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[34132]  闇人VS受刑者 (ネタ) 史上最強の弟子ケンイチ、範馬刃牙 クロス
Name: アルゴー◆175723bf ID:9f458038
Date: 2012/08/04 16:09
 闇人VS受刑者
 
  とある場所にて・・・。

 「・・・と、このとおり、ビッグロックは現代でも最高峰の防御システムを有しており、たとえ『闇』の達人でも容易に抜け出すことは不可能です」

 「うむ・・・、しかし完全(・・・・)に(・)脱出不可能、というわけではないのだろう?議員」

 「・・・・!そ、それは、その・・・」

 「まあまああまり議員をいじめるな。確かに『闇』の連中にはいかなる防御システムも気休め程度にしかなるまい。全く、達人とは化け物の集団か・・・」

 「しかし、その化け物集団を無力化しなくては我々反闇の立場の人間はいつまでたっても連中の風下に立つ以外に無いだろう・・・」

 「とはいっても、達人に敵う人間は達人以外にはいないだろう。まさかあの梁山泊の方々にビッグロックの警備を勤めてもらうわけにも行くまい?」

 「幾らなんでもそれは不可能だろう?そもそも本人たちが承知すまい。これから闇との抗争が激化する以上、彼らとの関係悪化は避けたい」

 「しかし、ならばいったいどうするつもりだ?まさか他の達人を雇うとでも・・・」

 「一影九拳に比肩する達人は少ない。探すのも雇うのも今からでは間に合わない」

 「なら一体・・・!!」

 「落ち着け、問題は無い。アリゾナのあの(・・)男(・・・)を送ればいい」

 「なっ!?何を言っている!?君は自分の言っていることを理解しているのか!?あの怪物を外に出すなど・・・・」

 「アレはいつも自分勝手に外に出ているだろう?彼の異名は聞いたよ。君達は人工衛星までも使ってあの男を監視しているそうだね?」

 「・・・・・」

 「確かにあの男をそのままにしておくのは危険だろう。だが、あの男なら闇の一影九拳に敵うのも事実、ここは毒をもって毒を制すと思い、承知してくれないかね?」

 「・・・・しばらく、考えさせて欲しい」

 「いい返事を期待しているよ、バート局長」



 


 反闇勢力の会合から三ヵ月後・・・。






 某所、ビッグロック。

 闇の達人を収監するために作られたその施設は、これ以上ないほどの防衛設備、警備システムを導入している。
 故にたとえ無手組の特A級達人、一影九拳でも突破不能とまで言われている。事実、つい最近収監された二人の『九拳』及び闇人も、誰一人として脱出しようともせず、大人しくしていた。

 しかし、彼らが脱出しないのにはビッグロックの警備以外の理由があった。そもそもいかなる警備や防御システムであろうと、人外の域にある達人である彼らにとっては、ほとんど意味のないものである。ましてや『九拳』のレベルになれば、1、2時間もあれば充分突破できるだろう。
 だが彼らは脱獄しない、いや、出来ないのだ。
 何故ならこの施設には、防衛設備と警備システム、それを遥かに上回る『怪物』が生息しているのであるから・・・。



 番号1448番囚人室。ビッグロックの奥にあるその囚人室の内部は、囚人室とは名ばかりの広い空間が広がっていた。その一室で、一人の男が壁に向かって絵筆を走らせていた。
 男の容姿はウェーブのかかった金の長髪、そして切れ長の瞳が特徴的な美男子であった。が、何故かその男の周囲だけ、冷房がかかっているかのように冷たかった。
 部屋の内部には、男が作ったのであろう石像、陶芸、絵画等の芸術品が所狭しと飾られていた。どの作品も、市場に出せば1000万は下らないであろう作品群である。
 そして今現在男は部屋の壁に壁画を描いていた。通常の囚人は持っていないであろう高価な絵の具に筆を用いて、彼は作品に没頭していた。彼はまるで目の前の作品以外は何も見えないかのように壁に筆を走らせていた。
 と、突然背後のドアが音を立てて開き、顔にマスクをかぶった筋肉質な男が部屋に入ってきた。来訪者の訪れを、男は気付いているのかいないのか、壁画から少しも視線をずらさない。

 「おいおいアレクサンドル、折角来たんだから少しはあいさつくらいしてくれてもいいだろう。少し傷つくぞ、私は!!」

 来訪者は言葉とは裏腹に気にした様子も無さそうに笑い声を上げている。そんな来訪者の笑い声に、アレクサンドルと呼ばれた男は溜息を吐きながら筆を下ろし、来訪者に顔を向ける。

 「“笑う鋼拳”、一体何のようかね。見ての通り私は壁画の作成で忙しいのだが・・・」

 「まあまあ折角友人が訪ねてきたのにそんなにそっけない態度はないだろう!」

 「確かに“闇”では君は私の同士ではあるが、私自身は君の友人になったつもりはない」

 アレクサンドルはなおもそっけない態度を繰り返すが、笑う鋼拳と呼ばれた男は構わず部屋にあるソファーにどっかり腰掛けた。アレクサンドルは、作品制作の邪魔をされたのが気に食わなかったのか少し嫌そうな顔をしていたが、何も言わずに笑う鋼拳の反対側のソファーに腰を下ろした。

 この二人こそ、“闇”の無手組にて最強と称せられる達人集団『一影九拳』のメンバー、『殲滅の拳士』アレクサンドル・ガイダルと、『笑う鋼拳』ディエゴ・カーロであった。
 両者共、活人拳の象徴たる梁山泊の達人に敗れ、ここビッグロックに収監されていた。
のだが、両者共、囚人としては有り得ない待遇で此処に住んでいる。アレクサンドルが収監されているこの監獄もその一つだ。同じ九拳の一人であるディエゴもまた、アレクサンドルと同じく現在何不自由も無い暮らしを送っている。
 これはこの収容所の方針なのか・・・、それともあの男の意向なのか・・・。

 「で、本当に一体何のようかな鋼拳。さっさと壁画制作に戻りたいのだが」

 「まあまあいいじゃないか。と、話なんだが・・・、あの男がまたやらかしたそうだぞ!」

 その言葉を聞いた瞬間、アレクサンドルの迷惑そうな表情が一変した。
それを見たディエゴはしたり顔で話を続ける。

 「相手は最近此処に入ってきた武器組の槍使い三人だ!収監直後に喧嘩売って、武器まで返してもらったにもかかわらず奴に叩きのめされて再起不能にされたそうだ!」

 「・・・・・」

 ディエゴが笑いながら話す内容を、アレクサンドルは黙って聞いていた。

 「まあ入所早々あの怪物に挑んだ時点で情報不足というか何と言うか「あの男の怪我具合は?」・・・話を区切るな!確か体中を刺されたらしいが、全然元気そうだったぞ!もうステーキやらワインやらをたらふく飲み食いして回復してる頃じゃないのか!?」

 「そうか」

 ディエゴの話を聞いたアレクサンドルは再び沈黙した。その様子に気になったのかディエゴは初めて笑うのをやめて、アレクサンドルに問い掛けた。

 「なんだ、アレクサンドル。まさかあいつに挑むのか?」

 「さあ、私は此処で芸術を楽しみながら楽隠居するのも悪くないと思っている。わざわざ危ない橋を渡る気はない「それにしては腕は衰えていないようだな!」・・・それを言うなら君自身はどうかね?武人としての本能が闘いたいとうずいているのではないか?」

 アレクサンドルの問い掛けにディエゴは天井を見上げてしばらく考えている様子だった、が、

 「う~ん・・・、まあ確かに武術家として、是非とも死合いたいという思いもある・・・・、
しかーーーーーし!!!」

 突然ソファーから立ち上がると右腕を前方に突き出して高笑いをし始めた。

 「私は武術家以前にエ・ン・タ・ー・テ・イ・ナ・ーなのだ!!!観客(オーディエンス)の居ない場所での死合いは、しなあああああああい!!!」

 「頼むから此処で高笑いするのは止めてくれ、やるのなら自分の部屋で、一人でやってくれ」

 部屋に響き渡る高笑いに、アレクサンドルは耳を塞ぎながら苦い表情を浮かべていた。






 その頃、ビッグロックに存在するヘリポートにて・・・、

 「そろそろか、ミスターのご帰還は」

 サングラスを掛けた白人の男が、隣に立っている警備兵に質問した。

 「はっ!ミスターは一時間も前にターゲットを捕獲し、既に帰還されているとの報告です!!」

 「よし、分かった。直ぐにミスターの食事の準備をしておけ。あの方のことだからかすり傷程度しか負っていないだろうが、一応治療の準備もしておくように」

 「かしこまりましたっ!!」

 最敬礼した警備兵はすぐさまヘリポートから立ち去った。その背中を見送りながら、サングラスの男、ビッグロック所長ケリー・アンダーソンは溜息を吐いた。

 「ミスター、か」

 その名前を呟いた彼の表情は何処か複雑なものだった。
 犯罪者を捕獲するために、犯罪者を拘束するために犯罪者を雇う。
 それもこれもこのビッグロックの犯罪者の“質”が、他の犯罪者共とは段違いであるからだ。
 武術という武術を極めた達人という人種。
 その人外とも言うべき連中を捕縛するために、“彼”はアリゾナ州立刑務所から此処に“貸し出された”のだ。
 コレでは何の為のビッグロックか分からない。完全な防御設備、完璧な警備システム、かのアルカトラズを上回るであろう脱出不可能な牢獄が、完全に名前負けしてしまっている。
 いや、確かにこの牢獄は脱出不可能であろう。
 いかなる達人も此処から脱出できないであろう。
 だがそれは、この施設の警備ではなくただ一人“彼”の力によるもののみである。
 ケリー所長の何度目か分からない溜息が口から吐き出されたとき、周囲にヘリコプター特有の爆音が響き渡った。

