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[33263] ナイトランナー【SF×ファンタジー】
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:f57ce02b
Date: 2012/05/27 11:32

どうも、ネウロイPです。リハビリを兼ねてオリジナル作品を投稿していきたいと思います。

すいませんが……スト魔女の方は今の所、再開する予定はないですorz



[33263] 序章
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:f57ce02b
Date: 2012/05/27 11:30
序章「ジャック・ザ・ガンナー」













ネオンが爛々と輝く夜の街に雨が降り注ぐ。

まるで不夜城に蓄えられた人の不浄を洗い流すように雫は零れ落ちて、雨粒がアスファルトとコンクリートを叩く音が際限なく響き渡る。

時刻は既に午前零時過ぎ。外を闊歩する人の姿は疎らである。大抵は酔いと疲れで思考が鈍くなっており、街を走る全身黒尽くめの男を見とがめる者は皆無であった。

――そして黒ずくめの男を追う人物についても、誰もが気づかない。

ベージュのコートと中折れ帽を装う男はゆっくりとした歩調で街をすり抜けていく。カッ、カッ、カッ、と革靴が地面を打つ音は雨音に溶け込み、自然とかき消される。

走る男と歩む男、追われる者と追う者。不思議なことに両者の距離は開くことも縮まることなく、まるで糸で繋がっているかの如く距離を保つ。

黒ずくめ男は段々と主だった通りから遠ざかり、ネオンと街灯の光が届かぬ裏路地へと沈み込んでいく。

当然のようにコートの男も追走し、人目の届かぬ街の深部へと踏み込んでいった。

そしてしばらく裏路地を進んだ所で黒尽くめの男はさらに速度を上げた。トップアスリートもかくやという足の速さで狭い路地を駆け抜ける。

それに合わせ、コートの男も走り出した。驚くべきことに片手で器用に帽子を抑えながら、黒尽くめの男と変わらぬ速さで疾駆し、追い立て追い詰める。

夜の逃走と追走、その二重劇の終局は意外なほど呆気なく片が付いた。黒尽くめの男は行き止まりに追い詰められてしまったのだ。


「動くな、――ゆっくりとこっちを向け」


炸裂音と共に鉛の塊が黒尽くめの男の横を掠める。

コートの男が取り出したのは黒く輝くクロムモリブデン鋼の工芸品、S&W〈M29〉。44マグナム弾を弾薬とする回転式拳銃(リボルバー)である。

1950年代に最強の拳銃として登場し、後にデザートイーグルやS&W〈M500〉に座を奪われた銃。

しかしそれでも拳銃としては常識外れの威力と反動を持つ。

コートの男はそのM29を片手で軽々と扱い、わざと横かすめて弾丸を飛ばすことができる技量。――並ではない。

――だが、

黒尽くめの男は振り返ると同時に自身を覆う黒いレインコートを脱ぎ捨てた。 

露になったのはおよそ人のものとは言えない白銀のボディ。

それは全身が機械で出来ていた。ドクロのような頭部の眼窩からは妖しく赤い光が灯っている。

――跳躍、鋼の脚部がバネ如く収縮し、2メートルほど跳び上がる。裏路地のビルの隙間に隠れる形で宙へと浮かび上がった鋼のヒトガタは両腕のギミックを可動させ、腕から刃渡り30センチを超える剣を生やした。

