希望を抱き何度でも繰り返す。

そんな感覚が我等を包む。

この宇宙は我等が宇宙の旧神・永劫回帰になんと似通っていることか。

そしてこの神こそが円環の女神を座に至らせた原因でもある。

我等はその存在に水銀を想起させられながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『友情』

私は貴女に守られてばかりだった。

そして最後まで貴女に守られたままだった。

そうではない。私は貴女を守れる私になりたい。

故に貴女との出会いをやり直したい。

今度こそ貴女を守れる私になってみせる。貴女を守り抜いてみせる。

貴女との約束を叶えてみせる。

友との出会いをやり直し、最愛の友を守りたかった。

それがこの者の起源である。

人であった頃は円環の女神の友であり、女神に守られてばかりだった。

そんな自分を変えたいと願い、女神を守れる自分でありたいと思った。

だが女神は無情の獣と契約を交わし、その理に呑まれて散って逝った。

貴女を守りたかった。

今度こそ守ってみせる。

その一心でこの神は無情の獣と契約を結ぶ。

そして何度も時を遡り、何度も平行世界を渡り歩いた。

最愛の友を滅びの運命から守るために。

何度でも繰り返そう。

何度でも何度でも、どれだけ繰り返そうがたった一つの出口を探す。

貴女を絶望の運命から解き放つためなら、私は永遠の迷路に閉じ込められても構わない。

総ては友の友誼の為に。

これこそがこの神の真実である。

この神は本来ならば求道神だ。

結果が気に入らなければ水銀のように世界自体を回帰するのではない。

自身だけが過去に遡り、平行世界を渡り歩き、己の望む結果の為に未来を変えようと足掻く。

それこそがこの神の本来の姿のはずだ。

だが、それでは座を握るに至れない。

覇道太極として我等を迎え入れるはずが無い。

ならば何処で求道の渇望が覇道に変わったのか。

我等はそれを知らんと同調を強めていく。

無情の獣から得た力で時を遡り、何度も円環の女神との出会いをやり直し、何度も女神が死なぬよう、無情の獣の理に囚われぬようこの神は尽力した。

ただ一人、那由多の果てまで分岐する平行世界の中で女神の死を回避する為に。

だが、何度繰り返そうと女神は死んでしまう。

どれだけ違う可能性を交えても魔と成り果ててしまう。

何故助けられない。

何故同じ結果になる。

納得出来ない。こんな結末納得など出来るものか。

絶望しながらもまだこの次があると、幾度も平行世界を渡り続け女神を絶望の運命から救おうと足掻き、救えない絶望と次があるという希望に苛まれながらひたすら同じ時間の平行世界の中を直流離い、そうして答えは無情の獣より聞かされる。

『そも、我が眷属としての力を行使しておいて覇道太極に至るほどの魂を救済出来ると思ったのか? そんな事を誰が許した。汝が行いは総て徒労。汝が平行世界を飛び交い女神を救おうとするほどに女神は因果を溜め、より純粋な覇道の魂となっていく。その魂を熱量に換えればどれほどの熱量を手に入れられるか。どれほど我が宇宙が潤おうか』

よくやった傀儡、とばかりに無情の獣は神の行いを嘲笑い賛美した。

そうして神は一つの結論に至った。

どれだけ繰り返そうがどれだけ違う可能性を求めようが救えぬというなら、私の行いが女神を無情の獣の贄とする為のものなのなら、せめて女神が無情の獣の理に囚われ魔と成り果ててしまう前の『人としての人生』を謳歌出来た時を無限に繰り返せばよい。

そうすれば女神は少なくとも人を呪い、この世を憎む魔と成る事は無い。

幾度でも同じ時間を繰り返そう。

時が進まない世界でなら、貴女は死なない。

貴女は人として生きていられる。

進化も未来も可能性も無い停滞した牢獄を生むと分かっていても、今の宇宙よりはマシなはずだから。

こうして流れ出した渇望は『女神が平凡な日々を過ごせる日常が欲しい』

女神が無情の獣と契約せず、平凡な日々を送れるよう渇望した理は総ての事象が一定で停滞し、何度も同じ時間を繰り返し続けるという停滞と回帰の複合した理。

神は無情の獣と座の奪い合いを為し、ついに獣を下し座を手に入れ、それを以って女神の救済とした。

しかし、そこにこの神の矛盾と陥穽がある。

確かにこの神は女神を無情の獣の理から抜け出させ、死から逃れさせる事に成功したが、『女神が平凡な日々を過ごせる日常が欲しい』という渇望を前提とするため、女神を中心として理が紡がれてしまう。

故に女神は図らずも神の恩恵を受けてしまい、彼女を神域に押し上げ、平凡な日々とはかけ離れた神となってしまう。

女神を無情の獣の理から救い、平凡な日々を謳歌してもらいたかったはずであるのに女神は神となってしまった。

結果として女神は無情の獣の理から脱却し、神が避けたかった女神が魔となる事は防げた。

これもまた最良の結果、救済の手段の一つであったはずだ。

だが、この神は女神に人として生きて欲しかった。

神になれば余りに強大で大きいその存在は世界には収まりきらぬが故に弾かれてしまう。

そもそも己の色で宇宙の総てを塗り替えた時点で宇宙は神の身体の一部も同義。

己の腹の中に入れるものがいるはずもない。

故に神となったものは常に孤独だ。

そんなものに貴女になって欲しくない。

貴女には普通の人生を送って欲しい。

無情の獣に騙されず、純粋に生を謳歌出来たあの日々を取り戻して欲しい。

だって貴女は死の間際に言ったではないか。

『無情の獣に騙される前の馬鹿な私を救って』と。

だからこそ、私の世界で生きて欲しい。

どうか、どうか永遠に終わらない日常を送って欲しい。

その考え故に神はついに女神をすら攻撃し、愚かにも守りたかった存在と神座の交代劇を演じてしまう。

守りたかったはずの存在すら殺そうとしてしまうとは余りにも愚かと言わざるを得まい。

不本意であったであろう。

守りたいはずの存在と相争い、互いを侵し削りあうなど。

そしてこの神は、怖かったのだな。

大切な存在が己から離れていくのが。

幾度も救おうとして救えなかった女神は己の理から離れれば死んでしまう。

故に守らねばならぬ。

我が理に呑まれよ、と。

そう狂信し、妄念に取り憑かれるほどに。

しかし、その争いの結末は神にとって至高だった。

女神は己の今の在り方を認め、この神の尽力を認め、『最高の友』だと認めた。

『今の私は貴女に望まれたからこそ在る。貴女こそ、私の最高の友達だ』と。

この一言故にこの神は満足して逝ったのか。

総てを女神を中心に考えてしまったが故に想いと行動が破綻している。

これこそがこの神の特性であり欠点でもある。

この神、友の友誼を重視し過ぎて視野狭窄に陥ってしまっていたのだな。

故に妄執と狂信に囚われ、己の手に届く所に置いておきたいと願い、友の想いすら汲む事が出来なかった。

これは独善的で盲目的だと言わざるを得ないが、だがそれは裏を返せばそれほどまでに友の友誼に応えたい、友を愛している、その一途さから来るものであったと言えよう。

故に誰もこの神を攻められまい。

誰にでも何を於いても助けたい、その者の望みを叶えてやりたいと思う友はいるのだから。

この神、この理に名を付けるなら『時の牢獄――二律背反』


この神、どうも生前は交友関係が少なく、また依存的であったと見える。

故に視野狭窄に陥るほどに友を愛したのか。

方法は間違っていたとはいえ、結果御身は間違いなく善なる神が生まれる手助けをしている。

そこは誇るべきであり、それが誇りだったからこそ身を引いたのだろう。

友を愛し、何より優先した信義厚き神であった事、我等は忘れはせぬ。



我等はまだ様々な理を知る必要がある。

我等は友の友誼に生きた神の理を去り、別の外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第四の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:4dba11c5
Date: 2012/08/07 02:30
次に我等を迎え入れた宇宙は狂気。

聞いた事の無い言語が飛び交い囁き、渦巻く。

歌は暴風となり我等を吹き散らそうとする。

冒涜的な楽器の音色はあらゆる深淵を滅ぼし浮上させ踊り狂う。

平衡感覚が無い、ここは何処だ。

圧倒的な狂気は我等を拒絶し抱擁し、飲み込み吐き出す。

総ての境界が曖昧に歪み、我等が神を知ろうとしているのか、神が我等を知ろうとしているのかが解らなくなる。

なんという混沌。

これほどまでの狂気に至った座があるとは。

我等はおぞましい狂気を感じ、躊躇いながらもこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『白痴』

夢を見る。現を見る。

ただ無限に続く泡沫の夢にたゆたい夢は弾けては結ばれ現に還り、我は夢に堕ちる。

我は我。我は誰だ。我はつまらぬ我は楽しい我は水我は火我は風我は土塊我は深淵我は天我は時間我は空間我は無我は有我は荘厳なる者我は矮小なる者我は無貌我は有貌我は創生我は破壊我は奇跡我は絶望我は全我は一。

何かの祈りは無知で我は安らぐ我は苛立つ何かの冒涜的な歌は我を微睡みに堕とす我を陥れる我を喚び立てる。

退廃した神楽は我が無窮の退屈を癒し痛めつける。

さぁ眠りに堕ちよう。

さぁ現に舞い戻ろう。

またあの狂った夢に微睡む。

今も夢にたゆたう。今も現にたゆたう。

この神は、何も考えていない。

無情の獣のように感情が無いわけでもない。

下劣畜生のように他を理解出来ないわけでもない。

ただ白痴。

何も考えぬ故渇望が有るのか無いのかも解らず、自身が何かも解らない。

総てが曖昧で自己と他との境界が無い。

だが、ひたすら己が微睡んでいる事だけが唯一知覚出来ている。

しかしその微睡みも夢か現か定かではない。

故に時折意識が現に戻ろうとそれすら夢だと思い、やはり現だと思う。

そしてこの神は世界そのものを己の夢と認識していたのだな。

故にこの者は混沌を具現する。

この宇宙ではありとあらゆるもの総てが不確定であり総てが正しく奇怪に捩れ歪み、狂気に満ちている。

しかし、神が白痴であるが故にこの法下の下では人はこの世が狂気に満ちている事に気づかない。

だが、ふとした事でその狂気は顔を覗かせ人に世界の真実を知らしめる。

なんと圧倒的な狂気の世界よ。

この神はどうやら座の機構に取り込まれる前にこの宇宙の神であり、そして如何なる方法を以ってか解らぬが、封印されている。

詳細に言うならば、『眠る特異点』として封じられたと言うべきだろう。

だが、その気になればこの神は容易く封印など破ってしまうであろう。

だが、そのような事はほぼあり得ないといってよい。

神自身は封印された所で何一つ快も不快も感じてはいない、いやそもそもそれすら認知出来ておらぬが故に。

しかし、眷属がこの神を封印から解き放とうとしているのだな。

この神の陥穽はそもそもが白痴であるという事。

何も解らぬし何も感じない。

故にこの神はあの下劣畜生とはある意味では似通った放任主義である。

この神は総てが夢か現なのかも解っていない。

人が夢なのか現なのか解らない。それどころか自分すら夢か現かも解らない。

故に魂の在り方に一切干渉せず、また出来もしない。

ただ在る。

人を導く事も知らず、ただ虚ろな夢と現の境を彷徨い続ける。

これこそがこの神の特性であり欠点でもある。

考えようによってはこれほど生きやすい宇宙は無いのだろう。

何も知らず真実に目を逸らし、ただ自分が知る世界だけを見ていれば平穏な世界で終わりを迎えられるのだから。

だが、それでは籠の鳥の自由でしかない。

それはその宇宙に生きる生命総ての尊厳を穢し、冒涜している事に他ならないと我等は断じよう。

この神、この理に名を付けるなら『白痴の王――無我混沌』



[34157] 第五の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:4dba11c5
Date: 2012/08/07 02:49
次に我等を迎えた宇宙は悪意。

狂え、泣き喚け、滅びろ、死ね、憎め。

ありとあらゆる悪意が渦巻き、我等を蹂躙する。

まるであの下劣畜生の意思に晒されているようだ。

我等は我等を蹂躙する悪意に耐えながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『悪意』

汝等人の子よ。

汝等は我が喜劇の観客、演者。

我と共に踊れ、舞え、歌え。

死と退廃と冒涜と暴虐と自虐と欺瞞に満ち溢れた地獄の喜劇を。

我は汝等の影法師。我は汝等に立ち塞がる影法師。

汝等を飲み込み、融かし、喜劇を演出する黒子なり。

もし我が喜劇がお気に召さぬというならこうお考えあれ。

さすれば総てが大団円。

万事するりと罷り通ります。

貴方様はずっと微睡身の中、映ろう夢を見ていたのだと。

さぁ、今一度夢を御覧なさい。

きっと、貴方の望む夢が見れるでしょう。

さぁ、世界は悪夢に捻じ曲がる。

我は世界をもてあそぶ者。

我は一の我。千の貌持つ者なり。

我は混沌の守護者にして喜劇の演者なり。

なんという悪意。

この神が抱いた渇望は『永劫愚かで陳腐な喜劇の上で万象を弄びたい』

故にこの神は遍く総てに悪意を向け、ありとあらゆる魂を弄ぶ為だけに無限の輪廻を繰り返す地獄を生んだのか。

自身を滅ぼす者が現れようと、それすらその者の夢物語であるとしてその者だけの物語として完結させ、世界をもう一度やり直す。

義憤に駆られ、正義を掲げて立ち上がった者をも自身の喜劇の演者と見立て、その喜劇の幕と共にその物語を破り捨てる。

そしてその者達の紡いだ物語を高らかに陳腐なりと嘲笑する。

あらゆる者は我の演出する地獄に踊れ。

奇跡、喜び、絆、正義、それら皆々在って結構。

我が気に入らぬというなら滅ぼすがいい。

それは汝等の夢に過ぎぬ。

さぁもう気は済んだか? では次の演目を始めよう。

これこそがこの神の真実である。

この神はこの世の悪意を具現する。

この世の遍く総てを悪意で以って蹂躙し、苦しみ泣き喚く人々を感じ哄笑し、義憤に駆られ己を倒そうと足掻く者を見て嘲笑する。

そして滅ぼされるとその事実は己を滅ぼした者が見た夢であったとし、また無限の回帰に引き戻す。

この神は人の視点からすればあらゆる悪の源であり、あらゆる災厄の根源であるが故に完全無比な邪神であろう。

しかし、座の存続のみを考えるなら水銀と非常に似通った性質を持つこの宇宙は最適であるといえる。

しかし、この神は自身の宇宙の存続など望んではいない。

自身の渇望と理は封印された己の主人たる白痴の王の封印が解かれるまでの代行にしか過ぎず、白痴の王が復活すれば自らは喜んで身を引くだろう。

何故ならこの神こそが白痴の王に忠を誓い、封印を解こうとしている者であるからだ。

しかし同時に封印された己の主人を愚かなり、無知蒙昧と嘲笑ってもいる。

なんという忠誠心と隠さぬ悪意。

この神は仕えている主人にすら悪意を向けていたのか。

この神は幾度倒されようと何度でも復活する。

故にその治世は白痴の王が復活せぬ限り揺るぎ無いと思われるが、陥穽も存在する。

それは世界を回帰させる為には自身を倒す者が必要だという事。

故に自滅因子で無い者にすら無意識的に、意識的に己を滅ぼす事を支援してしまう。

自身の理を打ち破り、己と白痴の王を滅ぼす者が出てくる可能性を生み出す事になると解っていてもしてしまう。

自壊衝動が自身の敷く理の中に組み込まれてしまっている。

故に自滅因子の登場が早いばかりか、新たな太極の発現を促してしまう。

これこそがこの神の特性であり欠点でもある。

この神、この理に名を付けるなら『這い寄る混沌――地獄道無限転輪』



先の宇宙もそうだが、これほどまでに人から見れば邪悪極まりない覇道神達は見た事が無い。

この外宇宙はなんと下劣畜生に似た宇宙が多い事か。あの下劣畜生もあのような出自で無くばこのような太極に至っていたのであろうか。

我等はこの悪意に満ちた宇宙に別れを告げ、次なる宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第六の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:4dba11c5
Date: 2012/08/11 01:31
次に我等を迎えた宇宙は不屈の闘志。

人の力及ばぬ邪悪を憎み、その悉くを討ち滅ぼさんとする身を焦さんばかりの熱き宇宙。

何度敗北しようと立ち上がり、幾度でも邪悪に立ち向かうと誓う不屈の闘志。

なんと猛々しい宇宙か。

その熱さは我等の邪念を焼き祓い、あの下劣畜生すら焼き捨ててしまえそうな熱がある。

その不屈の闘志は我等の誓いをより一層堅いものにしていく。

我等はその熱さと闘志に驚きながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『愛情』

守りたい仲間がいる。

守りたい場所がある。

だから我はその者達を守りたい。

だが、邪悪は恐ろしい。

我では倒せぬ、我では力が及ばない。

それでも我は守りたい。

ならば我は邪悪を喰らう邪悪とならねばならぬ。

邪悪は邪悪によって滅びるがいい。

人は邪悪に犯されてはならぬ尊き存在。

それを守るためならば、我は喜んで邪悪となろう。

されど我もまた邪悪を憎む者を滅ぼされる運命にある。

ああ、なんと人の素晴らしき事か!!