 「・・・!!」

 所長が視線を空に向けると、そこには間違いなく彼が乗っているであろう軍用ヘリが降下してきていた。

 「ミスターのご帰還だ!!全員お迎えの準備をしろっ!」

 所長の声を聞いた周囲の警備兵は、すぐさまヘリポートの近くに整列する。その表情はどれも緊張しており、まるで一国の首相か大統領を出迎えるかのような雰囲気である。

 やがて地上に着陸したヘリコプターの後部の扉が開き、そこから一人の男が姿を現した。
 男の姿を見た所長と警備兵達は、直ぐに男に向かって敬礼した。

 その男の身体は、一言で言えば巨大であった。
 身長が巨大というわけではない、ウェストが巨大というわけでもない。
 その男の身体を覆う“筋肉”が巨大だったのである。
 180センチ以上の身体は、高密度の筋肉で覆われている。
 男が着ている派手な絵柄のシャツも、ズボンも、内側の張り詰めた筋肉によってはち切れそうでありシャツからむき出しの腕は、女性のウェスト等比ではないほど太い。

 男がヘリから降りるのを見た所長は、敬礼しながら叫ぶように言葉を出す。

 「ミスターオリバ!!任務お疲れ様です!!」

 所長の声に唱和してお疲れ様です、と警備兵も怒鳴る。それを聞いたオリバと呼ばれた男は、ニッと笑みを浮かべて、

 「ご苦労様だ所長、そして警備兵諸君。ターゲットはちゃんと捕獲しておいた。後で問い合わせておいてくれ」

 「はっ!!既にお食事の準備もしておりますので、ゆっくりご休息ください!!」

 その男に対するケリー所長の態度は、まるで自分の上司、それも相当上位な存在に対するもののようであり、一見すると、男と所長のどちらが立場が上か分からなくなる。まるでこのオリバという男がこのビッグロックの最高権力者のようにも見えてしまう。

だがそれは間違いではない。

元よりこの男は何者にも縛られない存在。

囚人でありながら自由に刑務所を出入りし、自由に生きることを許された存在だからである。

この男は元々アリゾナ州立刑務所に“棲んで”いた。

 刑務所に入れられた囚人でありながら、他の犯罪者を捕らえ、刑務所において何も不自由なく暮らしていた。

 そして今、この男は“闇”を抑える為の“切り札”として、この収容所に招かれた。

 彼こそこの世で最も自由なる存在。



 “縛られぬもの(アンチェイン)” ビスケット・オリバ。






 あとがき

 と、まあ突然のノリで書いてしまったケンイチと刃牙のクロスです。意外に少ないですね・・・。
 まあほとんどノリでかいた一発ネタですので、あまり続きは期待しないでくださいww



[34132]  闇人VS受刑者 その二
Name: アルゴー◆175723bf ID:9f458038
Date: 2012/07/15 20:18
 闇人VS受刑者 その二

 「・・・ええい!!議員はまだ見つからんのか!!」

 「申し訳ありません!!ただいま捜索中ですが、一緒に逃亡した仲間からの連絡が全く無く・・・」

 オリバがビッグロックに帰還する二時間ほど前、とある市街地で黒服の屈強な男達が怒号を上げていた。どの表情も疲労と焦燥に歪んでおり、普段のポーカーフェイスの面影は無い。
 彼らはフランスの“反闇派”議員の護衛を担当するボディーガードであった。最近は九拳の二人が捕縛された影響と、“闇”の重要情報がネット上に流れたこともあってか少なくはなったものの、“闇”からの襲撃を危惧して議員の護衛を行っていたのである。

 が、襲撃は突然起こった。議会から車での移動の最中、無手組、恐らくマスタークラスの人間から襲撃を受けたのである。
 建物の屋上から飛び降りたかと思ったら、その足でリムジンを叩き割り、一瞬で鉄くずとしてしまったのだ。
 議員はボディーガードの一人と共に集まってきた野次馬に紛れて逃げ出したものの、先ほどから全く連絡がつかない。考えたくは無いが、相手の力量から言って・・・。

 「ぬうううううっ・・・、何と言うことだ・・・、このままでは『ピリリッ、ピリリッ』
・・・!」

 と、突然胸元の携帯が鳴り出した。ボディーガードのリーダーは、仲間からのものか、と半分期待を込めて通話ボタンを押した。

 「もしもしっ!!私だっ!!議員は無事か!?」

 『あー、残念ながら私は君の仲間ではない』

 「!?な、何者だ貴様は!!」

 自分の知る声とは全く違う声に、彼は恫喝の声を上げる。が、声の主は落ち着いた様子でリーダーを宥める。

 『落ち着きたまえ、私は議員を狙う暗殺者ではない。むしろ暗殺者を追う側の人間だよ』

 「何っ!?」

 電話の声に、リーダーは驚愕と疑念を持った。
 議員が狙いではなく、暗殺者が狙いの人間だと?何なんだこいつは?一体何が目的だ?
いや、そもそもこいつの言っていることは本当か?我々を油断させて議員の命を狙う“闇”の一員という可能性も・・・。

 『・・・どうかしたかね?』

 「貴様の話を信じていいのか悩んでいる。貴様が真実を言っているとは限らないからな」

 リーダーの言葉を聞いた電話側の主は、呆気に取られたのかそれとも何か考えているのか沈黙していたが、やがて納得したのか返答を返す。

 『まあ君の言うとおりだ。確かにいきなり暗殺者じゃないといわれても信じられまい。まあ言葉で駄目なら実際に議員を救出してそっちに送るしかないか』

 「!?ま、まて、貴様は・・・・」

 リーダーが電話の声に問い詰めようとするが、話は終わったとばかりに電話は一方的に切られた。

 「ちっ!!おい、こんな所でぐずぐずしている暇は無い!!直ぐに議員の救出に向かうぞ!!万が一発見したら連絡をよこせ!!」

 「は、はいっ!!」

 リーダーは部下達に指示を飛ばすと、すぐさま議員探索のために路地裏に飛び込んだ。




 その頃、ボディーガードのいた場所から300メートルほど離れたとある廃工場にて・・。

 「はあっ、はあっ、はあっ・・・」

 議員は息を切らして、迫ってくる追跡者から逃げ続けていた。

 「まったく“闇”も面倒な任務を押し付けてくれるねえ、議員の暗殺なんて下っ端とかの仕事じゃん。ま、こっちも世話になってるから文句言えないけど・・・」

 背後から迫る追跡者は多少面倒くさそうな口調で話しながら議員に迫ってきている。
追跡者の容姿は、金色の長髪を幾つもの三つ編に束ねた、一見すると女性に見えてしまうほど中性的な顔立ちをした美男子であり、とてもではないが今から人を殺そうとする殺人者には見えない。
しかしそれは間違い、彼こそ議員の殺害を目的とした殺し屋にして“闇人“の一人なのである。
 その名はクリストファー・エクレール。殺人サバットの達人にして、幾人もの人間を殺してきた生粋の殺し屋である。
 以前死の商人ウィン・ゴーシュを暗殺するために来日し、梁山泊の達人である逆鬼至緒に撃退された。しかし本人は重症を負いながらも警察から逃亡し、今は“久遠の落日”に備えて、一人でも多くの達人を集める“闇“の庇護下に入っていた。
もっともタダで庇護下に入れるはずも無く、“闇”の上層部の支持によって“闇”排斥派の要人の暗殺を請け負っており、今回もそうした“仕事”の一つである。
 議員の身を守っていたボディーガード達は大体始末し、今はひ弱な議員一人、その気になれば逃げる間もなく始末できるはずである。
しかし彼はそうしようとしない。その理由は単純に“遊び”である。議員が何処まで逃げ延びれるか、単純な好奇心で手を抜いているに過ぎない。
以前ならば早々にターゲットは葬っていたものの、最近“殺し”がマンネリ化してきたことから、今ではわざとターゲットを逃がし、追い詰めたところを殺す、という手法をとっていた。なお、今までこのゲームで逃げ延びた人間はいない。


 そして、その議員もすぐに、逃げ道を失った。


 「あ、ああ・・・、あああああああああ・・・・」

 そこは、以前は冷凍室だったのだろうか。窓も何も無い部屋であった。出入り口は先ほど入ってきた入り口しかない。しかしその出入り口は・・・。

 「はい、つかまえたー、ってね♪」

 自分を狙う“闇“の殺し屋によってふさがれた。
 議員の顔に絶望の色が浮かんだ。
 部屋には窓どころか穴一つ無い。入り口は先程入ってきた入り口一つのみ、その入り口の前には自分を狙う殺し屋が立ち塞がっている。逃げる手段はもはや、奴を振り切って逃入り口から出る以外に無い。しかし、そんな余裕を奴が与えるはずが無い。

 すなわち、もう逃げ場は、ない・・・。

 「ふう・・・、中々楽しい追いかけっこだったよ議員さん。私も結構楽しめたよ。そのお礼に




 痛みが無いように、一瞬で殺してあげるよ」

 ゆっくりと、クリストファーが迫ってくる。それを見ながら、議員は悟った。

 自分は死ぬ。

 と。

 そして瞳を閉じて、自分の命を奪う一撃が来るのを待った。



 が、その瞬間、



 「おやおや、ようやくターゲットを発見したと思ったら、まさか議員も一緒とは。日本語で言う一石二鳥、というものかな?」

 突然クリストファーの背後から何者かの声が響いた。クリストファーは瞬時に笑みを引っ込めると、素早く背後を振り向く。議員もまた、恐る恐るクリストファーの背後に目を向けた。

 
 そこには一人の男が立っていた。
が、決して普通の男ではない。
その男の身体は、服の上から見ても分かるほど巨大な筋肉で覆われている。上半身は、かろうじてシャツのボタンで留められているものの、少しでも力もうものなら直ぐにでも服が弾けとんでしまいそうだ。
 足もまた、まるで電柱の如く太い。特注なのかジーンズを履いているものの、それでもそのカモシカ以上の太さの筋肉は隠すことは出来ない。
 そんなあたかも筋肉の鎧で覆われているかのような男が、クリストファーと議員のいる部屋に侵入してきたのだ。