落下の勢いをつけてヒトガタはコートの男に刃を向けて降下する。


「なるほど……」


しかしコートの男は動じることなく冷静に動き、ヒトガタの落下位置からずれた。

強烈な打突音と共にヒトガタは着地し、剣はアスファルトに突き刺さった。


「機械化義体か? それとも――」


コートの男は隙を突いて、ヒトガタへとリボルバーを連射する。

都合五発の弾丸が別々の場所へと着弾する。11.2ミリの絶大な威力を持つ弾丸はヒトガタを形作る銀のボディに――全て弾かれた。


「――特注か、羨ましくはないが」


コートの男はすぐさまフレーム左側のボタンを押し込み、ロックを解除。回転弾倉(シリンダー)をスイング・アウトし、六発分の空薬莢を排出する。

その無防備な状態をヒトガタは見逃さない。

次弾を装填しようかというタイミングでアスファルトから剣を引き抜き、全速力でコートの男へ襲いかかる。抜けなかったのは、どうやら演技だったらしい。

けれど芝居を打ったのは彼だけではなかった。


「掛かったな。――マギ、頼んだぞ」


『オーケイ、クロード。打ち抜いてあげるわ。私の魔弾でね』


コートの男は空になった回転弾倉をそのままフレームへと収め、銃をヒトガタへと向け――、撃鉄を弾き、トリガーの指をかけた。

瞬間、マズルフラッシュが輝き、大気の弾ける音が雨音と重なる。

――如何なる奇術か、空となった拳銃から弾丸が射出された。

弾丸は脚部の脆弱部、露出した人工筋肉を貫く。

速度の落ちるヒトガタ。しかしそれでも、虚ろな眼窩には赤い光が幽鬼の如く煌き、コートの男に向かってなおも歩み寄ろうとする。


「呆れるほどにタフだな。だが――」


両手で拳銃を構え、コートの男は魔法(ノロイ)の言葉を紡ぐ。


【――沈黙と服従をもって、我は血の掟に誓う。遵守には名誉を、違反には血の制裁を与えん】


怒りも悲しみもなく、紡がれる言葉にはただただ純粋で鮮烈な殺意が込められていた。


『喰らいなさい、44口径(フォーティー・フォー)の魔弾、その洗礼を』


コートの男に答えるように黒い回転式拳銃が震え、大気が揺らめく。背筋を凍らす寒気がM29へと収束した。それは隠しようのない魔の顕現。


「これで終わりだ。マリオネット」


トリガーを引く、マズルフラッシュとは違う、赤い閃光が銃口から漏れた。衝撃によって中折れ帽が宙へと舞う。紅い光を纏い弾丸はまっすぐヒトガタへと滑空し、ヒトガタの腕に防御される瞬転、――グニャリと途端に風景が歪んだ。


――この世を司る万象の理は魔性によって歪められる。


起こり得る現象は全くの虚誕。

白銀の両腕に塞がれるはずの弾丸は、いつの間にかヒトガタの頭頂部へと吸い込まれ、強固な筈の合金に、粘土みたく沈み込んだ。

見事のヘッドショッド。ヒトガタは糸の切れた人形のように停止、眼窩に灯った紅い光は点滅を繰り返して消失した。

 アスファルトに貼った雨を弾いて、ヒトガタは地面へ倒れ込む、銃痕から広がるのは雨水とは違う濁った紅。


「……こんなヤツでも流れる血は赤いのか」


呆れるように呟くと、男はゆっくりした動きで雨に濡れた帽子を拾い上げ、雨を避けビルの壁に背中を預けコートのポケットをまさぐる。

取り出したのはタバコとジッポ、キャスターと英語で印刷されたタバコの紙箱から一本抜き出すと、口に加えジッポで火を灯す。

煙を吸い込むと、男は煙草と指で摘んで大きく息を吐く。吹き出る煙は夜の裏路地の中へ霧散していく。そこでやっと男の意識は僅かに弛緩した。


「――ねぇ、クロード。了解した私が言えることじゃないけど、どうして仕留めたの? 四肢を打ち抜いて戦闘不能すれば良かったじゃない」


突然響き渡る少女の声、一拍遅れてクロードと呼ばれた男は声の方を向く。

男の隣には、いつの間にか黒のドレスに身を包んだ金髪の少女が居た。

煙草を摘んだ腕とは逆の手をコートの中に入れ、収めたはずの回転式拳銃〈M29〉が消失していること確認すると、煙草を一旦吸ってから口を開いた。


「どうせ外見は金属でも中身はナマモノ、機能停止か行動不能になれば内蔵された脳内ナノチップのセーフティが発動して――、ほら、ご覧の有様さ」


煙を噴かすタバコで倒れ込んだヒトガタを指す。すると雨に濡れ銀色に輝く頭部から血は違う桃色のドロドロした粘液が漏れ出していた。


「うげー、生体部品とかいうやつが全部溶けてるの? これってもしかして○味噌?」


男が頷くと少女が気持ち悪いと言わんばかりに表情を歪める。

どう見ても人間にしか見えないその姿を見た男は――


「全く、化身(アバター)は便利だな。銃から人間の姿になれるなんて、まるで魔法だ」

「魔法だ――じゃなくて魔法そのものよ。かつてこの世界を満たしていた奇跡の力。その復活を知らせるために出現したのが私達なんだから。さしずめ、日本で言うところのリアル付喪神ってやつかしら」


クルリとドレスを翻し、少女は己の存在を自慢した。


「何が付喪神だ。登場から一世半しか経ってねぇだろ。――いや九十九年過ぎているからいいのか。それにしても、お前がそんな有様じゃ、その内クリント・イーストウッドもキリストよろしく墓から飛び起きるだろうよ」

「それは重畳ね。そうなったら、あなたから彼に鞍替えしようかしら、私とって彼は永劫変わらず最高のパートナーだしね」


人々のS&W〈M29〉への信仰が生み出した44マグナムの化身(アバター)、〈マギ〉がからかうようにクスクスと笑う。


「44マグナムの神話を築いた銀幕スターと比べられたら誰だって形無しさ。――しかし、おかしな世の中になったもんだ。SFとファンタジーがごっちゃになってやがる」


男の生きる時代は現在22世紀、表世界は21世紀よりさらに進歩を遂げた科学が人類の繁栄を支え、その裏では科学を嘲笑う超常がこの世に復活を遂げていた。

この世に新しき時代と繁栄をもたらした軌道エレベーター建設計画〈バベルプロジェクト〉の真の目的と影響を知る人間はごくひと握りしかいない。

そして超常に存在を知り、裏を駆け回る非合法の者たちのことを、事情を知る人々はこう呼んだ。

――ナイトランナーと。


「はい、こちら〈カサブランカ〉。クライアントの組を襲っていた奴を始末した。おそらく機械化された人造人間(レプリカント)だ。情報を引き出そうにも情報源(ソース)は毒々しいピンクのスープになって排水溝に流れている。……はい、……はい分かった、処

