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[33317] 【習作】 彼女の価値は 【アイドルマスター シンデレラガールズ】
Name: そらがく◆66602330 ID:ec346a1f
Date: 2012/12/04 21:59
 少女はアンコールソングを無事に歌い上げ、観客に命一杯手を振りながら、自分では精一杯の感謝の言葉を口にして、万雷の拍手と声援を体中に受け止めながら薄暗い舞台袖に消えた。

 そして観客から見えない場所まで来るとパタリと歩を止める。
 その場所が彼女が辿り着ける限界だった。
 少女にはもう一ミリだってそこから動く気力が無かった。

 少女はアイドルだ。
 長い黒髪に水色の袖なしシャツに青のパニエで構成された涼やかでかわいらしいステージ衣装からすらっと伸びる手足。
 そして、いつもは愛想のないが整った顔には今日ばかりは笑顔と疲労があった。

 そして少女は気持ちよさそうに両手を軽く広げながら深く息を吸いながら目を閉じる。

 ライブが無事に終わった。
 その事実が空っぽになってた少女の頭の中にゆっくり浸透していく。

 やれるだけの事はやったし、手ごたえはあったと少女は思う。
 中規模のライブ会場ではあったが、それでも少女にとっては信じられない数の観客。そしてその前での熱唱だった。
 全力だった。限界などライブの中盤には超えていた。喉を傷めていない事が奇跡のようだった。
 心がけていたペース配分など出来なかった。
 最高のスタッフ達と観客が作り出したムーブメントが、少女の小柄な体内に潜んでいた熱量を1カロリーも残さず現世に引きづり出すかのようなステージだった。

 でもそれは最高に気持ちがよかった。
 
 少女は自分はもっとクールな人間だったと思っていた。
 ここまで自分が弾ける事ができるのだと初めて知る。
 今、ここで自分は生まれ変わったのだとさえ思った。

「あ」

 ついに足に力が入らなくなり、よろけた彼女の肩を誰かが正面から支える。
 誰だろうとは少女は思わなかった。
 この手の大きさと温かさはよく知っている。
 自分をここまで導いてくれた人の手。そしてこれから更なる高みへと導いてくれるだろう手。

「ねぇ、プロデューサー。ちゃんと見ててくれた?」
「もちろんだ。最高だったぞ、凜」

 息を整えていつもの自分を辛うじて作って少女こと渋谷凜(しぶやりん)が顔を上げる。
 プロデューサーがいつものいい笑顔でそこにいた。
 
「・・・まだまだいけるよ」

 凜はそう言って疲れた表情を懸命に押し殺しながら不敵に笑う。
 プロデューサーは一瞬だけ呆気に取れたが「しょうがないなこいつは」と笑う。

「上等。でも今日はもうおしまいだ」

 そして事もあろうかそのまま凜を背負った。
 プロデューサーは一見は気のいい青年サラリーマンだが学生時代に鍛えていたせいで見た目よりも筋力がある。

「・・・ちょっと。子ども扱いは止めって、いつも!」
「はははっ。凛は相変わらず軽いな。はいはい本日の主役が通りますよ~。今日は皆さま本当にありがとうございました~。今後ともよろしくお願いします~」

 凛の抗議も聞かずプロデューサーは周りにスタッフに頭を下げながら控室まで歩き始める。
 そして凛は気恥ずかしかったが色々な物を天秤に掛けて最終的に意外に広いその背中に身を任せて、顔をその肩に埋める。

「・・・馬鹿」
「ん? 何か言ったかい」
「知らない」

 そうやって渋谷凜の初CD発売記念ライブは終了した

     ◇◇◇

 この時代、芸能界にアイドルは溢れかえっていた。
 華々しい時代だと人は言う。
 始まりは何だと問えば、多くの人は765プロの名を上げる。
 数年前までは業界の片隅にいた弱小プロダクション。その765プロの快進撃。
 所属していた12人(一説では13人)のアイドル達がスターダムに駆け上がる様は本当に奇跡のようだった。
 そこから端を発する第何次かは知らないアイドルブームは市場を大きく盛り立てた。
 そしてその市場に「我こそが第二の765プロなり」と名乗りを上げた有象無象のプロダクションが大小を問わず雪崩れ込んだ。

 そしてそれに伴い各社はアイドル候補生の拡充に動きだす。

「765プロを越えるアイドルを探し出せ!」

 そんな合い言葉のもとに各社はスカウトやオーディション、コネなど各々の方法で発掘に乗り出した。
 そして今は昔と違う。
 交通網はそれこそ網の目のように整備され、インターネットに代表される発達した情報網がある。
 日本は狭くなっていた。

 そして原石は全国に埋もれていた。

 プロダクション各社は47都道府県を問わず飛び回り、発掘し、スカウトした少女をアイドルとして次々とステージの上に送り込んだ。
 
 だが、やり過ぎた。

 はっきり言えば過剰供給だった。
 昨年、誕生したアイドルの数はグロス単位だったとも言われている。
 もちろん、いくらブームが訪れようともパイはそこまで大きくはなってはいなかった。

 当然、淘汰と言う名のふるいが掛けられた。
 数々のアイドルが普通の女の子に戻り、ステージを去っていく。
 そんな中で、まだステージの上に残っていたアイドル達は己の生存権を掛けて日々、仕事に精を出していた。
 
     ◇◇◇

「おはようございます」
「おはよう。昨日はお疲れ様。喉は大丈夫?」

 そういうが朝ではない。高校の制服姿で渋谷凛が事務所に顔を出したのはライブ翌日の夕方だった。
 日中は学校に行っていた。正直、昨日の今日でまったく身が入らなかったけれども。

 出迎えたのは事務員兼会計士の千川ちひろだった。
 事務机に座りながらも体だけは凛の方へと向ける。
 ほがらかな笑顔で色々な事務作業をサクサクこなす才女。
 そしてこの事務所に所属する一癖も二癖もあるアイドルを支える縁の下の力持ち。
 ついでに言えばこの事務所の金庫の最終防衛ライン。その強固な守りは社長ですら突破は容易ではない。
 正直に言えばこの貧乏弱小プロダクションには勿体ないほどの有能で美人だ。
 何故この貧乏プロダクションに居るのか謎なのだが、その理由はほとんど誰も知らない。
 多分、独身なのだろうが、それすらはっきりと判明していない謎の多い人。
 プロデューサーも「入社した時には居たし、聞いても教えてくれないんだ」と言っていた。
 
「ありがとうございます。大丈夫です」

 言葉使いは丁寧だが、口調は素っ気なく返しながら凛は手近にあった長机前のパイプ椅子に座る。
 しかし、この少女はこれでもちゃんと感謝している。感情を表に出すのが少々苦手なのだ。
 それを知っているちひろは微笑すると立ち上がってコーヒーメーカーに近づく。

「喉が渇いちゃった。凛ちゃんもコーヒー飲む?」
「あ、頂きます」

 コーヒーメーカーが豆を挽き、それにお湯を注ぎ始めるとすぐにコーヒーの匂いが部屋に広がる。
 ちひろは抽出を待ちながら口ずさんでいた鼻歌をふと止めると、思い出したように凛へ振り向いた。

「そう言えばCDは学校で話題になってる?」
「よくわかりません。でもが何人か買ったって、何か気恥ずかしいけど嬉しいかな」
「ふふ、全国発売だったものね。買ってくれた人はその何十倍もいるのよ、この日本中に。来週にはオリコンチャートが出るはずだから楽しみね」
「はい、結果はちょっと怖いですけど」
「大丈夫よ。はいコーヒー。ミルクと砂糖はありで良かったよね」
「はい。ありがとうございます」

 凛は受け取って一口付ける。ブラックが好きだと勝手に周りに思われているが、甘いものは普通に好きだ。
 それを見届けるとちひろは自分の席に戻る。

「それよりも今日は他の人は?」

 凛が事務所を見渡す狭い事務所には、ちひろしか居ないようだった。
 社長室には社長が居るかもしれないが、多分いないだろう。
 凛は社長をあまり見た事がない。仕事を取りに社長自ら飛び回っている為、かなりのレアキャラだ。

「みんなレッスンか仕事に出ているわ。あれ、そう言えば今日は凛ちゃんは何しにだっけ?」
「プロデューサーと昨日のライブの反省会です。後、今後の方針を」

 確かに凛は事前に今日は休むか? と聞かれたが断っていた。
 昨日がライブであり体を休めると言う選択肢もあるだろうが、CDデビューを果たしたと言えど、まだ売出し中のアイドルに過ぎない。
 こんな所で休んでいるわけにはいかなかった。

「あ、プロデューサーはちょっと社外の打ち合わせが長引いちゃって帰るの遅くなるって言ってたわよ」
「はい。メール来てました。どのくらい掛かるか分からないって言ってたのでとりあえず予定通りに」

 そう言いながら凛は鞄から筆記用具とノートとプリントを取り出し始める。
 空き時間に宿題を済ませようという腹なのだろう。
 ちひろはそれを見て苦笑する

「何と言うか雰囲気に似合わず真面目よね、凛ちゃんって・・・」
「・・・よく言われます。机借りますね。宿題しとかないと」
「どうぞ。あぁ、そう言えば卯月ちゃんが今から来るって・・・」
「卯月が?」
「えぇ、今週使うオーディション用の台本をレッスン前に取りに来るって」

 島村卯月。凛は自分と同期のアイドル候補生の事を思い浮かべる。
 年は2つ上で栗毛の長い髪を持ち、いつも笑顔で前向きな女の子。長電話という少し困った趣味がある。
 彼女から電話が掛かってきて10分で電話が切れた試しがないし、急いでる時ですらそれなので、よくプロデューサーに怒られているのを凜は見た事がある。
 感情表現が今よりもっと苦手だった頃の凛とも分け隔てなく付き合えるそんな屈託のない女の子だ。

 だから歳は違えど同期で親友だと凛は思っている。



 …でも正直に言えば、ライバルには足りえないとも思っている。

     ◇◇◇
 
 卯月を馬鹿にしているつもりは凛にはない。感情的には彼女を応援しているし、同じステージに立てればいいなとすら思う。
 ただそれは友情から来るもので、純粋に仕事として考えると気後れしてしまう。
 彼女と一緒のステージはきっと楽しいだろう。

 でもそれを見ているファンはどうなのだろうか?