 「・・・何、君、議員の護衛?」

 クリストファーは油断無く侵入者を見ながら、そう問い詰めた。男は、頭をかきながら、少しおどけた表情をした。

 「・・・まあ、確かにそちらの議員には用もあるが・・・、私が用があるのは君だよ。ムッシュ・エクレール」

 男は慇懃無礼にクリストファーに挨拶する。クリストファーは少しきょとん、とした表情をしたが、直ぐに獰猛な、まるで猛獣のような表情に変化した。

 「へえ・・・・、私に用か。あいにく君のようなデカブツは、趣味じゃないんだよね!!」

 クリストファーは間髪いれずに男の首目掛けて蹴りを打ち込む。

 サバットは本来フランス紳士の護身術として生まれた格闘技であり、靴を利用した蹴り技が主体である。靴は靴底がしっかりと作られて固いものを使用し、この靴を武器として利用する。が、クリストファー程の達人になれば、たとえ靴が無くとも蹴りの一撃で車を破壊することも造作も無い。ましてや目の前の男の首など、たやすく圧し折ることだろう。


 そう思われた、が・・・、


 「「なっ!?」」

 「どうしたかね、ムッシュ・エクレール。せっかちなのは嫌われるよ?」

 そのクリストファーの蹴りを、目の前の男は、そのまま首で受け止めたのだ。鉄柱すらも圧し折り蹴りを、である。それをこの男は、まるでタオルが叩き付けられたかのように何でもない顔をしている。その様子をクリストファーと議員は信じられないものを見たかのような表情で見ていた。が、クリストファーは直ぐに正気に戻ると後ろにバックステップして距離をとり、男に向けて、構える。

 「へえ・・・私のシャッセ(サバットのサイドキック)を受け止めて涼しい顔してるなんてね。・・・アンタ、何者かな?」

 クリストファーの質問に、男はポンと手を打った。

 「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな、コレは失礼」

 そして男は再びクリストファーに向かってお辞儀をする。

 「私の名前はビスケット・オリバだ。よろしく頼むよ、ムッシュ・クリストファー・エクレール」

 男の名前を聞いたクリストファーは、目を見開いて驚嘆の表情を見せた、が、直ぐにそれを引っ込めると、またあの猛獣の如き表情を浮かべ、唇を舐める。

 「へえ・・・、アンタが。噂には聞いてるよ。
 囚人でありながらその行動は逐一軍事衛星で監視され、刑務所を自由に出入りする怪物が、最近闇人を“狩りだした”ことをね。まさかこんな所で出会えるとは思わなかった。


 お会いできて光栄だよ『縛られない者(アンチェイン)』」

 「いやいや、こちらもかの有名なクリストファー・エクレールに覚えてもらっているとは、感無量だ」

 その男、オリバも朗らかに笑みを浮かべている、が、目だけはクリストファーを油断無く見ている。

 「いやー、ぞくぞくするね。今からアンタの・・・」

 クリストファーは両足に力を込め、オリバ目掛けて飛び掛り、

 「その頭を勝ち割れると思うとさあ!!!」

 その頭蓋目掛けて思い切りフィッチ(つま先蹴り)を繰り出す。オリバはそれを避けもせずにそのまま喰らい、そして耐え切った。その頑丈さに、クリストファーは感嘆して口笛を吹いた。

 「ふむ、サバットは本来、ステッキを使った『ラ・カン』キック主体の『ボックス・フランセーズ』そしてレスリングの如く敵を投げ飛ばす『バリジャン・レスリング』の三つに分かれているが、君はどうやら『ボックス・フランセーズ』の使い手のようだな」

 オリバの言葉を聞いたクリストファーは、ニッと不敵な笑みを浮かべる。

 「そう考えるのは、早計じゃないかな?」

 クリストファーは瞬時にオリバの懐に入り、足を絡める。オリバははっとした表情になったが、僅かに遅かった。
 足を刈り取ったオリバの巨体を、クリストファーは軽々と背負い、冷凍室の壁目掛けて投げ飛ばした。
 オリバの巨体は頑丈な鉄製の壁に激突するに留まらず、壁をぶち破ってそのままめり込んでしまった。そして、オリバが壁に激突した衝撃で、建物が大きく振動した。

 「あいにくと私は、蹴りだけが得意な達人じゃなくってね、『ボックス・フランセーズ』だけじゃない。投げの『パリジャン・レスリング』も、ステッキの『ラ・カン』も体得しているんだよ。まあ『ラ・カン』は無手組だからほとんど使ったことはないけどねー」

 クリストファーは得意げな顔をしながら解説をする。部屋の隅にいた議員は投げ飛ばされたオリバを見て、驚愕と恐怖の表情を浮かべていた。

 「さて、それじゃあ早いけど、メインディッシュといきますかー?」

 肩にかかった三つ編をかき上げながら、視線を再び議員に向ける。議員は「ひっ」っと悲鳴をあげ、後ろに下がるものの、背後の壁にぶつかってこれ以上下がれない。クリストファーは、まるで獲物を目の前にした獣のように眼を輝かせ、舌なめずりをする。

 が、

 その時背後で爆音が響き、ドサリと何かが落ちるような音が響いた。
クリストファーが振り返ると、そこには何事も無かったかのように起き上がるオリバがいた。クリストファーの驚いた表情を見ながらオリバはニヤリと笑みを浮かべた。

 「なるほど、サバットの達人だからこそ、他の分野も得意、といったところかな。いやはやこれは・・・・」

 そしてオリバは、何事も無かったかのように直立した。

 「油断が過ぎたな」

 オリバが立ち上がったのを見たクリストファーは、瞬時にオリバに標的を変更し、オリバの即頭部にシャッセを打ち込む。立ち上がった瞬間に頭部に受けた衝撃によって、さしものオリバも体が揺らぐ。揺らいだオリバの喉目掛け硬質な靴のつま先が食い込み、そこに間髪いれず金的、鳩尾、顔面と次々と目にも留まらぬ攻撃がオリバに突き刺さる。どの蹴りも、一発でも当たれば並みの人間では致命傷となる一撃である。それが次々とオリバの身体に突き刺さり、オリバの身体にダメージを刻んでいく。
 その容赦ない連撃に身をさらしながらもオリバは、避けようともせず、防ごうともせず、ただ攻撃の全てを受けきっていた。まるで己の鋼の肉体を誇示するかのように。
そして止めとばかりに頭部に放たれた一撃を




オリバは片手で掴み取った。

 「??!!」

 突然足を掴まれたクリストファーは暴れるが、オリバは構わず掴んだ足ごとクリストファーを持ち上げる。

 (・・・こいつ、まさか・・・!!)

 オリバの狙いに気がついたクリストファーはオリバの手から離れようと暴れるが、万力の如き握力に抗いようが無く、オリバは頭上に振り上げたクリストファーを



 そのまま地面に思いっきり叩き付けた。
 その瞬間、再び廃工場に大きな揺れが起こり、クリストファーの身体は地面に大きくめり込んだ。

 「ぐが・・・・あ・・・」

 クリストファーは、頭部が地面に激突した衝撃で、意識が吹き飛びそうになったが、前身に走る激痛で、かろうじて意識を失うのは避けられた。

 「ぐ・・・」

 何とか立ち上がったクリストファーは、凄まじい殺気をオリバに放つ、が、オリバは平然とその殺気を受け止めた。それがさらにクリストファーの神経を逆なでし、クリストファーは再びオリバに蹴りを打ち込む・・・・、が、
 
 「やれやれ、アンタ少し・・・」

 キックに構わず接近されたオリバに片手で頭を捕まれ

 「スマートさが足りねえな」

 背骨が折れる音と共に、文字通り“潰された”。
 クリストファーは、何が起こったか分からないといった表情をしていた。
 オリバは首を左右に動かして鳴らすと、胸ポケットに入っている携帯電話を取り出した・・・、が。

 「・・・ありゃまあ、こりゃ、弱ったな」

 電話は先程の乱闘のせいで、壊れて使い物にならなくなっていた。
オリバは溜息を吐くと、壁に張り付いていた議員に視線を向けた。

 「失礼、マドモアゼル」
 
 「へ?は、ハイ!?」

 突然話を振られた議員は、驚いてうわずった声を上げる。オリバは苦笑を浮かべながら、議員に質問をした。

 「すみませんが、携帯電話を貸して頂けないでしょうか?」

 「は?」

 オリバの台詞に議員はきょとんとした表情を浮かべた。





 その後、議員は無事保護され、クリストファーは背骨を粉々に圧し折られたために病院送りとなった。一応命は助かったものの、背骨の神経が損傷していたらしく、もう殺人拳は振るえなくなったとの事だ。そしてオリバは、議員の携帯電話を借りて呼んだヘリで、無事ビッグロックへ帰還することとなった。


 あとがき

 折角ですので二話目を投稿しました。
 今回はオリバ無双回です。でも漫画じゃ表現できた戦闘シーンの表現が難しかったです。
 一応ケンイチの世界でもオリバは強いです。そこら辺の達人級じゃ相手になりません。九拳レベルでもないと相手になりません。・・・まあ世界観が違うんで実際はもう少し開きがあるんでしょうが・・・。
 
 次回、は投稿できたらですが、オリバでなくて別の人物を出す予定です。
 タイトルは『ババアVS最強の生物』です。

誰と誰かはもう、分かりますよね?