理班が来るまで現場に待機だな。支払い? いつもの口座に一括で頼む。じゃ――」


 携帯を切ると煙草を咥え、ビルに仕切られた四角い夜空を見上げる。


「何時も通りだ、マギ。処理班共が合流するまでここで待機だとよ」

「――そうなの。あっ、そういえば学校の課題、やったの?」


 それを聞いた男はポトリと咥えた紙巻煙草を地面に落とす。しまった、と男は眉間を片手で抑えた。


「うわ、また仏野先生にどやされる。どうしたもんか?」

 マギは呆れるように肩をすくめて――


「締まらないわね、全く」

「うるせぇ、余計なお世話だ」


 もう一本新しい煙草を咥え、火をつけると男は空を仰いだ。

 暗い夜空に立ち昇る煙草の煙と振り続ける雨をぼんやりと眺めながら、男と少女が撤収の時を待った。




[33263] 1-1
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:f57ce02b
Date: 2012/06/01 23:45
第一章「ブレードラン」




















「――で、行草(いぐさ)玄人(くろうと)君は何で課題をやってこなかったのかな? 言ったよね? うん、私言ったよ。確かに言った。私の脳内ナノチップにも、ちゃんと音声ログが残ってるんだよ。なんなら今すぐ君の脳内チップにログを転送してあげようか」

「いえ、あのっ――すいません、忘れてました」


夜浜学園の教師、仏野朱音(ふつのあかね)は慈愛に満ちた笑みを浮かべながらも、鬼子母神もかくやという凄まじい怒気を発していた。

時刻は放課後。既に生徒の大半は校舎におらず、空っぽになった教室(はこもの)には教師である朱音と生徒である玄人だけが向かい合って佇んでいる。

ちなみに脳内ナノチップとは22世紀では標準的な機器であり、ネット上の仮想空間に没入(ダイブ)する為の必須アイテムのことを指す。人間の本来持つ記憶能力とは別に、データとして自分の見たものや聞いたものを記録することができるのだ。

行草玄人は男性としては髪が長い方で、顔にかかった髪で瞳が隠れており、長身ではあるが覇気なく、少し姿勢が猫背で頼りない感じのする青年であった。

困ったような笑みを浮かべ、玄人は朱音の説教を受けていた。

身長は生徒である玄人の方が高い。朱音は背が低く2■歳と三十路手前ながらも女子生徒と混じっても違和感のない容姿をしている。栗色の髪を縛ってポニーテイルにしており、活発な雰囲気を持つ女性だ。

けれど独身である。誰だって片手で林檎を握りつぶせる人間とは永遠の愛は誓いたくないのだろう。

教員同士の飲み会で酔った勢いに任せ、実際に絞ってジュースにする映像を見たことのある玄人は心底そう思った。

別に両腕が機械化された義体だとか実は正体が機巧人種(アンドロイド)といったオチはなく、ただ純粋な地力でそんなことができるのが逆にホラーである。

だが、別段おかしいことでもないのが22世紀。2080年に人類初の軌道エレベーターが完成して以降に生まれた世代を新人類(ニューエイジ)と呼ぶことがある。

これはその世代の中に異様ともいえる才能を発揮した人物が多く存在するからだ。例えば中学生でオリンピック世界大会の公式記録を超える記録を叩き出した者、例えば今まで未解決であった数学の難問をいくつも解き明かした小学生。

未熟であるはずの年齢でプロやトップアスリートと並び立つという化け物のような連中がここ数十年でゾロゾロと。

そうした異常事態を、多くの人々は輝かしい新た時代を到来に合わせた人類の進化だと喜んでいるが、この春にネタバラしを受けた玄人にしてみれば素直に喜べるものではない。

今思えば仏野先生の異常なまで身体能力は例の影響のせいなのだろうか? 玄人が疑問に思っていると。


「ちょっと聞いてるの! 玄人君っ!!」

「あっ、すいま――って近いですよ先生」


朱音はいつの間にか玄人に密着しかけていた。

腕を回せば抱きつける距離で、朱音は鼻を鳴らし玄人の匂いを嗅いだ。


「あれ? ちょっと煙いよ玄人君。顔を近づけなさい」


背を伸ばし、首に手を回して朱音は強引に玄人の顔を近づけようとする。

ひと回りも、ふた回りも体格の違う大人の男性すら引き倒すことできる万力を、玄人は何とか堪えてしまう。


「え――?」


(……しまった!)