人こそ至上至高の存在なり!!

人は斯くも素晴らしい。

人は素晴らしい。光射す世界に涙を救わぬ正義なし。

故に人の力の及ばぬ邪悪を認められようか。

人は己の力で悪を討つ。悪を討てるのだ。

故、我は人では滅ぼせぬ邪悪を討とう。

人が人であるためならば、我等は魔を断つ剣となろう。

故に邪悪など要らぬ、人が抗えぬ邪悪などは断じて認めぬ!!

光射す世界に汝等暗黒棲まう場所無しっ!!

渇かず、飢えず、無に還れっ!!

なんと切実な願いよ、覚悟よ。

勝ち得る筈の無い敵に何度でも不屈の精神で持って抗ったのか。

生前は這い寄る混沌が演出した喜劇の中でただ一人、人智を超えた邪悪と戦い続けた求道神と契約し、人が倒し得ない邪悪を憎み、その邪悪に恐怖し敗亡の淵で足掻きながらも幾度でも立ち上がり続けた。

この神が抱いた渇望は『人が人の力で打破し得ぬ邪悪を討ち滅ぼしたい』

人間性を至上のものであるとし、その人間性など無視して人に嘆きを齎す理不尽な邪悪を許せなかった。

故にこの神は人が人の力で滅ぼせぬ邪悪無き世界を流れ出させた。

これこそがこの神の真実である。

人が討てぬ邪悪は我が討ち滅ぼそう。

人は理不尽な嘆きを得る事など無い。

人が人の手で討てぬ悪など無い。

だが、この神が挑む邪悪は己よりも強い。

それでも立ち向かう。

幾度討ち倒され、何度地面に這い蹲ってでも立ち上がり、幾度でも立ち向かう。

その姿はまさに最弱無敵の神と言えよう。

それ故にこの神は人を信仰し、人間性を賛歌するが故に人間性の守護者としての姿を具現する。

この神の法下に於いて人の悪性は駆逐され得ない。

人を悪から救い、救済するもまた人である。

悪は人が自身の手で倒せるものであり、悪を滅ぼさぬ正義が現れぬ筈が無い。

一つの悪が生まれればその悪を滅ぼす為の正義が生まれる。

悪を滅ぼす自滅因子が生まれ得る理だからである。

悪と正義が互いを滅ぼし合う様は二元論の理と似通ってはいるが、この神は人間性を尊重するが故に人の魂の在り方を定めなかった。

何故なら、神がその者の本質を定めてしまうという事は人智を超えた力であり、人が人の力で解決出来ないからだ。

故に正義も悪を為す、悪も正義を為す。

これ総て人間が人間の意志でその在り方を定めるが為に。

この神の理は我等の宇宙での旧神・二元論と堕天奈落の融合したものの様である。

この神は先の宇宙での二天に比べれば人間性を礼賛するが故に実に人間臭い。

だが、やはり陥穽も存在する。

それは人を滅びから救おうとせぬ事。

人が滅びの運命を選ぼうとそれは人の意思だ。それを望まぬというなら人が己の力で食い止めるであろう。

この考えを貫くが故にこの神は人が滅びの運命を辿ろうと一切干渉しない。

人間性を尊重し過ぎた。

これこそがこの神の特性であり、欠点でもある。

この神、人間を賛歌し過ぎたが故に人間に全幅の信頼を置き過ぎてしまったのだな。

人間を賛歌するが為にこの神は人に干渉しようとしない。

何故なら己もまた人智を超えた人の抗えぬ存在。

故に我は邪悪。

故に我が人に干渉するのもまた邪悪なり。

この考えを貫くが故に我等が前代の如き極大の邪悪を産み出す元凶の存在すら『人がそれを願わぬのであれば人の力で解決するだろう』と看過してしまい、我等が宇宙の旧神・第六天波旬のような極大の邪悪が生まれる事を阻止出来ずに滅ぼされてしまう可能性すらある。

生まれ出でた邪悪、元より邪悪として在った者に対しては立ち向かい、それ以上の禍根を断てるが、人が人の対処し得る範囲で生まれてしまう邪悪には生まれてしまってからでないと立ち向かう事が出来ない。

それでは駄目だ。

我らの前代が生んでしまった第六天のような存在はどんな過程があれ、その存在がこの世に出でてからでは遅いのだ。

人間性を尊重し過ぎるのは危険だと、我等は御身に進言したい。

でなくば第六天のような存在させてはならなかった極大の邪悪が生まれてしまう。

我等が言うべきではないが、人を信仰するのも良いが御身は人の邪悪さにも気づくべきだ。

この神、この理に名を付けるなら「魔を断つ剣――人道礼賛」



我等は人間を信仰する最弱無敵の神に別れを告げ、次の宇宙に手を伸ばしていく・



[34157] 第七の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:4dba11c5
Date: 2012/08/11 03:31
次に我等を迎え入れた宇宙は狂気の中に咲いた愛。

愛してる。

貴方を愛している。

そんな恋慕の情に満ち溢れた宇宙だった。

だが、この宇宙は最早人の宇宙ではない。

人ではないナニかにこの宇宙は侵食されている。

我等はこの宇宙に起きている事態に困惑しながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『恋慕』

大好き、愛している。

愛して欲しい。愛しているから愛して欲しい。

貴方との子供が欲しい。

大好き大好き。

貴方の安らぐ顔が好き。

貴方の笑顔が好き。

貴方に抱き締められるのが好き。

貴方の声が好き。

貴方の総てが好き。

でも貴方は狂気の世界で独りぼっち。

ああ愛しい貴方。

そんな顔しないで。

貴方に綺麗な世界をあげたい。

貴方の安らぐ世界をあげたい。

だから世界を私で満たそう。私で汚染し尽くそう。

大好きな貴方、愛しい貴方。

貴方の為なら私は世界を侵せる。

なんという美しい愛か。

この神は生前は座の機構の外から召喚された異形の化外であり、呼び出された世界の知識を吸収し、その世界で食物連鎖の頂点に立つ存在を侵食同化し、その世界を己の棲んでいた世界と同じように塗り替えてしまうだけの自我無き侵略生命体であった。

だが、この神は人を知り過ぎた。

人を知るうちに少女の自我を獲得し、繁殖に愛は不可欠であるという人間固有の『恋愛』という概念までを自身に取り込んでしまった。

だが、誰も人は己を愛してなどくれぬ。

然もあらん。この神は人から見れば化外以外の何者でもない。

そんな化外である己を唯一愛してくれた男が愛しくてならなかったのだな。

その男、正しく世界を認識出来ぬ哀れな男であったのか。

男は狂った世界でただ一人正常に見える神に救いを求め、同時に恋をしていく。

それは神も同じだった。

誰もが己を恐れる世界にて己を愛しいと感じてくれた男が愛しくてならなかった。

故にこの神が抱いた渇望は『愛する男が安らぎ幸福である世界を創造したい』

己(神)しか美しいと思えぬ愛しく哀れな男に美しい世界で暮らせる幸せを与えたかった。

これこそがこの神の真実である。

なんと繊細可憐な淡き恋心よ。

何らかの障害でこの世を正常に認識出来ぬ故に自身を愛した男を心底愛し、男もまたこの神を心底愛した。

だが、男は平穏な日々に戻る道を見つける。

男の幸せを願うこの神は男の選択に総てを委ねたのだな。

結果男はこの神と共に在る事を誓い、二人の愛は爆発し、宇宙はその愛に侵される。

神は男に己と同じように美しく見える世界を与えたく願い、世界を己で覆い尽くしていく。

こうして座に至り、既存の覇道神すら汚染したこの神の理は即ち『男のために万象総てが己に覆われ、同化する事』

故にこの座の男以外の生命総ては個としての魂は無い。

その身体も個としてのものではない。

この法下において『人』は最早この男しか存在せぬ。

この神は男以外の総てを己の身体の一部とし、魂すら汚染し侵食し、己と完全同化させている。

愛しい男の為、万象食い潰し同化させ、男の為に楽園を生み出した。

この神の陥穽とは即ち男を愛すがあまり世界を滅ぼし尽くしたも同義の理を生んだ事か。

ただ一人の為に収縮する宇宙。

座の存続も生命の連続性も、男への愛のためにかなぐり捨てた。

これこそがこの神の特性であり、欠点である。

座の存続と生命の連続性を考えればそれを否定するかのように宇宙総てを喰らい尽くし、侵し尽くすこの神は間違いなく邪神である

最早人はこの神を邪神としか見ないであろう。

だが、この愛は美し過ぎる。

あまりに純粋だ。

愛しい者を想う心は真のもの。

ただ男を愛した。

そこに邪念は無く、ただ純粋な愛があった。

その形が宇宙の終焉であったなら、その終焉は美しい。

この神は黄昏や円環のように万象を包む愛ではなく、ただ一人を愛した。

その愛は決してその二天に劣っているとは断じて言えぬ。

この愛を我等がどうして否定する事が出来よう。

御身の愛は宇宙を侵すほどの愛であった事、我等が記憶しよう。

誰にも謗らせはせぬ。

この神、この理に名を付けるなら『侵食の愛――落花流水』


愛に生き、愛故に宇宙を終わらせた神に別れを告げ、我等は更なる宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第八の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:ee1562c4
Date: 2012/08/12 22:35
次に我等を迎え入れた宇宙は無窮の孤独。

我等は多勢で外宇宙を覗き見ているというのに、この宇宙にただ独りだという孤独で押し潰されそうになる。

我等はその孤独に耐えながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『孤独』と『憤怒』

驚いた。この神は別の存在を一つ飲み込み、同化している。

故に流れ出す渇望は求道と覇道の両者二つ。

我はこの世にただ独り。

暖かい記憶も冷たい記憶も総ては常闇に消え去った。

我はもう何も無い。

誰でも良い。我の孤独を満たしておくれ。

人とは違う生物であったが故に人と同じ生を生きられず、ただひたすら孤独に在り続けた。

なるほど。この神、生まれた瞬間から化外であったが故にありとあらゆる生命と時間の流れが、寿命が違っていたのだな。

それ故この神は『永遠の孤独から救われたい』という覇道の渇望を抱いていたのだな。

だがそんな時、自身の前に一人の死に瀕した男が現れる。

男は死にたくない、ただそれだけを渇望していた。

それを知って神は思い至る。

この者の身体を使えば我と共に在ってくれる存在に出会えるのではないか。

孤独故に触れ合いの温かみと共に在る者が欲しいという狂おしいまでの渇望はこの瞬間爆発し、神域に至る。

流れ出した渇望は『人の身でありたい』という求道の理。

故に神は男と契約を結び、同化した。

これでこの神は満ち足りた。

己と融合してしまい、最早男と己の境など存在しなくなってしまったが、それでも人として生を謳歌出来る。

そう感じたからこそこの神は総ての意思を男に託し、孤独ではない安らぎの眠りについた。

これこそがこの神の真実であるはずだ。

しかし、求道では世界を統べる事など出来ない。

なら一体何があり覇道へと変化したのか? 我等はまだその真実を見れていない。

我等はこの神をより一層知るためさらに深く同調していく。

男と同化した神は人が滅びようとしている時期に再び目覚める。

男は人が禁忌に触れ、己の身体から生み出した愛し子と交友を深め、恋に落ちていく。

それは神もまた同じであった。

ああ、我はもう独りではない。

我が眷属、我が娘、我が息子がこんなにも満ちている。

ああ、なんと愛しいのか。ああ、なんと満ち足りるのか。

我は最早孤独ではない。

神は男と共に自らの眷属を愛し、男が愛し妻とした娘をより一層愛した。

だが、愛した娘は人の手で無残に殺され、その死すら冒涜された。

その瞬間、男は極限を超えて憤怒する。

赦さぬ、許さぬ。

貴様等外道、断じて許せぬ。

そんなに死にたくなくば死なぬ身体をくれてやる。

そんなに滅びたくなくば滅びぬ身体にしてやる。

貴様ら以外、この世の総てを滅ぼして貴様らを虚無に漂う汚泥にしてくれる。

止めよ、止めてくれ。我はこんな事をしたいわけではない。

誰か我を止めてくれ。

我を止めれぬというのなら我を滅せよ。

愛しい者を殺され、憎しみのままに宇宙を滅ぼそうとする自身を止めてくれと泣き叫ぶ男を男と同じく憤怒し嘆きながら見つめる神は原初の想いに回帰する。

ああ、愛しい我が子等もやはり死んでしまう。

永遠に生きる我とは生きられぬ。

我はあの温もりを知った。我はあの安らぎを知った。

今更どうして我とこの者だけでいられよう?