[34132] ババアVS最強の生物 前編
Name: アルゴー◆175723bf ID:9f458038
Date: 2012/07/17 21:02
 ババアVS最強の生物

 夜の繁華街。
 赤々と赤や黄色の色とりどりのネオンが光り輝き、一日の仕事疲れを癒すために店に入っていく背広姿の人間達の雑踏で道は埋まっていた。
 その人波の中で、一人異様な服装をした人物が歩いていた。

 胸元を大きく開いた艶かしい巫女装束と袴という煽情的な服装に、首には大粒の白壇の数珠を下げている。
 その容姿も美しく、腰まで下げた艶やかな黒髪と、白い滑らかな肌が特徴的な、百人の人間が見れば、百人全てが振り返るであろう妖艶な美貌を誇っている。
 これだけ特徴的な人物ならば、この人ごみの中でも目立ち、人々の視線を集めているはずである。が、誰も彼女を気にしない。まるで彼女という存在に気がついていないかのように、人ごみは次々と通り過ぎていく。そして、その人ごみの間を縫うように、彼女は道を進んでいく。
 彼女こそ“闇”の無手組最強の一影九拳が一人、“妖拳の女宿”櫛灘美雲である。“技10にして力要らず”と言われる櫛灘流柔術を極めた達人であり、一影九拳では唯一の女性でもある。
 一見すると二十代にも見える若々しい容姿をしているものの、この容姿は櫛灘流の秘伝の一つである不老長寿法によって保たれたものであり、その実年齢は同じ九拳の一人である“拳魔邪神”シルクァッド・ジュナザードよりも上である。
 彼女の弟子である櫛灘千影も、幼い頃から櫛灘流を仕込んでおり、今では幼いながらもその実力は他のYOMIと比べても遜色の無いものとなっている。

 だが・・・、

 (やはりまだ、心が弱いかのう)

 美雲は人ごみを縫うように歩きながら考える。ちなみに、このような目立つ服装と容姿で人々の視線にさらされないのは、彼女が巧みに人の感覚の隙間を縫って歩いているからである。彼女ほどの達人にもなれば、特に意識しなくとも、このような動作は容易く行える。
 それはともかくとして、彼女は今悩んでいた。原因は彼女の弟子である千影である。
無論彼女の実力に対するものではない。彼女が気にしているのは、弟子の心についてである。

 (梁山泊の弟子がラフマン殿の弟子に潰されるのを見せ、千影の心を闇に落とすのは失敗した、が、今回ならば問題あるまい)

 彼女の弟子である千影は、まだ完全には闇の思想に染まりきっては居ない。
それはまだいい。千影はまだ年齢的にまだ幼いため、時間を掛けて闇の思想に染めていけばいい、美雲はそう楽観的に考えていた。
 しかし、彼女の目論見を破綻させかねない存在が現れた。梁山泊唯一の弟子、白浜兼一である。
 最初は取るに足りないものだとして、千影の試金石代わりにしようとでも考えていたが、あの弟子との交流によって、千影の心が惑わされていると感じていたのだ。
このままでは“一なる継承者”以前に今まで教え込んできた闇の精神に綻びが出かねない、そう考えた美雲は、本来は千影が行うはずだった兼一との決闘を後回しにし、同じ九拳の友人である“拳持つブラフマン”セロ・ラフマンの弟子、イーサン・スタンレイと決闘させることにしたのである。実力的に言えばスロースターターの兼一よりイーサンの方が上、ましてや姉を失うかもしれないという恐怖に後押しされたイーサンならば、確実に勝てると踏んだ上での選択である。
そして極めつけは千影を決闘の立会人にしたことである。彼女に活人拳の弟子が殺人拳に倒される様を見せて、再び闇の思想に傾倒させようという計画だった。
が、結局予想ははずれ、イーサンは兼一に敗れた。恐らくあの隼人が何かしたのであろう。失敗はしたものの、千影の育成はそれなりに進んでおり、武器組との組み手でも問題なく勝利できた。表面上は再び元の通りに戻ったようである。・・・あくまで表面上は、だが・・・。
しかしいずれにしろあの弟子は排除しておくべきである。その為にもジュナザードを唆して隼人の孫娘を誘拐させた。あの娘が誘拐されれば白浜兼一は救出に行かざるを得まい。
今頃ジュナザードが帰還したティダード王国に向かっている頃だろう。恐らく梁山泊の達人のいずれかも着いていっているだろうが、関係は無い。あのジュナザードには、たとえ梁山泊の達人でも勝つのは難しいだろう。勝ち目があるのはせいぜい隼人位のものだ。そしてティダード王国の国民はジュナザードを崇拝するものばかり。探索も救出も容易にはいかないだろう。

 「ただ・・・、懸念要素が一つ、じゃの」

 唯一懸念すべきことがあるとすれば、九拳の同僚である“人越拳神”北郷晶の動向である。
 つい最近、あの男が弟子二人と共にティダード王国に向かったという報告を聞いた。
ジュナザードは、隼人の孫娘を攫う際に、本郷を利用したらしいから、それが本郷の逆鱗に触れたのだろう。
 しかし、同じ一影九拳とはいえ、かつて救国の英雄として列強の軍隊と長年戦い続けたジュナザードと、本郷晶との間には決定的な経験の差が存在する。
無論、本郷と梁山泊の達人が手を組んでジュナザードと闘えば、ジュナザードも苦しいだろうが、武人としてそれはないだろう。一対一ならばジュナザードが有利だ。
元々一影九拳は単なる不可侵条約のようなもの。仲間意識が無い人間が多い。本郷晶とは特別親しいということは無かったから、同士討ちをしたところで此方にとっては痛くもない。
そして、かの地であの弟子も死んでくれれば儲けものだ。あのジュナザードのことだから弟子にした隼人の孫娘と白浜兼一を闘わせる等のことをするかもしれない。そうすれば力量的に風林寺の娘の優位で勝利が決まろう。万が一倒されてもその時はジュナザードの配下か、ジュナザード自身が手を下すであろうから、問題はない。
 美雲は内心ほくそ笑みながら、路地外れの自動販売機でペットボトルのお茶を購入した。
キャップを捻って開け、ペットボトルを口に近づけ、グイっと煽る。味は玉露のような高級茶葉には及ばないものの、喉を冷たいお茶が通り過ぎていく感覚が、中々に心地いい。
 そして、お茶を飲みながら、再び人だかりのある路地を歩む。無論、誰にも気付かれることなく。
 
 「もうすぐ、か」

 美雲は空を見上げ、感慨深げに呟く。
 もう直ぐ、“闇”が待ちわびた“久遠の落日”が訪れる。
 大いなる戦乱、世界大戦。多くの闇人が待ちわびる時。
 
だが美雲の視線は“そこ”には無い。
彼女の目的は、“とある存在”を打ち倒すこと。
その存在は、自身と、自身の流派と、否、この世に存在する武術全てと相容れないもの。
その存在を打ち倒し、自身の流派こそが最強と証明する。
それさえできれば彼女にとって、久遠の落日などどうでもいい事なのだ。

「そのためにも、我が弟子の育成を急がねばな」

万が一にも自分がその戦いで命を落としたとき、自らの極めた技、秘伝が失伝する事はあってはならない。
その為にも、弟子の育成を急ぐ。千影は、心がまだ未熟とはいえ、その潜在能力、才能共にこれ以上無い逸材だ。自身の技を受け継がせるに相応しい。万が一の時には、あの子が我が櫛灘流を・・・。

「ん?」

と、美雲は異様な気配を感じ、脚を止めた。
その気配は、此方をうかがっている、まるで、自分を誘っているかのように。
しばらく意識を研ぎ澄まし、その気配をうかがっていると、突如その気配が移動を開始した。

「・・・ついてこい、とでもいうのかの」

美雲は一気に残ったお茶を飲み干すと、薄い笑みを浮かべた。
一影九拳の一人である自身の名は、それなりに広まっていると自負はしていた。一部には自分が死んだと思っている連中も居るようだが。ゆえにこの首を狙いに来た達人、柔術家は、十人や百人は下らなかった。無論全員返り討ちにしてやったが。

(しかしこの気配、そやつらとは違うな・・・)

だがこの気配の主は違う。気配からして今まで闘ってきた相手とは別物だと分かる。相当な使い手であるのは間違いない。それこそ、自分達一影九拳と比肩するような・・・。

「ふむ、少し挑発にのるのも面白いかもしれんの」

美雲は空になったペットボトルを握りながら、気配の後をついていった。






人だかりの多い路地を抜け、街頭で照らされた道路を歩き、どれほど歩いただろうか。美雲はいつの間にか公園に到着していた。
昼間は子供たちが楽しく遊んでいるであろう滑り台やブランコといった遊具も、夜には誰も乗る者がおらず、明るく光る外灯の光を反射して黒い影絵のような姿をさらしている。
美雲は自分をわざわざ此処に誘った人物を探して辺りを見回す。しかし、先ほどまでの気配が全く感じない。まるで、最初から誰も居なかったかのように。

「出てくるがよい、わざわざこのような年寄りにこのような場所まで歩かせたのじゃ。少しは労いの言葉でもかけたらどうじゃ」

美雲は声を出して自分を公園に隠れている何者かに呼びかける。
が、公園は沈黙で静まり返ったままだった。美雲が気のせいだったか、と思いかけた瞬間

(・・・!!後ろか!!)

 背後から此処に誘った者と同質の気配を感じ、すぐさま振り返ると、空のペットボトルを投げつけた。
が、それは途中で真っ二つに割れて地面に落ちる。やがて、地面を踏みしめる音と共に、何者かが此方に近寄ってきた。

 「おいおい、いきなりペットボトルを投げるのはいかんだろ。ゴミはゴミ箱に入れろって教わらなかったのか、お嬢さんよ」

 気配の主の声が聞こえる、声の質からすると男のようだ。美雲は肩を竦めて返答を返す。

 「是非もあるまい、夜中の公園にいきなり誘われたのじゃ。どこぞの不審者かと思うたぞ。して、そちはなにものじゃ。我が名は櫛灘美雲という」

 美雲の自己紹介を聞いた謎の影が、驚嘆の声を上げた。 

 「ほう・・・こりゃ驚いたな。既に失伝したと言われ、伝説とも呼ばれた櫛灘流の使い手、櫛灘美雲が、こんな別嬪さんとはね。てっきりよぼよぼの婆さんかと思ったが」

 気配の主は、喋りながらゆっくりと美雲の方へ近づいてくる。まるで影法師のようにしか見えない姿が、段々と輪郭を伴って見えてきた。手には、何か鎖につながれた鎌と分銅を持っている。おそらくは鎖鎌、それで美雲の投げたペットボトルを斬ったのだろう。ならばこの男は武器使いか?