堪えられるのが異常なことだと気付いた玄人は、急いで体の力を抜き、朱音のされるがままとなる。

朱音は不審に思いつつも、玄人の髪の臭いを確認する。


「うん、やっぱり煙の匂いがする。もしかして煙草吸ってる? 春休みで悪い遊びを覚えてきたの?」


「いや、ちょっと煙に塗れた場所に居たんで匂いが移ったんだと思います」


玄人は笑みを崩さず答えた。

嘘は言ってない。春休みの間にとんでもないことに巻き込まれ、ここ一ヶ月ほど硝煙に塗れた場所に何度も立っていたのだから。

ついでに煙草も覚えたが、玄人は正直に言うつもりはない。


「へっ、バイト変えたの? 鰻屋さんとか焼鳥屋さんとかに」

「そんなところです」


ローストチキンをこさえることもあるし、似たような物である。ただ一つ違うとすれば仕事の報酬が一口数百万だったりすることぐらいだ。


「――分かった。昨日もバイトをずっとしていて私の課題を忘れていたんだね」

「はい。仕事――いえ、バイトが終わってすぐ気付いたんですけど間に合わなくて――、本当にすいません」


玄人は朱音に頭を下げた。


「……しょうがない。玄人君にも事情があるからね。課題の提出日を1日伸ばしてあげる。けど、その代わり、ほかの子よりもちょっと辛口に採点するから覚悟しなさい」

「ありがとうございます。朱音先生」

「じゃ、行ってよし!」


玄人はもう一度軽く頭を下げてから、朱音を残して教室を出た。

教室を出て行く玄人を確認した後、朱音は大きく溜息をつく。


「はぁ――玄人君か」


行草玄人――、彼は成績もどちらかといえば優秀で、問題児という訳ではないが色々と混み合った事情の持ち主。

――小学三年生の時に交通事故で両親と妹を亡くし、以後は唯一の肉親となった祖父に引き取られて育つ。その祖父も一年前に他界しており、今は天涯孤独の身。

幸い蓄えがあるそうだが、それでも将来を見据えてかバイト漬けの日々を過ごしているらしく学校ではいつも眠そうにしている。

春休み前は確かそんな人物。――だが春休みを過ぎ、進級後は少し様子が異なっているように思えた。

雰囲気が変わったのだ。全体的に大人っぽくなっている。

仕草の一つ一つが洗練されており、さえない雰囲気を醸しだしながらも、時折何とも言えない哀愁漂う男の色香さえ放つ時もある。

鋭い感性を持つ朱音だからこそ分かったことであり、同年であるクラスメイト達は玄人に違和感を覚えても、その理由には気づいていないはずだ。

一体何故、玄人が別人のように老成したのか? 春休みに何があったのか? 

朱音は聞かなければとも思ったが、家庭の事情という名の特大地雷を踏むのが怖くなり、質問するのをやめていた。

とりあえず担任として朱音に出来ることは玄人の学校生活を最大限サポートすることだけ。

――それにしても、


「いい匂いがしたな、玄人君」


煙草のような煙の匂いの隙間からクラクラするような確かな男の香りを朱音は感じた。安心を覚えるその匂いはまるで頼りがいのある父親のようで。


「――って、何考えるの。私!」


いつの間にやら頬を染めていた朱音は頭をブンブンと振って自分の考えを打ち消した。

生徒相手にナニをしようと言うのだ。不祥事では済まない。これも彼氏イナイ歴=年齢の弊害なのだろうか。


「彼氏欲しいな。お見合いはこのところ全滅で、合コンもいつの間にか誘われなくなっちゃったし。このまま三十路とか――、もうこの際、誰でもいいかな、むしろ玄人君を……」


そんな危ないことを呟きながら、朱音は妄想という益体の無い海に己を沈める。


「きゃっ! だ、駄目だよ、玄人君。私達教師と生徒なんだから……」


体をクネクネと揺らし、独り言を口にする朱音。

幸いにも、その光景を見たものは誰もいなかった。



















玄人は学校を後にすると自宅へと真っ直ぐに帰った。

祖父と住んでいた一軒家は既に財産の整理の一環として売却しており、今はこぢんまりとしたアパートに住んでいるわけだが――

サビの目立つ鉄の階段を上り、玄人がアパート二階の自室のドアノブに手をかけたところ――


「あっ?」


誰も居ない筈の部屋からテレビの音が聞こえてくる。銃撃と爆発の効果音だろうか? ……だとすると映画かドラマ、はたまたアニメか? 

なんにしても、中に誰が居るのかについてはだいたい想像がつく。

鍵を刺さずともノブを回せばドアが空く。玄関をくぐり、キッチンとトイレ、風呂場に挟まれた廊下を抜けると、六畳ほどのスペースに映画鑑賞に勤しむS&W〈M29〉の化身、マギの姿があった。

畳に寝そべり、煎餅を食しながらダーティー○リーを鑑賞する黒いドレスの金髪少女。とてつもなくシュールな光景だ。

他にも『俺が○マーだ!』とか『タクシー○ライバー』などのM29とその派生が出てくる作品が床に散乱していた。どれも一世紀ほど前の半ば古典と化した代物で、映像録画再生機器の規格が変わるたびに復刻され続けた名作である。