我は愛し子等と共に生きたい。

その想いはついに覇道に変化し既存の理を塗り潰して行く。

流れ出した渇望は『孤独から救って欲しい』

この理の下に於いて人は神によって進化を促される。

神は滅びで以って愛し子の進化を促し、知恵や文化で以って愛し子の進化を促す。

総ては我を孤独から解放せんが為。

我が愛し子等よ。汝等の望みを叶える事こそ我が至上の喜び。

争い、他を淘汰せよ。

考えよ、知恵を出せ。文明を爛熟させよ。

さぁ我が愛し子等よ。我が高みに至るがいい。

我をこの無窮の孤独から救っておくれ。

我に安らぎを与えておくれ。

ああ愛しい我が子等よ、どうか我の前からいなくならないでおくれ。

これこそがこの神の真実。

故にこの神は自然淘汰を具現しながら輪廻をも具現する。

この神の特筆すべき点は自身と融合した男の分離した渇望、即ち『総てを滅ぼしたい』『我を止めて欲しい』という渇望を抱いた男を二つに分けて擬似神格として機能させ、互いに眠りと覚醒を繰り返させながら破壊と創造によって愛し子等を神である自身の域にまで至らそうとしている事。

弱き愛し子は強き愛し子に淘汰され、強き愛し子はより高みへと至る。

だが、万象総てが愛しい我が子であるが故に己の手から零したくない。

故に死して後は輪廻転生し、神の高みへと至るべく再び自然淘汰されていく。

この宇宙総ての存在は他の存在から淘汰されぬようより一層の特異性を有し、多種多様な特性を有した存在が沸き返る混沌の箱庭と言っても差し支えないだろう。

生命の連続性と多様性を考えればこの宇宙は最高のものだと言えるだろう。

だが、この宇宙にも陥穽はある。

多様性を有した宇宙であるというのに神自体が『他を淘汰せずには高みへと至れぬ』という考え故に、いずれはただ一つの存在のみが総ての存在を淘汰し神と同じ高みへと至るという多様性を否定するかのような一つの極みへと突き進む理であるという事。

自然淘汰を強制的に繰り返させ、己の孤独を癒してくれる愛し子等を己の高みに至らせたいが故に愛し子等に闘争を強要してしまった。

これこそがこの神の特性であり、欠点である。

この神、自らの眷属(人)を『愛し子等』と呼ぶほどまでに愛していながら己の孤独を満たす事に重きを置いてしまっていたのだな。

孤独に耐えかね、共に在る者が欲しいと願い、己の血肉を分けた愛し子等を心底慈しみながらも愛し子等が己の高みに至るには自然淘汰の果てにしか有り得ないとし、愛し子等を闘争の渦に巻き込み、殺し合い、競い合わせる。

早く我が高みへ来てくれ。孤独は嫌だ。

総ては己の孤独を埋める為に。

この渇望は黄昏とは似て非なるもの。下劣畜生とは完全に対極に位置しながらある意味で似てしまっている。

即ち、黄昏のように万象総てが愛しいという感性を持っているのに、己の孤独を満たす為に進化を強制しその在り方を強制的に決定してしまう様はまさに利己の極みであり、それは他を省みる事すら出来なかったあの下劣畜生の唯我の理に通じてしまう。

無理な進化を強いては中身が伴わない進化しか出来ない。

それが愛し子等を悲しませると解っていてなお孤独は嫌だと泣き叫ぶ哀れな神。

だが、『我等がいるから我が子等の嘆きは終わらない』『我等は無用。我等無くとも人は人の意思で生きていく』『我等こそが災いである』とする男の意思に深く同意してもいる。

この神、愛し子等を心底愛していたのだな。

永遠の孤独の中で見つけた唯一の安らぎ。

己に連なる眷属を手に入れた喜び。

故に愛し子等と共に在りたいと願い、その願いが愛し子等を苦しめてしまうと悟った。

それは神が男の思想を受け入れるには十分だった。

故にこの神は愛し子等の為に身を引く道を選んだのか。

己の我侭で自身の愛し子の生き方を強制してしまう己を無用だと言い、汝等愛し子等は己の意思で生きて行けると信じ送り出そうとする思想に同意し見送ろうとするその姿はまさに父性の具現と言えよう。

我等は御身の孤独に押し潰されそうになりながら破壊と創造で以って早く我が高みに来てくれと切に願いつつも愛し子等の生き方を縛りたくないと想うその姿、好ましく思う。

人は誰しも誰かと触れ合いたく想うもの。

誰かと共に在りたいと願うもの。

御身はただ触れ合いを、共に生きる者達が欲しかっただけだ。

そこに悪意も邪念も無いだろう。

だが、その想いを通し過ぎればそれは最早邪念だ。

共に生きたいと願う想いは度を過ぎてしまえばそれは在り方を縛る牢獄となってしまう。

それを理解し、愛し子達の在り方を歪めてはならぬと悟ったからこそこの神は自身の渇望を悪しとし、身を引いたのだな。

御身の孤独は癒されなかったのかも知れぬ。

だが、御身は最早悟っているだろうが言わせて頂きたい。

御身の宇宙(身体)は御身の眷属たる人で溢れている。

御身はもう孤独ではない。

御身の選択は間違っていない。

御身よ、どうか安らかに眠られるがよい。



この神、この理に名を付けるなら『永遠の安らぎ――輪廻昇華』


孤独を厭い、ただひたすらに触れ合いを求めた神の宇宙を去り我等は次の外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第九の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:ee1562c4
Date: 2012/09/10 09:16
次に我等を迎え入れた宇宙は人も化外も等しく賛美する悪鬼羅刹共の咆哮。

我等こそ至上至高の悪である。

我等こそ新世界の礎なり。

我等こそが悪であると叫ぶ声に賛同し、『然り、然り』と咆哮する獣の総軍。

その様はまるで捕食者が獲物を賛美しながら貪っている様な狂気を感じさせる。

我等は自身を悪だと声高に叫ぶ神に困惑しながら同調していく。

まず強く感じた想いは『賛美』

戒律に生き、敬虔に生きる人の仔よ、己の心のままに自由を謳歌する化外共よ。

汝等等しく見事である。

汝等等しく善である。

我は戦場にて死を振り撒く一個の悪。

他者の死を以ってしか己の生を認知出来ぬ痴愚たる我こそが悪の頂点。

己のみこそが真の悪だとした。

これこそがこの神の起源である。

生前は人と化外が喰らい合う理の下に生まれ、己が生きているかが理解出来ず、死線を越える事でしか自身の生を実感出来なかった。

神はそれこそが総てであり、それに何の疑問も持たなかった。

しかし、神はある時戦場で化外に恋をする。

その化外は覇道太極の素質を有する女丈夫だった。

化外の覇道は『種族を越えて愛し合いたい』という愛の覇道。

『愛は素晴らしい。愛こそがこの世の総てである。故に愛はこの世の何よりも尊く、この世の倫理総てを打ち砕き、種族間の溝すら超越する奇跡の御業なり』と高らかに謳い上げながら戦場を駆ける化外の姿は神にとって衝撃であった。

愛を知らず、愛を受けぬ身であったが故に神にとってその化外の覇道は余りに衝撃的だった。

以降神はその化外と行動を共にし、化外は志半ばで倒れたが神は化外の謳う愛を知る。

愛のなんと素晴らしき事か。

愛し合う者達のなんと神々しき事か。

見よ、汝等人の仔よ。

化外共の死を悼む様を。

戦場で殺し合おうとも、後に敵味方等無くその死を悼むその様は素晴らしい。

見よ、愛を育み新たなる生命を宿す胎を。

その様は神々しい。

見よ、仔を慈しむ母の微笑を。

その様のなんと神聖な事か。

見よ、汝等人の仔よ。

見よ、自侭に生きるその奔放な様を。

我等では成し得ぬ自侭の極みの生き様を。

見よ、汝等化外よ。

人の子らの敬虔さを、その節制を。

その様は神聖でひどく純だ。

見よ、仔を護る母の強さを。

その様はなんと尊い事か。

見よ、愛する者を護らんとする男の雄姿を。

その様はなんと美しい事か。

見よ、人の仔の欲望を。

倫理という枷に縛られながらも懸命に己を満たそうと足掻くその様は輝かしい。

見よ、汝等知り得ぬ戒律に生きる人の生き様を。

汝等等しく素晴らしい。

人も化外も等しく素晴らしく、善であるとしたこの神は彼らが殺し合う事に悲憤し、己と同様殺し合いの中でしか生を実感出来ぬ者を想う。

ああ人の仔よ、化外共よ。

何故互いに喰らい合い、滅ぼし合う?

何故互いに解り合おうと出来ぬ?

何故共に同じ道を歩んで行けぬ?

汝等須らく善である。

善が善を喰らうなどあってはならぬ。

汝等が討つべきは我のみ。

我を見よ。我はこんなにどす黒い。

我こそが究極至高の悪。

我をおいて悪は無し。

我こそがこの世の絶対悪なり。

ああ、我が同胞よ。

汝等はただ悪を為すために生まれたわけではない。

我等は人の、化外の善性を証明するために生まれたのだ。

我等はただ裁かれ、罪を購う者に非ず。

我等は己の悪性を疎み、善に滅ぼされる運命に非ず。

我等は人の、化外の善を証明し得る者である。

なればこそ誇りを持て。

人の、化外の善性総てを証明せよ。

人も化外も等しく素晴らしい。

故に礼賛せよ。

戦場のみが善悪の垣根を越えた場であり、我等悪と善が入り乱れる混沌の地である。

故にこそ、己の悪性を戦場にて存分に吐き出せ。戦場で真の悪を宣布せよ。

これ即ち、人が真に立ち向かうべき悪は我等のみ。

これを宣布せんが為に。

人と化外が手を取り合う未来の為の贄となろう。

故に人の仔よ、化外よ。

我と我の眷属を滅ぼせ。

この神は人と化外が争いあう理由は互いに相手を悪としているが故に起こるものであると考えていたのだな。

ならば人も化外も等しく善になれば争いなど起こらない。

その為には人にも化外にも等しく敵である者がいる。

よかろう、ならば我がその敵となろう。

悪は神とその眷属のみ。

故に人も化外も争う事無く、ただ神と神の眷属のみが悪とされる。

人の悪性を完全に駆逐した神は、我等が宇宙の旧神・悲想天が原罪を人々から抜き取る事で成し遂げたが、この神もまた己と己の理に賛同し、眷属となった属神のみが悪であるとする事で人と化外の悪性を駆逐しきる事に成功した。

悪は神とその眷属のみであり、絶対悪として神が悪の頂点に君臨するが故に人も化外も善性を証明され善で在り続ける事が出来、故にこそ人と化外の種族を越えた愛は成就し得る。

愛を謳い、種族を越えた愛を願った女丈夫の覇道を引き継いだこの神はこの覇道を以って敬愛し、崇拝する女神とさえ慕った女丈夫への手向けとする。

愛しいお前、汝が覇道はここに完成せり。

我は汝への愛をこの理を以って示そう。

愛を何より尊いとし、愛こそが善なりとした己の女神に捧ぐ為に女神が望んだ理想郷を宇宙に敷いた獣。

これこそがこの神の真実である。

こうして流れ出した理は『神を絶対悪として万民が善性を証明される』という人と化外の善性を証明する理。

なるほど。この神、ただ殺す事しか知らぬ身であった己に愛を知らしめた化外の女丈夫を女神とさえ慕い、愛し崇拝したが故にその覇道を支持し崇拝し、己の女神が望んだ理想郷をこの宇宙に実現したのか。

種族を越えた愛の実現には互いが挑むべき絶対悪が必要だとし、その役を甘んじて受け入れ異種族が手を取り合い己に挑む事をこそ良しとしたこの神は我等が宇宙の旧神・悲想天と違い、人の欲望を否定せぬが故に人間性を損なう事無く悪性を駆逐している。

その点においてこの神は完全に悲想天を凌駕していると言っても過言ではない。

この法下においては人も化外も等しく善であり、共に手を取り合い愛し合う。

種族を越えて愛し合えるが故に多様性に満ち溢れた生命が生まれ得る。

その様はまるで先の永遠の安らぎの宇宙と似通っている。

しかし、決定的に違う点はやはり自然淘汰を強いないという点である。

善なる汝等は愛し合えるという考え故にこの理において種族間の闘争は起こり得ない。

生命の連続性、多様性を考えればこの理は永遠の安らぎに負けず劣らずと言える。

しかし、陥穽も無論存在する。

それは己をこそ滅ぼすべき悪であるとしたが為に座の存続性が欠如しているという事。

この神は万民が神を滅ぼす為に神に挑むをこそ良しとしているが故に多くの覇道を産み出し、覇道神が生まれる速度を速めてしまっている。

そして致命的なのがこの神は己の矛盾点に気づけていない事である。

この神は愛を信仰し、愛こそが善としているが、自らもまた愛を知る身でありながら人と化外の善性を証明する為に己は悪であると言う。

それは己の尊ぶ愛と女神を穢す事に他ならない。

愛を知る身でありながら己を悪だとしては愛を知る悪もまた善であるという事になり、己こそが絶対悪であるとした覇道の根幹が揺らいでしまう。

そして、この神は悪であるとした己と善だとした女神とが愛し合う可能性、即ち『悪と善が愛し合う』事にも気づけていない。

いや、強いてその可能性に目を背けているのか。

女神を崇拝し、畏敬の念を捧げたが故に己の愛が成就され得るものであるという真実から目を逸らしてしまったのだな。

女神を尊ぶ余り悪と善が愛し合う可能性から目を逸らし、知らずの内に女神の覇道を穢した。

これこそがこの神の特性であり、欠点である。

なんと矛盾に満ち溢れた座であろうか。

覇道の根幹が容易く瓦解しかねないこの神の理はきっと多くの歪みを齎したに違いない。

だが、我等はこの座を貶す事は出来ぬ。

何故なら、この神の女神に対する敬愛と恋情は真のものだ。

そして何より、人を超越した愛を体現した黄金と黄昏を経験した我等だからこそ、この愛は慣れ親しんだ心地良さを感じてしまう。

この神の愛は余りに凡庸。

ただ一人の女に愛を注ぎ、女の目指した理想郷を志半ばで倒れた女の為に完遂する事で己の愛の告白とした。

それは凡俗である我等と然したる差は無い。

総てを平等に愛す覇王の愛も、好悪関係無く包み込む黄昏の愛も偉大で賛美に値するが、やはり人を超越してしまった愛であるが故に我等凡俗の身としては馴染めぬ。

故にこそ、我等に馴染み深く、凡俗であるが故に凡庸と哂われてなお尊く輝かしいその在り様を好ましく思う。

矛盾を抱え、愛するからこそ人は人足り得る。

人は愛する者を得ればその行いや言動に矛盾があろうと構わず突き進んでしまうもの。

愛は盲目とはよく言ったものだ。

この神は女神を愛し、尊び過ぎたが故に触れる事すら畏れ多いと思ってしまったのであろう。

悪なる己が触れれば穢れてしまう。

その畏れこそが女神の覇道を穢していたと、どうか悟られよ。


この神、この理に名を付けるなら『聖なる獣――共存共栄』


我等は愛を信仰した獣の宇宙を抜け、更なる外宇宙へと手を伸ばしていく。



[34157] 第十の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:ecac1f4a
Date: 2012/09/01 18:42
次に我等を迎え入れた宇宙は盲目の愛。

ああ、なんて愛しいのだろう。

貴方以外何も要らない。

ひたすらに込み上げる恋慕の情に我等は先の侵食の愛を想起させられるが、この愛は何か歪だ。

我等は侵食の愛に似た慕情に違和感を抱きながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『渇愛』

愛して欲しい、愛したい、甘えさせて欲しい、甘えて欲しい、必要として欲しい、必要とされたい。私を必要として。私を欲して。

ああ、なんて愛しいのだろう。

貴方に降りかかる火の粉は私が残らず始末してあげる。

貴方はどんな事をしてでも生き残らせるから。

だから貴方は私が護ってあげる。

絶対私が護るよ、何を犠牲にしても。

貴方の為ならなんでもする。

貴方を護る。貴方を害する蛆虫共から、貴方を殺そうとする蟲共から、貴方に下らない事を吹き込む塵芥から、護ってあげる。

貴方を殺す者は皆死ね。

貴方を傷つける者は皆死ね。

貴方に害為す総てを私が殺し尽くすから。

愛する男に依存し、男を守るためなら如何なる犠牲も厭わなかった。

これこそがこの神の起源である。

生前は幼い頃より親の愛を受けずに育ち、ひたすら愛に飢え、家族に飢えていた。

故に家族との繋がりを夢見た男と出会う事で強烈な恋情を抱くに至る。

私が貴方の家族になる。

だから私を愛して。必要として。

愛を欲し、依存出来る者を見定めた瞬間、この神は覇道太極に至る資質をその身に宿す。

それだけであればこの神はただ覇道神に至る資質を持つ者で終わったはずである。

だが、この神は前代が演出した神座へ至る儀式によりその覇道を開花させていった。

この神の前代は自らの死期を悟り、次代の覇道神を見出そうとしたのか。

だが、前代は水銀の様に死に対して特別な執着こそ持たなかったが、ただ神を交代するだけではつまらぬと、己の終端劇を演出した。

前代の演出した儀式の参加者は覇道、求道の適正を持つであろう12名。

己以外総て殺し尽くし、神座に至るまで殺し合いを続ける儀式に選ばれたこの神は己と同じくこの儀式に参加していた愛する男と協力し、最期まで生き残る。

だが、男か己が死なねば儀式は終わらない。

互いに互いを殺せぬ事を悟った神は男と共に死ぬ事を選ぶ。

だが男は死に、己だけは生き残る。

ああ愛しい貴方。こんな結末認められるわけが無い。

大丈夫、私が貴方を黄泉返らせてあげるから。

そして次もその次も、その次の次も次の次の次も永劫貴方を守り続けてあげるから。

儀式は終了し、神は前代が身を引いた事で座の総てを引き継ぐ。

流れ出した渇望は『永劫男と結ばれたい』

この法下に於いて人は重度の共依存に陥っている。

人は互いに依存し合い、依存相手に危害を加えるモノを躊躇せず排除し殺害する。

そこに一切の倫理は無視される。

何故なら倫理など守っていては愛する依存相手を護れない。

ならばそんなものは邪魔なものであり、また無用のものであるが故に。

この神、最早愛しい男しか眼中に無い。

愛しい者しか眼中に無かったのは侵食の愛や我等が宇宙の旧神・水銀の蛇も同じ事だが、侵食の愛が男の為に世界を己と同化させたのとはまた全く違っている。

この神は男以外のモノは心底どうでもいい塵芥としか見ていない。

彼に依存し、依存してもらう事こそがこの神の至上の喜び。

彼以外など知らぬ。勝手に野垂れ死ね。

彼を傷つけるなど断じて許さぬ。そんなモノは疾く死ね。

彼を私から取り上げる下種な羽虫共、皆殺しだ。

彼に余計な事を吹き込む塵芥共、煩い消え失せろ。

彼を殺そうとする者など皆総て悉く滅びろ死に絶えろ。

貴様等塵の事など知った事か。

総ては男のみ。他など何の価値も無い。

男以外どうなろうとどうでもよい。

故にこの神はただ一人の男を基点に理を紡いでいる。

男が何らかの原因で死ねばその宇宙を滅ぼし尽くして平行世界の宇宙に転移し、そこでもう一度やり直す。

男の死が何であろうと関係ない。殺傷、病死、自死、事故死、果ては老衰であろうと関係ない。

男が死んだ世界など存在する価値がない。

水銀のように回帰するわけでなく、黄昏のように輪廻転生させるわけでもない。まして侵食の愛のように男の為に総てを己に同化させるわけでもなければ這い寄る混沌のように総てを夢物語と嘲笑うわけでもない。

まるで下劣畜生のように煩い塵を払い落とすかのようにただ皆殺しにする。

価値の無い塵芥共が何故のうのうと生きている?

