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[32817] 【ネタ】魔法使いの夜SS(魔法使いの夜)
Name: イメージ◆294db6ee ID:dbc2bf1e
Date: 2012/04/17 18:17










年明けの喧騒とて一月もすれば当然のように収束する。

何度となく繰り返されたそれは、最早一年に一度しかないというだけの習慣だ。

山を下りて初めての日の出を過ぎた最初の月。

様々な事がある日常に度々目新しさを感じつつ過ごし、

そんな中で静希草十郎は今年においての二つ目の月を迎えていた。



今は2月初旬。

ほんのちょっと前、11月某日。

草十郎は生まれて初めて学校という名の集団に属する事となった。

知識としては一応、知っていた。

しかして、草十郎が理解していたそれだけではどうやら大分足りなかったらしく――――



と。

果てまで考えに耽りそうだった頭に待ったをかける。

今考えるべき事は別にそういう事じゃない。

ふむ、と両腕を前で組んで少し唸る。



今はその学校の、いわゆる一つの休み時間だ。

友人、知人、―――つまりクラスメイト。

自らの人間関係においてそう区分される、彼らとの憩いにあてるべく設けられた自由時間。

草十郎も今となってはこの集落に馴染んできてはいるものの、

属したばかりの時は大変お世話になった。

それは勿論時間というばかりでなく、自分を馴染ませる為に尽力してくれた人間もだが。



例えば今目の前にいる木乃実芳助とか。

彼はにっこりと微笑みながら、だからいいだろ、と同意を求めてくる。

一体何が“だから”なのか。



「いや。話は何となく分かったが」

「なー? そんな難しい話じゃないしな。

 いやー、A組の奴が急に行けないなんて言い出してさぁ。

 今から人数合わせに1人だけ引っ張るってんなら、どうせなら面白い奴がいいじゃん?」



からからと笑う彼は一体何が愉快なのか。

とはいえ、人数が足りなければ開けないのだそうだ。

木乃実のいう、合コンなる会合の人数合わせというのが、

自分に出来得るものならば協力しよう。



と。思ってはいてもそれこそ急に言い出されたのは自分も同じだ。

今日も今日とで静希草十郎はアルバイトが入っている。



「今日も学校が終わったらバイトなんだ。すまないな」

「えぇー、いいじゃん。バイトなんてすっぽかしちまえよ。

 合コンとバイトを天秤にかけて、バイトをとっちまうなんて、むしろバイト先の人間に失礼だって。

 お前のバイト先の人間だって思ってるさ。You 行っちゃいなYOってさ」

「? いや。お前の言っている事はよく分からない」



彼の発言の中で理解が及ばないものはそのままにしておくべき。

それが二カ月に満たない彼との付き合いの中で、草十郎が理解した事柄だった。



とはいえ、木乃実にとっては折角の面白おかしい客寄せパンダ。

静希草十郎はきっとそこで大人気だし、

使いようによってはそれが自分の人気に直結するのだ。

笹を食べてれば人が寄ってくるパンダの如く、彼はそこにいるだけで人気を集める。

それをみすみす逃がすのは勿体ない。



「だからさ。発情期な年頃の男が女より仕事をとるなんてなんて非常識って……」

「発情期なのはテメェだけだ。

 草十郎をテメェみたいな野生動物と同類とみなすな、この馬鹿が」



横合いからの声に木乃実がはっと振り返る。

―――先程の言に一つ訂正。

休み時間とはクラスメイトならず、スクールメイトとの憩いにあてられる時間だ。

振り向く先には、わざわざA組から出張ってきた槻司鳶丸がいた。

げげ、と顔を引き攣らせる木乃実をいつも通りねめつけながら、こっちに近づいてくる。



「なんだよー、男ってのは誰にだってあるんだぜー、発情期」

「あるか。普通の人間には、そういうのを理性的に処理する思春期があるだけだ」



木乃実と草十郎の間に割って入る。

それはそれで実にいつも通りの光景であった。

折角の妙案といえど、鳶丸に割り込まれては達成などできはしない。

しかし、草十郎が自分から行きたいと言い出せばその限りではなかろう。



「なあなあ、静希。ものは試しだって。

 愉しいぜ? 女の子たちとの食って飲んでの大騒ぎ。

 バイトなんてもんは酒を浴びて忘れろ」

「テメェは酒に沈んで死んだらどうだ」

「ああ、どうせなら女に溺れて死にたい」



―――仲睦まじい二人の会話。

それを聞きながら、草十郎は顔を驚愕に染めていた。

漫才コンビのような会話をしていた二人が、

草十郎の突然の変異に気付いて静止する。

5秒近く驚いていたか。

そんな表情を崩して、しかしながらさっきとは違う感じの笑顔。



「――――驚いた。木乃実、実は年上だったんだな」

「は?」



言われて驚くのは木乃実の方だ。

何の脈絡もなく、いきなりそう言われても何が何やら。

だってそうだろう、と草十郎の顔はいやに真剣だ。



「お酒は20歳からだって聞いてる。

 それを飲める木乃実は、20歳以上なんだろう?」

「………あー」

「……だとさ。どうなんだ、木乃実先輩」



なるほど。

彼を客寄せパンダにするのは多分間違っていた。

確かに彼はパンダだろう。

しかも触れる、ふれあい広場にいるパンダだ。

だが触れ合う為に近づこうとしたならば、きっと周りが底なし沼。

踏み出したらきっと沈むに違いない。



客を寄せてもらおうと思っても、引っかかる先が底なし沼では攫いようがなかった。



「そうだな、諦める。お前絶対お姉さんたちを捕まえて放さないもん」

「懸命だ」



うん? と首を捻る草十郎の前で、二人はやや疲れ気味に同意見を述べた。











学校も終わり、バイトまで微妙な時間が開いてしまう。

しかし流石に山を登り降りするだけの時間はない。

中途半端で処理に困る時間帯だ。

とはいえ、そういった時はいつも商店街でぶらつくか、どこか喫茶店にでも入るに限っている。

というわけで、今日も多分に漏れず、目についた喫茶店に入る事にしたのだった。



扉を開ければからんからん、と客の来訪を報せるベルが高らかに。

いらっしゃいませー、と店内のそこかしこから上がる声。

あまり客入りはよくないようだが、

この時間帯ならばどこもそんなものなのかもしれない。

などと考えながらテーブルにつく。



「いらっしゃいませー」



ぼんやりと窓の外を眺めていれば、ウェイトレスがメニューとお冷を運んでくる。

ぱぱっとテーブルの上にそれを並べ、さっと引き上げていく。

何がどうというわけでもないがその手際にうむ、なんて肯いてメニューを取る。

特になんてことない、普通の喫茶店のメニューだ。

と思いながら、目を通していたメニューの右下。

始めて見るメニューを見つけた。



「なんと。――――これは」



ふむ、と顎に手を当てて黙考する。

たっぷり10秒悩んだ後、手を上げてウェイトレスを呼ぶ。

客入りが少ないからかどうかは分からないが、すぐに反応してくれた。



「お決まりですか?」



伝票を片手に寄ってくるウェイトレス。

にっこりと営業的な微笑みを浮かべた彼女に、アイスティーを、と告げる。

伝票にさっさと書き込まれるオーダー。

彼女がそれを書き終わった事を確認し、更にもう一つ。



「あと、訊きたいのだが。

 この“初恋の味―甘酸っぱい思ひ出に彩られたあの頃の僕らパフェ”というのは……」

「申し訳ありません。そちらはカップル様限定のメニューとなっております」

「なんと」



この世にはカップル限定のメニューなどがあるのか。

しかしそうだと言うのであれば仕方ない。

初恋の味、などと銘打たれたそれに些か以上興味をそそられているのだが。

一拍黙り、もう一度口を開いてみる。



「男二人では駄目ですか」

「え、男同士なんですか?」



言ってから、ウェイトレスは口を押さえて黙った。

なにか目がざわざわしているように見える。

いっちゃったの? そっちの世界にいっちゃってるの、あなた?