 今はアイドル戦国時代とすら言われる程の弱肉強食の時代だ。
 アイドルは生き残る為に進化の日々を続けている。
 必要なのは何かしらの特徴だった。
 アイドルは花だ。
 何かしらの特徴が無ければ生き残れないと凛は考えている。

 と言ってもそれは自分ではよく分からないものだ。
 現に凛とて自分自身の魅力をちゃんとは把握していない。
 ただプロデューサーいわく「クールさとちょくちょく垣間見える根の真っ直ぐさかね。後は世界に染まらない独特な世界観。名は体を表すと言うけれど、凛と立つさまは大人の女に憧れる少女の憧れそのものだな」だとか。

 確かに凛にはアイドルにしては女性のファンが多い。
 それは他人となれ合う事を良しとしない凛が自分で作り上げたパーソナリティだともプロデューサーは言っていた。

 つまり、そう言うものが凛には卯月から感じられない。

 同期の卯月と凛のトレーニング量はほぼ同等。半端をするつもりはない凛は負けるつもりはないが、彼女の前向きな性格を考えると取り組みへの気合いは向こうの方が上だろうと思っている。
 卯月はオーディションをくぐり抜けてきたが、凛の場合はスカウトでやってきたと言う違いがその熱意の差だ。
 ちなみに凛の場合はスカウトの時に、ただの無愛想な花屋の娘だと思っていた自分がアイドルとか何の冗談かと思った。
 それはともかく能動的にアイドルになろうと決意したもの。受動的にアイドルになろうとしたもの。
 熱意の差はどうしても出てしまう。

 でも、それでも先にCDデビューを果たしたのは凛だった。

 島村卯月は普通の女の子だ。
 容姿は端麗な部類に入るが、学校なら高嶺の花の部類でもアイドル候補生には当たり前だ。
 日本全国から集められた候補生にはプラスαが求められる。
 その場合、選ばれようとした者と選ばれた者では違いが出てくる。 
 
「アイドルは直訳すれば「偶像」だ。そのあり方は神様みたいなもんだ。神様ってのがアレなら妖精でもいい。なりたいという気持ちだけじゃダメだ。誰かに選ばれなけれない。オーディションなりスカウトなり選ばれる。そしてデビューして支持される。アイドルが人に認められるのに熱意は必須条件じゃない。杏なんかがいい見本だ。個人的にはある方が好きだけどな」

 そうプロデューサーは言っていたのを凛は覚えている。
 ちなみに「双葉杏」は同じ事務所に所属するいつもやる気のなく「働いたら負けだと思っている」を座右の銘に持つ小柄な先輩だ。
 これだけ聞くと、ろくでもないニートそのものだが、その秘めた才能はとんでもなく、一度スイッチが入ると奇跡の様なパフォーマンスを見せる。ただ凛は真似をしたいとは思わないが・・・。
 そんな杏は今は背が高く大柄でパワフルで独特なテンションの高い言葉をしゃべる「諸星きらり」いう先輩といろんな意味で凸凹コンビを組んでいる。やる気なしとやる気あり過ぎ。このコンビがうまく機能した為、現在、人気急上昇中でこの事務所看板アイドルコンビになりつつあった(ただ杏は「きらりのあれは『やる気』じゃない。『殺る気』だ」だとボヤいている)。

 それはさておき、卯月の最終オーディションにはプロデューサーも参加していた筈である。
 自分が人生の何%かを割いて育てるアイドルだ。当然の話だ。
 だから少なからずプロデューサーは卯月に何かを見出した事になると凛は考えているのだが・・・。

 そんな事を考えている為か、さっぱり宿題が進まない。

「・・・今度、プロデューサーに聞いてみよう」

 そういう事にして余計な事を考えるのは止めようと凛が残っていたコーヒーに口を付けてプリントに掛かれた問題に取りかかろうとしたその時だった。

「おっはようございまーす!」

 ドアが開いた音が聞こえたと思った瞬間に、元気な声が事務所に響き渡った。
 
 振り返ると他でもなく島村卯月が居た。
 制服姿に髪先だけをカールした独特な栗毛のロングヘアに1つだけ束ねた軽めのサイドテールが今日も揺れている。
 そして顔には満面の笑み。
 アイドルに関わる事は何でも嬉しい。事務所に来るだけでも幸せと前に言っていたのを凛は思い出す。
 まずは事務員のちひろが最初に挨拶を返す。凛はタイミングを外した。

「卯月ちゃん、おはよう。台本はそこよ」
「あ、はい。ありがとうございますっ」

 ちひろの指差す方向は凛のそばであった。近寄ってきた卯月に手に持ったシャーペンを何となく掲げながら凛は短く返事する。

「おはよう」
「あ、凛ちゃん。おはよ。今日来てたんだ」

 卯月は台本を手に取り、ぱらっとめくるとすぐに卯月の前の席に座り、笑顔で、それでいてまっすぐと凛の方へ視線を向ける。

「うん、まぁね。昨日はありがと」

 そう。卯月は昨日の凛のLIVEに来ている。
 後方の関係者席に来ており、開場前にも挨拶にやってきている。
 色々準備があったのであまり長くは話すことはできなかったが。

「ううん。すごい物を見せてもらちゃった。私も早くあんなステージに立ちたいなぁ。とりあえずバックダンサーでもいいから。プロデューサーはなかなか了解してくれないんだよね」

 そう素直に羨ましがられると凛としても困る。
 卯月が一瞬だけ見せた遠い目は多分、いつか満員御礼のステージの上で精一杯歌う自分の姿を見たのだろう。
 夢を見る権利は誰にだってある。ましてや卯月は足踏みをしていると言え、その入口の前に立っている。

「きっと立てるよ。ちゃんとフロントで」

 少しだけ胸が痛む。親友を励ましたい自分とそれは難しいと思う自分の狭間で凛はそう返すのが精いっぱいだった。

 実は昨日のLIVEに凛は卯月をバックダンサーに立たせるのはどうだろうかと提案したのだが「それは駄目」とプロデューサーに一蹴されている。

「うん、ありがと。私頑張るよ。ところで凛ちゃん聞いた? 未央ちゃんがね・・・」

 そんな凛の思いは露と知らず、卯月は笑顔で長電話の時の様に喋り始める。
 凛はそれにいつのもように言葉少なく相槌を打ちながら、それに耳を傾けた。



 結局、それはプロデューサーが帰ってくるまで続き、凛は宿題を片付ける事ができなかったし、卯月もレッスンに遅刻しそうになっていた。

     ◇◇◇

「卯月をどうするのか、って?」

 打ち合わせ室で昨日のLIVEについて、こってりとプロデューサーに絞られた(全体的に誉められたのだが、耳の痛い所をガンガン突っ込まれた)。
 そして今後の展望を熱く語りあった後「今日はこれでしまいにしようと思うが、後、何かあるか? どうでもいい疑問とかでもいいぞ」と言われたので、つい凛は聞いてしまった。

「他人を心配する暇なんかないって思うけど・・・」
「いやいいよ。凛。お前は本当に真面目だなぁ、そんな事で悩んでたとはね」

 そう言って失笑するプロデューサーに流石の凛の少しむっとする。

「悪い?」
「いや友達を大事にしない奴は俺も嫌いだ。そしてアイドルの悩み事を解決するのもプロデューサーのお仕事さ。しかしそうだなぁ」

 そう言ってコーヒーに口を付けた後、プロデューサーは一つ首をかしぐ。
 そしてややあって凛の方へと目を向ける。

「なぁ、凛。率直に言って卯月をどう思う」

 そうストレートに聞いてきて凛は言葉に詰まった。
 どう答えたものか。
 しかし、ここにはプロデューサーと二人しかいない。
 そして「プロデューサーを信用できるか否か」と聞かれれば「一緒に地獄に落ちてもいい」と凛は答える。
 一蓮托生で自分の今の人生を預けている相手だと思い出して、率直な所を凛は答えた。

「普通の女の子」

 その答えを聞いて、プロデューサーは「いい答えだ」とばかりに目を細めた。


「そうだな。あいつは『普通の女の子』だ」


 凛は思わず視線をプロデューサーから机の上に落としてまう。
 肝が冷える。正直、その言葉を凛はプロデューサーから聞きたくなかった。
 アイドルとしての芽がないと宣告されたも同義だと凛は思ったからだ。
 
 しかし。プロデューサーは「でも」と続けた。


「あれがあいつの強みだ」

 
 その言葉に凛は顔を上げる。クールが信条の彼女が思わず疑問符を顔いっぱいにする。
 それを見てプロデューサーは苦笑した。

「女性から見たら確かに分からんかもな。普通と言えば確かにそうだが、卯月には癖がない。ほとんどないと言ってもいい」
「なら何で?」

 その問いにプロデューサーは真顔で簡潔に答えた。

「普通ってのは時として理想と同義になる」

 意味不明。ただ冗談を言っているようには凛には思えなかった。
 目線だけで凛はプロデューサーに話の続きを促す。

「卯月はどこからどう見ても『女の子』なんだ。それこそ『普通』にな」

 だが、無理だった。

「ごめん。ちょっと意味分かんない」
「そうだな。要は男性から見た女性の魅力ってのは最終的に『女の子』に集約される。萌とかツンデレとか属性がどうとかそういうおまけは『女の子』という土台がしっかりしていて初めて成り立つ。なぁ、話は変わるが凛。お前は今までどのくらいの男から告白された?」

 突然の質問、しかもプライベート直撃な質問に凛は眉をひそめるが、まぁプロデューサー相手ならいいかと渋々に答える。

「・・・私に告白(こく)るような度胸のある奴はいないよ」

 実際には何回か身の程知らずの勘違いが告白してきたが、ロマンチックに程遠かった為に凛はカウントしていない。

「だろうなぁ。でも卯月は違う。あいつは一週間に一回の割合で告白される」
「嘘」

 と言ったものの確かにありえない話ではないと凛は思った。とりえず美人だし。

「本当さ。なんでかと言えば普通だから届きやすいと錯覚してしまうんだよな。ちなみに凛は高嶺の花過ぎるんだよ。孤高と言い換えてもいい。だから学校じゃ誰も近づけない。ブラウン管を通したり、ステージと客席と言う壁を隔てる事で初めて愛でる事のできるアイドルだ。後、女性にもてる」
「それは悪い事?」
「いや、凛はそれでいい。むしろそのラインを外すな。しかし卯月は困ったことにあれは愛想がいい。すごくいい。よく喋るし、その内容もネガがない。そして笑顔がやばい。野郎だったらすぐに勘違いしそうなぐらいに。しかもあれがアイドルを目指す為に作ったものじゃなく素であれなんだからな。どんな天性だよ」