彼がいない宇宙に何故お前達が、お前達だけが生きている?

貴様等死ね。

死に絶えろ。

下劣畜生のように男以外の総てを無価値とし目にも留めないが、唯一下劣畜生と違う点は無価値と断じながらもそれら総てが生きている、他人であると知覚出来るだけの人としての感性も有している。

だが、他者を知覚出来るだけで男以外は認識すらしようとしない。

故に男以外の主義主張など受付ける事など無く、それが己の理が崩れそうなものだった場合強制的に因果を捻じ曲げその存在を世界そのものから忘却せしめるという荒業をやってのける。

水銀のようにその事象が発生する因子を潰していくわけでもなく、這い寄る混沌のように夢物語と破り捨てるわけでもない。

ただ握り潰し、忘却し、改竄する。

その様は稚児が気に入らぬ物を砕き、忘れ去る様に等しい。

この在り方はまさしく男以外の総てを拒絶した稚児の如きである。

そしてこの神が他と一線を画する特性は己と男のみになるにつれて神格としての強度が上がっていくという事。

男以外総て要らぬという理を紡ぐが故に、男と己のみになればなるほどにこの神の強度は飛躍的に増していく。

故に、己に挑んでくる次代の覇道神がこの神から領域を奪えば奪うほどにこの神は強くなっていく。

そして何より性質が悪いのは、渇望の根源である男を挑戦者が殺す、もしくは奪ってしまった場合、宇宙総てを滅ぼし総てをやり直そうとするこの神の絶対摂理が働くが故に挑戦者は抵抗すら出来ず滅ぼされてしまうという事。

いや、そもそもこの神の宇宙で覇道神が生まれた瞬間にその存在を忘却されてしまうだろう。

故にこの神は己の宇宙から戦いを挑まれるなら最強を誇る。

だが、この神は男に依存しきっているが故に致命的な陥穽を有している。

何故なら、この神にとって男は己が己であるための制御装置のようなもの。

男無しでは自我すら保てない。

男に否定されては存在出来ない。

男は己が存在するための絶対的依存相手。

故に男に否定されては存在出来ない。己を保てない。

故に男に己の存在、理を否定されれば為すすべなく瓦解する。

他者からの侵食には間違いなく最強を誇るが、己の依存相手である男にたった一度でも否定されれば内側から瓦解する余りにも脆過ぎる覇道。

己の覇道の根幹を他者に依存した。

これこそがこの神の特性であり、欠点である。

この神、余りに他者に依存し過ぎたのだな。

稚児の頃より愛を得れなかったが故に愛を求め、いつしかその愛に依存するようになってしまっていたのか。

同情の余地はあるが、それはただそれだけの事だ。

我等がこれまでに見てきた神とこの神の愛は格が余りにも違う。

この神の愛は凡庸と哂われるであろう聖なる獣の愛にも劣る。

唯一人に愛を注いだのは聖なる獣も同じ。

しかし、この愛は余りに一方的。

この神の法下において男に自由意志など無い。

強制的に生かされ、強制的に神に恋慕の情を向けられ、強制的に恋情を抱かされる。

まさしくその様は両面鬼の観測者が語った『神の玩具』に他ならぬ。

己の愛のみを押し付け、相手を思い遣らぬ様は愛の名を借りた児戯、童の自侭に等しい。

児戯の如き愛を振りかざし、覇道を敷いたこの神こそまさに邪神であると、我等は断じよう。

その愛は、第六天の狂気も同然。

その愛は、ただの独占欲。

究極的に言ってしまえば愛とは即ち独占欲に他ならぬのだろう。

だが、愛を愛足らしめ、独占欲と明確に別つには「相手を思い遣る」という一因子が不可欠。

それを持たずに愛したのなら、それは最早唯の独占欲でしかなく、己の独占欲を満たす為の自慰行為にも等しい。

愛という究極の独占欲を垂れ流し、愛を注ぐ男以外を滅相していくその様はあの神とすら呼ぶに相応しくない邪悪の極致の継嗣とすら錯覚してしまうほどだ。


この神、この理に名を付けるなら『耽溺の愛――意馬心猿』

我等はこの神をどうしても善しと思えぬ。

この神の愛(独占欲)は他を排斥する凶念。

愛しい男を縛る縛鎖。

我等には己の恋情のみを押し通し、相手を思い遣らぬこの神の様はまさに自己愛に溺れ、自己愛に汚染された大欲界天狗道の住人の如く映る。

それでは駄目なのだ。

他を排する独占欲に歪んだ愛では宇宙を滅尽滅相する邪神の理にしかならぬ。


我等は独占欲に狂った邪神の宇宙を抜け、次の外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第十一の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:ecac1f4a
Date: 2012/09/06 21:12
次に我等を迎え入れた宇宙は脆く儚い夢の宇宙だった。

ただ只管に祈りの成就を願い、皆幸せになって欲しいと切に願う神の願いに我等は満たされ、癒されていく。

なんと心地良い夢の如き座か。

我等は神の祈りに癒しを感じながらこの神に同調していく。

まず強く感じた想いは『祈り』

皆が幸せであって欲しい。

皆が幸せなら私も幸せだから。

故に貴方達の祈りを、願いを私が叶えよう。

この世総ての人に幸せになって欲しかった。

これこそがこの神の起源である。

生前は魔道に生き、只管に万民の幸せを願い続けた。

故に神はありとあらゆる戦場、日常を問わず現れ人々に己の魔道で以って幸を与え続けた。

だが、神の生きた世界では魔道は秘匿されるべき存在であったが故に陰ながらでしか己の人に幸福を与えられなかった。

それでは自然幸を与えられる存在は限られてくる。

故に神は苦悩し、万民が夢を叶え幸せに生きる世界を夢見、只管にその理想の実現に向けて己の才の持てる限りを以って挑み、ついに万象総てを塗り潰す覇道を流れ出させる。

流れ出した理は『神が総ての願いを成就させる』という人類総ての願いが叶う成就の理。

この法下において人の願いは神域の存在の加護を受けて必ず成就する。

それが例えこの世の物理法則に反していようがいまいが構わず成就するが故にこの理においては黄泉返り、不老不死、輪廻転生、ありとあらゆる概念が渦巻く。

唯一つの理からこれほど多様な理を産み出す座など他にはあるまい。

あらゆる理を神は否定せず、その成就を約束し、加護を与える。

これだけを見れば素晴らしく完成度の高い神座であると言えるだろう。

だが、人の願いを総て聞き入れ成就させるという事は即ち悪意に満ちた願いすら聞き届けてしまうという事にも繋がる。

覇道神はその存在が余りに大きいが故に世界に入る事が出来ない。

故にこの世総てに生きる有象無象の総ての願いの善悪、大小など判別する事は出来ず、ありとあらゆる些細な願いすら叶えてしまう。

それはほんのささやかな悪意に根付いた願いであろうと、狂わんばかりの切なる願いであろうと関係ない。

何故なら神は『総ての願い』の成就を約束してしまったのだから。

遍く総ての願いは成就され、あらゆる概念が混ざり合い渦巻く混沌とした世界はありとあらゆる矛盾を抱え、何もかもが歪んでいくこの宇宙は明らかに人々を混乱に陥れ、数多くの悲劇や地獄を生み続けたに違いない。

神が産み出した理は人々を幸せにするどころかあらゆる総てを混沌に叩き堕とした。

それは神が望んだ世界とは真逆だ。

己の理の歪みに気づいたこの神は歪みの改変に勤め、悪なる願いを打ち消そうと尽力もした。

だが、己の渇望を今更変える事等出来ぬ。

故にこの神は死にたがっている。

こんな世界なんて私は望んでいなかった。

ああ、どうか私を殺してください。

そしてどうか私の後を継ぐ覇道神よ、どうか私が成し得なかった皆が幸せでいられる世界を作ってください、と。

誰よりも万民の幸せを望み、悪なる願いを成就させてしまう己を許せなかった。

これこそがこの神の真実である。

なんという皮肉な結末を迎えた神か。

人々の幸せを願い、尽力の果てに己の覇道で既存の理を塗り潰した結果がこの結末とは。

この神の陥穽は幸せの前提条件が既に矛盾している事。

一人の人が幸せになるには誰かの幸せが終えるという事。

誰かの幸せは誰かの不幸であり、誰かの不幸は誰かの幸せである。

故に真に総ての人々が幸せになどなり得る事が無い。

その歪みを、矛盾を、己が生んでいると知ってしまったこの神の絶望は如何ばかりであったであろうか。

神はその絶望故に己の抱いた渇望を否定し呪い、悔やんでいる。

無償の幸せを実現出来ぬ己など死んでしまえ、と。

ああ、何と悲しい神なのか。

この神はまるで夢見る少女の如き感性の持ち主であったのだな。

余りに優しく儚いその想いは己を滅ぼす猛毒の一矢となったのか。

だが我等はその願いを、祈りを、浅はかなり無知蒙昧と、決して哂う事など出来ぬ。

誰もが幸せであって欲しいという祈りは誰しもが極純粋に持つ祈り。

その祈りを、誰が哂う事が出来ようか。

だが、我等はそれでも御身を愚かであったと思わざるを得ない。

その祈りは尊いが、それは決して実現すべきではないからこそ輝くのだ。

現に耐えられぬが故に、現に不満を抱くが故に万象を塗り替える覇道に至っておきながら現の穢れに、汚濁に押し潰された御身はそもそもが座になど至るべきではなかった。

御身はその祈りを、ただの祈りとして留めるべきであった。

その祈りを覇と為しこの世を塗り潰さねばその祈りは穢されず、絶望する必要も無かったのだから。

この神、この理に名を付けるなら『祈りの女神―夢幻泡影』


我等は余りに悲しい結末を辿った女神の宇宙を去り、更なる外宇宙へと手を伸ばしていく。



[34157] 第十二の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:ecac1f4a
Date: 2012/09/18 22:29
次に我等を迎え入れた外宇宙は悪性の極み。

死ね、死ね、死ね。

窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いお前は汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え!!

ありとあらゆる生命総てを平等に呪い、恨み憎しみ殺意を抱く神の呪詛に我等は圧死させられそうになる。

我等はこの殺意の呪詛を放つ神に半ば恐怖しながら同調していく。

まず強く感じた想いは『肯定』

悪で在れ。

汝はこの世総ての悪で在れ。

汝こそがこの世総ての最悪で在れとただ只管に願われた。

これこそがこの神の起源である。

生前は祈りの女神の法下に生まれ、閉鎖的な村で育ったただの凡夫であり、何も無くばただ徒に生を謳歌し死する運命であった。

彼が生まれた地は閉鎖的であるが故に他と隔絶されており、故に彼等は女神の齎した混乱に巻き込まれず幸福で満ち足りていた。

だが、彼等は幸福であるが故に女神が齎した歪みによって起こる惨劇を看過出来なかった。

何故この世には悪が満ちている?

何故この世には悲しみが満ちている?