とでも訊きたげな視線だった。

しかしこほんと一つ咳払いして、事務的に質問はすっぱり切った。



「男女のカップル様専用のメニューですので」

「そうですか。ではアイスティーだけで」



かしこまりました。

そう言ってウェイトレスの女性は下がっていった。

一緒に引き上げられていくメニューを名残惜しげに見つめつつ、

草十郎はふむうと唸るのであった。











「ただいま」

「おかえりー、お疲れさまー」



いつも通りの帰宅。

いつも通りの挨拶。

それがいつも通り、と言えるようになっている事にどう納得すればいいか。

なんて、今更考えるのもアホらしいと割り切ってはいるが。

居間でファッション誌を流し読みながら、蒼崎青子はたったいま帰宅した草十郎に返事をした。

対面のソファで本を読んでいる久遠寺有珠をまた目を上げ、反応を示す。



「今日はもうバイトはないんだっけ?」

「ああ」



コートを居間のコート掛けに引っ掛けながらの返答。

彼はだからゆっくりできる、と笑いながらソファに座った。

もう9時、夕食はいつも通り外かバイト先で済ませてきているだろう。

そう、と言葉を返しながら青子は視線を再び雑誌に戻す。



「そういえば気になっていたんだが」

「ん?」

「記憶。俺の記憶を消す予定って立っているのか?」



静止し、無言。

人が折角無視してやってる事柄にわざわざ突っ込んできやがって。

なんて顔をした青子と、微妙に視線を泳がす有珠。



「……なんで?」

「ん?」

「なんであんたがそんな事気にしてんのよ」

「いや。俺がここに来る前に住んでたアパートなんだけど。

 戻りもしないのに、いつまでも部屋を取っておいてもらうのは悪いだろ。

 ずっとここにいるなら、謝ってこないと」



今度もまた静止して無言。

当然のように。

ずっとここにいるなら、なんて。

あたかもそれが当り前だと言わんばかりに、至極普通に言い放った奴めは、

そうだろう? とでも言いたげに首を傾いだ。

はあ、と大きく嘆息する。

そんな青子と似たような息を吐きながら、有珠の視線が手の中の本に戻った。

そこにあるのが安堵に似た色であったかどうかは、本人以外に分かるまい。



「そ、じゃあいいわよ。

 キープしてもらってる部屋、空けちゃいなさい。

 あんたが大馬鹿やらかして追い出されるような事態にならない限り、

 そんくらい面倒見るわよ」

「そうか。じゃあ明日にでも行って――――」



明日は休日。

学校を気にせず動ける、学生にとって代え難い愉しみの一つ。

翌日にそれが控えていた事。

木乃実たちが色々やらかしているのも、それが無関係ではあるまい。

草十郎の生活の中では中々珍しく、バイトの類も一切入っていない。

真実、好き勝手動ける日常なわけだ。

むう、と唸る。

いきなり唸り始めた草十郎を眺めていた青子が、訝しむような表情となる。



「なに?」

「蒼崎、君は明日予定があるか?」



きょとん、とする青子。

本へと目を移していた筈の有珠の視線もまた上がり、草十郎を見ていた。

それを気にするでもなく、言葉は続けられる。



「明日、ちょっと恋人になってはくれないか?」



ちょっとコンビニ行ってくる、くらい簡単に口をでた言葉。

ちなみに久遠寺の屋敷は山の上にあるだけあって、

そんなに気軽にコンビニまで行く事もない。

告白の言葉など1年前にいい加減聞き慣れて、

ついでに粉砕し慣れていた青子だったがこれはちょっと初めてだった。

いや、本当に。

ここまで軽く、唐突に、それもこんなかたちで告白されるなど……



「は?」

「ん? 明日、ちょっと恋人になってくれ」



別に聞き直したわけじゃない、と怒鳴る気にもならない。

いや待て待て、落ち着け。

草十郎的に考えて、これがまともな告白である筈がない。

この唐変木がそんな器用な事、

いや、この告白の不器用さを見るに、これが彼のスタンダードである可能性もなくはない。

考えろ、蒼崎青子。

これがどんな考えをするかは、最近大体分かってきただろう。

相手の考えが分かってきたなんて、それこそまるで恋人のようだ、なんて。

ええい、黙れ。静かにしていろ。

落ち着け私。



堂々巡りの思考。

それを中断させたのは、床に何かが落ちる音だった。

音源は自身の対面、ソファに座っている有珠。

音を感じて振り向けば、落とした本を取り上げている姿が見えた。

いそいそと拾い上げた本を開き、視線を落とす。



―――お約束通り、本は逆さまだ。

こうなってくると、青子の方は目が覚める。

目の前であそこまで取り乱されては、自分が取り乱すのもアホらしい。

はあ、と大きく溜め息一つ。



「有珠、本が逆」

「―――――」



言われた通りに持ち直す有珠。



この朴念仁に一般的な会話スキルなど求めるだけ無駄だ。

とある一瞬で突然、傾斜角60℃の飛躍返答が来る事などしょっちゅうだ。

だがどこか繋がる場所が会話のどこかに在る筈。

事前の会話の中からそのあたりをつけ、落とし所を探るしかない。

のだが、今回は特に悩むまでもなく分かる。



「で? なんであんたはいきなり、

 明日、恋人に。なんてふざけたこと言い出したのかしら」



むしろこれは明日付き合ってくれ、という意味の筈だ。

なんでそこを恋人などという単語に入れ替えたのか。

理由によっては彼の首が締まる。

むしろ理由によらず今締める。

ぱちん、と鳴らす指と同時に、草十郎の首でベルトが締め付けられていく。



「うぐぅ…いや、今日寄った、喫茶店、に、初恋、パフェなる、恋人、専用の、メニューが……」

「なるほどね」



解除。

絞首から解放された草十郎が、青い顔で深呼吸を繰り返す。

こいつはあれだ。

人畜無害と思わせているが、人に精神的ダメージを与える歩く呪術兵器だ。

眉間に指を当てて狼狽した自分を叱り、乱した精神を律する。

大きく一つ溜め息を落とし、ぎぬろと視線を草十郎に送る。



「もうちょっと言い方を考えないと、次からは酷いわよ」

「これより酷いのがあるのか……」



けほっ、と咳き込みながら顔を青くする草十郎。

その疑問には答えず、話を今さっき上げられた理由の方へ。



「で。初恋パフェ? なに、あんた。そんなの食べたいの?」

「うん。初恋とはどんな味なのか、興味がある」



真面目顔でそう語る草十郎を前に、別に初恋の味はしない、

と言い切るのもどうかと思って押し黙る。



「ふーん、なんだか甘酸っぱそうだけど」

「なんと。蒼崎は食べた事があるのか」



驚いた様子の草十郎を半眼で見据える青子。

そこで、初恋を知っているのか、とならないのがこいつがこいつたる所以か。

そういう名前がつけられるスイーツは大体そんな味。

なんていうのが、恐らく大多数の認識に当て嵌まるだろう。

青子自身の初恋は、甘酸っぱいなんてものではない。

舌と咽喉を焼く毒素の塊だった。

なんて、自分の初恋の顛末をわざわざ人に語る趣味は持っていないが。



「イメージよ、イメージ。

 悪いけど私はパス。明日は先約入ってるしね」

「む。そうか、なら仕方ない」



少し残念そうに言って、草十郎は席を立つ。

自分の口にする紅茶をいれる為に、台所へと引っ込んでいった。

小さく息を吐き、視線は再びファッション誌へ。

―――元より読み込んでるわけでもなかったが、あれのせいでからっきしだ。

まるで頭に入ってこない。

ついでに言うならば、目の前でしきりに台所へと視線を送っている相方も目に入るし。



「有珠」

「な」



は、と我に返った有珠が目を見開く。

視線は一度本へ落ちて、それから声をかけた青子へと。

一瞬だけ飛び出した声の調子が、普段と比べ幾分高かったのは、聞き違いでもあるまい。

じぃと見つめてみれば、視線は泳ぐ泳ぐ。

かつてこれほどまでに、有珠の狼狽した姿を見た事があっただろうか。



「なにかしら」

「なに、あんた行きたいの?」

「――――どこへ」



ほー、今ここで先程まで話をがっつり聞いといてそれか。

僅かにこめかみを引き攣らせながら、とりあえずスルー。

一息吐いて呼吸を整え、奥にいる草十郎に声をかける。



「ねえ、草十郎。あんたがいたアパート、律架が入ってる筈だから誘ってみれば?

 あいつの事だから二つ返事でオ」



かこーん。

青子の頭部を殴打する青い流星。

それはさながら空を翔ける駒鳥が如く、あるいは使役者に全力投球された鳥肉が如く。

丸々しい図体を惜しげもなく機能させ、ボールとしての使命を果たす。

ずばっ、と素早く青子が振り返ろうものならば、有珠は既に本に目を落としていた。

青子のソファの下には目を回す駒鳥。

それの羽の先をつまみ、持ち上げてみせる。



「ちょっと」

「なに?」

「これ、どういうつもりよ」

「ああ、また粗相したの。

 どうぞ、煮るなり焼くなり擦り潰すなり好きにして」



何という神風戦法。

撃ち捨てられた弾丸の人権など認めていません。

知らぬ存ぜぬ破棄されたならそれも是、なんて無駄の無い消費。

無駄を削ぎ落としすぎてて腹が立つ。



「あ、そ。ふーん、そういうつもり。はいはい、そうですか」



ぐつぐつ煮え立つ内心、駒鳥の羽を両側から引っ張って伸ばしてみる。

そいつの身体をボールが如く握り締め、



「草十郎。明日は律―――」



ごう、と風を薙いで飛来する一冊の本。

厚いカバーで装丁された、実に古めかしい魔術的な稀覯本。

内包された神秘はそれらの要因を破壊力に変え、青子へと殺到する――――!

なんて事があろう筈もなく、

ただ質量のかたまりとして、青子へと飛んできた。

瞬時にそれへと向け、駒鳥を投げつける。

空中で衝突する二つの物体。

盛大に音を立てて雪崩れ落ちる両者の攻撃。



「―――架を誘えばいいと思うわ。色々と」



ぬぅ、と顔を顰める有珠。

その段に到り、草十郎も目的を果たして奥から出てくる。



「律架さん? そうだな、空いてそうだったら誘ってみる」



聞いた途端にずーん、と。

背負った影が重力を帯びたが如く、有珠が沈んでいく。

行きたいなら行きたいって言えばいいのに、

しかし自分で言わないのであればそれは自業自得だ。

割り切って青子は雑誌に目を向け、

やっぱり一つ大きな溜め息を吐いた後、草十郎に視線を戻した。



「それか。有珠連れてけば? 明日暇みたいだし」

「―――――あ、」

「そうなのか。じゃあ、有珠。どうだろう、一緒に初恋パフェを食べないか?」



それが至極に見える態度で、声をかける草十郎。

声をかけられた有珠の方はやや戸惑った後、小さく肯いたのであった。











アパートの方への話はあっさりと終了した。

元々荷物は引き上げてあるのだし、ただ話だけして終了なのだから当然だが。

休日の街は平日に比べ騒がしくもあり、寂しくもある。

何と言うか、騒がしさの質が違うのだ。

生活感に溢れた平日の騒がしさはなりを潜め、

休日は、娯楽を求めて彷徨うものたちが跋扈する魔界として再構成される。



そんな中で、草十郎も有珠も特段変わった事はなく、

いつも通りの距離感で、いつもと違う場所に二人でいた。



「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりでしょうかー?」



はつらつとした挨拶文句。

あらかじめ受け取っていたメニューの中から、二人分の飲みモノと初恋パフェをオーダーする。

初恋の味―甘酸っぱい思ひ出に彩られたあの頃の僕らパフェだ。

そのオーダーを聞いた瞬間、店員に電流走る。

彼女を足がけに走り出した電流は店全体を駆け巡り、

開店直後の眠気が滞留した店内の空気をがらりと一変させた。



「―――ご注文は、以上ですか?」

「はい」

「初恋の味―甘酸っぱい思ひ出に彩られたあの頃の僕らパフェ、ですね?」

「あとアイスティーをふ」



と、いきなりウェイトレスの女性が腰からハンドベルを引き抜き、振り始めた。

からんからんと高く轟く鐘の音色。

何に驚くというか、そんな事ではなくて。

きっと驚いたのは他のテーブルの客たちだ。

嫌が応でも視線はベルの方向へと吸い寄せられる。



「初恋パフェ入りましたー!」



何故か叫ぶウェイトレス。

目をパチクリさせている有珠と、あとアイスティー2つを付け足したい草十郎。

一気に店の奥が騒ぎ出す。

あっという間にウェイトレスは引っ込んでしまい、

ついぞアイスティーの注文が通っているのか確認する事はできなかった。



客入れは当事者2人を除き、ほんの2組5人。

10の瞳の注目を二身に集め、その二人が考える事はばらばらだ。

何故オーダーを叫んだのか、そしてアイスティーはちゃんと注文されているのか。

果たして、その草十郎の不安は杞憂だった。



「お待たせしましたー、初恋パフェです!」



ほんの5分で運ばれてくる、2人前のパフェ。

2人前なのだが器は一つで、取り皿があるわけでもない。

実に食べ辛そうだ、というのが草十郎の感想だった。

乗っているフルーツは苺をメインに4種類。

生クリームは白くなく、薄紅色。恐らく苺だろう。

となると、ガラス容器の半ばに見える紅色は苺ジャムにちがいあるまい。

中に入っているスナックらしきものも矢張り薄紅。苺関連だと思い付く。

これは苺パフェ2人前?