外の天気は曇り。日のささぬ暗い一室で、己自身とも言える拳銃の活躍を眺めるマギはまるで過去の栄光に振り返るボクサーの如く退廃的で、諸行無常の趣を感じさせた。


「――マギ、部屋で大人しくしろって言ってなかったか、俺」


学校の制服のネクタイを外し、首元を緩めながら玄人は話しかける。


「ええ、だからこうして部屋で映画鑑賞しながらおとなしくしているじゃない」

「そんな映画、俺は買った覚えがないんだが?」


「部屋では大人しくしていたけど、ちょっと暇すぎたからちょっと散歩に出ての。そしたらワゴンセールで売っていたから、つい懐かしくなって」


どうやら齟齬が生じていたようだ。玄人は外に出るなという意味で言ったつもりだったのだが。


「部屋を出入りするところを誰かに見れなかったか? 変な噂を立てられたら目も当てられない」

「大丈夫よ。それに今時、もっと凶悪な犯罪が横行しているじゃない。移民政策の実行でこの国の安全神話をすっかり崩壊しているしね。ニュースを見た。あの事件、これで5件目だそうよ」


そう言うと、マギが映画を停止し、チャンネルをテレビのニュースに合わせた。

テレビのテロップには【白昼の凶行、未成年連続誘拐事件。これで五件目】と表示された。


「例の事件か。マギ、ちょっと没入(ダイブ)して見てくる」

「分かったわ」


玄人は脳内チップに収められた没入接続アプリを起動させ、接続先を現在のチャンネルに合わせる。


「――没入開始(アクセス)」


電子の海へと玄人の意識は瞬く間に沈み込んでいく。――気がつくと玄人はニュース映像に映っていた事件現場に居た。

手品のタネは没入による感覚共有、現地に居るニューススタッフの誰かが視覚や聴覚などの感覚を、脳内チップを介してニュースに没入してきた人間に提供しているのだ。

この技術の御蔭でグルメ番組では味覚を共有することで実際に食べた気分となり、バラエティ番組では実際に自分も観客やゲストになった気分が味わえる。

但し色々と悪用が聞く技術なので扱うには免許がいるのだ。感覚共有を受け入れる側だけなら免許は不要だが、感覚を提供する側になる場合や、特別な状況下で他者の同意なしに他人の感覚を共有する場合はこの免許が必要となってくる。

吹き抜ける風が肌をくすぐる。他人になる感覚はいつまで経っても慣れないものだと玄人は思いながらも辺りを見回す。

見回す――といっても実際に首や体を動かしているのは赤の他人なので、もどかしさを感じながらも見えるてくる風景を確認しているだけである。

現場にはパトカーが数台止まっており、マスコミと野次馬が周りを囲んでいる。見覚えがある場所だ。県内で起きていたのは知っていたがこんな近場でも事件が起きたのか。


「誘拐された○○○○さんは自転車で帰宅の最中に突然近づいてきたワゴンに横付けされ、車の中に引きずりこまれたとのことで一緒に帰宅していたA子さんの証言もあり――」


野次馬の声をバックにレポーターの声が聞こえてくる。

玄人の脳内チップにはニュース番組から被害者や放置された鞄と自転車の写真、誘拐犯が犯行に使用したであろうワゴンの車種の詳細が転送され、被害者家族の情報を求める悲痛な声が添付されていた。