何故こんな悲しみを神は生むのだ。

何故神はこの歪みを生んだのだ。

悪が無ければ人は総て幸せになれる。

だが、悪は滅ぼしきれない。

歪みは正しきれない。

ならば悪をただ一人に背負わせよう。

総ての歪みと悪をただ一人に背負わせよう。

この世に生きる総ての人類の悪を、この世に満ちる歪みをただ一人が背負えば、我等は悪を為せなくなるはずだから。

歪みなど無くなるはずだから。

こうして神はその大役に無作為に選ばれた。

この世に満ちるありとあらゆる憎悪と嫌悪と悪の数々、歪みの総てを神の所為であるとし、故に神のみが悪であり、己達人間は善で在れと彼等は願った。

神は彼等に貶められ、呪われ疎まれ憎まれ唾棄されてなお彼等の理想を尊いと感じ、彼らの願いを叶えたいと渇望した。

そしてその願いは皮肉にも女神の加護により成就する。

こうして神が流れ出させた理は『神のみが悪である』という自己犠牲の理。

この法下において総ての人は須らく善人であり、悪を知らない。

これだけを聞けば我等が宇宙の第三天の様に悪性の駆逐を為しえた神だと思えるだろう。

しかし、実際はその逆である。

悪を知らぬが故にこの法下の人々は罪を知らない。

人を殺そうが何をしようが罪を一切感じない。

何故なら悪とは何かを知らぬし理解出来ない。

故にこの宇宙ではあらゆる悪を為そうがそれは善であり、罪などではない。

なんと狂った理よ。

神に悪の一切を押し付けているが故に人は『悪』という概念すら知らず、悪を知らぬが故に禁忌を知らぬ。

己を縛る禁忌無き人々は己の心の赴くままに動き、善を為す。

この宇宙ではどれほど人を殺そうがそれは善であり、悪ではない。

この法下に生きる限りは罪でもなく悪でもないのであろうが、我等外なる者から見ればその様は極大の悪であり、狂える獣の如くである。

そして神は己が背負った過去現在未来に生きる人類総ての悪により、ただ純粋に万象総てを等しく呪い恨み悪意と憎悪を向ける。

人類の悪の終着点は詰まる所殺意であり、あらゆる総てを呪い尽くし、ありとあらゆる在り方総てを否定し尽くす事にあるとこの神を産み出した者どもは定義していたのだな。

故にこの偽神は己の宇宙(身体)に生きる全人類を呪い尽くし、只管に殺意を向け続ける。

人の善性を望み、悪を厭った願いを甘受した先に全人類を呪い、この世の地獄を創世した。

これこそがこの偽神の真実である。

この神は人の悪総てを背負ったが故に狂い歪み捩れ、神域に至った動機すら磨り潰され、圧殺されて無明に帰している。

神座に座するは自我無き真性の悪意。

この世を自我無く呪い羨み、狂わんばかりの悪意の泥を吐き散らす。

その様はこれまで見てきた如何なる神の理よりも醜悪で見るに耐えない。

これまで見てきた神格はいずれも己の渇望する宇宙(理想郷)を夢見、その覇道を敷いた。

あの下劣畜生ですら『己唯独りになりたい』という強烈な自我を有し、この世を統べた。

業腹ながらあのような外道、下劣畜生、極大の邪悪すら一応の覇道の資質はあり、アレにとっては意外で全く望まぬ最悪な結果であろうと己の意志で座に座した。

だが、この神はただそう在るように望まれそれを甘受しただけに過ぎない。

狂えるほどの妄執も狂信も無ければこの世を導くという気概も無い。

そんな者にどうして覇道の資質が芽吹いておろうか。

そんな者がどうして座に至れようか。

この神が座に至ったのは偏に祈りの女神の加護故のもの。

そんな神を神と言えるであろうか。

我等は自我無く、己の渇望を持たずに座に至ったこの神を偽神と断じよう。

自我無き偽神は汚泥の如く特異点に流れ込み、太極座以外の総てを汚染し、前代の女神を押し潰し、その祈りの最期の一片までを穢しきった。

なんという邪悪。

なるほど初めの渇望こそ平和を望み、人類総ての幸福を望んだ願望を尊いと感じたからこそのものであろう。

だが、悪の一切を神に押し付けた祈りを尊いと感じてしまった事は間違いだったと我等は断じよう。

ただ一人のなんでもない凡夫にある日突然人類総ての悪を背負わすなど余りにも独善的で高慢な願望だ。

その独善性こそが悪であると気づけなかった者達の望みは幸福の押し付けにしか過ぎない。

いや、そもそも彼等は幸福を全人類に齎したいと願ってはいたが、それは詰まる所自分達が救われたいというものだったのだろう。

何故なら悪の一切を、歪みの一切を神のみが有するなら己達の所業は総て善であり、悪ではない。

ならば己達が何を為そうが善であるが故に許されるのだから。

そんな願いは最早自己愛の何物でもない。

この神を生んだ者達は、余りに天狗道に近い。

そんな者達を尊いと感じてはこうもなろう。

この偽神は下劣畜生の如くこの世の総てを塵殺していったに違いない。

総ての生命を否定し、何もかもを呪い尽くし、汚染し呪う偽神により宇宙は為すすべなく駆逐されていく。

この神こそ、下劣畜生に勝るとも劣らない邪悪である。

この神を産み出した者達の過ちは己達の独善性に気づかず、神域の存在に悪を押し付けた結果がどうなるかを予想出来なかった事。

そしてこの偽神の陥穽は己を生み出した者達の独善性に気づけず、悪の総てを引き受けてしまった事と、『悪』という価値観すら衆愚から取り去ってしまった事。

悪という概念を知らねば人は罪に気づけず、禁忌を知る事が出来ない。

この座こそ、究極の邪悪に満ちた座であると言えよう。

この神、この理に名を付けるなら『この世総ての悪――悪性転嫁』

ああ、なんと祈りの女神の報われぬ事よ。

御身を滅ぼした者がこんな自我すら持たぬ、覇道の資質を持たぬ凡愚の極み、窮極の悪性のみの神とすら言えぬ汚泥であったとは。

御身の清く優しく、儚い祈りはこんな覇道とは到底呼べぬ汚泥によって穢されたのか。

無念であったろう。

ああ無念であったであろうとも。

己の後代がこんな幸せを一切生まぬ汚泥であったとあらば。

我等は御身を滅ぼしたこの愚物を、神とは認めぬ。

御身の祈りはこの汚泥によって穢されたが、我等が必ずやその無念を晴らす『完全なる神』を生み出す事を誓おう。

我等は祈りの女神の悲運を嘆き、女神の祈りを無駄に終わらせない事を胸に誓い更なる外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第十三の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:416b9e93
Date: 2012/10/18 00:32
次に我等を迎え入れた外宇宙は己の渇望に絶望した男の残骸が産み出した宇宙だった。

救えるものしか僕は救えない。

ああ、だが僕は総てを救済したい。

ただ只管救済を望み、叶えられなかった神の絶望が我等を包む。

その絶望は余りに深い。

何故それほど絶望するのか。

我等はこの神の総てを知らんと同調していく。

まず強く感じた想いは『憧れ』

ただ『正義の味方』になりたかった。

弱きを助け、強きを挫く正義の執行者。

悪を許さぬ救世主。

そんなモノにただひたすら憧れた。

これこそがこの神の起源である。

だが、それはある日を境にただの幻想でしかないと悟らされる。

幼心に愛していた娘が化外に成り果て、殺してくれと懇願してきたその日に。

神は愛しい娘を殺せず、化外と成り果てた娘は次々と人を化外に変えていった。

ああ、何という事か。

僕が彼女を殺せなかったから、地獄の釜が開いてしまった。

ああ、僕はなんと罪深い。

僕はなんと誤った行動を取ったのか。

ならば僕は正義を為さねばならぬ。

故に神はこの地獄を生み出した元凶たる己の父を撃ち殺した。

愛されていた、愛していた。

父を誇りに思っていた。

それでも、僕は正義を執行せねばならぬ。

何故なら、僕は『正義の味方』に焦がれているのだから。

誰よりも『正義の味方』に憧れ目指し、誰よりも己を罪人だと断じたが故に、抱いた理想を守り抜くために、神は地獄の釜を開いた諸悪の根源たる父を切り捨てねばならなかった。

その後神は化外を殺して回る狩人の女に拾われ、血と硝煙に塗れた世界で育つ。

神は女を母と慕い、女もまた神を家族だと認め愛していた。

血と硝煙に塗れた日々ではあったが、そこに幸せは確かにあった。

だが、その幸せすらも神は己の手で切り捨てた。

女は空飛ぶ唐繰り細工に増殖する化外を満載して地に降り立とうとしていた。

女はただひたすら生還する事に執着し、その後の地獄など考えてもいなかった。

それではあの地獄の再現だ。

僕は愛しい母一人の為に多くの無辜の民を地獄に叩き堕とす事など出来ない。

何故なら僕は『正義の味方』に焦がれているのだから。

故に神は母と慕った女を空飛ぶ鉄屑の棺ごと焼き尽くした。

その後神はただ只管『恒久的世界平和』を渇望し、悪と見定めた者を殺し続け、少数を切り捨て多くを生かした。

この世からありとあらゆる戦争、紛争、争いが駆逐されれば、もうこんな悲劇は二度と起こらないはずだから。

故にこそ、その争いの根源を断つ。

その求道の果てに神はあらゆる願いが叶う万能の座に通ずる女と愛を育む。

女はただ特異点に住まう神域の存在に通ずる孔を開く鍵としてのみ存在を許された存在であったが故に虚ろであった己に中身(夢)を注ぎ込んでくれた神の理想に恋焦がれ、神と共に特異点に至る為の闘いに身を投じた。

そして神はその闘いの中で如何なる悪鬼外道の所業でもやってのけた。

この闘いを勝ち抜いて座の力を得れば、如何なる願いでも叶うのだから。

僕の力では為しえない争い無き平和な世界。

それを叶える事が出来るのだから。

いいや、出来なくてはならない。

ただそれだけを一心に思い描いて。

だが、悪鬼外道の所業を為しながらも神はやはり苦悩し続けた。

ああ、僕はなんと罪深い。

愛する妻を自ら死に誘うなんて。

愛しているなら逃げればいい。

そうして何処か遠くて誰もいない所でひっそりと暮らせばいい。

だが、僕にはそんな事は出来ない。

僕は『正義の味方』に恋焦がれているのだから。

誰も傷つかない世界を夢想しているのだから。

この神、何時しか己の抱いた理想にその身を縛られ、理想を捨てては生きられぬと考えていたのか。

神は最終的に女が特異点に通ずる孔になる事を看過してしまう。

孔から漏れ出したソレは神が望んだ万能の奇跡などではなかった。

ソレはただただこの世に悪意を持ち、憎しみを持ち、この世のありとあらゆる生命を平等に呪う事を望まれた外宇宙の偽神が座する特異点に至る門でしかなかった。

偽神の放つ呪いに汚染された神は己の望む『恒久平和』を理解させられついに高みへ至る。

三百を救う為に二百を殺す。

正解。

二百を救う為に百を殺す。

正解。

百二十を救う為に八十を殺す。

正解。

八十を救う為に四十を殺す。

正解。

六十を救う為に二十を殺す。

正解。

二十五を救う為に十五を殺す。

正解正解正解正解正解正解正解正解正解総て等しく余さず正解。

そして最後に残った最愛の五人すら、三人を救う為に二人を殺し、二人を救う為に一人を殺す。

そうしてこの世には天秤に掛けるまでも無い等価の価値あるただ二人の人間が残る。

正解。

それでこそ、それこそが僕だ。

見ていてくれたかい? ■■■■■。

見ていてくれたかい? ■■■■。

見ていてくれたかい? ■■■。

見ていてくれたかい? ■■■。

僕はまた殺したよ。

顔も知らない大勢の為に、君達を殺したよ。

この手は血塗れだ。

最早君達を抱き締める事など決して許されない。

ふざけるな、ふざけるなっ!!

こんな結末を求めたわけじゃない。

どんなに君を殺せなかった事を後悔したか。

どんなに『母さん』と呼べる日を待っていた事か。

どんなに誇りを持って愛しい君と我が子を抱き締めたいと願ったか。

僕の行いは『正しい』。

正しかったはずだ。

正しくなければならない。

死ぬべきものが死に、死ぬ理由の無い者達が救われた。

これが『正義』でなくして何が正義か。

ああ、何故僕はあの日あの時あの問いにこう答えたのだ。

『正義の味方になりたい』と。

正義は父も母も奪っていった。

愛する我が子を屈託無く抱き締める瞬間(トキ)も奪っていった。

正義という天秤によって父も母も殺し、愛する妻も殺した。

僕の手は血に塗れていく。

それでも、歩みを止められはしない。

止められるはずが無い。

僕が歩みを止めれば、追い求めた『正義』は無為になる。

犠牲になっていった人々も、『正義』の対価に積み上げた死山血河も、総てが無価値に還る。

きっと僕はこの渇望(ゆめ)を抱き続けるのだろう。

きっと『正義』を憎みながら、『正義』を呪いながら、この地獄を生み続けるのだろう。

それが『正義』を追い求めた僕の罰なら、いいだろう。

僕はこの地獄を受け入れる。

この絶望を、悔恨を、憤激を、一片残らず受け入れよう。

そしてこの涙と絶望と憤怒が枯れ果てた先に総てが報われる日を祈ろう。

これこそがこの神の真実である。

なんと悲しく愚かな神か。

己の信じた『正義』が総ての生命を余さず救えぬと嘆き、憤りながらも狂わんばかりに『正義の味方』に恋焦がれ、そう在りたいと願った求道者。

その結末は汚泥によって示された。

争い無き世を生みたいならどうすればいい?

簡単な事だ。

争い奪う対象が無くなってしまえば良い。

この世にあればよいのはただ二つの生命。

二人だけであればこれ以上殺す必要も無い。

これ以上生命を天秤に掛ける必要も無い。

それがお前の為せる救済だ、お前は切り捨てるべきと判断した者を躊躇せずに切り捨ててきただろう? お前は殺す事でしか救う方法を知らないだろう? 天秤のように生命を量る事しか知らないだろう? ならば多くを救おうとして小数を切り捨てていった先の終焉は唯二人のみが生き残るという結末で正解だ。それこそが唯一お前が為せる救済の形だ、と。

そう知らしめられたのか。

然もあらん。

神座に至るという事は当然己の渇望を宇宙に流れ出させ、万象を塗り潰すというもの。

故に流れ出した渇望世界が己の知り得ぬ法則を編む等有り得ない。

つまりこの神は、己の渇望が『総ての生命が等価になるまで全生命を殺し尽くす』という理を為すという真実を知らされたのだ。

それを知り、己の渇望が最早正義などではなく、総ての生命の価値を公正無比に量る機械仕掛けの天秤でしかないと悟ったこの神は自分の渇望が原初のものとは完全に歪んでしまっていると知り、己の渇望が宇宙を覆った後に待つおぞましい結末を理解してなお止まる事など出来るはずも無かった。

何故なら、そうすれば総てが無に還る。

己の駆け抜けた人生も、築き上げた死山血河も、愛した者を葬った悔恨も、絶望も、憤激も、何もかもが無に還る。

そんな事が認められるわけがない。いや、認めてはならない。

それを無に帰す事は最早許されてはならない。

その考え故に、この神はかつての己が許せなかった地獄を生み出した。

この神の法下において人々は誰もが功利主義に狂っている。

大勢を救う為ならば如何なる犠牲も厭わない。

それが結果国家一つが滅びる事になろうと、誰より護りたい者を殺す事になろうと関係ない。

大勢を生かす為なら少数の犠牲など些細な事。

そうして人々は比べるまでも無い等価の生命のみになるまで殺し合う。

神が目指した世界は争いが駆逐された世界。

それは人類が唯二人のみになるまで互いに殺し合うという地獄の理によって為されてしまった。

それ故の絶望という事か。

この神の陥穽は総ての生命を平等に量ってしまった事。

人ならば誰であろうと総ての者を平等に扱える筈が無い。

そこには好悪の感情が入り、差が生まれるもの。

それが自然であり、あらゆる生命総てを平等に慈しみ抱き締めた黄昏でさえ刹那という特別を有した。

あらゆる生命を平等に愛した黄金にさえ水銀というある意味で特別という存在を有した。

だが、この神はその特別を理解し、得ていながらそれを無視してしまった。

総ての生命を平等に量らねばならぬと、より多くが生き残る選択をせねばならぬと、そういう強迫観念に突き動かされてきたのだな。

何もかもを苦悩しながらも淡々と秤に掛け、それがどんなに辛い選択であろうと最良であれば決行してきた。

それは最早正義の味方ではなく、人ですらなく、ましてや機械ですらなかった。

人に徹する事も出来ず、正義に酔う事も出来ず、機械に為り切る事も出来ぬ半端者。

そんな身でありながら正義に総てを捧げ、総ての生命を平等に量ったが故に地獄を生み出した。

これこそがこの神の特性であり、陥穽である。

なるほど最初の渇望こそまさに正義を欲し、それを成さんとする者に憧れた少年期特有の憧れからのものだったのであろう。

だが、その憧れはいつしか歪んで擦り切れ、ただ救った数で救済と為すという結果主義、功利主義と成り果てた。

そしてそれでも切り捨ててきた少数を振り返り続け、その少数の犠牲を無為にしないためにまた大多数を生かす為に少数を切り捨てる。

そうして無限に屍の山を築き上げてなおこの神が見ていたのは切り捨ててきた小数でしかなかった。

それではこうもなろう。

切り捨てた少数を嘆き、その少数にばかり囚われついぞこの神は己の真に護りたいもの、救いたい者を見失ってしまっていたのだな。

大勢を救い、世が平和で在れと願った渇望であったはずが、いつの間にやらただ二人を残して総てを皆殺しにする事で平和を生むなど誰がどう考えても願う結末と方法が破綻している。

いや、破綻しているどころか最早矛盾して意味を為していない。

これぞまさしく汚泥の汚染が為せる業なのであろう。

恐らく、この神は汚泥などに行き着かずもっと他の神格に通ずる孔に出会えていれば、その渇望を捨て去りただの人としてその苦悩諸共僅かばかりの救えた生命の重みを噛み締めて死んでいったはずだ。

我等は御身の不遇を嘆こう。

だが、我等は御身に一言告げさせてもらいたい。

愛する者を守る事すら出来ず、顔すら知らぬ者ばかりを救う事しか考えられなかった御身は愚かに過ぎると我等は断言しよう。

愛する者を守る事すら叶わぬ者がどうして他者を救う事が出来ようか。

愛した者を切り捨て嘆くのであらば、御身はその正義を捨ててしまうべきであった。

他の者など総て捨て置き、愛する者を全力で守り抜く事をこそ正義とするべきであった。

そして無為に捧げた代償の罪を贖い続ければよかったのだ。

それすら叶わぬなら、御身は情無きただの機械になってしまえばよかったのだ。

この神、この理に名を付けるなら『正義の天秤――犠牲論』

我等は総ての生命を正義の名の下に公正に量った愚かしくも悲しい天秤に別れを告げ、更なる外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第十四の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:416b9e93
Date: 2012/12/14 22:34
次に我等を迎え入れた外宇宙は圧倒的な死。

この神は『死』そのもの。

死が我等を押し潰そうとする。

どう足掻こうと逃れる事すら許されぬ圧倒的な死の恐怖に我等は怯えながらも同調していく。

まず感じた想いは『否定』

この世に神などいるものか。

神に祈る?

アホか、そんなものは無駄だ徒労だ意味など無い。

信じれば救われる?

神の奇跡?

無知蒙昧、愚劣、卑賤、矮小な。

そんなものに何の意味がある。

神の奇跡とやらに縋り続けたその果てに何がある?