首を傾げる草十郎の前に、ウェイトレスがアイスティーを置く。

よかった。アイスティーのオーダーもしっかり通っていたらしい。

そしてウェイトレスから差し出される妙に長いスプーン。

受け取ってはみたものの、実に扱いずらそうだ。

有珠にも全く同じものを渡したウェイトレスに訊ねる。



「これは?」

「では彼女様のお手を拝借」



スプーンを持った有珠の手を取るウェイトレス。

なされるがまま、誘導されるがままにスプーンで苺を掬い、

それを草十郎の目の前へと運ばされる。

ふむ、と首を傾げる草十郎に、ウェイトレスの声。



「はい、彼氏様。あーん」

「あーん?」



ウェイトレスが口を控えめに開いた状態で停止させ、真似をしろと訴えてくる。

その通り、口を開ける。

滑り込んでくるスプーン。

これは食べろと言う事なのだろう、という事で苺をいただく。



「では今度は彼氏様が!」



今と同じ事をしろと、言う事なのだろう。

長いスプーンで苺を掬い、有珠の口許へ運ぶ。

そして、



「あーん」

「……あーん」



おっかなびっくり口を開ける有珠。

その口の中へスプーンをゆっくりと入れる。

はむ、と閉じられた口の中で、苺が咀嚼され、嚥下された。



「ではごゆっくり! 存分に楽しんでください!!」

「おお」



なるほど。

これはそういうメニューだったのか。

握り拳をつくって、テンション高く去っていくウェイトレスを見送り、何となく得心した。

しかし、意図と目的は何となく分かったが、何がいいのだろう。これ。

悩む草十郎の前に、再びスプーンが差し出される。



「……あーん」

「うん。あーん」



少しテーブルに乗り出し気味でそうしてくる有珠。

そのスプーンに食らい付き、咀嚼する。

まあいいか。

とりあえず食べた後で考えよう。











『いやー、昨夜のアリスさんはホント凄かったッス。

 手で押し潰さんばかりににぎにぎしてくれたかと思ったら、いつの間にか床で潰れてたッス!』

「へー」



部屋に帰ってからも凄かったッス。

こう、一瞬だけ優しく抱き留めたかと思えば、思い切り振りまわして、

何度も何度も壁に叩き付けた上で投げ捨て、床に落ちたジブンをバンバンと……

などと昨夜の惨状を語る駒鳥。



行き詰った悦楽の吐き出し方知らないと酷よね、

なんて他人事みたいに考えながら、チャンネルを回す。

特に面白いのはやっていない。

当日になっていきなり遊び友達クマがキャンセルという憂き目にあった青子は、

ぼうっと1日を過ごす羽目になっていた。

こんなんだったら私もついてけばよかったか、と思いつつも恋人メニューを3人で注文もあるまい。

とりあえず2人に自分の昼食もお願いだけしつつ、留守番である。



「ま、そういうこともあるわよね」

『そうッスか?

 アリスさんがあそこまで激しかったのは初めてッス』

「そっちは知らないわよ」



これってあれ、あれッスよね、愛ッスよね。

あそこまでためらわない仕打ちは愛以外からは生まれないッス、多分。

などと捲し立てられても仕方ない。

知らん、本人に訊いてくれとしか。



テレビの映像と駒鳥の鳴き声のBGM。

この二つでのんびりと時間を潰していれば、なんともはやい事に―――



「ただいまー」

「ただいま」



デートから二人が帰ってきた。

まあ、どうせ予定通りパフェを食べるだけ食べて、帰ってきただけなのだろうけど。

自分の事は棚に上げ、色気のない二人などと思う。

テレビを消し、今にも飛び立とうとした駒鳥をはたき落とす。

青子はこれの主人から煮る焼く擦り潰す、等々好きにしていいという権利を貰っているのだ。



「おかえりー。どうだった、初恋の味」

「―――素敵だったわ」



実に嬉しそうにそう言って、有珠はコートかけに向かう。

珍しい。有珠があんなに褒めるとは。

これは本格的に自分も行くべきだったか、と後悔。

しかし草十郎は顎に手を当てて、何とも難しい顔で悩んでいる。



「草十郎?」

「うん」



悩み抜いた結果か。

彼が開いた口から出た言葉は、



「苺だった」











後書き。

Q:初恋パフェ、どんな味だった?