「やれやれ、このような美女に向かって婆さんとはの。まあ確かにかなりの年はくっておるのは事実じゃが、これでも若い者には負けてはおらんぞ?」

 「確かに。街中で妙な気配の人間が居たから少し誘いを掛けてみたら、どうやら当たりを引いたようだ。いや、今夜はいい夜だ」

 男の声に、美雲はクッと笑みを浮かべる。

 「はてさて、真にいい夜かはしらぬぞ?下手をすればそなたの命日やもしれぬ。それで、ぬしの名は何じゃ?」

 「おっと、こりゃ失敬。まだ名乗ってなかったな」

 やがて、男の姿が外灯に照らされて、完全に露になる。男の髪は伸びるにまかせており、あごには無精髭が生えている。両手には無造作に鎖鎌が握られており、それがなければ何処にでもいそうな中年の男に見えたであろう。
 
 「某の名は、本部以蔵と申す」

 男の名乗りを聞いた美雲は感嘆の吐息を吐いた。

 「ほう、かの本部流柔術の創始者か。なるほど、道理で・・」

 美雲は背後に下がって距離をとり、ゆっくりと構える。一方の本部以蔵は、両手の鎖鎌を無造作に下げたまま、しかし両目は油断無く美雲を捉えていた。

 「こちらも、かの一影九拳が一人、櫛灘美雲にお目にかかれるとは、光栄の至りといったところか。ま、夜は長い。じっくりと楽しもうじゃないか」

 本部の言葉に、美雲は笑みを深めた。

 「いやはや、最近は雑魚ばかり喰ろうて飽きてたところじゃ。久しく、燃えそうじゃの」

 そして、夜の公園で二人の柔術家の決闘が始まった。

 あとがき

 どうも皆さん、今回も前編後編に分けてお送りいたします。
 今回はババアこと櫛灘美雲VS『公園』最強の生物、本部以蔵との戦いです。

・・・え?勇次郎じゃないのかだって?何言ってるの?最強の生物は本部さんじゃないか。公園限定で。
 次回、遂に本部と美雲のバトル開始です。乞うご期待を!!




[34132] ババアVS最強の生物 後編
Name: アルゴー◆175723bf ID:9f458038
Date: 2012/08/04 16:10
 ババアVS最強の生物 後編

 美雲と以蔵、対峙した二人の柔術の達人。
その両者の距離が、少しずつ、徐々にだが縮まっていく。
そして互いの間合いに達したとき、両者共に静止した。

 「さて、美雲さん。開始の合図は?」

 以蔵の言葉に美雲はうっすらと笑みを浮かべる。

 「始まっとるよ、既に」

 その言葉が終るや否や、以蔵の鎖鎌の分銅が目にもとまらぬ速さで美雲に迫る。

 が・・・・、

 「残念じゃが、外れじゃよ」

 分銅は空を切り、美雲はいつの間にか以蔵の後ろに移動していた。

 (残像ッッッ)

 以蔵は息をのむ。恐らく先程の美雲は気当たりで作り出した残像。だがあそこまで本物と誤認させるほどの残像は見たことが無い。

 「ったく、まるで忍者の分身の術みたいじゃないかね!!」

 以蔵は後方にいる美雲に向かって鎌を振るう、が、これも空を切る。

 「これも残像かッ!!」

 以蔵が横に視線を向けると、すぐ隣で美雲が口元を袖で押さえて笑っていた。

 「ふふ、どうした本部よ。それではいつまでたってもわしは掴まらんぞ?」

 瞬間、目の前にいた美雲が、瞬きをした瞬間に二つに割れた。
否、残像と本物が分かれたのだろう。両者はそのまま以蔵に迫ってくる。が、以蔵は慌てずに分銅を振るって残像ごと本体を打ち据えようとする。

が、

 「どちらも残像だと!?」

分銅は二人の美雲に命中することなく、地面に落ちた。目の前の二人の美雲はどちらかが本物なのではなくどちらも残像。
 
 (本物は・・・・)

 以蔵は本物の美雲を探し、背後を振り返る。と・・・・、

 「ッッッ!?」

 そこには三人に分かれた美雲が立っていた。

 「ふふ、では『ウォーリーを探せ』ならぬ美雲を探せ、といこうかの」

 「ウォーリーなんてよく知ってるねえ」

 自身の周囲で残像を無数に生みだしながら回転する美雲を見つつ、以蔵は軽口を叩いた。
が、その目は油断なく残像をじっと見ている。

 (本物はどこだ・・・・)

 本物ならば残像とは違う何か特徴があるはずだ。本物にしかない特徴が・・・・。
以蔵はじっと鎖鎌を構え、残像を見続ける。今のところ美雲は攻撃してくる気配はないが、いつ仕掛けてくるか分からない。残像に紛れた本物による攻撃を受けるわけにはいかない。
 以蔵は鎖鎌の分銅を回転させつつじっと残像を観察する。何か本物の手掛かりとなる物はないかと・・・。

 すると、分銅を振り回す風切り音とは別に、かすかに、本当にかすかにだが、ジャラリと何かがこすれるような音が以蔵の耳に入ってきた。

 以蔵ははっとした表情になると、鎖鎌の回転を止めて、瞳を閉じる。
すると、確かに聞こえてきた。ジャラリジャラリと何かが擦れる音が、先ほどよりはっきりと。

 「・・・そろそろ終わらせようかの。そなたもわしが今まで潰した木端柔術と同じであったか」

 美雲の失望気味の声が響き、無数の気配が自信に迫ってくるのを肌に感じる。が・・・。

 「悪いが、種は割らせていただいたよ」

 以蔵は目をカッとひらくと迫ってくる無数の美雲、その背後に向けて分銅を放った。
分銅はそのまま地面に墜落・・・・、することは無くそのまま何者かに巻きついた。
その巻きついた者は、何と櫛灘美雲の右腕であった。そして、それと同時に気当たりで作られていた無数の残像が消え去った。

 「ほう、ばれたか。気配も何もかも完璧に分散させたつもりじゃったがの」

 「何、そんなでかい数珠がジャラジャラなってたら流石に分かるわな。いくらあんたでも身につけているものの音まで気当たりで再現できねえだろ」

 美雲の疑問に以蔵はにやりと笑みを浮かべながら答えた。
そう、以蔵が聞いたあの音は、美雲の身につけている白壇の数珠の音だったのだ。
以蔵はその音を頼りに本物の位置を特定し、そこ目がけて分銅を投げた、という訳だ。
 以蔵の種明かしを聞いた美雲は溜息を吐きながら左手の指で数珠をいじった。

 「やれやれ、前の武器使いの娘の時といい、これで位置がばれてしまうとはな。死合う時にはこれは外した方がよいかの」

 美雲は呟きながら以前に赤羽刀奪取の際に力量を見ようと立ち会った娘、香坂時雨を思い出した。あの時は白壇の発するかすかな香りで位置がばれたのだった。やっぱりこれは外すべきか、結構気に入っているものなのだがと、美雲はぼんやりと考えた。

 「んで、頼みの分身の術は破られたが、どうするね?まだ続けるかい」

 「あまり我が流派を侮るでない。あのような技など、奥義でも何でもないわい」
 
 美雲は口元に笑みを浮かべ、鎖の巻きついた右手をゆっくりと振るう。すると、以蔵の手から鎌が離れて地面を転がり、そのまま美雲の左手に引き寄せられた。
 以蔵はいつの間にやら手から離れた鎖鎌を呆然と見ていたが、鎖鎌を両手で構えた美雲を見て、再び表情を引き締める。

 「こいつは驚いた。まさか無手組が武器を使うとは」

 「これこれ、いくらなんでも早計じゃぞ?確かにわしは無手組、基本的に武器は使わぬが・・・」

 美雲は顔に笑みを浮かべたまま、右手に持った分銅付きの鎖を振るう。瞬間、一陣の風が地面を裂き、土砂が宙を舞った。

 「武器が使えぬといった覚えはないぞい」

 鎖のついた分銅をまるで風車のごとく振り回し、以蔵にゆっくりと近づく。その速さは段々と増していき、ついには鎖に付いているはずの分銅すらも視認できないまでの早さとなった。
 以蔵はそれを見て苦笑いを浮かべた。

 「こりゃぬかった、柔術は本来は戦場格闘技、武器全ての扱いに長ける。なら櫛灘流にも武器使用の技があって当然か」

 「いかにも、我が櫛灘流には剣術、小太刀術、手裏剣術は無論のことながら、槍、弓、鎖鎌を使う技も存在しておる。最近使っておらぬゆえに鈍っておったでの、たまには使って勘を取り戻すのもよいと思うた」

 美雲は再び鎖を振るう。その分銅は確実に以蔵を狙って襲いかかった、が、以蔵は難なくそれを避ける。

 「ほう、やるのう。じゃが避けてばかりでは仕方あるまい?」

 美雲の言うとおり、以蔵は美雲の分銅を避け、受け流すのに精いっぱいであり、接近することが出来ない。接近しようとしたならば、すぐさま分銅が飛んでくる。当たればまず頭蓋骨が陥没するだろう。
 だが、以蔵は不敵な笑みを崩さなかった。一度周囲を見回すと、突如後ろを向いて走りだした。

 「む?逃げるか?」

 突如逃げるかのように走り出した以蔵を、美雲は分銅を振り回しつつ追う。が、以蔵はすぐに立ち止まってこちらを振り向いた。ある物を背にして。

 「・・・なるほど、そういう訳かの。これは一本取られたかの」

 美雲は少し感心したかのような声を上げる。以蔵が背にした物、それはジャングルジムであった。
下手に鎖を投げれば、鎖が鉄格子に絡まって鎖鎌が使い物にならなくなる。武器組の達人ならばまだなんとでもなるのだろうが、あいにく美雲にはそこまで武器は使いこなせない。また、たとえ鎌を使った接近戦を挑んでも、敵も柔術家、接近戦はお手の物だろう。無論自身も負ける気は全くないが・・・。

 「どうしたね、投げ縄ごっこは終わりかね?」

 突然攻撃を止めた美雲に、以蔵は笑みを浮かべてそう聞く。実際はなぜ攻撃しないか分かっているのだが。

 「ふ、まあ少々遊びが過ぎたのう。鎖鎌など、慣れぬものは使うものではないの」

 「いやあ、あんた結構使いこなせてたろ?」

 以蔵の突っ込みに美雲はうっすらと笑みを浮かべた。

 「わしの武器捌きなど達人の中ではそこまで大したことはないわ。本物の武器使いならば、そこなジャングルジムなどものともせなんだわい。
やはりわしは無手の方があっておるのう。返すぞ」

 そう言うと美雲は手に持っていた鎖鎌を以蔵目がけて投げつける。反射的に以蔵はそれを受け取った、が、一瞬美雲から目を離した瞬間、

 (なッ!?)