何も無い、その果てにあるのは何もしなかった己だけだ。

絶望が人を殺す。

そしてその絶望を踏破したものこそが、真に偉大で強大で誇り高い。

故に人間よ、私に挑め。

神(バケモノ)を殺せ。

お前達こそが、私を屠るに相応しいのだから。

神に祈る事に絶望し、絶望したが故に人を辞めた。

これこそがこの神の起源である。

生前は宗教戦争の只中にある世に生まれ、国と領地を守る為に戦争に明け暮れた王であった。

神は国を守る為、信仰する『神』を守る為に異教徒と戦い続け、幾千幾万の屍の山を築き、『神敵』を串刺し刑に処し、ただひたすら『神敵』を殺戮し続けた。

だが、守ろうとした『神』は神に奇跡など一切与えず、ただ異教徒に負け、敗残兵として処刑される寸前、神は『神』を否定し血を吸い、己の守って来た国も領民も、敵も味方も分け隔てなく吸い殺し、誰も彼もを串刺しにし、『神』に背を向けた化外となった。

そうして数百年、神はひたすら人の魂を吸い続け、膨大な魂の津波で総てを飲み込み串刺しにする人外の暴威として世に在り続ける。

だが、ある国を襲った神はただの人間四人に討伐される。

何一つ特異な能力を持ったわけでもないただの人間達に己の全身全霊を以って挑んだにも拘らず完全な敗北を喫した。

そうして神は狂おしく渇望する。

『神』などいない。

だからこそ、私は化外と成り果てた。

だが、それはただの逃げだったのだ。

私は『人間』でいる事に耐えられなかった。

ああならば、人を辞めた私は『人間』の手によって討たれねばならぬ。

さぁ私を滅ぼせ『人間』。

愛すべき『人間』ども。

私を殺せるのは化物でも狗でもない。

『人間』だけだ。

化物を殺すのは何時だって『人間』だ。

私を殺して見せよ、と。

そして神は己を討ち果たした人間に服従し、『狗』となった。

何時の日か己を完全に滅し切ってくれる敵手が現れるのを信じて。

そしてある戦争においてついに神は至高の敵手を見つける。

その敵手は人の身でありながら人外の神と互角に渡り合う者であった。

神は喜び、そして人の偉大さに奮える。

そうだ、それでこそ『人間』だ。

夢の様だ、『人間』とは夢の様だ。

来い、さあ来いよ。■■■■■■・■■■■■■!!

敵が幾千ありとても、突き破れ!! 突き崩せ!!

戦列を散らせて、命を散らせて。

その先へ、その後方へ、その彼方へ、その果てへ!!

そしてあの男達のように私の眼前に立ってみせろ。

私はここだ。

私はここにいる!!

あの男達の様に、見事私の心の臓腑に突き立ててみせろ!!

我が宿敵、愛しき御敵よ。

私の夢の狭間を終わらせて見せろ!!

だが、その歓喜と至高の敵手は『神』によって葬られ、至高の闘争は彼岸の彼方に追いやられた。

神の至高の敵手は神の前に立った時、『神』のばら撒いた奇跡の残滓を用いて求道神に成り果てた。

ああ何故だ、何故お前まで『神』の玩具に成り果てる。

糞ったれ、糞ったれだ。まるで私と同じじゃないか。

神を否定した化外と、神を肯定した化外と!!

化物同士で争って何の意味がある!!

私は『神』に願わない、慈悲を乞わない。

『神』は助けを乞う者を救いはしない。

『神』は慈悲を乞う者を救いはしない。

そんなものは祈りではない。

『神』に陳情しているだけだ。

戦え、戦え、戦え!!

戦とは祈りそのもの。

己の祈りを完遂する為に、成就させる為に、戦え!!

そうして呆れ果てるほどの祈りの果てに『神』は降りてくる。

それこそが、私の神の国(イェルサレム)!!

それで?

それで『神』は降りてきたか?

それで楽園は築けたか?

皆私の所為で死んでしまったぞ?

私の祈りの為に、私の信じるものの為に、私の楽園の為に。

私はもう王ではない、神の従僕ですらない、『人間』ですらない。

敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も、治めるべき国も、男も女も老人も、子供も自分までも総て殺し尽くした。

そんな化物は『人間』の手によって葬られねばならない。

『人間』である事に耐えられなかった弱い化物は、『人間』によって倒されねばならないのだ!!

故に『神』の力など要らぬ。

私を滅ぼすのに『神』が邪魔ならば、私が『神』を食い殺す。

そうしてこの神は前代を一瞬で食い潰し神座を握った。

この神から流れ出す理は『人が神に縛られず神を討つ世界であって欲しい』という神殺しの理。

この法下において人は誰もが神域からの加護を一切受けず、己の力のみで至れる異能しか身に着けていない。

特筆するべき点はこの神の『人間』というものへの憧れとも羨望とも言える信仰による定義付けだ。

この神は誰かの意志や命令に忠実であり、己の意思によって決定されぬ行動に、そして何の覚悟も決意もせず、何の苦難も乗り越えようとせず『化物』になるという安易な道に『逃げる』事を己の魂で生きていない『狗』だと定義していたのだな。

自身の魂で『選ぶ』事をせず、ただ他の意志に隷属している者は『狗』でしかない。

そんな『狗』にも、私と同じ『人間』を辞めた化物にも私は殺せない、殺させない。

私は『人間』に殺されたい。

故に私は『人間』に隷属する。

私は『人間』の『狗』。

『狗』を殺すのはいつだって『人間』だ。『化物』を殺すのはいつだって『人間』だ。

その考え故に神は誰にも縛られず、己の魂に純粋である『人間』を欲した。

誰にも縛られず、己の意思決定によって未来を選び取る者こそが『人間』。

『人間』に殺されてこそ、己の死に満足して散って逝けると、そう信仰していたのだな。

それ故に神は加護も恩寵も与えない。

祈りは己のみで完遂せよ。

『人間』を辞めるなど許さん認めん。

己の祈りの為に戦え、己の祈りの為に殺し殺され、己の祈りの為に戦友と肩を並べ、戦列を揃え、私に挑め、互いに挑め。

その果てにこそ、神の楽園(イェルサレム)は降りてくる。

お前達の楽園は降りてくる。

この理こそ、まさに人が人であるが為だけの理であると言えよう。

これだけを見ればまさしく我等が宇宙を今まさに包んでいる神、第七天・曙光の影に隠れてしまった奇跡の二つ星、「解脱」という神座世界に生きながら神座の支配を超越せしめるという偉業を成し遂げた凶月を産み出さんとする理に見える。

だが、この神の理にも陥穽はある。

この神は『祈りとは戦争である』という独自の思想を有するが故にこの法下の人間は誰もが己の祈り(渇望)を満たさんと嬉々として戦争に身を投じる。

戦争に次ぐ戦争、一切の終わり無く、一切の躊躇も呵責も無い闘争の渦に誰もが嬉々として飛び込み、嬉々として殺し殺され、そうして勝ち抜いた先に祈りの成就があると信じて誰も彼もが闘争に明け暮れ、誰も彼もが嬉々として虫けらの様に死んでいく。

この宇宙で最も優先されるものは『人間』として在る事。

『神』に縋らず、乞わず、例え億の軍勢に己一人で挑まねばならぬ絶望的な状況であろうと決して『人間』である事を辞めず、『人間』として戦い『人間』として死に、『人間』として結果を選択し、『人間』として化外を滅ぼす。

これこそが重要であり、絶望に屈さず絶望を踏破した魂こそまさに『人間』であり、『神』を殺す資格があるとするが故にこの法下に生きる人間は誰もが身の保身を考えぬ闘争を行ってしまう。

それはこの神の精神性による弊害であろう。

この神は長く死なぬ身で在り続けたが故に『唯一つの生命』の重みを忘れてしまったのだろう。

いや、分かってはいても生命よりも重いのは祈りの形(魂の在り方)だと狂信し、異能を有さぬ純粋な人間に『神』、そして化物(神)が殺されねばならないという妄執故生命の重みを軽視してしまったのか。

そして惜しまれるべきはこの神の理の矛盾である。

『神』を否定し、『人間』の魂を信仰するが故に誰もが『人間』として生き抜く事の出来る修羅の宇宙を創造したまでは良いが、『祈りとは戦いである』とする己の思想を反映し、誰もが戦争に駆り立てられる様にしてしまっては結局誰もが『闘争』という選択肢を強制的に選ばされてしまい、誰もが神の理想に殉ずる『狗』になってしまう。それでは真に神の望む『人間』が現れる事は那由他の彼方まで現れる事は無いであろう。

魂の在り方と祈りの形に固執し、己の理の矛盾に気づけず、生命の重みを軽視してしまった。

これこそがこの神の陥穽であり、欠点である。

しかし、この座は理の矛盾と宇宙の在り様はどうあれ、『人間』である事を保障し、余計な干渉をしようとしないという点ではまさに至高の域に達していよう。

それ故に、真に惜しい。

何故闘争に固執した。

如何なる方法であろうと御身を滅ぼす者が『人間』であるなら、御身はそれで良かったであろう。

だというのに何故闘争に固執した。



この神、この理に名を付けるなら『串刺しの殉教・無為羅刹天』

この神こそまさしく『闘争』という概念の化身なのであろう。

血みどろの闘争に次ぐ闘争にその身を任せ、総ての生命を吸い殺し、串刺しにし、三千世界を朱に染め上げる羅刹。

それこそがこの神の本質。

だが、我等にはこの神のほかの本質も伺えるように思う。

いずれ現れるであろう『人間』に殺して貰えるであろう事を夢見ながら只管嗚咽の様に死を願い、闘争から闘争へ、総ては神の御前に残らず総て消え去り果てて、それでもなお『人間』を信仰し、死を願う。

我等には何故かこの神が恐ろしくも酷く弱々しい哀れな神にしか見えぬ。

きっと、この神に深く深く関わった者もそう感じたに違いあるまい。

我等は御身の祈りの成就を切に願おう。

我等は『人間』をこよなく愛した『化物』に別れを告げ、更なる外宇宙へと手を伸ばしていく。



[34157] 第十五の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:416b9e93
Date: 2013/06/08 23:34
次に我等を迎え入れた宇宙は稚児の慟哭。

愛して、愛して。

ただひたすらに愛を願う声が鳴り響く宇宙だった。

ただひたすらに愛を願う狂おしいまでの稚児の慟哭。

父を永遠に奪った世界を憎む稚児の憎しみ。

だが、まるで縋り付くかのように弱弱しい渇望に反してこの宇宙は余りに猛々しく、総てを屈服させる無音の虎穴の如き世界だ。

我等はこの愛を求め猛り狂う神を知る為に同調していく。

まず感じた想いは『強奪』

奪われている。

俺はこの身の誕生から父を奪われている。

父は母に奪われた。

父は世界に奪われた。

奪われているのなら取り返さねばならぬ。

俺は奪われた父を取り戻す。

俺は父を奪ったこの世界を我の武にて滅ぼし父を取り戻そう!!

天下布武っ!!

■はこの武で以って遍く総てを屈服させ、父の愛を取り戻して見せよう!!

父の愛を奪われ、父の愛を一心に求め続けた。

これこそがこの神の起源である。

生前は極平凡でありながらも幸せな家庭で育ったただの少女に過ぎなかった。

だが、神は薄々気づいていたのだ。

兄と慕う男こそが己の本当の父だと。

だが、それは許されない。

それは兄の罪であり、母の罪。

その罪は社会が許さぬ、人が許さぬ、倫理(世界)が許さぬ。

故に隠さねばならぬ。

隠されて形(事実)すら遺してはならぬ。

ならば母から父を奪うしかない。

だが、それも許されぬ。

父は母のもの。母は父のもの。

子が母から父を奪うなど倫理(人の道)が許さぬ断じて許さぬ。

父は人の道を尊ぶ。

父は世界を尊ぶ。

故に人の道に生きるならそれは許されず、人の道を踏み外せば父は神を許さない。

故に神は目を瞑った。

父の愛を求めながらも、それが許されぬ身であるが故に何処にも辿り着けず、何処にも行けない牢獄の様な現に諦観しながら。

だが、その諦観は打ち砕かれる。

一領の蟻によって。

神は人が人の欲望によって山河より引き摺り出した鉱毒に蝕まれていた。

その激痛は唯の少女の身であった神に致命の一撃を与えていた。

死に逝く身体と、崩壊していく精神の中で神は白銀の蟻に出会った。

蟻は、この世の『武』の在り様に嘆いていた。

世の『武』の唱えに憤っていた。

『武は戈を治むるに非ず。武は殺法、凶法也』

『武は死しか齎さぬ。だというのに何故誰もがそこに余計な欺瞞、主義主張を持ち込むのだ』と。

『武』に善悪の彼岸を問い、『武』の真実を見ないようであれば、その果てには強者のみが生き残る文明も社会も生命も枯れ果てた唯一人の絶対強者のみしか残りはせぬのだ、と。

そのものこそ崇める者等無いが『神』なのだろう、と。

故に神は悟りを開く。

そうか、その手があったか。

■は遂に真理を掴んだぞ。

偽りを捨て去り、唯最強である事をこそ善しとする真の武の頂点、神に至らば人の理など何の意味も成さぬ。

いや、そもそも武が荒れ狂う果てに人の世界が終えるならば、人の法も終えるのは道理。

俺が俺を許さぬ母や社会(人々)より強ければ、この牢獄を木っ端微塵と打ち崩せるのだ。

ならばこの身は世界を滅ぼす最強の武となろう。

だが、そうして神になったなら、人の道に生きる父も殺さねばならぬが道理。

それをこの神は当然弁えており、その道が破綻せぬ答えもまた導き出した。

なんの、この俺が神となって人の法を脱却するならば、父もまた神とすれば良い。

俺に等しい武を持つ神となったらば、永劫滅ぼせず、滅ぼされず共に在れるではないか。

そして父以外の、父が尊ぶ全人類と全宇宙を滅ぼし尽くした後に問うのだ。

『これでも俺を愛してくれるか?』と。

仮令それが九割憎しみであろうと、九割九分九厘そうであろうとも、ただ一分でいい。

ただの一欠片でも構わない。

『お前を愛している』と、肉親の情を与えてくれたなら。

俺はそれで満ち足りる。

故に神は父を己と同じ神座にて相争い愛を言祝ぎ言祝がれる至高の武とするべく、総てを滅ぼした後に語られる真実の一言を得んが為に己の覇道で以って現行宇宙に己の宇宙に渦巻く修羅の理を流し始める。

その理とは即ち『誰もが虚飾を剥ぎ取られた闘争の中で唯一無二の絶対強者となる』
というもの。

この法下にあって人は神の加護(汚染)を受け、理性無き一個の武として互いに殺し合う。

虚飾が無い、という事は即ち余計な事を何一つ考えず闘争を繰り広げるという事。

即ち、この神の法下にある人類には理性が無い。

それどころか思考する事はその何もかもが最強の武であらんとする為のもののみ。

他には何も無い。

その様は、喩え方が我等にはこれしか引き合いに出せぬのが口惜しいが敢えて引き合いに出すというのであれば、「我こそが至高、我以外滅びよ」と抜かした下劣畜生の凶念に汚染された射干の如きである。