A1:苺の味がした。

A2:しずきくんのあじがした。



あと何年待てば続きが出るのか。

こんな妄想をしながら待てと言うのか。

しかしいつかきっと見れると信じて。

生殺しだぜい。



[32817] その2
Name: イメージ◆294db6ee ID:dbc2bf1e
Date: 2012/04/24 23:07










久遠寺邸の扉を開き、中へと踏み入れる。

通じるロビーは生活空間でなく、それぞれの空間へと分岐した駅の役割。

この場所で生活に直接関わるものなど、

と、電話があったか。と言っても、この家においての電話の役目などたかが知れて―――

そんな事を思いながら帰宅した青子の前にいたのは、

丁度電話を持っている草十郎の姿だった。



少し驚くが、バイト関連であいつは結構使ってたなと思い出す。

どうせまた、バイトに関する用事で電話しているのだろう。

と、電話していた草十郎がこちらを振り向いた。

おかえり、とでもいうかのように片手を上げる草十郎。

こっちを手を上げ返す。



「では、また」



がちゃん、と置かれる受話器。

通話を終えた草十郎は青子へと向き直り、にこりと微笑む。



「おかえり。青崎」

「ただいまー……?」



何か違和感。

いや、具体的に何がおかしいというわけでもないけれど、何かが。

まあいいか。

少し気にかかる、程度のどうでもいい話に違いない。

そんな話に悩み抜いて時間を使うのも馬鹿らしい。

頭を掻いて、ぱぱっと居間に向かって進路をとる。

居間へと足どろうとした青子をしかし、草十郎は引き留める。



「蒼崎。俺は今からバイトだから、夜は俺抜きでやってくれ」

「はいはい。いつも通りにね」



ぱたぱたと手を振り了解の意を示す。

満足げな草十郎は一度大きく肯く。

そしてコートを片手に、今し方青子が入ってきた玄関から外へと出て行った。



「いってらっしゃーい」



気の抜けた声で見送り、出ていくのを見届けてから居間へ。

居間では有珠がいつも通り、立派に装丁された本を読み耽っている。

コートを脱ぎ、居間のコート掛けへと引っかける。

目を本に落とし上げもしない有珠に、一応帰宅の旨を伝える挨拶。



「ただいま、有珠」

「―――おかえりなさい」



ちらりとだけ視線をあげ、一言返して再び目は落ちた。

いつも通りの反応なので気にもせず、その足で台所まで移動して紅茶を準備する。

今日はこの後どうするかな、なんて考えながら作業を進行。

かちゃり、と茶棚を開いてみれば―――



「あ、と。間違え……」



開ける棚を一列間違えてみれば、そこには緑茶の茶葉缶。

じっとりとそれを見ても、紅茶のそれになどなるわけない。

……あいつにしては大胆に約定破ってるわね、なんて目を眇める。

まあ、青子にしてはどうでもいい。

有珠にバレた時困るのは草十郎である。

缶には触らずぱたりと閉じて、溜め息混じりに紅茶をいれる作業に戻る。



紅茶のポットとカップを手に居間へ戻れば、

相も変わらず有珠は本の虫。

何となく、あの草十郎の秘密がバレた時の事を考えてみる。

青子のように紅茶をいれようとし、誤ってあの戸棚を開けてしまう有珠。

目に入るのは緑茶の茶葉缶。

犯人は一人しかいない、静希草十郎だ。



じっとその缶を見入った後、――――溜め息一つ、その扉を閉める有珠。



「………実際、そんなもんよねぇ」



久遠寺有珠は、静希草十郎にだだ甘だ。

多分それが青子の用意したものだったら、

居間のテーブルにそれを出しておいて、無言で抗議するに違いない。

青子が帰ってきたらテーブルに秘密の茶葉缶が出してあり、

その目の前で本を読む有珠が鎮座しているのだ。

げっ、と言い逃れようとする青子に何も言わず、ただじっと見つめ続ける有珠。



うへぇ、と自分で描いた空想に滅入る。

そんなの御免だ。

青子の方も気が短い分、論争に至るのは必定。

そして確実に、論争から戦争へと発展するのが目に見えている。

そこまで考えて、うん?と唸る。

もしかしてこれ利用できないだろうか。

何かと理由に草十郎をつければ、有珠の意見を簡単に曲げられ―――



「―――止めた。後が怖いし」



それに趣味じゃない。

自分の意見は自分の力で押し通してこその蒼崎青子である。

ポットから紅茶をカップに注ぎ、一口。

会心の出来とは言い難いが、うんと一つ肯いて満足する。



「―――そういえば」

「うん?」



青子がカップを手に緩んでいると、有珠が口を開いた。

何だろうか。今日の夕食は青子。

すると、やはり夕食の話題となるか。

折角草十郎がいないのだし、久しぶりに奮発して出前などいかがか。

財政管理をあ奴が行うようになってからは、そういう事すら碌にできない有様なのだし。

青子は不満たらたらだし、有珠も不満たらたら。

だが有珠がそれでも「静希くんがそういうなら」状態な分、

青子を代表格とする浪費組に辛い状況である。



「最近、協会が騒がしいようだけど」

「ああ」



そっちか、なんて思いつつ紅茶を口にする。



「日本のどっかで大規模な魔術儀式があるとかないとか。

 詳しい事は知らないけど、相当なもん拵えてるらしいわ。

 協会からもけっこう大物が出張るらしいけど」



魔術の研鑽とかを、魔法使いに言われてもしょうがない。

あえて魔術の研鑽とか(笑)と表記しても怒られるまい。

こちとら魔法使いと魔法一歩手前のお姫様だ。

なんか文句あっか、と凄めば大体の相手は逃げ帰る。

今ならばそこに1000年物の幻想種と、幻想種に匹敵する物珍しさの丁稚もつけてやろう。

まあ、こっちが五つ目の席を埋めてしまったせいで、いろいろ向こうも厄介なのだろう。



「ま、関係のない話よね。

 そんな事より夜はどうする? 私としては出前でも―――」

「ああ、それならこれ」



言って差し出されるは、とある蕎麦屋のお品書き。

むむ、と顔を顰めて見る。

説明を求めるように有珠の顔を覗くと、彼女は本を閉じて脇へと置いた。



「静希くんが出前を取るならここがいいって。

 出前というのなら、ここでいいんじゃないかしら」



何でもかんでも静希くんが、静希くんがと付けおって……

などと、奇妙な戦慄に身を焦がす青子。

差し出されたお品書きを見るに、特に変わった事もない。

値段もメニューも特別変わったところのない、実に愉しいメニューだ。

どれにしようか迷えると言うのは、それだけで幸せな事だろう。



「へえ、鴨か。鴨食べたいわ。いいじゃない、ここで」

「そう。なら私は青子と同じのでいいわ」



愉しげに言葉尻を跳ねさせる青子に応える有珠。

有珠の事だからとっくにメニューへと通していて、

かつ青子が目を付けそうなメニューにもあたりをつけていて、

その上での言葉だろう。

仮に有珠の予想外を頼んで、彼女の願望通りにならなくても自業自得だ。

青子としては自分が食べたいメニューを頼むに限る。

メニューを手に、ロビーの電話まで移動するべく立ち上がる。



そうして立ち上がった途端。

ジリリリ、と目当てのロビーで、電話が鳴動し始めた。



「電話? ……こんな時間で?」



ちらりと有珠に視線をやれば、彼女も首を傾げている。

教会か、学友を含む学校関連か、草十郎のバイト先。

こちらの電話が鳴る事など、それ以外ではまずないのだが。

はて、と思いつつも立ち上がっていた青子は素直にロビーへ向かった。







「はい、もしもし?」

『ああ、青子? わたしわたし、草十郎くんいる?』



はい? と首を傾げてみる。

傾げた首の角度は75°に及ぶ。

それはもう疑念の類でなく、理解拒否に属するレベルだった。

電話の向こうの相手、その声はどことなく姉に似ている気がする。

あと、雰囲気もそうだ。蒼崎橙子と同じ雰囲気がある。

それと自分に対する馴れ馴れしさとかも、姉と同じ感じ。

というかもうこれ、姉貴じゃ……

いや、そんな事があってたまるか。

頼むから違うと言ってくれ。



「――――あの、どちらさまでしょうか。

 当方。できれば、名前に色とかが入ってない人間である事を望んでいますが」

『あはは。残念でした、蒼崎橙』

「しね」



切る。

がちゃん、と思い切った勢いで受話器を本体に叩き付けた。

頭痛を押さえるように額に手を当て、影を背負う。

何でいきなりあんなのから電話をもらわねばならんのだ。

―――ああ、さっきの草十郎に感じた違和感がやっと掴めた。

あの野郎、直前まで姉貴と話してやがった。

同姓の相手の前では、草十郎は青子の事を蒼崎でなく青子と呼ぶ。

だから直前まで青子と呼んでいたツケか、

蒼崎と青子が交じって妙なイントネーションになってたのだ。



またもや電話が震えだす。

どうしよう、この電話がかかってきたという事実を魔法で打ち消そうか。

なんて、本気で30秒くらい悩む。

鳴り止まないそいつに、やがて観念した青子はゆっくりと受話器を持ち上げた。



「草十郎はバイト。もう切っていい?」

『我が妹ながら、その常識の無さは本気で腹が立つな。

 まずは所在を名乗れ。電話をかけられておいてなんだ、それは』

「はいもしもしこちら蒼崎です。用がないならとっとと切れ」



はっ、と小馬鹿にするような嘲笑が電話越しに聞こえる。

我慢できなくなって、電話ごと爆砕してしまったらどうしようか。

半ば以上に本気でこのロビーの事を心配する。



「こっちに常識的な対応を求めるなら、そっちも相応の態度で接してきなさいよ。

 電話なんかじゃなくて電報で、

 『ジジイ キトク アネ カエル』とか洒落の効いたメッセージを送ってきたなら考えたげるわ」

『相も変わらず最悪のセンスだな、お前は。

 まあいい。それより草十郎は出掛けか。なら、かけ直せと伝えておけ。

 この魔術線にどうすれば繋がるか、彼の方も知ってるからな』

「はあっ!?」

『うん? ああ、仕組みがバレると有珠にあっさり解体バラされる程度のものだがな。

 だからこうやって短い会話で用を済ませ、全貌をプロイから隠匿しているわけだが。

 いかんな。お前と喋っていると時間を忘れるよ』



ははは、とわけわからない笑い声をあげる姉。

嬉しくもなんともない。

どうせお前じゃ会話中に遡るなんて器用な真似もできまい、と侮ってくれる。

まったくもってその通り。反論の余地もない。



「ぐぬぬ……!」

『ああ、そういえば青子。

 お前のところに魔法使いは来たか?』

「は? 何、魔法使い? 知らないわよ」



青子以外に現代でちゃんと動く魔法使いなど一人くらいだ。

ていうか、魔法使いという人間の幻想の癖に青子以外人間がいないとか。

溜め息混じりに返した言葉に、そうかならいいとすっぱり話を斬り捨てる橙子。



「なに。宝石の爺さんの話でしょう?

 まともに話題に出来る魔法使いなんて、私を置いたらあれだけじゃない」

『ああ、まあな。

 なに、あの怪物がクランクアップに立ち会った祭りが近付いているからな。

 5人目の襲名と合わせて様子を見に来るかとでも思っただけだ。

 単なる気の迷いだ。気にするな』



誰だって天災の徴候なら知りたいものだ、とあの老人を天災呼ばわり。

間違っていないのだろうが、魔法使いの扱いなど似たり寄ったりだ。

後々自分もそういう枠に入れられる事になるかと思うと、げんなりしてくる。

ところで、と青子がその話題から内容を浚う。



「その祭りっての。

 協会が騒がしいわけ?」

『ああ、聖杯戦争と呼ばれる大規模な儀式だと。

 詳細は調べる気もないが、あの爺が関わってる時点で碌でもないものなんだろう。

 アインツベルンも関わっているらしいから、その辺りに興味が湧くがね。

 魔術協会もロードが出馬するだの、相当盛り上がっているよ』

「あっそ。ふーん、ま。こっちにゃ関係ないか」

『精々気をつけるんだな。

 その儀式を検めるついでに、お前のところへ宝石翁がぽっと出てくるかもしれないぞ』



………嫌過ぎる。

より道で人生をめためたにされるなんて、何があろうと受理できない。

そんな事になればこの街で魔法大決戦になるに違いない。

―――流石に勝てる気もしないが。

ちょっとあれは別格というか、仮面ライダーがウルトラ怪獣やゴジラに挑むようなものというか。

同じジャンルでも比べるモノではないのだ。



「……おっけー、そんな事がないように祈ってて」

『そんな事言うなよ。

 そう言われたら何としてもお前のところに、あの爺さんを焚き付けてみたくなるだろう?』

「あんたホントに最低ね!」

『おまえは最高に最悪だよ』



ははは、と互いに終始和やかに進む会話。

電話越しでなく対面しての会話だったら、きっとそれぞれ10回は殺しにかかっている。

というか、今でも電話越しに殺す手段はないかと模索中。



「聖杯戦争ねぇ。なに、聖者の血を受けた杯で酒盛りでもするのかしら」

『さぁ。だが、魔術師なんて理由もなしに寄り合うものでもないだろう。

 揃いも揃って偏屈な一団だ。

 どいつもこいつも相手を出し抜く事を考えながら、奪い合うに値するなにかが隠れているんだろ』



興味なし、と言い切る橙子。



「相応の奇蹟がなけりゃ動かない、と。そりゃそうだ。

 人類史上最大の世界平和でも実現するのかしらね」

『ハッ―――だから、そういう事を言ってくれるなよ青子。

 お前の口から世界平和なんて世迷言が謳われた日には、私は世界を滅亡させなきゃならん』

「それは一体どういう理屈よ」

『お前が大切にしたいものは、私にとって真逆の同価値。

 お前の大切にしたい度に反比例して、私のぶち壊したい度に繋がってるからな』

「いい加減死なない?

 手伝うわよ、私にとってぶち壊したい度100%のお姉さま?」



ん、と厭らしくくぐもった笑いを上げていた橙子が声を詰まらせる。

青子の脅迫に動じる女ではない。

その反応に青子も首を傾げ、続く言葉を待ってみる。

その内、やってしまった、と反省する橙子の苦々しい声が聞こえてきた。



『やれやれ、有珠に見つかった。

 この線はもう使えんな。お前が可愛いせいだぞ、青子』

「うわ、いまぞっとした。気持ち悪」

『言ってくれるな。

 ま、直視されたならいざ知らず、プロイ視点で見られただけだ。

 誤魔化しも効く。ダミーを一本焼き切られるだけだろうさ。

 草十郎にはちゃんと連絡させろよ』



がちゃん、と切れる電話。

―――姉貴が前に来た時、本気で張った魔術線なら私に探せるわけないし。

―――そもそも有珠が気付いてない、って時点で無理がある。

はあ、と大きく溜め息。

やはり魔術師としてあれにはまるで及ばない。

まあ、及んでしまったらそれこそもう、相手も本気で殺しに来るだろう。

こっちは魔法を使えるだけの壊し屋だからこそ、

橙子もこっちを出来の悪い妹として見ていられるのだ。



「……めんどくせー女」



人の事を言える義理でもないが。

そこで手にしていた出前のメニューを思い出した。



「あっと、忘れるとこだった。鴨、鴨」



電話をかければ、コール3回で出てくれる。

メニューを伝え、初めての店なので住所も伝えたところで、



『ああ、もしかして坂の上の』

「ええ、まあ」



有名らしい。だろうな、と納得する。

二人前、最近は三人前の出前であの坂を登らせる出前テロリスト。

坂の上の久遠寺邸と言えば、商店街でも知る人ぞ知る要注意一家だ。

草十郎がここならいい、と言って置いていった店なのだから、拒否はされまいが。

むぅ、と何となく緊張する青子。



『はいはい、承りました』

「あ、はい」



―――緊張の甲斐なく、普通に承諾される。

向こうから切ったので、こちらも受話器を置く。

まあ、運んでくれると言うのだから喜ばなくては。

お品書きを振り回しながら居間へと歩を進める。



居間に戻ると、何やら難しい顔をした有珠がこちらを見ていた。



「―――随分と長電話だったけど」

「姉貴。この街に電話線に介入する魔術線を張り巡らせてるらしいわ。

 迷惑なのは電信会社よね」



呆れるように呟くと、有珠もその難しい顔の原因を見つけたかのように納得した。

さっき橙子自身が言っていたプロイに見つかった、という件だろう。

あの悩みようを見るに感知はできても看破は出来ていなかったのだろう。

有珠に出来ないのでは、青子に出来る筈もない。

ソファへと腰掛け、すっかりと冷めてしまった紅茶に口をつける。



「あ。それで、さっきの協会がやってるお祭り。

 聖杯戦争とか言うらしいわ。

 内容までは橙子の奴も知らない口振りだったけど。

 調べる?」

「別にいいんじゃないかしら。

 橙子さんがどうでもいいと判断したのだから、きっとこの場所が巻き込まれる事もないのだし」

「あいつの事信用しすぎ。ただ興味ないだけじゃない?」



橙子が関わっていると理解して、有珠はもうこれらの件をスルーの方向。

それが中々に腹の立つもので、青子としては根掘り葉掘り調べておきたい。

しかしそれは本を読み耽る有珠には通じないようだ。

まあ、確かに外来の魔術師が踏み込んできたところで、この街を落とすなどまず不可能。

それこそ魔法使いに魔女、あと幻想種までいるのだ。

とはいっても、あの幻想種引っ張り出すのは中々骨が折れ―――



がちゃり、と。



「お待たせ」

「え?」



扉を開けて、静希草十郎が入ってきた。

きょとん、と呆ける青子と有珠。

バイトに行ってから1時間くらいしか立っていないと言うのに。

よく見ればその手には、普段持っている筈の無い出前箱が握られている。



「――――あんた、まさか」

「ああ、俺のバイト先。

 安くしてくれるし、俺のバイト代から天引きだからな」



居間のテーブルの上まで出前箱を持ってきて、注文を開けていく。

よもやこいつがそんな方法を、と。

安くしてくれるからこの店、なんて選び方をし始めたら若者は終わりだと思う。

青子はゆっくりと額に手を当て、溜め息を吐く。

しかし考えるべきはそこではない。

こっちの注文がオーダーされてから未だ10分。

メニューが出来上がっているのはいい、何で届いてるんだ、こいつ。



「あんた、注文からこの短時間でどうやって―――」

「ボクが草十郎さんを乗せて走ってきたんだけど?」



犬がいやがった。

てこてこと足を鳴らし、草十郎の後ろから金髪の子供が姿を現す。

最高時速がどれだけでるのやら知らないが、

まあきっとジェット機ばりに走るのだろう。



「………ちょっと待て、あんた。まさか街中をあの金ぴか狼で走ってきたわけ?