 ちなみに「尻もやばい」と言おうとしたが流石に自重した。

「・・・プロデューサーも勘違いした?」

 思わず熱弁をふるうプロデューサーに何故か凛は温度の低い視線を送る。
 プロデューサーは慌てて首を振った

「いや、流石に俺は大人だしな。まぁ確かに今、高校生で卯月と同じクラスだったら勘違いするかもしれんって事だ」
「でもそれはアイドルとしてどうなの?」
「親しみ易い。確かに一歩間違えると地味になりがちだが、あの前向きな性格に笑顔が加われば、卯月はお前と同じくニュージェネレーションの正統派アイドルになれる。打倒765プロも夢じゃないと思ってるよ」

 打倒765プロ。それはプロデューサーの悲願だ。
 過去に業界最大手の961プロに在籍し、組織の中で雁字搦めになって腐っていた自分に765プロが夢を見せてくれたと昔言っていた。
 そして自分なりの765プロへの恩返しが「打倒765プロ」なのだと。
 一見意味不明だが、凛はそれが理解できた。『感謝してるからこそ全力でぶつかりたい』というのは自分にも当てはまるからだ。

「だったら私がバックダンサーに推した時、断った理由は・・・」

 と言いかけて凛は理解した。プロデューサーが言っている事が本当ならば確かに自分でも一蹴する。

「そう言う事だ。卯月が後ろに入れば、お前のステージをまず間違いなく台無しにする。・・・と言うのは言い過ぎか。しかし、お前の持ち味を後ろからじわりと食らうだろうな。それにあれはお前のCD発売記念の単独ライブだ。ピンでやらんと意味がない」
「つまり卯月と私は同じステージには立てない?」

 それは少し残念だと思う凛にプロデューサーは「そうじゃない」と首を振る。

「後ろじゃなくて横に並ぶならば、それはアリだと思う。それなら相乗効果が期待できる」

 そこまで聞いて疑問に思う事が凛にはあった。

「何でデビューさせないの?」
「ぶっちゃけ最後の隠し玉的存在だからかな。それに卯月はでかいエンジンなんだ。ある程度、事務所の知名度やコネというでかい花火を散らせるプラグがないと掛からない。下手に小さくやってもエンストを起こしちまう。その分、回ればでかいけどな」

 エンジンに例えられても凛には意味半分だったが、何となく大きく売り出さないと軌道に乗らない事だけは分かった。

「それじゃあ・・・?」

 よくぞ聞いてくれたとプロデューサーは親指を立てる。

「765プロと同じ手法を取る。プロダクション主催の合同ライブだ。そこで売り込む。『竜宮小町』という呼び水を作って初回の合同ライブで伝説の入り口を作った765プロの様にな」
「卯月の一人の為に?」

 おいおいと凛は思ったが、プロデューサーは意外そうな顔をした。

「いやか? お前が卯月をステージの上に引っ張り上げるんだぞ?」

 なるほど、そう言われれば協力せざる得ないと凛は苦笑する。
 そして悪くないと思う。
 卯月と二人で、いや事務所のみんなと歌うのはきっと楽しい。
 そんな想像をして頬を少しだけ緩める凛を見ながらプロデューサーは肩をすくめる。

「いや、卯月デビューうんぬん抜きにしても近いうちにそういう事がしたいと思ってる。できるかどうかは今後の俺と社長の手腕次第だがな」
「私達、アイドルの実力次第ではなく?」

 そう聞く凛にプロデューサーは不敵に笑った。

「あのな、あんまり俺と社長を舐めるなよ? そしてもっと自信を持て。俺と社長が探し出したお前らはシンデレラだ。今は灰かぶりかも知れないが、その灰を払えば一級品のお姫様だ。だから後はどんどん前に進む事だけ考えろ。かじ取りは俺と社長の責任だ。任せておけよ」

 頼もしいんだけど、何となく危なっかしいなぁと凛は思う。
 だから苦笑しつつも言う。

「たまには頼ってくれてもいいよ」
「そうだな。本当にやばい時はそうするよ。ちなみに分かってると思うが卯月にはまだ言うなよ。お前の口の堅さは信用してるが」
「分かってる」
「じゃ、今日はこれでしまいだ。気を付けて帰れよ。お疲れ」

 そう言って二人で打ち合わせ室を出る。
 事務所にはもう誰もおらず、プロデューサーはもう一仕事で「今日も残業やっほい。スタドリは後何本ストックがあったっけかな」とぼやきながら自分の机に向かっていく。
 しかし、どこか楽しそうだった。

「お疲れ様でした」

 その背中に珍しく素直な気持ちで頭を下げると凛は外に出た。

 かなり夜は更けていた。
 その空を見上げるが、都会の夜では星は見えない。

 しかし、丸い大きな満月があった。

 他を圧倒する輝き。思わず魅入られるように見上げてしまう。

 そしてその光に一つの未来を見た。

 765プロに真っ向から勝負をする自分。
 自分の隣には卯月が、周りにはみんなが居る。
 そしてその後ろから見守る妙にイキイキとしたプロデューサーと社長が居る。

 そんな未来が見えた。


 そしてそれはきっと・・・。

 




 あとがき
 兵器もロボも魔法も出てこない奴を一つ書いてみようと思ってモバマスを題材にしてみました。
 習作として意識して目指したのは

 1.一話完結
 2.モバマス感が出ているか。
 3.魔法とかロボとかそう言うギミックなしに話が成り立っているか。
 4.女の子が可愛く書けているか。
 5.構想から一週間で書き上げる
 
 しぶりんとしまむらさんを中心に置いてます。
 本当はしまむらさんを語り手に置きたかったのですが、しまむらさんを語り手に置くと、しまむらさんが自分がデビューできない理由を悩むストーリーになってしまう。
 で、そんなしまむらさんは見たくないというか、そんなのはしまむらさんらしくないな、と。
 なのでしぶりんを語り手に持ってきました。
 なんとなく話がまとまり切れていない感は自分も感じてはいます。
 
 指摘や感想を頂けると幸いです。
 
 よろしくお願いします。

 追記:SR+しまむらさんが可愛すぎて生きているのが辛い。

 6月2日  初投稿 
 6月7日  修正
 10月1日  ニコニコ動画に動画向けに改稿し投稿
 11月23日 続きを投稿
 

 続きは、しまむらさんがブレイクして少し立った後の話になります。
 ですので、しぶりんもしまむらさんも立派にアイドルしてます。



[33317] 事務所にて
Name: そらがく◆66602330 ID:af9889cd
Date: 2012/12/04 21:56
 どうしろと?
 
 少女は途方に暮れていた。
 手には遠く九州は宮崎の地で育った赤樫の角材から削りだし、磨きを掛け仕上げた一振りの木刀。
 刀身は色は赤みを帯びた黄褐色。
 何となく品定めをするように木刀の根元を見やると、そこには銘を示すかのごとく古都の名が刻まれている。

 人を待っており、何かをするにも中途半端な時間。
 少女は結局、手持無沙汰も手伝って木刀の柄を握る。

「…ん」

 驚くことに剣の道とはまるで縁のない彼女の手の内に何故かそれはよく馴染んだ。
 
 だから無心のままにその木刀を片手で持ち上げて突き出すように構える。
 自然と背筋が伸び、心の中にピンと張り詰める緊張感が生まれた。だが、それがどこか心地よい。
 そして日本刀を模した綺麗な反りを楽しむように視線を手元から切っ先へ。

 そして人影。

 いつの間にか、少女の掲げる木刀の先には別の少女が立っていた。

 それはよく見知った顔。
 大体は心地の良い笑顔で占められるその顔には珍しく「ポカーン」のオノマトペがよく似合う表情があった。

 そして自然と2人の少女の目と目が合う。

「あ」

 木刀を持つ少女-渋谷凛-が状況を理解した矢先。
 木刀の切っ先を向けられた少女-島村卯月-が、一大事だと言わんばかりに後ろに振り返る。

「プ、プロデューサー! 凛ちゃんが、凛ちゃんが!」

 卯月の視線の先には、ドアからひょいと姿を見せた仕事帰りの男。
 凛がここで待っていた相手でもあった。
 その男-プロデューサー-に半ば涙目で卯月は訴える。

「り、凛ちゃんが、不良にっ!」
「いや、これはちが、」

 凛は慌てて木刀の切っ先を下ろす。
 卯月が妙にそそっかしいのは売れっ子になっても変らないどころか、最近ますますひどくなっているような気もすると凛は思う。そもそも木刀=不良直結ってどんだけだ。

 それでも奇行に変わりないか、と凛は思い直す。
 目線を外してどういう風に説明をしようかと考える彼女の目の前にプロデューサーが立った。

 変な奴だと思われたかなぁと凜は思う。

「あー、これは・・・」

 凛は苦笑いでそう言いながらプロデューサーの顔を見上げる。
 だが、その先が続かなかった。

 そこにあったのは凛をまっすぐに、ただまっすぐに見る目。

 アイドルを信頼し、信用する目だった。
 俺はお前を信じていると語る、そんな目。
 それに加えてライブ前の会場で演出スタッフと話している時以上に真剣な表情。
 そんな表情で、プロデューサーはそっと凛の両肩に手を置いた。

 そして場の何ものも刺激しないように絞り出すような声で静かに切り出す。

「凛。分かった。とりあえず落ち着いて話をしよう」

 ・・・。

「あんたが落ち着け」

 思わず凛は両肩を掴まれながらもプロデューサーの頭を器用に木刀の先で叩いた。
 そして何となく思う。

 久しぶりにプロデューサーをあんた呼ばわりしたな、と。

     ◇◇◇

「はっはっ。そうか、京都遠征組の仕事は終わってたんだよな」
「昨日帰ってきたって」

 誤解が解け笑うプロデューサーに凛はため息を一つ。
 ここは現在765プロに追いつけ追い越せで驀進中のあるプロダクション。
 稼げるアイドルが増え、規模が大きくなり事務所を移したばかりだ。
 その事務所の一角の打ち合わせ室。

「しかし、何でまた奈緒ちゃんは凛ちゃんに木刀を贈ろうと思ったのかな?」

 紅茶を口にしながら卯月が目の前のテーブルの上にある木刀を見て疑問を口にする。
 木刀の送り主の名は神谷奈緒。
 よくウェーブの掛かった長い髪と太めの眉毛がチャームポイントの17歳。
 最近のライブで凛と北条加蓮でトリオを組む事の多いアイドル。
 ちなみにこのトリオのライブは人気上々で中規模のライブハウスだと満員御礼が常だ。

 ただ同じ事務所だが、神谷奈緒は基本的に別のプロデューサーが担当している。
 ちなみにこの事務所の場合、アイドルの貸し借りはよくある事で「映えるから」という理由だけで担当の枠を超えてデュオやトリオを組まされる。