そして何より恐ろしいのは、全人類が神と等しき力を有するという事である。

何故なら、己の一身上の都合で全人類の敗死を望むのだ。

ならば諸人皆総て、俺の決定に否と言い張り俺に立ち向かえる力を持たねば不公正。

故に全人類は俺と同格になり俺に挑め。

その修羅道の中で勝ち上がってこその神ではないか。

挑め、挑め、殺し殺され武を競おう。

その果てに父の愛があるのだから。

その考え故に誰もが神と同格の力を持ち、以って殺戮の争乱を踊り狂い、神座に至らんと滅ぼし合う悪鬼羅刹、異類異形、魑魅魍魎の如き修羅の世界が生まれた。

ああ、この神こそまさに邪神。

理性を失い、ただ最強の武で在らんとする狂獣の総てを叩き伏せ、捻じ伏せて神座に至った最強の武を冠する魔王。

これを邪神と謳わずして何と謳おうか。

だが、誰も彼もが唯一無二の絶対強者になるべく、己こそが最強の一なりと声高に叫び殺し合う理では滅尽滅相が為されるのは必定。

故にこの神はあの下劣畜生のような無量大数という規格外の存在でもない限り魂の総量が他の覇道神より劣っていて当然であるべきである。

だが、この神はそれをおいて余りある特異性を持つ。

それは覇道の鬩ぎ合いが起こる事で生じる

元の渇望は『父に愛される己でありたい』という求道。

それが『愛される事を許さぬ世界』に阻まれる事で『父に愛される為に全人類を淘汰する』という覇道に飛翔した。

父に愛される事を許さぬ世界など要らぬ。

唯一無二の神(世界)となってこそ、初めて父に愛されるのだ。

だから邪魔だぞ。

父を縛り、俺を俺の愛を俺が得るべき愛を奪った世界が。

故にこの神は覇道神でありながら己一人でこそ最強となる。

己の腑に誰一人居らぬ世界となってこそ万全となる。

相対する覇道神に奪われ尽くした領域を奪い返さんが為に。

父の尊ぶ人の道(宇宙)を奪い滅ぼし、父に真の愛を言祝いで貰う為に。

相対する覇道神に総ての魂を奪い尽くされ、何もかもを失う事でこそ真価を発揮するというこの神の異常性はこの神の在り様を知った我等には何もおかしいとは感じられぬ。

そもそもが奪われたもの(父)を奪い返す為に神となったのだ。

己の領域(世界)を奪う者を許す筈も無く、また総てを奪い尽くすという一点に特化している事になんの不思議があろうか。

これこそがこの神の真実。

この神は正しく邪神。

正しく邪神。

だが、この神には下劣畜生に無いものがある。

それは世界を滅ぼし尽くしてまで求めた肉親への情愛。

父に愛されたいというその一点に尽きる。

我等にはこの神が抱えた懊悩は理解出来ぬ。

だが、人である事を捨てねば得られぬと狂信し、妄念に囚われ宇宙を塗り上げる程に父の愛を欲したその様は断じてあの下劣畜生が持ち得る筈も無く、また理解すら出来まい。

この神、この理に名を付けるなら『白銀の魔王――愛染忉利天』

我等は父の愛を欲し、父を求め孤高の武へと達した魔王に別れを告げ、更なる外宇宙へと手を伸ばしていく。



[34157] 第十六の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:416b9e93
Date: 2013/12/06 00:48
次に我等を迎え入れた宇宙は死臭と怨嗟に満ちた宇宙だった。

よくも殺したな。

よくも殺したな。

許さない、赦さない。

覗き見た我等すら呪う神を責め苛み、神自身が望む怨嗟の声は余りに恐ろしく、神が放つ死臭と血臭は我等の意識を刈り取らんとするほどに壮烈だ。

この様を感じておぞましさを感じると共に、我等はこの神の凄烈な覚悟を感じる。

この神は一体如何なる所以でこれほどの死臭を放つ神となったのか。

我等はそれを知らんと神と同調していく。

まず感じた想いは『罪過』

ただ護りたかった。

ただ愛する■様(義母)を凶刃から護りたかった。

だが、凶刃から救ったその『武』は同時に愛する■様(義母)を葬る凶刃になった。

敵と見做して斬ったなら、味方と見做した者を斬る。

憎しみで敵を斬ったなら、愛する味方を斬り殺す。

悪を斬ったなら、善をも斬る。

善悪相殺。

これこそがこの神の起源である。

生前は極普通の市井の一として生きる筈であったただの男であった。

だが、それは愛しい妹(■)が魔王となった事で一変する。

魔王の放つ修羅の理に魂を砕かれた矮小な愚物に崇拝し、尊敬する■様(義母)を今まさに殺害されんとした時、神は真紅の蜘蛛に出会う。

『我善に非ず、我義に従わず、我正道を征かず、我正邪諸共断つ凶刃也。我と共に凶刃になる覚悟有りや』

そう問う蜘蛛に神は呪詞を以て応える。

『鬼に逢うては鬼を斬る。仏に逢うては仏を斬る』

こうして神は蜘蛛と契り、敬愛する義母を救った。

そして返す刃で敬愛する義母を斬り殺した。

一つの悪を斬ったなら一つの善を斬る。

善悪相殺の戒律故に。

嗚呼、神の憤激と痛哭は如何程のものであったであろう。

憎き悪を討てば愛する者すら斬らねばならぬ理不尽なこの理は、これまで余りに複雑怪奇というべき神々の理を見てきた我等ですら首を捻る。

だが、その理にも必ず意味はあるのだ。

我等はそれを知るべく更に深く神に同調していく。

以降神は魔王と化した妹(■)を追い続け、必ず『悪(殺意を持った者)』と『善(護ろうと思った者)』の二つを斬った。

己を英雄と信じた少年の首を刎ね、慕ってくれた姉妹の首を刎ね、心臓を突き刺し、ただ最速を願った父娘を斬り殺し、己に関わる総てを殺して回り、白銀の魔王が求める覇道神としての資質を開花させていく。

そうして遂に覇道神として覚醒した妹(■)と対峙した時、神は血塗れの悪鬼と呼ばうに相応しい返り血を浴びた武神となっていた。

神の流れ出させる理は『善悪相殺』これ一点のみ。

故に、この神の法下においては戦争を行えばその被害は双方共に倍以上の甚大な被害を出す。

両者共に善悪相殺の理の下、敵を一人討てば戦友を殺し、戦友無くば肉親を殺し、肉親無くば伴侶を殺し、伴侶無くば子を殺し、子無くば恋人を殺し、恋人無くば友を殺し、友無くば隣人を殺し、隣人無くば己を殺す。

そんな地獄が繰り広げられる悪夢の宇宙。

それでもなお、今の我等の宇宙、曙光の輝きに包まれた世界でも起こっているように、人は善悪を説き、戦争を、殺人を、為し、その悲劇と同じく他者を癒し、今を憂い、死を嘆き悲しむ。

そも、人は悪一色、善一色というものではない。

人は善悪乱れ入る混沌の存在。

ならば、何を以って人は善悪の彼我を定めるのであろうか。

我等はその問いに答える解を持たない。

ならばそれは私が語ろうと、擦り切れ潰された最早神の一部にしか存在せぬ蜘蛛の残滓が神の代わりに我等に己達の根源を見せはじめた。

神が縁を結んだ蜘蛛たる求道神は泥沼の戦乱期において求道神へと至った『神』の一門に連なる神であった。

始祖なる求道神は己の信じた善も、己が憎んだ悪も、決して揺るがぬと信じた血族の絆にすら裏切られ、理不尽な現実を叩きつけられ何も信ずる事が出来なくなっていた。

だが、始祖は前代の覇道神の汚染を受けた異人により解を見つけるに至る。

『善悪とは裏表に過ぎぬ』

此方の悪が彼方では善となり、彼方の善が此方で悪となる。

ただそれだけの事に過ぎない。

ならば何故それだけにしか過ぎぬ些末事に人は重きを置くのか?

それは己に益するものを愛し、害為すものを排除しようとする自己愛故のものである。

この解に至った『神』の一門は述べる。

「我は武の器。我は戦に望まれるモノ」

ならば、戦とは何か。

「善の働きに非ず」

では正義は何処にあるのか?

「正義は非ず」

では悪は何処にあるのか?

「悪は非ず」

ならば、ならば戦とは何か?

「独善の顕れなり。戦とは我の愛を求めて彼の愛を壊す行為なり」

ならば『武』とは?

武とは暴力なり。

これこそが、万象の愛を打ち砕く『悪』なり。

では如何にするか?

「我は戦を滅ぼす」

「戦の『悪』を森羅万象に知らしめこの宇宙から戦を去らしめる」

「我は武に加担せず」

「我は武を制する唯一領の鎧(やいば)となろう」

これこそが善悪相殺の真理。

『武』とは、斯く在りき。

『武』とは死の暴虐。

これの何処に善悪があろうか。

人の子よ、どうか気づいて。

『こんなもの(武)』の何処に正義がある?

何処に悪がある?

何の意味を持たせられる?

認めよ、畏れよ、忌めよ。

この地獄が『武』だ。

これこそが蜘蛛の真実。

ああ、蜘蛛は血染めの悪鬼羅刹と成り果てて、血溜まりに浸る鎧(やいば)となってでも平和を願ったのか。

では神の真実とは如何に。

我等は魂まで結びついた覇道神と求道神のその過ぎ去った悪鬼の物語に眼を向けていく。

血染めの悪鬼となってまで追いかけた魔王(■)と相対し、神は魔王と特異点にて壮絶な鬩ぎ合いを始める。

だが、双方共に並び立つ『武』の頂点。

本来であれば鬩ぎ合いは永劫終わらず、この宇宙は理性を失った獣の群れと善悪相殺の理の下に敵を斬っては友を斬る悲愴の軍団による地獄のような闘争が永劫続くはずだった。

だが、それは神の自滅因子二名の乱入により均衡は崩される。

突如陥った四つ巴の闘争。

それは魔王の想定の範疇外であった。

その間隙こそを神は穿った。

神は魔王に同士討ちとなるものの致命傷を負わせる事に成功する。

だが、魔王はその終焉まで■の愛を願った。

最早身体は粉々に消し飛び、半身が何とか残っているに過ぎぬ身でありながら、なお愛を得る為の闘争を止めなかった。

どうしても俺を認めてくれぬのか。

どうしても俺のモノになってくれぬのか。

俺のモノにならぬと言うなら、俺を望んでくれぬと言うなら、俺を■と認めてくれぬと言うなら、せめて誰にも渡すまい。

貴様ら癌細胞などにくれてやるものか。

愛する■を「たかが癌細胞」如きになど食わせてやらぬと、魔王はその身の消滅すら忘却して神座そのものをも砕く最後の一閃を放つ。

至高至大の一閃を放つ魔王に対する神もまた、最早擦り切れ後は消えるだけ。

余力など残っている筈が無い。

だが、それでも愛しい魔王に応えようと神の魂は奮える。

俺はこの期に及んでなお俺を求め、死の間際でさえ愛を求める魔王(■)を憎めない。

何も悪くないのだ。

森羅万象を虐殺する邪神となってなお、魔王(■)を悪だと思えない。

悪は俺だ。

如何なる事情があろうと、■様(義母)との如何なる誓約があろうと、お前を捨てたのはこの俺だ。

■を捨てて妹を持ったこの俺こそが諸悪の根源。

この■■■■が心底憎むのは己そのもの。

故にこそ、神は己を殺した。

己こそが許せぬ邪悪と定めて、己こそが殺したいほど憎む敵であると定めて。

ここに魔剣の理が顕れる。

既に死した神より飛び出し特異点を翔るは邪悪を斬ったなら正義を、憎悪して斬ったなら愛を以って斬る善悪相殺の理。

その一閃は、魔王を愛しているという証明。

お前を愛している。

お前がどれほど邪神と成り果てようと、どれほど誰にも認められず謗りを受けようと、それでも愛している。

この愛の一閃は魔王が己の渇望を霧散させるに十分だった。

ここに愛は在ったのだ。

ここに絆は在ったのだ。

この一太刀こそが愛の証。

ならば、良し。

良い夢であった。

そう言い遺し消えていく魔王を見つめ、神もまた消えようとする。

だが、神座はそれを許さない。

魔王が先に消滅した事で残された覇道神はただ一柱。

故に神は神座より流れ込む力により蘇生する。

後はもう一度、空白となった特異点に己の宇宙を解き放つだけで良い。

しかしそれを神は拒んだ。

神は、死にたがっていたのだな。

己の終生を愛しい妹(■)を殺害する(救う)事に総てを掛け、その過程で数え切れぬ殺戮を繰り返したこの身はその罪過を贖うべきだ。

故に俺は殺されたい。

俺にこの宇宙を統べるなど許されるものではない。

さぁ自滅因子よ、俺を殺せ。

神は自滅因子にその身を捧げようとした。

だが、それは観測者によって防がれる。

観測者は蜘蛛を殺した。

『またお前はしたくもない殺しを重ねるのか』

『くだらねぇ』

『嫌々殺されたんじゃ、真っ当に生きて来たモンが納得できる筈ないだろうが!!』

観測者は神がその殺人を望んでいないのに殺人を犯したという事に憤っていた。

殺したいから殺す。

それは明確な殺意であり、その殺意の果てに殺されるならばそれは弱肉強食の円環だとある意味での納得もいくだろう。

だが、殺したくも無いくせに殺して後悔して泣く。

これほど殺した者を侮辱している行為があるだろうか?

殺したくないのなら殺さなければいい。

殺意が無いのなら殺人など犯すべきではないのだ。

でなくば、その殺人は『戯れに木々を切る』行為と同義になってしまう。

嗚呼、この当代の観測者は意思ある殺人を生命の円環の一つ、真摯に生きた末の結果として捉えていたのか。

だからこそ、この観測者は神を許せなかったのだな。

貴様は貴様が殺してきた人々の死を、草木を切ったも同義にするのか、と。

その憤怒から観測者はこの神を憎んだのだな。

そして、神は観測者が望んだ通り壮絶な憎悪に駆られる。

『よくも殺したな』

『理不尽だ』

『赦せぬ貴様殺してやる』

神は観測者を初めて、『己の殺意』で以って殺害しようとする。

だが、神はそこで原初に立ち返る。

憎い。

この男を殺したいほど憎んでいる。

殺されたのだから殺し返す。

これが復讐の理だ。

だが―――

俺は誰かに復讐する事を許したか?

俺はどれほどの人を殺し、どれほどの人を泣かせてきた?

どれほどの人が俺を恨み、どれほどの人が俺を殺したいと願った?

だというのに、この俺は誰にも復讐する事を許していない。

そんな俺が、復讐を果たすなどしてもいいのか?

それでも殺してやりたいと強く思う。

しかし、俺はこれまでどんな『殺人』を為して来た?

俺を英雄と仰いだ少年も、慕ってくれた姉妹も、ただ最速を願った父娘も、異人の将も、そして魔王(■)も―――

総ては災いを封じたかったから。

その最少を殺す事で大勢を救う為だった。

だから殺したのだ。

俺が歩んで来た道は、『人を殺して平和を求める』という屍山血河によって為される道だった。

ならば―――

この今はどうか。

この男を殺して誰が救われる?

救われるのは俺の復讐心のみ。

それでも殺せるのか?

否、殺せない。

どれほど憎くても、『復讐だけ』で人は殺せない。

これが神の答え。

己の選んで来た道が最早言い逃れ様の無い邪神の理である事を自覚して、故にこそ神は復讐しなかった。

それは己の理に反する、と。

復讐を止めた神はついにその覇道を流れ出させる。

お前の持つその刃を見ろ。

その鋭さは肉を断ち、骨を穿つ。

お前の持つその銃火器を見ろ。

その鉄塊は肉も骨も穿ち、磨り潰し、吹き飛ばす。

そうだ、それこそが「武」だ。

その事実こそが「武」の総てなのだ!!

そんなものを振りかざして正義? 護る? 平和?

ふざけるな。

この世を天下泰平に導きたいのなら、「武」が消えて無くなればいい!!

総ての武器、総ての兵器、総ての武人が消えてしまえばいい!!

故にこそ、諸人総て俺を憎め、畏れろ、忌み嫌え。

俺こそが「武」だ。

俺こそが邪悪だ。

俺こそが貴様等の怨敵だ、宿敵だ、悪鬼だ。

解るだろう?