 ゾル大佐に間違われてライダーキックされても文句言えないあの姿で?」

「その例えは意味分かんないけど、そんなわけないじゃん。

 普通の大型犬に化けてるよ」



だからと言って大型犬を乗り回す野生児という構図は変わらないが。

出前箱から注文を取り出した草十郎は、何故か自慢げに語り出す。



「結構人気なんだ。わんわん出前」

「わ……」



くらりと眩暈に酔う頭。

内容が聞きたくない。でも、聞かずに怒鳴るわけにもいかない。

律儀さが裏目に出ているところである。

配達された蕎麦に手を伸ばそうとする有珠の押し止め、

草十郎に説明を求める。



「いや、偶然だったんだ。

 たまたまベオがそういう散歩がしたいと言うから、やってみてたんだ。

 そうしたら突然声をかけられて、二人揃って働く事になった。

 時給は二人分出てるぞ」

「それはまた……どこの馬鹿がそんな発想を……」

「教会の三人の中で一番ゆるい人」

「――――律架ぁーーーーーッ!」



ゆるいのを思い浮かべて吼える。

アコちゃん、私やったよ!

と言わんばかりに夜空で輝く律架のサムズアップ。

あそこまで叩き落としたい夜空の輝きなど初めて見た。

どこぞの油など比較にならないほど腹が立つ。



「頭いたい……あの馬鹿……ホントに叩き落とそうかしら」

「蒼崎がやったら律架さんが死んでしまうじゃないか」

「美味しいわ」



声に引かれて振り返れば、ずるずると蕎麦をすする有珠。

こいつ、話に参加する気がない。

はー、と灼熱した頭を冷やす事も兼ねて大きく深呼吸。

ずい、と指先を草十郎の顔に突き付ける。



「今日はもう仕方ない。ただ、明日からもう二度とやらない事。

 拒否権なし、文句を言ったら首が締まると理解なさい」

「稼ぎは倍なのに」

「えー、ボクと草十郎さんの夜の散歩ー」

「オッケー、今のは宣戦布告ね。捻り潰すわ、容赦なく」



ざわ、と髪が燃え立つ。

朱色に染まる髪は、彼女の魔法行使の証明。

うぐぅと引き下がる二人。

1000年の幻想だろうが、

1000年重ねたという事実を振り出しに戻す青子にすれば意味はない。

ただでさえこの犬公には一度首を噛み砕かれているのだ。

遠慮呵責も容赦もない。

行う事はただの処刑執行以外に在り得ない。



二人の納得を見届けて、どっかりとソファに沈み込む。

髪の赤はどこかへ消えた。



「はぁ……つまり、あんたらはここにくるのに、相当あり得ない速度でかっ飛ばしてきたんでしょ?

 なら、時間の帳尻合わせで少しくらいここでさぼれるってわけね。

 草十郎、紅茶いれなおしてきて」

「おーぼーだよ。草十郎さん、そんな事より早く戻ろう?

 道のりの時間調整はボクがするから」



青子も自分の蕎麦に手をつけて、仕方なしと草十郎が紅茶をいれに立つ。

ぶーたれながらも、ベオはそれについていく。

肩が重くなる錯覚を覚えながらも、麺を食する。

あ、美味しい。

地味な幸福感を味わいながら、紅茶を待つ。



そんな中、二人が台所へと入っていくのを見た有珠が、箸をおいてそちらへと向かっていった。

少しその光景に疑問を覚えつつ、見送る。

と、そうだ。

そういえば橙子からかけ直すように、という言伝貰ってた。

なんて、漸く思い出してそれを伝えるべく、自分も席を立つ。



そうして、台所へと向かってみれば――――



「?」

「――――」

「いや、その。……つい、出来心で」



万引きだか浮気だか、やらかしてしまったような顔で草十郎が立ちつくす。

それを見ていた有珠が、後からきた青子を見て苦い顔をした。

ベオはとりあえず草十郎にひっついているし、何がどうなっているのか。



「なに、どうしたの?」



有珠の手元を見る――――緑茶の茶葉缶。

見つかってやがる。

あーあ、なんて他人事に目を眇めて、草十郎を見据える。

有珠の顔が苦いのは、青子が見ていなければ特例許可を出す気だったと推測できる。

ところがベオがいた為に迷って、そのうち青子まで来てしまったからさあ大変。

この屋敷のルールである有珠は、掟に従い少年を罰さなくてはならない。

粛々と罰則を受ける気の少年と、そんな事はしたくない少女。

はあ、と一息。



「飲みたいっていうんだから、飲ませたげれば?

 適当に妥協点探ってさ」



私は別に気にしてませんよ、と。

そう言ってやらなければ有珠は決断できない。

む、と顔を顰める有珠。



「んな事より草十郎。あんた、橙子と連絡とってたでしょう。

 さっきあんた宛に連絡きたわよ」

「あ、草十郎さんトーコさんと連絡とってるんですね。

 あんまりにもそういう素振りないから、トーコさんの誘いを振ったのかと思ってました」

「姉貴から誘い?」



あ、とベオが口を噤む。

何も言ってませんよー、と分かり切った誤魔化し。

今にも口笛とか吹き始めそうな金髪から視線を逸らし、草十郎をロックオン。

この人畜無害に何をする気か、あの年増は―――

睨まれたから屈するわけではないだろう。

彼なりに秘していた事に負い目があったか、若干口籠りながらも吐露する。



「いや、その……居間でのんびり緑茶を飲みたいな、と。

 愚痴ってみたら、うちで茶坊主をやらないかと誘われた」

「―――――驚いた」



こいつも愚痴る事あるんだ、と。

ただのカラクリじゃなくて実は人間らしい。

なんて、非道な事をこっそりと思いつつ、有珠に目を向ける。

相当ショックを受けている様子だ。



「だってさ。茶を許さないと橙子に盗られるわよ。

 ちなみに経験談だけど、あれに盗られた場合――――

 一生戻ってこないか、見るも無残な姿でゴミ箱よ」

「そ―――」

「失礼だなぁ。トーコさんがぶち壊すのはあなたのものだけだよ」



そっちこそ失礼な事を言っている、という自覚があるのかないのか。

吼える犬ころを一睨みして黙らせて、有珠の様子を窺う。

口に手をあて、視線を彷徨わせる有珠。

―――いや、別に行く気はないけど。

そんな感じで途方に暮れている草十郎が目に入っているのか、いないのか。

ずい、と有珠の目の前へ指先を突き付けて、問いかける。



「どうするの?」

「――――専用のカップを用意して。

 けして紅茶用のカップで、緑茶を飲まない事」



そこが妥協点。

結局、一番許せないのはそこだったのだから、そこだけ守られれば十分だ。

有珠に突き付けていた指を外し、今度は草十郎に。



「理解した? 茶飲みは自分で用意しなさい」

「――――ああ。ありがとう、有珠」



笑いかける草十郎と、目を逸らす有珠。

その頬が微か赤いのは見間違いではあるまい。

これで決着。

掌を打ち合わせ、高らかに拍手の音を響かせて、代官が判決を受理する。



「はい、これでこんなしょうもない話は終了。

 早く蕎麦食べるわよ。

 草十郎、あんたもちゃっちゃと紅茶いれて、仕事の方に戻りなさい」

「……やっぱり俺がいれるのか」



有珠を引っ張って居間に戻る。

蕎麦の出来は佳し。

また今度ここを利用しよう、と思わせるには十分な美食であった。











「ただいま」

「おつかれさま」



食事をとうに終えて居間で和んでいると、草十郎がバイトを終えて帰ってきた。

その手には紙袋が握られている。

さっそく湯呑みでも買ってきたかと訝しむ青子の前で、その中身が取り出された。

ずい、と青子に向かって差し出される紙包み。



「……なに?」

「日頃のお礼だ。喜んでくれると、俺も嬉しいところだけど」



きょとん、とたっぷり5秒間呆けてみせる。

―――とりあえず意味もなく髪を撫で、くるくるいじってみて。

何だかそれは動揺してるみたいで腹が立った。

髪から手を離し、その空いた手を口許に持っていく。

いや、それも何か違う。

普段は気にもかけていないのに、どこに手を置いておけばいいのか分からない。

そうだ。相手が渡そうとしているなら、受け取りに行くべき、か?