 それはともかく神谷奈緒はスカウトされてこの事務所にやってきた。
 街のど真ん中で熱心に今の担当プロデューサーに口説かれたとの話だ。
 直接現場を見たわけではないが、顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた彼女の姿が凛にも容易に目に浮かぶ。
 何せ、奈緒はかなりの照れ屋だった。
 そして凛の目の前のこのプロデューサーも大概だが、奈緒の担当プロデューサーも相当のアイドルプロデュース馬鹿だ。

 そんなわけで、奈緒はその熱意に渋々折れた形での所属と相成った。だから彼女は当初「柄じゃない」と自分がアイドルをする事に否定的だった。
 しかし、何かのキッカケがあったらしく、今は吹っ切れたように仕事に打ち込んでいる。
 
 もっとも今でもたまに口では「何でこんな事を私が」とブツクサ言っている。
 ただし、どう見ても『笑顔で』だが。

 そんな彼女はこの間まで数人のアイドルと一緒に京都でコマーシャルの撮影に出かけていた。
 古都で着物を着て台詞も有るCM。
 有名企業のCMの為、予算も潤沢にあり、スタッフから撮影機材から何やら、かなり本格的な撮影だったらしい。
 しかも場所を変えて何本も撮った為、京都に長期滞在となったわけだ。
 だから参加したアイドルたちは事務所のみんなから羨ましがられていた。

 それも無事終わり京都遠征組が事務所のある東京に戻ってきたのは昨日の話。
 早速今日事務所に顔を出した奈緒が、なぜか自信満々で凛にその京都みやげを渡し、仕事の為に速攻で事務所を後にしたのは、卯月とプロデューサーが帰ってくる少し前。
 二人ともビルの玄関で会ったと言っていたのでそれ程の時間差はない筈だ。
 だから凛はどう理由で奈緒が木刀を自分への土産としたのか聞いてないので分からない。
 ただ木刀を持つ自分を見て「よし」と頷いていた。

 だから凛は「何で」と言われてもこう答えるしかない。

「そんなの知らないよ」

 それでもコーヒーを啜りながら後でメールを飛ばしておこうと凛は決意する。
 卯月は「そっかー」と言いながら交互に木刀と凛を見やると何故か笑顔になる。

「驚いちゃったけど、でも凛ちゃんに似合ってた気もするかナ♪」
「卯月、変な事言わないで」

 凛は渋い顔をする。
 当然のごとく、まったく褒められている気がしない。

「あー、でも確かに美少女と武器ってのはアニメの定番だよな」
「プロデューサーも何を言ってるの・・・」

 しかし、凛はそう言いながらも「なるほど」と思った。
 奈緒は確かアニメ鑑賞が趣味だった。
「今期の一押し」を紹介されたり、過去の名作を何本かお勧めされた経験がある。
 残念ながら暇がなくまだ見てないけど。
 
「いやいや制服姿の女の子が日本刀を持って戦うアニメとか映画とか結構あるんだ、確か」
「わぁ、いいかも♪ 凛ちゃん、アクション映画で銀幕デビューだね♪」
「あー、確かにいいかもな。どうだ、凛?」

 なんとなく聞いて来るが「考えさせて」と曖昧に濁せば、そういう仕事の一つや二つ速攻で持って来るに違いない。
 最近、事務所と大手の広告代理店に太い繋がりが出来たらしく、そういう事が今のプロデューサーにはできるのが怖い。
 もっともプロデューサーに言わせれば「『渋谷凛』のネームバリュー舐めんな」だそうだが。

 こないだも差し入れで希望の缶コーヒーの銘柄を聞かれて、何でも良かったんだけど「「F○RE」が好きかな」と缶のデザインだけで答えたら、次の日、その飲料会社とタイアップでコンビニのキャンペーンガールの仕事を持ってきた。
 偶然だとプロデューサーは言っていたが疑わしく、実に恐ろしい。
 
 そして今は少しは仕事を選んでもいいと言われている。
 だから答えは当然一つだった。

「お断りします」

 奈緒ではないが、殺陣(たて)は柄でないと凛は思うし、何より今は歌を歌いたい。

     ◇◇◇

 そんなこんなで今、凛、卯月、プロデューサーの3人は打ち合わせ室でお茶を飲んでいた。
 正直、凛が卯月と会うのは久しぶり。最近は奈緒や加蓮と組んでいる事の方が多かった。
 そして凛も卯月もトップアイドルとは言えないが、それでも一年前とは比べ物にならないぐらいに露出が増え、プロダクションに貢献してる。
 クールだけどどこか素直な雰囲気があり、少女と大人の間を行き来するそのギャップが受けて、割と早い段階でブレイクした凛に、それを追撃するように人気急上昇中の笑顔が眩しいキュートな卯月。
 ただ業界広しとは言え、やはり同じ領域で765プロがトップを押さえている以上はまだまだだとプロデューサーは言っている。

 凛も同じ仕事をしている以上は彼女らと時々絡む事もある。
 常々思うが、765プロは本当に化け物だ。
 ファンの多さもさることながら、事務所内の連帯力が凄まじい。
 さりとて決して内輪にならず、しかしいつの間にか中心で動いて良い方向に仕事を動かす。
 そんなものだから、現場で重宝され、とりあえず765の人間一人入れときゃ企画は安泰だと冗談で言われる始末らしい。

 それはさておき。
 
「ところで未央は?」

 いつまでも雑談しているわけにも行かないだろうと、来るはずであるもう一人の名を凛が上げると、プロデューサーが苦笑いをする。

「あぁ、俺のポカミスで今日の群馬のショッピングモールでのキャンペーンガールの仕事に穴開けそうになってしまってな。手が空いてたから、そっちに行ってもらった。後、そのまま四万(しま)に行った温泉番組遠征組のヘルプに回るから今日は帰ってこない。だから今日はこの三人で、当然、具体的な話は今日はなしだ。すまん」

 そう言って頭を下げるプロデューサーに隣に座っていた卯月が首を振る。

「気にしないでください、プロデューサー。でも未央ちゃんも大変だね」

 そう言って卯月が遠く見るが、凛には分かる。
 卯月は口ではそういうが「未央ちゃんなら大丈夫」と未央を心配してない。
 ただ単に温泉の仕事に自分も行きたかったなと思っているだけだ。
 事務所のお世話になっている先輩に温泉好きがおり、卯月も凛も少し感化されている。

 そして凛自身も未央に関しては心配していない。
 同期で同い年の本田未央は調子のいい性格をしているが、何だかんだで場慣れしており、実は要領は良い。急な仕事の一つや二つ卒なくこなすだろう。

 ただ何かが今一つの為、中々ブレイクのきっかけが無いらしい。
 らしいと言うのは直接プロデューサーに聞いたわけではないからだ。
 仮に事実であってもこのプロデューサーは自分の責任として決して認めないだろうし、未央自身もそれを理由に弱音など絶対に吐かない。

「いや、今はまだ楽な方さ」

 当のプロデューサーはそう言って意味ありげに笑う。
 そして手元にはA4コピー用紙でまとめられた企画書。
 本日の打ち合わせ内容だった筈のそれをトントンと指先で楽しそうにプロデューサーは叩く。

 見やると表紙には素っ気ないゴシック体で「プロジェクト ニュージェネレーションズ」と大きく書かれていた。

     ◇◇◇

「それじゃ、何しに集まったの、この面子」
「まぁ、たまには顔を合わせておこうかなと」
「私は凛ちゃんに会えて嬉しいよ♪」
「2人とも私と頻繁にやりとりしてると思うんだけど」

 特に卯月の長電話は結構な頻度で付き合ってる。楽しいからいいんだけども。

「メールや電話でやりとりするだけじゃ分からん事もあるよ」
「そうだよ、凛ちゃん」

 確かにそれは一理あると凛は思う。しかし、とプロデューサーと卯月をジト目で見やる。

「先ほど、盛大に勘違いした2人が何を言ってるの・・・」
「えへへー♪」
「はっはっは、まぁ、そういう事もあるさ。いきなり仕事が増えて、要らぬストレスが溜まってるんじゃないかと心配してたのはある」

 確かに壊れて奇行に走る芸能人ほど見ていて悲惨な物はない。
 アイドルは人の関心を引く職業だが、好意だけが寄せられるわけではない。
 絶対的に好意の方が多いのだが、人はどうしても悪意の方に敏感だ。
 自分も一人だけなら飲まれていたかもしれないと凛は思う。

「・・・心配してくれるのはありがたいけどね。それに私は順調だと思うよ」

 みんなが居るしね、とは流石に気恥ずかしくて口にできなかった。

「まぁ仕事があっても無くても悩みが尽きないのが若者ってもんだろ」
「プロデューサーもそこまで歳食ってないでしょ、独身だし。卯月もそう思うでしょ」
「うん、そうだよね。プロデューサーは恋人とかいないんですか?」

 そういう方面は乙女の主食だと言わんばかりに卯月が食いついた。

「またその話か。居ないと言ってるだろ。そんな暇あるか。お前らをどうしようと考えるだけで手いっぱいだよ、俺は」
「・・・聞こえようによっては、二股して乙女心を弄ぶ男の様に聞こえるから不思議ね」
「担当するアイドルの人数を考えると片手だけじゃ足りないよ、凛ちゃん♪」
「どんだけ酷い男なんだ、俺は」

 そういう意味では結構ひどい男だと凛は思うが、流石に口にするのは止めた。
 何だかんだ担当するアイドルはみんな彼を信頼し慕っている。中には・・・な子も居たりする。
 中には、だ。と言い訳するように凛は思う。
 
 とその時、打ち合わせ室のインターフォンが鳴り、プロデューサーがすぐに受話器を取った。

「もしもし、あぁ、ちひろさん。ええ、俺はここに居ますよ。え、マジですか。俺、さっき帰ってきたばかりで、これから二人の・・・了解です。そんな怖い事言わないでください。ははハ、オレ ガ チヒロサン ノ オネガイ ヲ コトワルワケ ナイジャナイデスカ・・・」

 後半、プロデューサーが何か青い顔になって脂汗をだらだらと流し始めたのは気のせいだろうか。
 でも話し相手は、あの事務所のオアシスのちひろさんだし、そんな事はないかと凛は思う。