俺は滅ぼさねばならない。

俺をこの座から駆逐しなければならない。

でなくば、お前達に明日は無い。

「武」の、善悪相殺吹き荒れる宇宙で貴様等は死んでいかねばならない。

さぁ、この「武」を見事座から駆逐しろ。

「武」を以って挑むと言うのなら、俺は「武」で以って相対し、「敵」を滅ぼしてやろう。

その時は、俺諸共この宇宙は滅びる。

そして滅び行く宇宙を見て俺は悪鬼だから、その様を見届ける時の表情は、「笑み」でなくてはならない。

これこそがこの神の真実である。

成る程。

だからこそのあの憎悪の声なのか。

だからこそのあの怨嗟の声なのか。

誰よりも殺人の罪を理解し、殺人を嫌悪し、善悪相殺の理に苦しめられ、嘆いたが故にただ平和を謳う事を許せず、この様な邪神を演じてまで御身は平和を願ったのだな。

「武」で以って「武」を征せば次には更に強大な「武」で以って敵は押し寄せる。

故に己もまた、その「武」を上回る「武」で応じねばならず、「武」は際限無く膨れ上がりその膨張と飽和は止まらなくなる。

それはどれほどの正当性と論理を積み重ねようと究極の所は殺人でしかなく、その結果しか為さない。

その様を見せ付けるが為のこの理は、真実御身に触れ、御身の想いを聞けねば解りようが無く、また解った所で許せぬと断じた者も多かったであろう。

だが、「武」が何たるかを血染めの悪鬼として神座に座す事で理解させようとした御身を我等はただ「邪神」とは呼べまい。

御身は見事邪神。

だが、その真意は「武」を厭い、平和を願い奉じる「善神」であったのではないか?

我等は御身を寿ごう。

御身は正しく「人間」だ。

善悪正邪混じりあう「人間」だ。

御身はきっと、■■という機■が■■■■ならば、きっと■などにならずに「■■」として■■て行けたのであろう。

この神、この理に名を付けるなら『真紅の悪鬼―――善悪相殺』

我等は怨嗟と呪詛に塗れた血染めの悪鬼の元を去り、次の外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第十七の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:416b9e93
Date: 2013/12/24 01:27
次に我等を迎え入れた宇宙は不退転の意志に固まった宇宙だった。

揺るがない。

その様わぁあ☆うdp巣7tふゃしさづふぁghdふぉph7ufhうg」「うおfg

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

こ■■上■■ね■■よ

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・



次に我等を迎え入れたのは極限の虚無と飢餓。

情が無い。

この神の宇宙は余りにがらんどうだ。

この宇宙は何一つ未来が無い。

「産み出す」という現象が皆無だ。

そしてそれ故に無限の砂漠に誰もが水を求めて彷徨うが如く、この神は飢餓しており、そして同時に何も解っていない。

この飢餓がなんなのか、この虚無がどういうものなのか、この砂漠のような宇宙に何故なったのだ?

その胸には巨大で底の見えぬ虚無が口を開けている。

何なのだ? この神は?

我等は神の余りの虚無に圧倒されながら同調していく。

まず初めに感じた思いは『疑問』

愛?

なんだそれは?

『嬉しい、幸せ』という感情は目尻を下げ、口角を上げれば良い。

『悲しい、辛い』という感情は顔を歪ませ、眼から涙という体液を出せば良い。

『憎い、怒り』という感情は己が何に対して不満を抱き、どうして欲しいか、或いは何故こうも反駁するのかを声を荒げて語れば良い。

総て、そう演じれば誰もが理解出来るし私も理解出来る。

だが、『愛』こそが決定的に違う。

それは見返りを求める行為?

己を犠牲にし、他者に総てを捧げるという自己満足?

種の保存という機構からは余りに逸脱したその『感情』は理解出来ない。

非合理で非建設的で非効率。

だというのに、ああ何故誰も彼も『愛』を求めるんだ?

『愛』とはなんだ?

そもそもそんな概念(もの)最初から存在せず、誰もが私をからかっているのではないか?

そもそも『愛』などという概念を見た事も無いのだから、それを在ると言えと言われても出来る筈などない。

観察検体(伴侶)を持っても何も解らなかった。

代わりのモノ(娘)を複製品(娘達)と共に育ててみて、暮らして観ても何も解らなかった。

ああ、ならば。

ならば膨大な検体が必要だ。

故に神は感情表現がもっとも豊かであろう年齢の少年少女が通う学び舎を建てた。

その学び舎は己こそが至高の個であると宣言させ、個と個がぶつかり合い喰らい合う箱庭。

それはさながら蟲毒の如く。

もっと個を研磨し、特異性を有せ。

そして存分にぶつかり潰し合え。

私は君達を観察し、精査し、分析し、解体し、喰らい尽くす。

そしてその果てに私は理解出来るだろう。

『愛』が何かを。

どう演じれば良いのかを。

これこそがこの神の真実である。

この神は生まれながらに神域に至っていたというのか。

人が地面を這い回る蟲を見てその感情が理解出来ないように、この神もまた『人』の感情が全く理解出来なかった。

いやそもそも己自身にすら『感情』は存在していなかった。

生まれた瞬間から生きている位階が違う。

さながらその様は「感情という概念を持たぬ宇宙」より突如飛来し肉の皮を被った異性物のように我等は感じる。

この神は感情を持たぬが知識として『感情』を理解しようとしたが故に『愛』が何なのか、どういったものなのかを理解出来ず、その正体を知りたがった。

『愛』という無形のよく分からない概念を形として認識し、理解したかった。

故に誰もが己こそ至高と魂を輝かせる蟲毒を産み出したのか。

だが、その蟲毒を用いてもついぞ神は『愛』が解らなかった。

そしてついに神の飢餓は極限に達する。

『愛』を知りたい。

『愛』が何かを知りたい。

それ故にその思想は狂っていく。

『愛』を喰らいたい。

『愛』を知る為に『個』を喰らいたい。

絶対無比の『個』を喰らえば『愛』は理解出来るだろう?

そうだ、『個』を、絶対無比、唯一無二の究極の『個』が喰いたい。

その『個』こそが、私の求める『愛』なのだ。

こうして流れ出した渇望は『愛を知る為に絶対無比の個を喰らいたい』という捕食の理。

この神の法下において人は誰もが己こそが至高の個なりとその魂を極限まで輝かせ、そしてそれを上回る個に喰われてしまえばその存在も、生きた証も、何もかもが価値無しの塵屑として淘汰される。

そう、徹底的に淘汰排除される。

この宇宙に存在していたという形跡からそもそもその魂が存在した事実すら抹消される。

『負けた個に価値は無し』

これはこの神の理の絶対法則。

何故なら、他に圧倒される宝石(個)など喰うに値しないだろう?

そんなつまらないものを喰らっても私は『愛』を理解出来ないではないか。

そんな瓦落苦多は要らない。

そんな無価値なモノは私の宇宙に必要無い。

その考え故に。

故にこの宇宙には『愛』『友情』『絆』そういったものは何一つ存在しない。

そんなモノを持っていては誰かに食い潰される。

そんなモノを持つ余裕があるなら今在る個を伸ばさねばならない。

己の絶対性を、己という個が如何に優れ、秀で、誰も届かぬ至高の存在であるかを示し、実行し、宣布し、他を踏み潰して総ての頂点に立つ。

これこそが己に課せられた使命であり、生きる意味なのだから。

そしてそういったものがあるとしてもそれはこういうものだろう。

「この絆を培ったのは私の個が優れているからだ」

「この友情はコイツが私の個に惹かれたから出来たのだ」

「この『愛』は私が優れているから、私の個が圧倒的に優位で唯一無二だから得た褒章だ」

まさしくこれは我等が罪過により生まれた最低最悪の下劣畜生の亜流ではないか。

誰もが唯一無二の個となるべく突き進み、その結果幾多在る『個』の形の最優、最強、最美を飾った者は求道神となり、その悉くは神に喰われて終わる。

その果てには何も残らない。

何も残せない。

だというのに、この不毛の宇宙には滅びと誕生が拮抗している。

何故なら、どれだけ求道神を喰らおうと神の飢餓感は消えないからだ。

どれだけ喰い散らかしても、どれだけ多種多様な個を有した求道神を喰らっても、何一つ満たされない。

何一つ得られない。

『愛』が理解出来ない。

ならばもっとこの宇宙に被検体(生命)が必要だ。

もっともっと、消えた屑石の数だけ。

それで足りないなら倍の数を。

それでもなお足りないなら更に倍の被検体を。

そう神が望む故に。

この宇宙こそ、まさしく神の虚ろな腹を満たす為の養殖場であり、蟲毒。

御身は己が真性の神である事を自覚出来ていなかったが故にこの様な地獄の宇宙を生み出し、そして生まれてくるその総ての個を食い尽くす事で『愛』が理解出来ると狂わなければいられなかったのだな。

だが、我等は御身に言わせて頂こう。

己の腹(宇宙)の内から生まれた細胞(求道神)を喰らった所でそれは己で己の尾を噛んでいる行為に過ぎない。

それでは御身の望む『愛』は永劫解からない。

御身の宇宙は永劫渇き、飢え、不毛だ。

御身に必要だったのは、きっと御身の虚ろな胸を癒し埋めてくれる『愛』を持った誰かだったのではないか?

この神、この理に名を付けるなら『飢餓の王―――飢渇黒肚処地獄』

我等は『愛』に飢え、『愛』を知ろうとし続けた貪食の神の元を離れ、次の外宇宙に手を伸ばしていく。



[34157] 第十八の座
Name: メルクリウス◆a849783a ID:416b9e93
Date: 2014/02/11 04:10
次に我等を迎え入れた宇宙は愛を求め続けた稚児の絶叫。

私を見て。

私を見てよ。

私を愛して、私を憎んで、私を見て、私を見て。

惹きつけられる。

注視せざるを得なくなる。

その魅力に。

その所作に。

その言動に。

その存在に。

神の絶叫は我等を掴んで離さない。

ずっとずっと私だけを見ていて、と叫ぶ神に我等は魅了されながら同調していく。

まず初めに感じた思いは『飢愛』

生まれた瞬間から、神は『愛』に飢えていた。

二人の姉妹と共に、父に己の出来る限りの総てをぶつけても何も得られなかった。

踊りを見せた。

それはただ『見てもらった』だけだった。

欲しい物をねだった。

後にはただ紙切れだけが残った。

窓を割った。

父は何も言わずに窓を張り替えた。

父の為に料理を作った。

父は食べてくれなかった。

姉妹と喧嘩した。

父は何も言わなかった。

父と笑い合いたかった。

父は笑ってくれなかった。

試験で満点を取って見せた。

父は何も言わなかった。

父は、私達を見てくれない。

どんなに、どんなに『愛』を望んでもどんなに見て欲しいと望んでも、それは得られない。

『愛の反対は憎しみではなく無関心』

そう、父は私達を愛してもいなければ憎んでくれてすらいない。

徹底的に無関心。

私達が何をどうしようと、父は何も感じない。

父は私達を視てくれない。

その事実に行き着いた時、神の姉妹は仮面で顔を覆ってしまった。

そしてそれを見て父は言う。

「何故こうなるのかな? こんなに満ち足りているのに」

「こんなに大切にしているのに」

そして知らされた。

姉妹と思っていた二人は、自分自身の複製品。

私が欠損した際の代替部品の提供用の、思考する肉袋なのだと。

これまで築いてきた姉妹愛も、ただ鏡の中の自分を愛しているだけでしかないと思い知らされて、今まで紡いで来た姉妹の歴史を全否定され穢し尽くされて、そうして神は一つの結論に至る。

徒労だった。

私の努力は、『私』の努力は全くの無駄だった。

父は『愛』を知らない化物。

父は『感情』を持たない化外。

父は『個』を喰らい尽くす悪魔。

未知の存在(愛)を、『最強の個』を喰らう事しか思考していない究極の貪食の化身。

良いだろう。

私が貴方の望む『最強の個』に成って見せよう。

貴方はどんな個が喰いたい?

皆はどんな私を『見て』いたい?

誰もが絶賛する微笑を湛えた淑女?

誰もを慈しみ、愛する聖女?

誰もを魅了する声色を持つ歌姫?

誰もを熱狂させる独裁者?

誰もを意のままに操る影の支配者?

誰もが認める絶対の格闘者?

誰もが恐怖する殺戮者?

誰もが憎悪する殺人鬼?

誰もが同情する憐れな小娘?

この世総ての『最強』は私だ。

この世総ての『被捕食者』は私だ。

貴方には私しか食べさせない(見させない)。

貴方が私しか認知出来なくなるほどに、この世の遍く総ての個を私一人で満たして見せるから。

こうして神はこの世に満ちるありとあらゆる個をその身に収め、全生命の『視線』を、『愛』を得る為に努力し続けた。

私が貴方の至高の餌になるから。

貴方の望む最高の贄になるから。

その視線を『私』に向けてよ。

その嗜好を『私』に向けてよ。

『私』を憎んでよ。

『私』を愛してよ。

『私』を視て!!

これが貴方に捧げる、貴方に向ける私の『復讐』だ。

その絶叫はついに神域にまで至り、先に神座に至った父なる神の理を圧迫し、汚染していく。

この神の流れ出させる理は『神のみが個(渇望)を有する』という顔無しの宇宙。

この神の法下では、誰もが一切の個を有さない。

いや、『有さない』のではなく『吸われている』というべきか。

神は己の宇宙に存在する総ての魂の『個』を吸い尽くし、その魂が本来持つ輝き(渇望)を己のものとしている。

故にこの宇宙では神のみが絶対の個であり、人は唯一無二の『個』の絶対者である神を崇め奉るだけの神の装飾品でしかない。

その在り様は正しく蟻や蜂の如き個性無き群体が蠢いているかのようである。

この神は、神となってからもその渇望の元『個』を蒐集し続けたのだな。

だが、そんな『個』は八百、八千、八万もその身に宿したとて、それは父に振り向いて貰いたいが為だけに蓄積させ、演じてきた形にもならぬ上辺だけの『個』。

そのどれもが中途半端で、そのどれもが稚拙で粗雑。

この神は恐らく過去現在未来のありとあらゆる座の理をすら己の理として機能させ、再現させて見せるに違いない。

だが、それは骨組みの無いがらんどうの宇宙だ。

其処に至るまでの狂念が無い。

狂信が無い。

夢想が無い。

忘我が無い。

覚悟が無い。

『罪を裁く』

『永劫回帰を為す』

『修羅を率いる』

『時間を止める』

そういった過去存在した神格の理をそっくり再現しても、それは張りぼてでしかない。

何故なら、この神はその渇望に共感出来ない。

我等が宇宙の旧神・黄昏の女神であればその慈愛を以って他の理を包み、その理を本人同様に機能させる事も出来よう。

だが、この神では駄目だ。

この神は奪い、簒奪してその理を模倣する事しか出来ぬ。

どれほど完璧であっても、それはただの絵画でしかない。

本物の美には到底及ばぬ。

ああ、この神はなんと虚しい神なのか。

父に愛されたい、父に振り向いて欲しいという努力と苦渋と挫折の渇望の果てに那由他の顔持つ神格になったというのに、その実どの神格、どの魂よりもその本質はがらんどうでしかない虚無の神に成り果ててしまっていたとは。

この神は最早『本当の己』を失ってしまっている。

自分は本来どの様な性格で、どの様な思想で、どの様な嗜好を持ち、どの様な事に嫌悪し、どの様な事に歓喜したのか。

そんな些細で、そして何より重要な『個』の根底が滅びてしまっている。

『己』という原初の『個』が死滅し、唯只管に己を突き動かすのは肥大した渇望と父への渇愛と憎悪のみ。

故にこの神はそんな己を止められない。

何処までも、何処までも、求め焦がれた父の愛を目指して、己を『愛せなかった』父へ復讐する為、誰もに認められ、愛され、求められる己で在り続ける為に。

この神、この理に名を付けるなら『無貌の女帝――虚生絢爛』

御身は、神格に至った時点で既に蒐集してきた『個』に喰い潰された残滓に過ぎなかったのだな。

そうまでして父に認められたかったのか。

そうまでして父に愛されたかったのか。

我等は御身を称賛し、そして嘆こう。

御身のその努力は素晴らしい。

御身が重ねて来たその努力と研鑽は、きっと誰も謗れはせぬだろう。

だが、御身は何故あの外道(父)に愛されたかったのだ。

御身は御身の元に集った爪牙に愛されていたではないか。

御身は如何に己の複製品であったとしても、共に生きた姉妹の愛があったではないか。

何故その愛だけで満ち足りなかった。

その愛で満ちていれば、御身は『父の愛』にも勝る『愛』で満ちる事も出来たであろうに。

『父の愛』は、己を滅してまで求めるべきものだったのか。

我等は御身がその問いを持てなかった事を嘆こう。

我等は喰らった『個』に喰い潰された無貌の稚児の宇宙を離れ、次の外宇宙に手を伸ばしていく。


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