 すぐ目の前に美雲が立っていた。そして、美雲が右手をゆっくりと持ち上げた瞬間、以蔵の体がバランスを崩し、地面に転倒した。

 (ッッッッ)

 以蔵は地面から立ち上がりつつ、信じられないと言いたげな表情で美雲を見る。
この女は自分を投げた。それはいい、相手も柔術家だ、人を投げる術くらい持っていて当然だろう。
 だが、どう投げるにしろ、投げ技の際には少なからず相手に触れなければならない。それをこの女は、触れることなく自分を投げた。

 (合気の類かッッッ)

 以蔵は自身の大先輩ともいえる合気の達人の顔を思い浮かべながら考えた。
確かに先ほどの技も合気と似てはいる。が、それでも以蔵には腑に落ちないものがあった。

 (投げられたとき、まるで自分の体が操られているかのようだったが・・・)

 そう、まるで相手に動きを誘導されるかのように自身の体が動き、地面に叩き付けられたのだ。まるで糸で拘束された操り人形のごとく、である。

 (妖拳ね、言い得て妙といったところか、だが、この技は、何処かで・・・・)

 以蔵は立ち上がりながらも油断なく美雲を見る。この技自体は初めて受けたものである。だが、これとよく似た技が確かあったはずだ。

 「ふ、立ち上がったか、そうでなくては困るのう」

 以蔵が立ち上がるのを確認した美雲は、再び以蔵に接近し、

 「そうでなくては、壊しがいが無いでのう」

 再び手を触れることなく投げ飛ばした。投げ飛ばされた以蔵は、再び地面に叩き付けられた。頭蓋が固い地面で殴打され、意識が遠のきかける。

 (・・・ああ、なるほどなあ~・・・)

 だが、以蔵はようやく確信した、この技の正体を。
そして痛む頭蓋を押さえながら、再び美雲の前に立つ。

 「ふむ、二度投げられて意識を失わぬとは、大した頑丈さじゃの。じゃが三度目は受け止められるかの」

 美雲は再び立ち上がった以蔵に少々面倒そうな視線を向けながら、再び技を繰り出そうとする。が、以蔵はそんな美雲を見ながら、笑っていた。

 「悪いけど、あんたの技のカラクリ、少し読めてきた気がするね」

 「ふむ?」

 以蔵の言葉に、美雲は少し驚いたような表情を見せる。が、すぐにその表情を引っ込めると、もとの無表情に戻った。

 「ふむ、分かったか、それともはったりでもかましているのか・・・」

 「さてね、自分で確かめたらどうかね?」

 以蔵の言葉を聞くや否や、再び美雲の姿がかき消える。そして、また以蔵を手を触れることなく投げ飛ばそうとした、



 が、以蔵は投げ飛ばされることはなく、逆に美雲の腕を掴み、投げ飛ばしたのだ。
しかし美雲は、投げ飛ばされはしたものの、地面に叩きつけられる寸前に右手で地面を叩き、空中で一回転するとそのまま何事も無かったかのように大地に立った。
 それでも彼女にとってはまさか投げ返されるとは思っておらず、驚いた表情で以蔵を見ていた。

 「・・・・投げ飛ばされたのは、果たして何十年振りかの。まさかわしの投げを破られてわし自身が投げられるとは思わなんだ」

 「ほー、何十年も投げられたことのない妖拳の女宿を、俺が投げることになるたあね。ま、まだまだ俺もすてたもんじゃないってことか」

 以蔵の返答を聞いた美雲は、驚愕した表情から一転、好戦的な表情で以蔵を見る。

 「まあそれよりもじゃ、なぜわしの投げがお主に通じなかったのか、それが一番知りたいのじゃがの」

 「ああ、あれねえ・・・」

 以蔵は美雲の問いを聞いて、にやりといたずらを思いついたかのような笑みを浮かべる。

 「以前同じような技を食らったことがあってな。ま、その技に対処するための技を少し使わせてもらっただけよ」

 「ほう?して、その同じような技、とは?」

 美雲が質問を重ねると、以蔵はさらに笑みを深めて、返答する。

 「無敵超人108奥義の一つ、流水制空圏」

 以蔵の返答を聞いた美雲は、しばらく沈黙をしていた、が、やがてくすくすと口を袖で押さえながら笑い始めた。

 「くくくくく、成程、これは一本取られたのう。確かにわしの先程の技は隼人の技と似ておる、が・・・」

 「ああ、ちとばかし違うところもあるな」

 以蔵はのんびりとした口調で美雲の言葉に同意を示す。美雲は愉快そうに笑いながら、再び以蔵から間合いを離す。

 「さて、それじゃあ頼みの技も破られちまって、まだ続けるかね?」

 「甘いのう。わしはまだまだ櫛灘流の真髄を見せてはおらんぞ。先程の技を破った褒美代わりじゃ。たっぷりと馳走してやろうかのう」

 「は、こりゃ楽しみだ」

 その瞬間、美雲の雰囲気が明らかに変わった。先程までとは違い、まるで槍で刺すような雰囲気。どうやら彼女は、ようやく以蔵に対する手加減を止めたらしい。

 (こりゃあ・・・、命懸けになりそうだねえ・・・)

 以蔵はチリチリと肌を刺すような殺気を受け止めながら、自身も構える。
どちらが勝つか、どちらが負けるか。
それは以蔵にも、恐らく美雲にも分からないだろう。
ただ分かることは一つ。
この戦いで、どちらかが命を落とすということのみ。

 じりじりと、互いに殺気を放ちつつ間合いを詰める二人。

 相手の間合いに、自分の間合いに入った瞬間、どちらが立っているか。

 以蔵と美雲、二人の柔術家は互いに相手の考えを読むかのように睨みあいながら、間合いを詰める。

 そして、互いの間合いが接しようとした時・・・・。




 ピリリッ、ピリリッ、ピリリッ。

 どこからともなく聞こえてきた携帯の着信音に、二人の動きは止まった。
誰か居るのかッ、と以蔵は夜の公園の周囲を見回す。が、いくら確認しても自分と美雲以外の殺気は見当たらない。
 と、言うことはこの携帯の着信音は自分か美雲の携帯以外にない。以蔵は念のために携帯の電源を切っているからまず違う、と、いうことは・・・・。

 「ああすまん、わしのじゃ」

 美雲は謝りながら袖から携帯・・・・、ではなくスマートフォンを取り出した。

 「随分モダンなもの使ってるねえ、オイ。てっきりジジババ用の携帯かと思ったよ」

 「・・・お主なあ、わしはこの程度の機械を扱えんほど耄碌はしておらぬわ。・・・わしじゃ、何か用か?」

 以蔵の軽口に美雲は苦笑しながらスマートフォンを耳に当てる、しばらく何かを話していたが、段々と表情が険しくなっていった。

 「・・・・・何?拳魔邪神がやられたじゃと?・・・・相手はなんじゃ?・・・・ふむ、ふむ・・・・・、分かった」

 電話が終わったのか、美雲は再び袖の中にスマートフォンを入れると、以蔵に背を向けた。

 「すまんが少々急用ができた。今回の死合いは預けておこう」

 「は?おいおいこれからいいところだってのによ。そんなに大事な用事かい?」

 「あいにくとな。まあ主とはいずれまた会えよう。再び熱い夜を楽しみにしておるぞ?」

 美雲は以蔵に妖艶な笑みを浮かべると、そのまま姿を消した。
以蔵は周囲を確認するが、気配は全くない。どうやら本当に帰ってしまったらしい。

 「はあ・・、ま、逃げちまっちゃあしょうがねえな」

 誰もいなくなった公園で、以蔵は一人寂しく溜息を吐いた。


 あとがき

 お待たせしました、櫛灘美雲(ババア)VS本部以蔵(公園最強の生物) 後篇です!
執筆はしていたんですが突然ARCADIAが見れなくなってしまってそれ以外にもキャンプやらテストやらが重なって執筆活動を中断してしまい、再びARCADIAが見れるようになったために執筆を再開、ようやく完成した次第でございます。
 ちなみにこの作中で美雲が武器使っていましたが、これは刃牙での以蔵の発言と、美雲が武器組とも親交があるということから推測したもので、実際に美雲が武器を使えるかは(現段階では)不明です。単純に武器を使わせたかっただけ・・・?

 次回なのですが、逆鬼師匠と本郷先生の過去編に、刃牙キャラをからませたいと思います。・・・・この時点でもう誰が出るか分かるか・・・。

 ではどうか次回もよろしく・・・・・え?この作品の本部が強すぎる?