「どしたんですか? プロデューサー」

 電話を切り、しばし息を整えていたプロデューサーに卯月がそう尋ねる。
 
「あー、何でもない・・・わけでもないか」

 とそこで一旦区切ると、何か思いついたようにプロデューサーは凛と卯月を交互に見やるとニヤリと笑う。

「喜べ。後輩ができるぞ、二人とも」
「後輩?」

 凛と卯月の声が見事にハモった。


 多分、続く

 アイサバ3から帰ってきて、書きかけのこれをあげたくなったので、何とか体裁を整えてみました。
 続きはこれから考えようと(おい



[33317] 後輩がやってきた
Name: そらがく◆66602330 ID:af9889cd
Date: 2013/01/05 21:43
「じゃ、お願いしますね」
「はい、了解です」

 なるほど後輩ね、と凛は目の前の少女を見て思う。
 業界で後輩と言えば、年齢では判断せず、業界での勤続年数で判断する。
 それでも事務員の千川ちひろさんが去り、打ち合わせ室に残されたのは凛よりも若い少女だった。

 小学生高学年か、中学生か。
 男子より一足早く第二次成長期が来ている頃だ。
 体格だけではこの頃の女の子の歳は分かりにくい。

 ちなみにこの事務所の平均年齢は他よりも高めだ。
「アイドルに年齢は関係ない」がこの事務所のモットーなのだとか。
 確かに下は9歳の子役アイドルから、上は驚きの31歳。サバ読んでいる者はほとんど居ない。例外として永遠の17歳を言い張る謎の宇宙人ぐらい(ただし飲酒の目撃情報多数)。
 年の差は激しいが、それでもこの事務所は意外とみんな仲良くやっている。
 ただ28歳の先輩が何故か10歳以上年下のガールズトークに「わかるわ」と一生懸命混ざろうとして、いつもジェネレーションギャップに涙する、とかはままあるが。
 ちなみにその先輩は元アナウンサーで見識や大人の魅力があり、面倒見もいい人なのだが・・・。

 またそんなものだから、この事務所にはいろいろな経歴の持ち主が在籍している。
 保母さんとか、レディースとか、どうやってスカウトして来るのか不思議な程である。
 この事務所、人材(タレント)の種類に事を欠かない事だけは確かだ。
 大半は癖があって使いにくいとも言われるけども、一芸がハマった時の威力はそこらのアイドルなど相手にならない。

 それはさておき。

 打ち合わせ室に入ってきた少女の表情は緊張で硬い。
 自分のときと大違いだな、と凛は思う。

「社長が見つけ出した新たなアイドルの卵だ」

 そう言って2人にプロデューサーが紹介をする。

「橘です」

 少女はそう名乗り頭を下げた。

「かわいい!」

 卯月が立ち上がって、近くに寄ってその少女と目線を合わせるように中腰になる。
 硬い表情だが、橘と名乗った少女が少し嫌そうな顔をしたのを凛は見逃さなかった。
 子供扱いされるのがそろそろ嫌なお年頃なのだろう。
 だが、卯月には通じなかったようだ。
 いつもの満面の笑みで少女に話し掛ける。

「私は島村卯月。橘ちゃん・・・お名前は?」

 何せ現役アイドルの満点スマイルだ。
 どこぞのファーストフードの無料(0円)の笑顔(スマイル)など比べる対象にすらならない。
 この笑顔に万単位の値札のついた仕事がやってくる。
 だから少女は面を食らったように口を開いた。

「・・・あ、ありす。ひらがなでありすです。」
「ありすちゃん!」

 普通の女の子同様にかわいいものに目がない卯月が感激したように復唱する。
 名を体を表すとはよく言うが、確かに似合う名前だと凛も思う。
 育ちのよさが滲み出て、幼さの残る利発そうな顔つきといい、フリルのついたエプロンドレスを着せれば、不思議の国から飛び出してきたと言ってもおかしくない。
 しかし、当の少女は俯いた。

「・・・や、やめてください」
「え? どうしたの、ありすちゃん」

 首を傾げる卯月にその少女は顔をあげると睨みつける。

「名前で呼ぶの止めてください! 私、ありすって名前好きじゃないんです」
「ご、ごめんなさい」
 
 驚いてから、申し訳ない表情をする卯月に少女はハッとした表情で慌てて首を振る。
 
「あ、あ、いや、こちらの方こそごめんなさい」

 そう言ってまた頭を下げる少女。自分で自分の行動に驚いているようだ。
 無理もないし、中々骨はあるようだと凛は思う。それともそれ程までに自分の名前がトラウマか。
 染まりにくい性格の為か、凛にはよく分からないのだが、あの卯月の笑顔の攻勢から逃れるのは至難らしい。
 普通の女の子である筈の卯月の唯一にして最強の武器。

 笑顔一つで場を支配してこそアイドル。

 それを地で行くのは業界広しと言えど765プロを除けばそうは居ないとプロデューサーが言っていた。
 
 方法は感心しないが、飲まれる前に断ち切る事が出来たこの少女はなかなかの素質の持ち主なのだろう。
 ただ、少し面倒なのが入ってきたとも凛は思った。
 ・・・いや、まともな人材の方が少ないんだけどね、ここ。

 凛が卯月の見やると、彼女はしゅんってなっている。
 うちのハナコ(犬)に構い過ぎて噛まれた時みたいだ、と凛は微笑む。
 後でフォローを入れておこうと思いつつ凛はプロデューサーを見やる。

「で、プロデューサー。私たちは席を外した方がいいのかな?」
「いや、実際のアイドルがどんなものか見せたほうがいいと思ってな」
「私達が参考になるのかしら?」

 特にいつの間にかアイドルだった自分は参考にならないと凛は苦笑いをする。

「言っとくけど、お前らはうちの事務所のホープだぞ?」
「うちの切り札はきらりと杏じゃないの?」
「あれはなぁ・・・」

 2人はこの事務所の名が売れた切っ掛けを作った切込隊長のようなデュオだ。
 今も方向性の違いを理由に(主に杏が一方的に)解散しないかスレスレの所でアイドル街道を爆進中だ。
 二人には満開の桜並木やひまわり畑の様な華やかさがある。
 なんやかんやで楽しそうにやっているようだし、二人のコンビは見ていて楽しい。
 ただ2人は仲はいいが、普段の2人のテンションの差はかなり激しい。
 杏はよく脱走するし(ただ面倒くさがりなので大抵近くで見つかる)、きらりは自らのサイズを考慮した手加減を知らない上にかわいいものに目がなく、よく暴走する。
 暴走と脱走ってよく似てるよなと遠い目で語る担当プロデューサーを凛は見た事ある。毎回スタドリと胃薬をちひろさんが差し入れ(有料)してるから大丈夫だとは思うが・・・。
 さておき。

「のあさんや楓さんも人気みたいよね?」
「あの人達は狙う層が違うからなぁ・・・そうそう、この間の楓の出た日本酒のCM見たか? 楓があんな感じで家で待っててくれた上に酌してくれるなら、野郎なら死ぬ気で定時で上がって直帰な感じな出来上がりになってたと思わないか? のあもこないだの野外イベントで・・・」

 はい、スイッチ入りましたとヤレヤレと頭を振ってから凛はプロデューサーを半眼で見やる。
 話題を振ったのも悪いが、このプロデューサーはアイドルを語らせると止まらない。担当アイドルなら尚更だ。

「はいはい、楓さんのCM見たけど、お酒飲めない女子高生に何言ってるの…。そう言えば、そのイベントの帰り、のあさんと二人で星を見に行ってたとか?」
「あぁ。山梨の仕事帰りにな。のあはワガママどころか、口数すら少ないし、そんなあいつの頼みごととなりゃ・・・って、いや今、関係ないだろ、それ。」
「後で詳しく聞かせてもらっても?」
「・・・何、この詰問」
「もらっても?」

 流石にプロデューサーが降参を示すように両手を軽く上げた。

「はいはい、仰せの通りに」
「よろしい」

 くすくすと笑い声。
 凛が発生源を探すと口元を抑えて一緒になって笑う卯月と少女がいた。
 
「おかしいよね。あの2人っていつもあんな感じなんだよ」
「アイドルってもっと人と違う感性を持っているのかと思ってました」

 いや、感性がおかしい人も多いと言うか、この事務所の場合そっちの人が多いよ? と思ったが、凜とプロデューサーはお互いを見やると肩をすくめるだけにした。
 そしてプロデューサーは壁の時計を見やってから全員を見渡す。
 
「とりあえず2人とも次はレッスンの時間だろ? 本当は未央を入れてやりたかったんだが・・・まぁ、それはいい。今日は橘を見学させるぞ?」

 凛も卯月も特に異論は無かった。

     ◇◇◇

 今日はダンスレッスンだった。
 足の運び方をトレーナーに指導されながらのレッスン。
 卯月も凛とも練習はしているが、トレーナーの目から見ればまだまだで、容赦ない叱責が飛ぶレッスンだった。
 この事務所が契約しているトレーナーは、一家でトレーナーをやっているという姉妹だ。今、2人を指導しているのは次女で、この道でベテランの域に達している女性だ。

 何だかんだと言って凛も卯月も専業ではなく学業についたままでアイドルデビューを果たした。
 そして事務所設立から日が浅い事もあり、資金繰りの為にデビューが急がれた為、荒削りな部分はある。
 そして初々しいという言い訳はそろそろ通じなくなりつつあるし、そもそも最初からそんな言い訳は凛も卯月も自らが許しはしない。
 天才は確かに居る。しかし自分達がそれなどとは二人とも思っていない。

「今日はこれで終わり。暇があったら復習。後、ダンスは体力が物を言う。毎日ちゃんとご飯食べて走り込みしているな? 後、ちゃんとケアしておけよ。それじゃな」
「ありがとうございました」

 整理体操とストレッチを終えた凛と卯月の礼を聞くと、トレーナーは次の仕事の内容を確認する為にトレーニング室を笑顔で去っていく。
 過酷なトレーニングなどしないが彼女のモットーではあるが、残されたのは背中合わせで支え合いながら尻を付くジャージ姿の凛と卯月だった。

「つ、疲れたね、凜ちゃん」
「・・・相変わらず、ギリギリまで追い込む人よね」

 だがデータ管理こそ至上と言う彼女は本当に教え方が的確で上手い。
 一度のレッスンで本当に上手くなった気になるし、実際に翌日から体のキレが違う。

「さて、汗流そうよ」
「そうね」

 そう言いながら凛が見学スペースの方を見やるとすでにプロデューサーとあの少女は居なかった。
 レッスンの途中で夜遅くなるといけないとプロデューサーが家まで送っていった。
 去る前に少女は名残惜しそうにしながら「失礼します」と頭を下げていったのが妙に印象的だった。
 その真剣な目つきはまるで「今からでも」と言わんばかりだった。
 あんなに叱責を浴びている自分たちを見て、だ。