そう思って空いている両手を差し出して、その間抜けさに頭痛がした。

なんで両手で受け取ろうとしてるんだ、わたし。



まるで卒業証書が如く。

青子が両手で受け取ろうとしたのを見て、草十郎も両手でそれを差し出す。

受け渡される紙包みは軽く、片手一本で簡単に支えられる。

その事実に心を打ちのめされながら、両手でそれを抱えるように。



「―――開けるわよ?」

「? 開けずに捨てられると流石に」

「あんたは一体私を何だと思ってるのよ」



気を使った私が馬鹿か、と納得。

どうせ気の効いたものなど入っていまいと、適当に開ける。

紙包みを開けると、それは――――



「メガ――――」



それは一体何だったか。

黒ぶちのフレームに、牛乳瓶の底みたいなレンズが二つ。

まあ、そこまではいいとしよう。

青子は目が悪いわけではないし、眼鏡など必要ないけれど。

気持ちを受け取る、程度の受け流しが出来ないほど獣でもない。

ただ、ただひとつ。

これはなんだ。レンズの間にある、でっかい鼻。

いや、考えるまでもないのだけれど。

これは眼鏡ではなく、パーティグッズのあれ、鼻メガネという奴だ。



「…………はあ。ねえ、草十郎。

 歴史の予習に修学旅行でもしようと唐突に思い付いたんだけど、

 古生代から中生代までの間で好きな時代を見せてあげる。選びなさい」

「いや。歴史の授業でその期間はやら」

「選べ」



ギヌロ、と睨み据える。

それでこっちが怒っている事を察したか、首を傾げる草十郎。

怒っている事を察知してその反応。

相も変わらずズレ切っている反応に、溜め息も吐き疲れた。



「で、なにがどうしてこうなったって?」

「いや、ウケを狙ってみた」



誇らしげに言う草十郎。

一体何がそんなに誇らしいのか。

蒼崎青子にこの所業をやらかした事を伝えれば、きっと鳶丸辺りは讃えるだろうが。



「――――あってない。あんたにそういうのはないわ。

 背の丈にあわせた事しなさい、じゃないと有珠に呪われるわよ」

「うむぅ……忠告感謝する。そうか、駄目か……」



至極残念そうに伏せる草十郎の背中を見て、青子もまた気落ちする。

その原因は一体何なのか。

考えると嫌な結論が出そうだったので、疲れただけだという事にしておく。

幾分かショックを受けて悄然としている草十郎が再び紙袋に手を入れ、

もう一つ紙包みを取り出した。

はて、と首を傾げる青子の前に差し出される新しい紙袋。



「じゃあ、こっちだ」

「…………またウケ狙いだったりしたら、どうなるか分かってるわよね?」



いいながら開ける。

差し出された以上、もうこっちのものだ。

訂正など聞くもんか。

また外れを掴まされようものなら、有珠より先にこっちが呪ってくれる―――

と、開けた紙袋から出てきたのは何の変哲もない、青い湯呑みだった。



「―――――湯呑み?」

「ああ。さっきはありがとう、蒼崎。

 有珠は飲まないみたいだけど、蒼崎はあれば飲むだろう?」



紙袋から自分の分の湯呑みを取り出す草十郎。

あれば飲む、なんてまるで見境なしのような口ぶりじゃないか。

これはお仕置きに値する侮辱。

なんて、怒ってみようとしても激情は沸かない。

まったく、と呆れかえって言葉も出ない。

貰い物の湯呑みを草十郎に投げ渡し、目を向けずに言い放つ。



「じゃ、さっそく一杯お願い。熱いのね」

「ああ、紅茶よりはマシな出来だろう」



そんな風に、何となく気分よく落ち付く。

これと暮らし始めてから、よくある不思議な現象。

原因には興味もないし、知りたいとも調べようとも思わない。

神秘っていうのは不可思議の領域に放置しとくものなのだ。

この心境、魔法よかよっぽど不思議な現実じゃないか。

なんて、橙子に言ったらどんな反応するだろうか。

笑うか、怒るか、はたまたこいつを壊しにくるか。



「ま、これはもう譲らないけど」



青子が手放すまでは、青子のものなのだ。

悔しかったら奪ってみろ、とすら思う。

奪う守るのどこに彼の人権があるのか、それは気にしない方向で。



有珠の乙女回路とは違うだろう。

真価を見極めて手にしたがった橙子とも違う。

彼は彼女の在り方に憧れて、彼女はその貴さが気にいらなかった。

一度放せば、きっと二度と交わる事のない二人。

いつか放すと理解してるし、いつか放されると納得している。

彼女は周りに流されず前に進み続けるし、

彼は周りに馴染んでその貴さを失くしていく。

いつか置いてけぼりにしてしまうのならば、落とし所だけは決めておかねば。

これは優しさだろうか。



「ううん。だって迷惑じゃない。

 迷子の仔犬みたいにずっと背中を探されたら」



背負わされるなんてごめんだ。

こっちは気ままにやる。

ときどき思い出して、懐かしんでくれるだけで十分だ。

今はもう、この光景を思い出せる過去として焼き付けておく事が許されたのだから――――



「お待たせ、蒼崎」

「ありがと、草十郎」









そうして、乙女回路で駆動するもう一人。

湯上りの有珠が居間にきて、

お揃いの湯呑みでお茶する二人に絶句するのはまた別の話。













後書き。

ついつい草十郎×有珠でXXX板じゃなきゃ投稿できないのとか書いてしまうくらい続きが欲しい。

別にエロくなくてもエロい事してたらチラ裏には投稿できないもんねー…

どうしようかしら。

それにしても、3年以内に2話はきてくれるのだろうか……ぐぬぬぐぬ。



[32817] その3
Name: イメージ◆294db6ee ID:824281b7
Date: 2012/08/16 13:39










槻司鳶丸には夢がない。

などと、そう言い切ってしまう事に、些か溜め息を吐きたくなる問題ではある。

何が理由かと問われれば、親戚筋のせい、というより祖父のせいだろう。



槻司の家は一言にすれば名家だ。

この辺一帯を牛耳っている、というと聞こえが悪いか。

ともかく。そんな立場にある家なだけに、しがらみも雑多で複雑だ。

いや。槻司家の人間としてしがらみが多いわけでなく、まだ別の理由か。

槻司鳶丸という人間の生い立ち、性格。ついでに周囲の目。

そういう諸々のせいで、貧乏籤しか引けない立場を確約されてしまったのだろう。

それが悪いとは言うまいが、まあこの立場を面白いと感じる日がこないのは確かだと思う。



祖父、槻司喜実國は婿養子であった。

没落しかけていた家を建て直す為取り込もうとした結果、逆に家が取り込まれたというしょうもない話だ。

祖父自身、そんな生き様をしてきたからか血縁というものを疎む。

自分達の子供、それに連なる孫たち。それらを軽蔑して憚らない。

そこに鳶丸も含まれていれば、この人生をこうまで遣る瀬無くされる事もなかったのだが。



一方の鳶丸自身は喜実國のこさえた長兄、一義の第五子。

しかし妾腹の子である。その立場は最下位。

身内から排斥の動きまで出る有様だ。

長兄の息子であり、その父が庇護してくれていなければ、まあ死んでいただろう。

そういう家だ、是非もない。

そんな中で育ち、その空気の中で達観し、納得づくで考えていた。

このまま色々と折り合いをつけて生きていく事だろう、と。

だが、そうと終わってくれないのが世の常か。



今の家を仕切るのは、変わらず喜実國。

そして彼は、没落しかけた家を立て直すどころか、この町だけでなく外へと影響力を拡大し、

以前より家の規模を大きくするだけの手腕だ。

血縁は疎むが、人を判断するのにそれだけで見たりはしない。

その結果、気にいったと言われてしまったわけだ。

取り入ろうとしてくる他の家族を差し置いて、ただ一人排斥され嫌味な育ち方をした孫を。



この辺りを牛耳る群れの長は、群れの中で一匹見放されていた男に目を付けた。

長に逆らえるものはなく、そうなればその意志に従うより他にない。

つまり槻司鳶丸を自分たちの長にしろ、という命令に服従しろ、ということだ。

今まで蔑視してきた妾腹の異端児に。

――――言われて納得できるものでもあるまい。



「しかしまあ。取り入ろうっていう気より、変わらず疎んでくれるのは助かるな」



ふぅ、と溜め息一つ。公園のベンチに体重を預ける。

手にした缶コーヒーを揺らしながら、ぼうとした瞳で空を見上げた。

仮に自分に取り入ろう、などという輩がいようものなら、この町から逃げていたかもしれない。

今の鳶丸に向けられる感情は、当主のお気に入りという立場に対するやっかみと、

その立場を利用した仕返しがくるかもしれないという恐怖。

あとは――――実の父からの並々ならない憎悪くらいなものだ。



コーヒーを一口含む。

喜実國はそんな一族を支配するだけあって、自身の意志を絶対に曲げない。

ついでに相手の意志を考慮する事もなく、その上空気を読む事もない。

こういっては何だが、この決定を覆す為には、祖父に死んでもらうより他にないだろう。

そうなれば後は多少の問題は出てくるが、祖父存命ほどの影響を受けずに血で血を洗う相続争いに発展できる。



「まったく……何がいいのやら」



ある特権は使ってこそ、とは思う。

だがその特権を得る為にそこまでしよう、と思わない。

というか。

何かの結果につくのが特権であって、特権を得る為に何かを成すというのも妙な話だ。

この一族の問題で言うなれば、長男に生まれ付いた一義。

あるいはまあ、その特権者に気にいられた自身に与えられるのがそれだ。

それを横取りするために何かを工作しようというのは、理解の埒外である。



「いや、まあ……欲しい奴がいる、ってのも分かるんだが」



人の命すら弄べる立場というのは魅力なのだろう。

鳶丸自身には大した魅力に映らないが、見る人格によってはそれは財宝なのだ。

それも分かっているが、やはり奪ってでもという神経は理解できない。

手にしたものこそが持ち主であって、手に出来なかったものには他人の持ち物でしかないだろうに。

――――自分のそういうところが、祖父の琴線に触れてしまったと考えると溜め息しかでないが。



「特権ね……」



そんなものよりは人生の充実が欲しいところだ。

祖父の言葉通りに家を継ぐという選択肢だって、それ自体を嫌がっているわけではない。

あるいは受け継いだとしたならば、自身の一生を懸けて繁栄の為に尽くすのも吝かでない。

そうして今よりも家を大きくする事が出来て、寿命を床で迎えられるようならば、それ以上の人生もあるまい。

あの大人物の後釜など、簡単にはいくまい。

しかしそれをやり遂げた時、どれほどの感慨を抱けるのか。想像もつかぬ境地だろう。



「そっちが欲しい、なんていう奴はいないんだろうな」



そう考えてみれば祖父も人材に恵まれない。

特権の享受など誰でもできる。

きっとあの性格だから、享受したい奴は勝手にしていろ。などと考えているのだろう。

そんなものより、遣り甲斐を求めている自分に目を付けた、と。



「けど。遣り甲斐より内輪揉めが先に立つ立場じゃな」



コーヒーを一気に煽り、飲み干す。

すい、と目を園内に走らせて、ゴミ箱を探り当てた。

ひょいと投擲された空き缶は、正確にその口の中へと吸い込まれる。

そんなこんなで、こんな場所で愚痴を呟いている自分に嫌気がさした。



「やれやれだな。こんなナーバスだったかね」



立ち上がる。

こんな場所で管を巻いていてもしようもない。

休日っていうのはこれが嫌になる。

学校においては特権階級に浸って遊べるが、流石に休日にそれはない。

夢から醒まされて、自分の身の振り方に悩まねばならぬという悪環境だ。



これ以上長居してもしょうがないと、公園の外へ向かって歩き出す。

その途中、ふと彷徨わせた視線の先に少女がいた。

黒い衣装に身を包んだ少女。久遠寺有珠その人である。

その人物自体街中で見る事がない部類だが、今日の彼女はそれに輪をかけて見たことない。

普段は沈着な表情だが、妙に浮足立っているというか。

そわそわしている、という様子だろうか。



「何やってるんだ。お嬢さん」



ついと零れた言葉が有珠に振り掛かる。

はっとした様子で鳶丸を振り返った有珠が、あからさまに狼狽した様子で目を泳がせた。

うん? と首を傾げて見守りつつ、これは実に珍しい代物を見ているな、と感心する。



「――――買い物。ちょっと、欲しいものがあって」



――――これは本当に珍しい。

下界に降りてきた山の上の魔女にエンカウントする事すら、それなりに珍しいというのに。

事もあろうにその理由が買い物ショッピング、だとは。

凄く少女している。

浮世離れして見えて、腐っている自分よりよほど若人だ。

そんな事実を垣間見たからか、普段であれば精々挨拶だけの関係なのに饒舌になった。



「へえ。アンタの事だから、ティーカップとかかい?

 しかし商店街を探しても、アンタや土桔の爺さんが持ってるようなアンティークはないだろう?」



あの館に内包されたアンティークの数々。

生憎、それと並べるだけのクオリティを誇る品々は、この町には存在しない。

流石に、本場から高級品を持ってきているあの魔窟の品揃えと比べるのは酷だろうが。



「――――惜しいわね」

「惜しい?」



アンティークではなく、そこかしこにありそうな品ということか。

例えば、デフォルトされた動物がプリントされたティーカップとか?