 本部が強くて何が悪い!!!by板垣



[34132] 喧嘩百段VS虎殺し 前編
Name: アルゴー◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/05/05 15:16
某市、某所に存在する広大な敷地、そしてそこに建つ古びた日本家屋…。
 一見するとそこは誰か大金持ちの屋敷か、あるいはかつての大名武家屋敷の廃墟と思うかもしれない。だが、それはどちらも誤り。
 此処は梁山泊。スポーツ化した武術に馴染めぬ豪傑と、武術を極め切った達人達が共同生活をする場所。
 そんな、凡庸な人生を送るのならば接点を持つ事など無いであろうその場所に、一人の“あまりにも普通な”少年が、弟子入りしていた。

 「し、師匠…、も、もう少し手加減を…ばわっ!!」

 「うらっ!ちゃんと教えたとおりやれっての!!手加減?もうしてらあ!現にお前死んでねえだろうが!」

 母屋に面した中庭で、一人の道着姿の少年が拳で殴られ、きりきり舞いながら地面に衝突する。少年はそれ以前にも相当しごかれたのだろう、全身は砂埃まみれ、身体には痣が出来ている場所もあった。
 少年の姿形、背格好は一見すれば何処にでもいそうな、至って凡庸な容姿をしている。
 一方少年を殴り倒した側、少年から“師匠”と呼ばれた男、彼は何処からどう見ても少年とは正反対、“凡庸”からは程遠い体つきをしている。
 180センチを超える身体は隆々とした鋼鉄の筋肉に包まれ、空手の道着がはち切れんばかりに盛り上がっている。その顔には鼻の上に一筋の裂傷が刻まれており、傍から見れば“その手の稼業”の人間と間違われかねない強面だ。
 少年の名前は白浜兼一、何処にでもいるごく普通の高校生“だった”少年、今ではこの達人の巣窟、梁山泊唯一の弟子として地獄すら生温い修行の毎日を送っている。
 そして師匠の名前は逆鬼至緒。29歳の若さでケンカ百段の異名を持つ空手の達人。兼一の空手の師匠である。
 白浜兼一はここ梁山泊で、空手の逆鬼以外にも諸々の武術の達人から複数の武術を習っている。柔術、中国拳法、ムエタイ、武器術…、そして梁山泊を纏める長老の“我流”の技。元々はいじめられっ子であった兼一はその環境から脱するために此処梁山泊に通う事とあいなった……訳であるが、ここでの下手すれば命を落としかねないレベルの(実際一度心停止を起こした)修行地獄に“実はいじめられていた頃の方がマシだったんじゃあ…”と、今になっても後悔する事がある。
 そして今は空手、他と比べて大分マシであるとはいえ、それでもきつい事に変わりはなく、兼一の体力ももう限界に来ていた。

 「チッ、仕方がねえ、今日はここまでだ」

 「ふぁ、ふぁい~…」

 もうこれ以上は無理と判断したのか逆鬼はようやく修行終了を言い渡し、縁側に歩いていく。その宣告に全身ボロボロの兼一は安堵の涙を流しながら文字通り身体を引きずって師匠の後を追う。

 「おいおい確かにお前ウチに弟子に入ってから一年程度しか経っちゃいねえけどよ、こんぐれえの修行耐え切れる体力あるだろうが?まあ元が元だし仕方がねえんだろうけどよ」

 「はあ…師匠、おぼえ悪くてすみません…」

 「ああ?ンなのお前弟子に取ってから分かりきってたから安心しな。ま、お前武術の才能“だけ”はないからな。他はいいとしても」

 「ぐはっ!ひ、人が密かに気にしている事を…」

 本気で傷ついた反応を見せる兼一を、逆鬼は面白そうにニヤニヤ笑いながら眺めている。
 最初の頃は弟子は取らない主義とツンケンしていたものの、今となっては厳しいながらも面倒見のいい師匠としての面も見せており、最初はその強面で苦手に感じていた兼一も、今では逆鬼の事を気の良い兄のように慕っている。
 何とか縁側まで辿りつき、一息つく兼一の隣にドカリと座り込む逆鬼、その姿を見て兼一は何気なく口を開いた。

 「あの~、師匠。一つ聞きたい事があるんですけど~…」

 「ん?何だ?金と女の事以外ならどんな相談も受け付けるぜ?」

 いつの間に持ってきたのか缶ビールを啜る逆鬼に、兼一は何気なく質問していた。

 「あの…、師匠って、その、負けた事とか無いのかな~…とか。思っ…ちゃっ…たり…」

 言った後に兼一はこちらをジッと見る逆鬼の視線にガタガタと震えだす。
 たまたま少し気になったから口にしただけなのだが、自分自身自覚している事だがどうも口を滑らせて他人の一番気にしている事を口にしてしまい、相手を怒らせてしまう事が度々あるのだ。
 そして逆鬼は大の負けず嫌い…。負けた事がありますか、なんて質問は地雷なんてレベルではないだろう。

 「そ、そんなことありませんよね~!師匠は空手最強ですもん!!もう師匠に勝てるのなんてこの世にいな…」

 「ん~、まあ、あるぜ?そりゃ俺だって。負けの一つや二つくらいは」

 が、兼一の予想に反し、逆鬼は何でもなさそうに返答した。特に機嫌も悪そうではなくいつもと変わらない様子に、むしろ兼一は拍子抜けしてしまう。

 「え…?マジですか…?」

 「おうよ、マジもマジ、大マジよ。俺だって生涯無敗ってわけじゃあねえのよ。というか俺は確かに空手の達人じゃあるがよ、空手界最強、ってなわけじゃあねえんだぜ?」

 楽しそうに笑いながら話す逆鬼を、兼一は何処か信じられなさそうに眺めていた。
 喧嘩百段、逆鬼至緒。その戦いを兼一はずっと眺めてきた。
 自分が到底敵わない達人級の敵も師は難なく倒してきた。そんな師が、負ける…。兼一には到底想像する事も出来なかった。

 「んだよ信じられねえような顔しやがって…。しゃあねえ!んじゃあ俺が一つ話してやるか。俺の恥ずかしい敗北譚、ってやつをな」

 少し恥ずかしげに頬を掻きながら、逆鬼は自分の弟子に語り始めた。
 かつて自分が戦い、そして敗れたとある男の話を…。



 

 それは、逆鬼が梁山泊に入る前の話であった。
 その頃既に空手界で敵無しと呼ばれ、一部の大会では出場すらも禁止される身の上となっていた逆鬼は、それでもなお空手の道を極め、その道の達人になろうと精進を重ねていた。
 そんな日々の中で、逆鬼は二人の空手家と出会った。
 空手界最強を自負していたその頃の自分に、比肩できるであろう二人の男。
 一人は後に闇の無手組、一影九拳の一人となって袂を分かつ事となる人越拳、本郷晶。
 もう一人は逆鬼と本郷に憧れ、そして彼等を越える空手家にならんと欲する青年、鈴木はじめ。
 とある事がきっかけで出会った彼ら三人は、時には仕合し、時にはある組織の依頼を友に果たし、時には命を狙われるような事件に巻き込まれながらも、お互いに技を切磋琢磨し、そんな毎日を送る中で、彼等三人の間には単なる友情以上の強い絆が生まれ、育まれていった。
 そして今日もまた…。

 「あーあ…、今日もまた引き分けですか。早くどちらが強いか決着付けて下さいよ~」

 「うっせえアホ!そう簡単に決着つくんならもうついてるわ!」

 土管の上で呆れた様子の鈴木に向かい、逆鬼は息を荒げながら怒鳴り声を上げる。一方の本郷は何も言わずに服に付いた埃を払い、呼吸を整えていた。
 これは彼等の日課である空手の仕合、審判は決まって鈴木、戦うのは逆鬼と本郷。
 無論両者とも若くして空手界屈指の実力者、中々勝敗は決まらずにもう100戦をとっくに超えている。
 審判である鈴木からすれば、二人の仕合は自分にとって技を見て、盗む事が出来る絶好の機会であり、何より空手界の若手最強の呼び名も高い二人の仕合を何度も見られるのは願ったり叶ったりではあるのだが、正直もうそろそろ決着をつけてもらいたいと言うのが彼の本音であった。

 「逆鬼」

 「んあ?あんだよ本郷」

 唐突に息を整えた本郷が逆鬼に話しかけてくる。こちらも荒い呼吸を整えた逆鬼が少々投げやり気味に視線を向けると本郷がやけに真面目そうにこちらを見ている。何かあるのかと若干身構える逆鬼に本郷は…。

 「…今度は少し手加減してやろうか?」

 「それどういう事だオイ!!俺がテメエより弱いって言いたいのかオイ!!」

 「違うのか?」

 「違うわっ!!」

 至って真面目な表情な本郷に対し逆鬼は若干キレ気味に声を荒げる。おそらく本郷なりの冗談だったのだろうが結果的に逆鬼を怒らせるあたり、あまり上手いとは言い難い。そんな彼等の口喧嘩を鈴木はじめは楽しそうに、それでいて何処か羨ましそうな表情で眺めている。

 「何だかんだで仲いいですね~、お二人は」

 「「いや何処が」」

 そーやって息が合うところとかですよ~、と鈴木は面白そうに笑い声を上げる。そんな鈴木の姿に二人は何処かバツが悪そうに眼をそらす。そんな素直じゃない二人の姿にまた噴き出しそうになった瞬間…。

 「ん?こりゃ、どっかで見た顔だなオイ」

 突然響いた何者かの声を聞いた瞬間、鈴木の笑顔が硬直した。それだけではなくまるで幽霊にでも出会ったかのように怯えたような表情を浮かべ、ブルブルと身体を振るわせ始める。
 突然友人の様子が変化した事に気が付いた逆鬼と本郷は、思わず鈴木の視線の先、空き地の側を通る道路側へと視線を向けた。

 (……!!)