「覚悟は十分って・・・?」
「え、凛ちゃん?」
「何でもないよ、卯月。それっ」

 そう言って凛が最初に立ち上がり、支えを失いごろんとマットの上に転がった卯月に手を差し出す。

「うかうかしてられないね」

 凛に引っ張り起こされた卯月は伸びをしながら、そう言った。
 何だかんだで卯月も凛と同じことを考えていたらしかった。
 そこにあるのはいつもの笑顔ではなく、頑張るぞーと気合いを入れた顔だった。
 そんな顔でもかわいらしいのは卯月らしい。
 そしてファーストコンタクトこそアレだったが、卯月もあの少女の事を気に入ったようだった。
 だから凛は頷く。

「そうだね」
「さ、次の人来るし、凛ちゃん、シャワーへGOGO!」

 そう言って卯月が凛の背中を押しながら2人はトレーニングルームを後にした。

     ◇◇◇

 次の日から小さなアイドル候補生の話題は事務所でも持ちきりになった。
 小さい体で文句ひとつも言わず根も上げず、ひたむきに特訓をする姿は応援したくなる気分にさせてくれた。
 だから、事務所のみんなはその後輩を割と暖かく見守っていた。

 ただプロデューサーだけが渋い顔をしていた。

     ◇◇◇

 新しい事務所ビルには屋上があり、事務所の開いている時間なら扉は開いている。
 名が知れ始めたアイドルに取っては手軽に周りの視線を気にせずに外の空気が吸える数少ない場所。
 ただ夏場は紫外線の関係で出る者は少ないし、冬は冬で寒くて出ようとするものは少ない。
 ちなみに夏場に無防備で屋上に出ようとする若手は、28歳の先輩に若いうちの肌対策の重要性をコンコンと小一時間ぐらい説かれる。その先輩は元アナウンサーで(以下略)

 季節は秋と冬の境目。その日はよく晴れていた。
 凛と卯月はまたしても二人で暇を持て余していた。
 もう一人がCDデビューの準備で忙しくしており、遅れるとの事でレッスンを1コマずらしてもらった為だ

 ぽっかり開いた時間。
 特に理由はないが外の空気を吸いたいという卯月の提案に凛は「寒いのに」と言いながらも一緒に屋上への階段を登る。
 屋上への扉を開けた途端、冬の空気が二人の頬を撫で、そして目の前には夕日で赤に染まった世界があった。

「わ、街が夕焼けに染まってるよ、凛ちゃん」
「そうだね・・・というか凄く寒いよ、卯月」
「んー、そうだね。少しだけだけから」
「そうして頂戴」

 そして、それに先に気付いたのは卯月だった。
 
「あれ?」

 卯月の視線の方を凛が見やると屋上の一角に人影があった。
 こんな日に屋上に出ようとする物好きが他にも居たのかと思い、誰だろうと凛がよく見ると件の後輩だった。
 自然と二人で近づくと、少女は愛用のタブレットでイヤホンをしながら何かの動画を見ていた。

「わ、ありす・・・橘ちゃん。どうしたの。こんな寒いのに」
「・・・先輩」

 振り返る少女は驚いたように二人を見やってから慌ててタブレットをスリープモードにしてイヤホンを外す。
 こんな寒い日に屋上に来る人が居るのは予想外だったのだろう。彼女はマフラーまでして完全防寒装備だった。
 そして夕日に照らされたその顔は儚く、そしてどこか暗い表情をしていた。

「いえ、何でもないんです」

 卯月は割とアホの子だが、他人を思いやれない子ではない。
 後輩が悩み事を抱えている事を感づいてはいたが、それに気にした風もなく話しかける。
 凛はまずは卯月に任せることにした。

「それタブレットだよね。すごいよね。私、全部携帯で。パソコンとかもちょっとしかできなくて」
「いえ、難しいものじゃないです。誰でも直感で扱える。そういう風にジョブズが設計しましたから」
「それじゃ、私にもできるかな」
「はい。特に私たちはデジタルネイティブですし」
「でじた・・・?」

 聞きなれない単語に首を傾げる卯月に凛は苦笑をしながら捕捉を入れる

「生まれた時からパソコンとかデジタル製品に囲まれて育った世代の事だよ、卯月。それを前面に押し出してるアイドルで言えば876の水谷絵理がそう」
「知ってる。プリコグの人だよね。儚げだけど、どこか力強いよね、あの人。少しだけ橘ちゃんと似てるかも?」
「・・・どうでしょう?」

 卯月の問いに少女は少し困ったような顔をする。
 それを見て凛は苦笑する。
 先ほどのタブレットに映っていた動画には見覚えのあるアイドルが踊っていたのを凛はしっかり見ていた。いや見覚えがある所のレベルではないが。

「橘さんの目指しているアイドル像とは違うよね、水谷絵理は」
「確かにそうですけど・・・」
「わ、聞きたい、聞きたい。橘ちゃんの好きなアイドルの名前」
「・・・好きよりも尊敬している人は・・・」

 躊躇いながらも少女は手にしたタブレットの液晶面を2人に向けて、スリープモードを解除する。
 卯月は「やっぱりそうだよね」と笑顔を浮かべる。
 しかし凛は少し意外だと思った。


 何故ならばタブレットの液晶に写っていたのは765プロの…




 続く

 しぶりんとしまむらさんを足して2.5で割った少女こと橘ありすを登場させてみました。
 今回の更新で前後編で終わらす筈が終わらなかった。
 にしてもしまむらさんが天使過ぎる。
 煽るような終わり方してますが、誰にするかが完全に煮詰まってないだけなので悪しからずです。



[33317] 先輩って言うほど先輩じゃないけどね
Name: そらがく◆66602330 ID:af9889cd
Date: 2013/01/09 19:28
 天海春香。
 この日本で生活する人間で名を知らない人は少ない。
 聞き覚えがなくとも「よくテレビに出てて、よく転ぶ女の子」と言えば十中八九は心当たりがあるそんなアイドルだ。

 どこにでも居そうで、どこにも居ない女の子。
 彼女自身が「ちょっと歌が歌える普通の女の子」と評している。
 無論、「あはは、ご冗談を」と誰も額面通りに受け取らないわけだが、確かに彼女のスペック的な特徴をあげれば、お菓子が作れる以外は何もない所で転ぶ事のできる才能ぐらいしかない。
 平均以上とは言え、極上の歌声も華麗なダンスも魅惑のプロポーションも彼女とは無縁だった。

 それでも人を惹きつける天性の才が彼女にはあった。

 包容力のある明るさと前向きな笑顔。
 それは歌にも表れており、彼女の軽快な歌声は聞く人の心を明るく照らしていた。

 だから現在、彼女こそがトップアイドルなのだと推す声が多い。

     ◇◇◇

「私、音楽や歌には力があると思うんです」

 凛がおごったココアを手を温めるように両手で挟みながら一口付けた少女はそう言った。
 ここは屋上から場所を移して事務所の共用スペース。
 渋谷凛、島村卯月、アイドル候補生の少女の三人はそこに居た。
 卯月と少女がベンチに座り、凛が隣の自動販売機に寄りかかって居た。

「・・・なんでまた天海春香?」

 凛が屋上で見せてもらったタブレットの動画を思い出しながらそう尋ねる。
 凛は天海春香と会った事がある。
 忘れもしない夏のアイドルフェス。こちらがほぼ前座であちらはトップアイドルらしくトリだった。
 ただ打ち合わせで顔を合わせた普段の彼女は親しみやすく、舞台裏のケーブルに必ず足を引っ掛ける少女だった。
 挨拶程度の会話しかしていないが、次の曲だと舞台袖で緊張していた自分に「大丈夫だよ」と明るく声を掛けてくれたのはよく覚えている。
 今思えばそのおかげで上手く歌えた。
 ただフェスの締めで登場した彼女がそのフェスの印象を全部持って行った。
 だから感謝するには少し微妙な所である。

 さておき。

「765プロオールスターズのライブに一回だけ行った事があるんです。前回の」
「わ、すごい」

 そう告白する少女に、卯月が目を丸くして驚く。
 それは凛にもよく分かる。
 今は業界最大手の961プロに匹敵する業界の怪物となった765プロダクション。
 その所属アイドル12人が全員参加するスペシャルユニット「765プロオールスターズ」。
 結成されるのは年に2度のスペシャルライブだけ。
 国内最大の収容スペースを持つライブ会場で行われるライブ。それでも収納しきれないと全国の映画館でのライブ中継もされる始末だ。
 だがメンバーのスケジュール調整の都合上2日しか開催されないそのライブのチケットの当選率は狭き門。
 そして前回はついに1%未満を割ったとまことしやかに噂されている。

 2日10万枚強のチケットが、だ。
 しかし全員ランクSである各アイドルには150万人以上のファン。
 正直、各々ソロでもライブ会場を埋める事は可能だ。
 その12人が一堂に会して4時間近く熱唱するライブ。
 今日まで人気絶頂が続く彼女達。だから前回のチケット争奪戦は苛烈を極めたと聞く。
 プラチナチケットならぬ、血より重いブラッドチケットとも冗談で言われた。
 よく知らない人間が「アイドルのチケットごときで大げさな、死人でも出るのかよ」と突っ込みは当然出る。
 だが、争奪戦に参加したあるファンは「死人が出なかった事の方がむしろ奇跡。いや、闇に葬られただけであるいは」と口数少なげに語る。

 ともあれ。

「偶然、手に入ったんです。雑誌の懸賞に応募して。・・・実は私は二番賞のゲーム機が欲しかったんです」
「いいなぁ。私も、一度でいいから行ってみたい」

 まるっきりファンの目でそんな事を言う卯月に凛は溜め息を1つ。
 765プロのアイドルに憧れてこの業界に飛び込んでくる女性は多い。卯月もその内の一人だ。
 しかし、だ。

「ステージに立つ側の現役アイドルがそんな事言わない」
「でもライブのブルーレイ買ったよ?」

 まぁ、自分も最終的に全視聴したんだけどね、と凛は心の中で呟く。
 ただし、事務所でプロデューサーとだが。
 後学の為と言え、せっかくの2人のオフで、何が悲しくて他のアイドルのライブビデオを、しかもオーディオコメンタリーまで制覇しないとならないのか。

 独り占めできたとは言え、あのアイドル馬鹿には一度有意義な休日の使い方と言うものを教えてやらないいけないと本気で凛は思った。
 何か段々腹が立ってきたのを自覚しつつ、卯月に八つ当たりをしないように静かに息を吸って凛は思考を整える。