そういうものより製作者の技巧が冴える代物を好んでいそうだが。

まあ、女の子らしいと言えばらしい趣味か。



「湯呑みを探しているの」

「ゆの……」



しれっと、わけのわからない事を言われた。

いや。彼女の生活スタイルをよく知っているわけでもないが、それはなんか違うだろうと。

絵にならないとは言わないが、それは多分なんか違うぞ、きっと。

西洋の絵画にサムライ描くようなものというか、西洋の騎士を水墨画で描くようなものというか。



「いや、まあ。飲みたいのなら仕方ないんだろうが。

 別にいいんじゃないのか? ティーカップで」

「――――――」



睨まれた。

逆らえば負けは必定なので、すぐさま降参。諸手を上げて謝罪する。

外見も雰囲気も深窓の令嬢そのもの。

争いごとなど知らずに育ったように見えて、彼女は蒼崎青子と同類―――同質だ。

あるいは。逆らおうものならば、瞬く間に死んでいる自信がある。

そういう相手だ。



「悪かった、睨まないでくれ」



幾ら人生が面白くないとはいえ、ここで退場は流石にごめんこうむる。

溜め息混じりに謝ると、有珠は何の事なく危ない視線を引っ込めた。

両手を降ろし、もう一つ大きな溜め息。



「して。何故に湯呑みを?」



大方の原因は予想がつくが。

訊ねられた有珠は少し困った様子で視線を逸らし、口許に手を宛がい考え込む。

その様子を見て、また溜め息。



「別にいいたくなければいいんだがな」



野暮ったい興味でしかないし、と小さく笑い飛ばす。

そう言い捨てた鳶丸に、少しばかり悩んでいた有珠は、意を決したように声をかけてきた。



「実は特定のものを探しているの。

 知らない? このくらいで、青一色の湯呑みなのだけれど」



このくらい、とサイズを手で何となく示した。

そりゃ湯呑みならどいつもそのくらいだろーよ、という感想を呑み下す。

―――まあ、十中八九静希草十郎の影響がかかっているのだろう。

別にそこの件についてどうこう突っ込みはしないが。



「……そこらにありそうなもんだが。

 何か特別なものなのか?」

「いえ、普通の湯呑みよ。ただ、幾つか回ってみたけど見つからないの」

「もう粗方見たのに見つからない、と。

 久遠寺さんでそうなると、俺でもな。生憎、食器に造詣は深くない」

「そう」



さしてがっかりした様子でもなく、踵を返して街に消えようとする有珠。

ふむ、と考えこむ仕草を取りつつ、その背中に問いかけた。



「草十郎が知らないのか?

 アイツ、アンタらのとこに住み始めるまではアパートだっただろう?

 色々と生活用品は自分で揃えてたんじゃないか」



ぴくり、と背中が揺らいで停止。

すいと泳いだ視線はどこか中空で彷徨っている。

理由は知らないが、訊けない事柄なのだろう。

お揃いとかペアルックとか、もしかしてそういう可愛い理由だろうか。



「……と、なると。うーん。

 そうだな。久万梨がもしかして知ってるか?

 草十郎に、そういうものの買いどころを紹介してるかもしれない」



まあ、そんな街を一回りして見当たらない店を紹介したとは、正直考えづらいが。

一応訊いてみても損はないだろう。

きょとん、と呆けた表情の有珠に、ついてこいと視線で示して先に行く。

何でわざわざ答えが判明するかどうかも分からない場所に導こうとするのか。

考えてもそれは、よく分からない。







「静希にどっか食器を扱ってる店を紹介したか?

 なにそれ。アイツ、なんか血塗られた皿でも拾ってきたの?」

「いや、湯呑みだそうだが。してないか」

「―――――ん、ないわ。食器を置いてる店は。

 皿やら何かならまだしも、湯呑みなんて言われたら私も詳しい事情は知らないし」



コンビニでのバイト終わりの久万梨を捕まえて訊くと、そうらしい。

実家が中華飯店だけなあり、そういう造詣も深いかも、と思ってはいたものの、

流石に湯呑みは範囲外に位置するらしい。

そりゃそうだ、と納得しつつ嘆息する。



「静希に訊けばいいじゃない。何か事情があるの?」



面倒そうにそう問うてくる久万梨に、やおら両掌を空に向けて首を竦める。

じっとりと纏わる視線を掻い潜りつつ踵を返し、少女に背を向けた。

ぱたぱたと手を振り、有珠がうろうろと湯呑みを物色している空間へと足を動かし始める。



「さてな。ま、俺にもいい暇潰しになってるからもう少し付き合うさ」

「――――――」



若干むすっとしながらその台詞を聞いた久万梨は、一瞬だけ目を逸らして思案。

すぐさま鳶丸の背に向かって疑問を投げかけた。



「それって、要するに?」

「ん? ……訊く気もない、って事か」



はぁ、と大仰に。

見せつけるように溜め息を落した久万梨が、鳶丸を追い越して有珠の許へと詰め寄る。

青色の湯呑みを手に、しかし渋い顔をしていた有珠の顔がきょとんと崩れた。



「ねえ、久遠寺さん。その湯呑みとやらはどういうもの?

 特定って事は単純に色合いが気に食わないとか、そういう事じゃないんでしょ?」

「―――――し」



一言、詰まる。

その言葉を吐くか飲むか、散々10秒たっぷりと悩んでから、続きの言葉が紡がれた。



「青子と静希くんが、湯呑みを持っているのだけれど……

 二人とも同じ種類のを使っているから」



やれやれ、と肩を竦める鳶丸。

わざわざ訊かずにいたのに、あっさりと聞きだしてしまった。

こうなっては久万梨の独壇場を見届けるしかあるまい。



「なるほど。で、それは誰が、調達してきたの」

「静希くんよ」



そうだろうなと肯首し、顎に手を添える久万梨。



「いつ頃?」

「一昨日の夜――――9時過ぎだったと思うけれど」

「夜? 9時過ぎにやってる、まして食器を扱ってる店なんてこの辺りには……」

「予め買っておいた物を9時過ぎに持って帰っただけ、って事は?」

「静希くんは9時までバイトだった日。

 その日の夜に――――色々あって。バイトが終わってから買ってきたのだと思うわ」



むむむ、と顔を顰めて悩み込む。

そもそも購入という入手手段が物理的に不可能な時間帯に手に入れた湯呑み。

そうとなれば、入手方法は限られてくる。

まずは、



「買ってきたと明言してたのか?」

「それは……いえ。恐らく買ってきた、ね」

「バイト先からもらってきた、とか?」

「バイト先の蕎麦屋さんに湯呑みはあったけれど、店名の入った品物だったわ」



―――外れ。

まあ、草十郎とて幾らなんでも久遠寺の館に、蕎麦屋の湯呑みは置かないだろう。

……たぶん。

何の衒いもなく嬉々としてアンティークの中に湯呑みを混ぜそう、と思わなくもないが。

それを流石にヴィンテージなどと言ってはいられない。



「となれば、買った線が薄い以上、誰か知人から貰っただな」

「……まあ、他の線もなくはないだろうけど。

 そんな事言い始めたら何一つ特定できないだろうし、そっちの線で当たるべきかな」



さて、そんな推理とも呼べない予想はいい線を踏んだのか否か。







「え? 一昨日? ああ、そうそう。わたし。

 ほら、わたしがプロデュースしたわんわん出前だし? そのせいでアコちゃんに怒られちゃったらしいから。

 フリーマーケットに出そうかな、って思ってた湯呑みをプレゼントしたの。あと鼻メガネ」



初っ端、最初にあたりをつけた人間が正解だった。

気の抜ける、短い探偵気分だった。

陽気に自らの罪状を吐露しつつ、

何やらこの場の環境を井戸端会議まで持っていきたがっていそうなトークの連鎖。

その人、周瀬律架と申す。



「そうですか。その、まだそれと同じ湯呑み、あります?」

「んー、あったと思うけど。どうして?」



問いかける久万梨に返されるのは、当然の疑問。

あーいや、と口籠った久万梨の背後から、有珠が声を出した。



「私も同じものが欲しいの。

 言い値で構わないから、ひとつ譲ってくれないかしら」

「―――――」



その言葉に一体何が含まれているやら、押し黙る律架。

断ったら死ぬ、とかそんな連想。

突如前に出て何やら死神の鎌を咽喉に突き付け、要求を叩き付ける姿勢。

おぉぉ、と戦慄露わに震え上がるのは、律架である。

普段から割と飄々としている、柳に風なスタイルである彼女であってもだ。

柳は台風程度どうとでもなるが、残念ながら根こそぎ刈り取られてはどうしようもない。



「あ、アッちゃん? いいんだけれど。

 いいんだけれど、何故そこまでわたしがイジメられねば……」



はわわ、と微妙に目尻を涙で濡らしながら、一回り下の少女に怯える女性。

彼女には理由を教えたくないのか、とぼんやり考えながら見守る。

ずいずいと、どんどん距離を詰めていく有珠に次第に追い詰められていく子兎。

このまま放っておけば、そのうち丸焼きになっているに違いない。

口を出せばきっと自分たちが添え物になるので、黙っているのが正しい。

うん、と自己弁護。

心の中で律架の無事を祈りつつ、離れた場所でそれを見守る。



「……久遠寺さん。そんなにその湯呑みが欲しいのかしら?」

「さあ、詮索は好い趣味でもないしな。あんま首を突っ込まないのが正解だろ」



肩を竦め、そう言い切る。

それにしても、と小さく笑った。が、その笑みはすぐ飲み干す。



「やあ、トビー。こんなトコでどうしたの?

 この辺で面白いものは律架くらいしかないよ?」



―――死神が子兎の命脈を詰む惨劇の一部始終を眺めていると、背後から子供の声がかかってきた。

振り抜けばそこにいたのは金髪白コートの少年。ベオだ。

無垢な瞳で鳶丸を見上げつつ、さらりと毒を吐き落とすさまはまさしく無邪気か。



「―――ああ、色々言いたい事はあるがな。

 とりあえず律架さんを面白い者扱いはやめてやれ」

「面白い物は面白いものだよ。じゃあトビーの目には律架がつまらないものに見えるの?」



そうじゃなくて、と言いかけてやめる。

聞かないということが分かり切っている相手だ。

小さく溜め息一つ。



「で、お前はなんでここにいるんだ?」

「此処。一時期草十郎さんが住んでただけあって、それなりに匂いが濃いんだ。

 あてもなくふらふらしてると、ついきちゃうんだよね。

 まあ今日は律架に用があってきたんだけど」



台詞の前半は無視で。

陽気にそれを語る少年の目は、嬉々としている。

まあ、うん。憧れている人がいるのはいいことだ。

その生き様を佳しとして、嫌いじゃないが疲れる子供の相手に勤しむ。



「ほう」

「この前、草十郎さんと散歩してる時に律架と会ってさ」

「その時草十郎が湯呑みを貰った、って話か」

「あ、知ってるんだ。

 それでボクは散歩用の首輪が欲しいから、貰ったんだけどね。

 リードも有ったっていうから、貰いにきたんだ」



――――何に使うかは訊くまい。

そうと心に誓って深呼吸。



「……貰い物ばかりは関心しないな。

 律架さんが何でフリマ用にそんなもの持ってるか知らんが、一応売り物として用意してたなら」

「フリマ? ああ。律架のそういう台詞、信じない方がいいよ。

 律架の施しは、面白い結果に繋がらないと感じた方向には働かないから。

 何だろう。万象を面白くしようと働いてるよね、あの人の勘。

 推理物の舞台に出演したら、その舞台上で本当に人が死ぬとかそういう劇的なレベルでさ」



野生の勘か、あるいは嗅覚か。

鼻を鳴らしてそう言い切るベオ。

やれやれ、と肩を竦めているがやれやれと言いたいのはこっちだ。



「そう言う事はともかく。いいから、ちゃんと礼はしろよ」

「してるよ。お陰でボク、律架の事はそれなりに好きだよ。

 奉仕への見返りに愛情っていうのは、動物的にどうかと思うけれど。

 示しもあるし、群れのトップはちゃんとふんぞり返らなくちゃいけないじゃない?