『お願いです! あの子、事件に関する情報があったら、直ぐに連絡してください!」

「……………………」


黙って会話ログを閉じた玄人は、感覚共有を解除し、没入解除(ダイブアウト)。意識を急速に現実世界へと浮上させる。


「どうだった?」

「どうもこうも、凄い騒ぎだ。誘拐された子は未だに見つからないのに被害者は増えるばかり、遠目だったけど警察もかなり焦った様子さ」

「それは憔悴しているでしょうね。無関係な人間でも疑わしきは捕まえるぐらいには。気を付けなきゃね。金髪の女の子を部屋に囲い込んでいる誰かさんは特に」


嫌味ったらしい笑みを浮かべるマギ。


「そいつは大変だ。居候させている恩を仇で返すような奴は直ぐに部屋から追い出さないとな」

「追い出したら叫ぶわよ。――ロリコン誘拐犯だって」


目から火花を散らして見つめあう二人、だかそれも数秒のことでほぼ同じタイミングで深い溜息をつき。


「不毛だな」

「ええ、もっと建設的な話をしましょう」

「ああ、そうしよう」

玄人は壁に立てかけられた、折りたたみ机の足を立てると、

「昨日の課題、期限を今日一日だけ伸ばしてもらったんだ。さっさと片付けたいから、そこをどいてくれ。机を置く邪魔になる」


学生として玄人は建設的な提案をした。


「そうなの。――でもさっき〈社長〉から連絡があって『今日は帰宅次第、セーフルームに待機しておくように』だそうよ。直々に会いに来るとも言っていたわ」

「――マジかよ」


玄人はストレスで頭を痛め、眉間を抑える。

社長というのは玄人にとって恩人であり、一ヶ月前に玄人を裏稼業に引き釣りこんだ張本人でもある。

見た目は麗しく、お淑やかな女性ではあるが中身はニトログリセンリンでも詰まっているようなどうにもアレな人物だ。

玄人としてはできれば直接会いたくないのだが、連絡が回って来たならば行かなければならない。

何しろ、連絡はお願いなどではなく絶対的な命令なのだから。


「なんでそれを先に言わないんだ、マギ」

「だって帰ってくるなり、説教しようとしたじゃない。反論に忙しくて、言うに言えなかったの」

「悪かったよ。だが勝手な外出は控えてくれ、欲しいものは代わりに買ってきてやる。誘拐犯に間違われて、目をつけられたんじゃ、笑えない」

今の玄人は善良な市民などではなく、叩けば埃が出てくる立場にいるから、警察と関わるのはできるだけ控えたい。

「分かったわ。じゃ、行きましょうか」

「ああ、だがその前に着替えだけさせてくれ。……予定が台無しだが、しょうがないな。課題もセーフルームでやるとするか」


課題を家で片付ける予定を変更し、玄人は外出の準備をした。



[33263] 1-2
Name: ネウロイP◆8cd559b4 ID:a3f7a9f4
Date: 2012/06/05 16:31




















アパートを出た玄人は夜浜市の郊外から中心部へと足を向ける。

例の事件の影響で定期的に街を巡回する警察の目を避ける為に、マギは拳銃を象った小型のアクセサリーに姿を変えていた。拳銃の見た目だろうと、少女の見た目だろうと見つかれば、少々面倒なことになるからだ。

それにしても、様々な姿に変わることの出来るアバターはつくづく便利というか出鱈目な存在である。

十五分ほど人通りを歩き、駅の近くの大型マンションがズラリを立ち並ぶ地区へと辿りついた。

ここは人の出入りが激しく、住居する人間の数が膨大な為、顔を覚えられる可能性はほとんどない。

玄人は十棟の内、右から数えて九棟目のマンションへと向かう。玄関先でカードキーによるセキュリティを通過し、エレベーターで最上階へと駆け上がった。

エレベーターから出ると、最上階に人影はなかった。この階層は玄人の所属する組織によって貸し切られている。つまり関係者以外は立ち入らないということである。

宛てがわれた部屋の前に立ち、玄人はチャイムを鳴らした。

それから数秒の後、


『お持ちしておりました。玄人様。今お開け致します』


カメラ越しに此方の姿を確認したのか、チャイムに内蔵されたスピーカーから篭った声が響いた。

カチャリと錠を解除する音が聞こえ、ドアが開く。


「どうぞ、お入りください」


中から現れたのはメイド服を着たミドルヘアの女性。顔は無表情で声に抑揚はない。その振る舞いは無機質な彫像を連想させる。

彼女の存在を定義するのは難しい。ある人は人間だと言うが、ある人はロボットだと言うだろう。

体の半分ほどが機械で出来た人造人間(レプリカント)、それが彼女なのだから。


「じゃ、入らせてもらうぞ、ペスカ」


ペスカと呼ばれた彼女は頷くと玄関の横で控え、スペースを空ける。玄人は中へ入り、玄関で靴を脱いで部屋へと上がろうとするが、


「お待ちください。玄人様」


ペスカに後ろから服の襟を掴まれ、玄人はおもいっきり引っ張られた。


「えっ、おい! 何を――」


担任である朱音と遜色ない怪力で玄人は手繰り寄せられると、突然ペスカに匂いを嗅がれた。放課後の学校で起こった出来事と似通ったシチューエーション。

玄人に近づき、頻りに鼻を鳴らしたペスカは、


「見知らぬ女性の方の匂いがします。誰ですか、玄人様?」


そう言った。無表情のまま詰め寄るペスカ。その様相にはえも云えぬ圧力があった。


「何だ、いきなり? 多分匂いの元は学校の担任だ。お前と同じようにいきなり首根っこを掴んで匂いを嗅いできた。煙草の臭いがする、って言ってな」


どうでもいいと言わんばかりに語る玄人の目をペスカはじっと見据えていた。


「……そうですか。ではこのまま少しお待ちください」


部屋の中へと戻ったペスカは一分ほどして出てきた。手には喫煙者の強い味方、フ○ブリーズが握られており、


「消臭致します」


シュ、シュ、シュ、シュ、と霧状に吹き出るファブリ○スを玄人は浴びせられた。

いつもながらペスカの行動は意味不明であるが、教師に煙草臭いと言われたので丁度いいと玄人が大人しくしていると……、



シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ。

「……………………………」

シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ。

「………………………………………………」

シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ。

「…………………………………………………………………、おい」


玄人はファブリー○を握ったペスカの片腕を掴む。明らかな過剰行為。玄人の服や髪はしっとりと濡れていた。


「やり過ぎだ。程度を弁えてくれ」


諭すように玄人はペスカを注意したが、


「大丈夫です、玄人様。フ○ブリーズの半分は優しさで出来ていますので」

「違げぇよ! それはバファ○ンだろうが!! わざとやってるのか?」


思わず突っ込んでしまう玄人。


「見事な突っ込みだと感心しますが、どこもおかしくありません。ペスカは正常です」


「つまりわざとか?」


玄人の問いにペスカは頷いた。


「はい、あの女の匂いがしたもので、つい」

「あの女って。ペスカお前、仏野先生の事、知らないだろ?」

「知りませんが、先日偶然見たテレビドラマで、家に帰ってきた男性に対し女性がそのような台詞を使用していたので、会話の中に取り入れて見ました。人間らしい振る舞いだったでしょうか?」