「・・・まぁ、いいわ。それより橘さんはそれを売ってお金にしようと思わなかったの?」

 禁止はされているものの、オークションで流せばいい値段が付いた筈。
 だが、少女は何を言っているんですかと笑う。

「私、その時、小学生ですよ? そんな事できません」
「そう言えば、そうだったわね。時々忘れそうになるけど」
 
 おませさんと言えば可愛げがあるが、この少女の場合は「子供扱いは不要」と言うトゲトゲしい雰囲気を撒き散らしている。
 この年齢層のアイドルに取ってそれは結構致命的なのだが、少女はほめ言葉と受け取って、気を良くしたようだ。

「それに完全に興味が無かったわけではなかったんです。私、これでも将来は音楽の仕事に付きたいと思ってました」
「アイドルもその内の1つだったんだね♪」

 そう聞いた卯月に少女は「いえ」と首を横に振る。

「アイドルそのものには興味ありませんでした。彼女達は歌を冒涜しているとすら思ってました。後は友達に自慢してやろうぐらいな気持ちで。そして『全然、大した事無かったよ』とでも言ってやろうと思ってました。行く前までは」
「で、行った後は?」

 聞くまでもないと凛も思ったが、それでもお約束として聞いた。
 一時期の乱造アイドルに比べて、現在のアイドルのレベルは高い。
 無論、新人には甘い評価になるが、それでも長年のアイドルブームでファンの目はもちろん耳も肥えている。

 そして765プロのライブがそんな残念なライブなわけがない。
 ましてや生のライブの威力は凄まじい。あの臨場感や一体感はこの先、どんな記憶媒体や再生装置が開発されても再現はできはしまい。
 それを少女はそのライブで知ったのだろう。しかも感受性の高い年齢の低い時にガツンと、だ。

 その後の結果は聞かなくとも凛にも卯月にも分かる。
 予想通り似合わない皮肉気な表情で少女は笑う。

「こんな場所に居るわけです」

 この子は、賢いのか、馬鹿なのか、と思いながら凛は苦笑する。
 いや、本質は馬鹿なのだろう。
 賢い人間はアイドルなんて職業に付かない。

「しかし、なおさら謎よね。12人居たわけでしょ。765プロで歌と言えば、正直、如月千早じゃないの?」

 全員が平均以上の歌唱力を持つ765プロの中でも随一の歌唱力を持つのは如月千早だ。
 元々国内のアマチュアでトップを取るほどの歌唱力はアイドルになっても衰えていない。
 腹から発せられるその歌声は、途中の胸にまったく引っかかる事無く口から出てきて、会場を包み込むと言われている。

 だから純粋に765で歌と言えば如月千早だ。
 だが、少女は首を横に振る。

「確かにそう言いますよね。でも、あの人の歌はどこか暗いんです。悲壮感というか。背負っちゃってるというか」
「橘ちゃん、ばっさりだね・・・」

 流石に卯月も苦笑していた。だが多分、自分もそう思っているのだろう。

「最近はそうでもないけど、確かにそれでも失恋の歌とかが多いわね」

「そりゃ、小学生だもんね」と凛は思う。
 悲惨な過去を週刊誌に暴かれ、その騒ぎにショックを受けて一時期歌声すら失っていたという歌姫の歌は確かにどこか寂しさのようなものがある。
 騒動の後はどこか吹っ切れたように楽しく歌う姿も見られるのだが、長い間の蓄積というか、やはり今でも背負ってきた人生のような物が歌にかいま見える。
 だからこの少女が如月千早の歌う曲の良さが分かるのはもう少し歳を重ねてからだろう。
 そして、この少女は見た目や雰囲気ほど大人びていないのだと凛は悟る。

「天海春香さんの歌は元気になれるんです。彼女自身が歌うことが好きなんだなって伝わってくるというか・・・。こっちも歌いたくなるんです」
「うんうん、分かる。分かるよ。私も大好き」

 対して卯月は特に少女に対して何の疑問も持っていないようだ。
 よく言えば少女をそのまま受け止めている。
 勘違いして慌てる事や悩みや迷いはある物の、最終的には前向きに許容する包容力は現在話題の天海春香に通じる所がある。

 その傾向は昔よりも顕著だ。
 卯月はまだ天海春香と仕事をした事ないと言っていたが、二人が揃うとどうなるのか見てみたいと凛はふと思う。
 案外、気が合うのではないだろうか。考えれば考えるほど、なんか似てるし。
 そして一時的にそんな思考を楽しんでいた凛の隙をついて、

「ところで最近、嫌な事でもあったの? 橘ちゃん」

 卯月がいきなり切り込んだ。

     ◇◇◇

「え?」

 驚く少女に対して、むしろ卯月は「え、何かおかしなことを言った?」と首を傾げてから優しい笑みを浮かべる。

「だって、元気になれる春香さんの曲を聞いてたって事は、元気になりたかったんでしょ?」

 卯月にしては理路整然とした切り口だった。
 そしてそう言いながら、ココアの紙コップを握る少女の両手に横から右手を添えて、笑顔でまっすぐと少女を見る。

「アイドルとしてはほんの少しだけの先輩だけど、何かアドバイスできるかもしれないよ。ねっ、凛ちゃん」
「まだまだ私たちは半人前よ」
「凛ちゃん」

 そんな上目づかいで非難めいた視線を寄越さないで欲しいと凛は思う。
 そして少女の方を見やる。
 そこにあるのは「困った先輩に絡まれました」と言わんばかりの表情。
 だが、凛は馬鹿ではない。目を見れば、その奥に陰りが見えた。
 
 ・・・あぁ、もう。

 見た目で誤解されやすいが、凛は後輩の為にひと肌脱ぐぐらいの人情は持ち合わせている。
 最近は事務所の、いや、特に誰かさんのせいでその傾向が強くなった。
 自分もアイドル候補生の頃から、たくさんの人に助けられたと思いつつ、ちらりと卯月の方を見て、ため息を1つ。

「はいはい。でも何もできないかもしれないけど、話すだけでも楽になれるかもしれないね」

 そう言って凛は肩の力を抜いた。対する卯月は「流石は凛ちゃん」と満面の笑み。
 ずるいと凛は思う。卯月はいつもそう。
 何も分かってない振りをしながら、肝心な所はちゃんと分かっている。
 そして、周りを巻き込みながらいつの間にか相手との距離を笑顔で詰める天性のアイドル。
 誰だ、この子を「普通の女の子」などと言ったのは。
 こうなったら、最後までつき合いますか、と腹をくくって凛は少女を見やる。

「話すだけでも話してみたら?」

 少女はココアの水面に目を落とし、1分ほど沈黙してから「くだらない話なんです」と前置きしてから、喋り始めた。

     ◇◇◇

「プロデューサーが芸名にするにしても「ありす」という名は残すと言っているんです」
「嫌いなんだったけ、その名前」
「私はいいと思うんだけどなぁ。理由を聞いてもいいのかな?」

 そう言って首を傾げる卯月に、少女は諦めに似た表情をする。

「日本人離れした名前で、幼児性を代表したような名前。名付け理由も「かわいらしい女性になって欲しい」ですから」

 日本でアリスの名は、かの有名なルイス・キャロルが書いた「不思議の国のアリス」のアリスが一番最初に思い浮かばれる。
 ヨーロッパではごく普通の名前に過ぎないのだが、日本では馴染みのない名前である故に特にその印象が強い。
 そしてそれを補完するように、日本発の漫画や小説に出てくるアリスの名を持つ人物は、幼児性を帯びた人物が多い。
 世界には何人もの「アリスお婆ちゃん」が居る筈なのにである。

「否定はしないけど、気に過ぎだと思うよ。私も正直、そんな一般的な名前じゃないし」

 凛はそう指摘すると「それはそうかも知れませんが」と少女はまた溜息を一つ。

 今どき、変な名前を持った者は多い。この事務所にも当然居る。
 キラキラネームだのDQNネームだのと言われているインパクトのある名前。
 しかし、アイドルに関しては逆にそれがいい方向に向く場合も多い。
 名前を覚えてもらうというのは、アイドルに取って最初の仕事で、最後まで続く重要な仕事だ。
 何せ、全世界の人間に覚えてもらうまで終わらない。
 だから、プロデューサーが「ありす」にこだわる理由も凛は分からないでもない。
 本名なのだから本人も反応しやすいし、どんなにとっさな状況でも言い間違える事はない。

 そんな事を考える凛の事を知ってか知らずか、卯月も「うんうん」と頷く。

「そうそう。私も卯月なんて名前だけど、今は別に気にしてないかな。誕生月も覚えもらいやすいし♪」
「確かにあまり聞かない名前ですけど・・・それに誕生月?」

 少女がそう尋ねると卯月は人差し指を立てて嬉しそうにそれに応える。

「4月って意味なの。卯月って。卯の花の咲く月で卯月。でも旧暦だから本当は5月ごろの事なんだけどね♪」
「へぇ、よく知ってるね」

 凛がそう言うと卯月は「えへへ」と笑う。

「さすがに自分の名前だから。目覚めの春を意味する月でもあるから、春のような暖かな人に育って欲しい意味を込めてくれたんだって」

 そう言って、えへんと胸を張る卯月。
 そして、凛の方を待つようにじっと見る。
 さぁ、自分の名の由来を話せという事なのだろう。
 
「リンという語感。そして凜として真っ直ぐな人物にだって」

 そう言って凛はプイと横を向く。自分の名前の由来を話すのはいつも照れると凛は思う。
 そして話した時の相手の反応はだいたい「あぁ、やっぱり」だ。

「その通りの育ってるのはすごいよね」
「はい。素直に羨ましいです」

 二人もなんだけどねと凛は心の中でため息をつく。少女も卯月も2人らしい名前だ。

「にしても凛ちゃんちはお花屋さんなのに、何でお花の名前にしなかったんだろうね」
「さぁね」

 そう凛は肩をすくめるが、卯月が思いつくような疑問だ。当然、両親に同じ質問をした事がある。
 だから本当はその理由を知っている。

 が、言えない。

 何故ならば、母曰く「だって下手に花の名前にしたら、お父さん、その花しか仕入れなくなるわよ、間違いなく」だとか。

 お店の存続の為にあえなく花の名前は除外されたらしい。
 父は頑固なのにロマンチスト。母は可憐なのにリアリスト。
 親戚には、凛ちゃんは外見はお母さん似だけど、性格は絶対にお父さん似だよね、とよく言われる。