 そこに居たのは一人の禿頭の男であった。身長は精々170㎝、容姿を見るにそこまで若くは無い。少なくとも40、50代、着ている物も特に変わったものではない、至って平凡なモノだ。
 だが二人はその男に圧倒されていた。その男の比較的中肉中背な体型から放たれる雰囲気、そして身体の各部分を見ただけで、二人はその男の実力を見てとり、反射的に構えをとったのだ。

 「…おい、本郷。あのおっさん…」

 「分かっている。……強い、桁違いにだ」

 冷や汗を流しながら、逆鬼と本郷は男をジッと見据える。
 服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉、長年空手で打ち込んできたであろう拳、いかな衝撃にも耐えられるだろう頸部の筋肉、幾多の打撃を受け続けて潰れた鼻、掴まれ続けて皺の沸いた耳…。
 それらを見ただけで逆鬼と本郷、達人となったばかりの二人は悟った。この男と自分達との実力差を…。
 強い、自分達よりも遥かにっ…。
 男は二人の間をすり抜け、土管の前に立って、震える鈴木の肩を、軽く叩いた。

 「よお、こんな所で、奇遇だな鈴木よォ」

 「お、お久しぶりです…。お、愚地館長」

 鈴木はガタガタ震えながら男に挨拶を返す。
 逆鬼と本郷は互いに知った様子の二人に視線を移動させる。

 「…おい、鈴木」

 「……知り合いか?その男は」

 「んあ…?お前さん達だれよ。見たところ中々出来そうだが…、鈴木ぃ、この兄ちゃん達はお前さんの知り合いかよ」

 自分の友人にしてライバルの二人と禿頭の男三者に視線を向けられ、鈴木はハッとした様子で身体を震わせた。

 「あ、ああ!さ、逆鬼さん!本郷さん!紹介します!この人は僕の師匠で神心館館長の愚地独歩先生です!!お、愚地先生、この人達は逆鬼至緒さんと本郷晶さんです!!ふ、二人共空手の若手じゃあ敵無しの実力者なんですよ!?」

 「ん~?あ、ども、うちの元弟子が世話になってるようで。愚地独歩です」

 鈴木の紹介に男、愚地独歩は本郷、二人に軽く会釈をする。
 その飄々とした姿は傍から見ればただの普通の中年の男にしか見えない。しかし…、

 「…!!」

 「愚地独歩……だと?」

 逆鬼と本郷、二人は男の名前を聞いた瞬間目を見開いた。無意識の内に身体を強張らせ、油断のない視線で独歩を見据え、半歩身体を引いて身構える。それほどまでに衝撃的だったのだ、鈴木の口から出た名前、愚地独歩の名前は…。
 愚地独歩、およそ空手を嗜んでいる人間ならばその名を知らぬ者はいないであろう。
 『人食い愚地』『虎殺し』『武神独歩』…多くの通り名で呼ばれ数々の伝説を作りあげた空手界最強の男、愚地独歩…。
 ありとあらゆる格闘技の達人と立ち合い、勝利し、仕舞いには虎を素手で倒したと言う…。今では世界規模の空手団体、神心館の創設者にして総帥の立場にあるが、その影響力と勇名は、今なお全世界の空手家の間で色褪せることなく鳴り響いている。
 その空手界の生ける伝説と呼ばれた男が、今二人の目の前に居る…。

 (…挑むか…?)

 二人の心はただ一つに一致している。
 愚地独歩に、空手界の伝説に、挑むか、挑まざるべきか…!
 願うのなら空手家として、一人の武術家としてこの男に挑み、自分の技を、拳を、足を、存分に打ち込みたいっっ…。そう、二人の武術家としての本能が訴えていた

 そんな二人の気も知らぬのか、独歩は二人に挨拶すると直ぐに鈴木へと向き直る。
 その表情を何処か不満そうに歪めながら…。

 「鈴木ぃ~…、お前まだ空手やってやがるのか?」

 「あ…、はあ…、まあ…、一応…」

 おずおずと言った感じで返事を返す鈴木に、独歩は弱った様子でこめかみを撫でる。

 「俺は確かお前にもう空手やるんじゃねえって破門したはずなんだがねェ~。ど~してこうも聞きわけないのやら…」

 「で、でも僕は空手家最強になって、何時か愚地館長に挑むって…」

 「やかましいぞオイ」

 いつになくおどおどとした調子で弁明する鈴木を、独歩は威圧感に満ちた眼光で睨みつける。ただそれだけ、ただそれだけで鈴木は身体を硬直させ、口を閉ざす。
 言葉を噤んだ鈴木に、独歩は彼の肩を軽く叩いてまるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 「鈴木、二度は言わねえ、命惜しけりゃ空手は止めな。お前、その若さで死ぬ気かよ」

 「…!そ、それは…」

 「…若けえ身の上で死に急いでんじゃねえ、命を粗末にすんな、ガキが」

 カタカタと震える鈴木を突き放す様に独歩は言い放つと、話は終わりといわんばかりに背を向けてさっさとその場を後にしようとした。

 「おいオッサン」

 「………」

 …が、そんな彼の前に逆鬼と本郷が立ちはだかる。それも凄まじいまでも怒気と殺気を滲ませながら。

 「んあ?どうした兄ちゃん達。俺ァもう帰りてえからちっとそこ通してくれねえか?」

 「さっきから聞いてりゃ随分とまあ勝手な御高説をベラベラと…。命惜しけりゃ空手やめろだ?テメエ何の権限あってンな事ほざけるんだああ?」

 「あんたもこいつの元師ならば知っているだろう?こいつがどれだけ空手が好きなのかを。それをアンタは止めろと言うのか」

 心臓が弱い人間ならば軽く心停止を起こしてしまいかねない殺気と怒気に満ちた視線を浴びながら、それでも独歩は眉一つ動かさずに困ったように溜息を吐いた。

 「知ってらあンな事。そいつがどれだけ空手が好きか、どれだけ打ち込んでるかってこともなァ…。文字通り命削りながらやってやがる事もよ」

 「命を削る…?一体どういう事だ…?」

 「そりゃテメエらがそいつから聞けや。まあとにかく、だ。俺ァどうやってもこいつに空手をやらせねえ。たとえ誰に何と言われようがコレは変わらねえ。分かるか兄ちゃん達?」

 独歩のまるで幼子に宥め聞かせるような口調で目の前の若い武人二人を説き伏せようとするが、むしろ逆に二人の怒気と殺気はさらに膨れ上がっていく。

 「全く持って分からねえ、こちとら…キレてそれどころじゃなくてなっ!!」

 「そいつに今すぐ謝罪するならば見逃してやってもいいが…、どうする?」

 説得は失敗、どころか逆に二人の機嫌はかなり悪化している。返答次第では今すぐにでも独歩に殴りかかりかねない。が、独歩はそんな反応を予想出来ていたのか、いつもと変わらぬ、むしろ二人の反応を何処か楽しんでいるかのような様子である。

 「はあ…ったくしゃあねえなあ…」

 独歩は弱りきったような口調で吐きだしながら上着を脱ぎ捨てる。が、その口は言っている事とは対照的に嬉しげに微笑んでいる。まるで目の前に上等な獲物を見つけた猛獣のように、凶暴な笑みを浮かべて二人を舐めるように眺めている。

 「なーにがしゃあねえだこの狸が。そのにやけ面は何だってんだにやけ面は」

 「喧嘩が出来て嬉しいと言ったところか。実に、歳がいもない」

 軽口を叩く逆鬼と本郷に対し、独歩は何も言わない。ただ二人を見据えてじっと立っているだけだった。一方逆鬼と本郷は独歩を見据えて構えをとる。逆鬼は前羽の構えを、本郷は天地上下の構えを…。
 どれも鈴木はじめのアドバイスを受け、互いの構えを入れ替えたもの。これで以前の構えよりも戦力は上がっている。そして今や同年代でも最強と目される逆鬼と本郷のタッグ、通常ならば誰であろうとほぼ相手にならないであろう戦力だ。
しかし、それでも目の前の相手と渡り合えるかと問われれば、疑問符を浮かべざるを得ない。名ばかりという可能性も無きにしも非ずだが、その溢れる闘気、その拳を見ればこの男が“本物”である事は疑いようがない。

 「…んでおっさん、開始の合図は…?」

 独歩と同様凶暴な笑みを浮かべる逆鬼の問い掛けに、独歩はニイッと唇を吊りあげた。

 「もう始まってらあ」

 瞬間、逆鬼の拳、本郷の抜き手が目にもとまらぬ速さで独歩に迫る。
 車すら一撃で粉砕する拳、鉄骨すら易々貫通する抜き手、どれも生身の人間が直撃すれば一撃で絶命しかねない文字通り凶器。だが…。

 「おおっ!?」

 「……」

 独歩は両手でいなし、受け流す。風車のように回転する両手は、迫る拳の威力を削ぎ、独歩の身体に傷一つ負わせない。
 そして受け流した右手で拳をつくり、それを振るう。
 拳は一撃を受け流されて咄嗟に動けない逆鬼と本郷の顎を、ほんの僅かに掠る。が、結局それまで。一瞬で背後に飛びのいた二人は、独歩の拳の射程圏外に居た。

 「ヘっ、まさか俺の正拳突きを回し受けされるたあ、お前以外初めてだな本郷!!」

 「フッ、俺の抜き手を受け流せる奴がお前以外に居るとは、噂に違わず、か…!!」

 受けられて僅かに痺れる拳に、逆鬼と本郷は戦慄し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 先程の一撃は手加減など微塵もない、文字通り必殺の一撃だった。速さ、破壊力共に申し分ない、殆どの空手家ならそのまま直撃して昇天しているであろう一撃…、それをこの男は、防ぎ切り挙句に掠った程度とはいえ自分達に反撃をお見舞いしてきた。
 噂以上、まさに異名通りの実力に逆鬼と本郷、二人の中に流れる武人の血が猛り狂う。
 が、二人が勝負はこれからと気合を入れた瞬間、目の前の獲物は予想外の行動に出た。
 地面に落ちた上着を拾い上げ、土ぼこりを軽く払って羽織るとまるで二人を無視するかのように彼等の横をすり抜けていったのだ。
 あまりにも予想外の行動に本郷と逆鬼も呆気にとられていたが、ハッと我に返ると弾かれたように独歩に向かって振り返る。

 「っておいコラ!!勝負はこれからって時に何逃げようとしてやがるんだテメエ!!」
 
 「止めた、もうお前らの負け。鈴木、命は大事にしろよ、じゃあな」

 「!?て、テメエ!!待ちやがれこのおっさ……」

 勝負も決まっていないのにさっさと帰ろうとする独歩に掴みかかろうとした瞬間、逆鬼の身体が大きく傾いた。

 (…あ?何だこれ…、何が起こってやがる…)

 逆鬼はまるでスローモーションのように近付いてくる地面をぼんやりと眺めながら、心の中で一人ごちる。

 (何で地面が起き上がってき…や…が…)

 そして、何が起こったか分からぬまま、逆鬼至緒の意識は途絶えた。



 何年ぶりの投稿か…。もうすでに忘れている方もいらっしゃるかもしれません。
 つい刃牙続編を読んで勢いで書いてしまいましたッッ。
 …独歩が強すぎる?経験の差ということで…。


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