無表情ながらも玄人を見つめるペスカは真剣な様子であった。

人造人間(レプリカント)であるペスカにはどうやら重要なことらしい。

正直な感想を玄人は述べる。


「まだまだ人間の機微は理解できてないが、何かになろうとする姿勢は人間らしくていいと思うぞ」


玄人の言葉をペスカは少しの間吟味して、


「――そうですか、これでも『早くに人間になりた~い!』といった姿勢で務めているつもりなのですが、暗い定めはまだまだ吹き飛ばせないようですね」

「前にも思ったが、ネタが一世紀ほど古くないか? ――ってどこに行くんだ、ペスカ」

「いえ、まだまだ模倣再現の度合いが足りなったようなので、ドラマの最後を再現する為に包丁を取りに行こうかと。少々危険だと判断し、自重していましたがやはり最後の刺すところまで実演しなければ、人間とは言えないようですので」


包丁? 刺す? 嫌な汗が玄人の頬を伝う。

あの女の匂いがする、とそんな台詞のあるドロドロの愛憎劇。結末がどうなったかは想像するに容易い。


「おい、馬鹿やめろ! そこまで真似しなくていい!」


台所へ移動しようとするペスカを玄人は全力で押しとどめる。

機械化されたレプリカントの力に玄人が拮抗できたのは、ひとえにアバターであるマギの加護があったからである。

マギの加護により、超人的な肉体能力を行使することすら可能な玄人だが、それでも機械化されたレプリカントには分が悪い。


「再現のご協力ありがとうございます。確かドラマでも男性が玄人様のように抵抗していました。まぁ、最後は無残に飛び散ったわけですが……」

「無残に飛び散ったって何がだよ!?」

「さっきから何やってるの、貴方たち。新手のコント?」


玄人が必死の抵抗を続けていると、玄人のポケットが輝き、光は人の形となってマギが姿を現した。


「丁度いい所に。マギ、ペスカの奴を止めるのを手伝ってくれ!」


息を荒くした玄人は、声を荒げてマギに助けを頼んだのだが、


「嫌よ。私はさっき見ていた『ダーティー○リー』の続きを見るの。頑張って自分でなんとかしなさい」


玄関に置かれた玄人のバックから数本の映画を取り出すと、マギは玄人達をスルーして奥の居間へと行ってしまった。


「おい、ちょっと待てコラ! こっちはマジで――」

「では、そろそろペスカも茶番はやめにしましょう」

「はっ?」


ペスカは動きを止める。引き止めていた玄人は思わず転びそうになったところをペスカが玄人の腕を掴み、倒れるのを止めた。


「包丁を持ってくると言ったのは冗談です。いくらペスカでもそれぐらいの分別はありますよ。ですが――」


掴んだ腕を手繰りよせ、ペスカは玄人に軽く抱きつき。


「あまり放って置かれるとペスカは壊れしまうかもしれません。玄人様にも学校があるのは分かっていますが、偶には仕事がなくてもいらっしゃってください。ペスカはいつでも玄人様のことをお待ちしております。――でないと本当に刺すかもしれません」


頬を撫で、耳元で囁くようにペスカは玄人に告げる。告白というよりは脅迫。別に彼女は感情表現の仕方は分からないだけで、感情がない訳ではない。

学校が始まってからセーフルームを訪れたのはこれが初めて。仕事着はセーフルームに置いてあるのだが、昨日の依頼の遂行では別の人物が玄人に仕事着を届けてくれたのでペスカと会うのは一週間ぶりであった。

セーフルームを宛てがわれてから毎日のように通っていたのを考えると、一週間でも間を開けすぎた。

彼女は感情を芽生えて日が浅い、放って置けば不安になるのも当たり前であろう。

自身の思慮の浅さを玄人は心の中で猛省する。

存外にペスカが寂しがり屋であるという一面を知った玄人はペスカに掴まれた手を握り返し、しっかりと見据えた。


「悪かった。お前の気持ちを考えていなかった。これからは用事がなくても来させてもらうよ」

「……そうですか、ありがとうございます玄人様」


そう答えたペスカの表情は微笑んで見えた。


「へっ? おまえ、今――」

「ペスカがどうかしましたか?」


ほんの一瞬のことで意識した時にはペスカは元の無表情に戻っていた。

驚いた顔を作った玄人はそれから小さく口元に笑みを浮かべた。

「いや、なんでもない。ところで風呂は沸いてるか? 濡れたままじゃ、ちょっと気持ち悪いんでな」


ついでに染み付いたファブリーズの匂いもどうにかしたい。

「それでしたら準備は整っております。いつでもご入浴ください」

「お言葉に甘えさせてもらうぞ」


玄関の置いた鞄を適当な位置に移動させてから玄人は浴室へと向かった。





















服を脱衣所に置かれた洗濯機へ放り込み、玄人はタオルを持って浴室に足を踏み入れた。

軽くシャワーを浴びて、汗と染み付いたファブリー○の液を洗い流して湯船に浸かる。

湯に浸かってリラックスする玄人の脳裏にあったのはペスカのことであった。

彼女のことを語るには機巧人種(アンドロイド)と人造人間(レプリカント)という言葉を説明しなければならない。

まずアンドロイドについて。アンドロイドは軌道エレベーターが完成した2080年に実用化された人の形をしたロボットである。

介護や当時始まったばかりの宇宙開発など、人間にとってつらい仕事を請負う為に生み出された存在だが、最大の問題として製造コストが異様に高かった。数体で戦車が一台作れると言えば、どれだけの額がかかるのか理解できるだろう。