 勘弁してほしいと凛は思う。
 凛の父は「アイドル? 自分で決めた事なら止めはせんが、気に食わん」と言っていた癖に、デビューライブの時も採算度外視でお店の軽トラ一台分の山盛りの花が会場に運びこもうとした猛者だ。
 しかも最初は4tトラックをレンタルするつもりだったらしい。流石に母に止められたみたいだが。
 ただ今でも凛の出るライブには山盛りの花を贈ってくるので、風物詩と言われファンの間で親しまれている。
 
 ともあれ。

「で、プロデューサーに不信感持ってるわけだ」
「いや、そういうわけでは・・・なくもないですが」

 言葉尻がしぼむように少女は言う。
 その表情を見て凛は昔の自分を思い出す。
 不信感というよりはただ単に不安なのだろう。
 自分のプロデューサーは信用していい人物なのかという漠然とした不安。

「まぁ、あんな感じのアイドル馬鹿だけど、仕事はそこそこできるよ」
「凛ちゃん、プロデューサーには何故か厳しいよね・・・」

 卯月が「素直じゃないなぁ」と言いたげに困ったように笑う。

「仕事しかできないとも言う」
「こらこら。でもプロデューサーはいい人だよ。話をちゃんと聞いてくれるし」
「でも決して甘やかしてはくれないよ、あの人は」
「そうそう。でもCDデビューはあのプロデューサーじゃないとできなかって今でも思ってる。そうだよね、凛ちゃん?」

 そう聞かれてしまっては、凛としても同意せざる得ない。
 視線を逸らしつつも言う。

「・・・否定はしないよ」
「お二人ともかなり信頼されてるんですね」

 少女はポカンとした表情で感心したようにつぶやく。
 それを見て卯月が笑顔であっけらかんと答える。

「だってプロデューサーだもん」
「答えになってないって卯月・・・」

 少女はそんな二人のやり取りを羨ましそうに聞きながら、ぬるくなったココアに一つ口を付けるとポツリとつぶやく。

「私もプロデューサーさんを信頼して努力すれば、天海春香さんに、あんなアイドルになれるんでしょうか」

「あぁ、それは無理でしょ」

     ◇◇◇

 少女の問いに凛は即答だった。
 この努力家の少女は天海春香になりたいのだろう。
 確かに努力は大切だ。
 天海春香は普通の女の子でしかなかった自分が歌が好きな気持ちと努力の結果でアイドルになれたと本人も公式にコメントしている。
 だが、この少女は勘違いをしている。

 あんな普通が居てたまるか。

 天海春香とて元々持っていた資質が開花したに過ぎない。
 頭が痛くなってきた。
 一見似ても似つかないが、この子は昔の自分と似ている部分があると凛は思う。
 自分を突き放して居た頃の自分だ、と。

「凛ちゃん?」

 卯月は驚いた顔でこちらを見る。
 しかし、それに構わず、目を細めて少女を睨みつけるように見やる。

「橘さん、嫌なのは名前だけじゃないんでしょ?」
「え?」

 唐突な質問に驚く少女に対し、凛は背中を預けていた自動販売機から一歩前に出て、見下ろすように少女の前に立った。

「自分の事自体が好きじゃない、信じてないんでしょ。でもね、生まれ変わったって他の人間なんかになれはしない。私が渋谷凛以外になれないように、貴方は橘ありす以外の人間にはなれない」

 アイドルは一点物。誰かの代替品なんか存在しないとあの人は言った。
 意外な一面はありだと思うが渋谷凛には「渋谷凛」以外を求めてはいないのだと、そう言った。

「そう、橘ありすは橘ありすよ。それの何が悪いの? 一生懸命に練習してダンスや歌が上手くなったって、自分が居なきゃ、そんなものアイドルなんかじゃない。マネキン以下よ」

 誰かに憧れるのは自然の心理だ。
 だけど、アイドルという職業に就く以上はそれだけではダメだと今の凛は思う。

「アイドルってのはね、究極的には自分はここに居るんだって叫ぶのがお仕事なの」

 呆気に取られる少女に凛はため息をつく。
 少し熱くなり過ぎたと思う。

「ま、私も受け売りで人の事言えないんだけどね」

 そう肩をすくめて混ぜ返したものの、次の瞬間、少女は泣きそうなっていた。
 だが、ぐっと堪えて、こちらを睨みつけていた。骨のある事だ。
 流石に嫌われたかなぁ、と凛は思う。
 ついでに卯月まで泣きそうになってるのは勘弁してほしいとも思う。
 だけど、構わず続ける。
 今度はトーンを下げつつも最後まで。

「私もね、最初はアイドルになることに半信半疑だった。目の前のプロデューサーを名乗る人間は本当にうんさんくさかったし」

 最初にプロデューサーと会った日の事を思い出す。

「ふーん。あんたがプロデューサー? ま、悪くないかな」

 そう言ったものの、いいも悪いも最初からアイドルになれるなんて思ってなかった。
 期待などほとんどしてなかった。家から事務所も近い事もあり、いい暇つぶしになると思ったぐらいにしか思っていなかった。

 自分がアイドル? やれるもんなら、やってみなさいよ。

 と思っていた。
 流石に初歩レッスンで同じになった卯月や未央の同期が夢に向かっている頑張っているのを見て、流石に悪いと思って相応の努力はした。
 もっとも途中からは、苦しいながらも出来ないことが段々出来るようになるレッスンが楽しくなったのも事実だが。

 だけど、心の奥底で自分がなれるわけがないと思っていた。

 それでもあの馬鹿は、本当にあれよあれよと言う間に自分をステージの上に上げた。
 正直、卯月や未央よりも早くステージに上がった事に納得がいかなかった。
 さりとて、そんな事を誰にも言えず悩んだ事もあったが、「すぐに追いついてみせるから」と笑顔の二人の応援もあって胸を張ってステージに立った。

「少しは自分を自分の名前を好きなってもいいんじゃない? 私は好きだよ、ありすって名前」

 誰かに認められる事がアイドルの条件ならば、最後には自分が自分を認めないと始まらないと思う。

「プロデューサーとちゃんとその話をしていないでしょ? 分別のつく物分かりのいい態度ばっかりで」

 そうやって当てずっぼうに言ったものの、凛には確信があった。

「それは・・・」

 少女が俯いて沈黙が続くかと思ったが、ふと気づくと階段の方が騒がしい。

 凛の口元に自然と笑みがこぼれる。何というタイミング。
 アイドルを司る神様がいるならば、あれを愛する必要はないと言ってやりたいぐらいと凛は思う。

 待ち人来たる。本田未央の帰還。という事はその隣には間違いなく居る。

 まず階段の向こうに見えたのは、外ハネのショートカットの女の子。
 元気いっぱいの笑顔を見せるこの女性こそが、卯月と凛の同期である本田未央だ。
 場の重さを吹き飛ばすような元気な声が凛には何よりもありがたかった。

「やぁやぁ、皆の衆。お待たせ! ごめんねっ!」
「未央ちゃん!」
  
 卯月が立ち上がり、駆け寄りあった二人がハイタッチ。
 気持ちのいい音が廊下に響きわたる。
 そして、そのまま二人は両手を握りあって、大きく振って再会を祝う。
 「昨日もあったのに大げさ過ぎだ、二人とも」と凛は思うも少し羨ましくも思った。
 しかし、自分が二人に合流するには少し早い。

 そいつは二人のハイタッチを頬を緩めつつ横目で見ながら、凛の前までやってきた。

「すまん、待たせた。お、ありすも一緒か」
「いや、いいよ。ちょっと話を、ね」

 しかし、二人の距離感を見てプロデューサーは渋い顔をする。この辺の察しは早くて助かると凛は思う。

「・・・喧嘩はやめろよ?」
「仲がいいのがこの事務所の良いところでしょ」
「そりゃそうだが・・・」

 そういうプロデューサーに対して凛はその場をどいて少女と相対させるようにさせる。

「橘ありすがプロデューサーに折り言って話があるそうよ。こっちはいいから、まず話を聴いてあげて」

 言われたプロデューサーは何も聴かずに「分かった」と頷く。
 凛も頷くとうつむく少女に「ごめん。でも私はそう思う」と振り返ってそう言った。
 そしてプロデューサーのまねごとはここまでだと凛は思い、歩き出す。
 
 ーーー後はなんとかしなさい。私達の、いや、私のプロデューサーなのだから。

 流石に声には出さなかったが、そういう思いを込めてすれ違う瞬間にバトンタッチの様にプロデューサーの背中を叩く。
 心配はしていない。やってのけるだろう、この男なら。

「さて行くよ」

 そのまま何故か超高速おちゃらかほい(自主トレ?)を始めていた卯月と未央との腕をつかむとトレーニングルームへと足を向ける。
 いつになく積極的な凛に「なんだなんだ」と未央が笑う。

「おー、今日はしぶりん気合い入ってるねっ」

 そんな言葉に凛は笑う。
 あの少女は多分、アイドルになる。そんな確信が凛の中で生まれていた。今は迷っているかもしれないが、あの少女は元々強い。
 だから、思ったことを口にする。

「そうよ、私たちもうかうかしてれないよ」
「え、どゆこと?」

 当然、今きたばかりで状況がよく分かっていない未央が「ほえ」と言うが、凛は構わず続ける。

「いつまでも追う立場だと思ってたら、いつの間にか誰かに追いつかれるって話」
「私、二人と違ってCDデビューの準備の真っ最中なんですけど?!」

 それが何故かなんだか無性におかしくて凛が珍しく大笑いすると、卯月も未央も釣られて笑い出す。
 三人は笑いながらレッスンルームへの階段を登った。

 まずは私達の世代(ニュージェネレーション)がやってくる。
 いや、やってこさせると凛は思う。

 それがこの三人なら出来ると確信めいたものを抱いていた。


 そして、あの少女も多分登ってくる、とも・・・。




     ◇◇◇

 後日、「橘ありす」という名のアイドルがデビューする事になるが、それはまた別のお話。



     ◇◇◇

 しまむらさんをかわいく書きたいから書き始めてたのに、いつの間にかしぶりん無双になっていた。
 ついでにしぶりん派になりそうになっていた。

 もういいや、うづりんで。

 ともあれお待たせしました。
 前回と違い、今回は習作としてギャグの方に振ってみました。
 ギャグしつつも本筋はシリアス。でもあんまり重くならないように。
 面倒な事は全部、Pか、社長か、事務員という名の名状しがたい何か、が必ず何とかしてくれる。とりあえず、そんな感じで。
 結果、脱線に継ぐ脱線で。ともあれ、とか、さておき連発でしたが。
 何はともあれ、いかがでしたしょうか、ご感想お待ちしております。


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