 でも、草十郎さんの下に就いてる以上、ボクはちゃんと礼は返すよ」



えっへん、と偉そうにふんぞり返るベオ。

まあ、分かっていたが分からない。



「そんなことより。トビー、なんか今日調子悪い?

 まるで徹夜して遊び呆けようとしたけど、

 なまじ頭が回る分呆け切れなかった、放蕩し切れない半端なナマモノみたいな顔してるよ」

「……大体そんな感じだよ。よく分かるもんだ」

「トビーは肩肘張りすぎだよ、魚が地上で生きてるみたい。

 飛べばいいのに。羽はついてるんだから」



羽がついてる魚じゃトビウオだ、と。

鳶と例えられない自分に苦笑する。

まあ確かに海の深さも嫌い。空の高さも嫌い。地上の喧騒にも馴染めない。

そんなんで夢を見るには地平線に縋るしかあるまい。



「見たくないからって目を曇らせる必要はないじゃない。

 嫌な時は閉じたって文句は言わないよ。

 曇った目じゃ海は濁り水だし、空は曇天だ。面白い? その目で世界を見て」

「そこまでロマンに考えた事はないけどな。

 まあ、そうだな」



たのしそうに、つまらなく言い寄ってくるベオ。

ゆるりと一度空を見上げて、考える。

特別何かを思考したわけじゃないが、答えは割とあっさり出た。

小さく笑って、その答えを口にした。



「悪くない。曇ってようが空も海も青。青は青だ。

 こんな風な青春も、まあなしじゃないんじゃないか?」



きょとん、と一瞬だけ呆けて次に一瞬だけむすっとした。

それからどうでもよさげに顔を逸らし、踵を返す。

白いコートの裾を躍らせて振り向いたベオは、

鳶丸に顔も向けず別段変わった様子のない声で言う。



「ふーん。ま、トビーがそれでいいならいいけど。

 今日はもうかえろっかな。魔女がいるし、何より草十郎さんがいないし」



やっぱりリードされるより、乗ってもらう方がいいよ、と。

ひらひらと蝶のように、少年は白いコートを靡かせながら街の中へ消えていく。

苦笑いしながらその背中を見送ると、

丁度有珠が話し合いを終え、紙袋を一つを手にして戻ってきた。

目当ての物は見つかったようで何より。

本日の探偵ごっこはこれまで、となる様子に間違いはなさそうだ。



「どうだい。それでオーケーか?」

「ええ。――――ありがとう、助かったわ」



どういたしまして、とだけ返して有珠の姿も見送る。

いつの間にか遁走している律架。

そうして、あっさりと鳶丸と久万梨だけが残された。

二人して頂いたお礼に顔を緩ませ、顔を見合わせて示し合わせる。



「悪いな、なんか俺に付き合わせたみたいで」

「別にいいわよ。暇だったのは同じだし」

「そうか。じゃあ、ついでだし一緒に甘いモンでも食いに行くか」

「は?」



フリーズ、と。久万梨の行動が停止した。

割かしにこやかに進んでいた会話は一瞬途切れ、言いようの無い雰囲気の隙間が生まれた。

それを埋めるでもなく、ただ返答を待つは鳶丸。

再起動した久万梨は、その発言に対して大いに食い付いた。



「ちょ、な……なんでそうな、いや! だからその……」

「ああ、金なら気にすんな。節約してる奴の財布にはたからないさ。

 お前も女なら大人しく奢られとけ」

「……ちょっと、そういう言い方はどうなの。

 仮に食べに行くとしても、自分で食べるものくらい自分で出費するわよ」



今度はその物言いに対し腹を立て、噛みつく。

その攻撃を意にも介さず続ける。



「夢の為に頑張って、努力してる奴は、どんなかたちであれ後押しされるもんだ。

 後押しされるのが義務なんだから、ちゃんとその特権を使わせてやらないとな」

「だからそう言う事じゃなくて……っていうか、何言ってるのよ。アンタ」

「細かい事は気にすんなよ。

 ま、俺の財布の中身も、夜遊びに使われるくらいなら、

 頑張り屋が頑張る為のエネルギーになった方が有意義ってもんだ。

 そら、俺が金の怨霊に呪われる前に、人助けと思って諭吉を成仏させてやってくれ」



久万梨の手を引き、この前草十郎からパフェが美味しかった。

と、教えられた店を目指して歩き出す。



「――――随分と強引に」

「だな。自分でもどうかしてると思わなくもない」



溜め息混じりに自分で着いてきだした久万梨の手を放し、並んで歩く。

しかしまあ、どれだけ曇った瞳で見ても、輝かしいものは輝かしいのだ。

どれだけフィルターをかけようと、誤魔化せないものは誤魔化せない。

ああ、眩しくて仕方がない。

そんなものがあるという事が、何故かとても心に響く。



―――ああ。生まれた立場は中々どうして、面白くないものだけど。

―――いい女に巡り合える星の許に生まれた、という点だけは神様に感謝できる。

―――まあ、それだけあれば人生、十分すぎるだろうさ。

―――あとはその環境の中で自分がどうするか、どうしたいかと。

―――さて。まあ、老衰直前に悪くなかったと思えれば、それはそれで快勝だ。



良かれと夢に邁進する彼ら彼女らを眺めて、結局そんな話になってしまう。

苦笑して、そんな簡単に変われるものかとまた笑う。



「夢見る乙女の祝勝祈願だ。財布を空にする気持ちでかからないとな」

「――――アンタは私が一体どれだけ食べると思ってるのよ。

 というか。私、勝ってもいないのに祝われる気はないんだけど」

「そういう奴か、それもそうだな。

 じゃあデートって事にするか、それなら男が払う名分も立つってもんだ」

「――――――で、」



は、と一瞬理解不能だという表情を浮かべた久万梨が停止。

うん? と首を傾げて、足を止めた久万梨を見る。

目を瞬かせて、脳から思考を再ダウンロードしている様子であった。

肩を竦め、その手を再び手で取った。

――――リセット。

ダウンロードが途中で中断された久万梨の動きは、まだ蘇ってこない。

しょうがないのでそのまま、目的地へ向け歩みを進めていく。

傍から見れば、ただ睦まじく手を繋いでいる様子で。











「ほんと。アンタ、タイミング悪いわね」



紅茶をずずずと啜りながら、青子はそう言って呑気な瞳で有珠を見た。

そのセリフに眉を顰め、自前で手に入れてきた湯呑みで緑茶を啜る。



「どういうこと?」

「んー? すぐに分かるわよ」



紅茶を呑み干して、手にした雑誌に目を落とす。

怪訝な様子に僅かばかり戸惑いつつも、しかし気にしても仕方ないと受け流す。

律架から有り難く頂戴したこの湯呑みを持って帰って来た時、

草十郎は若干驚きつつ、しかしいつも通りに笑って緑茶を準備してくれた。

一口つけて、たまにはこういうのも悪くないと小さく笑む。



が、そうと思っていられたのは、少しの間だけだった。



「いや、驚いた。まさか有珠が自分で湯呑みを用意するとは思っていなかった」



自分の分の緑茶を手に、草十郎が厨房から出てきた。

おそろいの湯呑みである。

その事実に充足する何かを感じつつ、また一口と茶を啜る。



「ええ。たまには、こういうのもいいと思って」

「そっか。何となく、飲みたそうな顔していたものな」



かっと、顔に昇る血。

そんな物欲しそうな顔をしていたのか、と自制の緩さを反省する。

しかしまあ、その自制を破るだけの目的は果たせたのだ。

それを喜びこそすれ、憤る必要もない。



「そ――――そう。そんな顔、してたかしら」

「ああ、してたと思う。

 そうかな、と思ったから、実は俺も有珠の分の湯呑みを用意していたんだ」



―――――フリーズ。



「けど、自分で用意した物の方がいいだろう?

 捨てるのも勿体ないし、あっちは鳥用の水入れにしておいた」



パタパタと青い駒鳥が有珠の肩に留まる。



『アリスさんとお揃いの水入れとは、あのシャバ僧もなかなか粋な事をするッス。

 湯呑みから水を飲むなんてまるで水飲み鳥ッスね。

 ハハハジブン、あんなに首長くないスけど!

 でも、アリスさんが優しく甘やかしてくれる現実が訪れる事は、首を長くして待ってたり』



すぅ、と有珠の表情から色が抜けおちていく。

きょとん、と首を傾げる純朴少年。

そして捲し立てる青色の鳥類。

自身の肩に乗った駒鳥を、少女の手がむんずと掴み取った。

立ち上がり、そのまま厨房へと消えていく有珠の姿。



チッチッチ、ボッ。とガスコンロが作動する音がした。

それから少し、無音に空間が支配される。

皮切りは駒鳥の声。



『アレ、アリスさん?

 なんで鍋の中に近づけるんですか。水飲み鳥は頭を冷やさないと顔を上げないッス。

 熱湯の中になんて入れたら余計に頭が下がるッス。

 お辞儀の角度は最敬礼でも45°までスよ、それ以上折れたらイケな―――』



やれやれ、と青子が溜め息を吐くと同時。

夜の魔女屋敷に、断末魔が轟いた。











後書。

仮面ライダーフォーゼとベイブレードのクロスが書きたい。

ルイズがアストラルを召喚して勝つぞ、とか言われちゃうクロスが書きたい。

ISのシールド無敵にしてISを倒せるISは白式だけ! という設定に改変して白式の事をIS-Dとかやりたい。

ディエンドが性懲りもなく暗黒魔鎧装とミーティアを盗み出した結果ネオ生命体が鎧に宿ってミーティア装備したとか、

そんな無理ゲーが開幕するグレイトバトルの続編を勝手に作りたい。

書きたいネタは山ほどあるのに時間も文才もない。

こうなったらもうよし寝よう。おやすみ。


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