問題を解決する為にある科学者は急速な発展を続けていた生体工学に目を付けた。培養することで安価に生産できるようになった人の生体器官を、アンドロイドに組み込むことを思いついたのだ。

最初は目、ついで耳、筋肉、神経と生体パーツを組み込むたびアンドロイドの一体の値段は下がっていく。

そして脳までもが生体パーツで作られたアンドロイドが世に出回った時、ある人間がこう言った。


『これは、このアンドロイドは、人間とどう違うのか?』


その発言が一石となり、世論を揺らす波紋となり、波となって全世界に広がった。

人権団体はアンドロイドを人間と同じように扱うべきだと言った。今を行われているのは過去の悪しき奴隷制度の再現だと企業と国を批判した。

宗教団体は言った。アンドロイドの生産を即刻全て停止にすべきだと。これは神の御意思に反する悪魔の行為だと、国と企業を糾弾した。

一方裏では、生体工学により生身の体を丸ごと培養し、制御用のナノチップを埋め込んだアンドロイドが生産されていた。

希少な金属も高分子材料も使用する必要がなく、タンパク質や炭素、ケイ素、カルシウムのなどの物質で安価に生産できるアンドロイド。

但し、人間に同じ制御チップを埋め込めば同じものが出来上がる。

これを皮肉り、完全生体アンドロイドを人造人間(レプリカント)と呼ぶようになった。

2088年度の国連決議により、生体脳を使用したアンドロイド、そして裏で出回るレプリカントの生産を国際条約によって禁止した。近年では生体脳を使用したアンドロイド全てがレプリカントとして定義されている。

企業は批判を怖れ、アンドロイドのデザインをわざと人から遠ざけるようになった。アンドロイドが人間とは違うということを一般の人々に認識してもらうために。

後にレプリカントショックと呼ばれる生体脳の使用に関する倫理問題は今でも議論が絶えず、人を模したアンドロイドの製造は敬遠され続けている。

だが肝心のレプリカントは世界人口最大の某国家や、その属国といって差し支えない独裁国家では今でも生産されているのが現状。労働力としてはこの上なく有用で、人間と何らかわらない人形を求める好事家たちには高く売ることもできる。

麻薬と同じように非合法であるが、莫大な利益を生むビジネスとしてレプリカントの生産は裏の社会に定着してしまった。

そんな社会の闇が生み出した落し子の一人がペスカなのだ。

玄人は裏稼業に足を突っ込んで正式に請け負った最初の仕事で彼女を見つけて助けたのである。

まぁ、仕事に同行した〈社長〉には同情心で要らぬ荷物を拾っただけだと皮肉られたのだが。

その仕事の後、玄人は現在のセーフルームを宛てがわれ、玄人は彼女をセーフルームの管理人として雇うことにした。自分の所業には自分で責任を取れと、これまた社長に気を回してもらったのである。

気配りのできる人物なのだ。ペスカのことや春休みの最初に助けてもらったことなど玄人は多数の恩を受けていた。しかし、それでもとてつもなく物騒な人物であるから玄人は無闇矢鱈に近づきたくないし、今日会うこともあまり気乗りはしていない。

ともかくとして玄人にはペスカの面倒を見る責任がある。しばらく通いつめて様子を見よう――、玄人がそう思っていると、

サッ、と浴室と脱衣所の扉が開いた。


「失礼致します、玄人様」


浴室へと入ってきたのはスクール水着を着たペスカだった。片腕にはプールでよく見かけるキャラ物のエアーマットを挟んでおり、片手には異様にヌルヌルすることで最近有名となっている無色透明の美容液体石鹸、『ママーラ』が握られていた。

ペスカの姿を正面に捉えた玄人はしばし硬直した後、訝しむようにも呆れるようにも見える顔を作る。

「……おい、何しに来たんだペスカ?」

「いえ、日頃の感謝を示そうと思ったのですが」

「ちなみに誰の入れ知恵だ?」

「先日、社長が訪れた際にお知恵を拝借致しました。こうすれば玄人様はイチコロだと」


エアーマットをタイルの上に敷き、正座をするように座り込んだペスカはママーラの詰まったボトルを持って玄人を見つめる。


「さぁ、どうぞいらっしゃってください」


玄人は溜息をつき、


「ペスカ、お前……、意味わかってやっているのか?」

「いいえ。社長より渡された資料はペスカには難解でした。ペスカが資料を分析し理解できたのは、男性の方はマットの上に寝転んで、やたらとヌメヌメとした液体で洗浄させるのが好きだということだけです」

「……そうか」


再度、大きく溜息をつく玄人。まだまだペスカに教えるべきことは山積みらしい。

社長の余計な入れ知恵に頭を痛めながら、玄人は風呂場での一般常識をのぼせるぎりぎりまでペスカに語ることとなった。



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